かつての英雄に祝福を! (山ぶどう)
しおりを挟む

第1話 ボケた英雄

昔 妖狐ありけり その狐九つの尾あり 

 

狐 封印されし忍びの童 

 

これと長きに渡り寄り添いていつしか友となりけり

 

新たな厄災 十尾復活せしが 封印の童、忍びの者と成り 

 

妖狐と忍の輩一丸となりてこれを封印せしめる

 

妖狐封印の忍の者四代目火影の子にして 名を七代目火影と申す

 

         

                   ――うずまきナルト忍法帖・序章より抜擢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、先生。火影様って本当にそんなに凄い忍者なの?」

 

 

少女が光を失った瞳で俺に疑問を投げかける。その声はまるで覇気がない。

 

先日、忍者アカデミーに入学したばかりの女の子だ。そんな初歩的な誰もが知っているような疑問もしょうがないだろう。

 

「もちろん。火影様というのはこの葉の里のみならず、他里の忍びや各国の大名によって認められた特別な忍者だ。そうなるには相当の実力と人望が求められ、

生半可なものでは成し遂げられない大きな戦果も必要だ。だから歴代の火影様達は皆それぞれ信じられないような伝説を持っているんだよ。」

 

のどかな昼下がり。毎年恒例の歴代火影様の顔岩の前での家外講習の真っ最中であった。

 

「な、中でも先代の七代目火影様は・・・」

 

「うん、それは私だって知ってるよ。小説のうずまきナルト忍法帖は全巻持ってる。

お芝居だって映画だって見に行った。

正直言うと今日まで大ファンだったし、私はあの人に憧れて忍者を目指したの。

いつかナルトさんを超えるのが 私 の夢だった・・・・。」

 

突然のカミングアウトに私はいたたまれなくなる。

 

今日、一人の少女の夢が終えようとしている。

 

 

クソ、よりによってなんでこんな日に。

 

 

「へっへーん!お前らにこんな事できねぇだろーー!!お前らができねぇことを俺はできる!

俺はスゲェんだってばよ!」

 

 

一人の老人が八代目火影様の顔岩の上で仁王立ちしている。

絵の具がたっぷり入ったバケツと大きな筆を手にしていて、犯行はすでに終わったあとのようだった。

 

顔岩はもう見るも無残な状態で落書きされていた。その落書きがあまりに見事で元々そういうものだったと信じてしまいそうになるくらいであった。

 

 

初代には女らしくメイクを施し「オカマ」と書かれ、

二代目はゲスで卑しい顔にして「卑劣で何が悪い」と大きく書かれている。

三代目はいやらしい猿顔で「鼻血ブー太郎」。

四代目は眉毛を太くして「飛雷神で飛ぶなら女湯に限るぜ」。

五代目は老婆のようなシワとその当時の実年齢が大きく書かれている。

六代目はスルー。

七代目は一番時間をかけた力作なのだろう見事な美青年に変貌していて、大きな字で「イケメン参上」。非常に腹が立つ。

八代目は余り弄らず、「メガネが可愛い」。どういうことだよ。

 

 

老人が筆をビチャビチャ振り回し元気に騒いでいる。

 

「覚えとけ!!俺の名はうずまきナルト!いずれ火影になる男だってばよ!」

 

そんなの皆知ってるよ。知らない奴なんてこの里にいるか。

 

「あれって、七代目ですよね・・・・」

 

少女がとても悲し気な眼で切なそうに呟く。

 

「そ、そんなわけないだろう。あれは、どっかのバカが変化した姿だよ。そうに決まってるだろう。」

 

もう、そういうことにしてしまおう。この私が幼い忍者の夢を守るのだ。

将来の火影候補をこんなところで失ってたまるか。

 

「あれはきっと悪ガキで有名のハヤト君だよ。ほら、七代目のひ孫の・・・」

 

「ちょっとっお義父さん!?何やってるんですか!!!」

 

突然現れた乱入者によって私の奮闘は無駄に終わった。

というかあの人、八代目じゃ・・・・

 

 

 「おー、お前は・・・・・誰だってばよ?・・・」

 

 「サラダですっ!もうほんと何やってるのよお義父さん。」

 

 八代目火影うずまきサラダ。こんなイタズラ騒動にわざわざこの人が迎えに来たのか。

 おいおい、大丈夫なのか木ノ葉の里は。

 

 

 「サラダ・・・・サラダ・・・ラーメンサラダが食べたいってばよう・・・・」

 

 「ええ、今晩作ってあげますから、とりあえずこの落書きを全部綺麗にしてください。はい、モップ」

 

 あの普段は冷徹で鬼のように怖い八代目が随分と優しいものだ。

 

 「えーー?・・・勘弁してくれってばよう、母ちゃん・・・・」

 

 「誰が母ちゃんですか。いい加減しっかりしてくださいよ七代目。」

 

 ああ、言っちゃった。

 

 「・・・・おお、そうだった・・・どうりで・・・随分とイケてる顔岩だと思ったら・・・俺か!」

 

 希望を失って項垂れてる少女の横で私は何も言えなくなった。

 

 そう、あれが今の七代目の現状である。

 

 「俺が七代目火影!うずまきナルトだってばよう!!」

 

 この里には決して口にしてはいけない話題がある。

 

 火影自ら噂が広まらないように勤めている禁句。

 

 しかし、七代目の度重なる奇行により、それが最近には周知の事実になりつつあった。

 

 それは―――

 

 「あの、七代目って・・・・もしかして、ボケてるんですか?」

 

 

 私だってうずまきナルト忍法帖は大好きだ。七代目のことは深く尊敬している。

 

 しかし、英雄だって歳には勝てないのだ。

 

 影分身で掃除に励む、かつての英雄を眺めながら思わずため息がこぼれた。

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 

 「こんのクソ親父!!いい歳してなにやってるんだよっ!」

 

 息子のボルトの怒りも生返事で聞き流してラーメンサラダをすするナルト。

 

 今は調子がいいようでちゃんとボルトを息子として認識しているようだ。

 

 「火影の顔岩に落書きとか恥ずかしくないのかよ元火影として!」

 

 「お前だって、昔はよくやっていただろ?」

 

 「それはガキの頃の話じゃねぇか!あんた今いくつだよ!もう98だろうが!?」

 

 「あの頃のお前は可愛かったなーー。俺の気を引こうと必死でよう。

 違法忍具に手を出したりして。

 ・・・その後、中忍試験で反則負けしてやんの・・ぷぷ・・・」

 

 「そのことは、もういいだろ!?」

 

 親子の言い争いを聞きながらワシは味噌汁をぶっ掛けた飯をひたすら喰らう。

 もう少しでわしの大好きなわんにゃんカーニバルが始まる時間なのだ。

 

 早く食ってテレビへ向かわないとハヤトの奴がまたくだらんアニメを見始めるに決まっている。

 それだけは阻止しなければならない。

 

 「クラマちゃん、どうしてお義父さんを止めてくれなかったの?」

 

 ボルトの嫁であるサラダが困ったように笑いながら言う。

 

 「ふん、わしは別にナルトの介護師であるわけでもないだろう。いつまでも付き合ってられるか。」

 

 おやつのチョコケーキに夢中になってたら、いつの間にかいなくなっていたとは言えない。

 

 「そう言わないで助けてあげてよ。あなたとお義父さんは昔からの大切な相棒でしょう?」

 

 それはまぁ、いまさら否定しようとは思わない。あいつがガキの頃から随分長いこと一緒にいた。

 

 別に相棒でもいい。親友でもいい。少しこそばゆいが家族と呼んでも構わないと思う。

 

 しかし、それでも、一番しっくりくる関係を俺たちは今、失っている。

 

 「最後にアイツと共に戦ったのはいつだったか・・・」

 

 「え?」

 

 「いや、なんでもない・・・・」

 

 もう、平和ということに俺達は慣れきってしまった。

 

 同盟によりもたらされた長い長い平穏。強大な敵なんて現れず、多少のいざこざがあってもワシの力が必要な程の相手ではなかった。

 

 

 戦わない日々に疑問を覚えず、力がサビついていっても焦りをまるで感じない。

 

 そうなったのはいつからか。最後にあいつが全力を振るったのはいつか。

 

 忘れるはずがない。

 

 サスケのやつと最後に戦った時だ。

 

 奴が逝く、1年前。

 

 恐らく忍び史上最強を決める戦い。

 

 当時、52歳だったあいつは間違いなくあの時が全盛期だった。

 

 誰もが平穏の中でぬるま湯に浸かる中、二人だけはまるで戦時中のような厳しい修行に耐え忍んでいた。

 

 お互いに極限まで高め合い、幾度も決闘を繰り返したあいつらは忍び世界の双璧と呼ばれ、並び立つものなど他にいない程に、己を極めた。

 

 あの頃は本当に楽しかった。刺激があり、張り合いがあった。虚しさなど感じるはずもなく、奴がいるからナルトは忍びの頂点に立てず、孤独にならなかった。

 

 そう、奴が死ぬまでの話だ。

 

 大蛇丸との修行時代の過剰な薬物摂取による強化であいつは寿命を随分と減らしていたようだった。最期は妻や娘、たくさんの忍びたちにに見守られて安らかに逝った。

 

 

 あれからナルトは一気に老け込んだ。

 

 活力に満ちていた顔にシワが増え、自慢の金髪が一晩でに白くなった。

 

 それからだ、あいつがワシを使わなくなったのは。

 

 戦闘中、クラマとわしの名前を呼んで、九尾のチャクラを身に纏うことがなくなった。

 

 必要な程の相手が居なくなったのだ。

 

 素の状態でもあいつは十分強い。膨大なチャクラはすでに尾獣の域にまで達していて、さらに仙人モードにでもなれば上忍ですら腰を抜かして逃げ出すとまで言われた。

 

 サスケ以外の忍びに対してワシは過剰すぎる戦力だった。

 

 

 だから、戦いにいらなくなったワシはあいつとの戦友という関係を失ったままだ。

 

 

 多分、このまま平和の中、あいつが死ぬまでずっと。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 旅立ちの夜

 今日もナルトのボケジジィモードは絶好調だ。

 

 

 「禁断の秘技!ガチホモボディービルダー地獄!!」

 

 「ぎゃぁあああああああああああああああああっっ!!!」

 

 

 地平線を埋め尽くすかのような無数のガチムチ筋肉男たちが押し寄せてくる。ひ孫のハヤトに。

 

 阿鼻叫喚の地獄絵図に普段生意気な小僧もたまらず絶叫をあげる。

 

 ざまぁ。

 

 

 「クラマさまたすけてクラマさまたすけてマジおねがいしますくらまサマーーーーー!!」

 

 

 筋肉にもみくちゃにされながらこちらへ必死に手を伸ばすハヤト

 

 

 「なんのための修行だ。自分の力で切り抜けて見せろ」

 

 

 全く、最近の若いのは辛い修行になるとすぐに根を上げる。

 天才といわれて持て囃されているが精神的にまだまだだな。

 

 そら、お得意の火遁忍術でどうにかしてみろよ。自称9代目火影様よう。

 

 

 「むりむりむりっ!!こんなの修行じゃないただの虐待・・・・・・ぐぅえええええ!舐めるんじゃない!俺をペロペロするなあああああ!!」

 

 

 筋肉隆々のテカテカしたおっさん(ナルト)に物理的に舐められむせび泣く

 

 自称「木ノ葉の紅い爪」

 

 トラウマになればいい。筋肉質なおっさんを見るたびにビクつくようになればいい。

 

 そして、ワシのお昼寝動画を某動画サイトに無断でアップしたことをあの世で悔いるがいい。

 

 

 「トドメだ。至福の奥義。プリプリ女体天国の術!!」

 

 

 さっきまで上腕二頭筋やら大胸筋なんぞをポージングをして見せつけていた男たちが一瞬で色気たっぷりの美女軍団に変化した。

 

 

 「大丈夫?かわいそうに・・・怖かったわね坊や。」

 

 

 豊満な胸にハヤトの顔を埋めさせて囁く美女。(ナルト)

 

 

 「怖かったよぉおおおおおお!!筋肉が・・・・筋肉がぁああああ!!」

 

 オッパイに顔を押し付けて盛大に泣くハヤト。両手はしっかりと美女(ナルト)の胸を鷲掴みにしている。

 

 

 「よしよし、もう大丈夫よ。ここは柔らかい女の肢体しかない夢の国。誰もあなたを危険な目に合わせないわ」

 

 「お、おねぇさぁああああああああん!!」

 

 ああ、なんて茶番だ。しかし、ムチで殺す寸前まで嬲った後のアメは効くだろうなぁ。

 

 

 「大丈夫、あなたは死なないわ。私が守るもの。」

 

 「ふん、情けないやつ・・・しょうがないから今日からは私が守ってあげるわ!」

 

 「ちょっと!ナル子っ!いつまでくっつてるのよ!彼は私のものなんだからねっ」

 

 「お慕いしています。ご主人様」

 

 「ワタシは死にましぇーーーん!!アナタがスキダカラ!!」

 

 

 流石ナルトだ。あえて美女を裸にしないことで現実感を出し、容姿も皆個性的で選り取りみどり。

 

 しかも声色まで変えて多種多彩な女性をひとりひとり別人物として完璧に演じきっている。

 

 

 そう、これがハーレムの術の最終形態! これにかかった相手はただの変化と影分身の複合技だとは思いもよらないだろう。

 

 都合のいい甘い世界に引きずり込まれて帰って来れなくなるのだ。例え途中で気づいたとしても手遅れだ。影分身とはいえ情が移った相手を攻撃できまい。

 

 ただのドスケベ変態忍法を無限月詠の域まで昇華している。まったく恐ろしい術だ。

 

 いつもクールを気取っているハヤトの小僧が見ていて哀れになるくらいデレデレしている。まさに骨抜き。

 

 

 「ハヤト様、すみませんがひとつお願いがあるのです。」

 

 奥ゆかしい黒髪の美少女(ナルト)が申し訳なさそうに言う。

 

 「なんだいミヤビ。俺と君の仲だろう。なんでも言っておくれ。」

 

 

 たった数分でこいつのキャラも随分崩壊したものだ。動画を撮って某サイトに投稿したい気持ちをギリギリで我慢する。それにしても、一体何を要求するつもりだナルトは。

 

 

 「絵の具とバケツ。あと大きな筆を買ってきて欲しいのです。」

 

 

 このジジィ全くこりてねぇぞ!

 

 

 

 

 

 

 「お義父さん・・・・仏の顔も三度までと言いますが。今度同じことしたら本当の仏様に会いに行かせますからね・・・・」

 

 その結果がガチギレサラダちゃんである。

 

 というかよく我慢できるな。久しぶりにこの娘の必殺技「千鳥怪力パンチ・極み」がお目にかかれると思ったんだがな。残念。

 

 

 「ごめんってばよ、サクラちゃん」

 

 「サラダです。アカデミーの校舎に描いたクラマちゃんの絵は、まぁ良くかけていたと思うのでそのままにしますが、本当に気をつけてください」

 

 消さないのかよ!ナルトに対して甘すぎだろコイツ。アカデミーの教師とかなんか死んだ目をしてたぞ。

 

 

 「そんなことより、ナルじぃ! 頼むからナルコとミヤビとアスカとレイとその他大勢の女の子達に会わせてくれよ!!」

 

 ああ、今回で一番の被害者はこいつだな。どうすんだこれ。将来どうなるんだ。女体天国(無限月詠)から抜け出していないぞ。精神力弱っ。

 

 「その子達は今もお前の心の中で生きているってばよ。胸に手を当て、耳を澄ましてごらん。いつでも会えるさ」

 

 適当な綺麗事で誤魔化した!

 

 「違う!俺はただ彼女たちのオッパイが触りたいだけなんだっ!あの柔らかさが忘れられないんだ!」

 

 うわぁ、責任重大だ。ナルトのせいで孫が自来也と同じエロ忍道の階段を登り始めた!絶対将来イチャイチャパラダイスに次ぐエロ小説を書き出すぞ。

 

 「・・・・正直、実のひ孫に乳揉まれるのはもうやだよ・・・」

 

 お前のせいだろうがっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして平和な一日が終わる。

 

 

 相変わらず騒がしい晩餐だった。

 

 ナルトとボルトが仲良くケンカして、それをサラダが仲裁する。ハヤトがわしの鳥の唐揚げを虎視眈々と狙っていたので隙を見て逆に奪ってやったら

 

 猿のようにキーキー騒いで面白かった。なんだかんだひ孫に甘いナルトが大きな唐揚げをあげて場を収めたり、ナルトに甘いサラダが自分のものをナルトに与え、今度はサラダに甘いボルトが泣く泣く最後の一つをあげるので、決まりが悪くなったワシがボルトに奪った唐揚げをやるという暖かい一幕。

 

 

 平和だ。

 

 

 ワシは皆が就寝した後に人知れず、屋根に上がって月を眺めていた。

 

 夜風がヒゲをくすぐり、満月が辺りを照らしている。

 

 これで、酒の一杯でもあれば、と思い始めた頃にいつの間にか上がってきたナルトがワシの隣に座った。

 

 手には日本酒を一升瓶と茶碗が二つ。気の利くやつだ。

 

 無言で受け取りナルトの茶碗に酒を注ぐ。ナルトも無言でワシのものに注ぎ、小さく二人で乾杯をして煽った。

 

 胃が熱くなり、身体が染み渡るようにほんのりと暖かくなった。

 

 ナルトも顔を赤くして気持ちよさそうに夜風にあたっている。

 

 

 いつものことだ。たまにこうして二人で飲むのは何も珍しいことじゃない。

 

 ただ、前触れが何もないのにどこか予感があった。いつもと違う何かがある予感。

 

 

 「俺は年をとったな。」

 

 

 ナルトはポツリと零すように呟いた

 

 

 「ボケてきてる自覚はあったか」

 

 

 ワシが笑いながら軽く返すとナルトは重々しく頷いた。

 

 

 「たまに頭がボンヤリする。俺が今の俺じゃなくなるような、そんな感覚になるんだってばよう。」

 

 「・・・・怖いのか?」

 

 

 ワシだったらきっと怖い、と思いながら聞くとナルトは静かに頭振った。

 

 

 「今の俺じゃないだけだ。若い頃の俺がやってくる。寂しがり屋で馬鹿でどこまでも前向きだった頃の俺が。」

 

 

 懐かしそうにナルトは笑うが、それは怖い事なんじゃないだろうか?

 

 

 「俺は長く生き過ぎたな。皆、潔く逝ったのに俺だけがしぶとく生きて、後ろばかり見てる。」

 

 

 珍しく、自嘲するように笑うナルト。似合わない顔だ。

 

 ナルトはもしかして、今の自分が嫌いなのかもしれない。今のこの里の中で一番ナルトを疎ましく思っているのはきっとナルト自身だ。

 

 

 「思い出ばかりに引きずられて動けない。もうずっとそうだってばよ・・・・。」

 

 

 それはいつからだったんだろう?

 

 一体誰が死んだ頃からだろうか。

 

 ヒナタか。サクラか。シカマルか。我愛羅か。サスケか。

 

 いや、きっと全員だろう。

 

 こいつを残して先に逝った大切な者たち。

 

 築いてきた絆の全てがこいつを縛り上げて身動きを取れなくさせている。

 

 なんて皮肉だろうか。孤独だったコイツが生涯をかけて得たものが、大切に守ってきたものが

 

 最後にはこいつをここまで傷つけるなんて。

 

 

 

 「だからさ、旅に出ようかと思うんだってばよ」

 

 ・・・・・・・・んんん?

 

 

 「いや、どうして、その流れで旅に出ることになるんだよ・・・・」

 

 またボケジジィモードが発動したんだろうか。

 

 

 「ここは思い出が多すぎるんだってばよう。ヒナタを思い出す温かい家があって、七班の皆で鍛えた修練場があって、同期の皆と騒いだ街並みが広がっていてさ、たまらなくなる。」

 

 「・・・・・・・・」

 

 「このまま、里のみんなに無様を晒しながら死ぬくらいなら、旅先で新しい仲間に大きな悲しみを振りまきつつポックリ逝きたい。」

 

 「まぁ、発想は最悪だが言いたいことはわかる。だが、お前にだってまだ、大切な家族がいるだろうが。あいつらを置いてまで旅に出る必要があるのか?」

 

 

 わかっている。コイツがそんな薄情なやつではないことくらい。情が深すぎて長い間苦しんできた男だ。愛する里を、家族を放り出す決断にこいつはきっとワシの知らない間にずっと葛藤してきたはずだ。それでも、思いとどまって欲しいと思った。

 コイツの家族はボケ老人であるナルトを受け入れている。

 

 悪意に敏感なワシ等には最初からわかっていたはずだ。

 

 今のこの里の人間は誰もこいつを疎ましくなんて思ってない。

 邪魔だなんて思ってない。

 こいつは今だって必要とされているんだ。

 

 

 「昔、俺が長門に言ったことおぼえてるか?」

 

 ナルトは静かに呟いた。

 

 「楽な道に逃げず、険しい道だってちゃんと歩き続けるって。それが俺の忍道だって、そう言った。でも今の俺はそうじゃないって気づいたんだよ。

 

 俺ときたら、楽な道で立ち止まって歩くのを、生きるのをやめてた。後ろを気にしてばかりで前になんてまるで進んでいなかった。

 

 体は衰えて、ここ数年チャクラもろくに練っていない。こんな俺が忍道まで曲げちまったらさ、・・・・・もう忍びですら無くなっちまうよ。」

 

 

 

 

 それだけは嫌だと、コイツの眼が語っていた。

 

 

 なんだ、コイツもまだまだ若いじゃないか。

 

 歳をとればもっと落ち着くものだ。立ち止まることも振り返ることも何も悪いことじゃない。年相応にそれが当たり前だ。

 

 

 なのにこいつはまだ、前を向いてどこかに歩いて行って何かを得ようとしている。

 

 

 「まぁ、ごちゃごちゃ言ったけども、ただ旅に出てみたいと思っただけだ。

 エロ仙人・・・・自来也師匠みたいにあちこち旅して回ってみたいって思ってたんだってばよ。」

 

 いつもの底抜けに明るい間抜けヅラでナルトが言う。

 

 

 ・・・・重く考えることもないのかもしれない。ただの隠居したじじぃの道楽旅行だ。

 

 死に場所を探すとかそういう暗い意図はこの馬鹿は考えないことだろう。

 

 

 「わかったよ、明日でもボルト達を説得してみよう。」

 

 きっと反対されるだろうが、ワシも少しは援護してやろう。

 

 

 「え?なんで?今から行こうぜ!」

 

 

 ・・・・・・・・・は?

 

 

 

 「いやいや、何言ってんだ。流石にそれはないだろう!」

 

 

 アイツ等がどれだけ心配すると思うんだ。

 

 サラダなんて過保護だから捜索部隊を組んだりして絶対、大事になるぞ。

 

 ボルトのやつも親父直伝の千人影分身でくまなく探し回るだろうし、ハヤトの小僧も数日後に控えた中忍試験が散々な結果に終わるだろう。あいつメンタル弱いし。

 

 

 「チョロっと行って、すぐ飛雷神の術で帰ってくればいいじゃん。」

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・はい?

 

 

 「とりあず、昔マーキングした雲隠れあたりに下見に行ってさ、朝飯時には帰ろうぜ。明日も昼まで寝て飯食ったら夕方まで旅に出よう。」

 

 

 ・・・・・・いや・・・それってお前・・・・・・・

 

 

 「ただの散歩じゃねぇかっ!!!」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 襲撃者

 早朝、テレビの占いを確認する。

 二人共ボロクソに言われて外出しないことを勧められたが、構うものか。

 

 自宅を飛び出し、今日も元気に旅に出る。

 

 

 今日は霧隠で水影と将棋を打ったあと、共に砂隠れに飛んで新米風影のお嬢ちゃんをからかいにいって、その後、現五影の皆で雲隠れに集合。人気なラーメン店を巡る予定だとか。

 

 旅ってこういうものだっけ?

 

 

 ナルトが飛雷神の術によるお手軽小旅行を趣味にしてからもう一週間も立つ。確かに以前より活力に満ちて楽しそにしているが、何か違うんじゃないだろうか。

 

 もっとこう、忍びの誇りを取り戻すための旅みたいなことを言ってなかっただろうか。

 

 

 あいつが最近したことといえば、

 

 中忍試験に変化でこっそり参加したり、風影のお嬢ちゃんをからかって泣かせたり、旅先で意気投合したジジィ仲間と吐くまで飲んだり、

 ガチホモボディービルダー地獄で悪徳商人にトラウマ植えつけたり、旅先の頑固ラーメン店長とガチンコラーメンバトルを繰り広げて最後は友情を芽生えさせたり。

 風影のお嬢ちゃんをたぶらかして一緒に落書きをして回ったり、女体天国の術で雷影にハニートラップを仕掛けたり。

 

 

 うん、ろくなことをしていないな。

 

 

 「フンフンフンフーーン♪フフフンフンフーン♪」

 

 ナルトが陽気に鼻歌を歌いながら並木道をスキップしている。

 すれ違うジョギング中の老夫婦や犬の散歩をしている女の子がクスクス笑っている。

 

 恥ずかしい。顔から火遁が出そうだ。

 

 この馬鹿があの伝説の七代目火影だと言ってもきっと誰も信じないだろうな。

 

 実際、ただの金を持ってそうなジジィとして目をつけられ、ゴロツキに絡まれたことも数回ある。

 たいていは螺旋丸で威嚇すれば今の忍び世界ではあまりに有名な術の前に印籠を掲げられた下手人の如き速さで頭をたれ、ひれ伏すのだ。気分は水戸黄門だ。

 

 

 「フンフンフン♪フンフンフフーン♪♪」

 

 ちなみに今は、水影との約束まで時間があるので適当な場所に飛んでブラブラ散歩中である。

 早朝からやってる定食屋をはしごして三軒目にしてようやくボケ老人特有の「ばあさんや、飯はまだかのう」状態から抜け出したところだ。

 

 三食分の朝飯が入った腹は大きく膨らみ、シャツから肉がはみ出して、スキップするたびにポヨポヨ揺れている。

 

 

 あの腹、波打つ肉、幸せそうなボケ面。

 

 

 コイツもうとっくに忍者とか呼べるもんじゃないんじゃないか?

 

 何度考えたかわからない疑問が頭をよぎる。

 

 

 耐え忍ぶものが忍者とか自来也の受け売りをキメ顔で息子に語ってたこともあったが、この道楽じじぃは一体何を耐え忍んでるっていうのか。

 

 毎日好きなだけ、食って飲んで寝て、遊びまわっている。里の任務なんて見向きもしない。

 

 最近使った忍術なんて、威嚇用の螺旋丸、散歩用の飛雷神、イタズラ忍術かエロ忍術くらいだ。

 かつて覚えた攻撃性たっぷりの凶悪な忍術はすっかり錆び付いている。

 

 というか、戦闘自体、ご無沙汰すぎて、もうコイツがどれだけ衰えているのかも把握していない。

 

 本当にこいつは、ワシがしっかりしないと間抜け面をさらしたまま、あっさりとそこらの忍者くずれに殺されそうで怖い。

 

 子狐モードで常にそばにいるのはそのためだ。決してワシ自身も堕落した生活を送りたいとかそういうことでは断じてない。

 

 

 せめて、ワシだけでもかつて最強とうたわれた九尾の九喇嘛でい続けなければならんのだ。

 

 

 

 そう決意を新たにしていると、いつの間にか呑気な鼻歌が止んでいた。

 ナルトはスキップをピタリと止めて立ち止まり、目を静かに閉じている。

 

 

 なんだ? 疲れたのか?

 

 ナルトにそう問いかけようとすると

 

 「クラマ・・・・お前も鈍ったな・・・」

 

 ニンマリと意地が悪そうに笑い、ナルトがそう呟いた。

 

 あん?何言ってんだこいつ?

 

 お前にだけは言われたくない、と怒鳴り返そうとしたとき

 

 

 

 そこでようやくワシも事態を察した。

 

 

 なんてことだ・・・・・まさかワシの方がこういう時にマヌケを晒すことになるとは・・・

 

 

 数秒の静寂。

 

 

 それを破るように風を切る鋭い音が耳を打ち、その瞬間上空から黒い槍が雨のように降り注いだ。

 

 

 ただの老人に向けるには過剰すぎるほどの執拗な攻撃。

 石道を穿ち、粉砕してもなお永続的に降り注ぐそれは術者の殺意そのものを思わせた。

 

 

 そこから数十メートル程離れた大木。

 

 

 その木の上で刺さった特注クナイを回収しつつそれの観察を続けるナルト。

 

 瞬時にクナイを投げ、飛雷神の術で当然のように避けたが、

 遠くへ飛ばないところを見るとナルトは敵対者をこの場で仕留めるつもりのようだ。

 

 久しぶりの命のやり取りに若干の不安を覚えるが、先ほどの一連の動きを見るとナルトの戦闘の勘はそこまで衰えていないらしい。

 

 むしろ、今のところワシが足を引っ張っているようで非常に歯がゆい。

 

 先ほどの失態を取り戻すべく、すぐさま自然エネルギーを取り込んで感知範囲を広げていく。

 

 

 上空に潜む敵を感知するまで、そう時間は掛からなかった。

 

 

 「相手は一人。攻撃地点の真上だ!相当高い位置で浮かんでやがるぞ。」

 

 

 口寄せ生物に乗っているわけでもなさそうだ。ということはかつてのオオノキのジジィのように土遁・軽重岩の術で体を軽くして浮いているのか。

 まさかかつてのナルトのように六道仙術の力を用いているわけではないだろう。

 

 

 「じゃあ、とりあえず―――影分身の術」

 

 

 隠れている大木から三体の分身が飛び出し、山道を駆ける。

 

 上空から狙いすますようにと黒い槍が降り注ぎ、それを貫こうとするが、当たらない。

 

 妖怪じみた身軽さで次々に避け、挑発を繰り返す。そうすると相手の憤りがわかるように攻撃に苛烈さが増していく。

 

 ついに、一体がやられ、スポンッ♪という間抜けな音を立てて煙のように消える。術者が苛立つのがわかる。

 

 さらに激しい猛攻に避けきれずに二体目もあえなくやられるがそれも当然、影分身。

 

 パッパパパーン♪とまたしても、小馬鹿にしたような音で術者を苛立たせる。

 

 ナルトが開発した挑発用影分身だ。やられた時の音を限りなく間の抜けたものにすることで相手を馬鹿にして遊ぶイタズラ忍術。

 

 風影が散々弄ばれてたあげく、顔を真っ赤にして涙目でプルプル震えていたのが記憶に新しい。

 

 その効果はてきめんだ。

 

 黒い槍が豪雨のように降り注ぐ。草木が無残に荒れ果て、地形も変わり始めて来た。

 

 術者はこの半ケツを出して踊りながら回避するじじぃを殺すことに全てを注いでいる。

 ・・・・ただの影分身なのにな。

 

 

 「おい、そろそろいいだろう?」

 

 

 相手の分析は十分なはずだ。恐らくこれ以上やつに底はない。

 

 

 「ん?ああ・・・そうだな、朝飯も食ってないしな、早く終わろうか」

 

 ・・・・どうやらこの後、四度目の朝食を取らねばならんらしい・・・

 

 ワシが悲観していると、ナルトが懐から手裏剣を取り出す。風のチャクラを纏わせて空に向けて力いっぱい投げた。数十年ぶりにしては、なかなかの速度だった。

 

 

 「多重影分身の術」

 

 

 一瞬にして山道がナルトの分身で埋め尽くされた。

 

 見渡す限りのジジィ。いきなり出現したジジィの大群に敵対者はそれはもう驚いたのだろう。

 

 黒槍の豪雨がピタリと止んだ。

 

 その隙を見逃さずジジィ軍団が皆そろって印を結び始める。

 

 

 ――――手裏剣超多重影分身の術

 

 

 遠くで誰かが見ていたのなら突然、空に巨大な黒い柱が現れたように見えただろう。

 

 

 先程投げた手裏剣が分身を繰り返し膨大な数の暴力となって地上から空へ駆け上ったのだ。

 

 印を止めないかぎり無限に増殖し続ける手裏剣は風切り音が重なり合い暴風が吹き荒れるような荒々しい音を響かせている。

 

 

 単発の威力は相手の黒槍の方が断然上だろう。しかし、攻撃範囲、規模、攻撃回数は比べるまでもなく圧倒的にこちらが上だった。

 

 しかも凶悪なことに分身された手裏剣は肉体に刺さったそばから消えてゆくのだ。その結果、同じ傷場所に幾度も手裏剣が刺さり人体を確実に削り取っていく。

 

 

 敵の甲高い断末魔が一瞬聞こえ、押し寄せる手裏剣の群れに飲み込まれて呆気なくかき消された。

 

 

 久しぶりに見たが相変わらずの反則的な忍術だ。

 

 突然、押し寄せる凶器の奔流は初見では対処など不可能。回避は絶望的で、防御も間に合わない。

 

 サスケならば瞬間的にスサノオを出現させて鎧で防ぐことなど造作もないだろうがそれをこの名も知らない賊に求めるのは酷だろう。

 

 哀れなことに骨も残らないオーバキルだった。久しぶりの戦闘で過剰になりすぎたとナルトも反省していた。

 

 

 

 

 

 その後、念のために仙術で辺りを感知しても生命反応がなく、影分身で探索しても敵の衣服の一部だと思われる血に染まった布しか見つからなかったので十中八九死んだのだろう。

 

 

 

 

 

 また、ワシの出番がなかったな。

 

 ナルトもだいぶ衰えたがまだまだ、この程度の相手に遅れを取るほどじゃない。

 

 

 思っていたよりずっと、あの頃の強さが残っていた。

 

 それは確かに嬉しいが、それではワシの出る幕など何もない。

 

 久しぶりに尾獣玉の一つでもぶっぱなせると期待していたのに。

 

 

 「あー終わった終わった。じゃ、水影のところで朝飯でもご馳走してもらうってばよ」

 

 「もう、そろそろ昼だっつーの」

 

 一応、正体不明の襲撃ということで五影にも報告が必要だが、・・・まぁ皆でラーメン食う時でいいだろう。

 

 

 ナルトがいつもどおり飛雷神の術で霧隠れの里に飛ぼうとする。ワシもいつもどおり肩の上に乗って付いていく。

 

 

 この時は信じて疑っていなかった。疑う余地など微塵もなかった。

 

 昨日から適当に考えた予定は問題なく実行されるだろうと。

 

 サラダや他の五影達におすすめのラーメン屋に案内する約束は間違いなく果たされるだろうと。

 

 今日まで続いた平穏は、幸福な家族の絆は、ワシたちを決して離さず死ぬまで暖かい日向のような日常が続くのだろうと。

 

 そう考えていた。

 

 だから何気なく飛んだ先が見知らぬ空間に繋がっていた時、ワシらは揃って間抜けな顔をするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 霧隠の里の街道に飛んだはずだった。眼前には水辺に面した美しい街並みが広がっているものだと思っていた。

 

 しかし、今目の前にあるのはただ、ただ青いだけの空間。

 

 

 景色も何もない、見渡す限り青一色。どこまでも続きそうな無機質な世界。

 

 

 

 ふたり揃って呆然としていると人影がこちらに向かって走ってくる。

 

 黒いフードをかぶった怪しい人物。

 

 余り洗礼されてない走り。ドタドタと騒がしく肩を怒らせている。いつでも対処できるように身構えるが、フードから除く瞳が涙に濡れているのを見て毒気を抜かれた。

 

 

 「殺す気ですかっっ!?いや実際死んだんですけどズタズタにされて猟奇的に骨も残さず殺されたんですけど!そりゃ確かにこっちが悪いですよ!こっちが仕掛けましたよ

ごめんなさい!でもいきなり有無も言わせず容赦なく慈悲もなく全力でぶっ殺しに来なくてもいいでしょ!?もっとこう正体不明の謎の敵なんだから無傷で無力化して、どんな目的だったのかとか、なぜ自分が狙われたのかとか色々聞き出したいことがあるでしょ!ないんですか!?もうとりあえずぶっ殺しとこう、みたいな感じなんですか!?

 悪魔にだって心くらいあるんですよ痛いのが嫌だとか苦しいことからにげだしたいか弱い女の子みたいな一面だってあるんです!あなたがたと同じ心ある生命なんです!」

 

 黒いローブに身を包んだ怪しげな女が何やら一方的にまくし立てる。

 

 「そう、私、女の子なんです!!見ればわかるでしょ!ひと声聞けば可愛らしい女子だって事前に気づくでしょ!まぁ姿見せなかったし声もかけなかったからしょうがないですけど!もともとお前が悪いんじゃないかとそう理不尽にお思いでしょうけど!確かに私が悪いんですけどねッでもそれでも怒りたい!行き場のない憤りをぶつけたい!

いいですよねっ散々怖い思いして殺されたんだからそれくらいの権利ありますよねっ

 それではお耳汚しでしょうけど言いたいことを言わせてもらいます!

思いっきり傷物にされましたよ!?自慢の美肌がボロボロですよ!

オッパイなんてもげてましたよ!自分のオッパイが少しずつなくなって感覚ってわかります?

 わっかんないだろうなぁ男には!というか加害者には!魔界の方じゃ美巨乳のアーデルといえばそれはもう名が知れてましてね!

どうか一揉みさせてくれってバカ男が後を絶たなかったぐらいですよ。その至高の宝であるこのアーデル様のオッパイをまさか乳首一つ残さずに跡形もなくこの世から消してしまうなんて魔界に知れ渡ったらもう戦争ですね!戦争ですよ!あ、信じてませねっ!マジですよそれくらい価値のある女の子なんですよ私!魔界のベストオッパイ部門で3位に輝いたぐらいで・・」

 

 

 

 う・・・・うぜぇーーーーーー!!

 

 このわけのわからない空間でわけのわからない女がわけのわからんことを一方的にまくし立てているこのわけのわからない不快な状況。気が触れてどうにかなっちまいそうだ。

 

 

 

 

 「地獄忍法シリーズ・・・不衛生便所こうろぎ地獄&ゴキブリパニック地獄・・・」

 

 

 突如現れた虫の大軍。ぴょんぴょん跳ねる便所コオロギとアグレッシブに動くゴキブリの軍勢が女を取り囲んだ。

 

 グロテスクに蠢く虫たちはキシキシと鳥肌が立つような鳴き声を奏でる。

 

 「ひっっっっ!!・・・ごべんなざい・・・・ゆるじでくだざい・・・・生意気言って・・す・・すびません!・・・どうかお慈悲を!・・・虫のエサは・・嫌っっ!!」

 

 よほど虫が苦手なのか光速で土下座を行う女。涙と鼻水で顔がグシャグシャだ。

 

 それを見て仏のような微笑みを浮かべて術を解くナルト。

 

 「じゃあ、さっさと知ってることを洗いざらい喋るってばよう。」

 

 跪いたまま首を縦に高速に振る女。

 その顔は同情するほど真っ青だった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 新しい世界

 「改めまして、ごきげんよう。わたくしは“呼び寄せる悪魔”アーデルハイト・ディスミルでございます。以後お見知りおきを。」

 

 怪しく微笑み、余裕たっぷりな表情でスカートの両端を摘み優雅に一礼する女。

 

 「な、なにー」

 

 「あー、あくまだとー」

 

 さっきのは無かったことにして登場シーンからやり直させて欲しいとベソをかいて頼まれたので仕方なくこういう茶番に付き合っている。

 

 確かにフードを脱いだ姿には多少驚いた。燃えるような紅い瞳に真っ白な髪。

 その頭には立派な角があり、背中にはコウモリっぽい翼。

 見るからに、悪魔っぽい。ワシも妖魔の端くれとして女から人外の気配がビンビン感じているのでそこは別に疑っていない。

 

 しかし、ここまで悪魔っぽいと逆に意外性が欠片もなく、正直つまらない。

 

 こちとら初めて見る生悪魔なのだからもう少しこちらを楽しませる気概が欲しいところだ。

 

 だいたい悪魔の癖に露出も少ないしサービス精神が足りないと思う。なんだよ純白のドレスって。悪魔の癖に清純派気取りか。

 

 

 「“呼び寄せる悪魔”として、わたくしは主の命によりお二人を異世界に誘います。あなたがたの生きた世界はもう遥か彼方。新たな世界にはもう間もなく着くことでしょう。

 拒否することは叶いません。後戻りもできません。お二人はこれより訪れる世界に骨を埋めるしかないのです。」

 

 この女、なんか調子に乗り始めたな。さっきまで泣きながら土下座をしていたくせに生意気な。

 

 異世界とか頭がおかしいんじゃないだろうか。

 

 もう、この鬱陶しい結界から抜け出すだけなのだから目の前の元凶を始末するのが一番手っ取り早い気がしてきた。

 

 ナルトもめんどくさそうに螺旋丸を掌で生み出している。

 

 「ひっ・・・なんですかその手のひらでギュんギュんいってる危なそうな玉は!ちょっ、やめてくださいっ!こっちにむけないで!非常識ですよ!

 野蛮です!なんでも力で排除しようという考えは悲しみしか生みませんよ!そういうの悪魔的にみてもアカンと思うんです。

 だいたい、無駄ですよ!私を殺しても根本的な解決にはなりませんからねッ。私たち悪魔には残機と呼ばれる命のストックがあるんです。

 それがある限り私は何度だって蘇りますよ!た、例え私を殺し尽くせたとしても異空間に投げ出されるだけです!あなたがたの世界にはぜーっっったい戻れません!!

 ざーんねーんでーしたー!フフフフフフ勝った!アーデルちゃん、ついに卑劣な忍者に勝利した!あははははは!・・・・・・・・

 ・・・・すみません・・・そのグィングィン唸って大きくなっていってる玉、怖いんでしまってくれませんか・・・

 ごめんなさい。死んでも大丈夫だからって別に痛いのが平気なわけではないんです・・・」

 

 格好つけたり、はしゃいだり、ヘタレたり忙しい奴だな。

 

 しかし、命のストックというのは信憑性がある。現にこの女は殺したはずなのに生きてここにいる。

 

 ということはさっきから言っている異世界うんぬんもただの妄言では無いのかもしれない。

 

 だとしたら厄介なことになった。

 

 さっきからナルトが飛雷神の術で飛ぼうとしても、この結界のせいかまるで発動しない。

 

 帰る手段がこの女の術しかないというのならどうにかこの女を屈服させ従わせなければならないのだ。

 

 しかし、脅迫、拷問、精神攻撃などはうずまきナルトが最も苦手とする分野だ。

 

 根が優しく穏やかなこいつは自衛や防衛以外の目的で人を傷つけたことがないのだ。

 

 そして、この女の主と呼ばれる黒幕の存在もある。わざわざこんな老耄を異世界なんぞに呼び寄せるあたり、うずまきナルト個人を知っているものである可能性が高い。

 

 狙いは十中八九、ナルトの中の九尾の妖狐・・・ワシの力だ。だとしたら他の人柱力も狙われる恐れがある。

 今代の人柱力達はいずれもこの程度の悪魔モドキなんぞに遅れをとるようなものなど皆無な猛者ばかりだが、この“呼び寄せる力”というものは恐らく単純な力で破れるものではない。発動を許してしまえばもう手遅れなのだ。

 

 ナルトが結界を破壊しようと、風遁・螺旋手裏剣を放つ。

 

 圧縮された膨大な風のチャクラを内包する手裏剣が青い空間を凄まじい速さで駆け抜け、やがて見えなくなった。

 

 力が足りずに打ち破れないのではなく、向ける先すら存在しない世界。

 

 例え、ワシらが全力を振るい、すべての力を用いて尾獣玉を放ったとしてもそれは無駄な結果に終わることだろう。

 

 「も、もうっ!おとなしくしていてくださいよ!これから向かう世界もそう、悪いものではありませんから。

 ちょっと野菜が牙を向いて襲ってきたり、魔物が増えすぎて鬱陶しかったり、頭がおかしい連中がやたらと多いだけの・・・・・ちょっとクセがあって好き嫌いが分かれると思うけど味わってみると少し好きになるようなそんなカエルの肉のような世界ですから!ご安心を!!」

 

 なんだその例え!全然安心できねぇよ!というかカエルの肉って・・・コイツがカエル使いだと知っての狼藉か!

 見ろ!普段は温厚なナルトがこめかみに青筋浮かべて螺旋手裏剣に仙術チャクラまで練りこんで殺傷能力をさらに上げているぞ・・・・

 

 

 「ま、まーまー落ち着いて・・・・そ、そんな怖い顔しないで・・・リラックス、リラックスよー、短気は損気と言いましてー・・・・・あ!今着きました!」

 

 顔を青くして腰を抜かしていた女が安堵の笑みを浮かべる。

 

 「うずまきナルト様、クラマ様、ようこそおいでくださいました。我々は歓迎いたします。この素晴らしい世界でどうか幸がありますよう。」

 

 女が腰を抜かしたまま微笑む。座り込んだ状態で右手を頭上にかざすと青い空間に亀裂がはしった。

 

 ワシら取り囲むように空間はひび割れ、最後には細かいガラスが砕け散るように音もなく崩壊した。

 

 

 そして、気づくとワシらは見知らぬ街の中にいた。

 

 

 レンガ造りの家々が立ち並ぶそれなりに大きな街だった。多くの人々が賑わい、のんびりした足取りで行き交っている。

 

 誰も突如現れたはずのワシらに注視する様子もない。ただ、呆けて突っ立っているジジィと小動物を邪魔くさそうに避けるだけだ。

 

 「どこだ・・・ここは・・・」

 

 そこは、ただの見覚えのない街というだけだ。魑魅魍魎が徘徊する怪しい世界に紛れ込んだわけでもない。

 

 どこにでもありそうな街並みだ。剣や鎧を身にまとった男、とんがった長いつばの帽子をかぶる女。見慣れない服装の者たちが多いがそこまでおかしいワケでもない。

 やけに耳の長い者や獣の耳とヒゲを生やした奴もいて、それは確かに見たことがないがそれだけで異世界というのもピンと来ない。

 

 決定的なものが何もなかった。異世界に訪れたという妄言を完全に信じさせるようなものは何もなかった。

 

 すぐさま飛雷神の術で飛ぼうとした。

 

 これまでマーキングした場所は100以上あったのだ。どこへ飛んだとしても見覚えがある場所というだけでワシらを安心させてくれるはずだった。

 

 その結果、発動の兆しすらなく失敗した。

 

 あの忌々しい結界は破れたはずだ。飛べない原因など思い当たらない。

 

 マーキングした術印がこの世にある限り、この状況で発動しないわけがなかった。

 

 「まさか、本当に異世界だとでも言うのか?・・・・・」

 

 「まぁ、俺はなんとなくそんな気はしてたってばよ」

 

 ナルトは呑気にそう呟くと、何気なく掌に凶悪なまでに高密度のチャクラを収束し始めた。いつの間にか仙人モードにまでなっている。

 

 街中での突然の暴挙に道行く人々はギョッとして後ずさる。

 

 「え、なにしとるんだ?」

 

 「いやー、あの悪魔っ子、逃げたみたいだからさー」

 

 そういえば、いつの間にかいなくなっている。

 

 「こんなところにまで連れてきて説明もなしに放り出してトンズラっていうのは、ちょっと、どうかと思うんだってばよ。」

 

 「ん、確かにな。イラッとくるな」

 

 「だろ?」

 

 普段は温厚なワシらでも流石に許容できる範囲を超えているな。

 

 今日食べるはずだった行列ができる名店の味噌チャーシューメンを食いそこねたコイツは見た感じ仏のように柔らかい表情を浮かべているが心中は怒髪天なのかもしれない。

 

 ワシも帰れないと明日テレビで放送する劇場版「狐探偵」を見逃してしまう。先週の次回予告を見てからずっと楽しみにしてきたというのに。

 

 

 「確か、残機というのがあると言ってたな。」

 

 「そうそう、よくわからないけど死なないらしいってばよ。」

 

 仙術で探知した感じ、すでに結構離れた位置で飛んでいるのがわかる。涙目で必死に逃げる様が目に浮かぶが、なぜだろう?まるで躊躇する気がおきない。

 

 

 荒れ狂う暴風の塊がキィィィィンという甲高い音を立てて身の丈ほどの風の手裏剣に形をを変える。

 

 

 「仙法・螺旋手裏剣」

 

 

 その場で思いっきりジャンプしたナルトは容赦なくそれを放った。

 

 青い軌跡を残して光速で飛んでいくそれを街の人々はボンヤリと見上げていた。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・はっ・・・」

 

 気がつくと私は柔らかいベットの上で目を覚ました。慣れ親しんだ私の部屋だ。

 

 荒い息を吐き、テーブルの上の水差しからコップに水を注ぎ一気に飲み干す。

 

 コップを持つ手が震えて、止まらない。

 

 

 悪夢を見た。大悪魔であるこの私が思い出すとおしっこチビってブルブル震えてデビルメイクライしてしまいそうな最恐の悪夢を見た。

 

 思い出したくない!思い出したくないのにインパクトの強すぎる死亡体験がフラッシュバックして精神を蝕む。

 

 気がついたら胴体から真っ二つにされて、その後私を切り裂いたそれが大きく膨れ上がって私を飲み込み、一瞬で私の残骸をズタズタのミンチに・・・・・・・・

 

 ・・・・・トラウマ確定だコレ・・・・・・・・

 

 

 「ああ、アーデルよ、死んでしまうとは情けない」

 

 

 悪魔より悪魔らしい声が部屋に響く。部下が見るからに怯えているというのに愉悦をたっぷりと含んだ声色は私を大いに苛立たせる。

 

 「聞いていませんよ。あんな・・・・あんな化物が相手なんてっ・・・・・・」

 

 侮れない相手だとは聞いていた。しかし人間としては中々だが、大悪魔である私の敵ではないと大いに持ち上げられた。

 

 だから気をよくして鼻歌交じりに「このアーデル様なら余裕のよっちゃんよ!」とか調子よく大言を吐いて意気揚々と向かったのだ。

 

 その結果があれだ。2回もぶっ殺された。忍者ってほんっっと怖い。

 悪魔の私が言うのもなんだけど、人の所業じゃないよね。

 

 「やはり、お前では荷が重かったか。」

 

 別に失望しているわけでもなさそうな軽い態度が腹立たしい。絶対こうなることを予測していたはずだ。

 

 

 「ちゃんと、この世界には呼び寄せましたよ!十分でしょ!これ以上はまっったく割に合いません!!」

 

 できたら殺してね、とか気軽に言われたけど、あれを殺せとか絶対、無理ゲー!頭がおかしいっ!

 

 

 「フン・・・・手間のかかるものだ。あれからもう80年余りになる。すっかり老いぼれたものだと思ったが・・・・・

 まぁ、良いだろう。勘付かれないように遠くから監視していろ。時期が来たら俺直々に手を下す。」

 

 

 主様は獰猛に嗤う。獣が極上の獲物を前にした時のような圧倒的強者の驕りきった笑み。

 

 私はこの人間が好きではない。別にツンデレとかではなく本音100%で嫌いだ。

 

 彼の思想に共感もできないし、この私を見下すような眼も気に入らない。

 

 そもそも本来もらうはずの対価だって何ももらっていないのだ。完全なタダ働きでこき使われているわけだ。

 

 悪魔である私が清いボランティア精神で尽くしているわけもなく、半ば脅されて、強要されている状態だった。

 

 裏切れるものなら裏切りたいものだけれど、困ったことにそれができない。

 

 この瞳に私は逆らうことができない。妖しく輝き、気味の悪い模様を描く瞳。これに囚われた私は運が悪かった。最悪に不運だった。

 

 

 「かしこまりました。マダラ様。」

 

 

 忠誠心など微塵も抱かず一礼する私を我が主はどこまでも興味無さげな眼で見ていた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 ドМとの遭遇

 「そんな・・・・・・・こんな理不尽なことがあってたまるかってばよ!!」

 

 絶望に染まりきった表情でテーブルに額を強くぶつけるナルト。

 

 ドンッと割と大きな音が店内に響くが、不審なじいさんの突然の奇行に店内の客達はまるで気にした風もなく図太く食事を続けていた。

 

 「おい、落ち着けよナルト」

 

 「なにを一人だけ冷静になってんだ!この状況がどれだけヤバイかわかっているのか!!」

 

 冷めた声でなだめるワシをナルトが余裕のない表情で怒鳴る。

 

 完全に取り乱している。こんなナルトを見るのは随分久しぶりだ。あの時はそう――

 

 

 「このクソッタレな世界にはラーメンがないんだぞ!?」

 

 うん、確かあれは夜食に作ったラスト一つのカップラーメンを誤ってひっくり返した時だ。

 

 

 異世界だと思われる街のとある食堂。

 

 あれから途方に暮れていたワシらは、とりあえず昼時だということで近くの繁盛していそうな店に適当に入った。

 

 そのうち帰れるだろうと楽観的なことを言っていたナルトの目はメニューを一通り眺めると一変した。

 

 明らかに向こうでは食べたことがないであろう料理名がゴロゴロしていたのだ。

 

 忙しそうに動く店員を捕まえてこの世界においてラーメンなる料理が存在するのか根掘り葉掘り聞き出して軽い営業妨害をしたところ、

 コイツにとって絶望的な答えが返ってきたのだった。

 

 「俺はこれからの余生を一体何を楽しみに生きていけばいいんだってばよ!?」

 

 ナルトが悲哀に満ちた声で叫ぶ。

 

 「うーん、他にも何かないんか?仮にも酸いも甘いも味わい尽くしたであろう98のジジぃがあんな健康に悪そうな料理に人生の全てをかけるなよ。」

 

 至極真っ当な意見のはずだ。ワシはラーメンより蕎麦派だしな。

 

 

 「俺の生涯は常にラーメンと共にあった!寂しい時、辛い時、いつも俺のそばにあって慰めてくれたのがラーメンだった。

 共に戦い抜いた戦友よりも濃く、長年連れ添った妻よりも深く、ラーメンは俺自身を作りあげ血肉となっているんだってばよ!」

 

 ・・・ほーう・・・・いや、別にラーメンに嫉妬なんてしてないよ。確かにワシなんかよりラーメンの方がよっぽどナルトの力になっていたようだしな!

 ワシなんか、昔はコイツに化け狐なんて呼ばれて嫌われていたし?

 ワシだってあの頃は鬱陶しいガキだと思って嫌ってたし!

 

 まぁ、ずっとそばにいたであろうラーメンさんには敵わないッスよワシなんて全然ラーメンさんには及ばない薄味の戦友だよ、どうせ。

 

 しかし、ワシは良いとしても意外と嫉妬深かったコイツの妻はきっとあの世で青筋を立てて柔拳を叩き込む準備をしているだろうな。

 お盆の夜にラーメン屋の丼が突然割れる怪奇現象があったらきっとラーメンに恨みのあるヒナタという女の亡霊の仕業であろう。

 

 

 「クソっ、こんなことならあの悪魔っ娘をちゃんと捕まえておくんだった!」

 

 ワシがさっきから後悔していることをついにコイツも口にした。

 

 そうだよなー。捕まえとけばよかったよなー。

 

 今考えればやろうと思えばできたんだよ捕獲だって。

 

 ついカッとなって螺旋手裏剣を飛ばすナルトを黙認したけれど、止めるべきだったんだよな。

 

 帰る手段があの女しかないのだからもっと慎重になるべきだった。

 

 そのことをワシはもう十回以上は反省している。

 

 当の本人であるナルトはさっきまでは過ぎたことはしょうがないとかほざいて大らかそうに笑っていやがったが。

 

 

 「一応、仙術探知を最大限に広げて探しているが、そう都合良くは見つからねぇもんだな」

 

 「でも、あいつの同族っぽい雑魚ならなんかちらほらいるみたいだってばよ。」

 

 「あー、確かにそんなのがいるようだが、やつと比肩するには弱すぎる。同種族だからって仲間であるとは限らないんじゃねぇか?」

 

 「いろんな奴がいて、いまいち世界観がつかめないよな。悪魔が当たり前のようにいる世界なのかもまだ判断つかないし。」

 

 

 店の椅子に座りながら仙術を用いて二人で手分けして街を捜索していた。

少しでも手がかりがないかとダメ元で探っているが、やはり時間の無駄かもしれない。

 

 あれほどの目に合わされたのだ。相当のドМでもない限り近くにのこのこ現れたりしないだろう。

 

 「チッ、あの、クソ悪魔め!今度会ったら、ヒナタ用のエロ忍術を解禁して触手責めでヌルヌルな目に合わせてやるってばよ!

 それとも水遁で水責めにした後、大量の鰻に化けてご自慢の巨乳を蹂躙してやろうか!それとも・・・・・」

 

 次々と実現できるであろうエグいエロ忍術を語るナルト。

 普段は温厚で大らかなナルトだがキレるとたまにこういう鬼畜発言をすることがある。

 ヒートアップしてきたのか徐々に大きくなる声に辟易して、ぶん殴って止めようとした所、ガタンッと勢いよく椅子を立つ音がして隣の席から女がズンズンと近づいてくる。

 

 

 「ご、御老人!!そ・・・その話をもう少しやらしく!・・・いや、くわしく教えてくれ!!!」

 

 金髪の女が息を荒くさせ、ギラギラとした瞳で興奮した様子で言った。というか叫んだ。

 

 

 「エロ忍術とはなんなのだ!?そんな素敵な・・・・いや、けしからんものがこの世に存在するというのか!?け、けしからんっ

 そんなものが存在しているなど本当に許しがたい!果たしてどれ程のものなのか・・・とても見過ごすわけにはいかない!

 た、試しに私にやってみるといい・・・なに、いいんだ遠慮するな誇り高き騎士として当然の義務だ!

 大丈夫!私は騎士としてそんな卑劣で卑猥な術に絶対に屈しない!!

さぁ、来い!早く!先程話でも言っていたような触手でも鰻でも蛇でもカエルでも1,000Pの大乱交でもドンと来い!!」

 

 野生のドМが現れた。

 

 すぐさま逃げる選択をしたいところだが、ナルトは初めて対話する異世界の住人に興味深々だ。

 

 「や、やめてダクネス!危ないよ! 一人で延々といやらしい話をしているおじいちゃんだよ!?

 私の盗賊としての第六感が告げているんだ!このおじいちゃんは人外の類だよ!」

 

 銀髪の女が慌てたようにドМの手を引っ張る。

 どうやらこの女はド変態なエロじじぃが一人でブツブツと妄言を垂れ流しているように見えたらしい。

 ワシをただの可愛らしい飼いギツネだと思っているわけだ。

 失礼な。ワシは他人にコイツのペットだと認識されることが一番嫌いなんだ。

 

 「ふん、その人外の類というのはワシのことだろうな。確かに見ての通り人ではない。」

 

 ワシの渋くてカッコイイ美声に二人はギョッとした顔で辺りを見回す。

 

 「どこを見ている。この皺くちゃの老人の前に座っている雄々しい獣が見えんのか。」

 

 二人仲良く口をだらしなく開けてポカンとしている。

 ふふふ、ワシはこういう凡夫共の間の抜けたリアクションが好きで堪らない。

 これだから、子狐モードは辞められないのだ。

 

 「ウソ・・・・」

 

 「狐が、喋った・・・・」

 

 こいつらのリアクションで一つわかったことがある。

 

 どうやらこの世界でも獣は喋らないらしい。

 出会うやつら皆、この反応だとしたら色々面倒くさいな。

 

 

 

 

 

 

 

 「へー、おじいちゃんとクラマ君はこの街に来たばっかなんだー」

 

 先程とは打って変わって和やかな雰囲気でクリスという銀髪の少女は言う。

 

 「おー、遠くから来て、さっき着いたばっかりでさー。新参者で右も左もわからないんだってばよう。」

 

 困ったように笑うナルトをドМ少女ダクネスがその内に秘めた性癖を微塵も見せずに優しく微笑む。

 

 「この街はアクセル。駆け出し冒険者の集う街です。治安もよく人々も温かい良い街ですよ。

 困ったことがあれば何でも言ってください。先住の身としてできる限りお手伝いしますよ。」

 

 「おう、ありがとう!助かるってばよダクネス!しかし、冒険者かー、いいなぁ。年甲斐もなくワクワクする話だってばよ。俺もなっちゃおうかな?」

 

 「ナルトさん位のお年を召した方だとちょっと・・・・」

 

 「うーん、この街のクエストでも結構危ないこと多いしね。ちょっとした冒険なら私達が一緒なら大丈夫だと思うんだけど・・」

 

 「やっぱ厳しいかー・・老人と狐、女の子二人のパーティも面白くて良いと思うんだけどなー」

 

 「ふふ、確かに」

 

 「うんうん、注目浴びそうだよね。クラマ君とか異例すぎるし。」

 

 

 和やかに笑い合う三人。数十分前まで他人だったとは思えない位に打ち解けていた。

 

 正気に戻ったダクネスとクリスは最初は喋る狐を連れた怪しい老人に警戒心全開だったのだが。

 

 面倒くさいから全ての応対をナルトに任せていたらいつの間にか非常に友好的な関係を築いていたのだ。

 

 相変わらずのコミュ力の高さだった。誰とでもすぐ友達になるコイツの性質は年老いてなお、変わらない。

 

 「しかし、世界は広いな。まさか言葉を喋る狐がいるとは。」

 

 ダクネスがそう言って軽く笑う。さっきまで仰天して醜態を晒していたやつとは思えない態度だ。

 

 「俺のいたところでは意外に多いってばよ。狸とか猿とか猫とか」

 

 「へー、いいなぁー」

 

 クリスが羨ましそうに言うが、多分コイツの頭の中の喋る動物というメルヘンチックな想像とはだいぶ差があるだろう。

 

 実物は街一つ簡単に滅ぼす巨大怪獣なのだ。

 

 「全員友達だ。クラマとも幼い頃からずっと一緒なんだってばよ。」

 

 ふん、嘘をつけ。そのくらいの頃にお前と共にいた事などなかった。今となっては後悔しかしない時代だ。

 

 「え!?じゃあクラマ君も同じくらいおじぃちゃんなんだ!道理で落ち着いた声だと思った・・・・」

 

 「見た目はこんなに可愛いのにな。というかこの方にも敬語で喋ったほうがいいのだろうか?」

 

 ふん、ド変態のくせに堅物な女だ。まぁ、特別にタメ口を許してやろう。

 小動物相手に低姿勢な騎士というのも外聞が悪いだろうしな。

 

 会話が弾む。

 

 時間を忘れて言葉を交わすこいつらには一期一会では済まされない位の確かな縁ができていた。

 

 見知らぬ世界で微かな不安を覚えていたが、良い友人ができたようで本当に良かった。

 

 

 

 「あ、ダクネス、悪いけど少しだけお金貸してくれってばよ」

 

 「え、あ、はい、いいですけど・・・」

 

 

 

 唐突に、会ったばかりの女にいきなり金の無心をするナルト。

 

 すげぇ・・・・お前、すごいよ・・・・

 

 確かに、散々、飲み食いした後、あっちの通貨が通用しないであろうことに気づいて蒼然とし、土下座の覚悟をしていたが。

 

 まさか、そこらの女引っ掛けて金を払わせるとは・・・・一体何処まで堕ちるんだ七代目火影。

 

 「え?おじぃちゃん、お金無いの?」

 

 クリスはまるで咎める様子もなく、まさに女神のような慈愛に満ちた眼差しを向けてくる。

 やばいな、ワシも妖魔の端くれだし浄化されてしまうかも・・・・・ 

 

 

 「そうなんだってばよ・・・。俺の田舎の金ってこっちの方じゃ全く使えないみたいでさ。」

 

 ナルトがテーブルに財布の中身を広げてみせる。二人は見慣れないのであろう、小銭や紙幣を物珍しそうに見ていた。

 もともとそんなに多いわけでもないが昼飯ぐらいなら余裕で払えるだけはあるはずだったのだ。

 

 「使えるお金が全く無いというのなら、これからの生活は厳しいのではないですか?返すのはいつでもよろしいので少し余分にお貸ししましょうか?」

 

 心配そうな顔でそう提案するダクネス。

 おいおい、出会ったばかりの老人を信用しすぎだろう。

 普通、いきなり金の無心をされたら詐欺だとか疑わないか?

 

 「いやいや、ここの御代だけ貸してもらえれば十分だってばよ。」

 

 「しかし、それでは・・・・」

 

 「働いて稼ぐってばよ。これでも体力にはまだまだ自信があるんだ。なにか肉体労働で良い仕事を知らない?」

 

 「土木工事の作業員なら人手不足で常時募集しているけど・・・おじぃちゃん本当に大丈夫?相当キツイらしいよ?」

 

 「大丈夫、大丈夫!こう見えても俺はまだ98歳なんだ。まだまだ若いし十分イケルってばよ。」

 

 「いやいやイケないよ!!というか98歳なの!?思ったよりずっとご高齢でびっくりなんだけど!?」

 

 やたらと心配そうな顔で考え直すように説得してくるダクネスとクリスを半ば強引に口説き落とし、仕事の紹介をしてもらう。

 

 

 

 

 こうして、仕事も決まり、異世界での新生活がスタートしたのだった。

 

 

 

 

 

 そして、数日後、工事現場を息も乱さず縦横無尽に駆け回る妖怪のようなジジィを目にして、唖然として立ち尽くしているクリスとダクネスの姿があった。

 

 

「・・・・あのおじいちゃん本当に人間?壁とか柱とか普通に垂直に歩いているんですけど・・・・」

 

「あれ?気のせいかな?・・・・・ナルトさんが時折、増えているように見えるんだが・・・

昨日の筋トレのしすぎで疲れてるのかな・・・・帰って休もう・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 土木工事と爆裂娘

 異世界生活10日目、今日も馬小屋で目を覚ます。

 

 朝の爽やかさ感じる暇もなく仄かに香る馬糞臭さが鼻を突き、ゲンナリとする。

 

 数十年間、ふかふかの羽毛布団で安眠してきたワシはこの現状に泣きたくなった。

 

 「お金がないなら、無料で寝泊りさせてくれる良い馬小屋があるよ?」

 

 とクリスににこやかに言われた時は女神の皮を被った鬼かと思ったものだが、この街では割と常識的なことであるようだった。

 この街に数多くいる冒険者という職種は収入が非常に不安定なんだという。

駆け出し冒険者の実力に見合った手頃な仕事などそう多くはなく、金銭不足で家畜の小屋に泊まるものがあとを絶たないとか。

 クリスも余裕があるとき以外は大抵、馬小屋で寝泊まりしているらしい。

 

 ダクネスは実家が近く、いつもわざわざ帰っているのだが、時折趣味で豚小屋に寝泊まりして悦に入っているらしい・・・・・・

 

まぁ、宿の代金も毎日だと馬鹿にならないからな・・・一軒家でも手に入れば別なんだろうが。

 

 

 「あ~さ~だ~よ~~~~!!!」

 

 「うるせぇぞジジィ!!!」

 

 朝からナルトが馬鹿でかい奇声を発するが、すぐに隣から怒鳴り声と共に壁を殴りつける音が返ってくる。

 

 「朝飯食いに行こうってばよーーーー!!」

 

 「声がデケェ!!一人で行けやボケジジィ!!」

 

 今日もお隣さんはつれないらしい。

 

 「振られちゃった」と肩をすくめて、作業着に着替えるナルト。

 

 「さぁ、今日も一日気張って稼ぐってばよ!」

 

 その顔には活力に満ちていて、異世界生活を随分楽しんでらっしゃる。

 ワシはもう帰りたくてしょうがないんだけどな。

 

 

 

 朝飯をすませて現場に向かうとすでに強面の体格のいい男たちがぞろぞろと集まっていた。

 その何人かがナルトを目にすると破顔して嬉しそうに声をかけてくる。

 

 「あ!ナルトさんお早うございます!早いっすね!」

 

 「おう、ナルじぃさん!今日も頼むぜぃ」

 

 「張り切りすぎて、また俺たちを暇にさせないでくれよ!」

 

 「そうなったらまた親方に給料泥棒ってどやされちまう!」

 

 「まぁ、俺はそれでも一向に構わんがね・・・・」

 

 「お前はちゃんと働けよこの給料泥棒!」

 

 愉快そうに笑い合う男たち。

 随分と馴染んだなぁ。

 初日は見るからに歳のいった老人ということもあり口の悪いものに散々言われたものだ。

 「足を引っ張るな」だの「ポックリ逝っても自己責任だぜ」とか「オレオレ、孫のサトシ、ちょっとそこで事故っちゃってさ・・」だのふざけた事を言っていたものだが、

 仕事が始まって数分でそれはなりをひそめ、一日が終わる頃には驚愕と畏怖、尊敬の眼差しを向けられていた。

 

 今やアクセル街の「怪物ジジィ」といえば土木作業員の間では知らない者がいないほど有名である。

 

 ちなみにこういう仕事で大いに力を発揮しそうな影分身はあえて自重させている。

 若者の仕事を奪うのは忍びないしな。

 コイツが本気になったりしたら土木作業など全て一日で終了して職を失うものが続出することだろうし。

 

 

 

 

 「ほいさっ、ほいさっ」

 

 本来なら二人で持つような大きな木材を両手に数本まとめて担ぎ上げ、走る。

恐ろしいのはもう十往復ほど繰り返しているのにペースがまるで落ないことだろう。

 同僚は感嘆の声を上げ、今日入ったばかりの新人はまるで幽霊でも見るような眼で呆然としている。

 

 「フンフンフンフンフンフンッ!」

 

 ツルハシを二本持ち霞むような速さで土を掘るナルト。

 

 「若いの、よく見ておけ、あれがナルトさんのツルハシ二刀流だ。常人には決して真似できない華麗なツルハシ捌き。一人で十人分の仕事をするというのも頷ける話だ。」

 

 「いや、なんであの人冒険者やらないんスか!?」

 

 

 そして日が暮れて、一日が終わろうとしている。

 

 

 

 いやぁ、今日も働いたなぁ。

 

 ナルトが。

 

 ・・・ワシ?そりゃ小動物ですから、邪魔にならない所で日向ぼっこをしていたに決まっている。

 

 ワシも心苦しいが、獣の身なのだからしょうがない。

 

 あー、ワシが人だったらなー。バリバリ稼ぐのになー。

 

 「え?変化すればよくね?」

 

 帰り際にナルトが何か言ってた気もするがどうも、耳が遠くて聞こえんなぁ。

 それより早く風呂にでも入りに行こう。

 わしの提案にナルトがどこか釈然としないような顔で頷いた。

 

 

 

 大浴場でまったり湯船に浸かっていると、微かな振動と共にドーンッという遠くから鈍く轟くような爆発音が聞こえた。

 

 ああ、もうそんな時間か・・・・

 

 周りの客は無反応。夕方に子供の帰りを促す鐘が鳴るのと似たようなものだ。もうこの音も日常の一部なのだ。

 

 「さて、ちゃっちゃと洗って向かうとするか」

 

 今からどこへ?とは聞かない。これも異世界での日常の一部。習慣なのだ。

 

 

 

 

 

 「遅いですよ、ナルじぃ。」

 

 街から少し離れた荒地の枯れ草の上で少女が仰向けで横になっていた。

 

 いつもどおり黒いマントに黒いローブ黒いブーツに黒髪と全体的に黒づくしだ。

 

 普段かぶってる魔女っぽいとんがり帽子を枕替わりにして随分と寛いでいる。

 

 「ごめんよ、恵ちゃん」

 

 「ちがいますよ!?私はそんな平凡なつまらない名前ではないのです!ん、が抜けてるだけで大分違うのです!

 我が名はめぐみん!アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操りし者・・・・!

 ・・・・・・・・ってこの名乗り何回目ですか!?いい加減覚えてください!」

 

 「ごめんごめん、アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操りし者ちゃん」

 

 「それは名前ではないです!ベタな返しは止めてください!」

 

 フーッフーッと鼻息を荒くさせ瞳を真っ赤に染めている少女めぐみん。

 

 なんでも紅魔族という興奮すると瞳が紅くなる珍しい種族だとか。

 

 「そんなことどうでもいいから、さっさと帰るぞ。こちとら飯もまだなんだ。」

 

 ワシがそう言って帰るのを促すと、めぐみんが膨れっ面でこちらを見る。

 

 「相変わらず、使い魔のくせに態度がでかいですね・・・・・

 クラマも、もう少し今日の私の魔法の爆裂具合とか気になりません?」

 

 ・・・ワシは使い魔じゃないっつーのに・・・

 

 「そこの砕けた岩の瓦礫を見ればわかる。相変わらず最強とかいう割にはパッとしない威力だ」

 

 「な、な、なにお~!・・・私の爆裂魔法がパッとしないと宣いやがりましたか!今!!

いいでしょう!その身をもって後悔させてやりましょうっ

 明日この場所に来てください!我が最大級の爆裂魔法で狐の丸焼きにしてやります!」

 

 

 「ほ~う・・・・一発打つだけで行動不能の欠陥魔法使いが言うじゃないか?えぇ?」

 

 「や、やめてください!肉球で顔を踏まないで・・・・・・やー、や、やめろぅ!」

 

 止めてくださいという割には全然そんな顔をしていないな・・・・

 むしろもっと踏んでくださいという顔だ。

 あのドМクルセイダーといい、この街には変態が多いものだ。

 

 さらに肉球で頬をグニグニしてやると、幸せそうな顔で「あ~~っ」と唸っている。

 

 「あ、アークウィザードは・・・こんな・・・・獣の肉球何かに屈しませんよぅ・・・

く、屈しませんとも・・・・・あ~~・・・・」

 

 ナルトはそんなめぐみんを孫を見るような微笑ましそうな表情で見ていた。

 

 

 ワシ等がめぐみんに出会ったのは異世界生活二日目の夕時。

 

 風呂上がりの軽い散歩中に魔力切れで倒れていためぐみんを助けたのがきっかけだった。

 

 その後、金無しだというので飯まで奢ってやった所、たいそう懐かれてしまった。

 何でも爆裂魔法というものを極めるために、毎日人のいない場所で魔法を撃つことを日課にしているとか。

 ただ、魔力の消費量が馬鹿みたいに高いらしく、一発撃つとしばらく動けなくなるほど消耗するのだと。

 だから、都合よく親切な人が捕まらない時は自力でなんとか相当時間をかけて少しずつ帰路につくのだという。あほか。

 高威力なので発動が許される場所は限られ、燃費は最悪。放った後は役たたずに成り下がるしかない。

 奥の手として使う分には良いかもしれないがこいつはそれしか使わないという。

 そんな魔法どうして好んで使うのかと疑問に思い問い掛けてみると。

 

 「爆裂魔法を極めることこそが私の生まれた意味であり、生涯の目的なのです!他の魔法ではダメなのです!私は爆裂魔法を心から愛してしまっているから!」

 

 鼻息を荒くさせ、そう雄弁に語るめぐみんの瞳はキラキラと紅く輝いていた。

 

 

 うん、馬鹿みたいだ。

 

 そう思うものはワシの他にも大勢いて、その結果、冒険者としてろくにパーティにも入れてもらえないのだとか。

 だから冒険者として仕事を全くこなせず、常に金欠なのだ。

 恐らく普通の魔法を習得していればこうはならなかっただろう。

 それでも後悔を一切感じさせない眼差しで爆裂魔法への愛を語るこいつは、ナルトに通ずる良い馬鹿なのかもしれない。

 

 そういう頑固で一途な姿勢をナルトが大いに気に入り、二人は出会ったその日に意気投合した。

 

 ナルトはめぐみんを実の孫のように可愛がり、めぐみんもナルトのことをナルじぃと呼んで慕うようになった。

 

 そうして、その日から、爆裂魔法の轟が聞こえたら、めぐみんを迎えに行くことがワシらの日課になったのである。

 

 

 

 「ナルじぃ、石鹸の匂いがします。」

 

 「さっきまで風呂に入っていたからなぁ。」

 

 ナルトがめぐみんを背負い、のんびりと歩いて帰路につく。

 

 最近ナルトは飛雷神の術をあまり使わなくなって、徒歩での移動が多くなった。

 肉体労働を始めてから歩くのも苦にならなくなったらしい。

 わざわざ自分の足で歩くのは確かに不便だが、今ではそれも悪くないのだと言う。

 

 

 「ナルじぃは今日も土木工事のお仕事ですか?」

 

 「ああ、年寄りなのに今日も随分とこき使われたよ。めぐみんは今日はアルバイトだっけ?」

 

 「あー、牛乳配達の仕事でしたが、さっきクビになりました・・・・今はプーです・・・・・」

 

 「なんでまた・・」

 

 「牛乳を売り歩く私の身体的部分をデリカシーのないクソガキ共が侮辱してきたのです。

 二度と生意気な口が聞けないように念入りに折檻したら、親にチクられてその親が牛乳屋に怒鳴り込んできました。

 それから、あまりに一方的に罵詈雑言を喚き散らすものだから私もついカッとなってしまって・・・・・・

気がついたら牛乳を拭いたベチョベチョの雑巾を顔面に投げつけていましたよ。」

 

 「ははは、めぐみんは短気だな~。もっと牛乳を飲めってばよ。」

 

 「そんなに私って牛乳が必要に見えますかね?色々な人に言われすぎて耳にタコなんですが・・・・」

 

 「大丈夫だって。めぐみんの成長はまだまだこれからだ。希望を捨てずに牛乳に全てを賭けてみるってばよ。」

 

 「ナルじぃ?・・・・なんのことを言っているんですか?・・・・・もし私の女性的な部分について言っているのなら私にも考えがありますよ?

 今日クソガキ共との戦いで習得した関節技が火を吹きますよ?」

 

 「だって背中に当たる感触が全くないんだってば・・・・・痛い痛い!・・・・・ちょっ、ギブギブ!」

 

 夕陽に照らされながらギャアギャアと騒いでいる二人。

 

 それはまるで、仲の良い家族のようで。

 

 緋色に輝く夕陽の眩しさが美しく、一日の終わりに妙に充足感を覚えた。

 

 唐突に、この世界も悪くないという思いが胸に生まれて、少し狼狽える。

 

 

 この世界がいくら愛おしくなったとしても、ワシらはいずれ帰らなければならない。

 

 帰る方法が未だにわからないが。その思いは変わらない。

 

 きっとボルト達、家族が心配しているだろう。

 

 

 この世界に骨を埋めるしかない、とあの憎たらしい悪魔が言ったことを思い出し、顔を顰める。

 

 そうなっては困るのだ。

 

 

 底抜けに明るいこの馬鹿がいないと、あの家族はきっとまだ、ダメなのだ。

 

 騙し騙しに隠してきた傷が顕になり、そこから悲しみが溢れて止まらなくなるだろう。

 

 暖かいあの家がまた、あの頃のように暗くなってしまう。

 

 ボルト達に、これ以上家族を亡くさせるわけにはいかないのだ。

 

 ・・・・・・・あの時のような思いはもう、絶対にさせたくはない。

 

 ワシはいつの間にか立ち止まり、楽しそうに揺れる二人の影をボンヤリと見ていた。

 

 

 

 

 

 

 後日、ナルトの勤め先である工事現場に場違いな少女がやってきた。

 

 

 「我が名はめぐみん!アークウィザードにして爆裂魔法を極めしもの・・・・・・・そして今日より壁をペンキで白く染め上げる者! ・・・・・よろしくおねがいしま~す」

 

 「あー・・・とりあえずこっち来て作業服に着替えてくれるかな・・・お嬢ちゃん」

 

 いつもどおりの魔女っ子スタイルのめぐみんは当然、親方に連行されていった。

 

 去り際に得意げな顔でこちらに手を振っていたが、当たり前のように、無視した。

 

 働くのがそんなに偉いのか。

 

 ああ、早く、働かなくても何も言われない元の世界に戻りたい。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 うずまきカズト

 かつて、うずまき家にはもう一人の家族がいた。

 

 ボルトとサラダの息子であり、ハヤトの父親であった男。

 

 そいつは八代目の実子で、七代目の孫でありながら忍者ではなかった。

 

 忍びを志すことをしなかった。

 

 才能がなかったということもあるが、それ以上に関心が無かったのだろう。

 

 強くなることに呆れるほど無欲な男だった。

 

 友人達が修行に身を費やしている時にバイトで金を稼いだり、遊びまわっているようなやつだ。

 

 恐らくアカデミーの子供にですら喧嘩で負けるであろう貧弱な体で、いつも幼馴染の女の子をからかってはボコボコにされていた姿を良く覚えている。

 

 

 しかし貧弱な反面、ずる賢く、悪知恵ばかり良く回るためイタズラ小僧としては他里にまで名を轟かせていたが・・・

 

 ワシらにとっては大切な家族であった。特にナルトは初孫ということもあり猫可愛がりしていたものだ。

 

 スケベなあいつを喜ばせるためにプリプリ女体天国という禁術級のエロ忍術まで開発してしまうくらいだ。相当だろう。

 

 ナルトとあいつは妙に馬が合い、揃って馬鹿騒ぎをしてサラダや幼馴染の少女に怒られるのが常だった。

 

 そんなあいつも幼馴染の女と好い仲になり、やがて結婚し、ハヤトを授かった。

 

 あいつの商売も軌道に乗っているようで順風満帆のようであった。

 

 誰もがあの馬鹿を祝福し、幸せになるものだと疑っていなかった。

 

 あの忌まわしい事件があったのはそんな時だった。

 

 家族全員、悲観に暮れた。

 

 

 まさか・・・・・あいつが・・・・・

 

 

 

 トラクターに轢かれそうになって、それにビビってショック死するとは・・・!

 

 

 

 クソッ、医者が半笑いだったぞ・・・・・

 

 

 

 ちなみに、なぜ、ワシが唐突にこんな話をしているかと言うと・・・

 

 

 

 「・・・か・・か、か、カズトォォォォォォォォォッッッ!!!」

 

 ある男にしがみついて咽び泣くナルト。

 

 「え?なに?これなにごと!?」

 

 いきなり初対面のはずのジジィに抱きつかれて戸惑う男。

 

 「カズトォォォォォォッ!!生きとったんかワレ~~~~~っっ!!?」

 

 鼻水と涙を大量に撒き散らすナルト。まさか水のない所でこれほどの水遁を繰り出すなんて・・・

 

 男の方はナルトの形相に完全に引いている。

 

 

 「え、いや・・・俺、カズマですけど・・・・」

 

 死んだはずのナルトの孫、カズトに瓜二つの男の姿がそこにあった。

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 

 数時間前――

 

 

 オスっ!俺カズマ。今、まさに異世界にいるんだ。

 

 恥ずかしい死に方をして女神のクソ女に思いっきり馬鹿にされちまったけど、済んだことはしょうがないよなっ。

 ムカつく女神に一矢報いたし、過去のことは振り返らないぜっ。

 俺は今日からこの世界で心機一転頑張るんだ!

 もう引きニートなんて呼ばせねぇ。今日から俺は冒険者だ。

 

 

 「ね、ねぇ?それで、どうするの?カズマさーん・・・ねぇってばーっ・・・・これからどうする!?お金なんて一銭もないんですけどーっ!」

 

 まぁ、出鼻から躓いているわけだけどさ・・・

 

 鬱陶しく肩を揺らしている女の手を振り払い、ため息をつく。

 

 この世界にやって来てもう、数時間。テーブルでずっと水をちびちび飲んで時間を浪費している。

 店員さんの眼も痛い。この女と二人して雑談を交わしながら肩身を狭くして縮こまっていた。

 いつまでもイベントが進展しないゲームのようでテンションがダダ下がりだった。

 

 「なぁ、お前もう一回、声かけてこいよ・・・あそこの、さっきキツイ事言ってたお姉さんなんか今はもう同情的な眼で見てるぞ・・・」

 

 さっきからまるで役にたたない、自称女神にダメ元で聞いてみる。

 

 「嫌よっ!もう嫌!もう拒絶されるのは嫌なの!女神を語る痛い女だと思われるのは嫌っ!

 なんで皆、可哀想な眼で私を見るの!?可愛そうだと思うんならお金を恵んでくれてもいいじゃない!!

 同情するならお金をちょうだいよぉ~~~!うわぁぁぁぁ~~~~ん!!!」

 

 

 顔を伏せて大声で泣き喚くエセ女神、アクア。

 

 ここは冒険者ギルド。

 

 冒険者が集い依頼を受ける仕事場であり、酒場も兼ね備えた憩いの場でもある。

 

 冒険者になるにはここで冒険者登録を始めに行わなければならないのだが、それには僅かばかりの登録料金が掛かるらしく・・・・・

 

 無一文の俺達は途方に暮れていた。

 

 最初の頃はアクアも威勢がよく、「女神の本気を見せてあげるわ」と得意げに言って

 

 女神アクアを名乗り、お金を貸してくれるように頼んでいたのだが・・・・・

 

 見事撃沈。

 

 鼻で笑われてシっシっと雑に追い払われたり、酔っ払いに酒を浴びせられたり、

 ガチモノのアクシズ教徒に罰当たりだと説教されて泣かされたり・・・・

 

 合計21連敗。俺もなんとか誠心誠意頭を下げて頼み込んだのだが

 

 「おめぇらに2000エリス恵んでやるくらいなら、奮発して上物の酒を頼むつーの!」

 と冷たく言われた。

 いや、確かにその通りだよな。日本円で2000円の金だ。

 親切心で見ず知らずのやつに、そうそうやれる額じゃ無いのかもしれない。

 

 「・・・お腹すいたわね・・・・・」

 

 アクアが沈んだ声で言う。窓の外はもう薄暗くなっていた。

 ギルドの巨乳なお姉さんが心配そうにチラ見してくる。

 このお姉さんは俺たちの惨状を全て把握している。

 閉店まで粘れば行けるか?

 俺が期待を込めた眼差しでガン見してると気まずそうに目を逸らしやがった。

 

 

 「新しいターゲットが来たわ、カズマ。」

 

 アクアがサイボーグのような鋭い眼光で離れた席に座った老人を見つめる。

 

 肩に小動物を乗せた気さくそうな、じいさんだ。

 

 「私には分かるわ・・・あのおじいちゃんこそ私たちの希望の星!

 甘やかしてくれそうなオーラをガンガン感じる!

 ・・・・ついでに今後の生活費もふんだくってやりましょう・・・」

 

 「よ、よし、行け!GOだアクア!」

 

 鬼対応の数々に心が荒んだのかボソッと黒いことを口走るアクアをスルーする。

 

 柔かな笑顔を貼り付けて老人のテーブルに突貫するアクア。

 

 「すいませ~ん。私は・・・・・・えっと・・・その、あ、あの・・・・・」

 

 ダメだ!散々否定されたものだから自分が女神であることを口にできなくなっている!

 対人恐怖症みたいに視線を忙しなくさせてテンパっている!

 クソ、俺が行くべきだった!

 おじいさん、どうか優しくしてあげて!その子のライフはもう0なんです!

 

 「おー、ヒマワリじゃないか。帰省してきたんか?」

 

 「え?・・・・・」

 

 おじいさんがとっても優しげな眼差しでアクアに笑いかける。

 

 「ついさっき、ちょうど晩飯を頼んだところなんだ。さぁ、こっちに座って一緒に食べるってばよ。」

 

 「え、えーと・・・・・」

 

 戸惑いつつもおじいさんの向かいに座るアクア。

 おじいさんは嬉しそうに話しかけ、アクアはぎこちなく笑っている。

 テーブルの上でふてぶてしく丸くなっている子狐はそれを呆れたように見ていた。

 完全に誰かと間違われてるな、というかこの状態で金を要求したら普通に詐欺になるんじゃ・・・・・・

 アクアも流石にそのことを危惧しているようで気まずさそうな顔をしている。

 

 「お、さっそく美味そうなのが来たみたいだってばよ」

 

 「うわぁ!おいしそー・・・・・・」

 

 運ばれて来たご馳走に目を輝かせ、それからためらうように俯くアクア。

 

 「どうしたってばよ?食べないの?」

 

 「あ、えっと・・・・・」

 

 すっかり内気になった様子のアクアがモジモジしていると。

 

 「ったく、相変わらず甘えん坊だなぁヒマワリは。ほら、あ~ん・・・・」

 

 おじいさんがそのアクアの口元にジューシなハンバーグを刺したフォークを向ける。

 

 「え?え?・・・・・・・あむ・・・・・・・うまー!」

 

 恐る恐る、おじいさんのハンバーグにパクつくと一瞬で幸せそうな笑顔に変わった。

 

 そこからは遠慮なく雛鳥のようにおじいさんから料理を食べさせてもらう、図々しい駄女神に早変わり。

 

 とても楽しそうな素敵な食事風景を繰り広げるアクア達に猛烈な空腹感を覚え、たまらなくなる。

 

 そういえば、朝から何も食べていない。

 

 というかゲーム店に徹夜で並んだ帰りに死んだのだ。

 最後に口にしたものなんて栄養ドリンクくらいだった・・・・・・・

 

 「おじぃちゃん!今度は私、そっちの唐揚げが食べたいわ!ちょーだいっ、あ~ん」

 

 「しょうがないな~、この子は。いつまでも子供みたいで、もう」

 

 幼児退行したかのように無邪気に甘えまくるアクアにおじいさんは微笑ましそうにエサを与える。

 

 あれ、お金の件はどうなったんですかね・・・・・アクアさん・・・・。

 

 本格的にディナータイムを楽しむアクアに怒りがこみ上げる。

 

 いい加減に自分で食べなさいと、フォークとナイフを手渡されたアクアはガツガツと遠慮なく、料理を次々に平らげている。

 

 優しいおじいさんはニコニコ笑って大量に追加注文を取っている。

 

 俺は思うがままに貪り食うアクアの丸まった背中に忍び寄り・・・・・

 

 「なにやってんだっ!」

 

 「ぷぎゃっ!」

 

 アクアの頭を掴んでデザートのケーキに叩きつけた。

 

 「ぎゃぁぁーっ!目に生クリームがぁぁぁぁーっ!!な、何するの!!なんでこんな酷いことするの!?

引きニート生活が祟って食べ物を大切にする心まで失ったというの!?悔い改めなさいよ!

 謝って!クリームまみれの私と、グシャグシャになったケーキと丹精込めて作ってくれたコックさんに謝って!ほら早く!!」

 

 「うるせぇー!気のいい老人を騙して好き放題飲み食いしやがって!おじぃさーん!この子はアクアって言うんですよ!

 ヒマワリという娘でなくて、アクアという名の自称女神の痛い女なんです!だまされないでください!」

 

 「いやぁぁぁぁーっやめてぇぇーーー!私は今日からヒマワリよ!それでいいじゃない!

 この世界では女神の立場は忘れてこれからはおじいちゃんの娘として生きていくんだからっ、邪魔しないでよ!この傷ついた心を癒してくれるのはもうおじいちゃんしかいないの!」

 

 「そうはいくか!いたいけな老人にこんな呪われた装備品のような穀潰しの女神を押し付けるわけにはいかないんだよ!

 というか異世界生活初日でどんだけ心折れてんだよ!」

 

 「あんたは元引きこもりのクセしてどうしてそんなにメンタルが強いのよ!?

 あんな、ゴミ虫を見るような眼で見られ続けてどうして平気そうな顔していられるの!?

 あ、前の世界でなれていたのね・・・・ごめんなさい」

 

 「よし、表に出ろ。その喧嘩を買ってやる!お互いストレス解消が必要だしとことん殴り合うぞ」

 

 「上等よヒキニート!必殺のゴッドブローでもう一度あの世に送ってやるわよ・・・」

 

 「ほざけっ顔面クリーム女が!・・・・・あ、お騒がせしました。後日謝罪に向かわせるので、気にせずお食事を・・・・・」

 

 散々迷惑をかけてしまったので、丁重に挨拶をして去ろうとしたところ、おじいさんの様子が変だった。

 

 驚愕した顔で身を震わせ、目を剥いて俺をガン見している。

 

 だらしなく空いた口から「か・・・か・・・か・・・」と掠れた声が漏れている。

 

 え?なにこれ怖い・・・・・いきなりホラー風味?

 

 「カズト・・・・・」

 

 テーブルの上でちょこんと立っている子狐が声を発した。

 へー、この世界の動物って喋るんだー。

 異世界ならあり得るかと呑気に考えていたら・・・・

 

 「・・・か・・か、か、カズトォォォォォォォォォッッッ!!!」

 

 爆発したようにおじいさんが叫んでこちらに突進してきた。

 

 成すすべもなくおじいさんに抱きつかれ、涙と鼻水を押し付けられる。

 

 「え?なに?、これなにごと!?」

 

 「カズトォォォォォォッ!!生きとったんかワレ~~~~~っっ!!?」

 

 人間ってこんなに大量の涙が出るもんなんだなっと思うぐらい大量の涙を撒き散らすおじいさん。

 

 干からびて死ぬんじゃねぇか・・・・おい・・・・

 

 「え、いや・・・・俺、カズマですけど・・・・・」

 

 一応訂正してみるが無駄だろう。

 案の定聞いていない。

 

 どうしてこうなった・・・俺の思い描いたファンタジーはどこにいった?

 

 意気揚々と冒険に出かけ、モンスター相手に無双して女の子にキャーキャー言われるような

 未来を想像していたのに、変なジジィに抱きしめられてオイオイ泣きつかれるような現実が待っているなんて・・・・・

 

 リアルって辛え・・・・・・・

 

 子狐が俺の肩に飛び乗り、同情するようにポンポンと肉球で叩いてくる。

 

 

 

 ・・・・・それが何故か妙に懐かしくて、不思議な感じがした。

 

 

 

 

 

 

 「おじいちゃん大丈夫?お腹痛いの?私が今すぐプリーストになって治してあげましょうか?

 お金さえあれば、私のことだからすぐにでも優秀なプリーストになって、治してあげられるんだけどなぁ~・・・・・・・チラ」

 

 

 アクアさん、ちょっと空気読んで黙っていてもらえませんかねぇ・・・・・

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 集結する土木作業員

 「・・・クックックック・・・ブフゥッ・・・・アッハッハッハッハッハ~~~~~!!!

くるしい!・・・おなか苦しいわ!!こんなツボにはまったの初めてよ~ブフフフフウッ~!」

 

 

 気がついたら灰色の空間にいて、目の前で気味の悪いオカマが腹を抱えて笑っている。

 

 

 「おもしろすぎるわよ!仮にも火影の血筋でうちはの血まで混じったハイブリッドが

トラクターにビビって死ぬって・・・ブフフッ・・・なに?耕されるとでも思ったの?

 はたけカカシにでもされちゃうとでも思ったの?・・・・フヒヒヒッ・・・」

 

 ウゼェーー!

 

 何この人?心底気持ち悪くて鬱陶しいんだけど・・・

 

 自分の死に、嘆く暇もなく殺意が湧いてくるんですけど・・・

 

 「誰だか知らねぇが人の死に様を笑うんじゃねぇ!」

 

 笑いすぎて蛇っぽい眼に涙をにじませる怪しいロン毛野郎に怒声を浴びせる。

 それに全く堪えた様子もなく、オカマ野郎はなお嗤う。

 

 「まともな死に様なら笑いやしないわよ。ま・と・も・な・ら・ね。クックック

 いやぁ、狙いをつけて待っていた甲斐があるわ・・・

 早死する運命であることはわかっていたけど、まさか、こんなおもろい展開だとはねぇ・・・」

 

 ・・・早死する運命?・・・わかっていた?

