インフィニット・トリガー (小狗丸)
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第1話 四門空色人と佐鳥賢(1)
「ああー! もう羨ましいなー! 本当に羨ましいー!」
深夜。とあるビルの一室で待機していた俺、四門空色人(しもんらいと)は隣で携帯電話のニュースを見ながら嘆く友人、佐鳥賢の声を聞いて思わずため息を吐いた。コイツ、またか……。
「はぁ……。いい加減にしろよ、賢。それでもう何回目だよ?」
「だって本当に羨ましいんだって。見ろよコレ」
俺の言葉に賢は自分が持つ携帯電話の画面をこちらに向けてきた。携帯電話の画面には今日の朝に報道された、恐らくは世界全体で注目されているであろうニュースが表示されていた。
『世界初! 日本で男性のIS適合者現れる!』
IS。正式名称はインフィニット・ストラトス。
今から何年か前に篠ノ之束という天才科学者が開発したパワードスーツで、元々は宇宙開発の為に開発されたものらしいが発表されてすぐに兵器に転用されて、今ではアラスカ条約で兵器としての使用が禁じられてバトルスポーツに活用されている。
そしてISは「世界最強の兵器」と呼ばれるくらい非常に強力な存在なのだが、何故か「女性にしか動かすことができない」という特徴があった。……そう、今までは女性にしかISを動かすことができないはずだった。
しかしつい先日に織斑一夏という一人の男がISを起動させたことで、その今までの常識が覆されたのだ。
「世界で一人だけの男のIS適合者ってことはやっぱりIS操縦を習うIS学園に通うんだろうなー。そしてIS学園のクラスメートは当然全員女子なんだよなー。ああー! もう羨ましいなー! 織斑一夏が本当に羨ましいー!」
好きなものは女の子とハンバーガーだと普段から胸を張っていう賢は、このニュースが報道された朝からずっとこの調子で会ったこともない織斑一夏を羨んでいる。正直うっとうしい。それにコイツはこう言うが、俺はそれほど織斑一夏を羨ましいとは思わないんだよな。
「俺はそんなに羨ましいとは思わないけどな。世界でただ一人の男性適合者なんて色々面倒そうだし」
「そんなことはないだろ。IS適合者になれたら変身ヒーローみたいにISを装着できてカッコいいし、可愛い女の子の知り合いが沢山できていいことだらけじゃんか」
「変身ヒーローも、可愛い女の子の知り合いをつくるのも『ボーダー』で充分できるだろ?」
賢の言葉に俺は呆れた様にツッコミを入れる。
ボーダー。
それが俺と賢が所属している組織の名前だ。
ボーダーがどんな組織かというと「世界の平和を守る正義の軍隊」といったところだろうか。
今から四年くらい前にここ、三門市は「ネイバー」という異世界からの侵略者に襲われた。ネイバーの軍隊の前にはISを含んだ地球の全ての兵器は全く通用せず、三門市はネイバーによって壊滅させられると思われたがそれを救ったのがボーダーという組織だった。
ネイバーを退けたボーダーは三門市に支部を作り、それからは特別なシステムでネイバーの出現を三門市周辺に集中させて現れたネイバーを撃退し、今日まで異世界からの脅威から地球を守ってきたのだ。
そして俺と賢はネイバーが現れないかを見張り、現れたらすぐに撃退に向かう深夜の防衛任務の真っ最中であった。まあ、今夜はネイバーも現れる気配がないし、任務も後一時間もしないうちに終了だからこうして無駄話をしているんだけどね。
「……うん。確かにボーダーでもこうして『トリオン体』に変身できるし、可愛い女の子の隊員も沢山いる」
俺のツッコミに賢は納得してようやく大人しくなってくれた。
ボーダーではISを初めとする今まで使われてきた兵器を使用せず、「トリオン」という生物が生み出す特殊なエネルギーを利用した「トリガー」という兵器を使用している。そしてボーダーの隊員はトリガーを発動させた際に、生身からトリオンでできた戦闘用の身体「トリオン体」に変身するのだ。
次にボーダーの女性隊員のほとんどは若くて可愛い、あるいは綺麗な女性ばかりだ。入隊したばかりの頃、賢はボーダーの美人隊員の多さに感動し、手当たり次第に女性隊員に声をかけたのは今でも覚えている。
つまり変身ヒーローのように変身できて、可愛い女の子との出会いに恵まれたボーダーの賢は、織斑一夏を羨ましく思う必要はないということだ。やれやれ、これでようやく静かに……、
「それでもやっぱり羨ましいんだって! 一度でいいからクラスメートは全員女の子っていうギャルゲーみたいな学生生活を送ってみたい~!」
……ならなかった。
静かになったのはほんの一瞬で、すぐに賢は体をくねらせて嘆いた。うざったい上に気持ち悪い。「何でコイツの友人をやっているのだろう」と本気で自問自答したくなるレベルだ。
「ああ~。俺も織斑一夏のようにISを動かせないかな~」
「無理だろ」
賢の言葉に俺は即答した。
織斑一夏という前例がある以上、第二第三の男性適合者が現れる可能性はあるかもしれないが、それでも俺達ボーダー隊員がISを起動させることは出来ないだろう。
俺はそう結論付けると未だに何かを言っている友人を無視して任務に集中した。
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第2話 四門空色人と佐鳥賢(2)
「さあ! はるばるやって来ました! 市立の多目的ホール!」
織斑一夏という俺と同い年の男子がISを起動させたというニュースが報道されてから数日後。日曜日の晴天の下で賢の馬鹿丸出しの声が響き渡った。
……うるさい。そしてうざったい。
「賢、あまり大声で騒ぐな。周りが見てるぞ」
ここには俺達二人だけでなく、俺達と同じ中学の同級生や下級生、そして三門市の高校の先輩方が大勢集まっていて、そのほとんどがこちらを見ていた。
本当に勘弁してほしい。俺、目立つのは好きじゃないんだよ。あー、何だか目がチカチカしてきた……。
しかしそんな俺の内心を知らずに賢はテンションを下げることなく、むしろ更に上げて声を出す。
「何言ってるんだよ? 今日が何の日か忘れたのか? 『IS適合検査の日』だぞ。こんなビックイベントの日にテンションが上がらなかったら嘘でしょ!」
そう、賢が言う通り、今日はここ市立の多目的ホールで三門市中の男子中学生と男子高校生を集めてISの適合検査を行うのだ。
織斑一夏がISを起動させたという報せを聞いた世界各国は、「織斑一夏以外にもISを起動できる男子がいるのではないか?」と考え、自国の織斑一夏と同年代の男子を集めて一斉にISの適合検査をすることにした。……うん。それをやる意味は分かるんだけど、それでもやっぱり休日返上で集められる俺たち学生としてはたまったものではない。
「ああ~。もしISを起動できたらどうしよう? クラスメートが全員女の子のバラ色青春が始まったらどうしようかな~?」
賢の奴は自分がISを起動した未来を想像して気持ち悪く体をくねらせているが、このようにテンションを上げているのはコイツだけだった。他の男子達は最初から興味がないような諦めたような白けた表情をしている。
……まあ、それもそうか。
「賢、いい加減にしろ。俺達がISを起動できるはずないだろ? 俺達は『世界平均トリオン数』が断トツ一位の日本の中で『全国平均トリオン数』が圧倒的一位の三門市の人間なんだぞ」
そろそろ俺の中で鬱陶しさがピークに達してきたので、俺は残酷だと思うが隣の友人に現実を告げた。
今俺が言った世界平均トリオン数というのは世界各国の国民の平均的なトリオンの強さを表す数字のことで、日本以外の国の平均トリオン数は「1」から「2」なのに対して日本の平均トリオン数は「3.8」。
ちなみにほとんどの人のトリオン数は「1」くらいで、トリオンを武器として使用するボーダー隊員になるにはトリオン数が最低でも「3」は必要とされる。
そして全国平均トリオン数というのは世界平均トリオン数の日本版みたいなもので、これは三門市があるうちの県が他の県の二倍以上の数字を記録しており、しかも高いトリオン能力を持つ人間は決まって三門市に集中していた。
……本当に今更なんだけど何なんだろうな、この三門市って所は? 前に何かの資料で知ったけど三門市の住民って全員がトリオン数が「2」以上で「1」の人間っていないらしいぞ?
まあ、要するに三門市の住民は世間から見れば決まって高いトリオン能力を持っていて、それがどうしてISを起動できない話に繋がるかと言うとそれはISの特徴にある。
ISには世間に大きく知られている特徴が二つある。
一つは「女性にしか起動できない」という特徴。(これは織斑一夏の登場によって覆されてしまったが)
そしてもう一つは「トリオン能力が高い人間には起動できない」という特徴だ。どういう訳かISはトリオン数が「2」以上あると、それが女性であっても起動させることができないのだ。
ここまで言えばもう分かると思うが、つまり男でトリオン能力が高いここに集まっている三門市の男子はISを起動できる可能性が限りなく低いということである。それは皆も分かっているから白けた表情をしているわけだ。
更に言えば、三門市の住民でも特にトリオン能力が高いボーダー隊員の俺と賢がISを起動できる可能性は限りなく低いどころか全くのゼロだ。それは賢も充分分かっているはずなのに、幸せな奴だ……。
とにかくISの適合検査が始まったら賢の奴も夢から覚めるだろう。俺達がISを起動できるなんてまずありえないんだから。
「俺達がISを起動できるなんてまずありえない……はずだったんだけどなぁ……」
多目的ホールの一室で俺は天井を見上げながらぼんやりと呟いた。
今俺がいるのはISの適合検査をする部屋で、そこで俺は……………「ISを装着した状態」で立ち尽くしていた。
適合検査が始まって三時間くらいが経ち、ようやく俺の番になって早く終わらせようと用意されたIS……確か打鉄だったっけ? それに触れた瞬間、目の前が真っ白になって次に視界が戻ると俺は打鉄を装着していた。
部屋にいる係員の人達は全員信じられない、といった表情でこちらを見ていたが、一番今起こったことが信じられないのは俺だからね? 何で男で、自分で言うのもなんだけどトリオン能力がかなり高い俺がISを起動できるんだよ?
「ら、空色人……?」
俺より先にISに触れたが全く反応せず、今まで「OTZ」状態だった賢が俺を見上げてくる。
「あ~、賢? 俺、IS起動できたみたいだ」
「ふざけるな------! 何でお前なんだ-------!?」
多目的ホールの一室に血の涙を流さんばかりの表情をした賢の叫びが響き渡った。
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第3話 四門空色人と迅悠一
『織斑一夏君に続きまたしても日本で男性のIS適合者が発見されました! 二人目の男性IS適合者の名前は四門空色人君と言い、四門空色人君は界境防衛機関ボーダーに所属しているB級隊員です。高いトリオン能力を持ちながらISを起動を起動できたのは彼が初めてで……』
「………はぁ」
あの悪夢のIS適合検査の日から数日後。俺はボーダー本部の食堂にあるテレビで俺のことを報道するニュースを見て深いため息をついた。ため息をつけばその分幸せが逃げると言うが、もう俺の幸せは大きく減ったので今更幸せが減っても大して変わらないだろう。
IS適合検査の日にISを起動させた後は本当に大変だった。
突然の出来事に呆然としていた俺は、何処からか現れたISを装着した数名の警備員によって強引に何処かの研究所に連れ去られ、そこで血を抜かれたり様々な検査を受けさせられた。
それからしばらくしてボーダーからの迎えが来てようやく解放されると思ったら、今度はボーダー本部でも血を抜かれたり様々な検査を受けさせられた。
そして今日までの数日間。俺は「保護」という名目でボーダー本部に閉じ込められて自宅に帰ることもできず、一日に何度も検査かテレビ局からのインタビューを受ける日々を送っていた。……本当にもう疲れたよ。何て言うか、この数日間で身体がというより精神的に疲れたよ。
「………はぁ」
「よう。どうした? ため息なんかついて」
もう一度ため息をつくと額に青のサングラスをかけた茶髪の男が話しかけてきた。
「迅さん」
話しかけてきたのはボーダーでも二人しかいないS級隊員、迅さんだった。
「ぼんち揚食う?」
そう言うと迅は左手に持っていたぼんち揚が入っている袋をこちらに差し出してた。ぼんち揚をこよなく愛するしている迅さんは、まるで挨拶代わりにぼんち揚をすすめてくるのだ。
「……いただきます」
迅さんが持つ袋からぼんち揚を一つ取り出して食べる。……うん。美味しい。
「しっかし最近大変そうだな」
「本当ですよ。毎日毎日検査とインタビューばっかりでモルモットか珍獣になった気分ですよ。……いや、実際にそうか」
「そんな顔するなよ。皆お前に期待しているんだぜ? 何しろお前のお陰でトリオン技術とIS技術が一気に進むかも知れないんだからさ」
落ち込む俺に迅さんが励ますように声をかけてくれる。
「それに悪いことばかりじゃないと思うぞ? 四門って春になったらIS学園に進学するんだろ?」
「ええ、そうですけど」
ISを起動させた俺は政府とボーダー上層部両方からIS学園に入学するように言われていて、すでに手続きも完了している。ボーダーの外務・営業部長の唐沢さんの話によれば、俺がIS学園に入学してそこで得られたデータを提供することを条件に国連はボーダーに資金援助をしてくれるらしく、「キミのお陰でボーダーの財政が潤うよ」と言われた。
「IS学園に進学するとそこらじゃ滅多に見られない綺麗な同級生や上級生との出会いが沢山ある。そしてそこでお前は沢山の綺麗な女の子達と親密な関係になれる。俺のサイドエフェクトがそう言っている。羨ましいな、この色男」
からかうように俺の肩を軽く叩いてくる迅さん。そういえばこの人って、賢と同じくらい女の子が好きだったっけ?
