浅野 学真の暗殺教室 (黒尾の狼牙)
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1学期
第1話 クラス変更の時間


ども、黒尾の狼牙です。
初めましての方は初めまして
知ってるという方は引き続き宜しくお願いします。
てなわけで今回から暗殺教室の二次小説投稿します。
初の一人称小説なのでおかしな部分があれば遠慮なくご指摘ください。
それでは、どぞ〜



俺の名は浅野 学真(あさの がくしん)。

3年A組で過ごして1週間も経たないうちに、俺の学校生活はメチャクチャな方に舵を切った。

 

 

 

 

 

「非常に残念だよ、学真。まさか君に私の手からE組行きを下すことになろうとはね」

 

俺は理事長室で俺の親父…浅野 學峯(あさの がくほう)からE組行きを命じられた。原因は…あの暴力沙汰の事だろうな。

 

知らない人のために言っとくと、ここ椚ヶ丘中学校はE組制度というものがある。学力が極めて低い生徒…いわば、劣等生だろうな、そいつらは本校から隔離された廃校舎で授業を受ける。校舎はボロいし、通うのは大変だし、学食もなければ部活も禁止…ひでぇもんだ。

 

何よりE組に落ちた生徒はこの学校全生徒から耐え難い差別を受ける毎日だ。嘘かホントかE組の生徒に暴力を振っても学校側は目を瞑るらしい。…あり得る話だ。

 

戻ってくる条件は成績で上位とること。だがそうして戻ってくる生徒など皆無であり、通称『エンドのE組』と言われる。

 

言っておくが俺は成績は悪くない。学年末の点数は学年トップ2だったし、あのごえ……なんだっけ?には勝っている。さっきも言った通り、俺が落ちた理由は暴力沙汰だ。それもE組行きになるに充分な理由らしい。

 

 

「君には一週間の停学の後…E組で過ごしてもらう。父親としては悲しいが…合理的な教育の為にはやむを得ないね」

 

うわ出たよ『合理的』。親父はいつもこうだ。弱卒は切り捨て強者を優遇する。こんなどデカイ学校を作ったことは尊敬できるが、この考えだけはどうも同意出来ねぇ。

それに本心で悲しんでねぇだろ。俺より優秀な兄貴がいる訳だし。

 

 

「何か反論はあるかい?最後の情けでもかけてあげるけど」

 

カチンと来る。親父のこの口調はいつ聞いても殴りたくなるくらい腹立つ。

 

だができない。答えは単純、かなり強いからだ。小さい時から俺はこいつに勝ったことがない。大体空手の達人を赤子扱いする相手だぜ?勝てるわけねぇだろ。

 

「ねぇよ。E組に行きゃいいんだろ。それだけなら俺は帰る」

 

俺はそのまま背を向けた。こいつの説教なんて聞きたくないし、これ以上ここにいるのが嫌になった。

 

「そうか、それでは私から一つだけメッセージを送ろう」

 

俺が扉を開けた時、親父は一言告げた

 

 

 

 

 

 

「殺すつもりで頑張りなさい」

 

 

俺にはその言葉の意味がよく分からなかった。

いや、分からなくて良かったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

いずれ分かることだったから…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふわあぁぁ…眠」

 

目覚ましの音を止めて、とっとと着替える。今日から学校に行かないといけないからな。ずーーっと家だと感覚鈍ってくる。

 

因みに俺は1人暮らしだ。なぜかというと…俺はあの家族が嫌いだからだ。実力を出さなければ存在する意味が無くなる。生まれつき頭が悪く身体も弱かった俺はずっと疎外されてきた。何とか居させてもらえるようにとバカみたいに勉強して、好きでもない習い事を始めて…それを続けているうちに、おれはだんだん嫌気がさしてきた。だから俺はアパートを借りて過ごしている。

 

E組に落ちたと聞いたら、全員揃ってメールで俺を馬鹿にしてきやがった。あそこに居なくて良かったよホント。オチオチ寝れねぇ。

 

…と、ノンビリしてる場合じゃねぇ。急がねぇとな…

 

 

「……想像以上に汚いな」

 

最初に来て思ったことはそれだった。家や学校がアレだったから、こういう汚い建物には耐性がない。つーかここで授業受けんのかよ。

 

 

……てアレ?なんで誰もいねぇんだよ。さっきから俺一人しかいねぇじゃん。もう直ぐ授業だぞ

 

「…おや、君は誰だ?ここの生徒では無いようだが」

 

後ろから声をかけられた。振り向くと黒スーツの男がこっちに向かっている。『生徒では無い』って言ったよな…てことは

 

「ひょっとして、ここの担任ですか?」

 

「……あぁ、一応な」

 

一応?どういう事だ。

 

「僕は今日からここのクラスになった浅野 学真です。取り敢えず学級はどこかなと思って…」

 

取り敢えず挨拶しておく。できる限り笑顔でハキハキと。第一印象は大事だからな。それでもう8割がたの印象を決定づけるといってもいい。

 

「…………」

 

あれ?何か難しい顔されたぞ。そんなに駄目だったのか?俺の挨拶。いやいや、挨拶だけは礼儀正しいとずっと言われて

 

「非常に言いづらいのだが…」

 

何か話しかけてきたぞ。取り敢えず聞いてみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は日曜日だぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………

 

 

…………………………へ?

 

 

 

 

 

「え?…マジで?」

 

「あぁ、明日転入生が来るとは聞いていたが…1日間違えたようだな」

 

 

あ、それで誰も居なかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………うん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うわぁぁぁぁぁ!!!ハズカシィィィィ!!!!!!!!

 

 

 

初っ端からやらかしたァァァ!!!どうしていつもこんなドジするんだ俺は!!

つーか何爽やかに挨拶してんだよ!柔かな顔してミスるなんてカッコ悪すぎだろ!

てアレ?さっきの理論で言えばこの人にとっての俺の印象は……

『笑顔でドジする男』

 

 

 

嫌だァァァ!!!なんだその不愉快すぎるあだ名は!!

お願い!撮り直して!!人生やり直させてぇぇぇ!!!!!

 

 

 

 

 

 

「だ…大丈夫か?えっと…学真くん」

 

気づけば俺は暴れまわってたらしい。目の前の男はどうしたらいいのかというような困った顔をしている。

 

仕方ねぇ…やっちまったもんはしょうがない。仕切り直しておくか。

 

 

「は…はい、大丈夫です。問題…ありません」

 

うわ我ながら動揺してんのがバレバレじゃねぇか。思っているよりかなりメンタル弱いんだな俺。親父たちがこれ知ったら1ヶ月間ずっと俺を馬鹿にするような目で見るぞ。

 

「あ…その、今日は休みなんですよね。でしたら明日また来ます」

 

そう言って俺は帰ろうとした。恥ずかしいからとっとと去りたい…

 

「ちょっと待ってくれ。折角だ、君にはいずれ話さないといけない事があるんだ」

 

すると呼び止められた。何やら大事な話があるようだ。

 

 

 

 

「それでは自己紹介といこうか、俺は烏間(からすま)だ。因みにさっき言った担任と言うのは表向き、本職は防衛省だ」

 

えーと、整理しようか。

この人は担任じゃなくて副担任で…防衛省、てアレだよな?軍隊ていうか……なんでそんな人物が此処に来てんだ?

 

「それで…君に頼みたいことなんだが…」

 

烏間さんが何やら言いかけたところで

 

 

 

 

 

 

《ビュゥゥゥン!!》

 

 

物凄い風が吹いてきた。帽子なんか被ってたら間違いなく飛んでたな。そして目の前には

 

 

 

タコがいた

 

 

 

 

 

 

おい今「こいつ頭でも打ったか」みたいなこと言ったやつ出てこい。ふざけてなんかいねぇ。ガチでいるんだよ。目の前に黄色いタコが…

 

 

 

 

「ヌルフフフ、初めまして学真君、私がこのE組の担任、殺せんせーです」

 

 

は?こいつが担任?いや待てよ何で人外が先生やってるんだよ。

 

 

「学真君、頼みというのはこれに関することなんだ」

 

烏間さんは話を続けた。

 

 

 

その内容を聞いて、俺は親父の言っていたことの意味が分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頼みというのは…この生物の暗殺だ」




次回予告
「この生物はとにかく速い。ナイフを避けながら俺の眉を整えるくらいだ。丁寧にな」

「殺せるといいですねぇ。卒業までに」

「起立!気をつけ!礼!」

「浅野学真です。宜しくお願いします!」



『挨拶の時間』


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第2話 挨拶の時間

えーー……とだな。烏間さんから聞いたことをまとめてみるぜ。

 

数日前、月が爆発してリアル三日月のようになったという事件があった。まぁ、あんなニュースを見て俺は自分の目がどうにかなったかと思ったが…とりあえず異常事態だった。

 

んで、その犯人が

 

 

 

 

「はい、この私です。因みに来年の3月には地球も爆発します」

 

 

…このタコだ。

 

しかもこいつトンデモナイ発言しやがったぞ。地球も三日月のようにするのかよ…

 

「信じられないかもしれないが本当のことだ。こいつは3月に地球を爆破する。だから、このE組には一つやってほしいことがある」

 

すると、烏間さんは懐からナイフを取り出した。

…へ?ナイフ?ちょっと烏間さん⁉︎一体何を…

 

 

 

「それは、こいつの…暗殺だ!!」

 

 

烏間さんは目にも止まらない速さでナイフを突きつけた。だが、殺せんせーはあっという間に烏間さんの背後に移動する。すげぇ、瞬間移動だったぞ。

 

「だが、この生物はとにかく速い。ナイフを避けながら俺の眉を整えるくらいだ。丁寧にな」

 

瞬間移動で避けながらその触手で烏間さんの眉を整えてやがる。丁寧にな。

 

「最高速度はマッハ20。その気になれば誰の目にも止まらず移動できる」

 

えーと…マッハ1は大体秒速340mだから…秒速6.8Km⁉︎どうやって目で追えと⁉︎

 

「幸いこいつはE組の担任をしている。生徒にとっては殺しやすい環境にあるわけだ。そんな危険生物がいることを知ってるのは、政府の人間、殺し屋数人、E組の生徒、ここの理事長だ」

 

何で俺が暗殺を?そんな俺の疑問は一瞬で吹き飛んだ。

 

「成功報酬は100億」

 

…へ?ひゃ…100億⁉︎うめぇ棒10億本分⁉︎すげぇ大金だなオイ

 

「地球の危機に関わってくる問題だ。当然の額。学生はこいつになめられてる。この緑のシマシマの模様になってる時はなめている時の顔だ」

 

…分かりやすい。つーかどんな皮膚してんだよ。

 

「国の軍隊でさえ私を殺すことなど出来なかった。生徒に私を殺すことなど万に一つの可能性もありませんねぇ」

 

なんか腹立ってくる。あ、これが『殺意が沸く』というやつか。

 

「殺せるといいですねぇ。卒業までに」

 

 

 

「これがこいつに効くナイフと銃だ。一丁ずつ君に渡す」

 

烏間さんから受け取ったのはゴム製のナイフとおもちゃのピストル。玉はパチンコ玉だ。こんなんで効くのかと疑問に思ったが、前で殺せんせーが実際に腕を破壊して教えてくれた。

 

「ところで一つ気になったんだが…浅野ということは、理事長の…?」

 

烏間さんが聞いてきた。ま、浅野なんて此処らへんではあまり聞かないしな。

 

「はい、息子です」

 

「ほぉ、理事長の息子。そんな子がE組に来るとは、珍しいこともあるんですね」

 

殺せんせーは少し驚いてる。まぁ、この人…いやタコ?は知らないだろうな。俺の親父のことを。

 

「…落とされたよ。ちょっと…な」

 

「いえいえ、責めてるわけではありません。それに、E組に落とされたことが全て終わったこととイコールではありません」

 

「………」

 

「浅野くん、私はね。ターゲットである前に先生なのです。私の役目は、此処の生徒の個性を伸ばすことです。例え何かで劣っていたとしても恐れることはない。先生が自信を持てるよう『手入れ』します」

 

 

言ってることはメチャクチャだが、明らかに1つ分かった。

 

この人は、先生としては最高だと

 

 

 

「それでは、また明日お会いしましょう。その時は、生徒に紹介しますので」

 

 

 

ひと通り話した後、俺は家に帰った。明日から本格的に、俺のE組生活が始まる。

 

 

 

◇烏間視点

 

転入生がE組校舎に来ていた。本当は明日からなのだが…どうやら1日間違えたらしい。それを伝えたら顔を覆い隠して座り込んでいた。まぁ日程を間違えるなど、学生にとっては恥ずかしいことだろう。俺が声をかけて気を取り戻させ(俺から見ると動揺してるようにしか見えなかったが…)、暗殺について説明した。途中で本人が登場するのは意外だった。挙げ句の果てに眉毛まで手入れされた。丁寧にな。

 

 

 

 

 

 

だが、彼について一つ気になることがある。それは、この椚ヶ丘中学校の理事長である浅野學峯の息子であることだ。本人は嫌っているようだが、E組にとってみれば豊かな家で育っているのに変わりはない。そうなると、生徒は距離を開けてしまうかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

上手くクラスに馴染めるかどうか…怪しいものだな。

 

 

 

 

 

◇三人称視点

月曜日の始業前、今日もここ椚ヶ丘中学校E組校舎に生徒たちが登校してくる。話してる内容は1つで持ちきりだった。

 

 

 

 

 

「なぁ渚(なぎさ)、烏間先生からのメール見たか?」

 

E組校舎に続く階段を上りながら、短髪の明るめな男子…杉野 友人(すぎの ともひと)は、見た目女性のような姿をした男子…潮田 渚(しおた なぎさ)に声をかけた。

 

「うん、これだよね。」

 

そう言って渚は携帯を開いた。その画面には烏間からのメールが載っていた。

 

 

 

『今日からE組に転入生が入ってくる。元A組だが、仲良くしてほしい。彼にも暗殺の事は話している。詳しくは、奴から紹介されるだろう』

 

 

 

「E組に転入か〜。やり辛ぇだろうな。A組からE組に落とされるなんてさ」

 

E組に落とされた時はかなり落ち込んでしまう。『あぁ、俺もエンドのE組か…』という絶望感に陥ってしまう。その転入生の目は決まって暗い。

 

 

「でも…此処はただの落ちこぼれ教室じゃない。いずれは殺せんせーを殺すための仲間になるんだから」

 

 

渚の目には期待が籠っている。一緒に殺す為の作戦を立てる仲間が増えることに…

 

 

 

 

 

◇学真視点

 

「おはようございます。浅野くん」

 

登校して階段を上る一歩手前、殺せんせーが俺を出迎えてくれた。心遣いは凄く嬉しいが、急に現れるのは心臓に悪いのでやめてほしい。

 

「ギリギリですねぇ。あと1分ですよ」

 

「起きるのが少し遅れてですね…直ぐ上がりますから先行っといてくださいよ」

 

クッソォ…二度寝は想定外だ。日程間違えた次の日は寝坊かい。規律正しい生活なんて俺には無理そうだな。

 

とりあえず俺が遅れることよりも先生が遅れることの方が問題だろう。先に行っといてと伝えて走ろうとした俺は…

 

 

 

触手に絡まれていた。

 

 

 

 

「安心してください浅野くん。先生は困っている生徒を見放しには出来ない」

 

 

は?おいちょっと待て。まさかとは思うがおま……

 

《ドヒュン!!》(ジャンプする音)

 

 

えええええぇぇぇぇ!!!?

 

 

 

 

「さ、着きましたよ。僅か10秒で教室前です。」

 

お、おぉ……俺生きてる。

 

殺せんせーの触手が絡みついたままハイジャンプして校舎に着地。玄関で俺の靴を上靴に変えてあっという間に教室前。そりゃマッハじゃなくても階段登るよりは速いだろうよ。でも生きた心地はしなかったよ。だって高いんだもん。(ガクガク)

 

 

「どうでしたか浅野くん。空を飛んでみた感想は」

 

「もう二度とやりたくねぇ」

 

俺は決心した。もう寝坊はしないと。だって怖いもん。(ガクガク)

 

 

《キーンコーンカーンコーン》

 

「おやチャイムが鳴りましたね。それでは朝礼をしてきますから呼ばれたら入って来てください」

 

殺せんせーは扉を開けて教室に入っていった。つーか律儀だよな。ちゃんと扉を閉めてやがる。

 

「起立!気をつけ!礼!」

 

と同時にお決まりの号令がかかった。みんな揃って朝の挨拶を…

 

 

 

 

 

《ズドドドドドドド!!!》

 

いや待てなんだその音は!何が起こってんだ一体⁉︎

 

気になって教室の中を覗いてみると、全生徒が殺せんせー目掛けて発砲してやがる。昨日のパチンコ玉…通称対先生BB弾が教室中に飛び交う。だが殺せんせーは一発も当たることなく交わしていく。シューティングゲームより難しいぞアレ。あと普通に出席とってんのな。

 

 

 

「全員出席。素晴らしい!先生はとても嬉しいですよ」

 

出席をとりおわり、殺せんせーは満足のようだ。顔に◯がついてる。マジで何者なんだあのタコ。

 

 

 

 

「今日は転入生が来てます。それでは皆さんに紹介しましょう。どうぞ、お入りください」

 

おっと、殺せんせーが俺を呼んだ。俺は教室の扉を開けて中に足を踏み入れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーツルッ

 

 

《バターーーン!!!》

 

 

 

 

(((((こけた!!!)))))

 

 

足下に散らばった対先生BB弾で足を滑らせてしまい盛大にこけてしまった。恥ずかしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギャーーーー!!!大丈夫ですか浅野くん!!」

 

 

殺せんせーは気が動転してやがる。意外とパニックになりやすいんだな。

 

 

「だ…大丈夫です。心配しないでください」

 

「よ…良かったぁ。転入初日で大怪我させてしまうかと…取り敢えず通り道の特殊弾はどかしますので安心してください」

 

…殺せんせーは箒と塵取りを使って俺の通り道にある対先生BB弾を掃除していた。相変わらず速い。

 

 

 

 

 

さて、気を引き締めて挨拶するか。さっきのミスから立ち直る為じゃない。さっき殺せんせーが名前を読んだことで俺の姓だけは知ったはず。そして多くの生徒は『浅野』が何を指すか分かっているはずだ。実際何人か微妙な顔をしている。だから、俺は精一杯の挨拶をする。

 

 

 

 

「浅野 学真です。宜しくお願いします!」




次回予告

「へぇ…理事長の息子ね」

「学真って呼んでくれよ。浅野はちょっとな…」

「エリート様がこんな所に来るなんて大丈夫なのかぁ?」

「彼は中々成績がいい。ですが…クラスに馴染みにくいようですね」

「一緒に頑張ろうぜ。あいつを殺す為に」




『距離間の時間』


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第3話 距離感の時間

お久しぶりです!投稿遅れてすいませんでしたァァァ!!

あ、そうそう。学真くんが来た時間帯は、ビッチさんがきた直後です。


…視線が痛い。

 

ほぼ全員から警戒の目を向けられる、てこんなにキツイんだな。自己紹介を終わらせたはいいもののこれからうまくいくんだろうなと心配になる。

 

「はい、それではこれから一緒に楽しみましょう。席はカルマくんの隣です」

 

一番後ろの席を勧められた。まぁ端ぐらいしか空いてないから当然だろうなー…

 

それにしても…あの髪が赤いのが『赤羽 業(あかばね かるま)』か。校内じゃ素行の悪い生徒NO1として有名らしい。立て続けに暴行しているからE組に落とされたとのこと。

 

俺はそのカルマの隣の席に着く。

 

「やぁ、俺の名前は赤羽 業。よろしく」

 

「よろしくな」

 

「ところで1ついい?浅野くんってもしかして…」

 

はい早速来たよ。来るとは思ってたが、少々キツイなこれ。

 

「あぁ、そうだよ。理事長の息子だ」

 

隠す必要も無いので打ち明けることにした。

 

「へぇ…理事長の息子ね」

 

……こいつ、只者では無いな。そいつが纏っているように見えたのは、殺気。

 

 

「さて、それでは早速授業をしていきますよ。頑張ってくださいね浅野くん」

 

殺せんせーは授業開始の合図を出した。

 

 

……それにしても、やっぱり慣れねぇな『アレ』は。学校だから我慢しとこうかと思っていたが…

 

「なぁ、一つだけ我儘言っていいですか?」

 

「良いですよ。後敬語は要りません。この教室では無礼講で結構ですから」

 

「そうか…じゃあ俺の事なんだが…学真、て呼んでくれよ。浅野はちょっと、な……」

 

 

 

余り浅野とは呼ばれたくない。我儘かもしれないが、それで名乗りたくは無かった。

 

「分かりました。では学真君、一緒に頑張り殺しましょう」

 

こうして、俺の暗殺教室が始まった。

 

 

 

 

 

殺せんせーの授業は分かりやすかった。少なくとも本校舎の先生よりは断然分かりやすい。何故かと言うと話し方もあるだろうが何より…

 

 

「以上が一次不等式の一般的な解き方ですが…方程式に比べてルールがややこしい。そこで、実際に解いてみましょう。ルールも暗殺も、実戦で学ぶ方が良い。皆さんと一緒に解いていきます。そう身構えなくて良いですよ、学真君」

 

「……はい」

 

この人はちゃんと俺らを見ている。だからなのかもな。気休めかもしれないが、見てくれているんだと思うから気が楽になる。本校舎の先生じゃ『ついて来れて当然、出来ないなら出来損ない』スタイルだからな。

 

「あぁそうそう、昼休みになったら職員室に来てください。君の実力を図るテストをします」

 

「分かった」

 

触手で教えられる奇妙な授業は、何故か1番分かりやすい気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ドヒュン!!》

 

 

 

 

ぬお!突然触手が後ろに向かって…あ、もう戻してる。早いなーマッハ20

 

「菅谷くん!!」

 

触手の手には1冊のノート…恐らく菅谷のノートだろう。比較的左後ろにいる、顔が何となくノッポに見える男だ。さっきから何か描いていたが…ばれた様だ。当の本人はビビってやがる。

 

 

殺せんせーの顔は何故か黒い。あ、コレ怒ってんな…

 

 

 

 

 

 

「惜しい!先生はもっとシュッと塩顏ですよ」

 

「どこが⁉︎」

 

 

 

 

いやいやいや!怒んねーのかよ!しかも絵の採点してるし!挙げ句の果てに菅谷が書いたのより遠ざかってるし!

 

どっから突っ込めばいいか教えてくれ!

 

 

 

 

 

 

 

◇昼休み

 

「あぁ〜…疲れた」

 

小テストが終わり机で突っ伏す俺。5教科分のテストなんて疲れる。俺はそのままの体制で居続けていた…

 

 

 

 

 

「お疲れ、学真くん」

 

 

 

 

 

 

「!!」

 

 

 

後ろから…というより真後ろから声をかけられた。その時何故か思わず勢いづけて後ろを振り返っていた。

 

 

 

「あぁ…ごめん、驚かせちゃった?」

 

 

 

そう言って苦笑いしていたのは……

 

「確か……渚?」

 

一見女性にしか見えない、束ねてる髪も長いし顔つきも女性っぽい男性の渚だった。

 

「あ、うん。すごいね、名前言ってないのに…」

 

渚は俺が名前を覚えていたことに驚いていたが…俺は渚に驚いてた。

 

いくら疲れていたといってもそこにいたことに気付けなかった。普通は大体気づく。なのに……

 

 

「テストはどうだった?殺せんせー、結構しつこいから集中できないでしょ」

 

……確かにな

 

テスト受けている間俺の様子を分身で囲んでみていた。度々『解けてますか〜?大丈夫かな〜?』みたいなこと囁いてくる。腹が立つからナイフを刺そうとしたら避けられた。チクショウ

 

 

「まぁテストの問題はそう難しく無かったから大丈夫だ」

 

「そっか…やっぱり才能が違うね」

 

渚はなに食わぬ顔でそう言った。まるで、自分に自信が無いように。

 

 

 

「ケッ、気にくわねぇぜ」

 

 

突如低くて乱暴な声が聞こえた。右の端に座ってるガタイのいい男。確か…寺坂 竜馬、て言ったな。

 

 

「成績も良くて育ちも良くて、何でE組に落ちてんだよ。エリート様がこんな所に来るなんて大丈夫なのかぁ?」

 

うわなに腹立つ。これ喧嘩売られてるよね。

 

この寺坂はカルマと同じく素行が良くないとは聞いている。だが何か違う。何が違うんだと言われても困るが…速い話思考の違いだ。カルマは悪戯で相手の反応を面白がる所があるが、寺坂の場合、気に食わない奴に食ってかかるだけな気がする。

 

 

 

「ちょ、ちょっと寺坂くん…」

 

渚が止めようとするが聞く耳を持たない。

 

「大体よ、ここの理事長の息子がエンドに来てるのが気にくわねぇ。A組や家でのほほんとしているてめぇが…⁉︎」

 

 

寺坂は口を閉じた。ま、突然立ち上がって目先に指を突きつけられてビビったんだろう。

 

 

 

 

少しイラっとしたしな。

 

 

 

 

 

 

 

「今…お前は暗殺されていた。ベラベラと喋っている間に目を潰され首元を斬られた」

 

 

 

辺りが静まった。俺の行動が意外すぎたのか、それとも俺の言葉に呆気にとられていたのか……どうでもいいが

 

 

 

「俺を本校の生徒のような平和バカだと思うなよ。俺の家は常に戦場だった。寧ろ平和バカはお前だ、寺坂。油断してると……足元すくわれるぜ」

 

 

寺坂は何も言わない。言う気配すら無い。

 

 

チャイムが鳴り、俺はそのまま自分の席に座った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《プー…》

 

 

 

 

 

……

………

…………

 

 

 

何か変な音したぞ今。いやちょっと待て、イスが何か柔らかい…つーかなんかある。

 

 

 

 

うん……

 

 

「油断してると……足元すくわれるぜ」

 

カルマァァァァ!!!いつの間に俺の席にブーブークッション仕掛けていやがったぁぁぁ!!つーか待て!クラス全員で俺を冷めた目で見るなァァァァ!!!

 

 

 

 

 

その後5時間目と6時間目があったが、何をしたのか全く覚えてない。

 

 

 

 

 

 

◇放課後 三人称視点

 

授業が終わり、職員室で烏間は学真が受けたというテストを眺めていた。先ず、テストの成績は良好だ。ほとんど満点に近い点数を取っている。理科及び数学は苦手だからなのか他のに比べて若干低いが、それでも申し分ない点数だ。最高得点は国語の100点、正真正銘の満点だった。

 

(成績はかなり上位、赤羽 業と競えるレベルか……ところでこれは一体……?)

 

「どうしました烏間先生?」

 

烏間は1つの紙を見ていた。何の教科でも無く、上から順番に番号が書かれてあり、解答欄にはE組の生徒が出席番号順に記されてあった。

 

「この紙は何だ?」

 

「あぁ、1つ試してみたんですよ。学真くんの『才能』を」

 

殺せんせーは烏間が見せた紙を見てそう言った。

 

「才能?」

 

「えぇ。授業中に気づいたんですが、彼は生徒の名前を覚えていた。なので出席番号順に名前を書くテストをしてみたら、全て正解してました。姓名全て」

 

烏間は動揺を隠しきれないようだ。彼がこの校舎に来たのは昨日を含めて2日。その間に全ての生徒の名前を知る機会は……

 

「昨日、彼は出席簿を見ていました。その時に覚えたのでしょう」

 

殺せんせーに出席簿を見せてくれと頼んで読んだ時のみ。つまりそこで全ての生徒の名前を覚えた、という事だ。

 

 

「これは…記憶力のレベルでは無い。一度見ただけで全て覚えるなど…」

 

「瞬間記憶能力。巷ではそう言います」

 

 

瞬間記憶能力

右脳の極端な発達により起こりうる能力。一度見たものを映像として記憶する。速い話、完全な形で記憶し忘れることが無いという事。

 

しかし、良いこと尽くしではない。右脳が極端に発達する代わり、左脳の働きは弱い。俗に言う、論理力や想像力及び注意力に欠け、ミスを頻発する傾向がある。事実彼は曜日を間違えたり、教室でコケたりしている。

 

「飛び抜けた才能を持ちながら、一方でかなりの弱さを背負っている。彼が浅野家になじめずにいるのにはそこもあるでしょう。だからこそ彼は努力した。家で上手くやっていくために…その結果、彼は中々成績が良い。ですが…クラスに馴染みにくいようですね」

 

殺せんせーが言う通り、浅野 学真はクラスに馴染めずにいる。1番のきっかけは、彼が浅野の家だという事。快く思っている生徒の方が少ないだろう。

 

「さて…これからどうしましょうか」

 

 

◇浅野視点

 

学校が終わり、家に帰る…ことは無かった。どーせやる事ねぇし教室で席に座り眠っていた。

 

ハァッ、これが劣等感か…家で何回も経験してきたが未だに慣れない。その時いつも神を恨む。どうしてこうも、才能の違う人間を作り出したんだ、てな…

 

まだこれからとやる気を絞り出した回数は数えきれず、才能を恨んだのはもっと多い。ほんっと、人間って不平等だよな…

 

《バァァン!》

 

校庭でいい音が鳴り響いた。俺はそれが何の音かは直ぐ分かった。何しろ、あれは…

 

「…行ってみるか」

 

俺はその音に向かって走り出す。ま、E組に『アイツ』がいるのは知ってるしな。

 

 

 

「凄いね杉野!昨日よりキレがかかっていたよ!!」

「へへっサンキューな渚!手のスナップのかけ方を工夫してみたぜ」

 

おお、いたいた…やっぱり野球のグローブがボールをキャッチした音だったか。校庭でキャッチボールをしていたのは、さっき俺をビビらせた渚と…やっぱりアイツか

 

「粋な事してんな、お前ら」

 

俺が声をかけたところで漸く気づいた。

 

「あれ、学真くん。見てたんだ」

 

渚はちょっと驚いたようだ。もう1人は…ま、予想通りの反応だ。

 

「…学真」

 

「久しぶりだな、杉野」

 

 

ボーイッシュな雰囲気を出す男、杉野(すぎの)だ。小さい頃からかなりの野球バカで、常に野球チームに入っている。何で知ってるか、て?そりゃあ…

 

「あれ?2人とも知り合い?」

 

とと、渚が聞いてきたな。それもそうか。

 

「まぁな、元野球部だし」

 

1年生になってから野球部に入った。その時に互いに会っているわけだ。2ヶ月でやめたがな。

 

「俺がコイツ見たときは驚いたよ。そん時はクラスがギスギスしていて話しかけれなかったがな」

 

正確には『出席簿を見た時』だが…ま、そんなに違わねぇだろ。

 

「お前こそ…何でE組に。勉強に打ち込むんじゃなかったのか?」

 

杉野が聞いてきたな。杉野の顔は若干暗い…当然か。何しろ、早々に退部した俺を快く思ってるわけないしな。

 

「まぁな。あそこは嫌だった。だから野球部を辞めて勉強一筋で行くつもりだったが…まさか暴力沙汰で落とされるとはな」

 

野球部の雰囲気は異常だった。スポーツは基本競い合いで、対戦相手と戦いながら互いに実力を高め合うものだと思っている。だがあそこは手柄の取り合いが基本だった。勿論より活躍する方が目立つからそうなりがちなのは分かるが…俺は何となく嫌だったから野球部と一緒にいるのに耐えきれなかった。

 

「…まぁいいか、野球部辞めた同士で争ってもしょうがないか」

 

杉野はグローブにボールを投げつける。ところで一つ気になったんだが…

 

 

「お前…フォーム変えたか?ボールも変化球を主としたものでは無かったのに…」

 

コイツはメジャーリーグの有田選手を真似たフォームをしていた。あの人の豪速球に憧れていたが、余りに遅くて打たれ放題だった。だが今のフォームは全然違うものだった。

 

「あぁ、どうやら俺は、豪速球よりも変化球の方が才能あるらしい」

 

 

 

 

「対先生BB弾をつけたボールを殺せんせーに向かって投げたのが原因で触手に絡まれて筋肉の構造を調べまくられた?」

 

…何を言ってるのか全く分からん。つーか何してんだ殺せんせー。

 

「そん時にさ…俺の肩の筋肉の配列が悪くて有田選手のような豪速球は投げれないけど、肘や手首の柔らかさは俺の方があるからそれをフルに使え、て言われたんだ」

 

「それが…変化球だと」

 

「おうよ、まだスライダーとカーブしか出来てないし曲がり方もイマイチだけどな」

 

杉野は意気揚々と語る。…気のせいだろうか、前より楽しそうだ。

 

「もっと頑張るつもりさ。野球も暗殺も、俺の…俺なりのやり方で」

 

いや、気のせいじゃないか。杉野は凄く自信に満ち溢れている。

 

それにしても…『俺なりの』か…

 

 

 

『探してみようよ。僕たちだけの友達の作り方を』

 

 

 

…そういや、そうだったな。野球における才能は1つじゃない。いや、野球に限った話じゃないんだ。俺はそれを、アイツらと学んだんじゃねぇか。

 

 

 

「…その調子なら、チェンジアップも出来るんじゃねぇか?」

 

俺が発した言葉に杉野と渚は驚いたようだ。

 

「チェンジアップ?」

 

「一言で言えば減速する変化球だ。杉野程度の投球速度でも、チェンジアップと併せれば早く見せれる」

 

「程度、て何だ!!」

 

渚の質問に答えると杉野が突っ込んだ。てゆーか遅いのはお前が1番分かってたんじゃねぇか。

しかし、あんなやる気を出す奴を見ると、見ただけじゃ帰れないからな。

 

「あの建物が倉庫か?グローブはあるんだろ」

 

「え?学真くん…」

 

「ちょっと待ってろ」

 

一言言って俺は倉庫に入っていく。

 

想像はしていたが汚い…何だこの殺せんせーを模したようなボール。うわ!…体操服?『イリーナ』て書いてあるけど…てそんなことよりグローブは…あった。

 

寄り道はしたがグローブを持って校庭に出た。

 

「付き合うぜ、俺も。久しぶりに体を動かしておきたい」

 

渚の隣に立つ。すると渚が少しどいた。

 

「学真…お前」

 

「過去に啀み合ってようと、今ではクラスメイト。一緒に頑張ろうぜ。アイツを殺すために」

 

しばらく杉野は呆然としていたが、やがてスッキリした顔になり、俺にボールを投げた。それは了承の合図だった。

 

 

 

 

 

 

俺はまだ、このE組で上手くやっていけるかどうか不安だけど、少しずつでいいからE組の中に入りたい。難しいだろうけど、諦めずに頑張りたい。その為に、アイツらと頑張ったんだから。

 

 

 

 

 

「じゃあいいか。まず握り方はな…」

 




有難うございましたー。
てな訳で学真くんは野球部ということで杉野と知り合いにしています。そして彼は瞬間記憶能力持ちにしました。
因みにあえて、烏間先生とビッチ先生の授業は載せませんでした。次回に載せます。

次回 『訓練の時間』


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第4話 訓練の時間

あ〜…ねみぃ…

 

杉野や渚と投球練習しまくって夕方まで続き、その後家に帰ったら晩御飯のことを忘れてて慌てて買ってたら寝るのが遅くなった。一人暮らし、て辛いな…

 

翌日は早めに登校出来た。つーか遅刻しかけるとあのタコにマッハ20の飛行を体験させられる。あれはもうコリゴリだ。

 

え?今何してるのか、て?昨日渚に教えてもらった殺せんせーの弱点を見直している。あいつ、常日頃殺せんせーの弱点をメモってるらしい。因みに…

 

①カッコつけるとボロが出る

②テンパるのが意外と早い

③器が小さい

④パンチが弱い

⑤巨乳

 

…弱点、つーよりも欠点に近いよな。ていうか巨乳て…

 

 

 

《キーンコーンカー…ザザー》

 

…うん、チャイムが鳴った。『ザザー』には気にしない。えーと確か1限目は…英語か。やや得意だな。ただ発音とかが難しいんだよな…

 

 

 

《ガラガラガラ!》

 

 

 

ん?あれ?金髪の女性が入ってきたぞ?殺せんせーじゃないのか?

 

「あんたが浅野学真ね。私はイリーナ・イェラビッチ。プロの暗殺者よ」

 

イリーナ…何たらビッチ?あ、あの体操服のイリーナ、てこの人のことか。

 

…何この人、自分をプロと言ったよ。しかも面倒くさそう…

 

「いい?私の事を親しみを込めてイリーナ先生と呼びなさい」

 

…何それ安心院?何でここまで必死なんだ?

 

 

「何操作しようとしてんだよビッチ先生ー」

 

「イリーナ、て感じじゃないのにー」

 

「やかましいわガキども!!」

 

 

あぁ、『ビッチ』か…成る程覚えやすい。

 

 

 

「んじゃ宜しく、ビッチ先生」

 

 

「キーーー!!!何でビッチビッチと呼ばれないといけないのよーー!!!!」

 

 

いや性格の問題だろ。

 

 

 

 

 

授業が始まってビッチ先生はテレビをつけた。…あ、成る程邦画か…教材には持ってこいだよなー。俺もガキの頃よく見てた。いやーそういうのは面白いよな…

 

 

 

 

『ハァッ…ハァッ…ねぇ、お願い…もう我慢できないの…もう…めちゃくちゃにして…』

 

 

 

 

待て待て待て待て!!!中学生に何てもんを見せとんじゃァァァァ!!!

 

 

 

 

 

◇5時間目

 

 

どうも英語の半分はあのビッチさんが担当するらしい。

 

「馴れ馴れしく呼ぶな!!」

 

…何で人の心を読んでるんだよ…

 

ビッチさ…先生は日常会話の英語、殺せんせーは受験英語を教える事になってるらしい。因みに本校舎の先生なんかとは比べものにならないくらい分かりやすい。あそこの発音は聞いてて寒気がしてくるが、この人は発音まで徹底してチェックしている。

 

だがインパクトが強すぎる。間違った生徒の公開ディープキスは強烈すぎた。つーかR-18ネタ多すぎんだよ。もう少しテンション抑えてくれ。…誰だ今それはお前だろとか言ったやつ。

 

因みに5時間目は体育だ。なのでジャージに着替えて運動場に出てる。椚ヶ丘中のジャージは青が主体のシンプルなデザイン。袖が黒めの青でそれ以外は水色だ。ま、どうでも良いが。

 

 

「それでは体育を始めるぞ」

 

ん?あれ?体育は烏間先生なのか?

 

「そう思うなら殺せんせーの体育受けてみれば?分身の術の特訓させられるぞ」

 

「やだなそれ。つーかさっきから俺の心の中読まれ放題なんだが…」

 

「顔に出てるからな」

 

杉野がそのわけを教えてくれた。分身の術の特訓て何すんだよ。つーか俺どんな顔してんだ?

 

 

「それでは、先ずはナイフの素振りからだ」

 

 

……はい?

 

 

 

 

 

 

 

体育の授業は基本的に暗殺のための体術などを訓練しているらしい。いきなりナイフなんて言うんでビビった。今は対戦相手を適当に作って試合形式の特訓中だ。

 

因みに俺は見学。まだ始めたばかりだしな。

 

んで磯貝と前原は烏間先生と対戦している。

 

磯貝 悠馬

このクラスの委員長で顔も性格もイケメンの男だ。この前杉野とキャッチボールしてた時に突如現れて差し入れを持ってきてくれた。渚がそれでお金使っていいの?みたいな事を言うと(聞けば磯貝は貧乏らしい)

 

「良いって。助け合ってこそ価値があるからな」

 

と返した。マジイケメン。

 

 

 

前原 陽斗

髪が明るい色のナンパ男だ。

 

「ナンパ、て何だ!!」

 

…いやしょうがねぇだろ。常に本校や他校の多くの女とデートしまくってるし…何股かけてんだ、て言いたくなる。何気にイケメンだから女も悪い気してないようだし。

 

 

 

後さっきからこのネタ(心の中で思ったことを突っ込まれる)何回あんだよ。いい加減飽きてきたぞ。

 

 

 

 

 

 

 

「あまり慣れてない一人称でネタを入れようと思った時にそれ以外思いつかないからしょうがないね」

 

「…不破さん?」

 

 

…何言ってるんだこいつ。

 

不破 優月

オカッパ…じゃなかったボブの髪型をしている女子でかなりの漫画好きだ。サン◯ーとかジャン◯とかコロコ◯とか…こいつ何冊週刊誌持ってるんだよ…

 

 

 

 

暫くすると磯貝たちが倒された。2人同時に相手している筈なのにかすりもしなかった。ホント、あの人バケモノだな〜

 

 

 

「学真くん、君の実力が見たい。戦ってくれないか」

 

 

 

…はい?

え?戦闘すか…まぁいずれやるしいいけどよ…

 

 

 

「制限時間は3分。その間に君がナイフを俺に当てれば君の勝ち、出来なければ負けだ」

 

シンプルで分かりやすいな。

 

 

「オーケーです。さっさと始めましょう」

 

 

 

俺は立ち位置に入って戦闘態勢に入る。

 

 

 

◇三人称

 

(あの構えは…)

 

学真はナイフを持った左手を前に突き出し、右手は身体の横に添えている。身体も斜め横に向けており、足も左足を前に出している。

 

 

 

「…学真のやつ、妙な構えをしているな。なんだアレ?」

 

 

 

杉野は学真がとっている構えが何か分からないで呟く。するとすぐ後ろに殺せんせーが現れた。

 

 

 

 

 

「あれはナイフ術の構えではありませんねぇ」

 

「え?どういう事だよ、殺せんせー」

 

「あれは恐らく…少林寺です」

 

 

殺せんせーは学真が心得る戦法を当てた。

 

 

 

「…少林寺って何?」

 

「あらゆる拳法の中で日本で創始された数少ない拳法ですよ。そして拳法の見所は…素早さ!」

 

 

 

顔にクワっと力を入れる。殺せんせーの会話に外野は盛り上がっていた…

 

 

 

 

 

 

「ハッ!!」

 

 

学真はナイフを持つ左手を突き出す。烏間はその手を払って躱す。

だがそこまでは学真の読んでいた通りだった。払われた手をそのまま烏間の方に向けてスライドするが、後ろに体制を傾けて刃を躱される。その時、学真はその手の勢いを止めずに腕を曲げて、肘で烏間の方を向けて付く。

 

 

(…肘打ちか)

 

 

烏間は肘打ちすらも顔をずらすことで回避。先ほどから躱されてばかりだが、学真は全く動揺していない。曲げていた腕を伸ばして手首を当てようとする。それを見て烏間はその手を止めようとし…

 

 

(…!ナイフが、ない…?)

 

既に学真の手にはナイフが無かった。いや、正確に言うと…左手には…

 

 

 

 

「ハァッ!!」

 

 

 

 

身体を反転させ、右手を突き出す。その右手にはナイフがあった

 

 

 

「…!チッ…」

 

烏間は大きく後ろに飛んで回避した。今のは小規模な回避では確実に当たるからだ。間合いを取って、両者は構えを取る。

 

 

 

 

 

 

 

「烏間先生、どうしてあんなに後ろに下がったんだろう」

 

2人の戦いを見て烏間が大きく下がった事に渚は違和感を感じた。素人ではよく分からないだろう。

 

「どんな手練れでも、不意を突かれれば急いで対応しようとする。その結果があの回避でしょう」

 

「不意?一体どこで」

 

「恐らく…ナイフを左手から右手に持ち替えた事じゃないかな」

 

殺せんせーの言う「不意を突く」の意味が分からず、その意味を尋ねたら、不破が推測した。

 

「私達から見ると、普通にナイフを持ち替えたように見えたけど…烏間先生みたいに至近距離で見ると見落としやすくなるんじゃないかな?しかも持ちかえる前に肘を使ったから、視線がナイフから肘に逸れてしまったということだと思うけど」

 

「その通りでしょう。あれは、左手を意識させておいて右手で攻撃を仕掛けるという揺さぶりを使ったわけです」

 

「でも…そんなの拳法とかじゃ…」

 

「やらないでしょう。だからあれは彼のオリジナルだと思います」

 

 

殺せんせーは若干楽しそうにしていた。

 

 

 

 

(今のを躱されるとは…相当自信あったんだが…)

 

学真は自信があった攻撃を躱され、少し悔しがっている。だが、あまり時間がないのだ。今の攻防で2分、残された時間は1分である。ナイフを左手に持ち、直ぐに次の手を考えた。

 

 

 

 

 

(まさか…ナイフを持ちかえるとは…相当な腕前だ。これは甘く見ない方が良いか…)

 

烏間は一杯食わされたことに驚嘆し、油断のないよう心構える。特に、細かな手の動きに気をつける事にする。

 

 

 

 

学真は間合いを詰めて、左手を使いナイフを当てようとする。単調な動きではほとんど躱されるため、少し緩急をつけるも当たることはない。暫く撃ち合った後、学真は足を使って顔に蹴りを繰り出す。膝を曲げて屈むことで回避した烏間に、学真は蹴りの速度のまま1回転して左手を当てる。

 

 

(無茶苦茶な動きだが…ここで左手を使ってきたということは)

 

烏間がその左手を受け止めると、予想通りナイフは持ってなかった。左手を弾き、右手の動きに注意した烏間は…

 

 

 

 

若干宙に浮いた。

 

 

 

 

 

「…何!?」

 

「あ…脚払い…!!?」

 

(今度は上半身を意識させておいての下段ですか…やはりセンスは高い)

 

学真は足を使って烏間の足を払う。烏間は動揺し、渚も動転している。殺せんせーは学真の戦い方を推測していた。

 

 

 

一瞬生じた隙…それを逃せばその後好機は無い。学真は躊躇わずナイフを突き出す。

 

 

(貰った…!!)

 

 

学真がそう思うのは当たり前だ。

 

 

 

 

 

 

空中に浮いた状態で対処されるとは思わなかったからだ。

 

 

 

 

 

《ガッ!!グギッ!》

 

 

 

突き出した右腕を掴まれ、そのまま投げ飛ばされる。

 

 

 

 

「がぁ!!」

 

投げ飛ばされた学真はそのまま背中を強打した。

 

 

 

 

「しまった…学真くん!!」

 

 

烏間は焦って学真の側に駆け寄る。すると…

 

 

 

「3分です。残念ながら、ナイフを当てる事が出来なかったので、学真くんの負けです」

 

殺せんせーが試合の決着を言い渡す。その後、渚が学真の近くに走った。

 

 

 

 

「学真くん!大丈夫!?」

「ああ、大丈夫…ッ!!」

 

 

起き上がろうとした瞬間、学真は右手を抑えた。

 

 

 

「烏間先生に掴まれた時に右手の親指を痛めたようですね。直ぐに治療しましょう」

 

 

 

殺せんせーは、学真を連れて保健室まで飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

「いやまたこれかよぉぉぉぉ!!!」

 

 

学真の断末魔が響き渡り、その場がシーンと静まる。

 

 

 

6限目、学真は授業に出なかった。

 




戦闘描写はあまり得意ではない。
今回は色々と分かりづらいと思います。少林寺もある程度の知識だけある程度ですので、『こんなの少林寺じゃねぇ!』と思われるかもしれません。ゴメンなさい。


次回、『使い方の時間』


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第5話 使い方の時間

かなり雑な気がします…不快に思った方ゴメンなさい


「はい、これで処置は終了です。暫くの間はあまり動かさないほうがいいでしょう」

 

オッス、オラ学真。今保健室にいるよ。

 

やー、あの体育の時に挫いた手を殺せんせーに治療してもらった。医学の知識もあるんだな。

だがそれでも無茶に動かすことは出来ず、今日は右手を無理に使うなと言われる。まぁいいが…6限目が出れない分不安だよなー…

 

と思ったら俺の手に一冊のノートがあった。…てか俺のじゃねぇか。

 

 

「因みにそれには今日やる予定の事が書かれてあります。6限目の間にそれを読んでてください。更に、普段の学真くんの書く字の形やクセから、普段書く字とソックリにしてます」

 

…どんだけ準備いいんだ。てかマッハ20で書くノート、て破れない?摩擦とか筆圧とかで。

 

 

 

 

 

 

6限目がある間、俺はノートを一通り見た。てか俺にノートを記憶するという作業はそんな時間がかかるものじゃない。

 

 

言っとくが、記憶力が良いから成績が高いとか思ったら大間違いだぞ。覚えるのは内容じゃなく「画像」そのものだ。どういうものかを理解してるんじゃなく、本当に記憶してるだけだ。簡単に言えば、言葉の内容は分からん。例えば、『織田信長』とか『本能寺の変』などの「単語」は知ってるが、どういうものかは分かっていない。教科書やノートで書かれた説明を覚えてるだけ。だから問題の言葉がややこしければ、解けなくなる。

 

俺が苦労するのはどちらかというと記憶の処理。それがどういうもので、どうなるのかを考えるのはかなり難しい。ガキからの訓練で力はつけてるものの、完全に処理を競う数学は苦手だ。

 

俺は本当に、この教室でやっていけるのだろうか。

 

 

 

 

 

「学真くん、大丈夫?」

 

帰りのチャイムが鳴り、俺の様子を見に来てくれた奴らがいる。

 

「おお、渚と杉野に…

 

確か、茅野だったよな」

 

 

「うんそう。茅野 カエデ よ。よろしくね」

 

 

茅野 カエデ

渚に劣らないほど体は小さい。何より…いや、これは女性に話しちゃいけないな。長い髪を後頭部に束ねており、顔は小さいが目は大きい。どうでもいいが、渚と束ね方が似ているのは何故だ?

クラスでは渚の隣であるせいか、彼と仲が良い。明るいタイプであるため、気楽に付き合える。なんつーか、初めて会った気がしない。

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

「どうしたの?」

 

「いや……

 

 

あの隠れてるつもりのタコはなんだ?」

 

「にゅや!気づかれた!!」

 

 

俺が気づいた(体は透明にしてたが、服は見えてた)ことが分かった殺せんせーは直ぐに消えた。あ、気づかないフリして殺しにかかれば良かった。

 

 

どーせアレだろ?ゲスなこと考えてたんだろ?メモを持ってたし。『生徒たちのカップルを記録し、それを使って冷やかす。これぞ担任の先生の粋な計らい!!』みたいなこと考えてたんだろ。

 

「モノマネなかなか上手いね」

 

おう、センキュー。もう突っ込まんぞ。

 

 

 

 

「学真くん、調子はどうだ?」

 

お、ついでに烏間先生も来たか。

 

 

「大丈夫ですよ。もう治ったし」

「そうか。だが謝らせてくれ。咄嗟の事とはいえ、怪我を負わしてしまった」

「だから良いですって。ま、俺としては不意打ちをアッサリと看破されて悔しいて感じなんで」

 

空中で対処されるなんて誰が考えるよ。本当バケモノだわこの人。

 

「学真くん、て少林寺やってたの?」

 

あ、そこら辺話して無かったな。

 

「まぁな、親父に無理やり習わされた。親父曰く、『1つだけの強さを持ったところで何の意味もない。あらゆる強さを手に入れて初めて、力ある者になれる』だと」

「……本当に上手いね」

「モノマネは置いとけ。で、勉強だけついて行けても何の意味も無い。だから、武術を習わされた。他にも音楽、美術等の習得も義務付けられた」

 

何事にも頂点を取るのが必須。事実親父もそうしてる。だから俺たちもそうされた。

 

 

 

「だが、無理だった」

「……無理?学真くん、結構強かったよね」

「一通り出来るだけだ。道場の中では下の方だ。力をつけようとするも、他の奴らも更に上達する。常に勝てない状況。それがずっと続いてた。それに、どこに行っても頂点を取る男がいた」

 

俺が頂点を取れなかった理由。それは、常に『アイツ』がいたからだ。

 

「何をやってもソイツに勝てない。それが続いているうちに、俺は競い合うのが嫌になった。だから、中学に野球を始めた。チームで連携して戦うスポーツなら、そんな空気にさらされないだろう…と。

 

だがダメだった。チーム競技である筈のスポーツなのに、レギュラー争いが勃発する。どこもかしこも、俺の求めるものは無かった」

 

 

話していくうちに、気分が悪くなる。

 

 

「俺は、何も無い。あるのは生まれついたこの記憶力だけ。ここでも、上手くやっていけるか分からない」

 

 

…あれ?何でおれこんなベラベラ喋ってんだ?

 

 

「…悪りぃ、今のは忘れてくれ。それより…」

「歩くことは出来るか?」

 

話を逸らそうとすると、烏間先生が質問してきた。ていうかなんで歩けるかどうか聞いてくんだ?

 

「へ?まぁ、大丈夫ですけど…」

「なら放課後、生徒たちが補講練習をしている。参加は難しいかもしれないが、見学は可能だと思う。その形で見てみないか?」

 

早い話、見学だそうだ。ま、この後何かあるわけじゃないからいいけどよ…

 

「分かりました。いずれ参加することになると思いますし」

 

俺は、そのままグラウンドに行った。

 

 

 

 

 

そんなわけで只今、グラウンドに来ています。補講練習は個人練習が基本なようで、各々が自分のやりたい事をやっている。見所があるものばかりだが、俺が気になるのは…

 

 

 

射撃練習場だ。

 

 

 

 

 

《パァァン!!》

 

 

的に向かって射撃するシンプルな練習。それに熱心に取り組む生徒が2人

 

 

1人は、千葉 龍之介

髪が長くて周りから目が見えない、あと寡黙。なのに視力はかなり良い。将棋とかが得意なようで昼休みとかよくやってる。あと寡黙。

 

 

「2回も同じことを言うな」

 

 

 

 

 

 

もう1人は速水 凛香

髪を二つ編みにしている女子。千葉に劣らないほど寡黙だが…千葉より気が強そうだ。どっちかと言うとツンデレにちかいかもな。

 

 

「撃ち殺すわよ」

 

 

 

 

 

そんでもってその2人は射撃練習しているわけだが…見事百発百中だ。特に千葉はかなり離れてるのに……しかも…

 

 

 

 

 

 

「少し下にずれたな。距離感を甘く見すぎていたか」

「気も動転してるんじゃない?落ち着いたほうが良いわよ」

 

 

 

何アレプロの会話?本当に中学生かよ。『当たりの的の中』で何処に当てるかを考えるとは…

 

 

 

 

 

「…あの2人の練習にはついてこれないね」

「いつもあんな感じか?」

「うん、射撃練習ではトップクラスなんだ。あの2人」

 

だろうね。この上なんているのか?

 

 

 

 

 

続けて俺が見たのはクライミングの訓練場。この隔離校舎にはそういうのに打ってつけの岩山がある。

 

 

 

 

多くの生徒が苦戦してる中、軽々と登っているのが1人。

 

「よっ」

「さすがひなた〜あっという間だね」

「だんだんと慣れたからね」

 

岡野ひなた

ショートに切り揃えた髪が特徴の女子。体育系で、割と物を言う。この前のカルマとの時「サイテー」と容赦も情けも無い言葉を頂きました。畜生

 

しっかしまぁ身軽なもんだ。女性の方が身軽とはいえ限界はあるが…アイツは難なくこなす。羨ましいぜ。

 

 

 

 

「どうだ?生徒たちを見て」

「なかなか…いや、かなり上手ですね。こんなの…A組でもできない」

「そうだ、彼らは落ちこぼれとして蔑まれているが、その実はかなりの才能に満ちている」

 

烏間先生が意気揚々と(ハッキリとは分からんが大体そんな顔してるだろう)語る。

 

 

「スゲェな…こんな才能が…」

 

 

 

 

 

「君は、自分に無い物ばかりを見ているな」

 

烏間先生の言葉が胸に突き刺さる。全くもってその通りだった。俺は、俺に無い物を持つ人を、羨ましく思っている。

 

 

「それは当たり前だ。人間誰しも、自分に無い物を持つものに憧れる。

 

 

だが彼らは、それぞれの力に磨きをかけたのはここ最近だ」

「え…」

「知っての通り、このE組の差別は凄まじいもので、長い間劣等感に満ちていた。だが、暗殺という異様な教育に出会い、そこから自分の力に磨きをかけた。

 

真っ当な力だけが全てではない。悪知恵が働くもの、自分の好きな事に没頭出来るもの、他人を心配出来るもの…ここでは、そうした異様な力を持つものが、自分の才能を磨き上げれる場所だ」

 

 

確かに…暗殺に決まった才能は無い。特殊な才能でも充分武器になる。

 

 

 

 

だが…

 

 

「それでも…俺はここで、上手く出来るんですか?」

 

俺の取り柄は、記憶力…いや、瞬間記憶能力だけ。『見た』ことを記憶することのみ。それが上手く行った試しは無い。

 

 

 

 

 

 

 

「上手くやっていけるかどうかは、努力次第です」

 

 

すると、いつの間にか殺せんせーが現れた。今の話聞いていたのか。

 

 

「殺せんせー」

「正確には『努力の方向次第』、才能を磨くということは、才能の使い方を把握して初めて成り立つもの。今まで君は、才能が使えないあらゆる機会を学んできたでしょう。記憶は、ほぼ意味ない…そう感じてしまうのは無理もない。

 

ですがこの教室では、その才能をフルに発揮できる使い方を学んでいきましょう。教科書に書かれてないことを学ぶのも勉強です」

 

 

使い方…それを考えるなんて思わなかった。記憶力なんて持ってたって意味がないとだけ思って、伸ばそうともしなかった。

 

 

 

「だが…やり方が分からない」

 

 

「ご心配無く。自分の事に悩むのが生徒の役目なら、それに一緒に考えるのも先生の役目。私が手取り足取り付き合いましょう」

 

「お前の『手取り足取り』ほど嫌な響きは無いだろうな」

 

殺せんせーの言葉に烏間先生が突っ込む。まぁ確かに、この人は嫌にしつこいからな。手取り足取りどころか骨抜きされるまでやりそう。

 

 

 

 

 

だが、それでいいかもしれねぇ。もとより真っ当な生き方なんて出来ないんだ。異様な教室での勉強、付き合ってやる。

 

 

 

 

「分かった。俺は…自分を磨く。そして…あんたを殺すぜ」

 

 

「ヌルフフフ、そう出来ると良いですねぇ」

 

 

 

 

人を舐めてるのに過保護な殺せんせーに、俺は共に進むことを決意した。

 

 

 

その後の結末が、どんなものであったとしても…

 




取り敢えずこれで一旦オリストーリー終了
次回から原作通りに進んでいきます。



次回、『集会の時間』


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第6話 集会の時間

今回オリキャラを1人追加してます。


「急げ急げ!!もう直ぐ始まるぞ!」

 

おっす、オラ学真。今本校舎の体育館めがけて全力疾走中でござる。月一度の全校集会のためだ。5時限目から行われるため、隔離校舎の我々E組は昼休み返上してきているのである。遅れたら(正確には集合が一番遅かったら)奉仕活動を行わないといけない。

 

「はぁ、たく…いつもこんな感じで嫌になるぜ」

 

岡島が愚痴ってやがる。

 

岡島 大河

一言でいえば変態。坊主で変態。どうしようもなく変態。手遅れな変t…

「さっきから変態しか言ってねぇじゃねぇか!」

だってそれ以外言いようがねぇし…

 

 

ま、岡島が言いたいことも分かる。E組にとってみれば、いい思いしねぇしな…

 

 

 

 

「要するに、君たちは全国から選りすぐられたエリートです。この校長が保証します。ですが、慢心は大敵です。油断してr…」

 

 

どうにか間に合って校長先生のありがたい話(笑)を聞いているところだ。「ちょ、まだ話してる最t…」うるせぇ、てめぇの話に字数とる必要ねぇんだよ。まぁここでもE組の差別は凄まじく、同級生や教師、校長に至るまで陰険な悪口を言っている。これに約1時間も耐えるんだぜ?つらいなんてもんじゃない。

 

 

「それでは、生徒会による話を始めまーす」

 

 

 

生徒会の話が始まるんで暫く休憩時間だ。つってもやることねぇしな…

 

 

ん?あれ烏間先生じゃね?

 

 

 

「E組の担任の烏間です。別校舎なのでこの場を借りてご挨拶をと…」

「あ、はい、よろしく」

 

表向きだがな。殺せんせーを来させる訳には行かず代わりに来たということだろう。

 

 

 

 

「烏間せんせ〜ナイフケースデコってみたよ」

「かわいーっしょ」

「……可愛いのは良いがここで出すな!!他のクラスには秘密なんだぞ暗殺のことは!!」

「「…はーーい」」

 

 

…倉橋と中村がナイフケースを見せて烏間先生に怒られてる。ま、そりゃそうだ。

 

 

 

倉橋 陽菜乃

明るい色のウェーブがかかった髪が特徴で、生き物全般及び烏間先生に好意を抱いている。

 

 

 

中村 莉央

黄色の長髪でストレート。悪ノリが得意で男と一緒に遊びまくっているせいか下ネタは大抵平気。いやぁ、渚へのイジリという面ではカルマと同等じゃないか?

 

 

 

まぁそんなわけで烏間先生は女子から好感が高い。周りのモブどもも羨ましがる状態だ。

 

 

 

 

 

 

 

《カッカッカッ!》

 

 

お、このいかにも私はビッチよ!と言わんばかりの足音は

 

「……どんな足音?それ…」

 

渚よ、突っ込む前にキミは警戒したほうが良い。

 

 

「渚、ちょっと来なさい」

 

ほら見ろ、ビッチ先生の目的は渚だった。以前の大失敗から見返しを企んでるらしいし、その為には情報が必須だ。だから殺せんせーに1番詳しい渚からメモを取り出そうという考えだろ。

 

だが渚としてもメモを渡したくも無く、お互いに言い争いになり、渚を胸に沈めて強制的に従わせようとするビッチ先生、流石だ。

 

 

 

 

その後、烏間先生によってビッチ先生は引き下がらざるを得ませんでした、まる

 

 

 

 

 

「はい、今 皆さんに配ったプリントが生徒会行事の詳細です」

 

前で放送部部長の…誰だっけ?あ、荒木 鉄平だ。がなんか言ってるが資料なんて貰ってねーぞ。

 

「すいません。E組の分まだなんですが」

 

…磯貝、言ったって無駄だ。コイツ、確信犯だ。

 

 

「え?ない?おかしーなぁ…ゴメンなさーい、E組の分忘れたみたーい。すいませんけど全部記憶して帰ってくださーい」

 

 

うわわざとらしい。しかしまぁこんな事しても笑って済ますなんてここの奴らはどうかしてるな…たく

 

 

 

 

 

 

《スパパパパパァン!!!》

 

 

 

ん?あれ、どっからか紙が出てきた…あれ?

 

 

 

 

「磯貝くん、問題無いようですねぇ。手書きのコピーが全員分あるようですし」

 

 

いつの間にか殺せんせーが来てる…

 

 

「あ、プリントあるんで続けて下さーい」

「え?あ…うそ!?何で…」

 

 

お、これは演技じゃなくてマジもんだな。表情が面白いくらいに変わってやがる。

 

それにしても…いいのか、アレ…本人は変装してるつもりかもしれないが、どう見たって不自然だらけだぞ。『どこが?』て言われれば『全部』て言えるくらい。

しかもビッチ先生が殺せんせーを殺そうとしてる…やめろよ、全校生徒の目の前だぞ。あ、烏間先生に連れてかれた。

 

 

「はは、しょうがねぇなビッチ先生は…」

 

 

先生たちの様子が可笑しかったのか、E組の生徒はみんな揃って笑っていられた。

 

 

 

 

 

 

 

あ~~、愉快愉快。殺せんせーは最終的に追い出された。絶対裏で泣いてるよな。

 

 

「…周りの迷惑考えろよ」

「…E組らしく下向いてりゃいいんだよ」

 

 

なんかぼそぼそと聞こえるのでそこを見ると、渚が追い詰められてる。恐らく、今日の集会の時の逆恨みだろ。

 

 

「ったく…ボケが……」

 

止めようとすると、逆に止められた。触手に

 

 

「まぁ待ちなさい。君が出るまでもないですよ」

 

不満はあるものの、おとなしく引き下がった。その間も脅しは続く。

 

 

 

「…殺すぞ!!」

 

 

 

 

 

 

………あ、あの男ども、余計なことを

 

 

 

 

 

 

 

 

「殺そうとしたことなんてないくせに」

 

 

《ビクッ!》

 

 

渚が笑うと、その2人は黙り込んだ。

 

同じだ、あの殺気。俺が初めて渚に驚かされた時と…

 

 

 

 

 

「どうです。伊達に殺意磨いてないでしょう」

 

 

殺せんせーはそのままどこかに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?学真くん」

 

 

殺せんせーに気を取られたせいで、渚が隣に来てたのに気づかなかった。

 

 

 

 

「…お前、なんて殺気持ってんだよ」

「いやぁ、学真くんやカルマくんに比べたら大したことないよ」

「…そうじゃねぇよ、あんなのお前が持つなんて思わねぇよ」

 

 

 

俺が言ってることは分かるだろ。だって渚はあんまり強そうには見えないんだぜ?穏やかそうで、警戒する点を見つけることが難しいくらいだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全くだ」

 

 

 

 

 

 

……?なんか声がした…

的なことを考えると後ろから男が近づいてきた。黒髪でちょっと強面の男が、あれはA組にはいなかったが…

 

 

 

 

 

 

 

「………黒崎(くろざき)くん…」

 

「久しぶりだな、2年生以来か」

 

 

…どうやら渚の知り合いのようだ

 

 

 

 

「カルマが持つのは違和感ないが、お前が持つとは思わなかったぞ。俺も正直、驚きを隠せない」

 

…なんか堅苦しいなコイツ。恰好とか…しゃべり方とか

 

 

 

 

 

「お…おう、黒崎。言ってやれ!」

「E組のくせに生意気なんだよ!」

 

 

…まだいたのかモブ2人、しぶといな。

 

 

 

 

 

 

 

「………黙れ」

 

 

 

 

《ビクッ》←あれ?2回目?

 

 

「凄まれるだけで委縮する雑魚が、偉そうなこと語るなよ」

 

 

 

…怖ッ、モブ完全に黙って…あ、逃げた。

 

 

 

 

「なぁ渚、誰だ?カルマも知ってるみたいだが…」

 

「黒崎 裕翔(くろざき ゆうと)、僕は1,2年生のころカルマくんと一緒のクラスだったんだけど…彼も一緒だったんだ。正義感が強くて…

 

 

 

 

 

喧嘩だったら、カルマくんに劣らないと思う」

 

 

 

…カルマに?つまり物凄く強いということか。

 

 

「…ひょっとすると、君は浅野理事長の次男か?」

「…知ってるのか?」

「ここの生徒は全員知ってるぞ。『堕ちたエリート』とな…」

 

 

…何だよ、俺そんな感じで広まってんのか。

 

 

 

「まぁどうでもいい。お前がどういう人物だろうが、強き者が上に立つ構図は決して変わらない」

「…俺は上に立つ器じゃなかった、と?」

「察しがいいのは美徳だな。この学園は結果が全て。そしてもうじきそれが来る」

 

黒崎が言ってるのは何となく分かる。

もう直ぐ来る、中間テスト。この学園じゃ戦争もののイベントだ。テストが悪ければE組落ち、逆にE組から抜け出せる数少ないチャンスである。この学園のルールでは、1番に警戒しとかないといけないものだ。

あ?俺の答えだと?決まってんだろ。

 

 

 

 

 

 

 

「分かってるさ。結果は出す」

 

 

 

 

 

ハッキリ言ってやる。俺は全力でやるつもりだ。A組では無く、E組の生徒として

 

 

 

 

 

「それは良かった。既に諦めてる腰抜けなら挑むことすら許されないが、お前にはそれがあるようだ。

 

 

 

まぁ、精々がんばれ。勉強も…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗殺も」

 

 

 

 

 

…!ハァ!?

 

 

「ちょっと待て!どういう…」

「騒ぐな、それを他に知られるとまずいんだろ?」

 

 

 

 

…何でだ?何でこいつが、暗殺のことを知っている?E組以外で知ってる奴なんていないのに…

 

 

 

 

 

 

 

離れていく黒崎の背中を見て、俺は呆然としていた。

 

 

 

 




黒崎 裕翔くんを登場させました。D組です。何で彼が暗殺のことを知っているのか、次回以降楽しみにして下さい。


次回『第2の刃の時間』


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第7話 第2の刃の時間

えーと…学校に行ったら殺せんせーが分身して待ち構えてるんだが…

 

 

「「「「「さて、始めましょうか」」」」」

 

何を!!?

 

「中間テストが迫って来ました」

「そうそう」

「そんな訳でこれからは」

「高速強化テスト勉強をおこないます」

 

 

いや1人何役してるんだよ。

 

 

すると、各生徒の前に分身が1人ずつ現れた。

 

「先生の分身が1人ずつマンツーマンで」

「それぞれの苦手科目を徹底して復習します」

 

 

だから1人…えーと27役やるんじゃねぇよ!

 

「下らね…ご丁寧に教科別にハチマキとか…ってなんで俺だけナル◯なんだよ!」

「寺坂くんは特別コースです。苦手科目が複数ありますからねぇ」

 

 

生徒の苦手科目に合わせてハチマキを変えている徹底ぶり。妙な所に拘るな…

 

 

 

そんな訳で国語6人、数学9人、社会3人、理科4人、英語4人、◯ルト1人、計27人の殺せんせーの分身が強化授業をしてる。

 

「足して6、掛けて8になる整数の組み合わせを探して見ましょう。掛けて8になる組み合わせは2通り。その内足して6になるのは2と4です。だから、この二重根号は…」

 

 

因みに俺は数学だ。理由は単純、苦手だからだ。

 

 

 

「それに数学オタクには、数学くらいしか詳しいこと書けないしね」

 

「…不破さん?」

 

 

 

しかし…分身しながら、てことは…大体一文字ぐらい話したら次の生徒に移動する感じだろ?かなりハードだなそれ。ちょいとミスすれば全部崩れそうだが…

 

 

 

 

 

 

《グニャン!》

 

「うわ!」

 

殺せんせーの顔が突然曲がった。

 

 

 

「急に暗殺しないで下さいカルマ君!それ避けると残像が全部乱れるんです!」

「意外と繊細なんだこの分身‼︎」

 

…言わんこっちゃない。

 

 

「でも先生 こんなに分身して体力持つの?」

「ご心配なく、一体外で休憩させてますから」

「それむしろ疲れない!?」

 

殺せんせーの言うこと、て…答えになってない事が多いよな

 

 

 

 

 

 

「今日から放課後の補講は休講にする。腕を磨いて欲しいのは本音だが、君たちの本業に支障をきたす訳には行かない」

 

体育の終わりに烏間先生から休講のお知らせが出た。まぁ、テストを蔑ろにする必要も無いしな。

 

 

 

「それでは、今日はここまで、解散!」

 

 

『ありがとうございました』

 

 

体育の授業が終わり、みんなは教室に帰っていく。それはいいが…俺は烏間先生に一つだけ聞きたいことがあった。

 

「烏間先生、1ついいですか?」

「?どうした」

 

後片付けに取り掛かる烏間先生に声をかける。

 

 

「俺たち…E組以外で、暗殺の事を知る機会がある生徒、ていますか?」

 

 

「…いや、奴の存在すら知ってる者は居ないはずだ。国として、厳重に管理しているからな」

 

 

 

そうだよな…どんなに頑張っても、マッハ20のタコが知れ渡ったら大パニックになる。知るはずもないし、口コミでなら疑うのが当たり前だ。

 

 

なのに、アイツは『知って』いた。

 

 

 

 

…じゃあアイツは如何やって知ったんだ?

 

 

 

 

 

 

授業が終わり、俺は帰ろうとしていた。

 

 

「この六面体の色を揃えたい。素早くたくさんしかも誰にでも出来るやり方で…あなた方なら如何しますか?先生方」

 

職員室の前で聞き覚えのある声を聞いて、俺は足を止めた。まさか…

 

 

「先生!また明日‼︎」

「ヌルフフフ、明日は殺せると良いですねぇ」

 

後ろからまたまた聞き覚えのある笑い声が聞こえる。

 

「あれ?学真くん、どうしたの?」

 

片方は渚だったようだな。

 

「職員室見てみろ」

 

 

職員室には、烏間先生、ビッチ先生、今入った殺せんせー

そして…

 

 

 

「答えは簡単、分解して並べ直す 合理的です。初めまして、殺せんせー」

 

 

 

 

俺の親父で、この学校の理事長、浅野 學峯がいた。

 

 

「にゅや…?」

「この学校の理事長サマですってよ」

「俺たちの教師としての雇い主だ」

「にゅやッこれはこれは山の上まで!それはそうと、私の給料、もうちょいプラスになりませんかねぇ」

「「…………」」

 

 

 

殺せんせーの弱点⑥ 上司には下手に出る

 

 

 

 

 

「こちらこそすみません いずれ挨拶に行こうと思っていたのですが…あなたの説明は防衛省やこの烏間さんから聞いてますよ。まぁ私には…全て理解できるほどの学は無いのですが

 

 

 

 

なんとも悲しいお方ですね。世界の救世主となるつもりが世界を滅ぼす巨悪と成り果ててしまうとは」

 

 

救世主…?滅ぼす…?なんか親父は俺の知らない殺せんせーを知ってるようだった。

 

「いや、ここでそれをどうこう言うつもりはありません。私ごときがどうあがこうが地球の危機は救えませんし、よほどの事がない限り私は暗殺にはノータッチです。……」

 

一瞬烏間先生に何か言っていたようだが内容はわからなかった。

 

 

 

 

「しかしだ。この学園の長である私が考えなくてはならないのは、地球が来年以降も生き残る場合、つまり、仮にだれかがあなたを殺せた場合の学園の未来です」

 

 

親父は窓を開けたことで出来た空間に腰掛けながら言った。その先は、何を言いたいのか、俺や渚にはすぐ分かった。

 

 

 

「率直に言えば、ここE組はこのままでなくては困ります」

 

 

「…このままと言うと、成績も待遇も最底辺という今の状態を?」

「はい」

 

 

それは、この椚ヶ丘中学校がここまで成長する基盤となったシステム。理事長たる親父なら、それを崩されるのは望ましくないだろう。

 

 

 

「働き蟻の法則を知ってますか?どんな集団でも20%は怠け、20%は働き、残り60%は平均的になる法則。

 

私が目指すのは5%の怠け者と95%の働き者がいる集団です。

 

『E組のようになりたくない』、『E組にだけには行きたくない』、95%の生徒がそう強く思うことで…この理想的な比率は達成できる」

 

「……成る程、合理的です。それで5%のE組は弱く惨めでなくては困ると

 

 

 

 

それは、あなたの息子であろうともですか?」

 

殺せんせーの言ってるのは、絶対俺のことだろうな。まぁ、親父の解答は最初から分かってるが…

 

 

 

「…人は甘える動物です。情があれば漬け込み、情けがあれば誤魔化そうとする。一瞬の隙を見せれば、生徒たちは私の情けを貰おうとする。

 

だからこそ、私を同じ人間として見るのではなく、非道な支配者と恐れて貰った方が私の理想に近づける。

 

そこに、肉親は関係ありません。此処では只の先生と生徒。その感覚を忘れさせるほど、私は甘い教育はしていない」

 

 

 

そう…親父は目的の為に合理的に動く人だ。才知溢れ、『より良い結果』を常に計らうことが出来る。そこに…情という考えは無かった。

 

 

 

 

 

そう……例え、どんなに苦しんでても

 

 

 

 

「今日D組の担任から苦情が来まして…

 

『うちの生徒がE組の生徒からすごい目で睨まれた』

 

殺すぞと脅されたとも」

 

 

 

 

 

……

………

…………

 

 

俺は隣にいる男に目を向けると、そいつは顔を背けた。まぁ、今の話、若干改竄されていたけどな…

 

「暗殺をしているのだからそんな目つきも身につくでしょう。それはそれで結構…問題は、成績底辺の生徒が一般生徒に逆らうこと。それは私の方針では許されない。以後厳しく慎むよう伝えて下さい」

 

 

伝達事項を伝えた後、親父は殺せんせーに何か投げ渡した。あれは…知恵の輪?

 

 

「一秒以内に解いてください」

「え!そんないきなり…」

 

 

慌てて殺せんせーは知恵の輪を解こうとした。

 

 

 

 

一秒後、結局解けることは出来ず、知恵の輪どころか本体まで絡まった。なんてザマだ…

 

殺せんせーの弱点⑦ 知恵の輪でテンパる

 

 

 

「噂通りスピードはすごいですね。確かにこれなら、どんな暗殺だってかわせそうだ。でもね殺せんせー、この世の中には…スピードで解決出来ない問題もあるんですよ。…では私はこの辺で」

 

 

親父が職員室を出た時に、俺たちと目があった。暫くの沈黙…俺も渚も、一言も発する事は出来なかった。発したのは、親父だった。

 

 

 

「やぁ!中間テスト期待してるよ!頑張りなさい!」

 

 

 

一瞬笑顔でそう言って、言い終わったと同時に無表情に変わり、その場を立ち去った。

 

 

 

親父の乾いた賞賛は…ガキの頃から散々と聞かされた。その時いつも俺を恐怖に陥れる。流石に耐性は出来たものの、悔しさは消せなかった。少なくとも…渚はすでに、『落とされた』。

 

 

 

 

 

 

 

◇翌日

「さらに頑張って増えてみました。さぁ、授業開始です」

 

 

……

増えすぎだろ!教室がタコづくめになってるじゃねーか!軽くホラーになってんだろ‼︎マンツーマンならまだしも四人から囲まれて教えられるなんてプレッシャー半端ねぇ!残像も雑になってるし、別キャラいるじゃねーか!

 

 

「…どうしたの殺せんせー?なんか気合入りすぎじゃない?」

「んん?そんな事無いですよ?」

 

 

……いや、あるだろ。昨日の親父の件が原因だろ。

 

 

 

 

「ぜー…ぜー…」

 

流石にばてたらしく、椅子に座り込んで団扇を仰いでいた。二枚使って

 

 

「…流石に相当疲れたみたいだな」

「今なら殺れるかな」

「なんでここまで一生懸命に先生をすんのかね〜」

 

 

「ヌルフフフ、全ては君たちのテストの点を上げるためです。そうすれば…

 

『殺せんせ〜!!おかげでいい点取れたよ‼︎もう殺せんせーの授業無しじゃいられない‼︎殺すなんて出来ないよ‼︎』

『先生‼︎私達にも勉強を教えて❤︎』

 

となって殺される危険も無くなり先生には良い事づくめ」

 

…ゲス教師が。しかも前者のセリフで『生徒』、後者のセリフで『評判を聞いた近所の巨乳大学生』という看板をつけていた。相変わらず妙な気配りだ。

 

だが、そのセリフを聞いた時、クラスメイト全員が暗い顔をしていた。

 

 

 

 

 

「…いや、勉強の方はそれなりでいいよな」

「うん、なんたって暗殺すれば賞金100億だし」

「100億あれば成績悪くてもその後の人生バラ色だしさ」

 

「にゅや!そういう考えをしてきますか‼︎」

 

「俺たちエンドのE組だぜ、殺せんせー」

「テストなんかより…暗殺の方がよほど身近なチャンスなんだよ」

 

「……」

 

 

成る程、これがE組か…

劣等感は最初から感じてはいたが、まさか自分の将来に見切りをつけるまで追い込められてるとはな……

 

 

 

「成る程、よく分かりました。今の君たちには、暗殺者の資格がありませんねぇ」

 

顔にバツじるしをつけて、殺せんせーは扉を開けた。

 

 

 

「全員校庭に出なさい。烏間先生とイリーナ先生も呼んでください」

 

 

招集をかけられ、俺らは直ぐに校庭に出た。

 

 

 

 

校庭に出ると、殺せんせーはサッカーのゴールを退けた。何をするつもりか…

 

 

「イリーナ先生、プロの殺し屋として伺いますが、あなたはいつも仕事をする時、用意するプランは一つですか?」

 

「…?いいえ、本命のプランなんて思った通り行くことの方が少ないわ。不測の事態に備えて予備のプランをより綿密に作っておくのが暗殺の基本よ。ま、あんたの場合規格外すぎて予備プランが全部狂ったけど、見てらっしゃい、次こそ必ず…」

 

「無理ですねぇ。では次に烏間先生、ナイフ術を生徒に教える時、重要なのは第一撃だけですか?」

 

「……第一撃はもちろん最重要だが、次の動きも大切だ。強敵相手では第一撃は高確率でかわされる。その後の第二撃第三撃を、いかに高精度で繰り出すかが勝敗を分ける」

 

 

そこまでいって、殺せんせーの意図が大体分かった。イリーナ先生も、烏間先生も、言いたいことの基本は一緒だ。

 

 

それは、今のE組に最も欠けてるものだ。

 

 

 

 

 

「先生方の仰るように、自信を持てる次の手があるから自信に満ちた暗殺者になれる。対して君たちはどうでしょう。『俺らには暗殺があるからそれでいいや』と考えて勉強の目標を低くしている。

 

それは、劣等感の原因から目を背けてるだけです。もし先生がこの教室から逃げ去ったら?もし他の殺し屋が先に先生を殺したら?暗殺という拠り所を失った君たちには、E組の劣等感しか残らない。

 

そんな危うい君たちに……先生からのアドバイスです。

 

 

第2の刃を持たざるものは、暗殺者を名乗る資格なし‼︎」

 

 

 

説明しながら、殺せんせーはクルクルと回る。その速度はどんどんと増していき、最終的には巨大竜巻を起こす並みの大きさになった。

 

 

殺せんせーが回転を止めた時、学校の校庭は、綺麗さっぱり平らになっていた。

 

 

 

 

 

 

「校庭に雑草や凸凹が多かったのでね。少し手入れをしておきました。先生は地球を消せる超生物、この一帯を平らにするなど容易いことです。

 

もしも君たちが自信を持てる第2の刃を示さなければ、相手に価する暗殺者はこの教室にはいないと見なし、校舎ごと平らにして先生は去ります」

 

 

殺せんせーの逃亡宣言。それは、俺たちにとっても政府にとっても望まれるものではなかった。

 

 

 

「第2の刃…いつまでに?」

 

 

 

「決まっています、明日です。明日の中間テスト、クラス全員50位以内を取りなさい。君たちの第2の刃は先生が既に育てています。本校舎の教師たちに劣るほど…先生はトロい教え方をしていません。自信を持ってその刃を振るって来なさい。ミッションを成功させ恥じる事なく笑顔で胸を張れるのです。自分たちがアサシンであり、E組であることに‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

殺せんせーの言ってる事は何一つ間違ってはいない。第2の刃の重要性も、教え方が本校舎の教師に劣らないことも、何一つ間違ってはいない。

 

 

だが……

 

 

 

 

 

 

そう簡単に上位を取らせるほど

 

 

 

親父は甘くはないと思うが…

 




次回はいよいよテストに入ります。結果は果たしてどうなるのでしょうか?



次回、『テストの時間』


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第8話 テストの時間

…漫画を無くしたせいでセリフがメチャクチャになった。原作とセリフが違いすぎる……



…ふぅ、と…こんなとこか

 

 

ん?あぁ、どうも学真です。何やってんのか、て?決まってんだろ、テスト勉強だよテスト勉強。つっても教科書見る以外やって無いけどな。

 

学校でちゃんとやって無かったのか、て?学校でのテスト勉強はこれ以上無いくらいに充実している。正直、数学でも90は下らないだろう。ただまぁ…念には念を入れ、て言うだろ?今が限界だと思うと成長が止まる…て言われた気がする。作者が

 

 

とまぁ、それは置いといて一夜漬けはヤバイのでそろそろ寝るか。I'll go to bet. …あれ、スペルミス?

 

 

 

 

◇テスト当日 渚視点

 

テストは本校舎によって行われる。つまり、僕らはアウェイでの戦いだ。

 

 

 

《コン!コン!》「ヴッ!ウゥヴン、ヴン!!ゲホッゲホン‼︎」

 

…前の先生の物音が五月蝿い。明らかに集中を乱しにかかっている。

 

 

「E組だから、てカンニングするんじゃないぞぉ。俺ら本校舎の先生がしっかり見張ってるからな」

 

 

…先生の話は気にしないことにしよう。

 

 

 

試験を解いていったとき…問題がワニ型の空飛ぶ化け物になったかのような錯覚を見る。分かってはいたけど…僕たちの学校の中間テストはレベルが高い。

 

 

ヤバイ……手がかりが見当たらない。このままじゃ、この問題に…殺られる。

 

 

 

 

 

 

 

そう恐れる僕の手を、殺せんせーの触手が掴んだ気がした。

 

 

『大丈夫、あれは未知の怪物ではありません。あのヒレからよく見てみましょう』

 

 

ヒレをじっくり見ると、それは……僕らが良く目にする魚のヒレだった。

 

『ね?よく見るとただのヒレです。問題一つ一つをよく観察して…それを一つに組み合わせれば…ほら、何てことない問題になりました』

 

あんな怖そうなワニの怪物が、ただの魚になった。

 

 

『さぁ、君の手で調理してやりましょう。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

分かる!自然とペンが動く。難問を簡単に解く方法、僕らはそれを学んで来たんだ。

 

 

 

 

この問題なら、解ける!次の問題も…次も……

 

 

 

 

次……は……?

 

 

 

 

 

 

 

 

僕らは、後ろから見えない問題に殴り殺された。

 

 

 

 

結局、50位以内にはなれなかった。テスト3日前に、大幅な範囲変更があったらしく、それを知る機会が無い僕らは手も足も出なかった。烏間先生が抗議の電話をかけているが、本校舎の先生は聞く耳を持たない。どうしよう…このままじゃ殺せんせーが…

 

 

「先生の責任です。この学校のシステムを甘く見てました。君たちに顔向け出来ません」

 

殺せんせーはさっきから僕たちに顔を合わせようとしない。だけど、悔しさは痛いほど伝わってきて、僕たちも声をかけることが出来なかった。

 

 

 

 

《ヒュッ‼︎》

 

「にゅや!!」

 

 

突然、殺せんせーにナイフが投げられる。見てなかった為反応が少し遅れたが、当たることは無かった。投げたのは、カルマくんだった。

 

 

「いいの〜?顔を向けなかったら俺のナイフ避けれないけど」

「か、カルマくん‼︎先生は今落ち込んで…」

《ヒュッ》

「……?」

 

 

カルマくんが今度投げたのは5枚の紙…テスト結果だ。

 

 

 

赤羽 業

 

国語 98点

数学 100点

社会 99点

理科 98点

英語 99点

 

合計 494点 学年4位

 

 

 

「範囲変わっても俺関係ねーし」

 

 

なに食わぬ顔で言うけど…範囲が変わってるのに、何でこんなに点数高いのか…

 

 

 

「俺の進度に合わせて、あんたが余計な所まで教えてくれたからだよ。それに、学年5位になってる奴もいるし」

 

 

…5位?一体誰が

 

 

 

「ま、何とかな」

 

浅野 学真

 

国語 100点

数学 91点

社会 100点

理科 100点

英語 100点

 

合計 491点 学年5位

 

 

 

「ひゃ…100点を4つも⁉︎」

「普段から教科書は読んでるしな。正直この1年で習う範囲は全て抑えている。加えてあんたの指導のおかげで、未知の問題の対策はバッチリだった。ま、数学は取れなかったけど」

 

学真くんは何も無さそうに言うけど、全範囲を独学でやるなんて出来ない。テスト範囲の変更は影響無かった。

 

苦手と言っている数学も、90点台取っている。

 

 

 

 

 

「でも、俺は校舎に戻るつもりは無いよ。暗殺やってた方がずっと楽しいし」

「同感、俺もここで暗殺を続ける」

 

 

 

 

 

「ところでそっちはどうすんの?50位取れて無いからと言って逃げ出すつもり?それってさぁ、殺されんのが怖くて逃げたいんじゃないの?」

 

カルマくんはいつものように殺せんせーを茶化す。それは、僕たちを励ます言葉にもなった。

 

 

「なーんだ、殺せんせービビってたんだ」

「それなら言ってくれれば良いのに」

「ねー、怖いから逃げたい、て」

 

 

 

 

 

「逃げるわけありません!!期末テストでリベンジしてやりますよ!!」

 

 

 

 

 

テストの成績は散々だったけど、僕らは前を向いて笑えた。このE組で良かったと…

 

 

 

 

 

 

 

学校が終わり、杉野は学年順位表を見ていた。

 

「学年1位は…浅野 学秀か。理事長の長男だっけ?やっぱり点取るなぁ」

 

 

学年1位 浅野 学秀(A組) 500点

 

 

浅野 学秀はこの椚ヶ丘中学校の生徒会長であり、理事長の長男でもある。ということは、学真くんの兄だ。彼はこの中学どころか全国で1位を取る、正に『秀才』。彼と並ぶ人間はいない。

 

 

 

「学年2位は…黒崎 裕翔?」

「黒崎くん⁉︎」

 

学年2位 黒崎 裕翔(D組) 498点

 

まさか…黒崎くんが2位だったなんて…1、2年の時は成績は標準だったのに…僕がE組に行っている間、何が起きたんだろう。

 

 

 

 

「学年3位は…なんて読むんだ、これ?」

「う…うーん…何て読むんだろ」

 

学年3位の人は名前が読めなかった。ナニ山、て読むんだろ。

 

 

 

「『かやま』だ」

「…学真くん?」

「そいつ、窠山 隆盛(かやま りゅうせい)だろ?」

 

学年3位 窠山 隆盛(A組) 495点

 

 

「知ってるの?」

「まぁ…元クラスメートだしな」

 

そうか…元A組だった。

 

「その…窠山、てどんな奴だ?」

 

杉野が窠山と言う生徒がどんな人物かを聴く。

 

 

 

 

「……何気なく、ていうか卒なくこなす、て感じだな。あまり話した事は無いが…」

 

 

 

 

 

 

……?

なんか学真くん

ちょっと暗い顔をしている…?

 

 

 

 

 

 

 

僕らはまだ知らなかった。いや、知らないことだらけだった。

どうして学真くんのような人がE組に来たのか。A組で何が起こったのか。

 

 

 

彼が深い心の傷を負っていると気づくのは、これからずっと後になってからだ。

 




窠山くんという新オリキャラを名前だけ出しました。
5英傑(学秀除く)は6〜9位を独占してます。本編と違いが多すぎるのは私の自己満足で作り上げた結果です。


あ、次回はオリストーリーです、


次回 『カルマの時間』

本編の『カルマの時間』とは別です。


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第9話 カルマの時間①

このストーリーは2〜3話構成です(未定)




試験が終わり、普通の授業が行われてる。ま、ターゲットに逃げられなくてよかったー的な感じだが…今回の件で殺せんせーも充分に感じたはずだ…親父の冷酷さを…

 

並大抵の努力ではあの人には勝てない。倒すんなら、それこそ頂点を摘み取る勢いじゃないと無理なんだ。俺はそれを…15年経験した。

 

 

これから期末テストに向けてどうすべきか……今必死で考えてる最中だと…

 

 

 

「労働に関する法律として、労働基準法というものがあり、経営者は雇用者に対して充分な賃金を提供する義務があるんです。つまりろくすっぽ情報を渡さずに賃金もあまり出さないこの理事長はどっからどう見たって労働基準法違反です」

 

 

…いや、根に持ってるわ。てゆーか此処(暗殺教室)で法律の話は不味くね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇カルマ視点

 

学校が終わって渚くんと一緒に家に帰っている。1年生のころから同じクラスだったからか、渚くんと一緒にいることが多い。はたから見れば只の小動物に見えるけど…俺には興味をひく部分がある。

 

1番最初に殺せんせーにダメージを与えたのは俺だけど、意表を突いたのは渚くんだ。一学期初めて間もない頃、国語の授業で俳句の実習をやった時に暗殺を仕掛け、ナイフを振りかぶってからの殺せんせーにしがみついて、寺坂の用意した手榴弾(オモチャだったけど)で自爆。身体を封じられた殺せんせーは、緊急脱出の為に月に一度の脱皮を使ったらしい。

 

同じこと言うようだけど、1番最初に意表を突いたのが渚くんだということ。あの場には、渚くん以上の実力者がいる。烏間先生に鍛えられた結果だけど、ナイフ術では磯貝や前原、射術では千葉や速水さんがいる。パワーだけでいうなら寺坂が1番強い。バカだけど。ひょっとすると今あげた奴らの誰かが1番最初に仕掛けたかもしれないのに、そいつらを出し抜いて渚くんが仕掛けた。

 

みんなは普通に接しているようだけど、渚くんを見てると、虎の威を借る狐ならぬ、人間の皮を被る悪魔に見える。だから、渚くんとつるむ様にしている。いずれ、その皮を剥いでみたいから…

 

 

 

 

 

「うーん…」

「どうしたの?あのタコに良い手が見つかった?」

「あ、いや…テストのことなんだけどさ…」

 

ああ、中間テストのことか。

 

 

 

「カルマくんは4位だったけどさ…黒崎くんが2位を取ったのはすごいなと思ってさ…」

 

確かにね…黒崎は成績が良かった訳じゃない。並み、て感じ。まさか上位、それも2位にいるなんてね。

 

 

 

「あ、でも学真くんが前言ってたけど、今度の期末ではA組も対策をねるだろ、て言ってたから……今度どうなるんだろ」

 

 

………………

 

 

「まぁ、カルマくんが上位を取るのは変わらないだろうけど、黒崎くんも頑張って欲しいな…2人が互いに高め合うのを見てみたい。あ、学真くんも上位だし…」

「渚くんさぁ…」

 

 

俺が話しかけると、渚くんは口を閉じた。俺の言葉待ちだろう。

 

「最近浮いている、てこと知らない?」

「え…何で…?」

「だってさぁ、最近渚くん 学真と結構つるんでるじゃん。それってE組の中では微妙なんだよね。理事長の息子、て聞いて平然としているのって、渚くんぐらいだよ」

「…でも……学真くん、そんなに悪い人じゃないよ。この前、杉野とキャッチボールしてたし…」

「それは渚くんの印象でしょ。印象と性格が一致するとは限らないし、寧ろ一致しない方が多いよ。当然、別人との印象も同じ事が言えるよ。渚くんが思ってるようにみんなが思ってる訳じゃないんだ。俺の推測だけどさ…殆どの奴らが悪印象持ってると思うよ」

 

渚くんはそれっきり黙ってしまった。昔からこういうやり取りは苦手だしね。

 

ま、恐らく渚くんが思っている方が正しいんだろうけどさ。みんなの印象を変えたいんなら、学真の方が変わらないといけないんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

俺たちはそうやって話に夢中になって…後ろの人影に気づかなかった。

 

 

 

 

◇学真視点

 

……ヒマだ。

 

渚も杉野も帰っちゃったし、やる事がない。かと言って家に帰んのもなぁ…

 

 

ん?あぁ、理科室の前に来たのか。そいや余り学校見学してないな…ブラブラついでに覗いてみるか。

 

俺はその扉を開ける。

 

 

 

《ガラガラガラガラ》

 

 

すると中から紫色のガスが……て!?

 

 

「ぬお!?ゲホッ……ガ……」

 

《バタッ》チーーン

 

 

「…や!?……くん!?……かりして…」

「……う、まった……よ…」

「…りあ……れを飲ま……」

「……に毒を飲ませてどうするの!?」

 

薄れ行く意識の中、声が聞こえた…可笑しいな…途切れ途切れの筈なのにとんでもねぇ発言が聞こえた気が…

 

 

 

 

 

 

 

 

目を開けると2人の女性と1匹のタコが顔を覗いていた。

 

 

 

「気がつきましたか…良かったぁ……このまま意識が戻らなかったら危うく免停されるところでした」

「も〜…あの扉に進入禁止の紙を貼っとかないからよ」

 

おれは理科室の机(長いため人が寝れるくらいの広さはある)に寝てた。理科室にいるのはタコとカエデと…

 

 

「あの……大丈夫ですか…?」

 

確か…奥田 愛美

メガネを掛けた三つ編みの女子。理科は強い、特に化学が得意だが、国語が苦手。俺が来る少し前に「毒です!」と言って毒を差し出したのが原因で利用されたらしい。殺せんせーの新技、液状化(はぐれメタルのような姿になり、如何隙間に潜り込めるようになる)を身につけさせてしまったらしい。

 

「あぁ、大丈夫だ。ところで何を…?」

 

「あ、毒の研究をしてたんです。前は失敗したけど、次こそ殺せんせーに効く毒を創り出したいんです」

 

 

あぁ、成る程……それで毒ガスか…確かに暗殺にはうってつけだよな…目には写りにくいし、何よりごまかせる……良い手だ。

 

 

 

 

 

 

「で、何でそのターゲットが協力してんだ」

 

その様子をこのタコに見せたら逆効果なんだが…

 

「いやねぇ…生徒の頑張る姿は直で見たいんですよねぇ。共に頑張って達成する。その快感こそ、教師の特権ですから」

 

……相変わらず教師バカだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《しょげないでよbaby♪》

 

 

「あ、悪りぃ電話」

「……今の着信音何?」

 

 

携帯が鳴ったんで携帯電話を開く。あれ?渚か……

 

 

「はい、学真で…」

 

『学真くん、今何処にいる⁉︎』

 

 

 

うお!!携帯から渚の声が大音量で響いた。鼓膜が破れるかと思ったぜ…

にしても…渚の声は若干焦ってるようにも聞こえた。

 

 

「えっと…俺は今 学校にいるけど」

 

『ど…どうしよう…僕……何も出来なくて……』

 

「落ち着け!一体何があった」

 

何やらテンパってる。こりゃ相当だぞ…

 

 

 

 

 

 

 

 

『カルマくんが…攫われた……』

 

 

……ハァッ!?カルマが!!?

 

 

 

「どういう事だ。一体……」

 

 

『相手は不良で…カルマくんに恨みを持ってて……後ろから強襲したんだ。…そ、それに……僕を狙おうとして……カルマくんが……庇って……

 

そのまま連れてかれているのに……僕は呆然として……』

 

 

…そうか……この近くには沢山の不良がたむろってるから、それに狙われた、てことか……

 

 

『どうしよう…このままじゃ、カルマくんが……』

 

 

「おい、渚……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………助けてよ、学真くん…』

 

 

 

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

電話越しで……何がなんだか分からなかったが…

 

 

 

 

 

 

 

ハッキリと分かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

渚は今、『助けを求めた』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「渚……今何処にいるか分かるか?」

『え?…学真くん?』

「ここら辺で不良が溜まりそうな場所なら記憶している。どこら辺か当たりをつけてくれれば、直ぐ見つけれるさ……」

 

 

 

久々だな…本当に……

 

 

 

まさか、怒りに任せて戦う時がまた来ようとは…

 

 

 

 

 

 

 

「助けてやるさ……カルマも……お前も」

 




まさかのカルマくんが誘拐、次話ではその様子を書きたいと思います。


次回 『カルマの時間②』


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第10話 カルマの時間②

◇渚視点

 

「印象と性格は一致するとは限らないし、寧ろ一致しない方が多い」

 

そう、カルマくんは正しい。僕は学真くんのことをあまり知らない。僕が思っているような人物じゃ無いかもしれない。

 

でも…そんな警戒するような人じゃないと思う。杉野とキャッチボールしたり…集会でも普通に話せたし…僕は、間違っていないと思う。

 

 

 

 

 

「ようカルマ。のんびりとお出かけかぁ?」

 

 

すると、僕等の前で不良たちが待ち構えていた。狙いはカルマくんらしい。

 

「え何?お兄さんたち、あの日以来顔を合わせないからてっきりビビって震えてたのかと思ってた」

 

…わざとらしい笑顔で、しかも妙な演技が合わせながら言い放つ。当然相手の人たちは怒り始める。カルマくん、こういうのはプロ並みに天才だ…

 

「ふっ…その減らず口も大概にしとけよ…前回お前にボコボコにされ《バキイ!》グボア!!てめぇ、俺がまだ話してる最ち《ドス!》ゴホ!?」

「何が言いたいの?早く言わないと決めゼリフ言い切る前にエンディング迎えるよ?」

 

不良の男が何か言おうとしてもカルマくんはその口を封じるように拳を繰り出す。流石…人の怒らせ方を知っているなぁ…

 

 

 

 

その時僕は、後ろから襲ってくる男に気づかなかった。

 

 

「…!渚くん、どいて‼︎」

 

カルマくんは直ぐさま僕を投げ飛ばし、その男が持つ凶器を腕で受けた。…痛くないのかな、アレ

 

「何?こんな下らない物を使い始めたの?漢の戦いが聞いて呆れるね」

 

その凶器は、鉄パイプだ。一体何処から持ってきたのか、と言いたいが、それを受けたカルマくんは気付いてなかった。もう片方の手に持つ怪しげなハンカチに…

 

 

「…!ぐ…これ…て……睡眠…薬……?」

 

口をハンカチで覆われ、カルマくんはそのまま倒れた。

 

「な……⁉︎」

「ハッ……手こずらせやがって…だがここまでだ……カルマ……」

 

男たちはカルマくんの腕を掴む。そう、連れて行く気だ。

 

「ま……待って!」

 

僕はその腕に掴んだ。その腕を離させるために…

 

「何だ?ガキ」

 

けど…僕の力じゃその腕を解かせることは出来なくて……逆に僕が投げ飛ばされた。

 

「痛い目見たくねぇなら大人しく去りな。俺らはテメェに構ってる暇ねぇんだからよ」

 

 

 

 

動けない。僕は、動くことが出来ない。

危ないのに、連れていかれるのに…

どうすれば良いのか分からなくて…

男たちがカルマくんを連れて行くのを見ている事しか出来なくて……

 

 

 

 

どうすればいいだろう。

こんなときに、僕は何の役にも立たない。

焦りと不安が、思考をさらに狂わせる気がする。

 

 

 

『今じゃ同じクラスメイト、一緒に頑張ろうぜ。アイツを殺す為に』

 

 

その時に思い浮かべたのは、やっぱり学真くんだった。

 

 

 

 

 

◇カルマ視点

 

 

《ドゴ!》

 

俺の腹に激痛が走る。まぁ、当たり前か。俺の身体は壁に縛られ身動きが取れない。つまり攻撃し放題だ。

 

あのハンカチを喰らったのは完全にミスだ。まさか複数人であの場に、それも後ろから付けられたのに気付けなかった。

 

 

 

「カルマも此処で終わりだなぁ。どうだ?流石のお前もビビって声出せねぇか、あぁん?」

 

俺の攻撃を続けて、1人の男が俺を誑かす。恐らくボス格だろう。学ランの色がそいつだけ違うし…

 

「何?今の脅し?てっきり吠えの真似事かと思ったよ。

 

てゆーかこんな事して満足するとか、やっぱりお前ら惨めだよね〜。正攻法で勝てないから卑怯な手で倒して勝者の座に泥酔するとか…

 

本当、哀れな幸せ者だね」

 

そいつの顔が気持ち悪かったんで挑発してみる。案の定乗ったみたいで顔に青筋が立っている。こういう奴、ていじり甲斐あるよね〜

 

俺の顔面に拳を入れたそいつは部下からバットを貰う。

 

「こんな状況でまだそんな事言う元気あんだなぁ…いいぜぇ…もっと痛ぶって、その口を利かせなくしてやる」

 

さてどうするか……この縄中々取れないし…冗談抜きでピンチ、てやつか……

 

 

 

 

 

 

《ドン!ガシャン!!》

 

 

鉄製の板が崩れた音、それがこの敷地内に響いて俺を含んだ奴らは音のした方…つまり、入り口を見た。

 

「頭のレベルが低いな。廃墟ビルなんてお前らみたいな奴らが集まりやすい場所だ。まして、そこに見張りなんておけば何かあるな、て素人目でも分かるぜ」

 

そいつの手には、中に誰も入れさせないように配置した見張りがボコボコで気絶している。

 

 

俺は、そいつの顔を知っていた。そいつは、最近E組に来たばかりの男、浅野 学真だった。

 

 

 

 

◇学真視点

 

…やはりと言うか此処にいたか。そう遠くに居ない筈だから渚がいた場所付近の廃ビルに来た。一応もう一手は打ってんだがな。そしたら入り口に見張りがいたんで確信になった。これはあれだ…「ビンゴ」て奴だ。

 

 

取り敢えず見張りをシメて、俺は扉を壊す。錆びついててボロボロだったからすぐ折れた。中にはやっぱり、大量の不良とそれに囲まれてるカルマがいた。

 

「何だテメェ…カルマの仲間か⁉︎調子こいてると痛い目見るぞテメェ」

 

お〜お〜、犬が吠えてるわ。そいつらはかなり怒ってるようだが…

 

悪いな、俺もブチ切れ寸前なんだ。

 

 

「それはこいつの台詞だぜ。クラスメイトを此処までボコボコにしやがって…仕返しとして……

 

愛でてやるよ、犬小屋で」

 

 

こういう奴らは挑発によくのる。自分を見下される事に苛立ちを感じる奴らだからな。

 

 

「舐めやがって……やっちまえ!!」

 

 

案の定のった奴らは一気に襲いかかる。…てかお前ボスだろ、テメェが来いよ。

 

 

だがまぁ、喧嘩で勝負をするとはな…

 

 

「くたばれ!!」

 

1番最初の男が鉄パイプを持って振りかぶる。だが遅すぎるな。コッチはバケモノの教官に鍛えられてんだよ。

 

 

「止まって見えるぜ!」

 

そのパイプを持つ手を逆に掴み、手首を捻る。喰らった事があるから分かるが…関節への一撃はかなり痛い。

 

「ぐ…あぁ!」

「そこ動くなよ」

「なん…?」

 

俺の言った意味が分からなかったのかそいつは動きを止めた。安心しろ、理解する必要はない。俺はそいつに体当たりを仕掛け、吹き飛ばす。その吹き飛ばした先が俺の方に突っ込んでくる大衆に突撃し、一斉に崩れた。まるで人がボーリングのピンのようだ。

 

「本当にレベル低いな。多対一なら囲むのが定石、一方向から一気に突っ込むんなら対処なんて容易だ」

「ぐ……こいつ……」

 

 

今のでボス格の奴以外は倒れた。まぁ今ので致命傷を負ったのは突き飛ばした奴だけだろうな。

 

「や…やれ!絶対殺せ!」

 

…いや此の期に及んでまだ動かねぇ気かよテメェ。そこは普通『下がれ。お前らじゃこいつは倒せねぇ』て言うところだろ。どんだけ動きたくねぇんだ意気地なしなボス。

 

 

ま、それを抜きにしても俺にばっか構ってたのはミスだったな。

 

 

 

《ガス!》

 

「が…あ!?」

 

 

急にボス格の奴が倒れた…て思ったんだろ。俺の前に立つ男たちはそいつのいた方を向く。

 

 

「え…?カルマ……!?」

 

 

そう、そいつをぶっ飛ばしたのはカルマだ。こいつらの考えてることは分かる。『どうやってあの縄を解いた!?』だろ。そりゃあな……

 

 

「あんなので俺を縛ったつもり?あんな緩いのいつでも解けたよ」

 

そうそう、さっきは捕まったフリをして本当は抜けれた…じゃねぇ!渚が解いたんだよ!俺が戦ってる間に裏に回って渚が解いてたんだよ!此処に来てカッコつけてんじゃねぇ!…てか渚は何処行った?

 

 

「それより…俺を此処まで痛めつけたんだ…苦痛しか感じない身体にしてやるよ…」

 

 

カルマの復活はこいつらにとってかなり嫌な展開だ。話を聞く限り正攻法で戦おうとしなかったから、正攻法で戦うことのリスクはかなり感じているんだろ。

 

「ひ…怯むな!落ち着いて…そうだ、数で押し切れ!」

 

危機的状況の中一生懸命考えたところ悪りぃが…それ敗北フラグだぜ。

 

 

《スパパパパパパパァン!!》

 

 

不良らの顔が一斉に横に回転する。軽くエグい。ま、マッハ20のビンタなんて喰らってるんだから当たり前か。

 

「漸くきたかよ、殺せんせー」

 

 

「遅くなって申し訳ありません。言われた通りの場所を探してましたので」

 

察しの良いやつなら分かるだろうが、さっきのビンタは殺せんせーだ。渚からの電話を受けて俺は殺せんせーに状況を伝え、俺が記憶している『不良の溜まり場スポット』を教えた。恐らく全部回ったんだろう。

 

 

「よくもウチの生徒を甚ぶってくれましたね。お礼としてたっぷりと手入れしてあげましょうヌルフフフフ」

 

 

…殺せんせーの怪しい笑い声と共に倒れた男どもが闇の中(隣の部屋)に引きずり込まれる。…同情はしてやる。

 

 

 

 

 

 

残されたのは俺と、カルマと…何もしなかったボス格の奴(あのタコ気づかなかった)。…何だろうな、この不穏な空気。

 

 

 

「…随分ボコボコにされたな」

「……まぁ、少し腹が立つ。こんな奴らに捕まったことも、お前に助けられたのも」

 

……うん、何でこいつ人の気を逆撫でらるんだよ。

 

「別に助けようと思った訳じゃない。渚に助けてと言われたからだ」

「……やっぱり渚くんか」

 

どうもカルマの目はモヤモヤしている。複雑なんだろ、色々と。助けられた恩はあるものの、借りを作ってしまった事に対する情けなさが合わさって…という感じか。

 

「それだけで十分だろ。大体クラスメイト、てだけで充分助ける理由になる。理由とか、建前とか、そんなのに縛られてたら…多分後悔する」

 

カルマは俺の方を向いている。多分、俺の口調に違和感を感じたんだろ。浅野家の奴が理由や建前を蔑ろにしてる事は思いもよらなかっただろうな。

 

 

それでも良いんだ。友情に、理由や建前を求めちゃいけない。

 

 

 

俺はそれで…1人殺してしまったから…

 

 

「意外だね。お前がクラスメイトだから助ける、て言う根拠もないこと言うなんて」

「何処に驚いてんだテメェ。何だっていいだろ」

 

 

ったく…だが、モヤモヤは消えた様だな。

 

 

「ま、そう言うのも偶にはいいか」

 

カルマの笑顔は、若干不気味な時があるが…此処まで清々しいこいつの笑顔は初めて見た。

 

 

 

 

「おい…てめぇら何俺をシカトしてくれてんだ」

 

あ、そいやこいついたな。さて、どうするか。

 

 

 

「カルマ君!持ってきたけど…」

 

ドア…あ、いや俺が壊したんだっけ…それがあった場所から渚が何やら持ってきた。…何あれ、ヤカン?

 

 

「うんサンキュー、ちゃんと沸騰してる?」

「う…うん、してるけど……どうするの?」

 

どうやらカルマが頼んだらしい。そりゃガス死んでないからヤカン沸かすのは訳ないだろうけど…何故?しかも空気が『シュッシュッ』てなってるからかなり熱いだろうけど…

 

「な…何を……」

 

「決まってんでしょ。これをお兄さんの服の中に入れるの」

 

 

 

 

……

………

…………

 

「「「ええ!!?」」」

 

カルマの発言が不穏すぎて3人の声がハモった。

 

 

 

 

「此処まで痛めつけられたんだから身体にじっくりと染み込ませないと気がすむ訳無いよね〜君以外あのタコに連れて行かれたし……

 

取り敢えず逃げられないように身体縛って…首元以外の服の出入り口はガムテープで塞いで…騒がれると厄介だから口も塞いで処置完了。

 

さてお兄さん、今こそ漢を見せる時だよ……」

 

 

《ドボドボドボドボ》

 

 

「ムゥーー!モガ!モガ!ンモガーーー!!」

 

 

 

……やっぱこいつとは仲良くなりたくねぇわ

 




転んでもタダで起きないカルマ君が好きだったりする。てなわけでオリストーリー終わりです。かなり苦しかったと思います。大変失礼しました。

次回『修学旅行の時間』


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第10.5話 プロフィールの時間

今回はプロフィールを載せます。取り敢えず現在で出ているオリキャラの浅野学真と黒崎裕翔を載せます。



浅野 学真

 

浅野 學峯の次男、テンションが高い。見たものを画像として記憶する瞬間記憶能力を持つ。努力を怠ること無い性格で、ドジを起こしやすい。暴力沙汰でE組に落とされたがその内容はまだ知られてない。浅野家出身のせいかあまりクラスに馴染めていない。本人が言うには『1人殺してる』。少林寺をやっていたせいか喧嘩はかなり強い。成績はかなり高め。

 

 

・プロフィール

 

誕生日 1月1日

身長 162cm

体重 58kg

血液型 B型

得意教科 国語

苦手科目 数学

趣味・特技 トランプ(神経衰弱)

所属部活 野球部→帰宅部

宝物 カバンにつけているキーホルダー

好きな食べ物 海苔

昼食は… 弁当派

 

 

 

 

・他の人物との関係(本人コメント付き)

 

潮田 渚

 

学真に対して何の警戒もせずに接触している数少ない人物。学真のことを信頼している。しかし、学真側からは奇怪な雰囲気を感じられている。

 

学真『穏やかな顔をしていてとんでもねぇ殺気を持ってやがる。おっそろしい奴だ』

 

 

 

 

 

杉野 友人

 

元野球部だった学真とよく話す。学真からチェンジアップを教わる。

 

学真『野球に対する執念と、ガムシャラさはそこらの野球部より上だ。案外バカだけど』

 

 

 

 

 

赤羽 業

 

学真からするとあまり親しくなりたい人物では無いが、事件以来カルマは学真に興味を持ち始める。

 

学真『初対面は素行不良という事で警戒してたが…今は別の意味で近づきたくねぇ』

 

 

 

 

 

殺せんせー

 

学真にとって1番先生らしい先生。暗殺対象として暗殺は仕掛けるものの、心の中では尊敬している。

 

学真『本校舎の先生や親父より頼りになる。ドジで教師バカだけど…』

 

 

 

 

浅野 學峯

 

学真の父。だが父親として接したことは無く、若干距離がある。学真に色々と習い事をさせたらしい。

 

学真『父親…として接した事は無いな。常に『理事長』としてしか接されてない』

 

 

 

 

 

 

黒崎 裕翔

 

3年D組の生徒。正義感が強く堅苦しい。強面のせいか睨むだけで逃げ出す生徒がいる。1、2年生の時、渚やカルマと同じクラスだった。喧嘩はかなり強く、カルマに匹敵する。成績は中位くらいだったが、中間テストで学年2位を出している。なお、殺せんせーの存在と暗殺の事を知っている。

 

 

・プロフィール

誕生日 9月28日

身長 165cm

体重 60kg

血液型 O型

得意教科 現代社会

苦手科目 美術

趣味・特技 行政法を読書

所属部活 帰宅部

宝物 マヨネーズ

好きな食べ物 マヨネーズがあればそれで良い

昼食は… 学食派

 

 

 

 

・他の人物との関係(本人コメント付き)

 

潮田 渚

 

1,2年生の時のクラスメイト。穏やかな性格故に人を惹きつけるものを感じ取り、黒崎は興味を持っている。

 

黒崎『昔はそんなに強く物を言う奴では無かったが…それほど暗殺が影響してるというわけか』

 

 

 

 

赤羽 業

 

1,2年生の時のクラスメイト。喧嘩レベルは拮抗しており、どっちが強いかハッキリしていない。

 

黒崎『今も昔も余り変わってないと聴く。少しは真面目にならんのか…』

 

 

 

 

 

田中 信太

 

現クラスメイト。ニキビとポッチャリ体型がトレードマーク。

 

黒崎『ニキビとか体型とかから既に心の乱れが見て取れる。生活態度を見直すべきだ』

 

 

 

 

 

 

 

高田 長助

 

同じくクラスメイト。メガネが特徴的で気弱。

 

黒崎『既に弱腰なのが気に食わん。田中と一緒にいないと強く前に出れないなら強者を語るな』

 

 

 

 

大野 健作

 

クラス担任、教育熱心は認めるが、黒崎から見ると唯の虚勢にしか見えない。

 

黒崎『カルマや渚の件では教育よりも自分の評価を気にしてたそうだ。確かに評価は今後に関わってくるかもだが自分の教育熱意との矛盾には気づいて欲しい』

 



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第11話 修学旅行の時間①

原作にもある修学旅行、オリジナル展開含めて5回くらいかな?と思っています。




「学真、班決まった?」

 

んあ?あぁ、片岡か…

 

片岡 メグ

女子の学級委員でスポーツができ、リーダーシップもかなり強く、女子を纏めてる存在。磯貝に劣らないイケメン女子、通称『イケメグ』。

 

 

「班?」

「忘れたの?修学旅行だよ。決まったら学級委員の私か磯貝くんに言ってね」

 

…そいやそうだったな。すっかり忘れてた。

 

「全く、3年生も始まったばかりのこの時期に修学旅行とは…先生余り気乗りしません」

「大量に荷物を詰め込んだバック持って何言ってんだ!ウキウキじゃねーか!明らかに要らないもの入ってるし!」

 

ラジコンとか黒ひげ危機一発(黒ひげじゃなくてミニ殺せんせーがいるけど)とか修学旅行に持って行けねーだろうが!

 

「バレましたか。正直先生、君達との旅行が楽しみでしょうがないのです」

 

この親バカ先生とE組で行く修学旅行、正直俺も期待で胸を膨らませていた。

 

 

 

先ほど烏間先生から説明を受けた。今回の修学旅行の行き先でもある京都、そこでも暗殺を行うそうだ。旅行先で班別行動の際に殺せんせーも一緒に回るから、その機を狙って射殺…というわけだ。早い話、国が手配した狙撃手にとって絶好の射撃スポットを提供するようにとのこと。

 

それ、てかなり難しいよな…京都について余り知らないから、射撃スポットなんて選べるんだろうか…

 

 

「学真くん、一緒の班になろうよ」

「ん?おお、いいぞ」

 

取り敢えず俺は渚と一緒の班になった。つーか他に頼る相手がいない…えーと、同じ班には、渚、茅野、奥田、杉野、カルマか……

 

 

「……大丈夫かカルマ、向こうで問題起こしたりしねぇだろうな」

 

班のリストを見てカルマに不安を感じた俺は間違ってないはずだ。

 

「へーきへーき」

 

呑気に言いながらカルマは1枚の写真を取り出した。…あれ?こいつ、てこの前の…

 

「旅先のケンカはちゃんと目撃者の口も封じるし、表沙汰にはならないよ」

「……おい、止めようぜこいつと行くの」

「うーん、でもまぁ気心知れてるし」

 

カルマを助けに行った時いつの間にか敵のボスと目撃者(俺は気づかなかった)と一緒に写真を撮ってる。…しかも身分証付きで。確かに口封じになるなこれ。つーか『気心知れてる』とかお前も相変わらずだよな渚…

 

 

「……ところで、渚のところは7人班だろ?あと1人はどうすんだ?」

 

確か…クラス人数が27人だから、6人×1班及び7人×3班という構成になる。6人班は寺坂のところのみになるから、俺らのところはあと1人必要だが…

 

「へへ、俺を舐めんなよ。この時の為に大分前から声かけてたんだ」

 

おお、杉野の奴やけに自信満々だ。そう言って杉野は1人の女性を呼んだ。

 

「クラスのマドンナ、神崎さんでどうでしょう」

「おお!異議なし」

 

成る程、神崎さんか……こりゃ頑張ったな。

 

神崎 有希子

穏やかな性格で、クラスの人気者。お淑やかな性格ゆえか、話しかける男子勢も多いはずだが…杉野が勝ち取ったと言うわけか。

 

 

「よろしく、学真くん」

 

ほら、クラスの中でかなり浮きかけている俺にこのお淑やかな対応だ。人気なのは当たり前だな。

 

 

 

 

ところで、後ろでビッチさんが何やら叫んでいる。『私抜きで…』て聞こえるし恐らくは……

 

 

 

ビッチさんが楽しそうに計画を練る生徒をバカにする。

 

 

生徒は無視

 

 

そのまま計画を練る生徒を羨ましく思う

 

 

ビッチさんが文句を言う

 

 

 

て感じだろ。想像できる。

 

 

 

《ガラガラガラガラ》

 

 

「1人1冊です」

 

《ドサ!》

 

 

ぬお…重!いきなりこんな重たい本…て分厚い!?なんだこれ

 

「修学旅行のしおりです」

「辞書だろこれ!」

「イラスト解説の全観光スポット、お土産人気トップ100、旅の護身術入門から応用まで、昨日徹夜で作りました」

「どんだけテンション上がってんだ!そろいもそろってうちの先生は‼︎」

 

 

 

こんな重いしおり持っていけるかよ…中身ナナメ読みして家に置いて置こう。

 

 

 

 

 

ともかく、普通より盛り沢山になるだろう修学旅行に俺もテンションが上がってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校が終わり、俺は所謂ショッピングモールに来ている。当然、修学旅行に必要なものを買うためにだ。着替えとか、洗面用具とか、買うものは色々とある。

 

え〜っと…

 

着替えは基本下着だけでよかったよな。バックは…この黒いエナメルバックでいいか。タオルはこれとこれ…ハミガキ粉とか言うのはホテル側が揃えてくれるから良いとして…お菓子を少々……

 

よし、全部揃ったな。腹も減ったし目の前の定食屋で食べるか。

 

おれはその暖簾をくぐる。

 

「おお!いらっしゃい」

「どうも、1人空いてるか?」

「ん〜〜っと…ありゃ、相席しか無いけどいいかい?」

「別に構わねぇ」

「そりゃ良かった。じゃ奥に座ってくれ」

 

店の中は結構賑わっていた。基本的にサラリーマンが多いな。時間的には仕事帰りか?そんで俺はおっちゃんに言われた通り、奥の席に座る。言われた通り、目の前には男が1人いる。さて、メニューは…

 

 

 

 

あれ?こいつ……

 

 

「!浅野 学真じゃねぇか」

「……黒崎!?」

 

全校集会で会った、黒崎裕翔で間違いなかった。

 

「え…お前、何でここに……」

「お前な……近々あるだろ、修学旅行。その為の買い出しだよ」

 

…あ、それもそうか。こいつも…つーか本校舎の生徒も来るんだ。そんで買いに行った場所も同じで、ついでに食事も一緒のところに食べに来た、的な感じか。

 

「うな重のお客様、お待たせしました」

「ありがとうございます」

 

どうやらうな重を頼んだらしい。ボリュームある方が好きなんだな。

 

黒崎は出されたお盆を机の上に置き、鞄からマヨネーズを取り出してうな重にかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 

え…ええ!?マヨネーズ!?うなぎにマヨネーズ⁉︎合うの⁉︎その組み合わせ

 

俺の動揺を気にも掛けずに黒崎はマヨネーズが思いっきりかかったうな重(つーかうなぎが見えねぇ)を食べだした。うわ…ジャイ◯ンがカツ丼食う感じで食べてるけど…ボリュームあるどころか味が濃すぎると思うんだが…

 

「ほら、ボーっとしてないで何か頼めよ。メニューはそこにあるだろ」

「お…おう」

 

俺は急いでメニューを開き、何にしようか慌てて考える。その間に黒崎はお吸い物にマヨネーズを入れて…

 

て汁物にもマヨネーズ!?おいおいおいおい、マヨネーズが中で溶けて白い液体になってるよ。お吸い物はボリューム高めに作られてないはずなのに、それどころかドロドロの液体に…う……吐き気が…

 

 

「ご注文は何になさいますか?」

 

店員さんが俺に注文を聞きに来た。だが黒崎の食事を見た後の俺は食欲をなくし…

 

 

 

 

 

「……りんごシャーベットを…」

 

 

頑張ってデザートを食べることにした。

 

 

 

 

なんとかシャーベットを食べ終えて一息つく。感想、シャーベットってこんな重い食材だっけ?

 

「大丈夫か?そんなんで腹を満たせるのか?」

「あ…いや、今日はそんな飯いらねぇんだ」

 

心配してんのは有難いけど原因はこいつだ。一体どんな味覚してんだよ。あんなドロドロのものを食ってる人を見る目になってみろよ…

 

 

渚、てこういう変人ばかり友達になるのか?カルマ含め

 

さて、と……

 

「なぁ…あん時は周りが居たから聞けなかったけど…お前、何者なんだ?」

 

黒崎に一つ聞きたい事があった。殺せんせーのことについて知っていたこと…それをずっと疑問に思っていた。

 

「何者…てどういう事だ」

「普通の人間が、俺たちの先生のこと知ってる訳じゃねぇだろ。どうやって知ったんだよ」

 

 

「…………」

 

暫くの沈黙、この待機が異様に長く感じる。

 

「悪いが黙秘する。コッチもそんなに大っぴらに言えないんでな」

 

残念ながら情報を得ることは出来なかった。やっぱりそう簡単にはいかねぇか…

 

「それより、お前らには一つ忠告する事がある」

「……何が?」

 

突然黒崎が真剣な顔で言う。忠告、ねぇ……まさか…

 

 

「決まってるだろ、修学旅行だ」

 

やっぱりそうか、当たってしまったか。ま、現状況で言えることとしてはそれぐらいしかねぇしな。

 

「今回の修学旅行は、椚ヶ丘以外の学校と時間及び行き先が被っている。その中には不良校も混じっているはずだ。そして……お前らはそいつらに遭遇する確率が高い」

「何でそんな事…」

「あくまで推測だ。それに……」

「?」

「いや、何でもない。兎に角気をつけろ。旧友と仲が良いらしいからそのよしみでな」

 

 

黒崎の忠告。それを聞いて、修学旅行が不穏に見えてきた。

 




黒崎の言ってることの意味とは?まぁ、原作知ってる人なら分かると思います。

次回、『修学旅行の時間②』


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第12話 修学旅行の時間②

今俺たちは駅に来ている。行き先は当然京都。全校生徒が駅に集合している。

 

「うわ…A組からD組までグリーン車だぜ」

E組(うちら)だけ普通車……いつもの感じね」

 

グリーン車ねぇ……そういう豪華車、俺嫌いなんだよなぁ。

 

「うちの学校はそういう校則だからな。入学時に説明しただろう」

「学費の用途は成績優秀者に優先される」

「おやおや君たちからは貧乏の香りがしてくるねぇ」

 

相変わらずE組差別は凄まじいもので…ったく……

 

「ごめんあそばせ」

 

ん?この声は……

 

「御機嫌よう生徒達」

 

「……やっぱあんたかビッチ先生。何だよそのハリウッドセレブみたいなカッコはよ」

 

毛皮のコートにどう見たって高そうなサングラス、皮のブーツに毛作りのキャップ……どこのお嬢様だよ。似合ってる分恐ろしい。

 

 

「フッフッフッ女を駆使する暗殺者としては当然の心得よ。狙ってる暗殺対称(ターゲット)にバカンスに誘われるって結構あるの。ダサいカッコで幻滅されたらせっかくのチャンスを逃しかねない。良い女は旅ファッションにこそ気を使うのよ」

 

…いや正しいだろうがよ、時と場合を考えろよ。

 

「目立ち過ぎだ着替えろ。どう見ても引率の先生の格好じゃない」

 

…あれ、カラスマさんちょいキレてない?

 

「堅いこと言ってんじゃないわよカラスマ‼︎ガキ共に大人の旅の…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……脱げ、着替えろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

……怖えぇ……

 

担任が()()だから俺たち生徒を叱っているのは基本烏間先生なんだが、ものっそい怖いんだよ。ビッチ先生もビビったようで素直に寝巻きに着替えて隅っこで泣いてやがる。…誰が引率なんだか……

 

あれ?引率といや殺せんせーは?

 

「うわっ!」

 

ん?渚の声……?

 

「何で窓に張り付いてんだよ殺せんせー‼︎」

「いやぁ、駅中スウィーツを買ってたら乗り遅れまして……次の駅までこの状態で一緒に行きます」

 

ええええええ!!?

あの人…じゃなくてあのタコ何してんの!?新幹線に張り付いてたら不自然に見えるだろうが‼︎

 

「ご心配なく、保護色にしてますから服と荷物が張り付いてるように見えるだけです」

 

「「それはそれで不自然だよ‼︎」」

 

 

 

「いやぁ、疲れました。目立たないよう旅するのも大変ですねぇ」

 

次の駅に着き殺せんせーを車の中に入れた。言っとくけど目立ってるからな。

 

「そんなクソでかい荷物持ってくんなよ」

「タダでさえ殺せんせー目立つのに」

「てか外で国家機密がこんなに目立っちゃヤバくない?」

「その変装も近くで見ると人じゃないってバレバレだし」

「にゅや!?」

 

言われたい放題の殺せんせー。言っちゃあなんだけどその通りだ。今まで穏便に済んだのが不思議なくらい。…あ、付け鼻取れた。

 

「……殺せんせー、ほれ。まずそのすぐ落ちる付け鼻から変えようぜ」

 

お、菅谷が付け鼻を作ってくれたようだ。

 

「おお!凄いフィット感!」

「顔の曲面と雰囲気に合うように削ったんだよ。俺そんなん作るの得意だから」

 

成る程な。人間の鼻にするんじゃなくて丸めを帯びる事で殺せんせーの顔にフイットするよう作ったわけか。流石だな菅谷。

 

 

 

 

色々有りまして旅館に着きました。あ?速い?移動中も実況なんて出来るわけねぇだろ。

 

まぁとにかく…その旅館の中では……殺せんせーがぶっ倒れてる。新幹線とバスで酔ってグロッキーとは…

 

殺せんせーの弱点⑧ 乗り物で酔う

 

「大丈夫?寝室で休んだら?」

「いえ…ご心配なく。先生これから1度東京に戻りますし。枕を忘れてしまいまして」

「あれだけ荷物あって忘れ物かよ!」

 

殺せんせーの弱点⑨ 枕が変わると眠れない

 

 

 

「どう神崎さん?日程表見つかった?」

「ううん」

 

……?神崎さんと茅野がなんか困ってる…?

 

「……どうした?」

「神崎さんがね。日程表が見当たらない、て」

 

日程表…?

 

「神崎さんは真面目ですからねぇ。独自に日程をまとめてたとは感心です。でもご安心を。先生の手作りのしおりを持てば全て安心」

「それ持ち歩きたくないからまとめてんだよ!」

 

相変わらず妙なところが抜けてんなこの人…じゃなかったタコは……

 

「なんか心当たりがないか?」

「うーん……確かにバッグに入れといたのに…どこかで落としたのかなぁ」

 

どこかで落とした…?

 

 

〜回想

 

 

「ね、皆の飲み物買ってくるけど何飲みたい?」

「あ、私も行きます」

「私も!」

「それじゃ僕はサイダーお願い」

「カフェオレよろ〜」

「コーラよろしく」

 

 

…あん時か?いや、確定すんのはまだ早いか……嫌な事が起きなきゃいいけど

 

 

 

◇渚視点

 

 

3ーEは暗殺教室。そんな僕らの修学旅行の行き先の京都。一見暗殺とは無縁そうだけどそうでもない。坂本龍馬が暗殺された近江屋の跡地、織田信長が暗殺された本能寺…このわずか1kmぐらいの範囲の中でもものすごいビッグネームが暗殺されている。知名度の低い暗殺も含めればまさに数知れず。ずっと日本の中心だったこの街は暗殺の聖地でもある。

 

そして、暗殺の対称(ターゲット)になってきたのはその世界に重大な影響を与えるだろう人物ばかり。地球を壊す殺せんせーは、典型的な暗殺対称(ターゲット)だ。だからこそこの暗殺旅行は、かなり有意義だ。

 

2日目の班別行動、国が雇った狙撃手(スナイパー)が狙撃しやすいスポットに殺せんせーを誘い込む。この旅行が始まる前に設計していた狙撃スポット。僕たちは神崎さんの意見に従った。

 

「へー、祇園って奥に入るとこんなに人気無いんだ」

「うん、一見さんお断りの店ばかりだから目的もなくフラッと来る人もいないし、見通しが良い必要もない。だから私の希望コースにしたの。暗殺にピッタリじゃないかって」

 

さすが神崎さん。徹底した下調べで計画立てている。確かにここなら人通りも少なく殺せんせーが狙撃手を見つけ辛くなる。絶好の狙撃スポットだ。

 

僕たちはその場で殺せんせーを待つことにした。

 

 

 

 

 

 

 

「ホントうってつけだ。なんでこんな拉致りやすい場所歩くかねぇ」

「え……?」

 

すると、僕らの前に男たちが近づいてくる。櫟ヶ丘の生徒ではない。黒い学ランに大きな身長…まさか……

 

「…何お兄さんら?観光が目的っぽくないんだけど」

「…こんな所で何しに来た?」

 

カルマくんと学真くんはその男たちを睨みつける。2人とも、直感的に危険を感じたみたいだ。

 

「男に用はねぇ。女置いておうち帰んな……ゲフゥッ!?」

 

一番大きな男の腹に蹴りを入れる2人。……なんだかんだで息あってる…

 

「ホラね渚くん。目撃者居ないとこならケンカしても問題ないっしょ」

 

カルマくんが笑って言う。笑顔で怖いこと言わないでよ……

 

 

 

「そーだねぇ」

《ドゴゴン!》

 

 

 

「うっ!?」

「が……!?」

 

え…?脇道から同じ服装の男が現れて2人を殴りつける。後頭部を殴られた2人はそのまま倒れた。

 

「ホント隠れやすいなココ。おい、女攫え」

 

「ちょっ何…ムググ」

 

男たちは女子たちをさらっていく。

 

「おい!何すん…」

 

《ズド!》

 

杉野は腹を蹴られる。この人たち…高校生だ。一回り大きい彼らは、僕一人では全く太刀打ち出来なかった。

 

 

 

 

 

「み…皆!大丈夫ですか!?」

 

どうやら数分気絶したようで、奥田さんの声で意識を取り戻した。

 

「良かった。奥田さんは無事で」

「…ごめんなさい。思いっきり隠れてました」

 

どうやら奥田さんは隠れて難を逃れたようだ。だけど…残りの2人はあの高校生たちに攫われてしまった。

 

「……車のナンバー隠してやがった。多分盗車だしどこにでもある車種だし。犯罪慣れしてるよあいつら。通報しても直ぐ解決しないだろうね。……ていうか、俺に直接処刑させて欲しいんだけど」

 

…カルマくん怒ってる。でも…一体どうしたら…

 

 

「……『クラスメイトが拉致られた時、1243ページ』」

「…え?学真くん」

「殺せんせーがわざわざ渡してくれたあのしおり…困った時の対処法が記されていた。本当に手厚いよな…あのタコ」

 

言われてしおりを見てみる。すると確かにあった。困った時の対処法。『京都で買ったお土産が東京のデパートで売ってた時のショックからの立ち直り方』、『鴨川の縁でイチャつくカップルを見た時の淋しい自分の慰め方』……結構マメだ。

 

でも、少し落ち着いた。今すべきことがちゃんと書いてある。これなら2人を助けに…

 

 

 

 

 

 

「あーあ、だから甘いんだよ。あのガキども」

 

突如大勢の集団が現れた。今度は高校生ではない…?

 

「行かせねぇよ。せっかく面白そうなことやってるしな」




原作には無いこのシーン。一体彼らは何者だ?そして神崎さんたちを救えるのか?


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第13話 修学旅行の時間③

詰め込み感半端ない感じになってしまった…それでは、どうぞ〜


◇三人称視点

 

 

 

「うひゃひゃひゃ‼︎チョロすぎんぞこいつら‼︎」

 

道路上で走る車。その中に茅野と神崎、そして不良らがいる。高校生が運転できる筈ないが、法律とか関係ないのだろう。

 

「言ったべ?普段計算ばっかしてるガキはよ、こういう力技にはまるっきり無力なのよ」

 

1人の男…リュウキは自慢気に語る。

 

「……ッ、犯罪ですよねコレ。男子達あんな目に遭わせといて」

 

対して茅野は怒っている。この男たちがやってるのは犯罪行為でしかない。だが、そんな事は男らには百も承知だ。

 

「人聞き悪ぃな〜。修学旅行なんてお互い退屈だろ?楽しくやろうって心遣いじゃん」

「な、まずはカラオケ行こーぜカラオケ」

「何で京都まで来てカラオケなのよ‼︎旅行の時間台無しじゃん‼︎」

「分かってねーな。その台無し感が良いんじゃんか」

 

リュウキの顔が歪む。よほど『台無し』に拘りがあるようだ。

 

「そっちの彼女なら分かるだろ」

 

そっちの彼女というのは神崎のほうだ。真面目な神崎にはそんな事分かりようがない、と思うのだが…

 

「どっかで見たことあったのよ。目ぼしい女は報告するよういつも友達(ツレ)に言っててよ」

 

そう言って携帯を取り出す。その画面には1枚の写真が写っている。

 

「去年の夏ごろの東京のゲーセン、これお前だろ?」

 

写真は神崎が写っていた。だが髪の色が染まり、服もドクロが描かれている。正に不良に近い女子であった。

 

「さらおうと計画したら逃がしちまった。ずいぶん入り浸ってたんだってなぁ。まさかあの椚ヶ丘の生徒とはね〜。でも俺にはわかるぜ。毛並みのいい奴等ほどよ。どこかで台無しになりたがってんだ。恥ずかしがる事ァねぇよ。楽しいぜ台無しは。堕ち方なら俺ら全部知ってる。これから夜まで、台無しの先生が何から何まで教えてやるよ」

 

 

◇学真視点

 

ちっ…今から茅野らを救おう、て時によ……とんだ邪魔が入りやがった。こいつら一体何なんだ?

 

「お前らさぁ…あいつらの何なの?俺たち忙しいから構ってる暇無いんだけど」

 

カルマが明らかに不機嫌そうな声で言っている。自分に一杯食らわせた奴に仕返ししたい一心だろうなと思われる。

 

「そうはいかねぇな。彼奴らとは手を組んでてねぇ。みすみす逃すわけにはいかんのよ」

 

相手は…高校よりも年上……大人か。厄介だな。こんな奴等に構ってたらあいつらを救えなくなっちまう。

 

「安心しなよ。女子どもは楽しく過ごすらしいからよ。君らは俺らが相手してやるよ」

 

だんだんとコッチに近づいてきてる。止むを得ねぇ…相手するしかねぇか。

 

 

 

 

 

 

「お前らぁ‼︎何してやがる!!」

 

 

 

 

 

……!?大声…?

 

 

 

 

 

「刑法第百六条、多衆で集合して暴行又は脅迫をしたものは騒乱の罪とし処断(省略)。これ以上何かしようってんなら…俺が貴様らをしょっぴくぜ?」

 

あれは……

 

 

 

 

「黒崎くん⁉︎」

 

 

黒崎 裕翔だ。なんでここに…?

 

「やれやれ、忠告しておいたのにろくすっぽ聞きもしねぇ奴がいるな。念を入れといて良かったぜ」

 

……俺のことかよ…ぐ、反論できん。

 

「なんだ、椚ヶ丘の奴か?法律までしっかり覚えてるなんて真面目だねぇ。でもよぉ、ガキが大人のマネをしてると痛い目みるぞ‼︎すっこめガキィ!!」

 

…!1人が黒崎に襲いかかる。不味い…?

 

 

 

 

 

《ドゴォ!!》

 

「ガハッ……!?」

 

 

倒れたのは黒崎ではなく襲いかかった奴の方だ。何が起こった…?

 

 

 

 

「大人のマネ……?それはテメェらだろ。図体だけデカくなる阿呆が、大人を語るなよ」

 

……相変わらず怖い。

 

 

 

 

「黒崎くん……」

「行けよ。クラスメイトが攫われたんだろ。此処は俺が始末しておく」

 

…状況把握もしてるようだ。確かにその方がよさそうだが。

 

「それよりも修学旅行は良いの?班と一緒にいない事を見ると別行動だよね」

 

そうだ、カルマの言う通り黒崎は単独で行動してる。ばれた時大変じゃないか?

 

「安心しろ。俺らの修学旅行は自由行動が基本なんだ。もちろんトラブルに合わないように防犯ブザーをもたせてる様だが…邪魔なんで置いていった」

「…何考えてんだよ」

 

…妙な所で自由が効いている。自由行動、て何だよ。

 

「さて質問は以上か?そろそろアッチも痺れ切らす様だが」

 

黒崎の言う通り、相手は今にも襲いかかってきそうだ。これ以上長話は出来ないか。

 

「……任せたぜ」

「おう」

 

此処は黒崎に一任して茅野らを追ったほうが確実だ。

 

「行くぜ……」

 

黒崎はカバンから何やら武器を取り出した。何やら棍棒の様だが…それを持ち男らに突っ込んだ。

 

 

 

「マヨネーズは本能寺に有りィィィ!!」

「どんな明智光秀!!?」

 

…やべ、突っ込んでしまった。落ち着け俺…

 

 

 

 

そのまま俺たちはその場を後にした。

 

 

 

 

 

◇三人称視点

 

人が全く集まらない場所にそびえ立つ建物。そこに茅野と神崎を拉致した不良たちが屯してる。女子2人はガムテープで縛られ、身動きができない。

 

「そういえばちょっと意外。さっきの写真、真面目な神崎さんもああいう時期あったんだね」

 

そんな中茅野がさっきの写真の話をした。いつもは真面目な神崎が、あのチャラけた服装をしてるのは意外に思っただろう。

 

「……うん、うちは父親が厳しくてね。良い学歴良い職業…良い肩書きばかり求めてくるの。

 

そんな肩書き生活から離れたくて、名門の制服も脱ぎたくて…知ってる人がいない場所で格好も変えて遊んでみたの。

 

…バカだよね。遊んだ結果得た肩書きは『エンドのE組』もう自分の居場所が分からないよ」

 

 

ここまで聞いて、茅野には神崎の気持ちが少し分かった。遊び呆けていれば居場所なんて訪れてくるはずも無い。

 

だが、堅苦しい生活…自由も遊びも無い、肩書きのみを求める生活が居場所とも思えない。自分のやりたい事、やって見たい事が出来ないなんて、居場所と言えるのだろうか。

 

そのジレンマが神崎を苦しめている、と茅野は感じた。

 

 

 

「簡単さ、俺らと同類(ナカマ)になりゃいいんだよ」

 

 

話を聞いていたのであろう、リュウキが座り込んで語る。

 

 

「俺らもよ、肩書きとか死ね!って主義でさ。エリートぶってる奴等を台無しにしてよ。なんてーか、自然体に戻してやる?みたいな

 

良いスーツ着てるサラリーマンには…女使って痴漢の罪を着せてやったし。勝ち組みてーな強そうな女には…こんな風にさらってよ。心と体に2度と消えない傷を刻んだり

 

俺らそういう教育(あそび)沢山してきたからよ。台無しの伝道師って呼んでくれよ」

 

 

愉快そうに話す。数々のエリートを地に落とした快感が、リュウキの原点。それゆえこの遊びが面白くて止められないのだろう。

 

 

「……さいってー」

 

 

あまりにも非道なリュウキらを貶すように茅野が呟く。その言葉は、リュウキを怒らせるのに充分すぎた。

 

 

《グァシ!!》

 

 

両手で茅野の首を絞め上げる。握力が強く、茅野が苦しめに呻く。

 

 

「何エリート気取りで見下してんだアァ⁉︎お前もすぐに同じレベルに落してやんよ」

 

 

気が済んだのか、茅野をソファに投げ捨てる。いや、気が済んだのではなく、これからの本番のためにしている様だが…

 

 

「いいか、今から俺ら10人ちょいを夜まで相手してもらうがな。宿舎に戻ったら涼しい顔でこう言え。『楽しくカラオケしてただけです』ってな。そうすりゃだ〜れも傷つかねぇ。

 

東京に戻ったらまたみんなで遊ぼうぜ。楽しい旅行の記念写真でも見ながら……ナァ」

 

 

《ギィッ……》

 

 

扉が開く音。誰かが建物の中に入り込んできた。

 

 

「お、来た来た。うちの撮影スタッフがご到着だぜ」

 

 

リュウキはその扉を開けた人を見る。そこには……

 

 

 

 

 

顔が晴れ上がりまくった不良の男がいた。

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

「修学旅行のしおり1243ページ、班員が何者かに拉致られた時の対処法。

 

犯人の手がかりが無い場合、まず会話の内容や訛りなどから地元のものかそうでないかを判断しましょう。

 

地元民ではなく更に学生服を着ていた場合→1244ページ

 

 

考えられるのは相手も修学旅行生で、旅先でオイタをする輩です」

 

 

 

ボコボコになった不良を投げ捨てて中に入ってきたのは、茅野らと同じ班のメンバーだった。

 

 

「みんな!」

「なっ…てめぇら……⁉︎」

 

 

 

◇学真視点

 

不良どもの後を追い、発見できた。いや〜一時はどうなるかと思ったね。

 

 

「なんでココが分かった…⁉︎」

 

 

なんでココが分かったか、て?まぁ、渚の続きの話を聞いてみろよ。

 

 

「土地勘のないその手の輩は、拉致した後だった遠くへは逃げない。近場で人目につかない場所を探すでしょう。その場合は→付録134へ

 

先生がマッハ20で下見した、拉致実行犯潜伏対策マップが役立つでしょう」

 

 

地図には殺せんせーが潜伏するであろうエリアに印が描かれてる。それを元にしらみつぶしに探してた、てな感じだ。前のカルマの時と一緒な。

 

 

「すごいなこの修学旅行のしおり!カンペキな拉致対策だ‼︎」

「いやー、やっぱ修学旅行のしおりは持っとくべきだわ」

 

ほんとほんと、ものすごく役に立つ。

 

 

 

「「「ねーよそんなしおり!!」」」

 

 

……うん、だと思う。

 

 

 

「…でどーすんの?お兄さんら。これだけの事してくれたんだ。あんた等の修学旅行はこの後全部入院だよ」

 

カルマがいよいよ怒りをモロに出した。いつも飄々とした表情をしてるが、こいつを怒らせるとかとんでもない事したなこいつら。

 

 

「……フン、中坊が粋がんな」

 

《どたどたどたどた》

 

 

……ん?外で誰かがいるが…?

 

 

 

 

「呼んどいたツレどもだ。これでこっちは10人…お前らには良い子ちゃんにはな…見たこともない不良どもだ」

 

 

 

ドアが開く。そこに現れたのは……

 

 

 

 

 

 

キリッとした制服とクルクルメガネをかけたボウズたち、そして……

 

「ふりょ……不良……え⁉︎」

「不良などいませんねぇ。先生が全員手入れしてしまったので」

「殺せんせー‼︎」

 

それに仕立てた張本人…じゃなかったえーと…張本蛸、殺せんせーが現れた。

 

「……なんだよその黒子みたいな顔隠しは」

「暴力沙汰ですので、この顔が暴力教師と覚えられるのが怖いのです」

 

殺せんせーの弱点⑩ 世間体を気にする

 

 

「渚くんがしおりを持っていてくれたから……先生にも迅速に連絡出来たのです。この機会に全員ちゃんと持ちましょう」

 

殺せんせーは渚以外にしおりを渡す。……いや、暗記してるからいらないんだけど、てのはもう辞めるか。助かったのは事実だし。

 

 

「先公だとォ⁉︎ふざけんな‼︎ナメたカッコしやがって‼︎」

 

 

不良どもが殺せんせーに突っ込む。ま、あれが殺せんせー殺せるわけないか。あれは任せて、茅野らのテープを解くか。

 

 

「後ろ向いててくれよ。ハサミで切るから」

 

 

茅野と神崎さんを振り向かせ、ガムテープを切る。厳重に縛ったな。切りづらい。

 

 

「よし‼︎解けた…どうした、神崎さん」

 

とりあえず解いたはいいが…神崎さんが少し浮かない顔をしてる。

 

 

 

「ねぇさ……学真くんはさ……家が窮屈じゃなかった?」

 

へ?突然何を……?

 

「私のところ家が厳しくてね……窮屈で仕方なかった。それから逃れたくて遊んでいたら……いつの間にか、居場所が無くなってたの。

 

学真くんからすればどう思うかな?やっぱり……そんな事しようなんて思わないのかな?」

 

 

……大体分かった。詳しく聞いた訳じゃないが、恐らく家がうるさかったんだろ。そんで浅野家でありながらE組に落ちた俺と照らし合わせ、結局何が間違ってたのか聞いてみたい、ということか。

 

 

 

「あ〜……窮屈といえば窮屈だったな。俺も」

 

 

とりあえず俺が答えられる限りの事を話しておく。こんな事で救えるかどうかは分からんが……

 

 

「不自由という訳じゃない。親父の権力ゆえか、欲しいものは大体揃ってるし、何一つでき無かったかと言えば嘘になる。だがそれを持ち続ける為には力がいる。常に上へと上り詰める事は前提、出来ないならクズ当然だ。

 

勉強もやった、習い事もやった、酷い時には研究会にも参加させられた。何となく生きた心地はしなかった」

 

 

ふうっと溜息をつく。やっぱ嫌なことを思い出すと、辛い。

 

 

「だが、最近そうでは無くなった。恐らく…E組(ここ)に来てからだな」

「え……?」

「此処は家にはない自由がある。俺を抵抗なく誘ってくれる渚や、ケンカを共にしたカルマ、放課後キャッチボールで遊ぶ杉野……自分たちの好きなことに没頭できるクラスメートや個性溢れる先生、そんな異常なクラスにいたことで、俺は楽しくなってきたのさ。

 

 

ついでに一つ教えておくぜ、とある奴からの受け売りだがな。『エリートであるのが凄いんじゃねぇ、自分が自分らしくあるのが凄いんだ』てな」

 

 

……あー恥ずかし…つーかちゃんと話せてるのか俺……

 

 

「その通り!君たちは学校内で差別されていながらも、()()()()()()に実に前向きに取り組んでいる。それこそ、君たちが誇るべき事です。学校や学歴など関係ない。清流に棲もうがドブ川に棲もうが、前に泳げば魚は美しく育つのです」

「……‼︎」

 

殺せんせーがフォローを入れてくれた。良かった良かった。シケたらカッコ悪いなんてもんじゃない。気づけば不良たちは屈していた。

 

 

「さて、私の生徒たちよ。彼らを手入れしてあげましょう。修学旅行の基礎知識を、体に教えてあげるのです」

 

 

……あれ?俺と茅野と神崎さん以外のメンバーが不良たちの後ろに立っている。手に何か持って……てしおり?

 

 

 

《ゴッ‼︎》

 

……そのしおりを不良の後頭部に何のためらいも無く叩きつける。文字通り、頭に叩き込んだな…哀れ

 

 

 

 

 

とりあえず脱出した俺ら、何事もなく出れた。……いや、むしろ何も起きなかった。

 

 

「何かありましたか?神崎さん。酷い災難に遭ったので混乱しててもおかしくないのに。何か逆に、迷いが吹っ切れた顔をしてます」

 

 

そう、神崎さんが寧ろ笑顔になってる。心に傷を負ってもおかしくないのに……

 

 

 

「いえ、特に何も。ありがとうございました」

 

 

……まぁ、いいか。

 

 

 

「いえいえ、ヌルフフフ、それでは旅を続けますかねぇ」

 

 

困ったことに、俺らの暗殺対象(ターゲット)は、限りなく頼りになる先生だ。

 




原作通り助ける事が出来ました。さて、次回は色々な事が明らかになります。

そして、いよいよヒロイン予定の『あの人』が出ます。

次回、『修学旅行の時間④』


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第14話 修学旅行の時間④

「……さて、そろそろ終わりか?」

「ひ……ヒィッ……もう勘弁してください」

 

 

祇園の一角で黒崎はヤクザたちをフルボッコにした。立つものは黒崎のみであり、意識を持ってるのも一握り。流石に怯えるしかないだろう。

 

 

「本来なら刑務所入りなんだが…俺も折角の修学旅行だ。そんな面倒事は起こしたくない。だから…ここは一つ、司法取引しようじゃねぇか」

 

 

 

「し……司法……?」

「そうだ。今回に限り俺は貴様らの素行には目を瞑ってやる。その代わり……」

 

 

ゴクリ、と音がする……事も無かった。彼らはただ怯えているだけだった。この男から何を発せられるのか。

 

 

 

「マヨネーズよこせ」

 

 

 

だが、その緊張は直ぐに木っ端微塵になる。

 

 

 

「……え?」

「え、じゃねぇよ!代わりにマヨネーズ渡せば見逃してやる、て言ってんだよ!」

「いや何でマヨネーズ!?」

「ウルセェ!持ち物検査に引っかかって今持ってねぇんだよ!」

「修学旅行に何持ってこようとしてんの!?」

「マヨネーズないなんてどう過ごせばいいんだよ!お陰で昨夜はあまり寝れなかったんだ!」

「もうマヨラーじゃなくてマヨネーズ中毒者だろこいつ!」

 

 

ツッコミが出来るほど余裕があるように見える。

 

 

「いいからよこせぇぇ!!このまま刑務所送りされたいかァァァァ!!」

 

「ちょ……ちょっと待てよ!そ……それに……マヨネーズなんて今持ってねぇぞ……」

 

 

途切れ途切れに言う不良の男。っていうかマヨネーズ持ってたらそれはそれで凄いと思う。

 

 

「そうか……」

 

 

黒崎の発する一言一言が、男たちをビビらせる。

 

 

「だったら……

 

 

マヨネーズ買うための金よこせぇぇぇ!!」

 

「えぇ!?カツアゲェェェェ!!!?」

 

 

 

◇20秒後

 

 

「うわぁぁぁぁぁん!お母チャァァン!!」

 

 

泣きながら去る男たち。その背中は見る人によっては哀れにしか見えないだろう。

 

「ふっ…正義の恐ろしさを思い知ったか」

「何してんだテメェ!!」

 

 

◇学真視点

 

 

俺たちが倒れていたあの通り…祇園にて、黒崎はいた。そこで、なぜか知らんが男をカツアゲしている。後頭部を殴った俺は間違ってないはずだ。

 

 

「いてぇな…何すんだ」

「それはコッチのセリフだ!悪を粛清してるはずが何でカネを拝借してんだ!どっちが悪役か分からなくなってんだろうが!」

 

多分周りからうるさく思われてんだろうな。その原因は私だ。だが私は謝らない。あと『いてぇな』じゃねぇよ。これでも少し抑えたわ。

 

 

「そう騒ぐな。よく言うだろ。正義は立場によって姿を変える、て」

「マヨネーズ1つで揺らぐ正義があってたまるか!」

 

 

……分かった…今までこいつ、頭固いと思ってたけど同時にとんでも無いバカだ。

 

 

「相変わらずだよね〜。そのマヨネーズに対する愛情は」

 

 

俺たちのやり取りを笑いながら見ていたカルマが口を開けた。

 

「何がおかしい。何かに拘ることは可笑しくないだろ」

「その拘りが変なんだよ。なんでマヨネーズなわけ?」

「当たり前だ。マヨネーズは何にでも合う」

「思考も可笑しいよね〜」

「ウルセェ。テメェもロクな事しねぇだろうが。新学年でもイタズラばかりしてると聞くぞ」

「当たり前じゃん。人が悔しがっているのを見ると楽しくなるし」

「そう考えるからロクな人間にならねぇんだろうが」

「堅いこと言うなよ。だから友達出来ないんだよ」

「テメェに言われたかねぇよ」

 

…なんだこいつら。仲良いの?それとも悪いの?

 

「よく一緒に居たけど…意見は常に対立してたよ。その度に喧嘩してたけど」

 

口にした覚えの無い質問の答えを渚から聞く。まぁ…そりゃそうか。カルマはイタズラばかり考えてる。対して黒崎は正義重視。…噛み合う筈も無いか。

 

ただこれだけは言える。発想が両方可笑しい。『どっちも変人です』と言いたい…ただ言ったらとんでも無いことになるのは目に見えるから黙っとこ。

 

 

 

 

「そういや、何でここに来たんだ」

 

あの後3分。漸く落ち着いたらしく黒崎は恐らく1番気になることを聞いてきた。

 

…あれ?そういやなんでだっけ?えーと……

 

「救出に成功したからね。一応お礼を言っとこうと」

 

あ、そうそうそれそれ。ナイスだ渚。

 

殺せんせーはあの後どっかに飛び去った。何やら「今回の修学旅行でご一緒した狙撃手の方にお礼がしたい」とか言ってたな。そいや他の班はどうだったんだろ。

 

んで俺たちも直ぐ帰ろう、てなってたが黒崎にもお礼を言っとくべきだろうということで、俺と渚とカルマで祇園に来た、というわけだ。因みに残りは宿にいる。

 

「そうか、まぁ気にしなくても良いと思うがな」

「だから一応って言ってただろ?助かったのは事実だし」

「ま、賛辞は受け取っておく。それよりこれからどうするんだ?」

「宿に行く。そろそろ帰らねぇとそれこそトラブルに合うだろ」

 

もうやる事は終わったに等しい。見しらない土地に夜まで滞在すると危険だからな。ここら辺でオサラバするか。

 

「そうか、じゃあな」

 

俺たちはそのまま宿に向かった。

 

◇三人称視点

 

学真らが帰っていった後、黒崎はその場から離れようとしなかった。彼が見ているのは、学真らの後…では無く路地につながる細い道だ。

 

 

「出てきたらどうだ?そこにいるやつ」

 

そこに向かって声をかける。誰も周りに居ないが、そこに気配を感じた黒崎は、その正体を確かめる必要あり、と考えた。また…彼こそがこの現状を生み出したのだろうとも考えられた。

 

やがて、路地裏から1人の男が現れた。金髪で耳にピアスをつけている。また、彼はメガネを掛けていて、その内に写る目つきはかなり悪い。そして着ている服は、椚ヶ丘の制服だった。

 

「へぇ〜…凄い勘だね。ピリピリした空気に慣れているのかな?」

 

口調はゆっくりめで、何処か人を蔑むように感じられる。カルマと似ているが、彼より若干性格が悪そうに見えた。

 

「そのピアス…お前、窠山組の息子か」

「ご名答。このピアスに見覚えがあるのかな?()()()()()()なだけはあるね。

 

僕は窠山組の若頭、窠山(かやま) 隆盛(りゅうせい)だ」

 

窠山隆盛…中間テストにて第3位を叩き出した人物だ。そして、同時に彼はヤクザの息子である。窠山組は、彼らの地域で最も厄介なヤクザだ。

 

「……ピアスだけじゃねぇ。今回あの高校生に協力していたヤツらもその手先だろう。窠山組の首領、窠山(かやま) 秀隆(ひでたか)は金に対して愛着を持っている。ヤツらの身につけているバッチは純金で出来ていた。

 

それに、前々からお前らの行動は把握していた。俺らが乗っているグリーン車の前の利用者は窠山組、行き先も同じなら、京都で何か良からぬ事しようとしてたと推測できる」

「……」

 

黒崎は修学旅行に行く前に、ある程度の下調べはしていた。特に、窠山組の動きに関しては。

 

「アイツらに何の恨みがあるんだ?あんな大騒ぎすれば、場合によっては警察沙汰だったろ」

 

今回の事件、黒崎が警察を呼びに行くことも考えられた。そうなると、元の地域で窠山組の取り締まりがあったかもしれない。そうなるのが明白でありながら、なぜ襲うのかが不可解になる。

 

窠山が目を瞑って暫し、漸くして口が動き出した。

 

「逆に聞くけどさぁ。何でアイツらを助けたの?アイツらを助けることで何かメリットがあるわけ?」

 

出てきたのは、疑問。質問に対して質問で返すのは宜しくない。よっぽど性格が良くない証拠になる。

 

「……助けるのは当たり前だろ。困ってたから助けただけだ」

 

黒崎は当たり前のように返す。助けることに、理由もメリットも無い。困ってたら助ける、というのは当たり前と考えてる。

 

 

 

 

「……ふーん……」

 

だが、窠山はそう思わなかったようだ。

 

 

「そんな事であんな危険な場に入ったの?この事が学校にバレれば、君はどんな目に遭うか知ってるよね?

 

弱小のE組の肩を持てば、即効E組行きだ。カルマとやらの事例を忘れたの?

 

救う意味のない人物を救おうだなんて、僕には全く理解できないね」

 

窠山の言ってる事はその対局だ。救う理由が無いなら助ける意味が無い。他人の為に無駄な労力を使う事は彼にとって愚である。まして、助けることでデメリットがあるなら尚更だ。

 

「救う意味が無い事が、救わない理由になるのか?見捨てる事に、恥は無いのかよ」

 

「恥ねぇ…自分の身を危険に侵さない事が?つまり例え困難でも自分の信念に従うのが正義?

 

君みたいなタイプが1番嫌いなんだよね。そういう勘違いしている奴が。

 

人の為に自分を犠牲にするなんてホントのバカだよ」

 

 

窠山は黒崎を睨み付ける。その顔は、正に凶悪という感じだ。

 

 

「ま、そうするなら好きにすれば?いずれ君は抱えきれなくなるだろうけどね」

 

 

窠山が踵を返し、路地の方に離れていく。

 

「おい待て、俺の質問には全く答えて無いだろうが」

 

黒崎は窠山を呼び止める。確かに、『何故渚たちを襲ったか』の質問に答えて無い。

 

「……僕は僕の為に動く。君とは違ってね」

 

答えになってない言葉を残して、窠山はその場から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇学真視点

 

黒崎と別れてから、あの後旅館に着いた。一応今回の暗殺旅行の成果の発表があった。因みに…

 

1班→嵯峨野トロッコ列車の名所の一つ、保津峡の絶景が見れる鉄橋にて狙撃した銃弾を八ツ橋(京都名物、あんこを餅で包んだやつ)でキャッチ

2班→映画村にてアクターショーの最中に狙い撃つはずだったけど何故か知らんが役者(アクター)に紛れていたので狙えず

3班→五重塔から産寧坂の出口にて生徒のお土産に夢中になっているところを狙撃すると頬に引っ付けていたあぶらとり紙で防がれる。

 

何もかもが規格外すぎる…この先どうやって殺せば良いんだ。

 

因みに今は自由行動。ていうかどうも雇った狙撃手が仕事を辞退したらしい。暗殺はこれまでという事だ。

 

そして俺らの班は旅館に設置してあるゲームをやっている。今やってるのはシューティングゲーム。相手の攻撃をかわしつつ敵を攻撃するゲームだ。

 

んで…神崎さんが物凄いコントロール捌きを見せつけている。シューティングゲームは相手の攻撃の合間を縫って移動するため、ちょっとのミスで即アウトになる。

 

側から見てるとどうやって避けてんのかサッパリ分からん。偶に『当たってなかったか今の?』て瞬間もある。プレイしている神崎さんの手捌きはコッチもこっちでエグい。ボタンの押し方が手馴れてる。

 

因みに後で茅野から聞いたが、神崎さんは一時期ヤンチャしていた時期があったらしい。良い肩書きばかり要求する家族に嫌気がさして遠くに遊びに…え?前回聞いた?あそう…

 

それにしても、まさか神崎さん()ねぇ…そんな事してる様には見えないが…やっぱり、親の影響はデカイんだろうな…

 

「ちょっと喉乾いてきちゃったな…」

 

どうやら神崎さんが喉乾いたらしい。確か…売店があったかな?

 

「ちょっと買ってこようかな?みんな何がいい?」

「待て待て、新幹線でもお前が買いに行っただろ?今度は男子陣で行くよ」

「え…でもなんか悪いな…」

 

男子で買いに行くと言うと心配してくれる。マジ優等生。けど何度も行かせるのもマズイよな…

 

「じゃあよ、ジャンケンで決めようぜ!負けた人が買いに行ってくるでどうだ?」

 

お、杉野にしては名案。

 

「しては、て言うな!」

 

ま、取り敢えずここにいる6人で…あれ?1人居なくね?…あ!

 

「カルマの野郎どこ行きやがった!」

「…多分トイレかな」

 

あの野郎…どうしてこのタイミングで居なくなるんだ…

 

「まぁいい、じゃあ恨みっこ無しで行くぞ」

「うん、良いよ」

 

6人で輪になってジャンケンを始める。

 

 

 

「最初はグー、ジャーンケーン……」

 

 

 

 

はいこうなりますよね!本当にありがとうございました!チクショウメ!!(たった1人の負け犬)

 

くそぅ…どうして俺はジャンケンに弱いんだよ。なんで1発目でたった1人負けとかになるんだ。

まぁあの後神崎さんが心配してくれたが…別に大丈夫だ、と伝えてあの場を離れる。えーと、売店は此処か…

 

「あぁ……いらっしゃい…」

 

何か感じ悪い店員だなオイ。いくらボロボロ、て言っても限度があるだろ。

 

とまぁそれは置いとくか。えーと、飲み物は…あった。じゃあとっととレジに並んで…

 

 

 

 

「どう落とし前つけてくれんだ!」

「侘び代として金払いなよ」

 

…あん?何か騒がしいな…他の宿泊客でもいるのか?烏間先生が言うには居ない筈だけど。

 

場所的には…売店の端か。大男達が誰かを取り囲んでやがる。こういうのは宿の管轄だろうに、まぁここの店員にそんな事期待するだけ無駄か。

 

えーと…囲まれてんのは…

 

 

 

 

 

あれ?あいつ確か…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

矢田(やだ) 桃花(とうか)…だっけ?




こういうシチュエーションにしているという事は…


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第15話 修学旅行の時間⑤

修学旅行回最後です。


…妙だよな。このホテルは人気無いから此処に泊まろうと考える奴なんてよっぽどの物好きで無い限りいない。だからE組の貸し切りにも快く応じてくれたし見たところ中にそんなに人いなかったんだがなぁ。

 

しかも…何やら起こったらしくもめてやがる。その相手はE組の女子の1人、ポニーテールにした髪型と発育した胸が特徴の矢田 桃花だ。なんであいつも此処にいるんだ?

 

てまぁそんな事より何を言い争ってんだ?

 

「ご…ゴメンなさい。見えてなくて…」

「ゴメンで済むかよ!10万もしたコートだぞ!ボケッとして汚しやがって!」

 

…んだよコートかよ。いるよな、ちょっとでも汚れただけで損害賠償請求してくる奴。しかも大抵故意だから腹がたつ。

 

…しゃあねぇな。

 

 

◇三人称

 

E組が泊まる旅館の地下に、売店がポツンとある。雰囲気は良くないものの品揃えがかなり良い。矢田は、病弱で家にいる弟へのお土産を買いに寄った。

その時に周りを良く見てなかったせいなのか、人にぶつかってしまった。その時にコートが汚れてしまったようだ。何で汚れたのかは不明だが

 

「ご…ゴメンなさい。見えてなくて…」

「ゴメンで済むかよ!10万もしたコートだぞ!ボケッとして汚しやがって!」

 

謝ってもなかなか許してくれそうになかった。

 

「どうすんだ?言っとくがこいつとんでも無く強いぜ?」

 

相手は二人組だ。2人いっぺんに言い寄られてる。

 

「コートの弁償代20万払えよ!それで終わらせてやる!」

 

「そ…そんな、大金持ってないですよ」

 

 

 

 

「そうか…じゃあテメェの身体で払ってもらおうか!」

 

男らの手が矢田の身体を

 

 

《ドゴ!》

 

掴むことはなく彼らは転がってしまった。

 

「い!?なんだテメェ!」

 

「何だはコッチのセリフだ。そんな嘘の言いがかりでクラスメイトを困らせてんじゃねぇ」

 

現れたのは、E組に編入してきた学真だ。

 

「う…嘘だと!?疑ってんのか⁉︎」

「疑う余地もねぇだろ。何でぶつかってコートにシミがつくんだ。しかもアレだよな、コーヒー。此処にコーヒーは無いしテメェらも持ってないからぶつかったことで汚れるわけねぇんだよ。

 

どうせアレだろ。どっかで汚れてしまって金出すのが嫌だったんだろ。そんでたまたまぶつかって来たから矢田さんに払わせようとしたんだろ。

 

そういう性根が目に見えるから腹が立つんだ。今どきクリーニングがお手軽に出来るんだぜ。アレコレ言わずテメェらでキレイにするんだな」

 

淡々と語る。その姿は不良らを怒らせた。

 

「こ…のガキ!」

 

2人いっぺんに襲いかかる。その手を掴み投げとばす。そして、その手に力を入れた。

 

 

 

「グアア!!」

 

 

 

 

 

「何だったら…洗ってやろうか?テメェらごと」

 

 

 

 

 

学真の脅しに恐怖を感じた不良たちは、すでに意気消沈してた。

 

 

 

「ヒ…ヒィ!す…スミマセンでした!」

 

 

 

 

不良らはその場を離れていく。一件落着したようだ。

 

 

 

 

彼らが去るのを見た後、学真は呆然としている矢田に近づく。

 

 

 

「大丈夫か?面倒な奴に絡まれたな」

 

 

 

 

 

◇学真視点

 

「大丈夫か?面倒な奴に絡まれたな」

 

 

不良らが立ち去ってしばし、俺は矢田に声をかける。矢田はちょっとビビってるようだ。こういうケンカごとは苦手なんだろうな。

 

 

「…矢田さん?」

「え…あ、うん。大丈夫。ゴメンね、迷惑かけて」

「迷惑かけられたのは俺じゃなくお前だろ。あんな奴に絡まれたんだ。嫌だっただろ」

 

 

とりあえず何とか気を取り戻したようだ。不良に絡まれるなんて滅多に無いことだ。寧ろ意識がしっかりしてる方が珍しい。ま、E組差別の方も大概だがな。

 

 

「……………」

 

 

まだ呆然としてやがる。コリャ暫く待った方が良いな。

 

 

 

 

 

「落ち着いたか?」

「う、うん。ちょっと驚いちゃって…」

 

暫く経って落ち着きを取り戻したようだ。矢田はやっとの事で立ち上がる。

 

「ホラ、とっとと買いたいもの買って戻ろうぜ。みんなに迷惑かけるかもしれねぇ」

「あ、うん…」

 

これ以上時間はかけられないな。神崎さん辺りが心配しそうだ。班全員分(カルマ除く。だっていなかったし)の飲み物を買う。矢田は…八ツ橋を買っていた。

 

「…お土産か?それ」

「うん、今弟が病気で寝込んじゃって…本当は側に居たかったんだけど、結局弟に気を遣わせちゃって。せめて、これだけでも一緒に食べれたらな、て思ったの」

 

へぇ…弟にね。そこまで大事に思ってくれるなんて、弟も嬉しい限りだろ。

それにしても…弟かぁ…。俺も弟になる筈なんだが、()()()に気遣って貰った事なんて無いんだよなぁ。結局親父に似てるし。

 

「良いじゃねぇか…羨ましいぜ」

「…学真くん?」

 

やべ、ついポロッと出てしまった。落ち着け、確かに優しい姉を持ってることは羨ましいかもしれねぇけど、そういう話じゃねぇ。いや、それ以前の話だ。

 

「あぁ〜…良いんじゃねぇか?矢田さんが弟の為に色々してくれて。弟さんも嬉しいだろ」

 

不謹慎かもしれないがそう思う。病気のせいでなかなか思うように過ごせない。けど…そんな悲しみに側にいてくれる人の存在は何よりも嬉しい。

 

「う…うん。でも、不安なんだ。弟が苦しんでるのに、私だけこんな楽しい思いしちゃって」

「だからそれはそれなんだよ。確かに罪悪感はあるかもしれねぇけど、それでも矢田さんは弟を1番に思ってくれる。孤独な中、差し伸べられた手の温もりは1番温かい」

 

孤独、てのは最も無力感に満ちる。自分の周りには何の意味も無いような人や物が唯置かれてるような感覚に陥ってしまう。そんな中、自分を支えてくれる人がいれば、励まされた感覚になる。それを、俺は経験したしな。

 

 

 

 

『煮こごりか!』

 

 

 

…何だ今の声。煮こごり?今日の夕食のメニューか?…ってあ!