 

 「あんた・・・何者だよ?」

 

 いや、まぁ、実はなんとなくわかっているんだ。

 

 死んだ後、出会う存在といったら、それはお約束だ。

 

 今、里で流行っている小説の展開そのままだ。

 

 「わたしは大蛇丸。かつては木ノ葉の忍びであり、生命の真理を求め続けた者。その結果、今では蛇神と呼ばれ、とある役目を押し付けられたこの世界の奴隷。」

 

 「世界の奴隷?」

 

 「まぁ、わからないわよね・・・神様の代理人だとでも思ってくれればいいわ」

 

 「・・・・ん?つーか、大蛇丸って・・・たしか昔、木ノ葉を滅ぼしかけた大罪人の名前じゃ・・・・」

 

 「ええ、それで合ってるわ。あなたのお爺さんとも浅からぬ因縁があるのよ?昔同じ獲物を取り合った仲。そう、ホモダチとでも言えば良いのかしら?」

 

 「ぜってぇ違うだろ!人の爺様を勝手に同類にするなオカマ野郎!・・・っていうかそんな極悪人がなんで神様になんかになってんだ!?」

 

 「生前の善悪なんて関係ないのよ。真理を求め、たどり着いてしまったものだけが資格を得るの。

 望む望まないも関係なく、そうなってしまったらもう、そういう存在になるしかないのだけどね・・・・」

 

 大蛇丸は随分と疲れたような力の無い笑みを浮かべる。青白い細身の身体と相まって まるで過労死寸前の商人みたいだ。

 

 「そんで、その神様が俺になんの用なんだよ。まさかただ死に様を笑い者にするために呼んだわけじゃないんだろ?」

 

 正直、期待していた。小説のように神様の謎パワーで生き返ることができるのではないかと、そんな都合の良い願望を抱いていた。

 

 

 「まさか、そこまで悪趣味ではないわよ。あなたをここに呼んだのはあくまで仕事のため。」

 

 大蛇丸は気の乗らないような素振りで告げる。非常にかったるそうに。

 

 

 「あなたには生まれ変わってもらうわ。・・・・こことは違う世界でね・・・」

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 「・・・グゴオォォォォォォォォォォ~~~~~~~~~~~!!グガアアアアァァァァ~~~~!!」

 

 地獄のそこから轟いてくるような喧しすぎるイビキで強制的に目覚めた。

 

 よく覚えていないけど、なんだかとても長い夢を見ていたような気がする。

 そんなに眠りが浅かったかな?昨日はわりと疲れていたから初の馬小屋でもすぐ眠れたんだけどな。

 

 馬小屋の天井の僅かな隙間から朝日の光が降り注いでいる。

 遠くでは小鳥がさえずり、爽やかな朝を演出している。

 ・・・この音さえ無ければ気持ちの良い朝だったのになぁ。

 

 

 「グゴオォォォォォォォォォォ~~~~~~~~~~~!!ガガガガガアアアアァァァァ~~~~!!」

 

 それにしても、ほんっとデカイイビキだな・・・・よくこんなのが隣にいて朝まで眠れたもんだ。

 

 騒音の発信源である隣で気持ち良さそうに眠るナルトのじいさんを半眼で眺める。

 

 口と鼻を押さえたら死ぬかな?と物騒なことを考えていると右隣でもぞもぞと動く音がする。

 

 

 「くっ!離せっこのっ、バカ女っ!・・・・おい!カズマ!起きているのなら、この馬鹿を引き離せ!!朝っぱらから暑苦しくてかなわん!」

 

 子狐のクラマを抱きしめて幸せそうに眠る女神の姿がそこにあった。

 全然神々しくない。

 初対面時はもう少し神秘的な美少女感があったんだけどな・・・

 

 クラマがアクアの腕からなんとか抜け出そうと必死にもがいている。

 噛んだり、爪を立てたりしないあたり、飼い慣らされた感が満載の優しい獣だ。

 

 しょうがないな、とアクアから哀れな被害者を救い出そうとする。

 

 しかし、想像以上のパワーでガッチリと固くホールドしていてビクともしない。

 おのれ・・・

 

 「・・・や~~・・・クラマたんは私のよ~・・・・この温いモフモフは誰にもわたさないんだからぁ・・・・」

 

 「誰がクラマたんだ馴れ馴れしい!このワシを誰だと思っていやがるっ!そこらにいる安っぽい愛玩動物と一緒にされては、こま・・・おいぃぃっ!顔を埋めるな気持ち悪い!ひゃぁっ・・・冷た!てめぇヨダレを垂らすんじゃねぇ!いい加減にしろぉ!!」

 

 それでも、決してアクアを傷つけない心優しいクラマ君でした。

 

 

 

 昨日はあれからナルトのじいさんに俺が孫ではないことを数時間に及ぶ説得の末、なんとか納得してもらえた。・・・・ような気がする。

 ボケ気味なじいさんは未だに俺とお孫さんを混同しているようなのだが。そこはもう諦めた。

 

 とはいえそれからも、じいさんは他人な気がしないと言って俺たちにとても親切にしてくれた。

 晩御飯をご馳走してもらいながら、この街での常識や暮らし方、美味い飯屋、女湯を覗きやすい風呂屋まで幅広く教えてもらった。

 とても参考になった。

 そこから爺さんと皆で例の風呂屋に突貫した後、アクアのゴッドブローで破壊された肝臓を押さえつつ、皺くちゃのババァの裸体の悪夢に涙を流しながらギルドに戻り、すっかり忘れていた冒険者登録をようやく済ませたのだった。

 

 ちなみに心躍らせて挑んだ結果、幸運以外はとても平凡なステータスで基本職の冒険者しかジョブを選べなかったわけだが・・・

 

 とりあえず、アークプリーストとかいう上級職になって調子に乗って小躍りしているアクアを締め上げ、自棄酒を煽って前後不覚になりながら、じいさんの馬小屋に泊めてもらったのだ。

 

 つーか、ナルトの爺様にお世話になりすぎだろ・・・俺達・・・

 

 飯代から風呂代、登録料に酒代まで・・・・挙句に帰りは酔い潰れてアクアと二人でじいさんにおんぶされていたの覚えている。

 

 まさに至れり尽くせり。

 

 このままではダメだ。ちゃんと働いてじいさんに恩返ししないと!

 

 

 とはいえ、お金がないと恩返しのしようもないので、今日はじぃさんから仕事を紹介してもらう予定だった。

 

 

 

 「 あ、ナルじぃ、遅いです!ダクネスと二人でもう先に食べていましたよ。・・・おや?その二人は新顔ですねっ」

 

 「ナルトさん、お早うございます。後ろの二人は新しいご友人ですか?」

 

 仕事の前に腹ごしらえをするために馴染みの店だという定食屋に入ると、随分とラフな格好をした美少女二人が親しげに声をかけて来た。

 

 「ああ、昨日仲良くなった、カズマとアクアだってばよ。今日から同じ職場の仲間になるから、よろしくな。」

 

 「おお!新入りですねっ!ようやく私に後輩ができるのですか!」

 

 「と言っても、私たちもまだ、働き始めて一週間も経ってないし先輩面するのもどうだろうか?・・」

 

 「ダメですねーダクネスは・・・だから同僚に“М”なんてコードネームみたいな渾名で呼ばれるんですよ。

 後輩ができたからには先輩としてプライドを持たないといけないんです。いつもみたいに強面の男達に雑に扱われてハァハァ言っているようではダメなのです!

 後輩にまで飲み物をパシらされるダクネスなんて私は見たくありません!!」

 

 「そ、それは例えば、私自身がそれを望んでいる場合は?・・・後輩に蔑んだ眼で見下されて罵倒されて理不尽な命令をされる状況を私が待ち望んでたと仮定して・・・

 わ、わたしはどうしたらいいだろうか!?」

 

 うわぁー・・・なんかアクアと同じような残念臭がする・・・・

 クールな金髪美少女だと思ったのに・・・

 

 「この変態は構うとつけ上がるのでスルーします。とりあえず自己紹介から始めますね。いいですか?」

 

 おお、この黒髪のロリっ子は意外にまともだ。そうだよな、そうそう変な女にばかり出会わないよな。

 

「我が名はめぐみん!アークウィザードにして、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操るもの!

 そしてこの街随一のペンキの担い手であり、いずれ世界を白く染め上げる者!

・・・・・よろしくおねがいしま~す」

 

 この世界にはこんなのしかいないのか・・・・

なんだよ、めぐみんって・・舐めてるとしか思えない・・・

 

 「さ、ダクネスも、この流れで自己紹介を・・・わかってますね?」

 

「うっ・・・わ、我が名はダクネス・・・!クルセイダーにして、この街随一の木材の運び手!

 えーと・・・好物はクリームシチュー・・・よ、よろしくたのむ・・・」

 

 顔を真っ赤にして俯くダクネスを喜色満面で見つめるめぐみん。

 

 「いいですよダクネス!良い名乗りでした!この街随一というのが少し盛りすぎな気もしますが初めてでは上出来です!・・・・好物のくだりは完全にいりませんでしたけど、そこはまぁ、減点ですね・・・」

 

 「お、お~ま~え~は~っ!!」

 

 涙目で掴みかかるダクネスを軽くいなすめぐみん。仲良いなこいつら・・・

 

 「じゃぁ、この流れに乗ってこの私も名乗らせてもらいましょうか!」

 

 突然立ち上がって得意げに宣言するアクア。

 

 「我が名はアクア!アークプリーストにして水の女神!アクシズ教団の御神体とはこの私!

 ガンガン働いてたくさんお金を稼ぐつもりなので、これからよろしくねっ!」

 

 元気なアクアの挨拶に生暖かい笑顔で拍手を送る二人。

 

 「うんうん、良いですよ!ノリが良くて先輩的にはとてもポイントが高いです!

 ・・・自らを女神と名乗る痛々しい面も、私たちは可愛い後輩だと思えば許容できますが・・・・

 親方は割と洒落が通じない人なので・・・その・・・ねぇ?」

 

 「ああ、元気がよくて気持ちの良い挨拶だ!・・・・ただ、女神うんぬんはあまり触れ回らない方が・・・その、誤解されたら困るしな?

 ただの冗談なんだよな?堅物な私でもわかるよ。・・・しかし、関係者が聞いたら怒られるかもしれないから・・・・な?・・・」

 

 アクアを傷つけないようにやんわりと注意をする二人はなんだか、本当に先輩ぽかった。

 

 「なんで私が渾身のギャグを滑ったみたいな空気になってるの!?おねがい信じてよぉ~!!この街の人は女神に対してどうしてこんなに厳しいのよぉっ!

 魔女狩りみたいなものなの!? 女神なのに異端あつかいで迫害されてるの!?」

 

 「大丈夫、俺はちゃんと、わかるってばよアクアちゃん。そうだよな、アクアちゃんは女神だよなぁ・・・」

 

 「おじいちゃぁぁ~~~ん!」

 

 いじめられた子供のようにじいさんに泣きつくアクア。

 じいさんは仏のような顔で受け止めるが、しかし、本当は多分なにもわかってないだろう。

 可哀想だから適当に優しい言葉をかけただけだ。

 

 ミルクを飲んで傍観していると、ダクネスとめぐみんがこちらをじぃっと見ている。

 

 え?・・・これ俺も言う流れ?

 

 「あー、ゴホン・・・・我が名はカズマ!!異界より訪れし冒険者にして、いずれ魔王を打ち倒すもの・・・!これより行う土木工事が俺の伝説の第一歩だ!

 立派な城を建ててそれをカズマ城と名づけて拠点にしてやる!

 ・・・ちなみに全く働いたことのない初心者ですがお手柔らかにお願いします・・・」

 

 「おぉ~!!ブッ込んできました!色々ツッコミどころが多くて非常にレベルの高い名乗りです!!個人的に嫌いではないですっ!むしろそういうの好き!」

 

 「とんでもないルーキーが現れたものだ・・・まずは魔王を倒すのに土木工事の仕事は関係ないだろう!・・と突っ込んでおこうか・・・

 それとも、仕事で建てた建造物を自分の城にするという発想を正すべきか・・・そもそも、街の外壁の補強が仕事なのだが・・・」

 

「ぷぷ・・・引きニートのくせに大きなこと言っちゃって・・・なぁに?初めてのお仕事ではしゃいでるの?・・・クスクス・・」

 

 めぐみんが瞳を紅く輝かせ、ダクネスが生真面目な顔でブツブツと呟き、アクアは小馬鹿にして笑っている。

 

 三者三様の反応に、俺は急に気恥ずかしくなって朝飯のハムサンドに齧り付いた。

 

 そんな俺を爺さんとクラマはミルクを飲みながらニヤニヤと見ていた。

 

 とりあえず自己紹介は終わり、その後は飯を食いながら軽い雑談を交わしていたのだが、思いの外、盛り上がってしまい朝から店を賑わせてしまった。

 

 見目麗しい三人の美少女と仲良く食事をしている俺は店内の野郎どもに嫉妬混じりの視線で睨まれるが、

 俺としてはあまり可愛い女の子と会話を弾ませているドキドキ感がない。

 どちらかというと男友達と馬鹿話に興じているようなノリだ。

まぁ、そのほうが気安くて良いんだけどさ・・・・

 

 

 「ハッハッハ、お前らは絶対に気が合うだろうと思ってたんだってばよ。なんだかんだで似たもの同士だしな。」

 

 「・・・ワシとしてはもう少し静かに飯が食いたいんだがな・・・・」

 

 「良いじゃないですか賑やかで。・・・それにしても、なんだか本当に、あなた達とは上手くやっていけそうな気がするのです。なんというかこう・・・波長が合う気がします。」

 

 「ああ、確かに・・・このメンバーは落ち着く気がするな。」

 

 「そう?・・・・私を迫害しないのなら私としてもこれから良い関係を築いていきたいわ。」

 

 「まぁ、これからは一緒に仕事する仲だからな。仕事終わりにでも皆でまた飯でも食おうぜ。」

 

 俺の提案に4人が快く頷いた。一匹はそっぽを向いていたが。

 

 

 そう、こうして俺達は出会ったのだった。

 

 後に、“アクセル街の最終兵器”と呼ばれ、世界に名を轟かすことになる伝説的なパーティが・・・・・

 

 ・・・・・・土木工事現場の同僚として・・・・・・

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 異世界生活一ヶ月目。

 

 ワシは何をしているかというと・・・・・・

 

 酔っ払いのために、壁になっていた。

 

 

 「オロロロロロロロォォーー!ゴホッ、ゲホッ・・・ヴェェ!」

 

 「あんなに飲むからだ、この馬鹿・・・・ほらアクア全部出しちまえ・・・・・」

 

 「かずまざぁーん・・・・ありが・・・・ど・・ねぇ・・・」

 

 「はぁ・・・いいから早く楽になって自分にヒールかけろ・・・」

 

 

 前かがみになり、むせながら吐瀉物を撒き散らすアクア。

 

 酸っぱい匂いに顔をしかめながらアクアの背中をさすっているカズマ。

 

 「グフッ!・・お、おのれ・・・・・ゲホッ・・・・馬鹿な・・・・私としたことが・・・・・なんという体たらく・・・・こんなはずでは・・・オエ・・・情けない騎士で、すまない・・・・・」

 

 「ホントですよ。もう騎士とか言ってる場合じゃないですよ。人としてダメです。といういか女の子として終わってますよ。このゲロネス・・・!」

 

 「こんな時に・・・言葉責めは・・・・本気で洒落に・・・・ならない・・・・ウップ・・・死にたくなるだろう・・・・・」

 

 同じくゲロネスの背中をさすってやっているめぐみん。

 

 今日も一日の労働が終わり、いつものメンツで酒屋に集まり乾杯してお互いを労い、馬鹿話に花を咲かせていたのだが。

 

 いきなりアクアが怪しげなゲームを発案して、それに負けたものが罰として一気に酒を煽るという、粋がった酒飲みのようなことを言いだしたのが原因だ。

 

 もちろんめぐみんは酒は飲ませず代わりに不味いジュースだったが、運の悪いアクアと不器用なダクネスの負けが続き、ほとんど二人の酒の飲みあいになっていた。

 ・・・・・その結果がこれである。

 

 

 

 ちなみにナルトはと言えば・・・・・・

 

 

「 土遁・極小――黄泉沼!」

 

 二人のために円形の小さな底なし沼を作り出していた。二人はそこに向かって吐いているのだ。

 街にとっても優しいクリーンな忍法である。

 

 そしてワシは・・・・・壁になっている・・・・

 

 緊急事態だった。

 

 帰り道で急に口を抑えて顔を真っ青にしている二人を救うために急きょ、壁に変化して簡易的な個室を作ったのだ。

 もうだいぶ夜も遅いが、冒険者の多い街だけあって夜明けまで飲み明かす若者が結構いる。

 曲がりなりにも嫁入り前の娘が大勢の前でゲロをぶちまけるのは色々と致命的だろうからな。

 

 「私は絶対、将来お酒を飲むようになっても、こんな無様な姿は晒さないようにします・・・・

 こうはなりたくないのです。・・・アクア達はとても良い反面教師になりましたよ・・・・」

 

 「そうしろ、そうしろ・・・・まぁ、お前はなんだかんだ言ってこいつらの二の舞になりそうだけどな・・・

 性格上、酒とかめっちゃ好きになりそうだし・・・・」

 

 「む・・・・確かに大いに興味はありますが、それでも節度を持って嗜むつもりです。

 こんな、仲間に多大な迷惑をかけるような恥さらしな真似は絶対にしません!」

 

 「ああ、わかった・・わかったからそれくらいに・・・アクアとダクネスが泣いてるから・・・・」

 

 まったく・・・・なにをやっているんだろうワシは・・・・・

 

 こんな騒がしい若者達とつるんで毎日、毎日・・・・

 

 もう、ひと月になるのに帰る手がかりなんて何も掴んでいない。

 

 日中はこいつらの土木作業の上達ぶりを見守り、夜はどんちゃん騒ぎするこいつらのお守り・・・・・・

 

 いい加減、動き出さなければ・・・・・

 

 生活のために仕事は必要だったが、もう資金は十分溜まっただろうし。

 

 あのクソ悪魔のアーデルハイトとか言う奴をとっ捕まえるために行動に移さなければ事態は何も変わらないのだ。

 

 明日から頑張ろう。超がんばろう。

 

 ・・・・・日付が変わったばかりの今日は眠いしだるいから、明日から頑張る!

 

 何をどう頑張るのかまだ決めていないがそれも明日決めよう。

 

 今日はもう馬小屋で夕刻近くまでのんびりして英気を養おう。そうしよう。だるいしな。

 

 酔いと眠気でフラフラなナルト達を先導し我が家である馬小屋へと歩を進める。

 

 気の毒なことにこいつらは全員、明日も仕事があるのだ。

 

 

 

 

 ・・・そういえば、ナルトはともかく・・・他の四人はどうして土木工事の仕事ばかりやっているんだろうか?

 

 

・・・・・・・こいつらの本職って・・・・・確か、冒険者じゃなかったっけ?

 

 

 

 

 

 

 




それぞれの現時点の土木作業員期間

ナルト・・・・約一ヶ月

めぐみん&ダクネス・・・・二週間

カズマ&アクア・・・・・10日間


次回はようやく冒険者として活動します!

展開が遅くてすみません・・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 あ、俺って冒険者だった・・・

 

 

 佐藤カズマ16歳、異世界にて労働の喜びを知る。

 

 「フンッ・・・・フンッ・・・・おぉりゃぁせぃっ!・・・・・そぉらせいっ・・・!」

 

 同僚のダクネスと並んでツルハシを力いっぱい振るう。汗がほとばしり、すでに額に巻いたハチマキは絞れるくらいずぶ濡れだ。

 

 仕事も昼近くになると疲れを通り越してなんだか良い感じにハイになってくる。

限界が近いはずなのに妙に活力が湧いてくる感覚。この感じが俺はもう病みつきになっていた。

 妙なおかしさがこみ上げてきて頬を緩めると、隣のダクネスも全く同じ顔をしていてさらに可笑しくなってくる。

 顔を見合わせてクックックと忍び笑いを交わすと、それからお互い張り合うようにツルハシの速度を上げる。

 馬鹿力なこの女に今まで一度も勝てたことはないが、それでも男として女より温い仕事はできない。

 

 筋肉が唸る、筋肉が唸る、筋肉が唸りをあげる!これが俺の全力全開!

 

 「うぉおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 そして、昼休憩までこの女のペースに付き合った結果、休憩場の隅で大の字で倒れるほど体力を浪費してしまった。

 こりゃ、昼からは地獄だな・・・・とニヤリと不敵に笑う俺は意外とダクネス並みのドМなのかもしれない・・・・

 

 「おつかれ、カズマ」

 

 ダクネスが爽やかに笑って飲み物を差し出してくる。

 俺より遥かにHPを残しているような余裕そうな顔が気に入らず、つい無愛想にそれを受け取ってしまう。

 特に気にした様子もないダクネスを横目に見ながら水に口を付けると火照った体に染み渡る水の冷たさに機嫌の悪さが吹き飛んだ。

 馬車馬のように働いたあとの水はどうしてこんなに美味いのだろうか・・・?

 

 ゴクゴクと勢いよく水を飲み干す俺をみてクスクスとおかしそうにダクネスが笑っている。

 出来の悪い弟に向けるような視線がまた妙に気に入らず、三杯目の水をぶっかけてやろうかと考えていたら

 めぐみんとアクアとナルトの爺さんの声が聞こえた。

 

 「ねー、早くお昼食べに行きましょうよー!」

 

「もう、お腹がすきすぎてナルじいがそこらに生えてた甘い野花の蜜をすすっていますよ・・・・!」

 

「ちゅー、ちゅー・・・これはなかなか・・・・イケルってばよ!」

 

 花の蜜に必死に吸い付いている爺さんが可笑しくて休憩中の同僚たちも皆揃ってドッと笑いが巻き起こる。

 

 「ぶはははは、なにやってんだよ、じいさ~~ん!」

 

 「クックック・・・・腹いてぇ・・・・」

 

「・・・・つーか、あれっていつも近くの犬が小便引っ掛けている辺りの花じゃ・・・・・」

 

 

 強面の大男達が皆爆笑して笑い転げている。見た目は怖いが気の良い人たちなのだ。

 なんとなく場が盛り上がった流れで今夜は親方が皆に酒を奢ってくれる話になった。

 また、日付が変わるまで飲むことになるのだろう。

 肩を組んで陽気に親方を称える男たち。

 飛び跳ねて喜ぶアクアと爺さん。

 テンションが上がって爆裂魔法を上空に打ち上げようとするめぐみんを必死に止めるダクネス。

 

 それを苦笑して眺めながら、本当に良い職場に恵まれたな・・・と思うのだった。

 

 「おーい・・・・思い出せー・・・・・冒険は?・・・・・冒険はどうなったんだー・・・・」

 

 クラマがチョコチョコと動き回りながら何か控えめに囁いているが、なんだろう?

 クラマも今夜の宴にはしゃいでいるのかな?

 

 

 

 

 

 

 夜が更け、宴も終わり、酔っ払って気持ち良さそうに眠っているアクアと爺さんを引きずりながら馬小屋へ帰る。

 

 藁の上にひいたシーツの上にまとめて放り込むと、俺もジャージに着替えて布団をかぶって横になる。

 

 今日も充実した良い一日だった・・・・・

 大好きなゲームも漫画もアニメもない・・・・しかしこんなに心は満ち足りている・・・

 まさか俺がこんな健全な生活を送ることになるとはな・・・・・

 

 異世界に来て良かった・・・・・

 

 これからも頑張ろう・・・・そう、俺はこれからこの世界で土木工事を極めて・・・・

 

 ・・・・・あれ?・・・・

 

 「冒険は!?・・・・俺って冒険者じゃなかったっけっ!?」

 

 「・・・・だから、ずっと前から、そう言っていただろうがっ!?」

 

 驚愕の事実に飛び起きる俺をクラマは容赦なく吠えた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 「おはよーございまーす。・・・あれ?カズマとアクアは?お休みですか?」

 

 「めずらしいな・・・昨日は相当飲んでいたようだし、二日酔いかな?」

 

 朝飯を注文しながら、いつもは騒がしい仲間達が座っている空席を不思議そうに見るめぐみんとダクネス。

 毎日のように一緒にいたせいか、心なしか物足りなそうである。

 

 「なんか今朝になっていきなり冒険に出かけるとか言って飛び出していったってばよ。

 まったく・・・・・休業するなら親方に事前報告は必要なのになぁ・・・・」

 

 

 「!?」

 

 「なん・・・・だと・・・・」

 

 ぼやくナルトを尻目に衝撃を受け、慄いたように体を震わせる二人。

 

 

 「「なぜ私たちを誘わないっ!?」」

 

 綺麗にハモって同じ叫びを上げるめぐみんとダクネス。

 

 「アークウィザードですよ私!?連れて行かない意味がわからないです!!」

 

 「私だってクルセイダーとして日々鍛錬を積んでいるというのに・・・・なぜにスルー!?

 どう考えても必要な人材だろう!!私が壁役にならなくて誰が壁になるというのだ!」

 

 置いていかれた憤りをあらわにする作業着の女二人。

 どう見ても上級職の冒険者には見えないよな・・・・

 

 「カズマ達は多分、二人が冒険者だってことを忘れていたんだってばよ・・・

 今まで全然冒険者としての話はしてこなかったし・・・」

 

 あー、確かに。

 土木工事の仕事の話はしていたが、冒険者がどうこうって話題は皆無だったな

 

 「そんな馬鹿な!毎日、私の破壊力抜群の爆裂魔法を皆して鑑賞していたじゃないですか!?

 あれですか?私が本当に趣味で爆裂魔法を撃っているだけの普通の町娘とでも思っていたというのですか!?」

 

 「おのれ・・・!私が、騎士として、という口癖を口走るたびに生暖かい目をしていたのはそのためか!

 この私を騎士を自称するただのガテン系の女だとでも思っていたわけか!?ちくしょう!ぶっ殺してやる!!」

 

 顔を真っ赤にして怒り狂う二人をワシはしらけた目で見つめる。

 

 「いや、お前らだって実は軽く忘れていただろう?自分が冒険者だって」

 

 ワシの指摘にビクッと肩を震わせる二人。図星か。

 

 「い、いや、まぁ資金集めのアルバイトのつもりが居心地がよくて本業みたいになっていたのは確かですけど・・・それでも私の爆裂魔法への愛は微塵も揺らいでませんよ!!・・・・もう随分と長いこと作業着でエクスプロージョンしていますが・・・あれ?そういえばローブとマント、どこいったかな?・・・・」

 

 

 「・・・・正直、とても充実していたし・・・肉体労働で自分を虐め抜く快感は悪くなかった・・・・

 いや・・むしろ、すごく良い・・・あれで、お金をもらえるなんて天職なんじゃ?・・・

 いやダメだ!自分で自分をいじめるなんて自慰と変わらない!!それでは私は満たされない!

 ・・・・き、騎士に戻らなければ・・・鎧・・・・あと剣は・・・・あ、実家に忘れてきた・・・」

 

 装備を整えるために慌ただしく店を飛び出そうとするめぐみんとダクネス。

 

 その首根っこを即座に捕まえてニヤリと笑うナルト

 

 「四人も急に抜けられたら困るってばよ。親方には俺から言っておくからお前らは明日な」

 

 「は、はい・・・・ごめんなさい・・・」

 

 「すみません・・・本当に・・・」

 

 シュンとした様子でナルトに連行される二人は全く冒険者には見えなかった。

 

 

 

 仕事の疲れを風呂屋で癒し、いつもの酒場へと向かう途中。

 カズマとアクアに出くわした。

 

 「生臭い・・・・なまぐさいよぉ~~・・・」

 

「 あ・・・お疲れデース・・・・」

 

 カズマが気まずそうに会釈する。

 アクアは何故かデロデロの粘液まみれで泣いていた。

 それだけでもう結果は火を見るより明らかだった。

 

 「「ざまぁ見ろぉー!!」」

 

 そう言ってダクネスとめぐみんは二人揃って高笑いをする。

 嬉しそうに「やった!」とハイタッチまで交わす。

 気持ちはわかるが、なんて大人気ない・・・・

 

 「なによー!どうしてこの私の惨状を見てそんな酷いこと言えるの!?

昨日の友は今日の敵なの!?

 ・・・・・お風呂上がりのあなた達にとって今の私がどれほど驚異的な敵か教えてあげましょうか?」

 

 そう言って両手をぶん回して追いかけてくる汚女神を必死な形相で逃げるダクネスと、めぐみん。

 

 「いきなり休んで悪いな爺さん・・・・」

 

 カズマがバツ悪そうに言う。

 するとナルトは真顔で

 

 「お前ら二人はクビだってばよ・・・・・」

 

 「・・・・・え?・・・・・」

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なーんて、冗談だってばよ」

 

 クビ宣言にこれからは冒険者を生業とするはずのカズマが青ざめる。

 冗談だとわかるとあからさまにホッとした顔だ。

 意外に土木工事に未練タラタラらしい。

 

 「休業扱いだからいつでも戻ってきていいって親方は言ってたってばよ」

 

 「あ・・・でも、俺・・・これからは冒険者で・・・・」

 

 「収入が不安定な仕事だって聞いてる・・・・・お金に困る時期はきっと来る。

 その時いつでも受け入れてくれる仕事場があるって・・・・それは覚えておけって・・・・親方が・・・」

 

 「親方ぁぁぁぁぁ!!」

 

 親方の愛に男泣きするカズマ。

 

 親方・・・何人も殺ってそうな凶悪な面してなんて懐のデカイ男なんだ・・・

 

 

 

 

 「それで・・・・何か言うことがあるんじゃないですか?」

 

 酒場に全員集合したのを見計らって、めぐみんが重々しくカズマとアクアに尋ねる。

 

 カズマは心得ているとばかりに真面目に頷いて言う。

 

 「ああ、お前らの魔女っ子と女騎士のコスプレの感想だな。うん、似合っていると思うぞ」

 

 ガンっと二人から両足の脛を蹴られて悶絶するカズマ。

 

 「違います!これは別に仮装ではないのです!」

 

 「これが私達の真の姿!つまり正装だ!自称騎士とかではないのでそこは間違えるなよ・・・・!」

 

 「え?二人って本当に上級職の冒険者だったの?・・・・自己紹介の時はてっきり冗談なんだとばかり・・・・」

 

 怒れる二人にアクアが水をぶっかけるような発言で鎮火する。

 

 「まさか・・・・・本当に分かっていなかったなんて・・・・」

 

 「知りたくなかった・・・・自分がそんなに騎士らしく見えないなんて・・・・」

 

 落ち込み始めた二人にアクアが慌てる。

 

 「いや~・・・そこはかとなく見えないこともない感じなのよ?・・・・ペンキまみれのダボダボの作業着で動き回るめぐみんと泥だらけでハチマキ巻いて男前なダクネスからは想像できなかっただけで・・・・」

 

 「おい、やめろ、それは追い打ちだ・・・・とにかく二人は俺達のパーティに入ってくれるということでいいのか?」

 

 カズマの発言に二人は顔を見合わせニヤリと不敵に笑う。

 

 「我が名はめぐみん!アークウィザードにして紅魔族随一の魔法の使い手!最強の爆裂魔法を極めしもの!

 一撃必殺の超火力は岩をも砕き、山をも崩れさせる!パーティの最大攻撃力!」

 

 「我が名はダクネス!クルセイダーにして最硬の女騎士!我が鋼の意思は龍の牙でも打ち砕けない!

 体力と防御力に長けるパーティの守護神!」

 

 二人共、自分に酔っているようだ。超キメ顔である。

 

 「「さぁ・・・・私たちをパーティに加える権利をやろう」」

 

 クールなセリフが綺麗にハモリ、ポーズも格好よく決まっている。

 

 うん、練習したとおりだ、良い感じに決まった。

 

 カズマとアクアはポカンとしているが・・・・

 

 「あ、うん、よろしくな・・・・」

 

 「あははは・・・・とっても、頼もしいわ・・・・・あはは・・・」

 

 「良かったなぁ。お昼休憩にわざわざ練習した甲斐があるってばよ・・・」

 

 ナルト・・・やめてやれ・・・・顔を真っ赤にして羞恥心に耐え忍んでいるじゃないか・・・

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 翌日

 

 

 オスっ俺カズマ!粘液まみれのデロデロな仲間と愉快な冒険を繰り広げているんだ!

 あのカエルのあん畜生を仕留め損ねちまったが次こそは息の根を止めてやるぜ!

 

 「生臭いよ~・・・なまぐさいよぉ~・・・・うぇぇぇぇぇ~~~ん!!」

 

 「 カエルのお腹の中って暖かいですねぇ・・・・・ついついうたた寝を・・・・」

 

 「ああ、こんな汚らわしい粘液にまみれた私を・・・・・もっと汚物を見るように見つめてくれ・・・・・もっと・・・・ああ・・もっっと・・・・・」

 

 仲間が集まったことだし、昨日のリベンジも兼ねて大型カエルモンスター“ジャイアントトード”の討伐に意気揚々と向かった俺達はものの見事に返り討ちにあったのだった。

 

 手始めにカエル相手に性懲りもなく肉弾戦を挑んだアクアが食われ、次にたった一匹のカエル相手に爆裂魔法を放って魔力切れで倒れためぐみんが餌食になった。それを見たダクネスが息を荒くしてカエルに突撃。自らカエルの口をこじ開けて中に侵入した。

 ・・・そう、この馬鹿は自分から食われに行ったのだ。

 そして一人になった俺は孤独に仲間の救出に奮闘した・・・・・・・・

 

 めぐみんが倒した一体に俺が倒した無防備なカエル三体。合わせて四体だ。

 クエストのノルマは10体。人数が多いから昨日よりランクの高いクエストを受けたのが失敗だった。

 

 あ~あ・・・・こんなことになるとは思ってたんだよな・・・・・

 

 なんだかんだで付き合い長いし・・・・もう把握してる・・・・アクアと類友なこいつらに冒険者として華麗な活躍を期待するのがが間違いだったんだ・・・・・まぁ、俺も獲物を飲み込んだ無防備なカエルしか相手にできないヘナチョコ冒険者なんですけどね・・・

 

 粘液まみれの仲間たちを引き連れてギルドに入る。

 

 一応、ノルマには達さなかったが何匹か仕留めたからな。四人で分けると本当にはした金だが・・・受け取っておこう。

 

 土木工事の仕事が早くも恋しくなりながらギルドの扉を開けると、なにやら、ザワザワと賑わっていた。

 

 何があったのかと人をかき分けて進むと、その中心にはナルトの爺さんとクラマがいた。

 

 俺たちを目にすると爺さんはいつもの気の抜けた顔で笑いかけてくる。

 

 「お~、お帰り!早かったな。実は今日から俺も冒険者になってみたんだってばよ!」

 

冒険者って・・・・おいおい、大丈夫かよ?

 

 怪しげな魔法を使うことはよく知っているが、98の老人を戦闘に参加させられるものなのか?

 

 「おお!ナル爺もついに・・・!」

 

 「やっぱりお爺ちゃんとクラマたんがいないとなんか物足りなかったのよねっ!

 これからもよろしくね!ポックリ逝きそうになっても私がすぐに蘇生してあげるから安心してねっ」

 

 「おいアクア、縁起でもないことを言うな・・・・壁役の私がいるのだ。ナルトさんへの攻撃は一切通さない。

 ダメージは全て私が貰っていく!」

 

 「いやいや、そこまでしなくても・・・まぁ、これからよろしくな。年寄りなりに精一杯頑張るってばよ!」

 

 ナルトの爺さんの参戦に完全に歓迎ムードの皆。

 まぁ、確かに少し心配だけど俺も個人的には爺さんの加入は嬉しい。

 なんだかんだでこの爺さんといると楽しいしな・・・・・

 

 それに仮にもアクセル街の怪物じじいと畏怖されている男だ。

 もしかしたら結構強いのかもしれない・・・

 後で冒険者カードを見せてもらおう。

 

 

 

 

「・・・うそでしょ?・・・・上級冒険者のレベル88相当のステータスって・・・

 ・・・・しかも、“老化”でステータスが半減している状態でそれ!?・・・・・魔力の数値に関しては・・・桁がおかしい事になってるけど・・・

 ・・・なにこれ・・・私の目がおかしいのかな?・・・・疲れてるんだわきっと・・・

 職業ニンジャマスターって・・・・・ニンジャってなんなの?・・・ニンジャ怖い・・・」

 

 

 その日、ギルドで人気の受付嬢が珍しく早退した。その原因を知る者はいない。

 

 

 

 




補足

この作品ではチャクラと魔力を同じものとして扱います。
ですので魔法と忍術は発動までの過程が違っていても基本的に同じものであることになります。色々と矛盾があるかもしれませんが・・・・できれば目をつむっていただきたいです・・・


バッドステータス“老化”・・・・・冒険者が老いることで本来のステータスから徐々に低下していく現象。鍛錬やレベルアップである程度、元に戻すことは可能。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 カエル注意報とジジィの実力 

 晴れやかな草原。日差しは暖かく、緩やかな風が気持ちの良い絶好のピクニック日和だ。

 

 そんな中。

 

 

 「ガマブン太よ~~~~~い!!久しぶりだな~~~元気にしとったか~~~!!」

 

 

 ジャイアントトードの群れに向かって爆走する爺さん。

 

 それを俺達は必死に追いかけていた。

 

 「ちょっと待てや爺さ~~~~~~~~~~~ん!!!!」

 

 「戻ってきてお爺ちゃん!!私の経験則から言ってこれは絶対パックンチョされる流れよ!!

 私は詳しいの!奴らは老い先短い老人でも決して容赦しない悪魔のような両生類だわ!!」

 

 「ナルトさんそれは私の役目だ!!カエルの群れに突撃してヌルヌルにされるのは私が適任なんだ!!

 ヌルヌルな老人というのは需要がないんだ!そこはどう考えても女騎士だろう!?」

 

 「ハァハァ・・・・っていうか速っ!ナルじい一体どんな脚力しているんですか!?」

 

 俺達も全力で走っているのに爺さんとの距離は開くばかり・・・

 妖怪かよこのジジィ・・・!

 やがてついに、モンスターであるカエルに接触してしまう爺さん。

 群れの先頭の一際大きいカエルに抱きついて頬ずりしている。

 

 

「ブン太よ~~!!・・・・っと・・随分小さいな・・・・そうか悪い!お前、息子のガマ吉だな?

 すまんすまん俺はてっきり・・・・おろ?・・・・」

 

 超フレンドリーに話しかけている爺さんの頭から、パックンチョ・・・・

 

 そこから丸呑みして美味しそうにモゴモゴしている大カエル。

 

 懸念していた通り・・・・爺さんは喰われたのだった・・・

 

 

 「食われてんじゃねぇ~~~~~~!!」

 

 「え?・・・大丈夫よね?距離がだいぶ遠いいけど・・・間に合うわよね?」

 

 「ぜぇ・・・・ハァハァ・・・くっ・・・このままでは逃げられる・・・」

 

 「ヤバイです!ここから爆裂魔法を放ちましょう!!」

 

 「やめろ、爺さんまで吹き飛ぶぞ!!」

 

 カエルが爺さんを咀嚼しつつ群れから離れて、ピョンピョンと後方に下がる。

 あいつ他のカエル達を盾にして逃げる気だ!

 やけに大きいと思ったら群れのボスらしい。

 取り巻きのカエルたちもここを通さんとばかりに陣取っている。

 

 やばい・・・このままだと本当に逃げられる・・・爺さんが消化される!

 

 「めぐみん!とりあえず邪魔なカエル達に爆裂魔法を!!」

 

 「わ、分かりました!我が爆裂魔法で退路を・・・あいたっ・・・・」

 

 爆裂魔法を詠唱しようとするめぐみんの頬に猫パンチをかますクラマ。

 

 「必要ない・・・・温存しておけ」

 

 そう言ってめぐみんの肩から飛び降り、風のような速さで草原を駆け抜けるクラマ。

 

 一気にカエルの群れへと躍り出ると

 

 「火遁・狐火!」

 

 クラマの九本の尾から激しい炎がほとばしり、九匹の炎の獣に姿を変えたそれがカエル達に一斉に襲いかかった。

 

 カエルの腹を爪で引き裂き、牙で容易く食いちぎる獣たち。

 

 全滅するまで十秒も掛からなかった。

 

「マジかよ・・・あいつ・・・」

 

「・・・すごい・・・すごいわ!クラマたん!」

 

「えー、なにあれ怖い・・・ただの喋る愛玩動物じゃなかったんですね・・・・」

 

「・・・やっぱり、これからは敬語を使ったほうが良いだろうか・・・・」

 

 

 焼け焦げたカエルの死骸を踏みつつ、一気に駆け抜ける。ボスカエルはもうすぐそこだ。

 

 爺さんを救出するべく足を速める俺たちを尻目にクラマのやつは座り込んでアクビまでしている。

 コイツは爺さんのことが心配じゃないのか?

 

 「なにやってんだよクラマ!さっきの技でカエルの腹を引き裂いてくれ!俺たちじゃあの大カエル相手じゃ手間取っちまう!」

 

 焦りを含んで怒鳴りつけるとクラマは全く緊張感のない顔で

 

 「あいつを心配するだけ無駄無駄。どうせカエルの腹の中でうたた寝でもしているんだろう。

そろそろ自分で出てくる頃だと思うぜ」

 

 

 え~?・・・・それは爺さんを信頼しすぎじゃないかな・・・

 まぁ、俺たちより断然付き合いの長いコイツが言うことなんだから、そうなのかもしれないが・・・

 今の爺さん、ボケジジィモード入っちゃってるからなぁ・・・・

 普段は頼もしい爺さんだが、こういう時は危なっかしくてしょうがない。

 

 「ダクネス!とりあえず俺たち二人で突っ込むぞ!」

 

 「ああ!・・・この私を無視するとは忌々しいカエルめ!ぶっ殺してやる!」

 

 剣を掲げて大カエルに向かって突撃する俺とダクネス。

 こんだけデカイカエルなんだ、きっとノーコンなダクネスの剣技でも当てられるはず。

 

 「む・・・・まずい!」

 

 クラマの妙に焦った声が響き。

 それと同時に今まさにカエルに剣を振り下ろそうとする俺たち二人の胴体に何かが巻き付き、勢いよく後ろに引き寄せられる。

 

 みるみるうちに爺さんを飲み込んだカエルが遠ざかっていく。

 

 なんだ・・・・・何事だ・・・!

 

 

 「口寄せの術!!」

 

 

 ・・・ズドンッ・・・!!

 

 ボスガエルを内側から木っ端微塵に吹き飛ばし、それが現れた。

 

 突如出現した薄紫色の毒々しい巨体が地面を大きく震動させる。

 

 先程まで俺達が追いかけていた大カエルが可愛く見えるくらいの・・・

 

 山のようなデカさの超大型カエルがたたずんでいた。

 

 「ふぅ・・・・間に合ったか・・・・」

 

 安堵のため息を吐くクラマ。

 長く伸びたクラマの尾が俺たち四人の胴体に巻きついて宙に浮かせている。

 コイツが助けてくれなかったら今頃俺達はあの巨大カエルの下敷きになっていたのか・・・・・

 悪寒で冷たくなる背筋に身を震わせながら、その規格外な生物を見上げる。

 

 「あ~、ついウトウトしちまったってばよ・・・・めぐみんの言っていた通り、お前らの中って良い感じに温いんだなぁー。今度一回飲み込んでみてくれってばよう。」

 

 

 「勘弁してくれ、溶けるぞホント。それで・・・ナルトの爺様よう・・・口寄せされるまでの間隔がずいぶんと長かったんだが・・・・・

 ここって・・・どこよ?」

 

 「どこって、異世界?」

 

 「・・・・・は?」

 

 巨大カエルの上でそいつと仲良さそうにおしゃべりしているナルトの爺さん。

 へー・・・この世界って、カエルも喋るんだー・・・・・はははは・・・・

 

 「あわわわわわわわわわわ」

 

 「はわわわわわわわわわわわ」

 

 「わー、大きいー・・・カエルの唐揚げ何年分ですかねぇ・・・・これ・・・実家に送ってあげたら喜ぶだろうなぁ・・・」

 

「・・・な、なんて・・・巨体・・・・さ、流石に・・・・無理だ・・・・わ・・私でも許容できない範囲というものが・・・・

 ・・・・こんなのにヌルヌルにされたら死んでしまう!・・・・ハァ・・・ハァ・・・・でも・・・・・試してみる価値はあるか・・・・?」

 

 俺とアクアは脂汗を流しながらブルブルと震え、めぐみんは虚ろな目でブツブツと呟いている。そして、ダクネスはこんな時でも平常運転。

 

 クラマは山のようなカエルを一気によじ登って爺さんを叱りつけている。その間、暇を持て余したカエルが興味深そうにこちらを見下ろした。

 

 正直、超、怖いです・・・・

 

 ゲームなんかでお馴染みの召喚魔法というやつだろうか・・・・だとしたら敵なんかもういないから早く送り返して欲しい。

 

 このサイズのカエルは本当にシャレにならないんだ。

 

 「あれぇ、おかしいなぁ・・・・術を解除したのに・・・・戻らないってばよ・・・」

 

 首をかしげる爺さん。巨大蛙は途方にくれたようにいつまでも佇んでいた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 「本当にゴメンなガマゴロウ・・・・俺のせいでこんなことになっちまって・・・」

 

 

 結局、口寄せした蝦蟇五郎を元の「妙木山」の蛙の里へ送り返すことはできなかった。

 本来なら時間切れや、術の解除で容易く送り返すことができるはずなのだが。ここに来たことで時空間の繋がりが完全に途絶えている。

 どうやら向こうの世界からこちらの世界へ来ることはできても、それは一方通行でこちらから向こうへ帰ることはできないらしい。

 口寄せの契約に従い、生物、物質をこちらへ呼ぶことは出来ても、元の場所へ戻す術が破壊されてしまうのだ。

 

 「爺様よぅ、あんまり気に病むことはねぇよ。俺も度重なる組の抗争に飽き飽きしていたところだ。

 ・・・・一度カタギに戻って一人旅でもしてみてぇと思っていたところさ・・・・その旅先が見たこともねぇ異世界だって言うんだ。

 願ってもねぇ話だぜ・・・・・」

 

 男前に笑う蝦蟇五郎をわしとナルトはやるせない顔で見つめていた。

 

 突如現れた超巨大カエルは冒険者ギルドで結構な問題になってしまったのだ。

モンスターであるジャイアントトードの突然変異だと勘違いされ、遠い街から上級冒険者を呼び寄せての大規模な討伐が計画された。

 噂を聞きつけたワシらはすぐさま冒険者ギルドに駆けつけ事情を説明したところ、

職員たちから厳しいお叱りを受け、蝦蟇五郎の早急な撤去を要求されたのだった。

 

 しかし、こちらから一方的に呼び寄せておいて、勝手な都合で放り出すわけにはいかない。

 どうするか、ナルトと二人で頭を抱えていたところ蝦蟇五郎が一人で旅立つことを宣言したのである。

 

 「しかし、本当に良いのか?この世界にはどんな危険があるかわからねぇ・・・ワシやナルトが一緒に同行したほうが・・・」

 

 「ありがとうよ、クラマの旦那。しかし心配には及ばねぇよ・・・」

 

 飼い蛙を捨てるような罪悪感を覚え、ワシがそう提案すると蝦蟇五郎はゲコゲコと笑って答える。

 

 「ナルトの爺様やクラマの旦那にはもう、大事な仲間がいるんだろう?それを放っぽり出して俺みてぇなヤクザ者に付き合うことはねぇよ・・・

なぁに、またいつでも会えるさ。再契約を交わしたことだし心配もあるめぇ。元の場所へ帰れる目処が立ったら教えてくんなぁ。

 それ以外でも俺の力が必要な時は何時でも呼んでくんなぁ・・・・」

 

 そう言ってワシらに背中を向けてノソノソと歩き出す蝦蟇五郎。漢の背中である。

 

 「ガマゴロウぉぉぉぉぉっぉぉぉ!!」

 

 その背中に号泣しながらしがみつくナルト。色々台無しだった。

 

 

 「え?蛙なのに極道の者なの?なに・・あのVシネマみたいな男気溢れた台詞・・・俺もいつか言ってみたいわー」

 

 「・・・グス・・・なんて健気で良い子なのぉ・・・私、見た目に惑わされて誤解していたみたい・・・

 今度会ったらもっと仲良くしましょ・・・美味しいバッタをご馳走するわ・・・」

 

 「・・・不意打ちで爆裂魔法が決まれば・・・数年分の食料が・・・・我が家の食糧難が改善される・・・・

 だ、ダメです、めぐみん・・・・あれはナル爺の友達・・・友達だから・・・悪魔よ去れ・・・悪魔よ去るのです・・・・」

 

 「あの蛙さんにも敬語で話したほうが良いんだろうか・・・・そのほうがいいよな・・・・あの貫禄だしな・・・舐めた口聞いたらドスでバッサリやられそうだ・・・・」

 

 

 夕日を背に荒野へと歩を進める蝦蟇五郎。遠くなるその背中にはナルトの馬鹿がいつまでも、しがみついて離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「という、熱い冒険と感動のドラマがあったわけだってばよ」

 

 「・・・・・・・・・・・・・」

 

 いつもの酒場。友人のクリスを相手に今日あった濃い内容の冒険話を語るナルト。なぜか自慢げに。

 コイツ今日は何も良い所がなかったんだけどな・・・最初から最後まで散々皆に迷惑をかけたわけで・・・・

 

 「お昼の超巨大カエル出没警報ってそういうことだったんだ・・・・」

 

 クリスが引きつった顔で周りに視線をやる。

 

 そこにはテーブルいっぱいに並べられた料理をガツガツと勢いよく平らげるパーティメンバーの姿があった。

 

 「本当に濃い・・・・濃い一日だった・・・」

 

 カズマが鳥のターキーを咬みちぎりながら呟く。

 

「・・もぐもぐもぐ・・・・お昼も食べ損なっちゃったからね・・・・お爺ちゃんの奢りだし、エネルギーを限界以上に補給しないと・・・もぐ・・・もぐ」

 

 ハンバーグをを口いっぱいに頬張っているアクア。

 

 「・・・・・今日、私は己の醜さを知りました・・・・煩悩を捨てるのです・・・我が爆裂魔法は私の醜いエゴで放っていいものではない・・・・」

 

哲学的なことを言いながらカエルの唐揚げを親の仇のような目で見ながら味わうめぐみん。

 

「結局、最後までカエルにヌルヌルにされる事態に陥らなかったなぁ・・・・ナルトさんだけずるい・・・・」

 

 いじけるようにシチューを口に運ぶダクネス。

 

 「全く・・・少しは反省しろよ、ナルト。お前さえ突っ走らなければ、あんなカエル如き一瞬で終わったんだからな!

 ホントに無駄な労力を使わせやがっ・・・・な、なんだ・・・・お前らどうした・・・・」

 

 ナルトに説教していると、突然恨めしそうな眼でワシを見てくるカズマ達。

 

 「俺らが散々苦労したジャイアントトードをものの数秒で・・・・・」

 

 「クラマたんって・・・・とっても強いのね・・・・きっとこのパーティで一番強いんじゃないかしら・・・・」

 

 「はは・・・獣に負けた・・・・この私が獣に・・・・」

 

 「く・・・クラマさん、今日は情けない姿を見せてすみません・・・騎士としてこれからも精進するのでご指導よろしくお願いします・・・」

 

 今日のワシの活躍がコイツ等のプライドに触れたらしい。面倒くさいやつらだなホント・・・・

 

 だいたい、今のワシをそこまで持ち上げられるのも微妙なんだが・・・・

 

 これでも力が漏れ出さないように封印術式を九つも施している状態だというのに。

 

 「へー!クラマ君ってそんなに強いんだー。」

 

 興味深そうにワシを見つめるクリス

 

 「まぁ、今のコイツが本気出せば星の一つくらい簡単に滅びるってばよ」

 

いきなりぶっちゃけたな、おい・・・

クリスは冗談だと思ったのかケタケタ笑っているが・・・他の四人はなぜ後ずさる・・・信じるなよ・・・事実だけども・・・

 

 「じゃぁ、その相棒であるお爺ちゃんも同じ位凄いんだね?なんの準備もなしにあんな大きなカエルを召喚しちゃうくらいだし。」

 

 悪戯っぽく笑いお茶目にウインクなんかかましちゃうクリス。似合っているからいいけどそこらのブスが同じことをしたら相当痛いだろうな。

 ちなみにこの世界の召喚魔法というものは結構手間がかかって面倒くさい術らしい。

爆裂魔法程ではないが相当な魔力を消費するらしく、召喚獣を従わせるために事前に面倒くさい準備も必要とあって、あまり好んで使う者は少ないとか。

 口寄せの術なら一瞬で呼べるし、あっちじゃ結構お手軽な術なんだがな。

 

 「確かにあんな規格外な生物を召喚した後なのにナル爺はずいぶんピンピンしてますね?」

 

 めぐみんが小カエルの丸焼きをしゃぶりながら首をかしげる。

 

 「ああ、元気すぎて怖いくらいだ。朝のあの爆走といい、魔力値と敏捷値と体力値はお歳なのにかなりのものじゃないか?」

 

 ダクネスが七杯目のシチューにパンを浸しながら言う。

 

 「あ!そうだ爺さん、冒険者カード見せてくれよ。昨日言おうと思ってたのに忘れてた。 

 仲間として爺さんの実力も知っておきたいしな。」

 

 カズマがシャワシャワという奇妙な飲み物に口を付けながらそう提案した。

 

 ああ、ついにこの時が来たか・・・!

 

 ワシはナルトの懐から冒険者カードを抜き取り、テーブルの上を仁王立ちしてそれを掲げる。

 

 「さぁ、目に焼き付けるがいい・・・これがこのボケ老人の実力だ!」

 

 正直、この世界に来てからナルトは侮られすぎだ。

 

 かつては“伝説の双忍”と呼ばれ、恐れられた男がここではただの老人扱い。

 

 最初は新鮮に感じてそう悪い気分はしなかったが、最近は苛立つことが多くなった。

 

 こいつはどこにでもいる老人のような顔でのほほんと笑っていやがるが・・・ワシは腹が立つんだ

 

 こいつを心配するな!労わるな!侮るな!こいつはただのボケ爺ではない!

 

 ナルトの冒険者カードを覗き込み、目を見開いて絶句している仲間たちに告げる。

 

「 こいつは腐っても元火影・・・・最強の忍者だったんだ。

 今だって、その気になりゃあ、噂に聞く魔王軍なんていうふざけた連中をすぐにでも壊滅させられるぜ!」

 

 

 

 なんだって、ワシはこんなに熱くなっているんだ・・・・こいつがどう思われようと別に良いじゃないか・・・・

 

 クソッ・・・・冷静になると、急に恥ずかしくなってきた・・・・

 

・・・チッ・・・・おいナルト!そのニヤケ面を止めろ!咬み殺されたいのか!

 

 

 

 




口寄せは一方通行ですので逆口寄せで元の世界に戻ることはできません。

ナルトに口寄せを使わせたくて少し無理な設定になったかもしれません・・・・


ちなみにガマゴロウはガマ吉の孫です。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 修行しようぜ!

 「ぎゃぁあああああああああああああああああっっ!!!」

 

 穏やかな秋の昼下がり・・・・・・そこに切り裂くように響き渡る絶叫。

 

 もしここに子供がいたら、いやたとえ大人だとしても恐怖に震えることだろう。

 そこには地平線を埋め尽くすかのような無数のガチムチ筋肉男たちが一挙に押し寄せてくる謎の光景。

 薄気味悪いスマイルを顔に貼り付け、テカテカと輝く筋肉を躍動させて全員が飛びかかるように殺到する・・・

 

 冒険者仲間であるカズマに・・・・・・

 

 草原を全速力で駆け抜けながら、たまらず絶叫するカズマ。

 

 「こんなの修行じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~!!

 もうやめてくれ~~~~ギブア~~~~~ップ!!」

 

 あれ?・・・・・なんかデジャブ・・・・

 

 ・・・ああ・・ひ孫のハヤトと反応がそっくりなんだ・・・・・

 

 懐かしい気持ちでナルトとカズマの修行風景を眺めるワシ。

 

 「クラマさまたすけてクラマさまたすけてマジおねがいしますくらまサマーーーーー!!」

 

 転んだカズマは無様に這いつくばってワシに助けを乞う。

 

 いやいや、本当に似ているな・・・

 

 しかし、許せカズマ。お前には特に恨みはないが、ここで甘やかすわけにはいかないのだ。

 

 無言で背を向けて走り去るワシ。草原にカズマの絶望的な悲鳴が虚しく響いた。

 

 

 なぜこんなことになったかというと・・・・時間は数日前に遡る・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「え!?爺さん達も異世界から来たのか!?」

 

 ワシがナルトの冒険者カードを見せて自慢したあの日。

 

 ナルトの圧倒的ステータスの前にひどく興奮した様子のカズマ達は矢継ぎ早にナルトに質問の集中砲火を浴びせた。

 やれ、「火影とは何か」「ニンジャとはどういうものなのか」「なぜレベル1でステータスがそこまで高いのか」「そもそも爺さんは何者なのか」「この街にはどうしてやってきたのか」

 「以前はどういう暮らしをしていたのか」「家族はいないのか」

 良い機会だとばかりに以前から疑問に思っていたであろうことを重ねて聞いてくる。

 

 それに対して特に隠す理由がないということでナルトは全てぶちまけたのだった。

 

 アーデルハイドと名乗る悪魔に強制的に連れられてやってきた異邦人であることも含めて。全て。

 

 最初はみんな半信半疑だったが、ナルトが口寄せの術で向こうの物をいくつか呼び寄せたら割と簡単に信じてくれた。

 

 向こうの我が家では今頃きっと食料やらゲーム機やらナルトの私物がいきなり消え失せて驚いていることだろう。

 

 「妙な魔法を使うとは思っていましたが、まさか異世界の人だったとは・・・・・」

 

 マジックで“ハヤトの”と書かれたプリンを美味しそうに食べながらめぐみんは言う。

 

 「それは裏ルートってやつね。正規の手順を踏んだ異世界来訪じゃないわ。

違法よ、違法。そのアーデルハイトっていうクソ悪魔には罰金を嫌というほどふんだくってやらないとね!」

 

 アクアがゲーム機で遊びながら言う。どうやらクリア寸前のハヤトのセーブデータは上書きされてしまったようである。

 

 「アクアが言っていることはよくわからんが・・・・とにかくナルトさん達が家族の元に帰るには、その悪魔を捕まえないといけないんだな?」

 

 ハヤトが隠し持っていた“イチャイチャパラダイス”復刻版を頬を赤らめて読みながらダクネスが言う。

 

「ああ、今のところあの悪魔ぐらいしか帰る方法が思い当たらないってばよ。」

 

 ナルトがカップラーメンを夢中ですすりながら答える。久しぶりのラーメンに感激して涙まで流しているところ悪いが・・・これは、なかなか難しい事態なのだ。

 

 「書物などで調べてみたんだが・・悪魔っていうのは普段、人間が行くことのできない魔界という世界に住んでいるらしい・・・・そこに逃げられたのだとしたら・・・ワシらに打つ手はないな・・・」

 

 なにもワシらもこの街でのんびり異世界生活を謳歌してばかりではない。

 大量の影分身を世界中に張り巡らせ、常に大規模な捜索を行っていたのだ。

 仙人モードでの感知を繰り返し、あちこちで聞き込みをし、各国の冒険者ギルドで捕獲の依頼まで出した。

 それでも未だにあの悪魔は見つからない。一ヶ月が過ぎた今でもまるで尻尾を掴むことができないでいた。

 だから、今はもう相手の出方を待つしかないという結論になっている。

 わざわざこの世界に呼び寄せたのだから、何らかの目的はあるのだろう。恐らくそのうち接触してくるとは思うが・・・しかし、あのヘタレた悪魔にそんな根性があるだろうか?

 ・・・泣きながら土下座を繰り返していた鼻垂れ悪魔の姿を思い出す。

 螺旋手裏剣を喰らって心が折れて引き篭っているとしたら・・・非常にまずい・・・

 あれは細胞レベルで肉体をズタズタにする超凶悪忍術だからな・・・トラウマになっていないといいが・・

 ・・・敵対するのなら打ちのめすこともできるが、完全に放置されたとしたらもう、お手上げである。

 

 「じゃあさ、いっそのこと俺等と一緒に魔王討伐を目指しちゃうか?」

 

 カズマの突拍子のない発言に皆の目が集まる。

 急に何言ってんだろ?こいつ・・・

 俺達は元の世界に帰る方法について話しているというのに・・・

 ナルトのボケが移ったか?

 

 「いや、そんな頭が湧いたのかコイツ、みたいな目で見るなよ・・・・

 確か、魔王を討伐すると、何でも願いが一つ叶うって話なんだって・・・なぁ、アクア?」

 

 ワシらの視線にたじろきながら同意を求めるカズマに、アクアは、ぼやんとした目で数秒沈黙した後、

 

 「・・・・・・・ああー・・そんな話もあったわね・・・って・・そうよ!そうだったわ!

 そうしないと私も帰れないじゃない!今の生活は楽しいけど私は女神の座に返り咲きたい!!

 天界で女神として崇められる神々しい存在に戻りたい・・・・!」

 

 なにやら慌てたように騒ぎ立てるアクア。

 

 「願いが叶うとか、どこ情報ですか?そんなの聞いたことないんですが・・・・」

戸惑うめぐみんにアクアがドンと胸を叩いて宣言する。

 

 「もちろんこの私のお告げ!女神情報よ!!」

 

 「・・・・・うわー・・・一気に胡散臭くなりましたねー・・・・」

 

 「・・・・正直この状況でそういった冗談は不謹慎ではないだろうか?

 アクアはもう少し場の空気というのを読むようにしたほうがいいと思う・・・

 もちろん私は明るくて無邪気なアクアが大好きだが、改めないと社会に出たら誤解を受け反感を買うことが多くなるだろう。煩わしいと思うが聞いてくれ。だいたいアクアは普段からして・・・・」

 

 また始まった、と言いたげな白けた半目で一瞥するめぐみんと心を鬼にしてガチの説教を展開するダクネス。

 そのいつもの反応にアクアは泣いた。

 

 「うわぁ~~~ん!!これだから下界は嫌なのよぉ~!!誰も私を信じてくれない!

 ・・・だいたい空気云々はエロ本から片時も手を離さないあなたにだけは言われたくないわよ!

 このエロネス!!うわぁぁぁ~~ん!!」

 

 「ぐ・・・こ、これはエロ本ではないのだ・・・今日から私のバイブル・・聖書のように神聖なものなので・・・う、うん私が悪かった・・・言いすぎたよ、ごめん、信じる・・信じるからそんな本気で泣かないで・・」

 

 「た、確かに女神のようなオーラをどことなく感じるような気がしますね!ほら信じました!

 私は信じましたよー・・・・だから、そんなに泣かないでください・・・・」

 

 本気で泣き伏せるアクアに慌てた二人はついにアクアを女神だと認めてしまう。

 

 「・・・・・・・だったらアクシズ教に入団して私の信者に・・・・」

 

 「「それはお断りします」」

 

 宗教の勧誘にきっぱりと断りを入れるめぐみんとダクネス。

 アクシズ教というのは頭のおかしい集団として有名であるらしいし当然であろう。

 プルプルと涙目で震えるアクア。

 ・・・・おいおい、いい加減本題に入りたいんだが・・・

 

 「俺は別に入っても良いってばよ?」

 

 「・・・・え?・・・ほ、本当?・・・・」

 

 ナルトが穏やかな笑みを浮かべて言う。

 それを仏様を見るような眼差しで見上げるアクア。

 

 「ああ、元々信じている神様がいるわけでもないし。こんな可愛い女神様にならこんな老いぼれでよければいくらでも身を捧げるってばよ?とりあえずお供えはこんなものでいいかな?」

 

 そう言って口寄せした栄養ドリンクを捧げるナルト。え?そういうものでいいのか・・・?

 

 「おじぃちゃぁぁぁぁぁ~~~~~ん!!」

 

 感激してナルトにしがみつくアクア。全然OKらしい・・・

 

 「はぁ・・・わかったわかった。お前が女神だっていうのは100歩譲って信じてやるから・・・・

 それで?・・・・・願いが叶うという辺りを詳しく教えてくれ・・・・・」

 

 ワシがため息を吐きながら尋ねるとアクアは水を得すぎた魚のように嬉々として答える。

 

 「ふふん、じゃあこの女神様のお告げをありがたくお聞きなさい!」

 

 

 

 色々脱線しまくりで要領を得ないが、調子に乗ったアクアの話を要訳するとこうだ。

 

 この世界に現れた魔王の存在に天界の神々は大いに困っており、それをどうにかするために非業の死を遂げた別世界の人間に特別な武器や能力を与えてこの世界に送り込み魔王を倒すように仕向けているとか。

 その報酬としてそれを成し遂げた人間には神から一つだけ願いを叶えてもらえることらしい。

 

 そして、このカズマも別世界から送り込まれた者のひとりであるという。

 

 「へぇー!じゃあカズマも何か特別な能力を授かったんですね!もう!何をもったいぶっていたんですか?

 ここぞという時に隠された能力を開放するのは確かにカッコイイですが格下のカエル相手に逃げ惑うくらいならサクッと使っちゃえば良かったのに・・・・・」

 

 「いやいや、もしかしたら特殊な状況下にしか発動しない魔剣なのかもしれないぞ!

きっと、邪悪なものと相対したときにその真価を発揮するたぐいのものだ!」

 

 めぐみんとダクネスが大いに期待した瞳でカズマを見つめる。

 

 そのカズマはというと気まずそうに無言で指をアクアに向ける。

 

 「え?なんです?アクアがどうかしましたか?」

 

 「まて!もしかしたらあの指先からビームが出るのかもしれないぞ!危ない伏せろ!アクア!」

 

 「ヤバイです!だとしたら絶対に貫通力のあるビームが飛び出しますよ!ダメですカズマ!その能力は仲間に向けるものではないはずです!正気に戻って!ダークサイドから戻ってきて!」

 

 「くっ・・・撃つなら私を撃て!・・・・」

 

 何やら二人で盛り上がっているめぐみんとダクネスを悲し気に見つめるカズマ。

 

 「いや、だから、アクアなんだよ・・・・・」

 

 「何がですか?アクアがどうかしましたか?」

 

 「いや、もしかしたら、アクアは生物型兵器なのかもしれないぞ!いざというとき人から剣に変身する類のやつだ!」

 

 「なんと!そんな・・・・・アクアは道具ではありません!私達の大切な仲間です!」

 

 「そうだとも!私達の大切な・・・!」

 

 

 「いや・・・だから!・・・・ふんぞり返って超生意気な大して役に立たなそうな女神を・・・・俺がついカッとなって・・・・物として連れてきちまったんだ・・・・・・・」

 

 カズマが口にする真実を無表情で受け止める二人。

 

 「「・・・もっと他に良いものがあったんじゃ・・・・」」

 

 「だよなー・・・・」

 

 同時に重々しいため息をつく三人。

 

 「ねぇ!大切な仲間じゃなかったの!?もうなんなのよもう!私は被害者なのに!

天界に帰ったら弁護士を呼んで色々と訴えてやるんだからね!!」

 

 憤慨して指を突きつけるアクア。

 

 「しかしそれじゃあ、能無しのカズマでは魔王討伐は少し厳しいのでは?」

 

 「お、おう・・・まぁそうなんだけどさ・・・確かに特殊な能力もちじゃないけど・・・その言い方は・・・」

 

 「事実でしょ?まぁ、カズマの至らない部分は仲間である私達が補いますが・・・・」

 

 「超高ステータスのナルトさんもいることだしな・・・」

 

 それを無視して話を進める三人。

 

 というかワシは一つ疑問があるんだが・・・・・

 

 「そういえば、叶えてくれる願いって、一つなんじゃないかってばよ?・・・・」

 

 ナルトが言う。そう、それだ。ワシもそれが言いたかった。

 

 全員がハッとした顔をして問い詰めると、アクアはあっけらかんと言う。

 

 「ああーそれは問題ないわ。代表者の願いを“パーティメンバー全員の願いを叶えてくれ”ってことにすればオールOK!クラマたんのお願いはおじいちゃんと同じだから一枠空くでしょう?だから全員の願いが叶うという、すんぽうよ!」

 

 えー・・・・そんなんでいいのか?・・・・・

 

 「え?・・・それで良いなら願いを100個に増やすとか・・・・無限に好きなだけ願いを叶えるという超強欲な方法も取れるのでは?・・・・」

 

 めぐみんが当然の疑問を上げるがアクアは目を釣り上げて否定する。

 

 「そんなわけないでしょ・・・・神様だって願いを叶えるだけの機械じゃないの。心がちゃんとあるの。

 許容できる願いとそうじゃない願いをきちんと弁えているのよ?

本来は条例で一人だけって決まっているけれど、その他の人間も頑張ったのに報われないのは可哀想だってことで、特例としてこれくらいのことは目を瞑ってくれることになっているのよ。

 だから願いを増やすお願いはここまでが限度なの。それ以上だと神様が怒って何があるかわからないわよ?

 欲を張った人間の末路なんておとぎ話でも良く聞くことでしょ?」

 

 アクアが急にまともなことを言い出した。

 

 「まぁ、全員の願いが叶うってんならそれで十分だってばよ。そこまで多く望むことなんて今更無いしな。

 一応俺らは元の世界に帰ることを願うつもりだけど、他の皆は何か叶えたい願いはあるのか?」

 

 ナルトがカップラーメンのスープを幸せそうに飲みながら言う。半端じゃなく健康に悪そうである。

 

 「悩ましいです・・・今まで散々妄想したシチュエーションではありますが・・・ひとつかー・・うーん・・いっそのこと私が魔王の座に就いて、世界をこの手に・・・好きな時に爆裂三昧・・・・それとも・・カエルの肉、十年分?・・いや、そこまでカエルが好きというわけでは・・・」

 

 プリン容器の底に付いているカラメル糖をペロペロ舐めながらめぐみんは唸る。

 

 「私は・・・・王都で最近有名な腹筋マシーンを・・・いや、そんなもののために魔王を倒すのも・・・他に・・・他は・・・古代文明の遺宝である“エロゲー”というものを復活させてみるか?・・・文献を読む限り、とても素晴らしい物のようであるが・・・いや、何を言っているんだ私は・・・!

 己の欲のために神の祝福を使うなど騎士の名折れ・・・!

 恵まれない子供たちに愛の手を!飢餓に苦しむ人々に暖かな食事を!」

 

 騎士として誇り高い眼差しで高潔な願いを口にするダクネス。

 ・・・・片手に持ったイチャイチャパラダイスが色々と台無しにしているが・・・

 

 「もちろん私は・・・・・女神に・・・いや・・でもよく考えたら、女神にそこまでこだわらなくてもいい気が・・・・・基本お菓子をだらだら食べながら適当に人間を転生させるだけの退屈なお仕事だし・・・・

 よく考えるのよアクア?なんでもお願いが叶うのよ・・・?

 あの頃より良い暮らしを・・・向上心を持つべきじゃないかしら・・?

 私がここで新世界の神として降臨することも・・・・・それによってより一層ちやほやされて崇められるの。大きなお城に暮らして、美味しい物も食べ放題。毎日、使用人のカズマ達と一緒に高級なお酒で朝まで飲み明かして・・・たまにペットのドラゴンの背に乗って皆で空中ドライブ・・・・ドラゴンの名は・・・そう、ゼル帝と名づけましょう。そして、ゼル帝ばかりを可愛がる私にヤキモチを焼いたクラマたんが私の布団に潜り込んでくるようになるの。・・フフ・・そうなったらこちらのもの・・モフモフし放題・・・・そして、そのまま誰に憚られることもなくお昼まで気持ちよく眠るの・・・

 そんな夢の生活が・・・フフフ・・なるわ・・・魔王を倒し、この私は新世界の神になる・・・!」

 

 欲望にまみれた締まりない顔でグへへへへとゲスな笑いをこぼすアクア。

 コイツが元女神とか絶対嘘だろう・・・・

 

 「俺は・・・とりあえず保留かなぁ。元の世界に戻ることも考えてるけど、爺さん達みたいに何が何でも帰りたいわけじゃないんだよな・・・俺、これでも一応死んじゃってるし・・・向こうに帰っても居場所がないし、やりたいことといえば楽しみにしていた新発売の大作RPGをプレイしたいくらいだ・・・いっそのこと向こうの娯楽をこちらに自由に呼び寄せられる能力でももらおうかな・・・・・・っていうかなにこれ全然知らないゲーム機なんだけど・・・爺さんの世界のやつかー・・すげぇ映像綺麗だな・・」

 

 カズマがゲーム機をアクアから奪い取り、それを興味深そうに遊びながら言う。

それは少し型が古いがなかなかの名機器だ。カズマの世界のゲーム技術もかなりのものらしいがワシらの世界には敵うまい。忍術をゲームに組み込む技術はあちらには無いようだしな。

 最新のハードは強力な幻術を駆使したリアル体感型ゲームでまるでゲームの世界に入り込んだようにプレイできる優れものなのだ。

 

 「何それ凄くやりたい!・・・ん?めぐみん、どうした?」

 

 安堵するように笑みを深めるめぐみんにカズマが気づく。

 

 「いえ・・少し安心しました。ナル爺とクラマはしょうがないですが・・・カズマとアクアまでいなくなってしまうのかと思っていたもので・・・・魔王を倒した途端に仲間が一気にいなくなるのならモチベーションがダダ下がりですからね。」

 

 そう言って笑うめぐみん。僅かに寂しさを滲ませるそれはワシ等との別れを予期しているからだろうか。

 

 だとしたら、なかなか、可愛いところもあるじゃないか。

 

 こいつらとの別れは避けられない。わかっていたことだ。

 

 しかし、その時のことを考えたらこの冷血な孤高の獣であるこのワシでもほんの少しだけ、寂しい。

 

 しんみりとしてしまった空気を気にせずナルトは二つ目のカップ麺にお湯を注ぐ。

 

 「じゃあ、俺等の世界とこの世界を自由に行き来できるように願えばいいんじゃないかってばよ?」

 

 ナルトの何気ない発言に皆ハッとする。このジジィはボケ気味のくせにたまにこういう思いもよらない発想をするのだ。

 

 「なるほど!ナル爺、冴えてますよ!そうですよ、そういう願いにしてしまえばいいんですよ!」

 

 眼を紅く輝かせて興奮するめぐみん。不安が一気に解消されてスッキリした顔だ。

 

 「目からウロコだ・・・・そういうスケールの大きい発想を私も見習わなければ・・・」

 

 そう感心したように頷くダクネス。ようやくイチャイチャパラダイスから手を離し、ナルトの超濃い目に作ったカップ麺にお湯を足している。ジジィの健康を気遣ってくれる介護精神にあふれた良い娘だ。

 

 「え?そういうのでもありなら、俺の世界も含めて3つまとめて世界を繋げるのもあり?」

 

 カズマがアクアに疑問を投げかける。

 

 「どうかしら?・・・多分ギリギリいけるかなぁ・・・・神様がなんでもOKって明言しちゃったわけだし・・・なにより面白そうだしね!」

 

 アクアはそう楽しそうに笑うとナルトにカップ麺を一口ねだった。渋々アクアにカップ麺を差し出すと相当でかい一口で麺を持っていかれて悲哀の叫びを上げるナルト。

 

 「とにかくこれからの俺達の方針は決まったな。魔王を倒して各々、望みを叶える。

そのために、まず悪名高い幹部連中を力を付けながら各個撃破していこう。」

 

 「「「「「おーー!!!」」」」

 

 カズマがそう締めくくると他の四人が戦意をたぎらせて声を張り上げる。

 

 正直ナルトとワシだけでもいいのでは?と思わないでもないが、無粋なことは言わないでおこう。

 

 仲間がいるのはいい事だ。その存在が今までのナルトを支え、幾度も強くさせてきた。

 

 この世界ではレベルという概念があり、ナルトはまだまだ伸びしろがある。

 

 こいつらと同じペースで強くなっていけばかつての強さを取り戻せるかもしれない。

 それが、ワシは楽しみで仕方がない。

 

 「よーし!景気づけに飲むぞ!!明日はワンランク上の依頼を受けるから覚悟しておけよ!」

 

 「任せて頂戴!今度こそゴッドブローの真価を見せてあげるわ!」

 

 「ふっふっふっ・・・先日一つレベルが上がったことにより強化された我が爆裂魔法の威力を見せてあげます!」

 

 「どんな敵だろうとこの身に変えて皆を守りきる!・・ハァ、ハァ・・この身を犠牲にしても・・」

 

 いい感じに活気づいているな。

 

 「じゃあ、改めて乾杯するってばよ!我らの今後の活躍を祝して・・・・カンパーイ!!」

 

 「「「「カンパーイ」」」」

 

 ジョッキグラスを互いに打ち付けて一気に煽る四人。

 

 プハーと四人同時に美味そうに息を吐くと皆で楽しそうに笑い合う。

 

 いい雰囲気だ。・・・・・・・それでナルト・・・いつ言い出すんだよ・・・

 ワシが眼を配らせるとナルトはハッとしたような顔をして・・・・

 

 「あ・・・そうだ・・・カズマは明日から俺と一緒に修行だってばよ。」

 

 

 「・・・え?・・・・」

 

 唐突に発せられたナルトの一言にカズマの目が点になる。

 

 「ちょっ・・・えっ?・・・修行って??・・・」

 

 「修行とは強くなるための鍛錬のことだってばよ」

 

 「いやそれは知ってるけど、なんでいきなり?しかも俺だけ!」

 

 明日から依頼をガンガンこなそうとしていただけに、肩すかしをくらったのだろう。 カズマが戸惑ったように言う。

 

 「ああー・・・だって、カズマって弱いし・・・・」

 

 「えー・・・まぁそうですけど・・・最弱職でステータスも平凡ですけど・・でもさぁ・・」

 

 「職業とかステータスはまぁ、置いておいて。カズマはまず、戦うための下地が全くできていないんだってばよ。」

 

 「下地・・・・」

 

 「戦い方を全く知っていない。剣の振り方、防御の仕方、体捌き、その他諸々の基礎的なものが何も出来ていないってばよ。それはきっとレベルが上がっても変わらない。 今のままだと同格の敵と戦った時、カズマは絶対に負ける。格上の魔王軍と戦っていこうっていうのなら、このままではダメだってばよ。」

 

 「・・・・・・・・」

 

 「他の三人の長所を生かすためにはカズマの強さは必要なんだってばよ。

 これから一ヶ月をかけてカズマを鍛え上げる。それでも少し足りないかもしれないけど今よりは数段強くなるはずだってばよ」

 

 「こんな俺でも・・・強くなれるのか?・・・最弱職にしかなれないような俺でも・・・・」

 

 カズマが自信無さげに俯く。コイツもやっぱりそういうコンプレックスを持っていたか・・・・

 本当に・・・あいつにそっくりだ。

 

 「なれるさ。その最弱の冒険者にしか使えない最適な修行法もある。

 カズマは・・・俺が強くしてやるってばよ・・・・・」

 

 ナルトが力強く頷くと、カズマの瞳に強い意志の光が宿った。

 

 「よろしく、お願いします!!」

 

 ナルトに勢いよく頭を下げるカズマ。ナルトは二カッと笑ってカズマの頭を荒っぽく撫でる。

 

 「ああ、覚悟しておけってばよ」

 

 そうして、ここに新たな師弟が誕生したのだった。

 

 

 

 「あれー・・・私たちは?・・・放置なの?・・・」

 

 「仕方ありませんよ・・・・カズマが修行を終えるまで私たちは土木工事に戻りましょう。」

 

 「まだ、冒険者に戻って3日目なのに・・・・親方達に笑われるだろうな・・・・・」

 

 

 そして女達は稼ぎのない男達のためにあくせくと働く日々に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は修行編!


ちなみにクリスは悪魔の話を聞いて殺気立って飛び出していきました。


投稿直前に気づいたクリスの存在・・・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 貧弱冒険者が強くなる方法

筋骨隆々の大男達がカズマに迫り来る。

それを息を切らせながらも冷静な目で避け続けるカズマ。

捕まってしまえば暑苦しい筋肉に骨が軋むほど強く抱きしめられるのだ。必死にもなるだろう。

一度怠けてわざと捕まったカズマに千年殺しを食らわせたところ、それからは本当に死ぬ気で体力の限界を超えても逃げ続けることができるようになった。

この修行法は一見馬鹿らしいが、死より恐ろしい恐怖を与えることで体力増強を促す非常に理にかなったものだといえる。

ちなみにこの二週間は朝から日が暮れるまでずっとこれを続けていた。相当体力は増えてることだろう。

 

「うん、いい感じだってばよ。修行の第一段階はこれにて終了。おめでとさん」

 

汗で衣服をビシャビシャに濡らし、肩で息をしている疲労困憊なカズマ。

筋肉軍団を消してナルトがそのカズマを労う。そしてカズマの冒険者カードに目を落とすと納得したように頷く。

ワシもカードを覗き込みカズマの現在のステータスを見る。敏捷値と体力値と精神力が大幅に増えている。

わずか二週間でこの増加は大したものだ。

 

「ハァハァ・・・ぜぇぜぇ・・よう・・やくか・・・これで・・この地獄の日々から・・・解放・・され」

 

「じゃ、基礎体力作りは終わりにして、明日からは次の第二段階の修行に移るから。

これからが本番だから覚悟しておけってばよ」

 

カズマが地面に倒れる。

 

「・・・いっそのこと殺せー・・・・・」

 

涙声で呻くカズマを無視して背負いナルトは風呂屋へと歩き出した。

 

 

 

「あ・・・お疲れ様でーす。今日は随分と遅くまで頑張っていたんですね。」

めぐみんが見るからにグロッキーなカズマを暖かく迎える。

 

「・・・体力作りの仕上げとかで・・・いつもより一時間は長かった・・・・もう、俺はダメかもしれん・・・」

 

カズマが席に着くなり、テーブルに上半身を突っ伏し弱音を吐く。

 

「まぁまぁ、毎日そう言いつつ今まで頑張ってきたじゃないか。後二週間程の辛抱だ。修行が終わったらお祝いでワイバーン肉のバーベキューをするつもりだからそれを励みに頑張ってくれ。」

 

ダクネスがカズマの肩を叩き、励ます。

 

「おいおい、ワイバーン肉は高級品だろ?良いのか・・・」

 

「親方に認められたのか工事現場の給金が上がったのだ。遠慮することはない。これから強くなったカズマが活躍して返してくれればそれでいい・・・・ほら、シャワシャワだけじゃ力が出ないだろう。肉を食え肉を。」

 

ダクネスの優しさに涙ぐむカズマ。そんなカズマに笑ってスモークリザードのハムの皿を差し出すダクネス。

 

「ほら、辛いことはお酒で忘れましょ?シャワシャワなんてノンアルコールを飲んでいないで、ちゃんと気持ちよく酔っぱらいなさいよ!おねぇさーん!この疲れ果てた修行者にキンキンに冷えたクリムゾンビアを一杯!」

 

「アクア・・・お前・・・」

 

「この私が奢ってあげることなんて滅多にないんだからね!感謝なさい!ほら、このカエルの唐揚げも食べなさいよ!唐揚げとクリムゾンビアのコンボは神の組み合わせだわ。だからってあまり深酒したらダメだからねっ」

 

「お前に言われたくねーよ・・・・でも、ありがとうな・・・・」

 

カエルの唐揚げを美味しそうに頬張りながら微笑むカズマ。アクアは照れくさくなったのか頬を染めてそっぽを向く。

 

「聞いてくださいカズマ!今日、爆裂魔法を放つのにちょうどいい廃墟を見つけたのです!

私の全力の爆裂魔法でも崩壊しない、なかなか根性のある建物です!あの廃墟を木っ端微塵に吹き飛ばせた時、

私は更なる爆裂道の高みに登っていることでしょう!」

 

「・・・本当に大丈夫か?その廃墟に人がいないか確認したほうが・・・・」

 

「大丈夫ですよー。カズマは心配性ですね。私が言いたいのはカズマが一生懸命修行している間、私もまた進化しているということです!ナル爺の地獄の特訓メニューが終了した時、お互いの成長を確認し合いましょう!

この私の更なる進化を遂げた究極の爆裂魔法を見せてあげます!」

 

「ふふ、俺が強くなったら、めぐみんの爆裂魔法の出番なんて回ってこなくなると思うぞ?

いつまでも永遠に待機している、補欠魔法使いの出来上がりだ。」

 

「な、なにおー!絶っっ対にそんな事態にはなりません!むしろ私の爆裂魔法の余りの強烈さにカズマが存在意義を見失う未来が私には見えています!そんなカズマはザコ敵の露払い位には使ってあげますよ?」

 

「ぬかせ!爆裂魔法を間抜けに外してザコ敵に蹂躙されそうな半泣きのめぐみんを俺が颯爽と助けている未来が俺には見えているぜ!そんなことになっても俺に惚れるなよ!ロリっ子は守備範囲外なんだ!」

 

「なるほどっ。妄想ですね。思春期の男の子にありがちなとても痛い妄想です!

それが現実になることはありませんので!むしろその逆パターンを私は想定していますよ!」

 

「この俺がロリっ子に惚れるわけないだろ?牛乳飲んで自分の乳に栄養を与えてから言いやがれ、この・・・・アイタタタタタ!チョッ・・・ギブ!ギブアーップ!!」

 

めぐみんに関節技を決められて情けない叫びを上げるカズマ。

それを仲間たちは可笑しそうに笑いながら見ていた。

大して根性のないカズマがここまで頑張ってこれたのはきっとコイツ等のおかげだろう。

本当に良い仲間に恵まれたものだ・・・

 

翌日

 

いつもの平原にカズマとナルトが向かい合っていた。

 

「じゃあ、これから修行の第二段階に入るってばよ。準備はいいな。」

 

「押忍っ!!」

 

カズマはいつも通りのジャージ姿で気合が入っている。

 

「とりあえず、さっき教えたやつをやってみるってばよ。」

 

「えーと・・・確か・・こうか・・―――――――――――――影分身の術!」

 

ボンという火薬が破裂するような音と共にカズマと全く同じ姿の分身が現れる。

 

成功か・・・まさかこうも容易くこの術を習得することができるとはな・・・

 

もちろんこれはカズマの才能によるものではない。

この世界はレベルが上がるたびに溜まっていくスキルポイントというものが存在する。

そのポイントを使って冒険者は鍛錬を必要とせずに様々な技能を一瞬で習得できるのだ。

しかし、影分身などの忍術は本来ナルトのようにニンジャマスターという特殊なジョブではないとスキル習得はできない。

こちらの人間に知りもしない忍者の適正者など現れるはずもなく、忍術を使うためには向こうでのワシ等のように地道に血の滲むような鍛錬で習得するしかない。だが、唯一の例外が存在し、それが最弱職と言われる“冒険者”なのだ。

“冒険者”は目視と発動方法を教わるだけで全ての職業のスキル習得が可能なのだという。

大抵は本職に及ばず、ポイントの消費量も多いらしいが、それを考慮しても有り余る程の利点だ。

 

ちなみに影分身の消費ポイントは3だ。一応、高等忍術のはずなんだが・・・意外とこいつに適性があったのだろうか?

 

「やっぱり今のカズマだと一体が限界かぁ・・・」

 

「なに・・・これ・・すっげー疲れる・・・」

 

早くも呼吸を荒くし影分身を消失させるカズマ。わかっていたことだがやはりチャクラ量が貧弱だ。

今のこいつにはまるで使い物にならない忍術だ。

 

今のこいつならな・・・・

 

「うわ、すぐ消えちゃうなぁ・・これ。すげぇ便利そうだけど今の俺には・・・・」

 

昨夜、影分身の話を聞いて燥いでいただけに落胆が大きいのだろう。しょぼくれて俯くカズマ。

 

「大丈夫だ。それを使えるようにする方法がちゃんとあるってばよ。カズマ、腹をだせ。」

 

「は、腹?・・・・よくわからんが、了解です師匠。」

 

素直に腹を出すカズマ。印を結び、その腹に掌を添えるナルト。

 

「――――――盃の術!」

 

カズマの腹に太陽を思わせる緋色に輝く特殊な紋章が発現する。

 

「熱っ!」

 

焼印を押すように光を発するそれはカズマの肉体に馴染んできたのか徐々に眩さが収まっていく。

 

「なんだ・・これ、どうなってんだ・・すげー・・魔力が、体の底から溢れてくる・・・!」

 

普段のカズマでは考えられないほどの膨大なチャクラを身に纏い、興奮したように言う。

 

「俺とお前のチャクラを繋げたんだってばよ。これからは、お互いのチャクラを共有することになる。

これでお前のチャクラ不足は解消されたってばよ。」

 

盃の術―――――それはかつて第四次忍界大戦の時にワシのチャクラを仲間達に分配した技の応用だ。

特殊な印を相手に刻むことで互いのチャクラを一つにまとめ、そこから引き出し合うことができるのだ。

そう聞くとお互いに利点があるように思えるが、馬鹿みたいに膨大なチャクラを身に宿すナルトはそもそもチャクラ不足に陥ることなどまずない。それに対して相手の方は無限に近いチャクラを手にすることになるのだ。

利害関係は全く釣り合っていない。大金持ちが貧乏人と共有財産をするようなものだ。

 

「チャクラって、魔力のことだよな?・・・でも良いのか?俺と共有したって師匠に良いことなんて一つもないだろう?我ながらショボイ魔力値だと思うし・・・それに師匠の魔力を消費して負担をかけるわけには・・」

 

その辺のことを自分でもよくわかっているのかカズマも遠慮がちだ。

 

「ハッハッハ、カズマがいくら遠慮なく使ったとしても俺のチャクラを枯渇させることなんてできないってばよ。

・・・・相手がめぐみんならわからないけど・・・」・

 

「あー・・めぐみんなら確かに魔力切れが起きるまで延々と爆裂魔法を撃ち続けそうだな・・・」

 

もし、あの爆裂馬鹿と共有してしまったら・・・・とても恐ろしいことになるだろうな・・・

 

「まぁ、気にするなってばよ。これは修行する上で重要なことなんだ。

俺ぐらいのチャクラ量があってようやくあの修行法が実践できる。」

 

「あの修行法?」

 

「うずまき家、伝統の修行法、“千人教練”」

 

「千・・・えっ?」

 

「とりあえずその状態で全力の影分身を。最初は全然千に届かないと思うけど、そのうち慣れるってばよ。

ほら、ぼさっとしてないで!早く!」

 

 

―――――――――――それから数時間後

 

「ほいさっ!」

 

「ぐはっ!」

 

ナルトに掌底突きを喰らい吹き飛ばされるカズマ。地面を転がり、時間差でボンと掻き消える影分身。

 

次の瞬間、後ろから迫り来るカズマの拳を軽く受け流すナルト。

 

「後一秒は影分身を持続させないと意表はつけないってばよ!後ろを取る時も焦りすぎだ!バレバレだったってばよ!」

 

「お・・押忍!」

 

本体であるナルトとカズマはマンツーマンで組手の修行。

 

それを中心に六百体程の影分身たちが各々、体術訓練、チャクラコントロールや忍具の扱い、剣の素振りなどをしていた。半分はナルトの影分身で一人一人丁寧にカズマの影分身に教えている。

 

かつて、螺旋手裏剣を開発する際にカカシが発案した影分身を用いた修行法だ。

影分身は解除された時、分身の経験値が本体にフィードバックされるという特性がある。

それを活かして多重影分身で様々な修行を行い大量に経験値を蓄積させるのがこの“千人教練”だ。

もちろんこの世界の経験値と呼ばれるものとは別物の精神的なものなのでレベルも上がらないしステータスの変動も大したことはない。しかし、短時間の修行で実戦経験は確実に磨かれ、体術、忍術の練度も著しく上昇することだろう。

チャクラの大量消費はナルトが請け負っているし、フィードバックによる精神的疲労も三百人程度なので恐らく倒れるほどのものではないだろう。多分。

 

「どわぁっ!」

 

「防御力が貧弱なんだから受けようとするな!これまで鍛え上げたその足を使って回避するんだってばよ!」

 

「どへぇっ!」

 

「本体で考えなしに我武者羅に突っ込んでくるな!そういう時は影分身を陽動に使うんだってばよ!自分のチャクラじゃないんだからケチケチするな!盛大に使っていい!」

 

「あうちっ!」

 

「なんで今、無意味に千年殺しを使おうとした!ふざけてんのか!あれは相当な力量差と余裕があって初めて行えるネタ体術だぞ!それこそ千年早いってばよ!!」

 

 

――――――――そして、いつもの酒場にて

 

 

「カズマさ~~ん!起きて~!寝る前にご飯食べないと持たないわよ~!!」

 

テーブルに突っ伏して寝息を立てているカズマ。

それをアクアは揺さぶって起こそうとしている。

 

「へんし゛か゛ない、ただのしかは゛ねのようた゛

・・・・今日はもう帰らせたほうが良いだろうな。」

 

ダクネスがカズマの料理をパンに挟んでサンドイッチのようにしている。

馬小屋で目を覚ましても何時でも食べられるようにとの配慮だろう。意外と女子力の高いやつだ。

 

「そんなにハードな訓練だったんですか?昨日まではここまではならなかったのに・・・」

 

めぐみんが心配そうにカズマの頭を指でつつく。

 

「肉体的にはそれほどでもないんだけど、特殊な修行だからなぁ・・・

精神的な疲労が後になって来るんだってばよ。」

 

もちろんナルトはピンピンしている。カズマと合わせても合計六百体程度の影分身だ。いつも千体以上の数を気軽に創り出すコイツにとっては軽い運動のようなものだろう。実際チャクラは一割も削れていないし。

 

「まだ始まったばかりだ。これから嫌でも慣れるってばよ」

 

ナルトはそう言って寝ているカズマを背負う。

しょうがないからワシも今日はもう馬小屋に帰ろう。

 

「あ、起きたらこれを食べさせてやってくれ」

母ちゃんみたいなことを言って紙に包んだサンドイッチをナルトに手渡すダクネス。

 

「私はまだ帰らないから、一応いつものをやっておくわね。“ヒール”・・・うん、これで元気になるわ。」

いつものように疲れたカズマを回復魔法で癒してくれるアクア。慈愛に満ちているこの時だけは確かに女神のようであった。

 

「疲れた時はこれが一番。私特性・超元気爆裂栄養ドリンクです。疲れが抜けない時に最適です。ただ、眠る前には絶対飲ませないでください。元気になりすぎて眠れなくなります。」

 

めぐみんが怪しげな黒い液体の入った瓶を渡してきた。なんか嫌な感じがするので後で捨てておこう。

 

 

馬小屋へ帰る途中、星の見える夜道でカズマを背負ったナルトが落ち着いた声で言う。

 

「クラマは・・・・・カズマのこと、どう思う?」

 

「あ?どう思うって・・・・まぁ、似てるよなぁ」

 

誰にとは言わない。言う必要を感じさせないくらいにアイツに瓜二つなコイツ。

コイツを目にしてからワシはずっと考えていたのだ。巡りあわせというものを。

この世界でワシらがコイツに出会ったのは何かしらの意味があるのではないかと。

 

「なぁ、カズマってさぁ・・・・」

 

「ん?・・・なんだ?」

 

口ごもるナルト。

 

「・・・いや・・・強くなるなぁって思ってさ・・・」

 

それが言いたかったわけではないと思うが、一体何をごまかしたのだろうか、コイツは。

 

「きっと、カズトのやつよりもずっと、ずっと、強くなるってばよ・・・・」

 

夜空を見上げてナルトは嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

オッス俺カズマ!今俺は・・・・・・

 

「キシャ~~~~~~~~~~ッッ!!!」

 

モンスターの群れに追われていた。

 

「うわぁ~~~~~~!お助け~~~~~!!」

 

“クリーム・スパイダー”捕らえた人間をクリーム状に溶かして我が子に与えるという恐ろしいモンスター。

この時期は繁殖期なので数が多く常に餌を求めている。

その餌に選ばれてしまった俺は森の中を必死に逃げ回っていた。

 

「うわぁっ!や、やめろぉ~~~~!離せ~~~~!!」

 

大きな岩が道を塞ぐ行き止まりに追い詰められた俺は蜘蛛の群れが次々に放出する粘糸に絡め取られてしまう。カチカチと牙を鳴らす蜘蛛たち。あれは人間を溶かすための溶液を口の中で作っているのだ。

無駄な争いをしないためにクリームになった人間は均等に分配するのだが、始めに液をつけた蜘蛛は少しだけ多めにもらえるのがこいつらのルールなのだ。だからこいつらは早く溶液を飛ばすために必死なのである。

――――ああ、なんで俺がこんなことを知っているかというと

 

一斉に飛ばされた溶液は俺に降り注ぐ。

無様にもがいていた俺はそれを見てニヤリと笑い・・・・ボンと音を立てて消える。

 

混乱する蜘蛛達は次の瞬間、木の上から降りてくる複数の俺に剣で弱点である上頭部を貫かれて絶命する。

逃げ惑うフリをして影分身が待機するここに誘導したのだった。

 

「ごちそうさまでした。とっても美味しい経験値でした。」

 

蜘蛛の死骸にそう言って合掌する俺も役目を終えて消える。

 

「あ、レベルが上がった!」

 

師匠との組手の休憩中にそれを知る俺。影分身をモンスターの討伐に向かわせていたのだが。どうやらうまくいっていたようだ。最初のうちは全滅することも多かったが同じ相手と何度も戦っているうちに必勝パターンが出来上がり最近は安定して勝てるようになった。師匠の飛雷神の術で一瞬で向かうことができるし、本当に効率のいいレベリングだ。

現在レベル18。いい感じにスキルポイントが溜まっているし、アレを習得できる日もきっと近いだろう。

ニシシシと笑っていると師匠に額を小突かれる。

 

「レベル上げもいいけどほどほどにな。アクアたちは普通に働いてくれているんだ。抜け駆けしているみたいで気持ちが良くないってばよ。」

 

師匠の言うことにハッとする。修行に身を費やして稼ぎのない俺達のためにアクア達はせっせと働いてその給金を俺達に貸してくれているのだ。なんだかこれは女を騙して金を巻き上げるダメ男のようで非常に居心地が悪い。

今回のことでわかったがあいつらは結構献身的なのだ。修行に疲れた俺にとても優しくしてくれるし、くじけそうな時は励ましてくれる。俺はそのことを心の奥ではとても感謝していて。

修行が終わり次第、少しずつでも返していきたいものだ。

 

『緊急クエスト!緊急クエスト!冒険者各員は至急正門に集まってください!繰り返します。冒険者各員は至急正門に集まってください!」

 

馬小屋の中で内職をしながら待機していた影分身が街に大音量で流れるアナウンスを聞きつける。

 

これは・・・・俺の出番だ!

