とある雷神の聖杯戦争 (弥宵)
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episode.0 雷神と雪の少女

いつも通りノリと勢いの産物。なお文字数は過去最多の模様。


『お前に見せてやるよ…全能神トールってヤツを』

 

 

 拳を振るう。

 

 

『『『敵を殺すのに、俺から出向いてやる必要なんてどこにもない』』』

 

 

 拳を振るう。

 

 

『…そこまでの力があって、今さらお前はオティヌスに何を期待してたんだ?』

 

 

『俺だって他の「グレムリン」の連中とさして違いがある訳じゃねえさ。自分の望みを叶えるために合流した。それだけでしかない』

 

 

『魔神オティヌスは、どうしようもない悪党だった』

 

 

『だけど、それを止められなかったのはお前たちの責任だ!自分の罪から逃げるなよ、全能神トール』

 

 

『「それ」と「これ」とは話が別だぜ、上条ちゃんよ』

 

 

 拳を振るう。

 

 

(完全なオティヌスじゃ全く歯が立たねえし、他の正規メンバーじゃ弱すぎて何にも積み上がらねえ)

 

 

 この身は全能の神。その力はどうしようもなく無敵で、同時にこの上なく虚しい。

 

 

 だからこそ期待した。

 

 

(アンタならいいライン(・・・・・)だと思っていたんだがなあ、くそが‼︎)

 

 

 とある右手を持つ少年。彼ならばこの身に相応しい踏み台になってくれるのではないかと。

 だがそれも期待外れに終わった。既に自分は勝ちのペースに乗っている。心が冷める。瞳の色が死んでいく。

 

 

 だが。

 

 

『……なら、俺との戦いに関係ないものには対処できないんじゃねえのか?』

 

 

 ―――届いた。

 

 致命傷には至らない。立ち上がることも十分に可能だ。相手も極限まで消耗しているし、同じ手は二度は通じない。そういう意味ではまだ足りない。自分を倒すにはまだ及ばない。

 

 それでも、確かに届いた。全能の神の名を冠するこの身に、確かに傷をつけたのだ。

 

 

 そして。

 

 

『私には私を救う事なんてできないよ』

 

 

『……、るな』

 

 

 その少年は。

 

 

『逃げるなあ‼︎オティヌス!!!!!!』

 

 

 救いを拒む、孤高の魔神(孤独な少女)さえ。

 

 

『どうする気だよ?』

 

 

『決まってんだろ』

 

 

『まずは、その幻想をぶち殺す!!!!!!』

 

 

 その手で、確かに救ってみせた。

 

 

 

 

 

 

「しっかし、マジで救っちまうとはなあ。流石は上条ちゃん、ってところかねぇ」

 

 イーエスコウ城。一つの物語が終息したその地で、雷神改め全能神トールは一人呟いていた。

 

 魔神オティヌス率いる『グレムリン』が引き起こした一連の騒動。『槍』の完成に伴ったオティヌスの覚醒と世界の滅亡。そして、『理解者』を得て力の放棄を決意したオティヌスと、彼女の『理解者』となった少年、上条当麻による逃避行。世界中を震撼させた『グレムリン』は空中分解し、主導者たるオティヌスは『魔神』の力を失った。……何故か身体が手のひらサイズに縮んでいたが些細な事だ。

 

 ともあれ、『グレムリン』はもう無い。その一員だった全能神トールも完全に手持ち無沙汰である。

 

「上条ちゃんともう一戦……は、流石に気が早いか。『グレムリン』の連中も粗方倒しちまったし……」

 

 全能神トールは生粋の戦闘狂である。より強い相手との戦闘を渇望し、より多くの『経験値』を追い求める。上条当麻との戦いを終え、手頃な相手が思い浮かばない全能神トールはポツリと呟いた。

 

 

「あー……どっかに良さげな敵はいないもんかね……」

 

 

 次の瞬間。

 

 

「…………………ッ⁉︎」

 

 全能神トールの身体を、謎の違和感が襲った。

 まるで、自分という存在そのものが(・・・・・・・・・・・・)削り取られた(・・・・・・)かのような。

 急いで身体や魔術の調子を確認するが、特に変わったことはない。

 

「オティヌスが世界を歪めた余波か……?それにしちゃタイミングが遅いような気もするが」

 

 考えを巡らすも、一向に結論は出ない。実際には、オティヌスの行動に加えて僧正と呼ばれる『魔神』が世界に介入したことが原因だったのだが、全能神トールは知る由もない。

 

「まあ、悪影響も無いみたいだし放っておいても問題なさそうだが……」

 

 

 ふと、その言葉が頭に浮かんだ。

 

 

戦争(・・)、か」

 

 

 

 

 

 

 

 アインツベルン。ドイツに居を構えるその一族には、千年もの間抱き続けている悲願がある。

 

 第三魔法。その効果は『魂の物質化』。失われたその秘術を再び手にすることこそが、錬金術の大家にしてとある戦争において『御三家』と称される名家の悲願である。

 

 そして、それを実現させるための手段。聖杯戦争と呼ばれる、七組の魔術師とサーヴァントの殺し合い。それはかつて四度行われ、当然アインツベルンはその全てに参加してきた。

 

 だが、アインツベルンは未だ聖杯をその手に収めてはいない。一度目は碌にルールも定まっておらず有耶無耶のうちに終了し、二度目は単純に敗北。三度目は魔王の召喚を試みるも失敗し、四度目は切り札として迎えた婿養子の裏切りに遭い聖杯は破壊された。

 

 そして、五度目となる今回。マスターもサーヴァントも、過去最高のスペックを誇る。

 

 マスターとなるのは、忌々しき裏切り者である衛宮切嗣と前回の聖杯であるアイリスフィールの娘、イリヤスフィール。生まれる前から次期の聖杯としての調整を施され、全身に魔術回路を宿した、生まれながらに魔術師として規格外な少女。

 

 サーヴァントとして召喚するのは、ギリシア最大の大英雄、ヘラクレス。たった一人で十二の偉業を成した、正真正銘最強を名乗るに相応しい大英雄。彼をバーサーカーとして召喚することで、強靭な肉体は更に強化され、裏切りの心配もない。

 

 準備は万全。布陣は最強。故に敗北などあり得ない。

 

 

 

 そう、なるはずだった。

 

 

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――――!」

 

 紡がれた詠唱に魔法陣が呼応し、凝縮された魔力がヒトを象る。その姿は、まさしく大英雄に相応しい屈強な―――――

 

 

「あん?何だこの辛気臭い場所。つか何だって俺はこんなとこにいるんだ⁇」

 

 

 ―――――それとは程遠い、細身な少年のものだった。

 

 

 

 

「……え………………?」

 

 召喚者であるイリヤスフィールは、思わずそう呟いた。目の前に現れた少年は、ともすれば少女に見紛うほどに華奢だ。とても世界を支えた豪傑とは思えない。ステータスを見ても、魔力こそ高いが他はそこそこ。しかも、バーサーカーを指定して召喚したはずなのに、理性はしっかりと残っているように見える。

 

(まさか……失敗?この、わたしが?)

 

 不安に駆られる。もし本当に失敗してしまったのならば、アインツベルンの悲願の達成は限りなく遠のいてしまうだろう。

 

 

「……一応、確認するけど。…あなたは、ヘラクレスなの?」

 

「いや、俺はトールだけど?」

 

 

 

(……ヘラクレスじゃない……!)

 

 失敗した。失敗してしまった。ヘラクレスを召喚することができなかった。悲願の達成が遠のく。代わりに現れたトールとかいう少年では、ヘラクレスの代わりなどとても務まりは―――――

 

 

 

 

 …………………………………………。

 

 

 

 トール。

 

 

 

 …トール。

 

 

 

 ……トール。

 

 

 

 ………トール?

 

 

 

 

 

 

「トール!!!???」

 

 トールといえば、北欧神話におけるアース神族第二位の神。戦争を司る雷神である。まさか、かの神霊が……⁉︎

 

 

 だが、とイリヤスフィールは気づく。トールという名は男性名に用いられることもある。それに第三次聖杯戦争においても、アインツベルンは神霊の召喚を試み失敗している。代わりに召喚されたのは、その名を押し付けられただけの虚弱な少年だったそうだ。

 

 

「トールって……本物なの?」

 

 イリヤスフィールは尋ねる。そこだけははっきりさせておかなければならない。

 

 トールと名乗った少年が答える。

 

「本物の神か、と聞かれれば違うと答えるしかねえが……まあ、その名を本来通りの(・・・・・・)意味で(・・・)冠する程度には一つの道を極めた魔術師、ってトコか」

 

 

 …………それは、結局どうなのだろう。本物の神霊でなかったことを嘆くべきなのか、全くのハズレでなかったことに安堵するべきなのか。

 イリヤスフィールがリアクションに困っていると、トールが口を開いた。

 

「なあ、いまいち状況が呑み込めないんだが。これってどういう状況なんだ?」

 

 

 

 

 サーヴァントのくせに聖杯戦争の知識を持たないことを訝しまれつつも、イリヤスフィールから聖杯戦争の説明を受けた雷神トールは、望外の幸運に歓喜していた。

 

「聖杯戦争。万能の願望機を巡る、七人の英雄たちによる殺し合い……いいねえ、そいつはいい!聖杯とやらはともかく、歴史や神話に名を刻んだ英雄と戦える機会なんてそうそう無え‼︎…いいぜ、乗ってやるよ。理由は知らんがアンタのサーヴァントとして召喚されたんだ、そいつらと戦えるってんなら聖杯はアンタにくれてやる」

 

 話の流れから、どうやらここは異世界らしいと見当はつけたが、正直それはどうでもよかった。そんなことよりも、自分が巻き込まれたらしい聖杯戦争なる儀式の方がよほど重要だった。

 歴史や神話で語られる英雄と、直接戦える。それはどれだけの経験値をもたらしてくれるのだろう。

 個人のケンカが戦争の域に達するとされ、『戦争代理人』と称された雷神トールにとっては、最早聖杯戦争は自分のためにあるもののようにすら思えた。

 

 がたごと。

 

「そう……よかった。じゃあ次はあなたの能力を確認しないとね。そんなに好戦的なんだし、腕には自信があるんでしょう?」

 

 がたんごとん。

 

「まあな。とりあえず宝具とやらだが、当てはまりそうなのはこの『帯』くらいか。これはこれで便利な代物だが……」

 

 がたがたごとごとっ‼︎

 

「もう、さっきから何の音よ………って、何あれ」

 

 イリヤスフィールの視線の先には、ドラム缶の形をした謎の物体があった。どうやら先程から聞こえていた物音はこれが立てていたようだ。

 

「……お前、『投擲の槌(ミョルニル)』?どうしてお前がここに?」

 

「えっ、ミョルニル⁉︎って事はこれがあなたの宝具なの⁉︎」

 

 ドラム缶改め『投擲の槌(ミョルニル)』は、ガタゴトと体を揺らしている。何となく挨拶をしているようにも見えるが、真相は本人のみぞ知ることだ。

 

「俺のもの、って訳でもないんだがな。どうやら俺が召喚さ(よば)れたときに、『ミョルニルはトールの持ち物』ってイメージが働いたのか、俺の世界の『投擲の槌(ミョルニル)』が一緒に召喚されたらしい」

 

「俺の世界?」

 

「ああ。どうやらここは、俺の知る世界とは違うらしい。『根源』なんてモンは俺たちの世界には無かったし、魔術師が研究者ってトコも違う。こっちじゃどいつも自分の目的のために魔術を使ってたからな」

 

 イリヤスフィールは聖杯戦争の本来の目的、魔術師の悲願は『根源』への到達だと言った。だが、雷神トールは『根源』どころか聖杯の存在すら知らない。そして、万能の願望機などという厄介極まりない代物を、あの『魔神』が放っておく筈がない。

 

「自分の目的のため………つまりは魔術使い、ってこと?」

 

「この世界ではそう言うのか?まあ、そんなトコだろうな」

 

 がたがた。

 

「ああ、そうだそうだ。紹介しておかないとな。こいつは『投擲の槌(ミョルニル)』。こんな姿だが一応魔術師、つまりは人間だ」

 

「人間…………これが?」

 

 ごとごと。

 

「まあ、今は俺の宝具って扱いになってるみたいだがな。対軍宝具?とかいうヤツらしい」

 

 がたごと。

 

「へえ、すごいじゃない。あなたの切り札って訳ね。よろしくね、『投擲の槌(ミョルニル)』」

 

『よろしく』

 

「喋れるの⁉︎」

 

「元は人間だしな。それから『投擲の槌(ミョルニル)』が俺の切り札ってのは若干語弊があるぜ。俺はあくまで魔術師だ。戦う時は魔術で戦うさ」

 

 というかそもそも、宝具として扱われているものの『投擲の槌(ミョルニル)』も魔術なのだが。

 

「そういや敵さんには対魔力とかいうスキル持ちがいるんだったか。まあ、俺の魔術はそういうの(・・・・・)とは相性いいから問題ないとは思うけどな」

 

 イリヤスフィールは首を傾げる。対魔力と相性がいい魔術とはどういうものなのだろうか?