 

 

「悪りぃ、買い物中だったの忘れてたわ。じゃあな」

 

考えてみればかなり時間が経ってる。急いで戻らねぇといけなかったわ。

 

「あ、うん。じゃあね」

 

会計をとっとと終わらせ、俺は班のメンバーが待ってるゲーセンに向かって歩く。

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

飯食って風呂入った後、部屋に戻ると男子勢が妙な事をしてる。えーと…『気になる女子ランキング』?

因みに部屋は男女に大部屋が一部屋ずつだ。本校舎の奴らは個室のようだがな。

 

 

「なぁ、学真。気になる女子っているか?」

 

杉野が俺に振る。アレ?これ答えないと行けないパターン?

気になる女子…か。それって興味がある、て事か?恋愛的に。

 

 

恋愛…か。

 

 

 

『…!……な!……くれ!…!』

 

 

 

『俺を1人にしないでくれよ!』

 

 

 

 

 

やべ、嫌な事思い出した。顔が曇りそうなのを何とか堪える。えーと…取り敢えず…さっきの事があるし矢田にでも入れとくか。

 

 

 

「……………?」

 

…なんか渚が不思議そうな目で俺を見ている。

 

「…どした?」

「あ、いや…何でも無いよ」

 

…何でも無いのか?まさかと思うが、俺の感情の歪みに気付いたとか無いよな。

 

 

 

 

「お、面白そうな事やってんじゃん」

 

大部屋にカルマが入ってきた。

 

「カルマ、お前気になる女子とかいる?」

「みんな言ってんだ。逃げられねーぞ」

 

磯貝とか前原がカルマに聞く。一体誰だろうか。

 

「うー…ん。奥田さんかな」

 

へー…奥田さんか意外。カルマはキャラ的に中村辺りだと思ってたんだが…

 

「だって彼女、怪しい薬とかクロロホルムとか作れそうだし、俺の悪戯の幅も広がるじゃん」

 

…絶対くっつかせたく無い2人だな。

 

 

一応これで全員分の票は集まったか?

 

「俺は1人に決められないんだよ〜」

 

…いや岡島がいたわ。決めきれねぇらしい。

 

「みんな、これは男子だけの秘密な。女子や先生に知られたく無い人もいるだろうし…」

 

?何か磯貝の言葉が詰まったんだが。てゆーか視線が窓の方に…

 

 

「…フムフム、成る程」

 

…窓の方であのタコが張り付いてる。てゆーかまさかと思うが…あのアンケートの中身をメモしてる…?

 

 

 

《ドヒュン!》

 

 

 

……

………

…………

 

 

「メモして逃げやがった!殺せ!!」

 

男子総勢であのタコを追いかける。すげえ必死だな。え、俺?いやそんな恥ずかしいもんじゃねぇし部屋にいるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポツーーーン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暇だし様子見に行くか。

 

 

誰だ、ぼっち乙とか言ったやつ。

 

 

 

 

 

◇三人称視点

 

「好きな男子?」

「そーよ、こういう時はそういう話で盛り上がるものでしょ?」

 

女子の方も恋愛の話、いわば恋バナで盛り上がり始めてる。因みに中村が仕切っている。

 

「はいはーい、私は烏間先生」

「はいはい、そんなのはみんなそうでしょ。クラスの男子だと例えば、てコトよ」

「えー…」

 

倉橋はやはり烏間を出してきた。かなり好んでる様子。だがそれは却下された。

 

「ウチの男子でマシなのは磯貝と前原くらい?」

「そうかな?」

「そうだよ、前原はタラシだからまぁ残念だとして、クラス委員の磯貝は優良物見じゃない?」

「顔だけならカルマくんもカッコ良いよね」

「素行さえ良ければね」

「「「「そうだねぇ」」」」

 

出てきたのは磯貝、前原、そしてカルマだった。

 

 

「…学真くんはどうかな?」

 

茅野が学真の名前を出した。

 

「あ〜…そうねぇ…顔なら磯貝たちに負けてないわよね…」

 

中村はちょっと微妙な顔をしている。

 

「でも…ちょっと接しづらいよね。分かっては居るんだけど」

「話した感じは普通だったよ?」

「そうかもしれないけど、やっぱり近寄り難いのよ。理事長の息子、てことは」

 

中村が言ってるのはその通りだ。椚ヶ丘でE組制度を設けた張本人の息子、分かってはいても距離を開けたくなるだろう。

 

 

その時、矢田の顔が若干曇っていた。

 

 

 

 

「ガキども、もう直ぐ就寝時間だって事を一応言いに来たわよ」

 

ビッチ先生が女子に就寝時間のお知らせを言いに来た。

 

「一応、て…」

「どうせ夜通しお喋りすんでしょ。あんまり騒ぐんじゃないわよ」

「先生だけお酒飲んでズルーイ」

「当たり前でしょ大人なんだから」

 

ビッチ先生の言う通りである。お酒は二十歳になってから。

 

「そうだ、ビッチ先生の大人の話を聞かせてよ」

「ハァッ?」

「普段の授業よりタメになりそう」

「何ですって!?」

「良いから良いから」

 

矢田がビッチ先生の背中を押して部屋に入れる。

 

 

「え!ビッチ先生まだ二十歳⁉︎」

「経験豊富だからもっと上かと思ってた」

「毒蛾みたいなキャラのくせに」

 

女子たちはビッチ先生が二十歳である事に驚いてた

 

「そう、濃い人生が作る毒蛾のような色気が…って誰だ毒蛾、て言ったの!?」

「ツッコミ遅いよ」

 

ノリツッコミ、良いセンスだ。E組に居ればいるほどツッコミに磨きが掛かってるのは気のせいだと信じたい。

 

「いい?女の賞味期限は短いの。あんたたちは私と違って危険とは縁遠い国で生まれたのよ。感謝して全力で女を磨きなさい」

「……………」

 

顔を見合わせる女子たち。

 

「ビッチ先生がまともな事言ってる」

「なんか生意気」

「ナメんなガキども!」

 

マトモな事を言ってるビッチ先生が不気味に思えたようだ。

 

「じゃあさ、ビッチ先生が落としてきたオトコの話を聞かせてよ」

「あ、確かに興味ある〜」

 

「フッ…良いわよ。子供には刺激が強すぎるから覚悟なさい。例えばあれは17の時…」

 

ゴクリ、と音がする。プロの暗殺者、しかも色気を武器とする人の話。滅多に聞く事が無い話題に女子とタコは息を呑む。

 

 

 

「ってそこぉ!さりげなく紛れこむな女の園に!」

 

さり気なく入り込んでいた殺せんせーを指差す。それに女子たちも驚く。

 

「えぇ〜、良いじゃ無いですか。私もその色恋の話聞きたいですよ」

 

相変わらず欲望ダダ漏れなタコである。

 

「そういう殺せんせーはどうなのよ。自分のプライベートはちっとも見せないくせに」

「そーだよ、人のばっかズルい。殺せんせーは恋バナとか無いわけ?」

「そーよ、巨乳好きだし片思いぐらい絶対あるでしょ?」

 

いつの間にか殺せんせーに標的が移り変わってる。

 

 

「にゅや〜…」

 

 

 

 

 

 

 

《ドヒュン!》

 

「逃げやがった!」

「捕らえて吐かせて殺すのよ!」

 

その場から逃げ去る殺せんせー。女子たちは彼を追って部屋の外に出る。

 

 

 

「居たぞ、いたぞぉぉぉ!!」

 

逃げてる最中、男子たちに見つかってしまう。

 

 

「しまった、挟み討ち!?」

 

女子と男子に挟まれた構図になってしまうのであった。

 

 

 

◇学真視点

 

 

椚ヶ丘中学校3年E組の修学旅行、京都の旅館にて殺せんせーを殺そうとする生徒たちが殺せんせーを囲っている!稀にしか無い暗殺チャンス、生徒たちは上手く活用できるのでしょうか⁉︎

対先生BB弾が大量に打ち込まれる中ナイフで上位を誇る磯貝と前原が襲いかかる!彼ら2人がかりで烏間先生にナイフを当てれるが、殺せんせーは難なく躱す!

おっとここで岡野が舞い上がる!得意の身体技術で飛び上がりながら狙う。だが殺せんせーはそれすら躱し…

 

《ドガッシャァァァァン!!》

 

窓を破って外に出たーー!修理費はどうする気だあのタコはァァァァ!?

 

 

 

「…何してるの?」

「1度やって見たかった。後悔はしていない」

 

 

 

 

 

「結局は暗殺になったな」

「うん、そうだね」

 

渚と茅野と一緒に部屋で喋っている。他はあのタコを探しに行った。幾ら何でもホテルからそう遠くには行かないしどうせ戻るだろ。

 

「楽しかったね、修学旅行。みんなの色んな姿見れて」

「そうだね…」

「…どうしたの?」

 

茅野が心配するように渚は物思いに耽ってるようだ。

 

「うん、ちょっと考えたんだ。修学旅行ってさ、終わりが近づいた感じがするじゃん。この生活は始まったばかりだし、地球が来年終わるかどうか分からないけど…

 

このクラスは絶対に終わるんだよね。来年の3月で。

 

みんなの事もっと知ったり、先生を殺したり、やり残す事無いように過ごしたいな」

 

確かにな。当たり前のように終わりはある。暗殺が成功しようと失敗しようと、3年E組は絶対に終わる。

 

そういう時、悔いが残らない、なんて事になるかどうかはわからない。渚の言う通り、やり残しは無いようにしたいよな。

 

 

 

「そうだね。とりあえず、もう一回くらい行きたいね。修学旅行」

 

 

 

 

 

こうして、俺らの楽しい修学旅行は幕を閉じていく。明日からまた学校での生活が始まる。俺らの、暗殺教室が。

 




報告でーす。
まず、前々から隠していた情報ですが、ヒロインは矢田さんにします。タグも変更しました。
とは言っても…学真くんの場合、甘々な展開に持って行きづらいかもしれないです(あと文才的に)。

次回
『休日の時間』


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第16話 休日の時間

修学旅行後の休日の様子です。今回は学真くんについて色々と情報が増えます。


とあるゲームセンターにて、椚ヶ丘中学校の3年E組のメンバーがいた。それは、潮田 渚、杉野友人、赤羽 業だ。修学旅行以降、この3人で行動する事が多い。今日は修学旅行後の休日、3人で散歩に行ってた。

 

「楽しかったね、バッティングセンター」

「ああ、久しぶりに思いっきりバットを振れたぜ」

「その割には飛ばなかったけどね。精々内野フライ?」

「うるさいな!久しぶりだから感覚忘れたんだよ」

 

3人でバッティングセンターに行ってたようだ。元野球部の杉野にとっては久々にバットが振れて楽しかったようだ。

 

「これからどうする?俺特に用事が無いけど」

「そうだな…」

 

これからどうしようかと話し合う。すると…

 

「?ねぇ、誰か困ってない?」

 

渚が道路で困っている人物を見つける。道路で四つん這いになり、アッチコッチの地面を調べている。

 

「ホントだな…何だアレ?」

「落し物でも探してるのかな?」

 

不思議に思って近づいてみる。すると…

 

「あれ?学真くんじゃない?」

 

それが彼らのクラスメイト、浅野学真である事を知る。

 

「あれま、アイツ何してんだろ」

「さぁ…おーい、学真くーん!」

 

学真に向かって大声で呼びかける。学真もその声に気づいて渚たちを見た。

 

「お…おう、その声は…渚か…」

「…声……?」

「え…と…背後にいるのは…渚と一緒にいるところからすると…杉野とカルマか」

「…何言ってんだコイツ…?」

 

何処となくおぼつかない。その正体は直ぐわかった。

 

「…コンタクト…落とした」

「……へ?」

 

 

話をしよう、あれは今から3時間…いや、2時間前の話だったか…まぁいい、私にとっては「そういうおふざけいらないから」…はい。

 

俺は買い物に行ってたんだよ、5時間前に(思い出した)。だってほら…今日は安かったんだよ、ブリ。そりゃいかねぇといけねぇだろ。あ?「主婦かコイツ」とか言うんじゃねぇ。

でだな…買ったは良いんだが急ぐサラリーマンにぶつかって倒れたんだよ。商品やらは無事だがその拍子でコンタクト落としたんだ。おかげで全く見えねぇ。あのサラリーマン…謝罪もなしにどっか行きやがって。

一生懸命探してもコンタクトはみつからねぇ。いくら見慣れた土地とは言ってもこの見え具合で家に帰れるか不安だった時に渚が声をかけてくれた。

因みに渚らは遊びに行ってたらしい。何で俺を誘わなかったんだと聞いたところ『誘ったけど電話に出なかった』て返された。すみません。

 

「それにしても…お前、コンタクトだったのか」

「あぁ、視力両方0.1以下だ。もうボヤッとしかみれねぇ。今にも渚の頭がカニに見える」

「カニ⁉︎」

 

ホント情けねぇ。こんな所でお披露目とは…

 

「しょうがねぇ、取り敢えずこのまま家に帰るか」

「…平気か?」

「大丈夫だ、幾ら何でも見慣れた土地で何かにぶつかったりはブホォ!?」

 

顔面に激痛。一体何が…

 

「電柱にぶつかってて説得力皆無だよ」

 

…よく見りゃ細長い管が目の前にある。何でこれに気付かなかったんだ。

 

「…じゃあ、送ろうか」

「…良いのか?」

「あぁ、任せとけ」

 

杉野のガッツポーズが分かる。物理的には見えんけど絶対してるよな、杉野だし。まぁ…この有様だ。しょうがねぇ、送ってもらうとしよう。折角だし部屋に上がらせてお礼でもすればいいか。

 

「それじゃ、送ってもらうとしようか。頼むぜ杉野」

「俺カルマだけど」

 

 

 

てな訳で俺は今運ばれてます。ホントに助かった。1人で此処まで来れたかどうか…

 

「その角を左に行ってくれ。その後突き当たりが俺の住んでるアパートだ」

 

いつもの見慣れてる角が見える。ボヤッとしか見えんけどそれでも分かる。何度も通りゃあ直ぐわかるだろ。

 

「アパート…?てことは、部屋があるよね」

「あぁ、205だ。鍵はコレ」

 

漸く帰れる…何で5時間も外に居なきゃ行かんのだ。おのれサラリーマン。

 

 

「漸く着いたな。まぁ上がってけよ。礼くらいはするから」

 

ドアを開ければいつもの我が部屋。此処までくれば流石に大丈夫だ。取り敢えずコンタクトがある洗面台まで行くか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええええええええええええ!!?」

 

 

うお!何々!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ…広くない⁉︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…は?

 

 

いや…何言ってんだ渚。別に二十畳くらい広くないだろ。

 

「いや普通じゃないよ⁉︎1人で20畳のリビングなんて何処にあるの⁉︎」

 

…そうか?

 

まぁいいや、取り敢えずコンタクト取りに行こう。…あ!コンタクトが無い!どうしよ…

 

 

 

 

…学真くんの家に着いて色々とビックリしたけど、1番驚いてるのは…うん……

 

「あいつ…感覚がズレてんな」

 

杉野の言う通り、かなり庶民感覚が鈍ってる。ビッチ先生ほどじゃ無いけど。

忘れてたけど、学真くんは理事長の息子だった。よく分からないけどあの人かなり裕福そうに見える。その家に住んでれば鈍るのはしょうがないかもしれない。

 

「家具も豪華そうだよね。この材質なんか絶対高いよ」

 

確かに…一つ一つの物がかなり高そう。後カルマ君、人の物勝手に触るのやめようよ。

 

 

 

 

…あれ?

 

 

ボヤッと見渡した時一点だけ異様なものに気づいた。これは…写真…?

 

「何だ、どうしたんだ渚…?」

 

床に落ちている写真を拾うと、杉野も側で写真を見てる。写真に写ってるのは…凄い格好をしている男だ。長い金髪とメガネが特徴的で、人相がそう良く無い。服(椚ヶ丘中学校の制服)もかなり荒々しく着てる。これって一体…

 

 

 

「おい、人の物何勝手に物色してんだ」

 

 

…あ、学真くんが来た。どうやらコンタクトが見つかって…あれ?

 

「どうしたの?そのメガネ」

「コンタクトが無くてよ。しょうがねぇからメガネで代用してるんだ」

 

ああ、なるほど。それでメガネをかけてたんだ。

 

ん?そのメガネは……

 

 

 

 

コンタクトが無いため俺は戸棚にあるメガネをかける。だってしょうがねぇんだもん、無いんだから。

視界がハッキリとしたところでさっきのリビングに戻る。すると渚らが何かを見てやがる。あいつら…家に上げたが好き勝手していいとか言った覚えはねぇぞ。

 

「おい、人の物何勝手に物色してんだ」

 

取り敢えず注意する。以上

 

「どうしたの?そのメガネ」

「コンタクトが無くてよ。しょうがねぇからメガネで代用してるんだ」

 

あいつらは一体何を見て…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

げ!!あれって…

 

 

 

「なぁ学真、これ誰だ?」

 

杉野が聞いてくるが、いや…ちょっと待て。何でそれを持ってんだよ。ひょっとして床に落ちてたとかか…?

じょ…冗談じゃねぇ。それは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………だよ」

 

「え?」

 

 

 

 

「………俺だよ、それ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇三人称視点

 

学真の言葉に一同は固まった。渚が持っている写真に写っている、メガネ金髪の男が学真だという事に、一同揃って沈黙している。

 

「………まじで?」

 

「…………ああ」

 

学真は勿論嘘をついてない。それは、2年生の時の学真の姿なのだ。

 

 

 

 

「…………………………」

 

 

気まずい空気が流れる。驚きと、羞恥のどちらかで全く口を動かせて無い。その空気は暫く続き…

 

 

「………………ぶっ」

 

その空気が溶けたかと思えば

 

 

「だーはっはっは!いや、おま、全然似合ってな…ぶははは!」

 

杉野が大声で笑いだした。

 

「テメェ!何笑ってやがるんだ!」

「いやだって似合ってなさすぎ…ヤバイ苦しすぎて死ぬ」

「ヤロウ…」

 

金髪に染めてる学真が余りにも似合わなかったのか、ツボにハマって大笑いだ。学真にとっては恥ずかしいこと限りない。

 

 

 

 

 

「………ぶっ」

「渚くん!?」

 

渚まで吹き出す始末。これはどうしようも無い。しかも穏やかな渚に笑われるのは杉野よりダメージがデカい。

さて、一方…

 

 

「こんなもの見つけたよー、2年生の頃の写真集」

「カルマテメェェェ!!」

 

カルマは写真集を見つけてしまう始末、最早やりたい放題である。飛びかかってくる学真を避けてカルマはそれを渚たちに見せる。

写真集には、昔の学真の写真が結構あった。去年の体育祭や文化祭、更には何処かへ旅をしていた頃の写真がある。普通は唯の思い出の記録だが、学真の頭のせいで、笑いどころしか見当たらない。

 

「テメェら、人の黒歴史を面白がってんじゃねぇ!」

「良いじゃねぇか、減るもんじゃ無いし」

「減るんだよ俺のライフが!とっとと返せ!」

 

学真はその写真集を取り上げた。

すると、それから一つの写真が落ちる。それは渚の近くに落ちた。

 

(……?コレって…)

 

その写真集から落ちた写真は、当然学真が写っている。だが、彼だけでは無く、もう2人写っていた。

それをハッキリと見ようとした時、学真に取り上げられてしまった。

 

「この話はもう止めろ。それより…菓子があるんだが食べるか?」

「え?いいの?」

「良いよ、さっきの礼だ」

 

学真は戸棚からケーキを取り出した。それは近くの有名なケーキ店のものだ。味が良く見た目が綺麗な為、かなり人気がある。そうは言っても価格がかなり高いため、食べたことは無い。そのため初めて食べることになる。

 

「凄い!あの店だよね?初めて見た」

「…そうなのか?まぁ良い、紅茶出すから」

 

学真が紅茶を淹れる。何度もやってきたのか、かなり慣れている。

その紅茶と一緒にケーキを口に入れる。

 

「!おいしい!」

「そうだろ?俺の知ってるケーキ店の中ではこの店が1番だと思うぜ」

「こんなに甘いの初めて食べるぜ。流石だな」

「まぁな」

 

学真もケーキを取り出して食べる。学真の家にて、4人と1匹は楽しそうにケーキを食べていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってオイコラァ!いつの間に侵入してケーキ食ってんだ侵入ダコォ!」

「良いじゃ無いですか〜。このケーキ店の商品なかなか食べれないから、一つくらい頂いても」

「ふざけんじゃねぇ!返せケーキ代!」

「にゅや!?今金欠なので…」

 

 

 

 

困った顔をする殺せんせー、ケーキ一個も払えない状態のようだ。

 

《ドヒュン!!》

 

学真がナイフを振るも一瞬で何処かへ行ってしまった。

 

 

 

 

 

「いや〜、美味しかったよなあのケーキ」

「そだね、学真くんは意外とグルメなのかも」

 

学真の家から渚、杉野、カルマは帰っている。

 

「そいえばさ〜、渚くん、さっき何見てたの?」

「ん?あぁ、あの写真かな」

 

カルマが渚に問いかける。写真集を収められる時、渚は1枚の写真を見ていた。カルマや杉野はその写真に何が写っていたのかは見えなかった。

 

「学真くんの写真だったけど…それ以外に2人ほど写っていたかな」

「あ〜、やっぱり昔の写真なわけね」

 

何か別のものが写っていたかと期待していたカルマは少し残念そうに言う。

 

「でもさ…1つ不思議に思ったよ」

「?何が?」

「今まで見てきた写真はさ…基本学真くんしか写ってなかったけど、あの写真だけは学真くん以外の人が写っていたから意外に思ったよ」

「…偶然じゃね?」

「…そうかもしれない」

 

渚は一つだけ疑問に思った事があった。落ちてきた写真だけが、学真以外の人を写していたことが。

もちろん写真集の中の全部が1人だけ写ってるとは限らない。誰かと一緒に撮った写真は他にも数枚あり、その中の1枚が落ちただけかもしれない。

だが、彼は学真に対して気になることが1つある。修学旅行先で『気になる女子』を聞かれた時、一瞬だけ微妙な顔をしていた事を覚えている。ひょっとするとさっきの写真が、その一部を映しだしているのかもしれない。

 

(…………考えすぎかな)

 

これ以上考えても何も分からないと思い、渚はこれ以上追求する事を止めた。

 

 

 

 

「ハァ…久々に楽しめたな。家に上げるのなんていつぶりだっけな」

 

3人(と1匹)が帰った頃、学真は部屋の片付けをしていた。

 

「結局は…ハマってしまっているのかもな。あの教室に」

 

3年E組の教室、言わば暗殺教室により、彼が思っているよりも影響を受けている。以前よりも楽しく過ごせてる気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………お前らがもし、彼処にいたら、楽しく暮らせたのかな」

 

 

 

 

少し暗い顔になり、彼は1枚の写真を見る。それは、先ほど写真集から落ちた1枚の写真だった。昔の学真と一緒に写っている、2人の友人を見て呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ……如月…日沢…」

 

 

 




学真くんの追加情報
・視力が弱くコンタクトをつけている。
・浅野家に住んでいたせいか庶民感覚が鈍っている。
・割とグルメ
・2年生の頃かなりやさぐれている。
・如月と日沢という人物の関係性…

いよいよあの子が暗殺教室に⁉︎
次回『律の時間』


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第17話 律の時間

いよいよ律さん登場です。句切れが分からずに全部載せたのでかなり長いです。それではどぞ〜


…俺は今、驚きのあまり立ち尽くしている。

突然すぎて訳分からないと思うので説明しよう。

 

昨日烏間先生からメールが来たんだ。内容は…

 

『明日から転校生が1人加わる。多少外見で驚くだろうが、あまり騒がず接して欲しい』

 

転校生が来るらしい。…どっからどう見ても暗殺者だよなこれ、と思ったのは良いんだが…取り敢えず転校生であればどういう人物かは気になる。そう思ったのか岡島が『なんか顔写真ありませんか?』というメールを出したところ、烏間先生からメールがまた届いた。しかも添付付きで。

その写真は女性の顔が写ってた。ピンクの髪で、かなり美形だ。すっかり岡島が興奮してやがる。

 

そこまでは良いんだよ。問題は教室に入ってからだった。教室に入ると左後ろ…菅谷や原とかに1番近い場所に黒いボックスがある。

おっと、原さんについて説明してなかったな。

 

(はら) 寿美鈴(すみれ)

女子の中でポッチャ…ふくよかな人だ。穏やかで落ち着いた様子からお母さんの雰囲気が漂う。料理も旨いしな。

 

そんでボックスに近づいてみると…一部に画面があるのに気づいた。

 

暫く待つこと数秒

 

『おはようございます 今日から転校してきました 自律思考固定砲台と申します よろしくお願い致します』

 

画面に烏間先生から届いた写真と同じ顔が映しだされ、挨拶代わりの音声を流した。うん、まぁ…

 

 

 

 

…………………そう来たか。

 

 

 

「みんな既に知ってると思うが、転校生を紹介する。ノルウェーから来た自律思考固定砲台さんだ」

 

『皆さま よろしくお願いします』

 

 

…烏間先生も大変だよな。ストレスでぶっ倒れたりしないだろうか。

 

 

 

「プークスクスクス」

 

あんたが笑うなタコ助、同じイロモノだろ。

 

 

「…!言っておくが、彼女はれっきとした生徒として登録されている。彼女はあの場所からずっとお前に銃口を向けるが、お前は彼女に反撃できない。生徒に危害を加えることは許さない。それがお前の教師としての契約だからな」

 

…なるほどね、契約を逆手にとったという訳か。なかなかやるな。

 

「良いでしょう。自律思考固定砲台さん、あなたをE組に歓迎致します」

 

『宜しくお願いします 殺せんせー』

 

 

 

 

さていよいよ授業が始まる。だがまぁ…それよりもあの自律思考固定砲台さんの事が気になる。

見た目銃とか砲台とか無い。そんなんで一体どうやって発砲するの?て話だが…1つだけ仮説がある。

 

「この2人の間を整理すると…」

 

殺せんせーが板書しようと黒板に向かった時…『それ』は動き出した。

 

側面から蓋が自動的に開かれ、銃が中から飛び出す。何あれカッケェ。

 

そしてそのまま一斉に殺せんせーに向かって射撃される。集中的に殺せんせーを狙う一斉射撃。正直出席とる時のあれより弾幕が濃い。

勿論殺せんせーも攻撃を喰らったりはしない。高速で左右に避けまくる。

 

「ショットガン4門、機関銃2門…濃密な弾幕ですが、ここの生徒は当たり前にやってますよ」

 

全ての弾幕を避けきった。流石に殺せんせーの方が一枚上手か。

 

「それから、授業中の発砲は禁止ですよ」

 

『気をつけます 続けて 攻撃準備に入ります』

 

…それ、矛盾してね?まぁ流石に機械、言葉の矛盾は気にならないだろう。その間、色々と操作されている。恐らくは…データ処理か?記録したデータから色々と処理をして分析する。そしてもっと言えば…より良い方法を見つけ出そう、て奴。

 

「詳しいね」

「まぁ…いちおう」

「そこらへんの知識はそれなりに持ってるから書きやすいよね」

「…不破さん?」

 

いよいよ処理が終わったようで、第二撃の準備が整う。銃口は既にスタンバイ済みだ。

 

「こりませんねぇ」

 

第二撃、先ほどと同じ様な発砲。機械なだけあってかなり正確だ。

殺せんせーも殆どを躱す。1度避けきった攻撃だ。二撃目も避けきることは難しくないだろ。さて…問題は…

 

「これも先ほどと同じ…またチョークで弾いて…!」

 

一撃目の時、1発だけチョークで弾いた弾があったが…今回もそれを弾いた瞬間、その後ろに隠されてあった弾に気づかず触手を1本(指だけだが)破壊された。あれは…ブラインドか。

恐れていた事が的中した。機械の一番の特徴は精密性と処理速度。それ故に人間がやるより正確なデータ処理が出来る。だってあれだぜ?100桁以上の数の計算なんて人間は出来ないだろ。

後は開発者の腕次第とあったが…恐らく優れた奴だったんだな。恐ろしい物を作り出してやがる。相手の防御パターンを学習し、武装とプログラムをその都度改良し、敵の退路を狭めていく。

 

『左指先 破壊 増設した副砲効果を確認 次の射撃で殺せる確率 0.001%未満 次の次の射撃で殺せる確率 0.003%未満

 

卒業までに殺せる確率

 

 

 

 

 

 

 

90%以上

 

 

 

 

 

それでは殺せんせー 続けて攻撃に移ります』

 

 

 

 

これは…マジで殺せんせーを殺せるかもしれない。

 

 

プログラム通りの笑顔を見せて、自律思考固定砲台さんは、更に攻撃を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

その後は一方的だった。

次から次へと攻撃を繰り返す自律思考固定砲台。攻撃を繰り返せば繰り返すほど、戦術を色々と強化して殺せんせーを仕留めにかかる。その度に殺せんせーの被弾率も高くなっていく。確実に、殺せんせーを追い詰めてる。彼女は最早れっきとした暗殺者、それもかなり上級だ。

だが…そうは言っても問題がある。授業中に殺せんせーに向けて発砲するという事は、授業は中断せざるを得ない。放置された小説の登場人物の悲しさよ。

しかも射撃範囲には当然、他のクラスメイトもいる。あいつらにも巻き添えが出ている。授業妨害どころか問題行動真っ只中だぞアレ。…へ?俺?彼女の隣の席だから射撃範囲外です。

まぁ取り敢えず俺らにとっては邪魔でしか無い。しかも…

 

 

 

「………」

「これ、俺らが片すのか」

 

授業(成立してないけど)が終わった頃には、床には大量のBB弾が散らばっている。彼女には掃除機能が付いてないから、俺らが掃除するしか無い。

暗殺率がかなり高くなるのは疑いようが無い。だが…これに1年間も付き合うとかたまったもんじゃないな。

 

 

 

翌朝

 

『午前8時29分35秒 システムを全面起動 電源 電圧安定 オペレーションシステム 正常 記録ディスク 正常 各種デバイス 正常 不要箇所 無し

プログラム スタート

タスクを確認 本日の予定 6時間目までに 215通りの射撃を実行 引き続き ターゲットの回避パターンを分析…』

 

暗殺の準備に取り掛かるためのプログラムの実行が停止した。そりゃそうだ。

 

ガムテープで簀巻きにされてりゃ射撃出来ねぇだろ。

 

 

『殺せんせー これでは銃を展開できません 拘束を解いてください』

「うーん…そう言われましてもねぇ」

『この拘束はあなたの仕業ですか? 明らかに私に対する加害であり それは 契約で禁じられてるはずですが…』

「ちげぇよ、俺だよ」

 

ガムテープをブンブンと振り回す寺坂、あいつが犯人だ。ま、そうなるわな。

 

「どう考えたって邪魔だろうが。常識くらい身につけてから殺しに来いポンコツ」

「まぁ分かんないよ、機械に常識はさ」

「授業終わったらちゃんと解いてあげるからね」

 

口は悪いが寺坂の言う通りだ。あの暗殺は俺ら生徒にとって邪魔でしか無い。だがまぁ…機械にそんなのわかる訳無いよな。

 

せめて、俺らと協調してくれる様なプログラムであればな…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日

 

…俺は今、驚きのあまり立ち尽くしている。

突然すぎて訳分からないと思うので説明しよう。

 

今日もまた、あの自律思考固定砲台さんがいるのかと思い、教室に入った。そしたら…左隅のブラックボックスが大きくなっていた。何が、て…体積と画面が。

暫く待つ事数秒

 

『おはようございます、皆さん』

 

えええええええ!?なんで柔かな表情になってるの⁉︎なんで言葉が流暢になってるの⁉︎なんで親しみやすくなってんの⁉︎

 

「アイエエエ!?ナンデ⁉︎ナンデ⁈」

「学真くん、て…異常事態には可笑しな反応するよね」

 

いやそんな事どうでも良いんだよ!一体どうしたらこうなるんだ!!

 

「親近感を出すための全身表示液晶と、体、制服のモデリングソフト、全て自作で60万6千円」

『今日は素晴らしい天気ですね。こんな爽やかな1日を、皆さんと過ごせるなんて嬉しいです』

「豊かな表情と明るい会話術、それらを操る膨大なソフトと追加メモリ、同じく110万3千円』

 

…あんたの仕業かタコ先生。

 

 

 

転校生が、可笑しな方向に進化した。

 

 

 

「先生の財布の中身、5円!!」

 

 

 

 

 

 

『庭の草木も緑が深くなってきましたね。春も終わり、近づく夏の香りが心地よいです』

 

「たった一晩でえらくキュートになっちゃって」

「アレ一応…固定砲台だよな」

 

…偉く注目されている。ま、そりゃそうだわな。

結局のところ、殺せんせーが手入れした結果だそうだ。何しろ、昨日の様な事があったんだ。放置という訳にも行かないだろう。

それで、殺せんせーは彼女に俺らと協調のために必要なソフトを彼女に提供した様だ。

…それは良いが…やり過ぎだろ、いくら何でも

 

「何騙されてんだよお前ら、全部あのタコが作ったプログラムだろうが。愛想良くても機械は機械、どうせまた空気読まずに射撃してくるんだろあのポンコツ」

 

そして相変わらず寺坂は口が悪い。機械に対してポンコツとか…

 

『仰る気持ちは分かります、寺坂さん。昨日までの私はそうでした。ポンコツ…そう言われても返す言葉がありません…ウゥ…』

 

あ、泣いた。

 

「あーあ、泣かせた」

「寺坂くんが2次元の子泣かせちゃった」

「なんか誤解される言い方止めろ!」

 

散々な言われ様であります事。

しかしまぁ、ここまでよく派手に改善…じゃなくて改造したもんだ。一体どうしたんだよこれ。

俺は興味本位で画面にタッチした。言っとくけど他意は無いんだ。

 

 

『ひゃんっ!!』

 

 

…へ?

なに?その甘く弱々しい声。

 

『す…すみません。私、敏感なのでもっと優しくしてください』

 

ちょ…待ってくれますか自律思考固定砲台さん?そんなこと言ったら…

 

 

「ウワァ…2次元の子に手を出すとか…」

「……変態ね」

 

ちょい⁉︎片岡さんに岡野さん⁉︎

 

「待て!誰が変態だ!俺は別にそんなつもりは…!」

 

慌てて色々と弁明してみるがなんか効果なさそうだぞコレ。

 

「学真…流石にこれは無いわ。考えられない」

「ひょっとして好みは2次元の子かな?」

 

杉野とカルマも好き放題言いやがる。てかちょっと待て!何で誰も味方がいない!渚からもなんか言ってやって…

 

 

期待の目で渚を見てるのに気づいたのか、渚は俺に助け舟を…

 

 

 

 

 

 

 

 

「君の犠牲は忘れない。明日から別々に行動しよう」

 

 

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渚クーーーン!!

助け舟じゃなくて泥舟出すんじゃねぇぇぇ!!

 

 

 

「良いじゃ無いか、2D(二次元)…Dを一つ失うところから女は始まる」

 

 

「「竹林、それお前の初ゼリフだぞ良いのか⁉︎」」

 

 

竹林(たけばやし) 孝太郎(こうたろう)

丸メガネが特徴、知的と言うよりオタクに近い。成績はそこそこで最近メイド喫茶にハマったそうだ。

 

いやそれで丸く収めようとするな!

 

 

 

 

「そういう訳で、皆さん仲良くしてやって下さい。あぁ、私は彼女に色々と改良を施しましたが、彼女の殺意には一切手を加えておりません。私を殺したいならば、彼女はきっと心強い仲間になりますよ」

 

殺せんせーの言う通りだ。自律思考固定砲台さんは現状1番強い。彼女がこの暗殺教室の一員でいてくれる事は、かなり心強い。

 

 

 

その後、彼女は人気者になっていた。機械であるせいか色々な事が出来る。今もほら…

 

「へー…こんなのまで体の中で作れるんだ」

 

彫刻で出来上がった作品を見せている。しかも出来が良い。両手が無い事で有名な『ミロのヴィーナス』を見事作り上げている。良いなぁ、俺がやっても泥だんごにしかならんのに。

 

『はい、特殊なプラスチックを体内で自在に成形出来ます。データさえあれば、銃以外でも何でも』

「すげー造形」

「おもしろーい。じゃあさ、花とかも作ってみてよ」

『判りました。花のデータ収集をしておきます。王手です、千葉さん』

「3局目でもう勝てなくなった」

「なんつー学習能力だ」

 

本当に凄い製作力と学習力、何よりコミュニケーション力。みんな自律思考固定砲台さんを囲んでいる。俺より人気者じゃね?あれ。

 

 

「…しまった」

「…どうしたんだ殺せんせー」

「先生とキャラが被る」

「被ってねーよ!1ミリも!」

 

『能力がバケモノ』以外何が被ってんだよ!

 

「皆さん皆さん!私も人の顔くらい映せますよ。皮膚の色を変えればこの通り」

「キモいわ!」

 

先生の頭に人の顔が映る。リアルすぎてキモい。

 

とまぁ、このタコはおいといて…

 

「あとさ、この子の呼び方決めない?自律思考固定砲台っていくらなんでも…」

「そうねぇ、なんか一文字とって…」

「自…律……じゃあさ『律』は?」

「安直だな」

「えー、可愛いよ」

 

自律思考固定砲台さんの新たな呼び方を考えた様だ。

 

「お前はそれで良い?」

『はい、嬉しいです。では律と呼んでください』

 

 

自律思考固定砲台さん、改めて律は、とても嬉しそうな顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一難去ったように思えるが、一つだけ問題が残ってる。それは、律の開発者だ。寺坂の言う通り、律はあくまで機械、これからどうするかは、そいつが決める事になる。うまく行けば良いけどな…。

 

 

 

…俺は今、驚きのあまり立ち尽くしている。

突然すぎて訳分からないと思うので…へ?流石にしつこい?

 

教室に戻ると、律が元に戻っていた。画面も小さくなり、この教室に来た時の彼女に戻っていた。

 

『皆さん おはようございます』

 

話し方も前の通りだ。一定で、抑揚が全く無い声になっている。

 

「生徒に危害を加えないという契約だが、『今後は改良行為も危害とみなす』と言ってきた。君たちもだ。彼女を縛って壊れでもしたら賠償を請求するそうだ。持ち主の意向だ。従うしか無い」

 

…結局はこうなるんだな。律の親…もとい自律思考固定砲台の開発者は此処の都合なんて眼中に無い。自分の都合しか考えてない。だから…殺せんせーの改良を全て削除したということか。

 

「…だから嫌いなんだ、親って奴は」

「学真くん…」

「子どもは親の付属品だと思い上がる親もいれば、平気で子どもを見捨てる親もいる。子どもの幸せじゃなくて自分の自己満足で育てる奴らばかりだ。そういう奴を…怒ることは許されないんすか」

「…気持ちは分かるが、彼女を作った開発者は、国で優秀なプログラマーだ。立ち向かえば、君も無事では済まなくなる」

「………チッ」

 

…情けねぇ、何もできない自分に腹がたつ。

 

 

 

 

 

 

パワーダウンしたって事は、授業中のあのハタ迷惑な射撃が来るという事だよな。…あんなの続けられたらまた授業が成立しなくなる。

 

とか思うと彼女の起動音が鳴る。箱から大量の銃が取り出され

 

 

 

 

 

 

無かった。

 

 

 

 

「…………え?」

 

誰もが唖然とする中、彼女の音声が流れる。

 

 

『花を作る約束をしてました 殺せんせーは 私に 985点の改良を施しました その殆どは マスターが暗殺に不要だと判断し 削除・撤去・初期化されましたが ()()()は 協調が暗殺に不可欠だと思い 消される前に 関連ソフトを メモリの隅に隠しておきました』

 

 

 

…そうか、つまり

 

「素晴らしい。つまり律さん、あなたは…」

 

 

 

 

 

 

 

『はい、私の意志で産みの親(マスター)に逆らいました。

 

殺せんせー、こう言った行動を反抗期と言うのですね。律はイケナイ子でしょうか』

「とんでもない。中学生らしくて大いに結構です」

 

 

 

 

 

流石に驚いた。いや、甘く見てた。彼女を唯の機械だと思い込んでいた。彼女…律は、唯の女子中学生だ。

 

 

 

『それから…学真さん、ありがとうございます。あの様に言ってくれて、私は凄く嬉しかったです』

「いや、褒められる様な事はして無い。寧ろお前をなめていたことに謝らないといけない」

『それでも…私はとっても嬉しかったですよ』

 

 

 

こうして、俺らに1人仲間が増えた。これからは、この28人で殺せんせーを殺す生活が始まる。

 

 

 

 

◇烏間視点

 

今回は、自律思考固定砲台…もとい、律さんが3年E組に見事溶け込んだ。開発者に背くとは想定外だったが…此方にとっては嬉しい誤算だ。

だが、これで全てが丸く収まった訳では無い。もともと律は、未だに打開が見れない超危険生物暗殺のための2人の特殊暗殺者の内の1人だ。つまり…もう1人別に送られる。聞いた話では、かなり厄介だと聞いている。未だに調整中だから、送られるのはかなり後になると聞いた。

 

そしてもう1つ…更に厄介な事になった。

 

つい先ほどメールが送られた。その文面にはこう書かれている。

 

『例の特殊暗殺者だが、1人更に追加する。此方はかなり調整がかかるため、もう1人より遅くなる可能性がある』

 

更に1人追加されたそうだ。あの律やもう1人の生徒に手助けが出来る暗殺者…かなり厄介だ。

技術が優れてるだけなら良いのだが…

 

 

 

 

「カラスマ、カラスマ」

 

…?入り口からイリーナが入ってきた。一体何を慌てて…

 

 

 

「顔を描いたら人気者になれる、て本当?」(胸に人の顔を描いている)

 

 

…………………

 

 

「お前はどこに迷走してるんだ」




律さんをいよいよ登場させました。以降彼女はかなり出番が増えそうです。

気づいたと思われますが、律さんのセリフは『』で表現します。それから、改良前の彼女のセリフは『、』や『。』を避けました。かなり読みづらかったらすみません。

そして学真くんの新情報
・親に対して若干嫌に思っている。
まぁ父親が『あの人』ですからねー…

そして律さんたちに加えて暗殺転校生が1人増えました。当然オリキャラですね。一体どういう人物でしょうか?

次回『屈辱と仕返しの時間』


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第18話 屈辱の時間

変更点です。
屈辱と仕返しの時間→屈辱の時間
やってみたらあまりにも文字数が多くなったので2つに分けました。


「ご覧の通り、ピストンを引くと中の風船は膨らみます。気圧が低くなったため、風船が膨らんでしまうのです。さて、その時瓶は曇っていますね。これは気圧が下がった事で温度が下がり、そして湿度があがって水蒸気になりきれない水が水滴になるんです。つまり、気圧が低くなると、湿度も高くなる関係があります」

 

…突然授業のシーンで申し訳ない。今は理科を受けているんだ。題は『湿度と気圧の関係』

 

 

だが…

 

 

 

膨らんでる風船よりも膨らんでる殺せんせーの顔が気になる。

 

…なんであんたの顔が膨らんでるの⁉︎梅雨だからか⁉︎梅雨で湿度が上がったからか⁉︎つーか気圧が下がったから⁉︎

 

 

『殺せんせー、33パーセントほど巨大化した頭部についてご説明を』

「あぁ、水分を吸ってふやけました。湿度が高いので」

 

生米みてーだな。

 

殺せんせーの弱点12 しける

 

ま、この校舎じゃそうなるよな。此処は設備が悪すぎるし、そのせいで雨漏りも酷いんだよ。大体な…

 

 

《ビリ!》

 

あ、

 

「にゅや⁉︎学真くんどうかしました⁉︎」

「いや…ページ破れた」

 

やけに紙がぶわぶわするな〜とか思ったら破れてしまった。全くよ…これじゃあセロテープで貼るしかねぇか。ったくこれだから梅雨は嫌いなんだよ。エアコンでベスト湿度の本校舎が羨ましいぜ。

 

 

「一緒に帰ろう、学真くん」

「ん?いいぜ」

 

 

授業が終わり、これから家に帰る。帰り道が同じ方向なせいか渚と帰る時が多い。他にも、杉野やカルマ、茅野と一緒に帰る事もある。だが今カルマがいない。あの野郎はサボリだ。なーんでああも面倒くさがりなんだか。

そんなわけで渚と杉野と茅野と一緒に帰ってる…と言いたいが、今はもう1人、岡野もいる。普段は自転車だが今日は雨だからという事。

で、問題はある。

 

「……………」

 

岡野は俺にキッチリ警戒してる。ま、仕方ねぇか。岡野は俺を受け入れてはいない。

俺と平然と話せるのは…修学旅行の時に一緒に班にいたメンバーかな?あと学級委員の磯貝と片岡か。

ましてや…岡野は気が強そうだからな。嫌な感情がモロに出てる。…雰囲気はそんなに悪くねぇけど。

 

「なー、そのケーキのイチゴくれよ」

「ダメ!美味しい部分は最後に食べる派なの!」

 

杉野が茅野にケーキのイチゴをねだってやがる。そりゃダメだろ。茅野はスイーツ好きだし。

 

 

 

……?あそこにいるのは…

 

「あれ、前原じゃんか」

 

だな、あのナンパ男がまた女を…

 

「一緒にいるのは確か…C組の土屋 果穂」

「はっはー、相変わらずお盛んだねぇ彼は」

 

ホント、どうして次から次に女を拾えるのか。いつか天罰が下るぞアイツ。

 

「ほうほう、駅前で相合傘…と」

 

……しっかしまぁ相合傘とかホントによく出来るな。恥ずかしくねーの?

 

「ちょっと学真くん⁉︎先生にもうちょっと触れても良いんじゃないですか⁉︎」

 

いやそんな何度もそうやって出てきたら『そんな…いつの間に背後に…⁉︎』的な反応は飽きるでしょ。

 

「今までそんな反応したっけ?」

 

ノリが悪いぞ渚くん。ある程度オーバーな方が面白いんだよ。

 

「で、何してんだよ」

「決まってます、ネタ集めです。3学期までに生徒全員の恋話をノンフィクション小説で出す予定です。第一章は杉野くんの神崎さんへの届かぬ想い」

 

殺せんせーの弱点13 下世話

「ぬー、出版前に何としても殺さねば」

「そうか?なかなか面白そーだぞ、お前の失恋話」

「俺は面白くねぇんだよ!」

 

んだよカリカリすんなよ。お前の空振っぷりには笑わずにはいられないもん。

 

「じゃあ前原くんの章は長くなるね。モテるから。結構しょっちゅう一緒にいる人変わってるし」

 

まぁそうだな。前原は成績も良くて運動神経も良い。顔も良いから学校の中ではモテまくるタイプだろうな。

 

 

「あれェ、果穂じゃん。何してんの?」

 

…?誰か現れたな。あれは…A組にいたよな。えーと確か、瀬尾 智也だっけか。色々と上から目線のやつで、すげえ傲慢だ。父親の仕事の都合でロサンゼルスにいた事でドヤ顔しまくる奴だ。アイツの口からは『ロサンゼルス』以外聞いた事ねぇ。

 

「あ!せ、瀬尾くん。生徒会の居残りじゃ…」

「あー意外と早く終わってさ…ん?そいつ確か…」

「ち…違うの瀬尾くん、そーゆーんじゃなくて、たまたまカサ無くてあっちからさしてきて…」

「今朝持ってたじゃん」

「が…学校に忘れて…」

 

土屋が焦って瀬尾に話しかける。…あの女、まさか二股かけてたのか。

 

「あーそゆことね。最近電話しても出なかったのも急にチャリ通学から電車通学に変えたのも…で、新カレが忙しいから俺でキープしとこうと?」

 

…成る程、思いっきり筋が通るな。

 

「果穂、お前…」

「違う、そんなんじゃない!そんなんじゃ…」

 

慌てて何か言い訳しようとする土屋、頭の中で何か考えている。

 

だが突然、黒い笑みを浮かべて前原の方に向く。一体何を…?

 

 

 

 

 

 

「あのね、自分が悪いって分かってんの?努力不足で遠いE組に飛ばされた前原くん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………ハ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにE組の生徒は椚ヶ丘高校進めないし、遅かれ早かれ私達接点無くなるじゃん。E組落ちてショックかなと思ってさ。気遣ってハッキリ別れは言わなかったけど、言わずとも気付いて欲しかったなァー。けどE組の頭じゃわかんないか」

 

 

 

 

………ヘェ〜

 

 

そういう事言うんだ…

 

 

 

 

「お前な…自分のことを棚に上げといて…グ!?」

「わっかんないかなぁ。同じ高校に行かない、てことはさ。俺たちお前に対して何したって後腐れ無いんだぜ?オラ、ちゃんと果穂に礼を言えよ。同じカサに入れてもらったんだからよ」

 

アイツら…瀬尾とそのツレは前原を蹴り始めやがった。あの野郎…!

 

 

「やめなさい」

 

止めようと動き始めたところで、別の方から静止がかかった。その声は…親父だ。

 

「り…理事長先生…!」

「ダメだよ暴力は。人の心を今日の空模様のように荒ませる」

 

親父はそのまま前原の前に行き、座り込んでハンカチを渡す。

 

「これで拭きなさい。酷いことになる前で良かった。危うくこの学校にいられなくなるところだったね、君が。じゃあ皆さん、足元に気をつけてさようなら」

「さ、さようなら!」

 

親父はそのまま車に乗って何処かへ行ってしまった。

 

「…人として立派だなぁ。ヒザが濡れるのも気にせずにハンカチを…」

「あの人に免じて見逃してやるよ、間男。感謝しろよ」

「嫉妬して突っかかってくるなんて、そんな醜い人とは思わなかった。2度と視線も合わせないでね」

 

親父が去った後、土屋らは何処かへ去ってしまった。前原を蔑んでから。

 

 

 

 

「前原、平気か⁉︎」

「お前ら…見てたんかい」

 

アイツらが見えなくなった時、杉野らは前原に駆け寄った。服が汚れすったくれてんだ。無事じゃねぇだろ。

それにしても…あいかわらず親父は手が込んでやがる。事を荒立てずかといって差別を無くさず、絶妙に生徒を操作している。親父が出たせいで、俺が出ることは無かった。

 

「それよりもあの女だろ!とんでもねぇビッチだな!…いや、ビッチならウチのクラスにもいるけどよ」

「違うよ、ビッチ先生はプロだから、ビッチする意味も場所も知ってるけど、彼女はそんな高尚なビッチじゃ無い」

 

渚が言ってることは分かる。あの女はビッチ通り越して唯のクソ野郎だ。あんなこと平然と言えるとはな。

 

「いやどっちでも良いんだよ。好きな奴なんて変わるもんだしな。気持ちが覚めりゃあ振ればいい。けどさ、さっきの彼女見たろ。一瞬だけ罪悪感で言い訳モードに入ったけど、その後すぐに攻撃モードに切り替わった。『そーいやコイツE組だった』『だったら何言おうが何しようが私が正義だ』ってさ。後はもう逆ギレと正当化のオンパレード。醜いこと恥ずかし気なく撒き散らして…

なんかさ、悲しいし恐えよ。

ヒトって皆、ああなのかな。相手が弱いと見たら…俺もああいう事しちゃうのかな」

 

 

前原が泣きながら呟くその言葉は、この場の全員の胸に突き刺さる。多くの奴は、共感、そして不安によるものだろ。

だが…俺が考えてる事はそれでは無かった。

 

 

「殺せんせー、1つ質問なんですが」

「はい、何でしょうか?」

「今俺が怒るのは…間違いですか?」

 

俺の心は…怒りで満たされていた。

 

 

 

「いいえ、間違っていません。そう感じるのは当たり前だと思います。っていうか…

 

 

 

 

 

先生も既にブチ切れる数秒前です」

 

「うわ!殺せんせー、膨らんでる膨らんでる!」

 

殺せんせーの顔はかなり膨れ上がっていった。今朝のが33パーセントの巨大化なら、今のは50パーセント以上ってとこか。

 

「仕返しです。理不尽な屈辱を受けたのです。力無き者は泣き寝入りをするところなのですが…君達には力がある。気付かれず証拠も残さず標的を仕留める暗殺者の力が。屈辱には屈辱を彼女達をとびっきり恥ずかしい目に遭わせましょう」

 

 

俺は殺せんせーの意見に同感だ。あそこまで前原をボコスコにしたアイツらを、許すこととは出来ない。あいつらを絶対恥ずかしい目に遭わせてやる。

 

 

 

 

 

 

「因みに…作戦は学真くんに立ててもらいます」

 

 

 

…………what?

 

 




学真くんに作戦を考えてもらうことにした殺せんせーの意図とは?

次回 『仕返しの時間』


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第19話 仕返しの時間

作戦は学真くんが考えたという設定ですが、内容は原作と変わっていません。


俺は今、机に向かっている。アイツらに仕返しするための作戦を考えるためだ。何しろ殺せんせーに言われたしな。

ってか…あー!中々思いつかん!こんなのやった事無いし大体嫌がらせの作戦ならカルマ向きだろ!なんで俺に…

っと愚痴を言ってもしょうがない。言われた事はキッチリやろう。そうして俺は殺せんせーから言われたアドバイスを思い出す。

 

『ややこしいのは抜きにしましょう。ちょっとだけ凝らしたものであれば、あのA組の生徒には分かりません。相手の目に届かないこと、つまり盲点を意識するくらいで充分です。あぁ、それから…皆さんの才能を活かせるようにして下さい』

 

えー…とつまり…

 

『作戦をややこしくしない』『相手の死角や盲点を突く』『みんなの才能を活かす』ってところか。そんで『屈辱を与えること』が狙いだから…

 

あ!1つ思いついた。…普通なら無理だけど…奥田さんなら出来そうだ。思いついた後それをどの様に実行するかを考える。…我ながら次から次に思いつくぞ…

だが…こりゃもっと多くの生徒に協力を出さないと行けないな…

 

特に…『アイツ』には絶対協力して貰わないと…

 

俺は携帯電話を取り出し、ある人に電話をかける。

 

 

 

◇矢田視点

 

ハァッ…梅雨ってやだな…学校が終わっても外で遊んだりもできない。家の中でって言っても気が乗らない。

それに…最近私は何かと複雑な気持ちを抱えている。多分気のせいと思いたいけど…

 

《ピロリロリロリロ…ピロリロリロリロ…》

 

…?電話だ。携帯電話を見ると、発信者は出てない。登録されてない人のかな…?

 

「はい、矢田です」

 

 

 

 

 

 

『おう、矢田。俺だよ、学真』

 

!!

 

 

 

「え…ちょ、学真くん⁉︎何で…⁉︎」

『茅野から聞いてな。突然でごめんな』

「あ…いや、良いけど……」

 

…やばい、動揺が隠しきれてない。落ち着け私…

 

 

『実は、お前に頼みたいことがあってな…』

 

 

 

 

10分後

 

 

 

学真くんから大まかな話は聞いた。前原くんが本校舎の人たちに酷いことされて、殺せんせー主体で仕返しを目論んでいるって。そして、学真くんはその作戦を考えていて、その協力として私に電話をかけたらしい。その内容も聞いた。それなら心得てるけど、初めてやることだから自信が無い。

 

『どうだ?突然すぎるが、出来そうか?』

「う…うーん、分からない…でも何で私に…?」

 

その事に興味がある事は認めるけど、私じゃなくても良いんじゃ無いか、と思った。だってその話は、クラス全員で聞いてるし…

 

 

 

『あ〜…色々と考えたんだが…

 

 

 

 

 

こう言うのはお前が1番頼りになりそうだから…かな』

 

……ッ!?!?!?

 

 

『…どうしても無理なら、別の人を探すけど…』

「う…ううん、大丈夫。何とかやって見せるから」

『…そうか、助かる。じゃあ、詳しくは明日な』

「う、うん…じゃあね」

 

 

そこで電話を切る。そして電話を切った瞬間、私はその場で倒れこんだ。

 

 

 

「……ハァッ…どうしちゃったんだろ、私…」

 

…最近、私は学真くんのことを意識しちゃってる。見かけると心が、モヤモヤしちゃう。

そうなった初めは、修学旅行からだ。2日目の夜、売店の前で絡まれた時に、学真くんが男たちを倒した。そういう喧嘩ごとは嫌いだったから、暫くは呆然としてた様な気がするけど、同時に心が締め付けられる感覚がした。

そして、私が弟の話をした時に、学真くんが私を元気付けてくれた。あの時のセリフは、今でもしっかりと覚えてる。

このモヤモヤは何だ、という問題の答えは何となく分かる。だけど、それをハッキリと認めてしまうのが何となく怖い。E組に落ちた私は、理事長が何となく嫌だ。そして、学真くんは理事長の息子…その人にこんな事を思うのは何処か複雑な気がする。

私が彼の全てを理解しているわけじゃ無い事は分かってる。それでも…私はそう簡単に認めることが出来なかった。

 

 

 

◇学真視点

 

何とか了承を得れた。矢田がいれば一先ずは安心だ。

それにしても…矢田の声は歯切れが悪かったな。不思議に思ったがその後直ぐに納得した。忘れていたが、今のE組は殆どが俺を避けている状態だ。瀬尾らに対する怒りと作戦の内容でスッカリ忘れていた。

ってことは…それなりに話せる奴以外には、別の人に協力してもらうしか無いな。頼れるのは渚と…杉野と…あと茅野か…

 

 

ハァッ…先が長い…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、とある喫茶店にアイツらはいた。瀬尾と土屋だ。しかも外の席で座ってる。つーか瀬尾の奴行儀悪すぎんだろ。足投げ出して座んじゃねぇ。どこの社長だテメェは。

そしてソイツらに老人2人が近づいていく。奥の席に座るから足をどけてくれと言う。瀬尾は嫌味を言いながら足をどかせた。その老人は奥の席に座る。

さて、1つ訂正しよう。さっきから老人老人言ってるが、アレは…

 

変装している渚と茅野だ。

 

「パーティ用の変装マスクあったろ?ちょいと改造すりゃあの通り」

 

相変わらずすげぇよな菅谷。あそこまで完成度を高めるとは。俺から見ても全くわかんねぇ。

菅谷が言うことによると、殺せんせーには通じないが、アイツらにはあれで十分だろとのこと。そりゃそうだろ。アイツら、弱そうな奴には興味ないし。

因みに俺らは近くの家の2階からアイツらを見てる。それ大丈夫なのか?と思うかもだが心配ない。矢田と倉橋の接待のお陰で家主さんにあげてもらえた。ビッチ先生から教わってるだけはある。矢田に頼んだ甲斐があったぜ。

さて…今この場には杉野と俺と岡野と前原以外に、磯貝、千葉、速水、奥田さん、菅谷がいる。家主さんと話している矢田と倉橋を含めれば7人集まってくれた。渚や杉野や茅野のおかげだな。

 

「ヌルフフフフ、学真くんが考えてくれた作戦は本当に素晴らしいものです。さぁ皆さん、始めましょう。奥田さん、例の弾は?」

「あ、はい。急いで調合しました。BB弾の形にするのに苦労しましたけど…」

 

奥田さんが黒い球型の物…丸薬を取り出した。効果は俺が頼んだ通りになってるらしい。しかも、それは銃で発砲できるようになってる。それを、千葉と速水が銃に入れた。取り敢えず、コッチの準備は万全だ。

 

「なぁ、良いのか?浅野。オレは…お前を遠ざけてきたんだぜ?」

 

…?突然前原が不思議そうに聞いてくる。なんで遠ざけてきた前原の為にこんな事するかだって?そりゃあ決まってんだろ。

 

「遠ざけてきた云々は関係ねぇよ。あの女がやった事はタダのクズ行為だ。自分より格下だと勝手に決めつけかかって逆ギレと正当化のオンパレード。

オレはそれが1番嫌いなんだよ。そうやって人を平気で傷つけれる奴がな」

 

土屋とか言ったっけな。あのタイプは俺の中で最悪の部類だ。まして、間違ってる事を『その人のためにやってるんだ』とかで正当化する奴はもっと嫌いだ。

 

 

「まぁ、1番の理由はそうだな…あそこまでクラスメイトをバカにしたのが、結構腹立つからだ」

 

 

それを抜きにしても…前原をあそこまでコケにしやがるんだ。それぐらいの事やられておいて黙っていられるか、て話だ。

 

 

「………………………………」

 

 

 

 

…?その場の全員が俺を見て呆然としてやがる。いや別に呆然とするのはいいが、いい加減動かねぇと作戦が始まらねぇぜ。

 

 

「何ぼけっとしてやがる。やる事あんだろ?早くしようぜ。アイツらが店を出る前に」

「…おう、そうだな」

 

いよいよ始まる仕返し戦。この後アイツらがどうなるか、てのを想像して興奮してた。

 

 

 

 

◇三人称視点

 

 

渚の携帯にラインが届く。連絡係の杉野からだ。

 

『準備完了。タイミングはそっちに合わせる』

 

どうやら準備が整ったようだ。アイコンタクトで茅野に合図を出す。

 

「あなた、ここら辺にトイレはあったかしら。100メートル先のコンビニにはあると思うけど」

「おいおいここで借りれば良いじゃろうが、席は外でもこの店の客なんじゃから」

「そうでした。それでは借りてきますよ、と」

 

見事に老人を演じ、茅野は店の中に入る。

 

「やだボケかけ。あぁはなりたくは無いわよね、私たち」

 

茅野(老人)が店の中に入る所を見て陰口を言う。

 

《ガチャン!》

「あ、しまっ…」

 

渚(老人)がサラダを落とす。金属が落ちる音はかなり大きく、瀬尾らはその方向に向く。その視線がコーヒーから外れる事が目的だった。

 

《ドキュン!ドキュン!》

 

千葉と速水が、家の二階の窓からコーヒーに向かって、先ほど奥田からもらった丸薬を狙撃する。見事的中したようで、コーヒーの中に入った。

 

「お、流石だな」

「マッハ20に比べればチョロいね」

 

窓の外から学真は感心したように言う。対して千葉や速水は平然としている。それだけ余裕という事か…

 

「良い加減にしてよさっきから!」

「ガチャガチャうるせーんだよボケ老人!」

 

土屋と瀬尾が渚(老人)に向かって怒鳴る。当然、コーヒーに異物が入ってた事は知らない。

 

「っとと、すいませんのぉ。連れがトイレから帰ったら店出ますんで」

 

片付けながら謝る渚(老人)。そして悪態を吐きながら瀬尾と土屋はコーヒーを飲んだ。

 

《グギュルルルル…》

 

「え…あ、あれ…⁉︎お腹が急に…」

「…⁉︎お前…この店味大丈夫か⁉︎」

「ば…バカ言わないでよ!私の行きつけの店に!」

 

急にお腹が痛くなり、腹を抑える。原因は先ほど入れた黒い丸薬だ。

 

「マグネシウムを主成分として調合しました。市販薬の数倍の刺激を大腸に与えます。すなわち強力下剤。『ビクトリアフォール』と名付けました」

「「……………」」

 

楽しそうに語る奥田を見て、杉野と学真は恐ろしく感じた。

 

「ちょっ…トイレ!」

「あ、ズルい!私が先!」

 

瀬尾と土屋はトイレに向かう。だが…

 

「なんでトイレが空いてないの⁉︎」

「あ、さっきのババァ!」

 

トイレは茅野が使っている(折り紙をして時間つぶしをしてる)ため、空いてなかった。

 

「店長!他のトイレは無いの⁉︎」

「う…ウチはそこ1つだけで…後は近所に」

 

この喫茶店にはトイレがもう無い。そうなると近くのトイレを使うしか無い。その時、茅野(老人)が『100メートル先にコンビニがある』と言ってたのを思い出す。

 

それを思い出したあと、2人揃って外に出た。

 

「なに一緒に来てんのよ!あんた男なんだからそこらでしなさいよ!」

「出来るか!」

 

文句を言い合いながら2人はコンビニに向かって走る。下していく腹を抑えながら何十メートルか走った。すると…

 

 

《ピシッ…バチャ!!》

 

「ぎゃっ!!」

 

2人の頭に木の枝が落ちてきた。雨の中なので水を多く含んでおり、2人は直ぐにズブ濡れになった。

 

「ひっどい!何これズブ濡れ…ひゃあ!毛虫!?」

「誰だ!こんな…てやば、そんな事よりトイレだ」

 

体がびしょ濡れになり、見るに堪えない姿で2人はそのままトイレに向かった。

 

「はは、状況を把握する余裕も無いだろうね」

「ありがとね〜邪魔な木を切ってくれて。それにしても君たち身軽だねぇ」

「あ、いえいえ。待ち伏…木登りの練習をしてるので」

 

実は、磯貝と前原と岡野が、近所の家に植えてある木の枝を切り落としたのだ。その切り落とした枝が瀬尾たちの頭に落ちてきたのである。

 

 

 

◇学真視点

 

「ま、少しはスッキリしましたかねぇ。汚れた姿で大慌てでトイレに駆け込む。彼らにはずいぶんな屈辱でしょう」

 

作戦が見事成功で終わった。この後何も知らないアイツらは冷静になった時かなり恥ずかしい思いをするだろう。清々したぜ。

 

「えっと…ありがとな。ここまで大きな話にしてくれて」

 

礼を言うも何処か複雑そうにしている。その羞恥心は作戦を立てた俺のせいだ。だが俺は謝らない。

 

「それにしても学真くん、あのような作戦をよく見事に立てれましたね。中々のものでした」

「…まぁな、それぞれに何ができて、どこが優れてるのか把握してたし。ま、E組じゃなきゃこんな事はしねぇだろうがよ」

「ヌルフフフ、学真くんは本当にクラスメイトを理解してますね」

 

どこか楽しそうに話し、殺せんせーは前原に向く。

 

「どうですか前原くん。自分はまだ弱い者いじめを平気でする人間だと思いますか?」

「…いや、今のみんなを見たらそんな事出来ないや。お前ら一見何も強そうに見えないけどさ…皆どこか頼れる武器を持っていて、そこには俺にも持ってない武器も沢山あって…そして学真みたいに、それを理解してるから、皆と一緒にとんでもない行動を考えることが出来る」

 

…成る程ね。それで俺に作戦を立てたわけだ。皆の隠れた強さを知る事の重要性を、前原に教える為に。

 

「その通り、強い弱いは一目見ただけじゃ測れない。それを知った君は、この先弱者を蔑む事は無いでしょう」

「…うん、そう思うよ殺せんせー」

 

前原の目から曇りが消えた。吹っ切れた感じだな。これで、一件落着ってとこか。

 

 

 

「あ、やばっ。俺これから他校の女子とメシ食いに行かねーと、じゃあ皆ありがとなまた明日!!」

 

なんでや!また懲りずに女とデートかい!

 

 

 

 

 

 

 

翌日、また学校が始まる。今日もまた、とんでもない日常が始まるんだよな。それを待ち切れない俺がいる。

 

「おはよう、学真」

「おお、岡野か。おはよう」

 

とは言っても友人関係は渚とかぐらいしかまだ築けてないしな。あの暗殺教室に馴染めるのはいつになるのやら…

 

 

…………………あれ?

 

 

「へ?岡野、お前俺に挨拶したのか?」

「何言ってんの?返したじゃん」

「…いや咄嗟だから返したけど…今までそんな明るく挨拶したっけ?」

「失礼ね。………まぁ、理事長の息子ってところで避けてたけど、そうやって避け続けるのが馬鹿みたいに思ってさ」

「…嬉しいけど、何でだ?」

「決まってんじゃん、昨日の事だよ。前原が虐められてた事に腹たってるって言ったでしょ?」

 

…それだけ?

いや、別に岡野が親しくしてくれる事が嫌ってわけじゃねぇぞ。ただ、そうなった理由が『クラスメイトを傷つけられた事で怒ったから』ってのは意外な気がする。だって…当たり前のことだろ?

俺が呆然としていたからだろう。岡野は俺が何を思ったのか察したようだ。

 

「…それだけで良いの。今まで私は、あんたを得体の知れない何かと思ってた。理事長の息子だから…私たちを落ちこぼれにした人間の息子だから不気味に思ってたの。

でも、昨日のアレでハッキリと分かった。『何だ、私たちと同じ人間じゃない』って。私たちと一緒に笑ったり、心配してくれたり、怒ってくれたり。だからもう決めたの。もう変な理由で避けたりはしないって」

 

……ヤベェ、感動した。あの何気ない言葉が、警戒心を解いてくれたとか、嬉しすぎる。全私が泣いた。

 

「そうか…良かったよ。お前がそう思ってくれて」

「…私だけじゃないよ?」

「……へ?」

 

岡野が何やら不思議な事を言うと、扉を開けた。すると…

 

「あ、おっは〜学真くん」

「おはよう、学真」

「…おはよう」

「よう、学真」

 

すると倉橋、千葉、速水、菅谷がおれに挨拶してくる。…まさか…

 

「よ、元気だな。学真」

「前原…」

「昨日はありがとな。お陰で色々と楽になったわ」

「…いや、そんな事は」

「あるんだよ!もうちょっと堂々としてくれよ!俺が感謝しずれぇじゃねぇか」

 

前原が俺に肩組んでくれてる。

 

「へ〜…聞いたけどとんでもない事やったらしいね」

「…輝く友情ね」

「良いじゃないか、僕らの為に怒ってくれるなんて」

「ほんと、凄く嬉しくなるね」

 

中村…不破…竹林…原…

 

何だよ…昨日までの嫌な感じが…無くなってんじゃねぇか。もう既に…昨日まであった距離感は殆ど無くなっていた。

 

「学真くん」

「…矢田?」

「そういえばさ、この前はありがとね」

「…?何のことだ?」

「ほら、宿の件だよ。あの時はお礼を言ってなかったなーって思ってさ」

「…あぁ、あれか。まぁどういたしまして…か」

「うん」

 

…矢田も話しかけてくれた。

 

 

そうだよな。人と話せるってのは…こんなに嬉しいもんだよな。

 

 

「学真」

「磯貝…?」

「既に自己紹介が終わって何ヶ月か経つけどさ。もう一度、改めて言ってくれないか。今度は、仲間として」

 

……長くかかったような気もする。だけど、此処に始めて来たのが、つい昨日のようにも思える。そして、短いような長いような月日を超えて…

 

 

「浅野 学真。瞬間記憶能力を持っている。趣味はカードゲームだ。未だ慣れてないが、それでも皆と一緒に殺せんせーを殺せるように頑張りたい。

 

この1年、よろしくな」

 

 

漸く、この教室の一員になれたような気がする。

 

 

 

 

 

◇三人称視点

 

「なんか…知らない間に溶け込んだわね、学真」

 

窓から教室の様子を見てるイリーナと殺せんせー、教室の中ではクラスに明るく話しかけている学真がいた。

 

「友情とは、いつの間にか出来るパターンが多いです。自分の何気ない行動や言葉によって、人に感銘を与え、いつの間にか友達になっている。だから、友達は面白いのです。

学真くんは記憶力も優れてますが、同時に周りの人間たちをよく見てる。そして、その人に何が出来るのか、どのように行動出来るのかを考えれる。当に理想の参謀でしょう。

彼がE組に溶け込んだ事でこの教室はもっと強くなります」

 

学真が溶け込んだ事に喜びと期待を感じ、殺せんせーは楽しそうな顔になっていた。

 

 

「それにしても…とんでもない事したわね。ずぶ濡れにさせてトイレに行かせるなんて…」

「ヌルフフフ、何をしようがバレなきゃ良いんです」

 

悪戯っぽい顔になる。どっからどう見ても犯罪者顔だ。

 

 

 

 

 

 

 

「ほう、大した論拠だな」

 

その後ろから恐ろしい声がかけられる。その声に、殺せんせーは体を仰け反ってしまう。

 

 

 

 

「にゅやッ!!?烏間先生…⁉︎」

「その話…もう少し詳しく話してくれないか?」

 

 

 

 

その後、昨日の計画に加担していた者らは指導室で烏間から説教を受けるのであった。

 




ようやく学真くんがクラスに溶け込みました〜…長かった…
殺せんせーはコレを狙って学真くんに作戦を立ててもらったんですね。
さぁ、次回はあの人の出番です。



次回 『ビッチの時間』


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第20話 ビッチの時間

英語の部分を如何しようかと思った時…
『どうせなら英文も載せちゃおう』
と考えた。

てな訳で今回英語とその上に日本語が載ってます。ミスってたら指摘お願いします。


The boy was very active(あの男かなり積極的だったわ).」

Really?(マジで?) I thought he is negative(アイツヘタレと思ってた).」

Yeah(そうよ). He always talks me(あいつシツコイのなんのって). I will be nervous(もういやになるわ).」

 

凄い生々しい会話が流れてきて申し訳ない。今ビッチ先生の英会話の授業中なんだわ。

 

「わかるでしょ?難しい表現なんて出てないわ。日常会話なんて実は単純。日本にもいるでしょ?『マジスゲェ』『マジヤベェ』だけで会話を成立させるやつ。その『マジ』に当たるのがご存知『Really』。木村、発音しなさい」

「り…リアリー」

「はいダメ。LとRがゴチャゴチャよ。LとRは日本人にとって相性が悪いの。私としては通じるけど違和感あるわ」

 

木村 正義

E組の中で1番の俊足持ち。多分あいつが1番早い。後…読み方は『きむら じゃすてぃす』らしい。いやだから『まさよし』と呼べと言われた。

 

「相性が悪いものとは逃げずに克服する。これから先発音はシッカリチェックするから。LとRを間違えたら、公開ディープキスの刑よ」

 

…流石ビッチ。

 

 

 

 

ビッチ先生の話は烏間先生から詳しく聞いた。なんでも、世界の中でもトップに立つハニートラップの達人なんだと。そんで、殺せんせーを殺すために雇ったが失敗。見事に手入れされたそうだ。

そんで次の機会を逃さないようこうして教師として活動中とのこと。ただ…ハニートラップが専門なら基本騙し討ちで勝負を仕掛ける、て事だろ?そういうのは1度バレてしまうと今後が難しくなる可能性がある。上の奴が替え玉を出すかもしれない。

 

「それじゃ、三村。言ってみなさい」

 

三村 航輝

割と地味めの顔で映像編集が得意。将来そういう職業に就きたいとの事。あと…校舎裏でコッソリエアギターしていたのは…まぁ黙っとくか。

 

「り…Really」

「…まぁまぁね」

 

どうやら上手くいったらしい。良かったな。

 

 

 

「それじゃ、ご褒美のディープキスね」

「……へ?」

 

なんで⁉︎間違えたらじゃ無かったの⁉︎当たったらディープキス確定⁉︎

 

「さ、喜んで受けなさい」

「ちょ…む…ぐ……」

 

…卑猥な水音が暫く鳴り響く。止めろ、こんな英語の授業があってたまるか。

 

 

「…ぶあ…は…」

40HIT!EXELENT!

《バタッ》チーーン

 

三村ァァァァァァァァ!!!

 

 

 

 

 

次の時間、体育だ。柱の上に立ってナイフを当てる練習。烏間先生曰く、バランス感覚の訓練だそうで、体幹がある程度出来ると激しい戦闘でバランスを崩しにくくなるとの事。とまぁ一生懸命やってるはいいが…

 

「烏間先生…あれ…」

「気にするな。特訓を続けてくれ」

 

倉橋がある一点を指差す。まぁ、俺も気になってたしな…その先には…

 

 

ビッチ先生と殺せんせー、そして…すげぇ怖い男がコッチを見ていた。

 

 

 

 

 

今朝俺が思ってた事はほとんど的を得ていたようだ。あのすげぇ怖い顔の男はロヴロ、通称『殺し屋屋』。現役の頃はかなりの実績を残しているが現在は引退。若手の暗殺者の育成をしている男らしい。

で、ビッチ先生をこの学校に送ったのもあの人だ。だがいつまで経っても成果を上げないビッチ先生に痺れを切らしこの仕事から手を引けとの事。

ビッチ先生がこの学校から居なくなる。それはビッチ先生にとっては嫌らしい。そこで、殺せんせーがビッチ先生を残すか残さないかでゲームを提案。

内容は簡単、烏間先生を殺す事。あ、もちろんリアルでじゃねぇぞ。対せんせーナイフで当てた人の勝利ってルール。アレで人は殺せないから、所謂模擬暗殺との事だ。

ビッチ先生が勝てばこの学校に残し、ロヴロさんが勝てばビッチ先生はこの学校から居なくなる。だから今烏間先生を狙っているという事らしい。

 

 

「…という事だ。迷惑な話だが君たちに影響は与えさせない。いつも通り暮らしてくれ」

 

苦労が絶えないな、烏間先生。ああいう人って面倒ごとをしょっちゅう押し付けられてると思われる。

 

 

 

 

 

 

「烏間先生〜♡」

 

……?ビッチ先生?

 

「お疲れ様でした〜♡ハイ♡冷たい飲み物♡」

 

 

…………

 

「ホラホラ、飲んじゃってグイーッと。冷たくて美味しいわよ〜」

 

なんか入ってる。絶対なんか入ってる。100%…200%なんか入ってる。

 

「おおかた弛緩剤か。動けなくして殺そうという腹だな。言っとくが、それを受け取る間合いまで近づかないぞ」

 

「………!じゃ、じゃあ、ココに置いとくから…きゃあ!…いったーいコケた〜カラスマおんぶ〜」

「…やってられるか」ザッザッザッ…

 

そりゃどっか行くだろ。俺でもそうするわ。

 

「…!仕方ないでしょ!身内に色仕掛けなんてどうやっても不自然になるわ!キャバ嬢も客がたまたま父親だったらぎこちなくなるでしょ!」

 

知らねーよ。

 

 

 

 

 

 

ビッチ先生の暗殺計画(笑)が見事失敗した後、俺らは教室に戻る。因みに俺はトイレに向かっている。だって行きたくなるもん。

 

「どうです?偶には狙われる側でも楽しいでしょう」

「バカバカしい」

 

お…どうやら殺せんせーと烏間先生が来たようだ。話題はあのゲームの事だろうな。

 

「因みに、俺が2人を躱せばどうなるんだ?ちゃんとした見返りが無ければ真面目にやらんぞ」

 

あ…確かに。どっちも成功せず、て可能性も充分ある。まして、烏間先生だしな。

 

「…そうですねぇ。では、その時はあなたにチャンスをあげましょう」

「……チャンス?」

「あなたの目のまえで1秒間、何があっても動きません。暗殺し放題です。但しこの事は2人には内緒で。バレて手を抜かれては台無しですので」

 

 

……それって結構デカくね?1秒間は俺にとっちゃあナイフが一回当てれるくらいだが…烏間先生なら5回は当てれるぞ?

 

「…いいだろう」

 

 

 

 

 

 

 

昼休み。俺は外から職員室を見ている。だって勝負の行く末が分かんないし。

因みにこの勝負だが…どう見たってビッチ先生が不利だ。ビッチ先生の得意技は色気を用いた騙し討ちだ。で恐らく烏間先生はそれが一番効かないタイプだ。あの人ならそれを全部躱す気がする。

もし、あの人を殺すやり方があるならば…

 

 

 

《ガラッ!》

 

あのロヴロさんみたいに正面から襲いかかる…へ⁈

 

 

《ダダダダダ!!》

 

すげぇ、何の迷いもなく烏間先生に近づく。焦って烏間先生は立とうとするが、椅子の背後の床に少しだけの細工がされてある。その程度で稼げる隙はほんの一瞬。その一瞬が命取り

 

 

 

 

 

っと、ロヴロさんは思ってんだろうな…

 

 

 

《ダン!ビュオ!!》

 

ロヴロさんの腕を机に叩きつける。その拍子でナイフが転がり落ちた。そのままロヴロさんの頭部目掛けて脚を振り…直前で止めた。

ロヴロさんは間違ってない。大抵の強者ならアレで混乱してナイフが当たるかもしれない。だが、烏間先生はケタ違いだ。あの程度で動揺しないのは、既に実践済みだ。

 

「年老いて引退した殺し屋が、つい先日まで精鋭部隊に属してた俺を、いとも容易く殺せると思ったものだな」

 

あの人は充分バケモノだ。アレを殺すんだったら、それ相応の力を身につけて挑まないといけない。じゃ無ければ返り討ちに遭うのが目に見えるからな。

烏間先生はビッチ先生…の後ろの殺せんせーにナイフを突きつける。

 

「分かってるだろうな。もし明日、殺れなかったら…」

「「ヒィィ〜〜〜!」」

 

さっき『可能性ある』って言ったが…そんなレベルじゃねぇ。こりゃマジで殺せんせー殺されるかもな…

 

「…何であんたビビってんの?」

「負けないで!イリーナ先生頑張って」

 

ビッチ先生もロヴロさんも知らないが、この決闘が誰も予想しない所に行きそうな気がするな。

加えて悲劇がさらに1つ

 

「力量を見誤った上にこの始末…年は取りたくないものだ」

 

先程でロヴロさんは腕を損傷したそうだ。ものすげぇ腫れてる。

 

「これでは…今日中にあの男は殺せないな」

「にゅや!そんな!諦めないで!まだまだチャンスはありますよ!」

 

…殺せんせー必死だな。だが、無理だろ。ロヴロさんがプロなら尚更だ。

 

「例えば殺せんせー、こんだけ密着しても俺ではお前を殺せない。それは経験から分かるものだ。そして、無理な暗殺は仕掛けないこと、これは暗殺において必須だ。それはイリーナについても同じこと。とにかくこの勝負は引き分けだな」

 

諦める。

人によってはビビりと思うだろうが、生き延びるためには必要なことだ。死ぬと分かっていながら挑むのは逃げるより愚かなこと。どっかの悪役が言ってそうだが事実でもあるだろう。

 

「そうですか。あなたが諦めたのは分かりました。ですが、彼女を最後まで見てください。経験が有ろうが無かろうが、結局は殺せた者が勝ちなんですから」

 

だが、殺せんせーは決闘を続行させる事を促す。殺せんせーが言ってることも確かだろうが…何か策があるんだろうか…?

 

 

 

 

 

 

 

教室に戻り、机に着いてパンを食べる。

 

「学真、どこ行ってたんだよ」

「例の対決を見にな」

「あ〜成る程な」

「…やっぱりロヴロさんが有利かな?」

「いや、そうでは無さそうだ。てゆーか殺せんせーがピンチだ」

「「……?」」

 

杉野と渚が俺にどこ行ったかを聞いた。見るからに最後の意味が分からなかったようだが、まぁ別にいいだろ。分かったからってどうにでもなるものではないし。

 

 

「あ!見て!」

 

…矢田が教室の外を見て声をかける。見ると…外で座っている烏間先生にビッチ先生が近づいていってる。そうか…仕掛ける気か…

遠くにいるから、声は聞こえないが…ビッチ先生は上着を脱ぎ始めた。また色仕掛け…?いや、いくら何でも通じないと分かってる技を何度も使うほどビッチ先生はバカじゃない。その程度なら殺し屋なんて長く続けられない。

じゃあ一体何が…

烏間先生が座り込んでいる木を逆方向から近寄る。当然烏間先生はビッチ先生のいる方を警戒する。

 

だがその時、先ほどビッチ先生が脱いだ上着が1人でに動き、烏間先生の脚を捕らえた。

 

そうか…ワイヤートラップか。服に仕込まれているワイヤーで脚を引っ掛ける。そのカモフラージュとしてあの色仕掛けを仕込んだと言うことか。

 

倒れる烏間先生の上に跨った。所謂マウントポジションだ。そのままナイフを当てようとする。だが寸前のところで烏間先生に止められてしまう。流石烏間先生、一筋縄では行かないな。さて…どうなるか…

 

 

 

「…………?」

「…!………!……」

 

 

…分かるぞ。今までの傾向から行くと絶対こうだ。

『やりたいの…ダメ?』

『…!殺させろと縋り付く殺し屋がいるか!諦めの悪い…』

 

「あり得るね、それ…」

 

 

だが突如、烏間先生がビッチ先生の手を離す。それによりナイフが烏間先生の腹に当たる。ってことは…ビッチ先生の勝利か…

そう言えば…ビッチ先生は良く裏庭であのワイヤートラップの練習をしてたな。元々得意ではない技を極めるために何度も練習して…

 

『相性の悪いものは逃げずに克服する』

 

成る程…それがあんたの流儀と言うことか。

 

 

 

 

 

 

 

克服…か……

 

 

 

久しぶりに行ってみるか。あの道場に。

 

 

 

 

 

◇ロヴロ視点

 

椚ヶ丘中学校から離れていく。元々山の中にある学校だから、山を降りていくという事だ。

元々此処にはイリーナを回収しに来たようなものだ。これ以上あいつには任せられんと思ったからな。だがターゲットである殺せんせーからゲームを提供され、俺は弟子に負けた。

あのタコから渡されたバックには、ボロボロのロープとレインコートが数枚ある。俺ぐらいになるとアレでどれだけの苦労をしたかが大体分かる。タコの言う通り、あのバカみたいな克服の繰り返しは暗殺教室の生徒らに良い刺激となっている。勝負も負けたので、文句はない。あいつはこのまま学校に残ってもらう事になった。

こうなった以上後は賭けるしかない。あの暗殺教室の生徒と次に送られる転校暗殺者2人と、イリーナに…

 

 

「気難しい顔をしているな。弟子にでも一杯食らわされたか?見てると憂鬱になりそうだぞ。その顔は」

 

 

山奥から俺に向かって声をかけられる。そのぎこちないような言い草は、覚えがある。

 

 

 

「誰かと思えば裕翔か。久しいな」

 

黒崎 裕翔。俺がある『仕事』の時に関わった人物だ。その時は英語で喋ってたな。

 

 

 

「…驚いた。まさかあんたが『久しい』と言うとは…」

「俺でもたわいの無い話くらいはするさ。家族は元気か?」

「…あんたのお陰で元気だ。弟も妹も学校に行ってる」

「そうか、それで以前話した件は?」

 

軽い近況を聞いて、本題に移る。元々コイツはそれなりの才能があった。少しばかりの訓練と助言をすると、呑み込みが早く、かなりの成長を見せた。

 

 

「…既に伝わってるだろう。俺は本校舎に居ないといけない。だから俺の代わりがあの教室に行くと」

 

 

それは聞いた通りだ。コイツに殺せんせーの情報を与え、転入生としてあの教室に入るのは如何だろうかと聞いた事がある。だが学校の都合でそれは出来ないと言われた。それが、あの腕章か…

 

「ほう、風紀委員長か。君らしい職種だ」

「機能して無いようなものだ。一応やっているがな」

 

風紀委員…か。秩序を正す委員会と聞いた。成る程、この男らしいな。

それで、コイツが無理だから代わりを用意した。それが、3人目の暗殺者。

 

「お前はそれで満足か?お前の家の状況からすれば…」

「その話は無しだ。それよりも…聞きたい事がある」

「ふっ…また新たな『仕事』か…」

 

 

俺は裕翔からの1つの質問に答えた。

 

 

 

 

 

 

◇三人称視点

 

本校舎にて

「おい、あの甲冑は一体何だ」

「万が一の1秒間のための備えをと…」

 

 

殺せんせーは相変わらずだった。

 




書いてて思った事
『学真くんの出番が少ねぇ…』

後新情報です。
黒崎くんはロヴロさんと知り合いです。実を言うと殺せんせーの件はロヴロさんから聞いたんですね。そして3人目の暗殺者について若干触れてます。

次回、『道場の時間』


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第21話 道場の時間

長く掛かってしまった…申し訳ないです。
さて、今回から2回かけてオリ回になります。


今日は日曜日。俺は出発の支度を終え、ある場所に向かっていた。ビッチ先生のあの暗殺を見て、これからの暗殺の為に色々とスキルアップが不可欠だと思われるからな。

因みに今俺は道着姿だ。行く場所が道場だしな。かつてお世話になったが、辞めて何ヶ月くらい経つんだろうな。

まぁ取り敢えず、今後の為にも行っとこうと思い、向かっているというわけだ。

 

 

 

 

 

「変わってねぇな、ココも」

 

少し歩いた所にデカデカと武道館がある。住宅地とは少し離れていて、少しサビつき始めてる。何年もある訳だし当然だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁ…

 

 

 

看板に『雑食魂』ってデカデカと書いてある所以外は普通の武道館だ。

 

 

 

さて、正面の扉から中に入る。なぜか知らないけどかなり重いから開けるのに苦労する。木造建築なのに何で扉は鉄製なんだよ…

 

「お、来たね学真くん」

 

中に入ると爽やか系の男が声をかけてきた。

こいつの名は多川(たがわ) 秀人(ひでと)、俺とタメで恐らくこの道場では1番強い奴だ。

 

「それにしても驚いたよ。突然此処に再び通いたいと言った時は。あの時以来、お前が此処に来る事は無いと思ってた」

「ハハッまぁ…色々とあるんだよコッチも」

「そうか、まぁ立ち話も何だ。中に入ろうか」

「おう」

 

仕事もスムーズで心情厚く、深くまで聞こうとしない。こういう所は磯貝に似ているかもしれない。

中に入るとかなり賑わっていた。各自が自主練に励んでいて、活気溢れる空気がする。ま、此処じゃ当たり前かもしれないがな。

 

 

 

 

 

「誠ォ!ボウっと突っ立ってんじゃねぇ!」

 

あ…この声は…

 

 

 

 

「気持ちから既に負けとんじゃろうがコラァァ!!」

 

 

 

 

 

…1人の男((まこと)って言ったか?)に怒声を飛ばす老人が1人。後ろだけ白髪が生えておりそこ以外は…察してくれ。

 

「…まだいんのか、元気だなあの人。もう70超えてただろ?」

「そうだねぇ…先週75になったかな?」

「な…75!?相変わらず衰えを感じねぇなあの人」

 

さて…そろそろ紹介しておこう。

あの老人の名前は八幡(やはた) 彭槇(ほうしん)。さっき言った通りもう70超えたジイさんだ。わかると思うがかなり厳しめの師範で、ああやって側から門下生を監視しており、至らない所があれば大声で叫ぶ。75なのにあんな大声出せるかよ。

ああやって常に監視していると意識させているから、門下生は物凄い勢いで上達していく。そのせいか、かなりの実績を叩き出しており、周りからは強者を生み出す道場として広まっている。

当然そのような指導について来るような人も少ない。入って早々止める奴が多く、残ってる奴はかなり稀だ。親父が5%を落とすだけ落として残り95%を上げる教育者なら、この人は優れた5%を洗い出して極めるタイプの指導者だ。

因みに此処は武術なら何でも行える。剣術、柔術、槍術、弓術、砲術と言った古武道は勿論、少林寺を含んだ拳法も出来る。何でも貪欲に取り入れるから『雑食』と言うわけだ。…普通に見て道場とは思えんだろうが…

 

「…ぬ?」

 

あ、コッチに気づいた。そして八幡さんはコッチに近づいてくる。

 

「聞いてた通り来たな学真。最初聞いた時は何の冗談かと思ったが…」

 

…ウゲェ…この人に真正面から話されるのはかなり胃が痛い…

 

「分かってると思うがここは生半端な覚悟じゃついては来れん」

「…押忍」

「昔のように辞めてしまっては困る。今のお前は、昔のお前とは違うと証明できるか?」

 

…いきなり第一難関だ。それは、この人の『問いかけ』。この人は俺の覚悟を見計らう。もし此処でヘタなことを言えば、『超拳骨』が飛んでくる。

 

「…言えます。昔の自分は、強さの必要性を感じずに取り組み、自分の弱さに怯えて此処を去ってしまいました。

 

ですが、それはもう2度としません。

 

今の自分には、今以上の力が必要で、何より強さが必要です。その為に此処にきました。お願いします。俺を…強くしてください」

 

誠心誠意、真剣に語る。怯んでは行けない。この人には、真っ向から言わないと伝わらない。

 

「……どうやら、その目に曇りはねぇな」

 

…!それって…

 

「良いだろう、存分に鍛えてやる。弱音も吐かせねぇからな。覚悟しろよ」

「…!押忍!」

 

 

 

 

 

そんな訳で俺はこの道場の特訓に付き合う事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、師範に認められ晴れて練習に入った…は良いけど」

「ゲホッゲホ!ハァッ…ハァッ…し、死ぬ…」

「あっという間にダウンとは…情けないねこりゃ」

 

う…ウルセェ…鬼レベル高すぎだろあのジジィ。

とは言ったものの…多川はそんなに乱れてない。寧ろ平然としてる。…キツそうにしてんのは俺だけですかそうですか。こりゃ…体力アップに励む毎日だな暫くは。

 

 

「それにしても…ホントに一体どうしたんだい?師範はアッサリと納得してたけど、急に猛特訓するなんて普通は無いよ。何かあるの?」

 

うっ…それを聞いてくるか。どうする?あのタコは存在自体が国家機密だ。決して外に漏らすなと言われてる。

とは言ってもなぁ…いろいろと鋭いコイツの事だ。何げにウソを見抜いたりするから嫌なんだよ。悟り妖怪か、ってレベルで。

どう言おうか…

 

 

 

 

 

「…今俺の学校で、デッカい事やってんだ」

「デッカい事?制作か何か?」

「そんなとこだ。クラス全員で一致団結してそれを卒業までに達成する、てのが重大課題だ。その為には…色々と力が必要になる。だから、此処に来たんだよ。もっと力をつける為に」

 

 

頭を使える限り使って説明する。深くは話してないが嘘もついてないだろ。…どうだ?

 

 

「…へぇ〜…とんでも無い事やってんだ、お前らのとこ」

 

…ふぅ…何とか納得してもらったようだ。

 

「椚ヶ丘…だっけ?やっぱ名門校なだけあるな」

「まぁ…そうか?」

 

そいやそうだな。周りから見ると椚ヶ丘中学校は突出した名門校にしか見えねぇだろうな。あり得ないほどの進学率がある。側から見れば夢のような学校に見えるだろう。

実際は違う。それを可能にしている1番の要因はあのE組制度だ。あれがあるから、恐ろしい程の進学率を出せるんだ。…此処で愚痴ろうとはしないがな。

 

 

 

 

 

 

「…あれ?そういや椚ヶ丘中学と言えば、アイツも居るんじゃないか?」

 

「アイツ…?」

 

 

「えーと…

 

 

 

 

 

 

 

黒崎って男」

 

 

 

………ッ!!

 

「な…黒崎だと…⁉︎」

「やっぱり知ってんのか!暫く見てないからなぁ…」

 

ウソだろ…コイツ、黒崎の事を知ってんのか…⁉︎

 

「お前…何で黒崎を…」

「あぁ、一時期此処に通ってたんだ。アレは…正真正銘のバケモノだね。アイツがもし通い続けてたら、俺の立つ位置も無くなってたよ」

 

黒崎もこの道場に…⁈まさか…

 

「…八幡さんは何処に…⁉︎」

「ん?休憩中は…外でタバコでも吸ってるかな?」

「ちょっと悪りぃ、話してくる」

「あ、ちょっと!」

 

 

多川が呼び止めようとするが俺は構わず外に向かった。ひょっとすると…あの人ならアイツの事を詳しく知ってるかもしれねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「オラ〜こんな村イヤだ〜♪オラこんな村イヤだ〜♪東京へ〜出る〜だ〜♪

東京へ出た〜なら〜♪銭コアためて「八幡さんンンンン!!」ヌオオオ!!!?」

「ちょっと話したい事が…」

 

 

 

 

 

《ドッゴォォォォォン!!》

 

 

 

「話したいもクソもあるか!急に後ろに現れて大声で叫びやがって!心臓が縮むだろうが!」

「す…すみません」

 

八幡さんに聞こうとしたら拳骨を食らった。ビックリさせ過ぎたようだ。そう言うのが苦手なのか?…にしても頭が痛い。

 

「…それで?一体何だ」

 

ちょいと不機嫌そうにして尋ねてきた。…悪かったから機嫌損ねないでくれよ…

 

「…黒崎 裕翔が、此処に通ってたんですよね」

「…あぁ、アイツか」

 

…やっぱり知ってた。じゃあ…

 

「ちょっと話してくれませんか?黒崎がどういう人物で、どのような事があったのかを…」

 

黒崎の正体は、結構前から疑問に思ってた事なんだ。もし、八幡さんが黒崎の相手をしていたなら…何か新しい事が分かるかもしれない。

 

 

 

 

 

「黒崎について話してくれと言われても、俺は詳しくはしらねぇよ」

 

…それもそうか。何を期待してんだ俺。何でもかんでも知ってる人なんている訳ないのに…

 

「ただ、ひとつだけ分かってる事がある」

 

…?いったい何を…

 

 

 

 

 

「アイツは、両親を3月に失っている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇三人称視点

 

椚ヶ丘の裏町、その暗さの所為なのか、不良の溜まり場となっている。

大きな声で響く笑い声。側に人がいれば、思わず耳を防ぎたくなるほど不快な音だった。

 

「どうだお前ら!昨日の稼ぎは」

「ガッツリ稼いだぜ!何たって20万も貰ったんだからなァ!」

「昨日のジジィは相当金持ちだったようだ。何で手ぬるいんだろうなああいう連中は!おいこれで新車買おうぜ!」

「またバイクか!?もう少し別のを買おうぜ!例えば…ゲームとか⁉︎」

「お前アッタマ悪いのにどうやってルール覚えんだよ!」

「まったくだ!ぎゃはははは!!」

 

盗んだ金で何を買おうかを話している連中は、かなり柄が悪い。黒い服に長い髪を殆どの人がしている。それがこの集団の特徴としているのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「静かにしろ!お喋り会もそこまでだ」

 

高らかに笑う男らの近くで、その高笑いを強制的に終わらせた男が1人現れる。笑い声が止まり、不良たちは先ほどの声のした方を向く。そこには、袴を着ている男が1人だけいた。髪はかなり短く、その目つきは人によっては怖がるものだろう。その男の手には、長い鉄の棒が備わっている。

 

「あぁ!?何だテメェ…」

 

突然現れて自分らの目の前に立ちはだかったのが不快なのか、1人の男が声を荒げる。だが、睨まれている男は怯みなどはしてなかった。寧ろ…落ち着いている。まるで、その男の声が聞こえてないと言っているように感じる。

この男はその集団を恐れたりはしていない。彼にとって、それは今まで戦ってきた猛者に比べれば足元にも及ばないと思えたからだ。

 

 

「お前ら、『梟仮面』だな。依頼により、お前らを取り押さえに来た」

 

 

 

黒崎 裕翔

椚ヶ丘中学校の風紀委員長であり、椚ヶ丘付近の暴力団を倒していく男の名である。

 

 




新キャラとして多川くんと八幡さんを出しました。まぁ…登場回数はそんなに無いと思います。
次回は…いよいよ黒崎くんの戦闘シーンです!…書けるかな…

次回 『黒崎の時間』


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第22話 黒崎の時間

最近文字数がかなり多くなってきた。成長と捉えるべきなのか、それともダラダラと書くクセがついたと捉えるべきなのか…

てなわけで変更点
2話とか言いましたが、オリ回は3回に分けます。今回でやる予定だった話を2つに分けます。


「な…!テメェ、何でそれを…」

 

『梟仮面』と黒崎が言った時、男らは慌て始めた。その名は一般の目には写らないようにしてある筈なのに、この男は確かにその名を言ったからだ。

 

「最近の暴力団、その名も『梟仮面』。行動する時間は真夜中、それも活動範囲が一般の目には見えないように灯の無い場所に限定されている。団員は全て梟を模した仮面をしており、活動の際にはその仮面を被る。それに習い『梟仮面』。まぁ、分かりやすいな。

恐らくはその名は悪業界にしか通ってないようだが…知り合いにその関係者がいてな。その人から話は聞いた。

因みに…貴様らが襲ったであろう者から依頼が来た。『夜道を歩いていたら襲われて財布を奪われた。是非取り返してほしい、とな。そんなわけで…大人しく縄について貰おうか」

 

淡々と語り、黒崎は男らに降伏を促す。勿論これに応じる筈は無い、と分かってはいる。だが戦闘前には戦闘の意思を示してもらってから、と言うのが黒崎の流儀だった。

 

「チッ…ガキが。ちょっと頭良いからと言って調子に乗りやがって…おい!テメェら全員出てこい!」

 

やはり、応じることは無かった。おそらくボス格であろう男が声高に叫ぶと、周りから仮面を被った者らが黒崎を囲んでいる形で現れた。

 

「成る程…壮観だな。同じ仮面がこんなにあると、正直吐き気がする」

「余裕ぶっこいてんじゃねぇぞ。本当の地獄は、ここからだ!」

 

先ほど叫んでいた男が何やら機械のような物を取り出す。それには1つだけボタンがあり、それを押した途端、どこからともなく煙が噴出される。

 

「…!煙幕か。毒ガス…じゃなくて煙…か。よくこんな物を作れるな。そうとうバイクを弄ったということか」

 

口元を覆いながらその正体を推測する。バイクにおける煙の排出口…マフラーから溢れ出るそれは、オイルによって生じるものだ。毒ガスでは無いにしても、オイルから生じるため有害であるのは変わらない。片手を完全に覆ってないと、体に異常を来すであろう。

 

「ここに来たことを後悔するんだな。やっちまえぇ!!」

 

一方の梟仮面の男らは仮面を被っているためその煙は何の障害にもならない。周りから一斉に黒崎に襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

《バコ!》

 

「……え?」

 

だが、黒崎はその手に持つ鉄の棍で近づいてくる1人の男の腹を殴る。その衝撃により、その男は一瞬だけ体制を崩した。

 

「悪いな。借りるぜ、その仮面」

 

流れるような動きで相手の顎を殴る。顎の部分から仮面が外れかけ、男はそのまま倒れる。黒崎はその倒れた男の後頭部にある紐を外して仮面を取り外し、その仮面を着けた。

 

「な…!早っ…」

 

余りにも一瞬で、周りの人間らは唖然としている。だがその静寂も長くは持たなかった。

 

「ボーッとしてる暇があるのか?」

 

耳にその言葉が入ってくるのと同じくらいの時に数人の男たちは一斉に倒れた。黒崎が棍で叩きつけられたのである。

 

「ひ…怯むな!数で押し切れ!」

 

煙が無くなったものの、数では圧倒的に有利だと見て男たちは再び襲いかかる。普通ならばそれが1番良い手になる。多対1なら囲むのが定石で、この差をどうにかする者などそんなにいない。ただ、中には例外もいる。特に男らと戦っている黒崎は、確実にその中に入っている。

1人目が拳を叩きつけようと腕を突きつける。それに黒崎は焦ることなく、右手に持つ棍でその腕を殴る。鈍い音と同時にその腕は軌道を逸らして空を切った。

それを見ながら、1人目に続くようにして2人目が黒崎の後ろから走り寄る。そして、手に持つバットで黒崎の後頭部目掛けて振りかぶる。その男は黒崎の死角にいるから、黒崎には見える筈が無い。だがそれなのに黒崎は屈んでバットを躱した。その結果、先ほど黒崎に拳を当てようとして外した男にバットが当たり、その男は吹き飛ばされる。

一瞬それに動揺してしまった2人目の男、その隙を逃すはずもなく黒崎は体を回転し、その勢いで棒を叩きつける。見事頬を捉え、その男は意識を失った。

 

「…!調子乗んなボケ!」

 

余裕そうに次から次に男らを倒していく黒崎に痺れを切らしたのか、1人の男が、『本物の』刀を取り出した。

 

「…そんな物を持っていたのか。『銃砲刀剣類所持等取締法』を知らないのか?その刀は明らかにアウトの類だぞ」

「ゴチャゴチャウルセェよ!頭デッカチのクソ野郎が!」

 

黒崎は淡々と語る。法律や事実を的確に言うのは黒崎の性格ゆえであり、その口調に腹をたてる者らは結構いる。この男の反応は黒崎の予想通りであり…狙い通りであった。

刀を用いて黒崎を叩っ斬ろうと腕を上から下ろす。その様子でさえ黒崎は全く顔色変えずにして、棍で相手の刀を持つ右手の小指の関節を突く。

 

「いごっ!?」

 

手に強すぎる痛みを感じ、刀を握る手が緩んでしまう。棍を回転させて剣を払い落とし、右手を棍から離して裏拳を顔面に当てた。

 

「な…なんだよコイツ…」

 

次から次に男らをバッタバッタとなぎ倒していくその姿に、男らは萎縮してしまう。仮面は被ってはいても、その恐怖はまるで隠せてない。

誰が予想していただろうか。不利な状況を一瞬でひっくり返してしまう事を。誰が考えていただろうか。この戦力差がまるで役に立たない事を。誰が知っていただろうか。このバケモノみたいなスペックの男の存在を。

 

「なっさけねぇ…退いてろテメェらァ!」

 

萎縮しきって指一本動かすことができない男たち。彼らに喝を入れるかのように1人の男が叫ぶ。彼は、この『梟仮面』のリーダー格の男であり、実力的にも彼がこの中で一番強い者であった。

男は叫んだ後、近くに置いてあった細長い袋から、1本の木刀を取り出した。その木刀を持って黒崎を殴りにかかる。当然、黒崎は棍でそれを防いだ。

 

「…!お前、そこそこの腕だな。剣道やってたのか?」

「まぁな。ウザったくて1年で辞めたけどよ!」

 

木刀を止めながら、黒崎は男の力を測り、その男が剣道経験者であると分かった。実際その通りで、この男は1年ほど剣道をかじってた。

 

「…そうか。残念だな。アレは続けるとかなりの武器になるのにな」

「は!充分武器になってるわ!」

 

木刀に力を入れて棍を弾く。そして第二撃第三撃と連続して木刀で攻めにかかる。黒崎も棍で対抗してるが、何処となく押され気味だ。

 

「は!どうしたどうしたどうした!この連続攻撃に手も足も出ねぇか!?」

 

風を切るような勢いで木刀を振るう。それは周りから見ると圧倒的な強さを感じる。今や周りにいる者らは一見有利そうな勢いに、やがては黒崎を倒せるだろうと思った。

 

 

 

(こいつ…!)

 

だが、当の本人はそう思わなかった。

 

(何涼しい顔で俺の攻撃を防いでやがる!)

 

黒崎は先ほどから表情を変えずに攻撃を防いだり躱したりしている。その目に焦りの色は無く、冷静に相手を見ていた。

 

(何だよその目は…!たかが中学生ごときが、俺と対等に戦えるとでも思ってんのか…⁉︎)

 

今までこの男らは、数々の男たちを倒してきた。抗ってきた者さえも一瞬で返り討ちにして来た。その実績による自身とプライドが、目の前の男に対する怒りを促進していった。

 

(ふざけんなよ…!テメェごときが…テメェごときが…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テメェみてぇなガキが!俺をその目で見てるんじゃねぇ!!」

 

 

遂に怒りが抑えきれずに、男は怒りのままに木刀を振り下ろした。その軌道は、確実に黒崎の体に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦闘心得その1、感情のままに行動するな」

 

 

木刀が黒崎の体を捉える寸前、黒崎は木刀の根元を叩いて木刀を弾き飛ばした。手にかかる衝撃と武器を落とした事による動揺により、男は一瞬思考が働かなくなってた。

 

 

「考えもなしに戦えば、その時点で敗北したと同義だと思え。如何なる時でも戦況を冷静に見定めろ」

 

 

黒崎は手に持つ棍を数回回して止める。

 

 

「戦闘心得その2、焦りは禁物。

結果を急いで攻め時を誤れば、その攻めは裏に出る。その瞬間が来るまでは粘り強く待て」

 

 

そして、棍の端を男に向ける。

 

 

「戦闘心得その3…

 

 

 

 

 

攻め時が来たら、決して躊躇うな」

 

 

 

そして、黒崎の目が、先ほどまでの冷静だったのが、獲物を仕留める獣のような物になり

 

相手の腹にその棍を、押し飛ばすように突いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その突きを食らった男は若干宙に浮きながら、大きく後ろに飛ばされる。地面に着いた時、勢い余って若干滑るも、その後は全く動かなかった。

 

 

 

 

「忍耐力、あらゆる武道の中で最も基本となる心得の1つ。お前にあとそれだけあれば、武でもっと輝けただろうな」

 

 

 

 

 

「ひ…ボスが…やられた…?」

 

今、男たちの目の前で起きたことは、余りにも信じがたい事が起こっていた。倒されたのは、彼らを取りまとめたボス格の男。彼らの中では最も強い者であった。

その男が、目の前の中学生にやられた。それにより、先ほどまで強気になってた者たちが、意気消沈してた。

 

 

 

「他に、俺に挑む者がいるか?」

 

彼らの耳に届くその質問。それに応える者はいなかった。彼らの頭には、1つの答えが出た。

 

自分たちでは、この男には勝てない。

 

 

 

「戦意を失くしたものは、大人しく武器を捨てて縄につけ。痛い目見ずに済むぞ」

 

黒崎のその言葉に従ったのか、あるいは意気消沈したゆえか、どちらかは分からないが、数人が武器を手放す。重い物が地面に落ちた音が連続して鳴り、少しの間だけ地面を転がったものの、それは全く動く気配は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふざけんな」

 

 

 

 

 

1人の男が、そう呟く。目の前のこの男の強さは分かった。だがそれでも、大人しく捕まることを、認めたく無かった。

 

 

「この俺が!よりによってこんなガキに捕まってたまるかよ!」

 

そう叫ぶと男は手に何か投げた。投げる際には何なのかは分からなかったが、それが地面に着いた瞬間、ハッキリと分かった。

 

 

 

「…!まさか…爆弾…⁉︎」

 

周りに仲間がいるにも関わらず、その男は爆弾で消し飛ばそうとした。そして、当の本人はそこから一気に立ち去った。

 

 

 

 

 

 

《チュドォォォォン!!》

 

 

 

巨大な爆音と煙を発し、そこら一帯を呑み込んだ。

 

「は!ザマァ見ろ!そこで永遠にくたばってな!」

 

爆撃を見届けて、男は走って去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…チッ…爆弾を持ち込んで来たか。最近は武器を選ばない奴が多いのか?」

 

煙の中から、爆弾を近くで受けた筈の黒崎が現れた。因みに上半身は道着が破れ、ほぼ裸体だ。地面に落ちていく爆弾を、棍で上に弾き飛ばす。その事で直撃は免れたが、衝撃ばかりは避けきれず、その結果若干被害を被った。…勿論爆弾を上に弾き飛ばすという芸当は普通なら出来ないが。

爆撃の余波を受けたのか、残りの者らは全員気絶している。あの衝撃を受けて立っているのは黒崎1人であった。

因みに、いま彼の上半身が露わになっているが、筋肉質であるものの、あまりにむごい体でもあった。殴られた跡や火傷、切り傷までついている。普通の人ならついてないであろうその傷を見ていると、周りは少し気持ち悪くなるだろう。

 

 

「どうした!?一体何が起こったんだ!?」

 

 

近くで彼に近づく者が数人、服装から警察官だと分かった。

 

 

 

「ちょっと君、一体何が……」

 

黒崎に一体何が起こったのかを聞こうとしたが、その口が突然止まった。

 

「なっ…君は…」

「どうも、いま『梟仮面』を捕らえに来たんですが1人逃げ出しまして、厄介なことに爆弾を使ってきました。残りの連中は気絶しているので、病院に送った方がいいでしょう。それと…上着がありませんか?何か着ないとさっきの男を追っかけられないので」

「いや…良いけど、大丈夫なのかい?」

 

 

黒崎を知っているのか何か言いかけるのを黒崎は遮って、いま起こったことを話す。更にはこれから追いかけるので服を貸してくれと言った。警察の言う『大丈夫なのか?』は、黒崎は平気なのか、という事だ。

 

「問題ないです。それよりも、早くしないと一般人が巻き込まれます」

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ…ハァッ…け…結構走ったな」

 

死に物狂いで男が町まで走っている。息も激しく、その足がフラフラとし始めた。走る際に、仮面を被って街中に入ると逆に危ないと思った男は途中で仮面を外した。そうすれば、若干可笑しくあろうとも怪しまれる事は無いと思った。

 

「そこの男、ちょっと止まりなさい」

「な…」

 

だが不幸にも、それが災いとなった。たかだか『梟仮面』の手下であるならそれで済むだろうが、その男はそうならない。

 

「その顔、唐松 徒人(からまつ とひと)だな。連続窃盗の容疑で逮捕する」

 

この唐松という男は、何個も品物を盗んだ犯罪者であった。刀や爆弾など、数々の危険物を盗んできたのは、彼の仕業である。

 

「チ…キショ…」

 

 

 

 

「…?どうしたんだろ、警察たちが集まって」

 

その近くを、1人の女子中学生が通る。彼女は、椚ヶ丘中学校E組の1人、倉橋だ。

 

「…チャンス!」

 

彼女を見た瞬間、唐松は警察の接近を強引に振り切り、倉橋を捕らえた。

 

「え?ちょ…」

「退がれ!じゃないとコイツの命はねぇぞ!」

 

右手にナイフを持って男は叫んだ。いまこの男は、倉橋を人質に取ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

「あそこで騒ぎが起こってるな…一体何が…」

 

上着を着て先ほどの男を探してる黒崎。町まで来た時、彼の目に何やらの騒ぎが起こってるところが映る。

もう少し近くまで来た時、1人の男が、人質を取っているのが見えた。

 

「…チッ、本気か。何の罪も無い一般人に何て事をしやがる…!」

 

一応人を探してる身ではあるが、そのような物を見てしまっては見逃す訳にはいかない。お人好しだの色々言われようとも、彼はその信念を変えるつもりも無かった。無論、その目の前にいる男こそ、探してる男ではあるが。

かと言って迂闊には近寄れない。少しでも刺激しようものなら、あの女子中学生を何しようとするか分かったものでは無い。

そう思い悩んでる彼の足元に、何かがぶつかった。

 

「…サッカーボール?」

 

近くで遊んでる子供たちのものであろう。そのボールが足元に転がってきたのだ。今やそれどころでは無いのに…

 

(いや…使える!)

 

彼は足を器用に動かして、サッカーボールを宙に浮かす。その高さは黒崎の顔と同じくらいにある。黒崎は棍を持ち、ボールがゆっくりと落下していくのを待つ。

 

 

 

 

 

「そのままだ…そのままだぞ…!」

 

唐松が、警官らが動かないでいる様子をしっかりと見て、遠ざかっていく。

 

「うぅ〜、何でこんな事に〜…」

「黙れ女!ここで愚痴るんじゃねぇ!」

 

泣いている倉橋を黙らせようと声を荒げる。その時、彼は気づいてなかった。

 

彼に近づく凶器を…

 

 

 

 

 

 

《バコーーーーーーーン!!》

 

「げば!?」

 

(な……さ…サッカー…ボール…?)

 

彼の顔面に物凄い勢いでサッカーボールが直撃する。頰が凹み、目玉が飛び出すほどの衝撃が襲い、彼は意識を失った。

 

「え……?」

 

突然の事で、警察も倉橋も呆気にとられる。彼らはゆっくりと顔を動かして、サッカーボールが飛んできた方を見た。

 

 

 

「…大当たりだ」

 

棍を持った男が、何やら勝ち誇った顔で呟いていた。さてこの後何が起こるか予想つくだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ちょっと君、一体何してんの?」

 

 

警察の人が男…黒崎に問いかける。いくら人質を助けるためとはいえ、サッカーボールを飛ばすなど正気の性ではない。軌道がずれれば人質にされていた少女が当たってたかもしれないし、何より唐松という男が死ぬかもしれなかった。

 

「一体どこに…あ!ちょっと待って下さい!」

 

すると、先ほど黒崎と話していた警察がそこに駆け寄る。そして、そこで事情を話している。

 

「…こいつ…よくみりゃさっきの奴か。これは探す手間が省けたな」

 

黒崎は先ほどサッカーボールを当てた男を見ている。すると、その男がいま自分が探している男であると分かった。手間が省けたと呟き、先ほど捕まってた女子に声をかける。

 

「無事か?」

 

何の前触れもなくただ言いたいことのみを言う。こういう事をする辺りが、黒崎らしいということだろうか。

 

「あ、うん。大丈夫。ありがと〜」

「どうも…ん?失礼、どっかで見たか?」

「……へ?」

 

その顔を何処かで見かけた事があるのか、黒崎が倉橋に問いかけると、倉橋は頭に疑問符を浮かべたような顔をした。

 

「…いや、気のせいなら良い」

「別に良いよ〜」

 

黒崎が謝り、倉橋が気にしないでと言うと、丁度話が終わったのか、警察の人も黒崎に近づいた。

 

「そうか、君が黒崎 裕翔か…これは失礼したね」

「別に気にしてません。一応、梟仮面が全滅したと思われます。後始末は、宜しくお願いします」

「良いよ。それじゃ『上』の人に伝えとくね」

「ありがとうございます」

 

そうして、警察の人らはそこから離れた。

 

「…凄いね。あんな事が出来るなんて」

 

倉橋は心からそう思った。暗殺を行っている自分たちでも、黒崎のように器用に敵を倒せる人なんて何人いるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや…凄くはない」

 

だが、黒崎はそう思ってない。

 

「どんな力があっても、役に立たないと意味がない。…もし、この力が数ヶ月前についていれば…俺は…」

「どうしたの?」

 

何処か悲しそうな顔。黒崎のその顔を見て、倉橋は不思議に思った。

 

「…いや、とにかく無事ならそれで良い。アイツが捕まったから一安心だが…他にも妙な奴はいる。気をつけておけよ」

 

まるで何でもないかのように言って、黒崎はその場を去った。倉橋はそんな彼の背中をただ見ていた。彼女の心にあったのは心配と…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何とも言えない揺らぎだった。

 




黒崎くん強いでしょ?(親バカ)現時点での黒崎の力はカルマくん以上烏間先生以下と思ってます。
彼が何でこんな途轍もない力が身についているのか、というのはかなり後でハッキリさせます。
最後に倉橋さん出したのは…まぁ察してください。
次は学真くんの方に戻ります。

〔黒崎の技〕
・根落とし
武器の根元もしくはそれを持つ手を棍で殴り、武器を落とす。かなりの技術が要求されるが、決まると相手は確実に武器を失くし、隙が生じる。


・逸らし風
攻撃に合わせて棍の先端ぶつけ、軌道を逸らす。全力たる攻撃を逸らした時、体制が大きく崩れる。


・車輪撃
体を回転させながらその勢いで棍を叩きつける。遠心力と回転がかかり、くらうと致命傷


・突風
黒崎の最強の技。棍で突きを繰り出し、相手を吹き飛ばす。目にも留まらぬ速さなので、避けきれない。なお、物に当てて吹き飛ばすことも可


次回『事実と真実の時間』


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第23話 事実と真実の時間

今回でオリ回は終了、次回は原作通りに進みます。


「両親を…3月に亡くしてる?」

 

八幡さんから聞いた事をもう一度復唱する。いや…不自然と思うやついるかもだけど、にわかには信じがたい。アイツが、両親を失ってるなんて…

 

「いや事実だ。これは実際にニュースに出てる。3月のとある日、父親が何者かに殺された。その1週間後、母親が病死している」

 

…なんか、とんでもねぇ波乱が起こってたようだ。ほぼ同時に2人とも死ぬなんて…

 

「母親が死んだと同じくらいか。アイツは俺に頭を下げて鍛えさせるよう頼みに来てた。『俺が力無いばかりに、途轍もない物を失った。これからは、それを失わないために、力が必要だ。頼む、俺を鍛えて下さい』とな。その時の目を見て、俺はその要望を断る事は出来なかった。そして奴を、この道場に入れさせた。

奴は恐ろしく才能があった。たった1ヶ月の間で腕を上げ、2ヶ月が経つ頃にはこの道場で奴に叶う者は居なかった。もう教える事はないと俺は奴を卒業させた。

奴ほどの素質があるものを、俺は今まで見た事はない。だからこそ…不可解に思うのだろう」

 

八幡さんの話を聞いて、不思議な気分になる。

アイツがこの道場に入るきっかけは、両親の死だという事になる。だが、『力無いばかりに、途轍もない物を失った』とはどういう事だろうか。

父親を守れなかったとか?…いや、いくら何でもそんな事で責任感じるのは妙だ。どういう経緯なのかは知らないが、父親が殺されるなんて誰も思わない。それに、それで力をつけたというのは不自然な気がする。

それに…八幡さんから聞いた話だけじゃ黒崎が何で殺せんせーや暗殺の事を知っていたのかが分からん。これじゃ黒崎について余り知れないか…

 

「終わりか?ならば休憩終了だ。特訓を再開するぞ!」

「あ…お、押忍」

 

八幡さんの声かけにより、休憩が終わった。モヤモヤな気持ちのまま、俺は練習に参加する。

 

 

 

 

「き…キツ…もう立つのさえ…」

「なっさけ無いなぁ…」

 

練習が終わり、フラッフラな状態で壁に寄りかかる。根性なしとか言うんじゃねぇ!ガチでキツイんだぞこれ!多川とかが可笑しいだけなんだよ!

 

「それじゃ、また明日。今日はゆっくり休めよ」

「お…おう、じゃあな」

 

多川が道場から出る。そんな訳で今中には俺と八幡さんだけがいる。

 

「やれやれ…1日目からこの体たらくとは…こりゃ当分の間はキッツイぞ」

「す…スミマセン…」

 

八幡さんからキツ目の評価を貰う。…ショックなんか受けてないからな。…受けてないからな!

 

「稽古の時も何の考えも心得も無しに突っ込むだけで叩かれ放題だ。悲惨だったろう、今回振り返って」

 

…何とも言えない。全くもってその通りです以外に思いつかない。今日なんか、1年生と戦ってる時でさえボロンチョンに叩かれた。

…畜生。強くなるためにここに来たのに、これじゃ何の意味も無く過ごす結果になってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……悔しい。

 

 

 

 

 

 

 

「全く…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伸び代しか無いな!お前は」

 

 

 

…………え…?

 

 

「…八幡…さん?」

「何すっとぼけた顔をしてやがる。最初はな、誰だって何をして良いか分かんなくて無我夢中になるんだ。

ここの時点で大半は諦める。何も出来ない、何の力も無い。そんな現実を叩きつけられるだけで意欲を無くす奴ばかりだ。

最初っから力に恵まれてる奴なんかいねぇよ。今回テメェがボロボロだったのは、決してお前に才能が無いからじゃねぇ。寧ろ逆だ。あれだけ叩かれても、決して諦めずに挑んだお前は、十分素質がある。

その原因はわからんが…お前の覚悟が本物だとは分かった。もしお前が本当に強くなりたいなら、これからもしぶとく挑み続けろ。

お前が初の勝利を身につける時…お前の敗北の回数は数え切れなくなるだろう。だがそれで良い。1回勝利をつかむ事が出来たなら…数多の敗北も、立派な勲章だ」

 

 

 

 

 

 

 

…子供の頃から、俺は途轍も無い家に育った。家の方針は強者、そして支配する側。そんな家にとって、俺は落ちこぼれでしか無かった。何においても、俺には誇れるものが無かった。けど…

 

 

 

 

くそっ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嬉しいじゃねぇか…

 

 

 

 

 

 

そうやって、俺に素質があるなんて言ってくれて…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい!ありがとうございました!」

 

感激のあまり、泣きそうになるのを堪え、その代わりに大声で感謝の言葉を言った。あまりにも大きいとは思うが…正直、これでも足りないくらいだ。

 

 

「…明日からも、頑張れよ」

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は今、家に帰っている。当然、夜道だから暗い。急いで帰らねぇとな。

 

それにしても…黒崎があの道場にね…

知った時は驚いたが、まぁそれなりに納得した。だとすれば、修学旅行先の京都で、アレだけの男を倒したその実力には納得がつく。

しかし、あいつに関しては謎だらけだ。殺せんせーを知ってたことも、暗殺を知ってたことも…っていうか、本校舎にいながら、E組を差別扱いしないのも変な話だよな。いや、俺らにとっちゃ嬉しい事なんだけどよ。本校舎でそれをやるって事は敵を作るって事になるだろうに…

 

「そういえば、椚ヶ丘中学校に行くための金はどうやって稼いでんだ?」

 

本校舎とか行ってる内に不思議に思ってたんだが…椚ヶ丘は一応私立、学費は存在するんだが…稼ぎ手が居ないのにどうやって確保してんだろうか?

 

「…黒崎はそんな事話しそうに無いか」

 

一瞬黒崎に聞いてみようかと思ったが、直ぐに諦める。だってあの黒崎だ。そんなプライバシーの事なんざ言うはずもねぇだろ。ま、深く考えなくても良いか。

 

 

 

 

 

 

 

 

『黒崎って、黒崎 裕翔さんですか?』

 

 

 

 

 

 

 

……へ?

 

 

なんか聞こえた気が…

 

 

 

 

 

 

 

辺りを見渡す。だが周りに誰もいねぇ。そりゃそうだろ。夜でこんな通りに人なんかいるわけねぇし。…うん

 

 

 

 

 

あれーーーー!?

 

 

え…じゃあ一体今の声は何?空耳?空耳かな?空耳だよね?うん、今日の特訓で疲れすぎたから幻聴並みの空耳が聞こえたんだよ。…の割にはハッキリとした空耳だな。

 

『学真さん、ここですよ、ここ。携帯の画面を開いて下さい』

 

…へ?携帯の画面?ってかこの声聞き覚えが…

 

 

 

俺は…携帯を取り出して開く。

 

 

 

 

 

 

『お邪魔してます』

 

…………

 

「何だ律か…ってか何で俺の携帯の中に入ってんだ?」

 

携帯の画面には律が写ってた。お邪魔してますって…

 

 

『皆さんとの情報共有を円滑にするため、携帯に私のデータをダウンロードしてみました。モバイル律とお呼び下さい』

 

…こいつも大概何でもアリだな。

 

 

「…それで、どうしたんだ?」

『はい、椚ヶ丘中学校3年D組、加えて椚ヶ丘中学校の風紀委員長の黒崎裕翔さんの事ですが…』

 

…あいつ風紀委員長だったのか?知らなかった…生徒会紙見れば一発で覚えるんだが、見る機会もないし、あったとしても面倒だから見ない。

 

『恐らくですが、彼の財源の確保先について、その可能性がある情報をキャッチしました』

「…へ!?」

 

な…なんだってーーーー!?って言いたかったけど夜中で周りに迷惑掛けたく無いので『へ!?』で留める。

てかこの娘本当に何でも出来るな。頼んでも無いのに見事にやってのけた。…マジパネェ。

 

『ネットワークの中で極秘サイトがあるんです。利用者は、警察の人と…1人の男性のみ。その名は…犯罪処罰委員会』

 

すると携帯の画面が変わりだした。一番上に『犯罪処罰委員会』と書いてあり、その下は、掲示板がある…だが、詳しくは見れない。白い枠に『関係者以外は見れません』とあるだけだ。

 

『この掲示板の内容を見るためには、暗号が必要となります。そしてその暗号を持ってる人は、警察のトップの人たち、そしてたった1人の人物です』

「それが…黒崎?」

『断定は出来ませんが、恐らくは。数時間前、梟仮面と言う暴力集団が壊滅したと情報があります。そして、それが黒崎裕翔さんであると聞きました』

「…誰に?」

『烏間先生です』

 

…烏間先生が何でここで?とは思ったが、そういえば以前に俺が『E組以外の生徒が暗殺のことを知る機会ってありますか?』って聞いたのを思い出した。ひょっとすると、あの人も別に調べてる可能性がある。そして、活動中の黒崎を見かけた、というとこか。

 

『犯罪処罰委員会の仕組みは、烏間先生からある程度聞きました。民間の人が、警察の方に被害届を出すと、その警察の人がこの掲示板にその内容を投稿、その後黒崎さんがその依頼を完遂し、警察の方から契約金を渡されるという仕組みです』

 

…なるほど、そうやって金を手に入れてるという訳か。暴力団を対処した事に対しての契約金、相当な金額のはずだ。

だが…そんな事を堂々として良い訳が無いだろうとは思う。だってそれって『警察の代わりに一般の人に対処に行かせる』ってことだろ?それって警察の信用を大いに落とす行為だ。公にはなって無いはず。

恐らくは…警察の中でもごく一部の奴にしか知らないんだと思う。誰かがこれについて通じるものがいて、他にこんな事を知ってるのは、せいぜい椚ヶ丘にいる警察の人のみ。それぐらいとんでもないものだ。…どうやってこれを可能にしたんだろうな。

 

「それにしても…スゲェな律は。何でも調べれるなんてな」

 

それはそれとしても律の性能はスゲェと思う。だってあれだぜ?ネット上の大量の情報から必要な情報を探してくるんだ。いやもともと人間じゃねぇけど…なんだろうな、そう思ってしまう。

 

『全部知ってるという訳ではありません。私も全ての情報を所有するのは難しいので、調査の依頼が来た時検索します』

 

あ…そうか。コンピューターだって万能じゃねぇ。データはネット上にあってそれをコンピューターは必要な情報を取り出すんだった。コンピューターが覚えられるのは過去に調べた情報のみ、調べてない情報まで知ってると言うのは無理があるか。

恐らくこの『犯罪処罰委員会』は…烏間先生に依頼されて調べたんだろう。だから知ってたという訳だ。それで黒崎の事に悩んでいる俺に話しただけのことだ。

万能そうに見えて実は万能じゃ無い、本当に人間らしいな。だから親近感があるんだろう。俺たちだって何でもかんでも知ってる訳じゃなくて、知ってるのはあくまで今まで学んだ内容…即ち過去に集めたデータであって…

 

 

 

 

過去に調べたデータ…

 

 

 

 

 

 

過去…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさか………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「律…ひょっとして、今年の4月の…」

 

 

 

 

 

 

 

 

『…はい、皆さんとの協調のために、椚ヶ丘中学校のデータを調査してきた時に拝見しました。日沢 榛名さんと、如月 涼介さんと…学真さんが起こした事件について』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…やっぱり

 

 

 

ひょっとしてとは思ったが、知ってたか…

 

 

「律、その事はみんなには…」

『はい、黙秘します。どのような人でも知られたく無い事がある事も、分かってますから』

 

 

 

やっぱり優秀だ。こういうの、人によっては面白がって広めるかもしれないしな。

 

でも…

 

 

 

「律…どう、思った…?」

 

『どうとも言えません。データにあるのは事実であって真実ではありませんから。一般的には悪に見えますが、学真さんと関わって、私には、学真さんがそんな酷い人とは言えません』

 

 

 

 

それは良かった。本当に。

 

 

 

 

 

だって…そんな事を知られたら…

 

 

 

 

 

 

 

今度こそ、俺はみんなに、拒絶されるかもしれないから…

 




『犯罪処罰委員会』という捻りもない設定ですが、黒崎くんはそれを用いて悪党の処罰等をして財源を確保してます。彼がどうしてそうまでしないと行けなくなったかは後ほど(何時になるかは不明ですが)載せます。

また、学真くんの方も謎設定が出てきましたね。彼の心に潜む闇とは何なのでしょうか?

次回『イトナの時間』


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第24話 イトナの時間①

メリークリスマス!
残念ながら、クリスマス回は出来ませんでした…なので本編投稿です。さて、いよいよイトナくん登場です!


「それで、ピンチになった時にその男の顔面にサッカーボールが直撃して、男は気絶したの。凄かったんだ。コントロールも良かったし」

 

……えーと、登校して教室の前に立ってみると中で楽しそうな会話してるんだが…あの声は、女子か?

 

《ガラガラガラガラ》

 

「おはよ…どうしたんだ?こりゃ…」

「おう、学真」

 

教室ではクラスメイトがなぜか集まっている。特に女子が多いな…

 

「なんか…倉橋さんが、昨日物凄く強い男にあったらしいんだ」

 

渚から聞いた事によると、どうやら話しているのは倉橋のようだ。昨日っていや…おれが道場に久々に行った時か。

 

「本当に凄くカッコ良かったんだから。声も良かったし」

「へぇ〜…どんな人だったの?」

「うーん、身長は大きく体格も良くって…髪は黒色で、顔つきがちょっと怖めだけど、結構優しかったな〜」

 

体格が良くて黒髪で顔つきが怖め…

 

 

 

 

 

 

 

 

……該当人物が1人いるんだけど…アイツのことじゃねぇだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

「あ…アレ?それって…」

 

やはり渚も気づいたよ。だって今の特徴は見事あいつを指してるだろ?カルマに至ってはなんかニヤけてるし…

 

 

ま、まぁ…断定するにはまだ早いだろ…

 

 

「みんな、そろそろ朝礼だぞ」

 

我らがイケメン委員長、磯貝の声掛けにより、俺らは席に着いた。

 

 

 

 

「お早うございます皆さん。今日も全員出席ですねぇ」

 

朝礼が始まり、いつも通りの出欠確認(あの一斉射撃のこと)が終わり、殺せんせーは満足そうに言っている。顔が丸だ。ここまではいつも通りの朝の様子、だが今日は…そうならない出来事がある。

 

「さて、今日は転校生が来る日でしたね」

「まぁ、ぶっちゃけ殺し屋だろうね」

 

そう、転校生が此処に来る。それも律と同じ、転校生暗殺者だろう。教室に入った時にどデカイ箱とかが無いから機械では無いんだろう。…人間であって欲しい。

 

「律さんの時にはナメて痛い目に遭いましたからねぇ。今度は先生も油断しませんよ。それに、皆さんに仲間が増える事はとっても喜ばしい事です」

 

殺せんせーは相変わらず嬉しそうだ。自分を殺す暗殺者が増える事も、生徒が増える事くらい嬉しいんだろう。本当に教師バカだ。

 

「そういえばさ、律。詳しくは聞いてないの?同じ転校生暗殺者として」

 

原さんが律に聞く。烏間先生が言うには、今回の転校生暗殺者は調整に時間がかかったため、律より遅れてこの学校に転校させたという事らしい。それならなんか知ってるんじゃ無いだろうか?

 

『はい、少しだけ。初期命令では私と彼の同時投入の予定でした。私が遠距離射撃、彼が肉薄攻撃。連携して殺せんせーを追い詰めると。

ですが、2つの理由でその命令はキャンセルされました』

「へぇ、理由って?」

『1つ目は、彼の調整に時間がかかったから。もう1つは、私の性能では彼のサポートには力不足。私が彼より圧倒的に劣ってたから』

 

…マジか…律は殺せんせーの指を弾き飛ばした。その律が力不足…いったい何が出てくるんだ…?

 

 

 

 

《ガララ!》

 

!!!

 

扉が開いて中から…

 

 

 

 

 

 

白衣の装束をした人が現れた。

 

…へ?あれが転校生?それにしてはデカくない?てか装束とか不気味なんだけど

 

《スッ》

 

…っ!?その白い装束をした人は手を伸ばしてきた。一体何を…

 

 

まさか、仕込み銃とか…!?

 

《ポン!》

 

うぎゃああああ!鳩が、鳩がぁぁぁ!あ、あれ?鳩?

 

 

 

「ごめんごめん。驚かせたね。転校生は私じゃないよ。

私は保護者。まぁ白いし…シロと呼んでくれ」

 

 

 

い…いや、ちょっと待て。そんな事より…

 

 

 

「何やってんだ学真?」

「机から思いっきり下がって…」

「後ろの壁にぶち当たったね…」

「オーバーリアクションすぎんだろ」

 

うぎゃああああああああ!!!やっぱり突っ込まれたァァァ!!

シロとやらが鳩出した瞬間、俺は発砲でもしてくんのかと思って椅子ごと思いっきり後ろに下げてたんだ。おれ1番後ろの席だから後ろの壁にぶち当たって大きな音を立ててしまったんだよ!なんでみんなちょっと驚くだけで済んだの⁉︎

 

「まぁ…白装束を着て、いきなり手品をやったらビビるよね」

「うん、殺せんせーでもなければ誰だって…」

 

お、おお…茅野と渚がフォローを入れてくれる。そうそう、あのタコじゃないと…

あれ?そのタコは何処に…?

 

 

 

「…………」

 

 

 

…あ、いた

 

 

 

 

「ビビってんじゃねーよ殺せんせー!」

「奥の手の液状化まで使ってよ!」

「いや…律さんがおっかない話をするもんで」

 

天井近くにあのタコは張り付いていた。…体がドロドロになる液状化を使って…

 

殺せんせーの弱点15 噂に踊らされる

 

「は…初めましてシロさん。それで、肝心の生徒は?」

「初めまして殺せんせー。ちょっと性格とかが特殊な子でね。私が直で紹介させようと思いまして」

 

なんつーか、不気味な人だな。何か変って訳じゃないけど…挨拶も普通だし、イヤに社交的だ。勿論ああいう人は社会には結構いるんだろうけど…なんか、ぎこちない。

 

「…!」

「…何か…?」

 

…?何か、一瞬生徒の方を向いたな。なんか…渚の方を…

 

「いや、皆良い子そうですな。これならあの子も馴染みやすそうだ。それでは紹介します。おーいイトナ、入っておいでー」

 

…!いよいよか…!シロの声掛けに、俺らは教室の扉を注視してる…

 

 

 

 

 

 

 

 

《ドゴォォォォォン!!!》

 

…へ?なんか、左の方から大きな音が…?

 

あ、なんかカルマの左隣の席に、壁をぶち抜けて座った男が1人いる…

 

 

 

「俺は…勝った…この壁よりも強い事が証明された…」

 

 

 

 

 

「「「「「いや、ドアから入れよ!!」」」」」

 

 

何してんだオォイ!こんな雨が土砂降りな時に壁ブチ抜いたら雨が中に入っていくだろうが!壁修理にどれだけ予算が必要と思ってんだよ!これ以上烏間先生の心臓にダメージを与えないであげて!

 

「それだけで良い…それだけで良い…」

 

…なんかまた、面倒くさそうな奴が来やがったぞ…殺せんせーもリアクションに困ってる。笑顔でも真顔でもなく、何だその中途半端な顔は!

…えーと、白い髪でボサボサ?て感じで、背丈は小さめ。目はなんか物凄く開いていて怖いし、何故か知らんけどマフラーしてる。

 

「堀部 イトナだ。名前で読んであげてください。あと、私も少々過保護でね。近くで彼を見守らせてもらいますよ」

 

…なんかとんでもねぇ事になってんな。白装束の男に、壁をぶっ壊した転校生…今までよりとんでもない波乱が巻き起こりそうだな。

 

「ねぇイトナくん。ちょっと気になったんだけど、いま手ぶらで外を歩いてきたんだよね。外土砂降りの雨なのにどうしてイトナくん、一滴も濡れてないの?」

 

カルマがイトナに聞いている。言われてみればそうだよな。こんな土砂降りな雨の中、全く濡れずにいるのはなんか不自然だな。

イトナはその質問を受けて…なんかキョロキョロし始めた?あ、カルマの方を向いた。

 

「お前はたぶん、このクラスの中で1番強い。けど安心しろ。お前は俺より弱いから、俺はお前を殺さない」

 

あれ?質問ガンスルーですか?てか言ってることも訳わからんのですが…

 

「俺が殺したいと思うのは、俺より強いかもしれない奴だけ。この教室では殺せんせー、あんただけだ」

「強い弱いとは喧嘩のことですか?イトナくん。力比べなら先生と同じ次元には立てませんよ」

 

イトナは殺せんせーに近づく。それに対して殺せんせーは…あれはようかんか?…を食べながらそう言い返した。いつの間にようかんが出てきたんだよ…

 

「たてるさ。だって俺は…」

 

イトナすげえ自信満々だな。何を根拠にして…

 

「あんたと血を分けた兄弟だから」

 

 

 

 

 

 

 

………………へ?

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「き…兄弟ィ!!?」」」」」

 

 

え!?なに!?イトナくん、兄弟って言ったの!?てか何で同じようかん取り出してんの!?

 

「負けたら死亡な、兄さん。兄弟どうし、手加減いらない。兄さん、お前を殺して俺は証明する。放課後この教室で勝負だ」

 

イトナくんはそう言って教室を出た。暫くの間、沈黙して…

 

「ちょっと先生!兄弟ってどういうこと⁉︎」

「そもそも人とタコで全然違うじゃん!」

 

生徒が殺せんせーに問い詰める。そりゃそうだな。

 

「全く心当たりありません!先生生まれも育ちも一人っ子ですから!昔、両親に兄弟欲しいってねだったら、家庭内が気まずくなりました!」

「そもそも親とかいるのか!?」

 

まぁ両親の事は置いといて、妙だな。殺せんせーはイトナを全然知らない。弟も居ないとも言う。しかしそれだとイトナの言ってる事は筋が通らない。一体どうなってるんだ?

 

 

 

 

昼休み、イトナは大量の甘いものを食べている。

 

「物凄い勢いで甘いもの食ってんな」

「甘党なのも殺せんせーと同じだ」

「表情が読み取りにくいところとかな」

 

うーん、考えれば考えるほど信憑性が増してくる。

 

「兄弟疑惑でやたら私と彼を比較してる…なんかムズムズしますねぇ…気晴らしに今日買ったグラビア読みますか。これぞ、大人の嗜み」

 

オメーはなんでエロ本を読むんだよ。それも教室で。聖職者としてそれはダメだ…ん?

 

 

 

 

 

…あ、イトナくんも同じグラビアを読んでる。

 

 

(((巨乳好きまで同じだ!)))

 

「これは…がぜん信憑性が増してきたぞ…」

「そ、そうかな、岡島くん」

「そうさ!巨乳好きは、みんな兄弟だ!」

「3人兄弟!?」

 

話をややこしくするんじゃねぇ!

 

「仮に兄弟だったとして、でもなんで殺せんせー分かってないの?」

「うーん、きっとこうよ」

 

〜〜

 

生き別れた兄弟

著:不破 優月

 

時は19XX年、タコ星人対イカ星人との大戦争が勃発していた。だが、イカ星人の戦力はタコ星人のとは比べ物にならず、タコ星人はいまや絶体絶命のピンチとなっていった。

 

「陛下!敵がもうそこまで迫っております!」

 

王室にて幹部からの報を受けてるタコ2世、彼の目は焦りと絶望が混ぜあっていた。

 

「むぅぅ、止むを得ん!息子たちよ!お前たちだけでも逃げろ!」

 

タコ2世はその息子、殺せんせーとイトナを逃すことを決意した。願わくば共に生きていこうと思ったが、この王国を見捨てるわけにはいかない。タコ2世は王国に残って共に死に、息子たちを人間界へと逃すことにした。

 

 

「先に行け!弟よ!私も後で行く!」

 

王宮から遠くまで走って行った殺せんせーとイトナ。目の前の橋を渡れば戦争から遠く離れる人間界に着くことが出来る。だがしかし、彼らのすぐ後ろにはイカ星人らがすぐそこまで迫ってきている。殺せんせーは、イトナを先に渡らせ、後でついて行く事を決めた。

ある程度イトナが渡りきったところで殺せんせーも橋を渡ろうとする。だがしかし、殺せんせー目掛けて弓矢が放たれる。

 

「にゅや!」

 

その矢は殺せんせーに当たり、殺せんせーは川に落ちた。

 

「兄さん!にいさーん!」

「構うな!行け!」

 

流される殺せんせーを追いかけるイトナ。しかし、殺せんせーは構わず行けと言う。殺せんせーはどんどんと遠くに流される。

 

「弟よ、生きろーー!!」

「ニイサーーーーン!!!」

 

〜〜

 

「…で、成長した2人は兄弟と気づかず、宿命の対決を始めるのよ」

「うん、で…どうして弟だけ人間なの?」

「それはまぁ…突然変異?」

「肝心なところが説明されてない!」

「キャラ設定の掘り下げが甘いよ不破さん!もっとプロットをよく練って…」

 

…アレは無視しよう。『タコ星人とかイカ星人って何?』とか『2世かよ、じゃあ1世は?』とかいろいろと突っ込みたいことはあるが…

しかしまぁ…考えてみれば俺らは殺せんせーについてあまり知らない。当然家族情報もだ。もしイトナが殺せんせーの本当の弟ってことなら…殺せんせーと同じ『アレ』を持ってる可能性が高い。さて…答えは放課後か…

 

 

 

「ただの暗殺じゃつまらないでしょう?此処は1つルールを決めないかい?このリング上で戦い、リングの外に足がついたらその場で死刑」

 

放課後、俺らの席を移動させ、机で四角に囲まれたフィールドが設置されてある。中には殺せんせーとイトナがいる。これからバトル勝負をしようという事だ。

一見、そんな口上のルールなんて誰が守るか、て話だが殺せんせーの場合は別。生徒の前で決められたルールを破る事は、生徒の信頼を失墜させ、殺せんせーにとって死と同じ。これは守らざるを得ない。

 

「いいでしょう。そのルール受けましょう。ただしイトナくん、観客に怪我を負わせても失格ですよ」

 

やはり了承のようだ。殺せんせーは1つだけルールを追加した。まぁ、それをしてくれないと俺らがオチオチ観戦出来ないからな。

 

「それでは始めようか」

 

シロの言葉に緊張が高まる。もし…俺の推測が正しければ…

 

「暗殺…開始!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ズドン!!》

 

 

 

 

 

 

シロの開戦の合図と共に、殺せんせーの触手が一本斬り落とされた。その瞬間、クラスは全員の視線は、ある1点を見ていた。斬り落とされた殺せんせーの触手…ではなく

 

 

 

 

「イトナくんに…触手!?」

 

イトナの頭から、殺せんせーと同じ触手が伸びていた。みんなはそれに視線を集めている。イトナの触手はムチのようにしなりながら動いている。ブンブンと風を切る音がなり、その触手が途轍もない速さで動いている事を物語っている。

思った通りだ。もし弟と言うなら、体の性質も同じでないとおかしい。だとすれば、殺せんせーにとっていの一番の武器である触手をイトナが持っている筈だ。

人間の姿とタコの姿…全く違う姿ではあっても共通する部分はある。それが、あの触手。それなら、カルマが言った『手ぶらで外にいて何で濡れてないのか』に説明がつく。触手で雨を全部弾き飛ばせるからだ。

 

 

 

 

 

「…こだ…」

 

…⁉︎殺せんせー…?何か、様子が…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何処でそれを手に入れた!その触手を!」

 

 

 

 

殺せんせーの顔は、真っ黒になっていた。渚から聞いたんだが、殺せんせーは最も怒った時…所謂、キレた時には顔が真っ黒になるらしい。俺が此処に入る前、寺坂が渚に自爆で殺せんせーを巻き込むよう指示したらしい。その事によって殺せんせーが激怒し、顔の色が真っ黒になった。

 

 

 

 

 

「君に言う義理はないね、殺せんせー。だが、これで納得したろう。両親も違う、育ちも違う、だが、この君は兄弟だ。

しかし、怖い顔をするね。何か嫌なことでも思い出したかい?」

 

…殺せんせーはいま、イトナが触手を持っていた事に怒っている。…てことは、あの触手を手に入れるという事は、それなりのリスクがあるという事か…?それとも…手に入れられる場所に問題があるのか…?

 

「どうやら、あなたにも話を聞かなきゃいけないようだ」

 

…殺せんせーはシロに向かってそう言った。殺せんせー…本気だ。

 

「聞けないよ、死ぬからね」

 

シロは、殺せんせーに向けて手を伸ばした。シロの袖から紫色の光が灯される。すると、殺せんせーの動きが止まってしまった。

 

「この圧力光線を至近距離で照射すると、キミの細胞はダイダナント挙動を起こし、一瞬全身が硬直する。全部知っているんだよ。君の弱点は…全部ね」

 

そして、イトナが触手を動かした。

 

「死ね、兄さん」

 

その触手が、殺せんせーに向かって叩きつけられた。




とりあえずここまで。イトナくんのあの回は2回に分けます。それでは、次回もまた〜


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第25話 イトナの時間②

いま原作見て気づいたんですけど…多川 心菜っていましたね…
オリキャラの多川 秀人とは全く接点無いです。以上


イトナが殺せんせーごと床に触手を叩きつけた時、ほとんどの生徒は『殺ったか?』と思う。恥ずかしながら俺もそう思った。シロが出した謎の光で殺せんせーは一瞬動きを封じられた。触手同士の戦闘だとその一瞬はかなりの隙になる。

 

「いや…上だ」

 

だが、そうは行かなかった事を思い知らされた。寺坂が見ている上の方には殺せんせーが、蛍光灯にしがみついている。さっき殺せんせーがいた所には、何やら皮みたいなのが置いてあるだけだった。あれは一体…

 

「脱皮か。そう言えばそんな手もあったっけか」

 

シロの言葉を聞いて思い出した。殺せんせーは、月に1回脱皮する事が出来るんだった。脱皮はヤバイ時の緊急脱出用に使い、あるいはその脱皮した表皮で誰かを爆風から守る事が出来るらしい。

 

 

 

 

「でもね殺せんせー、その脱皮にも弱点があるのを知ってるよ」

 

シロが話すと同時に、イトナも触手で殺せんせーに攻撃をし始めた。脱皮に…弱点…?

 

「脱皮は見た目よりエネルギーを消費する。よって直後は自慢のスピードも低下する。常人にとってはメチャ速いことは変わらないが、触手同士の戦闘だと大きな差になる」

 

殺せんせーの弱点16 脱皮直後

 

「さらに、イトナの最初の奇襲で腕を失い、再生してたね。それも結構体力を使うんだ」

 

殺せんせーの弱点17 再生直後

 

「私の計算ではこの時点で身体的パフォーマンスはほぼ互角。また触手の扱いは精神状態に大きく左右される」

 

殺せんせーの弱点2 テンパるのが意外と速い

 

「予想外の触手によるダメージの動揺。いま現在どちらが優勢か、生徒たちから見ても一目瞭然だろうねぇ。さらに、献身的な保護者からのサポートで殺せんせーの動きを封じる」

 

殺せんせーの弱点18 特殊な光を浴びると固まる

 

な…なんだ、これ…次から次に新しい弱点が明かされている。なんでアイツ、そこまで詳しく知ってんだよ。

脱皮も再生も、そんな弱点がある事を知らなかった。いや…知りたかった。

渚を見ると、渚は少し悔しそうだ。当たり前だ。今まで、暗殺の参考にするために、普段から殺せんせーの弱点を探って来た。渚だけじゃ無い。みんなで弱点を色々と調べて、殺せんせーに色々な暗殺を仕掛けた。

本当は、その弱点も自分たちで見つけたかった。本当は自分たちで追い詰めたかった。本当は自分たちで…殺したかった。

 

《ドゴォォォン!》

 

そんな事を考えている間にも、イトナとシロの猛攻は止まらず、殺せんせーの足を斬り落とした。殺せんせーは斬り落とされた足を再生させる。

 

「足の再生も終わったようだね。さぁ、次のラッシュに耐えられるかな?」

 

余裕そうに話すシロ。この状況では、俺から見ても殺せんせーが圧倒的に不利だ。ただでさえ触手を使ってる時点でヤバイ相手なのに、その上で弱点の数々をついた。恐らくは、次の攻撃を受ければイトナが勝つだろう。

 

「安心したよ。兄さん、俺はあんたより強い」

 

イトナもそれを確信してるようだった。もう一歩、あと1回で殺せんせーを殺せる域まで達してるのだ。

 

「ここまで追い詰められたのは初めてです。一見愚直な試合形式ですが、実に周到に計算されている。あなたたちに聞きたい事はたくさんありますが、先ずはこの試合に勝たねば喋りそうにありませんね」

「まだ勝つ気かい?負け犬…いや、負けダコの遠吠えだね」

 

…殺せんせーは何かしようとしている。まだ手はあるようだな。

 

「シロさん。この暗殺を考えたのはあなたでしょうが、1つ計算に入れ忘れてる事がありますよ」

「無いね。私の計算は完璧だから。やれ、イトナ」

 

シロの呼びかけに応じ、イトナは触手で殺せんせーに攻撃を仕掛けた。床ごと叩き潰すかのような猛攻。その結果、怪我を負ったのは…何故か、イトナの方だ。

 

「!!?」

「おや、落し物を踏んづけたようですねぇ」

 

殺せんせーはイトナの攻撃が来る一歩手前、その場から移動してた。そして…イトナが殴りつけた床には、対先生ナイフが落ちている。…いつの間に渚が持ってたのを抜いたんだよ。

 

「同じ触手なら、対先生ナイフが効くのも同じ。触手を失うと動揺するのも同じですね。けどね、先生の方が少しだけ老獪です」

 

殺せんせーは先ほど脱皮した表皮でイトナを包み、皮ごと教室に飛ばす。教室に飛ばしたという事は、リングの外に出たという事。

 

「先生の抜け殻で包んだから、ダメージは入ってない筈です。ですが君の足はリングの外についてる。先生の勝ちですね。ルールに照らせば君は死刑。もう2度と先生を殺れませんねぇ」

 

ニヤニヤと笑う殺せんせー、その顔を見れば誰もが拳を入れたくなるだろう。それはともかく…確かに勝敗は決した。

 

「生き返りたいなら、一緒にクラスでで学びなさい。性能計算では測れないもの、それは経験の差です。

君より少しだけ長く生き、少しだけ知識が多い。先生が先生になったのはね。それを君たちに伝えたいからです。

この教室で先生の技術を盗まなければ、君は私には勝てませんよ」

 

…相変わらずいう事はちゃんと先生だ。イトナが死刑なんて望む筈無い。殺せんせーは恐らく、イトナにもこの教室で学ばせたいんだろう。

 

 

 

 

 

「…勝てない…?」

 

あれ?

 

「おれは…?」

 

なんか…ちょっと…

 

「弱い…?」

 

イトナくん…ヤバくない…?

 

「そんな筈ない、俺は…負けない…」

 

ヤベェ、イトナが窓から飛び込んできた。しかもそれだけじゃない。

 

「黒い…触手…」

 

そう、黒い触手になってる。つまり、あいつはキレてる。まさか…勉強嫌い、てやつか…?

 

「俺は強い…!この触手で、誰よりも強くなった…誰よりも!」

 

やばい、そのまま殺せんせーに飛びかかる。殺せんせーを殺せても、あれじゃ俺らにまで攻撃が…!

 

《プシュ!》

 

突然、イトナが止まった。脱力するように、イトナの体が倒れ、眠るように瞼を閉じた。

 

「すいませんね、殺せんせー。どうもこの子はまだ登校できる精神状態ではなかったようだ。転校初日でなんですが、しばらく休学させてもらいます」

 

どうやら、シロが止めたようだった。袖になんか銃が仕込まれており、それでイトナを撃ったのだろう。気を失い、倒れこむイトナを抱えて、シロは教室から出ようとした。

 

「待ちなさい!担任としてその生徒はほっとけません。卒業するまで面倒を見ます。

それにシロさん!あなたからも聞きたい事が山ほどある」

 

…やはり妙だ。殺せんせーはどこか、シロに対して怒りを向けている。恐らくは…いや、確実に触手絡みだろうが…あそこまでムキになる先生は初めて見た。…いや、ムキになる事は珍しくはないが…

 

「嫌だね、帰るよ。力づくで止めるかい?」

 

シロは耳を貸さずにしている。殺せんせーは止めようと肩に触手を伸ばすと、触手が溶けた。

 

「対先生繊維、キミは私に触手1本触れられない。心配せずともすぐに復学させるよ。3月まで時間がないからね。私が責任持って家庭教師を務めた上で」

 

そう言って、シロは教室から去っていく。俺たちはその背中を、何とも言えない虚しさとともに見るだけだった。

 

 

 

 

…でだ。いちおうイトナの暗殺が終わったという事だから、リングにしていた俺らの机を戻してる。だが…そんな事より…

 

「何してんだ?殺せんせー」

「さぁ…さっきからあーだけど」

 

あのタコがさっきから触手を顔に当てて『恥ずかしい恥ずかしい』と言い続けてる。なんかシュールだな。

 

「シリアスに加担したのが恥ずかしいのです。先生どちらかと言うとギャグキャラなのに」

 

自覚あるのかよ…

 

「カッコよく怒ってたね。『どこで手に入れた!その触手を!』」

「いやあぁぁぁあ!言わないで狭間さん!改めて自分で聞くと逃げ出したい!」

 

狭間 綺羅々

このE組の中では最も強い雰囲気を醸し出している女子。趣味は読書、主に怖い系。何だろうな…放っとくと呪い系とかやりそう。

 

「摑みどころない天然キャラで売ってたのに。あぁ、真面目な顔を見せるとキャラが崩れる」

 

殺せんせーの弱点19 シリアスの後我にかえると恥ずかしくなる

 

「大丈夫でしょ。そういうキャラ崩れ、作者の小説では当たり前だし」

「お前は少し大人しくしろよ。現時点で女子の中での登場回数トップ3だぞ」

 

…全て作者(あのバカ)のせいだがな。メタ発言が使いやすいからってホイホイ使うなよ…

 

 

「…でも驚いたわ。あのイトナって子、まさか触手を使うなんて」

 

ビッチ先生の声に思い返す。確かに…触手を使ってきた時には驚いた。ひょっとすると、アレを使う事が1番可能性があるかもしれない。だが…嫌な予感がする。最後に殺せんせーに襲いかかる時のあの狂気、アレはイトナの性格なのか、もしくは…

 

「先生、説明してよ。あの2人との関係を」

「先生の正体、いつも適当にはぐらかされてきたけれど」

「あんなの見たら気になるよ」

「そうだよ、私たち生徒だよ?先生のことよく知る権利あるでしょ?」

 

そう、あんなとこまで見たんだ。イトナの触手に、殺せんせーの弱点を色々と知ってる正体不明のシロ、そして…殺せんせーの激怒。これらは、かなり難しい何かが隠されている。そうとしか思えなかった。

 

「仕方ない。真実を話さないといけませんね」

 

ゴクリと音がする。いわゆる、唾を飲み込む音だ。俺の謎がいよいよ明かされる…!

 

「実は先生…人工的に作り出された生物なんです!」

 

…………

 

「だよね」

「「「「「で?」」」」」

 

「にゅや!反応薄っ!これは結構衝撃的な告白じゃないですか⁉︎」

 

いや、そうは言っても…

 

「自然界にマッハ20のタコとかいないだろ」

「宇宙人でなければそれぐらいしか考えられない」

「で、あのイトナくんが弟だと言っていたから、先生のあとに作られたと想像がつく」

 

「察しが良すぎる!恐ろしい子たち…」

 

何ガラスの仮面になってんだ。そんな難しい推理じゃねぇだろ。

 

「知りたいのはその先だよ、殺せんせー。どうしてさっき起こったの?イトナくんの触手を見て。殺せんせーはどういう理由で生まれてきて、何を思って此処に来たの?」

 

全員の気持ちを代表するように、渚が聞く。俺もそう思ったし、多分みんなもそう思ってる。

 

「残念ですが、今それを話したところで無意味です。先生が地球を爆破すれば、皆さんが知ろうが全て塵になりますからねぇ」

 

……!言うつもりは無いってことか…!

 

「逆に君たちが地球を救えば、君たちはいつでも事実を知る機会を得れる。

もう分かるでしょう。知りたいのなら行動は1つ。

殺してみなさい。アサシンとターゲット、それが先生と君たちを結びつけた絆の筈です。先生の大事な答えを探すなら、君たちは暗殺で聞くしか無いのです」

 

…そうか、結局そういうことか。自分たちのやりたい事、知りたい事があるのなら、それは殺してじゃないと手に入れられないという事か。…やはり、今まで通り、俺たちはこの先生を殺す以外の道は無いという事だ。

 

「質問が無ければ、ここまで。また明日」

 

殺せんせーは教室から出ようとしていったん止まり、恥ずかしい恥ずかしいと言いながら出て行った。…しまらねぇ。

 

 

◇烏間視点

 

今回は結構危うい暗殺者だった。最初にあのタコの弟だと名乗った時は驚いたが、あの触手を見て納得した。恐らくイトナくんは、あの研究に関わった者から触手を受け渡されたのだと考えられる。

そして今回はシロと名乗った男に逃げられた結果となった。律の時みたいに、クラスメイトに溶け込むという形にはならなかった。

これで転校生暗殺者は、残り1人となった。2連続で暗殺に失敗した事で、上のものは何らかの手立てを施す可能性がある。以降も気が抜けない。

 

「烏間先生」

 

校舎の外で仕事をしていると、生徒たちが俺のところに来た。

 

「君たちか、どうした?大人数で」

「あの…もっと教えてくれませんか?暗殺の技術を」

「…今以上にか?」

 

……今でもかなりの訓練を行っているが、それよりもっと多く学びたいという事か…?

 

「今までは、結局誰かがやるんだろうとどこか他人事だったけど…」

「ああ、今回のイトナを見て思ったんだ。誰でも無い、俺たちの手でやりたい、て」

「だから限られた時間、やれるかぎりやりたいんです。私たちの担任」

 

……………………

 

「殺して、自分たちの手で答えを見つけたい」

 

意識が1つ変わったな。いい目だ。

 

「分かった。ではこれからの練習も、より厳しくなるぞ。では早速新設した30メートルロープ昇降、始め!」

「「「「「厳しっ!!」」」」」

 

まだ生徒たちも訓練を始めたばかり、これからの成長も期待できるな。

 

 

 

◇学真視点

 

より厳しくなった放課後練習が終わり、帰宅している。因みに1人だ。そりゃもう直ぐ家だし。

帰る間、俺の頭には1つの考えがよぎる。おそらく、イトナのことだ。

 

『俺は強い…!この触手で、誰よりも強くなった…誰よりも!』

 

イトナのあれは、強さに対する執念だった。自分が誰よりも強いこと、つまり最強であることに拘っている。

その気持ちは凄く分かる。強さは武器だ。誰にも劣らず、あらゆる物を得る事が出来る。そのための有効なカードだ。

俺も一時期それを求めてた。いや…求めさせられてた。親父の教育論上、誰よりも強くならなければならない。誰でも勝たなければならない。そう諭され続けて、ガムシャラだった時期がある。

だが、それだけに執着してはいけない。強さだけでは手に入れられない物もある。逆に、強さだけでは失うものもある。それは、かけがえの無い物だ。

 

『…!……な!……くれ!…!』

『俺を1人にしないでくれよ!』

 

瞼を閉じると、あの光景がハッキリと浮かび上がる。あの残酷で、悲惨で、思い出したく無いのに記憶にハッキリと残っているあの光景。あれこそ当に…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんかガラにもなく思いつめちゃってる顔してるね〜、気持ち悪っ」

 

…!この声…

 

目の前にはいつの間にか、あいつがいる。なんで、お前が俺の家の前に…?

 

 

 

 

 

「久しぶり、学真くん」

「………窠山…!」

 

 

 

1学期中間テストで学年3位を取ったA組の生徒、窠山 隆盛がおれの前に立っていた。

 

 

 




学真くんはイトナくんの強さに対する執念に若干違和感を感じています。これは彼の過去とも関係があるんですよねー。

そして学真くんが窠山くんと接触しました。この後どうなるんでしょうか?

次回『球技大会の時間』


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第26話 球技大会の時間①

いよいよ球技大会、多分6回掛かるかなと思います。折角なのでオリジナルも混ぜまーす。


◇渚視点

 

放課後特訓が終わり、みんなが家に帰る頃、僕は学真くんの家に向かっていた。今日日直だったせいもあって、教室の点検をしていると、学真くんが携帯を忘れていってた。明日になれば教室に来るだろうけど、物が携帯だ。学真くんの家は、前に行った事があるし、届けに行こうとしていた。

学真くんの家…正確にはアパートの前に着くと、学真くんがいた。携帯を渡すために歩こうとしたけど、その足は止めた。いま、学真くんは別の誰かと話していた。

 

 

「随分懐かしいね〜、1ヶ月…いや、2ヶ月ぶりかな?E組に落ちて、さっぱり会わなくなったんだし」

 

懐かしい…?ひょっとして、学真くんが前にいたクラス…A組のクラスメイト?

 

「テメェとお喋りする暇はねぇ、窠山。何しにおれの家の前に来た」

 

窠山…どこかで…あ!中間テストで3位の人だ!確か、学真くんは何気なく、卒なくこなす人って言ってたけど…

 

「京都で、君を見たよ。随分仲良くしてるようだね、E組と。祇園で班行動しててさ。楽しそうだったなー。『暗殺にピッタリ』とか訳わかんないこと言ってたけど」

 

え…それって、修学旅行で狙撃スポットに向かってた時?

危なかった。その時に殺せんせーのことを話していたら、秘密が漏れることになってた。でも、なんで…祇園に来てたんだろ。

 

「…妬みを言うために来たのか?」

「それもあるねぇ。僕たちと一緒にいた時より楽しそうだもん。なーんか羨ましくってさ。クラスメイトと仲良く青春満喫してる、て感じがさ」

 

…シロさんも掴み所は無かったけど、この人も掴みづらい。口では普通にお喋りをしているけど、なんか乾いてる。何となく…裏があると思わせるような感じがする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつまで本性を隠す気でいるの?」

 

 

 

……本…性………?

 

 

「…どういう事だ?」

「いつまで装っているつもりでいるの?て事。全く危険のない人間を演じてE組と仲良く過ごす。いい人だと思わせといてね。あー、怖い。君に騙されて信じているなんて、流石にE組の人たちが可哀想に思えてくるよ」

 

装う…?演じる…?一体何を言ってるんだろう、この人は…

 

「…おれはあいつらを騙してるつもりはない」

「またまた〜、じゃあ君のしでかした事を彼らは知ってんの?」

「それは…」

「ほーら、知らせて無いじゃん。警戒されると不都合だから黙ってるんでしょ?」

 

…学真くんが、かなりキツそうな顔をしてる。…なんか、あの人って、学真くんの過去を知ってるのかな?

 

「ま、楽しい学校生活ももう終わりだよ。もう直ぐ、君たちには地獄が待ってる」

 

地獄…そうだ、もう直ぐであのイベントが起こるんだ。

 

「球技大会、これで君らは大きな傷を残す事になる。それを楽しみにしてるよ。堕ちたエリートくん」

 

そう言い残して、窠山と言っていた人はどこかに行ってしまった。…結局何がしたかったのか分からなかったけど、嫌な予感しかしない。

取り敢えず、僕は学真くんに携帯を渡すため歩いて行った。

 

「学真くん!」

「ん?あぁ、渚か…どうした?」

「教室にコレ、忘れていってたよ」

 

携帯を学真くんに手渡した。それを見るなり、学真くんは鞄のポケットを探る。いつもならそこに入れてるんだろうか。

 

「へ?マジでおれのだ…悪りぃな、今度奢る」

「あ、うん…ねぇ、さっきの人…」

「…ひょっとして…聞いてたか」

 

学真くんに、さっきの人の事を聞こうとすると…ちょっと暗い顔をしてる。…やっぱり、辛いのかな。

 

「あ、悪いとは思ったけど、聞こえちゃったんだ。別に嫌な事だったら…」

「どこまで聞いた?」

 

気を張り詰めないよう声をかけようとすると、逆に聞かれた。一体何をどこまで聞いたのか、という事だろう。

 

「えっと…本性を隠してるとか…学真くんが何かしでかしたこと、て…」

「そうか…」

 

学真くんは何かを考えているように眉を顰めた。なんて言おうとするべきか考えているんだろうか。

 

「…渚」

 

学真くんは僕を見た。その目は、真剣だった。

 

「詳しく言えなくて悪いとは思ってる。お前にしてみりゃ不審かもしれない。だけどこれだけは信じてくれ。

 

 

 

 

俺はお前らを、騙したりはしていない」

 

 

学真くんは、隠し事は有るかもしれないけど、いつだって僕らと真剣に向き合ってくれた。理事長の息子だからと若干距離を開けるクラスメイトにも嫌な顔1つせずに接して、クラスメイトが嫌な目にあった時も本気で怒ってくれた。

…分かってる。学真くんは人を悲しませるような嘘はつかない。昔あった事を知ってる訳じゃ無いけど、なぜか、そう思えた。

 

「うん、分かった。疑ったりはしないよ」

「…悪いな。じゃ、また明日」

 

学真くんはその後マンションに帰っていった。彼がいなくなるのを見て、僕も家に向かって歩き出した。

 

 

 

 

◇学真視点

 

 

「クラス対抗球技大会…ですか。健康な心身をスポーツで養う。大いに結構!…ただ、トーナメント表にE組が無いのはどうしてです?」

 

窠山に会って数日後、殺せんせーはもうじき行われる球技大会の予定表を見ている。因みにトーナメント表にE組が載ってない理由は三村くんが言います。

 

「E組は本戦にエントリーされてないんだ。1チーム余るっていう素敵な理由で。その代わり大会のシメのエキシビジョンに出なきゃなんない」

「エキシビジョン?」

「要するに見せものさ。全校生徒が見てる前で、男子は野球部の、女子はバスケ部の選抜チームとやらせんだ。

一般生徒のための大会だから、部の連中も本戦に出れない。だからここでみんなに力を示す場を設けたわけ。

トーナメントで負けたクラスもE組がボコボコに負けるのを見てスッキリ終われるし、E組に落ちたらこんな恥かきますよって宣伝にもなる」

「……なるほど、いつものやつですか」

「そう」

 

と言うわけだ。俺たちにとって集会の次に恥ずかしい機会である。本当にヒデェ話だ。

 

「でも心配しないで殺せんせー、暗殺で基礎体力ついてるし、良い試合して全校生徒を盛り下げるよ。ねーみんな」

「「「おー」」」

 

女子の方はかなり良さげだ。スポーツ万能の片岡なら、見ている生徒を盛り下げるぐらいの接戦を作れるだろう。流石はイケメグ。

 

『お任せを、片岡さん。ゴール率100%のボール射出器を製作しました』

「あ、いや…律はコートに出るにはちょーっと四角いかなーっと…」

 

…まぁそうだよな。練習で付き合える程度だろ律は。

 

「俺ら晒し者とか勘弁だわ。お前らで適当にやっといてくれや」

「寺坂!ったく…」

 

寺坂組…寺坂と吉田と村松は教室から出て行った。うーん…あいつらは相変わらず非協力的なんだよな。

 

吉田 大成

何と言ってもドレッドヘアが特徴的。顔つきもかなり悪い。実家がバイク屋とかでかなりバイクマニア。…無免許運転とかすんなよ。

 

村松 拓哉

金髪で出っ歯、基本的にニヤけた顔をしている。こいつは実家がラーメン屋であり本人曰く『クソ不味い』だそうだ…どんな味だよ。

 

因みに俺とも上手く行ってない3人組でもある。…まぁ、面白く無いんだろ。俺がここに入ってきた頃、寺坂にはキツく当たったし。

 

「野球といえば頼れるのは杉野と…学真も元野球部だっけ?」

「まぁ…2ヶ月しかやってないけど」

「いや別に良いけどさ、なんか勝つ秘策ねーの?」

 

勝つ秘策ねー、野球部に勝つのはかなりキツいと思う。…アイツもいるし。

 

「…無理だよ。最低でも3年間野球してきたあいつらと…ほとんどが野球未経験者のE組。勝つどころか勝負になんねー。

それにさ。かなり強ぇんだうちの野球部。特に今の主将 進藤。豪速球で高校からも注目されてる。

俺からエースの座を奪い取った奴なんだけどさ」

 

ほとんどが杉野の言う通りだ。進藤 一孝、あいつの豪速球は途轍もなく速い。入り始めの頃は俺もそこそこ打ててたが、だんだんとスピードが速くなっていった。恐らくは…130キロは超えてるだろう。

 

「勉強もスポーツも一流とか、不公平だよな人間って…だけどさ」

 

お?なんか杉野がマジ顔になった。

 

「だけど勝ちたいんだ、殺せんせー。善戦じゃなくて勝ちたい。好きな野球で負けたくない。野球部追い出されてE組になって…むしろその想いが強くなった。E組とチームで勝ちたい!」

 

…杉野は、かなり積極的になった。俺と一緒にいた野球部では、自信が無くなって弱気になってた。たぶん、殺せんせーの教育のおかげだろうな。『まぁでも、無理かな殺せんせー』と杉野が話しかけると…

 

ユニフォームを着て顔が何故か野球のボールになってる殺せんせーがウキウキしていた。

 

「お、おう…殺せんせーも野球したいのはよく伝わった」

「ヌルフフフ、先生一度スポ根ものの熱血コーチをやりたかったんです。殴ったりは出来ないのでちゃぶ台返しで代用します」

「用意良すぎだろ!」

 

…殺せんせーのこういう斜め上の準備の良さは見習うべきなのか?