 

「師匠!街で異変が!」

 

「ああ!何かただならぬ気配だってばよ!すぐに街へ飛ぶぞ!掴まれ!」

 

「はい!」

 

飛雷神の術で仲間のピンチに駆けつけるため、俺は慌てて師匠の手を取る。

 

待ってろよ皆、修行でパワーアップした俺が絶対に助けてやる!

 

この時の俺の頭の中は魔王軍幹部に追い詰められて絶体絶命の仲間達という構図が出来上がっていた。

うん、思春期の男子特有の痛い妄想を思い描いていたんだ。

まさか飛んだ先で・・・・・

 

「「「「「収穫だーーーー!!!!」」」」」

 

「マヨネーズ持ってこーい!!」

 

キャベツの収穫が待っているなんて思わないだろ?

 

師匠と格好よく登場して拳を打ち付けて「修行の成果を見せてやる!!」なんて叫んでいた俺は絶対に浮いてた。

だってキャベツの収穫だもの。別に脅威的な敵でもないもの!

 

っていうかなんだよ!修行後の最初に当たる敵がキャベツって!

そんな王道少年漫画があるか!即打ち切りコースだよ!

 

「火遁・豪火球の術!」

 

「す、すごいですカズマ・・・!」

 

「なんて・・火力だ・・!キャベツがこんがりと美味しそうなソテーに・・!」

 

新技だって披露しちまったよコンチクショウ!キャベツ相手に!

 

「さ・と・う・・・・・カズマ連弾!」

 

ズドドドドドドドドッ!

 

「ああ!大勢のカズマにキャベツがタコ殴りに!」

 

「や、止めてくださいカズマ!キャベツがもうボロボロです!完全なオーバーキルです!」

 

もういい・・・キャベツなんて・・・キャベツなんて全て冥界に送ってやる!

 

皆殺しだ!一欠片も残らないと思えよ!ヒャッハーーーーーー!

 

「奥の手を・・・・見せてやる!!」

 

「ダメだってばよカズマ!それは・・・それはキャベツ相手に使うものじゃない!苦労の末ようやく習得できた切り札じゃないか!ここぞという時に見せてくれってばよ!」

 

「止めろよ!別に体術だけでもいいだろ!キャベツなんだから!」

 

必死に俺を止めてくれる師匠とクラマの姿に正気に戻る。

 

・・・・俺は一体なにを・・・・危なかった・・・グッジョブ師匠!

 

「はー・・・カズマって本当に強くなったのねー・・・」

 

「すごいですカズマ!修行の成果が出ていましたよ!」

 

「ああ、血の滲むような努力が実を結んだんだな・・・!良かったな!本当に・・・!」

 

こういう反応は!もう少し後に取っておいて欲しかった!!

 

だって無双した相手ってキャベツだから!襲ってくるといっても所詮野菜風情だから!

 

いや、魔王軍幹部相手に快勝できるとは言わないよ。

 

それでももう少し強敵であって欲しかったよ!

 

「わかるってばよ・・・・カズマ。今のお前の気持ちはよくわかる・・・・」

 

「し・・・師匠~~~~~!!」

 

今年度のキャベツの収穫は前例のないほどの大漁でありました。

その蹂躙されたキャベツの中心で世の無情さを叫んで抱き合う師弟の姿がありました。

 

 

 

 

 

 




盃の術はほぼオリジナル忍術になります。

チートっぽいですが、リミッターをかけているので仙術チャクラや九喇嘛のチャクラは共有できず、また、カズマのチャクラを練りこむ技術が未熟のせいで膨大なチャクラを引き出したり、身に纏うことなどができません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 楽しいバーベキューとイケメン乱入者

冒険者ギルド内でアクアの悲哀に満ちた叫び声が響き渡った。

 

「レタスでも良いじゃない!!美味しいじゃないレタス!レタスはキャベツより水分を多く含んでいるから味の濃いおつまみの付け合せには最適なのよ!あんまりレタスを侮らないでよ!!むしろキャベツより値段が高くてもいいくらいだわ!!私は断然キャベツよりレタス派!・・・なによその顔?異論があるなら言ってみなさい!」

 

「ですから・・・レタスはスカスカで経験値なんてまるで詰まっていないんです・・・正真正銘ただのお野菜ですからこれが 妥当なお値段なんです・・・どうかご理解ください。」

 

「そんな・・・詐欺じゃない!こんなのってないわ!大金が手に入ると思ったから私は土木工事のお給金も全部使い込んで超高級なホワイトドラゴンの霜降り肉をニキロも買い込んだっていうのに!!もうお昼ご飯を食べるお金すら残ってないんですけど~!!」

 

ギルド職員とアクアが何やらもめている。

まぁ、声がでかいからどういう内容かは完全に把握しているんだけどな。

俺を含めたお馴染みの四人と一匹はそんな仲間の声を特に気にせず、のんびりと朝食をとっていた。

 

「あ、今日の日替わりスープ美味しいです。」

 

「本当だ・・・キャベツがたくさん入っていて食べごたえがあるな。」

 

「この中に麺を投入したら美味いラーメンができそうだってばよ!」

 

「はははは、師匠はラーメンのことばっかりだな。でも確かにチキンラーメンみたいでいけるかも」

 

和やかな会話を楽しみつつ美味しく食事をとっていると、突然アクアがこちらを振り向く。俺と目が合うとニヘラッと締りのない笑顔を作りこちらに軽やかな足取りで近づいてくる。

ああ、もうこの後の展開はだいたい読めた。

 

「カ・ズ・マ・さ~ん。大活躍だったあなたの報酬は一体おいくら万円かしら?」

 

いやらしい笑みを浮かべて揉み手をしながら擦り寄ってくるアクア。もう金のためならプライドなんて湖に投棄してやるといいたげな女神の浅ましい姿に若干のもの悲しさを覚える。

 

「三百万ちょい」

 

「「「さ、さんびゃく!」」」

 

目を丸くして驚く、アクアとダクネスとめぐみん。

 

ストレス解消も兼ねて思う存分暴れまくったキャベツの収穫は俺に虚しさと切なさと結構な金を残した。

この世界のキャベツには経験値が詰まっていて食べるだけでレベルが上がるので価値が高く、ひと玉一万エリスという野菜風情には破格の報酬が支払われるのだ。

特に俺の蹂躙したキャベツ共はどれも経験値の多く詰まった一級品でなかなかのお値段で取引されたのだった。

この世界に来て初めて自分の幸運度の高さを実感できた。

 

ちなみに師匠はその場で捕まえてムシャムシャ食べていたから報酬はゼロだ。

本気を出せばあんなキャベツ如き師匠なら余すことなく全て収穫できたというのに・・・

・・・もったいないなぁ。

 

「凄いわカズマさん!そんなあなたにはこの私から“キャベツ・スレイヤー”の称号を与えましょう!」

 

「いらんわ!・・・で?金を貸して欲しいのか?」

 

「おねがいよ~~!!お金を貸して~~!!怖いお兄さんに借金をするのは嫌なの!!もし返せなかったらよくわからないけどお風呂屋さんに沈められるとかいう恐ろしい噂があるの!そんなのわたし・・」

 

「いいぞ、いくらあればいいんだ?」

 

「おねがいよ~後生だからお金を・・・って・・え?いいの?」

 

意外そうな顔で目を丸くするアクア。

 

「いや当たり前だろ。この一ヶ月でお前らにどれだけ借りができたと思ってんだ。お前が飯を奢ってくれたのも一度や二度じゃないだろ?工事の給金はそんなに余裕のできる額じゃないのにさ、美味いもの食わせてもらって随分元気づけてもらったよ。毎晩ボロボロの俺にヒールかけてくれてたのも知ってるし、本当に感謝してるんだよ俺。つーか、これで貸さなかったら俺はどんだけ恩知らずなんだって話だよ。」

 

「あ・・ありがと・・で、でもそんなに気にしなくていいのよ?カズマには私がお酒を飲みすぎた時に介抱してもらったことが何度もあるし、・・その・・あれよ、お互い様ってやつよ!」

 

アクアが顔を赤くして照れくさそうに視線を忙しなくさまよわせる。

いつもこういう可愛気のある反応だと普段から美少女だと認識できるんだけどな・・・

 

「っていうかお前、あれだろ?」

 

「な、なによ。ニヤニヤして気持ち悪い」

 

「ホワイトドラゴンの肉って今日のバーベキューで皆に振舞うつもりのやつなんだろ?」

 

「!!・・き、聞いていたのね!ちょっと、勘違いしないで!ただ単に私が食べてみたかっただけよ!

偉大なる龍の肉は全て女神であるこの私の血肉になるんだからねっ!」

 

「ふーん・・・ニキロも一人で食えるんだー、女神って胃袋の方も規格外なのな」

 

「っく・・ええ、そうよ!ぜーんぶ私が食べるんだから!カズマには脂身一欠片だってあげないわ!」

 

顔を真っ赤にして涙目でこちらを睨みつけてくるアクア。

なるほど・・・これがツンデレってやつか・・・

リアルで存在したら鬱陶しいだけだと思っていたが・・・うん、案外悪くない。

 

「ちょっとカズマ!アクアをあまりいじめないでください。」

 

「まったく、この男は・・・・恐らくサプライズのつもりだったんだろうから例え筒抜けでもこういう時は黙っておくのが優しさだろ?」

 

キャベツをシャキシャキと咀嚼しながらダクネスとめぐみんが俺を咎める。

 

「筒抜けだったんだ・・・」

 

「・・え?なんのことですか?私ドラゴンの肉なんて知りませんよ?」

 

「あ、ああ。いつか食べてみたいものだな!いつになるかわからないが人生で一度はそんなご馳走を口にしたいなー・・・」

 

誤魔化すの下手くそだなー。わざとらしすぎるだろ。

 

二人の優しさに居た堪れなくなったのか、アクアは拗ねた顔をしてキャベツのスープを啜る。

 

そんなアクアを目を細めて微笑ましそうに眺めながら師匠が言う。

 

「まぁ、なんにしても今日は晴れてよかったな。絶好のバーベキュー日和だってばよ。」

 

そう、今日は俺の修行達成祝いのバーベキュー。

 

地獄の特訓を耐え抜いた俺を皆がたたえてくれる日なのだ。

 

土木工事の仕事を昼で切り上げて、それから各自食材を持ち寄って川原へ移動する予定だった。

 

「悪いが今日のワシは肉を喰らうただの獣に成り下がるつもりだ・・・・チンタラしてたらその高級肉は全てワシの胃に収まることになるぜ・・・」

 

朝食を抜いて昼の戦に備えているクラマが不敵に笑って言う。

 

「ふん、見た目の割に高齢動物なんですから、大人しく玉ねぎでも囓っているがいいです・・・おっと、そういえば、確かペットに玉ねぎは御法度でしたか。すいません。ちゃんとクラマ用にさつまいもでも焼いてあげますよ。それともトウモロコシのほうが・・・ぶぎゃ!」

 

挑発するめぐみんにクラマの猫パンチがクリーンヒットする。朝から乱闘を繰り広げる二匹を眺めながらダクネスが言う。

 

「あ、そういえばクリスも誘っても良いだろうか」

 

「ああ、あの仲の良い盗賊っ娘ね。呼べ呼べ、そういうのは人数は多い方が楽しいだろ。

・・・流石に親方たちを呼んだら食材と酒不足で泣くハメになりそうだが・・」

 

確かにお世話になっている人たちだが今回は呼ぶのをやめておこう。俺とダクネスは顔を見合わせて頷き合う。

 

「じゃあ、私も一人連れてくるわね!」

 

機嫌を直したアクアがキャベツを咀嚼しながら宣言する。

 

「ん?誰だよ?」

 

「ああ、そういえばカズマは会ったことなかったっけ。この一ヶ月の間に知り合った・・・まぁ、少し癪だけど新しい友達と言ったところかしら」

 

友人という割には好戦的な顔でポキポキと指の骨を鳴らすアクア。

ダクネスは納得したような顔で「ああ彼女か」と呟く。

 

まさかこのアクアに普通の友人ができるとは・・・一体どんな娘だろうか?

 

 

 

 

 

 

香ばしい炭の匂いが微風に流れていく。夕暮れの川原には姦しい笑い声が絶えず響いていた。

 

バーベキューを始めてから数時間の時が流れた。

 

肉はほとんど食べ尽くし、酒のつまみに焼いている甘いソースを塗ったキャベツが網の上で燻っている。

 

いくつもの酒瓶が無造作に転がり、その一つに抱きついてクラマが満足そうに眠っている。

 

―――――――――――そんな中、俺は

 

 

 

「スティーーーーーール!!」

 

たった今クリスから教わったばかりの新スキルを試していた。

 

なぜか師匠に・・・・・

 

「ちょっ・・・カズマ!俺のパンツを返してくれってばよ!」

 

手には“チャルメラ”と書かれたラーメンをモチーフにした柄パンツが・・・・

 

「って汚い!」

 

年寄りのパンツの生暖かさに鳥肌が立って、つい地面に叩きつけてしまう。

 

「おいこら!俺のパンツに何してくれとるんだってばよ!?」

 

怒った師匠が逆襲に俺のズボンを力づくで脱がそうとしてくる。

 

「ちょっ、止めて!今日の俺のパンツはこの世界で安売りしていた趣味の悪いやつなんだ!これを女性陣に晒すのは後生だから止めてください!」

 

そんな俺たちを見て、泥酔している女共はゲラゲラと笑っている。

 

「あ、それ♪カズマのパンツが見てみたい♪」

 

「脱ーがーせ!脱ーがーせ!」

 

「ほらあともう少しだよ!ぬーがーせ!ぬーがーせ!」

 

「ちょっとみんなどうしたんですか!?なんかおかしいですよこのノリ!これが悪酔いというやつなんですか!?・・・お酒の魔力ってほんと怖いですね・・・」

 

アクアとダクネスとクリスが手拍子をしながら脱がせコールをしてくる。その三人の醜態にめぐみんは完全に引いていた。

 

・・・この三人の酔っぱらいオヤジ系女子は後で絶対にスティールで剥いてやる!

 

そして、ついに顕になる俺のパンツ・・・・子供の落書きみたいな下手くそな蜘蛛の絵に大きな字で“デストロイヤー”と書かれている。

・・・・・一体何だろう?デストロイヤーって・・・・

 

「「「デストロイヤーーーーーーーーーーー!!!」」」

 

三人がこちらを指差して大爆笑・・・・笑いすぎて涙まで流してやがる。

めぐみんもツボに入ってしまったのか俯いて肩を震わせている。

いや、ホントにデストロイヤーってなんなんだよ・・・・笑いどころがわからんわ。

 

「み・・・みなさん・・悪いですよ・・そんなに笑っては・・」

 

栗色の髪の美女が控えめに皆を諌めてくれる。ああ、アクアの友人だとは思えないくらいのまともないい人だ。

 

でも、そんな自分の太ももを抓ってまで笑いを堪えなくてもいいんだよ?

 

無礼講ですからね・・・・俺もこの催しの主役なのに笑いものにされるのにすっかり慣れたよ。

 

「ちょっと!クソリッチー!!カズマさんがせっかく身を挺して笑いを取っているのに笑わないとはどういうことよ!笑いなさいよ!三秒以内に笑わないと浄化してやるんだから!ほら123、ターンアンデット!」

 

「きゃぁぁぁぁぁ!アクア様数えるのが速すぎます!笑います!笑いますから止めて~~~!!」

 

酔っ払ったアクアが放つ青白い光に照らされて体が徐々に薄くなっていく、アクアの友人のハズのウィズ。

 

「やめろ」

 

足にチャクラを集中させ、素早くアクアに間合いを詰めてデコピンを放つ。

 

「ぴぎゃっ!・・・いった~~~~!!・・・何するの!私はあなたの芸人としてのプライドを守ろうと!」

 

「誰が芸人だ!なんも披露してねぇよ!ただズボン脱がされただけじゃねぇか!」

 

「いや、正直あそこでデストロイヤーを持ってくるセンスがすごい!」

 

「あんなパンツ普通買おうとは思わないものなのに、あえてそれをチョイスした君に笑いの神が微笑んだんだよ」

 

ダクネスとクリスまで俺を褒め称えてくるが、全然嬉しくねぇ!

 

っていうかここって俺の成長を称える催しじゃなかったの!?

 

なんでそんな不本意な方向でこんなにベタ褒めされてんの!?

 

「フハハハハハハハ!!・・ちょ・・超笑えますー・・・」

 

ウィズもそんな天に召される恐怖で青白くした顔で無理に笑わなくていいから!顔が引きつってて怖いから!

 

「カズマカズマ、そろそろ締めのサツマイモを焼いてもいいでしょうか?」

 

めぐみんがいつも通りのマイペースさで尋ねてくる。勝手に焼けい!

 

「カズマカズマ!一日一個って制限をされているカップ麺を今日はもうひとつだけ・・・」

 

自重してください師匠!また血液検査で引っかかりますよ!

 

「なによ~ウィズ~・・リッチ~の分際で~わたしのおさけがのめないっていうの~」

 

「あ、アクア様、そろそろ控えたほうが・・・またゲーしちゃいますよ?」

 

「このわたしがそんなやわな・・・わけないでしょ?いいから、のみなさいよ~」

 

肩に手を回して、まんま酔っぱらいオヤジのような絡み方をするアクア。

しきりにアクアが勧めてくる酒を断り続けるウィズだが、別に酒に弱いわけではない。

むしろアンデットの王であるリッチーはいくら酒を飲んでも酔うことができないので大事な酒を無駄にしないために遠慮してくれているのだ。

 

なぜ仮にも女神であるアクアが気が良くてもボスキャラみたいな死霊の王と仲良くなってしまったかは謎だが、俺としてもウィズが良いやつであることはわかるので友好的に接することにはなんの異存もない。

ノーライフキングと呼ばれるリッチーは相当なチート性能らしいしね・・・・

俺は敵に回すのはごめんだよ。

 

「上手に焼けました!」

焼き芋を美味しそうに頬張るめぐみん。

 

「カップうどんなら・・・カップうどんならきっとセーフだってばよ!」

 

いつの間にか作っていたカップうどんを幸せそうにすする師匠。

バーベキューでわざわざカップうどんってアンタ・・・

 

「ああ・・いい感じだ・・いい感じに酔いが回っている・・・ここで悪漢に襲われでもしたら、絶対に身を守れない・・・・為すがままだー・・・おのれー・・やめろー・・このクズマめー・・・」

 

ん?ダクネス、クズマってまさか俺のことじゃないよね?・・・きっとクラマのことだよね?

 

「ダクネスー・・・聞いてよ・・おろちまるちゃんったら酷いのよ・・・わたしがヘビが苦手だって知っててけしかけてくるのー・・・あのこ嫌い・・・ほんとに嫌ー・・あのオカマめー・・・」

 

クリスが愚痴る。おろちまるって誰だろう?・・・・なんか聞いたことあるような・・・・

 

というか、いろいろと場がカオスになってきた。

 

日も暮れてきたしそろそろ、お開きにするべきだろう。

 

 

「いちばん!あくあ!うたいます!」

 

えー・・ここで歌っちゃうのー・・一番ってことは二番三番って続いていく流れじゃん。

 

みんな楽しそうに手拍子しちゃってめっちゃ盛り上がってる。

 

カラオケは得意じゃないんだけどな・・・はぁ、しょうがない、俺は国民的なアニメの主題歌でお茶を濁すか。

 

「あんなこーといいな♪やーれたらいいーな♪ふしぎなタヌキがかーなえーてくーれーるー♪」

 

ああ!被った!俺の持ち歌が潰された!このクソ女神め!

 

「お上手です!アクア様!」

 

「いい歌ですねー。なんか愛嬌があって可愛らしい感じです」

 

「ああ、なぜか自然と頭に浮かんでくるアオダヌキ・・・・」

 

「せんぱい、それって、どらえ・・・・・」

 

「いいぞう!アクアちゃーん!さすがは女神!最高の歌声だってばよ!」

 

 

ちくしょう・・確かに上手い・・・もし俺が同じ歌を歌ったとしてもここまで高評価だったかどうか・・・

さすが宴会芸スキルを極めた女。侮れないやつだぜ!

 

「ぽんぽんぽーん♪みーんなだーいすき♪どらえーーー・・・」

 

 

 

 

「女神さまぁぁぁぁ!?」

 

 

歌の途中で突然、勇者みたいな格好をした場違いなイケメンが乱入してきた。

 

 

え?・・・だれだこいつ?

 

「待ってよキョウヤ~~~!どうしたのよ~~!?」

 

「キョウヤさん! 一体どうしたんですか・・・うっ・・お酒臭い!」

 

続いて戦士と盗賊っぽい姿の美少女二人が草わらから飛び出してくる。

 

 

「一体こんな所で何をなさっているんですか女神さま!!」

 

「なにって・・・・気持ちよく歌っているところだったんですけど・・・

・・・なによ、アンタ、いきなり・・・しらけるわー・・」

 

大きな声で問いかけてくるイケメンとは対照的に冷たい態度のアクア。

サビの部分に横槍を入れられたものだから邪魔者を見るような忌々しそうな目をイケメンに向けている。

 

「きょ、キョウヤですよ!ミツルギキョウヤ!あなたから魔剣グラムを授かり、魔王を討ち滅ぼす使命を受けた・・・」

 

どうやら俺と同じ境遇のやつらしい。

ちゃっかり強力そうな魔剣を貰い受けていることに少しだけ腹立たしさを覚えるが、同郷のやつなら仲良くなってやってもいいかもな。向こうの世界の話とかもしてみたいし・・・・

 

「・・・・うーん・・ミツルギ・・・・ああ!あの面白い死に方をした、ホモ野郎ね!」

 

前言撤回!絶対に仲良くはならん!

 

 

「違う!!僕はホモじゃない!!本当に違うんだ!!ちょっ、そこの君!そんな目で僕を見るなーーーー!!」

 

ホモ野郎の叫びが夕暮れの川原で虚しくこだました。

 

 

 




次回、カズマVSミツルギ、とても酷いことになりますw

ウィズとアクアの出会いについては番外編でいずれ・・・


あと、申し訳ないのですが、感想欄でネタを予想するのは控えていただけると助かります。

たまに作者とシンクロしたかのようにドンピシャのネタを書き込んでくる方がいるので・・・

感想はとても嬉しいんですけどね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 その男、鬼畜

僕、ミツルギキョウヤの人生は同年代の男たちにとってはひどく羨ましく思うものであるらしい。

 

ただ、当の本人である僕はそのことにまるで実感がわかない。

確かに容姿はいいと思う。運動神経も悪くないし、成績だっていつも上位に食い込んでいる。

女の子にいつも囲まれていることから推測できるが、きっと僕はイケメンというやつなんだろう。

バレンタインデーには嫌になるくらいチョコをもらうし、告白されたことも両手両足じゃ足りないほどある。

 

しかし、僕は別にそれを望んでいるわけでもないんだ。自分が恵まれた境遇にいるなんて考えたこともない。

 

嫉妬に駆られた男子には嫌われ、有らぬ誤解を受け、同性で僕と仲良くしてくれる人は皆無だった。

 

学校で友達と呼べる人は一人もいない。

 

教室ではいつも可愛らしい女の子達がしきりに僕に話しかけてくるが、正直女子というのは苦手なんだ。

平等に接していただけなのにいつの間にか複数の女の子が僕を所有物扱いして喧嘩をはじめるし、

クリスマスには家で映画を見ながらのんびりとしている僕の元に女の子達が勝手に押し寄せ、険悪なムードを作り出す。

 

第一、映画や漫画のように女の子を見てときめいた事なんて僕は一度もないんだ。

 

それなら男子の友人がいたほうが100倍楽しいことだろう。

 

周りで好意を寄せてくる女子が全員男子の友人だったらと無意味な妄想に浸ってしまうくらい僕は男子との交流に飢えていた。

友人を作る努力もしてきたつもりだ。だが、いくら僕が友好的に話しかけても相手は僕の目を気まずそうに逸らすだけだった。

恐らく、あの根も葉もない噂を信じてしまっているのだろう・・・

 

そう、あれは昔、僕に友達がいた頃、男子みんなでいやらしい本を鑑賞していたことだった。

友人達がしきりに「このオッパイがたまらん」「いやいやこの太ももの白さが・・」「舐め回したい」「踏まれたい」と気持ち悪い顔で感想を言い合う中、僕だけが真顔で違う意見を言った。

 

「そうかな?これだったらケンちゃんの胸板の方が逞しくて興奮すると思うけど・・・」

 

それを言った瞬間、空気が凍った。

 

ちなみにケンちゃんというのは当時の僕の一番の親友で野球部に所属していた細マッチョである。

 

もちろんその場にもいて、信じられないといった顔で唖然としていた。

 

「も、もしかしてお前、ホモじゃないよな?・・・」

 

 

わけがわからないよ。

 

別に恋愛対象として見ていたわけでもないし、友人の胸板について素直な感想を述べただけなのに。

何に性的興奮を覚えるかなんて個人の自由なのにそれを、ホモなどと呼んで貶めるなんて。

 

僕は憤って持ち前の運動神経で友人たちのズボンを剥ぎ取り、脱がせまくった。

普段なら他愛のない冗談だと受け入れてくれるのに必死で逃げ惑う彼らが悲しかった。

その悲しみのまま、彼らのパンツにまで手をかけたのは、反省している。

 

そうして、その日から僕はホモのレッテルを貼られてしまったのだ。

 

あの時、自分の意見を曲げて、興味のない女性の乳房でも褒めておけば、今でも僕らは親友でいられたのだろうか?

 

そうして僕の走馬灯は終わった。

 

意識が暗くなり、暴れまわっていた心臓の音が徐々に静かになっていく・・・・・

 

僕は、トラックに跳ねられたのだ。

 

目の前の女性が落とした大切なものを守るため、赤信号の車道に飛び出してしまった。

 

無意識の行動だった。純粋な善意だった。それがトラックに轢かれてボロボロになってしまってはこの目の前の不衛生そうなボサボサ頭の女性はひどく悲しむだろうと想像できたから・・・・

「ありがとう・・・」

女性が涙ながらに言う。手には大切そうにそれを抱えている。

僕の血で汚れてしまわないように咄嗟に彼女の方へ放り投げたのだ。

「いえ、無事でよかったです・・・・」

 

そう言って・・・僕は意識を手放した。

 

暗転する世界で、僕は思う。

 

少しだけでもその中身を見てみたかった・・・・そういうものも、この残酷な世の中にはあったんだな・・・

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

「で?ホモじゃないって言うなら、あなたはなんでBL本を守るために命をかけたんですかぁ?

私見ていたんだからね?獲物を狙う鷹のような目で落ちているBL本に突進していくあなたを・・・」

 

アクアが嗜虐心たっぷりの顔でせせら笑う。目の前で脂汗をかくホモ野郎に。

 

 

「ち、違う!僕はあんな低俗な本を守るために命を懸けたんじゃない!目の前の女性が悲しむのを一人の紳士として見過ごせなくてつい、体が勝手に・・・・」

 

「嘘おっしゃい!なぁにが低俗よ白々しい!あなたこっちの世界に持っていくものに魔剣グラムとBL本を天秤に掛けて散々迷っていたじゃない!?というか絶対あなた私がいなかったらBL本の方を持ってきていたでしょ?正直に言ってみなさいよ」

 

「うっ・・・ち、違う!本当に僕はホモじゃないんです!信じてください女神さま!」

 

整った端正な顔を崩して叫ぶホモ野郎。

ああ、下には下がいるもんだな・・・間抜けだがトラクターでショック死した俺の方がマシに思える。

 

「キョウヤー、BL本ってなんなの?」

 

「きっと、魔剣グラムに並ぶ魔道書かなにかだよ」

 

お仲間二人は純真な瞳でミツルギを信じている。

 

「BL本っていうのは・・・」

 

「え!?そんなものが・・・あちらの世界には・・・」

 

「うー・・正直、私の趣味ではないな・・・」

 

なぜか知っている師匠がめぐみんとダクネスに耳打ちをして教えている。

忍者の世界にもあるの?BL本・・・

 

「ゴホン・・・そんなことより、女神さまはどうしてこんなところに?この世界に勇者を派遣するお仕事はどうしたんですか?」

 

「あー・・まぁ、話せば長くなるんですけどー・・・ああダメだ、メンドイ・・カズマバトンタッチ・・・」

 

テンションが下がってしまったせいか、アクアは急に眠そうにして俺の腕を引っ張る。

ええー・・・俺が説明するのー・・・

 

「ん?何だ君は?女神さまと一体どういう関係なんだ?」

 

しかたない・・・ちゃちゃっと、説明しますか。さて、何から話そうか・・・

 

俺も死んだ状況から話すのが礼儀だろうか?

 

などと考えながら何を話すかまとめていたら、あちらの女冒険者二人がなぜか俺をキツイ目で見ていることに気づく。

 

「・・・三人の美少女と老人を引き連れた冒険者・・・服装も噂と一致する・・」

 

「え!?まさか、この男があの噂の!?」

 

ホモの仲間達がなにやらこちらを見てヒソヒソと話し合っている。

 

そしてこちらを指差していう。

 

「「“ヒモのカズマ”!!」」

 

・・・・・・は?・・・なんだって?・・・

 

「まさか、君が!?見目麗しい女性たちに肉体労働を強制して自分は遊び呆けているという街で噂のヒモ男!」

 

正義感に満ち溢れた顔でこちらを睨みつけてくるミツルギ。

 

・・・ちょっとその噂の出処を教えてくださいませんかねぇ・・・・

・・・・明日にでも影分身でリンチを仕掛けてやる!

 

「ま、まさか女神様も彼の毒牙に!?そ、それにこの美しい女性達も・・・」

 

邪推しすぎですよホモ野郎が。この俺がそんな外道に見えるか?

 

 

「ちょっと!変なこと言わないで!」

 

ミツルギの言動に耐え兼ねたように怒鳴りつけるアクア。そうだ、言ってやってくれ!

 

「確かにこの男の策略で美しい女神である私が地上に身を落とすハメになったけど、今ではとても楽しくやっているの!今回のことだって私が望んでやっていることなんだから、あなたがとやかく言うことじゃないわ!」

 

うん、気持ちは嬉しいけどもう少し言い方がないかな?アクアさん・・・

 

「そうですよ!それにカズマはこの一ヶ月間不甲斐ない自分を変えようと必死で頑張ってきたんです!

その努力を踏み躙ろうというならこの私の爆裂魔法が火を吹きますよ!」

 

「ああ!カズマは今まで本当に頑張ってきたんだ!この男の生活費を稼ぐために身を粉にして働いてきたのは確かだが、私達はただ頑張るカズマの役に立ちたかったんだ!」

 

うん、超嬉しいよ・・・その気持ちは超嬉しいんだけどね・・・・

 

でも、その言い方だと俺が本当に女頼りのダメ男みたいじゃない・・・

 

御剣が納得いかなそうな顔をして呟く。

 

「努力っと言っても・・・噂では筋肉隆々の妙な男たちと“楽しそうに鬼ごっこ”をして遊んでいたと聞いたのですが・・・」

 

あ・・・今、ちょっと、キレそうになった・・・・

 

誰が・・・楽しそうに・・・遊んでいたって?・・・

 

「だいたい、努力って?何をしていたというのよ?」

 

女戦士が軽蔑した視線をこちらに向けてくる。うっわ、超生意気。

 

「カズマは強くなるために特訓していたのです!決して遊んでいたわけではありません!」

 

めぐみんの今にも爆裂魔法を放ちそうな怒鳴り声に冷や汗をかくが、女戦士はそうとも知らずに生意気な顔でせせら笑う。

 

「特訓ねぇ・・・随分古臭いやり方でステータスの上昇に勤しんでいるのね・・普通にレベルを上げればいいのに」

 

「最弱職の冒険者らしいし、きっとレベルを上げるためのモンスターを倒す地力がなかったんだよ。誰もがキョウヤさんみたいに最初から活躍できるわけじゃないし。」

 

向こうの二人の発言にめぐみんが歯を食いしばり顔を真っ赤にして爆裂魔法の詠唱を始める。

 

俺はそんなめぐみんの手を強く握り、彼女の思い遣りに満ちた攻撃魔法を止める。

 

ダクネスとアクアも怖い目で三人を睨みつけている。

 

仲間はちゃんと俺を理解してくれている。それだけで爆発しそうな俺の心は落ち着いていく。

 

落ち着け俺。今日は楽しいバーベキュー。無闇に争いを起こすべきじゃない・・・

 

「カエル相手にいつもパーティの女性たちを危険に晒していたことも聞いたよ?そんな君が女神様たちを守り切ることができるのか僕は不安だ。よもや、上位職の彼女達に頼りきっているわけではないだろうね?」

 

なんだこいつ・・・なんでろくに俺達のことを知りもしないやつにここまで言われないといけないんだ?

 

「なんなら、僕が稽古を付けてあげようか?もし僕に一撃でも与えることができたなら君のことは認めよう。

ただし、もし僕にカスリ傷一つ負わせることもできないというのなら、君はこのパーティから離れるべきだ。」

 

なんで、そんなに、上から目線なんだよ!何様だてめぇ!なんで無関係のお前に認めてもらわないといけない展開になってんだ!頭湧いてんのか!

 

女を喰いものにするダメ男を改心させる勇者様を気取ってんのか!?

そういう妄想に取り憑かれた中二野郎なのか?

 

あームカつく・・・対人戦に使うことを師匠に禁じられてる術を思わず解放してしまいたくなる。

 

く・・ダメだ、我慢だ・・・耐え忍ぶものこそが真の忍者だと師匠も言っていたし、ここは弟子として俺も・・・・

 

「ヤッちまえってばよ!カズマ!!」

 

あれー?師匠?・・・いいんですか?

 

「ここで引き下がっちまったら、あいつらの中でお前は貧弱なヒモ男で終わっちまうってばよ。

何も知らねぇ奴にあの修行の日々をただのお遊びだと決めつけられることは有ってはならねぇ。

耐え忍ぶことも大事だけど、誇りを守るためには耐えてはイケない時もある。それが今だ。

カズマの強さを見せてやれ。・・・・くれぐれも殺さないようにな・・・」

 

師匠・・・!――――――――――ありがとうございます・・・・!

 

 

「受けてやるよ、お前の提案。ただし、一撃を与えればいいとか人を舐めくさったルールは無しだ!相手が気絶するか降参を宣言するまでとことんやる!それでいいな・・・・?」

 

俺がそう言うと、ミツルギはため息をつき、ヤレヤレと肩をすくめて非常に腹の立つリアクションをする。

こいつのこれって素なの?挑発しているわけでもなさそうだし、素でこれだったらこいつ絶対友達がいないな。

 

「君がいいならそのルールで良しとしよう。ただ、君の勝機は万に一つも無くなるが本当にいいのかい?」」

 

「てめぇは何を根拠に勝機がどうだのと口にしてんだ!いい加減そのケツの穴に割り箸でも突っ込むぞホモ野郎!その驕りきった面を必ず歪めてやるから覚悟しとけや!」

 

舌を出して中指を突き立てる俺にミツルギは顔を引きつらせ肩から魔剣を抜き、構える。

 

そして「僕が剣の手ほどきをしてあげよう」とどこまでも上から目線で告げる。

 

「たたんじゃいなさい!カズマ!例え勢い余って殺っちゃっても私が蘇生させてあげるから遠慮はいらないわ!」

 

「信じてますよカズマ!あのいけ好かないホモ野郎を亡き者にしちゃってください!」

 

「・・・カズマのことだ、あのような言動を繰り返した無礼な男に想像を絶する恥辱を与えることだろう・・!

楽しみだ・・・!私はとても楽しみだぞカズマ!!騎士としてカズマの鬼畜の所業を目に焼き付けておくから頑張ってくれ!」

 

仲間たちの声援が俺に戦いの活力を与える。

 

「キョウヤー!最弱の冒険者なんて三秒で沈めちゃえー!」

 

「ちゃんと、手加減してあげてくださいねー!」

 

敵側の声援が俺の殺意を増幅させる。

 

「相手はソードマスターらしいけど大丈夫かなぁ・・・」

 

「怪我をしなければいいのですけど・・・」

 

「ぐぅ~~~~~」

 

いきなりの決闘騒ぎに置いてけぼりをくらった影の薄い者たち。というかクラマはいつまで寝ているの?

 

余裕そうな顔で剣を構えるミツルギ。正直油断しすぎて隙だらけなんだよなぁ。

 

「さぁ、どこからでもかかってきたまえ、大丈夫だ、ちゃんと怪我をさせないように―――」

 

「じゃ、遠慮なく!」

 

腰の忍具入れから素早くクナイを取り出し、容赦なく投擲する。

 

「!?」

 

突然、高速で飛来してくるクナイにミツルギは反応できず、頬を掠め、浅い傷を付ける。

 

そして、そのままミツルギの遥か後方に飛んでいくかのように思われたクナイは“ボン”と音を立て本来の姿を現した。俺の影分身だ。背後を取り、勢いよくミツルギの背中を蹴りつける。

たまらず前のめりで倒れこむミツルギの顔面に前から走り込んできた俺の膝蹴りが襲う。鼻血が出たのか鮮血が空中を舞う。よろつきながらも剣を離さないミツルギを見て油断することなく忍具袋を漁り、煙玉を取り出す。

直ぐさまそれを炸裂させると同時に影分身で取り囲み、集団で襲いかかった。

 

白い煙の中で暴力の鈍い音が絶え間なく響く。

 

その煙が晴れた頃にはボコボコのミツルギとそれを踏みつけている俺の集団の姿があった。

 

それはまるでいけ好かないエリートお坊ちゃまをリンチにかけているヤンキー達のような図だった。

 

「うん、見事だってばよ。変化と影分身の応用技で奇襲を仕掛けて、隙を作り煙玉で相手の視界を奪った上での集団リンチ。理にかなった戦法だってばよ」

 

師匠が嬉しそうに頷き、褒めてくれる。

 

「え、もう、終わったの?」

 

「秒殺でしたね・・・この有様であの人はどうしてあんなにも偉そうにしていたんでしょうね?」

 

「煙がなければ・・・・もう少し楽しめたのに・・・・」

 

仲間たちは微妙そうな顔だ。まぁ見ていて楽しめる戦いではなかったかな?

 

「つ、つっよー・・・あれぇ?一ヶ月前はカエルに苦戦してたって話じゃなかったっけ・・・」

 

「修行ってすごいんですね・・・10以上のレベル差があるのに・・・」

 

「ふわ~~~~~よく寝た・・・・ん?何事だ?」

 

唖然としているウィズ&クリス。その膝に抱えられたクラマはようやくお目覚めのようだ。

 

「「~~~~~~~~っっ・・」」

 

あちらのお仲間二人はワナワナと肩を震わせている。今にでも爆発しそうだ。

 

足元のミツルギがうめき声を上げる。それを聞きつけた彼女たちは果敢に俺の方に向かってくる。

 

「卑怯者!!卑怯者卑怯者卑怯者~~~!正々堂々と戦いなさいよ!この卑怯者!!」

 

「卑劣!外道!!ゲスの極み!!あんな勝ち方をして恥ずかしくないんですか!?」

 

「そんなの全然恥ずかしくないよ~。俺が勝ってコイツが負けた。それが全てだろ?」

 

「黙れ外道!この私達がキョウヤに変わって天誅を下してやる!」

 

「キョウヤさんの敵は絶対に取る!覚悟しなさい!」

 

武器を構える二人。めんどくさいな~・・・俺は全然そんなつもりないんだけどな~・・

 

でも相手は二人もいるし最弱職の冒険者として身を守るためにはしょうがないよな~~・・

 

「武器を構えたということは覚悟は出来ているな?」

 

影分身達が一斉に右手のひらを二人に向ける。気圧されたようにジリジリと二人は後ずさるが、その目は依然として怒りに燃えている。

 

「ふ、ふん、最弱職がいくらいたところで・・・・調子にのるなよ!油断をしなければアンタなんて・・・!」

 

「これでも、キョウヤさんの仲間としてレベル20はあるんです!舐めないでください!」

 

ああ、やりたくないな~。男女平等を掲げているとはいえ心苦しいなぁ~。

 

でも普通に殴るとかよりはマシだよな?うん、しょうがないしょうがない。

 

「この技の初の犠牲者になれることを誇りに思うがいい・・・・やれ!我が配下たちよ!」

 

「「「「「「ゲヘヘヘヘ・・パーフェクト・スティール!!!」」」」」」

 

眩い光が辺りを包み込む。

 

それは全てを許す女神の祝福のように神聖な光。

 

それが収まった時、俺は全てを手に入れていた

 

・・・・・・・彼女達の衣服を・・・・・

 

「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~!!!!」」

 

もちろん全裸でスッポンポンだ。

 

その場で身を隠すように肩を抱いてしゃがみこみ、可愛らしい悲鳴を上げる少女達。

 

スティールを教えてもらった時に真っ先に思いついた影分身との複合技。

 

いつか試してみたいとは思っていたがまさかこんなに早く使うことができるとは・・・・

 

俺って本当に運がいいな。

 

涙目でこちらを睨みつけてくる美少女二人を見て自分の口角が自然と上がっていることに気づく。

 

あれ?おかしいな何だろうこの胸の奥から湧いてくる愉悦な感情・・・

 

「クックックック・・・・」

 

「うわぁ、悪そうな顔してるわよこの男・・・・アークプリーストとして浄化出来てしまえそうなくらい邪悪さに満ちているわ・・・・」

 

「ああ、なんて・・なんて恐ろしい技ですか!ナル爺とクリスはこの男にとんでもないスキルを伝授してしまいましたね・・・今後はカズマを本気で怒らせないように気をつけないと・・全て剥ぎ取られる・・」

 

 

アクアとめぐみんが何やら言っているが今はそれどころじゃない。

 

「あっれぇ?どうやら余分な物を盗っちまったみたいだなぁ~。俺はこんなばっちいもんいらないんだけどなぁ。お前らは欲しいのか?ん?欲しいよなぁ?そぉ~ら!お仲間のミツルギキョウヤのパンツだぞ!恵んでやるからありがたく思え!」

 

そう言って黒のボクサーパンツを二人に投げかける。恥辱にまみれた顔で男のパンツを取り合う浅ましい女たちを眺めながら、川原で冷やしたクリムゾンビアを一杯やる。美味ぇ。

 

「な、なんたる鬼畜の所業!私の目に狂いはなかった!!カズマは真の鬼畜としていつか必ず覚醒すると思っていたんだ!まさかこれほどとは・・・・くそっ羨ましいな、あの二人。今から私も混ざれないだろうか?」

 

ダクネスが恍惚とした顔でだらしなくヨダレまで垂らしている。

 

「私はこの外道にとんでもないものを教えてしまったみたいだね・・・・」

 

自らの過ちを悔いるかのように重々しく呟くクリス。

 

「一眠りしたら小腹が減ったな・・・何かないのか?」

 

「あ、焼き芋の残りなら・・・」

 

ウィズ&クラマは仲良く焼き芋を頬張っている。

 

さて、もうそろそろ本当に帰る準備をするか・・・・

 

とりあえず散らかっている酒瓶を片付けようとすると隣に師匠がやって来て俺の背中をポンポンと軽く叩く。

 

「カズマよう」

 

「はい?」

 

「油断しすぎだってばよ」

 

「え?」

 

次の瞬間、ミツルギを囲んでいた影分身が一斉に切り伏せられた。

 

「ハァハァ・・・まだ・・勝負は・・・終わっていないぞ!」

 

いつの間にかミツルギが立ち上がり、魔剣を構えてこちらを睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 

 




この作品のミツルギは結構、壊変しております。

原作とはだいぶ違うかもしれません。

次回は慢心を無くした本気モードのミツルギとのガチバトルです。

酷いことになりますw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 恐ろしいフラグ

俺にリンチにされてボロ雑巾のようになったイケメン野郎が闘志をむき出しにして魔剣を構える。

 

端正な顔はボコボコに晴れ上がり、鼻血まで流している。余裕のない顔は初対面時では考えられないほど殺伐としていた。

 

満身創痍で今にも倒れそうだ。だが・・・・先程より断然手強いと思った。

 

「チッ・・死にぞこないが・・・止めをさしてやるぜ!」

 

「ああ・・だが、その前に・・・」

 

ミツルギは魔剣を地面に刺すと突然俺に背を向ける。

そして影分身達が落とした仲間の衣服を拾うと、取っ組み合ってパンツを奪い合う仲間の近くにそっと置いた。仲間達は彼のパンツに夢中で気づいていない。

そんな醜態を晒す女どもに、ため息をついて魔剣の元に戻ってくる。

 

「さぁ、始めようか」

 

あら、やだイケメン・・・なんか女にモテるっていうのもわかるわー

 

でもなんだかムカつくからパーフェクト・スティールで剥いてやろうかしら。

 

「カズマ、ちょっと今回は正面から戦ってみろってばよ」

 

ええ!?師匠それはちょっと無茶ぶりじゃ・・・相手は上級職のソードマスターだし、レベルも俺より随分と高そうだ。

真っ向勝負なら本来、適うはずもない格上の相手なのだ。

 

「大丈夫だ、自分にもう少し自信を持てってばよ。こいつと戦えるだけの力は今のお前にはある。それに・・・強いといっても俺よりは遥かに弱いってばよ。」

 

ははは、それはそうだ。相手が師匠レベルだったらプライドとか捨ててもうとっくに土下座しているよ俺は。

 

師匠に比べたらこんなナルシストなホモ魔剣士なんてちっとも怖くない。

気が軽くなって不敵な笑みを浮かべる俺。

しかし、ミツルギは師匠の言葉が気に入らないのか憮然とした顔で師匠を見る。

 

「御老人・・・それは一体どういう意味・・・・・な、に!?」

 

「こういう意味だと言えば分かるかってばよ?兄ちゃん」

 

気づいたら師匠がミツルギの喉にクナイを突きつけて笑っていた。マーキングはしていないはずだから飛雷神ではなく恐らく単純な身体能力。

相変わらず底の見えない妖怪のような人だ。

 

「あんましウチのカズマを舐めるなよ?手加減無用。全力で向かって行けってばよ」

 

青ざめるミツルギにそう言い残す師匠。

 

あれー?これも修行の一環なのかな?なんだか俺に厳しい状況じゃない?

 

「ねぇカズマー。もう帰るんだからさっきみたいにチャッチャと終わらせなさいよー!」

 

脳天気に呼びかけてくるアクア。俺だって早く帰って肉臭い体を風呂で洗ってさっぱりさせたいよ。

 

「いえ・・今回はなんだか長引きそうですよ。相手がマジな顔です。魔剣持ちですし正面からならカズマの分が悪いかもしれません。」

 

「あの、反則スティールなら一瞬なのにな・・・」

 

めぐみんとダクネスは草わらに座り込んで完全に観戦ムードだ。

 

クリスとウィズとクラマはもう普通に談笑しながら芋を食っている。

 

俺を信頼してくれているのかもしれんが随分と緊張感のない空気・・・・

 

俺はこれから命懸けで格上相手にガチンコバトルを繰り広げないといけないというのに・・・・

 

ああもう、畜生!楽しいバーベキューがどうしてこうなった!

 

「影分身の術!オラァァァ!」

 

影分身を四体出現させてミツルギに突っ込ませる。

不意をつくことを狙ったんだが今度は冷静に対処された。

 

「ハァ~~~~ッ!!」

 

一体目は腹を引き裂かれ、二体目は頭から兜割りの要領で両断された。三体目と四体目はまとめて横凪に吹き飛ばされた。

 

剣を振るう速度も大したものだが手数重視の連撃で責めず、強烈な一撃で仕留める必殺タイプか。

 

まだまだ、分析が必要だ。俺は焦らずさらに影分身を6体追加する。

 

「カズマ!魔剣グラムは所持者の膂力を限界以上まで高める効果を持つわ!切れ味もかなりのもので鉄だろうとドラゴンの皮膚だろうとスパスパ切れるの!気をつけて!」

 

アクアがなかなか役に立つ情報をくれる。いい仕事するじゃないか肉食女神。

 

影分身だから切れ味は関係ないが、膂力は厄介だな。あの剣速はその産物か。アイツを攻略する上で目を向けるべきなのは攻撃力じゃない。どうせ俺の貧弱な防御力じゃ例え魔剣じゃなくても生身で受けたら一撃でやられる。

だから対処するべき問題は速度。あの剣を振るう速度に慣れる必要がある。

新たな影分身を三体ほどやられてその経験値をフィードバックさせて確信した。決して避けられない速度じゃない。師匠のガチホモボディービルダー地獄で鍛え上げた脚力が生きている。

 

それに、ミツルギの戦い方はどこか拙く思えた。

剣術スキルで魔剣を扱う技術はあるのだろうが、それを活かす戦闘法の基礎ができていないように感じる。

攻撃が単調で読みやすい。間合いの取り方も下手くそだ。集中力はあるが視野が狭い。さっきの戦いのことといい

恐らく精神面でも脆いのだろう。

師匠と毎日組手をしていたから解る戦闘者としての未熟さ。

“下地が出来ていない”という師匠の言葉を思い出す。

きっとミツルギはその魔剣の力でさして苦戦することなくレベルを上げて行ったんだろう。

だから今のミツルギキョウヤの強さとは強力な魔剣をレベルとスキルで振り回すだけのもの。

こいつの剣筋に血の滲むような鍛錬の跡が見えない。それだけで、俺はもう負ける気がしなくなった。

これで無様を晒したら師匠とアイツ等に顔向けができないんだよ!

 

集中してきたからか、奴の高速の剣閃が今では余裕たっぷりに目で追えることができた。

 

いつまでも観察を続けてもしょうがない。

 

そろそろ、攻めるか・・・・

 

俺は影分身を全て消して単騎で特攻を仕掛けた。

 

今の俺が影分身で囲めば恐らく秒殺だろう。

 

しかし、真正面から戦うのが師匠の課題。

 

俺も師匠のチャクラに頼らず自分一人でどこまでやれるか試してみたかった。

 

本体の俺に向かって容赦なく袈裟斬りに振るわれる必殺の魔剣。

 

震えが走るほどの凶悪な一撃。当たれば間違いなく即死だろう。

 

しかし、その剣の速度、振るう角度、剣技の型、ミツルギキョウヤの独特の癖、

 

―――――――――――――――全てが俺には見えていた。

 

足にチャクラを集中させる。木登り修行で鍛えたチャクラコントロールの一端。

 

チャクラによる単純な強化技法。それにより急加速した俺は迫り来る魔剣を難なく回避し、その勢いのままミツルギキョウヤの腹に肘鉄を叩き込んだ。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

僕は別にサトウカズマを舐めていたわけじゃない。

一度無様にやられてからは警戒を最大限に高めていたはずだ。

先ほどの自らの驕りも反省し、サトウカズマを強者と確かに認めていたはずだった。

それでも絡め手のない真っ向勝負なら自分が必ず勝つという自信はあった。

 

――――――――――――――そう思っていた。

 

「なぜっ・・・・当たらない!?」

 

僕の振るう必殺の魔剣が尽く空を切る。

 

先ほどの分身相手なら容易く切り伏せてきたのに・・・・

 

本人が前線に出てきた途端一向に命中しなくなった。

 

「ほいさっ!」

 

「ぐはっっ!!」

 

サトウカズマの拳が腹に突き刺さる。僕の剣を見切った上でのカウンターだ。

 

これをもう何度もやられている。

 

レベル差があるおかげでそこまでの深刻なダメージを受けていないが、それも時間の問題だ。

 

回復手段のない僕は成すすべなく一方的に体力を削り取られていっている。

 

「そこよ!ボディを攻めなさい!じわじわと後で効いてくるわ!」

 

「いえ!顎先を狙うべきです!脳を揺らしてダウンを奪うのです!」

 

「カズマー!くれぐれもアレは使うなってばよー!・・・殺しちゃうからなー!」

 

「なぜ金的を狙わない!?おかしい・・・カズマなら真っ先に狙ってもおかしくない急所なのに・・・まさか・・いたぶっているのか!?じわじわと嬲って最後に美味しいところを攻めるんだな?ふふふふ・・・いいぞ・・・見せてくれ・・・鬼畜道の高みを・・・!」

 

「うそー・・・あのチート魔剣相手に圧倒しているよ・・・なに、あの回避力・・・みんな平然と観戦しているけどあれって、異常だよ?・・・」

 

「あれは・・・いやそんな・・まさかな・・・」

 

「カズマさーん、頑張ってくださーい!」

 

スポーツ観戦をしているように野次を飛ばす彼女達にさすがの僕もイラついてくる。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

魔剣グラムの能力を最大限に高め、さっきまでの剣閃を遥かに上回る一撃を叩き込む。

 

それを神懸かり的な反射神経で上体を反らし躱しきる。

 

なんて、馬鹿げた回避能力だ!

 

ふと、“一撃でも与えることができたら君を認めよう”という僕が彼に吐いた台詞が頭をよぎり、カァと顔が熱くなる。なんてことだ!これではまるで逆の状況じゃないか!

 

「危ねぇだろが!下手したら今の首チョンパだぞ!?」

 

「はぁはぁはぁはぁ・・・・あ、あたらない・・・」

 

「ちょっと、お前、熱くなりすぎだって!一旦冷静になろうぜ・・・お前は俺の貧弱な攻撃で危機感なんて感じないんだろうけど、俺はやばいのよ・・・・ギリギリだよ・・・」

 

何を、白々しい・・・あれほど華麗に避けきっていたくせに・・・!

 

「ああ、もう、師匠!もう十分でしょ?終わらせますからね!」

 

サトウカズマが師匠と呼ぶ老人に許可を取ると、焼き芋を美味しそうに食べていた老人がコクりと頷くのが見えた。

 

終わらせるだと・・・・ふざけやがって!まだだ!まだ僕は終わらない!ここで負けてたまるか!

 

「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

先ほどと同じ魔剣を最大限に発揮して振るうが、恐らく当たることはないだろう。

 

悔しいがそういう確信を抱いてしまっている。しかしそれで構わない。

 

肉体に大きな負担がかかるが魔剣の連撃を仕掛けてみようと思う。

 

成功するかわからないが一矢報いることができるはずだ。

 

だから、・・・・・捨てるつもりの一撃でサトウカズマが引き裂かれ、

 

・・・彼が僕の魔剣に鮮血を散らして倒れ伏した時・・・・

 

僕の思考は白く染まり、長い間、停止した。

 

・・・・・・・・・・・・・・え?

 

・・・・そんな・・・馬鹿な・・・・

 

「いやああああああああ!!カズマ!!かずまぁ~~~~!!!」

 

女神様の悲痛な叫びが現実味を帯びて僕の胸を刺した。

 

「かずま・・・・嘘ですよね・・・・返事をしてください・・・ねぇ・・・かず・・ま・・」

 

女の子が彼の元に駆け寄り、虚ろな瞳で声をかけるが、血だまりに沈む彼はもう息をしていない。

 

「き、貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!よくも!よくもカズマをぉぉぉ!!」

 

クルセイダーらしき彼の仲間の女性が僕の胸ぐらをつかみ何度も何度も殴りつけてくる。

 

やがて、その手は止まり、涙をボロボロと流して嗚咽を漏らしながら慟哭した。

 

誰もが彼の死を悲しみ、僕を家族の敵を見るような憎しみを込めた目で睨んでくる。

 

僕は・・・・そんなつもりじゃ・・・・

 

本当にそんなつもりじゃなかったんだ・・・・・ただ、僕は・・・・・

 

ただ、なんだ?・・・・

 

僕に一体どんな正当な理由があったと言うんだ。彼に危険な魔剣を向ける理由が・・・・

 

僕は負けたくなかっただけだ。

 

子供じみた意地で危険な魔剣を振るい、その結果なんの罪もない男を殺めた。

 

僕は・・・・僕は・・・ただの人殺しだ・・・・

 

勇者でもなんでもなく、ただの罪人・・・・・

 

サトウカズマ・・・サトウカズマ・・・サトウカズマ!!

 

僕は・・・ぼくは・・・一体君にどう償ったら・・・!

 

 

 

「はい、俺の勝ちね」

 

気がついたら魔剣グラムを奪われ、サトウカズマに突き付けられていた。

 

・・・・・あえ?

 

性格の悪そうな顔で不敵に笑う彼は、確かにサトウカズマだった。

 

どういうことなの?わけがわからないよ・・・・

君は僕が殺してしまって・・・死んだはずでは・・・?

 

「うん、カズマ、なかなか良い幻術だったってばよ。」

 

老人が言う。・・・幻術?

 

「なんか、あっけない幕切れだったわね。いきなりアヘ顔かましたホモ野郎に剣を突きつけただけだもん。」

 

「まぁ、最後の方はなんだか向こうが熱くなって剣を振り回して危なかったですからね。きっと、あれで良かったんですよ。」

 

「そうそう、これ以上長引いてもお互いに無駄に怪我を負うだけだからな。どんな幻を見ていたか知らないが、落としどころとしてはこれでいいだろう。」

 

先程まで泣き喚いて僕に憎しみをぶつけていた三人は今はとても平和そうだ。

良かった・・・・本当によかった!

 

「ザドヴガズマーーーーーーー!!!」

 

「うわっなんだ!なんなんだお前!」

 

「ぼんどうに・・ぼんどうによがっだよーーー」

僕は思わず号泣してサトウカズマに抱きついてしまう。ああ、なんて安らぐ抱き心地だ!

 

「ごべんなぁ、ほんどうにごべんなぁーーー!!はんぜいしているんだー、かんがえなじにま剣でごうげきしだりしで・・・ぼぐがわるがっだ・・・・ぼぐがあざはがだっだ・・・ゆるじでぐれーーー」

 

僕は後悔していた。死ぬほど悔いていた。一歩間違えれば、いや、サトウカズマが止めてくれなければあの幻の世界は実現したんだ。とんでもない過ちを僕は犯すところだったんだ・・・

 

「いや、もう、良いから・・・そんなに泣くなよ・・・」

 

サトウカズマがそっと抱き返してくれながら優しく言う。

なぜか胸が高まり、顔が紅潮する。なぜだ。

 

「なんて・・・じひぶがいおどこなんだ、ぎみはーーー!!」

 

サトウカズマの懐の深さに感動する。殺されかけたというのにこんなことを言って水に流す人間がいるなんて・・・・ぼくは本当に今まで彼になんと無礼な口を聞いてしまったんだろうか・・・

 

「ありがどう・・・こんがいのことは全てぼくが悪かった・・・・いずれ、このお礼はかならず・・・」

 

「おいおい、やめてくれよ本当に・・・そんなこと言われたらさ・・・さすがの俺でも

・・・・――――――――――――――――――――とどめを刺しづらくなるだろ?」

 

「え?」

 

目の前のサトウカズマがボンッと音を立てて消えた。背筋が凍る、嫌な予感がしてたまらない。

最後の一言は後ろのちょうど僕のお尻のあたりから聞こえたんだ

 

・・・あの彼特有のいやらしい鬼畜な声が・・・

 

「師匠直伝・・・・木の葉流秘伝体術奥義――――千年殺し!!!」

 

僕の肛門に衝撃が走った。未だかつてない苦痛がケツから脳髄に駆け上がった。

 

「ぐぎゃひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ~~~~~~~~~~!!!!!」

 

僕の生涯で今まであげたことのない叫びを上げてしまった。

 

激痛に歪んだ顔から涙と鼻水とヨダレと脂汗が一気に吹き出す。

 

凶悪極まりない一撃にたまらずお尻を抑えてのたうち回る。

 

体が自然と海老反りの体勢になり、ピクピクと痙攣し始めた。

 

ああああああああ!痛い!ちょー痛い!!

 

く・・・女神さま、こんな僕をどうか見ないでください・・・!

 

「え?・・・今なんで止めをさしたの?」

 

「もう完全に戦いは終わって和解ムード全開だったと思うのですが・・・」

 

「多分カズマは使ってみたかっただけだってばよ・・・自分と同じ苦しみを他人に味わわせてやりたかったんだ。

必要ないと言ったのにあれの練習を隠れて続けていたみたいだからな・・・・」

 

「ああ!カズマが鬼畜道を全力で駆け上がっている・・!一体どこまで上り詰めると言うんだ・・!」

 

「こうやって、受け継がれていくのか・・・あんな技が・・・」

 

「うっわー、お尻痛そ〜・・」

 

「でも、なぜでしょう・・・・なんだか・・・あの人、だんだんと安らかな顔に・・・」

 

 

お尻が痛い・・・凄く痛い・・・

 

なのに・・・・なんだ・・・この感情は?

 

悪くない気持ち・・・いや、むしろ・・・

 

馬鹿な!そんな、僕は違う!違うんだ!

 

・・・このぼくが、そんなアブノーマルであるはずが・・・

 

「うぇ、きったない・・・コイツのパンツ盗ったの忘れてた・・気色悪い感触が指に・・・川原で洗おう」

 

くっ・・・サトウカズマ!

 

僕に屈辱を味あわせたこの男のことで頭がいっぱいになる。

 

いつか、この借りは必ず返す!覚えておけ!

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

――――――――――5日後

 

 

 

「やぁ、カズマ!奇遇だね!」

 

皆でお昼を食べている俺に気さくに声をかけて近づいてくるキョウヤ。

それを見て今まで楽しく会話をしていた仲間達がビクッと肩を震わせ、沈黙する。

 

「よう、最近よく会うな。」

 

「一緒していいかな?」

 

「おう、座れよ」

 

「ありがとう。あ、皆さんも、こんにちは」

 

俺の向かいに座るキョウヤがようやく他のメンバーに目を向けて挨拶する。

なんだか近頃は俺にばかり話しかけるんだよな・・・最初はアクアとも良く口を聞いていたのに・・・

 

「ど、どうも・・・」

 

そう言ったっきりアクアが気まずそうに黙り込む。

どうしたんだ一体・・・

 

「今日は午前中は何をしていたんだい?」

 

キョウヤが涼しげに微笑んで尋ねてくる。それは店員さんが思わず顔を赤らめるほどのイケメンフェイス。

 

「一撃グマの討伐。といっても師匠が瞬殺したから俺達はただ、ついて行っただけだがな。」

 

「相変わらずとんでもないお方だ・・・それで、昼からは何か予定があるのかい?無かったら僕と・・・」

 

「だ、ダメですっ!!!」

 

めぐみんが突然鬼気迫る声で叫んだ。

 

「か、カズマは今日私の爆裂魔法を採点するという重要な任務があるのです!悪いですがとても忙しくなるのでホモやろ・・・ミツルギと遊んでいる時間はないのです!」

 

「あれ?そんな約束したっけ?」

 

「ま、まったくカズマは・・・昨日ちゃんと約束したじゃないですかー。酔っ払っていたから覚えてないんですね!・・ねぇ、みんな!確かに約束しましたよね?」

 

「う、うん。私はちゃんと聞いていたわよ!」

 

「ははは・・約束を忘れるとは仕方のないやつだな!」

 

「ボケ爺の俺だってちゃんと覚えているってばよ」

 

「そうそう、大人しくそのロリっ子とデートしてこい。」

 

皆がそう言うんなら、そうなんだろう。覚えていないが。

 

「そういうことなら仕方ないね・・・また次の機会に・・・」

 

「おお、悪いな」

 

キョウヤがやけに寂しそうに笑うので妙に罪悪感が湧いてくる。

そんなに大事な用件だったんだろうか?

 

去っていくキョウヤを見送ったあと、急に腹が痛くなってトイレに駆け込んだ。

 

 

 

 

 

 カズマが席を立ったあと用心深く声を潜めて会話を交わす四人と一匹。

 

「グッジョブ!めぐみん!ナイスな機転だったわ!」

 

「冷や汗をかきました・・・まさか昼間から犯行に及んでくるとは・・・」

 

「めぐみんのおかげでカズマの貞操が守られた。はぁ、まったく危なっかしい男だ・・・」

 

「なぁ、そんなに警戒するものか?ちょっと過保護な気がするってばよ・・・」

 

「甘いわ、お爺ちゃん!あいつは真性のホモであることはもう疑いようのない事実なのよ!しかも絶対カズマに気があるわ!あんなカンチョーを受けて平然として友達にまでなっちゃってるのがその証拠よ!」

 

「わたし見てしまいました・・・あいつがカズマのお尻を獲物を狙う獣のような目で凝視していたのを・・・!」

 

 

「ああ、私にも身に覚えのある目だ。色欲に染まりきった、飢えた野獣のような眼差し・・・あいつとカズマを二人っきりにするなんてとんでもない!ソードマスターの腕力にものを言わせて非力なカズマを手込めにしてしまうに違いない!」

 

「ワシもあいつはヤバイと思う。あいつからはカズマに向ける熱烈な好意の感情が痛いほど伝わってくる。お前だって感じているはずだろ?」

 

「うん、まぁ・・・正直気持ちが悪くて、感知するのは速攻でやめたけど・・・」

 

「とにかく!カズマにあのホモ野郎を近づけさせてはいけないの!カズマも鈍いから好意を寄せているホモに全く気づいていない!“このホモ野郎”とか普段あいつに言っているけどあくまで冗談で本気ではないわ!だから危険なの!」

 

「カズマは同年代の男友達が欲しいって言っていましたからね・・・・」

 

「ようやくできた友人がホモであることを知ればきっとショックを受けるだろう・・・・

できるだけ、カズマに悟られないように、かつ、迅速に縁を切らせるんだ。」

 

 

頷き合う四人と一匹は、ホモを撃退して仲間を守るために固く結束していた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

自室のレンガ造りの硬い壁に自らの頭を強く打ち続けている奇妙な男がいた。

ミツルギキョウヤである。

 

「うぉぉぉぉぉ!!僕はホモじゃない!僕はホモじゃない!僕はホモじゃない!!」

 

額からは血が流れ、目からは涙がとめどなく流れ、鼻からはアオッパナが垂れている。

 

今のこの男は誰が見たとしてもイケメンとは決して呼べない醜態を晒していた。

 

「でも、好きなんだぁぁ!!!!」

 

その日ミツルギキョウヤは人知れず旅立った。

 

いたって普通に女の子が好きなノンケの友人に迷惑がかからないよう・・・

 

切なさを胸に秘めひっそりと、街を出た。

 

 

 

サトウカズマは大変なものをスティールしていきました。

 

・・・それはミツルギキョウヤの心です・・・・・

 

 

 

 

 

 




ちなみに、本当にどうでもいい話ですが、彼の仲間である女冒険者二人の住まいに「解散します」とだけ書かれた手紙が送られて来て、慌てて後を追うように街を出て行ったとか・・・・

今回の馬鹿げた話はなぜか難産でしたw

ホモの切ない心理描写を長々と書いて迷走してしまいました・・・
もちろん全てボツにしましたが・・・

今回私が学んだことはホモは書いていてそこまで楽しいものではないということです。

ああ、可愛い女の子が書きたい・・・・



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 ヒマワリの嫁入り騒動 前編

直視したくない現実が目の前にあった。

 

だから、ボンヤリと遠い目で、

 

娘のヒマワリが生まれた日を思い出すことにした。

 

あれはそう、暖かな春の日だった。

その日は桜が芽吹き始めた並木道をヒナタと赤ん坊のボルトを連れて散歩をしていた。

近いうちにお花見をしようとヒナタと笑いながら計画を立てていた時、まるで自分も参加したいと強く主張するようにヒナタが急に産気づいたのだった。

その当時はまだ飛雷神の術を習得していなかったものだからひどく慌てた。

パニクって巨体モードの九喇嘛まで呼出して病院に急行したものだから里中大騒動になってしまい、勘違いした里の忍び達が「ナルトに続け!」と言って必死に付いてきたのだが、着いた先が病院の産婦人科だと知ると皆一様にポカンとしていた。

後で六代目火影であるカカシ先生に大目玉をくらうのだけども、まぁその話はいい。

 

重要なのはヒマワリちゃんの誕生の瞬間だ。

 

ボルトを抱えて忙しなくウロウロしていた俺の耳に愛する娘の産声が聞こえてきた瞬間、俺の胸の奥は歓喜で満ち溢れ、病院の廊下を踏み壊す程の速度で妻と娘の元へ駆けた。

そこで幸福そうに微笑む妻に抱かれた天使のような娘に目を奪われ、締りのない顔でデレデレとしつつ、様々な想いが頭を心地よく巡った。絶対に幸せにする、とか。俺のような寂しい思いは死んでもさせない、とか。もし反抗期が来たら俺は死ぬんじゃないかな、とか。この娘を傷つける野郎がいたら死なす、とか。一瞬で色々考えたわけだけども、結論としては絶対に嫁にはやらん。こんなに可愛いし多分男が放って置かないだろうがどこの馬の骨ともわからない輩に俺の天使は絶対にやらん。そう思っていた。

 

 

「お義父さん!どうか、娘さんを僕にください!」

 

正座の体勢から頭を深々と下げて、言う誠実そうな男。

 

頭が真っ白になる。

 

こういう時が、いつかは来るとは覚悟していた。成人を迎えた娘はとても可憐に成長したし、共に里を歩けばヒマワリを目で追うデレデレとした締りのない男共の顔が目に付いたものだ。

 

こうなる日も恐らく近いだろうと、何度も自分の中でシュミレーションしていた。

想像の中では何度も人の娘に手を出した馬の骨に螺旋丸をぶち込んでいたが、現実となれば娘の幸せのために涙を飲んで耐え忍ぶこともできるだろうと思っていた。

 

だが、しかし・・・・・・・

 

「な、な、なに言ってんだってばよ・・・・冗談は止めろよな・・・笑えないってばよ・・――――我愛羅・・」

 

娘が父と同い年の、しかも長年の親友を結婚相手として連れてくるのは、さすがに想定外すぎるってばよ・・・

 

 

 

 

 

 

「そ、それで?・・・どうしたの?」

 

「そんなもん、速攻で螺旋丸ぶちこんだに決まってるってばよ!」

 

顔を引きつらせるサクラちゃんのグラスに俺は苦い顔でビールを注ぐ。

 

ここはとある居酒屋。

 

頭を下げ続ける我愛羅の顔面を蹴り上げ、そのまま起き上がった腹に螺旋丸をぶち当てた俺は「このロリコン野郎が!」という捨て台詞を残して飛雷神でうちは家に飛んだ。

ちょうど娘のサラダが外泊をするらしいのでサスケとサクラちゃんを引き連れていつも馴染みの居酒屋にやってきたのだった。

 

「ちょっと・・少しは話を聞いてあげたほうが・・・」

 

「いいや、よくやった!そうでなければ父親とは呼べん!」

 

サクラちゃんはあくまで冷静に諭そうとしてくるが、サスケのやつは上機嫌に俺を称えてくれる。

熱燗を美味そうに煽ってカァッと溜め息を吐く。

 

「もし俺だったら今度こそ千鳥であの砂タヌキの腹にカズ穴をあけているな。友の娘に手を出すってのはそんくらい重罪だ!手塩にかけて育てた娘がよりによって同世代のオヤジにかっさらわれる絶望感といったら!ナルト!お前は徹底的に戦うべきだ!父親として、娘をロリコンダヌキに奪われてはいけない!」

 

「サスケェ!お前ならわかってくれると思っていたってばよ!」

 

そうして固い握手を交わす俺達は父親という人種として確かに通じ合っていた。

 

サスケのお猪口に熱燗を注ぎながら俺は言う。

 

「だいたい、“娘さんをください”っていう言い回しが気に入らないんだってばよ!」

 

「わかる!すげぇ、わかる!」

 

「やらねぇよ!?やるわけねぇだろ!こちとらオメェにやるために娘を大切にしてきたわけじゃねぇんだってばよ!」

 

「だよなぁ。今なら俺もサクラの親父さんに同じこと言って睨まれた理由がわかるぜ・・・あの時はつい輪廻写輪眼で睨み返しちまったが・・・それでも震えながら睨むのを止めない親父さんに今は同じ父親として尊敬の念を覚える・・・」

 

「ちょっ、あんたお父さんにそんなことしたの!あの後ひっそりとお父さんが泣いていたのはそんな裏があったの!?」

 

鰹のタタキを美味しそうにつまむサスケの肩を揺するサクラちゃん。

 

 

「そういやぁ、俺もヒナタを嫁に貰う時、“これから先ヒナタを絶対に幸せにしてみせます”とか言っちゃってヒアシのお義父ちゃんに睨まれたってばよ・・・」

 

「ああ~、それはダメだな父親的に」

 

「え?ダメなの?私は良いと思うけど・・・」

 

「幸せにするって宣言自体がアウトなんだってばよ・・・それじゃぁ、今まで娘は幸せじゃなかったのかと、父親的なプライドが刺激されるんだってばよ・・・」

 

「なんか、面倒くさいわね父親心・・・」

 

厚焼き玉子をつまみながらサクラちゃんが呆れたように言う。

 

「だったらどんな挨拶なら良いのよ?」

 

「う~ん・・・そうだなぁ・・・」

 

「ベストな回答なんてない。何を言っても難癖つけたいと思っちまうからな・・・男は嫁の父親に睨まれるしかないだろう。それが義務みたいなものだ。」

 

「そうだなぁ・・あの時、我愛羅が何を言ったとしても俺は螺旋丸でぶっ飛ばしていたと思うってばよ」

 

「おっかないお義父さんね・・・まぁ、相手があの我愛羅だからそこまで心配はしていないけど。」

 

「あの野郎、生意気にも砂でガードしやがって・・・・ブチ抜いてやったけど軽傷だろうな・・・今度は全力で殺ってやろうかな・・・」

 

「ヤッちまえ、ヤッちまえ、なんなら螺旋手裏剣で狸のハンバーグにしてやれ」

 

「へへへへ・・お前ならわかってくれると思ってたってばよ心の友よ!」

 

「殺るな!そんで、あんたも煽るな!ナルトはまだ現役の火影なのよ!里同士の問題に発展したらどうするの!?」

 

拳を合わせて陽気に笑い合う俺たちを叱りつけるサクラちゃん。相変わらず固いなぁサクラちゃん。

他里の長をぶっ飛ばしたくらいで今の世の平和は揺るがないってばよ。

この前、開催した五カ国対抗五影大運動会も超盛り上がったし。

 

「まぁまぁ、サクラちゃん、そうピリピリしないで・・・もしもの時は“ゴッドハンド”と名高いサクラちゃんの医療忍術で治してくれってばよ。」

 

「治せるっていっても限度があるのよ。限度が。今のあんたの凶悪な忍術の数々はこの人から色々と聞いて知ってるんだからね。気をつけなさいよ、ホント・・・」

 

「うんうん、分かっているってばよう。・・・・おねぇさーん!“千年殺し”の熱燗と冷酒を追加で!

サクラちゃんはまだビール?」

 

「あー、うーん・・ウーロンハイに切り替えるわ。あとポテトサラダと軟骨唐揚げね。」

 

「あ、俺はホッケが食いたい。それとおにぎりだな。おかかで」

 

「え?サスケもう締めに入るのか?」

 

「俺は米を食ってからが本番なんだよ。最後の締めはバニラアイスに決まっているだろうが。」

 

「あれ?・・お前たしか・・甘いもん苦手じゃなかったっけ?」

 

「歳を取ったら味覚だって変わるんだよ。今でも油っこいラーメンが好物のお前には解らんだろうがな」

 

「ホントにね。早死するから食生活を改めたほうがいいわよ。この前なんて一楽の大食いチャレンジで巨大ラーメンを完食したらしいじゃない。ヒナタから聞いたわ。」

 

「ああー・・・あれからしばらくの間は流石の俺もラーメンは食いたくなくなったなぁ・・・」

 

「今度一度、健康診断に行ってきなさいよ。血液検査とかで引っかかりそうよ、あんた。」

 

「ククク・・サクラはナルトの母ちゃんみてぇだな・・・」

 

「かあちゃーん、病院は勘弁してくれってばよー」

 

「誰が母ちゃんよ。ぶっ飛ばすわよ」

 

夜が更けていく。

飲み放題なのをいいことにサクラちゃんが元を取るとかケチくさいことを言って、それから散々酒を飲まされた。

酔いが回ってきたのか二人共顔を紅潮させている。多分俺も似たような顔をしているだろう。

ああ、いい気分だ。

 

「聞いてくれよナルトォ・・・」

 

「どうしたのよサスケさんよう」

 

十二杯目の熱燗を飲み干してサスケが項垂れる。

 

どうした木の葉の抱かれたい男ナンバーワン忍者。すっかりダメな中年オヤジになっちゃって。

 

「ウチのサラダがさぁ・・・最近、外泊が多いみたいでさぁ・・・」

 

「ああー・・まぁあれくらいの年頃なら仕方ないってばよ・・・ウチのボルトも最近やけに泊まりが多いし」

 

「あいつは単にダチとゲーム大会でも開いて遊んでいるだけだろうがー。ウチのサラダちゃんは女の子ですからねー、色々と心配なわけですよ・・・」

 

「そうだなぁー。あの子も随分と美人に成長したしなぁ。男とか放っておかなそうだってばよ」

 

「男!?男の家に外泊してるってのか!」

 

「いや、ただの例え話だってばよ・・」

 

「もし嫁入り前の娘を家に連れ込んでよろしくやってんだとしたら、その男ただじゃおかねぇ!!スサノオで家ごと切り刻んでやる!!」

 

「おう!その通りだ!!その時は俺も協力するからいつでも呼んでくれってばよ!」

 

「おお!心の友よ!!その時はあの合体忍法でこの世から消滅させてやろう!約束だ!」

 

「ああ!」

 

「・・・・・ナルト、アンタ自分の息子を死なせたいの?・・・・」

 

「ん?どういうことだってばよ?」

 

「あー・・なんでもないわ、うん。・・・頑張れボルト。私は応援してるから・・・」

 

サクラちゃんがボソボソと何か呟いているが、なんだろう?酔っ払ったのかな?

 

そうして三人でサラダの架空彼氏の抹殺計画を進めていると、

 

「あ、やっぱりここにいた」

 

暖簾をくぐって困ったように笑いながら近づいてくる清楚な和風美人。好みのタイプだ。

 

「デヘヘへへ・・・随分なべっぴんさんがやってきたってばよ。こっちで俺達といいことしようってばよ・・」

 

「いけません、私には愛する夫がいますので」

 

「少しくらいいいじゃな~~い・・良いからこっちに来るってばよ!」

 

「そんな・・離して・・止めてください・・」

 

手を掴んで引き寄せるとまんざらでもない顔で頬を染めて俺の腕に収まる美人。柔らけぇ。

 

「てめぇ!、人の妻になにやってんだってばよ!その薄汚ぇ手を離しやがれい!」

 

「あ、あなた!」

 

「・・・なにこの茶番・・・・ナルト、あんた影分身まで出してなにやってんのよ・・」

 

「こら、サクラ、止めるのが速い。これからどう修羅場が展開していくのか見ものだったのに。」

 

チッ・・いいところだったのに・・・サクラちゃんのせいで冷めちまった。

 

夫役の影分身を消して腕の中の妻を抱きしめる。いい匂いだ。

 

「夫婦円満の秘訣はこういうちょっとした刺激だってばよ。しかし、ヒナタも随分とノリが良くなったよな。」

 

「あ、あなたが毎回ああゆう無茶ぶりをするから・・・・もうすっかり慣れちゃったよ。」

 

見つめ合って笑い合う俺とヒナタ。こういう場所じゃなかったら口づけの一つでもしていたところだ。

 

「あんた達はいくつになっても、もう・・・イチャイチャしてんじゃないわよ全く・・・」

 

サクラちゃんが羨ましそうにこちらを眺めたあと、チラリと隣のサスケを期待して盗み見るが、その夫はホッケの開きに舌鼓を打って一人幸せそうにしていた。

ガックリと項垂れるサクラちゃん。しかし彼女は知らないだろう。その様子をニヤニヤしながら見ているドSなサスケのの表情を。

 

 

それからヒナタが加わってダラダラと楽しく飲んでいたのだけど・・・やっぱりどうしても気になることがあるわけで・・・

 

「それで・・・・その・・あの後はどうなったってばよ?」

 

俺が控えめにそう切り出すと、梅酒を美味しそうにチビチビ飲んでいたヒナタがニッコリと笑っていう。

 

「ヒマワリは今日は我愛羅さんの所に泊めてもらうって」

 

「なん・・・だと・・」

 

 

地爆天星級の衝撃が俺を襲う。男の家にお泊り!?嫁入り前の娘が!?

 

「嘘だろ・・・・そんな・・・ヒマワリ・・・」

 

テーブルに突っ伏して呻く。どうしてだろう泣き上戸でもないはずなのに涙が止まらない。

 

「ナルト君、ナルト君」

 

俺の頭を優しく撫で上げ、ヒナタが囁く。

 

「冗談だってばよ♪」

 

見上げると悪戯っぽく笑うヒナタ。

腹が立つが、クソ・・可愛い。

サスケとサクラちゃんが夫婦揃ってゲラゲラ笑っている。

こいつらには腹立たしい思いしか湧いてこない。

 

「ヒマワリはちゃんと家にいるよ。特に怒っている感じでもなかったから安心して。あと我愛羅さんがまた近いうちに来るからよろしく伝えてくれって。」

 

「・・・・・・・・」

 

また近いうちに来るのかぁ・・・・・

 

正直、今はあまり顔を合わせたくないんだけど・・・

 

「ヒナタは結婚に賛成なの?」

 

サクラちゃんが俺の聞きたかったことを訪ねてくれる。

 

「うん。私は賛成」

 

ヒナタはなんでもないふうに頷くとポテトサラダを上品に口に運ぶ。

 

「なぜだ?年の差は父と娘ほどに離れているし、しかも昔からナルトの友人として付き合いのある相手だ。色々と複雑なんじゃないか?」

 

サスケが酔いが回ってきたのか赤い顔をしてヒナタに絡む。

 

「確かに最初は驚いたけど、でも我愛羅さんならヒマワリを任せられるって思ったの。

きっと誠実にあの子のことを愛してくれて、幸せにしてくれるって、そう信じられる人だって私は思う。」

 

そう言って微笑むヒナタは心から娘の幸福を望む母親の顔をしていた。

 

 

・・・・・ああ、そうだ。知っているってばよ。

 

我愛羅という男は信じるにたる友だ。

 

孤独の苦しみを知るあいつは絶対にヒマワリに寂しい思いはさせないだろう。

 

俺はそれを誰よりも、わかってるってばよ・・・

 

しかし、それでも、どうしても胸のモヤモヤが晴れない。

 

「いいや!俺は認めないってばよ!」

 

冷酒を飲み干してグラスをテーブルに叩きつける。そんな俺をヒナタは柔らかく受け止めるように言う。

 

「うん、それでいいと思うよ」

 

「え?」

 

「相手は我愛羅さんだもん。我慢するべきじゃない。納得できないことならぶつかったっていい相手なんだよ。

我愛羅さんなら親友としてきっとあなたを受け止めてくれると思うから・・・」

 

ヒナタのその言葉を聞いて俺は分かってしまった。

 

俺は我愛羅だから甘えているんだ。

 

もし他の男だったら俺はすんなりと受け入れていただろう。

 

自分の中にある気持ちを押し殺して。

 

心中では嫁にやるのを嫌だと駄々をこねたいくせに物分りのいいフリをして笑って「こちらこそ娘をどうかよろしく」と言って頭を下げたことだろう。

だって俺は火影だから。里長として俺の発言は重すぎる。

意志の弱いそこらの男なら引いてしまうかもしれないのだ。だから頑固親父としての言葉を飲み込む。

ぶっ飛ばしたい気持ちを我慢する。そうやって忍者として耐え忍ぶしかなかっただろう。

友だから、我愛羅だから俺は正面から反対できるんだ。螺旋丸をブチ込むなんて暴挙はあいつぐらいにしか行えない。

 

俺は苦笑して静かに冷酒を煽る。

 

俺は別に娘の幸せを引き裂きたいわけじゃない。

我愛羅からヒマワリを奪い返したいわけでも、本当に心から二人の邪魔がしたいわけでもないのだ。

 

ただ、簡単に娘を渡したくないだけだ。

 

娘がどうしても欲しいというのなら――――

 

「この俺を倒してみせろ・・我愛羅」

 

 




尾獣たちはみんな揃って小動物モードで温泉旅行中

投稿前に気づいたクラマの存在・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 ヒマワリの嫁入り騒動 後編

 

「大丈夫!お父さんはきっと認めてくれるよ!」

 

ヒマワリが俺を励ますようにそう言ってくれる。

 

俺が愛してやまない朗らかな笑顔を向けてくれるが、しかし今はそれでも気分が晴れない。

 

本当にそうだろうか?

 

頭に浮かぶのは憤怒の表情で青筋を浮かべながら殺気立った鋭い眼光でこちらをを睨みつけ、情け容赦なく必殺の螺旋丸を俺に叩き込んできた鬼のように恐ろしい友の姿

 

ナルトとは長い付き合いだが、あんなにも怒りの感情をぶつけられたのは初めてだった。

少年時代にアイツと戦った時以上にブチギレているんじゃないだろうか?

しかし、それは当然の反応なのかもしれない。

温厚なあいつのことだろうから、驚くにせよ最後は笑って許してくれるだろうと楽観的にどこまでも甘く考えていた俺が愚かだったのだ。あいつの優しさに甘えきっていた。

 

長年の友が赤子の頃から共に成長を見守ってきた娘に手を出し、あまつさえ他里の長の嫁として奪い去っていこうとしているのだ。

怒りを買って当たり前だ。裏切られたとすら思っているかもしれない。

 

思わずため息が溢れる。

そんな、友人に怒られてしょぼくれている中年男の手をヒマワリは苦笑しながら両手で包み込んでくれる。

 

「そんなに落ち込まないで。大丈夫。お父さんはきっとびっくりしただけだよ。私のことが大好きだからさっきは頭に血が上ってしまったの。落ち着いたら絶対に私達のことを祝福してくれる。だって、お父さん我愛羅さんのことも凄く大好きなんだもん。だから、そんなに不安そうな顔しないで・・・ね?」

 

天使だ。ここに天使がいる・・・

 

思わず彼女を抱きしめたい衝動に駆られる。しかしナルトへの後ろめたさで躊躇してしまう。そんな俺の様子を察してくれたヒマワリが俺の背中に腕を回し、優しく抱きしめてくれた。

 

胸に愛おしさが溢れ、堪らなくなった。

 

彼女のこの温もりを失いたくないと強く思った。

 

「結婚したい。絶対に」

 

口から心の内が零れ出てしまい、恥ずかしくなった。

そんな俺を見てヒマワリは頬を朱に染め、目を潤ませた。

 

「うん!もちろん!」

 

ヒマワリが本当に嬉しそうな顔で、ギュッと強く抱きついてくる。

 

俺は彼女の温もりを感じながら決意を新たにした。

 

ナルトには本当に申し訳ないと思う。

 

だが、もう俺は後戻りなどできないのだ。

 

誰かと心から愛し合うことの幸福を知ってしまった。

 

「自分だけを愛する」というこの額の一文字の意味はもうとっくに変わってしまったのだ。

 

この愛を守り通すためならどんな困難にだって耐え忍ぶことができる。

 

ナルト・・いや、お義父さん。俺は認めてもらうまで絶対にあきらめないぞ!

 

 

 

 

――――――――――確かにそう思っていた・・だが・・しかし・・・

 

 

 

「いや~、我愛羅と戦りあうのも随分と久しぶりだってばよ」

 

目の前のナルトがニコニコと楽しそうに笑う。

 

・・・・・眩暈がするような絶大なチャクラを身に纏いながら・・・

 

冷や汗が背中を流れる。

 

どうしてこうなった?

 

俺はただ、今日も菓子折りを持ってヒマワリを嫁にもらうために頭を下げに来ただけなのだが。

今日こそ認めてもらうと意気込んでうずまき家を訪れ、前回と違っていつもの友好的なナルトの様子にホッと胸をなでおろしたのを覚えている。それで、すっかり気を緩めて夕飯をごちそうになり会話を楽しんでいたのだが・・・・

なぜか、いつの間にかヒマワリを賭けてナルトと戦うという話になっていた。

 

狐に化かされた気分だ・・・

 

ナルトの妻は夫を止める様子もなく穏やかに見守っている。

頼みの綱のヒマワリは気分を良くして苦手な酒をあおり、顔を赤くしてスヤスヤと眠っている。

息子のボルトはといえば今日は外泊するから帰らないという。

 

万策尽きた。誰もナルトを止める者がいない。

 

「待ってくれナルト!俺はお前と戦う気はないんだ!ここで俺たちが争って一体なんになる?」

 

せめてもの抵抗として精一杯説得を試みてみる。するとナルトは穏やかな笑みを浮かべて言う。

 

「俺はただ、安心したいんだってばよ。この里を離れて、風影の嫁として砂隠れでちゃんとやっていくことができるのか俺は心配なんだ・・・俺の手の届かないところに行ってしまえば、俺にはもうあの子を守ってあげることができない。これからは辛い時、苦しい時、あの子の一番傍にいて守ってやるのは我愛羅の役目になる。だから・・・だからさ・・我愛羅・・・」

 

「・・ナルト・・・」

 

「俺を信じさせてくれよ・・・これからずっとあの子のことを任せても大丈夫なんだって・・・俺がいなくてもあの子を守り通す力があるって・・・それを、確認させてくれよ・・」

 

友として、俺はナルトを深く理解していると思っていた。

 

だが、親としてのこいつの気持ちをまだそうじゃない俺は分かっていなかったようだ。親にとって子とはそれほどまでに大切な存在だと俺は理解が足りていなかった・・・

 

「そういうことなら・・・・ナルト・・俺はお前を・・」

 

「なーんて言うのは建前で本当はただ単に気にいらねぇからぶっ飛ばしたいだけだってばよ!」

 

・・あれ?・・・

 

「一体いつからウチの可愛いヒマワリをイヤラシイ目で見ていやがった?このロリコンが!あの子のオシメを替えていたころにはもう目をつけていたんか?あぁん?それとも子供プールで遊んであげていたころにでも欲情していたのかぁ?その薄汚ぇ粗末なものを刈り取って去勢してやるから覚悟せいやエロダヌキ!!」

 

「ま、待ってくれ!俺たちはまだ清い関係だ!恋仲になったのは確かだが決して欲望のままに手籠めにしたわけではないんだ!信じてくれ!あと、ロリコンではない!ヒマワリは今では立派な成人女性だ!大事なことなのでもう一度言うがロリコンではない!!」

 

殺気立つナルトに必死に言い返すが、その返答はさらに膨大に膨れ上がったチャクラの脈動だった。

 

くっ・・なんてチャクラだ・・ただ発しているだけなのに肌が刺すように痛む。

 

「さぁ、始めようか・・・うさばらし・・・ゴホン・・婿昇任試験を・・」

 

今こいつ、憂さ晴らしって言わなかったか?

 

「ぐ・・やるしかないのか・・」

 

「さっきから、そう言っているってばよ」

 

そう言ってナルトは傍若無人に荒れ狂う凶悪なチャクラを掌の一点に集束し始めた。

螺旋状に蒼く輝く球体。もちろん良く知っている。うずまきナルトの代表的な忍術。さまざまなバリエーションに変化するそれの基本的な形態。何も珍しいこともない見慣れた、ただの螺旋丸。

 

そのはずなのに忍びとしての嗅覚が警報を鳴らし、言いようのない悪寒が背筋を震わせる。

 

「っ!砂縛柩!!」

 

反射的にヒョウタンの砂を捕縛に向かわせる。そうしないと危険だと判断した。

高速で迫り来る砂を見てナルトはニヤリと笑ってつぶやく。

 

「我愛羅、・・・――――――防御を固めておけってばよ」

 

次の瞬間、大地を揺らすほどの轟音が響いた。

 

気が付くと吹き飛ばされ、朦朧とする意識の中、地面すれすれの空中を一直線にカッ飛んでいた。

 

自らの砂で体を受け止め、ようやく停止する。肉体のダメージが甚大で、膝を地に着け肩で荒く息をする。

その原因を作り出したナルトは遥か遠くで手を振っているのが辛うじて見えた。

 

何が起こったのかは理解していた。

 

ナルトは迫り来る砂縛柩を左手で無造作に打ち払うと同時に、瞬身の術で目にも止まらぬ速さで俺の眼前に現れその勢いのまま右手の螺旋丸をぶち当てたのだ。

 

ナルトの洗礼された一連の動きも驚嘆に値するが真に恐ろしいのは、その破壊力。

 

俺の砂の防御は確かに間に合っていたはずだった。

ナルトに言われるまでもなく螺旋丸に備え、事前に絶対防御を発動させていたのだ。

 

誤算があったとすれば、その螺旋丸の威力。それは分厚い砂の盾を完膚なまでに破壊しつくし、消し飛ばした。

 

「ただの螺旋丸が・・・なんて威力だ・・・!」

 

これが上位互換の大玉螺旋丸や螺旋手裏剣だったら俺の命はなかっただろう。

 

死なないように手心を加えてくれているようだが、それでもナルトの本気のほどが伝わってくる。

俺が腑抜けた心構えのままこの戦いを続ければ、軽い怪我ではすまない事態に陥るだろう。

 

俺には解る。建前だと言っていた先ほどのナルトの言葉はあいつの確かな本音だ。

 

だったら俺は見せないといけない。ヒマワリを夫として守り通すだけの力を・・・!