サイドエフェクトというのは高いトリオン能力を持つ者が極稀に目覚める超感覚で、迅さんは未来を知るという反則じみたサイドエフェクトを持っている。その迅さんが言うには間違いだろうが、俺にはあまり興味のない話なんだよな……。
「迅さんまで賢みたいなこと言わないでくださいよ……。別に俺、そういうのはいいですから」
「若いのに枯れたこと言うねぇ……」
迅さんはやれやれと言った風に肩をすくめると不意に真面目な表情となって俺を見てきた。
「それはともかくIS学園に進学したら気をつけろよ? 今はまだ何とも言えないがIS学園でお前は中々面倒そうなトラブルに巻き込まれそうだ。俺のサイドエフェクトがそう言っている」
……マジですか? 何だか今からIS学園に行くのがイヤになってきたんですけど……。
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第4話 IS学園入学
俺がISを起動させてから数ヶ月後。
上層部からの命令でボーダー本部の一室を自室にして生活をし、IS関連の検査やインタビューにボーダーでの訓練と、色々と忙しい日々を送っているうちに運命の日が来てしまった。
すなわちIS学園の入学日である。
数ヶ月前に迅さんから「この学園に入学すると面倒なトラブルに巻き込まれる」という不吉な予言をいただいた俺は正直行きたくなかったが、ボーダー本部と政府からの命令を無視する訳にはいかず渋々とIS学園の敷地に足を踏み入れることに。……あー、帰りたい。
俺のクラスは一年一組。
そこには俺より先に……と言うより世界で最初にISを起動させた男性適合者、織斑一夏がいたが他のクラスメートは当然女子ばかりであった。これって賢が見たら泣いて喜びそうな光景だな。
『…………………………』
クラスメートの女子達は一言も話そうとせず、ただひたすらに俺と織斑一夏を凝視していた。
視線の集中し具合は、俺に八で織斑一夏に二と言ったところだろうか。俺は今日まで散々テレビのインタビューを受けて耐性がついた為、これくらいの視線はもうなんともなかったが、織斑一夏の方は慣れていないのか非常に辛そうで何度もこちらに救いを求めるような視線を向けてきた。
いや、何で今日会ったばかりの俺にそんな目を向けるんだよ? そんな風に見られても俺何もできないぞ?
織斑一夏とクラスメートの女子達の視線を無視していると教室の扉が開いて眼鏡をかけた良く言えば優しそうな、悪く言えば気弱そうな女性の先生が入ってきた。
「皆さん、おはようございます。そして入学おめでとう」
『…………………………』
女性の先生は笑顔で挨拶をしてくれたのだがクラスメートの女子達は俺か織斑一夏を見るのに夢中で、そして俺と織斑一夏もこの空気の中では中々声を出すことが出来ず、先生に返事をする者は一人もいなかった。
「うっ……! え、えーと、遅れている人はいませんね? それじゃあ朝のHRを始めます」
『…………………………』
誰も返事をしようとせず沈黙を貫くクラスに、女性の先生はひきつった表情となりながらも話すが、やはりこれも返事は返ってこなかった。何だか気の毒になってきたな。
「わ、私は、このクラスの副担任の山田真耶、です……。皆さん、よろしくおねがいしますね……?」
一言も話さないクラスに女性の先生、山田先生はおずおずと自己紹介をする。よく見れば山田先生の目には若干の涙が浮かんでいた。……ん?
『………!』
ふと視界の端に違和感を覚えてそちらを見ると、そこにはここにはいないはずの賢の幻が握り拳を作りながらこちらを睨み付けていた。その表情は「あんな綺麗なお姉さんが困っているのに助けないなんて、お前男か!?」と言っているように見えた。
幻になってまでついてくるとは凄い執念だな、賢? でもまあ、お前の意見ももっともか。
「はい! よろしくおねがいします」
賢(の幻)からのお叱りを受けた俺は席に座ったまま山田先生にクラス中に聞こえるような大きな声で挨拶を返した。そのせいでクラスメート達が全員驚いた顔で見てきたが気にしない事にした。
「あ……。は、はい! よろしくおねがいしますね!」
おれの挨拶にクラスメートと同じく驚いた顔をしていた山田先生だったが、すぐに嬉しそうな顔になって何度も頷いてくれた。良かった。どうやら機嫌は治ってくれたようだ。
『………♪』
見れは賢の幻も笑顔を浮かべてこちらにサムズアップをしていた。
「それではまず自己紹介をしてもらいます。出席番号順で……」
山田先生に呼ばれた生徒が順番に教壇に立って自己紹介をしていく。そして二、三人の生徒の自己紹介が終わって織斑一夏の番になったのだが、当の織斑一夏は何かを考えているようで自分の番になった事に気付いていないようだった。
「織斑くん。織斑一夏くん!」
「は、はい!?」
山田先生に呼ばれてようやく気がついた織斑一夏は何か山田先生に言ってから教壇に立つ。すると自然とクラスメートの女子達の視線の圧力が増した。
「え、えーと……。織斑一夏です。よろしくおねがいします。……………以上です」
ガタタッ!
たっぷりと間を置いた織斑一夏の言葉にクラスメートの女子達の半分がずっこけた。中々ノリがいいな、このクラス。賢がいれば爆笑していただろうな。
と、俺がそう思っていると「パァン!」と何やら痛そうな音が聞こえてきた。音がした方を見たら織斑一夏の頭をいつ間にか現れた新しい女性の先生が叩いていた。……あれ? あの先生ってどこかで見たような気が。
「げぇっ、関羽!?」
スパァンッ!
「誰が三国志の英雄か、馬鹿者」
織斑一夏の言葉に女性の先生は再び彼の頭を叩く。あの先生も中々ノリがいいな。あんな痛そうなツッコミ、俺は嫌だけど。
「お前は自己紹介もまともにできんのか?」
「ち、千冬姉!、なんでここに!?」
バシィインッ!
「織斑先生だ」
女性の先生、織斑先生に三度頭を叩かれて織斑一夏が教壇の前にある机に突っ伏す。何やら頭から煙が出ている気がするが気のせいだろう。
……というかあの先生の名字も織斑?
「諸君、私がこのクラスの担任の織斑千冬だ。諸君らにはこれからISの基礎知識を半月で覚えてもらう。その後実習だが、基本動作は半月で体に染み込ませろ。いいか、いいなら返事をしろよ。よくなくても返事をしろ、私の言葉には返事をしろ」
織斑先生の教師というよりは軍隊の教官のようセリフにクラスは静寂に包まれた。しかしその直後、
『キャアアアァァアァ!!』
クラスメートの女子達が一斉に叫んだ。うわっ、うるさっ!? 今教室のガラスが震えたぞ!
「ほ、本物の千冬様よー!」
「ずっとファンでした!!」
「千冬様に会うためにIS学園に来ました!」
「私は北九州から来ました!!」
織斑先生に向けてクラスメートの女子達が熱い声を上げる。
ああ、そうか。どこかで見たと思ったら織斑先生って、あの「ブリュンヒルデ」か。
ISの世界には「モンド・グロッソ」という各国家の代表者達がISの操縦技術や格闘技術を競うオリンピックみたいな大会がある。
そして織斑先生こと織斑千冬は、第一回モンド・グロッソの日本代表で他を寄せ付けない圧倒的な強さで優勝し、その戦いぶりから「ブリュンヒルデ」という異名で呼ばれるようになった。
なるほど、第一回モンド・グロッソの優勝者ともなればISに携わる女性にとって憧れの存在だろう。そう考えればこのクラスメートの女子達の浮かれぶりも理解できる。
しかし当の本人である織斑先生はすごく呆れた顔をしていた。
「全く、毎年毎年よくもこれだけの馬鹿者が集まるものだ。私のクラスに集中させているのか?」
「もっと叱って! 罵って!!」
「そしてつけあがらないように躾して!」
織斑先生の冷たい、突き放すような言葉にもクラスメートの女子達はめげることなく、むしろ更に興奮しているように見える。色々とタフだな、このクラス。
「はぁ……。もういい、そろそろ静かにして自己紹介の続きをしろ。織斑も自分の席に戻れ」
織斑先生の指示に従ってクラスメート達は次々と教壇に立って自己紹介をしていき、いよいよ俺の番になった。教壇に立つと女子達の視線が光線みたいになって一斉に突き刺さってくるが、俺はそれを無視して一つ息を吸うと口を開いた。
ここで失敗をするわけにはいかない。何せ俺はボーダーの代表としてここに来たのだ。IS学園でのボーダーのイメージを俺のせいで下げる訳にはいかないからな。
「はじめまして四門空色人です。四つの門と書いてシモン、空色に人と書いてライトです。好きなものはポテトチップスと将棋、趣味は……ボーダー本部で行う射撃訓練ですかね? ISの勉強は皆より遅れていて、授業で足を引っ張ったりするかもしれませんがどうかよろしくおねがいします」
「うわぁ……本物の四門君よ」
「テレビで見るよりカッコいいかも……」
「四門君って、あの嵐山隊なんでしょ? テレビで見たし」
「でもISを起動させた時、IS学園に入学するために嵐山隊を辞めたって聞いたよ?」
俺の挨拶にクラスメートの女子達が小声で話す。聞こえてくる分にはそれなりに好印象のようだ。
でも入学初日からこんな騒ぎになるなんてこれから先、ちょっと不安だな……。
この小説の主人公は積極的に(ボーダーの仕事で)テレビに出ているため、一夏よりも有名人だという設定です。
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第5話 四門空色人と織斑一夏
「なあ……。本当に『あの』四門なのか?」
HRと一時限目が終わって休憩時間になるといきなり織斑一夏が話しかけてきた。
織斑一夏がはなしかけてきた途端、周囲の女子達がざわめきだしたが織斑一夏はそれに全く気づいていないようで、どこか興奮したような目で俺を見ていた。……一体何なんだ? コイツ?
「あの、が一体何のことだか知らないけど、俺の名前は四門空色人だ。HRでも自己紹介しただろ?」
「そ、そうか。そうだよな。いや、悪い。テレビでよく見る嵐山隊の隊員を生で見て少し興奮してな。ああ、俺のことは一夏でいいからな」
照れた風に言う織斑こと一夏が言うように、俺は数ヶ月前までは嵐山さんが率いる嵐山隊に所属していた。そして嵐山隊は防衛任務の他にボーダーの活動をアピールする広報活動も行っていて、俺自身ISを起動させる前から何度もテレビに出たりモデルの真似事をやったことがある。
だがISを起動させてIS学園に入学すると「高いトリオン能力を持つ者がISにどの様な影響を与えるか」の実験を優先するようにと、国連……主に日本政府から指示が出た。そしてそれがボーダーが資金援助を受ける条件だったので、ボーダー本部からもISの実験を優先させる命令が出て、俺は嵐山隊を抜けることになったのだ。
「じゃあ俺のことも空色人でいいよ。……ボーダーに興味があるのか?」
ふと気になったことを聞いてみると一夏は「ああっ!」といい笑顔で答えた。
「だってカッコいいじゃないかボーダーって。俺も二年くらい前に弾……友達と一緒にボーダーの入隊試験を受けたんだけど落ちてさ。でも、テレビのボーダー特集や嵐山隊の活躍はいつも見ているぜ」
……何て言うか、ここまでいい笑顔で言われるとちょっとむずかゆいな。でも今まで世話になった隊をよく言われると悪い気はしないな。
「そうか、ありがとう。そう言ってくれると嵐山さん達もきっと喜んでくれるよ。これからも嵐山隊を応援してくれよな」
「……? なんか他人のことみたいな言い方だな? どうかしたのか?」
「え? 別に他人事のつもりで言ったつもりじゃないけど……俺はもう嵐山隊じゃないからな」
頭に疑問符を浮かべる一夏に俺は肩をすくめて答える。
「えっ!? 何でだよ!」
「落ち着けよ、一夏。俺はこのIS学園に入学する時にボーダー本部と日本政府から、ISに関する実験を優先するようにって命令されたんだよ。それで嵐山隊と一緒に活動できなくなったから辞めることになったんだよ」
「そ、そうなのか……」
心底驚いた顔になって詰め寄ってくる一夏だったが、事情を説明すると納得したようで引き下がってくれた。
「でも急に空色人が抜けて嵐山隊は大丈夫なのか?」
「嵐山さん達はそんなにヤワじゃないさ。それに俺と入れ替わりで有能な隊員が一人、嵐山隊に入ったから大丈夫だよ」
一夏の質問に答えながら俺は、俺と入れ替わりで嵐山隊に入った一人の隊員の顔を思い浮かべる。アイツは腕も確かだし、素直じゃない性格がトラブルを生むかもだけどなんとかなるだろう。
「そうなのか。それじゃあ……」
一夏が何かを言おうとした時、二時限目を知らせるチャイムが鳴った。もうこんな時間か。
「あ、やべ。じゃあ空色人、次の休み時間にボーダーの事を教えてくれよ」
そう言うと一夏は自分の席に戻っていった。
織斑一夏、か。まあ、悪い奴ではなさそうだな。
二時限目はISの基礎理論の授業だった。
授業を進める山田先生の口からISに関する専門用語がすらすらと出てくる。というかこれって高一の授業のレベルじゃないって。IS学園の入学が決まった時に渡された広辞苑並みの厚さのISの参考書を読んで予習をしてなかったらとても授業についていけなかっただろう。
あれは本当に大変だった。東さんや風間さんといったボーダーでも頭がいい人達が手伝ってくれなかったら、多分参考書の十分の一も理解できなかっただろう。
実際、太刀川さん米屋先輩がISの参考書を読んだら三秒くらいで青い顔となってギブアップしたもんな。そう、丁度ここから見える一夏のように……って、アレ? 何だかイヤな予感がするぞ?
