公太郎はトラウマ (正直な嘘吐き)
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第一部
プロローグ


オリ主が望んだチートはヴァルキリー・プロファイル1と2のスキルやら能力やらなんやらです、色々出てきます。


「うぇっ、うぶっ……おえ、おろろろろ――」

 

 この世に二度目の生を受けて十六年。

 

 生まれてきてから今まで何事も無く平和に暮らしてきた俺に、この仕打ちは酷すぎるのではないでしょうか、神様。実際この不意打ちは無しでしょう。

 

 辺りには上半身女性で下半身は四足(よつあし)の獣の体を持った、なんとも言えないおぞましい化け物がバラバラに引き裂かれ、細かな肉塊になって散らばっていた。

 

 俺はそんな肉塊を前に、四つん這いになって胃の中のものをゲーゲーと吐き出していた。心なしか目から何か水のようなものまで流れてきている。

 

 糞がっ! これぐらい、生まれる前に散々見てきた筈だったのに!

 

 事の始まりは数十分前まで遡る。

 

 月曜日の深夜零時。

 

 とある週刊少年誌を愛読している方なら分かるだろうが、月曜日とはその少年誌の発売日なのだ。

 

 俺はその少年誌を買おうと、日付の変わった時間帯に家を出た。

 

 日付が変わる頃にはコンビニに並べられるため、それを目当てに俺は毎週月曜日、この時間帯にコンビニに向かうのだが……。

 

 この日はなんの気まぐれか、いつもとは違う道を利用しようと思ってしまったのだ。

 

 もしかしたら近道になるかもしれない。

 

 その逆のことは想定せず、深夜特有の謎のテンションで利用した結果が――

 

「なんだかとても美味そうな臭いがするぞ? これは美味いに違いない。こんなにも美味そうな餌が来るなんて、私はとても運が良いぞ」

 

 これだ。

 

 上半身が女性で下半身が四足の獣の体を持った化け物が、重い重い足音とともに暗闇から現れるとは誰も思わないだろう。

 

 白昼夢だと思って、呆けてしまうのも無理はない、はずだ。

 

 そんな呆けている俺を化け物は愉悦を孕んだ瞳で捉え、低い声音(こわね)を投げかける。投げかけるんだけども……。

 

「一体どんな味がするんだろう? 甘いのかな? それとも――」

 

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

 十六年ぶりの異形の存在を前に完全にビビッてしまった俺は、化け物の言葉を最後まで聞かず、生成したアントラー・ソードを手に化け物へと突っ込んでいた。

 

 この世に生まれる前、セラフィックゲートで何千回も文字通り殺されながら鍛えあげられた俺の動きに、化け物はついていくことはおろか、反応すら出来ず轟沈。

 

 気がつけば化け物をバラバラに引き裂いていたようで、あまりのグロテスクな光景にリバース。

 

 現在に至る。

 

「あー、やっと慣れてきた。こんなのアイテム目当ての部位破壊で見慣れてる筈じゃないか。なんでこんな吐きまくってたんだろ」

 

 よくよく考えてみれば、向こうにはこの化け物以上におぞましい存在が跋扈していたのだ。

 

 そんな奴らの(ことごと)くを屠ってきた俺が、今更こんな奴にビビる道理はない。

 

 いやー次来てももう余裕だわー。ワンパンで余裕だわー。てゆうかもうビビんねえし。

 

 ……はぁ。もうジャンプ買おうって気にはなれないな。今日のところは帰って寝よう、それがいい。

 

 無意識でありながら、一滴の返り血も浴びずに倒した自分に拍手を送ってやりたい。

 

 ――十六年ぶりとは言え、動きは鈍っていなかったな。

 

 その事実にほんの少しの喜色の笑みを浮かべ、帰路につく。その時だった。

 

「これをやったのはあなた?」

 

 後ろから聞こえてきた声に心臓が破裂しそうになる。

 

 待て、落ち着け俺。餅をついておちつくんだ。咄嗟(とっさ)に餅を生成しようとするが何故か生成できない。畜生っ! エリクサーならいくらでも生成できるのにっ!

 

「聞こえていないのかしら? これをやったのはあなたなのかと聞いているんだけど」

 

 駄目だ。俺、落ち着けていないみたいだ。声からして女ってとこか。

 

 答えるために後ろを振り向く。振り向いてわかったが、女一人ではないらしい。

 

 長い長い紅髪。黒髪ポニーテール。短い白髪の女三人。

 

 金髪で顔立ちの整った奴と、茶髪のなんだかおろおろしている奴の男二人。

 

 計五人の若い男女がそこにいた。制服を着用しているのを見るに、歳は近いのだろうと判断できる。ってゆうか、あの制服は駒王学園の……? 難関と名高い学園の生徒がこんな時間にこんなところで何を?

 

 それに、茶髪の彼を除いた他四人はなんだか物騒な空気を醸し出してるし。

 

 え? 俺なんかした? まるで意味がわからんぞ! あっ、もしかして……。

 

「……はい、さっきまで俺が散々吐いていましたから。この辺りがなんか酸っぱい臭いがするのは恐らくそのせいでしょう」

 

「そうじゃなくて! はぐれ悪魔バイサーをやったのはあなたなのって聞いてるの!」

 

 はぐれ悪魔? バイサー? なんのこっちゃ。

 

 ……ってそうじゃない! バイサーっていうのはさっきの化け物のことか!

 

 この人はなんでこんなに怒ってるんだと思ったが、一気にその疑問が氷解した。

 

 そりゃあ意味のわからん的外れなことばかり言われたら誰だってキレるだろう。これは申し訳ないことをした。

 

「ええ、ここに居た化け物だったらさきほどバラバラに引き裂いてやりました」

 

 この言葉に先の四人は臨戦態勢に入る。って待て待てぃ! なんで正直に答えたのにそんな殺気立つんだ! あっ、正直に答えたから!?

 

「まさか領域内にエクソシストが紛れ込んでいただなんて!」

 

「部長、気をつけてください! あの剣から強いオーラを感じます! まるで聖剣のような……!」

 

 そうしてあまりの超展開に俺は着いていくことができず、あっという間に彼女らに囲まれる。

 

 ……どういうことなんだこれは(困惑)

 



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一話

オリ主がVP1・2両方のチートを望んだため、セラフィックゲートの設定が1・2ごっちゃになっていますが、ご了承ください。


 あれから。

 

 困惑していた俺はとりあえず話し合いをしようと、虚空から取り出した純白の腰布を掲げた。

 

 それをヒラヒラと振って、こちらに敵意はありませんよと意思表示を示す。

 

 これでも尚かかってくるのであれば、血祭りにしてやろうと画策していたのだが、俺に敵意が無いことをわかってくれた彼女らは臨戦態勢を解いてくれた。

 

 というよりかは、純白の腰布をヒラヒラとふっている俺の姿が滑稽だったのもあるんだろうけど。

 

 とにかく、向こうもなにやら聞きたいことがあったようで、少しご同行願えるかしらと紅髪の人からお誘いの声を頂く。

 

 断れる空気ではなかったことと、俺自身も彼女らに聞きたいことがあったため、紅髪の人に誘われるがまま、俺はホイホイ着いていってしまったのだ。

 

 道中で軽い自己紹介なんかもしたのだが、やはり彼女らは駒王学園の生徒のようで、そこでオカルト研究部として日々活動をしているとのこと。……表向きは。

 

 しかしてその実態は、本物の悪魔の集まりというのだから驚きである。

 

 そうして俺は彼女らの活動拠点に連れられたわけだが……その部屋を見て、俺は早速後悔をしていた。

 

 室内の至るところに書き込まれた意味のわからない文字、部屋の中央に描かれた巨大な魔方陣。

 

 オカルト研究部の名に恥じない、コッテコテの怪しさ満点の部室だった。

 

 その上これらを描いたのは本物の悪魔。

 

 ――帰りたい帰りたいよぉ! 誰か助けてくれぃ!

 

 胸中はそんな思いでいっぱいだった。

 

 そして現在。

 

 俺は部室内のソファーに座っていた。黒髪ポニーテールの姫島さんとやらにお茶を出されたのだが、如何せんここが相手のホームグラウンドであるということと、ポジション的なこともあってお茶に手が出せないでいた。

 

 対面には紅髪の女性――リアス・グレモリーさん。このオカルト研究部の部長らしい。

 

 他の面子はグレモリーさんの傍らに佇んでいる。

 

 このポジション……どう見てもあれだよね。あれ。

 

 俺が何かしてもグレモリーさんをすぐ護れるようなポジションだよね。

 

 ファック! さっきの自己紹介の時は中々良い感じだったのにっ! おいしそうなお茶まで出してくれてるのにっ! そんなに俺のことが信用できねえのか!?

 

 まあそれもそうだよな。聞けば俺がバラバラに引き裂いたあの化け物。名をバイサーというらしいが、本来あれはグレモリーさんの獲物だったとか。

 

 結果だけ見ると俺がグレモリーさんの獲物を横取りしたようなもんだよな。

 

 でもこればっかりは悪いことをしたとは思えない。

 

 もしもあのまま黙って見ているだけだったら俺はあの化け物にやられ――はしないだろうな。

 

 あの化け物よりもギルマン・リーダーの方がよほど怖い。

 

 セラフィックゲートに送られて間もない頃、何度あいつにぶっ殺されたことか……。

 

 あいつのせいで俺は生まれてから今まで、切り身の魚しか食べれなくなっていた。あとイカも食えない。

 

 お頭がついたままの魚を食えと言われたら、俺は発狂する自信があるぞ。

 

「それで、あなたは本当に悪魔祓い(エクソシスト)ではないのね?」

 

 なんて、俺が馬鹿なことを考えてばかりいたせいで、痺れを切らしたグレモリーさんが口を開く。

 

 悪魔祓い(エクソシスト)

 

 神の祝福を受けた力ある人間のことらしい。

 

 彼らはその力をもって、仇敵である悪魔を日々滅しているんだとか。

 

 ――其は(しょう)の下に滅せよ!

 

 …………ごめんなさい、なんでもないです。

 

 んで、いざ現場に向かってみればただの人間がはぐれ悪魔を無傷で撃破しているところから、グレモリーさんは俺をエクソシストなのではと思ったらしい。

 

 あと化け物を引き裂いた時に使っていたアントラー・ソード。

 

 あれもなにやら悪魔が苦手とする光のオーラを放っていたみたいで、それも俺のことをエクソシストだと思った要因の一つみたいだ。

 

 まああれは元々神に分類される戦乙女が生成した剣なのだから、なんか光のオーラを放っていてもそりゃあしゃあないってもんだ。

 

 だが待てよ? アントラー・ソードってなんの属性も付与されていなかった筈だけど……。なんで光のオーラとやらを放っていたんだ? もしかして俺が生成するやつみんな光のオーラを放つのかな? 後で試してみるべ。

 

 今はとりあえず、グレモリーさんに俺がエクソシストではないってことをわかってもらわなきゃ。

 

「はい。俺はエクソシストなんかじゃありません。大体俺は、エクソシストが本当にいるだなんて今初めて知ったぐらいなんですから」

 

「嘘は言っていないようね……。じゃあもう一つ。あなた、剣術かなにかを習っていたの? エクソシストでもない、ただの人間がはぐれ悪魔を返り血も浴びずに斬り捨てるだなんて、そうできることではないわ」

 

「習っていたというか……戦い方をとある女性に教えてもらっただけです。剣は適当に振り回していただけですから」

 

 思い出すはセラフィックゲートの門番にして案内人でもある彼女。

 

 思えば何度彼女に助けられたことか。

 

 殺されては力尽きる度、何度もユニオンプラムを使ってくれたのは彼女なのだから。

 

 戦闘には関与こそしなかったものの、戦いのたの字も知らない俺に彼女は様々なことを教えてくれた。呪文と大魔法を行使する方法や、敵の破壊しやすい部位などなど。

 

 他にも色々と教えてくれたが、それらを全て説明しようとすると結構な時間になってしまうため残りは割愛する。本当に、彼女には頭が上がらない。

 

 こんな俺にチート能力をくれた神様にはもちろん感謝しているが、それ以上に俺は彼女に感謝していた。セラフィックゲートを卒業するまでに死んだ回数は数百、数千を軽く超えるだろう。

 

 この世界に生まれる直前に神様から聞いたことだが、俺が送られてから卒業するまでを約三千年。

 

 それだけの時間。彼女は俺を支え続けてくれたのだから。

 

 ただでさえ地獄と呼ぶに相応しいセラフィックゲート。

 

 特性? というべきか、ゲートには周回する度敵の強さが上がるというものがあった。

 

 まったく、そのせいで『あの剣』を手にする直前というところで本気で挫けそうになった覚えがある。そんな時も俺は彼女に叱咤され、激励され、慰めてもらったのだ。

 

「適当に振った剣でああも見事にバイサーを倒せるだなんてね。それよりも僕は、きみが使っていた剣について聞いてみたいな」

 

 なんて彼女のことを思い出していると、今度は金髪の彼、木場くんが話しかけてきた。

 

 なんだか彼だけ少し剣呑な雰囲気だけど、俺木場くんになにかしたかな?

 

「そうね。いつの間にか消えているみたいだけど。光のオーラを放っていたあの剣、あれは一体なんだったのかしら?」

 

 む……。あれは『道具生成』によって生成された物なんだけど……。なんて説明すればいいんだ?

 

 そういえば、『道具生成』はマテリアライズポイントを消費して行われるけど、あれはゲームとはいえレナスだったからこそポイントを消費して生成できていたのだ。

 

 神様からもらったチート能力の一つである『道具生成』だが、俺の場合は何を消費して生成しているんだ? 今まで考えたこともなかったな……。

 

 因みにこの『道具生成』はゲームでは生成するアイテムによって生成できる上限がある。

 

 だが俺のもらった方はなんとこの上限を無視できるのだ!

 

 無視できることを知り、調子に乗った中学の頃。

 

 俺は千本ぐらいエリクサーを生成しては、一本百二十円で道行く人々に売りさばいた覚えがある。

 

『一本飲めば半分回復、二本飲めば全回復!』とかいう意味のわからんキャッチコピーをつけて。

 

 結果は大成功。

 

 あの時は本当に笑いが止まらなかった。

 

 売れて売れてあまりにも売れまくったのだから笑いも止まらないというもの。

 

 本当にぼろい商売だった。

 

 半信半疑で買っていく奴も一度飲んだら即リピーターって感じだったのだ。

 

 あまりの効き目に副作用を懸念する者も出てきたが、そいつらも何本飲んでも副作用の兆候を見せない者達を見て、我先にと言わんばかりに買っていくのだから愉快と言う外ない。

 

 当然許可無く売っていたことがばれてしまい、捕まりそうになったのは記憶に新しい。

 

 はっ!? もしや今こうして悪魔とやらに目をつけられてしまったのは……俺がエリクサーを売りさばいたせい!?

 

 ――糞っ! やはり一本百二十円でなく、チェリオと同じ百円で売るべきだったか……!

 

 ……って、違う違う!

 

 閑話休題。

 

「あの剣は俺が生成した物です。おっと、どうやって生成したのかは聞かないで下さいよ? 俺自身、どうやって生成しているのかわかっていないんですから」

 

 まあこう答えるしかないよな。それに嘘は言っていないんだから。これ以上追求されても俺は知らん。

 

 だが俺の返答を聞いたグレモリーさんと木場くんは予想していた追求をしてこない。

 

 他の部員の人達となにやら話し合っているご様子。

 

 待つこと数分。

 

「ごめんなさいね。あなたの能力だけど、それは恐らく神器(セイクリッド・ギア)と呼ばれるものよ」

 

 これはまた壮大な単語が出てきた気がするけど……。神器(セイクリッド・ギア)ってなんぞ?

 

「なにそれって顔をしてるわね。いい? 神器(セイクリッド・ギア)というのは――」

 

 神器(セイクリッド・ギア)――特定の人間の身に宿る、規格外の力。歴史上に残る人物の多くがその神器(セイクリッド・ギア)所有者と言われており、神器(セイクリッド・ギア)の力で歴史に名を残したとのこと。現在でもその身に神器(セイクリッド・ギア)を宿す者が存在し、世界的に活躍している面々の多くがそれを有しているんだとか。

 

 さらにさらに。大半は人間社会規模でしか機能しないものばかりなのだが、中には悪魔や堕天使の存在を脅かすほどの力を持った神器(セイクリッド・ギア)があるとのこと。

 

 堕天使という単語で頭にクエスチョンマークを浮かべた俺だが、その反応から堕天使の存在を俺が知らないことを見抜いたグレモリーさんは、続いて人外の三すくみについても聞かせてくれた。

 

 元々は神に仕えていた天使が、邪な感情を持ち、地獄に堕ちてしまった存在。

 

 それが堕天使と呼ばれるもので、悪魔の敵でもあるらしい。

 

 悪魔は古来より堕天使と争っている。冥界――人間界で言う地獄の覇権を巡って。

 

 地獄は悪魔と堕天使の領土で二分化されているとのこと。

 

 悪魔は人間と契約して代価をもらって力を蓄え、堕天使は人間を操り悪魔を滅ぼそうとする。

 

 ここに神の命を受けて悪魔と堕天使を問答無用で倒しに来る天使を含め三すくみ。

 

 これを大昔から繰り広げているそうだ。

 

「ふぅ。長くなったけれどこんなところね」

 

 喋り疲れた喉を潤すためにグレモリーさんは姫島さんの入れなおしたお茶を一口。

 

 優雅にお茶を楽しむグレモリーさんを他所に、俺はさきほどの話を思い返していた。

 

 まさかこの世界に、そんな人外連中が跋扈していたとは……!

 

 今漸く、あの神様の言っていたことが理解できた。

 

 元々チート能力は、俺が転生する世界がパワーバランスのインフレ(はなは)だしい世界だから、そのため身を護る手段として神様が授けてくれたものだった。まあ能力の内容はインフレがやばいと聞いて俺が神様に望んだものだけど。

 

 そして与えられたチートを完璧に使いこなせるようにと、神様が気をきかせて(?)俺を転送した先が地獄、セラフィックゲートだった。

 

 三千年の間ひたすらに鍛えられ、『あの剣』を手に入れて、遂には彼女を超えるまでに至って漸く転生した先の世界が、普通の現代と何一つ変わらない平和な世界と知った時は愕然としたものだ。

 

 セラフィックゲートに送られた意味は……ってゆうか、チート能力をもらった意味は――

 

 その先は口にできなかった。

 

 口にすれば最初から最後までを、彼女に支えてもらった時間を否定することになるから。

 

 だから俺は、なにも言えなかった。

 

 それからある意味自暴自棄になって、調子こいたのが中学の頃の黒歴史である。

 

 エリクサーを売りさばいたのはそんな黒歴史の内の一つだ。

 

 しかし……そうか。そんな人外連中がいるんなら、あの発狂しそうになるほどの修行も無駄ではなかったな。

 

 彼女との時間を無駄にせずに済みそうだと安堵するかたわらで、今度は別の懸案事項が浮かび上がる。

 

 インフレのやばい世界らしいから、俺がそれに着いていけるのか? ということだ。

 

 着いていけないと、やはり無駄になってしまうことには変わりないのだ。

 

 どうしよう、なんだか不安になってきた。

 

「そこで提案があるんだけど」

 

 不安が顔に出そうになっている俺のことなど知らんと言わんばかりにグレモリーさんは話しかける。

 

 提案ねえ。一体どんな内容なのやら。

 

「あなた、私の眷属にならない?」




ちなみにオリ主が転生する際、セラフィックゲートで獲得したアイテムは全て持ち込んでの転生となっております。ついでに餞別として、神様からVP1に出てきた『アーティファクト』も受け取っていたり。


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二話

感想をつけてくれた方、本当にありがとうございます。とても励みになりました。
週に一本のペースでゆっくり更新していくつもりなので、気長にお待ちいただければ幸いです。
ご都合主義や捏造設定なんかも出てきてしまいますが、その点はお許し下さい。


「本日より皆さんのお世話になります九々崎(くくざき)九々(くく)です! これからよろしくお願いします!」

 

 数十人の視線を一身に受けながら、俺は新しい学校生活を良いものにするために気合を入れた自己紹介をする。あっ、あっちに兵藤くんがいる! 教室内を見て思ったけど、なんだか女の子の方が多いなあ。所々からぼそりと聞こえてくる『なんだかちょっとかっこよくない?』なぁんて声が地味に嬉しい。

 

 いや、すごく嬉しい! ここがエデンの園なのか!

 

 エデンと言えば召喚獣(G・F)だよな! あのクソ長い召喚シーンは本当にどうにかならないものか。

 

 いかん、話が進まん。俺が何故、難関とされるここ駒王学園に転入しているのか。

 

 その理由はあの時の、グレモリー部長に眷属にならないかと誘われた夜まで遡る。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「眷属、ですか?」

 

 俺はグレモリーさんの言った言葉をそのまま口にする。

 

 悪魔の眷属――血でも吸われるのか……? ってそれは吸血鬼か。

 

 でも吸血鬼も悪魔に分類されるよな? フランちゃんの二つ名も『悪魔の妹』だし、レミリアだって『紅い悪魔』って呼ばれてたもん。

 

「その、眷属になるにしてもどうすればなれるんですか?」

 

「そういえばその説明をしていなかったわね。ちょうどいいわ、イッセー。あなたも聞いておきなさい」

 

 茶髪の彼、兵藤くんにお声がかかる。兵藤くんも知らないのだろうか? でも思い返してみれば俺とグレモリーさんたちとで対峙した時も、彼だけ流れに着いていけてない印象を受けた。

 

 兵藤くんは眷属とやらになって日が浅いのかな? まあいいや。

 

 少し長くなるけどと前置いて、グレモリーさんは続ける。

 

 大昔――悪魔と堕天使、そして天使を率いる神は三つ巴の大きな戦争を始めた。

 

 大軍勢を率いてどの勢力も永久とも思える期間、争いあった。

 

 結果どの勢力も酷く疲弊し、勝者もいないままに戦争は数百年前に終結。

 

 悪魔側も大打撃を受けてしまい、二十、三十もの軍団を率いていた爵位を持つ大悪魔と呼ばれる者達も、部下の大半を長い戦争で失ってしまったんだとか。

 

 それこそ、軍団なんて保てないほどに。

 

 純粋な悪魔はその時に多く亡くなった。だが戦争は終わっても堕天使、神との睨み合いは現在でも続いており、いくら堕天使側や神側も部下の大半を失ったとはいえ、少しでも隙を見せれば危うくなる。そこで悪魔は少数精鋭の制度を取ることにした。それが『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』。

 

 はあ。まだ続きがあるのか。さっきの説明といい、なんか今日だけで驚愕の事実がゴロゴロ出てくるな。それにしても神、か……。もしかしてオーディンみたいな奴なのかな? あんな傲慢な奴が実際にこの世界にいるだなんて、俺は絶対いやだぞ。

 

 とりあえずグレモリーさんの説明はまだまだ続く。

 

 爵位を持った悪魔は人間界のボードゲーム『チェス』の特性を下僕悪魔に取り入れた。

 

 下僕となる悪魔の多くが人間からの転生者だからという皮肉も込めて。

 

 主となる悪魔が『(キング)』。この面子の中だとグレモリーさんがそれに当てはまるらしい。そしてそこから『女王(クイーン)』、『騎士(ナイト)』、『戦車(ルーク)』、『僧侶(ビショップ)』、『兵士(ポーン)』と五つの特性を作り出した。

 

 軍団を持てなくなった代わりに少数の下僕に強大な力を分け与えることにした。

 

 この制度ができたのはここ数百年のことなのだが、これが意外に爵位持ちの悪魔に好評なんだとか。

 

 ――好評だって? 一体この制度のどこが悪魔のツボに受けたのやら。

 

「好評? チェスのルールがですか?」

 

 俺と同じように疑問を感じた兵藤くんが問いかける。

 

 兵藤くんの問いの答え。

 

 競うようになったそうだ、自らの下僕の強さを。

 

『私の騎士は強いわ!』『いえ、私の戦車のほうが使える!』『私の僧侶こそが最強と呼ぶに相応しいですなwwwww』といった感じで。

 

 その結果、チェスのように実際のゲームを、下僕を使って上級悪魔同士で行うようになった。

 

 これが『レーティングゲーム』と呼ばれるもの。

 

 このゲームが悪魔の間で大流行。今では大会も行われているほどで、駒の強さ、ゲームの強さが悪魔の地位、爵位に影響を及ぼすほどに。

 

『駒集め』と称して、優秀な人間を自分の手駒にするのも流行っている。

 

 優秀な下僕はステータスになるから。

 

 以上で説明を一旦区切るようだ。

 

 ふむ、駒集めが流行っているのか……。悪魔というのは暇な連中が多いのか?

 

 いや、優秀な駒がステータスになる上単純に悪魔の数も増やすことに繋がるのだから、暇というのはちょっと語弊があるか。

 

 しかし……それを踏まえた上で俺に眷属にならないかと持ちかけてきたということは、グレモリーさんの御眼鏡に俺が適ったということなのだろう。

 

 ふふん、見る目があるじゃないか。つい有頂天になってしまう。 

 

「改めて問うわ。九々崎九々くん、私の眷属にならないかしら?」

 

「なりません」

 

 即答。

 

 俺の即答にグレモリーさんは面食らった様子。こう言うと失礼かもしれないが、彼女の面食らった様子は結構可愛かった。

 

 まあそんなことはともかく。だって眷属になったら悪魔になっちゃうんだぜ?

 

 せっかく二度目の生を、人間として謳歌させてもらっているんだ。

 

 それを捨て去るようなことをするだなんて、罰当たりにもほどがある。

 

 だからグレモリーさんには申し訳ないがこの話は断らせてもらう。

 

「――そう。残念ね」

 

 お? 意外だ。こんなにもあっさりと引き下がるとは。

 

 今度は俺が面食らってしまった。

 

 相手は悪魔なのだ、殺してでも眷属にしてやる! ぐらいは言われるかと思ったのに。

 

 こうもあっさりと引かれると、なんだか逆に申し訳ない気持ちになってしまう。

 

「あっさりと引いてくれるんですね?」

 

「ふふっ、眷属にしたいというのが本音ではあるんだけど、本人が嫌がってるのなら無理強いはできないわ」

 

 そう言ってまた、グレモリーさんは優雅にお茶を一口。

 

 お、大人だ……。高校生とは思えない貫禄が、そこにあった。

 

 さて。眷属どうこうの、グレモリーさんの話はこれで終わったのだ。これで俺は家に帰れると思っていたのだが、そうは問屋がおろさない。今度は木場くんのターンだった。

 

「九々崎くんが生成したさっきの剣、あれをもう一度見せてもらえないかな?」

 

 ――また剣かよおめぇはよぉ! どんだけ剣が好きなんだよ!

 

 なんてことを内弁慶の俺は木場くんに言うことができず、爽やかな笑みを浮かべながら「ああ、構わないよ」と言ってアントラー・ソードを生成する。

 

 生成は一瞬で終わり、パッと俺の手に現れた剣を見てオカルト研究部の面々は息を呑む。

 

 生成された物を見ていつも思うんだけど、本当に俺って何を支払って生成してるんだろうね。一応VP1の『道具生成』で生成できる物は全て生成してみたけど、(つい)ぞわからなかった。

 

 唯一オリハルコンを生成した時はちょっと疲れた気がしたが、それでも疲れた気がしただけだった。

 

 あともう一つ、ユニオンプラムだけは生成ができなかった。

 

「はい、木場くん」

 

 あっ、悪魔は光のオーラが苦手らしいし、渡すのはまずかったか?

 

 だがそんな心配事は杞憂だったようで、俺から剣を受け取った木場くんは刀身に触れないようにして観察していた。

 

 なるほど、切られたらアウトってだけなんだな。

 

 しばらく剣を観察する木場くん。なにやら剣呑な雰囲気の彼だったが、観察が続くにつれそれも和らいでいく。一体どうしたっていうんだ?

 

「これは……」

 

 なんとも言えないような表情になっているけど、そんな顔をされるとマジで気になってしまう。

 

 ――言えよ! なにかおかしなところがあるんなら言えよ!

 

 そんな俺の気持ちを代弁するかのように、グレモリーさんが木場くんに問いかける。

 

「どうしたのよ祐斗、あなたらしくもない。なにかあったの?」

 

「部長、この剣なんですが――」

 

 木場くんの困惑していた理由。それは剣の発するオーラにあった。

 

 手にとってわかったことらしいが、アントラー・ソードはそれっぽいオーラを放っているだけとのこと。つまり、虚仮威(こけおど)しの光のオーラだとか。この分だと実際これに切られても消滅とかはないらしい。

 

 思わず嘆息してしまう。なんでそんなものを発しているんだか……。

 

「まあこれもある意味では才能と呼べるわ。初見の悪魔なら私達同様、間違いなく騙されるでしょうね」

 

 グレモリーさん。そんなフォローはいらんとです。

 

 ただの剣だというのがわかって満足したのか、木場くんも初めて出会った時のような威圧感を出さなくなった。まったく、なんなんだ彼は。光のオーラを発する剣に怨みでもあるのかねぇ。

 

「それにしても不思議ね。九々崎くん、この剣以外にも何か生み出したりできるのかしら?」

 

「出せますよ。例えば……そうだな、これなんかとか」

 

「……なにこれ?」

 

「ウサギの足」

 

 ただのウサギの足と侮るなかれ、これを持っていると幸運が訪れるのだっ!

 

 ……っていう言い伝えがあるだけなんだけどね。

 

 因みに今生成したウサギの足だが、可愛らしくデフォルメされた形でお守りになっている。

 

 もしもそのまま足だけ出てきたとしたら余りにもグロ過ぎる。

 

「そ、そう。他には何があるの?」

 

 他? そうだな……。

 

「これなんか如何でしょうか?」

 

 次に生成したのは天使の唇と呼ばれる真っ赤なルージュ。

 

 このルージュでメイクすると、交渉が上手くいくともっぱらの評判なのだっ!

 

 そのためフレイに交渉上手なエインフェリアを要求された場合、天使の唇を持たせて神界に送れば高評価を得られる便利アイテムである。

 

 上級プレイヤーの多くがおっさんキャラに持たせて送ったことだろう。

 

 ベリナスとかジェイクリーナスとか。

 

 少なくとも俺は真っ赤な口紅でメイクしたおっさんなんぞ見たくない。

 

「あら。これ、とても良い口紅ね」

 

「もしよろしければどうぞ。俺が持っていても無用の長物ですし」

 

 消してもよかったがせっかく生成したんだ。それに天使の唇も美人さんに使ってもらえるんだから、道具冥利に尽きるというもの。

 

「ふふ、ありがとう」

 

「どういたしまして。お二人もどうぞ」

 

 グレモリーさんだけにあげるのもあれだし、姫島さんと白髪で小柄な女の子の塔城さんにも渡しておく。元手はタダみたいなもんだし、二つ三つあげてしまっても問題はない。

 

「あらあら、ありがとうございます。九々崎くん」

 

「……ありがとうございます」

 

 心なしか女性陣の目がキラキラしているように感じられる。こうして喜んでもらえると、あげた甲斐があるというものだ。

 

 さて、男子二人には何を渡そうかな? ……俺と同じ年頃の男子高校生だし、消耗品で悪いが二人にはあれを渡しておくか。

 

「はい。木場くんと兵藤くんにはこれを渡しておくよ」

 

 俺から小瓶を受け取る二人。木場くんからは、一体これはなんなんだろうという好奇心が見て取れた。兵藤くんはというと――

 

「おっ、エリクサーじゃん。本当にもらっていいのか?」

 

 ありゃ、知ってたのか。ということは説明はしなくても大丈夫そうだな。

 

「もちろん。色々と回復できる優れものだからね、是非とも有効活用しておくれ」

 

 きっとあの時、兵藤くんも買ってくれてたのだろう。まさかこんなところであの時のお客さんと出会えるとは。世の中なにがあるかわからないなあ。

 

 次いで木場くんの方を見やると……何故か固まっていた。

 

 っていうか俺と兵藤くん以外の面々が固まっている。何故だ。

 

「イ、イッセー? 今あなた、なんと言ったの……?」

 

「へ? エリクサーですよ、これがまたかなり効くんスよ!」

 

「……ちょっと見せてもらえないかしら?」

 

 未だ固いグレモリーさんと戸惑い顔の兵藤くん。頭にクエスチョンマークを浮かべながらも、兵藤くんは小瓶を渡す。

 

「本物だわ……。まさかエリクサーをこうも簡単に生み出せる者がいただなんて……」

 

 なんかすんごい慄いてるけどどうしたんだ? 実はエリクサーってこの世界じゃ滅茶苦茶レアなアイテムだったりして……。

 

「……あれ? もしかしてあの時の怪しい薬売りって九々崎だったのか?」

 

 怪しいとは失敬なやつだ。それにしても今更気付くとは、鈍いやつめ。

 

「……イッセー。あなたは九々崎くんとは初対面だったみたいだけど、彼の生み出したエリクサーのことは何故知っていたのかしら?」

 

 ようやっと凍りついた空気が払拭され、いち早く持ち直したグレモリーさんは兵藤くんに何故エリクサーを知っていたのかを問う。

 

「俺が中学の頃の話なんスけど――」

 

 やはりと言うべきか、兵藤くんはあの時のお客さんの一人だったようで、何度かエリクサーを買ってくれてたらしい。その時に買ったエリクサーの容器の形を今まで覚えていたらしく、さきほど俺から渡された小瓶を見て、エリクサーだと判断したそうだ。

 

 次に矛先を向けられたのは俺だった。

 

 どういうことなのかと説明を求められたので、軽く説明しておく。

 

 中学の頃、道行く人に健康ドリンクと称して日々売りさばいていたこと。

 

 エリクサーってなんかポカリみたいな味がして美味しい!

 

 あまりにも売れるもんだから笑いが止まらなかったこと。

 

 最終的に捕まりそうになったことまでを説明した。

 

 ――あれ? 説明になってない!?

 

 これを聞いたグレモリーさんは絶句しており、兵藤くんを除く三人も似たような感じだ。

 

「いやー、兵藤くんも買ってくれてたとはね。エリクサー、かなり効いたでしょ?」

 

「ああ! 最高だったぜ!」

 

 まさか最高とまで言ってもらえるとは……!

 

 さっきも言ったけど俺の提供した物でこんなにも喜んでもらえるなんて、やっぱり渡してよかったなあ。嬉しそうにしているのを見るだけで、こっちまで嬉しくなってくる。

 

 だがそんな気分に水を差すように、グレモリーさんから衝撃的な言葉を投げかけられる。

 

「――九々崎くん。もう二度とそんなことをしてはいけないわ」

 

 ……え? なして?

 

 続けてグレモリーさんは俺に説明する。エリクサーがどれだけ貴重な物なのかを。

 

 エリクサー――錬金術師の到達地点とされる賢者の石から作成される伝説の霊薬。

 

 服用することで如何なる病も治すことができ、人間だけでなく悪魔、堕天使、天使にも効果を及ぼすことから、それらの種族が日々求めてやまない物らしい。

 

 それらの種族だけでなく、錬金術師はもちろん魔法使いまでもが探し求める至高の一品なんだとか。

 

 ……マジか。そんなにも貴重な物だったとは。

 

 そんな連中に伝説の霊薬をポンポン生み出せると知られれば、間違いなく拉致られるそうだ。

 

 冗談ですよね? と返したところ、兵藤くん以外の四人がとても真剣な面持ちで見つめてくる。

 

 ちくせう。マジなのか……。

 

 こんなことならもっと高い値段で売ればよかった……!

 

「……わかりました。肝に銘じておきます」

 

「わかってくれたのならいいわ。あなたのしていたことは本当に危険なことだったんだから」

 

 俺の身を案じてくれてるのが伝わってくる。会ったばかりの俺をこうも案じてくれるとは……!

 

 だがな、怖いもんなら俺はセラフィックゲートで散々見てきたんだよ! 今更怖いもんなんざあらへんわ! 

 

 まあとりあえずここはグレモリーさんに従っておこう。

 

 またほとぼりが冷めた頃に売れば……いや、待てよ?

 

「グレモリーさん、今度は俺から提案があるんですが――」

 

 俺を眷属にしたがっている彼女だ。恐らくは受け入れてもらえるだろう。

 

 俺の提案というのは――

 

 ここで回想終了。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「まさか兵藤くんと同じクラスになるとはな」

 

「俺はこんなにも早く九々崎が転入してきたことにビックリだよ」

 

 自己紹介のその後も授業風景もすっとばして放課後。

 

 俺は兵藤くんと一緒に旧校舎にあるオカルト研究部へと向かっていた。

 

 さて、俺があの時にした提案だが――

 

 俺は生成できる物をバンバン売りさばきたい、だけどグレモリーさんはそんなことをさせたくない。

 

 ということで。

 

 グレモリーさんに生成した物を買い取ってもらえないかと提案したのだ。

 

 グレモリーさんは伝説の霊薬を安価で購入することができ、俺は危ない連中に目をつけられずに小遣い稼ぎができるという、Win-WInな関係になれるんだ、これならば彼女も文句は無いだろう。

 

 予想通りというべきか、彼女は快く受け入れてくれた。

 

 自分達の目の届く場所にいてもらいたいということで、俺はここ駒王学園に転入させられたのだが、学費は全てグレモリーさんが負担してくれている。

 

 エリクサーを安価で譲ってもらえるのだから、これぐらいは当然のことだそうだ。

 

 そういう訳で、俺は駒王学園に転入していた。

 

 あと当然だが俺もオカルト研究部に所属している。じゃなきゃなんのために転入してきたのかわからないからな。

 

「まあなんだ。せっかく同じ部活の一員になったわけだしさ。これからよろしく頼むよ」

 

 兵藤くんからそんなことを言われる。

 

 はっ!? これが青春ってやつか……!

 

 これから先の学校生活を想像するだけで……みwなwぎwっwてwきwたwww




 九々がセラフィックゲートに送られ約三千年。

 漸く『あの剣』を手にし、彼女を超えることができた。

 あとは二度目の生を受けるのを待つだけだった。

 そこで九々にチート能力を与えた神は、餞別に『ある物』を渡す。

「……? 俺に餞別、ですか?」

 怪訝な顔をしながら受け取った物を見やる九々。

 渡された物を見て、九々は驚きを露にする。

「これは……! VP1の『アーティファクト』ですね!? 本当にいいんですか!?」

 問題ないと神は返す。これは言わば、長い間修行を頑張った九々へのご褒美みたいなものだ。

「すごい……VP1の作中に出てきた物が全てあるんですね! 聖杯や黄金の鶏まで!」

 まるで子供のようにはしゃぐ九々を見て、微笑む神。

 様々な『アーティファクト』を前に目を輝かせる九々だったが、とある『アーティファクト』を見てからその様子が変わる。

「……久遠の灯火に、こっちは紅蓮剣インフェルナス……」

 俯き、何故か体を震わす九々。

 ああ、なんだ。

 紅蓮剣インフェルナスを前に、歓喜で打ち震えているだけかと神は推測する。

 男の子なだけあって、炎属性の剣に並々ならぬ興味があるらしい。

 ――その気持ち、よくわかる。

 炎属性の剣について語ろうじゃないか。

 語りかけようとした瞬間――

「紅蓮剣あるなら最初によこせよっっっ!!」

 ――ファッ!?