 

 わからないので聞いてみることにした。

 

「あなたの魔術ってどんなものなの?」

 

「ああ、それはだな―――――」

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁあああーーーー!!!⁇?」

 

 雷神トールが自身の魔術について説明した後の、イリヤスフィールの最初の反応は絶叫だった。

 

「何それ、ほとんど魔法の領域じゃない‼︎」

 

 どうやらこの世界の魔術師としては思うところがあるようだ。プライドか何かが刺激されたのだろう。

 

「まあまあ、敵ならともかく味方なんだからいいだろ別に。力は無いよりあった方がいい。つーかこれくらいでなきゃ神なんて名乗れねえよ」

 

「……まあ、そうだけど」

 

 渋々ながらも、イリヤスフィールは一応は納得してくれたようだ。

 

「むーーー……」

 

 訂正。あまり納得していないようだ。

 

「むーーーーーーーー……」

 

 さらに訂正。全く納得していないようだ。

 

「唸られてもな。俺の魔術はこういうモンだ、って納得してもらうしかねえんだが」

 

「………わかったわ。確かに、あなたが強くて困る事は無いんだし」

 

 ようやくプライドに折り合いをつけたらしいイリヤスフィールは、雷神トールに向き直って口を開いた。

 

「じゃあ、改めて名乗っておくわ。わたしはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

 

 

「サーヴァント・バーサーカー。雷神トールだ。よろしくな、イリヤ」

 

 

 此処に契約は成った。第五次聖杯戦争におけるバーサーカー陣営。正史において最強と称されたその陣営は、異端(イレギュラー)たる存在(トール)を抱えてなお、紛う事なき最強として君臨するだろう。




【クラス】バーサーカー
【マスター】イリヤスフィール・フォン・アインツベルン
【真名】トール
【身長】160cm(推定)
【体重】55kg(推定)
【属性】混沌・中庸
【ステータス】筋力:C 耐久:C 敏捷:C+ 魔力:A+ 幸運:B 宝具:A+


【クラス別スキル】
狂化:E--
戦闘及び経験値の入手に対する執着。実質的に平常時と何ら変化はない。


【固有スキル】
神性:E
神霊適性を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。
トール自身は本来神性を持たないが、雷神の名を冠することで若干の神性を獲得している。


戦闘続行:A
往生際が悪い。
瀕死の傷でも戦闘を可能とする。


魔術:A
基礎的な魔術を一通り使える。
そもそもトールは魔術師であるため当然である。


変身:C
女性に変身可能。雷神トールが女神フレイヤに変装して巨人スリュムの元を訪れた逸話による。
本来は霊装を用いた魔術だが、サーヴァントとしての現界にあたってスキル扱いとなっている。



【宝具】
投擲の槌(ミョルニル)
ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:1〜50 最大補捉:100人
雷神トールが有する槌、その名を冠する魔術師。トールの現界にあたって、その存在が概念として召喚され宝具化した。雷神としてのトールは、ミョルニルに接続し力の供給を受けることで魔術を行使する。
普段はドラム缶のような形状をしており、戦闘時には肉体そのものを変形させる。『飛び道具』の概念を持つものであれば、どのような形にでも変形可能。宝具として扱われているが、もともと彼女自身が一人の魔術師であるため独立した意思を持ち、会話も可能。
真名解放の際には、莫大な高圧電流を纏い巨大な円を描くように高速移動することにより、円内部の帯電した空気を高速で発射する。
また、本来ミョルニルとは様々な用途に応用できる『魔術の杖』であるため、あらゆる魔術的記号に対応することが可能である。これにより、あらゆる触媒や礼装の代替として機能する。


軍神の帯(メギンギョルズ)
ランク:B+ 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1人
トールが腰に巻いている帯。装着すると神力が上昇するとされる。
装着中は常時発動する。元の値に関わらず、装着者の筋力をEXランクに上昇させる。また、神性スキルを所持している場合はワンランク上昇させる。


【プロフィール】
北欧神話の雷神トール、その名を冠する魔術師。『魔神』オティヌスによって世界が幾度となく歪められ不安定であった世界に、『魔神』僧正がオティヌスに対して介入したことにより綻びが生じる。闘争を望んだトールの意志に呼応し、歪みを通して聖杯及び英霊の座に接続しサーヴァントとして現界した。
生粋の戦闘狂であり、戦闘における『経験値』を渇望している。聖杯への望みは無い、というか召喚された時点では聖杯の存在すら認識していなかった。だが、英霊との戦闘そのものに非常に興味があるため参戦を決意した。
トール自身はただの魔術師であり、その肉体はあくまで常人のそれであるが、本家の雷神の知名度によりステータスに補正を受けている。


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episode.1 迫り来る運命の夜

今回も文字数の最高記録を更新した模様。


 主従の契約を済ませた雷神トールは、改めてイリヤからサーヴァントについて説明を受けていた。

 

「セイバー、アーチャー、ランサーの三騎士クラスは、どれも高いステータスと対魔力スキルを持ってるの。あなたの魔術は対魔力の影響を受けにくいけど、それでも相性がいいとは言えないわ」

 

「確かに、アーチャーはともかくセイバーとランサーは厄介かもな。接近戦に持ち込まれると少しばかり厳しいか」

 

 雷神トールは魔術師である。逆に言えば魔術師でしかない。その肉体はあくまで常人のそれだ。サーヴァントとして現界し、本家の雷神の知名度によりステータスは向上しているものの、歴史や神話に名を残す英雄には及ぶべくもない。

 

「まあ『帯』がある以上力比べなら負けねえし、リーチじゃこっちが上だ。勝算は十分あるさ」

 

「当然よ。わたしのサーヴァントなんだもの、最強でなくちゃ困るわ」

 

「少しくらい格上がいた方が、俺としては嬉しいんだがなあ」

 

 軽口を叩きながらも、イリヤは説明を続ける。

 

「次はライダーね。このクラスは宝具の数が多いことが取り柄ね。その代わり、本人の能力値はあまり高くないことが多いわ」

 

騎乗兵(ライダー)ってくらいだから、機動力はありそうだな。動物にしろ戦車にしろ」

 

「これについては単純ね。宝具を使われる前に速攻で倒すか、」

 

乗り物(アシ)を潰すか、だな」

 

 イリヤの説明を受けて、雷神トールは戦術を組み立てていく。

 

「次はアサシンだけど、これは問題無いわね。アサシンのクラスで召喚される英霊は山の翁、ハサン・サッバーハだけだもの」

 

「イスラム教の暗殺教団か。まあ、直接やり合って負ける気はしないわな。マスターの暗殺には警戒が必要だが……」

 

 がたごと。

 

「ん?…ああ、『投擲の槌(ミョルニル)』に頼むか。俺が側を離れてる間はこいつに守ってもらえばいい」

 

「それがいいわね。『投擲の槌(ミョルニル)』、お願いね」

 

『わかったわ』

 

 対軍宝具であり、臨機応変に攻撃手段を切り替えられる『投擲の槌(ミョルニル)』がついていれば、暗殺者に寝首をかかれることはないだろう。イリヤは納得し、説明を再開する。

 

「最後のキャスターについては言うまでもないわね。魔術師のサーヴァント、あなたには取るに足らない相手かしら?」

 

「そうとも限らないぜ?俺よりも強い魔術師だって少しはいるしな。神霊が召喚できないってんなら『魔神』が出てくることは無いだろうが、『聖人』だの『ワルキューレ』だの、人外じみた奴なんざいくらでもいるぜ」

 

「……あなたの世界の魔術師について、一度詳しく聞いておかないといけないわね」

 

 この世界にも真祖やら究極の一(アルテミット・ワン)やらと人外連中は結構いるのだが、それはそれだ。

 

 

 

 と、イリヤはあることが気になった。

 

「そういえばさっき、アーチャーは敵じゃない、みたいなこと言ってたけど。何か作戦でもあるの?」

 

「言ったろ」

 

 何でもないことのように、雷神トールは続ける。

 

リーチじゃこっちが上だってな(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 最終試験とやらがあるらしい。

 召喚から一週間。アインツベルン八代目当主、ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンから、イリヤに最終試験が言い渡された。その概要はマスターとサーヴァント、つまりはイリヤとトールの二人で森の奥からアインツベルン城まで帰還しろ、というものだ。これに合格すれば、いよいよ聖杯戦争の開催地である冬木市へと向かうことになる。

 

 そんな訳で、二人は森の奥に来ていた。ちなみに『投擲の槌(ミョルニル)』は留守番である。

 

「つーか、この試験って意味あんのか?危険な野生動物なんてせいぜい狼くらいのもんだろ。あとは多少寒いくらいで、サーヴァントを連れてりゃ何も難しいことは無いと思うんだが」

 

「むしろわたしだけでも大丈夫よ。ただ森を抜けるだけだもの」

 

 実際、この試験はサーヴァントを御しきれているかを確かめるためのものなので、難易度はかなり低い。……まあ、聖杯戦争が始まってもいない段階で裏切るようなサーヴァントなど、流石にいないだろうが。

 

「とりあえずさっさと終わらせて日本行こうぜ。こんな堅苦しい場所にいつまでもいたら気が滅入っちまう」

 

日本(むこう)でもアインツベルンのお城で暮らすから、今とあんまり変わらないわよ?」

 

「マジかよ勘弁してくれ……っと、早速お客さんだな」

 

 二人の前に現れたのは狼の群れ。数は十数匹といったところか。

 常人にとっては十分すぎる脅威。だが、ここにいる二人は常人とは程遠い。

 

「こんなのが相手じゃ肩慣らしにもならねえが……まあ、贅沢は言ってられねえか」

 

 雷神トールは小さく呟いた。

 

「『投擲の槌(ミョルニル)』……接続の最終確認。完了後に供給開始」

 

 雷神トールの目の色が、物理的な意味で変わる。その髪に、指先に、青白く淡い光が点いていく。彼が軽く右手を振ると、その五指に二十メートルほどの溶断ブレードが展開される。

 

「うわぁ……」

 

 イリヤが溜め息を溢す。理由の内訳は感嘆が四割、狼への憐れみが六割である。

 

「そら、少しは根性見せろよ?」

 

 雷神トールが無造作に右腕を薙ぐと、それに合わせて溶断ブレードが振るわれる。十匹以上いた狼たちは、一瞬で全員が焼き切られ絶命した。ついでに周囲の木が二十本ほど切り倒された。

 

「ちっ。張り合いの無え奴らだ」

 

「ただの狼に一体何を求めてるのよ」

 

 トールの呟きに、呆れたようにイリヤが返す。

 

「そもそもあの程度の相手なら、わざわざ『投擲の槌(ミョルニル)』に接続するまでもなかったでしょう?」

 

「試運転ってヤツだよ。いざ本番で使えませんじゃ洒落にならねえからな」

 

 この世界に召喚される直前の時点では、雷神トールと『投擲の槌(ミョルニル)』との接続は切れていた。召喚の経緯が特殊だったこともあり、一度調子を確認しておくべきだと判断したので、この試験の中で試運転をしてみることにしたのだ。

 

「それで、調子はどうだったの?」

 

「絶好調。むしろ普段よりいいくらいだ」

 

 前述の通り、彼は雷神トールの知名度によりステータスが向上している。必然的に魔力量も増加しているため、彼の本来のスペックを大きく上回るパフォーマンスを発揮していた。無論、『投擲の槌(ミョルニル)』との接続も問題なく完了している。

 

 さて、接続の確認も済んだことだし、後は帰るだけだ。だが周囲は木に囲まれていて見晴らしが悪く、現在地がわからない。

 

 トールがとった手段は単純明快だった。

 

「邪魔だなこの木。イリヤ、伏せてろ」

 

「え?何を……きゃぁっ⁉︎」

 

 木が邪魔ならば斬り倒せばいい(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 ゴバッッ‼︎ と、右手の溶断ブレードが水平に振るわれる。いつの間にか十倍ほどに伸長していたそれは辺り一面の木を一本残さず刈り尽くし、半径二百メートルを更地に変えた。

 

「これで少しは見晴らしがよくなったか。……おっ、あっちに城が見えるな。早く行こうぜ、イリヤ」

 

「…………バ、バカーーーーーーーーー‼︎」

 

 イリヤの渾身の叫びは、誰にも反応されることなく森の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで日本に到着である。

 召喚から二週間が経ち、イリヤ、雷神トール、『投擲の槌(ミョルニル)』、メイドのセラとリーゼリットの五人は冬木市にやって来た。

 道中は至って平和だった。雷神トールと『投擲の槌(ミョルニル)』は召喚の特殊性故か霊体化できないが、トールは一般人に混じっても違和感のない格好だし、『投擲の槌(ミョルニル)』は変形できるため割と何とかなった。むしろ、セラとリーゼリットのメイド服の方が目立っていただろう。

 そんな訳でさしたる問題も起こらず、アインツベルン一行は冬木市の拠点となる城に到着した。

 

日本(こっち)に来ても結局城か…しかも洋風」

 

 城なら城で、せっかく日本に来たのだからYASIKIやTENSHUKAKUが見たかった。

 

「仕方ないでしょ。ここがアインツベルン(わたしたち)に一番相性がいいんだから」

 

「それはわかってるけどさ」

 

 雷神トールも本気で不満を言っていた訳ではない。この場所に拠点を置く合理性は認めているし、何より。

 

「土地が広いってのはいいな。これなら思う存分暴れられそうだ」

 

 トールが好んで用いる溶断ブレードは、その性質上周囲のものを少なからず破壊してしまう。無用な被害が及ぶのはトールとしても避けたいので、この広大な土地は都合がいいのだ。

 

  「……ハハッ」

 

 笑みがこぼれる。昂揚が抑えきれない。赴くは未知の戦場、敵は歴戦の英雄たち。こんな夢のような戦いを前に、どうして昂らずにいられようか。

 

「いよいよだ。いよいよ始まるんだな」

 

「ええ。必ず勝つわよ、バーサーカー」

 

「任せとけ」

 

 自らの勝利は確信している。しかし、万が一。この身を打ち負かすほどの強者と出逢えたならば。

 ―――その戦いは、きっとこの上なく心踊る一戦になることだろう。

 

「待ってろよ、英雄(踏み台)共。まとめて俺が叩き潰してやる」

 

 何にせよ、自分がすべきはただ一つ。全力を以って戦うことだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 とある邸宅、その地下の一室にて。

 

「…サーヴァント・ライダー。召喚に応じ参上しました」

 

 今しがた召喚されたライダーは、自身の召喚者に目を向ける。どこか陰鬱な影を含んだ、十五歳程度の少女。彼女は何故か申し訳なさそうな顔でこちらを見ている。こうして見る限り、戦い慣れした人間ではないようだ。

 まあ、それは自分が補えばいい。幸い魔術師としての才能は相当なものらしく、魔力供給は十全だ。宝具を二、三回発動した程度では、戦闘に支障をきたすことはないだろう。

 

 

 と、耳障りな老人の声が響いた。

 

「呵々、一先ず召喚は成功か。では桜よ、慎二にマスター権を譲るのじゃったな?」

 

「………はい」

 

 召喚して早々マスターを放棄するとは、一体どういうことだろうか。聖杯戦争に参加したい訳ではないということか?巻き込まれただけ、にしてはちゃんと触媒が用意されている。

 そんなことを考えていると、サクラと呼ばれた少女がこちらに声をかけてきた。

 

「……ごめんなさい。これは、わたしの我が儘です」

 

「……いえ。マスターの決定ならば、私はそれに従います」

 

 そう返すと、サクラは一層申し訳なさそうな表情を浮かべて、もう一度小さな声で「ごめんなさい」と言った。

 

「おい、桜!早く僕にマスター権を寄越せよ!」

 

 今度は少年の声。マスター権を寄越せと言っているということは、彼がシンジなのだろう。

 

「はい…令呪を以って命じます。兄さん、間桐慎二をマスターとして認めてください」

 

 サクラの右手に刻まれた令呪の一画が輝きを放ち、その手に一冊の本が生まれた。シンジがそれを受け取る。どうやら、あの本が擬似的なマスターの証となるようだ。

 

「はは……あはは、あはははははははは‼︎これで僕がマスターだ、僕も聖杯戦争の参加者になったんだ‼︎」

 

 シンジが哄笑する。マスターになれたことを喜んでいるようだが、そんなに叶えたい願いでもあるのだろうか。

 

「それで慎二よ、これからどうするのだ?先刻アインツベルンが冬木に入った。既にサーヴァントの召喚も済ませておる。聖杯戦争の幕開けはそう遠くないぞ」

 

「へえ、アインツベルンか……そうだな、まずは遠坂か衛宮に見せびらかしてやろうと思ってたけど、手土産(・・・)を持っていくのも悪くないかもね」

 