 

 

ひょうたんの砂で大地の土や鉱物を砕き、あたり一面を広大な砂の海に変える。

 

「流砂瀑流!!」

 

莫大な質量の砂の大津波がナルトへと迫る。

 

その壮大な光景をナルトは感嘆の声を上げて見上げている。

 

「おお!流石は我愛羅。そうこなくっちゃな!」

 

そう言って凄まじいまでのチャクラを練り上げて印を結び、砂の大地に掌を押し付ける。

 

「土遁・超極大黄泉沼!!」

 

嫌な予感がして咄嗟に砂瀑浮遊で浮かび上がる。

砂の大津波が突如飲み込まれるように沈んでいく。それだけではなく俺が創り出した広大な砂漠が全て、地中深くに引きずり込まれていった。

 

「っ!・・・これは!」

 

砂を全て飲み込んだ毒々しい泥沼が浮かび上がる。

 

これは土遁・黄泉沼・・・砂漠の遥か下の地表を底なし沼に変化させて砂を沈めたのか・・・

 

いつの間にこんな術を・・・・

 

術者のチャクラ量に応じて範囲と深さが増減するこの術はナルトにとって相性が良すぎる。

 

俺が操作していた砂はどこまでも深く沈み込み、もう決して浮かび上がらせることはできないだろう。

 

「さて、どうするってばよ?我愛羅」

 

腕を組み得意げに笑うナルト。器用に自分と妻の地面は小さな円形に残している。

 

どこまでも続く底なし沼は未だに健在。これに飲み込まれれば俺もただでは済まないだろう。

 

だがそれはナルトも同じはず。というかこの状況は飛べないナルトの方が不利では?

 

「連弾・砂時雨!!」

 

空中からナルトめがけて容赦なく砂の弾丸の集中砲火を浴びせる。

 

「・・・ってちょっ・・よく考えたらヤバイってばよ!・・たんま、ちょっとたんま!」

 

即座に地面に掌を叩きつけ、沼を元の土に戻して転がり避けるナルト。

俺はその様子に微笑し、先ほどの鬱憤を晴らすように砂の弾丸の豪雨を降らせる。

 

「ふ、風遁・大突破!!」

 

圧縮された暴風が砂の連弾を蹴散らし、空中に浮かぶ俺に命中する。――――――――だがそれは

 

「砂分身か!」

 

撃ち抜かれた砂分身があたりに砂を撒き散らし、それに紛れてナルトの背後に忍び寄る。“砂変化の術”。極小の砂の粒子に自らを変化させたのだ。

 

「風遁・無限砂塵大突破!」

 

変化を解きすぐさま高速で印を結び、砂塵が混ざった暴風をナルトの背に浴びせる。

 

「うおっ」

 

それをナルトは神懸かり的な反応速度で躱しきった。

やはりそうだ・・・・

俺の知っているナルトとは明らかに段違いの動き。

こいつはこの歳でさらに強くなっている!

 

「やるな・・我愛羅!今のは危なかったってばよ」

 

「・・・口寄せの術」

 

新たなひょうたんを二つ口寄せする。それは長年チャクラを練りこみ続けた俺の切り札だ。

 

一人の忍びとして今度は俺が見極めたいと思った。コイツと俺の今の距離を。

 

「絶対防御・金剛母神!!」

 

一つ目のひょうたんの中身は砂金。

砂金に母の守護力が宿る俺の砂を混ぜ合わせた最硬の盾。

翼を生やした女性の上半身を乗せた巨大な丸盾だ。

 

「絶対攻撃・鉄鋼父神!!」

 

二つ目のひょうたんは砂鉄。

砂隠れ最強と言われた三代目の砂鉄を研究し編み出した最強の矛。

それは騎士を思わせる黒い甲冑に身を包み、黒馬にまたがり矛を構える巨大な武人の形態。

 

これが今の俺の最大戦力。絶対的な矛と盾。

 

「やっぱり使えたか・・・砂鉄と砂金。磁遁の秘術・・!」

 

ナルトが目を輝かせて言う。かつて若い頃、酒の席で語った俺の忍術の理想形。あまり驚いていないところを見るとコイツは俺がこれを使いこなせるようになると信じていたようだ。

 

「完成したのはヒマワリのおかげだ・・・・彼女がいたから俺はこの領域にたどり着くことができたんだ。」

 

絶対に守り抜きたい、そんな愛する人がいたから俺はこれを編み出すことができたのだ。

 

「そうか・・・お前はそこまであの子を・・・」

 

「ああ、愛しているよ。心から。だが、言葉だけではきっと伝わらない。だからお前を納得させるための力を示す。それでいいか?」

 

「悪いな・・・我愛羅。頑固な親父でよ・・」

 

「いいさ、・・・・お義父さん。」

 

その瞬間、さっきまでとは比べ物にならない程の絶大なチャクラがまるで火山が噴火したような勢いでナルトから噴き上がった。

 

「おめぇにまだ、お義父さんと呼ばれる筋合いは、ねぇってばよう・・・」

 

仙人モード。自然エネルギーを取り込み、術者の肉体と忍術を数段上の次元に到達させる秘術。

いつ使うのかと戦々恐々としていたが、まさかこんなに唐突に発動させてくるとは・・・

 

上忍ですら腰を抜かして逃げ出すと言われる逸話は決して誇張されていたわけではない。

むしろそれは生易しい例え話なのかもしれない。

それほどの人外的な圧倒的チャクラ。人に許された領域というものを超えている気がした。

 

「死ぬなよ・・・我愛羅・・」

 

「俺は死なん・・ヒマワリが泣くからな」

 

言外にだからお手柔らかに頼む、という意図はナルトに伝わっただろうか・・・

 

「仙法・風遁螺旋双刃!」

 

ナルトがクナイを二本取り出し、風に変換した高密度のチャクラをふた振りのクナイに巻き付かせ、乱回転する風の刃を形成する。

 

「鉄鋼父神・千剣舞踊!!」

 

黒馬にまたがる砂鉄の騎士が矛を掲げる。すると、矛先が無数の剣に変化しナルトに目掛けて襲いかかった。

 

それに対してナルトは・・・目を瞑りながら笑っていた。

 

手にした二本の刃を閃かせ、迫り来るう剣群を尽く切り伏せていく。

 

目を閉じているにも関わらずまるで未来が見えているかのように、剣の軌道を見切り両断していく。

 

全てを把握する絶対的な感知能力。若い頃にその片鱗を見せていたが、40代半ばにしてそれが極まったように思える。

 

降り注ぐ剣の猛威に時には避け、時には刃先を当てるだけで軌道をそらし、そして時に・・攻撃に転じる。

 

「そらよ!」

 

惜しむことなく両手に持った風の刃を投擲する。恐らくは本来、そうやって投擲することで真価を発揮する術なのだろう。

 

二つの刃に圧縮された風のチャクラが一気に膨張し、巨大化して飛来する剣の群れを飲み込んだ。。

巨大なドリルのように超回転しながら進む、二本の風の矛となったそれは青く輝く軌道を残しながら鉄鋼父神に激突する。砂鉄で守られた黒騎士の鎧を穿ち、その後方に控える金剛母神の盾に傷を付けてようやく止まった。

 

「とんでもないな・・・」

 

すぐに鉄鋼父神の修復に取り掛かる。しかしその隙をこの男がただ待っている訳が無い。

 

「仙法・阿修羅影分身の術」

 

そう言って印を結んだ瞬間。

 

ナルトの体が幾重にも重なり、その姿がブレているように見えた。

 

なんだ?まさか幻術の類か?あのナルトが?

 

「鉄鋼父神・大黒天馬!」

 

それを確かめるためにさらに殺傷能力の高い攻撃に移る。あいつのことだ死ぬことはないだろう。

 

負傷した黒騎士を置き去りにして、黒馬が天を駆ける。

 

その姿を幾万もの砂鉄の弾幕に変えてナルトへ殺到する。

 

先ほどの剣の投擲とは比較にならない規模で隙間なく埋め尽くす弾幕の豪雨。

 

それに対してナルトは落ち着いた素振りで先ほどの風の刃を発動させた。

 

馬鹿な!・・それで防ぎきれる物量ではないはずだ!

 

まさか四十代半ばにしてボケてしまったのかと冷や汗をかいたが、次の瞬間にはそれが驚愕に変わった。

 

捌ききっているのだ・・・被弾させることなく、弾幕の全てを・・・軽く。

 

その理由がわかった。双刃を振るうナルトの腕が増えているのだ。それも十や二十じゃない。尋常じゃない数が幾重にも重なり合い、その全てが様々な角度から刃を閃かせている。

阿修羅影分身とは恐らく膨大な数の影分身を一つの戦力にまとめあげる術!

今のナルトは数千人分の身体をその肉体に宿しているのだ。

手数は単純に、数千倍。なんて反則的な術だ・・・

 

一瞬で千を超える剣閃を繰り出すナルトは余裕そうな表情で黒馬の砂鉄を全て残らず両断してしまった。

 

「今度はこっちの番だってばよ・・・・」

 

不敵に笑うナルトに俺も笑いたくなってくる。

 

一人にして数千のナルトが分担して高速で印を結んでいる。その術の規模は想像がつかない。

 

こんな奴を・・・どうやって倒せばいいんだ・・・

 

「仙法・手裏剣影分身―――――――――――業魔・・!」

 

空に突然、大きな黒い入道雲が広がっていった。

 

一雨降りそうだからもう終わりにしよう・・・そんな、つまらない冗談を言いたくなって失笑する。

 

その暗雲の正体は分かっている・・・・あれは・・・

 

「ナルト・・・お前はここまでの力を手にして・・・一体何と戦うつもりなんだ・・?」

 

どうしても問いかけてみたかった。今の平和な忍び世界でこれほどの戦闘能力は必要なのか・・・

風影として火影のナルトに疑問を投げかける。

 

「うちはサスケ。あいつはこれくらいじゃないと良い勝負ができないんだってばよ。」

 

それを聞いて納得した。俺はコイツの親友には成れても好敵手には成れなかったのだ。それを少しだけ寂しく思う。

 

「来い!ナルトォ!!」

 

「じゃ、遠慮なく・・!」

 

ナルトが手を振りかざすと、それは容赦なく地上のちっぽけな人間に牙を剥いた

 

それは、空からやってくる手裏剣の悪夢。災害そのもの。

 

大滝の如く凄まじいまでの物量で殺到する鉄の刃。攻撃特化の鉄鋼父神は容易く呑み込まれ、修復不可能なほどに破壊し尽くされた。

 

「肥大化しろ!金剛母神!!」

 

金剛母神は俺を中に取り込むと俺の保持するありったけの砂を吸収し、盾の厚さを極限まで高める。

 

母の愛を舐めるな!金剛母神はどれだけの理不尽な攻撃でも俺を守る絶対防御だ。

 

手裏剣程度がいくら集まったところで・・・・・・・

 

「よう、我愛羅・・・久しぶりだってばよ」

 

母神の体内で陽気に笑う友の声。

 

なぜ!お前がここにいる!!

 

「仙法・螺旋蹴擊!」

 

目視できない程の速度の蹴りが腹に突き刺さる。

 

強烈な回転力を帯びた足蹴りで絶対防御の脆い内側から外へ蹴り飛ばされた。

 

今度は砂で受身を取ることもかなわず、無様に地面を転がるしかなかった。

 

「我愛羅。ここまでか?」

 

ナルトの声が背後から聞こえる。いくらなんでもこのスピードはありえない・・・これは・・・

 

「四代目火影の秘術まで・・・・」

 

「ああ、飛雷神の術だってばよ。なかなか便利でよう。今度これでお前家に遊びに行くわ」

 

「なるほど・・・最初からいくら防御を固めても無駄だったんだな・・」

 

最初の螺旋丸の一撃。

 

あの時にはすでに飛雷神の術印は付けられていたのだ。

つまり、やろうと思えば防御をすり抜けいつでも仕留められる状態にあったわけだ。

 

「くっ・・殺せ・・」

 

「いや、何言ってんだよ、殺すわけ無いだろ」

 

「あんな悪鬼のような慈悲のない攻撃をしてきてよく言う・・・お前絶対俺を亡き者にするつもりだっただろう!」

 

「いやいや、そんなわけないだろ?我愛羅なら防ぎきってくれると信頼していたからで・・・」

 

「くっ・・それで軽く水に流してしまいそうな自分に腹が立つ・・この天然人たらしが・・!」

 

ボロボロに薄汚れた状態でなんとか立ち上がろうとする。膝が笑い、肋骨の辺りから激痛が走る。

 

「もういい、我愛羅、俺はお前を・・・」

 

「いつまでも膝を突いているわけにはいかないんだ・・・俺はどんな敵が相手でもヒマワリを守りぬくと誓った!お前と同格の敵が現れないとは限らない・・・その時に彼女が逃げる時間くらいは稼がないとならない。これはそれを想定した試練なんだろう?」

 

「いや・・ただの、やつあたり・・ゴホンッ・・・そうだ、その通りだってばよ!」

 

今コイツ八つ当たりとか言わなかったか?

 

「本当の試練はこれからだってばよ」

 

ナルトが再び構える。しかしどういうことだろう?

 

まるで戦いが終わったかのように、あれほど強大だったチャクラを鎮静させている。

 

「さぁ来い我愛羅!お前の底力をみせて・・・」

 

「我愛羅さんに何してるのよ!!?」

 

突如、現れたヒマワリに点穴を突かれるナルト。

 

「いでででででででで・・・・!」

 

そこから流れるような動きで繰り出される柔拳法・八卦六十四掌。

自分の父親に容赦なく点穴を狙った刺突の連打を浴びせるヒマワリ。

 

「お父さんのバカァァァァァァーーーー!!!」

 

「ゴハッ・・・・!」

 

止めの柔歩双獅拳。獅子の形に具現化したチャクラの塊がナルトを吹き飛ばした。

 

そんなナルトに目もくれず心配そうな顔で俺の元に駆け寄ってくるヒマワリ。

 

 

「我愛羅さん大丈夫!?ウチのお父さんが本っ当にごめんなさい!痛くない?今すぐ医療班のところに・・・」

 

「はいはい、この“ゴッドハンド”サクラに任せなさいな」

 

いつの間にか現れて俺の腹に手をかざすサクラ。淡く輝くチャクラが俺の肉体をたちどころに治癒していく。

 

「サクラちゃん?どうしてここに・・・」

 

「ずっと、あんたのお父さんがヘマをしないか見張っていたのよ。全く冷や汗ものだったわ・・・まさかあそこまでのガチバトルに発展するなんてね・・・お互い思ったより怪我がたいしたことなくて良かったけど」

 

「見てたんなら、止めてよう・・・」

 

「ま、なんだかんだで必要なことだったと思うわよ。ねぇ我愛羅?」

 

「ああ・・・色々と気づくことも多かった。」

 

ヒマワリを守る、と俺は何度もナルトに宣言した。

絶対に守りぬくと、危険な目に合わせないと、そう言っていた。

だが、ヒマワリはただ守られるだけの女性ではなかったのだ。

強大な敵と対峙した時、後ろでただ震えているか弱い少女ではなく、俺と共に並び立って困難に立ち向かっていける、そんな強い女性だった。

ナルトはそれを身をもって俺に教えてくれたのだ。

 

 

「まぁ、今回のことは単にあいつの我が儘な八つ当たりだったと思うけど。」

 

ため息を吐きながらそう呟くサクラ。

 

うん、実は俺もそう思う。

 

 

 

 

「痛い!痛いってばよ~~~っ!」

 

「よしよし」

 

ヒナタに膝枕をされながら痛みに呻く。

 

ヒマワリめ・・・実の父にあんなに容赦なく攻撃するなんて・・・

 

いったい誰に似たんだ!

 

「それで?あなたはちゃんと認めることができた?あの子達のこと。」

 

「・・・・認めるしかねぇってばよ・・・あんな姿を見ちまったらな・・・」

 

我愛羅がヒマワリに支えられながら、こちらへ歩いてくる。

 

寄り添いながら一歩ずつ歩む姿は確かに仲睦ましい夫婦としての未来を思わせた。

 

「怒られるよなぁ、ヒマワリに・・」

 

「ええ、それはもう」

 

「それでも、見たかったんだよなぁ・・・本気のあいつらを。遠く離れていても幸せなんだと確信できるあいつらの絆ってやつをさ。・・・まぁ、俺がムシャクシャして暴れたかったってのもあるけど・・・」

 

バツ悪そうに俺が言うとヒナタが鈴の音のような澄んだ声でクスクスと笑う。

 

「ほんとうに、しょうがない人・・」

 

そう言って愛おしそうに俺の頭を撫でて微笑むのだった。

 

 

 

そうして、木の葉の里で語り継がれる伝説の一つ、風影対火影の第一次嫁入り大戦が集結したのだった。

 

ちなみに・・・・第二次嫁入り大戦の勃発も、もう間もなくだったりする。

 

 

 

「ボルト・・・てめぇ、これはいったいどういうことだ・・説明してもらおうか・・!」

 

「ち、違うんです師匠!これは・・・その・・うわぁ!危ねぇ!どうか、スサノオをしまって冷静に話し合いを・・・」

 

果たしてボルトは生き残ることができるのか・・・・

 

 

 




作者の妄想が爆発!

オリジナル忍法のオンパレード・・・・

読み返したらひどいなこれ・・・

戦闘描写って本当に難しいです・・・

これから精進していきたいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 ホームレス・デュラハン

まだ陽も登らない早朝。

 

寝床の馬小屋でワシの危機察知能力がその来るべき脅威に敏感に反応してみせた。

 

・・・奴が、今日もくる!

 

「ううぅ・・・さむぅ・・・クラマたん・・クラマたんはどこぉ?・・・モフモフが・・・モフモフが必要なのよ~~・・・モフモフ~・・・どこ~・・・」

 

隣で毛布に丸まったアクアがモゾモゾと動いて眠たそうに呻きながらこちらに手を伸ばしてくる。

それを転がって間一髪、回避する。

すると、空を切ったアクアの手がシーツの上で力なくさまよう。その様はまるで行き場を無くした哀れな捨て猫を思わせた。

 

「クシュンッ・・・・・さ、さむいよぅ・・・さむ・・クシュンッ・・・うぅぅ・・・さ・む・・」

 

お、大げさなやつだな。そこまで寒くないだろう。

確かに秋の半ばで少し肌寒くはあるがナルトとカズマは普通にイビキをかきながら寝ている。

寒さに貧弱な人間の肉体を考慮しても凍えるほどではないはずだ。

ナルトを見てみろ、パンツとシャツ一丁で腹を出しながらも元気にイビキをかいて寝ているぞ。

毎日毎日、ワシに厚かましく抱きついて暖をとっているから寒さへの耐性がなくなるのだ。

いい加減、毎朝お前に起こされてヨダレを垂らされながら頬ずりされるのはもう御免なんだよ。

 

「クラマた~ん・・・おいで~・・私とヌクヌクしましょうよ~・・・クシュン・・」

 

クッ・・これみよがしにクシャミなんぞしよって・・・

ワシの同情を誘おうとしてもそうはいかん。

今日こそは暑苦しいこの女の腕に拘束されることなく自由に眠るのだ。

ワシには昨日の晩考えついたナイスな必勝法がある。これならば罪悪感に悩まされることなくアクアを遠ざけられる。

 

わしの方に、にじり寄りながら再び抱きつこうと接近するアクア。

ワシは後ろにジリジリと下がりながらタイミングを測る。

 

「もう・・・クラマた~~~ん!・・・おいでよ~!・・」

 

ガバッと獲物を捕獲するような俊敏さで迫るアクア。

今だ「変わり身の術!」

瞬時に、後ろに眠るカズマとの位置を入れ替える。

 

「ん?・・なんかいつものクラマたんとちがう・・やわくない・・・んん・・でも・・

・・これも少し硬いけどわるくないかも・・・なんか・・安心するわぁ・・ぐー・・」

 

カズマに抱きつきながら安らかな寝息を立てるアクア。

 

「あー・・・なんだ・・なんか・・あったけー・・」

 

被害者のカズマも女の温もりに満更でもなさそうだ。

うん、誰も不幸にならないナイスな状況だ。

寒さに弱い貧弱な人間同士がそうなるべきなのだ。

 

そうしてワシはナルトの毛布をかけ直し、その隣で安心して丸くなった。

 

ワシの幸福な安眠は数時間後にアクアの悲鳴と殴り飛ばされたカズマの叫びが馬小屋に響くまで続いたのだった。

 

 

 

「カズマさーん、ごめんってばー。いい加減許してよー」

 

「暴力ヒロインなんて今時流行んねぇんだよ!なんで朝っぱらから肝臓ブローをゼロ距離から五連発も叩き込まれにゃならないんだよ!

俺なんか悪いことした!?俺はどこぞの鈍感系主人公と違って女の理不尽な暴力には頑として訴える姿勢を崩さない男だからな!」

 

朝起きて男の胸にしがみついている状況がよほど驚いたのだろう。

珍しく女らしい悲鳴を上げてカズマにゴッドブローの凶悪な連打を浴びせたのだった。

恐らく粉砕されたであろう肋骨を我に返ったアクアが平謝りをしながらヒールで癒したが、それを笑って許すほどカズマは寛大では無かった。

 

「まさか女神の手であの世に送り返される事態になるとはなー。お前の後輩だっていう女神に会ったらなんて言ってやろうかなぁ。

上司の偉い神様とかはさぁ、殺人未遂女神のクレームとか受け付けて適切な処理とかしてくれるのかな?」

 

「うう・・やめて・・やめてよう・・エリスにこのことを話すのは止めて・・あの子は私のことを先輩としてとても慕ってくれてるんだから・・

もう嫌なの・・・後輩にからかわれて馬鹿にされるのは・・・・・あの、オカマみたいな人を舐め腐った後輩はもう沢山なのよ・・・」

 

うん?オカマ?・・・いやきっと違うよな。オカマなんてたくさんいるだろうし。まさかな。

 

「まぁ、男女があんな狭い小屋で暮らしている以上いつかこういう間違いが起こるとは思っていましたよ私は。

ふんっ・・いやらしい・・・・・昨晩はお楽しみでしたね!」

 

めぐみんが何故か拗ねたように頬杖をかいて言う。

 

「お楽しみじゃねーよ!話聞いてた!?ジャージはヨダレでべっとべとだし、朝から肋骨粉砕されて永眠しかけたって話だ!男心をくすぐる嬉しいサービスイベントなんて何も起きてねぇんだよ!」

 

パゲットを山賊のように雄々しく咬みちぎりながら怒りのおさまらないカズマは顔をしかめる。

 

「ナルトさんとアクアなら微笑ましい祖父と孫の図なのだが、カズマとアクアでは途端に生々しい危機感が浮かぶよな・・・・主にこの男の普段の行いのせいで。」

 

カズマをフォークで指しながら苦笑して言うダクネス。

 

「なんでだよっ!俺はお前たちにはまだそんな鬼畜な行為には及んでいないはずだろ!?」

 

「まだってことはいずれ凶行に走る恐れがあるんですね?あの恐ろしいスキルを持つカズマにかかれば私達など常に丸裸に等しいのです。そんな手段があるだけで女の子にとっては警戒に値するんですよ。アクア、今のうちに私の馬小屋に移住することをおすすめしますよ?おデブな女冒険者とルームシェアしていて少し汗臭いですが、こんな思春期で色々と持て余している男の隣よりはマシなはずです。」

 

「うーん、そうねぇ・・引越しは面倒くさいけど・・」

 

アクアがチラッとこちらを名残惜しそうに見る。

 

「ワシはもう金輪際、お前の抱き枕代わりになるつもりはないからな!」

 

ワシがそう断言すると、アクアは肩を落とす。

そして、カズマの方をチラリと見ると言いづらそうに重々しく口を開く。

 

「ねぇ・・カズマ?その・・私は別に全然疑っているわけではないんだけどね?・・あの・・・もしかして私の胸とかお尻を触ったりとかは・・・していないわよね?・・」

 

「は!?・・・なななななにを言ってんのか・・ささささっぱりわからんなぁ!何を根拠にそう思うの?証拠でもあるの?殺人未遂の次は冤罪ですか?いいだろう法廷で争おうじゃないか!裁判沙汰になったら絶対俺が勝つからな!」

 

動揺しすぎだろ!

疑わしそうな視線がカズマに集中する。皆の目が確信していた。コイツは黒だ。

アクアが何かを確信したのかジト目でカズマを見つめる。

 

「だって、目を覚ました私の目に最初に飛び込んできたのがカズマのいやらしい猿顔だったから・・・あと小声でスティー・・て何か言いかけているのも聞こえたわ・・・あれって私の名推理によると恐らく・・・」

 

口笛をわざとらしく鳴らしてそっぽを向くカズマ。その顔には汗がダラダラと流れていた。

 

「被告、サトウカズマに判決を言い渡します・・・・有罪!」

 

めぐみんがスプーンで机を叩きながら裁判官のように宣言する。

 

「これは・・弁護のしようもない・・有罪だな」

 

「ああ有罪だ・・」

 

「ということでカズマさんは私に言うことがあるんじゃないかしら?怪我の件もあるし裁判沙汰にするつもりはないから誠意ある謝罪の言葉を・・・・」

 

「え?なんのこと?顔のことを言われても元からこんないやらしく見える猿顔ですし?スティーというのもあれだよ・・・向こうの友人のスティーブのことを口走ってしまっただけさ。いやぁ、ホームシックになっているのかねぇ・・・最近、油断するとつい口にしてしまうんだよな~~元気にしてるかなスティーブ・・」

 

「誰よスティーブって!!引きこもりのあんたにそんな外人の友達なんているはずないでしょ!しらばっくれないで!ちゃんと謝れば慈悲深い女神であるこの私が寛大に許してあげるっていうのよ!何が不満なの!?」

 

「はいはい、どうもごめんなさいでしたー・・・これでいいか?うん?満足か?」

 

「誠意がない!驚く程ない!ちゃんと謝ってよぉ!」

 

額の汗をハンカチで拭いて澄まし顔のカズマはしがみつくアクアをガン無視して話題を変える。

 

「あ、そういえば師匠はさっきからギルド職員と何を話しているんだ?」

 

「ああー・・きっとベルディアの件でしょうね。」

 

「ベルディア?」

 

「そうか、カズマは知らないんだったな。魔王軍の幹部のベルディアだ。」

 

「えっ?」

 

呆けるカズマに構わず、ギルドのカウンター前で話し込むナルトと受付嬢のルナの二人に目を向ける。

 

 

 

 

「ですからっ!これ以上野放しにしないで、いい加減に決着を着けてください!お願いですから!」

 

「うーん・・・でもなぁ・・・」

 

二人の会話はだいぶ温度差があるようでヒートアップするルナとそれを困ったような顔でハッキリしない返答をするナルト。

 

「もう4回も撃退したんですよ?チャンスはそれだけあったんです。なぜトドメを刺さないんですか?」

 

「いやぁ・・・あいつはまだ、なにも悪いことはしていないし・・・」

 

「何かあってからでは遅いんです。それにベルディアが付近に存在するだけでこの街周辺の弱いモンスターがいなくなって初級冒険者のお仕事が激減しているんですよ。街の住民も不安がっていますし確かな害があるんです。」

 

「うーん・・悪い奴じゃないんだけどなぁ・・この前も急に押しかけたのに美味しいアップルパイとお茶をご馳走になったし・・・」

 

「えっ?お友達になっちゃったんですか!?」

 

「いや、向こうも若干怯えていたし、まだ友達と呼べる関係を築けてはいないってばよ。でもいずれは・・」

 

「止めてくださいっ!ナルトさんが動かない場合は上級冒険者への依頼をする予定なんです!お願いですから必要以上に仲良くなって敵に回るようなことにだけはならないようにしてください!」

 

受付嬢のルナが涙ながらに懇願する。

それをナルトは曖昧に笑って誤魔化した。

 

あのお土産のアップルパイはそういうことだったのか。

アンデットの手作りお菓子・・・まぁ美味しかったが。

 

「ええっと・・・どういうこと?」

 

呆けるカズマを不機嫌そうなアクアが一瞥して仕方なさそうに口を開く。

 

「修行三昧だったどっかの誰かさんはご存知ないかもしれないけれどね。この街はもう何度もあのベルディアとか言うデュラハンの襲撃を受けているの。その度にお爺ちゃんがフルボッコにして撃退していたのよ。」

 

「ええー・・マジでかー・・・流石は師匠・・」

 

「見ていて可哀想になるくらい一方的にボコボコにされていたな・・・騎士として一度はあんな苦境に立たされてみたいものだ・・・さすがに四度もあんな目に合うのは御免だが・・」

 

ダクネスはあの哀れな暗黒騎士がやられたことを思い出したのか、興奮と恐怖が混ざったなんとも複雑な表情を浮かべる。

 

「ていうか、なんで師匠は魔王軍の幹部を四度も取り逃がしたんだ?

それだけ一方的な戦いだったんなら、あの師匠が逃走を許すはずがないと思うんだが・・・」

 

「ああ、それは・・・・ベルディアがとんでもなく命乞いが上手だったのですよ。」

 

「・・・はい?・・・」

 

「まず最初に見事な土下座でこちらの毒気を抜き、高らかに気持ちよく響く誠心誠意ある謝罪の言葉でこちらの戦意を削ぎ落とし、巧みな話術による泣き落としでこちらの善良な心に訴えかけてくるのです。

その哀切漂う命乞いのコンボにナル爺はすっかり同情してしまって・・・前の戦いでは気を失ったベルディアを献身的に彼の自宅まで送ってあげる始末です。

正直、ナル爺はもう彼とは本気で戦えないでしょうね・・・まったく、心優しい老人の善意につけこむなんてとんでもない外道騎士です!」

 

「まぁ、なんだかんだで師匠は優しい人だからなぁ。情が移ったんなら今後は戦いづらそうだな」

 

根本的に甘い男だからなナルトは。本気で命乞いをされたら殺すことなど到底無理だろう。

 

「では仕方がありませんね。ナル爺が殺れないのならこの私がトドメを刺してあげましょう!

新たなる進化を果たした我が爆裂魔法の力によって灰にしてやりますよ!」

 

「ほうっ、ついに完成したのかあの“新型爆裂魔法”!」

 

マントをなびかせ、ポーズを決めてドヤ顔で宣言するめぐみん。それをカズマが称えるように拍手を送る。

 

まさか・・・あれがもう形になったというのか?わずか数週間足らずで?

 

「いえ、まだ厳密に言えば完成とは呼べません・・・改良点はまだまだありますから。でも今朝、起きた時に良いイメージが湧いてきたのです!今なら絶対あの忌々しい廃墟を吹き飛ばせるだけの最高の爆裂魔法が放てる気がします!」

 

「お?ハードル上げるねぇ。じゃあもし吹き飛ばせたら俺がお前の好きなクレイジー苺のスペシャルパフェを奢ってやるぜ!頑張れよ!」

 

「おおおおお!!どうしたんですかカズマ!?いつになく気前がいい!何かいい事でもあったんですか・・・あ、なるほど・・朝の件がよほど・・」

 

「違うわ!純粋に仲間の成長を祝おうとしただけだ!!・・後あれは無実だからな!これ以上この件を責めるのなら確かな物的証拠を見せてみろ」

 

「被害者である私の証言があるんですけど・・・・」

 

「はい、この話はおしまーい!俺もお前に殺されかけた件は水に流したんだからこれで痛み分けにしようぜ。別にいいだろう尻の十揉みや二十揉み・・・減るもんじゃあるまいし。」

 

「今サラッと自白したぞこの男・・・・!」

 

「ていうか・・え?・・どんだけ揉んだのよ私のお尻・・・」

 

「アクア。やっぱり今晩、引越しの計画を立てましょう。この男とひとつ屋根の下は危険極まりないです」

 

 

 

そんな会話が交わされている横で、二人の男たちがカズマを睨んでいるのをワシは知っている。

そいつらはワシらの寝泊りしている馬小屋のおとなりさんだ。

 

 

「ちくしょう・・!朝からあんな美少女とラブコメ展開を繰り広げやがって!許せねぇ!」

 

「落ち着けよダスト。あいつはあの“怪物ジジィ”の弟子だ。きっと正面から喧嘩を売っても痛い目にあうだけだ。」

 

「クソッ!綺麗どころと毎日イチャコラしやがって・・・!こっちはパーティの唯一の女に手を出そうとしてアソコを切り取られる寸前だったていうのに・・なんであいつだけ・・あんないい思いを・・」

 

「いや、それはお前の自業自得ってやつだろうよ・・・」

 

人間の嫉妬の感情というのは恐ろしい。

それは時に愛するものですら傷つけ、些細なことで誰かの足を引っ張って奈落へ蹴落としたりする。

こんな取るに足らない奴らでも一応は警戒をしておいたほうがいいだろう。

 

 

 

 

 

 

夕時の茜色に染まる空き地で二つの影が対峙していた。

 

一人はカズマで、もう一人は―――――

 

「影真似の術・・・」

 

「ぐっ・・・なんだこれ、体が・・・ピクリとも動かねぇ・・」

 

―――――木の葉の元火影相談役“奈良シカマル”

 

「かったりぃが・・・ついでにこれも喰らっとけ、“影首縛りの術”・・・」

 

「ぐ・・ぐぇぇ・・・」

 

カズマの足元から首元まで影が生き物のような滑らかな動きで登っていく。

そして、実体化した影はカズマの首を徐々に締めていく。

 

「ぐがぁ・・・・・」

 

必死にもがくが、この術を破る程の技量は今のカズマには無いのだ。

唾液を口から流しながら力なく倒れこむカズマ。

結局は、成す術なくそのまま絞め殺されるしかなかった。

 

 

「もう、終わりか。やつが相手だとしても早すぎるな。」

 

ワシはため息をついて不甲斐ない弟子に近づく。

流石に熟練忍者の相手は荷が重かったか・・・

 

「えっと、カズマはどうしたのですか?立ったまま白目を剥いてビクビクと痙攣していますが・・・・変な薬でもやっているんですか?今すぐアクアを呼んだほうが・・・」

 

「なんてことはない。これもただの修行の一環だから心配するな。・・・」

 

見るに耐えないカズマの醜態に不安そうに青ざめるめぐみん。

傍から見たら確かに危ない薬でもやっていそうで不安にもなるわな・・・

 

さっさとカズマにかけた幻術を解いてやるか。

 

「解!・・・」

 

「ハッ・・・あー、苦しかった・・・もうこの修行やだよ、ホント・・・」

 

目を覚ましたカズマが早速弱音を吐く。

 

 

「だが、なかなか使えそうな術だろう?影真似はその特性を考えれば影分身との相性がいい。」

 

「まー、便利そうな技ではあるけど・・・うわ、結構スキルポイントを消費するぞ、これ・・」

 

「一応、秘伝忍術と呼ばれるものだからな。しょうがない。」

 

 

冒険者の特性をまだ何か生かせないかと考えて、思いついたのがこの修行法。

 

幻術を駆使したスキル習得だ。

 

冒険者のスキル習得の条件はその術の目視と発動方法の理解。

ならば理論的にどんな術でもスキルポイントさえあれば習得可能なのだ。

 

幻術世界で創り出した、かつてのナルトの盟友たち。そいつらの術を再現させて戦わせることで術を目視させる。

それから、ナルトが口寄せした火影の書庫に仕舞ってある禁書・忍術秘伝大全集を読ませて術の発動方法を理解させるのだ。

 

たった、それだけでコイツはどんな忍術でも覚えることができる。

 

まぁ、スキルポイントの消費が激しいからきちんと今後の計画を立てて厳選しないといけないが・・・

 

「あー、そろそろ、レベル上げをしたいなぁ。」

 

空き地から出て茜色に染まる街並みを歩きながらカズマがボヤく。

 

「そうするにはベルディアを倒さないといけませんね。あれがいるせいで私たちに合った低難易度クエストが受けられません。」

 

杖を振り回して闘志を燃やすめぐみん。

 

「そうなんだよなぁー、いっそのこと師匠に恐れをなして遠くへ逃げて行ってくれないかなぁ」

 

「幹部に挑んでみようという気概はないのか、お前には。」

 

「まだ、厳しいんじゃないか?ボス戦は。コツコツレベルを上げられる状況でもないしな。」

 

「高難度クエストを受けても私たちじゃ歯が立たないことは経験済みですしね。前みたいにナル爺に頼りっきりの寄生虫のような真似はしたくありませんし。」

 

以前何度か上級者向けのクエストを修行がてら受けてみたことがあるのだが、四人とも出てくるモンスターにまるで敵わず、逃げ惑うしかなかった。カズマ達のレベル上げは無理だと判断したナルトが全て殲滅したのだった。クエストは一応クリアしたが、報酬を分け合う時の四人の気まずそうな表情といったら・・・・

 

「そうだ!師匠に高レベルモンスターを虫の息になるまで追い詰めてもらって最後のトドメを俺たちが刺すという方法は・・・」

 

「・・・・・・・・・・・」

 

「うん、冗談だからそんな虫けらを見るような目で見ないでくれ、めぐみん。クラマさんもそんな牙を剥いて唸り声を上げないで・・・」

 

全くコイツは、修行を終えてもこういうところは変わらんなぁ・・・

精神修行からやり直したほうがいいんじゃないだろうか?あとでナルトに相談してみよう。

 

街の十字路に差し掛かったので、ワシは二人を置いて西門に続く道に向かって歩く。

 

「あれ?クラマはどこへ行くんです?私たちはこれから日課の爆裂魔法なんですが、一緒に行かないんですか?」

 

「ワシはこれから行くところがあるんだよ。お前の新型の性能は今度見せてもらう」

 

「そうですか。では楽しみにしていてください!以前言ってくれたパッとしない威力という言葉を訂正させてみせます!」

 

「おーおー、楽しみにしているよ。そんじゃ、もうすぐ暗くなるから道中気をつけろよ。隣のケダモノに全裸に剥かれないようにな。」

 

「やらんわっ!」

 

カズマの怒鳴り声を背にクツクツと笑いながらワシは軽い足取りで歩き出す。

 

「あいつ、最近夕方からいなくなることが多いけど、いったいどこに行ってるんだ?」

 

「さぁ?可愛い雌狐でも見つけたのかもしれませんね。獣ですし少し目を離した隙にパパになっているかもしれませんよ。」

 

 

 

西門から街を出て薄暗い森林を歩く。

 

霧が立ち込め、枯葉がざわつく不気味な雰囲気。

 

その中を慣れた足取りで奥へと進む。

 

すると、二本の大木が互いの方に倒れかけ、支え合ってトンネルのようになっている。

 

その前にはまるで玄関を思わせる薄くて丸い石台があった。

 

その上に乗り、合言葉を口にする。

これを口にするのは初めてではないが、いつも笑いだしそうになる。

女の名を合言葉にするなんていかにもアイツらしい女々しい考えだ。

 

「アンジェリカ」

 

すると石台が淡く輝き、ゆっくりと動き出す。

歩いたほうが早んじゃないかと思うくらいのもどかしい速度。

 

短いトンネルを抜けると、そこには美しい景色が広がっていた。

 

―――――――――――ということはなく、薄汚い大きなテントが立っているだけだ。

 

石台から降りて、テントの入口へ歩く。

テントの前では番人らしきゾンビ二人が槍を持って見張っているが、ワシを見ると愛想よく会釈して中へ通してくれる。

 

「ぷはぁ!・・お~う!!クラマかぁ!よく来たなぁ~!我が第二の城へようこそ!」

 

そこには、陽の沈んでいないうちから泥酔している魔王軍幹部ベルディアの姿があった。

 

自らの頭部を腕に抱え、その口に少しずつ酒を流し込んでいる。

厳かな甲冑を着たデュラハンでなかったら、それは赤ん坊にミルクを与える母親に見えたかもしれない。

 

「おみやげは~~~?ねぇ!お、み、や、げ、は~~~?」

 

「わかっているよ、うるせぇな。ほら、大吟醸“千年殺し”だ。」

 

ナルトが向こうから口寄せした秘蔵の酒を呼び寄せて、このアル中騎士に渡す。

 

「ひゃほ~~う!!恩にきるぞクラマよ!これでしばらく俺はこの世に絶望せずに耐えることができるぜ!あの頭のおかしいアークウィザードの爆撃にも、あの神出鬼没な妖怪ジジィの恐怖にも耐え抜くことができる!!・・・・・そう・・耐えるんだ・・耐えて、耐えて、耐え抜いて俺は・・・・うぉ~~ん!!」

 

突然、情緒不安定になって泣き出すベルディア。

 

「帰りたい・・・あの城へ・・・こんなテント生活はもう嫌だ・・・」

 

ベルディアは度重なる爆撃と突然現れるナルトの恐怖に怯え、涙ながらに城を出たのだ。

 

難民として行き場を無くして長い間さまよい、この森の奥で結界を張り、ようやく安息を得たのだった。

 

ワシの仲間が本当にすまん・・・・

 

「俺の城はまだ、大丈夫だよな?・・・壊れていないよな?」

 

「う、うん・・・・多分・・・」

 

あのやる気に満ちた爆裂娘を頭に思い描きながら、ワシは曖昧に笑うことしかできなかった・・・

 

 

 

 

 




ベルディア戦勃発まで書く予定でしたが長くなりそうなので今回はここまでです。

あと、この作品のベルディアはオリジナル設定というか、捏造設定があります。
場合によってはこの人も壊変するかもしれません。
・・・・あれと違ってホモではないですけどねww


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 家なき子、ベルディア

その日、俺は怒りをたぎらせながら駆け出し冒険者の街「アクセル」に向かっていた。

 

毎日、毎日、どっかの頭のおかしい魔法使いが俺の城に爆裂魔法なんて悪意に満ちた高火力攻撃魔法を撃ち込んでくることに、流石の俺も我慢の限界がきたのだ。

 

上位の結界を張っているから城が破壊されるようなことにはなっていないが、震動で物は倒れるわ、卵などのデリケートな食材が全滅するわ、自慢の愛馬がストレスでハゲるわで被害は散々だ。

 

そして何よりうるさい。

 

本当に爆裂魔法の直撃というのはとんでもなく喧しいのだ。

 

自宅で寛いでいる所に突然、轟く爆撃音。いくらタフガイな精神力の俺でもそりゃあビビるさ。

 

というかなんで今まで俺は寛大な心で我慢なんてしていたんだろうか?

 

今考えれば一週間程前に最初に爆撃された時点で何らかの抗議を示すべきだったのだ。

 

そうしなかったのは駆け出し冒険者如きの魔法でいちいち魔王軍幹部のこの俺が出向いて騒ぎ立てるのはみっともないのではないかと妙なプライドが邪魔をして怒り出す機会を逃してしまったからだ。

 

しかし昨日で迷惑な爆撃被害はちょうど10回目になるのだし、そろそろクレームの一つでも入れに行ってもいいんじゃないかと思った。実はもう8回目の爆撃でおやつに作ったパンプキンパイを台無しにされた頃から怒り心頭だったのだ。

 

いざ、苦情を言いに行こうと思ったら、これまでの怒りがフツフツとこみ上げてくる。

 

毎日毎日毎日毎日・・ドッカンドッカン馬鹿みたいに撃ち込みやがって・・・!

 

それは配下のアンデットと暇つぶしのボードゲームに興じているとき・・・

 

魔界で流行りのサキュバス物の官能小説のクライマックスを読み進めているとき・・・

 

密かに趣味にしているお菓子作りに癒されているとき・・・

 

センチメンタルな気分でかつて彼女が愛していた雪華“スノーローズ”の蕾を感傷に浸りながら眺めているとき・・

 

悪魔的な爆裂魔法が俺の生活を侵し、全てを台無しにしてきた・・・

 

変な意地を張ってやせ我慢をしていたが、本当にストレスの貯まる日々だった・・・・

いつ訪れるかわからん爆音にいつしか怯えていた。暗黒騎士であるこの俺が!

 

そう俺、ベルディアは激怒している。かの邪智暴虐な魔法使いに必ず報いを受けさせてやると誓っていた。

 

だから、わざわざ日の昇る時間帯を見計らって俺自ら街へ出向いてきたのだ。

冒険者ならば外出でいないことも多いだろが、この時間帯ならば間違いなく例のキチガイ魔法使いも街のどこかで眠っていることだろう。

逃がしはしない。絶対に誠心誠意に心から謝らせてやる。

 

正門で愛馬に跨りながら待ち構える。

デュラハンの禍々しい魔力がうねりを上げ、その影響で草原の草花が一気に枯れ果てていく。

ここなら、直ぐに異変を感じたギルドが警報を鳴らすことだろう。

 

冒険者達が駆けつけるのも時間の問題。それまで、どういう方向性で決着をつけるか計画を立てておこう。

 

俺は何も、今日この場で怒りに身を任せて街を壊滅させるつもりは微塵もないのだ。

悪いのはあの頭のイカレタ魔法使いで、その他の住人には罪はない。

 

魔王様の方針には反するかもしれんがアンデットに身を落として腐りきっても元聖騎士だ。無闇な殺生はできればしたくはなかった。

 

諸悪の根源である爆裂魔を半殺しにして土下座でもさせればいいだろう。

 

しかし、まぁ、有り得ないと思うが、もし万が一相手が可愛らしい美少女で涙ながら謝ってきたら軽く説教をした後、寛大な心で許してやろうかな。ああ、でも、その一件で心優しいこの俺様に惚れてしまってデュラハンとの禁断の恋に落ちる哀れな女が生まれてしまったらどうしよう?その時は俺の側近として傍に置いてやっても・・・

グフフフフフ・・・

 

そうして退屈な待ち時間を悲しくなる妄想に費やしていると―――――――――――

 

 

「よう。おはよう。こんな早くからこの街にいったいなんの用だってばよ?」

 

いつの間にか、一人の老人が立っていた。

 

この俺に全く気付かれることなく、ごく自然な様子で目の前にいた。

 

禍々しい魔力を発している首なし騎士を前にまるで臆した様子もなく気軽に声をかけられた。

 

今考えればそれだけで只者ではないとわかる。

 

しかし言い訳をさせてもらえれば、俺はこの時、魔王軍にも相手にされない駆け出し冒険者の街という先入観でこの辺りの人間を完全に舐めきっていたのだ。だから目の前に突然あらわれた得体の知れない老人に特に警戒心も危機感も覚えることなく、こう言い放った。

 

「爆裂魔法を操る魔法使いに用がある。もし覚えがあったらそいつを連れてこい。そうすれば、老い先短い命を無駄にせずに・・・・・ふぁ?・・・ぐぎゃぁぁっぁぁっぁ!!!」

 

一瞬で馬から引きづり落とされてボコボコにされた。

 

そう、それが悪夢の始まりだった・・・・

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

ベロベロに酔っ払っているベルディアがワシを右腕に抱き抱えながら涙ながらに語る。

左腕に抱えられた奴の真っ赤な顔がやけに近かった。

 

う、超酒臭い・・・・

 

「何回やっても、何度挑んでも、あの妖怪じじいが倒せないんだ・・・・!」

 

ベルディアが泣いていた。こいつは本当に泣き上戸だなぁ・・・

 

「あのギュんギュん唸っている危ねぇ玉はなんなんだ!?魔王様からいただいた聖魔防御の頑強な鎧が一撃で砕け散ったぞ!!剣での真っ向勝負を挑んでも異常な回避能力でよけられてカウンターであれがぶち込まれるんだ!死ぬよ!!不死身が売りのアンデットだって昇天しちまうよ!?」

 

あー、うん。ナルトのアレを喰らって生きながらえていること自体がお前の強さの証拠であるから、どうか自信を持ってくれ。

 

と、言いたいが言えない。ワシはこいつの中ではあの老人とは全く関係ない喋る獣モンスターという設定だからなぁ・・・

 

「死の宣告を試してみても発動前に指をへし折られる!仲間のアンデットを大量召喚してもそれ以上の人数に増えやがって蹂躙される!もう嫌だと逃走を謀ってみても巨大な底なし沼に沈められてゲームオーバー!詰んでんじゃねぇか!あんな奴にどう立ち向かえばいいんだよ!?唯一効果のある行動が命乞いしかねぇんだよ!!」

 

ああ、あれは確かに効果的だったな。ナルトは人生の大半を平和な忍び世界で過ごしてきたから脅威を感じる敵以外だと非情になることができない甘ちゃん忍者なのだ。まぁそこがいいところでもあるんだが。

 

「そして、本当の恐怖はそれからだ・・・それから・・あの爺さんは度々、俺の城に現れるようになったんだ・・・テレポートでも使っているのか始めっからそこにいたかのように突如として出現するんだ。・・・そして小一時間程雑談をして大人しく帰っていく。・・・まるでお前なんぞ何時でも始末できるんだよと言いたげに・・・敵わない相手から決して逃げることができないこの絶望的な恐怖といったら・・・!」

 

ぐすぐすと鼻水を垂らしながら男泣きをするベルディアが余りにも哀れで、ワシは自慢の尻尾でその涙を拭いてやった。

 

「ううぅ・・・やさしいなぁ、お前は・・・グス・・クラマだけだ・・俺の辛さを分かってくれるのは・・・」

 

そして今度は感激したようにおいおいと咽び泣くベルディア。

酒の水分を全て涙で流してしまっているんじゃないか、コイツ。酔いが回るのも早いはずだ。

 

ああ、それにしても胃が痛い。もしワシがコイツの苦難の元凶共の一味だと知られたら・・・

不死のベルディアが精神的に死にそうである。

 

「グス・・・おっと、悪い。ツマミがもうなかったな。いま美味いのを用意する。」

 

そう言ってワシをやっと解放して立ち上がるベルディア。

可愛らしいピンクのエプロンを鎧の上から掛けて台所に向かう。

 

このテントは意外に広く、台所や寝室、風呂まで完備しているのだ。

ただ、無駄に広いだけのあの城よりワシは正直こっちのほうが気に入っている。

 

「ちょっと、待ってろ。チーズにトマト、お、ベーコンもあったな・・・」

 

鼻歌交じりにゴソゴソと鉄箱の中を漁るベルディア。料理のことを考えているコイツは本当に楽しそうだな。

 

「あ、そうだ、良いリンゴが手に入ったから焼きリンゴにでもして・・・・」

 

食材を手に顔を上げて、凍りついたように硬直するベルディア。

 

そこには・・・・・

 

「あ、お邪魔してるってばよ、ベルちゃん。」

 

 

いつの間にかナルトが台所の椅子に座っていた。オーブンで何かを勝手に焼いているのか香ばしい匂いが漂ってくる。

 

ベルディアの体がブルブルと震える。

 

「で、でででででででででたぁあああああああああ~~~~~~~~~っっ!!!!妖怪じじぃだぁぁぁぁああああああああああ~~~~~~~!!!」

 

仮にもアンデットであるベルディアがまるで幽霊に出くわしたかのような悲鳴をあげて腰を抜かす。

 

ナルトはそれをキョトンとした顔で見ている。

 

「どうしたんだってばよ?そんなに大きな声をあげて・・・・あ、もしかしてお腹がすいとるんか?まぁちょっと待っているってばよ。今、俺特製のキノコグラタンを焼いているところだからな。」

 

そう言って無邪気に笑うナルト。

 

というか人んちで勝手にグラタンなんて焼いているんじゃない・・・・

 

そして、なぜかベルディアは恐れ慄いたように後ずさる。

 

「この匂いは・・・有毒キノコのトグロダケ・・!やはり、今日この場で俺を始末するつもりなんだ・・・!」

 

しかも毒キノコかよ!

 

 

 

 

 

「どうだ?うまいか?」

 

「あ、ああ・・いい味だ・・・知らなかった・・トグロダケってこんなに美味いのか・・・ホワイトソースとの相性もバッチシだ。」

 

毒キノコのグラタンを無駄にせずにちゃんと食べてくれる心優しいベルディア。

 

さっきまでナルトにビビって大蛇を前にしたカエルのように縮こまっていたがもう大分慣れたようである。

 

それをナルトはニコニコと嬉しそうに眺めていた。

 

「さっき味見した時にすんげぇ美味かったから絶対にベルちゃんの口にも合うと思ったんだってばよ。」

 

「え!?ちょっ、食べたの!?それはまずいだろう!!毒耐性のあるアンデットならともかく、人間がこれを口にしたら、下痢でやばい事になるぞ!!」

 

「大丈夫、大丈夫。昔から腹は丈夫な方なんだってばよ。」

 

「・・・・敵としての情けだ。下痢に効くこの丸薬をくれてやる。これで多分死ぬことはないだろう。それでも明日は地獄の苦しみを味わうことになると思うが・・・」

 

「ええー・・薬とかは苦手だってばよ・・・」

 

「良いから飲め。ほら水。薬を飲んだら今日は酒を飲むなよ。いいな。」

 

「・・・ベルちゃんと飲み交わして親睦を深めようと思っていたんだけどなぁ」

 

「上等なぶどうジュースがあるからそれで我慢しろ。チッ・・どうして俺が宿敵であるこのジジィにこんな世話を・・・」

 

全くだ。

 

というかどんだけお人好しなのだ、この首なし騎士は。

 

敵だというのならナルトが勝手に毒キノコを食って自滅する状況こそコイツにとって最大のチャンスだろうに。それどころか身を案じて薬までくれるとは・・・

 

ホントなぜこんなやつが魔王軍の幹部なんて・・・・

 

ワシがぼんやりとベルディアを見上げていると、それに気づいた首なし騎士が気さくに笑って、ぶどうジュースの入ったコップを差し出してくる。どうやらワシも欲しがっていると勘違いしたらしい。それを尻尾を長く伸ばして受け取る。一口舐めると芳醇な香りが鼻を抜け、極上の甘味が舌先から口内に幸福に広がっていく。う、うまい・・・

 

それからぶどうジュースに鼻までつけて夢中で飲んでいると、ナルトが何気なく言う。

 

「あ、そういえばクラマって最近いつもいないと思ってたらベルちゃんとこに遊びにきてたんだな!まったく、そういうことなら俺も誘ってくれってばよ。」

 

「・・・ふぁ?・・」

 

や、やば・・・よく考えればこれは良くない状況だ。

 

ベルディアも嫌な予感がしたのだろう。そわそわと落ち着きのない様子だ。

 

「な、なぜ貴様がクラマのことを・・・・え?し、知り合いなのか?魔物であるクラマと?」

 

「知り合いもなにも・・・・俺とクラマはガキの頃からずっと一緒の相棒だってばよ。」

 

「あ、あいぼう・・・」

 

そんな悲しそうな目でワシを見るんじゃない・・・・

 

なんだ、この気色の悪い修羅場は・・・・

 

「・・はっ・・・まさか・・・爆裂魔法を打ち込んでくる魔法使いは・・・・・」

 

「あー、ごめん。それは俺達の仲間のめぐみんだってばよ。やめさせようとはおもっているんだけど・・・・」

 

お、おい。俺達の仲間という言い方はよせ。まるで共犯者みたいだろうが!

 

「お、お前だけは、お前だけは信じていたのにぃぃぃぃぃぃぃ!!ちっっくしょおおおおおおおおおおおお!!」

 

「ちょっとまて!どこへいくんだよ!」

 

泣き叫びながらテントを飛び出していくベルディア。

そのあとを、ワシとナルトが懸命に追いかける。

 

森の中を疾走する首なし騎士。しかも泣き叫びながら。

 

気の弱いものが見たら心停止してもおかしくないような奇怪な光景だ。

 

「おい、話を聞いてくれ!」

 

「ついてくるな!もう放っておいてくれ!」

 

もう一度言うが、なんだこの気色の悪い修羅場は!

 

どうしてこうなった!

 

「ああ、もういい加減止まれってばよ!土遁・黄泉沼!」

 

「げっ、うわぁ!・・・・ブクブクブク・・・」

 

そしてお前は少し自重しろボケジジィ!

 

底なし沼に沈められたベルディアをワシが尾を伸ばしてどうにか救助するのだった。

 

 

その後は、気色が悪くて面倒くさい修羅場を散々繰り広げ、どうにか和解という形で落ち着いた。

 

正直、もう疲れたし帰って寝たかったがベルディアがどうしても一緒に飲み直したいと言って聞かないのでしょうがなくナルトと二人でコイツの酒に付き合うことにしたのだが・・・・

 

「おい・・・ヒック・・・聞いているのか爺さん!」

 

「お、おお。ちゃんと聞いてるってばよ・・・聞いてるから、ちょ、やめ・・」

 

ワシを左腕でガッチリと抱え込み、右手に持った自分の頭をぐりぐりとナルトの頬に押し付けるベルディア。

 

完全に悪酔いをしていた。

 

泣き上戸の次は絡み酒かよ・・・めんどくせー・・。

 

「今まで散々俺をボロクソにしやがってよー・・・貴様が壊したこの鎧を修理するのに、どれだけ苦労したと思うよ?ええ?もう絶対に壊してくれるなよ?絶対だぞ?次の魔王軍会議の時にこれ着ていかないと魔王さまに怒られるんだからなー・・・俺が物を大切にしないだらしがない奴だと思われたらどうすんだよー?」

 

「ああ、うん、俺が悪かった・・・悪かったからその酒臭い頭を押し付けないで・・・」

 

「だいたいよぉ・・・爺さんよぉ・・・お仲間の爆裂魔ちゃんをなんで止めてくれなかったのよ?あそこに俺が住んでいることは貴様だけは知ってんだろ?なんでやめさせないかなぁ・・・」

 

「う、それは・・・・」

 

「まぁ、理由はなんとなくわかるよ?俺だってバカじゃない。爆裂魔法の威力が日々、飛躍的に向上していっているのはわかる。脅威を感じるほどな・・・あれだろ?どんどん成長していく仲間の姿に止めることができなくなったんだろ?もっともっとこの先が見てみたいとそう思ったんだろ?人が住んでいる城なのにね・・・どうせ都合の良い魔法の撃ち込み場所だとでも思っていたんだろ?」

 

「い、いや、そんなことは・・・・」

 

「もう何が何でもぶっ壊してやるという意思がひしひしと伝わってくるんだよ!あの魔法からは!ねぇわかる?貴様の仲間のひたむきな努力が報われる時って俺が自宅を失う時なんだよ?そうなったらどうすんの?祝うの?“ベルディア城破壊を祝して”とか言って乾杯でもするの?・・・俺が大切な物を全て無くして寒空の下、泣いているかもしれないのに?・・・いやぁー、鬼だねぇー・・鬼畜だわぁー・・・」

 

「ご、ごめん。悪かった、やめさせる・・・やめさせるから・・・」

 

相当ストレスを溜め込んでいたんだろうベルディアは日頃の不満を爆発させて、素面のナルトはそれにただ平謝りするしかなかった。まぁ、確かにあの爆裂娘を止めることのできなかったワシ等にも責任はあるからな。

 

「本当だろうなぁ?頼むぜマジで・・・・あの城には俺の大切なものがあるんだ・・・」

 

「大切な物?」

 

ナルトが聞き返すとベルディアの顔はしかめっ面から穏やかな表情に変化していった。

 

「ああ、雪華“スノーローズ”だ。こっちに長期滞在するから魔界の城からわざわざ持ってきてこっちに植え替えたんだ。今はまだ秋だから蕾のままだが、冬になれば満開の白く美しい華が庭一面に咲き誇ることだろう。俺はそれが毎年楽しみでならない。」

 

「花ってまさか、あの?」

 

ワシは思わず問いかける。以前コイツに聞いた話に出てきたのだ。

 

「そういえばクラマには話していたな。ああ、そうだアンジェリカの愛した花だ。」

 

そう言って静かに目を閉じて愛おしそうに笑うベルディア。

 

アンジェリカ。

 

かつてベルディアが愛した女。

 

ワシも詳しいことはわからないが、以前話をしていた時にこうこぼしていたことがあった。

 

魔王軍に加わった理由はアンジェリカのためだと・・・・・

 

「冬になったら、一度、見に行きたいものだな」

 

「ああ、ぜひ来てくれ、クラマだったら何時でも歓迎する。」

 

「あれ?俺は?」

 

「明日にでも一度城に戻って避難させておいたほうがいいんじゃないか?」

 

「そうだな。結界をこの前、厳重に貼り直したから大丈夫だと思うが、万が一ということもあるか。そうしよう。」

 

「あ、お前は来るなってことなのね・・・まぁいいけど・・・う、きゅうに・・腹が・・」

 

便所に駆け込むナルトをスルーしながら、ベルディアと二人で花見の計画を立てる。

 

・・残酷な真実など知る由もなく・・・・・・

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

―――――――――――数時間前

 

 

とある廃墟の残骸は炎に包まれていた。

 

大地を震撼させる程の強烈な爆裂魔法。圧倒的な爆音が鼓膜を突き抜け、脳に本能的な恐怖を覚えさせた。

 

巻き上がる爆炎はどす黒い煙を生み、焦げ臭い匂いが風に乗って遠く離れたこちらまで漂ってくる。

 

めぐみんの新型爆裂魔法によって崩壊させられた廃墟。

 

なんて威力だよ・・・スケールがデカ過ぎて、小心者の俺はまだ心臓がバクバクと脈打っている。

 

これは最早、災害の一種ではなかろうか・・・・

 

「や、やりました!やりましたよ!カズマ!」

 

うつぶせに倒れこみながら喜色満面の笑みを浮かべてガッツポーズをするめぐみん。

 

「ああ!ついにやりやがったな!なんだよあの破壊力!すっげぇじゃねぇか!!」

 

「へへへへへ。まぁ、少し手間取りましたがようやく目標を達成しました!」

 

俺が褒め称えると、めぐみんは弛緩した顔でニマニマと照れくさそうに笑う。

 

「次の目標はブラックドラゴンとかですかね?噂に聞く厄介な耐魔装甲をブチ抜いてみたいです。そうしたら私、伝説になっちゃいますね。うへへへへ・・」

 

「いやいや、まずは例の魔王軍幹部が先だろう?さっきの威力のやつが当たればひとたまりもないだろうぜ?」

 

「おっと、そうでした。あの首なし騎士を私の新爆裂魔法の最初の生贄にしてあげましょう!」

 

「おう、その粋だ!約束どおり今夜はクレイジーいちごパフェをたらふく食わせてやるよ。キャベツの金がまだかなり残ってるんだ遠慮しなくていいぜ。」

 

「やったぁ!さすがカズマ!そこはかとなくいい感じなナイスガイです!よっ!アクセル街の鬼畜王!」

 

「へへ、おいおい、そんなに褒め・・・てねぇなこいつ・・・誰が鬼畜王じゃい!」

 

「おっと、どさくさに紛れて私のお尻を足の裏で楽しむのはやめてもらおうか。今日はなんだか良い気分なのでカズマのどんな悪行も許せてしまう危険な精神状態なのです。」

 

「はいはい、それはとてもいいことを教えてくれてありがとうよ。ほら、さっさと帰ろうぜ?今日は廃墟爆破記念パーティだ。」

 

「なんだかその言い方だととても人聞きが悪いような・・・その前にカズマ。」

 

「ん?ああ、了解。」

 

魔力不足でへこたれている上体をなんとか起きあげて両手を掲げるめぐみん。

 

「「イェーーーイ!!」」

 

軽やかなハイタッチを交わして俺達はバカみたいに笑い合うのだった。

 

 

そして、その晩。

 

「それじゃあ、めぐみんの大いなる躍進と呼べる、あの名も無き頑強な廃墟の爆破を祝いまして、乾杯!!」

 

「「「かんぱ~~~~い!!」」」

 

杯を掲げて、酒を一気に飲み干す俺と・・・・・・

 

「がつがつがつ・・」

 

「もぐもぐもぐ・・・」

 

「シャリシャリ・・・がつがつ・・」

 

いちごパフェを一心不乱に貪り食う女共。

いや、乾杯した酒ぐらいは飲んでくれよ。なんで大食いバトル開始の合図みたいになってんだ。

 

「おかわりお願いします!」

 

「くっ・・・アクアに先を越されました!・・・・がつがつ・・ごくん・・こっちもおかわりを!」

 

「ばくばく・・がりっ・・いひゃい・・したかんだ・・・」

 

「無理せずリタイアしなさい!ダクネス!残りのパフェは私が全部食べ尽くしてあげるんだから!」

 

「くっ・・そうは行くか・・・騎士としてこの程度の痛みなど食事にはちょうどいいスパイスだ!・・おかわりをお願いする!」

 

「このパーティの主役である私に全く遠慮がないとは恐れ入ります。もぐもぐ。しかし、それでいい・・・所詮この世は弱肉強食・・・もぐもぐ・・私も譲るつもりはありません・・・今宵、一番多くパフェを食べるのはこの私なのです!・・・あむ・・」

 

好きなだけ食べていいとは言ったがこの店のパフェは20個までの限定品らしい。なので食い意地の張った女共は血で血を洗う激しいパフェ争奪戦を繰り広げているのだ。

割と甘いものが好きな俺も一つだけ貰おうとしたら、三人に暗殺者のような凍るような目で睨まれた。

 

くそ・・・俺が払うんだから良いじゃねぇか・・・・

 

正直、隙を見てスティールで奪おうと思っていたんだが、この様子を見るとそれをやったらシャレにならない事件に発展するだろう。まぁ俺は大人しく唐揚げで一杯やっていますよ。

クリームまみれの女どものフードファイトを眺めながら。

 

そういえば、師匠とクラマはどこに行ったんだろう?夕方から見かけないが・・・・

 

「もぐ・・もぐ・・・・う・・・」

 

「お・・おおっと、スプーンを持つ手が止まりましたね・・・げ、限界ですか?アクア?」

 

「そ、そんなわけないでしょ・・・まだ、まだ・・・」

 

「がつがつがつ・・・どうやら、速さでは負けていても胃の強靭さでは二人より私が優っているらしいな・・・悪いがあと二つくらいは余裕だよ・・・・おかわりをお願いする!」

 

「くっ・・・頭角を現してきましたね・・・ダクネス・・・しかし体格の差が全てではないのです・・・真に勝敗を左右するのは心の強さ・・爆裂魔法のような熱いハートをもった私にかかれば・・・うっぷ・・」

 

「ラスト一つのパフェは・・・絶対に私が・・・」

 

「あ、クレイジー苺のパフェを一つ頼むわ。」

 

「「「!?」」」

 

ラスト一つのパフェを新たに入店してきた客にかっさわれて唖然とするアクアたち。

あいつは確か・・・ダストとかいう街のチンピラ冒険者じゃ・・・

 

「おいおい、ダストいきなり甘いもんを頼むのかよ?女子供じゃあるまいし・・・」

 

「うっせ。俺は甘いものには目がないんだよ。最近疲れるし糖分を必要としてんんんのおおおおっ!!」

 

「あら、ごめんなさい・・・宴会芸に使う鳩が脱走したみたい」

 

「あー、すいません。手が滑ってナル爺の手裏剣が・・・・」

 

「いや、本当にすまん素振りをしていたら剣がすっぽ抜けてしまった」

 

絶対わざとだこいつら!

 

食べ物の恨みというのは恐ろしい。例えそれが逆恨みだとしても。

 

青ざめたダストが差し出したイチゴパフェを仲良く三人で分けながら食べ合っている。

 

もう絶対こいつらに甘いものをおごるなんて軽はずみなことはしないでおこう。

 

俺はそう心に誓って、店員のお姉さんに俺の払いであそこの俯いて震えている男に上物の酒を一杯出すように伝えた。

 

 

 

 

 

 

早朝、寝巻きのジャージから冒険者の装備に着替えていると

 

『緊急!緊急!全冒険者の皆さんは直ちに武装して街の正門に戦闘態勢で集まってください!特にうずまきナルトさんとその一行は大至急!!というかナルトさんを!早く!!」

 

そんな切羽詰った声の緊急放送が街中に響き渡った。

 

なんだ?またベルディアの襲来か?

 

だとしたらヤバイな・・・師匠とクラマは昨夜は帰って来ず、今もどこにいるのかわからなかった。

 

それを心配してこれからアクア達と探しに行くところだったというのに・・・

 

この間の悪さは偶然なのか?いや、もしかしたら師匠の失踪にベルディアが関係しているのかもしれない。

 

俺達は急いで正門前に向かった。

 

すると――――――

 

 

「俺の城を跡形もなく無残に消し飛ばしやがった残虐非道な魔法使いはだれだああああああああああああああ!!!!出てこおおおおお~~~~~~い!!!・・・う、う、う、うおおおお~~~~~ん!!あんまりだ~~~!!あんっっまりだああああ~~~~~~!!!」

 

魔王軍幹部ベルディアは泣いていた。

 

同情した冒険者達が「かわいそう」と呟くほど。

 

それはもう、盛大に泣き叫んでいた・・・・

 

ま、まさか・・・・あの廃墟って・・・

 

めぐみんは脂汗をダラダラ流しながら青ざめていた。

 

 

 

 

 

 

 




次回ベルディアVSカズマ一味

なぜか今回は書いていてベルディアを応援したくてたまらなくなりました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話 土下座をしても許さない。

駆け出し冒険者の街アクセル。

 

その正門前には数十人もの冒険者が集まり、一人の首なし騎士ベルディアの姿に注目していた。

 

とても同情的な視線で。

 

「う、う、う、うううう・・う・・ちくしょぉ・・・うう・・」

 

肩を落とし小刻みに震えるベルディア。

その自らの頭を持った左手をだらりと下げ、そこからポタポタと落ちる涙が地面を濡らしている。

 

俺達のせいで住まいを無くした爆裂魔法の被害者の姿がそこにあった。

 

悔しさを滲ませてしゃくりあげながら泣く、家を無くした子供のような姿に俺の良心が激しく痛む。罪悪感が半端ない。

 

どうするよ、という意味を込めて隣のめぐみんを覗くとあちらもちょうど、青ざめた顔で俺の方を見た。

 

目と目を合わせて俺達は通じ合うようにコクりと頷きあった。

 

そうだよな・・・こうなってしまってはもうやることなんて一つしかない。

 

「「どうもすみませんでした!!」」

 

そして頭を地面にこすりつけて二人仲良く土下座をした。

 

「うううう・・・お前らが・・やったんだな?・・」

 

「はい!この度はウチのアークウィザードの爆裂バカが本当に大変なことをしでかしてしまい、誠に申し訳ございません!!」

 

「本当にごめんなさい!私の強大な最強爆裂魔法が跡形もなくあなた様の城を消し飛ばして爆炎が全てを燃やし尽くし、あなた様の大切なものを全て消し炭にしてしまって・・・」

 

「うう・・アンジェリカ・・・アンジェリカ・・・・」

 

「おい!ちゃんと謝れ!被害者の悲しみを追撃して増大させるような言葉は慎め!

本当にすいません!この爆裂ロリを生贄に捧げますのでここはどうか・・・・」

 

「あ!なにを勝手に人を生贄に捧げているんですか!?事件現場にいたカズマももちろん共犯ですよ!私の士気を高めるようなことを言ったり、最後は私をおぶって現場から立ち去ったじゃないですか!連帯責任です!いえ、むしろ色々とアドバイスをしてくれましたし、監督的な責任があるのではないでしょうか?」

 

「は!?、ふざけんなよ!10:0の割合でお前が悪いに決まってんだろうが!俺は単なる目撃者Aだよ!法廷に呼ばれたらお前の犯行を洗いざらい暴露してやるからな!覚悟しておけ!」

 

「ひどい!昨晩は廃墟爆破記念パーティとか言って盛大に祝ってくれたのに!酔っぱらってとても滑稽で面白いダンス“爆裂音頭”を私のために披露してくれたじゃないですか!なんでしたっけ、“廃墟がドッカーン”でしたっけ?廃墟が吹き飛ぶ様を笑いながら表現していたじゃないですか」

 

「・・・・・・っ!」

 

「こらやめろぉ!被害者の憎しみの矛先を俺に向けさせるのはやめろ!あの時は知らなかったんだからしょうがないだろう!お前は完全なる加害者で実行犯なんだからもう少し反省しろよ!」

 

「と言われても、私は土下座以上の反省の表し方を知りません・・・」

 

「じゃあ脱げよ。」

 

「!・・・この男、仲間に向かって躊躇なく脱げと言いましたよ!?こんな大衆の面前で!ダクネスじゃあるまいしいくら私が悪くてもそんなことできるわけないでしょう!」

 

「スティール!よしビンゴ。どうかこれで穏便に・・・」

 

「ひゃあ!?ちょっ!返してください!人のパンツを勝手に捧げないで!返してください!!」

 

俺がめぐみんからスティールしたパンツを献上すると、ベルディアは恐る恐る近づいてきてそれを受け取る。

 

「もういい・・・」

 

「「え?」」

 

うそぉ・・まさか、パンツで許してくれたの!?

 

涙目で俺に襲いかかってきためぐみんと一緒に固まる。

 

「もういい、いくらお前たちが謝ったところで、あの花は・・・彼女の愛したあの大切な花が返ってくることはもうないのだ・・・」

 

そう言ってめぐみんのパンツを空中に放る。

 

「だから・・・」

 

地面に突き刺していた大剣を抜き、目にも止まらぬ速さで一閃させる

 

「断じて、許すつもりは・・ない!」

 

無残に切り裂かれたパンツの布切れが宙を舞う。

 

「わ、わたしのパンツが・・・」

 

「しー・・あいつの中ではシリアスな場面なんだ。例えパンツを切り裂いて悦に浸っているようでもな・・・」

 

俺が超小声で注意する。

幸い、ベルディア本人には聞こえていないのかシリアスな展開が続く。

 

「もう、とっくに、謝られて許すことのできる段階は過ぎたのだ。こうなってしまってはもう、戦うしか道はない。」

 

そう言ってベルディアは大剣を肩に担いで仁王立ちする。

 

さっきまで泣き叫んでいたやつとは思えないほどの強敵としての風格を漂わせていた。

 

 

「元聖騎士としての誇りが邪魔をして今まで散々迷っていたが、心に決まったよ。お前たち冒険者は全員、我が悲願を叶えるための犠牲となってもらう。幸い、邪魔なあのジジィは今、戦闘不能の状態だしな・・・」

 

「「「「!!?」」」」

 

ベルディアの発言に俺たち四人は顔を引き締めて武器を構え、戦闘態勢に入る。

 

「てめぇ、師匠に何をしやがった!!」

 

「お爺ちゃんは今どこにいるの!?」

 

「まさか、あのナル爺が!?」

 

「く・・ナルトさんの身柄を解放しろ・・・さもないと・・」

 

殺気立つ俺たちとは裏腹に、ベルディアは微妙そうな雰囲気で深いため息をつく。

 

「はぁ、俺にあの怪物をどうにかできるわけないだろ・・・ただ・・・」

 

「ま、待つってばよ!俺が、相手だ!!」

 

どこからともなく響き渡る師匠の声。

 

それを聞いて湧き上がる冒険者たち。

 

「よっしゃあ!アクセル街の最強のお出ましだ!!」

 

「いつもみたいにあの首なし騎士をボッコボコにしちまえ!」

 

「ああ、今回は少しかわいそうだけども、俺たちを皆殺しにするとか怖いことを言っちゃてるからな!殺っちゃってくれ爺さん!」

 

「お願い!またあの逆ハーレムの術というのを見せて!毎日夢に出てきて胸の鼓動が止まらないの!お願いよ!」

 

「ぼ、僕としては・・二回戦目の・・ガチホモボディビルダー地獄という技が、見たいんだなぁ・・・」

 

「黙れホモ野郎!ナルトさん後生だ!プリプリ女体天国のミヤビちゃんに会わせてくれ!例え中身がアンタだとしてもあの控えめな笑顔に惚れちまったんだ!」

 

「ふ・・勝ったな・・」

 

「ああ、我々の勝利は確実だ・・・」

 

「でも、ちょっとは手加減してあげてね・・・お爺さん・・」

 

「そうよ。どう考えてもそこの頭のおかしい子が悪いもの。可哀想だわ。」

 

「はん!女共は甘ったるいねぇ!構うことはねぇナルトの爺さんよ!ぶっ殺しちま・・・・・・・・・・んん?」

 

「「「「「あれぇ?」」」」

 

 

ベルディアに向かってプルプルと震えながら一歩ずつゆっくりと進んでいく師匠。

傍らにはクラマが寄り添っていて、伸ばした尻尾で献身的に師匠を支えている。

 

その姿を街の冒険者たちは愕然として見送っていた。

 

普段の実年齢より三十は下に見える活力に満ちた元気な師匠が今は見る影もなく・・・・

頬が見るからに痩せこけ、荒い息を吐いて杖をつきガクガクと足を不安定に揺らしている、年相応の今にも昇天しそうな老人の姿がそこにあった。

 

「おおおぉ・・・この街はぁ・・はぁはぁ・・俺が守る・・てばよぉ・・・」

 

「いや、無理すんなって・・・どう考えても戦える状態じゃねぇよ・・・」

 

おぼつかない足取りでベルディアに向かっていこうとする師匠に大きな尻尾が巻き付いてその歩を止まらせる。

 

「今はチャクラもろくに練ることができないんだから、大人しくしてろ。」

 

クラマが師匠を心配そうに見上げて言う。

 

俺達四人も、見るからに弱りきった師匠を心配して駆け寄った。

 

「一体何があったんです!?」

 

俺が声をかけると力なく笑う師匠。こんな弱りきった姿を見るのは初めてだ。

 

「お爺ちゃん大丈夫!?」

 

アクアがヒールをかけるがあまり効いた様子ではなかった。

 

「うう・・今にもこの世から旅立ちそうです・・・どうか死なないでくださいナル爺!約束したじゃないですか!私の爆裂魔法の行く末を見守っていてくれるって!・・・うう・・ナル爺・・」

 

めぐみんが泣きそうな顔で師匠の手を握る。おい止めろ。今にも死んでしまいそうな雰囲気をかもしだすな。他の冒険者たちがなんか誤解して泣いているだろうが!

 

「おのれ!ベルディア!貴様・・ナルトさんに何をした!?」

 

ダクネスがいつになく鬼気迫る表情で鋭くベルディアを睨みつける。

 

「俺はなにもしとらんわ!そのジジィが勝手に毒キノコを食って自滅しただけだ!!」

 

毒キノコ?

 

「くそぉ・・・美味しかったんだけどなぁ・・・トグロダケ・・・」

 

悔しそうに言う師匠。・・・ただの食中りかよ。

 

「トグロダケ!?あの毒キノコを食べたんですか!?私たち家族がいくら食べるのに困っても決して手を出さなかったあの殺人キノコとして名高いアレを!?」

 

めぐみんが恐れおののいている所を見るに結構危険なキノコらしい。

 

「危険度Sランク、死亡率100%のキノコじゃないか!むしろ生きているのが奇跡に近いぞ!?」

 

ダクネスがワナワナと震えている。どうやら相当にヤバイキノコらしい。え?死なないよな・・・

 

「安心しろ。下痢はひどいが死ぬほどではない。ベルディアから貰った薬のおかげだな。ありがとうよ」

 

クラマが親しげにベルディアに笑いかける。

 

へ?薬?ベルディアがくれたの?どういうことだ?

 

「やめろ・・・あの時とは状況が変わった。俺は、もう甘さを捨てたのだ。修羅となりこの街を蹂躙する。そう心に決めた。だからその生き長らえさせた老人を斬ることに最早ためらいなど・・・・」

 

「うぐぅ!!・・・・は、はらがぁ・・・また・・きやがったってば・・よ・・」

 

「おいっしっかりしろ!今、便所に連れてってやる!それまで持ちこたえろ!・・・あ、ベルディア。少し席を外す。じぁあ、またあとで。」

 

そう言ってクラマは師匠を尻尾で抱き上げて慌ただしく正門から街へと消えていった。

 

 

「・・・・ぐぬぅっ・・・・」

 

シリアスな雰囲気を師匠にぶち壊されたせいか、ひどくご立腹な様子の首なし騎士。

 

「ま、まぁいい・・・余計な横槍が入ったが、戦いをはじめるとしよう。いや、一方的な殺戮か・・・」

 

「ええと・・・お薬をくれたのよね?」

 

アクアが確認をするようにおずおずと尋ねる。

 

「だからどうした?ただの気まぐれの施しにすぎん。・・・まさか俺が実は優しくて良いやつだとかいう都合の良い妄想をしているわけではなかろうな?」

 

「クラマと仲がいいですよね?」

 

「だからなんだ!関係ないだろ!?そんなのお前らに手心を加える理由にはならないんだからな!」

 

「あの、さっきは誤解して睨んだりして済まなかった。ナルトさんの命の恩人に対して私は・・・」

 

「だからやめろ!戦いづらい雰囲気を作るな!もっと殺伐としろ!お前らが何を言っても絶対にぶっ殺してやるからな!絶ッ対に!」

 

そう怒鳴りつけて大剣の刃先をこちらに突きつけるベルディア。その体から湧き出る禍々しい魔力。

 

その様子に気が緩んでいた冒険者達に緊張が走る。

皆、改めて自分たちの置かれた危機的状況を把握する。

そう、頼みの綱のナルト師匠はいないのだ。

魔王軍幹部相手に低レベル冒険者である自分たちだけで挑まなければならない。

しかも向こうは皆殺し宣言までしている。本気で怒っているし手加減なんて望めないだろう。

 

これって、本気でヤバイ状況じゃ・・・・

 

冷や汗をかいて剣も抜かずに立ち尽くしている俺の横でアクアが自信たっぷりの顔で仁王立ちする。

 

「ふん!可哀想だから見逃してあげましょうかと思っていたけど、敵対してくるならしょうがないわ!ひと思いに浄化してあげる!“ターン・アンデッド”!!」

 

そうか!コイツは曲がりなりにも女神だった。ウィズから聞いた話だがアクアは対アンデットに対して絶対的な力を持つのだという。あのリッチーをいつも泣かせているコイツの力なら、いくら魔王軍の幹部といえど・・・

 

白く輝く光の塊がアクアの掌から放出される。

 

それをベルディアは避ける素振りも見せずに、大剣を担ぎ上げ余裕そうに待ち構えていた。

着弾すると眩い神聖な光がベルディアを包み込む。

 

「や、やったか?」

 

「いえ・・・まさか・・そんな・・」

 

光が収まり、姿を現したベルディアの体からはプスプスと黒い煙が上がっていた。

恐らくまるで効いていないわけではないだろう。しかし、声も上げず、身じろき一つせずに依然と禍々しく存在するこの首なし騎士は確かに不死身の怪物を思わせた。

 

「そんな・・・私のターンアンデットがまるで効いていないわ!」

 

「いいや、大したものだ。流石はあのジジィの仲間というだけはある。この耐聖魔法の鎧を着た俺に僅かばかしとはいえダメージを与えるとは。ククク・・・まぁ、少し俺の動きを止めるくらいには使えると思うぞ?」

 

余裕そうに笑うベルディアによほど腹が立ったのだろうか。眉間に皺を寄せてヤンキーみたいな顔で拳の骨をポキポキと鳴らすアクア。おい、やめろよそれ・・・どう見ても女神の顔じゃないぞ・・・

 

「そう・・・それは良いことを聞いたわ・・・このクソアンデットが・・!」

 

「おい、止めておけってアクア・・・」

 

「止めないでカズマ・・・これは私とコイツのタイマン勝負よ。手出しは無用だわ!」

 

「いつからそうなった!?いいから落ち着けコイツに無闇に突っ込んでも・・・」

 

「まぁ見ていなさいよ。このひと月で力を付けたのはなにもカズマだけじゃない・・・・私だって強くなったんだから!」

 

「へ?」

 

「ふふん・・・見せてあげるわ・・・おじいちゃんから教えて貰った極意によって進化を遂げた私のゴッドブローを!」

 

そう言ってベルディアに向かって真っ直ぐに突っ込むアクア。

馬鹿!カエル相手とはわけが違うんだぞ!斬り殺されちまう!

俺が助けるために足にチャクラを集中させて駆けようとすると、ダクネスが俺の肩にそっと手を置いて止める。

 

「まぁ、少しだけ見ていてくれ。前までのアクアとは確かに違うんだ。」

 

訳知り顔で笑うダクネスを見て少しだけイラッとくる。こいつ、付き合いが長いくせにアクアのことを何も分かっていないな・・・・あいつがこういう行動をする時ってのはな・・・・・

 

「ふふん・・・動きを少しだけ止めるくらいには使えるんでしょ?“ターン・アンデット”!」

 

「ぐ・・・」

 

ベルディアに接近して至近距離からターンアンデットを食らわせるアクア。

 

「これであなたは隙だらけ。攻撃し放題ってわけよ!ふーーっ・・・・」

 

体を硬直させるベルディアの前でゆっくりと構えながら深く息を吐く。

 

そんなアクアの両拳に高密度のチャクラが集中するのが見える。あれは・・

 

「パンチを繰り出すときは一撃一撃、魂を込めるようにして・・・打つべし・・・喰らいなさい・・・ゴッド・ソウル・ハリケーン!」

 

ベルディアのボディに突き刺さるアクアの拳。そこから展開される超高速の嵐のような乱打。それが反撃の暇を与えることなく敵を飲み込んだ。

 

「うらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらううらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうら!!!」

 

残像を残して繰り出されるパンチの弾幕は徐々に速度を増していき、やがて、拳が霞んで目で追えない程の逃れようのない猛攻に変貌していく。

それを受けるベルディアは反撃の隙すら与えられず、まさにサンドバック状態。

 

「そらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそえらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらぁ!!!」

 

草原に響き渡る非情に暴力的な荒々しい打撃音。

永遠に続くかと思われた機関銃のように絶え間なく繰り出される凶悪な拳の連打は、強烈な最後の一撃とともに突然に止まった。

 

 

一瞬の静寂。

 

「ふぁ?」

 

さっきから一歩も動かずにつっ立ったままのベルディアが気の抜けた声を出す。

 

そうして燃え尽きたようにうずくまるアクア。

 

「う・・・うぅ・・・痛っったぁ・・!・痛いよぉ・・・・」

 

アクアさんは血が滲む両手を摩りながらポロポロと泣きじゃくっていた。

 

まぁ、いくらチャクラを込めたといっても鎧の上から叩いたわけだし・・・しょうがないね・・・

そのベルディアといえば・・・実は全くのノーダメージ・・・・

あの鎧って相当頑丈なんだな・・・

 

「あ、あぁー・・うん・・見事なパンチのラッシュだった!うん!きっとこの自慢の鎧がなければタダでは済まなかっただろう!その・・・鎧も今ので相当、傷んだと思うし・・・あの・・」

 

気を使ってんじゃねぇかベルディア!!

 

そして俺の影分身に担がれて安全な後方に運ばれていくアクア。

 

「め、名誉の負傷というやつよねっ!私は後ろの方で傷を癒しつつ、応援に回るわ・・・・け、結構なダメージを与えてやったと思うから、きっとあと一息で倒せると思うの!だから、ガンバ!」

 

そう言い残してアクアは戦線を離脱した。

あなたと違って向こうは全然ピンピンしているようなんですが、アクアさん?

 

まぁ、こうなる気はしていたんだよな・・・・ああいう時のアクアが上手くやった試しってないし・・・

 

「前までのアクアと何が違うって?うん?ダクネスよう?」

 

「ぐ・・・打撃に耐性のある鎧だったか・・・お、おのれ!アクアの敵は私が取る!」

 

そう言って勇ましく剣を構えるダクネス。どうせ当たらないんだから余計な体力を使わないほうが・・・

 

微妙そうな俺の顔を見て、ダクネスはムッとする。

 

「なんだその顔は!私だってこの一ヶ月ただ遊んでいたわけではないのだ!土木工事の重労働の果てに編み出した我が必殺剣を見せてやる!!」

 

やだ、この子、恥ずかしい。仕事中に必殺技のこととか考えてたの?いい歳して中学生みたいなことを・・・・

だいたい、それってちゃんと当たるのか?

 

「ほう、今度はそこのクルセイダーか。いいだろう。聖騎士が相手ならば少しは楽しめそうだ・・・」

 

さっきの二重の意味で痛い女神は忘れることにしたのか、ベルディアさんはボスっぽい感じで不敵に笑う。

 

「ふん・・・調子に乗らないことですね・・・さっきのは我がアクセル街四天王でも最弱の存在・・・・お次は我が四天王が誇る“the・M”の異名を持つ変態クルセイダーが相手です!」

 

「おい、めぐみん、それってもしかして私のことか?」

 

「さぁ、行くのです!ダクネス!この前、こそこそと紙に書きながら考えていた例の必殺技を出すのです!なんでしたっけ?“ゴールデン・クラッシャー”でしたっけ?それとも“ダイヤモンド・ブレイカー”でしたか?」

 

「おい止めろぉっ!!私が技名で悩んでいたことを敵の前で暴露するな!だいたいそれはボツにしたやつだからな!」

 

わざわざ、隠れて必殺技の名前まで考えていたなんて・・・朱に交われば赤くなるとはいうが、こいつはめぐみんの影響でどんどん厨二っぽくなっていってるな・・・・

 

「おい、技名などどうでもいいからさっさとかかってこい!そこの・・・“the・M”だったか?あんまり頭のおかしいことを叫んで切りかかってくるなよ?笑ってしまうかもしれんからな」

 

「そんな異名などない!・・・おのれ・・馬鹿にしおって・・・ぶっ殺してやる!」

 

ブチ切れてベルディアに向かって突進するダクネス。

 

「おい!ダクネスは本当に大丈夫なんだろうな?」

 

その姿がどうも先ほどのアクアと被ってみえてしまって、隣のめぐみんに問いかける。

 

「ふふ・・・まぁ見ていてください。なんだかんだ言ってダクネスの必殺技は強力ですよ?・・・もしかしたらこの私の出番もなく終わらせてしまうかもしれません。」

 

「マジか・・・土木工事の仕事でどうやってそんな技を・・・?」

 

「ダクネスは私やアクアのようにナル爺から特別な指導を受けたわけではないのです。毎日、毎日、ただ直向きにツルハシで土石を掘り続けました。ただ、以前と違ったところは余力をまるで残さないほど常に全力で労働に励むようになったことです。

修行によってボロボロに疲れ果てたカズマを見て、きっと何か思うところがあったんでしょうね・・・・労働をしつつ己を鍛え上げ、少しでも強くなることを目指したのです。不器用な彼女はただ全身全霊にツルハシを振るい続けました。手から血を滲ませても、筋肉が軋んでどうしようもなく痛んでも、疲労によって骨が折れそうになっても、親方から休めと言われても、ダクネスは振るうのを止めませんでした。

・・・・これが堪らないんだというような恍惚とした表情を浮かべて。

・・・・・暴走したドМほど怖いもの知らずで恐ろしいものはありませんね・・・・

とにかく、そうして過酷な労働に励んでいるうちに、いつしかツルハシを振るうという単純な動作そのものが必殺技の域にまで昇華して行ったのです。まぁ、女騎士らしい華麗な技とはとても言えませんが・・・・」

 

俺が修行をしている間にそんなことが・・・・

 

というか、スキルポイントで技を習得していた俺なんかよりもよっぽど苦労して会得したんだろうな・・・・少年漫画の主人公のようなダクネスに胸が熱くなる。

ぜひとも、ダクネスの努力が報われて欲しい。

しかし、一つだけ気掛かりがあった。

 

・・・・ちゃんと、命中するのか?

 

「うおおおおおおおおお!我が必殺剣を受けてみよ!!」

 

「ふん、大層な自信があるようだな。その誇りを正面から打ち砕いてくれる!」

 

ベルディアに迫り、雄叫びを上げるダクネス。

剣を最上段に構えながら助走をつけ、跳躍する。

 

空中で剣を振り上げ、大剣を構えるベルディアに斬りかかった。

 

腕の筋肉が僅かながらに膨張し、俺の中の女騎士という幻想を少しだけ壊した。

 

チャクラが剣に収束し、キラキラと輝いている。

 

「はああああああああ!!!エクス・・・・カリバーーーーーーッッ!!!」

 

とある有名な聖剣の名を叫びながら、ダクネスがそれをうち下ろした。

 

――――――ズドンッッ!!

 

という凄まじい轟音が大地を揺らした。

 

余りの威力に土埃が巻き上がり、視界を妨げる。

 

なんつー威力だ・・・これが当たったとしたら流石のベルディアもひとたまりもないだろう。

 

初級魔法のウィンドブレスで土埃を吹き飛ばして視界を晴らす。

 

そこには、大きなクレーターを中心に跪くダクネスと・・・その前に立つベルディアがいた。

 

「ふぁ?」

 

「・・・・・・・・っ」

 

先程から何も変わらない姿勢のまま、呆然として立ち尽くしているベルディア。

 

やっぱりな!!案の定、外しやがったよ!!

 

その近くでダクネスが顔を真っ赤にしてプルプルと恥ずかしそうに震えていた。

 

そりゃぁ、そうなるよな・・・得意げに必殺技を叫んでそれを外したとなっちゃ・・・・俺だったら引きこもっちゃうよ。

 

「ゆ、油断した・・い、今のは危なかった・・本当に・・・しかしなぜ、当たらなかったのだ?・・・俺は一歩も動いていないというのに・・・まさか、この俺に情けをかけたとでも?

答えろ聖騎士よ!なぜ、今の一撃を外したのだ!!」

 

なにやら、誤解してダクネスに問い詰めるベルディア。

 

やめてベルディアさん!外したんじゃなく外れたんです!その子はただ、人一倍不器用なだけなんです!許してあげて!もう勘弁してあげて!屈辱すぎてその子もう涙目になっちゃってるから!

 

「・・・ちょっと、目にゴミが入って狙いを外しただけだ!・・クッ・・・運のいいやつめ・・・」

 

涙を拭き、唇を噛みながら苦しい言い訳をするダクネス。

 

「え?・・・つい昨日どっかの馬鹿に自分の城を爆破されたんだが・・・

・・・そんな俺が運がいいと?」

 

ああ・・ダクネスそれは禁句だよ。だってそのお方、絶対にアクア以上の不運だし・・・

 

怒りが再燃したのか、ゆらりと大剣を構えなおすベルディア。

 

「ヤバイですカズマ!早く、ダクネスを助けに行ってください!」

 

「へ?」

 

「あの技を使った後は激しい筋肉痛でしばらく動けなくなるのです!」

 

「はぁ~~~~~~っ!?それを早く言え!!」

 

なんだその爆裂魔法と同じような欠陥技は!ノーコンなダクネスにとってはデメリットしかない技じゃねぇか!

 

動けないダクネスに大剣を振り上げるベルディア。

 

くっ、間に合え!