 怒鳴られた。

 解せん。


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三話

 駒王学園に転入してから数日。

 

 俺は誰もいない部室のソファーで、横になって寛いでいた。

 

 何故誰もいないのかは知らん。来た時には既にいなかったのだ。

 

 悪魔なだけあって彼女らの主な活動時間帯は夜。暇だから俺も夜の部室に来させてもらっているわけだが、やっぱり眠い。

 

 まあ日付が変わった頃に、サンデーやらなんやらの漫画を買うついでに来てるからいいんだけど。

 

 眠気覚ましにエリクサーを一発。

 

 エリクサーは色々と回復できるから便利だ。傷や疲れ、状態異常の回復まで。はては精力まで回復できるのだから驚きである。

 

 VP1では体力最大値の半分を回復。VP2では状態異常の回復という風に効果が変わっていたエリクサーだが、俺の生成したエリクサーはその両方の効果を持ち合わせている素敵仕様だ。

 

 チート乙。いやホントに。

 

 オカルト研究部の面々もグレモリー部長をはじめ、皆いい人ばかりだ。

 

 リアス・グレモリー。

 

 三年生で、学園のアイドル。すんごい人気者。オカルト研究部の部長で本物の悪魔。『(キング)』。

 

 姫島朱乃。

 

 三年生で、学園のアイドルその二。かなりの人気者。グレモリー部長と併せて『二大お姉さま』と称されている。役割は『女王(クイーン)』。

 

 『女王』は『王』の次に強く、『兵士(ポーン)』、『騎士(ナイト)』、『僧侶(ビショップ)』、『戦車(ルーク)』、それら全ての力を兼ね備えたとにかくすんごい駒らしい。

 

 塔城小猫。

 

 一年生で、こちらはアイドルではなく学園のマスコット的な位置づけ。こちらも人気者。役割は『戦車』。

 

 『戦車』の特性は高い攻撃力と防御力が持ち味だとか。肉壁ですね、わかります。

 

 木場祐斗。

 

 俺や兵藤くんと同じ二年生。学園一のイケメン。爽やかスマイルと甘いマスクが売りのムカツキ野朗。そして剣フェチ。役割は『騎士』。

 

 『騎士』の特性はスピード。なんか早い。以上説明終わり。

 

 そして最後に彼、兵藤一誠。

 

 前述の通り二年生。スケベ小僧。そのエロさは、学園内でもある意味有名。仲間があと二人いるらしい。悪魔なりたて。役割は『兵士』。

 

 この時の『兵士』だと言われた兵藤くんの表情は中々に見物だった。

 

 ――あからさまにガッカリしてたからな……。

 

 『兵士』の特性は――はて、なんじゃったかのう。ああそうだ、まだこれについては説明を受けていなかったんだ。

 

 以上の五名がオカルト研究部のメンバーである。

 

 一人だけ毛色の違う者が混じっているが、学園の有名人が揃い踏みという凄まじい部活だ。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 メンバーの帰りを待ちながら、俺がソファーに寝そべったまま、漫画ゴラクに手を伸ばした時のことだ。

 

「うおっ!? なんぞ!?」

 

 突然部室の魔方陣が(まばゆ)い光を放つ。

 

 魔方陣の急な発光にてんやわんやしてしまったが、そういえば以前グレモリー部長から聞いたことがある。

 

 悪魔とは自らを召喚した人間と契約を交わし、それ相応の代価をいただく。そうやって力を蓄える存在だと。

 

 部室の魔方陣は転移用のものであり、それを通って依頼主の元へ瞬間移動するんだとか。

 

 契約が終わり次第この部屋に戻してくれるという親切設計付き。

 

 ということは誰かしらが契約を終え、帰って来たのだろう。

 

 思えばこうして誰かが魔方陣を通って帰ってくるのを見たことがなかったな。

 

 さてさて、誰が帰ってきたのやら。

 

 光も収まり、魔方陣を見やるとそこには――俺を除くメンバー全員の姿があった。

 

 ――そうですか、俺は除け者ですか。そうですよね、俺は悪魔ではありませんもんね。

 

 なんて不貞腐れそうになるが、彼女らの様子を見てそんな思いは霧散する。

 

 なにやら皆切羽詰った様子で、その上兵藤くんが怪我をして倒れ込んでいたからだ。

 

「兵藤くん!?」

 

「九々! 急いでエリクサーを生成して!」

 

 生成するよりもこっちの方が早い!

 

「キュア・プラムス!」

 

 キュア・プラムス。

 

 体力最大値の80%を回復してくれる優れた回復用の呪文だ。

 

 その上使用者を含めた味方全員を回復してくれるのだが、あろうことかこの呪文、敵キャラまで使ってくるのだ。

 

 ダンジョン内をうろついているような雑魚が使ってくるならともかく、ボス級の敵が使うのは本当にやめてほしい。

 

 ブラッド・ヴェイン。お前だよお前。ついでにアズタロサ。

 

 ――あともう少しで倒せる! いやー長かっ『キュア・プラムス!』

 

 となり、絶望させられたプレイヤーは多数いることだろう。

 

 まあスキル『ガッツ』と『オート・アイテム』を装備してれば楽勝なんですけどね。

 

 閑話休題。

 

 淡い光が兵藤くんを包み、その怪我を癒す。とりあえずこれで粗方回復しただろう。

 

 俺が呪文を使っている姿を見て、驚いた様子のオカルト研究部の面々。

 

 ――ふっ、また驚かせてしまったか……。

 

 内心でカッコつけてみたりするが今はそんな場合ではない、兵藤くんの怪我についてだ。

 

「……九々崎くん、魔法も使えたんですね」

 

「というよりはこちらがメインなんですよ、俺は」

 

 姫島さんにそう返す。しかしメインというの大嘘である。

 

 だがセラフィックゲートにいた頃、諸事情により錬金術師にして死霊術師という二足の草鞋(わらじ)をはきこなす天才にして変態の、レザー……フラれストーカーから失伝魔法(ロストミスティック)を教えてもらい、これを修めることができたのだ。

 

 メインと言い張っても問題はないだろう。

 

「それよりも、一体何があったんですか? 兵藤くんの怪我といい、ただ事ではなさそうですが……」

 

 この発言で部室の空気が重苦しくなる。こりゃあマジで何かあったな。

 

 姉さん、事件ですってか?

 

「イッセーがはぐれエクソシストと出くわしたのよ」

 

 はあ、はぐれ悪魔の次ははぐれエクソシストですか。

 

 まあ世の中にははぐれメタルだとか、はぐれ神族(純情派)なるものが存在しているのだ。

 

 はぐれエクソシストがいてもなんらおかしくはない。

 

 恒例となったグレモリー部長の説明。

 

 まず始めに、悪魔祓い(エクソシスト)には二通りの例がある。

 

 ひとつは神の祝福を受けし者が行う正規の悪魔祓い。こちらは神や天使の力を借りることで、悪魔を滅するそうだ。

 

 そしてもうひとつ、それが先程グレモリー部長が口にした『はぐれエクソシスト』。

 

 エクソシストの中には悪魔を殺すこと自体に悦楽を感じるようになる者が稀に現れる。

 

 それが、はぐれエクソシスト。

 

 彼らは例外なく神側の教会から追放されるか、有害とみなされ裏で始末される。

 

 だが生き延びる者もいる。そういった輩はどうなるのか? 堕天使のもとへ走るそうだ。

 

 堕天使も天から追放されたとはいえ、悪魔を滅する力を有している。

 

 堕天使も先の戦争で仲間や部下の大半を失った、そこで彼らも悪魔と同じように下僕を集めることにした。

 

 悪魔狩りにハマりこんだ危険なエクソシスト達が堕天使の加護を受け、悪魔とそれを召喚する人間に牙をむく。

 

 背後に堕天使がいる組織に属するはぐれエクソシスト。

 

 正規のエクソシストと比べ、リミッターが外れている分普通のエクソシストよりも相当危ないとのこと。関わり合いになるのは得策ではないらしい。

 

「イッセーの行った教会は神側ではなく、堕天使が支配しているもののようね」

 

 兵藤くんが教会に行った? そんな話聞いちゃいないが……俺が転入する前の話か?

 

「部長、俺はあのアーシアって子を!」

 

「無理よ。どうやって――」

 

 ついていけん。俺にはまるでわからん話ばかりされても……。新参者は辛い、ていうかアーシアって誰だよ。

 

「塔城さんや、兵藤くんの言ってるアーシアというのは?」

 

「……堕天使陣営のシスターです」

 

 ――堕天使側のシスター? それだけじゃわからん。

 

 俺は理解することをやめた。

 

 口数の少ない子に聞いた俺が馬鹿だったよ。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「いないなー。まったく、どこほっつき歩いてるんだか」

 

 鮮やかな夕焼け空。

 

 アーシアとやらのことを聞けるような空気ではなかったため、結局昨日は事の顛末が聞けずじまいだった。なので今日、学校の方で兵藤くんに聞こうと思ったのだが……。

 

 来ていなかったのだ、学校に。

 

 学校の方には休むという連絡はきていないようで、兵藤くんの悪友にも何の連絡も無いとのこと。

 

 なのでお昼から学校をサボって町中を探し回っているのだが、成果は0。

 

 まったく見つかる気配がない。

 

「あーあ、もう家に帰ってんのかなあ?」

 

 探し始める時に、真っ先に兵藤くんの家を訪ねてみたがいないとのこと。

 

 出てきてくれた彼のお母さんに、学校に来ていませんよと伝えたところ、カンカンになって怒っていた。すまない、兵藤くん。

 

 俺ももう帰りたくなってきた。よくよく考えてみれば、別に今日聞かずとも日を改めればいいだけの話なのだ。いや、ともすれば今夜には聞けるかもしれない。

 

 ――よし、もう帰ろう。

 

 そう決めて――

 

「アーシアァァァァァァッッ!」

 

 自宅に歩を進めようとした途端これだよ。なんと間の悪い。

 

 兵藤くんの絶叫が聞こえてくる。今の絶叫からして、どうやらまたただ事ではない何かが起きたようだ。

 

 すぐに声のした方へ走る。そうして向かった先には、いつかの俺のように四つん這いになり、打ちひしがれている兵藤くんの姿があった。

 

「……兵藤くん? 何があったんだ?」

 

「九々崎か……」

 

 彼の目は赤く、涙を流した痕があった。というか今も流している。

 

 聞けば兵藤くん、堕天使に目の前で友達を攫われたらしい。

 

 話す途中で幾度となく「俺は無力だ」と口にしていたが、友達を攫われたのがよほど堪えたみたいだ。

 

 そりゃあ、そうだよな。何もできなかったようだし、それも相俟って悔しさは相当なものだろう。

 

 でも待てよ? 確かアーシアとやらは堕天使側のシスターじゃなかったか?

 

 先の叫び声から察するに、攫われたのはアーシアなのだろう。

 

 ――堕天使側のシスターが堕天使に攫われる? ええい! わけがわからん!

 

 またややこしいことに首を突っ込んでるなこいつは。

 

 いや、それよりもだ。

 

「なあ兵藤くんよ。きみはどうしたいんだ?」

 

 話を聞いてる途中に感じたことだが、彼からはこのままでは終わらないという想いがヒシヒシと伝わってきたのだ。まさかとは思うが――

 

「そんなの決まってるだろ!? アーシアを助けに行くんだよ!」

 

 やっぱり。でも悪魔と堕天使って、天使もそうだけど一触即発状態ってやつだよな?

 

「助けに行くってあんた……。堕天使のところに――っておい!」

 

 急に学校の方へと駆け出す兵藤くん。

 

 おそらく、グレモリー部長にアーシアを助け出す許可を貰いに行ったのだろう。それはいいんだが……。

 

 ――人の話ぐらいは聞いていけよ。



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四話

作者はメルティーナが大好きです。
多分一番使ったと思います。


 パン! と、渇いた音が部室に響く。兵藤くんがグレモリー部長に頬を(はた)かれた音だ。

 

 あの後部室に戻った兵藤くんは事の詳細を報告し、その上で教会へ行くことを提案した。

 

 だがグレモリー部長はその件に関し、一切関わらないと言う。

 

 その返答に納得の出来ない兵藤くんは何故! と詰め寄った結果叩かれたわけだ。

 

 確かグレモリー部長って良いとこの上級悪魔なんだよな。

 

 そんな上級悪魔の眷属が堕天使のところに殴り込みに行ったら、お家柄の方にも多大な影響を及ぼすことだろう。当然、悪い方の意味で。

 

 依然として納得の出来ていない兵藤くんは「なら一人で行きます!」とか言ってるし、それを聞いたグレモリー部長も「本当にバカなの?」と呆れ返っている。

 

 いや、彼女の醸し出す空気は穏やかじゃない。あれはキレる前触れだ。

 

 ほら、やっぱり兵藤くんの行動が皆に多大な影響を及ぼすとか言ってるし。

 

 売り言葉に買い言葉。

 

 影響を及ぼすと言われ、一向に止まる気の無い兵藤くんは遂に「俺を眷属から外して下さい」だなんてトンチキなことを言い出した。

 

 そういう問題でもないだろうに。

 

「そんなことができるはずないでしょう! あなたはどうしてわかってくれないの!?」

 

 グレモリー部長、マジギレである。

 

「俺はアーシア・アルジェントと友達になりました。アーシアは友達です。俺は友達を見捨てられません!」

 

「……それはご立派ね――」

 

 ヒートアップしている二人は一旦ほかっておいて、俺は木場くんに聞いていた。もしも、兵藤くんが一人で堕天使のところに殴り込んだらどうなるのかを。

 

「それは……十中八九殺されるだろうね」

 

 元いたオカルト研究部の四人と違い、兵藤くんはつい最近まで普通の高校生だったのだ。

 

 そんなペーペーの新米悪魔が一人で敵陣に突っ込む? なるほど、木場くんの言う通り殺されるのがオチだろう。だがそれは、一人で行ったらの話だ。

 

 もしも兵藤くんがどんなに反対されても、それでも尚一人で助けに行くというのならば、俺はそれを手伝おうと思う。何故手伝うのかだって? 理由なんてない。

 

 『誰かを助けるのに理由がいるかい?』ってジタンも言ってたからな。

 

 少なくとも一人で行くよりかはマシな筈だ。俺も多少は役に立てるだろう。

 

 さて、兵藤くんは……ってあれ? いつの間にかグレモリー部長と姫島さんがいない。

 

「あれ? あの二人は?」

 

「魔方陣でどこかにジャンプしたよ」

 

 そうか……。ん? 結局話の方はどうなったんだ? まあいいや。

 

「じゃあ兵藤くん、行くか」

 

「行くかって……。九々崎、着いてきてくれるのか?」

 

「もちろん。『誰かを助けるのに理由がいるかい?』」

 

 ――ジタンさん、台詞お借りします! 

 

 そういえばジタンも俺と同じ十六歳なんだよな。ぶっちゃけ十六歳であの行動力はありえない。

 

 スコールさんじゅうななさい。いや、なんでもない。

 

「僕も行くよ」

 

『なっ……』

 

 思わず兵藤くんと同じ反応をしてしまう。まさか木場くんまで着いてくるとは思わなかったからだ。

 

 話を聞いてみると、仲間だから来てくれるらしい。

 

 あと個人的に堕天使や神父は好きじゃないと。憎しみすら抱いているようだ。木場くんの表情はどことなく険しかった。俺が神族を嫌ってるのと似たようなものだろうか。

 

 それはともかく、俺は途中から二人の話を聞いていなかったからよくわからないが、遠回しにだけどグレモリー部長は行ってもいいと認めてくれてたらしい。

 

「……私も行きます」

 

 二度目の衝撃だ。塔城さんまで着いてくると言い出すんだからな。こういったことには欠片も興味を示さないだろうと思っていたから、驚きも増し増しだ。

 

「なっ、小猫ちゃん?」

 

「……三人だけでは不安です。それに」

 

 俺を見る塔城さん。な、なんだよ……。無表情の女の子から見つめられるって地味に怖い。

 

「……九々崎先輩は人間ですから」

 

 あーっと……。これは心配してくれてるということでいいのか?

 

 それなら俺よりも兵藤くんの心配をした方がいいと思うけどね。まあ心配されて悪い気はしない。

 

「よし! 四人でいっちょ救出作戦といきますか! 待ってろ、アーシア!」

 

 気合は充分。

 

 四人もいるんだ、きっと助け出せるはず! だって俺達みんな……仲間だもんげ!

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 兵藤くんに案内され、俺達は教会の見える位置まで来ていた。

 

 この薄汚れたボロっちい教会が堕天使の拠点のようだ。

 

 ――この教会、禍々しい瘴気に満ち満ちています!

 

 那々美ちゃん可愛いよ那々美ちゃん。

 

 メルティーナ? 汚い蘭姉ちゃんですね、わかります。

 

 なんて冗談はさておき、どう突っ込むか。

 

 うーむ……。目的は救出なわけだろ? 堕天使はもちろんエクソシストもいるらしいし――ッ!

 

 瞬間、俺の頭脳に名案が浮かぶ。

 

 俺が速攻で件の人物を救出→移送方陣でそいつと一緒に教会から脱出→mission complete!!

 

 これだッ!!

 

 なんと素晴らしい作戦だ! これなら四人もいらん、俺一人で充分ではないかッ!

 

 もしかして……俺にはパタリロ並みの頭脳があるんじゃないか!?

 

 よし、作戦は決まった。あとは突っ込むだけだ。

 

「派手にぶちかましてやるぜ!」

 

「え、ちょ、おま」

 

 入り口を潜り、一気に聖堂まで駆け抜け、思い切り両開きの扉を蹴破る。

 

 聖堂の中は長椅子と祭壇。……うん? 想像していたのと違う。

 

 もっとこう、聖堂の中にはエクソシスト達が(ひし)めき合ってるもんだと思っていたのに。

 

 中は誰もいない……? いや――ッ!?

 

「九々崎! お前いきなり何やってるんだ!?」

 

 追いついてきた兵藤くんに怒鳴られる。二人からの視線も冷たい。あっ、思いついた作戦を言ってなかった……。

 

「す、すまないみんな! 名案が浮かんだんだけど――」

 

 突如、聖堂内に拍手の音が。やはり居たか。それにしても一人で登場とは、随分余裕だな。

 

 柱の物陰から出てきたのは白髪の少年で、なにやらいやーな笑みを浮かべていた。

 

 神父服を着て、わざわざ俺達の前に出てきたのを見るに、おそらくは彼がはぐれエクソシストってやつなんだろう。彼を見てからの他三人の警戒っぷりからして、あいつが以前に兵藤くんを襲ったはぐれエクソシストなのかもしれないな。

 

 俺達を視界に捉え、口を開く少年神父。が――

 

「……え? あいつなんて言ってんの?」

 

 顔立ちからして外国人というのはわかっていたが、もしかしてあいつ日本語喋れない?

 

 彼の口から飛び出るのは異国の言葉。うん、わからん。多分英語だろう。

 

 だが他三人は完璧に理解しているようだった。完全に俺だけ置いてけぼりである。

 

 兵藤くんはあいつの言葉に顔を(しか)め、木場くんと塔城さんはまるで汚い物を見るような目を向けている。本当に異国の言葉を理解していなければ、こんな表情はできない筈だからな。

 

 だが少年神父の身振り手振りからして、相当ぶっ飛んだ奴だというのは(かろ)うじて理解できる。

 

 しかし俺を除くオカルト研究部で、一番アホっぽい兵藤くんまで外国語を理解できているというのはかなりショックだ。

 

 ――嘘!? オカルト研究部員のスペック高すぎ!? ※俺を除く。

 

 ……さて、今は目の前の少年神父に集中するとしよう。

 

 神父は何やらベラベラ捲くし立てたかと思うと、急に激昂し、懐から拳銃と柄のような物を取り出した。

 

 そして、柄から光の刃が飛び出し……あれは!?

 

 ――フォースソード!? いかんいかん、作品が違う!

 

 それにしてもあの神父、マジで余裕ぶっこいてやがんな。四対一なのに未だヘラヘラ笑っている。

 

 まあいいさ。その余裕、すぐにへし折ってくれる(暗黒微笑)

 

「おい! アーシアはどこだ!」

 

 おいおい兵藤くん。そんな馬鹿正直に聞いたって教えてくれるわけ――

 

「祭壇から行けるんだな!? みんな、祭壇から行けるらしいぞ!」

 

 ……はい、あっさりと教えてくれたようですね。喋りながら祭壇の方を指しているってことはそういうことなんだろうな。

 

 あとは立ちはだかるあの神父を倒すだけか。そういえば突っ込むことしか考えてなくて、得物を生成するのを忘れていた。生成するのはもちろんアントラー・ソード。

 

 ――とりあえず牽制に一発入れとくか。

 

「ふっ!」

 

 踏み込み、神父に向けて剣を薙ぐ。あくまで牽制のためなので、そこまで力を込めたわけではなかったのだが――まさかクリティカルヒットするとは思わなかった。

 

 見れば神父は壁までぶっ飛んでおり、白目を剥いて気を失っていた。おい、弱いぞこいつ。

 

 神父の胴には横一文字に刀傷が走り、そこから血がだくだくと流れている。剣でぶった斬ったのに刀傷? という突っ込みは受け付けない、絶対にだ。

 

「……同じ『はぐれ』とはいえ、お前よりもはぐれ神族(純情派)の方がよほど強かったよ」

 

 三人の視線を無視するように口を開く。三人とも俺に何か言いたそうな目を向けているからな。ええい、こっちみんな。

 

 いや、「僕が全く動きを捉えられないだなんて……」と木場くんが漏らしているとこから、案外俺の強さに驚いてたりして! ……そうですね、それはないですね。

 

「さっ、雑魚に構ってる暇は無い筈だよ。さっさと助けに行こう」

 

「あ、ああ……」

 

 神父の方は……まああれだけ血を流しているわけだし、放っておけばそのうち死ぬだろう。

 

 しかし弱かったな。これから出てくる敵みんながあれぐらい弱ければいいんだけど。

 

「そうだ。俺と木場くんは得物があるからいいけど、兵藤くんと塔城さんは素手で大丈夫なのか?」

 

 ここは敵の拠点なのだ。そんな中丸腰で挑むのは無謀だろうと思ったのだが、その心配は杞憂だった。塔城さんはなんと素手で戦うモンクタイプだそうだ、めっさ強いらしい。

 

 兵藤くんも似た感じらしく、「セイクリッド・ギア!」という彼の叫びに呼応して左腕に赤い篭手が装着される。剣士二人にモンクタイプ二人って明らかにバランス悪いだろ。どんだけゴリ押しなんだよ。

 

「よし、行こう。みんな」

 

 ……まあいいか。気合の漲っている兵藤くんを見ると何とかなる気がしてくる。

 

 俺達は互いに頷きあい、祭壇の隠し階段に足を向けた。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 プロモーション。

 

 実際のチェス同様『兵士』は、相手の陣地の最深部へ到達した時に昇格することができる。

 

 『王』以外の全ての駒に。主が『敵の陣地』と認めた場所の一番重要なところへ足を踏み入れた時、『兵士』は『王』以外の全ての駒に変わることができる。

 

 それが、『兵士』の特性。

 

 地下への階段を下りる途中に兵藤くんが教えてくれたことだ。

 

「いつの間にそんなことできるようになってたんだ? そんなスゲー能力あるんだったらもっと早く教えてくれればいいのに」

 

 本当にすごい。なんでもこの教会に来た時点で、プロモーションができるようになっていたようだ。それはつまり、グレモリー部長がここを敵陣と認めたということ。

 

 ここを敵陣と認めたってことは、シスターの救出を許可したってことだ。

 

 あれだけ駄目だ駄目だと言っていたくせに。

 

 実はあのヒトってツンデレ?

 

 ツンデレといえばあのカードゲームが出来るギャルゲーのツァン・ディレを思い出す。

 

 あの可愛らしい桃色頭の女の子。使うデッキは六武しゅ――あばばばばば頭が痛い! 何故だ!?

 

 よくわからないが彼女の使うデッキが思い出せない。まあいいや。

 

「俺がそれを披露する前に九々崎がフリードの奴をぶっ倒したからな、それで説明が遅れたんだよ」

 

 なんてことを恨みがましく言ってくれる。

 

 いや、それは、その、あれだ、早く済んでよかったじゃないか!

 

 それにしてもあの白髪の少年神父、フリードって名前だったんだな。せめて名前ぐらいは聞いてやればよかったかな? 名前だけなら聞き取れる、筈。

 

「九々崎くん、さっきの剣も適当に振るったものだったのかな?」

 

「あん? なんで?」

 

「適当とは思えない太刀筋だったから、ちょっと気になって」

 

 お? これってもしかして褒められてる? いやあ、よせやい、照れるじゃないか!

 

 同じ剣士としての友情が芽生えようとしている!?

 

「あれぐらい普通だよ、じゃなきゃ生きていけなかったからな」

 

 謙遜などではなくこれは本当の話だ。人外魔境のセラフィックゲートでは、あの攻撃は寧ろ弱い部類に入る。弱過ぎると言っても過言ではない。そもそもアントラー・ソードであそこに挑むのが間違いだからな。アントラー・ソードを持って、適当に振るう。今の俺は敵を舐めきっていると言われてもしょうがないのかもな。

 

「普通……そっか」

 

 なんか地味にショック受けてるけどどうしたんだ? 見れば話を聞いていた二人もショックを受けている。これから本番がまっているというのに、情けないぞ。

 

 階段を下りると奥へ続く一本道に出た。時折両脇の壁に扉を見かけるが、こういった扉を見ると無性に入りたくなるのは俺だけではない筈だ。

 

「たぶん、この道の奥……。あの人の匂いがするから……」

 

 塔城さんが道の奥を指差す。

 

 匂いか……なんとも犬っぽい。小猫なのに犬とはこれいかに。

 

 ――いや、この話はやめようすぐやめよう。犬なんて知らない。犬小屋なんて知らない。コスプレした犬なんて知らない。コボルトなんて知るものかっ!!

 

 奥には一際(ひときわ)目立つ大きな扉があった。この奥に救出対象がいるのだろう。

 

「おそらく、奥には堕天使とエクソシストの大群が存在すると思う。覚悟はいい?」

 

 木場くんの言葉に、俺達は頷く。

 

「わかった。じゃあ扉を――」

 

 木場くんと兵藤くんが扉を開け放とうとした時、扉の方が勝手に開きだした。

 

 自動ドアだって? 無駄なところに金かけてるな。こんなところに金を回せるだなんて、羨ましい限りだよ本当に。

 

 さて、扉の奥には……大量の神父と長い黒髪の女の子がいた。あの女の子が堕天使なのだろう、背中から黒い翼が生えている。

 

「いらっしゃい、悪魔の皆さん。あら? 一人見慣れない人間がいるわね。もしかして、わざわざ悪魔と一緒に殺されに来たのかしら?」

 

 嘲笑と共に言葉を投げかけられる。開口一番にそれかよ……! あの人間を見下しきった眼と言葉。

ハイソックスを履いたウルとヘイムドゥァル!を思い出す。あいつらも出会った頃は散々好き勝手言ってくれたからな、おかげで俺は神族が嫌いになった。ヴォータン? あいつは死んでいいよ。

 

「アーシアァァ!」

 

 兵藤くんが叫ぶ。彼の言葉に奥の十字架に磔にされた少女がこちらの方に顔を向ける。

 

 あの子がアーシアか。綺麗な金髪の女の子だ。

 

 今にも襲い掛かってきそうな神父達を警戒しながら事の成り行きを見守る。そして――

 

 突然、彼女の体が光りだした。

 

「木場くん! ありゃあ一体なんなんだ!?」

 

神器(セイクリッド・ギア)を抜き出すつもりだ! マズいっ!」

 

 なんなんだよもう! 神器(セイクリッド・ギア)を抜き出すと何かマズいことでも起きるのか!?

 

 でもあの子苦しそうに絶叫してるし、やっぱ抜き出されるとマズいんだろうな。

 

 彼女に駆け寄ろうとした兵藤くんを、神父達が囲む。

 

 神父達はなにか言ってるが、日本語ではないためやっぱりわからない。主である堕天使が日本語話せてるんだから、お前らも日本語使えよ!

 

「どけ! クソ神父ども! お前らに構ってる暇はねぇんだ!」

 

 バン! と大きな音がした。発生源を見れば、塔城さんが神父の一人を殴り飛ばしていた。

 

 木場くんも闇を纏った剣を取り出している。あれが木場くんの剣か! なんかこう、闇を纏ってるのが悪魔っぽい!

 

「最初から最大でいかせてもらおうかな。僕、神父が嫌いだからさ。こんなにいるなら、遠慮なく光を食わせてもらうよ」

 

 なるほど、最初からクライマックスってやつだな。

 

 俺も兵藤くんの道を開こうと、剣を構えた時だった。

 

「これよ、これ! これこそ、私が長年欲していた力! 神器(セイクリッド・ギア)! これさえあれば、私は愛をいただけるの!」

 

 堕天使が突如(わめ)きだす。思わず堕天使の方を向いた途端、眩い光が辺りを包み込む。

 

 この隙に一人でも多く神父を切り捨てる! 光が止んだあともなにやら喚いていたが、それを無視して剣を振るう。

 

 斬って斬って斬って斬って斬ってひたすら切り捨てる。数ばかり無駄に揃えやがって!

 

 俺一人ならどうってことないが、荷物を担いででは少々キツい。

 

「兵藤くん! いっぺんその女の子連れて上にあがってくれ! 道は開けるから!」

 

 神父を斬り倒し、儀式場の入り口までの道を開く。木場くんと塔城さんが手伝ってくれたおかげで、すんなりと道を開くことができた。

 

「今だ! 早く行け!」

 

 兵藤くんは女の子を抱き上げ、儀式場の入り口まで駆け出した。

 

「九々崎! 木場! 小猫ちゃん!」

 

 何やってんだあいつ! さっさと逃げればいいものを!

 

「先に行くんだ! ここは僕たちで受け止める!」

 

「……早く逃げて」

 

「二人もこう言ってることだし、早く行ってくれ!」

 

 ……あれ? よくよく考えてみたら、仲間を逃がすために敵を抑えるって死亡フラグじゃね?

 

 入り口には俺達の言葉に感極まってる様子の兵藤くん。

 

「九々崎! 木場! 小猫ちゃん! 帰ったら、絶対に俺のことはイッセーって呼べよ! 絶対だぞ! 俺達、仲間だからな!」

 

 やめろぉぉぉ! それ以上フラグを立てるなぁぁぁ! 戦いの後のことを戦場で話すんじゃねええ!

 

「まっ、待ってくれ兵藤くん! 俺も一緒に――」

 

「さあ、九々崎くん! ここからが正念場だよ、頑張ろう!」

 

「……九々崎先輩、頑張りましょう」

 

 ――あかん、オワタ。



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五話

第一部、完ッ!


「バーン・ストーム! バーン・ストーム! バーン・ストーム! バーン・ストーム! もいっちょバーン・ストーム!!!」

 

 九々です。

 

 春を向かえ、最近は暖かくなってきましたね。

 

 今俺がいる場所が密閉された地下の儀式場というのも相俟ってか、暖かいを通り越して暑くすら感じられます。

 

「クール・ダンセル! クール・ダンセル! クール・ダンセル! ついでにもいっちょクール・ダンセルゥゥ!!!」

 

 前述した通り暑く感じる日もありますが、それでもまだ冬の寒さが抜けきっていないのでしょうか、寒く感じる日もあります。

 

 今俺がいる場所がお日様の日差しが届かない地下の儀式場というのも相俟ってか、寒いを通り越して凍えてしまうのではないかと感じられます。

 

 まだまだ寒暖の差が激しい日が続くとは思いますが、それでも俺は風邪をひかないよう毎日を元気に過ごしています。

 

 先日、駒王学園に転入しました。新たな学校生活に不安もありましたがクラスメイトや、所属している部活の人達はみんな良い人ばかりです。早速友達もできました!

 

 特に部活――オカルト研究部の皆さんは学園の有名人ということもあり、個性的な人ばかりでした。

 

 今俺は研究部の木場くんと塔城さんと、この地下の儀式場に来ています。

 

 ですがこの二人、場内を見て何故か唖然としています。本当に、何故唖然としているんでしょうね。

 

「――ふぅ。漸く全滅、ってとこかな? 数だけだったな」

 

 さっぱりした場内を見てようやっと一息つくことができた。

 

 あれだけいた神父達も全員片付き、死亡フラグをへし折るのに見事成功。

 

 我ながら天晴れと言うほかなかった。しかし……。

 

 ――これはひどい。

 

 場内のあちらこちらにバラバラになった神父達の死体が散らばっているのだ。

 

 爆炎を伴った上昇気流で下から打ち上げられ、その衝撃に耐えられず四肢を失う者。

 

 氷精に氷の刃で斬り捨てられ、腹を裂かれて臓物をぶちまける者。運良く五体満足で死ねた者も、(みな)氷漬けになってその生涯を終えている。

 

 阿鼻叫喚の地獄絵図が、場内で再現されていた。

 

「魔法がメインだって九々崎くんは言ってたけど……それに違わぬ凄まじい威力だったね」

 

 いち早く戻ってきた木場くんが語りかけてくる。

 

 は? 魔法がメイン? こいつは何を……ああ、そんなことも言ってたっけ。

 

「……剣が使えて、魔法も使えて。九々崎先輩はとても強いですね……」

 

 ――槍と弓と、あとナックルも使えますがなにか?

 

 内心でドヤ顔しながら独り言ちる。

 

 俺を褒める塔城さんだったが、その言葉にはなんというべきか……決して+とは呼べない感情が混じっていたように感じられた。なんだろう、自分でも何を言っているのかよくわからない。

 

 まあいいさ、俺には関係の無いことだからな。

 

 さて、全員始末してやったことだし、さっさとこの儀式場から出ようと提案する刹那――

 

 床が青白く光りだす。その光は徐々にとある形――魔方陣を作っていく。

 

 すわ増援か! と警戒する俺に、塔城さんが語りかける。

 

「……あれはグレモリー眷属の魔方陣です」

 

 塔城さんの言葉に俺は警戒を解く。言われてみれば、部室にあった魔方陣と同じ形だな……。

 

 その光の中から現れしはリアス・グレモリーと姫島朱乃。

 

 駒王学園の『二大お姉さま』にして、グレモリー眷属の『王』と『女王』だった。

 

 ――二人とも、来るのが遅すぎです!

 

 なんだよ! この二人が来てくれるんだったら、俺あんなに頑張らなくてもよかったじゃん!

 

 そんな俺の心中も知らず、現れた二人は場内を見回す。

 

「もう戦闘は終わっているようね。それにしても――」

 

「ええ。地獄絵図……ですね」

 

 あー……やり過ぎてしまっただろうか。だが杖も装備せず、大魔法も使わなかったのだから、一応加減はしたつもりだったんだけど……。というか、ここで大魔法を使ったら絶対生き埋めになるだろう。そのため大魔法に関しては使えなかったと言った方が正しいかな。

 

「祐斗と小猫の戦い方ではこんな有様にはならないだろうし……九々がやったのね?」 

 

 バレた。まあそうだよな。あちらこちらに散らばる死体を見れば、決して剣や素手でやったものではないと容易に判断できる。前に魔法がメインだって言っちゃったしな。

 

「はい。一応手加減はしたつもりだったんですけど……」

 

「手加減、ね。本当にあなたの底が知れないわ」

 

 グレモリー部長が嘆息する。

 

 ふふん、そうだろうそうだろう。なんてったって俺はハムスターを倒した男だぜ?

 

 あの! ハムスターを! 倒した男だぜ!? そう簡単に底を知られてなるものか。

 

 ――……え? 公太郎? いやちょっと何を言ってるかわかりませんね……。

 

 何故だか吐き気を催してきた。背を伝うじっとりとした汗が、とても不快だ。

 

 あれ? おかしいな……。寒気までしてきた、気がする。

 

 もう帰ろう。はぐれエクソシストの連中も始末したことだし、この場に留まる(ことわり)はもうない。

 

「そういえばイッセーはどこに行ったのかしら?」

 

 ……あっ、やべっ。兵藤くん忘れてそのまま帰るとこだったわ。

 

 兵藤くんなら女の子を連れて上の聖堂に逃げて――そこで俺は堕天使がいないことに気付く。

 

 先程の呪文に巻き込んだ覚えもない。巻き込んでたらどっかに死体が転がってる筈だからな。

 

 ここにいないということは、兵藤くんを追って上へと向かったのだろう。

 

 ――もしかしてもう堕天使にやられてたり……?

 

 なんてことを考えたその時、上の方からとんでもなく大きな破砕音が響いてきた。

 

 って、あの音はなんだったんだ!?

 

「おそらくはイッセーがやったのでしょうね」

 

 そうグレモリー部長は言う。その言葉を口にした彼女は、兵藤くんの勝利を信じてやまないようだ。

 

 その根拠を聞きたいところではあるが、それよりも今は兵藤くんのとこへ向かうのが先だ。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 聖堂内の壁に生まれていた大きな穴を見て、俺は驚嘆していた。

 

 その大穴の先。そこに地下で見た堕天使が横たわっていたのだ。

 

 ――マジで兵藤くんが倒したのか。

 

 まさに驚嘆と言う外ない。あの悪魔になりたてのペーペーが、自分よりも遥かに強いであろう堕天使を、見事打倒してみせたのだから。

 

 床に倒れこんでいる兵藤くんは体中傷だらけの血まみれだった。

 

 だが荒い呼吸音から、ちゃんと生きているのが確認できる。

 

 ――どれどれ、回復してやるとしよう。

 

「キュア・プラムス」

 

 淡い光は見る見るうちに兵藤くんの体を癒す。傷も大部分が治っており、呼吸も安定したものになっていた。

 

 いやーキュア・プラムスマジ便利。チャージターン? なにそれおいしいの?

 

「……九々崎か」

 

「おう、お疲れさん」

 

 落ち着いた兵藤くんがこちらを見やる。そういや逃げる時に連れてた女の子がいないな、と思ったら長椅子に横になっていた。まああんだけ絶叫してたわけだし、おそらくは疲れて寝てるのだろう。

 

「ほら、グレモリー部長が来てるんだ。いつまでも寝転んでないでさっさと立ちな」

 

 その言葉に彼はハッと辺りを見回す。そうしてグレモリー部長を視認したと同時に勢いよく立ち上がる、彼女がここに来ているのが意外だったのだろう。

 

「よくやったわね、イッセー」

 

 (ねぎら)いの言葉をかけるグレモリー部長。本当に、よくやったもんだ。

 

 だが彼の表情は暗い。敵の親玉を倒して、無事に目的の女の子も助け出すことができたのだ。万々歳ではないか、何故そんな顔をしているのやら。

 

「何暗い顔してんだよ、女の子も助け出せたんだろ? もっと喜ぼうぜ!」

 

 俺の言葉を聞いた途端、兵藤くんは涙を流す。え、なんで!?

 

 彼が何故突然泣き出したのか。疑問に思っていた俺に、木場くんがその理由を教えてくれた。

 

 神器(セイクリッド・ギア)を抜かれた者は例外なく死に至ると。

 

 地下の儀式場で神器(セイクリッド・ギア)を抜き出される彼女を見て、マズいと叫んだのはそれが理由だったようだ。

 

 そこから先は言われずともわかる。あの子はもう……。

 

「なあ、九々崎……。なんとか、できないか……? ほら、伝説の霊薬をあんな簡単に生み出せるわけだしさ。死んだ人を蘇生させる薬も……」

 

 言っていて、自分でもそんな都合の良い物は存在しないと理解しているのだろう。

 

 段々と紡ぐ言葉も尻すぼみになっていくのが、何よりの証拠だ。

 

 そして――兵藤くんの思う通り、俺は死人を蘇生させるなんてこと、できやしない。

 

「……すまん、兵藤くん」

 

 もしもこれがシルメリアだったなら、時間はかかれど何とかできただろう。

 

 死んだ存在であるエインフェリア。それらに肉体を与えて解放するということは、死者を蘇らせているのと同じことなのだから。それを考えると、若い姿でシルメリアのエインフェリアとなり、そのまま解放されたフィレス大勝利である。

 

 58歳から17歳だぜ? その上失った片腕も元通りだし……。

 

 一応換魂の法で助けることもできるが、この方法は提示しない。

 

 言えば兵藤くんは自分の命を使えと言うだろうし、グレモリー部長はそんなこと絶対に認めないだろうからな。

 

「それにしても……教会がボロボロですわ。部長、よろしいのですか?」

 

 重たい空気を払拭するかのように姫島さんがグレモリー部長に問いかける。

 

 困り顔だが何か問題でもあるのだろうか。

 

「……なんか、ヤバいんすか?」

 

 教会は神ないしそれに属する宗教のもので、今回のように堕天使が所有している場合がある。

 

 そのケースだと彼女ら悪魔が教会をボロボロにすると、後に他の刺客から付け狙われることがあるらしい。恨みと報復をもって。

 

 グレモリー部長の知恵袋より抜粋。

 

「でも今回それはないでしょうね」

 

 ――はて、報復がないのは嬉しいが、それは何故なのだろう。

 

 ここは元々捨てられた教会だった。そこをとある堕天使達が自らの私利私欲のために活用し、俺達はそこでちょっとした喧嘩をしただけだと。

 

 相手の公式な陣地へ戦争を吹っかけたわけでもなく、いち悪魔といち堕天使の野良試合の小競り合い。ただそれだけのことだそうだ。

 

 いやあ、相変わらず説明上手な方だ。きっとグレモリー部長には人物特性に、説明上手が含まれているに違いない。

 

 ――ん? 何か、引きずるような音が……。

 

「部長。持ってきました」

 

 音の正体は壊れた壁の奥から現れ、堕天使を引きずってきた塔城さんだった。

 

 その様は、狩ってきた獲物を嬉々として主人に見せる猫を連想させる。堕天使倒したのは兵藤くんだけど。

 

 グレモリー部長とアイコンタクトを交わすと、姫島さんは堕天使に生み出した水の塊をぶっ掛ける。

 

 見た目美少女の堕天使に、ぶっ掛ける。

 

 ぶっ掛ける。

 

 美少女にぶっ掛けるという言葉を聞くと、興奮してしまうのは俺だけではない、筈。

 

 はい、どうでもいいことですね。

 

 水をぶっ掛けられ、咳き込みながらゆっくりと眼を開ける堕天使。

 

「ごきげんよう、堕天使レイナーレ」

 

「……グレモリー一族の娘か……」

 

「はじめまして、私はリアス・グレモリー。グレモリー家の次期当主よ。短い間でしょうけど、お見知りおきを」

 

 優雅に自己紹介をするグレモリー部長。それはいいんだけど、俺にはさっきから気になってることがあった。

 

 ――あの少年神父の死体が、どこにもない。

 

 少年神父の倒れていた場所を見れば、血溜まりがあるばかり。点々と床に垂れている血の跡も、途中で途切れていた。

 

 ――あいつ、生きているのか。

 

 言葉が理解できなかったため、あの神父がどういった人間かは不明だが、生きている以上必ず報復しに来るだろう。俺はそれが怖い、復讐するやつは何をやらかすか全くわからないからな。

 

 ちゃんと止めを刺すべきだったか……。だがあれだけの深手を負ったのだ、逃げたとしてもそう遠くには行ってないだろう。

 

 その(むね)を兵藤くんに伝え、神父を探そうとした矢先――

 

 現れた。穴の空いた壁の奥から。

 

 応急処置はしてあるものの傷は深かったようで、その足取りはどこか覚束ない。

 

 顔色も血が足りないのか真っ青になっていた。よくあんな状態で逃げれたなあ。だがここで出てくる意味がわからん。

 

 現れた神父を見て、堕天使は叫ぶ。

 

「助けなさい! 私を助ければ褒美でも何でもあげるわ!」

 

 いや無理だろ。あいつ自身既に虫の息なのだ、そんな状態で俺達を出し抜いて堕天使を助け出すことは不可能だろう。ていうかあいつ日本語わかるの?