 どうやらアインツベルンとやらと事を構えるつもりらしい。正直、今の状態ではサーヴァント戦は厳しいのだが。サクラとは打って変わってシンジからの魔力供給は皆無に等しく、現界を保っているのがやっとな状況だ。宝具を一発でも撃てば消滅してしまうだろう。

 

「サーヴァント戦を行うには魔力が足りぬじゃろう。どうやって補うつもりじゃ?」

 

「そんなの、街の奴らから適当に吸い上げればいいだろ。学校でやってもいいけど、遠坂の奴に邪魔されかねないし」

 

 サクラが何か言おうとしてやめた。シンジを止めようとしたのだろうか。

 

「さあ、行くぞライダー。街の連中から魔力を集めるんだ」

 

「……了解しました、シンジ」

 

 仮とはいえマスターである以上、シンジの命令には従うべきだろう。シンジに続いて地下から出ようとした時、

 

「…ライダー、兄さんをお願いします」

 

 サクラがそんなことを言ってきた。マスターを放棄することと、身勝手な頼みをすることへの謝罪を添えて。

 

「わかりました。私の命に代えても、シンジを必ず守り抜きましょう」

 

 断る、という選択肢は無かった。彼女は自分の召喚者であり、権利を放棄したとはいえマスターであり、何より自分に似ているから。周囲の悪意によって怪物へと歪んでいく、そういう存在だから。根拠は無いが、そんな確信があったから。

 

「ライダー、早くしろよ!」

 

 苛立ち始めたシンジの後を追いながら、ライダーは思う。

 

(……サクラ。私は貴女を助けたい。貴女には私と同じ道を歩んでほしくはない)

 

 彼女は優しい子だ。少し言葉を交わしただけだが、それは十分に伝わってきた。彼女の境遇も何となく察せられた。

 彼女の苦しみを、少しでも和らげられるのならば。そのためならば自分は何でもしよう。ライダーはそう決意した。

 

 

 

 

 

 

 いよいよ聖杯戦争だ‼︎

 ……と、意気込んだはいいものの、七騎のサーヴァントが出揃うまで聖杯戦争は始まらない。中にはフライングで戦闘を始める連中もいるが。

 

 日本に着いてから一週間。城の清掃やら食料の買い出しやらに駆り出されて運動こそしていたものの、雷神トールは未だに戦闘をしていない。

 

「あぁーーー暇だ……なあイリヤ、早く戦おうぜ、早く早く早く」

 

「我が儘言わないの。もうすぐだから、それまで我慢しなさい」

 

「うぁーーーい……」

 

 最早イリヤが保護者と化している。日本に着いた頃には最高潮だった雷神トールのテンションは、長い間お預けをくらったせいで最底辺まで降下していた。

 

「まずは教会へ行きましょう」

 

 イリヤ曰く、教会には聖杯戦争の監督役がおり、聖杯戦争の参加者は一言連絡を入れる決まりなのだという。

 

「電話でいいじゃねえか」

 

「うちにはそんなもの無いわ」

 

「時代遅れにも程があんだろ」

 

 魔術師は科学を嫌う傾向があるが、現代機器を一切使わない訳ではない。遠坂邸にも間桐邸にも流石に電話くらいはある。

 

「無いものは無いんだから、直接教会に行くしか―――――――っ」

 

 唐突に、イリヤの声が途切れた。

 

「侵入者か」

 

「……ええ。サーヴァントね」

 

「そうみたいだな。俺も知覚した」

 

「これを見て」

 

 イリヤが水晶玉を持ってきて、侵入者の姿を映し出す。

 そこに映るのは青い影。その右手には朱い槍を携えている。

 

 ―――――紛うことなき強者。アレは間違いなく、歴戦の大英雄だ。

 

 雷神トールの口元が吊り上がる。初っ端からこんな相手と戦えるとはついている。さあ戦おう、さあ殺し合おう、さあ俺を楽しませろ―――――!

 

「イリヤ」

 

「ええ」

 

 短く名前を呼ぶと、短く言葉が返る。

 

 

 肯定の返事が。

 

 

 許可の合図が。

 

 

 

「やっちゃえ、バーサーカー」

 

 

 

 遂に狂戦士は解き放たれた。これより先は雷神の戦場だ。

 

 

 ―――運命の夜が、幕を開ける。




聖杯戦争が始まる前に裏切るサーヴァントなどいない。
狂信者「せやな」
ファラオ「嫁が可愛すぎて生きるのが辛い」
徒歩「悪い文明滅すべし」
マッスル「叛逆叛逆ゥ!」
いないったらいない。


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episode.2 必然の邂逅

思わぬ高評価に驚いております。評価、お気に入り、感想等本当にありがとうございます。
他の作品も伸びるといいなあ(願望)


 アインツベルン城には森がある。森とは多くの木が立ち並んでいる場所のことだ。当然この森もその例に漏れず、数えようとも思わないほどの数の木が生い茂っていた。

 

 

 そう、生い茂っていた(・・)

 

 

「あーあー、ひでえなこりゃ」

 

 そんなことを呟く一人の少年がいた。その少年の視線の先には、辺り一面に広がる無数の切り株と、足下に転がる丸太の山があった。地面はところどころが抉れ、まるで畑のように耕されていた。

 

 

 要するに。

 

 森がなくなっていた。木が一本残らず刈り尽くされ、更地と化して。

 

 

「………………………………………、」

 

 呆然としている少女が一人。少年は少女の側に寄り、一言告げる。

 

 

 

「悪い。ちっとやり過ぎた」

 

 

 

 さて、一体ここで何があったのか。その答えはおよそ一時間前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

「よお」

 

 雷神トールは短く挨拶の言葉を発した。挨拶をするからには、その相手がいるということだ。雷神トールに壁や植物に話しかける趣味はない。

 その相手と思われる青年は、口元に笑みを浮かべながら言葉を返す。

 

「テメエがアインツベルン(ここ)のサーヴァントって訳か。見たところ三騎士クラスじゃなさそうだが……キャスターは確認済みだしな、さしずめライダーってトコか?」

 

「残念、ハズレだ。俺はバーサーカーのサーヴァントだよ、ランサー」

 

「テメエが狂戦士(バーサーカー)だと?別段狂ってるようには見えねえがな」

 

「狂化ランク?とやらが低いんだと。別に困りゃしねえから何でもいいんだが」

 

 二人は和やかに話しているように見えるが、その間には濃密な殺気が漂っている。一触即発、というかここまで戦闘が始まっていないのが奇跡といえる。

 そして、案の定その時間はすぐに終わりを迎えた。

 

「なあ、そろそろ始めようぜ。こちとら三週間も待ってんだ、いい加減我慢の限界なんだよ」

 

「それもそうだな。別に話し合いに来た訳じゃねえんだ、とっとと始めるとするか」

 

 ニヤリ、と二人は口元を歪める。彼らは薄々感じていた一つの事実を確信する。

 

 

 ―――目の前のこいつは、俺の同類だ(・・・・・)。戦いに生き、戦いに死んでいく人種だと。

 

 

「さあ、始めようぜ」

 

「おうとも。ちったぁ楽しませろよ?」

 

 

 直後、二つの影が動いた。

 

「そら、行くぜ!」

 

 ランサーが距離を詰める。その速さは音速にも迫っている。

 

「『投擲の槌(ミョルニル)』‼︎ 接続の最終確認、終了次第供給開始‼︎」

 

 雷神トールが十指に溶断ブレードを展開する。その全長は二十メートルを超える。

 

「ミョルニルだと……⁉︎」

 

「安心しろよ。流石に神霊なんてデタラメな存在じゃねえさ」

 

 トールは右手をすくい上げるように振るう。それに合わせて五本の溶断ブレードがランサーへ襲いかかる。

 

「チッ、厄介な」

 

 それらを紙一重で躱したランサーは毒吐くも、すぐに切り替えて接近を試みる。彼我のリーチが違いすぎる以上、まずは接近しなければ話にならない。

 

(投擲技(飛び道具)もあるにはあるが…アレには溜めが要るしな)

 

 二度、三度と振るわれる溶断ブレードを躱しつつ、ランサーは思案する。

 

 溶断ブレードは絶え間なく振るわれているうえ、その数は十本にも及ぶ。その出力は彼の対魔力スキルでは防ぎきれないものであるし、実体がないため槍での防御も叶わない。ランサーにとって、雷神トールとの相性はかなり悪いといえるだろう。

 

「――だがまあ、そんなことで敗けを認めるなんざありえねえよなあ‼︎」

 

 だが、それがどうした、と。ランサーはその事実を一蹴する。

 たかが相性ごとき、己の実力でどうとでもしてみせよう。この程度で躓いていて、何が英雄か―――!

 

「ハハッ、いいねえ!もっとだ、もっと()があるだろう⁉︎アンタはまだまだこんなもんじゃないだろう‼︎さあ来いよ大英雄、アンタの力をもっと俺に見せてみろ‼︎」

 

「言ったな小僧、死んで後悔するんじゃねえぞ‼︎」

 

 ランサーは一気に距離を詰める。左腕に溶断ブレードが掠ったが気にしない。今はとにかく距離を詰めろ、接近戦ならば遅れを取りはしない‼︎

 

「そら、躱してみせろ!」

 

 残り十二メートル。

 トールが振るった左腕の五本を躱し、ランサーはひたすら前に進む。続けざまに右腕が振るわれ、紙一重で躱し、左腕が戻され、またも躱して前へ。

 

「どうした、ちっとも当たってねえぞ!」

 

「流石だな、こっちももう少し全力を出さねえとなあ!」

 

 残り七メートル。

 トールが右手の中指を折り畳む(・・・・・・・)。不意に襲いかかってきた一本に少々反応が遅れるも、何とかやり過ごして足を進める。

 

「間合いに入るぜ、覚悟しな‼︎」

 

 残り三メートル。

 ここまで来ればもう一息だ。全長二十メートルにも及ぶ溶断ブレードは小回りが効かない。リーチを調整できるとしても、あと一歩でこちらの間合いだ。何か行動を起こす前に心臓を貫ける。

 

「その心臓、貰い受ける――――――‼︎」

 

 ランサーは最後の一歩を踏み出し、真紅の槍を獲物(トール)の心臓めがけて突き出し―――

 

 

 

 トールが右腕を前に伸ばし(・・・・・・・・・・・・)その手を(・・・・)軽く握った(・・・・・)

 

 

「な―――――」

 

 ランサーが瞠目する。トールの右手には全長二十メートルの溶断ブレードが展開されたままだ。当然、その手を握れば―――

 

 

 ゴッ‼︎ と、五本の溶断ブレードがランサーを囲い込むように収束する。

 

 

「ォ、ォォオオオおおおあああああ!!!!!!」

 

 ランサーは全力で跳躍し、死の包囲網から脱出する。流石に無傷とはいかず、右足に大きな傷痕が刻まれた。

 

「…テメエ、やりやがったな」

 

「このくらいどうってことはねえさ。楽しけりゃ何でもいいよ」

 

 ランサーの視線は、雷神トールの右手に向けられていた。

 溶断ブレードを握り込むような真似をしたのだ。トールの右手は、当然ながらボロボロになっていた。

 

 互いに軽くない傷を負い、状況は振り出しに戻った。だが戦闘を止める理由は無いと、トールが再び動き出そうとしたところで、ランサーから声がかかった。

 

「なあ、今回はここらで分けにしねえか?まだ続行したいのは山々だが、ちょいと面倒な令呪を使われててな」

 

 ランサーはマスターから、『全てのサーヴァントと戦い、なおかつ一度目は殺さずに帰還しろ』という命令を令呪で下されている。そのため彼は一度目の相手には全力を出すことができない、とのことだった。

 

「そりゃまた大変だな。俺としてもアンタとは万全の状態でやりたいが…生憎、マスターのお達しは『やっちゃえ』とのことなんでな。このまま逃がす訳にもいかねえ」

 

 それに、ようやく身体が温まってきたところなのだ。いよいよこれから本番という時にお預けなど冗談ではない。

 

「そうかよ。追ってくるのは構わねえが、その時は決死の覚悟を決めてこい」

 

「そんなもんはとっくに決めてるさ。俺はアンタを追って仕留めるが―――何とか生き延びてくれよ。それで次は全力で来い。その時は俺ももっと上(・・・・)を見せてやる」

 

「ハッ、上等だ!」

 

 こうして二人の鬼ごっこ(第二ラウンド)が幕を開けた。ランサーが逃げ回り、トールが追いかけ、道中の邪魔な木々を薙ぎ払い―――――

 

 

 

 

 

 

 

「そして今に至る、って訳だ」

 

「…ふうん、よくわかったわ」

 

 イリヤは雷神トールにジト目を向ける。セラはイリヤが放つ黒いオーラに若干怯えており、基本的に無表情のリーゼリットですらやや驚いた様子だ。当のトールは全く気にしていないが。

 しばらくトールを見つめた後、イリヤは口を開いた。

 

「……まあ、森のことはいいわ」

 

 イリヤはそろそろ悟り始めていた。このサーヴァントには常識はあっても、それを守る気などさらさらないのだと。

 いちいち反応していては身が保たない。イリヤは大抵のことはスルーしようと決めた。

 

「それで、ランサーはどうだったの?」

 

「最高だな。あんな奴らがあと五人もいると思うと笑いが止まらねえ」

 

 実に嬉しそうに言うトールに、イリヤは呆れ顔を向ける。

 

「それもいいけど。能力とか真名とか、何かわかったことは無いの?」

 

 途中まではイリヤも水晶玉で戦場の様子を見ていたのだが、二人の戦闘によって木は倒されるわ土煙は舞うわで後半はほとんど見て取れなかった。トールの魔力消費が落ち着いたところで、一段落したと判断して城の外に出てみたところ、更地と化した森を発見したのだ。

 

 そんな訳でイリヤは戦闘の全容を把握してはいない。なのでまずは戦闘を行っていた張本人に訊いてみようという訳だ。

 

「そうだな。とりあえず真名はクー・フーリンで間違いねえだろうな」

 

 実にあっさりと。雷神トールは、その名を口にした。

 唖然としているイリヤを気にせず、彼は言葉を続ける。

 

「逃げる途中でルーン魔術を使ってた。あの腕はかなりのモンだったな。槍兵でルーン魔術師、しかもあれだけの強さとなるとクー・フーリンしかねえだろ」

 

 イリヤは少なからず驚いていた。理性は十全にあるもののやはりバーサーカーということか、戦闘中の暴れっぷりはその名に恥じぬものだった。そんな中でしっかり相手を観察していたとは。

 

「真名がクー・フーリンってことは、あの槍は……」

 

「ああ。ゲイボルクだろうな」

 

 ゲイボルク、或いはゲイボルグ。クー・フーリンが影の国の女王スカサハから授かった、必中必殺の槍。

 

「効果は『必ず当たる』、『回復阻害』、『致死の呪い』ってトコか。厄介ではあるが対処はできる。相性も悪くない」

 