 

影分身を手裏剣に変化させてそれを素早く投擲する。

 

「むっ・・・」

 

ちょうどダクネスとベルディアに挟まれるような位置に手裏剣が突き刺さる。

 

ボンという音と共に姿を現せたのは・・・・・

 

「やめてよぅ・・・・おねぇちゃんに酷いことしないで・・・」

 

金髪碧眼の可愛らしい幼女(俺)

 

それが両手を広げてダクネスを庇うように立ち、涙を零しながら訴える。

 

「ふぁ!?・・・ま、まて!泣くんじゃない!俺は別に何も・・・」

 

しどろもどろに狼狽えるベルディア。ちょろい。

 

「本当に?おじちゃん、おネェちゃんのこと許してくれる?」

 

「あ、ああ、もちろん。こいつには何かされたわけでもないし・・・・」

 

「ありがとう!おじちゃん!」

 

「!・・・ふふふ・・いいさ」

 

ニッコリと無邪気に笑う幼女にベルディアは気持ちの悪い笑みを浮かべる。

 

その隙に他の影分身を使ってダクネスを救助する。

 

「助けてくれてありがとう。・・・しかし、あそこまで巧みに童女の真似事ができるとは・・・頼むから詐欺まがいなことはしないでくれよ・・・」

 

微妙そうな顔で俺の肩に掴まりながらダクネスが言う。

 

するわけないだろうそんなこと。・・うん、多分。

 

変化はその応用力の高さから犯罪に使えてしまいそうで困る。

金に困った時に魔が差して凶行に走らないように気を付けないとな。

 

「おかえりなさい。無事で良かったです!」

 

心配していたのだろう。めぐみんがホッとした顔で出迎える。

 

ベルディアは未だに俺が変化した幼女と楽しくおしゃべりをしているようだ。

デレデレしてすっかり骨抜きの様子。それを気持ち悪そうに眺める冒険者たち。

その気持ち悪さの半分くらいは幼女になっている俺に向けられている気がした。

 

くそっ、なんだその目は!?俺が食い止めているおかげで被害がないんだぞ!

もっと、俺を讃えてくれよ!幼女モードでオッサンの相手をするのがどれほどの精神的苦痛だと思っていやがる!

 

それにしてもベルディアさんは何なんだ。情緒不安定すぎるだろう。

 

なんかさっきまでの怒りが嘘のように今は笑いながら、幼女に一発芸を披露しているんだが・・・・

俺たち冒険者など、もう眼中にないようだった。

 

というか、このまま幼女(俺)がベルディアにお願いすれば素直に帰ってくれるのではないだろうか?

意外にこいつ、ロリコンの毛があるし。

 

 

 

・・・・・あ、しまった。躓いて転んだ拍子に幼女影分身が解けた・・・

 

・・・やっべ・・・・

 

 

 

「よくも俺を騙したなあああああああ!!!これが、お前たちの、やり方かああああああああ!!」

 

純情を弄ばれたロリディアはそれはもう、お怒りでした・・・・

 

 

 

 




今日はここまで。

ベルディア戦はまだまだ続きます。

果たしてベルディアは死亡フラグを折って生き残ることができるのか・・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 新型爆裂魔法

お待たせしました。

遅くなって本当に申し訳ありません。


冒険者たちは様々な面持ちで怒り狂うベルディアを眺めていた。

 

未だに去ることのない脅威に純粋に危機感を抱くもの。

先程幼女に見せていた笑顔に実は良い人なのではないかと疑念を持つもの。

幼女のサラサラの金髪を撫で回して愛でていた姿に同好の士であると勝手に親近感を抱くもの。

そんなベルディアをペド野郎だと断定して軽蔑の眼を向ける女冒険者達。

幼女に披露した一発芸がツボにはまって笑いをこらえているもの。

逆にその芸を批判的な意見でボロクソに叩きまくるどっかの宴会芸人女神。

極度の筋肉痛で座り込む女騎士を杖で突っついていじめているどっかの爆裂娘。

それを受けて嫌がる素振りをしながらも嬉しそうな悲鳴をあげているどっかの恥ずかしい女騎士。

 

そして、幼女詐欺の犯人ということでベルディアに目を付けられて、如何にしてこの場から逃げるか必死に頭を巡らせている俺。

 

「もう許さんぞ・・!この俺を散々おちょくりやがって!貴様ら舐めてるだろう!?俺のことをいつも老人に一方的にヤられている情けないデュラハンだと思って舐めているだろう!?」

 

憤怒の表情の頭を腕に抱えてドタドタと悔しそうに地団駄を踏むベルディア。

 

「おじちゃん・・・そんなに怒らないで・・怖いよう・・」

 

もう無理だと思うが一応、幼女に化けて説得を試みてみる。

 

「やめんか!!もう騙されんぞ!とっくにネタは割れてるんだよ!」

 

自分の頭を地面に叩きつけて怒りをあらわにするベルディア。

スーパーボールのように宙高くまで弾んだそれを荒っぽくキャッチする。

 

ロリコン疑惑のあるベルディアさんも流石に中身が俺では無理があるようだった。チッ・・・

 

変化を解いて幼女から元の姿に戻ると、非常に悲しそうな顔で見てくる。

そんな切なそうな目で俺を見るんじゃない・・・

本当は実在する人物だったとかそんなオチは無いから。正真正銘俺の空想上の幼女だから。

 

「クッ・・・先程まで死闘を繰り広げた私のことはすでに眼中にないだと、おのれ・・・・・・ひゃんっ!めぐみん!いい加減、杖で突っつくのをやめないか!わわ!・・・カズマまで!や、やめろぉ!」

 

剣の柄でうつ伏せに倒れたダクネスのピクピク震える腕を突っつく。

 

「何が死闘だ。勝手に突っ込んで一人で自滅しただけじゃねぇか、エクスカリバーなんてご大層な技名まで叫びやがって、見ているこっちが恥ずかしかったわ、このハッタリ聖騎士が!」

 

「は、ハッタリではない!ちゃ、ちゃんと、苦労の末、編み出した、わざ、なのだ・・・

あふっ・・たのむ・・もう、つつくのをやめて・・・んんっ!・・」

 

「当たらなければどうということはないのですよ。当たらなければ。砂埃を巻き起こすだけならそこらの農家のおじさんだってできるんです。この脳筋穴掘り騎士!このっ、このっ!」

 

「あっ、あっ、、あぁっ・・・て、敵を前にこんな、辱めを・・・んっ・・」

 

めぐみんと一緒に筋肉痛で痙攣するダクネスに連撃を浴びせる。やめてと口では言っているが、目の前で喘ぐ変態クルセイダーはこの期に及んで興奮したように頬を朱に染め、鼻息を荒くしていやがる。

この変態は本当にダメだな。早くなんとかしないと・・・・

 

ダクネスのやけに艶かしい嬌声が正門前に響き、男冒険者の大半が何かを隠すように前屈みになった。

 

ベルディアはいやらしい猿顔に変貌した頭を慌てて隠し、紳士的な態度を装う。

 

「お、おい・・そのへんにしておけ・・・確かにその者は俺を討つ千載一遇のチャンスを逃したが正面から俺に戦いを挑んだ勇気ある者だ。そのような勇敢な騎士をこれ以上辱めるようなことは――――――」

 

「余計なことを言うなっ!」

 

「!?」

 

さっきまで嫌がる素振りを見せていたドМ騎士が本性を現してベルディアに吠えた。

ベルディアはなぜ今自分が怒られたのかまるでわからない様子で絶句する。

 

「これは必要な罰なのだ!これから先同じ過ちを繰り返さないよう、戒めとして私は仲間たちの鬼畜な責めに耐え抜かなければならないのだ!さぁ再開しろ!もっと私を尖ったものでツンツンしろ!」

 

餌を前にした犬のような媚びた視線で俺を見上げるダクネス。

俺とめぐみんは冷めた目でそれを一瞥し、全く同じタイミングでため息をついた。

 

「どうした、早くしてくれ!さっきより激しく!多少血が出ても構わないから!言っておくがこんなことを誰にでも簡単にやらせる女だとは思ってくれるなよ?仲間であるお前たちだからこんなことを任せられるのだ!さぁ、この無様に敗北した女騎士に相応の折檻を・・・・あひゃんっ!」

 

とっても邪魔で鬱陶しくて面倒くさい女騎士のケツを蹴り上げ、そのまま、影分身で両手両足を拘束して奥へ連行していく。

 

寝転がってリンゴに齧り付きながらボケっとしていたアクアが影分身にゴミ捨て場に投棄されるように雑に放り投げられたダクネスを見て指を指して笑った。

 

「ウチの変態クルセイダーがどうもすいません・・・」

 

「あ、ああ。・・・お前も大変だな・・・」

 

なんだか申し訳なくなって謝罪の言葉を言う俺に対して同情したような視線で労ってくれるベルディア。

 

さっきから思っていたが、良いやつだな、ベルディア。

 

めぐみんが怒らせたことを抜きにしても何か深い事情があるみたいだが、お互いにキチンと話し合えば戦わずにすむ道もあるのではないだろうか?

 

「さて、邪魔者がいなくなったことですし、戦いを再開しましょうか。」

 

和解策を模索する俺とは裏腹に、めぐみんはいつもの厨二ポーズを決めて、ベルディアに宣戦布告する。

どうしてお前はそう、好戦的なんだよ!

 

「戦いと呼べるものをまだ、始めた覚えがないんだがな・・・・」

 

そうだよなぁ。アクアもダクネスも何もしていないのに勝手に自滅しただけだもの。あれを戦いとか呼んじゃいけない。

 

「ふ・・・あまり調子に乗らないことですね。先程あなたが下したダクネスは我がアクセル街四天王の面汚し。次は四天王最強のこの私、“爆裂”のめぐみんが相手をしてあげましょう。」

 

眼帯を外し、紅い両目を妖しく煌めかせる姿はミステリアスで確かにどこか強者っぽい雰囲気を醸し出していた。

まぁ、実際はレベル8の初級冒険者だが。

 

「さっきから言っているアクセル街四天王とはなんなのだ?」

 

「こいつのただの妄言なんで気にしないでください。」

 

なにも本当に俺達がそういう異名で呼ばれているわけではない。

めぐみんが師匠から借りた携帯ゲーム機のRPGをプレイして、なにやら敵側の四天王という存在をえらく気に入ってしまったのだ。だから単にコイツの中での厨二設定で俺たち四人を四天王に見立てているだけだ。

ちなみに、師匠とクラマはラスボスとその側近という設定らしい。

 

「あ、そう・・・まぁ、どうでもいい・・・」

 

何かを切り替えるように息を一つ吐くと、

――――――ベルディアから怖気が走るほどの絶大な殺気が放たれた。

 

さっきまでのどこか抜けていた憎めない首無騎士の面影など消し飛び、こちらに純粋な殺意を向けてくる恐ろしい敵・・・魔王軍の幹部としてそこに君臨していた。

 

 

鋭い刃のような殺気に汗が吹き出し、初めて俺は自分の死を意識した。

一歩間違えれば死ぬどころの騒ぎじゃない。生きながらえるために死力を尽くさなければ、あっさり切り伏せられて俺の第二の生涯は呆気なく幕を閉じることだろう。

ベルディアと俺にはそれほどの力の差があるのを本能的に感じ取った。

 

「そこの悪魔のように残虐非道なアークウィザードは必ずこの手で討ち滅ぼすと心に誓っていた。・・・覚悟してもらおうか。」

 

他の冒険者たちは巨大な獣に遭遇したように目を見開いて体を硬直させている。

気の弱いものなどはその場で泡を吹いて倒れるほどだった。

 

そんな中めぐみんは顔を青くさせてガタガタ震えながらも、なんとか気丈に振る舞いあくまでも強気な態度を崩さなかった。

 

「あ、悪魔とか残虐非道は言い過ぎではないですか?・・・た、確かにあなたのお城を破壊してしまったことはこちらが全面的に悪いですし、謝罪の言葉しかありませんが・・・」

 

めぐみんがそう言った瞬間。ベルディアの殺気が膨れ上がり、めぐみんはヒッと短い悲鳴をあげて後ずさる。

 

「・・お前のように無闇に破壊を振り撒く輩が、知らず知らずのうちに誰かの大切なものを踏みにじるのだ。」

 

「あ・・あ・・あ・・」

 

めぐみんがなにか言い返そうと口をパクパクさせるが恐怖に引きつった言葉にならない声が漏れ出るだけだった。

殺気を正面から浴びためぐみんの心は折れかかっていた。

無理もない。こいつは歴戦の冒険者でもなんでもなくただ少し魔法が使えるだけの14歳の少女なのだ。

 

「最強の魔法だと自ら語っておきながらそれを放つ先に何があるのか、どんな影響を及ぼすのかをまるで理解していない。現にその魔法のせいでこの俺の怒りを買い、この事態を招いた。

そして、お前は身の程知らずなその魔法のせいで、ここで命を落とすことになるのだ。」

 

「・・み・・み、身の程・・知らず・・・・?」

 

「そうだ。ちいさな子供が剣を振り回して遊ぶようなものだ。なんの責任も持てないくせに不相応な力を振るい、その結果周りの者まで巻き込んで傷つける。

・・・俺は今日、この街の人間を皆殺しにする。もう、それが口先だけの言葉ではない事は理解できているはずだ。どうする?お前のせいで大切な仲間まで死ぬことになるぞ?関係ないものがたくさん死ぬぞ?・・・そう、これから起きる悲劇は、全て、お前のせいだ・・・」

 

「・・・っ!」

 

呪いの言葉のように不吉なことを囁くベルディア。

それを聞いためぐみんは俯いて、歯を食いしばった。

その表情には様々な感情が複雑に浮かんでいた。

それは怒りであり、悔しさであり、恐れであり、そして痛々しいほど深い、後悔だった。

 

ベルディアの言葉がめぐみんのとても痛いところを深々と刺したようだ。

 

めぐみんは納得したのだ。

自分のせいであると。

誰かが死んだらそれは自分が招いた不幸なのだと。

そして、激しい後悔に囚われて今にも泣き出しそうな顔をしている。

・・・いつも強気なこいつが。

 

ああ、そうだ。確かにベルディアの言うことは何も間違っていない。どう考えてもコイツが原因だし、コイツが巻き起こした騒動だと言ってもいい。爆裂魔法を毎日撃たないと気がすまないコイツのおかしな性癖は正すべきだし、撃ち込む前の事前調査をしなかったこいつは楽観的なお花畑魔法使いで責任感など皆無に等しい。もし仮に死んじまったら俺はあの世でこいつをぶん殴って全裸に剥いた上で正座させてネチネチと説教をかますだろう。そんなコイツが諸悪の根源であることにはなんの異存もない。

 

ただ、ベルディアは一つだけ間違っていることがある。

 

「死なねぇよ」

 

めぐみんの隣に立ち、震えるその手を強く握った。

 

「誰もまだ死んでねぇし、これから誰一人死ぬこともねぇ」

 

俯いていためぐみんが驚いたように顔を上げる。その紅い瞳は涙に濡れていた。

 

「・・・カズマ・・・」

 

いつになく弱々しいめぐみんに俺は小馬鹿にするように笑ってやる。

 

「なんつー顔してるんだよ、ポンコツ魔法使い。あれ?もしかしてビビっちゃってる?さっき自分で四天王最強とかほざいていたのに、いざとなったら尻込みしてんの?“爆裂”のめぐみんとか言ってさんざん格好つけていたのに?ぷぷ・・恥っずかしーー。お前こそ四天王の恥晒しですわー」

 

「なっ・・・」

 

「そんな様じゃあ、四天王最強の座はこの“鬼畜王”サトウカズマ様のものだな。お前はさっさと帰ってパンツ履いてこいよ、このノーパンウィザード。」

 

「な、なにお~~~~っ」

 

顔を真っ赤にして俺を睨みつける、めぐみん。俺は僅かに輝きを取り戻した紅い瞳を静かに見つめる。

 

「おまえ、この前なんて言ってたよ?なんかでかいこと口にしてなかったか?アレを完成させた時、お前はなんて言っていた?その言葉を俺は今でも信じてるんだけどな。」

 

「・・・・・・・・」

 

「お前が馬鹿みたいに拘ってた爆裂魔法の凄さは俺が保証する。

だから今更怖がんな。責任なら俺がいくらでもとってやるよ。連帯責任ってやつなんだろ?だから・・・言ってやれ、めぐみん。」

 

めぐみんは俺をまじまじと凝視すると、次の瞬間、花が咲くような笑顔で破顔した。

 

俺の手をギュッと強く握り返すと、いつもの強気でどこまでも生意気な光を瞳に宿し、真っ直ぐにベルディアを睨みつける。

 

「私が悪いのは重々承知です。ですが、だからといってこっちも黙って殺されるつもりなんてありません!」

 

まだ、怖いのだろう。少しだけ手が震えているのがわかる。俺だってそうだ。本音は怖いに決まっている。

だから、お互いを勇気づけるために、固く手を繋ぎ合うのだ。そこから感じる温もりが少しは心を支える力になると信じて。

 

「ここにいるみんなも絶対に、誰一人死なせません。貴方はこの私の新型爆裂魔法で必ず消し飛ばします!」

 

ベルディアの方に杖を突きつけ、めぐみんはそう高らかに宣言した。

 

まるで物語の主人公のようだ。

悔しいがちょっとカッコイイ。

 

それに対してベルディアはクックックック・・・と悪の親玉みたいな不気味な嘲笑で返す。

 

「駆け出し冒険者が、俺を消し飛ばすとは、大きく出たな・・・俺も舐められたものだ。

だが、まぁ、こうなるとは思っていたよ。俺はこの状況を予測し、待ち望んですらいた。」

 

そう言ってベルディアは自分の頭を宙高く放り投げ、両手で大剣を握り直し、正面で構える。

 

「“イービルアイ”」

 

ベルディアがそう静かに呟くと、放り投げられた頭が空中で静止した。

そして禍々しい朱い光に包まれて、そこから瞼が開かれるようにギョロリと大きな一つ眼が出現した。

 

「なんだ・・・あれ・・・」

 

「なに、初歩的な暗黒魔法さ。俺の頭を保護し、鮮明な視界を得るだけのもの。使い勝手がいいので愛用しているがね。・・・これで、俺は常に全力で剣を振るうことができる。」

 

・・・それはなかなかに厄介だな。

デュラハンにとって体から分離された自らの頭はお荷物であり、明確な弱点だ。

俺もそこに付け入る隙があると思っていたんだが、それをいとも簡単に克服しやがった。

 

「詠唱を始めます!カズマは時間を稼いでください。新型は通常のやつより発動に時間がかかりますが、なんとかお願いします!」

 

「任せとけ!・・・・なんなら、倒してしまっても構わないだろ?」

 

「え?」

 

「いや、一度言ってみたかっただけだから、そこはスルーして・・・」

 

クナイを逆手で持ち、腰を落として戦闘態勢になる。めぐみんがアレを発動させるまで、どうにか持ちこたえないといけない。

威勢良く任せろとか言ったが、正直、怖くてたまらないし、できれば逃げ出したい。

しかし、格好つけてしまった手前、どうにか死なない範囲で頑張らなくては。

そう自分に言い聞かせて覚悟を決めて、ベルディアを睨みつけるが、あちらさんはこちらに攻めてくる様子は微塵もなく、剣を構えたまま微動だにしていなかった。

 

あれ?

 

「おいおい、まさかこの俺が仇敵を相手に発動前の魔法を潰すような無粋な真似をするとでも思ったか?遠慮するな・・・その新型爆裂魔法とやらをこの俺に放ってこい。・・正面からその自信ごと切り伏せる。」

 

自信満々にそう言い放つベルディアに俺は、思わずガッツポーズをしそうになった。

よっしゃっ!俺が時間稼ぎをする必要がなくなったぞ!

土木作業で嫌な仕事が中止になったようなそんな晴れやかな気分に浸っていると、めぐみんは非常に気に食わないような感じで顔を顰める。

いいからお前は早く魔法の詠唱をしろよ。

 

「私を舐めているんですか?」

 

「ふっ・・舐めるわけがないだろう?貴様の爆裂魔法にどれだけ俺が脅かされてきたと思う?あれがどれほどの強大な威力を持つか、ちゃんと理解しているさ・・・。ただ、先程言っただろう?俺は貴様とこういう状況になることを予測し、戦うことを望んでいたと。だから事前にそれに対しての備えもできたわけだ・・・」

 

そう言ってベルディアは何かに囁きかけるように小さな声で魔法の詠唱を始めた。

その囁きはとても聞き取れるような音量ではないはずなのに、辺り一面に怨霊のうめき声のようにおどろおどろしく浸透していった。

徐々に空気が凍りつくように冷たくなるのがわかった。体が特別冷えるような気温になったわじゃない。

ただ、空気だけがやけに冷たく、吐く息が白くなるほどだった。

 

やがてその不気味な詠唱が止まり、最後にその魔法の名前が厳かに響いた。

 

「“ダークロード”」

 

その瞬間、ベルディアの体から赤黒い光が勢いよく噴き出した。

 

その毒々しい光はまるで生き物のようにウネウネと揺れて、その全てがベルディアの持つ大剣に絡みつき、収束していく。

 

大剣は一秒ごとにその大きさを増していき、光が落ち着いた時には、全長10mほどの巨大なものに変貌していた。

 

「俺の部下たちはとても忠実だった。俺に心からの忠誠を誓ってくれていた。その大切な部下達が捧げてくれた魂。総勢400名の勇猛なアンデットナイトを犠牲にして初めて、この暗黒魔法を放つことができる・・・・」

 

「おまえ・・・」

 

「勘違いするなよ・・・決して強要したわけではない。あいつらは自ら進んで俺に魂を捧げてくれたのだ。こんな情けない俺のために怒り、悲しみ、ただ純粋な破壊の力となってくれた・・・・そんな、あいつらの魂が篭った、この一撃でお前たちを葬る。」

 

お、重っ・・・。

 

余裕の面持ちでこちらのことを舐めきっているかと思えば、仲間を犠牲にしてまで決死の覚悟で挑んでくるとは・・・

 

アンチヒーローっぽくてなんかこっちが負けそうな流れじゃね?

甲高く唸りを上げている赤黒い光の巨剣はなんだか、とても強そうだ。

めぐみんは本当に大丈夫だろうか?

 

チラリとめぐみんの方を覗くと、ちょうど爆裂魔法の詠唱が終わった所だった。

しかし、このまま放てば以前の爆裂魔法と何も変わらない。

新型はここから発展させていくのだ。

発動までにはまだ、時間はかかる。

それに対して相手はいつでも必殺の魔法を放てる状態にある。

全員の命を手のひらの上で握られているような状況が落ち着かない。

今のうちに相手のアレを不発にさせることはできないだろうか・・・・

 

・・・・と、さっきから策を練っていたのだ。

 

「“ターン・アンデット”!!」

 

「ぬぐっ・・・し、しまったっ・・」

 

どっかの女神の声が響き渡り、

白い光の塊がベルディアに直撃する。

 

「ふふん・・この私を忘れてもらっちゃ困るわね!さぁ!めぐみん!今のうちにヤッちゃいなさい!!」

 

いつの間にかベルディアの後ろに回り込んでいたアクアが卑劣にも背後に忍び寄り、浄化魔法をぶち当てたのだ。

実は影分身で密かに指示を与えていたのだ。うまくいって良かった。

 

「お、おのれ・・・卑怯な!」

 

「ふふふふ・・何を言っているのかしら。勝つためには手段なんて選んでいられないのよ。ね、そうよね?カズマ」

 

なんで俺に聞くの?俺がそんな外道なことを考えるわけがないじゃないか。

 

しかし、でかしたぞアクア。

俺がニヤリと笑って親指を立てるとアクアも同じような顔でグッと返してくる。

 

「ナイスアシストですアクア!あと、少しで、完成します!」

 

キィィィィンという高音と共に杖の先に凄まじい熱量を帯びた魔力が収束していく。

杖の先には高密度で圧縮された炎の球体が高速で回転している。

 

爆裂魔法に形態変化を加える。それが師匠がめぐみんの爆裂魔法を見て出した答えだった。

 

本来の爆裂魔法とは、体内の魔力を全て使い切るほどの膨大なエネルギーを熱量に変えて撃ち出す魔法。

忍者風に言うと性質変化の火遁の術だ。

詠唱で魔力を炎に変え、単純に山なりに撃ちだして敵の真上から着弾させて周りを巻き込む魔法。

確かにそれは十分に強力だと思う。対集団戦だったらこっちのほうが良いくらいだろう。

しかし、単体の強大な敵を想定した師匠は形態変化での爆裂魔法の攻撃力強化をめぐみんに促した。

もちろん、めぐみんは興奮した様子で修行に取り組んだわけだ。

形態変化とはその名の通りチャクラを様々な形態に変化させる技術。

それを極めたのが師匠の必殺技である“螺旋丸”。チャクラを超スピードで乱回転させ、圧縮して球体に留めきる技。

めぐみんの最終目標はそれを爆裂魔法に取り入れることらしいが、流石にまだ、無理であると諦め、妥協した。

 

そうして、形になったのが新型壱号。

回転力は比べ物にならないし、そもそも乱回転ではない。

しかし、それでも未熟ながら炎熱チャクラを球体状に留め、圧縮することに成功したのだ。

 

思い出しただけで嫉妬に狂いそうになるが、師匠は驚いた顔で確かにこう言った。

 

“めぐみんは、天才だ”と。

 

 

「ぐ・・・小賢しい!!今更こんなもので、俺を止めることができると思うな!!」

 

思ったより、ずっと早くベルディアの硬直が解ける。

 

チッ・・・やっぱりタイミングが早すぎたか・・・・

 

だが、さっき感じた不安は全く無くなっていた。

 

だって・・・

 

「はは、マジかよ・・・お前それ、昨日よりも・・・」

 

「ええ、今朝また良いイメージが湧いたんですよ。だから昨日より少しだけ、進歩しました。」

 

昨日は野球ボール程度だった火球が、バレーボールぐらいの大きさに膨らんでいた。

 

「さて、覚悟は良いですか・・・?」

 

発動準備を終えためぐみんが不敵に笑う。

 

「・・・ふん・・・・」

 

それに対してベルディアは鼻で笑って、巨剣を振り上げる。

 

めぐみんの杖から激しい火花が散り、その先の球体は回転数を上げていく。

 

「これが私の全力全開!!爆裂魔砲弾《エクスプロージョン・キャノン》!!」

 

そう叫んだ直後に飛び出した火球は捉え難い速度でベルディアに迫り、振り下ろされた巨剣と衝突した。

 

その瞬間、激しい衝撃波が起こり、俺やめぐみんやアクアを含む、近くの冒険者たちを吹き飛ばした。

 

突然のことで驚いたが、なんとか受身を取る。

それでもまだ、立つことすらままならない程の強風が吹き荒れていた。

砂埃が入らないように掌を目の前にかざしながら、指の隙間からなんとか事態を把握する。

 

めぐみんの爆裂魔法とベルディアの暗黒魔法の巨剣がぶつかり合い、拮抗しているのだ。

 

熱量をまき散らしながら突き進もうとする爆裂魔法と、赤黒い闇の光を放出しながらそれを断ち切ろうとする巨剣。

 

それを魔力切れで倒れながら我が子を見守る母親のような眼差しで見つめるめぐみん。

他の冒険者も不安を隠しきれず祈るように注視している。

アクアは遥か遠くで大の字で倒れている。吹き飛ばされて目を回したようだ。あの様子では浄化魔法でベルディアの妨害をすることはできないだろう。

 

しばらくして、冒険者の集団から歓声が上がる。

ベルディアが押され始めたのだ。暗黒の巨剣に罅が入り、爆裂魔砲弾の圧力に押されてジリジリと後退を余儀なくされていた。

 

「ぐ・・・そんな、馬鹿な・・敗れるというのか・・・あいつらの魂が篭った、この技が・・・」

 

空中に浮いて見守っていたベルディアの頭が悔しそうに呻く。

 

「いや、まだだ!・・・まだ、俺は終われぬ!ここで俺が倒れたら、あいつらは一体何のために・・・!

あいつらの犠牲を無駄にして、たまるかぁああああああ!!」

 

気迫のこもった声を上げるベルディア。

しかし、巨剣の禍々しい光は徐々に力を失っていくように萎んでいく。

それでも決して諦めることなく凶悪な爆裂魔法に立ち向かっていく勇敢な首無し騎士。

追い詰められた主人公みたいな姿に嫌な予感を覚える。

・・・なんか、逆転フラグが立っていないか?

 

俺のその予感は見事に的中することになる。

 

吹き荒れる強風の中、地を蹴り上げる力強い蹄の音が響いた。

 

ベルディアに向って矢のような速度で駆けていく黒い首無しの俊馬。

美しい黒毛が所々禿げているのが印象的だった。

恐らくデュラハンの逸話に出てくるコシュタ・バワーというやつだろう。

 

「ブラックペガサス号!!なぜお前がここに!?」

 

そんな名前なのかよ!

 

「ここには来るなと、言ったはずだ!帰れ!!」

 

絶体絶命の状況で自分の愛馬を巻き込まないよう、声を荒げるベルディア。

 

それを拒絶するかのように首なし黒馬は甲高い鳴き声を上げる。

すると、影から吹き出た漆黒の闇が黒馬を包み込み、それに溶け込むように実体を失っていく。

 

「まさか、お前・・・止めろ!止めるのだブラックペガサス号!!お前まで犠牲になることはないんだ!!」

 

ベルディアの悲痛な叫びも虚しく、地を蹴る蹄の音は消え、漆黒の霊体と化した黒馬は本当のペガサスのように空を駆け、巨剣に吸い込まれていった。

 

「そんな・・・お前まで・・・なぜだ!なぜ、お前たちはこんな俺のためにそこまで・・・!」

 

ベルディアのその声に答えるかのように闇の光を帯びた巨剣は先ほどを遥かに凌駕する禍々しさを放つ。

 

なんだこの少年漫画的な王道展開。

なんだかこっちが悪役側のような気分になってくるんだが・・・

 

「そうか・・・お前たちも、悔しかったんだな・・・」

 

そう言って一人で頷くベルディア。

え?なに?仲間の魂と対話でもしているの?

この土壇場で今は亡き仲間の声が力になる展開なの?

やめてよ、もう。これ以上、主人公の必勝パターンを演出しないで。

 

「俺に、力を貸してくれ!!行くぞ!ブラックペガサス号おおおおおおおおおおおおお!!!」

 

烈火の如き気迫とともに最後の力を振り絞るように叫ぶベルディア。

 

この一撃に全てを賭ける!とでも言いそうな主人公感。

やばいなぁ、この状況。むしろこの流れでベルディアに勝てたらその方が吃驚だよ。

 

闇の刃に圧された爆裂魔砲弾の火球は目が眩むほど激しく発光し、その場で大爆発を起こした。

 

強烈な爆風に再び吹き飛ばされる俺たち。今日はこういう目に合ってばっかりだ。

 

咄嗟に影分身で近くのめぐみんを支える。俺自身は一番近かったこともあって盛大に飛ばされ、街の外壁にぶち当たってようやく止まった。ダクネスが数多の冒険者たちの下敷きになって幸せそうな顔で倒れているし、アクアはゾンビのように泣きながら這いつくばっているのが見える。皆無事のようで良かった。

 

俺がホッと息を吐いて安心していると、未だ砂塵の晴れない爆発の中心から不吉な声が響いた。

 

「死の・・・宣告!」

 

アクアの浄化魔法とは真逆の殺意に満ちた闇の塊がめぐみんの身体に直撃した。

しまった!油断した!

 

「うわあああああああああ!!」

 

途端に苦しそうに絶叫するめぐみん。

 

砂埃が晴れるとそこには元に戻った大剣を悠然と肩に担いだベルディアが漆黒の闇を帯びた指をめぐみんに向けていた。爆発の影響で大きく抉れた地面はベルディアを避けるように不自然に別れて広がっている。

めぐみんの新型を爆炎ごと断ち切ったのだ。

 

「はぁ・・はぁ・・私の新型が・・負けた・・」

 

地面に横たわり、胸を抑えて苦しそうに荒い息を吐くめぐみん。無傷のベルディアを見上げて悔しそうに涙を滲ませている。

 

「いいや、引き分けと言っていいだろう。数多の犠牲を払ってようやく相殺とは恐れ入る。本当に大した魔法だ。それを放ったお前に最大級の敬意を払い、・・・一番最後に死なせることに決めた。」

 

「てめぇ!!めぐみんに何をしやがった!!」

 

俺は慌ててめぐみんの元へ駆け寄り、ベルディアを強く睨みつける。

 

「そいつには死の宣告による呪いを与えた。本来は発動までに一週間もかかる使えん呪術だが、俺は独自に改良を加え、大幅に時間を短縮させた。そう、そいつが死ぬまでおよそ・・・・」

 

ベルディアは勿体ぶった様子で言葉を切る。上を見上げると宙に浮いた顔が底意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

「30分だ」

 

「な・・・に?」

 

「聞こえなかったか?そいつは30分後に我が呪いにより、息絶える。」

 

30分!?30分って言った!?なんで本来一週間もかかる呪いをそこまで短縮できんだよ!無駄に有能すぎるだろベルディア!は?嘘だろ?ハッタリじゃないの?マジで?どうする?どうするよ?後、三十分でどうにかできんのか?無理だろそんなん!無理ゲーすぎるよ!

 

俺が突然の事態にパニックを起こしていると、ベルディアは高らかに笑って告げる。

 

「もちろん俺を倒せば呪いは消えるぞ!どうする?そいつをを救うために俺に挑んでみるか?そいつのために命を投げ出す覚悟の馬鹿はいるか?」

 

この首無騎士を倒す?しかも30分で?めぐみんの魔法でも倒せなかったのにそんなことができるのか?

 

覚悟の決まらないまま、めぐみんの方をのぞき見て、ハッとした。

 

今まで一度も見たことのない顔をしていた。

 

いつも元気な爆裂娘が。根拠の無い自信に満ち溢れた厨二全開の迷惑少女が。俺達の大切な仲間が。

 

ガタガタと震え、涙を零しながら、静かに自分の死を感じ取ったように虚ろな瞳で・・・

――――――絶望していた。

 

呪いを受けた本人だからこそ本能として理解したのかもしれない。

自分が確かに死ぬことを。

 

その姿を見て、頭の中で電流が走るような衝撃を受ける。

めぐみんが、死ぬ?・・・本当に?

さっきまで信じられなかったことが、確かな現実として胸を刺した。

頭に駆け巡る、今まで仲間として共に過ごしてきためぐみんの姿。

 

ダクネスをからかって意地悪そうに笑う生意気な顔。

二日酔いで弱っているアクアを心配そうに撫でる仲間思いの顔。

師匠の背に抱きついて甘える子供のような顔。

クラマと菓子を取り合って喧嘩を始め、負けた時の拗ねた顔。

そして、辛い修行に心が折れそうになっていた俺の手を握り、励ましてくれた時の優しい微笑み。

 

もう一度、胸の中で自分に問いかける。

 

めぐみんが死ぬ?・・・本当にそれで良いのか?

 

「・・・・・・・・・」

 

良いわけがない。あいつは、俺にとって大切な仲間だ。

 

「そう怯えなくてもいい。仲間は全て先にあの世に送ってやる。この街の人間を皆殺しにするなど、30分もあれば十分だからな。」

 

「・・ああ、そうだな・・・・」

 

「あん?」

 

不思議だった。さっきまでの迷いが嘘のようだ。心が固く真っ直ぐに何をするか決めている。

めぐみんを守ることを決めている。

 

「30分もあれば十分だ・・・」

 

熱い気持ちとともに今まで感じたことのないほどの力が漲る。

その湧き上がる力のままにチャクラを練り、両手の指を十字に交差させる。

 

「お前を、倒すにはな!!」

 

一瞬にして、膨大な数の影分身がベルディアを囲んだ。その数は総勢千人。

師匠との修行で最後までどうしてもできなかった、千人影分身。それがここにきて難なく発動することができた。

 

「これは・・あのジジィと同じ・・・まさか、やつが言っていた弟子とは・・・」

 

流石は師匠の相手をしてきただけのことはある。ベルディアはこの数相手に全く臆した様子はない。

コイツが強いのは十分わかっている。今の俺では厳しい相手だということも。

だが、関係ない。あいつを助けるためには倒すしかないのなら、何が何でも勝つ!

 

「行くぞおおおおお!!!」

 

チャクラを滾らせ、四方八方から、俺の軍団がベルディアに襲いかかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

胸が苦しい。心臓が痛いくらい高鳴っています。

あの首無し騎士に死の呪いを受けたのだから当然です。

 

しかし、これは本当にそれだけが原因でしょうか?

 

先ほどのカズマを思い出す。

 

大量の影分身に紛れて私を危険の及ばないところへ避難させようとしてくれたカズマ。

 

力強く私を抱き上げ、見たことがないくらい真剣な眼差しでこう言いました。

 

「お前は俺が絶対に助ける。だから、信じて待っていてくれ。」

 

死の呪いに弱りきった心に、その言葉はどれほど私に安心感を与えたことか。

私を強く抱きしめる腕の熱が余りにも頼もしくて泣いてしまいそうになりました。

去り際に見せた不敵な笑みも素敵でした。誰だコイツ、と若干思いましたがそれくらいさっきのカズマが普段では考えられないくらい男前だったのです。

思い出しただけでも心がじんわりと熱くなって、呪いの苦しさを忘れてしまいそうなくらい・・・・

 

「どうしたの?めぐみん。ポーとして。随分顔が赤いけど?」

 

「な、なんでもありませんよ!なんでも!そうです、そんなわけありません、一時の気の迷いです。多分吊り橋効果というやつです。まさかそんな、あ、ありえませんよ。わたしがそんな簡単に・・・このわたしがそんなチョロい女であるはずがありません。か、カズマなんてすぐ人のパンツを盗る変態ですしっ。スケベで綺麗な女の人を見かけるとすぐデレデレするので浮気性な匂いがプンプンしますしっ。たまにヘタレるし、妙に世間知らずなところもあるし・・・・でも意外と頑張り屋で、実はすごく優しくて、面倒見が良くて、一緒にいて楽しくて・・・あぅ・・そ、そんな、カズマなんてわたしは別に・・・」

 

「ど、どうしたのだ?めぐみん!小声でブツブツと、魔力切れなのに魔法の詠唱でもしているのか?」

 

「きっとあのクソアンデットの呪いのせいで精神的に参ってるんだわ!」

 

「そうか!おのれ、私達の仲間によくも・・・」

 

「そ、そうですよ、精神が弱っている時に心の隙間を狙ってくる詐欺師のような手法です。鬼畜なあの男のことです、そうして私を手込めにしてこの豊満なボディを好き勝手に弄んだ後、私を孕ませて元気な男の子と女の子をそれぞれ二人ずつ出産させて、結婚という墓場に私をぶち込んで、そんでもって私を家庭というぬるま湯に死ぬまで縛り付けて、老後は二人で旅行なんてして年老いた私をあちこち連れ回して私の寿命を減らしまくって、最後は同じ墓でジ・エンド。という計画ですねっ。な、なんて恐ろしい。もう、しょうがないですねっ。」

 

「お、おい、アクア!めぐみんの様子がやはり何かおかしいんだが、なんとかならないか!?」

 

「ふふん。この女神さまに任せなさいな!こんな小賢しい呪いなんてお茶の子さいさいよ!

“セイクリッド・ブレイクスペル”!!」

 

「・・・へ?」

 

「おお!めぐみんの黒い瘴気がみるみるうちに引き剥がされていく!」

 

「これでなんの心配もないわ!良かったわね、めぐみん!」

 

「ああ!本当に良かった!」

 

「え?・・えーー・・・?」

 

「さて、30分たってもなんともないめぐみんを見て間抜けな顔をするクソアンデッドを笑ってあげましょう!」

 

「おいおい、それより、めぐみんのために命懸けで戦おうとしてくれているカズマに早く知らせよう。」

 

「あ、そうだったわ!おーい!カズ・・・わぷ・・」

 

「お願いですから、もう少し見守りましょうっ!ね?あちらも盛り上がってるみたいですしっ!」

 

「えーー・・」

 

三人でカズマの方を見るとちょうど、今まさに戦いが始まろうとしていました。

 

「行くぞおおおお!!」

 

「ふふふ、大した気迫だ!流石はあのジジィの弟子を名乗るだけはある!さぁ、あの娘を助けたくば、この俺を倒してみるがいい!!」

 

そうして、何も知らない二人のシリアスな戦いが幕を切ったのです。

 

 

 

 




ギャグのキレがイマイチなので途中からシリアス風味になりましたw

ベルディア戦は多分次で決着します。

あ、ちなみに、めぐみんは前回パンツを盗られたので今回は最初から最後までノーパンでした
(*゚▽゚*)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話 奮闘

こんな俺が騎士を志した理由は一体なんだったのだろうか?

 

罪のない誰かを殺めた日の夜には、いつもそんなどうでもいい疑問を自分に投げかける。

それはさして意味のないことだ。分かっている。自分の起源を今更知ったところで俺は何も変わらないし、変われない。

俺は自分の望みを叶えるためだけに魔王様の命令に従い、人間を殺す。ただ、それだけだ。

最早そこに騎士としての矜持などなにもない。

人の命を奪う忌むべき魔物。それが今の俺だ。

そう、頭では分かっていても何かを求めるように心が過去へと飛んでしまう時がある。

辛い現実を酒で忘れるように気が緩むと軟弱な魂が過去へと逃避を始めるのだ。

 

生前のことは今でもよく覚えている。苦しくなるほど鮮明に思い出せる。

それでも、ただ一点、思い出すことができないことがあった。

 

あの頃の自分が騎士などというものを目指した理由が何一つ思い出せない。

 

それだけが、小さな穴が空いたように記憶から消え失せている。

それが、どうも奇妙なのだ。

 

そんな大事なことを忘れてしまっていることもそうだが、よくよく考えてみると、あの頃の俺が騎士を目指すこと自体が不可解なのだ。

 

なぜなら、騎士などという高潔な大人など俺の周りには一人もいなかったのだから。

 

 

俺はとある大国の“ネズミの巣”と呼ばれる荒れ果てた街で育った。

その名の通り人間がネズミのような生活を強いられる素敵な街だ。

人々は常に腹を空かせ、ゴミのような食べ物を得るために毎日必死だった。

もし誰かに故郷で思い出深い食べ物は?と聞かれたら「腐った野菜の根」とか、「雨水の雑草スープ」としか答えられないだろう。それだけ食べるものというものが無かったし、数少ないそれを巡って争いが絶えなかった。

人を殴る音と誰かの悲鳴が聞こえない日は無く、道端に死体が落ちていることも珍しくない。

見慣れたそれを素通りするのは物心が着いた頃にはもう当たり前のことだった。

それはやせ細った大人の男だったり、弱そうな老人だったり、若い女の時もあれば、その頃の自分と変わらない小さな子供の時もあった。

そいつらの共通点はただ一つ。弱者であること。

不運にも上等な食料を手に入れてしまったか、強者の機嫌を損ねたか、あるいは退屈な誰かの暇潰しとかそんな下らない理由もあの街なら有り得る。

あの街には二種類の人間しかいない。奪う者と奪われる者だ。

金も食料も命さえ油断するとあそこでは容易く奪われるのだ。

そんな街に信用できる人間なんて皆無だった。

 

みんな常にしかめっ面を浮かべていて、もし誰かが素敵な笑顔を浮かべればそれは十中八九、他の誰かを騙そうとしている時だ。

特に女はそういう手を心得ているのか俺も幼い頃に随分と純粋な心を汚されたものだ。おっぱいを見せてあげるなんて言われたらそりゃあ純粋な子供は僅かな食べ物を差し出してでも見たいと思ってしまうものだろう。

それがまさか、乳首に毒針を仕込んでいるなんて・・・危うく死にかけたぞ。

 

両親にしてもロクデナシ中のロクデナシという感じだった。下衆どもの集うネズミの巣のご近所でも有名な、親が子供に与える外道な行いを全てやり尽くしたと言っていいくらいの完全なる駄目親だった。

子は親を選べないというが、まさかこの地獄のような街で最大のハズレくじを引くことになるとは、どんだけ付いていないんだ俺は。

 

まともな人間なんてあそこには誰もいなかった。

 

きっと最初からそうではなかったのだろうが、誰もが極度の貧しさに人としての心を失い、魔物のような悪の塊に変貌していた。それは俺も例外ではなく、あの街にいた頃は誰かを傷つけることに疑問なんて沸かなかった。奪うことは当たり前で、弱いことは罪だった。

 

あの頃、俺は知らないことが多すぎた。

あまりに殺伐とした世界に優しさを知れず。

罪を犯すことが当たり前の日常に誇りを知れず。

ダメな大人ばかりに囲まれたせいで気高さを知れず。

与えられたことが一度もないから愛情も知らなかった。

 

そんな俺がどうして騎士なんて身の程知らずなものになろうとしたんだろうか?

噂話に出てくるいけ好かない偽善者。そういう情報しか知らなかったはずなのに。

 

なぜ俺は、騎士になってしまったのだろう?

 

あの頃の何も知らない罪深い子供のままでいれば、

 

・・・・こんなにも苦しまなくて済んだのだろうか?

 

脆弱な魂がまた、余計な想いを心に描く。

 

水に溺れるような息苦しさを覚えて、たまらず空を見上げるが、星一つ無い曇天に答えなど見つからずまた首のない頭を俯かせるしかなかった。

 

明日もまた、殺戮のための異動が始まる。

次の目標地点はそう、駆け出し冒険者の街「アクセル」だったか・・・・・

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

アクセル街の正門前は緊迫した空気に包まれていた。

 

大勢の冒険者が武器を強く握り締めながら目の前の戦いを固唾を飲んで見守っている。

 

「お、おい、俺達も加勢したほうが良いんじゃねぇか?」

 

「あ、あんな戦いに割り込めるわけねぇだろ。俺達が出て行っても邪魔なだけだ・・・」

 

ある冒険者が耐え兼ねたようにそう口にするが、言われた方は卑屈そうな顔で下を向く。

同じ顔の者は少なくない。ベルディアの強大な殺気をぶつけられたことで戦意を削り取られたようだった。

駆け出し冒険者の街といっても若いルーキーばかりではない。

中にはそこそこのレベルの熟練冒険者もいる。

そいつ等まで揃いも揃って不抜けているのには理由があった。

 

「はぁぁぁああああああ!!」

 

街の冒険者の総数を遥かに上回る数でベルディアを取り囲むカズマの影分身。

クナイを逆手に持ち、次々に斬りかかるカズマ達。

その練度は決して悪くない。フェイントを混ぜながら、影分身同士のコンビネーションをちゃんと意識している。

ナルトの教えをよく守っている証拠だ。

しかし、相手が悪過ぎた。

 

「温いっ!!」

 

不甲斐ないとでも言いたげに一喝すると、大剣を暴風の如く振り回すベルディア。

それに成す術なくカズマの集団は煙に変えられていく。

ベルディアは鬼のように強かった。

我武者羅に振るっているようでその実、精錬された強者の武技である。

 

それを見て顔色を悪くしながら震え上がる冒険者たち。

この街の猛者と呼べる者たちはベルディアの殺気に当てられた時、一人残らず植えつけられた。

吐き気が覚えるほど暗く濃い、死のイメージを。

そしてそのイメージを体現させるように影分身を葬っていくベルディアの強さに、経験豊富なゆえに確信してしまったのだろう。

立ち向かったところで、目の前の分身達のように簡単に斬り殺されるだけだと。

 

「なんで・・最弱職のあいつが戦っているのに、俺達は・・・」

 

ダストと呼ばれる若者が、悔しそうに拳を握りながら呻いた。

 

 

 

「さ!・・と!・・・う!!・・・」

掛け声とともに集団で下段蹴りを放つ。体勢を崩すことを狙ったようだが、しかしベルディアの足は大地に根を下ろした大樹のようにピクリとも動かない。

 

それに構わず、千体に及ぶカズマの影分身が鋭いクナイを閃かせて、ベルディアに殺到する。

 

 「カズマ連弾!!」

 

それを迎え撃つでも、避けるでもなく、ベルディアは腰を深く下げて全て受けきった。

 

ギギギギギギギギギギッと硬いものを切りつける硬質な金属音が断続的に響き、

 

「うわぁっ!」

 

わずかな隙を見て、大剣を一閃させて複数の影分身を一瞬にして煙に変えた。

 

「悲しいが、レベル差というやつだ。お前の攻撃ではいくら重ねようと俺には届かん。」

 

そう言ってベルディアは剣舞のような滑らかな動きで影分身達を次々に蹂躙していく。

時にはなぎ払い、振り下ろし、乱れ突き、拳打を浴びせ、蹴りを放つ、時折怪しげな魔法で攪乱までする。縦横無尽に動き回る姿は戦士として、すでに完成されていた。

前回のホモ魔剣士とはわけが違う。今回の相手は百年もの年月を戦いに費やしてきた不死の騎士だ。わずか一ヶ月余りの戦闘経験しか持たないカズマとでは天と地ほどの差があるのだ。

千体あった影分身はすでに三割以下にまでなっていた。

 

煙玉も幻術もスティールも何一つ意味をなさなかった。

あの頭上でベルディアの頭を保護している“イービルアイ”という術のせいだ。

邪悪に光る一つ目が幻術を看破し、巻き上がる煙を見通し、弱点の頭をスティールから守っているのだ。

おまけに解析能力まであるらしく、カズマの動きをパターン化して完全に見切っていた。

 

唯一当たるのが昔のナルトのような数に物を言わせた集団特攻だが、それも火力不足で何一つ決定打を与えられずにいた。

 

「舐めんな!」

 

カズマの影分身達が四方八方からベルディアに手裏剣を浴びせる。

その凶器の雨をベルディアは曲芸のように器用に大剣を回転させ、なぎ払っていく。

打ち返された手裏剣に当たって更にカズマの分身たちは数を減らしていった。

 

「クソッ、火遁・豪火球の術!」

 

カズマが印を結ぶと同時に息を大きく吸い込み、その口から身の丈ほどの大きさの火球を吐き出した。

ベルディアに向かって直進する豪火球。まともに命中すれば確かなダメージを与えられるほどの火力だ。

それをやつは恐れる様子を微塵も見せずに走り出し、その勢いのまま袈裟斬りに大剣を振るい豪火球を見事に両断してみせた。

 

「お前が本体だな?」

 

「クッ・・・・」

 

そのまま距離を詰め、カズマに向って大剣を横なぎに振るうベルディア。

カズマは攻撃範囲の広いその攻撃を影分身を踏み台に空中に逃れることでなんとか躱しきる。

しかし、ベルディアは大剣を高飛びの棒のように地面に突き刺してカズマに追い迫るように空中へ勢いよく飛び上がった。

右腕を大きく振り上げ、唖然とするカズマの腹めがけて拳を振り落とした。

 

「ゴッ・・ハッ・・・!!」

 

拳が腹にめり込みカズマの体が空中でくの字に曲がる。そのまま凄まじい勢いで地面に叩きつけられた。

地に激しく体を打ち付けられ、壊れた人形のように力なく横たわる。

 

「「「カズマぁっ!?」」」

 

仲間の三人が悲鳴を上げる。

足手まとい二人を置いてアクアが駆け出すが、その行く手を着地したベルディアが塞ぐ。

 

「もう10分か・・・思ったよりも時間が掛かってしまったな。」

 

「そこをどきなさいっ!クソアンデッド!!」

 

「残り20分。どれ・・少しペースを上げるとしよう・・・」

 

そう言ってアクアに向かって大剣を振り下ろそうとするベルディア。

 

――――――その油断しきった背中に豪火球が炸裂した。

 

「ぐぁあああっっ!!」

 

ベルディアの後ろには影分身に両肩を支えられた満身創痍のカズマが不敵に笑っていた。

 

「へへ・・ようやく、イイのが一発入ったな・・・あと千発は・・・おみまいしてやるよ」

 

すでにカズマの体はボロボロだった。拳とはいえ魔王軍幹部の一撃がまともに入ったのだ。

初級冒険者の域を出ないカズマのレベルでは相当のダメージだろう。

恐らくは大の男でも泣いてのたうち回る程の痛みに襲われているはずだ。

しかし、それでもカズマは笑っていた。

脂汗を流して殴られた腹を片手で押さえながらもカズマは獰猛に笑ってみせた。

その瞳は全く死んでいなかった。ギラギラと輝く瞳には確固たる決意を宿している。

昨日までの逃げ腰でヘタレだったカズマはもういない。

仲間を守るという不屈の意志の下、軟弱だったカズマの精神が一人の立派な忍びとして成長を遂げていた。

 

その姿がどうしても、かつてのナルトと重なってしまい胸の奥が熱く震えた。

 

「・・・お、おのれ・・・この死にぞこないが!!」

 

背中から煙を上げながら、カズマに向かって駆け出そうとするベルディア。

 

その背に・・・

 

「“ターンアンデッド”」

アクアの浄化魔法の光が再び襲う。

 

「ぐぬぅ・・・・」

 

「どきなさいって言ってるでしょ!邪魔っ!!」

 

硬直したベルディアを蹴飛ばしてカズマの元へ駆け寄るアクア。

すぐさまヒールをかけてカズマの腹を治癒する。

 

「うっわ、いったそー・・・骨がバキバキに折れて内蔵に突き刺さってる・・・ねぇ、なんでこんな状態で立ってるの?Mなの?ダクネスと同じドМなの?」

 

「・・・うるせーな・・めぐみんを助けるためなら多少の無理はしょうがねぇんだよ。相手は魔王軍の幹部なんだからな・・・それぐらい覚悟しないと、届かねぇ・・」

 

「う・・い、言いづらい・・朗報なはずなのに言えない・・・わ、私、今日初めて空気を読むということを覚えた気がするわ・・・うん、私は今、空気を読みました。」

 

「あん?ボソボソと何言ってんだよ?」

 

「な、なんでもないわ!が、頑張ってね!!あまり無理したらダメよ」

 

「おう!サンキュー。でも流石だな、あれだけの怪我がもう完治してやがる。うん、これでまだ、戦える」

 

カズマがチャクラを更に練り上げ、影分身を増量させる。

 

「さて、お仲間との別れは済んだか?」

 

それを硬直が解けたベルディアに向って特攻させた。

 

「「「火遁・豪火連球!!!」」」

 

影分身たちの放つ豪火球の乱れ打ち。

それをベルディアはもう見切ったとでも言うように軽やかな身のこなしで躱していく。

そして刃を煌めかせ、一人、また一人と次々に始末していく。

 

それを少し離れた後方から真剣な顔で見守るカズマ。

影分身の情報を蓄積しながら必死に活路を見出そうとしているようだった。

 

「アクアは下がっていろ。危ねぇからな。」

 

「何言ってるのよ。私の浄化魔法で動きを止めればさっきの口から吐くやつを当て放題じゃない。私も一緒に戦うわ!」

 

掌に拳を打ち付けてやる気満々のアクアにカズマはゆっくりと首を横に振ってみせる。

 

「もう、あの浄化魔法は当たらねぇよ・・・完全に警戒されちまってる。発射速度も遅いし不意をつかないとあれは絶対に当たらない。」

 

「だったら、不意をつく方法を考えなさいよ!」

 

「え?」

 

「一人で戦うなんてどっちにしろ限界があるの!本当に何が何でも勝ちたいんだったら私の力をちゃんと使いなさいよ。この私を物としてこの世界に持ってきたんでしょ?だったらちゃんと上手に使いなさい。言っておきますけどこの女神アクアの力はそんじょそこらのチート持ちなんかよりよっぽど強力なんですからね!」

 

「・・・・・」

 

「あんたがめぐみんを守りたいように、私たちだってカズマがボロボロに傷ついた姿を見るなんて嫌なのよ。あの動けない足手まとい達はともかく、私は元気なんだから黙って後ろで見てろなんて言われても困るわ。ゲームでもボス相手にパーティーが力を合わせて集団でボコるなんて常識的な攻略法でしょう?何を素直にタイマンなんて張ってんのよ?馬鹿なの?」

 

「・・・・先程、タイマン勝負とかほざいて単独で突っ込んで自滅した女神がいた件について・・・・」

 

「黙りなさい。全く人の揚げ足ばっかりとって・・・・だからあんたはヒキニートなのよ。そんでヒキニートならヒキニートらしく得意なゲーム知識でも披露してもっとうまくやりなさいよ。最初の街に攻めてくるような序盤ボス風情にいいようにやられてんじゃないわよ。」

 

「ヒキニート言うな。はぁ・・ったく好き勝手言いやがって・・・」

 

カズマはため息をつきながらもどこか嬉しそうに口角を上げ、アクアに向って拳を突き出す。

 

「期待してもいいんだな?アクア。」

 

それに対して得意げに笑い、拳をコツンと突き合わせるアクア。

 

「当然よ!この女神様の偉大なる力を見せてあげるわ!」

 

「くれぐれも勝手に突っ込んだりするなよ?マジで死ぬからな?俺とタッグを組む以上、こっちの指示に従ってもらうぞ」

 

「えーー・・それは女神的プライドが・・・まぁちょっと聞いて?私にいい作戦があるの。いい?ここにバナナの皮があるわ。これをね?敵に向って思い切り投げるの。すると相手は・・・」

 

「いいから黙って従え低知能駄女神!

バナナの皮なんて取っておくんじゃない、捨てろ!・・・いいか?お前がやることは・・・」

 

カズマがバナナの皮を奪い取って邪魔そうに放り捨てる。

そして身を寄せ合い小声で作戦会議を始めるカズマ達。

 

戦況はあまりよろしくない。作戦を立てたとしてもカズマの現在習得している忍術を考えたら、どうもひと押し足りないように思う。豪火球ではベルディアは倒しきれないだろうし、かと言って“アレ”を使うのもこの状況ではただの愚行だ。

 

さて、ワシはどうしたものか・・・・

今、加勢しても問題が生じないのはワシだけだ。

ワシが動いたとしてもあの“計画”には何の支障も出ない。

本来ならこの仲間たちの苦難に力を貸すべきなのだろうが・・・・

できればベルディアとは戦いたくないな。

 

隣のナルトを見ると、そわそわと落ち着きがない。こういう選択をしたが、内心では心配でたまらないのだ。

さっきカズマが殴られる直前も飛雷神の術で割って入ろうとしたのをワシが止め、必死に我慢していた。

 

アクアが自滅して泣かされた時も、ベルディアに怒りの炎を燃やしていたナルト。

 

ダクネスが必殺技を叫んだ時にハラハラしながら掌を合わせて「当たりますように」と神頼みしていたナルト。

 

めぐみんの爆裂魔砲弾の完成度に興奮して叫びだそうとしていたナルト。

 

加勢したくてたまらない気持ちを血を飲む思いで、懸命に押し殺してきたのだ。

仲間思いのこいつには辛い状況だろうが、例の“計画”を成功させるために耐えてもらわなければならない。

 

そもそもコイツが毒キノコなんぞ食ったせいで、こんなまどろっこしい事態になったのだ。

 

本当なら、もうこの戦いはとっくに終わっていたというのに・・・

まったく、ナルトのせいで計画が随分と狂っちまった。

 

 

ワシが批難がましく見つめると、ナルトの落ち着きのなさが最高潮に達していることに気づく。

最早、そわそわなんて可愛らしいものではなくガクガクブルブル、死ぬ前の老人の発作のような尋常ではない落ち着きの無さ。

 

「あークソ・・・せめて弱点でも分かれば・・・」

 

そのカズマがこぼした苦しそうな一言でナルトの過保護な師匠心が爆発した。

 

「水だああああああーーーーー!!水が弱点だってばよおおおおおおお!!!!」

 

ナルトの魂の叫びが天に駆け上る風遁・風龍弾のような怒涛の勢いで皆の鼓膜を強烈に衝いた。

 

突然の大音量にひとり残らずこちらへ、何事かと恐れ慄いたように視線を向ける。

 

そこには・・・・

 

青いオーバーオールに赤いシャツ。Mという一文字が目立つ赤い帽子を被った小太りのヒゲオヤジがいた。

そう、ナルトである。

 

その隣には同じくオーバーオールに緑のシャツとLと書かれた緑の帽子を被るノッポのヒゲオヤジもいる。

・・・認めたくないが、それはワシだ。

ああ、本当に何やってんだろうなぁー・・・

こんな姿をもし他の尾獣共に見られたら自殺ものである。

 

「だ、誰だ・・あいつら・・・」

 

「あんな奇抜な服装なやつ、見たことあるか?」

 

「い、いや、おれは初めて見るやつらだぜ・・・」

 

「お、おれも・・・あんな存在感のある奴らがいたら忘れねぇよ。」

 

「あ、でも、あいつ今、・・・あの爺さんの口癖を・・・」

 

モブ冒険者達の怪しいものを見るような視線が痛い。

ナルトもさすがにまずいと思ったのか、フレンドリーな笑みを浮かべて爽やかにプンという軽快な音と共にジャンプを披露した。

 

「Yahoo!!!」

 

「「「!?」」」

 

「Mamma mia!!」

 

「おい、今なんか喋ったぞ!なんて言ったんだ!?」

 

「わ、わかんねぇよ!なんなんだあいつは!?」

 

「怖えーよ!わけがわかんなくて怖えー!」

 

人畜無害なオッサンを演じるはずがモブたちの更なる恐怖を煽ってしまったようだ。なぜだろう?

 

「み、みず?弱点を教えてくれたのか?」

 

「というか今、だってばよ、とか言いませんでしたか?あのヒゲのおじさん。」

 

「ま、まさか・・・」

 

「いや、多分そうでしょうね。おトイレに行っていると思ったらあんなところで見ていたなんて・・・」

 

さすがに付き合いの長いパーティメンバーは感づいたみたいだった。

恨みがましそうな目線でジリジリとほふく前進でにじり寄って来る。少し怖い。

 

「スンスン・・・この嗅ぎ慣れた加齢臭は・・・やはり・・」

 

「うう・・笑ってたんだな・・・必殺の一撃を無様に外した私を隠れて影で笑っていたんだ・・・ひどい・・」

 

ゾンビみたいに這い蹲りながらナルトのオーバーオールの裾をグイグイ引っ張る二人。

 

そんなワシらをカズマとアクアは呆れたようなジト目で見つめていた。

 

「ほー・・あんなところにマ○オがいるぜ。どう思う?アクア」

 

「あの配管工のおじさんが実在するとは考えづらいわ。あれは、私の名推理によると恐らく・・・」

 

「まぁ、だってばよ、とか言っちゃってたからな。あの某子供探偵が鼻で笑うような、ずさんな変装だ。」

 

「・・・何をやってるのかしらね・・・」

 

「ホント、何をやってんだろうな・・・」

 

そう言って顔を見合わせる二人。その肩はプルプルと震え、顔面は徐々に崩れ始めた。

次の瞬間、二人同時にブフッと吹き出し、腹を抱えて爆笑した。

 

「ブハハハハハハ!!!馬鹿みてぇ!!クラマまで何やってんだよ!!ククク・・腹痛てぇ・・」

 

「アッハッハッハ!!おっかしいー!!キノコを食べたからあんな風になっちゃったの?1UPしちゃったの?プフフフッ・・もー、あんな不審人物になんで誰も気づかなかったのかしら!明らかにおかしいでしょうに!プッフーー!」

 

「クックック・・何か事情があるのかもしれんが・・ブフフッ・・あの姿はふざけすぎだろ!さっきまでの緊迫した雰囲気をどんな顔して見てたんだ?クフフフ・・二人だけ世界観が違いすぎだろ!」

 

「プフフフフッ・・お爺ちゃんたち超ウケるんですけど!クソデュラハンの一発芸なんかよりよっぽど面白いわ!今度私とトリオで芸を考えましょう!きっとウケること間違いないわ!」

 

こちらを指差して涙を浮かべながら笑いまくる、爆笑コンビ。

ナルトのせいでワシ等の変化は完全に見破られてしまったようだった。顔から火遁が出そうだ。

・・・恥ずかしいっ。

クッ・・そんなに笑わなくても・・・ワシだって何も好きでこんな姿に変化しているわけではないのに。

 

というか何故マ○オを知っているんだろう?ワシ等の世界の有名なゲームキャラクターであるはずなのに。

まさか、任○堂の関係者にも転生者が?・・・だとしたら一体どちらがオリジナルなのか・・・

などと、とあるゲーム会社の謎を解き明かそうと思考を巡らせていると、ベルディアの怒声が耳についた。

 

「貴様ら何がおかしい!!この絶望的な状況に気でも狂ったか!?」

 

たった今、カズマの増量した影分身を全て倒しきったベルディアが怒りを顕にして怒鳴る。

今まで無視されていたものだからご立腹らしい。

 

「ハハッ、笑いたくもなるさ!今、ようやくお前を倒す算段がついたんだからな!」

拳を掌に打ち付けて自信満々に言い放つカズマ。

 

それを見たベルディアは忌々しそうに鼻を鳴らす。

 

「フンッ・・聞こえていたさ。俺の弱点を知って希望でも湧いたか?そこの見慣れぬヒゲがなぜそれに気づいたかはわからんが、確かに水は俺にとって大いなる弱みだ。それは認める。

・・・だが、それがどうした?」

 

大剣を隙なく構え、ベルディアがなんでもないように力強く言う。

 

「たったそれだけのことでこの俺に勝てるとでも思ったか?

そういうのをな・・・思い上がりというのだよ!小僧!!」

 

大剣を後ろに振りかぶり、殺気立って突進してくるベルディア。

 

それを見て、あわわわわ、と慌てるアクアの横で冷静にカズマは多重影分身を生み出し、応戦する。

 

「アクア、さっき言った作戦通りにやるぞ!大丈夫だ!自信を持て!お前はやれば出来る子だ!」

 

「え、ええ!そうよ!魔王軍幹部がなんぼのもんじゃーい!!や、やったるわっ!!」

 

カチコミに行くヤクザみたいなことを叫んで我武者羅に突っ込むアクア。

そんなアクアの周りを守るように取り囲む影分身達。

一体何をするつもりだ?

 

「いくぞアクア!お前の女神としての力を見せてやれ!セクシーなポーズを忘れるな?」

 

は?セクシーなポーズって?・・・まさか。

 

「“ドキドキ♪女神ハーレムの術”!!」

 

そんなカズマの叫び声と同時に展開された、扇情的なポーズを決めたアクアの群れ。

見渡す限りのおびただしい数のアクアの軍勢。大量発生したアクアはウッフーン、と色っぽい声を出して小ぶりな胸やら尻を蠱惑的に魅せている。

 

ちなみにその中で一番、色っぽさが皆無で男心をまるで刺激しないのが本物である。

一人だけ顔を紅潮させ、恥ずかしそうにアハンッアハンッと小声で呟き、ぎこちないポーズでアホみたいな姿を晒していた。

本物がこんだけわかりやすくて大丈夫なのか心配になる。

しかし、まぁ中身はともかく見た目は確かに文句なしの美少女なわけだし虚を突くのには良さそうだ。

ベルディアも相当な女好きだし、これは結構な効果が・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

あれ?

特に動揺した様子を見せない、完全な“無”の状態のベルディアに疑問を覚える。

 

「・・・ハンッ・・・・・」

 

小馬鹿にしたように鼻で笑ったベルディアは躊躇なく一番近くの影分身が化けたアクアを切り裂いた。

あ、あれーーーー?

 

「悪いが、その娘は、思いっっっきり・・俺のタイプではない!!」

 

そう力強く断言するベルディアにアクアがキレた。

 

「はぁぁあああああ!?ふざけんじゃないわよっ!このロリペドクソアンデット!!美的感覚が狂ってんじゃないの!?」

 

キーキーと猿のように怒りのままに、まくしたてるアクア。悔しさのあまりちょっぴり泣いていた。

それを見ていたカズマの本体が頭を抱える。

 

「あークソッ、いきなり作戦が狂った!顔が良いのがこの駄女神の数少ない美点なのに、まさかここまでアクアに女としての魅力に欠けていたとは・・・仕方ないこうなりゃ、ヌードを披露するしか・・!アクア!全裸モードの許可を!」

 

「嫌よっ!馬鹿じゃないのっ!?絶っ対に嫌よ!」

 

「そこをなんとか!めぐみんの命が掛かっているんだぞ?お前の裸体で仲間が救えるなら安いものだろ?」

 

「まだそんなこと言ってるの?この情弱が!めぐみんはねっ・・・いえ、なんでもないわ・・

とにかく嫌だから!もし私が裸体まで披露したのにそれでもあのロリペドに鼻で笑われるようなことがあったら私、女として死んじゃいますから!一度負った心の傷はね、どんな優秀なアークウィザードでも決して癒すことはできないの!」

 

などと二人が言い合っているうちにベルディアは何か鬱憤を晴らすように楽しそうに偽アクアを斬殺していく。

浄化魔法を何度も食らわせられたことを根に持っているのかもしれない。耐えられるとはいっても直撃したら相当痛いと本人が言っていたしな。

 

「チッ・・どうする?今のままじゃ当てられない・・・気を少しそらすだけでいいんだ・・何かないか・・なにか・・」

 

迫り来るベルディアを見つめて焦ったように考え込むカズマ。

めぐみんの死の呪い発動まで、もうあまり時間は残されていない。と、カズマは思い込んでいるわけだから余裕があまり無いようだった。ワシも死の宣告が解除されてなかったら、こうして気楽に傍観なんてしていられなかっただろう。

 

「ふははははははは!青髪が32匹、青髪が33匹、青髪が34匹!」

 

青髪というのはアクアのことらしい。同情を誘うように泣きながら逃げ惑う演技をしている影分身たちを笑いながら容赦なく切り伏せて行くベルディア。どんだけアクアのことが嫌いなんだよ。さっきまで幼女に優しく接していた紳士的なお前はどこに行ったんだ。

何かスイッチが入ったように狂戦士と化したベルディア相手にもう、打つ手はないように思われた。

その時だった。奇跡が起きたのは。

 

「青髪が36匹、青髪が37匹!青髪が・・どわああぁぁっ!」

 

何かに足を滑らせて無様に転倒するベルディア。

それは――――――

 

「あ、さっき俺が投げ捨てた、バナナの皮・・・」

 

アクアが持っていたそれを奪い取り、何気なく投げ捨てたバナナの皮が偶然ベルディアへのトラップになったのだ。

別に緻密な計算でベルディアを誘導したわけじゃない。今の今までその存在なんて気にも止めていなかった、ただのゴミが偶然ベルディアを古典的なギャグのように愉快に転ばせた。

サトウカズマの持つ最大の武器。やたらと高い幸運値がここに来てようやくその真価を発揮したのだ。

まぁ、ベルディアの運の悪さも良い具合にハマったのだろうが、とにかく千載一遇の隙ができた。

 

「今だ!やれ!アクア!!」

 

「よくも私を37人もぶった斬ってくれたわね!喰らいなさい!“セイクリッド・ターンアンデッド”!!」

 

先程までのと比べて一際大きな輝きを放つ純白の光の塊がうつ伏せに倒れ込んでいるベルディアに襲う。

咄嗟に転がって避けようとしたようだが、今回のそれは効果範囲があまりに広すぎた。

奮闘虚しく浄化の光はベルディアを覆い尽くし、その不浄の身を焼き焦がした。

 

「ぐぬああああぁっ・・お、おのれええええええぇ・・!」

 

プスプスとドス黒い煙を上げながらベルディアは怨嗟の声と共に、緩慢な動作で片膝を着き、身体に鞭を打つようになんとか立とうとしている。

それを見てカズマは一切気を緩めることなく次の手をうってくる。

 

「追撃だぁあああああ!!撃てぇえええええ!!!」

 

「「「“クリエイト・ウォーター”!!!」」」

ベルディアを包囲していた影分身達が手から一斉に初級水魔法を撃ち出す。

初級魔法なだけあってそれは殺傷能力が皆無のただの水の放射に過ぎない。いくら水が弱点の者であってもなんのダメージにもならないだろう。ましてや、その相手が魔王軍幹部ともなればバケツの水で山火事を消すような無謀な行為だと言える。

しかし、それが百を超える数で一斉掃射されたとなれば話は別だった。

 

「ぬああああああああああ、や、やめ、つ、冷たい!あひゃぁああああああああああ!!」

 

ベルディアの身体に絶え間なく打ち込まれるクリエイト・ウォーター。数の暴力とは恐ろしい。単なる水鉄砲が凶悪な拷問に成り得てしまうのだから。

というか頭のないベルディアだからまだ生易しく見えるが、これが普通に呼吸器官のある生物相手だと相当惨たらしい事態になりそうだ。相手の動きを止めれば陸地で溺れさせることも可能なのだからな。

 

「ふっふっふ・・随分と手ぬるい水責めをしているわねカズマ。この私に言わせればそんなの水遊びもいいところよ。少し待ってなさい。私が本物の水責めというものを見せてあげる!そう、水といえばこの私。みんな忘れてるかもしれないけれど、なんたって水の女神様なんですからねっ!」

 

自信満々に言い放つと、アクアは腰を深く落として構え、「はああああああああ」という雄々しい唸り声をあげて力んでいる。別に特にチャクラを練っているわけでもないので、ただ猛者っぽい雰囲気を出したくてやっているだけの丸っきり無意味な行動である。

 

「我が女神流・水浄拳の真髄を見せてあげるわ・・・!はああああ!!」

 

なんだその流派は!絶対今、適当に考えたやつだろう!

 

気合の雄叫びを上げたアクアは両手首を合わせて掌を開いて、体の前方に構える。

ん?どっかで見たことがあるような・・・

 

「ク・・リ・・・エ・・・イ・・・ト・・・!!」

 

力強く呟きながら、ゆっくりとした動作で腰付近に両手を持っていく。その掌には蒼く輝く水の塊が収束していく。これは完全にあれだろう。あの某バトル漫画の必殺技のパクリ・・・

 

「ウォオオオーーーーターァアアアアアアアア!!!」

 

「は?・・・ぐわああああああああああ!!!!・・・・・・・・・・・」

 

アクアの掌から勢いよく噴出された膨大な水の奔流がベルディアを飲み込み、その断末魔すら圧倒的水量によってかき消された。

カズマのクリエイトウォーターとは比較にもならない理不尽な水害のようなそれはまるで巨大な滝だった。

 

その暴虐的な水の猛威がようやく収まった頃には、もうベルディアは可哀想なぐらい消耗していた。

片膝を突き、大きく肩で息をしている。

咄嗟に大剣を地面に突き刺すことで、どうにか遠くへ飛ばされることを免れたようだが、むしろそのせいで正面から凶悪な水圧に晒されることとなったのだ。

上を見ると空中に浮いた頭部がピクピク痙攣しながら白目を剥いている。

肉体のダメージは安全な空中にいたはずの頭にも影響があったらしい。

 

身を震わせて衰弱するその姿を見る限り、もうこの戦いの勝敗は決したかのように思えた。

戦闘の終結は恐らく近い。

だとすれば、わしらもそろそろ動き出さなければならない。

 

「それで、ナルトよ。“あれ”の準備はいい加減に整ったか?」

 

この戦いを計画通りに終結させるためには必要不可欠なことだった。それをワシが尋ねるとナルトは難しそうに眉を寄せる。

 

「まったく・・歳は取りたくねぇもんだなぁ。悪い、もう少しだけ時間がかかるってばよ。」

 

申し訳なさそうに答えるナルトにワシは頭を抱えたくなった。

まさかここまで手間取るとは・・・毒キノコのせいで万全の状態じゃないとしても予想外だった。

 

まぁ、40年以上も眠らせていた力をいきなり呼び起こせと言われたのだから無理は無いのかもしれない。

昔使っていた乗り物をメンテナンスしているようなものだ。いくら燃料を注いで、正しい手順で動かそうとしても長いこと使われてこなかったエンジンはなかなか動いてはくれない。

結局はワシらは慢心していたのだ。あの力がなくても上手くやっていけると。

だから、ナルトの中であれを錆びつかせたまま放置し続けてしまったのだ。

 

「それに、どうもこのままこの戦いがすんなり終わるようには思えないってばよ。」

 

「・・なぜ、そう思う?」

 

「まぁ、単に年寄りの勘ってやつなんだけどさ。・・・ただ、一つの願いのために百年以上も戦い続ける執念っていうのは、相当だぜ?こんなに甘いものではないと思うんだってばよ。」

 

「うーむ・・」

 

確かにナルトの言うこともわかるが、目の前で子犬のように震えているベルディアを見ると、どうも警戒心というものが湧いてこない。むしろ同情的な気持ちになって暖かい所に連れてって熱燗でも奢ってやりたくなる。

 

 

「カズマ!後は任せたわよ!あの鎧を砕かないことには浄化ができないわ!」

 

魔力を大量に消費したのか、かったるそうに肩を回すアクア。

 

「ああ、ご苦労さん。・・トドメは俺に任せてくれ。」

 

アクアの隣に並び立つとカズマは術に集中するために影分身を残らず消し去った。

 

そして素早く印を結ぶと、左手首を添えるように右手で掴み、そこに一点集中された膨大なチャクラが少しずつ雷へと変質していく。

やがて放電するように形態変化を加えたそれは、チッ チッ チッ と千もの鳥の威嚇する鳴き声のような攻撃的な音を奏でる。

これがカズマの奥の手だ。幻術修行により、会得を可能にしたとっておきの切り札。

 

かつてナルトの師であるカカシが開発し、ライバルであるサスケが最期まで必殺の術として使い続けたその術の名は――――

 

「“千鳥”!」

 

術の発動と共にカズマが地を蹴る。肉体活性で強化された脚で電光石火の如く加速していく。そのまま猛スピードでベルディアに向って一直線に向かって突っ込んでいった。

 

千鳥とは肉体活性で得たスピードのまま、雷に性質変化されたチャクラを一点集中させた貫手で突き出す術。

その余りのスピードゆえに相手の攻撃に反応しきれずカウンターの餌食になりやすいという弱点があるが、トドメに使う分には問題ない。

 

最大限に加速した状態で放たれる雷の突きの威力は絶大だ。

ベルディアの鎧さえも容易く貫けることだろう。

 

カズマの勝利を確信したワシはこの後、どう時間稼ぎをしたものかと頭を巡らせていると、

 

――――ふと、空中に浮いているベルディアの頭に目がいき、戦慄した。

哂っていたのだ。

自らの肉体へと駆けてくるカズマを見てニヤリと不敵な笑みを浮かべている。

 

それは決して弱りきった敗北者の顔では無い!

 

騙された!あの衰弱した姿は演技だったのだ!

 

「止まれぇええええ!!カズマぁあああああああああ!!!」

 

 

なりふり構わず必死に叫ぶが、その時にはもう遅かった。

 

膝をついていたベルディアは何事も無かったかのように大剣を手に立ち上がる。

 

目を見開くカズマ。加速した身体は止まれない。

 

そして大剣の間合いまで接近したカズマにベルディアは罠にかかった獲物を狩る獣のような俊敏さで大剣を振り下ろし・・・・

 

――――――千鳥が鎧を貫くよりも先に、深く、カズマを斬り裂いた。

 

 




前回、次でベルディア編が終わると言っていましたが・・・
全然、終われませんでした(´・_・`)

構成を見直した結果、後二話程は必要になりました。
展開が遅くて誠に申し訳ありませんが、どうかお付き合いください。
(^_^;)

さて、カズマは果たして無事なのか?

次回「カズマ、死す!」お楽しみに(笑)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話 カズマ、死す!

またまた遅くなってすいません。

今回は割と重めのシリアスシーンが多いです。


 それは痛いというよりも、熱かった。

 斬られた部分がカァッと熱を帯びて、そこ以外はどんどん冷たくなっていく感覚。

 周りが少しずつ音を無くしていって、暴れまわる心臓の音だけが静かに耳に木霊した。

 

 ああ・・刃物で斬られるってこういう感じなんだ・・・

 血が止めど無く流れてとんでもなく不快だけど、なんだか五感の全てが鈍感になっているように自分の肉体が意識から遠い。 

 否応なくやってくる死を受け入れるかのように、心が静まり返っていた。

 

 目の前が真っ暗になって、俺を斬った相手に恨み言を言う気力すら湧かない。

 

 ただ、敗北した自分への情けなさだけがやけに胸に染みて、悔しくて目頭が熱くなった。

 

 ああ、ダメだったよ・・ごめん、みんな。

 俺は失敗した。せっかくアクアが活路を見出してくれたのに、それを完全に無駄にした。

 とっておきが、俺の“千鳥”が、まるで通用しなかった。

 ・・・いや、違うか・・・師匠の授けてくれた千鳥は確かにベルディアを倒すだけの威力を持っていた。

 俺が下手くそだっただけだ・・・ベルディアのカウンター攻撃に何一つ反応ができなかった。

 この身体が大剣でぶった斬られるまで何が起こったのかすらわからなかった。

 クラマのやつがこの術を習得するのに最後まで反対していた理由がようやく、わかったよ。

 あいつの言っていた通り、俺にはこの術を使いこなすことなんてできなかったんだ。

 

 チクショウ・・情けねぇ・・・師匠にあれだけ鍛えてもらって、その膨大なチャクラを分け与えてもらったっていうのに俺では死力を尽くしてもベルディアには届かなかった。

 めぐみんとの約束も守れそうにない。絶対に俺が助けると誓ったのに。それが、このざまだ。

 

 俺は、自分で思っていたほど変わっていなかったんだ・・・弱くて不甲斐ない、肝心な時は何も手にすることができない、以前のサトウカズマのまま。

 

 気持ちはどんどん沈んでいくのに、薄れていく意識は肉体からどこかに飛び上がるような浮遊感を感じていた。

 

 脳裏に真っ白なキャンバスのような空白の世界が広がり、そこに俺の記憶が新しい順に次々に映し出されていく。

 

 ああ、知ってる、これ。走馬灯ってやつだ。

 

 トラクターに轢かれそうになった時にも見た。これで二度目だ。

 

あの時は、あまりに退屈すぎて欠伸が出そうになったのを覚えてる。俺の薄っぺらい人生を象徴するような面白味のない記憶たち。

 ただの、つまらない引きこもりの日常。ゲームとアニメに時間を費やす薄暗い青春の日々。

 それをまた一から見せつけられるのかと思うとゲンナリする。

 

 しかし、今回は以前とは少しだけ違った。

 

 最初に浮かび上がった情景の中には、アイツ等がいた。

 

 馬鹿でお調子者で泣き虫で、なにかと問題を引き起こすアクア。

 中二病全開で痛いことばかり言う、おかしな名前のロリっ子、めぐみん。

 いつも敵に嬲られることばかり考えているドМな変態、ダクネス。

 憎まれ口を叩きながらも、俺たちを気にかけて何かと世話を焼いてくれたツンデレ小動物、クラマ。

 そして、太陽のようにいつも陽気で、俺に戦う力を授けて導いてくれた師匠。 

 

 思えば、出会ってから毎日欠かさず顔を合わせていたな。いつものメンツで毎日毎日、飯食って仕事して遊んで飲んで騒いで、そんで思い出したようにたまに冒険に出かける。こんだけいつも一緒ならマンネリになりそうなものだが不思議とあいつらといると飽きなかった。

 この世界に来て、まだ二ヶ月程度なのに、なんだかずっと以前から一緒にいるようだった。

 

 走馬灯は次々にアイツ等との日常を映し出していく。

 

 一撃グマの群れから必死に逃走する俺たち。アクアが勝手に連れてきていた子熊を返したら荒れ狂う熊達が途端に大人しくなって森へ帰っていったっけ。あの後のアクアの土下座は実に見事だった。

 そしてその晩はアクアの奢りで熊鍋を皆で囲んだ。

 

 野外にテントを張ってキャンプをする俺たち。師匠が張り切って手作りラーメンを作ったが、スープが獣臭くて麺がデロデロで食えたもんじゃ無かった。あまりに不味過ぎて最初は皆で笑っていたが、半分位まで食べ進めると誰もが表情を消して無言になった。その後、師匠が口寄せしたレトルトカレーの味が今でも忘れられないほど美味かった。

 

 ワニ型モンスターが生息する湖にやってくる俺たち。汚染された湖の浄化作業なのだが、出現するワニが危険とのこと。俺は天才的な発想で、檻の中なら安全という答えを導き出した。そして俺たちは全員、檻の中に入った。 とんでもなく狭かった。なぜ全員で入る必要があったのか今考えると疑問だが、とりあえずその中でアクアに浄化を任せながらシリトリをして暇を潰した。そして外では心優しいクラマ君がワニを残らず撃退してくれていた。

 

 

 酒場で肩を組んで陽気に歌う俺たち。完全に出来上がっていた。頭の固いダクネスの目を盗んでアクアの酒をこっそり飲ませてもらっためぐみんが顔を紅くしてハイテンションに騒いでいる。カウンターで一人酒を楽しんでいた受付嬢のルナに絡んで無理やり肩を組み、呂律の回らない下手くそな歌を熱唱していた。

 翌日、二日酔いになっためぐみんは二度と酒なんか飲まないと誓ったらしい。

 

 夕暮れの土手の上を、和気藹々としながら並んで歩く俺たち。

 その日は珍しくクエストが上手くいったのだった。互いに自分たちの活躍を称え合ったり、酒場で奮発して高い料理を注文することを計画している。夕日に染まる仲間たちの影が楽しそうに揺れている。

 そして、突然ダクネスがしんみりとこぼした一言が見ている俺の胸を衝いた。

 「こんな楽しい毎日が、いつまでも続くといいな。」と。

 その後ダクネスは皆にからかわれて、夕日の中でもわかるくらい顔を紅く染めていた。

 

 そんな色濃い日常が脳裏に蘇り、愛おしさと同時に胸の内でどうしようもない絶望感が浸透していく。

 

 わかってしまったんだ。俺にはこの先の未来はもう訪れないことを。

 俺はこれから失ってしまうんだ。大切な仲間も、この街も。きっとこの記憶でさえも。

 

 走馬灯は楽しかった日々を映し出しては儚く消えていく。

 

 まるで、それはもう手の届かない場所にあるのだと俺に理解させるように無慈悲に過去へと向かっていく。

 

 修行時代、土木工事時代、ダクネスとめぐみんとの出会い。初対面で師匠に抱きつかれた時。初めて皆に出会った瞬間が通り過ぎていく。そこから先には行きたくなかった。皆と出会っていない時代。仲間なんて誰もいない世界。

 

 初めてこの世界に訪れた時の光景が消え失せる。異空間にふんぞり返っている生意気な女神と出会った場面も程なく消えていく・・・。

 遠ざかっていくこの世界。それを失いたくなくて、必死に手を伸ばそうとしても、うつ伏せに倒れた血みどろ身体はもうピクリとも動かなかった。

 

 やだ・・!もどせ!戻してくれ!まだ俺は皆と一緒にいたいんだ!!

 

 そんな願いを嘲笑うかのように次の走馬灯が映し出したのは、見慣れた薄暗い部屋の中だった。

 カーテンの閉め切った狭い部屋にはテレビゲームに興じる薄ら笑いを浮かべる俺の姿があった。

 

 呆然として眺めていると、それが消えて、また同じ部屋が映し出される。今度はベッドに寝転がって漫画を読んでいる俺。それから代わり映えしない俺の部屋の様子が何度も消えては、再び映し出される。

 

 何かが劇的に変わるわけでもない。ただ、部屋でやっている遊びが変わるだけの一人で完結する虚しい日常。

 そんな昔でもない。つい最近のことだ。あの頃は鮮明に思い出せるし、二次元三昧の引きこもり生活は決して悪くはなかった。面白いゲームを何本もクリアしたし、アニメだって漫画だってラノベだって、楽しいものはいくらでもあった。

 そのはずなのに、何故か今はそれが無性に寂しく感じた。

 アイツ等が居ないだけで、俺はこんなにも孤独だったんだな。

 だんだん、その締まらない顔に憤りが湧いてくる。

 

 「何が楽しいんだよ!何一人でヘラヘラ笑ってやがる!」

 

 俺の怒りも悲しみも関係なく走馬灯は見たくもない以前の俺を映し出す。

 黒歴史なんていくらでもあった。

 のたうち回って舌を噛み千切りたくなる衝動に何度も襲われた。

 その度に夢から覚めるように俺という人間を再認識させられた。

 

 走馬灯は逃れようもなく、俺の中身のない薄っぺらい過去をまざまざと見せつける。

 

 パッとしない中学時代。退屈な小学時代。泣いてばかりいた幼稚園時代。

 

 そして赤ん坊時代にまで遡った。

 そこで俺は心の準備をする。きっとやってくる痛みに耐えるように、そっと息を呑む。

 

 普通ならそこまでで走馬灯は終了だと思うだろう。

 

 しかし、俺はそこからさらに先があるのを知っていた。

 恐らく、俺がひきこもることになった元凶。

 

 眩しい光の中で浮かび上がるシルエット。

 

 細身で小柄な体格の女性を思わせる華奢な影。

 その腕には赤ん坊らしき影を抱いているように見える。恐らく母親とその子供だろう。

 

 その姿を見た瞬間、俺は涙が溢れそうなほど深い悲しみに襲われる。

 久しぶりだった。こっちに来てから見ることがほとんどなくなったから懐かしさすら感じる。

 俺はこの影を知っている。

 

 夢で何度も何度も繰り返し見た、見覚えがないはずの人物像。

 

 その姿を見るだけで俺は悲しくてたまらなくなる。大切な宝物が手の届かないところへ行ってしまったような理不尽な喪失感が切なく胸を締め付ける。それが、俺をずっと苦しめてきた。

 

 俺にはなぜか、この原因不明の喪失感というものが生まれた時からあった。

 幼い頃はその感情の意味がわからなくて、悲しい気持ちのままに、いきなり泣き出して両親を戸惑わせたりしたものだ。

大きくなって少しは耐性がついたのか人前でいきなり泣き出すことは無くなったが、困ったことに歳を重ねるごとにその感情が強くなっていった。何をしていてもしっくりこなくて、何かが違う感じがした。どこかで何か大切なものを知らないうちに落としてしまったように、心にポッカリと穴が空いていつまでたっても塞がらなかった。

 その穴を埋めようと一応の努力はしてみたが、結局どうにもならなかった。そして俺は悲しいことを忘れることができる楽しい二次元の世界へと逃避したのだった。

 

 

 女のシルエットは赤ん坊をあやしながらこちらに近づいてくる。こちらに何か話しかけるような素振りをすると、そっと優しく赤ん坊を差し出してくる。

 

 ああ、いつもと同じだ。

 

 俺はそれを恐る恐る受け取ろうとして、その赤ん坊の柔らかい体に触れた瞬間、夢から覚める。

 

 慣れ親しんだ絶望感に抱かれるように、俺の意識が消えていく。

 

 仲間たちの楽しそうな姿が脳裏に浮かび、それもボヤけて霞んでいく。

 

 俺は、また失うのか・・・大切な・・仲間を・・・“家族”を・・・・

 

 そうして、俺の血塗れの身体は力を完全に失い。

 

 俺は・・・死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がつくと俺は椅子に座っていた。そこは純白の神殿を思わせる建物の中のようだった。

 咄嗟に斬られたはずの腹の辺りをペタペタと触るが、衣服が破れてさえいなかった。

 あれほど苦痛だった焼け付くような傷口の熱も、大量に流された血の跡も、凍えるような死の感覚もきれいさっぱり消え失せていた。

 

 「お気持ちはわかりますが、どうか落ち着いてください。佐藤和真さん。」

 

 混乱する俺に慈愛に満ちた涼やかな声が投げかけられる。

 俺の正面には白銀に輝く髪と白く透き通るような肌の絶世の美少女が立っていた。

 

 「ようこそ死後の世界へ。私はあなたの新たな道を案内する女神、エリス。誠に残念ですが、この世界でのあなたの人生は終わりを迎えてしまいました。」

 

 憂いを帯びた瞳を伏せ、まるで自分のことのように哀し気な表情を浮かべてくれる女神、エリス。

 

 俺の死に腹を抱えて笑いやがったどっかの自称女神とはエライ違いだ。

 今まで見たことがないくらいのとびっきりの美少女。清純そうな仕草はグッと来るし、俺の死を心から悼んでくれているように性格も大変良さそうだ。正直めちゃくちゃ好みのタイプだし普段なら心が浮き立ってしょうがなかっただろう。

 だが今は、どうしてもそんな元気が湧いてこなかった。

 

 肉体的には断然、楽になったはずなのに、なぜか死ぬ前よりもずっと、苦しい。

 悲しみと後悔と、自分への自責の念で心がぐちゃぐちゃになる。

 以前死んだ時はこんなにも苦しまなかったというのに、不思議なものだ。

 

 「ははは・・・そうだよな・・そらぁ、死ぬよな。気合でなんとかなる傷じゃ、無かったよな・・・」

 

 乾いた笑いが口から力なく漏れる。そんな俺をエリスは痛ましそうに顔を曇らせる。

 

 「あー、恥ずかしいな、俺。あんだけ格好つけたのに・・めぐみんに絶対に助けるって、約束したのに・・・結局、弱体化したベルディアに一撃で殺されちまった。はは、貧弱すぎだろ。どんだけ紙装甲なんだって話だよ。」

 

 悔し涙がこみ上げてきて、声が震える。最後の最後に女神様に情けない姿なんて見せたくないのに、敗北感に震える心が鬱屈とした自虐の言葉を吐き出して止まらなくなる。

 

 「しょうがないよ、俺今まで何もやってこなかったんだもん。毎日部屋に篭ってゲーム三昧で遊んでいただけだ。ちょっと辛い修行をしたからっていきなり貧弱な引きこもりが師匠みたいな忍者になれるわけがなかったんだ。街のヤンキー程度に縮み上がっていた俺がさ、いきなり魔王軍幹部相手に戦いを挑むとか無謀だった。わかりきった結果だったんだよ。俺は馬鹿だから気づかなかっただけだ。気づかないままあっさり死んじまった。」

 

 女神さまがこちらをジッと見つめている。嫌われただろうか。わざわざ送り出した転生者の醜態に失望しただろうか。それでもいい。所詮、俺は無様に敗北した負け犬だ。

 

 「結局、俺は何も変わっていなかったんだ。俺はただの引きこもりで、弱いままの――――――」

 

 「違います!」

 

 女神さまは力強く俺の言葉を遮った。

 

 そして、静かな足取りで傍まで寄ってくると、瞳を潤ませながら俺の手を両手で握り締めた。

 

 「やめてください和真さん。自分を卑下しないで。貴方はとても立派でした。」

 

 反論が口から出そうになったが、それが言葉になる前に女神様の優しい声が俺の卑屈な感情を溶かした。

 

 「貴方は大切な仲間達を守るため、勇敢に戦いました。私はちゃんと見ていましたよ。

仲間の命を救うために勇気を振り絞って立ち向かって行った貴方を。

強大な敵を相手に困難な状況でも決して諦めなかった貴方を。

敵の攻撃で激痛に苛まれる程のダメージを負っても不屈の闘志で立ち上がった貴方を。

そんな貴方の苦境に私はただ、見守ることしかできませんでした。けれど、外で見ていた分きっと貴方より私は知っています。貴方がどんなに素晴らしい人なのか。」

 

 頬が熱くなる。え?何この人。俺のこと好きなの?初対面でいきなりこんなにも熱っぽく褒め称えてくるなんて俺に気があるとしか思えないんですけど?いやー、困るわー。死後にやってくるモテ期とか困るわー。

 

 女神様の掌は柔らかく、温かかった。荒んだ心が浄化されていくように俺は自分を取り戻していく。

 そのスベスベの指を絡ませてこっそり恋人繋ぎを試みてしまうぐらいには精神的に余裕ができていた。

 

 そうだよな。俺頑張ったよな。超頑張ってたよな。街の冒険者達がビビっちゃってる中、元引きこもりの俺が一番輝いていたよな。一度負けたからってなんであんな卑屈になってたんだろう?馬鹿みてぇ。

 きっと、走馬灯で色々と黒歴史を眺めたせいで自信喪失気味だったんだ。

 こんな素晴らしい女の子に手を握ってもらえる俺はきっと気づかない間に冴えないジミ面からイケてる男に成長したに違いない。

 

 「自分に誇りを持ってください。貴方は勇敢で、とても強い人。そして、貴方のように勇気ある者のことを人々はこう称えるのです――――」

 

 もう褒め殺しだなエリスさま。俺をどうしたいの?貢がせたいの?今、貯金は100万エリスしかないんだけどなぁ。しょうがないなぁ・・・

 

 「――――“勇者”と。」

 

 真顔だった。

 

 「ブフッ・・!」

 

 失礼だとは思いながらも、可笑しくてつい吹き出してしまった。

 ごめんエリス様。でも勇者はない。いくらなんでも勇者はない。

 俺が勇者とか似合わな過ぎる。

 

 「え、ちょ、なんで笑うんですか!?」

 

 顔を背けてプルプルと笑いを堪えている俺を驚愕の顔で、カァと耳まで紅潮させるエリス様。

 

 「な、なにか私、おかしいこと言いました!?」

 

 「い、いえ・・・口元にご飯粒が・・・」

 

 苦し紛れについ適当なことを口走ってしまう。それを素直に信じた純粋なエリス様は茹で蛸のように顔を真っ赤にさせ、バッと俺の手を離して後ろを向く。そしてどこからか手鏡を出現させ、口元を確認する。

 ゴシゴシと指先で口元を擦るようにしているが、指摘された物が見つからないのか首を傾げている。

 数秒後、ハッとしたようにピクリと身を震わせ、朱い顔のままこちらを睨む。

 

 「私ご飯なんて食べていません!朝はいつもパンですっ!!」

 

 やだ、この女神様アホ可愛い・・!