 

 でもなんかわかってるっぽい。ニンマリと嫌な笑みを浮かべながら、堕天使に返答してるし。

 

「くっ……ふ、ふざけないで、私を助けるのよ!」

 

 本当にあいつは何を言ってるんだろう。堕天使の怒り具合からして、碌でもないことしか言ってないんだろけど。

 

 それにしてもマジでタフだな。体をクネクネさせながら喋っているその姿は、血で真っ赤に染まった神父服に目を瞑れば怪我を負っていることを感じさせない。

 

 ひとしきり喋ったあと、今度は満面の笑みを兵藤くんに向けて話しかけていた。

 

 ビビッてる兵藤くんを見るに、よっぽど怖いこと言われたんだろうな、可哀想に。

 

 次いで、俺の方を見やる少年神父。その表情は兵藤くんに向けていた笑みとは違い、憤怒のものへと変わっていた。

 

 血走った眼で睨みつけ、指を差しながら俺に向かってギャンギャンと喚く。

 

 だから、何言ってるのかさっぱり分からないんだってば。

 

「なあ、あいつなんて言ってんだ?」

 

「えーっと……『必ず殺してやるからな!』みたいなことを言ってるよ」

 

 隣の木場くんが教えてくれる。やっぱ復讐する気満々じゃないですかー!

 

 というわけで弓――クロス・ボウを生成する。狙いは当然神父の頭。

 

 だが俺が狙いをつけるよりも早く、あいつは懐から取り出した丸い物体を床に叩きつけ――

 

「ぬおおおおお! 目がッ! 目がぁぁぁぁぁ!!」

 

 痛い痛い痛い! 目の奥が熱いしなんかチリチリする!

 

 あの糞ったれやりよったな!? スタングレネードとは味な真似を!

 

 弓なんか使うんじゃなかった、ばっちり光源の方見ちゃったよ!

 

 目を両手で押さえ、ゴロゴロと聖堂内を転げまわる俺の姿はさぞかしマヌケなことだろう。

 

 ――あの神父充分一矢報いてるよ! 大ダメージ与えられてるよ!

 

「九々!? 大丈夫!?」

 

 大丈夫じゃねえよ見りゃわかんだろ!

 

 しかし、痛いがこれしきのこと、セラフィックゲートでは日常茶飯事だったのだ。

 

「キュア・プラムス!!!」

 

 淡い光が俺を包み、その身を――というか目を癒す。

 

 あー死ぬかと思った。今ので死にかけたら、『ガッツ』は発動してくれるのだろうか。

 

 ――あっ、そういえばスキル一個も装備してなかった……。

 

 帰ったら色々と装備しておこう。

 

 漸く痛みの引いた目を開ける。堕天使はガクガクと震えているが、一体なにがあったんだ?

 

 いや、もう、どうでもいいや。精神的に疲れた……。結局、あの女の子を救うことはできなかった。自信たっぷりに手伝うと言っておきながらこの体たらく。本当に――――情けない。

 

 そうして、俺が自己嫌悪に陥ってるうちに全部終わったらしい。

 

 哀れな堕天使の消滅をもって。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 聖堂の宙に緑色の淡い光が浮かんでいる。これが女の子――アーシアの神器(セイクリッド・ギア)らしい。堕天使を倒したことで解放されたとのこと。

 

「さて、これをアーシア・アルジェントさんに返しましょうか」

 

「で、でも、アーシアはもう……」

 

 俯き、打ちひしがれる兵藤くん。抜き取られた神器(セイクリッド・ギア)を戻せば生き返ります、なんて単純なものではないと、彼も分かっているのだろう。

 

「イッセー、これ、なんだと思う?」

 

 グレモリー部長がポケットから紅い、チェスの駒を取り出す。『僧侶』の駒だ。

 

 何故突然チェスの駒を取り出したのかは分からないが、きっと意味があってのことなのだろう。

 

 戸惑う兵藤くんにグレモリー部長は説明する。

 

 爵位持ちの悪魔が手にできる駒の数は『兵士』が八つ、『騎士』、『戦車』、『僧侶』がそれぞれ二つずつ、『女王』が一つの計十五体。

 

 『僧侶』の駒を持ったまま、彼女はアーシアさんのもとへ足を向け、胸元にその紅い駒を置く。

 

 『僧侶』の力は眷属の悪魔をフォローすること。アーシアさんは優れた回復能力を持っているらしく、グレモリー部長はその能力に目をつけたということだろう。

 

 シスターを、悪魔として転生させる。前代未聞の事だそうだ。

 

 ……え、転生? ちょっと待って。悪魔ってそんなことできんの?

 

「我、リアス・グレモリーの名において命ず。汝、アーシア・アルジェントよ。いま再び我の下僕となるため、この地へ魂を帰還させ、悪魔と成れ。汝、我が『僧侶』として、新たな生に歓喜せよ!」

 

 まさかと思うけど、これで生き返ったり――

 

「あれ?」

 

 ――生き返った。どういうことなの……? まったく着いていけない、転生ってそういうこと!?

 

「回復要員は既に九々がいるけど、九々は眷属ではない。だからこそ私はその子を眷属として転生させたわ。イッセー、あなたが彼女を守っておあげなさい。先輩悪魔なのだから」

 

「……イッセーさん?」

 

 怪訝そうに首を傾げるアーシアさんを、兵藤くんは涙を流しながら抱きしめていた。

 

「帰ろう、アーシア」




 あの後、俺の混乱はピークに達していた。

 あまりに知らないことだらけで、その場の流れに着いていけなかったからだ。

 アーシア・アルジェントが堕天使に目をつけられていた理由。

 彼女の神器(セイクリッド・ギア)の能力。

 死んだ人間すらも蘇らせ、下僕にできる悪魔の力。

 おまけに悪魔にはほんやくコンニャクが標準装備されている、などなど。

 それらを聞いて、漸く今回の騒動の内容が理解できた。

 彼女――アルジェントさんと兵藤くんを除く、オカルト研究部四人が懇切丁寧に教えてくれた。

 ――もっと早く教えてくれよ……。

 教えてもらっといてこの言い草はないだろうが、それでも俺はそう漏らさずにはいられなかった。

 ていうか、悪魔にほんやくコンニャクが装備されてるってズルくね?

 ――だからアホっぽい兵藤くんも外国語を理解できていたのか!

 ちなみに、悪魔に限らず、他の種族も同じようにほんやくコンニャクを装備しているらしい。

 さて、この話はここまでにしておこう。翌日の――まあ今日のことだ。

 俺は朝っぱらから職員室に呼び出されていた。

 呼び出された理由は、昨日学校をサボったことにあるらしい。

 ――なんでや! サボったんはお昼からだったやろ!?

 ……はい、完璧に俺が悪いですね。先生、本当に申し訳ない。

 こうしてちゃんと叱ってくれるあたり、この先生はとても良い先生なのだろう。

 次は無いと言われ、次いでもういいぞと言い渡される。

 学費もグレモリー部長に出してもらってるわけだしな。それなのにこうサボっていては(ばち)が当たるってもんだ。

 職員室から退室し、そこで俺は昨日見知った女の子を見かける。

「おっ、アルジェントさんじゃん」

「九々崎さん!」

 見れば彼女は職員室のもう片方の扉から出てきたところだった。

 駒王学園の制服に身を包んでいるってことは、そういうことなんだろうな。

「制服、似合ってるね」

 当たり障りのないことしか言えないが、似合っているのは本当のことなのだ。

 おそらく今の彼女を見れば、学園の男連中は同じことを言うだろう。

「ありがとうございます!」

 元気良く返事をしてくれるアルジェントさん。

 ――笑顔が眩しいです!

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 俺達は旧校舎にあるオカルト研究部部室へと足を運んでいた。

 明日の朝集まりがあると昨日言われ、こうして向かっている途中だった。

 集まりというのはおそらくアルジェントさんのことだろう。

 職員室前で制服姿の彼女を見るまで、学園に転入してくるなんてこと知らなかったのだ。

 きっとそのお披露目に違いない。

「――そっか。アルジェントさんはこういった学校生活は初めてなのか」

「はい。ですからこれからのことを想像するだけで――」

 部室に向かう途中、こうしてアルジェントさんと会話をしているわけだが――

 ――楽しい! 美少女と会話するのがこんなにも楽しいだなんて!

 童貞丸出しの感想である。我ながらなんとも言えない虚しさがあったが、そんな虚しさも彼女と会話するだけで霧散していくというものだ!

 いや、オカルト研究部の美少女三人組との会話ももちろん楽しいよ?

 でもなんていうかこう――言い方が悪いがあの三人と比べ、この子はとても純真無垢なのだ。

 話していて癒される。とでも言うべきか。

 ――ああ、着いてしまったか……。

 だがそんな楽しい会話も、部室に着いてしまえば途端に終わってしまうものである。

 表に出さない程度に部室の扉を開ける。その先には――

「あっ、チューしてる」

 グレモリー部長が兵藤くんの額にチッスしている光景があった。ファック!!

「イ、イッセーさん……?」

 隣を見れば、目の前の光景に笑顔を引きつらせるアルジェントさん。

 ――この反応から察するに……こりゃ兵藤くんに惚れてるな。

 この予測に、俺の脳内の小人さん全員が頷いた。

 聞けば兵藤くんとアルジェントさんは出会ってまだ間もないという。

 にも関わらず友達を見捨てられないという理由で、単身堕天使の拠点に殴りこもうとしたのだ。

 会って間もない人間を、命がけで救い出そうとする彼の考えはとても理解できないが、それでも俺はその行動に敬意を表したい。

 アルジェントさんからすれば、兵藤くんは自分のために命を賭した救いのヒーローなのだ。

 そりゃあ惚れる。

 おっ、俺が呆けている間に全員揃ったみたいだ。

 それにしてもいつの間に……。このどこでも呆ける癖はなんとかしたいものだ。

「さて、全員が揃ったところでささやかなパーティーを始めましょうか」

 そう言ってグレモリー部長が指を鳴らすと、テーブルの上に大きなケーキが出てきた。

 なんでもこのケーキ、グレモリー部長の手作りらしい。

 新しい部員もできたことだしと、照れながらそう口にしていた。

 なるほど。歓迎会ですね、わかります。

 ちょっと豪華なものにしようと、飲み物代わりにみんなにノーブル・エリクサーを配ったのは内緒の話。


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第二部
六話


遅くなったわりに、微妙な出来で申し訳ありません。


 ――オカルト研究部内の空気が最悪です。

 

 開幕からいきなり意味の分からない言葉で申し訳ない。だが現在部室にいる俺としては、本当にこう言う外なかったのだ。

 

 部室内は俺を含め五人。機嫌の悪いグレモリー部長、ニコニコ顔だが表情しか取り繕っていない姫島さん、部室の片隅で「私、誰とも関わりたくありません」オーラを出しているロンリーガール塔城さん、そして最後に新キャラのグレイフィアさん。

 

 彼女を一目見た時、そりゃあもう驚いたものだ。思わず咲夜さん!? と叫んでしまった。

 

 まあそれはともかく、この張り詰めた空気は俺の精神衛生上よろしくない。

 

 早く残りの三人も来ないだろうか。

 

 そうだな、とりあえず三人が来るまでの間、ちょっと回想という名の現実逃避に洒落込もう。

 

 彼女――アーシア・アルジェントが学園に転入して早数日経ったわけだが、既にアルジェントさんは学園の人気者となっていた。

 

 転入初日から金髪美少女として全校生徒を大いに騒がせ、今も尚その人気っぷりは止まる所を知らない。

 

 俺の時はこんなことはなかった。やはり話題をさらっていくのはいつだって美男美女なんだな。

 

 ちくしょう…………ちくしょう。

 

 そのせいあってか兵藤くんはまるで、保護者のような働きを見せていた。始めは美少女を横に連れて優越感に浸っているのか思ったが、夜の部活動――アルジェントさんの悪魔の仕事を手伝う姿からは、そんな邪念は感じられなかった。

 

 ――まあ仕事といってもチラシ配りらしいけど。

 

 夜のデートですか、それはそれは楽しそうですねと(ひが)んだのは記憶に新しい。

 

 契約を取る際も彼女に卑猥な依頼が来てしまうのではと、涙ながらの過剰な心配ぶりはまさに保護者そのもの。遂には助手として仕事に着いて言ってしまうのだから、始末に負えない。

 

 もっとも、そういった卑猥な依頼はその手の専門悪魔がいるらしいが。

 

 ……そういえば、この頃からグレモリー部長の様子がおかしかったんだよな。

 

 それ以外におかしなこともなく、今まで普通に学校生活を送っていたところにこれだ。

 

 この部室の張り詰めた空気だ。堪ったもんじゃない。

 

 新キャラのグレイフィアさんとは軽い自己紹介をしてから会話が無い。

 

 というか部室に着いてから俺はそれしか喋っていない。

 

 ――マジであとの三人も早く来てくれないかな。この空気、苦しくて苦しくて……。

 

 と――その時、普段の行いが良かったおかげか、俺の願いが神様に届いたようだ。

 

 部室の扉が開け放たれる。開けたのは兵藤くんだった。

 

 いや、兵藤くんだけではない。木場くんとアルジェントさんの二人も一緒だ!

 

 やってきたのは悪魔だったが、あの三人が俺には天使に見えた。

 

 部室の空気にあてられ、慄くアルジェントさん。そんな彼女に袖口をつかまれた兵藤くんは、安心させるように彼女の頭を撫でだす。あっ、やっぱ悪魔だわこいつら。

 

 メンバーが揃ったことを確認すると、グレモリー部長は口を開く。

 

「全員揃ったわね。では、部活をする前に少し話があるの」

 

「お嬢さま、私がお話ししましょうか?」

 

 そう申し出るグレイフィアさん。グレモリー部長のことをお嬢さまと呼称する理由だが、なんと彼女はグレモリー家のメイドさんなんだとか。

 

 ――それにしてもメイドか……。冥土のメイド、おっぱいメイドことエーリスを思い出す。

 

 実はグレイフィアさんの今の姿は仮初の姿で、その正体はなんと冥界の番犬ガルムだったのだ!

 

 っていうオチはない、よね……?

 

 そうして俺が戦々恐々としている時だった。突然部室の魔方陣が光りだす。

 

 はて、オカルト研究部の連中は軒並み揃っているのだが……。もしかしてまだ俺の知らない部員がいたりして! なんて妄想をしてみる。

 

 俺の脳内にむっちんボデーの女の子が現れた途端、なんと魔方陣が形を変えた。

 

 見たことのない形状になっているな、これは一体どういうことだ?

 

「――フェニックス」

 

 木場くんがそう呟いた。フェニックスだって? ああ、FFでよくお世話になったよ。FF5の飛竜がフェニックスになるイベントで泣いたのは俺だけではない筈。

 

 魔方陣が眩い光を放ち、そこから人影が現れる。……って熱っ!?

 

 なんで魔方陣から炎出てるの!? トライ・エンブレム! トライ・エンブレムを装備せねば!

 

「ふぅ、人間界は久しぶりだ」

 

 俺が虚空から取り出したトライ・エンブレムを装備していると、魔方陣の方から知らない男の声が聞こえてきた。

 

 そちらの方を見やると赤いスーツを着崩した男がいた。……誰こいつ?

 

 どういった奴なのかは分からないが、とても気にくわない。理由? こいつがハンサム顔だからだよ。

 

「愛しのリアス。会いに来たぜ」

 

 もしかしてグレモリー部長の男!? と思ったが彼女は半眼で男を見つめていた。

 

 どうやら違うらしい。まああいつ頭悪そうだからな、どう考えてもグレモリー部長とは釣り合わないだろう。

 

 式の会場を見に行こうだとか、日取りも既に決まっているだとか意味の分からないことばかり言っているが、グレモリー部長はこの言葉にげんなりとした表情を浮かべていた。

 

「……姫島さん、あいつってなんなんですか?」

 

 ひそひそ声で姫島さんに聞いてみる。

 

「……フェニックス家ご三男の、ライザー・フェニックスさまですわ。純血の上級悪魔であり、部長の婚約者であられるお方です」

 

 婚約者! ああ、道理で……。合点がいった。あの男が言っていたのは結婚式のことだったのか。

 

 ……え!? グレモリー部長結婚すんの!? あんなチャラ男と!?

 

 そういえばグレモリー部長は良いとこの上級悪魔だって言ってたっけ。

 

 んで、あのチャラ男も上級悪魔。きっとあれだな、御家のための結婚なんだろうな。

 

 おそらくここ最近様子がおかしかったのは、これが原因だったのだろう。グレモリー部長も可哀想に。まるでベリナスみたいだ。

 

「ええええええええええええええええええええええええええええッッ!!」

 

 突如部室内に兵藤くんの絶叫が響く。あのチャラ男がグレモリー部長の婚約者だと、聞かされたのだろう。ああ――兵藤くん、グレモリー部長のこと大好きだったものな……。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 部室のソファに座るグレモリー部長。その隣に座り、彼女の肩を抱くライザー・フェニックス。

 

 何度も彼の手を振り払うグレモリー部長だったが、フェニックスはそれに構わずしつこく肩やら手やら髪やらを触っていた。

 

 そんな光景を見てなにやら唸っている様子の兵藤くん。ちなみに姫島さんを除く俺達オカルト研究部メンバーは、二人の上級悪魔から少し離れた席に集まっている。

 

 フェニックスの一挙一動にいちいち反応しては怒りを見せる彼だったが、突然にやけだしたかと思うと涎を垂らしだす。

 

 涎を垂らしながらしまらない顔をしている兵藤くんに、若干引いてしまう。まさか、嫉妬のあまり……?

 

 アルジェントさんも「どうかしましたか?」と怪訝そうに聞いている。

 

「……卑猥な妄想禁止」

 

 塔城さんがぼそりと漏らす。なんだ、妄想してただけだったのか。一瞬本気でおかしくなったと思ってしまったじゃないか。

 

 そんな彼に俺は嘆息しつつも、鞄からある物を取り出そうとして――

 

「いい加減にしてちょうだい!」

 

 グレモリー部長の怒鳴り声に体が硬直してしまう。さきほどの兵藤くんの絶叫といい、今日はなんだか不意打ちが多くはないですかねえ……?

 

 そちらの方を見やれば、穏やかじゃないグレモリー部長がフェニックスを鋭く睨みつけ、当の本人はといえばニヤけた笑みを浮かべている。

 

 激昂した彼女とフェニックスの話を聞く限り、やはりというべきか二人の結婚は御家のためらしい。

 

 延いてはこれからの悪魔情勢のために。会話の内容をざっくりと要約すると、大体こんな感じだ。

 

 ――というかグレモリー部長の御家事情って切羽詰まってんの……? もう少しエリクサーを安くした方がいいかな?

 

 更に話は続く。

 

 先の戦争で純血の悪魔は数が少なくなった。だから純血の悪魔を途絶えさせないよう二人が選ばれたのだと。

 

 グレモリー部長のところは兄妹二人だけで、その兄は家を出たという。

 

 そのせいでグレモリー部長しか家を継ぐ者がいない。婿を得なければ彼女の代で家は潰えるかもしれないと、フェニックスは真剣な面持ちで話していた。

 

 ただのチャラ男だとばかり思っていたが、意外にも先を見据えているらしい。

 

「私は家を潰さないわ。婿養子だって迎え入れるつもりよ」

 

「おおっ、さすが――」

 

 話が難しくてついていけん。考えてみたら、グレモリー部長が誰と結婚しようが俺には全く関係ないよな。嫁ぐでもなく、婿として迎え入れるのだ。なら結婚したからといって、「もうエリクサーは買いませんよ」ってことにはなりゃしないだろう。

 

 あくまで、彼女はグレモリー家の者として購入していたみたいだし。

 

 彼女らの話は放っておいて、俺はこれ――トラえもんチクタクパニックを鞄から取り出す。

 

 これを町のおもちゃ屋さんで見つけた時はなんともいえない、不思議な昂揚感に包まれたものだ。

 

 ええ、もちろん買いましたとも。ただトラえもんバトルドームの方は無かったんだよなあ。

 

 ちなみに『ド』ラえもんではなく、『ト』ラえもんだ。

 

 ふふっ、楽しみだなあ。何気にチクタクバンバンで遊ぶのって初めてなんだよね。

 

 自分でも顔が綻んでいるのが分かる。意気揚々と箱を開けた、その時だった。

 

「俺はキミの下僕を全部燃やし尽くしてでもキミを冥界に連れ帰るぞ」

 

 火の粉が室内に舞ったかと思うと、フェニックスから生温い殺意が放たれた――って燃える燃える! 俺のチクタクパニックが燃えるっちゅうねん! いくらしたと思ってるんだ!

 

 ――あの野郎、ぶっ殺してやろうか!?

 

 グレモリー部長もそれにつられて紅いオーラを全身から発している。

 

 フェニックスも体に炎を纏い――ホントにやめて! 俺のトラえもんが!

 

 ――はっ、そうか! チクタクパニックにトライ・エンブレムを装備させればいいんだ!(錯乱)

 

 ああでもない、こうでもないと混乱していた俺を余所に、いつの間にか事態は収束していた。

 

 グレイフィアさんが二人を止めてくれたらしい。ありがとう、グレイフィアさん!

 

 彼女の言によると、二人の家の方々はこうなることを予期していたとか。

 

 これが最後の話し合いだったようで、これで決着がつかない場合、最終手段として『レーティングゲーム』で白黒つけろとのことらしい。適当な要約で申し訳ない。

 

 二人とも落ち着いたみたいだし、この様子ならもう先程のような喧嘩は起きないだろう。

 

 俺はホッと一息つくと、気を取り直して箱からチクタクパニックを取り出した。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

『いそげ! いそげ!』

 

 部室内に間抜けな声が響き渡る。そう、トラえもんの声だ。

 

 俺はグレモリー部長らの会話をガン無視し、こうしてチクタクパニックに夢中になっていた。

 

 ――だって彼女らの会話は難し過ぎるんだもん。

 

 トラえもんの声がしても誰も見向きしない。こんなにカワイイのに……。

 

 いや――誰もというのは間違いだった。塔城さんがキラキラした瞳で、トラえもんを見つめているのだから。

 

 見つめるだけならまだいいのだが、俺がパネルを動かすたび小声で「……そこじゃありません」とか「……そこは右です」と指摘するのはマジでやめてほしい。気になってしょうがないのだ。

 

 ――あっ、トラえもんが脱線しちゃった……。

 

 塔城さんに気を取られ過ぎてしまった。ああ、良いとこまで行ったのに……。

 

 うわあ、塔城さんの方見るのが怖いなあ……。

 

 彼女の方を見やると――めっちゃ見てた。めっちゃこっちを見てた。ガンを飛ばすってレベルじゃねーぞ。

 

「…………塔城さんもやって――」

 

「やります」

 

 即答だった。

 

 それはもう見事な即答だ。どうやら俺のこの言葉を心待ちにしていたらしい。

 

 じゃなきゃ俺の台詞を遮ってまで即答しない筈だ。

 

「じゃあ……どうぞ」

 

 塔城さんと交代する。表情にこそ出してはいないものの、雰囲気から彼女は嬉々としてチクタクパニックに挑んでいるのが分かる。

 

 ――はあ、でも楽しんでくれてるのならいいかな? さて、話し合いはどうなったのやら。

 

「――対抗できそうにないな」

 

 は? 対抗? なんのこっちゃ。フェニックスが急に指を鳴らしたかと思うと、部室の魔方陣が光りだした。また誰か来るのか?

 

 フェニックスが出てきた時と同じ魔方陣からわらわらと人影が現れる。

 

「と、まあ、これが俺のかわいい下僕たちだ」

 

 ああ、あいつの下僕たちだったのか。フェニックスの周りにその下僕たちが集結した。

 

 計十五人ってとこか。駒をフルに使ったらしいな。

 

 聞きかじった話だが下僕にする存在の潜在能力が高い場合、駒の消費が倍になる例もあるんだとか。

 

 兵藤くんはその身にとんでもないものを宿しているらしく、そのせいで『兵士』の駒を一人で全部使ったそうだ。

 

神滅具(ロンギヌス)』と呼ばれるものの一つで、極めれば神すらも討つことができるらしい。

 

 是非とも『あの剣』をもって全力で兵藤くんに挑みたいものである。

 

 ――でもアタック・トラストが1なんだよな……。それでも強いけどさ。

 

 それにしても見事に女の子ばかりだな。こんな光景を兵藤くんが見たら――

 

「ハーレムじゃ……ないか……!!」

 

 言わんこっちゃない。涙を流して本気で羨んでいる。見ればフェニックスも彼を見て引いていた。

 

 そりゃ引くわ。

 

「その子の夢がハーレムなの。きっと、ライザーの下僕悪魔たちを見て感動したんだと思うわ」

 

 それを聞いた女の子達は、兵藤くんを見て「きもーい」とか「気持ち悪ーい」と好き勝手言っていた。やめろっ! 女の子にキモいって言われるのはかなり堪えるんだぞ!

 

 そんな彼に追い討ちをかけるが如く、フェニックスは女の子の一人と濃厚なディープキスをし始めた。

 

 ――おい! いいかげんにしろ! 子供だっているんだぞ!

 

 塔城さんの方を見やる。俺の心配は杞憂だったようで、未だチクタクパニックに熱中している。

 

 良かった。子供にこの光景は刺激が強すぎるからな……。

 

 フェニックスは唇を離したかと思うと、今度は別の子とディープキスを始める。

 

 ――童貞を嘲笑うかのようなその行為、万死に値するぞっ!

 

 内心を煮え滾らせていると、袖口を軽く引っ張られた。ええい、こんな時に誰だ!?

 

 引っ張っていたのは塔城さんだった。何か用でもあるのだろうか。

 

「どうしたんだ?」

 

「……できました」

 

 その言葉に戦慄が走る。今、彼女はなんと言った……?

 

 塔城さんの指差す方を見やる。そこには――ゴールに辿り着いたトラえもんの姿があった。

 

 ――なん……だと……?

 

 持ち主よりも先にゴールさせただと!? そんな! こんなことがあっていいのか!?

 

 いや、悔しがるのは後だ。なんとなく誇らしげな塔城さんは置いといて、今は一刻も早くトラえもんをゴールさせなければ!

 

 トラえもんをスタ-ト地点に戻し、気合を入れて臨む。そうしてパネルに手を伸ばし―― 

 

「――――え?」

 

 本当に、一瞬の出来事だった。こちらに物凄い勢いで兵藤くんが突っ込んできたかと思ったら、トラえもんを巻き込んで床にぶっ飛んでいったのだ。次いで、大きな音が耳に入り込んできた。

 

「いってえええええ! 刺さってる! トラえもん刺さってるぅぅぅ!?」

 

 彼が飛んできた方を見ると、そこには棍を前に突き出した女の子が。

 

 そしてその子の横にはチャラ男――フェニックスが。

 

 おそらくはフェニックスが下僕に命令したのだろう。

 

 ――あの男、「仏の顔を三度まで」という名セリフを知らないらしいな。

 

「屋上へ行こうぜ……ひさしぶりに……きれちまったよ……」

 

 立ち上がり、フェニックスへ向けて言い放つ。冗談抜きにここまで頭にキたのは何時(いつ)振りだろうか。

 

「……あ? 人間。まさかお前、俺に言ったのか?」

 

 不機嫌、どころではない様子だった。まるで奴隷に舐めた口を利かれた貴族みたいな怒りっぷりだ。

 

「ああ、お前に言ったんだよ。ここじゃ物が壊れるからな」

 

 もう既に壊れている物もあるがな。だがこれ以上壊すわけにもいかない、備品だってタダではないのだから。

 

 俺の言葉に奴は更に怒りだすと思っていたのだが、その予想に反してフェニックスは腹を抱えて大笑いしだす。

 

「ハハハハハハハ! こいつは傑作だ! 貴様のような脆弱な人間がこの俺を? まさか人間界でこんなにも笑わせてもらえるとはな!」

 

 見ればフェニックスの下僕達も俺のことを笑っているのが分かる。

 

 まったく、不愉快極まりない。今ならフェニックスの下僕悪魔の連中を全滅させた上で、ダイレクトアサルトを狙える気がする。

 

「そうだ。人間、お前も『レーティングゲーム』に参加するか? まあ、参加したところで結果は目に見えてるがな!」

 

「ライザー! 九々は人間なのよ!? いくらなんでも――」

 

「グレモリー部長、俺もゲームに参加させてもらいますからね」

 

 我慢の限界だった。さっきの話じゃあこいつ、ゲームではほぼ負け無しだって言うじゃないか。

 

 ならばこいつの土俵に上がった上で、屈辱的な敗北を送ってやろう。

 

 俺の参加表明にフェニックスは嗜虐的な笑みを浮かべ、グレモリー部長はなにやら頭を抱えていた。あの野郎、絶対に泣きべそかかせてやるから覚悟しとけよ。

 

「リアス、ゲームは十日後でどうだ? 今すぐやってもいいが、それでは面白くなさそうだ」

 

 なんだ、すぐやるってわけではないのか。グレモリー部長もフェニックスの申し出に、不服そうにしていた。

 

 そんな彼女に、フェニックスは自分の感情だけで勝てるほどゲームは甘くないと、下僕の力を引き出さねば即敗北だと言って聞かせる。ああ、そういえばグレモリー部長はゲームをしたことが無いんだったな。

 

 フェニックスが掌を床に向けると、魔方陣が光を放つ。

 

「――十日。キミならそれだけあれば下僕をなんとかできるだろう」

 

 次いで奴は兵藤くんを見やり――

 

「リアスに恥をかかせるなよ、リアスの『兵士』。お前の一撃がリアスの一撃なんだよ」

 

 この二人の間になにかあったのだろうか。言われた兵藤くんはショックを受けているみたいだし。

 

 まあいいか。とにかく、十日後にあの野郎をブチのめすことが出来るんだからな。しかも公認で。

 

 戯れに俺をゲームに誘ったこと、必ず後悔させてやる。

 

「リアス、次はゲームで会おう」

 

 言い残し、フェニックスは下僕達と共に光の中へ消えていった。

 

 ――トラえもん、絶対に仇は討ってやるからな!




 九々――――LV7

 人物特性    ランク  修正値    総計  必要CP
 ―――――――――――――――――――――――――――
 薄情       7  (-8)  -56  10
 嘘つき      6  (-5)  -30   8
 物忘れが激しい  4  (-4)  -16   9
 自分勝手     6  (-6)  -36   4
 へこたれない   8  (+7)  +56   --
 地味系      4  (-1)  - 4   --
 お調子者     5  (-2)  -10   2
 気分屋      3  (-1)  - 3   1

 この人物の勇者適正値は-85です


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七話

『ヴァルキリー・プロファイル 咎を背負う者』好評発売中!



「『ガッツ』に『フェイント』と……あと『オーバーロード』でも装備しとくか。『オート・アイテム』は今回は装備しなくてもいいや」

 

 フェニックスが帰った後の話だ。あの後部活は中止となり、グレモリー部長と姫島さんは旧校舎の奥に引き篭もってしまった。

 

 何でも『レーティングゲーム』の戦術を練りたいとのこと。彼女の初陣になるのだから、部活を中止してでも作戦を立てたくなるのも頷ける。

 

 俺はというと、自宅に帰ってから今に至るまで、あのチャラ男の心をへし折る八十一の方法を構築していた。

 

 カーテンの隙間から柔らかな日差しが差し込んでいるということは、既に朝なのだろう。道理で眠い筈だ。

 

 構築も先程終わり、現在は装備するスキルを選んでいた。今回ばかりはガチで行かせてもらうからな。スキルを選び終わったら、次はアクセサリーだ。

 

 先程前述したスキルの説明をしておくと、『ガッツ』は行動不能に至るダメージを受けた場合、発動すれば体力をある程度残して耐えるという優れたスキルだ。発動確率はスキルLVに比例する。

 

 もちろんLV8まで上げてありますとも。VP1はガッツゲーと言っても過言ではない。

 

 これに『オート・アイテム』が加わると、主人公側は悪鬼羅刹と化す。

 

 まあ、死ぬ時は本当にあっさり死ぬ。特にセラフィックゲート。

 

 次に『オーバーロード』。これは魔法の威力が1.5倍になるが、仲間にも当たるようになってしまうというスキル。仲間に当たるという制約は、現実世界では有って無いようなものだ。このスキルを装備していなくても、仲間に向かって魔法を放てば普通に当たるのだから。

 

『オート・アイテム』はターン毎に、その状況に応じたアイテムを勝手に使ってくれる親切スキル。

 

 傷ついた仲間がいればその仲間にエリクサーを使い、斃れた仲間にはユニオン・プラムを使ってくれる。

 

 即死級の全体攻撃を受けても、『ガッツ』で生き残った仲間がこのスキルを発動すれば簡単に態勢を立て直すことができるのだ。

 

 最後、『フェイント』の効果はATKとMAGの値を足した能力値で攻撃できるというもの。

 

 物理攻撃力と魔法攻撃力の値を足した攻撃ができるのはかなり便利だ。

 

 ――このスキルのおかげでアーリィの出番が増えました! グングニルを装備した長女強い!

 

 だがこのスキルは、両方の値が高くないと真価を発揮できない。

 

 片方の値が高くても、もう片方が低ければクソの役にも立ちゃしないのだ。

 

 ――自分自身のATKとMAGを確認したいけど、どうやって確認するの?

 

 ゲームだったならメニュー画面を開けばステータスを確認できるが、現実ではそんなもん存在しない。

 

 ……ともーじゃん? あるんだな、これが。

 

 話すと長くなるがセラフィックゲートに送られた時、俺自身のステータスが確認できるという親切設計が設けられていたのだ。だが送られた当初は本当に酷かった。

 

 最大HPが100というLV1の魔術師に劣る貧弱っぷり。

 

 RDMとDEFは当然0。他のステータスは軒並み一桁前半、『道具生成』もこの時点ではチャプター1の時の物しか生成できず。こんな貧弱装備でどうしろと。

 

 まあそんな話はともかく。セラフィックゲートでは、ゲームと同じように経験値を得て、LVを上げることでも自らを鍛えることができたのだ。

 

 LV自体はカンストしても、ある一定の経験値を得る度に他のステータスが上がるのは有り難かった。

 

 金の卵を食べた時と同じぐらいの上がり具合だったかな。

 

 ――流石に現実世界で経験値は存在しないだろうと思っていたのだが……。

 

 その予想に反し、存在したのだ。経験値なるものが。

 

 あの日――はぐれ悪魔バイサーを斃した時のこと。ある情報が俺の頭の中を駆け巡ったのだ。

 

 《戦闘終了 獲得経験値2000》

 

 この時は嘔吐とグレモリー部長との邂逅があって流してしまったが、次に駆け巡ったのがアルジェントさん救出の時のこと。

 

 儀式場内ではぐれエクソシスト達相手に無双していた時も、戦闘終了という電波が頭に流れ込んできたのを覚えている。

 

 一人斃す度に流れてくるのは本当に勘弁してほしかった。まだ全然戦闘終わってないだろと、何度心中で呟いたことか。

 

 ――ゲートに居た頃はこうも頻繁に流れることはなかったのだけど……。

 

 ゲートで既にLV99にした筈だったのに、この世ではまた1からやり直しらしい。

 

 先程ステータスを確認したら、現在のLVは7だった。

 

 LVこそ1からのやり直しになったものの、それ以外のステータスはゲート卒業時のままなのが救いだ。

 

 俺のATKとMAGは装備無しの状態で、両方7000ぐらいだった。この状態で『フェイント』を装備していれば、大抵はゴリ押しで何とかなる……筈。

 

 閑話休題。

 

 さて、何を装備するかは学校から帰った後に決めるとしよう。

 

 そろそろ学校に行く準備をしないと。とりあえず朝ご飯の用意を――

 

 しようとした時、玄関の呼び鈴が鳴らされる。

 

 ――こんな朝っぱらから誰だ?

 

 そんなことを思いながらドアを開けると、そこにはグレモリー部長の姿が。

 

 というかオカルト研究部メンバー勢ぞろいだ。

 

「九々、宿泊の準備をしなさい」

 

「は? 宿泊?」

 

「ええ、山へ修行しに行くわよ!」

 

 山へ行くぞと言った彼女は、それはそれは良い笑顔だった。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「はあ……やっと着いた」

 

 電車に揺られて数時間。

 

 ようやっとグレモリー部長に指定された山の(ふもと)に辿り着くことができた。

 

 他のメンバーは魔方陣で一気に転移したらしい。俺は眷属ではない為、魔方陣での転移はできないとのこと。

 

 いいよいいよと不貞腐れ、移送方陣で転移を試みるも、正確な場所が分からないので断念。

 

 諦めて電車を利用、現在に至る。

 

 電車賃はグレモリー部長が出してくれたし、別にいいんだけどさ。

 

 さて、麓のどっかに迎えを寄越したとのことらしいが……。

 

「九々崎くん!」

 

 ――迎えというのは木場くんのことか。

 

 声のした方を見やれば、手を振って駆け寄る木場くんの姿が。

 

 これがなあ、これが女の子だったらなあ……。

 

 そう思わずにはいられない。もしも木場くんでなく、アルジェントさんだったなら俺の弾道は1上がっていただろう。弾道4よりも、3の方が使いやすいよね。

 

「木場くんが来てくれたのか」

 

「うん。九々崎くんには聞きたいこともあったからね、部長に僕が行きますって言って出てきたんだ」

 

 聞きたいことだって? 一体何を聞きたいのだろう。まあそれは道すがら聞けばいいか。

 

「あんまり変なことは聞かないでくれよ? 今のうちに言っておくと、俺は貧乳派でも巨乳派でもなく美乳派だ」

 

 それにしても山の中は緑が豊かでいいね、見ていて心が洗われるようだ。天気も快晴、この山道の斜面に目を瞑れば、言うこと無しだ。

 

「僕が聞きたいのはそういうことじゃないよ。九々崎くんに戦い方を教えた女性について、ちょっと知りたくなったんだ」

 

 苦笑しながら尋ねる木場くん。彼女について、か。

 

 木場くんも何故そんなことを知りたくなったんだ? それとなく聞いてみる。

 

「きみは同年代の僕達よりもよっぽど強いからさ。一体どんな人に師事したらそこまで強くなれるのか、つい気になってね」

 

 お。俺を強いとな。グレモリー部長の眷属なだけあって、見る目があるじゃないか。

 

 これも――彼女がずっと着いていてくれたからこそ、俺は強くなれたんだよな。

 

 山頂部にあるグレモリー家の所有する別荘に辿り着くまで、結構な時間がかかる筈だ。

 

 ならそれまでの間、彼女のことを話すのも一興か。

 

「ディルナ・ハミルトンという女性でね――」

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 俺と相対(あいたい)するは、駒王学園の誇る金髪のイケメンこと木場祐斗。

 

 さて。相対している理由だがなんてことはない、お稽古の一環だ。

 

 別荘に着き、グレモリー部長達との挨拶もそこそこに済ませ、ジャージに着替えて表に出た時のこと。

 

 木場くんからきみの言っていた剣技を見せてほしいと言われたのだ。

 

 山道を歩いている際に彼女――ディルナのことを語っていた時のことだ。ディルナのことを思い出し、若干ホームシック(?)になってしまった俺は、それを隠すように努めて明るく振舞っていた。

 

 その時に調子こいてしまい、色んな奥義や剣技が使えるんだと木場くんにペラペラ喋っちまったんだよな……。

 

 中でも神宮流(じんぐうりゅう)剣技、千光刃に強く興味を抱いたらしい。

 

 千光刃がどんな剣技なのか、木場くんは是非とも見せてほしいと瞳を輝かせながら嘆願してきたのだ。名前に惹かれるのは分からないでもないけど……。

 

 そうして現在に至る。

 

 目の前には木刀を構えた木場くん。周りにはギャラリーとして、俺達二人以外の全員が。

 

 ――見られてるとなんかこう、恥ずかしいんですが……。

 

「九々がすごい剣技を見せてくれるそうだけど……一体どんな剣技なのかしらね、朱乃」

 

「うふふ、祐斗くんがあんなにもわくわくしていたのですから。きっと私達には想像もつかないような剣技だと思いますわ」

 

 姫島さんやめてっ! そんなにハードル上げないでっ! 緊張のあまり吐きそうになるから!

 

「――それでな? 九々崎はフリードの野郎を目にもとまらぬ一撃で倒したんだ! たった一撃だぜ!?」

 

「わあ! 九々崎さんってとてもお強いんですね!」

 

 待て待てぃ! なんで兵藤くんまでハードル上げてんの!? 死亡フラグの時といい、俺に怨みでもあんの!?