「織斑君? 何か分からないところはありますか?」
俺がイヤな予感を感じていると山田先生が一夏に話しかけていた。
「分からないところがあったら訊いてくださいね。何せ私は先生ですから」
「先生!」
「はい、織斑君!」
胸を張って言う山田先生に一夏は意を決したような表情で口を開き、山田先生もそれにやる気に満ちた声で返事をする。
山田先生っていい先生だよな。優しいし頼りになるし。山田先生だったら一夏に分からないところがあっても丁寧に教えてくれるだろう。
「ほとんど全部分かりません!」
………………………………………。
一夏の発言に山田先生がフリーズした。いや、山田先生だけでなく、俺を初めとするこの教室にいる全員がフリーズした。
「え……。ぜ、全部、ですか……?」
山田先生が困り果てた表情で呟く。うん、その気持ちは分かる。いくら頼りになる先生でも「全部分かりません」と言われたらどうしようもないからな。
「……………織斑。入学前の参考書は読んだのか?」
いつの間にか一夏の隣に立っていた織斑先生が一夏に声をかける。気のせいか、その声からは寒気がするくらいの怒気が感じられた。一夏も織斑先生から怒気を感じているようで、よくみると冷や汗を流している。
「古い電話帳と間違えて捨てました」
「必読と書いてあっただろうが馬鹿者!」
パァン!
怒声と共に織斑先生の出席簿が一夏の頭に直撃する音が教室に響き渡った。
織斑一夏、か。悪い奴ではなさそうだけど大丈夫なのか?
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第6話 イギリスの国家代表候補生
「ちょっとよろしくて?」
二時限目の授業が終わった後の休憩時間。一人で次の授業の予習をしているとクラスメートの一人が話しかけてきた。
ちなみに一夏は休憩時間が始まるとクラスメートの一人と一緒にどこかにと行っている。何でもそのクラスメートは一夏の幼馴染らしく、久し振りに会ったので色々と話すこともあるだろう。
そして俺に話しかけてきたのはまるでモデルのように容姿の整った外国人の女の子だった。このIS学園は世界で唯一のISの技術を教える学園だ。だから様々な国の女の子が集まってくるので彼女のような外国人は珍しくない。
「えっと……確かセシリア・オルコットさんだったっけ? 俺に何か用?」
「まあ! 何ですのそのお返事は? このわたくしに声をかけられたのですから、もっとそれなりの対応をするべきではなくて?」
俺が返事をするとオルコットさんはわざとらしいくらいに驚いて上から目線で言ってくる。
そういえばISよりボーダーの方が知名度が高い三門市ではそうではないのだが、世間では「ISを起動できる女性は男性よりも偉い」と考えている女性が大勢いるらしい。そしてこのオルコットさんも話してみた感じだと女性の方が偉いと信じて疑わない典型的な「今時の女性」のようだ。
「そう言われてもな……。俺、オルコットさんのこと名前以外何も知らないんだけど?」
「し、知らない!? セシリア・オルコットを? イギリスの国家代表候補生であるこのわたくしを!?」
オルコットさんが信じられないといった表情で叫ぶ。
へぇ、オルコットさんって、イギリスの国家代表候補生だったんだ。
国家代表候補生というのは文字通り、モンド・グロッソに出場する国家代表の候補生のことだ。つまりはその国のエリートと言える存在で、それだったらあの自信に満ちた態度も納得がいくかな? でも……。
「ああ、すまない。というかオルコットさん? オルコットさんって他国の代表候補生の名前、何人言える?」
「えっ!? そ、それは……」
俺が謝ってから訊ねるとオルコットさんは言葉につまって視線を横にそらした。
国家代表候補生は確かに国のエリートであるが、それでも言ってしまえば国家代表の候補でしかない。国家代表だったら他国でも名前と顔が知られているかもしれないが、候補生だと怪しいだろう。
実際俺は国家代表だったら何人か知っているが候補生で知っているのは日本の候補生だけで、オルコットさんもこの様子を見たらあまり他国の候補生に詳しくないようだ。
「そ、そんなことどうでもよろしいですわ。それよりも……」
オルコットさんが誤魔化すように大声を上げた時、三時限目を知らせるチャイムが鳴り、一夏達も教室に戻ってきた。
「っ……! また後で来ますわ! 逃げないことね! よくって!?」
まるで捨て台詞みたいな言葉を残して自分の席に戻っていくオルコットさん。……別に逃げる気はないけど何だか面倒そうな人に目をつけられたみたいだ。
「それではこの時間は実戦で使用する各種装備の特性について説明する。………いや、その前に再来週に行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」
三時限目は山田先生ではなく織斑先生が教壇に立っていて、織斑先生は授業を始めようとした時にふと思い出した様に言った。
「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけでなく、生徒会の開く会議や委員会への出席もする……まあ、クラス長だな。ちなみに一度決まると一年間変更はないからそのつもりで」
クラス代表者か……。確かになれば生徒会や委員会に顔を覚えてもらって色々とプラスになるかもだけど、俺はISの実験やボーダーの訓練があるから遠慮したいか……、
「はい! 四門くんを推薦します」
なっ!? 遠慮したいと思った矢先にクラスメートの一人が俺の名前をあげてくれた。なんてことを。正直、ありがた迷惑だ。
「私は織斑くんを推薦します」
「お、俺!?」
別のクラスメートが今度は一夏を推薦して、驚いた一夏が自分を指差して声をあげる。いや、お前以外にいないだろ?
「では候補者は四門空色人と織斑一夏……他にはいないか? 自他推薦は問わないぞ?」
織斑先生がそういうがクラスメート達は手をあげる様子はみられなかった。あー、これは「世界に二人しかいない男子がいるからクラス代表者にして他のクラスより目立とう」って感じのノリだな。さっきからクラスメート達がそう言っているし……。クラス代表者くらいもっとしっかり決めた方がよくないか?
そう思っていると、クラス中に広まっている「クラス代表者は俺か一夏で決まり」という雰囲気に異議を申し立てる人物が現れた。
「待ってください! 納得がいきませんわ! そのようないい加減な推薦はみとめられません! 大体、男がクラス代表者だなんていい恥さらしですわ! わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」
……………。
オルコットさんのヒステリックな叫びにクラス中が静まりかえった。
いや、オルコットさん? いくらなんでもそれは言い過ぎじゃない? 俺か一夏がクラス代表者になるのがそんなにイヤなの? 別にクラス代表者になりたいわけじゃないけどさ。
「大体、文化としても後進的な国でくらさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で……」
「イギリスだって大してお国自慢ないだろ? 世界一まずい料理で何年覇者だよ?」
自分の世界に入ったオルコットさんの言葉を一夏が挑発で遮る。一夏の方を見てみると一夏は思わず言ってしまったという表情をしていたがもう遅く、オルコットさんは顔を真っ赤にして震えていた。
「あ、貴方! わたくしの祖国を侮辱しますの!?」
「先に言ったのはそっちだろ!」
「あー、はいはい! 二人ともストップストップ!」
このままだと一夏とオルコットさんの口喧嘩が始まると考えた俺は、手を叩きながら立ち上がって二人を止めることにした。そのお陰でクラスメート達の視線が集まったが勘弁してくれよ。俺、元々目立つのは苦手なんだからさ。ほら、目がチカチカしてきた……。
「何で止めるんだよ、空色人! 言われっぱなしで悔しくないのかよ!?」
「悪口を言われたからってすぐに熱くなるなよ。子供じゃないんだから落ち着けよ」
「……くっ!」
食って掛かってきた一夏だったが落ち着くように言うと大人しく引き下がってくれた。
「全く、これだから男って野蛮で短慮で嫌なのですわ」
「何だと!?」
「だから落ち着けよ一夏。……それよりオルコットさん? 二つ質問があるんだけどいいかな?」
先程の自分を棚にあげるオルコットさんに一夏が再び怒鳴ろうとするが、俺はそれを止めると彼女に声をかけた。
「質問ですの? ええ、構わなくてよ」
「じゃあ一つ目の質問だ。ISの開発者と第一回モンド・グロッソの優勝者の名前と出身国を教えてくれないか?」
「……はい? 貴方、そんなことも知らないんですの? それ、は………」
俺の質問にオルコットさんは一瞬馬鹿にしたような表情となるがすぐにこちらの意図に気づいて顔を青くする。
そう、ISの開発者である篠ノ之束と第一回モンド・グロッソの優勝者である織斑千冬の国籍は日本。つまりこの日本という国は、ISに関係する者達からすれば後進的どころか最先端の文化を持つ国と言える。彼女はそれを、よりにもよって当事者の片割れである織斑先生の前で罵倒したのだ。
「二つ目の質問。オルコットさんはさっきの休憩時間で俺に自分はイギリスの国家代表候補生だって名乗ったよね? 国家代表候補生っていったら国でもそれなりに責任がある立場だよね? それがこんな大勢の前で他国を馬鹿にする発言をするなんて下手したら外交問題になるんじゃないの?」
「……………」
続けて言う俺の質問にオルコットさんは言葉を無くして立ち尽くす。
国家代表候補生というのがどれだけの権力と責任を持つのかは分からないが、それでも国から注目を受けている彼女の言葉にはそれなりの影響力があるはずだ。最悪、今俺が言ったように外交問題に発展する可能性だってあるかもしれない。
気がつけば一夏を初めとするクラスメート達は全員俺とオルコットさんを見ており、オルコットさんは無言でうつむいていた。
……少し言いすぎたかな? 一夏に落ち着けと言っておきながら俺の方もさっきのオルコットさんに腹をたてていたみたいだ。
「あ~、オルコットさん? 何だか少し……」
「………すわ」
「え?」
「決闘ですわ! このような恥をかかされた以上、もはや決闘しかありませんわ!」
何かを呟いたかと思ったら勢いよく顔を上げてこちらを指差しながら宣言をするオルコットさん。……って、はい? 何で事実を指摘だけで決闘なんて流れになるんだよ?
よく分からないがここは彼女を落ち着かせないと……。
「いいぜ。その方が分かりやすいからな」
ヲイ。
俺が何かを言うよりも先に、一夏が好戦的な笑みを浮かべて言うが何でお前が言うんだよ? まさかお前もオルコットさんと戦うつもりか?
「話は纏まったようだな。四門空色人、セシリア・オルコット、織斑一夏の三名は一週間後に模擬戦をしてもらう。そしてその結果をもってクラス代表者を決める」
ヲイ。(二回目)
それまで黙って話を聞いていた織斑先生が言うが話が纏まったんじゃなくて先生が強引に話を纏めたんでしょうが。
なんと言うか、こういうところは一夏と織斑先生は似てると思う。やっぱり姉弟ということか。
こうして俺と一夏、そしてオルコットさんは一週間後に一組のクラス代表者の座を懸けて模擬戦をすることとなった。
……どうやら俺は入学一日目にして以前に迅さんが言っていた厄介事に巻き込まれたみたいだ。
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第7話 予期せぬ来客
「そうか。国家代表候補生ってそんなに凄いのか」
「ああ……。国家代表候補生に選ばれるのは凄い事なんだよ……」
入学一日目の授業が終わった放課後。俺は納得した表情をする一夏の言葉に苦い顔で返した。
何故俺がこんな苦い顔をしているのかというと帰り道に一夏から「そういえば国家代表候補生って何だ?」というあり得ない質問をされたからだ。
いや、本当にあり得ないって。その名前からも想像できるだろうし、何で姉に日本の元国家代表がいる一夏が国家代表候補生について知らないんだよ?
「一夏。お前、そんなのでよくオルコットさんとの勝負を了承したな? というより何で俺とオルコットさんの会話に首を突っ込んだんだ?」
俺が言っているのはあの三時限目でのオルコットさんとの言い争いのことだ。あそこで一夏が首を突っ込んでこなかったら模擬戦なんて面倒なことにならなかったんじゃないか?
「何を言ってるんだよ? あそこまで言われたら男として黙っていられないだろ?」
一夏は胸を張って答えるが「何を言ってるんだよ?」はこちらの台詞だった。
まあいい。今話し合うことはそんなことじゃない。
「それよりも一週間後の模擬戦はどうするんだ? 何かオルコットさんへの対策はあるのか?」
「対策? いや、それはないけど……一週間もあるんだし、ISの訓練をすればなんとかなるんじゃないか?」
なるか馬鹿。
俺は内心で一夏に毒づいた。たった一週間の付け焼刃で国家代表候補生に勝てるとでも思っているのか?