 

 ゲラゲラと笑い転げる俺を見て、こんな扱い初めてだとでも言うように唖然とするエリス様だった。

 

 

 「・・・落ち着きましたか・・・」

 

 随分長い間、笑ってしまった。

 その間、「エリス様アホかわ~」とか「エリスたん萌えー」とか言って散々煽ったものだから流石のエリスさまも激おこだった。青筋を立ててムスっとした顔で拗ねている。

 

 「いや~、お見苦しい所をお見せして申し訳ないッス」

 

 「ええ・・本当に・・・。貴方を勇者とか言ったことを取り消しますね。不良がたまに良いことをしたら物凄い善人に見えてしまう現象に陥ってしまっていたようです。貴方が女の子を全裸に剥いてニヤニヤ笑っているような人間だということを忘れていましたよ。」

 

 え?なんでそれ知ってんの?もう、普段から俺のことどんだけ見てんのよ~。ちょっとストーカーっぽくて怖いがエリス様なら許せる。

 

 「ハァ・・・それでは、大分時間が押しているので貴方の転生先についてお話しますね。ええと・・・」

 

 「ちょっと待った。エリスたん。」

 

 「はい、なんでしょう?・・・あとエリスたんという言い方は至急改めてください。これでも女神としての威厳というものがあるのです。」

 

 あれ?もしかしてエリス様の好感度が下がってる?なんだか冷たい気がするんだが・・・・まぁいいや、気のせいだろう。

 

 「どうにかならないかな?」

 

 「えっ?・・・・エリスたんというのは私も恥ずかしいので・・・せめてエリスちゃんとかなら・・・」

 

 「いや、そっちじゃなくて。俺の転生の話だよ。」

 

 「あ、ああ。そっち。・・・え、あの、どうにか、とは?」

 

 「ぶっちゃけ、生き返りたい!」

 

 「え、えーと、それは・・・」

 

 「いや、何もエリス様に生き返らせてって頼むつもりはないよ?ちょっと図々しい無茶ぶりだと思うし。ただ、ウチのパーティには死者蘇生とか簡単にやりそうな規格外がいるんだよ。アクアとか、ナルト師匠とかさ。だから少しだけ時間をくれるだけでいいんだ。

 転生の話は一端保留にして、俺の魂をどうか少しだけここにおいてください!お願いします!」

 

 頭を深く下げる俺に、エリス様は目を瞑り、憂いを帯びた表情で申し訳なさそうに答える。

 

 「ごめんなさい。それは、できません。」

 

 「えっ」

 

 「貴方は一度、生き返っています。ですので天界規制により、これ以上の蘇生はできないことになってるんです。」

 

 そういえば、アクアが天界には色々と面倒くさい法律があるとか言っていたな。「ま、私はそんなの守らないけどね!大人が決めたルールなんてクソ食らえよ!」とか言って中指を突き立てていたが。

 そんなアクアと違ってエリスは見た目通りの真面目ちゃんだからルールとかはきっと厳守するタイプだろう。

 

 困ったな。エリスたんに励まされてなんだか元気が出たから前向きに考えていたのに。

 なんとか蘇生してもらってベルディアと再戦する気満々だったんだが。

 呪いを受けためぐみんも心配だしな。つーかヤバくね?タイムリミット過ぎてね?死んだ俺が言うのもなんだけど大丈夫なのか?

 

 というか・・・

 

 「あ!そうだよ!俺が死んだ後、どうなったんだ!?ちょっ、みんなは無事なんですか!?」

 

 今更だが、下界の戦況がどうなっているのか何も聞かされていないことに気づいて慌てる。

 師匠とクラマもいることだし、さすがに皆仲良く天界に召される事態にはならないとは思うが、無残に殺されたアクセル街の第一犠牲者の俺としては、どうしても心配だった。

 

 俺の問い詰めるような質問に対してエリス様は顔を曇らせて苦悩するように眉根を寄せる。

 

 「そ、それが・・・私にもわからないんです。」

 

 「は?」

 

 え、わからないって何?さっきまで見てたんじゃないの?俺のことをガン見していたって言ってたじゃないか。 アクセル街が滅びるかどうかの瀬戸際だよ?今が一番重要なところだよ?なんでわかんないの?それはちょっとないわー・・・

 アクアのようにエリス様も駄女神認定してしまいそうになっていると、俺の冷たい視線に気がついたのかエリス様は申し訳なさそうに説明する。

 

「う・・・貴方の魂を天界に迎えた時、突然何者かの妨害に合い、下界を見通すことができなくなってしまったんです。ですから、現在の下界の状況は何も・・・・すいません。・・あ、決して貴方を転生させるために嘘をついているわけじゃないんですよ!信じてください。女神は嘘はつきません!」

 

 別に疑っいるわけじゃないのに必死に弁明するエリス様。まぁ確かに偶然だとすれば出来すぎているよな。誰が何のためにそんなことをしたのかはわからないが、タイミング的に俺が関係していることは明らかだろう。

 

「それじゃあ、本当に何もわからないのか・・・」

 

「・・・誰かが亡くなったのなら今の私にもわかりますから、街の皆さんが今のところ無事なのは確かです。」

 

 それを聞いてホッと胸をなでおろす。

 

 そうだよな。俺なんかがいなくたって大丈夫だよな?

 腰の引けていた街の冒険者も本当に危ない状況になれば奮起するだろう。そうなれば、弱体化したベルディア相手ならなんとかなるかもしれない。元女神のアクアもいるし多少の怪我なら回復してくれるだろう。

 そして、なにより、あの街には師匠がいる。毒キノコを喰らって調子が悪そうだが、いざとなったらきっとあんな奴に負けたりなんかしない。そう、確信出来るだけの本物の強者としての力を俺は師匠の背中からずっと見てきたんだ。

 

 だから、今頃はきっと戦いも終わってるに違いない。

 

 めぐみんの呪いも解けているだろうし、俺以外誰も死んじゃいない。そして戦死した俺を復活させるためにみんなでなんか伝説の玉、的なものを集めているかもしれない。

 きっとそうだ。もうすぐ俺も向こうにに帰れる。きっとエリス様は止めるだろうが、そしたらアクアは「ルールなんてクソ喰らえ」とでも言って中指を立てながら強引に蘇生させようとしてくれるだろう。そうなればきっと蘇った俺を仲間達は涙ながらに迎えてくれる。そして俺はめぐみんとの約束を守れなかったことにバツの悪さを覚えながらも、ベルディア討伐の報酬で皆でいつもの酒場で乾杯して、朝まで飲み明かすんだ。

 

 そう、だから、俺はもう何もしなくてもいいんだ。

 

 ただ、大人しく待っていれば皆が迎えに来てくれる。

 「こんなところで簡単に死んでんじゃない」とか言って。

 そうすれば、また、あの世界で皆と・・・・・

 

 ―――――――――――でも、もし・・・そうならなかったら?

 

 ヒヤリと、全身に恐ろしく冷たいものが駆け巡るような、悪寒を感じた。

 

 ・・・現状がわからない今、それは俺のただの願望に過ぎなかった。 

 

 「・・・・・・・・」

 

 「和真さん?どうか、しましたか?」

 

 俯いてギュッと拳を握り締める俺を、エリス様は心配そうに伺う。

 

 楽観的に、気楽に、どこまでも前向きに考えようとしても、心に燻る恐怖の火種は消えなかった。

 

 あの恐ろしく鋭利な大剣にこの身が断ち切られた時のことを忘れられない。

 熱くて、寒くて、心臓が煩くて、近づいてくる死を感じながらも逃げることができず、動かない身体は溢れ出す血に濡れるしかなかった。

 

 その死の感覚が刻み込まれたように消えない。

 

 だから、容易に想像できた。

 

 ――――――大切な仲間達が俺と同じように斬殺される光景を。

 

 アクアが、めぐみんが、ダクネスが、クラマが、そして最強と信じる師匠でさえも。血を垂れ流し、虚ろな亡骸となった姿が脳裏をよぎる。

 

 それはもう理屈じゃない。その可能性が極僅かでもあるだけで俺は仲間が死ぬかもしれない恐怖に身を焦がして、いてもたってもいられなくなった。

 俺の知らないところで傷ついているかもしれない仲間達を想うと、胸が締め付けられるように痛んだ。

 

 しかし、それと同時に手痛い敗北によって萎縮した勇気が蘇って来た。

 

 己の肉体と一緒にベルディアに切り伏せられたはずの闘志に再び火が灯る。

 めぐみんを守ると決めた時に感じた湧き上がるような力が静かに脈動して、

 仲間を守りたいという意思が胸の中で固く、固く、硬質になっていくのがわかる。

 

 俺がもし戦いに戻れたとしても、何かが変わるかはわからない。

 また簡単に斬られて死ぬだけかもしれない。

 ベルディアは強い。水によって弱体化させてもきっと俺なんかが適う相手ではないだろう。

 俺は物語の主人公ではないんだ。どんなに確固たる決意で挑んでも届かないこともある。それをさっきの死で思い知った。

 

 だが、それでも俺は・・・・みんなの元に戻りたい。

 

 皆を守って戦いたい!

 

 こんなところで呑気に死んでるわけにはいかないんだ! 

 

 拳を痛いほど強く握り締め、激情のまま、強く願う。

 

 するとその強い感情に共鳴するかのように突然、腹部から燃え盛る炎のような力強い熱を感じた。

 何事かと思い衣服をめくってみるとナルト師匠の刻んだ太陽の術印が緋色に光り輝いている。

 

 盃の術。

 

 師匠と繋がり、チャクラを共有するための刻印。肉体的な死に伴い、当然のように消失したと思い込んでいたそれは、希望を象徴するかのように燦然と輝いていた。

 

 そこから温かい師匠のチャクラが流れ込んでくる。

 それは励ますように優しく、師匠の想いを乗せて浸透していく。

 

 師匠の与えてくれるチャクラは時に言葉よりも雄弁にこちらへ語りかけてくる。

 師匠の想いを感じ取った俺は、思わず笑みを浮かべる。

 

 師匠は無残に敗北した俺にこう言っているのだ。

 

「まだ、やれるな?」と。

 

 不甲斐ない弟子である俺を心から信じてくれている。

 それが、嬉しくて仕方がなかった。

 

 その期待を絶対に裏切りたくはないと思った。

 

 「和真さん?本当にどうしたので・・・・きゃっ!」

 

 強い決意を込めてチャクラを練り上げる。

 その瞬間、荒々しいチャクラが爆発を起こしたように勢いよく噴き上がり、神殿を震撼させた。

 

 「な、なんてでたらめな、魔力・・・! 和真さん!貴方は一体なにをするつもりなんですか!?」

 

 エリス様は突如吹き荒れた、チャクラの暴風に髪をグシャグシャにさせながら、それに負けないような大きな声で言う。その姿はまるで台風の真っ只中でテレビ中継をするアナウンサーのようだ。

 

 「エリス様!悪いけど俺、あっちに戻るよ!」

 

 「え!?」

 

 「向こうに戻ることができる方法がわかったんだ!」

 

 師匠の盃の術によるリンクが途絶えていないのなら、向こうの俺の肉体がまだ完全には死んでいない可能性があった。

 生命エネルギーであるチャクラが俺の亡骸にまだ僅かでも残っているなら、ここにいる魂である俺がチャクラを注ぎ込めば、きっと蘇生できる!・・・かもしれない。

 

 正直、チャクラのことなんて師匠に軽い説明を受けただけだし、深い理解なんてない。魂とか蘇生云々も死んだことがないわけだから完全な未知の領域。戻れる根拠なんてなにもなかった。

 ただ漠然と、なんか根性を出せば帰れるんじゃね?と脳筋みたいなことを思ったから実行しているに過ぎない。

 

 しかし、それでも俺はこの微かな希望にしがみつく。

 

 絶対にアイツ等の元へ帰るんだ!!

 

 「はああああああああ!!!戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ!!!!」

 

 気合を込めた雄叫びを上げる。師匠のチャクラを未だかつてないほど大量に引き出す。神殿が大きく揺れ、座っていた豪奢な椅子が大きな音をたてて倒れた。

 

 まだだ!きっとまだ足りない!もっと!もっと!もっと熱くなれ!心を燃やせ!魂を燃焼させろ!チャクラを爆発させるんだ!

 まだまだ俺はやれる!あの地獄の日々を思い出すんだ!毎日、毎日パンツ一丁のマッチョなオッサンに追い掛け回されていた修行時代を!筋肉に抱きしめられる苦しみを!千年殺しの苦痛を!思い出せ!あの頃は体力が限界を超えても走り続けることができたはずだ!今こそあの底力を出す時だ!

 あの容赦なく迫り来る筋肉の地獄絵図を俺は乗り越えてきたんだ!

 あの恐怖と絶望を思えば、死ぬことがなんだ!ベルディアがなんだ!全然大したことねぇぞ!!

 

 膨れ上がるチャクラに比例して神殿の被害も増していく。

 ついには天井の大きなシャンデリアが一つが落ちてきて、純白の床石に強く叩きつけられた。

 

 「ひぃっ・・・や、やめてください!私の職場が壊れちゃう!お願いですからもうやめて!」

 

 「ごめんエリス様!あともうちょい!あともう少しでいける気がするから!」

 

 「む、無理ですよ!現世への門がそんな力づくで開くわけが・・・ってあれ?うそ、和真さんの体が薄くなってる!?」

 

 あと一息だ。もう少しで帰れる。

 

 だがそれは、決して簡単ではなかった。

 

 限界以上にチャクラを練り上げた魂が悲鳴を上げている。

 薄くなって実体をなくしていく体が、バラバラになりそうなほどの苦痛に襲われる。

 死者蘇生は想像以上に困難だ。死んでからもこんな痛い思いをするとは思わなかった。

 多分無理をしすぎると、今の俺でもタダでは済まない。

 魂そのものが消滅することの意味は、なんとなく想像がついた。

 

 それでも、俺は止まるわけには行かなかった。

 

 仲間たちの顔が次々に浮かび上がり、俺の心は一つの願いで満たされる。

 

 

 

 『俺が昔、ある人物に教わった言葉だ。今はピンと来なくても、近いうちお前も絶対に実感する時が来るってばよ。』

 

 師匠が修行時代に言っていた事を思い出す。

 その時は、少しだけ疑っていた。

 そんなのただの根性論だと生意気を言っていた俺をどうか許してください。

 今なら俺も、師匠の言っていたことが分かります。

 

 『人は・・・大切な何かを守りたいと思ったときに本当に強くなれるものなんだってばよ』

 

 

 ―――――俺は、あいつらを死なせたくない!

 

 

 「も、ど、れぇええええええええええええええ!!!

 

 体を駆け巡る激痛を無視して、更に術印からチャクラを引き上げる。

 すると、意識の奥深くに白い扉があらわれる。

 

 それが眩い光と共に、勢いよく開かれた。

 

 「え?・・き、消えたっ!?ど、どこ行っちゃったの和真さん・・そんな・・ま、まさか・・」

 

 和真が消えた神殿の中でエリスは目を見開いて呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 あ、カズマが斬られた。

 

 あの雷属性のカッコイイ必殺技が炸裂すると思っていたら、いつの間にかカズマの方がバッサリと斬られていた。

 

 ・・・あれは死んだわね。と、冷静に思う。

 

 他の皆は目の前の惨劇が信じられないのか、時間が止まったように体を硬直させている。

 

 私?私はそりゃあ冷静そのものですよ。

 こう見えても長いこと人の転生に携わって来た女神さまですからね。人が死ぬ光景なんてたくさん見てきたし、常人よりだいぶグロ耐性がある。

 それに、私の力ならあんな状態からでも魔法で肉体の損傷を綺麗に治してから蘇生させることなんて楽勝ですからね。この私がいればこんな状況、悲劇でもなんでもないのよ。そう、なにも慌てることはないわ。余裕余裕。  きっと今から数分後にはもうカズマは復活していて、命の恩人である私を盛大に褒め称えているはず。そんな未来は決まりきっているんだから、そんな深刻になることはないのよ。心配したって絶対に徒労に終わるんだから。

 そうね、時間的にはまだ全然余裕があるし、あのクソアンデッドがカズマから離れて他の誰かと戦っている時にでもこっそり近づいて安全に治しましょう。うん、私って頭いい!そうしましょう。

 

 「・・・うあああああああああっっ!!」

 

 と、冷静に考えていたはずなのに、いつの間にか足が地を強く蹴り上げて、私はカズマの方に向って全力で走り出していた。口からはいつもの上品な私とは思えない絶叫が上がる。

 

 あれ?・・・おかしいわね。なんで私走ってんだろう?まだ、倒れているカズマの近くにはベルディアがいるのに。こんなの絶対にうまくいくわけないわ。途中で邪魔をされることなんて目に見えているもの。それなのになんで私は馬鹿みたいに走ってんの?叫び声なんて上げてるの?なにこれ怖っ。まさかカズマさんの呪い?もうやめてよね後で蘇らせてあげるんだから大人しくしていてよ。私が死んだら誰があんたを治すのよ? この女神アクア様は見た目通り、か弱い女の子でボス敵に単身で突っ込むような武闘派アークプリーストしゃないのよ?

 

 「かずまあああああああっ!!」

 

 カズマに向って爆走する私の前に立ちふさがるベルディア。

 それを無視して通り過ぎようとする私の美しい髪をベルディアは乱暴に掴んで引き寄せる。

 ほら、案の定捕まってしまった。

 

 「もう無駄だ・・・・あの小僧はもう、死んでいる。」

 

 痛っ!すっごく痛いんですけど!さっきの暴言といい、コイツ絶対私のこと女の子として扱ってない。

 あ痛たたたた!!毛根がミチミチいってるんですけど!なんでこの足は髪の毛掴まれてるのに前に進もうとしているの?痛い!

 

 「もう、止めろ。すぐにあの小僧の後を追わせてやる・・」

 

 ふん、仲間の死に泣き叫ぶただの哀れな女だと思ったら大間違いよ。これはただアンタを油断させるための演技。

 私はいたって冷静そのもの。今、作戦通り渾身の水魔法と浄化魔法のコンボを喰らわせてやるんだから!

 

 「ん、ぐぅっ・・・放し、なさいよっ、放してっっ、放せぇぇええええええええ!!!」

 

 ベルディアに頭髪を掴まれながら這い蹲りあいつに手を伸ばす。私はただ我武者羅にたどり着こうとしていた。目の前で血塗れになって倒れているカズマの元へ。

 

 

 ・・・はい、嘘です。冷静とか演技とかそんなの嘘ですがそれがなにか?

 女神だって天使じゃないんだから嘘ぐらいつくわよ。

 

 私だって普段カズマから散々言われているほど馬鹿じゃない。こんな行動が無謀なことぐらいわかってる。

 普段、「仲間のピンチにどういう行動をとるか」という妄想をめぐみんと一緒に考えていたわけだから、その想像の中の私のように知的で格好良くかつエレガントに救出してみせたいとは思う。

 

 でも実際にそうなると全然違った。

 

 理屈じゃない。

 

 血塗れのカズマを目にしただけで、他の考えなんて吹っ飛んで、ただ近づいてカズマを治す以外の行動が取れなくなった。

 

 カズマのあんな姿はもう一秒だって見ていたくなかった。

 

 「・・・許せとは言わない。恨んでくれていい。だが・・・それでも、俺は・・・」

 

 覚悟を決めたようなベルディアの声が上から降ってくる。

 

 あ、私も斬られる。

 

 と僅かに残った私の冷静な部分が判断するけど、それでも私はカズマから目をそらさず、往生際が悪く手を伸ばし続けた。

 

 だから、それにベルディアは気づかずに、私だけが気づいた。

 

 「・・・え?」

 

 私だけが目にした。信じられない光景を。

 

 ザクッ、とベルディアの腕の関節部分に真っ直ぐに飛んである物が突き刺さった。

 

 「なんだ・・」 

 

 それは忍者がよく使うナイフのような刃物。カズマが「カッケェー」と言って嬉しそうに振り回していた、あれだ。それに淡く点滅するお札が巻きついていた。

 

 それを見て私はスタートの合図を待つリレー走者のように足に力を込めて走り出す準備をする。

 

 次の瞬間、ベルディアの腕に突き刺さっていたクナイが爆発を起こした。

 

 近くで起きた爆発音で耳がキーンとするけれど、ベルディアの手から解放された私は構わず走る。

 

 いつもの優美な私には考えられないくらい見苦しくて余裕のない走り方。

 でも今だけは、女神として美しく崇拝される自分を忘れる。

 今の私はただのアクア。カズマの仲間の健気に頑張るアークプリースト。

 だから、引くほど泣いてもいいよね?

 

「かずまぁああああああ!!!」

 

 走りながら涙が溢れ出る。

 

 カズマが立っていた。

 

 蒼白な顔で血を垂れ流し、斬られたお腹から臓物をはみ出させながらも、立ち上がって、私を助けてくれた。

 

 信じられなかった。だって絶対に助からない傷だと一目でわかる。

 それほどの深い傷を負っているのに、カズマの目は死人のそれとは真逆のものだった。

 それは、炎のように揺らめく、戦う者の瞳。

 

 「ば、馬鹿な!貴様、なぜ・・・」

 

 ベルディアは信じられない者を見るような顔で呆然としている。

 それをカズマは眉間に皺を寄せてヤクザのような恐ろしい眼光で睨みつけた。

 

 「てめぇ・・・ウチのアホ女神に何してくれてんだよ・・・」

 

 底冷えするような声が静かに響く。その満身創痍の体からは目を見張るほどの魔力が湧き上がっている。

 

 あれ?もしかしてなんか怒ってる?

 

 震える手で、ゆっくりと、忍者特有の“印”といわれるものを結ぶ。

 

 カズマと目が合い、「どいていろ」と言われた気がしたので、抱きつきたい衝動をなんとか寸前で堪えて、仕方なくカズマの背に回る。

 

 あれー・・ここは涙ながらに抱き合うところじゃない?奇跡の生還よ?九死に一生よ?映画だったら泣かせるBGMが流れるところよ?なんか・・・なんかなー・・・。そういう場合じゃないってわかるけどさー。

 私のこの抱きつきたい衝動はどうすればいいの?

 

「火遁・大玉豪火球の術!!」

 

 カズマの口から放たれる特大の炎の玉。地面を焦がしながら直進する灼熱の炎はドラゴンのブレスを思わせるほど強大だった。

 

 ベルディアは回避が間に合わないと判断したのか、咄嗟に大剣を盾のようにして防ごうとする。

 しかしベルディアに衝突した激しい豪炎は、直撃した途端、弾けておおきく広がり、ベルディアを呑み込んだ。

 

 「がああああああああああ!!!」

 

 炎の中からベルディアの怨霊の断末魔のような、おどろおどろしい絶叫が響き渡る。

 

 しかし、勝利を確信する前に、ガシャン、ガシャンと鉄靴を大きく踏み鳴らす音が聞こえてくる。

 

 炎に包まれたベルディアが燃え上がる業火の中から姿を現す。

 

 「ハァハァ・・なんなのだ貴様は・・・なぜ、生きている?」

 

 鎧を焼け焦がし荒い息を吐きながらベルディアは不可解なモノを目の当たりにしたように若干の恐れを込めてカズマにそう問いかける。

 

 「そうだなぁ、ちょっと中二っぽい言い回しにはなるんだが・・・」

 

 死人のような青白い顔に不敵な笑みが浮かぶ。

 

 「あの世から舞い戻ってきたんだよ・・・・お前を倒すためにな!」

 

 確固たる信念を宿らせる真剣な眼差し。その姿はそこらの中二病とは一線を画する本物っぽさがあった。

 

 

 やだ・・カズマさん格好良い。

 

 

 ・・・・・ん?

 

 ・・・・あの世から戻ってきた?

 

 それって・・・いえ、そんなまさか・・・

 

 そんなわけないと思いながらも、カズマの姿を凝視する。

 

 青白い顔。おびただしい血。飛び出るフレッシュなハラワタ。本当なら死んでいる傷。なのになぜか生きてる。そして蘇った後のパワーアップ。

 

 あわわわわ、条件がピッタシ一致するわ!

 

 そんな・・・なんてことなのカズマは・・・

 

 「カズマぁ!あなたアンデッドになっちゃったの!?」

 

 「違うわいっ!!このアホめがみ・・・・ゴハァっ!・・・」

 

 「か、カズマーーーーーッ!?」

 

 激しいツッコミにより肉体の限界を超え、吐血するカズマ。

 

 あ、あら?・・・もしかして私、やっちゃった?・・・

 

 

 

 

 

 




いやー予想外に長くなってしまった・・・

本来は次回のと合わせて一本の話だったんですが、思ったより膨らんでしまったので分割することになりました。
と言っても次話は今から書き始めるんですけどね(笑)

気になる部分やツッコミどころのある所は次回である程度は解消されると思います。

なるべくお待たせしないように頑張りますね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話 血の覚醒

長らくお待たせしました。




 カズマさんが去った神殿を見渡して、私は肩を落としてため息をつく。

 

 私の職場が滅茶苦茶でした。

 椅子が倒れ、死者の方をおもてなしする紅茶のティーセットもテーブルから落ちて粉々に砕けて中身が床一面に広がっていますし、柱や壁には亀裂が入り、落下したシャンデリアの破片が辺りに散乱して非常に危ないです。

 

 これからこの広い神殿の中を一人で掃除しないといけないんですね・・・・

 

 いえ、まずは上層部に連絡を入れるのが先ですか・・・

 この状態ではお仕事にならないし、あとに控えている方々の転生を少しの間、他の神様に変わってもらわないといけませんね・・・ああ、それと報告書も書いて提出しないと。

 ・・・自力で門を開けて現世に蘇ったなんて話を信じてもらえるか、とても不安ですけど・・・

 

 あと、すぐにでも天界の業者を呼んでもらって壁と柱の補修作業をしてもらわないといけませんし、その工事が終わるまでの一時的な仕事場を確保しないと・・・それに高魔力の波動で驚かせたご近所の同僚の方々にも菓子折りを持って謝罪に行かなければ・・・・あ、その前にこのグシャグシャになった髪を直さないと・・あと・・あと・・。

 

 まったく、あのカズマという少年のおかげで忙しさが目白押しです。

 

 それに対して恨み言の一つでも出てきそうなものですが、なぜかそういう気にもなりませんでした。

 

 憎めない人とでも言うのでしょか。いつの間にか応援したい気にさせられます。

 女神としては良くないかもしれませんが、この結果を素直に良かったと思う自分がいるのです。

 多分、他の世界で転生させるよりも、この世界に留まる方が最良の道でしょう。彼にとっても、彼女達にとっても、そしてきっとあの世界の平和を願う私たち神にとっても。

 

 

 まぁ、それはともかく・・・・

 

 

 「いい加減出てきたらどうですか?・・そこに隠れている誰かさん?」

 

 

 私は目の前の柱の影に向って呼びかける。

 上手く隠れているようですが私にはお見通しです。

 そこにいるのは恐らく、ここと現世への繋がりを妨害している犯人。

 

 なにが目的かはわかりませんが、さぁ、姿を現しなさい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シーンとした長い静寂が崩壊寸前の神殿の中を虚しく広がる。

 

 「・・・・・?」

 

 あれ?なんでなにも言わないんですか?私はあなたの存在に気づいているんですよ?ドラマとかだったらここで潔く登場するものなんですが・・・・もしかして聞こえていないんですかね・・・

 

 「コホン・・・いい加減出てきたらどうですか!?そこに!いる!誰かさん!?」

 

 再リテイク。今度は難聴のお爺さんに聴かせるように大きな声で力強く言いました。

 

 絶対に聞こえているはずです。さぁ、恥ずかしがらずに出てきなさい!

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・・・むぅ・・」

 

 これはあれですね・・・完全に無視ですね・・ガン無視です・・・。

 人を無視するのはいけないと思います。こんなにも心が痛くなるのですから・・・

 

 「そこにいるのはわかっているんです!潔く姿を見せなさい!!」

 

 ビシッと指をさし、少し厳しい口調で言う。

 気が弱い方なら萎縮してしまうかもしれませんが、この犯人は絶対図太い神経の持ち主だと断言できます。

 さぁこれが最後通告ですよ?今出てこないと大変なことになりますよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 「・・・・・・」

 

 

 

 

 なるほど、私のことを舐めているんですね・・?

 

 いいでしょう・・・天界一武闘会の予選で二回勝った私の実力を見せてあげましょう・・・

 

 「仕方ありませんね・・あまり手荒なことはしたくないんですが・・・」

 

 指を二本立てて犯人が隠れていると思われる柱に向ける。その指先に魔力を集中させる。

 

「震えながら眠りなさい!ゴッド・レクイエムッ!!」

 

 ゴッドレクイエムとは女神の怒りと悲しみが篭った必殺の光線。相手は死ぬ。

 一応言っておきますが、アクア先輩のパクリでは無いです。ちょっと名称が被っているだけです。 

 

 指先から放たれた青い光線が柱を貫く。

 さぁ、その邪なる姿を現すがいい!

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 光線に穿たれ崩れる柱。

 

 

 そこには、だれもいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 つまり、私は、誰もいないのに、一人で盛り上がって・・・・・

 ・・・ゴッドレクイエムとか・・・言って・・・

 

 ボンッと顔が爆発したように赤くなる。

 さっきまでの自分の言動が何度も頭の中をリフレインしてきて羞恥心で死にたくなる。

 

 うそ・・絶対にいると思ったのに・・・確かに気配を察知したのに・・・なんでいないんですか?・・おかしいです・・こんなの絶対におかしいです・・・きっと何かの間違いですよ・・・私がこんな・・・ああ、恥ずかしいぃっ!

 

 両手で顔を覆って、その場でうずくまる。羞恥心でワナワナと震える。

 

 お願い!今からでもいいから出てきて!犯人さんっ!!

 そう願っていたら耳元から・・・

 

 「クックック・・・この私の隠形を見破るとは、流石ね、エリス先輩?」

 

 「ひゃぅっ!・・・・あ、あなたは・・・大蛇丸ちゃん!」

 

 悍ましい声に鳥肌を立てながら背後を振り返ると、奴がいた。

 長い髪に蛇のように鋭い目、幽鬼のような青白い顔。そして似合わないおネェ口調のオカマ。

 最近できた、とても厄介な私の後輩。

 そのいつもの底意地の悪い顔を見て、私は察した。

 

 「なんで!時間差で!来るんですかっ!?」

 

 「えぇ?なぁに?なんのことだか私わかんな~い。」

 

 「ウソですっ!絶対私のことを馬鹿にするためにタイミングを図っていたんでしょう!?」

 

 「ふふふ・・エリス先輩が怖くてねぇ~。出ていけなかったのよ。特にあの必殺技とかがもう、怖くて、怖くて・・・危うく“震えながら眠る”ところだったわ~・・なんでしたっけ?ゴッドレクイエムだったかしら?あのアクア先輩のをパクった・・・・」

 

 「ぱ、パクリじゃないもん!」

 

 「クックック・・でもいきなり誰もいない柱に撃った時はどうしようかと思ったわ。きっと、優しいエリス先輩のことだから、私を気遣って見当違いな所を威嚇で撃ってくれたんでしょう?

 あ、り、が、と。」

 

 「~~~~~~~~っっ」

 

 このオカマはぁ・・!

 先輩である私をいつもいつも小馬鹿にしてぇ・・!

 

 「そんなことより!大蛇丸ちゃん!・・いえ、大蛇丸!言い逃れはできませんよ!あなたの犯した罪を洗いざらい私へ告白しなさい!」

 

 「え~?、なんのことかしらぁ?」

 

 「しらばっくれないでください!あなた以外に誰がいるんですか!?」

 

 「クックック・・・一体どれのことを言っているのかしら?この場所の“神の目”を曇らせたこと?それとも“時間凍結”で下界の時の流れを遅らせたことかしら?それとも天界の門を少しだけ開けていたこと?」

 

 「お、思っていたより色々やらかしてますね!?」

 

 「あるいは・・・貴女の可愛い口元にご飯粒をこっそり付けたことかしら?」

 

 「ええっ!?」

 

 え、本当に付いてたのご飯粒!?カズマさんが嘘をついていたわけじゃなかったの!?

 手鏡を取り出して確認しても、やはり見つからない。どこ?どこにあるの?

 

 「プフゥッ・・・嘘よ、馬鹿ね、嘘に決まってるでしょう?

プププ・・エリスたん、ア・ホ・可・愛ぁ~~!」

 

 「・・・・・・」

 

 こんのっ、オ、カ、マ、めぇ~~~~~っっ

 

 込み上げてくる黒い感情にワナワナと震える。

 き、キレテナイデスヨ・・・慈悲深い女神は決してキレません。

 もしこの私を怒らせたらそりゃぁ対したものです・・・

 

 ゴッドレクイエムを放ちそうになる衝動をどうにか抑えて、私は大蛇丸を睨みつける。

 

 「・・・それで、どうしてそんなことをしたんです?」

 

 私の神々しい威圧をものともせずに大蛇丸は愉しそうにニヤリと笑う。

 

 「今、彼はとても良い状況にいるのよ・・・この機会を逃したら次はいつになるか分からないくらいに、ね。

 だから私は少しだけ彼の後押しをすることにしたの。ま、本当に些細なことしかできなかったけれど。」

 

 「・・? どういうことです?」

 

 彼とは多分カズマさんのことだろう。ただ、あの戦いが良い状況とはとても思えない。

 この怪しいオカマが何故彼に拘るのかも謎だった。

 

 「私はこう見えても血統主義者なのよ。強い者の血には確かな力が宿る。最強の遺伝子はその子供に恩恵をもたらすと信じている。だから彼はとても気になるの・・・・」

 

 大蛇丸の見せる狂気的な笑みに全身が粟立つ。

 

 蛇神・大蛇丸。探究の末、人から神になった欲望の化身。

 

 「いくら才能が無いといっても、彼は忍び史上最強の二人の遺伝子をその身に秘めている。

私はね、見てみたいのよ・・・彼の中で未だに眠っている血の力が目覚めるその瞬間をね・・・」

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

「ドクターストップ!ドクターストップよカズマさん!動いちゃダメ!これ以上の無理はいけないわ!もう十分頑張ったんだから大人しくしていましょう!」

 

そう言ってヒールをかけて来ようとするアクアを無理やり背に隠す。

 

気持ちは嬉しいが目の前にはベルディアが居るのだ。回復はとりあえず後回しにして、今は奴の攻撃にすぐに対処できるように身構えていなければならない。

 

 

さて、どうしたものか・・・。

 

口の中で溢れる鉄臭い自分の血を無理やり飲み込み、赤く汚れた口元を拭う。

 

以前より師匠のチャクラを引き出せるようにはなった。しかし、そのチャクラを練って術を放つと、とっくに限界を超えているこの肉体が悲鳴を上げるのだ。豪火球一発でこのざまだ。肉体を活性化させる千鳥なんて使ったら確実にお陀仏。あの世でエリス様と再会することになるだろう。

 戦いを続けるならなんとか身体をアクアに治してもらわないといけない。

 しかし、目の前のベルディアは敵の回復の時間を待ってくれるほど甘くはないだろう。

 

 と、思っていたんだが、何やらベルディアの様子がおかしい。今はさっきまでの戦意をまるで感じさせなかった。

 

「小僧・・・一つ、お前に聞きたい。」

 

ベルディアが構えていた大剣を下げて静かに問いかけてくる。

 

「なぜお前は立っていられる?それがどれほど深い傷かは斬った俺が一番理解している。それは生きていること自体が奇跡だ。立ち上がることなど到底不可能。それが牙を剥いて立ち向かってくるなど夢にも思わなかった。それほどの傷のはずだ。」

 

「立ってる理由だぁ?そんなの痩せ我慢以外のなにがあんだよ?根性出して必死に頑張ってんだよ」

 

「・・・文字通り死ぬほどの激痛に苛まられていることだろう。なぜ、そこまで頑張れる?お前は一体、何を支えに立ち上がったのだ?」

 

 なんなんだ・・・なんかやけにしつこく聞いてくるな・・・

 こっちは傷が痛むから余り喋りたくはないんだけどなぁ。

 

「分かりきったことを聞くんじゃねぇよ・・・・そういうのを・・愚問っていうんだぜ?」

 

 「ああ、なるほど・・“仲間を守るため”・・・か。今までそう言って俺に立ち向かって来た者は何人もいたな・・・。

 だが、そう言う奴らも恐怖と痛みを与えれば実に脆いものだったよ。立ち竦み、泣き喚き、逃げることで頭がいっぱいになる。守るべき仲間を差し出す奴すらいたな・・・。だが、それが普通だ。俺は別に失望はせん。

 自分の命が大事なのは当たり前だ。それが生物の本能というやつなのだからな」

 

 

「・・・・何が言いてぇんだよ?」

 

「そうだな・・・お前が、逃げることを許そうか。」

 

「・・・あ?」

 

 

「この街を捨てて逃げ出すことを許す、と言ったのだ。俺は逃走するお前に一切手を出さないと誓う。仲間を何人か連れて行ってもいいぞ。この正門から南へ行けばここよりも広い街へ着くことだろう。これからはそこを拠点に冒険者として頑張るといい。何もこんな街を護るためにせっかく拾った命を無駄にすることはあるまい?」

 

「・・・・・・・」

 

 「よし新たな街へGOよ。四十秒で支度しなさい!あ痛!・・・そ、そんな怒んないで・・冗談よ」

 アクアの頭を強く叩く。ホント、マジ空気読め。

 

 

 「本音を言え。もう戦いたくなどないんだろう?これ以上痛い思いをするのは嫌だろう?

 この街の奴らは今、何をしている?ただ、恐怖に身を竦ませお前等が命懸けで戦っているのを安全な場所で傍観しているだけだ。それは自分の保身のためにお前たちを犠牲にしているとも言えるぞ?こんな街を守る価値など本当にあるのか?」

 

 

 何を言うかと思えば・・・・今更逃げろだと?

 

 「仲間さえ守れればいいのなら、こんな街など捨てろ。すでにお前らなら他の街でも・・――――」

 

 「黙れよ・・・」

 

 ゴチャゴチャと煩いベルディアの声を遮る。腹が立ってしょうがなかった。

 

 

 「お前にとっては今まで滅ぼしてきた街となにも変わらねぇ、取るに足らねぇ街だろうがよ・・・

 ・・・俺にとっては、ようやくできた“居場所”だったんだよ・・・!」

 

 頭によぎるのは向こうの世界の薄暗い俺の部屋。今だからわかる。あそこにいた俺は確かに孤独だった。

 外の世界は居心地が悪くて逃げ込んだものの、誰も俺があそこにいることを肯定してくれなかった。

  まぁ、引きこもっているわけだから当たり前なんだけど。俺は向こうの世界で自分の居場所というものを作ることがどうしても、できなかったんだ。

 

 この世界に来るまでは。

 

 娯楽なんて何もないここでの生活は向こうと比べて快適とはとても言えなかったが、それでも俺はいつの間にかこの街が好きになっていた。

 仲間達と共に過ごしてきたこの街を切り捨てるなんて、死んでも御免だった。

 

 「何一つこの街のことを知らねぇお前が、ここの価値を語るんじゃねぇよ・・・!

 お前が何を言おうと俺はこれから先もずっと、この街で暮らしていく。

 いつもみたいに臭い馬小屋で目を覚まして、温い水で顔を洗って、喧しい仲間達と割に合わねぇクエスト受けて、その帰りにショボくれた気分で皆で土手から夕日を眺めるんだ。そんで一日の終わりに行き付けの酒屋で皆と乾杯して馬鹿騒ぎしてまた臭ぇ馬小屋に帰って寝る。 

 そんな大したことなさそうな毎日が俺にはすげぇ大切なんだ。」

 

 「・・・・・」

 

 「それを守るためなら、これぐらいの痛みなんていくらでも耐え忍ぶことができる!」

 

 そう啖呵を切る俺を、空に浮いているベルディアの顔が小さく笑ったように見えた。

 しかし、それは俺を馬鹿にするような嘲笑ではなく、どこか自嘲気味な寂しげな笑みだった。

 

 「“居場所”・・か。そうか・・・ははは・・そうだったな・・ああ、ようやく、思い出した・・・」

 

 俺の言葉の何かがベルディアの琴線に触れたのか、遠い過去を懐かしむように小さく呟いた。

 

 「そう・・俺も、かつては・・お前のように・・・いや、もう、遅いのだな・・」

 

 掠れたように耳に届くその泣きそうな声に俺は毒気を抜かれる。

 おいおい、なんか勝手に落ち込みだしたぞこの人・・・

 

 少しの間感傷に浸るようにブツブツと言っていたが、息をひとつ吐くと、まるで憑き物が落ちたような穏やかな目でこちらを見据える。

 さっきまで俺に逃げ出せとか街を見捨てろとか言って悪魔的な提案をしていたやつとはとても思えない。

 ・・・いや、もしかしたらこいつは俺を試すために、わざと・・・・・

 

 「小僧、お前の名を改めて聞こうか。」

 

 「あー、サトウカズマだけど・・・」

 

 なんだいきなり。突然、俺の名前なんて・・・

 

 

 「そうか、覚えておく。サトウカズマ・・・お前は、羨ましいなぁ・・・・」

 

 「はい?」

 

 「・・いや、ただの戯言だ。忘れてくれ。

・・・ここまで来て、もう今更あとには引けん・・・」

 

 そう言ってベルディアは大剣を構えなおす。剣の柄を握るその手は少しだけ震えていた。

 

 「お前の命は再びこの俺が葬ろう。・・・俺の中で芽吹く迷いと共にな・・・」

 

 チッ・・やっぱり戦うことになるのか!

 剣を振り上げるベルディアに腰を落として戦闘態勢に入る俺。

 

 しかし、そんな俺とベルディアの間に滑り込むように影が割り込んだ。

 

 刃同士がぶつかり合う、鋭い音が響く。そいつが振り下ろされたベルディアの大剣を止めてみせたのだ。

 

 「だ、ダクネス!!」

 

 「遅くなって済まない!」

 

 必殺技の筋肉痛で倒れていたパーティのドМ守護神ダクネスだった。

 

 

 「仲間なのに、お前にばかり辛い思いをさせて本当に申し訳ない!

だが、不謹慎かもしれんが私は今、猛烈に感動しているんだ・・・!」

 

 ベルディアと激しい鍔迫り合いをしながら、こちらへ首を向けるダクネス。

 感動で潤んだ熱い眼差しを向けてくる。

 

 「カズマが私達のことを・・・この街を・・・そこまで大切に想ってくれていたなんて!!」

 

 「うっ・・・な、なんだよ・・・」

 

 「お前の言葉は私達の胸に確かに響いたぞ!ああ、そうだ。ここは私にとってもお前たちと今日まで過ごしてきた大切な街だ。早くこの戦いを終わらせて私達の日常に戻ろう!」

 

 「お、おう・・・で、筋肉痛の方はもう大丈夫なのか?」

 

 ベルディアの攻撃を受け止めたダクネスの剣が小刻みに震える。よく見ると腕がプルプルと痙攣しているようだ。

 

 「正直、まだかなり痛むが・・・今のカズマに比べたらどうということはない。

カズマのあんな必死な姿を見ては黙ってなんていられないさ。

・・・なぁ、そうだろ?・・・皆!」

 

 

 

 「「「クリエイト・ウォーター!!」」」

 

 「うおっ!」

 

 突如、複数の水の放射に襲われたベルディアは慌てたようにその場を飛び退く。

 

 「野郎共!!サトウカズマさんをお護りするぞぉぉおおお~~~~~~~!!!」

 

 「「「「うぉぉおおおおおおおおお~~~~~~~~!!!!」」」」

 

 

 ベルディアの殺気を受けて恐怖に縮こまっていたはずの冒険者達が武器を手に、雄叫びを上げてベルディアに突撃していく。

 

 そいつらは皆すれ違いざまに俺に熱い眼差しを向けてきた。

 それは俺が今まで向けられたことのなかった視線。

 感謝とか敬意や尊敬が入り混じった、俺を一人の冒険者として称賛するような目。

 

 

 「皆、本当はカズマと一緒に戦いたかったんだ。ただ、どうしても死の恐怖に打ち勝つことができなかった。

 そんな中、お前が見せた勇姿が、口にした言葉が、皆に戦う勇気を与えてくれたのだ。」

 

 そう言うとダクネスは血塗れの俺をその逞しい腕で優しく抱き上げた。

 所謂、お姫様抱っこというやつで・・・・

 アクアはいいなぁと羨ましそうに見てくるが、正直微妙な気分。

 普通お姫様抱っこは男が女にしてやるもんだろう・・・。いくら俺よりパワーがあるからって歳の近い女の子にそれをやられるのはえらくプライドに触る。

 あと、乗り心地が悪い。腕の筋肉が痙攣しているのか、すげぇ揺れる。長時間乗っていたら確実に酔うだろう。

 

 「じゃあ、後は任せた。」

 

 ダクネスが近くの冒険者にそう声をかけると、相手は真剣な顔で頷く。

 

 「野郎ども!英雄のご帰還だ!退路を死守するぞ!」

 

 「「「「おうっ!」」」」

 

 そう叫ぶと、冒険者達が俺達とベルディアの間を防壁になるように陣取った。

 

 

 「ナイスガッツ!さっきまで怖くてブルってた情けねぇ俺たちを許してくれ!」

 

 「カズマさん、アンタすげぇよ!すげぇ男だ!」

 

 「俺、感動しちまったよ!とんでもない根性だ!」

 

 「今までヒモ野郎とか呼んで馬鹿にして本当に悪かった!」

 

 「今日からアニキと呼ばせてくれ!いや、もう決めた!勝手にそう呼ぶぜカズマのアニキ!!」

 

  口々に俺を称える屈強そうな男達。

  ヒモの小僧とか言われていた俺が随分とランクアップしたものだ。

 

  

 「後のことは俺達に任せて、後ろでゆっくり傷を癒してくれ!」

 

 「そうだ、アンタはもう十分、戦ってくれた。良いところを横取りするみてぇで少し気が引けるが、ベルディアの始末は俺達に任せてくれ!」

 

 

 ダクネスに抱かれた俺に厳つい顔で頼もしく笑うモヒカン男AとB。

 

 ・・・とは言っているものの・・・・

 

 「うわぁぁああっ!」

 

 「どっわあああっ!」

 

 「ひでぶ!」

 

 「うそだろマジかよ、やべぇ、つええ・・・もうおうちかえりたい・・」

 

 「弱体化してたんじゃなかったのかよ!?」

 

 「プリーストを!プリーストを呼べぇっ!」

 

 「か、回復が間に合わな・・・きゃあっ!」

 

 

 次々にベルディアの大剣に吹き飛ばされる冒険者たち。

 こうして客観的に見るとわかる。

 ・・・ベルディア鬼強っ。

 まるで無双ゲームのイージーモードみたいだ・・・

 成す術なくヤられている冒険者も決して弱くはないんだろうが、相対的に随分と雑魚っぽく見えてしまう。

 

 これは早いとこ傷を治して戦いに復帰しないと全滅するな・・・

 

 そう思っていると・・・

 

 

 「火遁・狐火!!」

 

 

 九匹の炎の狐がベルディアに襲いかかった。

 

 「ぐっ・・・」

 

 連携されて迫り来る、具現化された炎狐の爪を捌ききれずにベルディアの鎧に浅い爪痕を残す。

 

 ベルディアがたまらず後退するが、炎狐達はその後を追わずに、躾の行き届いた綺麗な姿勢で座り、自分達のボスの指示をじっと待った。

 

 獣達が頭を垂れる中、燃え上がる芝生の上を威風堂々と歩く子狐。

 

 「ついに来たか・・・・いつかこうなるとは思っていたが・・・・

 お前とはできれば戦いたくなかったよ・・クラマ。」

 

 ベルディアが哀しそうにクラマへ語りかける。

 

 「ああ、そうだな・・・ワシもそう思っていたさ。だがな・・ワシはもっと早くこうするべきだったんだ。

さっさと覚悟を決めていれば・・・カズマがあんな傷を負うことはなかった!」

 

 そう叫んでクラマは炎弧達を引き連れてベルディアに飛びかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「急患!急患よ!!清潔なシーツを用意して!一刻も早くオペを開始します!」

 

 「すでに用意してあるってばよ!こっちだ!」

 

 「よし、ダクネス!カズマをそこへ寝かせてあげて!傷を刺激しないように、そっとよ」

 

 「ああ!・・・カズマ、痛むだろうがもう少しの辛抱だ。」

 

 「うぅ・・カズマ・・・どうか死なないでください・・・お願いですから・・・

私はまだ貴方に伝えたいことが・・・うう・・・かずまぁ・・・・・」

 

 

 「いや、大げさじゃね?」

 

 

 俺をシーツの上に寝かせて深刻そうな顔をしている皆にツッコむ。

 めぐみんなんてガチ泣きしてるし・・・・

 

 心配してくれるのは嬉しいがそんな本気で手術前みたいな雰囲気出さなくても・・・

 

 「何言ってんのよ!血がドバドバ流れてお腹から生ホルモンがはみ出ちゃってんのよ!?」

 

 「うう・・夢に出てきそうなくらいのグロテスクさです・・・カズマ、本当に大丈夫ですよね?」

 

 「あまりに痛すぎて痛覚がおかしくなっているのかもしれないな・・・」

 

 「死闘を終えた後にはよくあることだってばよ。カズマ、深呼吸して。一端冷静になって自分の体に問いかけてみるんだってばよ・・・どうだ?本当に、痛くない?」

 

 ん?はは・・こんなもん全然・・・痛く・・

 

 「そう言われてみると・・・なんだか・・・急に・・い、痛っってぇ・・!!

何これヤバイ・・・!し、死ぬぅ!」

 

 師匠に言われたとおり冷静になってみると、今まで立っていられたのが不思議なくらいの激痛に襲われる。

 

 「う・・意識が朦朧と・・・あ、エリス様が見える・・・なんか不気味なオカマに苛められてる・・」

 

 「カズマ!カズマ!!気をしっかり持つんだってばよ!」

 

 「妙な幻覚まで見始めている!ヤバイぞアクア!」

 

 「早く女神的回復魔法で治してあげてください!」

 

 ああ、また走馬灯が・・・あの時こっそり揉んだアクアの胸は柔らかかったなぁ・・・

 

 「とは言っても、そのはみ出た生ホルモンをどうにかしないと・・・・そのまま治したらゾンビみたいに気持ちが悪いことになるわよ?あなた達、臓物を垂れ流してる仲間と今まで通りに接することができる?ギクシャクしちゃわない?」

 

 「う・・じゃあ、どうすれば・・・」

 

 顔を歪めて苦悩するダクネス。

 ああ、土木工事時代に汗だくになったダクネスはエロかったなぁ・・・濡れたシャツからたわわな胸が・・・

 

 「カズマの生ホルモンを中に押し込んで、全開ヒールで一瞬で治します。これしかないわ!」

 

 生ホルモン言うな・・・

 

 「それって大丈夫なんですか?めちゃくちゃ痛いんじゃ・・・」

 

 めぐみんが俺の手を握りしめて涙ぐむ。

 ああ、あの時どさくさに紛れて触っためぐみんのケツは実にいい形だったなぁ・・・

 

 「大丈夫!こんなこともあろうかとウィズの魔法具店で良い物を買ってあるの!」

 

 あ、嫌な予感がするよ?

 

 「パパパパーン♪“モウナニモコワクナーイ”~~~~」

 

 アクアがバックを漁って取り出したのは俺の腕ぐらいはありそうな、大きな注射器。

 

 「これを刺せば一定時間、痛覚が無くなるわ!副作用も無いし、おまけに滋養強壮の効果や治癒能力を増大させる効果まである優れもの!」

 

 「おお!そんな良いものが!」

 

 「個人的に痛くないのは嫌だが、私以外に使うなら最高の品じゃないか!」

 

 「あの店が流行らないのが本当に不思議だってばよ!さぁ、アクアちゃん、打ち込んじゃってくれ!」

 

 どうせ、アクアのことだから何かオチがつくんだろう?

 なにか・・・

 

 「ただし、お尻の穴から打たないと何の効果も無いそうです・・・」

 

 「「「・・・・・・・・」」」

 

 ほらな!こんなことだろうと思ったよ!

 

 「すごく、すごく痛いらしいけれど、痛覚がすぐ無くなるんだから大丈夫よね?カズマさん、我慢できるわよね?」

 

 嫌だよ!だったら臓物を押し込まれる激痛に耐えたほうがまだマシだよ!なんでここに来てケツへのダメージを新たに負わないといけないんだよ!もうカズマさんのHPはとっくに0だよ!? 

 

 アクアが注射器を構え、めぐみんは顔を背ける。

 師匠とダクネスが顔を見合わせて頷き合い、俺の身体を押さえるためにこちらへにじり寄る。

 

 ま、マジか・・や、やめろ!やめてくれ!もっと他に方法があるはずだ!

 うおい!師匠、どうしてあんたが俺のパンツを脱がす役割なんだ!そこはせめてダクネスだろう!

 めぐみん、何をチラチラと盗み見ているんだ?実は興味津々か?ムッツリなのか?

 

 そしてアクアは俺のケツを凝視しすぎだろう!不思議なものを発見した子供のような純粋な瞳で覗き込むんじゃない!!

 チクショウ!どうしてこんなことに・・・

 俺はこんな目に合うためにあの世から蘇ったんじゃ・・・・!助けてエリス様ーーー!!

 

 ・・・・・アッーーーーー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サトウカズマッ、復活ッ!!

 

 

 「よし、ベルディアをぶっ殺そう・・・」

 

 傷?綺麗に治してもらいましたよ。・・俺の心以外はね・・・

 

 仲間達は誰も悪くないと思うんだ。純粋な気持ちで俺を案じて治療をしてくれただけ。そこに悪意なんてものは微塵もないし、その結果俺は見事な復活を遂げた。そのことには感謝の念が尽きない。

 

 「か、カズマ?もう無理をしないほうが・・・」

 

 「ありがとうよアクア。いつも心配かけてすまねぇな・・・ただ、ベルディアは殺す」

 

 「ひっ・・」

 

  誰が悪いかといえばもうベルディアしかいないと思うんだ。あの野郎さえいなければこんなことにはならなかった。あいつの城を爆破しちまったのは確かにこっちが悪いよ。

 でもそのことでいつまでも被害者面して暴れまわってんじゃねぇ・・!

 こっちだって色々と大事なもんを失ってんだよ・・!

 

 

 「お、落ち着いてくださいカズマ・・・今はゆっくり休みましょう。カズマは凄く頑張りましたから・・・」

 

 「いや、呑気にしてる場合じゃねぇだろ?お前の呪いだってあるんだから早くベルディアをぶっ殺さないと。」

 

 「へ?・・・の、呪い?・・・・あ。」

 

 「俺達を心配させないために気丈に振舞ってるようだが、俺にはわかるぜ?もう相当苦しいんだろ?」

 

 「い、いえ・・・その・・・」

 

 「自分が死にそうなのに俺のことをあんなに心配してくれるなんて・・・お前って本当に仲間思いだよな」

 

 「いえ、あの、違うんですっ・・・」

 

 「後何分なんだ?」

 

 「え?」

 

 「後、何分で呪いが発動しちまうんだ?」

 

 「う・・あのですね・・かずま、よく聞いてください・・私の呪いはもうとっくに解けているんです。

だから、これ以上カズマが傷つくことは・・・」

 

 俺はめぐみんの言葉を聞いて思わずその手を優しく握った。

 

 「あぅっ・・・」

 

 「そんな見え透いた嘘なんて吐かなくていい・・・」

 

 「え、う、うそじゃ・・・」

 

 「俺を頼りなく思うのはわかる。デカイ口叩いたのにあっさり斬られちまったからな。

  仲間思いのお前がこれ以上俺に戦って欲しくない気持ちも良くわかるんだ。

  それでも、どうかもう一度だけ俺を信じて欲しい。今度こそあの野郎をぶち殺してめぐみんの呪いを解いてみせるから。」

 

 「かずま・・・」

 

 「約束は必ず守る。俺はめぐみんを絶対に死なせたくないんだ。亡くしてたまるかよ・・お前の爆裂魔法はもう、俺の日常には欠かせない大事な刺激なんだからな・・・」

 

 「かずま・・・そこまで・・私のことを・・こ、これはプロポーズというやつでは・・どうしましょう、どう返事を・・・困りました私の中で既にOK以外の選択肢がありませんっ!この機を逃さずに婚約するしか・・でも私はまだ13歳ですよ!?カズマを犯罪者にしてしまうんじゃ・・・いえ、そんなに年の差があるわけじゃないし大丈夫ですよね?子供はまだ無理ですが焦ることはないです、ゆっくり少しずつ愛を育んで・・」

 

 めぐみんが顔を真っ赤にして身体をクネクネと悶えさせてる。超小声でブツブツと何かを言っているがまるで聞こえない。何この生き物怖い・・。

 いや、きっと呪いのせいだな・・・おのれ、ベルディア・・!

 

 「それで結局、残り時間は後何分なんだ?」

 

 めぐみんがおかしな事になっているので他の三人に聞いてみる。

 

 「あ?さぁ?多分十分くらいじゃない?ねぇ?」

 

 「そうだなー・・そのくらいだなー・・多分な」

 

 「ふふ・・カズマも隅に置けないってばよ。めぐみんがすっかり可愛くなっちゃって。昔のヒナタを思い出すなぁ・・」

 

 アクアとダクネスはなぜか不貞腐れたように超投げやりな対応だし、師匠はニヤニヤ笑っている。

 え?皆めぐみんの事が心配じゃないの?

 

 なんか釈然としないが、まぁいいか・・・

 

 「よーし、とりあえずベルディア殺りにいこ。」

 

 「いや、待て。爽やかに物騒なことを言うな。一体どうしたんだカズマ?さっきまでいい雰囲気で語り合っていたじゃないか。ベルディアと。」

 

 「語り合っていたとか言うなキモイ。まぁ、個人的な怒りもあるが、あいつに退く気がない以上、息の根を止めるしかないだろう?」

 

 「それは・・そうだな。黙って殺されるわけにもいかない。」

 

 「・・・・それに、多分あいつもそれを望んで・・・」

 

 「?」

 

 「・・・いや、なんでもない。・・・とにかく決着をつけに行くよ。俺は。」

 

 「・・・なぁ、戦いに赴く男にこんなことを言いたくないんだが・・・」

 

 「おう」

 

 「その・・・勝算は、あるのか?」

 

 「・・・・」

 

 ダクネスの心配は最もだ。影分身は成す術なく切り伏せられ、豪火球は決定打にならない。

 変化で意表を突く手も恐らくもう効果はないし、幻術もスティールも通じない。

 ならば、俺に残った手札は一つしかない。

 当たれば確実にベルディアの鎧を砕く切り札にして、ベルディアの刃によって当たる前に無残に敗北した技。

 “千鳥”

 今俺が使える最強の術。

 これを当てることしか俺は考えていなかった。その方法を必死に考えていた。

 

 影分身による陽動はできない。多大な集中力のいる千鳥と影分身を両用することは今の俺には無理だった。

 アクアと再びタッグを組むのもリスクが多すぎる。アクアが真っ先に狙われるだろう。ベルディアは浄化魔法による硬直をどんどん短縮させているし、苦労して当てたとしても効果が望めるかわからない。

 

 他にも色々と考えを巡らせるが、どうも良いアイディアが思いつかなかった。

 正直、勝てる見込みがあるのかはわからない。・・・・だが、それでも俺は・・・

 

 

 「勝てるってばよ。」

 

 

 俺の不安を見透かしたように師匠が真っ直ぐに俺の目を見て言う。

 

 「何も難しいことは考えなくていい。ただ、ベルディアの攻撃をよく見て、避けて、そんでぶち当てろ。それだけでいいってばよ」

 

 いつものように快活な笑顔でなんでも無いように笑う。俺を心から認めて、信じてくれている柔らかい眼差し。

 心を解かすような温かな信頼。いつも、それが俺に力を与えてくれた。

 それだけで本当にそれができる気がしてくる。根拠の無い自信が湧いてくる。

 

 「俺に・・・できますか?」

 

 「お前以外にできない」

 

 師匠はそう即答して、申し訳なさそうに片手で頭を掻く。

 

 「俺は今、戦うことはできない。クラマもきっと友達相手じゃ本気を出せないってばよ。そうなったら、今この街でベルディアに勝てるのはカズマ、お前しかいないってばよ。」

 

 やべ、顔がニヤける・・・どうしよう超嬉しい。男相手に自分でも気持ちが悪いくらい心が踊る。

 

 「真正面から勝負する、か。師匠、もし負けたら化けて出ますからね。」

 

 「その時は一緒にあの世へ連れてってくれてもいいってばよ?」

 

 顔を向かい合わせて笑い合う。これから命懸けの真剣勝負の前だというのに心が随分と軽やかだ。

 

 

 「ナル爺、本当にカズマを行かせるんですか・・・?」

 

 「わ、私はもうあんな、カズマが傷つくところなど・・見たくない・・」

 

 「その、まだ本調子じゃないと思うのよ。だから・・お爺ちゃん・・」

 

 

 めぐみん、ダクネス、アクアの三人は不安そうだ。きっと俺が逆の立場でもそうなっただろう。一度植えつけられた仲間を失う恐怖というのは、それだけ根深い。

 それは仲間から信頼を失ったのと同然だ。口でいくら言い募った所でそれをぬぐい去ることはできないだろう。 信頼を取り戻すには結果で示すしかない。

 

 「いいから、よく見ているんだってばよ。カズマの戦いを。大丈夫だ。こいつはこの俺の、

うずまきナルトの自慢の弟子なんだからな。」 

 

 

 そう言って師匠は俺の背中を優しく、しかし、力強く叩いた。

 背中から気合が注入され、活力が漲る

 よっしゃあ!やるぞ!

 

 「行ってきます!!」

 

 そう言って力強く一歩を踏み出し、駆け出そうとする俺。

 一度敗れた千鳥でまたベルディアに挑むのだ。相当の覚悟と勇気がいる。

 そういう確固たる意志を秘めた一歩だった。

 ・・・・それが。

 

 「あ、ちょっと待った。」

 

 師匠に襟首を掴まれて止められた。

 首が一瞬締まり、苦しくて、たまらず咽る。

 

 「ゲホッ、ゴホッ、・・な、何ですか!?」

 

 「いやー、そんないきなり行こうとしないで・・・まだ仕上げが残ってんだってばよ。」

 

 「・・・仕上げ?」

 

 「そ、最後の仕上げ。と言ってもそんな大層なことをするつもりはないってばよ。

 ただ、一つだけお前に尋ねたいんだ。」

 

 「え、何ですか?」

 

 それって今大事なこと?後じゃダメなのかな?せっかく戦意が漲っていたのに・・・

 

 「・・・・なぁ、カズマ。お前は覚えているか?・・・」

 

 師匠は静かに問いかける。何かを噛み締めるように、ゆっくりと。とても真剣な顔で。

 

 「・・・?」

 

 覚えてる?一体何を・・・・

 

 

 「“うずまきユズハ”・・・それと、“うずまきハヤト”。この二人の名に覚えはあるか?」

 

 「・・・っ!?」

 

 

 うずまきユズハ・・うずまきハヤト・・・ユズハ・・ハヤト・・!

 

 その名を何度も心の中で反復する。

 

 

 

 それは、聞いたことのない名前のはずだった。

 

 そのはずなのに、その名を聞いた瞬間、俺の中でかつてない衝撃が走った。

 

 心臓が激しく脈打つ。

 

 いつもの夢に出てくる、ある女性と赤ん坊のシルエット。

 訳がわからなくて、手を伸ばしても決して届くことのないそれは、俺にとって悲しみの象徴だった。

 

 それがその名を耳にした途端に色付き始め、鮮やかに彩られていく・・・・

 

 穏やかな笑みを浮かべた美しい顔が顕になる。艶やかな長い黒髪を後ろで一つに纏めている、色白の大人しそうな女性。その眼差しを幸せそうに細め、俺に笑いかけてくる。そして、抱いていた我が子をそっとこちらへ差し出す。「抱いてあげて」という優しげな声が脳裏に響く。

 いつもそれに触れたとたん、夢から覚めた。そして目覚めた時に大切なものを腕から取りこぼしてしまったような深い喪失感でいつも枕を濡らしていた。

 

 だが、今は、その柔らかい生き物にちゃんと触れることができた。母親から離れたことで不満そうな顔をしている生意気そうな赤ん坊。まったく親の顔が見てみたい。笑えるほど可愛くねぇ・・・・。

 それなのに胸の中で愛おしさが溢れ、俺は泣きながらそいつを抱きしめた。

 

 この幻は悲しくてとても切ないけど、それ以上に俺にとって凄く大切なものだったんだ。

 

 遠い昔に失くしたはずの宝物の欠片をようやく見つけた気がした。

 

 ああ、そうか・・・お前等の名前は・・・ユズハとハヤトって言うんだな・・・

 

 目が焼けるように熱くなって、ギュッと強く目を瞑ったまま涙を流す。

 

 涙を手でぬぐい、瞳を開けると、かつてない程に視界が鮮明になっていることに気づく。

 

 

 師匠はそんな俺の瞳を覗き込むと、何故か目尻に涙を浮かべて嬉しそうに笑った。

 

 「よし、行ってこい!」

 

 そう言って俺にあるものを投げて寄こす。

 

 「わっ、と・・・これは・・!」

 

 一人の忍びの歴史を感じさせる、とても古い、大きな傷のある額当て。

 それは決して綺麗な物ではない。誰かの使い古しのようで、少し錆びているし、布も色褪せている。

 店頭で見かけたらきっと顔を顰めてしまうような骨董品。

 それでも俺は手にしたそれを見て、湧き上がってくる嬉しさを抑えきれずにいた。

 額当てを与えられる意味は、師匠から聞いている。

 

 これは、一人前の忍びとして認めてもらえた証。

 

 俺は弟子として、忍びを名乗ることを許されたのだ。

 

 額にそれを当て、紺色の布をギュッと結んだ。

 

 視界は良好。まるで生まれ変わったような清々しい気分。

 心が様々なもので満たされて、充足感でいっぱいになる。

 

 負けられない、という焦りが無くなった。不安も消えて、胸に確かな自信が宿る。

 

 今の気持ちを言葉にするなら、そう―――――

 

 「負ける気がしねぇ!!」

 

 どこか懐かしさを感じる言葉と共に、俺は大きく一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 




また、長くなりすぎて、分割してしまいました・・・・

申し訳ないですが、決着は次回です。

と言っても、もう出来ているので、手直しをしたらすぐに投稿いたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話 決着

連続投稿の術!


閃く大剣が炎を断ち、踊る炎は鎧を炙る。

 

 ベルディアとクラマの戦いは拮抗していた。

 

 

 「やるな・・!クラマよ!」

 

 「ふんっ、お前も弱体化した割にはなかなかしぶといじゃないか。」

 

 「ふふ・・お前の炎のおかげで水に濡れた体が温まったんだ。ありがとうよ。」

 

 「やせ我慢はよせ。ワシの炎はそんな生ぬるいものじゃない。」

 

 「その割には未だに俺に深手を与えられていないな。以前言っていた封印とやらを解いた方が良いんじゃないか?」

 

 「・・必要無い!」

 

 クラマの可愛らしい小さな爪とベルディアの大剣が激突する。激しい火花を散らしながら、凄まじい速度で何度も切り結んでいる。

 

 あんな小動物が魔王軍幹部と対等に渡り合っている姿は割とシュールだった。

 

 「あ!カズマのアニキ!もう大丈夫なんですかい?」

 

 近くにいたダストとかいうチンピラ冒険者が声をかけてくる。というかアニキとかやめてくんない?チンピラの兄貴分とか俺のキャラじゃないんだけど・・・

 

 「ああ、ウチのアークプリーストが綺麗に治してくれたよ。・・・つーか、お前らまた見てるだけかよ・・・」

 

 任せてくれとか言った割にはクラマ一匹に戦わせて傍観してる冒険者達に少し呆れた視線を送る。

 それを受けてダストは気まずそうに頭を掻く。

 

 「う・・・いや俺らも一緒に戦おうとはしたんスけど、なんかレベルが違いすぎるっていうか・・あの狐様にも足でまといで邪魔だって言われちまって・・・すんません・・。」

 

 確かに互角の戦いを繰り広げているように見える。

 戦いは苛烈さを増して、いつ決着がついてもおかしくない。

 ・・・そういう風に見える。

 

 だが、俺は知っている。

 クラマの実力はあんなもんじゃない。弱体化したベルディアくらい圧倒できないわけがないんだ。

 そうなっていないということは、師匠の言っていたことは本当だったのだろう。

 あいつはベルディア相手に本気は出せない。

 

 本来、好戦的なあいつがあんなにも辛そうに戦う姿を俺は初めて見た。

 

 「クラマ~~~~~~~~~っっ!!!」

 

 息を深く吸い込み、大きな声でクラマを呼ぶ。ビックリしたような冒険者の視線が集まるが構うものか。

 

 「カズマ・・?」

 

 「交代だ~~!!俺と代われ~~~~っ!!」

 

 クラマは戦いを中断し、こちらに振り向く。

 

 「何を言ってやがる・・・いいから、お前はもう、休んで・・・・ん?・・・っ!?」

 

 クラマの言葉が途中で止まり、信じられないものを見るように凝視する。

 

 そしてベルディアを置き去りにし、風のような速さで一瞬で俺の前によってきて、まじまじと目を見つめてくる。

 

 「・・・なるほど・・・そういうことか・・」

 

 そう呟いて、なにか納得したように溜め息を吐く。

 えーと・・なんなんだ?

 

 「いいだろう。代わってやる。・・・うまくやれよ。」

 

 そう言って、楽しそうに犬歯をむき出しにして笑うと、俺に背を向けてトコトコと師匠たちの元へ歩いて行った。

 

 やけにあっさりと代わってくれたな・・・。素直じゃないあのツンデレ狐は絶対に面倒くさいことを言って渋ると思ってたんだけど。

 

 

 「やはり、戻ってきたか・・・サトウカズマ!」

 

 クラマに振られて寂しそうにしていたベルディアが、気を取り直したように、高らかに俺の名を呼び、剣を構える。

 

 「生きているのなら、貴様は何度でも向かってくると思っていたよ。まったく、俺たちアンデットよりもよっぽどしぶとい男だ。あ、言っておくが褒めているんだからな?」

 

 「・・そりゃどうも。」

 

 全然嬉しくはないが、なんか俺に対するベルディアの好感度が上がっている気がする。今更馴れ合うつもりなんてないんだけどな。ぶっ殺すし。

 

 「早いとこ決着をつけようぜ・・・・仲間のめぐみんが呪いで苦しんでいるんだ。」

 

 「え?・・あの娘、まだ生きてたの?・・・とっくに制限時間は・・・あれぇ?・・」

 

 なんかごちゃごちゃ言っているが問答無用。一刻も早くこいつを倒してめぐみんを助けるんだ!

 

 

 左手にチャクラを集中させ、雷に変質させる。

 

 「“千鳥”!!」

 

 放電された雷と共に甲高い鳥の啼き声のような音が攻撃的に鳴り響く。

 

 「何をするかと思えば、またその技か・・・。残念だがそれはもう完全に見切っている。」

 

 ベルディアは迸る雷を眺めながら、失望したような冷めた声で言う。

 

 「確かに警戒に値する魔力だが、ただ愚直に突っ込んでくるだけの猪のような技がこの俺に当たると思うか?断言しよう、お前はさっきと同じように俺に斬られて・・・」

 

 「ごちゃごちゃうるせぇんだよ!!」

 

 ベルディアのウザイ言葉を遮る。上から目線でボスキャラを気取りやがって。お前に言われるまでもなくこの技の弱点なんてわかってんだ。カウンターに弱いってことはわかってる。タイミングが取りやすくて、熟練の戦士相手だと絶対に適わないってこともちゃんと理解してる。

 

 そして、それを克服した時、この技がどんなに心強い切り札になるのかってこともな!

 

 

 「時間が無ぇって言ってんだろうが!さっきまでと違うってことは、ちゃんと結果で思い知らせてやる。だから、上で高みの見物をしてる目ん玉からよく見とけや!クソアンデッド!!」

 

 そう怒声をあげて、肉体活性で強化された足で地を蹴りあげ、ベルディアへ向って駆ける。

 

 一瞬で加速していく世界の中で、先ほどの師匠の言葉を思い出す。

 

 よく見て、避けて、ぶち当てる。

 

 つまり相手が合わせてくるカウンター攻撃を回避して、逆に千鳥のカウンターを当てるということ。

 言葉にすると簡単そうだが、ついさっき、千鳥が敗れた時は何が起こったのかまるでわからなかった。

 一切反応できずに斬られた。自らが高速で移動する中、相手の攻撃を見切る余裕なんてなかった。

 

 だから、実現させるには非常に困難な攻略法だと思っていた。

 

 

 うん、そう思っていたわけなんだが・・・

 

 

 しかし、まさか蓋を開けてみるとこんなにも容易なことだとは・・・!

 

 視界に映るものが全て遅く感じた。

 高速で移動しているはずなのにベルディアの動作の一つ一つが驚く程鮮明に、はっきりと見えていた。

 

 あの夢の母子の名を聞いてから、生まれ変わったような感覚と共に異常なほど視力が良くなっていたのを感じていたが、まさかこれ程とは。

 

 同じ術のはずなのに、今までとはまるで違う。

 例えるなら今までは目を瞑ったまま、車で高速走行をしていたようなものだ。アクセルを踏んで突っ込む以外は選択肢は無かった、それが目を得たことで臨機応変に対応が可能になったのだ。

 

 ベルディアが居合の達人の抜刀術のように大剣を腰に添えて構えるのが視える。

 熟練の騎士による一切隙の無い構え。さっきまでの荒々しい戦技と全く真逆な研ぎ澄まされた、とても静かなチャクラ。

 その動作から太刀筋を予測することはできない。動きを全く先読みさせない構えは流石だった。戦うものとしての戦闘経験の差をまざまざと見せつけられたようだ。

 よし、なら止めよう。

 敵の動きの予測なんて、身の丈に合わないことは止めよう。

 いくら目が良くても、俺は戦闘経験値一ヶ月程度の少し毛の生えた素人に過ぎない。

 この目の万能感に酔ってはいけない。調子に乗るな俺。めぐみんの命が懸かっているんだ。

 謙虚に、堅実に、やれると確信できることをやれ。

 そう・・・師匠の言いつけ通り。

 

 ただ、見て、避けて、ぶち当てる!

 

 ベルディアの大剣の間合いに近づき、意識を研ぎ澄ます。

 視ることに神経を注ぎ、眼球に力を入れる。

 

 そうしながら俺は体の力を抜き、ある人物の動きを模倣しようとした。

 

 クラマの幻術によって再現された千鳥の使い手である忍者。

 

 オッドアイというものなのか、互いに違う模様を写す独特の不思議な瞳を持つ壮年の男性。

 

 明らかに女にモテそうなクールな面構えのイケメンだったので、顔面に一発入れてやろうと多重影分身で襲いかかったら、見事に瞬殺された。

 洗礼された滑らかな足さばき、緩急を加えた速度は突然消えるように目の前から姿をなくすし、いつの間にか千鳥の電光が死角から俺の身体を貫いていた。

 見惚れるほど鮮やかな手際。

 それが千鳥という術の完成形にして、俺が目指すべき理想の戦闘形態だと思った。

 

 遥か高みにあるその男の体術を頭に思い描き、形だけでも模倣するように試みる。

 速度を緩め、体から余分な力を抜き、一瞬で最高速度で攻撃に移れるようにチャクラを足に溜める。

 

 ベルディアの腕がピクリと動くのが見えた。

 

 濃密になる死の気配に心臓が暴れだそうとするが、なんとか平常心を保つ。

 

 

 かかってこいや!!

 

 

 心の中でそう啖呵を切るとそれに応じるようにベルディアの大剣が横凪に一閃された。

 

 閃光の如き速度で振るわれた一筋の斬撃はこの眼をもってしても恐ろしく速く感じた。

 

 

 今度こそ確実に俺を殺すための一撃。

 

 受けたならば必ず死ぬ、文字通り必殺の剣。

 

 それが、俺の首を狙っているのが見えた。

 

 首を断ち切られ、このデュラハンのように首を失くして倒れる自分を幻視する。

 

 頭によぎる不吉を鼻で笑い飛ばす。

 

 

 そんな未来なんて来ねぇよ・・・!

 

 

 死の斬撃に対して俺は一歩、大きく踏み込んで見せた。

 

 剣の軌道を途中で変えられないように、紙一重でかがみ込んで躱す。

 

 「なっ・・!?」

 

 ベルディアの驚愕の声が耳につき、片頬を凶悪に釣り上げる。

 

 大剣の下を潜り込み、そのまま、トップスピードに乗って身体を加速させる。

 

 

 千鳥が迸る左腕を大きく振り絞り、雄叫びを上げる。

 

 「うおおおおおおお!!“千鳥”!!」

 

 激しい電光が轟き、雷の貫手はベルディアの鎧を砕き、その肉体を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よっしゃあ!!やったわ!!」

 

 「やりましたっ!!カズマが!カズマが勝ちましたよ!!」

 

 「ついに・・ついに成し遂げたのだな。カズマ・・!」

 

 ウチの女共が拳を振り上げて歓声をあげている。

 カズマの千鳥がベルディアを貫いたのだ。

 ワシとしては複雑な気持ちだが、カズマは確かに魔王軍幹部の討伐をやり遂げたのだった。

 あの、ハナタレが・・・。

 

 「それにしても、まさかカズマが紅魔族の血を引く者だとは!」

 

 「は?いや、そんなはずはないわよ。」

 

 「え、しかし、あの赤い瞳は・・・」

 

 めぐみんは何やら勘違いをしているようだが、カズマの眼は紅魔族のそれとは全くの別物だ。

 あれは―――――

 

 「写輪眼だってばよ」

 

 ナルトがカズマを眩しそうに眺めながら言う。

 

 「写輪眼?」

 

 「俺の世界の、うちは一族にのみ開眼する特殊な瞳だ。」

 

 “写輪眼” それはうちは一族にのみ伝わる特異体質。

 開眼すると並外れた動体視力を身に付け、また、体術・幻術・忍術の仕組みを一瞬で看破でき、そのチャクラの流れを形として認識し、更に性質を色で見分けることができる能力を得る。

 器用な者は写輪眼で視認するだけで相手の術をコピーできるのだが、恐らくカズマには無理な芸当だろう。

 

 「なぜ、ナル爺の世界の一族の力がカズマに?」

 

 「さて、どうしてだろうなぁ・・・・ただ、間違いないってばよ。あれは写輪眼だ。」

 

 めぐみんの当然の疑問にナルトはのんびりとした口調で断言する。

 

 ああ、確かにあの瞳は写輪眼以外ない。

 

 だとすると当然の帰結としてサトウカズマという男の正体を確信せざるをえない。

 

 あいつは・・・・・

 

 「なぁ、ナルト。お前はいつから気づいていた?」

 

 ワシはナルトを見上げて、そっと問いかける。

 

 「ん?」

 

 「あいつが“カズト”だと、いつから気づいていたんだ?」

 

 うずまきカズト。

 不遇な死を遂げたナルトの孫。

 有り得ないと思っていた。いくら似ていても他人の空似だろうとずっと自分に言い聞かせてきた。

 顔も声も性格も若い頃のカズトに丸っきり同じに見えても、こいつは違うのだと頑なに思い続けた。

 死んだアイツの面影をカズマに重ねるのは嫌だったのだ。

 それは思い出に縛られるということだ。

 だから千鳥をカズマに習得させるとナルトが言った時、ワシは悲しかった。

 ついにボケたナルトがカズマと死んだ孫を混同し始めたと思ったのだ。

 

 だが、間違っていたのはどうやらワシの方だったようだ。

 

 うちはの写輪眼まで開眼されたら、もう認めるしかない。

 

 こいつは母親譲りの写輪眼と面倒見の良さと、父親譲りの負けん気とゲーム脳を受け継いだ、ナルトの孫のうずまきカズトだ。

 

 思えばナルトはずっとそれをほのめかす様なことを言い続けていた。

 

 一体、いつから、あいつだと確信していたのだろうか?

 

 

 「そんなもん、最初っからに決まってるってばよ。」

 

 ナルトはそう言って柔らかく微笑んだ。

 

 「なに・・?」

 

 最初からということは・・・初対面で抱きついた時には、もう?

 

 「いくら老いぼれたと言っても、俺があいつを見間違えるわけがないってばよ・・・・」

 

 そう言ってナルトは緩んだ涙腺からこぼれ落ちるものをそっと指先で拭った。

 

 それを見てワシは、ふと、気づく。

 

 あの時ナルトが盛大に流していた涙は、カズトが死んで以来、久しく見ていなかったことに。

 

 あいつが死んで暗く沈み込む家を悲しみから守るために、ナルトはあの日から泣かないことを誓った。     

 我愛羅が死んでも、サクラが死んでも、長年連れ添ったヒナタが死んだ時でさえ、ナルトは馬鹿みたいな誓いを守り、ずっと耐え忍んできた。

 

 ああ、そうか、だからコイツはあの時、今までずっと我慢してきた涙を流したのか・・・。

 

 もう、お前が我慢する必要は、無くなったんだな・・・ナルト。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある少年との会話がきっかけで、俺は思い出した。

 

 自分が騎士になった理由を。

 

 今更だが、それをようやく、思い出した。

 いや、本当は忘れてなどいなかったのかもしれない。

 思い出してしまえば、今の俺には苦しいだけだから自ら記憶に蓋をしただけのようにも思う。

 古い、過去の志は、闇に染まったアンデッドには浄化されてしまいそうなくらい眩しい。

 幼い俺が今のこの首無しの無様なアンデッドを見たらどう思うのだろうと意味のない自虐に走りそうになる。

 

 それでも、掘り出された過去の願いは俺にとって想像以上に大事なものだった。

 

 そう、俺が騎士になることを胸に秘めたあの日・・・

 

 俺は地獄のようなあの街で強く、美しい女騎士に出会った。

 

 そいつは金品を強奪しようとしたハイエナのような俺を簡単に捻り上げ、その場で正座をさせて長ったらしい説教をまくし立てた。人の物を奪うのがいかに罪深いことであるか、人に刃物を向けることの危険性、口汚くブスだのゴリラだのと言うことがいかに人を傷つけるかを延々とグチグチ言ってきた。

 今考えると、あの街のことを何も知らないような甘っちょろいお嬢さん騎士なのだが、あの頃の俺にはとても新鮮だったのだ。人に諭されるのは初めてだった。あの街では言葉の前に拳や蹴りや刃物が襲ってきた。奪うこと、傷つけることがダメだというのも、新しい発想だった。

 なぜダメなのかと問うと、更なるお説教と共にありがたいご高説をいただいた。人は一人では生きていけないとか、助け合うことの大事さとか、傷つけられた誰かには大切な人がいるはずだとか、貴方が罪を犯せば悲しむ人が必ずいるとか。

 全てが的外れで、あの頃の俺には全く当てはまらない言葉だが、それを俺はなぜか気に入ってしまった。

 俺には全くわからないが、なんだかそういう考えが凄くしっくりきてしまったのだ。

 なにより、そのお嬢さん騎士は俺が初めて出会う善人だった。物を奪おうとしたのに必要以上に暴力を振るわず、俺に対する言葉遣いも強者のくせにやけに丁寧で、俺を見つめる美しい瞳も見たことがないほど柔らかい。

 善人というものは未知なる生き物だ。そんなものに遭遇したことは未だかつてなかった。

 そのありきたりな説教は俺が全く知らない優しさに満ちた世界を思わせた。

 そんな人間がたくさんいる世界があるのかと、胸が踊った。

 奪わず、傷つけず、蔑まさず、罵らず、壊れず、狂わず、嘘をつかない。そんな人が、お嬢さんみたいな人がたくさんいるのか!

 

 俺はそんな存在になることを願った。本当はずっとずっと、嫌だったんだ。奪うことも、傷つけることも・・・・嫌で嫌でしょうがなかったけど、生きるために諦めていた。

 

 「諦めなくていいんです。」

 

 お嬢さんが言う。

 

 「あなたの生き方はあなた次第でいくらでも変われます。」

 

 お嬢さんはそう言うが、俺にはわからなかった。

 どうすれば、ここから抜け出して真逆の人間になることができるのか。

 

 

 「じゃあ、私と一緒に王都に行きましょう。そこであなたの居場所を見つけるんです。」

 

 「居場所?」

 

 「はい。貴方が心から安らぐことができて、優しい気持ちになれる、そんな居場所を作りましょう。

そして、そんな大切なところを守れるような、そんな人になりましょう?・・ね?」

 

 そう言ってお嬢さんは慈愛に満ちた顔で微笑んだ。

 

 居場所。俺の、居場所。あの両親と周りから言われて調子に乗ってる豚共が待つ薄暗い寝床ではなく、俺が安心できる場所・・・

 

 欲しい!それ、すごく、欲しい!!

 

 こんなにも何かを欲したことは初めてだ。願いに限りなく近い、切実な欲望。

 

 優しい人間になりたい。今までとは真逆の、

 奪わず、傷つけず、蔑まさず、罵らず、壊れず、狂わず、嘘をつかない、そんな人間に俺はなりたい!

 

 「それでは行きましょうか・・・あ。そういえばあなたのお名前は?」

 

 「ベル。・・・あんたは?」

 

「私は・・・そうですね・・“クリス”とでも名乗っておきましょうか。

よろしくお願いしますねベル君。」

 

そう言って銀髪のお嬢さんは悪戯っぽく微笑んだ。

 

 

 そのお嬢さんとは、幼い頃に少しだけ一緒に暮らして色々と世話になったが、剣の師に出会い本格的に騎士の修行を始めると、いつの間にか俺の前から姿を消していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見事だ・・・

 

 薄れゆく意識の中、サトウカズマに賞賛を送る。

 

 水によって弱体化したことなど言い訳にならん。

 今の一撃は自分でもわかるくらい、会心の一閃だった。

 それを正面から破られたのだから、敗者として潔く認めるしかない。

 

 一度俺が破った千鳥という技をここにきて完成させてきた。

 

 俺の一撃は空を切り、奴の電光が俺を鎧ごと貫いた。

 

 完敗だ。俺は、今日ここで、息絶えるだろう。

 

 悔しさはもちろんある。長年、願い続けた執念が暴走してしまいそうな狂おしい激情がこみ上げてくるが、疲れたようなため息が地面に力なく転がる頭から吐き出され、急速に萎んでいく。

 

 死にたくないとはちっとも思わなかった。

 

 死に行く我が身を呪うこともなく、自らを死に追いやった敵への恨みもなく、俺はただ、深く安堵していた。

 

 俺はようやく、ここで止まることができたんだ・・・・・

 

 幼い頃の誓いを忘れて、俺は多くの人間の命を奪った、この剣で傷つけてきた。欲深い願いのために俺は魔王の駒として罪のない人間の尊厳を踏みにじってきた。

 

 俺は、結局、闇から抜け出すことができなかったんだ。

 

 そんな今の俺が、嫌で、嫌で堪らなかった。

 

 

 ああ、そうか・・・俺は、ずっと、死にたかったんだな・・・・

 

 決して敵わない怪物がいるこの街に居続けた理由がようやく分かった。

 

 俺は、あの爺さんに殺して欲しかったんだ・・・誰かに止めてもらいたかったんだ・・・

 

 純粋な願いが、美しい恋が、血に染まって汚れることはもう、耐え難かった。

 

 「殺せ・・・・」

 

 掠れた声でそう呟くと、サトウカズマは苛立つように俺を睨みつけた。

 

 何か、怒鳴りつけてきたが、もう、その声も聞こえない。

 

 俺の身体は灰になっていく。秋の肌寒い風に吹かれて、俺の身体は形を失っていく。

 

 

 アンジェリカ・・・ああ、アンジェリカ。

 

 ここまで、来て、まだ、君に会いたいと願ってしまう俺は、情けなくて、女々しい男かな・・・

 

 それとも、君が余りにもいい女、だったからか・・・・

 

 全く・・・罪作りな女だ・・・きみは・・・・

 

 

 

 そうして、俺は、灰になって浄化されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さて、若いもんが頑張ってくれたんだ。一丁この年寄りも気張るとするか!」

 

 そう言ってナルトが気合とともに掌に拳を打ち付け、内に秘めた力を開放していく。

 

 その肉体に眩い光と漆黒の影が帯びる。黒く染まる肢体に緋色に輝く羽織を身に纏い、求道玉と呼ばれる漆黒の球体が背中に円状に浮いている。

 

 瞳孔は十字状に開かれ、右手には白い太陽の印が浮かび上がる。

 

 ――――六道仙人モード。

 

 それはかつて忍びの始祖・大筒木ハゴロモから授かった究極の力。

 

 自然エネルギーを意のままに操り、数多の奇跡を可能とさせる神域の形態。

 

 「そんじゃあ、行ってくるってばよ!ベルちゃんを救いに!!」

 

 サスケが死んで以来、長いあいだ眠らせていた力が今、この世界に解き放たれた。

 

 

 




ちなみに、とある荒れ果てた街は突如出現したエリス教と名乗る集団によって数年のうちに笑顔溢れるクリーンな街に変貌を遂げたとか・・・・

次回はベルディア救済を兼ねた後日談になります。多分。

六道仙人モードについては、おかしな所や描写が足りないところがありましたら、教えていただければ助かります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話 ブスの笑顔に恋してる

やっと更新できました・・・・・
長い間、お待たせして本当に申し訳ありません。

そして、久しぶりの更新にも関わらず今回は若干の欝要素があります・・・


 

 

 今から百年以上も昔の話。

 

 王国で騎士として務め、上位騎士である聖騎士に昇格した頃だった。

 

 俺がアンジェリカに出会ったのは。

 

 初対面の時は俺がこの女に恋をするとは夢にも思わなかった。

 アンジェリカという女はお世辞にも器量があまり良いとは言えなかったのだ。

 

 ・・・・・誰にも気を使わずにぶっちゃけてしまうと、いわゆるブスというやつだった。

 おまけにかなりのデブ。

 

 だから常連の酒場が歌姫として彼女を雇った時、俺は真っ先に思ったのだった。

 「あ、この店潰れるな」と。酒はともかく鶏肉料理の美味いこの店が潰れるのを非常に残念に思う。

 だが仕方がないことなのだ。ブスを眺めながら飲む酒ほど不味いものはない。店長はその辺りの考えが足りなかったのだろう。きっとどこにも雇ってもらえない彼女を子供の小遣い程度の給金で釣り上げてきたのだろう。

 そこまでこの店が経営難で苦しんでいるとは思わなかった。一言常連である俺に相談してくれていれば、あれほどのブスならば雇わないほうがマシだという的確なアドバイスを与えたというのに。嘆かわしい。

 別に俺だってブスが憎いわけではない。他人の醜さを笑えるほど、俺の面構えが良いとはとても言えないだろう。ただ、荒くれ者も多いこの酒場ではブスの歌声なんて心無い野次が飛ぶに決まっている。ブスとは言え女性。 紳士な俺としては傷つく女性を肴に酒など飲みたくないのだ。

 

 最初はそんなことを思っていた。

 

 そんな俺の浅はかな考えは彼女が舞台に上がり、歌声を発すると一変した。

 

 彼女のグロテスクな厚い唇から全てをねじ伏せるような圧倒的な美声が発せられ、この薄汚い酒場を一瞬で支配してしまった。

 

 口汚くブスの誹謗中傷をまくし立てていた酔っぱらいたちはその歌に呑み込まれたように沈黙する。

 ブスをせせら笑っていた勝気な女戦士は目を丸くして口をあんぐりとだらしなく開けて放心し、アル中の偏屈な老人は常に手放さない酒瓶を置いて神に祈るように手を合わせて涙を流し、散々彼女を馬鹿にしていた生意気な若い冒険者は幼い子供のような顔で目を輝かせ純粋な感動に打ち震えていた。

 

 そして俺は夢心地な気分で彼女に熱い視線を注いでいた。

 失敗した丸パンをさらに潰したような不細工な顔。それがなぜか俺には輝いて見えた。

 なんだ・・・・・・いい女じゃないか・・・・

 ボサボサのくすんだ金髪は長いこと散髪していないのか地面に付くほどの超ロングヘアー。

 極太の眉毛が凛々しく、真剣な眼差しはオークのように雄々しかった。

 息を吸うたびに膨れる弛んだ腹は妊婦なんか目じゃないくらいのボリュームだ。

 

 ・・・・・だが、それがいいのだ!