 

「……期待してます」

 

 あかん。

 

 これが四面楚歌ってやつか……。

 

 ――生まれてからは奥義とか剣技って一度も使ってないんだよね……、ぶっつけ本番で使えるか?

 

 神技と一部の奥義を除き、一応ほぼ全ての奥義を俺は使うことができる。

 

 ええ、何百回と殺された末に習得しましたとも。今思えばカシェルの奥義は習得しなくてもよかったかもなあ。

 

 ――何がファンネリアブレードだよパンでも練ってろ糞ったれって感じである。

 

 ああ、緊張で胃に痛みが走った気がする。学校のクラスメイトの前で、課題発表をする直前に走る痛みによく似ている。

 

 さっさと終わらせてしまおう。悪戯に引き伸ばすから、こんな要らない緊張を感じてしまうんだ。

 

 両手に持った木刀を構え、気合を入れる。気合があれば何でもできる。

 

 構えた途端、一気に静かになる。ギャラリーの視線が突き刺さり、なんとも居心地の悪い空間が形成されていた。

 

「――無限の剣閃、貴様に見えるか!」

 

「――ッ!」

 

 息を呑む木場くん。もしかしてこの中二な口上に引いてしまったのだろうか。だがここまで来た以上、今更止まることはできん!

 

「神宮流剣技!」

 

 今出せる限りのスピードをもって木場くんへと突っ込み、すれ違い様に斬りつける。基本的にはこれを繰り返すだけだが、相手が反応できない速度で突っ込み続けなければならない。

 

 そんな速度で動く中、足でも滑らせたら大変(てぇへん)なこと請け合いだ。

 

 一度技の途中で足を滑らせてしまい、そのままの勢いで壁に激突したことがある。

 

 ――まさか、あの時はそのまま死ぬとは思わなかった。

 

 ユニオンプラムを使ってくれたディルナの言によると、壁に叩きつけられたトマトのようになっていたらしい。

 

「千光刃!」

 

 何度も斬りつけ、最後に斬り上げる。映像で見る分にはカッコいいのだが、文字にするとこんなもんである。

 

 さて、剣技千光刃を披露したわけだが……。

 

 十六年ぶりに使ったせいか、頭の中がぐわんぐわん揺れ、胃の奥底から熱い熱いナニカが込み上げてくる! この感覚を、俺は知っている……!

 

「――っつ……千光刃、か。まったく見えなかった。反応すらできなかっただなんて……」

 

 倒れていた木場くんが何やら呟きながら立ち上がる。手加減したとはいえ、彼も中々にタフだな。

 

「すごいわ九々! これなら『レーティングゲーム』も――」

 

 興奮気味のグレモリー部長。だがもう駄目だ、彼女の言葉を聞いてる暇なんて、ない!

 

 口元を抑え、一目散に茂みの方へと駆ける。理由? そんなもん決まってる――!

 

「おえっ、えぅ、えろろろろろ――」

 

 甘くて酸っぱいナニカが俺の口から吐き出される。

 

 いや、ほら、千光刃ってすんごい動き回るじゃん? 確かに使えるとは言ったけど十六年ぶりだぜ?

 

 そりゃあこうなるって。洵も絶対始めの頃はこうなってたって。

 

「……台無し」

 

 塔城さんから放たれた言葉が胸に突き刺さる。

 

 ――地味に……辛いです。

 

 後ろを見なくても分かる。研究部の面々が何とも言えない、微妙な空気に包まれていることを。

 

 だってその空気が、こっちまで伝わって来るんだもん。

 

「九々崎さん、大丈夫ですか!?」

 

 だがそんな空気を無視し、駆け寄っては俺の背中を優しくさすってくれるアルジェントさん。

 

 ――ああ、この子本当に良い子。こんなことされたら惚れてまうやろー!

 

 感謝の言葉も伝えられず、未だ吐き続ける俺。

 

 後ろの方から、誰かの溜息が聞こえてきた気がした。




 メガネ女子こと桐生(きりゅう)藍華(あいか)は、九々崎九々を知っていた。

 ――彼が駒王学園に転入してくる、ずっと前から。

 あれは藍華が中学二年の時のことだ。

 諸事情により帰りが遅くなってしまい、日の暮れた帰り道でのこと。

 当時は日が暮れると不審者が現れるという話があちらこちらの学校で飛び交い、学校の方でも早く帰宅するようにと呼び掛けられていたのだ。

 藍華自身もその話を聞いてはいたのだが、その日はどうしても終わらせなければならない課題を残していた為、仕方なく学校に残って課題に取り組んでいた。

 そのせいで帰りが遅くなってしまったのだ。

 内心で不審者に怯えつつも、まさか自分が遭遇するなんてことはないだろう。

 そんなことを考えていると――

 ――いた。藍華の視線の先に。

 暗がりのせいでよくは見えない。

 本当に視線の先の人物が不審者なのかは分からないが、当時の藍華には件の人物が不審者にしか見えなかった。

 大きな袋を持ち、何かを探している様に辺りをキョロキョロと見回している。

 成程。確かに不審者にしか見えない。

 恐怖に駆られ、足が竦んで動けない藍華は、不審者がどこかへ立ち去るのをその場で待つことしかできなかった。

(早く――早くどこかに行って!)

 そんな思いも虚しく、不審者は藍華の方へと歩を進めだす。

 目的のモノを見つけたからなのだろうか。その足取りに迷いは無い。

 あまりの恐怖に歯の根が合わず、カチカチと不愉快な音を鳴らしてしまう。

 一体自分は何をされてしまうのだろうか。

 想像もつかない。そうして不審者は藍華の方へ――は来なかった。

 藍華ではなく、脇にいた犬の方へと向かっていたのだ。

 不審者だと思っていた人物は、袋から取り出した物を犬に与えている。

(なんだ……野良犬に餌をあげてるだけだったんだ)

 脱力してしまう。なんだ、今までのは自分の勝手な一人芝居だったのかと。

 藍華は内心で独り言ちる。

 街灯に照らされた人物を見やると、自分と歳の近そうな黒髪の男の子だと判断できる。

 男の子は柔和な表情で餌を食べる犬を見つめていた。

 藍華はホッと一息つく。

 あんな少年が不審者な筈あるものか。

 ああ、ビクビクして損した。

 そんなことを思いながら少年の横を通ろうと――

「よっしゃあー! かじった靴キター! どんどん食えよー、うんこするまで食えよー」

 ――不審者だった。

 少年はこれ以上ないぐらいの不審者だった。

 この言葉を聞いた藍華が、この後すぐに踵を返して走り去ったのは言うまでもない。

 近い将来、この少年――九々と学び舎を共にするなどと、藍華は思ってもみなかった。


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八話

 遅くなってしまい、本当に申し訳ありません。


 目の前のテーブルには豪華な食事が盛られている。肉料理や魚料理、その他様々な料理が並んでいた。

 

 それらの料理からはなんとも(かぐわ)しい香りが。そんな香りで食欲を刺激する料理は、俺を魅了して()まない。

 

 止まないのだが……今の俺に、食事をするだけの余裕はなかった。

 

 あれから先程まで俺はゲーゲーと吐き続け、今し方漸くマシになってきたところだ。

 

 もしも吐いてる最中(さなか)この香りを嗅いでしまえば、それはそれは恐ろしいことになっていただろう。

 

 ――本当に、マシになってよかった。

 

 エリクサーを使えばすぐに吐き気も収まるのだろうが、あまりこういった理由での服用は避けたかった。あんまりエリクサーに頼るのもねえ……。

 

「死を……感じる――人間だった頃の記憶が蘇るようだ――」

 

「何馬鹿なことを言ってるの。早く食べないと無くなってしまうわよ?」

 

 グレモリー部長は嘆息する。確かに余裕が無いとはいえ、これだけのご馳走を前にして何も食べないというのは失礼だ。ラブコメやってる兵藤くんとアルジェントさんを傍目に、ご馳走に舌鼓を打つ。うん、美味い。

 

 普段ならもっと食べれるんだけどな……調子こいて千光刃なんてするんじゃなかった。

 

 ――でもあれだけ頼まれてるのに断るっていうのも感じ悪いし……。

 

「……俺が一番弱かったです」

 

 ああだこうだと唸っていると、そんな言葉が聞こえてきた。

 

 兵藤くんとグレモリー部長の会話から察するに、兵藤くんは自分が弱いということを気にしているらしい。

 

 悪魔になるまで戦闘らしい戦闘をしたことがなかったというのだから、それもしょうがないって。

 

 グレモリー部長の言によると、兵藤くんとアルジェントさんは実戦経験が皆無に等しくても、二人の神器(セイクリッド・ギア)は無視できない。

 

 だがそれは、相手も理解している筈。そのため最低でも相手から逃げられるぐらいの力は欲しいとのこと。

 

 逃げるというのは実はかなり難しい。実力に差がある強敵から逃げるとなると、更に難しくなる。

 

 そういった相手から無事に逃げられるのも実力の一つ。二人は逃げ時も知らなければならない。

 

 面と向かって戦う術も教えるので、覚悟しなさい。――以上がグレモリー部長の言葉だ。

 

 この言葉に兵藤くんとアルジェントさんの二人は同時に返事をする。

 

「食事を終えたらお風呂に入りましょうか。ここは温泉だから素敵なのよ」

 

 温泉か。となると、必然的に野郎共で親睦を深めることになるな。

 

 ――いや、待てよ? 温泉……露天風呂なのだろか。

 

 もしも露天風呂だった場合、性欲の権化である兵藤くんが覗かない筈がない――!

 

 ここは便乗して俺も――いかん、駄目だ! 俺はディルナ一筋なんだ!

 

 でもディルナって恋人以上、夫婦未満の異性がいるんだよな……。

 

「僕は覗かないよ、イッセーくん」

 

 木場くんがニコニコ笑顔で言い放つ。言われ、兵藤くんは露骨に動揺を見せる。やっぱり覗くつもりだったのか。

 

「あら、イッセー。私達の入浴を覗きたいの?」

 

 グレモリー部長の言葉に全員の視線が彼に集中する。これは辛かろう。

 

 だが、彼女は小さく笑い――

 

「なら、一緒に入る? 私は構わないわ」

 

 なん……だと……!? 覗きを通り越して一緒に入浴だなんて! こんなの絶対おかしいよ!

 

 兵藤くんもグレモリー部長の誘いに感極まっている様子。

 

 彼女も彼女で姫島さん、アルジェントさんに一緒にどうかと問うている。

 

 その問いに、姫島さんは満面の笑みを浮かべて肯定。アルジェントさんは顔を真っ赤にし、俯きながらも小さく頷いた。

 

「ぐぎぎ……悔しい、悔しいよ木場くぅん……」

 

「まあまあ」

 

 木場くんは苦笑いを浮かべながら俺の肩をポンポンとたたく。

 

 クソッ! クソッ! クソッ! ラノベの主人公でもあるまいにっ! 爆発しちめぇ!

 

「最後に小猫。どう?」

 

「……いやです」

 

 ――ぃよっしゃーー! よく言った塔城さん! キミには後でクリスタルレナスちゃんを贈呈しようじゃないか!

 

 両手でバツ印を作られながら拒否られた兵藤くん。そうだよ、これが普通なんだ。拒否られるのが普通なんだよ!

 

 当の兵藤くんはグレモリー部長から追い討ちをかけられ、すっかり意気消沈としている。ざまぁ。

 

「ねぇねぇ今どんな気持ち? 混浴断られてどんな気持ち?」

 

 笑いが堪えきれず、プスプスと変な笑い声を漏らしてしまう。だがこの笑い声も、彼を煽るのに一役買っていたらしい。直後、兵藤くんの慟哭が別荘に響き渡る。

 

「――九々崎ぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 二日目。

 

 小鳥の囀りを耳にしながら目を覚ます。天気は昨日と同様青一色で、最高に良い天気だった。

 

 ――いやあ、なんて清々しい朝なんだ!

 

 昨日の吐き気もすっかり治まり、好調なスタートを切れた俺とは対照的に、兵藤くんは見てて気の毒になるぐらい悶えていた。

 

 というのも俺を除く研究部の面々は、夜中も修行をしていたのだ。

 

 元々私達は夜の住人なのだからと、昼の数倍の修行量をこなす彼女らの姿はまさに圧巻の一言に尽きる。

 

 その結果、こうして兵藤くんは筋肉痛に悶えているのだけども。

 

 だが幸か不幸か、二日目の午前中は勉強会を行うらしい。

 

 リビングに集まり、兵藤くんとアルジェントさん、ついでに俺に悪魔の知識を教えるんだとか。

 

 ――いや、ほら、俺デーモン・インテリジェンスにポイントふってるし? 今更そんなお勉強は必要無いんですよねえ。

 

 そんな俺の言葉も意味が分からないと一蹴され、結局俺も二人と一緒にお勉強をすることに。

 

 グレモリー部長曰く、あなたも悪魔と行動を共にしているのだから、必要最低限の知識だけでも修めておきなさいとのこと。

 

 そんなわけで朝っぱらから専門用語だとか、そういった知識を教え込まれたわけだ。

 

「僕らの仇敵。神が率いる天使。その天使の最高位は? さらにそのメンバーは?」

 

 復習がてら木場くんが兵藤くんに問題を出したらしい。この問いに、彼は頭を悩ませながら答えていた。

 

 その最高位は『熾天使(セラフ)』というらしいが、そのメンバーの名を聞いた時は本気で戦々恐々としたものだ。

 

 ――神の十賢者がいるんすか! やだー!

 

 ラファエルやらミカエルやらガブリエルやらがこの世界に存在すると言われ、恐怖のあまりゲロを吐きそうになった俺は悪くない。

 

 まあ実際は神の十賢者なんてのは存在しないらしいが。

 

 いやあ、本当にあいつらがいなくてよかったよ。あの連中にはマジで勝てる気がしないからな。

 

 スピキュールは……まだいい。トライ・エンブレムを装備してりゃなんとかなる、筈だから。

 

 マインドブラストもマイティ・チェックを装備しておけばいい。

 

 だが風属性の亡びの風はどうしようもない。VPに風属性なるものは存在しなかったため、どうしても対策ができないのだ。対策もできないままに、亡びの風を連発されようものなら余裕で死ねる。

 

 他の連中も冗談抜きで油断できない。リミッターを解除したガブリエルに至っては――

 

「コホン。では、僭越ながら私、アーシア・アルジェントが悪魔祓い(エクソシスト)の基本をお教えします」

 

 この言葉にハッとさせられる。いかん、また考え込んでいたらしい。

 

 よくわからないがみんなアルジェントさんに拍手をしているみたいだし、俺もそれに合わせて拍手しとこう。

 

 拍手を送られ、顔を赤くするアルジェントさん。ああ、やっぱ可愛いなあ……。

 

 さて。彼女の説明によると、二種類の悪魔祓いがあるんだとか。

 

 一つはテレビや映画にも出ている悪魔祓い。神父が聖書の一節を読み、聖水を用いて人々の体に入り込んだ悪魔を追い払う『表』のエクソシスト。

 

 そして『裏』のエクソシストが彼ら悪魔の脅威となるらしい。

 

 彼女の言葉にグレモリー部長が続く。

 

 悪魔にとって最悪の敵は神、あるいは堕天使に祝福された悪魔祓いだと。

 

 彼らは天使の持つ光の力を借り、全力をもって悪魔を滅ぼしにくると。

 

 ――はあ、どんだけ悪魔のこと嫌ってんだよ。

 

 彼女らの話を聞いてそんなことを思ったが、よくよく考えてみれば戦乙女が不死者だとか、魂を冒涜する存在を放っておけないのと似たようなものなのだろう。

 

 次いでアルジェントさんは、バッグから幾つかの小瓶やらなんやらを取り出していた。

 

「では、聖水や聖書の特徴をお教えします。まずは聖水。悪魔が触れると大変なことになります」

 

 ――聖水? 聖水だって?

 

 そういえば以前に餞別として渡された『アーティファクト』の中に、聖杯があった筈だ。

 

 1チャプター毎に1度だけ、パラメータを上昇させる不思議な液体が湧き上がる代物だが、貰ってから今まで一度も触れていなかったことを思い出す。

 

 十六年の間、ずうっと放置していたのだ。一体何十リットルの聖水が湧いているのだろうか。

 

 正式名称は「聖なる雫」だが、聖杯から湧いた物なのだから聖水と呼称しても間違いではない筈。

 

 湧き出た全ての聖水を口にしたら、どれだけの超強化がなされてしまうのだろう。

 

 我が事ながら、なんとも恐ろしい。超強化された自分を想像するだけで、思わず笑んでしまうというものだ。

 

「……九々崎先輩。どうかしましたか?」

 

「いや、なんでもないよ」

 

 おっと、どうやら見られていたらしい。シャキっとしないと……。

 

「次は聖書です。小さい頃から毎日読んでいました。今は一節でも読むと頭痛が凄まじいので困ってます」

 

「悪魔だもの」

 

「悪魔ですもんね」

 

「……悪魔」

 

「うふふ、悪魔は大ダメージ」

 

「うぅぅ、私、もう聖書も読めません!」

 

「そーなのかー」

 

 ――聖書を読まれるだけでなく、自身が読むのも駄目だとは。

 

 悪魔というのはとことん聖属性に弱いらしいな。『レーティングゲーム』も適当にセレスティアルスターぶっぱなしてりゃ勝てんじゃね? そう思わずにはいられない。

 

 とはいえ、俺はあのフェニックスの坊ちゃんをフルボッコにすると決めたんだ。そう簡単に終わらせてなるものか。

 

 そもそも大魔法をぶっぱなすだけで、すぐ終わるかどうかも分からないのだから、あまり油断するものではない。

 

 気を引き締めると同時、勉強会も終わったらしい。こうして、研究部のメンバーは修行へと移っていった。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「………………はぁ」

 

 決戦当日の深夜十一時四十分。俺は旧校舎の部室の隅っこで、嘆息しながら膝を抱えていた。

 

「勉強会が終わってからの修行風景はどうしたんだ!」だとか「なんでいきなり『レーティングゲーム』を目前に控えているんだ!」という疑問についてだが、しょうもない話今に至るまで俺が亜空間に引き篭もっていたから、としか言えなかった。

 

 ここで軽く、俺が引き篭もるに至った経緯を説明させていただこう。

 

 あの勉強会の後、修行に取り組む前に聖杯の様子を見てみようと、『アーティファクト』を保管している亜空間に入り込んだのだ。

 

 セラフィックゲートで入手した武器やらなんやらのアイテムを保管している亜空間とで、合わせて二つの亜空間を俺は所持(?)しているのだが……。

 

 この『アーティファクト』を保管している方の亜空間が酷かった。それはもう酷かった。

 

 もうすぐ十七歳になる男が思わず大泣きしてしまう程に。

 

 ……こうさ、ほら、普通は聖杯から湧き出る聖水を直に口にするんじゃなくて、何か別の容器に移してから口にするじゃん?

 

 んでんで、十六年間聖杯はほったらかしで、湧き出た聖水を別の容器に移してくれる人もいなかった訳じゃん?

 

 ――そのせいで……空間内が聖水でびちょびちょになってた訳よ……。

 

 しかも聖杯が何故か横になって倒れてたからさ……。いや、あの聖水の量からして、横になってようがそうでなかろうが変わりはしないか。

 

 おかげで他の『アーティファクト』は全て水浸し。いや、聖水浸しか? そんな中空間内を必死に走り回っていた黄金の鶏が、なんともシュールだった。お前鶏像じゃなかったのかと突っ込んだ覚えがある。

 

 黄金の鶏も十六年で何百個の金の卵を産み落としていたものの、走り回っている途中に全て踏み潰してしまったらしい。

 

 これだけならまだ大泣きはしなかった。……この時点で既に泣いてはいたけども。

 

 全て――例外無く水浸しになった訳だが流石というべきか、装備品は聖水に濡れた程度で済んでいた。

 

 もしかして装備品錆びてんじゃね!? と冷や冷やしたがそんなことはなかった。

 

 問題は書物と図面、アンブロシアだ。

 

 賢者ソロンの秘文書、蘇生秘法書、ダマスクス製法書の三冊は(ページ)と頁がくっついてしまい、まともに読める状態ではなかった。一応天日干しはしたがそれでもくっついたままの頁があり、やはり本を読むことはできない。

 

 操呪兵設計図面はふやけすぎたせいでバラバラの紙片と化していた。……はぁ。

 

 アンブロシアに至っては、聖水漬けになっていたせいかなんか変な臭いが漂ってくる。

 

 エリクサーでさえこの世界では貴重品として扱われているのだ、ならばこれらの『アーティファクト』には一体どれだけの価値があったのだろうか。こんなことになってしまったのが、本当に悔やまれる。

 

 ここまで説明すればもうお分かりだろう。俺が今まで亜空間に引き篭もっていた理由は、空間内の清掃をしていたからなのだ。

 

 泣きながら、嗚咽を漏らしながら清掃していた俺の姿はさぞかし哀れだったことだろう。

 

 俺以外に誰もいなかったのが救いだった。あんな姿、他人に見られる訳にはいかないからな。

 

 聖水? 全部捨てたよ。ぐしゃぐしゃになった金の卵と一緒に。

 

「………………ふぅ」

 

「九々。何があったかは知らないけど、いいかげんしっかりなさい。これから『レーティングゲーム』が始まるのよ?」

 

 俺の今までの異様な泣きっぷりに、まるで腫れ物を扱うかのような研究部メンバーだったが、遂に見兼ねたグレモリー部長が注意する。

 

 確かに泣き止んだとはいえ、こうも目の前で溜息ばかりつかれては辟易するだろう。

 

「……すみませんでした。あまりにもショックなことがあったものですから……。でももう大丈夫です、今ので活が入りましたから!」

 

 嘘だ。アイテムコレクター垂涎のレアアイテムを、数点とはいえおじゃんにしてしまったのだ。

 

 その上パワーアップアイテムも全てゴミ箱送り……。これですぐ立ち直れというのが無理な話だ。

 

「――そう、ならいいけど」

 

 どうやら騙されてくれたらしい。しかしこれから『レーティングゲーム』が始まるのも事実なのだから、いつまでも気落ちしているものではない。

 

 そう自分に言い聞かせていると部室の魔方陣が光りだし、そこから銀髪のメイド、グレイフィアさんが現れる。

 

「皆さん、準備はお済みになられましたか? 開始十分前です」

 

 彼女の確認にメンバーの皆が立ち上がる。皆気合充分、と言ったところか。

 

 グレイフィアさんの説明によると、開始時間になるとここの魔方陣から戦闘フィールドに転送されるらしい。

 

 場所は異空間に作られた戦闘用の世界なので、そこではどれだけ派手に暴れても構わないとのこと。

 

 そしてその空間は使い捨てなんだとか。

 

 これは嬉しいことを聞いた。どんなに暴れても構わないということは、好きなだけ大魔法が撃てるってことじゃないか! 十六年振りに大魔法が撃てるという事実に心が踊る。

 

 ――何使おっかなー。やっぱりセレスティアルスター? それともメテオスウォーム? いや、ここは初心にかえってイフリートキャレスか? デルタストライクも捨て難いな……。

 

 いやあ、悩む。使いたい大魔法が多いってのも考えものだな。

 

 自重しなくてもいいというのが本当に嬉しい。おかげでちょっとだけ気分が晴れたよ。

 

 ……本当に、ちょっとだけだけど。

 

「あの、部長」

 

「何かしら?」

 

「部長にはもう一人、『僧侶』がいますよね? その人は?」

 

 兵藤くんの質問に部室の空気が重くなる。え? ていうか部員ってまだいたの?

 

「残念だけど、もう一名の『僧侶』は参加できないわ。いずれ、そのことについても話すときがくるでしょうね」

 

 はあ、もう一人の部員ねえ……。一体どんな奴なんだか。しかしこんな事態になっても参加できないだなんて、余程の事情を抱えているんだろうな。

 

「今回の『レーティングゲーム』は両家の皆さまも他の場所から中継でフィールドでの戦闘をご覧になります」

 

 重たい空気の中、グレイフィアさんは口を開く。

 

 戦闘をご覧になる、ね。それを聞いて公開処刑という言葉が脳裏をよぎった。

 

 次いで彼女は口にする。魔王ルシファーもこの一戦を見ていると。

 

 魔王ルシファーか、帰還させると万魔の銃をくれるのかな?

 

 って、それはルシファー違いか。しかし魔王と言われると、どうしても思考があらぬ方向へ飛んでいってしまうのは俺だけではない筈。

 

 魔王アスモデウス――

 

 300年前に惑星ロークを侵略した魔界の王で、世にも恐ろしい石化病を発するウイルスの宿主。

 

 しかしてその正体は(PSP版では)惑星ファーゲットで生み出された人造生命体『超人類』なのである。

 

 そしてこの世界の四大魔王の中に同名の、アスモデウスと呼ばれる魔王が存在する。

 

 この事実から鑑みるに、実は他の魔王もアスモデウスと同じ『超人類』と呼ばれる存在だったんだよ!!!

 

 ――な、なんだってー!!

 

 と、馬鹿みたいな妄想をしてみる。名前が同じなだけじゃねえか、一体俺は何を言ってるんだ。

 

 ――いや、でも、まさかあのアスモデウスと同一人物ってことはない……よね?

 

「そろそろ時間です。皆さま、魔方陣のほうへ」

 

 馬鹿な一人芝居をしている間に開始時間になったらしい。

 

 グレイフィアさんに促され、皆魔方陣に集結する。

 

 なお一度向こうに移動すると、ゲームが終了するまで魔方陣の転移は不可能とのこと。

 

 魔方陣は普段の見慣れたものから形を変え、光を発する。フェニックスが出てきた時のものでもない。

 

 そんな魔方陣をぼんやりと見つめてるうちに光に包まれ、転移が始まった。




 クリスタルレナスちゃんとは、レナス人形・クリスタルのことです。


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九話

大変長らくお待たせ致しました。


 光が収まったところで辺りを見やる。……場所が変わっていない?

 

 依然として俺達は部室に残されたままだ。転移したんじゃなかったのか?

 

『皆さま。このたびグレモリー家、フェニックス家の『レーティングゲーム』の審判役を担うこととなりました、グレモリー家の使用人グレイフィアでございます』

 

 戸惑っていると校内放送が流れてくる。グレイフィアさんの声だ。

 

 どうやら俺達はちゃんと転移していたようで、現在は悪魔の用意した異空間にいるらしい。

 

 んで、駒王学園とそっくりなこの建物が今回の『レーティングゲーム』の舞台とのこと。

 

 窓から外を見ると空が白い。本当に異空間に転移したようだ。

 

 ――マジか……。悪魔ってすごい、改めてそう思った。

 

 飾り物の位置だとか、元の部室と比べてもなんら遜色ない。完璧に再現されている。

 

 ――うん? 再現されている? ……もしかして!?

 

 部室にある俺が持ち込んだ収納ケース、その一番上の引き出しを勢い良く開ける。

 

 そこには――――予想通りというべきか、トラえもんチクタクパニックが鎮座していた。

 

 ただし兵藤くんが突っ込んできた後の、修復不可能なまでにしっちゃかめっちゃかになった状態だが。

 

 ――そこは壊れる前の物を置いとけよ!

 

 内心で思わずキレてしまう。無駄な期待させやがって!

 

 これを見てあの時の怒りが沸々と湧き上がる。そうだ、あの野郎のせいでぶっ壊れたも同然なのだ……!

 

 そんな怒りに燃えている俺を余所に、再び校内放送が流れる。

 

 両陣営の転移先が本陣になるようで、俺達オカルト研究部の本陣がここ研究部の部室。

 

 対してフェニックス側の本陣が新校舎の生徒会室らしい。

 

『兵士』は『プロモーション』する際、相手の本陣の近くまで行きなさいよとのこと。

 

 そういえば向こうは『兵士』八人揃っているけど、こっちは兵藤くん一人なんだよね。

 

 始めのうちは『兵士』同士で潰し合うのがセオリーらしいけど、彼一人で八人分の動きが出来るのかねえ?

 

 まあ、『王』であるグレモリー部長が潰されなけりゃどうでもいいや。

 

「全員、この通信機器を耳につけてください」

 

 姫島さんからイヤホンマイクタイプの通信機を渡される。

 

 戦場ではこれをつけて味方同士でやり取りするのだとグレモリー部長は言う。

 

 ――彼女らは悪魔なのだから、もっとこう……念話的なものがあると思うんだけど……。変なところで近代的だな。

 

『開始のお時間となりました。なお、このゲームの制限時間は人間界の夜明けまで。それでは、ゲームスタートです』

 

 校内放送が終わった直後、学校のチャイムが鳴り響く。これが開戦の合図なのだろう。

 

 だが『レーティングゲーム』が始まったというのに、皆やけに落ち着いているな。

 

 姫島さんに至っては茶の準備に取り掛かっていた。おい、ゲームしろよ。

 

「ぶ、部長、結構落ち着いていますね……」

 

 兵藤くんが口にする、彼も彼女らの落ち着きっぷりに戸惑っているらしい。

 

 それも当然だ。両陣営入り乱れてのくんずほぐれつ大乱闘かと思えば、普段と変わらぬ光景が目の前にあるのだから。

 

 そんな兵藤くんをグレモリー部長は戒める。『レーティングゲーム』は短時間で終わるものではない。短期決戦の場合もあるが、実際のチェス同様に大概は長時間使うと。

 

 まったく、そんなところまでチェスに似せなくても……。

 

 しかし長時間の決戦と言われ、俺はセラフィックゲートでの死闘を思い出す。

 

 ガブリエ・セレスタやフラれストーカーのレザード・ヴァレス。紅蓮の宝珠を使う扉、その先で待ち構えていた不死者王ブラムスとフレイ。そしてイセリア・クイーンと本気のディルナ。ついでにヴォータン。

 

 彼らとの闘いはまさに死闘と呼ぶに足る激しいものだった。どれだけ闘っていたのか、流れる時間に思考を巡らせるのも億劫になるほど、長い間闘ったことだけは憶えている。あの闘いを『セラフィックゲートの死闘』と命名したのは今は昔の話。

 

 本当に、俺があの連中相手に勝利を収められたというのが未だに信じられない。

 

 ……と、思い出に耽っている間に作戦が始まったようだ。耽っていたせいで話を聞いていませんでした。だなんてこと、絶対に口にできない。

 

 部室から出て行く木場くんと塔城さん。持っていた道具を見るに、罠でも仕掛けに行くのだろう。

 

「トラップ設置が完了するまで他の皆は待機。あー、朱乃」

 

 グレモリー部長が姫島さんに指示を出す。

 

 フェニックスの眷属にのみ反応する霧と幻術をかけておけと言っているが、相手だけを対象に取る幻術なんて本当にかけられるのか?

 

「あ、あの、部長。俺はどうしたらいいんですか?」

 

 そんなことを呑気に考えていると、兵藤くんの戸惑いの声が聞こえてくる。

 

 そういえば、俺達はまだ指示を出されていなかったな。

 

「そうね。イッセーは『兵士』だから『プロモーション』しないといけないわね」

 

「はい!」

 

 威勢良く返事をした兵藤くんに、グレモリー部長が手招きする。

 

 次いで、隣に座れと指示を出すが彼女は何がしたいのやら。

 

 二人のやりとりをボーっとしながら見守っていると――直後、信じられない光景が。

 

 兵藤くんが(ゆる)やかに頭部をグレモリー部長の太ももの方に倒したのだ。

 

 そう――所謂(いわゆる)膝枕ってやつだ。それを見て俺は――

 

「妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい――」

 

「あ、あの……九々崎さん……?」

 

 はっ!? いかんいかん、嫉妬のあまり正気を失っていたらしい。アルジェントさんに声をかけられるまで、失っていたことに気付かなかった。

 

 ――ふっ、まだまだ俺も若いな……。

 

「膝枕ぐらいまたしてあげるわ。本当に大げさな子ね」

 

 あっ、あかん。やっぱ無理だわ。自分の世界に入って目の前の現実を見ないようにしていたが、こうもイチャイチャされては自分の世界もブロークンというものだ。

 

 ぐぎぎ……。真の敵は味方の中にいたということなのか!?

 

 こんな甘ったるい部屋にいられるか! 俺は帰らせてもらうぞ!

 

「……姫島さん、今ってゲーム中なんですよね? それなのにあの二人イチャついてますけど、本当にいいんですか……?」

 

 帰らせてもらうと勇んだはいいものの、本当に帰るわけにもいかず、こうして八つ当たり気味に姫島さんに愚痴っていた。我ながらなんとも情けない。

 

「うふふ、いいではありませんか。それにああしてると、まるで仲の良い姉弟みたいですわ」

 

 姉弟! そうか、あの二人は姉弟と思えばいいんだ!

 

 確かに仲の良い姉弟なら膝枕ぐらいよくやるだろう。あれぐらいのスキンシップは普通だよ普通!

 

 別にあの二人はイチャついているわけではない、グレモリー部長は兵藤くんの緊張をほぐしているだけなのだ。

 

 そう、あの二人に他意は無い。グレモリー部長に頭を撫でられて兵藤くんがヘブン状態に陥っているのだって、きっと、おそらく、他意は無い、筈なんだ……っ!

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 結局、目の前で繰り広げられたあの忌々しい膝枕は、木場くんと塔城さんが帰ってくるまで続いていた。

 

 まあそのおかげで兵藤くんの気合と英気が満ち満ちているのだ。一騎当千の働きを期待しよう。

 

 さて。現在だが旧校舎の玄関先で、グレモリー部長が部員の面々に最後の指示を出しているところだ。

 

 因みに俺に出された指示はというと、グレモリー部長とアルジェントさんと三人で待機。だが作戦を実行している面子の中に欠員――撃破された者が出た場合、その者に代わって作戦を引き継ぐ、言わば予備の人員といった扱いだ。

 

 話を聞いていなかったせいで作戦の内容をいまいち把握できていないのだが……まあ、何とかなるだろう。

 

「さて、私のかわいい下僕たち。準備はいいかしら? もう引き返せないわ。敵は不死身のフェニックス家のなかでも有望視されている才児ライザー・フェニックスよ。さあ! 消し飛ばしてあげましょう!」

 

『はい!』

 

 返事とともに兵藤くん、塔城さん、木場くんが駆けていく。この場に残ったのは俺とアルジェントさんと、グレモリー部長の三人。姫島さんはいつの間にか姿を消していた。

 

 駆けていく彼らを見送りながら、アルジェントさんはエールを送る。このエールで兵藤くんだけ名指しするあたり、彼への好意が見てとれる。糞が。

 

「――私達は部室に戻りましょうか」

 

 駆ける彼らの姿が見えなくなったところで、グレモリー部長が言う。

 

 俺とアルジェントさんはその言葉に従い、部室へと戻るグレモリー部長に追従したのだった。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 さて、部室に戻ったはいいのだが、こうして待っているだけというのは中々に暇なものだ。

 

 だが他二人はそうでもないらしい。

 

 グレモリー部長はゲーム開始時の時と比べ、若干だが落ち着きを欠いているように見える。

 

 ――彼女にとって、これは初陣なのだから無理もないか。

 

 アルジェントさんもどことなくソワソワしている。きっと、みんなのことが心配なのだろう。

 

 しかしこうして手持ち無沙汰というのはいただけない、かといってあんまり騒ぐ訳にもいかないし……。

 

 ――そうだ、お茶を淹れよう。

 

 ティンときたとは正にこのこと。静かにしながら暇を潰せるんだ、これ以上の案はありゃあしない。

 

 では早速…………あ、あれ? ティーパックが無い、有るのは何やら高そうな葉ばかりだ。

 

「あの、グレモリー部長。ティーパックって置いてないんですか?」

 

「ごめんなさい、ティーパックは置いてないの」

 

 なん……だと……。手早く簡単庶民の味方、ティーパックを置いていないだなんて!

 

 改めて彼女がお嬢様であることを認識させられる。

 

 ――庶民の心を知らぬ者め……!

 

 でも彼女がお嬢様だからこそ、俺は駒王学園に転入できた訳だしなぁ。

 

 こうして学費を出してもらっているのだから、俺はあまりとやかく言える立場ではない。

 

 はあ、お茶は諦めよう。せっかく完全で瀟洒にお茶を淹れようと思ったのに。

 

 これでは本格的にやることがない。

 

 部屋には女二人と、男は俺一人。さて、このアウェーな空間を――

 

 ――はっ!? 男は俺一人!?

 

 やべーよやべーよ、マジやべーよ。なんだか凄くドキドキしてきた! じゃあ部屋に漂うこの甘く芳しい匂い――

 

 これが女の子の匂いなのか? まさに四宝の名に相応しい……かくも早くこの匂いを我が鼻腔に収めることが事ができるとは……。

 

「九々」

 

「はいぃぃぃぃ! ななななななんでしょう!?」

 

 もしかしてバレた!? 二人の匂い嗅いでるのバレた!?

 

「ふふっ。緊張するのはわかるけど、もう少し落ち着きなさい。今からそんな調子でどうするの」

 

 あ、なんだ。声を掛けられただけか。てっきり匂い嗅いでるのを咎められるのかと思ったよ。

 

 変態というレッテルを貼られ、兵藤くんに向けられる眼で見られるのは絶対にごめんだ。

 

 何よりもこの場にはアルジェントさんが居るのだ、もしも(まか)り間違って彼女に「変態!」と蔑まれたら俺は……。

 

 ――あれ、意外とありじゃね? 金髪美少女に涙目で「変態!」と罵られるなんて最高じゃね?

 

 まあ、アルジェントさんのキャラ的にそんなことは言いそうに無いけども。

 

 …………一回ぐらいは言ってほしいなあ。

 

「……ふぅ。そうですね、柄にもなく緊張していました。それで、何か御用でしょうか?」

 

 賢者タイムに入った時と同じぐらいに自分を落ち着かせながら、グレモリー部長に返す。

 

「いえ、その……オカルト研究部にはもう慣れた? それと、クラスでは友達はできた?」

 

 先の大人びた口調から一転。どことなく聞きづらそうにしながらも、彼女は学校生活のことを聞いてくる。それはまるで、思春期の息子に接する母親の如く。

 

「え――――ええもちろん! ま、毎日ウハウハですとも! ですが、何故そのようなことを……?」

 

 く、苦しい……。なんなんだ今の俺は。まるで友達がいないのを必死に隠そうとしている学生みたいじゃないか! ……ええ、友達いないぼっちですよ俺は。

 

 以前にどこかで友達が出来ました! みたいなことを言ったが、その実友達なんかできちゃいない。

 

 いや、たまぁに兵藤くんとアルジェントさんが話しかけてくれるけども……。

 

 ――そういえばあの眼鏡の……桐生さんだっけか。彼女はなんかこう、不審者を見るような眼で俺のことを見てくるんだよな……。俺なにかしたかなあ?

 

「九々が転入してもう一月(ひとつき)近く経つけど、未だどこか緊張しているように感じたから気になったの。部員のみんなも、あなたから名前で呼んでもらえないって気にしていたわよ?」

 

 どうやら俺の苗字呼びがグレモリー部長に心配を掛けていたらしい。

 

 確かにオカ研のみんなから、名前で呼んでくれていいよという風に言われてはいたが――

 

 許可をもらったとは言え、たった一月程度の付き合いでいきなり名前呼びもどうなの? ってのが俺の考えである。

 

 ――名前呼びのことはただの社交辞令みたいなものだと思っていたけど、意外とそうでもなかったみたいだな。

 

 グレモリー部長以外は俺のことを苗字で呼ぶし、尚のこと意外だった。彼らがそんなことを気にしているのが。

 

 うぅむ、これは部員のみんなを名前呼びする流れなのだろうか。

 

 ちらりとアルジェントさんの方に視線をやると、彼女はどこか期待したような眼で俺を見ている。

 

 さてさてどうしたもんかと、俺が呼び方のことでうんうんと唸っている時だった。

 

 遠くから大きな轟音が聞こえてきた。ここからでも大きく聞こえる辺り、相当な規模の攻撃があったのだろう。

 

『ライザー・フェニックスさまの「兵士」三名、「戦車」一名、戦闘不能!』

 

 敵の攻撃かとも思ったが、今のアナウンスを聞く限りそうでもないようだ。

 

「朱乃がやってくれたみたいね」

 

 そう嬉しそうに言うのはグレモリー部長。次いで、彼女はイヤホンマイクに向けて言い放つ。

 

「皆、聞こえる? 朱乃が最高の一撃を派手に決めたわ。これで最初の作戦はうまくできたわね」

 

 最高の一撃ねぇ。さっきのは姫島さんが撃った魔法らしい。お、俺だって大魔法使えばもっと派手なことできるし!

 

 と、無駄に張り合ってみる。……はあ、虚しい。それにしたって俺が大魔法を使う機会は巡ってくるのだろうか。

 

「あの雷は一度放ったら二度目を撃つまで時間がかかるの。連発は不可能。まだ相手の方が数では上。朱乃の魔力が回復し次第、私達も前へ出るから、それまで各自にお願いするわね。次の作戦に向けて動き出してちょうだい!」

 

 魔力が回復するまでさっきの大規模攻撃はできないだって? ……ああ、チャージ・ターンか。

 

 というか姫島さんの魔力が回復したら私達も出るとか言ってたけど、このゲームってホイホイ王様出てきちゃっていいの?