それとも一夏ってば初めてISを起動した日から今日までにISの猛特訓をしてかなりの実力を身につけているのか?
「……一夏。ISの起動時間って合計でどれくらいだ?」
「え? 起動時間か? ……確か初めて起動させた時とIS学園の入試で教官と戦った時だけだから合わせて二十分くらい?」
ふざけるな馬鹿。
俺は内心でもう一度一夏に毒づいた。一夏に何か勝算があるかと思った俺が馬鹿だった。
IS操縦者の実力はISの起動時間に比例すると言ってもいい。そして国家代表候補生は実験や訓練を合わせて起動時間が最低でも三百時間を超えると資料で読んだことがある。そんな国家代表候補生のオルコットさんに起動時間が二十分くらいしかない一夏ってば勝てる気でいるのか?
正直言って俺は一夏がオルコットさんに勝てる目はないと思う。もし一夏が高性能のISを所持していたら勝てる確率もあるかもだが、一夏がISを持っているように見えないし……やっぱり無理か。
とにかく一夏の心配ばかりしていないで俺自身もオルコットさんの対策を考えないといけないな。何しろ一週間後に模擬戦をするのは俺も同じなんだし。
「まあ、模擬戦のことはもっと真剣に考えた方がいいぞ。じゃあ、俺はもう寮に帰るからまた明日な」
「おう、また明日な」
俺は最初からIS学園の寮で生活する事が決まっているが、一夏はしばらくの間は自宅からIS学園に通うらしい。だから俺は一夏と別れると一人で寮にある自分の部屋へと向かった。
俺の部屋は寮の五階、寮館の最上階の一番端にあった。……何だかここに来るまでに見た他の生徒の部屋より大きいような気がするんだけど気のせいか?
「まあいいか。とにかく今日は疲れたからゆっくり……」
「よお、お帰……」
パタン。
扉を開けた瞬間、俺は部屋の中にいる人物を見て反射的に扉を閉めた。
え? どうして? 何であの人がここにいるんだ? ……いや、もしかしたら俺の見間違いかもしれないし、ここはもう一度確認をして……。
「おいおい、いきなり扉を閉めるだなんてあんまりじゃないか?」
俺が混乱する頭を落ち着かせてもう一度扉を開けようとしたその時、部屋の中にいた人物の方から扉を開けてその姿を現した。……ああ、やっぱり俺の見間違いなんかじゃなかった。
「……何でここにいるんですか? 迅さん?」
そう。俺の部屋に俺より先に入っていたのはボーダーでも二人しかいないS級隊員、実力派エリートこと迅さんだった。
「まあまあ、そんな怖い顔をしていないでほら、ぼんち揚げでも食べて落ち着けって。その辺りの説明もするから部屋に入れって」
「……分かりました」
俺は迅さんが差し出す袋からぼんち揚げを一つ取り出して食べると、迅さんと一緒に部屋に入った。うん。やっぱり美味しいな、ぼんち揚げ。ポテトチップスには及ばないけど。
「それで? 一体どうして迅さんがIS学園に来ているんですか?」
「簡単に言うと俺はお前の護衛に来たんだよ」
「護衛、ですか?」
迅さんの言葉に俺は思わずおうむ返しに呟いた。護衛ってどういう事だ?
「そう、護衛だ。……空色人、お前は織斑一夏と同じ男性のIS適合者だ。世界に二人しかいない男性の適合者が色々と危険なのは知っているな?」
「知っていますよ。だから俺はIS学園に入学したんですよ。ここだったらどの国も手出しができないから……」
「それに加えてお前は高いトリオン能力を持ちながらISを起動できる人間だ。……ぶっちゃけて言うと空色人、お前は織斑一夏よりもずっと世界に重要視されているんだよ。男で、高いトリオン能力をもつIS適合者。IS学園の不可侵条約を無視してお前を拐い、実験体にしようと考える国も出てきてもおかしくはない」
「………!」
迅さんの言葉に俺は思わず絶句した。この人は無駄なことはしないし、言わない主義だ。もしかしたら彼の未来視には、本当に俺がどこかの国に拉致されて実験体にされている未来が見えているのかもしれない。
「だから迅さんがここに来たって事ですか? トリガーが使えるボーダーなら例え相手がISを使ってきても対抗できるから」
「そういうこと。もう少し言えばお前の護衛は俺だけじゃなくて、ボーダーで信用できて非番の隊員がやってくることになってる」
「なるほど。この部屋が他の生徒の部屋よりも大きいのはその為ですか」
こうして中から見ると俺達がいる部屋は五、六人くらいは楽に泊まることができる広さがある。これは他のボーダー隊員が複数泊まることを考えてのことだろう。
「そうそう。ちなみにこの部屋、本当は国のお偉いさんを泊める用のかなりイイ部屋らしいんだよね。それを唐沢さんが交渉してお前用の部屋にしてくれたみたいだから次会ったらお礼言っとけよ?」
マジかよ? 唐沢さん、どんな交渉をしたんだよ? 本当にあの人の交渉能力は凄いよな……。
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第8話 勇気ある者と書いて勇者
迅さんが俺の護衛をする為に部屋に来た次の日。俺と迅さんは朝食をとるために寮にある食堂に来ていた。
すると先に食堂に来ていた女子達は俺と迅さんに強い視線を向けてきた。うん。本来は女子しかいないIS学園に世界に二人しかいない男性適合者の俺と、正体不明の男性である迅さんが現れたら注目されるよね。……あ~、目がチカチカしてきた。
「いやー、流石はIS学園。皆美人だねー。こんな大勢の美人達に注目されて羨ましいぞ、この色男」
迅さんは笑顔で食堂を見渡すとからかうように俺の肩を叩いてきた。何だかこの台詞、前にも聞いたような気がするぞ?
「そう思えるのは迅さんだからですよ。俺はこんな大勢に見られたら落ち着きませんよ」
「おいおい、嵐山隊にいた頃は広報の仕事もしていただろ? まあ、いいか。それよりこの食堂、料理が全部タダって本当か?」
「そうですよ。昨日の昼もここで食べたけどタダでしたし」
このIS学園では食事だけでなく授業料も全てタダで、それらは日本政府が代替わりしてくれている。その事を説明すると迅さんは驚いたように目を丸くした。
「それは凄いな。よし、タダだと分かったら遠慮はなしだ。早速食べようぜ」
「そうですね」
俺と迅さんは食堂のおばちゃんの所に行くと料理を注文した。注文した料理は俺が焼飯と麻婆豆腐で、迅さんが味噌ラーメンと餃子だった。
「お前、朝からよく食うね?」
「迅さんもでしょ? それよりどこで食べようかな……?」
「おーい、空色人! 一緒に食べようぜ」
迅さんに返事をしてからどこかに空いているテーブルがないか探していると、聞き覚えがある声が俺を呼んだ。声がした方を見るとそこにはクラスメートの女子と同じテーブルについている一夏の姿があった。
「一夏? お前、早いな? 確か自宅から通っているんだろ?」
「いや、それがお前と別れたすぐ後に山田先生と千冬姉……織斑先生がきてさ、俺も寮で暮らすように言われたんだよ」
迅さんと一緒に一夏達のテーブルについて質問がすると、一夏は昨日の出来事を説明する。へえ、一夏も昨日から同じ寮にいたのか。
昨日は迅さんと一緒にボーダー本部でやっていたB級のランク戦の映像を観ていたから気づかなかったな。
「ほうほう……。君がもう一人の男性適合者、織斑一夏君か。俺はボーダーの実力派エリート、迅悠一。ここにいる空色人とはボーダーの先輩後輩といった関係だ」
迅さんの自己紹介に、過去にボーダーの入隊試験を受けてボーダーに強い憧れを持つ一夏が姿勢を正す。
「ぼ、ボーダー隊員!? お、俺は織斑一夏って言って、空色人とはクラスメートです。それでこっちが……」
「篠ノ之箒です。私も一夏と同じく四門空色人のクラスメートです。よろしくお願いします」
一夏が自分の隣にいるクラスメートの女子、篠ノ之さんを紹介しようとするが、それより先に篠ノ之さんが自分から迅さんに挨拶をする。……ん? 篠ノ之って、もしかしてISの開発者の篠ノ之束さんの関係者か?
そう考えていると篠ノ之さんが俺を見てきた。
「こうして個人で話すのは初めてだったな。篠ノ之箒だ。私のことは箒と呼んでほしい。……苗字で呼ばれるのはあまり好きではないのでな」
「そうか。じゃあ俺のことも空色人でいいぞ」
「分かった」
篠ノ之さん、じゃなくて箒が小さく頷く。なんというかまるで侍のような凜とした空気を纏った女子だな。アレ? そういえば……。
「そういえば箒って昨日、休憩時間に一夏と教室を出ていなかったか? もしかして一夏が言っていた幼馴染って箒のことなのか?」
「そ、それは……」
「そうだぞ。俺と箒は幼馴染で、小四の終わりに箒が引っ越したんだけど、またここで再会したんだ」
箒に質問すると彼女の代わりに一夏が答えてきた。小学生の頃に別れた幼馴染と再会ねぇ……。
「まるで漫画みたいな展開だな。これで寮の部屋が同じだったらなおヨシだな」
「えっ!? 何で知っているんですか?」
俺達が話しているうちにラーメンと餃子を完食した迅さんがぼんち揚げをつまみながら言うと言うと一夏が驚いたように声を上げ、箒が顔を赤くした。……………え? マジで?
「……………え? マジで? 冗談で言ったのに本当にそうなの?」
あまりに予想外だったのか迅さんが持っていたぼんち揚げを落としながらいうと一夏が頷く。
「ええ、そうなんですよ。実は……」
「いつまで食べている! 食事は迅速に、効率よくとれ!」
一夏の言葉を遮って織斑先生の声が食堂に響き渡った。そう言えば織斑先生って、この寮の寮監でもあったっけ?
「急げよ! 遅刻したらグラウンド十周させ……ひゃっ!?」
食堂にいる生徒全員をよく通る声で急かしていた織斑先生の口から奇妙な声が出た。何事かと織斑先生を見るとその横にはいつの間にか移動した迅さんの姿があった。
そして迅さんの右手は織斑先生の腰、というか尻に伸びていて……って!? あの人もしかして織斑先生にセクハラしたのか!?
「き、貴様……迅か?」
織斑先生が迅さんの名前を呼ぶ。え? あの二人って知り合いなの?
「お久しぶりです千冬さん。相変わらずお美し……ご!?」
「貴様ーーーーーーーーー!!」
セクハラをしながら満面の笑みで挨拶をする迅さんを織斑先生が渾身のアッパーで天井近くまで吹き飛ばす。
……迅さん。織斑先生にセクハラをするだなんて貴方勇者だよ。勇気ある者と書いて勇者だよ。
でもカッコ悪い勇者だよ、迅さん。
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第9話 IS起動
時間が経つのは意外にも早いもので、ISの実験や訓練しながらボーダーの皆に協力してもらってオルコットさんの対策を立てているとあっという間に一週間が経過して、今日はいよいよクラス代表者を決める模擬戦の日となった。
昨日まで俺の護衛としてついていてくれた迅さんは今日の朝イチに「ちょっと用事があるから」と言ってボーダー本部に戻り、その為一人で食堂に行くと何やら大勢の生徒が集まって人だかりができていた。
「これは何だ? ……って、あれは……」
一体何事かと人だかりの中心を見てみれば、そこには俺のよく知る五人の男女の姿があった。
嵐山先輩に綾辻先輩、とっきー(時枝)。そして俺と入れ替わりに嵐山隊に入った木虎……あとオマケに賢。
俺がIS学園に入学するまでに所属していたボーダーの部隊のメンバーが、大勢の生徒に囲まれて何かを話している姿がそこにあった。
「……ん? ああ、空色人! やっと来たか!」
生徒と話していた嵐山先輩が俺に気付いて声をかけてきて、その声に反応したかのように人だかりが割れて嵐山隊の皆との道ができた。……まるでモーゼですな。
「久しぶりだな、空色人。本当はもっと早くに会いに来たかったんだが、最近広報とかの仕事が多くてな。中々時間が取れなかったんだ」
嵐山先輩がこちらに歩いてきていつもの爽やかな笑顔で話しかけてくる。嵐山先輩の言う通り、俺が始めてISを起動させた日から俺と嵐山隊は何かとすれ違いが続き、こうして顔を会わせるの久しぶりであった。
「いえ、気にしないでください。それとこちらこそお久しぶりです、嵐山先輩」
「久しぶり。元気そうだね」
「かなり頑張っているみたいだね。ボーダーの皆から聞いているよ。あと、そのIS学園の制服似合っていると思うよ」
嵐山先輩と挨拶をかわしていると他のメンバーもこちらにやって来て、綾辻先輩ととっきーが声をかけてきた。
「お久しぶりです、綾辻先輩。それとありがとうなとっきー。木虎も久しぶりだな」
「あ……はい。お久しぶりです……」
綾辻先輩ととっきーに言葉を返してから木虎に声をかけると、木虎は俺から目をそらして小さな声で返事をする。
木虎の奴、一体どうしたんだ? いつもの元気がないみたいだけど調子でも悪いのか?