 

 己の高鳴る鼓動を感じて俺は確信した。

 この俺があのブスに・・・・・アンジェリカに惚れてしまったのだと。

 

 

 

 その日から俺はアンジェリカに会うためにボロい酒場に毎日あししげく通い、アプローチを繰り返した。

 最初は警戒心全開だったアンジェリカも徐々に笑顔を見せてくれるようになり、俺達の間には確かな絆が芽生えていた。

 アンジェリカの歌は聖騎士として多忙な毎日を送っている俺の心を癒してくれた。

 酒を飲みながら彼女の傍で歌を聴いているのが俺にとって至福の時だった。

 

 彼女となら、創れるのではないかと思った。

 クリス姉さんが言っていた“優しい居場所”を彼女と共に築いていけるのではないか。

 こんなボロい酒場ではなく、我が家へ帰れば彼女がいるのだ。

 客と歌姫という関係ではなく大切な家族として、帰ってきた俺を温かい食事と共に笑顔で迎えてくれるのなら、それはとても素敵なことだ。

 

 俺は密かに彼女へ求婚することを決意した。

 

 早速、彼女のサイズに合う大きめの婚約指輪を買い、プロポーズの言葉を何度も練習した。

 正直、勝率は100%だろうと確信していたのだ。

 だから気が早いだろうが彼女が住んでも大丈夫な大きな家を買い、その庭に彼女が好きだといった花の種を植えた。

 大物アンデットの討伐中に「この戦いが終わったら俺、結婚するんだ」と仲間に打ち明けてなぜかグーで殴られたりもした。死亡フラグとかわけのわからないことを言っていたが、それも杞憂だった。

 当時から王国で五本の指に入る強さを持っていた俺は難なくアンデットを討ち滅ぼし、少し緊張しながら彼女の元へ向かった。

 

 指輪を握り締め、考え抜いた最高の愛の言葉を心の中で反復しながら俺は走った。

 一週間の遠征でもう長いこと彼女に会っていなかった。

 早く会いたい。あのブスな顔を見て安心したい。

 俺のプロポーズにきっと彼女は顔をクシャクシャにして泣くだろう。

 いや、疑り深い彼女のことだからタチの悪いイタズラだと勘違いして怒るかもしれないな。

 その時は強引に口づけでもして黙らせてやるか。

 

 そんな能天気な事を考えて一人で笑っていた。

 

 

 彼女が斬り殺されたと知ったのはそのすぐ後だった。

 

 

 久しぶりに訪れた俺に酒場の店主は重々しく事の成り行きを語ってくれた。

 

 やったのは王国の第二王子。ルシウス・リーフォ・アンドレイス。

 

 民衆から王国の膿と呼ばれるほどの悪逆無道なバカ王子である。

 彼はとある噂を聞きつけて突如この店に現れたらしい。

 この大陸に並ぶものがいない程の美しい歌姫がとある酒場にいる、といった知る人が聞けば失笑してしまうような噂。ある意味ではそうだろう。彼女の歌声はこの大陸随一の美しさを持つと断言できる。ただ、王子が期待していたのは容姿の美しさ。女としての美貌だったのだ。御眼鏡に適えば、あわよくば手込めにしてしまおうと目論んでいた王子は実際の歌姫を一目見て絶句する。余りにも想像とかけ離れた存在がそこにいたのだ。放心状態から立ち直ると、次に王子は怒り狂った。誰かが自分を騙し、馬鹿にして影で笑っていると勘違いしたらしい。怒りのままに王子は従者に命じた。「あのモンスターを切り捨てろ!」と。

 従者は何の躊躇もなく剣を抜き、手馴れた様子でアンジェリカを斬った。

 

 王子が去った後、アンジェリカの歌声を愛する常連達が急いで教会からアークプリーストを呼んで来たらしいが時すでに遅く、彼女は大量の血を流して事切れていた。

 

 話し終えて、俺に何度も謝りながら子供のように泣く店主をなだめて俺は店を出た。

 

 家に帰った俺はランプも付けずに、薄暗い新居の無駄に広い床の上に座り込んだ。

 心が空虚で仕方がなかった。でもわからないんだ。この空っぽの心に何を注ぎ込めばいいか。

 アンジェリカの死に何を思えばいいのか、何を考えればいいのか、それすらもわからなかった。

 ガキの頃に戻ったみたいに何も感じない。

 そのまま長い間、眠りもせず、身動きもせず、植物のように思考を消してただぼんやりと何も見えない暗闇を眺めていた。

 

 そして、朝日が昇る頃、ようやく一つの思考が頭に巡った。

 

 俺は本当にアンジェリカを愛していたんだろうか?

 

 あんなブスに俺は本気で惚れていたのか?冷静になってよく考えてみろ。あのドブスだぞ?夜道を歩く姿をモンスターだと間違えられて衛兵に退治されそうになった女だぞ?ブスの中でも相当の怪物だぞ?彼女の歌声は確かに素晴らしいがそれ以外になにがある?勘違いをしていただけなんじゃないか?そもそも俺はクリス姉さんみたいな清楚な美人が好みのタイプだったはずだ。なんでよりによってあんなモンスターを嫁にしようと思ったんだ?

デブだから結婚したら絶対に食費が掛かるし、一緒に寝たら暑苦しくて仕方がないだろう。デカいから子供なんて際限なくポンポン産みそうだし、気が弱くて鈍いから子供の世話なんてきっと上手くできないだろう。きっとそうなったらあのブスはあの弱々しい声でまた俺を頼るんだ。「ベルさーん、たすけてー」て言ってな・・・・

 だから、あんなブス・・・・・・俺は全然・・・・愛してなんか・・・・あんな・・・・ブス・・・なんて・・・

  

 今更になって、ようやく涙が出てきて、それが止まらなくなった。

 

 空虚な心をいくら嘘で固めても決して楽になんかならない。

 

 愛した女が死んだという事実は無くならないのだ。

 

 アンジェリカの笑った顔が好きだった。愛嬌のある顔だがそれでも相変わらずブスで全然可愛くなんかなかった。でも俺は良い顔だな、と一目見て思っていた。褒める所なんて何も見つからないが、好ましく感じた。

 何故かそれを見ると心がじんわりあったかくなって、とても落ち着いた。

 一生その顔を見ていたいって、俺がこれからずっと守っていきたいと、思っていた。

 

 そうなるはずだった。

 アイツ等が彼女の命を奪わなければ、そうなっていたんだ・・・・・

 

 「ベルさーん、たすけてー」と俺を呼ぶ弱々しく頼りない声が耳に蘇る。

  なにか困ったことがあるといつも俺に助けを求めていた。あの声。

 あの声であの時も呼んだのだろうか。自分の血に濡れながら、助けを求めて俺を呼んだのだろうか。

 きっと痛かっただろうなぁ・・・・・気の弱いお前は、すごく怖かっただろうなぁ・・・・

 

 朝日に照らされた部屋でゆっくりと立ち上がる。

 

 この空虚な心に何を注ぎ込むのか、今決めた。

 

 アンジェリカへの愛と、アイツ等への憎悪だ・・・・・。

 

 

 

 

 そこから先はよく覚えていない。

 

 気がついたら俺は第二王子殺害の重罪人として捕らえられていた。

 返り血に塗れたまま独房へ放り込まれて、ほどなくして斬首の刑に処された。

 

 「最期まで笑っていやがる」と看守は気味の悪そうに呟いていたが、そりゃあ笑うさ。彼女の仇が討てたのだから・・・・・。

 

 その時、俺は満足していた。復讐を果たした達成感で未練など何もなかった。そのはずだった。

 

 

 

 

 

 

 「いい腕だな。」

 

 斬首されて死んだはずの俺は気がつくと妙な男に頭を鷲掴みにされていた。

 肉体から飛び出て霊体になった半透明の俺を実体があるはずの男が確かに触れていた。

 強い力で押さえつけられているわけでもないのにピクリとも動かない。

 

 「王子の身辺警護の近衛騎士15人。加えて後から駆けつけた魔法使い四人、聖騎士五人。誰もが決して弱くない強者ぞろいだった。にも関わらず皆殺しとは・・・・」

 

 奇妙な男だった。黒いマントに身を包み、顔を覆うのっぺりとした白い仮面は左目に小さな穴が空いているだけである。その穴から覗く瞳を見て、全身が総毛立つ。なんという禍々しい目をしているのか。強大なドラゴンに睨まれたような、一瞬そんな錯覚に陥る。

 

 

 「大したものだ。その剣技もこれから長い年月をかければ更に磨きがかかることだろう。」

 

 「なんの、話だ」

 

 「勧誘をしているんだよ・・・・」

 

 圧力を増した仮面男のプレッシャーに、脅迫の間違いじゃないか?と言いたくなるのをグッと我慢する。

 

 「・・・・お前は、何者だ?」

 

 「そうだな・・・魔王とでも呼んでもらおうか。」

 

 「まおう?」  

 

 なんだそりゃ?おとぎ話で出てくる悪役のつもりか?

 

 「まぁ、今はまだ意味など無い名だろう。それよりも、聖騎士ベルよ・・・お前に一つ提案がある。」

 

 無機質だった声に初めて感情らしいものが宿る。こちらを篭絡するような悪魔的な甘い囁き。

 

 

 「愛した女に今一度、会いたくはないか?」

 

 

 そうして俺は手を伸ばしてしまった。

 彼女に会うために。彼女の歌をまた聞くために。

 例え人類の敵になって幾人の人間達を犠牲にしようと、彼女を取り戻すと誓った。

 

 その日から俺は首無しの暗黒騎士であるベルディアになったのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか見知らぬ場所に立っていた。

 

 そこは震災直後のような見るからに崩壊寸前のとても危うい神殿だった。

 煌びやかなシャンデリアが見るも無残な様子で物悲しく床に転がり、散乱したガラスは侵入者の動きを封じるマキビシのように鋭い切口を尖らせて辺り一面に広がっている。

 椅子やテーブルが倒れ、割れた可愛らしいティーカップの残骸から冷めた紅茶が広がっていてどこか哀愁を感じさせていた。

 

「なんだ・・・このボロっちぃ神殿は・・・何故俺がこんな所に・・・」

 

 俺は確かに死んだはずだ。サトウカズマに敗れ、華々しくその命を散らせたはずだった。

 

 それがなぜ、このような所にいる?

 

 死後の世界というのは確かに聞いたことはあるが、それは人間の話だ。

 闇に堕ちた魔物の俺には死後の安息など訪れるはずもない。

 地獄の業火に焼かれるか、永遠の苦痛か、それとも完全なる無か。

 隠れ自殺願望者である俺は今まで散々ネガティブな死後の想像を膨らませていたわけだが・・・・・。

 

 その結果がこの神殿である。

 一体俺はどうすりゃいいんだ?神殿だし罪の告白とか懺悔でもすればいいのか?

 

 わけがわからなくて呆然とつっ立っていると、どこからか陽気な鼻歌が聞こえてきた。

 

 「フンフンフ~ン♪私はメイド~♪今日からメイド~♪冥途のメイド・・・なんちゃってウフフ・・・って、ひゃぁあっ!!な、な、何かいます!」

 

 

 後ろで悲鳴と共に何かを床に落とす音がして振り返る。

 

 「えっ、ま、魔王軍幹部ベルディア!?な、なぜあなたがここに・・・・!」

 

 扉の前には絶世の美少女が目を丸くして驚きをあらわにしていた。

 

 掃除のおばちゃん風な地味な格好をして。

 

 三角巾で頭を覆い、可愛気の無い作業着の上に茶色いエプロンで身を包み、軍手と長靴とマスクまで装備している。せっかくの超絶的な美貌が色々と残念なことになっていた。少なくともメイドとはとても呼べない。

 どこからどう見てもただの掃除のおばちゃんである。

 

「ま、まさか、魔王軍がついに天界まで侵攻を!?な、なんてことですか・・・・!」

 

 何やら誤解しているようだ。深刻な表情を浮かべて、こちらから片時も目をそらさないまま彼女は足元に落ちている掃除道具を素早く拾い上げ、手馴れた動作でそれを構える。

 箒とチリトリの二刀流。傍から見たらアホ丸出しだが本人はいたって真面目な様子である。

 天界の掃除道具には魔を祓う力でもあるのだろうか?

 

 「くっ、よりにもよって大蛇丸ちゃんが帰った直後に襲撃してくるなんて・・・彼さえいてくれたら・・・・いえ、あんなオカマを頼りにするのはやめましょう。私一人でもどうにかしてみせます!天界の平和は私が守る!

 ・・・しかし、こんな装備で大丈夫でしょうか?タイムセールのお買い得セットでたった100エリスの安物ですし・・・こんな装備じゃカエルだって倒せる気が・・・・」

 

 マスク越しのくぐもった声でブツブツと呟きながら両手の箒とチリトリを頼りなさ気に見下ろす。

 というか本気で戦うつもりなのか?こちらはそんな気など微塵もないというのに。

 しかも掃除道具で?

 箒を構えて真面目な顔をしている彼女を見て自然と顔が綻ぶのがわかる。

 

 懐かしい人の姿が頭をよぎる。

 

 サトウカズマとの戦いでようやく思い出せた、俺の恩人。

 

 目の前の少女が彼女と重なって見えた。

 あの人も、尋常ではない美しさを持っているくせにお高く止まらず、たまに真面目な顔でアホなことをやらかすような可愛らしい人だったな・・・・

 

 「むっ・・・何を笑っているんですか?」

 

 薄笑いを浮かべる俺を見て不機嫌そうな声を上げる少女。馬鹿にされたとでも思ったのかもしれない。

 

 「いや、・・・・そんな装備で大丈夫か?」

 

 「余計なお世話ですっ。何の問題もないですよ!ええ、問題ないですとも!貴方を地獄へ送るのには過ぎた戦力です!何を隠そう一見ただの掃除道具にしか見えないこれらは神器と呼ばれる強力無比な武具なのです。」

 

 「いや、嘘つけ、100エリスで買ったって言っていただろう。」

 

 「言ってません」

 

 「いや、タイムセールのお買い得セットだったと確かに・・・・」

 

 「言ってません!これは神剣カリバーンと魔剣アポカリプスですっ。ひと振りすれば貴方なんてゴミクズのように消し飛びますよ!」

 

 本当にそうなるのなら、それはそれで別にいいのだが。ただ絶対にそれは何の力もない箒とチリトリだと思う。

 

 「まぁ、待ってくれお嬢さん。一旦落ち着こう。俺は別に・・・」

 

 「命乞いをしても無駄です。アンデット風情が女神であるこの私を狙ったのが運の尽き!骨も残さず浄化してさしあげます!」

 

 「女神?」

 

 この掃除のおばはんスタイルのダサい少女が女神?なんの冗談だろう?

 肩を竦めて失笑すると自称女神は青筋を浮かべてワナワナと震えだした。

 意外に沸点低いな自称女神の癖に。 

 怒りを抑えるように深呼吸をして余裕のある顔を必死に装う少女。

 

 「あなたの言いたいことは分かります。そんなメイドのような格好をした女神がいるか、そうおっしゃいたいんですね?」

 

 違うよ。それはメイドの格好ではないよ。清掃のおばちゃんだよ。

 このお嬢さんは根本的にメイドというものを勘違いしている気がする。

 

 「いくら冥途とはいっても女神がメイドの姿でいるのはおかしいですものね・・・・冥途でメイドなんて・・・うふふ」

 

 うん?いま、なんて?とてつもなくつまらない事をドヤ顔で言われた気がしたが、きっと気のせいだろう。仮にも女神を名乗る女がオヤジギャグなど言うはずがない。

 

 「しかし、これは私の本来の姿ではないのです。いつもは一目で女神だとわかっていただけるような神秘的な格好をしているのですけどね。今日はたまたま、とある客人によって神殿が崩壊寸前まで荒らされる事態に陥ってしまったので清掃のためにこのような格好をしているのです。

 ・・・・・清掃業者を雇うのにまさか上層部から経費が落ちないなんて思いませんでしたけど・・・ハァ・・・」

 

 憂いを帯びた顔で深くため息をつく自称女神。マスクをしているせいか心なし息苦しそうである。

 

 天界に住まう女神なんて高貴で華やかな苦労知らずのお嬢様だとばかり思っていたんだが、意外と苦労しているんだなぁ、色々と。

 

 というか魔物の俺が言うのもなんだが、天界の建造物をここまで滅茶苦茶にしてしまうとは罰当たりなやつもいたものである。そんなことをしたら確実に地獄行きだろうに。・・・・俺が地獄へ堕ちたらもしかしたら向こうで会うことがあるかもしれないな・・・。

 そんな都合のいいことを考えて、苦笑する。

 地獄なんて、人間と同じ所へなど行けるわけがなかった。魔物である俺が。

 

 「アンタが本当に女神だというのなら、俺が望むことはただ一つだ」

 

 「・・・・なんですか?」

 

  俺が突然暴れだすとでも思っているのか、警戒心をむき出しにして女神が身構える。

  

 「浄化してくれ。この穢れ切った魂を、どうか、何一つ残さず滅ぼしてくれ・・・・」

 

 「えっ?」

 

 俺の言葉に女神は虚を突かれたように目を丸くする。

 

 サトウカズマに敗れた時から、俺はもう潔く滅びることを決めていた。

 未だに胸に疼く未練も願いも全て、押し殺して消え去るのだ。

 そうしなければ、俺はまたきっと過ちを犯すだろう。

 もういいのだ。もう、俺は十分あがいた。

 最初は手を伸ばせば届く願いだと思った。魔王様から“それ”を聞かされた時は覚悟さえ決めれば容易く叶うと信じていた。だが、元人間の俺が人の敵で居続けるのは想像を絶する地獄だった。

 きっとそれは最初から願うべきではなかったんだ。

 “死んだ人間を生き返らせる”などと・・・・。

 

 苦々しい気持ちでそんなことを考えていたら、

 いつの間にか女神はトコトコと俺の近くまでやってきて背中を気安く叩いてきた。

 

 「偉いっ!」

 

 そして何故か知らないが、いきなり褒められた。

 

 

 「実に立派な心構えです!なかなか自分から浄化してくれなんて言えるものではありませんよ。あなたは自分の罪をちゃんと悔やんでいるのですね?そういうところは女神的にとても好感をもてますよ!」

 

 「あー、・・・それはどうも?」

 

 嬉しそうに目を細めて、腕に抱えられた俺の頭部を馴れ馴れしく撫でる。

 軍手を穿いたままなのが腹立たしい。

 なんだこいつ。本当に女神なのか怪しくなってきたぞ。

 ちょっ、止めろ!撫で回すな!

 

 「いいから、わかったから。もうさっさと浄化してくれよ!」

 

 軍手のごわごわとした感触を不快に思いながら、そう切り出すと、女神はニッコリ笑って

 

 「じゃあ、ちょっと着替えてきますね」

 

 「へ?いや別にその格好でも・・・」

 

 「いけませんよ。流石にこんなふざけた格好では死者を冒涜するのと同じです。女神としてきちんとした正装ではないと。」

 

 ふざけた格好という自覚はあったのか・・・・。

 

 「じゃあ、もうさっさと着替えてこい!最速で!」

 

 

 

 

 

 

 そう言って俺があの女神を見送ってから一体どれだけの時が流れただろうか?

 

 彼女が去り際に「魔法少女じゃあるまいしそんな一瞬で着替えられませんよー。それなりに時間はかかるとは思いますが大人しく待っていてくださいね?」と脳天気に言っていたことが今はもう随分と前に思える。

 

 遅すぎる。

 時計がないから何とも言えないが、もう一時間は余裕で過ぎているだろう。

 一体何をやっているんだ?着替えるだけならこんなにも時間がかかるとは思えない。まさか飯でも食ってんじゃあるまいな。

 というかこれっておかしくないか?

 俺は例え敗北して昇天したとはいえ魔王軍の幹部だぞ?凶悪なアンデッドだぞ?

 なんでこんな所に放置したままでいられるんだよ。危機感とか無いのか?

 

 なんだか腹が立ちすぎて逆に笑えてきた。

 女神というのはもっと傲慢で高圧的な嫌な女なのだと勝手に偏見を持っていたが、そんなことはなかった。

 親しみやすいし、なんか面白い奴だな。

 

 頭の中で再びあの人の面影と愉快な女神が重なりそうになり、かぶり振るう。

 そんなわけがない。そんな都合のいい話があるものか。

 俺が姉と呼んで慕っていたあの人は、もうとっくに死んでいるはずだ。

 クリス姉さん。

 俺をあの地獄のような街から救い出し、家族の温もりを与えてくれた人。

 

 生真面目で几帳面で小言が多くてお節介でお人好しでドジで、そして誰よりも優しく美しかった姉さん。

 

 騎士の癖に刃物を扱うのがド下手でりんごの皮がうまく剥けなくて、よく指を切って泣いていた残念な姉さん。

 

 胸が小さいのをとても気にしていてそれを馬鹿にするとブチギレてどこまでも追いかけてきた、胸が可哀そうな姉さん。

 

 時折、詰め物によって出来上がった不自然な巨乳で誇らしげに胸を張ってドヤ顔をしていた哀れな姉さん。それを鼻で笑って馬鹿にすると部屋に引きこもってシクシクと泣いていた。

 

 俺が初めて作った不味い料理を顔を青くしながらも笑顔で完食してくれた優しい姉さん。蛇の肉だと教えると口を抑えてトイレに駆け込んでいたな。

 

 俺が照れながら初めて姉さんと呼ぶと、とても嬉しそうな顔をして優しく頭を撫でてくれた。綺麗な銀髪の姉さんと本当の姉弟になりたくて灰を被って頭を真っ白にすると泣きそうな顔で俺を抱きしめて、「そんなことをしなくてもベル君は私の大切な弟です」と言ってくれた俺の姉さん。大切な、俺の唯一の家族。

 

 

 そんな彼女は突然、俺の前から姿を消した。結局最後までなんの恩返しもさせてくれないまま、俺への一方的な気持ちを綴った手紙だけを残して居なくなった。

 どんなに探しても手がかり一つ見つからず、そうして家族を失った喪失感を抱えたまま俺は騎士になり、首無しの暗黒騎士へと堕ちていった。

 

 あの人はあれから幸せな人生を送れただろうか?こんな俺とは違って、最後まで曲がらずに騎士道を貫けただろうか?

 

 今となっては確認する術などないが、そうであって欲しいと切に願う。

 俺の姉さんは笑顔がとてもよく似合う人だったから。

 そしてその笑顔には邪気を払い、人を幸福にする不思議な力が確かに宿っていたように思う。

 

 もし、姉さんがあの時俺の傍にいてくれたら・・・・俺は踏みとどまることができたのかもしれない。

 凶行に走らず、溢れる憎悪に蓋をして最後まで人のまま生を送ることが・・・・・ 

 

 ・・・・いや、よそう。

 

 もう、遥か昔に過ぎ去ったことだ。

 今更、あったかもしれない違う道の事をグダグダ考えても無意味だ。

 

 もうすぐ全てが終わる。

 これから、ベルディアという存在の過去も未来も崩れ去って消えてゆくのだ。

 

 記憶の中の姉さんが腰に手を当てて怒っている。説教をする時の顔だ。

 すまない、姉さん。約束を守れなかった。

 俺は最期まで大切な居場所を作ることができなかった。

 誰かを守れるような人間にもなれなかった。

 

 あの頃の理想とは真逆の、悪に落ちた俺にはもうあの人を家族だと想う資格すらないのかもしれない。

 

 今更、合わす顔などあるわけがない。

 

 それでも願うことならもう一度だけ・・・・・

 

 「会いたかったなぁ・・・」

 

 叶うはずのない願望が口からこぼれる。その独り言は静寂な神殿に虚しく浸透していき、

 

 

 

 「え?会いたいって、もしかして俺に?そんな、照れるってばよベルちゃんよぅ」

 

 ・・・・・聞き覚えのある老人の声が、そう返事をした。

 

 背筋に悪寒が走る。本能的な恐怖に体をふるわせながら、変だなぁ、嫌だなぁ、怖いなぁ、と思いながら恐る恐る振り返ると・・・・・そこには・・・・・

 

 「きゃああああああああ~~~~~!!!ででででででで出たぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~!!!!」

 

 光り輝くジジィがそこに居た。

 いつものボケた老いぼれジジィとは違う。

 神々しい緋色の光を帯びて、床にあぐらをかいて座る姿は本物の仏を思わせた。

 少なくとも、あのアクアとかエリスだとかいう自称女神達よりもよっぽど神としての格を感じる。

 

 なんてことだ・・・このジジィ神の化身だったのか!?

 俺たちアンデッドの天敵じゃねぇか!?

 どうりで敵わないはずだ。

 そう納得しながら、腰を抜かした体勢のままジリジリと後ずさる。

 魂が消滅する覚悟はとっくに決めているが、やはり怖いものは怖い。

 

 「ははははは、感動の再会だからって、そんなに叫んで喜ばなくても。ごめんなぁ、まだ本調子じゃなくて来るのが少しだけ遅くなっちまったんだってばよ。」

 

 

 悪夢だ。まさか死んでもあの世まで追ってくるなんて・・・・・。

 朗らかに笑いかけてくるが、本当はすごく怒っているんだろう?

 仲間を傷つけた俺を自分の手で始末したくて、追いかけてきたんだろ?

 

 「おっと、呑気に談笑してる場合じゃないな。アクアちゃんの後輩の女神さんが帰ってくる前に早いとこ行くってばよ。」

 

 じいさんはゆっくりと立ち上がって俺の方へと歩いてくる。

 

 逝くってどこへ?誰も助けが来ない空間に監禁して地獄が生ぬるくなるほどの天罰でも与えるつもりだろうか。

 

 「ほい、俺の手を取るってばよ」

 

 裏のなさそうな陽気な顔で爺さんは座り込んでいる俺に手を差し伸べてくる。人懐っこそうなその笑顔を見て油断した俺は何気なくその手を取る。すると・・・・・・・

 

 「な、なんだ、これは!」

 

 俺の霊体がいきなり淡く発光し始めた。

 そして霊体は徐々に、崩壊するように青白い光の粒子へと変わり、手を掴む爺さんの元へ吸い込まれていく。

 

 「何を、するつもりだ!俺に、なにを!」

 

 「そうだなぁ。なんて言えばいいかよく分かんねんだけどさ。俺はただ、ベルちゃんの願いを応援したいんだってばよ。」

 

 「は!?」

 

 「クラマから聞いた。ベルちゃんは愛した人を生き返らせたいんだって。彼女に会いたい一心で、そのためだけに魔王軍に入って、やりたくもない人殺しをさせられて、ずっと長いこと耐え忍んできたんだろう?俺、それ聞いて思ったんだってばよ。」

 

 「・・・なんだよ」

 

 「すげぇな、ってさ。人が生きて死ぬほどの年月を全て捧げて、愛する者を取り戻そうと、ずっと戦ってきたんだろう?その想いの深さは計り知れねぇってばよ。」

 

 「知ったようなことを・・・・」

 

 「俺もこんなじじぃだ。先に逝った奴らはいくらでもいるってばよ。自分の命よりも大切だって思っていた愛する妻も俺を残して死んでいった。どうしようもなく会いたくて、血反吐吐くほど叫んだ夜も数え切れないほどある。正直、心が弱ってた時期は俺もベルちゃんのように、とある禁術を使って愛する人と再会しようとしたこともあったんだってばよ。まぁ、結局思い止まっちまったけどな。

 ただ、今でもたまに思うんだ。あの激情のまま暴走して、禁術使ってでも会いたい奴らに会っとけば良かったって。そうすりゃあ、最後の言葉ぐらいは言えてたのにな。あいつに言い足りてなかった言葉で送ってやることができたのにな・・・・」

 

 「・・・・・・」

 

 

 「だからかな。なんだかベルちゃんの事は他人事のようには思えなくてな。有ったかもしれない自分を見ているみたいで応援しちまうんだ。もちろんそれは罪深い事だろうよ。罪悪感と後悔の末、死にたくもなるだろう。

 ・・・それでも俺は最後にはその願いが叶って欲しいって思うんだってばよ・・・・」

 

 寂しそうな笑みを浮かべる爺さんを見て、俺は思わず同調するように繋がる手を強く握り返した。

 

 ・・・やはり、長年一緒にいたというだけあってこのジジィはクラマとよく似ている。

 あいつと、このジジィだけだった。俺の長年の悲願を応援してくれると言ってくれたのは。

 俺はこの爺さんを誤解していたのかもしれない。何度もぶちのめされたものだから苦手意識が強かったが、同じ悲しみを背負うものとして俺達はきっと良い友になれただろう。

 しかし悲しいことだが、今更もう遅いのだ。

 きっと俺の魂はもうすぐ、消滅することになるのだから。

 

 「爺さん・・・・・」

 

 

 「というわけで、魔王の野郎を裏切って俺達の仲間になれってばよ!ベルちゃん!」

 

 

  ・・・・・・・・・ふぁ?

 

 

 「え?・・・・え?、ちょっとわからない。どういうこと?どういうことなのそれ!?」

 

 爺さんの発言についテンパってある同僚の口癖が出てしまう。

 

 「ベルちゃんの夢は応援したいけども、残念ながら魔王軍にはもう未来なんてないってばよ!なぜなら俺達が魔王を倒して魔王軍を壊滅させるから!だからベルちゃんは今のうちにこっちに寝返っておくってばよ。」

 

 すごい自信だな、おい。いや、確かにこの爺さんなら説得力はある。あの魔王は確かに得体がしれなくて非常に不気味だが、この化物ジジィがやられるところは正直想像できない。

 

 「いや、そもそも俺はもう死んでいるんだぞ?なぜこんな所にいるかはわからないが本来ならもう完全消滅していてもおかしくない状態で・・・・・」

 

 「あ、それなら大丈夫だってばよ。今やってる術が終わったら下界で生まれ変わるはずだから。あと、ここに居るのも俺の力な。」

 

 ・・・・・・・・・・はい?

 

 今、なんか色々とおかしなことを言われた気が・・・・

 

 

 「まぁ、ぶっちゃけベルちゃんに拒否権なんてないし、ここまでやっちゃったら、もう取り返しなんてつかないんだけどな。それでも一応礼儀として言っておくってばよ。ベルちゃん。」

 

 爺さん・・・・うずまきナルトは魔王とは真逆の声で同じような言葉を言い放った。

 

 「俺達の仲間になれってばよ。」

 

 優しく力強い、陽の光のような笑顔だった。

 それが元アンデッドの陰気な俺を何故か強く惹きつけた。

 気がついたら俺は苦笑を浮かべながら首を縦に振っていた。

 

 嬉しそうに笑う、うずまきナルトの顔を見ながら俺は意識を暗転させた。

 

 「六道・封印―――――――――――」

 

 

 自分でも驚く程、穏やかな心持ちでその声を聞いた。

 神殿に響き渡る慈悲に満ちた暖かな声。

 

 

 『付喪神の術!!』

 

 

 俺はその日、魔王軍幹部のベルディアから再び生まれ変わったのだった。

 

 

 

 

 

 

「遅くなってごめんなさい!!」

 

 

 扉が乱暴に開けられる。

 

「ずいぶん長い間お待たせしてしまいましたよね?しかし決して貴方を蔑ろにして違う用事を済ませていたわけではないんです!も、もちろん忘れてなんていませんでしたよ!ただ、色々と準備に手間取ってしまったんです!ほ、ほんとうですよ?女神は嘘は付きません!」

 

 遅れてきたエリスが言い訳がましく早口でまくし立てるが、既にそこにはもう誰一人存在していない。

 

 「あ、あれ?」

 

 不思議そうに首を傾げるエリスの頬にはおにぎりを食べた形跡。海苔とご飯粒が付着していることを指摘してくれる人は誰もいなかった。

 

 




 このまま大人しくエリスを待っていれば、実はこの後に感動の再会をして女神の助手ルートに突入する予定でした(笑)

 その方が良いじゃねぇかと思うかもしれませんが、作者的にはどうしてもベルディアを仲間にしたかったのです・・・。

長い間、個人的な事情で更新停止状態になってしまいましたが、これからもまた少しずつ更新していく予定ですので、どうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話 ベルディア討伐記念パーティ

恐らく今年最後になる投稿です。



 

 

 

 

 暗く沈み込んでいた意識に突如、光が射したようだった。

 

 暖かな日だまりの中にいるような、そんな心地よさを感じながら覚醒する。

 すると何やら眩しくて、本当に太陽の光にさらされていることに気がつく。

 本来なら太陽の光はアンデッドにとって忌むべきものだ。直接肌を晒せば焼かれるように痛むし、力を万全に振るうこともできない。それなのにアンデッドだった俺がこんなにも太陽を心地よく思えるなんてな。

 どうやらジジィの言っていた通り、本当に生まれ変わったようだった。

 恐らく今の時刻は夕方だろう。

 濃いオレンジ色の夕陽が、まるで俺を祝福するように眩く降り注ぐ。

 

 そして―――――――――――

 

 「それではこれより、魔王軍幹部ベルディアの討伐を祝しまして、乾杯の音頭を執り行おうと思います!

 それでは、討伐者のサトウカズマさん。よろしくお願いします!」

 

 

 歓声と拍手の雨。

 今まさに、俺にとって最悪に気まずい催しが開催されようとしていた。

 

 

 「やー、どーも、どーも、この俺が皆さんご存知のとおり今までヒモ野郎とか貧弱冒険者とか馬小屋のクソだとか散々言われていたサトウカズマさんです。突然の手のひら返しの英雄扱いに驚いていますが、でもしょうがないですよね。だって、誰もがビビって動かない中、この俺が!死ぬほど頑張って見事、魔王軍幹部を討ち取ったわけですからね。

 ただ、この街の英雄として一つだけ皆さんに問いたい。

 ねぇねぇ、今どんな気持ち?最弱職の冒険者に討伐の懸賞金を全部ガッポリ持っていかれるってどんな気持ち?ねぇねぇねぇねぇねぇ」

 

 

 「「「うっぜぇぇぇぇーーーーーー!!」」」

 

 「クッ・・・・・ぶん殴りてぇ・・・」

 

 「よせ、今回は耐えるんだ。あいつの言う通り大したことしてないしな俺達・・・」

 

 「あいつがいなかったらヤバかったのは確かなんだよな・・・・すげぇムカツクけど。」

 

 「やっぱり、根に持ってやがる・・・やられたら十倍返しの鬼畜王という噂は本当だったか・・・」

 

 「馬小屋のクソとか呼んで、ホント悪かったよ!」

 

 「あの頃のことはもう許してくれよ、兄貴ぃ・・・」

 

 「まったく、あの男は・・・・・活躍したのは認めるが、もう少し謙虚には成れんのか・・・」

 

 「いえ、あれでいいのです。いつものカズマに戻ってくれて安心しました。・・・・普段からあんなにカッコよかったら色々困りますしね・・・・」

 

 「ちょっとカズマ!何一人で戦ったみたいに言ってんのよ!私だって超頑張ったんですけど!?むしろ今回はこの華麗なる女神の活躍が勝敗を左右したといっても過言ではないわ!ほら、水で弱体化させたし!」

 

 「私の新型爆裂魔法だって、ベルディアのヤバイ感じの技を相殺しましたし、とても良い役割をこなしたと思います!」

 

 「わ、わたしだって・・・・」

 

 「え?いや、ダクネスって今回良いとこあったっけ?」

 

 「んー・・・怪我したカズマを抱っこして運んだくらいじゃないですか?それだって別にダクネスじゃなくても他にガチムチな力持ちはたくさんいましたけど。」

 

 「・・・グス・・・・わたしだって・・・・わたしだってぇ・・・・」

 

 「え、ダクネス、泣いてるの?」

 

 「そっとしておきましょうアクア。この屈辱をバネにダクネスはまた一つ強くなるのです。」

 

 「・・・・ゴクゴクゴク」

 

 「あっ、ダメよダクネス!乾杯前に飲んだら!私だって我慢してるのに!」

 

 「そんな自棄酒みたいに飲まないでください!せっかくの祝いの席なのに、嫌なことを酒で忘れようとするオジさんみたいな雰囲気を出すのは止めてください!」

 

 

 

 どうやらここは酒場のようだった。

 俺との戦いに参戦していた冒険者達が皆揃って、酒の注がれた杯を持って立っている。

 その視線は功労者である一人の冒険者へ向けられているが、その男が調子に乗って脱線しまくっているせいでいつまでも乾杯ができずにいた。最初は英雄を称える歓声だったのにいつの間にかブーイングに変わっている。

 本当に何をやっているんだろう。サトウカズマは。

 この俺に勝った男なのだからもっと戦士として威厳のある立たずまいを期待したいのだが・・・無理か。

 

 それにしても随分と俺の視界が低いな。

 直立する冒険者達のだいたい腰の位置くらいの高さの目線だった。

 小さな子供にでも生まれ変わったのかと思ったが、どうやらそれも違うようだ。

 

 全く動く事ができないのだ。

 

 視線はいくらでも動かせるが身体はピクリとも動かない。  

 金縛りにでもあっているようだった。

 

 「お、どうやら目を覚ましたようだな。」

 

 トコトコとご機嫌な様子の子狐が骨付き肉をしゃぶりながら歩いてくる。クラマだ。

 

 「・・・この場合はおはようとでも言うべきか?」

 

 初めて声を発してみたが、問題なくいつものダンディーな美声が出てきて安堵する。

 ・・・何故か、近くにいた名の知らぬ冒険者がギョッとした顔で辺りを見回していたが。

 

 

 「もう夕暮れ時だがな。まぁ元気そうでなによりだ。ふむ・・・いい感じに魂が定着しているな。ナルトもブランクがある割になかなか良い仕事をする・・・」

 

 そう言って俺の方を見上げてニヤリと笑う。本人はニヒルな笑みを浮かべているつもりなのだろうが実際は可愛らしい子狐のほっこりするような和む笑顔である。

 

 「そのナルトの爺さんはどうしたんだ?」

 

 「久しぶりにあれになったからな。疲れ果てて先に帰って休んでいるよ。」

 

 あれ、というのはもしかしてあの神々しい姿のことだろうか?

 疲労していると聞いて恩知らずにも少しだけ安心してしまった。もちろん俺のために力を使って疲弊したナルトの爺さんを心配する気持ちはある。しかし、あの力は多少リスクがあるくらいがちょうどいいのではないかとも思うのだ。ただそこにいるだけで圧倒されるような上位者としての存在感。あれは最早、次元が違う。

 もしあれがいつでも自由自在に際限なくその力を振るうことができるのであれば、味方ならばこの上なく頼もしいことだろう。

 ただ、その力を振るうのがボケ気味の老人だというのであれば話は別だ。ちょっとしたボケで世界が滅びかねないのだ。恐らくあれを止められる者などいない。女神でも無理だ。

 正直、あれと敵対することになる元クソ上司の魔王には少しだけ同情してしまう。まぁ、ざまぁみろという気持ちの方がデカイが。

 

 「あっ!なんか聞き覚えのある声がすると思ったらアンタ起きてたのね!」

 

 見覚えのある青髪がこちらを指差して言う。

 ようやく乾杯が終わったのか、クラマの愉快な仲間たちが集い始めた。

 

 「プププ・・・あの偉そうだったクソデュラハンが随分とみすぼらしい姿になっちゃったわね!

 今こそあの時の恨みを晴らす時!私のこの美しい髪を雑に引っ張ってくれたお礼をしてあげるわ!誰か!アレを持ってきて!アレよアレ!あの・・・・すごく臭い・・・そう!カエルの肝を発酵させたヤツ!アレをコイツの刀身に塗ったくってやるわ!!それで三日間くらい放置してやるの!さぁ、早く・・・ってあ痛っ」

 

 「やめろっつーの。もう敵対して戦ったことは水に流すって決めたろ?女神を自称するならそれくらいの器のデカさは見せてみろよ。」

 

 「自称じゃないわよ!でも水を司る女神だって、二、三時間前に戦ったばかりの相手を水に流して仲間にするなんて言われても難しいわよ!ド○クエじゃないのよ?私だったら仲間になりたそうな目でこちらを見ていても容赦なく止めを刺すわ!だって痛い思いをしたんだもの!

 ・・・まぁ、百歩、いえ一兆歩くらい譲って私のことはいいわ。ただカズマ。アンタはバッサリ切られてんのよ?生ホルモンが飛び出して死にそうになって、すっごく痛い思いをしたんでしょう?ま、まぁ私はそんなことまるで気にしてないし?全然どうでもいいんですけど?カズマの方は実際のところどうなのよ?ん?正直に言ってみ?」

 

 「あん?普通に許すけど?」

 

 「へ?・・・・いやいや、なんでよ?ちょっと私の知ってるいつものカズマさんと違うんですけど・・・。あの、“やられたら十倍返しだ!”がキャッチコピーの鬼畜なカズマはどこへ行ったの?ちょっと病院行く?ダクネスと同じドM病にかかっているかもしれないわ。あれは高位のアークプリーストの私でも治すことのできない難病だから、専門の精神科にかかることをおすすめするわ。」

 

 「うるせぇな、お前は。・・・・いいんだよ、もう・・・」

 

 サトウカズマが片膝をついて俺と目線を合わせる。さっきまでアホなことをしていた人間と同一人物とは思えないほど高潔な眼差しをしていた。あの、魔王とよく似ている独特な朱い目。

 

 「許すよ全部。・・・だから、お前も許してくれねぇかな?今までのこと。」

 

 恨まれていると思っていた。剣で斬られる痛みは生半可なものではない。激しい痛みは、それだけで加害者への強い憎しみを生む。今まで切り捨てた奴らは誰もが最期は憎悪の眼差しで俺を見てきた。

 斬った相手にこんなにも優しい目で見られるのは初めてだった。

 許すと言われたのも、逆に許しを乞われたのも、初めてのことだった。

 

 「お前とは、もっとゆっくり話がしたいな」」

 

 気がついたら俺は、そんなことを言っていた。

 

 「なぜ、お前を斬らなければならなかったのか、その理由も含めて全て話す。その上で、俺を許せるか決めて欲しい。」

 

 アンジェリカのことも、魔王との契約も、追い求めていた願いも、その果ての絶望も。

 なぜか、こいつには話したいと思った。クラマやナルトの爺さんと同じような空気をこの男から感じて、それを好ましく思った。こいつとも友になれるのではないかと、なんとなくそう感じていた。

 

 「お前、実は女の子だったっていうオチはない?」

 

 「は?」

 

 突然何を言い出すのか。生前から男性ホルモンに満ち溢れた濃ゆい感じの男ですが?

 

 「いや、明らかになんかフラグが立ってる感じだったから。・・・・まぁ、いいや。確かに腹を割って話し合うことは必要だな。本当に仲間になるってのは、きっとそういう事なんだろうし。・・・よしわかった。朝まで語り明かそうぜ。」

 

 そう言って悪ガキのような笑顔で親指を立てるカズマ。

 

 よっしゃ!ナルトの爺さんに続いて友人候補の三人目、ゲット!

 密かにボッチであることを気にしていた俺は心中で小躍りする。

 

 「ふっ・・・・そういうことなら、この私も付き合いましょうっ!」

 

 そんなことを言って頭がおかしい感じの爆裂娘が怪しげなポーズを決める。

 

 「・・・・今夜は寝かせませんよ、カズマ・・・」

 

 小声でそんなことを呟く爆裂娘。他の奴らには聞こえていないようだが、俺には確かに聞こえた。

 ・・・・あれ?・・・・・もしかしてこの娘・・・・カズマのことを?

 

 『おい、そこの爆裂娘よ・・・・この俺をダシにして好いた男と距離を詰めようという邪な計画を立てるのは止めてもらおうか・・・』

 

 目の前の爆裂娘にだけ聞こえるように意識を集中して話すと、どういうわけかテレパシーみたいに言葉を発することなく俺の声を対象の頭に流し込むことができた。

 自分でやっといてなんだが、これってどいうことだ?

 今更だが、生まれ変わった俺は何者なんだろう?

 

 「ひゃっ!なななななななな何を言って・・・・というか、頭の中に直接!?なにこれ怖い!」

 

 顔を真っ赤にしてキョロキョロと辺りを見渡す爆裂娘こと、めぐみん。

 ちょっと、面白くなってきた。

 

 『爆裂娘よ・・・お前がサトウカズマにホの字であることはもうだいたい察している・・・」

 

 「はぁ!?ちょっ、ななななな、何を根拠にそんなことを!?や、やめてくださいっ!ぶっ飛ばしますよ!?我、必殺の爆裂魔砲弾で汚い花火にしてやりますよ!?」

 

 可哀想なくらい赤面して両手を振り回してテンパるめぐみん。可愛らしい思春期な少女の姿に少しだけカズマが羨ましくなる。

 俺の青春時代のヒロインはとんでもないドブスモンスターだったのにアイツはこんなにも可愛らしい女の子と・・・。嫉妬の感情が生まれそうになるが、俺のアンジェリカだって可愛らしいところがあったじゃないかと自分に必死に言い聞かせる。記憶には全然無いがあのブスにだってそんな一面はあったはずだと、必死に思い込む。  まぁ、そんな記憶なんて実際は無いんだけど。

 

 「お、おい、めぐみん!どうしたんだよ?」

 

 「めぐみん、おい、めぐみん!?どうしたと言うんだ?突然、錯乱しだしたぞ!」

 

 「そら、見なさい!ベルディアが怪しげな術でめぐみんに精神攻撃を仕掛けたのよ!間違いないわ!」

 

 「そんなまさか・・・。こら、めぐみん!爆裂魔法を詠唱するのは止めろ!危ないだろうが!」

 

 あれ?もしかしてこれってまずい状況ではないだろうか?そんなつもりは全くなかったのだが、めぐみんの錯乱によって俺は敵対者として疑われる状況なのでは・・・?

 カズマのおかげで良い感じに仲間に加わる流れができていたのに、こんなお茶目な遊び心でまさかの破談!?

 まずい。ちょっとだけ思春期ガールをからかいたかっただけなのに、まさかこんな事態に陥るとは・・・。

 

 皆の視線が俺に集まる。とくに青髪がめっちゃ疑わしい感じでガン見してくる・・・。

 

 

 

 「我が真実の残滓を垣間見た者よ・・・!」

 

 めぐみんが泣きそうな顔で俺の方を見つめる。

 紅魔族というやつだろう、カズマとはまた違う美しい真紅の瞳。

 

 「遥かなる深淵の彼方より汝に問おう!」

 

 プルプルと震え、興奮したようにフーッフーッと荒い息を吐いて、真赤な目で見つめる。

 

 「新星の光の下、永久なる沈黙を誓うか?」

 

 意訳すると、私がカズマを好きだということは黙っていてください。できればずっと。

 

 「誓おう・・・」

 

 この状況では誓わないわけにはいかない。乙女の秘密に土足でズカズカと上がり込んでしまった報いだろう。

 

 「魂の盟約がここで交わされた。これらを破棄することは明星の破滅を意味することを努々、忘れぬことを願おう。」

 

 意訳すると、もしチクったら爆裂魔法でぶっ飛ばしますのでそこのところ、夜露死苦。

 

 「はい、分かりました」

 

 と、つい敬語で了承すると、めぐみんは安心したようにニッコリと笑って満足気に頷いた。

 

 「よろしくお願いしますね。ベルディア。なんだか、あなたとは上手くやっていけそうな気がしますよ。

 一度全力でぶつかりあった宿敵同士ですからね、戦いが終わった後に仲間になる展開は私的にはとても燃えるシチュエーションです!これからは今までの遺恨を消して手を取り合っていきましょう!」

 

 「ああ。俺も城と大切な花を消し飛ばされたことはもう、水に流すことにしよう。それと、あの時はすまなかったな。俺の死の宣告で随分と苦しめてしまったようだ。」

 

 「あ、いえ、その件は別に・・・」

 

 めぐみんは何故か気まずそうに目を逸らす。

 

 「何があったのかよくわからないが、めぐみんと和解したようで良かったよ。」

 

 必殺技を外して筋肉痛で退場した自爆クルセイダーのダクネスが爽やかに笑う。

 

 「ベルディアよ。どうか私のことも許して欲しい。先程の戦いで我が必殺剣“エクスカリバー”が貴方を大いに苦しめた。だが戦いが終結した今、誇り高き騎士同士としてお互いの健闘を讃えて和解を・・・」

 

 「いやいや、捏造すんな!お前の必殺技なんて当たってなかったわ!棒立ちの俺を相手に空振りして恥ずかしい思いをしていただろうが!」

 

 「・・・・ほんの少しだけでも掠っていた、何てことはないか?・・・・実はあの時にちょっとだけ鎧にヒビが入っていてそれが後の戦況を左右していた、という伏線があったりは・・・・」

 

 

 「・・・そんな事実は無いが・・・・・・もう、そういうことにしておいてやろうか?」

 

 

 縋り付くような目が捨てられた犬っころを連想させて、なんだか可哀想になってくる。

 

 「うっ・・・いや、止めておこう・・・より一層惨めになるだけだ・・・。クソ・・・盾役のクルセイダーがノーダメージで戦闘を終えてしまうなんて・・・なんたる屈辱・・・!こんな切ない感じの精神的苦痛は私の求めるものではないというのに・・・・・」

 

 本気で落ち込み始めたダクネスを面倒くさく思いながらも、励ましの言葉を必死で考える。

 

 「あー、ほら、カズマが瀕死状態だった時に間に入って俺の剣を受け止めたことがあっただろう?あれはなかなか良い仕事をしたんじゃないか?俺もあの時は斬る気満々だったしクルセイダーとして立派に仲間を守ったと言えるだろう。」

 

 「そ、そうかな?」

 

 「そうだとも!お前が居たからこそ、カズマは復活を遂げて俺を倒すことができたんだ!もっと自分に自信を持っていい。今回の戦いでお前は騎士として己に恥じぬ行いをしたのだ。」

 

 「べ、ベルディアさぁん・・・・!」

 

 ダクネスは感動したように目を潤ませる。さっきまで呼び捨てだったのにいつの間にか、さん付けになってるし。というか、なんだこの状況は・・・。よりによって何で敵だった俺が慰めてんだよ・・・

 

 「・・・・うぅ・・ベルディアさんは優しいな・・・口汚く罵られることが大好きな私だが、たまには優しい言葉が欲しくなる時があるのだ・・・貴方が仲間に加わってくれてとても嬉しく思うよ。

 ・・・ただ、甘いものを食べた後は塩っぱいものが食べたくなるもの。私はちょうど今その状態だ・・・

 ・・・か、カズマ?ちょっとだけでいいから、私を、罵ってはくれないか?」

 

 慰めるんじゃなかった!元気になったドMが覚醒しやがった。

 

 ダクネスは餌をねだる野良犬のような媚た目でカズマを見る。

 

 カズマがそれを冷たいドS顔で見つめると、ダクネスは急に虚ろな目になって頬を紅潮させながらピクピクと痙攣し始めた。

 なんだ?どうしたんだ?

 よくわからないまま、事の成り行きを見守っていると、しばらくしてダクネスは正気に戻ったようにハッとして興奮を隠しきれない様子で荒い息を吐く。

 

 「げ、幻術を使ったな・・・四つん這いにさせられてカズマに罵られながらスリッパで尻を何度もぶっ叩かれる幻を見ていた・・・なんと、恐ろしい・・・・延長をお願いします!」

 

 

 ドン引きである。こんな大勢が集まる酒場で擬似SMプレイなんてしているんじゃない!

 

 「おいダクネス!この腐れ豚ビッチ!」

 

 「ひ、ひゃいっ!」

 

 クラマが怒って吠え立てるとダクネスは父親に怒られた娘のように萎縮する。

 ・・・というか腐れ豚ビッチって・・・クラマのやつもなんだか罵り慣れてないか?

 

 「いい加減にしねぇか!お前がどんな変態趣味でも構わねぇがな!新入りとの挨拶の途中で自分の性癖を満たしてんじゃねぇよ!糞にもならねぇお前の呆けた面を拝んでもこちとら誰も喜ばねぇんだよ!今度同じことをしてみやがれ!鼻の穴にカエルの肝を捻りこんでやるからな!その物覚えの悪い頭に叩き込んでおけよ、この駄犬が!」

 

 

 「は、はい!すみませんでした!!・・・・あと、ありがとうございます!」

 

 クラマが超怖い。そして、変態クルセイダーは可愛らしい子狐に罵られているシチュエーションがツボに入ったのか恐れつつもどこか満更でもない顔をしていた。

 

 「全く・・・少しはその変態性を表に出さずに騎士らしくシャンとしろ。お前はこれからベルディアの担い手として共に戦っていくんだからそれに相応しい立ち振る舞いをだな・・・・」

 

 ん?何か今、クラマが聞き捨てならないことを言っていたような・・・・

 

 

 「お、おい。担い手ってなんのことだよ?」

 

 「ん?あー、格好付けた言い回しになったが、ようはお前の装備者ということだよ。」

 

 装備者?なんだそれ、余計わからん・・・

 

 「やっぱり私では不満なんだろうか・・・」

 

 「でもダクネス以外に扱えるとは思えませんよ?」

 

 「まぁ、俺の筋力値じゃ無理だな。大きすぎる。」

 

 「前に見せてもらったけどダクネスにはとても大きな力こぶがあるの。あれだけムキムキならきっと、ひのきの棒みたいに軽くヒョイっと振り回せると思うわ。」 

 

 「お、おいアクア。それは内緒だとあれほど・・・」

 

 

 ちょっと待て・・・そういえば俺は今、どんな存在に生まれ変わったんだ?

 

 「クラマ・・・・鏡を持っていないか?自分の姿を確認してみたいのだが・・・」

 

 「あ、鏡なら私が持ってるわ。ほれ。」

 

 アクアが小さな手鏡をこちらへ向けてくれる。

 

 映し出されるその姿にしばし言葉を失う。

 

 うん、みんなの反応から大体想像はついていたよ?

 

 体が全然動かないし、視界はやけに低いし、クラマ達以外誰も俺を気にも止めていないことから嫌な予感はしていた。気づかないフリをしていたが薄々わかってはいたんだ。

  

 まぁ、しかしだからといってこの現状を直視してそれでも冷静でいられるかと問われれば全くそんなことは無いわけで・・・・・

 

 だから、多少取り乱して無様に叫んだりしても、それは許されることだと思うんだ・・・・

 

 「なんじゃこりゃあああああああああああああ~~~~~~~~!!?」

 

 絶叫が酒場の中に響き渡る。

 思い思いに酒を飲んで騒いでいた冒険者達がその叫び声を聞いて、息を飲んで硬直する。

 

 そして、その視線は店の片隅に立ててある無骨な大剣へと注がれた。

 

 かつて俺が愛用していた大剣。煌びやかな装飾など何一つなく、名前すらない無銘の剣。

 

 そう、それがこの俺、ベルディアである。

 

 仲間になれと言われてホイホイ付いていったらいつの間にか剣にされていた・・・・。

 いや、死んでいた命を拾われて生まれ変わったわけだからこの際、無機物でも文句なんていえないけども。

 それでも、もうちょっと事前に説明して欲しかったよ、爺さん・・・・。

 

 「お、おい。今のってベルディアの声じゃねぇか?」

 

 「や、やめろよ!そんなわけないだろ・・・アイツはもう死んだんだ。灰になっていくところを見ただろう?」

 

 「戦利品のあの大剣から聞こえたわ。あれって確かベルディアが使っていた・・・」

 

 「まさか、あいつの怨霊が宿っているってのか!? 」

 

 「でもよう、だとしたらあの青髪の凄腕アークプリーストが放っておくとは思えねぇよ。ほら見ろ、素知らぬ顔で口笛を吹いてるぜ。私は何も聞いていませんでしたとでも言いたげな顔だ。きっと俺達の勘違いなんじゃねぇかな」

 

 「最近流行っているテレポートを使った悪質な悪戯じゃねぇか?」

 

 「?・・・そんな話聞いたこと・・・・ひっ」

 

 「・・・・うるせぇ馬鹿野郎、話を合わせろや。兄貴達が困ってんだろうが。」

 

 俺の叫びを聞いてザワザワと狼狽える冒険者たち。幸いなことに勘違いだったということで話が終わりそうである。

 怨霊が宿っているという声は実に的を得ている推察なだけに肝が冷えた。

 

 「ちょっと!気をつけなさいよ!アンタが実は生きてるなんて知られたら懸賞金を返さないといけないじゃない!」

 

 アクアが小声で俺を叱る。

 こいつら懸賞金なんて貰っていたのか・・・魔王軍幹部の首なのだからさぞかし高額だったのだろうな。

 

 「ま、大丈夫だろう。アンデッドとしてのコイツはもう浄化されたんだ。今、宿っているこいつは悪霊なんかじゃない。言ってみれば精霊みたいなものだ。例え喋る剣だとバレても問題にはならんだろう。」

 

 「んー、・・・そうね。クラマたんの言う通り確かに悪い感じはしないわ。」

 

 そうなのか?バレても無理やり除霊される心配がないのなら安心できるが。

 

 「でも、声はそのまんま同じなんだから勘違いする奴もいるんじゃねぇか?三億エリスも貰っちまったんだから、もっと慎重になろうぜ。もしバレたら詐欺罪で裁判沙汰もありうるぞ・・・」

 

 「三億!?」

 

 「だから声がでかいって!・・・受付のおねぇさんが少し不審な目で見てるだろうが。」

 

 「せめてわからないように声を若干高くしなさい!可愛らしい感じに!1、2、3、はい!」

 

 「・・・・・ベルちゃんですっ」

 

 「ぷっ、あははははは、キモイわ~~、あははは」

 

 「コイツっ・・・・!」 

 

 「ベルディアという呼び方も変えたほうが良いかもしれませんね・・・。チュンチュン丸というのはどうでしょうか?」

 

 「どうでしょうかじゃない!嫌に決まっているだろう!ちょっとは考えてから喋ってくれ!」

 

 「えっ、ベルディアが仲間になると聞いてから熟考に熟考を重ねて考え抜いた上でたどり着いた神ネームだったのですが・・・・気に入りませんでした?」

 

 「すまん、俺は古いタイプの男なんだ。今時の若者のイカレたセンスには正直ついて行けん・・・。」

 

 「そこの頭のおかしい爆裂娘と俺達を同列に扱うなよ・・・・・・・・

 とにかくここじゃあ、落ち着いて話もできねぇ。移動するぞ。」

 

 カズマはそう言って席を立つ。

 

 「行くってどこへ?まさか馬小屋じゃないでしょうね?」

 

 アクアが嫌そうな顔をするが、カズマがそれを見て得意げに鼻を鳴らす。

 

 「フ、これだから金の無さが染み付いた貧乏女神は・・・」

 

 「貧乏女神!?」

 

 「今や、俺達はこの街随一の金持ち冒険者と言っても過言ではない・・・だったら何を躊躇する必要がある?」

 

 ニヤリと不敵に笑うカズマ。俺と戦っている時の勇敢な表情とは程遠い、下賎な顔。

 

 「高級ホテルに泊まるぞ!」

 

 拳を天に突き上げながらそう宣言するカズマ。

 

 貧乏が染み付いたパーティーメンバーは揃って歓声を上げるのだった。

 

 




長くなりそうなので本日はここまで。

次回は貧乏人たちが高級ホテルで色々とやらかす話ですw
あとついでにベルディアの歓迎会を・・・

次の更新は来年になります。皆さん良いお年を!ヽ(・∀・)ノ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話 成金冒険者達の狂宴

ちょっと遅いですが、あけましておめでとうございます。
今年度、一発目の投稿です。
ちょっと詰め込みすぎて長くなっちゃいました・・・・。


 

引き止めてくる他の冒険者たちを振り切って酒場を出た俺達は、とりあえず師匠を回収するために馬小屋へと向かった。

 

 陽気にスキップをしながら。

 

 「高級ホテルだ!ワッショイ!ワッショイ!」

 

 「ワッショイ!ワッショイ!」

 

 「ソイヤサ~!ソイヤサ~!」

 

 「わ!なんだってばよ!?何で俺ってば担がれてんの!?」

 

 「さらばだ馬小屋!また会う日まで!」

 

 「私は今日!馬小屋生活を卒業します!」

 

 「いやー、長いこと慣れ親しんだ宿泊場をもう利用することがないと思うと感慨深いものがありますね・・・もう馬のウンチの悪臭で目を覚ますことも無くなるんですね・・・」

 

 「ああ。ワシも寂しく思う。・・・ククク・・・まったく、寂しすぎて笑いが止まらんなぁ・・・」

 

 「・・・・わ、私はたまになら泊まりたいものだが・・・」

 

 「・・・・・・お前ら、随分と貧相なところで寝泊まりしていたんだなぁ・・・・冒険者というのはこんなにも過酷な環境だったのか・・・テント生活で嫌気がさしていた俺が生温く思える・・・」

 

 皆で景気づけに師匠をお神輿のように担いで馬小屋をあとにした。さよなら、俺のマイホーム!

 俺達はこれから馬臭くないゴージャスな宿泊施設で幸せに暮らすよ!

 

 今までの貧乏生活に思いを馳せながら俺達は師匠を元気よく揺らして高級ホテルへと急いだ。

 

 

 

 

 そしてやって来ました高級ホテル!

 

 目の前には成金趣味全開の煌びやかな装飾が施された、この街で一番豪華な建物がそびえ立っていた。

 

 「で、でかい・・・・」

 

 「大きいわねー・・・・」

 

 「えっ?なに?ここってどこだってばよ?仰向けの体勢だから綺麗な星空しか見えないんだけど!?あの、そろそろ、降ろして・・・・」

 

 「ひゃぁー、眩しいですね!こんなにも眩しい建物は私、初めてです!」

 

 「ふん、見掛け倒しじゃないといいがな・・・・こういう変に気取った所に限って飯の量が少なくて味気ないものだ・・・」

 

 「・・・・ここにはあまり来たくはなかったんだが・・・・・会いたくない嫌な男に出くわしそうだし・・・」 

 

 「・・・それってもしかして、あそこにいる舌舐めずりをしながら気持ちの悪い顔でこちらを見ているあの肥え太った男の事か? 」

 

 「・・・・・・うげっ・・・・」

 

 「おい、大丈夫か?」

 

 「・・・・・ベルディアさん・・・・今日は一緒に寝ようか・・・・」

 

 「お、おい・・・・出会ったばかりだというのに大胆だな・・・・・しかし、俺にはアンジェリカという心に決めた女が・・・・」

 

 「何を言ってるんだ?剣を男として意識するわけがないだろう?不審な物音がしたら大きな声で知らせて欲しいんだ。」

 

 「この俺を防犯ブザー扱いするとは・・・!チッ・・・お気に入りのぬいぐるみに接するように優しく抱きしめて寝てくれたら助けてやらないこともない・・・・」

 

 「いや、刃物相手に危険すぎるだろう・・・・寝返りなんかうったら下手したらうっかり死にそうだから・・・」

 

 

 想像以上に大きな建造物に皆そろってつい見とれてしまった。

 

 ・・・・うわぁ、無駄に高そ~!

 

 なぜ駆け出し冒険者の街にこんな貴族が好むようなセレブなホテルがあるかというと、この街の悪徳領主がとある貴族の娘とのドスケベかつロマンチックな妄想の果て、税金を多大に使って私利私欲のために高級ホテルを建設しやがったのだという。たった一泊で上級クエストの報酬が全て消えるほどの料金を取るという話だ。今ではこんなクソ高いホテルなんて誰も泊まらず、領主だけがたまに息抜きに宿泊する別荘のような感じでなんとか存続しているのだという。

 

 いつもなら、こんな高級ホテルの前なんて歩くこともできない。馬小屋暮らしの住人としては余りの圧倒的な格差の前にひれ伏して卑屈に笑うしかなかっただろう・・・・。

 だが、今の俺達は違う!

 

 「突撃だああああああ!!!」

 

 「うおぉぉぉぉぉ~~~~!!」

 

 「ちょっ、降ろして!いい加減おろしてってばよ!ジジィ虐待だコレ!?」

 

 

 雄叫びを上げながら俺達はホテルへと突貫する。

 

 何も恐ることはない、俺たちは今、圧倒的な力・・・・・財力を手にしたのだから!

 

 「ようこそいらっしゃいました。しかし恐れながら申し上げますが、あなた様方は訪れる場所を間違えてはいませんか?大変申し上げにくいのですが当ホテルは貴方達のような野蛮な猿型モンスターのような貧相な人種をお客様だと認めるのは非常に難しいのです。きっと少しばかり目と頭が不自由な方々なのですね?よくあることなので何も恥じることはないですよ?貴方達の格に合った庶民向けの宿屋の場所をお教えしましょう。

 いいですか?ここを出て右に曲がって真っ直ぐ進んだら突き当たりを左に曲がりますと、安っぽいパン屋の看板が見えますので、そこで・・・・・・ひぃっ!」

 

 育ちの良さそうな坊ちゃん刈りのホテルマンの前にエリス金貨がたんまり入った金袋をドンッと叩きつける。

 

 「釣りはいらねぇ・・・・とっときな。ふっ・・・人を見た目で判断するもんじゃねぇぜ?おにいさんよう。」

 

 「やだ、カズマさんったらハードボイルド・・・・いいわねっ、それ!私もやりたいわ!ねぇ次は私にもやらせて!美しく格好良い富豪の令嬢を演じてみたいの!」

 

 「貧乏人が言ってみたい言葉ランキングの上位に入りますね!それは!まさか紅魔族一の貧乏家族の長女であるこの私がそんな金払いの良い嫌味なセレブの立場に立つことができるなんて・・・・!感無量ですっ!感謝しますよカズマ!」

 

 アクアとめぐみんが尊敬に満ちた顔で俺を見る。ああ、いい気分だ。実にいい気分だ・・・・。

 ダクネスだけは何だか呆れたようにジト目で見てくるが、まぁそれはしょうがない。アイツからは元祖金持ちの匂いがプンプンしやがる。 趣味で馬小屋に泊まっているようなファッション貧乏には真の貧乏人の気持ちなどわからないのだろう。

 

 「あの・・・・・足りません・・・・」

 

 「へ?」

 

 ホテルマンのお兄さんが気まずそうに発した言葉に、目が点になる。

 

 

 「人数分の宿泊費ですと・・・・・これでも、まだ足りないんですよね・・・申し訳ないんですが・・・・」

 

 さっきまで貧乏人を見下していた風の嫌味なお兄さんはどこか人の良さそうな顔で本当に申し訳なさそうな顔でそう言った。

 

 余りの恥ずかしさに顔面が一気に沸騰したように熱くなった。

 

 「え、あ・・・そうなの・・・・?ふ、ふーん・・・・・そ、そうかぁ・・・・足りなかったかぁ・・・・」

 

 「うっ・・・これは恥ずかしい・・・!カズマ、格好悪い・・・!ど、どうしよう・・・いたたまれないわ・・・・なんか私も顔が赤くなってきたんですけど!?う~、お金ならちゃんとあるのにどうしてこんな思いを・・・・」

 

 「カズマ・・・貴方はまだ貧乏根性が染み付いていましたね!大金を小分けした時に大きな金袋と小さな金袋に分けましたよね。そして、気前の良い金持ちを演じていたつもりでも、無意識のうちに一番小さな金袋を叩きつけてしまっていたんです・・・・。なんて悲しい貧乏人の性・・・・お金があってもまだ、セレブの道は遠いですね・・・」

 

 どうしょう。想定外の事態だ・・・。ここで更に金袋をバーンとお兄さんに叩きつけてもこれは挽回できない・・・・。恥の上塗りだ。ここからスマートに解決するにはどうすれば・・・・・。

 

 

 「も、もういい!私が払う!おい、そこの男!早く足りない分を言え!高級ホテルを自称するならいつまでも客に気まずい思いをさせたままでいるんじゃない!もうさっさと二階に上がりたいから、早くしろ!」

 

 「は、はい、すいません!あ、金髪碧眼ということはもしや貴女は貴族の方では・・・・」

 

 「だからどうした!?関係ないだろ!いいから早く部屋へ案内しろ!」

 

 

 ダクネスが羞恥心に顔を赤らめながら毅然とした態度でホテルマンに接する。

 こんな頼もしいダクネスは初めてだ。さっきまで俺の幻術でヨダレを垂らしながらハァハァ言っていた女と同一人物とはとても思えない。貴族のお嬢様としてのオーラを確かに感じた。

 

 「ララティーナお嬢様ぁ・・・!ありがとうございます!」

 

 「ちょっ、その名で呼ぶなと言っただろう!?」

 

 「ありがとうね、ララティーナ。あなたの功績を讃えてこの女神から、お金を巧みに操りし者・・・・“ゴールドマスター”の称号を与えましょう!」

 

 「流石ですララティーナ!こういう時はとても頼りになりますね!金持ちとしての格の違いを感じました!」

 

 感謝の気持ちをこめて今日だけはお嬢様扱いで称賛してやっているというのに、ララティーナは何故かとても嫌そうな顔をする。おい、そんな顔するなよ。俺の性格を知ってるだろう?もっと弄りたくなるだろうが。

 

 「え?ララティーナというのは?」

 

 「ククク・・・ダクネスの本名だ・・・笑えるだろう?」

 

 「フフ・・・確かに可愛らしすぎて似合わんな・・・」

 

 「こんなジジィなんかより、ララティーナ姫を讃えて胴上げをするってばよ!」

 

 師匠がニヤリと笑って、そう提案する。

 

 いいね、それ。うん。採用!

 

 よし、みんな!ララティーナお嬢さまを神のごとく讃えろ!

 

 

「「「「「「らっらてぃーな!!らっらてぃーな!!」」」」」」

 

 「おい、やめろ!何をする離せぇ!!」

 

「「「「「「それ!らっらてぃーなっ!!らっらてぃーなっ!!」」」」」

 

 「や、やめてくれ・・・頼む・・・もうお願いだから・・・・やめてぇぇぇ~~!!」

 

 ロビーの真ん中で笑いながら胴上げをする俺達をホテルの従業員達は新種のモンスターを発見したような目でポカンとして見ていた。

 

 ―――――後に担当のホテルマンAは語る。

 『彼らに担ぎ上げられたララティーナお嬢様は大変美しく、その泣きながらやめてと懇願する姿を見て私の胸の奥に新たな感情が芽生えるのを感じました。それはまるで神からの啓示のようでした。その時、新しい世界の扉が開かれたようなそんな興奮と共に私は思ったのです。

 ・・・・・嬲られる女性って、そそられるなぁ・・・・と。

 そして、その日私は新宗教ララティーナ教を立ち上げることを決めたのです。』

 

 ――――それは後にアクシズ教と並んで頭がおかしいと評されることになる、謎の宗教団体ララティーナ教の教祖が誕生した瞬間であった。

 

 

 一人の男の運命を狂わせたことなど知る由もなく、俺たちは今が楽しければいいというノリではしゃぐのだった。

 

「「「「「「らっらてぃーなっ!!らっらてぃーな!!」」」」」」

 

 「クッ・・・・身体をいくら好きなように弄ばれても、心だけは・・・・この高潔な心だけは絶対に屈しない!」

 

 「そらそら、いいかげん正直になれよララティーナお嬢さんよう・・・・」

 

 「ほれほれ・・・少し楽しくなってきたんでしょう?顔を見ればわかるわ。」

 

 「た、楽しくなんか・・・・こんな屈辱を味わわされて楽しいはずが・・・」

 

 「ふっふっふ・・・その割にはさっきまで強ばっていた体が今は随分と力が抜けてリラックスしているじゃないですか?」

 

 「う・・・そ、それは!」

 

 「素直になるってばよう、ララちゃん。最初は怖かったけど今ではもうそのスリルある浮遊感が病みつきになっているんだろう?わかるってばよ・・・・」

 

 「うぐ・・・、そんな、こと・・・楽しくなんて・・・こんなの全然・・・楽しいわけ・・・・こんな・・・・・・」

 

 「「「「「「らっらてぃーなっ!!らっらてぃーな!!」」」」」」

 

 「・・・・・・・」

 

 「「「「「「それそれそれそれ、らっらてぃーなっ!!らっらてぃーな!!」」」」」」

 

 「・・・・・・ふふふ」

 

 

 最終的には快楽に屈してしまったらララティーナお嬢様はダブルピースをしながら頭の悪そうな笑顔を浮かべて、修学旅行でテンションがMAXな女子高生みたいにあられもない姿ではしゃぎまくるのだった。

 ノリノリで「イェーイ!」とか言って完全にキャラ崩壊を起こしていて俺としてはとても面白くて笑えた。

 

 

 そして、しばらくして正気に戻ったダクネスに泣きながら超怒られたのだった。

 

 

 

 とはいえ、多少はしゃぎすぎて怒られたとしても今の俺達のテンションを下げることなど誰にもできない!

 「もう騒がないで大人しくするよ」と言った舌の根の乾かないうちにホテル内を駆け出し、部屋へと突入するのだった。

 

 

 「いざ!ベッドへ・・!どーん!」

 

 「どーん!!」

 

 「うわ、ふっかふかだな、おい!」

 

 「ヤバいわ!藁の上にシーツを敷いただけの寝床とは、明らかに違うの!こんな感触覚えたら私もう馬小屋なんかには戻れない!」

 

 「俺はもう絶対戻るつもりはないぞ!一生このベッドで寝て過ごすんだ!」

 

 「素敵!私もこのベッドさえあれば例え女神に戻れなくても全く悔いがないわ!このままこのベッドで永眠したい!」

 

 大きなベッドへとダイブする俺とアクア。さすがは悪徳領主がこだわり抜いたベッドというだけはある。

 現代日本のベッドに限りなく近い非常に質の高い寝具だ。むしろ俺の部屋にあったベッドより明らかに寝心地がいい。半端じゃなくふかふかな感触はまさに悪魔的気持ち良さ。こんな所で寝たら睡眠時間が伸びてしまうに決まっている。

 ・・・よし決めた。明日はクエストとか修行は休みだ。夕方くらいまで寝て過ごすことにしよう・・・・。

 

「こら、寝るな寝るな。これからベルディアの親睦会をすると言っただろうが・・・・」

 

 クラマが枕元へちょこんと座って俺の額にビシビシと猫パンチをかましてくる。

 

 「おっと、そうだった」

 

 「クラマたん、それ私にもやって~。肉球で優しくポンポンって。・・・あいたたたたた痛い痛い!そうじゃなくて!そんな打楽器を叩くような感じじゃなくて!もっと優しくしてよぅ!」

 

 ベットの上でじゃれつく一人と一匹を放置して俺はベットから起き上がる

 

 これから朝まで高い酒を飲み明かす予定だった。今から寝てしまうのは勿体無い。

 

 既に他のみんなは心地の良さそうなソファーに腰をかけて寛いでいる。

 その近くのテーブルにメイドさんが優雅な動作で食器やグラス、美味そうなつまみなんかを並べていた。

 

 「まったく・・・いくらなんでもはしゃぎすぎだろう・・・メイドさんも見ているのに恥ずかしい。」

 

 「・・・・さっきまでのお前のはしゃぎっぷりを蒸し返したら怒る?」

 

 「・・・・・・・怒るよ」

 

 楽しすぎてアヘ顔ダブルピースを決めていたダクネスは暗く沈んだ声でぼそりと呟く。怖い。ダクネスにとってあれは黒歴史になりそうだ・・・。

 

 

 「ダクネスの言うとおりです。まったく、子供みたいですね。カズマは。」

 

 そう言って生意気そうに笑うとめぐみんは立ち上がり、早足で俺の横を通り過ぎると・・・・・

 

 「どーん!」

 

 俺がさっきまで寝ていたベッドへダイブした。

 

 なんだ、コイツもやりたかったのか・・・・。広いベッドなんだから遠慮せずに俺等と一緒にドーンすれば良かったのに・・・・。

 

 「クンクン・・スンスン・・・フガフガ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ペロ・・・・・・・・・・・・・

 か、勘違いしないでくださいよ。私はただ、カズマの匂いがベッドに染み付いたら嫌なので私自ら検査をしているだけです!カズマの着ているジャージは本当に男臭いですからね!

 ・・・ん・・・カズマの温もりがまだ微かに残っていますね・・・・・・・ああ、なんでしょうか・・・・この感覚・・・・まるでカズマに抱きしめられているような・・・・・・・そ、そんな気がしてとても不快ですね!うん。まったく本当に気持ちが悪いです・・・・・・・・・・・・・えへへ・・・・・

 あ、ちなみにこのベッドは今夜私が使いますから。そこんところよく覚ええいてください。とくにアクアとナル爺は酔っ払って寝ちゃったりしないでくださいよ?いいですね?」

 

 「えー?自分の部屋に戻るの面倒くさいんですけど・・・」

 

 「いいですね!?」

 

 「わ、わかったわよ・・・そんな赤い目で睨まないで・・・怖いから・・」

 

 「ふふ・・・俺も了解だってばよ。」

 

 今日の戦闘で疲労したのか、めぐみんはしばらくの間、ベッドから出てこなかった。

 うつ伏せの格好で随分と念入りに匂いを確認しているが・・・そんなに臭うかな?戦闘後はちゃんと風呂に入ったんだけどな・・・。  

 ジャージもアクアの魔法で綺麗にしてもらったし・・・・。というかそんなに俺の匂いが気になるならなぜそこで寝ようとするのか・・・本当に訳のわからないロリっ子だ。

 

 「めぐみんはどうしたのだろう?なんだか今日はやけに様子がおかしい気がするんだが・・・」

 

 ダクネスが心配そうにベッドで顔を赤くしながら悶えてるめぐみんを見る。

 

 「やっぱり、これってそういうことなんだろう?」

 

 「ん。そういうことだってばよ」

 

 ベルディアの刀身を布で磨きながら師匠は穏やかな顔で笑う。

 ・・・・そういうことって何?

 

 「あの、準備が整いましたが・・・・もうお飲み物をお持ちしてもよろしいでしょうか?」 

 

 メイドのお姉さんが涼やかな笑顔で控えめに言う。

 

 「おっ、待ってました!おねぇさん!このホテルで一番高いお酒を持ってきてちょうだい!」

 

 「それより飯だ!こんな上品そうなチーズとかではなく、ワシはもっとガッツリ食いたいんだ!メイドの娘よ、ベーコンとか持って来い!厚切りでな!」

 

 めぐみんから蹴落とされてベッドの下で仲良くじゃれていたアクアとクラマがメイドさんの声を聞いて嬉しそうに飛んでくる。

 

 このホテルで一番高い酒と聞いて一瞬眉をひそめたが、すぐに今の俺にとっては大した額ではないだろうと思い直す。やれやれ、まだ庶民の感覚が抜けずにいやがる。今の俺はクリムゾンビアのおかわりを頼むのも渋っていたドケチなあの頃とは違うのだ。

 

 「熱いお湯を持ってきてくれってばよ、おねぇちゃん。実家からカップラーメンを口寄せするから。」

 

 「ナルトさん、またラーメンですか・・・。お疲れのようですし、今日くらいはもっと精のつくものを食べたほうが・・・」

 

 「ダクネスの好きなとんこつもあるってばよ?」

 

 「とんこつ・・・前に食べさせて貰ったあの濃厚なスープか・・・ゴクリ・・・ま、まぁ、とんこつなら・・・・」

 

 「おねぇちゃん、お湯を二人・・・いや三人分な!・・・・ベルちゃんも食べてみるってばよ」

 

 「え?俺のこの体で飯を食うことができるのか!?」

 

 「硬い固形物は無理だけど柔らかい物や汁物は刀身から啜ることができるってばよ!」

 

 「血を啜る魔剣みたいなものか・・・・良かったなベルディアさん。」

 

 「ということは酒も飲むことができるのか・・・・。無機物転生ということで少し悲観していたが、案外悪くないのかもしれんな・・・じゃあ、とりあえずそのラーメンというのをもらおうか。言っておくが俺は味には煩い方だぞ?」

 

 「ふふふ、我が里のカップラーメン製造技術を侮るなってばよ・・・。この俺自らが監修を務めて名店の味を見事に再現することに成功したんだ・・・・。俺が長年愛してきた一楽ラーメンを味あわせてやるってばよう」

 

 目の前にある上品な料理には目もくれず、二人と一本はカップラーメンパーティを始めようとしていた。

 もう何も言うまい。高齢者が毎日カップラーメンばかり食べている現状は改めるべきだとは思うが、師匠のラーメンに対する情熱は最早、中毒症状を越えた、愛の域だ。それを止めることは今の俺にはできない。

 いつか俺がもっと強くなったら師匠の身体を守るために師匠が保有するラーメンを根こそぎスティールしてやろうと心に誓う。ブチギレるであろう師匠とのリアル鬼ごっこを想像すると今から震えが止まらないけど・・・。

 

 

 

 「めぐみんはいつまで寝ているのよ?ベッドが気持ちいいのは分かるけど、早くこっちに来て高級ジュースでも注文しなさいな。今から寝るなんてこの私が許さないんだからね!」

 

 「んん~~~~~・・・・名残惜しいですが、しょうがありませんね・・・。」

 

 アクアが呼びかけると、めぐみんはようやくベッドから起き上がってくる。

 

 「それでは、せっかくですから私も今日は甘いお酒でも・・・・」

 

 「あ、お姉さん。このロリっ子にはりんごジュースでも出してやってください。」

 

 「はい、かしこまりました。」

 

 「ちょっ、どうしてカズマが私の飲み物を勝手に注文しているんです!?もう私の旦那気取りですか!?亭主関白なんですか!?今日ぐらい良いじゃないですか!私だって高いお酒というものを飲んでみたいのです!良いお酒ですからこの前みたいに悪酔いすることは絶対にありませんから!」

 

 ロリっ子がギャーギャー文句を言っているが当然の如く無視する。

 コイツは自分の酒癖の悪さを理解していないらしい。

 以前、蜂蜜酒をがぶ飲みして泥酔してやらかした事をまったく覚えていないのだろう。他の客に絡み、歌い、踊り、最後には爆裂魔法を酒場の中でぶっ放したことなどまるで記憶にございませんといった感じなんだろう。

 俺もその日は日課の一爆裂が済んでいたし発動するわけがないとたかをくくって傍観していたんだが。どういう理屈かは解らないが、コイツは酒を飲むことで魔力を増幅させることができる体質だったらしい。だから一日一発が限度のはずの爆裂魔法が飲酒によって二発目の発動を許してしまったのだ。酔拳ならぬ酔爆裂魔法というやつだ。師匠が咄嗟に時空間忍術で爆裂魔法をどっかに飛ばしてくれたおかげでなんとか事なきを得たが、あんな恐怖体験はもう懲り懲りだった。

 もし今回、爆裂魔法がこの高級ホテルで放たれたと思うとゾッとする。その時はまた師匠がなんとかしてくれると信じているが、今日はベルディアの件で力を使い過ぎて疲弊しているらしいので万が一ということもありえる。

 そうなったら街一番の金持ち冒険者から多額の借金を背負う極貧冒険者へと転落することだろう。

 

 それだけは絶対に阻止しなければ・・・・・!

 

 

 「さぁ!みんな、改めて乾杯しようぜ!」

 

 「あ、無視した!この私をシカトしましたね・・・!」

 

 「ほら、めぐみん、りんごジュースが来たわよ。良い子だから大人しくこれで乾杯しましょう?ね?」

 

 「あ、あのアクアに子供扱いをされるなんて・・・・もう、私はおしまいです・・・・!」

 

 「どういう意味よっ!それ!」

 

 「ほらほら、いいから飲み物を持つってばよ。」

 

 「まったく。小娘の分際でまた酒なんぞ飲みおったら噛みちぎってやるからな!」

 

 「大丈夫だクラマさん。この私がいる限りもう絶対にめぐみんに飲酒をする事態にはさせない。」

 

 「頼むぞ・・・。あ、メイドの娘よ。このバケツに入っている剣に酒を掛けてやってくれ」

 

 「お、済まないな・・・メイドさん。お酌をしてもらって。・・・ぐふふ、やはりメイドとはこうでないとな・・・あんな自称メイドの掃除のおばちゃん風な女神とは違う・・・」

 

 「・・・・お、落ち着くのよ私・・・・平常心・・・平常心でいつもの冷静なスマイルを浮かべるの・・・・お母さんがいつも言っていたじゃない・・・・こういう商売をしていれば色々と不思議なお客様もいらっしゃるって・・・・だから剣や子狐が普通に話しかけてきても何もおかしくはないわ・・・・・・・うん、おかしくない・・・・」

 

 メイドさんがテンパった様子で震えながらベルディアが入っているバケツに酒を注ぐ。

 

 それが終わるのを待ってから俺は酒の注がれた硝子の杯を掲げる。

 

 「それじゃあ、ベルディアが俺達の新たな仲間に加わったことを祝して!乾杯!」

 

 「「「「「カンパーイ!!」」」」」

 

 

 杯を合わせ、中に入ってる極上の酒を一気に飲み干す。物凄く旨い。流石は高級な酒なだけはある。

 

 だが、この一杯がこんなにも旨いのはそれだけが理由ではない気がした。

 

 ベルディアとの激闘の末、俺は二度目になる死を体験した。そのとき見た走馬灯がこの世界での日々を思い起こさせ、俺がいかにこの世界での日常を大切にしていたのかを実感させたのだった。

 だから死の淵でずっと願っていたのだ。仲間と酒を飲み交わしながら一日を笑って終えるような、そんないつもの日常に戻りたいと。それだけを望んでいた。

 だから、取り戻したかった日常がここにあることに俺はとても大きな幸福を感じていた。

 俺が本当に欲しかったのは、大金でも名誉でも高い酒でもなく、ただ仲間とこうしていられるこの何気ないひと時だったんだ。

 ・・・・・・・恥ずかしいから絶対にそんなことは口にしないけど。

 

 

 皆が杯の中を飲み干して幸せそうに息をつくのを眺めながら、そんなことを思う。

 その中に、旨い、旨いと感動したように何度も呟いてバケツの中の酒をズズズと啜っている一本の剣を見て思わず苦笑する。

 

 ・・・・・まさか、取り戻したかった仲間との日常の中にそれを奪おうとしたベルディアが新しく加わることになるとは思わなかった。・・・まったく、妙な話だ。

 師匠とクラマに聞かされた時は俺達全員、耳を疑ったものだ。そりゃあ、そうだよな。たった今、ぶっ殺した相手を剣に転生させて仲間に加えるってどういうことだよ。普通、納得できるわけなんてない。

 

 しかし、それを何故かすんなりと受け入れて了承してしまった自分自身に俺が一番驚いている。

 

 自分でも、正直よくわからない。ただ、なんとなく許してもいいように思えた。

 

 もちろん斬られて痛かったことや、死にそうになって怖かったことも覚えている。それは今でも鮮明に思い出せる。けれど、だからといってベルディアを許すことができないほどの負の感情を抱いているわけでもない。確かにバキバキに骨を折られたり、ぶった斬られたりで相当痛い思いをしたが、それは戦いが終わってからも頑なに敵だと思い続けるほどのことではない気がした。

 

 

 一番の被害者である俺が仲間にすることに賛成すると他の三人も戸惑いつつも頷いてくれた。

 

 そうして満場一致でベルディアを仲間にすることが決まったのだった。

 

 あれほどの強敵だったベルディアだ。味方になってくれるのなら、とても心強いだろう。

 

 

 新たな仲間を得て、多額の報酬も得て、これから先はグレードアップした俺達の輝かしい未来が待っていることだろう。

 

 これこそまさに大団円というやつだな・・・・

 

 そんなことを思いながら、清々しい気分で旨い酒を飲んでいると・・・・・

 

 「さて、乾杯をしたことだし、そろそろいいかしら?なんか良い雰囲気になっちゃってて、とても言いづらいんだけどね?うーん・・・これって言ってもいいのかしら?空気を読むことを覚えた私はちょっと躊躇してしまうわ。」

 

 「じゃ、言うなよ」

 

 みんなが腰を落ち着けてゆったりと飲んでいる中、アクアが突然立ち上がって何かめんどくさそうなことを発言しようとしているようだった。

 

 「いえ、やっぱり言わせてもらいます!ずっと言いたかった本音をあえて、ここで言わせてもらうわ!

 そこの図々しく高級酒なんてすすってる貧相な駄剣!そう、ベルディア、あんたのことよ!

 私はアンタのことを仲間なんて認めないわっ!」

 

 「へ?」

 

 空気の読まないKY女神はベルディアに向って指をさして、そんな面倒くさい宣言をした。

 

 

 「アクア・・・今更そんなことを言わないでくださいよ・・・」

 

 「こら、アクア。そんな意地悪を言ったらダメだろう。ちゃんと仲良くしなさい。」

 

 そんなアクアにめぐみんは呆れたように溜息をつき、ダクネスは母親のように腰に手を当ててたしなめるように言う。

 

 「どうせ女神ハーレムの術がまるで効かなかったことをまだ根に持っているんだろう?張り切ってポーズを決めていたのに鼻で笑われていたしな。」

 

 「ち、違うわよ!確かにあれは腹が立ったけど、そういうのじゃなくて・・・。」

 

 言葉が出てこないのか難しそうな顔をして沈黙するアクア。

 どうしたんだろう?こいつは馬鹿だが何の考えもなしにこういうことを口にするやつじゃない。

 こいつがベルディアを仲間だと認めない理由とは一体なんなのか?

 

 「仲間を・・・・カズマを傷つけた俺が、許せないんだろう?」

 

 ベルディアが悔やむような重々しい声でそう言った。

 

 え?いやいや、そんなまさか。

 どうせコイツのことだから、多分もっと、くだらなくてしょうもない軽い理由だよ。

 そうに決まって・・・

 

 

 「・・・・・・・」

 

 俯いて顔を少し赤くするアクア。

 え?うそ?ほんとに?

 

 「・・・・・・ま、まぁ、そうよ?そんな感じの理由ですけど?・・・なんか文句ある?」

 

 頬を朱に染めて居心地が悪そうにそっぽを向くアクア。

 こ、こいつ照れてやがる。

 へー。そうかー。俺のために怒ってくれたのかー。へー。あの生意気な女神が?この俺のために?

 ふーーん。そうかそうかー・・・・・

 

 「な、何をニヤニヤと締りのない顔で笑ってるのよカズマ!ちょっと、そのニヤケ面をやめなさいよっ!腹立つわね!

 と、とにかく私はそう簡単にベルディアを受け入れることなんてできないから!そこらへんを覚えていなさい!」

 

 「・・・・ああ、わかっているさ・・・・」

 

 ベルディアは哀愁を感じさせる声で切なそうに答える。

 

 「アクア・・・」

 

 「確かに私たちだってカズマを傷つけられたことには思うところはあります。・・・・でも・・・」

 

 「まぁ、そう簡単にはいかんよな・・・・。」

 

 「俺が毒キノコを食うなんて馬鹿な真似をしなければこんなことには・・・・。

 情けない師匠ですまんってばよ・・・・」

 

 お、重苦しい空気だな・・・!

 さっきまで和気あいあいとした楽しい雰囲気だったのに。今ではすっかりどんよりムード・・・・。

 そんなシリアスになるなよ!当の本人であるこの俺が全然気にしないって言ってるのに!

 ていうか、アクアさん?めぐみんのことを忘れないであげてくれますか?あいつだって死の宣告で苦しんだんだから・・・・。なんか、めぐみんの被害者としての扱いが軽い気がするんだよなぁ。本人がケロッとしているものだから俺もつい忘れそうになるけどさ・・・・。

 

 

 「おい、アクア。そんな怒んなくていいって。俺だって最終的には千鳥でベルディアをぶっ殺したんだし、お互い様ってやつだ。」

 

 「そんなこと私だってわかっているわよ・・・。でもね、そういう問題しゃないの。正直、別にカズマのためってわけでもないの。ただ、私が傷ついたのよ。カズマが傷ついて倒れた時、なんでか知らないけど私もすごく痛かったの・・・。心が寒くて切なくてしょうがなくなったの・・・・。あんな思いをするのは私はもう嫌よ。」

 

 あ、アクアさん?あなた真顔ですけど、さっきよりずっと恥ずかしいことを言っていることに気づいてます?

 

 

 「でも私だって別にベルディアが仲間になるのを絶対に反対ってわけでもないの。ただ、全部今日の出来事なのよ?少しくらい心の準備をさせてよ。」

 

 「・・・・・そうだな。俺も早く仲間だと認めてもらえるよう、精一杯、努力するよ。」

 

 「いいわよ。ほどほどで。いつになるかわからないし。

 ・・・・なんか、ごめんね皆。盛下げちゃって・・・・。よし!の、飲み直しましょっ!ねっ?そうしましょう!ほら、カズマもお爺ちゃんも飲んで飲んで!」

 

 

 ぎこちない笑顔で酒を勧めてくるアクア。それを見てようやく空気が少しだけ柔らかくなって、皆がおずおずと飲み物に手を伸ばし始めた。

 

 それでも、やはりどこかピリピリとしていて。アクアとベルディアの確執は割と根が深い問題なのではないかと暗雲たる気分でそっと溜息をついた。

 

 そう都合よく大団円とは行かなかったようだ。

 

 そんな感じで似合わないほろ苦いシリアス気分に浸っていたのだけれども・・・・・。

 

 

 

 

 ―――――数時間後。

 

 

 

 

 

 「あっはっはっはっ!!飲んでるぅー?ベルディア~~~!?」

 

 「がははははは!!飲んでるともアクアちゃ~ん!」

 

 「「イエーイ!!」」

 

 そう言って柄の部分と手をハイタッチするように陽気に合わせるアクアとベルディア。

 

 

 酒の力ってすげぇー・・・・・・。 

 

 

 たった数時間であんだけ険悪だった二人が今ではすっかり打ち解けて馬鹿みたいに笑い合ってやがる・・・。

 

 なにか劇的な出来事が起こったわけでもなく、ただ酒を飲みながら下らない雑談をしていただけなのにいつの間にか二人の間にあった溝が埋まっていたのだった。特に宴会芸の話では二人は俺達を置き去りにして大いに盛り上がって意気投合していた。今度、人体切断マジックをしよう、と仲良く計画を立てているのを聞いて耳を疑った。 今日リアルに剣でぶった斬られた俺を前にすげぇ不謹慎じゃね?

 そのマジックには絶対俺は協力しないからな!

 

 というか、アクアさん。こんなこと言うのもなんだけど・・・・ちょっとあっさり許しすぎじゃない?

 いや、確かに俺だって二人には仲良くなって欲しいとは思ってたよ?予想より早く打ち解けてくれてすごく安心しましたよ?・・・・・でも、いくらなんでも早すぎるわ!

 あんな重い雰囲気にしたんだからもう少し粘れよ!もっと俺のために葛藤してくれよ!

 そんな速攻で仲良しになるんなら、あんなシリアスっぽい流れはいらなかっただろうが!

 

 「あははは!いい呑みっぷりじゃない!リマリー!この良い感じの聖剣におかわりの葡萄酒を注いであげて!」

 

 「あ、はい、かしこまりました」

 

 「がはははは!この俺が聖剣とは照れるなぁ!リマリー!この美しい女神にも高級酒の新しいのを開けてやってくれ!」

 

 

 ちなみにリマリーというのはこのメイドのお姉さんの名前だ。酔っ払いに呼び捨てにされても笑顔を絶やさない優しいメイドさんである。おまけにまともな金銭感覚をしているのか高い酒をがぶ飲みする俺達をちょっとだけ心配してくれているのが分かる。

 

 

 「え、あの・・・・もう3本目ですけど・・・本当によろしいのですか?先程も言いましたが、一本二百万エリスの品なんですが・・・・」

 

 「かまわん、かまわん!この俺の討伐賞金なんだからな!それくらい屁でもないさ!」

 

 「そうよ!せっかくベルディアが仲間になった記念日なんだから豪勢にいきましょう!」

 

 「はぁ、かしこまりました・・・・あの、先程からお酒がただの水に変化するという怪奇現象が度々、起こっているようなのですが・・・・?」

 

 「あ、ちょっと手に触れちゃったの。これも女神としての強すぎる浄化能力の代償よね。ま、お水も美味しいからいいけど。」

 

 良いわけねぇだろ!一本二百万の酒だぞ!?水が飲みてぇんなら影分身クリエイトウォーターで一斉放射してやろうか・・・この金食い女神め・・・・!