 

「最近の君たちは目的意識をはっきりと口にするようになりました。殺りたい、勝ちたい…どんな困難な目標にも揺るがずに、その心意気に答えて殺監督が、勝てる作戦とトレーニングを授けましょう」

 

杉野の想いは、殺せんせーに伝わったようだ。殺せんせーは、生徒の想いを正面から受け止め、それを叶えるために色々と工夫を凝らしてくれる。俺らには本当に頼もしい先生だ。

よっしゃ、杉野があそこまで言ったんだ。俺も、一肌脱ぎますかね。

 

 

 

 

 

 

 

そんな訳でグラウンドでござる。野球は外でやるからな。天気も良いし、野球が終わったら何かで遊びたいな。

 

「じゃあさ、釣りとかどう?」

 

…カルマは口にした覚えのねぇ言葉に答えやがった。釣り…か。この時期だと何が釣れるんだ?

 

「夏場はヤンキーが旬なんだ。渚くんをエサにカツアゲを釣って、逆にお金を巻き上げよう」

 

…ヤンキーに旬とかあるのかよ。

 

 

 

『1回戦終了ー!!A組対B組は、A組の勝利です!』

 

1回戦が終わったようだ。やっぱりA組か。

 

「やっぱりA組すげぇよな。B組も結構強いのに」

 

前原の言う通り、決してB組は弱くはない。野球部は出てないものの、その他の運動部もいるんだ。運動神経だけで言えばA組に劣ってはいない。

…にしても、A組に兄貴はいねぇな。何か理由があるのか、それとも出る必要無いという意味か…

それを抜きにしても、A組には厄介者がいる。数週間前、俺の家で嫌味を言いにきた窠山だ。正直言って、兄貴の次に厄介だと思う。それも、性格的には兄貴より最悪だ。アイツがいるから、A組の勝利は揺るがな…

 

《グワッキィィィィン!!》

 

んあ?なんか凄え音。

 

『な、ほ、ホームラン‼︎どんな馬鹿力をしてるんだ⁉︎D組が1点取りました!』

 

あー、そういや、D組にはアイツがいたな。

 

 

 

◇窠山視点

 

クラス対抗球技大会、野球場で2回戦を見ていた。学秀くんは用事があるからとこの試合には参加していない。で、この試合はD組が有利だ。恐らくキーマンは、アイツだ。

 

黒崎 裕翔

 

中間テストで見事2位を叩き出した男だ。風の噂じゃああいつは赤羽 カルマと喧嘩で対等だとか。恐らく本当だし、それを抜きにしてもアイツの身体能力は化け物並だ。京都で僕の()()を全滅させたしね。

 

「おい窠山、大丈夫なのか?俺たちが優勝しないと、全校生徒に遭わす顔がねぇぞ」

 

五英傑の1人、瀬尾くんが心配そうに尋ねてくる。まぁ…心配事は最もだね。

 

「そうだねぇ…黒崎と身体能力で勝てる人なんて、学秀くんぐらいでしょ。野球チームのみんなではアイツに勝てない」

「おい!!?」

 

おお慌ててる慌ててる。コイツの慌ててる顔はマジで笑えるんだよねぇ、アゴもデカイし。

 

「おい!ちょっと真面目になれよお前!」

「真面目に考えてるよ。瀬尾くんの面白顔を見ながら」

「そういうの真面目って言わねぇよ!」

 

うん、ツッコミも素晴らしい。

 

「大丈夫だって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あいつには1つだけ弱点がある。それも致命的な」

 

 

 

 

 

「へ?弱点?あの試合にはそんなの全く分かんなかったけど…」

 

 

まぁ分かんないだろうね。少なくともあの試合では出なかっただろう。だが僕と戦うとなれば、別の話だ。

 

 

 

僕の手下を虐めてくれた借り…ここで返すよ、最強の黒崎くん。

 

 

 

 

◇学真視点

 

『試合終了ー!2回戦はD組の勝利です!』

 

2回戦はD組の勝利で終わった。やっぱり強いな、黒崎。

 

「凄い…いつの間にか、どんどん強くなっていく」

 

渚はその試合を見て、感心している。…多分、八幡さんのとこに通ってたこともあるんだろうな。あの人筋トレとかガチでやらせるし。

 

「って事は…決勝はA組対D組か」

「そうだな…どっちが勝つと思う?」

 

磯貝が言うように次はA組とD組のバトルだ。それを聞いて、前原がどっちが勝つかと聞いている。

 

「僕としては…D組に勝ってほしいかな」

「…黒崎がいるからか?」

「うん、黒崎くんは色々と世話になったし…負けて欲しく無いかな」

「良いね〜、渚くんのタイプ?」

「違うよ!僕男だし」

 

カルマは黙っててほしい。まぁ渚の言うように、黒崎には勝ってほしいと思う。てか、多分兄貴無しのA組じゃ、アイツには勝てねぇだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰だ、コイツいま余計なフラグ立てやがったなとか思った奴。

 

 

 

◇三人称視点

 

『それでは、決勝戦、A組対D組の試合を始めます!』

 

球技大会の決勝戦が始まった。攻守を決めるため、各チームの主将がじゃんけんをしてる。その結果は、先攻はA組だ。

 

因みに主将は、窠山(A組)と、黒崎(D組)だ。

 

「それじゃ良い試合しようぜ、黒崎くん」

「あぁ、全力で叩き潰す」

 

じゃんけんの後握手をする2人組。だが…

 

《ゴゴゴゴゴゴゴ…》

 

「ちょ!?怖い怖い!何やってるんだお前ら!」

 

邪悪というか、険悪というか…取り敢えずその握手は爽やかなものとはかけ離れていた。

 

そして、守備側になったD組が守備配置についた。

 

『それでは、試合開始です!』




原作ではエキシビジョンしか無いですけど、E組以外にオリキャラがいるので折角ですし決勝戦を行います。予定としては2,3話目が決勝戦、4,5,6話目がエキシビジョンです。

そんな訳でA組対D組、どちらが勝つでしょうか?次回もぜひ宜しくお願いします。


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第27話 球技大会の時間②

今回は野球について書いてますが、作者は野球について素人ですのでお手柔らかに…


A組の先攻となり、D組が守備位置に着いて軽くキャッチボールをした後、1番の打席の人が準備を整えた。D組のピッチャーは黒崎である。

 

「プレイ!」

 

審判の先生の声を合図に、黒崎は1投目を投げる。若干高めの鋭いストレート、バットがボールに当たる事なくボールがグローブに当たる音が大きく響く。

 

「…すげぇストレートだな」

「およそ128キロ…中学レベルじゃなかなか打てねぇよ」

 

学真と杉野が感心するのは最もだ。黒崎の投球は素人では到底投げられないものである。中学生では打てないだろう。

一見黒崎のコンディションは良好のようだ。しかし、調子というのはちょっとした事で崩れるものだという認識が、この2人にはまだ無かった。

 

 

 

1回戦表は三連続三振で終わり、攻守交代になる。D組の先頭バッターは、黒崎だ。

 

『1番、ピッチャー、黒崎くん』

「プレイ!」

 

アナウンスと審判の声を合図に、A組のピッチャーがボールを投げた。内角ちょい高めのストレート、野球未経験者でありながら、かなり上手だ。

 

《ゴワッキィィィィン!!》

 

だが、そんなファインプレーもお構い無しに黒崎は大きな当たりを出す。ホームランとは行かなかったが、フェンス直撃の強打だ。

 

『すごい当たりだ!打球はフェンスに当たる!その間も黒崎くんは着々と塁を踏んでいき…三塁打!出だしから好調だ!』

 

会場の雰囲気が、D組優勢の雰囲気に包まれる。あのような強打を見れば、誰でも興奮するだろう。

 

「どんな球でもお構いなしだね。本当、カッコよすぎて腹立つ」

 

それは窠山も正直に感心するほどだった。打者にとっては打ちやすい球種があり、大抵は絶好球が来るまで粘るのが定石。だが黒崎は1回目から全力で打ちに来ている。飛距離にブレがあるものの大きい事に変わりはない。それを可能にしているのは、黒崎の化け物じみた身体能力だった。

 

「おい!呑気に感心してる場合かよ!もう少しで1点取られんぞ!」

「いやだって真面目に凄いじゃん?あんな化け物じみたスイングなんて、そんじょそこらの野球選手でも出来ないよ。でもね…それだけで勝てると思ったら大間違いだ」

 

ヘラヘラとした感じが、一気に豹変して怖い雰囲気を醸し出す。その様子に、チームもビビってしまった。

 

「ちょいとターイム、話してくる」

 

窠山は審判にタイムを申し込んで、ピッチャーの田中に駆け寄った。

 

 

 

「すげぇ!いきなりタイムとらせたぜ!」

 

杉野が思う通り、黒崎の強打によってA組がタイムを取った。側から見ればそこまで追い込んでいると見えるだろう。

 

だが、必ずしもそうではないと思ってる人もいた。学真である。

 

(…一体何をする気だ、アイツ)

 

学真が見てるのは、ピッチャーに近づいていく窠山だった。窠山がこういう時手を打たない訳がない。この後何をしてくるのか、学真はそれが不気味でしょうがなかった。

 

 

 

「田中くーん、ちょっとショック受けてるね」

 

ピッチャーの田中は、窠山からそう言われて一瞬驚くように反応した。それだけ、責任を感じていた。

 

「ご…ごめん、俺のせいで三塁打に…」

「あぁ〜良いの良いの。アレはしょうがないって。寧ろ『ホームランじゃなくてラッキー!』と思わないと」

 

窠山の言っている事は凄い楽観的だ。田中にとってはそれで済まない理由になる。

 

「でも…次、俺のミスで1点取られたら…」

「…おいおい、何を言ってるんだい?1点取られても痛くもないでしょ」

「え…」

 

窠山の言っている事が分からず、聞き返した。この時、ピッチャーの田中は気づいてない。先ほど自分が感じていたプレッシャーが無くなっている事に。

 

「野球未経験者が、完全試合とか出来るわけないでしょ?僕もパラプロとかでは完全試合なんて無理だし。

ゲームでもさ…全くの失点無しでクリア出来るのはTASさんぐらいなんだよね。あ、でもやりこんでれば別か。まぁ要するに、何も完璧を目指さなくても良いんだ。最終的に勝てば良かろうなのだ!的な。

大丈夫、黒崎くんみたいなド派手なプレイが出来ない地味キャラの田中くんでも、試合が終わればこの球技大会のヒーローにしてあげる。

 

…思いっきり投げろ。言われた通りに」

 

地味キャラ、という所に悪意を感じながらも、田中は吹っ切れた。さっきまでの不安そうな表情とは打って変わり、自信に満ちた顔をしていた。

 

「…ああ!」

 

強気の返事、それに窠山は満足して守備配置についた。

 

 

 

タイムが終わり、試合再開となる。すると、守備側が配置についた。

 

『おや⁉︎A組は守備位置が若干前進している!前進守備か⁉︎』

 

「前進守備?」

「主にゴロ対策だな。三塁にランナーがいると僅かなタイムでもホームにたどり着いてしまうから、ゴロによるタイムロスを少なくしている。だが…」

 

アナウンスの言葉について質問している渚に、答えを言う学真、そう言いながら怪訝な顔をしていた。前進守備はデメリットは当然ある。前進して打者に近づいたという事は強打の対処に遅れる事とイコールになる。ちょっと強めの強打(ライナー)なら抜けれる可能性が上がるという事だ。素人だけで組まれたチームの守備でそれを無くすことなどあり得ない。

 

一方の田中は落ち着いていた。窠山との対話で焦りは全て消えた。言われた事を、全力で。それだけを心に留めて、ボールを投げた。

 

《グン!》

「うお!?」

 

何ともないストレート、それも黒崎のような速さは出てない。だが、バットに当たったボールは、弱々しく打ち上がり、一塁の選手にキャッチされてしまった。

 

「え?内野フライ?」

「どうしたんだ?一体…」

 

E組の生徒らがその様子に唖然とする中、次の打者も同じようにセカンドへのフライとなった。

 

「…2連続?一体どうして…」

「あー、それはだな…」

 

2連続で内野フライになる事に疑問を口にした渚に、学真は答えた。

 

「野球で打者がボールを飛ばす時に必要なのは、スイング、パワー、タイミング、そして、打点だ。

打点ってのは言うなればボールに当てるバットの位置だ。ジャストミートが打てる打点は大体決まってるし、できる限りグリップ…バットを握る所から離れた方が飛びやすいんだ。テコの原理とか、回転運動とかの関係だろうな。

いま投手は、打者に若干近い所に投げている。するとバットの根元に当たる事になるから、力が入りづらい。しかも、前進守備だからゴロとかには出来ないっていうプレッシャーにより、無理に上げようとして浅いフライになってしまう。

もちろん野球経験があれば、無茶な体勢でも遠くに飛ばせるんだろうし、大抵はボールになるから見逃すっていう選択肢があると思う。けどD組は殆どが野球に関して素人、しかも見た感じ黒崎以外はスポーツがあまり出来るタイプじゃないし、結果フライになってしまうんだと思う」

 

渚は、学真の説明を何となく理解した。説明している間、学真は苦い顔をしている。それが窠山に対するものだと直感的に理解した。

 

「…凄い作戦だね。頭が良いというのかな?」

「どっちかっつうとずる賢いんだと思う。アイツは典型的な結果主義だ。過程とか努力とかじゃなく、最終的に評価されるのは結果だけである、ていう感じだ。

そして知識とか力というのは、それに持っていくためのツールに過ぎないもので、如何に勝ちに持っていくように使うかっていう事で頭が働くんだと思う」

「過程より結果を重んじるタイプですか。確かにそう考えれる人はある意味優位に立てますね」

「あぁ…ておい。ホイホイ出てくんなよ国家機密が」

「大丈夫ですよ。生徒たちも試合に集中してるし、完璧な変装だからバレませんよ」

 

自信満々に殺せんせーは言う。だが最近妙な生物が学校にいると言った『椚ヶ丘中学校七不思議』となってる事にE組は知る由は無い。

 

「それに、1度見ておきたかったんですよ。黒崎 裕翔という男を」

「…知ってんのか?」

「烏間先生から教えてもらいました。それで学真くん、君の言う『私の事を知ってる生徒』とは…」

「あぁ、アイツだ」

 

以前烏間に、『E組以外の生徒で暗殺の事を知る機会があるか?』と学真は聞いた事がある。勿論そんな事無いが、烏間も学真にそう言われた事が気になり調べていた。

 

《ドバン!》

 

学真らが話している間に、次の打者の順も終わった。また内野フライで終わったのかと学真は思った。

 

「おい!いま全力で走らなかっただろ!」

 

だが様子が少し違うようだ。ボールはファーストが持っており、黒崎はホームベースに立っていた。そして、次の打者は一塁付近にいる。この時点で、フライでは無かったのだと悟った。だが、黒崎が叫んでいるのが何でか分からなかった。

 

「…どうした?」

「…今回はゴロだった。フライが来るものと思っていた内野は対処に遅れて若干手こずってた。そこで黒崎がホームまで戻り、あとは打者が一塁踏めば1点入っていた。けど…もう直ぐ一塁ってところでセカンドがファーストにボールを投げたのが見えたのか、足を緩めた」

 

学真がカルマに事の顛末を聞く。つまり、ギリギリの勝負になった時に、チームが諦めてスピードを緩めてアウトになった。それに、黒崎は怒ったのである。

 

「…これは不味いですね」

 

学真が聞いている時に殺せんせーが言った言葉の意味が、学真には分からなかった。だが、その意味は聞くまでも無かった。この後直ぐ、分かることになるからである。

 

 

 

 

「なんで最後足を緩めた。勝手に諦めて何になるんだ」

 

黒崎は途中で走るのを辞めた打者に向かって怒声をかけた。一方叱られている男は苦虫を噛み潰している顔だ。

 

「いやあんなの無理だよ。頑張ったところでどうせアウトだ。ムダな努力だよ」

「途中で勝手に諦めてんじゃねぇ。まだ分かんなかっただろ。全力を尽くさないで無理だとか言うな!」

 

男が『無理』と言ったことに更に腹を立てる。黒崎にとっては頑張りもしないで無理と言うのが許せないものなのだ。

 

「…何でそんなムキになるんだよ」

「なに…?」

「たかだか学校行事だろ。勝ったって表彰が出るくらいで何にもならない。それで必死になるとか訳ワカンねぇよ」

 

「おい!さっさと守備につけ!時間が押してるんだよ!」

 

途中で先生の声がかかり、黒崎は舌打ちしてクローブを取りに行く。その背中を、怒りの感情を抱いて見る者と心配そうに見る者、そして…

 

 

 

 

 

 

「そろそろかな〜、黒崎くんの悪夢は」

 

 

 

 

ニヤけて見る者がいた。窠山は怪しい笑みを浮かべてベンチに入った。

 

 

 

2回目表、黒崎の投球を打つ者はいなかった。次から次にストライクを出していく。一見問題なさそうに見える。だが…

 

《バスッ!》

「あ!」

 

黒崎の投げたボールをキャッチャーがキャッチ出来ずに落としてしまった。原因は、注意不足だった。

 

「ぼーっとするな!危ないだろ!」

「…ッ!」

 

再びの黒崎の叱責、それにキャッチャーは歯ぎしりをする。それは、苛立ちの証拠でもある。

 

「うるっせーんだよな黒崎の奴」

「小さい事でガタガタ小言を言ってさ。不愉快だぜ全く」

 

外野(ライトとセンター)で田中と高田が黒崎をディスる。小言を言う黒崎は、彼らにとっては負担になっている。

 

 

 

 

 

「なんか…不味い空気じゃねぇか?」

 

不穏な空気を感じて、学真は心配そうに言う。さっきからD組のミスが連発している。恐らくは集中力が欠けているのだろうと分かったが、それにしても妙だと感じた。

 

「彼は恐らく結果より過程を重んじるタイプでしょう。結果ではなく目の前のことに必死になれるかどうか。その結果敗北すれば次のための教訓にする。そういう意味で窠山くんとは真逆でしょう。

ですが…彼の言ってる事は、レベルが高すぎる。勿論間違った事は言ってないし、私から見てもその通りだと思います。ですが…正論は付いていけないものにとって傷つくものにもなるのです。

彼が正論を言って叱れば叱るほど、彼から心を離してしまいます。そうなると…チーム戦では不味い状況になりかねません」

 

殺せんせーは先ほど、『不味い』と言っていた時は何となくこのようになるのではと予感していた。そして、その予感は当たった。だがこれだけでは無い。殺せんせーは、これが行き過ぎた時の最悪の事態も予測した。

 

 

 

 

2回目裏、D組の攻撃。だが投手の鋭い投球にD組は手も足も出せないと言った感じだ。

 

『アウト!チェンジ!』

 

スリーアウトとなり、D組は守備の準備をする。

 

「…ダメだな。もう勝てない」

 

1人の男が、弱音を呟いた。彼だけじゃない、他の者たちもそう思った。たった1人を除いては。

 

「まだ諦めるな。コッチだって相手の攻撃を凌いでいる。これから対処していけば…」

「ウルセェな!もう良いだろ!」

 

諦めるな、と喝を入れようとした黒崎に、1人の男が怒り出した。

 

「テメェは比較的に上手く行ってるからそう思ってんだろうがよ!こんなんで足掻いたって何にもならない!それでもまだ戦えとか言うのか⁉︎ふざけんな!もう負けでもいいだろ!」

「…負けたくないとは思わないのか」

「知るかよ!負けたところで何の恥にもならねぇ。どうせならとっとと負けてE組(ザコ)どもの試合見てスッキリすれば良いじゃねぇか!」

「テメェ…!」

 

「いい加減にしろ!もめてないでさっさと守備につけ!」

 

喧嘩ばかりしてなかなか守備位置につこうとしない生徒らに、先生はさっきより強めに叱った。それに従って、D組のメンバーは守備位置につく。だが、D組の雰囲気は更に悪くなる一方だった。

 

 

 

 

「すげぇよ田中くん、調子上がってるね」

「あぁ!シックリ来る!」

 

ベンチに向かいながら、窠山は田中に賞賛の言葉を述べる。田中はかなり嬉しそうだ。いつもよりいい成績を残しているから。

その間も、窠山は黒崎の様子を見ていた。D組のメンバーと一悶着あったのを見たのである。

 

(…やはりチームメイトとは上手くいってないようだねぇ)

 

試合が始まる前、窠山が言っていた『黒崎の致命的な欠点』とは、正しすぎる事だった。正しく、そして厳しく生きるというのは、自らを強くするのには役立つ。

だが他人と関わる時に、それは時に綻びとなる。厳しくすればするほど、他人との距離が遠くなってしまい、その結果、自分の言う事が周りには伝わらなくなる事に成りかねない。

必要なのは、他人を如何にその気にさせるか。正論だけでは動かないものもいる。動かすためには柔軟に接する必要がある。

窠山はそれに優れていた。『他人のやる気を引き出す方法』を、()()()()()から教わった事がある。その為、田中やチームメイトを引っ張っているのだ。

しかし、彼の真骨頂はそれだけじゃない。

 

「さぁて、そろそろ終わらせようか」

 

窠山はバットを持って打席についた。

 

 

 

 

 

『8番、センター、窠山くん』

 

アナウンスがして、審判が開始の合図を出す。投手の黒崎は、かなり焦っていた。チームはもう既に諦め気味で、モチベーションもかなり悪い。そんな時に、もし打たれれば、流れを一気に崩れる恐れがある。この回を、何としても無失点に抑えないと、負けが確定してしまう。

 

 

 

悪い予感が過ってしまい、彼は頭を振る。だが考えないようにすればするほど、それが余計鮮明になっていく。

 

 

 

 

 

 

 

チームは言った。学校行事程度で必死になる必要はないと。確かにそうかもしれない。勝ったところで何の得も無い。

だが、それでも負けたく無いと思う。目の前の勝負には全力で挑まなければならない。たとえ結果が無意味でも、その過程が無意味にはならない。全力で、全身全霊で、相手に勝つつもりで挑まなければならない。

 

だから…

 

 

 

 

 

 

「負けてたまるか…!こいつらに…勝つ!」

 

 

黒崎は力を振り絞ってボールを投げた。

 

 

 

 

 

「バカ黒崎!力任せに投げると…!」

 

 

観客席から、学真の声が聞こえる。その声に我にかえるが、もう既にボールを投げてしまった。

 

「しまっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この時を…待っていた!!」

 

 

《ゴワッキィィィィン!》

 

 

黒崎の投げたボールは、窠山に捉えられ、高く打ち上がった。

 

『打ったーー!打球は右に大きく伸びる!そして…入ったぁぁぁ!ホームラァァン!』

 

実況の声が明るくなるように、打球は観客席まで飛んで行った。文句無しの、ホームランだ。

 

「フゥゥゥゥ!!ビクトリィィィ!!」

 

打った窠山は2塁3塁と軽やかに走っていき、ホームベースを踏みながら大きく叫んだ。

一方、黒崎は唖然としていた。彼は最後にミスをした。感情的になり過ぎて冷静になれずに投げてしまった。

 

 

 

『選手交代のお知らせです。ピッチャー黒崎くんに変わりまして…』

 

 

 

アナウンスの声で、黒崎はショックを受けた。ピッチャー交代という事は、黒崎が下げられたという事になる。

 

 

 

「ピッチャー交代だってよ。いい気味だぜ」

「ハハッザマァ」

 

 

田中と高田の声も彼の耳には届かない。黒崎は、おぼつかない足取りで、ベンチに向かった。

 




黒崎くん、無念の退場。D組はかなり非協力的にしてます。私も書いてて彼が可哀想になりました。
窠山くんはおっそろしく頭が切れる奴です。最後の黒崎くんのピッチングミスとはどういう事なのか、次回に詳しく書きます。


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第28話 球技大会の時間③

「ころきゅー」に最近ハマった。キャラクターが可愛いよねアレ。


『試合終了〜!6対0!トーナメント野球3年は、A組が優勝です!』

 

放送部の部長が大きな声で語ると同時に、A組は歓喜している。黒崎が交代して以降、バンバン打たれて6点も取られた。対してD組は誰も塁に出る事なく試合が終わった。

 

「黒崎の投げたボールが打たれてから、A組の快進撃は止まらなかった…というわけだよね」

 

カルマの言う通りだ。窠山が黒崎のボールを打ってホームランにした後、黒崎が退出した事とA組の調子が上がった事が合わさって一方的な試合になった。

…おそらくは、窠山の描いた通りなんだと思う。D組の士気が下がるのも、最後に黒崎が焦る事も、そして…黒崎が下げられる事も。あいつの思い描いた展開通りに進んで、A組がD組に完全勝利した。

…さすがに、親父の『教育』を受けただけはあるよな…

 

 

 

◇窠山視点

 

今回の試合はA組の圧勝だった。うん、この結果なら学秀くんも文句無しでしょ。試合中に僕が言った通り、田中くんはこの試合のヒーローになってた。

 

「お疲れさま〜カッコ良かったよ田中くん。実は私ずっと前から田中くんのこと…ハッ!」

 

…あれは…口説き女の土屋さんだっけ?あの人に目をつけられるなんてモテモテだね〜、明らかに瀬尾くんに睨まれてるけど。

 

「あの時黒崎の投球をよく打ったな。正直、お互いに一点も取れずに延長戦になるかと思ってたけど…」

 

チームメイトから讃えるように僕を褒める。まぁ黒崎くんの投げたボールを打てるなんて誰も考えたりはしないでしょ。…でも、僕には分かってた。

 

 

「ピッチャーはさ、1番プレッシャーがかかるポジションだと思うんだよね。ボールを投げる時は完全に1人。自分の投げたボールによっては、チームに痛手を負わせかねない。その思考が、投手を焦らせるきっかけになる。実際田中くんも呑まれかけてたしね。

あの時黒崎くんは、尋常じゃ無いプレッシャーがかかってた。チームメイトの戦意が削がれ、誰もが勝てないと諦めていた。その雰囲気ではいくら頑張っても勝利に結びつかない。払拭するには、自分のプレーで意識を変えさせるしか無い。

その責任感が、黒崎くんのプレッシャーになった。その状態で投げるピッチャーのボールは、かなりの確率で狂う。かなり繊細に扱わないと、ボールは思い通りに飛ばない。まして、力任せに投げればスピードなんてそう出ないよ。だから打てた。もしチームの焦りが無ければ、もっと上手く行けただろうけどね」

 

最後の投球は、100kmだった。腕だけを大きく振るだけのフルスイング。それは案外スピードが出ないんだ。100kmでもかなり速いけど、僕なら打てる速さ。その一瞬のミスに対して情け容赦なくホームランを叩き出した。結果、黒崎くんは下げられた。

全て僕の描いた通りだ。チームが崩れるのも、黒崎くんが崩れるのも、全て僕の計画通り。あぁ、全てが描いた通りになる瞬間がもう…

 

 

 

 

最ッッ高…

 

 

 

 

 

 

 

◇学真視点

 

…今回、黒崎は不運だったとしか言いようがねぇ。チームが崩れ始めたんだ。そのままプレーを続行しても勝ち目が無かった。そのプレッシャーから、最後のミスをしてしまったんだろう…

 

「カルマ…黒崎はいつもあんな感じなのか?」

「…昔っからあの堅苦しさと正義感は変わらなかったよ。恐らくそれが原因なんだろうけど…アイツには友達が居なかった。クラスメイト全員がアイツを遠ざけててさ。あの硬い頭が原因だろうね。黒崎と話そうとする奴なんて、俺か渚くんぐらいだった」

 

カルマに黒崎のことを訊いた。…やっぱり、周りから浮いていたようだった。…殺せんせーの言う通りだ。間違ってはいない。けど、黒崎の言う事には誰も従おうとしなかった。だからこそ、チーム内で分裂し始めたんだろうな…

それを抜きにしても、あのD組は酷いと思う。全力を出し切らなかった事で叱る黒崎に逆ギレして、拒絶したんだ。恐らく、勝ちを諦めたって事だろうが、必死で訴えかける黒崎に対しての侮辱にしかなってない。

…言っては何だが、俺にとってはE組よりも本校舎の生徒の方が人間として堕ちているとしか思えない。自分らより下がいるって確信してるから、あんな態度が取れるんだと思う。だが、それは強気では無く、慢心でしか無い。俺には、そっちの方が努力する奴らより見苦しいとしか見えない。

 

 

D組が野球場から出て行く。その中から、黒崎が見えた。顔はハッキリとは見えないが、落ち込んでるとしか見えない様子だ。

 

余計な心配かもしれないが、アイツの事が心配になった。チームメイトの拒絶、リーダーとしての責任感…そして、完全敗北。ここまでやられるとなれば、心が折れてしまう。今後に傷を負ってしまうと…

 

 

 

 

 

 

《パァァァァァァン!!》

 

 

 

!?

 

なんか、突然破裂音が…

 

 

 

 

 

 

音源は…黒崎?自分の頬を両手で押さえるように思いっきり叩いた音なのか。

黒崎はその後、A組の…窠山の方を向いた。一体何を…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この敗北は、俺の失態だ。

 

 

 

 

 

 

 

次は負けん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

心配する必要なかったみたいだ。

 

 

「あっはっはっは。あの黒崎が落ち込むだって?そんなの、タコが生徒を見捨てる並にあり得ないよ。じゃなきゃ、最初っから俺と対等に話そうなんて思わないし」

 

 

 

カルマが笑いながら話す。こいつは最初っから、黒崎が落ち込むとは思ってなかったみたいだ。見ると、渚も少し安心している様子だ。渚も心配だったんだろう。

…そうだな。ドSのカルマに色々と口出しするくらいだ。この程度で落ち込むはずも無いか。

 

とりあえず黒崎の事は心配無用だな。そんじゃ、俺は何も気にせず、俺のやるべき事を精いっぱいやるとしようか。

 

 

 

 

 

◇窠山視点

 

 

…アレだけボコスコにやられ、身も心もズタズタになってもおかしく無いのに、黒崎くんはその様子を全く見せずに切り替えやがった。

 

体だけじゃなく、心臓もバケモノかよ。

 

僕は今回で、黒崎くんの心をへし折る気で挑んだのに、気を取り戻すとか…つまんねー。ボキッといけよボキッと。

 

「あーあ、負けた負けた」

「成績でもA組には敵わないのに、運動も負けたら良いとこねーじゃねーか」

「言うなよ。アレ見て忘れようぜ。俺らより良いとこない奴らが、もっと恥ずかしい目に遭うのをよ」

 

後ろでD組…たしか、田中くんと高田くんだっけ?あ、信太くんの方ね…が喋っている。そういえば、決勝後はエキシビジョンだっけね。折角だし、僕も楽しんで見ようかね。

 

 

◇学真視点

 

 

『それでは最後に、E組対野球部選抜の余興試合を開始します!』

 

いよいよ始まった。俺らの出る試合が。グラウンドでは野球部が猛練習に励んでる。物凄い気合い入ってんな…まぁ、野球部にとってはここ1番の見せ場だしな。全校生徒に良いとこ見せる機会だし、E組相手じゃコールド勝ち(10点取って試合終了すること)で当たり前、最低でも圧勝が義務だから容赦なんてしないだろう。

 

「学真」

 

…うげ…進藤が来たよ。

 

「まさかこんな形で再会になるとは思わなかった。たった2ヶ月で辞めた腑抜けが、よくこの場に立とうとしたな」

「…自信満々だな、2年前以上に」

「当然だ。俺はこの2年で野球を極めた。お前はこの2年で堕落した。正に、選ばれた者と選ばれなかった者の違いだ」

「…テメェのボールは打ったことはあるがな」

「昔の話だ。今はバット一本触れさせる事すら出来ない。それだけの差がついてしまったのだ。この試合でそれを思い知らせて、そいつら諸共、二度と表舞台に立たせなくしてやる」

 

相変わらずだな。進藤は昔っから自信満々に物を言う。実際あのストレートで殆どの打者を三振してきたから、自分の実力に確信を持ってるんだろう。

言いたい事を言って満足したのか、進藤は野球部がいるところに戻っていく。背後からでも堂々とした感じが伝わる。あれこそ、スポーツマンって感じだな。

 

「…?そういや、殺せんせーは何処にいるんだ?さっきまで近くにいたけど」

「あぁ、烏間先生に目立つなと言われてるから、遠近法でボールに紛れてる」

 

殺せんせーは何処だろうなーと思ってると、渚が指を指しているのでそっちを向く。…あ、ボールの中に明らかに違和感のあるボールが。成る程、頭を野球ボールの模様にしておいて紛れているのか。

 

 

 

 

 

 

「てかバレんだろアレ」

 

 

 

 

 

不自然におかれたちょっと大きめの野球ボール、しかも目と口がついている。こんなの、野球ボールに擬態してないに等しいだろ。

無理があるんじゃないか?と思うのだが、現在E組以外で気づいているものは何故かいない。…まぁ、最後までばれない事を願うか。

 

 

 

 

 

 

 

「ワン(青緑)!ツー(紫)!スリー(黄土色)!」

 

 

 

 

 

野球ボール顔の先生が顔の色を変えた。アレは…サインか?色が変わるボールとか不気味でしか無いのだが…

 

「なんて?」

「あ、えーと…『殺す気で勝て』てさ」

 

殺せんせーからのサインをメモしている渚から、サインの意味を聞いた。殺す気で…か。

 

「確かに、俺らにはもっとデカいターゲットがいるんだ。アレに勝てなきゃ、あの先生は殺れないな」

「よっしゃ、やるか!」

 

杉野と共に、気合が入るのを感じる。此処にいる本校舎の生徒は、E組に期待などする人なんて居ないだろう。

だからこそ、この試合で目にものを見せてやる。俺ら、エンドのE組がな。

 

 

 

 

「ヌルフフフ…さぁ、見せてあげましょう。殺意と触手に彩られた地獄野球を」

 

 

 

 

気合十分、野球部もE組も戦意が高まり…

 

 

 

「プレイ!」

 

 

試合開始の合図が響く。

 




黒崎くんは自分で気を取り戻しました。精神力がバリバリ強いです。

さて、いよいよ原作にもあるエキシビジョンです。学真くんはどのような活躍をするのでしょうか。


E組ポジション及び打席順番

1番 サード 木村 正義
2番 キャッチャー 潮田 渚
3番 ファースト 浅野 学真
4番 ピッチャー 杉野 友人
5番 セカンド 前原 陽人
6番 センター 岡島 大河
7番 ライト 千葉 龍之介
8番 レフト 赤羽 業
9番 ショート 磯貝 悠馬

展開の都合で3番とファーストに学真くんがいます。それに伴い磯貝くんが9番に、菅谷くんはスタメンから外しました。

次回 『球技大会の時間 ④』


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第29話 球技大会の時間④

『1番 サード 木村くん』

 

「やだやだ、ドアウェイでトップバッターかよ」

 

いよいよ始まったエキシビジョン、コッチが先攻だ。トップバッターの木村は口ではそう言ってもストレッチをしている様子から、少し心のゆとりがあるように思えた。

 

「プレイ!」

 

審判を務める先生の開始の合図より、進藤が第1球を投げる。予想通りストレートだ。

 

《ドバン!》

「ストライーク!」

 

木村はバットを振らなかった。進藤のボールが速すぎるのと、殺せんせーからのサインが出てなかったしな。

 

『これはすごい!ピッチャー進藤くんさすがの豪速球。E組木村棒立ち。バットくらい振らないとカッコ悪いぞー』

 

あの不公平な実況は何とかならんのか。聞いててイライラする。にしても…やっぱり進藤の投球は、以前見たときよりも速くなってる。パッと見て、大体140キロか?聞いていた通りだな。

 

…お、殺せんせーの様子が。

 

「ワン!(赤)ツー!(紫)スリー!(ピンク)」

 

あのサインは…そういう事か

 

「しゃあ、行くぞォ!」

『おおっとバッター気合充分だ』

 

殺せんせーのサインを見た木村が自信満々に振る舞う。放送部は馬鹿にしているが…この後が見所だな。

 

「フン、雑魚が…」

 

進藤がボールを投げた。投げる球はやはりストレートだな。

 

 

《カン!》

 

「なに!?」

 

 

そのボールを、木村はバントで当てた。さっきのサインはセーフティバント…塁に出る為のバントだ。普通なら塁に着く前に1塁にボールを投げられてアウトになるが、E組一の俊足の木村なら塁に出れる。

 

『あっと、セーフティバントだ!これは良いところに転がったぞ!…セーフ!これは意外!E組、ノーアウト1塁!』

「チッ…小賢しい…」

「気にすんな。いかにも素人の考えることだ。警戒しとけばバントなんてまずさせねぇ」

 

塁に出れたな。あの程度なら小細工程度としか思われないだろう。

 

『2番 キャッチャー 潮田くん』

 

「ワン!(黄色)ツー!(緑)スリー!(白)」

 

次は渚の番、殺せんせーのサインからすると今度はプッシュバントか…ってのんびりしてられねぇ。渚の次は俺だ。準備しとかねーとな。

 

『あっと、プッシュバント(押し出すバント)だ!前進したサードの横を抜け、ボールは転々!カバーにまわった進藤くんボールを拾うがあぁ、どこにも投げられない!なんと、ノーアウト1塁2塁!』

「な…なにぃ…」

『3番 ファースト 浅野くん』

 

殺せんせーが言うには強豪といえど所詮は中学生、バント処理はプロ並みとは言えないと。

素人目には簡単そうに見えるが、進藤が投げるような豪速球を狙った場所に転がすのは至難の業だ。少なくともあの顧問はそう思ってるだろうが…俺らは()()相手に練習してきたからな…

 

 

 

 

◆三人称視点

 

球技大会が始まる数日前、E組の生徒は球技大会に向けて練習に励んでいた。

 

 

「殺ピッチャーは300キロの球を投げ!殺内野手は分身で鉄壁の守備を敷き!殺キャッチャーは囁き戦術で集中を乱す!…帰り道に歌唱…楽しそうにしてますね学真くん」

「誰かこのタコ縛り上げろ!」

「無理ですねぇ。…校舎裏でコッソリエアギター…ノリノリでしたね三村くん」

 

見てるとかなり過酷だ。いや、過酷の方向性が違う気もする。学真と三村に関しては全く別の方向から攻撃が来るわけだから。

 

「先生のマッハ野球にも慣れたところで、次は対戦相手の研究です。この3日間、竹林くんに偵察してきてもらいました」

「面倒でした」

 

殺せんせーの指示により、竹林は野球部の様子を視察させた。その結果を見せるために竹林はパソコンを開き、起動させる。

 

「進藤の球速はマックス140.5キロ。持ち球はストレートとカーブのみ。練習試合も、9割がたストレートでした」

 

竹林の説明を聞く生徒たち。進藤の凄さを学真は改めて実感した。140キロも出せる中学生など、そんじょそこらにはいないだろう。

 

「あの豪速球なら、中学生レベルじゃストレート一本で勝てちゃうのよ」

「そう。逆に言えば、ストレートさえ見極めばコッチのものです。というわけでここからの練習は、先生が進藤くんと同じフォームと球種で、進藤くんと同じに、とびきり遅く投げましょう」

 

 

こうして練習を積み重ねること数日行われた。殺せんせーの投げる300キロの球を見た後では、半分以下の速さである進藤の投げるボールは、彼らには止まって見える。したがって、バントなら充分なレベルで習得できるのだ。

 

《カン!》

 

『あっとまたバント!三塁線ギリギリ!…フェ、フェア!ライン上でピタリと止まってしまった!』

 

三塁線ギリギリにボールを飛ばし、野手は取るかどうか迷ってしまった。結果、学真は1塁に出た。

 

『3番学真セーフ!ま…満塁だ!ノーアウト満塁!ちょ…調子でも悪いんでしょうか進藤くん!』

 

◇進藤視点

 

…なんだ…なんなんだコレは…

次から次にE組の奴らがバントで塁に出る。何故だ…何故俺のストレートにボールを当てれる⁉︎

 

「当てたぜ、進藤」

 

学真…くそ!何故コイツ如きに…!

 

『4番 ピッチャー 杉野くん』

 

「杉野ォォ…」

 

 

学真の次は…杉野か…一体、何なんだ、お前ら…

 

「プレイ!」

 

『さぁ、試合再開…ああっと、またもバントの構えだ』

 

 

 

 

 

 

…何だ……これは…

 

杉野が…バットじゃない何かを持ってるように見える…

 

何だ?何なんだこいつら…俺が今やってるのは…野球なのか?

 

 

 

 

…落ち着け、これ以上バントなどやらせるか…内角高めのストレートでビビらせてやる…

 

 

 

 

◇杉野視点

 

 

進藤…お前は俺なんかよりずっと強い。それは間違いない。けど、俺は強さ(それ)だけで戦ってるわけじゃない。

確かに武力ではお前には敵わねぇ…けど例え弱者でも、狙いすました一刺しで、強大な武力を仕留めることが出来る…!

さっきの殺せんせーのサイン(水色、緑、黒)は、バントに見せかけたヒッティング…バスターの指示だ。バントに構えてたバットを持ち直し、内角ギリギリに投げられたボールを…打つ!

 

 

《カキィィィン!》

 

 

『打った!打球は右中間を深々と破る!2塁ランナーも続いて、1塁ランナーもホームに向かう!打った杉野も3塁へ!走者一掃のスリーベース!な、なんだよコレ…予定外だ…E組、3点先取…』

 

 

俺はいまこの教室で、こいつらとそういう勉強してきたんだ!この野球で、俺たちは絶対に負けない!

 

 

 

◇三人称視点

 

E組が野球部に、3点も一気に取った。これは本校舎にとっては大打撃だ。生徒たちの中で不穏な空気が流れ始めてきているし、最もヤバイと思ってるのは野球部の方だ。力を見せつける場である筈が、全校生徒に醜態を晒す場になりつつ有るのだから。

 

「…ッ!不味いぞコレは…」

 

野球部のベンチで、顧問であり監督、寺井が焦りだす。圧倒的な実力差を見せつけなければならないE組との試合、散々に点を取られてしまっては全校生徒の恥になるし、何より業務の失態に繋がりかねない。今更にして、顔色が真っ青になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「顔色が優れませんね、寺井先生。お体の具合が悪いのでは?」

 

 

 

 

 

そんな彼に、近づく男が1人いた。この椚ヶ丘中学校の理事長、浅野 學峯だ。寺井は、理事長の姿を見て思わず震えている。

 

 

「すぐ休んだ方が良い。部員たちも心配のあまり力が出せていない」

「り…理事長。い、いや…この通り私は元気で…」

「病気で良かった。病気でも無ければ、こんな醜態を晒すような指導者が、私の学校に在籍している筈がない」

「…!…ぁ…!」

 

学峯が寺井に顔を近づける。その時の学峯の顔から溢れんばかりの威圧感が寺井にのしかかり、寺井はバッタリと倒れてしまった。

 

「あぁ、やはりすごい熱だ。寺井先生を医務室へ。その間、監督は私がやります」

 

学峯のその言葉に、E組の全ての生徒がベンチの方を向いた。此処で、校舎内では恐らく最も厄介な敵が現れたのだから。

 

「審判、タイムを」

「な…何を」

「なぁに、少し教育を施すだけですよ」

 

 

 

 

◇学真視点

 

…いよいよ親父が出てきたか。あんだけ一方的な試合になったんだ。それは親父の主義に反する。予想通り出てきやがった。

親父はタイムをとって野球部に何かを話しているようだ。…何をしてくるか全くわからないが、嫌な事をしてくると思う。曲がりなりにも、あの人は恐ろしく強い。だから不気味だ。

 

『い、今入った情報によりますと、野球部顧問の寺井先生は試合前から重病で、選手たちも先生のことが心配で試合どころでは無かったのこと。それを見かねた理事長先生が、急遽指揮を執られるそうです!』

 

…流石だな。抜かりない。さっきまで不穏な空気が流れていた本校舎の生徒らが、一気に盛り上がっていった。野次馬どもの声のせいで、気が狂う事もある。黙ってやりやすくなったなぁと思ってると、また振り出しだ。…いや、振り出しで済めば良いが…

 

『5番 セカンド 前原君』

 

いよいよタイム終了だな。一体何をしてくるのか…

 

 

『さぁ、試合再開です。これからどのように…』

 

 

 

 

 

 

……ハァ!!?

 

 

 

 

 

 

『こ…これは何だ!?全員内野守備!こんな前進守備は見たこと無い!』

 

 

 

 

「…バントしか無いって見抜かれてるな」

「つってもダメだろあんな守備!目に入ってバッターが集中できねーよ!」

「ルール上ではフェアゾーンならどこを守っても自由だね。審判がダメだと判断すれば別だけど、審判の先生はアッチサイドだ。期待できないね」

 

バントしか無いと見抜かれた上での徹底的なバント対処…その為に、全員を内野に入れるとは…これじゃ集中できねぇし…

何より、コイツら…試合前より嫌な雰囲気を出している。

 

……これ、どうしろってんだ?




殆ど原作通りの展開です。学真くんが3番であること以外は

さて、理事長対殺せんせーの采配対決ですね。割とコレを楽しみにしてました。次回も頑張りまーす。

次回 『球技大会の時間⑤』


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第30話 球技大会の時間⑤

「いやー、惜しかったわー」

「勝てるチャンス何度かあったよね。つぎリベンジ!」

 

体育館からE組の女子が話しながらグラウンドに歩いて行ってる。試合結果は負けだった。だが前半戦は有利だった。後半戦で負けてしまったが、良いところまで持っていく事が出来た。圧勝を狙うバスケ部には苦く、善戦を狙うE組には中々の手応えだった。

 

「ごめんなさい、私が足引っ張っちゃった」

「そんな事ないって、茅野さん」

「女バスのブルンブルン揺れる胸を見たら、怒りと殺意で目の前が真っ赤に染まっちゃって…」

「茅野っちのその巨乳に対する憎悪は何なの⁉︎」

 

茅野だけは少し落ち込んでいる。チームの足を引っ張ってしまった事を気にしているようだ。どうも巨乳に対する憎悪によって体が思うように動かなかったようである。人は自分に無いものを持ってる人に対して敵意を向けるらしいが、正にその通りなのだろう。

 

「さて、男子はどーなってるかな」

 

茅野が落ち込んでいる中、男子の球技大会の野球が行われている野球場に出た。点数は3対0でE組が勝っている。その事に歓喜しかけるが、野球部のベンチに座っている理事長の様子を見て一同は黙った。

 

 

◇學峯視点

 

いま、球技大会ではあってはならない事態が起きている。E組を貶める筈の野球部との試合で、E組が有利に立っている。周りの生徒らも不安が募っている。

彼らの目には少しずつ自信が張りつつある。全てあの怪物の引いた糸だろうが…

それではいけない。この試合で勝たせてはいけない。『やればできる』と思わせてはいけない。

常に下を見て生きていてもらわねば、秀でるべきでは無い者たちが秀でると、私の教育理念が乱れるのでね…

 

「さて、空気をリセットしよう」

 

まずは、この試合で落ちこぼれのE組が完敗しないといけない。圧倒的な力によって踏み潰される弱者の姿を、この試合で見せつける。そうして私の教育理念は成り立つ。

 

「E組の杉野くんだが…市のクラブチームに入団したそうだ。彼なりに努力しているんだね」

 

その為に、野球部の部員たちに教育を施す。E組を力によって捩じ伏せる為には、強者である事のプライドと、敵を捩じ伏せるという執念が必要だ。

 

「だがそれがどうした?小さな努力なんて誰でもしている。君たちのような選ばれた人間には宿命がある」

 

プライドと執念なら、私が作り上げる。ほんの少し諭すだけで、彼らを強者へと育て上げる事が出来る。

 

「これからの人生でああいう相手を何百何千と踏み潰して進まなくてはならないんだ。『野球』をしていると思わないほうが良い。何千人の中のたった10人程を踏み潰す『作業』なんだ」

 

彼らに教えてあげよう。弱者を捩じ伏せる強者の精神と、そのやり方を。そして徹底的に、E組を叩き潰させる。

 

「さぁ、円陣を組んで。作業のやり方を教えよう」

 

 

 

 

《ギュン!》

 

「うわた…」

『打ち上げたー!内野のプレッシャーに呑まれたか前原⁉︎これでワンアウト!』

 

教育を施した後の彼らに、全員を内野守備に固めた。数週間で安定してボールを打ち返す術は、バント以外には無い。この守備はバントしか出来ないE組には効果的だ。

 

『6番 センター 岡島くん』

 

次の打者である岡島くんは、何やらグラウンドの端に顔を向けている。成る程、担任にどうすれば良いのかを尋ねてるようだ。

 

「ワン!(変化なし)ツー(変化なし)…スリー(…もうダメだ…)…」

 

どうやら打つ手が無いようだ。140kmを外野に飛ばす打者は、今のE組には杉野くん以外いない。

 

 

 

 

続く2人の打者をスリーアウトにして、攻守交替になる。野球部の部員はベンチの前に集まった。

 

「その調子だ進藤くん。球種は4シームのストレートだけで良い。体を大きく使って威圧するように投げなさい」

「はい!」

「皆にも繰り返すがこれは野球ではない。一方的な制圧作業だよ」

「「「「「はい!!」」」」」

 

常に、発破をかける。部員たちが圧倒的な力で敵を捩じ伏せると言う強気な精神を持たせることで、この試合に全力を注ぎ込んでくれる。

 

 

◇烏間視点

 

浅野 學峯…あの男もまた教育の名手だ。生徒の顔と能力をよく覚えていて、教えるのもやる気を出すのも抜群に上手い。

あのタコとこの男…2人のやり方はよく似ている。なのに何故…教育者としてこんなにも違うんだ。この2人の采配対決…少し興味があるな。

 

「分かったわカラスマ!要するにタマと棒でINしないとOUTなのね!」

 

 

◇学真視点

 

…親父が本気出してやがる。親父の恐ろしいのは、本当に強者を作り出せる教師としての質だ。あの人の教育を受けたが最後、人格までもあの人の思うがままだ。

 

『1番 橋本くん』

『さぁ杉野の第1球、投げた』

 

《グイン!》

「うお!」

『なんだ今の曲がり方⁉︎杉野の奴いつの間にこんな変化球習得したんだ⁉︎』

 

杉野の投げたボールは大きく変化してキャッチャーのグローブに入る。見事三振させた。野球部にいた頃は変化球なんてしてなかったしな。相手も驚くだろ。

 

『2者連続三振ー!』

 

見るからに順調そうだ。当分は心配する事は無いだろう。だが、俺は別の心配事がある。

それは、野球部のベンチを見れば分かる。

 

 

 

「繰り返して言ってみよう。『俺は強い』」

「俺は…強い…」

「『腕を大きく振って投げる』」

「腕を大きく振って投げる」

「『力で捩じ伏せる』」

「力で捩伏せる」

「『踏み潰す』」

「踏み…潰す」

 

親父が進藤を改造している。あのまま行くと、恐ろしい状態にさせられるだろう。さて、どうしたものか。

 

 

 

1回目裏が終わり、またコッチの攻撃。案の定全員内野守備だ。

 

『8番 レフト 赤羽くん』

 

今度はカルマか…?カルマの奴、打席につこうとせずに野球場を眺めてやがる。

 

「どうした。早く打席に入りなさ…」

「ねぇ、これズルくない?理事長センセー」

 

審判の先生が注意しようとすると、カルマが理事長に話しかける。守備に対する文句か?

 

「こんだけ邪魔な位置で守ってんのにさ。審判の先生も注意しないの…観客(お前ら)もおかしいと思わないの?あー、そっか。お前らバカだから守備位置とか理解してないんだ」

 

…おい、そんな事言うと…

 

「小さい事でガタガタ言うなE組が!」

「たかだかエキシビジョンで守備にクレームつけてんじゃねーよ!」

「文句あるならバットで結果出してみろや!」

 

やっぱり怒らせた。ブーイングうるせぇ。一方のカルマは殺せんせーにダメだったと言うような顔をしている。だが、殺せんせーはそれで良いと言うように顔に丸を出している。

 

 

結局2回目表も誰1人として塁に出れずに終わってしまった。そして2回目裏…

 

《グワッキィィィン!!》

 

『絶好調の進藤くんが打撃でも火をふく!E組はマズい守備で長打を許す!』

 

…マジでヤバイな。進藤の奴、復帰どころか普段よりも力が入ってる気がする。本当、親父はえげつない。

どうしようか…あのバケモノ相手に3点のリードを守りきれるかどうか疑わしいな…

 

「学真くん」

 

?どっかから声が…あー、地面から殺せんせーから生えてきている。…大丈夫か?俺ファーストだから観客に近いと思うんだが…まぁ、本校舎の奴らは試合に夢中だから気付かないのかな?…本当に無能だな。

 

「どうした?」

「このままではみんなの士気が下がる恐れがあります。君に是非、気合を入れてきてもらいたいのです」

「…どうやって?」

「決まってます。今度の打順は渚くんから…その次が君です。その時に、進藤くんの球を打ってください」

 

…オイオイ、オレにその大役をさせるのかよ。

 

「…打てるかどうか分からんぞ」

「大丈夫です。ここ数週間の自主練を信じれば大丈夫ですよ」

 

本当に何でも見抜いてんな。

 

《カキィィン!》

 

「⁉︎」

 

『あーっと、続く打者も長打!野球部、2点追加です!』

 

…あいつ、進藤に打たれたショックのせいで球にキレが無くなってやがる。

 

「…ちょっと行ってくる」

「分かりました。宜しくお願いしますよ」

 

俺はタイムを取り、ファーストの守備位置から離れる。

 

 

◇杉野視点

 

…ヤバい。

 

進藤の調子がかなり上がって、とんでもない打撃を出してきた。そのせいで野球部の調子も上がってきてるし、バンバン打たれ始めた。

このままじゃマズい。次に点を取られると、同点になってしまう。そうなると、俺たちが勝てなくなる。

どうすりゃ良い…どうすれば…

 

 

 

《バッコーーーン!!》

 

「痛ってぇぇぇぇ!!?」

 

 

突然、俺の腰に激痛が走る。誰かに腰を蹴られたみたいだ。ジンジン痛む。

 

「な…何すんだ学真!」

「どうだ、緊張はほぐれたか?」

「緊張ほぐれて今はメッチャ痛いんですけど!」

 

俺の腰を思いっきり蹴ったのは学真だった。コイツの蹴りの威力半端なさすぎだろ。あ〜!腰が曲がりそう…

 

「余計な事は考えんな。全力で投げる事に集中しろ」

 

蹴られた腰を押さえてる俺に、学真はそう言った。やっぱり…俺は焦ってるのか…

 

「でも…次取られたら、点数が…」

「何を言ってやがる」

 

不安を口にする俺に、再び学真は声をかける。

 

 

 

 

 

 

「お前の実力なら、アイツらに打たれる事はねぇよ」

 

 

 

 

 

 

 

コイツ…俺の球は打たれないと思ってんのかよ。変化球だって万能じゃない。コントロールが難しいし、見切られると強打を許してしまう。それでもコイツは、俺を信じてくれているのか…

 

 

「……分かった」

 

 

その信頼には、シッカリと答えないといけない。余計なことを考えないでスッキリした。

 

俺の返事を聞いてから、学真は元の位置に戻った。

 

 

 

 

◇学真視点

 

杉野は調子を取り戻し、あの後三振を連続して取った。とりあえずは1点リードの状態だ。

今度はコッチの攻撃だ。殺せんせーが言っていたように、場の雰囲気は完全にアッチに傾いている。

此処は一度、俺が進藤のストレートを打って流れをコッチに持っていく。

 

「…?学真、どうしたんだ?」

 

渚が打席にいる間、ストレッチをしていると前原から尋ねられる。

 

「いや、あいつの豪速球を打ち返そうと思ってんだ」

「マジか⁉︎あんなのどうやって…」

「どうやっても何も…信じるしかねぇよ。この数週間、俺は欠かさずバッティングセンターに行っていたんだ。その成果を、信じるしかない」

「バッティングセンターに⁉︎結構やってたのか」

 

そう、学校が終わった時にバッティングセンターにいつも通っていた。そのお陰で速い球には慣れてきたし、そこそこ当たるようになってきた。

安定性は無いからバントの方が良かったが、あの前進守備はスイングしか無いだろう。次の打席では、あいつの140kmのストレートを打つ。その為にここまで練習してきたんだ。

 

 

だから震えてなんかいない。ないったらない。これはアレだ…武者震いだ。

 

「じゃあ震えてんじゃねぇか」

 

ウッセェ前原!震えてない!これからの戦いに向けての熱意が押さえきれずに今にも俺の封印されし魂が目覚めようとする前触れなんだ。静まれ、俺のアンリミテッドデビル。

 

「何言ってるんだよ!強がりも厨二病も要らねーよ」

 

まぁ確かに強がりと言えば強がりだ。緊張はする。だがそれ以上に俺は自信に満ち溢れている。清々しい思いが心を満たしていくのを感じている。だから、俺は全身全霊を持ってあいつに立ち向かう。俺、この試合が終わったら、田舎に帰って結婚するんだ。

 

「フラグも要らねーよ!良い加減にしろ!」

 

 

 

 

 

 

 

『3番 ファースト 浅野くん』

 

渚の打順が終わり、いよいよ俺だ。バットを持って打席につく。

 

「学真ンンンン……!!」

 

怖ぇ…いや、怖くない… アイツの目は完全にイカれてるが、恐れる事はない。

 

「プレイ!」

 

審判の声を合図に、俺と進藤の勝負が始まった。




次回で球技大会は最後です。

次回 『球技大会の時間⑥』


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第31話 球技大会の時間⑥

球技大会編最後、かなり長めです。


俺は今、バッターボックスにいる。バッターなのだからそんな事言わなくてもわかっているかもしれない。そう、間違いなくバッターボックスなのだ。

けど俺には、悪魔の巣窟にしか見えなかった。目の前には強化ならぬ狂化された進藤、それと同様の野球部全員が直ぐそこまでいる。殺気がビシビシ伝わるせいで、今にも命を狙われているような錯覚がさっきから起こっている。

結局のところ、これは野球とは程遠い。まるで悪魔退治だ。

 

『さぁE組の次の打者は理事長の息子でありながら地べたまで堕落していった男の登場だ。間抜けなスイングだけは止めておけよ〜』

 

…あのメガネ殺す。

 

やがて進藤が振りかぶって第1球を投げた。投げる姿もバケモノじみてるぜ…

俺はそんな進藤に恐れる事なくバットを振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

《ブン!》

 

 

 

 

 

「ストライーク!」

 

『あぁっと空振り!あんなノロマスイングで進藤くんの投げる球に当てれるわけなし!』

 

 

 

……!恐らく人生で最大の屈辱だ。自信満々に振りかぶって空振りとか恥ずかしい。

にしても…体感的には140kmとは思えない。親父の洗脳のせいで限界以上の力を出せているのか?150kmと言っても不思議じゃない。

すると第二球が投げられる。クソが…容赦ねぇな、コイツ…

 

《ドバン!》

 

「ストライクツー!」

 

『さぁ追い込んだぞ!2者連続三振間際だ!』

 

 

…次の球もど真ん中に入った。音がウルセェ…

 

けど…

 

 

 

 

 

 

 

そうか…

 

 

 

()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇三人称視点

 

 

今のでストライクが2本目だ。次がストライクになればアウトとなる。ピンチだ。

 

 

「やばい…学真くんが打てなかったらツーアウト…もう後がないよ…」

 

 

茅野の言う通りだ。次に空振りすれば学真はアウトとなり、ノーランナーツーアウトで点を取るのは難しくなる。観戦している女子も、共に戦っている男子も不安が高まった。

 

 

 

だが、1人…いや、1匹は笑った。

 

 

 

(どうやら…勝つ見込みが立ったようですね)

 

 

殺せんせーが笑う中、進藤が第3球を投げる。さっきからの流れで次も空振りとなるだろうと見込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

《カァァァァン!!》

 

 

 

 

 

だがそのボールは、バットに当たった。

 

 

 

 

 

 

 

『え…打った!?あ、いやファール!?…当たった?そんな…マグレか?』

 

 

 

当たったボールはフェアゾーンの外に飛んでいったが、ボールに当てたという事態は全ての生徒を驚かせるのに充分だった。

 

 

 

一方の学真は、至って冷静な表情をしていた。

 

 

 

 

◇学真視点

 

当たった、か…思った通りだった。やっぱりど真ん中だったな…。

今の進藤は考える余裕がない。頭には、相手を捻りつぶす事だけがあり、体はそれに従って動いている。

 

という事は、ど真ん中のストレート以外の選択肢が無いってわけだ。

 

しかも進藤は一流のピッチャーだ。投げる球の安定性はかなりあるといっていい。ほとんど…ていうかほぼ同じ場所にボールを投げれる。逆に言えばボールがブレる事はほぼ無い。

ボールが来る場所が分かれば、あとはタイミングの問題だ。ボールが来る瞬間に合わせて真ん中にバットを持ってくる。そうすれば当てる事は出来る。

賭けみたいな戦略だが、俺の選択肢はこれしかない。そこにボールが飛んでくると信じてバットをただ振る。左手は握りしめるだけ!

 

《ガキィィィン!》

 

『ま、またファール!?ホントに…当てているのか…』

 

当たり前だ。 中々入ってくれねぇけどお陰で慣れた。今度はかっ飛ばせるぜ。

 

 

「…来い、進藤!」

 

 

「ふざけるな…!捻り…潰す!」

 

 

進藤は体全体を使って渾身のストレートを繰り出した。多分今までの中でスピードが出てる。

 

 

進藤、お前は言ったな。この2年間で俺とお前に決定的な差が生まれたと。

全くその通りだ。お前はこの2年間、自分を磨き上げてた。こんな豪速球を投げるレベルまでに。

対して俺はこの2年間、何も出来なかった。お前みたいに必死になれるものなんて無い。何もかも中途半端だった。

野球ではお前に敵わない。それは間違いないだろう。

 

 

けどそれでも、俺にもプライドがある。

 

 

 

 

 

 

この1球だけは、何が何でも打つ!

 

 

 

 

 

《カッキィィィィィン!!》

 

 

 

 

当たった。大きく、高く鳴り響く金属音と腕にビリビリと響く衝撃がそれを証明している。俺は、バットを置いて塁を駆け出した。

 

 

◇三人称視点

 

『な!?進藤くんのストレートが…打ち返されたぁ!』

 

 

学真がボールを打ち返す、その事実が実況をしている荒木だけでなく、本校舎の生徒の度肝を抜いた。しかも、外側まで大きく飛んでいる。現在の野球部の前進守備では大穴だ。

 

「と…取れ!」

「決めさせるな!」

 

本校舎の生徒らは声を荒げている。野球部は外野が必死でボールを追うために後ろに下がっている。

 

「走れぇ!学真!」

「頑張れぇぇ!」

 

一方のE組は学真を必死に応援している。応援の声は聞こえてないが、学真は全力で走っている。1塁を踏んで2塁に向かっていく。

 

『ぼ…ボールはフェンスに直撃…守備位置から大きく離れてしまい、野球部が大きなタイムロスを食らってます!』

 

野球部も必死で追いかけているもののフェンスに当たったボールまでかなりの距離がある。それを拾うのにもかなりの時間がかかってしまう。そうしてる間に学真は2塁を回った。

 

『が…学真が3塁へ走っていく!野球部も漸くボールが拾えた…3塁に投げても間に合わない!』

 

漸くボールを拾えた時には学真は3塁近くにいた。このまま行けば三塁打は確実だろう。

 

 

だが学真は3塁を踏んだ後、止まらずバックホームに向かって走った。

 

 

『な!?まだ走るのか!?まさか…ランニングホームラン狙いか!』

 

 

学真は三塁打ではなく1点取る事を目標にしている。その為に学真は走る足を緩めなかった。

 

『これはチャンスだ!バックホームに投げれば、学真をアウトに出来るぞ!ボールを拾ったライトの選手、ホームに向かってボールを投げたァァ!』

 

外野が投げたボールはかなり飛距離があった。一旦セカンドあたりに渡してそのままキャッチャーにボールを渡す戦法だが、その勢いが凄まじくあっという間にセカンドがボールを取った。

セカンドはそのままキャッチャーに向かってボールを投げる。学真がホームにつくより先にキャッチャーにボールを取られるとアウトとなり点を得る事は出来ない。だが…

 

 

(なめんじゃ、ねぇぇぇ!!)

 

 

最後の最後に、学真は渾身の力を振り絞ってホームに滑り込む。土煙が散漫し、大きな音を立てながらホームに足がついた。その勢いにキャッチャーは動揺してボールを取り損ねてしまった。

 

 

『あ!…嘘…だろ…』

 

 

 

キャッチャーがボールを取り損ねてしまい、学真の足はホームについている。この状態では、疑いようもなかった。

 

 

 

『E組…1点追加…』

 

 

学真はランニングホームランを達成し、E組に1点追加されて4対2になった。

 

 

 

「えぇぇぇ!!?」

「マジかよォォ!」

 

本校舎の生徒はかなり悔しがっている。E組に1点取られたのだから。

 

 

「うおおお!」

「やったぜ学真!」

 

E組のみんなは歓喜した。野球部から1点もぎ取ったのだから。

 

 

 

学真が1点取ったため、E組が一歩リードした。士気が高まり、表情も明るくなってきた。

 

 

だが、その様子は一気に激変することになった。

 

 

 

 

 

 

「…て、おい…アイツ、どうしたんだ?」

 

 

次の打者である杉野が、バックホームを指差して言った。その先の様子に、殆どの者は唖然としている。

 

 

 

 

 

「…学真くん?」

 

 

 

バックホームを踏んだっきり、学真はピクリとも動かなかった。バッタリと倒れこんでいるように。

 

 

 

 

 

 

「…ッ!まさか!」

「…学真くん!」

「学真!」

 

 

E組の男子が、倒れている学真の元に駆け寄った。観客として見ている女子も、心配そうに見つめている。

 

 

 

 

◇學峯視点

 

見事だった。学真の動きを見てそう言わざるを得ないだろう。私も、彼が進藤くんのボールを外野に飛ばせるとは思っていなかった。

だが、こうなる事は予想していた。見る限り、E組の生徒たちは意外そうにしているようだが、それは学真の事をよく知っていない証拠だ。

 

 

 

学真は、体力が無い男だ。

 

 

もともと体が弱かった。それゆえに身体能力では周りの人と大きく差がついてしまった。1年のころの野球部でも、とある道場でも、彼はかなり置いていかれていた。

いま標準並みの身体能力を得てるのは、子どもの時からの訓練の成果だ。だが、持久力に関してはそれほど伸びなかった。短期ならまだしも長期戦は彼の苦手分野だ。全力で体力を浪費すれば、一気に崩れる。

塁間距離は27.431m、4倍すると109.724m、膨らみも考えれば、およそ120m。その距離を全力疾走して耐えれる体力は、学真には無い。ましてこの気温、普通の倍の体力は使っている。

殺せんせー、あなたの采配ミスだ。彼はスタメンでは無く…とっておきとして温存するべきだったのですよ。

 

 

 

 

◇学真視点

 

必死に走った。走りきった。そのお陰で、1点もぎ取ることが出来た。

だが、糸が切れたかのように体が動けなくなった。体だけじゃ無い。意識も危うい。目の前がクラクラする。

しかも滑り込みなんてしたせいで頭打ったし…頬も切れてる。土も若干飲んだようでかなり不味い。

 

「…!…くん!」

「…!学真!おい!」

 

この声は…クラスメイトか…そうだ、まだ試合は終わったわけじゃ無い。

何とか腕を必死に動かして起こそうとするが、立ち上がる事は出来ず、座り込んでしまった。

 

「学真くん、大丈夫!?」

「あ…ああ、大丈夫…だ…」

「嘘つけよ!顔色悪いぞ!」

 

俺を囲んで、全員が俺の様子を心配そうにしている。顔色悪いのか、俺…くそ!試合が終わるまでは持つつもりだったのに…!

 

「…交代です。学真くん」

 

…!いつの間に、殺せんせーが足元に…!

 

「…いや!俺は、まだ…!」

「学真くん、この試合に勝つために、君はかなり練習をした。この試合でも全力で臨んでくれた。それだけこの試合に真剣だという事は、物凄くわかります。

けどね…自分の体が壊れるほどの無茶はしてはいけません。君の命、君の体は何よりも尊い。勝つためと言っても、君の体を犠牲にする事は、先生は許しません」

 

…俺は口を閉ざした。殺せんせーは真剣だ。我がまま言ったら、この先生は絶対に怒る。

 

 

 

ここで…リタイヤかよ…

 

 

 

 

 

悔しがる俺の顔に、殺せんせーの触手が触れた。

 

 

 

 

「信じなさい。君の仲間を。少し前だったら君は無茶をしないと行けなかったかもしれません。でも、いま君には沢山の仲間がいる。君が困った時は、君の仲間が助けてくれます。この試合、あとは君の仲間に託しましょう」

 

 

 

 

 

 

仲間…?

 

 

 

…仲間、か…

 

 

 

 

 

そうか…

 

 

 

 

 

「……分かった」

 

 

 

 

 

今度は、迷わなかった。殺せんせーに言われた通り、あとは俺の仲間に託そう。

 

 

 

 

 

「…頼む」

 

 

 

 

 

E組のみんなに、話しかけた。返事があったわけじゃ無いけど、みんなの顔は…拒否とは程遠い様子だった。俺はそのまま、前原にベンチまで運ばれた。

 

 

 

 

 

 

 

その後、菅谷が代わって試合が続行された。進藤の豪速球を打てるものはいなかったため、3回表は1点追加で終わった。

 

いよいよ最後、野球部の攻撃。これさえ凌げば…

 

 

 

 

『あーっとバント!今度はE組が地獄を見る番だ!』

 

 

…ハァ!?

 

 

『野球部、バント地獄のお返しだ!同じ小技なら野球部の方がはるかに上!そしてE組の守備のほうはざる以下!楽々セーフ!E組よ、バントとはこういうものだー!』

 

 

…くそ!親父の戦略か!普通なら野球部が素人にバントなんてあり得ないのに、さっき俺らがやったから『手本を見せてやる』という大義名分がついたんだ。

これじゃあ杉野の変化球も意味をなさない。次から次にバントで抜かれていく。守備も練習してないからアウトにできないし…どうすんだよこれ…

 

「大丈夫です。言ったでしょう。仲間を信じなさいと」

 

ぬおおおい!!?サラッと俺の背後に出るな!俺の影に隠れてるつもりかよ!

 

「だ…大丈夫って、次のバッターは…」

 

3人にバントされてノーアウト満塁。この状態でバッターボックスに立つのは…

 

 

 

『ここで迎えるバッターは…我が校が誇るスーパースター進藤くんだァァ!!』

 

「踏み潰してやる…杉野ォォォ!!」

 

 

親父の洗脳がガッツリ効いている進藤だ。バットもなんかの凶器に見える。悪魔なんて生温い、モンスターだよアレ。

 

「あの調子だとホームラン疑いなしだぞ…どうすんだ」

 

なんか策があるのかと尋ねようと殺せんせーがいた方を見る。すると、あのタコはいなかった。

 

 

 

「おいいいい!?どこ行ったんだよあのタコォォォ!?」

 

「あなたの後ろです」

 

「ぬおお!!だから急に出てくんな!今の数秒どこに行ってた!」

 

居なくなったと思ったらまた現れた。なんでいたりいなかったりするんだこのタコは。

 

 

「カルマくんのところですよ。さっきの彼の挑発が活きる時が来たので」

 

…さっきの挑発が?どういうことだ?それ…

 

 

 

『!!こ…この前進守備は!?』

 

 

突如実況の声が変わった。その正体はグラウンドを見て分かった。バッターの進藤の前方近くに、カルマと磯貝が立っている。

 

「明らかにバッターの集中を乱す位置で守ってるけど、さっきそっちがやった時、審判は何も言わなかった。文句無いよね、理事長?」

 

そうか、本当なら打撃妨害という事で引っ込めることは可能だが、さっきのカルマのクレームを却下した以上、審判も観客も目を瞑る以外の方法は無い。観客に至ってはあそこまでボコスコに言ってたし。

 

「…ご自由に、選ばれたものは守備位置くらいで心を乱さない」

 

親父はまだ余裕そうだ。その程度で乱されないほどの集中力を進藤に叩き込ませてるからこその自信なんだろう。この程度じゃダメというわけだが、どうするんだ?

 

「へぇー、言ったね。じゃあ遠慮なく…」

 

 

 

 

……うえ!?

 

 

 

『ち…近い!前進どころかゼロ距離守備位置!振ればバットが確実に当たる位置で守ってます!』

 

 

 

し…進藤の目の前に立ってるだと⁉︎いや、確かにバットが当たる距離だとどんな集中でも冷めるだろうけど、あそこに立とうなんて、俺には怖くて無理だ。

 

 

「…は?」

「気にせず打てよスーパースター、ピッチャーの球は邪魔しないから」

「フ…くだらないハッタリだ。構わず振りなさい進藤くん。骨を砕いても、打撃妨害を取られるのはE組の方だ」

 

唖然とする進藤にカルマは煽り、親父は命じる。気にせず打つのも構わず振るのも無理があるだろ。バットが当たるかもしれないのに。

 

そして杉野が第1球を投げた。進藤はビビらせて2人を退かせようとバットを大きく振った。

だが2人は、顔だけ後ろに下げてギリギリ躱す。ウワァ…見てる方が怖い。

 

「2人の度胸と動体視力はE組の中でもトップクラス、バットを躱すだけならバントよりも簡単ですねぇ…」

 

…正直凄いと思う。磯貝もカルマも体術でかなり優れてる事は知ってたが、あんなのが出来るなんて思わなかった。

 

 

「ダメだよそんな遅いスイングじゃ。次はさ…

 

 

 

 

 

 

殺すつもりで振ってごらん?」

 

 

 

更にカルマは追い詰めた。この時点ですでに、進藤は理事長の戦略についてこれてなかった。ランナーも観客も、野球の形をした異様な光景に呑まれていた。

 

 

 

 

「…う、うわぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

杉野が第二球を投げたが、震えている進藤はまともなスイングが触れずに、微かにバットにボールが当たった。ボールは弱く地面にバウンドする。

 

 

 

「渚くん!」

 

 

カルマがそのボールを取ってキャッチャーの渚に投げた。渚がキャッチして3塁ランナーがアウトだ。

 

 

「渚そのボールを3塁へ!」

 

 

渚は言われた通り、3塁にボールを投げる。焦った2塁ランナーが走るも間に合うはずもなくツーアウト。

 

 

「木村、次は1塁へ!進藤は走ってないから焦んなくていいぞ!」

 

 

バッターボックスでは進藤がへたり込んでいた。まぁ…無理も無いよな。木村は1塁にボールを投げる。コロコロと転がりながらもファーストの菅谷がボールを取ってスリーアウト…

 

 

 

『げ…ゲームセット…なんと…なんと……E組が野球部に勝ってしまったァァ!』

 

 

 

…勝った。勝っちまった。疑ってたわけじゃ無いけど、信じられない気持ちだ。

 

 

 

 

「きゃー!やったー!」

「男子スゲェ!」

 

 

応援に来ていた女子の歓喜の声が聞こえる。

 

親父は、表情を変えずにグラウンドから去っていった。

 

 

 

「中間テストと合わせると一勝一敗ってとこですね。次は期末でケリをつけることになるでしょう」

 

見てた人は分からないだろう。親父と、殺せんせーの…数々の戦略のぶつかり合いを…

 

 

ああ、勝ったんだ。勝つつもりで戦ったんだ。喜ばしいことじゃ無いか。

 

 

 

…けど、なんでかな。

 

 

 

「最後まで戦えなくて悔しい、ですか?」

 

 

 

…やっぱりこのタコには見透かされてるようだ。

 

 

「ああ、悔しい。あいつらと最後まであの場で戦っておきたかった。けど出来なかった。

仕方ないのは分かっている。あのままグラウンドに立てば、取り返しのつかない事になってたかもしれない。だから交代そのものに不満は無い。

何だかな…勝った、て実感が無いんだ。杉野は最後までボールを投げ通した。カルマと磯貝は、野球部を追い詰めた。

俺は1点入れただけだ。それも正直、意味があったかどうかも分からない。入れなくても、この試合展開なら勝てたかもしれない。

俺は結局、勝った気がしないんだ。やっぱり…悔しいんだ」

 

正直に話した。カッコ悪いかもしれないけども、満足出来なかったんだ。必死で練習した俺の数週間は何だったのか。

 

「学真くん。確かに今回は不本意だったかもしれません。自分が思ったほど活躍できずに、最後まで戦えなかった。後悔も、結構あるでしょう」

 

すると、殺せんせーが話してきた。真剣な話だから、真剣に聞く。

 

「それは、よくある事です。全力を注いで練習した。試合中も全力で挑んだ。それでも成果が出なかった。終わった後に後悔しか残らない事もあるかもしれない。

そういう時は、こう思いましょう。『こういう日もある。今度は全力を見せてやろう』と。

この悔しさを忘れろ、と言ってるわけではありません。その悔しさは、次にぶつけて下さい。次は満足する結果が得られる、とは言いませんが、いつかその時が来ます。この試合のために全力で練習してきた君なら、君が本当に満足する物が得られると、私は確信してますから」

 

…『いつか』か。根拠が無い論拠だな。けど…真剣にそう言ってくれると、何故か信じてしまう。

 

「…親父より親バカだな、殺せんせー」

「ヌルフフフ、あながち間違ってませんねぇ。

それにね。この試合で君の頑張りの意味ならありますよ。だってホラ…」

 

言ってる事が分からずに、殺せんせーが指差している方を向く。

 

「がくしぃぃぃん!」

「ぬお!?」

 

おい!?前原とかが俺に突っ込んでくる!避けきれ…ゲホ!

 

「がは!…テメェら!一体…うご!?」

「そう暗い顔すんなって!あのホームラン凄かったぞ!」

「うん!カッコ良かったよ、学真くん!」

 

前原も矢田も俺を励ましてくれてるが待て…テメェら俺が苦しそうにしてるのが見えねぇのかよ!

 

 

 

 

 

 

 

「君の全力は、皆さんの心に届いたのですから」

 

 

 

 

◇三人称視点

 

 

バッターボックスで、進藤は未だに座り込んでいる。気がつけば敗北していた。その呆気なさに愕然としている。

 

「進藤」

 

そんな彼に杉野が声をかけた。

 

「ゴメンな。ハチャメチャな野球やっちまって。でも分かってるよ。野球選手としてお前は俺より全然強ぇ。これで勝ったなんて思ってねぇよ」

「だったら、何でここまでして勝ちに来た。結果を出して俺より強いと言いたかったんじゃないのか」

 

進藤は納得しない様子で杉野に言った。強さを証明するためじゃないのに、何故ここまでして勝ちに来たのか、彼には分からなかった。

 

「んー…渚や学真は俺の変化球練習に付き合ってくれたし、学真は俺に協力して必死に練習してきてくれたんだ。カルマや磯貝の反射神経とかみんなのバントの上達ぶりとか凄かっただろ。

けど結果出さなきゃ上手くそれが伝わらない。まぁ要はさ。

ちょっと自慢したかったんだ。昔の仲間に、今の俺の仲間の事」

 

進藤は少し驚いた。自分の事を仲間と言った杉野に。先日見下した発言をしたにも関わらず。文句のつけようもなく進藤は微笑んだ。

 

 

「覚えとけよ杉野。次やる時は高校だ」

「おう!」

 

 

こうして、野球部との試合は終わった。昨日の敵は今日の友という言葉があるように、敵として戦いあった進藤と杉野には、昔のような絆が再び芽生えた。

 

 

 

 

 

 

 

(来年まで地球があればな…)

 

 

 




漸く書き終えました。この回は書いてて楽しかったです。


次回はオリジナル回を5回くらい行います。

次回『悪夢の時間』


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第32話 悪夢の時間

お久しぶりです。忙しいのとスランプでなかなか書けませんでした。それと謝罪。前回、次回予告を『女の子の時間』としてましたが、書いていくうちにそれっぽくなくなってきたのでタイトルを変更しました。大変申し訳ありません。31話の方も訂正します。それでは、久々にどうぞ。


『この世界は、残酷です。』

 

 

ーーーやめろ…

 

 

 

『こんな世界では、私は一生迫害される』

 

 

 

ーーーやめてくれ…

 

 

 

『もう、何も信用できない』

 

 

ーーー言うな…

 

 

 

『誰も助けてくれない。誰も救ってくれない。そんな世界に、私は耐えられない』

 

 

 

ーーー聞きたくない…

 

 

 

 

『生きていくことを諦めて、私はこの命を絶ちます』

 

 

 

 

 

 

ーーーお前のその言葉なんて…

 

 

 

 

『さよなら、学真くん』

 

 

 

 

ーーー聞きたくないんだよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐあ!!…はっ…!っっ!」

 

 

 

まただ、また見てしまった。例の夢を…

ベットから跳ねるように起き上がる俺を見ると、心配する奴が殆どだろう。冷や汗もかなりかいてるし、息が少し激しい。それは、あの夢が原因なのだろう。

ある日を境に、俺は周期的にある夢を見ている。その度に俺は苦しみながら起き上がる。

夢の正体は、何となく…いや、ハッキリと分かっている。

 

 

 

 

アレは…俺の罪だ。

 

 

 

償いたくても償えない、忘れたくても忘れられない、俺に永劫取り憑かれると言っていいほどの大きな罪の象徴。

あの時の光景が、ハッキリと頭に浮かび上がる。俺にとっての悪夢は、その記憶だ。皮肉にも、鮮明に記憶している。その度にこの脳を鬱陶しく思う。

多分この記憶は、一生消えることは無いだろう。というより、忘れてはいけないこととして脳に埋め込まれているのかもしれない。

恐らくそれが、俺に対する罰だろう。それで許してくれるとは思ってない。あんな事をしておいて、許されるはずがないだろう。というより、俺自身が許せない。一生悔いても足りないほどに。

 

 

 

この罪を償える方法があるならば、どれだけ楽だろうか。

 

 

 

そんな事を考えながら、俺は学校に行く支度を整えた。

 

 

 

 

 

「この問題に添えば判別式は正なので頂点はx軸より下になります。そして次にy=0を解くとどちらも正となるのでx軸との交点はどちらもy軸より右側で交わっている筈です。以上のことをまとめるとグラフは大体このような形になります。

この様に分かる事から徐々に整理していくと最終的には全体像が見えてきます。これは情報整理と同じです。渚くんが先生の情報を1つ1つ調べ、徐々に先生がどういう生物なのかを把握する。調査というものはそう言うものです。

という訳で情報整理の練習という事でこの問題を解きましょう。この問題を解き終わった者から、今日は帰って良し」

 

学校では普通に授業を受けている。あの夢は引きずらないことにしている。クラスメイトを心配させたくないからだ。

とは言っても精神的に来るものはある。朝1番にアレを見るもんだから、キツいもんはキツい。平静を取り繕うにも時間がかかる。それも並の平静じゃダメだ。渚の観察力は異様に鋭い。何故かは知らないが、違和感をいち早く気がつくほどだ。

だからいつも通りを取り戻すために時間を大量に要する。しかもチャイムというタイムリミットがあるから、いつまでもとはいかない。限られた時間で平静を取り戻さないといけないから、朝から精神的な体力を使う。正直、平静かどうかも不安だ。

まぁ、こうしていつも通りの学園生活になってるから、なんとかなってはいる。

 

今日の最後の授業は数学だ。二次関数はゴチャゴチャしていて難しいんだが、殺せんせーの授業のお陰で何とか理解出来ている。

最後にあの問題を解いて今日は終わりらしい。という訳でその問題に取り掛かる。やはりというか流石というか、数十秒後にカルマは解き終えて帰ってしまった。ホント、天才ムカつく。

漸く俺も解き終わって帰る。俺は10番目だ、遅い方からな。

 

◇三人称視点

 

「帰りにショッピングに寄ろう」

「いいね〜」

 

3年E組の授業が終わり、矢田と倉橋は一緒に帰っている。彼女らは一緒に行動する事が多い。いわゆる、仲良しグループなのだろう。

 

「何を買うの?」

「ビッチ先生にさ、オシャレな服装を教えて貰ったんだ。だから、それに伴って、色々と試してみたいの」

「あ〜なるほど」

 

矢田はビッチ先生から大人のオシャレについて教わった。3年E組の中では彼女が1番、ビッチ先生の授業を聞いている。話し方も接し方も、更には堕とし方も色々と教わった。その中で、服装について教えて貰ったので試してみたいとの事だ。勿論、露出があるのは除外している。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、最近桃花ちゃん妙じゃない?」

 

 

 

 

 

 

「へ!?何が…?」

「何というか…落ち着きが無いよね。修学旅行あたりから。何かあったの?」

 

ショッピングセンターに向かう途中、倉橋の突然の質問に矢田は一瞬焦る。平静を装うにも、声量が大きくて焦っている事がバレバレだ。

 

「そ、そうかな…」

「うん、なんか…ソワソワしてるのかな?て思って」

 

バクバクと心臓が鳴っているのを矢田は感じた。倉橋の言ってる事に心当たりがあるからだ。他の生徒には気づかれなかったが、いつも一緒にいる倉橋だから分かったのだろう。

 

「…多分、学真くんの事だと思う。修学旅行に行った時に不良に絡まれて…そこを学真くんに助けられたの。その時から…かな。変に学真くんを意識し始めちゃって…」

「…へぇ〜ひょっとして、恋じゃ無い?」

 

矢田の話を聞いて、倉橋は恋じゃないかと言った。矢田の言ってる事からするとそれ以外に考えられない。その話を聞けば誰でも恋じゃないかと思う。だが、その返事は意外なものだった。

 

「あ、いや……それは…分かんない。……でも、意識し始めると、不思議に思うんだ」

「不思議?何で?」

 

その倉橋の問いに対して返ってきたのは、肯定でも否定でも無く、分かんないという言葉だった。倉橋はそれについて詳しく聞こうとしたのだが、その後の矢田の言った事の方が気になったので、そっちを聞いてみた。

 

「学真くんが、何でE組に来たんだろうって思うようになったんだ。成績は、E組の中ではいい方だし、カルマくんみたいに素行が悪いわけじゃ無いし…落とされる要素が、全く見当たらないんだ。だからかな…不思議というより…心配になってきたの」

 

矢田は段々と表情が曇る。

クラスの前の自己紹介の時、印象はよく無かった。何か悪い事をしたわけでは無いが、理事長の息子という事が引っかかったのだろう。

修学旅行の時は、少しだけ気になり始めた。自分を敬遠してきた人を守ってくれるという事に、少しばかり魅力を感じた。

梅雨の時は、少し焦った。前原がやられた事に対する仕返しのために、自分を頼ってくれた事が、とても嬉しかった。

日が経つにつれ、学真の印象は良くなってきた。だが、好印象を持てば持つほど、何でE組に落ちたのだろうと考えるようになった。

それを知ろうとするのは野暮だ、とは思っている。人には知られたく無い事はあるし、無闇に探ろうとすると傷つけてしまう事もある。だから、そっとしておく方が良いのだろう、とは思った。

だが、本心ではそう思えず、その真実を知りたい、とも思うようになってきた。葛藤する感情に、矢田は悩んでいるのだろう。

 

「そっか…」

 

矢田の話を聞いて、倉橋は特に何か言ったりはしなかった。倉橋も、矢田の言っていたことは納得するところがあった。彼女の目から見ても学真はE組に落ちる要素は見当たらない。ひょっとするとクラスメイト全員がそう思っているのかもしれない。

 

「あ!見えてきたよ」

 

そのような事を話していくうちに、彼女らが目指しているデパートにたどり着いた。そこの店の中には大抵の店が並んでいる。矢田たちが向かっているのはその中の女性用の服屋だ。探そうとすれば、直ぐに見つかりそうなものである。そこに行くために、入り口から入ろうとした。

 

 

 

 

 

「ねぇ、お姉さんたちって、店の場所分かる?」

 

すると、彼女らに声が掛かった。入ろうとした瞬間に後ろから声をかけられた構図になっている。

2人が声のした方を見ると、小さな女の子の姿があった。見た目で大体、小学2年生だろうと思える身長で、黒い髪は肩にかかるかというぐらいの長さだ。

彼女の手には小さなメモがある。恐らくは、何か買おうとしている最中なのだろう。

 

「ん〜、何回か行った事あるから、少し分かるかな」

 

倉橋も矢田も、何度かここに来たことがある。なのである程度の店の配置は分かっていた。

 

「ゴメンなさい。食材が売ってある場所ってどこですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここかな?スーパー」

 

女の子に尋ねられて食材が売られている場所に着く。食材に関して見所があるわけでは無いが、それなりに食品が揃っている。適当に買い物したい時にはうってつけだろう。

 

「ありがとう、お姉さんたち。1人だとちょっと不安だったんだ」

「良いよ。私たちのお買い物は後でするから」

 

本当は矢田の洋服を買いに来たのだが、それは後にする事にした。会った事無い子どもだが、折角だし手伝おうと思ったのである。

 

「ところで、お名前何て言うの?」

 

名前を聞いていなかった事に気付いた倉橋が、買い物している途中にその女の子に尋ねた。

 

「名前?優里香(ゆりか)だよ」

 

少女は答えた。聞かれた事に素直に答える辺りから、かなり躾がされているのだろうと思った。なかなか素直でいい子だ、と矢田も倉橋も感じた。

 

「そっか〜、優里香ちゃん偉いね〜。1人で買い物に行くなんて」

「うん、怖いけど、頑張ってみたかったんだ」

「分かる分かる〜。チャレンジしてみたくなるもんね〜」

 

 

倉橋は、優里香と名乗った少女とコミュニケーションが取れている。明るく天真爛漫な彼女は、子どもは関わりやすいのだろう。彼女の生物好きの趣味も、子どもの気を引きやすいものなのだろう。既に倉橋と有理香は、仲良くなっていた。

 

 

 

 

 

「これで終わりかな?」

「うん、全部買い終わった」

 

スーパーで買う予定のものを全てカゴの中に入れたようだ。中には食材やら調味料やらが沢山ある。一般の専業主婦が買う量に比べると劣ってしまうが、小学生が買うものとしては多いほうだろう。後はレジに並ぶだけだ。

 

 

 

 

「それじゃ、お金払おっか〜」

「うん、色々とありがとう」

「じゃあ、桃花ちゃんは少し待ってて。後で行くから」

 

 

倉橋に言われ、矢田は少し離れた。流石に3人でレジに並ぶのは気が引ける。倉橋と優里香がレジに並び、矢田はレジの出口で待つことにした。

 

 

「よう…矢田」

 

 

 

 

そう、一人きりになった時に、矢田は声をかけられた。出口付近で、1人の男が矢田に声をかけたのだ。黄色い髪を立たせており、骸骨の模様をした服を見ると、とても不気味に思ってしまう。

 

 

「…!金宮センパイ…!」

 

 

矢田はその男を知っていた。この男は、かつて椚ヶ丘中学校の生徒で、去年卒業した男であり、彼女は面識がある。

 

 

 

 

 

「久しぶりの再会じゃねぇか…語ろうぜ、2人っきりで」

 




2人のオリキャラ登場です。女の子の方はかなり出てくると思います。金宮は今回のオリストーリーのみの登場になると思います。
オリストーリーは6話ぐらいを想定しています。この『浅野学真の暗殺教室』ではかなり重要な内容になると思います。

次回『ブチギレの時間』


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第33話 ブチギレの時間

長らくお待たせさせて申し訳ありません。スランプに苦しめられました。


「お返しの51円です。ありがとうございました。またのご来店をお待ちしています」

 

スーパーのレジにて、倉橋と優里香は会計をいま終わらせたところだった。支払いを終わらせ、レジの人からカゴをもらう。これから袋詰めをするところだ。

 

「優里香ちゃんって、甘いもの好きなの?」

 

用意された机の上に商品を入れたカゴを置き、優里香が持参して来た袋を広げるのを見て、倉橋は優里香に声をかけた。

カゴの中にはリンゴやバナナなどの果物や、ケーキやプリンなどが沢山入っていた。この子がかなりの甘党だろうと予測するには充分な量だ。

 

「うん、大好き!食べてて幸せになるから」

 

そんな倉橋の問いに、優里香は明るそうに答えた。笑みが隠しきれず、声もさっきより若干高い。本当に甘いものが好きなのだと物語っている。

 

茅野と仲良く喋ってる姿を想像して、倉橋は微笑ましいと思った。

 

「でも甘いもの食べてると、お兄ちゃんが怒るの。『甘いものばかり食べてるとお腹壊すぞ』って」

「そっか〜、厳しいお兄ちゃんなんだね」

「ほんとだよ。お兄ちゃんだって変なの食べてるくせに」

 

(変なの…?)

 

突然不満げに語りだした。その様子はまさに、しつけを嫌がる子どものそれである。優里香の言う『変なの』に倉橋は疑問を感じながら、彼女らの手はセコセコと商品を袋に入れていく。

 

「あれ?その腕時計…『ムシランド』の商品じゃない?」

 

すると、倉橋は驚いた様子で話しかける。優里香の腕には小さなてんとう虫の形をした独特の腕時計がしてあった。それが、昆虫展示店であるムシランドの商品であると倉橋は知っている。

 

「そうだよ。よく分かったね」

「わたし、結構行くんだ。あそこは子ども以外でも遊べるから。優里香ちゃんも行ったんだ」

「うん、先月くらいかなー。お兄ちゃんに連れて行ってもらったんだ。その時に買ってもらったの」

「そっか〜、良かったね」

 

ムシランドに行った事を嬉々として語る姿から、子どもらしい可愛らしさが感じ取れる。相手をしている倉橋もそう思った。そんな事を言ってる間に、商品の袋詰めが終わり、彼女らは店を出た。そこで、倉橋は気づいた。

 

 

「……あれ?なんか騒いでいる?」

 

 

 

 

少し前に遡る。倉橋を待つ矢田のまえに、金宮と名乗る男が現れた。男は矢田を見つめており、その顔は嫌な笑みを浮かべている。一方の矢田は緊張を走らせていた。

 

「こんな所で会うとは…運命を感じるよ」

「そう…ですか?」

 

金宮と矢田は少し前に面識がある。金宮はこうしてまた会えたことが嬉しくてたまらない様だが、矢田はそう思ってないようだ。

 

「まぁアレだ…ここじゃ色々と話しづらいだろうからさ。場所、移そうぜ」

 

金宮は矢田に、移動を提案した。人が沢山いる場で話したくは無い、と言うことだろう。

 

「…ゴメンなさい。友達を待っているので…」

「また、そうやって断んのか?」

 

矢田がその勧誘を断ろうとするが、金宮は遮った。彼の矢田を見る目は鋭く、怖く、反論を許さないと言ってるようだった。

 

「友達とか家族とかどうでもいいだろ。オレが誘ってんだからよ。オレが提案すれば、お前はそれに従ってろよ!」

 

強く話しながら、その手を伸ばす。矢田を無理やり連れて行こうとしているのだろう。呆気に取られている矢田は、反応することが出来なかった。

 

 

 

その手がいずれ、矢田に触れようとするときだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ドーン!!!」

 

 

 

「ぐあ!?」

 

 

第三者の大きな声と、金宮の驚きを含んだ声と同時に、金宮が吹き飛んだ。彼は、蹴り飛ばされたのである。横っ腹にドロップキックを食らった彼は、思いっきり飛ばされた。

 

 

「学真くん!?」

 

 

金宮を蹴り飛ばした男は、学真だった。余りにも意外な人物だったからなのか、矢田も驚きを隠せない。

 

 

「よう矢田。なんか面倒な奴に絡まれてたな」

「学真くん…どうしてここに?」

「買い物だよ。今日は肉が安いらしいんでな。この機会を逃すわけにはいかねぇだろ」

 

学真に言われて矢田は此処がデパートであると思い出す。だから、買い物目的で来る人が殆どだ。彼女もその1人だし、学真もその1人だ。

学真は食材売り場目当てで此処に来たのだが、矢田が男金宮に詰め寄られてるのを見て、彼女の身の危険を察知し、金宮の横っ腹にドロップキックを勢いよくかました。

 

「で?コイツ誰だ」

 

話を終わらせたところで、学真は矢田に聞く。話の内容から、矢田の知り合いか何かであることは察したが、先ほどのやり取りを見た後では彼からすれば嫌な奴にしか見えない。とりあえず矢田から距離を開けてから、その正体を聞く。

 

「誰だ…じゃねぇだろクソガキが!!」

 

だが矢田が答える前に、金宮が荒々しく声を上げる。突然蹴りをかまされたのだから、腹をたてるのは無理も無いが、周りから注目を浴びている事に気付いていない。

 

「俺はもと椚ヶ丘中学校3年A組主席、そして椚ヶ丘高校1年A組の金宮(かなみや) 新汰(あらた)だ!」

「…ああ、先輩ということか。…あ、いや先輩なんですね。…それで、こんな所で何をやってるんですか?」

 

金宮の話を聞いて、学真は1つ納得した。椚ヶ丘中学校の生徒であるならば、同じ中学にいる矢田と会うことは不可能では無い。なんの繋がりかは分からないが、接することは出来るだろう。

だが、不気味であることは変わらない。先ほどの金宮の行動は、もはや恐喝に近かった。矢田の言葉を聞かずに無理やり連れて行こうとするのを見れば、そう思わざるを得ない。どのような繋がりであったとしても、それは許されるものではなかった。

 

「口を慎めエンド風情が。俺はテメェと話す気ねぇんだよ。俺が話したいのはテメェの後ろにいる矢田だけだ!引っ込んでろカス!」

 

金宮は、学真の疑問に答えなかった。それは学真も何となくわかっていた。というより、話を聞く人では無いなと悟った。学真をE組の生徒と知っていたのは、矢田と友達のように話していたからなのか、あるいは球技大会か全校集会かの行事でE組のところにいたのを見たからなのか。

 

「話す気ねぇとか知らねぇけど、迷惑になってます。此処は、皆んなが通っているデパートです。こんな所で騒がれると周りの人たちが気になってしょうがない。一旦落ち着いて外で話し合わないっすか」

 

口では淡々と語りながら、彼の目は怒っていた。自分のことはともかく、クラスメイトに対する暴挙は彼にとっては許されない悪行だ。これ以上ふざけた事をするなら、黙ってはいられない。言葉にしなくとも、その意図はハッキリと伝わっている。

 

「…は!お前こそ此処が何処だか分かってる?此処はさ…俺のテリトリーだぜ」

 

だが、怖気付いたりすることはなかった。むしろ、余裕そうに金宮が言った瞬間、学真の後ろに1人の男が忍び寄って来た。

 

《ドゴン!》

「ぐあ…!?」

 

頭に強い衝撃を感じ、学真は膝から崩れていく。体がバッタリと倒れていき、後ろにいる黒服の男を見て、この男に殴られたのだと分かった。

 

「学真くん!」

 

心配そうに騒ぐ矢田を他所に、学真の頭は別のことを考えていた。金宮、という名前に興味を持ってなかったが、思い返してみるとその名前は見覚えがある。新聞にてそのデパートが載っていた時、文章の中に金宮という名前があった。

 

「そうか…金宮といえば、ここのデパートの支配人の名前か…」

 

そう、デパートを作り上げた支配人の名前こそが金宮であり、少し前にデパートが出来上がってその挨拶として、支配人の金宮が出ていたのである。そして、目の前にいる男はその息子なのだ。

 

「そうだ。此処は俺の親父が経営しているデパートだ。何しようが俺は痛くも痒くもねぇ。外に言おうとする奴がいれば、そいつは倉庫の檻にでもぶち込む。ここの中では、テメェなんかよりずっと偉いんだよ」

 

よく見ると、あちこちに似たような黒服を身につけている男がいた。電話しようものなら、逆に痛い目を見せるということなのだろう。だから、周りの人たちは見ないフリをしている。

 

「おい!そいつをつまみ出せ!」

 

金宮の指示を聞いた男は、言われた通りに学真を連れて行こうとする。それも、外に出すのではなく、倉庫に入れるつもりなのだろう。

 

「そうか…抵抗しねぇといけねぇみてぇだな」

 

だがその手を逆に取り、握る力を強めて手首を曲げる。少し前までならば抵抗するすべが無かったが、道場に通っていたのと、体育の授業である程度の体術が身についたのだ。

 

「テメェ、俺に逆らう気か⁉︎」

 

抵抗する学真に対して、怒りを思いっきりぶつけるように金宮が語る。その声に反応して周りの黒服の男たちも彼に目をつけた。

 

「逆らうとかじゃ無いですよ。あなたに従う義理なんて無いので」

 

睨みつける金宮を無視して、学真が話す。彼の周りに黒服の男たちが囲むように集まっていく。段々と殺伐とした雰囲気になっていき、周りにいた人たちは一斉にその場を離れていく。

矢田も、この雰囲気の中に居たくはない。逃げたい、というのが彼女の本心である。だが、彼をここに置いておくことの不安の方が大きくて、動くわけにはいかなかった。

 

「桃花ちゃん!…に、学真くん⁉︎」

 

すると、彼女らの耳に女子の声が届く。先ほどレジの前で別れた倉橋と優里香だった。

会計を済ませ、荷物を入れて店を出ると騒ぎが起こっているのを見たが、さっきまでは誰がその騒ぎを起こしているのかが見えなかった。だが観客が一斉に離れたことで、騒ぎの中心がハッキリと見えるようになり、矢田と学真がそこに居たことに気づいたのだ。

学真は、こちらを心配そうに見ている倉橋と、彼女と一緒にいる1人の少女を見て、この場をどうするか、について考えついた。

 

「矢田、倉橋と一緒にこの場から離れろ。そして皆んなに連絡してくれ。特にあのタコには」

「…え?」

「よく知らねぇけど、アイツは危険だ。うっかり矢田がアイツの所に行けば、矢田の心に一生の傷をつける事になる」

 

学真は矢田に話した。この場を離れろ、と。それは正しい判断だ。金宮の狙いは矢田であり、矢田に被害を及ばさないためには彼女をここから離れさせた方が良い。

しかも、その後に友人や殺せんせーに連絡しろ、というのも適切だ。ここまでの騒ぎになれば、学真や矢田、倉橋だけで対処する事はほぼ難しい。助けは借りるべきだし、来るならば殺せんせーが最適だ。彼らにとって一番頼れる存在だからだ。

だから、いまこの場で取るべき行動はそれしかない。それは、矢田も分かっているし、普通だったらそうしてる。

 

「でも…そうしたら、学真くんが…」

 

だが、倉橋と一緒にここを離れるという事は、学真をこの場に残すという事であり、それは矢田にとっては取りたくない手段であった。

もちろん、学真とともに逃げるという選択肢はない。金宮は完全に学真に目をつけており、彼の視界から逃げる事は無理だろう。学真のみ逃げる事は出来ず、矢田と倉橋のみが離れることが可能なのだ。

しかもその機会は今しかない。もたもたすれば、3人揃って金宮に捕まるかもしれない。だから、逃げるしかない。

しかし彼女は、逃げたくは無かった。彼を置いていきたくは無かった。

 

「速くしろ。俺らが助かる為には、そうするしかねぇんだ」

 

学真が、なかなか動かない矢田に強く言う。このままでは、誰1人として助からない、と悟っているのだろう。

そうだと分かっても、逃げたくは無かった。彼を見殺しにしたくは無かった。何と言われようと、絶対…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…直ぐ戻るから」

 

 

 

 

 

 

矢田は、彼に従った。置いていきたくは無かったが、ここで自分が折れなければ、逆に彼を殺すことになるから。だから、ここは自分の意見を殺さないといけない。拳にした手に力をこめ、彼女は耐えた。

矢田は、彼に背を向けて、倉橋と一緒にその場を離れる。殺せんせーを呼ぶまでの数分だけ、彼女はこの場から離れた。

その背中を、追うものは居なかった。金宮も、そして周りの男たちも、学真を見ているだけだった。

 

「…アッサリ見逃すんですね。何人か追っかけるかと思ってましたが…」

「…矢田の前でお前を殺せば、怖がらせてしまうからな。離れてくれたほうが丁度良いんだよ」

 

口では達者な事を言っている。矢田を怖がらせないために追わなかったのだと。先ほどまでの行為こそ矢田を怖がらせていたというのに、論理破綻、というものだった。

 

「…助けを呼びに行ったのに?」

「誰が来ようと関係ねぇよ。オレは何も怖くねぇ。警察だろうがなんだろうが、返り討ちにする力が、俺にはある」

 

助けに誰が来ようと関係無い、と言った。誰が来ようと返り討ちに出来る、と。本気でそう思っているのだろう。

冷静な判断が出来ていない、という感じだ。本当に警察が来たら、彼らは負ける側になるというのに。

もちろん、マッハ20のタコが来るとなれば話は別かもしれないが、金宮はその事を知らなかった。

 

「お前ら…あのクソガキを殺せ。息の根を止めろ。オレが赦す」

 

金宮は、痺れを切らしたようだ。周りの男たちに学真を()()ように命じた。その意味を理解して、では無く…ただ、自分の怒りをぶつけるためだけに。

彼の命令に従い、周りの男たちも仕留めにかかる。次から次に仕掛けて来る攻撃を、学真はひたすら避ける。学真は下手に手を出してリスクを上げずに、時間を稼ぐ事を重視した。

体術を最近まで訓練して来たせいか、回避スキルは上がって来ていた。体育の授業では教えられてない(暗殺において優先度が低いため)が、道場では徹底的に叩きこまされた。それに比べれば今受けている攻撃を避けるのはそんなに難しくはない。

なかなか当たらないことに痺れを切らしたのか、1人の男が鉄の棒を取り出し、殴りかかる。間合いを見誤り、学真は避けきれなかった。

肩に伝わる鋭い痛み。それに歯を食いしばりながら耐え、学真は武器を払った。

未だにヒリヒリする肩を抑えながら、学真はその場から離れた。

 

 

「ハハッ…見ろよ。所詮一般人はこの程度だ。なんの力もねぇガキが、俺の前で出しゃばりやがって…ウザってぇんだよ。速くくたばってくれねぇか?その醜い格好でよ」

 

金宮は余裕そうに、愉快そうに語る。学真のやられている様子が、かなり滑稽な姿に見えるのだ。

酔っている。学真は彼の状態をそう捉えた。完全に彼らが優勢だ。それが自分の実力だと錯覚して、偽善な自信に酔っていた。学真はそれをかなり嫌っている。

 

「…コレが俺とお前の実力の差だ、と言いたいんですか?」

 

皮肉と怒りを込めて、学真は金宮に訊いた。抑えているつもりでも、彼が相当イラついているのが分かる話し方だ。金宮もその事を察し、かと言って態度を変える事なく、余裕そうに話す。

 

「実力もだけどな、俺とお前の徹底的な違いは、天命だ。貧相な家で生まれた一般人と、全てを手中に入れたエリートの家の差だ。

親父はこの店を作り、莫大な財産を得た。オレはその息子として生まれた、選ばれし者だ。オレは全てを手に入れる事が出来る。そう、何もかも手に入るんだ。分かるか?それが天命というものだ」

 

誇り高く、彼は語り始めた。言葉だけでなく、彼は心から誇りに思っている。

世界中でも多くない実力者の家に生まれた事、それを金宮は誇りに思っている。自分と同格の家に生まれなかった者を、哀れみ、笑いながら暮らしていた。可哀想にと言いながら、見下し、嘲笑っていた。

 

「そして矢田 桃花…俺の目に叶った幸運な女だ。俺に寄り添える女はただ1人。それになる権利を得たのだ。オレはある時、彼女を誘った。オレの隣で幸せになれと」

 

話は矢田の事になった。ある時、彼は矢田を見かけた。矢田の容姿が、彼の好みだったのだろう。珍しい事ではない。矢田はかなり人気があるのだから。そして彼は彼女を誘ったのだ。セリフからすれば、プロポーズなのだろう。

 

「だが…アイツは、俺の誘いを断った。断るときなんて言ったと思う?

病気にかかっている弟の看病をしているから、センパイと一緒に生きる事は出来ないって言ったんだぞ!

ふざけやがって…!軟弱に生まれた奴がバカなんだよ!そんな奴を生かせて何になる!そいつに構ってテストを受けなかった結果がエンド行きだ!

そして今も変わらねぇ。折角オレが助けてやろうとしているのに、エンドの奴らと一緒にいる方を選びやがった!」

 

 

突如、大声で怒り狂ったように喚く。彼の誘いを断ったこと、そして病弱の弟やエンドのクラスメイトと一緒にいる方を選んだことが、彼は許せなかった。感情が怒り一色となり、感情の高まりが止まらない。

 

 

 

 

 

 

だから、金宮は気づいていない。自分が、学真の逆鱗に触れたことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アソコまでバカならしょうがねぇ。無理やり俺のところに連れてきて、幸せとは何かを、徹底的に教えてやる」

 

 

 

 

最後に金宮が言っていた言葉は、学真には聴こえなかった。否、聞く気もなかった。

 

 

 

 

 

 

学真と離れ、矢田と倉橋はラインでクラスメートと殺せんせーに助けを呼んだ。送ったと同時に、殺せんせーが彼女らの所に来た。マッハ20ゆえに、たどり着くのはあっという間なのだろう。

殺せんせーに、学真のいる方を伝えると、殺せんせーは物凄い速さでその方向に向かった。かなり焦っているせいなのか、壁にあたりところどころ備品を壊していく。減給待った無しだ。

暫くして、磯貝と前原が来た。近くに居たからなのか、来るのにそんなに時間はかからなかった。彼らが来たのを境に、矢田と倉橋も、学真の方に向かう。

 

「コッチの方なんだな!矢田、倉橋!」

「うん!」

 

走りながら、磯貝は矢田と倉橋に確認をとる。当然、かなり焦っていた。先に殺せんせーが行ってるものの、学真の状態によっては殺せんせー1人(1匹)ではどうしようもない場合がある。一刻もはやくその場について、どうにかしたいと思っているのだ。

やがて、目的地に近くなったとき、彼らが最初に見たのは、殺せんせーの後ろ姿だった。学真のところに行って助けているのかと思ったが、何やら立ち尽くしているような感じだった。

 

「殺せんせー!そんなところでなに…を……」

 

一体どうしたのか、と聞こうとして、その口を止めた。殺せんせーが見てたものを見て、彼らも呆然としたのだ。

 

 

 

彼らが見たのは

 

 

 

 

 

 

 

集団から攻撃を受けている学真

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では無く

 

 

 

 

 

 

 

黒服の男たちを捻り伏せていた学真の姿だった。

 

 

 

 

 

 




異様な学真の姿。それを見たクラスメイトの反応は?

次回 『振り返りの時間』


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第34話 振り返りの時間

難しい話になっているかもしれません。




その場にいる全員は、全く動こうとはしなかった。学真を助けるために集まったのだが、全く想定していない事態に誰もが混乱している。最初にこの場にいた矢田や倉橋も、彼女らに呼ばれて来た磯貝や前原、そして殺せんせーでさえも、大勢の者らによって学真がやられているのではないかと思って来たのに、逆に学真がその集団を返り討ちにしていたのを見れば、当然の反応かもしれない。

1番不気味に見えるのは、いつもと雰囲気が全く違う学真の姿だ。周りから見ると、彼は物事を荒げるタイプとは思えず、寧ろ穏便に物事を済ませようとするイメージがあった。少なくとも、目の前で起こっているような事を起こす人ではなかった。見たものが本当かどうか、誰もが疑う。それ故に、動けるものはいなかった。

 

「お…オヤジの部下が、全滅…?な、何なんだよ、コイツ…」

 

そんな中、1人の男が喋った。学真の前でビクビクしながら喋るそれは、先ほど矢田に近づこうとしていた金宮に違いなかった。先ほどまでの傲慢な態度とは打って変わり、明らかに目の前の男を怖がっている。

 

「……………………」

 

学真が、ビクビクしている金宮を睨んだ。その目を金宮に向けた瞬間、金宮は「ヒッ」と言ってバランスを崩し、その場で座り込んだ。その仕草や表情から、どれだけ学真の事を怖がっているかがハッキリと分かるが、学真にとってはどうでもよかった。金宮が自分を怖がっていようとも、痛くもかゆくも無い。

 

「テメェ…強さというのを勘違いしてねぇか?」

 

ようやく、学真が口を動かした。いつもよりドッシリと重みがかかっているような言葉に、矛先が向いていないクラスメイトでさえも背筋が凍るように感じた。矛先を向けられている金宮に至っては、全身が凍結するかのような感覚だ。

何が学真をそんなに怒らせたのか、というのはこの場の殆どは分かっていない。金宮も最初はどうとも思わなかったが、そのセリフを聞いてようやく悟った。先ほどまで学真に喋ってたことが、学真の逆鱗に触れたのだと。

 

「望んで弱い体に生まれた奴なんて居ないんだよ。寧ろ元気で有りたいのに、弱い体で生まれ、1人では生きていけないと言うことがどれだけ辛いことか、そして自分のせいで家族が不幸な出来事に会ったと知ったら、どんだけ嫌な思いをするか、テメェは分かんのか?」

 

先ほど、金宮は矢田の弟の事を『軟弱』と言った。それが学真には許せなかった。彼も丈夫に生まれた方では無い。寧ろ弱く生まれたのだ。だからこそ、弱い体で生まれたことを馬鹿にする事が許せなかった。

学真が言った通り、望んで弱く生まれたものなど居ない。たまたま弱く生まれただけなのだ。それを、たまたま何事もなく生まれる事が出来た者が馬鹿にするのは、侮辱以外の何物でも無い。

 

「そしてそんな辛い弟の側にいて、弟を支え、弟の為に頑張れる矢田も、俺からすればスゲェと思うよ。本当にツラい思いをしている人の事を考えれる。そんな思いやりの心なんて、誰でも持てるものでは無い。俺から見ればそれも立派な力だ」

 

そして、学真は矢田の事を話した。修学旅行の時、彼女が弟の為にお土産を買おうとしている現場に居合わせた。彼女が重い病気で寝込んでいる弟の事を考えているのを見て、学真は彼女のことを尊敬した。弟の事を考える様子が、学真には輝いて見えた。弱者の弟を心配する素振りを見せない兄を知っているのだから。

 

「それに引き換えテメェは何だ?父親の経歴だけで自分の才能だと思い上がり、『天命』だの『エリート』だの『選ばれし者』だのと誇示しやがって。まして矢田の弟やE組が軟弱野郎だと?」

 

学真の声が、急に低くなった。これから学真が何をしようとしているのか、矛先を向けられている金宮は言うまでもなく、近くにいたクラスメイトにも察した。マズイ、と磯貝が思い、前原と一緒に学真を止めようと動いた。

 

「調子に乗ってんじゃねぇよ!困難に立ち向かっている奴らを、努力すらした事のないテメェがバカにしていい権利なんか何処にもねぇ!そんな馬鹿が矢田を幸せにしてやるとか、思い上がりも甚だしい!」

 

大声で叫びながら、学真は今にも金宮に攻撃しようと歩き始める。これ以上被害を大きくすれば取り返しのつかないことになることが嫌でも分かるので、磯貝と前原は2人がかりで止めている。だと言うのに、学真の力があまりにも強く、全く抑えられていない。それどころか、寧ろジリジリと前進しているようだ。

 

「ムシズが走るんだよ!テメェみてぇな勘違い野郎を見ると!テメェがどんだけ偉いんだ⁉︎アァ!?口だけは達者なクソ野郎が!!」

 

学真は、彼を止めようとしている磯貝や前原が目に入ってない。頭の中には、目の前の男に対する怒りで満たされており、冷静さを欠いていた。周りを気にする余裕は、彼には無かった。

 

「止めろ学真!これ以上問題を起こすな!」

「…!どうしたんだよお前!こんなに暴れるなんて…!」

 

磯貝が、前原が、どうにかして学真を落ち着かせようと声をかける。だがその声すらも学真の耳には届かない。学真の歩みは全く緩まない。だがこれ以上被害を大きくするわけにはいかない。磯貝と前原は必死で彼を止めようと抑える。

その時、学真の口元にナフキンが押さえられた。最初はあまり効果が無さそうだったが、突如フッと力が抜けて学真は倒れた。彼を抑えるために必死だった磯貝と前原も体制を崩しかけたが、直ぐに持ち直して倒れる学真を支える。

 

「…睡眠薬で眠らせました。状況が分からなかったんですが…」

「奥田!」

 

ナフキンを彼の口に押さえたのは、奥田のようだ。彼女の作った睡眠薬なら、学真は暫くは起きない。そして磯貝たちは、カルマと渚もいたことに気づく。

 

「なんか妙な事になってるね」

「学真くん……」

 

3人が来たタイミングはほぼ一緒だった。矢田からのラインを見て店内に入り、騒ぎのした方へ行くと、いつもと雰囲気が全く違う学真の姿を見た。

最初は呆然としていたが、磯貝や前原が彼を止めようとしているのを見て、直ぐに気を取り戻し、学真を押さえようと渚と奥田が動こうとする。

だがどうしたら良いのか分からずにアタフタしていると、カルマは奥田に睡眠薬を使えばと提案して、奥田がそれに従って動いた結果、今のようになった。

ケンカをよくするカルマも、この事態は異常だと思い、ケンカに加担するのでは無く、彼を止める事にした。だがその場にいたもう1人の男の存在に気付き、足を止めてその男を眺める。

 

「あれ?いつかのいじめ趣味の先輩じゃない?」

「か…カルマ」

 

挑発する時のように、相手を馬鹿にするような言い方で語りかける。語りかけられている金宮はビクついて、震えて居た。

カルマは金宮の事を知っていた。金宮も、カルマの事を知っていた。一年前、金宮はE組の生徒を数人掛かりで虐めていた。そこを、カルマがE組の生徒を助ける形で返り討ちにした。その事が原因でカルマはE組行きになったのだが、それ以来金宮はカルマを恐れるようになった。

 

「まだ性懲りも無くE組虐めをしているの?てゆーか、返り討ちにされているけど」

 

スイッチが入り、金宮に挑発をし始める。いつもの金宮なら言い返しただろう。だがさっき学真に追い込まれて、もうその余裕は彼には無かった。金宮はビクビクするばかりで、反論をする素振りは無かった。

 

「やめなさいカルマくん。これ以上荒らしてはいけません」

 

そんなカルマを、殺せんせーが触手で肩を押さえて止めた。止められたカルマは、抵抗せずに素直に止まる。もう既に戦意のない相手には、興味が無かった。

 

「…ウ、ウアアア!ウワァァァァ!!!」

 

カルマの動きを止めたと同時に、金宮は泣き声を上げて逃げて行った。それを止めたりする者はいなかった。その場の全員にとって、逃げる金宮の事は()()()()()()()()。それよりも重大な問題があるからだ。

金宮が去った後、気まずい雰囲気が漂う。その場の全員が混乱し、何が起こっているのか、どうすれば良いのかが全く分からず、言葉を発しようとする者がなかなか出なかった。そんな空気を払拭するように、殺せんせーが話し始めた。

 

「皆さん。いまこの場で全員が思っている事は、おおよそ同じものであると思います。その疑問は最もです。

ですがその前に、学真くんを家に送りましょう。万が一のために先生はこの場に残ります。皆さんは学真くんを家に連れて行ってください。渚くんとカルマくんは、彼の家の場所が分かりますね?」

「うん、だけど…」

「先ずは学真くんの回復です。今の彼から無理に話をさせようとしても彼を追い込んでしまいます」

 

殺せんせーが話したあと、異を唱える者はいなかった。全員が殺せんせーの言う通りだと思ったからだ。知りたい事は山ほどあるが、優先すべき事は、学真を家に送り、回復させる事だ。

 

「烏間先生が、車を用意してここに来てくれます。彼を車に乗せて、家に送り届けてください」

 

殺せんせーは烏間に、ラインを送った。今の現状を伝え、彼にして欲しい事も伝えた。烏間も話を聞いて、直ぐに対処に動いた。彼の部下である鶴田に車でその店に向かわせ、学真を家に届けるように言った。

生徒たちは殺せんせーに従い、学真を連れて店を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇渚視点

 

殺せんせーの言うことに従って、学真くんを連れて店から出た。店の前にはもう既に、烏間先生が車を用意してくれていて、直ぐに学真くんの家に向かう事が出来た。

僕たちは学真くんを車に乗せ、学真くんの家を知っている僕とカルマくん、そして今回の件で1番巻き込まれた矢田さんが一緒に乗った。鶴田さんに学真くんの家を案内しながら、僕らは学真くんの家に向かって行く。

車に乗っている間、誰も話そうとはしていなかった。僕の案内している声するだけで、それ以外の声は無かった。僕も、口を開く事が出来ない。学真くんのした事が、あまりにも意外すぎたから。

僕も、最初見たときは呆然とした。普段僕らと一緒にいる時は、学真くんは自分から問題を起こそうとしない。だから、今日のように暴れまわる学真くんの姿は、とても信じれなかった。

 

僕は学真くんについて気になっている事が1つある。よく分からないけど、学真くんは僕たちに何か隠している。修学旅行の時に見せた微妙な変化も、この前学真くんの家で見つけたあの写真のことも、学真くんには何かしら僕らが知らない事があった。

この間、学真くんの家の前で窠山くんの言っていた事…『学真くんがしでかした事』が何となくその内容を占めてるんじゃ無いかと思った。そうとは分かりながらも、学真くんに無理やり聞こうとはせずにいた。学真くんも望んでは無いだろうからと。

だからこそ思った。ひょっとすると今回の学真くんの豹変が、その全容を明らかにしているのではないか、と。証拠も何もない推測だけど、そう思った。

 

 

 

◇カルマ視点

 

流石に驚いた。学真がそれなりに喧嘩慣れしているのは分かっていたし、いざ喧嘩になればそこらの相手なら余裕で倒せるだろうとは思っていた。けど、あんなに暴力的に喧嘩をするとは思ってなかった。

喧嘩するにしても、ほんの少し威嚇するだけで無闇に暴れ回らないタイプ…と思ってたけど、さっきの姿は全く違った。相手を徹底的に潰そうとするものだった。

 

学真がそうなったのは…金宮だっけ?が学真の逆鱗に触れたからだと思う。

学真の逆鱗は大体分かる。学真は、自分の事は悪く言われても、仲間を傷つけたり侮辱する事は許せないんだ。

オレを助けた時も、修学旅行で神崎さんたちを助けた時も、学真はかなり怒っていた。口調も若干乱暴になり、雰囲気がまるで変わる。特に今日のは、雰囲気どころか性格も変わっているような感じだった。

けど自分の事は悪く言われても、そこまでは怒らない。寺坂に罵られた時は、反論こそしていたけど、冷静に威圧するだけだった。

よく分かんないけど、アイツは『仲間』に何かしら強い思い入れがある。前に、学真は仲間とか友情とかに理由とか建前はいらないと言った。確かにその通りだけど、その時の学真の様子は、主張しているというよりかは、後悔しているようだった。

学真がなぜ友情や仲間にそこまで強くこだわるのか…今回の件を見て、少し疑問に思い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇矢田視点

 

正直、私の中ではまだ心配事が残っている。むしろ大きくなってる気がする。未だにさっきの事が信じられない。さっきの場所に戻った時の学真くんの姿が、とても怖かった。

でも、別のことに衝撃を受けている自分が、私の中にいた。

 

私は弟の看病のためにテストを受けないで、E組に落とされた。私の事を理解してくれる人も、慰めてくれる人も居なかった。テストを受けなかった事の非難だけだった。

弟の看病をした事が間違いだったとは思ってない。テストを優先した途端に、寧ろ罪悪感と自虐が私を苦しめるだろうと思う。だから、あの日の私の行動は間違いだったとは思わない。

 

でも、非難を聞いている時は、とてもしんどかった。

 

同情して欲しかった訳じゃないし、慰めて欲しかった訳でもない。けど、弟を助けた事をなんで叱られないといけないんだろう、と思った。

悲しい気持ちのまま私の頭の中には疑問ばかりが浮かぶ。

なんで悪く言われるの?弟を見捨てた方が良かったの?

何が良い事で何が悪い事なの?善悪の基準って何?

浮かび上がるたびに、存在価値がだんだんと分からなくなってきた。何のために頑張って、何のために弟を心配して、何のために看病して。

 

 

 

私がやって来た事って一体……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『本当にツラい思いをしている人の事を考えれる。そんな思いやりの心なんて、誰でも持てるものでは無い。俺から見ればそれも立派な力だ』

 

 

 

 

 

学真くんは、そう言った。私をスゴいと褒めてくれた。私のやった事を認めてくれた。

その言葉を聞いた時、とても嬉しかった。それを言ってくれる人が居なかったから、余計にそう思った。学真くんは、私のことを分かってくれる、と思った。

 

 

でも反面に、学真くんは辛そうにしていた。怒ってはいたけど、悲しそうだった。

 

 

 

…彼は一体、何に苦しんでいるのだろうか。

 

 

 

 

そんな気持ちが、段々と強くなっていった。

 

 

 

 

 

◇三人称視点

 

生徒らが学真を連れて店を出た頃、残された殺せんせーはその場の片付けをしていた。具体的には、学真によって倒された黒服の男たちの治療及び壊れたものの修理だ。いま学真が暴れた場所はかなり荒れ果てている。そこを綺麗にしなければ、店を使うときに不便であるだろう。

片付けをしながら、殺せんせーは考え事をしていた。当然、学真のことについてだ。さっきの様子を見れば、一体彼がどうしたのだろうかと、気になるのもしょうがないだろう。

 

「今まで深くは考えませんでしたが、彼は確か暴力沙汰でE組に堕とされたという事でしたね。

思えば、彼が暴力沙汰を起こすような生徒には見えなかった。彼を避けていた生徒と接しようとしている彼が、他人を傷つけるとは到底思えない。

では何故彼が、そのような事をしたのか…」

 

殺せんせーは、学真の事をある程度は知っていた。彼は暴力沙汰が原因でE組に堕とされたと聞いていた。

しかし、殺せんせーが見ている限り、彼がそのような事をする男では無かった。寧ろ穏便に済ませようとする男に見えた。

だが今回の学真の様子を振り返り、ひょっとするとそれに関連しているのでは無いか、と思い始めた。金宮の弱者を罵る発言、E組を罵倒する発言…彼はそれを激しく怒っていた。それによって我を忘れて怒り狂って、暴れていた。

E組に堕とされた原因である暴力沙汰ももしかしたら…

 

「少し、調べてみましょうか」

 

殺せんせーは、彼のことを知る必要があると認識し、その場の後片付けを続けていた。

 

 

 

 

 

あらゆる物事には、原点が存在する。原点とは、いわばきっかけだ。宇宙が生まれるときも、地球が生まれるときも、直前に何かしらのきっかけが生じている。

 

人生が大きく変わるときも、何かのきっかけがある。嬉しい出来事、悲しい出来事…それをきっかけに、人生が大きく変わった事例も少なくない。

 

それは()も、例外では無かった。ある事がきっかけで彼の人生は大きく変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巻き戻す

 

巻き戻す

 

巻き戻す

 

 

 

 

これまで進んだ時間を、巻き戻す。

 

 

 

 

 

 

原点は、過去にある。苦痛の根源は、そこにある。

 

 

 

物事の謎を知るなら、その原点を知るのが手っ取り早い。

 

 

 

それを知るために、巻き戻そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これからの話は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の人生が変わる、1つ目の原点の話である。

 

 

 

 

 

 




学真について謎を感じ始めた仲間たち。学真の過去を知ったとき、彼らはどう思うのだろうか。

次回は過去編に入ります。


過去編は大きく2つあり、今回の話で1つ目の話を出します。



次回 『学真の時間』


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第35話 学真の時間

今回は比較的早めに投稿できました。


天性、という言葉がある。生まれつきそうである、と言う意味で努力とか環境とか遺伝じゃない、天によって授かれた性質という事だ。オレの、1番嫌いな言葉だ。

同じ条件で生まれても、同じ環境で生まれても、同じ時間で生まれても、才能は平等に分け与えられないようで、片方が恵まれ、片方が損をする。何故そんなに差が出るのかって思ったとき、天性という言葉を使うとあっさり説明できる。そんなあっさり答えが出てもダメだろうに。

 

オレは…神さまが大嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

椚ヶ丘中学校、俺らが住んでる地域では1番有名な学校で、俗に言う名門校だ。ハタから見れば有力な生徒を育て上げている学校だしな。だが実際はそんな綺麗な校風では無い。有力な生徒を育て上げるために特定の生徒を落としているのが現実だ。

そんな椚ヶ丘中学校に、俺は通っている。クラスは1年A組…まぁ、特待生みたいな感じだ。

だが楽しいと思ったことはない。先生もロクな授業をする奴も居ないし、何より雰囲気が嫌いだ。E組の生徒を、暇さえあればバカにする雰囲気を楽しむことは出来なかった。

 

 

 

弱者を貶めるこの学校は、あまり好きではなかった。

出来れば来たくなかった。だが親父に強制的に入学させられた。だからここに来ている。

 

 

 

俺は恵まれなかった。体が弱く、才能もなく、瞬間記憶能力という特殊な力があるだけだった。そんな力なんて、特に意味なかった。強者になれない力は、俺の家では意味が無かった。

生き残るためには、強くなるしか方法が無かった。必死に足掻くしか無かった。勉強をひたすらやり、道場にも通い、様々な事に手をつけた。だがどれも上手く行くものはなく、全てにおいて俺は極めることが無かった。

9月に入る頃には、全てを諦めていた。

 

 

 

 

周りは俺を見て、指をさして笑ってやがる。それは当然、変わり果てたこの髪を見てるからだろう。

俺は、自分の髪の色を金色に変えた。言っておくが、デビューとかではない。

親父と同じ色の髪が嫌だったんだ。あの、橙色の髪が。同じ髪をしていれば、俺は親父と一緒の血が流れていることが立証され、それが立証されれば、同じ血が流れて居ながら何も出来ない落ちこぼれである事が立証される。俺がダメな人間であると認めるのが嫌で、髪の色を変えた。だがそれでも、血や戸籍が変わるわけじゃない。どう抗おうと、己の劣等感が付き纏う。そんな日常が、俺の日常だった。

 

 

 

 

そんな日常が続いて嫌になってきた。何をするでもなく、遠く離れた公園で横になる。最近はこればかりだ。誰の目にも触れて欲しく無かった。誰にも気にして欲しく無かった。誰の目にも入らない、俺だけの空間に居たかった。

 

 

 

「こんにちは」

 

 

 

そんな俺だけの空間に、断りもなく入り込んだ人がいた。

 

 

 

 

 

 

 

「私、日沢 榛名って言うの。ねぇ、友達になろう」

 

 

 

 

 

俺の前に突然現れて、訳も分からない事を言い始めた。これが、俺とアイツの出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは学真くん、今日もいつも通りの時間に来たね」

「今日もいたか…」

 

その日から、公園に来れば絶対にアイツがいた。初日は俺が先に来ていたのに、その後は何故か俺より先に来ている。どうやらソイツは他校の中学校の生徒で、学校が終わるといつも此処に来るらしい。

 

「今日の学校はどうだった?私は社会が酷くて、課題が出ちゃったんだ」

「…聞いてねぇよ」

「ちょっと、何回聞いても学真くんの事を話してくれないから、コッチから話しかけてるのに」

「いや知るかよ!」

 

ソイツはしつこく俺に話しかけてくる。学校はどうだっただのテレビがどうだっただの…しつこく話しかけて来た。知らないフリをかましても、グイグイと話しかけてくる。

 

「あ!珍しい草が生えてる!なんの雑草かな?」

「オイコラ!話題変えんの急すぎんだろうが!」

 

…そのくせ変な草が生えていると強引にその話をしてくる。ソイツ曰く、『雑草マニア』なんだと。

 

「だって珍しいじゃない!なんか、ときめかない?」

「知るか、て言ってんだろ!世界の全人類が雑草でときめくと思うなよ!」

 

何から何まで訳わかんない。テンションも変だし、趣味も変だし、何より強引すぎる。それが俺の、彼女に対する印象だった。

 

「…なんで俺に話しかける」

 

呆れながら、俺はソイツに尋ねた。なぜ俺に話しかけるのだと。俺にとって、それが1番訳わからない事だったから。

 

「お前が友達になろうって言った時も、俺は断った筈だぞ。それもキッパリと。そのあと話しかけてきても、俺は答えたりはしなかった。何故だ。何故それでも俺に話しかけてくる」

 

俺がそう聞いた後、ソイツはうーん、と言いながら顎に指を当てて考える素振りをしている。…何を考える必要がある、と思ったが、その後の答えが酷すぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「金髪だから?」

「答えになってねぇだろうが!」

 

あれだけ考えた挙句、答えとして、俺が金髪であるからと言った。その答えがあまりにも変すぎて、俺の声もかなりでかくなってしまった。

 

「やっぱりダメかな?金髪だからって言うのは」

「いやなんで良いと思うんだよ!そんなペラッペラな理由でいい筈ないだろ!金髪の人にはグイグイ話しかけると言う事か⁉︎」

「あはは、ごめんごめん。実を言うと、深く考えてなくて…そういえばなんでだろって思ってしまった」

 

コイツ、意味わからない通り越して、メチャクチャだ。俺の尋ねた質問が、そんなに難しかったのか?あと『あはは』じゃねぇ。

 

「逆にさ。学真くんは何故此処に来るの?そんなに嫌なら此処に来なければ良いのに」

 

今度は逆に聞かれた。俺の質問は答えないくせに。

だがそれに文句を言おうとは思わなかった。と言うより文句を言う気が失せた。抗議しても無駄だと分かったからだ。

 

「…この公園は、人が少ないからだ」

 

だから答えることにした。文句を言っても伝わらない。長引かせても無意味だ。なら話を切り上げる方向にした方が速い。

 

「大勢の人といるのが嫌って事?」

「いや。人が嫌と言う訳じゃ無い。人目に入りたくないんだ」

 

答えとしては、そういう事だった。

人間が嫌いという訳じゃない。寧ろ好きだ。けど、蔑まれる目をずっと向けられた俺は、だんだん人目を避ける方に動き出した。

今回ここに来たのも、人目がないところを探していたからだ。人目がないという事は人がいないという事だから、結局人のいない所を目指す事になる。

そしたらこの公園に着いた。その公園は人がいない。俺と、目の前にいるソイツだけだった。それ以外の場所はそんな人がいない所なんて無いから、俺の足はそこ以外に向かない。

 

「人目に入りたくないって…見られたくないってこと?」

「そういう事だよ。俺を見て欲しくない」

 

ソイツの言う通り、人目に入りたくないと言う事は人に見られたくないってことだ。俺はこんな情けない自分の姿を見られるのが嫌なんだ。

 

「…気にしなくても良いんじゃない?顔は悪くないし、嫌な所なんて無いよ」

 

ソイツは言った。

 

顔は悪くないし、嫌な所なんて無いから、そんな事を気にする必要は無いと。

 

そうか、気にしすぎと言うことか。

 

成る程な。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけるな」

 

少し低い声で言った。俺がいま怒っているんだと分かる。何故怒っているのかは分からない。ただ、自分の中で、ソイツの言っていた事が許さなかった。

 

「お前は何も分かっちゃいねぇ。顔が悪くないとか、嫌な所があるとかの問題じゃねぇ。寧ろ何も無いんだ。取り柄も、良い所も、何もない男の苦痛が、お前に分かんのか?」

 

俺の声が突然変わった事に驚いたのだろうか、ソイツは俺の顔を見てビックリしてやがる。良く知らねぇけど、怒った時の俺の顔は怖いらしい。…こういうところだけ親父に似てるのが腹がたつ。

 

「馴れ馴れしくするな。もう良いから」

 

俺は荷物をまとめた。話していくうちに、だんだんと気分が悪くなっていると分かった。これ以上ここにいるのは耐えられない。だからとっととその場から離れる。

 

「俺の前に現れんな」

 

 

 

 

 

 

 

それ以降、公園にソイツは現れなかった。俺が来た頃には人が誰もいなかった。あれだけ言ったんだ。そりゃ来るわけねぇ。

ソイツが来なかったからと言って気にしてはいない。寧ろせいせいする。

 

 

誰も居ない公園で横になる。

 

 

どこと無く吹く風の音と、そこらに飛び回る鳥の鳴き声だけが、俺の耳に入る。

 

 

なんとも言えない、静かな空間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウザい奴が居なくなるって事が、こんなにも嬉しい事だとは思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、勝手に居ないもの扱いされると困るんだけど」

「…ちょっとは夢を見させてくれても良いじゃないか」

 

そんな空間を夢みてたが、現実はそんなものでは無かった。神さまってのはとことん俺に悪戯するらしい。

 

「ねぇ見て。今日の数学の小テスト3点取れたんだよ」

「聞いてねぇよ!そんな自慢できる話でもねぇだろうが!」

 

ソイツは鞄から今日の数学の小テストを取り出した。10点満点中3点って、そんなに威張れるものではないだろ。いつも0点とか1点だったからいつもより高い得点だったって事だろうが、『3x=6』程度の方程式が出来たぐらいで喜ぶなよ。数学苦手の俺でも出来るわ。

 

「だいたい俺の前に現れんなって言ったよな!なんでまた俺に話しかけてくんだよ!」

「えーと…」

「あー!もう良いよ!『金髪だから』は聞きたくない!」

 

…どうしてこんなに頭が痛いんだよ。さっきからコイツのおかしな所をつっこんでばかりだ。

 

「前から言ってる事だがな…」

 

俺の怒りをぶつけるために、俺が声をかけようとする。

 

 

 

 

 

 

 

「榛名ァ!!!」

 

だが第三者の叫びによってそれは遮られた。公園の入り口で、1人の男が、俺らに向かって叫んでいた。

 

「最近何処かに行くなと思ったら、こんな所に居たの!!?行方をくらますから何かあったのかって心配になったよ!!少しは僕に話してくれたって良いじゃない!!」

「あはは、ごめんね如月くん。なんとなくだったから」

「なんとなくじゃないよ!全く!!」

 

…日沢という女を探して居たんだろう。息もきらしていてハァハァと荒い。黒い髪は汗に濡れている。

 

つーかさっきから思ったんだが…

 

「ていうかその人誰!?他校の生徒!!?無闇に知らない人に話しかけないでって先生にも…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うるっせぇんだよさっきから!!!!!!」

 

 

 

…うるさい。マジでそう思う。

 

いま思ったことを大声で叫んだ。なんかブーメランになってる気がするが気にしない。人間ってこんなに声が出せるもんなんだな。

 

「近くでギャンギャンやかましい!俺の耳の中でハウリングしてて脳がガンガン揺れてんだよ!もう少し静かに出来ないのか!」

「あ、いや…すみません」

「そして打たれ弱っ!!何なのお前!?」

「いやホント…うるさいだけの男でゴメンなさい」

「いや良いよ!俺も…ていうか全面的に俺が悪かったから!」

「あ、そう?分かった」

「切り替え早っ!」

 

…さっきから落ち込んだり気分取り戻したり…コロコロ変わりすぎだろ。…俗にいう単細胞か。

 

「で、誰だ」

「えっと…如月 涼介。榛名と同じ中学の生徒です」

「…浅野 学真。椚ヶ丘中学校の生徒だ」

「椚ヶ丘⁉︎名門校じゃん!」

 

一先ず落ち着いたところで自己紹介をする。やはり椚ヶ丘と言った瞬間に驚かれた。それはもう分かっていた。

 

「…てあれ?浅野って確か…理事長の先生じゃない?」

 

…如月は更に俺の親父が理事長である事を知っていた。くそ、日沢は知らなかったから話す事なく行けるかなと思ってたのに。

 

「…あぁ、そうだよ」

「本当!?そんな事1回も言ってくれなかったじゃん!」

 

本当の事を明かすと、やっぱり日沢に驚かれた。日沢にしてみればいままで言ってくれなかったのに、と思ったんだろうな。

 

 

「言いたくなかったんだよ。俺の父親が理事長だなんて」

「なんで?凄い立派なお父さんじゃん」

「凄く立派だからだ。親父は凄ぇ、それは明らかだ。だから俺が劣ってるってのも明らかになるんだよ」

 

だが俺は言いたくなかったんだ。その事を伝えると、日沢はなんで?という反応をした。その気持ちは分かるが、どうしても言いたくない理由があった。

親が凄い偉い人なんだ、てのは自慢できる事なのかもしれない。だが父親がそんな実績を出していれば、子どもにもそれに見合うだけの実績を求められるってことになる。それが無理だと、『あの人の息子なのに』みたいな目で見られる。実際その視線を受けてきた。

だから言わなかったんだ。その視線が怖くなって。ある意味逃げてる、ということかもしれない。そう思うと余計に自分が惨めになっていく。

 

「…そっか。悪いことしちゃったね」

 

なんか日沢が謝ってるが…いつもいつも話しかけてくる方が迷惑なんだけど。

 

「いや悪いっつーか…」

 

俺がその事を伝えようと振り向いた時、俺はあるものに目がついた。公園から少し見える交差点で止まっている車…それもオープンカーか?で騒ぎが起こっている。

 

 

「俺の車にぶつけてなんのつもりだガキ」

「返してよ〜」

「ハッ!タダで返すわけねぇだろタコ」

 

なんか、車に乗ってる奴がボールを持ってるが…話の内容から察するに、あのボールは子どものものか?で、ボールが車に当たったとか?

…ウザったいな、ああいう奴。そうやって面白がりやがって…!

 

「学真くん?どうしたの?」

「おい、どこ行くんだよ!」

 

俺がその車に歩き始めた事を不思議に思った2人が俺に何か話しかけているが、今の俺はそれに答える気がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいガキ。ボール返して欲しけりゃカネだしな、100万円」

「そんなお金持ってないよ」

「ウルセェ、修理代に使うんだ。ママにでもおねだりしろよ」

 

車に乗ってる男は、子どもに金を要求した。修理代に使うとか言ってるが、そんな目立つ傷はついてない。ただ金を取ろうとしてるだけなのだろう。

俺は、男が持っているサッカーボールを奪った。

 

「ああ!?なんだテメェ!」

「テメェじゃねぇ。道路で車停めてギャーギャー言うな。迷惑だろうが。

大体ここは駐停車禁止だろうが。そこに車停めたお前にも非がある。相手の非だけを責めるな」

「…知るかよ!駐停車禁止なんて。お前もやる側だろ!?」

「髪で判断するな。マナーはマナーだ」

 

車に乗っていた方の男が俺を睨みつけるが、俺もソイツを睨みつけている。その目を見て一瞬ビビってたが、直ぐに持ち直した。

こう言う輩には理解させようとしても意味がない。聞く気がないからな。だからこうして、ハッキリと迷惑だと伝える方がマシだ。例え怒らせる結果になったとしても。

 

「ふざけてんじゃねぇよ、返せ!」

 

ソイツは、俺からボールを取り上げようと掴んだ。だが…

 

「…⁉︎な、こいつ、力が…」

 

ボールを取り上げることが出来ずにいた。必死に取り上げようとするがビクともしない。

そりゃそうだ。これでも道場に通ってた事がある。武道をやってた人に比べれば力が全くない方だが…ソイツみたいに粋がってるだけの相手なら余裕で勝てる。

 

「くそ!その手を離せ…!?」

 

ボールを取り上げる事が無理だと判断したのか、ソイツは俺に掴みかかろうとした。だがその手は逆に俺に掴まれていた。

 

「…100万よこせ?くだらねぇ因縁つけて金を取ろうとするな。

なんだったら俺が出してやろうか?テメェの治療費として」

 

手に力を込めて、ソイツに話しかけた。俺の怒りがソイツに効いたのかどうかは分からないが、ソイツはもう意気消沈しているのが分かった。

 

「…くそ!覚えてろクソガキ!」

 

逃げるようにソイツは車のエンジンをかけて走り出した。…どう見たって速度制限オーバーなんだけど。

 

「ほらよ。お前も遊ぶときは周りに注意しとけ」

「…うん!ありがとう、金髪のお兄ちゃん!」

 

ボールを持ち主に返すと、子どもは俺に礼を言ってその場を去った。別に礼を言われる事じゃ…

 

「…学真…!君って人は…なんていい奴なんだ!」

「ハッ!!?」

 

突然、如月が凄い感傷的に語り始めた。なんか演技くさくて気持ち悪い。

 

「悪い大人に絡まれる子どもを助けるために、正面から戦うなんて…僕にはとても出来ない!

君の優しさがとても良い!さっきまで『なんだこの金髪バカは』とか思ってた僕が恥ずかしい!」

「いや言わなくて良いよ!」

 

…こいつ何に感動してやがるんだよ。

 

「学真くん、凄い優しいね」

「…優しくても何にもならないだろ」

「でも、学真くんのおかげで、あの子は何事もなくボールを取り戻せたんだよ」

 

日沢は俺に言った。あの子どもが俺のおかげでボールを取り戻せたと。確かにとは思う。

けど、それだとなんの意味もない。俺は強者になるための必要なものが何もない。こんな優しさだけがあったって…

 

 

 

「困ってる人を助けれる。それって、リーダーにとって1番大切な事だと思うから」

 

 

……

 

…ハ?

 

 

…1番大切な事?

 

 

 

 

 

 

「…どういう事だ」

「お母さんがよく言ってた。力だけが有るだけのリーダーよりも、困ってる時に助けてくれるリーダーの方が良いって。じゃないと、力ある人はついてこれても、力無い人はついてこれない。だから、思いやりの心は持ちなさいって。

学真くんはその心がある。誰かが困ってる時に助けようとしてくれる。私が出会った中で、お母さんが言ってた理想のリーダーに1番近い人だと思う」

 

 

理想の、リーダー?

親父からは、強者になることを強く言われてきた。そうでなければリーダーにはならないと。

リーダーとは、指揮者のことで、力がなければ、部下に反発されて終わる。強さを持たなければ、従う事が出来ない。

だから俺には、そんなものになれるとは思ってなかった。

 

「…エリートの息子のクセに、なんの力もない俺が?」

「ううん、エリートとか関係ない。優しい学真くんだから良いの。

エリートだから凄いんじゃなくて、自分が自分らしくあるのが凄いんだってお母さんも言ってた。多分学真くんは、力不足で強者にはならないのかもしれないけど、弱い人を思いやる事ができる。それが、学真くんの何よりの取り柄じゃないかな?」

 

…弱い人を思いやる事ができる?それが取り柄?

考えたことが無かった。寧ろ意味がないと思ってた。弱い人を幾ら助けても、自分自身が強くなければなんの意味もないと思ってた。

…そんな俺を、そうやって凄いって言ってくれる奴がいるなんて、思ってもいなかった。

 

「…なぁ学真、僕とも友達になってくれないか?僕も学校じゃ友達少なくて」

 

…如月が俺に手を差し出した。握手でも求めているのだろうか。でも…

 

「わからない。俺は、『友達』なんて持った事がない」

 

誰も俺と友達になろうとしなかった。野球部の中で1人やたら話しかけてくる男を1人知ってはいるが、ソイツとも友達になったわけじゃねぇ。そんな俺は、友達の作り方なんて分かるはずも無かった。

 

「私たちもよく分からないんだよね」

 

……ハイ?

 

「…え?お前らも無いの?」

「うん、私たちも学校では孤立していてさ。班を作るときも大抵避けられるんだよね」

「そうそう」

 

…そうか。いや、理由は分かる。日沢はしつこく話しかけてくるし、如月はうるさいから、避けられてるんだろう。どっちも相手するとメンドくさい。

 

「じゃあさ、この3人で探してみようよ。僕たちだけの、友達の作り方を」

 

すると、如月がそう言った。3人だけの友達の作り方を探そうと。

 

「どういうことだ?」

「友達いない人同士、探してみようってこと。楽しそうだし何より淋しく無いから悪く無いよね」

「いや淋しいよ。寧ろ虚しいよなんか」

 

…友達いない同士で仲良くしようってことか。なんかマイナーな動機だな。

 

「良いじゃん。私たちで話し合うのって面白そうだし」

「おい!」

「じゃあ学真、君はどうする?」

 

日沢は賛成らしい。面白そうと言うが俺にはサッパリ分からない。

如月と日沢がそのグループに入り、入ってないのは俺1人になった。如月が俺に入るのか入らないのかを聞く。

あまり乗り気では無い。そんなマイナーなグループに入りたくない。寧ろ嫌だ。

 

 

 

でも、こいつらは良くも悪くも、俺を蔑んだりはしないと思う。これと言った長所がない俺を誘うぐらいだから。

こういうことは、椚ヶ丘中学校では出来ないと思う。理事長の息子というレッテルが貼られている以上、親父と比べられるだろうから。

 

 

 

 

なら、こいつらと一緒にいた方が楽しいだろう。

 

 

 

「分かったよ。ただし、やることはお喋りだけだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しつこく話しかけてくる雑草マニアと、感情の変動が激しい単細胞。俺にとっての初めての『友達』は、その2人だった。

 

 

 

この関係がずっと続ければ良いな、と思った。

 

 

 

 

 

この関係が崩れることになるのは

 

 

 

 

 

 

 

もう少し、後の話だ。

 




過去編を1話だけ投稿しました。話数的にはかなり少ないですが、彼にとって1番影響がある過去編はまた後で投稿します。次回は時間軸が現在に戻ります。


次回 『目覚めの時間』


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第36話 目覚めの時間

オリジナル話は今回で終わりになります。最初は6話のつもりでしたが、少し詰めたら完結できました。
なので少し詰め込みすぎかつ展開が速すぎかもしれません。


あれから何分…いや、何時間経っただろうか。寝ている時は時間の感覚が掴めない。まぁ、当たり前の事だが。

とにかく長い間眠っていた筈だ。そしてようやく目覚めた。目を開けると見慣れた天井が見える。つーか見慣れたってレベルでは無い。その天井は、俺の家の寝室のそれだ。

俺は布団の上で寝かされており、掛け布団をかけられている。だが布団に入った覚えなんて無いし、そもそも家に帰った覚えがない。

記憶を整理してみよう。俺はデパートに居たはずだ。デパートに矢田がいて、襲われそうになったのを見かけて、俺が矢田をその場から逃した。最初は時間稼ぎのつもりだったが、金宮の言葉にプチンと来て、それこそブッ殺そうかと言わんばかりに金宮に迫って行った。

…ここまでハッキリと覚えている。その後の記憶がない。…てことは、その後気を失ったか。そして誰かが俺をこの場に運んで来たのか?それが出来るのは…殺せんせーか?矢田に呼んでくれと頼んだ気がするし。

ここまで考えた時に、漸く気づいた。やってしまったと。おい、遅いとか言うんじゃねぇ。

()()()と同じだ。誰かの言ってる事にカチンと来て、怒りのままに、それこそ乱暴に暴力を振るってしまう。そして後になってとんでもない事になってしまう。

あそこで怒ったことが間違ってたとは思わねぇ。金宮の言ってる事が間違ってると思ってる。ただ…後先考えないで手を出してしまうクセが治ってねぇ。

暴力を振るってクラスメイトを逆に怖がらせてどうするんだ。先生に迷惑をかけてどうするんだ。自分の価値を下げてどうするんだ。

バカじゃねぇのか、と自嘲気味に笑う。するとリビングで何やら話し声がするのが聞こえた。俺はリビングに行くために扉を開けた。

 

 

 

◇三人称視点

 

学真を部屋に上げて暫し、学真が目覚めるのを渚、カルマ、矢田は待っていた。彼に聞きたいことが山ほどあるし、何より彼の無事を確認しない限り、そのまま帰ることは出来ない。だから待っているのだ。

だが1人、矢田は落ち着いて待つことが出来なかった。何やら姿勢を正したりキョロキョロしたり、とにかくぎこちない。

 

「や、矢田さん…大丈夫?」

「う、うん!?ダイジョウブよ、渚クン!」

「…どこが?」

 

渚に大丈夫かと心配をかけられ、なんとか平静を装おうとしているが、全く出来ていない。ビッチ先生の演技指導が、これっぽっちも活かされてなかった。

 

「…やっぱりビックリするよね。学真くんの部屋かなり広いし」

「…うん…思ったより広くて、ビックリしちゃった…」

 

渚は学真の部屋が余りにも広すぎて驚いていると思っているようだ。渚とカルマは以前彼の部屋に来たことがあるが、矢田は今回で初めて来るのだ。となれば、驚くのも無理はないと思った。

 

 

 

「いやいや、学真の部屋が広いからじゃなくて、学真の部屋だからでしょ?」

 

 

もう1人の赤髪悪魔はそう思わなかったようだが。

 

「か、カルマくん!?どういう…」

「おっや〜?隠さなくて良いじゃん。最近矢田さん、学真の様子をたびたび伺っているでしょ?」

「!?!?」

 

カルマの言葉を聞いて、矢田の顔の色が赤くなっていく。倉橋に、最近様子が可笑しいと言われたのだが、カルマには学真の事を気にしていることまで見抜かれていたのである。しかもカルマから取り出された携帯電話の画面には、学真の様子を見ている矢田の姿を撮られていた。

 

「そんな学真の家だもんね。そりゃ気になるのも無理ないよ。何なら物色してみる?アイツの使ってるものはかなり高価なものばかりだよ」

「…!そ、そんな事…」

「それとも直接アイツに手を出す?アイツいま無防備だから、ツバつけ放題だよ」

「…ッッッッ〜〜〜〜〜〜!!!!」

 

耳元に囁かれる正に悪魔の声に、矢田は顔どころか身体全体が赤色になっていた。口をパクパクと動かしているようだが、声が全く出せてない。

 

 

 

 

 

「矢田に変な事を吹き込むな、カルマ」

 

 

そんなカルマに制止の声かけをしたのは、先ほどまで寝ていた学真だった。

 

 

 

 

 

 

◇学真視点

 

 

扉越しに声を聞くと、カルマが矢田に物色してみないかとか言ってやがる。あの野郎、矢田になんて事を吹きかけてやがんだ。『無防備』とか『ツバつけ』とか訳わからない言葉が聞こえるが、矢田をお前みたいな奴にしてたまるか。

 

「矢田に変な事を吹き込むな、カルマ」

 

扉を開けて、カルマに話しかける。俺の姿を見て、渚は安心そうにしていて、カルマはつまらなさそうに舌打ちをした。ふざけんじゃねぇ。

矢田は、俺の顔を見た瞬間、サッと顔を背けた。俯くようにしている。…まぁ無理もない。金宮に襲われかけた挙句俺の暴行を目の当たりにしたんだ。コイツにはちょっとダメージが大きいだろう。俺は深く追求しない事にした。

…なんか『ダメだコイツ』と言わんばかりの視線を感じるんだがどう言う事だ?

 

「…学真くん」

 

渚が声をかける。どこか不安と…疑問が含まれている。まぁ…そうなるわな。あんなの見れば疑問だらけになる。

 

「…分かってる。お前らの気持ちも。けど悪い。先に俺から良いか?」

 

別にそれを聞くことは構わなかった。だからコイツらの質問は聞くつもりだ。だがその前に、俺はやっておきたい事がある。

その場にいた3人が、大丈夫だという答えが返ってきた。渚と矢田なら気にしないだろうし、カルマはどっちでも良かったのだろう。とにかく許しが得られたなら、直ぐに行動に出る。

俺は姿勢を正し、上半身を前に倒した。それも恐らく90度…ぐらいはいってると信じたい。

この時点で、俺が何をしているのか分かっただろう。いわゆる、頭を下げるという奴だ。

 

「すまない。お前らに迷惑をかけた。あんな暴力を振るって、お前らに心配どころか不安を感じさせてしまった。お前らだけじゃない。あの場で他の奴らも来ていた筈だ。誰かが俺を止めようとしている声が耳に入っていたが、その時の俺は聞く耳を持たなかった」

 

俺が言ったのは、謝罪の言葉だ。突然謝りだして驚いている奴もいたが、俺はどうしても謝りたかった。

クラスメイトが暴力を振るっている姿なんて、あまり見たい物ではないだろう。今回の事を通して、俺の事を怖がらせてしまったかもしれない。

特に矢田には申し訳ない。矢田はそういう荒れた行為が苦手だ。直接言われたわけじゃねぇが、金宮と俺が話している時に怖がっていたのが分かった。矢田の性格を考えれば、恐怖にしか見えなかっただろう。

 

「本当に、申し訳ない」

 

そう言い切って、口を閉じた。つい先日にみんなの輪に入れたかもしれないのに、今回でまた距離を置かれるかもしれない。

距離を置かれてもしょうがない。親父が理事長だったからという理由じゃなく、どう見たって俺の自業自得だ。生意気かもしれないが、これで嫌われても構わないと覚悟を決めている。

 

 

 

 

 

「…ううん、大丈夫。怖かったのは確かだけど、学真くんはわたしやみんなの為に怒ってくれたんだから、気にしてないよ。

寧ろお礼を言わせて。弟の事を…気にしてくれてありがとう」

 

矢田からそう言われた。良かった。許してくれた。前から分かってはいるが、矢田は優しい奴だ。弟の心配をしたり、俺の事を気遣ってくれたり。

 

「そうか…良かった。俺の方こそ、ありがとな。正直、嫌われるかと思ってたんだ」

 

安心した気持ちのまま、俺は話した。安堵した俺の気持ちが、周りから見たら明らかに分かるだろう。さっきまでガチガチになってた気がするし。

 

「ううん、嫌ったりはしないよ。むしろ…」

 

俺の言葉に返そうとするが、何故か矢田はその話を止めた。なんか、おもわずとんでもない事を言おうとしていたみたいな顔になっているが…

 

「…矢田さん、どうしたの?」

 

俺と同じ事を思ったのだろう。渚が矢田に聞いた。なぜかは知らないが渚は人の感情の変化に敏感だし。

それよりも後ろの赤い悪魔が気になる。なんで悪魔のツノと尻尾が見えるんだ?

 

「…や、優しい人だなと思ってさ。弟のことなんて気にしてた人はいないから」

 

渚の質問に答える形で矢田は話した。

優しい人、ねぇ…なんか、日沢もそんな事言ってたな。弱い人を思いやれるって。

 

優しいと言われることは嬉しいけど、俺から見れば、本当に優しいのは…

 

 

 

 

 

 

「荒れていないか心配でしたが、余計な心配みたいですね」

 

すると、いつの間にか別の人…いやタコの声が聞こえた。やっぱり来ていたか。

 

「殺せんせー!」

「片付けはあらかた終わりましたので、こちらの様子を見に来ました。学真くんがいつも通りの様子で何よりです」

 

どうやら殺せんせーは俺がしでかした事の後始末をしてくれたらしい。しかも俺の事を心配してくれていた。本当、ありがたいよな。

 

「ありがとう、殺せんせー。とんでもない迷惑をかけて」

「いえいえ、生徒の面倒を見るのが役目ですから。どれだけ迷惑をかけても大丈夫ですよ」

 

形だけでも礼を言っておく。礼を言っとかないと気が済まないからだ。毎度のことながら、殺せんせーは本当に良い先生だよな。迷惑をかけても構わないとか…本校舎の先生なら絶対に言わない台詞だと思う。

 

「それから、他の皆さんも到着しました。顔を合わせておいてください」

 

どうやら、他の奴らも来たみたいだ。殺せんせーの言う通り、顔を合わせた方が良いだろう。俺は玄関に行き、扉を開けた。

扉を開けると、磯貝などのクラスメイトが来ていた。意外にも多い。こんだけの友達に、迷惑をかけてしまったんだな。

とりあえず俺は、迷惑をかけてごめんと謝った。クラスのみんなは別に良いよと言ってくれた。本当、E組は良い奴らばかりだよな。

 

ふと、1人の少女に気がついた。

 

「…そいや倉橋。さっきから思ったんだが、その子は誰だ?」

 

そう、倉橋の隣に1人の女の子がいる。あのデパートでもそうだったけど、倉橋と一緒にその子がいた。さっきは金宮から逃がすのに必死だったから気にしてなかったが、今のうちに聞いておくことにした。

 

「あ、優里香ちゃんと言ってね。さっきまで一緒に買い物してたんだ。1人で買い物してたみたいだから、お手伝いする事になったの」

 

…なるほど、偶然出会ったということか。見た目小学校…二年生ぐらいか。その歳で1人で買い物に来るとは、正直かなり凄いな。

 

「そうか。ごめんな、面倒な事に巻き込んでしまって」

「大丈夫、お兄ちゃんは気にしなくて良いよ」

 

しかもかなり良い子だ。結構躾されて来たんだろうな。服も髪もかなり真面目そうな感じだし。

 

「あれ?優里香ちゃん?」

 

すると、1人の男子の声が聞こえた。しかも俺の後ろから。何やら驚いているようだが。

 

「あ、渚!久しぶり!ひょっとしてこのお兄ちゃんたち、渚のお友だちなの?」

 

声をかけたのは渚のようで…待て。なんで優里香が渚の事を知ってるんだ?

 

「…渚…お前、コイツと知り合いか?」

「あ、うん…正確には、この子の兄さんの方を知ってるんだけど」

 

渚の話を聞く限り、渚は優里香のお兄ちゃんの事を知ってるみたいだ。

 

「ところで、さっきから思ったんだけど、お兄ちゃんが浅野 学真って人?」

 

今度は優里香が俺に聞いてきたが…なんで俺のフルネームを知ってるんだ?

 

「…そうだけど、なんで知ってるんだ?」

「よくお兄ちゃんが話をするから」

 

お兄ちゃんから、俺の話…?

 

 

 

 

渚の知り合いで…俺を知ってるやつって…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、優里香ちゃん。上の名前はなんて言うんだ?」

「上の…?姓ってこと?」

「…そうだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黒崎だよ。わたし、黒崎(くろざき) 優里香(ゆりか)って言うの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…ウソだろ…

 

 

 

 

 

黒崎の…

 

 

 

 

 

 

妹………?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へ!?おま…黒崎の妹なの!?あの、堅物の!!?」

「うん。堅物お兄ちゃんの妹だよ」

 

 

マジで!?アイツ妹いたの!?アイツ並みの堅苦しさ感じねぇから分からんかったけど!

 

 

 

 

 

 

 

 

◆三人称視点

 

 

黒崎 優里香は、兄として黒崎 裕翔がいる。かなりの堅物で、躾のことばかりでうるさいが、とても頼りになる兄だ。

そんな兄が、自分の事を話すのは珍しい。するとしても、1,2年生の頃に一緒にいることが多かった渚やカルマの話だったが、別の人の話が出た時には、少し驚いた記憶が彼女にあった。

 

「かなり良い奴がいる。ソイツは浅野 学真って言うが、俺らの中学の理事長の息子なんだ」

「理事長…?」

「簡単に言えば学校で1番偉い奴だ。ソイツの息子なのに、E組に堕ちた事で周りからはかなり酷い目を向けられている。

ある時直接会ってみたが、思ってたよりも目標をしっかりと見据えていて、下手な奴らより優れている。

ひょっとすれば、1学期の間に、とんでもねぇ事をするかもしれねぇ」

 

珍しく他人に肩入れしながらマヨネーズがタップリと入った丼を食べる兄を見て、少し浅野学真に興味が湧いた。

 

 

◇学真視点

 

「お兄ちゃんが他人の事を褒めることなんて珍しいから、少し学真さんに会ってみたかったんだけど、会ってみて納得したよ。あんな窮地で友達を助けれるって凄いなと思った。お兄ちゃんがあそこまで褒めるのも納得するよ」

 

…そうか。アイツ、そんな事言ってたのか。正直、誰かを貶すことは無いが、褒めるような事もない奴だと思ってた。そんな奴にそう言われると、少し嬉しいな。

 

「なぁ、黒崎って誰だ?」

「えっとな…ほら、球技大会で」

「あ、そっか…」

 

その様子に、他の生徒が不思議に思ったのだろう。前原が黒崎って誰なのかを聞いてきた。すると磯貝が説明したところで前原は察した。男子なら()()野球を見てるはずだし。

 

「さて皆さん。学真くんの無事は確認できました。もう時間も遅いです。早めに家に帰りましょう」

 

その後、殺せんせーがみんなに帰るように言った。言われてみれば、もう直ぐ夜になる頃だ。

殺せんせーに言われた通り、みんなは自分の家に帰っていった。

 

 

◇三人称視点

 

先ほど学真たちがいたデパートのスタッフルームで、パン!と音がした。そこでは、先ほど矢田に襲いかかっていた金宮が殴られていた。金宮を殴ったのは、白い髪をオシャレに整えている男性だった。

 

「バカ息子が。お前が手を出したのが、誰だと思ってやがる。お前らのとこの理事長だぞ。万が一にもこの事で責められたら、どうするんだ。それに、店内で騒ぎが起これば、お客に悪印象を与えてしまう。これで客数が減る事だってあり得るんだぜ。」

 

その男は、金宮の父親だった。彼は息子がデパート内でしでかした事を知っており、加えて学真が椚ヶ丘中学校の理事長の息子である事も知っていた。

このスタッフルームに息子を連れてきて、説教をしていた。デパートの経営者として、客数を減らす事はあまり得策とは言えない。そんな事を、まして自分の我儘で引き起こした息子を叱っていたのだ。

 

「まぁ…これはお前だけのせいじゃない。いままでお前を放置してきた俺にも責任がある。だから、取るべき責任はしっかり取るぜ」

 

そう言って説教を終わらせた。と言うのも、息子は学真にかなり追い詰められて、今のビンタだけで気絶してしまったので、父親の話を聞ける雰囲気では無かったのである。

男は、側の機械を操り、モニターを写した。そこには、自分の息子を追い詰めていた学真の姿だ。それを見て、男は顔を顰める。

 

「相変わらず…お前の息子も化け物だよな。學峯」

 

 

 

 

 

 

「もう7月だ。3月までに奴を殺せる手段は無いのか!?日本政府は手をこまねくばかりだと言われてるぞ!」

 

日本政府の会議で、緊迫した雰囲気が漂う。内容は、殺せんせーの暗殺についてだ。7月になりながら、未だに暗殺の成果が上がらない様子に焦っている様子なのだろう。

 

「総理!それについては彼に計画がございます。我ら情報部の隠し球です」

 

すると、1人の男を連れて情報部の男が言った。

 

「ほう…期待していいのかね」

 

周りの人らはその男を期待の目で見ているが、その男は資料にある1人の男を睨んでいるように見ていた。

 

 

(…烏間 惟臣!)

 

 

 




学真くんが意外と鈍感である。というより設定的には自分の事を好きであるという考えが思いつかないという事です。原作の渚くんと同じような感じかな?