「おいおい空色人! IS学園の生徒って本当に美人ばかりだな! くぅ~、来て良かったー! こんな所で生活できるだなんて本当に羨ましいなー!」
いつもと調子が違う木虎に内心で首を傾げていると、賢の奴が馬鹿みたいな大きな声で馬鹿みたいなことを言ってきた。そんな友人に俺は……、
「帰れ」
と、一言で簡潔に個人的要求を突きつけた。
「ちょっ!? お前、いきなりそれは酷いんじゃないか?」
「酷くない。お前がここで周りに迷惑をかけたら嵐山隊とボーダーの名前に傷がつく」
「どういう意味だよソレ!?」
「ははは! 空色人と賢は相変わらず仲が良いな」
俺と賢が言い争っていると嵐山先輩が笑う。あの笑顔を見るに、嵐山先輩は本気で俺達が仲良くじゃれ合っている様に見えているのがハッキリと分かる。本当にこの人ってポジティブだよな。
「……それで嵐山先輩、それに皆? どうしてここに?」
「決まっているだろ。空色人の護衛さ。何しろ今日はクラス代表者の座をかけてもう一人の男性適合者とイギリスの国家代表候補生と戦う空色人の晴れ舞台だからな。警護は俺達に任せておけ」
そういうと嵐山先輩は熱血漢なイケメンフェイスでサムズアップをし、それを見てIS学園の生徒達が黄色い声を上げる。本当にこの人ってば天然のヒーローでアイドルだよな。俺みたいななんちゃって(元)ヒーローとは格が違うよ。
食堂で簡単な食事をすませて嵐山隊の皆とアリーナのピットに行き、そこで今日までどんな事をしていたか皆と話していると、ピットにあるスピーカーから織斑先生の声が聞こえてきた。
『四門。今日の模擬戦だが、先にお前とオルコットの試合をやってもらう。織斑は専用機が丁度今来たばかりで、機体の初期化と最適化に時間がかかる。やれるな?』
一夏も専用機をもらえたんだ。まあ、俺も男性適合者のデータ収集の為に専用機を貰えたんだし、同じ男性適合者の一夏も貰えても不思議じゃないか。
でも一夏の専用機が今来たばかりなんて少し遅すぎないか? 俺なんて初めてISを起動させた数日後にデータ収集用として専用機を貰えたぞ? ……まあ、そのお陰で一日に何時間も実験や特訓をするなんていう地獄のスケジュールが組まされたんだけどね。
「はい。分かりました」
俺はスピーカーから聞こえてくる織斑先生の声に返事をするとポケットからあるものを取り出した。取り出したのは青い鳥の絵が描かれているトリガー。
これが俺のトリガーであり、俺のIS。
正確にはトリガーチップと基板を覆うカバー、トリガーホルダーが俺のISの待機状態であった。
俺はトリガーを右手で握りしめると意識を集中させて自身のISに呼びかける。
「『翡翠』起動」
ISを起動させた瞬間、目の前が真っ白な光で染まり、光が収まると俺はISを身に纏った状態でピットに立っていた。
IS「翡翠」は日本製の量産型IS「打鉄」を俺のボーダーでの戦い方に合わせてカスタマイズした機体だ。
本来なら左右に浮かんでいる浮遊ユニットを取り外して、代わりに濃緑色のマントを取り付けて青のカラーリングをされた機体を隠しているため、一見すると打鉄の改造機とは気付かれない外見だが俺はこの機体を気に入っていた。
「いよいよだな。頑張れよ、空色人」
「四門君ならいつもの調子でいけば大丈夫だよ」
「相手はイギリスの国家代表候補生だからね。気をつけて」
「四門先輩……。その、負けないでください」
「ここで勝ってカッコいいところをみせたらモテモテだぜ! 気合い入れていけよ!」
嵐山先輩、綾辻先輩、とっきー、木虎、賢が声をかけてくれて、俺はそれに笑みとサムズアップで返す。
「皆、行ってくる。……四門空色人、翡翠、出るぞ!」
俺は翡翠に操るとオルコットさんが待っているであろうアリーナの空に飛び立った。
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第10話 クラス代表者決定戦(1)
アリーナの空には予想通りISを装着したオルコットさんの姿があった。
「遅れずに来たようですわね」
「まあね」
オルコットさんに返事をしつつ俺は彼女の姿を観察する。今彼女が装着しているのは、俺の機体より濃い青でカラーリングされたイギリスの第三世代型IS「ブルー・ティアーズ」で、手に持っているのは長距離狙撃にも適応できる光学銃「スターライトmkⅢ」。
うん。オルコットさんの装備は、俺が今日まで集めて研究をした彼女の戦闘データと同じもののようだ。今日までの努力が無駄にならなくて良かったよ。
「……四門さん。一つ提案があるのですが」
「提案?」
俺がオルコットさんの装備を確認しながらどう戦うかを考えていると突然オルコットさんが話しかけてきた。
「ええ。四門さん、貴方棄権する気はありませんか? 率直に言ってわたくしと貴方に戦う理由なんてありませんでしょう?」
「……え?」
オルコットさんは何を言っているのだろう? そもそもこの模擬戦をすることになった大本の理由って、彼女が俺に決闘を申し込んだからじゃないのか?
「……オルコットさん? 戦う理由がないって言うけど、一週間前に俺に決闘を申し込まなかった?」
「そうですわね。確かにあの日のわたくしは貴方の言葉に腹をたてて決闘を申し込みましたが、冷静になって考えてみれば先に暴言を言ったのはわたくしの方……その件に関しましては後程貴方を初めとする皆様にお詫び申し上げます。そしてわたくしの決闘を受けたのは貴方ではなく、横から首を出してきた織斑一夏さん……違いますでしょうか?」
「それはまあ、確かに……」
オルコットさんの言う通り、一夏が横から首を突っ込んできたから織斑先生も模擬戦をするように言い出したんだよな。……そう考えると腹が立ってきたな。一夏の奴、俺とお前の試合になったら覚悟しておけよ。
「四門さん。貴方があのボーダーでも名高き嵐山チームで研鑽を積んでいる事は知っていますが、それでもISの戦闘技術はわたしくの方が上で、この試合で勝つのも恐らくわたくしでしょう。戦う理由がない戦いで負けて、ボーダーと嵐山チームの名前に傷をつけるのは貴方も本意ではないのではなくて?」
あれ? もしかしてオルコットさんって、俺達ボーダーの顔を立てようとしてくれてる?
「……意外だな。てっきりオルコットさんはボーダーを否定していると思っていたけど?」
実際のところ、世間でネイバーの存在を認めず、ボーダーをインチキ組織だと否定する人間は少なくない。
ボーダーの俺が言うのもなんだけど「異世界からの侵略者と、それと戦って地球を守る正義の軍隊」なんて話、その目でネイバーを見なければ「何だよ、そのSF小説みたいな設定?」といった感じで信じてもらうのは難しいだろう。初めてネイバーが現れてからもう四年くらいの時が経つのに、いまだに外国ではボーダーを否定する人が多く、日本でも三門市から遠い場所ではボーダーに懐疑的な人がいるくらいである。
だから俺は目の前にいるオルコットさんもボーダーに否定的な人だと思っていたのだがそうでもないらしい。
いや、むしろ「あのボーダー」とか「名高き嵐山チーム」と言っているところを見るとむしろ好印象のように見える。
「あら、失礼ですわね。わたくしを真実を正しく認識できない方々と一緒にしないでくださいます? それにISに携わる者でしたらあの『クリスマスの悪夢』を知らないはずがないでしょう?」
俺の言葉に少しばかり機嫌を損ねた様子のオルコットさんが二年前に起こった事件を口にする。
今から二年前、世界は今以上にボーダーとネイバーに対して懐疑的であった。詳しい情報を掴んでいた各国の上層部は半信半疑ながらもネイバーの存在を認めたが、逆にボーダーの存在を認めようとせずに「異世界の技術に頼る組織など不要。我らの世界は我らの力で守る」と主張した。
そして国連はネイバーの技術であるトリガーを使わずともネイバーと戦えることを証明する為に、三門市に五十体を超える当時の最新鋭のISを派遣してネイバーと戦わせることにした。ネイバーが初めて現れた四年前の時も日本のISはネイバーに敗れたのだが、これに対して国連は「ISの性能は以前より格段に進歩しているし、その上今回は数も揃えて万全の準備をしている為負けるはずがない」と強気な態度を崩さずにいた。
しかし、そんな各国の予想、と言うより願いは大きく裏切られることになる。
十二月二十四日、クリスマスの夜。三門市に現れた比較的大きなネイバーの集団に五十体を超えるISが戦いを挑んだのだが、その結果は惨敗。国連の精鋭であるIS乗り達は大した戦果を挙げられず次々と墜とされていき、幸い絶対防御があった為IS乗り達に死者は出なかったが、多くの重軽傷者を出す事となった。
この夜の出来事は後に「クリスマスの悪夢」と呼ばれ、各国の上層部とIS関係者は「ISは確かに地球が生み出した兵器では最強だが異世界の敵には通じない。異世界の敵を倒せるのは同じく異世界の技術で作られた武器だけ」という認識を刻み付けられたのだ。
あと「クリスマスの悪夢」はIS関係者達だけでなく俺にとっても忘れられない事件でもある。二年前の俺はその頃既に賢と一緒に嵐山隊に所属していて、あのクリスマスの夜に俺達嵐山隊はネイバーに墜とされたIS乗り達の救助をしていた。
そしてその時の様子が各国のマスコミの目に止まって世界中に報道され、これをきっかけにボーダーのメディア対策室長の根付さんは嵐山隊をボーダーの「顔」とする事を考えたのだ。今考えるとあの時に受けたインタビューが嵐山隊の広報としての初仕事だったんだよな。
「それでどうしますの? 棄権なさいますか?」
「そうだね……」
オルコットさんの言葉に少し考える。
正直に言ってクラス代表者には興味がないし、オルコットさんの決闘を受けたのは一夏だし、彼女も一週間前のことを謝ってくれると言っているし、俺が戦う理由なんてほとんどない。……でも全くないってわけじゃないんだよね。
「悪いな、オルコットさん。せっかくの申し出なんだけど断るよ。せっかくのイギリスの国家代表候補生と戦える機会なんだ。そんな機会、一回たりとも無駄にはできないからね」
俺がこのIS学園に来たのは「高いトリオン能力を持つ適合者が操縦するIS」の様々なデータを採る為だ。だからオルコットさんのような実力者との戦いはより良いデータが採れる絶好のチャンスと言えた。
俺が両手に二挺のサブマシンガンを出現させて戦う意思を見せると、オルコットさんもそれに応えて手に持つビームライフルを構える。
「そうですか……。では、胸を貸してあげますわ」
『四門空色人対セシリア・オルコット。模擬戦開始!』
俺とオルコットさんが構えるとスピーカーから聞こえてくる織斑先生の声が模擬戦の開始を告げた。
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第11話 クラス代表者決定戦(2)
「先手必勝ですわ!」
模擬戦が始まって最初に攻撃してきたのはオルコットさんの方だった。彼女は俺の右肩に向けてスターライトmkⅢを撃つと、俺はそれを大きく体をそらして避ける。
続けて俺の左腕と左足を狙った第二射、第三射が飛んで来たが、それも前方に飛ぶことで避ける。
「ビーム射撃を回避した!? それも全て!?」
「驚いているところ悪いけど隙だらけだよ!」
自分の射撃が全て避けられたショックでオルコットさんの動きが止まり、その隙をついて俺は彼女に接近しながら両手に持ったサブマシンガンを撃った。
「……くっ!」
俺が撃ったサブマシンガンの銃弾は何発かオルコットさんに当たったが、彼女はすぐに体勢を立て直すと俺から距離を離していく。本当はもうちょっとダメージを与えておきたかったんだけど流石は国家代表候補生、そう上手くはいかないか。
ともあれこれでお互いの挨拶も終わったみたいだし、これからが本番だな。
∞
「ふぁあ……。凄いですね……」
四門空色人とセシリア・オルコットがアリーナで戦っていた頃。アリーナのピットでIS学園一年一組の副担任、山田真耶はモニターを見ながら感嘆の声を漏らした。
モニターにはアリーナの上空で距離を取りながらスターライトmkIIIを撃つセシリアと、セシリアの攻撃を避けながら両手に持つ二挺のサブマシンガンで応戦する空色人の姿が映っている。
「オルコットさんは勿論凄いですけど、四門君も凄いですね。とても初心者の動きとは思えませんよ。ねぇ? 織斑先生?」
「ああ、そうだな」
真耶の言葉に一年一組の担任である織斑千冬がモニターを見ながら頷く。
教職に就く前は第一回モンド・グロッソの優勝者と日本の国家代表候補生であった千冬と真耶から見ても、セシリアの実力はIS学園の全学年で上位に入るだろう。そしてそれに互角に戦っている四門の実力は、ISを起動させてまだ数ヶ月しか経っていない事を考えれば驚異的の一言だった。
「四門は確かにISに関しては初心者だが、ボーダーとして多くの訓練と実戦経験を積んでいる。それが上手く作用しているようだな」
「こ、これは……」
「スゲェ……」
真耶と話す千冬の背後でモニターを見ていた箒と一夏が思わず呟く。モニターに映る空色人とセシリアの戦いはIS戦闘の素人である二人から見ても高レベルなものだと理解できたからだ。
「フン……。織斑、よく見ておけよ? 何しろお前は後でこの二人と戦うことになるんだからな」
一夏が初めて見るISの戦闘に気圧されているのを感じとった千冬は、口元に笑みを浮かべてからかうような口調で声をかける。そしてそんな姉の言葉に、この後同じ舞台で戦うことになる弟ははっとした表情となって頷く。
「ああ……。分かったよ。千冬姉……えぐっ!?」
パシィン!