 絶対的な力を持つ槍、世界屈指の大英雄を相手に、十分に勝機があると。トールはそう言い切った。

 

「安心しろよ、マスター。俺たちに敗けはねえ、この俺が保証してやる」

 

「今更そんなことに不安は無いわ。あなたはわたしのサーヴァントだもの」

 

 イリヤも既にトールの力を疑ってなどいない。自身のサーヴァントの勝利を確信している。

 

 

 

「だって、森を丸ごと一つ更地に変えるだけの力があるんだものね。あんな青タイツなんかに負ける訳ないわよね?」

 

「もしかして怒ってる?」

 

「怒ってないわよ?」

 

 再び黒いオーラを纏うイリヤ。笑顔だが目が全く笑っていない。尤も、言葉の通り彼女は実はそれほど(・・・・)怒っていないのだが。この言動はからかいの意味合いが強いし、トールへの信頼も本物だ。

 

 

 だがストレスは溜まるのである。

 

 

「お、お嬢様、お気を確かに…」

 

「わたしは正気よ?」

 

「イリヤ、落ち着いて」

 

「わたしは落ち着いてるわよ?どうしたの二人とも。何か怖いものでも見たの?」

 

 メイド二人組が宥めようとするも、イリヤの謎の気迫の前に口をつぐむ。セラが元凶たる雷神トールを睨みつけるが、トールは相変わらず平然としている。

 

「ふふ、ふふふふ、ふふふふふふふ……」

 

 どす黒いオーラを放つイリヤを前に、セラは冷や汗を流すしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「帰ったぜ」

 

 言峰教会。聖杯戦争の監督役が在住するその場所を、青装束の男、ランサーが訪れていた。

 いや、訪れたという表現は適切ではない。本人の言の通り、帰ってきた(・・・・・)というのが正しいだろう。何故なら、彼のマスターが在住しているのはこの教会なのだから。

 

「そうか。アインツベルンのサーヴァントとの戦闘は満足だったか?」

 

 明らかなルール違反を犯しているであろうそのマスターに対して、監督役からの罰則は無い。というかその監督役こそがランサーのマスターであった。

 

「相手としちゃあ申し分ねえな。テメエがあんな命令に令呪使ってなけりゃ存分に楽しめただろうによ」

 

「それは残念だ。次の機会を楽しみにしているといい」

 

「ケッ、勝手に言ってろ」

 

 ランサーのマスター、言峰綺礼は顔に愉悦を浮かべつつ自らのサーヴァントに問いかける。

 

「それで、君のお眼鏡に適ったアインツベルンのサーヴァントは、一体どのような英霊だったのかね?」

 

「さあな。よく分からねえ」

 

「ほう?」

 

 言峰は意外そうな表情を浮かべてランサーを見る。ランサーの観察眼は紛れもなく一流だ。その彼が理解できない相手とはどのような存在なのか。

 

「クラスはバーサーカーらしいが狂化している様子は見られねえし、ミョルニルがどうとか言ったかと思えば神霊じゃねえなんてぬかしやがる。北欧の英霊だろうが、それ以上はこれっぽっちも分からねえ」

 

「ミョルニルだと……?成る程、確かに妙ではあるな。北欧神話においてミョルニルを手にするのは、所有者たる雷神トールと製造者たる黒小人(ドヴェルグ)の兄弟のみ。冬木の聖杯では神霊の召喚は不可能であるし、残る兄弟は英霊の器とは言い難い」

 

「しかもヤツはミョルニルそのものを持っていた訳じゃねえ。供給がどうとか言ってたが、恐らくそう呼ばれる何かと接続しているんだろうな」

 

 二人はアインツベルンのサーヴァント、バーサーカーについての考察を続ける。ランサーは強者との再戦に焦がれながら、言峰綺礼は新たな愉悦の予感に高揚を覚えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 夜が明ければ聖杯戦争は一時中断だ。

 魔術師にとって神秘の隠匿は最優先事項の一つであるため、人気の多い日中には戦闘を行わないのが暗黙の了解なのだ。

 そんな訳で夜まで暇な雷神トールは、冬木の街へ繰り出していた。イリヤも一緒に来ている。イリヤ曰く、『サーヴァントが一緒なら危険も無いし、行ってもいいでしょ?ていうか行きたい!行きたい行きたい行きたいーーー‼︎』とのことだ。

 誰に対しての弁なのか、またその人物がどのような反応を返したのかは割愛する。

 

 

 ところで、雷神トールとイリヤが街へと繰り出している筈なのだが、この場に雷神トールの姿はない。代わりにイリヤの隣には彼女の教育係であるメイド、セラの姿があった。

 

 その理由は出発前まで遡る。

 

 

 

 

 

「ただ出かけるってのも味気ねえな……変装でもしてくか?」

 

 『監督役への挨拶』という大義名分を盾に外出の許可を何とか勝ち取った雷神トールは、ふとした思いつきを口にした。

 

「変装?」

 

「おう。変装ってか変身だけど」

 

 雷神トールが扱う魔術の中には、『女性の姿に変身する』というものがある。トールが奪われたミョルニルを取り返すため、女神フレイヤに変装して巨人スリュムに近づいた逸話によるものだ。本来は霊装を用いた魔術なのだが、サーヴァントとして現界した際に変身スキル扱いになっている。

 要は、そのスキルを使って変装しようということだ。

 

「スキル扱いだから魔力も使わねえし、正体隠すのにも役立つしな」

 

「面白がってるだけでしょ」

 

「まあそうなんだけどな」

 

 そう言いつつも、なんだかんだイリヤも気になっている様子だ。

 トールは自分の知り合いの中から、変身する人物を探す。

 

「さーて、誰がいいかなっと……ミコっちゃんか、メイド聖人か、ブリュンヒルド=エイクトベルか……大穴でオティヌスってのも……いや、ないな。あの格好はない」

 

 ちなみにメイド聖人は近衛侍女であって堕天使エロメイドではない。

 

「マリアンも格好がアレだし、レイヴィニア=バードウェイは小さすぎるし………フロイライン=クロイトゥーネ………?」

 

 知っている女性が変人ばかりのトールの思考はどんどん迷走していく。

 

「…………いっそのこと『投擲の槌(ミョルニル)』ってのは………アリ、なのか…………?」

 

投擲の槌(ミョルニル)』が焦ったようにガタゴトと身体を揺らすが、雷神トールは気づかない。

 

 と、ここでイリヤが口を挿んだ。

 

 

 

「セラでいいんじゃない?」

 

「それだ」

 

「ッッ!!!!??!!!!!?????」

 

 即決だった。

 

 

 

 

 

 

「何だかセラじゃないみたい」

 

「実際違うのですから多少は仕方がないのでは?」

 

「口調を似せても何か違う」

 

「あの堅苦しい雰囲気は私には真似しきれません」

 

 セラの姿をした雷神トールは、本物のセラがいつも被っているフードを取り、髪を下ろしている。それも手伝って、イリヤはどうにも違和感を感じるらしい。

 

「それにしても人が多いのね。こんなにたくさんの人を見たのは初めてだわ」

 

「今日は日曜日ですから。普段はもう少し落ち着いているかと」

 

 とりとめのない会話をしながら、二人は街を散策する。

 

 

 

「あら?」

 

 ふと、イリヤが足を止めた。

 

「どうかしましたか、イリヤ?」

 

 似せようとしているのか微妙な口調でトールが尋ねる。イリヤは答えず、小さく笑って足を進める。

 

 

 その先には一人の少年がいた。赤銅色の髪に、琥珀色の瞳をしている。一体何人なのかとトールは疑問に思ったが、青髪(ランサー)もいることだしこの世界じゃ珍しくないのか? などと思い直す。

 そんな少年にイリヤは近づいていき、すれ違いざまに一言告げる。

 

 

 

 

「早く召喚しないと死んじゃうよ、お兄ちゃん」




黒イリヤ誕生(大嘘)
セラとリズの出番が少ない。もっと増やしたいんですけどね。


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episode.3 剛力無双

お久しぶりです。


 衛宮士郎は困惑していた。

 今日は日曜日。今は部活もない士郎にとっては当然休日である。そんな日でも朝早くやって来る後輩と姉貴分と共に朝食をとり、部活があるという後輩を送り出し、昼過ぎまで姉貴分と遊んであげた(・・・・・・)後、食材が心許ないのに気づき買い出しに出た。一通りの買い物を済ませ、後は帰るだけといったところで、その二人は現れた。

 

 雪のように白銀の髪に、宝石のような真紅の瞳。一人は二十歳前後、もう一人は十歳前後だろうか。母娘というよりは姉妹という方がしっくりくる。

 そんな二人の内の片方、小さい方の少女がこちらへと向かってきて、すれ違いざまに声を掛けてきたのだ。

 

 

「早く召喚しないと死んじゃうよ、お兄ちゃん」

 

 

「………え?」

 

 言葉の内容を理解するまで、暫し士郎は呆然と突っ立っていた。いや、理解してからも動けずにいる。内容が分かっても意味は全く分からない。召喚?死ぬ?お兄ちゃん?言われた言葉の全てが理解不能だ。

 そのまま行ってしまった少女を追うように、もう一人の女性も士郎の横を通り去っていく。彼女は何やら興味深そうにこちらを見ていたが、結局会話はなかった。

 

「……何だったんだ?」

 

 士郎は戸惑いながら帰路についた。

 

 

 

 

 

 

「結局、あの少年は何だったのですか?」

 

 イリヤに追いついた雷神トールは、イリヤが唐突な行動を起こした先程の少年について尋ねていた。

 

「お兄ちゃんはお兄ちゃんよ。それから、まず間違いなくマスターの一人になるわ」

 

 イリヤの回答は曖昧なものだったが、トールは気にしない。彼にとって重要なのは家族構成ではないのだ。

 

「戦うのですか?」

 

 敵なのか味方なのか。同盟を組むのか、安全にリタイアさせるのか、本気で殺しにいくのか。お兄ちゃんなどと呼ぶ間柄ならば手心を加えるだろうかとも思ったが故の問いだったが、

 

「殺すわ」

 

 一切の躊躇なく、イリヤは言い切った。

 

「覚悟があるのならば構いませんが。ただ、マスターを殺してしまうと私が戦えないのでやめてください」

 

 マスターが決めた以上、トールとしても戦うことに否やはない。むしろ大歓迎だ。だがマスターが死ねばサーヴァントも消えてしまう。それは我慢ならなかった。

 

(…それに、見ていて気分のいいものでもねえしな)

 

 トールは戦闘狂だが、倫理観は破綻していない。魔術師といえど、見た目十歳前後の少女がいかにも素人といった感じの少年を甚振り殺すさまは、好んで見たいものではない。

 

「まあいいけど。でも戦いが終わったら殺すわよ。お兄ちゃんにはキリツグの罪を償ってもらわなきゃならないんだから」

 

 キリツグというのが誰かは知らないが、どうやら思ったより因縁は深いらしい。一つ小さくため息をついて、トールは微かな苦い感情を頭から追い出した。

 

「それで、これからどちらへ向かうのですか?」

 

「教会よ。口実とはいえ、行かなきゃいけないのには変わりないから。ところでその話し方疲れない?」

 

「超疲れる」

 

「ならやめればいいじゃない」

 

 こちらを観察する視線を黙殺しながら、トールはイリヤに連れられて教会へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

「ふーん、あいつら教会に向かってるみたいだな。追うぞ、ライダー」

 

「………はい」

 

 

 

 

 

 

 言峰教会。冬木の聖杯戦争における中立地帯であり、聖杯戦争の監督役が在住する地でもある。聖杯戦争の参加者は、参加の旨を監督役に伝えることが義務付けられている。……中には守らない者もいるが。

 とはいえ、外来のマスターならばまだしも、流石に御三家たるアインツベルンの代表であるイリヤが報告をすっぽかす訳にはいかない。そんな訳でイリヤとトールは教会を訪れていた。

 

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。君の聖杯戦争への参加を確かに受諾した」

 

「ええ。じゃあ帰るわね」

 

 イリヤはそう告げ、早々に立ち去ろうとしたが、

 

「待ちたまえ、アインツベルンのマスターよ」

 

「……何かしら」

 

 直後に神父、言峰綺礼に呼び止められ、渋々足を止める。イリヤとしては特にこの男に思うところはないのだが、別段長居をしたい訳ではないし、何より雰囲気が胡散臭いことこの上ない。口調がやや固くなってしまうのは仕方がないことだろう。

 そんな似非神父言峰綺礼は、相変わらず薄い笑みを浮かべている。

 

「いやなに。一つ忠告をしておこうと思ってね」

 

「忠告?」

 

「そうだ。どうやら此度の聖杯戦争は、些か異常事態(イレギュラー)が発生しているらしい」

 

「……そうね。それはわたしも同感よ」

 

 教会の外で待たせている自らのサーヴァントのことが頭によぎる。何せ異世界からの召喚だ。こんな事態が平常運転とか考えたくもない。

 

「ふむ。そう断言するからには、何か根拠があるのかね?」

 

「ええ。でもあなたに話す必要はないわ」

 

 言峰の追求を躱し、今度こそ教会を後にする。

 

「喜べ。君の願いは、ようやく叶う」

 

 その言葉に一切の反応を見せず、イリヤは己の従者の元へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ようイリヤ。お疲れさん」

 

 イリヤを出迎えた雷神トールの第一声は、普段の彼と同じ口調のものだった。姿はセラのままである。

 

「やっぱり疲れたの?あの話し方」

 

「ああ。なんかもういいかなって」

 

「適当ね…」

 

 気の抜ける会話に、イリヤの頬が緩む。似非神父との会話で、思った以上に疲れていたらしい。

 

「じゃあ帰るか。もう夕方だしな」

 

「そうね、帰りましょう」

 

 二人揃って帰路につき、アインツベルンの敷地に到着する直前、それ(・・)は現れた。

 

 

 

「やあ、初めましてアインツベルン。僕は間桐のマスター、間桐慎二だ」

 

 間桐慎二と名乗った少年の傍には、紫色の髪をした女性が控えている。眼をバイザーのようなもので覆っており、手には鎖のついた短剣を持っている。彼女が間桐のサーヴァントなのだろう。

 

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルンよ。それで、まだ日も暮れないうちから何の用かしら」

 

「何の用かって、そんなの決まっているだろう?聖杯戦争だよ聖杯戦争。別に夜じゃなくたって、要は人目につかなければいいんだからさ」

 

 どうやら実力に自信があるようだが、魔術師としてはどう見ても三流以下であろう男に、イリヤは怪訝な目を向ける。

 

「ふうん……それはいいけど、わざわざわたし(アインツベルン)を選ぶなんて、随分と強気なのね」

 

「最初は遠坂のところに行くつもりだったんだけどね。せっかくだから手土産を用意してやろうと思ってさ」

 

「…………へえ。言ってくれるじゃない」

 