次回は、暗殺教室を知っている人なら分かる、あのクソ野郎の登場です。

次回『新任教師の時間』


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第37話 新任教師の時間

始まってしまった。これ以外にいまの気持ちを表す言葉が分からない。




「視線を切らすな!次に標的がどのように変化するかを予想しろ!全員が予測すれば、それだけ奴の逃げ道を塞ぐことになる!」

 

椚ヶ丘中学校の校庭で、我らが体育教師、烏間先生の声が響く。今の時間はそう、暗殺技術の訓練が授業内容である体育だ。

体育の授業のスタイルはシンプルだ。特に、対殺せんせーナイフを烏間先生に当てるという内容は分かりやすい。だがそう簡単に当てることはできない。防衛省でもかなり腕利きの方が相手なので、見事に捌かれる。

ナイフを一回当てる毎に一点貰える形式で、何回もこの実習をやるからチャレンジ回数は数えきれないほどある。けど当たった回数なんて片手で数えれるレベルだ。俺の今の得点は1点だ。ま、当ててるだけマシとのことだ。

殺せんせーといい、本当に俺らはとんでもないバケモノ先生から教えられているんだな。

 

もう1人いるだろって?忘れた。

 

「ふざけんなクソガキ!」

 

 

◇烏間視点

 

4ヶ月目に入る当たり、『可能性』がある生徒が増えてきた。

磯貝 悠馬と前原 陽斗、運動神経が良く仲も良い2人のコンビネーションなら、俺にナイフを当てるケースが増えてきた。

赤羽 業、一見のらりくらりしているが、その目には強い悪戯心が宿っている。どこかで俺に決定的な一撃を加え、赤っ恥をかかそうと考えているが、そう簡単にいかさない。

浅野 学真、持久力では劣っているものの、観察力や戦いのセンスが高く、様々な工夫を凝らしてナイフを当ててくる。最近では反射神経がかなり上達してきた。

女子は体操部出身で意表を突いた動きができる岡野 ひなたと、男子並みの体格と運動量を持つ片岡 メグ、このあたりが近接攻撃として非常に優秀だ。

そして殺せんせー、彼こそ正に俺の理想の教師像だ。あんな人格者を殺すなんてとんでもない」

 

「人の思考を捏造するな。失せろターゲット」

 

寺坂 竜馬、吉田 大成、村松 拓哉の悪ガキ3人組、こちらは未だに訓練に対して積極性を欠く。3人とも体格が良いだけに、彼らが本気を出せば大きな戦力になるのだが…

 

全体を見れば、生徒たちの暗殺能力は格段に向上している。この他には目立った生徒はいないものの…

 

 

ーーゾク…

 

「…!!」

 

 

 

◇学真視点

 

あ、吹き飛んだ。いま烏間先生に攻撃を仕掛けた渚が反撃を食らって吹き飛ばされた。流石烏間先生、素晴らしい力だな。

それにしても…烏間先生があそこまで近づくまで気づかれないとは。前々から感じていたことだが、渚にはなんかあるよな。時々コッチを驚かす何かを。

 

「いった…」

「すまない。強く防ぎすぎた。大丈夫か?」

「あ、へ、へーきです」

「バッカでー、ちゃんと見てないからだ」

「う…」

 

烏間先生が心配そうに駆け寄っている。大丈夫と言っている渚に、杉野は笑いながら言った。まぁ…不注意にも見えるよな。

 

 

 

 

 

「それまで!今日の体育は終了!」

 

体育の授業が終わった。今日は当たりませんでした。哀れみの視線を向けるな。傷つくから。

これから次の時間に移る。次は確か…小テストか。体動かした後のテストはマジ鬼だろ。

 

「せんせー!放課後みんなでお茶してこーよ!」

 

倉橋が烏間を誘う。ホント、烏間のこと気に入ってるんだな。…なんかカッコいい男に出会ったとか言ってなかったか?

 

「ああ、誘いは嬉しいが、この後は防衛省からの連絡待ちでな」

 

…律儀に断ったな。って言うか、ああいう系統の誘いは基本断ってるよな。

 

「私生活でもスキがねーな」

「というより、私たちの間にカベっていうか一定の距離を保っているような…」

 

三村、矢田が言うのも納得できる。烏間先生は何処か俺らに距離を置いている。

…距離を置くって言葉を使った時、2年ぐらい前の自分のことを思い出す。まぁ、俺は単に見られたくなかったという理由なんだが。

 

「厳しくて優しくて、私たちのこと大切にしてくれているけど、それってやっぱり、ただ任務だからに過ぎないのかな」

 

倉橋が心配そうに言う。あくまで任務のためだけに俺たちと接しているんじゃないかと。凄い淋しそうだ。

だが違う気がする。人と関わらないっていうより…俺らの世界に入って来ないっていうようにしている感じだ。多分、烏間先生なりのスタイルなんだと思う。

 

「そんな事ありません。確かにあの人は…先生の暗殺のために送りこまれた工作員ですが、彼にもちゃんと素晴らしい教師の血が流れていますよ」

 

相変わらずいつの間にか現れる殺せんせーが言った。まぁ殺せんせーがそういうぐらいだし、そう気にしなくて良いんじゃないかと思う。

 

 

◆烏間視点

 

 

「烏間。君をこの任務につけたのは・・・その能力を買っての事だ。空挺部隊ではトップの成績鬼教官としても才能を発揮し、軍服を脱いだ後の諜報活動も目覚ましかった。

だが現状はどうだ。秘密兵器の転校生暗殺者も活かし切る事ができなかった。暗殺者の手引きと生徒の訓練。いくら君でもひとりではこなせないようだな。今のところ暗殺の糸口もつかめていない」

 

直属の上司から部屋で話を聞いている。いつまで経っても成果が現れない現状に呆れられているようだ。転校生暗殺者として送られてきた自律思考固定砲台と堀部 イトナを活かしきれず、度々のチャンスを逃してしまっている。転校生暗殺者があと1人いるものの、この調子では活かしきれるかどうかも怪しいとされていた。

 

「今もこうして平然と窓の手入れをされている。ナメられとるんだよ我々は!!」

 

言われた通り、ターゲットがこの部屋の窓の掃除をしている。その様子と顔の模様から、俺らを完全にナメていることが明確に分かる。

 

「状況を打破するためもう1名人員を増やす。適任の男がひとりいるんだ」

 

 

 

上司から聞いた話が本当なら、今日にその新たな人員が来るという事だ。俺はその男を待っている。これからどのように動くのかを聞くために。

 

すると、校舎の扉が開いて、1人の男が現れた。その男は大量の荷物を抱えている。

 

「よ!烏間」

 

鷹岡 明、防衛省特務部の男だ。俺が少し前にいた時の同期で、教官としては俺より遥かに優れていたと聞いている。新たな人員とは、この男のことだったのか。

鷹岡は、生徒たちがいる校庭に歩き始めた。

 

 

◇学真視点

 

…?校舎から1人の男がこっちに歩いて来る。なんか、すげぇデカい。腹も出てるけど、体格もデカイな。

 

「や!俺の名前は鷹岡 明!今日から烏間を補佐してここで働く!宜しくな、E組の皆!」

 

とても明るそうに話しかけてきた。鷹岡って人はそう自己紹介を終えると持っていた荷物を降ろした。そこにあるのは、ケーキや飲み物だ。しかも…

 

「!これ『ラ・ヘルメス』のエクレアじゃん!こっちは『モンチチ』のロールケーキ!」

 

…茅野が言った通りだ。流石、甘いものはよく知ってるな。

さっき茅野が言った店は、かなり高級なケーキ店だ。俺もたまに利用している。こないだ渚たちにケーキをご馳走しただろ?あれなんかは『モンチチ』のケーキだ。

 

「良いんですか!?こんなに高いのを!」

「おう食え食え!俺の財布を食うつもりで遠慮なくな!モノで釣ってるなんて思わないでくれよ。お前らと早く仲良くなりたいんだ。それには…皆んなで囲んでメシ食うのが1番だろ!」

「でも、えーと鷹岡先生、よくこんな甘い物ブランド知ってますね」

「ま、ぶっちゃけラブなんだ。砂糖がよ」

「デカい図体して可愛いな」

 

結構俺らに話しかけて来る。フレンドリーにかつ元気ハツラツと。その雰囲気からか鷹岡…先生はE組の生徒と仲良くなっている。

 

「…!」

「お〜殺せんせーも食え食え。まぁいずれ殺すけどなハッハッハ」

 

…殺せんせーが餌付けされた。甘いものを使った暗殺とか効くんじゃねぇのか?

 

「同僚なのに烏間先生と随分違うスね」

「なんか近所の父ちゃんみたいですね」

「ははは、良いじゃねぇか父ちゃんで。同じ教室にいるからには…もう俺ら家族みたいなもんだろ?」

 

鷹岡先生は笑いながら生徒と肩を組む。なんか生徒の輪に溶け込んだみたいだ。

俺はその様子を、少し離れたところで見ていた。ケーキを食べるのが嫌なわけじゃねぇ。

なんて言うか…鷹岡先生は苦手なタイプ…というより、()()()()()()()()()()タイプな気がする。グイグイコッチに来ながら仲良くしようとする姿勢…一見フレンドリーなように見えるが、違う気がする。

 

俺は鷹岡先生になんとなく似ている奴を知っている。

 

ああして仲良く接しようとしているけど、それはあくまできっかけをつくるだけに過ぎなくて、いざ仲良くなると手のひらひっくり返してかなり卑劣な事をしてくる奴を、一度見たことがある。ソイツと同じとまでは言わないけど、そんな気がしてならない。

さっきケーキを『モノで釣ってるなんて思わないでくれよ』みたいなこと言ってたが、実際そうじゃねぇかと思う。決めつけは良くないとはいうが…そんな気がしてならない。

 

◇烏間視点

 

校庭で鷹岡が生徒と仲良く話しているようだ。あっという間に仲良くなっていた。

 

「…烏間さん本部長から通達です。あなたには外部からの暗殺者の手引きに専念して欲しいと。生徒の訓練は…今後全て鷹岡さんが行うそうです」

 

鷹岡の様子を見ている俺に、部下の園川が話した。訓練の方を鷹岡にさせると言うことか。

 

「同じ防衛省の者としては生徒達が心配です。あの人は極めて危険な異常者ですから」

 

 

◇学真視点

 

 

「明日から体育は鷹岡先生が?」

 

鷹岡先生から話を聞くと、体育の先生が交代になるらしい。政府からそう指令が出たそうだ。

 

「ああ、烏間の負担を減らすための分業さ。あいつには事務作業に専念してもらう。大丈夫!さっきも言ったが俺たちは家族だ!父親の俺を信じて任せてくれ!」

 

鷹岡先生が活気よく話す。なんつーか、烏間先生とは逆だよな。烏間先生はあまり表情を変えないけど、この人はかなり明るそうな表情に変わる。

鷹岡先生からその話を聞いて俺たちは校舎に戻る。

 

「どう思う?」

「えー、私烏間先生の方が良いなー」

 

戻りながら体育の担当の先生が変わる事について話し合っていた。やっぱり倉橋は面白くなさそうだ。

 

「でもよ、実際何考えているか分からないとこあるよな。いつも厳しい顔するし、メシや軽い遊びも…誘えばたまに付き合ってくれる程度で。

その点あの鷹岡先生って根っからフレンドリーじゃん。案外ずっと楽しい訓練かもよ」

 

すると岡島が話した。確かに烏間先生は何考えているか俺も分からない。常に壁を貼られているみたいだし。でも俺はそれで良いと思っている。なんつーか、そういう堅物らしいのが烏間先生って感じがする。

逆に鷹岡先生は微妙なんだけどな。さっき言った通り、なんかわざとらしすぎる。俺はかなり不安になっていた。

 

 

◇烏間視点

 

「さっきお前の訓練風景を見てたがな、烏間。3ヶ月であれじゃ遅すぎる。軍隊なら1ヶ月であのレベルになってるぞ」

 

教員室で、鷹岡がE組について話して来た。鷹岡の言う通り、軍隊に比べれば遅いかもしれないが、彼らは学生なのだ。寧ろ、勉学に励みながらここまで技術を高めてくれた事は評価されるところではないかと思う。

 

「職業軍人と一緒にするな。あくまで彼らの本職は中学生だ。あれ以上は学業に支障が出る」

「かぁ〜!地球の未来がかかってるのに呑気だな」

 

俺の言葉を聞いた鷹岡は手を顔に当てて呆れたように話す。すると、鷹岡は一枚の写真を取り出した。その写真には鷹岡と、鷹岡の指導を受けた訓練生らが仲よさそうにしているのが写っている。

 

「いいか烏間、必要なのは熱意なんだ。教官自らが体当たりで生徒に熱く接する!多少過酷な訓練でも…その熱意に生徒は応えてくれるものさ」

 

…鷹岡の言う事は、確かにそうだ。熱意…それは恐らく俺が欠けているもの。あくまで彼らと素っ気なく接しているだけだ。鷹岡のように、熱意があればこのように生徒と仲良く出来るのだろうか。

 

「首洗って待っとけよ殺せんせー!烏間より全然早く…生徒たちを一流の殺し屋に仕上げるぜ」

 

鷹岡はターゲットに菓子を渡して教員室を出た。菓子をもらった方はホコホコとして菓子を食べている。

 

「ヌルフフフフ、考えの甘い先生ですねぇ」

「甘いもので餌付けされているお前が言うな」

 

…相変わらず呑気なターゲットだ。どうしてこうもチョロい奴を未だに殺さないのか。すると奴は窓を開けた。

 

「体育に関してはあなた方が譲らないので任せています。ですから担当の交代にとやかくは言いませんが…E組の体育教師は烏間先生、あなたしかいないと思うんですがねぇ」

 

そう言って奴はどこか遠くに飛んで行った。恐らくどこかの国に移動したのだろう。

それにしても…奴が言っていたことは微妙に気になる。E組の体育教師は俺しかいないと言っていたが、その意味が分からない。俺に何があるということだろうか。

 

 

 

 

後日、教員室で運動場の方を見る。本格的に担当が鷹岡になった体育の授業が始まった。

鷹岡の様子を見ているが、見事に生徒の心を掴んでいる。あれなら訓練もはかどるだろう。

 

俺のやり方が間違っていたんだろうか。プロとして一線を引いて接するのではなく、あいつのように家族の如く接した方が…

そんな事を考えながら、昨日鷹岡に渡された写真を見ていた。

すると、ひらりと一枚の写真が落ちてきた。それを拾ってみると…

 

それには、恐ろしいものが写っていた。

 

その写真には、鷹岡の教え子の後ろ姿が写っていた。しかも普通の背中ではなく、かなり傷ついている。

まさかと思い、俺は運動場をもう一度見た。

 

 

 

◇学真視点

 

「よーしみんな集まったな!では今日から新しい体育を始めよう!ちょっと厳しくなると思うが、終わったらまたウマいモン食わしてやるからな!」

「そんな事言って自分が食いたいだけじゃないの?」

「まーな おかげ様でこの横幅だ。

あと気合入れのかけ声も決めようぜ。俺が『1・2・3』と言ったらおまえら皆でピース作って『ビクトリー!!』だ」

「うわ パクリだし古いぞそれ」

「やかましい!!パクリじゃなくてオマージュだ!!」

 

担当が本格的に鷹岡先生に変わり、今日から新しい体育が始まった。昨日のように相変わらずのテンションで振舞っている。俺から見ればうるさいだけにしか見えないが、他の生徒にはかなりウケが良い。まぁ…なんてゆーか、パワフルってゆーか凄い熱が入ってるように見えるから、何となくついてこれるって事だろうな。俺は相変わらず鷹岡先生を警戒しているが…

 

「さて!訓練内容の一新に伴ってE組の時間割も変更になった。これをみんなに回してくれ」

 

すると鷹岡先生は何やらプリントを配ってきた。新しい時間割ということか?それを貰い、その新しい時間割を確かめ…て……

 

 

 

…オイ

 

 

 

 

何だよこれ…

 

 

 

 

10時間目…つまり21時まで時間割が組み込まれていて、しかも4時間目からずっと訓練!?

 

何だこの時間割は!!?

 

 

 

「このぐらいは当然さ。理事長にも話して承諾してもらった。『地球の危機ならしょうがない』と言っていたぜ。この時間割についてこれれば、お前らの能力は飛躍的に上がる。では早速…」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!無理だぜこんなの!」

「ん?」

「勉強の時間これだけじゃ成績落ちるよ!理事長も分かって承諾したんだ!遊ぶ時間もねーし!できねーよこんなの!」

 

 

そのまま訓練に入ろうとする鷹岡先生に、前原が訴えた。そりゃそうだ。こんな三時間程度の授業じゃ学力はつかない。しかも9時間ぐらい訓練する事になるから帰っても疲れ切ってしまって勉強できない。完全に、学力が上がらないスケジュールだ。親父のヤロウ…これを知ってて認めやがって…!

すると鷹岡先生は前原に近づく。一体何をするのかと思いきや…

 

前原の腹を思いっきり蹴り上げた。

 

「がはっ…!」

「『できない』じゃない。『やる』んだよ」

 

…コイツ!何してやがる!明らかに暴力行為だぞ!

 

「言ったろ?俺たちは『家族』で俺は『父親』だ。世の中に…父親の言う事を聞かない家族がどこにいる?」

 

正気かよ。あのヤロウ…!

どこが家族だ!こんなクソみたいな家族を誰が望む!

コイツの言ってる事は酷すぎる。こんな独裁的な奴が体育の先生だと…!

 

「さぁ まずはスクワット100回かける3セットだ。抜けたい奴は抜けてもいいぞ。その時は俺の権限で新しい生徒を補充する。俺が手塩にかけて育てた屈強な兵士は何人もいる。1人や2人入れ替わってもあのタコは逃げ出すまい」

 

コイツの言っている事にはかなり怒っている。だが無闇に噛みつけば痛い目見るだけだ。烏間先生と同じように防衛省で勤務しているなら、俺程度の奴が噛み付いても返り討ちにされるオチだ。だからこいつに従った方が得策なんだろう。

 

 

 

 

けど…

 

 

 

「ふざけんな」

 

相手が誰であろうと、絶対に許してはいけないものがある。たとえ相手が強くて、この先に勝機が無くても、それだけは許せなかった。

俺の声が聞こえた鷹岡は『ん?』と俺に声をかける。睨まれているが、退く気は無かった。

 

「抜けたい奴は抜けろだと…!?テメェはオレらを何だと思ってやがる!」

 

ハッキリと言った俺に、鷹岡は手で俺の首を絞めるように掴んだ。そして少し俺を恐喝するように俺を睨みつけた。

 

「…っ!」

「随分気が強いな。けど父ちゃんに対して言う言葉じゃないだろ。いますぐに謝れば大目に見てやってもいいぜ?」

「…!学真くん!」

 

掴む手に力を入れながら、俺に謝罪を要求してくる。いまの少しの掛け合いで俺がかなり意地っ張りなのが分かったんだろう。だから俺が折れるところを見たいんだろう。その様子を見て生徒の誰かが心配そうに声をかけた。ここで謝っとかなきゃ痛い目に遭うだろう。だから謝った方が得策なのは分かってる。けどコイツには、何があっても謝る気は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「テメェみてぇな奴が父親なわけねぇだろうが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バン!と大きな音が鳴った。俺の返事を聞いて、鷹岡が俺の顔を殴ったんだろう。強烈な顔の痛みと吹き飛ばされている俺の体の浮遊感がそれを証明している。

鷹岡の力はかなり強く、かなり遠くの所まで飛ばされた。頰もかなり痛い。痛む頰の上に手を被せると、口から血が出てる事が分かった。ってか…

 

「…!ぷっ!」

 

口の中に違和感を感じ、中に何か入っていたものを吐き出した。あ、これ歯だわ。

 

って歯!?うわ…どんだけ強烈なやつ受けたんだよ…

 

「生意気なその口調とその髪の色…おまえが、理事長の息子だな」

 

すると鷹岡が俺に聞いてきた。…おそらく親父に聞いたんじゃ無いのか?E組に息子がいるとか。それを確認して何だと言うんだ、と思ってると鷹岡は続けた。

 

「この時間割はな…お前の為でもあるんだぜ?いつまで経っても弱者なままの浅野くん」

「…!」

「今の今までお前は落ちこぼれだったんだろ?どうしようもなく弱くて何の取り柄もない。そしてお前は家でも孤立している。

だからお前を強者にさせるためのカリキュラムになってるんだよ。これを乗り越えられればお前は強者になれる。そうすれば、お前に居場所ができる」

 

…だから俺の言う通りにしろ、と言う事か。従えば強者になれるから…

ふざけんな、テメェ如きが軽々しく言うんじゃねぇ。いい気になるな。俺は…お前についてきて強者になるつもりはない…!

 

「特訓についてこれたらの話だろ…!さっき平然と見捨てるみたいなこと言って何言ってんだ…!」

 

さっき『抜けたい奴は抜けろ』って平然と言ったやつを信用は出来ない。

それを言った瞬間、鷹岡は今度は俺を蹴り飛ばした。

 

「さっきはあくまで脅しとして言ったんだよ。俺はみんなの家族なんだから、父親として1人も欠けて欲しくないんだ。だからお前ら全員で地球を救ってほしい」

 

鷹岡は平然と言うが、こいつは俺らのことを自分の手柄の為の手駒としか思ってない。そう思ってることは明確だ。

鷹岡は生徒のところに行き、神崎さんの頭をなでている。

 

「な?お前は父ちゃんについて来てくれるよな?」

 

神崎さんに話している姿が、脅しにしか見えない。神崎さん震えてるんじゃねぇか、クソ野郎…

 

「あ、あの…私」

「神崎さん…?」

 

すると神崎さんが何か言おうとしていた。他の生徒が、神崎さんが何を言おうとしているのか、と言う風に彼女の名前を言っている。

 

 

 

「私は嫌です。烏間先生の授業を希望します」

 

 

神崎さんは、ハッキリと否定した。怖がってたはずなのに…見事に自分の意見を言った。

鷹岡は拒絶した神崎さんの頰を殴った。

 

…女子にも容赦がなく暴力を振るうのか…!何なんだよコイツ…!

 

 

「お前らまだ分かってないようだな。『はい』以外は無いんだよ」

 

 

…このクソ野郎…!

 

 

「なんなら拳で語り合おうか?そっちの方が父ちゃんは得意だぞ」

 

 

よりにもよって…

 

 

 

 

 

俺の大っ嫌いなタイプだ…!

 

 

 

 

 

 

「上等じゃねぇか…!」

 

 

 

俺は怒りを隠しきれず…いや、隠さないで言った。

 

 

 

 

コイツは絶対、許す事が出来ない。

 

 




鷹岡のやる事は学真くんの逆鱗に触れる事なので、学真くんはぶちキレます。って言うか私でも怒ります。行動に起こせるかどうかは別にして。
取り敢えず学真くんが鷹岡に全力で挑みます。まぁ…活躍するのは『あの子』になるけど。

次回 『考え方の時間』


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第38話 考え方の時間

この時の鷹岡は生徒を「〜くん(さん)」と呼んでいて大丈夫だったと思いますので、そのように呼んでいます。


◇鷹岡視点

 

教え子を手なずけるならたった2つをあげればいい。親愛(アメ)恐怖(ムチ)だ。割合は恐怖(ムチ)9に親愛(アメ)1。延々と恐怖に叩かれた兵士達は、たった一粒の親愛(アメ)をやるだけで泣いて喜ぶようになる。

手始めに逆らえば叩き、従えば褒めることから憶えこませる。このE組は流石にタフなようだが、こういう時は力ずくでねじ伏せる方が手っ取り早い。

そのための格好の奴が目の前にいる。あの理事長の息子と言うだけあって落ちこぼれといってもなかなかの強者だ。このE組の中でもトップに近いレベルだ。こいつをねじ伏せれば、他の奴らが俺に敵わないことを思い知らせるきっかけになる。

 

俺の訓練を円滑にさせるための礎になってもらうぜ。

 

 

◇学真視点

 

怒りのままに鷹岡に拳を振る。それも殺す気で、力いっぱい入れている。だと言うのに鷹岡は余裕で躱している。大きく躱すんじゃなくて、俺の拳のスレスレのところで回避している。

腐ってても強者って事かよ。しかも鷹岡は敢えて攻撃してこない。俺の攻撃を躱し続けている。かなり俺のことを舐めている。

それを見ると段々と腹が立つ。心が憤っているのを感じ、それを拳に込めている。だが躱される。どんだけ必死にしてても、その意志をあざ笑うかのように鷹岡は躱し続けた。

 

「どうした浅野くん。心なしか拳が段々と遅くなっているぞ」

 

馬鹿にするように…てか馬鹿にしてんだろうけど、鷹岡が拳が遅くなっているのを指摘する。くそが!そんな事自分でも分かってるのに、よりにもよってコイツに言われるのはかなり癪だ。

その悔しさも拳に込めて殴りかかるが、やっぱり躱される。さっきから展開がワンパターンになりつつある。

 

「理事長から聞いたぜ。お前、長期戦が苦手なんだってな。このまま同じ攻撃をやり続けても勝負は見えてるぜ」

 

…!あのクソ親父、なに余計な事まで言ってやがんだ。

恐らくこうなる展開を読んでたんだ。だから俺の弱点をコイツに教えたんだろ。…本当に碌な事しねぇ。

 

「そろそろ俺も、仕掛けるぜ」

 

俺が拳を伸ばしたとき、鷹岡が俺の顔面に拳を当てる。腕のリーチの差なのか、俺は当たらずに鷹岡の拳だけ受けた。

 

「…うぐ…!」

 

後ろにもたれかかりながら、鷹岡と距離を置く。鷹岡は俺に追い打ちをかけるでもなく、笑いながら俺を見てやがる。その事に腹が立ち、顔に力を入れると猛烈な痛みを感じた。口の上に液体が垂れてるけどけど…鼻血だな、コレ…さっきの顔面に当てた拳は特に鼻に大きなダメージを与えたみたいだ。

わずか数分の攻防で、もう既に俺と奴との間の実力差が出てる。やっぱり普通に仕掛けるだけじゃダメだ。烏間先生にナイフを当てる時の様に考えないと、コイツを倒すどころか1発も当てることができない。

 

「どうした?さっきの父ちゃんのパンチで怯んだか?」

「んなわけねぇよ。頭が冷えただけだ」

「まだ諦めないとは、父ちゃんは悲しいぜ」

 

鷹岡の話を適当に流す。頭が冷えたのは本当だ。頭を攻撃されたことで少し冷静になったような気がする。

考えろ。コイツに一発お見舞いする方法を。この教室で何を学んだんだ。何のために八幡さんのところに修行してきたんだ。

 

 

 

 

 

 

そういえば、修行の時に八幡さんが口癖のように言ってたな。

 

 

『彼を知り己を知れば百戦殆うからず』

 

 

確か…敵や味方の情勢を把握しておけば敗れることはない、という孫子の言葉だっけ。だから敵をしっかり見ろって言ってたな。

考えてみれば俺は奴をよく見てなかった。さっきからムカつく野郎としか思ってなかったし。

 

鷹岡について冷静に整理しよう。

先ずは相手の情報は…ムカつく、腹立つ、クズ野郎…ダメだ、さっきから何も発展してない。武道に詳しいわけじゃねぇからコイツの戦闘スタイルとか知らねぇし、何を考えているかも…

待て、それだったら分かる。コイツはいま明らかに油断している。俺を舐めている。だからあの余裕の表情をしているんだ。

って事は今は本気じゃないと言う事だ。今の舐めきっている状態から本気の状態になるまでは、若干のタイムラグがあるはず。そこをつくしかない。

じゃあどうしたらそのタイムラグに攻撃できるか。案は今のところ3つ。①速攻でケリをつける。②フェイントを入れ、鷹岡が躱しているところを狙う。③視線を自分以外のところに誘導し、その間に仕掛ける。

考えていてなんだが、どれも難しい。①は論外だ。それが出来るなら最初から苦労しない。②は引っかかってくれるかどうかも怪しいし、仮に引っかかったところで攻撃が上手く決まるかどうか、確信出来ない。③はそもそも視線の誘導の仕方が分からない。烏間先生の時にやったような方法はあるけど、烏間先生に決まらなかったし、コイツに効くかどうかも微妙だ。

なかなか解答が出ないけど、これが出来なきゃコイツに勝つ事こそムリだ。何とか解答を出さないといけない。

 

「…学真」

「ムリだよ、こんなの…」

 

E組が弱音を吐いているのが聞こえた。その気持ちは痛いほど分かる。こんな圧倒的な力の差を見せつけられると、敵わないような感じに見える。けど、このE組はいままで色々としてきただろ。野球とかでも野球とは思えない方法で勝利したし、前原を誑かした女を、皆んなの才能を組み合わせて恥をかかせたり。

 

 

待て。

 

 

 

 

その手があったか。

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやく具体的な方法が思い浮かび、即行動に移す。俺は構えを取る、が…

俺は足を上手く使って、運動靴を飛ばした。飛ばされた運動靴は真っ直ぐ鷹岡に向かって飛ぶ。

 

「父ちゃんに向かって物を飛ばしちゃいけないぞ。つくづくやる事が失礼だな!けど分かってるぜ。これは陽動だろ?」

 

…バレてる。まぁ上手くいかないと思ってたよ。けど上手くいかなくても支障はない。

俺が飛ばした靴を躱して、視線が俺に向く。さっき攻撃したんだ。俺の攻撃を躱してカウンターを決めるつもりだろう。

拳を真っ直ぐ顔面に向かって伸ばす。狙いが顔面だという事が分かったのか、体を後ろに倒して、顔を後ろに引こうとしている。そうやって俺が空ぶったところを狙うつもりだろう。

俺はその伸ばした拳を止めながら、足に力を入れて、鷹岡に突っ込むように飛び出した。

 

「な…!?フェイント!?」

 

鷹岡が言うように、顔面に伸ばした拳はフェイントだ。それに見せかけて本命は鷹岡の腹だ。後ろに倒そうとしている状態なら下半身の回避は難しい。

さっきの選択肢の中で俺が選んだのは②のフェイントだ。それもただのフェイントじゃない。拳を伸ばしたときから加速して、動揺を誘う。言うならば、①と②の組み合わせだ。

さっきの靴飛ばしを含んだ2連続の陽動と加速によって、完全に油断している鷹岡の懐に入り込めた。突進の感覚で肘を鷹岡の腹にブチ込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「残念、惜しかったね」

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、決まらなかった。鷹岡は突っ込む俺を、顔に手を当てて突進を止めた。勢いが止まった俺を、鷹岡はもう片方の手で殴った。

 

「いやいや、惜しかったよ学真くん。いまのフェイントは父ちゃんも引っかかった。あともう少し、加速力があれば一発腹に入っただろうけどね」

 

殴られて少しフラついている俺の髪を掴み、余裕そうに話しながら俺のデコに膝を当てた。

要するに、加速量が足らなかったってことか。シミュレーションはかなり完璧だったのに、体がそれについてこれなかった。俺はまだ、コイツに一泡吹かせるどころか、不意打ちを決めるための力もないってことかよ。

鷹岡に投げ飛ばされて、地面にバッタリと倒れた。目の前がフラフラして頭が全く働かない。鷹岡がコッチに迫ってくる音がする。俺に追い打ちをかけるつもりなのは分かる。けど立ち向かうどころか、逃げ出す事も俺の体はできないらしい。

 

 

決定的な実力差を見せつけられて、思い知らされた。ダメだ、敵わない。俺ではコイツに勝てない。

結局俺は、何にも出来ずにくたばるのか。殺せんせーの暗殺も、アニキや親父に一矢報いることも、コイツを打ち負かすことも…償うことも。

 

 

情けない。死ぬほど恥ずかしい。俺は最後まで取り柄なしで終わるのかよ。

 

 

 

 

ザッと音がして、コッチに迫ってくる鷹岡の足が止まった。一体なんで止まったんだと思ったが、動けない頭を動かして、鷹岡の方を見るとその正体がハッキリ分かった。

 

「矢田…!?」

 

矢田が、俺の前に立ち、手を広げて鷹岡の前に立ち塞がっていた。

 

「矢田さん!」

「桃花ちゃん!ダメだよ!」

 

それを渚や倉橋が焦って声をかける。その通りだ。それは鷹岡に歯向かう行為で、そうするとお前が被害にあうんだぞ。

 

「何しているんだい?今その子のしつけ中なんだけど」

 

優しそうに、かつ脅すように鷹岡が言った。マズい、これだと標的が俺から矢田に変わってしまう。頼むから逃げてくれないと…

 

 

 

 

「お願いします……!これ以上学真くんを殴らないでください!学真くんは…!大切なクラスメイトなんです!!」

 

 

矢田が、鷹岡に正面から意見した。それもキッパリと、鷹岡に反論する形で。

何やってんだよ。震えてんじゃねぇか足。溢れてんじゃねぇか涙。怖がっているのが明らかだ。矢田はブルブル震える足を押さえながら鷹岡の前に立っている。そんなに怖いのに…俺を助けるために立ち塞がったのかよ…!

 

 

「…矢田さんだったね。さっきも言ったけど、これはしつけなんだよ。父親が家族のしつけをしているときに横から割り込むのは良くないな。お仕置きが必要だね。言う事を聞かない悪い子には…」

 

マズい、鷹岡は矢田を殴ろうとしている。矢田は目を瞑り、その痛みに耐えようとしていた。

クソ…。矢田を庇うために動こうとしたが、ウンともスンとも言わない。未だに倒れたままおれの体は動かない。こんな時にもがいているヒマは無いのに…。

痛いがなんだ。フラフラするがなんだ。ここで踏ん張らなきゃ、テメェが特訓してきた意味がねぇだろうが。

動けよ身体。立ち上がれよ足。止まれよ血。飛ぶんじゃねぇよ意識。

動け。動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け。

ここで動けなきゃ、なんの意味もねぇだろうが。

 

 

 

 

「止めろ鷹岡!」

 

 

1人の男の声が聞こえた。あの低く渋い声から、それが烏間先生だと分かった。

 

「…学真くん!大丈夫か!?意識はあるか!?」

 

烏間先生は恐らく鷹岡の授業を見て、それを止めるためにここに来たのだろう。そして、1番怪我が酷いおれの心配をしているみたいだ。

 

「だ、いじょぶです。体が言うことを聞かない、ですけど」

 

俺は必死で烏間先生に答える。頭の方は少し回復したのか、返事することは出来た。体は相変わらず動かないけど。

 

「ちゃんと手加減してるさ、大事な家族だから当然だろ」

 

ここで鷹岡が偉そうに言った。言うこと1つ1つにカチンと来るのに、その怒りでも俺の体を動かすキッカケにはならなかった。

 

 

 

 

 

 

「いいや、あなたの家族じゃない。私の生徒です」

 

 

 

するといつも聴きなれた声…いや、いつもより威圧的な声が聞こえた。殺せんせーだな。

 

「フン、文句があるのかモンスター?

体育は教科担任の俺に一任されているはずだ。そして今の罰も立派に教育の範囲内だ。短時間でおまえを殺す暗殺者を育てるんだぜ。厳しくなるのは常識だろう。

それとも何か?多少教育論が違うだけで…おまえに危害も加えてない男を攻撃するのか?」

 

鷹岡は殺せんせーに言った。偉そうな事を言いやがって。こんな教育がまかり通る訳が無いだろう。

 

「超生物としてあなたを消すのは簡単ですが、それでは生徒に筋が通らない。

 

ですから烏間先生、同じ体育の教師としてあなたが彼を否定してください」

 

すると殺せんせーは鷹岡の始末を烏間先生に託した。.確かに、烏間先生が適任だろう。

 

「これ以上生徒たちに手荒くするな。暴れたいのなら、俺が相手を務めてやる」

 

烏間先生は鷹岡に、生徒に対する手荒い行為を止めるように言った。

 

「言ったろ烏間。これは暴力じゃない、教育なんだ。暴力でお前とやり合うつもりはない。対決ならあくまで教師としてだ」

 

最もらしい言葉で鷹岡が返す。すると鷹岡は対殺せんせーナイフを取り出した。

 

「烏間、お前が育てた生徒の中でイチオシの生徒をひとりで選べ。そいつが俺と戦い、一度でも俺にナイフを当てれたら…お前の教育は俺より優れていたと認めよう。その時は訓練を全部お前に任せて出てってやる!男に二言はない」

 

…つまり、いつも烏間先生とやってたナイフの練習を、鷹岡でやると言うことか。だとすると若干希望がある。少ないけど烏間先生にナイフを当ててる奴はいる。ナイフを当てるだけなら問題はなさそうだ。けど、あの鷹岡がそんな簡単な条件を出すとは思えない。

 

「ただしもちろん俺が勝てばこの後一切口を出させないし…使うナイフはこれじゃない」

 

やっぱり、俺の嫌な予感は当たったようだ。鷹岡は対殺せんせーナイフを投げ捨て、カバンから何かを取り出した。それは…

 

本物のナイフだった。

 

 

「殺す相手が人間なんだ。使う刃物も本物じゃなくちゃなァ」

 

クソが…!どこまで人をバカにしてやがる。中学生に本物のナイフをもたせて戦闘させるとか、どんな神経してやがんだこのクソ野郎は!

 

「止せ!彼らは人間を殺す用意も訓練もしていない!本物を持っても体がすくんで動けやしないぞ!」

「安心しな。寸止めでも当たったことにしてやるよ。俺は素手だし、充分なハンデだろ。

さぁ烏間!ひとり選べよ!嫌なら無条件で俺に服従だ!生徒を見捨てるか1人生贄として差し出すか!どっちみち酷い教師だな!はーはっはっは!!!」

 

ムカつく笑い声を出しながら、烏間先生にそのナイフを渡した。

こんな時に俺が動けたら、寸止め程度なら出来るだろう。誤ってコイツに怪我をさせても構わないのに。けどいま俺は全く動けない。烏間先生は多分、俺を選ぶことはない。どうするんだ…?

 

◇烏間視点

 

 

…俺はまだ迷っている。

地球を救う暗殺者を育てるには…奴のような容赦のない教育こそ必要なのではないのか?

この教師についてから迷いだらけだ。仮にも鷹岡は精鋭部隊に属した男、訓練3か月の中学生の刃が届くはずがない。その中でひとりだけ、わずかに「可能性」がある生徒を…危険にさらしていいものかも迷っている。

 

 

 

 

 

 

 

「渚くん、やる気はあるか?」

 

 

 

「…!?」

「な、なんで…」

 

渚くんを指名した時に、周りの生徒たちや渚くんから驚きの表情で見られる。確かに、普通の戦闘なら渚くんを出すとは考えられない。だが、奴の出してきた条件なら、渚くんだけが可能性を持っている。

 

けどその前に、言っておかないといけないことがある。

 

「選ばなくてはならないならおそらく君だが。返事の前に俺の考え方を聞いて欲しい。

地球を救う暗殺任務を依頼した側として、俺は君達とはプロ同士だと思っている。プロとして君達に払うべき最低限の報酬は、当たり前の中学生活を保障する事だと思っている。

だからこのナイフは無理に受け取る必要は無い。その時は俺が鷹岡に頼んで『報酬』を維持してもらうよう努力する」

 

俺の思っていることを、渚くんや他の生徒に話した。同じプロとして接することが、俺のやり方だと思っている。訓練や暗殺の無理強いもせず、対等に話すべきだと思っている。

それが正しいかどうかは分からない。鷹岡のように、家族として接し、容赦ない教育で鍛えたりする方法よりも正しいとは言いきれなかった。そんな中途半端な考え方で、生徒に何を教えれるかすらも分からない。

そんな俺の気持ちを受け止めるかどうかは…渚くんに決めてもらおう。

 

◇渚視点

 

 

僕はこの人の目が好きだ。こんなに真っ直ぐ目を見て話してくれる人は、家族にもいない。立場上、僕等に隠し事も沢山あるだろう。何で僕を選んだのかもわからない。

けど…この先生が渡す刃なら信頼できる。

それに神崎さんと前原くんと、学真くんのこと、せめて一発返さなきゃ気が済まない。

 

「やります」

 

僕は烏間先生からナイフを取って答えた。学真くんでも拳を当てることが出来なかった鷹岡先生に、僕は立ち向かうことにした。

 

 

 




はい、学真くんは勝てませんでした。腐っても軍人なので学真くんの戦い方では勝てないんですよね…てなわけで学真くんの敵討ちは渚くんにさせます。

次回 『才能の時間』


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第39話 才能の時間

◇鷹岡視点

 

よりにもよってこのガキを選ぶとは、烏間も目が曇ったな。優れた教官は集団の中の個々の実力を瞬時に見抜く。そのガキは間違いなくここの男子で最弱クラスだ。運動能力は平凡、体格と馬力は女子並み。

おまけに使うナイフは本物だ。本物のナイフを人間に向けた時、素人はそこで初めてその意味に気付き、萎縮して普段の力の一割も出せなくなる。目をつぶっても勝てる勝負だ。

さぁ、公開処刑だ!!全て攻撃をかわしてからいたぶり尽くす。生徒全員が俺に恐怖し…俺の教育に従うようにな。

 

◇学真視点

 

烏間先生は何故か渚を指名した。理由はわからない。鷹岡にナイフを当てるなら、もっと強い奴を当てた方が無難だと思う。けど…このクラスで鷹岡にナイフを当てれる奴はいない。あそこまでフルボッコにやられたら思い知る。多分無理だと。

烏間先生の事だから、その事も分かっている筈だ。鷹岡の実力も、俺たちの実力も知っている。その事を分かっていながら、敢えて渚を選んだのだろう。

クラスのみんなも不安そうに渚の様子を見ている。恐らく俺もそんな風に見えるだろう。

そうしていくうちに、渚と鷹岡の勝負が始まった。

 

 

 

 

◇渚視点

 

僕は、ナイフを持って鷹岡先生に向かい合っている。けど、本物のナイフを持ってどう動けば良いのか分からなくて、困っていた。その時、僕は烏間先生の言葉を思い出していた。

 

『ナイフを当てるか寸止めすれば君の勝ち。君を素手で制圧すれば鷹岡の勝ち。それが奴の決めたルールだ。だがこの勝負。君と奴の最大の違いはナイフの有無じゃない。わかるか?』

『……?』

『いいか。鷹岡にとってのこの勝負は「戦闘」だ。目的が見せしめだからだ。二度と皆を逆らえなくする為には・・・攻防ともに自分の強さを見せつける必要がある。

対して君は「暗殺」だ。強さを示す必要もなく、ただ一回当てればいい。そこに君の勝機がある。

奴は君にしばらくの間好きに攻撃させるだろう。それらを見切って戦闘技術を誇示してから。じわじわと君を嬲りにかかるはずだ。つまり反撃の来ない最初の数撃が最大のチャンス。君ならそこを突けると俺は思う』

 

烏間先生は言った。強さを示す必要は無い。一回当てれば勝ちなんだと。

 

 

そうだ。闘って、勝てなくていい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺せば勝ちなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから僕は笑って、普通に歩いて近づいた。通学路を歩くみたいに普通に。

そして無警戒な鷹岡先生の腕に僕の胸が当たる。いま、僕と鷹岡先生の距離は無い。確実に、暗殺が仕掛けれる間合いになった。だから僕は鷹岡先生の首を狙って、ナイフを振った。

 

「……ッ!!」

 

ここで初めて鷹岡先生は気付いたみたいだ。自分が殺されかけている事に。

鷹岡先生はギョッとして体勢を崩した。誰だって殺されかけたらギョッとする。殺せんせーでもそうなんだから。

重心が後ろに偏ってたから、服を引っ張ったら転んだ。

僕は仕留めにかかる。正面からだと防がれるので、背後に回って確実に…

 

鷹岡先生の目を覆って、ナイフの峰を首に当てた。

 

 

「がっ…あ!」

「捕まえた」

 

 

 

◇烏間視点

 

なんて事だ…予想を遥かに上回った!!

普通の学校生活では、絶対に発掘される事のない才能!!

殺気を隠して近付く才能、殺気で相手を怯ませる才能、「本番」に物怖じしない才能!!

俺が訓練で感じた寒気は…あれが訓練じゃなく本物の暗殺だったら!!

戦闘の才能でも、暴力の才能でもない…暗殺の才能!!

これは…咲かせても良い才能なのか!?

 

「…あれ?ひょっとして烏間先生…ミネ打ちじゃダメなんでしたっけ?」

 

 

 

「そこまで!!勝負ありですよね。烏間先生。まったく・・・本物のナイフを生徒に持たすなど正気の沙汰ではありません。ケガでもしたらどうするんですか」

 

すると奴が渚くんからナイフを取り上げ、このナイフを噛み砕いた。奴の歯はどうなっている。…それにしても…

 

「やったじゃんか渚!!」

「ホッとしたよもー!!」

「大したモンだよよくあそこで本気でナイフ振れたよな」

 

「いや…烏間先生に言われた通りやっただけで。鷹岡先生強いから…本気で振らなきゃ驚かす事すらできないかなって。…いたっ!何で叩くの前原君!?」

「あ 悪い・・・ちょっと信じられなくてさ。でもサンキュな渚!!今の暗殺スカッとしたわ!!」

 

ああしてるととても彼が強くは見えない。だからこそ鷹岡はまんまと油断し反応が遅れた。暗殺者にとっては…「弱そう」な事はむしろ立派な才能なのだ。

さらに、自然に近付く体運びのセンス。敵の力量を見て急所を狙える思い切りの良さ。暗殺でしか使えない才能!!

だが、喜ぶべき事なのか?このご時世に暗殺者の才能を伸ばしたとして…E組ではともかく彼の将来にプラスになるのか?

 

「烏間先生。今回はずいぶん迷ってばかりいますねぇ。あなたらしくない」

 

奴が妙な笑い方をしている。肩に頭を乗せるとは、どういうつもりだ。

 

「…悪いか」

「いえいえ。でもね、烏間先生」

 

奴が何やら言おうとしていた時、驚くべき事が起きた。意識を取り戻した鷹岡が、渚くんの後ろに立っていた。しかも、かなり怒った様子で渚くんを睨みつけている。

 

「このガキ…父親も同然の俺に刃向かって、まぐれの勝ちがそんなに嬉しいか!もう1回だ!!今度は絶対油断しねぇ!心も体も全部残らずへし折ってやる!」

 

鷹岡を止めようと動くが、それを標的(ターゲット)に止められた。どういうつもりだ…!?

すると、鷹岡に渚くんが話し始めた。

 

「…確かに次やったら絶対に僕が負けます。

でもはっきりしたのは鷹岡先生、僕等の「担任」は殺せんせーで、僕等の「教官」は烏間先生です。これは絶対に譲れません。父親を押しつける鷹岡先生より、プロに徹する烏間先生の方が僕はあったかく感じます。

本気で僕等を強くしようとしてくれてたのは感謝してます。でもごめんなさい出て行って下さい」

 

…!

 

「先生をしてて一番嬉しい瞬間はね、迷いながら自分が与えた教えに…生徒がはっきり答えを出してくれた時です。

そして烏間先生。生徒がはっきり出した答えには…先生もはっきり応えなくてはなりませんねぇ」

 

…フン、言われなくてもそのつもりだ。

 

 

 

 

「黙っ…て聞いてりゃガキの分際で…大人になんて口を…」

 

顔をピクピクさせながら、鷹岡は渚くんに殴りかかる。その横に立ち、肘を鷹岡の顔に当てた。走り出そうとしていた勢いは足だけに働き、鷹岡は仰向けに倒れる。

 

「俺の身内が、迷惑かけてすまなかった。後の事は心配するな。俺1人で君達の教官を務めれるよう上と交渉する。いざとなれば銃で脅してでも許可をもらうさ」

「「「烏間先生!!」」」

「くっ…やらせるかそんな事!俺が先にかけあって…」

 

俺はこれから、教官の仕事をいままで通り俺が出来るように上と交渉しに行く。この仕事は、鷹岡には任せられない。さっきまではそれをしていいかどうか迷っていたが、渚くんの話を聞いて考えが変わった。

だが鷹岡も上に交渉しに行こうとする。そんな事をさせれば、上との交渉が進まなくなる。そんな事をさせるわけには…

 

 

 

 

「交渉の必要はありません」

 

 

 

すると、1人の意外な男が校庭に現れた。

 

「…理事長!?」

 

椚ヶ丘中学校の、理事長をしている浅野 學峯だ。

 

「…ご用は?」

「経営者として様子を見に来てみました。新任の先生の手腕に興味があったのでね」

 

浅野 學峯は鷹岡に歩き出して行く。まずいな…この男の教育理念からすると、E組を消耗させる鷹岡の続投を望むのか?

 

「でもね。鷹岡先生、あなたの授業はつまらなかった。

教育に恐怖は必要です。一流の教育者は恐怖を巧みに使いこなす。が、暴力でしか恐怖を与える事ができないなら…その教師は三流以下だ。

自分より強い暴力に負けた時点でそれの授業は説得力を完全に失う」

 

倒れている鷹岡の近くで座り込み、話しかけている。特に何かをしているわけではないが、彼の放つ威厳が鷹岡を鎮圧させているように見えた。

彼は紙に何かを書いて、その紙を鷹岡の口の中に突っ込んだ。

 

「解雇通知です。以後あなたはここで教える事は出来ない。

椚ヶ岡中の教師の任命権は防衛省には無い。全て私の支配下だという事をお忘れなく」

 

…浅野 學峯はそれだけを言って、校庭から去って行った。彼は解雇通知だと言った。つまり…鷹岡をクビにしたということか。

 

「くそ…くそくそくそ…くそおおおお!!」

 

口に突っ込まれた紙を噛み砕くように歯をくいしばり、鷹岡はその場から荷物を持って去って行った。

 

「鷹岡クビ…」

「ってことは、今まで通り烏間先生が…」

 

 

 

 

 

「「「やったァァァ!!!」」」

 

 

鷹岡が居なくなったことで、生徒たちは歓喜の声を上げた。彼らからしてみれば、地獄のような訓練から解放されたようなものだろう。

 

「理事長もたまには良い事するじゃんよ」

「う、うん…あっちの方がよっぽど恐いけどね」

 

杉野くんや渚くんが浅野 學峯の行動について話している。だが彼のやった事は別の意味もある。鷹岡を切る事で、誰が支配者かを明確に示した事をしたのだ。

 

「相変わらずあの人の教育は迷いが無いですねぇ」

 

いつの間に、俺の隣に移動してきた標的(ターゲット)が言った。その通りだ。あの理事長の行動には一切の迷いがない。

迷いといえば、コイツには立場上話しておかなければならない事がある。

 

「…例えばおまえは、『将来殺し屋になりたい』と()が言ったら、それでも迷わずに育てるのか?

彼自身は気付いてないが、その才能がある。おまえの暗殺に役立つかは疑問だが、人間相手なら有能な殺し屋になれるだろう」

 

それは渚くんの事だ。先ほども言った通り、渚くんは暗殺の才能がある。だがそれを育てていいのかどうか、俺は全く分からない。コイツは、どうすれば良いのか、答えを迷わず出すことが出来るのだろうか。

 

「…答えに迷うでしょうねぇ」

 

返ってきたのは、意外…というよりやはり、と思う内容だった。コイツでも、それは答えることが出来ないのか。

 

「ですが、良い教師は迷うものです。本当に自分はベストの答えを教えているのか。内心は散々迷いながら、生徒の前では毅然として教えなくてはいけない。決して迷いを悟られぬよう堂々とね。

だからこそカッコいいんです先生っていう職業は」

 

…なるほど。そういう考え方もあるか。今まで『先生』というものがどういう職業なのかはあまり分からなかったが、コイツからきいて少しだけ理解した。…癪な話だが。

 

「ところで烏間先生さ。生徒の努力で体育教師に返り咲けたし、なんか臨時報酬あってもいいんじゃない?」

「そーそー。鷹岡先生そーいうのだけは充実してたよねー」

 

中村さんと倉橋さんが何やら話しかけている。内容的に、お菓子でも要求してきているのだろうか。

 

「…フン、甘いものなど俺は知らん。財布は出すから食いたいものを街で言え」

 

財布を出すと生徒とイリーナがはしゃぎ出した。イリーナ…いつの間にそこにいる。

 

「にゃや!先生にもその報酬を…」

「えー、殺せんせーはどうなの?」

「今回はロクな活躍無かったよな」

「いやいやいや!!烏間先生に教師のやりがいを知ってもらおうと静観して…」

「放っといて行こ!烏間先生!」

「…あぁ、先に学真くんを病院に送ってからな」

 

歩き出した生徒たちについていくように歩き出す。

俺も暗殺教室で熱中(ハマ)ってしまっているのかもな。迷いながら人を育てる面白さに。

 

 

 

「あれ?学真は?」

「奥田さんが保健室で応急処置をしているんだって。暫く安静らしいよ」

「そっか…じゃあアイツの様子を見に行っとくか」

 

 

 

 

◇学真視点

 

鷹岡が親父にクビを告げられた時、矢田と奥田に言われて保健室に行った。後で病院に行くにしても、応急処置したいという事だ。

奥田は怪我の治療も出来るんだと。流石、理科(主に化学)が得意なだけはある。

 

「取り敢えず処置は終わりましたので、安静にしていてください。これから先生たちのところに行って来ますので」

 

応急処置が終わり、奥田は校庭に出かける。まぁ、バタバタしてて報告してないから、言っておくに越した事は無いだろう。

奥田が保健室から出た事で、保健室には俺と矢田だけが残っている。矢田は俺の様子を心配そうにしている。

 

改めて、今日のことを振り返ってみる。鷹岡にブチギレて喧嘩をしかけ、見事に完敗した。一発も当たらず、俺はフルボッコにやられた。

そして矢田は…俺を庇うように俺の前に立ち、鷹岡に殴られそうになっていた。烏間先生が止めたから良かったものの…手遅れだったら取り返しのつかない事になっていた。

正直に酷すぎると思った。金宮の時より酷い。暴力に走っただけじゃなくコテンパンにやられて、みんなに迷惑をかけたのだから…

 

「ごめんな、矢田」

 

俺は謝った。こういう時に俺は謝ることしか出来ない。そのこと自体も本当に情けない。

 

「ううん、学真くんは悪くないよ。学真くんは鷹岡先生に怒っただけだから」

 

別に気にしないで、と矢田が言った。別に謝る必要は無いと俺にフォローをしてくれる。その時、俺は1つ疑問に思った。

 

…なんでそんな笑顔が出せるのだろうか。

 

「なぁ、矢田…怖くないのか?」

 

俺は矢田に聞いた。いま怖くないのか、と。あんな目にあったのに、どうしていつも通りに振る舞っているのかと。

 

「…鷹岡先生が殴りかかろうとしていた時は怖かったけど…渚くんが倒してくれて少し安心したよ」

 

やはり鷹岡に殴られそうになった時は怖かったようだ。…まぁ、怖がってたのはあの時に見てて分かったし。

けど、聞きたかったのはそれではない。

 

「いや、そうじゃなくて…俺が怖くないのか?目の前で暴力を振るったんだぞ?しかも二回目だ。そんな奴の近くにいて、怖くないのか?」

 

矢田は争いごとは嫌いだった。鷹岡のやった事も、俺がやった事も乱暴なものだ。それを見れば怖がってそこから離れてしまってもおかしく無い。

なのに矢田は、怖がりながらも鷹岡の前に立った。自分が殴られると分かってて。そして今も俺のことを心配している。

思えば金宮の時もだ。暴力を振るっていた俺の姿を見たら、俺から距離を開けてもおかしくはない。それにも関わらず、俺に優しく声をかけてくれた。

何故俺を怖がらないのだろうか。それが気になってしょうがなかった。

 

「そんな事無いよ…学真くんは前原くんやみんなのために怒ったんだから。私たちのために戦ってくれる人を怖がる事なんて無いよ」

 

矢田は言った。みんなのために戦ってくれた俺を怖がる事は無いと。…なるほど、だから俺を怖がら無いということか。

 

「前も言ったけど、学真くんは凄く優しい人だよ。だから安心できる」

 

矢田は言った。優しいから安心していられると。…なるほど、だからこうして普通に接してくれるということか。

 

「それに鷹岡先生に恐れないで挑む学真くんが凄くカッコ良かったから」

 

矢田は言った。鷹岡に恐れずに挑む俺がカッコいいと。なるほど…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…ん?……はい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へ?…矢田…?」

 

俺が矢田に声をかけると、矢田はハッと口元を覆った。

 

いや待て。コイツなんて言った?この人は何を発した?このかたは何と仰った?

空耳とかじゃなけりゃ…聞き間違いじゃなけりゃ…

 

 

 

 

『カッコいい』とか言ってた気が…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガラガラガラ、と扉が開く。扉には杉野と倉橋と中村が居た。恐らくは俺の様子を見に杉野が、矢田を迎えに倉橋が、中村は…何でいるんだお前。

 

ニヤリ

 

と中村が笑った気がした。しかもからかう時のカルマと同じような感じで。すると杉野と倉橋を保健室から出して、扉を閉める。ガラガラガラ…と音を立てて。

 

 

 

 

 

 

「いやちょっと!?入ってきてソッコーで閉めないでよ!いまこの空気重いから!」

 

 

矢田が何か言いながら保健室の扉から出ていった。…中村の奴、何考えてるんだ。

そんな訳で保健室には俺だけが残った。何この孤独感。

 

ふと、もう一度矢田が言っていた言葉を思い返す。

 

『あの時の学真くん…凄くカッコ良かったから』

 

…鷹岡に立ち向かう俺のことが、カッコいいと思ったという事だろうか。俺としては自分勝手に挑戦しただけなんだが。強い奴に恐れないで立ち向かう姿がカッコ良く見えるのだろうか。…不破ならそうだと言いそうだな。

 

…カッコいいと言われるのは、何気に初めてだ。優しいと言われる事はあっても、カッコいいとは言われたことなかったな…

 

 

 

 

 

……なんか、変な感じだな。




鷹岡撃破!清々しい気分だ!


そして何やら学真くんの様子が…?




次回は1話分のオリストーリーを行います。

次回『病院の時間』


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第40話 病院の時間

間が空きすぎてしまいました。本当にすみません。


あてて…まだ傷が痛む。

俺はいま病院に入院している。鷹岡によってやられた傷を治療しに来たんだ。傷は酷いわ血が出てるわ体がヘコむわ歯は抜けるわ…ホントに悲惨だったよ。

頭が包帯巻きにされてはいるがこれでもまだ何とかなった方だ。体の方は回復した。どうも顔の傷が特に酷いからそっちの治療は長くなるんだと。

 

「少しマシになったようだね。最初ここに来た時はどうしたんだと思ったけど」

 

俺の様子を見て感想を言う男が1人いた。

 

そいつの名は、多川 秀人だ。

 

覚えているだろうか。俺が修行のために道場に通った時に、俺と一緒に門下生として修行に励んでいた男だ。

なんでそいつがいるか、てのも簡単な話だ。実はコイツ、この病院の息子なんだ。それもこんな大規模な病院を担当してるぐらいだから腕は確かだ。俺も何度かお世話になった事がある。

因みに多川はこの病院を継ぐことになるそうだ。多川はそれに反対はしない。けどいまはやりたい事があるからまだそっちの方に進展してない様子。やりたい事ってのは、八幡さんの所の修行の事だろう。

まぁそんなわけで病院のスタッフではないが、治療を受けることになった俺の様子を見に来てくれている。

 

「まぁな。顔に力を入れなければ特にどうって事はない」

「それは良かった。まぁ無理はするなよ。…それにしても、何をしてあんな大怪我をするんだよ」

 

とりあえず大丈夫だアピールをする。体は動かせるし、痛みも最初の時よりかは癒えて来た。

この病院は、本当に凄い腕の医者がいる。少なくとも怪我だらけな俺の姿を見て顔どころか眉1つも動かさなかったぐらいだ。

とは言っても理由は聞かれた。まぁ…原因を知る事は当然だ。怪我の原因によっては治療の方法が変わると聞いたことがある。

とは言っても暗殺教室の事を話すわけにもいかないから、それっぽい理由を考えるのが大変だった。とりあえずは『厄介な奴に絡まれて暴力を振るわれた』と言った。

 

「…まぁ俺が煽ったような感じだし、こうなったのはしょうがない」

「いつものことだけど、自分の体を大切にしろよ」

 

…まぁ、多川の言う通りか。今回の事はいくら何でも無茶しすぎた。いや、鷹岡に挑んだ事は間違っては無いと思うけど、その結果他人に心配かけるのは逆効果なんだよな。

それにこの治療費はかなりかかった。まぁあれだけ怪我してたし、そうなるのは当たり前だ。一応治療費は親父に払ってもらった。

あんな怖い父親だが、一応小遣いは貰ってるし、今回の事は特別にしてもらった。親父も鷹岡の事については一部始終見てたみたいだし。貰った時、『憐れだな』とでも言ってるような親父の顔に殺意が湧いたのは良い思い出だ。

 

「じゃあ俺は父さんのところに手伝いに行くから。また後でな」

 

多川はそう言って俺と別れた。そう言うわけで俺は部屋に1人でいる事になる。サビシー…

さてどうしようか。あと2日で退院とはなるがかなり暇だ。治療も受けるわけでも無いし、しないといけない物があるわけでも無い。あのタコから問題集は貰ったけど、飽きてきた。

まぁそんな事言ってもしょうがないし、売店に行って一息ついてから、病室でその問題集でも眺めるか。どうせそれ以外する事ねぇし。

 

 

そんなわけで売店に着き、飲み物を買った俺は、休憩室に行った。別に病室で飲み物を飲んでも良いんだけど、布団に座りながら飲みたくは無い。飲み物は椅子に座って飲むのが1番だ。まぁ、結局は俺がそっちの方が好きなんだと言う事なんだが…

休憩室に入ると、1人の男がいた。身長的に小学生だろうか。休憩室でボーッとしているが何してるんだろうか。

いや、そんなことよりも…

 

「ちょっと悪い。そこの椅子取りたいから少し避けてくれないか?」

「あ…ゴメンなさい」

 

そいつは休憩室で座るための椅子が置いてあるところの近くに座っていた。通路スペースがそんなに広くないから椅子を取ることが出来ない。それだとちょっと困ると思い、少し通らせてくれないかと尋ねる。

するとそいつは素直に退いてくれた。謝らなくても良いんだが…けどそいつの謝る声が少し弱々しい。声を上手く出すことが出来ないのだろうか。

まぁ退いてくれたんだから、椅子が取りやすくなった。そんなわけで鉄パイプで出来た椅子を一脚取って適当なところで椅子を組み立てる。

組み立てた椅子に座ってさっき買ったコーヒー牛乳のパックにストローを刺して飲む。結構美味しい。

飲みながら目の前の男の様子を見る。男は椅子に座り込んで何かを食べている。目がちょっと大きいな…というか、顔つきが誰かに似ている気がする。

そいつが食べてるのは何か…パンだろうか。小さくて黄色いパンを手に持っている。机の上にはそれがたくさん入っている箱が置いてある。半分以上食べてるけど…

 

ん?アレって…

 

京都に行った時に矢田が買ってきた奴じゃねぇか…?

 

「なぁ、ひょっとして矢田と…矢田 桃花と何か関係があるのか?」

「…!お姉ちゃんを知っているんですか?」

 

…なるほど、矢田の弟だったか。言われてみれば矢田に似ているな。それにしても…修学旅行はかなり前に買った物のはずだけど、恐らくは矢田が長く保つ奴を買ってきたんだろう。そしてそれを食べてるって事か。

 

「まぁ、クラスメートだしな」

「あ…という事は、E組の…?」

「…まぁな」

 

とりあえず俺が矢田のクラスメートである事を伝える。なんで知ってるのかという事を伝えないといけないし。

すると矢田の弟は少し暗い表情になった。恐らくは、E組の事を知っているんだろうな。

 

「あ、あの…お姉ちゃん、学校ではどんな様子ですか?」

 

すると矢田について聞かれた。矢田の事が気になるんだろうな。姉に似て優しいなコイツ。

 

「元気そうにしているよクラスの友達と仲良くしてる。勉強もかなり積極的に参加してるよ」

 

まぁ、矢田については率直に言う。矢田は勉強にも(暗殺にも)積極的に参加している。特にビッチ先生の話に一番興味を持って聞いている。ビッチ先生も矢田とよく話しているようだし。

 

「そう…良かった…」

 

矢田の弟はホッと安心したかのようにしている。その様子に違和感を感じた。なんか…心配の様子が異常な気がする。

 

「良かったって、どう言う事だ?」

「その…お姉ちゃんは僕のせいでE組に落ちちゃったんだ。僕の看病で授業やテストを受けなくて…それが原因で…」

 

…なるほど。矢田がE組に行ったことに責任を感じているから、矢田の事が心配になっていると言う事か。必要以上に責任を感じるところも似ているな。

まぁ…その気持ちは凄く分かる。自分のせいで周りの誰かが不幸になっていくのを見るのは辛い。

 

「そうだな…矢田…お前の姉は、自分が不幸になろうとも、弟を助けようとするからな。そんな姿を見ると、申し訳ない気持ちになるのも当然だろう。

実を言うとな。俺もお前の姉に助けられたんだ」

 

俺が言った言葉に、矢田の弟は少し驚いたような感じの顔をしている。他のところでも自分が損するような行動をしていたのかと思っているだろう。

矢田は結構お人好しだ。鷹岡から俺を庇おうとしたり、弟の看病のためにテストを休んだり、たとえ後で自分が痛い目を見ると分かっていても、困っている人を助けようとする。

そんな姿を見ると助けられている方も少し複雑な気分になる。俺はあの時そう思ったし、恐らくは矢田の弟もそう思っているだろう。だがそれで苦しむ事はしないで良い。だから俺は負担を少しでも軽くしたかった。

 

「けど俺は1つ、助けてくれた人を元気にさせる方法を知っている。それが何か分かるか?」

 

俺が矢田の弟に質問すると、少し難しそうな顔をしている。それが一体何なのかを知らないと言う事だろう。だから答えを言うことにした。

 

「感謝だ。たった一言、『ありがとう』と言うだけで良い。一生懸命助けた人がそう言うだけでとても嬉しくなるんだ」

 

俺が言ったのは、感謝する事だ。ありきたりだと思うだろう。何を今更と思うかもしれない。

けどそれで良いと俺は思っている。ありきたりで良い。当たり前で良い。それ以上の事をしようと考えるだけ無駄だ。それは痛いほど分かっているつもりだ。

 

「だから、今は甘えておけ。お前の姉は、お前がそんな悲しい顔をする事を望んでいない。だからお前は笑って、姉にお礼を言っておけ。それが、姉にとって何より嬉しい事だ。

まぁ、それだけじゃ物足りないと思うなら、お前が元気になった時にしてあげろ。不格好でもお前の姉は、とても喜ぶと思うぜ」

 

言いたい事を全て言い終えた。ちゃんとした事を言っているかどうかは分からないが、矢田の弟の不安を軽くする事が出来たならそれで良いと思う。

 

「…うん、そうだね」

 

矢田の弟は、俺の言うことにそう返した。納得したかどうかは分からないが、俺の言いたい事は一応分かったらしい。

俺はコーヒー牛乳を飲み終えた。パックをゴミ箱に捨てて俺は休憩室の扉に手をかける。

 

「まぁ、先ずは頑張って元気になれよ。お前の姉は何よりお前が元気になってくれる事を望んでいるはずだからな」

 

矢田の弟を励ますためにそう言って、俺は扉を開けて外に出た。

廊下を歩いて俺の病室に向かっていく。もともと休憩室で一息ついたら部屋で問題集を眺ることにしていたしな。

 

「お、学真、また会ったね」

 

すると前から多川がコッチに向かって歩いて来ている。なんでこんなに短い時間で同じ人に2回も会わないといけないのだろうか。

 

すると、多川の隣に1人いるのが分かった。

 

遠くから見ただけでは女性と言うことだけは分かるが、それ以外の事がわからない。だが近くに来てそいつの姿がハッキリと分かったとき、俺はフラつきそうになった。

 

この絶妙なタイミングで()()かよ…

 

 

「学真くん…?」

「矢田…」

 

 

 

 

 

「へぇ、2人はクラスメイトだったのか」

 

多川は感心しているように呟く。どうやら多川は、矢田に道案内をしていたようだ。

 

「まぁな…ここで会うとは、思わなかったけど」

「うん…学真くんはここで入院していたんだ…」

「そうだ…まぁ、後2日で退院らしいけど」

 

退院の話は、担当の医者に言われた。とりあえずは日常生活に支障なくはなったから、後はじっくり様子を見ようという事らしい。

あと2日でまたあの暗殺教室に戻れると思うと少し楽しみだ。変な話、あの教室にハマっているようなもんだしな。

 

「学真くんのクラスメイトって良い人だね。同い年でこの子みたいに礼儀正しい子なんてそういないよ」

 

多川は矢田に好印象のようだ。まぁ、E組のクラスメイトは基本的に良いやつばかりだ。例外はいるけどな。

 

「そりゃな。特に矢田は家族思いだったりするしな」

「そうだね、それに…」

 

多川が何か言おうとしているのを見て、俺と矢田は何を言うのだろうかと気にしていた。だから、多川のセリフが俺たちにはかなり驚くものだった。

 

 

 

 

「矢田さんって良い体してるよね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多川が爆弾発言を発した。俺はずっこけた。俺の頭が壁に当たる。俺に15のダメージ!

 

「…っっ!???」

 

矢田の精神に150のダメージ!矢田の顔が赤くなった!

ってRPGみたいなコメント言ってる場合じゃねぇ!!

 

「ちゃんと鍛えられた体つきだし、しかもついてるだけじゃなく十分な柔らかさとハリがある。それに健康的な顔をしている。それならナニ(何)をするにしても…」

「待て待て待て待て!その口を止めろォォ!!」

 

 

「オメーはもう少し言葉を選べ!」

「いや…俺はそのまま率直に褒めたんだけど」

「言い方がマズイんだよ!それだと別の意味に聞こえるから!」

 

俺は叫ぶように多川に文句を言った。あんな言葉を聞くと周りから変な視線で見られる。矢田なんかはオーバーヒートして椅子に座ってるし。

忘れてたけど、多川は話すのがかなり下手だ。適切な言葉が選べずに凄い誤解されるような事を言う。

しかも思った事を素直に口に出すから困ったものだ。この前女性に『頰にニキビがついてるけど大丈夫か?』みたいな事を言って怒らせたと聞いたぞ。磯貝に負けず劣らずのイケメンなのに、未だに彼女ができないのはそれが明らかに原因だろう。

 

「ところでどうする?矢田さんが意識を失っているけど」

「お前のせいだよ…おーい、矢田、意識あるか?」

「ふぇ!!?あ、うん…大丈夫…」

 

どうやら意識を取り戻したようだ。どっからどう見ても大丈夫ではないが、暫く時間が経つと頭が冷えてくるだろう。

 

「まぁ、暫くしたら矢田さんは家族の見舞いに行かないと行けないから」

 

多川が言うことには、どうやら矢田は家族の見舞いに来たらしい。なるほど…ん?

 

「なぁ、その家族って、弟のことか?」

「あ、うん。ここの病院で看病してもらっているんだ」

 

やはりな…ていうかそれ以外の展開があるのだろうか。

 

「…さっき会ったよ。休憩室で」

「え、休憩室に居たの!?」

「まぁな。さっき話してきたばかりだし、まだそこにいるかもしれねぇぞ」

 

矢田の弟が休憩室にいるのを伝えると、矢田は少し驚いたようだ。まぁ、まさか病室にいるとは思わなかったんだろう。

すると矢田と多川は休憩室に向かう事になったようだ。そして何故か知らんが俺も連れて行かされている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきなんで俺が休憩室に連れて行かれたんだって気になってたが、来て正解だった。ホントウにすまん」

「まぁ、こうなる事を予測するのは経験が無いと無理だし」

 

俺と多川は矢田の弟の病室の扉の前にいた。休憩室に行ったらその途中で矢田の弟がぶっ倒れていた。多川曰く、『身体もそんなに回復していない状態で休憩室と病室の距離を歩けるわけが無い』とのこと。じゃあ行きはどうしたんだろうか。

で、廊下で倒れているだろうと予測していた多川は一緒に彼を運ぶために俺を連れて来たのだろう。

それで運び終わり、俺らは扉の外にいる。自分の醜態を晒してしまったんだ。世話をした人と一緒にいるのは少し居た堪れないだろう。

 

『ムチャしないでよ。まだそんなに歩けるほど回復してないんだから』

『うん…ごめんね、お姉ちゃん』

 

部屋の中から情けなさそうな弟の声が聞こえる。その気持ちは痛いほど分かる。あの話をして早速迷惑をかけてしまったもんな。しかもその話をした俺もいるし。

 

「飲みたいものがあれば、私が買ってきてあげるから。決してムチャはしないでね」

 

窓から部屋の様子を見ると、矢田が袋から商品を取り出して冷蔵庫に入れていた。何度もやった事があるからなのか凄く手際が良い。

 

『うん、分かったよ。ねぇ、お姉ちゃん』

 

すると弟が話し始めた。矢田は弟の言おうとしている事を書こうとしている。

 

『いつも…ありがとう』

 

…ああ、そうか。俺が言ったことをやってみたのか。矢田の弟ってかなり素直だな。俺の言った事を素直に聞いてくれるし。

それを見て矢田は少しビックリしたようで戸惑っている。ここでお礼が出てくるとは思わなかったんだろう。

 

『…ううん、私もありがとう。いつも私の言うことを聞いてくれて』

 

だがその戸惑いから直ぐに立ち直り、矢田も弟にお礼を返した。

その姉弟の様子が見てて微笑ましい。本当に良い関係だなと思う。

まぁ、羨ましいとも思うよ。俺にもアニキがいるんだが…アニキは俺のことを気にしたりはしない。常に負けている俺のことを良くは思っていないだろう。だから、俺が困っていても気にしたりはしない。

もしこんな姉がいたら、どんだけ嬉しい事だろうか…

 

『そういえばさっきお兄さんと話したんだ』

『あ、学真くんのこと?』

『うん、それで気になった事があるんだけど…』

 

矢田の姉弟が何やら俺の話をしている。ま、俺がその中身を聞く必要は無いだろう。俺はさっき多川が買ってきたお茶を飲んでいる。弟を運ぶ時に、労いの意味も兼ねて貰った。俺はそのお茶を口に含む。

 

『あのお兄さんってお姉ちゃんの彼氏さん?』

 

そのお茶はいい感じに冷えてて涼しさを感じる。濃くも無く薄くもなく、適度な味だ。

………ん?

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブウウウウウウゥゥ!!!?」

 

 

 

 

思わず吹き出してしまった。ヤベェ、床にお茶が…!

 

『ちょ!?何言ってんの!?』

『え…でもお姉ちゃんと仲よかったし…』

 

ってあの子は何とんでも無いことを言ってんだ!?素か!?天然か!?どっちにしてもあの言葉は反則だろ!?

 

「え…恋人だったの?」

 

多川(お前)は黙ってろォ!部屋の中で矢田が違うと言ってんだろうが!

 

『違うよ!?私と学真くんはそんな関係じゃ無いし…友だちだよ!うん、友だち!』

『そうなの?でも…』

 

ヤベェ、ここに居てられねぇ…!

 

「悪りぃ、病室に戻る!」

「あ、ちょっと学真!」

 

俺は一目散にその場から離れた。後ろで多川が慌てて呼んでいるけど、ゴメン、それに答えることはできない…!

 

 

 

 

◇矢田視点

 

今日は何故か弟に驚かされてばかりな気がする。あんな笑顔でお礼を言ってくれた時は凄く驚いた。でも、その時は凄く嬉しかった。私が一生懸命頑張って来たのが意味あったんだなと思った。

でも、本当に驚かされたのはその次の言葉だった。学真くんが私の…か、彼氏なのかって質問が…

 

「違うよ!?私と学真くんはそんな関係じゃ無いし…友だちだよ!うん、友だち!」

 

弟の言ってる事を否定しようとしたけど、私は多分かなり焦っている。私と彼の関係と言われて思いついたのが『友だち』だけだった。

 

「そうなの?でも…もしそうだったら嬉しいなと思って」

 

私の弟は何故か、もしそうだったら嬉しいと言い始めた。どうして?と聞いたら答えてくれた。

 

「あのお兄さん、僕に勇気をくれたんだ。みんなを元気にさせてくれるような人だったよ。もしお姉ちゃんがお兄さんと付き合ってたら幸せになるんじゃ無いかと思ったんだ」

 

弟の話を聞いて、返せなかった。呆気にとられている。

弟の言うことはその通りだと思う。学真くんは凄く優しいし、励まされたことも助けてくれたこともあった。学真くんは本当に良い人だと思う。

 

でも、私が彼と付き合えるのだろうか。

 

だって私は…この間まで、学真くんを遠ざけて来たんだから。クラスメイトとして接してくれてはいるけど、私のことを本当に悪く思って居ないのだろうか。ひょっとすると、学真くんは私のことを怒っているのでは無いか。

 

私が、彼と一緒に幸せになれるほどの魅力はあるのだろうか。私はそれが不安でしょうがなかった。

 

 

◇学真視点

 

…マズい。

 

 

病室に戻って問題集を見ているが、内容が全く入って来ない。一度見ればその風景が頭の中に浮かび上がるはずなのに、頭の中はフワーッとしていた。頭の中で芥川龍之介が迷子になっている。

 

多分俺の顔は少し赤くなってる。

 

熱とかでは無いけど、顔だけ体温が高くなっているから、顔が赤くなった事を感じる根拠としては充分だ。

何故赤くなってるかだと?聞くなよそんなの。矢田の弟が言ったことが頭に残ってるからだ。俺が矢田の彼氏か何か言ってただろ?

それ自体は間違っているけど、それを聞いては居られなくなっていた。これがもう少し前の日に言われていたら別だっただろうなと思う。

 

実を言えば、俺は矢田の事をいままでとは別の視点で見るようになっていた。原因は、鷹岡のときだ。

 

俺が鷹岡にフルボッコにされ、鷹岡が俺にトドメをさそうかとした時に、矢田は震えながら鷹岡の前に立った。あの時は正直驚いていたが、嬉しく思った自分もいた。あんな風に誰かに守られた事が無かったから。

守ろうとしてくれた事が嬉しくて、怖くても守ろうとする姿勢が良くて、俺を励ましてくれた事が嬉しくて…そこから、矢田を見る目が変わった。これを何と言うかは大体わかる。一応2()()()だし。

でも…

 

俺には、恋愛をする資格はない。

 

例えば俺が誰かと付き合ったとして、俺はそいつを幸せにする事は出来ない。寧ろ不幸にしてしまう。そうなってしまうんなら…そうしない方が良い。




学真はなかなかくっつこうとしない男なんですよね…かなり時間がかかると思います。

次回『水泳の時間』


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第41話 泳ぐ時間

だらだら書くクセがついてしまっている…



退院してから俺は再びあの校舎に戻った。少しみんなと久々に会ったみたいな感じがするが、入院する前と別に変化はない。

授業はやっぱり進んではいるが困ってたりはしていない。入院している間にあのタコが来て授業で進んだ所を説明してくれたからな。まぁ、病院にいる他の人に知られる訳には行かないから変装こそしてるが殆ど意味はない。病院の人にバレないかとヒヤヒヤしたよ…

体育は…参加していない。医者から暫くは安静にするように言われたから、体育のような体を動かす事は暫く控えている。とは言っても鷹岡がいなくなって烏間先生が体育の担当に戻ったし、復帰すれば暫くのブランクも数日で取り戻せそうだ。

まぁ早い話、何の問題もなく学校生活を送っている。長い間学校から離れていたけど、別に何の影響も無く行きそうだ。

だがそれでも、困っている事はある。

問題というのは生きていく中で突然と現れる事が多い。何かフリがある場合もあるが、そういうものなしで来る場合が多い。そういうのは本当にタチ悪いと思う。それに対応策を立てることなんて無理だ。

しかも()()問題ばかりはどうしようもない。誰かが引き起こしたとかじゃ無くて自然にそうなったというだけだし。

だからこそ俺はいまかなり不快に思っている。なぜこんな山奥でこんな事を感じなきゃならないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「暑い…」

「「「「「前振りナゲェよ!!」」」」」

 

 

ウルセェよ…とツッコむ気も失せる。余計に体力を奪う気がするし。

それにしても本当に暑い。本格的に夏が始まったというやつだよな…ついこの間までは爽やかな気温だったはずなのに、こんな意識を刈り取ろうとするぐらいの気温になるんだ。

本校舎にいた時はそんな事なかった。アッチにはクーラーがついてたからな。こんな暑苦しく感じることもない。マジでこの校舎の設備が鬱陶しい。

 

「だらしない。夏の暑さは当然の事です。温暖湿潤気候に住んでるんだから諦めなさい。因みに先生はこのあと寒帯に逃げます」

「「「ズリィ!!」」」

 

殺せんせーの弱点21 夏バテ

 

チックショー…羨ましすぎるだろマッハ20。俺も行きたいな涼しいところ。マッハ20とはいかなくとも空を飛んで移動してみたい。ライト兄弟の子孫が『人間の飛行』とかを完成してくれないだろうか。

 

「マズイわね…リアルでも真夏なせいか、作者もダレてきて他の文がグダグダし始めてきてるわ」

「何言ってるの?」

 

 

 

 

「でも今日プール開きだよね。体育の時間が待ち遠しいな〜」

 

そういえばプール開きか。倉橋の話で思い出した。こういう暑い時にはプールは結構良い。良いな良いな、退院したばかりだから入れないというのに。医者の先生がOK出してくれないと無理なんだよ…

 

「いやそのプールがE組にとっちゃ地獄なんだよ。なんせプールは本校舎にしか無いんだから、炎天下の山道を1km往復して入りに行く必要がある。人呼んで『E組死のプール行軍』。特にプール疲れした帰りの山登りは、力尽きてカラスのエサになりかねねぇ」

 

うげ…マジかよ。それほど良いことでも無さそうだな。木村の言う通り、1キロメートル往復はシャレにならねーぞ…

 

「本校舎に連れてってくれよ殺せんせー」

「しょうがないなー…と言いたいところですが、先生のスピードを当てにするんじゃありません。いくらマッハ20でも出来ない事はあるんです」

「だよねー…」

「でもまぁ気持ちは分かります。全員水着に着替えて外に出なさい。そばの裏山に小さな沢があったでしょう。そこに涼みに行きましょう」

 

 

 

と言うわけで…

殺せんせーに先導されながらE組と一緒に裏山にいます。さっき殺せんせーが言っていた小さな沢に向かうためです。

裏山に小さな沢があった事は知らなかった。千葉が言うには、足首まであるかないかの深さだと。まぁ、プールほどじゃ無いけど涼むには充分だな。山の中の沢って意外と涼しいし。

 

「そういえば渚くん、この前は凄かったらしいじゃん。見ときゃ良かった渚くんの暗殺」

「本当だよ。カルマくんは面倒くさそうな授業は直ぐサボるんだから」

「えー、だってあのデブ嫌だったし」

 

カルマと茅野と渚は前の鷹岡の授業の時の渚の暗殺の話をしている。そういえばカルマはサボってたな。あの時いつの間にか居なかったし。アイツひょっとして、鷹岡の本性を見抜いていたんだろうか。

鷹岡の時は少し嫌な思い出だ。俺はただフルボッコにされたし。あの時俺は自分の力不足を嫌と言うほど感じた。一発も当たらないとかマジでヘコむ。

このままだとマズイと思っている。ターゲットはマッハ20の怪物。人間すら倒す事の出来ない力ではターゲットの暗殺はほぼ不可能だ。

だから焦っている。このE組で、みんなの役に立つためには、もっと実力を身につけないといけない。今までのような感じではダメだ。烏間先生との特訓も、八幡さんとの特訓も、もっとレベルアップしていかないといけない。それをあの時痛感した。

 

「さて皆さん!」

 

突然、殺せんせーが体の向きを変えて話しかけてきた。唐突すぎて少しビビる。まぁ…余計な事を考えていた俺のせいでもあるけど。

 

「さっき先生は言いましたね。マッハ20でも出来ない事があると。その1つが皆さんをプールに連れて行くこと。残念ながらそれには1日かかります」

「1日ってそんな大げさな。本校舎のプールなんて歩いて20分」

「おや、誰が本校舎に行くと?」

 

ニヤリと笑う殺せんせーの後ろから、水の流れる音が聞こえる。よく見ると殺せんせーの背後の木の葉っぱの隙間から、何かがあるのが見えた。

殺せんせーのセリフを聞いて俺や他のみんなはもしかしてと思い、奥の方に進んで行く。するとそこには、かなり大きなプールが出来ていた。

岩で囲みが作られ、その中に水が大量に入っている。25メートルのコースも作られ、広さもE組全員が入るには充分すぎる広さだった。

 

「なにせ小さな沢をせき止めていたので、水が溜まるまで20時間。バッチリ25メートルの幅も確保。シーズンオフには水を抜けば元どおり。水位を調節すれば魚も飼って観察できます。制作に1時間、移動に1分、後は1秒あれば飛び込めますよ」

 

 

「「いやっほーーう!!」」

 

殺せんせーの言葉に感化され、みんなは一斉にプールに飛び込んだ。飛び込みは禁止だと言うのに。

 

その後みんなはプールで楽しそうに泳いでいる。何しろ、本校舎に行く事なく、と言うかE組校舎の近くでプールに入る事が出来るのだから、楽しいとみんな思っているだろう。

プールに入る事が出来ない俺を除いて。

なんで俺が入る事が出来ない時期にこんな立派なプールを作るんだよ。そりゃ時期的にはピッタリだけどさ。もう少し俺に配慮してくれても良いじゃないか。もう少し経てば俺もプールに入れたと言うのに。本当に生徒思いで助かることをいつもしてくれるタコ教師が。

 

「褒めてんのか貶してんのかどっちだよ」

 

因みに俺は泳ぎはそこそこだ。苦手と言うわけじゃないし、クロールや平泳ぎは出来る。だが親父レベルには到底たどり着けない。泳ぐのはかなり体力使うから、25メートルを泳ぎきるので精一杯だ。

でも泳ぐ事は嫌いじゃない。寧ろ好きな方だ。暑い日に泳いだらスッキリするし、割と楽しい。だから三日後のプールは思いっきり遊ぼうと誓うのであった。

プールではあっちコッチで色々な遊びをしている。25メートルを泳いでいたり、バレーをしていたり、プール近くの椅子で本を読んだり…まぁ、遊び方は人それぞれだ。

 

《ピー!》

 

What's!?

 

「木村くん!プールサイドを走っちゃいけません!転んだら危ないですよ!」

「あ…すいません」

 

…なるほど、まぁプールサイドを走るのは良くないな。マナー上の問題で。ていうかあのタコ監視員か…まぁ、先生がその立ち位置にいる事は良くあるけど…

 

《ピー!》

 

「原さんに中村さん!潜水遊びはほどほどに!長く潜ると溺れたかと心配します!」

 

《ピー!》

 

「岡島くんのカメラも没収!」

 

《ピー!》

 

「狭間さんも本ばかり読んでないで泳ぎなさい!」

 

《ピー!》

 

「菅谷くん!ボディアートは普通のプールなら入場禁止ですよ!」

 

《ピー!ピー!ピー!ピー!ピー!》

 

こ…小うるせぇ。小言と笛の音が短時間で何回も鳴るとめちゃくちゃ耳に来る。なんだアレ…自分の作ったフィールドの中だと調子に乗って王様気分になるタイプか。…メンドくさい。

 

「ヌルフフフ。景観選びから間取りまで自然を活かした緻密な設計。皆さんには相応しく整然と遊んで貰わなくては」

 

殺せんせーの弱点22 プールマナーにやたら厳しい

 

「堅いこと言わないでよ殺せんせー、水かけちゃえ!」

 

倉橋が殺せんせーに水をかけた。まぁ…ちょっとからかっているんだろう。手で掬えるほどの水量だし。

 

「ひゃん!!」

 

 

……え?

 

何今の女のような悲鳴

 

 

「きゃあ!カルマくん!揺らさないで、水に落ちる!」

 

 

カルマが殺せんせーの座っている監視台を揺らすと、殺せんせーはかなり焦っている。まるで水に入ってしまうのを避けるように。

その様子を見て俺は…いや、みんなは思った。

 

まさか殺せんせーは…

 

「い、いや別に泳ぐ気分じゃないだけだし。水中だと触手がふやけて動けなくなるとかそんなのないし」

 

泳げないのか?

 

 

 

 

 

殺せんせーの弱点23 泳げない

 

これは…今までの弱点の中で1番使える弱点じゃないか。俺らの大半はそう直感した。水を使った暗殺…いままでの中で最も期待できるんじゃないか?

 

「あ!やば、バランスが…うわっぷ!」

 

するとなんか大声が聞こえた。その方を見ると茅野が溺れてやがる。まさか浮き輪から落ちたのか!?てかそんな溺れる深さだっけ?

 

「ちょ…何したんだ茅野!」

「背が低いから立てないのか!?」

 

あ、そういうこと。だから溺れているのか。

ていうかマズイ。茅野をどうにかして助けないといけないが、溺れている人を助けることなんかしたこと無いぞ。下手に行くと巻き込まれる。どうすりゃ良いんだ?

 

「か、茅野さん!このふ菓子に捕まって…」

 

殺せんせーも慌ててる。てかそのビート板みたいなやつってふ菓子かよ。そしてふ菓子でどうやって溺れている人を助けるんだ?

すると誰かが水に飛び込んだ。そいつは凄い速さで茅野のところまで行き、彼女を支えた。

 

「大丈夫だよ、茅野さん。すぐ浅いとこ行くからね」

「助かった…ありがとう、片岡さん」

 

水の中に飛び込んだのは、女子の学級委員の片岡だった。そういえば、元水泳部だったらしい。この校舎に初めてきた時に見た名簿にそう書いてあった。

それにしても凄い速さだった。水中を滑らかに移動しながらあっという間に茅野を助けれた。

水を使った暗殺ってなると…片岡はかなり活躍するかもしれない。

 

「ふふ…水の中なら出番かもね」

 

 

 

 

 

水泳の時間が終わった後、クラスで何人か残り、話し合っていた。内容は当然、さっきの殺せんせーのことだ。

 

「まず問題は、殺せんせーは本当に泳げないのか」

「湿気が多いとふやけるのは前にも見たよね」

「さっきも、倉橋が水をかけたところだけふやけていた」

「もし仮に全身が水でふやけたら…死ぬまではいかなくとも極端に動きが悪くなる可能性が高い」

 

みんなが言う通り、殺せんせーは水に濡れると触手がふやけて動けなくなるんじゃ無いかと思う。だとすれば、もし水の中に落ちたらほぼ動くことが出来なくなり、暗殺しやすくなるかもしれない。

 

「だからねみんな。私の考える計画はこう。この夏の間どこかのタイミングで殺せんせーを水中に引き込む。それ自体は殺す行為じゃ無いから、ナイフや銃よりは先生の防御反応も遅れるはず。そしてふやけて動けなくなったところを、水中で待ち構えていた生徒がグサリと刺す。

水中にいるのが私だったら任せて。髪飾りに仕込んだナイフで、いつでも殺せる準備はしている」

 

片岡の考えている計画は、誰も異を唱えない。今のところ最も殺せる可能性のある計画だし、さっきの片岡の泳ぎを見ればそれができると思える。

 

「まず大事なのは殺せんせーに水場の近くで警戒心を起こさないこと。夏は長いわ!じっくりチャンスを狙っていこう!」

 

…凄いな。水泳の技術もだが、片岡は統率力がかなりある。文武両道で面倒見がよく、その凛々しい姿から、『イケメグ』と名付けられた。球技大会の時も、女子を引っ張っていたようだし。

しかし…片岡はなぜE組に落ちたのだろうか。パッと見て落ちる要素はどこにも無いのだが…

 

 

 

 

 

そして放課後、俺はある店に行ってた。愉快なピエロが有名な、ハンバーガーの店だ。ここに来ている理由は、小腹が空いたのと、期末の勉強だ。気づけば期末が近いし。

 

「お待たせいたしました。チーズバーガーとコーラです。ありがとうございました」

 

注文していた物を受け取って、適当な席に座る。そしてそのままチーズバーガーを頬張った。

 

すると、俺はある事に気づいた。俺の目の前に人がいる事を。

 

「…ぶっ!?」

 

そいつを見て思わず噴き出してしまった。俺の前に座っているソイツに向かってではなく、ちゃんと横向いてだが、良く無いのは確かだ。いや、て言うか…

 

俺の前に、黒崎が座っていた。

 

「しつけがなって無いな。浅野家はマナーを徹底しないのか?」

「…いや、なんでお前が俺の前に座ってるんだよ!」

「俺が先に座っていた。お前が勝手に俺の前の席に座ったんだぞ」

「黒◯並の影の薄さ!?」

「お前が注意不足なだけだろう」

 

黒崎は食事を終わらせ、何やら本を読んでいた。まぁ、参考書だな。コイツもテスト勉強中か。

そして机の上には当たり前のようにマヨネーズが置いてある。ハンバーガーにもマヨネーズか…コイツ全部の料理にマヨネーズかけてるんじゃね?

 

「とっとと食え。冷めるぞ」

「あ、はい…」

 

黒崎に言われて俺は飯を食べ始める。うん、チーズは上手いな。ハンバーグとチーズは相性が良い。

ていうか、マジで気づかなかった。俺は空席に座ったつもりだったんだが、コイツが座っていたなんて思ってもいなかった。次はちゃんと気をつけるとしよう。

しばらくして俺が食べ終わると、黒崎も帰る支度をしている。…ていうか、様子が変だな。窓の外を見ているが一体何が…

 

ん?向かいのファミレスから出てきたのは…渚と茅野と片岡か?一体どうしたんだろうか。

 

◇渚視点

 

 

放課後、プールにいた時だった。片岡さんは水殺のための特訓として何度も水泳の練習をしていた。見事なタイムとその責任感で、見ている僕たちは凄く頼もしい感じがした。

けど、片岡さん宛てにメールが来て、律がその内容を読んでから、片岡さんの様子が変わった。そのメールを送って来た人は、片岡さんは友達と言っていたけど、友達に会いに行くにしては少し暗い顔だった。

おかしいと思った僕と茅野、そして殺せんせーは、ファミレスの中に入って、隣にいる片岡さんの様子を見ている。片岡さんが座っている席にはもう1人、椚ヶ丘中学校の制服をしている女性がいた。恐らく、律が言っていた『多川 心奈』さんだろう。

見てると片岡さんが、多川さんに勉強を教えているようだった。メールの内容も勉強を教えて欲しいと言っていたし…でも片岡さんは、やっぱり暗い表情だった。

すると多川さんが突然叫んだ。その衝撃でコップが倒れた。その時多川さんが言っている事の内容が気になった。『私の事を殺しかけたくせに』って言ってた。アレってどういうことなんだろう。

そして多川さんが友達のところに行って、片岡さんにバレて、いま片岡さんと茅野と一緒に店を出た。殺せんせーも一緒に出ようとしたけど、何かに気づいた様子で、後で来ると行って僕らだけ先に行かせた。どうしたんだろう。

 

「…それよりも片岡さん、さっきのはどういう事なの?」

 

茅野が片岡さんに尋ねた事を聞いて気を取り戻した。そう、さっきの多川さんという人について聞かないといけなかった。

 

「うん、実はね…」

 

 

 

 

 

「その話、混ぜてくれねぇか?」

 

すると僕らに声がかかった。少し驚いて後ろを振り向くと、学真くんと黒崎くんがいた。

 

「学真くん、黒崎くん」

「向こうの店からお前らが出てきたのを見てな。ちょっと聞かせてくれねぇか?」

 

学真くんと黒崎くんは、向かいの店に居たようだ。…ていうかどういう偶然なんだろう。店の中で本校舎の黒崎くんと会うって…

 

「渚、ダレ?」

「あ、そっか。茅野は会った事なかったんだっけ?」

 

茅野が黒崎くんについて聞いてきた。そう言えば修学旅行の時も球技大会の時も、黒崎くんがいた時は茅野はいなかった。だから茅野は、黒崎くんを初めて見た事になるんだっけ?

 

◇学真視点

 

渚が茅野に、黒崎の事を説明した。まぁ、茅野は黒崎の事を知らないし、説明した方がいいだろう。

本当は俺1人で来る予定だったんだけど、黒崎もついていくと言い出した。どうも片岡の事を知っているらしい。そいや風紀委員長だったな。委員長会議で会うこともあるか。

 

「…で?どうしたんだ?」

 

俺は片岡に何があったのかを聞く事にした。表情から、片岡に何かあったんだろうという事が分かった。だから何があったのかを知ろうとするためにそう聞いた。

 

『片岡さんは、2年生の時のクラスメートである『多川 心奈』さんからメールを貰ったんです』

 

その答えは俺の携帯から返ってきた。携帯を開くと律が話している。その画面を見た時、黒崎は少し驚いていたが、直ぐに平常心に戻る。スゲェなコイツ…

ていうか…多川?同じ名前を聞いた事あるけど…

すると画面が切り替わり、片岡と1人の女が写っている写真になった。まさかコイツが多川 心奈?

…うん、アイツ関係ねぇわ。顔とか全然似てない。つーかなんだこの女。

 

『これは先ほどの店の中での様子です。渚さんの携帯から撮影していました。とりあえずご覧ください』

 

携帯の動画が再生した。何やら片岡が多川に勉強を教えている様子だ。すると突然多川心奈が叫んだ。つーかコイツ何を言ってるんだ?ワガママにも程がある。

 

『以上が、先ほどファミレスで起こった事です』

 

律からそう言われて、俺らは片岡の方を見る。どうやら渚も茅野に説明をしたようだ。片岡は仕方ないというような感じで話し始めた。

 

「去年の夏にね。同じ組だったあの娘から泳ぎを教えてくれって頼まれたの。好きな男子含むグループで海に行く事になったらしくてカッコ悪いとこ見せたくないからって。

1回目のトレーニングで、なんとかプールで泳げる位には上達した。けどね。海で泳ぐってプールより全然危険だからその後も何回か教える予定だったの。

でもなんだかんだ理由つけて、それっきり練習に来なくて彼女はそのまま海に行っちゃった」

「…なんで?」

「ちょっと泳げてもう充分だと思ったんでしょうね。もともと反復練習とか大嫌いな子だったし」

 

…なるほど。よくいるな、地道な努力が嫌いなタイプの女性は。八幡さんはそういうタイプが大っ嫌いだ。八幡さんが言うには、そう言う奴は永遠に伸びないということだ。まぁその通りなんだが、あの人のレベルは高すぎるんだよな…

とは言っても、その女は目も当てられないほど酷い。やりたい事があるにも関わらず、努力をする事を拒んだ。そういう事をする奴の末路は、だいたい決まっている。恥をかいて終わるパターンだ。

 

「で案の定、海流に流されて溺れちゃって救助ざたに。それ以来ずっとあの調子。『死にかけて大恥かいてトラウマだ』『役に立たない泳ぎを教えた償いをしろ』って。

テストのたびにつきっきりで勉強教えている間に私の方が苦手科目こじらせちゃってE組行きよ」

 

とりあえずは話が繋がった。要するところ、片岡が冤罪を被っているような感じだ。どう見たって片岡は悪くないのにな。

とは言っても面倒見の良い片岡の事だ。強く言われたら断れないんだろう。俺がここに来たばかりの頃も、俺に伝達事項を伝える事を忘れないほど責任感が強い奴だし。

断れば良いんじゃないか?怒っても良いんじゃないか?そうは思うんだけど、片岡の性格上そんな事はしないんだろうな。

 

「そんな…彼女ちょっと片岡さんに甘えすぎじゃ?」

「良いよ。こういうのは慣れっこだから」

 

 

 

 

「いや、それは違うぞ。片岡メグ」

 

すると黒崎が話し始めた。黒崎はさっきから携帯を見ているが、何をしているんだ?

 

「たとえどれほど多くの人間に囲まれていようとも、どのような親しい友人がいようとも、人は生きていく中で、自分の力で乗り越えないといけない壁に遭遇する。

誰かに依存している奴はそこで挫折する。その結果、自分の力で乗り越えようとする努力をせずに、誰かに縋ることでしか生きられなくなる。その生き方では成長も進化もない。ただ堕落していくだけの道になる。ハッキリ言うが、お前があの女の面倒を見ている事は、あの女のためには全くなってない。

それだけではない。このような事をしている奴は支えている奴も巻き添えにする可能性がある。その結果、1番困るのはお前だ」

 

…黒崎の言ってる事は最もだ。あの女は自分の問題に向かい合っていない。ほとんど片岡に任せっきりでのらりくらりと逃げてばかりだ。そんな感じでやり続けていくと、後で取り返しのつかない事になる。

 

「あの女はお前に依存しているようだが、お前は依存されることそのものに依存している。人の面倒を見ることが必ずしも悪とは言わんが、なんでもかんでも面倒を見ようとするそのクセは良くない。あの女の問題はあの女自身で解決するべき問題だ」

 

…なんか、黒崎が言っていると説得力があるな。なんていうか…その通りだなと思わせる何かがある。…ザックリすぎて済まんな。

 

「…じゃあ、どうしたら良いかな?」

 

とは言っても片岡はどうすれば良いのか分からないだろう。面倒見も責任感も強い片岡が、『面倒を見ない』という選択肢はなかなか取れない。それができれば最初から苦労はしないし。

 

「そのために…あの教師がいるんじゃないか?」

 

黒崎の言葉を聞いて目の前を見ると…スイミングキャップを被っている殺せんせーがいた。いつからいたんだと思ったが、後で渚から聞くと、店の中では一緒にいたけど、出るときは店に残ったらしい。…どういう事だろうか。

 

「話は聞きましたよ片岡さん。

あなたがいま迷っているのも最もです。その解決法は、彼女を自力で泳がせればいいんです。

1人で背負わずに先生に任せない。このタコが魚も真っ青のマッハスイミングを教えてあげます」

 

…?泳ぎを教える?て事は、殺せんせー泳げるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…アレ?ていうか…

 

 

 

 

 

 

 

 

黒崎と殺せんせー、初対面じゃないのか?

 

 




黒崎くんの立ち位置がだんだん妙な事になってきた件
さて、次回は愉快なお魚さんの話ですよ(原作見てる人なら分かる)。

次回 『必死に泳ぐ時間』


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第42話 必死に泳ぐ時間

いま、真夜中だ。とても暗く、音も全くない。静寂な空間とはこの状態の事を言うんだろうなと1人で納得している。

真っ暗な背景の中で、俺はとても重い感情を持っている。罪悪感というのだろうか。それを持たずにはいられなかった。いま俺らがやっている事は、どう見たって犯罪行為である。

 

「…なぁ、本当にやるのか、これ…」

「今さら後に引けませんよ学真くん。片岡さんを助けたいのでしょう」

 

なんとかして辞めれないかとは言ってみたものの、その予定は無いらしい。バッサリ切り捨てられた。そりゃ後には引けねぇのは確かだろうけどよ…

 

「…女子中学生を、プールに連れていく必要は無いだろう…」

 

俺らは、E組校舎のプールにいる。それだけならまだいい。そのプールには、あの多川 心奈もいる。それもベッドごと。殺せんせーが彼女をここまで運んで来たらしい。本当にチートだなこの先生…

だが犯罪行為は犯罪行為だろう。どっからどう見たって拉致だよコレは。世間にこんなのがバレたら、俺らの今後が危うくなる事はおろか、殺せんせーの事が世間にバレる。だから俺はかなりヒヤヒヤしている。

そして、俺は服装を着替えている。貝などを用いた髪飾りと、魚の下半身を形にしているズボン。ここまで言えば俺たちが何になっているか分かるだろう。人魚だよ。

こんなの恥ずかしい。何が嬉しくて男の俺が人魚にならないといけないんだよ。黒歴史と言う名の記録にデカデカと記載する事間違いなしだ。

 

「そうは言うけどよ…」

「学真くん、彼女がそろそろ眼を覚ますよ」

 

渚に言われて、多川 心奈が眼を覚まそうとしている事に気付く。俺は慌てて渚と茅野と一緒に、水遊びをしているフリをする。だっていま俺は水の中に入ること出来ないし。

 

「…ああ、夢か、コレ…」

 

水で遊ぶ俺らを見て、多川 心奈が一言発する。どうやら夢と思ってくれたようだ。そうじゃなきゃ困るしそうならなかったら俺はこの先、色んな意味で生きていけなくなる。

 

「や、やぁ。目が覚めたようだね。ここは魚の国!さぁ、一緒に泳ごうよ!」

「…なんかあんためぐめぐに似てない?」

「違うし。めぐめぐなんか知らないし…魚魚(うおうお)だし」

「なにその居酒屋みたいな名前!」

 

片岡が多川 心奈に話しかける。何回もあったことがあるせいか、その正体が片岡であることがバレそうにやった。なんとかごまかしたようだが。

ちなみに多川 心奈は片岡の事を『めぐめぐ』と言うらしい。他の奴らが『イケメグ』と言うから、少し違うのを使ったんだろうか。

まぁそれはどうでもいい。俺らも挨拶しないといけない。

 

「僕は魚太」

「私は魚子だよ」

「魚子は魚なのに水着なの!?」

「俺は魚助…怪我だらけになって水の中に入れないんだ」

「なにがあった!?」

「そして私の名前は魚キング。川や海を跳ね回る全世界最強のタコです」

「タコかよ!!」

 

…まぁ、ツッコミどころ満載だよな。逆の立場だったらツッコミきれずにおかしくなる。

 

「素晴らしい連続ツッコミ。良い準備運動になってますね」

 

殺せ…魚キングの言っている事に疑問が浮かぶ。ツッコミって準備運動なのか?

そんな疑問を感じている俺を余所に、殺せんせーが無理やりストレッチさせて、水着に着替えさせて、水に投げ…入れた。てか水着の着替えの仕方エグすぎるだろ。

 

「ぎゃあ!み、水ゥ!?」

 

突然水の中に入れられた多川心奈はかなり焦っている。海で溺れて以来水の中に入るのがトラウマになったと聞いているからな。そんな多川 心奈の近くに、片岡が来た。

 

「落ち着いて心奈!そこはまだ浅いから!泳げるようになりたいでしょ?少しだけ頑張ってみましょ」

「い、良いわよ!今更泳げなかったって!それを逆手に愛されキャラで行く事にしたし!泳げないって言っておけば、あんたに似てる友達がなんでも言うこと聞いてくれるし!」

 

うーん…やっぱりアレだな。彼女が完全に努力する事を諦めているのは片岡の話を聞いた時から分かっていたが、実際見てみると少しため息をついてしまう。

なんか既視感があるんだよな…1年の頃の俺に。あの状態から変わるシンドさはかなり分かっているつもりだ。

けどこのままでいるのもマズイのは事実。黒崎も言っていた通り、努力しない生き方は堕落していくだけの人生になりかねないからな。だから彼女には変わって貰わないと困る。

 

…てゆーか、その黒崎はどこだ?

 

「甘ったれているんじゃないぞ!多川 心奈!それではきさまの価値を下げている事になる!」

 

…うお、噂をすれば影か。スゲェ大きな声だな。しかしどこにいるんだ。

 

「人は自分の価値を証明して生きていくものだ!出来る人間は自分の価値を日々高めていく!貴様のようになにも変わらずにいては周りから置いていかれて孤独になるのがオチだ!そうなりたくないのであれば、その甘い考えを捨てろ!」

「だ…誰!?」

「ふっ…よくぞ聞いてくれた。この俺の名前をしかとその耳に焼き付けるが良い!とぅっ!」

 

高々に語っている黒崎、それに俺は文句を言いたい。うるせぇ。

いちいち強調するなよ。お前の声が耳にキーンと来ているんだよ。そして『とぅっ』てなんだ?特撮ものか?

意気揚々とした掛け声とともにソイツは、プールに飛び込んだ。水中に飛び込んだ衝撃で、そこから水が波を生み出す。プールは飛び込み禁止だぞ。

 

「水中あるところにこの俺あり!あらゆる荒波を乗り越える謎の魚。俺の名は…

 

『オサカナマン』だ!」

 

だ…

 

「「「「ダサい!!」」」」

 

俺がいま思ったのと同時に、渚、茅野、片岡、そして多川 心奈がツッコンだ。オサカナマンってなんだ?ス○リッツで似たような名前を聞いたことあるぞ。

 

黒崎の弱点1 ネーミングセンスが壊滅的

 

「この俺が来たからには、キサマを嵐の海すらも泳げるようにしてみせる!さぁ行くぞ多川 心奈!水泳の準備は万端か!?」

「ちょ、そこまで行くつもり…やだー!」

 

ズンズンと近づく黒崎から逃げようと、プールの真ん中に行く多川 心奈。地味に深いところに誘導してるな。

てゆーか…なんかキャラがおかしくなってね?いや前からおかしい奴とは思っていたけど、この黒崎はそれよりも変だ。なんか変なスイッチ入ってキャラが凄い事になっているぞ。

しかも格好までえげつない。特撮物をイメージしているからか、タイツに色々な飾りがつけられている。それ水着なんだろうな。

 

「そう言えば殺せ…魚キングは水に入らないの?」

「い、いや…今日は先生焼きに来ただけだし」

「真夜中だよ今。入らなきゃ彼女に泳ぎ教えられないよ」

 

渚が殺せんせーに話しかける。それを聞いて思い出した。今回俺らが来た理由は、片岡の手伝いとは別にある。それは当然、『殺せんせーが泳げるか否か』だ。それによって今後の暗殺が大きく変わっていく。片岡は多川 心奈の練習を見ている間、俺らはそれをしっかりと見極めないといけない。

 

「…それもそうですね。では入りますか」

「「「…え?」」」

 

サラッと殺せんせーが言った言葉に、俺と渚と茅野は呆気に取られた。すると何の躊躇いもなく、殺せんせーは水の中に入った。…やっぱり泳げんのか?

 

「さて、先ずは基本の『けのび』から」

 

水中に沈んだ殺せんせーが浮かび上がると…魚のようなスーツで体を覆っている姿が見えた。魚の顔あたりは透明になっていて中の様子が見えるが、あの顔のデカさが見事にフィットして、殺せんせーが魚に化けているように見える。

ていうかけのびかそれ?水着を身に纏って浮かんでいるだけだろう。いや…そもそもタコの体をしている殺せんせーのけのびをしている姿は想像できないけど。

 

「この時の為に開発した先生用水着です。完全防水でマッハ水泳にも耐えられます。数々の秘泳法をとくとご覧あれ」

 

殺せんせーの話を聞いて『ズリィ』と思った俺は悪いんでしょうか?

そんな事を思っている俺を他所に、殺せんせーは魚の形をした水着の尾にあたる部分を横に振動させてバタ足…バタ足?をした。

 

すると何という事でしょう。E組が使っている穏やかなプールが、一瞬にしてうず潮になったではありませんか。

 

「ちょ…もが、流され…」

 

うげ…あんなのそこそこ泳げる人でも難しいぞ。うず潮の回る速度が半端ねぇし、波の速いということは当然、体にかかる負担は尋常じゃない。俺でも泳げるかどうか怪しいぞ。

 

「心菜慌てない!端っこの方は大した流れじゃないから!

海での泳ぎ方を練習するよ。基本はプールと一緒!手のひらに負荷を感じながらテンポ良く!!

海では自分の位置がわからなくなり易いから、ときどき平泳ぎに切り替えて確認して、またクロールに戻る!」

 

慌てる心奈の側に片岡が近づき、彼女に海での泳ぎ方を教えている。

すげぇな。うず潮の中なのに慌てないで平然と泳いでいる。教え方も上手だ。適切でとても分かりやすい。女子たちが彼女を慕う理由が何となく分かる。

そう言えば黒崎はどうしたんだろうかと探していると、やや中央で泳いでいた。何でお前も堪能しているんだよ。しかも上手だな。服を着ている状態で泳ぐことはかなり難しい筈なんだけど。

 

「水着とかズルいよ魚キング!」

「そーだよ!生身で水に入れるかどうか見たかったのに!」

 

渚と茅野は、そのうず潮を引き起こしている張本人…いや魚か?魚キングに文句を言っている。それもそうだ。殺せんせーが泳げるかどうかを見たかったのに、あんな高性能な水着なんか使われると確かめようがない。てゆーかそれを着てるってことは泳げないって事じゃね?

 

「入れますよ生身でも」

 

…へ?何と言ったんだこの魚。

 

すると殺せんせーはあの水着を脱ぎ捨てた。いま殺せんせーは何の水着も着てないから、生身でプールの水の中に入っている事になる。本当に平気なのか?

 

「…いや違う!マッハで周りの水を掻き出してる!」

「マジで何やってるんだあのタコ!」

 

渚の言葉を聞いて理解した。殺せんせーは触手に柄杓やら桶やらで水を掻き出していた。つまり殺せんせーの立っているところだけ水が無い状態になっている。よって物理法則により水はそこに向かって流れていた。

もう泳げない確定だろ。明らかに水を嫌がっているじゃねぇか。てゆーか仮にマッハ20でもあんな事可能なのか?相当スタミナ消耗すんぞアレ。ある意味凄いと思っておくことが正解なのか?

 

「な、何これ!波はこっちに来てんのに、引きずり込まれる!」

 

一方プールの方は、心奈がかなり焦っていた。波の方向とは逆の方向に体が引き摺り込まれており、必死にもがいている。

アレって確か…

 

「落ち着いて!泳ぐ方向コッチに変えて!」

「…え?流れるの止まった」

「離岸流って言ってね。岸に反射して沖に出ていく流れがあるの。前に心奈が溺れた原因はこれじゃ無いかな?

そういう時には無理に岸に向かわずに、岸と平行に泳いで流れから逃げる!とにかく、パニックにならないこと」

 

…やっぱり、離岸流か。海に泳ぐと大抵聞くしな、その流れ。それを知らないで海に出て、海の中で苦しむ人がいる事を何回か聞いた。

アレに逆らって泳ぐことは殆ど無理だ。無理に力を入れすぎると逆効果になってしまう。何故か逆らって泳いで、岸に上がっているこの黒崎(バケモノ)は知らないけど。

 

「なにお前ここのプールでちゃっかり泳いでいるの?」

「そう言うな。水泳は鍛錬には向いている。筋肉にかかる負担もあるから、体を鍛えるためには持ってこいだ」

 

俺は黒崎の言葉を聞き流す。なんかマトモに聞くのもアホらしくなって来た。

 

「知識だけ身につけてもダメですよ。朝まで死ぬほど泳いで、魚のような流麗な泳ぎを身につけましょう」

 

殺せんせーが心奈に言う。言っている事はその通りだが、朝まで死ぬほど泳いでって…洒落にならない。いや、恐らくガチでそう言っているんだろう。なるほど、殺せんせーが体育の教師に向いていない理由が何となく分かった気がする。

 

その後、多川 心奈の地獄の水泳訓練は続いた。激しい波の中で泳ぎまくり、彼女も無我夢中に泳ぎ続けている。

片岡が優しく的確なアドバイスをしている一方で、黒崎の厳しい叱責が響く。まだ初心者でぎこちない泳ぎをしている彼女に凄い声の指導が入る。黒崎って厳しい指導者タイプだったか。いや、イメージ通りなんだけど。

結局、その練習中で、殺せんせーが水に入る事は無かった。

 

 

翌日、どうやら多川 心奈は水泳の授業で好記録を出したようだ。まぁ、アレだけしごかれりゃそうなるわな。彼女が泳いでいる様子を見て、片岡は肩の荷が下りたようになっている。

 

「これからは手を取って泳がせるだけじゃなく、あえて厳しく手を離すべき時もあると覚えて下さい」

「はい。殺せんせーも突き放す時あるもんね」

 

殺せんせーの言う通りだな。面倒を見てあげるのも大切だけど、時には厳しくする必要がある。じゃ無いと、人は甘えてしまうからな。殺せんせーや黒崎は厳しすぎる気がするけど。

すると殺せんせーは自分の触手を、プールの水につけた。すると水につけた触手が膨らみ、かなり固くなっているように見える。

 

「それと、察しの通り先生は泳げません水を含むとほとんど身動きとれなくなります。弱点としては最大級と言えるでしょう。

とは言え先生は大して警戒していない。落ちない自信がありますしいかに水中でも片岡さん1人なら相手できます。ですから皆の自力も信じて皆で泳ぎを鍛えて下さい。そのためにプールを作ったんです」

 

どうやら、殺せんせーは泳げないと言う推測は当たっていたようだ。何となくそうだと分かっていたし、別に驚きはしない。て言うか昨日の夜のアレを見てそう思わない方が不自然だ。

けどそれだけじゃダメだ。殺せんせーが言う通り、そもそも殺せんせーを水の中に落とす手段が思いつかないし、水の中では片岡さん1人なら相手出来るとのこと。やっぱりそう簡単に暗殺出来るようにはならないようだ。

けど落ち込んだりはしていない。最初からこの先生の暗殺が上手く行くとは思っていないし、寧ろモチベーションが上がって来ている。

 

暗殺のためにも…俺はもっと力をつけよう。

 

そう改めて実感した。

 

 

「…そう言えばよ、黒崎はどうした?」

 

ふと、渚に黒崎の事を聞いた。あの訓練の後、黒崎はそのまま家に帰った。何でも、朝食を作らないと行けないんだと。スゲェな、徹夜かよ。

けど放課後、多川心奈の事について聞くために来るのかと思いきや、来なかった。だからどうしたんだろうかと思う。

 

「それが…」

 

渚は困っているような顔をしている。なんかマズいことがあると言うよりも、何と言おうか迷っているような言い方だった。なんか説明しづらい事でもあるのだろうか。

暫く悩んで、漸く整理ができたのか、渚は話し始めた。

 

「…烏間先生と一緒に、職員室に行っている」

 

 

 

 

 

……へ?

 

 

 

◇三人称視点

 

道路で片岡の話を聞いている時に、そのきっかけが訪れた。黒崎の持っている携帯電話に一通のメールが来た。送り主は不明、少なくとも黒崎があった事のない人物からのメールだ。

知らない人からのメールは、基本的に無視するものではあるが、黒崎はとある事情によりそう言うわけには行かない。そのメールの画面を開き、その文章を読んだ。

 

※※※

 

突然だが失礼する。防衛省の烏間だ。

少しばかり、君と話をしておきたい。

訳あって俺は、椚ヶ丘中学校の教師をしている。だから、E組校舎で話をしたい。明日のE組校舎の職員室に、放課後来て欲しい。

 

※※※

 

文章から、黒崎はあの標的関係の話であると直ぐに分かった。いま国が抱えている問題を黒崎は分かっており、それが国家機密である事も知っている。だからこのメールの送り主は、黒崎がなぜその国家機密の情報を知っているかどうかを知りたいと言うのが分かる。

このメールを読み終え、黒崎は承諾のメールを送った。特に断る理由も無いし、彼も国に聞いておきたい事がある。だからこの話は悪く無いと思い、受けたのである。

 

そしていま、黒崎はE組校舎の職員室にいる。職員室には、1人の男がいた。その男こそ、黒崎にメールを送った烏間である。

 

「突然このような事を頼んで申し訳ない。どうしても君には、聞いておきたい事があった」

「構いません。俺も政府の人と話はしたかったので」

 

職員室で用意されている机を挟み、烏間と黒崎は話をしている。この2人の話している様子はどこか、かなり静かな感じでもあり、少しばかり怖いとも感じる。

 

「黒崎くん、率直に聞く。君は、政府が抱えている問題について知っているか」

 

烏間は黒崎に聞き出した。殺せんせーの事を。ハッキリとそう言わないのは、万が一知らなかった時の予防だ。もし黒崎が知らなかったら、下手に情報を広めてしまうことになる。

だから黒崎は、本当の事を話す必要は無い。ここで仮にとぼけても、別に問題はない。だから彼はそうする選択肢もあった。

 

「ここの担任の話ですね」

 

だが黒崎はとぼけたりはしなかった。ここで誤魔化してもバレる、と言うのもあるが、黒崎は烏間に対して嘘をつく必要もないと悟った。

 

「…知っていたか。なら話は速い。君は奴の情報をどこから手に入れた?」

 

烏間がもっと詳しく聞こうとする。黒崎が国家機密の事を知っていたとすれば、今度はどこからその話を聞いたのかを聞くことになるのは当然だ。

 

「この前学校にロヴロという人が来てたと思いますが、その人から聞きました」

「…!」

 

その質問にも答えた。殺せんせーの情報は、イリーナをここに送り込んだ刺客、ロヴロから聞いたと。

 

「…なぜ、彼からその話を?」

 

とすれば、何故ロヴロが彼にその話をしたのかを聞いた。ロヴロは浅はかな考えで行動をする男ではない。でなければ、暗殺であれほどの業績が出せるわけがないのだから。その男が、目の前の男、黒崎に殺せんせーの話をしたのは、どういう理由があるのだろうか。

 

「…その質問には、答えれません」

 

その質問には、拒否した。今までの質問とは違い、それは明かすわけには行かない情報であるという事だ。

烏間は、その質問を再び聞くことはしなかった。これ以上彼に話しかけても、黒崎は一切答えない。それを彼の目から感じ取った。

 

「わかった。この件に関してはこれ以上聞かない。だがくれぐれも奴の事は他言しないで欲しい。この事が世間に伝わると、街中…いや、世界中が大混乱となり、奴がこの校舎に来る事が出来なくなる。そうすれば、奴の暗殺の機会を逃すことになる」

 

烏間は追及せずに、彼に忠告だけをした。くれぐれも情報を他に漏らさないで欲しいと。殺せんせーに関する情報の漏れは、何が何でも防ぎたい。その烏間の意図を読み取り、殺せんせーの仕事に何の干渉もない黒崎は、その忠告を聞くことにした。

 

「了解です。…それで、他に何か聞きたいことがあるのですか?」

 

()()()()()()()()これ以上聞かない』と烏間は言った。つまり、他に聞きたいことがあると黒崎は認識した。

殺せんせー以外で彼に聞きたいこと、そう考えた時、黒崎の頭には1つの仮定があった。

 

「…この質問も、無理に答える必要は無い。だが念のために聞いて欲しい」

 

そして、烏間は彼に聞いた。

 

 

 

 

 

 

「君は、3年前に問題を起こし、1年前に他界した政治家、矢崎 弘文の息子ではないか?」

 

 

 

 




黒崎くんのキャラが日に日に可笑しくなる件について。
そして黒崎くんに関する新たな情報が出ました。果たしてどうなるのか。

次回、鷹岡もどきの出番です。

次回 『流される時間』


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第43話 流される時間

個人的に好きな話。原作でこの話を読んだ時色々と考えさせられたので。


事件は突然起こった。片岡の一件が終わり、俺は教室で昼食を食っていた。

 

「おい!みんな来てくれ!プールが大変だぞ!」

 

岡島が何やら焦った声で言っていたので、俺たちはプールに行った。すると、プール台が壊れていて、ゴミも捨てられている。完全に荒れているとしか言えない惨状だった。

 

「メチャクチャじゃねぇか!」

「ゴミまで捨てて…酷い、誰がこんな事…」

 

プールの惨状を見てクラスのみんなが嫌そうな顔をしている。俺もそうだ。ここまで酷い事するなんて、一体どこの誰がこんな事したんだ。

 

 

「あーあー、こりゃ大変だ」

「ま、いーんじゃね?プールとかめんどいし」

 

 

ここまで酷い事するなんて、一体どこの誰がこんな事したんだ寺坂組は何を考えてるんだ。

 

「おい!あからさまに訂正しましたみたいなアピール止めろ!」

「いやだってあんなあからさまに『犯人は私です』みたいなセリフ吐かれると、訂正してくださいと言われてんのかと思うじゃん」

「なんだその訳わからん論拠!」

 

寺坂が俺の胸ぐらを掴んで叫んでいる。俺が思いっきり寺坂を犯人だと決めつけた事が腹立ったのだろうか。とは言っても俺が文句を言われる筋合いは無い。だってあんなあからさまに『犯人は私です』みたいな…

 

「もういいわその下り!」

 

「やめなさい。犯人探しなんてしなくても良いです。はい、これで元どおり、いつも通り遊んで下さい!」

 

騒いでいる俺と寺坂に殺せんせーが声をかける。すると殺せんせーはあっという間にプールを元どおりにした。相変わらずハイスペックだな。

 

「…チ!」

 

寺坂は舌打ちをしてその場から離れていく。…なんつーか…感じ悪いのは確かなんだけど…

 

 

 

 

「寺坂の様子が変?」

「うーん、元々あの3人は、勉強も暗殺も積極的な方では無かったけど、特に彼が苛立っていると言うか…プールを壊したのも、主犯は多分、寺坂くんだし…」

 

さっきの騒動からひと段落ついて、俺と杉野とカルマと渚で集まって話している。

渚は寺坂の様子が変だと言っている。まぁ、そうだろうなと思う。さっきの様子もそうだ。かなりイライラしているようだ。

つーか…この教室に来てから未だに寺坂とかとは話してないんだよな…いやまあ、寺坂は俺のことが気にくわねぇんだろうし。

 

「放っとけよ。いじめっ子で通してきたあいつ的には面白くねぇんだろ」

「殺していい教室なんて、楽しまない方が勿体ないと思うけどね〜」

 

杉野とカルマは特に気にしていないようだ。別に気にする必要は無いということなんだろう。

 

 

「…学真くんはどうするの?」

 

渚が俺に聞いてくる。恐らくは俺と考えている事が同じなのだろう。

 

「…ちょっと調べてくるわ」

 

それだけ言って、俺はとある場所に向かった。さっき寺坂が歩いて行った方向に。寺坂に直接話をしにいくという訳では無い。俺が話をしたいのは、その隣にいた奴だ。

 

 

《ドン!》

 

歩いて暫くすると、大きな音が聞こえた。割と近い。俺は物陰に隠れながらその様子を見た。どうやら、寺坂が村松を投げ飛ばしたようで、さっきの音は、村松が木にぶつかった音だ。

 

「ケッ、成績欲しさに日和りやがって裏切りモンが!」

 

寺坂はそう叫んで、教室の方に向かって行った。内容はよく分からないけど、2人の間で喧嘩が起こったようだ。

 

「…くそ、さっきからアイツ自分勝手すぎんだろ」

「自分勝手?」

「ああ、あのタコが言っていた『模試直前放課後ヌルヌル学習』に参加して成績が上がったんだけどよ、それが気にくわねぇらしいんだ」

「なるほどな、さっきのプールを壊したのも寺坂が主犯か?」

「ああ、突然言いやがってよ。けどなんの意味もねぇから考え方変えねぇかって言ったら…てうお!いつの間に俺の後ろに!?」

「最初から…と言いたいけど、お前が木に投げ飛ばされた時からだ」

 

ベラベラ喋ってくれたお陰で何となくわかった。村松が殺せんせーの言っていた補修授業に参加したのが気に食わなかったらしい。てかなんだその卑猥な名前は。

地面に紙が落ちているのが見え、その紙を見る。それは、模試の結果が書かれてある成績表だった。

確かに成績が上がっている。前のテストではあまり良い成績じゃなかったが、今回のテストでそこそこの点数になっている。さすが殺せんせーだな。教え方がかなり上手だ。

 

「…寺坂は何がしたいんだ?」

「しらねぇよ。知る気もねぇし」

 

…どうやら村松は完全に寺坂を気にしない事にしたようだ。渚の言う通りだな。あの3人組の中でも、寺坂が特に酷い。まぁ、どう見たってガキ大将って感じだし、杉野が言う通り、教室の雰囲気が面白く無いんだろう。

…てゆーか、そもそもなんでこの学校に来たんだ?ポスターにE組の事は書かれていなくても、かなりの進学校だから、寺坂のような奴が来たいと思える学校では無いはずなんだが。

 

まぁそんな事考えても仕方ないかと割り切る事にし、俺と村松は学校に入っていった。

 

 

校庭から俺と村松は教室に入ろうとしている。すると正面から寺坂が来る。

 

「どけよ!」

 

俺らを押しのけて寺坂はどこかに移動する。教室でまた何かあったのか?

 

教室の扉を開けて中に入る。その中はハッキリ言って空気が悪い。まぁ、予想していた通りなんだが…

違和感はそれだけじゃ無い。床にはなんか木片が散らばってるし…殺虫スプレーの缶みたいなのがコロコロと転がっている。

 

その後杉野から話を聞いた。吉田と殺せんせーがバイクの話で盛り上がっていたら、寺坂が殺せんせーの作っていたバイクの模型を壊し、みんなで怒っていたら、寺坂は嫌がらせみたいに殺虫スプレーを撒き散らしたらしい。

その後、カルマが寺坂を挑発して、一度歯向ったは良いけど難なく防がれて、寺坂は怒って教室を出たようだ。

 

まぁなんと言うか…子どもっぽいとも思えるが、幾ら何でも酷いよな。イタズラにしても度が過ぎている。クラスのみんなが距離を開けるのも当然だろう。

 

…どうしたものかね。

 

 

 

◇寺坂視点

このE組は大したクラスだ。成績最下層の掃き溜めと言われながら、中間テストじゃ妨害にも負けず平均点を大きく上げた。

球技大会じゃ、暗殺を通じて養った力で野球部に勝っちまった。

環境も向上してる。最近じゃE組専用のプールなんてのが出来る有様だ。

 

だからこのクラスは…居心地が悪い。

 

全てあのモンスターのせいだ。あいつが来るまでダメ人間の集団の中に入れたのに。

 

気にくわねぇ。どいつもこいつもあのタコに取り込まれやがって。最初の頃は、俺と同じように気にくわねぇ奴が結構いたのに。

 

地球の危機とか、暗殺のための自分磨きとか、落ちこぼれからの脱出とか…正直な所どーでもいい。

その日その日を楽して適当に生きたいだけだ。

 

だから俺は…()()()の方が居心地が良い。

 

「ご苦労様。プールの破壊、薬剤散布、薬剤混入、君のおかげで効率よく準備することが出来た。はい、報酬の10万円、また次も頼むよ」

 

あの教室から出た後、夜の裏山で言われた通りの物をプールに入れた俺に、シロが声をかけた。俺はソイツから報酬を受け取る。

 

「なにせあのタコは鼻が効く。外部の者が動き回ればすぐ察知してしまう。だから寺坂くん、君のような内部の人間に頼んだのさ。

イトナの性能をフルに活かす舞台作りを」

 

シロがいると言う事は当然イトナもいる。俺は1つ違和感に気づいた。

 

「…なんか変わったな。目と髪型か?」

「その通りさ寺坂。君、意外と繊細な所に目が行くね。

髪型が変わった。それはつまり触手が変わった事を意味している。

前回の反省を活かし、綿密な育成計画を立ててより強力に調整したんだ」

 

イトナの目と髪型が変わっていたようだが、触手が変わったという事か。後はよく分からんから聞き流した。

 

「寺坂竜馬。私には君の気持ちがよくわかるよ。

あのタコにイラつくあまり、君はクラスで孤立を深めている。だから君に声をかけ協力を頼んだ。

安心しなさい。私の計画通り動いてくれれば、すぐにでも奴を殺し、奴が来る前のE組に戻してあげよう。

その上お小遣いももらえる良い話だろ?」

 

そうだ、あんなクソみてぇな生活はゴメンだ。

 

テメェをぶっ殺して、終わらせてやるよ。

 

 

◇三人称視点

 

シロが寺坂と話し終え、彼はその場から離れていこうとする。準備をするためというより、寺坂のところから離れようとするように。

 

「やぁ、君の方は終わったかい?」

 

寺坂が完全に見えなくなるところまで移動したシロは、草陰に声をかける。すると草むらから、黒い装束を羽織った1人の人間が現れた。体格から、すぐに男だと分かるだろう。

 

「終わったよ。それよりも上手い事口が回るね。あんな事を言ってその気にさせて」

「嘘はついていないさ。詳しく言ってないだけだよ。寺坂くんはあの教室の中で1番扱いやすい人間だ」

 

その黒装束の男の質問に、シロは答える。シロの言っている言葉から、男はシロが良からぬ事を企んでいる事が直ぐに分かる。

だからと言って別に気にはしない。シロの目的は、標的の暗殺だ。暗殺のためにあらゆる手段を使う事、それは正しい。だから止めはしない。この作戦は彼の思う通りにしている。

 

「それよりも、君は明日は参加しないんだね?」

「ああ、暗殺は俺の目標じゃ無い。俺のターゲットは別だ」

 

急に黒装束の男の目が変わった。彼もシロとは別の目的がある。そのためにシロと手を組んでいるようなものだ。

 

もちろん、目的はあの校舎で教鞭をとっているあの教師では無い。

 

 

彼の目的は、教室にいる1人の()()男だ。

 

 

◇学真視点

 

寺坂が意味不明な事をして次の日、寺坂は来なかった。学校に来る事をボイコットしたのだろうか。クラス全員がそう思っただろうし、それを気にかける奴も居なかった。まぁ、昨日あれだけの事をしているからな。

 

今は昼食時間だ。だが昼食を取れる状態じゃ無い。それよりも気になることがあるからだ。

 

さっきから殺せんせーが涙をドボドボと出しているようにも見える。だがそれは鼻水らしい。目と鼻が同じような場所にあるからややこしいが…

それにしても、そんなに鼻水を出す事があるだろうか。殺せんせー自身も原因がよく分かって居ないようだ。なんつーか…不安だな。

 

ガラガラ、と教室の扉が開く音がした。ドアの方を見てみると、そこには寺坂がいた。

 

「おお寺坂くん!今日は登校しないのかと心配でした!」

 

寺坂の顔を見た瞬間に、殺せんせーは寺坂にしがみつく。だが殺せんせーの出している鼻水で寺坂がどんどんと濡れていく。すげぇばっちぃ…

 

「昨日君がキレたことなら心配なく!もうみんな気にしてませんよ、ね?」

「う、うん…汁まみれになっていく寺坂くんの顔の方が気になる…」

「昨日一日考えましたが、やはり本人と話すべきです。悩みがあるなら後で聞かせてくれませんか?」

 

殺せんせーは寺坂がみんなと仲直りしてほしいようだ。悩みがあるなら話してくれないかとは言っている。

すると寺坂は、殺せんせーから頭を話して、殺せんせーの服で頭についた鼻水を拭き取る。

 

「おいタコ、そろそろ本気でぶっ殺してやんよ。放課後プールに来い。弱点なんだってな、水が」

 

寺坂が殺せんせーに言ったのは、暗殺宣告だ。別にこの教室では珍しいことではない。そんなのしょっちゅうあるようなもんだし。

けど…寺坂が言うのは少し違和感がある。昨日まで暗殺に積極的じゃなかったから、突然すぎな気もする。

 

…なにかあるんじゃねぇか?寺坂が言っているこの宣告に…

 

「テメーラも全員手伝え!俺がコイツを水に叩き落としてやっからよ!」

 

寺坂がクラス全員に一緒に来るように言う。けどそれに快く返事する奴はいなかった。そりゃそうだ、昨日の今日だし。

 

「寺坂。おまえずっと皆の暗殺には協力して来なかったよな。それをいきなりおまえの都合で命令されて、皆が皆『ハイやります』て言うと思うか?」

 

前原がみんなの気持ちを代表して寺坂に言った。その通りだ、クラスのみんなは寺坂の言う事に従おうとしない。むしろ嫌悪みたいなのが寺坂に向けられている。

俺もその1人だ。悪いけど今回は参加しない。俺たちが3ヶ月も狙い続けて未だに殺さない生物を、寺坂の指揮の元で成功するとは思えないし、そうじゃなくても、あんな暴挙をした寺坂の言うことに従いたくはない。

それにさっき言ったとおり、寺坂の言うことは何かおかしい。何か裏がありそうな感じがする。だから参加したくない。

 

結局のところ、クラスのみんなが行きたがらないのを、殺せんせーが説得(ほぼ強制みたいなもんだが)して、放課後プールにいく事になった。ちなみに、まだプールに入ることが出来ない俺は不参加になったけど。

 

 

放課後、俺と渚は校舎の外に出た。寺坂と話をするために。

 

「寺坂くん、ホントに殺るの?」

「んだよ、当たり前だろーが」

「だったら、ちゃんと皆に具体的な計画話した方が良いよ。1回しくじったら同じ手は使えないんだし」

 

渚は寺坂に計画をもっと詳しく話してほしいと言った。そりゃそうだ。寺坂は『殺せんせーをプールに落とす』しか言ってない。何の情報も無しに暗殺を始められても、やらされる方からすると不安しかない。

 

「具体的な計画なんて…いや」

 

…?なんか言おうとしてなかったか?

 

「ウルセェよ。弱くて群れるばっかの奴らが、本気で殺すビジョンもないくせによ。俺は奴らとは違う。楽して殺すビジョンを持ってんだよ」

 

計画については話してくれなかった。話したのは、クラスの罵言と…殺すビジョン?みたいな事だった。

ビジョンって…将来像みたいな言葉だっけか。殺すビジョンってのは、つまり殺せんせーを殺す展開みたいな言葉か。

 

…だとすれば、明らかに分かることがある。

 

「…本当に、自分が殺すビジョンを持っていると思っているのか?」

 

「…あ?何が言いたいんだ」

「そのままの意味だ。お前に殺すビジョンがあると思っているのかと聞いてるんだよ。昨日まで乱暴していて、今日あんな風に無理やり暗殺に協力するように命令する、そんな奴が、ビジョンとか持っているとは思わないよ」

 

俺の言葉にカチンと来たのか…それとも何か引っかかることがあったのか、寺坂は俺を睨みつける。俺はそれに構わず話を続けた。

正直コイツに殺すビジョンがあるとは到底思えない。昨日あんな酷い事をしておいて、何も言わずに暗殺に協力しろって言うことがその証拠だ。あの時寺坂が何を言ってもクラスのみんなは参加しようとしなかった。協力するようになったのは、殺せんせーが協力するように言ったから、つまり殺せんせーがそうなるように動いてくれた訳で、寺坂1人ではみんなに協力させることは出来なかった。

あの様子を見て、寺坂がしっかりとビジョンを持って行動出来ているとは言えない。むしろそれが見えてない人の行動だ。

 

正直、この暗殺も成功するとは思えない。絶対に失敗すると思う。

 

「ガタガタウルセェんだよ!リッチな家でのほほんと生活しているだけのバカが。テメェもビジョンがねぇからE組に落ちたんだろうが」

 

…今度は俺への批判か。まぁ、俺にビジョンとやらが無いのは分かっているから何も言わない。

けど…ひとつ気づいた。さっきからは寺坂は、ビジョンがあるとか無いとかの話しかして来ない。

恐らく寺坂自身が、ビジョンと言うものを分かっていないんだろう。そのセリフは恐らく、どこかの誰かから借りて来たんだろう。テレビか本か、それとも直接誰かに話されたとか。

 

だとすれば、一つ言っておかないといけないことがある。

 

「ああ、お前の言う通り、俺はビジョンが見えないよ。だから本校舎から、このE組に落ちることになった。それは否定しない」

「…なんだそりゃ?ビジョンがねぇ奴が偉そうなこと「けどな」」

「試した事は何回かある。それこそ親父が当然身につけるように言われたことだからな。『先が見えない奴は上に立てない』てな。

だが何度やってもそれが見えることはなかった。自分なりに考えようとしても、それはかなりボヤけてる」

 

コイツは分かってはいない。なぜ先を見ることが出来る奴が優れているのか。それは、誰にでも簡単に出来る事じゃないからだ。万人に出来るんだったら誰も苦労しない。

だから寺坂が、ビジョンがあるとか言うのは危ない。大抵軽はずみな行為になりがちだ。

 

「寺坂、これだけは言っておく。ビジョンとか予測とかを持つことは、今のお前が出来るほど簡単な事じゃねぇぞ」

 

俺は寺坂を真っ直ぐ見て言った。自分の言いたい事を言うときは、相手の目を見てハッキリと言わないといけないと言うことは既に学習している。

 

「…チッ!」

 

寺坂は掴んでいた俺の服を話してプールに向かった。あの様子だと俺の言いたい事が伝わってなかったな。こうなった以上後は備えるしかない。

 

 

みんながプールに行った時、俺は校舎で待機している。…カルマと一緒に。

 

「…おまえ、サボりかよ」

「だって寺坂の言いなりとか嫌だし」

 

…こいつ本当に良い性格してるよな。自分に素直っつーか…なんと言うか…

 

「それよりも、学真くんは寺坂の暗殺をどう見てる?」

 

突然、カルマが聞いてきた。寺坂の暗殺…いや、性格には、寺坂の様子について聞かれている。

 

「…なんか、アイツの行動には、しっかりとしたものが無いように感じる。どこか漠然としているというか…」

「…そうだね。まぁ見た目通りバカだから何も考えてないようだけど」

「…まぁ、確かに…」

 

やはりカルマも寺坂の様子に違和感を感じたようだ。色々と賢いコイツのことだし、俺よりも何か見えているのかもしれない。

 

 

 

《ドゴォォォォン!》

 

 

 

 

 

 

「……!?」

 

 

 

 

 

学校から離れた方向から、爆音が聞こえた。しかも音が聞こえた方向って確か…

 

「…プールの方だね」

 

やっぱりそうだ。寺坂がクラスのみんなを連れて行った場所だ。

おかしい、いくらなんでも爆音が響くことは無い。俺の聞いた話じゃ爆弾を用いた暗殺が通じなかったし、殺せんせーに仕掛けたものじゃ無い。

…じゃあ、あの爆発は一体…?

 

 

 

◇寺坂視点

 

「よーしそうだ!そんな感じでプール全体に散らばっとけ!」

 

プールでE組の奴らを散らばせる。これで良いはずだ。

順調に進んではいるが、かなりイライラしている。さっきの学真との会話せいだ。大して何かしてるわけじゃ無いクセに、あんな偉そうな事を言いやがって。

このタコを殺したら、俺が逆に言い返してやる。『これが、ビジョンがある奴とねぇ奴の違いだ』てな。

 

「なるほど、先生を水に落としてみんなで刺させる作戦ですか。それで君はどうやって水に落とすんです?ピストル一丁じゃ先生を一歩も動かせませんよ」

 

ケッ…タコ風情が、偉そうな事を言いやがって。確かにただのピストルじゃコイツを水に落とすことはできねぇ。

だがこれはピストルじゃなくてシロやイトナに合図を送る発信機だ。引き金を引いた時、イトナが水にコイツを落とす。前にタコの触手を落としたアイツのことだし、そんぐらいは余裕でできるだろ。

 

発信機として使うピストルの銃口を、タコに向けた。

 

「…覚悟は出来たか、モンスター」

「もちろん出来てます。鼻水も止まったし」

「ずっとテメーが嫌いだったよ。消えて欲しくてしょうがなかった」

「ええ、知ってます。暗殺の後でゆっくりと2人で話しましょう」

 

ナメやがって…誰がテメーと話すかよ。

 

来い、イトナ!

 

 

 

 

 

引き金を引いた。これでイトナがタコを…

 

 

 

 

《ドゴォォォォン!》

 

 

 

「…え?」

 

 

引き金を引いた瞬間、大きな爆音が聞こえた。振り向くと、プールの壁が破壊されている。

 

 

破壊された壁から、水が流れ出る。プールに入っていた奴らは、その水の流れに流されていく。

 

 

「皆さん!」

 

 

 

あのタコは慌てて、流されていく奴らの救助に向かう。

 

 

 

 

待て…なんで壁が…?まさか、このピストルは、合図を送る発信機でもなく、あの壁を破壊するスイッチだったのか…?

 

 

 

おい、嘘だろ…?

 

 

こんなことするなんて…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聞いてねーよ…

 

 

 

 




シロの作戦にまんまとかかった寺坂、彼の運命やいかに!?

…まぁ、原作知ってる人は展開が分かっているとは思いますが…

次回『寺坂の時間』


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第44話 寺坂の時間

テンポ早い(感動)




三人称視点

 

とある崖を見ている2人の男がいた。寺坂に今回の計画を実行するように仕向けたシロと、彼が保護している少年、イトナだ。

彼らの見ている崖に、プールから流れてきた水が流れ出てきた。彼の目論み通りに事が進んだ事を示していた。

 

「プールを壊して生徒ごと放流する。私の計算では7〜8人死ぬ。殺せんせーは水に入って生徒を助けないといけない。

マッハで助けては生徒が耐えられないから、通常のスピードで生徒を助けだすことになる。気遣って助けてる間に、奴の触手はどんどんと水を吸っていく」

「少しの水なら粘液を出せば防げるぞ」

「そうだねイトナ。周囲の水を粘液で固めて浸透圧を調整できる。

だが、寺坂君が教室に撒いた薬剤の効果で、奴の粘液は出尽くしている。

水を防ぐ手段は無く、生徒全員を助ける頃には、奴の触手は膨れ上がって自慢のスピードを失っているよ」

 

目論み通り、というように言う。寺坂には作戦の全貌を伝えなかった。彼は、全てを伝えなくても利益さえチラつかせば動いてくれると思っていたからだ。あのターゲットが担任を務めている教室から浮き、かつ思考力に欠如がある彼は、シロにとって最も扱いやすい生徒だった。

 

◇学真視点

 

プールから爆音が聞こえ、急いでプールに来れた。そこで俺とカルマは、信じられないものを見た。

 

「…何これ?爆音がしたらプールが消えてんだけど」

 

プールの壁が壊され、その中にあった水は全て消えている。木陰や崖にポツポツと生徒がいるのは、水に流されている生徒を殺せんせーが助けたんだろう。全員いるようには見えない…助かっているといいけど。

 

「…おれは、何もしてねぇ…」

 

俺らのすぐ横で、弱々しい声が聞こえた。横を見ると、消えているプールを見て呆然としている寺坂がいた。

 

「話がチゲェよ…イトナを呼んで突き落とすって聞いてたのに…」

 

…!

 

「なるほどね。自分の立てた計画じゃなくて、まんまとあの2人に操られてたってわけ」

 

…そう言うことか、全て繋がった。

おそらく、この作戦は、イトナとシロが立てた計画だろう。考えたのはおそらく、シロの奴だな。前に教室で仕掛けた暗殺の時に色々と計算してあの有利な舞台を作り上げたシロのことだ。寺坂が何も考えてないことも、まんまと騙されることも、クラスのみんながピンチになった時に殺せんせーが助けに出ることも、全部分かっていたんだろう。

作戦の全貌は分からねぇが、クラスのみんながプールに入っていたことから察するに、殺せんせーを水に落として殺すという作戦だと思っていたんだろう。それで、あの仕切りの壁が壊れて、みんなが流されたというわけか…

 

「…!言っとくが、俺のせいじゃねぇぞ!こんな計画させる方が悪りぃんだ。みんなが流されたのも、全部奴らが…!」

 

 

…コイツは…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《バキ!》

 

 

 

 

 

 

 

 

カルマや俺に焦って言い訳をしている寺坂に、カルマはその頰を殴った。

 

「標的がマッハ20で良かったね。でなきゃお前大量殺人の実行犯にされてるよ。

流されたのはみんなじゃなくて自分じゃん。

人のせいにするヒマあったら、自分の頭で何したいか考えたら?」

 

カルマは直ぐにみんなが流された方に向かう。

カルマの言う通りだ。殺せんせーがマッハ20で、みんなを助けることが出来たからなんとかなったが、死人がもし出れば、寺坂が実行犯にされていた。まんまとシロの思惑通りに動かされてしまった。

 

「俺は、どうすればいい…?」

 

寺坂は意気消沈して、呆然としている。いままで何も考えてなかったから、いざ危険な状態になった時にどうすれば良いのかが分からないんだろう。

シロの作戦である以上、狙いは殺せんせーの触手に水を吸わせることだ。その状態で、イトナと一騎打ちをするつもりだろう。俺も直ぐにソッチに行きたいが…この状態になっている寺坂を放っておくわけにもいかないな。

 

「…カルマが言っただろう。自分の頭で考えろって。なんも考えてなくてまんまと騙されるテメェにも、考える頭はあるし、動くための足もあるだろ。この先どうするかは…テメェで決めろ」

 

俺はそれだけを言って、カルマの後を追った。寺坂の手を引くことも、無理やり連れてくることもしない。こっから先はコイツが決めることだ。

俺はゆるさねぇぞ、こんな暗殺…!みんなを傷つけるような事は絶対ゆるさねぇ!

 

◇三人称視点

 

プールの水が流され、生徒も流されている時、殺せんせーは生徒たちの救助に向かった。水が流されている先は険しい岩場、そのままにしておくと、溺れるか崖に落下するかで死んでしまう。

マッハの速度で助けることも、粘液を出して水を防ぐことも出来ない。水の中に入れた触手は、どんどんと水を吸っていく。

 

(彼で最後…全員救助!)

 

吉田を救い出したことで、生徒を全員助け出すことが出来た。

だが息をつく暇はない。殺せんせーの身体に、白い触手がまきつく。

 

(触手…!?まさか…)

 

その触手を見て、殺せんせーはこの爆発を仕掛けた者が誰なのか、何となく分かった。

そのまま殺せんせーは崖の下に叩き落される。正確には崖の下に溜まっている水たまりに。

 

「はい計画通り、久しぶりだね、殺せんせー」

 

起き上がった殺せんせーは、シロとイトナの姿を見る。そこで彼らがこの計画を仕掛けたと言うことを理解した。

 

「ああ、因みに君が吸ったのはただの水じゃない。触手の動きを弱める成分が入っている。あの坊やにプール上流から薬剤を混入させておいた」

 

前日の夜、寺坂がプールに入れていた液体は、触手を弱める成分が含まれている薬剤だった。殺せんせーの動きをトコトンまで鈍らせる作戦だ。水を吸い、触手が弱まり、完全にイトナが有利、それは誰の目から見ても明らかだ。

 

「前にも増して積み重ねた数々の計算、他にもあるが戦えば直ぐに分かるよ」

「さぁ兄さん、どっちが強いか改めて決めよう」

 

◇寺坂視点

 

俺は、自分が強いと思っていた。ろくに喧嘩もした事はねぇが、ガタイと声がデカイだけで大概の事は有利に運んだ。クラス内の弱そうな奴にターゲットを決めて支配下に置く。小学校じゃそれだけで一定の地位を保っていられた。

たまたま勉強もできたんで私立の進学校に行く事にした。深く考えずいつもの調子で楽勝だと思ってた。

 

だけど、この学校じゃその生き方じゃ通用しなかった。俺の持っていた安物の武器は、ここじゃ一切役立たないとこの時悟った。

 

落ちこぼれのE組に落ちて、同じような目的の無い連中と楽に暮らせると思ってたら、そこでも違った。

いきなりモンスターがやってきて、クラスにデカい目的を与えちまった。

取り残された俺はここでも、目的があって計算高い奴に操られて使われてた。

 

『ビジョンとか予測とかを持つ事は、今のお前が出来るほど簡単な事じゃねぇぞ』

『流されたのはみんなじゃなくて自分じゃん』

 

学真もカルマも、こうなる事を読んでいたんだ。これが、何も考えてない俺と、常に考えている奴らとの違い、てやつなのかよ。

 

「…くそ!」

 

 

◇学真視点

 

プールが流れていった先にたどり着く。そこの下では、殺せんせーがイトナの攻撃を受けていた。あの水をかなり吸ったせいで、殺せんせーの動きがかなり遅い。明らかに殺せんせーが不利だ。

 

「マジかよ…あの爆破は、あの2人が仕込んでたのか」

「でも押されすぎな気がする。あの程度の水のハンデなら、何とかなるんじゃ…?」

 

…確かにそうだ。殺せんせーの触手が水を吸っているにしても、殺せんせーはあまり動いていない。どこか集中してないと言うか…何かに気がそれているみたいな…

 

「水のせいだけじゃねぇ。力を発揮できねぇのは、お前らを助けたからだよ。見ろ、タコの頭上を」

 

すると寺坂が来た。寺坂の言う通り殺せんせーの頭上を見ると、原と村松と吉田が崖の上にいる。まだ村松と吉田は崖に捕まっているから良いが、原は崖の上にある木の枝に捕まっている。…ポッチャリなもんだから木が今にも折れそうなんだけど…

 

「あいつらの安全に気を配るからなお一層集中できない。

あのシロの奴ならそこまで計算してるだろうさ。恐ろしい奴だよ」

「のん気に言ってんじゃねーよ寺坂!!原たちあれマジで危険だぞ!!

おまえひょっとして、今回の事全部奴等に操られてたのかよ!?」

 

前原が寺坂に言う。確かに原がマジでピンチだ。呑気にしている場合じゃねぇ。

寺坂はこの状態をどう思っているだろうか。知らなかったとはいえこの事態を巻き起こしてしまったような感じだ。少なくとも何か思うことがあるはず。現にさっきまで呆然としていたはずだし。

 

すると寺坂は、フッと笑った。

 

「あーそうだよ。目標もビジョンも無ぇ短絡的な奴は、頭の良い奴に操られる運命なんだよ。

 

だがよ。操られる相手ぐらいは選びてえ」

 

寺坂の目は、本気だ。さっきまでの自信なさげな様子とは全然違う。しっかりと決心している奴が持つ目だ。

その顔はいままでの顔とは全く違って見える。いままで本気になった寺坂を見たことないし。

 

「奴等はこりごりだ。賞金持って行かれんのもやっぱり気に入らねぇ。だからカルマ!学真!テメーらが俺を操ってみろや!

その狡猾なオツムで俺に作戦与えてみろ!!カンペキに実行してあそこにいるのを助けてやらァ!!」

 

どうやら寺坂は、クラスのみんなと動くことに決めたようだ。それは良かったと思う。寺坂のそのガタイは、暗殺とかこういう時に役立つ。寺坂の参加は、大きな戦力が加わったようなものだ。

 

「…良いけど、実行できんの?俺の作戦…死ぬかもよ」

「…俺も正直、安全は保証できないぜ」

「やってやんよ。こちとら実績持ってる実行犯だぜ」

 

 

 

 

 

 

さてどうするか。ひとまずは原が1番危ない。いつ木の枝が折れて地面に落下してもおかしくない。原の救助を優先した方が良いだろう。

だが、ベストな方法が全く思いつかない。

作戦その1、木の枝の上で原を引き上げる。けど原を引くほどの力なんてないし何より足場が悪いから、引っ張りあげようとしても無理なのが分かってしまう。

作戦その2、地上に向かって原を飛ばす。方法がわかんねぇし、出来たとしても原が怪我をしてしまうから駄目だ。

作戦その3、崖の下で落ちてくる原を支える。うん、論外。潰れるのが目に見える。

 

「良いのが思いつかねぇ!なんだこの無理ゲー!」

「お、落ち着いて学真くん」

 

渚にそうフォローされて我に帰る。そうだ、ぎゃあぎゃあ文句を言っている場合じゃない。なんとかして今出来る事を考えて…

 

「思いついた!原さんは助けずに放っとこう!」

 

…………

 

「おい、カルマふざけてんのか?原が1番あぶねぇだろうが!ふとましいから身動き取れねーし、ヘヴィだから今にも枝が折れそうになったんだろうが」

 

俺が必死になって考えている横でおかしな事を考えている奴に大声で怒鳴る。どうやって原を助けようかて考えているのに、その横で原は助けずに放っとこうなんて言う奴がいるか。

 

「まぁまぁ、良いから。それよりも学真、気づいた?寺坂、昨日と同じシャツなんだ」

 

カルマに言われて寺坂を見る。その制服が昨日着ていた制服と同じかどうかなんて普通は分かんないけど、昨日と同じ場所にシミがついているから、昨日と同じシャツなんだということなんだろう。

 

「ズボラなんだよねー、やっぱ寺坂は悪巧みは向いてないわ」

「あ!?」

「でも、頭は悪くても体力と実行力はあるから、お前を軸に作戦立てるの面白いんだ。

俺を信じて動いてよ。悪いようにはしないから」

「…バカは余計だ。良いから速く指示よこせ」

 

寺坂のシャツのボタンをちぎり、カルマは作戦を話しはじめた。…やっぱり、悪巧みとかはカルマの方が向いている。コイツは、学力が高いだけじゃなくて、それを活かせるから凄いんだよな。

カルマが寺坂に作戦を話している時、崖の下にいる殺せんせーの様子を見る。当たり前だけど、殺せんせーが不利だ。パンパンに体が膨らんでいて、かなり動かし辛そうにしている。

 

「さぁて、足元の触手も水を吸って動かなくなってきたね。トドメにかかろうイトナ、邪魔な触手を全て切り落とし、その上で『心臓』を…」

 

シロはいよいよトドメを刺そうとしている。これは思った以上に猶予がないかもしれない。速くしないと、殺せんせーが殺れてしまう。

 

「おいシロ!イトナ!」

 

するとそこに寺坂が降りてきた。カルマの話は終わったようだが…どうするつもりだろうか。

 

「…寺坂くんか。近くにいたら危ないよ?」

「よくも俺を騙してくれたな」

「まぁそう怒るなよ。ちょっとクラスメイトを巻き込んじゃっただけじゃないか。E組で浮いてた君にとっては丁度いいだろ?」

「うるせぇ!てめーらはゆるさねぇ!」

 

寺坂はシャツを脱ぎ、水溜まりに足を踏み入れた。

 

「イトナ!テメェ俺とタイマンはれや!」

 

…うえ!?イトナとタイマンかよ…常人があの触手の攻撃を受けたら無事じゃすまねぇぞ。

 

「やめなさい寺坂くん!君が勝てる相手じゃない!」

「すっこんでろ膨れタコ!」

「…布1枚でイトナの触手を防ごうとは、健気だねぇ。黙らせろイトナ、殺せんせーに気をつけながら」

 

…完全にイトナと寺坂の戦闘モードだ。シロが命令したし、イトナは間違いなく寺坂を攻撃する。

 

「大丈夫か、カルマ」

「いーんだよ、死にゃしない。シロは俺たち生徒を殺すのが目的じゃない。生きてるからこそ殺せんせーの集中を削げるんだ。

原さんも一見超危険だけど、イトナの攻撃の的になることはない」

 

…そういうものなのか?確かに一理ある。シロは俺たちを殺しはしない。シロは俺たちを殺せんせーの阻害要因として使っている。だから俺たちを殺す必要はない。

けど、殺す必要がなくても、危険なのは変わらない。あの鞭のような触手で叩かれたりしたら、生身じゃ無事では済まない。

 

《ドゴン!》

 

案の定、イトナは寺坂に触手で攻撃する。思いっきり腹に当たった。

 

だが、その後驚くことが起きた。寺坂のやつ、イトナの攻撃に死ぬ気で耐えたのだ。

 

「だから寺坂に言っておいたよ。気絶する程度の触手は喰らうけど、逆に言えばスピードも威力もその程度、死ぬ気でくらいつけってさ」

 

…マジか。仮にそれが分かっていたとしても、俺なら行きたくない。見るだけで痛いのが分かるほどだし。

だが寺坂はそれができた。あのガタイの良さと、度胸と、根性がそれを可能にしているんだろう。

 

…ようは、才能の使いようか…

 

「よく耐えたね。ではイトナ、もう1発あげなさい。背後のタコに気をつけながら」

 

シロの言葉に従い、イトナは触手を引き戻す。さっき寺坂が持っていたシャツがその触手に引っかかっている。イトナはそれに構わず第2撃を繰り出そうとしている。

 

「…ッ?くしゅんッ!」

 

…へ?イトナが突然クシャミを…?

 

「寺坂のシャツが昨日と同じって事は、昨日寺坂が撒いたあの変なスプレーの成分をたっぷり浴びたシャツって事だ。それって殺せんせーの粘液をダダ漏れにした成分でしょ?イトナだってタダで済むはずがない」

 

…ああ、そう言えば、昨日俺と村松が教室の外にいた時に、寺坂が嫌がらせとしてスプレーを撒き散らしたって言ってたな。それって、今朝殺せんせーの粘液を漏らす物だったのか。

 

するとバキッて音が聞こえる。いまイトナが怯んだ隙に、殺せんせーが原を助けたようだ。

 

「…で、イトナに一瞬でも隙を作れば、原さんはタコが勝手に助けてくれる」

 

カルマは指で何か合図をしている。俺らからあの水溜まりに向かって移動しているから…意図が何となく分かった。

 

「吉田!村松!お前らは飛び降りれんだろそこから!デケーの頼むぜ!」

「…マジかよ」

「…しょーがねぇな」

 

「殺せんせーと弱点同じなんだよね。じゃあ同じ事やり返せばいいわけだ」

 

「…マズい!」

 

 

崖から吉田と村松が、崖の上から俺たちが一斉に水溜まりに着地する。その衝撃で水が飛び散り、イトナの触手が水を吸った。

 

「だいぶ水を吸っちゃったね。あんたらのハンデが少なくなった。でどうすんの?俺らも賞金持って行かれんの嫌だし、そもそもみんなあんたの作戦で死にかけてるし、ついでに寺坂もボコられてるし。

まだ続けるんなら、コッチも全力で水遊びさせてもらうけど?」

 

水溜まりに着地した生徒が手やバケツ、袋などを使って水を掬う。相手の動きによっては思いっきりかけるつもりだ。

 

「…してやられたな。丁寧に積み上げた作戦が、たかが生徒の作戦と実行でメチャメチャにされてしまった。ここは退こう。触手の制御細胞は、感情に大きく左右されるシロモノ、この子たちを皆殺しにしようものなら、反物質蔵がどう暴走するか分からん。帰るよイトナ」

 

どうやら撤退するようだ。まぁ、この状況になる事は流石に予想してなかっただろうし、打開策もないんだろう。引き下がると選択するのも当たり前か。

シロはイトナに帰るように言う。普通ならイトナはシロの言うことに従うだろう。

 

だがイトナは、かなり悔しそうな表情で歯を食いしばっていた。まぁ…悔しいんだろう。前に会った時もそうだったが、イトナはどこか勝ち負けに拘るところがある。まんまとしてやられたことが、納得いかないんだろう。

 

「どうです?みんなで楽しそうな学級でしょう。そろそろちゃんとクラスに来ませんか?」

 

そんなイトナに、顔がかなり膨らんでいる殺せんせーが話しかける。やっぱりイトナには教室に来て欲しいようだ。あそこまでやられておいて、よく誘うよ。

 

イトナは小さく舌打ちして、ここから離れるシロについていく。どうやら今回も、この教室に通うつもりは無いようだな。

 

「ふー、なんとか追っ払えたな」

「良かったね殺せんせー、私たちのお陰で命拾いして」

「ヌルフフフフ、勿論感謝してます。まだまだ奥の手はありましたがね」

 

ひとまずシロたちを追っ払ったことに一安心だ。あいつらのせいでみんなが死にかけた上に、賞金まで持っていかれるところだった。とりあえずは安心でき…

 

「そう言えば学真くん、さっき私のこと散々ディスってたよね。ヘヴィだとかふとましいとか」

 

るようではないようだ…

 

「…い、いや…あれは状況を客観的に分析してだな…」

「言い訳無用!動けるデブの恐ろしさ、見せてあげるわよ!」

 

どうやらさっき俺が()()()分析していた時に言ったセリフが気に入らないようだ。とは言ってもあの状況を打開するには()()()分析して()()()対処しないといけないから言ったのであって、あれはしょうがないと原も()()()

 

「何回も強調して言ってんじゃないわよ!」

 

…あんまりダァ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後は暫くカオスだった。原にも追いかけ回されたけど、何やら寺坂とカルマも何かもめていたようで、水たまりの中で大乱闘みたいな事が起こった。水がバッシャバッシャ飛ぶから体が濡れまくっている。

まぁ…これで寺坂もクラスに馴染んでくれた。それは本当に良かった。あのガタイの良さと実行力のあるアイツが暗殺に取り組んでくれれば、E組の戦力がかなりアップする。この出来事は、大きな戦力の確保に繋がった。

 

とりあえずはあの校舎に戻る。みんな制服に着替えないといけないし、荷物もあっちにあるしな。

 

だが俺は校舎に行かずに暫くそこにいる。なんでかって?服を乾かしてんだよ。俺制服のまま水に突っ込んだし。自分のマヌケさに泣けてくる。

とは言っても漸く乾いてくれたから、その制服を着る。少し違和感あるけど、ワガママは言ってる場合じゃない。取り敢えずは校舎に…

 

 

「…!?」

 

パッと振り返る。そこは森があるだけだ。別に誰かいるわけじゃない。

 

だがそれが信じられなかった。

 

いま…

 

 

 

 

……誰かいなかったか…?

 

 

 

 




最後に出て来た人物とは一体誰なのか?
次回からオリ回入ります。

次回『侍の時間』


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第45話 侍の時間

お待たせしました…かなり時間がかかってしまった。これもF◯Oが面白いのが悪い←オイ

今回からオリジナルストーリーです。大体4話ぐらいかと思います。
あ、今回は学真くんはいません。


三人称視点

 

少し遡る。それは、学真が鷹岡にやられて、入院していたときの話だ。

ある映画が流行っていた。その映画の作品名は、『流離う(さすらう)侍』だ。タイムスリップして現代に来てしまった侍の旅の様子が描かれており、アクションやコメディが含まれている。数ヶ月前に第1弾が上映され、人気がかなり出たので、第2弾が上映される事になった。

そしてその公開日、しかも休日なのだから見にくる人が多い。その中には、見慣れた人の姿もあった。

 

 

 

◇渚視点

 

少し前に見た『流離う侍』の第2弾が上映されると聞いて、僕は映画館に行ってその映画を見ることにした。杉野がその映画を勧めてきて、第1弾のDVDを見た事がある。ストーリーも面白かったし、迫力が凄かったから、結構ハマった。

第2弾は映画館に行って見ようと思った。杉野も誘おうかと思ったけど、地域の野球チームの練習で行けなかったみたいだった。

 

現代にタイムスリップした侍が、現代の悪事をしている人間を粛清と言う形で打ち倒す。現代という時代が背景でありながら侍が戦うシーンはなかなか珍しいのが見どころみたいだ。

 

僕の町の近くには映画館が無いから、電車で映画館のある街に移動していく。今は電車から出て、映画館に向かって歩いているところだ。歩きながら、映画を観れる時を楽しみにしていた。

 

「引ったくりよー!誰かー!」

 

…けど、現実で突然、トラブルが起こった。

叫び声がする方を見ると、黒いニット帽子を被っている男が、バックを持ってかなりの速さで走って…滑っている?その靴は、ローラースケートだったのかな?

周りが振り向いても、その男を捕まえることは出来なかった。何しろ、スピードが速い上に細かな軌道変更があって、目で追いかけられるかどうかも怪しいほどだ。

 

その男はコッチに向かって近づいてきている。何とかして止めたいとは思っているけど、止められるかどうか不安だ。

けどそんな事は理由にならない。烏間先生がよく言っていた。強い相手に、ナイフで仕掛けるには相手の動きを先読みする事が大切だと。そのことを応用してこの男を止めないと…!

 

「………!」

 

《キキッ!ギュイ!》

 

「うわ!」

 

男が走ろうとした方に移動したは良いけど、急に進路変更をされて、ついていく事が出来なかった。

 

これじゃそのまま抜かれて…

 

《ドゴ!》

 

「うわ!」

 

突然、男が吹き飛ばされる。誰かに飛ばされたのか、体制を立て直せずに尻餅をついていた。

 

「窃盗とは感心しないな。大人しく返せ。今なら多めに見てやるぞ」

 

後ろの方から声が聞こえた。その人が、さっきの男を飛ばした人なんだと直ぐに分かる。その男に話しかけた人の姿を見ると、それは知っている人だった。

 

「…黒崎くん?」

 

そう、黒崎くんだった。椚ヶ丘中学校の制服じゃなくて、チェックの模様のシャツを着ている。黒崎くんも電車でここまで来たのだろうか。

 

「こんなところで会うとはな、渚」

 

黒崎くんは僕に話しかけて来た。いや、それよりも…

 

「くそがァァァ!」

 

吹き飛ばされた男が大きな声で叫んだ。男は懐から、ナイフを取り出している。周りの人がそれを見て、絶叫している。パニック状態だ。

男はナイフで黒崎くんを斬りかかろうと近づく。ローラースケートで滑りながら、ナイフを持っている腕を思いっきり上げて、そのまま振り下ろす。

 

黒崎くんはその斬撃を受けてしまう

 

《バン!》

 

なんて事はなく男の持っていたナイフを飛ばし

 

《ドン!》

 

体で男の突進を受け止めて勢いを殺し、男は倒れた。

 

《ギュオ!》

 

黒崎くんは、中指を男の喉元に突きつけた。指で首を押し込んだりはしていない。

 

なのに、男はそのまま気絶した。

 

「ナイフは持つだけでは何の脅しにも役にも立たない。貴様が握るナイフでは、俺の指一本の発する殺気の足元にも及ばん」

 

黒崎くんが話していても、男はそれを聞こえる筈もない。男が盗んだバックの持ち主から感謝の言葉を言われて、男は警察に連れて行かれた。

 

 

「ひと段落、と言うところか」

「うん…相変わらず強いね、黒崎くんは」

 

警察の取り調べが終わって、黒崎くんはとりあえず一安心と言うような感じだ。喜んでいる様子も焦っている様子もなく、平静を保っている。

1年生の頃から、彼はそうだった。人に迷惑をかける事を特に嫌い、さっきみたいな事態が起きた時は粛清せずにはいられない。一緒に街に出た時に、暴走族に喧嘩をした時は肝が冷えた。

正しく生きる事を心得ながら日々を過ごしている黒崎くんは、正に模範的と言えた。本校舎に在籍していても、差別対象とされているE組を非難する事はせずに普通に接してくれている。学級委員の磯貝くんや片岡さんも、彼の事を信頼しているようだった。

熱心すぎるのが唯一の欠点で、彼は一切の手抜きを許さない。だからカルマくんとは良く喧嘩をしていた。カルマくんはサボりが多かったし。

 

「それにしても…僕まで貰っていいのかな?」

 

気になって僕は持っている封筒を見る。バックを取られた人がお礼として、僕と黒崎くんにお金を渡してくれたのだ。黒崎くんはともかく…僕まで貰う必要は無いと思うんだけど…

 

「何言ってる。アレはお前の手柄でもある」

「…え?」

「最初にあの男の行く手の先を防いだだろ。男はそれを見て進路変更をしたが、それが隙だ。あれだけのスピードを出しながら急に進路変更をすれば、体制が大きく崩れる。だからあの男を簡単に止められた」

 

…そうか。一応役には立ったんだ。

でも…僕らの標的はマッハ20の標的だ。僕はあのスピードでさえついていけなかった。役に立ったとは言っても、それじゃあの先生は殺せない。

 

「あ、渚ー!」

 

…?誰が呼んでいるんだろう。

 

「…あ、優里奈ちゃん!」

 

黒崎くんの後ろから、僕に向かって手を振っている子が見えた。それが優里奈ちゃんだと直ぐ分かった。

すると優里奈ちゃんの隣にもう1人居るのが分かった。やっぱり、この子も来ていたみたいだ。

 

「こんにちは、誠くん」

 

僕はその子に声をかける。けど返事は返ってこなかった。何処と無く上の空で、僕の声が聞こえないのかなと思ってしまう。

 

「誠、挨拶はしろ」

「……ちわ」

 

…うん、やっぱり無愛想だ。黒崎くんに言われて仕方なく挨拶したけど、彼はすごくめんどくさそうにして居る。

彼は黒崎くんの弟、黒崎 (まこと)くんだ。小学6年生で、優里奈ちゃんの4つ上かな?