 

 そのことについてグレモリー部長に聞こうとして――

 

『リアス・グレモリーさまの「戦車」一名、リタイヤ』

 

「んなっ!?」

 

 突如流れるアナウンス。それは、塔城さんが討たれたことを報せるものだった。

 

 さきほどとは一転して、部室の空気は重苦しいものへと変わっていく。

 

 ……そんな最中(さなか)、グレモリー部長は俺の方を向き――

 

「――――九々。行ってきてちょうだい」

 

 俺に出陣を命じる。




 ※没ネタ※

「イッセー、戦いは始まったばかりよ? もともと、『レーティングゲーム』は短時間で終わるものではないわ。もちろん、短期決戦の場合もあるけれど、大概は長時間――」

「いや、短期決戦でいきましょう」

 突然の九々の発言に、部員達の視線は彼に集中する。その中で、説明を途中で遮られたリアスはあまりいい顔をしていない。

 それも当然だ。腰を据えてじっくりと『レーティングゲーム』を攻略しようと、その説明を一誠にしていた矢先にこれなのだから。

 この中で唯一の人間。

 確かに人間にしては多少腕が立つようだが、普段の行いからはとても短期で勝負を決められる程の策を考えつく者とは思えない。

 それが、リアス・グレモリーの九々崎九々への評価だった。

「……九々。『レーティングゲーム』はあなたの考えているように、甘いものではないのよ?」

 そう言って、リアスは呆れながら九々を(たしな)める。

 確かに自分もこれが初めての『レーティングゲーム』だ。

 しかし合宿中、初日以外はどこかに引き篭もっていた九々とは違い、ゲームについての知識は十二分にあるのだ。

 それにこのゲームの結果によってこれからの自分の人生が左右されるのだから、なんの知識も持ち合わせていない九々の策に乗るわけにはいかなかった。

「大体いきましょうって言っても……九々崎はどうするつもりなんだ?」

 一誠が感じていた疑問を九々に投げかける。リアスを除く他の部員達も、一誠と同じ疑問を感じていたらしい。問い掛けられた九々は一同の視線を一身に受けながらも、事も無げに自身の策について口を開く。

「んなもん決まってる。新校舎に向けて大魔法をぶっ放すんだよ。んで、打ち漏らした奴を皆で一気に畳み掛ける!」

 訂正。

 策でも何でもなかった。

 これを聞いたリアスは、怒鳴りそうになったのを寸でのところで飲み干す。不明瞭な、策とも言えないゴリ押しの力技に誰が乗るのかと。

 そもそも九々の言う大魔法というのもよく判らない代物だった。

 ――出会ってから今まで、一度もそんなものが使えるなんて言わなかったじゃない。

 リアスは思わずそんなことを呟く。

 だが大魔法と聞いて、祐斗と小猫の表情が真剣味を帯びる。

「あの時、教会の地下の儀式場で放っていた魔法。あれは手加減した上であの威力だったんだよね? なら本気を出したきみの大魔法というのは、どれぐらいの威力になるんだい?」

「うーん……新校舎を更地にするぐらい、かな……? ……多分」

 それを聞いた一同は目を剥く。確かにそれだけの規模の魔法で、陣地ごと攻撃されては堪ったものではない。

 九々の言葉を信じるのであれば、やってみる価値はあるだろう。

 本当に、九々が言う大規模な魔法とやらを放てるのであればの話だが。

「……朱乃はどう思う?」

 ひそひそ声でリアスは朱乃に問う。どうにもリアスには大魔法とやらはインチキ臭いものとしか思えなかったのだが、祐斗と小猫の表情を見てその考えは若干だが払拭される。

 故に、リアス一人では判断がつけられなくなってしまっていた。

「そう、ですね……。信じてみる価値はあると思いますわ」

 朱乃は九々が一誠に魔法――正確にいうとあれは呪文だが――を使った時のことを思い出していた。

 アーシアの『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』にも引けを取らないあの回復魔法。

 魔法を使用する際に足元に展開された魔方陣。あの魔方陣を解読しようと試みたものの、朱乃には欠片も理解出来なかった。

 唯一つ判ったのは、とんでもなく高度な術式で構成されているということだけだ。

 そんな高度な魔法を扱う彼なのだ。ならば大魔法というのも、あながち馬鹿に出来ない代物なのかもしれない。

 それが、朱乃の見解だった。

「高度な魔法、ね……」

 それを聞いたリアスはううむと小さく唸る。祐斗と小猫の真剣な表情と、朱乃の見解。

 ――彼を、九々を信じてもいいのかもしれない。

 そんな想いがリアスの中に芽生える。

 そして――

「わかったわ、九々。ならばあなた御自慢の大魔法で、ライザー・フェニックスとその眷属を蹴散らしてみせなさい!」

 リアスは、九々に許可を出してしまう。

「はい! 全力全壊、本気でやってやります!」

 なんとも自信に満ち満ちた言葉だった。これが口だけでなければいいがと、リアスは内心で独り言ちる。

 既に賽を投げたとはいえ、それでも不安は感じてしまう。

 それもそうだ。これからリアスは未知の魔法に頼るのだから。

「ではでは、外に出ましょう! 外に出たら作戦開始です!」

 任されたことが嬉しいのか上機嫌の九々。

 一抹の不安を胸に抱きつつ、リアスは部員達と共に部室から出て行く。軽い足取りで先を行く九々を見つめながら。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 旧校舎の玄関、現在一同はそこに集まっていた。一同とは少し離れた先、フェニックスの陣地である新校舎に体を向ける九々を遠巻きにしながら。

 言葉を紡ごうとする者は誰一人いない。大なり小なり、(みな)九々から発せられるプレッシャーに気圧されていたからだ。

 普段のような振る舞いとは打って変わり、こうして濃厚なプレッシャーを放つ九々にリアスは安堵を覚える。

 ――これなら本当に期待できるかもしれない。

 そんな心中同様に、リアスは瞳にも期待を込めながら九々を見つめ――

「――っ!?」

 驚愕に彩られながらリアスは息を呑む。見ればリアスだけでなく、周りの者も同じ反応をしていた。

 何故皆が驚愕に包まれたのか――それはいつの間にか九々が取り出した杖にあった。

 ボロボロの薄汚い杖で、草臥(くたび)れた具合から相当長いこと使いこまれていたのが見ただけで理解できる。

 そんな薄汚い杖から放たれる威圧感のような、いっそ暴力染みた魔力にリアス達は気圧されていた。

 あんな杖のどこにあれだけの魔力が内包されているのだと、グレモリー眷属は――特に魔に精通した者は――恐れ慄く。

 その杖の名は聖杖ミスティック・ワイザー。

 秘術を知る者の意を冠しており、九々が手にする前は今の姿からは考えつかないほどに美しい装飾が施されていたのだが、数々の激闘によりみすぼらしい姿に変わり果てていた。

 しかし九々本人は、このボロボロになったミスティック・ワイザーを気に入っている。

 初めて手にした時から今まで、ずっと共に戦ってきた相棒なのだ。

 巨人の王から奪うことでも入手できるため、九々は手にしている物とは別の、新品同様のミスティック・ワイザーを十数本所有しているが、それでもボロボロになった方を愛用し続けていた。

 閑話休題。

 グレモリー眷属から浴びせられる視線を気にも留めず、九々は口を開く。

「我招く、無音の衝烈に慈悲は無く――」

 これが大魔法の詠唱だと、一同は瞬時に理解する。

 足元に展開された巨大な魔方陣。力強い、魔力の籠められた言霊。

 大魔法だと判断するのに充分過ぎる要素だった。

「――汝に普く厄を逃れる術も無し!」

 未知の魔法に気圧されたせいか、彼女らは終ぞ気付くことができなかった。

 自分達のいるこの異空間の空が、白から黒に染まっていたことに。

「メテオスウォーム!」

 一体何度目の驚愕だっただろうか。

 新校舎に無数の隕石が降り注ぐという、夢現(ゆめうつつ)のような光景を前にして、グレモリー眷属は口をポカンと開けることしかできなかった。

 あまりに現実離れした光景に、これは九々が幻影を見せているのではと一同は逃避にも似た考えを持ち始める。

 だが隕石が衝突する度に揺れる地面と、鼓膜を破ろうとせんばかりの轟音がその考えを否定する。

 形を失っていく新校舎というのは中々に壮観だった。リアスが「もう全部あの子一人でいいんじゃないかしら」と呟き、一誠が「パワーをメテオに!」「いいですとも!」と内心で一人芝居に興じる程度には。

 そうして。

 ほどなくして隕石は降り止んだ。九々の宣言通りに新校舎を更地にして。

 いや――更地どころか、根こそぎ、なにもかもがなくなり、新校舎跡地には幾つもの大小のクレーターが。

 明らかにやり過ぎである。

「よし、やったか!?」

 露骨にフラグを立てる九々。しかしこのフラグは、

『ラ――ライザーさま含め、フェニックス陣営、全滅……』

 グレモリー眷属同様、驚愕に包まれたグレイフィアのアナウンスによってへし折られた。

 まあ、多分、九々以外の全員が判っていたことではあるのだろうけれど。

 こうして、特筆すべきことも何もなく、リアスの初めてのレーティングゲームは、彼女の圧勝で終わりましたとさ。

 ちゃんちゃん。


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十話

オリ主以外の他キャラ視点は書きにくいので、もうあまり書きたくないと思いました。

終盤テンションが高いのは、七色の飴玉を食いすぎた結果と思ってください。


「ひっぐ……うぅ、兵藤くんは何処に行ったんだよ。木場くんとも姫島さんとも合流できないし……」

 

 グレモリー部長に命じられるがまま部室を出て数十分。

 

 俺、九々崎九々は迷っていた。

 

 …………いや、違うな。迷ったというのは語弊がある。他の面子が見つからなくて泣きそう、と言うのが正しいか。

 

 部室を出る直前、グレモリー部長から運動場で待っている兵藤くん達と合流し、そのまま突破してこいとの命令を受けたのだが……。

 

 ……居なかったのだ、研究部のメンバーが。

 

 運動場に居たのはフェニックスの下僕が三人。

 

 俺一人で蹴散らしてもよかったのだが、合流する前から好き勝手するのも如何なものかと思い自粛。

 

 何処をほっつき歩いているんだと内心で独り言ちながら探しに行くが、思えばこれが間違いだった。

 

 下僕三人に見つからないよう何処かで隠れ、兵藤くんを待っていればよかったと、今になって後悔し始めるも後の祭り。

 

 通信機で連絡を取ろうと試みるも、電池が切れているのかいじっても反応がない。

 

「こんなの絶対おかしいって……。なんで味方だけでなく敵とも出くわさねえんだよ……」

 

 これだけうろついているというのに、本当に誰とも出くわさないのだ。

 

 敵とも味方とも。実は俺はこの空間に置いてかれていて、みんなは別の場所で戦っているのではと思ってしまうほどに。

 

 だが断続的にあちらこちらで発生する爆音と、空に走る雷鳴。フェニックスの下僕がやられたことを報せるアナウンスが、その考えを否定する。

 

 となると、ただ単に俺の運が悪いからってことになるんだろうが……。

 

 はあ、ネガティブになるのもやめとこう。あまり自分で自分を追い詰めるもんじゃない。

 

 気分転換に七色の飴玉でも舐めとくか。確かこれを舐めてると、テンションが上がるんだよな。

 

 ――いや、楽しい気分になるんだったっけな? まあいいや。

 

 生成した飴玉を口に放り込み、舌で転がす。ついでにウサギの足も装備して……っと。

 

 ――ウサギの足を装備することで俺の運も上々ってもんよ! 

 

 さて。気分も一新したところで、仲間探しの続きといきますか! そう意気込んだ矢先――

 

 遠くの方で轟、と今までの爆音よりも一際大きな轟音が聞こえてきた。

 

「っ!? この音は……あっちか!」

 

 すぐさま轟音のした方へと向かう。これは紛れも無い戦闘の音だろう!

 

 まさかいきなりウサギの足が運を運んできてくれるとは……ウサギの足パネェっす! 流石にウサギの足は格が違った!

 

 ――これで役立たず(暫定)から脱却できる!

 

 そんな思いを胸に、俺は轟音の発生源へと駆ける。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 駆けつけ三杯駆け出し数分――そう意味の判らない言葉を内心で呟きながら、俺は運動場に戻って来ていた。

 

 消失したテニスコートの横で対峙するは兵藤・木場くんペアと、フェニックスの下僕二人。さきほどと違い、一人減っている。

 

 此処に来る途中で、フェニックスの『戦車』がリタイヤしたことを報せるアナウンスが流れていたが、顔の半分にだけ仮面をつけた女がいないってことは、あの女が『戦車』だったのだろう。

 

 真剣勝負の最中なのか、木場くんと甲冑装備の騎士然とした女の間で殺気が立ち込めている。

 

 ――ううむ。せっかく合流できたと思ったのに、出て行きづらい……。

 

 いかんな、出るタイミングを完全に逃してしまった。今出て行けば空気読めない子扱いだろうしと、うんうん悩んでいる時だった。

 

「ここね」

 

「あれ? イザベラ姉さんは?」

 

「まさか、やられちゃったの?」

 

 俺の悩みをぶち壊すかのように現れるのはフェニックスの下僕たち。

 

 ……どうやら悩む必要などなかったらしい。そうだよな、よくよく考えればあの二人の邪魔をしなければいいだけのことなのだ。

 

 そうと決まれば話は早い。敵の増援に若干ビビってる兵藤くんを安心させるため、さっさと出て行くとしよう。

 

「――やあ兵藤くん。待たせたな!」

 

「く、九々崎! お前今までどこに行ってたんだよ!」

 

 声をかけた途端、勢い良くこちらに振り返る兵藤くん。

 

 自分、怒ってますといった口調だったが、俺の登場に安堵した表情を見せていた。

 

 若干どころじゃないぐらいにビビッていたようだ。

 

 ――本当に、合流が遅くなって申し訳ない。

 

「ねーねー、あなたたちー」

 

 謝罪の言葉を口にしようとしたところで、フェニックスの下僕の一人に話しかけられる。なんの用だ?

 

「ライザーさまがね、あなたたちのところのお姫さまと一騎打ちするんですって。ほら」

 

 下僕が指差した先。その指先に視線を向ければ、新校舎の屋上に二人分の人影が――っておい!

 

「部長!」

 

 驚きの声は兵藤くんのものだ。彼が驚くのも頷ける。最後のその時まで戦ってはいけない人物が、あろうことか最前線で戦っているのだから。

 

「アーシア! どうかしたか? もしかして部長のことか?」

 

 突如一人喋る兵藤くん。急な独り言によもやトチ狂ったのではと内心で心配したが、そういえばとゲーム開始時に通信機を配られていたことを思い出す。通信の相手はアルジェントさんのようだ。

 

 聞こえてきた音声に耳を傾けるに、グレモリー部長がフェニックスに一騎打ちの申し出に応じた結果がこれらしい。

 

 ――リーダーが倒されたらおしまいなんだぞ! VP2の戦闘だってそうだったじゃないか!

 

 いや、あれは敵側だけの話か。でもこのゲームは『王』が倒されたら終了してしまうのだから、やはりホイホイと『王』が出てくるべきではない。

 

 ……そろそろ俺も働くか。

 

「兵藤くん、この場は俺に任せて木場くんと一緒にグレモリー部長のところへ行くといい。俺はこいつらを倒したらあとを追うからさ」

 

 一瞬、間を置いて辺りが静まり返る。辺りに視線をやれば兵藤くんだけでなく、フェニックスの下僕連中も俺の方を見て――睨んでいた。……その瞳に最大限の怒りを篭めながら。

 

「あああああなたっ! ふざけているんですの!? たかが人間一人がこの状況を覆せるとでも!?」

 

 いの一番に反応したのは金髪を縦に巻いた、貴族然としたドレス姿の下僕。

 

 見た目に違わない、プライドの高い少女だ。

 

「そうだね。流石に九々崎くんでも、この人数を一人で相手にするというのは無理だと思うよ」

 

 ドレスの少女に同意したのは、甲冑女と相対していた木場くんだった。

 

 俺の調子こいた発言に怒っているのか、先の言葉にはなんの感情も感じられなかった。

 

「まあまあ。ここは俺を信じてくれよ。それに、今は一刻も早くグレモリー部長のところに行ったほうがいいんじゃないか?」

 

「……わかったよ。イッセーくん、ここは九々崎くんに任せて部長の下へ向かおう」

 

「ええっ!? お、おい九々崎! 本当に任せていいのかよ!?」

 

「もちろんさ。たとえ敵が誰であろうとも、俺の名前は九々崎九々。俺の前では悪魔だって全席指定、正々堂々手段を選ばず真っ向から不意討ってご覧に入れましょう」

 

 安心させるようににっこりと笑みながら、おどけながら兵藤くんに言う。

 

 ちょっとカッコつけ過ぎたかなと、言ってから思っちゃったりする。

 

 ……この台詞、元は誰の台詞だったっけなあ。

 

「九々崎……。わかった! お前も絶対にあとで来いよ! 行くぞ木場!」

 

 そう言って、兵藤くんは木場くんと共に新校舎へと駆ける。

 

 さて、あとはこいつらを倒すだけなんだけど――

 

「それにしても、あの二人を素通りさせてくれるとは思わなかったよ」

 

 絶対なにか仕掛けてくる! と身構えていただけに、なにもせずに素通りさせたのは意外だった。フェニックス陣営からすれば、俺達が味方と合流するのは看過できることではないだろうに。

 

「ふんっ! なにも問題はありませんわ。どの道あなた方が集まったところでお兄さまの――私たちの勝利は揺るぎませんもの!」

 

「自信たっぷりなんだな」

 

「当然です。たとえあなた方がどんなに絶対の力を持っていても、不死身が相手ではどうしようもありませんわ!」

 

「それこそなんの問題にもなりゃあしないよ。くたばるまで殺せばいいだけなんだから」

 

 ――どこぞの吸血鬼だって言ってたもん。不死身の化け物なんて存在しないって。

 

 怒りが有頂天になったのだろう、ドレスの少女は顔を真っ赤にしたかと思うと指を鳴らす。そのゆびぱっちんに応じて、他の下僕連中が俺を囲んだ。

 

「減らず口もそこまでですわ! 人間界の時といい、あなたという人間は大口を叩くのが好きなようですわね!」

 

 俺を囲む下僕連中も、少女同様怒り一色の様子。ちょっとこいつら煽り耐性無さすぎじゃないか?

 

 まあ、こう熱くなってくれている方が倒しやすくはあるのだけど。

 

「そう熱くなるなよ。こういった勝負事じゃあ、先に熱くなった方が負けるんだぜ? ――お前たちはここで終わりだがな!」

 

『な……っ!』

 

 驚愕に塗れた声は誰のものか。

 

 連中はなにが起こったのか理解できない、と。困惑した表情を浮かべながら――自身に深々と突き刺さった剣に目を遣る。

 

 ダーク・セイヴァー。

 

 目標物を中心とした周囲三方の空間から巨大な剣を出現させ、突き刺す呪文。

 

 連中が熱くなっていた、というのも理由にはなるだろうが……。まさか、こんなにも上手くいくとは思わなかった。会話中に攻撃は卑怯? はんっ、勝てばよかろうなのだ!

 

 ――いやー無詠唱超便利! まあ、格下にしか通用しないんだけどね……。

 

 連中の体が光だし、透けて消えていく。

 

『ライザー・フェニックスさまの「兵士」二名、「騎士」二名、「僧侶」一名、リタイヤ』

 

 なるほど。ああやって消えていくとリタイヤ扱いなのか。

 

 じゃあ――消えていないこいつは、リタイヤ扱いされていない訳だ。ちょっと剣はこのまま出しっぱなしにしておこう。

 

 何故か一人残ったドレスの少女。彼女は立ったままの状態で、剣によって未だ地面に縫い付けられていた。

 

「こ、の……っ! 卑怯も――」

 

「おいおいおい! 卑怯も糞もあるかよ! 俺はちゃんと言ったぜ? 真正面から不意討つと。不意討ちに対応できなかったきみらが悪いんだろ?」

 

 へへん、見事なカウンターで返してやったぜ。……怒りを通り越して憎しみを込めた目で睨みつけられてるけど。

 

 息も絶え絶えな彼女だが、剣が突き刺さったままの傷口からは絶え間なく炎が噴出(ふきだ)している。

 

 ……傷口から炎を噴出す? そういえばさっき主であるはずのフェニックスをお兄様って――

 

『リアス・グレモリーさまの「女王」一名、リタイヤ』

 

 ――……っ! 塔城さんに続いて姫島さんまでやられるだなんて!

 

 よもやフェニックス陣営に姫島さんを倒すほどの奴がいるとは……。

 

 姫島さんの実力を知らんからなんとも言えないけど――――はっ!? 殺気!

 

 慌ててその場から飛び退く。この判断は正しかったようで、飛び退いた瞬間俺のいた場所を爆炎が包み込んでいた。

 

「……仕留め損なったわね」

 

 空から聞こえてきた、声のした方に視線を向ける。

 

 そこにはフードを被り、いかにも魔導師って感じの格好をした女が空を漂っていた。

 

 なるほど、あいつが姫島さんとバトっていたのか。

 

「ユーベルーナ! その人間に近づいてはいけませんわ! 出来る限り離れて遠距離での攻撃に徹しなさい!」

 

 魔導師に向けてドレスの少女は叫ぶ。魔導師も少女の必死さとその様相で状況を把握したのか、すぐさま俺から距離を取る。

 

 ――ふふん、馬鹿め。それは悪手だということを、思い知らせてやる!

 

 今まであちらこちらで発生していた爆音と、さきほどの爆炎。

 

 これらから察するに――どうせあれだろ、こいつ爆撃しか出来ねえんだろ。

 

 だったら俺の取る行動は決まってる!

 

「ほれほれ! 爆撃がご自慢の攻撃らしいが、これでもお前さんは攻撃できるのかー!?」

 

 なんてことはない。魔導師の味方である、このドレスの少女の真後ろに立つだけだ。

 

 いやー始めのうちはこいつなんで消えねえのって思ってたが、こんな風に盾にできるとはな。やっぱりウサギの足を身につけてから運が向いてきたなあ!

 

「っ! レイヴェルさま!!」

 

 おーおー焦っとる焦っとる。だがあいつの様付けで確信したぜ、この少女もフェニックス家の一人だということを。

 

 道理でプライドが高い訳だ。まったく、貴族ってのは皆こんななのかね。俺はこれで貴族が嫌いになったよ。

 

「構いませんわ! 私ごとこの人間を撃ちなさい!」

 

 だが魔導師は戸惑うばかりで攻撃に移ろうとしない。同じ眷属悪魔とはいえ、この娘さんの方が立場は上らしい。

 

 こうして揉めてくれるのは、こちらとしてはありがたい。

 

 この隙にアントラー・ソードを生成し――思いっきり魔導師に投げつける!

 

「うぐぅ!?」

 

 ――おしっ、ど真ん中!

 

 投擲したアントラー・ソードは腹部にクリーンヒット。

 

 腹部を刺し貫かれた魔導師は苦悶の声を漏らし、他の下僕同様光に包まれ、この場から消えていく。

 

『ライザー・フェニックスさまの「女王」一名、リタイヤ』

 

 ……姫島さんが削ってくれていたおかげか、あっさり撃破出来たなあ。

 

「ま、またしても……っ! あなたはこのような戦い方で恥ずかしくないんですの!?」

 

「散々人間如きと舐めときながら! いざ負けると相手の戦い方を(けな)すお前こそ恥ずかしくないのか!?」

 

 覚えてるんだぞ! 部室で俺が喧嘩をふっかけた際、下僕の中でお前が一番に笑っていたことを!

 

 ……くそっ! こんな奴の相手なぞしとれん! そもそも、俺の本命はライザー・フェニックスなのだ。グレモリー部長がやられる前に新校舎の屋上に行かないと!

 

 がた落ちした気分を上げるため、本日二つ目の七色の飴玉を生成し、口に放る。

 

 飴玉を舌で転がしながら駆ける後ろで、娘さんの怨嗟に塗れた金切り声が聞こえてくるがこんなもん無視だ無視!

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 戦局は既に終盤。

 

 お互いの下僕も多数リタイヤし、残っているのはこの場に居る私たちと、どこかで戦っているであろう九々とライザーの『僧侶』一名。

 

 この場には私、イッセー、そしてアーシアの三人。

 

 対して向こうはライザー一人。

 

 数の上ならこちらが有利だけど、その実追い込まれているのは私たちの方。

 

 疲弊しきった私とイッセー。傷つく度アーシアに癒してもらうも、失った体力までは戻らない。

 

 そんな私たちとは対照的に未だ余裕を見せるライザー。

 

 幾度となく消し飛ばしても、その都度回復する反則的なまでの再生能力。

 

 ――勝負の結果は、始める前から見えていたのかもしれない。

 

 そう――私たちは詰んだのだ。もう、誰も戦える力が残っていない。

 

 それでもあの子――イッセーだけは立ち上がる。

 

 こんな、詰んでいる状態であろうとも、構うことなくイッセーはライザーへ向かっていく。

 

 立ち向かってはライザーの拳に迎えられ、こちらまで殴り飛ばされる。

 

 そうして飛ばされる度アーシアに癒してもらい、再び立ち向かう。

 

 ――とうに限界を迎えているはずなのに。

 

 私はもう、見ていられなかった。

 

 何度も傷つくイッセーを。そんなイッセーを泣きながら癒すアーシアを。

 

「……イッセー、よくやったわ。もういいわ。よくやったわ」

 

 殴り飛ばされたイッセーを抱きとめ、私はそう呟く。

 

「まだ……です。まだ、終われません……っ!」

 

 もういいのに……。それでもイッセーは向かおうとする。

 

 力無い歩みで一歩、また一歩と。拳を握り締めながら前へと進む。

 

「イッセー! 止まりなさい! 私の言うことが聞けないの!?」

 

 これ以上やらせれば、私はイッセーを失う。これからもたくさん可愛がるつもりなのに、こんなところで失いたくない!

 

「部長……。俺、まだ戦えますから……。……行かせてください! 俺に――アーシアと部長を守らせてください!!」

 

 ――……っ! どうして……どうしてあなたはそこまで……っ!

 

 立ち向かうイッセーを止めようと、彼に駆け寄ろうとした――その時だった。

 

 ライザーとイッセーの間に、割って入るかのようにして屋上の扉が飛来してきたのは。

 

 この場にいない、第三者が扉を蹴破ったらしい。

 

 ゲームに残っている中で、扉を蹴破るような人物といえば一人しかいない。

 

「よく言った! よく言ったぞイッセー!」

 

 イッセーに声をかけながら登場した人物。

 

 それは、このゲームに参加している唯一の人間――九々崎九々だった。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 ――あーよかった! 本当に間に合ってよかった!

 

 見ればイッセーとリアス部長はボロボロ。

 

 アーシアちゃんも前線で戦えるような子じゃないし、本当に詰みかけていたみたいだ。

 

 まあ、それにしても――

 

「男を見せたな、イッセー。そうだよなぁ、男の子ってのはいつだってそうでなくっちゃなぁ!」

 

 ちょっと見ない間にこんなにもカッコよくなってるだなんて。

 

 汗に塗れて血に塗れて。疲労困憊であろう体に腫れた顔面。

 

 見る人が見れば汚らしいと、なんとも無様な姿だと笑うかもしれない。

 

 だがこれは――好きな女の子を守った結果なのだ。

 

 ――彼は充分彼女たちを守れているじゃないか。

 

「一度ならず二度までも……! レイヴェルは一体なにをやっているんだ!」

 

 苛立ち、悪態を吐くフェニックス。

 

「あん? あの娘さんだったら地面に縫い付けといてやったぜ?」

 

 この言葉に、フェニックスは憤怒の表情を見せる。

 

 それは自分の妹の不甲斐なさに向けてなのか、それとも愛する妹を傷つけられたが故なのか。……後者だといいなぁ……。

 

「おーい、アーシアちゃんやーい!」

 

 俺たちとは少し離れたとこに居る、泣きはらしたアーシアちゃんを呼ぶ。

 

 こちらの意図を察してくれたのか、駆け足で来てくれる。

 

「イッセーを癒してあげてくれないか? 俺がやってもいいんだけど、アーシアちゃんにしてもらった方がイッセーも喜ぶだろうからさ」

 

「は、はい! もちろんです! でも、九々崎さんは……?」

 

「俺なら大丈夫、掠り傷一つ負ってないからね!」

 

 実際フェニックスの下僕との戦闘も楽勝だったし、梃子摺(てこず)るようなこともなかった。不意討ちで倒れるような連中だったし、普通に戦ってもそう強くはないのだろう。

 

「という訳でイッセー。あとは俺に任せて横になってろよ」

 

「へっ……。もう少し、早く来いよな……」

 

 軽口を叩くぐらいの余裕はあるみたいだな。いや、もう軽口を叩くことしか出来ないと見るべきか。なんにせよ、お疲れ様だ。

 

「リアス部長。膝ぐらいは貸してやってもいいんじゃないですか?」

 

 死ぬほど疲れてるみたいだし、それにここまで頑張ったんだ。

 

 これぐらいの役得はあって然るべきだろう。

 

「え、ええ……。九々、あなた私たちの名前を――」

 

「名前で呼んだ方がいいのでしょう? 俺はそれに合わせただけですよ。今更やっぱり駄目って言われても知りませんからね」

 

 自分でもよくわからない。この名前呼びだって、溢れるテンションに身を任せてのことなのだ。男を――漢を見せたイッセーに刺激されたのだろうか。

 

「ほんじゃま、俺はフェニックスの(たま)ぁとってきますんで」

 

 漸く――漸くこの手でフルボッコにしてやれる時が来た!

 

 相対するはにっくき火の鳥ライザー・フェニックス。

 

 彼奴は俺が倒してきた下僕同様、その瞳に怒りを込めて睨みつけてくる。

 

 ――ライザーの にらみつける!

 

 ふんっ! 幾ら睨みつけられたところで防御なんて下がらんさ。俺の特性はクリアボディなのだから!

 

「――ただの人間が、よくここまで来れたものだな」

 

 低い声音で舐めたことを言ってくれる。全く、これが貴族の姿なのか? 貴族というのは、あの顎の割れた高貴で屈強な男のようにあるべきだと思うのだが……。

 

 いや――まだ年若いであろう目の前の男に、それを求めるのは少々酷か。

 

「そうだな。どこぞの誰かさんの下僕が弱かったおかげで、簡単にここまで来ることができたよ」

 

 この発言に彼奴の炎の翼が、より一層燃え上がる。どうやら怒っているらしい。

 

 こうも簡単に怒り、冷静さを欠いてくれるだなんて。挑発し続ければどこまで怒るのか、ほんの少し見てみたいものではある。

 

「減らず口を! 俺の下僕を倒したことでいい気になってるみたいだが、同じように俺を倒せるとでも思ってるのか!?」

 

 流石は兄妹。まさか同じ言葉を口にするとは。

 

 だが妹の方とは違い、こいつはやる気――殺る気に満ち満ちている。しかしフェニックスから放たれる殺気は、部室の時と同じでやはり生温い。

 

 ――セラフィックゲートのあの連中と、比べるのもおこがましくなるほどに。

 

「思ってるさ。それに俺が言うのもなんだけど、あんまりデカい口を叩くのも止した方がいいぜ? お前はこれから、今まで侮ってきた『人間』の作り出した武器に射殺されるんだからな!」

 

 目の前の男は悪魔で、フェニックス――火の鳥でもある。悪『魔』で火の『鳥』――おそらくは魔鳥に分類されるだろう。

 

 ――ならば装備するものと言えば『あれ』しかない。

 

 取り出すのは一見するとなんの変哲もない、ただの弓。

 

 これを見たフェニックスは、明らかな嘲笑の笑みを浮かべていた。――そんなもので俺を殺せるのかと、彼奴の瞳はそう言っている。

 

「はっ! 偉そうなことを吼えたと思えば、取り出したのがただの薄汚い弓とはな! どこまでも舐めた人間だ! ならばその弓ごと燃やし尽くしてやるッッ!」

 

 ――舐めているのはお前の方だ。ライザー・フェニックス。

 

 この弓が一体どのような力を秘めているかも知らずに、警戒もせずに侮っているだけなのだから。

 

 天高く舞うフェニックスに弓を向け、弦を引き絞って言い放つ。

 

「――永遠に明けない弾幕の夜を、悪夢の度に思い出せ!」




ラウリィの『エイミングウィスプ』ってガード不可なんですよねえ。



ガード不可なんですよねえ。

描写が無いですが、木場くんはイッセーを庇って撃破されました。


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十一話

第二部、完ッ!


 ワンサイドゲーム。

 

 競技で、一方が終始他方を圧倒して勝つ試合。一方的試合。

 

 この『レーティングゲーム』を――ライザーと九々の対峙している光景を観て、上級悪魔の面々はそうなることを信じて疑わなかった。

 

 面々からすれば、このカードの結果は火を見るよりも明らかなのだから。

 

 フェニックス家の才児ライザー・フェニックスと、何処の馬の骨とも知れぬ――愚かにも悪魔同士のゲームに参加した人間、九々崎九々。

 

 言うまでもなく悪魔が圧倒する側で、人間が圧倒される側。

 

 不死鳥の怒りに触れ、惨たらしく焼き殺される姿。一部を除いた上級悪魔たちが、そんな九々の姿を夢想し、嗜虐的な笑みを浮かべながらモニターを見つめ――その表情を凍りつかせた。

 

 確かに面々の予想通り、ライザーと九々の対決は始まってから今に至るまで、一方的な試合展開となっている。

 

 ――ライザーが九々を圧倒するのではなく、九々がライザーを圧倒するという逆の形で。

 

 屋上から放たれる、空を埋め尽くさんばかりの無数の光線から必死で逃げ惑うライザー。

 

 そんなライザーを無機質な瞳で捉え、無表情で弓を引き続ける九々。

 

 幾度となく光線に射抜かれ、その都度命を落とすライザーの姿を見て九々を(あざけ)り笑っていた上級悪魔は半狂乱に陥っていた。

 

 ――あの問答無用で射抜いた者を殺す神器(セイクリッド・ギア)は一体なんなのだ、と。

 

 九々の持つ弓の名はレイヴン・スレイヤー。

 

 魔鳥族に対して絶大な威力を誇る弓。これは神器(セイクリッド・ギア)ではなく、悪魔が今まで侮ってきた『人間』の生み出した武器だ。

 

 そんなことは露知らず、一方的に相手を殺す神器(セイクリッド・ギア)だと思い込む上級悪魔たち。

 

 尤も――今回の場合、あまりレイヴン・スレイヤーの特性を生かした戦いとは言えないのだが。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 ――アーハッハッハッハッハ!! 踊れフェニックス! 死のダンスをよォォォォォ!!

 

 一騎打ちという名の蹂躙が始まり、あいつは一体何度死んだだろうか。

 

 死んで死んでは生き返り、そうして生き返る度にまた死んで。

 

 まさに「無限ループって怖くね?」ってやつだ。

 

 それにしても何度も死ぬフェニックスを見て、ついあの頃の自分を思い出してしまう。

 

 ギルマン・リーダーに刺し殺される自分を。

 

 ファイア・エレメントに焼き殺される自分を。

 

 リッチの生足に見惚れて毒殺される自分を。

 

 ――あのリッチの生足を前にして、見惚れない男が居るだろうか? いや、居ない。

 

 閑話休題。

 

 フェニックスは作戦を『ガンガンいこうぜ』から『いのちをだいじに』にシフトしたようで、今は空を飛び回っている。

 

 当初の予定としてまずはエイミングウィスプで防御を崩し、そこから次の攻撃へと繋げていくつもりだったのだが、嬉しい誤算とでも言うべきか――なんとエイミングウィスプで射抜かれただけでフェニックスは墜ちていくのだ。貧弱ってレベルじゃねーぞ。

 

 レイヴン・スレイヤー。

 

 数あるスレイヤー系武器の内の一つで、魔鳥族に大ダメージを与えられる優れた武器だ。……あまり出番は無いと言ってはいけない。

 

 該当する敵のRDMを0にし、その敵に攻撃する際の装備者のATKを30倍にするという効果を、スレイヤー系武器は持ち合わせている。

 

 ――持ち合わせてはいるんだけど……一部ATK30倍の恩恵を受けられない技があるんだよね。

 

 その恩恵を受けられない技が、今俺が放っているエイミングウィスプだ。まあガード不能の技な訳だし、仕方ないね。一応RDMを0にする効果は残っているけれど……。

 

 全力で攻撃しているとはいえ、流石にRDMを0にする程度では仕留めきれないだろうと思っていただけに、あの細っちょろい光線で墜ちるフェニックスには拍子抜けしてしまった。

 

「きさ、ま――ッ!! 謀ったなァァァァァァ!?」

 

 必死こいて逃げ回りながらも、地味に俺の方に近づいてきているフェニックスが叫ぶ。

 

 ……謀る? 一体あいつは何を言ってるんだ? 疑問に思いながらも弓を引き続ける。

 

「その弓を人間が作り出しただと!? ふざけるな! この俺を容易く殺すそれが、神器(セイクリッド・ギア)でない筈がないだろうっ!!」

 

 フェニックス、マジギレである。勝手に油断したくせに……、これが昨今のキレやすい若者ってやつか。

 

 ――大体、破壊確率5%の神器(セイクリッド・ギア)なんて存在するんですかねえ。

 

 破壊確率。

 

 エーテルコーティングの成されていない武器に存在する確率で、スレイヤー系武器は軒並みこれが成されていない。

 

 なので装備していると、いつ壊れるか判らない恐怖に怯えなければならない訳だが――

 

 実は攻撃を仕掛けたターン内に、対象となる敵をしっかりと仕留めておけば、破壊確率が有ろうと壊れなかったりする。

 

 ――あれ? 仕留めてはいるけど、でもあいつ生きてるし……。こういう場合はどうなるんだ? …………まあいっか!

 

「ぐっ――う、おぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 喚きながらまた墜ちる。まったく、喧しいったらありゃあしない。連続で攻撃を受けている時のロキーヌ並みに喧しい奴だ。

 

 ――あいつガードする気無さそうだし、これならエイミングウィスプ以外の攻撃も通りそうだな。

 

 折角あまり出番の無いレイヴン・スレイヤーを装備しているんだ、どうせならATK30倍の威力を拝みたいものである。

 

 そう思い、ならばとディルナ直伝マジカルムーンを撃とうとして――

 

「――あり?」

 

 ばきりと、レイヴン・スレイヤーは嫌な音を立てながらへし折れる。

 

「ちょ、こんなところで――ッ!?」

 

 確かにディルナ直々に教えてもらった技ということで、気合を入れて思い切り力を籠めはしたけど――くそっ! やっぱり破壊確率5%は高すぎる!

 

 見事にへし折れた弓を見て好機と捉えたのか、フェニックスは右の拳に特大の炎を纏わせながら高速でこちらに突っ込んでくる!

 

 ――こいつ……っ! 鳥ポケモンがパンチわざ使っていいとでも思ってんのか!?

 

「燃え尽きろォォォォォォ!」

 

「もるすぁ!」

 

 目まぐるしく変わる風景と焼きつくような頬の痛みに、自分がフェニックスに殴り飛ばされたのだと理解する。あれ? ていうかこれ、顔半分燃えてね?

 

 ――完封してやろうと思ったのに、一発もらっちまった!

 

 ぐぎぎ……。それにしてもこんなにぶっ飛ぶとは思わなかった。熱いし痛いし情けねぇ!

 

「九々!」

 

「九々崎さん!」

 

 リアス部長とアーシアちゃんの悲痛な叫びが耳に届く。ああ、やはり端から見ても情けない姿だったらしい……。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……リアス、俺の勝ちだ!」

 

 ……あん? あの野郎、なに寝ぼけたことを言ってやがる!?

 

「思わぬ伏兵だった人間もあの様で、キミらも戦う力は残っていない」

 

 肩で息をしながらそんなことをフェニックスはのたまう。

 

 ――俺がちゃんと戦闘不能になったかを確認せずに勝利宣言か。面白い、その一瞬の油断が命取りだってことを教えてやろうじゃないか!

 

 という訳で、二張目のレイヴン・スレイヤーを取り出し弦を引く。

 

 さっきみたく無駄に力を籠めないよう心掛け、加減もほどほどに――

 

 ――ディルナ直伝! マジカルムーン!

 

「さあ、リアス。投了(リザイン)す――ぐがぁっ!?」

 

 説明しよう! マジカルムーンとは、矢を弧月状の衝撃波に変えて放つディルナの技なのだ! そして聖属性のオマケ付き。悪魔には(多分)滅法強いぞ!

 

 マジカルムーンの衝撃波に耐え切れず、フェニックスは爆発四散! 死亡した時のアイザックさんみたいにバラバラになっていた! 実際グロい!