「馬鹿者。学園では織斑先生と呼べと何度言ったら分かる」
ピットに教師の持つ出席簿が一人の生徒の頭を強打する音が響き渡り、千冬は頭を抑えてうずくまる一夏を見てため息を吐いた。
∞
「よぉし! いいぜ、空色人! そのままガンガン行けぇ!」
一夏達と別のピットでも空色人の護衛という形でIS学園に来ていた嵐山隊の面々がモニターから空色人とセシリアの戦いを見ていた。
最初は一部を見たら扇情的なオルコットのIS姿に興奮して同じ隊の隊員である木虎藍に汚物を見るような目で見られていた佐鳥賢だったが、今はモニターの向こうにいる自分の友人の空色人に激励を飛ばしていた。
「空色人の奴、イギリスの国家代表候補生相手に善戦できているじゃないか」
「ええ。今の所一回も直撃を受けていませんし、攻撃がかすってもその分当て返してますからいいペースです」
「空色人のIS、翡翠の武装はボーダーでの装備を参考にしていて、今の空色人はボーダーでの戦闘の時と同じリズムを作れています。この調子でいけばいい所までいくと思いますよ」
嵐山隊の隊長、嵐山准の言葉にオペレーターの綾辻遥と隊員の時枝充が同意する。しかしそんな中で木虎だけ納得できない表情でモニターを見つめていた。
「およ? 木虎、どうしたの? 難しい顔して」
「……四門先輩がサブマシンガンを使った戦い方“も”得意としているのは私も知っています。でもそれだったら何で『アレ』を使わないんですか? アレを使ったらすでに四門先輩が勝っているはずです」
佐鳥に答える木虎の言葉を聞いて嵐山は少し考えて彼女に聞こえるように口を開く。
「恐らく空色人は先にオルコットさんが仕掛けてくるのを待っているんだろう。アレは決まると強力だが当てるのは難しいし、ISの戦闘で使うのは初めてだからな。……それに空色人はオルコットさんだけでなく織斑君とも模擬戦をしなくてはならないから、できることなら手の内を見せたくないんじゃないか?」
「……確かにその理屈は分かりますけど、私には四門先輩が織斑一夏を警戒する必要はないと思いますが?」
木虎は嵐山にそう返すと、自分の首にぶら下がっているスリングがついたタブレット型の端末を起動させる。タブレット型の端末の画面には織斑一夏のデータ……彼がIS学園に入学してから今日までの授業態度や授業が終ってからの訓練の内容などが記されていて、木虎はそれを不愉快そうに見る。
「おっ! オルコットさんが何か仕掛けるみたいだぜ?」
「え?」
佐鳥の声に木虎はタブレット型の端末から顔を上げてモニターを見る。モニターの中では佐鳥の言う通り、セシリアの行動によって戦いに変化が起ころうとしていた。
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第12話 クラス代表者決定戦(3)
ISの空中戦……思っていたよりキツいな。
それがオルコットさんとの模擬戦が始まってすぐに俺が感じた感想だった。地面や建物の上を走りながらの撃ち合いはボーダーでの防衛任務やランク戦でよくやっていたが、ISでの空中戦はそれより一味違っていた。
なにしろ走りながらの撃ち合いに比べて空中戦は前後左右に加えて上に下と、あらゆる方向に注意を払わないいけないのだ。いくらISのハイパーセンサーが死角からの攻撃を警戒して知らせてくれても、最終的にその情報を活かすのも殺すのも俺次第なのだ。
そして馴れない空中戦のせいか俺は狙っている箇所が分かっている攻撃を完全に避けることができず、何回かオルコットの攻撃を機体にかすらせてしまった。
……って! よく見たら翡翠のマント、コゲているどころか破けている箇所もいくつかあるぞ。これを見たら鬼怒田さん怒るだろうな……というか壊れていないよな?
「……ええい! そんな心配は後! 今は戦闘に集中!」
俺は気持ちを切り替えると両手に持ったサブマシンガンをオルコットさんに向けて撃った。サブマシンガンから発射された無数の弾丸は全弾命中とはいかなかったが、それでも何発かの弾丸は命中してオルコットさんのISの装甲とシールドエネルギーを削っていく。
オルコットさんがスターライトmkⅢを撃って、俺が両手のサブマシンガンを撃つ。
光の弾丸と鉛の弾丸の応酬。
お互いのISの装甲とシールドエネルギーを削る空中戦が十分ほど続いた時、ついにオルコットさんが行動を起こした。
「中々やりますわね……。ですが勝つのはわたくしですわ!」
オルコットさんがそう言うと同時に彼女の左右に浮かんでいる浮遊ユニットから四つのパーツが分離した。……ついにきたか。
オルコットさんのIS、ブルーティアーズはイギリスの第三世代型ISで、第三世代型ISというのは簡単に言うと「機体に特殊機能を搭載したIS」といったところだろう。
そしてブルーティアーズの特殊機能が今浮遊ユニットから分離した四つのパーツで通称「ビット」と言うらしい。「ビット」はオルコットさんの意思に従って動いて攻撃をする独立可動ユニットで、ブルーティアーズはこれを使う事で一体で多数の敵を相手にする事ができるのだ。
俺が集めたオルコットさんの過去の戦闘映像では、彼女はあの四つのビットを操って様々な方向からビーム射撃を行って対戦相手を沈めていた。
四つのビットが俺の周囲を取り囲みオルコットさんが勝利を確信した笑みを浮かべる。確かに過去の記録ではビットを出した彼女は必ず勝利していたが、俺も同じだとは思わないでほしいな。
「さあ、踊りなさい。わたくしとブルーティアーズが奏でる円舞曲で!」
オルコットさんの言葉を合図にビットからビーム射撃が放たれる。
最初は俺の背後に位置するビットが俺の背中を狙ってビームを放ち、その後は他の三つのビットが右足と右腕に左足に向けてビームを放つが、俺は機体を小刻みに動かして避けた。ああ、やっぱりだ。
過去の戦闘映像でも今の戦いでもオルコットさんは一回の攻撃で一つのビットしか使用しておらず、複数のビットでの一斉射撃はしていない。更に言えば彼女はビットで攻撃している時は全く動く素振りをみせていない。
ブルーティアーズの特殊機能がまだ未完成なのかオルコットさんがまだ慣れていないのかは分からないが、恐らく彼女はビットと連携したり複数のビットを同時に操作する事ができないのだろう。
なんだか視線で弾丸を誘導できる銃手用トリガーの「ハウンド」や、あらかじめ弾道設定できる銃手用トリガー「バイパー」を使うボーダーのC級隊員を相手にしている気分だな。C級のハウンド使いやバイパー使いは弾丸の操作に忙しくて棒立ちになる事も珍しくないからな。
オルコットさんが手に持ったスターライトmkIIIとビットから放たれるビームの連続射撃を俺がいくつかかすりながらも避けて見せると、彼女の顔から先程の勝利を確信した笑みが消えて代わりに焦りの表情が浮かぶ。
「そんな……! わたくしとブルーティアーズの攻撃をことごとく避けるだなんて……貴方はわたくしの攻撃が見えているのですか!?」
「ああ、そんなところだ」
「……え?」
俺の言葉が予想外だったのかオルコットさんが惚けた表情となる。そういえば「これ」はIS学園では誰にも言ってなかったっけ? まあいいか。どうせ隠すような事じゃないし。
「俺にはオルコットさんが一体どこを狙っているかが分かるんだよ。……俺のサイドエフェクトが教えてくれるんだ」
俺のサイドエフェクトの名称は「意識領域視認能力」。相手が意識を向けている方向と距離を“光”という形で視認するというサイドエフェクトだ。
このサイドエフェクトは使いこなしてみると戦闘では結構便利で、相手の意識の先を光として見れる為にボーダーのランク戦でも敵の奇襲を高確率で回避できたし、今もオルコットさんがどこを狙っているかを知って避ける事が出来たというわけだ。
「さ、サイドエフェクト!? あの、優れたトリオン能力を持つ人達の中でも選ばれた方にしか宿らないという超能力!」
俺がサイドエフェクトを使えると知ってオルコットさんが驚きの声をあげる。彼女、よくサイドエフェクトの事を知っていたな? サイドエフェクトなんて普通ボーダーの関係者でもなければ知らないはずなんだが。
「超能力はいくら何でも言い過ぎだよ。サイドエフェクトは確かに珍しいけど、空を飛んだり炎を出したりするいかにもな超能力を使える人なんて……」
『ぼんち揚げ食う?』
脳裏にこちらにぼんち揚げの袋を差し出してくる実力派エリートの姿が浮かび上がった。
……うん。確かに迅さんの未来視のサイドエフェクトは反則並みに強力で、超能力と言ってもいいよな。
「……一人知っているけどさ」
「一人いますの!?」
オルコットさんが更に驚いた表情になる。まあ、その気持ちは分かるけど……って、アレ? 驚きのあまりオルコットさんだけでなくビットの動きが止まっている。
「今だ!」
「えっ? しまっ……!?」
オルコットさんは慌てて対応しようとするがもう遅い。このまま一気にカタをつける!
「『鉛雀』発動! 当たれよぉ!」
俺は両手に持つサブマシンガン……ではなく、機体の両腕に取り付けられている銃口を向けて黒い銃弾を放つ。そして黒い銃弾はオルコットさんの体と四つのビットに命中した。
「きゃあああっ!? ……え? あ、あら? ダメージが、ない……?」
黒い銃弾を受けて悲鳴をあげるオルコットさんだったが、機体に何のダメージが無いのに気付いて自分の体を見る。だがそれはそうだろう。何しろ今の銃弾はダメージを与える効果はないからな。
「今の銃弾は一体……きゃあ!?」
言葉の途中でオルコットさんの体と四つのビットに突然黒い突起物がいくつも現れ、その直後に彼女とビットが空からアリーナにと落ちていく。
「あぐっ!」
アリーナの地面に墜落したオルコットさんの口から苦悶の声が漏れる。ISには操縦者の命を守る絶対防御があるが、それでも墜落のダメージは完全に消せなかったようだな。
「こ、これは……? 機体がうまく動かない? 一体どうして?」
オルコットさんは地面に墜落した姿のまま満足に身体を動かせずにいた。そう、まるで「身体全体を大量の重しで押さえつけられている」ように。
これがさっきオルコットさんに放った黒い銃弾「鉛雀」の効果。鉛雀は当った箇所に高重量の突起物を作り出す特殊なエネルギー弾で、直接的な攻撃力はないが、当たればISの動きですら容易く封じる事ができる。
俺のIS、翡翠は「高いトリオン能力の持ち主がISにどの様な影響を与えるか」を調べる実験機であると同時に「ISの武装でトリガーの効果をどこまで再現できるか」を実践する実験機でもある。
そして鉛雀はボーダーのオプショントリガー「鉛弾」の効果を再現した特殊装備なのだが、あのオルコットさんの様子を見るにどうやら効果は上々のようだ。ただの量産型ISの打鉄をこの翡翠に改造して、鉛雀の機能を取り付けたのはボーダーの開発室長の鬼怒田さんなのだがいい仕事だよ。
というか鬼怒田さんって凄すぎない? 初めて俺に翡翠を渡した時に「ISなんて初めてイジるから多少手こずったわい」と言っていたけどそんなレベルの話じゃないよね?
もうこの翡翠ってば特殊装備がついているし、第二世代型の改造機というより充分第三世代型で通用するんじゃない? というより鬼怒田さんが日本政府に技術提供したら日本の第三世代型ISが完成して、そっちの方が俺がデータを提供するよりもボーダーの財政が潤うんじゃないの?
「それでどうするオルコットさん? 続ける?」
「……嫌味な方ですわね、四門さんは。この様な状態で戦えるはずないでしょう? ……はぁ。降参ですわ」
高度を下げてオルコットさんに近づきながら聞くと、彼女は大きなため息を一つ吐いて自分の負けを認めた。
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第13話 クラス代表者決定戦(4)
「次は織斑君との模擬戦だな」
オルコットさんとの模擬戦に勝利してピットに戻り、ボロボロになったマントを予備のと交換していると嵐山先輩が話しかけてきた。
「連戦で疲れているだろうけどがんばりなよ」
「オルコットさんと違って織斑君のデータは全くないから気をつけてね」
嵐山先輩に続いてとっきーと綾辻先輩が声をかけてくる。そうだな。綾辻先輩の言う通り、一夏はISの初心者だけどそれは言ったら俺も同じだし、データが全く無い事も考えたら油断は禁物だな。
「そんな心配そうな顔するなよ。大丈夫。空色人だったら勝てるって」
「佐鳥先輩の言う通りですね。四門先輩があの織斑一夏に負けるなんてまずあり得ませんから」
賢が俺をリラックスさせようと言うとそれに木虎が同意するのだけど……。木虎のヤツ、一夏に対してピリピリしていないか?