 つまり、この男はこう言っているのだ。

 自分たち(アインツベルン)など眼中にない、と。

 そこまで言われては黙っている訳にはいかない。

 

「いいわ、そんなに死に急ぐのなら望み通り叩き潰してあげる。バーサーカー」

 

「りょーかい」

 

 雷神トールが返事をした直後、彼の変身が崩れていく。白髪紅眼から金髪碧眼へ。体格や服装までもが変貌していき、十代半ばの少年の姿に戻る。

 

「さて、やりますかね」

 

 トールが構える。ライダーは警戒しているが、慎二はトールの姿を見るや笑い出した。

 

「くっ、あははははははは!変身魔術なんて使ってるからどんな奴かと思ったら、まさかそんなガキだったとはねえ‼︎こりゃ楽勝だな、やっちまえライダー!」

 

 慎二の言葉に、イリヤは顔を顰めた。自らのサーヴァントを馬鹿にされた上、その相手が態度が大きいだけの小物だというのだから無理もない。

 

「……了解しました、シンジ」

 

 ライダーが前へ出る。放たれる殺気に反応して、数羽の鳥が飛び去っていった。

 

「うわ、ひっでぇ言い様だな。まあ、見た目に関しちゃ否定はしねえがよ」

 

 対するトールは獰猛に笑い、不敵に告げる。

 

「―――ただ、勝ちは俺が貰うぜ」

 

 二騎のサーヴァントが睨み合う。両者間の距離、およそ二十メートル。一瞬の膠着の後、互いに目の前の敵に向かって動き出す。

 

 先に仕掛けたのはトールだった。十指に五メートルほどの溶断ブレードを展開し、ライダー目掛けて振るう。

 

(この状況じゃ『投擲の槌(ミョルニル)』は使えねえ。二十メートルも伸ばしても邪魔なだけだ)

 

 普段トールが好んで使うのは、溶断ブレードを『投擲の槌(ミョルニル)』からの魔力供給によって強化・伸長したものだ。リーチと火力に大きなアドバンテージを持つため使い勝手が良く、トールの主武器(メインウェポン)となっている。

 だがこの状況、即ちイリヤ(マスター)がすぐ後ろに控えている状況では、そのリーチはむしろデメリットとなり得る。うっかり巻き込んでしまっては目も当てられない。

 そんな訳でトールは『投擲の槌(ミョルニル)』には接続せずに溶断ブレードを展開した。

 

「お……らっ!」

 

「………っ!」

 

 振るわれる溶断ブレードを、ライダーは紙一重で回避する。対魔力スキルを持たないライダーにとって、トールの溶断ブレードはかなりの脅威だ。本来よりも遥かに短い五メートルというリーチであっても、彼女の短剣にはやや勝っている。威力は言わずもがな。振るわれる速度こそ然程ではないが、一度に五本も襲いかかってくるのでは回避も容易ではない。

 だが彼女とて英霊(サーヴァント)。この程度で(たお)せる筈もない。五回ほど攻防を繰り返した後、ライダーが動いた。

 

「………シッ‼︎」

 

 小さく、しかし激しく気合を発し、ライダーは疾駆する。火力やリーチはやや劣るとはいえ、相手は華奢な少年だ。如何に英霊といえど、体格は相応に意味をなす。こちらの攻撃も、相手にとって有効打となり得る筈だ。

 ―――なってくれなければ、勝算は限りなく低くなる。

 

「――ハァァァッ‼︎」

 

 避けきれなかった溶断ブレードが身体の至る所に傷を生むが、彼女の疾走は微塵も衰えることはない。一瞬で距離を詰め、短剣の間合いに入る。至近距離では長大な溶断ブレードは本領を発揮できない。この機を逃すまいと、一撃で決めるつもりで全力で短剣を放ち―――

 

 

「残念。惜しかったな」

 

 

 ―――トールは、それを片手で受け止(・・・・・・)めた(・・)

 

「ッ⁉︎」

 

 愕然と、ライダーはバイザーの下で眼を見開く。即座に退避するものの、致命的な隙を晒したライダーをトールが逃す筈もない。五指が閃き、今度こそ無視できない深手を負ってしまう。それでも致命傷は辛うじて避けたが、戦闘続行は厳しいと言わざるを得ない。

 

「狙いは良かったんだがな。力入れすぎて軌道がバレバレだったぜ」

 

「………受けきれない威力で攻撃したつもりでしたが」

 

「力比べじゃ負けねえよ。あの帯(・・・)も締めてることだしな」

 

 楽しそうに、トールは笑う。

 

「やっぱいいな、英霊ってのは。ランサーといいアンタといい、中々骨がある。アンタは実力を出し切れてないみたいだが、それでもここまで耐えるとは大したもんだ」

 

軍神の帯(メギンギョルズ)』。雷神トールが持つ、装着した者の筋力を限界まで上昇させる破格の宝具。スピード(敏捷値)に反映することはできないが、シンプルかつ強力なその効果によって、トールの筋力値はEX(規格外)に至っている。軌道が見えているならば、大概の攻撃は容易く受け止められるだろう。

 

(正直、今のは帯がなきゃやばかったかもな)

 

 サーヴァントとの戦闘は、並の相手との戦闘とは一線を画す。体感的には『聖人』と同等といったところか。ライダー同様、トールにとっても一撃一撃が致命傷になり得るのだ。トールの耐久値はCランクと平均的なため、ライダーの全力の攻撃をまともに受けるのはかなりの危険を伴う。先程の攻撃も、『軍神の帯(メギンギョルズ)』なしで受けていれば押し切られて重傷を負っていたかもしれない。

 だが、それでこそだと。互いに命を削りあう、極限の勝負こそが望みだと、トールは獰猛に笑う。

 

「どうした、まだまだやれるだろ?さあ来いよ、今度は正真正銘の全力でなあ‼︎」

 

「―――――――――――――」

 

 その言葉に、ライダーは一瞬静止し、意を決したようにバイザーに手をかける。

 

 

 

 

 

 ―――――直後、世界が歪んだ。




軍神の帯の能力修正しました。
ステータスのランクのA+やらEXやらが色々と面倒だったので((
幹線道路投げ上げるくらいだし妥当なはず(震え声)


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episode.4 雷神の怒号

(FTでは)ないです


 キュベレイ。

 それは魔眼の中でも上位に位置する、ランクにしてA+の『石化の魔眼』。

 高ランクの魔力や加護を持たない者はサーヴァントであろうと問答無用で石化させ、それを防いでも全ステータスを1ランク低下させる。目を合わせずとも相手が認識しただけで効果を発揮し、ライダー自身にすら制御のきかない強力な魔眼。

 常に魔力を消費し、周囲の物を無差別に石化させてしまうため普段は封じているそれを、ライダーは解き放った。

 

「ぐっ………⁉︎」

 

 雷神トールの魔力値はA+。石化そのものは問題なく防いだものの、全身にかかる重圧はかなりのものだ。

 

「石化の魔眼………ゴルゴーン、いやメドゥーサか?」

 

「もう見破られてしまいましたか……魔眼の効き目も薄いようですし」

 

「仮にも魔術師なんでね。このくらいはできるさ」

 

 ライダーの真名を見破ったトールだが、実のところ余裕はあまりない。筋力こそ『帯』の効果で上昇しているものの、基本的にしょっぱい彼のステータスが更にランクダウンを受けている以上、下手をすると一撃でやられかねない。

 

「――ハハッ」

 

 だからこそ(・・・・・)、雷神トールは不敵に笑う。

 己を死地に追い込む強敵に、歓喜に震えながら立ち向かう。

 

「いいぜ、そうこなくっちゃなあ!それでこそ踏み越えがいがあるってもんだ!」

 

 トールの感情に呼応するかの如く、十指の溶断ブレードの熱量が増す。荒ぶる熱は五指と共にライダーに迫りその身を焦がす。

 一方のライダーも短剣を操り応戦する。トールのステータスが低下しているためか、先程に比べるとやや勢いが出てきている。

 

「魔術師、ですか。貴方はバーサーカーと呼ばれていた筈ですが」

 

「魔術師なんてみんな狂ってんだろ」

 

「違いありません」

 

 軽口を叩きながらも二人の攻防は続く。

 溶断ブレードを躱しつつ接近し、鎖で左腕を捉える。引き寄せられる瞬間に右腕を大きく振るい、溶断ブレードが地面を抉り取る。脚を掠めるも間一髪で回避し、一息に懐へ飛び込み蹴りを放つ。

 

「がっ⁉︎」

 

 漸く有効打が入ったが、ライダーは手を緩めることなく攻め続ける。鎖を操り地面に叩きつけ、そのまま引き寄せようとして、

 

「しまっ……!」

 

「脱出完了。ちょいと欲張りすぎたな」

 

 鎖を灼き切って(・・・・・)拘束から逃れたトールに、ライダーは苦い表情を浮かべる。

 魔力の残量から考えて速攻で決着をつけるべきと判断しての猛攻だったが、それが裏目に出たようだ。

 

(……まずいですね)

 

 ライダーはかなり追い込まれていた。

 短剣は今の攻防で鎖を断たれ手元に無く、魔眼を維持する魔力も尽きかけている。このままでは五分と保たないだろう。

 

「な、何やってんだよライダー!お前、そんな奴相手に何苦戦してんだ!とっとと倒せよ間抜け!」

 

 マスター代理の煩わしい声が響く。億劫だが、本来のマスターである桜から託されている以上従う以外の選択肢は無い。

 とはいえ、ここで切り札(宝具)を使えば自分は確実に消滅する。武器を失った以上攻撃手段は他に無いのだが――

 

 

 

「――――ッ」

 

「チッ………!」

 

 

 

 突如飛来した何か(・・)を前に、互いに距離をとる。

 

 遠距離からの狙撃。二人は互いを警戒しつつ、飛来物とそれが放たれた方向へ意識を向ける。その飛来物はちょうど二人の中間の地面へ突き立ち、次の瞬間大爆発を引き起こした。

 

「うおおおおっ⁉︎ 」

 

「くっ…………ッッ‼︎」

 

 両者ともステータスが低下している身、完全に回避することはできず多少の傷を負ってしまう。

 

「オイオイ、郊外とはいえここまで派手にぶっ放すかよ……⁉︎」

 

「アーチャーの狙撃ですか……厄介な」

 

「狙撃っつーか爆撃だろこりゃ………あのビル辺りか?」

 

 アーチャーと思われる射手の位置を大まかに割り出したトールだったが、直後に先程以上の脅威を感じ取る。

 

 

 ―――偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)―――

 

 

「ちっ、もう第二射が来やがる‼︎」

 

「バーサーカー!」

 

 イリヤがやや焦ったようにトールを呼ぶ。少女を不安にさせていることに、トールはふと苛立ちを覚えた。

 

 彼女が本来召喚しようとしていたのは、かのヘラクレスだったという。十二の難業をその身一つで成し遂げた、天下無双の大英雄。

 

 ここに居たのがヘラクレスならば、彼女はあんなに不安そうな顔をしていたか?

 

 ヘラクレスならば、ランサーやライダーと自分以上に戦えていたか?

 

 ヘラクレスならば、聖杯の器たる彼女(・・・・・・・・)をあっさりと救うことができるのだろうか――?

 

 

 

(……ふざっけんじゃねえ!!!!)

 

 トールはキレた。一瞬でも自分を疑ったことに激昂し、その弱気を殺し尽くすと言わんばかりに内心で吼えた。

 

(今ここに居るのは他の誰でもねえ、この俺だ、雷神トールだ‼︎だったら俺がやらねえで一体誰がやるってんだよォォオオオ!!!!)

 

 飛来する矢を見据えながら、思考だけは冷静に、それでいて周囲を燃やし尽くさんばかりの熱量を物理的に(・・・・)放ちながらトールは絶叫した。

 

 

「ミョォォォルニィィィィル!!!!」

 

 

 次の瞬間。

 矢に向けて振るわれる右手に展開された溶断ブレードが、ゴバッッ‼︎という音と共に二千倍に延びた(・・・・・・・)

 全長十キロにも達したそれは、飛来する矢をあっさりと消し飛ばし、アーチャーが陣取っていたと思われるビルの屋上を薙ぎ払い、周囲の木や街灯をまとめて両断し、膨大な熱量で大気を灼き尽くした。

 

 

 

 吹き寄せる爆風からイリヤを庇いながら、ある程度平静を取り戻したトールは思案する。

 

(……今、どうして俺はあそこまでブチギレた?)

 

 本来の自分は、あそこまで激昂することはそうそうなかったように思う。初めて上条当麻と会った時はあまりの腑抜けっぷりについキレてしまったが、あれは自分が戦いを楽しめなくなりそうだったからだ。今回のように、自分の不甲斐なさに激昂した記憶はあまりない。

 

 バーサーカーとして召喚された影響だろうか。戦いに割り込んだアーチャーへの怒りが混じっていたからか。

 それとも、この小さな主の悲しむ顔を見たくなかったからだろうか。

 

(まあ何にせよ、ひとまず状況把握が先だ)

 

 爆風で舞い上がった土煙も収まってきたところで、周囲の様子を窺う。

 

「ライダーは撤退………アーチャーも退いたか」

 

 トールが第二矢の迎撃に入った直後、ライダー陣営は離脱していた。元々逃亡を狙っていたのだろう、鮮やかな手並みだった。アーチャーの方は倒した可能性もゼロではないが、おそらく令呪か何かで退避している。

 今回の戦いはここまでということだろう。警戒こそ解かないものの、トールは張りつめていた意識を少し緩め、小さな主へ呼びかける。

 

「さて、帰ろうぜイリヤ。いつまでもここに居ても仕方ないしな」

 

「う、うん…」

 

 妙に明るい様子のトールが気になったのか、イリヤは不思議そうな顔をしている。

 

「ねえ、どうかしたの、バーサーカー?」

 

「いや、存外アンタの事気に入ってるんだなって思ってさ」

 

「ふぇ?」

 

 首を傾げるイリヤに答えず、微笑を浮かべてトールは歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠坂凛はぐったりしていた。

 つい先刻まで自身のサーヴァントであるアーチャーを連れて冬木の街を巡っていた彼女だが、今はソファに突っ伏している。優雅なんてなかった。

 

「何なのよあのサーヴァント……神秘の隠匿を何だと思ってるのよ……」

 

「咄嗟の迎撃としては中々のものだったな。あれは流石に肝が冷えた」

 

「アインツベルンは好き勝手するわ、慎二はマスターやってるわ、狙撃手(アーチャー)射程(リーチ)で負けるわ、何もかも無茶苦茶じゃない……」

 

「心外だな。私とて十キロ先の狙撃は可能だぞ」

 

「そういう問題じゃないわよ……!」

 

 凛は街巡りの最後に目撃した戦闘を回想する。

 

 

 

 

 

「凛、戦闘だ」

 