 

「…悪いな、躾がなってなくて」

「ううん、僕は気にしてないよ」

 

黒崎くんが申し訳なさそうに言う。黒崎くんからすると、礼儀がなってないのが目につくんだろう。

凄い無愛想な子だけど、去年はそうでもなかった。優里奈ちゃんと同じくらい元気な子だったし、僕とも仲良く話してくれた。

3月になってから、彼は暗くなった。その時期は確か、黒崎くんの両親が死んだ時期だ。誠くんは精神的にショックを受けて居るんだろう。黒崎くんや優里奈ちゃんはいつも通りだけど、彼はやっぱり張り切らないでいる。

それは、当たり前だと思う。突然両親がいなくなれば悔しいし、なかなか振り切れない。

 

「ところで、黒崎くんたちはどこに?」

「優里奈が『流離う侍』とやらを見に行きたいとかいいだしてな。映画を見に行くところだ」

「…え?僕もその映画を見に行こうとしていたけど…」

 

黒崎くんが何をしにここに来たのかと尋ねると、黒崎くんたちも映画を見に来たようだ。しかも見る映画も同じだ。ここまで重なる事は逆に無いよね。

 

「じゃあ、渚も一緒に行く、てことね!」

 

急に、腕を誰かに引っ張られる。右手を小さな手が引っ張っているから、誰が引っ張っているのかは直ぐに分かる。

 

「優里奈ちゃん?」

「一緒に行こう!1人で行くより楽しいよ!」

「あ、うん…ちょ、引っ張らないで」

 

優里奈ちゃんは僕の袖を引っ張って映画館に向かおうとする。一緒に行くのは賛成だけど黒崎くんたちを置いて先に言っちゃうのはマズイ。とは言っても思いっきり引っ張る訳にも行かないからそのまま連れて行かれてしまう。…こう言う時、どうすれば良いんだろう。

 

「…相変わらずか」

 

何か黒崎くんが喋った気がするけど、その意味を知ることはなく僕たちはそのまま進んで行くのだった。恐らく黒崎くんは誠くんを連れて後で合流することになるだろう。とりあえず僕は優里奈ちゃんに連れられて映画館に行く事にした。

 

 

 

 

映画館に着くと、そこは沢山の人がいた。ほとんどの人は僕たちと同じように『流離う侍』を観に来たのだろう。第一弾の時もかなり大人数の人が映画館の中にいたって杉野が言っていた。

 

「早く買おうよ、ポップコーン」

「あ、うん…ちょっと待ってて」

 

結局、僕は優里奈ちゃんと2人で此処に着いてしまった。

優里奈ちゃんは早くポップコーンを買いたいみたいだ。甘いものが好きだと言っていたし。買いたい気持ちは分かるけど、黒崎くんを放って置いて良いのかな?

 

「あ、ほら、結構並んでいるよ」

 

優里奈ちゃんが指差しているのを見ると、ポップコーンを売っているところで行列が出来ているのが見えた。とは言っても1分間には買うことが出来るぐらいの長さだ。それにしても色々な人が来ている。家族連れだったり、学生だったり、サラリーマンの人だったり…多くの世帯で人気になっていることが分かる。

 

「おや、渚くんでは無いですか」

 

ポップコーンを買おうと並ぼうとしていた時に、聞き慣れた声が聞こえた。いつも教室で聞く声だから、誰が言っているのか直ぐに分かった。

 

「殺せんせー」

 

後ろを振り向くと、やっぱり殺せんせーがいた。いつも通り変装して来ている。殺せんせーもここに来たということは…

 

「殺せんせーも見に来たの?この映画」

「ええ勿論。第1弾の時は凄く興奮しました」

 

やっぱり、殺せんせーも同じ映画を見に来たようだ。『ソニック忍者』も好きだったし、ひょっとして、映画が好きなのかな?

 

「渚、この大きい人誰?」

 

優里奈ちゃんが僕に聞いてきた。優里奈ちゃんは殺せんせーの事を知らないから気になるのだろう。

 

「僕の担任の先生だよ」

「へー、渚の先生、随分大きいんだね」

「ヌルフフフ、初めまして。ニックネームで『殺せんせー』と言います」

「初めまして、『コロ先生』!」

 

殺せんせーの挨拶に優里奈ちゃんはしっかり返した。やっぱり礼儀正しい。黒崎くんがしっかりと躾をしているのがよく分かる。

それにしても、殺せんせーの漢字が『殺』と認識されていないだろうか。そうで無いと困る。この年になってそんな物騒な言葉は覚えて欲しく無いし、何より殺せんせーの事は国家機密だし…

 

「それにしても、この子は…?」

 

殺せんせーは優里奈ちゃんを見て聞いた。殺せんせーからすると、優里奈ちゃんとは初対面だ。一体誰なのか気になるのは当然かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「黒崎 優里奈。俺の妹だよ、『殺せんせー』」

 

その答えは意外なところから返ってきた。どうやら、黒崎くんが追いついてきたみたいだ。

 

「君は……」

「一応俺も『初めまして』だな。黒崎 裕翔だ。渚とは1年2年の頃クラスメートだった」

「…ああ、ご丁寧にどうも」

 

黒崎くんが殺せんせーに挨拶をしている。殺せんせーは少し意外そうにしているようだけど。

 

そういえば…

 

 

 

◆修学旅行の時

 

「渚、黒崎って…どういう奴だ?」

 

修学旅行の夜、温泉に入り終わった後、学真くんが僕に聞いてきた。一応、黒崎くんについて簡単に説明はした筈だけど…

 

「…この前言った通りだよ。正義感が強いと言うか…正しく生きようとしている感じだよ。それがどうしたの?」

 

僕が彼にどうしたのかと聞くと、彼から信じられない答えが返ってきた。

 

「いやさ…アイツ、殺せんせーの事を知ってるんだよ」

 

最初は、聞き間違いかなと思った。でも、聞き間違いではないと直ぐに分かった。学真くんは真剣にそう言ったと言うのが分かった

 

「だから気になるんだよ。俺はアイツの事をよく知らないけど、とんでもなくヤバい奴じゃ無いのか、てな…」

 

 

 

 

 

◇現在

 

黒崎くんは殺せんせーの事を知っている…それを学真くんから聞いた。だとすれば、黒崎くんは殺せんせーが来年の3月に地球を爆発する事も分かっているかもしれない。

けど黒崎くんは殺せんせーに仕掛けようとはしない。

地球を爆発する生物である事を知らない…とは思えない。徹底的な黒崎くんの事だし、気になる事があると徹底的に調べるから。

でも…じゃあなぜ黒崎くんは殺せんせーに何も仕掛けようとしないんだろう。

 

「渚、なにボーッとしているの?もう直ぐ始まるよ」

「あ、ごめん…ちょっと考え事を…」

 

優里奈ちゃんに言われて意識を取り戻す。そうだった。折角映画を見にきたんだから楽しまないとね。

 

「席なら俺がとっておく。サッサと自分の欲しいものを買ってこい」

 

黒崎くんが優里奈ちゃんに小銭を渡す。その後、誠くんを連れて映画館に入っていった。

 

「殺せんせーは?」

「先生は買うものは買ってますので、先生も入ります」

 

殺せんせーも中に入るようだ。だから僕と優里奈ちゃんがそこに残った。じゃあ急いで買わないと…

 

 

 

 

 

映画はやっぱり凄かった。DVDで見たときも凄かったけど、大画面で見るとやっぱり迫力が違う。

現代にタイムスリップしてしまった侍の戦闘シーンは特に印象に残る。侍は現代日本でも憧れるし、それを取り扱うドラマや映画ではその凄さを実感する。

この映画は、敵が現代のギャングなどが多いから、銃を使う敵がほとんどだ。その珍しい対立もこの映画の見どころだ。第1弾では侍が少し戸惑うシーンがあったけど、後半で銃弾の合間を縫って間合いを詰めるシーンがあった時は色々とビックリした。

 

優里奈ちゃんも楽しそうだ。黒崎くんが言うには、優里奈ちゃんはヒーロー物が好きらしい。だからこう言うアクション系の映画は結構楽しそうに見ている。

誠くんはボーッと見ている。映画はあまり好きじゃないと言っていたし、退屈なんだろう。

 

黒崎くんはシッカリ見ている。映画を結構楽しんでいるようだ。

周りの人は黒崎くんは堅物でアニメとかは見ない人だとよく誤解されるけど(僕も昔はそうだったけど…)黒崎くんは結構余暇を楽しむ性格だ。特にアニメとかはよく見ている。黒崎くん曰く『楽しむ事が興味を深めること』だそうだ。アニメのキャラクターに影響されるので、時々おかしな発言をする時があるけど…

 

殺せんせーは…相変わらずだ。ストーリーを楽しんでいると言うよりも、ヒロインを見て楽しんでいる。巨乳の女性俳優がヒロインをしているから、殺せんせーは気に入っているらしい。この間『ソニック忍者』を見たときも、巨乳の女性俳優目当てだったことを覚えている。

 

 

『ここにお前の味方は居ない。お前はただ1人で死ぬんだよ』

 

主人公である侍が追い詰められている。悪役の1人がその侍に言っていた。

 

『味方など、最初から居ない…拙者は既に1人だ』

 

 

 

「面白かったね、渚」

「うん…第3弾も楽しみになるね」

 

映画が終わり、優里奈ちゃんは結構満足そうに言った。その気持ちはわかる。僕も楽しかったし。

 

「誠くんはどうだった?」

「…ま、良かったと思います…」

 

誠くんに映画の感想について聞いたけど、ぶっきらぼうに答えられた。まぁ…誠くんはアクションというか、映画は基本的に好きじゃないし、どうでも良いと思っているんだろうな…

 

「たった1人で戦い抜ける強い意志…なんと素晴らしい精神力なのでしょう」

「…殺せんせーは相変わらずだね」

 

殺せんせーは凄く号泣している。ソニック忍者もそうだったけど、殺せんせーは意外に涙脆い。

恐らくは侍のあのセリフに感動しているんだろう。確か…『拙者は既に1人だ』だったっけ。

現代にタイムスリップする前もその侍は仲間が1人もいなくて、しかも確か犯罪者として追われていたという設定だった。だからあのセリフを言ったんだろう。

 

「そういえば、黒崎くんはどうだった?」

 

折角だし、黒崎くんの感想も聞こうと振り向くと、少し驚く事があった。

 

 

 

 

「…泣かせるじゃねぇか」

 

 

そうだった…

 

黒崎くん、こういう系統に弱かった…

 

 

 

黒崎の弱点2 感動モノに弱い

 

 

「お兄ちゃん、折角だしゲームセンターで遊んで良い?」

 

優里奈ちゃんが黒崎くんにゲームセンターに遊びに行っても良いか尋ねている。まぁ…小学2年生なら当然かな。

 

「…1時間だけな。それ以降は何と言っても連れ戻す」

「はーい」

 

優里奈ちゃんは黒崎くんからお金を貰った。黒崎くんがまるで親のように行動している。

 

「じゃあ渚、一緒に行こう!」

「えっ、あっ…ちょ」

「…まぁ渚と一緒なら大丈夫だろう。付き合ってやってくれ。ついでだ。誠も一緒に行ってこい」

 

優里奈ちゃんは僕の袖を掴んで一緒に行こうとする。なんで僕と一緒なんだろうか。

黒崎くんはアッサリと認め、誠くんもついてきた。…アレ?子守を押し付けられた?

でも、黒崎くんはいつも2人を支えている訳だし、今日ぐらいは負担を減らしても良いかもしれない。

 

「じゃ、行こっか。優里奈ちゃん、誠くん」

 

優里奈ちゃんと誠くんを連れて、ゲームセンターに向かった。

 

◇三人称視点

 

渚と優里奈と誠が一緒にゲームセンターに向かって行き、そこには殺せんせーと黒崎が残っている。

 

「黒崎くん、よろしければお話良いですか?」

「…あぁ」

 

殺せんせーが黒崎を誘う。黒崎はアッサリ認めた。特に断る理由がなければ、その誘いを受ける、彼なりの考え方だ。

 

「…まずは黒崎くん。どこまで知っていますか?」

 

先に話しかけたのは、殺せんせーだ。どこまで知っているか、という抽象的すぎる問い。だが何について聞いているのかは分かる。殺せんせーの事だ。

 

「…月の事、来年の3月に起きる事、お前がE組の担任をしている事、暗殺の事…ぐらいだ」

 

黒崎は殺せんせーの問いに出来る限り答えた。場所が場所なので、言葉は選んでいるが。

情報量はE組の生徒が知っている事と同じ量…()()()()は知らないようだ。

 

「情報源は黙秘しますか?」

「……ああ」

 

殺せんせーの問いに頷いて返す。流石に教えるつもりはない。それは殺せんせーもなんとなく分かっていた。情報源を教えるという事は自分の秘密がバレる可能性を含む。

 

「分かりました。詳しい事は聞きません」

 

殺せんせーはそれ以上追及する事を辞めた。別に黒崎の秘密を知りたい訳ではない。黒崎が話したくないのであれば、無理に話させる必要はない。

 

「ただ、1つだけ聞かせてください。君は私を、どう思っていますか?」

 

殺せんせーは黒崎にそれだけ聞いた。

来年以降に地球を爆発するという危険生物であるならば、排除しようと動くのが定石…否、当たり前の行為だ。

にも関わらず、黒崎は殺せんせーを排除しようと動かない。今日の映画にしても、殺せんせーに対して仕掛ける様子は全くなかった。

どう思ってそうしないのか、それだけを殺せんせーは聞きたかった。そのために、殺せんせーに対してどう思っているかを聞いた。

 

「…少なくとも、敵では無いと認識している」

 

黒崎は話し始めた。殺せんせーをどう思っているかについて。「敵では無い」という一言が、黒崎の印象の全てだった。

 

「中間テスト前に、渚を見たことがあった。俺の知っている渚は、他人を脅すほどの実力は持っていなかった。だがあの日、渚は本校舎の生徒を黙らせた。あの『殺気』は…お前が育てたんだな」

「…ええ、私も目にしました」

「どんな力であれ、それを身につけさせる事が出来る教師を敵とは思えない。それだけだ」

 

黒崎は集会の時に、渚を見ているのだ。そして彼が、本校舎の2人の生徒を黙らせた。

2年生の頃の彼なら、カルマのような反撃はしないものの、それを耐える事しかしなかった。だから、あの時生徒を黙らせた渚が、衝撃的だった。

その殺気を育てた殺せんせーを、黒崎は敵としては見ない。生物としては厄介ではあるものの、教師としては滅多にいない凄腕の教師だ。

 

「…分かりました。それだけ聞ければ充分です。よければこれからも、E組の生徒たちと、親友として関わってください」

「…そのつもりだ」

 

黒崎と殺せんせーが握手を交わす。互いにクラスが違う生徒と教師、彼らが仲良くなるというのはかなり珍しい感じであった。

 

 

 

 

「それよりも、あんたの耳に入れておかないといけない事がある」

 

急に話題が変わった。唐突であるが、同時に、深刻そうな表情になっている黒崎を見て、殺せんせーは黒崎の話に耳を傾ける。

 

「畑崎中学…を知っているか?」

「えぇ、知っています。一応この地域全体の学校は知っていますので」

 

畑崎中学、その中学の事を殺せんせーは知っていた。その地域における、公立中学校で、中学受験をしない生徒は大抵その中学校に行く。その中学校の事を知らない筈がない。しかも、その中学校は、()()()()にとってかなり関係がある中学校だ。

 

「なら良い。俺の話したい事なんだが…」

 

殺せんせーの台詞を聞いて、黒崎は話し始めた。

 

 

 

 

 

「そこに通っていた俺の知り合いが、椚ヶ丘中学のE組に近いうちに行く事になった」

 

黒崎が話して暫く沈黙が続く。

転校生が来る。それは、烏間から言われていたので知っていた。恐らくは暗殺者の戦力として入れるつもりなのだと言う事は分かった。

だが、驚くべき事が別にあった。律にしてもイトナにしても、暗殺者として用意された人材であった。だが今回は畑崎中学からの転校生…つまり、一般の転校生という事だ。

 

「黒崎くんの知り合い…ですか。その子とは親しいのですか?」

「いや、知り合いになったのは4月ごろだ。そんなに詳しいわけでは無い。

だが気をつけろ。奴は()()()()()()厄介だ」

 

黒崎の忠告を聞いて、殺せんせーは不安の空気を感じた。黒崎ほどの実力者が厄介という生徒…今までより厄介な展開になる予感だけ感じた。

 

 

 

暫くして殺せんせーはその場から消えていった。あくまで映画を見に来ただけであり、他の用事をしに行くのだろう。それが、もう直ぐ発売期間が終わるデザートの買い物に行くという事を、黒崎は知るよしもなかった。

 

 

「行ったぞ。出てこい」

 

周りに人の姿が無いにも関わらず、黒崎は声をかけた。すると彼のもとに1人の男が現れた。

 

「…アレが『殺せんせー』か…想像していたより普通の姿だったな」

 

その男が話しかけた。殺せんせーの姿を『普通の姿』と言う所から、この男は、一体どのような姿を想像していたと言うのだろう。

 

黒崎が映画に来たのは、優里奈たちの付き添い以外にもう1つあった。それは、この男を殺せんせーに会わせる事だ。

黄色い生物が、この映画館に出没すると言う噂を小耳に挟み、学校が無い日にこの映画館に来て様子を見た所、新しい映画が公開される日の後の休日に、主に昼に来る傾向がある事に気付いた。

そして優里奈が好んでいた『流離う侍』の公開の後の休日に、優里奈と誠を連れて昼の時間の上映時間に映画館に来た。そして、この男にも、殺せんせーに会わせるために呼んだのである。勿論、渚が同じ時間に来ていたのは想定外ではあったが。

 

「…数週間後、お前はE組に転入する。そこから先はお前の仕事だ」

 

その男に黒崎は言う。ここから先は彼は干渉出来ない。その男自身の力のみで戦わないといけない。

 

「勿論だ。失敗はしない」

 

男は自信満々に言う。

ふと、映画を見終わった男女一組が男の後ろを通って行った。だがその女性の着ていたセーターの一部がほつれている。そう注意しなければ、気づかないほどの糸が飛び出ているだけだった。

 

だが後ろを通っていく瞬間、『何か』が風のように移動して、飛び出ていた糸が完全に切り取られていた。

 

「目的のためなら…どのような生物でも切り裂いてみせる」

 

 

 

現代では、侍は存在しない。それこそ、映画のようなフィクションでない限りは。

 

だが、それに近い存在はいる。

 

この男は、正に

 

 

 

 

侍という言葉が似合う、剣術の使い手だ。

 




漸く出すことが出来る…3人目の転校生です。前々から出す出すと言ってかなり時間がかかってしまいました。
この転校生とはどのような人物なのか、次回お楽しみに。

次回『驚嘆する時間』


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第46話 驚嘆する時間

イベント終わったから早く投稿できた。


学校に向かっているまでの流れはいつも通りだ。歩いている時に見る光景に何か変化が起こっているわけでもないし、寧ろこれと言って何も起こっていないのが不気味に感じるほどだ。

なぜなら、今日はいつもと間違いなく違う出来事が起きるからだ。それは、烏間先生から送られてきたメールを見てから感じた。

そのメールは…

 

「おはよう、学真くん」

「おう、渚か」

 

すると途中で渚に会った。そりゃそうだ。通学路として同じところを通っているし、いつもここで会う。いつも通り杉野も一緒にいた。

 

「烏間先生のメール、見たか?」

「ああ、見たよ」

 

案の定、杉野に聞かれた。それもそのはず、杉野がいわなければ俺が聞いてた。

そう、さっき言いかけていたけど、烏間先生からメールが来たんだ。烏間先生は私用でメールを使うことはないから、彼がメールを使うということは、暗殺に関する連絡しかない。その時点でもうすでに警戒してしまう。

メールを見て、やっぱりという感じになる。何しろ、そのメールにはこう書かれていた。

 

「今日から転校生が来る。律さんと同じように仲良くして欲しい」

 

要するに、今日は転校生が入ってくる日になってるんだ。律、イトナに続く暗殺者兼転校生だ。

それだけでも厄介なのに、今回の転校生に限ってはもう一つ、厄介な事がある。

 

烏間先生や律によると、今回の転校生はイレギュラーみたいなんだ。

 

元々の予定としては、律とイトナの2人をこの教室に入れて暗殺を仕掛けるつもりだったらしいんだが、直前になって追加する事になったらしい。

 

だから、今回に関しては全くデータが無い。イトナに関しては実力がかなりあるという事ぐらいは律も言っていたけど、実力でさえもどの程度なのか、全く知らない。

 

力が未知数な状態で、転校生と仲良く出来るかどうか…イトナの時みたいにならなければいいけど…

 

「…せめてマシな奴に来て欲しいな」

 

 

 

「さて皆さん、今日は新しい転校生が来る日ですね。先生はとても嬉しいです。皆さんの仲間が増えることは、とても喜ばしい事ですから」

 

朝の出席が終わり、殺せんせーが嬉しそうに話しているが、それに共感する生徒はいない。律の時もイトナの時も、最初来た時はトラブルがあったから、いい予感はしない。まして今回は未知数の生徒だし。

 

「…にしても、いつ来るとかの連絡は受けてないのかよ」

 

前原が殺せんせーに聞いた。確かに…普通なら朝とかに学校に来ていて、殺せんせーに会っているはずだ。俺は少なくともそうだったし。

 

「聞いていませんね…烏間先生も、今連絡を取っているところなんですが…」

 

聞いていないようだ。烏間先生が連絡を取っているって…もしかして寝坊とかか?もう既に嫌な予感しかしない。

 

そう思っていた時だった。

 

《ガラガラガラ》

 

扉が大きな音を立てながら開く。それは当たり前の事だ。

そしてそれは誰が開けたのか…その答えはなんとなく分かっていた。さっきまでその話をしていたから。

けど、開いた扉の先を見て呆気にとられる事になる。

 

「失礼、ここがかの椚ヶ丘中学校E組校舎で間違いないか」

 

その男が、何故か袴姿だったからだ。何コイツ、侍かぶれ?挨拶もそれっぽいし。

 

「え、ええ…間違いないですよ。ひょっとして君が…」

「如何にも、6月30日からこのE組生徒としてこの校舎に来る事になったものだ」

 

うっわ〜…話し方もそれっぽい。『如何にも』とかいまどき言うか?

て言うかあの袴、ガチものではないな。なんと言うか…作りもの?何と無くカジュアルだ。本当の袴なら、青色は無いはずだし。

 

「アレって…流離う侍の服装かな?」

「さすら…なんだって?」

「流離う侍。いま流行っている映画だよ。杉野とか渚くんが結構好んで見てたはず」

 

…あー、そういやそんなのあったな。映画あんまり見ないから知らなかったけど、コンビニとかでポスターみたいな物を見た記憶がある。

なるほど、その主人公みたいな奴が着ていた服装と似ているな。

…え?興味ないのになんでシッカリ覚えているんだって?見たから覚えたんだよ。俺の『瞬間記憶能力』はそう言うものだ。

 

「え〜〜…っと…話したいことは沢山ありますが…取り敢えず制服に着替えてください」

 

 

殺せんせーに言われて、その転校生は制服に着替えた。どうやら制服が無くて出来る限りの正装で来たらしい。けど映画関連の商品は正装と言えるのか?

 

「それでは、前に立って自己紹介をしてください」

 

制服に着替え終わった転校生に、殺せんせーは自己紹介するように言った。そりゃ、来て最初にすることは自己紹介だな。

そう言われた転校生は、教壇付近に立つ。そして殺せんせーに言われた通りに自己紹介を始めた。

 

「名前は霧宮(きりみや) 拓郎(たくろう)だ。これから皆と一緒にこの教室で勉学する。宜しく頼む」

 

…普通のようで普通じゃないな。所々聞きなれない言葉を入れてくるし。

外見的に1番気になったのは髪だ。(髪に特徴がある奴は結構いるけど)紺色のような髪で少し長い。長さで言えば菅谷より少し短いぐらいだ。

体は…少し大きいな。まぁ平均より高いぐらいだし、標準と言えば標準だ。強いて言えば…体格がシッカリしている。寺坂ほどではないが。そうだな…吉田とかに近いんじゃないか?

 

「さて、折角ですし質問がある方は自由に質問をしてください」

 

どうやら質問タイムのようだ。まぁ…転校生なら色々聞いとかないと仲良くなるのは難しいし。

 

「あの…烏間先生から連絡は来たんじゃないの?」

 

最初は片岡が質問…と言うか確認をした。そう言えば、烏間先生が連絡を取ろうとしているとか言っていたな。だとすれば、先に烏間先生と会っていないといけない筈なのに、烏間先生に会う前にここに来た。

いま教室の外で中の様子を見ている烏間先生からは、結局は連絡が取れなかったと言っていた。疑問に思うのは当然だな。

 

「いや…ケータイ?とやらの使い方が分からなかった」

 

…マジか。携帯が使えない…て言うか、機械オンチというやつか。どうりで連絡が取れないわけだよ。携帯がダメなら連絡を取る手段が殆ど限られるし、直ぐに連絡を取る術はない。だから、烏間先生と連絡が取れなかったのか。

 

「…それでどうやって転校とか暗殺の話を聞いたんだ?」

 

ふと気になって聞いてみた。幾らなんでも携帯を使わないで連絡のやり取りをするとは思えない。烏間先生なら家まで来るかもしれないけど、例えば話をする予約を取る時とか、ここに来る手続きをする時なんかは携帯が無いと無理だ。

 

「とある知り合いに協力してもらった。メール?とやらを使ってくれたらしい」

 

なるほど、その知り合いという奴がやってくれた訳か。だからE組に来る事が出来た訳だし、暗殺の話を聞く事が出来た訳だな。

それにしても…知り合いねぇ。律の時もイトナの時もそのポジションにいる奴が余計な事をする事が多いから微妙だな。

 

「その知り合いは暗殺に協力するのか?」

 

俺と同じ事を思ったからなのか、杉野がその知り合いの協力の有無を尋ねた。

 

「いや、干渉しないらしい。手続きが終わった後は自分1人でやるように言われた」

 

…特に手を出したりはしないと言うことか。だとすれば少し安心する。実際にこの教室に来ていないし、思っていたほどややこしい事は起きずに済みそうだ。

 

「霧宮くんの好きな事は?」

 

今度は倉橋が質問をした。今までの流れとは変わって、普通の質問みたいな内容だ。まぁ固い話ばかりをしてもつまらないし、こういう楽しい話をするのも良いだろう。

 

「好き…というわけでは無いが、家が剣術の道場をしているから、武術については少し興味がある」

 

…道場か。八幡さんとは違って剣術だけのようだけど。そして武術に対して興味があるとは、これまたマニアックだな。いや、あの服装で察してはいたけど。

剣術か…だとすれば、ナイフ術も得意なのか?だとすれば暗殺手段は、磯貝や前原や岡野のように、ナイフで攻めていくような感じか?まぁその話は、体育の時にする事になると思うが。

 

「霧宮くんの1番好きな食べ物は?」

 

今度は原が質問をした。流石料理に興味があるだけあるな。て言うか凄く気になるな、その質問の答え。

 

「そうだな…食べ物で言えば、魚が好きだ。特に秋刀魚は美味だ」

 

…和食だな。それも鯛とかの高級魚よりも庶民的な方が好みなようだ。まぁ予測はしていたけど。

 

「1番好きな教科は?」

 

今度は矢田が聞いた。好きな教科は何だと。まぁ…学生であるからその質問は当然来るよな。そう言えばもう直ぐ期末考査だ。そろそろ勉強しとかないとマズイな…

 

「…教科…か………」

 

…アレ?なんか難しそうな顔をし始めた。

 

もしかして…

 

「霧宮くんの成績は、前の中学校ではかなり宜しくないようです…」

 

やっぱりそうか…俗にいう、勉強が出来ないタイプか。こりゃ成績上げるのも一苦労だぞ、殺せんせー。

思わぬ事を聞いてしまったという感じになってしまった。少し空気が気まずいな…

 

「えっと…霧宮は暗殺者としてこの教室に来たのか?」

 

磯貝が霧宮に質問をした。この状況で冷静に質問が出来るとは、流石イケメン。

まぁ…国家が秘密兵器として送って来たぐらいだ。ひょっとすると暗殺者なのかもしれないと思うのは当然だ。

 

「いや…俺は暗殺者では無い。依頼はされているが」

 

どうやら暗殺者では無いらしい。まぁ…モノホンの暗殺者はこの学校ではビッチ先生ぐらいだし、別に以外ではないけど。

 

その後も色々な質問が出て、何となく霧宮についてわかって来た。武術とか侍とかの伝統について興味があり、江戸時代関連のドラマは結構見てるとの事。そのせいで、熟語とかの堅苦しい言葉を話す傾向がある。

そしてかなり常識知らずだ。携帯が使えないと言うだけではなく、電車とか知らないようだ。特にマニアックな物に関しては全く知らない。

そして学力は下の方らしい。あんまり勉強は好きじゃ無いようだ。

性格はどちらかと言うと内気だ。言われれば付き合うけどそうじゃない時は1人でいる方が良いらしい。

 

そして、最悪な情報がある。

 

コイツ、前原と同類(女好き)だ。ストライクゾーンは30以降…所謂、年上好きと言うやつだ。落ち着いてて綺麗で(何がとは言わんが)大きいやつの方が好みらしい。女子生徒(主に茅野)の軽蔑するような視線が霧宮に向けられた訳だが。

 

「それでは、色々と聞きたいことがあると思いますが、それは後にしましょう。霧宮くんの席はあそこです。早速1限目の準備をしてくれますか?」

「分かった」

 

殺せんせーに言われて、霧宮は自分の席に向かう。席は菅谷の隣だ。まぁ…カルマの右隣りの席はイトナの席だし、余っている机がそこにしか無い。そろそろこの教室の残りの席も無くなってきつつあるな。

 

しかし…何か変だな。烏間先生からは、殺せんせー暗殺の『秘密兵器』として送られて来たと聞いている。律もイトナも、それだけの力を見せた。

 

けど、この男…霧宮はそのような雰囲気は全く感じない。最初の登場こそ異端だったけど、それ以外は普通の中学生という気がする。

 

それに、剣術を使うというのもインパクトに欠ける。そりゃたかだか2ヶ月ナイフを使って来た俺らよりも上手なのかもしれないけど、一般的な戦闘なら殺せんせーを倒すことは出来ない。烏間先生でさえ不可能なのに。

 

この男のどこが秘密兵器なのか?誰もがそう思った。

 

 

 

 

 

 

だが、誰もが思ったその考えは、一瞬にして覆された。

 

 

「……!!」

 

突然、殺せんせーがその場から離れた。一体どうしたんだろうかと、俺を含めた全員が思う。

だが、さっきまで殺せんせーがいた場所にある物が落ちたのを見て、空気がガラリと変わった。

 

それは、殺せんせーの触手だ。

 

 

「嘘…!」

「いつの間に……!?」

「おい、何が起きたんだ。いま…」

 

ガタガタと立ち上がる音がする。クラス全員が動揺している証拠だ。俺だって動揺している。

いま殺せんせーの触手が斬られたのは、俺らの目の前だ。なのに誰も、触手が地面に落ちるまで気づかなかった。その事が、信じられなかった。

 

「まさか…俺らが見えないほどの速さで…!?」

「いや違うでしょ」

 

吉田が言った事を、カルマは否定した。その通りだと思う。幾ら何でもそれは無い。

 

「俺らの目に止まらないほどの速さならあり得るかもしれないけど、マッハ20のタコが見えないほどの速さなんて出せるとは思えないよ。

気づかなかったんだよ。自分の触手が斬れるまで」

 

スピードだけなら、殺せんせーが負けるはずがない。マッハ20は、人間が出せるスピードでは無いし、その殺せんせーが気づかないほどの速さなんてのはもっと無理だ。

カルマのいう通り、殺せんせーも気づかなかったんだ。自己紹介の時も、殺気は全く感じなかったから、あそこで暗殺を仕掛けるとは思わなかった。

気づいた時には既に触手が斬れていたんだろう。その場から離れても、触手は斬り落とされた。

 

「…流石に速いな。あと数秒あれば、真っ二つに斬れていたんだが…」

 

残念そうに話している霧宮の右手には、対先生用ナイフがある。それさえも、いつ取り出したんだと思ってしまう。

そんな霧宮の姿を見ながら、俺や生徒、殺せんせーでさえも呆気に取られていた。その時点で既に、霧宮に対しての印象がガラリと変わった。

 

「剣術の話を聞いたときはさ、磯貝や前原とかと同じように、ナイフで戦闘するようなスタイルかと思っていたんだけど、どうも違うね」

 

カルマも察したようだ。この男は、磯貝や前原とかとは全く違う。

標的に殺気を気づかせず、鮮やかに標的の命を奪う。その暗殺方法が出来るのは、この教室では1人しかいない。

 

 

 

 

 

「アレは渚くんと同じスタイルだ。しかも、スキルが身についているタイプの」

 

 

 

 

 

 

 




というわけで新キャラ、霧宮 拓郎くんの登場となります。渚くんと同じスタイルという事で、殺気を気づかせないのが売りです。色々と特徴はありますが、彼の暗殺はどうなるのでしょうか。

次回『禁止の時間』


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第47話 禁止の時間

今回は割と早めでしょ。


授業は、割と普通だった。律の時のように授業中に暗殺を仕掛けたりはしない。普通に授業を受けているだけだった。

 

まぁ…

 

「運動部に所属している生徒は全体の2分の1、文化部に所属している生徒は全体の3分の1、この2つの事象は互いに排反ですから部活に所属している生徒の割合は2つの確率の和になります。では霧宮くん、1/2+1/3は幾つですか?」

「そうだな…2/5だ」

「「……」」

 

あの学力の低さには驚かされるが。

 

暫くの間霧宮は暗殺を仕掛けなかった。授業中や休み時間でたまに殺せんせーが近くを通る時があるんだが、さっきのようにナイフで切り裂こうとする様子は見せなかった。

 

そして昼休みになった。霧宮は袋から竹細工の箱を取り出した。あれひょっとして弁当か…竹細工とは珍しいな。弁当といえばプラスチックとかせいぜい木製の箱がほとんどだ。

 

「霧宮くんって、弁当を食べるの?」

「ああ、いつも作っている。一応得意な方でな」

 

どうやら自分で作っているようだ。意外にも家事とか出来るんだな。まぁ…割と器用な感じだ。

 

「なるほど…中身はおにぎりですか。なかなかオシャレなモノを食べますね」

 

殺せんせーが言った通り、霧宮の持っている弁当の中はおにぎりが数個入っていた。それも数種類。炊き込みご飯をそのまま弁当にしたような感じだ。確かにオシャレなように見える。

 

「宜しければ1つあげるぞ」

「にゃや!本当ですか。それでは遠慮なく…」

 

霧宮がその数個のおにぎりの中から1つ取り出し、殺せんせーに渡そうとする。殺せんせーはそれを受け取ろうとした。

 

 

 

 

「にゃや!」

 

だが受け取ろうとした瞬間、また殺せんせーが移動する。さっきまで殺せんせーがいた所には、さっきと同じように触手が、それも数本落とされていた。

 

「…!また!?」

「すげぇ…完全に殺せんせーの不意をついている…」

 

周りが驚いたように話し合っている。いままで不意打ちを仕掛けようとしても、アッサリとかわされたあげく手入れされるのがパターンだったから、霧宮のように触手を切り落とす事が出来なかった。

朝の時からいままで暗殺を仕掛けようとしなかったから、今のタイミングで仕掛けるとは思っていなかった。だから全員呆気に取られている。

恐らくは…殺せんせーが警戒していない時を狙っている。殺せんせーが無警戒の時に暗殺を仕掛ける。暗殺としては無難な作戦だ。そんな無難な作戦を、あの化け物に仕掛ける事が出来るこの男が、一際恐ろしく感じた。

 

 

 

 

 

5限目の体育では、烏間先生が霧宮の実力を確かめるために、一対一で勝負をする事になった。ルールは俺の時と全く同じく、ナイフを烏間先生に当たる事が出来たら霧宮の勝ちと言うやつだ。

 

この場合はどうなるんだろうか。一対一の戦闘の場なら、不意打ちは通じない。その状態でどう戦うのかと期待して見ている。

 

「いつでも良いぞ」

「分かった。それでは…」

 

開始の合図と共に、霧宮が仕掛ける。ナイフで烏間先生を斬ろうとしているようだ。当然、烏間先生は躱したけど。

だが隙を見せずに第2撃を繰り出す。第1撃から第2撃を繰り出すまでの動きが滑らか過ぎて、烏間先生も躱すのに必死だ。

 

「すっごーい…剣術も上手なんだ」

 

倉橋が感心して言っている。殺せんせーに仕掛けているあの暗殺に加えて、体術もあんな感じだ。一際凄く感じる。

正に、無駄がないという言葉がしっくり来るほどの剣術だ。剣術については素人だから詳しくは分からないが、攻撃から次の攻撃に移るまでの間に無駄がない。俺らがやると攻撃した後は、次に攻撃が出来るまでに時間がかなりかかる。

だから上手だと思う。剣術の成績なら、磯貝とかに負けないほどの点数を出すんじゃないかと思うほどに。

 

 

 

 

 

 

 

けど……それ以上に気になる事があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイツ、左利きなのか?」

 

 

 

そう、いま霧宮は対先生用ナイフを左手に持っていた。剣道で使うような竹刀ならともかく、ナイフとかの小さな物なら利き手で持つ。勿論左手でナイフを扱わない事は無いけど、あそこまで左手を使うと言うなら、左利きという事だ。

 

「あ、本当だ!よく気づいたな…」

「どうりで違和感があると思っていた」

 

俺の言葉に、杉野や片岡が気づいた。他のみんなも気づいたようで、少しざわついている。

左利きってのはスポーツでもかなり有利な性質として扱われている。不破曰く、左利きと滅多に戦う事ないから、いつもよりやり辛く感じるらしい。

どことなく霧宮のナイフを使っている様子に違和感を感じたのは、そういう事だろう。烏間先生が避けづらそうにしている理由も、霧宮が左でナイフを使っているのもあるかもしれない。

 

けど、俺が感じた違和感はそれだけじゃ無い。霧宮について、まだ何か隠されてある事があるかの様な…

 

「ふっ!」

「!!」

 

訓練の方を見ると、先ほどまでと同じ様に攻撃を仕掛けるも見せかけ、1番大きく踏み込んで斬りかかる。あの一撃を躱すために、烏間先生は後ろに飛んだ。

流石に踏み込み過ぎたせいか、その攻撃の後すぐ攻撃する事は出来ず、暫く体制を整えていた。だが…

 

「ハッ!」

 

まるでフェンシングのように、身体の向きを横にしたまま、後ろ足を踏み込んだ足のそばにつけると、前足を大きく踏み込む。そして、その手にあるナイフを思いっきり突き出した。

 

「…ぐ…」

 

避ける事が出来ず、烏間先生は流石に防御した。霧宮の握っているナイフではなく、その手を掴んで防いでいる。手が思いっきりぶつかり、その衝撃でナイフは落ちていった。

 

「…3分。流石に無理だったか」

「いや、危なかった。防御出来たのは偶然だ。勘が外れていれば、間違いなく当てられていた」

 

どうやら、今ので3分経ったらしい。ナイフを当てる事が出来なかったから、点数はない。

けど技術の話をすれば、クラスの中の誰よりも強いのは確かだ。磯貝や前原なんかは、2人で一緒に仕掛けてナイフを当てれる。けど霧宮は、恐らく1人でも、ナイフを当てるだけなら出来るだろう。それぐらい、霧宮は強かった。

 

 

 

 

 

「霧宮!お前スゲェな!あそこまで烏間先生を追い詰めた奴なんて居ないぜ!」

「いや、まだ修行不足だ。あれではまだ殺せんせーを殺す事は出来ない」

 

訓練が終わった後、杉野が霧宮に話しかけている。ああいうところは流石だよな。杉野は誰とでも仲良くしようと振舞う。俺が野球部にいた時も、俺と話したのは杉野ぐらいだし。

杉野に話しかけられた霧宮は、まだ修行不足だと言っている。目指している物のレベルが相当高いから、厳しくなるんだろうな。

 

「本当に凄いね。あの剣術は、誰も出来ないよ」

 

その会話の様子を見ていた渚が、呟いた。俺の後ろにいたから聞こえたんだけど。

 

「あの暗殺も、1番上手だったし」

「…でもお前も同じような暗殺をしてたじゃん。あの鷹岡に」

「あれは鷹岡先生だったから。殺せんせーに仕掛けても余裕で躱されるよ」

 

霧宮に感心している渚に言うと、普通に否定された。まぁその通りなんだけど。

 

最近なんとなく分かったんだが…渚は自己評価がかなり低い。

自分に対して厳しいと言えるのかもしれないけど、渚の場合はそれではないって感じだ。

例えば、『自分はそんなに大した奴じゃない』っていう言葉はよく使われる。俺も使う時がある。

それを使う理由は大きく2つある。1つ目は、他人と付き合うために謙遜して言っているから。もう1つは、自惚れないようにあえて厳しく言っている時だ。

けど渚はそのどちらでもない。心の底からそう思って言っている感じだ。

あの鷹岡の暗殺も、烏間先生のアドバイスがあったから出来たとしか言わない。確かに烏間先生のアドバイスのお陰もあるかもしれないけど、成功できた事に対してちょっとぐらい自信を持ってもおかしくない。寧ろそうなるはずだ。

けど渚は、自信を持つどころか、偶然良かった、誰かのお陰で上手くいったとしか思わない。自分に対して評価しない。

どうしてそこまで自己評価が低いのか…なんか理由がありそうな気がする。

 

気づくとみんなは教室に帰っていく。遅れないようにと、俺と渚も教室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6限目、毎週恒例の小テストの時間だ。与えられた小テストを終わらせたら帰っていい事になっている。

俺は一応終わらせた。だが提出はしていない。理由は何となく分かるだろ。

 

ガタッと椅子を引く音がした。1人の男が終わらせた小テストを提出しようとしている。それが一体誰なのか、何となく分かっていた。

 

「おや霧宮くん、もう終わらせましたか」

 

そう、霧宮だ。俺が終わったという事は、他にも終わらせた奴が複数人いるという事だ。けどいままで殺せんせーに提出しようとしている奴はいない。恐らくみんなも、俺と同じなんだろう。

 

本当に霧宮が、殺せんせーを殺せるのかどうかを、その目で見ておきたいんだ。

 

「頼む」

 

暗殺を仕掛けるのかと思いきや、普通に小テストの紙を渡した。それは、今日はもう暗殺を仕掛けないという意味なのか、それとも、暗殺を仕掛けるための布石なのか。

 

「ええ、それでは、明日も頑張って殺しましょう」

 

霧宮がこの教室に来て、たった1日しか経っていない。だがその僅かな期間で、俺らは霧宮の強さを実感した。

コイツなら、本当に殺せるのかもしれない。恐らく、いままで仕掛けたどの暗殺よりも完成形に近いその暗殺が、誰よりも可能性が高いという事を実感している。

 

殺せんせーに紙を渡した後、殺せんせーの後ろを通りながら廊下に出ようとしている時、霧宮のナイフが、殺せんせーに向かって伸びていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…な………!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺せんせーの悲鳴は、出なかった。

 

教室に響いた声は、驚いた時のそれで。

 

 

 

 

 

それを発していたのは、暗殺を仕掛けた霧宮だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヌルフフフフ、惜しかったですねぇ。今のは防げましたよ」

 

 

ニヤニヤとしながら、殺せんせーが話している。毎回あの言い方に腹を立てる。

殺せんせーの頭に向かって、ナイフを刺すようにしていた霧宮の腕が、殺せんせーの触手に捕まっていて、防がれていた。

 

「うわ…いま俺らは分かんなかったのに、なんで殺せんせーは防げたんだ?」

 

前原が驚きながら、殺せんせーに尋ねた。暗殺が起こるかどうかを観察しようとしていた俺らでさえ、今の暗殺は気づかなかった。けど殺せんせーは暗殺が来る事を分かっていて、それを防いだ。一体どうして、霧宮がいま仕掛けた事が分かったんだろうか。

 

「朝の時に一回、昼の時に一回、霧宮くんは暗殺を仕掛け、それ以外では仕掛けようとしませんでした。恐らく霧宮くんは、先生が警戒していない時を狙っていたんです。

なら霧宮くんは、どうやって警戒しているかどうかを判断しているのかを考えました。そこで、先生は一つ仮説を立てました。霧宮くんは、先生の視線で判断しているのでは無いかと」

 

殺せんせーが『視線』と言ったのをヒントに、いままでの暗殺を振り返ってみる。

最初の暗殺は、朝のホームルームで、殺せんせーが霧宮に自己紹介をさせて席に行くように指示をしていた。思ったよりも普通っぽい感じだったから、少し疑問を抱いたところで暗殺があった。

2回目は、昼休みの頃だった。霧宮の持って来ていた弁当が気になっていた時だった。竹細工の弁当箱が珍しくて、その話題で盛り上がっていた時、殺せんせーにおにぎりを渡そうとしたところで暗殺を仕掛けた。

そして今回、小テストのプリントを渡し、一度帰ろうと見せかけて暗殺を仕掛けた。

なるほど、どの暗殺も、別の何かに視点が行きがちな時に仕掛けているな。

 

「視線を誘導したという事か?えっと確か…」

「ミスディレクションでしょ。マジックの時に結構使われるけど」

 

視線を誘導する技術がなんだったかを思い出そうとした時、カルマがその答えを言った。そう、ミスディレクション。影が薄い事が有名などこかの主人公も、その技術を使っていたな。

 

「今回はわざと、視線を君から外してプリントに集中しました。思った通り、霧宮くんは暗殺を仕掛けた。その技術は見事でしたが、もう少し疑う事を覚えた方が良いですねぇ」

 

…相変わらずハイスペックだな、殺せんせー。罠であったとしても、霧宮を視界の外にする訳だから、暗殺をどのように仕掛けたかどうかなんてよく分からない筈だ。けど殺せんせーは、霧宮の様子を見ないで防いだんだから。

 

「…流石、懸賞金として100億円かかる訳だ。並大抵の観察力では無い」

 

霧宮も思わず驚いていた。あのようにして防がれるとは思っていなかったんだろう。視線を逸らさないように警戒する事はあっても、敢えて視線を逸らして防ぐなんて思ってもいなかったから。

 

「だがこれで終わってはいない。マッハ20と言っても、動き出すまでに若干時間がかかる。今日の暗殺で分かった。

朝と昼ではその時間の間に斬ることは出来なかったが、この至近距離なら…」

 

だが霧宮も暗殺を終わらせた訳ではないようだ。話しながら殺せんせーの触手を振りほどき、ナイフを殺せんせーに突き刺す。その動きが、かなり最小限の動きで、俺らは目で追う事は出来なかった。

 

《ガシ!》

 

だがまた防がれた。やっぱり殺せんせーの警戒力の方が上だった。そりゃ、毎日俺らの暗殺を躱している訳だから、そう簡単に暗殺は出来ないんだろう。

 

とは言っても、意表をつくという意味だったら、霧宮が群を抜いている。今日はダメでも卒業までなら…

 

 

 

 

 

「……なさい」

 

 

 

 

 

 

…ん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その暗殺は辞めなさい。霧宮くん」

 

 

 

 

 

……え…?殺せんせーが、霧宮の暗殺を禁止した?

 

 

 

「その暗殺は…それだけは禁止します」

 

 

…なんでだ?特に問題があったとは思えない。

いままで殺せんせーはどんな暗殺を仕掛けてもそれについて禁止する事は無かった(酷評はされるけど)。

けど、霧宮の暗殺だけは禁止した。一体なんでだ?

 

「やり方を変えてください。君の実力ならどの形の暗殺であっても良い形に仕上げてくるでしょう。さもないと…」

 

 

 

 

 

「あんたが俺のやり方に口出しをするな!」

 

 

 

 

 

殺せんせーが話している途中で、今度は霧宮が大声で怒り始めた。この2人の間で何が起きているんだ…?

 

 

 

 

 

「…チッ……!」

 

軽く舌打ちをして、霧宮は教室を出た。バン!と扉を閉める音が大きく響く。

 

今の一瞬の間に何が起きたんだ?霧宮が暗殺を仕掛けようとして、殺せんせーが霧宮の暗殺を禁止して、霧宮が怒って…何がどうなっているんだ。

 

「なぁ、殺せんせー…いったい…」

「…失礼しました。小テストが終わっている人は教壇の上に置いてください。先生は霧宮くんの様子を見ます」

 

殺せんせーにいったい何が起こっているかを尋ねようとしたが、殺せんせーは俺らに小テストを教壇に提出することだけ伝えて、教室から出た。恐らく、霧宮の様子を見に行ったんだろう。

 

先ほどまで楽しそうな雰囲気が嘘のようだ。気づけば教室は静かになっていた。この僅かな時間で起きた事は、一体何なのか。そのことに疑問を抱くだけだった。

 

 

 

 

 




殺せんせーがなぜ霧宮の暗殺を禁止したのか。それは次回のお楽しみに。

次回『調査の時間』


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第48話 調査の時間

書いてみたら結構濃い話になって来ました。あと1,2話ぐらい続くかも…


殺せんせーが教室を出た後、かなり静かな時間がかかった。殆どのクラスメイトは何が起きているのか、頭が追いついていかなくて、全く動く気配がない。

誰もが動かない時間が数秒あったが、その空気を壊すように俺は席を立つ。教壇の前に立ち、霧宮が暗殺を仕掛ける前に終わらせていた小テストのプリントをその上に置いた。

 

「なぁ、学真」

 

プリントを置いた俺に、磯貝が声をかけた。クラスの中で真っ先に動く奴と言えば、コイツぐらいだろう。

 

「どうする?霧宮のこと」

 

磯貝は、霧宮の事が気になっているようだ。多分、この教室の全員が同じ事を思っているだろう。それで、1番最初に動いた俺に、これからどうした方が良いか相談したいんだろう。

 

そんな問いかけに対する俺の答えは、もう決まっていた。

 

「…調べようぜ。霧宮について」

 

あの僅かな時間だったけど、それでも一つだけハッキリとわかった事がある。霧宮には、何か大きな秘密がある。

殺せんせーがアイツの暗殺を禁止したのも、霧宮が怒ったのも、何かあるとしか思えない。この状況をどうにかするためにも、霧宮について調べないといけないと感じた。

 

「調べるって…出来るのか?俺らに…」

 

俺が言ったことに対して、三村が自信なさそうに言った。霧宮について調べると言う事が出来ると思わないようだ。

出来ない訳ではないと思う。この教室に来て数ヶ月だけど、ここのみんなは才能が結構ある。だから不可能という訳ではない。

けどみんなはそう思っていない。恐らく、あの呪いがまだ微かに残っているんだろう。

 

『エンドのE組』

 

落ちこぼれの代名詞でもあるその名称が、まだ完全に張り切ってはいない。暗殺とか、球技大会の時は殺せんせーのいう事に従えば上手く行くという自信があった。

けど、いまは殺せんせーはいない。殺せんせーの助けを借りずに、自分たちだけの力で達成できる自信がまだ無いんだろう。他のみんなも表情が悪い。

 

「出来る出来ないじゃねぇよ」

 

…けど、その空気は振り切らないといけない。

 

「ここで動かなきゃ、後で絶対後悔する」

 

俺は知っている。動かなければかなり後悔することになる事を。

建前を気にして、動かなかったあの日…もし動いていたらと後悔する時が今でもある。夢でさえ出てくる。

だから、自分に出来るかどうかで動く動かないを決めてはいけない。

 

俺の言葉を聞いて、何人かが動き始めた。小テストのプリントを前に出して、席につく。殆どのクラスメイトは終わらせていたんだろう。

こうして、霧宮について話し合うことになった。

 

 

 

 

 

 

 

「霧宮についての情報は、だいたいこんな感じか?」

 

磯貝が前に立って、霧宮の情報を出来る限り出した。黒板には、剣術の道場の経営者の息子、情報機器の操作が苦手、勉強が好きでは無い、左利き、剣術が得意…などの霧宮の情報が書き出されている。

 

「ちょっと特殊だって事は分かるけど…秘密に関するような情報は無いね」

 

片岡が黒板に書かれてある事を見て、呟いている。まぁ確かに…黒板に書かれてあるのは少し変わった霧宮の特徴だ。これだけだと霧宮が変わり者であるという事しか分からない。これだけだと肝心の秘密には…

 

いや…逆か。

 

アイツの性格が特殊すぎるから、本来気づかないといけない違和感に気づきづらくなっているのか…

違和感と言えば…

 

「ふと気になっていたんだけどさ…」

 

俺が考え事をしている途中に、不破が話し始めた。

 

「霧宮くんって、暗殺の時は一撃だけに拘るよね。烏間先生との模擬戦の時は、ナイフを連続して攻撃していたのに」

 

不破に言われて、思い出した。確かに暗殺の時は一撃しか仕掛けていない。烏間先生が言ってたけど、手練れの相手の場合は、初手はかなりの確率で躱される。ナイフで暗殺をするなら、一撃で仕掛けるよりも連続して攻撃した方が、暗殺できる可能性が高い。

 

「一撃目で大きく逃げたから、攻撃出来ないんじゃ?」

「…それだけじゃないだろ。3回も同じ暗殺を仕掛けるってのも少し変だし」

 

岡島が言った推測を否定する。1回目は確かに、遠くに逃げてしまったから無理だったとも考えられるけど、それを3回も繰り返すのはおかしい。霧宮の攻撃は、どれも一撃に集中している。一回やってダメだったら、別の方法を考えるのが普通だ。それを3回もやっている。こだわりがあるのか知らないが、避けられると分かっていて、同じ方法で挑むのも妙だ。

 

「暗殺の仕方を変えるんじゃなくて…暗殺に気づかせないようにしているとかは?」

「それもないでしょ。というより、霧宮では無理だし」

 

今度は木村が言ったけど、それをカルマが否定した。確かに、霧宮の暗殺は、標的に気づかせないで仕掛けるのが取り柄だ。けど、霧宮の場合、それが出来ない理由がある。何故なら…

 

「単純に、強いんだよ。渚くんは貧弱そうだから、標的は油断する。

けど霧宮は、普通に強い。体育の時間でも他の誰よりも剣術が優れている事を見せつけた。そんな実力の持ち主を、警戒しない方が難しいよ」

 

と、いう事だ。渚よりもスキルが身についているから有利な所もあるけど、だからこそ警戒される。だから気づいてしまう。

実際、3回目の暗殺では、殺せんせーに躱されている。殺せんせーなら誰の暗殺でも警戒するけど、霧宮には特に注意を向けていた。そんな状態で、同じような暗殺を仕掛けても、躱されるというのが直ぐに分かりそうなものだ。

 

だから、何回もあの暗殺を繰り返すのには、何か理由があるとしか思えない。その理由が、あの言動にも繋がっているんじゃないかとしか考えられない。

 

 

『霧宮さんの位置を、特定しました』

 

 

霧宮について調べる為には、もっと色々と調べねぇと…ん?

 

 

「律…?」

『霧宮さんの位置を特定しました。使ってはいないそうですけど、携帯電話は持っていたので、位置設定サービスによって位置を特定する事が出来ました』

 

…嬉しそうに言っているところ申し訳ないけど、無断で設定するのはマナー違反じゃね?

忘れていたけど、朝の時、霧宮の携帯電話と律がリンク出来るようにしていたんだった。霧宮は全く分からなかったようだから、烏間先生がしてくれたみたいだけど。

 

「それで…霧宮は一体どこに…?」

 

この場の誰もが抱いているであろう疑問を、代表して杉野が聞いた。

 

『此処からは少し遠いですね。かなり歩きます。地図で言うと、この辺です』

 

表示画面が地図に切り替わる。地図上にある赤い丸が、霧宮のいる地点ってところか。

 

「結構遠いな。なんていう地区なんだ?」

『地区というより、村です。藪村という田舎のようです』

 

…田舎か。まぁ、それならあの機械に慣れていない所も納得がいくな。藪村ねぇ…聞いた事ねぇな。かなり遠いようだし、あいつひょっとして、電車通学だったりするのか?

 

「で、どうすんだよ。居場所が分かったらしいが」

 

寺坂が俺に聞いた。まぁ、提案したのが俺だし、決定するなら俺が妥当ではあるのか。

 

 

 

 

「もちろん、行こうぜ。あのままじゃ納得はいかねぇ」

 

 

 

行かないという選択肢は、俺の頭には無かった。居場所が分かったんなら、会わないといけない。

 

俺の言ったことに、反論する人はいなかった。荷物をまとめて、その村に向かった。

 

 

 

 

 

 

◆??視点

 

 

「凄いな、拓郎は」

「まさに天才ね」

「俺らも鼻が高いよ」

 

 

誇らしかった。俺自身が、鍛錬に励んで、力をつければつけるほど、皆が喜んでくれた事が、この上なく。

だから、此処が俺の居場所だと思ってた。どんなに辛くても、乗り切れると。明日からもここでいられるんだと…そう思っていた。

 

 

 

…なのに

 

 

 

 

 

『ダメだ。お前はもう、ここを継がせる訳にはいかん』

 

 

 

 

 

 

最後に、その道は閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇第三者視点

 

とある和風の家に、1人の男がいる。椚ヶ丘中学校のE組に転入してきた生徒、霧宮 拓郎だ。だが彼が着ているのは、学生服ではなく、本物の和服だ。その手に刀を持っており、彼の前には藁が束ねている。

その後、一瞬にしてその藁が真っ二つに斬られた。もちろん、霧宮が斬り裂いたのである。

それはいわゆる、居合斬りという技だ。素早く刀を振り、一瞬にして物を真っ二つに切り裂くというものだ。本当は鞘に収めた状態から始まるのだが、いま彼は、鞘から出した状態で居合斬りを繰り出したのだ。

居合斬りで重要なのは、速さもだが、何よりも正確さだ。速さを意識して雑に刀を振ると、あまり斬れないのだ。何回も素振りをして、斬る動作が身体に染み込んでいないと出来ない技である。

一見、藁は綺麗に斬られている。だがそれを見ている霧宮は、かなり不満そうな表情をしていた。

 

 

 

 

「見事な居合斬りですね。なるほど、霧宮くんの暗殺は、その剣術が土台となっている訳ですか」

 

 

 

部屋の中で、彼に呼びかけている声がした。本来は彼以外此処にはいない。

だが、霧宮は動揺せず、その声の主を見る。

 

「何処から入った?扉は閉めた筈だが」

「そこはお気になさらず」

 

彼に声をかけたのは、殺せんせーだった。扉が閉まっている筈なのに、入ってきているのは明らかに不審だが、国からの情報からすると、この生物は神出鬼没、いつ何処に現れるか分かったものではないらしい。だから、別に驚くことはないと割り切っていた。

 

「両親はいらっしゃらないんですか?」

「いない。仕事だそうだ」

 

霧宮の両親は、いま家にはいない。仕事の都合で、外にいるのだ。別に不都合があるわけではない。寧ろ、この生物が家にいるので、いま家にいると逆に問題が起こる。

 

「…それで、何か?」

「先生から君に渡したいものがあります」

「渡したいもの…?」

 

訝しげな表情をしている。ターゲットではあるが、目の前の生物は自分の教師でもある。だから仲良く話していること自体は問題ではない。

だが、物を渡してくるとは思っていなかった。プレゼントという言葉があるのは知っているが、霧宮はいままでにそれを貰った事はない。だから驚いている。

そんな状態になっている霧宮に、殺せんせーが渡したのは、かなり細長い物…それこそ、刀のようなものだった。

 

「刀…の形をしているが、その形になるように、あのナイフを改造したという事か」

「ええ、短いナイフでも問題では無いようですけど、どちらかというとそちらの刀の方が使いやすいでしょう」

 

殺せんせーから貰った刀の形をした対先生用ナイフを見ている。かなり不恰好なのは、殺せんせーが工作が苦手だからと言うわけではなく、流石に直接触れずに工作すると言うのは難しかったようで、刀の形を構成させるだけで精一杯だったようだ。

ブン、とその刀を振る。霧宮は、特にその刀に問題は無いと認識した。先ほど振った刀のような感じで振り抜けた。

 

「君のナイフを振るスピードは、クラスの中でも最高の速度でした。その速度を活かすなら、短いナイフよりも、その長いナイフの方が効果があるでしょう」

 

殺せんせーの言っていることに、霧宮は同意した。

長さが長いと、重みがかかるので遅くなるような気がするが、霧宮のスキルならば、その遅さをカバーする事が出来る。同じ速さなら、リーチが長い方が有利になるだろう。

この標的は、暗殺者に有利な状況を作り出す。生徒の暗殺にも適切にアドバイスをしたり、自分を殺すために設置された機械にも改良を施したり、暗殺者を鍛える事に力を入れている。それはクラスメイトから聞いていた。

 

 

 

 

 

「そんなあんたでも、()()()()は認めないというのか」

 

 

 

霧宮は、殺せんせーに尋ねた。どうしてもあの暗殺を認めないのかと。

 

「それはダメです。霧宮くん」

 

顔にバツ印をつけながら、殺せんせーは言った。絶対に認めない、という意味なのだという事を霧宮に悟らせる。

 

「この暗殺教室のシステムの特徴は、暗殺をする毎に磨かれていくというものです。どのような暗殺であっても、アドバイス出来るところがあればアドバイスをしますし、改善しないといけないところがあるなら、改善は惜しみません。

ですが、あの暗殺は、君の明日を失う殺し方です。仮にあのやり方で私を殺したとしても、君自身が苦しむ結果だけが残ります。少し前に()()()の暗殺を仕掛けた生徒がいましたが、その暗殺だけは叱りました」

 

殺せんせーの考え方を、聞いている。暗殺をする度に磨かれる、というのは理に適ってなさそうな理論だが、あの教室の代名詞である『暗殺教室』だから成り立っている。

その理論を持つ教室であっても、霧宮の暗殺は認められない。あの暗殺は、他のあらゆる暗殺とは訳が違う。

 

「それでは、私はこれで。もう直ぐアメリカで試合があるので。暫くしたら来ますね」

 

別れの挨拶を軽く済ませて、殺せんせーは窓を開けてドビュン、と風を切りながら飛んでいった。

やはり、認められなかった。何となくわかっていた。教師としてなら、認めるわけにはいかないだろう。

 

 

 

 

 

 

「それでも、俺はあんたを殺さないといけない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、霧宮は振り切るつもりはなかった。霧宮は直ぐにでもあの標的を殺さないといけない理由がある。

()()暗殺を止めれば、殺せんせーを殺せるかどうかが分からない。この学校に来るまでの空白期間のあいだ、殺せんせーを殺すために考えた最適な暗殺方法が、標的に気づかれないよう一瞬で切り裂くというものだった。

あの暗殺でなければならない。霧宮はそう認識していた。だが今の状態では、あの生物は殺せない。

 

 

 

 

 

ならばどうすれば良いか。

 

 

 

それを考えて、彼は1つの答えを得た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇学真視点

 

霧宮の位置に向かって移動し、もう直ぐ着く頃だ。もう既にアイツの住んでいる村…つまり藪村ってところだ。

 

「ほんっとに家が少ないな…こんなところに住んでいたのか」

 

菅谷の言葉に同意する。確かに、家が少ない。ポツンポツンと家があるぐらいで、後は畑ぐらいしかない。正に田舎、て感じだ。

 

『村の住人はわずか30人とかなり少ないです。村全体が1つの自治体のようで、全ての人が知り合いになっている様子です』

 

更に律の情報がスゲェな。30人って正に1つのクラス並みの人数だ。

 

 

 

 

 

「…それで、これがアイツの家か」

 

 

歩く事数分間、漸く目的の場所についた。想像よりデカいな。まぁ、家が道場をしているぐらいだし、相当な金持ちの家だろうとは予想していたけど。

 

とりあえず中に入ろうと思い、インターホンを鳴らす。『ピンポーン』ではなく『ビー!』という音だ。

暫くするとガチャ、と音がする。オートロックだったのだろうか。恐らく鍵を開けたのだろうと思い、扉に入って庭に入った。なるほど、あの扉は庭に入る方の扉だったのか。

 

感心していると、家から1人の男が出てきた。

 

「…意外だな。まさか生徒まで来るとは」

 

やっぱり、霧宮だった。生徒『まで』ってことは、殺せんせーもここに来たんだろう。その後どこかに行ったのかもしれないが。

 

「…お前と一回話をしたいと思ってよ。邪魔なら一旦帰るけど」

 

見ている限り、何か問題が起きている訳ではない。本当なら話を聞いておきたいと思っているけど、今すぐという訳でもない。何か問題が起きていたなら何かしようと思っていたが、その心配はないみたいだ。

 

「いや、俺もお前らに用があったから丁度良い」

 

帰ろうかと聞いてみたけど、霧宮は俺に何か用があるみたいだ。一体何の用事だろうかと思っていると…

 

 

 

 

一瞬、何かが俺の顔に近づくのが見えて、反射的に俺はそれを躱した。

 

 

 

 

 

 

結果的には、その判断は正しかった。そうしなければ、俺の頭は、霧宮に斬り落とされたのかもしれなかったのだから。

 

 

 

 

「な…!」

 

 

 

 

 

誰かが、ポロリと呟いた。恐らくは、殆どみんながそう言いたかっただろう。

 

 

 

 

「…惜しかったな。躱すとは思っていなかった」

 

 

 

 

 

コイツは、ホンモノの刀で、俺を斬ろうとしていたんだから。

 

 

 

 

 

 

 

「…ッ!テメェ、何のつもりだ!」

 

 

 

 

 

危機一髪で躱した後で、大声で叫んだ。いまコイツは、俺を斬ろうとした…つまり、殺そうとしていたんだから、怒りと、疑念を剥き出しにしてソイツに叫び飛ばしたくなる。けど霧宮は、涼しい顔をしてこう言った。

 

「あの生物は、教師としての使命を全うしている。生徒の様子を、1番に心配する生き物だと分かった。

だからお前らを殺して、あの教師の怒りを買うことにした。怒りのままに襲って来た時に真っ二つに切り裂くことにする」

 

 

…コイツ、正気かよ…!

霧宮の奴、殺せんせーを怒らせて、その上で暗殺をするという手段を取りやがった。人は怒ったときに理性が無くなるから、注意力が低くなる。それで暗殺の可能性が高くなると考えているのか。

その考え自体も間違っている。アイツが怒れば、集中力が無くなるとかの話じゃない。いつしかシロが言っていた。触手は、感情に大きく左右される物だと。もしキレたら、先生としての使命も守れるかどうかも分からない。

けどそれ以上に、俺らを殺すという考えが思いつく事が信じられない。そんな考え、思いついても、実行しようと思うか!?

 

「テメェ…分かってんのか!?これで暗殺が成功しても、お前自身が不幸になるだけだぞ!」

 

霧宮に言った。本気で分かっているのかと。こんな事をすればどうなるか、想像するまでもなく分かる。例え百億を得たとしても、霧宮には罪しか残らない。人生が破綻するような道を選んでいる。それは、ここにいる奴全員が分かっている筈だ。

 

「…分かっているさ。後戻りが出来ないという方法だという事も。

 

だが、俺はどうしても奴を暗殺しないといけないんだ!」

 

 

霧宮は、強く、苦しそうに言った。口から発される言葉はかなり重く、目はかなり暗かった。その時点で分かった。コイツはいま、冷静に考える事が出来ていない。

 

 

 

「俺のことは、恨むまで恨め。俺はお前らを…斬る!」

 

 

 

霧宮が、刀を使って俺に斬りかかる。体育の時に見せた時のように、滑らかで素早い連続攻撃だ。一瞬でも気を抜けば、アッサリと切り裂かれる。

霧宮の攻撃を、ひたすら躱し続ける。刀の軌道を見失うと取り返しのつかないことになりかねない。視点を一点に集中せず、相手の動き全体を俯瞰して見て、敵の次の手を読む。

 

「…な、なんとか躱してる…?」

 

俺の様子を心配している生徒のうちの1人(声的には多分磯貝)が呟いたのが聞こえた。体育の時間じゃ躱すやり方は教わらなかったけど、八幡さんとこの訓練である程度は躱せるようになった。この調子なら…

 

 

「…………!!」

 

 

 

思わず焦って、後ろに跳ぶ。ヒュン、と風が通るような感触が頬を掠めた。

後ろの床に足をつけた。嫌な予感がして頬を触ると、何か液体のようなものが触れた感触がする。直ぐに察した。それは、血だと。いま、俺の頬から一筋の血が出ていると察した。

だがそんな事が気にならないぐらいになっていた。いま俺は、とんでもないものを見たんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前………右利きなのか?」

 

 

 

 

俺が霧宮の攻撃を躱し続けている時、霧宮は刀を左手から右手に持ち替えた。それを見て後ろに飛ぼうとしたんだが、霧宮は目にも止まらない速さで刀を振って、俺の頬を掠めた。

…周りの全員が動揺している。体育の時に、アイツは左利きだと認識していた。けどここに来て、いきなり右手を使い出した。だっていままで右手を使ったことなんて…

 

 

 

 

 

 

「…流石に速いな。あと数秒あれば、真っ二つに斬れていたんだが…」

 

残念そうに話している霧宮の()()には、対先生用ナイフがある。それさえも、いつ取り出したんだと思ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

そうか、思い出した。アイツ、暗殺の時は右手を使っていた。体育の時の違和感はそれか…

霧宮は、普段は左手を使うけど、暗殺の時だけ右手を使っている。それは、何かの理由があるとしか思えない。一体、なぜ…

 

 

 

『データベースの中に、情報が入りました。霧宮さん、あなたは…畑崎中学校で起こった事件に巻き込まれた方ですね』

 

ふと、声が鳴った。誰の携帯からかは分からないが、その声は律だ。

 

「律、事件って?」

『今年の4月に、学校内で暴れまわる人物がいたそうです。学校内は大荒れで、学校は警察を呼びましたが、その人は逃亡しました。

その時、霧宮さんはその人に怪我を負わされたそうです』

 

…怪我?

 

「まさか…右手にか?」

『はい。鈍器によって右手の腕を強打され、かなり酷い怪我になったとありました。霧宮さん…その右手は、まだ完治していないんですよね』

 

律が霧宮に聞いた。確かに、まだ右手は完治されていないというのが1番考えられる。そうじゃなければ、最初から右手を使えばいい話だ。

 

「…その通りだ。骨が外れ、全治1年。その間、無茶な動きは避けるように言われている」

 

…やっぱりそのようだ。4月の時点で怪我をしたんなら、そこからまだ時間は経っていない。本当ならまだ腕を固定しないといけない筈だ。

漸く繋がった。殺せんせーが霧宮の暗殺を禁止した理由。殺せんせーは、霧宮の腕が損傷している事に気付き、その腕で暗殺を仕掛けていると分かった。だから禁止した。それは、霧宮の腕を更に悪化させる行為だから。殺せんせーはそういう暗殺は許さない。前に渚が自爆テロをした時にかなり怒ったと聞いている。自分を犠牲にする暗殺は、何にも残らないというのが、殺せんせーの言っていた話だ。

それに、腕を損傷しているなら、なぜ一撃に拘るかの理由も分かる。そんな右手なら、連続して攻撃する事はほぼ不可能だし。

 

「…じゃあ、いま直ぐに殺せんせーを殺さないといけない理由って…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「医療費だ。いま直ぐにでも、この腕を治すために」

 

 

 

 

 

霧宮は話した。医療費のためだと。

霧宮の言っている病院は、全治1年と言っていた。だが他の病院によっては…医療技術が進んでいる外国なら、もっと短い期間で完治する事も期待できる。そのためには、莫大な金がかかる筈だが。

 

 

 

「俺はもともと、剣術の道場を継ぐ予定だった。だがこの腕を損傷して剣術の訓練ができなくなった。父親は俺に継がせるのを取りやめた」

「…なんでだ。たった1年だろ?」

「1年も道場に出れなかったものを、後継と認めるわけには行かないと父は言った。1年では、遅い。

俺は直ぐにでも、この腕を治さないといけない。

 

そして俺は、あの道場に戻らないといけない。

 

 

だから一刻も早く、あの生物を殺さなければならない」

 

 

 

 

 

苦しそうに、霧宮は言った。

 

…なるほど。ようやく分かった。

コイツは、自分が道場を継げないという事で、パニックになっている。理由は分からないが、道場の後継になると言う事に拘りを持っているようだ。

だから医療費の百億を獲得する事しか頭に入っておらず、思考がまともに働いていない。現に、自分の考えが論理破綻を起こしていることさえ分かっていない。コイツはあくまで、『道場の後継になれる手段』しか考えておらず、具体的なビジョンが全くない。

 

 

 

 

「杉野」

「…え?わっ!」

 

杉野に、ポロシャツを投げ捨てた。コイツにしないといけない事が出来た。そのためには、動きづらくなるコレは邪魔でしかない。

 

「霧宮、テメェの状況は大体分かった。けど、お前は知っておかないといけない事がある」

 

上半身は何も身にまとっていない状況だが、今は夏だし寒くはない。

1回深呼吸をする。集中しておかないといけない事が分かっているから、気合を入れた。

 

 

 

 

 

 

 

霧宮を大人しくさせる。そのための真剣勝負が、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




霧宮くんは恐ろしい作戦を仕掛けてきました。生徒を殺して、怒った先生を返り討ち…かなりリスクの高い選択ですね。学真は彼を説得することができるのか?

次回『霧宮の時間』


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第49話 霧宮の時間

お待たせしました…もう一つの小説に時間をかけてました。




畑崎中学校、コレと言った特徴のない1つの中学校。俺はその1人の生徒だった。

 

学校の中で、俺はコレと言った特徴が無い生徒だった。顔がいいわけでもなく、成績は最底辺に近い方、運動能力は高いがスポーツは苦手…殆どの分野で良い成績を出すことが出来なかった。

 

先生は言った。これでは将来困ると。級友は言った。取り柄が無いと。

それでも構わなかった。俺は別に、社会に居場所がなくても困らないと。

 

 

 

 

 

「凄いな拓郎は」

「まさに天才ね」

「俺らも鼻が高いよ」

 

父親が師範をしているこの道場で、多くの門下生を打ち負かしてきた俺に絶賛の声が出た。子どもの頃から憧れていた剣術に、見よう見まねで練習して…師範の父には敵わないが、父の域に達するまであと少しだと実感した。

 

俺の居場所はここにある。心の底からそう思っていた。

 

 

 

 

この道場で、もっと剣を極めよう…そう誓った。

 

 

 

 

 

 

 

◇学真視点

 

目の前の男、霧宮に立ち向かう訳だが、下手をすれば死に繋がる。なんで命がかかるんだって文句を言いたくなるが、今はそんな事を言ってられない。コイツは本気だから。

 

「霧宮、お前がその刀を使うんなら、俺はコレを使うぞ」

 

俺はカバンの中から、対先生用ナイフを取り出した。殺傷力がゼロに近いが、俺はコイツを殺すつもりはない。俺の目的は、コイツに認めさせる事だ。

 

「ルールを決めようぜ。俺がお前にコイツを当てたら、俺の勝ち。その時点でお前の暗殺は諦めてもらう」

「…良いだろう。もしお前に当てられたなら、俺にあの標的を暗殺する資格はないという事だからな」

 

話し合いが終わった。取り敢えずは理解してもらったようだ。コイツは俺を殺す事を目的としていて、俺はコイツを殺す事を目的としていない。目的が違うもの同士の対決は、どこを落としどころにするかをハッキリさせておかないと、いつまで経っても平行線のぶつかり合いをしてしまう恐れがあるからな。

 

 

 

 

 

 

 

「学真くん、本当に大丈夫なの?」

 

話し合いをしている最中の俺に、誰かが話しかけた。ソイツは、矢田だった。かなり心配そうにしてるようだ。

この対決には、俺が死ぬという結果が含まれている。心配するのは当然だ。

 

「…仕方ねぇよ。アイツを正気に戻すためには、コッチがリスクを負わないといけない」

「……でも…」

 

矢田はやっぱり納得していない。他人思いなコイツの事だ。理解はしていても認めたくは無いだろう。

こんな時に、『大丈夫だ』とか言えれば良いんだろうけど…根拠のない事を言うのはあまり好きじゃないから、とても言えない。漫画の主人公とかを見ると本当にスゴいと思う。

じゃあ何を言ったら良いのだろうか。俺には、コレしか言えなかった。

 

 

 

 

 

 

「取り返しのつかない事になる事も分かっている。けど、ここでひいたら、俺は絶対に後悔する」

 

 

 

 

後悔する行動はしたくない。それが俺の本音だ。霧宮のところに来たのも、この勝負を受けてたったのも、俺がそうしないと気が済まない。

ワガママだってのは分かっている。けど、ワガママに生きなければ、自分が損するだけだ。

 

俺の言葉に納得したのか、矢田は後ろに下がった。取り敢えずはコッチの心配はしなくても良いみたいだ。

 

「終わったか」

「…待っててくれたのか。それはありがたいな」

 

霧宮は待っててくれたのか。まぁ、気が逸れた時に仕掛けてくるかと警戒していたが、何もしてこなかったのは意外だった。

 

「勝負を受けて立つと言った者に、不意打ちを仕掛けるのは好きではない」

 

…なるほど、暗殺なら不意打ちは仕掛けるけど、勝負ではそうしない。根っこからの勝負人気質って奴か。本当に侍…ていうか武士みたいだな。

 

それだけの会話をして、霧宮は構えた。刀は左に持っている。基本左手を使って、いざという時に右手に持ち替えるつもりだろう。

力の差は歴然としている。霧宮は道場の師範の息子、コッチは剣術…ナイフの扱いとか体術は齧り程度だ。圧倒的にあちらに士気がある。

力で劣るなら、頭を使うしかないだろう。今日一日中観察して、霧宮には大きな弱点がある事が分かった。そこをつくしかない。肝心なのはそのタイミングだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いくぞ」

 

 

 

 

 

 

霧宮がそう言った。勝負開始の合図というところだ。それだけで緊張感が高まっていくのを感じる。

霧宮が最初に斬りかかって来た。振りかぶってくる刀の腕を押さえる。速さでは負けているから、ある程度先読みしないと追いつかない。

上手く防いだ後、腕を押さえた手とは別の腕を使って、ナイフで仕掛ける。観察力が高いからなのか、そのナイフをギリギリで躱された。

ナイフを振る方に力を入れたせいで、押さえつけていた霧宮の手が解かれた。横一線、勢いよく振る霧宮の刀を屈んで回避する。

だが視界はそのまま霧宮の方を向いたままだ。コイツの1番厄介なところは、連続して斬撃を繰り出してくるところだ。霧宮の動きを見失えば、あっという間に斬られてしまうからな。

やはり連続して刀を振ってきた。少し前と同じように、一方的に俺が攻撃を避け続けていく形になっていった。

 

 

 

◇第三者視点

 

学真と霧宮の一騎打ちを見届けている生徒たち、彼らの視線の先は霧宮の攻撃を避け続けている学真の姿だ。一見互角そうだが、経験は当然霧宮の方が持っており、学真に不利だ。

 

「なぁ…いまは無理だけど、霧宮が隙を見せた時に全員で押さえかかれば良いんじゃねぇか?」

 

その様子を見続けていた村松が話した。霧宮は目の前の学真に集中しており、他の生徒からは気が逸れている。今のうちに霧宮を押さえつけれる場所まで移動して、いざという時に押さえつければ良いんじゃないのか…そう提案した。

 

多くの生徒は、それに納得した。それは、学真に怪我を負わせないかつ、霧宮を押さえる最善の方法だ。

 

「いやダメでしょ。それじゃ納得しない」

 

だが1人の男は賛成しなかった。その男、カルマは村松の言うことに賛成出来なかった。

 

「な、納得しないといっても、押さえないとしょうがないだろ。いまの霧宮を説得する方法なんて…」

 

吉田は言った。霧宮が納得するしないの問題ではない。霧宮がやろうとしているのは学真を殺そうとしていることで、取り返しがつかない行動だ。

ましていまの霧宮は冷静に話を聞ける状態ではない。穏便に話を済ませようとしても無理であり、止めるなら力づくでないと不可能だろうと。

だがカルマは、首を振った。

 

「霧宮が、じゃない。学真が納得しないんだよ。

アイツ、スイッチ入ると妙なところに拘りが出るからさ。その状態で俺らが止めても、アイツは多分止まらない。不完全燃焼のままになる。

ああなると本人が納得するところまでやらせるしかないよ。勿論命の危険になると助けに行くつもりだけど、そうでないなら見守るしかないよ」

 

カルマの言葉を聞いて、数人の生徒は思い当たるものがあった。

それは、とあるデパートで学真が金宮に襲いかかった時だった。学真は金宮に強く怒り、磯貝らの制止を聞かなかった事がある。その時カルマは、学真は一線を越えると納得するところまでしないと気が済まない性格があると認識した。

金宮の時は問題に繋がりかねないから力づくで止めたが、今回は霧宮を納得させることを目的に動いている。その状態の彼を止めても何にもならない。何かしら変化が起こらない限りは、見物に徹するのが良いだろうと考えている。

 

そんな話し合いが進んでいる間も、霧宮と学真の戦いも変化が生じ始めた。

 

 

 

 

◆霧宮視点

 

いつも通り、学校に通い始めていた。学校に行きたい理由はないが、学校には行かないといけないと言われて、通っている。今日もまた、退屈な時間が始まる。そう思っていた。

 

だが、その日はいつも通りでは無かった。

 

 

 

 

【バリィィィン!!】

 

 

 

 

 

ガラスが割れる音がしたかと思うと、目の前に、誰かが立った。

姿は分からない。黒い覆面で顔を覆っており、その姿を隠すように全身を隠していた。

その右手には、ガラスを割ったであろう武器を持っている。

 

 

 

悲鳴がなる。それは周りの生徒の声だ。

 

 

 

俺は悲鳴さえ出せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

戸惑っていたからだ。いつも通りでないこの現状に、どう対処していけば良いか分からない。

刀や木刀で戦う練習はした筈なのに、どう戦えば良いのかが思いつかない。

 

 

どうすれば良い、どうすれば良い、どうすれば…

 

 

 

 

 

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

 

聞くに耐えない叫び声が響く。目の前の男が叫んだ。

その声に、漸く意識を取り戻した時は遅かった。その男は既に俺の前に近づいていたのだから。

 

その男は俺に向かってその武器を振りかぶり…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《バコン!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

反射的に、中途半端に避けようとした俺の右腕に武器をぶつけた。感じたのは、右手に走る激痛…

 

 

そして、右腕の感覚がなくなった実感だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺に襲いかかったあの人物は、先生がこちらに来た時に学校の外に逃げ出し、行方を絡ませている。

被害者である俺は、先生に言われて病院で審査された。

審査結果は、骨折だった。骨が折れているためまともに動かす事が出来ないらしい。

完治まで、1年かかると言われた。病院で治療して、骨の位置を直し、完全に固定されるまで暫く腕を酷使せずにいるべきだと。だから腕自体は問題がない。

 

「ダメだ。お前はもう、ここを継がせる訳にはいかん」

 

だが師範である父は、腕についての現状を聞いた時にそう言った。

 

「と…師範!どういう事で…」

「刀を振る腕が使えなくなったお前に、ここを継がせる訳にはいかないだろう」

「…!今だけの話です。腕が元に戻った時には更なる研鑽に励んで…」

「1年も修行出来なかった奴を、後継と認めれるか」

 

…父は、俺を切り捨てた。1年修行が出来ない俺に、道場は任せられないと言った。

納得はする。俺が居ない1年の間、他の門下生は力をつける。その中に、後釜を狙っている者もいる。そんな中、1年間も修行が出来なかった俺が後継になるというのは、納得はしないだろう。

だから、後継として認めない。その判断は間違っている訳ではない。

 

 

 

 

だが、後継になれない俺には、何も残らない。

勉強も、運動も、剣術以外の才能がない俺が、父の道場の後継にならなければ、俺という存在には何の意味もない。

 

 

嫌だ…嫌だ…嫌だ…

 

 

 

 

 

あの道場の後継以外に、俺の居場所はない。それを失えば…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「世界を救う英雄になる気はあるか」

 

 

1人の男が、蹲っている俺に話しかけた。その男は、4月に父と知り合いになり、同時に俺とも知り合いになった。

俺の事情を知った彼は、俺にその話を持ち出した。いま世界で抱えている危険因子、それを殺せば、百億という成功報酬が得られると。

 

その話を聞いて、いてもたってもいられなくなった。日本では1ヶ月でも、外国の病院に行けばもっと短い時間で完治するかもしれない。

 

世界を救った実績と、報酬による腕の速い完治があれば、あの道場に戻れるかもしれない。

 

なりふり構ってはいられない。だって俺は戻らないと行けないから。

 

 

 

俺は、あの居場所に戻らないといけないんだ…!

 

 

 

 

 

◇学真視点

 

時間としてはかなりかかったと思う。それなりに耐えている…そう実感している。けど、俺が不利である状況は変わっていなくて、長引くだけ寧ろ不利になっていく、そんな流れが出来つつあった。

 

この状況を打開するためには、こちらから仕掛けないといけない。そう思った時から、既に行動は始まっていた。霧宮の足を払うように踏み込む。足に攻撃が来るのかと思った霧宮は足の防御に集中していた。そのせいで俺の腕の動きから意識が抜けている。

霧宮の足のすぐ側に足を踏みとどまらせて、ナイフを霧宮の頭目掛けてナイフを振る。

躱すために後ろに下がろうとしていたようだが、距離を開けることを許すつもりはない。霧宮が下がったぶんだけ前に詰めて至近距離を維持する。ナイフと刀なら、至近距離の方が有利になる。

 

ブン、と空気を切る音がした。恐らくは躱されたんだろう。だがそれは分かっていた。今の1発目で当たるだろうとは思っていない。ここから何回か攻撃を繰り返して、こちらが有利になるようにしていく。

大振りはせず、小さくナイフを振ることで、続けて攻撃をすることが出来るようにする。攻撃を躱されれば、間を置かずに次の攻撃を出す。隙を見せれば、折角詰めた至近距離から離れて、あっという間に形勢逆転される。

 

暫く攻撃をしつづける。先ほどから躱され続けてはいるが、問題ではない。

 

 

 

 

 

当てる事が目的では無い。

 

 

「ふっ!」

 

誘導が目的だからだ。

 

「…!」

 

先ほどまでナイフを振る戦術から、ナイフを一旦引いて真っ直ぐ剣先を霧宮に向かって伸ばす。いわゆる、『突き』という奴だ。

先ほどまで縦横方向に、最小限に避けていたのが続いていたせいで、咄嗟に繰り出した突きの反応が少し遅れた。体の中心に向かって伸びていくそれを躱すなら、小さな回避で躱せる筈がない。

 

「……ぐ!」

 

渾身の力を振り絞って、後ろに傾けた。けど咄嗟の反応だったせいで、体が後ろに倒れている。相手の体制が大きく崩れている。攻撃するなら今しかない。

突き出していたナイフを、自分の方に引き寄せて、遠くに倒れている霧宮に向かって突っ込む。体制が崩れた霧宮に向かってナイフを当てる。それが俺の作戦だ。

 

 

 

 

 

 

 

だが、それは甘い判断だった。

 

 

 

 

 

 

「な…!?」

 

 

後ろに傾いていた筈の霧宮は、まだ動いていなかった足を使い、一歩半ほど後ろに飛んだ。飛んでから着陸する間に、霧宮は体制を立て直し、地に足をつける。崩れたかのように思えた体制を、一瞬で元に戻した。

 

「継ぎ足という。剣術の修行を長年やってきた者が、簡単に体制を崩すと思ったか」

 

…ウッカリしていた。武術を心得ている奴が、そう簡単に隙を見せる筈がない。少し崩れたとしても直ぐに立て直せる術を持っていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「そしてその距離は、俺の攻撃範囲だ」

 

 

…不味い。霧宮は刀を右手に持ち替えている。あの高速斬撃かよ。

霧宮が後ろに飛んだことで、先ほどまで詰めていた距離が離れている。この距離だと、あの刀で一刀両断される。

前に飛び込みすぎたせいで距離を開けることも出来ない。距離を詰めて回避するにしても間に合わない。

 

将棋でいえば、詰みになっている状態だ。相手の攻撃を回避する術がない。このままだと、真っ二つに斬り裂かれて…

 

 

 

 

 

『さよなら、学真くん』

 

 

 

 

 

 

 

 

ふざけんな。

 

 

 

 

 

まだ償いもしていない状態で、終わってられるかよ…!

 

 

 

 

 

 

こういう時は、大抵頭に血が上っていくところだろう。

 

けど何故か、寧ろ頭が冷えていくような気がした。

 

 

 

 

 

一見、回避不可能なこの状態に…

 

 

 

 

 

 

 

打開する道が見えたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




危機一髪の学真くん、彼の運命やいかに!?

次回は霧宮編の最後のストーリーになります。

次回『必要の時間』


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第50話 必要の時間

霧宮編のラストストーリーです。





◇第三者視点

 

周りの同級生らは、とても焦っていた。学真が既にピンチだったのだから。霧宮の斬撃が繰り出され、学真は避ける事が出来ない。

いまの状況では、助けに行っても間に合わない。

 

ある生徒は、大声を上げた。何の意図があった訳ではなく、無意識に叫んでいた。

ある生徒は、目を覆った。目の前に起こる惨状を、見るのを避けるためだったのか。

 

 

一瞬で、霧宮の刀は振り抜かれた。

 

 

つまり、学真を両断した

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 

訳ではなかった。

 

 

周りの生徒が見えたのは、霧宮の近くで…

 

 

 

 

 

 

 

斬られていない体のままでいる学真の姿だった。

 

 

 

 

 

 

◇霧宮視点

 

 

……馬鹿な。

 

 

 

 

この男…学真は、信じられない事をやってのけた。

 

あの状態で回避は不可能。学真の持っている武器は、対先生用のナイフ…刀を防げるものでは無い。あの斬撃を躱す事が出来ず、学真を斬り裂けると思っていた。

 

 

 

だが、学真は刀がそこまで迫っていた瞬間…

 

 

 

 

 

 

 

下からナイフを当てて、刀の軌道を晒したのだ。

 

 

 

それだけではない。刀を当てた時に、そのナイフを軸に体を1回転して、刀の軌道から身体を逃した。

流石に刀に当たったナイフと…手ばかりは躱せず、ナイフの先は斬れ、手からは血が出ているが…

 

あり得るのか…?

 

達人同士の戦闘なら、攻撃してくるところを弾くことはある。だがこの男は剣術に関しての経験はないはず。ましていまの動きは、剣術をやっていてもできるものでは無い。

 

この男は、いったい……!?

 

 

 

 

 

「ふぅ…」

 

 

 

学真は、切れているナイフを見ている。ナイフは切れてはいるが、当てるだけならば問題はないと判断しているのだろう。

信じられない事をやってのけたと言うのに、なんで平然としていられる…いや、それ以前に…

 

 

 

 

 

 

なんで『死』を恐れない…?

 

 

 

 

 

 

「…学真、貴様何者だ」

 

 

 

 

 

命のやり取りをすると言うのに、全く怖がる様子もない。その時点で違和感は感じていたが、今みたいな死の瀬戸際であっても臆するどころか、冷静に対処する…そんな男が、普通の人間であるはずはない。

 

 

 

 

 

 

「…?ただの中学生だよ。理事長の息子という特別枠だけど」

「理事長…?」

「…そういや親父の事を知らないのか。なら言っておくぜ。俺のところの親父は普通じゃない。かなり異常だ。そのせいで、ある意味色々な力が身についてはいる」

 

 

 

…異常な、父親?それが、死に恐怖しない事に繋がるのか?

 

 

 

 

「なぁ、霧宮。お前に1つだけ聞いておきたいんだけどよ」

「…なんだ」

「道場の後継に、なんでそこまで拘るんだ?」

 

…!

 

「お前ほどの力があれば…道場の後継じゃ無くても、選択肢はあると思うぞ。その道場の補佐としても申し分ないだろうし、他の生き方も考えるという手もある。後継以外の道を選ぶという事も…考えないのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様に…何が分かる!」

 

 

 

 

…先ほどまでの困惑が、一気に消えた。その事は、どうでもいいと思ったからだ。

後継以外の道だと…!?

 

 

 

「後継になれない俺に、なんの価値があると言うのだ!」

 

 

 

怒りのままに、刀を振った。追い詰めた訳ではないから、容易に躱される。学真は後ろに下がった。

 

 

 

 

 

 

 

あの剣術以外に、俺の取り柄はない。それが全てだったからだ。勉学も、スポーツも、剣術以外の事は何1つ出来なかった。

そんな俺が他の生き方など、出来るはずもない。もともと、それだけの生き方しかしなかった。

 

父親は、俺を見限った。その時点で、俺は全てを失った。

 

だから、元に戻るためには、あの生物を殺さないといけない。そのためには、こいつらを殺さなければならない。

 

一刻も速く…戻らなければならない!

 

 

 

 

「お喋りは終わりだ…!」

 

 

 

 

 

 

容赦はしない。今度は殺す。先ほどみたいに躱されないように…!

 

 

 

 

「…そうか」

 

 

 

 

学真は、俺の攻撃に備えて、いつでも躱せるようにしている。

 

 

だが、躱させない。この短時間で、シッカリ分かった。

 

 

 

 

 

 

 

この男は、体術に関しては優れているが、力はそれほど強くはない。確かめた訳ではないが、いまのいままで力勝負を全く仕掛けなかったのがその証拠だ。

 

 

 

 

「ふっ!!」

「…うげ…!体当たり…!?」

 

刀で攻撃せずに、学真に向かって体当たりを仕掛ける。

想定外だったのか、受けきれずに飛ばされている。

あの状態では、着地は出来ない。吹き飛ばされている最中に立て直す事は不可能だ。少し後ろの方で、不時着して倒れている。

遠く離れている敵に向かって、再び距離を詰める。今度は刀で攻撃する。走った勢いをつけて、手に持っている刀で身体を貫く。先ほどのような避け方は出来ない。

 

 

これで、成功…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《バチン!》

 

 

 

 

 

顔に衝撃が走った。それによって一瞬気が逸れてしまい、刀の突きが外れてしまう。

そして、何かにつまづいてしまい、その場で横転した。自分でつけた勢いを、止める事は出来なかった。

 

視界が一変する。背中を打ってしまい、激痛がする。

 

視界が安定した時、いま何が起きたかを考えた。だが、考える余地も無かった。

 

 

 

 

 

 

「ナイフを当てたら、俺の勝ちだったよな」

 

 

 

…!まさか、さっき顔に当たったのは…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の勝ちだ。霧宮」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇学真視点

 

 

危機一髪と言えるだろう。試合として勝ちに持っていく事が出来た。

体当たりは…読んでた。流石に斬る構えじゃ無かったから、剣術以外の攻撃を警戒していた。

けど俺はわざと、不意を突かれたかのような動きをした。受け身は死ぬほど習ったし。

 

 

 

最初に言っていた、コイツの弱点は、攻めると決めた時に直進しか出来ないところだ。迷いがないという意味では長所だが、柔軟性に欠けるという事でもある。

殺せんせーに防がれた暗殺も同じだ。殺せんせーに隙が生じたとみなした瞬間、暗殺を仕掛けて防がれていた。

コイツは恐らく、疑うことをしないんだろう。斬ると決めたら迷わずに斬る…侍らしいといえば侍らしい。

殺せんせーは言った。疑うことを覚えろと。さっき騙されていた俺が言える事じゃねぇが、コイツはそれが顕著に現れていた。

 

 

 

コイツが突っ込んだ瞬間、先っぽが切れたナイフを投げた。当たったのは、運が良かったとしか言えねぇな。

『ナイフを当てたら勝ち』にしておいて助かった。もし『斬る事が出来れば勝ち』とかにしてたら、勝つ事は出来なかった。

勢い余っていた霧宮の足を引っ掛けて転ばせたのは、申し訳ない。でも、そうしないと危なかったし。

 

「…!バカな、ナイフを投げるやり方など…そんなの、剣術の戦いでは!」

「いやあるだろ。剣道とかじゃ反則だけど、戦闘なら剣を投げるという事もある。まぁ、当てる技術は剣術じゃなくて野球の技術だけど」

 

納得してないような感じだが勘弁してほしい。本当に剣術だけで戦ったら負け確定だし。

だから刀を投げる戦法を使うことにした。短い間とは言え、小さい物を狙った場所に投げるという技術は身についている。

 

 

 

 

 

 

 

「野球と言えば…大好きな野球が出来なくて苦しんでいた知り合いがいたな」

 

ふと、思い出したように話した。取り敢えず試合には勝てたのだから、いまの状態なら話を聞く状態にはなっているだろう。

 

「ソイツはよ…メジャーの有田選手に憧れていて、その選手みたいな豪速球を投げる事が出来る事を夢みてたんだ。けど、有田選手のような豪速球が流れないどころか、投げる球が遅すぎて相手選手に打たれ放題だった。結果ソイツはベンチに下ろされた。とても苦しそうにしていたよ」

 

野球部を辞めて、2年生になった頃だった。どこかの学校と戦っている野球部がいたから遠くから見ていた。その時、その知り合いが何本も打たれて、ベンチに下げられたのを見た。遠くから見ても、ソイツが苦しんでいたのが見えた。

 

「けどソイツはいま、別の才能を見つけたんだ。殺せんせーに、変化球を投げる才能があると言われて、変化球を投げる事を極めはじめたんだ。気づけば、並大抵の野球部員じゃ打てないような変化球を投げる事が出来て、とある大会で久々に完投する事が出来たんだよ」

 

けどこの校舎に来て、ソイツは変わっていた。表情もどこか明るかったし、投げ方も変わっていた。この校舎に初めて来た時、ソイツが笑顔に戻っているのが分かった。

 

「ある先生が言っていた。才能は使い方によると。自分の思いがけないところで役に立つ事もあるって。

なぁ、霧宮…」

 

一旦区切って、霧宮を見る。コイツに言わないといけない事がある。

 

 

 

 

 

 

「『自分の全てがコレしかない』とか、自分の長所を限定するなよ。道場の後継としての霧宮以外のお前に、本当に何もないわけがねぇだろうが」

 

 

 

少し前に、霧宮は言った。『後継になれない俺に、何の価値があるのか』と。その時に、自分自身に対する諦めの感情が見えた。

恐らく、道場以外に取り柄がないと思っているのだろう。自分に対して、その他の長所が見つからない。だから道場の後継に拘っていたという事だろう。

いつしか、暗殺という拠り所が無くなったら、E組の劣等感しか残らないと殺せんせーは言っていた。いまの霧宮は、まさにその状態になっていた。道場という居場所が無くなったから、自分に持てる強さが無くなったように感じたんだろう。

 

「今の戦いで見せてくれた剣術とか、殺せんせーを暗殺するために磨いたミスディレクションの技術とかもな…俺らからすれば羨ましい才能だし、心強いと思っているよ。お前ほどのスキルを身につけている奴はいないからな」

 

そんなはずは無い。それは俺らがよく分かっている。霧宮は道場の後継以外の長所がある。剣術やミスディレクションの技術…それだけじゃ無い。剣術に対する真っ直ぐな思いも、霧宮の長所だ。

決して、霧宮は劣っていない。それを、伝えようと思った。例え道場の後継になれなかったとしても、霧宮の価値が無い訳ではない。それだけは言いたかった。

そして、霧宮に1番言いたい事がある。

 

「どうしても道場が諦めきれないなら、お前の親父としっかり話しあえよ。どうすれば良いのかが分からないなら、協力してやるから。

 

だからお前も、俺たちに力を貸してくれ。お前の力が必要なんだからさ」

 

霧宮には、力になって欲しかった。誰よりも優れている剣術のセンス…それを心強く思ったのは確かだ。霧宮が仲間になってくれたなら、ナイフによる暗殺の幅が広がる。

それに、戦力になるからだけでもない。力になってほしい理由は、決まっている。

 

 

 

「お前は、れっきとしたE組の生徒だからな」

 

 

 

それ以外の理由はあるだろうか。

クラスメートになったのは偶然だ。けど、偶然であっても、理由にはなるんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…俺が本当に、お前らの役に立てるのか?」

 

 

暫く時間が経って、霧宮が言った。勿論役に立つ。そう言おうとしたが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「立ちますよ。皆さんにとって必要だから、君のところに来たんですよ」

 

 

それは先に言われた。その声の主は誰なのか、確認するまでもない。当然、殺せんせーだ。どうやら戻って来たらしい。このタイミングで来るとは…色々とナイスタイミングだ。

 

 

「皆さんがここに来てくれたのは、君の事が心配だったからなんです。心配する理由は他でもない。学真くんが言った通り、君がE組の生徒だからです。

1人じゃどうしようも無いときに支え合う…それが仲間というものです。この暗殺教室に在籍している人は、全員が仲間なんですから。

先生も、君には教室に来てほしい。君は生徒なんですから」

 

どうやら殺せんせーには色々と見透かされたらしい。俺らの事情も、この現状を見ただけで分かったんだろう。観察力は強いし。

 

 

 

 

「…仲間…今まで考えた事もなかった」

 

ポツリと、霧宮が言った。仲間という事を、考えたことも無かったんだろう。

 

 

「明日から、仲間のために…そして君のために、殺しに来てくれますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ。

 

そうだな。

 

 

 

 

 

殺しにくるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みんなのために」

 

 

 

 

霧宮は、殺せんせーに『殺す』と言った。けど、さっきまでの殺伐とした雰囲気はない。

殺意に、綺麗とか汚いとかの違いがあるとかは分からない。けど、その時の霧宮の殺意は…

 

 

 

 

 

 

清らかだった、と感じた。

 

 

 

 

 

 

取り敢えずは、一見落着と言うところか。その場で解散という事になる。とりあえずはみんな家に…

 

「学真!大丈夫かよその手!?」

 

帰らねぇか…俺がこんな怪我をしているわけだし。

 

「大丈夫だよ。止血すれば、どうってことない」

「いや大丈夫じゃねぇよ…」

 

大丈夫だアピールをしても、信用はされなかった。まぁこの状態で大丈夫だと言っている男を信じろと言う方が無理か。

 

「直ぐに手当てした方が良いですよ。放置しておく方が危険ですから」

 

殺せんせーからも直ぐに手当てするように言われる。…ここは素直に従うしかないか。

 

 

 

 

 

 

…ん?

 

 

 

 

「大丈夫?桃花ちゃん」

「う、うん…なんか、力が…」

 

 

 

 

向こうの方で倉橋と矢田が何か話している。特に矢田は座り込んでいた。一体どうしたんだ?

 

「…どうしたの?」

「桃花ちゃんがね。突然座り込んじゃって…」

 

渚が倉橋に一体どうしたのかと聞くと、倉橋が答えてくれた。どうやら矢田が倒れてしまったらしい。

 

「大丈夫か?矢田…」

 

座り込んでいる矢田に視線を合わせる為に地面に膝をついて尋ねる。一瞬そっぽ向いたけど、矢田は話してくれた。

 

「心配…してたの。霧宮くんに斬られるんじゃないかって…それで、大丈夫だったと分かると、その…気が抜けちゃって…」

 

ああ、そっか…俺を心配していたようだ。まぁ…霧宮に斬られそうになった時は俺もヒヤリとしたしな。周りのみんなは…特に矢田は気が気では無かったんだろう。

とりあえずは安心させないといけない。とは言ったものの、なんと言えば良いんだろうか…

 

「ありがとな。でも大丈夫だ。明日からいつも通りに暮らせるから」

 

これぐらいしか思いつかなかった。こういう時、パッと思いつくような人が羨ましい。

 

「うん…」

 

何とか納得してもらった。良かったよ。あんな台詞に納得してくれて。ホント、矢田の優しさには頭が上がらない。あまりにベタすぎるセリフを聞いて、少し赤くなってもそう返してきてくれて本当に助かる。

 

 

 

 

 

「…鈍いな、アイツ」

「間違いも甚だしいね…」

「青春ですねぇ…」

 

 

 

 

…外野の言っていることの意図が全く分からないけど…どう言うことだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よく頑張りましたね。学真くん」

 

治療を終えて家を出た時、殺せんせーが俺を労った。まぁ…霧宮相手にルール上勝つことができただけでも上出来と言えるだろう。

 

「まぁ…ギリギリだったけどな」

「ええ。でも、君のおかげで霧宮くんを説得することが出来ました。凄く感謝してますよ。それに…」

 

殺せんせーが何か続けようとしている。何を言おうとしているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「君は、1番最初に霧宮くんの為に動いてくれました。その事がとても嬉しいのです。

自分からやりたい事を見定めて動き出す事…それは、言葉で言うよりも難しい事です。今回のことを通じて、生徒たちは自分のしたい事の為に動く事の大切さを知り、同時に仲間のために動く事の必要さを実感するきっかけになりました。

そのきっかけになってくれた学真くんには、感謝してもしきれないほどです」

 

 

 

 

 

 

 

 

…なるほどな。どうして俺が霧宮の為に動こうと提案したことを知っているのかは知らないけど、殺せんせーにとってはそこが一番嬉しかったことのようだ。

 

 

 

「…まぁ、霧宮は仲間だしな」

「ええ、とても友達思いで、嬉しいです」

 

 

 

 

 

 

 

友達思いか…まぁ、そう思ってくれて光栄だ。何しろ、1年の頃の俺は他人に関心を持つような男じゃ無かったからな。

 

ふと、上の方を見る。周りに家がそんなに建っていないから、一面の青空が広がっているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

なぁ、日沢…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、少しはマシな奴になったかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




と言うわけでオリジナルストーリー、『霧宮編』が終了しました。ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございます。

と、まぁ最終回では無いんですが…

この小説を作る時から、霧宮くんは出しておきたかったので、この話を書きました。ストーリー上、彼はかなり重要なポジションになります。素人が作った話ではありますが、読んでくれていただいただけでも嬉しい限りです。

と、言うわけで、次回から原作ルートの話を書きます。次回はいよいよ、期末テストです。

次回『目標の時間』







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第51話 目標の時間

期末テスト編〜
生徒なら絶対通る試練という名の試験です。力を入れて編集しまーす!予定4話です。


さて皆さんに質問です。テスト前にする事はなんでしょうか。その通り、テスト勉強です。(自己完結)

ところで、テスト勉強はどのようにするだろうか。クラスメートと話しながら勉強する派もいるだろうし、1人で黙々と勉強する派もいるだろう。どっちが良いとかはないし、テスト勉強のやり方も色々と個性が出る。

俺は1人で勉強する派だ。というより、1人でした事しかない。だから別にクラスメートと一緒に勉強する事は嫌いではない。

 

けど…このメンバーだとなかなか緊張する。

 

俺と一緒に勉強しようとしているのは…霧宮と、矢田と、倉橋と…黒崎だった。

 

 

 

 

 

 

時は数刻前に遡る。野外で勉強をしていた時だった。

 

「ヌルフフフフ、皆さん、この1学期の間で基礎がガッチリ出来てきました。この分なら期末の成績は大きなジャンプアップが期待できます」

 

相変わらずの殺せんせーの分身圧迫授業を受けながら、殺せんせーが楽しそうに話しているのを聞いている。基礎がついたのは確かだと思う。苦手だった数学も、ある程度は理解できるようになったし。まぁ…この先生のおかげといえばおかげだな。

 

「殺せんせー、期末もまた全員50位以内を目標にするの?」

 

渚が殺せんせーに尋ねた。中間テストの時、この教室では大きな目標を掲げていた。いわゆる、全員50位以内を取ること。親父の妨害のせいで達成は出来なかったけど。今回のテストも、同じ目標を掲げるつもりなのだろうか。

 

「いいえ、先生はあの時総合点ばかりを気にしてました。生徒それぞれに見合った目標を立てるべきかと思い至りまして。

そこで今回は、この暗殺教室にピッタリの目標を設定しました」

 

どうやらそういうわけでは無いらしい。この教室に相応しい目標というのが何なのかは分からないが、単語カードで『LUCKY CHANCE』と飾っている辺り、相当自信があるように見えた。

 

「さて、前にシロさんが言った通り、先生は触手を失うと動きが落ちます」

 

確かに、シロが初めてこの教室に来て、リングの中でイトナと殺せんせーが戦っていた時に言っていた。

すると殺せんせーは対せんせー弾を込めた銃を持って、自分の触手を落とした。

 

「1本失っても影響は出ます。ご覧なさい。分身の質を保てずに子どもの分身が混ざってしまった」

「分身ってそういう減り方するっけ!?」

 

言われた通り、殺せんせーの分身の一部が、3分の1ぐらいの大きさになっている。…分身の数が減るとかじゃねぇんだな。相変わらず、分かりづらい構造だ。

 

「更に1本減らすと、子ども分身が更に増え、親分身が家計のやりくりに苦しんでいます」

「なんか切ない話になって来た」

「更に1本減らすと、今度は父親分身が蒸発し、母親分身は、女手1つで子どもたちを養わなくてはなりません」

「「「重いよ!!」」」

 

…あいかわらず分かりやすいような分かりづらいような説明だな。不思議と印象に残るから、反応に困る。

 

「色々と実践してみたところ、触手1本を失った時に、先生が失う運動能力は、ザッと20%」

 

…20パーセント失う、つまり8割になるという事だな。速度で言えばマッハ16だから、速いのは変わらないけどかなり減る事が分かる。

 

「そこで本題です」

 

…どうやらここからが本題のようだ。シッカリと聞いとかないといけない。

 

「今回は総合点以外にも、各教科の点数で一位をとった者には、触手を1本破壊する権利を進呈します」

 

殺せんせーは、とんでもない事を言った。1教科につき1本って事は…上手く言えば5本…総合点を合わせれば6本落とせる事になる。つまり、80パーセントの6乗だから…26パーセント落とせるってことだ。

30パーセント弱ってのは大きな減少だ。いつもマッハ20だったのが、マッハ6程度…それなら、暗殺できる確率がかなり上がる。

 

「これが、暗殺教室のテストです。賞金100億に近づけるかどうかは、みなさんの努力次第なのです」

 

…この先生は、殺る気にさせるのが本当に上手いな。

 

 

 

 

 

 

 

 

教室で、みんなと色々喋っている。当然、期末テストの話だ。あの報酬がある以上、取ろうとしない訳がない。奥田もかなり張り切っている。

 

こうなった以上、俺も頑張るほか無いだろう。総合では難しくても、一教科だけなら可能性はある。

 

いつも通り、家に帰る支度をしていた。

 

「学真くん。少し良いでしょうか」

 

すると、殺せんせーに呼び出された。一体どうしたんだろうかと思いながら、殺せんせーについて来て、とある小部屋に来た。

そこには、霧宮もいた。なんでコイツもいるんだ?

 

 

 

「学真くん。単刀直入に言います。彼の勉強の手伝いをしてください」

 

 

 

……は?

 

 

 

 

 

 

殺せんせーに言われた通り、霧宮の勉強に付き合っている。

前に話したと思うが、霧宮はかなり学力が低い。寺坂とどっちが低いのかが分かんないほどに。

今までに霧宮が受けて来た小テストの紙を見てみると、確かに酷い。かなりレベルが低いテスト(小テストは、殺せんせーが生徒のレベルに合わせて問題を作っている)であるにも関わらず、丸が3個ぐらいしかついていない。『三大権力のうち国会がつかさどる役割は何か』に対して『税金の搾取』って答えている。いつの時代の話だよ…それしたの国会でもねぇし。

これでもまだマシな方で、最初に受けていたテストでは問題文の意味を捉えるのに時間がかかっていたらしい。そこを達成できたのは、流石殺せんせーって感じだ。

 

けどいまつまづいているのは、分からないところがあると言うよりも、霧宮の中にある固定概念に縛られている故に理解出来ていないって感じだ。さっきの国会の役割も、それに近い。

それは殺せんせーの教え方どうこうより、霧宮自身がその難関を乗り越えないといけない問題だ。恐らく殺せんせーも分かっているんだろう。だから、自分で考えるために、殺せんせーじゃなく同級生の俺に教えてもらう形になったんだろう。同級生の中でなんで俺が、て気にもなるが、このあいだの事件があるし、俺が良いと考えたんだろうな。

 

「霧宮、とりあえずこのあいだの百人一首の小テストを見せてくれ」

「…これだ」

 

俺はとりあえずこのあいだクラスで共通して受けた百人一首のテストを見せてもらうように言った。

今度のテストは、百人一首の問題が範囲に出されている。百人一首ってのは、100人の歌人が作った和歌の内から1つずつ選んでまとめたものだ。古文にまだ慣れていない時はまず最初にこの百人一首から勉強を始めた方が良いと言われた記憶がある。

問題の出し方としては、その和歌の意味を答えるものもあるにはあるが、出されている上の句に対する下の句を答えろと言うものもある。暗記さえしていればそれなら解けるだろ…う……

 

 

 

 

 

【問題】

問1

次の上の句に対する下の句を答えなさい。

 

 

秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ

 

(答え: 我が衣手は 露に濡れつつ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【解答】

 

 

 

 

我が衣手は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鮮血に染め上がる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何があった秋の田で!!?」

 

 

 

 

 

「秋の田で一騎打ちがあったのだろう。そのとき衣は返り血で真っ赤に…」

「勝手に物語を作るな!これは刈り取られた稲の見張り小屋で夜を過ごしている様子を描いた歌なんだよ!」

 

 

 

 

…これは酷い。自分の妄想と事実がゴチャゴチャになってやがる。この状態だと何を教えても捏造した事を書きかねないぞ。字余りも多いし。

 

「教科書に書いてあった内容をそのまんま覚えろ!オリジナルを加えるとややこしくなるから!」

「…個性があったほうが面白いのでは?」

「一般教養の内容に個性があるか!」

 

…精神力がゴリゴリ削られる感覚が残る。何か話すたびに新たな問題が浮き彫りになる感じだ。

 

霧宮は仕方ない、というような顔をして紙を見る。俺が赤い字で書いた答えを覚えようとしているのだろう。

 

「…とりあえず頑張れよ。俺も協力はするから」

 

頑張れ、と言う事を伝えるために言った。テストは個人戦だ。テスト中に助かることはできない。協力できるのは、テストが始まるまでの間だ。その間応援できる時は応援しとかないといけないだろう。

 

「ああ。頑張る。みんなと協力するには、勉学にも励んでおかなければならないからな」

 

霧宮はそう言って、勉強に取り掛かった。

それにしても…素直に聞くようになったな。最初にここに来た時は、あの暗殺を辞めろと言われても聞かなかったのに。あの時の出来事が影響してるんだろうか。

 

「場所を変えようぜ。環境を変えると良い刺激になるぞ」

 

霧宮に場所を変えようと提案した。これは俺のやり方なんだけど、ずっと同じ状態で勉強すると退屈になる。たまには場所を変えて脳に刺激を与えた方が、モチベーションが保てる。まぁ、一種の気分の切り替えだ。

とりあえず荷物をまとめて部屋を出る。この近くに良いカフェがあった筈だ。そこに向かうために廊下を歩いて玄関へ…

 

「…ん?アレは…」

 

すると霧宮が何かに気づいたみたいで、視線がある場所に向かっている。その視線の先を辿っていくと、実験室で話している人がいるのが見えた。

 

「聞くときはなるべくこだわらない事よ。流れるように読まれるんだから、英単語を読み取ろうとしたら、遅れてしまうわ」

 

…ああ、ビッチ先生だ。どうやら英語…特にリスニングを教えている最中のようだな。

 

「…誰だ?あの人は…」

「ビッチ先生だよ。俺らの英語教師で、殺せんせーと交代で教えているんだ」

 

…そういや霧宮はビッチ先生の授業を受けたことなかったな。

 

「世界を舞台に仕事をしている実力暗殺者ではあるから、いろいろな話が聞ける。次の英語では…ってどこ行った?」

 

ビッチ先生について詳しく説明しようとすると、霧宮がいなかった。一体どこに…

 

 

 

 

 

 

 

…ん?アレ、ビッチ先生のところに…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「御機嫌麗しゅう、ご婦人。よろしければあなたのお話を聞かせていただきたい」

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

コツ、コツ、コツ(歩いている時の音)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バコン!!(霧宮の頭を叩いた音)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼しました」

 

 

ペコリ(一礼)

 

 

 

 

 

ズルズルズル(霧宮を引きずっている音)

 

 

 

 

ガラガラガラ(扉を閉める音)

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだったの?いまの…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は何を考えてんだ!」

 

 

教室に戻って霧宮を叱りつけている。いきなりあんな事しでかすとは思ってもいなかった。

 

「いや、想像以上に美人だったからつい…」

「なんだその理由は!いきなりにも程があるだろ!」

 

…忘れてた。コイツ、年上好きって言ってた。だからビッチ先生がコイツの好みストライクだったのか。

けどいきなりあんな事を言えるか?話しかけるにしてももう少し話す内容を考えて欲しい。『ご婦人』とか初めて聞いたよ。

 

「それにしてもあの様な方から教えてもらうとは…かなり楽しそうだな」

「…そうかよ。じゃあ次の英語の時間を楽しみにして…」

 

 

 

 

 

 

「ちょっと待ちなさい。そこの2人」

 

 

 

 

 

 

…うげ、ビッチが来たよ。

 

 

 

「なんでそんな嫌そうなのよ」

「嫌な予感しかしないから」

「嫌な予感ってなによ」

 

なによと言われても答えにくい。ビッチ先生が俺らに何か用事があるようなんだけど、それだけで嫌な予感を感じるには十分だろ。ビッチの頼みごとなんて、聞いただけでも嫌なフレーズだわ。

 

「まぁいいわ。頼みがあるの」

 

いや俺を無視されても…

 

 

 

 

…え?

 

 

 

なんで矢田と倉橋もいるの?

 

 

 

 

「さっきこの2人に教えてたんだけどね。わたしこれから用事があるから。あんたこの2人の勉強を手伝ってあげなさい」

 

 

………

つまり、勉強を見てやれよと言うことか?

 

「…なんで俺が?」

「さっきその子の勉強を教えてたんでしょ?だったらついでにこの2人の勉強も見てやってもいいじゃない」

 

…つまり、霧宮と一緒に勉強を教えてやって欲しいと言うことか。

なんで霧宮に勉強を教えている事を知っているんだとは思うけど、まぁ知る機会ぐらいはあるだろう。けどついでに、てなんだよ。

 

「…凄いぞ。このような美人に頼みごとをされるなんて機会はそう無いだろ」

 

霧宮(コイツ)が凄いとか言ってるけど、この人が言っているのは頼みじゃなくて押し付けだ。ちっとも嬉しくない。コイツだったら喜ぶかもしれないけど。

 

「じゃ、そう言うわけでよろしくね」

「いやちょっと待て。やるなんて一言も」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ムチュ》

 

 

 

 

 

…ん?……ん!?…ッ!!?!?

 

 

 

 

 

 

「ッ〜〜〜!?ッ!〜ッ!……ッ」

 

 

40hit!FANTASTIC!!

 

 

《ボテーーン!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇第三者視点

 

「ガキのくせに抵抗なんて100年速いわ。もっとスキルを身につけてから出直してきなさい」

 

何か言おうとする学真を、お得意のディープキスで気絶させる事で黙らせた。E組の生徒に『ビッチ』と言われるだけはある。

学真はいま床に倒れている。アニメで回転し続けたキャラがするような、渦巻き状の目をしている。暫くは目が覚めないだろう。

 

「学真をああも容易く…姿だけでなく能力も群を抜いている…」

「ありがと。褒め言葉が得意な奴はキライじゃないわ」

 

一連の流れを見ていた霧宮は何か感動しているようだが、倉橋、矢田はそこに感動するのは間違っていると思った。無論、大抵の生徒はそう思うのだが…

 

「と言うわけで、一緒に勉強してなさい」

「了解した」

「よろしくね〜霧宮くん」

 

先ほどまで反対していた学真を黙らせて、話を進めた。事の進め方はかなり手馴れているようだ。

霧宮と倉橋が話しているとき、イリーナは矢田に近づく。

 

「それじゃ、頑張りなさいよ。桃花」

 

コソリと矢田にエールを送った。イリーナは桃花の気持ちに気付いており、学真がまだ教室にいることが分かったため、先ほどの話を持ちかけたのである。

 

「…本当に良いの?ビッチ先生…強引な気がするけど」

 

矢田は心配しているようだった。そう思うのも無理はない。学真に話を通さずに勝手に決めるのは流石に嫌な気がするだろう。

 

「良いのよ。押しは大事よ。こう言うのは自分から押していかないと先に進まないわ。特に学真は、自分から話しかけるタイプじゃないし」

 

イリーナは気にしなくても良いと言っている。確かに、押しは大事だ。黙っていたら仲良くなるのはかなり難しい。仲良くなりたいなら、自分から話しかけるのが1番だ。ビッチ先生のやり方が良いとは矢田は思わないが、ビッチ先生なりのやり方なのだろうと納得せざるを得なかった。

 

「応援してるから。顔は世界の中でもかなり良い方だし、性格も悪くないわ。何より、あの理事長の息子なんていいじゃない。玉の輿よ」

「ちょっと!話が発展しすぎているよ!」

 

イリーナがいろいろな事を矢田に言っている。イリーナから見ても学真は悪い男ではないようだ。いつの間にか結婚の話になっており、矢田の言う通り話が発展しすぎているとしか言えなかった。

それだけ言って、イリーナは教室を出た。何か仕事をするのだろう。

修学旅行の時、イリーナは言った。危険と程遠い国に生まれた生徒たちに、全力で女を磨けと。

そして恋愛は、若い女性の権利であり、女を磨く最高の方法だ。だから矢田を応援している。

 

「…クソ、あのビッチが…」

 

先ほどまで倒れていた学真が起き上がった。気絶から立ち上がったようである。

 

「あ、その…」

「…ビッチ先生はどっかに行ったみたいだな」

「うん…あの、もし迷惑だったら…」

 

ビッチ先生はああ言ったものの、矢田はどうしても心配してしまう。霧宮の勉強を教えていたのに、そこに更に人が増えると邪魔になるんじゃないかと。もし迷惑だったら合わせなくても良い、そう言おうと思っていた。

 

「いや、迷惑じゃない。ビッチ先生には文句言いたかったけどな」

 

だが学真は迷惑ではないようだ。

 

「…え?」

「勉強するなら人数が多い方が良い。俺や霧宮以外の視点からの助言が出るかもしれないし、何より情報を共有する方が、テスト対策には良いだろう。

まぁ…ビッチ先生には文句言いたかったけどな。一方的に決められるのは好きでは無いから」

 

なるほど、と矢田は思った。そういうメリットがあるなら人が居ても迷惑では無いだろう。

 

「うん。じゃあ、よろしく」

「……ああ、そうだな。

けど場所を変えようぜ。教室じゃないところの方が気分切り替えれるだろうし。近くに良いカフェがあるから、みんなでそこに行こうぜ」

 

とりあえずは、この4人で勉強することになった様だ。

そして学真に言われた通り、カフェに行って勉強することになった。4人は荷物をまとめて、学校から出た。

 

 

 

 

◇学真視点

 

と、いうわけで。

とりあえずは俺の知っているカフェに来た。店の中は、特に目立つ飾りがなく、黒一色の壁。暑くもなく寒くも無いちょうど良い温度で、流れている音楽も心地いい。

 

「すご〜い。オシャレというよりも落ち着くって感じ」

「そうだろ?知り合いに紹介されて以来、俺もここによく来てるからな」

 

店の様相の感想を言っている倉橋に話した。思った事を素直に言う奴だし、話しやすい。

この店は、多川のイチオシの店だ。多川は『リラックスできる場所』をかなり知っている。医者の息子だからだろうな。不調な時に調子を取り戻す為の術を心得ているし、そういう場所を好んでいる。

 

とりあえずは注文して、商品を待つ。1番最初に俺の商品が出来上がったので、席を取るために移動する。

どこが開いているだろうかと、店の奥の方に移動した。

 

 

 

 

 

すると…

 

「………ん?」

「うげ………!」

 

目の前に、黒崎がいるのが見えた。

 

「…『うげ』とは失礼だな。相変わらずマナーがなってない男だ」

 

いきなり酷評をされる。なんかもう慣れて来たな。コイツの言い方に。

つーか店に行ったらコイツに会うのが定番みたいになってね?定食屋でもハンバーガー店でもコイツに会ったような気がするんだけど。

 

「…テスト勉強か」

「当たり前だ。他の用事をしているように見えるか」

 

いや分かるよ。机の上にノートと問題集広げているのを見れば、勉強しに来たんだなってのは分かるよ。でも言い方ってものがあるだろ。

 

「…そこで何をしている、学真」

「どしたの〜?」

 

すると、霧宮たちも来たようだ。ここでずっといると『どうしたんだろ』て気にはなるよな。

 

「いや…ちょっと知り合いがな」

 

何が起こったか。それを説明しようとしていた。

 

 

「…………!」

「あれ?」

 

すると後方と倉橋から何か反応があった。一体何が…

 

 

 

 

 

「あの人って…あの時の…?」

「お前…」

 

 

 

 

 

 

 

………へ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




とうとう黒崎と再び会わせました。過去に投稿した小説を見た人なら、倉橋さんと黒崎くんが会った事を知っているはず。(これを宣伝と言います)

次回『対決の時間』


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第52話 対決の時間

とりあえずいま黒崎と倉橋から聞いた話をまとめよう。

 

どうやらこの2人…会ったことがあるらしい。倉橋が言うには、人質として捕まっていた時に助けてもらったとか。

そういやなんかカッコいい男がいたとかの話をしていたな。やっぱり黒崎だったか、アレ。

 

「こんなところで会うとは思わなかった」

「俺もだ。まさか椚ヶ丘の生徒だったとはな」

 

いま俺たちは黒崎と一緒のテーブルにいる。俺とも知り合いで、倉橋とも会ったことがあるし。しかも…

 

「それにしても、溶け込んだみたいだな、霧宮。正直心配していたが」

「ああ。学真や先生のおかげだ」

 

霧宮とも知り合いだったわ。霧宮が言っていた『連絡を取ってくれた知り合い』ってのはどうやら黒崎みたいだ。

要するところ、矢田以外の生徒は全員黒崎を知っていたと言うことだ。

そして倉橋が一緒のテーブルで勉強しようと言った。コイツ、空気を作るのは凄い上手だからな。

 

「あの…黒崎くんって、勉強は得意なの?」

 

矢田が黒崎に聞いた。そういや黒崎は前回の中間考査で二位だったな。渚からはそんな話は聞いたことは無いけど、相当勉強ができるんじゃないか?

 

「いや…勉強は得意ではない」

 

だが本人から否定された。

 

「…え?だって中間テストのとき…」

「中間テストは、直前になって範囲が変更された。その為難易度が低くなっていた。後半の問題は、教科書の文章から抜き出したものしかない。そういうテストだったから、比較的良い成績になっただけの話だ」

 

 

…まぁ、理屈は分かる。幾ら何でも、たった2日間で習った内容を応用するのは無理があるし、だから問題も簡単なものだったんだろう。

だから良い点数取れたと言っているが、それだけで総合2位取れる訳ではない。応用問題が無かった訳でもねぇし、教科書を丸暗記するのも簡単じゃない。いや、俺みたいに見ただけで覚える能力があるなら別だけど…

尋常じゃない努力はしているはずだ。けどコイツは、それで満足しない。…だからこそ、日に日に成長するんだろうな。

 

「だが今回の期末は、そのような話はない。寧ろテストを難しく作っているという噂もある。前回と同じような勉強で満足していたら、50位以内にすら入らないだろう」

 

…今もそうだ。現状を見定めて、自分のやらないといけない事を認識している。そう考えながら動ける奴ってそういないだろうな…

 

「それにしても、霧宮まで勉強に取り掛かるとは。一体どうしたんだ?」

 

霧宮が一緒に勉強しようとしていたのが意外だったのか、俺らに聞いてきた。

 

「…クラスで掲げた目標があるんだ。各教科で、一位になるって」

 

矢田が話した。黒崎が殺せんせーの暗殺を知っている事を知らないからだろう。具体的な内容は伏せてある。

この時、矢田と倉橋は警戒していた。最底辺であるE組が、1位を取ると言ったら、馬鹿にするんじゃないかと。

 

「ほう…レベルの高い目標を立てたものだな。良いんじゃないか。目標は高く設定するに越した事はない」

 

けど俺は知っている。黒崎はそれで馬鹿にするような男ではないと。

 

「…え?アッサリ認めるんだね。てっきり『出来っこない』とか言って笑うんじゃないかって」

「他人の笑い方など知らん」

 

…うん、黒崎が言うと説得力が違うな。本校舎の生徒でE組の生徒をバカにしないで適切に話しかけてくれる数少ない生徒だし。

ていうか片岡の時も思ったけど、コイツは納得の行く正論を言うよな。他人の話や価値観に左右されず、正しいのは何かと言うのを自分なりに見定めて、それで測っている感じがある。

だからなのかもしれない。仲間ではないけど、信頼できると思ってしまうのは。D組からは嫌われているようだけど、俺からすると下手な先生より信頼できる。

 

「じゃあさ、黒崎くんも一緒に勉強しよう」

 

すると倉橋が黒崎を誘う。どうやら倉橋も黒崎を信頼したらしい。

 

「…良いが、教えれるほどではないぞ」

「良いよ良いよ。みんなで勉強した方が楽しいから」

 

どうやら黒崎も参加することになったな。

 

 

と、いう訳でこのグループが出来上がった。なんか出来上がる過程が凄かった気がするけど。

とりあえずこの5人で勉強をしていた。分からないところは聞いたり話し合ったりして。そのおかげで、1人でやるより多くの問題が解けたような気がする。

そんな感じで勉強を進めていくと、ラインの通知音が鳴った。しかもどうやら俺だけじゃなくて、E組の生徒全員に来たようだ。携帯を取り出してラインを開く。そして、磯貝から届いたラインを読んだ。

 

「…A組と期末テストの点数で対決することになった…?」

 

そう書いてあった。詳しくは明日話すとも書いてあるけど…何が起きているんだ…?

 

 

次の日

磯貝や渚に説明を受けて状況をなんとなく理解した。

 

磯貝が本校舎の図書室を利用できる権利を得て、磯貝と一緒に、渚、奥田さん、神崎さん、中村が図書室に行っていたところ、A組の、五英傑って奴らがからんできたらしい。

五英傑ってのは、A組が誇る5人の天才。放送部部長の荒木鉄平、生徒会書記の榊原蓮、生物部部長の小山夏彦、生徒会議長の瀬尾智也…そして、生徒会長の浅野学秀。

 

察した人はいるかもしれないけど…浅野学秀は俺のアニキだ。この学校でも学力一位で、全国の中でも一位というバケモノだ。

兄貴がどういう奴かを説明しようとすると…1番シックリ来るのが騎士だ。他人を納得させるだけの力があり、そのカリスマ性と口達者な話によって、例え兄貴の言っていることがキレイ事だと知っていても、ついて行きたくなるような性格の男だ。

そういう兄がいたからこそ…家に俺の居る場所がなかった。同じ双子なのに、どうしてこうも出来が違うのかと…色々な奴に言われた。そして兄貴も、俺に対して目をくれなかった。なんの干渉もせず。

 

「それで、五英傑と喧嘩になったというわけか」

「そうそう。宝の持ち腐れみたいな事を言い出してさ」

「それで…私が思わず、反論してしまったんです。そこから喧嘩に火がついてしまって…」

「奥田さんのせいじゃないよ。そう言ってしまうのもしょうがないから」

 

中村、奥田さん、神崎さんの話を聞いて、流れは漸く掴んだ。

聞いた話だと、その場にいたのは、兄貴を除いた4人の五英傑だ。なるほど、口が悪いやつしかいないな。

荒木鉄平は、放送部からなのか、基本的に喋る仕事はソイツがやってる。その喋り方は、明らかに俺らをバカにしているようにしか聞こえない。

榊原蓮は、詩人的な話し方が特徴の奴だ。しかも前原とかと同じようなタラシ属性の持ち主で、女子と喋っているところを聞くと虫酸が走る。

小山夏彦は、顔が特に怖い奴だ。その顔ゆえに虐められた事があるらしい。それが逆にE組に対する加虐心に火をつけたみたいだ。そして、『理科は暗記だ』でゴリ押しする。

瀬尾智也は…いや良いか、話したことあるし。

 

まぁ聞いての通り、兄貴以外の奴らは良い性格の奴はいない。E組を煽るだろうし、こちら側も負けじと反論する。

 

「その結果…期末の各教科のテストで勝負をする事になったというわけか」

 

そこで五英傑の奴らが勝負を持ちかけた。

ルールは、どちらのクラスがより多く5教科の一位をとったかと言うことだ。そして勝った方が負けたクラスに好きな事を要求する事ができるらしい。

 

「そしてさっき、要求する内容は1つだけと言うことになったのか」

 

磯貝がさっき、A組の奴らからルールを1つ追加するという連絡を受けた。

これは恐らく兄貴だな。勝負の場合はルールを公正明大にしないと後になって色々と面倒をつけられるのを避けるためにしたんだろう。悔しいけど、かなり頭が回る奴だからな。

 

「どーすんの?奴ら明らかに何か企んでいるよね。A組が出した条件って」

 

カルマの言う通りだろう。このルールを持ち出した以上、兄貴が出す要求は何か嫌な予感がする。処罰の境界線をシッカリ押さえているだろうから、違法ギリギリの要求を持ち出してくるような気がする。

 

「心配ねーよカルマ。このE組がこれ以上失うものはねぇよ」

 

うーん、そりゃそうなんだけど…失うものがあるとか無いとかの問題じゃねぇんだよな。

 

「勝ったら何でも1つかぁ…学食の使用権とか欲しいなぁ〜」

 

倉橋の話を聞いて思い出した。こちらも何か要求を考えないといけない。このE組は無いものばかりだから、要求できるものは幾らでもあるな…

 

「ヌルフフフフ、それについては先生に考えがあります」

 

すると殺せんせーが自信満々に話し始めた。殺せんせーの考え…聞いてみたいな。

 

「先ほどこの学校案内を読んでみたんですが…コレをよこせと命令してみてはどうでしょう」

 

そう言って殺せんせーは椚ヶ丘中学校の学校案内パンフレットのあるページを見せた。

 

「……!なるほど…」

 

確かに…()()は良いな。俺も思わず鳥肌が立った。そんな豪華な報酬を貰ったら、とてもやりがいを感じる。

 

「君たちは一度どん底を体験しました。だからこそ次はバチバチのトップ争いを経験して欲しいのです。

先生の触手に『コレ』…報酬は充分揃いました。後は目指すだけです。暗殺者なら、狙ってトップを取るのです」

 

殺せんせーは俺らに言った。自分の力でトップを狙えと。ここまで豪華な報酬が出た以上、狙わないという手はない。これからも頑張って…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『情けないな。お前のレベルはこんなものか』

 

 

 

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

 

 

狙えるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの兄貴よりも高い点数を…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…どうした?昨日に比べて問題を解くペースが落ちているようだが」

 

昨日と同じメンバーで勉強をしている時だった。問題を解くペースが落ちている事を黒崎に指摘される。

 

「…悪りぃ。調子が出ないみたいだ」

 

とりあえず謝っておく。矢田や倉橋、霧宮にも心配そうな目を向けられる。昨日の今日だしな…心配してしまうのも当然だ。何とか取り戻さねぇと。

 

「そういえば聞いたぞ。E組とA組で、期末テストで勝負をするんだってな」

 

すると黒崎から、例の勝負の話をされる。…やっぱり、本校舎中に広まっているようだ。

 

「うん。本校舎ではどういう風に広まっているの?」

「E組が無謀な勝負を仕掛けたと聞いた。どこまで本当だ?」

「…やっぱり、コッチが仕掛けたって話になっているか」

 

案の定、本校舎の中ではE組が悪いように言われている。勝負を持ち出したのはアッチなんだけど…まぁ、それを理解してくれる状況でもないか。

 

「…なるほど、勝負を持ち出したのは五英傑の方か。だとすれば納得が行く」

 

とりあえず黒崎に事の顛末を話した。黒崎もあの情報を正しいと思ってなかったようで、俺らの話を聞いて納得してくれたみたいだ。取り敢えずはこれでひと段落…

 

「それで?まさかとは思うが、兄と比べているとか言うんじゃないだろうな。お前は」

 

…うげ、バレたよ。コイツなんでこんな鋭いんだよ。こんな思いをしたのは多川にされて以来だ。

 

「…はい」

「認めるんだ」

 

倉橋から冷静なツッコミが入る。そうは言われても、強がれる気にはならなかった。

 

「…兄貴は、秀才だ。それは、小さい頃から分かっていた。勉強でも、スポーツでも、習い事でも、俺なんかとは比べられねぇぐらいの成績を残した。

だからよ…1位になるってことは、兄貴を超えなきゃ行けない。それは…可能なのかって思ってよ。少し…不安だ」

 

空気が重くなる。いかんな。気分が落ち込むとこうなってしまう。俺の悪い癖だよな。いざってなると腰が引けるのは。それの責任を負うのが俺だけなら良いけど、今回はクラスみんなで目指していることだ。これでへこたれていると、みんなに迷惑がかかる。

この空気を変えようと思い、この場で謝って空気を変えようかとした。

 

「目標は達成可能でないと行けないのか?」

 

その時、黒崎の台詞を聞いて動きを止めた。

 

「言ったはずだ。目標は高いに越した事は無いと。達成出来っこない目標を掲げても、お前が恥じる必要は無い」

 

たしかに、目標は達成可能である必要は無い。目標はあくまで目標だ。余裕で達成できるような軽い目標を立てる方が勿体無い。

 

「それに…上で余裕そうに居座っている奴らよりも、どん底から這い上がろうとするお前らの方が可能性があると思う」

 

…黒崎に言われて、スッキリしたような気がする。そうだな。達成できるかどうかは問題じゃ無い。いま求められているのは、達成したい目標に向けて努力する事だ。

 

…ゴチャゴチャ考えすぎたみたいだな。

 

「…悪りぃ、おかげでスッキリしたよ」

 

黒崎に礼を言った。テスト前になってこんな気持ちが解消できて良かったよ。

 

 

 

 

 

「…そうか。なら俺から一つ。

 

 

 

 

 

 

ひっくり返してこい。椚ヶ丘の常識を」

 

 

 

 

 

 

ここまで来たら、後は努力するしか無いだろう。俺たちは再び勉強を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あっという間にその時は来た。期末テスト。この数日間、霧宮や黒崎、矢田に倉橋と一緒に勉強を一生懸命やるだけはやった。ここまで来た以上、後は信じるしかないだろう。いままでやって来た勉強を。

そう胸に刻みながら、自信満々に扉を開けた。

 

すると直ぐに、俺の勢いは崩れた。

 

 

なんか見たことない生徒が教室にいるんだけど…

 

 

 

 

「…だれ?」

「さぁ……」

 

 

俺と一緒にいた渚と中村も気になっていた。なんか…髪は律と同じな気がするけど…

 

「律役だ。さすがに人工知能の参加は認められず、律が教えた替え玉で落着した」

 

戸惑っている俺らに烏間先生が説明をしてくれた。…まぁ確かに、人工知能がテストに参加するとなると、全教科百点満点を出す恐れがあるだろう。それは流石に不正だな。だからあのような替え玉を要求したというわけか。

 

「交渉のとき理事長に『大変だなコイツも』と憐れみの視線を向けられた俺の気持ちが、君たちに分かるか」

「「「頭が下がります!」」」

 

…烏間先生、本当にご迷惑をおかけします。あのタコと理事長に挟まれて、ストレスは溜まっていく一方何だろうな。ストレスが原因でハゲたりしなければ良いけど。

 

「律からの伝言も併せて、俺からも。頑張れよ」

 

烏間先生からエールを送られる。殺せんせーに、黒崎に、烏間先生に、律に…色々な人が応援してくれる。ここまで多くの人に応援される事なんていままで無かった。嬉しさと同時にやる気が溢れてくる。こんなに応援してくれる奴がいるんだから、応えないと行けないだろう。

 

 

 

 

 

テストは個人戦だ。テストが始まれば、仲間もいない。自分に立ち向かってくるのは、問題という難関だけ。

けどこの舞台に、色々な人がいると感じる。一緒になって戦う者。敵となって戦う者。野次と声援を飛ばすギャラリー。

 

 

 

 

ここはまさに、闘技場だ。試験会場という舞台で、問題と戦うグラディエーター。

 

 

 

 

戦闘開始を告げるゴングの合図が、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「始め!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いま、鳴らされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




テスト開始。果たして学真の結果はどうなる!?

次回『テストの時間』


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第53話 テストの時間

いまこの学校では、全生徒に注目されている対決がある。A組とE組の期末対決。対決は良い。自主性を大きく育むきっかけになる。

この対決を受けて、期末テストは難問ばかりを出している。生半端な勉強では到底解けない物に仕上がった。

 

それは『問題』ではなく『問スター』と言い表わされる生物だ。

 

採点基準は公正明大、これで勝敗はハッキリと分かれる。この対決の結末は、今後に大きく影響されると言っても良い。A組もE組も、勝利するために動いている。

 

 

 

 

 

 

 

だが…1人だけこの対決に参加しない生徒がいる。

 

 

 

 

()は恐らく、戦う気にならないのだろう。既に勝敗が分かっていると言うことか。

 

 

 

 

 

 

 

◇学真視点

 

〜英語〜

 

「うおおおお!!」

 

あらゆる怪物(問題)を撃破(解答)しながら次から次に新しい怪物(問題)に立ち向かう。黒崎が言った通りだな。中間の時よりも難易度が上がっている。あまりにも難しい内容になっているのは…恐らく、E組とA組の対決に影響されているからだろう。

多くの生徒は序盤の方で瀕死状態だ。今回の期末は、そう簡単に高得点は取らせてくれないみたいだ。

 

「ハッ!これがラストの問題か!!」

 

遠くの方でラスボスに立ち向かっている奴を見つけた。瀬尾智也だな。まぁ五英傑と名乗るぐらいだし、解くスピードは速いだろう。

それにしても、あれがラストの問題か。いままでの問題もバケモノだったけど、コイツはそれと比べ物にならないほどの大きさだ。英単語の量も、重要項目の量も桁違いすぎる。本校舎の先生はどういう問題を作りやがったんだ。

 

「今さら中学レベルの英語でつまづくかよぉ!!」

 

…あ、フラグ建てやがった。

 

瀬尾は凄い勢いでその怪物に解答を叩き込んだ。その結果…

 

 

 

 

 

 

「なに!?満点解答の見本だぞ!?」

 

 

 

減点されていた。フラグ回収乙。

にしても、ロサンゼルスに通っていたと自慢ばかりする瀬尾で満点が取れないとはな。解答が観れる訳じゃないけど、文法の解釈は合ってるはずだ。つまり、単純に文法の解釈をするだけでは解けないと言うことか。

それにしてもこの長文は…

 

 

 

 

 

《タン!…トン》

 

 

 

 

 

 

…お

 

 

 

 

 

 

 

「お堅いねぇ。力抜こうぜ優等生!」

 

中村がそのバケモノの額に軽く武器を当てた。するとそのバケモノは消え、花丸の跡が残っている。…どうやら、満点解答だったみたいだ。

 

「満点解答!?E組が…?」

「多分読んでないっしょ。サリンジャーの『ライ麦畑で捕まえて』」

 

…やっぱり『ライ麦畑で捕まえて』だったか。あのタコに勧められて読んだ記憶がある。英文だったら全て暗記してる。

 

「外国で良い友達いなかったでしょ瀬尾クン。やたら本を勧めてくるタコとかさ」

 

 

 

 

〜理科〜

 

「そぉ〜ら、理科は暗記だ!!」

 

《ビリビリビリ!》

 

 

 

「…ヴオオオオ!」

「なに!?暗記した筈なのに!!」

 

 

 

早速小山がやらかしてやがる。なんか瀬尾の二の舞を見ているみたいだわ。

ていうか理科もなんか難しいな。記述問題ばかり出されている。単純に用語を覚えただけでは解けないようになってるな。小山の作戦ミスだ。

こういう記述問題は、聞かれていることに対して的確にかつ分かりやすく答えないといけない。だからまず要点を…

 

 

 

 

 

…ん?

 

 

 

 

 

 

 

「それでね〜」

『分かる〜』

 

 

 

 

………何アレ

 

 

奥田さんが怪物の肩に乗って楽しそうに話しているんだけど!?ていうか兜脱いだらあんな顔になるの!?

 

「本当の理科は暗記だけでは面白くないです。『君が君でいる理由を知っているよ』って言葉に伝えると、この理科凄く喜ぶんです」

 

奥田さんが怪物の頭に杖をポンと撫でるように叩く。

 

すると怪物は鎧を全部脱いで走り去ってしまった。

 

 

 

 

 

 

………気持ち悪い。

 

 

 

 

 

〜社会〜

 

社会も結構シビアな問題が多いな。理科同様記述の問題が多いが、いま習っているのが現代社会なだけに、いま話題となっているトピックの問題ばかりが出されている。新聞でいま現在の社会の情勢を知らないと、ほとんどの問題が解けなくなる。

 

…しかも。

 

「しまった…アフリカ開発会議の会談の回数なんて分かるかよ」

 

荒木鉄平が負けた怪物なんか、エグい問題だ。結構細かいところを聞いてくる。トピックをもっと詳しく知っておかないと解けない感じだな。

 

「ふぅ…危なかった。会議の重要性の象徴だから、一応覚えておいて正解だった」

 

すると磯貝がその怪物を倒した。ていうかアイツ覚えていたのか。

 

「磯貝、きさま…!」

「たまたまだよ。俺ん家けっこう貧乏だからさ。アフリカの貧困にちょっと共感して調べていたら…実際に現地に連れていかれて、更に興味が広がっただけだよ」

 

…行ったのか、アフリカ。あのタコ、色々と容赦無く連れて行くからな。

そんな危ない経験をしたと言うのに、たまたまと言えるあたり、本当にイケメンだなと思ってしまう。

 

 

 

〜国語〜

 

案の定出たよ。百人一首。俺の思った通り、その詩について文法やそれを作った人の感情について聞かされる問題ばかり出ている。

 

「ウオオオ!」

 

怪物が、俺に向かって刀を振り下ろそうとしている。

 

「舐めんなよ」

 

だが返り討ちにしてやった。怪物は見事に霧散している。

霧宮が1つ1つの問題でボケるせいで、そのツッコミを入れている内に内容を殆ど覚えた。

それだけじゃない。霧宮に分かりやすく説明しようとしたおかげで、記述問題は完ぺきに出来ている。

 

「しゃあ!どっからでもかかってこい!」

 

いつもより手応えがあるから、自分でも妙なテンションになっていることが分かる。けど今回は暴走しても止めない。俺らの暗殺もかかっているんだ。負けてたまるかよ。

 

 

 

◇第三者視点

 

「春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山」

 

同じく国語の時間、E組の神崎が難問をクリアしていた。力強く解答している学真に対し、こちらは鮮やかに斬り伏せている。まさに美しい、という表現がシックリ来るようだ。

 

「ハッ…顔だけでなく言葉も美しい。だがたった一問の快心の解答でテストの勝敗は決まらない」

 

その神崎の姿に感動しながら、榊原は言った。その通りである。テストの点数はあくまで総合点。いくら難しい問題が解けたと言っても基本的な問題が出来なければ意味はない。

 

 

 

 

〜数学〜

 

期末テスト5教科の最後のテストが始まった。多くの生徒が苦手であろう数学だ。この時点で4教科のテストを終え、大抵の生徒は集中力が落ちている。

 

それはA組も例外ではない。連続して出される超難関のテスト問題を既に4教科も受けており、この時点で頭が働かない生徒もいた。

 

そんななか、1人だけ全く疲れている様子を見せない生徒がいた。その男こそ、浅野學峯の息子であり、浅野学真の兄である浅野学秀だ。

これまで、全ての強化のテストで満点に近い点数を叩き落としており、各教科において死角はない。そのため、彼はこの勝負の勝ちを疑わなかった。

 

彼はこのテストに、とある野望がある。

 

E組との勝負で勝った時の要求だが、それは『浅野学秀の作り出した誓約書に同意する』というものだった。その誓約書にはE組の生徒に義務付けられる行動について記されており、この誓約書に従って動かなければならない。法律に触れない範囲でえげつない内容ばかりが書かれている。

学秀の目的は、その中に書いてある『A組に尋ねられた質問に正確に答えなければならない』であった。

学秀は、父である學峯が何か隠し事をしていると睨んでいる。例年よりE組に接触する機会が多く、『巨大なタコを見かける』のような噂を聞いていた。

学秀は、これを使ってE組に隠されてある秘密を知り、それを使って父親に揺さぶりをかけるつもりなのだ。

 

例え父親であろうと支配する。それが学秀の行動の指針であり、それ故にここまで力をつけたということでもある。

 

(死角はない。E組を軽く蹴散らし、父親を支配する駒になってもらう)

 

 

 

 

数学のテストが始まる直前、カルマは周りの生徒の様子を見ていた。殺せんせーの触手を破壊する権利と、A組との勝負における報酬を得るために、すべての生徒はいつもより気合いが入っている。中間テストの時より気合いが入っていた。

 

(あーあー、みんな目の色を変えちゃって。勝つっていうのはそーゆー事を言うんじゃないんだよね)

 

そんな生徒たちを見て、呆れたような顔をしている。いつもより気合いをいれて勝負に挑む。そうして得られた勝利は彼にとっては勝利では無かった。

あくまでいつも通りで余裕で相手よりも良い成績を出す。彼にとってそれが本当の勝利だ。

 

(通常運転でサラッと勝ってこその完全勝利。正しい勝ち方、みんなに教えてやるよ)

 

 

 

そしてテストが終わり、いよいよ結果を聞くときになった。

 

 

 

 

◇学真視点

 

 

「さて皆さん。全教科の採点が届きました」

 

いよいよ、この時がきた。テストの結果の返却…これで全てが決まる。教室の中は緊張でいっぱいだ。

 

「では発表します。まずは英語から」

 

英語…あの長文のところは難しかった記憶がある。もし殺せんせーにあの小説を進められなかったら、手も足も出ていなかったかもしれない。

 

「E組の一位…」

 

ドクン、と心臓が鳴る音がした。自分で緊張しているのが分かるほどだ。果たして…

 

 

 

 

 

 

 

「そして学年でも一位!」

 

…!

 

 

 

 

 

 

「中村 莉桜!」

 

 

 

 

 

 

…マジか。中村が英語のトップを取ったのか。

 

 

 

「どやぁ〜」

 

うわ凄いドヤ顔。こういう調子の良いところは流石としか言いようがない。

 

「完璧です。君のやる気はムラッ気があるので心配でしたが…」

「なんせ賞金100億かかってっから。触手一本、忘れないでよ。殺せんせー」

「勿論です」

 

顔に丸を出している。とりあえずは触手一本、そしてA組とは一勝というところか。

すると殺せんせーは全員に英語のテスト結果を渡した。なるほど、()()()()をミスっていたか。

 

「渚くんも健闘でしたが、肝心なところでスペルミスを犯す癖が治っていませんね」

 

渚も惜しかったみたいだ。まぁアイツ、英語が得意だったらしいし。

 

 

「さてしかし、1教科トップを取ったところで、潰せる触手は一本。喜ぶことが出来るかどうかは、全教科返してからですよ」

 

…まぁ確かに。テストは5教科ある。そのうち一つを返されただけなんだ。残り4教科によってどうなるかがハッキリと別れることになる。まだ安心できないってことだな。

 

「続いて国語」

 

国語…百人一首は勿論、あらゆる読解問題も解いた。頼む…

 

 

 

 

 

「国語に関しては、学年トップは2人います」

 

…!2人…!?一体誰と誰が…

 

「そのうち1人は…E組、浅野学真!」

 

……え…!

 

「オレ!?」

「いやお前だよ!」

 

あ、いや…疑ってたわけじゃないけど…まさか俺が1位になったってなると少し戸惑った。いままで一度も取ったことないのに…

 

「おめでとうございます。ただ君の兄である浅野学秀くんも同じく1位ですので、勝敗はつきませんが、触手を破壊する権利は差し上げますよ」

 

そう言って殺せんせーは触手に『予約済み』の旗を刺した。

テストを貰うと、点数は100点だった。つまり満点ということか。

もう1人はやっぱり兄貴だった。そりゃ兄貴がその点数を取ってもおかしくはない。

 

けど…

 

 

 

 

 

『情けないな。お前のレベルはこんなものか』

 

 

 

 

あの兄貴と同じ点数…

 

 

 

 

 

「………っ!!」

 

 

 

思わず力が入り、鳥肌が立った。小さい頃から敵わないと思っていた兄貴と並んで1位を取ることが出来た。それが出来たんだ…!

 

「よく頑張ってくれました。君が人一倍努力していたことは分かっていましたから。このような点数を出してくれて先生も嬉しいですよ」

「…はい。ありがとうございます」

 

思わず泣きそうになる。それを誤魔化すようにお礼を言った。この達成感は…いままでで1番感じたこと無かった。

 

 

 

 

 

 

「さて…まだ3教科残っています。A組との勝負は今のところ1勝0敗1引き分けとなっています。まだ結果は分かりませんよ」

 

殺せんせーの言葉を気を取り戻す。そう、まだテスト返却は終わっていない。あと社会、理科、数学が残っている。どうなる…?

 

「続いて社会。E組1位は磯貝優馬くん」

 

E組の社会トップは、磯貝のようだ。さて…学年ではどうだ?

 

「そして学年では…おめでとう!浅野くんを抑えて学年1位です!」

「よし!」

 

どうやら学年トップも取ってくれたみたいだ。思わず立ち上がってガッツポーズをしている。これで触手3本目、A組との勝負は今のところ2勝0敗1引き分けだ。これで勝負の方はほとんど決まった。これでコッチの負けは無くなった。

 

「マニアックな問題が多かった社会で、よくこれだけとりました。続けて理科!」

 

続けては理科。理科もかなり難しかった。問題内容も難しいところを聞かれていたし。さて…

 

「E組1位は、奥田愛美。そして…素晴らしい!学年1位も奥田愛美!」

 

…お!理科もコッチか。これで触手4本目、A組との勝敗は3勝0敗1引き分けだ。これでコッチの勝利は確定。例の報酬も貰った。

 

「仕事したな奥田!」

「触手一本、お前のものだ」

 

奥田さんは、結構頑張ってた。放課後殺せんせーと色々な実験をしていたのを覚えている。理科に関しての熱意なら、奥田さんに敵う者はいない。

 

「後は、数学だけですね」

 

竹林に言う通り、後は数学を残すことになった。A組との勝負の決着がついたとは言え、触手を破壊できるチャンスはまだ残っている。

 

「さて、数学の結果は…」

 

 

 

 

 

流石に、数学は無理だった。1位は兄貴だった。総合点でも、兄貴が1位を取っている。兄貴の強さを嫌でも実感してしまうな。

とは言え、勝負の結果はコッチの勝ちだ。喜んでも問題ないだろう。

 

けど…

 

 

 

 

「…大丈夫か?アイツ…」

「うん…僕も心配している」

 

渚と一緒に、1人の男の心配をしていた。カルマだ。総合点でも数学でも、普通だったら1位を取れていたはずなんだ。

けど今回のテストで、カルマは1位を取れなかったどころか、著しく順位が下がってしまったみたいだ。数学は学年10位、総合点では学年13位だった。完全に、トップ争いから落とされていたとしか言えない点数だ。

原因は分かる。アイツ今回はあまり真剣に勉強している様子は無かった。何となく余裕だったというか…1位を取ることに壁を感じていなかったみたいだった。だから勉強はせいぜいあの殺せんせーの強化授業しかやっていなかったみたいで、だから点数が取れなかったんだろう。

 

八幡さんがよく言っていた。『浮かれるな』と。ひと時強くなったとしても、努力を怠れば直ぐに追い抜かれると。カルマはその餌食となったんだろう。

この事がキッカケで、何か問題があったら…

 

「なぁ、学真。一つ気になったんだけどさ…」

 

すると杉野が俺に聞いてきた。

 

「A組と言えばよ…中間テストで3位だったやつが居たろ?」

「…窠山の事か?」

「そう。けどよ…進藤から聞いたんだけど、A組の自主勉強会では参加してなかったらしいし、今回のトップ争いも参加してないみたいだけど…」

 

ああそうか。コイツ…というかみんなは、窠山についての情報をあまり知らないんだった。じゃあ言っておかないといけないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「窠山は多分、参加する気は無かったんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「E組の奴らに負けるって、こんな屈辱あるか?」

 

A組で、不穏な空気が流れている。E組との勝負に敗れた五英傑は、かなり悔しそうにしている。なお、この学級のリーダーである学秀は理事長に呼ばれてここにはいなかった。

 

悔しがっているのは、五英傑だけでは無かった。他のA組の生徒も浮かない表情をしている。なんでE組なんかに…そんな気持ちを抱えていた。

 

たった1人を除いて。

 

 

 

 

「今さらガタガタ言わないでくれる?耳が腐りそうでしょうがないんだけど」

 

その男、窠山は悔しがっている五英傑に向かって言った。黒崎や学真に対して言ったような皮肉な口調で、五英傑を罵るように見えた。

 

「窠山…!お前、なんで今回のテスト本気でやらなかったんだよ!」

 

瀬尾が窠山に食いつく。今回、窠山は明らかに手を抜いていた。テストの成績なら学秀の次に高く、特に苦手科目の国語と数学以外なら学秀よりも高い点数を出せた可能性があった。それにも関わらず、手を抜いた窠山に怒っていた。

 

「は?なんで僕が本気で挑まないといけないの?喧嘩を始めたのは君たちでしょ」

 

平気な表情をして、窠山は答えた。確かに、喧嘩を始めたのは学秀を除いた4人の五英傑であり、窠山がその事に参加する理由はない。

 

「…けど、浅野が本気でやろうって言ってたじゃねぇか!」

 

しかし、E組との勝負が決まった時、学秀はA組の生徒全員を鼓舞していた。そう言われたのなら、それに応えようとするだろうと瀬尾は言った。

 

「だからそれが理由になる訳無いって言ってるんだよ。負けると分かってて全力で挑む理由が無い」

 

そんな軽い台詞を笑うように、窠山はいった。浅野学秀が鼓舞しようがしまいが、やる気が出なかったのは変わらないのだから。

 

「あんな不利な勝負を吹っかけて、負けることは分かっていたよ。最近E組の奴らが成績を伸ばしていってるみたいだし。各教科ごとのテストの1位を取った数で競うルールなら、各教科のスペシャリストを揃えるだけで勝つに決まってるよ」

「だったら、お前が…」

「スペシャリストを超えろって?無理だよ。正直どの教科も好きじゃないし、満点を取る気になれない。そんな奴がスペシャリストに勝てると思っているの?自称スペシャリストを気取っている君らは浅野くんより下の点数で満足してるし。

冷静に考えれば、こんなの無理ゲーに決まってんだろ。そう思わなかったのは、君らが相当バカだからなのかな?」

 

歯をくいしばる。窠山の言っている事に反論できないのが悔しいのだ。窠山は各教科でトップを取ってはいないものの、総合点では2位を取っている。彼よりも低い点数を取っている自分らが何を言っても無駄であると言うのが分かり、腹立たしく感じていた。

 

 

◇学真視点

 

 

「つまり…勝つ確率がない勝負には参加しないって事なのか?」

 

俺の話を聞いて、杉野が確認している。まぁ、杉野の言う通りだ。前に話した通り、窠山は結果重視の男で、どんなに頑張ろうと結果がダメならその努力も無意味である、それが窠山の考え方だ。

 

「負けると分かっていれば、アッサリ諦めるってのが窠山のやり方だ。そもそも、アニキがA組のみんなに言ったであろう『みんなで力を合わせて』というフレーズでやる気が削がれていただろうし」

「…?どういう事だ?」

「アイツ、仲間って単語が1番嫌いなんだよ」

「え、でも球技大会では同級生と協力してたんじゃ…」

「アレは多分、あのピッチャーが役に立つと考えていたからだ。コミュニケーションが取れない訳じゃないけど、進んで取ろうとしない。最低限の付き合いしかしない奴なんだよ」

 

俺の話を聞いて、ほとんどの奴が微妙な顔をしている。無理もないよな。俺だってその考え方は好きじゃない。

けど結果重視のアイツに取って、必要ないコミュニケーションは邪魔以外の何物でもない。どれだけ説得しようとしても、答えてはくれないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「仲間が嫌いとは、随分損してるな」

 

 

 

 

 

 

 

そんな俺の話を聞いて、そう言う奴がいた。霧宮だ。

 

「危険に侵されそうになった時、助けてくれるのが仲間だ。それを嫌うとは、勿体無いとしか思えないな」

 

 

……おお…此処に来たばかりの頃に、俺に斬りかかろうとしていた奴が言うとはな…あの時の殺せんせーの言葉が響いているのか。

 

「…そうだな。俺もそう思う。いつか分かってくれて欲しいと思うよ」

 

心からそう思う。仲間を作る事を避けるのは、俺的には勿体無いと思う。例え人付き合いが苦手でも、頼れる仲間は1人ぐらい持つべきだ。

 

 

 

 

いつかアイツが、それを分かってくれればな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて皆さん。素晴らしい成績でした。5教科で皆さんが取れたトップは四つです」

 

HRの時間、殺せんせーが前に立って話している。試験の結果はもう出た。殺せんせーはあの報酬の件を済まそうとしているのだろう。

 

「早速暗殺の方を始めましょうか。トップの4人はどうぞご自由に」

 

今回トップを取ったのは、俺と中村と磯貝と奥田さんだ。だから触手は4本落とせる。何とか躱せると思っているんだろう。顔が例の舐めている顔(緑色のシマシマの顔)だし。

 

けど、さっき磯貝たちと話し合った事について言わないといけない。

 

「おい待てよタコ。5教科トップは4人じゃねぇぞ」

 

それを言おうとする前に、寺坂が殺せんせーに言った。5教科トップが4人じゃないってどう言う事だ?

 

「にゅや?4人ですよ寺坂くん。国、英、社、理、数合わせて…」

「アホぬかせ。5教科っつったら国、英、社、理…

 

あと家だろ」

 

……へ?

 

「か、家庭科ァァ!!?ちょ、ちょっと待ってください。家庭科なんてついででしょ!?なんでこれを真剣に100点取っているんですか!」

「だれもどの5教科とか言ってねぇよな」

「あーあ、クラス全員でやればよかったこの作戦」

 

…なるほど、確かにどの5教科でトップをとれとかの話はしてなかった。寺坂、吉田、村松、そして狭間が家庭科のテストで100点を取っており、文句なしのトップを取っている。まさかその手があったとはな…

 

「ついでとか失礼じゃね、殺せんせー?5教科最強の家庭科さんにさ」

 

するとカルマが悪ノリする。あー、こりゃ言い逃れできないな、殺せんせー。

 

「そうだぜ、約束守れよ殺せんせー!」

「1番重要な家庭科さんで、4人がトップ!」

「合計触手8本!」

「8本!?ヒェェェェ!!!」

 

…うわぁ…もともと失う予定だった触手の本数よりも多い本数失う事になるのか。流石に殺せんせーに同情するわ。まさか家庭科で4人もトップが出るなんて、俺も思わなかった。

 

「それと殺せんせー。これはみんなで相談したんですが、この暗殺に、A組との勝負の戦利品も使わせてもらいます」

「…ワッツ?」

 

いよいよ、俺らの作戦だ。代表して磯貝が言ってくれたが。

今回の報酬は、暗殺に取っていい事だらけだ。この夏休みで、暗殺できる可能性がかなり上がったと言っても良いだろう。

 

 

夏休み始まりまで、あと僅か。俺らは大きな暗殺計画を立てる事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回で1学期編は最後です。

次回『終業の時間』


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第54話 終業の時間

1学期編最後です。結構長かった…


もう直ぐ全校集会が始まる。何しろ、もう1学期は終わるし。俺らE組はとうの昔に体育館に集まり、いつでも並ぶ支度は済んでいる。

周りの生徒が俺らの方をチラチラ見ながらボソボソ話している。まぁそうせずには居られないだろう。A組とE組の勝負の事も、その勝敗の話も全員聞いている筈だし。

 

「おーおー、やっと来たぜ、生徒会長さまがよ」

 

寺坂の声を聞いて入り口の方を見ると、兄貴や他の五英傑らが来ているのが見えた。表情が険しいのは見る前から分かっていたことだし、驚くことでもない。

 

「何か用かな。式典の準備でE組に構っている余裕なんて無いんだけど」

「おっと待て。何か忘れてんじゃねぇのか?」

 

寺坂を避けて通ろうとする兄貴の肩を、寺坂が掴む。まぁ、その話はシッカリとしておかないといけないわな。

 

「学秀、賭けてたよな。勝ったほうが一つ要求できるって。さっきメールで送ったけど、あれで構わないよな」

「勝負を吹っかけたのはテメーらだ。まさか冗談とは言わねぇよな」

 

磯貝が、兄貴に話しかける。俺とややこしくならないように、下の名前で呼んでいた。

磯貝が要求するのをメールで送ったみたいだ。ここまで話が広がった以上断ることは出来ないだろう。兄貴や他の奴らは苦虫を噛み潰しているような顔をしていた。

 

「何ならよ。5教科の中に家庭科とか入れてもいいぜ。それでも勝つけどな」

 

…ウゼェ

 

とは言っても、家庭科で100点取ったのは逆にすげぇよな…重要度が低い教科だけに、教科担当の好みで作られる傾向にある。だから本校舎で授業を受けていない俺らにはかなり不利だった。相当研究したんだろうな…

 

「…フン」

 

兄貴はそのまま歩いていく。プライドが高い兄貴の事だし、今回の事は相当傷ついているんだろうな。

 

「兄貴…」

「やすやすと話しかけないでくれるかな。次はこうは行かない。E組もお前も、完全に倒す」

 

声をかけると、バッサリと言い捨てられて離れていく。まぁ…そう言われるのは分かっていたけども。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー、夏休みと言っても怠けずに…E組のようにならないように……」

 

いつものE組いじりも受けが悪い。そりゃA組の勝負に勝ってしまったとなると、いじる要素が全く無いだろう。

最初の頃に比べれば、状況が変わりつつある。みんなの様子を見ると、全員が真っ直ぐ前を向いているのが分かる。劣等感も感じず、自信に満ち溢れている。

俺も少し変わったかもしれない。A組にいた時よりも、充実していると思う。

 

このE組の為に、もっと頑張ろうと思った。夏休み明けには、A組を軽く超す成績を出して、みんなが喜べるようになろう。

 

それが、俺の任務だから。

 

 

 

 

 

終業式が終わり、これからE組の校舎に戻ろうとしている。これ以上ここにいる意味なんて無いし。

 

「見事だったな。この学校を見事ひっくり返したと言えるだろう」

「…黒崎」

 

そんな帰っている途中の俺に、黒崎が声をかけた。

 

「総合3位とは、なかなかな成績を取ったものだ。E組の中でもトップなのではないか?」

「まぁな」

 

黒崎が言った通り、俺は今回、総合3位だった。中間に比べれば順位が2つ上がっている。考えてみれば、今回よくこの点数を出したものだよ。

1位はやっぱり兄貴で、2位は窠山だった。窠山の奴は、教科で1位は取ってないけど、全教科で上位には入っているから、総合点が高くなっている。本当に、俺たちとの勝負に勝ちにきたわけじゃないんだろうな。

黒崎は…7位だった。中間の時2位だったから、順位はかなり落ちている。けど落ち込んではいないだろう。球技大会の時のように、自分の足りないところを見直してくるんだろうな

 

「…それで、アイツはどうだった?」

「あー、霧宮は…」

 

黒崎が霧宮の事を聞いてきた。黒崎も霧宮の学力の低さを知っている筈だし、あの場で一緒に勉強していたから、気になるだろうな。

 

「E組の中では最下位だったよ。あれでも前よりは出来た方だ」

 

霧宮は今回、120位だった。E組の生徒の中では一番下の成績だ。まぁ…この学級は182人いるから、下の方じゃないといえばそうなんだけど。総合点では295点、平均して59点だ。あれでも点数は上がった方だ。

そいや関係ないけど、霧宮の次に最下位だったのは、菅谷だった。あのにせ律の隣だったせいもあって、集中が出来なかったらしい。それでも95位だから、全校で見たときはそんなに悪い成績じゃない。

 

「…そうか」

 

俺の話を聞いてどう捉えたかは分からないけど、とりあえずは納得したらしい。最下位じゃないだけでもマシ、ということか?