 

 ATK30倍って凄い、改めてそう思った。

 

「リアス部長! 俺はまだまだ戦えます! 負けを認める必要なんてありません!」

 

「く、九々!? あなた大丈――燃えてるわよ!?」

 

 俺の顔を見て、リアス部長がそう叫ぶ。見ればアーシアちゃんも驚きに目を剥いていた。

 

 頭を振って炎を消す。まあ……これぐらいなら回復するまでもないか。だけど……。

 

「やっぱ赤くなってるよなぁ。家帰ったらエリクサー塗りたくらなきゃ」

 

「ラ、ライザーの炎を受けて赤くなってるだけ……? どういうことなの……」

 

 小声でリアス部長がなにか呟く。俺に向かって話している訳じゃないみたいだし、反応はしなくてもいいだろう。

 

 フェニックスは炎を巻き上げながら自身の体を再生させるが――

 

 30倍の補正がかかり、更には攻撃に聖属性が含まれていたのもあってか、フェニックスの再生力は目に見えて衰えていた。

 

 巻き上がる炎も弱弱しく、そして儚い。もう限界が近いのだろう。

 

「何故だ……っ! 貴様――何故生きている!?」

 

「あの程度で殺せたと思ったのか。随分とハッピーな頭してるんだな」

 

 俺の言葉に、フェニックスは忌々しげに歯噛みする。

 

 這う這うの体で彼奴は立ち上がり、その瞳にさきほど同様――いや、それ以上の怒りと殺意を込めて俺を睨みつけていた。……ゲーム中に何度睨みつけられたかな。

 

「くそッ! くそッ! くそッ! 人間如きが図に乗るなァァァ!」

 

 彼奴の怒りはおさまる事を知らないと言わんばかりにボルテージが上がり、身に纏う炎はメラゾーマが直撃した際の火柱を思い起こさせる。

 

 ……うん、我ながらよく判らない例えだ。

 

 炎の翼をはためかせながら、フェニックスは再びこちらへと突っ込んでくる――が!

 

 ――その動き! 既に見切った!

 

「ちぃっ!」

 

 先と比べて明らかに速度が落ちているというのもあって、フェニックスの攻撃をかわすのは容易かった。この分だとあの炎も見掛け倒しっぽいな。

 

「この『レーティングゲーム』はなぁ! 悪魔の未来に関わる大事な一戦なんだ! それを悪魔でもなんでもない――何も知らない人間が引っ掻き回していいとでも思っているのか!?」

 

 ――取りつくろいやがって。

 

 引っ掻き回すだって? そも、調子こいて俺をゲームに誘ったのはお前の方だろう。

 

 それに、あの時の部室でのお前の振る舞いを、俺は忘れちゃいないぞ。

 

 あれだけの女を侍らせていながらリアス部長にべったべたべったべた触った上、童貞を煽るかのようにあんなディープなチッスを見せつけやがって……っ!!

 

 言うまでもなくフェニックスのこの行いは万死に値する。トラえもんチクタクパニックも壊されたのだ、ギルティ待ったなし! 『レーティングゲーム』もこれで閉塞(おひらき)だ!

 

「ダーク・セイヴァー!」

 

「っぐぅぅ! な、なんだこれは!?」

 

 フェニックスは突如現れた巨大な剣に対応出来ず、為す術もなく妹と同じように縫い付けられる。

 

 事前にマジカルムーンで大ダメージを与えたのが効いてるみたいだ。

 

 目論見通りフェニックスは身動きがとれないようで、戸惑いながらも必死に剣による拘束から逃れようとしていた。この隙に!

 

 ――貴様の死因は、タイダルウェイブによる水死だ!

 

《虚空を伝う言霊が呼び覚ませしは!》

 

 眼を瞑り、魔力を籠めながら言の葉を紡ぐ。

 

 十六年振りの大魔法ということもあって、つい詠唱に力が入ってしまう。

 

 若かりし頃、全ての大魔法の詠唱をそらで言えるようになるまでどれだけ練習したことか。

 

「貴様何を――っ!? や、やめろ! 今すぐ詠唱をやめろッッ!」

 

 これは巨大な水竜を召喚し、敵を飲み込ませる水属性の大魔法。

 

 フェニックスの制止の声からは焦りと怯えが感じられた。召喚された水竜を目の当たりにして慄いているらしい。

 

 まあ、いきなりデカい竜が出てきたら誰だってビビる。俺だってビビる。

 

《海流の支配者の無慈悲なる顎!》

 

「ひ――」

 

 おそらくは大口を開けた水竜に飲み込まれたのだろう。フェニックスの声は、もう聞こえない。

 

 ――相手は『ほのお』タイプで、こっちは『みず』タイプのわざ! こうかは ばつぐんだ!

 

 他にも使いたい大魔法はいっぱいあったけれど、相性を考えるとどうしてもこの大魔法になってしまう。

 

《タイダルウェイブ!》

 

 水面に思い切り叩きつけられたかのような、そんな激しい水竜の着水音が大魔法の完了を告げる。……十六年振りとはいえ、問題なく行使出来たみたいだ。

 

 ――これは決まっただろう。流石にもう再生は出来まいて。

 

 そう思いながら目を開けて――

 

「アイエエエエ!? ハンカイ!? ハンカイナンデ!?」

 

 目の前に広がる光景を見て、思わず片言になってしまう。

 

 半壊になった新校舎。ところどころ罅割れ、何故か凍りついている空間。タ、タイダルウェイブってこんな地形を破壊するぐらいの威力あったっけ!? セラフィックゲートで使った時は何処も壊れなかったじゃないか!

 

 ――はっ! 三人は無事か!? まさかとは思うが巻き込んではいないよな!?

 

 慌てて後ろを振り返る。よかった、無事みたいだ。後ろの方はタイダルウェイブを放つ前と、なんら変わりない光景だ。

 

 ……唖然として、固まって動かないリアス部長とアーシアちゃんに目を瞑れば。

 

 ひとまず三人が無事ならまあいいか……。フェニックスも何処にぶっ飛んだかは知らないが、辺りに気を張り巡らせても敵意は感じない。倒したと見て間違いないだろう。

 

「……うぅ。それにしてもなんか寒い――あっ」

 

 そうだ。タイダルウェイブ……、水じゃなくて氷属性だったわ。

 

『ライザー・フェニックスさま、戦闘不能。リアス・グレモリーさまの勝利です!』




『いそげ! いそげ!』

 部室内に間抜けな声が響き渡る。そう、トラえもんの声だ。

 放課後の長閑な時間。俺達オカルト研究部は、思い思いの時間を過ごしていた。

 部長と朱乃さんはガールズトークに花を咲かせ、イッセーとアーシアちゃんはいつもの様にいちゃついていた。くそが。

 小猫ちゃんは俺の――俺の! チクタクパニックで遊んでいる。……早く代わってくれないかなぁ。

 んで、俺はというと祐斗とオセロに興じていた。

 状況は圧倒的にこちらが有利、負ける気がしない。祐斗は依然として、難しい顔で盤面を見つめている。

 ――はあ……。ホントに平和なことで。

 それにしても祐斗のターンは長いな。これではもう、考えるのも無駄だというのに。

 まあいいか。祐斗が長考している間は『レーティングゲーム』に勝利した後のことを思い返すとしよう。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 勝利後――フェニックスを倒した後の話。

 あれは本当に大変だった。精神的な意味で色々と大変だった。

 グレイフィアさんのアナウンスの後、俺達は偉そうなヒト達の集まるそれはもう豪華な――VIPルームのような場所に転移させられたんだ。

 偉そうなヒト達――悪魔達を見て、俺はゲーム開始前にグレイフィアさんから言われたことを思い出す。

『今回の『レーティングゲーム』は両家の皆さまも他の場所から中継でフィールドでの戦闘をご覧になります』

 この言葉を思い出し、俺の背には冷たい汗が伝いだす。それと同時、七色の飴玉で上がっていたテンションも急激に下がっていくのを実感する。

 ――ご覧になる、ということは……俺のゲーム中の恥ずかしい言動も見られていたってことなのでは……?

 中でも極めつけはあのチョー↑カッコいい(笑)台詞。

『――永遠に明けない弾幕の夜を、悪夢の度に思い出せ!』

 ――うわあぁぁぁぁぁ見られてたぁぁぁぁ!!

 すぐにでも頭を抱えて転げ回りたかった。

 だが部長が結婚のことでご家族の方と話している最中だっていうのと、痛いほどに突き刺さる上級悪魔達の視線がそれを許さない。

 あまりの恥ずかしさに、俺は部長の話が終わるまで俯くことしか出来なかった。

 未だざわつくVIPルーム。終わらない部長の話。突き刺さる視線。……俺が何をしたっていうんだ。

 途中で治療が済み、合流した小猫ちゃん、朱乃さん、祐斗が俺に話しかけてきたが、この時の会話の内容は憶えていない。

 ただ、恥ずかしさのせいで俺はずっとしどろもどろになっていたことだけは憶えている。

 そうして話が終わるまでひたすら待って。

 漸く部長の方も話が纏まり、さあ帰ろう! ってところでひと悶着起きたんだよね。

 ガン見していた上級悪魔の内の一人が、俺に声をかけてきたんだ。

 ――私の眷属になってほしい、と。

 この発言を皮切りに我も我もと迫り来る上級悪魔達。なにこれ怖い。

 フェニックス兄妹の件でちょっとした貴族嫌い(部長を除く)になっていた俺は、彼らの勧誘を全て無視し、移送方陣でみんなと一緒にいつものオカルト研究部部室に帰還。

 そうして、現在に至る。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 因みに後から聞いた話だと、フェニックスは本当に死ぬ寸前だったらしく、水竜に飲み込まれた時点でフィールドから強制転送されていたんだとか。

「……九々先輩。できました」

 祐斗とのオセロが終わったと同時、俺に話しかけるのは小猫ちゃんだ。

 ……はあ、また先を越されたのか。

「じゃあ今度は俺がやろうかな。祐斗、再戦はいつでも受けるぜ!」

 俺が黒で祐斗が白。盤面は黒が60枚で白が4枚。まさに圧倒的勝利だ。

「こ、こんなの絶対おかしいよ……。僕が角を4箇所とも取ったんだよ? なのに……」

「……祐斗先輩。どんまいです」

 ――トラえもんをスタートに戻して、と。

 そうだ。この二代目トラえもんチクタクパニックについて、軽く説明をしておこう。

 驚くなかれこのチクタクパニック……。なんと現魔王にして部長のお兄さん、サーゼクス・ルシファーさまに買ってもらったものなのだ!

 本当に大雑把な説明になるが――昨日の放課後のこと。

 何故か部室に居たサーゼクスさん。話を聞くに、大番狂わせを見せたきみに会ってみたかったとのことで、わざわざ部室を訪れたらしい。

 そして――おもしろいものを見せてくれたお礼に、何か贈り物がしたいと。

 なんだかよく判らなかったが、それを聞いて強欲な俺はすかさずこう言ってやったのさ。トラえもんチクタクパニックが欲しいってな!

 俺の要求にサーゼクスさんはキョトンとした表情を浮かべると、次いで大笑いしだしたんだ。解せん。

 んで、それから一緒に町のおもちゃ屋さんを巡り――買ってもらったのがこの二代目チクタクパニックという訳だ。まあ、説明はこんなもんか。

 上級悪魔の貴族があれだけ嫌な奴だったんだ。ならそんな上級悪魔よりも上の立場の魔王はどれだけ嫌な奴なんだろうって思っていたが……。

 すっごく良いヒトだった。なんだ、魔王っていいやつじゃん! って感じである。

 まあ、部長のお兄さんだからってのもあるんだろうけどさ。

 ちらりと部長を見やる。

 兄妹なだけあってよく似てたな。犬アリーシャと犬シルメリアぐらい似ていた。

 朱乃さんとのガールズトークに花を咲かせ、部長は楽しそうに笑う。

 私怨を晴らせて、オマケに部長の笑顔も見ることが出来て。

 ――まさに万々歳! 言うことなしだ!


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外伝その一 前

この作品のタイトルに意味はありません。

なので主人公が公太郎に対してトラウマを抱いているという訳ではありません。

今回の外伝で、主人公が使い魔を所有します。


「使い魔……ですか?」

 

 普段と変わりない、いつもの放課後。

 

 そんな放課後の部活動中に、一誠の訝しげな物言いが部室に響く。

 

「そう、使い魔。あなたとアーシアはまだ持っていなかったわよね。九々はどうかは判らないけど」

 

 リアスは言いながら一誠、アーシア、そして九々と順繰りに視線を向ける。九々に視線を向けたままなのは、使い魔の有無を聞きだすためだ。

 

「うーん……。持っているけど、持っていない。と言ったところでしょうか」

 

 九々は曖昧に返す。この返答にリアスだけでなく、他の部員もどういうことだと九々を訝しむ。

 

 九々が言っているのはスキル『ウェイト・リアクション』のことだ。

 

 リアスの言う使い魔と、九々の知る使い魔とでは認識がずれている。

 

 それを何となく感じ取ったため、九々はぼやかしたような返答しか出来なかった。

 

「いや、まあ、ここは持っていないということで話を進めて下さいな」

 

 あまり無駄に話し合うのも如何なものかと思い、九々は話の続きを促す。

 

 ――使い魔。

 

 悪魔にとって基本的なもので、主の手伝いから情報伝達、追跡など多種多様な扱いが出来る。

 

 これを聞いた九々は感嘆の声を漏らす。

 

 九々にとっての使い魔と言えば、チャージ・ターンが溜まっている際に敵に突っ込ませるぐらいの存在でしかなかったのだ。

 

 悪魔の云う使い魔は、まさに利便性に優れた存在だと言えた。

 

 そうなると欲しくなってくるのが人の性。カッコいい使い魔が欲しいと、九々の欲望が鎌首をもたげ始める。

 

 そんな九々の欲望を助長するかのように、一誠、アーシア、九々を除く部員達は各々の使い魔を顕現させる。

 

 リアスは自身の髪と同じ色の蝙蝠。朱乃は小鬼のようななにか。

 

 小猫は白い子猫で、祐斗は小鳥を。

 

「イッセーとアーシアも手に入れないといけないわね。九々は――使い魔を持っていない、ということでいいのよね。どう? 欲しい?」

 

「ほ、欲しいですっ!」

 

 即答だった。

 

「そう。なら――」

 

 部室の床に描かれている魔方陣が突如光りだす。

 

「部長。準備が整いましたわ」

 

 朱乃の報告に、リアスは笑顔を浮かべ。

 

「というわけで、早速あなた達の使い魔をゲットしに行きましょうか」

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「……ホントに転移できた……」

 

 転移魔方陣で転送され、驚きに包まれながら呟く九々。

 

 グレモリー眷属しか利用することのできない筈の魔方陣。

 

 魔方陣を利用すると告げられ、俺は置いてけぼりですか!? と泣き言を吐く九々に、あっけらかんとリアスは返す。

 

『眷属の誰かと手を握り合っていれば、あなたも一緒に転移できるわ』

 

 それを聞いた九々は半信半疑。そんなまさかと思いながらも、じゃあどうせならアーシアに手を握ってもらおうと考え――

 

『……九々先輩。行きますよ』

 

 頼み込む前に、小猫にずるずると魔方陣へ引きずり込まれ転移に至る。

 

 眷属と手を握り合うことで自分も魔方陣が利用できるのなら、以前の合宿も同じように転移させてくれればよかったじゃないか。

 

 手を繋いだまま、九々は小猫にそう愚痴を吐く。

 

「……あの時はこの方法でも転移はできませんでした」

 

 あの時は。というのが気になり、どういうことだと九々は問う。

 

 なんでも魔王サーゼクスが部室を訪れた時のこと。

 

 リアスがサーゼクスにあることを願い出たと言うのだ。

 

 その内容は九々も魔方陣を利用できるようにしてほしいというもので、快諾したサーゼクスがなんやかんやと魔方陣を弄くりまわした結果、九々も利用できるよう相成った訳だ。

 

 ただ、魔方陣に九々のことを完全に認識させるため、初回はこうして誰かにくっついて転移しなければならなかった、と。

 

 これで次からは、九々も問題なく魔方陣で転移ができるらしい。

 

 閑話休題。

 

 日の光もろくに届かない、鬱蒼と茂る森の中。九々を含めた一同はそこに転移していた。

 

 リアスの言によると、ここは悪魔が使役する使い魔が住み着いている森だそうで、今日はこの森で三人に使い魔を手に入れてもらうとのことだ。

 

「ゲットだぜ!」

 

「なっ!」

 

「きゃっ!」

 

 突然の大声に一誠とアーシアは驚き、九々は声の主に胡散臭そうな目を向けている。

 

「俺の名前はマダラタウンのザトゥージ! 使い魔マスターを目指して修行中の悪魔だ!」

 

 どこかで聞いたような設定だ。新シリーズが始まる度、仲間と共に強さや知識がリセットされるあの少年のような……。

 

 多分、この青年はいつまでたってもマスターにはなれないんだろうなと、九々は内心でザトゥージを哀れむ。

 

「ザトゥージさん、例の子たちを連れてきたわ」

 

 三人をザトゥージに紹介するリアス。

 

 ザトゥージは一誠を冴えない男子と、アーシアを金髪の美少女と評す。九々を見て、彼だけ人間のようだが……と一瞬怪訝に思うも、まあいいかと軽く流す。

 

 リアスの説明によると彼は使い魔に関してのプロフェッショナルだそうで、今日は彼にアドバイスをもらいながら、この森で使い魔を手に入れるとのこと。

 

『はい!』

 

 説明を受け、頷く三人。とりわけ、九々の返事は気合が入っていた。

 

「さて、どんな使い魔をご所望かな? 強いの? 速いの? それとも毒持ちとか?」

 

 張り切りながら要望を聞いてくるザトゥージに、どんなのがオススメなのかと一誠が質問する。

 

 この質問にザトゥージは意味ありげに笑むと、ぶ厚いカタログを取り出す。

 

 そして繰り出されるザトゥージのセールストーク。

 

 オススメは龍王の一角――『天魔の業龍(カオス・カルマ・ドラゴン)』ティアマットという伝説のドラゴンで、魔王並みの強さを誇るのだそうだ。

 

 ……その強さのあまり、今までにティアマットをゲットできた悪魔はいないそうだが。

 

「無理無理無理無理無理ッ! これ使い魔ってレベルじゃないから! 大ボスだから! 誰もゲットしたことがない!? そりゃそうだよラスボスレベルなんだもん! こんなのオススメしないでくださいよ!」

 

 全力で拒む一誠。

 

 だがそんな一誠の様子などなんのその。わりかし本気でティアマットを狙ってみろと口にするリアス。

 

 使い魔ゲットは未だ始まらず、以後も揉める一誠、リアス、ザトゥージ。

 

 何分経っただろうか。三人のやり取りを見ていたアーシアが、あることに気付く。

 

(あれ? 九々さんがいない……?)

 

 周りを見るも、やはり九々はいない。

 

「あの、皆さん!」

 

 突然のアーシアの呼びかけに、全員がなんだなんだと彼女を見やる。

 

「九々さんの姿が見当たらないんです。どこかに行っちゃったみたいで……」

 

「確かに見当たらないわね。あの子、どこに行ったのかしら」

 

 一同が九々を探そうと辺りを見回そうとした、その時だ。見回す前、一人の部員――小猫へと視線が注がれる。

 

「……? なんですか?」

 

「……小猫? その両手いっぱいの飴玉はなにかしら?」

 

 リアスが疑問に思うのも無理はない。どこから取り出したのか、小猫の両手には山いっぱいの飴玉が鎮座していたのだから。

 

「……九々先輩からもらいました」

 

「そ、そう……。九々があなたに飴を渡すとき、なにか言っていなかった?」

 

「……待ちきれないから一足先に探しに行くって言ってました。……これをあげるから、俺が一人で行くのはみんなに黙っててって」

 

 ――こいつ、買収されてるッ!

 

 一同はそう思わずにはいられない。

 

 それを聞いたリアスは頭痛を我慢できなかった。

 

 いや、確かによほどのことがない限りは九々一人でも大丈夫だろうけど……。

 

(あの子、よほど使い魔が欲しかったのね……。でも一人で行くことないじゃない)

 

 待たせすぎてしまったかとリアスは思案する。しかし高々数分程度、我慢できないものか……。

 

「……飴玉美味しいです」

 

「はあ……。じゃあ私たちは私たちで、使い魔を探しに行きましょうか」

 

 溜息混じりに一同に呼びかける。探す前から疲れているリアスだった。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 溢れる草木を掻き分けながら、九々は道なき道を行く。

 

 理由は言わずもがな、カッコいい使い魔を探し求めてだ。

 

「まったくさ。これから探しに行こうっていうのに、前置きが長いんだよな。あのサトシのパチモンは」

 

 ぶつくさと呟きながら九々は進む。

 

 何故九々がこのように歩くのに適さない場所を進んでるのかというと、何者も立ち入っていないであろう場所の方が、さぞかし珍しい使い魔が存在するのだろうと考えてのことだった。

 

「ていうか、サトシって言うほどポケモン捕まえてたか? シゲルの方が捕まえてた気がするんだけど……。どちらかというと、テリーとかイル、ルカの方が使い魔マスターって感じだよな」

 

 エスタークだとか、デスピサロだとかを使い魔にした自分を想像しながら、尚も九々は鬱蒼と茂る道を進んでいく。だが――

 

「……ふう。場所が悪かったのかな。じんめんじゅどころか、ナスビナーラともエンカウントできないなんて……」

 

 行けども行けども草木ばかり。一向に使い魔と出くわす気配がなかった。

 

「おかしいな。俺ってアビリティ『エンカウントなし』装備してたっけ。――ちょうどいいや。ここで少し休もう」

 

 道なき道から一転して、九々は開けた場所に出た。

 

 これなら充分に休憩できそうだ。そう内心で呟き、腰を下ろそうとして――九々はある物を見つける。

 

「な、なんで『あれ』がこの世界に――」

 

 大きく、豪奢な装飾の施された、見覚えのありすぎる宝箱。

 

 それはセラフィックゲートに配置された物と、全く同じ宝箱だった。

 

「マジかよ……。……よ、よく判らないけどやったーっ! あの宝箱、ええと、あれだろ、あれ。貴重品だとかレア度の高い装備品が入ってるやつだろ! セラゲに居た頃、ひたすら開けまくったからよぉく覚えてんだぞー!」

 

 何故こんな場所にセラフィックゲートの物と同じ宝箱が落ちているのか、九々は欠片も気にせず大興奮しながら宝箱へと駆け寄る。

 

 アイテムコレクターで、蒐集癖を持っている九々が、目の前の宝箱に釣られない筈がなかった。

 

「はこっのなっかみはなっんじゃっろなーっと! へへっ、お宝ちゃんは――――」

 

 箱の中身を見て、九々は固まる。あまりに衝撃的な――信じられない中身に脳の処理が追いつかず、それどころか視界に収められる光景を九々の脳は全力で拒んでいた。

 

 目を逸らせ! 箱を閉めて全力でその場から逃げろ! そして今日あったことは全て忘れるんだ! 早く――早く早く早く!!

 

 九々の第六感が告げる。九々もそうしたいのは山々なのだが、体が思うように動かず、身動き一つとれないのだ!

 

 心臓が早鐘を打ち、寒くもないのに体が震え、カチカチと歯が不愉快な音を鳴らす。

 

「あ、あ、ああっ、ああああああ――」

 

 宝箱の中身は貴重品でも武器でもアイテムでも、ましてや『物』でもない。

 

 可愛らしい、つぶらな瞳。小さく、もふもふの体。

 

 宝箱に入っていた小動物――ハムスターと目が合う。合って、しまった。

 

 ハムスターはジッと九々を見つめ、

 

「へけっ」

 

 愛くるしい反応を見せる。

 

「うわあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 漸く動いた自分の体。九々は恥も外聞も投げ捨てながらハムスターから逃げ出していた。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「ざけんなよトライアァァ!!」

 

 並みの悪魔では到底追いつけないような、人間とは思えない速度で森の中を行く。

 

 理由は言わずもがな、ハムスター――公太郎から逃げるためだ。

 

「パワーバランスのインフレ甚だしい世界だぁぁぁ!? てめぇがインフレさせてんじゃねえかぁぁぁぁぁ!!!」

 

 意味の判らないことを叫びながら、九々はひたすら逃げ続けていた。

 

 まともな足場の無い、草木の道でこれだけの速度を出せるのだから恐れ入る。

 

 枝に制服を引っ掛けてしまい、所々を破いてしまうもそれに構っている余裕はない。

 

「畜生畜生畜生畜生畜生ッ! ドラゴンタイラントでもツタンカームでもカルネージビーストでもいいじゃねえかよ! なんで公太郎なんだよぉぉぉ!!!」

 

 正気を保つことができず、足元に気を配っていなかったのだろう。

 

 九々は露出していた木の根に足を引っ掛け、蹴っ躓いてしまった。

 

「――うわぁっ!」

 

 土に塗れながら勢いそのままに転げ回る九々。大量に汗をかいていたせいでべったりと土が付着し、ボロボロの制服も相俟ってなんともみすぼらしい姿に成り下がっていた。

 

 転んでしまったせいで体を強打するが、皮肉にもこの痛みは九々に落ち着きを与えていた。ある程度冷静になり、現状を打破しようと必死に思考を巡らせ――

 

「そうだ! ぶ、部長! 部長に電話すればいいんだ! 部長に部室に帰してもらおう!」

 

 ――ていない。それどころか冷静にもなっていなければ、全く落ち着いてもいない。

 

 他力本願もいいところだ。……もう駄目かも判らんねこいつ。

 

 携帯電話を取り出すと、震える指で操作してリアスの番号に掛ける。掛ける、が!

 

「繋がらない――くそっ!」

 

 駄目! 繋がらない! ならばと思い次は一誠に掛けるが――これも駄目ッ!

 

「なんで――なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!!」

 

 祐斗に、朱乃に、アーシアに、小猫に電話を掛けるもやはり繋がらない。

 

 ……それも当然だ。携帯はこの森に来た時からアンテナが立っておらず、今も尚圏外と表示されているのだから。

 

「――なんで繋がらねえんだ! 電話ってのは離れた奴と話すための道具じゃねぇのかよぉぉぉぉぉぉっっ!!!」

 

 思い切り地面に携帯を叩きつける。この柔らかい土の上でなければ、携帯は壊れていただろう。

 

「……エンジェル・キュリオだ。とりあえずエンジェル・キュリオを身につけ――」

 

 生成しようとして、九々は見てしまう。

 

 5、6メートル離れた先で、公太郎がジッとこちらを見つめている姿を。

 

 ぐにゃりと九々の視界は歪み、そのまま気を失ってしまう。

 

 九々は気付いていなかった。

 

 自分では逃げられていると思っていたようだが、その実ずっと同じ場所をぐるぐる回っていただけだということに。




※次回のネタバレ※

 和解。契約。超弱体化。

九々「なにこれ弱いんですけど……」


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外伝その一 後

これからも度々追加される(であろう)外伝ですが、チャプターとチャプターの間のセイクリッド・フェイズのようなものだと思っていただければ幸いです。


「うっ……。ん……」

 

 ざりざりと、地面の上で何かを押し出すような物音で九々は目を覚ました。

 

 普段は聞かない音に、なんだなんだと鈍い頭のまま、体を起こして物音のした方に顔を向ける。

 

 向けて――九々は思い出す。自分は寝ていたのではなく、気を失っていたのだと。

 

 忌むべき存在から逃げ回っていたのだと……思い出して、しまう。

 

 地面に投げつけた携帯電話。それがゆっくりとこちらに向かってきていた。

 

 当然、携帯がひとりでに動いている訳ではない。

 

 小さな体を駆使して、精一杯に携帯を九々の方へと押しやる――公太郎。

 

 携帯と一緒にもぞもぞと近寄る公太郎を目にし、九々は小さく息を呑む。

 

 そうして目の前まで近寄られ――

 

「はいなのだ。あんな風に投げると危ないから、もう投げちゃダメなのだ!」

 

 公太郎に、注意される。

 

「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!」

 

 甲高い奇声を発しながら、勢い良く九々は上体を跳ね起こす。

 

「――え、あ……あれ? んん……?」

 

 九々は戸惑う。自分は体を起こしていた筈なのに――何故、また体を起こしているのだと。

 

 ――訳が判らない。

 

 それが、今の九々の心情だった。

 

 目が覚めてから横になった覚えなどない。なのになんでまた……?

 

 さきほどの――公太郎が携帯を押しやる光景。あれは夢だったのか、それとも現の出来事だったのか。

 

 それこそ、今自分は目を覚ましているのかどうかすらも、九々には判らなくなっていた。

 

 これは夢か現か。考えが纏まらない、頭がまともに動いてくれない。

 

「……いや。俺は何をやってるんだ、携帯を見ればいいじゃないか。携帯は――」

 

 携帯は……九々の目の前にはない。変わらず、投げつけた先で物言わぬまま。

 

「――はぁー……。さっきのは夢か……。っそうだ! あいつは、公太郎は何処に行った!?」

 

 周囲を見回すが、公太郎の姿は見えない。あるのは鬱蒼と茂る木々ばかり。

 

 勝ったと思った。外伝完ッ! と、九々は内心で叫んでいた。

 

 だが、そうは問屋がおろさない。

 

「っうひぃ!?」

 

 左胸に突如感じる、生暖かい何かが忙しなく蠢く感触。

 

 ……左胸のポケットに、何かいる。

 

 恐る恐るポケットの方へ視線を向け、九々は見てしまう。

 

 ポケットに頭から突っ込み――ひたすら足をバタつかせる公太郎の姿を!

 

「うおっ――うわわ、うわ、うわああああああああぁぁぁ!!!」

 

 気付けば九々は一心不乱に転げまわっていた。端から見る分には馬鹿みたいに感じられるが、本人は至って本気、大真面目だ。

 

 木々にぶつかろうが構うことなく、ただただ我武者羅に転がっている。

 

 ……そうしてどれだけの間転がっただろうか。不意に止まったかと思うと、上着を引き裂くようにして脱ぎ捨てる。思い切り、地面に叩きつけるように。

 

「はっ、はっ――うっ、うぶっ、ううぅぅぅぅぅ……っ!」

 

 恐怖故なのか回り過ぎたが故なのか、それともその両方か。

 

 九々は四つん這いになると、耐え切れず、胃の中身をその場にぶちまけてしまう。

 

 胃の中が空になるまで吐き続け、吐き出すものが胃液に変わっても尚吐き続けた。

 

「うぅぅぅ……。な、なんでこんなことになっちまったんだよぉ。俺、なんにも悪いことしてないじゃん……」

 

 弱音を吐きながらもこの場から逃げるべく立ち上がろうとするが、今までのショックが抜けきっていないせいで、上手く足腰に力が入らない。

 

 ――やべぇ……。腰抜けちまった……。

 

 これは絶体絶命のピンチなのではないかと、九々は冷や汗を流す。

 

 立てないとなっては逃げることができないのだから、冷や汗を流してしまうのも無理からぬことだった。

 

 ――ねずみに追い詰められて袋のねずみとはこれ如何に。ああ、オワタ……。

 

 そして――とうとう九々は諦めてしまった。

 

 脱ぎ捨てた上着がもぞもぞと蠢き、そこから這い出た公太郎が顔を見せる。

 

 とてとてと、何故か胸ポケットに入れていたボールペンを両手で抱えながら近づいて来る公太郎を、九々は力なく見つめることしかできない。

 

「…………なんだよ」

 

 目の前までやって来た目下の公太郎に、九々はそう冷たく言い放つ。

 

 しかし公太郎はただ九々のことを見上げるばかりで、何も仕掛けてこない。

 

 そこで九々は漸く気付く。公太郎から全く敵意を感じないことに。

 

 敵意が無いことに気付いた九々は若干ではあるが気を緩め、それにあわせて公太郎は抱えたボールペンでぐりぐりと地面に何かを書き込む。

 

 ――……こいつ、なに書いてんだ?

 

 訝しげに思いながらもジッとその様子を見つめる。そうして待っていると、書き終えた公太郎が横にずれる。どうやら見ろということらしい。

 

 依然として訝しく思いながらも、九々は地面に書き込まれたものに目を通す。

 

 そこには拙い字でこう書いてあった。

 

 ――げんき だして。

 

「――――っ!」

 

 ――こ、こいつ……っ! 誰のせいでこうなってると!

 

 抑えきれない激情が九々を包みかけるが、その激情に従ってしまったが最後ハムスターの波に飲み込まれ、波が引く頃にはズタズタにされた黒髪の雑魚に成り下がってしまうぞと、九々は自身にそう言い聞かせた。

 

 無理やりに自分を落ち着かせ、公太郎を刺激しないよう努めて平静を装う。

 

「あ――ああ、お気遣いどうも。……ちょっとはしゃぎ過ぎたせいで疲れてるんだよ」

 

 平静に。と心掛けるが、それでもやはり九々の言葉はどこか硬い。

 

 というのもセラフィックゲートに居た頃の、公太郎に手酷くやられた時の恐怖が未だ心に色濃く残っているのだ。

 

 それを鑑みると、この九々の硬さにも納得がいく。

 

 一方で疲れているだけだと返された公太郎は、地面に字を書き込むこともなく、ただただ九々を見つめるばかり。

 

 九々としても居心地こそ悪いものの、やはり公太郎からは一切の敵意を感じず、どうすればいいのかさっぱり判らないままだった。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「なぁ、お前ってなんでこっちに居たんだ?」

 

 あれから十と数分。

 

 一向に立ち去る気配を見せない公太郎に、九々は問いかける。

 

 何故、お前はこの世界にいたのかと。

 

 しかし問われた公太郎は首を横に振るばかりで、九々の望む答えは返ってこない。

 

「判らない、のか……? まあいいや。返答に期待していた、って訳じゃないしな」

 

 よっこいしょと口にしながら、九々は立ち上がる。

 

 抜けた腰が回復して動けるようになった今、九々がここに居る理由などない。

 

 もう二度とこんな所に来るものかと、内心で吐き捨てながら立ち去ろうするが――

 

「……なんだよ。まだ何かあるのか?」

 

 そんな九々の前に、公太郎は回り込む。

 

 回り込まれ、一瞬ではあるが九々の心臓が大きく跳ね上がる。

 

 ――ビビッてない。ビビッてないぞ俺は……。

 

 そう、自分に言い聞かせる。

 

 一方で問いかけられた公太郎は、さきほどと同じようにボールペンで地面に何事かを書き込んでいた。

 

 ――つれてって。

 

 それが、書き込まれた内容だった。

 

「つれてって? 悪いけど、うちにはもう黄金の鶏のコッコちゃんが――」

 

 言いかけて、はたと思う。

 

 自分は部長に誘われ、使い魔を求めてこの森を訪れているのだ。

 

 ならば、自分について行きたいと言っている公太郎を使い魔にするのは、充分にありなのではないだろうか?

 

 使い魔にならないかと、誘うだけならタダなのだ。逸る気持ちを抑えながら、九々は公太郎に誘いの声をかける。

 

「……俺はさ、使い魔を探しにこの森に来たんだ。だから、よかったらでいいんだけど――俺の使い魔にならないか? そうすればいつでも一緒に居られるわけだしさ」

 

 誘われた公太郎の返事は早かった。それこそ、本当にちゃんと考えたのかと思ってしまうほどに。

 

 ――なる。

 

 これが、公太郎の返事だった。

 

 たった二文字、されど二文字。公太郎の意思は固い(?)ようで、返事をしてからというもの九々をジッと見据え、視線を逸らそうとしない。

 

 一方で使い魔になることを了承された九々はというと、

 

 ――ててて天下取ったッッ! ……もう何も恐くない!

 

 興奮と喜びで胸が一杯だった。

 

 神界最強の小動物と称されるハムスター。

 

 そのハムスターの中でも、ずば抜けた存在である公太郎を使い魔にできるのだから、九々のこの心境も納得がいく。

 

「ぃよっしゃぁぁぁ! 公太郎、ゲットだぜ!!」

 

 声高々に九々はそう叫ぶ。さきほどまでの情けない態度は今は見る影もなく、現在のこのテンションの高さ。

 

 清清しいまでの手のひら返しだった。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 サトシにピカチュウ、我那覇にハム蔵。

 

 人気者は得てして、相棒にねずみを連れている。

 

 ならばこの先人達のように、自分も人気者になれるのではないか?

 

 そんなことを考えながら、いそいそと契約の儀式を済ませた九々。

 

 これにて契約は完了した。正式に公太郎は九々の使い魔になったのだ。

 

「これからよろしくな、公太郎!」

 

「へけっ!」

 

 力強い返事に九々は満足気に頷く。あの公太郎が、自分の使い魔になったというのが嬉しくて仕方ないらしい。

 

「へへっ! じゃあ早速なんだけどさ。あれ見せてくれよ、カモンレミングス!」

 

 カモンレミングス。

 

 数多の仲間を呼び寄せ、その仲間達に敵を轢殺させるという最強にして最恐の技だ。

 

 九々は幾度となくこの技に斃れ、何度炎衣があればと泣き言を漏らしたか判らない。

 

 そんな九々が何故カモンレミングスを見たがっているのかというと、それは偏にトラウマの克服という目的があった。

 

 公太郎にトラウマを抱いているのではない、カモンレミングスにトラウマを抱いているのだ。とは九々の弁。

 

 いざ眼前の敵にカモンレミングスを使わせたとして、敵に向かう大量のハムスターを見て自分が萎縮して戦えなくなってしまっては話にならない。

 

 だから今の内に――早い段階でトラウマを克服しておこうと九々は考えていた。

 

 そう思って九々は公太郎に頼んだのだが……。

 

「くしくし」

 

 公太郎は毛繕いをするばかりで、一向に九々の指示に従おうとしない。

 

 そんな公太郎を見て、九々はバッジを獲得しなければならないのかと思案する。

 

「……いやいやいやいや! ちょっと公太郎!? カモンレミングスだよ、カモンレミングス! ほら、あっちにある木に向かってさ!」

 

 自分達から少し離れた先にある、一本のタイジュを九々は指すが、それでも公太郎は従おうとしない。

 

「あっ! じゃあさ、あれ頼むよ、あれ! えいっ! ってやつ! あの大木をへし折るぐらいの威力があっただろ?」

 

 九々の言うえいっ! とはなんてことのない、ただ小石を投げるだけの技だ。

 

 だがあなどるなかれこのえいっ! という技、小動物が投げたものとは思えないほどの威力を誇っており、この技もまた九々を苦しめたものだ。

 

 馬鹿正直に真正面から飛んでくるものであれば九々も余裕を持っていなせるのだが、当然ハムスター達がそこまで甘い筈もなく、囲まれては何も出来ないままに集中砲火を浴びてやられるということも多々あった。

 

 ただ小石を投げるだけの技――すらも、公太郎は行おうとしない。

 

 指示を聞き入れてもらえない九々が、本気でグリーンバッジがないと駄目かと考えた矢先――

 

 ――できない。

 

 公太郎がそう地面に書き込んだ。

 

「へ? で、できないってどういうことだよ……?」

 

 九々の問いに答えるように、公太郎は続けて書き込む。

 

 喋れない以上、筆談になってしまう為時間がかかってしまったが、公太郎の話を聞くにつれ九々の顔から表情が失せていく。

 

 なんでも公太郎は十六年ほど前、気付いたらこの地に居たそうだ。

 

 自分一人。仲間の『公ちゃんず』が居ないのは心細かったものの、それでも楽観的な公太郎はなんとかなるだろうと考えていた。

 

 自分の聖域とも呼べる宝箱が有ったのもあり、公太郎は暫くバカンスに来たつもりでこの地を楽しむつもりだったのだが――

 

 この森を探検している途中、なんだか強そうな、それはもう大層な大きさのメスの龍と出くわしたらしい。

 

 その龍は縄張りがどうこう言っていたが詳細は覚えていない。とりあえず適当に相手したらとんずらしようと考えていた公太郎は石を投げようとし、そこで漸く自らに起きた異変に気付く。

 

 えいっ! と石を投げようとしても、何故か投げられない。

 

 いや、投げることはできたのだが、セラフィックゲートに居た時とは比べものにならないほどに弱体化していたという。

 

 一方でメスの龍も容赦なく公太郎に襲いかかったのだが、その攻撃の尽くが当たらない。

 

 当たったとしても微々たるダメージでしかなく、両者の戦いは千日手に陥っていたそうだ。

 

 結局メスの龍は公太郎を仕留めることを諦め、公太郎もまた自らの聖域(宝箱)へと戻っていったそうな。

 

「………………攻撃ができない?」

 

 無表情で九々は呟く。カモンレミングスもできないのか? と聞けば、これもできないという。

 

 ――あれ時空間超越して仲間呼んでんじゃん! ここでも時空間超越しろよ!!