 アーチャーに告げられ、凛はそれを認識した。

 凛が居るビルから七キロほど離れた郊外の土地で戦闘が起こっている。アーチャーとの視覚共有により映し出された映像の中には、二人のマスターと二人のサーヴァント。そのうち一人には見覚えがあった。

 

「…慎二?」

 

 間桐慎二。凛の同級生であり、御三家たる間桐に生まれながら魔術回路を持たない少年。そして、養子に出された彼女の妹の義兄。

 魔術回路を持たない以上、彼がマスターになることはないと踏んでいたが―――

 

「相手は……アインツベルンかしら」

 

 相対する少女は、残る御三家アインツベルンの魔術師だろう。特徴的な純白の髪をしている。

 

 続いてサーヴァントへ目を向ける。慎二の側にいるのは、紫髪の妖艶な美女。鎖のついた短剣を操っている。

 アインツベルンの側は、金髪の華奢な少年。見たところ素手だが、指先から魔術と思われる熱線を放出している。

 見たところ優勢なのはアインツベルン側だろうか。

 

「アインツベルンのサーヴァントはキャスターだと思うけれど……慎二の方はライダーかしら?」

 

「さて、魔術師であってもキャスターとは限らないのではないか?」

 

「セイバーやランサーって感じじゃないし、アサシンもまず違うでしょう?ならその二つかバーサーカーしかないじゃない」

 

 消去法で絞り込める三つのうち、可能性が高いのはやはりライダーとキャスターだろう。両者とも理性は十全に持ち合わせているように見えた。

 と、

 

「―――っ!」

 

 一瞬、凛の身体が硬直した。

 

「これは、魔眼……?これだけ離れていても効果があるなんて、相当高位の魔眼よね…」

 

「石化の魔眼……となると、間桐のサーヴァントはメドゥーサ辺りが適当か」

 

 戦闘を繰り広げるサーヴァント達の考察を行いつつ、アーチャーは凛に問いかける。

 

「それでだ、凛。介入するのかね?」

 

「そうね……貴方の実力も見たいし、とりあえず一発やっちゃって!」

 

「フッ、了解した」

 

 凛の許可が下り、アーチャーは弓と()を展開する。その剣を変形させて矢のような形状にし、そのまま弓に番える。

 

「シッ―――‼︎」

 

 放たれた矢は咄嗟に回避したサーヴァント達の中間に着弾し、

 

「―――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 大爆発を引き起こした。

 

 

 

「――――――、」

 

「凛」

 

「あっ、え、何?」

 

 凛は暫し呆然としていたが、アーチャーの呼びかけに我に返る。

 

「追撃を仕掛けるが構わんかね?首尾よく行けば、ここで一騎仕留められるやもしれん」

 

「……そうね、いいわ、やっちゃってアーチャー」

 

 一つ頷いてアーチャーが番えたのは、螺旋状に捻じれた剣。一本目よりも格段に強い神秘を内包する代物だ。

 

「―――I am the bone of my sword (我が骨子は捩じれ狂う)

 

 

 ―――偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)―――

 

 

 第一矢にはなかった詠唱を行い、放たれた第二矢は空間を切り裂きながら突き進み―――

 

 

 ―――金髪のサーヴァントが展開した全長十キロの溶断ブレードによって、一瞬で蒸発した。

 

 

 そのリーチや熱量に、絶句する暇もなく。

 

「―――凛!令呪だ‼︎」

 

「―――私を連れて離脱しなさい、アーチャー‼︎」

 

 迫り来る熱線から、二人は辛うじて脱出した。

 

 

 

 

 

「あれはバーサーカーね、間違いないわ」

 

 時は戻って遠坂邸。立ち直った凛とアーチャーはその戦闘を分析していた。

 

「キャスターの線は捨てたのかね?」

 

「考えてみればそもそもキャスターは拠点防衛に特化したクラスだし、アインツベルンなら御誂え向きの城があるもの。わざわざ出てくる意味はないわ。それに、街中まで届くような馬鹿げた攻撃を素面でやってのける英雄なんて考えたくもないもの」

 

「ふむ。一騎の真名と一騎のクラス、それと多少の手傷の対価が令呪一画か」

 

「どう考えても割に合わないわね……まあ過ぎたことは仕方ないわ。あの暫定バーサーカーは要注意として、次はとりあえずキャスターを探しましょう。あれがキャスターじゃないとするなら、どこかの霊地……例えば柳洞寺辺りに拠点を置いている筈よ」

 

「了解した、だが今夜は休みたまえ。身体的にはともかく、精神的には相当参っているだろう」

 

「そうね……自覚はあるわ。今日は大人しく休みましょうか」

 

 凛は一流の魔術師であり、確かな覚悟を持ってこの聖杯戦争に臨んでいる。だが命の危機に晒されたことによる精神的疲労は、覚悟の有無に関わらず訪れる。アーチャーの提案に素直に従い、凛は休息を取ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんて出鱈目な魔術……外部に供給源があるのかしら?」

 

 柳洞寺に陣取るサーヴァント、キャスターは使い魔を通して一部始終を観察していた。

 

「術式は北欧系……あれは火というより雷ね。ミョルニルと叫んでもいた事だし、雷神トールを元にした術式と見て間違いないでしょう」

 

 神代の魔術師であるキャスターにとって、術式の構成を見破ることなど造作もない。彼女は雷神トールが本物の神霊ではなく、それを模倣した魔術師であることを見抜いていた。

 

「あの射程(リーチ)は脅威とはいえ、神秘の隠匿を考えれば街中で使うことはないでしょう。ああ、でも門番(アサシン)とは相性が悪いかしら」

 

 自身が召喚した(・・・・・・・)サーヴァントであるアサシンは、魔術も宝具も使えない純粋な近接特化型だ。その上この土地から離れられないという事情を鑑みれば、長大なリーチを誇り刀で受け止められない溶断ブレードは非常に相性が悪かった。

 

「外部の供給源……おそらくミョルニルと呼ばれているものを破壊できれば手っ取り早いのだけれど」

 

 あのリーチと威力を実現しているであろう供給源を絶ってしまえば、あの金髪のサーヴァントはおそらく脅威たり得ない。破壊するか、自身の宝具で契約を切ってしまえばそれまでだろう。

 

「それとも―――あの子を手駒にしてしまうのもアリかしら」

 

 火力は確認済み、見た目も少女と見紛うほどに華奢で可愛らしい。当初は最優と称されるセイバーを狙うつもりだったが、あのバーサーカーも条件としては悪くない。むしろ耐魔力を持たない分、こちらの命令に素直に従ってくれるかもしれない。

 

「ふふ―――楽しみね」

 

 自らの悲願のため、消滅寸前だった自分を拾ってくれた主のため、キャスターは暗躍する。



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episode.5 そして運命の夜へ

他の作品同様、今後頂いた感想には返信させて頂きます。


「クソッ!クソクソクソクソクソがぁ!」

 

 間桐邸。トールの意識がアーチャーの狙撃に向いた瞬間を見計らってその場を脱出したライダー陣営だったが、マスターである間桐慎二はこの上なく憤慨していた。

 

「全部お前のせいだぞライダー!あんなひょろいバーサーカー一騎も倒せないで、何がサーヴァントだよこのグズが!」

 

「申し訳ありません」

 

 一切の感情がこもっていない声音でライダーが謝罪する。

 

「こうなったら徹底的に潰してやる!遠坂も衛宮も後回しだ。あのガキ共、次会った時は絶対ぶっ殺してやる!」

 

 激情に駆られる慎二を尻目に、ライダーは先程まで交戦していたサーヴァントについて考察する。

 

(最後の迎撃の際に口にした、『ミョルニル』という言葉……かの雷神にしては神性が薄すぎる。ではそれを模した魔術師?本人も魔術師と名乗っていましたが)

 

 何にせよ油断できない相手だ。先程は背後にマスターの少女を庇っていたが、それがなければあの溶断ブレードをもっと延ばしていたと考えられる。あれ以上の射程(リーチ)を相手にするのは相当に厳しいだろう。

 ランサーを撃退したと思しき発言も踏まえて、少なくとも魔力不足の現状では勝算はゼロに近いと理解する。してしまう。

 

(しかも、手札があれだけとは限らない……ミョルニルと呼ばれたものも、ただのブースターと考えるのは浅慮に過ぎるでしょう)

 

 仮にも神の槌の名を冠する武器が、ただの魔術のブースターとは思えない。最低でも一つは奥の手を隠し持っていると考えるべきだろう。

 

(そうなれば……私の切り札を以てしてもどうなるか)

 

 未だバーサーカー主従への恨み言を口にする慎二に、ライダーはそっと溜息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、遠坂凛は自身の通う穂群原高校に張られた結界を知覚した。

 

「悪趣味な結界ね。魂を溶かして吸収するなんて……貴方達ってそういうもの?」

 

『ああ、確かにその通りだ。そういう意味ではこれは実に効率的な方法と言える』

 

 霊体化しているアーチャーへ問いかけると、予想通りの答えが返ってくる。

 

「それ、私の前で二度と言わないで。……それで、下手人の目星はつく?」

 

『少なくともサーヴァントの仕業であることは間違いあるまい。順当にいけばキャスターと言いたいところだが……』

 

「ええ。それにしては杜撰すぎる」

 

 結界そのものの性能は高いが、隠匿など一切考慮しないとばかりに気配を撒き散らしている。一流の魔術師ならばこのような真似はしないだろう。

 

「となると、キャスターが正規の魔術師じゃないか、あるいは別のサーヴァントの仕業ってことね」

 

『昨夜の戦闘で目撃したバーサーカーも魔術師のようではあったが、アレはおそらく違うだろう。性質が攻撃的すぎる。可能性が高いのは、むしろライダーの方か』

 

「メドゥーサか……あり得ない話じゃないわね」

 

 女神としての性質と共に、怪物としての側面も併せ持つメドゥーサならば、魂を吸い上げる能力を有していても頷ける。

 

「……って、つまりこれを仕掛けてるのは慎二ってことじゃない!」

 

 遠坂凛は激怒した。必ず、かの邪智暴虐のワカメを血祭りに上げねばならぬと決意した。

 

「……そう………いい度胸ね慎二。私の管轄でこんな真似してくれたんですもの。それはもうたっぷりとお礼(・・)が必要よね?」

 

『落ち着け凛。お礼参りもライダーの討伐も構わんが、その前にもう一度よく結界を調べてみろ』

 

「?あんた何言って―――」

 

 凛の台詞は半ばで途切れ、彼女の表情が次第に憤怒から困惑へと変わる。

 

「これ……結界が放棄されてる?」

 

『ああ。解除こそされていないが、おそらく刻印によって形を保っているだけだ。魔力はほとんど回されていない』

 

 この程度の魔力では結界の即時発動は不可能だ。凛がマスターであることは慎二も知っているはずなので、仕掛けようと思うならばもっと魔力を回しておくはず。

 

「どういうつもり?学校で魔力を集めるのをやめたってこと?」

 

学校で(・・・)、と言うならばそうだろうな』

 

「……まさか、こんなものを市街地に仕掛けようっていうの⁉︎」

 

 凛は絶叫する。もしそんなことになれば、一般人への被害の規模は尋常ではないものになるだろう。

 

『魂喰いが目的ならば、むしろその方が効率がいいだろう。昨夜のバーサーカーへのリベンジでも考えているのかもしれんな』

 

「より効率的で、私達に邪魔されにくい場所に変えたってこと?」

 

『ああ。我々との交戦で、余計な消耗をするのを避けたのだろう』

 

 推測、というには確信がこもったようなアーチャーの口ぶりに、ふと凛は違和感を覚えた。

 

「……なーんか、随分と慎二のことわかったように話すじゃない。遠目から見ただけで、まだ話したこともないはずよね?」

 

『さて。憶測を述べたに過ぎんよ』

 

「……ふーん。まあそういうことにしておいてあげるわ」

 

 答える気がないのか、あるいは本当にただの憶測なのかはわからないが、ひとまず凛は保留することにした。

 

 

 

『ところでマスター。校門前で随分と叫んでいたが大丈夫かね?』

 

「………………あっ」

 

 この後すぐさま生徒達の記憶を修正することになった。

 

 

 

 

 

 放課後。やはり欠席していた慎二の動向が気になりながらも授業には出席した凛は、ひとまず学校の結界を解体してしまうことにした。

 

「ま、こんな形だけの結界ならすぐに片付くでしょ。終わったら慎二を探しに行くわよ、アーチャー」

 

『了解した』

 

 本来の性能を発揮していればまだしも、ろくに魔力すら回されていない結界ならば簡単に破壊できる。だが腐ってもサーヴァントというべきか、順調に刻印を破壊して回ってもそれなりに時間はかかり、屋上にあった最後の起点を発見した時には日が暮れ始めていた。

 

「さ、これで最後ね。とっとと済ませて慎二を探しに―――」

 

 

 

「何だよ。消しちまうのか、勿体ねぇ」

 

 

 

「―――ッ⁉︎」

 

 蒼の装束、朱の槍。生物としての格の違いを感じさせる覇気。それが指し示すのは、

 

「サーヴァント……!」

 

「おうよ。それがわかる嬢ちゃんは、俺の敵ってことでいいんだな」

 

 獰猛な笑みを浮かべる槍兵。ここに、遠坂凛にとっての第二戦が幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「イリヤ、今夜はどこに向かうんだ?」

 

 アインツベルン城で出陣の準備を済ませた雷神トールは、未だ準備中の小さな主に問いかける。

 

「今日はそろそろお兄ちゃんのところに行こうかなって。流石にもう召喚も済んだ頃だと思うし」

 

「昨日までのが違うとするなら、残ってるクラスっつーとセイバー、キャスター、アサシンか」

 

「ええ。でもキャスターはだいぶ前から柳洞寺に拠点を構えているし、アサシンもそこにいるみたいだから違うわね。つまり」

 

「―――相手はセイバー。最優のクラスか」

 

 思わず笑みがこぼれる。同じ三騎士のランサーは実に素晴らしい敵だった。アーチャーはそれほど手の内を見てはいないが、狙撃の腕は間違いなく一流だった。ライダーは不調を押してなお自分に食らいついてみせた。

 そして、ここへ来ての最優の騎士だ。否が応でも期待は高まるというもの。

 

「おいマスター。昨日のヤツとどんな因縁があるのか知らねえが、こっちの決着がつく前に殺すなよ?」

 

「はいはい、わかってるわ。どっちみち一回で殺すつもりなんてないもの」

 

「あん?」

 

 怪訝な表情のトール。イリヤは気にせず、昏い笑みを浮かべて続ける。

 

「バーサーカーこそ、間違ってシロウを殺したりしないでよね。シロウにはちゃんと報いを受けてもらうんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衛宮士郎は学校の廊下に横たわっていた。つい先程まで意識を失っていたが、今は何とか起き上がれそうな程度には回復している。

 

「確か俺は、槍を持った蒼い奴に追いかけられて……」

 