 

「それで今回の勝負の結果、どうなるんだ?」

 

次に出た質問は…恐らく勝負後の報酬の話だろうな。勝った方が1つだけ要求できるという話だったし。

 

「ああ。それはな…」

 

 

 

 

 

◇第三者視点

 

とある国で、携帯電話が鳴っている。その持ち主は、イリーナの師匠であるロヴロだ。彼はいま仕事で外国に行っているのだが、その任務はほとんど終わっていた。

 

「…ああ、君か」

 

ロヴロと話している男は、彼の知っている人物だ。殺せんせーの暗殺において重要な任務を任されており、ロヴロが殺さなかった人物だ。その男の力を、ロヴロはかなり評価している。下手な殺し屋よりも高い成果を出す男だと、彼は認識していた。

 

「なるほど。それは良いことを聞いた。二度もない大チャンスと言っても過言では無いだろう」

 

その男からの話を聞いて、口元が笑っていた。その情報はかなり有益なものだった。殺せんせーの暗殺において、それ以上の良い情報は他に無いだろう。

 

「ああ。そういう事だったら、喜んで協力しよう」

 

電話の向こうの男から、とある任務を言い渡される。それを拒む理由は無かった。寧ろ殺せんせーの暗殺が成功するためにはその任務を受けなければならないだろう。

 

電話を切り、その電話を懐に入れる。特に理由がない時は手ぶらで動くのが殆どだ。手に何か持っていると状況によっては仕事がしづらくなるだろう。

 

(そういえば…霧宮は暗殺に失敗したようだな)

 

ふと、彼は霧宮の事を思い出した。仕事の関係で知り合った男の息子であり、道端で死にそうな目をしながら座り込んでいるのを見て、英雄になるかどうかを尋ねた。

彼には暗殺の素質がある。それを知ったロヴロは、彼に暗殺技術を教え、あの教室に行かせることにした。望んだ結果は得られなかったものの、ターゲットを一泡吹かせる事は出来たという。もう少し育てれば、ターゲットを殺す事は可能になるだろう。

 

「久しぶりに会うか。暗殺に失敗してから、奴がどう変わったのかを見るとしよう」

 

 

 

理事長室で、椚ヶ丘中学校の理事長である浅野 學峯は、終業式の様子を一部始終見ていた。A組とE組の勝負の結果、E組は前を向くようになり、それ以外の生徒は屈辱という表情をしていた。

今回の件を通して、本校舎の生徒は大きな屈辱感と危機感を持つようになった。そしてE組に対する敵意は増幅している。

それは、學峯の教育理念通りだった。彼にとって最も重視しているのは生徒の強さを育てる事であり、その為ならどのような手段であっても躊躇わない。例え怪物が担任をしようとも、E組との勝負に負けようとも、強さを育てる事が出来るならば何の問題もない。

 

(だが、それはあくまでエンドがエンドであってこそ)

 

その教育において唯一障害となるのは、弱者が強者よりも強くある事だ。強者は常に弱者に勝っておかなければならず、弱者であるE組に負け続けるのが定着してしまうのは宜しくない。

今すぐに手を打たなければならない。學峯は直ぐに手を打つ準備を始めた。

 

「失礼します。理事長に会いたいという人がおられるのですが…」

 

すると理事長室に校長先生が入ってきた。話を聞いていると、理事長に話があるという男がいるようだ。

 

「…分かりました。部屋に入れてください」

 

理事長が校長先生の話を聞き、その男を部屋に入れるように言った。校長先生がその男を部屋に入れると、理事長の表情が一瞬変わった。

 

「よう。久しぶりだな、學峯」

 

 

 

 

退屈な終業式を終え、窠山は家に帰った。A組では五英傑や他の生徒が、E組との勝負の件について言い合いをしていたが、彼にとってはどうでも良かった。納得行かない結果であろうとも出てしまった以上はその結果を覆す事は出来ない。今さら文句や強がりを言っても後の祭りである。

もともと彼は勝負に参加するつもりは無かった。A組としての義務も、強者であるプライドも、彼にはどうでも良かった。自分がやりたい事をやれば良いというのが彼の考えである。

 

「お帰りなさい、若。飯は準備できてますよ」

「ありがと。でもご飯は少し後にする。先にしたい事があるし」

「ヘイ!」

 

家の中で、1人の男が窠山に食事の話をする。別に食事を取っても構わないが、今はしたい事が別にあった。

家の中を歩き続け、1つの部屋の中に入る。その部屋は窠山の個室であり、パソコンやテレビが置かれていた。

 

彼はパソコンを開き、電源を入れる。いつもは時間潰しのネットゲームをやるが、今回は別の用事があった。

ファイルを開き、その中にある一枚の写真を見る。その写真を見て、彼は笑った。良い出来に仕上がっていると思ったのだろう。

 

「後はコレを使えば、アイツに断る権利はなくなるね」

 

パソコンを操作し、とある処理をした。彼はその写真を使い、あの男に揺さぶりをかけることにしたのだ。

 

「思い出させてあげるよ、学真くん。本当の強者の感覚を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇学真視点

 

「1人一冊です」

 

教室に帰ると、殺せんせーから約1メートルの厚さの本を貰った。殺せんせー曰く、夏休みのしおりだそうだ。けど1メートルの厚さの本って邪魔でしかない。鞄に収まりそうにないし、修学旅行の時よりも手に余る。

 

「出たよ恒例過剰しおり」

「アコーディオンみてーだな」

「これでも足りないくらいです」

 

アコーディオンってのはなかなか的を得ている。ここまで分厚いとページを捲ることが出来ない。もはや開くというよりは、曲げるに近いな…

 

「さて、これより夏休みに入る訳ですが、皆さんにはメインイベントがありますね」

「あー、賭けで奪ったコレの事ね」

 

殺せんせーのいう通り、この夏休みには大きなイベントがある。A組との勝負でこちらが要求したのはまさにそれだ。

 

その名も『夏休み 椚ヶ丘中学校夏期講習 沖縄リゾート2泊3日』だ。簡単に言えば沖縄旅行の権利だ。

 

本当はそれは成績優秀クラス…つまりA組だけに与えられる特典だったんだが、今回の期末で高い成績を出しているし、今回の勝負の件もあるから、もらう権利は充分ある。

 

それに、これの権利を持っているA組がコレを使う事はない。夏休みの間必死こいて勉強しているか、もっと別の旅行に行ってるかのどちらかだ。だからアッサリ認められた。

 

「君たちの希望では、触手を破壊する権利は、この合宿中に使うという話でしたね」

 

そう、今回のテストで得られたもう1つの報酬である殺せんせーの触手破壊権利は、この合宿中に使おうということになった。

合宿先は、沖縄のしかも小さな島だ。当然周りは海という名の水に囲まれている。殺せんせーは水が弱点だったし、殺せんせーの動きを制限することが出来る。

 

「触手8本の大ハンデでも満足せず、四方を先生の苦手な水で囲まれたこの島を使い、万全に貪欲に命を狙う。

 

正直に認めましょう。君たちは侮れない生徒になった」

 

頭をかきながら(かいてるのか?)殺せんせーは侮れないと言った。暗殺対象からの素直な感想は一番励みになる。暗殺対象にここまで言わせることが出来たというのが、暗殺者にとって何よりの自信だ。

 

「親御さんに見せる通知表は渡しました。これは、先生から皆さんへの通信簿です!」

 

何枚かの紙にマッハで何かを書き、教室に放った。

紙に書いてあったのは、殺せんせーの顔が描かれている二重丸だ。教室に溢れる沢山の二重丸が、教室を華やかに明るく見せている。

 

「夏休みもたくさん学び、たくさん殺しましょう。暗殺教室、基礎の1学期、これにて終了!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回からいよいよ夏休みです。
これからあの島のイベント…ではなく、次回からまたオリジナルストーリーを書きます。

次回 『ゲームの時間』


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夏休み
第55話 ゲームの時間


はい。オリジナルストーリーです。今回は10話を予定しています。つまり長いです。かなり大事な回なのでしっかり書きたいと思います。


夏休みが始まり、俺らはいまやるべき事がある。それは例の旅行の暗殺の作戦だ。触手8本と水、これだけでもかなり有利だが、それだけで殺せんせーを殺せるほど甘くはない。それで殺せるんならとっくの昔に殺している。

いまやるべき事は技術の向上と、当日の暗殺の計画だ。この指揮を取っているのは、磯貝だ。こういう時にリーダーとして信頼できるのは、磯貝ぐらいだろう。

まぁそんな訳で、俺も色々と準備をしないといけない。まして俺はあの触手を破壊する役だ。暗殺開始の頃は、どの生徒よりも殺せんせーの近くにいる。かなり重要な立場だというのが嫌でも分かる。

だからシッカリと準備しないといけない。

 

 

 

なのになんで俺はゲームセンターに来てるんだ?

 

いや自分で言うのもなんだけど…

 

「杉野、なんで俺を連れて来たんだ?」

 

俺をこの場所に連れてきた張本人に聞く。俺は杉野に誘われて来たんだ。

別に文句があるわけじゃないけど、渚とかカルマとかと一緒にいる事が多い気がするのに、なんで今日に限って俺なのだろうか。

 

「いやぁ…神崎さんとゲームできたらいいなと思って」

「だ、か、ら、何で俺がゲームセンターに来てるんだって聞いてんだ」

 

…神崎さんとゲームの話が出来たらみたいなこと言ってるけど、結局なんで俺が来た理由が分からないままだ。まさか俺以外に頼る奴が居なかったとか言うんじゃねぇだろうな。

 

「…なぜ分かった」

「当たったのかよ!」

 

…まさかのソレかよ。

 

 

 

だいたい見えて来た。

修学旅行に行った時、神崎さんのゲーム力の高さを見た事がある。中学1、2年生の頃にゲームをしまくって居たようで、簡単なゲームでは失敗しないほどだ。

神崎さんと仲良くしたい杉野だが、神崎さんほどの実力者がやってるようなゲームについては全く知らない。そこで、ゲームを色々と研究しようとしているみたいだ。真っ直ぐさが売りの杉野らしい動機だ。

 

ゲームセンターにある1つのゲームをしている。大きなディスプレイがあって、そこに出てくるゾンビを、用意されている銃の形をした機械を使って撃ち倒して進み続けるゲームだ。

その銃を操作しながら、杉野と話をしていた。

 

「渚とカルマとも一緒に行った事あるんだけどよ…やっぱりお前の話も聞きたいなと思って」

「…ゲームとかあまり詳しくないんだけど」

「良いんだよ。聞いておくに越したことは無いだろ」

 

まぁ、確かに。色々な奴から情報を聞くと言うのは良いだろう。情報を手に入れる方法は多くあるに越したことはないとよく言われるし。

 

そんな事を言っている間にも、ゲームの方は佳境に入っていった。最初の方は一体ずつ出て来た感じだったのに、いつの間にか何体も出て来て、画面上にゾンビがウジャウジャいる。結構カオスだ。

物陰に隠れる事が出来ないから、対処できないゾンビからの攻撃は食らってしまう。攻撃を喰らい続けて、結局ゲームオーバーになってしまった。

 

「クッソ〜、なかなか難しいな」

「そうだな。俺も成功した試しがねぇ」

 

このゲームは、本当にプレイヤーの腕が試される。偶然とか無いし、何より物陰に隠れる事が出来ないから、プレイヤーの命中率が成績に直結する。

こういうのはあの射術コンビが得意そうだ。特にコレは…速水か?何となくだけど千葉は遠いところからの狙撃、速水は中距離の連続射撃が得意なイメージがある。ただ好成績を出しているだけの2人だからかなりエグいんだけど。

 

「まぁ終わったもんは仕方ない。別のゲームをしようぜ」

 

別のゲームをしようと話しかけて、そのゲームを辞めた。

因みにいま来ているゲームセンターは決して有名なところでは無い。さっきのゲームもそうだけど、かなり難しいゲームばかりあるから、大抵の人は2回来ることは無いようだ。来るのはそれこそゲームの上級者だ。

近くによく行っている店があるから、ここのゲームセンターの存在は知っていたけど、やっぱり別のところにするべきだったかなー…とは言っても別のゲームセンターは知らないけど。

 

「お、あっちのゲームが空いてるぞ!アレやろうぜ」

「ああ…意外と人が居ないし、良いんじゃねぇか?」

 

杉野が別のゲームを決めたようだ。画面の譜面に合わせて太鼓を叩くゲームだっけ。かなり難しいレベルになると連続して叩くことになるから、頭の中では何を叩けば良いのか分かっていても手が動かない時があるんだよな…

 

「よーし、折角だし対戦しようぜ。同じ曲で最高点数を競うんだ」

「…まぁいいけど、手加減はしねぇぞ」

「おう、望むところだ」

 

そんなやり取りをして、そのゲームのところに向かう。

 

「あれ?杉野くんに学真くんじゃん」

 

すると俺らに声がかかった。何回も聞いた事がある声だ。その声は確か…

 

「おっは〜。2人とも一緒に来てたんだね」

「あ…おはよう」

 

…やっぱり、その声は倉橋で、一緒に矢田もいた。

 

「…ああ、おはよう」

「おう」

 

 

…こんな偶然があるか?杉野と遊んでいたら矢田と倉橋にも会ったなんて、偶然にもほどがあるだろ。

話を聞くと2人とも近くの服屋に行っていたそうだ。恐らく、あの旅行の服を買っていたんだろう。そんで、近くにあるここに通いに来たんだと思われる。

 

「まさか会うとは思わなかったよ。偶然ってあるもんだな」

「そうだね」

 

杉野と倉橋が2人でゲームをプレイしている後ろで、矢田と話している。このゲームは最高2人だから、どうしてもこうなるわな。

 

「テストはどうだった?」

「あ、うん。中間に比べて結構上がったよ。一緒に勉強していた甲斐があったかな」

 

テストの話をしている。矢田も点数が上がったようだ。

あの5人で一緒に勉強したのがいい結果に繋がった。全員で勉強に取り組む事で自分だけじゃ気づかなかったところまで気づくきっかけになるから、いままでよりも内容をしっかり抑えてテストに挑む事が出来たしな。

 

「学真くんも凄かったじゃん。国語の一位を取ってくれて、殺せんせーの触手を破壊する権利を得たんだし」

 

俺の話になった。まぁ矢田の話だけするのも変だし、触手を破壊する権利の下りは大きな話題だからその話にはなるだろうなとは思っていた。

 

「ありがとな。でも、本腰を入れて頑張んないといけないのは、旅行の時の暗殺だし、気を引き締めないといけないな」

「うん…学真くんは凄いね。次から次に、新しいことに挑戦するから」

 

矢田は2人がゲームをしているところを見ながら言った。その視線の先にあるのは、決してゲームじゃなくて、今後の話だろうな。結構大掛かりな暗殺だし、色々と思うところがあるんだろう。

 

「お、おう…そうか」

 

しっかし褒められるのはやっぱり慣れないな…親父や八幡さんからは叱責しか受けてないし、兄貴からは嫌味しか受けた事がないから、褒められるとなると少しムズムズする。なんとかならないかな、コレ…

 

「やった〜、高得点〜」

「うおお…大差つけられた」

 

どうやら2人のゲームが終わったみたいだ。杉野が大差つけられて負けたみたいだ。選ばれた曲は倉橋が知っているのに合わせたし、杉野には難しかっただろう。まぁそこまで点差にこだわる必要は無いと思うけど、2人で同じ内容のゲームをやると、気になってしまうんだろうな。

 

 

 

「…おい、大丈夫かよ杉野」

「おう…大丈夫だ」

 

決して大丈夫じゃない。かなりショックを受けているな、コイツ。

結論から言うと、さっきから良いところがない事で落ち込んでいるみたいだ。アレから色々なゲームを4人でしているけど、杉野はさっきからミスの連続だ。

 

因みにいま倉橋がクレーンゲームをやっている。動物をモチーフにしたようなキャラクターを取ろうとしている。けどなかなか取れないみたいだ。

 

「あ〜!クレーンには挟まっているのに、なんで持ち上がらないんだろう?」

 

クレーンゲームって難しいんだよな…取れたと思ってもアームが持ち上げてくれなかったりするから、やってる側はかなりイライラしてしまう。そんでもう一回とかやってしまうから、お金がどんどん注ぎ込まれて行くんだよな。

 

「むぅ〜、もう一回!」

 

案の上クレーンゲームの術中にハマっているな…これ以上やっても取れないなら諦めさせるか…

 

「ダメだよ。その真ん中に1つだけ置かれている奴は、一見取りやすそうだけど、1番取りづらい奴だから」

 

すると誰かが突然話しかけた。どう聞いたって、いまクレーンゲームをしている俺らに言っていると分かる。

 

「アームが働く力は、そのぬいぐるみを持ち上げるだけの力はない。ぬいぐるみの材質も滑りやすいから尚更無理だよ。

だから取るなら端っこで転がっている奴だ。一見取りづらく見えるけど、足からタグが出ているから、それにアームを引っ掛けるだけ。そうすれば…」

 

ソイツはボタンを操作してアームを動かした。するとアームはぬいぐるみのタグに見事引っかかり、持ち上がる。そのまま商品を運んで取り口にぬいぐるみを入れた。

 

「うわ…アッサリ取れた」

「そりゃそうだよ。だって僕がやったんだからね」

 

ぬいぐるみを取って倉橋に渡す。それは一体誰なんだと思ってその顔を見た。

その時、目を疑った。ソイツは、俺の知っている奴だった。

 

 

 

 

「窠山…!」

 

A組の、窠山隆盛だった。

 

「御機嫌よう」

 

嘘だろ…!よりによってコイツに出くわすなんて、最悪じゃねぇか。

 

「窠山って…A組の?」

 

杉野が俺に聞いた。窠山という単語は何回か聞いているだろうし、球技大会のあの野球の試合を見てるから、杉野は特に知らないはずがない。

普通だったらそれに答えるところだったけど、今の俺に答える余裕は無かった。

 

「随分馴染んでいるようだね。E組に」

 

いま窠山は笑顔で言っているが、俺にはどうしても安心できるものではない。こいつの笑顔はかなり嫌な雰囲気が漂うし。

 

「馴染んでるってなんだ。()()嫌味を言いに来たのか?」

「嫌味だよ。だってA組で1人だった君がE組ではみんなと仲良く暮らしてるみたいだし。それにしてもあの勝負はA組は完敗したな〜。まぁ瀬尾くんたちの自業自得だけど」

 

この人の気を逆撫でるような言い方から、こいつは相変わらずだなと思わせる。人を挑発するのはかなり得意だからな、コイツは…

 

「それよりもさ…君に話をしに来たんだけど」

 

…?俺に話…?

 

「どこか空いている日はない?この1週間の間に」

「…来週までなら特に無いが」

 

あの暗殺は2週間後の話だ。それに向けて、みんなで集まる日を一週間後に決めている。それにしてもなんでそんな事を聞くんだ…?

 

「なら三日後にしようか。その日にさぁ」

 

窠山の目の色が変わる。人を挑発する目から、人を脅迫する目に…

 

 

 

 

「勝負しようよ。格闘技で」

 

 

 

 

 

◇第三者視点

 

窠山の言葉に、全員が唖然としていた。窠山の言っていることが唐突すぎて、何が目的かがハッキリしないからだ。

 

「…何のためだ?」

「何のためでも無いよ。別に賞品とかはない。君と勝負したいだけだ」

 

ますます分からなくなっているようだ。A組の勝負のように、報酬がある訳ではなく、あくまで学真と戦いたいという理由だけしか言わない。目的が全く分からない窠山の行動に、その場の全員は不審に思った。

 

「断る。理由が無いのにテメェと勝負したくない」

 

学真はその誘いを拒否した。それは当然だと全員思った。目的や理由が無いなら、その誘いを受ける必要はない。まして2週間後にはあの旅行を控えている。その前に体力を消費したくはないだろう。

 

「いや、理由ならあるよ。君はこの勝負を受けないといけない」

 

窠山はポケットから一枚の紙を取り出した。その紙はかなり小さく、せいぜいA6の大きさだろう。

窠山はその紙をひっくり返して、その表を見せた。

 

「な…!」

「……!」

 

その表を見て、学真と矢田は絶句した。その紙だと思っていたのは、写真であり、それに写っているものが一体何なのかを、彼らは知っていた。

 

かつてデパートで、学真が黒服の男たちを殴り倒している様子が、写っていたのだから。

 

「どう?よく撮れているでしょ?僕の手下に優秀なカメラマンがいてね。撮られているなんて思わなかったでしょ」

 

学真も矢田も、そしてその場にいた倉橋もその男がいる事に気付かなかった。そして、学真のあの暴力をバッチリ撮られたのだ。

 

「もう分かるでしょ。拒否すればこれを学校に届ける。タダでさえE組に堕ちている君がこんな事をしていると分かれば、今度は退学かもね」

 

つまり、拒否すればその事件の事をバラすという事だ。完全に脅しではあるが、その脅しは学真に有効だった。いまの段階で退学は彼にとってもE組にとっても大ダメージだ。そのため、その挑戦を受ける以外の道はない。

 

「しっかし昔から変わらないね。こんなバカをやらかすなんてさ」

 

窠山は愉快そうに笑う。その口調から、まるでその事件が『2回目』であると言っているように感じた。

 

「弱者の肩を持って自滅とか、本当に考えなしだよ…」

 

窠山が言いかける途中で、彼は学真に襟を掴まれた。かなり乱暴に。

 

「なんて言った…!?テメェ…!」

 

学真の様子が激変している。かつてデパートの時のように、いつもの彼とは想像つかないほどの荒々しい雰囲気を漂わせる。その事を連想して、矢田は少し震えた。

 

「なんて言ったもクソもないでしょ」

 

窠山は平然としている。学真の怒りを、どうでもいいと捉えているように。

 

 

 

 

 

 

「弱者のために自滅するなんてバカバカしいって言ったんだよ」

「テメェ…!」

 

窠山の煽るような口調に、学真の怒りは頂点に達した。その怒りが、手にまで行き渡り、そのまま殴ろうとしている。

 

「やめて!!」

 

その彼の拳は、矢田の叫びによって止められた。思わず無意識に叫んだ言葉で、そのゲームセンター内に響き渡り、周りの人も一体何事かと思い彼らを見ている。

その拳を止めた学真は、全く動いていない。歯を食いしばりながら歪んでいるその表情は、かなり苦しんでいるようにも見えた。

 

「………クソ!!」

 

掴んでいた手を離し、学真はその場から逃げるように離れた。

辺りがシン、と静まる。かなり気まずい雰囲気になっていた。

 

「…返事聞きそびれたけど、まぁ大丈夫だよね。明日また返事を聞きに行くとしようかな」

 

窠山は学真に掴まれていた襟を正し始めた。

 

「待てよ!何なんだよあの言い方!あんなこと言ったら学真が怒るのも…」

 

その動きを機に、杉野が窠山に対して怒る。E組の生徒を『弱者』と言えば、学真が怒るのも当然だろうと杉野は思った。

そんな杉野の怒りを涼しい顔で聞いている窠山は話し始めた。

 

「怒るのも仕方ないって?アレで怒るからアイツは自滅して行くんだよ。

強者は、自分が生きる世界の理想論を語る前に、その世界で自分がどのように上手に生きるかを考えるんだよね。あいつみたいにさ…弱い奴の肩を持つのはそれに1番反する事なんだよ」

 

世界でどのように生きるか、それが彼の信念だ。

自分のやりたい事があったとしても、それが世界にとって不利益な事であれば却下される。それは至極当然だった。

だから生物はまず生き延びる方法から探し出す。人間であろうと動物であろうとそれは変わらない。それを探し出さないで適当に生きるものはアッサリと場所がなくなる。

かつて自分が楽に生きたいと思っていた寺坂がシロにまんまと操られたように、ただ利用されて終わる事だってあり得る。

 

「現に弱者の肩を持つなんて事をし出すから、アイツは2回も…まぁ今回の未遂も含めて3回も過ちをするんだからさ」

 

窠山の言っていることに、全員は違和感を覚えた。窠山の言う過ちには、彼らが知っている回数よりも一回多いのだから。

 

「どう言う事?」

 

矢田は窠山に尋ねた。その言葉の意味することは何かという事を。

 

「そう言えば君たちは知らないんだっけ?じゃあ教えてあげるよ」

 

矢田の質問に、窠山は答えることにした。かつて、E組に堕ちる原因となった出来事を。

 

 

 

 

「アイツさ…他校の先生を病院送りにしてるんだよね」

 

 

 

 

 

 

 

◆学真視点

 

「何で私が責任を取らなければならない?アイツは勝手に死んだんだろ?」

 

ふざけんな…!勝手に死んだだと…!?アイツは…アイツは…!

 

 

 

 

 

死にたくて死んだんじゃないんだよ!!

 

 

 

 

 

「うああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

バキ

 

 

 

 

 

 

 

その拳は、完全にソイツの顔を捉えた。それも手応えは、今まで以上にあった。

 

 

 

 

「おい!何をしている!」

「他校の生徒か!?先生に暴力するなんて何を考えている!」

 

 

 

 

もう、後戻りは出来ない。それはもう分かっていた。

でも今さらだった。俺はもうとっくに、終わっていたんだから。

 

 

 

 

 

 




窠山くんが出てきました。そして学真くんが他校の先生を病院送りにしたとは…?

次回『支える時間』


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第56話 支える時間

あけましておめでとうございます。
さて、今年1発目の投稿、かなり重い話ではありますが、楽しんでいただけたら幸いです。


「…そんな」

 

窠山の言葉に、矢田はその一言だけ言った。窠山の言った事が信じられない、と思っているのが全員分かった。

 

「ビックリするでしょ。だってアイツは隠していたからね。こんな事がバレると都合が悪いから」

 

そんな矢田の思想を跳ね除けるように言った。学真がその事を言っているはずがない。仲間を失うのを怖がっている彼は、その事を絶対にしようとしないだろう。

 

「僕には凄くバカバカしいと思えるよ。生きる為に必要なのは強さだ。クラスメイトに嫌われようと関係ないのに、アイツは振り切れない。だからアイツは弱者になってしまった。上に立つ資格がありながら、その資格を放棄した、正に落ちたエリートだ」

 

窠山の言うことには、賛同したくはないが否定も出来ない。本校舎の生徒が言っているような強がりとは違い、しっかりと筋が通っていて、聞いている人にはその通りだと思ってしまうほどの説得力がある。そんな彼の言うことは、簡単に否定できなかった。

 

「…じゃあお前は、その勝負で学真の目を覚まさせようと言うつもりなのか?」

 

杉野が窠山に尋ねる。彼が言っていることをまとめると『学真は間違っている』と言うことだった。ならその勝負で学真に勝って、学真のE組の味方をするという考え方を否定しようとしているというのだろうかと杉野は考えた。

 

「まさか。目を覚まさせてあげようとするほど善人じゃない。僕はただ勝ちたいだけなんだよ。それだけ」

 

窠山はその場から離れていった。これ以上話すことはないと言っているように見えるが、彼を止めようとはしなかった。

 

シン、と静まっている。学真はどこかに行ってしまい、窠山も離れてしまって、その場にいるのは杉野と倉橋と、矢田だけだった。

つい先ほどまでは、楽しく話していたはずだった。それが一瞬で暗くなってしまった。

 

そんな空気の中、1人の女子は彼について考えていた。

 

 

 

 

 

 

◇矢田視点

 

学真くんは、何でもやりこなせる人だと思っていた。勉強も、スポーツも、暗殺も、やるべき事や、自分に出来る事が分かっていて、自分の役割を作り出して、それをやりこなす人だと思っていた。

霧宮くんの時は特にそう思った。クラスのみんながどうすれば良いのか分からずに悩んでいた時、学真くんが一番最初に動いた。

 

さっきも、学真くんは旅行の暗殺に目標を定めていた。テストの時に手に入れたチャンスを、決して無駄にしないようにしようとしているようだった。

 

学真くんは、どんな困難があったとしても、決して立ち止まらずにこなしていくんだろうなと、私の中ではそう思っていた。

 

でも…

 

「ねぇ、陽菜乃ちゃん、杉野くん…」

 

陽菜乃ちゃんと杉野くんに、話し始めた。今の話を聞いて、私の中でやらないといけないと思った事がある。

ずっと前から、学真くんに感じてた違和感があった。昔も、今も時々感じている。頼もしいと思っている反面に感じる違和感、それが今日、ハッキリと分かった。

今まではそれから目をそらし続けていた。それは逆に学真くんを苦しめ続けるだろうと思っていたから、考えないようにしていた。

 

でもそうじゃない。それは私の早とちりだ。苦しめるだろうと思って動かないのは逆に彼を不幸にさせ続けてしまうことになる。

本当に彼を助けたいなら、動かないといけない。学真くんも言っていた。『ここで動かないと、あとで絶対に後悔する』って。彼に倣って、私が彼のためにしないといけないと思う事をする。たとえ迷惑でも…それが私の選択だ。

 

 

 

◇学真視点

 

あの場から逃げるように離れて、今はすでに家の前だ。ここまで来てしまったら、後戻りは出来ない。

何度コレを経験すれば良いんだろうか。感情のままに相手に怒り、周りの人を怖がらせてしまうのは。昔からずっと、コレだけは全然変わっていない。

金宮の時も、鷹岡の時も、感情のままに動いて、その後になって後悔する。

 

俺が自分の部屋に行こうとした時、ドアの前に生物がいた。その生物を、俺は知っている。

 

「…殺せんせー」

「家に向かっている君を見つけたもので…いつもの様子はありませんねぇ、何がありました?」

 

殺せんせーは、帰っている途中の俺を見かけたみたいだ。俺がいつもと違う気がしたから、心配したんだろう。それで、誰にも見られる確率が低い俺の家のドアの前に来たというわけか。

 

「ああ、実は…」

 

 

 

殺せんせーに、今までに起こったことを話した。杉野とゲームセンターに行ったこと、そこで矢田と倉橋に会ったこと、窠山に会ったこと、窠山が俺に勝負をするように言ったこと、かつてデパートで起こした事件について盗撮されていたこと、そして…窠山の一言に怒って、胸ぐらを掴んでしまったことを。

 

「その時、彼はなんと言ったのですか?」

「…弱者の肩を持って自滅って言った。それを聞いてプチっと来てしまったんだ」

「なるほど…」

 

俺の話を聞いて、殺せんせーは納得したような顔をしている。俺がなんで怒ったかが分かったからだろう。友達を弱者と言われたのが嫌だったからだ。E組のみんなも、アイツらも。

そのあと暫く間を置いて、殺せんせーは話し始めた。

 

「先生は()()()()()()の人を見て来ましたが…彼ほど効率的な人は滅多にいませんね…」

「効率的…?」

「窠山くんという生徒を見たことがあるのは、あの球技大会の時だけでしたが、その時も思った事です。彼は異常に効率的だと感じました。

自分の望んでいる結果を手に入れる為には、どのような過程を踏めば良いのか、実現できる可能性は何か、それを冷静に考える能力に長けているというところでしょう。

これだけだったら、別に珍しくはありません。先のことを考えて動くことが出来る人はそこそこいます。

そしてそういう人ほど上手な生き方をします。未来を想定する力は、優位に立つ事ができる力でもありますから。

 

そういう考えの人だからこそ、弱者を守る事を良しと思わない。彼らにとってそれはなんの得にもならないと考えます。彼の言っていることもその類でしょう」

 

殺せんせーの言っている事は的を得ている。窠山は今に固執しないで、常に未来を想定している。前に寺坂に『ビジョンを持つことは簡単ではない』と話した事があるが、窠山はそれを持っている。

だからあいつはいつも結果を出し続けている。だが何でもかんでも結果を出すわけじゃなくて、不可能だと判断した時は最初から挑戦しない。あくまで可能である結果を出し続けて、色々なところから評価を貰っている。

 

だから窠山はA組に在籍し…かつA組のやっていることに口が出せる。成績がそこそこ良いだけの生徒では、そんな事をしたって怒りを買うだけだ。

そう考えると、確かに効率的だろう。奴は上手く生きていく方法を探せるから、上手に生きていける。

けど異常ってどういう事だろうか。それを聞こうとしたけど、その解答は聞く前に答えられた。

 

 

 

 

 

◇第三者視点

 

「ですが彼ほど効率的に生きていける者はいません。効率を突き詰めていくとそれは無欲になるという事と同義だからです」

 

殺せんせーの説明を聞いて、学真は理解できた。

効率を重視すれば無欲になる。それも確かにと学真は感じた。効率を重視した時、自分の欲求はかなり邪魔になる。状況によってはそれを捨てないといけない。

頭で理解できたとしても、それを実行できる人はあまりいないだろう。少々我慢する事は出来ても、自分の欲求を抑えるというのは意外に難しい。

 

期末テストの時も、窠山は勝負に参加しなかった。A組が負ける事を知っていて敢えて参加しなかったと彼は言う。そんな彼の様子を、周りの生徒は怒ることはなく、不気味と感じた。E組に負ける事を受け入れているというか、その事がどうでもいいと感じているように見えた。E組に負けても悔しくないと感じる窠山が、少し怖いと感じたのである。

 

(ですが彼は()()()()学真くんに勝負を申し込んだ。これはひょっとすると…)

 

ここで殺せんせーは、彼の話を聞いて考え始める。もし彼が徹底的に効率を重視するなら、学真に勝負を申し込む事はしない。まして勝負に勝っても何かを得るわけでもないならその勝負には窠山にとって得になるところがない。

あまりに筋が通らない。そんな彼の行動に殺せんせーは、彼の狙いについて考えてみる。それはひょっとするとその勝負に意味があるわけではないのか、そう考えた。

 

「なぁ殺せんせー」

 

そう考えている殺せんせーに、学真が話しかけた。生徒に話しかけられた先生はそれを無視する事はない。生徒の呼びかけに答えるように殺せんせーは視線を学真に向けた。

 

「俺、間違ってたかな」

 

学真の言葉を、表情を変えずに聞いていた。何も考えずに言っているわけではないのは、彼の表情から分かる。彼なりに今まで悩むだけ悩んで、いま思いついている考えがそれなのだ。

 

「あの時窠山を殴ろうとしたのは、窠山の言っている事に腹が立った訳じゃない。窠山の言っている事を、否定できなかったからなんだ」

 

その台詞を聞いて、殺せんせーは納得した。彼は窠山の言う事が否定できなかったのは理解できる。

弱者の肩を持って自滅したと言うのは、客観的に正しい事実だ。矢田を守ろうとして、いま追い込まれている状況になってしまった。それからすると弱者を守ったが故に起こってしまったとも見えるだろう。

学真はそう理解してしまった。だから否定できずに彼を殴ろうとしてしまった。そうしようとしてしまったという事実すらも今の彼を追い込んでいる。

 

「誰かの味方になりたいと思っていた。こんな落ちこぼれの俺でも、E組のみんなの力になれたら良いと思っていたんだ。

けど…弱いままじゃ強い奴には抵抗できない。金宮の時もそうだった。権力という力が無い俺は、何の抵抗も出来ない。何とか打開しようとして、暴力を振るってしまって、結果それを利用されてしまった。

今回も、窠山の言葉を否定できなくて、殴ろうとして、また矢田を不安にさせてしまった。何度も…何度もこんな経験をしているのに、止められねぇ」

 

彼の言っている事は正しい。学力が高い故にその考えまでたどり着いてしまったのだろう。

弱いままでは強い相手に抵抗する事は出来ない。だからそれを打開するためには、そのための力が必要になる。

彼の場合は、それが暴力だった。正確には、その手段しか選べなかった。友人が被害を受けた時に、彼は暴力で解決することしか出来ない。

それが、彼にとって悔しいのだろう。暴力は抵抗できる手段であると同時に、人を傷つけるものでもある。特に矢田のように、争いごとが嫌いな人は傷つきやすい。その手段しか取れない事が悔しくてしょうがなかった。

 

「俺は…誰かを守ることは出来ないのかな。誰かを守れる資格なんて、無かったのかな」

 

学真が苦しんでいるのは、その悩みだった。結局自分には、誰かを守ることはできないんじゃないかと思い始めた。殺せんせーはその疑問にどう答えれば良いかを考え始める。

 

 

その時殺せんせーは、ある事に気づいた。その場には変化はないが、殺せんせーのある感覚が、その変化を気づかせた。

その変化の正体を知った時、どこか嬉しそうな雰囲気が出ていた。殺せんせーにしてもそれは想定外で、とても嬉しい事でもあったから。

 

「そうですね…学真くん、君に見て欲しいものがあるんですが…」

 

学真にそう言って、殺せんせーは扉から離れる。一体どうしたんだろうかと思い、学真は殺せんせーの後を追う。

そして殺せんせーに倣って、曲がり角を曲がった。

 

 

すると、学真は信じられないことが起きたかのような目をしていた。それもそのはず。

 

 

 

 

E組の生徒全員が、そこにいたのだから。

 

 

 

 

「…!お前ら…」

「香水の香りがしたので、もしかしてと思いましたが、やはり来ていましたね」

 

先ほど、殺せんせーは香水の香りを鼻で感じ取った。矢田や倉橋がゲームセンターに行く前に来ていた服屋の中で、僅かに残っていた香水がついたのだろう。微かな量なので矢田たちもそれに気づかなかったが、殺せんせーの鼻が強力なため気づいたのである。

 

「学真くん」

 

E組の生徒全員がいる中で、一番最初に話し始めたのは矢田だった。E組の生徒全員が集まったきっかけは彼女であり、学真を一番心配していたのも彼女だったため、矢田が話し始める事に誰も異論は無かった。

 

「学真くんは、今まで私たちの為に動いてくれた。ありえない目標を達成してくれたりするから、何でも出来る人なんだと思ってた。

でも、あの時分かった。学真くんがいま1番苦しんでいることに」

 

その話を学真はただ聞いている。

彼は唖然としていた。矢田がその事に気づいた事に。苦しんでいることをなるべくみんなに悟らせないようにしていたつもりだったが、先ほどの一件で彼女が気づいてしまった事が分かり、何と言うことも出来なかった。

 

「だからもし学真くんが何かを背負っているなら、私たちにも背負わせて。私たちは学真くんの支えになりたい」

 

矢田は苦しんでいる学真を支えたいと言った。学真が霧宮に対してしたように、彼の苦しんでいるところをみんなで支え合おうとしていた。

そう言ってくれることは嬉しかった。彼を心配してくれている事は、今まで無かっただけに余計にそう感じた。

 

「でも、俺は…」

 

だが学真は、一歩踏み出せずにいた。学真にとって『それ』をE組に伝えることは避けていた。話せば今度こそみんなに嫌われるんじゃないかという不安が、その一歩を踏み出すのを止めていた。

それに気づいた寺坂が学真に話しかけた。

 

「杉野みたいに、自分のしたい事を言った奴には協力してた。神崎や前原や矢田みたいに、困っている奴には迷わず助けてくれた。俺や霧宮みたいに、バカやらかした奴でも見捨てずに接した。

こんなクラス思いなお前が、今さらどんな欠点を抱えていても嫌いになったりはしねぇよ」

 

その言葉を聞いて、学真は動揺している表情をした。欠点を抱えていても嫌いにならないという言葉を、言われるとは全く思わなかった彼にとって、それは衝撃的な言葉だったからだ。

 

「……良いのか…?本当に……?」

 

動揺が隠せずに、不安を露わにしている彼から視線を逸らす生徒は、誰1人としていなかった。その場にいる全員は矢田の言った通り、学真の抱えているものを背負おうと本気で思っているのだ。

そして、戸惑っている彼に殺せんせーは語り始めた。

 

「先ほど君は、守る資格があるかないかの話をしていました。結論から言うと、そもそも守る資格なんて物はありません。

自分の行動が、誰かを偶然救う事だってあるし、時には誰かに助けられたりする事だってあります。どっちが守る側で、どっちが守られる側かは決まっていません。その時に応じてその2つのどちらかになるだけです。

そして誰かの助けになりたいという想いは、紛れもなく君の想いそのものです。同時に皆さんも、君の助けになろうとしているんですよ」

 

そっと背中を押してあげる。それが殺せんせーが考えた自分に出来る手助けだった。不安を乗り越えるためには崩れないようにするための支えが必要で、その支えが仲間である。彼が心から仲間に寄り添ってもらうために、学真に勇気を与えさせた。

 

学真は俯いている。一体何を思っているのか、彼を見ている生徒は分からないでいる。

 

しかし、その次に学真が言った言葉でそれをハッキリと感じ取った。

 

「みんな…ごめん…………!

俺は…………!」

 

震えながら呟かれるように話す言葉で、学真は話そうとしていた。彼の抱えているものについて。彼が犯した罪について。

 

 

 

 

「俺は…1人の生徒を……殺してしまったんだよ」

 

 

 




この流れを作りたかったんですよね。今までみんなを守っていた学真くんがE組の生徒に支えられるみたいな話を。

さて、学真くんの口から言われる過去とは一体何なのか?次回から2回目の過去編に入ります。

次回『追憶の時間』


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第57話 追憶の時間①

学真くんの過去編、予定では2話程度です。


「うわ…広いな」

 

学真の部屋の中に、生徒は入っていった。学真の話を、外ではなく部屋の中で聞くことにした。外に大人数でいると周りに迷惑をかける可能性がある。

部屋の中に入った時に、ほとんどの生徒は部屋の大きさに驚いていた。まさか全員が部屋の中に入れるとは思っていなかった。渚、カルマ、杉野、矢田以外はその部屋に入った事がないため、かなりビックリしている。

 

「…ここって、どこの世界の家なの…?」

「自分の認識とは違いすぎる光景に、磯貝が混乱している!」

 

特に磯貝は、まるで異世界に入る混んでしまったかのような反応をしている。その広すぎる部屋は彼にとって信じられない光景であり、意識を保つのさえ怪しくなっているように見えた。

 

「ちょっと待ってろよ。今からお茶とお菓子出すから」

「28人分あるの!?」

 

学真がサラッと何も問題が無いように言っているが、お菓子やお茶、更にコップや皿が28人分(1人超生物がいるが)出そうとしているのは驚くしか無い。

 

生徒たちは、学真の財力の大きさを目の当たりにしたような気がした。

 

 

 

 

「さて…じゃあ良いか」

 

全員にお菓子とお茶を配り終えて、学真が話を始めようとしている。殺せんせーと生徒たちは真剣な表情になった。

学真は一枚の写真を机の上に出した。

 

「あれ…これって」

 

その写真に見覚えがある渚が学真に、目を見て尋ねている。学真はそれにうなづいて返した。

 

「前に渚たちがこの部屋に来た時に、何枚かの写真を(カルマのせいで)見たんだ。この写真に写っているこの金髪の男、それが俺だ」

 

学真の話を聞いて、生徒たちは視線を写真に移す。写真には3人の生徒が写っている。学真が言っているのはその中の1人、メガネをかけている金髪の男だった。

 

その写真を見て、前原が喋った。

 

 

 

 

「不良じゃねぇか!」

「ウルセェ!!」

 

学真は思わず大声で叫んだ。確かにどこからどう見ても不良だが、それについてはあまり触れて欲しく無い。前にカルマに散々弄られたので、ほとんどトラウマである。

 

「アレでしょ。中学生デビューってやつ」

「お前は黙ってろ!!」

 

そしてカルマが再び傷を抉りに行く。こういう時でもカルマは相変わらずだった。

 

「これって、あのスポーツ漫画を参考に…」

「もう辞めて!」

 

メタ発言を繰り出す不破にも強制的に制止をかける。このままではこの写真のことで延々と話をしかねないと思い、学真は無理やり話を進めた。

 

「髪を染めてはいるが、勘違いしないでほしい事がある。これは決して中学生デビューとかではない。

髪の色が嫌だったんだ。髪を染める前は今と同じ、やや赤い橙色だった。つまり、親父や兄貴と同じような髪だったんだ」

 

その話に生徒たちは納得した。確かに学真の髪は理事長の學峯や生徒会長の学秀に似ている。俯瞰すれば殆ど同じ髪に見えるだろう。

 

「俺はこの時、自信を大きく無くしていた。親父や兄貴のような力はなく、強者になれるとは思っていなかった。そんな自分と、親父たちと比べられるのが嫌で髪の色を変えた」

 

同じく納得している。自分が劣っていると分かっている時、それが分かるような特徴はなるべく隠したいだろう。

 

「でも、髪の色を変えたぐらいで力の差が見えなくなるわけじゃない。兄貴とのレベルの差は歴然としていた。他の生徒からは俺が劣っている事に野次を飛ばす奴もいた。

気づけば俺は学校から遠ざかるようになっていた。学校が終わったら速攻外に出て、近くの公園でただボーッとする。それが日常だった」

 

何人かの生徒は居た堪れない表情になった。劣っているというのが常に示される空間にいたいとは思わないだろう。もし自分がその立場だった時もそうするだろうなと思った。

 

「その時、俺は2人の生徒に会った。この写真に俺と一緒に写っているのがそれだ。1人は明るく自分に真っ直ぐな女子、もう1人は猪突猛進型で感情をモロに出す男子だった」

 

再び写真を見る。確かに学真と一緒に2人の生徒が写っていた。椚ヶ丘の生徒では無く、見慣れない制服だった。

 

「その2人は、俺に元気を与えてくれた。俺のことを優しいと言って褒めていた。俺はその2人に影響を受けて、自信を持つようになってきた。

その日から、公園で3人集まって活動するのが日常になっていた。その2人も、学校の方では居場所が無かったみたいで、3人で集まる公園の方が楽しいとも言っていた。

暫くして、俺は髪を元に戻した。親父や兄貴とは違う、俺個人の価値を見つけようと思った」

 

学真の話では、その2人はかなり優しい生徒のように思えた。それだけに、カルマは学校に居場所がない事に違和感を感じる。学真に自信をつけさせてくれたなら、学校に居場所がなくなるほどの欠点は無さそうに思ったからだ。

 

「けど、そのまま平穏に過ごす日々は、あっという間に無くなったんだ」

 

学真の声のトーンが変わった時、生徒の聞く姿勢も変わり始めた。ここからが本題なのだろうと思ったのである。

 

「これから話すのは、2年の1月ごろの話だ。それは、俺がE組に落ちる原因となった事件の事で、1人の生徒を殺した話だ」

 

学真は語り始めた。彼の心の中に留め続けている悪夢の話を。

 

 

 

 

 

◆1月

 

いま、学校で授業を受けている。あの2人と一緒に勉強をしていたおかげで少し余裕が出来てきた。少し前まではA組の中で中間程度の成績だったけど、二学期の頃には上位一桁に入ることが出来ていた。

そのせいか、あのハイスピード授業の受け方に慣れていた。黒板に書いてはすぐに消していく作業を繰り返し、生徒の集中力を無理やり引き出させる授業にはかなり飽き飽きしていたが、今では焦ることなく先生の話を聞けるようになっている。

 

「見違えるようになったね。学真くん」

 

すると俺に話しかけてくる奴がいた。俺と同じくA組に在籍している窠山だ。A組の中でも学力は兄貴の次ぐらいの成績を出しており、学校でも優等生として評価されている。

見違えるようになったってのは…少し前に比べて俺が落ち着き始めてきたという事だろう。髪が元の色に戻った時も全員に驚かれていたし、この前の期末テストでは上位を叩き出したしな。見違えるようになったように見えるのも当然かもしれない。

 

「別にいいだろ。問題があるわけでも無いし」

「うん、問題は無いよ。寧ろ安心したよ。漸く強者としての自覚がついたみたいだし」

 

強者としての自覚…ねぇ。それは元からないと思う。成績が良くてもそれが強者である事とイコールではない。

それに俺は強者でありたいとは思わない。強者であるという事は、弱者に冷たくなるという事にもなる。そんな人になろうと思わない。そうなったとしても苦しむだけだ。

 

そういや、弱者といえば…

 

「そういえば、先生たちも今年のE組行きの生徒を決め始めているみたいだね」

 

そう、いよいよ俺らの学年でE組に行くことになる生徒が決まる。言われた生徒がE組校舎に行くことになるのは3月からだけど、もうこの時点でE組校舎に行く生徒は殆ど決まっているだろうし、生徒にも伝わっていてもおかしくない。実際本校舎内でも笑われている生徒を何人か見たことがある。

差別される対象になるE組の認定…受ける生徒は溜まったものでは無いだろう。1年間も惨めな生活を送るハメになることになるから。

 

「可哀想とか思ってる?」

 

心を見透かされたような発言に、ヒヤリとさせられる。実際そう思っていたし、その口調もかなり強めに聞こえた。そんな考えをする事は絶対に許さないという事なのだろう。

 

「言っとくけど、ここから先は弱者に構っているヒマは無いよ。ここから僕たちは、更に力をつける時期になるんだからさ」

 

…窠山の言うことには一理ある。この学校で身につけないといけないのは何よりも強さで、弱者を心配するような精神は要求されてない。寧ろそれは捨てろと言うようなものだった。優しさを持ったままでは強くなれないと言うのが、親父たちを始めとした強者の理論だ。

認めたくは無いが、力を身につけるためにはそうするしかないと割り切るしか無い。そう思い、窠山に何も言わなかった。

 

 

学校が終わる。A組の生徒の殆どは、学校が終わったあと、直ぐ塾に向かって行く。この学校の中でもトップクラスで無いといけないというプレッシャーから、ひたすら勉強に打ち込んでいるのが殆どだ。余裕で遊んでいるのは、兄貴を始めとした五英傑と窠山ぐらいだろう。

一方俺は、いつも通り公園に来ていた。日沢と如月に会うために。

 

「あ、いた。学真く〜ん」

 

暫く待っていたらいつも通り日沢が来た。相変わらず緊張感のない挨拶だ。

 

「おう…如月は?」

「ちょっと先生に呼び出されていて、遅れるって」

 

来たのは日沢1人で、如月は来ていなかった。

どうやらまた呼び出されたみたいだ。少し前から何回か呼び出しをされている気がする。まぁかなりうるさい奴だし、学校では問題を起こしてるんだろうな。

 

「今日は行きたいところがあるの。ちょっとそっちに行かない?」

「ああ。構わないよ」

 

 

 

 

 

日沢と公園から離れる。向かう先は、日沢が行きたいという店だった。その店は雑貨屋みたいなところだった。

 

「…うーん、これなら良いかな」

 

日沢は商品のなかから、1つ選び出した。キーホルダーみたいなもので、なんとなく素朴というか、無難な商品だった。

 

「…なんだそれ。使うのか?」

「ううん。もう少しで如月くんの誕生日だからさ。その時に渡そうと思って」

 

ああそっか。3月に如月の誕生日か。それで二ヶ月前にプレゼントを買っているわけだ。如月は良くも悪くも素直だし、無難なプレゼントでも喜ぶ男だ。渡しただけでも感謝の感情を思い切り表出するだろう。

 

「じゃ、そういうわけだからこの事は如月くんには秘密ね」

 

周りに如月がいるわけでも無いのに、内緒話をするようにコソコソと話す。別に構わないけど。

それをカバンの奥底に入れる日沢は、かなり嬉しそうだ。嬉しくなっている原因はなんとなくわかる。

 

日沢は如月の事を好んでいる。1人の女性として。如月は気づいて無いけど、俺と話している時に比べて如月に話しかけている時はかなり楽しそうだ。

まぁ、一緒にいる時間が長かったし、そうなるのも当然だろう。友情から恋心に変わるケースも良くある。日沢はそのパターンだ。

 

それを見て何も思うところは無いと言えば、嘘になる。俺を救ってくれた日沢に対してそういう想いはあっただけに、ちょっと悔しく思う。

けど嫌では無い。如月の方が付き合いが長いし、アイツの方が好きになるのも当然だと思う。何よりなんだかんだ言ってアイツは良い奴だし、如月の方が幸せにしてくれるだろう。

だから邪魔しない。俺はこの想いの事は諦めて2人を応援することにした。

 

「おーい、ごめん2人ともー!」

 

話をしていると、如月がこちらに向かって来ている。先生との話は終わったらしい。

 

そこからは3人で、いつも通り遊んでいた。

 

 

 

 

 

3人で遊んで、俺は自分の部屋に戻った。この時から俺は一人暮らしを始めていた。だから部屋には誰もいない。

その筈なのに、扉の前に1人の男がいた。どこからどう見ても俺を待っている奴だ。

 

「呑気だな。もう直ぐ期末テストがあると言うのに」

 

それは俺の兄貴、浅野 学秀だった。それでいて次期の生徒会長であり、学力は全国1位というバケモノだ。なんで俺の部屋に来ているんだ?

 

「テストで取れれば問題無いだろ」

「ふん、今度のテスト次第でE組行きの判定がつくかもしれないと言うのに、よく楽観的でいられるな」

 

まぁ確かに。E組行きが決定するのは3月ごろで、次のテストはその判定の最後の関門でもある。それに向けて必死に勉強している生徒が殆どだ。そんな中、呑気に遊んでいて平気かと煽っているんだろう。

 

「別に良いだろ。結果が全てなんだから」

 

グダグタ言う兄貴の口を黙らせようと、話を終わりの方に持って行く。別にコイツと話がしたいわけでも無いし、これ以上話す理由もない。だからサッサと終わらせようとした。

 

「最近学校の外にいることが多いみたいだけど、何をしている?」

 

ピタリ、と動きを止めた。そういえばそうか…学校が終わった後直ぐに学校を離れるクセに、家に着くのはこんなに遅いから、外で何かしているだろうと言うことぐらいは直ぐに考えれるか。

 

「…それが何なんだよ。関係ないだろ」

「確かに関係ない。だが余計な気を起こしてもらうのも困る。こんな大事な時期に問題を起こしてもらうと、僕の家に傷がつく」

 

…まぁ、そういうことなんだろうな。兄貴は俺を心配しているとかは全く思っていない。双子の弟が問題を起こしてしまうと、内心的に許さなくなるんだろう。それだけの理由でここまで釘を刺しているんだ。

 

「分かってるよ」

 

適当に返事して、部屋の中に入る。兄貴はそのまま、自分の家に帰っただろう。どういう気持ちで帰ったのかは知らん。

そのままテレビをつける。この時間にニュースを見るのは日常だった。だからいつも通りニュースを見たんだ。

 

『続いてのニュースです。一時間ほど前に、椚ヶ丘のスーパーにて、1人の学生が商品を無理やり奪い取ろうとしました。後ほど、警察が来て大騒ぎになったとの事です』

 

そのニュースを流しながら、夕食に買って来た食材を取り出す。ニュースは見なくても、聞いているだけでだいたい頭に入る。だからいつも通り、ニュースを耳で聞きながら、袋から野菜を取り出す。

 

『商品を盗んだのは、畑崎中学校の生徒でした。警察の調べに対して…』

 

テレビは警察がその犯人を連行している様子を写した。その犯人の顔は、モザイクがかかっており、詳しくは分からない。

 

だがその映像を見て、俺は衝撃を受けた。顔が分からなくても、その男には見覚えがあった。

 

見慣れた制服とカバン、そして体型。瞬間記憶能力ゆえに顔以外が完全に同一人物であるという事も分かってしまう。

あり得ないと思えば思うほど、一致している部分が見えてくる。だから、俺の予想が当たっていると確信が生まれた。

 

 

 

 

 

 

 

その男は、如月だった。

 

 

 

 

先ほどのニュースを受け、その真偽を確かめるために俺は直ぐに家を出た。ニュースにあったスーパーの場所は分かる。その近くの交番を探れば、どこにその男が連れて行かれたのか見当がつく。

 

交番の前に着いた時、警察が誰かを連行しているのが見えた。

 

その時点で、自分の予感が間違いないと証明する決定的な証拠が叩きつけられた。

 

警察に連れて行かれているのは、間違いなく如月だった。

 

「…!学真、くん…!」

 

警察が俺の近くを通ろうとした時に、如月は俺に気づいたようだった。その目は、どういう感情を表しているのかが全く分からない。

 

その時、ドス黒い何かが、自分の中で湧き出てくるのを感じる。それは怒りなのか、憎しみなのか。

 

『もう少しで、如月くんの誕生日だからさ』

 

昼に、日沢が言ったセリフを思い出す。もう直ぐ誕生日である如月のためにプレゼントを選ぼうとしている日沢の姿も。

 

『この事は如月くんには内緒ね』

 

そして、日沢が楽しそうにしている表情も。

日沢は如月の事が好きだった。だから喜ばせようと内緒でプレゼントを買った。俺はそれを止めたりはしなかった。寧ろ2人が仲良くなってくれるなら、応援したかった。

 

なのに、コイツは…

 

 

 

 

 

この男は……………

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけんな」

 

 

 

 

 

如月を睨んで、言った。その言葉は自分でもかなり棘があると分かる。

許せなかった。日沢がコイツを喜ばせようとしているのに、如月は警察沙汰になるような事をして、その好意を踏みにじったコイツが。

 

俺の言葉を聞いて、如月はそのまま警察に連れて行かれた。その時の如月がどういう表情なのかを、全く見ていなかった。

 

 

 

 

その後、警察から簡単に事情を聞いた。如月は、他の客から商品を無理やり取ろうとしていたらしい。その騒ぎに気づいた店員が直ぐに警察を呼んだみたいだ。

その話を聞いた後、俺は自分の家に帰った。

 

 

 

 

 

「学真くん!大変なの!」

 

次の日、公園で日沢が慌てて俺に話しかけてきた。一体何が大変なのかは何となく分かっていた。

 

「如月くんが停学になったんだって。一緒に様子を見に行こうよ」

 

やっぱり如月の話だった。突然停学になった如月の事を、日沢は心配しているみたいだった。日沢は如月の様子を見に行こうと言っている。

 

「嫌だ」

 

けど俺は、そうする気がなかった。

 

「…え?」

「お前、何でアイツが停学になったか分かってんのか?」

「それは…」

 

案の定、日沢は知らなかった。昨日起こったあの出来事を。

 

「アイツは、やってはいけない事をやったんだ!停学になってもしょうがないだろ!」

「でも…」

「奴に会って何をするんだ!助ける意味も理由もない。自己満足しか残らないだろ!」

 

自然と熱が篭っている。あの時に感じた怒りと、そんな男を助けようとする日沢に対する苛立ちが積もっていく。

 

「お前みたいに何も考えずにいる奴には分からないだろうけどな!どうしようもない事はある!救いようのない奴に救いの手を伸ばしたって…」

 

 

 

 

 

 

 

 

パァン!

 

 

 

 

 

頰に強い衝撃が走る。体制が崩れて、その場に倒れこんだ。起き上がろうとして、俺を殴った日沢を見る。

 

「日沢…?」

 

殴られた衝撃で視界がぐらついているのと、偶然にも日光のせいで表情は分からない。だが何故か、日沢が泣いているようにも見えた。

 

 

 

「何も分かって無いのは、学真くんの方じゃ無い!」

 

 

 

 

 

そのセリフが、日沢が言ったセリフなんだというのが分かった。その声はいつもの日沢の声とは打って変わり、とても強く、苦しそうに聞こえる言葉だった。

 

日沢はそのまま踵を返して、俺から離れていく。その姿が、まるで俺を置いていくようにも見えた。

 

 

 

 

 

あっという間に、俺と一緒にいた2人は居なくなり、俺はまた独りになって居た。

 

 

 

 




学真は、日沢から距離を空けられました。この後果たしてどういう展開になるのか。

次回 追憶の時間②


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第58話 追憶の時間②

あれから、二ヶ月経った。

学年末が終わり、E組行きの生徒が決定されて、その生徒はE組校舎に行っている。

その中の、知っている生徒は2人だった。1人は部活で知り合った杉野という男、もう1人は暴力が目立っていてある意味有名な赤羽という男だった。

 

俺は、E組行きにはなっていない。現状維持…つまり、A組のままだ。

だがそれを、嬉しく思ってはいない。今の俺はかなり暗い。周りの奴らにもそれは何となく察している事だろう。

 

日沢に殴られてから、日沢に会う事は無かった。あれ以降、公園に行こうと思えなかったからだ。ひょっとするとあそこで待ってくれているのかもしれない。

けど、それを確かめようと思えず、一歩踏み出す勇気が出せないでいる俺は、学校が終わってからは直ぐに家に帰るだけの日々を過ごしているだけだった。

 

なんて情けないんだろう、と自分で自分を笑いながら、帰る支度を進めようとした。

 

「どうしたの?浮かない顔をして」

 

サッサと帰る支度をしようとしている俺に、1人の男が話しかけた。その男は、窠山だ。

 

「…別に」

「どの口が言ってんの?誰がどう見ても調子悪そうなんだけど。最近小テストの調子も悪いみたいだし」

 

そんな事ない、とは言えなかった。実際俺は調子が悪い。授業中の小テストの点数がだんだん下がっていってるのが何よりの証拠だ。

 

「まぁ、危なかったね。少し前にこんな調子だとE組に行っていたかもしれないし」

 

…確かにそうだ。もう少し前にこんな調子だとE組行きもあり得た。学年末テストの時はなんとかいつも通りの点数を取っていたけど、授業の内容も頭に入ってこなくなっているし、今の状態でテストを受けていたら、史上最悪の点数を出してしまいかねない。そうなってしまうと落ちこぼれの生徒として…

 

落ちこぼれ…

 

 

 

 

「悪りぃ…」

 

 

 

窠山を置いて無理やり教室の外に出た。窠山にはどういう目で見られたかは知らない。俺はそれより先に行きたい場所があった。

 

 

 

 

 

 

E組校舎に続く山道の入り口に立っている。目の前の長く続く坂道、これを渡りきれば、E組校舎にたどり着く。

そう…もしE組判定がつけば、この道を行くことになっていた。そうならなくて良かったと前までは思っていた。

 

けど、窠山の話を聞いて行くうちに、段々と違う考えを持ち始めた。なんで俺はこの道を通らないでいるんだと。

 

もともと親父たちの家では、俺は落ちこぼれだった。体も弱く、成績も微妙だった。兄貴に比べて程度が低すぎる出来に、家族の殆どには呆れられていた。

 

なんとかならないかと必死でもがいて、1年の頃はA組の生徒になる事は出来ていた。けど幾らやっても兄貴に到達出来なくて、何もかも諦めていた。そこから成績が下がり始めていた。このまま下がり続ければ、E組に落ちるだろうと、俺でさえも思っていた。

 

日沢と如月に会うまでは、それでもいいと思っていた。けどアイツらと関わる事で力を身につけて、そんな考えは無くなっていた。

 

でも、本当はこの道を通らないといけないんじゃないかと考えるようになった。今の俺は、このエリートまがいの道よりも、本当に通らなければならない道がそこにあるんじゃないかと…

 

 

 

「…あら?本校舎の生徒?」

 

すると、その山道から誰かが降りてきた。

 

E組の先生なのだろうか。会った事はないけど、教科書とか持っているし、何よりE組校舎から来たんだからそれしかないだろう。

その先生は、本校舎の先生とは雰囲気が全然違う。女性でありながら元気ハツラツというか、かなり明るそうな先生で、関わっている方も元気になりそうな気がする。

 

 

 

それに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なんですか、そのダサい服」

「ダサ…!?」

 

…酷くダサかった。女性であるにも関わらず、服が酷い。模様なしの服に大きなイラストで、ダサさを誤魔化してる感があるというか…寧ろ引き立たせてるような感じの服装だ。

 

「うー…ん。みんなに言われるな〜。これでも自信作なんだけど」

 

…自信作?それで自信作か?この人色々と可笑しいのかもしれない。

 

そして服に気を取られて気づかなかったけど、その先生はかなり大量の書類を持っている。ここから本校舎の入り口まではかなりあるが、その道を1人で持ち運ぶのはかなり厳しいだろう。

 

「…良かったら手伝いますよ。この後予定がありませんし」

「え…良いよ。そんな大変じゃ…」

 

先生が喋っている間、持っている書類がぐらついているのが見える。そう思うと…

 

書類が地面に見事に落下した。

 

「……」

 

「手伝いますね」

「…はい」

 

この人、服のセンスが皆無な上にかなり天然要素が入っているな。

 

 

 

 

 

 

 

「へ〜。理事長の息子なんだ」

 

先生が落とした紙を拾って、一緒に運びながら世間話をしている。その先生は、俺が理事長の息子であるという事に驚いていた。生徒会長の兄貴はともかく、一般生徒の俺のことは知らなかっただろうし。

 

「…親父が結構迷惑をかけていると思います。こんな過酷な仕事をさせて…申し訳ないです」

 

思わずお詫びを言った。親父が迷惑をかけているのは、E組の生徒と、この先生だろう。

E組は、1人の先生が全教科を教える仕組みになっている。落ちこぼれであるE組にかける費用を最小限にするためだ。

だからこの先生は、仕事時間ずっと授業をしている。言うまでもなく重労働だ。俺が謝ったところでなんの解決にもなってないけど、謝らずにはいられなかった。

 

「ううん。寧ろ理事長先生には感謝しているの。私を採用してくれたのは、あの先生だけだったから」

 

気にしてない、とその先生は言った。嘘をつく表情はしてないから、本当にそう思っていると言う事なんだろう。

親父が感謝される事は無いように思える。採用したと言っても、こんな過酷な仕事をさせる親父は、寧ろ悪口を言われても仕方がないと思うからだ。

 

「ところで、浅野くん」

「…学真でお願いします」

「うん。それじゃ学真くん」

 

するとその先生から話しかけられた。一体何を話されるんだろうか。

 

 

 

 

 

 

「何か、悩みがある?先生で良かったら、相談相手になるけど…」

 

 

 

 

 

 

……ッ!

嘘だろ…?そう言う話は全くしていないのに、なんで俺が悩んでいる事に気付いたんだ…?

 

「なんで…そう思ったんですか…?」

「なんとなく、苦しそうな目をしてたから、悩みがあるのかなと思って…」

 

思わず衝撃を受けた。まさか目を見てそれが分かるとは思っていなかった。

いや、おかしい事では無いのかもしれない。この人はE組の担任をしているから、そう言う目をして来ている生徒を何人も見て来たから、俺の目が彼らに似ていたという事なのかもしれない。

 

「でも…俺、E組じゃ…あんたの生徒では無いのに…」

 

思わず敬語を忘れて尋ねた。自分の生徒じゃ無いのに、なんで心配をするのかが気になってしまった。

 

「うん…確かにそうなんだけど…なんて言えば良いのかな…」

 

その先生はかなり難しそうな顔をしている。それを見て俺は思わず自分のした事に後悔している。人の好意に理由を求めて、俺は何をしたいのか…

 

 

 

 

「先生だから、自分の担当している生徒じゃなくても、助けになりたいと思っているの」

 

 

 

 

だがそんなモヤモヤした想いは、一瞬にして消え去ってしまった。

先生だからという単純な理由だったけど、それはかなり説得力があった。

いや、それよりも…

 

 

 

 

 

 

なんの迷いもないその目が、凄く印象的だった。

 

 

 

 

 

「………ッ」

 

その目を見て、俺の心に変化が訪れた。自分の気持ちに真っ直ぐで素直なこの先生が、とてもカッコよく思えた。

いま俺は何をしているんだと。大した事ない理由で、自分の気持ちに応えようとしない俺が、とてもバカバカしく思えた。

 

 

 

 

 

「あ、着いちゃった。じゃあ学真くん、ありがとね」

 

話しているうちに、目的の部屋に着いたみたいだ。運んでいた荷物を、扉の隣に置く。

 

「…ありがとうございます」

 

 

 

 

「…え?

 

その先生は困惑していた。側から見れば、その先生にお礼の言葉を言う理由が分からないだろう。

でも俺は、お礼を言わずにはいられなかった。この先生を見て、いま自分のすべき事が何なのか、そのヒントを得る事が出来たような気がする。

 

お礼を言ったあと、その場を後にする。いま俺には、やらないといけない事…いや、やりたい事が出来た。だから、俺は行動し始めた。

 

 

 

 

 

 

学校から離れて、俺が向かっているのは例の公園だった。今さら何が出来るのかは分からないけど、それを考え直す事から始めようと思う。

そのために1番最初に言わないといけない事は、何よりお詫びの言葉だ。日沢は果物が好きだったから、りんごとかの果物がゴロゴロ入った袋を持っている。これで許してくれるかどうかは分からないけど、これぐらい渡さないといけない気がする。

これを渡して、日沢に謝って、許してもらったら、この後どうすれば良いか、相談しよう。ひょっとすると如月にも謝る事になるかもしれない。けど、日沢と仲良くするためならそれぐらいは…

 

「……ん?」

 

暫く歩き続け、漸く公園にたどり着く事が出来たけど、そこで違和感を感じた。それは、大勢の人が集まっていたところだ。

もともとその公園には人が殆どいなかった。遊具も殆どなく、道路に近いから、騒音が聞こえてくるため、そこに足を止める人は殆どいない。

 

なのに、あの公園で…正確にはその公園の周りで人が集まっている。

しかも公園に入ろうとする人はいない。入り口に最前列があるような感じだった。

何に集まっているんだろうかと思い、人が多すぎて後ろからではその様子を見る事が出来ないため人の間をすり抜けて前に出た。前に出ると立ち入り禁止のテープが置かれていて、警察が内側にいた。ここから先には入る事が出来ないということなのか。

 

なんで公園に入る事が出来ないのか。そう思って公園の中を見る。すると複数の警察が、公園の真ん中にある木に集まっているのが見えた。

その中に1人だけ、周りとは違う格好をしている人がいるのが見えた。警察がしているような服ではなく、学生服のような…

 

 

 

 

 

 

「…え……あの学生服って…」

 

 

 

 

その学生服をみて、嫌な考えが頭をよぎる。その学生服の事を俺は知っている。何しろ、何回も見たのだから。

まさかと思い、テープを超える。警察が何か言っているのが聞こえてはいるが、その時の俺はその言葉を聞く余裕はなかった。

その学生服を着ている人を、俺は知っているかもしれない。この場所を知っていて、その学生服をしているのは2人しか居ないから。

 

警察が集まっているところに近づく。そのお陰でその生徒の姿が見えた。

 

やっぱりそうだった。もう気のせいとは言えない。俺はソイツを知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「日沢!!!!」

 

 

 

倒れているのは、日沢だった。その顔を、間違えるはずはなかった。

 

 

 

警察の中に割り込もうとしたところを、先ほど俺を追っていた警察が止めた。その勢いで俺が持っていた果物の袋が手から離れ、地面に落ちる。

 

「こらっ!勝手に入るなと言っただろう」

「離してくれ!日沢が…日沢が…!」

 

大声を出しながら、その手からどうにか抜け出せないかともがいているが、あまり体を動かしていない俺ではそれは出来なかった。

 

「嘘だろ日沢!何か言ってくれ!聞こえてるだろ!」

 

日沢はグッタリと倒れていて、意識が全くないように見える。警察はその周りを確認している。

それが、まるで死体の周りを調査しているようにも見えて…日沢が死んだという事を間接的に物語っているようにも見えた。

 

「お前に言わないといけない事があるんだ!だから来たんだ!お前の好きな物も買って来たんだ!それを食べて…これから如月の事を話し合おうよ!なぁ!」

 

反応してくれと願いながら、叫び続ける。けど日沢に変化は訪れない。倒れたままでいるだけだった。

 

そんな事を叫んでいる間にも、日沢から離れて行く。手を伸ばしても、全く届かない。

 

「おい!行くな!行かないでくれよ!俺を置いて…!」

 

届かない手を必死に伸ばす。その時の俺は、藁を掴むような気持ちだった。この結論を、俺は認めたくはなかった。

 

 

 

 

「俺を1人にしないでくれよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく経って、警察の調べが終わり、日沢が自殺した事を告げられる。なんとも言えないこの虚しさに、俺は座り込むことしか出来なかった。

 

 

 

そして、一週間が経った。

 

 

 

 




学真が直面したのは日沢の死…一体どうしてそうなったのか。

次回『追憶の時間③』


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第59話 追憶の時間③

お待たせしました。では、学真くんの過去編最後です。


どこと無く吹く風の音と、そこらに飛び回る鳥の鳴き声だけが、俺の耳に入る。

 

 

なんとも言えない、静かな空間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウザい奴が居なくなるって事が、こんなにも虚しい事だとは思わなかった。

 

 

 

 

 

 

あの日から数週間後。その頃には2年生としての日々が終わり、3年生になり始めた。最初の数日間、俺は学校に行ってなかった。

俺がいたのは、葬式だった。多くの人が参加している。近所の人と思われる人も結構いたし、若い者の死という異常な出来事に、マスコミも様子を見に来ていた。

 

葬式の場で、俺は両手を握りしめ続けていた。お経も全く耳に入ってこない。頭の中ではまさに空っぽだった。未だに日沢の死を信じようとしない自分がいるのが分かる。

 

「自殺なんて、かわいそうに…」

 

恐らく近所の人だろう。凄く悲しそうな声で話していた。10代の知り合いが死んだのが、その人たちにとってもショックなようだ。

 

「1人の男を擁護しようとした事が原因で、先生や生徒からの酷い仕打ちを受けて、耐え切れなかったんですって」

 

日沢は、自殺をした。学校に行けなくなった如月を心配して、学校に如月の話をしたところ、逆に日沢が責められて、それが原因でいじめられ、追い込まれた日沢は…自らの命を絶ったんだと。

そんなこと、全く知らなかった。日沢が如月を心配している間、ビビって動かなかった俺は、日沢の助けになることは無かった。何もせず落ち込んだまま日々を過ごしていただけだった。

 

俺は、なぜ今のいままで動かなかったんだ…

 

「たしかその男、スーパーで窃盗犯と言われた人でしょう」

「でも、本当は逆だったんでしょう。タチの悪い客がいて、取られた商品を取り返そうとしたら警察に捕まったって」

 

話を聞いて、俺はゾッとした。その話が、強烈に胸に突き刺さる。

商品を…じゃああの事件は、如月が商品を奪い取ろうとしたんじゃなくって…

 

奪い取られた商品を、取り返そうとしていたのか…?

 

「先生に助けを求めたら、そんなろくでなしを助けるなんて何を考えてるんだって怒られて。それを機に、生徒たちが日沢さんをいじめていたらしいの」

 

膝の上で握りしめている両手に、さらに力が入る。悔しみから、怒りに感情が変わる。

俺は如月を、ろくでなしと思っていた。警察署で見かけた時も、如月を蔑んでいた。真実を知ろうともせず、俺は如月を突き放した。

何も分かってないと、日沢が俺に言っていた言葉を思い出す。何も分かっていなかった。いや、分かろうとしなかった。

 

どうして知ろうとしなかったんだろう。調べる時間はあった。知るきっかけは沢山あった。動き始めるチャンスも結構あった。なのに、なんで動き出そうと思わなかったんだ。

 

そんな気持ちを抱えたまま、葬式が終わった。

 

 

 

葬式が終わっても、暗い気持ちのままだった。気持ちを切り替える事が出来ないわけじゃない。寧ろ、切り替えようとさえ思えなかった。

 

 

 

「…きみ、もしかして榛名の友達?」

 

 

 

その俺に声をかけてきた人がいた。その人は俺と同じく葬式にいた人だった。なんで俺が日沢の友達と思ったのかと思ったけど、考えてみれば俺以外に学生はいなかったから、そう思ったのかもしれない。

逆に、その話しかけた人は、俺より年上で、大学生ぐらいの男性だった。よく見るとその人の目もかなりどんよりしている。榛名と言っていたし、もしかすると日沢の血筋かもしれない。

 

「…はい。日沢の、家族の方ですか…?」

「いや、俺はいとこでね。榛名と話した事はあまりなかった」

 

どうやら、いとこだったらしい。それも、あまり関わった事がないみたいだった。

考えてみれば、俺は日沢の家族の話を聞いた事が無かった。お母さんの言葉を懐かしむように言った事はあるけど、母親がどういう人なのかと言うことも聞いた事がない。

そういえば、葬式にも家族らしい人はいなかった。何で来なかったんだろう。

 

そんな考え事をしていることを察したのだろう、日沢のいとこは話し始めた。

 

「…榛名は、父親に嫌われていたんだ。彼女は出来損ないだったから」

 

初めて聞いた。アイツが嫌われていたと言うことなんて、想像してなかった。頭は良くないが、あの明るい様子を見て、誰かに嫌われているなんて考えた事もなかった。

 

「凄く優秀な弟がいて、家の中では気まずかったんだ。父親はいつも怒っていた。なんでお前はここまで出来損ないなんだって。その時の父親が怖くて、俺も庇えなかったんだ。

母親だけは、榛名を支えていたんだけど、事故が原因で命を落としたんだ。それが起きてから、彼女は家では1人だった。

 

凄く心配だった。いつか壊れるんじゃないかって。そう思っても助ける事が出来なくて、凄く悔しかった。

 

けどここ数年間、彼女はとにかく明るかった。よく分からないけど、家じゃないところに居場所が出来たみたいに見えた」

 

複雑に絡み合った糸が解けるように、疑問に思っていた事がだんだんと解決していく。いとこが言った居場所とは、間違いなくあの公園のことだ。俺らと一緒にいる時は、日沢は本当に嬉しそうだった。日沢にとって俺らと暮らしている時間は、家では感じることのない、とても楽しい事だったんだ。

そんな楽しい時間は、一瞬で崩れてしまった。如月も、俺も離れて、日沢の周りには、自分を責める敵しかいなくなってしまった。

 

そんな状態になっているにもかかわらず、俺は側にいてやれる事が出来なかった。日沢を1人にしてしまったんだ。

そして何より、日沢の楽しい時間を壊してしまったのは俺自身だ。俺が如月を突き放してしまったから、日沢に悲しい思いをさせてしまったんだ。

 

俺が、彼女の全てを奪ったんだ。

 

 

 

喜びも、楽しみも、仲間も、何もかも。

 

 

 

 

「…これ、榛名の部屋にあった手紙と箱なんだ。この手紙の宛先は、学真くんという人らしいんだけど」

 

いとこの話を聞いて、視線を移した。いとこの手には袋があり、それを持っている手を差し出していた。その中に、いとこが言った通り、手紙と箱があった。

 

その箱の中身は、何となく分かる。少し前に、俺と2人で雑貨屋に行った時に、日沢が買ったものだ。もうすぐ来る如月の誕生日のために買った、キーホルダーが入っている。

 

日沢の部屋にこれがあるということは…渡せなかったということか。

 

「図々しいと思う。けど1つだけお願いがある。今度、話を聞かせてくれないか。榛名を救おうとしなかった、バカないとこに…日沢の事を」

 

いとこは、凄く情けなさそうに話していた。日沢の死に、責任を感じているのだろう。

けど、その人が責任を感じるところはない。いとこは何もしていない。日沢を殺したのはその人じゃない。

 

 

 

 

 

 

俺はとある中学校に行っていた。日沢や如月の行っていた中学校だった。この学校はまだ始業式がないからなのか、中に生徒はほとんどいなかった。

なぜここに来たのか。俺もその理由は全く分からない。なんとも言えない虚しさのまま歩いていたら、自然とこの学校に向かっていた感じだった。

 

「他校の生徒か?こんなところで何をしている」

 

誰かに声をかけられる。恐らくこの学校の先生なんだろうと予測がつく。声のした方を見ると、1人の男性がいた。そこそこの白髪をみて、それなりに年を取っていると判断する。

 

「…すみません。如月という生徒はいますか」

 

俺は尋ねた。いまこの学校に如月がいるかどうかを。もしいるなら、直ぐに会いたい。今さら何をしても意味は無いが、せめて謝りたかった。今のいままで、如月を疑って、蔑んでいた事を。

 

「ああ。如月か。フン…」

 

その男は、かなり険しい顔をしている。もともときつめな顔つきをしているのに加えて、かなり苛立っているのが分かる。

なんでそんな怒ったような顔をするのか。そう尋ねようとする前に、少し前に俺がした質問に答えた。

 

「如月は行方不明だ。少し前から姿を見せなくなった」

 

その言葉は、とても信じられないようで、同時に筋が通るものだった。あの葬式に如月は来ていなかった。行方不明になっているのなら、説明がつく。

 

「警察署にいるわけではないんですか」

「…あの事件のことを知っているのか。じゃあ教えてやる。その後、警察が誤解に気づき、警察は如月を解放したのだが、そのあと如月の姿は消えた。

警察に捕まったショックにより、姿をくらませたのではないかという考えが大多数で、しばらく探し続けてはいるが、未だに見つける事が出来ないでいるようだ」

 

呆気に取られた。学校に来てないではなく、居場所が分からないときた。それじゃ会いに行くことも出来ない。

それだけ、警察沙汰になった事がショックだったのか。何も悪い事をしていないのに、警察に捕まったというのが屈辱だったのだろうか。

 

いや、多分違う。

 

原因は、俺が如月を突き放した事だ。いままで友達として接してくれた奴に、自分のことを信じてもらえなかった。如月は、裏切られた。その事が何よりショックだった筈だ。

 

「全く、人に迷惑ばかりかける奴だ。親子揃ってとんでもない奴だな」

 

突然、先生が言った言葉に疑問を抱く。

先生の言った言葉は、如月を非難する言葉だった。なぜ如月が悪く言われないといけないのだろうか。あの事件では、如月は被害者であり、犯罪者ではない。実際、警察の誤解だったとも言われている筈だ。

そして何より…

 

「…親子揃ってとは、どういうことですか?」

 

1番疑問に思った事は、なんでそこで親子という言葉が出るのだろうかという事だ。今回の話は、親は全く関係ないはずだ。

 

「ハッ!」

 

俺の質問に対して、先生は笑い飛ばすように一言言った。まともに答えることさえバカバカしい。そう思っていると言うのが何となく分かった。

 

「アイツの父親を知っているか?女性タレントに手を出した最低の芸能人だ。この近くで住んでいるなら、如月がその息子であると知っているんだ」

 

始めて聞いた。如月の父親は、芸能人だったのか。そんな事、聞いたことも無かったし、思ってもいなかった。

そういえば数年前、痴漢をした芸能人の話を聞いた事があった。テレビでも大騒ぎだったし、ネット上でもその人の悪口ばかり載っていた。

ひょっとすると、その息子なのだろうか。

 

「アイツの事を快く思ってない奴は、沢山いるさ。商品を奪い取る奴だっているし、されても文句は言えないだろ。それに反抗するから、こんなことになるんだ」

 

その先生の言っていることを聞いて、心の中に何かが溜まっていくような感じがする。自由を奪われて当然、抵抗する事が間違っていると言っている言葉が、かなり勝手な言い分に聞こえた。

 

「大人しく奪われてろという事ですか?そんな扱い、耐えれる筈がないのに…」

「…肩を持つのか?あのバカのように?」

 

一瞬、プツンと何かが切れた音が聞こえたような気がした。

『あのバカのように』というセリフを聞いて、1つ推測が立った。近所の人から聞いた、学校の先生から責められたと言うのは…その先生とは、コイツの事じゃないのかと。

 

「日沢という生徒が、話に来ませんでしたか?」

 

ハッキリと尋ねた。誤魔化されないように。その質問に対する答えは、来たか来なかったかの二択しかない。

 

「なんだ知っていたのか。来たさ。如月を助けてやってくれと」

 

推測は当たっていた。日沢はこの先生に話をしたんだ。そして…

 

「なんであの男を助けようとするのか分からん。あんな奴放っておけば良いと言うのに」

「耳を貸さなかったんですか?」

「耳を貸す必要があるか。なのにあまりにうるさかったから大声で黙らせた。すると勝手に涙目になったさ」

 

ああ。そうか。

この先生は…コイツは、日沢を助けるつもりは無かったのか。

 

「今日、日沢の葬式があった。アイツは、自殺していたんだ。学校でアンタだけじゃなく、アンタの学校の生徒が日沢を責め続けたと聞いている」

「だろうな。事実だ」

「そんな状態なのに、なんで何も感じてないんだ」

 

だんだんと怒りが溜まっていくのを感じる。いつのまにか敬語を使うことなく、乱暴に話していた。

なんで日沢が死んだことに何も感じていない。なんでそんなに平然としていられるんだ。

 

 

 

 

 

「何か感じないといけないと言うのだ。なんで私が責任を取らなければならない?アイツは勝手に死んだんだろ?」

 

ブツン、と

 

今度は完全に聞こえた。

 

 

ブチギレしたと言うのはこの事を言うんだろう。

 

 

 

ーーふざけんな…!

 

 

無意識に、手を握りしめていた。

 

 

ーー勝手に死んだだと…!?

 

 

俺の視線は、その男の顔面に向けていた。

 

 

ーーアイツは…アイツは…!

 

 

 

そしてその拳を、ソイツの顔面に向けて放った。

 

 

 

 

 

 

 

ーー死にたくて死んだんじゃないんだよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《バキ!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放った拳は、完全にソイツの顔を捉えた。それも手応えは、少し前までやっていた道場の格闘も含めて、いままで以上にあった。

拳を食らったソイツは、バッタリと倒れてしまい、ピクリとも動かない。死んでいなくとも、致命傷を受けたのかもしれない。

 

 

 

 

「おい!何をしている!」

「他校の生徒か!?先生に暴力をするなんて何を考えている!」

 

 

誰かが近づいてくるのを感じる。恐らく、他の先生が気づいたのだろう。

もう後戻りはできない。ここまでしてしまった以上、何も無かった事にする事は不可能だ。

けどこうなってしまう事を、何となく察していた。もう分かっていたのかもしれない。

 

 

 

 

何しろ、俺はもうとっくに終わっていたんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校の先生に怒られた後、自分の部屋に戻っていた。

暫くぼうっとしていた。何が何やら頭の中で整理できていない。今までに起きた事が、自分の想像とは遥かに違いすぎて、未だに現実で起こっている事と認識する事が出来ずにいた。

俺が受け入れようとしなくても、日沢が死んだという事実は変わらない。仕方がないんだと思おうとしても、立ち直ろうとする事が出来ない。いつまでも立ち止まったままでいる俺を、責めることは出来なかった。

 

 

 

 

ぼんやりと考えているうちに、思い出した。日沢のいとこから、俺宛の手紙を渡された事を。

いとこからもらった袋の中に、小さく折りたたんである紙があるのが分かった。袋の中に手を入れて、その紙を取り出す。その紙は、丁寧に折りたたまれていた。

紙を開き、そこに書かれてある内容を見る。その綺麗とは言えない字は間違いなく、日沢の筆跡だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

=====

 

学真くんへ

 

ごめんなさい。こんな勝手な事をしてしまって。でも私はこうするしかなかった。

 

お父さんは、いつも厳しかった。出来損ないの私と同じ血を持つ事さえも認めたくないと言っていた。言われ続けて、家では迫害され続けてた。私は家で暮らす事は、物凄く嫌だった。

 

でも、如月くんや学真くんに会えて、楽しかったのは本当だった。2人とも、私にとって本当の家族のようなものだったから。

だから、如月くんの悪口を言った事が嫌だった。如月くんがイジメられているのが、納得行かなかった。

 

如月くんを助けて、と言ったら、逆に私が責められた。如月くんを助ければ、私が悪くなってしまうんだと分かった。それが分かった時は、とても辛かった。

 

学真くんが如月くんを嫌っていたのも、本当に悲しかった。でも、嫌いになったわけじゃなかったの。なのに、私が突き放してしまって、学真くんとも会えなくなってしまった。

 

========

 

 

この手紙を見ると、日沢が自分を責めている事が分かる。残酷な状況になっているのに、俺のことを心配していたんだ。

 

逆にクヨクヨしていた俺は、日沢を心配しようとすら思わなかった。

 

そんな自分が情けないと思い、そのまま手紙の続きを読み始める。

 

 

 

========

 

この世界は残酷です。人々の都合で、特定の人を悪とするこの世界が、酷く残酷で、空虚でしょうがない。

 

こんな世界では、私は一生迫害される。私は多分、誰かを見捨てる事が出来ない。誰かを救う事で迫害されるなら、私は迫害されることにしかならない。

 

もう、何も信用できない。友だちを傷つけるこの世界を、信じる事が出来ない。

 

誰も助けてくれない。誰も救ってくれない。そんな世界に、私は耐えられない。

 

生きることを諦めて、私はこの命を絶ちます。

 

 

 

 

さよなら、学真くん

 

 

 

 

=======

 

 

グシャッと、手紙が形を変える。強い力で握りしめたから、その紙にシワが入ったんだと分かった。

 

日沢は、なにもかも信用できなかった。誰も助けてくれなかったから。全員が、彼女の側から離れていったから。

 

日沢にとって、あらゆる人は敵だった。家族も、学校も、周りも…

 

 

 

 

俺も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ…ああ…!うあ…!」

 

 

 

 

 

 

何故だ。何故アイツを助けようとしなかったんだ。なんでアイツの側にいなかったんだ。

 

俺が、1番側にいたはずなのに。俺が彼女を助け出せたのに。

 

 

 

 

『ねぇ、友達になろう』

 

 

日沢の言葉が、頭に思い浮かぶ。太陽のように暖かい言葉が、俺の世界を明るく照らしてくれた。

 

俺は、アイツに救われた。アイツのお陰で、自信を取り戻す事が出来たんだ。

 

 

 

なのに俺は、彼女を助ける事が出来なかった。

 

 

俺は彼女を救おうとしなかった。

 

 

 

 

 

俺は、彼女を…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺してしまったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うあああああああああああああああああああああああああああああああぁぁ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1人で、部屋の中で、大声で泣き叫んだ。こんな大声は、今までで一度も出した事がないだろう。

 

何度も、何回も、何時間も叫んだ。その叫びは、止められなかった。

 

このグチャグチャな感情はなんと表現すれば良いのだろうか。虚しさ、悲しさ、怒り、絶望、あらゆる感情が心の中で膨れ上がる。その感情が一体何なのか、自分でも全く分かんない。

少なくとも、自分が潰れてしまいそうな感じはした。

 

 

 

 

 

 

「以上が、E組に行くまでに起こった出来事だ」

 

学真は、全てを話し終えた。その話を聞いていた生徒たちは、様々な表情をしていた。同情であったり、憂鬱そうな表情をしていたり、それは様々だった。

 

「あの時、俺が学んだのは2つある。チャンスはいつでもあるわけじゃ無いってことと、取り損なった時が1番辛いということだった。

だから、俺はあの事件のあと、1つ決めた事がある。助けに行く時は迷わず助けに行き、直ぐに善悪を判断しない。その人はいまどういう状態で、どういう気持ちでいるのかをしっかりと見定める事が大切だと思った」

 

そして彼らは、全員が無意識に抱き続けていた1つの疑問の解答を知った。

 

学真は、かなり仲間思いだった。いや、かなりという程度ではない。彼のソレは異常だった。

始めてこのクラスに来た時、E組の生徒たちは、理事長の息子である彼をあまり受け入れようとしていなかった。少し距離があった。

なのに彼は、それを気にする事は無かった。それどころか、彼を避けていたにも関わらず、クラスメイトのために動いていた。前原がA組に酷く扱われた時も、彼は非常に怒っていた。霧宮が教室から出て行った時も、一番最初に霧宮を助けようと動いていた。

普通の人なら躊躇うようなことでも、彼は迷わずに真っ先に動いていた。その事に疑問を感じていた生徒もいた。

 

だが今の話を聞いてその原因が分かったのだ。

 

彼は、後悔していたのだ。如月を救う事にためらった事を。日沢の側にいてやれなかった事を。それが、日沢の死の原因だと彼は考えていた。

 

だから彼は迷わずに動き始めるようにしていた。もう二度と、自分の大切なものを失わないために。

 

「これで全部だ。今まで隠しててすまなかった」

 

学真は頭を下げた。ここまでみんなに隠し事をしていた事にも罪悪感があったのだろう。言えば嫌われるんじゃないかと、後ろめたく思いながら黙っていた事さえも、自分が悪いと思っていた。この男は、なにもかも自分のせいにしてしまうのだ。

 

そんな学真になんと声をかければ良いのだろうか。それはとても難しい問題のようで…

 

 

 

案外、単純な答えを持っていた。

 

 

 

「話してくれて、ありがとう。ずっと、学真くんは辛い思いをしてきたんだね」

 

 

最初に動き始めたのは、矢田だった。ほかの全員も、それを言うつもりだった。

 

「学真くんは今まで、私たちを支えてきてくれた。だから…もし良かったら、学真くんが背負ってきたものを、私たちにも背負わせて」

 

矢田の言葉を聞いて、学真は驚いている表情を見せた。背負ってくれると、思っていなかったのだ。

 

「…良いのか。俺、みんなに迷惑をかけて」

「何言ってんだよ。今までお前が俺らを支えてくれたじゃねぇか。お前が逆に迷惑をかけてきても、別に問題ねぇだろ」

 

戸惑っている学真に、杉野が答えた。いつものように、明るく、励ますように。

 

他の生徒も、学真を見守っている。彼を嫌な目で見る生徒は、誰一人としていなかった。全員が、矢田の言う通り、彼を支えようとしているのだった。

 

 

 

 

うつむきながら、学真は思い返していた。今まで、そう言われたことは無かった。彼の苦痛を、一緒に背負ってくれると、言ってくれる人はいなかった。

父も兄も、彼を慰める事は無かった。友達として接してくれた者も、自分の醜いところを受け入れてくれる人はいなかった。

 

誰も…

 

「みんな…!」

 

 

何かが、溢れるような声だった。弱々しく、ハッキリと聞こえるその声には、彼の感情が詰まっていた。

 

 

 

 

「……ありがとう…!」

 

 

泣きながら学真は言った。

 

生徒たちは初めて、学真が泣いているところを見た。彼が泣くなんて、思ってもいなかった。それを見て、もらい泣きする人もいた。

 

この日を境に、今まで学真がE組の生徒たちとの間に開けていた距離が無くなり。

 

 

 

 

本心で、彼らと向き合うようになった。

 

 

 

 

 

 




学真くんとE組のみんなとの距離が狭まりました。夏休みの暗殺前にコレだけは絶対にやっておきたかったんです。

そして学真くんの過去については、どうだったでしょうか。読んで下さっているかたがいるのを知って、本当に嬉しい限りです。

さて、次回は窠山くんに再び登場してもらいます。

次回『道の時間』


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第60話 道の時間

??視点

 

綺麗事は、机上の空論だ。絶対にありえないから綺麗事と言うんだ。

そんな迷信を信じて、自分を磨こうとしない奴は自滅する。強くなろうとしない奴が絶望するのは当たり前。そんな初歩的な事を分かろうとしない奴は愚かとしか言いようがない。

 

現実はゲームとは違う。主人公補正がかかって物事が上手く進むとか、失敗してもやり直しが出来るとか、そんな簡単なものじゃない。誤った選択をすれば傷跡は残り、やり直しは出来ない。人生の質を決めるのは、ソイツの実力と、経歴だけだ。

 

そんな事に気付かない馬鹿が多い。名門校と言われている椚ヶ丘中学校の、それも優等生が多いこのクラスでも、それが分かってない奴がほとんどだ。自分の実力を冷静に測ることが出来ず、明らかに不利な戦いを仕掛けておき、自分たちの経歴に傷をつけた彼らが、本当に馬鹿だと思った。

 

くだらない精神論とか、プライドとか、綺麗事だとか…そんなもの抱かないで、自分自身の将来を考えて、自分のやるべきことを考える。それが、上手な人の生き方だ。

 

 

 

 

だからかな。こんなにアイツが憎たらしいのは。

 

アイツの生き方は、1番ダメな奴の生き方だ。

 

アイツの考え方は、決して強者の血を引く人が持つものじゃない。

 

 

 

アイツを、認めるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

アイツだけは、許しちゃいけないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

◇第三者視点

 

1人の男が、ある場所に向かっている。その場所は、特に何か特徴があるわけでもない家だった。その男の目的はその家に住んでいる1人の男だった。

以前の出来事が起きてから、あの男は家に閉じこもっているだろうと思っていた。少なくとも、外に出ているとは思っていなかった。

 

だから驚いた。男の目的が、その家に向かっている途中で、逆に自分を待っているかのように立っていたのが。

 

「…驚いたね。てっきり家に閉じこもっているかと思ったけど」

「そりゃ残念だな。つまり、俺の事を過小評価してたって事だよな」

 

学真の家に向かっていた窠山は、その道の途中にある公園の前に立っている学真を見てそう思った。

 

公園の前で待っていたのは、学真だけではない。彼と一緒にE組の生徒が数人ほどいた。

学真が窠山に会いに行くと言った時、E組の生徒たちは一緒に行くと言っていた。だが流石に全員ついて行くというわけでもなく、学真と一緒に来たのは、渚、茅野、カルマ、杉野、磯貝、矢田、倉橋であった。

 

「それで?僕が何を求めているか分かっているよね」

「…ああ」

 

彼らがここに来た理由は、先日窠山が学真に誘った、学真と窠山の一騎打ちの件だった。それを受けるか受けないかの返事を聞きに来たのである。

 

「窠山。お前は知っているのか?あの事件の真実」

 

学真がその返答をする前に、杉野が窠山に尋ねた。学真が他校の先生を病院送りにしたと言っていた事件について、その真実を知っているのかと。

窠山は彼のやってしまったことのみを話しただけで、その背景については言っていなかった。何より、窠山の目には敵意があった。だから、事件の真実を知らないんじゃないかと考えたのである。

 

「知ってるよ。一応何が起こっていたかは調べていた。如月くんとか、日沢さんとかの話も」

 

だが窠山は知っていた。学真がその教員に手を出した理由を。

3月ごろ、学真の様子があまりにも妙だったので、暫く探りを入れていた。その結果、彼が他校の生徒と仲良くしていたこと、その生徒が学校で惨めな思いをして自殺をしてしまったこと、そしてそれを軽くあしらった先生に暴力を振るったと言うこと。それを全て知っていた。

それを聞いて、生徒たちは更に疑問を持った。背景も知っているのなら、なぜ学真を悪く言うのだろうかと。

 

「だから意味不明なんだよ。弱者のために自滅した学真くんの事が」

 

その答えは、意外にもシンプルだった。

日沢や如月の悪口を言われて、その怒りをぶつけた学真を、窠山は弱者のために自滅したと捉えている。窠山にとって、日沢や如月は、助けるに値しない弱者でしかないのだ。

 

「学真は、友達のために怒ったんだ。それは絶対に間違ってない」

 

杉野の怒りを、全く表情を動かさずに聞き流している。杉野の言うことも窠山にとっては、弱者の理論でしかないのだ。

 

「人は社会によって強者と弱者に分けられる。強者の方が優遇される、すごい分かりやすい話だよね。だから強者になるために動くのは当然でしょ。

人のためかどうかは問題じゃない。ダメになる行動をした事が問題だと言ってんの」

 

淡々と語る窠山に、腹は立つが言い返せずにいる。先日ゲームセンターの時もそうだった。

 

「随分達観してるね。自分が強者であると自信を持ってるの?」

 

その中でたった1人、カルマが話しかけた。いつものように相手を貶すように。だがいつもより、攻めているような雰囲気はない。口喧嘩でもそこそこ強い彼ではあるが、それでも窠山を打ち負かす事は出来なかった。

 

「自信以前に結果が出てるでしょ。君らは弱者になって、僕は強者になった。それでほとんど証明出来ている」

 

非の打ち所がない理由は、単純に正しいからだ。本校舎の多くの生徒が言うような、ヤワな悪口ではなく、シッカリとした根拠があり、かなり論理的な思考である。それを崩すのは、ほとんど不可能と言っていいだろう。

 

「強者になろうとしなかった。それがコイツの…そして君たち全員の敗因だ」

 

顔を顰める生徒がいる。暗そうな顔をする生徒もいる。窠山の言葉にそれぞれがそれぞれの反応を示した。

強者になろうとする意識があったとは言えない。自分にはなれないという気持ちが心のどこかにあった。その気持ちがあるからこそ、強者にならなかったんだと言われれば、言い返せなかった。

 

だが、その言葉を向けられている張本人である学真は、いつも通りの表情だった。

 

 

 

「たしかに。強くなろうという意志が無かった。お前の言う通り、だから強者にならなかったのかもしれない」

 

学真はその事を既に感じていた。学秀という、自分とは程遠い才能を持つ兄によって、自分は兄のようになれないと無意識に考えていた。

自分に対して自信を無くした彼は、強者になろうとしなかった。自分には無理だと思ってしまった時、彼は弱者であることを受け入れてしまった。その時点で、強者になる道は途絶えてしまったのだろうと彼は考えている。

 

 

 

 

 

「けど、そんな事は関係ない。そもそも、強者になる事が全てじゃない」

 

 

 

「…なんだって…?」

 

 

学真の言葉を聞いて、窠山の様子が変わる。彼の言った事は、窠山に対する反論だけではない。彼の父親である學峯の教えにすら反する言葉だからだ。

 

「俺も最初はそうだと思っていた。強者になれと親父とかに言われ続けていたから、強くなるために努力していた。そして強者になれっこない俺が情けないと思い、自信は無くなってしまった。

そんな俺が最初に自信を取り戻すキッカケになったのは、日沢や如月のおかげだ。俺が自信を取り戻したから、それなりに学力が身についたり、自分なりに生き方を見つけていこうと考えるようになった。

もし俺が中途半端な強者になっていたら、アイツらに会う事は無かったのかもしれない。そうなったら、間違いなく俺は自滅していた」

 

自滅していたのかもしれないと、冷静に話した学真に、窠山だけでなく周りのE組の生徒も少し驚いている。しかし、彼はそれを確信していた。

 

中途半端な強者になる選択肢もあった。もし彼が、強者になる道を諦めなかったらの話である。A組に入る事が出来た成績は出せたのだから、A組の生徒のままでいられたのかもしれない。

そのままでい続けたら、どこかで彼はつまづいていた。もし彼がA組の生徒で、期末テストでE組に敗北したら、何の自信も持っていない彼は崩れていくだろう。少なくとも学秀のように、リベンジしようと思うことも無かった。

 

「このE組に行く事になった事だってそうだ。ここに来たからこそ学んだ事もあった。

自分の知らない問題を抱えている人がいる事を知った。自分の知らない戦い方があるんだって事も知った。何より、自分の知らない自分の長所や短所を知った」

 

E組に来ていた事も、彼は後悔していない。E組に来なければ、殺せんせーと会うこともなかったし、E組でしか経験できないこともやった。その経験を通して、様々な発見があった。その発見のお陰で、自分の中の世界が変わっていった。それを彼は、楽しいと思っている。だからE組に来て良かったと思っている。

 

「俺の過去を話した時、みんなは一緒に背負うと言ってくれた。俺の醜い所でさえも受け入れるとさえ言ってくれた。そんな事、あのクラスでは絶対無かった」

 

そして先日、彼がE組の生徒たちに救われた。それが1番嬉しかった事だった。彼の言う通り、本校舎ではそんなことは無かっただろう。強さを求めている生徒たちは、他人の心配なんてしない。

 

「その時点で思い出したよ。助けるだけじゃない、支え合うのが仲間だって事を」

 

凄く当たり前のことで、分かっていたつもりになっていたこと。その事を学真は再び思い出した。本当の仲間とは支え合う者たちであり、彼にとってそれがE組だったのだ。

 

「強者であり続けるべきと言うお前の考えは否定しない。それはそれで正しい生き方だ。

 

でも弱者になっても終わりではない。

 

 

前に進もうとする限り、どんな生き方であっても決して無駄じゃない」

 

 

自信に溢れている、真っ直ぐな目。今までこの目をした事は無かった。E組に救われた事でその目を持つことが出来るようになった。

 

E組に行った事は失敗なんかでは無い。寧ろ成功だと言える。E組に行った事で学んだことが有ったと考えていた。

 

それが溢れている彼の目を見て、E組の生徒は心強く思っており

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………へぇ」

 

 

 

窠山は露骨に怒りの表情を浮かべた。

 

 

 

 

「な…!」

 

彼の表情を見て、驚く生徒がほとんどだった。

球技大会の時も、ゲームセンターの時も、彼はあまり表情を変えていない。変えたとしても、人を馬鹿にするときの嫌味のような表情ぐらいだった。

そして今の表情は、いままでに見せた事がない、感情をモロに出している表情だった。

 

「落胆したよ。後先考えない馬鹿だと思っていたけど、ここまで愚かとは…

呆れたよ。弱者になっても終わりじゃないとか、弱者の理論を自信満々に言うなんてさ」

 

地雷を踏んだ。

 

それをその場の全員が悟った。

 

その怒りの矛先を向けられている学真だけ、表情を変えない。

 

 

「なおさら君を認めるわけにはいかない。そのくだらない思考ごと、粉々にしたくなったよ」

 

窠山の目は、本気だ。

絶対に殺すという、執念のような殺気が学真に向けられた。

 

「…そうか。じゃあもうやる事はただ一つだな」

 

殺気を向けられている学真は表情を動かさない。最初からこうなると想定していた。窠山がその考えを最も嫌っている事を知っている。それを分かった上であえて話をしに来たのだ。

 

「勝負を受けるって事で良いんだよね」

「ああ。もう決心はついてる」

 

衝突は避けられない。ならぶつからなければならない。

以前窠山が持ち出した勝負を受けることにした。理由は1つ。

 

自分の生き方は間違っていないと、目の前の男に証明するために。

 

 

 

 

 




というわけで窠山と戦うことになりました。というわけでオリジナルストーリーはもう少し続きます。

次回『試合場の時間』


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第61話 試合場の時間

お待たせしました…かなり時間をかけてしまいました。


窠山に会った日から、数日経った。やっぱりと言うか、思った通り窠山と衝突した。会う前から、何となくそんな予感はしていた。

あんな嫌らしい態度を見せる奴だけど、アイツはアイツなりに考えている。

それこそ、強者であるべきという価値観も、アイツの中でシッカリと作り上げているものだ。そこが、他の本校舎の生徒との大きな違いだ。自分で作り上げた価値観ではなく、優越感だけで色々と言うだけの生徒とは、どうしても格が違うように見えてしまう。

そういう奴だからこそ、あんな感じにぶつかったとも言える。価値観の衝突は、弱々しい考え方を持つ者で生じたりはしないしな。

 

窠山は正しい。それは認めている。社会の中で上手く生きていくために、効率的な方法を考えて動くというのは、ある意味強さだ。窠山が怒るのも無理はない。

 

けど、だからと言って譲る気もない。

 

誰に何と言われようとも、俺は自分の歩んできた道が間違っていたとは認めない。あの2人に会ったからこそ、E組のみんなに会ったからこそ、今の俺があるんだ。それが、俺にとっての正しさだ。

 

と言うわけで、譲れない考えを持つ者同士の衝突となり、窠山が持ち出してきた勝負を受ける事にした。

何しろ、証明する方法はそれでしかない。ここで俺がその勝負を受けなかったら、俺の中で納得がいかなくなる。

 

勝負は窠山が言った通りの日、つまりゲームセンターに会った日から3日後、とある武道館で格闘技で勝負する事になった。

そして今日はその前日だ。今日が終われば、いよいよ窠山と戦う事になる。そんな日に緊張せずにはいられない。

ビビっているわけじゃないが、プレッシャーは感じている。考えてみれば、こんな事滅多になかったな。小さい頃、兄貴とかに負け続けていたから、負けるのが当たり前になっていて、プレッシャーを感じなかった日々が続いていたな。

その感覚を再び思い出したということも、ある意味貴重な経験なのかもしれない。もしそれ無しで生きていたら、あまり得しなかったかもしれない。

 

そしていま現在、俺はそろそろ寝ようかなと考え始めている。時刻はもうすぐ21時。いつもだったらまだ起きていたかもしれないが、明日に備えて早めに寝たほうが良いだろう。

 

だけど、なんとなくいま寝れそうにない。

 

なんとなく気分がハッキリしているというか、少なくとも寝れるほどの状態ではない。布団に入っても眠らずにいる事になる気がする。

 

さてどうしようか。そんな事を暫く考え…

 

「…散歩するか」

 

散歩する事に決めた。何しろ眠れないほど脳が動いているのなら、外の空気を吸って落ち着かせたほうが良いかもしれない。

そういうわけで、出る準備を整えて、玄関の扉を開ける。金属で出来たその扉を押した時…

 

「あ…」

 

その扉の先にひとりの女性がいたのが見えた。しかも見ず知らずの女性では無い。それこそ、毎日のように会っている人だ。

 

「…矢田?」

 

なんで矢田が俺の部屋の前にいるんだ?こんな時間に来るのはかなり異常だし…

とはいえ、矢田は少し焦っているようだし、尋ねるのも駄目な気がする。絶対に慌てる奴だ。

 

「…上がるか?」

 

とりあえずは部屋に上がる事にした。夏とは言ってもこんな時間だし、外は寒いだろう。部屋の方が少し暖かいはずだ。

俺の言葉に従う事にしたのか、矢田は少しだけ間を置いてうなづいた。

 

 

「…ごめんね。迷惑をかけちゃって」

「気にするな。どうせ寝れなくて困ってたし」

 

矢田を部屋に上げて、居間に座らせる。何も出さないのは変だろうと思い、倉庫に入れていた紅茶の材料を取り出す。決して良いものとは言えないけど、無いよりはマシだろ。

台所で紅茶の準備を整える。紅茶は結構デリケートだし、温度や時間を間違ってしまうと味が落ちる。かなり気をつけないといけない。

作り終えた紅茶(ミルクティー)をティーカップに入れる。それをお盆に入れて、一緒に菓子を添えてテーブルの上に置いた。

 

「…大したものじゃねぇけど、どうぞ」

「あ…うん、ありがとう」

 

少し間があったのは、用意してくれた事に悪く思ってるのだろうか。まぁ俺が勝手にやってる事だから気にしなくても良いんだけど。

とりあえず俺の分に入れていた紅茶を口に含む。我ながら、結構良い出来だった。

考えてみれば紅茶には苦労した。あの親父に言われ続けて練習していたのが、今となってはここまでのレベルになった。続けてきたことって本当に力になるんだな。

 

「…!おいしい。これって…良い紅茶じゃないの?」

「そうか?まぁ悪くはないと思うけど」

 

矢田の話を聞きながら、再び紅茶を啜る。一口目と味が変わっているわけじゃないが、何となく弱くなっている気がする。俗に言う、あれだな。一口目は二度と味わえないってやつ。

 

「それでどうしたんだ?部屋の前で待っていたみたいだが」

 

とりあえず一息ついたと見て、本来聞こうと思っていた質問を投げる。少し緊張してたみたいだったし、とりあえずは落ち着かせてからということにした。

 

「…その、明日だったよね。窠山くんに言われた日って」

 

俺の質問を聞いた矢田は、少し間を開けて話し始める。やっぱり明日の話だった。っということは…

 

「…居てもたっても居られなくて、部屋の前に来たはいいものの、どうやって部屋に入れば良いのか分かんなくて困ってたとか?」

「うん…全部正解」

 

俺の予測は当たったみたいだった。しかも見事満点らしい。少し引いているように見えるのは気のせいだと信じたい。

まぁ、分からなくもない。クラスメイトが勝負すると言うと気にするなという方が難しいだろう。色々と心配してくれてるんだろうな。

 

じゃあなんて言えば良いんだろうか。大丈夫だから心配するな、と言うのは違うだろう。

かと言ってこのまま何も言わないのも悪い気がするし…

 

「学真くんは…窠山くんをどう思っているの?」

 

一人で色々と悩んでいると、矢田が話しかけて来た。なんとなく戸惑っていると言うか…少し不安になっているような声だった。

 

「どう思ってるって?」

「…窠山くんは2回しか会ったことが無いけど、私は、凄く怖いと思ったの。あの写真を脅しに使って、勝負をすることを強制させているのが、嫌だとしか思えなかった」

 

…まぁ、たしかにそうだな。俺もアイツがあんな脅迫をしてくるとは思っていなかった。しかも勝っても負けても何の得にもならないみたいだし、いつもの窠山がやるとは到底思えない行動だ。なんか裏があるんじゃ無いかって思ってしまう。

 

「わたしは窠山くんが怖い。学真くんが窠山くんと勝負することが、不安でしょうがない」

 

だいたい分かった。矢田は窠山に対して苦手意識を持っているようだった。まぁアイツは相手をバカにしているような言い方をするから無理もない。

バカにしているといえばカルマもそうなんだけど、窠山はそれとも違う。カルマは挑発しているという感じだけど、窠山は蹴落としているという感じだ。プライドが傷つくというものではなく、傷に塩を塗られているように感じる。劣等感を感じているE組のみんなには結構ダメージがあったのかもしれない。

 

と言うことは、一番最初に言っていた質問はひょっとするとその嫌悪感から来たものなのかもしれない。そしてその嫌悪感を抱くこと自体に不安を感じているのかもしれない。人によっては嫌いになるという感情を持つことを醜いように見えてしまう人もいる。嫌いという感情をあまり持ったことないだろうし、感じの良いものでもないように見えるから、それを抱いている自分に対して不信感を持っているかもしれない。

それで、窠山の敵意を向けられている俺はどう思っているのだろうと考えているのかもしれない。

 

じゃあどう答えるべきか。こういう時は相手に同情するように答えた方が良いと言うのは何となくわかる。だけど現状、大きな嘘をつく場合じゃ無いと言うのも分かる。ここまでシリアスな状態でペラペラな空論の事を言うと、自身の考えとか価値観とかがブレて、スッキリしなくなる。少なくとも俺はそういう男だ。

だから、俺の考えていることをそのまま伝える事にした。

 

「…本音を言うと、俺もアイツは好きじゃない。いちいち癪に触る言い方だし、聞いてて腹が立つ。

けどアイツの言っていることが正しいのも事実だ。筋は通っているし、実際A組の生徒になっている。

恐らくアイツは、この後もああいう生き方をするだろう。弱者に決して加担しないで、自分が得する行動を常に選択し続けるように。ああいう奴は上手な生き方をするって殺せんせーも言ってたし、俺みたいに破綻する事もないだろうし。

 

だからこそ、アイツの勝負を受けた。アイツの考えが間違っていると言うより、俺の生き方が間違ってないと証明したかったから

 

みんなに救ってくれたあの日の事を、絶対に否定したくない」

 

俺の中では、とっくに決心していた。あの時みんなが支えてくれた時から。たとえ脅されなくても、その勝負を受ける事を決めていた。

 

同時に、俺は勝ちたいと思っている。

 

窠山が喧嘩に強いことは知っているし、何より格闘技はアイツの得意分野だ。勝てる確率はかなり低い。

それでも勝ちたい。何が何でも。ここで負けると、E組のみんなに救ってもらった日のことを、間違っていると証明されてしまうようで嫌だった。

 

「…そう、なんだ……」

 

矢田は若干安心しているようだ。まぁ運が良かったと言うことだろう。最初に『窠山のことがあまり好きでは無い』と、なるべく矢田の考えを否定しないようなことが言えて少し良かった。

 

 

 

 

「いつも思うよ。E組に来れて良かったって」

 

 

 

俺が話し始めた時、矢田は驚いたような様子を見せた。まぁ突然そんな話をされても反応に困るだろう。

 

「日沢が死んだ時、自分に対しての怒りと憎しみしか無かった。もっと前なんか、その感情すらも持っていなかった。自分に誇れるものも無かったし、貫きたいものなんて無かった。そんな俺が、貫きたいものを持つようになった。

自分でも、成長しているのが分かる。そのきっかけをくれたみんなには感謝してもしきれない。

 

だからさ。みんなと一緒に入れて良かったって、堂々と思いたいんだ」

 

まぁ、あの勝負でその後の気持ちが変わるというのは変だけど、そこは気にしないで欲しいというか。

 

「…学真くんは、E組に来れて良かったって、心から思ってるんだね」

「ん?ああ。これは本心だ」

「うん。やっぱり、学真くんは凄い」

 

なんか矢田は感心しているようにうなづいている。今の会話のどこに凄いと思うような言葉があったのか。

 

「学真くんは、自分の気持ちに真っ直ぐで、それに背くような事は言わないし動こうとしない。私には、凄く難しいな…」

「…いや、俺にも難しかったぞ。何しろ、日沢や如月に会うまで、その事の大切さすら知らなかったからな」

 

誰でも出来る事ではない、と言うのはその通りなんだよな。自分の意思に従って行動すると言うのはかなり難しい。

 

 

「…あ、こんな時間…ごめん、帰るね」

 

矢田に言われて気づいた。矢田が来てから随分時間が経っている。矢田は急いで帰ろうとしていた。

 

「…一緒に行こうか?そんなに遠くないって言っていたけど、近くもないんだろ」

「え、良いよそんな…」

「けどこんな時間に1人でいると危ないだろ。ついて行くよ」

 

何しろ、もう真夜中だ。こんな時に女子を1人にさせると危ない。一生懸命断ろうとしている矢田を説得して、家まで一緒に行くことになった。

 

そして、家にたどり着く。思った通り、歩いてもそんなに時間はかからなかった。遠く離れているわけでもないし。

 

矢田は自分の家の扉に手をかけようとしていた。だが、その手を途中で止めた。

なんで止める必要があったのか。そんなことを思ったのと同時に、矢田が振り向いて俺の方を見た。

 

「…学真くん」

 

名前を言われて、返事をする事すら出来なかった。少し動揺していて、それを思いつくほどの余裕が無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「頑張ってね。応援してる」

 

 

 

 

 

 

 

その二言を矢田が言ってから、それを認識するのに、数秒の誤差があった。意識を取り戻した時には、矢田は扉を既に開けており、もう家の中に入ってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

家の外に取り残されてしまった俺は、気を取り戻して自分の家の方に向かって歩き始める。これなら、そんなに遅くならないうちに家にたどり着く事が出来そうだ。

 

帰りながら、俺の頭のなかである事を思い出していた。

 

さっき矢田は、『頑張って』と言った。まぁ…応援してくれた、と言うことだろ。

応援と言えば…いままで応援される事は、あまり無かった。このE組に来てから、あのウルサいタコに言われたり、烏間先生に言われたりした。

けど、それ以前は1回も無かった。親父からとかは特に応援することも無かったし、出来たからと言って賞賛するわけでもない。むしろできなかったら貶されるぐらいだった。

まして同級生にそう言われた事は無かった。兄貴とか、A組の奴らからは出来て当然みたいな感じだったし、日沢や如月からも言われた事はない。まぁ、学校が違うんだししょうがないんだけど…

だから、同級生で褒めてくれたのは、矢田が始めてになる。

考えてみれば、矢田は色々としてくれたな。俺が落ち込んでいた時に動いてくれたりとか、慰めてくれたりとか。弟を看病していたから、精神的に追い詰められた人に声をかける事を自然にやれるという事なのかもしれない。

 

 

ふと気がつくと、俺の住んでいるマンションがもう見えた。後は扉を開けて入るだけだった。

 

そこに行こうとしていた時、俺はもう一度頭の中で、あの時に言われた言葉を思い出していた。

 

 

 

『頑張ってね。応援してる』

 

 

 

 

 

 

 

「………ッ」

 

 

 

心臓が、跳ねた音がした。それの連鎖のように、顔に力が入り、唾を飲み込む音が響く。

 

自分の体が異常事態であることに気づいた俺は、急いで自分の部屋の扉を開け、その部屋に入って扉の鍵を閉める。

そしてその扉にもたれかかり、再び思考を開始する。

いま、俺は何を考えていたのか。それはもちろん、矢田に言われた言葉だった。

けどそれだけではない。それ以外の事も考えていた。それが一体何なのかと言うのは、口で言うのはかなり難しい。

 

そして思わず、呆気に取られた。

 

何しろ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、抑えることが出来るものだと思っていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………マジかよ」

 

 

 

 

誰もいない部屋の中で、その言葉を零してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇翌日

 

先日慌ててはいたものの、睡眠にはあまり支障が無かった。寧ろ布団の中に入る事が出来たら直ぐに寝ることができた。その事事態がなんか恐ろしく感じている自分もいる。

そんなわけで、いま俺がいるのは、昨日窠山に言われた武道館の前だった。いま、俺以外には誰もいない。

 

 

 

 

 

 

「お、来てくれたね。学真くん」

 

声をかけられる。いま俺にそう話しかける男は1人しかいない。俺はその声の主に体の向きを変える。

 

「窠山、かなり大きな場所をとったな。この武道館は、大きな大会に使われる場所じゃないのか」

 

さて、俺らの前にある武道館の説明をしておくと。

まず、デカイ。どう見たって三階はあるだろう高さに、駐車場まで設置されてある敷地の広さ。俺らの勝負に使うにはあまりにも大きすぎる場所で、たかが中学生の喧嘩に貸し切ってくれるようなものには到底見えない。

 

「まぁ、デカイ方がやりがいがあるでしょ。じゃあ、中の見学に入るとしようか」

 

俺の質問に笑って答えながら、窠山はその武道館の中に入る。それに続く形で俺も中に入った。

中に入ると、いわゆるロビーと言うところに出た。受付や、販売機などがあり、ほかにも色々な場所に繋がっているような場所だった。そして、入ってすぐに見える、『試合場』と書かれてある扉に入る。

 

その先には、剣道の試合場が30面ほどありそうな敷地に出た。そして、武道館には客席というものが二階、三階にあり、そこで試合を見物できるようになっている。

 

そしてその客席には。

 

 

 

 

「来たぞ、若が!派手に歓迎しろ!」

「派手にぶっ殺してやってくだせぇ!」

「なんだあの細いシャバ憎は、こりゃ一方試合じゃねぇのか!?」

 

 

 

ガラの悪い連中が席に座っていた。

 

そう、分かっていた。窠山と対戦と言うからには、そう言うやつらが集まるんだと言うのが普通なのだ。

 

「ゴメンね。来なくても良いと言ったんだけど、言うこと聞かない奴らばかりでね」

 

何しろ…

 

 

 

 

窠山は、ヤクザの息子なのだから。

 

 

 

 

 

 




さて、今回のオリストで最も書きたかった部分に入ります。

次回 『試合開始の時間』


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第62話 試合開始の時間

対窠山編、予定では3話です。


「…すごくデカくないか?」

 

杉野が思わず動揺を隠せていない声を発している。学真と窠山の勝負だと言うのに、ここまで立派な建物を用意するとは考えもしないだろう。

 

「どうやらこの場所は、椚ヶ丘中学校の遠くに設置されてある武道館のようですね。椚ヶ丘中学校の本校舎の設備はかなりのものが揃っていますし、こういう場所で練習をさせておくことで、常に本番を意識させるのでしょう」

 

その武道館は、椚ヶ丘中学校の武道館であった。1つの学校にしてはかなり大きな建物だが、浅野學峯によればこの建物が出来るのも造作もないらしい。改めて理事長の力が恐ろしく感じる。

 

「で、なんだよその山のような荷物は」

「せっかくの学真くんの晴れ舞台なのですから、カメラを沢山準備しておきました」

「親バカかよ!」

 

学真の応援に来ているE組の生徒たち、誰1人として欠けるものはいなかった。そして変装している殺せんせーも来ており、沢山のカメラを準備している。学真の活躍をカメラに収める気満々である。かなり親バカぶりを見せる生物であった。

 

「さてと、それじゃ行こうぜ。席をとらねぇとな」

「俺たちが先に行ってるからよ。後で合流な」

 

1番最初に、吉田、村松が動き始める。客席を取りに行くためである。

建物の中に入り、階段を上がる。そして二階に上がり、客席と書かれてある扉を開けた。意気揚々と開け、席を取ろうと動き始めた彼らは…

 

「え?」

「は?」

 

一気に戸惑いの表情を見せた。だがそれは仕方ない事というものである。何しろ…

 

「…あ?」

「なんじゃにいちゃんたち、なんか用か?」

 

どう見てもヤバイ空気しか感じない集団があちこちにいるのだから。

 

「…あ、すみません。間違えました…」

 

 

 

他のE組の生徒たちがその扉の前に着いた時、吉田と村松がその扉から出てきた。

 

「おい、吉田、村松、何が…」

 

一体どうして扉から出たのかと寺坂が尋ねようとした時、思いっきり動揺しているのが感じ取れる表情のまま話し始めた。

 

「みんな聞いてくれ。ここは武道館じゃない。ヤンキーの溜まり場だった」

「こんな立派な建物の中で!?」

 

言ってることの意味が全くわからなくて、頭の中にクエスチョンマークを浮かべる生徒がほとんどであった。

 

 

 

「…つまり、中に不良のような人たちが沢山いたって事?」

 

吉田の話を聞いて、渚がまとめた。なんとも信じがたい話だが、2人は本当だと言っている。こんな調子で冗談を言う事は無いだろうと思い、その2人の言うことを信じる事にした。

 

「…じゃあどうすんだよ。俺たち中に入る事が出来ねぇぞ」

 

このままでは中に入る事が出来ない、と悩み始める。勝負は間違いなくその中であるはず。しかし不良が沢山いるところに入るのはかなり難しい。

 

 

 

 

 

「E組の生徒の皆さんですね。お待ちしておりました」

 

悩み続ける彼らに、話しかけてくる男性がいた。声のした方を見ると、割烹着姿の、整っている様子の男性の姿を確認した。

 

「小峠 龔鬼と言います。皆さんの案内を務めさせてもらいます」

 

 

 

 

 

小峠という男性に言われて、二階のある場所に連れて行かれた。多くのヤクザが席を埋めている中、そこだけかなりの数の空席が用意されていた。

 

「…準備していたのか」

「ええ。若から話は聞いていたので、お困りならかなと思いました」

 

かなり丁寧に受け答えをしている。わざとらしいようにも見えるが、不快感を全く感じさせない男だった。

そしてその男はとても真面目そうな男に見える。近くにいるヤクザたちの仲間であるというのが信じられない。

 

「…周りの人たちは、窠山くんの応援でしょうか?」

 

小峠に、殺せんせーは尋ねた。状況的に窠山の応援でない訳が無いのだが、念のために聞いた。

 

「ええ。いつも、皆さん揃って観戦するので」

「…いつも?」

「実を言うと3年前からこの勝負をしてるんですよ。若と誰かがサシで勝負するんです。その度に全員でこの場所に来て、若に敗北した者に野次を飛ばすのが恒例になってまして」

 

思わず身震いがした生徒が沢山いた。この大人数の不良たちに囲まれて、敗北した時に野次を飛ばされる。もはや試合とかではなく、公開処刑の域である。こんな勝負に呼び出されたのかと、改めてヤバイ状態になっている事を認識した。

 

「定期的にやるのですか?」

「いいえ、実を言うとかなり久しぶりです。1年ぐらい前から全くやらなくなったので…」

 

なるほど、と殺せんせーは納得しているようだった。一体何に納得したのか、その場にいる生徒は分からなかった。

殺せんせーとの話が終わったタイミングで、自分の持ち場に戻ると言って小峠は離れていった。

 

「皆さん。先ずは落ち着きましょう」

 

生徒たちが不安になり始めているのに気づいた殺せんせーは、全員に向かって話し始める。

 

「皆さんが心配している事、その気持ちは察します。ですが、忘れてはいけません。学真くんが本気でこの勝負に望んでいる事を。そして疑ってはいけません。学真くんの強さを。

ですから、私たちは信じましょう。学真くんは決して負けないと。応援に来た我々が気持ちで負けてはいけません」

 

殺せんせーの話を聞いて、先ほどまで暗い表情をしていた生徒たちの表情が変わった。殺せんせーの言う通りだと思ったからである。

学真は、E組のみんなに救われた日の事を間違っていたと認めさせたくないと言っていた。彼らは知っている。学真が気持ちだけでペラペラと軽い事を言うような男ではない事を。

 

だから疑ってはならない。学真の可能性を。

 

 

 

 

信じなくてはならない。学真の勝利を。

 

 

 

 

 

 

 

「てめぇ喧嘩売ってんのかコラァ!」

「若が負けると思ってんのか!?アァ!?」

「おもて出ろやァ!」

 

「にゅや!周りの人を怒らせてしまった!」

 

 

(((当たり前だろこんなとこで!!)))

 

 

そして忘れてはいけない。いま自分たちがいるのは修羅場でもあると…

 

 

 

 

 

 

 

観客席は3階まで存在するが、全部使っているというわけではない。窠山組の全員と、E組の生徒を合わせたとしても、詰めれば2階の席で全員座れる。それほどここの席の数は多い。

しかも3階からだと試合の様子を見ることがあまり出来ないので、ほとんどの人は2階にいる事が多い。

 

勿論例外はいる。敢えて2階ではなく3階の席にいる人もいた。

 

「うわ…これは壮観だね。こんな光景あまり見られないよ」

 

ポツポツと、何席かの椅子に座っている人がいる3階席で、2階にヤクザたちが席を埋め尽くしているのを、多川秀人は珍しい物を見るような目で見ていた。まさか武道館でヤクザたちが座っているとは全く思わなかったのである。

 

「学真のやつ、相変わらず無茶苦茶な騒ぎに巻き込まれているよね」

 

多川がその試合を見に来ている事を、学真は知らない。何しろ彼に言った事がないからである。

彼が知っているのは、彼の師である八幡から聞いたからである。八幡は道場を経営している事もあって、近くの武道館の様子をだいたい把握している。

 

そして今回、その貸し切られている武道館で、学真が勝負をする事も知っていた。

 

本当は八幡も来るつもりであったが、歳のせいもあってあまり遠くには行けない。なので今日は多川だけがそこに来れたのである。

 

 

 

 

「…なぁ、なんだろう、アレ…」

「凄い怪しいけど、不審者か?」

「でもこんなところに来て何の意味があるんだよ」

 

多川の耳の中に、気になる会話が入ってきた。コソコソと、あまり大声を出さないように気をつけている声の出し方で、内容もかなり不穏なものである。

その内容が一体何を指しているのかを知るために、多川はキョロキョロと周りを見渡す。

 

すると、多川は見つけることが出来た。

 

 

ちょうど彼の後ろのあたりに、あからさまに怪しい男を。

 

 

 

 

 

 

サングラスにマスク、そして黒いコート…完全に不法侵入者の格好をしている。そんな姿をしている男を見たら、誰でも驚き、あまり近づこうとしないだろう。

 

だが、多川は恐縮することは無かった。

 

コツコツと、階段を上るようにしてその男の元に近づく。

多川がその不審者に近づいているのが見えたのだろう。周りがザワザワとしている。これから多川がとんでもない目に会うんじゃないのだろうかと。

そんな事を心配しているうちに、多川はそよ男の側に来ていた。ヤバい、と思っていてもそれはもう手遅れである。何しろ、その位置からではどうする事も出来ないのだから。

 

 

 

 

「そんな格好で何やってるの、黒崎?」

 

 

 

えっ、という声がした。

 

何しろ、多川がまるで友だちに話しかけるようにその不審者に話しかけたのだから。まさかそんな話し方をするなんて思いもよらなかったのである。

一方、話しかけられた男の方はなんの変化もない。あまり動じてないように見える。だが、返答なしとは言わず、その男は話し始めた。

 

 

「…アー、イヤ、オレ黒崎チガウ。アイツ、旅デカケタ」

「今度はなんのキャラに挑戦しているの?」

 

その場に限って、全員が全く同じ事を思った。もはや意味不明であると…

 

 

 

 

 

 

「いやいや、まさかこんなところでお前に会うとは思わなかったよ」

「…なぜ俺だと分かった」

「怪しい雰囲気バリバリなところが。あとは体つきとかかな」

 

多川に正体を見抜かれた黒崎は、変装の意味がないという事を察して私服に着替えていた。先ほど身につけていた不審者セットはカバンの中に入っているのである。

 

「それにしても久しぶりじゃん。最後に会ったのはいつだっけ?」

「…最後にあの道場に行ったのが5月ぐらいだ。それ以来会ったことがないはずだ」

「あー、たしかにね」

 

この2人は、かなり久しぶりに会ったことになる。3月からたった2ヶ月の間、黒崎はあの道場に通っていたが、それ以降通りすがる事すらしていないので、今日まで会った事すら無かったのである。

 

「どうやってこの試合のことを知った?」

「先生から聞いてね。黒崎は?」

「中学校の方で噂になっていたからだ」

 

今回の件は、椚ヶ丘中学校の中でも話題になっていた。いま夏休み中で、授業があるわけではないが、図書館を利用するためであったりら先生に話をするためであったりという理由で、学校に通っている生徒もいる。

黒崎もその生徒の1人である。とある用事で学校に行ったとき、すれ違った生徒からその話を耳にした。そして詳しく調べて、勝負が行われている場所を突き止め、その試合を見に来たのである。

 

「珍しい試合をするもんだね。お前らの学校は本当驚かされる事ばかりだよ」

「まぁ、特殊な学校だからな」

 

関心が高まっている感じで話しかけている多川に、黒崎はそれだけを返した。椚ヶ丘中学校ではない生徒は、E組の制度については知らない。それをあまり詳しく喋るまいとしていた。

 

 

 

「言っておくけど、知っているよ。E組制度について」

 

 

 

 

だが、それは杞憂であった。何しろ、多川は知っていると言うのだ。

 

 

 

「この試合もさ…ひょっとするとその問題が根底にあるんじゃないかと思っているよ。常にE組に対して非難や罵倒する行動は、珍しくないんでしょ」

 

 

多川の話を聞いて、黒崎は察した。この男は、椚ヶ丘中学校の仕組みを全て理解していると。

 

 

「どうして知った」

「僕の家は外科の病院だけどさ、たまに精神病にかかっている人が来ることもあるんだよね。少し前から、中学生が病院にくることがあった。それも、全員同じ制服をしてきて。どうしたのって医者に尋ねられても、なんでもない、放っておいてくれと言いながら自己否定をしている人がほとんどでね。おかしいと思って調べてたんだ」

「…なるほど、それで知ったのか」

 

 

黒崎はそれだけ言った。たしかに、医者の息子である彼ならE組で精神的に追い込まれている生徒と関わる機会は出てくる。何より、多川の父親は椚ヶ丘区域では凄腕の医者として知られている。たとえ専門で無くても、頼ろうとする人がいてもおかしくはない。

 

 

「浅野 学真は、お前がE組のことを知っていると認識しているのか?」

 

 

ふと気になって尋ねてみた。いま学真は多川と同じ道場に通っている。それなら、学真も多川がE組のことを知っていることを知っているのではないかと考えた。

 

「知らないよ。だって言ったことないし」

 

 

だが意外にも、学真にそのことは伝えてないらしい。その理由は、黒崎からしても当然だと思う事だった。

 

 

 

「父親が経営している学校の悪口なんて、あまり聞きたくもないだろうし」

 

 

 

 

◇学真視点

 

控え室で、準備を整えていた。道着を着替えており、いつでも戦える準備を整えていた。

窠山に言われて試合場の様子を見た後、時間まで控え室で準備をしているように言われた。

因みに言っておくけど、窠山は用意周到な男だ。戦う敵である俺に控え室や着替えを準備してくるほどに。

加えて、窠山には側近がいる。確か小峠と言ったな。窠山が小さい頃から、教育係を務めていたとか。俺から見ても礼儀正しい奴で、荒くれ者ばかりが集まっている窠山組のバランスを取っている奴だ。ソイツがいるからこそ、こういうイベントが滞りなく進んでいるとも言える。

 

「ふぅ…」

 

地面に座って、ググッと脚を伸ばす。それはストレッチというものだが、気持ちの整理も兼ねていた。こういう時でも…いや、こういう時だからこそかなり緊張している。

何度も言うが、負けたとしてもペナルティはない。俺が起こしたあの騒ぎも、この勝負を受けたことで黙っておくと言うことになった。そう言う嘘をつくほどの男でないのは確かだし、そっちの心配はない。

けどもし負けたら、自分の生き方が間違っていると認めてしまうことになる。強者になろうとせず、弱者であるE組のみんなと過ごしているだけでは何の意味もないと。

そんなのはゴメンだ。バカバカしいと思うかもしれないけど、否定されるのだけは困る。だからこそ、この勝負は負けたくない。それが、俺の意地だった。

 

 

《コン、コン》

 

 

ドアをノックした時の音が鳴った。それを聞いた俺は、一体誰がきたんだと思いながら扉を開ける。すると、意外にも殺せんせーやE組の生徒ではない人がいた。

 

「…烏間先生」

「突然すまない。話をしておこうと思ってな」

 

まさか烏間先生が来るとは思ってなかった。精々殺せんせーが来るんじゃないかと思っていた。

 

「…応援に、来てくれたんですか?」

「一応、アイツから大体の話は聞いていた」

 

…そういえば、烏間先生には全く教えてなかったな。窠山との勝負のことで頭の中がいっぱいだった。

 

「…俺としては、この勝負をして欲しくは無かった。夏休みの暗殺計画の前の大事な時期に。窠山くんが脅迫しているなら、取り下げてもらうように動いていた」

 

それは間違いない。防衛省からしてみればこんな事に時間を取って欲しくないだろう。殺せんせーの暗殺を確実に成功させてもらうために全力を注いでほしいだろうし、こんなところで油を売ってほしくないだろう。

 

「すみません…例えあの脅しのことを取り下げたとしても、この勝負を受けたと思います」

 

俺の気持ちを伝える。この勝負から逃げたくないことを。烏間先生には迷惑や心配をかけることになるけど、どうしてもそうしたい。

それを聞いた烏間先生は、特に表情が変化する事は無かった。恐らく、分かっていたという奴だ。

おそらく殺せんせーあたりから全部聞いているんだろう。俺の過去と、こういう事態になるまでの経緯を。この人は、俺たちの気持ちを否定する人じゃないし、そういう風に動く人じゃない。

 

「それが、3ヶ月間E組で活動していた君としての答えか」

「…はい」

 

最後の確認として聞かれた質問に答える。俺の答えを聞いて、烏間先生は納得したような顔になった。

 

「分かった。これ以上俺は何も言わない。頑張れよ」

「はい。ありがとうございます」

 

烏間先生は控え室から出た。それと同じくらいに別の人が入ってくる。さっき言った小峠という奴だ。

 

「それでは学真さま、もうすぐお時間ですので移動しましょう」

「…分かりました」

 

気づけばもう既にそういう時間だ。小峠に言われて、俺は部屋を出る。俺が部屋を出ると、小峠は扉を閉めて鍵をかける。

そして俺は試合場に向かっていた。

 

 

 

圧迫感。試合場に来た時に感じたのがそれだった。四方を多くの人が囲っていて、広い舞台に俺1人が立っている。かなり広いはずなのに、まるで狭い籠の中に入れられているような感じがした。

試合場に入ると、ヤクザたちの大声が鳴り響く。野次がガンガンとなっており、正直気分が悪くなる。ヤクザたちの中に変わった格好をしている集団は、間違いなくE組の生徒たちだ。普通ならあの親バカ先生が横断幕を持って叫んでいるはずなのに、姿すらも見えない。何があったんだろうか。

 

「いよいよ来たね」

 

この舞台に立っているのは2人しかいない。当然、勝負をすることになっている俺と窠山だけだ。窠山は俺を愉しみながら見ているような感じだった。

 

「それじゃ、ルールを説明しよう。攻撃は目とか急所とか、相手を殺傷するようなものじゃない限りはOK。相手が気絶、もしくは場外、降参した場合勝ちとする。まぁ気絶するのは滅多にないだろうし、ボクシング同様に10秒間立つ事ができなかったら負けとしようか」

「…どっかで聞いた事があるようなルールだな」

「まぁ、実際分かりやすいからね」

 

どう聞いたって天下○武道会のルールだな。窠山が言う通り、勝敗の結果が分かりやすいし、問題ない。

 

…まぁその前に聞かないといけない事がある。

 

「…審判はどうするんだ?お前らに有利な判断をする奴なら困るんだが」

「それは大丈夫。小峠がやるよ。アイツがそんな事しないのは知っているだろ?」

「…なるほど」

 

どうやら俺の心配していた事は杞憂に終わったようだ。小峠なら不公平な判断はしないだろ。

まぁ公平な勝負をする男じゃない。というより、こいつの場合は公平じゃない勝負で勝っても意味がないんだろう。

 

 

 

 

「…それでは勝負を始めさせてもらいます。両者、構え」

 

小峠の声かけで、気持ちが切り替わる。何しろ今から始まるのだから。

殺せんせー暗殺計画という地球の命運をかけた勝負の前に、1人の男のプライドで始まったなんの意味のない勝負が。

 

「…始め!」

 

小峠の開始の合図で始まり…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ドゴ!!》

 

 

 

物を思いっきり蹴った時の音と同時に

 

 

 

 

俺の視界は急変した。

 

 

 




次回『視界の時間』


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第63話 模倣の時間

前回の次回予告とはタイトルを変えました。想定していたところまでかなり量があったためです。
次回予告は確実な時のみ入れる事にします。




え…という声が聞こえる気がした。ひょっとすると俺が勝手に想像しているからなのかもしれない。けれど、驚いた人がいただろうとは思う。

開始と同時に攻撃を仕掛けるのは、あまりない。開始の合図が鳴ったとしても、数秒間は空白の時間がある。

 

だが窠山は、早速攻撃を仕掛けた。

 

まずは一発ぶち込もうと思ったんだろう。序盤の段階で敵にダメージを負わせる事が出来れば気持ち的に有利になる。それを狙っての攻撃だろう。

 

窠山はそういう男だし…それを知っていた。

 

 

「…お見事だ。上手に防いだみたいだね」

 

俺が攻撃を防いだ事を感心そうに賞賛している。2年間一緒のクラスで過ごした俺は、決して褒めておらず冷やかしているというのが分かる。

念を入れておいて良かった。殺せんせーの隙を伺うようにこの数ヶ月過ごしてきたから、普通なら警戒しなさそうなタイミングに目が行ってしまう。

試合開始する前に、体を斜めに向けていた。八幡さんから教えてもらった『直ぐに回避が出来る体制』である。正面に移動しづらい体制だから、下手に攻撃を受ける事がなくなるという事だった。

 

「まぁ頑張って躱しておけよ。急所に当たったら、簡単に倒れるからさ」

 

再び窠山が攻撃を仕掛けてきた。しかも今度は先ほどのように一撃で終わらすものではなく、避けられたあとつぎの攻撃がすかさず繰り出された。

 

 

◇第三者視点

 

「うわ…執拗に攻撃し続けているな…」

 

次から次に学真に攻撃をし続けている窠山を見て、E組の生徒たちはかなり嫌そうな表情になっている。反撃するヒマも与えない連続攻撃、それの相手をしたらかなり苦しくなるだろうと容易に想像できた。

 

「窠山くんは思考力で敵を動揺させる策士タイプかと思っていましたが、武術も長けているようですね。浅野理事長の理想としている強者に、限りなく近い存在なのかもしれません」

 

殺せんせーは冷静に窠山を分析している。殺せんせーから見ても、窠山の戦闘力は高いと認識されていた。

 

「感心している場合かよ!あのままじゃ学真の体力切れを待つばかりだぞ!」

 

寺坂の言う通り、この状態が続くと学真の体力があっという間に無くなってしまう。球技大会の時に彼の体力の無さは全員認識しており、まして窠山は彼らよりも前からその事を知っている。この攻撃も、学真の体力切れを狙っているのであった。

 

「ええ。たしかに学真くんにとってかなり不利な状況です」

 

寺坂が焦っているのも仕方がないとも言える。寺坂だけでなく、生徒全員もかなり焦っていた。

 

 

 

 

 

「ですが、学真くんはあえてその攻撃を受け続けているようです。自分の弱点も、そしてそれを知っている相手がその弱点を利用するような作戦を立てる事を、学真くんが想像出来ないとは考えにくい。彼なりに考えがあるのでしょう」

 

 

 

 

そして殺せんせーの話を聞いて、少し落ち着きを取り戻した。たしかに学真ならその事を考えてない筈がない、と思ったのである。あまり焦る事なく、試合を見ることに専念しようとした。

 

 

 

 

「ところで、なんだよその格好」

「変装パターン2、長老スタイルです。さっきの変装でいると周りの人を怒らせるかもしれないので…」

「それでさっきいなかったのか…」

「っていうか、別人に見えるのか?」

 

 

 

◇学真視点

 

戦いは常に気持ちからだ、という八幡さんからの言葉を思い出す。気持ちで負けていれば、どんな戦いでも負けてしまうというのが、あの人の考えだった。

相変わらず、根性論しか語らない人だった。技なんて1つも教えてくれず、ひたすら特訓だけさせる、まさに鬼コーチだ。

そういう人のところでひたすら練習し続けたからこそ、根性だけはついたと思う。かなり不利な状況であっても、粘り強く耐える事ができる。そういう事ではあの人に感謝しないといけない。

 

次から次に窠山が繰り出す攻撃を捌き続ける。相変わらず武術に関しては達者ではあるものの、多川と比べるとそうでもない。アイツよりは攻撃が読みやすい。

 

「避けるのは上手くなったね。かわし続ける事が、E組に行って学んだ事なのかな?」

「…ウルセェよ」

 

相変わらず人を苛立たせる喋り方だ。動きながらでもその喋り方は変わっていない。

けど挑発に乗ってはいけない。窠山が有利な状況になってしまうとあっという間にやられてしまう。なるべく慎重に行くべきだ。

 

「仕方ないね。それじゃ仕掛けようか」

 

何か窠山が言っているのが聞こえた。仕掛けるとは、何か策を仕掛けるということだろう。コイツの事だし、策の1つ2つ用意していても今更驚きはしない。

 

窠山が何をしてくるのかを警戒しているが、窠山は俺との距離を詰める。ほぼゼロ距離だ。

 

「……ッ!」

 

しかも、俺の後方に回り込むように。回避しやすいように斜めに体を傾けていたが、窠山は俺の背中が向いている方に近づいてきている。背中の方に回り込んでいるということは、言い換えると俺の死角に移動しているということで、この状態で戦い続けると俺が不利である事は明らかだ。

真後ろに逃げられるのを避けるために、窠山に背を向けないように体の向きを逆にする。案の定窠山は俺の背中に向かって拳を当てようとしていた。その拳を腕で受け止めて防ぎ、とりあえずは一安心…

 

「ふっ!」

 

できる相手ではなかった。たった一回防いだだけで安心している俺は間抜けと言われても文句は言えないだろう。

自分の一撃が防がれた時、ぶつかった時の衝撃を利用して後方に移動…そして回転して再び、逆に向けた俺の背中に回り込む。つまりさっきと左右逆転しただけだった。

再び俺が体の向きを変えても、それを追うように窠山も背中に回り込む。

 

…どうやらコイツ、これを繰り返させるつもりのようだ。

ダメージを受けてはいないが、さっきから俺が不利な状態を保ち続けられている。これが長い間続くと精神的にキツい。

 

しかも…

 

「…ッ!場外のライン…!」

 

俺の足が、場外との境界線を示すラインぎりぎりのところに近づいているのが見えた。体の向きを変えるために片足を半歩後ろにひいていたから、それを繰り返すと場外に近づいてしまう。

いまや絶体絶命の状態だ。割と体力を消費してしまい、あと一歩後ろに下がれば場外になる。こういう状態になったら、寧ろ後ろに躱すのは危ない。

 

一か八かの勝負に出る時だろう。

 

さっきまでと同じように窠山が俺の後ろに回り込むように移動している。

だから体の向きを変えずに、真っ直ぐ窠山に当たる。ちょうど肩の部分が窠山に当たり、窠山は少し後ろに退けている。同時に窠山の拳も当たってしまい、背中が痛んでいる。

だがそれで怯んでいる場合じゃない。攻めるなら今しかない。そう認識している俺は距離を開けている窠山に突っ込んでいく。

 

思いっきり拳を伸ばす。その拳は真っ直ぐ窠山の顔を捕らえる。

 

 

 

 

そのはずだった。

 

 

「…っ!うっ!」

 

腹に強い衝撃を感じる。いま攻撃を受けたのは俺の方だった。俺が攻撃しようとしている時と同時に窠山が俺の腹を殴ろうとしていたみたいだった。

そして、先に窠山の攻撃が当たった。その攻撃を見てなかった俺はモロに窠山の攻撃を受けた。しかも、俺の突進がその衝撃を強くさせてしまったみたいで、とんでもない痛みが襲ってくる。

 

「見事に決まったでしょ?追い込まれた奴にはカウンターが決まりやすいんだよ」

 

窠山の話を聞きながら悟った。まんまとはめられたみたいだった。

俺の後ろを回り込み続けるように移動していたのは、追い込まれる状態を作るためだった。

考えてみれば最後の回り込みは浅かった。ずっと背中に回り込んでいたのに、最後だけ真横に移動していた。だからあのショルダータックルみたいな攻撃を当てることができたんだ。

そしてわざと俺の攻撃をくらい、同時に俺に攻撃を当ててピンチの状態を作り上げる。かなり焦っていた俺は真っ直ぐ突っ込もうとしかしなかった。

 

熱くなりすぎて忘れていた。コイツはそういうやつだった。相手を焦らせ、死に物狂いの攻撃を打ち砕く。球技大会の時もそういう戦略を見てきたし、少なくとも策の1つ2つあるとさっき思っていたばかりなのに、なんで忘れてしまうんだ。

 

「それじゃ終わらせようか」

 

少し体勢が崩れている俺に、トドメを刺そうとしているんだろう。窠山の声が冷たく聞こえる。

窠山が痛みで屈んでいる俺に手を伸ばす。掴みかかろうとしているんだろう。

 

けど悪いな…俺はここで終わらせるつもりは無いんだよ。

 

「…!?くっ……」

 

服を掴もうとしていた腕を逆に掴み、力づくで窠山を倒す。そして窠山の腕に足を絡めて締め付ける。いわゆる、腕ひじき十字固めという奴だ。

ふつうに戦おうとしたら捌かれるか躱される。だからこういう風にダメージを与える方が…

 

「…そんな程度の力で抑え込めるとでも思ってんの?」

 

グン、と引っ張られるような感覚と同時に、あっという間に拘束から逃れられる。

あっという間に逃げられてしまった。考えてみればこういう技はかなり技術と力がいるんだ。じゃないと今みたいにいとも容易く逃げられてしまうから。

 

「まだまだ元気なようだね。それじゃ仕切り直しと行こうか」

 

まだ元気があるとみなしたのか、最初の時と同じように窠山は攻撃を再開した。

ていうかコイツ、全然疲れてないな…。さっきの後ろに回り込み続ける行動は、小回りが多いから体力の消耗も結構激しいはず。なのに息を切らしている様子もない。

またさっきのようなパターンだ。ひたすら攻撃をさばき続けるだけで、反撃するヒマがない。これじゃジリ貧だ。

こういう時に何か手は無いものか…今まで基本的にナイフの振り方か拳の出し方しかやってないから、ピンチの時の逆転の仕方なんて思いつかない。

八幡さんめ…根性こそ全てと言っても、少しくらい技を教えてくれても良いじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

『いと…く…な』

 

 

 

 

…ちょっと待てよ。

 

 

 

 

 

なんか記憶があやふやなんだけど、ピンチから逆転した技を見たことなかったっけ…

烏間先生や八幡さんから教えてもらったわけじゃない。けどそれを俺は一回見た覚えがある。

 

『いとも…く…ると…だな』

 

思い出せ。沢山ある記憶の中からそれを思い出すだけだ。こういう事、今までも、テストとかで普通にやってきたことじゃねぇか。ピンチの状態を逆転した瞬間…

 

『いとも…すく…せると…ものだな』

 

思い出せ思い出せ思い出せ思い出せ思い出せ…あの時の記憶は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いとも容易く殺せると思ったものだな』

 

 

 

 

 

それだ!

 

 

 

 

 

 

 

窠山が俺に向かって投げた拳を、斜め下に払う。

 

「はっ…!?」

 

若干体勢が崩れたところで、払った時の勢いをそのまま、方向だけ逆にして片足を上げる。

 

そして窠山の顔面に膝を当てることが出来た。

 

 

「うっ…!?」

 

 

窠山が怯んだ。顔面に攻撃が当たったんだ。怯んだだけで済んだのがおかしいぐらいだ。

けどチャンスであることには変わらない。このまま畳み掛ける…!

 

 

 

 

◇第三者視点

 

観客席では驚愕の声が鳴り響いている。つい先ほどまで窠山が有利だったはずなのに、あっという間に形成逆転されている。驚かずにはいられない。

 

「なんだあの技…学真のやつ、いつのまに…」

 

E組でさえも呆気に取られている。学真の繰り出した技は、学校では教えられることはない、かつ高度な技術である。そんな技を使える事が信じられなかった。

 

「一度、俺がやったことある技だな。見られていたとは思わなかったが」

 

すると彼らのもとに1人の男性が来た。烏間である。学真との挨拶を終えた後、本部との連絡を終えて、いまそこに来たところである。

学真の繰り出した技は、烏間がやったことある技だ。椚ヶ丘中学校でロヴロとイリーナの模擬暗殺対決の時に、烏間に暗殺を仕掛けようとしたロヴロを返り討ちにした技であり、学真はそれを一度見た事があった。

 

「しかし…一度見ただけで再現出来るのか…?完璧とは行かなくても、完成度は高いぞ」

 

烏間が悩むのも無理はない。印象的な技を再現しようとする事は珍しくはないが、一回見ただけでは、参考にしている動きとはかなり違ってくる。当然、見ただけでは技術や知識が不足してしまうからである。

 

「瞬間記憶能力だからこそ、可能だったのでしょう」

 

すると殺せんせーがその答えを言った。それが一体なんの関係があるんだと生徒たちが思ったのを感じた殺せんせーは説明を続ける。

 

「瞬間記憶能力の一番の長所は、目で見た物を映像として記憶するところにあります。普通の記憶は情報として整理されますが、彼の場合は見たことをそのまま覚えているんです。だからこそ烏間先生の動きを細かいところまで覚える事が可能なのです。

そして、その動きを再現するためにはイメージ通りに身体がついてこないと行けないのですが、1学期の間に体育やほかの場所で訓練に訓練を重ねて身体能力が大きく向上した。だからこそ、完璧に近い形で再現する事が出来たと思われます」

 

生徒全員はひとまず納得した様子だった。殺せんせーの言う通りだとすれば筋が通ると全員思ったのである。

 

 

 

◇学真視点

 

よろめいている窠山に追い打ちをかけるように攻撃をしかける。このチャンスを逃すと取り返しがつかなくなる。

攻撃しても防がれる。それがずっと続いている。攻撃が決まった事はあまりない。むしろ全部決まってない。

だが決まったか決まらなかったかは問題じゃない。八幡さんは言っていた。攻めているかどうかだと。攻撃が防がれたりしただけで攻めが弱くなったら反撃を受けるだけだと言っていた。

 

「チ…!鬱陶しい!!」

 

痺れを切らした窠山が、頭突きをかましてきた。普通は手や足で攻撃する事が多いから、別のところからの攻撃で不意をつくつもりだったんだろう。

 

だがその程度の不意打ちで驚いたりする俺ではない。

頭突きを頭突きで返す。頭に強い衝撃を受けるが、ここで痛がって怯んだりはしない。

不意打ちを防がれて若干動きが鈍っている窠山、その隙を狙って、腹に両手の拳を叩き込む。かなり良いのが入ったのが手応えで分かる。

 

「ぐ…!」

 

モロに攻撃をくらった窠山は、意地でも立て直そうとしている。ここまでやられてまだ倒れないってなかなかしぶといな…

もう1発、攻撃を当てるために一歩足を進める。当然、距離がある奴に近づくためだ。

 

 

 

けど、足を前に出した時、グラっと倒れそうになった。

 

「は…!?」

 

動いているのは自分の体ではあるけど、いま自分の体の異変に理解が追いつかなかった。

倒れるのを避けるために足に力を入れる。倒れるのは避けれた代わりに勢いが完全に死んでしまった。

 

そして…

 

「はは…!完全にチャンスを取り逃がしたね、学真くん!」

 

調子を完全に取り戻した窠山の声、それが聞こえたのと同時に腹に強い衝撃を感じる。意識を持って行かれそうな感覚に、吹き飛ばされはしないものの、立っていられずに膝から落ちてしまう。

 

…その衝撃で、何が起こっているか直ぐに分かった。原因は俺の体…いや、体力だった。

 

何というヒドいタイミングなんだ。よりによってこんな時に…

 

 

体力切れかよ…

 

 

「寧ろ続いた方じゃないかな?君は昔から体力が全くない男だったし。暑い中で数分間走っただけでダウンするような男だったもんね」

 

窠山が何か、それも笑いながら話しているのが分かるが、その内容を理解する余裕はない。痛みと疲れで体が言うことを聞かないで、視界も安定せずグラグラする。

 

「もう辛いでしょ。ゆっくり寝てなよ」

 

ああ、窠山が攻撃しようとしているんだろう。頭の中で理解はしているものの、それを確認することも、まして避けることも出来ない。

窠山の攻撃をくらって、負けてしまう。アッサリとその結果を受け入れているような感じだ。それを反発しようとすら思えない。

 

ここまで頑張ったんだ。体力が底を尽きるまでやった。

 

 

正々堂々、負けを受け入れよう。

 

 




瞬間記憶能力の設定を覚えているでしょうか。実は模倣をさせたくてこの設定にしたんですよね。もう一つの理由がありますが、それはまた後で…

体力切れの学真くん、このまま負けてしまうのか、次回お楽しみに。


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第64話 解答の時間

ーーーううっ…

 

 

 

 

 

……?

 

 

 

 

 

 

 

ーーーああ…あ…

 

 

 

 

なんだ?

 

 

 

急に何かが聞こえ始めた。

 

 

泣き声と言う奴だろうか。誰かが…おそらく小さい子どもが泣いている声が聞こえる。

 

 

いや、ちょっと待て。

 

 

 

 

 

 

 

 

ここはどこだ?

 

 

辺り一面真っ暗なんだけど。暗闇か?夢にしても酷すぎるというか…

 

 

ん?

 

 

 

 

「ひっく…えぐ…」

 

 

 

 

あ、さっきの泣き声を出している子どもが見つかった。少し遠くの方で座り込んで泣いている。

ていうか、どっかで見たことある子どもだな。見た目もだけど、何より雰囲気が誰かと似ている。寂しそうに1人で静かに泣いているこの男、どこかで…

 

ん?

 

 

足元に散らばっているのは、数々の問題と、スポーツ器具や楽器などのものが傷だらけで置いてある。しかもそれは…

 

 

 

 

 

 

ああ、分かった。

 

 

 

 

 

 

この子ども

 

 

 

 

俺だわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その子どもの正体が分かった時、色々思い出した。さっきまで俺は武道館で窠山と勝負をしていた。そこで、体力切れした俺は、負けを受け入れようとしていた。

 

ということは、これはいわゆる走馬灯と言う奴だろうか。普通は走馬灯は生死の淵に立った時に垣間見るものであると聞いたことあるけど、敗北しそうになった事が原因で見えてしまっていると言うことなのか。

 

 

 

「うっ…ううっ…!」

 

 

未だに泣いている子どもの俺。地面に散らかっているものが何なのかも俺は分かっている。それは、俺が今までに失敗したものだ。親父が強者になるためと言って、様々な習い事をさせられたが、どれも中途半端な結果に終わってしまった。何をしても中途半端で、完璧に仕上がる事が出来なかった代物、地面に転がっているのはその象徴だった。

 

俺は未だに泣いている子どもの俺に近づこうと一歩踏み出す。何をするつもりだったのかはよく分からない。

 

 

 

 

 

 

『辞めておけ』

 

 

 

 

そんな俺を制止する声がかかる。その声も聞いた事がある。いや、それどころか未だに聞いている声だった。

振り向くと想像通り、髪を金髪にした、1年生の頃の俺が立っていた。考えてみればその時からあまり声は変わってないな。

 

『いずれその『俺』は泣き止む。側にいてやる必要はない』

 

金髪の俺が言った通り、小さい頃の俺はやがて泣き止んだ。顔を上げた俺は無表情で、かなり怖かった。でも、その表情をしていたのも事実だった。

 

『1人で泣いていたのは、未だに諦めていないからだ。父親が要求していた、エリートになるための努力を。

そして、俺は諦めた。俺にはエリートになる事は出来ない。正真正銘の…落ちこぼれであると』

 

耳に痛い話だが、真実だ。親父の言う強者になるための努力を惜しまなかったが…決してなれないという事に気づいて俺は絶望していた。だから全てを諦めた俺は『あの目』をするようになってしまった。

…けど、何か大事なことを忘れている気がする。小さい頃の俺はもっと違うことを考えていたような気がする。

 

そこで俺は気がついた。右手で何かを持っている事に。それは紙だった。それも確か幼稚園の頃にやっていたサンタカードだ。自分の欲しいものを書くような奴。

その紙は、グジャグジャと鉛筆で上から潰すように書いていて、書かれてあることが一体何なのかが分からなくなっている。…そういえば小さい頃、俺は何が欲しかったんだっけ?

 

「…なぁ、お前は苦しんでいるのか?」

 

目の前にいる俺自身に尋ねる。尋ねられている側の俺は何の反応も見せない。ただコッチの動きを見ているだけだった。

 

「絶望した時、お前は苦しくなかったのか?」

 

再び、似たような質問をする。すると今度は反応が帰ってきた。

 

『その答えは、お前自身が知っているだろう』

 

その通りだ、としか言えない解答が出てきた。過去の自分がどう思ってたかなんて、俺自身が分かっている。

苦しんでいなかった。苦しくなかった。正確には…苦しいと思えなかった。兄貴や他の人たちに負け続けて、出来損ないで当たり前という感覚が染み込んでいた。

 

自分の事ではあるが、あの時の俺は本当におかしくなっていたなと思う。

 

 

ーーーくん…

 

 

 

だれかの声が、微かに聞こえる。どこか遠くで、誰かを呼んでいる声だった。

その声の正体を知るために、聞こえてくる方向に向かって歩き始める。

地面に転がっている遊具や紙が、当たっただけでボロボロに崩れていく。それが自分のやってきた事の象徴であるからこそ、崩れるのを見るのはとても辛い。

 

ーーくん…

 

声が少しハッキリ聞こえており、向かっている方向は正しかった事が分かる。けど特に何か見えた訳じゃない。相変わらず紙や遊具が転がっているだけだった。

時々、物に引っかかって転びそうになる。崩れはするが決して脆くはない。そこそこ固いし、ぶつかると痛いと感じる。

 

ーーくん…

 

また一段とハッキリと聞こえる。そして気づいた。真っ暗な中に1人の女性がいる。さっきから聞こえる声はその声で間違いなかった。

そして俺の中に1つの仮説が生まれた。その女性の正体をなんとなく察した。聞いているだけで感じるこの暖かいような感覚は、間違いなくアイツの声だ。

 

 

 

 

 

 

ソイツの目の前にたどり着いた。当然、この暗闇でソイツの顔を見ることは出来ない。けど、顔を見る必要もない。

 

だってソイツは…ソイツの名前は…

 

 

 

 

「日沢……」

 

 

 

俺をこの暗闇から救い出してくれた

 

 

俺に再び光を照らしてくれた

 

 

 

 

1人の少女が、俺の前にいた。

 

 

 

 

 

 

 

『…学真くん』

 

 

 

 

今度はハッキリと俺の名前が聞こえた。その時、日沢の顔がニッコリと微笑んだような気がした。

 

 

 

 

 

すると突然、その女性が光り始める。けど眩しくはない。だんだんと暗闇を照らしていき、目の前が明るくなった。

因みに女性はもう居ない。光と共に消滅したようだ。

まさに俺の中の日沢がその存在だった。日沢は俺を励ましてくれたが、その手をつかむ事が出来ずに日沢は消え去ってしまった。

 

そうだ。そうなんだよ。

 

 

 

 

 

アイツが照らしてくれたこの光こそが、アイツのいた証拠だった。

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

俺の前には、大きな扉がドンと建っている。日沢にここまで導かれたからこそ、次はその扉の先に行かないといけない。

 

その扉に向かって、一歩踏み出そうとする。真っ直ぐ進むだけでその扉にたどり着く事ができるだろう。

 

 

 

 

 

 

『辞めておけ』

 

 

 

 

 

その俺に、さっきとまた同じ静止の声がかけられる。それを言っているのも同じく、昔の俺だろう。

 

 

 

 

『その扉の先は、お前が通るべき道ではない。落ちこぼれのお前は、その扉の先に踏み入れてはならない』

 

 

 

なるほど、そういうことか。この扉の先は、いわゆるエリートだけが通る事が出来るって事か。

この扉の先に行けば、俺は後戻りできなくなる。その道を選ぶということは、強者の道に進むという事だ。それを昔の俺は止めようとしている。落ちこぼれである俺が通るべき道ではないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「違う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…けど

 

 

 

 

俺はこの扉の先に行かないといけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ずっと忘れていた事がある。小さい頃、俺は一体何を望んでいたのか。俺はずっと、強者になることを望んでいたと思っていた。

けど俺が本当に欲しかったのはそれじゃない。それよりも大事な物が欲しかったんだ」

 

『なに…?』

 

 

昔の俺は分からないようだ。まぁ…それもしょうがないだろう。何しろ昔の俺はそれから目を背けていたから。

 

 

「小さい時から、俺は孤独だった。出来損ないの俺は、親父や兄貴からは冷たく扱われていた。

出来損ないの俺は家族と認めてもらえない。それが分かった俺は優等生になれるようにひたすら努力し続けた。そして俺がその存在になれない事に気づいた」

 

 

右手に握り続けていたサンタカードを見る。上から書いていたグジャグジャの落書きがだんだんと剥がれている。全て剥がれた紙には…思った通りの内容が書かれていた。

 

 

 

「だから俺は望んだ。『出来損ないの俺を受け入れてくれる人をください』と。俺が望んでいたのは、隣に居て欲しい仲間だったんだ」

 

 

 

そうだ。このサンタカードは小学生の頃に書いたものだった。幼稚園の時に使っていなかった紙にコッソリ書いていたんだ。そして上から鉛筆でグチャグチャに汚してゴミとして捨てたんだ。

 

 

 

「だから日沢や如月が俺と一緒に過ごしてくれて本当に嬉しかった。そしてE組のみんなが俺の罪を受け入れてくれて嬉しかった。俺が本当に欲しかった事が叶ったんだから」

 

 

『だったら尚更、その扉を開けるべきではない。その扉を開ければ、お前が手に入れた物を失う事になる』

 

 

 

昔の俺は、どうしても俺を止めたいようだ。強者になる事を本当に嫌っているんだろうな。

 

 

 

 

「…なんでそう考えるんだよ。『強くなること』と『仲間と一緒に過ごすこと』は両立しないのかよ」

『…互いに不利益な事象じゃないのか』

「違う。寧ろ仲間と一緒に過ごしたから俺は強くなったんだ」

 

止めていた足を進める。もう止める理由はどこにもない。

 

 

「日沢のお陰で、俺の世界は明るくなった。そして俺の進むべき道を示してくれた。その事だけは否定したら行けない。俺は日沢の残した物を無駄にするわけには行かないんだよ」

 

 

いよいよ扉の前にたどり着く事が出来た。後は扉を開けて中に入るだけだ。

 

 

『…それが、お前の答えか』

「ああ。俺はこの道を選ぶよ。だって…」

 

 

 

 

扉に手を置く。その時俺は思い出していた。E組のみんなとの思い出を。

 

 

 

『そういうのも、偶にはいいか』

『私はとても嬉しかったですよ』

『ありがとな、お陰で色々と楽になったわ』

『その狡猾なオツムで俺に作戦を与えてみろ!』

『頑張ってね。応援してる』

 

 

 

「今の俺には、俺の全てを受け入れてくれる仲間がいるから」

 

 

 

 

手に力を入れる。ゴゴゴ…と重そうな音が鳴り響く。その時、扉の隙間から光が漏れて…

 

 

 

 

 

 

暗闇は一気に照らされていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆第三者視点

 

 

窠山が学真にトドメを刺そうとしていたとき、学真の様子が豹変した。それに気づいたのは、観客席で見ていた殺せんせーと、烏間と、黒崎と、多川と、小峠のみ。

それ以外の気づかなかったメンバーは、ワンテンポ遅れて動揺し始める。何しろさっきまで力尽きていた学真が

 

窠山の攻撃を防いだのだから。

 

 

 

「…!?はぁっ……??」

 

 

1番動揺していたのは、窠山だった。この状態で攻撃を防ぐのはいくらなんでも異常すぎる。さっきまで歩くことさえも上手に出来なかった男が、攻撃をしかも素早く防ぐ訳はない。

すると、その手を振り回されて、投げ飛ばされる。宙に浮きながら窠山は、地面に着地する時にシッカリと体制を立て直した。

 

(…どういう事…!?さっきと…いや、最初の時と反応が違いすぎるんだけど…!?)

 

いつもヘラヘラとしている窠山にしては珍しく、彼はかなり動揺していた。理解が追い付かないにもほどがある。

そんな不満を感じていても、すかさず学真の攻撃が出てくる。しかも最初の時よりも素早く、キレがある。全く別の人間と戦っている気分だった。

 

「くそ…!」

 

力任せに拳を頭に当てようとする。だが…

 

「グッ…!?…うぅ……」

 

腹に強い衝撃を感じ、その場でうずくまる。窠山の攻撃と同時に学真が腹に攻撃を当てたようだった。窠山の勢いもその衝撃を強めたために、異常なダメージを受けたようである。

 

(この技…最初に僕がやったやつ…!)

 

その技は、他の誰でもない窠山の技だった。烏間の技と同じように学真は窠山の技を模倣したのである。

だが、窠山の技だったのなら躱せる筈だ。自分の技であるなら、相手が構えた時点である程度の予測がつき、躱す事も容易な筈。だが窠山は躱す事が出来なかった。

 

理由は1つ、学真は窠山の動きにアレンジを加えたのだ。

 

アレンジと言っても大した変化ではない。窠山は腕の長さを理由して正面から攻撃を当てるものだったが、学真は窠山の攻撃を斜めに躱して懐に入り攻撃を仕掛ける。それ以外はほぼ一緒である。いずれにしても、最初の動きが全く異なったために躱す事が出来なかったのだ。

 

(スピード、キレ…そして頭の回転があまりにも変わりすぎている…これは一体…!?)