 

 九々はそう叫びたかったが、上手く口が回らない。

 

 攻撃のできない小動物に本気でビビッて逃げ回っていたこと、その小動物を使い魔にしてやっちまったという後悔等が心中でごちゃ混ぜになっていた。

 

 攻撃以外のステータスはセラフィックゲートに居た頃と変わらないみたいなので、一応肉壁にはできそうだが……。

 

「じゃ、じゃあ……今できることをちょっとやってみてくれ」

 

 言われ、公太郎はさきほどとは打って変わって素早く九々の指示に従う為に動く。

 

 ……とはいってもほんわかした後に、その場で寝転がってはジタバタしてだだをこねるだけだったが。

 

「なにこれ弱いんですけど……」

 

 あまりの使えなさに、九々は力なく言う。

 

 今も尚だだをこね続ける公太郎を、九々は混濁たる瞳で見続けることしかできなかった。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「……ア、アーシア・アルジェントの名において命ず! な、汝、我が使い魔として、契約に応じよ!」

 

 此処はオカルト研究部一同が始めに訪れた森の入り口。

 

 そこでアーシアは緑色の光を放つ魔方陣を展開しており、その中央には龍の子が。

 

 現在、アーシアはその龍の子と使い魔の契約儀式を執り行っている。

 

 朱乃のサポートを受けてはいるが順調に契約儀式は進んでいるようで、問題なく終われそうだった。

 

 そうして程無くして儀式は終わる。無事に契約が完了したらしい。

 

 魔方陣の光が消え、龍の子がアーシアのもとへ羽ばたいた、その時だ。

 

 茂みがガサガサと音を立てて揺れだし、何者かの来襲を告げる。

 

 一同は構えかけるが、次の小猫の言葉に警戒を解く。

 

「……この匂い、九々先輩のものです」

 

「本当!? 九々! あなた一体今ま、で――」

 

 小猫の言った通り、現れたのは九々だった。

 

 上着が無く、所々が破かれた土混じりの薄汚い制服。

 

 精魂尽き果てたかのような、全てに疲れた顔と混濁した瞳。

 

 九々の身勝手な行動を叱ろうとしていたリアスだったが、その姿を見て二の句が継げなくなってしまう。

 

 その異様な九々の姿に、一同は言葉を失った。

 

 右手で引きずってきた豪奢な装飾の施された宝箱がなんともシュールだったが、ボロボロの姿の九々と相俟ってシュールを通り越して、一同にそこはかとない恐怖を与えていた。

 

「――九々さん! 大丈夫ですか!? お怪我はありませんか!?」

 

 最初に動きだしたのはアーシアだった。九々に駆けていくアーシアを皮切りに、呆気にとられていた部員達もそれを追う。

 

「お、おい九々崎、お前本当に大丈夫か!?」

 

「…………」

 

 心配したイッセーが声をかけるが、九々はイッセーをただただ混濁たる瞳で見続けるばかりで何も喋ろうとしない。

 

 その様子に、一同は本格的に何かあったなと当たりを取る。

 

「はぁ……。素人の、それも人間が一人で勝手に森をうろつくから」

 

 (あき)れながら言うのはザトゥージだった。確かにこの手の分野のエキスパートからすれば、九々がこのような目に遭うのは判りきっていたことだった。

 

 むしろ、こうして五体満足で帰還できていることを驚くべきなのかもしれない。

 

 尤も、ザトゥージの考えていることと事実とでは大きく異なるのだが。

 

「あら? 九々くん、その肩の子は?」

 

 九々の肩に居る小動物に朱乃が気付く。あまりに壮絶な格好に気付くのが遅れたが、全員が九々の肩に目を向ける。

 

「……使い魔です」

 

 アーシアの『聖母の微笑』での治療が済み、そこで漸く九々が口を開いた。

 

「九々くんも使い魔をゲットすることができたんだね」

 

「あ、ああ……」

 

 にこやかに語りかける祐斗だったが、九々の返事は歯切れが悪い。

 

 それもそうだ。一人で勝手に行動し、カッコいい使い魔をゲットしてやると息巻いた結果がこの(ざま)なのだから。

 

「……九々先輩。この子、名前はなんていうんですか?」

 

「……公太郎」

 

「公太郎くん、ですか。ふふっ」

 

 朱乃は公太郎を撫でる。公太郎も特に抵抗する様子も見せず、気持ち良さそうに目を細めながら朱乃に撫でられていた。

 

「――もうっ! いい? 九々。あなたには色々言っておかなければならないことがあるから、部室に戻ったらあなたは残りなさい!」

 

 撫でられる公太郎によってほんわかとした空気が流れかけていたが、リアスの九々への喝によってそれは霧散する。

 

「…………っ」

 

 回復しかけていた九々の顔色が、一瞬で真っ青に染まる。

 

 帰ったらリアスの説教が待っているのだと思うと、九々は泣き出したい気持ちで一杯だった。

 

 助けを求める為に一同に視線をやるも、皆九々と目を合わせないよう顔を背ける始末。

 

 ――自業自得……っ! 孤立無援……っ!

 

 そんな言葉が、九々の頭の中をぐるぐると巡っていた。

 

 どうにかこうにか言い逃れようと、必死で頭を働かせるも――

 

「……わかりました」

 

 精神的に疲れていたせいで良い言い訳も思いつかず、震え声で返すことしかできなかった。

 

 こうして――使い魔ゲットの旅は幕を閉じた。九々の心に決して小さくない傷を残したまま。

 

 ちなみに、部室に戻ってから九々は日付が変わるまでリアスにえらく絞られたそうな。




もしもオリ主がライザー戦でタイダルウェイブではなく、ブルーティッシュボルトを使用していた場合、『ポロリもあるよ! ドキドキ朱乃さん√!』へと突入していました。


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第三部
十二話


 毎日恒例のオカルト研究部の部活動。

 

 いつもなら旧校舎の部室で活動に励むのだが、今日は若干毛色が違っていた。

 

 現在俺達が居るのは旧校舎の部室――ではなく兵藤家、イッセーの自室。

 

 なんでも旧校舎の中を全体的に掃除する時期らしく、使役している使い魔に清掃させている最中なのだそうだ。その為部室を使うことができないんだとか。

 

 なので今日は、イッセーの部屋でオカルト研究部会議を行う予定、だったのだが……。

 

「で、こっちが小学生のときのイッセーなのよー」

 

「あらあら、全裸で海に」

 

「ちょっと朱乃さん! って、母さんも見せんなよ!」

 

 だったのだが、イッセーのお母さんが持ってきたアルバムで会議は崩壊した。

 

 子供の頃のイッセーの写真を楽しそうに見る朱乃さんと兵藤母。

 

 自分の過去の写真を見られ、イッセーは頭を抱えて悶絶している。よほど辛いらしい。

 

 ――まあ、昔の自分の写真を見られることほど、嫌なことはないからなぁ。

 

 なので俺は、悶絶しているイッセーを慮ってアルバムは見ないようにしている。

 

「……イッセー先輩の赤裸々な過去」

 

 隣にいる小猫ちゃんがぼそりとそう呟いた。

 

 その呟きが耳に届いたのか、イッセーは見ないでぇぇぇ! と叫びながらより一層悶絶する。どうやらからかわれていることに気付いていないらしい。

 

 アーシアちゃんはさきほどから無言で、真剣な表情で食い入るように幼年期のイッセーの写真を見続けていた。

 

 ――……こんなアーシアちゃん、見たくなかったとです。……畜生っ。

 

 思わず嘆息してしまう。嘆息しているところを見られたのか、微笑ましそうに写真を見ていた部長が俺に声をかける。

 

「九々、どうかしたの?」

 

「ああ、いえ、何でもないです。ただちょっとショッキングな場面を見てしまいまして」

 

「?」

 

 首を小さく傾げる部長。所謂ギャップ萌えというやつだろうか、大人びた風貌の部長がこうして時折見せる可愛らしい仕種に、ほんの少しドキドキしてしまう。

 

 ――ああ、いけない! 俺はディルナ一筋なのに、他の女性にトキメキを感じてしまうだなんて!

 

 ……我ながらこれはないな、すこぶる気持ち悪い。

 

 ――そもそも部長はイッセーにホの字だろうしなぁ。

 

 先日のレーティングゲームの一件の後、詳しくは知らないが部長はイッセーの家に住むと言い出したらしい。

 

 今回のこの兵藤家での部活動も、イッセーではなく部長が言い出したことなのだ。

 

 下僕との交流が云々とのことらしいが、これあれだろ、どうせ部長がイッセーに惚れたからなんだろ?

 

 部長がイッセーの家に住んでいちゃらぶすんのはいいんだけどさ、聞けばアーシアちゃんもイッセーの家に住んでるっていうじゃん?

 

 何これずるくね? アーシアちゃんと同棲とかさぁ、ホントどういうことなの?

 

 ――羨ましいことこの上ないんだけど。マジで万死に値するんだけど。

 

 祐斗とじゃれあうイッセーを尻目に、そう内心で呟く。

 

「これ、見覚えは?」

 

 内心で憤りながらも、イッセーのお母さんがアルバムと一緒に持って来てくれたお菓子に手を伸ばそうとした時だ。

 

 真剣味を帯びた祐斗の声が聞こえてきたのは。

 

 ちらりと祐斗の方を見やる。その視線はアルバムの中の一枚に釘付けになっており、憎悪に満ちた目をしている。

 

 一体何に対してああも憎悪しているのか。気にはなるが、おいそれと聞けるような雰囲気ではない為に聞き出すことはかなわなかったものの、次の一言で何を見たのかはかろうじて理解することができた。

 

「これは聖剣だよ」

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 というのが先日の話。

 

 それからというもの、祐斗はどこか様子がおかしかった。

 

 近々行われる駒王学園球技大会、部活対抗戦に向けての野球の練習もボケっとしたまま。

 

 意外にもこの手のイベントが大好きな部長をはじめ、みんなで勝とうと意気込んでいる時も一人上の空なのだ。

 

 ――はてさて、本当に祐斗はどうしたのやら……。

 

 祐斗のことを考えながら、手元の漫画の頁を繰る。

 

 ――いやーやっぱこの執事かっくいいなぁ、俺も鋼線使えるように練習してみようかな?

 

 向けられる視線を無視するように、漫画以外に目を向けないようにしているのだが、やはり依然として視線を向けられたままだ。

 

 現在俺は部室に居る。

 

 既にイッセーとアーシアちゃん以外のメンバーが揃っており、あとは二人を待つだけだった。……そう、あとは待つだけ、なんだけれども……。

 

 部室には部員ではない人物が二人居た。その二人の人物が、さきほどから俺に視線を向けている者だ。

 

 一人はどこか近寄り難い雰囲気の、キッツい目つきの部長や朱乃さんレベルの美少女。

 

 もう一人はその美少女の付き添いの男子生徒だ。なにかこう、ヤンキーっぽい感じの。

 

 美少女はガン見こそしていないものの、ちらちらと度々俺に視線を向けてくる。

 

 男子生徒はそれが気に食わないのか、いつかのフェニックスのように敵意を籠めた瞳で俺を睨んでいる。

 

 この二人はなんなのか部長に聞くも、イッセーとアーシアちゃんが来てから説明するとのことだ。

 

 はぁ……。この居心地の悪い空気、以前にもあったな。

 

 だが居心地の悪さなら今回の方が上だ。あの時の小猫ちゃんみたく、部室の片隅で「自分、誰とも関わりたくありません」オーラを出しているにも関わらず、やはり二人の視線が突き刺さるのだから。

 

 俺はどうすることも出来ず、漫画の中の年老いた執事の活躍を楽しむことしか出来なかった。

 

 そうして頁を繰り続け、あともう少しで読み終わるというところで部室の扉が開かれた。

 

「せ、生徒会長……?」

 

 入ってきたイッセーが驚きながら口にする。生徒会長だって? ……どっちが?

 

「なんだ、リアス先輩、もしかして俺たちのことを兵藤に話していないんですか? 同じ悪魔なのに気付かない方もおかしいけどさ」

 

 悪魔……。なんとなくそうじゃないかとは思ってたけど、まさか本当に悪魔だったとは。

 

 美少女が男子を静かに窘める。

 

 曰く、自分達は表の生活以外では互いに干渉しないことになっていると。

 

 悪魔になって日が浅い兵藤くんが知らないのも当然だと。

 

 ……さっぱどわがんね。

 

 まあこの二人が悪魔だってことを憶えてりゃあいいか。

 

 美少女の言葉に更なる驚きを見せたイッセーに、朱乃さんが説明する。

 

「この学園の生徒会長、支取蒼那さまの真実のお名前はソーナ・シトリー。上級悪魔シトリー家の次期当主さまですわ」

 

「上級悪魔…………うへぇ」

 

 この会長さんあれか、あの高慢ちきのフェニックス兄妹と同じ上級悪魔か。

 

 ――なるたけ関わらんようにしとこ。

 

 更に朱乃さんの説明は続く。

 

 シトリー家もグレモリーやフェニックス同様に、大昔の戦争を生き残った七十二柱の一つなのだそうだ。

 

 この学校は実質グレモリー家が実権を握っているが、表の生活では生徒会――シトリー家に支配を任せているらしい。昼と夜とで学校の分担を分けたとのことだ。

 

 ――……人間界の学校なのに悪魔に支配されすぎじゃね?

 

 朱乃さんの説明を聞いて、そう思わずにはいられなかった。

 

 いや、元々この学校は悪魔が建てたのだろうか? しかしそれならば冥界に学校建てりゃいいじゃんってことになるし……。

 

「それにしても――この中に人間が混じっているなんて、少し場違いなんじゃないか?」

 

 明らかに俺のことを指している言葉に顔を上げる。

 

 今の発言は、会長の付き添いの男子のもののようだ。

 

「ああ? 俺が場違いだぁ? …………確かにそうかもしれない」

 

 張り詰めかけた空気が、何故か一気に霧散する。喧嘩を売っているのであろう男子も、よく判らないがずっこけそうな体勢になっていた。

 

 だが彼の言った通り、悪魔の集団の中に人間が混じっているのは、場違いと言われても仕方ない。

 

「でもさ、人間の俺がオカ研に所属しているのも、ちょっとした諸事情があるからなんだよ。えーっと……付き添いの人」

 

「俺の名前は匙元士郎だ! さっきの俺の自己紹介を聞いてなかったのか!?」

 

「う、うん、ごめん……。ちょっと考え事してて……あっ、じゃあもう一回自己紹介を頼むよ」

 

「表に出ろてめぇ!」

 

 沸点低っ! 自分から煽ってきたくせに!

 

「サジ、お止めなさい!」

 

 会長の鋭い制止の声に、こちらに向かってきていた匙くんが足を止める。

 

「か、会長!」

 

「サジ、今のあなたでは九々崎くんには絶対に勝てません」

 

「ですが! こいつは人間ですよ!?」

 

 前から思ってたけど、なんか人間ってだけで下に見られすぎじゃね? 別段俺に限らず、探せば悪魔倒せる人間だって居るだろうに。

 

「確かに九々崎くんは人間ですが――フェニックス家の三男を圧倒し、未知の魔法で完膚無きまでに叩き潰した魔法使いなのです」

 

「ど、どどどど童貞ちゃうわ!!」

 

 やべっ! 魔法使いと言われてつい叫んじまった! 

 

 突然の叫び。その内容に面々から――特に女性陣から――冷ややかな目で見られ、イッセーと匙くんから「あっ……」と、何かを察したかのような呟きが聞こえてきた。

 

 ――ああ、これが自爆ってやつか……。

 

「……こ、こいつがそんな凄腕の魔法使いだなんて思えません! いくら会長のお言葉とはいえ、信じられませんよ!」

 

「……そうですね。実際に見てみなければ信じられないのも無理はありません。戻ったらその時の映像をお見せしましょう」

 

 何事もなかったかのように再び話し始める会長と匙くん。つ、辛い……。

 

 しかし――その時の映像をお見せする……? さっきの会長の言葉を鑑みるに、その映像とやらって以前に行われた『レーティングゲーム』のことだよな? まさか……。

 

「あの、会長さん。その映像って、俺が以前に参加した『レーティングゲーム』のものだったりします……?」

 

「はい。あの映像は上級悪魔達の間で出回っていますから。入手はそう難しくありませんでした」

 

 で、出回ってるってどういうことぉぉぉぉ!? あれって非公式の試合だったんだろ!?

 

 そんなもんが出回ってるっておかしくね!? こんなの絶対おかしいよ!

 

「ぶ、部長!? 会長さんの話って本当なんですか!?」

 

「……ええ。そうね、確かに出回っているわ」

 

 一瞬ではあるが険しい表情を浮かべた部長。

 

 そうだよな。自分の負けそうになった姿が収められた映像が出回っているとなっては、今の部長の反応も納得できる。

 

 でもさぁ。俺なんて滅茶苦茶みっともない姿を晒してる訳だぜ? 恥ずかしさのあまりゲロ吐きそうなんだけど……。

 

「九々崎くんの参加した『レーティングゲーム』ですが、誰が言い出したのか『弾幕の夜』と名付けられ、今では九々崎くんを指す名称としても扱われています」

 

「ファッ!?」

 

 弾幕の夜!? 誰だよそんなだせぇ名前つけたの! ってか俺弾幕の夜って呼ばれてんの!?

 

「ちょちょちょどういうことですか弾幕の夜って!? おかしいですよ会長さん!」

 

「三男と対決した際の、九々崎くんの口上からきているみたいですよ?」

 

 墓穴を掘るとはまさにこのことだ。本当に俺は何故あんなことを口走ってしまったんだろうか……。

 

 青くなっているであろう俺の顔を見かねたのか、フォローするように部長が言う。

 

「で、でもあの台詞! 一部の上級悪魔に受けが良いみたいよ? 気品に溢れ、強さを感じるとかで!」

 

 わぁい! 嬉しくねぇ! きっとそんなことを言い出した奴は、編み出した技の名前に全世界ナイトメアとか名付けちゃうんだろうな!

 

「――時間も勿体ないのでそろそろ本題に入らせていただきます。今日ここに来たのはこの学園を根城にする上級悪魔同士、最近下僕にした悪魔を紹介し合うためともう一つ――九々崎くんにお願いがあって来ました」

 

 今までのおちゃらけた空気を払拭させるように、真剣な表情を浮かべて会長さんが俺の方を向く。その急な空気の入れ替わりに、俺は戸惑ってしまう。

 

 ――なんだよ急に……。お願いだって? 一体どんな内容なのやら。

 

「九々崎くんを力ある魔法使いと見込んでのお願いです。あなたが最後に使用したあの水の魔法、それを是非ご教授願いたいのです」

 

「あ、すいません。それは無理です」

 

 即答。

 

 ていうかあれ、水じゃなくて氷属性ですしおすし。

 

 そういえばオカルト研究部のみんなと出会った日の夜もこんなやり取りをしたな。

 

 だがあの夜の部長と違い、目の前の会長さんの表情はぴくりとも揺らがない。大方断られると予想していたのだろう。

 

「なっ……! お前! せっかく会長が頼んでるんだから――」

 

「いいのです、サジ。九々崎くん、お礼の方でしたら充分に用意させていただきますが、それでも……?」

 

「はい。無理です」

 

 ――この九々崎九々、そのようなもので動く男ではないッ!

 

 と、言ってしまえば嘘になるけれど、部長がエリクサーを買い取ってくれるおかげで生活には困っていないのだ。

 

 あんまりお金を持ち過ぎて金銭感覚が狂うのも嫌だし、なにより会長さんに魔法を教えてやる義理など欠片もないのだから。

 

 ……まあ、義理があったら教えてやるのかと問われればそれもまた違うのだけれど。

 

 とにかく、俺は魔法を教える気などさらさら無い。

 

 会長だけじゃない。オカルト研究部のみんなにも――誰にも教える気は無い。

 

 誰が好き好んで自らの手札を他者にくれてやるというのか。

 

 さきほどの俺をちらちら見ていた理由も、きっとこれなのだろう。

 

「…………わかりました。ですが九々崎くん、私は諦める気はありませんので」

 

 むっ……。物分りが良いのはありがたいが、しつこいのはちょっとな。何度来られようと教える気などないのに。

 

 俺と会長の話の終わりを皮切りに、その後は新人悪魔同士――イッセー、アーシアちゃん、匙くんのお互いの紹介が恙無く行われた。

 

 イッセーとの握手でひと悶着あったみたいだけど、それでもあの程度のじゃれ合いだったら可愛いものだ。

 

 俺も部長の眷属ではないとはいえ、オカ研に所属している以上今更ではあるが自己紹介しておくべきだろう。

 

「俺は九々崎九々。悪魔じゃあないけどよろしくな」

 

「……はんっ!」

 

 とか言いながらも握手に応じてくれるあたり、彼にはツンデレの資質があると思う。

 

「お互いのルーキー紹介はこれで十分でしょうね。では、私達はこれで失礼します」

 

 立ち上がる会長。そんな会長にイッセーは頭を下げて挨拶し、アーシアちゃんもそれに続く。そしてアーシアちゃんに続くように、俺も頭を下げる。

 

「ええ、よろしくお願いします」

 

 キッツい娘さんとばかり思っていたが、意外にもこのような優しげな微笑みも浮かべられるらしい。

 

 そうして部室を出る際に二、三部長と言葉を交わすと、会長さんは足早に部室をあとにした。

 

「『弾幕の夜』、か……」

 

 会長さんを見送りながら、俺は呟く。

 

 まさか上級悪魔達にそんなあだ名を付けられていたとは、思ってもみなかった。

 

 そして、フェニックスとの『レーティングゲーム』が収められた映像が出回っていることも。

 

 ……別にさぁ、あの試合って非公式な訳だし? 別段記録しておくほど価値のある試合内容だったとは思えないんだよね。

 

 ほんとわざわざ記録しておくとか馬鹿なの? 死ぬの?

 

 はぁ。俺の数々の痴態が不特定多数の悪魔に今も見られているのかと思うと、こう、胸の奥底から熱く甘酸っぱいものが込み上げてきて――

 

「――部長、自分ちょっと一ゲロいいっすか?」

 

「いいわけないでしょう!?」

 

 そうだ、トイレへ行こう。




【おまけ】

 誰も居ない――放課後の生徒会室にただ一人、ソーナ・シトリーは残っていた。

 何をしているのかといえばなんてことはない、匙に見せていた『レーティングゲーム』の映像を見返しているだけだ。

 昼休みの時は書類仕事があった為、匙に映像を見せるタイミングが放課後になってしまったのだ。

 場面は序盤、九々が泣きべそをかきながら学園内を彷徨っているところを、ソーナはぼんやりと見つめていた。

 九々の活躍振りを見た、先程帰宅した匙の反応を思い出しながら。

 始めの内は情けない九々の姿を馬鹿にしていた匙。

 本当にこんな奴が強大な魔法使いなのかと、鼻で笑っていた匙だったが、運動場で仲間と合流してからの展開に言葉を失っていた。

 不意討ちとはいえ、人間でありながらたった一人で六人の悪魔を相手取り、手玉に取った上、フェニックスの涙で完全に回復していたライザーの『女王』を一撃で下した九々。

 この時点で大活躍と言っても過言ではない働きをしたモニターの中の九々を、真剣な表情で見る匙がなんとも印象的だった。

 しかしこの匙の真剣な表情も、後のライザーとの対決で大きく崩れたのだった。

 九々がどこからか取り出した弓を見て、薄汚いと嘲笑するライザー。

『――永遠に明けない弾幕の夜を、悪夢の度に思い出せ!』

 そんなライザーに向けて言い放った九々のこの口上を、意外にもソーナは気に入っていた。

 なんというか、こう、口にしてみると存外小気味の良い台詞なのだ。

 リアスも言っていたが、確かに気品に溢れていると密かにソーナも思っている。

 閑話休題。

 その後の展開は正に一方的な蹂躙と呼ぶに相応しいものだった。

 空を埋め尽くさんばかりに放たれる、無数の煌く光線による弾幕。

 普通は弓からこんな光線を放つことなど不可能だ。これもまた、何らかの九々の魔法なのだろうかと、ソーナは思案する。

 この不可思議な光線から必死に逃げ回るライザー。

 貴族らしからぬあまりに必死過ぎる姿だったが、一度射抜かれただけで死んでしまうとなってはこれも無理はない。

 光線に射抜かれる度に命を落とすライザーを見て、匙は唖然としていたものだ。

 自分も初見は匙と全く同じ反応をしていたなと、ソーナはその時のことを思い返す。

 本当に、九々の戦いぶりは驚きしかなかった。

 拘束にも使っていた剣を突き刺す魔法に、『女王』を一撃で下す程の投擲技術。

 ライザーに手も足も出させない程の弓の腕前と、極めつけが――

『ダーク・セイヴァー!』

『っぐぅぅ! な、なんだこれは!?』

「――っ!」

 思い返している内に、映像は終盤まで進んでいたらしい。

 この後の展開を見逃さないよう、ソーナはジッとモニターに目を向ける。

『虚空を伝う言霊が呼び覚ませしは! 海流の支配者の無慈悲なる顎!』

 九々の足元に展開された巨大な魔方陣。力強い、魔力の籠められた言霊。

 周りの空間を漆黒に塗り潰してしまう程の魔法を、ソーナは今まで見たことがなかった。

『タイダルウェイブ!』

 大魔法によって現れたのは巨大な水竜。波打つように移動しながら水竜は新校舎を削り、抉るように破壊していき、その破壊力は新校舎だけに(とど)まらず空間そのものにまで及ぶ程だ。

 見る者に畏怖の念を抱かせる水竜は大口を開けてライザーを飲み込み、激しい着水音と共に弾けて消える。

『ライザー・フェニックスさま、戦闘不能。リアス・グレモリーさまの勝利です!』

 映像はここで終わる。最後まで見ていたものの、やはりあの魔法が解読できなかったとソーナは歯噛みする。

 既に何十回とこの『レーティングゲーム』を見返していたソーナだったが、何一つ魔法――タイダルウェイブについて判ったことはなかった。

「……虚空を伝う言霊が呼び覚ませしは、海流の支配者の無慈悲なる顎」

 こうして詠唱だけならそらで言えるぐらいに覚えたというのに。

 水の魔力を得意とするソーナにとって、タイダルウェイブは決め技にふさわしい魔法と言えた。

 悪魔の魔力体系を独自に解釈し、再構築したものである魔術、魔法。

 中には悪魔ですら真似できないことも可能とするらしいが、確かに並みの悪魔では――それこそ魔王でもない限りあの破壊力は叩き出せないだろう。

 もしも習得出来たなら、夢へと大きく前進出来る筈だ。だからソーナは、どうしてもタイダルウェイブを習得したかった。

 しかし昼休みに本人にこの魔法を教えてほしいと頼み込んだのだが、即答で断られる始末。

 礼の方も充分に用意するとは言ったものの、それでも断った九々。

 断られることを予想していたとはいえ、それでもあの即答には心が折れそうになった。

 その上、若干避けられている気がしてならない。

 いや――絶対に避けられているだろう。恐らくは自分が上級悪魔だからだろうとソーナは当たりを取る。

 何十回と『レーティングゲーム』を見返して、ゲーム中の九々を見ていてあることに気付いたのだ。

 三男と『僧侶』であるフェニックス家の長女と接する際、上級悪魔の多くに見られる傲慢な振る舞いを前にする度、九々がほんの少しだけ忌々しげに表情を歪めていたことに。

 誰も気付けないような、小さな表情の変化であったがそれをソーナは看破していた。

 九々が上級悪魔を嫌悪していることに確信を持ったのは、リアスの『女王』である朱乃の説明を聞いた時の九々の反応だ。

 朱乃によるソーナの説明を聞いて、九々は『レーティングゲーム』の時のように小さく表情を歪めたのだ。それはソーナに確信を抱かせるのに充分過ぎる要素だった。

 あまりに取り付く島がなく、リアス以外の上級悪魔を毛嫌いしている九々だが、ソーナも諦める気などさらさら無い。

 九々が教えてくれるまで、ソーナは何度だって頼み込むつもりだ。

 真摯に頼めば、彼もきっと――

 心中でそう呟きながら、帰り支度に取り掛かるソーナ。

 しかし、自分のこの見通しが角砂糖よりも甘いということを、ソーナはずっと後になって痛感させられるのだった。


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十三話

「なあ、公太郎。相談があるんだ。……聞いてくれるか?」

 

 テーブルの上で、一心不乱にひまわりの種を齧る公太郎に向けて言う。

 

 しかし公太郎は食べるのに夢中なようで、此方を見向きもしない。俺の言葉は届いているのかいないのか……。

 

 だがそれでも――それでも、俺は言葉を紡がずにはいられない。こんな恥ずかしい話、こいつぐらいにしか出来ないのだから。

 

「今日さ、学校で球技大会があったのは知ってるだろ? お前も居たんだから忘れたとは言わせないぞ?」

 

 一個目を食べ終わった公太郎は、足元の食べかすもそのままに次の種に手を伸ばす。

 

 公太郎の真横には積み上げられたひまわりの種の山。俺が買ってきたものだ。

 

「まあ、お前はずっと俺の肩に居た訳だし、何となく察しているとは思うけどさ。ほら……今日の球技大会で全然出番がなかっただろ? 俺」

 

 思い出すも忌々しい――苦々しい今日の球技大会。

 

 ――思い返せば、朝のクラス対抗戦から出番が無かったんだよな……。

 

 まずはクラス対抗戦から始まり、次に男女別種目。その後はお昼休憩を挟んで部活対抗戦というのが今日の流れだった。

 

 俺達のクラスは野球。部活での特訓を活かすチャンス! とか思ったりもしたのだが……補欠の俺に出番は回ってこなかった。

 

 欠席した生徒は勿論、怪我を負って途中退場した生徒も誰一人として出なかったのだ。

 

 次の男女別種目。これは、まあ……出られなかったのは俺のせいなのだから、とやかく言うことはできない。

 

 早い話、出場者を決める際に俺が寝てしまっていた為に立候補することができなかっただけだ。

 

「でもさ、この時俺が寝てたのはお前が十割悪いんだぜ? 公太郎」

 

 軽く悪態をつくも、やはり公太郎は食べるのに夢中だった。

 

 何故こいつが悪いのか。それは前の晩、公太郎がとち狂ったかのように回し車で遊んでいたからだ。

 

 夜とはいえ一、二時間程度なら俺も文句は無い。だが、こいつは一晩中回し――爆走し続けていたのだ。

 

 日付が変わる前から明け方まで、こいつはひたすらに遊び呆けていた。本当にその時のうるささと言ったら……っ!

 

 ――……こんなことなら買い与えない方がよかっただろうか。

 

 何度言っても回し車は止まらず、結局この時は一睡も出来なかったからな……。

 

「まあ、もう過ぎたことだからいいけどさ……。前置きが長くなったけど、俺が本当に聞いてほしいのは部活対抗戦でのことなんだよ」

 

 部活対抗戦。

 

 種目はドッジボールだと聞いて、俺のテンションは有頂天だった。

 

 ドッジボールをやるぞと言われ、興奮しない男の子が居るだろうか? いや、居ない。

 

 そんな訳で部活対抗戦を心待ちにしていた俺だが――

 

『狙え! 兵藤を狙うんだ!』

 

 俺の出番は無く、対抗戦の相手の狙いは全てイッセーへと向けられていた。

 

 ――まるで、意味が判らなかった。

 

 開始早々にイッセーだけが狙われるのが。俺に全く出番が巡ってこないのが。

 

『おいおいおいおい!? イッセーだけじゃなくてさぁ! 他も狙えよ!』

 

 俺とか、俺とか、あと俺とか! あんまりにも露骨過ぎる彼らについ叫んでしまったが……。

 

 まさか、彼らの言葉にライフポイントをゴリゴリ削られるとは思ってもみなかった。

 

『……なぁ。あんな奴オカ研に居たか?』

 

『!?』

 

『いや、知らんけど……。誰だあいつ?』

 

『!!?』

 

『……まぁいいや。みんな! 気を取り直してイッセーを殺るぞ!』

 

 この時は本当に愕然としたね、いやほんとに。だって俺の知名度が0に等しいんだもん。

 

 だってさぁ、ほら。アーシアちゃんが転入してきた時は全校生徒大騒ぎだったわけよ。

 

 ということは実は俺が気付いていないだけで、俺が転入した時も黒髪のイケメンとして学園を騒然とさせていたかもしれなかったわけじゃん?

 

 ――まぁ……そんな可能性は微粒子レベルも存在していなかったというのを、この試合で知らされたわけだけど……。

 

 そういえばと――アーシアちゃんが転入する前の、俺がオカルト研究部に所属したての頃を思い出す。

 

 オカルト研究部に六人目の部員が来たということを話していた女子生徒がいたので、チラッと聞き耳を立てていたのだが――

 

『そういえばオカ研に新しい部員が入ったらしいよー』

 

『えー兵藤じゃなくてー?』

 

『そうそう。なんて名前だったかなー? 確か掛け算が得意そうな名前だったんだけどー』

 

『かwけwざwwwんwwてあんたwww』

 

『ほんとほんとー! 本当に冗談みたいな名前だったんだってばー!』

 

 ――disってんじゃねぇよクソビッチが! 掛け算てなんだよ掛け算て!? こちとら好きでこんな名前なわけじゃねぇんだよ!

 

 俺の知名度なぞこんなもんだった。

 

 結局――クラス対抗戦、男女別種目、部活対抗戦いずれも俺に出番は巡って来なかった。……どこぞの長女じゃあるまいにね、黒髪だからいけないのだろうか。

 

「本当に、何がいけなかったんだろうな。俺はどうしたらいいと思う? 公太郎」

 

 今降っている雨も、まるで今の俺の心情を表しているかのようだ。どうせならもっと早く――朝方から降ってくれればよかったのに。

 

「……九々先輩」

 

「ん? どしたん? 小猫ちゃ――え?」

 

 あれ、おかしいな……。部室には俺と公太郎しか居なかった筈なのに、この子はいつの間に入り込んでいたのだろうか。見れば小猫ちゃんだけでなく、イッセー、アーシアちゃん、朱乃さんの三人の姿が。……いや、今はそれよりも――

 

「あの、小猫ちゃん。今の聞いてた?」

 

「……はい」

 

「…………どこから?」

 

「……なあ、公太郎。相談があるんだと言って公太郎くんに話しかけてたとこからです」

 

 ――最初っからじゃねえか畜生っ!! 道理で普段無表情の小猫ちゃんが哀れむような表情をしてる訳だよっ!

 

 他の三人もどこか気まずそうな、そんな表情を浮かべており、俺と視線を合わせないようにしている。本当にさぁ、いつの間に来てたのよ……。

 

「……私、九々先輩の良いところや、カッコいいところ、いっぱい知ってますから」

 

「う、うん……ありがとう……」

 

 マイペースで、あまり他人に関心の無いであろう小猫ちゃんにここまで言わせてしまうあたり、話している最中の俺は相当情けない顔をしていたのだろう。

 

「お、俺もだ! 九々崎! アーシアを助けに行った時のことや、『レーティングゲーム』で部長のために全力で戦ったり――お前は誰かのために戦える良い奴じゃないか!」

 

「そうですわ。あの時の九々くんはとても輝いていましたわ」

 

「他の人達が見ていなくても、私達はちゃんと九々さんのこと見ていますから!」

 

 小猫ちゃんだけでなく、イッセー、朱乃さん、アーシアちゃんからも激励の言葉を送られる。

 

 ――う、嬉しいけどやめて! それ以上言われるとすっごく惨めになっちゃうから!

 

 だが俺のそんな心中の想いも彼女らには届かず、依然として俺の良いところやらカッコいいところやらを述べていく。

 

 この生き地獄のような時間は、まだこの場には居ない祐斗と部長が戻ってくるまで続いていた。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 部長と祐斗が戻り、部室には部員全員が揃っていたのだが、部室内の空気は重い。

 

 理由は先程戻ってきた部長と祐斗にあった。

 

 競技の間、終始ぼうっとして真剣に取り組んでいなかった祐斗にキレた部長が手を出したのだ。

 

 結果的にオカルト研究部が優勝したとはいえ、祐斗の非協力的な姿勢が部長は許せなかったらしい。

 

 恐らくは部長がキレていなかったらイッセーがキレていただろう。

 

 イッセーもまた、祐斗のどうでもよさそうな姿勢に物言いたげにしていたのだから。

 

「どう? 少しは目が覚めたかしら」

 

 しかし祐斗は何も言わず、無表情のまま……と思いきや、唐突に普段の笑みを浮かべる。

 

 だが、その笑みには何の感情も籠められていない。無理やり貼り付けたような、そんな笑みだった。

 

「もういいですか? 球技大会も終わりました。球技の練習もしなくていいでしょうし、夜の時間まで休ませてもらってもいいですよね? 少し疲れましたので普段の部活は休ませてください。昼間は申し訳ございませんでした。どうにも調子が悪かったみたいです」

 

 最近の祐斗はどうしてしまったのだろうか。イッセーにも変だと突っ込まれるあたり、相当重症だ。

 

 イッセーに心配されるも、キミには関係ないと一蹴する祐斗。

 

「心配? 誰が誰をだい? 基本、利己的なのが悪魔の生き方だと思うけど?」

 

「じゃあ、人間の俺だったらお前さんのことを心配してもいい訳だ」

 

 イッセーと向き合っていた祐斗が、此方を向く。

 

 ――悪魔が他者の心配をするのがおかしいと言うのなら、人間であれば問題はない訳だ。

 

 そう思い、漂ってきた不穏な空気を霧散させる為に二人の会話に割って入ったのだが……。

 

「へえ? キミが僕のことを?」

 

「ああ。同じ部活の仲間だろ? 俺だって心配してるんだぜ?」

 

「どうだか。キミが本当に僕達のことを、仲間だと思っているのか甚だ疑問だけどね」

 

「……え?」

 

「だって、九々くんはいつも二歩三歩と引いた上で僕達と接しているじゃないか。まさか、気付かれていないとでも思っていたのかい? まあ、今さっき自分で言っていたように、九々くん自身は人間だからしょうがないのかも知れないけどね」

 

 ――……っ! よ、よく俺のことを見ているじゃないか(震え声)

 

 だけど、しかし……こうも見透かされているとは思わなかった。

 

 さっきも言った通り、研究部のみんなのことは仲間だと思っているけれどさぁ。

 

 でもちょっと前までは俺達は赤の他人でしかなかったのだから、そんな短期間でそれはもう仲良くだなんて難しくない?

 

 親しくなければ仲間とは言えないって訳じゃないんだから、二歩三歩引いちゃうのもいたしかたないと思うんだよね。

 

「ふ、ふんっ! 祐斗のくせに、言うじゃないか!」

 

 ――しかしここは引いてやるとしよう。反論の言葉が出てこないとか、ぐうの音も出ないほどに言い負かされたからとかじゃあ、ない。ないったらない。

 

 そう心の中で吼えながら、最近の俺の定位置である部室の隅っこに陣取る。

 

「……言い負かされないでください」

 

 隣にやってきた小猫ちゃんに、ジト目で見つめられながら言われる。

 

「べ、別に言い負かされた訳じゃないし! 引いてやっただけだし!」

 

「……そうは見えませんでしたけど」

 

 小さくではあるが、嘆息混じりに小猫ちゃんは言う。

 

 やはり、この子は人の心に突き刺さる言葉を選ぶのに長けているらしい。

 

 ……まあ、主な被害者は俺とイッセーぐらいしか居ないのだけれども。

 

 しかし彼女のこうした呟きは、結構心にくるから好きじゃない。

 

「……九々先輩は……」

 

「うん? なんだい?」

 

「……いえ。なんでもありません」

 

 小猫ちゃんは何を言いかけたんだ? こんな風に切られると気になるのだけれど……まあいいか。どうせ、彼女のことだから言いたくなったらまた言うだろう。

 

 こうして、俺達が話している間に祐斗は部室から出て行ったらしく、これを皮切りに今日の部活動は終わりを告げた。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「しっかしまあ、こうして考えてみると、あいつがおかしくなったのはイッセーの家で部活動をしてからだよな」

 

 誰に聞かせるでもなく、俺は自宅で米を研ぎながら独り言ちていた。

 

 今日の晩御飯は贅沢に卵かけご飯だ。卵なんて前までの俺だったら恐れ多い代物だったのだが、今は違う。

 

 黄金の鶏ことコッコちゃんが卵を産んでくれるおかげで、こうした贅沢が可能となっていたのだ。

 

 その上、一月に一回のペースで金の卵を産んでくれるのだから、黄金の鶏様様である。

 

「聖剣を見てからだったっけか? そういえば、初めて会った夜もアントラー・ソードを見てキレかけてたな」

 

 本当になんなのだろうか、祐斗がああも聖剣を憎悪する理由は。親の敵と言わんばかりの怒りっぷりだ。

 

「こらっ! 物が散らばるだろ! 走り回るんじゃない!」

 

 少し目を離すとすぐに公太郎を背に乗せて走り回るんだから……。

 

 卵を産んでくれるのはありがたいが、落ち着きが無いのはありがたくない。

 

 ――だけど、こうして散らかしたままの俺も悪いか……。

 

 片さなきゃいけないというのは判っているんだけど、いざ片そうとするとやる気が無くなっていくんだよな。

 

 部屋中に転がった様々な小瓶やら武具やらの数々。前々から手慰みに生成しては、消さずにそのままほったらかしにしていた物や、セラフィック・ゲートで得た戦利品やらが。

 

 確か、戦利品の方は眺めて悦に浸ってそのままにしてたんだっけ。

 

 ええと、ルシッド・ポーションにスペクタクルズ……。あっちには掛け布団代わりに使っていたエターナリィ・ガーブで、台所の方にはポルト酒と……パワー・バングル?