 ―――心臓をその槍で貫かれ絶命したはずだ。

 

 服は破れているし血痕もある。だが傷はない。

 服や周囲には確かに槍が突き立てられた痕跡があるのに、その傷だけはどこにも存在しなかった。

 

「誰かが……助けてくれたのか?」

 

 足元に目をやると、赤い宝石が落ちている。それからは微かに魔力の残滓が感じられる。

 もしかしたら、これの持ち主が自分を救ってくれたのだろうか。

 

「なら……恩を返さなきゃな」

 

 いつまでもここにいても仕方がない。士郎は重い身体を引きずって帰路についた。

 

 

 

 

 

 ―――その夜、彼は運命に出会う。



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episode.6 最優対最強

一瞬だけランキングに載っていたようです。その時のテンションで書き上げました。


「俺は、マスターとして戦う。もう二度とあんな悲劇を起こさせる訳にはいかない」

 

 衛宮士郎は一つの決意を固めた。

 再度襲来したランサーに追いやられた土蔵で、運良く召喚されたセイバー。彼女の力を借りてランサーを撃退し、続けて現れた遠坂凛に聖杯戦争の概要を聞き、凛に連れられて向かった教会で十年前の真実を知った。

 

 冬木の大火災。十年前、士郎も被害者となったそれを引き起こしたものこそ、他ならぬ聖杯。前回、即ち第四次聖杯戦争の果てに起こった災害だったのだ。

 そして今、その聖杯戦争が再開されようとしている。悪意を持った者が聖杯を手にすれば、あの地獄が再び訪れることになるかもしれない。

 

 それを防ぐには戦わなければならない。戦力であり聖杯戦争の参加券でもあるサーヴァントと共に自分が勝ち抜くことで、悪意を持って聖杯を使わんとする輩を退けるしかない。

 

「だからよろしく頼む、セイバー」

 

「ええ。この身は貴方の剣となり盾となる。必ずや勝利すると誓いましょう、シロウ」

 

 改めて契約を交わし、漸く成立したセイバー陣営。それを見届けた凛は、士郎に帰宅を促し宣言する。

 

「いい?今日の内は見逃してあげる。でも明日以降にこうして出くわしたら、その時は容赦なんてしないから」

 

「遠坂と戦う気はないぞ、俺」

 

 士郎が戦うのはあくまで聖杯の悪用を防ぐため。その点、凛ならばそういった心配はないため、積極的に戦おうとは思わないのだ。

 

「私にはあるの。まあでも、当分は慎二のことで忙しいだろうから、そっちから仕掛けてこない限りは後回しだけどね」

 

「慎二?あいつがどうかしたのか?」

 

 士郎の疑問に、一瞬『あっやべ』みたいな表情を浮かべた凛だったが、むしろ説明しておいた方がいいかと気を取り直す。

 

「間桐慎二はライダーのマスターよ。真名はおそらくメドゥーサ。ちょっと厄介なことをしでかす可能性があるから調べておきたいの」

 

「慎二がマスター……⁉︎ それに、厄介なことってなんだよ?」

 

「魂喰いよ」

 

 凛は淡々と説明する。

 

「サーヴァントに人間の魂を与えて魔力の糧にするの。当然魂を吸われた人間は衰弱するし、酷ければ死ぬわ」

 

「なっ⁉︎」

 

 愕然とする士郎。魂喰いの内容もそうだが、何より慎二がそれをしようとしているということが信じられなかった。

 

「残念だけど、慎二はほぼクロよ。少なくとも、昨日バーサーカー陣営と戦ってるのを見たからマスターなのは確定。それにその結界、元々学校に仕掛けてあったんだけど、状況的にライダーの宝具の可能性が高いの」

 

「だったらすぐにでも止めに行かないと……!」

 

「待った。衛宮くん、今の自分の体調わかってる?ただでさえ死にかけたのにサーヴァントの召喚までしたんだから、相当疲労が溜まってるわよ」

 

「それでも放っておける訳ないだろ!」

 

 何としても慎二の凶行を止めなければならない。その一心で士郎は動こうとするが、凛はそれを制止する。

 

「安心して、結界の完成にはまだ時間がかかるはずよ。だから一晩休みなさい。あなたが死ねばセイバーも消えるのよ」

 

「……っ!」

 

「今焦って動くより、しっかり体調を整えてからの方が結果的に早く片付くわ」

 

「…………わかった」

 

 渋々といった様子で頷いた士郎に、凛は一つ溜息をこぼし苦笑する。

 

「……はぁ。この件を早急に解決したいのは私も同じ。セカンドオーナーとして見過ごせる話じゃないもの。だからそれまでの間、あなたに協力してあげるわ」

 

「……え?」

 

「同盟を結んであげるって言ってるの。セイバーとアーチャーならバランスもいいし、悪くない話だと思うけど?」

 

「……えっと」

 

 士郎はセイバーに視線を向ける。セイバーは一つ頷き、言葉を返す。

 

「私としてもそのような蛮行は見過ごせません。それに、リンの人柄は信頼できる。手を組むメリットは十分にあるでしょう」

 

「…そうだな。わかった、組もう」

 

 確かに士郎としてもありがたい話だ。元々凛と戦う気はなかったし、戦力は少しでも多い方がいい。

 

「決まりね。それじゃ詳しい話は明日するとして、今は身体を休めること」

 

「ああ、わかった。それじゃ遠坂―――」

 

 

「―――ねぇ、お話は終わり?」

 

 

 声がした。

 聞き覚えのある声だった。街中ですれ違い、謎めいた言葉を残して去っていった少女。今思えば、あれは聖杯戦争のことだったのだろう。

 振り返ると、案の定そこにいたのは先日の少女だった。少女は微笑を浮かべ、士郎に話しかける。

 

「こんばんは、お兄ちゃん。こうして会うのは二度目だね」

 

「君は……?」

 

「わたしはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。ほら、バーサーカーも挨拶して」

 

 イリヤスフィールと名乗った少女。傍らには金髪の華奢な少年が控えている。

 

「はいはい。サーヴァント・バーサーカーだ。よろしく」

 

 挨拶を促された少年はバーサーカーと名乗った。見たところ理性を失っているようには思えないが、本人がそう言うのならそうなのだろう。

 

「そっちのあなたはトオサカリンね。だったらアインツベルンのことは知ってると思うけど」

 

「え、ええ……」

 

 士郎をお兄ちゃんと呼ぶ少女、理性のあるバーサーカー。疑問はいくつも浮かんでくる。

 

 だが、二人が最も困惑したのはそこではない。

 

 

 

「……………ドラム缶……?」

 

 

 

 イリヤが腰掛けている円柱形の物体。一見ドラム缶にも見えるそれが、この場において最も異彩を放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ぴょん、とドラム缶らしきものから飛び降りるイリヤ。相対する二人は固まって動かない。セイバーも困惑した様子だ。

 

「……?どうしたの?」

 

 首を傾げるイリヤ。

 

「いや、その……ドラム缶?それは何なんだ……?」

 

 士郎の疑問に、イリヤは得心がいったとばかりに笑う。

 

「ああ、この子?『投擲の槌(ミョルニル)』よ。最初は驚いたけど、慣れればけっこう可愛いんだから」

 

「ミョ、ミョルニルですって⁉︎」

 

 聞き逃せないワードに、今まで謎のドラム缶にフリーズしていた凛が再起動する。

 

「ならそっちのバーサーカーは雷神トール……⁉︎ ……ううん、そんな訳ない。冬木の聖杯じゃ神霊は呼べないはず……!」

 

 ミョルニルという名前から雷神を連想した凛は動揺し、セイバーも警戒を強める。士郎はいまいちピンときていないようだが。

 

「ま、当たらずとも遠からずってトコだな。本物の神じゃないにしろ、その名を正しく冠したことがあるのは事実だぜ?」

 

 トールの言葉を聞き、ライダーとの戦闘と合わせて凛はトールの正体を考察する。

 

「本物の雷神じゃない……あの溶断ブレードは魔術によるものだった。とすると、神話を元に術式を構成するタイプの魔術師ってこと?」

 

「それそれ。さて、前置きはもういいだろ?こちとらセイバー(最優)と戦えるってんでテンション上がってんだ、とっとと始めようぜ」

 

 凛の推測をあっさりと肯定し、そんなことはどうでもいいとばかりに獰猛に笑うトール。その闘気に応じるように、セイバーも剣を構える。

 

 相対する二人の様子を見たイリヤは、微笑を崩さず告げる。

 

「じゃあ、始めよっか。―――やっちゃえ、バーサーカー」

 

 ニヤリ、とトールも笑みを深めた。

 

「りょーかい!―――『投擲の槌(ミョルニル)』!接続の最終確認、完了次第供給開始!」

 

 叫ぶと同時、トールの十指に全長五メートルの溶断ブレードが展開される。対するセイバーは不可視の剣を構え、両者が距離を詰める。

 

 二騎の様子を見た凛は念話でアーチャーへ指示を出す。

 

『アーチャー、あなたは狙撃に回って。流石にバーサーカーも、セイバーを相手しながらそっちを狙うのは難しいはず』

 

『了解した』

 

 アーチャーが霊体化したまま狙撃位置へと移動するのを確認した凛が前方へ意識を戻すと、まさに二騎が衝突するところだった。

 

「ハハッ!」

 

 トールが右腕を振るい、五本の溶断ブレードがセイバーへ迫る。対魔力では防ぎきれないと直感で理解したセイバーは身を捻って躱す。続けて迫る左の五本も同様に躱そうとするが、ここでまたもや直感が発動。急停止し後方へ跳躍すると、十メートルに延びた溶断ブレードがセイバーの足元を薙いだ。

 

「今のを躱すかよ。流石は最優ってトコか」

 

(厄介な……)

 

 軽い調子のトールに対して、セイバーの表情は優れない。リーチと手数で完全に負けている。

 ほぼ防御不能の攻撃が、腕の一振りで五本まとめてやってくるのだ。魔力供給が不十分なうえ、未だランサー戦の負傷が癒えていない現状では直感による回避が精一杯だ。

 

 トールが右腕を振り下ろす。その指先は開いており、溶断ブレード同士に隙間ができている。セイバーはそこに滑り込み回避するが、トールは右手を捻り横薙ぎへと移行する。

 

(避けきれない……!)

 

 セイバーは咄嗟に剣を翳した。

 ガッッ‼︎ という破裂音と共に、セイバーの身体が吹き飛ぶ。セイバーは勢いに逆らわず、そのまま後方へ跳んで溶断ブレードを回避する。

 

「吹き飛んだだと?」

 

 トールは疑問を覚える。

 彼の溶断ブレードは実体を持たないため、本来剣で止めることは叶わない。だが現にセイバーは溶断ブレードに剣を合わせ、その結果大きく吹き飛んでいる。

 

 理由を確認すべくもう一度溶断ブレードを振るう。するとセイバーは溶断ブレードの一本に近づき、受け流すかのように剣を添えた。

 

 

「『風王鉄槌(ストライク・エア)』……!」

 

 

 ボッッ‼︎ と轟音が響いた。

 そして次の瞬間、セイバーはトールの目と鼻の先にまで迫っていた。

 

「なっ―――」

 

 セイバーの不可視の剣が実像を露わにする。黄金に輝くそれは、まさしく聖剣と呼ぶべき威光を放っている。

 

(―――風か!)

 

 ここで、トールは先程の不可解な現象の理由を察した。

 セイバーの剣が不可視であったのは、その刀身を風で覆っていたため。

 セイバーが吹き飛んだのは、溶断ブレードの熱で灼かれた風、つまり空気が爆風となってセイバーの身体を襲ったためだ。

 

 そして今、その爆風に加えて刀身に纏わせていた風を解放することで、セイバーは目にも留まらぬ高速移動を実現した。

 

「叩き斬る……!」

 

 もはや完全に剣の間合いに入っている。この距離ならば相手が何をしようとしてもその前に両断できる。決して遅れは取らないとセイバーは確信し―――

 

 

「……はぁ。できればこの手は使いたくなかったんだがな」

 

 

 暴風が吹き荒れた。

 それは決してセイバーが起こしたものではなく、ましてトールによるものでもない。

 セイバーがそれに疑問を抱いた直後、彼女の脇腹に鈍い衝撃が走った。

 

「―――っ、ぐ⁉︎」

 

 ドレスアーマーを貫通して訪れた衝撃に、セイバーの動きが一瞬停滞する。当然それを見逃すトールではなく、左の五指を操り溶断ブレードを振るう。

 完全には回避しきれず左肩を灼かれたセイバーは急いで間合いから出ると共に、絶好の機会を潰した元凶を探す。

 

 それらしきものはすぐに見つかった。

 浮遊する球体。鏡のように磨き上げられた黒い石でできたそれは、見覚えのある円柱形へと姿を変えた。

 

「まさか、『投擲の槌(ミョルニル)』……⁉︎」

 

「ま、そっちも後衛(アーチャー)いるんだしいいか。っつー訳で、こっからは二対二ってことで」

 

投擲の槌(ミョルニル)』。トールの宝具であることは想像がついていたが、溶断ブレードの厄介さに気を取られて半ば意識から外れていた。

 そして、その結果としてセイバーは手傷を負った。足でなかったのはせめてもの救いだ。これ以上機動力が削られれば、溶断ブレードを回避するのは至難の業になる。

 

「くっ……!」

 

 セイバーは歯噛みする。既にアーチャーも狙撃位置に着いているはずだが、それによって得られるはずだった数の利は失われた。負傷しているのが彼女だけであることを鑑みれば、不利なのはむしろこちらだろう。そもそもこのような接近戦では援護も難しい。

 加えてもう一つ、セイバーはアドバンテージを失っている。

 

「そういやその剣。そりゃ風で隠す訳だ。あんな輝き見せられりゃ、誰だって正体わかるわな」

 

風王鉄槌(ストライク・エア)』の発動に伴い、セイバーの不可視の剣の正体が曝されていたのだ。そしてそれは、当然真名への手がかりとなる。

 

「さあ、第二ラウンドといこうぜ。騎士王アーサー」

 

 トールは告げる。あくまで楽しそうに笑いながら。

 

 聖杯戦争は、まだ始まったばかりだ。



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episode.7 我が願いは曇りなく

クリスマス連続投稿第三弾。気づいたら一年以上も空いてたのね……


 騎士王アーサー・ペンドラゴン。

 選定の剣を引き抜き王となった、神代最後の英雄。世界で最も有名な聖剣エクスカリバーの担い手。滅びを運命づけられたブリテンが花の魔術師と共に造り上げた『理想の王』。

 ローマ皇帝カエサルや征服王イスカンダルらと並び九偉人の一角にも名を連ねる、まさしく最上級の英雄と呼ぶに相応しい人物だ。自国の神話についてさえ疎い日本人の間でも一定の知名度を誇ると言えば、その霊格の高さは推し測れよう。

 