 

殆どの人が学真の変化に動揺している中、一部の人間はその変化の正体に気づいていた。

 

 

◇3階

 

「…あの変化…多川、アレは…」

 

黒崎は多川に尋ねていた。聞かれている多川は表情を変えずに説明を始める。

 

「人は全力を出している時であっても、力の全てを出し切っているわけではない。無意識に力を止めている。

けどごく稀に…その人間の潜在力が全て発揮される事がある。

スポーツの世界では試合中のほんの一瞬の間、選手が異常なプレーをする事がある。

その言葉は、スポーツの世界でしか聞いた事がない。だがスポーツの試合だけで発動するというわけでもない。あくまで発動しやすいというだけだ」

 

黒崎はやっぱりという顔になっている。彼も察しがついていた。学真のあの状態を何というか、彼も知っていたのだから。

 

 

 

 

「いわゆるゾーンという奴だ。その状態に入った時に、恐ろしい動きを見せるよ」

 

 

 

 

◇2階

 

 

「ゾーン…?」

「ええ。彼はその状態に入っているでしょう。集中力が極限まで高まった状態、彼はいま目の前の敵以外の情報は入っていない筈です」

 

E組の生徒たちに殺せんせーは説明をしていた。殺せんせーも多川と同じ結論を出していたのだ。

生徒たちのうち数人は、その言葉を聞いた事があった。スポーツをしている者なら一回聞いたことはあるし、漫画でも取り上げられていることもある。

 

だが、その状態に入った生徒は1人もいない。学真が唯一のゾーン体験者である。

 

「…学真がその状態に入ったということか。初めて見るな、ゾーンって奴は…」

 

杉野が学真を見ながら話している。彼もその言葉は聞いた事があるが、その状態に入った人を見たことはない。まさか本当にゾーンというものが存在したことに驚いていた。

 

 

 

 

「…学真がゾーンに入ったのは、これで2回目ではないか…?」

 

 

 

霧宮が言った言葉を聞いて、生徒たちの空気が変わる。2回目という事は1回目があるということ、彼らの記憶はそれは存在していない。

 

だが彼らは全員一回見ているのだ。学真がゾーンに入った瞬間を…

 

 

「どういう事だよ、霧宮…」

「学真くんはいつ、そのゾーンに入ったの…?」

 

生徒全員が霧宮に尋ねる。霧宮はその質問に答えた。

 

 

 

 

 

「俺との勝負の時…正確には俺の刀をナイフで軌道を逸らした時だ。普通ならそんな事出来るはずはない。だがあの一瞬でゾーンに入っていたと仮定すれば筋が通る」

 

 

 

 

 

 

 

 

全員が驚いた。それはたしかに、というものである。

完全に霧宮の攻撃範囲に入ってしまった学真は、ナイフを使って霧宮の攻撃の軌道を逸らした事がある。

あの時学真は一瞬だけゾーンに入っていたのだ。おそらく彼自身もその事に気づいていない。正に無意識というものだった。

 

 

 

「…思った通りですね。ゾーンに入るためには、その人が極限まで集中力を高める環境が整っている必要がありますが…彼の場合は特殊な状態にそのゾーンに入るようですね」

 

 

 

殺せんせーの考えている事を、生徒全員は予測していた。霧宮の時の経験と今回の状態を組み合わせれば、学真がゾーンに入るための条件は1つである。

 

 

 

 

 

 

「どうやら彼は…『追い込まれた時に集中力が高まるタイプ』のようですね」

 

 

 

 

 

◇試合場

 

 

「くそ…!くそ!」

 

窠山はかなり苦戦していた。現状を見れば彼が圧倒的に不利である事が明らかである。そしてひっくり返すことも出来ない。

 

このままでいると窠山が負けてしまう。誰もが簡単にたどり着く結論を、窠山も予測していた。

 

「ふざけないでよ…!」

 

その事に、窠山は腹を立てていた。その結論は、窠山が何が何でも受け入れたくないものであるからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コッチ来んなよ、ケダモノ』

『オレらとお前じゃ、一緒に遊べるわけ無いだろ』

 

 

 

 

『悪い。オレとお前は…分かり合えない』

 

 

 

「コイツだけには…負ける訳には行かないんだよ…!」

 

 

 

 

 

学真がゾーンに入ってから、一気に勝負の空気が変わっている。明らかに学真が有利である。周りのヤクザたちもそんな空気を感じていた。

だが勝敗は決していない。窠山が必死に耐え続けているからだ。攻撃を食らっても、決して倒れようとしない。その姿に、執念すら感じてしまうほどだ。

 

「何であそこまで耐えれるんだよ…もう限界に近いだろ…!」

 

 

E組の生徒でさえも、窠山が立ち続けようとしている姿を辛そうに見ている。あまりにも窠山が可哀想に見えてきた。敵であると言っても、そう思わずにいられなかった。

 

 

 

 

 

「やはり………そうでしたか」

 

 

 

 

 

 

その姿を見て、殺せんせーがそう言った。いつも通りの顔ではあるが、渚には辛そうにしているように見えた。

 

「そう、て…どういう事なの、殺せんせー?」

 

窠山の姿を見て何を思ったのか、渚は殺せんせーに尋ねた。

 

 

「今までは、あくまで推測でしかありませんでしたが…今の窠山くんの姿を見て確信に変わりました。ほぼ間違いないと言っていいでしょう」

「…それって一体」

「決まっています」

 

 

 

殺せんせーは話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「窠山くんが、この勝負を持ち込んだ目的ですよ」

 

 

 




作者は某スポーツ漫画でゾーンの事を知り、それが本当にある事を知って衝撃を受けた記憶があります。小説を書くときもゾーンに入れば速くなるかな…

窠山がこの勝負を申し込んだ理由とは…?次回もお楽しみに


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第65話 理念の時間

窠山視点

 

小さい頃、僕は夢を見ていた。学校には沢山の友達がいて、青春を満喫する事が出来ると。

恐らく、学校に入る前の殆どのそう思うだろうけど、僕はその想いがかなり強かった。

 

だから、僕はあんなバカを見る事になったんだ。

 

 

 

 

「若、学校に行くための準備を整えました」

「いつでも行く準備は万端ですよ!」

 

 

父さんの部下が既に学校に行くための準備を殆ど整えている。頼んでもないのに余計な事をする奴らばかりだ。

別に文句はない。そんな過保護なところに救われた事も沢山ある。

 

 

でも、今回ばかりは勘弁してほしい。

 

 

「送るのは良いよ。1人で行ける」

「えっ…でも、若に何かあったら…」

「その時は助けを呼ぶよ。それぐらい出来るから」

 

今日は僕が始めて学校に行く日だった。いわゆる入学式という奴だ。僕にとって初の学校生活だ。

そんな時に、ヤクザが集団で来ていたら周りに警戒される。そしてクラスメイトは僕から距離を置いてしまいかねない。それは僕にとって1番困る事だった。

 

「うっ…!若、とても立派になられて…」

 

…どうしてこんなに涙脆い奴らばかりなんだろう。少しは小峠を見習って欲しい。別に冷たくなれと言うつもりは無いけど、いちいちそんな風に言われるとコッチもかなり窮屈な気分になる。

そんな文句を心の中に留めておきながら、僕は学校に出かけた。

 

 

 

物心つく頃から、僕はあるものに興味を惹かれていた。テレビゲームだ。テレビに画面が映り込み、コントローラーのボタンを動かす事で画面に色々な変化が出てくるのがとても面白かった。

部下にやらせてくれと言ったところ、殆ど部下の指示に従っただけなんだが、それでもやってみて楽しいと思った。そしてもっと沢山のゲームをしたいと思った。

 

そのために、小峠に勉強を教えてもらった。学校に行く前から漢字を書き始めているのは不気味にしか見えないだろうけど、ゲームが出来るなら別に気にならない。

小峠の教えとゲーム内での学習によって、知識は日に日に増えていき、国語に関しては既に3年生の内容も学び終わった。

 

数々のゲームをしている中で、とても面白かったゲームがある。それはシミュレーションゲームと言うもので、選択肢によってストーリーが変わっていくと言うものだった。

舞台は殆ど学校、特殊な服を着ている人たちが何やら難しい会話をしているようにしか見えない。無鉄砲に選択肢をひたすら選び続けたせいでそのゲームのストーリー構成を全て把握した。

 

言葉が難しすぎて内容は殆ど理解できていない。けどハッピーエンドであるストーリーには共通点がある。それは、最終的に友情が芽生えていると言うものだった。その時に描かれていた登場人物がとても楽しそうで、学校に行けばその人たちみたいに、良い友情が芽生えて、とても楽しく暮らす事が出来ると思っていた。

 

だからこそ、学校に期待していた。ゲームの主人公のような生活が出来ると思っていた。

 

 

 

 

小学校の、大体半分くらいには、友達が出来ていた。ゲームの話とかすると結構盛り上がる。

僕はいつも通り、友達と話しながら休憩時間を過ごしていた。

 

「おい『メガネ虫』」

 

すると僕に話しかけてくる奴がいた。ソイツはクラスの中で1番の悪坊主で、先生とかからの注意は絶えないし、近所からの評判は最低と言えるほど悪かった。

そしてソイツは何かとニックネームで呼びたがる。しかもかなりイラっとする単語だ。僕のニックネームは、僕がかけているメガネも『本の虫』からきている。

 

「なに?君と話すことなんて無いけど」

「は?そんなこと言って良いの?」

 

ソイツはニヤニヤと意地の悪い笑い方をしている。いつも見ているだけで腹がたつような笑い方をしているような奴だけど、今日は一段とムカつく。なんか、粋がっているという表現がシックリくる感じがする。

そんなこと言って良いのとか言われても、別に何か問題のある事を言ったわけじゃない。ソイツの言っている事の意味がサッパリ分からない僕は、ソイツを放っておこうとしていた。

 

 

 

 

 

「お前、不良の奴らとつるんでるんだよね」

 

 

 

 

ソイツの言った言葉をキッカケに、教室内の空気が一気に変わった。教室内の全員が僕を見ている。

僕も動揺していた。不良ではないが系統としては似ている。なんでそんな情報を知っているんだ。学校には来ないように言っていたはずなのに。

 

 

「商店街で不良と一緒に歩いてたところを見たぜ。お前、ヤバい奴なんだろ?」

 

 

…たしかに、近くの商店街にいた。部下がたまたま買い物に来ていたから、偶然会って話をした記憶がある。まさか、見られていたなんて思ってなかった。

 

 

「そうだったのかよ、窠山!」

「そんなの知らなかった…!」

「うそ…コイツ、ヤバい奴なんじゃ…」

 

 

教室の中にいた奴らは、僕を警戒しながら見ている。『暴力団とか不良とかは悪い奴』という認識で、僕を悪認識したみたいだった。

 

 

その後、友達だった奴は僕から距離を開けた。今まで仲良くしていたのに、いまは軽蔑の目で見ている。相当怖がっていると言うのが見て分かる。

そしてさっきの奴を筆頭にイジメを受けた。機会があると僕に石を投げてきたり唾をかけてきたりする。

 

「コッチ来んなよ、ケダモノ」

「オレらとお前じゃ、一緒に遊べるわけないだろ」

 

いじめてくる奴らの、テンプレ台詞だ。何も知らないクセに、コッチをケダモノ扱いしてくる。先生が注意しても全く効果がない。

 

 

 

 

そうしてイジメが当たり前になった。

 

そうして1人になるのが当たり前になった。

 

 

 

 

 

そうして、学校が楽しくないと思うようになってしまった。

 

 

 

 

学校に居場所がない僕は、授業が終われば即家に帰ってゲームをするのが日課になった。沢山のゲームをマスターしていき、小学生にしてネットゲームもこなしている。ゲームに積み重ねた時間に比例して、ゲームのスキルも上昇し続けるだけだった。

もちろんニートというわけじゃない。学校にはちゃんと行っているし、寧ろ家での勉強時間が増えて学力は伸びていく一方だ。テストでも100点以外取らないし、先生からも私立の受験を勧められたほどだ。

 

ゲームも勉強も順風満帆、だけど毎日が全く面白くない。生きるとはこんなにも虚しいものなのかと疑ってしまう。

 

 

 

 

 

「弱肉強食という言葉を知っているかい?」

 

 

受験校の候補として挙げられていた椚ヶ丘中学校に挨拶に行ったところ、理事長から個別に話をしていた時だった。

その言葉は知っている。国語の参考書や問題集を開くと必ずと言って良いほど出てくる単語だし、ほとんどの人なら知っていてもおかしくはない。

 

 

「弱者は強者に貪られるばかり、今の社会のシステムをよく表現している言葉だとも言える」

 

 

小峠以外の人で初めて、言っていることに共感できた。平等と言われながら実際のところは強者だけが得をしている、それが今の社会の状態だ。

 

 

「…僕は、弱者なんでしょうか?」

「いや。君は強者の方だ」

 

 

理事長の言葉を聞いて思わず驚いた。一体何を根拠に僕が強者だと思ったのか。

 

 

「君の力だよ。まだ小学生でありながら中学生の内容をそこそこ理解している。そして身体能力も引けを取らない。文句なく強者といってもいい」

 

 

どこか納得がいかない。じゃあ何で強者である(と言われている)僕がこんなに苦しい思いをしているのだろうか。それこそ弱肉強食の理論で言えば強者が良い思いをして然るべきではないか。

 

 

 

「けど、イレギュラーな存在もいる。強弱関係とは全く違う尺度を強弱関係と錯覚している人がいる」

 

…ああ。たしかに。

 

アイツはそういう類の奴だ。

 

『不良は悪』という理論だけで自分の方が僕より優れているとか考える、勘違いしている奴だ。

 

「そういう存在に本当の強弱関係を思い知らせる方法はあるんですか?」

 

 

僕は聞いてみたくなった。この人ならあの男に目に物を見せる方法を知っているんじゃないかと。

 

 

「単純さ。そういう場所に引き摺り込めば良い。私からアドバイスを送ろう」

 

 

理事長から色々とアドバイスをもらった。まずは強弱関係をハッキリと示す場所を作り、次に相手がその場所に来ざるを得ない状況を作る。それで準備完了、あとは見せつけるだけだと。

 

そのアドバイスに従って、部下の1人にあの男の張り込みをしてもらうように頼んだ。すると部下は沢山の写真を持って来てくれた。ソイツはネットで沢山のユーザーにハッキングをしてあらゆる嫌がらせをしていると言うのが分かった。

その写真を使って、ソイツを脅す。もし断ればこの写真を色んなところにばら撒くと。それを聞いてソイツはかなり慌ててその勝負を受けた。

そして親父の力で武道館を貸し切り、2階席を部下たちで埋め尽くす。沢山の視線を浴びながら僕とソイツが格闘技で勝負をした。

結果は、僕の圧勝だった。粋がっているだけのソイツは、ケンカすらもまともに出来なかった。

 

完敗した男に、部下たちが煽ってくる。敗北のショックと部下の野次によるダメージによって、ソイツは精神的にズタボロになった。

 

突然、大声で泣き喚く。こんな状態じゃ、完敗して恥をかいたこの状況を打開することはできない。そのあと泣きながらソイツは部屋を出ていった。

 

その後ろ姿を見て、僕は楽しくなった。あれほど粋がっていた男があんな無様な姿を晒してくれたことがとても面白くて、久しぶりに笑うことが出来た。

 

 

 

 

 

証明できたのだ。自分が強者であると。

 

こうすれば下らない屈辱とかを受ける事はない。本当の強弱関係をハッキリと示せる。もう下らない冷やかしとかを受ける必要もなくなる。そう思えると余計に楽しくなった。

 

 

 

その後小学生のうちはそれを何回もやっていた。強弱関係を示すだけの簡単なお仕事。それだけで相手は無様な姿を晒すことになり、僕に何か嫌がらせをしてくることはもうなくなる。

1番最初の奴はもはや学校にすら来ていない。トラウマになってもう学校に行く精神状態じゃ無くなったという噂を聞いた時には思わず大笑いしていた。

 

自分が壊れているのを感じる。けど不思議と嫌じゃない。何しろ僕が強いと証明され続けている。

寧ろ最初の頃は間違っていた。友達が沢山出来るなんて都合のいい話はない。強者になり続けないと何の意味もない。

 

 

中学校は椚ヶ丘中学校に行くことにした。かなり有名な進学校であると言うのもあるけど、一番の理由は僕に希望を与えてくれた理事長だった。あの人が経営している学校なら信頼できると思っていた。

 

中学校でも順調だった。成績優秀クラスのA組に余裕で入り、更に学年でトップ3には余裕で入るほどの成績を出していた。どこからどう見ても文句なしの成績だった。

 

 

けど中学校で1人、不可解な男がいた。理事長の息子である浅野学真くんだった。1年生の頃から、あの理事長の息子とは思えないほどあまり力がない。それどころか、強くなろうとする意思も感じなかった。僕から見るとあまりにも愚かでしょうがない存在だった。

けど突然、学真くんは成績が良くなりはじめた。漸く気合いが入ったんだろうと思っていた。そう思っていたら2年の最後くらいにまたモチベーションが下がっていた。

 

あまりにもおかしいと思っていた僕は、部下に探りを入れたところ、学真くんは少し前まで他校の生徒と一緒にいて、最近喧嘩したとかで会うこともなくなり、そこから気力がなくなっていったと分かった。

そして、その他校の生徒のうち1人が自殺をした。もう1人は行方不明になったのが分かった。行方不明になった生徒を悪く言われた事にぶちキレて先生を病院送りにしたらしい。

 

なんとバカなことをしたんだろうと思った。どんな理由があっても悪い事をすれば不幸になるしかない。それが今の社会の姿だと言うのに、それも他校の生徒のために自分の未来をドブに捨てるような行動を選択すると言うのが訳わからない。

 

「バカだね君。そんな奴なんて忘れてしまえば良かったのに」

 

理事長室でE組に行く事を宣言された学真くんに向かって言った言葉だ。学真くんはもう完全にやらかした。そう言われても仕方がない。なのにコッチを睨むように見てくるのが余計に腹がたつ。

 

「友情なんて、あっという間に無くなるものだよ。友達がいなくなれば、当然消えて無くなる。そんな物のために必死になって、絶望するなんて考えられないよ」

 

しばらく沈黙が続いたけど、学真くんが歩きはじめた。今度は僕に殴りかかるのかと思っていたけど、学真くんは僕の横を通り過ぎるだけだった。

 

 

その時…通りすがりに学真くんが言った言葉がある。

 

「悪い。俺とお前は、分かり合えない」

 

 

何を言っているんだろう。別に分かり合えるとかそんな話はしていない。ただ、学真くんのバカな選択を非難しているだけだった。

だから学真くんのその言葉に、僕が気にする要素は無い。別にそんな事を求めているわけじゃない。

 

 

 

なのに…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕の中に得体の知れないものが生まれてきた。

 

 

 

 

 

 

 

その後、学真くんはE組にいた。そのクラスでも相変わらず仲良くしているようだった。チョッカイをかけてやろうと思って部下を差し出したけど、思わぬ邪魔が入ったせいで台無しになった。

 

まぁ別にいいかと開き直った。これがアイツの選択だ。その後落ちぶれようがどうしようが知ったことではない。

 

 

 

 

 

 

けど、アイツは落ちぶれるどころか、徐々に力をつけていた。

 

球技大会では、大苦戦の中ランニングホームランで勢いをつけた。期末テストではもともとトップの方だったけど、アイツの苦手な記述問題を含んだ国語の問題で満点を取った。

そして先日、僕が勝負の話をした時には、強い目をしていた。A組にいた時にはそんな目をした事は1回もない。

 

まるで、E組に行った事で力がついたと言うように

 

 

 

 

 

 

まるで、僕が間違っていると突きつけられているかのように

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

別に完全無敗を目指しているわけではない。そんなの現実で出来る訳がないし、する気もない。

 

 

 

 

けど、コイツに負けたら僕は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分を見失うかもしれない。

 

 

 

 

 

 

◇第三者視点

 

学真がゾーンに入ってから時間が経ち、戦闘も終盤になっているように見える。試合を見れば学真が圧倒的に有利だが、窠山に未だに粘り続けていた。

 

E組の生徒の数人は、殺せんせーの方を向いていた。『窠山がこの勝負を持ち出した理由』について聞くためである。

 

「まず先生は、窠山くんがこの勝負を持ち出した事に違和感を感じていました。

球技大会と学真くんの話からすると、彼は徹底した結果主義であり、同時に効率重視でもあると感じていました。自分がいましなければならない事が何かを冷静に分析してそれが達成できるための方法を考える、まさに理事長の言う強者に近い存在とも言えるでしょう。

そんな彼が、何の意味を持たないこの勝負を持ち出した事が変だと思いました。まして報酬すらも無いと言うのが不可解すぎてしょうがないと」

 

その疑問は、カルマも感じていた。もし自分が社会の中で強者になるための行動のみを選択するのならこの勝負をする理由がない。直接話した時に、それが分からないほど頭が悪いとも思えなかった。カルマも殺せんせーと同じように、この勝負を何で持ち出したのかと考えていた事がある。

 

 

「…そこで思い出してみました。先日、窠山くんがゲームセンターでは生きるために必要な事を話していましたね」

「…確か『生きるために必要なのは強さ』だったっけ」

「彼の言っている事は正しい。社会の中で必要なのは強さです。だからこそ理事長は強さを身につけるための教育や環境を整える事に躊躇いません。

生きるためには強者にならなければならない。この校舎で過ごしていれば誰でもそう思うでしょう。そして彼はその理念に強く共感しています。

なぜ彼だけがそれを強く信じるのか…おそらく彼は理事長や本校舎での教育だけではなく、それが正しいと強く認識出来る経験があったのだろうと思われます。その機会を通して彼は本心から『強者になり続ける』事が正しいと思っているのでしょう」

 

 

生徒たちはただその話を静かに聞いているだけだった。他人からの意見に乗っかって意見を言っているだけではなく、本心からその意見が正しいと思う。そうして作り上げられた価値観はかなり強度がある揺らがないものになるだろうと思った。

 

 

「ある意見が本心から正しいと信じるという事は、逆に言えばその意見に対して強い思い入れがあるという事です。

そんな意見が間違っているかもしれないと考えた時、人はどうするでしょうか」

 

 

数人が、勘づいた。いま、殺せんせーが何を言おうとしているのかが分かったのである。

 

 

 

 

 

「『ひたすら強者になり続けるための行動を選択する』事が正しいと信じている窠山くんにとって『E組に行ってから成長をした』学真くんの存在は、自分の価値観を否定するものでしか無い。だから彼は、自分は絶対に間違っていない事を証明するためにこの勝負を持ち出したという事なのでしょう」

 

 

「…そんな事を確認するためだけに、こんな大規模な事をするのかよ」

「してもおかしくないと思います。絶対的な自信がある人は、自分が間違っていると認める事が怖くてしょうがないのです。意地でも認めないためにこのような事までするのでしょう」

 

 

吉田の反応はおかしくない。自分の理論の証明のために武道館を貸し切ろうとは思わないだろう。しかし窠山のようなタイプはそういう事をしかねない男なのだと殺せんせーは知っていた。

 

「…随分と詳しいな。担任をした事がない窠山くんの気持ちが」

 

烏間は殺せんせーにそう言った。殺せんせーは窠山についてかなり理解しているように見える。なぜ気持ちまで理解できるのか、烏間は気になってしょうがなかった。

 

 

 

 

「…知っているんですよ。似た存在を。

 

 

強さしか信じられなかった哀れな男を」

 

 

 

 

 

 

 

◇窠山視点

 

こんなに必死になったのは初めてかもしれない。今までは余裕で勝てる勝負か負けしか見えない勝負しかしてこなかったから、生まれて1回も本気になった事がない。

 

あり得ないほど成長した身体能力に翻弄されている。いつもなら時間が経ったところで学真くんの体力が切れるはずなのに、今の学真くんは疲れを見せるような素振りを見せない。

 

これじゃ負けてしまうと、頭の中で勝手な予想が生まれる。その事自体にイライラして僕も段々と動きが鈍ってきているのが分かる。

 

 

 

「調子に…乗るな!」

 

 

 

両手で同時に攻撃をする。学真くんも両手で僕の拳を止める。そして力勝負という事になった。

力勝負なら普通は僕の方が有利なんだけど、なぜか僕の方が押されている。パワーも人一倍あるという事なのか。

ここで頭突きをしても、今の学真くんは更に頭突きで返してくるかもしれない。恐ろしいほど反応も速くなっているし、もともと反射神経は悪くなかった。

 

だからやるのは頭ではなく、足の方だ。

 

学真くんが前に出している方の足の太ももを勢いよく蹴る。学真くんは少し体制が崩れた。よく分からないパワーアップがあったけど、流石に痛みを感じなくなるとかの効果は無かったようだった。

 

この隙は逃さない。一気に叩き込む。

 

そのまま足を思いっきり前に出す。体の向きは完全に横向きになっていて、足に力が入っている以上後ろに避けることも出来ない。

けどこれはそういう技だ。いわゆる防御を捨てた攻撃という奴だ。渾身の一撃を、思いっきり叩き込む。

 

放った拳は、学真くんの鳩尾を的確に捉えた。かなりの手応えがあったし、かなりのダメージを与えただろう。

 

学真くんはそのまま膝をつく。もともと体力的に限界だったし、大きなダメージが入ればあっという間に倒れてしまうだろう。圧勝と言うわけには行かなかったが、なんとか負けることなく終わりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頑張って、学真くん!!!」

 

 

 

 

 

会場の中で、僕の部下の応援よりも大きな声が聞こえた。声的に女性だったけど、僕の部下には女はいないし、恐らくE組の生徒だろう。その声に続けて、E組の生徒が応援の声を上げた。

 

そして学真くんはゆっくりと立ち上がった。まるでE組の生徒の応援が学真に力を与えたのかと思えるような…

 

 

「不思議だよな、窠山…」

 

 

 

学真くんが、話し始めた。久しぶりにその声を聞いた気がする。

 

 

 

「もう体力が無いはずなのに、あいつらの声を聴くと、自然と立ち上がれるようになるんだよな…

 

本当に、アイツらには救われてばかりだよ」

 

 

 

辞めろ…

 

 

そんな…

 

 

 

 

 

 

E組の存在を快く思っているような言葉を吐くんじゃない。

 

 

 

 

 

 

「…うっ……!」

 

 

 

普通に学真くんが攻撃しているのを見ていたはずなのに、顔面にモロに受けてしまった。感情的になりすぎて躱すことすら出来なかったらしい。

 

今までのダメージが一気に積み重なったように、体中に痛みと疲労が一気に襲いかかる。それは僕の意識を持っていくのに充分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「舐めるなァァ!」

 

 

 

 

腹から大きな声を出す。ここで意識を失う事は絶対に認めないと体に一喝する。お陰で倒れる事はなかった。

 

 

 

 

 

そのまま学真くんとの距離を縮める。お互いに限界は近い。あと1発大きいのが当たれば勝負の決着はつく。

 

 

顔面を殴った時の腕はそのまま伸びたままだった。ここまで近づいたらその腕で防ぐ事は出来ない。

 

さっきと同じく片足を踏み込む。そしてそのまま鳩尾…ではなく顔面に向かって拳を飛ばす。さっきの攻撃の直後だから同じところを警戒せざるを得ない。

 

渾身の一撃を、学真くんの顔面に向かって放つ。

 

 

 

 

 

ドゴン!

 

 

 

 

 

衝撃と、かなり大きな音。それは当然生じるものだった。

けど、衝撃は腕に感じるはずだった。けど今の衝撃は腕ではなく頭に来ていた。

よく考えると視界も変わっている。突然何が起こったんだろう。それを考え始めるのに時間がかかったせいで気づかなかった。

 

 

 

 

 

「『追い詰められた奴にはカウンターが決まりやすい』だったな。本当に確信をつく奴だよ、お前は」

 

 

 

 

 

攻撃を受けたのは、僕だったと言うことに。

 

 

 




窠山の過去編を載せました。彼がどう言う存在なのか、分かったでしょうか。
そして勝負に決着がついた様子です。果たしてこの後どうなるのか、次回もお楽しみに。


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第66話 試合終了の時間

今回ちょっと短いです。




「頑張って、学真くん!!!」

 

学真を大きな声で応援していたのは、矢田桃花だった。周りの生徒たちは突然の大声にビックリしているが、ほんの数人はニヤついている。彼らが何を思ったのかは語る必要も無いだろう。

その矢田の行動に触発されて、学真を応援する声が増えていく。周りのヤクザたちの野次に負けないぐらいの迫力があった。

 

さっきまで窠山の攻撃を受けて膝をついていた学真が立ち上がる。自分たちの応援の声が届いたと分かり、その場の全員がとても嬉しそうな気持ちになっている。

 

そして学真が拳を放つ。それは窠山の顔を完全に捉えていた。

 

 

「よし、良いのが当たった!」

 

 

杉野がガッツポーズをするように言う。素人が見てもかなり良い一撃が当たったのが分かる。その一撃で窠山は倒れるだろうと誰もが思った。

 

「舐めるなァァ!!」

 

 

だが窠山は倒れなかった。大声を出して踏みとどまる。

 

 

「嘘だろ…!あれを耐えるのかよ!」

 

 

耐久力が長所である寺坂も驚きを隠せない。今までのダメージが蓄積されれば倒れてもおかしくないのに、窠山は倒れようとしない。彼の尋常じゃない執念に、流石に感心するしか無かった。

立ち上がった窠山は学真の懐に入る。さっきと同じような、八極拳のような強い一撃を当てるつもりなのだろう。そして懐に入り込まれた状態では躱すことが出来ないと感じ、学真が攻撃を受けるのではないかと焦っていた。

 

だが学真は窠山が近づいたのと同時に、右足を勢いよく上がる。勢いよく飛び上がった足は窠山の顔を捉えた。それもさっきの顔面への攻撃よりも強力な。

攻撃を受けた窠山はバタリと倒れる。今の一撃で、完全に糸が切れたように見えた。

 

「嘘だろ…!若が…負けるのかよ!」

「あんなシャバゾウに…!?」

 

 

周りのヤクザたちはかなり焦っている。窠山が負ける事なんて考えてなかった。だが試合を観るともう勝負がついたように見えた。

 

「嘘だろ…!立ってくれよ!」

「今までみたいに、ソイツをぶっ殺せば良いだけだろ!!」

 

誰になんと言われても窠山は動かない。ただ10カウントが進むだけだった。

 

そして…

 

 

 

「勝負あり。勝者浅野学真!」

 

 

小峠が判定の声を上げる。審判である彼が言った以上、結果はもう決まった。この戦いで、窠山は敗れ…学真が勝ったのだ。

 

 

「やった!」

「学真スゲェ!!」

 

 

E組の生徒たちが感激の声を上げる。クラスメイトである学真が勝利したことは彼らにとって喜ばしいことこの上なかった。

殺せんせーや烏間も微笑んでいる。学真が望んで引き受けたこの勝負、学真の勝利は彼らにとっても朗報なのだ。

 

 

 

「ふっざけんな!!」

 

 

 

そして、突然の怒りの声が響いてきた。それを発したのは窠山を応援していたヤクザだった。

 

「こんな結果、あるはずねぇ!若がよりによってあんなガキに負けるなんてあって良いはずがねぇ!」

 

そのヤクザは、窠山が負けたことに納得行かないようだった。応援していた人が負けたと言うのは受け入れがたい。それはヤクザに限った話ではない。

 

だが現実として窠山は負けた。ここで何と言おうとそれが覆ることはない。

 

「そうだ…こんな事があってたまるかよ!」

「卑怯な手を使ったに違いねぇ!」

「ぶっ殺してやる!」

 

E組の生徒たちはかなり焦っている。応援席にいるヤクザたちは怒り心頭だ。このままでは学真に襲いかかろうとする、更には自分たちも被害を受けるかもしれない。

烏間は周りを警戒している。殺せんせーも同じだった。万が一の時には烏間が応援席にいる生徒たちを、殺せんせーが学真を守ろうとしているのだ。

 

 

 

 

「黙れ!!」

 

 

 

 

 

ヤクザたちの慌てる声が、たった1人の声によってかき消された。その声の主は…窠山だった。

 

 

 

 

「ギャーギャー騒がないでよ。結果は結果だ。それをどうこう言っても何の意味もないでしょ」

「け…けど」

「黙ってと言ったでしょ。これ以上僕を苛立たせないでくれる?」

 

 

ヤクザたちはその言葉を聞いて完全に黙った。数秒前まで大騒ぎしていたのが嘘のようである。

全員が静かになったのを確認して、その試合の審判をしていた小峠が話し始めた。

 

「皆さん。撤収しましょう。若が言った通り負けは負け、それをどうこう言っても何の意味もありません」

 

小峠の言葉を聞いて、渋々とヤクザたちは席から離れていく。その時に悪態をついたり、落ち込んでいたりとその様子はさまざまであった。

 

 

 

 

 

 

「…なかなか凄いことをしてくれたね」

「多川もそう思うか」

 

3階にてその試合を見ていた黒崎と多川は、学真の動きに感心している。最後の学真の攻撃は、並大抵ではなかった。

 

「さっき学真は、窠山が攻撃できる間合いに入ってから蹴りをかました。窠山も攻撃をしかけていたから、かなり際どいタイミングを要求されるはずだけど」

「たしかに。考えてみれば野球の時も思ったが、学真はタイミングを外すことはないな」

 

黒崎が思い出しているのは、球技大会の時である。140km以上はある進藤のストレートを学真は見事に打ち返した事がある。ほんの一瞬であるタイミングを、学真は外さない。窠山が攻撃して来るのと同じタイミングで、しかも攻撃できるまで時間がかかる上段の蹴りを当てた。黒崎や多川も、驚かざるを得なかった。

 

「それにしても、窠山が倒れない事に全く動揺していなかったな。かなり強い精神力を持っているようだ」

 

そして黒崎が1番驚いているのは、倒れようとしていた窠山が踏ん張った事に全く動揺しなかった事である。E組の生徒たちは全員驚いていたし、窠山を応援している立場のヤクザたちも驚いていた。なのに全く動揺していない学真は、途轍もなく強い精神力を持っていると黒崎は考えた。

 

 

 

「…それは違うと思うよ」

 

 

 

その考えを、多川は否定した。無言ではあるが理由を尋ねているようなオーラを放つ黒崎に、多川は説明を始める。

 

「学真は精神力に関してはそんなに強くないよ。ちょっとした変化が起こっただけで動揺するし、根性もそんなにあるわけじゃない」

 

 

学真は大きなミスをやらかした時に動揺していることがバレバレな喋り方をしたり、不審な男がマジックを突然しただけで仰天するなど、あまり精神的に強くないことを多川は知っていた。今ではマシになっているが、昔は劣等感を感じて道場を辞めてしまうほど打たれ弱かった事もある。そんな彼が窠山の踏ん張りに動揺しなかった理由を、多川はなんとなく察していた。

 

「今動揺しなかったのは、恐らく窠山が倒れないことを予想したからだと思う。全く接したことがない人でも無いし、それぐらいは予想できてもおかしくはない」

 

E組である彼だが、2年間はA組で窠山と同じクラスだった。過ごしてきた時間はE組と一緒にいた時間よりも長い。例え好意的な関係では無かったにしても、()()()()()()()()()()()学真は窠山の性格を理解していたのだ。だから動揺しなかった。皮肉にも過ごしてきた時間の長さこそが、この試合の勝敗を決めたとも言える。

 

「過ごしてきた時間、か…」

 

多川の話を無言で聞いていた黒崎、彼が一体何を考えていたのかは誰も分かる余地は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤクザたちと同じように窠山も自分の家に帰る。とは言っても怪我だらけなので1人で帰るとは行かず、部下たちに荷物持ちなどの手伝いをしてもらっている状態だった。

 

「若。今後の予定は?」

 

そんな彼に、小峠が話しかける。烏間と言う男性に学真の荷物が置かれている部屋の鍵を渡して、彼は窠山の側にたどり着いた。

 

「…部屋でゲームをしてる」

「おや、訓練とかはしなくてもよろしいので?」

「は?スポーツ漫画とかじゃないし、負けた事に悔しさを感じて練習に励むとかはないよ。あの勝負が全てじゃない。さっさと帰って別のことをしないといけないでしょ」

 

いつも通り、屁理屈そうで確信をついている話し方だった。もともと窠山はへこたれるような性格ではないし、1つの勝負にこだわる男ではない。だから落ち込んでいるはずはないと思っていながらも、窠山のその話し方を見るまで安心は出来なかった。

 

「分かりました。それでは車を手配しておきます」

 

そう言って、小峠はその場を離れる。言った通り、車の準備をしに行くのだ。

荷物を持っている部下たちを先に行かせた窠山、小峠を行かせた事で1人になる。いつもだったら小峠が運転して来る車をまだかまだかと待つだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………負けた)

 

 

 

 

 

 

 

だが、小峠の運転を待つような雰囲気ではない。彼は顔をしかめていた。

 

 

(負けた…負けた)

 

彼はへこたれる性格ではない。1つの勝負の結果にこだわる男ではない。

 

 

 

 

(負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた…)

 

 

 

 

 

だがしかし、今の窠山は違った。長い人生の中の、ほんの一瞬の、何の意味を持たない勝負に、窠山は初めて、怒りを持っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

窠山たちが武道館を出てしばらく経ち、学真は試合場の扉から外に出る。今更になって今までの疲労が返ってきたとばかりに、今彼は壮絶なダルさを感じていた。そのせいか、一歩踏み出すという簡単な動きでさえも上手に出来ない様子だった。

 

扉から出るとき、一瞬足がもつれる。それを学真は踏ん張ることができずに身体もぐらりと倒れ込んだ。ボスン、と体が倒れ込んだのと同時に、彼は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「え……」

 

 

 

ポカン、としているのが分かるような声を発する矢田 桃花。彼女は今かなり動揺していた。

試合場にいる学真が試合場から出ようとしているのを見て、E組の生徒たちは一斉に一階に降りる。

その中でも、矢田は1番速かった。学真が勝利した事に溢れる賞賛と安堵の気持ちが矢田のスピードを上げているのかもしれない。

 

彼女が扉の近くに着いたのと同じ時に扉が開く。当然、中からは学真が出てきた。

話しかけようとした矢田だが、彼女が声をかけるよりも先に彼はフラリと体勢を崩し、そのまま前に倒れようとしていた。

倒れこもうとする学真はそのまま、矢田にもたれかかるように倒れ込んだ。正確には、矢田の胸にちょうど当たるように。

 

そして現在に至る。反射的に学真を支えてはいるが、彼女はそのまま思考が止まっている。この後どうすればいいか、全く分からずにいた。

 

 

 

 

 

そして周りの生徒たちはというと…

 

「おおおおおお!」

「きゃああ!!」

 

大喝采だった。

 

 

 

 

 

「ちょっと、なんでそんな大声をあげるの!?」

「だって凄い瞬間じゃん。学真が矢田にもたれかかってるんだぜ?」

「矢田ちゃん、写真撮っていい?」

「しかも矢田のおっ○いに当たってるぞ」

「いわゆるラッキースケベというやつじゃない?」

「学真のやつ…なんて羨ましい」

 

 

矢田が困っていても、生徒たちは興奮を抑えようとしない。後半に至っては学真が言われたい放題である。担任であるはずの殺せんせーに至っては一心不乱に何かを書いていた。

いつもなら学真が何か言い返すのだが、その本人は矢田にもたれかかりながら眠っているだけだった。

 

 

 

 

 

E組の(変な)盛り上がりを見て、烏間は眉に手を置いている。いま彼は酷い頭痛を感じていた。そして開き直り、手を叩いて大きな音を出して生徒の注意を引きつける。

 

「ずっとここにいると、迷惑になる。学真くんの荷物を運ぶのに何人か手伝ってくれ。残りの生徒は早く帰るように。車も用意しているから、それを使う人は部下に頼んでくれ」

 

テキパキと生徒たちに指示を出す。教官と言うより指導の先生になっているようだった。

生徒たちがそれぞれの動きをして散らばっていく。学真を抱えている矢田は、未だに眠っている彼を見て微笑む。

 

 

 

 

 

 

「お疲れさま、学真くん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、クラスメイトから散々弄られて学真は恥ずかしい思いをする事になってしまった。

 




やりたかったからやってみた。後悔はしない。





次回『虫とエロの時間』


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第67話 虫とエロの時間

久しぶりの原作の話です。こういうことが出来る学校って良いよな〜と思った話でございます。


夏休みと言えば、色々とやれることがある。しばらく行き続けていた学校に行かなくなったいま、時間的にも出来ることが沢山ある。

 

人によっては、部屋に入り浸ってゲームをしまくるって人もいるだろう。間違いなく窠山はそのタイプだな。アイツ、ああ見えてゲームがかなり好きだし。

 

そんで俺はというと、夏休みになったからといってやりたいことがあると言うわけではない。特に何もなかったら、1人でこの部屋にいるだけだった。日沢や如月がいた時も、時々外に出るぐらいであまり外に出ようとしなかった。

そんな俺が、夏休みの間にあるイベントに参加しようとするとは、思っていなかった。自分でもそう思ってしまう。

 

「はい。2人分お願いします。ありがとうございました。失礼します」

 

電話で話を終わらせて、受話器を置く。俺の言った言葉で俺が何をしたか分かるだろう。注文ってやつだ。いま買えるらしかったから急いで頼んだ。いや〜…焦ったわ。

それが届くのは6時間後らしい。それが届くまでは暇だ。一体何をしようか。

 

『学真さん、杉野さんからラインの通知が来ましたよ』

「うおお!?」

 

突然の声にビックリする。俺の携帯から話しかけてるのは律だった。未だに携帯から突然話しかけられるのに慣れてないから勘弁してほしい。

 

『大丈夫ですか?学真さん』

「いや、良いよ…それより杉野からなんて来たんだ?」

『えっとですね。『今日の昼、学校に来てくれるか?』だそうです』

 

律が言ってくれた杉野の文章に疑問を感じる。なんで夏休みにあの校舎に行くんだ?まぁ考えても無駄か。

 

「了解、すぐに行くと言っておいてくれ」

『かしこまりました』

 

杉野に返事を返して直ぐに出る準備を整える。どうせやる事なかったし、杉野に付き合っても悪くないと思った結果だ。

 

 

 

 

 

 

 

「…つまり昆虫採集が目的というわけか」

「いやぁ…いい年して昆虫採集ってのは恥ずかしいけどな」

 

杉野が学校に呼んだ理由は、昆虫採集らしい。1人だと流石に恥ずかしいから、俺と渚を呼んだという事らしい。

言われてみれば、このE組校舎は裏山の中にあるわけだから、昆虫とかが来るはずだ。意外なところでこの校舎の良さが出ているものなんだな。

 

「しかし、前原が来るとは意外だわ。こんな遊び興味ないと思っていた」

 

ちなみにいまここにいるのは俺と渚と杉野と前原だ。杉野の言う通り、ここに前原がいるのは珍しい。コイツそんな昆虫とかに興味がある奴だったっけ?

 

「次の暗殺は南国リゾート島でやるじゃん。そしたら、何か足りねぇと思わねぇか?」

「なにが?」

 

なんかカッコつけて言っている。あの島に向けての暗殺のために準備しないといけない事は山ほどあるのは確かなんだけど、それがこの昆虫採集とどう繋がっているんだ?

 

「金だ!水着で泳ぐ綺麗な姉ちゃん(ちゃんねー)を落とすためには財力が不可欠!このザコじゃダメだろうけど、オオクワガタだっけ?あれってウン万円するらしいじゃん。ネトオクに出して大儲け。最低でも高級ディナー代とご休憩場所の予算は確保するんだ!」

「旅の目的忘れてねぇか?」

 

…杉野に同意だ。コイツの頭の中は女のことしかないのかよ。殺せんせーを暗殺するチャンスだというのに…

 

っていうかコイツ1つ勘違いしてるな。オオクワはもう…

 

「ダメダメ。オオクワはもう古いよ〜」

「えっ…倉橋?」

 

ゲスな目的でオオクワガタを探そうとしている前原に、倉橋が声をかけた。というかよくそんな木に登れたな。

 

「おっは〜。みんなも小遣い稼ぎに来てたんだね」

「そんで倉橋。オオクワはもう古いってどういう事だ?」

「私たちが生まれた時は凄い値段だったらしいけどね。今は人工繁殖法が確立されちゃって、大量に出回りしすぎて値崩れしちゃったんだってさ」

 

そう。倉橋の言う通りオオクワガタは今や人工的に量産できるから、あまり高くない。せいぜい数千円ぐらいだろう。

…え?なんでそれを知っているかって?まぁマニアの知り合いがいるからな。

 

「ま、まさかのクワ大暴落か。てっきり1オオクワ=1ちゃんねーぐらいの相場と思っていたのに」

「ないない。今はちゃんねーの方が高いと思うよ」

 

なんだその方程式は。人を金で計るなよ。それに話が合わせられる倉橋も大概だけど…

 

「ねぇねぇ、折角だしみんなで捕まえよう。多人数で数揃えるのが確実だよ」

 

相変わらず明るいな、倉橋は。生き物好きなのと明るい性格から、ゲスな奴の心を惹きつける。…小遣い稼ぎが上手いってことでもある。

倉橋の呼びかけに応じて、俺らは倉橋に着いていくことにした。

 

 

 

 

「…ゾーン?」

「うん。殺せんせーが、あの時学真くんはその状態に入ったと言っていたんだ」

 

向かっている途中で渚から妙な話を聞いた。先日の窠山との試合の時に、俺はどうやらゾーンとやらに入っていたらしい。そこに入ってからは、動きが急激に良くなったとか。

 

「覚えてないのか?」

「うーん…ガムシャラだったせいか、記憶が曖昧なんだよな」

 

実のところを言うと、あの時に何を考えていたかを全く覚えていない。

必死に戦っているうちに、途中で完全に体力が切れた事は覚えている。それで追い詰められた時、窠山から攻撃が来そうになったんだけど、それを防いで仕切り直しになった。恐らくあの時にゾーンに入ったんだろうな。かなり動きが良くなった気がするし。…なんか大事な事を忘れている気がするけど。

 

「やっぱり、いつでも入れるって訳じゃないんだね」

「まぁそうだな。もし自由に入れるようになったら便利なんだろうけど」

 

渚が言うには、かなり集中した状態じゃないと入れないという事らしい。ゾーンって極度の集中状態の事で、集中力が高まると余計な事を考えない状態になるとか。

…後で殺せんせーからも話を聞く必要がありそうだ。

 

「着いたよ。見て、そこそこいるよ」

「…おぉ」

 

思わず感動してしまった。木に吊り下がっている物に、カブトムシとかがいる。倉橋が作ったトラップだそうだ。古い靴下に果物とみりんを入れて発酵させるとか。木に蜜を塗るやつと同じ系統か。

 

「あと20箇所ぐらい仕掛けたから、うまくいけば1人千円ぐらいは稼げるよ」

「おお、バイト代としてはまずまずか」

 

かなり徹底してるな…

トラップ1個当たり3匹ぐらいが付いているし、ここにいる全員で分けたとしてもかなりの量捕まえる事が出来そうだ。

 

「ふっ…効率悪いトラップだ。お前らそれでもE組…」

「ところで倉橋、お前は自由研究とかはどうするんだ?」

「ちょ、俺のセリフを遮るなよ!」

 

昆虫を捕まえようとしている俺らに話しかけて来たのは、エロ坊主でお馴染みの岡島だった。なんかカッコつけていたから、無視しようかと思った。お前の話より夏休みの課題の方が大切だろ。

 

「それでどうしたんだよ岡島」

「せこせこ千円稼いでいる場合かよ。俺が狙うのは当然100億だ」

「…100億って…」

「その通り。南の島で暗殺するって予定だから、あのタコもそれまでは油断するはず」

 

100億、その数字が何を指すのかを俺たちは知っている。殺せんせーを殺した時の報酬だ。それを狙っているという事は…暗殺をするということか。

 

「けどどうやってだ?いつもの暗殺なら躱されておしまいだぞ」

「俺を甘く見るな学真。俺はこの時のために仕掛けていたのさ」

 

自信満々に道を進んでいく岡島が止まったところで、俺たちは岡島が見てる先を見た。そこには…

 

 

大量のエロ本の上でトンボの被り物をしながらエロ本を堪能している殺せんせーの姿があった。

 

 

「くっくっくっ…かかってるぜ。俺の仕掛けたエロ本トラップに」

 

 

なんて酷いトラップだ。そんなトラップにまんまとかかっている奴を見るのもかなり悲しくなる。

 

「どの山にも存在するんだ。エロ本廃棄スポットがな。そこで夢を拾った子どもが、大人になって本が買える齢になり、今度は夢を置く。終わらない夢を見せる場所なんだ」

「いや資源ごみとして出せよ」

「ちょうどいい。お前らも手伝えよ。俺たちのエロの力で、覚めない夢を見せてやろうぜ」

「…パーティーが致命的にゲスくなった」

 

俺や渚が呆れてツッコミを入れる。こんな酷い暗殺が今までになかっただろう。

 

「随分研究したんだぜ、アイツの好みを。俺だって買えないから拾い集めてな」

「…?殺せんせー、巨乳ならなんでもいいんじゃないの?」

「現実ではそうだけどな。エロ本は夢だ。人は誰でもそこに自分の理想を求める。写真も漫画も、僅かな差で反応が全然違うんだ」

 

なんか訳の分からん理論を言いながら岡島は携帯を見せた。携帯の画面には、1ヶ月間エロ本を読んでいる殺せんせーの顔があった。日によってエロ本を読んでいる時の表情が違う。…マジで分析してやがるな。

 

「お前のトラップと同じだよ、倉橋。獲物が長時間夢中になるように色々と研究するだろ?」

「…うん」

「俺はエロいさ。蔑む奴はそれで結構。だがな、誰よりエロい俺だからこそ知ってる」

 

岡島は足元に置いてあるエロ本を取り、そこに挟んである対先生用ナイフを取り出す。

 

「エロは…世界を救えるって」

 

…なんだこれ。

エロでこんなシリアスな空気になっている現状に異議を唱えたい。

 

「やるぜ。エロ本をの下に対先生弾を繋ぎ合わせたネットを仕込んだ。熱中している今なら必ずかかる。だれかこのロープを切って発動させろ。俺が飛び出してトドメを刺す」

 

なんとも酷い暗殺方法だが、殺せる確率はかなりある。今殺せんせーは一心不乱にエロ本を読んでいる。今なら暗殺が成功するかもしれない。

渚が岡島の指定したロープを切ろうとしている。そして岡島はいつでも飛び出せるようにナイフを持って準備を整えていた。

 

 

ところが、異変が訪れる。

 

突然殺せんせーの様子がおかしくなった。殺せんせーの目が…飛び出てきた。

 

「…なんだアレ?」

「データにないぞあの顔。どんなエロを見た顔だ?」

 

…いや、多分エロ本とは全く違うところを見ているし、エロは関係ないな。

 

「ヌルフフフ、見つけましたよ」

 

肝心の殺せんせーは触手を伸ばした。そして伸ばした触手を戻すと、触手には小さなクワガタがあった。

 

「ミヤマクワガタ。しかもこの目の色!」

「あ!白なの!?殺せんせー!」

「おや倉橋さん。ビンゴですよ」

 

殺せんせーの言葉を聞いて、倉橋が飛び出した。あらら…岡島の暗殺が失敗したな。

 

「すっごーい!探してた奴だ」

「ええ、この山にもいたんですね」

 

「ああ…あとちょっとだったのに…」

 

落ち込んでいる岡島は置いといて今の状況を分析する。女子中学生と怪物がエロ本の山の上でピョンピョン跳ねてるって、なんかシュールな絵だな。

 

「はっ!!」

 

俺らを見つけて我に返ったのか、殺せんせーは今の状況に気がついた。俺らが殺せんせーの痴態を見てしまったことに…

 

「にゅやあ〜〜〜!!」

 

殺せんせーの声が、椚ヶ丘中学校の裏山中に響いたのであった。

 

 

 

 

 

「面目無い。教職者としてあるまじき姿を…本の下に罠があるのは知ってたんですが、どんどん先生好みになっていく本の誘惑に耐え切れず…」

「すんなりバレてた!」

 

俺らに囲まれて、正座しながら懺悔している殺せんせー、岡島の罠に気づいてはいたらしい。だったら尚更なんでそのトラップの中で読んでたんだ。

 

「で、どういうことよ倉橋。それってミヤマクワガタだろ?ゲームとかじゃオオクワガタよりぜんぜん安いぜ」

「最近ではミヤマの方が高い時が多いんだよ。まだ繁殖が難しいから。このサイズだったら2万は行くかも」

「2万…!?」

 

びっくりする数字ではあるが本当だ。量産できないからレア度が高く、その分価格も高い。部屋に一体飾っているマニアもいるほどだ。

 

「おまけによーく目をご覧ください。本来黒いはずの目が白いでしょ。生物でアルビノ個体については教えましたよね」

「ああ、ごくたまに全身真っ白で生まれてくる奴だろ」

「ミヤマクワガタは目だけに現れます。ホワイトアイと呼ばれ、天然ミヤマのホワイトアイは大変希少です。学術的な価値もある。売れば数十万は下らない」

「すっ…!」

「一度は見てみたいって殺せんせーに話したら、ズーム目で探してくれるって言ってくれたんだ」

 

…そういうことか。ミヤマクワガタの更にレアなクワガタってところか。そりゃとんでもない価値になるだろうな。流石にそれは知らなかった。

 

「ゲスなみんな〜、これ欲しい人手ェ上げて」

「「「「欲しい!!!」」」」

 

倉橋が持っていったミヤマクワガタを追いかけるように、俺を除いたE組のメンバーがどこかに移動しやがった。

 

「にゅや?学真くんは追いかけないのですか?」

「いや…俺は別に欲しい訳じゃないし」

「にゅう…金持ちはこういう時に腹が立ちますね」

 

ほっとけ。俺から言わせると大金に群がる方が恐ろしいわ。

 

そこで俺は1つ思い出した。いま殺せんせーには聞かないといけないことがあったんだ。

 

「…そういえば殺せんせー、1つ聞きたいことがあるんだけど」

「ええ、良いですよ」

 

 

 

 

 

俺が殺せんせーに話したのは、窠山との勝負の時に入った(らしい)ゾーンのことだ。現時点では物凄く集中した時にゾーンに入ることが出来ると認識しているが、それはあくまで予想だ。殺せんせーの方がもっと詳しく知っているのかもしれない。

 

「そうですね。まず君の解釈は8割ほど当たっています」

「…8割?」

「ゾーンに入る時の条件ですが…君は集中力が高まった時にゾーンが入ると認識しているようですが、それは少し間違っています。そもそも集中力が高まってゾーンに入る訳ではなく、集中力が高まった状態をゾーンと言います

一般的には雑念を無くした状態の時ゾーンに入りやすくなるとよく言われます。1人の野球選手が言っていました。本番に対する不安を無くすために練習を続けると。一番近いのはそれですね。不安とか雑念など、目の前以外のことについて考えなくなる時にゾーンに入ります」

 

…要するに、目的に対して意識を向けるというより、目的以外を意識しないようにするということか。

 

「それって結構難しいんじゃねぇか?」

「はい。ゾーンに入った状態を体験出来ているのは、地球の中でも一握りです。だからこそ、ゾーンというものに価値を感じる人がたくさんいるという訳です」

 

殺せんせーの話を聞いてゾーンについて大体理解した。目の前の事以外の事を考えないようにする。それは誰にでも出来る事じゃない。意識しないようにしようとしても無意識に考えてしまうのが人間というものだ。

 

「…どうしたらゾーンに入りやすくなるっていうコツはあるか?」

 

「それは教えられません」

 

 

殺せんせーの顔にバツの印が浮かび上がる。それを教える事は出来ないという事を表しているのか。

 

「君がゾーンに入るためのコツなら、先生はある程度予想はしていますが、それを先生が教えるわけにはいきません。それは学真くん自身が見つけなければならない事です」

 

つまりは自分で見つけろということか。まぁ、殺せんせーの言う通りだな。それは殺せんせーに頼るところではなく、自分の力でどうにかしないといけないことだ。

 

「それはゾーンに限った話ではありません。学真くん、君はまだ自分について理解出来ていない。君の知らない事は沢山あります。君の良いところも、悪いところも」

 

最後の殺せんせーの言葉は理解出来たとは言い難い。俺の気づいていない俺の良さとか悪さって何があるんだろうか。ひょっとすると殺せんせーはある程度知っていたりするのか。

 

「…分かった。これ以上先生には聞かない。俺自身で見つけていかないと意味がないしな」

 

話がひと段落ついたところで杉野が帰ってきた。どうやら倉橋を見逃したらしい。哀れな奴…

 

 

 

 

 

家に着いた時、俺の部屋にある物がポストの中に入っていた。今朝俺が頼んだものだ。袋を破って中身を見る。ほぼ頼んだ通りだった。

 

どうにか間に合った。後はアイツに話をするだけだ。

 

 

 

 

俺は携帯電話を取り出して、とある番号を入力した。

 

 

 

 

 




最後に学真くんが電話しようとしたのは一体だれなのでしょうか。次回オリジナルストーリーです。

次回『デート?の時間』


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第68話 デート?の時間

いよいよ始まったこの話。今回は2話を想定しています。


夏休み、殺せんせーの暗殺計画を実行する日が近づいている。私は教室じゃなく家にいた。学校で出されている課題を終わらせようとひたすら頑張っている。

けどいま私は課題に手がつかない。机について問題を解こうとしているんだけど、頭が回らないでいる。ダメだと思っていても余計な事を考えてしまう。

 

原因はあの日、学真くんが窠山くんと武道館で戦った日のことだ。勝負が終わった学真くんを迎えに行ったら、疲れ切っていた学真くんはそのまま倒れて、私に寄りかかってきた。

学真くんのことだから下心でやったとかは疑ってない。何人かのクラスメイトがそれでやっただろみたいな事を言っていたけど、あくまでからかいとして言っただけだし、本当に学真くんがそのつもりで言ったと思っている人はいない。私もそう思っている。

 

思っていても、意識するしか無かった。学真くんがあんな近くに来た時、結構動揺してしまった。

 

かなり時間が経っているはずなのに、学真くんが寄りかかってくる時にかかってくる重さとか、学真くんの寝顔をシッカリと覚えている。あの時の記憶が夢の中で再現することもあった。それが原因で日に日に学真くんの事を意識してしまう。

しかも学校がないから当然だけど学真くんに会ってすらもいない。だから寂しいと言う気持ちも出てきはじめた。毎日会わないと不安でしょうがなくなるなんて、今までに1度も無かった。

 

なんとか目標としているところまで課題を終わらせて、布団に倒れる。ボスンと言う音と一緒にこのドキドキと言う気持ちが吹き飛ばないかと思ったけど、そんな事はなかった。

 

「…カッコよかったなぁ…」

 

思わずポロリと言ってしまう。あの時の学真くんを本気でそう思った。最後に学真くんが窠山くんを倒した回し蹴りに、思わず見惚れていた。あんな鮮やかな決まりかたを見てしまうと、しばらく記憶から離れなくなる。

気持ちの高鳴りが、ドンドン強くなっていく。明後日学校で学真くんに会った時、いつも通りに彼と接することが出来るのか不安になってきた。

 

《TRRRRR、TRRRRR》

 

家の電話が鳴り始める。この時期に来るって事は、暗殺関係の連絡か、もしくは遊びに誘っているかのどちらかかな?前者ならメグから来ることが多いし、後者なら陽菜乃ちゃんから来ることが多い。

ちょっとモヤモヤしていたし、気分転換も兼ねて電話を取りに布団から起き上がる。そして数歩だけ歩いて電話を取った。

 

「はい、矢田です」

 

 

 

 

『おう矢田。俺だよ、学真』

「うひゃあああ!!?」

 

 

ビックリして変な声が出てしまった。なんでよりによって学真くんが電話してきたんだろう。ちょうど学真くんの事を考えていたから余計にビックリした。しかもコレで2回目な気がする。

 

 

 

『だ、大丈夫か!?いま大きな声がしたぞ!!?』

「だだ、大丈夫。ちょっと待ってて」

 

 

電話の向こうで心配してくれている学真くんに少し待たせて深呼吸する。大丈夫、いつも通りいつも通り…

 

「うん。どうしたの?学真くん」

『お、おう…実はな……』

 

私はいつも通りの調子を取り戻したけど、学真くんは少し動揺してしまったみたいだった驚かせてしまったことに心の中で謝りながら、学真くんの言葉を聞いた。

 

 

 

 

『先日の応援のお礼をしたいんだけど、明日ヒマだったりするか?』

 

 

 

 

 

…え?

 

明日ヒマ……?

 

 

それって…

 

 

 

 

 

 

 

「え、うん…ヒマだけど」

 

 

 

 

もしかして……

 

 

 

 

 

 

『夏休み限定で大きなイベントがあるんだけど、良かったら一緒にいかねぇか?』

 

 

 

 

 

 

…デートってことなの?

 

 

 

 

 

「…それって2人でってこと?」

『まぁ、チケットが2つしか入らなかったし、誘うならお前かなと思って』

 

 

学真くんに確認すると、やっぱり2人で行くということだった。2人でイベントに行く…

 

 

 

やっぱりデートっぽい。

 

 

 

「あ、その…なんでっていうか、私で良いの…?」

『あぁ。あの勝負の時、最後に倒れることなく踏ん張れたのは、お前の応援があってこそだった。お前にはお礼をしておきたいと思っていたんだ』

 

あ…そうか。この前の窠山くんとの勝負のとき、倒れそうになっている学真くんを見て、思わず大声を出してしまったんだ。そのことが原因で中村さんやカルマくんにいじられているけど。

その大声が、学真くんに届いたかどうかは分からなかったけど、どうやら届いたようだった。それのおかげで勝つことが出来たと言われるのは…ちょっと恥ずかしい。

だから私を誘ったんだ。私の応援で勝つことが出来たと思っている学真くんは、恩返しのために私を誘ったということだろう。

 

『もちろん無理に来てくれって訳じゃないけど…』

「…ううん!行く!折角だし行こう!」

 

思わず声に力が入る。まさか学真くんに誘われるとは思ってなかったけど、この誘いは絶対受けたい。どんな理由であっても、学真くんが誘ってくれるなら…

 

 

 

『そうか。それは良かったよ。それじゃ明日俺の家の前に集合な』

「うん…そういえば、どんなところなの?」

『ん?あ、そういえば言ってなかったな。えっとな…』

 

そのイベントの内容を確認しているのか、向こうで学真くんが何かを探っている様子だった。学真くんが誘ってくれる場所と言ったらどこだろうか。理事長の息子だから、結構豪華なところな気がする。水族館とか、ホテルとか…

 

『言うなら、船上パーティーってところだ』

 

………

 

 

……え?

 

 

 

 

「せ、船上…?」

『そ、船上パーティー。いわば船で海か湖の上を動きながら食事するってやつ』

 

船上パーティーという単語は聞いたことがある。漫画とかドラマとかでそのシーンが載ることはよくある。

けどアレは正にフィクションの世界。現実だと費用が半端ないからそれに参加する機会はほとんどない。しかもそれを中学生で申し込み出来るって…

 

さっきの私が予想していた豪華そうなところに誘う気がするというのは、もっとレベルが高い基準で当たっていた。

 

「す…すごいね。船上パーティーに申し込むことができるんだ…」

『まぁ、頼むだけなら簡単に出来るよ」

 

そういえば渚くんから、学真くんの庶民感覚が大きくズレているって聞いたっけ。それってこういうことだったんだ。

 

「…どういう人が参加するの?」

『ん?えっとな〜…』

 

ペラペラっと紙をめくる音が聞こえる。ひょっとして、リストの本とかがあるのかな?

 

『まず、○○チームの監督だろ』

 

あ、そのチームテレビでよく見たことがある。

 

『それと、お笑い芸人の△◇さんだろ』

 

あ、そのコント結構面白いって弟も言っていたな〜

 

『それから…テレビによく出ている☆☆さんだな』

 

あ、私の好きな人だ…

 

 

 

 

 

なんかとんでもないイベントに参加させられているんじゃないか。さっきまで浮かれていたような幸せな気分が嘘のように、いまかなり焦っている。だってそんな有名な人ばかりがゾロゾロといるイベントなんて参加するどころかそれがある事すら知らない。

 

『とりあえずはこれぐらいかな。まぁそれから俺の知り合いも来ているし、運が良かったら会えるかもしれない』

 

電話の向こうで話している学真くんはいつも通りだった。緊張している様子もない。やっぱりあの理事長の家ではそれが当たり前だったのかな?…余計に理事長が怖くなった。

 

そこまでの話を聞いて、私は確信した。今すぐ私は準備を整えないといけない。いつも通りの私の服じゃ間違いなく浮いてしまう。中学生でもその場にいて違和感ないような…ドレス?を用意しないと…

 

『…大丈夫か?ちょっと調子悪そうだぞ』

 

私が慌てているのが分かったのか、学真くんが心配している。

そうして心配してくれた事はいつも嬉しく思っていた。けど今回はそれに甘えている場合じゃない。せっかく学真くんが用意してくれたパーティーのイベントを、私の勝手な都合で台無しにしては行けない。

 

「…ありがとう。でも大丈夫。明日楽しみにしているから」

 

学真くんに心配されないように、出来る限り明るい声で話す。

 

受話器を置いて電話を切った後、すぐに電話をかける。こういう時に1番頼りになる人に助けを求めるためだ。

 

電話をかけて暫く経って、相手の人が出てきた。

 

「はい……うん、あのね…」

 

 

 

 

 

 

「うん。凄く似合っているわ。可愛いわよ、桃花」

 

都会のデパートで、ビッチ先生と一緒にドレスを探していた。そしていま、ビッチ先生が選んでくれたドレスを試着していたところだった。

 

さっき電話したのは、ビッチ先生だ。高級な場所での立ち振る舞いならビッチ先生ぐらいしか頼れる人がいない。逆に庶民的な場所では当てにならないけど…

 

そしてビッチ先生と一緒に来ているこの店は、とても高級なブランド品ばかりが揃っている。

 

私の手持ちじゃ絶対にここの店の商品は買えないと心配していると

 

『いいわよ。愛弟子の晴れ舞台だから、私が一肌脱いであげる』

 

と言われてビッチ先生が払うことにしてくれた。まさかビッチ先生が払ってくれるとは思っていなかった。それにしても、私はいつからビッチ先生の愛弟子になったんだろう…

 

改めて自分のいまの姿を鏡で見る。水色のドレスを着ていて、今までの自分とは雰囲気が変わったようだ。服が変わるだけでこんなにも変わるもんなんだね。

そして髪もいつものポニーテールのようにくくるんじゃなくて、髪どめを使って少しオシャレにアレンジしている。

この時、私は1つ疑問に思った事がある。

 

「ねぇ、ビッチ先生。このドレスって何もつけなくてもいいの?」

 

私の着ているドレスは、なんの飾りもついていない、シンプルなものだった。少し前にビッチ先生のドレスを着た姿を見た事があるけど、とても赤いドレスで、模様とか飾りがついている派手なドレスだった。ビッチ先生の事だからそれを勧めてくるんじゃないかなと思ってただけに凄く意外だった。

 

「何もつけないわよ。むしろあなたはそれが良いと思うわ」

 

そしてビッチ先生がそんな飾りはつける必要は無いと言われる。

 

「ドレスは意外と身体つきによって相応しいものが違うものよ。私は目立つ物をよく着るけど、桃花はなんの飾りもない、シンプルでかわいいドレスが似合っているわ」

 

どうやら身体つきによって似合うドレスが違うらしい。そんなものがあったなんて知らなかった。

 

たしかに、ビッチ先生が着ているドレスを着ても絶対に似合わないと自分でも思う。それ以前に着る事も嫌だと言うかもしれない。ビッチ先生の言う通り、人に向いているドレスと向いていないドレスがあって、自分にピッタリ合う物を選んだ方が良いのも納得な気がする。

 

 

 

「それにしても嬉しいわ。桃花がこういう事に参加するなんて」

 

私の姿を見てビッチ先生が少し微笑ましい表情になって話した。こういう事ってなんの事だろう…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「学真と船の上で色々とイチャコラやるんでしょ」

「しないよ!」

 

 

 

 

 

…やっぱりビッチ先生だ。そういう事しか考える事が出来ないのかな…?

 

 

 

 

 

 

 

「冗談よ。でも嬉しいのは本当よ。同じ年頃の異性と遊ぶ事なんてそうそうない。私なんか、その機会すら無かったんだから」

 

 

 

あ……そっか。

そういえば、修学旅行でもビッチ先生は言っていた。戦争とは縁のない国で生まれた私たちに、精一杯女を磨けって。ビッチ先生は、私のように、今回みたいなお出かけのために悩むことも出来なかったんだ。

だからビッチ先生は、ここまで面倒を見てくれたんだ。自分が楽しめなかったことを、私に楽しんでもらうために。

 

 

「だからね、桃花。精一杯楽しみなさい。どんな結果になったとしても、後悔しない事が1番大切よ」

 

 

発破をかけてくれるビッチ先生のために、私は何が出来るか。それは明らかに分かっている。

 

 

明日の学真くんとのお出かけは、精一杯楽しまないといけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇翌日

 

学真くんの家の前に来ている。集合場所として言われた場所だから。今は私服、会場の近くで着替える場所があるから私服で来てって言われた。だからいまドレスはバッグの中に入れている。バッグもビッチ先生に勧められたものだ。

 

「ねぇ、きみ可愛いね。この後どっかに遊びに行かない?」

 

待っていると声をかけられた。コレって…ナンパって事かな?そういえばナンパにはくれぐれも注意するように殺せんせーから言われていたっけ…

 

「ごめんなさい。いま人を待ってるので…」

「えぇ〜?良いじゃん。海とか行くし楽しいよ」

 

こういう人って断ってもシツコく来るよね…学真くんが来るまでこの人が話し続けて来るんだろうか。

 

すると、話しかけて来た男の人にドン、と誰かがぶつかって来た。

 

「イッテ…!何すん…!」

 

男が怒りながらぶつかって来た人を見る。その途端、セリフが途中で完全に止まった。

 

「あぁゴメンね。ちょっとその人に用があるからどいてくれない?」

 

ぶつかった人は、学真くんだった。話している内容は普通だったけど、顔から発している威厳のオーラが半端ない。相手の人がビクビク震えていた。

…コレって理事長の遺伝だったりするのかな……?

 

「す、スイマセェェン!!」

 

大声で謝って、男は走って逃げ出した。

 

「…悪い。本当は俺の方が先に着くべきだったんだけどな」

「ううん。特に何もされてないから大丈夫」

 

男が逃げ出してから少し後に、学真くんが謝ったから大丈夫だと伝える。少し不安だったのは事実だけど…

 

「それから…もう一つ謝んないといけない」

「…え?」

 

学真くんはほかに謝らないといけない事があると言っている。そんな謝らないといけない事ってされてないと思うけど…

 

「こんなイベントに誘ってゴメンな。カルマから聞いたんだけど…普通は船上パーティーなんて参加しないみたいだな。ちょっと困らせてしまったかもしれない」

 

あぁ、そういう事。船上パーティーに招待した事を申し訳ないと思っているんだ。カルマくんに聞いて、自分の庶民感覚のズレを認識して、罪悪感を感じているのかな…

 

「大丈夫だよ。折角誘ってくれたんだから、学真くんが謝らないといけない事なんて無いよ」

 

最初に聞いた時は凄く驚いたけど、別に嫌だった訳じゃない。

 

「それじゃ行こう。どうやって会場に行くの?」

「ちょっと待ってくれ。もうすぐ着くと思うから」

 

…もうすぐ着く?何が着くんだろうか。

すると学真くんは何かに気づいたようで片手を挙げている。タクシーでも頼んだのかと思って、学真くんが向いている方…つまり、私の後ろを見る。それと同時に、それが私たちの前にたどり着いた。

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました。浅野学真様ですね」

「あぁ、よろしく頼む」

「リムジン!!?」

 

現れたのはタクシーなんかではなくまさかのリムジンだった。まさか烏間先生関係以外でリムジンを見ることになんなんて…

 

「あの船上パーティーは、申し込んだらリムジンが迎えに来るみたいなんだ。こういう高級車は好きなわけではないけど、まぁ交通機関で行くよりはマシだろ」

 

運転手から渡された紙に、恐らくサインを書きながら学真くんが何か話している。そうか。船上パーティーって言うぐらいだし、移動にリムジンを使う事は当然なのかも…

 

「はい。お2人様ですね。それでは荷物をこちらにおいて席に移動してください」

 

運転手の人に言われた通り、荷物を入れて席に座る。学真くんも同じように座った。

 

そして扉が閉まる。その音が、いよいよ出発することを知らせている。

 

 

 

そうして、私たちを乗せたリムジンは、目的地に向かって走り出した。

 

 

 

 

 




学真くんの庶民感覚のズレがこんな酷いデートを作ってしまいました。このデートの行方や如何に。

次回『船上の時間』


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第69話 船上の時間

新キャラ1人追加してます。


リムジンに乗ってから、あっという間に目的地に着いた。30分くらいかかった筈なのに、乗っていたのが一瞬のように感じる。車の中で学真くんと全く話す事が出来なくて、リムジンの椅子の座り心地しか気にするところが無かった。

 

車の中の学真くんは、全くコッチを見てない。車が走っている道路を見ていた。そんな学真くんに話しかける事なんてとても出来ない。

 

そうして車は港の近くの大きな建物の前に着いた。船上パーティーを企画した人がここを着替える場所として貸してくれたみたい。

 

学真くんと別れて、着替え室でビッチ先生と選んだドレスを着る。そういえば、私以外に誰もいないみたいだけど…

 

「矢田さま、もうすぐで大勢の人が来ると思われますのでお早めに」

「あっはい」

 

いま扉の向こうから話しかけてきたのは、リムジンを運転した人だった。そっか…早めに着いたから誰もいないんだ…

 

さっきまで来ていた私服をカバンの中に入れて扉を開ける。私服を預ける場所が設置されているみたいだからそこに預けた。

そして学真くんと待ち合い場所にしていた一階の部屋に移動する。入れ替わりで来ていた団体の人が、運転手さんが言っていた大勢の人かな…?

 

《ガチャ》

 

「お待たせ」

「いや、俺もいま着替えが終わったところだ」

 

部屋の中には既に着替え終わった学真くんがいた。

学真くんが着ているのは、スーツだった。それも凄く高そうな真っ黒のスーツ。それを着こなしている、となんとなく感じる。やっぱり雰囲気が出てるからなのかな…?

 

学真くんは全く話そうとしないで私を見ている。そういえば私いまドレスだったね。だからそのドレスを見ているのかな…?

 

「どうしたの?ひょっとして、あまり似合ってなかった…?」

「…いや、良いドレスだな。凄く似合ってるよ」

「あ、うん…ありがとう」

 

…結構恥ずかしい。

 

実を言うと、学真くんならそう言ってくれると期待していた。学真くんは期待通りに答えてくれて、とても嬉しいけど、ちょっと罪悪感があった。

 

ときどき自分が卑怯だなと感じる事がある。特に思ったのは…窠山くんとの勝負の前に、学真くんの家の前に行った時だった。あの時間に突然家の前に来られても対応に困るし、家に上がらずに帰す人もいるとも思う。けど学真くんなら家に上げてくれると信用してた。

学真くんの優しさを良いように利用している自分を、酷いとしか言えない。最初の時は警戒して全く話しかけなかったクセに…ちょっとした機会にポイントを取っている自分を最低だと思う事もあった。

 

「…本当に大丈夫か?もし耐えられなかったらいつでも言って良いからな」

 

ああ、本当に…

 

学真くんが、こういう風に心配してくれるのが心地よくて…

 

 

 

 

 

その優しさがもっと欲しいと思ってしまうんだ。

 

 

 

 

 

 

「…うん、大丈夫。無理はしないけどね」

「ああ…それなら良いけど」

 

 

『ご来場の皆さま。本日はお集まりいただき、まことにありがとうございます。まもなく出航の準備をしますので、速やかに移動のほどをよろしくお願いします』

 

建物の中で、恐らく企画者の放送が聞こえた。

 

いよいよ、船上パーティーが始まるんだ…

 

 

 

 

「じゃあ行くぞ。遠慮だけはするなよ」

「…うん」

 

学真くんと一緒に、船上パーティーの会場である船に移動した。

 

 

 

 

 

『それでは出航致します。くれぐれも揺れにはご注意ください』

 

 

学真くんが持ってきたチケットを受付の人に渡して、船の中に入った。

そして少しの間船の中で過ごしていると、いよいよ船が港から離れて行った。いま動いているというのが体感でわかる。思ったほど揺れたりしないことにちょっと驚いた。

 

「じゃあまずは大部屋に行こう。食事が取れるし、色々な奴に会うことができるぞ」

「…うん」

 

船の中の過ごしかたは学真くんに任せている。学真くんの方が詳しいから、任せた方が安心する。本当は迷惑をかけたくないけど、余計な行動をしてしまうともっと危ない事になるかもしれないし、そっちの方が迷惑をかけてしまう。

 

 

そうして学真くんに、大部屋と言われる部屋に連れて来られる。多分この船の中のほとんどはこの部屋が占めてると思わせる広さだった。テーブルがたくさんあって、その上に食べ物が置かれている。

 

そしてテーブルだけじゃなくて人も多い。スーツとかドレスとかを着ている人が沢山いる。手にワインを持ってお話をしている人がほとんどだった。…ジュースとかあるよね。

 

それにしても…分かってはいたけど凄い綺麗な人ばかりだ。ここに来ている人のほとんどは凄い実績を出している人らしいし、服装もメイクも私なんかじゃとてもできないほど凄いものだった。

 

そんな人たちがたくさんいる中に入り込むのはかなり怖い。今までに感じたことがない恐怖が襲ってくる。

 

「とりあえず、俺からあまり離れるなよ。迷子になると探せなくなるから」

 

入る事に躊躇っている私の手を学真くんが握った。たしかにこれだけの人がいる中ではぐれてしまうと…

 

 

 

 

 

 

 

……ふえ!?

 

 

 

 

 

 

 

「あ…えと……」

「どうした?何かあったのか?」

「その……いや…うん。大丈夫」

 

 

自然に握られたから気づかなかった。それとも動揺していたから反応してなかったのかな…?

 

大きな体格をしているわけじゃないけど、手がちょっと大きい気がする。それにちょっと硬い。窠山くんと戦えるぐらいだし、武道とかやっているのかな。でも、凄く手入れしてある。今まで気づかなかったけど、手が凄く綺麗だ。こうして握られるまで、全然気にしてなかった。

 

 

 

 

手を引っ張られて真ん中に移動する。船の中では皿に自分の欲しい食材を乗せてすぐ離れるように移動することがマナーみたいだった。手を離して、学真くんがやっているように私も適当に食材を取る。…このオペラのような野菜の料理ってなんていうんだろう。

 

料理を取った後も学真くんについて行き、人が比較的少ない場所に移動した。学真くんは…キャビア?というものを取っていた。私はちょっと取る勇気が無かった。

 

「とりあえず…ここまでは大丈夫そうだな」

 

学真くんは一安心しているようだった。はぐれる事を1番警戒していたみたい。

 

私はさっき取った食材(テリーヌというらしい)を食べた。みずみずしいというか…凄く甘い。野菜でここまで甘く出来るんだ。

 

「hey!学真!」

「…MIKE(マイク)!」

 

…え?

 

いまネイティブな英語が聞こえたんだけど…

 

『久しぶりだね!3年ぶりかな?』

『そうだな。ここに来る事自体が3年ぶりだ』

『お、なんか流暢に話せるようになった?』

『学校の先生に鍛えられたからな』

 

…凄い。本当の外国の人だ。金髪の青い目をした男で、身長は学真くんと同じくらい。ひょっとすると年齢も同じだったりするかもしれない。

外国の人ならビッチ先生がいるけど、マイクさんという人は最初から英語で話していた。日本語を話さない外国の人って始めて見た。

それと学真くんの英語が凄い。そういえばビッチ先生の授業の時も発音が良かったね。アレってこの人と話していたからなのかな。

 

『それにしても君も気に置かないね。いつのまにこんな可愛いガールフレンドを作ったんだい?』

『うるせぇ。クラスメイトだ。色々と世話になったから、そのお礼に連れてきたんだよ』

 

cute(かわいい)girl friend(ガールフレンド)は聞き取れた。多分私の事を話しているんだろう。学真くんの彼女と勘違いしているのかな…

 

学真くんがこっちに顔を向けた。あ、コレってもしかして…

 

 

「矢田。コイツはマイクって言ってな。日本のアイドルグループが大好きで定期的に日本に来ているんだ。ちょっと話してみてもいいんじゃないか?」

 

…やっぱり、紹介された。別々の機会で知り合った友達がいれば紹介する流れになってしまうよね。

学真くんはマイクさんに英語で話している。多分私の紹介をしているんだろうけど…

 

「Hey 矢田。Nice to meet you.」

 

…やばい。挨拶された。えっと、なんて返せば良いんだっけ。ナイストゥートゥーミートゥーだっけ。

割と初歩的な会話なのに、なんていえば良いのかが全く分からない。考えようとすればするほど、いらない記憶が出てきたりしてゴチャゴチャする。

反応が返ってこなくてマイクさんも困っていた。早く返さないと…

 

《トン》

 

首に何かが当たった感触、さっきまで暴走気味だった私の思考が収まった。

首に当たったのは、学真くんの手だった。混乱している私を落ち着かせるための行動だったみたい。学真くんの狙い通り少し落ち着いたみたい。

 

「大丈夫だ。マイクは女癖が悪いけど、そんなに悪い奴じゃない。ちょっと間違っても怒る奴じゃねぇよ」

 

学真くんの言葉で、だんだんと落ち着きを取り戻す。そのお陰で私の頭の中が整理されて、何と返事すれば良いのかを思い出した。

もう大丈夫、と学真くんに言ってマイクさんに話す。

 

「Nice to meet you too.」

 

 

 

◇学真視点

 

…どうやら落ち着いたみたいだった。混乱していたのが分かったから、首に触れて落ち着かせた。多川のいうことって割と当たるな…

矢田はマイクと普通に話せている。アイドルグループのライブに行くために多少日本語を学んだマイクなら、少々間違っても大丈夫だろう。

 

それにしても…矢田は本当に大丈夫だろうか。

 

ああは言ったものの、無理しているのは確かだ。あのドレスは高級ブランドの店の商品だし、見た目からして多分昨日急いで買ったんだろうな。

 

我ながらバカな事をしたもんだ。朝に電話でカルマから言われるまで船上パーティーは普通参加するものじゃないという事を知らなかった。

 

もっと考えるべきだった。こういう風に遊んだことなんて無かったし、俺があまり夏休みに遊ぶ場所を認識してない事ぐらい分かってて然るべきだった。渚とか杉野とかに相談しなかったことが原因だな。

 

 

 

『じゃあまたな学真。ガールフレンドの面倒をしっかりと見てやれよ』

『だからガールフレンドじゃないと言ってるだろうが』

 

話が一通り終わったようで、マイクは離れていった。女性を連れてきたら何でもかんでも『ガールフレンド』と言うのをやめてくれないかな。

 

「大丈夫か。矢田」

「うん…学真くんが言ってくれたように話しやすい人だった」

「そうか。それは良かった」

 

余計な事を言ってなければ良いけどな。『彼とどこまで行ったの?』みたいなこと言いかねないし。聞いていた限り無かったみたいだけど。

 

さてどうしようか。ここに居続けるのも退屈だろうし。

 

「そうだ。外に出ないか。多分綺麗だぞ」

 

そういえば折角の船だし、外の景色をみても良いかもしれない。ここの海は割と綺麗だったし。は

 

「うん。行こう」

 

 

 

 

天気は晴れだ。雨とかじゃなくて本当に良かったと思う。じゃなきゃ外に出れないし。

太陽の光が当たっているようにも感じる暖かさと海風の涼しさで、丁度いいバランスだ。

外には5歳ぐらいの子どもが走り回っている。親についてきたんだろうな。そんな走り回ると危ないぞ。

 

「すごい。もう陸が遠いよ」

「そうだな。もう1時間は経っているし」

 

船の後ろを見ると、陸からだいぶ離れているのが分かる。あと5時間後に帰ることになる。

 

「そういえば、夏のリゾート島も船で移動するんだよね」

「そうだな。完全に移動用らしいけど」

 

リゾート島のホテルのパンフレットによると、移動用の船が用意されているらしい。移動が目的だから、いま乗っている船ほど豪華ではないだろうけど。

 

そういえばあの島には、海やホテル以外にもフライボードとか、洞窟とか…楽しめるものが沢山あるようだし、暗殺が終わった後も遊ぶのに退屈しなさそうだ。中には暗殺に使えそうな物がありそうだったけど。

 

「…もうすぐだね。殺せんせーの暗殺」

「そうだな」

 

考えてみれば、もうその時間が迫ってきている。期末テストの時に得ることが出来た、触手を破壊できる権利が8つ。それを活用して暗殺する絶好のチャンスがもうすぐだ。

 

クラスのみんなも、今回の暗殺に気合いを入れているだろう。1学期の暗殺よりも成功確率が高いから。

 

もちろん俺も全力で参加するつもりだ。何しろ触手を破壊する事になるから、暗殺開始の時には殺せんせーの1番近くにいる事になる。全力で殺せんせーを…

 

 

 

 

 

 

 

()()

 

 

 

 

 

 

 

『俺を1人にしないでくれよ!』

 

 

ちょっと待て。殺すって…『そういう事』だよな。殺すって事は…相手が死ぬって事だよな。

殺せんせーを殺せば、殺せんせーは死ぬ。じゃあ二学期以降あの先生に会う事はもう無くなる。

 

それって…良いのか?俺は…俺らはそれで良いのか?

 

 

 

「…どうしたの?学真くん」

「あ、いや…なんでも……」

 

 

…つい考え込んでいた。矢田を心配させてしまった。いけないな…こういう事はいま考えるべきじゃないのに…

 

 

 

 

 

 

 

 

「何か悩みがあるのかい?若人よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然、男の声が聞こえた。しかも、俺に話しかけているようだ。

 

気づくと後ろに1人の男がいた。かなり年上の…30代ぐらいの、ヒゲを生やしている男性だ。俺らと同じく船上パーティーの参加者なんだろう。サングラスが凄い気になるけど…

 

「いや、特に…」

「本当か?悩みがあるんだったら、オジさんが相談に乗るよ」

「大丈夫です。ありがとうございます」

 

…かなりめんどくさいオジさんだな。なんで赤の他人に悩みを言わないといけないんだ。

 

「学真くん、あの人って…?」

「全く知らない。多分パーティーの参加者だと思うが…」

 

矢田も少し警戒している。まぁ俺から見ても怪しいしな。殺せんせーが『怪しい人にはついていかないようにしましょう』と言われたし、関わらない方がいいだろう。

 

 

「あ!見て。魚が沢山いるよ」

 

 

矢田に言われて海の方を見ると、確かに魚が沢山いた。凄いな。最近海で泳いでいる魚なんて見た事ないから新鮮な感じがする。

 

 

「あ!魚だ〜」

 

 

さっきまで走っていた子どもも、海で泳いでいる魚に気づいたみたいだ。魚を見るために柵から身体を出して…

 

「ちょっと待て!その体勢は危ない!」

 

慌てて叫んだが、遅かった。子どもは魚を見るために宙に浮いている。その状態で頭を前に出すと、そのまま身体が前に傾いて海に落ちていく。

 

矢田も焦っている。俺も慌てていた。もう何をしても間に合わないと言うのに…

 

 

 

 

 

 

「ほっ!!」

 

 

 

 

ダン、と大きな音が聴こえて、海に飛び出す男が見えた。その男は、さっき俺に話しかけてきた怪しいオジさんだった。船から飛び降りて姿が見えなくなる。柵からも顔を出してみるととんでもない物が見えた。

 

 

 

海に飛び出したオジさんは、落ちそうになっていた子どもを捕まえて柵に捕まっている。

 

「嘘だろ…!」

 

簡単にやっているが、かなり難しい事をやってのけている。子どもを捕まえるのも柵に捕まるのも空中だ。重力がかかってるから、当然体は落ちていく。タイミングとかも難しいし、何より腕の負担が半端ない筈だ。子どもを抱えたままぶら下がっているわけだから。

 

「いっせーの…せい!」

 

大きな声と一緒に身体を持ち上げる。足を段差に引っ掛けて、立ち上がり子どもを船の上に下ろした。そして柵を乗り越えて自分も船の上に戻る。

 

「気をつけて遊べよ。君はまだまだこれからがあるからさ」

 

子どもは結構楽しそうだった。危なかったと言うのに呑気な…

 

オジさんの方は子どもを撫でて、歩き始める。右手を上に上げているのはどっからどう見てもカッコつけているものだ。

 

「…なんだ、あのオッサン……」

 

いつのまにか魚の事を忘れて、離れていくオジさんの後ろ姿を見ながら、俺たちは呆然としていた。

 

 

 

 

◇三人称視点

 

男は誰もいない場所に移動する。船に乗り上げた時にポケットに入れていた携帯電話が震えている事に気づき、誰もいない場所で取るためだ。

船の進行方向と真逆に向かいながら、ポケットから電話を取り出した。そしてボタンを押して携帯を耳に近づける。

 

「ほいほい。あぁ、大丈夫だよ。盗聴は出来ないようにしてある」

 

誰かに盗聴される事はない、と言う事を聴くと怪しい会話のように聞こえるだろう。もし近くに誰かがいれば疑いの目が向けられるに違いない。

 

「…へぇ、俺もその仕事に参加すれば良いの?」

 

電話を通して話している相手は、彼の同業者である。その同業者からの仕事の電話だった。

 

「……それはまた、酷な仕事をやらせるね」

 

かなり複雑そうな顔をしている。何しろ彼にとってあまり乗り気ではない仕事なのだ。

 

 

 

中学生という若者の殺戮は。

 

 

 

 

◇学真視点

 

船の中には、さっきの大部屋以外にも色々な部屋がある。ゲームが出来る部屋とか、飲み物を売っている部屋とか。カジノがあるとも聞いてはいるが、俺たちはそれに参加できる歳ではない。

 

俺たちが参加でき、かつなるべく楽しめそうな部屋を選びながら、船の中を歩きまくる。

 

無理をさせてこのパーティーに参加させたのは俺だから、矢田に嫌な思いをさせないように動くのは当然だ。

 

『まもなく岸に到着します。本日はまことにありがとうございます。お忘れ物のないよう、くれぐれもお気をつけてください』

 

そうこうしているうちに終わりの時間が近づいてきた。大したトラブルも起きなくて助かった。ここで問題が起こってトラウマが出来てしまったら嫌だし。

 

 

 

 

 

 

船から降りて、近くの建物の中で着替えを終わらせた後、リムジンで矢田の家の前まで移動する。行くときもそこで乗ったから、帰るときも同じ場所に着くようになった。

 

そしてリムジンから降りて荷物を取り出す。一言お礼を言われて、リムジンは遠くに行ってしまった。

 

「…今日はありがとな。色々と付き合ってもらって」

 

お礼をするつもりだったのに、逆に苦労させてしまった。申し訳ないとしか言いようがない。それにも関わらず付き合ってくれて本当に助かった。

 

暫く時間が経ち、矢田が笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ううん、楽しかったよ。良かったらまた連れてってね」

 

矢田の顔が少し紅くなっている。夕暮れの光が結構強いからだろう。

 

その矢田の顔が、少し綺麗と思ってしまった。

 

 

 

 

矢田は荷物を持ったまま、自分の家に帰る。矢田の姿が見えなくなるまで俺は矢田の姿を見守っていた。姿が見えなくなった時、意識を取り戻す。

 

まさか見惚れていたという訳じゃないよな…

 

自分の家に向かって足を進める。恥ずかしい気持ちを落ち着かせるために暫く立ち止まっていたかったけど、いま止まっている場合じゃない。

 

 

 

 

 

殺せんせーの暗殺期限まで、あと7ヶ月。いよいよリゾート島での暗殺が、始まる一歩手前になった。

 

 




恋愛描写って難しい…

次回『暗殺計画の時間』


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第70話 暗殺計画の時間

本日、感想欄で指摘された事ですが

実は私小説を2つ投稿していますが、この小説のとあるシーンで学真がもう片方の小説の主人公である『黎人』になってました。確認は何度もしたつもりでしたが、全く気付きませんでした。

これがダブル小説投稿のリスクというものですね…

作者の方でも読み直してみますが、もしこの小説で『黎人』になっている部分があれば誤字報告、活動報告欄、メッセージ等でご報告ください。ただし感想の方でのご報告はお控えください。


南の島での暗殺まで1週間をきっていた。日数が経っていくにつれて気合いと不安が高まっているのが分かる。

 

俺たちは、その訓練と計画のために椚ヶ丘中学校に集まっていた。俺も射撃練習に取り組んでいる。ほかのみんなも訓練に積極的に取り組んでいた。いま運動場では、まるで運動部が活動しているように、活発性に溢れている。

 

たった1人を除いては…

 

「まぁまぁガキども。夏休みだというのに汗水を流してご苦労な事ねぇ」

「ビッチ先生も訓練しろよ。射撃やナイフは、俺らと大差無いだろ」

「大人はズルいのよ。あんたたちの作戦に乗じて、美味しいとこだけいただくわ」

 

…このクソビッチ。なんでバカンスの格好をしてトロピカルジュースを飲みながら俺らの訓練を他人事のように見てやがるんだ。そのジュースどこで買ったんだよ。しかも偉そうに美味しいところを取っていくとか言いやがって。ハゲてしまえ。

 

「学真くんが思いっきりディスってんのが見て分かるんだけど…」

 

それは黙っておくという約束なのだぞ渚くん。

 

 

 

「ほう。偉いもんだな、イリーナ」

 

どこかで聞いた事がある声だ。静かそうで、心臓に響くほど強烈な衝撃を与えているような。

愉悦そうな表情をしていたビッチ先生は一瞬で怯えた表情になっていた。まぁビッチ先生にとっては何よりも怖い人の言葉だろうしな。

 

「ろ…ロヴロ師匠(せんせい)!」

 

ロヴロとは、少し前に椚ヶ丘中学校に来ていたビッチ先生の師匠だ。元殺し屋で今は殺し屋の育成をしている人。前はビッチ先生と暗殺勝負をしていた。

 

「夏休みの特別講師で来てもらった。みんなが考えた作戦に、プロの視点から助言をくれる」

 

まぁ、暗殺計画については暗殺のプロに聞くのが1番いいだろう。ビッチ先生もプロではあるが、当てにはならない。それにしても烏間先生は、よくロヴロさんに連絡が取れたな…

 

「1日休めば、指や腕は殺しを忘れる。落第が嫌ならさっさと着替えろ!」

「へ、ヘイ!喜んで!」

 

大声で怒鳴られて、ビッチ先生は大慌てで校舎に移動する。どこの居酒屋だよ、その返事。

流石にビッチ先生はあの人に逆らえないみたいだな。まぁ見るからに顔が怖いし、ビッチ先生には指導の先生のようなもんだしな。

 

「久しぶりです。ロヴロ先生」

 

ロヴロに話しかけたのは、霧宮だ。どうやら霧宮に暗殺の技術を教えたのはロヴロさんらしい。ある意味師弟関係なんだろうな。

 

「霧宮、君も失敗したようだな。俺としてみればイリーナよりも成功確率があると踏んでいたが…」

「…自分の力不足としか言いようがない」

「いや、奴が特殊なだけだ。これまで送ってきた暗殺者でも成功出来なかった。そう落胆することではない。

だからこそ、今回の暗殺は絶好の機会だ。殺せる位置まで接近する事すら出来なかったからな」

 

まぁロヴロさんの言う通りだな。今まで暗殺者が学校に来た事が何回かあったけど、シッカリ手入れされて帰ってしまうのがオチだ。

 

「今回も暗殺者も送るの?」

「いや、今回は送らん。と言うよりも送れないのだ。あのタコは鼻が効く。暗殺者の独特の香りを嗅ぎつけてしまう。

加えて困った事が重なった。優秀だった殺し屋たちに連絡がつかなくなった」

「他の殺し屋が失敗して、怖気付いたのか?」

「かもしれん。今は彼らの暗殺にかけるしかない」

 

何やら困った事が起きているようだ。暗殺者と連絡が取れないって、行方をくらましたと言う事なのか。なんか嫌な予感がするな。

 

「…ふむ。まず約束の8本の触手を破壊させ、その後クラス全員で一斉射撃か。それは分かるが、この1番最初の『精神攻撃』とはなんだ?」

 

渚が作成した『殺せんせー暗殺計画』を読んで貰っている。渚は暗殺の計画を立てるのがかなり上手い。作戦の全貌を聞いて感心してしまったほどだ。…特にいまロヴロさんが気になっている精神攻撃はかなりヤバかった。

 

「まずは動揺させて、動きを鈍らせるんです。殺意のない攻撃には脆い事が多いから」

「こないだ殺せんせーさ、エロ本立ち読みしてたんだよ。黙っておくようにアイスを一本配られたけど…今どきアイスで口止めできるわけねぇだろ!クラス全員で散々にいびってやるぜ!」

「他にも揺するネタは確保してありますので、先ずはコレを使って追い込みます」

「…残酷な暗殺方法だ」

 

確かに殺せんせーは動揺しやすい。テンパるのが意外と速かったり、反応が鈍かったり。特に自分の恥ずかしいところを見られるのが1番羞恥心を感じるみたいだ。

と言うわけだからそれを使うということだ。このあいだのエロ本立ち読み事件なんかは良いネタだし。他のクラスのみんなから聞いた殺せんせーの痴態を聞いて、思わずドン引きした。コレを使うと恥ずかしくて死んでしまうんじゃないか?

 

「しかし、肝心なのはトドメを刺す最後の射撃。正確な狙いと精密なタイミングが不可欠だが…」

「不安か?このクラスの狙撃能力は…」

「いや逆だ。特にあの2人は素晴らしい」

 

ロヴロさんが一目置いているのは、このE組の中でもトップの射撃能力を持っている千葉と速水だ。あの2人、結構エグいレベルの狙撃が出来ている。しかも淡々と訓練を成し遂げる様子が如何にもプロの殺し屋らしい。とんでもない仕事人気質を感じたのは俺だけじゃないはずだ。

 

「他の生徒も良いレベルに育っている。短期間でよく見出し育てたものだ。彼らなら十分に可能性がある」

 

 

 

 

「狙いが安定しただろう。人によっては立膝よりあぐらで撃った方が向いている」

「はい。さすが本職…」

 

ロヴロさんは俺らの射撃の指導を始めた。不破の言う通り本職なだけあってアドバイスが的確だ。殺し屋の育て方も慣れているんだろうな…

 

「ロヴロさん」

 

ロヴロさんに話しかけたのは、渚だった。何か気になっている事があるようだ。

その時、ロヴロの表情に変化があった。何かを感じたのだろうか…?

 

「…?なんだ?」

「1番優れた暗殺者って、どんな人なんですか?」

 

1番優れた暗殺者…確かに気になるな。ビッチ先生以外にも殺し屋は沢山いるし、殺せんせー暗殺のために送り込まれた暗殺者もいた。そんな暗殺者のトップとはどんな人物だろうと思いたくなる。

 

「そうだな。最高の殺し屋、そう呼べるのは地球上でたったひとり。この業界ならよくある事だが、彼の本名は誰も知らない。ただ一言のあだ名で呼ばれている。

 

 

曰く、死神と」

 

死神、か…

 

死神といえば、死を告げる神というイメージがある。人が死ぬ瞬間に見えてしまう悪魔の姿…そう例えられていると言う事なのかもしれない。

 

「神出鬼没、冷酷無比。夥しい屍を積み上げて『死』そのものと呼ばれるに至った男だ。

 

君たちがこのまま殺しあぐねているのならば、いつかは奴が姿を現わすだろう」

 

…そうか。殺せんせーは100億の賞金首だ。そんな首を世界一の暗殺者が狙わない筈がない。

 

それは困るな…俺らの担任を、赤の他人に殺されるのは1番嫌だ。

 

ますます南の島の暗殺が大事になってきたな…

 

 

 

 

「因みに、最高の殺し屋とはいかんが、実績だけなら劣らない殺し屋がもう1人いる」

「え…?」

 

 

 

 

 

…おいおいマジかよ。まだヤバい殺し屋がいるってのか。そういうのは1人で十分だろうに。

 

「その男は…

 

 

 

 

全ての暗殺者の中で最も技術が低い」

 

 

 

 

 

 

 

 

…は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰の目にも触れないように動く技術も、標的に気づかれないための技術も持ち合わせてない。猪突猛進、正面から堂々と標的を殺すことしか出来ない男だ」

「それって殺し屋として成立してんの?」

 

思わず口を挟んでしまった。見た目からして冗談を言う人じゃないのは分かっているけど、今の話はあまり信じれない。なにしろ正面から堂々と来る殺し屋なら、抵抗する手段ならいくらでもあるはずだ…

 

「いま君が考えた通り、標的に気づかれたら暗殺の確率はほとんどない。寧ろ諦めて逃げる策を練らなければならないのが普通だ。

 

だがその男は逃げるような行動は取らない。そして相手を取り逃がしたこともない」

 

…つまり、相手が抵抗して来ようと逃げようとしても関係なく任務を遂行する、てことか…なんか、未だに想像つかない。普通そんなこと有り得ない。

 

「信じがたいだろう。それは目撃したはずの男も一緒だ。人間の体ではあまりにも不可解な現状を作り出す。その姿を兵器と例え、巷ではこう呼ばれる。『タンク』とな」

 

タンク…tank…戦車か。

そういう暗殺者もいるということか。

 

「その暗殺者が来る可能性もあるのか?」

「それは分からん。タンクは自分の意志で動く事はない。それも兵器らしいところではある。だが…」

「操縦者…つまり、他人の意志で動くことがあるということですか…?」

 

…なるほど、渚の言葉に納得した。自分の意志で動く事はないかもしれないが、他人の意志で動く事だってある。

 

もしそれが死神だったら…考えたくもない。

 

とりあえずあまり悠長にしている暇がない。なにがなんでもこの暗殺で殺さないと…

 

「………」

 

いや、ダメだ。ここで迷っている場合じゃねぇ。いまみんなで殺せんせーを殺すために頑張っているんだから…

 

「では少年。君には必殺技を授けよう」

「…必殺技?」

「そうだ。プロの殺し屋が教える、必殺技だ」

 

何やら渚はロヴロさんから何か教えられているようだ。必殺技に少し興味があるけど、俺が入れるような話題じゃなさそうだし。

 

それにしても必殺技、ねぇ…八幡さんから技なんか教えてもらった事がないから、俺には全くゆかりの無い言葉だ。

 

その事に不満があるわけじゃない。八幡さんから色々特訓させられた。お陰で最初の時よりは、根性とスタミナがついたとは思う。窠山の時はとりあえず下手な攻撃を受けないで済んだし。

 

けどどれだけ根性がついても、力の差が歴然としている相手には意味がない。殺せんせーもそうだし…鷹岡の時もそうだ。受けているだけではあっという間に追い詰められる。

 

いまの俺に必要なのは、そういう奴に通用する技だ。

 

これはあの船上パーティーの後に考えた事だ。殺せんせーを殺した後、強大な敵が目の前に現れたとしたらどうすれば良いかと考えた事がある。今までは殺せんせーに頼っていた事があったけど、それが通用するとは限らない。

 

万が一の時に自分で活路を開くための一手を作り出さないといけない。

 

 

「…烏間先生」

 

 

俺は烏間先生に聞く事にした。この学校での教官は烏間先生だ。戦いに関する事ならこの人に聞くべきだろう。

 

 

 

 

◇第三者視点

 

訓練が終わり、いま学校に残っているのは、ロヴロ、烏間、イリーナだけである。イリーナは家に帰る支度を済ませようとしているが、烏間とロヴロは殺せんせーの暗殺について話し合っていた。

 

「協力感謝する」

「協力はあまりしてないがね。俺に出来たのは技術を教えるぐらいだ」

 

技術を教えるだけでもありがたくはあった。戦闘の経験があるとはいえ、暗殺に関しての経験は烏間には無い。特に遠距離からの射撃は知識としては持っているものの実践経験はそんなに無い。だからこそロヴロの指導が効果的だった。

 

「何か気になる事があれば、教えて欲しいのだが…」

 

烏間は他に何か改善しておかないといけない事がないかを気にしている。詰めを誤るわけにはいかない。追い込むなら徹底しておきたいと考えるだろう。

 

「別に気にするところはない。寧ろ思わぬ才能がいたぐらいだ」

「それは…?」

「確か…潮田渚と言ったか。彼はかなり暗殺者の素質があるな」

 

烏間もそれは気づいていた。渚はこのクラスの中で1番暗殺者の素質がある生徒なのは確かだ。

だから烏間は懸念している。彼が将来殺し屋の道を選んだ時、果たして認めるべきなのかどうか…それを烏間は迷っている。

 

「ましてあの見た目だ。周りから警戒される事もないだろう。

もし殺し屋になったら、それこそ『死神』に近い殺し屋に化けるかもしれん」

 

予測していた通り、ロヴロの評価が高い。プロの目から見ても才能があるとみなされたのだ。そこそこの才能ではない。だからこそ余計に迷ってしまうのだ。殺し屋の道の方が、彼にとっては確実な道のように見えるからだ。

 

 

 

 

 

「ああしかし…もう1人、気になる人物がいたな」

 

 

 

烏間の迷いが、一瞬で途切れた。

 

渚以外にロヴロが目をつけた人物がいたのだから。

 

「…それは一体…?」

 

その人物については、全く見当がつかない。潮田 渚以外にロヴロが目をつけるほどの人物は思い当たらないのだ。

 

「…これは潮田渚の逆だ。つまり、暗殺者の素質が全くない生徒だ」

 

先ほどまでとは全く別の疑問を抱く。そもそも訓練しているのは中学生なのだから、それこそ暗殺者の素質がある人物の方が少ない。だから潮田渚は異端なのだ。

にもかかわらず、ロヴロはひとりの男に目をつけた。その男は暗殺には不向きだ。

 

それだけではない。

 

寧ろこのままだと不味い事になりかねないとロヴロは考えていた。

 

 

 

「確か名は、浅野学真だったな」

 




次回から暗殺教室メインストーリーの1つ、リゾート島編です。

次回『南の島の時間』


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第71話 南の島の時間

いよいよリゾート島編です。




一軒の家が、酷く損傷していた。壁とか屋根とかが破壊されて、もともとその家の一部であった物が瓦礫として散らばっている。

 

火事が起こったのか、地震でも起きたのか…とにかく災害レベルの出来事が起こったとしか思えない。

 

 

 

 

 

 

そんなボロボロの建物だったところの上に、2人の男がいた。

 

 

 

 

 

 

 

1人は俺だ。右手には棒のようなものを持っていて、かなり形が変化して、赤いものが付着している。その赤い色をしたのは間違いなく人間の血だ。これで人間を殴ったから、それがついていてもおかしくない。

 

もう1人、つまり俺の目の前にいる男は、黒い覆面をしていて顔が見えない。けどその覆面の一部が破れかけていて、そのまま破けばその覆面を剥ぐことが出来る。

 

 

 

 

 

 

 

すると俺の前にいる男がその破れているところを握る。そのままブチブチッと覆面を破り捨てていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石だ、学真くん。お前ならここまで追い詰めて来るだろうと分かっていたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聞いたことがあるような、聞いたことが無いような声だった。その男はとうとう覆面を全て破り捨ててしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕のこと…覚えているよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全く見覚えがない天井が見える。何となく暗くて狭い。その天井を見て、いままで寝ていた事を思い出す。

 

「ふあ…」

 

あくびが出てしまう。本当はここで寝るつもりは無かったんだけど、昨日の夜あまり眠れなかったから、仮眠をとったんだ。

 

布団として利用していた椅子から降りて、扉まで歩いて開ける。その途中でだんだんと目が覚めてきた。

 

 

 

 

 

「あ、おはよう。学真くん」

 

 

 

 

 

扉を開けると渚がコッチに気がついた。それ以外にもE組の生徒がいる。なんでと言うと、理由は簡単だ。

 

いま俺たちは、リゾート島行きの船にいる。前々から言っていた南の島の出航日が来たのだ。

 

船は割と速い速度で目的地に向かっている。進んでいる時の水飛沫が綺麗に見える。

 

 

 

 

 

 

「ふにゃあ…船はヤバイ。船はマジでヤバイ。頭の中身が全部まとめて飛び出そうです」

 

 

 

 

 

 

乗り物に酔いやすい(弱点その8)殺せんせーが溶けながら鉄柵にもたれかかっている。あのまま真っ二つに切断されんじゃねぇか?

 

 

 

 

 

「あっ見てみて殺せんせー!着いたよ」

 

 

 

 

 

倉橋がナイフを振りながら明るい声を出している。その姿がなんかシュールと感じていたのも良い思い出だ。いまや日常茶飯事だしな。

 

船の行く先を見ると、倉橋が言う通り島が見えてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「島だーー!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

E組の生徒はお祭り騒ぎになっている。その島こそ、A組との勝負で勝ち取った懸賞金としての旅行先で…殺せんせーの暗殺計画が実行される場所だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ、普久間島リゾートホテルへ。サービスのトロピカルジュースでございます」

 

ホテルの従業員だろうか。その人がジュースを配ってきた。パイナップルが入った、いわゆるトロピカルジュースというものだった。

 

「おれこう言うのあまり好きじゃ無いんだけどな…」

「そうか?結構美味なのだが…」

「俺は無理なんだよ。なんだったらやるよ」

 

霧宮にジュースを押し付ける。他のみんなは割と普通に飲んでいるよな。まぁ…人には好き嫌いがあるって事で勘弁してくれ。

 

それにしても、結構見晴らしが良いな。チラシでも綺麗だなとは思ったけど、現場で観るともっと鮮やかに見える。

 

「ホテルから直行でビーチに行けるんですね。様々なレジャーも用意してあるそうです」

 

船の上で散々な酔い方をしていた殺せんせーは、サングラスに麦わら帽子、アロハシャツと思いっきりバカンスを堪能している格好で優雅な様子だ。陸に上がった途端に元気になったよな。

 

「例のアレは夕飯の後にやるからさ。先ずは遊ぼうぜ、殺せんせー」

「修学旅行の時みたく、班別行動でな」

「ヌルフフフ、賛成です。よく遊び、よく殺す。それでこそ暗殺教室の夏休みです」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ズルイよ殺せんせー!」

「動力の性能が違いすぎ!」

 

いま殺せんせーは一班と一緒にグライダーで遊んでいる。殺せんせーは倉橋と一緒のグライダーに乗っていて、他の一班のメンバーは殺せんせー弾を撃っている。

 

というかエグいな、殺せんせーが乗っているグライダー。地上から見ても恐ろしいスピードでいまありえない動きをしているのが分かる。一緒に乗っている倉橋は大丈夫なんだろうか。

 

「上手くやっているね。一班の誘導」

「意外とやるもんだね。暗殺も混ぜながら、他のところに目が行かないようにしている」

 

まぁ確かに。というかそれが狙いと言えば狙いだ。この殺せんせーを殺す絶好の機会だから、出来る限りの手は尽くしたい。

 

けどその準備を殺せんせーに見られたらおしまいだ。それこそ何の意味もない。だから遊びという名目で、殺せんせーの意識を俺らの準備から晒させている。

 

「次は私たちの番だよ。速く終わらせて着替えないと」

 

茅野の声を合図に、俺と渚とカルマと杉野が海にポツンと建っている小屋…チャペルの周りの水に潜る。このチャペルの柱に細工をするためだ。茅野が言った通り、次は俺たちの班に来るからあまり時間をかけられない。だから俺たちは急いで準備に取り掛かった。

 

 

 

 

「なんだよその妙な模様は」

「日焼けしました。グライダーの先端部分だけ影になってまして…」

 

暗殺のための準備を整え、船の前で待機していた。そして現れた殺せんせーは…日焼けした顔に白い三角形が出来上がっている。凄い違和感しか感じない模様だなそれ…

 

「さて君たち四班はイルカを見るんでしたね」

 

俺らの班はイルカを見ることになっている。イルカを見るために船で海を渡るから、他のメンバーが準備している所から離れさせる事が出来る。

 

 

 

 

本当は船に乗って移動するつもりだったんだが、殺せんせーは自分専用の水着(どう見たって魚の着ぐるみだけど…)でイルカと一緒に泳いでいた。イルカと一緒に海の上を綺麗に飛び跳ねる。遠くから見るとかなり違和感あるな…

 

 

 

 

 

 

 

 

船を降りると、殺せんせーは寺坂たちのところに向かっていった。寺坂たちは確か海底洞窟の探察に行く予定だ。調べた限りそんなに危ない所じゃなさそうだし、何より殺せんせーが一緒ならトラブルは起きないだろう。

 

「それじゃ、時間まで準備を進めておくか」

 

殺せんせーの相手が終わり、暗殺の準備に取り掛かる。いまこのタイミングで、殺せんせーがいない状態で遊びに行く奴はいない。まぁ当然といえば当然だが。

 

そういえば今回の暗殺の要である千葉と速水は射撃スポットを選んでいるみたいだ。それを近くで見ていた菅谷からは『仕事人感ハンパない』とかのコメントが来たけど、まぁあの2人だしそうなるわな。

 

さて俺はどうしようか…今の段階で出来る事といえば、周囲の調査だけど…

 

銃の特訓をした方が良いかもしれないな。体育では狙撃の成績はあまり良いとは言えない。触手を破壊する役割だから、そんな狙撃じゃ意味がない。だからひたすら特訓していたが、最後の追い詰めとしてやっておくか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば学真、矢田さんとのデートは上手くいったの?」

 

 

 

 

 

 

 

あ…

 

 

 

そういえばカルマはあの話を知っていたか…

 

 

 

 

 

 

「…デートって言うんじゃねぇよ。そういう関係でもないし」

「でも焦ってたでしょ。電話越しでも動揺がバレバレだったよ」

「う……」

 

船上パーティーのペアチケットを買って、矢田を誘った後カルマから電話がかかってきた。何故かカルマは俺が矢田を誘った事を知っていた。

 

どうやって知ったかを尋ねる前に、船上パーティーなんて普通の人は行かないという事を言われた。衝撃を受けた俺は平静を隠せていなかったらしい。

 

 

 

 

 

 

「で、どうだったの?」

 

 

 

 

 

なんか知らないが、カルマはそこを知りたそうにしてやがる。悪趣味め。

 

 

 

 

 

「問題なく終わった。特にトラブルは起こらなかったよ」

「ふーん…矢田さんはなんて?」

「…楽しかったと言ってくれた。その言葉を聞いて安心したよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

やたらとつっかかってくるな…何がしたいんだ、コイツは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「学真はさ…矢田さんのことをどう思ってる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

…矢田のこと、か。なんで矢田のことを聞いてくるのかは分からないが…全く予想がつかないというわけじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…良い人だな、と思う。弟の面倒を見たり、気づかいが出来たり。周りの人を心配してくれる優しい人だなって思うよ」

 

 

 

 

俺の正直な感想を述べた。矢田は優しい人だと心から思っている。バカな事をした俺にも優しく話してくれるし。

 

カルマは表情を変えずに俺の方を見ている。何かおかしなことでも言ったんだろうか。心当たりは全く無いけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…優しいだけ?他に思う事があるんじゃ無いの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…確信がついた。

 

コイツ、()()()()()に持って行きたいんだな。

 

 

 

 

 

「思う事がない訳じゃ無い。最近俺の中で、矢田を意識しているところがある。それこそ、矢田の言葉に感情が動く事だってあるよ。

 

 

 

 

 

 

多分俺は矢田の事が好きだ。いや…間違いなく」

 

 

 

 

コイツの事だし冷やかしてくるだろうと思ったけど、そんな事なくカルマは俺の話を聞いているだけだった。なんか…真剣な雰囲気を感じる。

 

 

 

 

「じゃあさ…付き合ったりはしないわけ?」

 

 

 

思った通りの質問が出てきた。コイツの事だし、俺にその気がない事に気付いたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出来るわけないだろ。女性を幸せにできない奴が、恋人になるなんて」

 

 

 

 

 

 

俺には恋愛をする資格はない。

 

誰かを幸せになんて、出来る筈がない。むしろ不幸にしてしまう。

 

 

 

 

 

日沢を殺したのは俺だ。

 

 

 

 

あんな思いはもうしたくない。俺のせいで誰かが死んでしまう事が、1番怖い。

 

 

 

 

だから矢田と付き合う気は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それってさ。逃げって言うんじゃないの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

逃げ…か。

 

 

 

 

 

 

確かにそうとも言える。過去に起こったトラウマを理由に動き出さない奴は…逃げているとしか言えないよな。今の俺もその類なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

けど…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…無理だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

踏み込む勇気が俺には無い。どうしてもあの日のことを思い出してしまう。日沢が死んだあの日のことを。

 

 

 

 

こんな事で揺らいでしまうなんて、本当にダメな奴だよな。俺ってやつは…

 

 

 

 

 

◇カルマ視点

 

 

 

 

街の中でブラついている時に、偶然ビッチ先生に会った。なんか機嫌が良さそうだなと思っていたら、コッチに気づいたみたいで俺に話しかけてきた。

 

その時に、学真が矢田さんを誘った事を知った。

 

最初は良いネタが出来たと思っていたけど、船上パーティーに誘ったなんて話を聞いた時は流石に呆れた。

 

学真に電話をしてその事を伝えるとかなり焦っているのが電話越しでも分かった。

 

 

 

 

 

 

矢田さんが学真を意識しているのは見て明らかだったし、最近学真も矢田さんに意識するようになったのも気づいた。鷹岡とかいう体育教師(だった人)が来てからだった気がする。

 

だから2人は両想いだし、夏休みにはカップルになっていると思っていた。船上パーティーはそのきっかけになると踏んでいたけど、そうはならなかったみたいだった。

 

 

 

 

 

どうやら学真は…自分に恋愛をする資格が無いと思い込んでいるみたいだ。

 

日沢を殺したのも自分だと思っているみたいだし、不幸にしてしまうと考えているんだろうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それってさ。逃げって言うんじゃないの?」

 

 

 

 

 

 

 

今の学真の状態は、どう見たって逃げていると言える。過去の事がトラウマになって動き出さないのは臆病者のそれだ。

 

 

 

 

 

「……無理だ」

 

 

 

 

 

 

背を向けている学真が、どこか遠くに行った。コッチに振り返る様子は1回もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

どうしたものか。

 

矢田さんも学真くんに告白する様子もない。最初の時に拒絶していた事が原因で出来ないみたいだけど。

 

どっちも動き始めないなら、くっつける事も無理だ。

 

まさかここまで、くっつけるのが難しい両想いのペアがいるなんてね…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇学真視点

 

 

しばらく時間が経って、夕方になっていた。

 

俺たちがいまいるのは、船の中だ。夕食の時間だし、それを船の中で取ろうと言う事だ。

 

因みにこの夕食の後、暗殺を仕掛けることになっている。現時点で殺せんせー暗殺のための準備はほとんど整えた。後はちょっとした準備が必要となる。

 

この船上ディナーはそのための時間稼ぎでもあり、もう一つの狙いがある。

 

 

 

 

 

「ほほう。船上ディナー…まずは船にたっぷりと酔わせて戦力を削ごうという戦法ですか」

 

 

 

 

 

 

 

そう、殺せんせーを酔わせる事が目的だ。殺せんせーが電車や船に酔いやすい弱点があるのは確認済みだ。だから戦力を削ぐためにこうして船の上に乗せている。

 

そして殺せんせーはその目的も見抜いている。まぁ見抜けないはずがない。そのつもりで動いているのは一目瞭然だし。

 

 

 

 

 

 

それよりも気になる事があるんだが…

 

 

 

 

 

 

「実に正しい」

 

 

 

 

 

 

雄弁に語る殺せんせーが…

 

 

 

 

 

「ですがそう上手く行くでしょうか」

 

 

 

 

 

違和感があるというか…

 

 

 

 

 

 

「暗殺の前に気合いに乗った先生にとって、船酔いなど恐るるに足り…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その真っ黒な身体をどうにかしろやァァ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺せんせーはいま真っ黒になっている。それこそ焦げすぎて放置された食料みたいに。

 

さっきの日焼けがレベルアップしてこうなったみたいだ。日焼けにしても焼けすぎというか…焼きすぎというか…日焼けしたら普通は赤くはずなのになぜ黒くなるんだ。

 

目が見えないし口も見えない。のっぺらぼうが喋っているようにも見える。っていうかなんで歯まで真っ黒なんだよ。

 

「そ、そんなに黒いですか…?」

「表情どころか前も後ろも分からないわよ」

「ややこしいからなんとかしてよ」

 

暗殺するにしても表情が見えなければ作戦の効果も分かりにくいし、何より会話すらできない。マジでいい事ないよなコレ…

 

 

 

 

 

「ヌルフフフフ…皆さんお忘れですか?先生には脱皮がある事を!」

 

 

 

 

 

ビリッと真っ黒な皮を破いて、中からいつも通り黄色いタコの体をした殺せんせーが出てきた。なるほど、真っ黒な部分を取り除いたというわけか。

 

 

 

 

 

 

「おい、それって月に1回の脱皮じゃ…」

「こういう使い道もあるんですよ。本当はヤバい時の奥の手なのですが…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………ヤバい時?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ…あああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バッカでー…自分で戦力失ってやがんの」

「どうして未だにこんなドジ殺せないんだろ…」

 

バカここに極まれりだな。これから暗殺をするという時に、奥の手である脱皮を使ってしまった。

 

アホな事をしてしまった事を自覚している殺せんせーはうずくまりながら、触手で目を隠している。今さら脱ぎ捨てた皮を戻すことは出来ない。後悔先に立たずという奴だ。これから殺せんせーは、脱皮という手段なしで俺たちの暗殺を受けることになる。

 

 

 

 

 

船から降りる時には、案の定殺せんせーは酔っていた。どこが恐るるに足りないだよ…

 

 

 

 

 

「さーて殺せんせー、飯の後はいよいよだ」

「会場はこちらですぜ」

 

 

 

 

 

菅谷が指差している方には、数時間前に俺らが作業していたチャペルがあった。殺せんせーの暗殺は、水に囲まれている小さな小屋の中で行うことにしていた。

 

 

 

 

 

 

チャペルの中に入った。中は椅子が少しと、テレビが1つだけ置かれていた。

 

そしてそのテレビの脇に、岡島と三村の2人がスタンバイしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、席につけよ。殺せんせー」

「ここなら逃げ場はありません」

 

岡島や磯貝の指示に従って、殺せんせーは席の先頭に移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しい暗殺」

「先ずは映画鑑賞から始めようぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いよいよだ。このステージこそ暗殺の舞台。ここに上がった時点で勝負の合図は既に鳴っている。俺たちが一丸となって、作戦を練って、準備を整えて、実行される…そんな暗殺が、いよいよ始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君たちの、知恵と工夫と本気の努力。それを見るのが先生の何よりの楽しみです。

 

 

 

 

全力の暗殺を期待しています」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いよいよ殺せんせー暗殺になります。果たしてどうなるのでしょうか。


次回『決行の時間』


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第72話 決行の時間

「全力の暗殺を期待しています」

 

私の生徒たちが、知恵と工夫を凝らした全力の暗殺を仕掛ける。それが私にとって1番の楽しみだ。

 

報酬を得るために精一杯の努力をしてくれた。先生を殺すための策を練り続けてくれた。先生にとってこれ以上嬉しい事はないとも言える。

 

 

 

 

 

 

このチャペルの壁には対先生物質が仕込まれている可能性がある。脱出しようとするとかえってリスクが大きい。このチャペルの中で暗殺を躱すしか無いようですね。

 

 

 

「始めるぜ。殺せんせー」

 

 

 

岡島くんがチャペルの電気を消した。部屋の中が暗くなり、設置されてあるテレビだけが唯一の光になっている。

 

 

 

 

『東京都内某所、椚ヶ丘中学校3年E組。あろう事かこのクラスの担任は、暗殺のターゲットである。我々が与えられた任務は…』

 

 

 

テレビは椚ヶ丘中学校の様子が映されている。学校の生活の様子を動画にしたものでしょう。先生が授業をしていたり、生徒たちが暗殺を仕掛けている場面が映されている。こうしてみると懐かしいですね。あっという間に1学期が終わった訳ですから。

 

 

 

テレビが流れている間、後ろの方で部屋を出入りしている音が聞こえる。位置と人数を明確にしないためでしょう。

 

しかし甘い。2人の匂いがこの部屋に無いのが分かっていますよ。出口の奥の方から、E組きってのスナイパー、千葉くんと速水さんの匂いがします。タイミングを見て狙撃するつもりでしょう。そちらの方向はなるべく注意した方が良さそうですね。

 

 

 

 

しかしこの動画は良く出来ている。編集とナレーターが三村くんですか。カット割りといい選曲といい、良いセンスです。つい引き込まれてしまいますね。

 

 

 

 

『我々調査部隊に、極秘情報を提供してくださった方々にお越しくださいました。話を伺う前に続きをご覧ください』

 

 

 

 

教室の中で三村くんが喋っているシーンが暗くなった。シーンが変わるという事でしょう。さて、一体何を見せてくれるのか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『買収は………失敗した』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失敗したァァ〜〜〜〜〜!!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

な、ななな…これは、これは!先生が裏山でエロ…じゃなくて捨てられていたエロ本…じゃなくて廃棄物を調べているところでは無いですか!なんでこのシーンが…

 

 

 

 

 

 

 

『最近のマイブームは、熟女OL。全部このタコが拾い集めたエロ本である』

「ちょ、違ッ…お、岡島くんたち!みんなに言うなとあれほど…」

 

 

 

 

なんて事だ。まさかこのシーンを生徒たちが見ている中で公開されるなんて…口封じのためにわざわざアイスを一本ずつ渡してあげたと言うのに…

 

 

 

 

 

『女子限定のケーキバイキングに並ぶ巨大な男。

 

 

 

誰あろう、奴である』

 

 

 

 

うぎゃあああああああ!!なんで変装してケーキバイキングに並んでいたシーンも映っているんですかァァ!!?

 

 

 

『バレない筈がない。女性でない以前に人間ですらないとバレなかっただけ奇跡である』

「あーあー、エロ本に女装に恥ずかしくないの?このど変態」

 

 

 

ひぃぃぃ…ナレーターの三村くんや狭間さんのコメントが心を抉ってきます…

 

 

 

 

『給料日前、男は分身でティッシュ配りの行列に並ぶ。そんなに貰ってどうするのかと思いきや…』

 

 

 

 

え、あ……このシーンは…!

 

 

 

 

 

『唐揚げにして食べだした。教師…いや、生物としての尊厳があるのだろうか』

『今日はポケットティッシュの唐揚げです。先生こないだ気づいたんです。ティッシュって意外と甘いものなんです』

 

 

うああ…最近の私の秘密までバッチリ取られている、こうしてテレビで自分の言葉を聞くと恥ずかしい…

 

 

 

 

『こんなものでは終わらない。この教師の恥ずかしいところを、1時間たっぷりとお見せしよう』

 

あと1時間も!?どんだけ私の恥ずかしいところを撮られているんですかァァ!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇1時間後

 

 

 

死んだ…

 

 

先生もう死にました…

 

 

 

あんな恥ずかしい事知られて、もう生きていけません…

 

 

 

 

 

 

 

『さて、極秘映像に付き合って貰ったが、何かお気づきではないだろうか、殺せんせー?』

 

 

 

え……?

 

 

 

 

 

そういえば水が流れている音が…

 

 

 

 

 

 

「な…これは…!」

 

 

 

 

 

いつのまにか床が水に浸かっている。先生の足は水を吸って太くなっていた。

バカな…誰も水など流す気配は無かったのに…

 

 

 

 

 

…!まさか…満潮!?

 

 

 

 

「誰かが小屋の支柱を短くでもしたんだろう」

「船に酔って恥ずかしい思いをして海水を吸って…大分動きが鈍くなってきたよね」

 

 

 

 

触手を破壊する権利を得た8人、中村さん、岡田さん、磯貝くん、学真くん、寺坂くん、吉田くん、村松くん、狭間さんが目の前に立つ。

 

 

 

 

「さぁて本番だ。約束だ、避けんなよ」

 

 

 

 

8人の銃口が向けられる。いよいよ始めると言うわけですか。

ですがスナイパーのいる方向は分かっている。そちらの方向さえ注意すれば…

 

 

 

 

 

 

 

「作戦、開始!!」

 

 

 

 

 

 

 

バン!バン!!

 

 

 

 

「うっ…にゅやっ…!」

 

 

 

 

磯貝くんが合図を出して、一気に8本の触手を失う。1本触手を失うことはしょっちゅうありましたし、イトナくんに何本も斬られたことはありましたが、ここまで多くの触手を失う事はなかった。ここまで痛みを強烈に感じることもありませんでしたね…

 

 

 

 

 

 

バリィィィ!!

 

 

 

「な…!」

 

 

 

 

 

突然、チャペルが壊れた。引き裂かれたように割れていったから破片はあまり落ちて来ないが、突然の変化に動揺してしまう。

 

 

 

しかも…

 

 

 

 

 

「フライボード…!!?」

 

 

 

 

小屋が破壊されたと言う事は、周りが海一面になったという事。その海から、フライボードに乗った生徒たちが浮いている。

 

 

 

これは、フライボードの水圧による檻ですか…小さな小屋から水圧の檻へと環境を変えて、反応速度を更に落とすという考えですね…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバン!!

 

 

 

 

 

「!!?」

 

 

 

 

 

破壊されてない触手が何本か斬られた。先生の警戒を掻い潜って触手を斬り落とせる人物は…1人しかいない。

 

 

 

 

「霧宮くん…!」

「動揺しているあんたなら、左手でも触手は斬り落とせるな」

 

 

 

 

まさか…8人が先生の前に立っている時、霧宮くんは背後に立っていたと…

 

8本の触手を失っただけでも運動能力はかなり落ちているのに、いま落とされた触手の合計は10を超えている。もはや反応速度はないに等しい。

 

 

 

 

 

 

 

『一斉射撃を開始します。照射、殺せんせーの周囲1メートル』

「律さん!?」

 

 

 

 

水の中から律さんが出てきた。いま銃を持っている生徒たちが狙撃する。

 

しかし、先生に当てる様子がない。

 

律さんが言っていた通り、周囲1メートルの範囲を対先生弾が行き交う。弾幕で先生の動きを制限しつつ、先生を狙う弾を分からなくさせるためでしょう。

 

ですが、千葉くんと速水さんのいる方向さえ気をつければ…

 

 

 

 

《チッ…》

 

 

 

 

 

……ッ!?

 

 

 

 

 

いま、違和感が…

 

 

 

 

 

 

《パン!パン!》

 

 

 

 

 

な…

 

 

水の中から、千葉くんと速水さんが…

 

 

 

じゃああの2人の匂いは…

 

 

 

ダミーというわけですか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先生の目の前に弾が近づいていた。

 

 

今まで暗殺者や国家は、その域に達する事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よくぞ、ここまで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇学真視点

 

 

千葉と速水が狙撃して、対先生弾が当たったと思ったとき、大きな爆発が起きた。

 

いや、本当の爆発というよりも…衝撃波に近い。周りのものを吹き飛ばす勢いがあった。

 

 

先生の周りで狙撃していた生徒は、海に投げ飛ばされる。フライボードで水圧の檻を作っていた生徒は体制を崩して海に落ちていく。

 

 

 

 

そして海から顔を出すと、殺せんせーは居なかった。

 

 

 

 

いま確かに、千葉と速水の撃った弾が殺せんせーの目の前まで来ていたのが見えた。

 

という事は…殺せたのか…⁉︎

 

 

 

 

 

 

「まだだ!奴には再生能力がある!片岡さんを中心に水面を見張れ!」

「はい!」

 

 

 

 

烏間先生に言われた通り、殺せんせーが本当にいないかどうかを探す。逃げ道もなかった。タイミングもバッチリだ。

 

 

 

 

 

だから殺してないとおかしいんだ。そうじゃなかったら……

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おい…あそこ…」

 

 

 

 

 

 

杉野が指差す方向を見ると、泡が不自然に発生しているところが見えた。E組の生徒の誰かではない。

 

 

じゃあその正体は何か。それは全員がなんとなく察した。可能性がある解答は1つしかない。

 

 

 

その泡に向かって銃を向ける。もちろん真剣だ。相手はマッハ20の怪物、一瞬でも気を抜けば逃げられてしまう。

 

 

 

そうしていよいよ泡を発しながら何かが現れてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふぅ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思わず変な声が出てしまった。

 

 

 

俺たちの前に現れたのは、オレンジ色の小さな丸い生物が入っている透明なボールだ。…何アレ?

 

 

 

 

「こ…殺せんせー?」

 

 

 

まさかと思い可能性のある名前を呼ぶと…それはコッチに向いた。その通りらしい。

 

 

 

 

 

「ヌルフフフ。これぞ先生の奥の手中の奥の手『完全防御形態』です!」

 

 

 

 

 

か…完全防御形態?

 

 

嘘だろ…ここに来て液状化とか脱皮じゃない隠し技かよ…

 

「外側の部分は高密度に圧縮されたエネルギーの結晶体です。肉体を思う存分縮めて、その分余分になったエネルギーで肉体をガッチリと固める。この形態なった先生は正に無敵、いかなる攻撃を受ける事はありません」

 

…つまり、高密度のエネルギーで攻撃を防ぐということか…?しかも、球体だから360°全ての方向からの攻撃を防げる構造になっている。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、その形態でいれば暗殺されることはないということか…?」

 

純粋に思った疑問だ。いざという時にその形態になれば、ずっと暗殺されないで済む。最初からその形態でいれば暗殺される心配も無かったと言うことになる。

 

「ところがそう上手く行きません。このエネルギー結晶は、約1日で自然崩壊します。その瞬間に先生は肉体を膨らませて、エネルギーを吸収して元の身体に戻るわけです。

 

裏を返せば結晶が崩壊するまでの約1日間、先生は全く身動きが取れません。これにはさまざまなリスクを伴います」

 

…確かに、身動きが取れないという事は、危ないところに運ばれてしまう可能性もある。そう意味でリスクがあるということか。

 

 

 

 

「最も恐れるのは、この状態のままロケットに乗せられて遥か彼方の宇宙空間に飛ばされる事ですが…その点は抜かりなく調べ済みです。24時間以内にそれが可能なロケットは、今の世界のどこにもない」

 

 

 

 

 

…ダメだ。

 

 

 

完敗だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

いま俺らは…この生物を殺せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ケッ何が無敵だよ。何とかすりゃ壊せんだろこんなもん!」

 

寺坂が殺せんせーを捕まえて、スパナで叩き壊そうとする。寺坂の力でやれば並大抵の物は壊せるかもしれない。

 

「ヌルフフフ、無駄ですねぇ…核爆弾でも傷1つつけられませんよ」

 

けどダメだな。壊れるどころかヒビが生える様子もない。鉄とかダイアモンドとかよりも硬い可能性がある。物理攻撃でどうこう出来ないと考えた方が良いな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっか〜、壊せないんじゃどうしようもないね」

 

 

 

 

 

 

 

橋の上に立っているカルマが寺坂から殺せんせーを受け取る。するとカルマは携帯電話の画面を殺せんせーに見せた。あ、嫌な予感…

 

 

 

 

 

 

 

 

「にゅやあぁぁ〜〜〜!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

…思った通り殺せんせーの悲鳴が出た。

 

 

 

 

 

多分あの携帯には、さっき殺せんせーに見せた動画が映っているな。それを見せて精神的なダメージを与えている…なるほど、そっちの攻撃は通じるな。

 

 

 

 

 

「やめてー!手がないから顔を覆えないんです!」

「あぁこめんごめん。じゃあこれを固定しておいて」

「全く聞いていない!」

「さっきそこで拾ったウミムシを引っ付けておくね」

「うわぁぁ!キモ!ウミウシの裏マジキモい!!」

「あと誰か不潔なオッサン連れてきてー。コレけつの穴にねじ込むから」

「助けてーー!」

 

 

 

 

 

…なんか可哀想だな。

 

 

カルマの嫌がらせのレベルが高すぎて、見てるだけで殺せんせーが不憫だなと思ってしまう。ホント、こういう時のカルマは天才的だ。

 

 

 

 

 

「とりあえず解散だ。上層部とコイツの処分を検討する」

「ヌルフフフ、対先生弾とプールの中に封じ込めますか?その時はエネルギーの一部を爆発させて、さっきのように爆風で周囲を吹き飛ばしてしまいます」

「……!」

 

烏間先生の眉が動いたのが見えた。烏間先生も手がないみたいだ。

 

 

 

 

…そりゃこの状況からどうする事も出来ないだろ…

 

 

 

「ですが君たちは誇っていい。世界中の軍隊でも、先生をここまで追い込むことは出来なかった。ひとえに皆さんの計画の素晴らしさです」

 

 

 

 

 

 

()()()()()殺せんせーの褒め言葉が来た。けど、それで嬉しがる生徒はいなかった。今回の暗殺は、今までの中で最も力を入れて、最も暗殺できる可能性があったものだ。

 

 

 

 

それを防がれたんだ。今までとは受けるショックが全然違う。

 

 

 

 

 

 

虚無感ってこういう事なんだろうな。なんとも言えない虚しさというか…自分の中にあったものが全て無くなった感じがする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その気持ちを抱いたまま、俺たちはホテルの帰路を歩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホテルの野外に位置するロビーに移動していた。みんな揃って元気をなくしている。みんなも異常な疲れを感じているんだろう。

 

その中で、俺は後ろの席の会話を聞いていた。その席には、俺らE組のスナイパーである千葉と速水が座っていた。

 

 

 

「俺さ…分かったんだ。『ミスった。この弾じゃ殺せない』って」

 

 

 

千葉の言葉だ。さっきの発砲に気になる事があったみたいだ。さっきの狙撃がミスったとは思わなかったけど、この2人には分かるのかもしれない。

 

 

 

 

「自信はあったんだ。リハーサルはもちろん、あそこより不安定な場所で練習しても外さなかった。

 

だけどいざあの瞬間、指先が硬直して視界が狭まった」

 

「…同じく」

 

 

 

…そうか。あの時千葉と速水はプレッシャーに呑まれていたのか。責任感が強い2人だし、俺たち以上に重くのしかかっていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

けど…それだけじゃない。原因はもう一つある。

 

 

 

 

 

 

 

もともと予防策として、霧宮に触手を斬り落としてもらうように頼んでいた。狙撃する千葉や速水に何があっても良いように。触手を10本以上失えば、2人の発砲に気づいても反応できないだろうと思っていたから。

 

 

 

 

 

 

それでも失敗したのは、2人が撃つ前に殺せんせーが2人に気づいたからだ。

 

 

 

そしてそのきっかけを作ってしまったのは俺だ。

 

 

 

 

 

 

もともとは複数の生徒が撃つ弾が殺せんせーの周りを行き交う事で殺せんせーの注意を分散させて、殺せんせーを殺す本命の弾…つまり千葉と速水の攻撃を分からなくさせる作戦だった。

 

もう少しで殺せんせーを殺せる。そう思っていた。おそらくみんなもそうだっただろう。

 

 

 

けどその時、俺は一瞬迷ってしまった。

 

 

 

少し前から、俺は殺せんせーを殺すかどうかを迷っていた。それに対して答えを出さないままこの暗殺に臨んだ。

 

 

 

そしていざあの場面になった時、本当にこのままで良いのかと迷って…今までそれなりに安定していた狙撃がぶれ始めてしまった。

 

 

 

そして俺の弾が1発だけ殺せんせーの服にかすった。

 

 

 

 

それを殺せんせーが気にしない筈がない。沢山飛び交う弾幕の中から自分を狙う弾を探す視点から、1発だけ乱れた狙撃の原因を探す視点になった。つまり…行き交う弾幕の外に意識が向いてしまった。

 

だから千葉と速水に気づいた。だから避けられたんだ。

 

 

 

 

「………クソ…!」

 

 

 

 

 

こんな屈辱感は、今までに感じたこと無かった。自我を持っている時から負けの感覚が身についていた俺は…今まで何かに本気で取り組んだ事は無かった。

 

 

 

本気で練習して、失敗するって…こんなに悔しいもんなのか…

 

 

 

 

 

「…どうした。学真」

 

 

 

俺が悔しがっているのが分かったんだろう。前に座っている霧宮が俺に声をかけてきた。

 

 

 

「お前が責任を感じる事はない。できうる限りの手は尽くした。そしてそれがダメだっただけの話だ。今回の事をキッカケに、また一からやり直しすれば良いだけの事だ」

 

 

 

…まさか霧宮に言われるとは思わなかった。

 

 

 

いや、霧宮だからか。実家の道場を継ぐという未来を失ってから今の状態になるまで色々と苦労してきたから、その割り切り方になっているのかもしれない。

 

 

 

 

次、か…

 

 

 

 

「そうだな…やってみないことには始まら…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言葉が途切れたのは、言うべき言葉が思いつかなかったからじゃない。思わず言葉を止めてしまう事態が起きたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「霧宮……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いま、俺の前の椅子に座っていた霧宮が…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然椅子から倒れ込んだからだ。

 

 




ある意味次回からリゾート島編の本番です。


次回『薬の時間』


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第73話 薬の時間

今回ペースが結構早いです。原作のシーンをところどころ飛ばしてます。


「霧宮!おい!しっかりしろ!」

 

 

倒れている霧宮を揺さぶりながら、霧宮に声をかけ続ける。意識があるかどうかを確かめるためだ…

 

 

「…疲れすぎたようだな。あまり体が動かない…」

 

 

 

疲れすぎとは言っているが…そうとは思えない。いまの倒れ方は体に異常がある奴の倒れ方だ。よく見ると苦しそうに息をしているし、表情もかなり悪い。

 

まさかと思い霧宮のデコを触ると、思った通り霧宮の体は熱がこもっている。

 

 

 

「…!おいみんな!霧宮が…!」

 

 

 

 

 

 

霧宮をどうにかするためにクラスに助けを求めようとしたが、それは出来なかった。

 

 

 

 

何しろ霧宮以外にも似たような状態になっている奴がいたからだ。

 

 

 

 

「みんな!」

「ひどい熱…!」

「どうしたんだ…突然…!?」

 

 

半分ぐらいの生徒が床に倒れていたり、机に伏している。

 

そうなっているのは…杉野と神崎、三村、村松、狭間、原、倉橋、前原、岡島、中村か。他のみんなはそうなっていない。これは一体…

 

 

 

 

 

「これは、お前の仕業か…?」

 

 

 

 

烏間先生の声だ。電話で誰かと話している。その話し相手が…この原因なのか…?

 

 

相手の話を聞いている烏間先生、一瞬だけ渚の方を向いたが何があったのかはわからない。

 

 

会話が終わったのか、電話が切れる。その瞬間に球体の殺せんせーを机に叩きつけた。烏間先生の中の悔しさを象徴するかのように、叩きつけられた机が悲鳴を上げているのが分かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…と、言うわけだ」

 

 

 

烏間先生が、いま電話の話を説明してくれた。

 

 

思った通り、みんなが苦しんでいるのはその相手の仕業だった。特別な薬なようで、感染してしまうと1日立つだけで死んでしまうものらしい。

 

 

 

そしてその解毒剤は相手の手元にしかないようだ。

 

 

 

その薬が欲しければ外部に連絡をせずに殺せんせーを持って来いと言うことだった。そして持ってくるのは烏間先生ではなく最も背が低い男女の二人組…

 

 

 

つまり、渚と茅野か。さっき渚を見たのはそう言うことか。

 

 

 

 

「烏間さん。ダメです。政府としてあのホテルに問い合わせてもプライバシーを繰り返すばかりで…」

「やはりか…」

 

 

 

烏間先生の部下が取引場所として提示してきたホテルに問い合わせても情報は手に入らなかったみたいだ。烏間先生の反応からすると…

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのホテルって…ヤバい奴らが集まるところですか…?」

 

 

 

 

 

聞いたことはある。初めから違法な連中が集まる危ないホテルがあると。

 

 

「…あのホテルは少し前から警戒している。政府の上ともパイプが繋がっているから国も迂闊に手が出せない」

「ふぅん…そんなホテルじゃ、コッチに手を貸してくれる訳ないか」

 

 

カルマの言う通り、ホテルがこちらに手を貸してくれるとは思わない方が良い。寧ろそのホテルもかなりの悪者だ。まさかそんなホテルが関わってくるとは思わなかったけど。

 

 

「どーすんだよ。このままじゃみんな死んじまう!こ、殺されるためにここに来たんじゃねぇよ!」

 

吉田がかなり焦っている。それはしょうがない。何しろバカンスに来ているし、こんな事態なんて想定していない。

 

俺も焦っている。どうすれば良いのかが全く分からない。このままじゃ…

 

 

 

「落ち着いて。そんな簡単に死なない死なない。じっくりと対策を考えよう」

 

 

 

原の言葉で少し落ち着きを取り戻した。危ない状況である事には変わらないけど、原の言葉を聞いてると暴走している思考も落ち着いていく。

 

 

 

 

 

 

 

…さて、どうしようか。

 

 

 

 

 

 

取引に応じるのも危険だ。こんな毒を仕掛けてくる奴が殺せんせーを貰ったところで解毒剤を素直に渡してくるとは到底思えない。寧ろ渚や茅野まで人質にされたら最悪だ。

 

かといって無視するわけにも行かない。烏間先生から聞いた話だといま盛られた薬はオリジナルのものだと聞いている。他の病院に対処できる薬があるとは限らない。それこそ取引先にしかないと思った方が良いだろう。

 

 

交渉に応じるのも危険、応じないのも危険だ。八方塞がりだ。どうすればいいか見当をつける事もできない。せめて相手の目的が分かれば、何か手があるのかもしれないけど…

 

 

 

 

 

 

 

「良い提案がありますよ。敵の言いなりになるより、大人しく病院に行くよりは…」

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、思わぬところから策があると聞こえた。

 

それは、殺せんせーだ。

 

 

 

 

 

「律さんの下準備は整ったようですし、看病に残る竹林くん、奥田さん以外の元気な人たちには着いてきてください」

 

 

 

 

 

 

 

私服に着替えさせられて俺たちが来たのは、犯人が指定してきたホテルの裏側だ。正面からしか入らないようにするためか、ホテルの裏は崖っぷちだ。それを登りきったところに扉がポツンとある。

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい…まさか」

 

 

 

 

 

この時、察してしまった。殺せんせーが何を企んでいるかを。当の本人はいつもより愉快そうに笑っている。

 

 

 

 

『正面玄関と湿地一帯には大量の警備が置かれていて、フロントを通らずにホテルに入るのはまず不可能です。しかしこの崖を登ったところにある通用口には、潜入不可能な地形なので警備も配置されてないようです』

 

 

「敵の意のままになりたくないのなら手段は1つ。患者11人と看病に残った2人を除いて、動ける生徒全員でここから潜入して奇襲して薬を奪い取る!」

 

 

 

 

予想は当たった。そりゃ崖の上に扉が設置されてあるところに来させられた時点で想像つく。

 

律が言ったとおり、潜入されないだろうと思われているあの通用口に警備を設置しているとは到底思えない。律というデータが言うなら尚更そうだ。

 

だからあの通用口から入ると言う事か。

 

 

 

 

「…危険すぎる。この手慣れた脅迫の手口。相手は明らかにプロだぞ」

 

「ええ。しかも私は君たちの安全を守れない。大人しく私を渡した方が得策かもしれません。全ては君たちと烏間先生の判断次第です」

 

 

烏間先生の言っている通りだ。その計画は、さっきの2択とは別の意味で危険だ。見知らぬ敵との戦い方なんて俺らはやったことがない。ましてあのホテルのような危なっかしい場所に入ったことすらもない。

 

 

 

 

「けど、行くしか無さそうだな」

 

 

 

これ以外に方法はない。寧ろこれが最適解だ。

 

 

 

「ちょ、やめときなさいよ学真!そもそもあんな崖、登り切る前に転落死するわ!」

 

 

歩き始めた俺に、ビッチ先生が焦って声をかけているようだ。けどこの崖程度じゃ落ちたりすることはない。

 

何しろいつもの体育じゃ、この程度で根をあげるような訓練じゃないからな。

 

 

足を引っ掛け、両手で手頃な岩を握る。そのまま身体を持ち上げながら次の足場に引っ掛けつつ他の場所も変えた。ロッククライミングに必要なのは全身の筋肉とバランスだって烏間先生が教えてくれたし、割とすんなり登れた。

 

 

ある程度登れたところで下の方を見ると、他のみんなも崖を登っている。みんなも異論ないようだ。ホテルに殴り込むこの作戦に。

 

 

 

「烏間先生、俺たち未知の場所で未知の相手と戦う訓練はしてきてないから、難しいけど指揮お願いしますよ」

「おう、こんなふざけたことする連中に落とし前つけてやる!」

 

 

磯貝と寺坂が烏間先生に話しかける。俺たちを保護する烏間先生としてみれば、俺たちにこんな危なっかしい事をして欲しくはないだろう。

 

けどここは折れて貰わないと困る。いまの俺たちが動くためには、この人の力が必要なのだから。

 

 

 

やがて烏間先生は決心したようで、俺たちに大声で指揮を取った。

 

 

 

 

「注目!目標、山頂ホテル最上階!隠密潜入からの奇襲という連続ミッション!ハンドサインや連携については関連のものをそのまま使う!いつもと違うのはターゲットのみ!3分でマップを叩き込め!

 

19時50分作戦開始!」

 

 

「「「「「おう!(はい!)」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして作戦が実行された。最初の崖を登るところは難なくクリアした。唯一不安なことがあったとすれば、ビッチ先生を抱えながら崖を必死に登っている烏間先生の姿かな。

 

なんかビッチ先生はついてくるみたいだ。何しろ、置いていかれるのは嫌なんだと。…面倒ごとにならなければ良いけど。

 

 

というわけでいま通用口の目の前だ。そこで俺たちはホテルの侵入ルートの最終確認をしている。

 

どうやらこのホテルは、エレベーターを使うためには専用のカードを使わないといけないらしい。だから階段を使うことになるけど、その階段もバラバラに設置されているようだ。

 

占拠されにくいように複雑な構造になっているという事だな。悪い客も使うわけだ。

 

複雑なルートを渡らないと行けないみたいだし、その途中で客に見つかってしまう可能性もある。ヘタな行動はしない方が良いな。

 

 

 

 

 

烏間先生が先頭になって進んで行く。すると早速最初の難関のようだ。それはロビー、遠くから見ても警備が多いのが分かる。かなりガッチリとした監視体制だ。その場の全員の視線を掻い潜って、しかも全員で突破するのは困難だ。

 

とは言っても少人数で行くのも危険だ。万が一敵に見つかったら対抗する手段も限られる。烏間先生1人ならなんとかなるだろうけど、俺たちを守りながら動くのは難しそうだ。

 

 

「なによ。普通に通ればいいじゃない」

 

 

烏間先生や俺が悩んでいる時に危なっかしい発言をしたのは、烏間先生におぶられながらこのホテルまで来たビッチ先生だ。いつのまにかワインを飲んでいる。どこから取り出したんだ。

 

 

「状況判断も出来ねぇのか!」

「あんな警備の中どうやって…」

 

 

みんなからブーブーと文句が出る。気は確かか、目はついているのか、頭おかしいんじゃないのかなどなど…散々な言われようだ。まぁこんな警備の中で普通に通ったら…

 

 

 

 

 

「だから普通によ」

 

 

 

 

 

 

ビッチ先生が、ロビーの中に入っていった。酒で酔っている演技をしながら、警備の1人にぶつかる。そいつの顔が赤くなっているのが、遠くから見ても分かった。

 

…なるほどね。

 

警備の目を掻い潜るんじゃなくて、逆にその目を惹きつけるということか。ビッチ先生なら警備の目をごまかすことは出来るだろうし。

 

 

ビッチ先生が動いた。何やらピアノを弾くようすだ。椅子に座り、警備の人に見られている。

 

 

 

そんな中、ビッチ先生は堂々と優雅にピアノを弾いた。

 

 

 

 

「凄い…」

 

 

 

 

感嘆の声を出す生徒がいた。まさかビッチ先生があんなにピアノを上手く弾けるなんて思っても居なかったし。

 

曲のセンスも凄い。あの曲は『幻想曲』の類だ。豪華な装飾が目立つこのホテルと相性がいいし、何よりビッチ先生の弾き方に色気を出している。身体の動きでピアノを奏でているような雰囲気に、その場の警備の人は全員目を奪われていた。

 

 

 

 

 

『20分時間を稼いであげる。行きなさい』

 

 

 

警備の人全員を近くに寄らせた時に、背中に隠した手で俺たちに合図を出している。簡単な指示だから簡単に意図を読み取ることが出来た。

 

 

 

ビッチ先生の意外な才能に感心しながら、俺たちはロビーを通過した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホテルの中を普通に歩いている。全員が私服だからホテルの宿泊客になりすます事が出来るらしい。

 

こんな大人数の中学生が泊まりに来るのかという意見もあったけど、その心配の必要はなく、寧ろいっぱいいるとのことだ。

烏間先生の話によると芸能人とかヤクザとかの子どもが親の金でここに泊まりに来ているらしい。それも好き放題遊ばれているとかなんとか。

 

廊下を通っている間も何人か別の客とすれ違ったけど、あちらから話しかけたりすることはない。金持ちの息子が多いところで問題を起こしたくないのはあっちも一緒みたいだ。

 

何事もなく廊下を通り抜けて広間に出る。騎士の置物とか高そうな武器(の作り物)とかが壁についている。武器として使えそうなものが多いな。

 

 

 

「なんだ。何も無さそうだな」

「こんな調子ならサッサと先に進んじまおうぜ」

 

 

寺坂と吉田が先頭を歩いている烏間先生を追い越して先に進もうとする。そんな先に進んで大丈夫かよ。

 

けど時間がないのも確かだ。取引までの時間は1時間だ。出来る限り早く行きたいのも事実。

 

寺坂と吉田は、偶然通りかかっている客の横を…

 

 

 

「…!待っ…!」

 

「寺坂くん!そいつ危ない!!」

 

 

 

 

焦って言葉が出なかった俺より先に不破が叫んだ。いま通りかかっている客は今までの客とは別だ。

 

不破の警告を聞いて、烏間先生が2人を後ろに引いた。すると目の前にいる男は何やらポケットから道具を取り出してそれを烏間先生に向ける。

 

その道具から紫色の煙が出てきて、烏間先生を飲み込む。煙に巻き込まれた烏間先生はその道具を蹴り飛ばした。一瞬だけ煙を出す仕組みなのか、それは煙を出すことは無かった。

 

 

 

 

「なぜわかった?殺気を見せずにすれ違いざま殺る。俺の十八番だったんだがな。そこのガキにオカッパちゃん」

 

 

ガキってのが俺のことでオカッパちゃんが不破だろうな。どうしていまバレたのかが気になるらしい。

 

けどその顔を見た瞬間怪しい事は分かった。

 

 

 

 

「オッサンさ…ジュース配ってた奴だろ。そんな奴がここに来てるだけで充分おかしいと言える」

 

 

 

 

俺たちがこの島に来ている時、ホテルの従業員の格好をした男がトロピカルジュースを渡していた。俺はその顔を()()()()()。だから目の前の男がその顔をしていたのも分かった。

 

 

 

 

 

「へぇ、よく見てるもんだ」

 

 

 

 

正体を見破られたというのに余裕そうだ。そんなの知られても問題ないと思っているんだろうな…

 

 

 

 

「…オッサンか?みんなにあのウィルスを盛ったのは」

 

 

 

 

凄みながら尋ねる。竹林から、みんなが毒にかかったのは経口感染、つまり食材に仕込まれていたと聞いている。その盛られた食材としてあのジュースが第1候補になるのは当然だ。ましてそのジュースを持ってきた奴が目の前にいるんだし。

 

 

 

「はっはっは。それを断定するには証拠が弱いぜ。あのドリンク以外にもウィルスを盛れる機会は幾らでもあるだろ?」

 

 

 

 

…痛いところをつかれた。確かに毒を盛られたのがあのジュースであるという証拠がない。だからこのオッサンが犯人であるとも言い切れない。

 

 

 

 

「ふっふっふ…」

「……不破さん?」

 

 

 

不破が意味ありげな笑い方をしている。何か楽しそうに見えたのは俺だけじゃない筈だ。

 

もしかして不破はこのオッサンが犯人である証拠を見つけたのか?

 

 

 

 

 

「クラス全員が同じ物を口に含んだのは船上でのレストランのディナーとあのドリンクだけ。けどディナーを食べずに編集していた三村くんと岡島くんも感染していたことから、感染源は昼間のドリンクに限られる」

 

 

 

あっそうか…

 

 

 

 

 

そういえば三村と岡島はあの夕食を食べていないんだっけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「したがって、犯人はあなたよ。オジさんくん!」

 

 

 

………

 

 

 

 

楽しそうにカッコつけているところ悪いけど

 

 

 

 

 

 

オジさんくんっておかしくない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すごいよ不破さん」

「まるで探偵みたい」

「ふふん。普段から少年誌を読んでいるとね、普通じゃない状況にも素早く適応できるのよ」

 

 

 

 

…なるほど。漫画ばかり読んでいる事がこういう形で役に立つとは。

 

 

 

 

 

「特に探偵モノはサンデーマガジン共にメガヒット揃い!」

「ジャンプは!?」

「え?ジャンプの探偵モノ?よく分からないけど、文庫版が出ているらしいから買うといいと思うよ」

「嫌らしいよ!」

「ステマが露骨だよ。もっとマーケティング倫理に配慮して…」

 

 

 

…突然何を言いだしているんだ。こんなところで全く関係ない作品の話をしても困るだろ。

 

 

 

 

 

 

「文才がゴミの作者が原作と違う事が出来るわけないじゃん」

「やめてあげて!」

「行きすぎた自虐ネタは危ないよ!」

 

 

 

 

 

…本当に何の話をしているんだ?コイツら…

 

 

 

 

 

 

 

 

バタン!

 

 

 

 

 

「…っ!烏間先生!」

 

 

煙に巻き込まれた烏間先生が膝をついた。まさか…

 

 

 

「やっぱりあの煙も毒か」

「おうとも、俺特製の室内用麻酔ガスだ。一瞬吸えば象も気絶させるし、空気に触れれば分解されて証拠も残らん。もともと俺の正体を知られたところで何の関係もないしな」

 

 

 

思った通り毒か。しかも、多分この男が作ったんだろう。毒といえば奥田さんが毒を殺せんせーに飲ませた事があるらしい。この暗殺者は、奥田さんの上位互換みたいな感じか。

 

 

 

 

「なるほど、実用性に優れていますね。あのウィルスも取り引き向きだ」

「さてね…だがお前らが取り引きする気が無いのは分かった。交渉決裂。ボスに報告するか」

 

 

 

 

交渉に応じる気がない事を伝えるつもりなのだろう。毒使いの男は踵を返した。

 

 

 

けど、その先に行かせる訳にはいかない。

 

 

 

 

 

「なっ…!」

 

 

 

 

 

敵に遭遇した場合、退路を塞いで連絡を断つ。烏間先生が俺らに言っていた指示だ。

 

 

「我々を見た瞬間、お前は瞬時に報告に行くべきだったな」

 

 

烏間先生が立ち上がっている。相変わらず体力が半端ない。象も倒れる毒を食らっているはずなのに。

 

 

「ふん!!」

 

「ぐあ!」

 

 

 

一瞬で勝負がついた。烏間先生の渾身の蹴りが毒使いの男の顔面に炸裂した。歯も抜けているし、意識も失うだろう。

 

 

 

 

けど同時に、ヤバイことになった。渾身の力で男を倒した烏間先生は…とうとう立つ力を失ってしまった。

 

 

 

 




次回はみんな大好きおじさんぬの出番です。



次回『ぬの時間』


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第74話 ぬの時間

ホテルの最上階。E組の生徒たちに交渉を仕掛けた犯人たちがその部屋にいた。

 

その部屋で、1人の男が丼にスープを入れていた。

 

 

 

 

「濃厚な魚介ダシに、たっぷりのネギとひと匙のにんにく。

 

 

 

そして銃!!」

 

 

 

 

薬味を入れたかと思うと、男は銃をそのスープの中に突っ込んだ。そしてそのスープがたっぷりと浸った銃を啜り始める。

 

 

 

「つけ銃うめ〜。ライフリングに絡むスープがたまらねぇ〜」

 

 

 

なんとも恐ろしい事をしているのだろう。人を殺す道具である銃を口に含んでいる。側から見るとヒヤヒヤする。

 

この男は、ボスに依頼された1人の暗殺者である。コードネームは『ガストロ』であり、暗殺者の中でも上位の銃の使い手だ。

 

 

 

「ククク…見てるコッチがヒヤヒヤする。その銃、実弾入りだろ?」

 

 

ガストロに話しかけている男は、モニターでウィルスに苦しんでいる生徒を面白そうに見ている。

 

その男こそ、暗殺者にボスと言われているこの事件の真犯人だ。

 

 

「ヘマはしません。撃つときにもなんの支障もありませんし、ちゃんと毎晩我が子のように可愛がっています。その日1番美味い銃がその日1番手に馴染む。経験則っすわ、俺の」

 

 

他人には到底理解できそうにない経験則を語りながらガストロは銃をスープの中に入れる。

 

「奇怪な奴だ。ほかの3人も同じようなもんか?」

「ええ。まぁ…使い捨ての鉄砲玉はいざ知らず、俺らみたいな技術を身につけて何度も仕事してきた連中は、何かしらこだわりが出てくるもんス。例えばスモッグの毒は全て自作。洗練された実用性にこだわる余り研究室まで作る始末っす」

 

 

 

スモッグとは、先ほどホテルの中で生徒たちに接触して来た男のコードネームである。彼の毒の実用性は、別室で苦しんでいる生徒たちの姿が証明している。

 

 

 

 

「ほう。では例えば『アクロ』は?」

 

「アクロっすか。アイツは効率っすね。いかにスマートに殺すか。効率を重視し過ぎて、暗殺時間にも強い拘りがあります」

 

アクロは未だに生徒たちの前に現れていない暗殺者のコードネームだ。だがこの部屋にはいない。彼は実を言うと見回りをしている。

 

「では…グリップは?」

 

ボスはもう1人の男のコードネームを言った。彼はもう既に、生徒たちの近くにいた。

 

 

「そっすね…まぁアイツは殺し屋の中でも変わってまして…」

 

 

 

 

 

 

◇学真視点

 

 

…引き続き不味い状況が立て続けに起こっているな。

 

烏間先生が倒した毒使いの男を縛って先に進んだ。烏間先生は磯貝に支えられながら歩いている。象も倒れる毒を吸ったと言うのに。

 

そして先に進むと、ガラス張りの壁がある部屋に来た。ガラスからは島の様子が一望できる仕組みだ。障害物がなく、外の光があるせいで見晴らしが良い。

 

その廊下に1人の男がいる。金髪に鍛えられているがっしりとした体格。あの雰囲気は、間違いなく敵側だ。このまま前に出るのは危ない。

 

かと言って回り込むことは出来ない。障害物がほとんどないから見つからないで通る事も無理だ。

 

 

 

 

 

 

 

バキバキバキ!!!

 

 

 

 

 

 

 

うお…

 

 

突然窓ガラスにヒビを入れ始めたからビックリした。ていうか素手でヒビを入れることができるんだ。

 

 

 

 

 

「つまらぬ」

 

 

 

 

 

 

…まさか、バレてるのか。俺たちは姿を見せてないはずなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「呼吸を聞いている限り、強いと思う奴が1人もおらぬ。軍人上がりの教師もいるはずなのぬ。どうやら、スモッグのガスにやられたようだぬ。なかば相打ちと言うところか…出てこい」

 

 

 

 

 

 

 

…呼吸で気配を感じられたのか。鋭い感覚をお持ちのようだ。あのガラスにヒビを入れる力も半端じゃない。

 

 

それよりも…いや、多分みんな薄々気づいている。気づいてるんだけど…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『ぬ』多くね?おじさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

言った!良かったカルマがいて!あまりにも不自然に聞こえたから気づいたが、このおじさんが怖すぎて言えなかった。多分みんなもそうだ。

 

 

 

 

「『ぬ』を入れればサムライっぽい口調になると小耳に挟んだぬ。カッコ良さそうだから試してみたぬ」

 

 

 

 

…ひょっとして外国人か?マイクもそうだったけど、日本に来る外国の人ってサムライとかニンジャとかが好きな傾向があるようだ。

 

 

 

 

 

「間違っているならそれでもいいぬ。この場の全員を殺してから『ぬ』を取れば恥にもならぬ」

 

 

 

 

 

両手からゴキッと低い音が出た。手に力を入れたんだろう。さっきガラスにヒビを入れていたし、握る力がかなりあるんだろう。

 

握る力、か…

 

 

「その素手があんたの武器か?」

「いかにも。こう見えて需要があるぬ。身体検査に引っかからぬ利点は大きい」

 

 

確かに。暗殺しに行く場所によっては身体検査を受けないと行けない場所もある。素手を使うなら武器なんて持つ必要がないし、引っかかることもない。

 

 

 

「近づきざま頸椎を一捻り。その気になれば頭蓋骨も粉砕できる」

 

 

頭蓋骨か…素手でそれを粉砕できるってことは、とんでもない握力を持っているという事か。

 

…ますます厄介だ。烏間先生がまともに動けないいま、肉弾戦で対抗できる人がいないと言うのに…

 

 

「しかし不思議なものだぬ。人殺しのスキルを極めれば極めるほど、暗殺以外にも試してみたくなるぬ。すなわち強い敵との殺し合いだ。だががっかりぬ。お目当てがこのザマでは試す気も失せた。雑魚ばかり相手するのも面倒だ。ボスと仲間を呼んで皆殺しだぬ」

 

 

げっ…携帯を取り出した。不味い。ここで犯人にバレたらここまで来たのがパーに…

 

 

 

 

 

 

《バリィィィィン!!!》

 

 

 

 

 

 

…!カルマ…?

 

 

 

 

「ねぇおじさんぬ。意外とプロってフツーなんだね。ガラスとか頭蓋骨なら俺でも割れるよ。

 

っていうかソッコー仲間呼んじゃうあたり、中坊とタイマン張るのも怖い人?」

 

 

 

アイツ……!

 

 

 

戦うつもりか…!?

 

 

 

 

 

「よせ!無謀だ…」

「ストップです烏間先生」

 

 

 

引き下がるように言おうとしていた烏間先生を制したのは、渚が持っている殺せんせーだ。

 

 

 

「アゴが引けている」

 

 

 

 

 

 

…確かに。

 

 

 

 

言われてみれば、いつもとは若干違う。前なら相手を見下すようにして余裕ぶっていたが、顔を下げて相手を正面から見ている。

 

相手を必要以上に見下さなくなったという事か?

 

 

 

◆第三者視点

 

 

椚ヶ丘中学校の期末テストの結果が出た時の事。赤羽カルマは教室から離れ、校庭の庭でテストの紙を握り潰していた。シワシワになったテスト用紙に書かれている点数は80点台、それなりに高い点数ではあるが、カルマにしてみればかなり低い点数だった。

 

 

「流石にA組は強い。E組の最高得点は浅野学真くんの3位でした。当然の結果です。A組も負けず劣らず勉強していた。テストの難易度も上がっていた。怠け者がついていけるわけがない」

 

「…何が言いたいの?」

 

「余裕で勝つ俺カッコいいと思ったでしょ。恥ずかしいですね〜」

 

 

カルマの後を追ってきた殺せんせーのセリフは、彼にダメージを与えるには充分すぎた。テストの点数が大幅に下がった原因は、彼自身も薄々分かっていた。

 

今回のテスト、カルマはテスト勉強に打ち込んでいなかった。勝負に本気で挑もうとはせず、簡単そうにスマートに倒してしまおうと彼は考えていた。

 

 

それは、彼の傲慢の表れだった。

 

 

そのせいで満足できる点数が取れなかった。

 

 

 

「殺るべき時に殺るべきことを怠った者は、この教室では存在価値を失っていく。刃を研ぐ事を怠った君は暗殺者ではない。錆びた刀を自慢げに掲げるただのガキです」

 

「……チッ!」

 

 

 

頭や頰を弄る触手を払いのけて彼は教室に戻っていった。彼の中では羞恥と屈辱で満たされている。

 

それが殺せんせーの目的だった。

 

多くの才能に恵まれたカルマは、本気で無くても勝ててしまうために、本当の勝負を知らずに育ってしまった。それを知らないことはこの先生きていく上で大きな痛手となることは間違いない。

 

それを避けるために手っ取り早いのは、負ける悔しさを覚えさせることである。少しだけバカにされたぐらいで折れるような男ではない。

 

 

 

 

負ける悔しさを知ることで、大きな才能はより進化する。

 

 

 

 

それは殺せんせーの教訓でもあった。大きな悔しさを知って大事な事を学んだのは、彼も一緒なのだ。

 

 

 

成長する事を願って、離れていくカルマの背中を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

(期末テストの後なりを潜めていましたが、あの敗北からしっかり学んだようですね)

 

 

グリップの前に立っているカルマの様子を嬉しそうに見ている。いま彼が大きく成長した事を実感したのだから。

 

 

「良いだろう。試してやるぬ」

 

 

グリップが上着を脱ぎ捨てる。本気でカルマを殺そうとしているのだ。

 

 

 

(存分にぶつかって来なさい!高い大人の壁に!!)