「木虎? 一体どうしたんだ? 一夏がどうかしたのか?」
「別に何でもありません。私はただ事実を言っただけです。だって彼は……」
『四門、準備はできたか? そろそろ織斑との模擬戦を開始するぞ』
木虎の言葉をスピーカーから聞こえてくる織斑先生の声が遮る。もうそんな時間か。
「それじゃあ皆、行ってきます」
俺は嵐山隊の皆にそう言うと、仲間達の応援を背に受けて一夏が待っているアリーナの上空に飛んだ。
「来たか、空色人。セシリアとの戦い見てたぜ。凄かったな」
アリーナの空には純白のISを身にまとった一夏がいた。
あれが一夏のISか。今まで見た事もないデザインをしたISだけど、もしかして第三世代型の試作機なのか?
「お前がやっぱり強いのは再確認できたけど俺も負ける気がないからな。全力でいかせてもらうぜ」
全力で戦うと宣言をする一夏。その表情を見るに本気なんだろうけど、構えようとしないどころか武装も出さなくて大丈夫なのか? 俺はすでに両手にサブマシンガンを持っているんだけど?
『四門空色人対織斑一夏。模擬戦開始!』
織斑先生の声が模擬戦の開始を告げる。さて、まずは一夏がどれだけ動けるか確認しないとな。とりあえずは牽制も兼ねて軽くサブマシンガンを撃ってみるか。
ガガガッ! ドドドン!
「う、うわぁああ!?」
「……………はい?」
牽制代わりに短く撃ったサブマシンガンの射撃。いくら何でもこれは避けるだろうと思っていたのにまさかの全弾命中。あまりに予想外の出来事に俺はたっぷり五秒程固まってしまい、そうしている間にもサブマシンガンの銃弾でバランスを崩した一夏はアリーナの地面に落ちていってた。
「この!」
アリーナの地面に激突する寸前でなんとかISの姿勢を制御して立て直した一夏。俺のISのハイパーセンサーはそんな彼の顔に大量の冷や汗が流れているのを捉えていた。
「……何やってるんだ? お前?」
「うるせぇな! 仕方ないだろ! まだISの操縦慣れていないんだから!」
俺が思わず外部音声をオンにして言うと、流石にあれは恥ずかしかったのか一夏も外部音声をオンにして怒鳴ってくる。でもISの操縦に慣れていないって、一週間の間に訓練したらもう少しマシな動きになるんじゃないか?
「……一夏。お前、この一週間何をしていたんだ?」
そう言えば俺って、この一週間のほとんどは授業が終わればボーダー本部に行っていたから、一夏がどんな訓練をしていたか知らないんだよな。
「えっ? ……箒と一緒に剣道の訓練をしてたな」
俺の質問に一夏は気まずそうに目をそらして答える。何だ? 一夏のこの態度は? ……もしかして。
「剣道の訓練……。それだけか?」
「……………ああ」
マジか? 一夏の奴、この一週間で剣道の訓練しかしていないって本気か? 確かに剣道の訓練で戦いのカンは得られるかもしれないけど、他にもやる事があるんじゃないのか?
「ISの知識とか調べてないのか?」
「……ガッコウノジュギョウニツイテイクノニセイイッパイデス」
ああ、そうだったな。一夏、初日に古い電話帳と勘違いして捨てた参考書に今も悪戦苦闘していたっけ。というより授業が終わると必ずと言っていいほど、先の授業で分からない所を俺に聞きにくるんだっけ。
「ISの操縦訓練は? 山田先生に頼めば放課後に訓練用ISとアリーナの使用許可がもらえただろ?」
実際俺はこの一週間でニ、三回くらいアリーナでISの操縦訓練をしたし、オルコットさんが毎日のようにアリーナに足を運んでいるのも目撃している。
「えっ!? そうなのか?」
心底驚いたって顔をする一夏だが、むしろ驚いたのはコッチの方だぞ。それくらい自分で確認しろよ。山田先生、模擬戦のために俺達三人がいつでもアリーナを使用できるように準備してくれていたってのに……。
「俺やオルコットさんの戦闘データは調べているんだろうな? せめてどういう風に戦うか考えているんだろうな?」
対戦相手のデータを集めてそれに対抗する作戦を練るのは戦いの基本中の基本だ。オルコットさんはイギリスの国家代表候補生だから宣伝の為の戦闘映像がいくつかネットに流れているし、俺もボーダーでの戦闘映像が数は少ないがあったはずだ。
「せ、戦闘データ? そんなのどうやったら手に入るんだ?」
…………………………。
気がつけば俺は、というかこのアリーナに集まっている全ての人間が冷めた目で一夏を見ていた。
そういえばピットで木虎が一夏の事になると機嫌を悪くしていたが、その理由が何となく分かった。恐らく木虎は、一夏が剣道の訓練以外で模擬戦に対する準備をしていなかったことを知っていたんだ。
木虎は自分にも他人にも厳しい努力家で、以前「無意味な努力をしている人を見たら腹が立つ」と言っていた気がする。この一週間で剣道の訓練しかしていない一夏の行動を俺は全く無駄とは言わないが、それでも「模擬戦で俺とオルコットさんに勝つ」という目標に向かっているとは言えないし、彼女だったら「そんなのは単なる現実逃避にすぎない」と断じるだろう。
というか一夏、完全にノープランじゃないか? それなのに最初、「負ける気がないからな」って言っていたのか?
「……お前、どうやって俺とオルコットさんに勝つつもりだったんだ?」
「え、え~と……。気合い、とか?」
「夢見んな馬鹿」
「ヒデェ!?」
思わず口に出た俺の言葉に一夏が絶叫した。
∞
『夢見んな馬鹿』
『ヒデェ!?』
「……否定は出来んな」
「あ、あはは……」
「………」
空色人と一夏のやり取りをピットで聞いていた千冬が呆れたように言い、真耶が苦笑いを浮かべ、箒が冷や汗を流しながら目をそらした。
∞
『夢見んな馬鹿』
『ヒデェ!?』
「だっははは! 空色人、ハッキリと言いすぎ!」
「まあ、気持ちは分かるけどね」
「空色人の奴、まるで賢と話している感じだな」
「だいぶ一夏君とうちとけてるみたいですね」
「………(パチパチ)」
また別のピットでは佐鳥が腹を抱えて爆笑し、時枝が無表情のまま頷き、嵐山と綾辻が少しズレた感想を言い、木虎が小さい拍手をしていた。
この話を書いてる時にワールドトリガー(Bランク戦編)とISの小説の一巻を読み直したのですが、修と一夏の差が凄いなと思いました。同じ主人公なのに……。
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第14話 クラス代表者決定戦(5)
「空色人! 今のは酷くないか!?」
「酷くない。それよりそろそろ模擬戦を再開するぞ。さっさと武装を展開しろ」
一夏の抗議を無視して俺は、模擬戦を再開するべく下からこちらを見上げているIS初心者に武装を展開するように言った。
不満そうな顔でこちらを睨んでいる一夏だが、こうして忠告しているだけ俺って良心的なんだぞ? これが他の敵だったら一夏の奴は武装を展開する暇すら与えられずボコボコにされているだろう。
「ほら、早くしろ」
「くっ! 分かったよ……って!? 俺の武装、ブレード一本だけ?」
そう言って一夏が右手に出現させたのは片刃の近接格闘用ブレードだった。
一夏の奴、自分のISの武装すら確認していなかったのかよ? というより武装がブレード一本だけなんていよいよ一夏も勝ち目がなくなっ……てもいないか?
あの様子だと一夏は銃器の扱い方なんて知らないだろうし、それだったら剣道の訓練を活かせるブレードの方が有利なのかもしれない。……それに一夏の武装がブレードだったらこっちも助かるからね。
「やるしかないのか……。よし! 行く……ぜっ!?」
戦う覚悟を決めてこちらに飛ぼうとした一夏だったが、その直後に悲鳴をあげて前ではなく後ろにと吹き飛んでいく。俺の放った銃弾が一夏のISの左肩に命中したからだ。
今俺の両手には二挺のサブマシンガンではなく、未来的デザインのライフル……正確には長距離狙撃に対応できるレールガンがあって、それを見て一夏が目を見開いた。
「セシリアと同じライフルだって!?」
「同じじゃない。オルコットさんのはビームライフルで俺のはレールガンだ。それに嵐山隊の特集を見ていた一夏なら知っているだろ? 俺はポジションは『狙撃手』なんだぜ?」
ボーダーの戦闘員はその交戦距離によって近距離の「攻撃手」、中距離の「銃手」、遠距離の「狙撃手」とポジションが分かれる。そして俺のポジションは今一夏に言ったように遠距離での戦いを得意とする狙撃手。
俺はボーダーの狙撃手としては変り種で、状況に応じて中距離の銃手もするが本来の距離はこの遠距離だ。大人気ないかもしれないが、武装がブレード一本でこれだけ距離が離れている一夏に負ける気がしない。
「覚悟しろよ一夏? 今からお前にスナイパーの、銃の恐ろしさを教えてやる」
「くっ!」
一夏がISを操作して飛び上がり、ジグザグの軌道を描きながらこちらに近づこうとする。ジグザグの軌道を描くのは俺に狙いを定めさせないための良い判断だが……俺から見ればまだまだ素直な動きでフェイントになっていない。
「(一夏。これは俺のせめての情けだ)」
俺は小声で呟くとレールガンの銃爪を引いた。
∞
「おっ。ヘッドショット三発目。空色人の奴、やるなぁ」
ピットで空色人と一夏の模擬戦を見ていた佐鳥が感心した顔で言う。ピットのモニターの中では空色人の放ったレールガンの銃弾が一夏に命中する光景が映っていた。
今までに空色人がレールガンを撃った回数は四回。その内最初の一発は一夏の左肩に命中したが、その後の三発は全て一夏の頭部に命中していた。
頭部に銃弾を命中させるヘッドショットは「ワンショット・ワンキル」を理想とする狙撃手が攻撃する際に狙うものだが、動く人間の、それもISで高速機動をする一夏に三回連続でヘッドショットを決めるのは至難の技だ。だが空色人は相手以上に早く複雑な動きで先回りをし、フェイントを織り交ぜてヘッドショットを実現して、彼の技量がかなり高いのがモニターの様子から見て取れた。
「四門先輩、あんな風に技量の差を見せつけるなんて珍しいですね。やっぱり四門先輩も織斑一夏の不真面目さに腹を立てていたのでしょうか? ……………分かります」
言葉の最後で木虎が暗い笑みを浮かべた気がするが佐鳥はそれを見ないふりして口を開く。
「んー……。それも少しはあるかもだけど、多分あの連続ヘッドショットは一夏の為だと思うぜ?」
「あれが織斑一夏の為? 一体どういうことですか?」
疑問を感じたのは木虎だけでなくピットにいる他の嵐山隊のメンバー達も同じようで全員が佐鳥を見て、佐鳥は付き合いが長い友人の考えを自分なりに推察して説明する。
「空色人のヘッドショットが一夏の為になる理由は多分三つ。この模擬戦は相手のISのシールドエネルギーを先にゼロにした方が勝ちだから、ヘッドショットでシールドエネルギーだけを削って勝てば一夏の機体のダメージは最小限になる。そうしたら一夏は次のセシリアさんと万全に近い状態で戦えるだろ? これが一つ目の理由」
ISは「当たっても損傷が軽微」と判断した攻撃はそのまま受けるが、「当たれば操縦者や機体に深刻なダメージが出る」と判断した攻撃はシールドエネルギーを大量に消費するがダメージを完全に無効化する絶対防御で防御をする。そして空色人のヘッドショットにはISは絶対防御を使わざるを得ず、現在一夏のISのシールドエネルギーはすで三分の一以下になっていた。
「それで二つ目なんだけど、ヘッドショットを何度も食らうなんて並大抵の恐怖じゃないだろ? あんだけヘッドショットを食らった一夏は狙撃手の射撃がどれだけ怖いか分かったはずだ。一夏に自分と同じ狙撃手タイプのセシリアさんに対する警戒心を植え付けること。これが二つ目の理由だな。警戒心があるとないとじゃ攻撃に対する反応速度が全く違うからね」
「なるほど。空色人は織斑君との勝負に手を抜かずに、彼を応援しているということだな」
佐鳥の説明に嵐山が頷き、佐鳥も「ま、そんな所ですね」と頷き返す。
「最後の三つ目の理由は……」
そこまで佐鳥が言った時、モニターの中で空色人が一夏に四度目のヘッドショットを決めた。
∞
「ひっ!?」
「格が……違いすぎる……」
空色人の放った銃弾が一夏に四度目のヘッドショットを決めた時、嵐山隊とは別のピットでモニターから模擬戦を見ていた真耶が短い悲鳴をあげ、箒が青い顔となって呟く。
「これが、四門君の本気の動き……。四門君、もう学生のレベルじゃないですよ……」
真耶が思わず言葉を漏らす。日本の元国家代表候補生の彼女から見ても空色人の実力は高く、学生レベルどころか国家代表候補生の中でも上位に入るだろう。
「か、勝てるはずがない……。一夏ではアイツに、空色人に勝てない……」
(なるほどな……)
誰よりも一夏の勝利を願っていたはずの箒がモニターの前で呟く。それはこのアリーナに集まった者達全ての意見であり、それを聞いた千冬は別のピットにいる佐鳥と同じく空色人のヘッドショットの意味を理解した。