 

 パワー・バングルなんて台所で使ったっけなぁ? 持ち込んだ覚えはないけど……。

 

 と、考えていた時だ。後ろの方で棚を倒したような、大きな物音がしたのは。

 

「あっ! てめっ! コッコちゃん! だから走り回るなって言っただろ!?」

 

 驚いて振り向いてみるとそこには倒れた本棚に、慌てた様子でその場から駆けるコッコちゃん、そしてその背にしがみつく公太郎。

 

「あーあーあーあー。手間かけさせやがって……」

 

 ――米を研ぎ終わったと思ったら、今度は本の整理かよ……。

 

 ペットを飼うというのはこういうことなのかと、そう考えながら散乱した本――魔術書を片していく。流石に書物は大切に扱わないと。

 

「懐かしいな。あの頃は、ただ読めば覚えられるって思ってったっけ……」

 

 あの頃は画面の向こうの存在だったVPの魔法が覚えられるってんで、それはもうはしゃいだ覚えがある。それと同時に、魔術師としての基礎を築かなければ読んでも無駄だと言われ、ふてくされた覚えもある。

 

 ――本当に、あの頃の俺は若かった。

 

「……おっと、いかんいかん。さっさと片さないと」

 

 いつまでもしみじみと呆けていては片付かない。

 

 今の俺にはこれらは全て無用の長物なのだが、それでもどうしても捨てきれない。

 

 ……こうして捨てられない物ばかり増えて、ゴミ屋敷は形成されていくんだろうなぁ。

 

「ありゃ、漫画も混ざっているな。適当に入れすぎたか……うん?」

 

 魔術書と漫画に混じり、一冊だけ見覚えの無い書物があった。

 

 表題すら書かれていない、謎の書物。

 

 疑問に思いながらも開いてみると――

 

『LV10到達おめでとうございます! 次は目指せLV20!』

 

 ……え? これってもしかして、セラフィックゲートを一周する度にゲットできる『謎の書物』!?

 

 LV10到達おめでとうって……俺はまだあれから経験値は得ていな――

 

「はっ!? フェニックス戦のあれか!?」

 

 そういえばあの時も、フェニックスを射殺す度に経験値が入ったような……。

 

 できる限り『レーティングゲーム』のことは――あの時の自分は思い出したくない。

 

 上級悪魔に見られていることを忘れていた俺が悪いんだけどさ……。

 

『LVが10に達したことで、今の九々さんは晶石が撃てるようになっていると思います。是非お試しください!』

 

 読み進め、こんな一文を発見してしまう。晶石が撃てる、だと……?

 

 そんなまさかと思いながらも、レナスのように晶石を撃つ自分を想像して手を壁に向け――

 

「う、うそん……ほんとに撃てた……」

 

 目の前の壁には晶石が咲いており、これでもかと言わんばかりに自身の存在を俺に訴えかけていた。

 

 次いで、同じように撃ち込む。壁に咲いた晶石は一回り大きくなり、再度撃ち込むと音を立てて儚く砕け散っていく。

 

 宙を舞う晶石の細々とした破片は、俺のこの汚い家の中を幻想的に彩るが――

 

「ええ~……今更いらないよ……」

 

 どうせならもっと早く――セラフィックゲートに居る時に欲しかった。

 

 というか――

 

「――晶石よりも、光子の方が撃てるようになりたかったんだけど……」

 

 そんな俺の呟きは、虚しく家に響くばかりだった。




【今更ながらオリ主紹介】

 九々崎(くくざき)九々(くく)

 好きなキャラクターは遠坂凛で、よく使うデッキは【ジェムナイト】

 敵にやられて戦闘不能になった際の台詞は、「オレの核はまだ砕かれてない!」


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十四話

メッシュさん=ゼノヴィア 栗毛さん=イリナ


 本当に、最近は来客が多いなとしみじみ思ってしまう。

 

 先日は生徒会二人組で、今日は白いローブの二人組。

 

 二人組という点は共通してはいるが――しかし今回の、目の前の二人は悪魔ではなく人間だ。

 

 さて、人間が悪魔になんの用なのか……。もしこれが普段の契約どうこうの話なら良かったのだが、二人組の片割れ――緑色のメッシュを髪に入れている娘さんが携えている、布に巻かれた得物がそれを否定していた。

 

 布に巻かれた得物からは、なんかこう、聖なる力が感じられるのだ。

 

 聖なる力は悪魔にはこれ以上無いぐらいの毒なのだ、わざわざそんな物を持って依頼に来る人間など居はしない筈。

 

 それに、隣の栗毛の娘さんからも同じ力を感じるということは、彼女もまた似たような物を装備しているらしい。恐らくは、この二人組は悪魔と敵対する存在なのだろう。

 

 だけどそうなると判らない、何故そんな人間が悪魔の下を訪れるのかが。

 

 部長と朱乃さんも、この二人を前にして先程から物々しい空気を醸し出している。

 

 特に祐斗に至っては殺気が半端ない。ともすれば今すぐにでも彼女らに斬りかかりそうな――敵対者絶対殺すマンになったかのようだ。

 

「先日、カトリック教会本部ヴァチカン及び、プロテスタント側、正教会側に保管、管理されていた聖剣エクスカリバーが奪われました」

 

 ということは、目の前の二人は教会の人間なのか。しかし、エクスカリバーだって?

 

「エクスカリバーっていうと、封印城クーザーに封印されていた?」

 

 おっといかん。黙って話を聞くつもりだったが、気になる単語が出てきたせいでつい口にしてしまった。

 

「……封印城クーザー?」

 

 訝しげに俺の言葉を反芻するのはメッシュの娘さん。彼女は何言ってんだこいつとでも言いたげな視線を俺にぶつけていた。

 

 ……気を抜いていたとは言え、次からは安易に考えたことを口にしないよう気をつけよう。これ結構恥ずかしい。

 

「ごめんなさい。なんでもないです」と彼女らに謝り、話の続きを促す。

 

「……聖剣エクスカリバーそのものは現存していないわ」

 

 疑問を顔に出していたイッセーを見て、部長がその疑問に答えるように口を開く。

 

「ゴメンなさいね。私の下僕に悪魔に成り立ての子がいるから、エクスカリバーの説明込みで話を進めてもいいかしら?」

 

 部長の申し出に栗毛の子が頷き、話を続けられる。

 

 なんでもエクスカリバーは、聖剣のくせして大昔の戦争でへし折られたらしい。

 

 ――それって本当にエクスカリバーだったん? 実はエクスカリパーだったんじゃないの?

 

 そう思わずにはいられない。アントラー・ソードでさえ、折れることはないというのに。

 

「今はこのような姿さ」

 

 メッシュの娘さんが携えていた、得物に巻かれていた布を解く。

 

 そうして現れたのは一本の長剣。娘さんが言うにはこれがエクスカリバーらしいが……。

 

 ――…………なんかしょぼいな。

 

 そう感じてしまう。VPのシナリオ中盤あたりに手に入る剣とそう変わらないんじゃないか?

 

 話は続く。大昔の戦争でへし折られたエクスカリバーだったが、その際に折れた刃の破片を拾い集め、錬金術によって新たな姿になったと。

 

 その時に七本作られたようで、これはその内の一振りらしい。

 

「私の持っているエクスカリバーは、『破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)』。七つに分かれた聖剣のひとつだよ。カトリックが管理している」

 

 そう言って、メッシュさんはエクスカリバーに布を巻きなおす。

 

 メッシュさんに続くように今度は栗毛さんが懐から細長い紐を取り出すと、その紐が独りでに動きだし、一振りの日本刀と化した。

 

 そんな日本刀を片手に、栗毛さんが自慢げに言う。

 

 この日本刀もまたエクスカリバーだそうで、『擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)』というらしい。形状を自由自在に操れるようで、このように他のエクスカリバーもそれぞれ特殊な力を持っているのだとか。因みにこちらはプロテスタントが管理しているのだそうだ。

 

「イリナ……悪魔にわざわざエクスカリバーの能力を喋る必要もないだろう?」

 

「あら、ゼノヴィア。いくら悪魔だからといっても信頼関係を築かなければ、この場ではしょうがないでしょう? それに私の剣は能力を知られたからといって、この悪魔の皆さんはもちろん――そこの彼にも遅れを取ることなんてないわ」

 

 ――……おい。自信満々なのはいいけど、なんで後半俺の方を見ながら言った?

 

 その不敵な笑みに、俺は栗毛さんに舐められているのだと理解する。

 

 ――くそっ! 舐めやがって……イラッとくるぜ!!

 

 そっちがその気なら上等だよ! その挑発に乗ってやる!

 

「九々! 下がりなさい!」

 

 前に出て、栗毛さんを睨みつける。悪いが部長の言葉は聞こえなかった体で行かせてもらう。

 

 俺の眼光なぞなんのそのらしい。とにかく、依然として不敵な笑みを浮かべる栗毛さんを睨みつけながら、俺は栗毛さんとメッシュさんに見せつけるようにアントラー・ソードを生成する。

 

「こいつの名はアントラー・ソード。こいつは絶対に折れないし曲がらないという能力を秘めている」

 

 ――能力ってのは嘘っぱちだがな!

 

 神々しさだけは一丁前の剣を手に、俺はドヤ顔でそう言った。

 

「なっ!? まさか……あなたも聖剣を!?」

 

「待てイリナ! 確かに聖剣に似た力を感じるが、しかしこれは――」

 

 驚いた様子でああでもない、こうでもないと話し合う栗毛さんとメッシュさん。

 

 慌てふためく彼女らを見て、若干ではあるが溜飲(りゅういん)がさがる。へへっ!

 

 ――この二人の姿を見て、祐斗も少しは殺気を抑えてくれればいいのだが。

 

 調子こいていた栗毛さんの鼻を明かすというのが九割、残り一割にはもう少し祐斗に冷静になってもらいたいという意図を込めて前に出たのだけれども……。

 

 ちらりと彼の方を見やる。

 

 どうやら全然冷静になれていないみたいだった。やはり殺気は納まらず、どこぞの深王のような眼で栗毛さんとメッシュさんを睨みつけている。

 

「……はあ。話し合うのは後にしてくれる? 話を進めたいのだけれど」

 

 嘆息しながら部長が言う。

 

「あ、ああ。すまない」

 

「いえ、構わないわ。私も九々には聞きたいことができたから」

 

 じとりと俺をねめつける部長。あれ? 聞きたいことっていうのは、アントラー・ソードのことだよな?

 

 ――生成した物は絶対に壊れないってこと、伝えてなかったかなぁ?

 

 首を傾げる俺を余所に、エクスカリバーの説明込みでの話が再開される。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「二人だけでそれは可能なのかしら?」

 

 目の前の二人への、部長の訝しむような物言い。

 

 しかしこれは、俺を含めたオカルト研究部員全員の疑問でもある。

 

 ここまで黙って話を聞いていたが、流石教会の人間。神の信仰者。もうね、アホかと。馬鹿かと。

 

 順を追って今までの話を思い返す。

 

 ええと、まず七本になったエクスカリバーは、カトリック教会本部に残っているメッシュさんが今持っているのを含め二本。

 

 プロテスタントのところにも二本で、正教会にも二本。んで、残る一本は先の神、悪魔、堕天使の三つ巴の戦争の際に行方不明。

 

 その内各陣営にあるエクスカリバーが一本ずつ奪われたんだよな。奪った連中は日本に逃れ、この地に持ち運んだらしい。

 

 奪ったのは『神の子を見張る者(グリゴリ)』とかいう堕天使の組織なんだとか。

 

 目の前の二人は奪った主な連中を把握しているようで、件の下手人はグリゴリの幹部、コカビエルという者だそうだ。

 

 コカビエルは三つ巴の戦争から生き残っている古株で、その名は聖書にも記されているほどのビッグネームらしい。

 

 すんごく強いらしいが……まあ、ガブリエ・セレスタよりも強いってことはないだろう、多分。

 

 そういえば、先日からこの町にエクソシストを秘密裏に潜り込ませていたとか言ってたけど……此処駒王町って部長の領土なんだよな?

 

 秘密裏ってことは、当然部長から許可なんてもらってはいないのだろう。領主たる部長に無断っていうのは大丈夫なんですかねぇ、教会の方々は。

 

 ……部長も気付いていなかったっぽいし、バレなきゃいいんだろうな。

 

 閑話休題。

 

 彼女らの依頼(いや、注文と言い直していたか)とは、彼女らと堕天使のエクスカリバーの取り合いに、この町の悪魔は一切介入しないでほしいというものだった。

 

 メッシュさんの言い方に、次第に部長は穏やかじゃなくなっていく。

 

 教会本部の連中はエクスカリバーを奪った堕天使と逃げ込んだ先の領主、グレモリーが手を組む可能性を危惧しているそうだ。

 

 それを聞かされ、静かに怒る部長。

 

 上の連中は悪魔と堕天使を信用していないらしい。神側から聖剣を取り払うことが出来れば、悪魔も堕天使同様に益がある。それ故に、手を組んでもおかしくはないとのこと。

 

 例え魔王の妹であろうと、堕天使コカビエルと手を組むなら完全に消滅させる。と、彼女らの上司は言っているそうだ。

 

 これに対し、部長は絶対に堕天使とは手を組まないと返した。グレモリーの名にかけて、魔王の顔に泥を塗るようなことはしないと。

 

 これでメッシュさんが納得したのはいいのだが、この後の、彼女らのトチ狂った言葉には心底驚いてしまった。まさに、目から牛蒡ってやつだ。

 

 カトリックからはメッシュさん。プロテスタントからは栗毛さん。

 

 しかし正教会からの派遣はなく、なんとたった二人だけでコカビエルからエクスカリバーを奪還するという。

 

 呆れたように死ぬつもりかと問う部長だが、まさか真剣な声音でそうだと返すとは。

 

 我々の信仰を馬鹿にするなと栗毛さんは言うが、いや、しかし馬鹿だろお前ら。

 

 エクスカリバーを堕天使の手から無くすことさえ出来れば、その為なら私達は死んでもいい? これ、べトネス教本渡した方がいいのかな……?

 

 こうして、話はさきほどの部長の訝しげな物言いに戻る。

 

「ああ、無論、ただで死ぬつもりはないよ」

 

 とは言うが……無理じゃね? 教会本部もこんな年若い娘さん二人しか送り出さないだなんて、奪還する気はあるのか? これじゃあカモにネギ背負わせて特攻させるようなもんじゃないか。

 

 軽くやり取りを交わし、以降、部長とメッシュさんは見詰め合ったまま口を開こうとしない。

 

 しかしどちらからともなく視線を外すと、メッシュさんと栗毛さんがアイコンタクトを交わして立ち上がる。

 

「それでは、そろそろお暇させてもらおうかな。イリナ、帰るぞ」

 

 どうやら帰るみたいだ。それにしても……エクスカリバーに、堕天使の幹部コカビエルねぇ。……何事も無ければいいけど。

 

 茶菓子ぐらいどうだという部長の厚意を受けず、帰ろうとする二人だったが――二人の視線が、アーシアちゃんの方に集中する。

 

「――兵藤一誠の家で出会ったとき、もしやとは思ったが、『魔女』アーシア・アルジェントか? まさかこの地で会おうとは」

 

 メッシュさんに『魔女』と呼ばれ、アーシアちゃんはびくりと体を震わせる。

 

 ――『魔女』だって? どういうことだ?

 

『魔女』という言葉に栗毛さんも反応を示し、アーシアちゃんをまじまじと見つめていた。

 

 ……内部で噂になっていた? 元『聖女』? 追放され、どこかに流れたと聞いていた?

 

 栗毛さんの口から紡がれる内容は不穏当だ。先のメッシュさんの冷たい口調といい、アーシアちゃんは過去に何をやらかしたのだろう。

 

 堕ちるとこまで堕ちるものだなと吐き捨て、まだ神を信じているのかと問うメッシュさんに、そんな筈はないでしょうと呆れながら言う栗毛さん。

 

 そんな彼女らのやり取りを見て、隣の方から沸々と湧き上がる怒りを感じた。

 

 イッセーだ。二人に好き勝手言われ、悲しげな表情を浮かべているアーシアちゃんを見て(はらわた)が煮えくり返っているようだ。

 

 これは恐らく、時機に爆発するだろう。

 

「――アーシアさんは悪魔になったその身でも、主を信じているのかしら?」

 

「……捨てきれないだけです。ずっと、信じてきたのですから……」

 

 アーシアちゃんの答えを聞いて、メッシュさんは布に包まれた――エクスカリバーを向ける。

 

 それならば今すぐに私達に斬られるといい、神の名の下に断罪しよう、と。そんなことを言いながら。

 

 ――罪深くとも、我らの神なら救いの手を差し伸べてくださる筈だと……?

 

 ……筈ってなんだよ。絶対に救ってくれる訳じゃないのかよ。いや――そもそも黙ってアーシアちゃんを斬らせる訳にはいかない。

 

「なんの真似だ?」

 

 敵意に満ちたメッシュさんの声。

 

「なんの真似だって? あんたと同じことをしているだけだよ」

 

 再度生成したアントラー・ソードを突きつけ、言い放つ。

 

 俺の行動に、静観していた栗毛さんも構え、いつでも動けるよう体勢をとっていた。

 

「……さきほどグレモリーがキミに聞きたいことができたと言っていたが、私もキミには聞きたいことがあったんだ」

 

「あん?」

 

「キミが今手にしている剣――アントラー・ソードと言ったか。聖剣でないにもかかわらず、聖剣に匹敵するほどの光力と能力を秘めているみたいだが、どうやって手に入れた? そして、何故それほどの剣を持ちながら悪魔と共に居る?」

 

「ああ、これか? 綺麗な銀髪の女性からもらったんだよ。悪魔と一緒に居る云々も同じ学校に通う、同じ部活に所属する仲間だからってだけだしな」

 

 本当のことを言ってやるつもりなど更々無い。

 

 目の前の彼女もこれが俺の軽口だと理解したのか、小さく舌を打つ。

 

 しかし……虚仮威しの光のオーラが、まさか本職の人間をも騙し通すとは。

 

「本当のことを言うつもりは無い、ということか」

 

「おいおい、何をもって今の話を嘘だと判断したんだ? 神の代理人っていうのは、善良なる一般市民の言葉は信じようとしない奴ばかりなのか?」

 

「悪魔と行動を共にしている時点で、善良かどうか怪しいものだがな」

 

 鼻で笑われる。

 

 ――これはある種の差別的な発言ではないのだろうか。

 

 それにしても、煽って怒らせてあっちから手を出させるっていうのは無理そうだな。

 

 彼女らから手を出してくれれば、正当防衛を言い訳にやりたい放題できたのだが。

 

 先の発言が皮切りになったのか、重苦しい空気の中膠着状態が続く。

 

「……あんた達はアーシアちゃんに対して好き勝手言っているが、アーシアちゃんが何をしたっていうんだよ? こんなにも優しくて良い子なのに」

 

 この重苦しい空気を少しでも霧散させる為に質問を投げかける。

 

 答えてくれるとは思っていなかったのだが、メッシュさんは「知らなかったのか」と小さく呟き、顛末を語ってくれる。

 

「彼女は教会で『聖女』として崇められていながら、あろうことか負傷していた悪魔を治療してしまったんだよ。まさか悪魔や堕天使すらも癒せる能力を持っていたとはと、教会は大騒ぎだ」

 

「え?」

 

「うん?」

 

 悪魔と堕天使も治療――回復できるって普通じゃないの? アズタロサとかJ・D・ウォルスとか、あいつら不死者のくせにめちゃめちゃ回復してたけど。

 

「いや、なんでもない」

 

「……本来なら、治療の力は神の加護を受けた者にしか効果を及ぼせない。つまり、悪魔や堕天使には効果が無いのさ。それらを治療できる力は、『魔女』の力として恐れられているからね。今では堕ちて悪魔になっているみたいだし、尚のこと彼女が『魔女』と呼ばれるのも、断罪されるのも当然だと言えるだろう?」

 

「――っ! ふざけたことを言うな! 救いを求めた彼女を誰一人助けなかったんだろう!? アーシアの優しさを理解できない連中なんか皆馬鹿野郎だ! 友達になってくれる奴もいないなんてそんなの間違ってる!」

 

 アーシアちゃんを庇うようにして立っていたイッセーが、この話に怒りを爆発させた。

 

 怒りを向けられたメッシュさんだったが、しかしそれに臆すことなく『聖女』に友人が必要か? と一蹴する。

 

『聖女』に必要なのは分け隔てのない慈悲と慈愛であって、他者に友情と愛情を求めたら『聖女』は終わってしまうのだそうだ。

 

 神からの愛さえあれば生きていけるのだから、最初からアーシア・アルジェントには『聖女』の資格など無かったのだ、と。

 

 口にした当人はもちろん、栗毛さんも当然だと言わんばかりの表情だ。

 

「自分達で勝手に『聖女』にして――」

 

「――わかったさ、この話はやめるさ。ハイサイ! やめやめ」

 

 イッセーの言葉を遮り、大声で言う。……もうこれ以上、メッシュさんの言葉は聞いていたくない。めんどくさいし不愉快だ。

 

「九々崎! お前……っ!」

 

「無駄だって、イッセー。こいつらには何言っても話なんざ通じないよ。口を開けば馬鹿みてえに神様神様って、めんどくさくてしょうがねえ。神の代理人殿にはさ、さっさとパクられたエクスカリバー(笑)でも奪還してもらってヴァチカンの、ええと……アンデルセン神父の下にお帰り願おうぜ」

 

 この場にいる一同の視線が、一気に俺に集まる。

 

 俺の言葉にイッセーと祐斗を除く部員のみんなはどこか驚いた様子で、対して教会の二人は眼つきが鋭くなっている。

 

 ――栗毛さんはともかく、メッシュさんも結構キてるみたいだな。こいつのキレどころが判らん。

 

「ほら、アーシアちゃんを見ろよ。こいつらが喋るたんびに悲しそうにしてんだぜ? 可哀想に。それに、俺自身もこれ以上はこいつらの話なんざ聞いていたくねえんだ。不愉快で仕方ねえよ」

 

 そのアーシアちゃんも、今はさきほどまでの悲しげな表情は浮かべていない。

 

 ……代わりに不安げな表情で俺を見ているが。

 

 俺もみんなの方――アーシアちゃんの方に顔を向け、教会の二人には見えないように笑いかける。

 

 ――安心しろ、二人のヘイトは今は俺に向けられている!

 

 そういう意味合いで笑いかけたのだが、俺の意図はアーシアちゃんに伝わっているだろうか。あっ、でもなんかイッセーには伝わってるっぽい? 何故だ。

 

「あれだよあれ。どうせこういう連中が怪しい奴にホイホイ騙されては、人間を殺し回って壁に塗り込んだりするんだよ。だからこれ以上はこいつらに深入りしない方がいいよ絶対。ここまで神様を盲信してる奴ってのは、本当に騙されやすい奴ばっかだからな」

 

 黒夢塔の狂信者然りなっ!

 

「ふざけるなっ! 私達がそのようなことをする筈ないだろう!」

 

「そうよ! 大体、私達がそう易々と騙されるとでも!?」

 

「はっ」

 

 さっきの意趣返しという訳ではないが、馬鹿にするように彼女らの言葉を鼻で笑ってやる。

 

 意外にもこれは効果が大きかったらしい。二人は一度火が点くと一気に燃え上がる性質(たち)のようで、今までの冷静な姿は見る影もなく、今にも剣を抜きそうなほどに怒り心頭の様子。

 

「もう我慢できないわ! ゼノヴィア! 神の名の下に、この異教徒に正義の鉄槌を下しましょう!」

 

「ああ。こうも舐められては教会の――延いては主の威信に関わるからな。主を冒涜するかのような無礼な物言いのこの男は、断罪する他あるまい」

 

「はんっ、上等だよ! かかってこい! 神を信仰しているような儚い人間相手に、引く道理なんざ無いからな!」

 

 ――まあ、とか言いつつ俺自身もかの大いなる創造神を信仰してやまないのですけども。

 

「九々! あなたいい加減に――」

 

 今まで沈黙を保ち続けていた部長が、これ以上は見過ごせないと俺を止めようとする。

 

 だが、さっきのイッセーの言葉を遮った俺のように、今度は祐斗が部長の言葉を遮りながら前に出る。

 

「丁度いい。僕も混ぜてもらおうかな」

 

 剣を片手に、殺意の波動に目覚めそうな祐斗が言う。

 

「……誰だ、キミは?」

 

 至極どうでもよさそうなメッシュさんの問い。

 

「キミ達の先輩だよ――失敗だったそうだけどね」

 

 瞬間、部室の至る所に無数の剣が現れ――――無限の剣製!?




栗毛って文字、遠めに見ると鼻毛に見えますよね。


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十五話

 先の部室で出現した、無数の剣。

 

 あれは祐斗の所有する神器(セイクリッド・ギア)によるものだったらしい。

 

 神器(セイクリッド・ギア)の名は『魔剣創造(ソード・バース)

 

 その能力は所有者の任意に魔剣を創り出せるのだという、なんとも貧乏人に優しい神器(セイクリッド・ギア)だ。

 

 今まで帯刀していないにも関わらず、いつの間にか剣を携えていた祐斗だったが、そのカラクリはこれだったようだ。

 

 ――……自分の好きな魔剣を生み出せるなんてずるい。

 

 此処に来る途中で、部室での剣出現の内実をイッセーに教えてもらい俺はそう思った。

 

 しかし剣を生み出せるということはだ。それはつまり、生み出した剣をへし折ってもらって『折れた剣』を生産できるということではなかろうか。

 

 ――一本だけでいいから譲ってくんねえかな……。

 

 変換すればグレアー・ガードに――って、配列変換の宝珠が無いからもらったって無駄か。

 

 それに、はぐれ神族(純情派)から大量に稼いだ『壊れた剣』を代用出来るかも知れないしなぁ。

 

 閑話休題。

 

 現在俺達研究部員と教会の二人組は、球技大会の練習に使っていた練習場に来ていた。

 

 俺から離れた場所に立つ祐斗と、そんな俺達と対峙する教会組。

 

 一帯には紅い魔力で構成された結界が張られており、その内外に俺達四人と部員のみんなで別れていた。因みにこの結界は、戦闘の余波が周囲に影響を及ぼさないよう、朱乃さんが張ったものだ。

 

「九々崎九々くん、だったかしら?」

 

 俺と相対する栗毛さん――紫藤イリナが確認する。彼女の名前も、さきほどイッセーに教えてもらったのだ。

 

 俺はそれに頷いて返すと、紫藤は続きを口にする。

 

「覚悟は出来ているか――なんて、今更聞くまでもないわよね。あれだけの大口を叩いたんだもの」

 

 そう言って、日本刀の形状のエクスカリバーを構える紫藤。やはりというべきか、今も彼女は怒り心頭の様子。

 

 さて、こうして煽って相手の冷静さを欠く作戦は成功したものの、俺はどう戦おうか迷っていた。

 

 向こうから売ってきた喧嘩だが、部長の言いつけで殺し合いに発展させるなという条件に加え、くれぐれも――くれぐれも! やり過ぎないようにと力強く釘を刺されていた。

 

 まあ……確かに殺し合いまでいかずとも、あんまりにもやり過ぎた場合、きっと彼女らのエクスカリバー奪還の戦いに支障が出るだろう。

 

 その際にお前のせいで満足に戦えなかったと、いちゃもんをつけられる可能性も無きにしも非ずなのだ。

 

 ……生きて戻って来られたらの話になるが。

 

 よしんば彼女らが戦死したとしても、教会側からこの私闘のせいで失敗したと突っ込まれるかも知れないと考えると、あんまりやり過ぎるべきではないだろう。

 

「あら。さっきから静かだけど、今になって後悔しはじめたのかしら? でも今更悔いたってもう遅いんだから! このエクスカリバーの力、その身に刻みなさい!」

 

 ――ん? 今その身に刻みなさいって言ったよね?

 

 ……よし、戦い方は大体決まった。これならあまり大怪我をさせてしまうような心配も無いだろう。

 

「その身に刻みなさい、ねえ。あんたの方こそ、そんな大口を叩いてもいいのか? 言っておくが、俺の剣はあんたなんかに遅れを取ることなんてないんだぜ?」

 

「……っ! そ、そう! 少しは手加減してあげようと思ったけど――」

 

 彼女の言葉を遮るように、瞬時に生成したクロス・ボウ――見た目というか、形状はクロス・ボウじゃないけど――を向けて矢を放つ。

 

「――――へ?」

 

 はらはらと、紫藤の髪が二、三舞い落ちる。理解が追いついていないのか、彼女は錆び付いたブリキの人形のような硬い動きでゆっくりと後ろを振り返り――紅い結界に突き刺さった矢を見やる。

 

「んなっ……な、ななな……っ!?」

 

 弓矢が自身を掠めたことを理解した紫藤。彼女はその顔を盛大に引き攣らせながら此方に向き直り、口を開く。

 

「えーっと…………剣は?」

 

「あん? 俺がいつ剣を使うっつったよ?」

 

 ――俺の剣は、あんたに遅れを取ることなんてない(剣を使うとは言っていない)

 

 再度、矢を放つ。

 

 矢はさきほどと同じように紫藤を掠め、数本の髪を落として再び紅い結界に突き刺さる。

 

 呆然とする紫藤と、矢を番え、弦を引いて弓を向ける俺。

 

 弓を向けられ、漸く我に返った紫藤は――

 

「いやいやいやいやっ! 剣使いなさいよぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 全力で俺から間合いを取り始める。が、それは悪手だ。弓闘士相手に距離を取るべきではない。この程度の距離間であれば一気に詰めれそうなものだが……。

 

 それにしてもこの体たらく。教会本部はこんな人材をエクスカリバー奪還に充てるだなんて。それだけ人材不足なのかはたまた取り戻す気が無いのか、本当に判断に悩んでしまう。

 

「ほれほれ、逃げろ逃げろー。刺さると痛いぞー」

 

「いやあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 情けない悲鳴を上げながら、紫藤はこの狭い結界内を逃げ回る。

 

 それにしても我ながら名案だったと思う、この戦い方は。これなら無闇に怪我を負わすようなことはないし、相手の戦意だけを削れるのだから。

 

 こうして当たらない程度に矢を放っていれば、その内に彼女もバテるだろう。

 

「弓使い相手に距離を取るとは……まったく」

 

 呆れたようなメッシュさん――ゼノヴィアの声が耳に届く。

 

 俺のこの戦い方を批難しないあたり、彼女の方が紫藤よりも余程戦士然としていると見た。

 

 戦い方を批難されないというのは嬉しいことだが、しかしそうなると用意していたセリフが無駄になってしまう。……まあいいか。

 

「……笑っているのか?」

 

 ゼノヴィアの言葉が気になり、矢を放ちつつも横目で祐斗を見やる。

 

 彼女の言葉通り祐斗は普段の爽やかスマイルとはかけ離れた、不気味なほどの笑みを浮かべている。まさにデビルスマイルってやつだ。

 

「うん。壊したくて仕方なかったものが目の前に現れたんだ、嬉しくてさ。悪魔やドラゴンの傍に居れば力が集まるとは聞いていたけど、まさかこんなにも早く巡り合えるだなんてね」

 

「壊したくて仕方ない……か。『聖剣計画』の被験者で処分を免れた者がいるかもしれないと聞いていたが、それはキミのことか?」

 

 問うゼノヴィアだが、しかし祐斗は答えない。ガン無視である。

 

 ――馬鹿みたいに頭をヒットさせているみたいだが、あんな状態でまともに戦えるのだろうか。

 

 そうして程なくして、二人も戦闘に突入する。

 

 殺意を滾らせ、魔剣を携え迫る祐斗と、それを迎え撃たんと聖剣を構えるゼノヴィア。

 

 ――……向こうは向こうで何やらシリアスな空気に包まれているというのに、何故こちらはこうもコミカルな空気になっているのだろう?

 

 斬り結び始めた向こうの二人とは対照的に、此方は既に勝敗が決しかけていた。

 

 既に体力が限界に近いのか、紫藤はぜえぜえと息を切らしている。

 

 確かに至近距離で弓矢で狙われるのって、精神的に滅茶苦茶きついからすぐに疲れがくるのは判るんだけど……それにしたって、バテるのが些か早過ぎやしないか?

 

「もうバテたのか? そんな体たらくじゃ、エクスカリバー奪還なんて夢のまた夢だぞー」

 

 本当に当てないように、されどそれを悟られないように矢を放つ。

 

「ぜえっ……っ! ぜえっ……っ!! あ、あなたねぇ! 普通は、あの流れなら! 剣を使う流れでしょうっ!? それなのに、弓だなんて……卑怯だと思わないのっ!?」

 

「いや別に?」

 

「すこっ、少しは思いなさいよぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 息も絶え絶えな紫藤に間髪入れずに返答する。俺の返答を聞いた際の反応と、尚も必死に逃げ回る彼女を見ていると、なんだかこう……。

 

「…………っ!」

 

 なんだろう。背筋がぞくぞくして、我慢しようとしても耐え切れず笑顔を浮かべてしまう。この気持ちは、一体……?

 

「――っ! 九々くんのあの表情……そうですか。九々くんも……」

 

「あ、朱乃……? どうしたの……?」

 

「部長。九々くんが私と同じ領域に足を踏み入れたみたいですわ」

 

 聞こえてくる部長と朱乃さんのやりとり。

 

 彼女らの方をちらりと見ると、部長からは何とも言えない眼差しを、そして朱乃さんからは真剣な眼差しを向けられていることに気付いてしまう。

 

 ――部長はともかく……朱乃さん、一体どうしたんだ? 私と同じ領域が云々って言ってたけど……。

 

 まあ、あまり気にしないでおこう。勝敗は決しかけているとは言え、それでもまだ終わった訳ではない。彼女が降参するまで、俺は矢を放ち続けるつもりだ。

 

「か、かおっ! 顔をっ、狙うのは……っ! やめ……」

 

「あー? 何言ってんだ。あんた知らないのか? ほら、あれ、顔面セーフって言葉を――」

 

「アウトだからぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 ――なんだ、まだまだ元気じゃないか。さっきの体力の限界云々も、見誤っていたかもしれないな。この分だともう少し続きそうだ。

 

 というか、顔面に迫る矢がなんだというのだ。それぐらい掴んで見せろと言ってやりたい。

 

 内心で嘆息しながらも次の矢を番え、放とうとした瞬間――祐斗とゼノヴィアの方から甲高い破砕音が響いてくる。

 

 横目でそちらを見やれば、刀身の無い剣を両手に持った祐斗が忌々しげな表情を浮かべていた。どうやら、ゼノヴィアの一刀で砕かれたらしい。

 

「我が剣は破壊の権化。砕けぬものはない」

 

 そう言って、エクスカリバーを思い切り地面へと叩きつけるように振り下ろすゼノヴィア。

 

 振り下ろされたその瞬間、地面が揺れ、地響きが生じる。周囲にも土煙を巻き起こし、土を飛ばしてくるあたりどうにも傍迷惑な技としか思えない。

 

 ――だがしかし! これはチャンスだ! 狙い撃つぜ!

 

 紫藤の持つエクスカリバーに狙いを定め、矢を放つ。

 

「っつう!?」

 

 金属と金属とがぶつかり合うような甲高い音と共に、紫藤の苦悶の声が聞こえてくる。

 

 彼女の手にしていたエクスカリバーに狙い通り放った矢は当たり、弾かれたエクスカリバーは宙に弧を描いていた。

 

「これで終わりだな」

 

 文句なしの勝利と言えるだろう。

 

 今の一撃で得物を手放した紫藤に勝ち目は無い、筈だ。どこぞの不死者王のように、無手で向かってくるのであればともかく。

 

 土煙が晴れると同時に、弧を描いていたエクスカリバーは地に突き立つ。

 

 疲れきっていた紫藤は剣を弾かれた際の衝撃に耐え切れなかったようで、地に膝をつきながらこちらを睨んでいる。

 

 疲れのあまり何も話せないのか、それとも自身の情けなさ故に口を開くことが出来ないのか、何も言ってこない。

 

 俺と紫藤の戦闘は、これで終わったと見て問題はないだろう。

 

 ――強敵って書いて友……。冗っっ談じゃないわー。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 紫藤との戦闘に勝利した俺とは対照的に、祐斗はというと……。

 

「がはっ……」

 

 敗北を喫していた。やはり頭に血が昇り過ぎていたのが敗因のようで、終始祐斗は冷静に立ち回れなかったようだ。

 

 自分の機動力を削ぐような大剣を生み出した時点で、勝負は決していたのだろう。

 

 最後はエクスカリバーの柄頭を腹部に叩き込まれ終了。なんとも呆気ない終わり方だった。

 

 俺対紫藤は俺の勝利で。祐斗対ゼノヴィアはゼノヴィアの勝利で。

 

 一勝一敗となんともどっちつかずな結果になってしまったが、これもいたし方なしというべきか。

 

 ――これが実戦でなくて良かったな、実戦だったらお前はもう死んでるぞ。

 

 そう内心で呟きながら嘆息する。んじゃあ、祐斗を回復して――

 

「さて、次はキミだな」

 

 ……え? まだやんの?

 

「……え? まだやんの?」

 

「当然だろう? 元々はキミを断罪する為に始めたことなんだ、肝心のキミを放っておく筈がないじゃないか。それに、イリナの仇も取りたいところだしな」

 

 そうだった。確か祐斗が混ぜて混ぜてとプッシュしてきたから、二対二の形になったんだっけ。

 

 よくよく考えてみれば、アーシアちゃんに剣を向けてぼろっかすに言ってくれたのもこいつなんだよな。ということは、こいつは不倶戴天の敵ということになる。

 

 元々はこいつに喧嘩を売らせる為に部室で煽ったのだ。ならば、喧嘩を断る理由などありはしない。

 

「そうだったな。あんたが俺に喧嘩を売り、俺もそれに応じた」

 

 向こうが! 喧嘩を! 売ってきたのだ。ここはもしもの時の為に譲れない。

 

 しかし、流石に二度続けて弓というのもな……。……紫藤が中身はともかく、見た目は日本刀の得物でかかってきた訳だし、俺もそれに倣うとしよう。

 

 クロス・ボウを消し、次は倭刀を生成する。

 

「――来いよ、一刀の下に斬り捨ててやる!」

 

「九々、もう一度言うわよ! くれぐれも! やり過ぎないでね!」

 

 倭刀を携える俺に、さきほどと同じ言葉を部長は投げかける。

 

 ――失礼な。さっきの俺の華麗なる弓さばきを、部長は見ていなかったのだろうか。

 

「……一体どういうことだ? さきほどの弓もそうだし、今キミが手にしているその刀もそうだが――何故刀も弓も、アントラー・ソードに匹敵する光力を秘めているんだ?」

 

 俺の手にある倭刀を見て、心底疑問だといった風にしながらゼノヴィアは問う。

 

「まさかとは思うが、キミも神器(セイクリッド・ギア)所有者なのか?」

 

「……さあ? どうだろう」

 

 本当にどうなんだろう? 思わせぶりな返答をしているが『道具生成』って神器(セイクリッド・ギア)としてもいいのだろうか? よく判らん。

 

「やはり答える気はないか。まあいい」

 

 そう言って、ゼノヴィアもエクスカリバーを再度構え直す。彼女が構えるのを見て、俺は倭刀の切っ先を水平より若干下に下げながら構え――

 

「…………何をやっているんだ?」

 

「やいばのぼうぎょ」

 

 ゼノヴィアがアホを見るような目を俺に向けるのも仕方ない。オカ研のみんなもこいつなにやってんの? って目で俺を見ているのだから。

 

 ――確かこれ、下段の構えっていうんだったか? しらんけど。

 

 切っ先を水平より若干下に下げる――下段の構え。俺はこれを構えては解いて、構えては解いてをただひたすらに、連続でかつ高速で繰り返していた。

 

 俺のこの行動の意味を、周りは何一つ判っていないだろう。

 

「ほれ、さっさとかかって来い。これ結構疲れるんだから」

 

 顔に出さないようにはしているが、これマジで疲れるな。やっぱりL1ボタンを連打するのとは訳が違うぞこれ……。

 

「……何がしたいのかは知らないが、そんな防御で我が剣を防げるとでも――――っ!?」

 

 ――かかった。

 

 さきほどのように、ゼノヴィアはエクスカリバーを俺に振り下ろすが、俺はそれを待っていたんだ。

 

 倭刀はエクスカリバーを弾き、その瞬間辺りに閃光が迸る。当のゼノヴィアは、その表情を驚愕で塗り潰していた。恐らくは何故――いつ弾かれたのか判っていないのだろう。

 

 エクスカリバーが弾かれたことで彼女は上体を仰け反らせる。この隙にがら空きになった胴を、すかさず倭刀の峰を向け横に斬り払う!

 

「そいっ!」

 

 崩れ落ちるゼノヴィアと、何が起きたのか理解出来ていないオカ研のみんな。端から見たら攻撃したゼノヴィアが何故か一瞬で崩れ落ちているのだから、オカ研のみんなからしたらまるで意味が判らんぞ! って感じなんじゃないか?

 

「なにを――何を、した……?」

 

 這う這うの体のゼノヴィアが、痛みに顔を歪めながら俺の方を見上げ、かすれた声で聞いてくる。

 

 さっきやいばのぼうぎょって言った筈だが……まあ、これぐらいなら別に言ってもいいか。

 

 知る人ぞ知る、左人差し指を犠牲にすることで発動できる禁断の剣技。一度(ひとたび)繰り出せば無理やりに一閃を敵に叩き込める恐るべき技。その名も――

 

「――弾き一閃」



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