 そして現在トールが相対する少女騎士、その真名こそアルトリア・ペンドラゴン。

 自称や子孫などの前置きもつかない、正真正銘のアーサー王その人である。

 

(しっかし、あのアーサー王が女とはな。いや、オティヌスの例もあるし今更っちゃあ今更なんだが)

 

 とはいえ、それで何が変わる訳でもない。

 ここまでの戦いで実力は証明済み。ならばそれ以外のことなどトールにとっては些事だ。

 

「んじゃ、改めて―――『投擲の槌(ミョルニル)』」

 

 トールの十指に灯る溶断ブレードが縮んでいく。およそ三メートルほどになったその輝きは、より小回りが利くようになったこと―――そして、これまでトールへ供給していた分の力を『投擲の槌(ミョルニル)』本体が扱えることを意味している。

 アーチャーへの対処を全面的に任せ、自身はセイバーに集中する心算だ。まだ相手の聖剣よりもリーチは上回っており、風を纏い直していないことから『風王鉄槌(ストライク・エア)』には一定のインターバルが必要と踏んでの切り換えだった。

 

 その様子を一瞥し、イリヤは二人のマスターに向き直る。

 

「じゃあ、こっちも始めましょうか。遊んであげるわ、リン」

 

「上ッッ等……!いいわ、乗ってやろうじゃないの!衛宮くんは下がってなさい!」

 

「あ、おい遠坂!」

 

 五大元素使い(アベレージ・ワン)として類稀なる才能を持つ凛とアインツベルンの最高傑作たるイリヤとの闘争の中にあって、半人前の士郎は戦力外どころか足手纏いだ。彼が斃れればセイバーという大戦力を失う以上、ここで戦わせる訳にはいかない。

 理屈はわかっても納得できない士郎だが、そんな様子を顧みることなく二人はさっさと魔術刻印を起動させる。

 

「場所を移しましょうか。ここじゃお互いに窮屈でしょう?」

 

「……ええ、そうね。サーヴァント同士の戦いに巻き込まれちゃ堪らないし」

 

 凛の同意を得たイリヤは踵を返し、森のある方角へと向かっていく。凛も後を追い、ついていこうとする士郎を小突いて押し留める。

 立ち去り際、イリヤの背後から軽い調子の台詞が飛んできた。

 

「あんまり無茶はするなよ。アンタが落ちれば俺もそこまでなんだからな」

 

「わたしを誰だと思ってるの?バーサーカーこそ、負けたら承知しないんだから」

 

 いつも通りの軽口の応酬。

 二人にはそれで十分だった。

 

「さて、と。そんじゃ、戦争を続けようぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その様子を、やはりキャスターは使い魔越しに見届けていた。

 

「あれがミョルニル、ね。私の推測通りなら、確かにその名に相応しい性能と言えるけれど……」

 

 魔術師として最高峰であると自負するキャスターでさえ、その本質に気づくまでには多少の時間を要した。

 それほどまでに、『投擲の槌(ミョルニル)』は異質な存在だった。

 

「人間をやめた魔術師なんて掃いて捨てるほどいるけれど、人間のまま(・・・・・)ヒトガタを(・・・・・)やめた(・・・)魔術師は流石に初めて見たわ」

 

 ベースが北欧神話であるという点から考えるに、おそらく黒小人(ドヴェルグ)の手によるものだろう。ドワーフとも呼称される彼らの技術は、時に神の武具さえ拵えるほどだ。実際、本物のミョルニルを造ったのは彼らの技術だとされている。

 その神域の絶技を以て、生きた人間をあのような物体へと『加工』したのだ。

 

 身の毛もよだつような話だが、キャスターに動揺はない。本質はともかく、酷薄な魔女としての振る舞いなど慣れたものだ。あるいは、そもそも自身の逸話からして糾弾できるような立場にないとでも考えたのか。

 

「……んん」

 

 咳払いを一つ。思考を今後の自陣の方針へと切り替える。

 

「セイバーとバーサーカー……やっぱり欲しいわね」

 

 最優のセイバー。自分達キャスター陣営を除く四騎のサーヴァントと互角以上に渡り合ったバーサーカー。どちらも優秀な戦闘能力を誇る反面、付け入る隙は大きい。

 戦闘スタイルが攻撃特化のうえ対魔力を持たないバーサーカーは言わずもがな、セイバーもマスターの未熟故に魔力不足に陥っている。勝算は十分にあるし、当然マスターを直接狙うのも手だ。

 

 二騎にはそれぞれ利点と欠点がある。

 無論可能であれば両方欲しいところだが、それでもどちらかを選ぶのならば―――

 

「―――まあ、こっちでしょうね」

 

 一つの結論を出す。その選択により、今後取るべき大まかな方針が定まった。想定していた無数の策が瞬く間に一本化されていく。

 

 とはいえ、と一旦思考を中断し監視映像に意識を戻す。

 

「それとも、ここでどちらかが脱落してしまうかしら?」

 

 現時点でどのような策を練ろうと、全ての前提はこの戦いの趨勢如何で決まることだ。

 ここまで十数分ほど観察しているが、現状の見立てでは六:四でバーサーカー陣営といったところだろうか。

 

 サーヴァント戦はセイバー・アーチャー陣営がやや優位と言える。

 頭数が同じとはいえ、やはりサーヴァント一騎とその宝具単体を同列には扱えない。そのうえバーサーカーが倒れれば『投擲の槌(ミョルニル)』も止まるため、ただでさえ前衛かつ紙装甲の彼が集中的に狙われるのは言うまでもない。

 後衛の援護という点では小回りが利き火力も申し分ない『投擲の槌(ミョルニル)』が有利だが、アーチャーの卓越した技量がその差を埋めている。この場で唯一真名が明かされておらず、宝具が謎に包まれているというのも大きい。

 

 だが、その不利を覆して余りあるほどにマスター同士の実力には隔たりがある。

 魔力すら満足に供給できないセイバーのマスターは論外だが、アーチャーのマスターは中々に優秀だ。キャスターが神代でも随一の魔術師であるからこそこのような評価ではあるが、現代の魔術師としては破格の才と言っていいだろう。

 そしてバーサーカーのマスター。これが規格外だ。

 まず魔力量。現代ではおよそあり得ないほどに膨大なそれは、毛髪一本から使い魔を創ることさえ可能とする。次に魔力特性。魔術を行使する様子を見るに、どうにも術式の構築を行っている気配がない。『過程の省略』か『結果の導出』か、それに類する起源を持つと推測される。

 マスター同士に限って言えば、たとえサーヴァントへの魔力供給量に数倍の差があったとしても実力差が覆るかは怪しいところだ。

 

 総評、このまま行けばマスター側が先に決着してバーサーカー陣営の勝利。番狂わせがあるとしても、それはサーヴァント側の戦闘だろう。

 そのようなキャスターの予想は、しかし思いがけない形で的中することとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衛宮士郎は必死に頭を巡らせていた。

 魔術戦において自分が無力なのは理解している。まして、サーヴァントの戦闘に割り込むことなど自殺行為だということも。

 だがそれでも、黙って見ていることなどできはしない。共に勝利を誓ったパートナーや同盟者が必死に戦っている中、自分だけ指を咥えて傍観するという選択肢は正義の味方を志す者としてあり得ない。

 

(何か)

 

 前方では、セイバーとバーサーカーが一進一退の攻防を繰り広げている。時折アーチャーのものと思しき狙撃が飛来しては、着弾するより早く『投擲の槌(ミョルニル)』によって撃ち落とされる。

 そんな光景が、もう十分以上も続いていた。

 

(何か、俺にできることは)

 

 手の甲に刻まれた令呪を見遣る。

 サーヴァントの行動を強制できるマスター最大の特権は、内包する魔力の許す範囲であればあらゆる現象を可能とする。

 これを使うことが、士郎のできる最大の援護だろう。

 

 ただし、令呪は聖杯戦争への参加権をも兼ねている。配られた三画のうち一画は既に消費しており、自由に使えるのは実質残り一画。使いどころを間違える訳にはいかないのだ。

 何も敵はバーサーカーだけではない。ランサーやライダーとは確実に、恐らくは他のサーヴァントとも戦うことになるのだから。

 

 ここで使ってしまっていいのか。いやそれ以前に、この戦いで使うとしても今が切り時なのか。魔術も戦闘も素人に毛が生えた程度の士郎には判断がつかない。

 

 葛藤を切り上げ、まずは他にできることを探そうと意識を切り替えた時だった。

 

 

「何つーか、小っせえな。俺の敵ってヤツはさ」

 

 

 そんな台詞とともに、バーサーカーがセイバーを痛烈に殴り飛ばしたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セイバーとの競り合いの中、トールは既視感に襲われていた。

 

「アンタ、万全じゃねえだろ」

 

 令呪によって縛られていたランサー。魔力不足によりステータスが低下していたライダー。既に矛を交えた二騎と同様に、眼前のセイバーも全力を出せていないように感じられたのだ。

 

「大方ランサーとでもやり合ったか?まあ何でもいいんだが。かの名高いアーサー王が、この程度が限界なんて言ってくれるなよ!」

 

「ほざけ。これしきの傷、貴様を斬るのに些かの不足もない!」

 

「ははっ、そうこなくっちゃなあ‼︎」

 

 リーチをやや縮めたことにより、近接戦は一層激しさを増していた。

 セイバーの聖剣―――『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』は恐らく対城、最低でも対軍宝具と推測される。市街地から外れているとはいえ、こんな街中で開放するとは考えにくい。『風王鉄槌(ストライク・エア)』は厄介だが、少なくとも聖剣が剥き出しのうちは使ってくることはないだろう。

 

(とはいえ、『鞘』が取れてから明らかに斬撃の威力が上がってやがる。さっきまでも大概だったが、今じゃ一撃でも貰ったら即死圏内かもな)

 

 しかし、それはセイバーの側にも言えることだ。

 Aランクの対魔力スキルにより大抵の魔術を無効化するセイバーだが、それを上回るA+ランクの魔力に加え『投擲の槌(ミョルニル)』の供給を受けているトールの溶断ブレードを完全に防ぐことは叶わない。大幅に威力を削がれてなお、肉体を真っ二つに両断する程度の芸当は可能だ。

 

「ま、要するにだ」

 

 それらの条件を鑑みた上で、トールの出した結論はこの上なく単純だった。

 

「先に一撃ぶち当てた方が、勝つ!」

 

 溶断ブレードを一瞬消し、直後急激に噴出する。爆発的に膨張した空気がトールの背中を押し、先程のセイバーにも劣らぬ速度で距離を詰めていく。

 

「はあっ!」

 

 対するセイバーも、魔力放出による高速機動でトールへ迫る。速度は五分―――否、セイバーの方がやや上か。

 セイバーが聖剣の間合いに敵を捉える。だがそれが振り抜かれる寸前、標的の姿が上空へ消える。五メートルほど飛び上がったトールが溶断ブレードを伸ばすが、直感で察知していたセイバーは難なく躱して空中のトールを待ち受ける。

 ただし、溶断ブレードは十本あるのだ。

 

「ちぃっ!」

 

 回避に手一杯で迎撃の余裕のないセイバーを余所に、悠々と着地を果たしたトールは獰猛に笑う。

 

「ははっ、この程度か⁉︎ そんな訳ねえよなあ‼︎ こちとらようやく温まってきたところなんだ、まだまだ付き合ってもらうぜセイバー‼︎」

 

「いいやバーサーカー、貴様は早々に叩き斬る!」

 

 互いに受けはなく、回避のみが防御手段の近接戦闘。そんな変則的な斬り合いが数分間も続いたところで、両者は一旦距離を開けた。

 

「ふぅ。ほんっと、生身じゃねえのが悔やまれるぜ。アンタら英霊はとびきり良い経験値になりそうだってのになぁ」

 

「経験値?」

 

「そう、それが俺の戦う理由ってヤツだ。崇高な騎士サマとしちゃあ受け入れがたいか?」

 

 悪戯めいたトールの問いにセイバーは首を振る。

 

「私とて戦士の端くれ、戦いのための戦いを否定はしない。だが勝つのは私だ。私には聖杯を獲らねばならない理由がある」

 

「へえ、かのアーサー王がそこまでして叶えたい願いってのは興味があるな。参考までに聞かせてくれよ」

 

 曲がりなりにも相手の戦う理由を聞いた以上、こちらも答えるのが筋だとセイバーは応じた。どのみち既に真名を知られている以上、答えたところで大して不利益が生じる訳でもない。

 

 

「私の願いは選定のやり直し。ブリテンの王を、私を除いて新たに選び直すことだ」

 

 

「…………………………あ?」

 

 呆気に取られたように、トールの喉から小さな声が漏れた。余程意外な答えだったのか、何度もその目を瞬かせている。

 

「やり直し……ね。自分が王にならなかった可能性に世界を分岐させると」

 

「そうだ」

 

「つまり、何か?アンタは自分が王になったから国が滅んで、他の誰かならもっと上手くやれたんじゃないかと後悔してるってのか?」

 

「……当然だろう。己の国を滅ぼしておいて、どうしてそれを誇れるというのだ」

 

 それは至極当然の意見のはずだ。少なくとも、セイバーはそう思っていた。

 王たる者の最大の義務は国を存続させること。それができなかった自分は結局、王の器ではなかったのだと。

 

 だがトールの反応は、セイバーにとって全くの想定外のものだった。

 

 

「はぁ―――ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

 

 彼の返答は肯定の言葉でも否定の宣告でもなく、ただひたすらに細く長い溜息だった。

 

「……何の真似だ、バーサーカー」

 

 己が悲願を侮辱されたと感じ殺気立つセイバーに、目を伏せたまま応じる。

 

「いや理屈はわかるぜ?一国の王が自国を憂うのは当然だろうさ。滅亡を回避できるってんなら死に物狂いで追い求めるのも頷ける。けど、けどなぁ」

 

 そこでトールは言葉を切り、十指の溶断ブレードを消してからつまらなそうに呟いた。

 

 

「何つーか、小っせえな。俺の敵ってヤツはさ」

 

 

 次の瞬間。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()

 

「なっ……⁉︎」

 

「ぶっ飛べ」

 

 そのまま数メートルも吹き飛ばされた後、どうにか体勢を立て直したセイバー。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「が、ぁっ⁉︎」

 

 そのまま殴り倒されてアスファルトに着弾し、肺の中の空気が根こそぎ吐き出される。

 サーヴァントに本来呼吸は必要ないとはいえ、生前の習慣は中々に変えがたい。文字通り息が詰まったような感覚にセイバーの動きが鈍る。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(何、が……)

 

萎えた(・・・)。今のアンタは経験値には向かねえわ」

 

 冷めた様子でそう告げ、無防備な姿を晒すセイバーに更なる追撃を叩き込もうとして。

 

 

「やめろぉぉぉぉぉぉ‼︎」

 

 

 己のサーヴァントを救わんと猛進する衛宮士郎(マスター)を視界の端に捉え、トールは僅かに口角を上げた。



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