(恐らく四門は一夏にこの後戦うオルコットに対する警戒心を与えて、その上で『一夏の面目を守る』ことを考えているのだろうな」
空色人の学生レベルを遥かに超える動きと射撃と見せられた後で、空色人に負けた一夏を軽視する者はいないだろう。むしろ善戦したと考える者もいるはずだ。
一夏はこの模擬戦で空色人とした会話で生徒達からの心象を悪くしている。それを少しでも何とかしようと空色人は考えたのだろう。
(全く……これは感謝すればいいのか分からんな……)
千冬は表情を変える事なく内心で複雑な気持ちを抱いた。
∞
「はぁ……はぁ……!」
アリーナの上空で一夏が荒い息を吐きながら俺を見ている。まだ模擬戦が始まって十分も経っていないが、一夏の顔には大量の汗が流れていて何時間も走り回ったような濃い疲労の色が見えた。
「もうそろそろシールドエネルギーも限界だな」
「……!?」
俺がレールガンの銃口を一夏に向けると、一夏が慌ててブレードを構える。その目には明らかな怯えが見えて、どうやら銃に対する警戒心は芽生えたようだな。……まあ、ちょっとやりすぎた気もするが。
「銃の恐さは分かったようだな、一夏。さて、ここで終わらせるぞ。……『闇烏』起動」
「なっ!?」
翡翠に装備された「鉛雀」とは別の特殊装備「闇烏」を起動させると俺の姿が溶けるように消えて、それを見た一夏が驚きの声を上げる。
特殊装備「闇烏」は翡翠に装備されているマントの名前で、これはボーダーのオプショントリガー「カメレオン」と「バックワーム」の効果を同時に発動する事ができる。使っている間はシールドエネルギーを一秒ごとに消費していくが、それでも操縦者の目とISのハイパーセンサーから姿を隠す事ができるのは狙撃手の俺としては非常に助かる。
「ど、どこだ! 空色人、何処にいるんだ!」
一夏がブレードを周囲を見回す。その間に俺は一夏の背後に回り込んでレールガンを構えた。
……一夏。狙撃手と戦う時は死角から攻撃に気をつけろよ。
俺は心の中でそう呟くと一夏の後頭部に狙いを定めて銃爪を引いた。
ーーーーー『試合終了。勝者、四門空色人』
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第15話 トリガーとISの可能性
「お帰り、空色人。中々いい試合だったぞ」
「おめでとう。四門君」
一夏との模擬戦に勝利してピットに戻ると嵐山先輩と綾辻先輩が笑顔で出迎えてくれた。そしてその後で他の三人も俺に話しかけてきた。
「お疲れ様。見事な狙撃だったね」
「狙撃手の面目躍如ってところだな」
「……でも最後の闇烏の発動はサービスのしすぎだと思います。いくら織斑一夏の顔を立てるためだといっても……」
とっきーと賢は先の模擬戦で見せた連続ヘッドショットを凄いと言ってくれたが、木虎は特殊装備を使ったことについて不満そうに言う。……って、ちょっと待て。
「木虎? 何でその事を?」
「佐鳥先輩が教えてくれました。あの圧倒的な実力差を見せつける四門先輩の戦い方は織斑一夏の為だって」
そうか……。流石に付き合いが長いだけあって賢には俺の目的が分かっていたのか。
でもそのドヤ顔はやめろ、賢。正直ウザイ。
「でもあの闇烏っていう特殊装備って凄いよな。カメレオンとバッグワーム両方の効果を発動できるだなんて、もう無敵じゃないか?」
「いや、そうでもない。闇烏は使っている間、カメレオンやバッグワームと同じようにシールドエネルギーを消費するから、使いどころを間違えるとすぐにエネルギー切れになるんだ」
賢の言葉に俺は首を横に振って答える。
確かにカメレオンとバッグワーム両方の効果を同時に発動できる闇烏は強力だけど、その分燃費が悪いという弱点がある。闇烏を発動している間は一秒毎に十のシールドエネルギーを消費するので、シールドエネルギーが満タンの状態でも闇烏の発動状態を維持できるのは数十秒が限界だ。
だから闇烏を使うタイミングは短期決戦狙いの序盤か、お互いのシールドエネルギーを削った終盤だろう。
「そうなのか。でも鬼怒田さんもこんな便利な装備を作れるんだったら、同じ効果のトリガーを作ってくれたらいいのにな」
賢の意見はもっともで、嵐山先輩を初めとする嵐山隊全員が同意するように頷く。俺も初めて翡翠を渡されて闇烏の性能を知った時、開発者の鬼怒田さんに同じような質問をして、現在のトリガー技術では闇烏をトリガーにすることはできないことを説明されたんだよな。
「俺も同じことを考えたけど、鬼怒田さんが言うには例え作っても人間の脳じゃ使いこなせないそうだぞ」
「? 空色人、どういうことだ?」
嵐山先輩に聞かれ、俺は以前に鬼怒田さんから聞いた話を思い出しながら説明をする。
「説明をする前に聞きますけどトリオン体って、設定した武器を作って使える他にベイルアウト機能があったり、レーダーを使えたり、オペレーターと情報のやり取りをしたりと色々と多機能ですよね? これだけを見ればトリガーには小型のコンピューターがあって、それが使用者のサポートをしていると思いますよね?」
「……その言い方だと実は違うということですか?」
俺の話を聞いて木虎が何かに気付いたように口を挟んでくる。中々に勘がいいな。
「その通り。トリオン体を作るのも、ベイルアウト機能やレーダー機能を使うのも、全てトリガーを起動した使用者の脳がやっているんだ」
「え!? そうなの?」
賢が全く知らなかったという顔で驚き、他の嵐山隊の皆も似たような表情で驚く。それはそうだろうな。俺も鬼怒田さんから聞かされるまではそんな事考えたこともなかったからな。
「ああ。トリガーに内蔵されているトリガーチップは、使用者の脳に『トリオンをトリオン体や武器にする方法』を教える後付けの記憶装置でしかないようで、トリオン体がメインとサブの二つトリガーしか同時に使えないのは使用者の脳の負担を少しでも減らすための制限らしい」
「……なるほど。闇烏をトリガーにできない理由もそこにあるみたいだね」
ここまで話を聞いてようやく少し話が見えてきたと、とっきーが頷く。
「そういうこと。バッグワームとカメレオン……特にカメレオンは使ってる時の脳の仕事量が他のトリガーよりも多いらしい。鬼怒田さんが言うにはバッグワームとカメレオン両方の効果を発動できるトリガー、それの理論はすでに完成しているんだけど、実際にそれを使うと使用者の脳に負担がかかりすぎて最悪トリオン体が維持できなくなるって言ってた」
「……それじゃあ、闇烏をトリガーにはできないわね。残念」
闇烏をトリガーにできない理由に納得した綾辻先輩が残念そうに呟くがその気持ちは分かる。確かにバッグワームとカメレオン両方の効果が得られる反則のようなトリガーが使えたら、相手も同じのを使ってくるかもしれないランク戦ではともかくネイバーとの戦いでは有利だからな。
「そう言えば鬼怒田さんはこうも言っていたな。ISの技術を上手く利用できればトリガーの技術は飛躍的に進歩する可能性があるって」
ISの情報処理能力は人間の脳を遥かに上回るスパコン並みだ。その情報処理能力をトリオンの操作に利用できれば今まで以上に高性能な武器をいくらでも同時に使用できるようになると鬼怒田さんは言っていた。それがどれだけ便利で強力かは想像も難くないだろう。
「そうか。じゃあその可能性が現実になるかどうかは空色人と翡翠次第ってことだな」
「そういうことになりますね」
嵐山先輩の言葉に俺は頷いて見せる。
トリガーの技術が上がるということはそれだけボーダーの戦力が強まり、ネイバーとの戦いで仲間達が危険な目に遭う事がなくなるということ。そのためだったらいくらでも実験に付き合ってやるさ。
「……………あれ?」
そう考えていると突然賢が何かを思い出したかのように口を開いた。
「どうした? 賢?」
「いや、そういえば織斑とオルコットさんの試合ってどうなったんだ?」
『あっ……!』
賢の言葉に俺達は一斉にアリーナの様子を映しているモニターを見た。すると……。
『試合終了。勝者、セシリア・オルコット』
と、試合の終了を告げる織斑先生の声がモニターから聞こえてきた。
ヤバ……。一夏とオルコットさんの試合、全然見ていなかった……。
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第16話 代わりの護衛
「なるほど。こういうことか……」
話に夢中で一夏とオルコットさんの戦いを見ていなかった俺は、嵐山隊の皆とモニターに記録されていた二人の戦闘映像を時折先送りしながら見た。
一夏とオルコットさんの模擬戦の内容は簡単にまとめると次のようになる。
・模擬戦が始まると同時にオルコットさんがスターライトmkⅢとビットを使って一夏に先制攻撃。それに対して一夏はオルコットさんの射撃を完全にではないが回避して距離を詰めようとする。
・模擬戦が初めて十分くらいが経った時、一夏が持つブレードが変形してビームサーベルのようになり、ビームサーベルを持った一夏がオルコットさんに「特攻」と思える勢いで突撃を仕掛ける。オルコットさんは当然一夏を撃退しようとするが、一夏も彼女の射撃のクセをある程度見切っていたようでビームの弾幕を掻い潜って接近することに成功し、ビームサーベルで攻撃しようとした。
・しかしどうやら一夏のビームサーベルは俺の闇烏同様、発動している間中シールドエネルギーを大量に消費するらしく、ビームサーベルがオルコットさんに当たる寸前で一夏のシールドエネルギーがゼロになり試合終了。結果、模擬戦はオルコットさんの勝利。
…………………………うん。
何て言うか……こう言っては一夏とオルコットさんには悪いけど、ちょっと残念な試合だよな。
途中までは一夏もオルコットさんもいい動きをしていて見応えの試合だったのに、だからこそ最後のエネルギー切れという負け方が残念でならない。
「織斑一夏……彼は自分の武装も確認していなかったのですか?」
木虎が若干不機嫌そうに呟くが、これは俺を含めて全員が彼女と同じ気持ちだったため何も言わなかった。
この模擬戦における一夏の敗けは、一夏があのビームサーベルの特性を理解していなかったところが大きいだろう。もし一夏がビームサーベルの特性を理解していたら模擬戦の結果も違っていたかもしれない。
俺が見たところ一夏のビームサーベルはかなりの攻撃力がある武装のようだから、相手に当たる直前に発動させるという使い方をすれば大きな戦力になるし、刃の長さを調節することができれば「旋空弧月」のように遠距離斬撃も可能になるだろう。そう考えれば考えるほど一夏の無駄が多い戦い方が勿体無く思えて、木虎が不機嫌なのもこれが原因なのだと思う。
「まあ、これで全ての模擬戦が終わって一組のクラス代表者は空色人で決まりだな。おめでとう」
俺が戦闘映像を見ながら「自分だったら一夏のビームサーベルをどの様に使うか」と考えていると嵐山先輩が話題を変えるように話しかけてきた。
嵐山先輩の言う通り俺の戦績は二戦二勝。織斑先生は最も戦績が良かった者をクラス代表者にすると言っていたから、俺がクラス代表者になるのは間違いないだろう。
「そうですね。ありがとうございます、嵐山先輩。……それで嵐山隊の皆は今日、俺の部屋に泊まるのですか?」
「いや、俺達は明日から早くに広報の任務があってな。もうそろそろ基地に帰って任務の打ち合わせをしないといけないんだ。空色人の護衛だったら別の隊が来る予定だぞ」
「本当は空色人の部屋に止まってIS学園の美女達と楽しくおしゃべりをしたかったんだけどな」
俺が礼を言ってから嵐山先輩に質問をすると、嵐山先輩がそれに答えてから賢な残念そうな顔で話す。
そうか、嵐山隊はもう帰るのか。せっかく久しぶりに嵐山隊の皆とゆっくり話せると思ったのに残念だな……ん?
嵐山隊が任務でもう帰る事を残念に思っていると、ピットの入口に織斑先生とオルコットさんが立っていた。
∞
「さて……今日はもう疲れたし早く休もうかな」
織斑先生とオルコットさんとの話が終わり、基地に帰る嵐山隊の皆を見送った後、俺は自分の部屋の前に来ていた。
そういえば嵐山隊の代わりの俺の護衛をしてくれるボーダー隊員はすでに部屋に来ているらしいけど、一体誰なんだろう? そう思いながら部屋のドアを開けると、部屋の中にいた人達が声をかけてきた。
「帰ったか」
「お帰りなさい」
「おう、お帰り」
「遅いよ。どこで道草食っていたのさ?」
部屋の中で俺を待っていたのは、ボーダーでも精鋭であるA級部隊の一つ、風間隊の四人。
風間隊の隊長の風間蒼也さん。
風間隊の紅一点でオペレーター、三上歌歩先輩。
そして風間隊の隊員である「ウッティー」こと歌川遼と、「きくっち」こと菊地原士郎だった。
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