 

 

 「・・・あ・・・・・んん・・・・ああっ・・・・クラマさん・・・・もっと・・・もっと・・お願い・・・します・・・」

 

 「妙な声を出すんじゃない!気色悪い!!」

 

 そっちのソファではクラマとダクネスがよろしくやっている。

 

 うつ伏せになったダクネスに雄々しい獣が乗りかかりその四肢を蹂躙していた・・・。

 

 女騎士は顔を朱に染め荒い息を吐きながら快楽に身をゆだねている・・・

 

 「ん・・・上手・・・ですね・・・・クラマさん・・・・」

 

 「ふん、ナルトにもよくやってやるからな・・・」

 

 

 まぁ、単なるマッサージなんだけどさ・・・・

 

 筋肉痛のダクネスに子狐の肉球が優しく揉みほぐしている。

 

 気持ちよさそうだな・・・・・・後で俺もやってもらおう。

 

 

 「そうなんですか・・・・・そういえば、ナルトさんは一体どちらへ?」

 

 クラマに踏まれてだらしなく頬を緩ませながらダクネスが言う。

 確かにさっきから師匠の姿が見えない。飛雷神の術を使ったのか、いつの間にかいなくなっていた。

 トイレだとしてもいくらなんでも長すぎるよな・・・・・。

 

 「あいつなら・・・・」

 

 「任務完了だってばよ」

 

 クラマが何かを言いかけた時、ちょうど師匠が戻ってきた。

 突然姿を現した師匠を俺達は特に驚くこともせず受け入れる。もうそれは既に見慣れた現象なのだった。

 ただ、師匠が見慣れない狐のお面を被っていて、それだけが不思議だった。

 

 「師匠おかえり。随分遅かったけど、どこへ行ってたんだ?」 

 

 「いやー、不審者がいたから、そいつを仕留めに行ってたんだってばよ。」

 

 「不審者?」

 

 「ああ。なんかこの部屋が魔法で盗聴されてたみたいでさ。感知したらこのホテルに潜んでこそこそ悪巧みをしていたから、俺がとっちめてやったってばよ。もちろん顔がバレないようにお面をつけてな」

 

 「そ、その不審者とはもしや豚のように肥え太った豚のような顔の豚ではなかったか!?」

 

 ダクネスが何かを期待するように瞳を輝かせて師匠に問いかける。

 というかそいつってどんだけ豚っぽいんだよ。もはや豚そのものじゃねぇか。

 

 「あ、うん。確かに豚のような感じだったなー。なんでもこの街の領主らしいってばよ。本人がなんか偉そうな態度でそう言ってた。」

 

 「間違いない、あの男だ!・・・ああ、今夜はぐっすり眠れる・・・・ありがとう・・・ナルトさん・・・本当にありがとう・・・!」

 

 うつ伏せの姿勢のまま涙ながらに頭を下げるダクネス。

 

 「へへ・・・そんなに感謝されると照れるってばよう」

 

 「・・・ちなみにその男にはどんな目に合わせてやったんですか?股間とかを重点的に攻撃して潰してくれたのならとても嬉しいのだが・・・」

 

 

 「いや・・・流石にそこまではしないってばよ。でもガチホモボディービルダーの術でさんざん地獄を見せたから、多分もうアソコの方は再起不能なんじゃないかなぁ・・・」

 

 あの術を使ったのか・・・。可哀想に・・・。

 あれの恐ろしさが骨の髄まで染み込んでいる俺は心の中で顔も知らない不審者に合掌した。

 いや、もしかしたら俺はまだあの術の真の恐ろしさを知らないのかもしれない・・・・

 アソコが再起不能に成る程だ。それは一体どれほどの・・・・・

 ・・・・想像するのも恐ろしい・・・・

 

 「ふふふふ、いい気分だ・・・私は絶対にSではないはずなのに他人の不幸で心がこんなにも晴れやかになるなんてな・・・。」

 

 ダクネスは安心しきったあどけない笑みを浮かべる。

 

「さぁ!クラマさん、踏むのを再開してくれ!景気づけに思いっきり頼む!」

 

「なんて良い笑顔をしてやがるんだ・・・はぁ・・・しょうがねぇなぁー・・・」

 

 マッサージという名のSMプレイを再開してまたエロい嬌声を上げ始めるダクネス。

 

 おいおい、やめてくれよ。俺は今、この状況でエロい事を考えるわけにはいかないんだよ。

 

 

 なぜなら・・・・・

 

 「どうしましたか?カズマ。なにやらモゾモゾとしていますが・・・・・あ、トイレに行きたいのなら遠慮せずに言ってくださいね。そうなったら一時、中断しますので。」

 

 「もう何度目になるかわからないけど、改めて言わせてくれ。

 ・・・ホント何してんのお前・・・」

 

 めぐみんが俺の膝に頭を乗せて寝ているからだ。

 

 いわゆる膝枕というやつだった。

 普通逆じゃない?何故、男の俺が・・・

 

 

 

 「もう何度も言っていると思いますが。わたし、少し酔ってしまったみたいなんです・・・」

 

 俺の顔を紅い瞳でじっと見つめて悪戯っぽく笑うめぐみん。

 その笑顔に自分の心拍数が少しだけ上がるのがわかる。それを悟られないように顔をしかめて素っ気なく言葉を返す。

 

 「嘘つけよ。お前は一滴も飲んでないだろうが。」

 

 「これだけお酒の匂いが充満していたらそれだけで酔っ払っちゃいますよ。」

 

 「いや、メイドのリマリーさんがこまめに換気してくれてるから。だいたい、お前が酔っ払ったらその程度で済むわけがないだろうが・・・この酒乱魔法使いめ・・・」

 

 「そうなんですか?」

 

 「そうなんだよ。覚えてないだろうけど。」

 

 何がそんなに嬉しいのかニコニコとした満面の笑顔で俺を見上げてくる。その声も随分と上機嫌で楽し気だ。

 

 まったく、やめろよな。そういうの。俺も男なんだから勘違いするだろうが・・・・・。

 

 「酔ってるようには見えねぇけど、気分が悪いならベッドで休めよ。俺の太ももじゃ寝心地が悪いだろ。」

 

 「確かにカズマの太ももは意外に硬いです。・・・頑張って修行したんですね・・・少し前はあんなにヒョロかったのに、今ではとても逞しくなりましたよ・・・」

 

 「うおっ、ちょっ、どこ触ってんだ!セクハラだぞ!」

 

 「ふふふ、ちょっとくらい良いじゃないですか。減るもんじゃあるまいし。」

 

 「なにこれ!?いつもと立場が逆なんですけど!?クソ、男女差別だ!俺からセクハラしたら絶対に怒るくせに!」

 

 「怒りませんよ?」

 

 「・・・・・・へ?」

 

 「私はもう、カズマに触れられても、決して怒りません。」

 

 そう言ってめぐみんは頬を紅潮させて、はにかむように笑った。

 

 それを見て俺の顔は茹で上がったみたいに一瞬で真っ赤に染まり、心臓は痛いくらいに高鳴った。

 おいおいおいおい・・・・これってまさか・・・・・・いや、落ち着け・・・落ち着くんだ俺。いくら今まで女の子とまるっきり縁がない非モテ道を爆進してきたからって、そう浮き足立つな。冷静になるんだ・・・。

 昨日までは普通に仲間としてお互い接してきたはずなのにこの急激な変化はおかしい。何か裏があるんじゃないか?めぐみんが俺を騙すとは考えづらいから、惚れ薬を飲んだとか魅了系の魔法をかけられたとかの外部が原因の場合かもしれない。もしそうだったら最終的にはめぐみんが治った時、その気になった俺が切なくなるような展開になる可能性も十分に有りうる。ラノベとかでそういうの見たことあるし。俺は慎重な男。勝率が100%だと確信するまではうかつに手を出すべきじゃない。け、決してチキンなわけではないよ?うん。

 

 

 「い、いいから、もうベッドへ行けよ!ほら!」

 

 「カズマも一緒に行ってくれるんですか?」

 

 「い、行かねぇよ!何言ってんだ!」

 

 「じゃあ、嫌ですー。ここにいます。この硬い膝にもようやく慣れてきましたし。」

 

 「そんなのに慣れてどうするんだよ・・・・・」

 

 「んー、将来的には役に立つんじゃないでしょうか?」

 

 「は?」

 

 「ウチのお母さんもたまにお父さんの膝で寝ていたのを見たことがあります。まぁ、普段はその逆がほとんどでしたけど。でも、その時のお母さんが妙に幸せそうな顔で眠っていたものですから、割と記憶に残っていたんですよね。」

 

 「・・・・・・」

 

 「なんだか、そういう夫婦っていいですよね。前から少しだけ憧れていたんです。そんないつまでも仲睦まじい夫婦でいられたらお金なんてあまり無くても、きっとそれだけですごく幸福になれると思うんです。

 ねぇ・・・・カズマも、そう思いませんか?」

 

 嬉しそうにそう言って微笑むめぐみんから、思わず目を逸らす。

 

 どこのどいつだ!めぐみんにこんな超強力な惚れ薬を飲ませたのは!!

 そうに決まってる!そうじゃなければこんな、将来的に俺達が夫婦になるようなことを嬉しそうに言うはずがない!

 

 ぶっちゃけ、そういうのってちょっと重い!嬉しさとか通り越してなんか重いよ!

 

 

 「どうしましたか?カズマ?」

 

 「いや・・・・・なんか、重くて・・・」

 

 っておい。俺は馬鹿か。それは口にしたらダメだろう。

 案の定、さっきまで笑顔全開だっためぐみんの顔が花がしおれるように曇っていく。やっちまった。

 

 「ごめんなさいカズマ。私としたことがつい浮かれてしまって・・・・・そうですよね、カズマは疲れているんですもんね。わかっていたはずなのに・・・本当にごめんなさい。」

 

 そう言って俺の膝の上から起き上がるめぐみん。

 あ、そっち?気持ち的な意味で言ったんだけど。

 

 しかし、あれだけ俺の膝にしがみついて離れなかっためぐみんが随分とあっさり引いたもんだ。

 心配そうな顔で気遣うように俺を見てくるし、なんだかんだで心根の優しい奴だ。

 正直、過保護なアクアからこまめにヒールで癒してもらったおかげで今は普段より元気なくらいなんだけどね。

 

 「そうですよね・・・・普通に考えたらこれが正しいんですよね・・・・私はどうかしてました。さぁ、カズマ。交代しましょう」

 

 「え、なに?」

 

 「ですから、私の膝で寝てください。」

 

 な、なにぃぃぃぃぃぃ!?

 え?このロリっ子は何を言っているの!?

 

 「ほら、カズマ。私の膝で気持ちよく眠るのです。カズマの膝よりは遥かに柔らかいと自負していますよ?」

 

 「いや、そりゃそうだろうけど・・・え?ホントどうしたんだめぐみん・・・なんかの罰ゲームか?無理することはないんだぞ?」

 

 「え?全然無理とかはしてませんけど・・・むしろ嬉しいですけど。ついさっきも言いましたよね?私はカズマに触れられても怒らないって。そういうことなので問題なんてなにも無いですよ?なので遠慮せずに私の膝を使ってください。」

 

 何この子!超積極的なんですけど!?グイグイ来るんですけど!?

 やっぱり強力な惚れ薬を飲んだという仮説が真実味を帯びてきたぞ・・・。

 だって明らかにいつものめぐみんじゃないもの!

 いかん、いかん、だめだぞ俺!今のめぐみんの甘い言葉に乗せられたら・・・。

 めぐみんが正気じゃない可能性があるんだ・・・仲間である俺がそんな誘惑に負けてどうする!

 そもそも俺はロリっ子は守備範囲外!こんなハニートラップに引っかかるものか!

 

 そう思っていたはずなのに俺の頭部はいつの間にかめぐみんの超柔らかい太ももの上に乗っていた。

 

 あっれぇぇー?

 

 「よしよし・・・ふふ、なんだかこうしてるとカズマがとても可愛く思えますね。いえ、この気持ちは愛おしいとでも言うのでしょうか?」

 

 可愛らしい女の子に柔らかい膝の上で頭を優しく撫でられた時って一体どんな反応をすればいいんだ?誰か童貞の俺に教えてくれ!俺にはそれを楽しむ余裕すらなく緊張で身体を固まらせることしかできないんだ!

 チクショウ!経験豊富ならどさくさに紛れて色々と触ることだできたのに・・・・!童貞な我が身が呪わしい!

 

 「どうしたんですか?震えていますけど・・・そんなに疲れていたんですか?」

 

 めぐみんが優しく囁きかけてくる。

 女体に気安く触れることもできないヘタレな自分に敗北感で打ち震えているなんてとても言えない。

 

 

 「カズマは今日、すごく頑張っていましたもんね・・・・私達のために必死に戦ってくれました。すごく痛い思いをして、とんでもない大怪我までして、それでも折れないで戦い抜いたカズマはとても格好良かったです。」

 

 「いや、そう言ってくれるのは嬉しいけどさ、あんなの本来の俺じゃねぇよ。俺は根は小心者なんだ。多分もう二度とあんな主人公みたいな格好いい姿なんて見せられないと思う。」

 

 「それでもいいんです。私だってあんな無理を何度もして欲しいわけじゃありません。それに、あんな格好いいカズマはカズマらしくありませんからね。」

 

 「おい・・・」

 

 「ふふふ・・・それでもきっかけにはなりましたよ。私の本当の気持ちに気づく良い機会でした。」

 

 「へ、へー・・・・それってどんな?」

 

 「ま、まぁ、それは秘密なんですけどね」

 

 なんだよそれ!もったいぶってんじゃねぇ!!はっきりしろよ!俺のことが好きなのか好きじゃないのかここで白黒はっきりしろやぁーーーーーー!!!

 

 ・・・・・とは言えず。

 

 「あ、そう?ふ、ふーん・・・」

 

 

 俺はモヤモヤした気持ちでお茶を濁すしかなかった。

 

 よほど情けない顔をしていたのか、そんな俺を見てクスクスと可笑しそうに笑いをこぼすめぐみん。

 

 「時が来たらおのずと分かる事でしょう。・・・特に隠す気もありませんし。

 ですが、それとは別にカズマには今日、言いたいことがたくさんあるんです。」

 

 「ほーん・・・・・・なんスかぁー?今日の爆裂魔法を採点して欲しいんなら100点満点に花丸付けてやるよ?」

 

 わざと投げやりに答える。これ以上このロリっ子の言動に一喜一憂して振り回されてたまるか。

 そんな反逆の意志を持ってクールな澄まし顔をするが、めぐみんはそんな俺を見透かしているかのように母性を感じさせる余裕のある笑みを浮かべて俺の頭を優しく撫でる。

 あれ?もしかして俺って今、年下の女の子に思いっきり子供扱いされてる?

 

 「それは嬉しいですね。今日の爆裂魔法は渾身の出来でしたから。でも今はそんなことよりも、もっと大事なことが言いたいんです。」

 

 あのめぐみんが爆裂魔法の事を軽く流しただと!?

 もっとグイグイ食いついてきてこの甘酸っぱくて恥ずかしい雰囲気を霧散させてくれると思っていたのに!

 愛する爆裂魔法をそんなこと扱いとは・・・やっぱり、いつものめぐみんじゃない・・・

 ・・・・・明日は空からキャベツでも降ってくるんじゃないだろうか?

 

 「ねぇ、カズマ・・・」

 

 頭を撫でていためぐみんの手がゆっくりと俺の頬へと伸びてきて、ドキリとする。

 

 めぐみんの白くて柔らかい指先が俺の頬をそっと撫でてきて、その触れられた部分が急速に熱を帯びていくのがわかる。

 純情な俺は口を魚みたいにパクパクさせながら真っ赤になって硬直するしかなかった。

 

 「私はあなたにずっと言いたかったんです・・・・・ありがとうって」

 

 「お、おっふ・・・・・」

 

 「私がベルディアの呪いに侵されてとても苦しかった時、カズマは一番に駆けつけてくれましたよね?不安で泣きそうな私を力強く抱き上げながら、いつになく真剣な目で私のことを励ましてくれました。あの時の言葉に私がどれほど救われたか・・・カズマにはわかりますか?」

 

 「さ、さぁ?」

 

 「本物の勇者みたいだって、その時は本気でそう思ったんですよ?カズマはきっと“俺が勇者とかないわー”とか言って自虐的に笑うんでしょうけど。でも私にとってカズマはまさしく勇者そのものだったんです。」

 

 「・・・・・・」

 

 「私の呪いを解くためにカズマは必死になって戦ってくれました。傷ついて、倒れて、それでも諦めないで立ち上がって・・・・・最後は結局、真っ向勝負であのベルディアを討ち取ってしまいました。

 その姿を見て、私は・・・・・・・・・・・・」

 

 「・・・・・・」

 

 「・・・・これは言わないつもりでしたが・・・・やっぱり言わせてください・・・

 ・・・・・わ、わ、わ、私・・・は・・・・・」

 

 顔を赤面させて緊張したように言葉を詰まらせるめぐみん。緊張による震えがめぐみんの身体を通して伝わってくる。鈍感主人公とは程遠い俺はこの状況を察した。

 

 おっと、めぐみんのようすが・・・・・・?

 これは、来るか?来ちゃうのか?よっしゃ、バッチこい!

 惚れ薬を飲んだという疑いが未だにあるが、もうそんなこと知ったことか!

 もしそうでも俺の超絶テクでメロメロにして離れられなくしてやるぜ!

 

 「わ、私は・・・・」

 

    「んっ、ふぅっ、あ、あぁ、クラマさん・・・」

 

 「なんだよ、めぐみん」

 

    

    「あん、そうだ、もっと、つよくっ・・・爪を立ててもいいから・・・」

 

 

 「カズマ・・・・私は・・・」

 

 

    「あ、やめないで・・・・頼む、あと、五分・・・・いや三分だけでもいいからぁ・・・・」

 

 

 「言えよ、めぐみん・・・」

 

 

    「あー、肉球が・・・・肉球が・・・・」

 

 

 「わたしっ、カズマのことが・・・・・!」

 

    

     「おほう・・そこいい・・・・・あ、あ、あ・・・気っ持ちぃー・・・」

 

 

 「「ダクネスうるさいっ!!」」

 

 

 

 せっかくの良い雰囲気がマッサージを受けるドMの嬌声のおかげで台無しだった。

 

 こんなエロい声をBGMに告白なんてできるかっ!

 

 ずっと俺たちのことを見守っていてくれていたのか師匠が額に手を当てて「あちゃー」と残念そうに呟く。

 

 「ねぇねぇねぇ!これからパイを焼いてもらうって話になったんだけど、ミートパイとピーチパイとアップルパイとニシンのパイのどれがいいかしら?私としてはリマリーのおばあちゃん直伝の味だというニシンのパイが食べてみたいんだけど!」

 

 「アクアちゃん・・・・ちょっと空気を読むってばよ。今は、ほら・・・」

 

 「えー?むしろそっちの二人の方が空気を読めてないと思うんですけど?せっかく皆でいるのに二人だけで小声でこそこそと話して。何を楽しくおしゃべりしていたかは知らないけど、楽しい話題なら皆で共有して盛り上がるのが宴会の鉄則よ!ねっ、ベルディア!」

 

 「ああ、まったくそのとおりだ!・・・・・人目をはばからずイチャイチャしやがって、これだから最近の若い奴らは・・・」

 

 「だいたい、なんでカズマったら横になっているのよ。まだ日付も変わっていないのにもう寝るつもりなの?しかもめぐみんの膝を枕にしちゃって・・・・」

 

 う・・・、よく考えたら皆がいる前で何やってんだろ俺。テンパって周りが見えていなかったけど、めぐみんに膝枕されて小さな子供みたいに撫でられている姿とかも多分ばっちり見られてたんだよな・・・なんか急に恥ずかしくなってきた・・・

 

 冷静になった俺は断腸の思いでめぐみんの魅惑の膝から抜け出す。この膝は危険だ。心地よすぎて男を狂わせる魔性の膝だ。

 「あっ」とめぐみんが切なそうな声を上げるが、これ以上こんな膝で寝てられるか、俺は酒を飲むんだ!

 

 「むぅ・・・もう少しだったのに・・・ダクネス、アクア・・・・・・恨みますよ・・・・」    

 

 めぐみんがため息混じりに何かを言っているようだが、そんなもんは聞こえない、聞こえない。

 

 さぁ、気を取り直して飲みまくろう。

 

 俺たちの楽しい宴会はこれからが本番だ!

 

 高い酒と美味い食物で盛り上がって行くぜ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――さらに数時間後

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・・・・・アンジェリカ・・・ううう・・・・アンジェリカ・・・・シクシク・・・」

 

 

 アクアが泣いていた。

 

 顔を両手でおおって涙とか鼻水で顔面をベチャベチャにしながらシクシクと悲しそうに泣いていた。

 

 「まさか、会ったこともないアンジェリカのためにここまで心を痛めて涙を流してくれるなんて・・・・!あなたこそ真の女神だ!ありがとう・・・アクアちゃん・・・・う、う、うおおぉぉーーん!」

 

 バケツの中でジョボジョボと涙を撒き散らすベルディア。剣先から水が吹き出る様はアクアの宴会芸、花鳥風月のようだった。

 

 「うう・・切ない話です・・・」

 

 「ぐす・・・私、こういう話には弱いんだ・・・ぐす・・・」

 

 「俺も、妻とのことを思い出して、目頭が熱くなるってばよ・・・・」

 

 他の三人もアクアとベルディアほどじゃないが目に涙を貯めて泣きそうになっている。

 

 「う、う、う、熱い・・・・タオルを・・・おぐばりじま・・・お配り、します・・・・ううう・・・」

 

 メイドのリマリーさんはどこか琴線に触れてしまったのか号泣している。

 

 唯一クラマだけはニシンのパイに夢中のようで、バリバリとワイルドに平らげていた。魚の頭がいたるところから飛び出している不気味なパイはあまり美味しそうには見えなかった。

 

 隣のピーチパイは普通に美味そうだが、この悲壮感が漂う雰囲気では小腹が空いたからといって気安く手を出せる空気ではなかった。

 

 こんなことになったのもベルディアが酔っ払って自分の悲恋物語を涙ながらに語り始めたのが原因だった。楽しい宴会が面倒なことになったな、と思いながらも止めるわけにもいかず大人しく話を聞いていたのだけれど。

 

 ベルディアが意外にも語り上手だったことが災いしてしまった。

 

 臨場感たっぷりの語り口でその時の心情や境遇、辛い過去などを交えながら語られた切ない恋物語は女性陣と年寄りの涙腺を見事に決壊させたのだった。

 

 俺はまぁ、涙腺が“あの夢”のおかげで随分と耐性がついているので流石に泣くまでは行かなかった。

 悲しい話だとは思うけどね。

 

 「ベルディア・・・・あなたもずっと辛い思いをしてきたのね・・・でも、今日からは私たちが仲間よ・・・・!一緒に魔王をぶっ殺して、その願いをぜひ叶えましょう・・・!」

 

 最初は「あんたなんか仲間とは認めないわ」と啖呵を切って中指まで立てていた女がたった数時間で驚きの手の平返しだ。

 

 「俺を・・・・こんな俺を・・・仲間だと認めてくれるのか・・・?」

 

 「当たり前でしょう!」

 

 「そうです!昨日の敵は今日の友です!ちょうど日付も変わりましたし!」

 

 「ベルディアさんは今日から私の愛剣・・・いや、相棒だ。よろしく頼む。」

 

 「俺はもうとっくに仲間だと思っていたってばよ?」

 

 「もぐもぐ・・・うん、そうだな。」

 

 「・・・いい話です・・・・仲間っていいですね・・・」

 

 「あ、はい。そうっスね。」

 

 ハンカチで涙を拭いながら言うリマリーさんに適当に相槌を打つ。クールな顔立ちのくせに意外に涙もろい人だな。

 

 泣いていないのはクラマと俺だけなのでちょっとだけ気まずい思いをしながら、ベルディアのバケツに酒を注ぐ。

 

 「ま、飲めよ。」

 

 「おう、カズマ。ありがとうよ。」

 

 ベルディアがズズズと剣先から酒を啜る。

 あ、そういえばベルディアも泣いてたな。バケツの中で酒と涙が混ざったんじゃ・・・・

 

 「・・・・しょっぱい・・・」

 

 思ったとおり、自分の涙と酒のカクテルを飲んでしまったようだ。

 

 「や、酒を飲んだあとの塩分補給は大事なんだぜ?ほらほら、もっと飲め。俺の酒が飲めねぇのか?」

 

 「ぬ・・・飲めないこともないが・・・・」

 

 「ほれほれ、ぐいっと飲んで。そんで、もっとアンジェリカさんとのことを教えてくれよ。」

 

 「あ、それ私も聞きたいわ!」

 

 「私も気になります!」

 

 「お、そうか?そうだな・・・一体なにを話そうか・・・」

 

 「じゃ、とりあえず、そのアンジェリカさんとはどこまでいったんだよ?ん?正直に話してみ?」

 

 俺がからかい混じりにそう尋ねると、酒を啜っていたベルディアがピタリと止まった。

 

 「ちょっとカズマ!そんな下世話な質問は止してよ!」

 

 「まったく、ませた小学生みたいな発想ですねっ。恋人同士なんですよ?そりゃあ、大人な関係だったに決まっているでしょう?」

 

 

 「えっ?」

 

 何故かベルディアが驚いたような声をあげる。

 

 「?・・・なんですか?その反応?」

 

 「いや、その・・・・」

 

 「馬鹿ね、めぐみん。今とは違う昔の恋の話よ?清い関係だったのよ。きっとお互いにピュアだったの。多分、手をつなぐくらいのことしかできなかったのよ。ね、ベルディア?」

 

 「あー、手、手かー・・・繋いだ覚えは無いかなー・・・」

 

 「えっ、手も繋いだことないって・・・・おいおい、本当に恋人だったのかよ?」

 

 「・・・・・・・・」

 

 「・・・・ん?」

 

 おいおい、なんだこのベルディアの静まりかえった感じは・・・。

 

 

 「恋人では・・・・無かった、かな?」

 

 ベルディアが気まずそうな声でそう言った。

 

 「「「えーーーーーっ!」」」

 

 思わず声を上げる俺とアクアとめぐみん。

 他の連中もわけがわからないといった顔でベルディアを注視する。

 

 「いや、だってお前、アンジェリカさんの敵を討つためにその国の王子様をぶっ殺して処刑されちゃったんだろう?え?なに?片思いの相手だったわけなの?」

 

 「違う。それは違うぞ、カズマ。」

 

 ベルディアは落ち着いた声で反論する。

 

 「俺達は明確な約束や愛し合う言葉を交わしていなくても、確かにお互いを想い合っていたのだ。それは間違いない事実。俺はそう信じている。」

 

 力強く断言するが説得力があるようで、まるでなかった。

 

 「そういう時代だったってことなのか?」

 

 「いや、単にアンジェリカが極上のドブスだったから告白するのが何か嫌だっただけだが。万が一あんなドブスに振られたら恥ずかしくて生きていけないし。」

 

 なんだその理由!しょうもねぇ!でも気持ちはわかる!

 

 「じゃあ、そのアンジェリカさんとは恋人らしいことは何一つしていないと?」

 

 めぐみんが微妙そうな顔で言う。

 

 「いや、何もしていないわけでは・・・。俺だって結婚を申込もうとした相手なんだ。それなりの積み重ねがあって彼女との確かな絆を感じていたさ。正直、プロポーズの勝率は100%だったと自負している。」

 

 

 「へー。じゃ、例えば?どういうことをしていたの?」

 

 アクアが胡散臭そうな顔でそう尋ねる。

 

 「あの頃はまだ治安があまり良くなかったからな。毎日暗い夜道の中、彼女を家へ送ってあげたものさ。」

 

 「お、やるじゃない。ベルディア。そうよ、そういうエピソードよ!私は幸せだった貴方達のそういう心温まる話が聞きたいの!」

 

 「少し安心しました・・・・ベルディアはアンジェリカさんとちゃんと恋人っぽいことはしていたんですね・・・」

 

 「おいおい、その時手を繋ぐこともできたんじゃねぇのか?意外とチキンだなぁ。」

 

 それだけで好き合っていたかはまだ判断できないが、そういう積み重ねがあるのならベルディアの言う通り言葉にしなくても想い合っていたのかもしれない。

 

 

 「いや、それは無理だ。俺は彼女のとなりを歩いていたわけではなかったからな・・・・」

 

 「・・・ん?」

 

 「・・・・え?」

 

 「・・・・・はい?」

 

 俺達は一瞬、何を言われたのか理解できなくて、間の抜けた声を上げる。

 

 「歩みの遅い彼女に気を遣わせるのも嫌だったからな。後ろから彼女に気づかれないようにこっそりと送ってあげていたのだ。」

 

 「・・・・・・・」

 

 「・・・・・・・・・・」

 

 「・・・・・・・・・・・・」

 

 

 それって、お前・・・・

 

 「暗い夜道で?」

 

 「彼女に気づかれないように後ろから家まで?」

 

 「しかも毎日?・・・・・・」

 

 「な、なんだよ?そうだけど、それがなんだって言うんだ?」

 

 俺とアクアとめぐみんで確認するように言うと、ベルディアは確かに頷いた。

 

 俺達三人も目で会話をして重々しく頷き合う。

 

 間違いない。多分こいつは・・・・・。

 

 「ベルディア・・・・・アンタそれって、ストーカーじゃない?」

 

 空気を読まないことに定評のあるアクアさんが言ったった!

 言いづらいことを迷わず率先していうことのできる鋼の心!

 そこに痺れるぅ、憧れるぅ!

 

 「は?いや、そそそそんなわけないだろう!何を言っているんだ!」

 

 ベルディアはめちゃくちゃ動揺していた。悲しいが、これはもう・・・・。

 

 

 「待ってください!まだ断定するのは早いです!」

 

 めぐみんが容疑者を庇う弁護士のように真剣な眼差しで堂々と手を上げる。

 

 「昔、紅魔族の里でストーカー診断書という本を読んだことがあります。そういう気質の人間を言霊によってさらけ出す魔法書です。それを試してからでも遅くないはずです。」

 

 めぐみんのやつそんな本を読んでいたのか・・・・。あと、それは別に魔法書とかではないと思う。

 

 「それではこれからベルディアが陰湿なストーカーかどうか判断をする質問をするので、はい か いいえで答えてください。いいですね?」

 

 「いや、だから誤解なんだ!俺はストーカーなんかじゃ・・・」

 

 「いいですね!?」

 

 「う・・・はい・・・・」

 

 「では、第一問。彼女がどこかへ出かけることを偶然耳にしました。先回りしますか?」

 

 「はい」

 

 ・・・いきなり確定的なのキタコレ!

 

 「・・・第二問。彼女と他の人物の会話をよく盗み聞きしますか?」

 

 「はい」

 

 「第三問。彼女が捨てたどうでもいい物をこっそり持って帰ったことがありますか?」 

 

 「はい」

 

 「う・・・・第四問。彼女との将来を詳細に妄想して、そのための計画を立てたことがありますか?」

 

 「はい」

 

 「まぁ、それはしますよね。第五問。よく彼女の後をこっそりと追跡することはありましたか?」

 

 「はい」

 

 「では、最後の質問です。正直に答えてください。」

 

 めぐみんが何かを期待するような目でベルディアを見る。

 

 「彼女の衣服や肉体的接触をした椅子や寝具などの匂いを嗅いだり、さらには直接舐めたりなんかはしたことは・・・・・・ありますよね?」

 

 「いや、流石にそんな気持ちの悪いことはしていないな。」

 

 

 「・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 「・・・・・?」

 

 

 「・・・・・・・こ、これではっきりしましたねっ!ベルディアはとんだストーカー野郎ですよっ」

 

 「ええっ!?」

 

 何故か涙目になって人差し指をベルディアに突きつけるめぐみん。

 

 

 まぁ、最後の一番気持ちの悪い質問は否定していたが、他の質問は全てYESだからな・・・。

 

 「ああ、ベルディア・・・・まさか、こんなことになるなんて・・・・」

 

 「違うんだ、アクアちゃん!これは誤解なんだ!俺達は本当に愛し合っていたんだ!」

 

 「本当に残念だわ・・・あなたとはようやく仲良くなれたと思っていたのに。」

 

 「アクアちゃん、慈悲深い女神よ!ちょっと待って・・・」

 

 「とりあえず、このストーカー魔剣はどうします?」

 

 「ウィズの魔法具店なら、そこそこ高く売れるんじゃないか?今のところ金には困ってないがあるには越したことないだろう。」

 

 「そうですね」

 

 「ちょっと待って!本当に待って!売却するのは勘弁して!頼むから!」

 

 慌てたようにバケツの中で暴れるベルディア。

 もちろん半分冗談だが、このストーカー気質の魔剣を女性陣の傍に置くのも、なんか危険な気もするんだよなぁ。

 

 「す、ストーカーから始まる恋も、あるってばよ?」

 

 「いや、お前の妻も確かにそんな気質だったけどよ。あれほどではなかっただろう・・・・」

 

 師匠とクラマは仲良くニシンのパイをかじりながら苦笑している。 

 

 「あの悲恋話はウソだったんですか・・・・ストーカーのただの妄想だったんですか?・・・・・私の、一リットルくらい流した涙を返して・・・」

 

 さんざん泣きまくっていたメイドのリマリーさんはショックのあまり虚ろな顔でブツブツと呟く。

 

 「いや、嘘ではないぞ!?完全なるノンフィクションだぞ!?先程話したのは脚色など一切していない真実だ!」

 

 「ベルディアさん。私は信じるよ。騎士として人を、いや剣を見る目はあるつもりだ。

 貴方は陰湿なストーカー行為はしても嘘をつくような剣ではない。そうだろう?」

 

 「だ、ダクネス・・・・!」

 

 ダクネスが優しい声色でベルディアを庇う。

 

 すると、感激したベルディアがバケツの中で眩く発光した。 

 

 神秘的な青白い光。それが収まるとベルディアはバケツの中から消えていた。

 

 

 「え、い、いつの間に・・・・」

 

 そしていつの間にかダクネスの手にひと振りの大剣が握られていた。

 

 「今ここに契約が交わされた。ダクネス。いやララティーナよ。」

 

 「ダクネスで頼む!」

 

 「あ、はい。・・・・我が担い手ダクネスよ。」

 

 「な、なんなんだ、このノリは・・・・」

 

 ベルディアが厳かな声でダクネスに問いかける。

 

 

 「問おう。・・・・・貴女が俺の、マスターか?」

 

 

 「いや、違う!」

 

 

 「え」

 

 「ちがう!私はあなたのマスターとかではない!」

 

 「えー、そんな・・・話が違うぞ・・・こう言えばウケるとさっきカズマが・・・」

 

 あ、そういえば、酔った勢いでそんなこと言ったわ。

 まさか本当に言うとは思わなかった・・・。

 

 

 「往生際が悪いですよダクネス。ベルディアは自らその担い手を選んだのです。これは逃れられない運命なんですよ・・・」

 

 「ば、ばかな・・・・」

 

 ダクネスが超嫌そうな顔をする。

 ちょっと前までは自分から相棒とか言っていたくせにこの数分で随分とベルディアへの好感度が下がったものだ。

 

 

 「ダクネス、今日からよろしく頼むぞ。・・・・・ふふ、お前はどことなくアンジェリカに似ている気がするな・・・」

 

 「え、今なぜか女としてとんでもなく失礼な事を言われた気が・・・」

 

 「じゃ、ダクネス。ベルディアの相棒としてこれからちゃんと面倒を見るんだぞ?」

 

 「え?」

 

 「お風呂にもちゃんと入れてあげるのよ?」

 

 「は?」

 

 「寝るときもベッドで一緒に寝るんですよ?」

 

 「ええっ!?」

 

 「ぐふふ、相棒、これから仲良くしようぜ。」

 

 「・・・・・」

 

 気持ち悪く笑うベルディアを無言でダクネスは投げ捨てるが、放り投げたはずの大剣は次の瞬間にはいつの間にか再びダクネスの右手に握られていた。

 何度投げても、何度捨ててもベルディアは戻ってきた。

 

 「私これいらないっ!いらないからっ!」

 

 「釣れないことを言うなよ相棒ー。俺は役に立つ剣だぜ?これから共に戦っていこうじゃないか。」

 

 それからも半泣きのダクネスは諦めずに何度もベルディアを捨てようと試みたが、その全てが無駄に終わるのだった。

 

 

 

 ダクネスは呪われしストーカー魔剣ベルディアを手に入れた。

 

 

 




ちなみに、ベルディアとアンジェリカはちゃんと両思いでした。

ただベルディアがストーカー気味に暴走していただけですw


今回はちょっと欲張って詰め込みすぎた感がありますね・・・なんとか一話分に収まりましたが・・・。

それでもベルディアはまだ大事なことを色々と話していないので、そのあたりの真面目な話は次回になります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話 魔王の謎

 

 

 本日のクエストの張り紙を掲示板に貼り終わり、そろそろギルドの受付を開始しようとした頃でした。

 

 もはや冒険者ギルドの馴染みの顔である彼女達がやって来たのは。

 

 「あら、おはようございます。今日は随分とお早いんですね?」

 

 「ああ、おはようルナさん。こんな朝早くにすまない。」

 

 「いえ、そろそろ始めようと思っていたので、かまいませんよ。」

 

 ダクネスさんが爽やかに挨拶を返してくる。他の皆さんは挨拶もそこそこにいつもの席へと向かっていったので私に用があるのはこのダクネスさんだけなのでしょう。

 

 この街最強の冒険者、うずまきナルトさんのパーティ。

 メンバーは皆冒険者になって日の浅い方達ですが、つい先日魔王軍幹部ベルディアの討伐に成功した確かな実績のある冒険者達です。

 討伐金を得てからしばらくはギルドへ来てもクエストを受けずに他の冒険者さん達と朝から酒盛りをするばかりでしたが、ようやくクエストを受ける気になったのでしょうか?

 

 「それで、今日はどうなさいましたか?」

 

 「あー・・・その、新しい冒険者カードが欲しいんだ・・・・」

 

 「え?冒険者カードの紛失ですか?それは大変ですね。すぐに新しいものを発行いたしますので、こちらの方に手続きを・・・・」

 

 「あ、いや、私のはちゃんとある!私のではないんだ・・・」

 

 「えーと・・・それでは、一体どなたのを?申し訳ありませんが冒険者カードはご本人がいらっしゃらないと・・・・」

 

 「い、一応、連れてきてはいるんだ・・・・その、ここに・・・・」

 

 ダクネスさんは何故か緊張した様子で一本の大剣をカウンターの上にそっと置く。

 

 あら?この剣は確か・・・・・

 

 「・・・・ルナさん。突拍子のないことだが驚かずに聞いてくれ・・・・・

 この剣には悪霊が・・・ゲフンっ・・・・いや、精霊が宿っているんだ。」

 

 「え?」

 

 今、悪霊って言いましたよね?

 

 「ご存知のとおりこの剣は魔王軍幹部のベルディアが使っていたものだ。しかし、この剣に宿る精霊はとても清らかで無害なんだ。・・・・・・ほら、なんか言え。」

 

 ダクネスさんが語りかけると、剣はひとりでにカタカタと動き、その声を発する。

 

 「やぁ、僕は精霊のベル!よ、よろしくねっ!」

 

 無理やり声色を変えたような不自然に高い声が辺りに響く。

 

 「剣が喋った!?」

 

 「だから、言ってるじゃないかぁ。 僕は精霊だって。決して悪いことをする精霊じゃないから早く冒険者カードを作っておくれよー!」

 

 

 なるほど、そういうことですか。

 確かに意思のある剣なら冒険者カードを作ることも可能かもしれません。子狐のクラマ君用のカードを作ったという前例もありますしね。

 

 ただ、どうも胡散臭いんですよね・・・・

 

 明らかに演技をしているのが丸分かりですし、精霊とは自然が生んだ上位的な存在ですからそんな軽い口調で話しかけてくるわけがないんですよね・・・・。

 そもそもアンデッドが精霊を宿した剣を所持していたというのもおかしい話です。私もそこまで精霊に詳しいわけでは無いですが、アンデッドと精霊が共存できないくらいの常識は知っています。

 ・・・ということはこの剣は精霊ではない?

 あのアクアさんが除霊していないということは多分悪霊の類ではないのでしょうけど・・・・。

 

 うーん・・・まぁ、いいでしょう。

 

 多少引っかかりますが、ダクネスさんは誠実で信頼のできる方です。間違っても法に触れるようなことはしないでしょう。

 

 「それでは冒険者カードを作成いたします。特例としてプロフィールの記入はよろしいので、まずはこの水晶にに触れてステータスの表示をしてもらいます。・・・・えーとダクネスさん、剣の腹の部分を水晶に当ててあげてください。」

 

 「あ、はい。わかりました」

 

 「ダクネスそっとだよ?壊しちゃダメだからねー。」

 

 「わ、わかっているっ・・・・その気持ち悪い声であまりしゃべるな・・・・!」

 

 ダクネスさんが剣を恐る恐る水晶に触れさせる。すると水晶は淡く輝きだして下に置かれたカードに向って光線が放出され、数秒後には冒険者カードの作成が無事に完了しました。

 

 「はい、ありがとうございます。なんの問題もなく出来上がりましたね。」

 

 これで前代未聞の剣の冒険者が誕生したわけですね・・・・。

 

 そんなことを考えながら確認のために出来上がったばかりの冒険者カードを見る。

 

 ・・・・・・えっ?

 

 「・・・・・・・・」

 

 思わず沈黙する私にダクネスさんは額に汗をにじませながらオドオドと顔色を窺ってくる。

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・あの、思いっきり名前の欄にベルディアって表示されているんですけど・・・・

 

 これは・・・・・まさか・・・・・・・・

 

 

 

 「か、かなりの高ステータスですね!幸運値だけがアクアさん並に低いですが他はどれも人間だったら上級職になれるほどですよ!スキルポイントも初期から30もあるなんて凄いです!

 さ、さすがは精霊様ですねっ!」

 

 ・・・・・・・・よし、見なかったことにしましょう・・・・・

 

 わたしは何も見ていません。ベルディアは確かに討伐されましたし、剣になんてなっていません。

 ここにいるのはベルという名の精霊を宿した剣です。 

 

 なので、通報する必要もないですよね・・・・うん。

 

 ・・・・・・討伐賞金が三億エリスですからね・・・・・

 バレたら下手しなくても死罪確定ですよね、きっと・・・・・。

 

 

 私のことをうかがいながらビクビクしていたダクネスさんは心底安堵したように息をつく。

 

 「そ、そうか・・・・良かったなベルディ・・・・ゲフンっ・・・・ベルさん。」

 

 「そうだねー、嬉しいなー、やったー高ステータスだー、やったぁ、やったぁ、や・・・ゴフンっ、ゲホンっ、オエっ・・・・・の、喉が・・・・もう限界だ・・・・」

 

 「・・・・・だから余計なアドリブをするなと言ったんだっ!頼むから耐えてくれ!・・・・あと少しだからっ!」

 

 小声で聞こえないように言っているつもりなんでしょうが、すいませんけど丸聞こえですよ。

 

 「そ、それでは冒険者カードをお返しします。精霊の剣ベルさんの今後の活躍にギルド一同大いに期待しています」

 

 あまり活躍しすぎて注目されると足がつく恐れがあるので、程々にしてくださいとは言えない。

 

 「あ、ありがとう、ルナさん。それでは、私たちはこれで。」

 

 「ありがとー、受付のおねぇちゃん。」

 

 ダクネスとベルさんはそう言って逃げるように早足でギルドのカウンターから離れる。

 

 

 

 

 「どうだ?上手くいっただろう?」

 

 「ああ。なんとかな。まったくベルディアさんのせいで冷や汗ものだったよ。」

 

 「なぜだ!?俺の演技は完璧だったはずだ!女が想像するような可愛らしい精霊を見事に演じきっていただろう!」

 

 「いえ・・・・非常に言いにくいのですが・・・・・ただキモかっただけです。」 

 

 「なん・・・・だと・・・・」

 

 「まぁ、確かにベルディアは思っていたよりもキモかったけど。それでも私の言ったとおり余裕だったでしょう?」

 

 「そうだな。アクアが最初に言い出した時は高級酒の飲みすぎで知能値がついにマイナスに振り切ったのかと思ったが・・・・意外にあっさりとカードを作れたな・・・。」

 

 「俺も最初はそんな危ない橋を渡るのは反対だったけど、よく考えたら魔王と戦っていくなら必須アイテムなんだよなぁ、冒険者カード。」

 

 「スキルの会得はカードがないとできねぇしな。お、“浮遊スキル”があるぜベルディア。これがあれば一人で移動できるんじゃねぇか?」

 

 「いいな、それ!さっそく覚えよう!ポイントはまだまだ余裕があるからな。」

 

 「ストーカー魔剣が自分で移動できるようになったら、色々と不安なんですが・・・」

 

 「絶対、お風呂とか覗きそうよね・・・」

 

 「だからストーカーではないと言っているだろうが!」

 

 「ベルディア声がデカイ!地声だと気づかれるだろうが!」

 

 「というかルナちゃんは本当に気づいてないのかな?・・・・心配だってばよ。」

 

 「大丈夫ですよー。ナルじぃは心配性ですね。」

 

 「そうだとも、目の前で対応した私が保証する。ルナさんは少しも気づいた様子はなかったよ。」

 

 「俺も元騎士として洞察力には長けているつもりだ。その俺に言わせれば彼女は微塵も疑っていなかったな。この俺がベルディアだとは夢にも思わないだろうよ。」

 

 

 

 あのー、聞こえているんですけど・・・・・・

 

 もう疑うとかそういう次元ではないんですけど・・・

 

 

 人の少ないギルド内は驚く程声が通るんですよね。

 ・・・・彼等の内緒話の声が大きすぎるせいでもありますが・・・・・

 

 というか、本気で気づかれていないと思ってたんですか?

 

 周りの店員や他の冒険者さんがあなた達のことを心配そうに見ていますよ?

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 冬の訪れを感じさせるような肌寒い空に一羽のグリフォンが飛んでいた。

 

 ファンタジー世界ではお馴染みの鷲の上半身と獅子の下半身を持つ幻想生物。

 

 それが枯れ木の森の上を何かから逃げるような懸命さで必死に翼をはためかせていた。

 

 その大きな体躯にはクナイや手裏剣がいくつも突き刺さっていて、機動力が大幅に削がれているのがわかる。

 

 「待ちなさいよ!このチキン野郎!」

 

 低空飛行するグリフォンをアクアが本職の忍者のような身軽さで木々に飛び移りながら追跡していた。

 

 「待ちなさいって言ってるでしょ!こんのぉっ!」

 

 アクアが木の枝を踏みしめ大きく跳躍をしてグリフォンへと飛びかかる。

 翼を負傷したグリフォンにはそれを回避することは不可能だった。

 

 「うらぁ!!ゴッド・ブロー!!」

 

 グリフォンの背中にアクアの必殺の拳が炸裂する。

 カエルやベルディアにはまるで通用しなかったそれは確かな威力を持ってグリフォンを森へ叩き落とした。

 

 「行ったわよ!カズマ!」

 

 「あいよ!まかせとけ!」

 

 枯れ木に強く叩きつけられて必死に暴れ狂うグリフォンに警戒しつつ近づいていく。

 

 もがくように忙しなく翼をばたつかせていたグリフォンがようやく地面に着地した瞬間、俺は好機とみて印を素早く結んでそれを発動する。

 

 「“影真似の術”!」

 

 俺の影が一直線に伸びていき、グリフォンの影と繋がる。

 

 すると、グリフォンは暴れていた体をピタリと硬直させた。

 

 よし、影真似の術、成功。

 

 

 混乱したようにあちこちに視線を走らせ、動かない体を力ずくでどうにかしようと抵抗しているようだが、当然その程度で破れるはずもなく、その身をプルプルと震わせることしかできなかった。

 

 スキルポイントがやたら高くて習得することを悩んでいたが・・・なるほど。使える術だな。

 

 影真似の術。

 それは自分の影の形を自在に操り、影をつなげた相手に自分と同じ動きを強制する術。

 その縛る力はチャクラ量に比例するため、師匠の強大なチャクラを使わせてもらっている俺ならば大抵の相手なら影で縛り付けて自由自在にできることだろう。

 

  「さぁ、狙いやすいように急所をさらけ出させてもらうぞ・・・」

 

 両手を広げ胸を張るように動くと向こうも、翼を広げて無防備に心臓の位置をさらけ出す。

 

 「ダクネス!ベルディア!今だ!やれ!」

 

 「承知した!・・・・・はあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 雄叫びを上げながらグリフォンの方に駆け出していくダクネス。

 チャクラを収束させているのかベルディアの刀身がキラキラと輝いている。

 

 あの必殺技を出す気か・・・・今度こそ当たればいいが・・・・

 

 当たらなかった時のことを考えて、すぐに救出できるように身構える。

 

 「エクス・・・・・カリバーーーーーーッッ!!!」

 

 性懲りもなく格好良い聖剣の名前を叫びながら、ダクネスは力強く跳躍した。

 

 そのまま、真上からその必殺剣を振り下ろした。

 

 ズドンっと体の芯まで響く轟音と共に大地を揺るがすほどの衝撃が走る。

 

 剣がベルディアに変わったせいか、以前より威力が上がったんじゃないだろうか?

 

 周囲の枯れ木が吹き飛び、グリフォンがいた場所を中心に大きなクレーターが広がっていた。

 

 近くにいた俺?当然吹き飛ばされましたけど?

 

 土まみれになりながら、森の中を転がり、数メートル先の大樹にぶち当たってようやく止まることができた。

 

 クソ・・・痛てぇ!・・・あの、馬鹿力なガチムチ女騎士め・・・・!少しは考えて技を放ちやがれ!

 日課に成りつつあるSM幻術を今日はお預けにしてやろうか・・・!

 

 全身の痛みに顔をしかめながらヨロヨロと立ち上がる。

 

 砂埃は未だに晴れていないので戦況がどうなったのかまるでわからない。

 

 もし、またあの必殺剣が外れていたのなら腹立たしいことだが俺が筋肉痛に倒れているダクネスを回収しなければならないのだ。

 とはいえ、手負いのグリフォンに防御力が取り柄のダクネスがそう簡単に殺されるとは思えないので、もしクレーターの中心で怒り狂うグリフォンに啄まれていたとしてもしばらく助けずに放置してそのざまを眺めながら指をさして笑ってやるつもりだった。

 

 そんな想像をしながら初級風魔法のウィンドブレスで視界を晴らしていく。

 

 しかしクレーターが思ったより深くて遠くからではダクネスの様子がわからなかった。

 

 

 木から降りてきたアクアと合流してダクネスの元へと急ぐ。

 

 するとそこには

 

 

 「あ、あ、あ、あ、あ・・・・・・・・」

 

 血に染まったダクネスの姿が・・・・・

 

 「そんな・・・まさか、あのダクネスが・・・・」

 

 「うそだろ・・・?あの、ダクネスが・・・・・」

 

 血まみれのダクネスは目を見開きながらワナワナと震える。

 

 「あ、あ、あ、あ、あ・・・・・・・・・あたった・・・・・・・・当たったーーーーーっ!」

 

 返り血に染まったダクネスはようやく歓喜の声を上げる。

 

 その足元にはとてもグロイことになっているグリフォンの屍。もはやそれは原型をとどめておらず、ただの肉塊に姿を変えていた。

 

  「「よっしゃーーーーーー!当たったーーー!!」」

 

 俺達も両手を上げて自分のことのように喜ぶ。

 

 「うぅ・・・・・ノーコンクルセイダーだとか散々馬鹿にされてきた私がついに・・・・!

 街の中で素振りをしていてもどうせ誰にも当たらないだろうと衛兵さんに注意もされずにスルーされていた私が・・・・!

 どうせ当たらないんだから装備を盾に変えたほうが良いんじゃないかと武器屋のおじさんに毎回しつこく言われ続けていた私が・・・・!

 武器が無い方が強いんじゃね?メスゴリラだし!と近所の子供達にまで馬鹿にされていた私が・・・・!!

 ・・・・・・ついに・・・・モンスターに攻撃を当てることができたのだ!!」

 

 

 「おめでとう!ダクネス!!」

 

 「おめでとう。・・・・今までノーコンクルセイダーだとか言って馬鹿にして悪かったよ。」

 

 脱ノーコンを果たしたダクネスに温かい拍手を送る俺とアクア。

 

 「ありがとう・・・本当にありがとう・・・・二人のおかげだ・・・。二人がグリフォンを追い詰めてくれたおかげで私は・・・」

 

 「いや、俺が剣先をずらして当てに行かなければ今回も見事に外れていたわけなんだが・・・・」

 

 今まで大人しくしていたベルディアが堪りかねたように真実を口にする。

 

 「えっ」

 

 「いや、何を驚いた顔をしているんだ。今まで止まっている相手にすら外しまくっていた筋金入りのノーコンがいきなり治るわけがないだろう?俺のおかげだ。俺の!」

 

 「・・・・・・」

 

 「べ、ベルディア?・・・・ダクネスのことばかり褒め称えていたから拗ねているのは分かるけど・・・・ここは一つ、ダクネスに花を持たせてあげて?この子、結構ノーコンなのを気にしちゃってるのよ・・・・。ね、帰ったら刀身にあなたの好きな苺ジャムを塗ってあげるから・・・。」

 

 「べ、別に拗ねてねーし!」

 

 「まぁまぁ、ここは俺達四人全員の勝利ということで。なかなか良いチームワークだったと思うぜ。なぁ?」

 

 筋肉痛に震えるダクネスを背負う。相変わらずの重量感だった。

 

 「そ、そうだな・・・・私達の誰か一人でも欠けたらこの勝利は無かっただろう。

 なのに、すまないな・・・・ベルディアさん。私の攻撃を当ててくれたあなたを無視して・・・・。

 しかし、決してあなたを蔑ろにしていたわけではないんだ・・・・。

 ただ私が勘違いして舞い上がって勝手に浮かれてしまっただけで・・・・」

 

 「あー、いや、その・・・・俺の方こそ喜びに水を差してすまなかった・・・

 えーと・・・剣を振る姿勢とかはすごく良かったと思うぞ?流れるような動きで威力も申し分ない。

 ・・・・・ただ、攻撃が驚くほど見当違いな方向へ行ってしまうだけで。・・・・・んー、なぜだろう?・・・・

 あ、もしかして過去に命中率が極端に下がる呪いを受けたことは・・・?」 

 

 「・・・・そんな過去はない。・・・・そうだったら、どんなに良かったことか・・・・」

 

 俺の背中で落ち込み始めるダクネス。それを浮遊スキルで浮かびながら懸命に慰めるベルディア。

 

 「つーか、そんなにノーコンなのを気にしてたんなら、さっさと両手剣の修練スキルを取れば良かっただろうが。」

 

 「うっ・・・・」

 

 俺の真っ当な意見にダクネスが気まずそうに呻く。

 

 「ん?なんの話だ?」

 

 「いや、このドMクルセイダーはさぁ・・・攻撃が当たるようになって苦戦してボロボロになる機会が減るのは嫌だとかほざいて今までわざと両手剣修練スキルを取って来なかったんだよ。」

 

 「はぁ!?」

 

 「だからベルディアも別に慰める必要なんてねぇぞ。こいつの自業自得なんだから。」

 

 

 修練スキルとは取得するだけで武器への理解を深め、長年修練をしたかのように巧みに扱えるようになるという冒険者には必須のスキルだ。俺も片手剣スキルと投擲武器スキルの両方を取っている。ナルト師匠に言わせれば邪道らしいのだが、ド素人が少ないスキルポイントで武器をある程度使えるレベルにまで一瞬で成長できるのだから、効率よく強くなるのにそれを使わない手はない。

 だというのにこの常に自分の痛み優先のド変態はくだらない理由でそれを取得しないでスカスカ剣を外しまくっているのだ。そのことを落ち込み始めたとしてもそれは身から出た錆としか言えない。

 

 「え?カズマったら何を言っているの?」

 

 「あん?なにって・・・・事実だろ?」

 

 アクアが何故か不思議そうなに小首を傾げる。どうしてそんな顔をするのか俺の方もわけがわからなかった。

 

 「ああー!そういえばカズマはちょうど修行をしていた時期だから知らないのよね!忘れてたわ。」

 

 「え、なにがだよ?」

 

 「あ、アクア?それは内緒にしておいてって私言わなかったっけ?・・・・いや言ったよね?だから、言わないでくれると助かるんだが・・・・」

 

 「ダクネスはねっ!カズマが修行している間にこっそりと両手剣修練スキルを取っていたのよ!」

 

 「・・・・へ?」

 

 「言わないでって言ったのにーーーーっ!」

 

 俺の背中で煩く暴れるダクネス。

 

 修練スキルを習得していたということは・・・・まさか・・・・

 

 「そう。カズマならもう察していることでしょうけど、ダクネスはとっくに攻撃を当てるためのスキルを取得していたのにも関わらず・・・・・それでも、あのノーコンぶりを発揮していたの・・・・!」

 

 アクアは涙ながらにダクネスが胸に秘めたまま墓場まで持って行きたかったであろう真実を明かした。

 

 なんてことだ・・・・・・!

 修練スキルというのは言うなれば未来の自分の技術を前借りするもの。

 本来、修練を重ね行き着く先である己の技術を一瞬で体現させることができるスキルなのだ。

 それはもちろん個人差がある。才能の有無によって急激に強くなる者から、大した変化が無いものまで、その効果は理不尽なまでにバラつきがある。

 俺だってスキルを取ったのに師匠の納得がいく程の練度ではなかったから武具の修行を一からやり直すはめになるくらいの才能の無さを発揮した。

 

 それでも、修練スキルを取ったのにも関わらず、攻撃を尽く外すほどのド下手な剣術のままでいる奴なんて俺は他に聞いたことがない。

 数年間、剣の修行に明け暮れたと仮定して・・・・・それでも敵に一切攻撃を当てることもできないなんて・・・・悪夢だ。 

 

 ということは・・・・ダクネスの剣術の才能は・・・・伸びしろは・・・・・・もう、絶望的だった。

 

 

 「ダクネスっ・・・・お前・・・!そんな、ことに・・・・!」

 

 「あのベルディアさんの悲恋話にも涙を見せなかったカズマが泣いている!?」

 

 「自業自得とか言っちまって悪かった!まさかお前がそんな呪われた宿命を背負っていたなんて・・・・」

 

 ダクネスの心中を察して切なくなる。

 スキルを取っていない頃なら、“私はまだ本気を出していないだけ”と自分に言い聞かせることができたのだろうが、修練スキルを取得してもなお、あのノーコンぶりを発揮していたのならもう言い訳などできない。

 ダクネスはアクセル街一のノーコン騎士としての烙印を押されてしまったのだ。

 ・・・・・そりゃあ落ち込みもするよな・・・。

 

 「あ、謝らなくていいから!私をそんな哀れむような目で見るな!あーもうっ、こういうのが嫌だから内緒にしていたというのに!」

 

 「でもねダクネス。見栄を張りたいのも分かるけどカズマには言っておかないと後々、修練スキルを取れってしつこく言われ続けることになってたわよ?その度に切ない思いをするのは嫌でしょ?」

 

 「うぐ・・・・確かに・・・・」

 

 うん。ダクネスの悲しい真実を知らなければ、俺は絶対に攻撃を当てるためのスキルを取得するよう強要していたと思うよ。場合によっては影真似の術とパーフェクトスティールの複合技で脅迫していたかもしれない。

 

 「そう落ち込むことはないぞダクネス。俺も無駄に長いこと生きてきたから剣術の才能がまるで無い者は何人も見てきた。そういう奴らは自分の欠点を並外れた努力や創意工夫を駆使して補ってきたのだ。むしろ苦労知らずの天才より何度も壁にぶち当たったことのある凡人の方が後々名を轟かせることになる英雄になったものさ。」

 

 「・・・・しかし、止まっている獲物にも的を外す私が努力や工夫でどうにかなるんだろうか・・・?」

 

 「フ・・・そんなお前がさっき見事にグリフォンを仕留めて見せたじゃないか。お前にはこの俺がついている。何も恐れずに愚直に真っ直ぐ剣を振るえばいいさ。俺が必ず命中させてやる。」

 

 「・・・・ベルディアさん・・・・・」

 

 「何も俺の傀儡になれと言っているわけではない。戦いの主導権はお前が握れ。俺は多少助言をするのと剣の軌道を変えるだけに留めることにする。自信を持てよダクネス。お前の防御力とパワーは驚異的だ。そこに俺の経験と命中精度を合わせれば鬼に金棒だろう。もう己を恥じる必要は無いんだ・・・・。俺を装備したお前は欠点など無い完全無欠な騎士なのだから・・・」

 

 「・・・・ベ、ベルディアさぁーん!!」

 

 「ふふ、泣くやつがあるか。・・・・あと、俺のことは呼び捨てでいい。敬語も不要だ。今日から俺達は戦友なのだからな・・・・・」

 

 「ああ!・・・・わかったよベルディア!これからも不甲斐ない主だがよろしく頼む!」

 

 俺の背中でドМとストーカーのコンビが絆を深めていた。

 ちょっと、背中が冷たいんですけど・・・・鼻水とか垂らしてない?これ?

 

 

 ちょうどその時、聞き覚えのある強烈な爆発音と共に冬の季節には似つかわしくない熱風が頬を撫でた。

 

 「あっちの方も終わったみたいね」

 

 アクアがお弁当のハムサンドを口にしながら能天気に言う。

 

 師匠とクラマとめぐみんのチームがグリフォン四頭の討伐を終えたのだろう。

 

 爆裂魔法を最後の一頭を仕留めた合図にすると言っていたからな。

 

 これで合計グリフォン五頭を仕留めて討伐クエスト完了だ。

 

 「随分と早いな・・・・向こうは四頭だろ?」

 

 「おじいちゃんとクラマたんのコンビだからね・・・これくらい当然よ」

 

 「いつものことだ。ベルディアも慣れといたほうがいいぞ。・・・・あの人たちは規格外だから・・・」

 

 「・・・あの爺さんは俺にとって恐怖の対象だったんだが、味方にするとこうまで頼もしいものなんだな・・・」

 

 「あの人を敵に回して戦いを挑んでいたお前には心から同情するよ。

 ・・・・そんじゃあ、さっさと合流しにいきますか。」

 

 ダクネスを担ぎ直して、俺達は合流地点へと急ぐのだった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 「クラマ、クラマ!今日の私の爆裂魔法はどうでしたか?ふふん。まぁー、聞かなくてもあれを放った私自身が一番分かっているんですけどねっ。それでも一応、この前私の爆裂魔法に難癖をつけてくれやがったクラマに今一度聞いてあげますよ!どうでした?ねぇ?どうでしたー?今回もパッとしない威力でしたか?ん?」

 

 出来上がったカップ焼きそばをグリグリとかき回しながらめぐみんは得意げな顔でワシを見る。

 ・・・イラつく顔だな、おい。

 形態変化を覚えて進歩したのは認めるが、ワシから言わせればまだまだ威力は物足りない。全魔力をこめて放つ一発限りの切り札なのだからこの程度で満足されたら困る。・・・・せめてワシの通常サイズの尾獣玉に迫るくらいでないとな。

 

 「ふん。調子に乗るな。お前なんてまだまだだ。」

 

 「な、な、な、なにお~~~~~っ!?この頑固者のツンデレ小動物め!前から思っていましたがその妙な上から目線は何ですか!」

 

 「ん?お前より格上の存在なんだからしょうがないだろう?」

 

 「よし、良いでしょう!それじゃあ勝負しましょうか!表に出てください!飼い狐に我がパーティの序列というものを刻み込んであげましょう!!」

 

 「おいおい止めておけ。後悔するぞ?ワシが封印を解いたらお前なんぞワンパンだぞ?」

 

 「まだ真の力が封印されているとかいう痛い設定を語っているんですか?」

 

 「設定じゃないわい!」

 

 「じゃあ私も真の力を開放しましょう!お酒をがぶ飲みして禁断の二発目の爆裂魔法を放ってやりますよ!・・・・・アクア!お酒を!」

 

 「ダメよめぐみん・・・・約束したでしょう?もう飲まないって・・・・きゃあっ」

 

 「いいから寄越すのです!早くお酒を・・お酒ぇ・・・・」

 

 アル中の駄目亭主のように酒を持つアクアににじり寄るめぐみん。

 ワシはその体を九つの尾で素早く拘束して外に放り出す。

 

 「寒っ!ちょっとクラマ、何をするんですか!・・・・・って入口がない!?わ、私の負けでいいですから入れてくださいクラマっ、さ、寒いのですっ!」

 

 もう酒を飲まないことを改めて誓わせると、入口を塞いでいた尻尾を開放してめぐみんを中に入れてやる。

 

 「ああ、寒い・・・・カズマ、私を暖めてください・・・・」

 

 「・・・・ほら、上着を貸してやるよ」

 

 「そういう意味では・・・まぁ、いいでしょう・・・・」

 

 カズマの上着を羽織りながら七輪に手をかざして暖を取るめぐみん。

 

 ここは合流地点に指定した大樹の真下。

 

 思っていたよりも雪が積もっていたので、そこに大きなカマクラを作ったのだ。

 

 さすがは工事現場で働いていただけのことはある。瞬く間に人間五人が入っても狭くないほどの巨大カマクラを建造してしまった。

 中は意外に温かく、七輪や食料や酒なんかを口寄せしてちょっとした宴会をしても寒さをまるで感じさせなかった。

 

 とはいえ、所詮雪の上なので、正直ワシはさっさと帰って暖かいホテルのベッドの上でぬくぬくしたいのだがな・・・・。

 

 「すっかり寒くなってきましたねぇ。最近は。」

 

 カップ焼きそばをチュルチュルと啜りながらめぐみんは言う。

 

 「そうだな。今の時期、まだ馬小屋で寝泊りしてたら凍死してたんじゃねぇか?」

 

 カズマが七輪の上の餅をひっくり返しながら、嫌な想像をしたのかブルリと身を震わせる。

 

 「実際この季節は馬小屋暮らしの貧しい冒険者の凍死者が続出するのだ。他の街ならその対策に避難所を設けたりするのだが・・・・・この街の領主はそんな良心的なことに金を使う気は無いのだろうな・・・・」

 

 ダクネスはきな粉餅をハムハムしながら忌々しそうに言う。

 

 「ふふん。死にそうなくらい貧乏な人を見かけたらこの女神さまが慈悲深い心でお金を貸してあげましょう!なんてったって今の私たちはホテル暮らしのセレブですからねっ!貧しい人々に少しくらいお金を恵んであげてもホテルで冬を越す私たちには余裕よ!」

 

 最近散財が激しい金食い女神は高級酒をマイカップに手酌しながらいやらしく笑う。

 

 「え?あのホテルで冬を越すつもりなの?それは無理だと思うってばよ・・・・。あそこ宿泊費が馬鹿みたいに高いし。」

 

 ナルトがカップラーメンに餅を投入しながら苦笑する。

 

 「大丈夫よ!私の計算だとこれから一年泊まってもお釣りがくるわ!ねっ、ベルディア!」

 

 「いや、どんな計算だよ!・・・俺も計算の方は得意ではないが、あのホテルは中々高そうだからな。もって半年位じゃないか?」

 

 浮遊スキルで浮かび上がったベルディアが自分の刃でチーズを切り分けながら答える。

 

 「アホか。あとふた月も泊まればワシらは文無しだっつーの!」

 

 金銭感覚の麻痺した馬鹿共に現実を突きつける。毎日高級酒をがぶ飲みするものだから三億エリスの財産はもう既に二割ほど消えている。今のペースで豪遊しまくったら下手したら後ひと月も待たずに貧乏冒険者へと逆戻りだ。ワシもあの馬小屋へ舞い戻るのはもう御免だが流石に宿泊場の格は下げたほうがいいだろう。

 

 「またまた~~クラマたんも大げさなんだから~!」

 

 「はっはっは!三億エリスがそう簡単に消えるわけがないだろう!」

 

 アクアとベルディアのコンビが能天気そうに笑う。

 他の連中も大金を得たばかりだという意識が強いせいか危機感を全く持った様子はなかった。呑気に餅なんか食ってやがる。

 まぁ、三億もの大金が底をつくというイメージがまだ持てないのかもしれない。金を得てからまだ一週間くらいしか立っていないしな・・・・。

 

 ま、今はいいだろう。財産が半分位になったら流石にこいつらも慌てることだろうし。その頃になって一般の宿屋に移住しても十分冬は越せるだろう。

 

 とりあえず今は大金を得て浮かれている馬鹿を諭すよりも、もっと実のある話をするべきだ。

 

 冒険者ギルドへ帰ったらどうせこいつらはいつものように他の冒険者達の酒盛りに混ざって日付が変わるまでドンチャン騒ぎをするのだろう。そうなったら真面目な話などできない。

 

 今のうちにベルディアに話してもらおう。魔王軍のことを。

 

 「おい、お前ら。少し真面目な話をするから一旦馬鹿話を止めろ。」

 

 弛緩した空気を引き締めるために威圧するような強い口調で言い放つ。

 そうすると、どうでもいい雑談をだらだらとしていたナルト達が喋るのをピタリと止めて、大人しくこちらへ注目する。

 ・・・なんか教師にでもなった気分だ。

 

 「くっ・・・なんで私はあの上から目線の狐の言うことにいつも従ってしまうのでしょうか?」

 

 「クラマたんは怒ると怖いからじゃない?」

 

 「わかる。なんかカミナリオヤジ的な怖さがあるよな・・・」

 

 「俺もいつも怒られてばっかりだってばよ。」

 

 「私は・・・・つい怒鳴られたくていつもわざと怒らせてしまうんだ・・・・」

 

 「やめてくれよ相棒。俺はまだ慣れてないからあいつの怒鳴り声にはビクついてしまうんだ・・・・」

 

 「静かにっ!私語は慎め!」

 

 ヒソヒソと小声で話すナルト達を一喝する。

 静かになるのを待って、改めてベルディアに向き直る。

 

 「それじゃあ、ベルディア。いい加減教えてもらおうか・・・・」

 

 「え?何をだ?あ、もしかしてアンジェリカのことをもっと聞きたいのか?しょうがないなぁ・・・じゃあ馴れ初めからもう一度・・・・」

 

 「違うっ!お前のブスな彼女の話なんてどうでもいい!魔王軍についてだよ!」

 

 とぼけた事を言うベルディアを怒鳴りつける。別にはぐらかしているわけではなく恐らく素で忘れているだけなのだろう。仲間になってからはベルディアの奴もコイツらの影響を受けて随分とユルくなってしまったものだ。今まで殺伐とした職場にいた反動だろうか?急激に馬鹿っぽくなっていくコイツにワシは驚きを隠せない。

 

 「ああ!そういえば全然そういう話をしていなかったな!俺としたことがうっかりしていた!」

 

 照れ隠しのつもりなのかクルクルとカマクラの中を鬱陶しく旋回するベルディア。イラッときたので尻尾を伸ばして叩き落としてやった。

 

 「言われてみれば、普通、真っ先に聞くべきことなのに魔王軍のことについて全く質問した覚えがないってばよ・・・・」

 

 「・・・そういえばベルディアって魔王軍の幹部だったわね。」

 

 「もはやただの言葉を喋る面白い剣という認識でしたね・・・」

 

 「私も風呂場にまでついてくるベルディアとの死闘の日々でそんなことすっかり頭から抜けていたな。」

 

 「むしろ魔王軍とか、もういいんじゃね?このまま皆で遊び人に転職して面白おかしく暮らしていこうぜ。」

 

 「ふざけてんのかテメェら!もう少し緊張感を持ちやがれ!・・・・・あと、カズマは後日、精神修行のやり直しな。二度とそんな舐めた口聞けないように再教育してやる。」 

 

 ひぇぇ、というカズマの情けない叫びを聞き流して、ベルディアに問いかける。

 

 「魔王軍について教えてくれるな?」

 

 「・・・ああ、もちろんだ。・・・とはいえ、何から話すべきか・・・・」

 

 ベルディアはようやく真面目な口ぶりになってしばし考え込む。

 

 「そうだな・・・まずは魔王軍の目的について教えよう。」

 

 「魔王軍の目的?それは女神である私も知らないことだわ。」

 

 アクアが珍しく真剣な目でベルディアを見つめる。

 

 「人類の抹殺とかではないんですか?」

 

 「うーむ。単純に人間の領土を奪うためでは?」

 

 「RPGじゃ人間への復讐とかがよくある話だな」

 

 「そういうのならまだ良いけど。病気の娘を治すためとか、同族の仲間のためとかそういう真っ当な理由だったら、やりづらいだろうなぁ・・・・そこら辺、どうなんだってばよ?ベルちゃん?」

 

 ベルディアは否定するように剣の鍔の部分をゆっくりと左右に振る。

 

 「残念だが全部違う。というか、この目的というのは恐らく魔王軍全体の総意ではないのだ。どちらかというと魔王個人の目的を叶えるため手段にすぎない。」

 

 「もったいぶらずに早く言え。なんなんだその魔王の目的というのは・・・・」

 

 ベルディアは「そう急かすな」と呟き。ナルトの煎れたお茶をマイペースに啜る。

 そして一息つくとようやく口を開く。

 

 「神の力の収集。それが魔王の目的だ。」

 

 「神の力?」

 

 「ようは神器と呼ばれる別世界からここへ送り込まれた転生者が持つ武具のことだ。またはそれに連なるものの回収を俺達幹部は魔王に命じられている。」

 

 「神器の回収・・・それって・・・えっと、どういうこと?」

 

 察しの悪いアクアにベルディアは優しく教える。

 

 「つまり、魔王軍が人間の領地に侵攻していたのは天界の神々を煽るためだ。魔物が人間を蹂躙すると神々が黙っていないことを魔王は知っていた。そして魔王の狙い通りお前達は神の力を宿した武具や能力を人間に与えてこの世界に送り込んだ。・・・全ては魔王の計画通りだったんだ」

 

 「な、なんですって!じゃあ私たちは魔王の野郎に踊らされていたってこと!?」

 

 「そうなるな。魔王軍が人間を襲うのも神の力を携えた英雄を釣るための撒き餌にすぎない。」

 

 「で、でも!ちょっと待って、それってやっぱりおかしいわ!神器が魔王軍に奪われたなんて話、私聞いたことない!これでもこの世界に来るまではちゃんとした職に就いた立派な女神だったのよ?その私が知らないなんておかしい!神器が魔物の手に渡るなんて大事件、天界全体に知れ渡っていてもおかしくないわ!」

 

 「・・・・・・この世界の神は、それを確認するために地上へ降りてきたか?」

 

 「ええ、私の後輩の女神がちゃんと確認しているはずよ。あの子は真面目だから些細な問題でも見逃すはずが・・・」

 

 「本当にそうかな?」

 

 「えっ?」

 

 「魔王を甘く見ないほうがいい・・・・・・あいつは、人の認識を簡単に捻じ曲げる。その女神がもし魔王に遭遇していたとしたら、無かったものを有ったという事実に変えられていてもおかしくはない。」

 

 「・・・・・・」

 

 催眠術というやつか。写輪眼でもその手の能力は存在するが、まさか魔王がその使い手だとは・・・。

 仮にも女神相手にそこまで完璧に催眠で認識を改変できるということは、恐らくは相当強力な術者だろう。

 

 「じゃあ、送り出した転生者達は・・・・まさか皆・・・」

 

 「いや、皆殺しにされたという事は無い。天界に勘付かれないように神器の回収にはかなり慎重になっていたようだったからな。大体、一年に3、4人のペースだ。」

 

 「あら、思ったより犠牲者が出ているわけではないのね。」

 

 「そうでもないさ・・・・・かなり昔から続けられていることだ。魔王に始末された転生者はもう100人は軽く超えるだろう。」

 

 「ひゃ、百人!?」

 

 「そう。それだけの神器が既に魔王の手に渡っているのだ。天界からしたら一大事だろう?」

 

 「そ、そりゃそうよ!こんな不祥事やらかしたらエリスのクビが飛ぶわ!女神から堕天して無職のプーさんになってしまうわ!ど、どうしましょう・・・自室で一日中パジャマのまま何もせずに膝を抱えて泣いているあの子の姿が目に浮かぶわ!可哀想!」

 

 頭を抱えてワナワナと震えるアクア。

 

 「魔王はそんなに神器なんて集めて何をしようってんだ?」

 

 使い物にならなくなったアクアに変わってカズマが聞く。

 

 「本人は魔族を導く神・・・魔神になるためだと公言しているが・・・・恐らく嘘だろう。」

 

 「ん?なんでだ?そうかもしれないじゃん?力を得るためというのが結構しっくりくる理由だと思うんだけど。」

 

 「それはない。なぜなら魔王は・・・魔神の如き力など、最初から持っていたのだから・・・・」 

 

 「えっ・・・」

 

 ベルディアはお茶を啜りながら話す内容を整理するように悩まし気に唸る。

 

 「んー・・・少し話は逸れるが、お前達はレベルアップの仕組みを正しく理解しているか?」

 

 唐突にベルディアがそんなことを言い出した。疑問符を浮かべながらもダクネスは答える。

 

 「確か倒した敵の魂の記憶の一部・・・・いわゆる経験値というものが自然と私達の中に蓄積していって、それが一定値に達するとレベルアップという現象が起きる。・・・・それで間違いないだろう?」

 

 「ああ。それで相違ない。だが、なぜそんなことが起きると思う?」

 

 「え?」

 

 「普通は有り得んだろう。目に見ることもできない魂なんてものを勝手に吸収し、それによってたかが人間が強大な悪魔やドラゴンに打ち勝てるほどの力を得るなど。スキル習得にしたってそうだ。お前らは当たり前な顔をして受け入れているが、何故ポイントなどというあやふやなものを割り振るだけで今まで扱ったことのない魔法や技術が体得できる?その力は一体どこから来る?」

 

 「うっ・・・あー、えーっと・・・・神様の、祝福・・・とかでは?」

 

 ダクネスが超自信無さげに答える。

 ベルディアはそれを聞いて動きを止め、押し黙る。

 長い沈黙が続き、ためて、ためて、ためて、ダクネスが泣きそうになった頃、ようやくベルディアは解答を口にする。

 

 「正解!よくわかったな!」

 

 「へ?」

 

 「そのとおり。それらは全て神の祝福によるものだ。」

 

 まさか適当に口にしたことが正解するとは思わなかったのか、ダクネスは引きつった笑顔を浮かべる。

 

 「この世界の生物は神からの祝福によりレベルアップやスキルの恩恵を受けて暮らしている。

 ・・・唯一、魔物を除いてな。」

 

 「なるほど。モンスターには神様の恩恵は与えられてないのか。まぁ、当然ではあるが。」

 

 「そう。魔物は滅ぼされるべき邪悪な者として神から見放されていた。だからレベルアップもしないし、生まれながら習得しているスキル以外は容易に覚えることができない。そういう存在のはずだった。・・・魔王が現れるまではな。」

 

 重々しく語るベルディアの言葉にワシ等は息をのんだ。

 ようやく話が見えてきた。そうか、魔王は・・・

 

 「魔王は突如この世界に出現し、全ての魔物に神の祝福と同じ恩恵を与えた。その日から魔物は人の命を奪うとレベルアップをして力が増すようになり、スキルポイントを得てより強力なスキルを簡単に習得できるようになった。それは魔王が神器を得るよりもずっと以前の話だ。奴は最初から魔物にとって神同然の存在だったのだ。」

 

 魔神の如き力とベルディアが評した訳がようやく分かった。大袈裟でもなく、何かの比喩でもなく、魔王は確実に神と同じ力を持っているのだ。

 

 どうやら魔王というのはワシとナルトをもってしても一筋縄じゃいかない相手のようだ。

 

 そのことが、つい嬉しくて犬歯を剥き出しにしてニヤリと笑う。

 胸の踊る戦いが近いうちに訪れる予感がした。

 ・・・なんだかワシ、ワクワクすっぞ!

 

 「じゃあ、そんな魔王が神器の力を手にして、一体何をしようというのですか?」

 

 めぐみんがいつになく緊迫した様子で問いかける。

 

 「すまんが俺も詳しいことはわからない。他の幹部も恐らく知る者はいないだろう。魔王とその側近の二人がとんでもない計画を企てているだろうというのはなんとなく察していたんだが・・・」

 

 「ん?側近とは誰ですか?」

 

 「魔王の右腕と呼ばれている側近だ。魔王と同じ仮面を被って一言も言葉を喋ったことのない不気味な奴さ。噂では魔王の身内らしいが・・・実際のところはよくわからない。魔王軍の中じゃ魔王に次ぐ実力者らしいが・・・」

 

 「へー。魔王軍のNO2ですか。ふっ、今の私とどちらが強いでしょうね?」

 

 「は?今のお前だったら瞬殺されると思うぞ?普通に。」

 

 「えっ」

 

 「いや、発動のタメの長い一発屋ウィザードが何を驚いた顔してんだ。当たり前だろうが。」

 

 

 しょんぼりするめぐみんを放置して、カズマはベルディアの茶碗にお茶のおかわりを注ぎながら言う。

 

 「それにしても教えられてもいない計画に魔王軍の幹部連中もよく協力しているよな?魔王軍全体の総意じゃないって言ってたけど、やっぱり従わない奴らもいるのか?」

 

 「いや、不満を持っている奴は確かにいたが、魔王の命令に従わない奴は皆無だった。皆恐れたのだ。魔王に逆らって恩恵が消されてしまうことを・・・。」

 

 「あー、なるほどね。」

 

 「幹部の中には俺のように自分の望みを叶えるための特別なスキルを求めてレベルを上げ、スキルポイントを貯めている者もいる。経験談だがそういう連中はどれだけ魔王に不満を持っていても離れることはないだろう。」

 

 「ん?そういえばお前はアンジェリカさんを生き返らせるために魔王軍にいたんだっけ?じゃあ、そのためのスキルをポイントを貯めて会得しようとしていたのか?」

 

 カズマの問いにベルディアは少しだけ言葉を詰まらせ、やがて自分の罪を噛み締めるように重く返答をする。

 

 「そうだ。俺はスキルポイントを得るために今まで人々を殺し、レベルを上げていった。全てはそのスキルを習得するために・・・。そのために・・・俺は・・・。」

 

 「ベルディア・・・。」

 

 「今思えば、何かに取り憑かれているようだった。何故あんなスキルに縋ろうとしたのか・・・。死者を弄ぶような・・・あんな術でアンジェリカを蘇らせても意味などないのに・・・」

 

 死者を弄ぶという単語を耳にして、なぜか妙に胸がざわついた。そんなわけがないと思いつつも嫌な予感は消えてくれない。

 

 きっとあいつも同じなのだろう。ナルトのやつが険しい顔をしてベルディアを見ている。

 

 長年の忍びとしての勘が何かを感じ取っているようだった。

 

 「なぁ、ベルちゃん。そのスキルはなんていう名前なんだってばよ?」

 

 ナルトが恐る恐る問いかける。その声にはそうであって欲しくないという願いが込められているようだった。しかし、その願いは虚しく崩れ去る。

 

 「“穢土転生”・・・・・そう呼ばれていた。魔王はそのスキルを餌に俺を仲間に引き入れたのだ。」

 

 その言葉を聞き、顔を歪ませてうつむくナルト。

 

 嫌な予感が的中してしまった。

 

 まさか、この世界でその名を聞くことになるとは・・・・。

 

 一体どういうことなのか?・・・・その術は・・・・・・

 

 「?・・・どうしたんだ?ナルトの爺さん・・・」

 

 ベルディアがナルトの様子がおかしいことに気づいて心配そうに声をかける。

 

 「その術は・・・・・・穢土転生は・・・・俺たちの世界の禁術だってばよ・・・」

 

 絞り出すようにそう口にするナルトに皆が驚きの声をあげる。

 

 穢土転生。

 それは二代目火影が考案し、大蛇丸が完成させた最悪の禁術。

 死者を現世に復活させ思うがままに操ることができる外道な術だ。かつては亡者の忍者を蘇らせ第四次忍界大戦を引き起こしたこともある厄介極まりないもので、ナルトもその戦いを終結させるために奔走した。

 滅びることのない肉体を得た亡者は術者が解除しない限り決して止まらず、それに操られた亡者は術者の命令に抗うことができずに生前の自我を保ったまま望まぬ殺戮に駆り出されるのだ。

 死者を愚弄する本当に卑劣な術である。

   

  「えっ、ナルじぃの世界って・・・前に話してくれたあれですよね?忍者とかいう職業のくせにまったく忍ばないで派手な技ばかりを好む、おかしなアサシンもどきがたくさんいるという、あの?」

 

  「どういうことだ?なんで師匠の世界の忍術を魔王が・・・?」

 

 カズマとめぐみんは狼狽えたように顔を見合わせる。アクアなんかは驚いた拍子に餅を喉に詰まらせたのか青い顔をしてダクネスに口の中に手を突っ込まれて救助されていた。

 

  「爺さんが異世界人だとは聞いていたが、まさか魔王も・・・?あ、もしや爺さんが以前言っていた愛する者を生き返らせようとした禁術というのは・・・」

 

 ベルディアが聞き捨てならないことを言った。

 おい、なんだそれ?ワシは初耳だぞ?

 

 ワシが鋭い眼光で睨みつけるとナルトはアタフタとして弁明をする。

 

 「え、いや、穢土転生ではないってばよ?あんな術は流石にいくら心が病んでいても手を伸ばさないってばよ・・・。俺が新しく開発した術だ。その、一応、禁術指定を受けてはいるけど・・・。」

 

 ああ、あの術か。

 

 確かに穢土転生のように外道な術ではないが、あれはほとんど自殺をするようなものだ。

 サラダとボルトが鬼のような顔でナルトに説教をして絶対に使わないことを誓わせていたが・・・こいつはやはりあの時、使うつもりだったのか・・・。

 

 ワシがジト目で睨めつけると、ナルトは誤魔化すようにゴホンと一つ咳払いをする。

 

 「とにかく今はっきりしていることは俺達忍者と魔王には何らかの繋がりがあるって事だってばよ。

 ・・・・あるいは・・・・もしかすると・・・」

 

 ナルトは真剣な表情で七輪の中で火花を散らして燻る炎を見つめながらゆっくりと口を開く。

 

 「魔王っていうのは、俺達の世界の、忍者なのかもしれないってばよ・・・」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 うん、真剣な話をしているのはわかるよ?

 

 驚くべき事実が次々と明らかになってきて、そのことについてこれから皆でじっくり話し合うべきなのは重々承知だよ?このタイミングで席を外すのはアクア以上に空気が読めないことだというのはわかってる。

 

 わかってるんだけど・・・・・。

 

 「悪い!俺、ちょっとションベン行ってくる!」

 

 そう宣言して立ち上がると、皆が呆れた顔で見てくる。

 

 しょうがないだろ!生理現象なんだから!

 

 まぁ、確かに外が寒いからって横着してギリギリまで我慢していた俺も悪いとは思うよ?

 でも、いつも大体馬鹿話しかしてこなかった俺達が急にこんな真面目な話を始めるとは思ってもみなかったんだ。だからトイレに行くタイミングを完全に逃してしまった。

 これでも大分我慢した方なんだ。もう、俺の膀胱が限界値をとっくに超えている・・・!

 今、行っておかないと最近妙に俺に懐いてくるめぐみんに幻滅される事態に陥るだろう。

 こんなところで貴重な俺のフラグを折ってたまるか!

 

 俺は脂汗を流しながらカマクラを飛び出した。

 

 「なるべく遠くでしなさいよー!カズマの黄色い聖水なんて私みたくないんだからねー!」

 

 「わかってるわっ!」

 

 デリカシーの欠片もないアクアへ怒鳴り返す。

 そして、俺はアクアに言われたとおり決壊寸前の膀胱を抱えてなるべく遠くへ移動するのだった。

 

 後になって思えば、もうこの時にはフラグが立っていたんだ・・・。

 

 

 そう、死亡フラグというやつが・・・。

 

 

 

 

「・・・はぁーー・・・・間に合った―――・・・」

 

 あまりの開放感に間の抜けた声が思わず口に出る。

 美しいアーチを描きながら俺の聖水は白銀の雪を溶かしていく。そこからほかほかの湯気が立ち上がっていてとても温かそうだった。

 めぐみんに防寒服の上着を貸しているせいか冬の寒風が随分と身に堪える。いつものジャージだけでは明らかに役不足な装備だった。一陣の木枯らしが吹きつけ、小便をして体温の下がった身体がブルりと震える。

 

 うー、寒っ・・・!

 女性陣に小便の形跡を見られたくないからって、ちょっと遠くに来すぎたかな?。

 早くカマクラに戻って熱いお茶でも煎れてもらおう・・・。

 

 スッキリした愚息をしまいこんだ俺は寒さに身を縮ませながら早足で来た道を引き返そうとした。

 

 その時だった。

 

 目の前を何か白いものがフワフワと横切って行った。

 なんだろうと思い、よく目を凝らして見てみると小さな雪玉につぶらな瞳が付いている不可思議な生き物が空中を漂っていた。

 

 「あれは確か・・・雪精だっけか?」

 

 以前、この世界の知識に乏しい俺にダクネスが教えてくれたことがある。

 なんでも冬の精霊で厳密に言えばモンスターには分類されないが、雪精が一匹いなくなると春が一日早く訪れるという迷信じみた現象が実際に起きるので割と高額な報酬でギルドに討伐依頼が張り出されているらしい。

 

 具体的に言うと一匹十万。

 

 警戒する様子もなく無邪気に漂っている雪精を眺めてニヤリと笑う。

 

 いやー、金なら余る程あるんだけどなー。いまさら十万程度のはした金なんて別に全然欲しくもなんともないんだけどさー。寒いし余計な労力を使いたくないしー。早く帰りたいんだけどなー。いやー、でも、せっかく目の前に降りてきた幸運をみすみす逃したらバチが当たるよな?

 これはきっと女神エリス様から日頃頑張っている俺へのご褒美ということなんだろう。

 うん。きっとそうに違いない。だったらその好意を無碍にするのもなんだし、ありがたく頂戴しましょうか。

 

 忍具入れから静かにクナイを取り出す。金にがめつい貧乏冒険者なら血眼になって追い掛け回すのだろうが、今の俺は違う。逃げられるなら別にそれでも構わない。財産が億単位のこの俺にとってそれほど執着するものではないのだから。

 そんな冷静な面持ちでクナイを構え・・・・・

 

 「死ねやこらぁ!!」

 

 雪精目掛けて思いっきり投擲した。

 投げる寸前なぜか標的に気づかれてしまったが、距離が近かったおかげかなんとか命中させることができた。

 クナイに穿たれた雪精はあっさりと崩れて溶けるように消えていった。可愛らしい見た目のため少しだけ良心が痛むが、これも厳しい自然の摂理。弱肉強食の世界なのだ。どうか許してくれ。

 

 それはさておき、とりあえずこれで十万ゲットだぜ!

 へへへへ、楽勝すぎだろ!

 

 雪精をあまり乱獲しすぎると冬の精霊たちのボスである冬将軍とかいう超危険な奴が現れるらしいが、まぁ一匹くらいなら大丈夫だろう。

 

 「さて、思わぬへそくりを得たことだし、今日はダスト達の言っていたエロい店にでも行っちゃおうかなー」

 

 ホクホク顔で投げたクナイを回収し、今度こそ戻ろうと雪道を踏みしめて歩きだそうとすると、また森の奥からフワフワと雪精がやってきて・・・・・

 

 うん、もう一匹くらいなら大丈夫だよな?

 

 そう自分に言い聞かせて俺は舌舐めずりをしながら再びクナイを構えた。

 

 

 

 そこから先は怒涛の雪精ラッシュだった。

 もう次から次へと雪精が出るわ出るわで笑いが止まらなかった。

 

 「ふははははは!これで二十九匹目!あと一匹で三百万だぁ!!」

 

 笑いながら雪精をクナイで切り裂いていく。

 本当は豪火球の術で一気に焼き払いたいところだが、熱波を感じて他の雪精が逃げていくかもしれないので一匹ずつ直接手を下していく。

 

 森の奥から更に数体の雪精が飛び出してくるのを見て俺は歓声をあげる。

 

 「ヒャッハーーー!また来やがったぜーーーっ!!」

 

 あはははははは!俺って本当に運がいいな!いや、これはエリス様の祝福かぁ?ありがとうエリス様!愛してるぜ!

 よーし、今日はとことん雪精を狩るぞ!今日一日で忌々しい冬の季節を終わらせてやる!

 

 俺はそう意気込みながら影分身達と共に雪精達に襲いかかるべく駆け出そうとする。

 

 すると、突如、近くの大木が何者かに切断され大きな音を立てて薙ぎ倒された。

 

 ギョッとして固まる俺の前にそいつは圧倒的な存在感を持ってその姿を現す。

 

 精巧な雪の彫刻がそのまま動き出したかのような汚れのない純白な姿。唯一兜の下から覗くその鋭く細められた眼光だけは心の内に秘めた激しい憤怒を思わせる不吉な深紅の輝きを見せていた。

 そして氷を鋭く削り出したような透明感のある美しい刃を煌めかせ、その切先を真っ直ぐ俺の方へと向けている。

 

 「・・・・・・・・・・・・・・」

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 ある日、森の中、冬将軍に、出会った・・・・・・・・・・

 

 

 嫌な汗がダラダラと流れる。

 

 ず、ずいぶんと殺気立っていらっしゃる・・・・・・

 子分の雪精達を大量に消滅させた俺に対してとんでもなく怒っているのが伝わってくる。

 やっべー・・・雪精狩りについ夢中になって冬将軍のことを完全に忘れていたよ・・・。

 どうしよう?やっぱり逃げるべきだよな?

 アクアが前に「冬将軍は寛大だから土下座をして誠心誠意謝ればいざという時は許してくれるわ」なんて言ってたけど全っ然そんな空気じゃないぞ・・・・・今土下座なんてしても絶対、下げた頭に容赦なく刃を振り下ろされて首チョンパされるだろう。間違いない。

 

 俺の生存本能が全力で逃走することを訴えかけてくる。

 逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ・・・早く逃げろ!

 

 影分身と影真似の術で足止めして本体の俺は仲間のいるカマクラへ猛ダッシュ。うん、その作戦でいこう。逃げるが勝ちだ。

 

 そう考えながら震える指で影分身の十字印を結ぼうとしたとき、

 ・・・・・ふと、脳裏に余計な思考がよぎる。

 

 ・・・・いや、ちょっと待てよ?本当に逃げる必要はあるのか?

 

 つい先日この俺のことを勇者みたいだと言って信頼に満ちた熱い眼差しを向けてきためぐみんを思い出す。

 

 そう、俺は勇者カズマ。仮にもあの魔王軍幹部と勇敢に戦い、見事に打倒してみせた男。

 師匠から一人前の証である額当てを譲り受けた、もう立派な忍者でもある。

 よく考えてみれば、なぜこの俺様が負け犬のようにおめおめと逃げ帰らなければならないんだ?

 ちょっと、弱者でいた期間が長すぎて俺は自分のことを過小評価しているだけなのではないだろうか?

 

 俺の中の生存本能が口汚く罵りながら逃げろ逃げろとしきりに警報を鳴らしているが、理性的な俺はそんな本能なんて非科学的なもの鼻で笑って無視をする。 

 

 俺は幸運に恵まれた男だ。冬将軍などという精霊なのに特別指定で高額な懸賞金がかけられているA級危険度の相手に巡りあったのも、もしかしたら幸運なことなのかもしれない。

 

 ここでこいつを討ち取れば、俺はさらなる力・・・・圧倒的な財力を手にするだろう。

 あの、可愛いメイドさんがいる高級ホテルを金にものを言わせて手中に収めることも可能だ。

 レベルも相当上がるだろうし、それにちょうど俺もダクネスみたいな強力な武器が欲しかったんだ。

 その、切れ味が凄そうな刀を貰い受けようか・・・・。

 

 気合を入れるように額当てをギュッと強く結び、冬将軍を睨み返す。

 眼に力をいれると、またあの時の鮮明な視界に切り替わる。

 うん、なんか、いける気がする。

 よし冬将軍なんて返り討ちにしてやるぜ!

 

 「冬将軍狩りじゃあぁぁぁ!!しゃーーんなろぉぉーーー!!」

 

 雄叫びをあげ、千鳥の迸る雷と共に俺は冬将軍へと襲いかかった。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 「っ!?・・・・カズマのチャクラが・・・・・消えた・・・?」

 

 「え、どうしたのお爺ちゃん?カズマがどうかした?」

 

 「そういえば随分遅いですね・・・オシッコにしては長すぎます・・・」

 

 「な、なんだか、ひどく胸騒ぎがするのだが・・・」

 

 「ダクネスもか・・・実は俺も何だか嫌な予感がするんだ・・・」

 

 「カズマの身に何かあったのかもしれんな・・・・お前ら!探しに行くぞ!」

 

 

 




本当に今更ですが魔王は原作とは異なります。

それに伴い、幹部達も結構変えていく予定です。

確実にこの魔王軍には入らない人もいますしね・・・。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。