 

 

 

 

◇学真視点

 

 

連絡を取ろうとした携帯電話は、窓にぶつかって粉々になっている。部屋に置かれていた観葉植物を持って、鉢で壊したからだ。いまカルマの手にはその観葉植物が握られている。

 

 

携帯電話を壊したように、目の前の暗殺者に向かって振りかぶる。

 

だがその観葉植物の蔦をガシッと掴まれた。

 

 

 

 

「軟いぬ。もっと良い武器を持って来いぬ」

 

 

 

 

そのまま観葉植物が握り潰される。ガラスにヒビを入れるくらいだし、植物程度じゃ簡単にへし折れてしまうだろう。

 

「…必要ないね」

 

 

敵の暗殺者がカルマに襲いかかってくる。頭蓋骨を粉砕する両手でカルマを掴もうとしている。捕まったらあっという間に潰されてしまう。

 

その手に捕まる事なく、カルマは見事に躱した。

 

続けて近づいてくる右手を、手首を弾いて捌く。更に伸びた左手を、顔を晒してギリギリで避ける。

 

次から次に繰り出されている殺し屋の攻撃を全て防いでいる。見ている限り殺し屋の方は手加減している様子はない。掴みかかりに来てる分普通のパンチよりリーチは短いといっても、速度は窠山とそう変わっていない。

 

 

 

その攻撃を躱しているカルマの動きは見覚えがある。体育の授業で俺たちのナイフを躱している烏間先生の動きだ。

 

 

 

烏間先生から防御の技術を教えてもらったことは無いけど、多分見て覚えたんだろう。E組の中でも戦闘のスキルはズバ抜けているコイツならそれぐらいの事は当然出来るに違いない。

 

 

 

 

「…どうした?攻撃せねば永久にここを抜け出せぬぞ」

 

 

 

暗殺者が攻撃の手を止めた。カルマは攻撃を防いでいるだけで自分から攻撃しようとしていない。けどそれはおかしくない。避けるので精一杯みたいだし、ヘタな攻撃をすれば返り討ちにされてしまう。

 

 

「…どうかな?あんたを引きつけるだけ引きつけておいて、その隙にみんながちょっとずつ抜けるってのもアリかと思って」

 

 

挑発というよりは駆け引きに近い。本当かもしれないしハッタリかもしれない。カルマの言葉だけでは判断できないだろう。暗殺者はカルマが言った通りの展開を避けるために、コッチに注意を向けている。

 

 

 

 

 

「安心しなよ。そんなコスい事は無しだ。今度はオレから行くからさ」

 

 

 

 

 

 

拳を鳴らして、ステップを踏む。構えとその動きからしても、ボクシングの体勢だと言うのが分かる。

 

 

「あんたに合わせて正々堂々、素手のタイマンで決着をつけるよ」

 

 

 

暗殺者の口元がつり上がったのが見えた。どうやら笑っているみたいだな。

 

 

「いい顔だぬ、少年戦士よ。お前とならやれそうぬ。暗殺稼業では味わえぬ、フェアな戦いが」

 

 

 

 

 

 

カルマが攻撃を仕掛ける。最初の1発目は見事に躱されたが、すぐさま2撃目を放つ。防がれては次の攻撃を繰り出し、躱されてはまたも攻撃を繰り出している。

 

次から次に攻撃を仕掛けていくうちに、カルマの攻撃が当たった。当たった場所は脛だったみたいで、暗殺者は体制を崩している。

 

チャンスに見える瞬間に、カルマが追い打ちをかけようとしていた。

 

 

 

 

 

 

《プシューーーー!!》

 

 

 

 

「なっ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫色の煙がカルマに襲いかかる。暗殺者の手から発している煙は、毒使いの暗殺者が仕掛けていた毒ガスと全く同じものだった。

 

 

その煙に覆われたカルマはフラッと体制が崩れる。

 

 

 

「一丁上がりぬ」

 

 

 

その頭を暗殺者に掴まれる。もう片方の手からはさっき使った毒ガスを発生させる装置が投げられた。

 

 

 

「長期戦は好まぬ。スモッグの麻酔ガスを試してみることにしたぬ」

 

「き…きったねぇ!そんなもの使ってどこがフェアだよ!!」

 

「俺は一度も素手だけで戦うとは言ってないぬ。拘ることに拘りすぎない。それもまたこの仕事を長くやっていく秘訣だぬ」

 

 

 

 

このオッサンが言っている事は正しい。拘りすぎていると後で後悔する事になってしまう。それこそ、標的に反撃されることもある。拘りと言うのは時によって邪魔なものだ。

 

 

 

「至近距離からのガス噴射。予期していなければ絶対に防げ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

《プシューーーー!!》

 

 

 

再びガスが吹き出る。今度はカルマの手からはおじさんに発している。

 

 

 

 

「ぬ…なん…!」

 

 

 

 

 

「奇遇だね。2人ともおんなじ事考えていた」

 

 

 

 

 

遠くからでもカルマが笑っているのが分かる。おじさんは知らなかっただろう。カルマが騙し討ちならクラス一(こういう男)であるという事を。あのカルマが『タイマン』とか言う時点で俺は何となく察していたが、知らなければそうはいかないだろう。

 

 

 

「ぬ…ぬぬぬぬぬぬ!!」

 

 

 

ナイフを取り出してカルマに突き刺そうとしている。素手で暗殺すると言ってもナイフを持ってない訳じゃないんだな。

 

勢いがあるもののガスで弱っているおじさんの攻撃を躱しながら、ナイフを持っている方の腕を掴み、地面に倒す。ナイフが手から落ちて関節が決まっている状態だ。

 

 

「ほらほら、寺坂早く。ガムテと人数無きゃこんなバケモノ勝てないって」

 

「…へぇへぇ。お前が『素手のタイマン』とかもっと無いわな」

 

 

 

先頭を走っている寺坂に続いて、渚と磯貝を除いた男子全員でおじさんにのしかかる。全員で押さえつけながらガムテープでおじさんを縛りつけた。

 

 

 

 

 

「ぐぬぬ…」

 

 

 

 

ガムテープで縛り付けられた暗殺者のおじさんは、地面にうつ伏せで倒れていた。いかに握力が強いと言っても、ガスで弱っている状態でここまで縛られれば動く事は無理だ。

 

 

 

「毒使いのオッサンからくすねてきたんだ。使い捨てと言うのが勿体ないくらいに便利だよね」

 

 

 

 

…そういえば烏間先生に蹴られた時に、毒使いのオッサンが手放した物があった。毒使いのオッサンを匿う時にはどこにも無かったけど、カルマが持っていたのか。

 

 

 

 

 

「何故だ。俺のガス攻撃、お前は読んでいたから吸わなかった。俺は素手しか見せてないのに…何故ぬ」

 

 

 

オジサンが気になるのも分かる。素手が武器の暗殺者が、武器を使ってくるなんて普通は考えにくい。俺も隠し持っている事には気づかなかった。

 

 

 

「とーぜんっしょ。素手以外の全部を警戒してたよ」

 

 

 

 

いつもに比べて、カルマの目は真っ直ぐだ。相手を蔑んでいる様子は全くなく、対等な存在として見ている目だった。

 

 

 

 

「あんたが素手の戦いをしたかったのは本当だろうけど、この状況で素手に固執するようじゃプロじゃない。俺らを止めるためにはどんな手も使うべきだし、俺があんたの立場でもそうしてる。

 

あんたのプロ意識を信じたんだよ。信じたから警戒できた」

 

 

 

 

 

 

………なるほど。

 

 

 

 

このオジサンのプロ意識を信じていたか。

 

 

 

 

 

以前のカルマだったらそんな事は無かった。基本相手を見下しているところがあったから、相手の事を信用するなんて事は全く無かった。

 

 

 

 

 

「…大した奴だ。少年戦士よ。負けはしたが、楽しい時間を過ごせたぬ」

 

 

 

 

 

暗殺者は満足したようで、見てると清々しいような感じがする。この人、思っていたほど悪い人じゃないのかもしれないな。

 

とは言っても殺し屋のプロにそこまで言わせたのは流石としか言いようがない。カルマは前に比べて変わった。それもいい方向に。

 

 

 

コイツはひょっとすると、将来は俺なんかよりとんでもない存在になるかもしれないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何言ってるの?楽しいのはこれからじゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………あれ?

 

 

 

 

カルマの顔が…悪巧みをしている時の顔になっている。その手には和がらしとわさびがある。

 

 

 

 

 

 

 

なんか嫌な予感……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんだぬ?それは…」

 

 

 

 

 

 

暗殺者が恐る恐る尋ねている。その質問にカルマは嬉々として答えた。

 

 

 

 

 

 

「わさびアンドからし。これをおじさんぬの鼻の穴にねじ込むの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…ねじ込む?

 

 

 

 

 

ねじ込むって言ったのか?この悪魔は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきはきっちり警戒していたけど、ここまで拘束されたら警戒もクソも無いよね。これ入れたら専用グリップで鼻塞いで、口の中に唐辛子の100倍辛いブートジョロキアぶち込んで、その上から猿ぐつわ回して処置完了」

 

 

 

 

 

 

袋を取り出して色々な道具を取り出しながら、色々と暗殺者に細工している。袋には『備えあれば嬉しいな』って書いてある。アイツああいう道具を沢山用意しているのか?

 

 

 

 

 

 

 

「さぁおじさんぬ。今こそプロの意地を見せる時だよ」

 

 

 

 

 

《ブシュ!!》

 

 

 

 

 

「ぐぬおおおおおお!!!」

 

 

 

 

 

 

 

うわ…見ているだけでめちゃくちゃ痛い。暗殺者の断末魔も痛々しい。鼻の中大丈夫か?

 

 

 

 

 

変わったかと思っていたが、カルマのあの性格は全く変わってないようだ。

 

多分これからも変わらないんだろうな…

 

 

 

 

 

 

 

 

 




原作とほぼ同じストーリーが続いているな…



次回『女子の時間』


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第75話 女子の時間

少し時間がかかりました。


「うぷ…まだ気持ち悪い…」

「落ち着きなよ学真、もう終わった事なんだし」

「元凶が言うな、悪魔め」

 

 

階段を上がっている途中ではあるが、物凄く気持ち悪い。理由はさっきの一件だ。だってわさびとかからしが鼻の穴にねじ込まれるんだぜ。辛いなんてものじゃねぇ。もはや激痛だわ。あのおじさん無事なら良いんだけど…

 

 

 

『皆さん、ここからがvipエリアです』

 

 

 

律の言葉を聞いて意識が現実に戻る。危なかった。もう少しあの気持ち悪さに浸っていたら今日の夕食をリバースするところだったよ。

 

 

 

「…問題のエリアね」

 

 

 

速水の言う通り、そこが1番問題の場所だ。

 

 

 

乗り込む前に烏間先生が言った通り、ここにはヤバい連中が取引をする場所に用いる所だ。そして同時に、危険な遊びをする場所でもあるそうだ。ホテルの客として芸能人や有名人の子どもとかがいるみたいで、ホテルの中じゃ法律とかが影響する事がないから、それこそ違法な事をしているみたいだ。

 

 

 

そしてそれが最も顕著に表れているのが、このvipエリアだ。ここでは特定の人のみが入れて、酒とかゲームとかが設置されている。雰囲気的には、危ない奴が入っていてもおかしくは無い。

 

 

 

そしてその利用客は、さっきまでの情報から考えると危険な連中だろう。芸能人の子どもとかもいるだろうけど、恐らくヤクザみたいな奴もいるはずだ。

 

 

 

『階段へ繋がる扉は鍵が掛かって開ける事が出来ません。鍵を外すためには一度部屋を通過して、内側から鍵を開ける必要があります』

 

 

 

 

部屋を通過しないといけないとは…とんでもない試練が出てきたな。vipエリアにはホテルの見張りがいるだろうし、何より部屋の中にはヤバい奴らが沢山いる。違法地帯に潜り込むようなものだ。

 

 

 

「だったら女子に任せて。女子だけなら、監視の目もくぐり抜けられるから」

 

 

 

…なるほど。片岡の提案は一理ある。女子なら検査が緩くなる可能性が高い。女子だけで行った方が突破出来るだろう。

 

 

 

「待て、女子だけで行くのは危険すぎる」

 

 

 

だが烏間先生の言う通り、女子だけと言うのもリスクがある。トラブルが起こらないとも限らないし、そうなった時女子だけでは危険だ。

 

けど男子がいると監視の目をすり抜ける事が難しくなるだろうし…どうしたものか…

 

 

 

 

 

「だったらさ、女と思われる男を連れて行った方がいいんじゃない?」

 

 

 

 

 

 

 

カルマのセリフを聞いて、俺を含めた生徒全員が1人の男性を見た。女子と見間違えられる男性、それは1人しかいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「え…僕……?」

 

 

 

 

 

うん。

 

 

 

 

 

君だよ、渚くん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと待って!なんで僕が…」

「だって渚くん以外に出来る男子いないし」

「たしかに…渚なら行けるかもな」

「ちょ、カルマくんに菅谷くん!」

 

 

渚の抗議の声もアッサリ切り捨てられる。カルマの言う通り、渚以外には無理だ。女子と殺せんせー、何より烏間先生でさえも納得しているし、渚の意見が通るはずが無いだろう。

 

 

え、あっ…渚が俺の方を向いた。なに?助けを求められてるの…?そう期待されても…

 

 

 

 

 

 

「…えーと…その…なんつーか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれ

 

 

「ひねり出した答えがそれ!!?」

 

 

渚の肩を叩いて励ましの言葉をかける。渚には気の毒だが、ここは渚に行ってもらうしかない。是非とも折れていただかないと…

 

 

 

 

「渚くん。入り口近くのプールに脱ぎ捨てられた女性の服があるからこれを着て!」

「なんでそんな準備が良くなるの!!?」

 

 

うおお…不破の奴準備が良いな。こう言う時の展開を知ってるのか?それこそ漫画でも読んで。

 

 

 

哀れ渚くん。後で何か奢ってやるから。

 

 

 

 

 

 

「うう…どうして僕が…」

 

 

カーテンの向こうで女性の服に着替えている渚。カーテン越しでも泣いているのが分かる。『シクシク』という擬音はこの時に合うんだろうなと思ってしまった。

 

 

 

「ねぇ、学真くん…」

 

 

突然矢田に声をかけられて少し驚いた。ちょっと焦ったが直ぐに調子を取り戻して矢田に向かう。声をかけられただけでビビったなんて知られたら恥ずかしすぎて死にそうになる。

 

「…どうした?矢田…」

 

いつも通りを装いながら話しかける。動揺しているのがバレバレな話し方をしているみたいだし、できればバレないで欲しい。

 

 

 

 

 

 

「ホテルの時から調子悪そうだけど…どうしたの?」

 

 

 

 

…え……

 

 

 

 

「…どうして、そう思う?」

「だって…いつもの学真くんらしくない。

殺し屋の人と対面した時、学真くんは真っ先に立ち向かうと思っていた。金宮先輩の時も、鷹岡先生の時も、霧宮くんの時も、学真くんは真っ先に飛び出して行ったから。

けど毒使いの人の時も、握力の人の時も、学真くんは動こうとすらしなかった。それって…何かあったんじゃないかと思って…」

 

 

 

あー…なるほど…

 

 

俺が動く気配すら見せなかったところを見てそう思ったのか…

 

 

 

言われてみれば、カルマが掴まれていた時も助けようと動かなかったのは、いつもの俺だったらしない行動だ。

 

 

 

 

そりゃ何かあったんじゃないかって思うよな…

 

 

 

 

 

 

 

「…大丈夫だ。少しいつもより危険な状態だから、知らないうちに慎重になっているのかもしれないけど」

 

 

 

 

 

こんな嘘をつく自分がホント情けない。慎重になっているというだけの理由でここまでいつもと違う行動をする訳ないのに。やっとひねり出した答えがあまりにも幼稚すぎて嫌になる。

 

 

 

 

「…そう、か……そうなんだね……」

 

 

 

 

 

嘘をついた事がバレたんだろう。矢田は複雑な表情になっていた。嘘をつかれて嫌になったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

やっぱりこうなるよな…

 

 

 

 

 

如月の事を心配していた日沢の時とおんなじだ。心配している人を落ち込ませてしまう。こうして不幸にさせてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり俺には、コイツを幸せにする事なんて出来ないだろうな…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「矢田さん。そろそろ行くよ」

 

「あ、メグ…うん」

 

 

 

 

 

渚の着替えが終わったみたいで、矢田は片岡の方に向かって行った。一瞬コッチをチラッと見たのは、何か気になる事があったからなのか。

 

 

女子たちはもう部屋の中に入って行った。ここからは彼女たちに任せるしかない。

 

 

 

男子たちはその場で待機という事になるから、渚以外の男子は扉の前にいる。殆どの生徒が、未だに開いていない扉を見ているが、カルマは渚たちが行った方を面白そうに見ていた。何を面白そうに見てるんだよ…

 

 

 

そういえば…俺は伝えないといけない事があるんだった。1人は言葉にいないけど、もう1人はちょうど扉から少し離れたところにいる。

 

 

 

話しかけるために、俺はソイツに近づいた。

 

 

 

 

 

 

 

「…千葉」

 

「…?どうした、学真…」

 

 

 

 

 

千葉はコッチに気づいて、振り向いた。改めて見ると本当に目が見えないな。目が隠れている髪とか凄く邪魔そうだ。

 

 

 

 

 

 

「悪い。殺せんせーの暗殺の時…俺、ミスったんだ」

 

 

 

 

 

俺が話しかけた理由は、殺せんせー暗殺の時の話だ。少し意味が分からない様子(だよな…)だったから説明を始めた。

 

 

 

 

「殺せんせーに弾幕の結界で逃げ場を無くしている時だ。本当は殺せんせーに当てないで意識を分散させるのが目的だったのに、俺の弾が殺せんせーの服に掠ったんだ。殺せんせーの意識はその掠った弾の正体を探す目に…つまり、弾幕の外に向いてしまった。そのせいで、お前らに気づいてしまったんだと思う」

 

 

 

 

 

千葉は「あぁ…」と言って納得した様子だ。あの状態じゃ生徒は俺の弾が殺せんせーに当たった事は分からないだろうし、それが千葉と速水の存在に気づく原因になったと言うのも分からないだろう。

 

だから千葉と速水には言っておいた方が良いような気がしたんだ。

 

 

 

 

「いや…俺もダメだった。殺せんせーを殺せる瞬間にプレッシャーに呑まれていた。いつも通りの調子だったら間違いなく殺れていたのに…」

 

 

 

悔しそうに千葉が話している。

 

殺せんせー暗殺の失敗に責任を感じているんだろう。それこそ、俺と同じように…

 

 

 

みんなと一緒にいると、こういうことが起こるんだな…

 

 

チームで動いているからこそ、1人の失敗が全体の損になる事がある。その時に感じる責任感は、1人で失敗している時とは比べものにならない。

 

 

A組とかとそういう関係になった人がいなかったし、それまでもそんな経験が無かったから、いま感じている悔しさは相当なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

◇第三者視点

 

 

VIPエリア。違法な遊びが許されているホテルの中で、1番盛り上がっている部屋である。子どもや大人まで、危ない遊びをしている者が沢山いた。

 

 

その部屋の中を、E組の女子生徒たちは進んでいる。男子全員が上の階に上がれるための扉を開けるために。

 

 

 

「よう、嬢ちゃんたち、俺らと遊ばない?」

 

 

 

だがすんなりと行けない。このようにして声をかけられるのだ。彼女たちは見た目的には上位の方であり、ナンパの標的にされてしまう。

 

 

実を言うと渚はとある男に連れ去られてしまった。渚を気に入ってしまった男が話しかけて、その男の相手をする事になってしまった。その時に彼が心の底で泣いていたことは言うまでも無いだろう。

 

 

だがこうして次から次に話しかけられてはキリがない。扉に辿り着くまでにかなり時間がかかってしまう。時間がないので急がなくてはならないのだが、話しかけられると急ぐことも出来ない。

 

 

一喝しようとしている片岡を押さえたのは、矢田だった。矢田は片岡を落ち着かせて、話しかけている男性の前に出る。

 

 

「お兄さんたちカッコ良いけど、あいにくパパたちと同席なの。ウチのパパ怖いし、やめとこ?」

「ひゃひゃ、親が怖くてナンパなんか出来るか…」

 

 

笑っている男性の前でポケットからある物を取り出す。それはバッジのような、金色の小さくて丸い物だった。

 

 

 

 

 

「じゃあ、パパに挨拶する?」

 

 

 

 

 

男性たちはビクビクしている。それもそのはずだ。矢田が持っているのはただのバッジではない。そのバッジにはとある印が刻まれている。

 

それは、ヤクザのエンブレムだ。しかもそのヤクザは関東の方では有名な組である。

 

 

もしヤクザが呼び出されたら、とんでもない事態になるかもしれない。

 

 

 

 

「し、失礼しました…」

 

 

そそくさと女子たちから離れていく。ここで一悶着を起こしたくないと思うばかりビクビクしているのが見て分かる。彼らはもう話しかけたりする事はないだろう。

 

 

 

「意気地なし。借り物に決まっているのにね」

 

 

 

勿論矢田はそのヤクザと何の関係もない。そのバッジはビッチ先生から貰った物なのだ。矢田はそれを使って脅しただけである。その効果は絶大だったのだが…

 

 

 

「凄いね矢田さん」

 

 

矢田の様子を見て、女子たちは彼女に感服している。まさかナンパしてくる柄の悪い連中を追い返すなんて事、普通は出来ないだろう。

 

 

「矢田さん、アレってビッチ先生から貰った物よね」

「うん。世界中から色々なバッジを集めていて、仕事に使えると言っていたの」

 

 

仕事のために使えると大量に持っているバッジから一つだけ借りていた。何かあった時に使えるかもしれないと思ったためである。

 

 

「そういえば矢田さん、ビッチ先生の話を1番興味深く聞いているもんね」

 

「うん。色仕掛けとかがしたいんじゃないんだけど。前に殺せんせーが言っていたじゃない。『第二の刃を大事にしなさい』って。接待術とか交渉術とか、社会に出た時かなり役に立つじゃない」

 

 

『第二の刃を持て』

殺せんせーから教わった大事な教訓の一つだ。優れた殺し屋は常に予備の作戦、もしくは武器を備えている。

 

矢田はその言葉を真摯に受け止めた。そして矢田はビッチ先生の話を聞いて接待術や交渉術を身につけることを決意した。人との関わりを持つ事が多いこの現代社会の中、その力は確実に役に立つものだと言えるだろう。

 

 

「おおー、矢田さんはカッコ良い大人になるね」

「うむ…巨乳なのに惚れざるを得ない」

「巨乳嫌いの茅野っちが心を開いた!?」

 

 

そんな彼女の姿勢に周りを感心した。巨乳を毛嫌いする茅野が心を開いてしまうほどに。もともと嫌われるような性格では無いのだが、真摯なその態度は女性でありながらたくましくも見える。

 

 

 

 

(それに…)

 

 

 

しかし矢田がその方向に力を入れたのはもう一つの理由がある。それは彼女自身の経験が物語っていた。

 

 

 

たった1学期の間で、彼女は普通では体験できない修羅場を目の当たりにした。不良に絡まれたり、金宮に襲われたり、鷹岡に殴られそうになったり。

 

その時には必ずと言っていいほど学真が怪我を負うのだ。特に鷹岡と戦っている時が悲惨だった。体中がボロボロになって、血がかなり流れている。その光景はグロテスクのように見え、暴力を嫌う彼女は怪我をしていなくても恐怖を覚えてしまった。

 

その時点で彼女はナイフや銃を持って暗殺を仕掛ける自信が無くなってしまった。いざという時に怯んでしまうかもしれない。そうなったら周りの人に迷惑をかけるかもしれない。

 

しかし、何もしないという選択はできるはずがなかった。誰かが必死になって戦っているのに、時には自分のために戦っている人がいるのに、その状況で何もしないでいる事は耐えられるはずがない。

 

 

 

だから彼女は別の方に力を入れた。暴力や力で挑むのではなく、それを使わないで戦うやり方を求めた。

 

凄く臆病な戦い方かもしれない。けど少しでも誰かの…()の役に立ちたいと思っていた。

 

 

 

 

「みんな、目的の扉よ。扉の前に見張りがいる。男手が必要になるかもしれない。渚くんを呼んできて」

 

 

 

目的の扉の前に立っている見張りは、そこから動く気配がない。下手な動きすれば怪しまれるかもしれない。本格的に男の力を使わなければ突破は難しそうだ。

 

 

茅野が渚を連れてきた。特に何もされていなかったようであり、渚に大きな変化はなかった。

 

 

 

 

女子の指揮をとる片岡がこれから行う作戦を立てようとする。目的は扉の前にいる見張りをどかせること。他の客に気づかれないように見張りだけを拘束する事が出来れば良いのだが、周りにいる人の多さではその事は難しそうであり、何よりそれが出来るほどの力が渚には無いとその場の全員が思っていた。

 

 

(…なんか不憫な扱いを受けた気がする)

 

 

女子たちの思考をなんとなく読み取ったが、それを問い詰める度胸は渚には無い。言ったとしても無視されるのがオチである。

 

渚の困惑を他所に片岡が思いついた作戦は、誰かが囮になって見張りの人を扉から引き剥がすというものだった。これなら力はなくても問題はない。

 

ではどうやって見張りを引き剥がすか。その方法を頭の中で模索する。

 

 

 

「ちょ、ちょっと待てよ!!」

 

 

 

すると彼女たちの前に1人の男が出てきた。その男は渚が相手をする事になった人だった。茅野が渚を連れてきている時からその後ろを着けてきたということだろう。

 

 

「サービスだ。俺のダンスを見せてやるよ」

 

 

突然踊り始めた。別に頼んだわけでもないのにステップを踏みながら軽快に踊っている。

 

女子全員、および渚は1人残らずこう思った。『邪魔』であると。これからの作戦を立てている段階だと言うのに、彼はそれを妨害しているだけである。

 

 

 

先ほども言った通り、VIPエリアにはヤバい客が沢山いる。因縁つけられた時点で人生が終わるといっても過言ではない。そんな人物が沢山いる中で派手な動きを始めるとどういう事態になるか、この男は冷静に考えなくてはならなかった。

 

 

《ガッシャアアアアアン!!》

 

 

勢いよく振る右手が、たまたま通りかかっていたヤクザのコップに当たる。コップに入っていた飲み物は勢いよくヤクザの服にかかった。

 

 

「あ…」

 

 

今さら慌ててももう遅い。溢れた酒も濡れた服も戻す事は出来ない。しかも柄の悪い服装や顔つきから、話し合いが通じる相手でないのも明らかだ。

 

 

「オイゴラァ!!どうしてくれるんじゃワシのコート!!」

「ひ…ひぃ!よ、余所見して…勘弁して…!」

 

 

なんとも哀れな男である。前に出て踊り始めて、ヤクザに絡まれる。E組の女子たちには男が自滅しただけに見える。その男に付き合う必要もないし、ぶっちゃけ放っておいても問題は無いだろう。

 

 

(…!でもこれって…)

 

 

矢田は閃いた。これはむしろ好機であると。

 

女子の中で身体能力が最も高い岡野に耳打ちをする。うなづいて岡野は脅迫しているヤクザに近づいた。

 

 

 

グルン、と1回転。

 

 

 

体を回転しながら足をヤクザの顎に当たる。

 

蹴りが完璧に顎に入り、ヤクザの意識は失った。

 

 

 

 

ポカン、としている男性。

彼をそのまま放置して、矢田は扉の前で待機していた見張りの男を呼んだ。突然倒れた男を見てやってくれと。倒れた男を担いで見張りはどこかに移動していった。

 

見張りが居なくなって、扉を開けることが出来るようになった。勿論扉を開ける。未だに男は座り込んだままだ。

 

 

扉を開けて、待機していた男性が一斉に階段を駆け上がる。勿論女子も上がっていった。

 

 

「女子の方がカッコいいことをこなしても、男は意地でも強いところを見せないといけないから、辛いよね。男子って。またカッコつけてよ。今度は薬物以外でね」

 

 

座っている男に声をかけて、渚も扉を上がる。E組の生徒全員が、このVIPエリアを抜けた。

 

 

 

 

 

◇学真視点

 

 

 

「あれ、渚もう着替えたの?」

 

 

VIPエリアを抜けてから、渚の服装はいつも通りのものになっていた。女装が相当恥ずかしかったんだろうな。渚の中でもはやトラウマになっているのかもしれない。

 

 

 

「そのままでも良かったんじゃ無いか。暗殺者が女装するケースはよくあるぞ」

「い、磯貝くんまで…」

「渚くん。取るなら早い方が良いらしいよ」

「取らないよ!大事にするよ!!」

 

 

なんとまあ可愛そうに。変な話物凄く似合っていた。凄い受けていたし。才能って本人の望みとは関係なく与えられるもんなんだな。

 

 

「僕の女装を見てなに悟ってるの?」

「……すまん」

 

 

泣きそうな顔で見るな。ショックなのはわかったから。

 

 

 

 

 

 

 

「その話は後にしてくれるか」

「…二度としません」

 

 

烏間先生は曲がり角の先を見ている。その視線の先には2人の見張りが居た。道を塞いでいるみたいだし、通らせてはくれないようだ。

 

 

「黒幕が依頼した人なのかな。それとも無関係の人?」

「どっちにしたって倒さないと先に進めないだろうが」

 

 

寺坂の言う通り、あの見張りは倒さないといけないな。けど簡単な話ではない。遠くから見ても相当強いことが分かるし、まして見張りのいるところまで一本道だから奇襲もできないな…

 

 

「良いやり方がありますよ。寺坂くん、君のバッグの中にあるものを使えばね」

 

 

殺せんせーは何か知っている口調だ。寺坂は舌打ちをしながらバッグの中を探る。

 

 

「おい木村。アイツらをこっちまで引き付けろ」

「俺が?どうやって…」

「知るか。なんか怒らせれば良いだろ」

 

 

足の速い木村を餌にすると言うことか。まあ木村なら逃げることが出来るだろう。問題は相手をどうやって怒らせるかだが…

 

「じゃあ木村、こう言ってみ…」

 

 

…クラス一のドS悪魔が動き始めた。木村におそらく挑発の言葉を教えているんだろう。相手を苛立たせることが大得意のカルマの挑発と言うだけでもう嫌な予感しかしない。何を言わせるつもりなんだ…

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

「なんだ、ボウズ?」

 

カルマから助言を聞いた木村が見張りの男たちの前に出る。当然見張りは木村を警戒している。

 

 

 

 

 

「あっれェェ〜〜〜??脳みそくんが居ないなぁ。コイツらは頭の中まで筋肉だしぃ〜。

 

 

人の身体してんじゃねぇよ、豚肉ども」

 

 

 

 

……………

 

 

 

 

「おい!」

「待てゴラ!!」

 

 

そりゃ怒るわな。見張りの男が発している殺気が半端ない。捕まったらフルボッコ待った無しだ。

 

しかし流石俊足の木村、追手との距離が縮まることなく走っている。

 

 

そして木村が俺たちのいる曲がり角を通過した。

 

 

「よし、いまだ吉田!」

「おう!!」

 

 

曲がり角から寺坂と吉田が飛び出る。見張りの男を倒した。そして手に持っているものを男の首に当てる。

 

 

 

《ビリビリビリ!!》

「ぐああああ!!」

 

 

電気が流れる音と悲鳴が響き、男たちは気絶した。

 

 

「スタンガンか…」

「タコに電気試そうと買っていたんだよ。こんなところでお披露目するとは思わなかったがな」

 

 

とんでもない武器を手に入れたな。スタンガンはかなり高いはずだけど、聞いたら何か臨時収入があったらしい。それで買えたのか…

 

 

「良い武器です寺坂くん。でもその人たちの胸元を探ってみてください。もっと良い武器が見つかる筈ですよ」

 

 

殺せんせーに言われて寺坂は気絶している男の胸元を探る。そしてポケットに入っていた物を取り出した。

 

 

それは、本物の銃だった。

 

 

 

 

「本物の…銃…!?」

 

 

 

…ここで本物の銃が出たか。確かにスタンガンよりも良い武器だ。けどとんでもないものだ。完全に『殺す』武器だし。

 

 

「これは千葉くん、速水さん。君たちが持ってください。烏間先生はまだ回復していません。いま銃を持つべき人物の中で最も最適なのが君たち2人です。

ただし殺すことだけは許しません。君たちなら敵を殺さないでその銃を使いこなすことができます」

 

 

…殺せんせーはほんとうに、体育だけは厳しいな。他の勉強は俺たちにレベルを合わせるけど、体育とか身体を動かす系統になるとハードルが一気に高くなる。さっき外したばかりの2人に銃を使わせるとか鬼すぎるだろう…

 

 

「さぁ行きましょう。残る暗殺者はせいぜい1人か2人です」

 

 

 

鬼教師に従い、俺たちは先に進むことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ステージ、か…」

 

 

 

大きな扉を開けた先の部屋は、いわゆるステージというものだった。観客用の椅子もありステージの上には色々な機械が置いてある。ライブとかに使うためのステージだろう。

 

 

 

 

《コツ…》

 

 

 

足音が聞こえた。俺以外の人も聞こえたみたいで、全員が一斉に椅子の後ろに屈んで隠れた。

 

 

 

「はぁ〜〜銃うめぇ〜〜」

 

 

 

…なんだ?

 

 

ステージに現れたのは、さっきの握力のおじさんよりはちょっと小さい男だった。着ているのはスーツで、髪が全部縦に真っ直ぐ立っている。

 

いや、そんな事よりも気になるところがある。

 

 

口に咥えている銃だ。銃口を口の中に入れ、しゃぶっているようにも見える。あのまま発砲すると口の中が大惨事になるよな…

 

 

 

 

「………」

 

 

雰囲気が、変わった。

 

 

ステージをキョロキョロと見渡しながら、銃を回し始める。

 

 

「15…、いや16か。殆どが10代半ばで呼吸が若い。驚いたな。動ける全員で乗り込んできたのか」

 

 

 

まさか、バレたのか…さっきの握力のおじさんのときもこうやって気づかれたんだっけか。暗殺者は何か気配を感じる術でも持っているのか。

 

 

《バァン!!》

 

 

 

室内に響く銃声、音を響かせる構造になっているこのステージの中ではその音が爆音にも聞こえる。あの男がステージの後ろの壁を撃ったみたいだ。

 

 

 

「言っておくが、この部屋の中は完全防音だ。つまりお前らが死ぬまで誰も助けに来ねぇ。お前ら殺す準備もしてきてないだろ!大人しく降参してボスに頭下げとけや!」

 

 

 

降伏警告か…

 

多分コイツ、そうとうな銃の使い手だ。銃を回している手つきは慣れていないと出来ないものだ。銃をしゃぶる理由は分からないが…

 

 

《バァン!!》

 

 

発砲2回目。けど今の発砲はその男ではない。銃の音が聞こえた方を考えると、おそらく速水だな。何も変化が無いみたいだし…外したのか。

 

 

「ほう…部下の銃か。見張りの奴から奪い取ったのか」

 

 

 

…ヤバい事になった。降伏警告を無視して放った今の発砲は戦線宣告の意味になった。今更降伏は出来ない。

 

 

 

「良いねぇ…」

 

 

 

リモコンを取り出して、そのボタンを押す。

 

 

 

 

ステージの照明が光り始める。眩しいほどの光を発して、ステージを見ることが出来ない。自分の方を向かせない作戦か。

 

 

 

 

 

「意外と、上手ェ仕事じゃねぇか!!」

 




次回はガストロ戦になります。

次回『チャンスの時間』


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第76話 チャンスの時間

「今日も元気だ。銃がうめェ!!」

 

 

照明が眩しく光を発しているステージから、1発だけ銃を撃った。その銃弾は客席の隙間を通り抜けた。俺の記憶によるとそこは速水がいた場所だ。さっきの速水の発砲から位置を特定して、正確に狙い撃ったのか。狙いも感覚も、常人とは比べものにならないほどの実力の持ち主ということか。

 

 

「一度発砲した場所は忘れねぇ。俺は軍人上がりだ。幾多の戦場をくぐり抜けて、血や火薬の匂いから位置を特定したり、銃の調子を味で確かめるスキルを身につけた。さぁて、お前らが奪った銃はあと一丁あるはずだが…」

 

 

速水の位置を特定され、銃を持っているもう1人の人間を探そうとしている。つまり千葉を特定しようとしているわけだ。こういう状態は慣れているんだろうな。

 

さてどうするか。何もしないままでいるとやられるのを待つばかりだ。かと言って前に出たらどうぞ撃ってくださいと言っているようなものだ。

 

迂闊には近づけない。どうやって近づいたらいいんだろうか…

 

 

 

「速水さんはそのまま待機!いま撃たなかったのは賢明です。千葉くん、君はまだ位置を知られていない。先生が敵を見ながら指示を出すのでそれに従ってください」

 

 

…殺せんせーの声?

 

そういえば殺せんせーもこの部屋の中にいるはずだ。烏間先生が持っていた筈なんだが、どこから声を出しているんだ…?

 

 

「なに…?どこから喋って………ん?」

 

 

暗殺者が何かに気づいたみたいだ。照明の光でよく見えないけど、正面の客席の方を見ているような気がする。

 

 

 

「…テメーなにかぶり付きで見てやがるんだ!!」

 

 

 

6発ほど連続して発砲、割と前の方の客席を狙っている。あそこにいるのか、殺せんせー。金属に当たったような鈍い音がしているのは、完全防御形態で銃の攻撃を防いでいるからか。

 

 

「ヌルフフフ、中学生が熟練の銃使いに挑むんです。これくらいの視覚ハンデは良いでしょう」

「チ…だがどうやってその状態で指示するつもりだ」

 

 

確かにあの位置からなら暗殺者の動きは読み取れる。けど殺せんせーは完全防御形態で動けない。まして今の状態でどのように戦うつもりなんだろうか。

 

 

 

「では木村くん!5列右へダッシュ!!」

「なに…!?」

 

 

 

俺の少し後ろの方で誰かが移動しているのが分かった。

 

…なるほど、そういうことね。

 

 

 

 

「寺坂くんと吉田くんはそれぞれ左右へ3列移動。死角が出来た。この隙に茅野さんは2列全身。不破さんとカルマくんは同時に右8、磯貝くん左に5!」

 

 

殺せんせーに言われた通りに移動を繰り返す。殺せんせーがやっているのはシャッフルだ。銃を持っている生徒、つまり千葉がどこにいるかを分からなくさせるために、俺たちに移動を繰り返させているんだ。指示するときに名前を言うと覚えられるんじゃないかと思っていたが、殺せんせーは更なる撹乱作戦に出た。

 

 

 

「出席番号12番!右に一で準備しつつ4番と6番は椅子の間からステージを撮影。律さんを通じて千葉くんに回します。ポニーテールは右斜め前へ。バイク好きも2列詰めます」

 

 

今度は俺たちにしか分からない情報で指示を出す。流石に混乱はするだろう。一気に色々な情報が増えたし。

 

 

「最近竹林くんイチオシのメイド喫茶に興味本位でついて行ったらちょっとハマりそうで怖かった人、かく乱のために大きな音を立てる!」

「うるせー!なんで行ったの知ってんだテメー!」

「珍しく服屋に買い物したときに店員の口車に乗せられて大量に買いすぎて後で死ぬほど後悔した人も手伝います!」

「なんで知ってるしなんでバラすんだよ!!」

 

 

あの野郎覚えておけよ!!買う必要のなかったものまで買ってしまって、後になって後悔したのは事実だけども。

 

寺坂と一緒に椅子を思いっきり叩いて大きな音を出す。暗殺者の思考を妨害するためだ。決して腹いせにその椅子を壊そうとしているわけではない。ないったらない。

 

 

「さていよいよです千葉くん。先生の次の合図で、君のタイミングで発砲してください。速水さんはその後で彼のフォローに回ります」

 

 

どうやら次の指示で千葉が狙撃するようだ。暗殺者が混乱している今が好機、攻めるしかそれしかないだろう。

 

 

けど懸念しないといけない事がある。千葉と速水は殺せんせーの暗殺が失敗していた事に責任を感じている。結果だけで語るあの2人の性格上、人一倍責任を感じてしまう。

 

まして2人がいま持っているのは本物の銃であり、いまいる場所は殺し合いの場所だ。外したら千葉の位置が特定される事に繋がるし、それは俺たちの敗北…もっと言えば死に繋がる可能性もある。

 

2人はいまプレッシャーを物凄く感じているだろう。その状態での狙撃は尚更危ない。野球のピッチャーの投球にも言える話だが、心の乱れはコントロールよブレに繋がる可能性がある。

 

 

 

 

 

「ですが、人一倍責任感の強い2人に先生からアドバイスです」

 

 

 

殺せんせーが指示を出すのかと思いきや、殺せんせーは語り始める。その相手は、千葉と速水だ。

 

 

 

 

「君たちはいまプレッシャーを感じていますね。先生の狙撃が外れた事に責任を感じている君たちは、もう外してはいけないと思いがちになっている。

君たちは普段からそのように動いていたでしょう。普段から弱音を吐かない君たちは、『アイツなら大丈夫だろう』と勝手な期待をされる事もあったかもしれない。君たちが困っている時も誰も助けてくれなかったのかもしれません」

 

 

 

殺せんせーの言ったことは、多分当たっている。思っている事をあまり出さないで過ごしている2人を見ると、特に問題なさそうだと思ってしまう。

 

 

俺も思い当たるところがある。

 

暗殺の時がそうだ。この2人なら大丈夫だと思ってそれっきりにしていたところは俺にもある。期待される側になった事が無かったから、2人の苦難を考えた事すらも無かった。

 

 

 

 

 

 

全く期待されないというのも辛いけど、ただ期待されるだけというのも辛いものなんだと…下の階で千葉の愚痴を聞いていた時に分かった。

 

 

 

 

 

 

「でも大丈夫です。君たちは自分だけでプレッシャーを感じる必要はない。万が一君たちが外したら、銃ごとシャッフルして誰が撃つのかすら分からなくする作戦に切り替えます。君たちの隣で同じように苦労してきた仲間がいるからこそできる作戦です。安心して引き金を引いてください」

 

 

 

 

銃ごとシャッフル、つまりクラス全員に銃を持つ可能性があるという事だ。

 

もちろん千葉や速水ほど正確に狙える生徒はいない。もしかするとソイツも失敗するかもしれない。

 

 

 

でも、出来ないわけじゃない。銃を持ったら迷わずに挑む。

 

 

 

 

 

だから殺せんせーは言った。たとえ失敗したとしても大丈夫だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその言葉は千葉を落ち着かせるためのものになると…そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

ステージの上の暗殺者は、さっきよりも落ち着いている様子だ。ひょっとするといま殺せんせーが話している間に目星をつけたのか。

 

 

 

「さて、行きますよ…」

 

 

 

緊張感が体中に伝わる。次の指示とは無関係である俺も呼吸が苦しくなり始めた。動く必要はないのに、動こうとしている体を必死に押さえつけているような感覚だ。

 

 

 

 

そして、殺せんせーの指示が出た。

 

 

 

「出席番号12番、立って狙撃!」

 

 

…!?12…ッ?!

 

 

 

《ガタン!!》

 

 

「ビンゴォ!!」

 

 

 

《ドキュゥゥゥ…ン…!》

 

 

 

 

 

客席の中から人の姿が現れている。暗殺者は現れてきたそれを撃った。銃の弾は正確にその額を捉えていた。さっきの椅子の間を正確に狙う技術もそうだが…この男、狙いは絶対に外さないみたいだ。

 

 

 

 

「なっ…にん、ぎょう……!?」

 

 

 

 

しばらくして、暗殺者は驚きの声を出した。恐らくさっきまで、いま客席から立ち上がったのが千葉だと思ったんだろう。

 

 

けどそんなはずはない。

 

 

 

何しろ出席番号12番は千葉ではなく、俺の隣にいる菅谷を指しているからだ。

 

 

 

 

「ふぃ〜…音も出さずに作るんだから疲れたぜ…」

 

 

 

コイツマジか…いま凄いレベルの高い事をしでかしたぞ。

 

いま菅谷はモップとカーテンで作った人形を持っている。さっき殺せんせーの指示で現れたのはその人形であり、暗殺者の弾が当たったのはその人形の額だった。

 

驚くべき事なのは、それをいまの短時間で作ったところだ。しかも本人が言った通り、音を立てないために慎重に、かつなるべく早く作ったみたいだ。俺がここで音を出すように指示したのは、菅谷の物音をかき消すためだったみたいだし…

 

 

 

 

《バキュゥゥゥゥン!!!》

 

 

 

 

割と前の方に千葉が現れて、暗殺者の方に銃口を向けて発砲した。銃声がなってからしばらくの間、なんの変化もない。

 

 

 

「…へ、へへへ……外したな。これで2人目も場所が…」

 

 

暗殺者は千葉が外したと思ったらしく、銃口を千葉に向けている。

 

だから暗殺者は気づかなかった。千葉が本当に狙っていたものを…

 

 

 

 

《グワッシャアアアアアアン!!》

 

 

「がっ!!?!?」

 

 

 

上から大きな釣り照明が落下して、見事暗殺者にぶつかる。背中を思いっきり打ったみたいだし、変な話銃よりも威力があったんじゃないかって思う。

 

さっき千葉が撃ったのは、その釣り照明の金具だ。銃弾が当たって金具が欠けてしまい、釣り照明がそのまま落下したというわけだ。

 

銃を使うにしてはあまりにも意外すぎる使い方だ。俺も律による情報共有が無かったら仰天していたかもしれない。

 

 

当然それを知る由もない暗殺者は、無警戒な背後からの強い打撃を受けてかなり死にそうな顔になっている。

 

 

 

「く…そが…ッ!」

 

 

 

プロとしての意地なのか、暗殺者は朦朧としながら銃口を千葉に向け直す。そんな状態になってもその余裕があるとは驚きを隠せない。

 

 

 

《ガキィィィン!!》

 

 

 

だがその銃は勢いよく飛んで行った。客席に待機していた速水がその銃に向かって発砲し、見事当たったみたいだ。

 

 

 

武器を失った暗殺者は、そのまま倒れる。どうやら切り抜けたみたいだ。

 

 

 

「よっしゃ!ソッコー簀巻きだ!」

 

 

寺坂についていって、気絶した暗殺者をガムテープで縛り付ける。これでこの男が動き始める事はなさそうだ。

 

 

 

それにしても、恐ろしい経験をした。まさかプロの狙撃手と戦う事になるなんて、そんな経験が出来るはずがない。凄い肝を冷やしていたし、終わったこの瞬間物凄く安心している。他の生徒もそうだったみたいで、ステージの上で千葉とか速水と話している。

 

 

 

どうやらこれでひと段落のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ〜らら。まさかガストロを倒すなんてね。これは流石に驚いた』

 

 

 

…!!?

 

 

 

 

「誰だ…どこから話している…!?」

 

 

周りをキョロキョロと見ながら、烏間先生がその声の主に尋ねる。もちろん俺たちもどこにいるのかを探しているけど、人影すら見当たらない。

 

 

『強いて言えば、部屋の外かな』

「…嘘をつくな。この部屋は完全防音だと聞いている。部屋の外からの声が聞こえるはずがない」

『いや、声を伝える手段はあるよ』

 

 

この男、一体何を言って…待てよ。この響きからすると…

 

 

 

「…マイクを使ってるのか?」

『その通り』

 

 

…なるほど、それなら納得だ。考えてみればここはステージだ。ならマイクの声を響かせるためのスピーカーがあってもおかしくない。そしてそのマイクはこの部屋の中でしか使えないとも限らない。物によっては部屋の外にいても大丈夫なものも存在する。

 

 

 

 

「…何のつもりだ」

 

 

 

 

どこから話しているのか全く分からない相手に尋ねた。別に答えを期待していたわけではない。掴み所がない相手にイラついてきて、少し噛み付いたような感じだった。

 

 

 

『まぁ特に何のつもりでもないよ。ぶっちゃけ、俺は動かないつもりだった。けど、ガストロがやられた以上、俺が出るしか無いと思ってね』

 

 

 

だからまさか答えが返ってくるとは思っていなかった。てっきり、そんな事教えるつもりはないと思っていたんだけど…

 

 

《ガチャリ…》

 

 

 

扉が開く音が聞こえた。それは俺たちがこの部屋に入る時に使った扉だった。ステージの上から、俺たちは一斉にその扉の方を見た。

 

 

 

『さて、自己紹介から行こうか』

 

 

 

 

扉から現れたのは、黒い髪の髭を生やした、30半ばほどの男が現れた。手にはさっきまで使っていたであろうマイクが握られている。

 

 

 

 

 

『コードネームは【アクロ】だ。若者たちよ、どうぞよろしく』

 

 

 

 

 




はい、新キャラ登場です。

暗殺者アクロ、次は彼との勝負になります。


まぁ実を言うと彼は一回出たんですが…





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第77話 アクロの時間

自分が暗殺教室の小説を書こうと思ったとき、1番最初に設定を考えたキャラクターは学真くんでしたが、2番目に設定を考えたキャラクターはアクロでした。書く前からここに新キャラを入れる事は決定していたので。

アクロは僕が暗殺教室を読みながら僕の想定出来る限り『最も優れた暗殺者』という設定を骨格に色々と作っていきました。

だから今回の話を書く事を凄く楽しみにしていました。僕なりに考えた強い暗殺者の活躍をぜひ楽しんでください。



まぁアクロは敵ですけど…





ステージにいる全員が、マイクで堂々と自己紹介していた男を注目している。見ない生徒がいるはずもない。ガストロ…つまりあの殺し屋の仲間と言う事は、俺たちの敵でもあるからだ。

 

 

「アクロと言ったな…貴様、暗殺者か?」

『ご名答。まぁ3人も倒したわけだし、殺し屋の判別もつきやすくなっているのかな?』

 

 

烏間先生の質問に答えている様子はからかっているようにも見える。烏間先生の思った通り、その男は暗殺者だった。

 

アクロもまた一般人とは違う雰囲気が出ている。服装はどこにでもありそうな青いスーツで、外見的には特に目立った特徴はない。強いて言えばあのサングラスぐらいだ。それにも関わらず普通の人間ではないと感じる。今までの3人の暗殺者もそうだったけど、立っている姿にどことなく凄みがある。人を殺した経験を日常のようにするとあそこまで凄みが出てくるもんなのか。

 

 

『俺としては戦いたくなかったけどね。こんなに沢山の若者たちを殺さなきゃいけないってとても嫌な仕事だよ。しかも地球の破壊を止めようとしている名誉ある…

 

 

 

おや?』

 

 

 

 

アクロは何かに気づいて、話と動きが止まる。その視線はある一点で止まっていた。

 

その先には…俺がいた。

 

 

 

「あんた…殺し屋だったのか」

 

 

 

周りのみんなが動揺している声が聞こえた。烏間先生も殺せんせーも意外そうに俺を見ているのが分かる。俺がこの暗殺者の事を知ってるとは思っていなかっただろう。

 

 

『へぇ、あの時の若者とこんなところで会うとはね』

 

 

アクロは俺を知っていた。まさか覚えているとは思ってなかったが、俺は一度アクロに会った事がある。

 

 

船上パーティーの時だ。

 

 

外に出た時に見知らない男に話しかけられた事がある。その時無視しようとしていたら、船から落ちそうになっていた子どもを船から飛び降りて助け出したのを見て呆気に取られていた事を覚えている。そのオジサンと、目の前にいるアクロは完璧に同一人物だ。

 

その時一緒にいた矢田も覚えていて、アクロを見ながら少し驚いている。逆にアクロは、どちらかと言うと俺を覚えているからなのか矢田には特に話しかけたりする様子はない。

 

 

「学真…知ってるのか?」

 

 

磯貝が俺に尋ねてきた。他のみんなもそれが気になっているような表情で俺を見ている。

 

「…ちょっとな。一回会った事がある程度だけど」

 

磯貝の質問にそれだけ答えた。あの船上パーティーの下りを話そうとするとかなり長くなるし、別に話す必要も無いだろう。

 

 

それに、敵が目の前で呑気に喋るのは危険だ。油断しないで敵を警戒するべきだ。

 

 

 

 

それ以上話そうと思ってない事を読み取ったのか、磯貝を含めた他のみんなは何も聞こうとしなかった。

 

そして、一斉にアクロの方を向く。アクロはとっくに準備を『懐かしいな〜』整えて…

 

 

 

……は?

 

 

 

 

『仕事の休みという事で参加した船上パーティーに行ったはいいものの、やる事が特に無くてヒマだな〜と外に出ていたら君に会ったんだよね』

 

 

 

 

 

 

 

 

……………

 

 

 

 

 

 

 

 

『何か悩みを抱えているよう若者にオジサンは優しく声をかけた。悩みがあるんだったらオジサンが相談に乗って上げるよと。若者は恥ずかしさ故に相談する事は無かった。だがしかし、オジサンは彼の前で勇姿を示した。若者はその姿に憧れ、彼の新たなスタートのキッカケになった。そしてオジサンは若者に尊敬の眼差しで…』

 

 

 

 

 

 

「思い出に浸るな!話を勝手に変えるな!敵の目の前で喋ってんじゃねぇぇぇぇ!!」

 

 

 

 

 

思わず大きな声で3回も連続してツッコミを入れた。流石にキツかったせいで体力を持っていかれたような感じがする。

 

まさかあの時の思い出を語るとは思わなかった。しかも凄く脚色されていたし。俺は決してあのオジサンに憧れたりはしていない。これは絶対にしてないと言える。

 

 

さっき敵の前で呑気に話すのは危険だと思っていたのに、このオッサンがベラベラと話すとは思わなかった。俺の立場はどうなると思ってんだよ。

 

 

 

 

 

『あ、ゴメンゴメン。懐かしくてつい』

 

「つい、じゃねぇよ!!よくこの状況で話そうと思ったな!しかも話し方が演技臭かったし!

そしていい加減マイクを離せよ!なんで未だにマイクで話そうとしているんだ!!」

 

 

思い出話をする時もそして今もマイクを使って喋っているせいで、さっきからずっと声が部屋中に響いている。正直耳がキンキンして痛い。

 

 

アクロの動きが止まった。漸く切り替えてくれたみたいだ。真剣な表情で俺たちの方を見る。

 

俺も、そしてみんなも戦闘態勢に入る。烏間先生はまだ全快仕切って無いのかまだフラフラとしている。まだ烏間先生の助けは期待できそうに無い。

 

殺せんせーはアクロの様子をただ見ている。アイツのスタイルを観察しようとしているのだろうか。

 

俺もそれが気になっている。多分みんなもそれが気になるだろう。毒ガス使い、握力、狙撃手…これ以外にあるとすればナイフ術だろうか。けどどこにもナイフらしきものは無い。隠してるのか、それともナイフは関係ないのか。

 

 

やがてアクロが動き始めた。

 

 

 

 

『オジサンってなんでマイクで喋ってたんだろ?』

 

「知らねぇよ!!!」

 

 

 

 

 

…『なんで未だにマイクで話そうとしているか』の答えを考えていたらしい。さっきの真剣な表情はそれを悩んでいた表情かよ。しかも俺に聞いてどうするんだ。

そもそも答えが返ってくる事なんて期待していない。せいぜい『カッコよさそうだったから』ぐらいじゃねぇのか。

 

 

「…コイツ、本当に殺し屋か?アイツらと同じ…」

 

 

吉田の言うことにその通りと思ってしまった。なんかさっきまでの3人とかなり違う。なんというか、緊張感がないと言うか…威厳がないと言うのだろうか。暗殺者とはとても思えない。ただふざけているオッサンにしか見えなくなっている。

 

 

 

「そんな事言うなよ。これでも目標10人だぜ」

「しらねぇよ!殺人回数を予告されても!」

「いや、友達の数が」

「もっとしらねぇよ!何暗殺稼業のやつが友達作りしてるんだ!」

 

 

 

なんだろう。話してるのが辛くなってきた。必要以上に直射日光に当たり続けていたみたいに、体の中からエネルギーが漏れていき、意識も朦朧としてきている。

 

 

 

 

コイツ本当に何しに来たんだと、心の底から思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「避けなさい、学真くん!!」

 

 

 

 

 

 

耳の中からその声が頭の中に入り込んだ。その声は、散乱していた俺の意識を一瞬で引き戻し、警戒心を取り戻させた。

 

その時、目の前には既にアクロがいて、ナイフが迫って来ているのが見えた。

 

 

 

 

《ヒュン!!》

 

 

 

九死に一生を得るとはこの事を言うのだろうと思ってしまった。ギリギリでナイフを躱した俺は態勢を崩して腰から地面につく。ウッカリしていたらバッタリと横になっていたかもしれない。

 

 

 

「あらら。避けられちゃったか。バレない自信はあったんだけどな」

 

 

 

ナイフで斬りかかろうとしていた暗殺者はさっきと同じく気の抜けた喋り方をしている。そして視線が動きステージの外へ。そこには俺に向かって叫んだ殺せんせーがいた。

 

 

 

 

 

 

「まさか全部見越していたのかい?ターゲット」

 

「恐ろしい話術、そして体術ですね…生徒たちの警戒心を一瞬で解いてしまうとは…」

 

 

 

殺せんせーは分かっていたみたいだった。俺たち全員が警戒しなかったこの状態で、殺せんせーはアクロの動きを警戒し続けていた。そして、俺を斬りかかろうとしているのが見えて注意を促したと言うわけか。

 

 

ここまで来て漸く分かった。さっきまでのボケたような喋り方はワザとやっていたんだと。あまりにも変だったから、殺し屋として見ていなかった。

 

 

まんまと敵の策略にハマってしまった。もし殺せんせーが声をかけていなければ、アッサリと殺されていたに違いない。

 

 

注意しないと行けない。気を緩めては行けない。そうでなければ殺されてしまう。ここはそういう場所だと、来る時から分かっていたハズなのに…

 

 

 

「オジサンは仕事をサッサと済ませたい主義だし、そのための準備は怠らない人間なんだ。

 

オジサンみたいに歳を取るとね。体が思う通りに動かないんだ。動きは遅いし、すぐに体勢を崩してしまうし、体力も持たない。

 

だから手こずらせないでくれよ」

 

 

漸く理解した。この男は、紛れも無い暗殺のプロだと。俺たちの警戒心を一瞬で解いたあの話術も、離れた場所から一気に標的を殺せる距離まで来れる移動術も、俺たち生徒には出来ない領域だ。

 

だからここからは決して隙を見せない。もう二度と、殺されかねないミスは起こしたりしない。

 

 

 

「……お?」

 

 

 

立ち上がった俺を、アクロは面白そうに見ている。俺をあまり警戒してはいないみたいだし、多分面白がっているんだろう。

 

 

 

「良いね。その覚悟が篭った目。若者のその目はオジサンには眩しすぎるよ。

 

けど、それだけじゃダメだな」

 

 

 

右手に持っている小さな刀を水平に持ち、アクロは近づいて来ている。思った通り小さな刀を隠し持っていた。あれほど小さかったら、ボディチェックでもされない限り見つかる事はない。

 

 

 

「オジサンが特別にレクチャーしてあげよう。こういう殺陣での立ち振る舞いを!」

 

 

そのまま俺に斬りかかる…事は無かった。俺に何もせずに横を通り過ぎた。完全に攻撃をして来るものだと構えていた俺たちは走り去っていくアクロを止める事は出来なかった。

 

俺たちの後ろを通り抜けたアクロはステージの端に近づいている。そこには器物が置かれているだけで特に何も無い。

 

 

沢山置かれているものの中に、長い梯子があった。恐らくライトとか天井に何かするためのものだろう。壁に傾けて置いてあるだけで特に意味は無い。

 

その梯子をアクロは登り始めた。それも足だけで。傾いているとは言っても手を使わないで登りきる事なんてそんな簡単に出来ることでは無いのに、アッサリとやりこなしている。

 

 

「何をしているんだ…?」

「あれ、登っても何もないだろ…」

 

 

寺坂の言う通り、登っていても何も無いはずだ。壁に寄りかかっているだけで梯子登った先に何か武器があるとか、それどころか道すら無いはずだ。登りきったらそこで行き止まりになる。

 

そう思っているうちにアクロは登りきってしまった。とても高く、見上げないと頂上が見えない。頂上まであと少しだと言うのにアクロはそのスピードを緩めず、そのまま壁に激突しそうに見えた。

 

 

 

けど壁に衝突はしなかった。

 

 

 

アクロは梯子を登り続けていた足をそのまま壁につけ、そのまま飛び出す。高い地点からのハイジャンプ、それは真っ直ぐ俺に近づいていった。

 

 

「な……ッ」

 

 

 

意外すぎる展開に反応が遅れた。急いで避けなければと思った時にはアクロは目の前だ。

 

攻撃を避けなければならないと必死になりながら、その場から飛び跳ねるように避ける。空振りしたアクロはそのまま地面を転がっているのが見えた。

 

 

その時俺はミスをした。あまりにも必死すぎたせいで周りの状況をよく見ていなかった。

 

 

もしステージの範囲で避けていたなら大丈夫だった。壁に当たったら大惨事だったがその方向では無い。

 

 

俺が飛び込んだのはステージの外…つまり、客席の方だ。

 

 

 

「しまっ…」

 

 

 

後悔していてももう遅い。飛んでしまった体を元に戻る事は出来ない。いますべき事を考えなければならない。

 

飛び込んでいるいすの背もたれを思いっきり叩いて、飛んで行こうとする俺の体を止める。その結果、叩いた背もたれの上に体が乗った。腹を思いっきり打ったせいか結構痛い。

 

吐きそうな痛みを堪えて背もたれの上に立つと、三列ぐらい隣の椅子の背もたれの上にアクロが立っている。あそこからここまで飛んで移動したと言うことかよ…

 

 

「…どういう戦い方をしているんだ。お前」

 

 

「見ての通り、敵を動揺させるように動いているだけだよ。人間って自分の常識が覆ると動揺しまくるらしい。そんな事が出来るはずがない。そんなの有り得ない。そういう先入観が覆ったら大抵の人は呆気に取られる。

 

オジサンはその瞬間を狙う。自分からチャンスを作り、実行する。そうやってオジサンは、幾多の任務を難なくこなして来た」

 

 

チャンスを作る、ときたか。俺には到底出来ないやり方だ。俺はそのチャンスを待つ事しかできない。自分から動く事が出来ないから、いつまで経っても決着がつかない。それがいけないと、分かっている筈なのに、その一歩が踏み出せないんだよな…

 

 

 

「コードネームは確か『アクロ』でしたね。恐らく『アクロバット』の略。さっきのズバ抜けた身体能力もあなたの武器の一つですか」

 

「良く見抜くね、殺せんせー。俺が言うのも何だけど、殺し屋の中でも俺ほど動ける人は居ないと思っている。

 

この身体能力はとても便利だ。標的に見つかる可能性も低くなるし、いざとなったら簡単に退却することも出来る。さっきみたいに動揺させるための使い方もあるけど、そんなに使った事は無いかな」

 

 

 

ますます脅威になって来た。あの身体能力もコイツの武器か。

 

コイツ、ひょっとするとスキルを何個も持っているんじゃ無いか?話術と言い身体能力と言い…そして戦術も。

 

優れた殺し屋は万に通ずと、烏間先生がビッチ先生をそう評した。優れた殺し屋であるほど、使える技はいくつもあると。

 

この殺し屋は、まさにその言葉通りの殺し屋だ。どういう状態であっても確実に任務を遂行できる男なんだろう。

 

 

 

「さて、椅子の背もたれの上でバランスを取りながら、オジサンの攻撃を躱してみなさい。じゃないと、怪我するぜ」

 

 

アクロが直ぐに仕掛けて来た。今度は正面からナイフが近づいていく。何とか躱しはしたものの直ぐに次の攻撃が出てきた。

 

更に次、更に次とアクロの攻撃が出てくる。下の階でカルマが暗殺者の攻撃を躱して来た時みたいだ。あの時と違うのは、敵がナイフを持っていることと足場がとても狭いところだ。

 

 

 

「おー、なかなか躱すね。普通なら精々3回が限界だよ」

 

 

褒めてくれているみたいだが、あまり嬉しくない。敵に褒められてもコッチが困る。

 

とは言え普通だったらとても出来ない、と言うのはその通りだとは思う。攻撃を避けただけでも奇跡と言えるだろう。

 

何回も躱せているのは、烏間先生の特訓のおかげだ。丸太の上でバランスを取りながらナイフを振り続ける練習をして来たお陰で、バランスを崩すと言うことはしなくなっていた。

 

攻撃の躱し方は、完全に気合いだ。八幡さんのせいで最近気合いしか話してない気がするけど。

 

そのまま攻撃を避け続けている。さっき言った通り俺はチャンスを待つタイプだ。出来る限り自分から攻撃を仕掛けずにいる。八幡さんにはもっと攻めろと言われるけど、俺にはこれが限界だ。

 

 

 

 

 

そうしているうちに、チャンスが来た。アクロの攻撃の勢いが一瞬止まった。体力とかが原因で攻撃をずっと続ける事は出来ない。

 

その隙に1発拳をぶつける。顔面に入れて怯ませたかったけど、腕で塞がれてしまった。恐らくだけど防御術も心得ているんだろう。最小限のダメージで防がれた。

 

 

けど拳と腕が当たった時に分かった。コイツそんなにパワーがない。さっきも攻撃を流すようにしていたし、正面から受ける事は出来ないんだろう。

 

それならこの距離だし、力押しで有利にする事が出来るかもしれない。俺もパワーがあるわけじゃないけどそれなりに鍛えてはいるし、アクロには力で勝つ事が出来る。

 

 

力で勝負するなら、1番良いのは押し技だ。この狭い足場なら一気に体勢を崩させる事が出来る。

 

体勢を崩したら後は押さえつけて拘束すれば良い。今の俺たちの目的はアクロを倒す事ではなく、ウィルスにかかっているみんなを助けるためのワクチンを奪い取る事だ。

 

アクロを突っ張ろうと構える。手を真っ直ぐ伸ばせば腹に当てて突き飛ばせた。だから俺は手を伸ばすだけで良かった。

 

 

 

そう、伸ばすだけ…伸ばせば…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………ッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いま、隙を見せたね?若者よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

額に痛みが走った。

 

 

 

 

 

とても鋭く、頭が割れるような感じがした。それが何によるものかは分からなかった。もしかして頭痛かと思ったのだが、それは違うとこの後直ぐに分かった。

 

 

 

 

 

何かが垂れていくのを感じる。頭からゆっくりと垂れていき瞼にたどり着いた。反射的に眼をつぶる。その後瞼を通過して更に下の方へ落ちていく。

 

 

顔の表面を辿りながら、ゆっくりとそれは落ちていく。水にしてはドロドロしていた。それが唇に触れた瞬間に嫌な味がした。

 

 

直接触った訳でもないし、ましては見る事は出来ない。けどその正体はハッキリと分かった。

 

 

 

 

 

これは間違いなく血だ。

 

 

 

 

 

 

 

どうやら俺は斬られたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

顔に着いている血の感触と力が踏ん張れない体からそれを悟った俺は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのまま、バタンと倒れた。

 

 

 

 

 

 




暗殺者アクロに斬られてしまった学真。この後一体どうなるのか?



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第78話 枷の時間

予定とは常にそうならないものである。これは僕の人生で思った事です。予定を立てたとしても必ずそうならないものだなーと感じています。例えばテスト勉強とか、夏休みの宿題とか、家事とか(←ダメな男)



何が言いたいかと言うと…展開が長引きました。


アクロとの戦闘は2話で終わるかなーと思っていたんですが甘かった…書いている内に『あれ?これ終わらなくない?』と思ってしまい、案の定終わらなかったんですね。削ると言うのも1つの手だったんですけどそれはしたくなかったので思い切って長引かせました。





俺は救われた。

 

 

こんなどうしようもない俺を、救いようがないバカな俺を助けてくれた仲間がいた。

 

 

 

 

 

『ここまでクラス想いなお前がどんな欠点を抱えたとしても、今さら嫌いになったりしねぇよ』

 

 

 

『良かったら学真くんが背負ってきたものを、私たちにも背負わせて』

 

 

 

 

『皆さんも君の助けになろうとしているんですよ』

 

 

 

 

 

 

みんなは、喜んで俺の助けになると言ってくれた。愚かな事をした事も責める人は居なかった。

 

こんな出会いは今までに無かった。仲良くしてくれる人は居たけど、俺の欠点まで背負ってくれる仲間はいなかった。家族でさえも俺に手を差し伸べる事は無かった。

 

 

 

 

俺はみんなに救われた。返しても返したりないぐらいの恩がある。だからみんなと一緒に頑張ろうって思ったんだ。

 

 

 

 

今度は本当の仲間として

 

 

 

 

 

 

 

このE組の一員として

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頑張るんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決して邪魔をしないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇第三者視点

 

 

 

あっという間の展開だった。いや、それどころかあまりにも速すぎる展開だ。

 

 

客席の上で戦うというあまりにも異質な戦いがあった。もしそうなったとしたらバランスを保てずに落ちてしまってもおかしくない。

 

 

そんな状態で学真はアクロと対等に戦っていた。

 

 

 

もちろん烏間による体育の訓練でバランスを取りながらナイフを振る練習はしてきたが、実際に足場の悪いところで戦う事が出来る生徒はそんなに居ない。

 

それ故に彼の立ち振る舞いはスキルの高さを示していた。

 

 

 

生徒たちは茫然と見ていた。プロの暗殺者と戦う事は大きなリスクがあると言うのは承知していたが、どこか大丈夫だと思っているところがあった。学真ならあの暗殺者を倒せるのではないかと。

 

 

 

 

 

学真がアクロに攻撃を仕掛けた。アクロも反応してその攻撃を防いでいたが、力に差があるのか学真が押し切った。

 

腕を弾き飛ばされているアクロ、その瞬間は攻撃するチャンスだ。そして学真ならその隙を攻撃してくると思っていた。そしてその通りに学真がアクロを突き飛ばそうと構えていた。

 

 

だが突然、学真の動きが止まった。

 

 

 

手を伸ばして突き飛ばせばいい筈なのに、そうしなかった。それを不思議に思う生徒も中にはいた。

 

 

 

 

「いま、隙を見せたね?若者よ」

 

 

 

 

そして攻撃しなかった事で生じた学真の隙をアクロが見逃すはずが無かった。

 

突き飛ばされた腕を元に戻してナイフを構える。そして距離を詰めて学真に斬りかかった。

 

 

 

その斬撃は、学真の顔面をシッカリと捉えた。

 

 

 

 

致命傷に至るほどの大きな傷とは言えないが、小さなダメージでもない。顔面に刻まれた傷跡からは血が吹き出ていた。そんなに近くにいない生徒たちにもその血が見えるほどの量が出ている。

 

 

 

「えっ…………」

 

 

 

誰かがその声を出した。その声を出した人だけではなく、他の生徒も理解が追いついていなかった。

 

だがそんな事はお構いなしという風に、学真は体勢を崩す。元々足場が悪すぎる椅子の背もたれの上で体勢を崩せばどうなるかは分かるだろう。誰もが予測できる通りに学真はその椅子から転げ落ちた。

 

 

 

 

 

 

「………ッ!!!」

「なっ……!?」

「…そんな………ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「学真(くん)!!」」」

 

 

 

 

椅子から倒れたクラスメイトの名前を叫ぶE組の生徒たち、いま自分たちが見たことを信じられないでいる。もちろんいま起こった事は夢とかではない。学真は間違いなくアクロに斬られて倒れたのだ。何度確かめてもそれが間違いない事が証明されてしまう。

 

その中に、嫌な考えを持った生徒もいた。もしかしたら殺されたのではないか、と。敵は殺し屋であり、殺されても不思議ではない。

 

潜入を始める時から今まで、その可能性から敢えて目をそらしていた生徒もいた。学真が倒れた事でその考えを強く心に浮かべてしまい、焦っている表情になっている。

 

 

 

 

「…見事なものだね。反射的に躱されたよ。転げ落ちたものの致命傷はならなかったみたいだね」

 

 

 

だが学真と戦っているアクロの言葉を聞いて、その通りに事態は進まなかった事を知ってホッとする。

 

 

 

アクロの狙いは顔ではなく体だった。胴体にナイフで斬りかかれば学真はその傷で起き上がる事はまず出来ないだろうと思ったからである。

 

そしてアクロが攻撃してくる瞬間、学真が反射的に後ろに傾いた。そのためナイフは胴体ではなく顔を捉えた。それも表面に切り傷がついたぐらいでダメージはそれほど入ってないだろう。もちろん血が出ている状態でもう一度挑んでくるかどうかも不明ではあるが。

 

 

 

 

 

 

「…くそ、が…ッ!」

 

 

 

 

 

 

客席の中から学真が立ち上がって姿を現した。特に致命傷になって立ち上がれなくなる様子はない。

 

そして顔面には鼻の上から額に斬られた跡がついており、そこから血が流れている。

 

斬られた事は一度あったが、ここまで血が出てくる事は無かった。生徒たちも学真がその傷を負ったところを見たことがない。かなり痛々しい学真の顔を不安そうに見ている。

 

 

 

「無茶する事はあまり良くないよ。斬られたのは確かだし、椅子の上から転げ落ちて頭を打った筈だよ。決して軽い傷ではない。これ以上の挑戦は君を苦しめるだけだ」

 

 

 

アクロの言う通りである。生徒たちもそう思った。斬られて椅子から落ちた学真は決して無事とは言えない。むしろ体の状態が危ないといってもおかしくない。これ以上戦う事を続けるのは彼にとってデメリットしかない。

 

 

 

 

「ここで退いたら、みんなはどうなるんだ?」

 

 

 

 

今にも倒れそうなフラフラな体を必死で踏ん張りながら学真が口を開いた。学真の言っている『みんな』とは、いまここにいる生徒だけではない。

 

 

 

「いま必死でウィルスと戦っている仲間がいるんだ。そいつらは今の俺なんかよりずっと辛い思いをしている。それにもかかわらず落ち着いて話してくれる奴もいたんだ。

 

仲間が必死で戦っている時に、こんな傷でくたばっている場合じゃねぇんだよ…!」

 

 

E組の目的は、ウィルスで苦しんでいる仲間の救出だ。学真はその作戦に参加し、ここまでついてきた。絶対にワクチンを奪うと決めていた。それを、傷を負ったぐらいで止めたくないと学真は思っている。

 

 

「…素晴らしい仲間愛だ。感動するね。けど無茶は無茶だ。これ以上暴れるならオジサンも力づくで止める事にするよ」

 

 

 

アクロは学真の気持ちが分からない訳ではない。寧ろ彼のその想いは尊敬に値する。若者を高く評価しているアクロは学真のその想いに感服している。

 

だがそれが賢いとは思っていない。学真のやっているのは無茶だ。若さ故にそのような過ちをしてしまっているようにも見える。

 

そうなってしまった若者を止めるには、口で何と言っても無駄であると判断した。止めるために1番有効な手段は力づくでしかない。アクロは学真を力で無理やり止めようとしていた。

 

 

 

 

その時、アクロはかなり速い速度の蹴りを受けた。

 

 

 

 

「うおッ…!?」

 

 

 

 

紙一重で防いだものの、受け止める事は出来なかった。受けた衝撃のままアクロは後ろに吹き飛ぶ。そして椅子の上からステージの上に戻っていった。

 

 

ステージに見事に着地をしたアクロ、そのまま彼を蹴り飛ばした人物を見る。するとそれが意外だったようで、アクロは少し動揺していた。

 

 

 

「…スモッグの毒はまだ完全に治ったとは思えないけど?」

「確かに完全には治ってない。蹴りを1発出すだけで精一杯だ」

 

 

 

アクロを蹴り飛ばしたのは烏間だった。離れた場所から一気に近づき、アクロを蹴り飛ばした。

未だにスモッグの毒の影響が残っており、表情はまだ疲れている時のそれだ。その状態でアクロと戦うと言うのはかなり無謀にしか見えない。

 

 

だがそれは烏間が止まる理由にならない。

 

 

「これ以上好きにさせるわけには行かない。ここからは俺が相手だ」

 

 

ステージに上がり、アクロの前に立ちはだかる。相手が変わった事に対して特に不満はない。アクロは烏間の挑発に乗る事にした。

 

 

 

「…烏間、先生……」

 

 

 

烏間がアクロと戦おうとしているのが見えた学真は、直ぐにステージに近づこうとする。

 

しかし歩こうとした時に少しよろけた。倒れかけたところを椅子に捕まってギリギリのところで耐える。

 

斬られた額から流れた血は、片方の目にも垂れている。目に入るのを防ぐように片目を塞いでいるため、いつもよりも見えづらい。更に殺せんせーと同じく動揺しやすい性格である学真はもう既に平常心ではなくかなり焦っている。その結果学真の動きはかなりぎこちない。

 

その状態でアクロと戦えば、間違いなく負けるだろう。そして殺し屋との戦いにおける敗北は死という事だ。このまま学真を放っておいたら学真が死んでしまう。そう思ったE組の生徒たちは彼を止めようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「止まりなさい。学真くん」

 

 

 

 

その生徒たちよりも先に彼を止めたのは、殺せんせーだった。未だに完全防御形態であり、椅子の上から動く事は出来ない。しかし殺せんせーの台詞は彼が動く事を許さなかった。

 

 

 

「…なんだよ、殺せんせー。邪魔だから動くな、て言いてぇのか?」

 

 

 

殺せんせーを睨みながら言葉を出した。いつもの彼ならあまりしない行動だ。他人を威嚇したりする事はあまりしたことがない。ましてE組の生徒や殺せんせーに対してやる事は無かった。

 

それだけ、今の彼は余裕が無くなっていた。自分がアクロの攻撃を食らってしまった事でクラスメイトが動揺している。その状況を打破するために行動しないといけないと思っている彼は落ち着いていられるはずも無かった。

 

 

 

「ほとんど正解です。今の君は行ったところであのアクロという男に殺されます。あの暗殺者は強い。半端な力では返り討ちにされてしまうのがオチです」

 

「ちょっ…殺せんせー!」

 

 

 

かなり厳しい事を言う殺せんせー。思わず渚が殺せんせーを止めようとした。

 

 

 

学真はかなり悔しそうにしている。殺せんせーの言っている事は薄々分かっていた。今の現状を見れば嫌でも理解できる。しかし頭では理解していても、気持ちはそうとは行かなかった。何とかしたいと思っている彼に、何も役に立たないという結果を言われるのはかなり悔しい事である。

 

 

 

 

 

 

 

「だから()()()()動かないでください。先生は君に一つだけ言わないといけないことがあるのです」

 

 

 

そんな彼に向けられた殺せんせーの言葉は、さっきとは変わってとても優しいものだった。いつもどおり、生徒思いの殺せんせーが学真に話しかけていた。

 

それを聞いて少し落ち着いた学真は、殺せんせーに言われた通り耳を傾ける。

 

 

 

 

 

 

「君はいま責任を感じていますね。先生の暗殺の失敗を。千葉くんや速水さんと同じように」

 

 

E組の生徒たちは殺せんせーの言っている事の意味が分からなかった。暗殺の要だった千葉と速水が責任を感じるのは分かる。しかしサポートの学真が責任を感じるところはあったようには見えない。特に問題もなかった筈だと。

 

しかし学真はあの暗殺に責任を感じているところがあった。

 

それは殺せんせーに向けて千葉と速水が発砲する瞬間だった。もうすぐで暗殺出来ると思った時に、一瞬だけ迷った学真は狙いがブレて殺せんせーの服に弾が掠ってしまった。それがキッカケとなり殺せんせーは千葉と速水の位置に気づいた。

 

みんなの暗殺を邪魔してしまったと思っている学真は、ホテルの中にいる間、責任を感じたままでいた。

 

 

 

 

「確かに君が失敗したところはあったかもしれない。その失敗によって先生が回避したとも言えます。そして君はその失敗に責任を感じているでしょう。

 

そしてその責任は千葉くんや速水さんとは違う形で影響してしまった。

 

 

 

 

 

みんなの邪魔にならないようにと無意識に思ってしまい、いつものように動けなくなるという形で」

 

 

 

 

 

矢田が何かに気づいたような顔をしている。ホテルの時に薄々感じていた違和感の正体に気づいたのだ。

 

 

 

 

E組の生徒は、彼の唯一の仲間である。多川やマイクのように仲良くしている友人はいるものの、彼の欠点を受け入れたのはE組の生徒たちだけだった。彼は心から仲間ができたと思っていた。

 

それ故に彼は仲間に迷惑をかけたくないと思うようになった。そして殺せんせーの暗殺失敗を経てその気持ちが強くなった。

 

迷惑をかけたくないと言う気持ちは決して悪いと言うわけではない。寧ろ仲間想いである事の象徴とも言えるだろう。

 

 

 

しかし失う事の怖さを知っており、彼にとって唯一の仲間を失う事を避ける事に意識するあまり、彼はいつもの通りに動く事が出来なくなってしまった。

 

暗殺者が現れた時も、それを恐れているせいか足を前に出す事が出来なくなってしまった。自分が出る事で邪魔になるんじゃないかと考えてしまうからである。

 

先ほどアクロに斬られる前の時も、いつもだったら迷わずに攻撃していた筈だ。しかし彼はアクロの後ろにE組の生徒がいるのを見てその攻撃を躊躇った。

決して被害を受ける場所に立っていたわけではない。彼らが戦っていた場所からは距離が大分あるし、もしアクロが吹き飛ばされたとしてもそれを避けるほどの余裕はありそうなものだった。

しかし邪魔しないという彼の思考は、必要以上に警戒してしまう。彼の不安は、彼の行動を制限してしまった。

 

 

 

 

「けど大丈夫です。例え迷惑をかけられたとしても彼らにとっては何の問題もない。少し前に矢田さんが言ったでしょう。君が背負っているものを自分達にも背負わせてと。

 

君がどんな迷惑をかけたとしてもそれで崩れてしまうほど皆さんとの絆は脆くない。何も気にせずに自分の全てをぶつけて来なさい」

 

 

 

全てをぶつけろ。殺せんせーの言われた事を心に刻んでいる。少し前から彼はそれを避けていた。それでみんなの迷惑をかけたくないからと。

迷惑をかけたぐらいで崩れてしまうほどみんなとの絆は脆くない。殺せんせーはそう言うものの不安になってしまうものは不安になる。

 

 

 

けど、同時に殺せんせーを信頼している気持ちもあった。

 

 

 

いままで色々な事を教えてもらった。勉強の事だけではなく、生き方についても教えてもらった。その殺せんせーの教えを、彼が1番信じていた。

 

 

だったら自分の全てを出しても良いんじゃないか。

 

 

最近彼は身につけた技術がある。訓練して身につけたは良いものの、実際に使おうとはしなかった。彼にとってそれはどうしようもない時に使うもの、つまり奥の手というものだった。

 

その奥の手はいま使うべきである。学真はそう判断した。アクロほど強い相手ならその手を使わなければならない。

 

 

 

 

少し止まっていた足を再び進める学真。しかし先ほどと違い焦っている様子もなく、しっかりとやるべき事をやろうとしている表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

アクロの攻撃を防ぎ続けている烏間。かなり変わった攻撃をしてくるもののそれを防ぐことは何の問題もない。E組の生徒はもちろん訓練兵の攻撃を防ぎ続けた彼には造作もない事だ。

 

もし体の調子が良好なら、アクロを倒す事が出来たかもしれない。ナイフの使い方に優れているものの、戦闘に慣れている様子はない。戦闘に持ち込めば直ぐに倒せただろう。

 

しかし未だにスモッグの毒の効果が残っているため、無茶な動きは出来ない。攻撃を防ぐ体力がなくなる事を避けるために彼は防御に徹していた。

 

 

「なかなかやるね。政府から派遣された体育教員さん。その体で防ぎきっている事に敵ながら敬意を表するよ」

 

 

アクロの言葉に、烏間は何の返事もしない。あくまで攻撃を防ぎ続けているだけだった。

 

だが気になっている事はある。なぜこの男は自分が体育教員であると知っているのかと。

教員であるという事は知っていてもおかしくない。生徒を引率していれば先生と判断されてもおかしくないだろう。しかし教科まで知っているとなると流石に怪しい。少し前に椚ヶ丘中学校について調べたのか、それとも彼の依頼人が関係しているのか。そんな事を考えていた。

 

 

 

「けど僕はアナタを殺すつもりは無いんですよ」

 

「なに…?」

 

 

 

攻撃を止めたアクロの言葉に疑問を感じる。自分達の前に現れた殺し屋が『殺すつもりはない』と言うとおかしいと思うし、動揺させる罠かもしれないと警戒してしまう。

 

 

 

「無意味な殺人は好きじゃないんですよ。仕事として人を殺さないと行けないと言うなら話は別だけど、僕が依頼人から言われたのはここの防衛だけ。貴方がたを殺せとは言われてないし、僕も殺したくは無い。とっとと降参してくれた方が僕としてはありがたいんですけどね」

 

 

 

アクロが言ったのは降伏勧告だ。ある意味脅しと言える。殺しはしないから降参してくれと言うことなのだろう。

 

現状ではそれが有効なようにも見える。今のところアクロに勝つ見込みはない。未だに毒が残っている烏間先生はアクロを倒す事は出来ない。ましていま怪我人がいる。大人しく降伏した方が良いのかもしれない。

 

 

 

 

「それはしたくないから、俺らはここにいるんだよ」

 

 

 

ステージの上に1人の男が上がった。それは先ほどまで客席にいた学真だ。殺せんせーとの話が終わり、いま彼が戦前に戻ったのだ。

 

 

「大丈夫か?学真くん…」

 

「はい。時間稼ぎ、ありがとうございます」

 

 

烏間は殺せんせーから依頼された。それは時間稼ぎである。学真と話をする間アクロを止めておいてくれと頼んでいた。

 

 

 

「…決して無茶はするな。危なくなったらすぐに手助けする」

 

「はい。けど大丈夫です。奥の手を2つ残しているので」

 

 

未だに心配している烏間。彼の性格上心配しないと言う方が無茶であろう。まだ中学生である彼がプロの殺し屋の前に立つ事を未だに良しと思ってない。

 

 

「…奥の手?そんなものを隠しているのかい」

 

「まぁな。1つは成功した試しがないからやったことないし、もう1つは危険だからやった事はない。けど…アンタ相手ならそれを使わないと勝てないと言うのが分かった」

 

 

 

奥の手、というワードにアクロは引っかかった。ここに来てまだ武器があるのかと。それも2つ。

 

 

「興味深いね。若者の発想ってオジサンには想像もつかないような事も起こり得るから。じゃあ見せてみなよ」

 

 

 

ナイフを持ってアクロが学真に迫る。先ほどと同じく素早い。ボーッとしていたら斬られるだろう。

 

しかし、タイミングはわかった。もともとタイミングを合わせる事は得意だった学真はその瞬間を狙った。

 

 

充分な間合いに近づき、学真に向かってナイフが近づいていく。狙いは顔面。先ほどと同じ場所に攻撃が来るとなると体が無意識かつ過剰に反応するだろう。

 

 

しかし学真は焦っている様子はない。いつも通り冷静だった。

 

 

 

そして近づいているナイフを、学真は弾き飛ばした。

 

 

 

《ガキィィィン!!》

 

 

 

金属と金属が激しくぶつかった時の音が鳴る。ステージの構造上その音は強く響いた。

 

生徒たちは疑問に思う。金属同士がぶつかった音が聞こえたという事は、金属は少なくとも2つ有ると言うこと。

 

1つはアクロがさっきから持っているナイフ。そしてもう1つは、学真が持っているナイフだった。

 

 

「嘘…学真くん、それって本物のナイフ…?」

 

 

クラス全員が思った事を茅野が代表して口に出した。対先生用ナイフではなく本物のナイフ、学真がそれを持っている事にビックリしていた。

 

 

「…霧宮のところから貰ったんだよ。ひょっとしたら使うかもしれないと思ってな」

 

 

霧宮のところとは、霧宮が住んでいる家の事である。確かにそこならナイフはありそうだ。

 

鷹岡と戦っている時に学真は思った。もしかしたらこの先もっと恐ろしい敵に命を狙われるかもしれないと。暗殺対象の1番近くにいる自分たちが殺されることも充分にあり得ると。

 

だから学真は身につけることにした。敵から戦う為の技術を。自分の命や仲間を助ける力を。

 

 

 

「使うのはナイフだが、俺はこれを攻撃に使わない。敵を斬るために使おうとしたら俺は自分を保てなくなりそうだと思った。これはあくまで防御、ナイフで攻撃を防ぐ技術だ」

 

 

それは誰かに教えてもらったわけではない。それの土台になっているのは彼の経験だ。いままでの彼の経験の集大成であり、彼が持っている奥の手の…危険な方である。

 

 

この戦いを経て彼は更に進化する。素人がプロに対抗する技術を、彼は完全に習得する。

 

 

 

 




アクロとの戦闘第二幕。学真は勝つことが出来るのか。


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第79話 奥の手の時間

アクロ戦最後です。





「浅野学真…か……?」

 

 

椚ヶ丘中学校E組校舎で、夏休みの暗殺計画の最後の打ち合わせが終わった時だった。生徒たちはもうすでに帰っており、いま校舎には俺とイリーナ、そしてロヴロだけが残っている。

 

俺はロヴロから聞いた言葉に少し動揺している。

 

ロヴロは今日の暗殺訓練を見て感じた事を言っていた。今回の暗殺に成功の可能性があることを認められ、更には暗殺者の素質がある渚くんの話もしていた。

 

確かに渚くんに暗殺者の素質があることは俺も感じている。鷹岡の時に一番思った。彼の才能は暗殺の場においてはその真価を発揮するだろう。

 

 

俺が驚いているのは暗殺者の素質が全く無い男の話だ。

 

 

それだと困るわけでは無い。彼らは中学生であり、暗殺に才能があっても困る。むしろ暗殺の才能がある渚くんについて悩んでいるぐらいだ。

 

 

だがその人物として浅野 学真の名前が出てくるとは思っていなかった。

 

 

浅野学真はこのクラスの中ではかなりの戦力だ。戦闘能力はさる事ながら判断力や観察力は生徒の中でも群を抜いている。瞬間記憶能力も彼の強さの1つだ。

 

何より本人は気づいていないがそれなりに統率力がある。人を引きつける力というようなものだ。恐らく父親から無意識に受け継いでいるのだろう。

 

そして彼は前線に立つ経験が多い。何度か面倒毎に巻き込まれた経験がありその度に彼は前線に立っており、結果も残している。特に窠山くんとの勝負に勝利した事は大きい。あれが彼にとって大きな自信に繋がっている可能性がある。

 

 

それを知っているからだろうか、『最も暗殺者の素質が無い人物』として学真くんの名前が出てくるとは思っていなかった。なぜロヴロは学真くんの事をそう判断したのか、それが気になった。

 

 

 

「そうだな…まず、彼は感情に影響されやすい。それも大きく左右される。簡単に出来た事が急に出来なくなるレベルになるだろう」

 

「簡単に出来た事…?」

 

「例えばスポーツがいい例だ。チャンスになった瞬間に失敗してはならないというプレッシャーがのし掛かる。メンタルの弱い選手はそこであり得ないミスをする事がある。

 

彼はまさにそのタイプだ。気持ちにほんの僅かなブレが生じたら大きなミスをするだろう」

 

 

…思い当たる節がある。彼が始めてこの学校に来た時だ。彼は間違えて日曜日に登校してしまった。その後落ち着いて話をしようとしていたが、動揺しているのが明らかだった。気持ちに大きく左右されると言うのは、恐らくそう言う事なのだろうか…

 

 

「それは暗殺では大きな欠点だ。暗殺はトラブルが当然のように起こる。それでいちいち動揺していたら、逆に殺されて終わりだ。

 

もちろんメリットもある。気持ちが大きく影響すると言う事は、決心した時には普段以上の実力が発揮されるという事になる。動機づけがしっかりしていれば余程のことがない限りヘマはしないだろう」

 

 

一通り聞いて納得した。確かに気持ちに動揺されると言うのは間違いないだろう。そしてそれが暗殺において大きな欠点になると言うことも。

 

 

「それから、これが一番大きな理由だが…」

 

 

続けてロヴロの言った言葉が強く響いた。ロヴロはいま1番大きな理由と言った。先ほどまでロヴロが言ったことは決して小さくはない。つまり、これからロヴロが言おうとしているのはそれ以上のことということだ。

 

 

「これは憶測だが…彼は死に対して敏感になっているみたいだ。奴の暗殺の話をした瞬間に彼が動揺したのが見えた。詳しくは分からないが、死を強く意識してしまう出来事が過去にあったのではないか?」

 

「………ッ!」

 

 

 

…あった。

 

 

 

彼は友人の死に直面している。

 

 

 

直接聞いたわけではない。奴から間接的に聞いただけだ。去年まで親しくしていた友人が自殺したのだと。奴が言うには学真くんはそれに強く責任を感じていると。

 

それは死を強く意識するのに充分な出来事だ。こう言うのも変な話ではあるが、親しいものの死によって人生というものをより正しく考える事になる。

 

 

「その事自体は決して悪い訳ではない。寧ろ命を軽く考えすぎているものは平気で危険な事をする。優れた暗殺者はその上で命を奪う覚悟が必要なのだ。

 

だが彼はそれが出来ない。それどころか迷う可能性がある。『気持ちに動揺しやすい』という欠点も考えれば尚更だ。暗殺者…いや、もっと言えば暗殺をしようとしているものにはかなり大きな欠点になる。暗殺をする直前に手が動かせない事に繋がる」

 

 

…たしかに大きすぎる。暗殺をする事に迷いが出てしまうと困る。奴を殺せる確率が極端に低くなってしまう。奴の暗殺を成功させるためには迷いを振り切ってもらわなければならない。

 

だがそれは要求していい事なのだろうか。彼はまだ中学生だし、命を奪う覚悟を持つ必要はない。要求する方が酷なのかもしれん。

 

 

そうなってくると俺の取れるべき行動は限られてくる。

 

 

「先生よ。1つだけ警告しておく。もしこの後暗殺に支障が出るようなら、彼は暗殺の前線から離れさせた方が良い」

 

 

ロヴロの話を聞いて、学真くんの様子を気をつけて見ておくべきだろうと判断した。いまは特に問題が無さそうに見えていてもこの先もそうであるとは限らない。もし問題が起こったらすぐに対処出来るように。

 

 

 

 

 

 

 

◇学真視点

 

 

頭が冷えた。さっきまで熱くなりすぎていた頭の中が少しスッキリしている。殺せんせーの話を聞いて少し落ち着いた。お陰で『今しないといけないこと』が分かった気がする。

 

アクロの前に立ち、懐からナイフを二本取り出す。実を言うと霧宮との一件があってから密かに剣術を特訓していた。ひょっとすると何かの役に立つかもしれないと思ったし。

 

けど独学でやる事には限界があった。流石に霧宮のレベルまでは行かない。それどころか磯貝や前原にも及ばない気がする。

 

だから俺は普通の剣術とは違うナイフの使い方を編み出した。いわゆる、攻撃ではなく防御のための技だ。決して攻撃することなくあくまで攻撃を防ぐ事に重視したナイフ術だ。

 

自分で言うのも何だけど、もともと防御とか回避は得意な方だった。ガラの悪い連中に絡まれた事があったけど、攻撃は受けた事がない。ある意味才能なのかもしれないけど…

 

だからもともと備えていた回避能力や防御能力に、1学期の体育の授業で身につけた技術と今までに見てきた戦闘の情報を組み合わせてこのナイフ術を作り出した。

 

 

「ふっ!!」

 

 

アクロが斬りかかってくるのを刀で受け止めて、弾き返す。力勝負を避けるためだ。それに持ちかけられたら勝てる自信がない。

 

もちろんアクロは次の攻撃を出してくる。今度はさっきよりも深いところに迫って来ている。なかなか防ぎづらいところに攻撃を仕掛けられたようだ。

刀を逆手に持ち、アクロの攻撃を防ぐ。そしてもう1つの刀でアクロに斬りかかる。後ろに大きく飛ぶ事で躱されたけど。

 

距離を開けた状態でお互いに向かい合う。アクロはコッチに仕掛けてこない。おそらくコッチの様子を見ているんだろうな。

 

 

「…躱させる事でオジサンが攻撃出来ない状況に持ち込んだという事か。なかなか巧いことやってくれるね」

 

 

やっぱり見透かされたみたいだ。

 

さっきから見ている限りアクロは攻撃を躱す時は大きく避けるクセがあった。だから防ぎながら攻撃すればアクロの攻撃の手を止められるんじゃないかと思ってやってみたんだけど、どうやら上手く行ったみたいだ。

 

けど俺の目的を見透かされた以上、同じ手は二度と使えないだろう。やっぱりプロというだけあって俺の考える策は簡単に見破られる。

 

 

「防御のためのナイフ術と言っていたけど、なるほどね。君がいままでに経験してきた防御術をナイフで強化したというわけか。ナイフで攻撃を防ぐというよりも、君の防御術で攻撃を防いでいるというわけだ」

 

 

まさか戦法の仕組みまで見抜かれるとは…

 

 

「けど攻撃は出来ないみたいだね。さっきの攻撃もあくまでオジサンが攻撃出来ないために繰り出したようなものだし。おそらく君は他人に攻撃を仕掛けるという経験がないから攻撃する事が出来ないでいる」

 

 

弱点まで見抜かれた。威圧することはあったけど、攻撃を仕掛ける経験はあまりない。正直攻撃に関してはあまり得意じゃない。ましてナイフによる攻撃なんて無理だ。

 

 

「で、どうすんの?攻撃出来ないとオジサンを倒す事が出来ないよ」

 

 

煽られているようだけど実際そんなところだ。俺にはアクロを攻撃する術はない。アクロほど回避に特化した相手は居なかったし。

 

けどこのままでいいはずが無いよな…体力切れを狙うにしても俺の体力ではそれは狙えない。俺の方が倒れる可能性の方が高いし。

 

この状況を打開するためにはやはり攻撃を仕掛けるしか無いだろう。それもアクロを仕留めれるほどの攻撃を。けどさっきも言った通りアクロに攻撃する術なんて…

 

 

 

 

『無意味な殺人は好きじゃ無いんですよ』

 

 

…待てよ。

 

 

手はある。その方法なら…アクロは確実に大ダメージを受ける。

 

 

 

 

 

「攻撃を仕掛けないなら、オジサンから仕掛けるよ」

 

 

考え事をしている最中にアクロが斬りかかる。意外と容赦ないな。

 

今度は素早く攻撃を出す作戦にしたみたいだ。次から次へとアクロの攻撃が迫ってくる。一瞬でも気を抜けばさっきのように斬られてしまう。

 

必死に攻撃を防ぎ続ける。本当に余裕がない。防ぐので精一杯だ。

 

 

攻撃を受けている途中にアクロが回転をした。岡野が烏間先生に仕掛けたように、回転をしながら斬りかかる技だった。

なんとか防ぎはしたものの、ナイフははじき出された。岡野のような攻撃にはまだ慣れていないせいか、上手く防ぎきる事が出来なかった。

 

ナイフを失った俺はアクロから距離を開ける。防ぐ物がないとアクロからの攻撃を捌き続ける自信がない。

 

 

向かい合った状態になっている。ここからアクロが俺に斬りかかってくるだろう。

 

 

俺はそのタイミングを見計らっていた。

 

 

 

それは、もう1つの奥の手を使うためだ。

 

 

 

 

 

 

 

烏間先生に質問をしに行った事がある。不利な状況になった時に有効な一手は無いかと。

 

烏間先生から言われたのは、まずその事態から逃れる事だった。烏間先生が言うにはその状態で打開する技はあるけど、戦闘について経験が浅い俺らにはかなり難しい事らしい。

 

だから不利な状況をどうこうするというよりも、不利な状況から逃げる方法を考えた方が良いと言われた。そしてそのための技をいくつか教えてもらった。

 

そしていまそれを使うべき時だ。

 

 

 

 

アクロは俺の少し前に立っている。距離はおおよそ5メートルぐらいだ。つまりほとんど目の前みたいなものだけど。

 

動きは完全に止まっている。恐らくここから一気にスピードを上げるつもりだろう。ゼロからマックスまでの加速力で俺に避けられないようにするために。

 

その加速する瞬間を見計らっておくだけで良いんだ。アクロの動きとか周りの状況とかを見る必要はない。

 

 

 

「それじゃ行くよ!」

 

 

 

アクロの声が聞こえる。これから攻撃を仕掛けてくると。そしてアクロはコッチに突っ込んで…

 

 

 

来なかった。

 

 

 

「…っ!まさか…見破られた…!?」

 

 

驚いているところ悪いけど、いまのフェイントは止めた。そもそも攻撃してくる合図を出す意味なんて無いし、アクロの動きだけを見ていた俺を騙すことは出来ない。引っかかるなら窠山とか多川を連れてくるんだな。

 

 

「チッ…それじゃあ…!」

 

 

 

再びアクロが飛びかかって来ようとする。さっきと同じように飛び出すタイミングを言葉で合図した。

 

 

今度は本当に行動してくる。

 

 

さっきと同じような行動をして俺が避けようとしない事を狙ったみたいだけど、やっぱりこの程度のウソじゃ騙されない。さっきのように『危険じゃない人間』をアピールする技術は上手だったけど、行動の裏をかくと言う事はあまり得意じゃないのかもしれない。

 

攻撃してくるタイミングが分かればコッチのもんだ。走り出す構えを取っていた俺は一気にアクロの横を走り抜ける。

 

 

 

 

「なっ…!!」

 

 

「突破した!」

「どうして…!?」

「一体、何やったんだ…」

 

 

 

アクロを始めとして、この戦いを見ている生徒も驚いているのが聞こえた。まさかこの場面でプロの暗殺者の横を通り抜けるとは思わなかったみたいだ。

 

けど実は抜け道なんだ。突っ込んでくる敵の真横は。

 

烏間先生から教えてもらった技とはこう言う事だ。相手が自分に向かって飛び出してくるタイミングに敵の真横に向かってダッシュする。

 

すると互いのスピードが作用して、相手は敵がかなり速く移動したように見えるらしい。先ほどゼロからマックスまでの加速と言ったけど、アクロのスピードに俺のスピードが合わさった事で、アクロにはゼロからマックスの更に上…なんて言えば良いのか分からんけど、そんぐらいのスピードアップが起こったように見える。そのため敵が消えたように思う。

 

 

 

「…ッ!まさかオジサンの突撃するスピードを利用するなんてね。オジサンが迂闊だったとしか言いようがない。

 

けどどうする気だい?そのままオジサンから逃げるつもり?」

 

 

そう、いまのままでは俺がアクロから逃げただけになる。そもそも烏間先生から教えて貰ったのはここまでだ。これだけだと何の意味もない。

 

 

もしここが何もない空間だったらの話だけど。

 

 

 

「ああ。だから使わせてもらうぜ。さっきお前が使っていた奴」

 

 

そのまま真っ直ぐ走り出す。ステージの脇の方に向かっていた。

 

そこにはステージで使うような機材が置いてある。俺はその中の1つを狙っていた。

 

 

 

「え…ッ!それは…!?」

 

 

 

アクロが動揺しているのが分かる。恐らく俺のやろうとしている事が分かったんだろう。

 

 

俺が使おうとしていたのは、アクロが登っていた梯子だからだ。

 

 

足を引っ掛けて上に登って行く。足だけで登るのはかなり危ないけど、体育でロッククライミングは何回もやって来たし、さっきのアクロの動きを見て大体何をすれば良いのかは分かっている。そして俺は梯子の上の方まで登りきった。

 

 

 

「行くぜアクロ!俺の全力を受け止めやがれ!!」

 

 

 

 

そして梯子の上から飛び降りた。落下する先は地上で俺の方を見ているアクロだ。俺の狙いは、高いところからの急襲だった。

 

 

 

「ば…バカか!?あんな所から落ちたら無事じゃ済まねぇ!失敗すれば地面にぶつかるし、成功しても怪我しねぇとは限らねぇぞ!」

 

 

寺坂の言う通り、俺の行動はかなり危ない。どう転んだって怪我はするだろうし、こんな攻撃が当たる可能性も低い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…こりゃ、一本やられたね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのまま地面へと落ちていく。アクロは落下していく俺にぶつかった。避ける時間はあったけど、避けるような行動は取らなかった。

 

 

やっぱり避けなかったみたいだな。

 

 

アクロはそのまま横に倒れた。アクロの上にしゃがみ込むような体勢で着地した。

 

 

「…ッ!!つぅ…ッ!」

 

 

思った通り、着地した瞬間に足に強い衝撃が走る。それどころか体全体にもいま負担がかかった。全身が痺れたような鋭い痛みが身体中を襲う。

 

 

 

「…………」

 

 

しばらくの間、誰も喋らないでいる。みんなはいま俺の状態がどうなっているのかを気にしているようだ。

 

 

 

その沈黙を破ったのは、俺だった。

 

 

 

 

「………悪いけど、これで俺の勝ちだ」

 

 

 

 

「お見事」

 

 

 

 

 

 

俺が勝利を確認して、アクロがそれを認めた。これで俺が勝利した事が証明された。

 

 

 

 

 

「うおおお!」

 

「やったァ!」

 

 

 

 

生徒たちが喜んでくれている。とりあえずは一件落着と見ても良いよな。

 

 

アクロの上から降りようとして立ち上がる。けど足を踏み込んだ瞬間に鋭い痛みが加わって倒れる。…思ったより足の負担が大きいみたいだ。いやまあ、あんな所から飛び降りれば当然なのかもしれないけど。

 

 

「お、おい。大丈夫かよ、学真…」

「無茶しない方が良いぞ」

 

 

倒れた体を無理やり起こして、膝立ちの姿になっている時に菅谷や磯貝から声をかけられた。

 

 

「肝を冷やしたぞ。あそこから飛び降りるとは考えていなかった」

「ええ…流石に先生も心配しました。とんでもない事をしたものですね…」

 

 

烏間先生や殺せんせーにも心配をかけてしまった。流石に先生たちも心配せずにはいられなかったみたいだ。

 

 

「本当だよ、少年。もしオジサンが受け止めなかったら無事では済まなかったよ。それも着地する技術も身につけてなかったみたいだし、オジサンが全力でカバーしないと行けなかった」

 

 

アクロが先生たちの言う事に説明を加えてくれた。そのアクロはガストロとかと同じようにガムテープで縛られている。恐らく寺坂とかがやってくれたんだろう。そこまでしなくても動けなかったとは思うけど、念のためというやつだ。

 

 

「何を思って無茶したの?オジサンが君を守るなんて思わないはずなんだけど」

 

 

アクロからすれば俺の行動は不可解だろう。敵が守ってくれるとは限らない中であんなリスクの高い選択をする事が。側から見ると自分の命を顧みない奴のする事にしか見えなかったかもしれない。

 

 

「…分かってたよ。あんたは絶対俺を守るって」

 

 

 

けど俺には分かっていた。アクロは俺を守るために動くと。それが作戦だと分かっていても、俺を見捨てることは出来なかった筈だ。なぜなら…

 

 

「暗殺者ではあるけど、あんたは悪い奴じゃない。さっきあんたは言ったよな。無駄な暗殺は好きじゃないと。好きで暗殺をするわけじゃなく、できることなら無駄な犠牲を出さないように行動する。

 

 

そうじゃなかったら、あの時にあんな危ないやり方で子どもを助けたりはしない」

 

 

 

船上パーティーで、海に落ちかけた子どもがいた。その子どもを、アクロは海に飛び出して助けた。自分も落ちるかもしれないという危険を顧みずに子どもを助けた男が、高い所から飛び降りる男を見捨てる筈がないと思った。

 

だから俺はアクロと同じように高い所からの急襲をする事にした。そうすればアクロは間違いなく受け止めると思ったからだ。

 

まぁアクロの性格を利用したという事でもある。ある意味卑怯とも言える。こんな勝ち方なんて誇れるものではない。

 

 

「悪いな、こんな勝ち方で。アンタにはこうしないと勝てないと思った」

 

 

横になっているアクロに謝る。勝つためと言っても正々堂々と戦う事をしなかった事には謝らないといけないと思ったからだ。

 

 

「……しょうがないよ。君たちには君たちの都合があったんだ。その上で君は勝つための手段を取っただけ。君が悪いところなんて無いよ。

 

そして君はオジサンとの勝負に勝った。もうオジサンは体が動けない。これで君たちを止める事は出来なくなった」

 

 

アクロは俺の勝ちと言った。文句を言われてもおかしく無いのに。

 

 

ここに来て漸くアクロの性格が分かった。

 

 

任務は淡々とこなしながら、その結果はなんであろうと真摯に受け入れる。千葉とか速水とは違う、仕事人タイプの男だ。

 

 

 

「……分かった。先に進ませてもらう」

 

 

 

 

これ以上、アクロとの話は無かった。力を入れて、膝立ちの状態から立ちあがる。一瞬体がフラついたけどなんとか持ち直した。

 

 

「…くどいようだが、学真くん。本当に大丈夫か?もしキツイのなら無理はしない方が…」

 

 

怪我だらけでフラフラな状態の俺に烏間先生が話しかけてきた。

 

 

「大丈夫です。このぐらいどうって事ないです」

 

 

 

特に問題ない。そう烏間先生に伝えた。アクロとの妨害で時間がかなりかかってしまった。これ以上長引かせる訳には…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『このぐらい』じゃないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…誰かの声が聞こえた。声の質から誰の声なのかは分かったけど、いつもよりも弱々しかった。

 

その声を出した本人を見る。ほかの生徒たちもその生徒を見ていた。そのうち数人は少し戸惑っていた。

 

 

肝心のソイツは…泣いていた。

 

 

 

 

 

 

「……矢田……?」

 

 

 

 

 

 

矢田は俯いていた。暗い部屋だから目の様子は見えなかったけど、顔からポロポロと水が落ちているのは見えた。それは間違いなく涙だった。

 

 

 

 

 

「…もしかして、怖かったのか?さっきの俺の行動が…」

 

 

 

…そう考えると納得出来る。高い所から飛び降りる奴が居たとしたら、ソイツが死ぬかもしれないと思ってしまう。その瞬間を見ることが色々と怖かったのかもしれない。それが知り合いとかだったら尚更だ。

 

 

「…まぁ、危なかったとは思うよ。あんな高い所から飛び降りるなんて自殺行為だ。けどアレ以外に出来る事が思いつかなかったんだ。いまウィルスで苦しんでいるみんなの事を思うと、迷っているヒマなんて無かった。だから…」

 

 

「……違う」

 

 

 

 

無茶な行動をした事について謝っているところを遮られた。違うと言うことは…矢田が気にしているのはあの行動じゃ無かったって事なのか?

 

 

 

「なんで、そんな事を言うの?」

 

 

 

言ってることの意味が分かったわけではない。矢田の『そんな事』が何を指しているのかも不明だ。

 

 

けど嫌な感じはした。水晶玉みたいと言うか…迂闊に触れただけでも壊れてしまいそうな脆さを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

「『このぐらい大したことない』って…平気でそんな事を言わないでよ!!」

 

 

 

そして、矢田の声が大きくなった。

 

 

それは癇癪と言うのか…自分の感情がモロに出ている時のそれだ。矢田の感情は大きく揺らいでいる。それを押さえきれずにいるみたいだった。

 

どうやら矢田は、俺のさっきの言葉がいやだったみたいだ。

 

 

 

考えてみれば、今の俺の体は重傷だ。顔からは相変わらず血がダラダラと流れているし、さっきの落下のダメージは体に蓄積している。少しフラフラしているし、体力も切れているのかもしれない。

 

 

俺は大丈夫だと思っているけど…ほかの人にはそうは見えない。少なくとも矢田にはとても大丈夫には見えなかった。

 

 

だからさっきの言葉が嫌だったんだ。ボロボロの状態になっている俺が『大したことない』と言っていたから…自分の身体を大切にしていないように感じたんだ。

 

 

それは矢田にとって1番嫌な事なんだ。

 

 

 

 

「…そう、だった。全然無事じゃないな。ごめん」

 

 

 

 

矢田に謝罪の言葉を言った。だからといってどうこうなるものでもない。

 

 

「まずは学真くんの傷を塞ぐ。上から向かうのはそれからだ」

「…はい。分かりました」

 

 

烏間先生がカバンから応急処置用の箱を取り出した。大きな箱じゃないから充分な治療は出来ないらしい。けど何もしないよりはマシなんだろう。

 

 

 

「どうでしたか学真くん。クラスメイトに怒られた気分は」

 

 

 

烏間先生の治療を受けようと座った俺に殺せんせーが話しかけてきた。少し煽っているのかとという内容だった。本人はニマニマした顔だし。

 

 

「どうってなんだよ。別に腹立ったりもしないし、気にすることなんか何もないぞ」

 

 

「ヌルフフフ、まぁ今のは特に問題は無いのですが…

 

 

 

自分を心配して怒ってくれる人は、少なくとも今までの学校ではなかったでしょう?」

 

 

 

 

その質問には、答えられなかった。殺せんせーの言葉を聞いて思考が一瞬止まったからだ。

 

 

たしかに、俺を心配して怒ってくれる人なんて居なかった。怒られることはあったし、怒っていると言うことは相手の事を考えてくれていると言うことだから、俺のことを気にしてなかったわけじゃないと思う。けど、矢田のように俺を心配して怒ったクラスメイトは居なかった。

 

同じ理事長の息子なのに兄貴と全く出来が違う俺のことを蔑む奴はいた。理事長の息子という恵まれた環境に育った俺のことを妬むやつもいた。そんな奴らからの悪口は聞き飽きていたし、それを聞いてもどうとも思わなかった。

 

 

けど矢田の叱責は少し動揺した。

 

 

 

 

「本当の仲間とはそういうものです。迷惑をかけたりかけられたり、時には怒られたり悪口を言い合ったりする。そうして絆は強くなっていきます。

 

君は今までそういう仲間には恵まれなかった。だから友情というものを正しく認識できない。それ故にさっきの邪魔することに怖がってしまった。

 

君は自分が思っている以上に仲間と溶け込んではいないんですよ」

 

 

 

俺が思っている以上に、か…

 

殺せんせーの言う通り、心のどこかで壁を作っていたような気がする。俺は仲間を本当に信頼してなかったんだ。だから俺は悩みを誰にも言わずに無茶することしか出来なかったんだ。

 

 

「心から打ち解ける、というのはかなり難しいものです。頭で理解していてもなかなか出来ないでしょう。

 

だから君はもっと仲間を見る必要があります。本当の友情の形が分かるまで、皆さんに向かい合ってください」

 

 

 

殺せんせーは、俺のことをよく知っている。俺の気づいていない事さえも。

 

矢田とかクラスのみんなは、俺のことを心配してくれる。俺の罪を背負ってくれたり、俺がかけた迷惑を受け止めてくれたり。

 

 

 

 

幸せ…なのかもな。

 

 

 

 

今までこんな出会いは無かった。距離を開けるような人ばかりだったから。

 

 

 

 

俺はいつか、みんなと心から向き合える日が来るだろうか。

 

 

 

 

「ああ。出来るかどうかは分からないけど、精一杯頑張ってみるよ」

 

 

 

本当に出来るかどうかは分からないけど、そうありたいと思う。だから俺は頑張ることにする。




アクロ戦が終わりました。


次回から原作に戻ります。


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第80話 黒幕の時間

久しぶりの原作シーンです。結構詰め込んでいるから読むの大変かもしれない。


さっきのステージを出て先に進んでいる。ステージの袖の方に進めば先に進めるみたいだ。最初に聞いた通りこのホテルはかなり複雑な構造をしている。

 

そしてその道の途中には今までと同じように見張りがいる。俺たちの方を向いていないとはいえかなり動きづらい。見た目的にもそれなりに強い相手だし、簡単には通れなさそうだ。

 

 

その相手に気配を感じさせずに近づいて首を絞めている烏間先生がいなければの話だけど。

 

 

「…フン、漸く体が思う通りに動くようになったな」

 

 

相手を気絶させて烏間先生は先に進んでいる。首を絞められた奴は顔が何かおかしくなっている。骨格が変わっているみたいだ。絞められている時も首が恐ろしい曲がり方をしていたし、敵ではあるものの流石に心配してしまった。

 

 

烏間先生の後を辿って、俺たちは先に進んでいく。体がだいぶ回復してきたらしい烏間先生の後ろはかなり安心感がある。何だかんだ言ってもさっきまで不安だったし。

 

本当の事を言うと俺は烏間先生のすぐ後に行きたかった。何かあった時に対応できるために。

 

「…っ!つぅ…」

 

 

けど今の俺にはそれが出来なかった。

 

 

「大丈夫か?あまり無茶するなよ」

「…すまねぇな、磯貝…」

 

 

何しろ磯貝に支えてもらわないとあまり歩けない状態だし。

 

烏間先生には応急処置はしてもらった。とりあえず顔の一部を包帯で巻いて血を無理やり止めている。けど打撲によるダメージはどうする事も出来ない。それこそ医者に診てもらう必要があるみたいだ。

 

もう大丈夫だと思って歩こうとしたところバランスを崩して派手に倒れてしまったのはいい思い出だ。なんで余計な怪我を増やしてしまうのか…我ながらマヌケすぎる。

 

というわけで磯貝に支えてもらって歩いている状態の俺は前に出ることが出来ない。こうなるともう無事を祈るしかなさそうだ。

 

 

 

『みなさん、目の前の階段を登れば最上階です』

 

 

律の言う通り、目の前には大きな階段がある。これを登れば最上階…つまり、今回の黒幕がいる場所にたどり着く。

 

 

「…今回の黒幕について分かったことがあります」

 

 

緊張しているところで殺せんせーが話しかけてきた。今回の黒幕のことについて、か…聞いておいた方がいいかもしれない。

 

「彼は暗殺者の使い方を間違えている。見張りや防衛など、それは殺し屋の仕事ではない。彼らの実力は現場でこそ発揮されます」

 

 

…確かに。

 

 

銃を使っていた暗殺者は、実際に現場に立ったら沢山の敵を撃ち殺せるほどの手練れだった。

 

握力が武器の暗殺者も、警戒される前に殺すことができた。何しろ武器は持ってないんだしあの握力なら一瞬だ。

 

毒使いの男に至っては毒を盛れば良い。上手に毒を服用させる技術も持っているみたいだし。

 

アクロは標的に警戒されないで殺す技術を持っていた。あのトーク術も身のこなしもそのための技術だと思われる。

 

 

誰を見ても現場で仕事が難なく熟せるタイプだ。現場で居合わせたら殺されたかもしれない。

 

なのに黒幕は暗殺者たちを防衛に回した。殺せんせーが動けなくなり殺し屋たちを派遣する意味が無くなったからなんだろうけど、それは殺し屋たちの力を存分に発揮出来ない事に繋がった。

 

それが分かってないと言うことは…

 

 

「暗殺者とかそれに詳しい人間ではないと言うことか?」

 

「ええ。手練れと言われている暗殺者を集めただけでしょう」

 

 

なるほど…黒幕が暗殺者である可能性は無いと言うわけか。

 

けどそれじゃあ正体は一体なんなんだ?殺せんせーの事を知っているから、ただの民間人ではない事は確定だけど。

 

まして詳しくないと言っても殺し屋に依頼できる人物だ。そんな人物は限られてくる気がする。

 

 

「…時間がない。取り敢えず先に進むぞ」

 

 

烏間先生に従って先に進む。見張りはほとんどいない。この先にいるのはその黒幕だけなんだろう。

 

 

 

 

階段を登ると暗い部屋に出た。それもあまり広くない。パソコンとかが置かれているぐらいだ。

 

 

そして奥の方に机がある。そこにはウィルスのワクチンが入っているだろうケースと、黒幕の姿が見えた。

 

後ろ姿でその顔は分からないが、黒幕はパソコンを見ながら笑っている。恐らく…いや、確実にウィルスに苦しんでいるみんなの様子を笑いながら見てるんだろう。

 

 

「いよいよ行くぞ。黒幕の後ろに近づき、一気に奇襲を仕掛けてワクチンを奪い取る。もし万が一にも気づかれた場合は、爆発のスイッチを押す手を俺の責任で狙撃する。目的はあくまでワクチンの回収だ。回収後は俺が足止めをする」

 

 

ここからが今回の作戦の本番だ。ウィルスで苦しんでいるみんなを助けるために奇襲を仕掛けてワクチンを奪い取る。ここで失敗すれば今までの努力が水の泡だ。

 

だからできる限り不安要素は低い方が良い。

 

 

「…磯貝。俺はここで降ろしてくれ。俺はここで待っている」

 

 

いま動けない俺は作戦の邪魔になる。俺を支えている磯貝が動かなくなるのも問題だ。俺は磯貝にここで降ろしてもらうように頼んだ。

 

いまこの状態ではその方が良いと思ったのか、磯貝は俺を降ろした。俺は階段の横に座っている。殺せんせーを手に持ったまま俺はみんなの様子を見ることにした。

 

 

 

 

 

「ーーー行くぞ」

 

 

 

 

 

生徒全員が黒幕に向かって歩いていく。それも普通に歩くわけじゃない。ナンバと言われる歩き方だ。同じ方の手と足を同時に出す事で空気の動きを最小限にしてできる限り気配を小さくする、体育の時間で烏間先生に教えてもらった歩き方だ。

 

 

 

 

一歩ずつ黒幕に近づいている。その時みんなが思っていたことはウィルスで苦しんでいる生徒のことであると分かった。俺もその思いでここまで来たのだから。

 

 

 

 

黒幕の後ろにまで近づいている。後数歩進めば奇襲が可能な距離になる。遠くで見ている俺も緊張が高まって来た。心臓の音が止まらない。あそこにいるみんなもそんな思いをしているのだろうか。

 

 

 

 

とうとう殺し屋の後ろにたどり着いた。気づかれている様子はない。このまま奇襲すれば成功しそうだ。銃を持っている生徒は銃口を、スタンガンを持っている生徒はスタンガンを、それ以外の生徒は何か武器になる物を持って黒幕に向かっていった。

 

 

 

 

そして一斉に黒幕に…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………かゆい」

 

 

 

 

 

 

 

 

遠くの方から声が聞こえた。方向的には間違いなくその黒幕だ。そこそこの大人の男の声だ。

 

 

俺たちはその声を聞いたことがある。

 

 

 

 

 

「思い出すたびに痒くなる。でもそのせいかな。いつも傷口が空気に触れるから、感覚に敏感になっているんだ」

 

 

 

 

黒幕の男は突然何かを取り出してばら撒いた。それは大量のスイッチだった。恐らくワクチンが入っている箱についている爆弾を起動させるものだろう。

 

 

 

 

「言っただろう。元々マッハ20の怪物を殺すつもりで来ているんだ。リモコンだって奪われないよう予備を作っている。うっかり倒れ込んでも押せるくらいにな」

 

 

 

 

 

 

 

……そうか。そう言うことか。

 

 

 

殺せんせーが黒幕に関する話をしていた時、俺はその正体について考えていた。誰がこの事態を引き起こしたのかを。

 

その黒幕に関する情報は意外と多くあった。暗殺者やその関係者ではないこと。殺せんせーの存在について知っていること。暗殺者に依頼をする事が出来ること。

 

 

そしてもう一つ。今日の暗殺計画を知っていること。殺せんせーや俺たちが今日ここに来る事を知っていないと今回の事件は起こしようがない。

 

 

その全てに当てはまり、かつ今回のような非道が出来るような人物。それは、俺たちが出会った中ではたった1人しか当てはまらない。

 

 

 

 

 

「…どう言うつもりだ、鷹岡ァ!!」

 

 

 

 

椅子を回してその姿を見せて来た。その顔は、少し前に椚ヶ丘中学校に来て、体育の時間で俺たちに酷い事をした人物…鷹岡だった。

 

 

「悪い子たちだ。恩師に会うのに裏口から来る。父ちゃんはそんな風に育てた覚えは無いぞ。仕方ない。夏休みの補習をしてやろう」

 

 

前よりも禍々しい雰囲気を感じる。服装が違うのも理由の一つだけど、1番の原因は顔だ。髪はかなり乱れていて、頰には引っ掻いた跡がある。さっきの鷹岡の話によると、それで感覚に敏感になったとか。

 

鷹岡だったら、さっきまでの疑問に対して答えが出る。国家機密の殺せんせーの事を知りながら、殺し屋やそれと関係が近いわけではない。そして今回の暗殺計画のことを知っており、今回のような事態を引き起こしそうな人物だ。

 

 

「屋上に行くとしよう。愛する生徒に歓迎の用意をしてある。後ろの怪我人もだ。お前らのクラスメイトは俺の慈悲で生かされているんだから、ついて来てくれるよな…」

 

 

どうやら俺がいる事がバレたみたいだ。隠れる意味がなくなり、俺は歩いているみんなの後ろについていく。途中で磯貝が再び支えてくれたけど、あの磯貝が嫌悪の表情になっている。

 

 

それも当然だ。いまここにいる生徒は、鷹岡に対して嫌悪感しか持っていない。

 

 

 

 

「気でも狂ったか!防衛省から盗んだ金で殺し屋を雇い、ウィルスで生徒を人質に取るこの凶行!!」

 

 

 

 

烏間先生が鷹岡に向かって叫んでいる。一応同じ役職である烏間先生からすると鷹岡の非行には許し難い物を感じるんだろう。

 

 

それに対して鷹岡は笑いながら答えた。

 

 

 

「おいおい。俺は地球を救うためにやってるんだぜ?計画では…茅野だったか?ソイツに用があった。ソイツに賞金首を抱かせて、対先生弾がたっぷり入ったバスタブに入れて生き埋めにする。生徒想いの殺せんせーなら爆発なんてせずにそのまま溶けてくれるんだろう?」

 

 

 

……酷い作戦だ。茅野を生き埋めにして殺せんせーを殺す…そんな作戦、まともな人間なら思いつくことも、まして実行しようとも思わない。

 

コイツは、まさに人の皮を被った化け物だ。俺たちの命をなんとも思ってない。他人の死を笑いながら土台にするような奴だ。

 

 

「そんな非道な事が、許されるとでも思ってんのか?」

 

 

 

鷹岡を睨みながら話す。本当は今すぐコイツをぶん殴りたい。思う通りに動けない体にここまで苛立ったのは始めてだ。

 

 

 

「これでも人情的なものさ。お前らが俺にやった非人道的な仕打ちに比べればな。

 

軽蔑、敵意、悪名…あらゆる目線が俺に向けられる日々が続いた。俺が追い出された事で俺の人生は破綻した。

 

俺はこの日を待っていた。俺をここまで追い詰めた奴らに復讐する日を。俺をここまで落ち込ませた奴らを、俺は絶対に許せない。

 

 

特に潮田渚…俺の未来を潰したお前は…」

 

 

 

…それが、コイツの動機と言うやつか。事情はよく知らないが、E組校舎から追い出された日からコイツは未来を失った。だから俺たちに強い憎しみを抱いているわけか。

 

 

正真正銘の、個人的な妬みだ。鷹岡を追い出したのは確かだが、その原因は鷹岡の暴挙だ。それに嫌気がさして俺たちはコイツを追い出したんだ。それに対してコイツが恨むのは筋違いだ。

 

 

 

「ケッ、勝手なことを言いやがって。言っとくがな。あの時テメーが勝っても負けても、オメーの事は大っ嫌いだからよ!」

 

 

 

クラス全員が思ったことを寺坂が代表して言った。鷹岡が勝っていようと負けていようと、鷹岡のことを快く思わない事は変わらない。

 

 

 

「ジャリの意見なんか聞いてねぇ!俺の指先でジャリが半分減るってことを忘れんな!

 

チビ!!お前1人で上のヘリポートまで登ってこい!お前1人に殺戮ショーを体感させてやる!!」

 

 

 

鷹岡が大声で叫び、治療薬とスイッチを持ってヘリポートに上がって行く。あの梯子を登れるのは渚のみ。それ以外があの梯子を登ろうとしたら治療薬を爆発させるつもりだろう。

 

そして渚はその梯子に近づいていった。あのヘリポートには逃げ道がない。あそこに行けばどうなるか分かったものじゃない。酷い事をされるに決まっている。

 

 

「ダメ!渚…行ったら」

 

 

そう思ったからだろう。今まで渚のとなりにいた茅野が渚を止めようとした。けどそれは意味がなかった。

 

 

 

「行きたくないけど、行くよ。上手く話を合わせて治療薬を渡してもらうから」

 

 

 

そう行って渚は梯子を登ってヘリポートに上がった。すると鷹岡が梯子を落とす。恐らく俺たちが来れないようにするためだ。

 

そして地面には本物のナイフが置かれている。鷹岡も懐からナイフをもう一本取り出した。この時点で鷹岡のやろうとしている事が分かった。

 

 

「足元のナイフで分かるな。この前のリターンマッチだ」

 

 

やっぱりあの時の勝負の再戦だ。あの時と同じ状況で、今度は渚を殺そうと言うのか…

 

 

「待ってください鷹岡先生。僕、戦うために来たわけじゃ…」

 

 

「そうだろうな。この前みたいな卑怯な手は通じねぇ。一瞬で俺が勝つのは目に見えている。けどそれじゃ俺の気がすまねぇ。だから…」

 

 

 

鷹岡が指下に伸ばした。渚に何かを要求しようとしている。

 

 

「謝罪しろ。土下座だ」

 

 

鷹岡は好き勝手な事を言っている。悪いのは誰が見ても鷹岡の方なのに、渚に謝る事を要求するのは自分勝手すぎる。もし俺だったら意地でもしない。恐らく渚もしたくないはずだ。あの一件の事を謝る事を要求される謂れはない。

 

けどそうしなければ治療薬を渡してはくれない。治療薬を得るためにするべき事を、渚はためらわなかった。

 

 

「僕は…」

 

「そんなものが土下座かァ!!?頭下げて謝るんだよバカガキがァ!!!」

 

 

鷹岡に怒鳴り始めた。自分の好きなようにモノを言っている鷹岡の姿はもはや独裁者だ。こんな独裁者まがいの奴に謝る必要はない。けど渚は躊躇わずに頭を下げた。

 

 

「僕は…実力が無いから卑怯な手を使いました。ごめんなさい」

 

「おうそうだな。その後でデカい口も叩いていたよな。『出て行け』とか。ガキの分際で大人に向かって!生徒が先生に対してだぞ!?」

 

「………ガキのくせに、生徒のくせに、先生に生意気な口を聞いてすみませんでした」

 

 

…怒りが積もっていく。怒鳴られて、頭を踏みつけられて、それでも土下座をして謝っている渚を見て嫌になっていく。

 

本当の気持ちを言えばあの野郎をぶん殴りたかった。けどそれは出来ない。その場に行くための道が無いのも理由の一つだけど、鷹岡はあの治療薬を持っている。鷹岡が気に入らないと感じさせたら全てが終わるから俺たちは必死で堪えないと行けない。何よりそのために自分を犠牲にしている渚の気持ちを無駄にはしてはいけない。

 

 

 

「よーし、やっと本音を言ったな。褒美に良いことを教えてやろう」

 

 

渚の謝罪に満足したのか、鷹岡は叫ぶのをやめて話し始めた。俺は嫌な予感しかしなかった。その内容が恐ろしいものであるような気がしたから。

 

 

「あのウィルスで死んだ奴がどうなるか…スモッグの奴に見せて貰った。全身デキモノだらけ。顔面がブドウみたいに腫れ上がっていてな」

 

 

鷹岡が話しているのは、みんながかかっているウィルスについてだった。ウィルスにかかって死んだ奴の過程を見ることを…コイツは楽しんでいるのか。

 

 

鷹岡が治療薬が入っているケースを手に取った。それが俺たちの目的だ。それを手に入れるために俺たちはここまで来たんだし…それを手に入れるために渚はあそこで1人で耐えているんだ。

 

 

 

 

「見たいだろ?渚くん…」

 

 

 

笑みを浮かべながら鷹岡はそのケースを投げ飛ばした。それを見て鷹岡がやろうとしていることが頭の中で思い浮かんだ。あの野郎…

 

 

 

 

 

 

「やめろぉぉぉぉ!!!」

 

 

 

 

さっきまで土下座をしながら鷹岡の言いなりになっていた渚が、大声で鷹岡の行動を制止しようとしている。

 

けど遅かった。もう既に止めることは出来なかった。

 

 

 

 

鷹岡はもう既に、爆弾を起動するスイッチを押したのだから。

 

 

 

 

 

《ドッゴォォォォン!!!》

 

 

 

空中に投げ飛ばされた、治療薬の入ったケースが、爆音と共に破裂した。かなり丈夫そうに見えたあのケースは粉々になってしまった。その中に入っていた治療薬も恐らく…ケースの爆発と共に消し飛んだ可能性がある。

 

やりやがった。あの野郎…俺たちがここまで来た理由を…俺たちの目的を…みんなの救うための希望を…

 

 

 

容赦なく消しとばしやがった。

 

 

 

 

「あっははははははははは!!そう!その顔が見たかった!絶望に染まる間抜けなツラが!!

 

夏休みの観察日記にでもしたらどうだ!?友達の顔がブドウのように膨れ上がりましたってよぉ!!ひゃはは!あっはっはっはっは!!!」

 

 

 

鷹岡はひどく愉快に笑っていた。俺たちを絶望させた事が愉快でしょうがないということか。

 

 

大笑いしている鷹岡が、黒い悪魔のようにしか見えなかった。ひどく歪んでいて、恐ろしく狂っていて…とても異常な化け物。その姿が、俺に強い殺意を抱かせる。

 

 

 

「…っ!!つぅ…ッ!」

 

「が、学真!!」

 

 

 

 

顔に力が無意識に入っていたせいか、顔についていた傷口が開いたんだろう。視界がボヤけて体制が崩れた。顔についている傷口はあくまで応急処置をしただけであり、塞いだ訳では無い。だから無茶をするなと烏間先生に言われたことを思い出す。

 

 

ヘリポートの上で鷹岡が渚に話し始めた。

 

「安心しな。お前に毒は持っていない。なぜならお前はこれから…」

 

 

 

 

 

 

 

「殺す…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

ヘリポートの上で、異常が起きていることに気づいた。それは渚の様子だ。いつもの穏やかな様子とは打って変わり…今の渚は殺意がモロに出ていた。

 

 

 

「殺してやる…!よくも、みんなを……!」

 

 

「はっはは!その意気だ!殺しに来なさい渚くん!!」

 

 

 

 

アイツ、キレている。顔がよく見えないほどの遠くから見ても分かるぐらいに怒っていた。やっぱり…本当に殺そうとしているみたいだ。

 

 

 

渚の気持ちは痛いほど分かる。つい数秒前の俺も似たような気持ちになったからだ。アクロに付けられた傷で頭が冷えたけど…

 

とにかくどうにかしないと行けない。あのまま本当に鷹岡を殺したら、渚が殺人の罪を背負う事になる。そうなる前に冷静になってもらわないと…

 

 

《ガン!!》

 

 

「…っ!?スタンガン…?」

 

 

渚の頭に向かって何かが飛んできた。それはさっきまで寺坂が持っていたスタンガンだ。それを投げたのは…もちろん俺らの横にいる寺坂だった。

 

いや待て…なんかコイツ様子がおかしく無いか?酷く疲れているというか…熱にかかったみたいに…

 

 

熱みたいに…!?もしかして…ッ!

 

 

 

「チョーシこいてんじゃねぇぞ!!薬が投げ飛ばされた時、テメェ俺を哀れむような目で俺を見ていただろ!一丁前に他人の心配なんざしてんじゃねぇぞモヤシ野郎!ウィルスなんか寝てりゃ余裕で治せるんだよ!!」

 

 

「寺坂…お前っ!まさかウィルスに…っ!?」

 

 

 

…そうだったのか。コイツ、ウィルスにかかっていながらここまで来たということか…

 

 

「そんなクズでも息の根止めりゃ殺人罪だ!!テメェは怒りに任せて100億のチャンス手放すのか!?」

 

「寺坂くんの言う通りです。その男を殺してもなんの価値もないし逆上しても不利になるだけ。治療薬のことは下の毒使いの男に聞きましょう。こんな男は気絶程度で充分です」

 

 

寺坂が叫んで、殺せんせーが説得している。2人とも渚を落ち着かせようとしているみたいだ。

 

 

「おいおい余計なことを言うんじゃねぇ。本気で殺しに来てくれなきゃ意味がねぇんだ」

 

 

鷹岡が言葉を放つ。恐らくその上で返り討ちにしないと復讐にならないと言うことなんだろう。

 

 

「渚くん。スタンガンを取りなさい。その男の言葉とクラスのみんなの言葉、どちらが君にとって大事かを冷静に考えるのです」

 

 

 

『どちらが大事か』か…

 

寺坂や殺せんせーは渚の事を心配して言っている。鷹岡は自分の欲求を満たすことだけを考えて言っている。どちらが正しいかなんて、一目瞭然だ。いつもの渚だったらそんな事を間違えたりはしない。

 

けど今の渚は冷静さを失っている。鷹岡に対する憎悪が思考を鈍らせているんだ。

 

 

それじゃダメなんだ。

 

 

 

 

 

 

「おい渚!!」

 

 

 

大声で渚に向かって声を出した。突然の大声で周りのみんなは驚いているようだ。

 

 

「憎しみだけで動くんじゃねぇぞ。それはテメェの目の前にいるバカと同じだ。もし鷹岡を殺したらどうなるのかぐらい、寺坂とかに言われなくても分かるはずだ。

 

少なくともお前は!それが分からない程度の男じゃないだろ!!」

 

 

俺が言っているのは、渚に対しての叱咤だ。

 

少し前に殺せんせーは言った。本当の仲間と言う奴は、迷惑をかけあったり文句を言い合ったりする仲であると。そして、互いに怒ったりする関係でもあるはずだ。互いに間違っているところは間違っていると言って止めようとする。そんな事をしないで互いに干渉しない関係は、仲間と言えるものではない。

 

 

「サッサと気絶させて戻ってこい!そっからの事は後で考える。それが俺たちがこれから本当にするべき事だ!」

 

 

 

渚が動いている様子はない。それは俺たちの言葉を聞いているのか、それとも別の動けない理由があるのか…それは分からない。

 

 

バタリ、と言う音が聞こえた。それは誰かが倒れた音だった。どうやら寺坂が立たなくなって倒れたみたいだ。

 

 

「寺坂!お前、熱ヤベェぞ!!」

 

「こんな状態で来ていたのかよ!!」

 

 

 

「うるせぇ…見るならアッチだ」

 

 

 

寺坂が指差しているのはヘリポートの上…渚たちがいるところだ。俺たちはその戦いを見ておかないと行けない。

 

 

 

 

 

 

「……やれ渚。死なねぇ範囲でぶっ殺せ」

 

 

 

 

 

 

 

 

最後の寺坂の言葉を聞いて渚が動き始めた。恐らく最後の戦い。俺たちの未来は渚に託された。

 

 

 

 



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第81話 必殺の時間

ヘリポートの上で渚と鷹岡が向かい合っている。今から鷹岡との勝負が始まるから当然といえば当然だ。

 

そして渚の足元にはさっき寺坂が投げたスタンガンがある。投げたショックでスタンガンが壊れるなんて事は無さそうだ。ああいう武器は頑丈だろうし。

 

渚はそのスタンガンを拾う。それを渚は腰につけた。それはスタンガンは使わないと言うことなのか、それとも何か考えがあるのか…どちらかは分からないけど。

 

 

「ナイフ使う気満々だな。友だちに免じてスタンガンは拾ったってところか。言っとくが、予備の治療薬ならここにある。もしテメェが殺す気で来なかったり、他のやつがなんかしてきたら速攻割る。作るのに数日かかるそうだ。全員分ねぇがこれが最後の希望だぜ」

 

 

鷹岡が小さなビンを取り出した。あの中に治療薬が僅かに入っているらしい。…あのケースが木っ端微塵になった以上はアレを手に入れるしか方法は無いみたいだ。それでも全員分はないけど…

 

 

「…烏間先生、もし危険だと判断したら鷹岡の腕を狙撃して下さい。責任は私が取ります」

 

 

殺せんせーが銃を鷹岡に向けている烏間先生に話した。…殺せんせーから見ても今の状態は危ないようだ。多分烏間先生から見ても同じだと思う。何しろ鷹岡は腐ってても戦闘のプロ。その相手と障害物のないところで一対一で戦うなんてかなり難関な試練だ。

 

 

「うっ…!」

 

「…フン、どうした?殺すんじゃ無かったのか?」

 

 

前回と同じように不意をつこうとしても鷹岡はそれを許さない。一定の距離に近づいた瞬間に鷹岡の攻撃が繰り出され、渚はそれをくらい続けている。

 

戦闘の技術では明らかに鷹岡の方に分がある。あのクソ野郎も一応軍人、中学生が太刀打ちできる訳がない。あの状況じゃ渚が有利な暗殺の形式に持っていく事が出来ない。一方的に殴られてばかりだ。

 

 

《ヒュン…》

 

「…ふん」

 

《ドゴ!》

 

「…ッ!!」

 

 

渚がナイフを突き出そうとしたところ難なく躱されて鷹岡のカウンターが入る。それもモロに顔面だった。鷹岡の力なら…結構ヤバいダメージを受けた気がする。

 

 

 

「…無理だ」

 

「どうやって戦えば良いんだよあんな怪物!!」

 

 

 

ヤバいと感じているのは俺だけじゃない。俺と一緒にその戦いを見ている生徒もそう思った。あんな状態でどうやって倒せば良いのか、全く良い考えが思いつかない。

 

 

 

「さて、俺もコイツを使わせて貰うぜ。手足を斬り落として標本にしてやる。永遠に愛でてやるよ」

 

 

鷹岡がとうとうナイフを持った。さっきまではナイフを使っていなかった。ここから更にヤバい事になりそうな気がする。

 

 

「…!烏間先生、早く狙撃して!ホントに渚が死んじゃう!!」

 

 

見ていられなくなった茅野が烏間先生に言った。俺から見てもかなり危機的状況だ。速くあの状況をなんとかした方がいい。

 

 

 

 

 

 

「…待てよ。余計な事をするんじゃねぇぞ」

 

 

 

 

 

かなり焦っている茅野に向かって声を出したのは、ウィルスに感染している寺坂だった。まだ何もするな、寺坂の言っている事はそういう事だ。

 

 

「まだ見ていろって?そろそろ俺も加勢したいんだけど」

 

「カルマ…テメェはサボリ魔で知らねぇだろうがな…渚にはまだ奥の手があるんだよ」

 

 

 

…奥の手……?

 

 

 

そういえば、あの日…ロヴロ先生が校舎に来ていた日に、渚はロヴロ先生に何か教えられていたな。烏間先生のところに質問しに行っていたからその内容は知らないが…

 

その奥の手が、この事態を打破する策という事なのか。

 

俺が烏間先生に教えられたような技術は意味がない。アクロの時は道具が沢山あったからそれを使う時間を稼ぐために使ったんだけど、ヘリポートの上という何も場外物がない狭いところでは、立ち位置が変わるだけで終わる。

 

今の渚の状態で有力な技は、相手を動けなくする技でないと意味がない。それも暗殺稼業の人が戦闘の手練れに。そんな技なんてあるんだろうか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーゾク…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…!?

 

 

 

この寒気…

 

 

 

 

あの時…渚と始めてあった時と同じ…!?

 

 

 

 

 

 

「な…渚、笑ってる…?」

 

 

 

 

 

ヘリポートの上では渚の様子が変わっている。そう、渚は笑っているのだ。前に鷹岡と戦っていた時と同じように。

 

 

 

けど若干違う。あの時よりも…威圧感がある。

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 

渚が鷹岡に向かって歩き始める。その様子はなんというか…ユックリに見える。歩くスピードは変わっていない。けど鷹岡との距離がジックリと縮んでいる。

 

 

「…!クソ…ガキ………!」

 

 

同じ違和感を持ったんだろう。鷹岡は渚を警戒していた。前みたいな展開は避けるために決して油断はしていない様子だ。あの状態じゃ不意打ちは通じない。

 

 

そうこうしているうちに2人の距離が近くなっていた。あの距離ならナイフを当てる事が出来る距離だ。鷹岡がナイフを振らないのは、恐らく渚の動きを警戒しているからだ。

 

 

渚の動きを見ているのは、俺らもだ。今から渚は何をしようとしているのか。あの鷹岡をどうやって倒すのか。その気持ちのまま見ていた。

 

 

 

 

更に渚が前に進もうとする。

 

 

 

 

 

 

その時の渚の動きに意表をつかれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え……?」

 

「ナイフを……離した………?」

 

 

 

 

 

一歩足を進めようとした瞬間、渚が手に持っていたナイフを離した。手から離れたナイフはそのまま地面に向かって落ちて行く。

 

 

 

 

 

 

 

《パン!!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

大きな破裂音が鳴った。落ちて行くナイフに気を取られていたせいかその音にかなり驚いた。渚の目の前にいる鷹岡なんかは仰天して体制が崩れそうになっている。

 

 

さっきの音は、渚が手を鳴らした音だ。相手の目の前で大きな音を立てるように手を叩く。いわゆる猫騙しだ。

 

 

 

俺は渚の攻撃の仕組みが全て分かった。アレは恐らく驚かせて隙を作るための技だ。

 

 

自分に向かって敵が近づいてくるとき、手練れであればその凶器に目が行ってしまう。視線が集まったナイフを空中に放る事で視線を晒させる。

 

 

 

その瞬間に手を鳴らし、強い音で相手を驚かせる。緊張感が高まっているこの状態で唐突に大きな音が出たら誰だって驚く。

 

 

 

その驚いた事で生じる瞬間的な隙を、暗殺者は逃さない。

 

 

 

 

渚は流れるように、腰につけていたスタンガンを手にとって鷹岡に当てる。

 

 

 

 

 

「ぐあああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

強力な電流が体中に流れ、鷹岡が大声を出しながら苦しんでいた。見張りの人間を気絶させたあの威力だ。鷹岡だって無事でいられる筈がない。

 

 

鷹岡は床に膝をついた。意識はあるが恐らく身体は動けないんだろう。さっきから立ち上がる様子すらない。

 

 

俺たちはその様子を下から見ながら呆然としている。素人でもあの技は簡単ではないと分かる。ノーモーションから最速で大きな音を鳴らすなんて難しすぎる。上手にならなくて変な音が鳴る事だってある。それを渚は難なくこなした。しかもロヴロにあの技を教わったのはあの訓練の時だから、僅か一週間であのレベルまでに達した事になる。

 

 

 

渚の奴……とんでもない力を手に入れてるんじゃねぇか…?

 

 

 

「トドメを刺せ渚。クビにタップリ流せば気絶する」

 

 

 

 

呆気に取られている中、寺坂が渚に声をかける。渚はそれに従って鷹岡のクビにスタンガンを当てた。スタンガンを当てられている鷹岡はかなり怯えている様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………鷹岡先生。ありがとうございました」

 

 

「ーーーっっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

感謝の言葉を伝えて、渚はスタンガンのスイッチを入れた。なぜその言葉を言ったのかは分からない。鷹岡はそのままバタリと倒れた。

 

 

 

 

 

 

「よっしゃああ!!ラスボス撃破ァァ!!」

 

 

 

 

 

 

暫く茫然としていたが、そのあと全員で一斉に叫んだ。俺も喜びを隠しきれないな。なんというか…ほっとした。

 

 

 

「無事で良かったです。今回ばかりはヒヤヒヤしましたよ」

 

 

 

渚のところまで行ったところで殺せんせーが言った。戦いを見ている間も結構焦っていたのが分かったし、いまホッとしているんだろうな…

 

 

 

 

「うん…僕は大丈夫だけど……どうしよう。鷹岡先生が持っていた薬だけじゃあとても足りない」

 

 

 

 

けど喜んでばかりもいられない。渚の言う通り肝心の治療薬が少ないんだ。さっき鷹岡が予備の治療薬を持っていたけど、いま感染しているみんなの分はありそうにない。

 

 

 

 

「…とりあえず君らは待機だ。俺が毒使いの男に問い詰める」

 

 

 

 

烏間先生が電話を操作しながら話している。恐らく救出用のヘリかなにかを呼んでいるんだ。俺たちはそれに乗ってここから離れ、烏間先生はあの毒使いの男…鷹岡の話によるとスモッグだったか。ソイツから治療薬をもらうつもりなんだろう。

 

 

これ以上ここには用はない。正確にはここで出来ることがない。おれたちがいたところで烏間先生の邪魔にならないとは言いきれない。

 

 

けど、ここで何もしないでいるのは……

 

 

 

 

 

 

 

「そんな手間はいらねぇよ。テメェらに薬なんぞ必要ねぇ」

 

 

 

 

 

 

…!この声って……!

 

 

 

 

 

 

 

「ガキども…このまま生きて帰れるとでも思ったか?」

 

 

 

 

 

 

 

…暗殺者たちだ。下の階で戦った4人の暗殺者たちが俺たちの前に現れている。拘束したはずだが、多分脱出したんだろう。……気のせいかカルマに酷いことをされた暗殺者は物凄い怒っているように見える。

 

 

 

 

 

 

「お前たちの依頼人は倒れた。もう戦う理由はないはずだ。俺はもう回復している。生徒たちも充分強い。互いに被害が出ることはもう止めにしないか」

 

 

「ん、いーよ」

 

 

 

 

 

烏間先生が俺たちの前に立って話しかける。殺し屋たちとの戦いを止めるために。けどそんなスンナリと終わるはずもなく。

 

 

 

 

 

 

 

アレ?いーよ、て…良いの?

 

 

 

 

 

 

「ボスの仇打ちは俺らの依頼には無いしな。それに言ったろ。お前らに薬は必要ねぇって」

 

 

 

 

 

…な、なんか突然の事態に頭が追いついてない。自分たちを破った相手にやり返したりしないのか?それに、必要ないってどう言うことだよ。いま俺たちはそれを手に入れるために必死で……

 

 

 

 

…ん?ちょっと待てよ。

 

 

 

そういえば、少し前から気になっていた事があった。なんでアクロが鷹岡の言うことに従っていたのかと。アクロは若者を好んで殺すような奴じゃない。それこそ無駄な殺人は好まないとも言っていたし。

 

 

 

いや、それを説明出来る理由はある。例えばアクロは仕事に私情は挟まない人間であるとか、そもそもその理屈事態が嘘であるとか。

 

 

けど高いところから飛び降りようとする俺を助ける事には説明がつかない。少しだけ違和感はあった。

 

 

 

 

アクロに対して感じていた違和感と、銃を持った暗殺者が言った言葉の意味を考えた時…1つの予想がついた。

 

 

 

 

 

 

 

「まさか…みんながかかっている奴と、鷹岡の言っていたウィルスは別物だった……?」

 

 

 

 

 

俺の思いついた考えを言った。周りのみんなは少し戸惑っているみたいだったが、殺し屋たちが笑っているのが見えた。

 

 

 

 

 

「その通りだよ、学真くん。この計画はそもそも最初から破綻していた」

 

「お前たちに盛ったのは食中毒を改良したものだ。あと1時間は猛威を振るうが暫くするとおとなしくなっていつも通りになる。ボスが使えと言っていたのはコッチ。これが使われていたらお前らマジでヤバかったかもな」

 

「この4人で話し合ったぬ。ボスが指定した時間は1時間。ならば殺すウィルスじゃなくても交渉はできると」

 

「お前たちが命の危険を感じるには充分だっただろ?」

 

 

 

 

………マジかよ。

 

 

つまり最初から鷹岡の計画は成立していなかったということか。

 

 

なんか、物凄く脱力感がある。これだけ苦労した意味は何だったんだよって感じだ。もしそれが分かっていたらこんな苦労する事なかったのに。まぁそれが鷹岡にバレるとこの殺し屋たちの方が危なかったんだろうけど…

 

 

 

「アイツの命令に逆らったってこと?お金貰っているのにそんな事して良いの?」

 

 

岡野が殺し屋たちに尋ねる。たしかにコイツらがやったのは命令無視という奴だ。お金を貰って依頼人を裏切ると言うのはかなりいけない事のように感じる。

 

 

「アホか。プロが何でもお金で動くと思ったら大間違いだ。勿論クライアントの期待には出来る限り応じるがな」

 

 

 

 

銃を持っている殺し屋が言った。プロはお金で動くとは限らないと。

 

 

 

 

「ボスはハナから薬を渡す気なんてなかった。もしウィルスを盛ったら確実にお前らは殺されていた。

 

 

カタギの中学生を大量に殺した実行犯にされるか、契約を無視した事がバレる事でプロの評価が下がるか…どちらが俺らの今後に支障が出るか、冷静に秤にかけただけよ」

 

 

 

……殺し屋にもこういう奴らがいるんだな。自分の考えをシッカリと持っていて、冷静にするべき事を考える。正直コイツらの事を見くびっていたのかもしれない。

 

 

 

「哀れだよね。今回の依頼人は俺たちを上手く使える器じゃなかった」

 

 

アクロは床にバッタリと倒れている鷹岡を見下ろしている。コイツひょっとして、鷹岡の事を良く思ってなかったのかもしれない。

 

 

「やはりあなたから見ても、この男は力不足だったようですね」

 

「そりゃね。人選から間違っているんだし」

 

「人選、ですか…」

 

「生徒数人をウィルスに感染させて、交渉として100億の賞金首を要求する。ここまでは良い。

 

けど相手はその交渉に応じるとは限らない。奇襲を仕掛けてくる可能性は充分にあった。

 

その対応としてオジサンたちに防衛を命じたけど、暗殺者に戦闘なんて向いてない。オジサンなんて戦闘になったら直ぐに負けてしまうよ」

 

 

説明してるところ悪いけど、説得力が全くない。下の階で俺と戦った時なんかは物凄く手強かったんだ。そんな奴が『戦闘になったらすぐに負ける』なんて言われても信じられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もし防衛を命じるんなら、オジサンたちよりも適任な殺し屋はいた」

 

 

 

 

 

……なんだ?

 

 

アクロや…他の3人よりも適任な殺し屋…?

 

 

 

 

 

 

「ソイツは一体……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「話は聞いたことない?『タンク』という殺し屋だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

………!タンク……!

 

 

 

 

 

 

そのコードネームは聞いた事がある。ロヴロ先生から説明された殺し屋の1人…!

 

 

 

 

「けど、暗殺のスキルは1番無いと聞いたんだが……」

 

「はは。何しろ正面から堂々と殺しに行くような奴だからね。任務終了のときはボロボロになってたとも聞いているよ」

 

 

 

アクロが面白そうにしている。同業者から見ると傑作にしか見えないのか?

 

 

 

 

 

「けどもしタンクがボスに依頼されていたら…多分君たちは無事じゃ済まなかったよ。少なくともホテルに乗り込んだメンバーの全滅は免れなかったと思う。恐らく死んでいただろうね」

 

 

 

寒気を感じた。まさか、本当に俺らを殺しかねないような奴がいるとは…

 

 

 

 

「バカな…それはつまり、中学生大量殺人の実行犯になると言うことだぞ……」

 

「烏間先生とやら。殺し屋全員が俺たちみたいな奴じゃない。中には容赦なく命を取る殺し屋だっている。

 

特にタンクは『容赦』という言葉自体を知らない。依頼された通りに動く。正に『兵器』。あそこまでの域に達している殺し屋はもはや居ないと言っていい」

 

 

 

兵器、か……。ロヴロ先生も言っていたな。

 

 

「ボスは周りの評価だけを聞いて依頼したみたいだったから、タンクには依頼しなかった。判断力の甘さが、今回の結果を生み出してしまったと言うことだよ」

 

 

……皮肉にも、鷹岡の判断力の甘さに救われたみたいだ。アクロみたいに最初から俺らを殺す気が無い連中だったから殺される事はなかったと言うことか。

 

 

けど、安心してもいられないよな。これから先殺せんせーをねらう奴も出てくるだろうし、その時にタンクと言う殺し屋が動く可能性もある。

 

 

 

 

浮かれている場合じゃないと言うことだな。

 

 

 

 

「ま、そんなわけで残念ながらお前たちは誰も死なねぇ。その栄養剤、患者に飲ませときな。殺す前より元気になってたって感謝の手紙が来るほどだ」

 

 

毒使いの男が栄養剤を渡した。アフターケアもバッチリみたいだな。殺す前より元気になったってどう言うことだ?

 

 

 

「…信じるかどうかは、生徒の回復が確認出来てからだ。聞きたいこともあるし、しばらくは拘束させてもらうぞ」

 

「しゃーねーな。来週には次の仕事があるから、それまでにな」

 

 

 

 

烏間先生が呼んだヘリコプターが空から降りてきた。殺し屋たちは烏間先生に同行する事になるみたいだ。この状況で嘘をつくとは考えにくいけど、そう簡単に信じるわけにも行かないってところだな。

 

 

 

 

「おじさんぬリベンジマッチしないんだ。俺のこと死ぬほど恨んでるんじゃないの?」

 

 

 

カルマが握力の殺し屋を挑発する。ホント、嫌な性格してる奴だな。

 

 

 

「俺は私怨で人を殺した事はないぬ。誰かがお前を殺す依頼が来るまで待つ、そうなるぐらいに偉くなれぬ」

 

 

カルマの肩を叩いて、殺し屋はヘリコプターに乗った。…すごいサッパリしているな。アレが、公私の区別という奴か。

 

 

 

 

「そういう事だガキども!本気で殺しに来て欲しかったら偉くなれ!そん時ゃプロの殺し屋のフルコースを教えてやるよ!」

 

 

殺し屋たちを乗せたヘリは上空を飛んだ。銃弾が落ちているのは銃使いの殺し屋が空中に向かって発砲しているからだろう。

 

 

 

「…なんか、あの4人には勝った気がしないね」

 

「あれじゃ俺たちがあやされたみたいだよ」

 

 

 

 

まぁ、そうだな。

 

 

 

あの殺し屋たちには頭が上がらない。自分たちの先を考えて適切な行動を選択する。恨みしか考えていなかった奴とは大違いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後俺たちは飛行船に乗ってホテルから離れる。後のことは政府関係者がやってくれるみたいだ。殺せんせーの処分も、今回の件も。

 

飛行船の中では、みんなグッタリしている。俺もそうだ。いつもの体育以上にキツかったし。

 

ホテルに着いたら俺は真っ先に治療をしないといけない。国から医者がこちらに向かっているみたいだ。

 

 

「寺坂くん、ありがとう。僕、間違えるところだった」

 

「ケッ、別にテメーのためにやったわけじゃねぇ。1人でも減ったら殺す確率が減るだろうが」

 

「…うん、そうだね」

 

 

…寺坂の奴、なんでそんなツンデレ口調なんだ?

 

 

「やかましいわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飛行船がホテルの近くに到着する。到着するときの衝撃が身体に響く。怪我しているから余計に感じるのかもしれない。

 

一斉に飛行船を降りる。もちろんウィルスに苦しんでいるみんなのところに行くためだ。いま竹林と奥田がみんなの治療をしているはず。一刻も早く現状を伝えるために俺たちは足を進めた。

 

 

「……ッ!」

 

 

立とうとした瞬間に、身体が倒れかける。床に倒れそうなところを誰かに支えてもらった。

 

 

「大丈夫か、学真…?」

 

 

俺を支えてくれたのは磯貝だった。そういえばコイツはずっと俺を支えていたな。ひょっとすると、俺が倒れる事も予測していたのかもしれない。

 

よく見ると矢田も俺の様子を見ている。俺の事を心配してくれているみたいだ。まぁ…あんな派手に怪我をしている奴を心配するなという方が難しいな。

 

 

「わり、大丈夫だ」

 

「無理はするなよ…」

 

 

 

磯貝に支えられながら、俺は飛行船を出る。矢田も俺の後ろについて行っていた。

 

 

とっくに飛行船を出たみんなは宿の中に行って……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……?どうした、お前ら…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出入り口から外を覗くと、先に出ていたみんなが立ち止まっていた。ウィルスに苦しんでいる生徒のところに行く様子もない。そこに立ち止まっているだけだった。

 

 

 

嫌な予感がする。今はふざけるような時じゃない。何かあったのは明らかだ。

 

 

みんなはいったい何を見たんだろうか。俺と磯貝と矢田はみんなの隣に進んで、その先にある光景を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…な………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思わず声を出した。異常事態が起きているとは思っていたけど、いま俺が見ている光景を見たらそう言わざるを得なかった。

 

 

 

 

俺たちが止まっている宿には、E組とホテルの従業員、もしくは政府の人以外にはいない。何しろ今日はホテルを貸し切った。ほかの宿泊客なんていなかったし、ここ付近に誰か来るはずもない。

 

 

 

 

 

けど俺たちの目の前には、俺たちの知らない人が沢山いた。

 

 

 

黒いフードで身体を隠している、不気味な格好をした人たちが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…フン、帰ってきたみたいだな」

 

 

 

 

 

 

 

1人の男がこちらを見ている。俺たち…つまりE組の生徒が来たことに反応があったみたいだ。

 

よく見るとそいつらは何かを中心に周りを囲んでいる。この状態は、包囲という奴だ。誰か1人を囲んで戦っている状態になっている。

 

 

 

 

 

そして奴らが包囲しているのは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ッ!?霧宮………!!?」

 

 

 

 

 

 

 

ボロボロの身体で刀を持っている霧宮だった。あの薬の効果が切れていないため、結構苦しそうだ

 

よく見ると霧宮の周りには、取り囲んでいる人と同じ格好をしている奴らが倒れている。状況的に考えれば霧宮が倒したという事だろう。

 

 

 

つまり霧宮は、コイツらと戦っていたというのか……?

 

 

 

 

 

それも、あんな状態で…?

 

 

 

 

「……合流されたのなら仕方あるまい。ここは退くとしよう。だが忘れるな。俺たちはあの生物を諦めたりしない」

 

 

 

 

 

不気味な格好をしていた連中はその場から逃げるように離れていった。人数が増えたからなのか、それともとても強い烏間先生が来たからなのか…どちらにしてもこれ以上戦っても意味がないと思ったのだろう。

 

 

 

 

 

「…ッ!なんとか、耐えたようだな…」

 

 

奴らの姿が見えなくなった瞬間に、霧宮は安堵しながら倒れる。俺たちは霧宮の近くに集まった。

 

 

 

「霧宮!!」

 

「大丈夫か、おい!」

 

「何があったの…!?」

 

 

 

 

意識があるかを尋ねたり、ここで何が起こったかを尋ねたりはしたけど、霧宮はそれに答えずにいる。多分…体力的な負担が大きすぎるんだろう。

 

 

 

 

「霧宮、お前……!」

 

 

 

 

混乱している。

 

 

 

 

 

俺たちは、霧宮を含めたみんながここで治療を受けているものと思っていた。

 

 

 

なのにここにいたのは謎の集団と、それと戦っていた霧宮の姿。

 

 

 

疲れているせいかなかなか考えがまとまらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一体ここで、何が起こった…?

 

 




ここで終わりと思っていた?残念、まだ続いております。


霧宮と戦っていた集団は一体何者なのか、彼らの目的とは、次回をお楽しみにしていてください。


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第82話 謎の時間

なんか『ネ◯ロ』みたいなタイトルになった。まぁ同じ作者だし良いのかもしれない。


目を開けたら、天井だった。目が覚めたら1番最初に天井が見えるし当然といえば当然だけど。

 

その天井は見覚えがないものだった。木造建築の家らしく天井も木だ。俺はそんな家をあまり見たことがないから新鮮に感じているかもしれないけど。

 

そこで思い出した。俺たちはリゾート島に来ていたと。そして数人の生徒がウィルスに感染されて、その治療薬を貰うために山頂のホテルまで殴り込みに行って、鷹岡と戦ってから…

 

 

 

 

 

 

「…なんで俺、こんなところで寝ているんだ?」

 

 

 

 

おかしい事に気付いた。いや我ながら気づくのが遅いとは思うけど。

 

 

そういえばあのホテルから帰った時、宿の近くでは異常事態が起こっていた。霧宮が謎の集団と戦っていたのを見て驚いていた。

 

 

あの後どうしたのか、記憶が曖昧になっている。とりあえず落ち着いてから一つ一つ思い出す事にしてみた。

 

 

 

確か最初はあの集団が居なくなって……

 

 

 

 

==========

 

 

 

霧宮の周りに集まって、色々と尋ねようとしたけど霧宮から答えは返ってこない。ただでさえウィルスに苦しんでいたのに加えてこの戦闘…結構疲れが溜まっているみたいだ。

 

 

「……!片岡さん、他のみんなの様子を見て来てくれ!」

 

「あ…はい!」

 

「吉田くんは俺と一緒に霧宮くんを運ぶのを手伝ってくれ。後のみんなはなるべく動かないで待機だ」

 

 

 

烏間先生が指示を出しながら霧宮を吉田と一緒に運んでいく。治療しやすい場所に移動させるつもりだろう。

 

片岡が宿で治療を受けているみんなのところに行く。とりあえず現状をみんなに伝えないといけないだろう。

 

 

「どうしたんだ…?」

 

「みんなは大丈夫なの…?」

 

 

千葉や岡野の言っていることは俺も思っていることだ。おそらくこの場のみんなもそう思っているだろう。何がどうなっているのか…

 

 

 

ーーーグラリ

 

 

回転し始めた。目の前が1回転している。

 

 

 

分かっている。回っているというのは俺だ。というより多分倒れようとしているんだ。

 

 

 

 

「…っ!おい、学真……」

 

「しっかりして、学真くん………」

 

 

誰かが叫んでいるのは分かったけど正しく聞き取れなかった。

 

 

体力がここで限界を迎えたらしい。いまかなりヤバい状況だと言うのに……

 

 

 

 

==========

 

 

……ああ、そうか。思い出した。あの後俺も倒れたんだ。

 

 

考えてみればそれが当然だ。鷹岡に会う前からダメージが異常だった。逆にあそこまで耐えた方が奇跡みたいなものか。

 

 

自分の体を確認すると、まず1番最初に顔に巻かれてある包帯に気がついた。顔を巻きつける時に目も一緒に覆っているから気づきやすかった。というか逆に今の今まで気づかなかった自分自身が変なんだなと思う。

 

体も治療が施されている。包帯でぐるぐる巻きにされている。傷はないものの高いところから飛び降りたんだし、打撲になってるかもしれない。

 

要するところ、俺は治療されたみたいだ。俺が寝てる間に終わらせてくれたんだろう。…せめてお礼は言いたかったな。

 

 

 

「それにしても…アイツらは一体何だったんだ?」

 

 

 

寝る前に抱いていた疑問を思い出した。そういえば、アイツらが一体何者なのかがまだ分かってないんだ。

 

去る時に確か『あの生物を諦めない』と言っていた。状況的に殺せんせーの事を言っているんだろう。ということは、鷹岡と同じように賞金目当てだったと考えられる。

 

けどそれと霧宮と戦う理由が見えてこない。何で霧宮と戦う事になったのか。これはあそこで何があったのかを直接聞かないと分かりそうにないな…

 

 

 

 

 

ーーードゴォォォォン!!!

 

 

 

 

うおおおおお!!?

 

 

「なな…何だ何だ!!?」

 

 

爆音に驚いてから窓の外を見ると、砂浜に人が集まっているのが見えた。あの服は…椚ヶ丘中学校のジャージだ。ってことはみんなあそこに集まっているのか。

 

 

 

「あそこに行った方が良さそうだな」

 

 

多分ウィルスにかかって苦しんでいたみんなも俺が大怪我をしている事は伝えられた筈だ。この部屋に誰も来ていないのは、俺の身を案じて近づこうとしていない証拠だ。だったら俺が元気になった事を伝えるためにもあそこに行くべきだ。

 

みんなと同じようにジャージに着替える。手こずって大分時間が経ってしまったが気にしない。

 

 

そして俺は部屋の扉を開けて外に出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、みんな揃って何やってるんだ?」

 

「が、学真!お前動いて大丈夫なのか!!?」

 

「全然平気だよ。寧ろ絶好調だ」

 

 

みんなが集まっているところに来てから声をかけると杉野が心配して話しかけている。この様子を見ると本当に無事みたいだな。杉野も確かあのウィルスに感染された奴だったし。

 

他のみんなも心配しているみたいだ。特に矢田は焦っているようにも見える。まぁ…目の前でぶっ倒れた男が歩いているのを見ると怖くなるよな。

 

 

「…あれはなんなんだ?」

 

 

海にある置物を指して言う。ここに来た時にはあんな立派な箱なんて無かった筈だ。しかも粉々になっている。ひょっとするとさっきの爆音ってアレが爆発した時の音だったのか。

 

 

「ええとな…殺せんせーがあのボールみたいになっていただろ。それを処分するために烏間先生が中心となってアレを作ったんだ」

 

「なるほどね」

 

 

磯貝から大体の話は聞いた。要するところアレの中に殺せんせーと大量の対先生弾を詰め込んで密閉する。それで完全防御形態が解けた瞬間に対先生弾で押しつぶす作戦か。

 

というか…ひょっとすると烏間先生は寝ていないのか。昨日あれだけの事が起こってかなり大変だったのに、休む暇もなくそんな指示を出していたのか。…マジでバケモノだよな。

 

 

「…そして殺せんせーがここにいると言うことは、失敗したのか」

 

「はい。建物もろとも爆散させてあげましたよ」

 

 

触手でピースサインを作りながら楽しそうにしているみたいだ。不眠で一生懸命取り組んだ計画をこんな風にアッサリと看破されるのは結構屈辱だろうな。たとえ失敗すると分かっていても。

 

 

 

 

 

 

「…それで、霧宮は?」

 

 

ここで1番気になった事を聞く。何しろ霧宮だけがここにいないんだ。あれだけ怪我をしていたからなんとなく想像はつくが…

 

 

「霧宮くんには一足先に帰ってもらった。彼の怪我を治療するためには、大きな病院で診てもらう必要があった」

 

 

砂浜からコッチに歩いている烏間先生が答えてくれた。やっぱり帰ったみたいだな。見ただけですごい怪我だと分かっていたし、そうなるだろうけど。

 

 

 

「さて、揃ったところで話を聞きましょう。奥田さん、竹林くん…あの時何が起こったのかを教えてください」

 

 

殺せんせーが話を切り出した。殺せんせーもあの時何があったのかが気になっていたみたいだ。多分他のみんなも同じだろう。

 

そしてその話をするのは、昨日この宿で普通に動く事が出来た2人、竹林と奥田だ。治療をしている間この2人は何か見ていたのかもしれない。

 

 

「……はい」

 

「…分かりました」

 

 

 

2人は話し始めた。昨日の夜、俺たちがホテルに行っている間に何があったのかを。

 

 

 

 

 

 

 

◆第三者視点

 

 

「奥田さん、新しい氷を持って来てくれ。船の中の冷凍パックにまだ残っている筈だ」

 

「はい、分かりました」

 

 

宿の中で治療をしている。次から次に新しい氷をデコの上に乗せるだけだが、治療法が分からない今はそれ以外に方法がない。

 

竹林に言われた通り、氷を持って来るために宿の外に出る。宿から船の中までそんなに距離はない。急げば1分で持って来る事が出来るだろう。

 

宿を出て船を見る。海岸の隅の方にポツンと置かれている。他の観光客の邪魔にならないように配置してある。

 

奥田は船の方に向かって歩こうとする。

 

 

「止まれ」

 

 

だが、彼女は止められた。いま外には彼女しかいないため、奥田はそれが自分に向けられた言葉であると分かった。

 

声の聞こえた方向、つまり船とは全く逆の方を向く。そこには全身が黒い格好をした人物が何人かいた。顔も隠されているためその姿も見る事が出来ない。

 

 

「な…何ですか。いま急いでるんですが…」

 

 

奥田はそう言って乗り切ろうとした。実際いま彼女は急いでいる。あまり余計な事に時間を使いたくないのだ。

 

 

「急ぐ必要はない。お前らがやっている事は何の意味もないからだ」

 

 

だがその集団は奥田を船に行かせようとはしなかった。何の意味もないという言葉に少し怒りを感じたが、奥田は怒りのままに動こうとはしなかった。

 

 

「我らは【グラトラ】。この腐れきった世界を正す者である」

 

 

話を聞いていく内に奥田はますます不可解に感じた。集団の名前を言われたところで、奥田には何の関係もない筈だ。世界を変えるものにしても破壊するものにしても、普通の中学生である彼女に用があるとは思えない。

 

 

「それで…なんで私を呼び止めるんですか」

 

奥田は尋ねた。一体何の用であるかと。相手の目的が不明なままではなんとも言えないからだ。

 

 

「簡単な話だ。お前は我らについて来てもらう。つまり、身柄を拘束するという事だ」

 

 

絶句した。

 

つまりこの人たちは奥田を誘拐するというのだ。

 

何のために彼女を拘束するのかは分からない。だがそれに従うと危ないと言うことは分かった。

 

 

「………っ!!」

 

 

それが分かっているなら、彼女が取れる行動は1つ。目の前の人たちから逃げなければならない。

 

 

しかし彼女にはそれが出来なかった。

 

 

理由は2つある。

 

1つはウィルスに感染されている生徒だ。自分が居なくなったところで竹林がいるわけだから気にしなくても良いと言えばそうなのだが、彼女はそう簡単に行動出来なかった。

 

もう1つは、単純に恐怖である。まだ中学生である彼女は恐怖に対しての耐性はあまりない。彼女はいま怯えているのだ。その怯えによって彼女は足が動かさなくなっていた。

 

 

怯えている場合ではない。いま動かなければ取り返しのつかない事になる。逃げる事が難しいなら助けを呼べば良い。もしくは竹林のところに行って作戦を考えると言うのもある。

 

でも足は動かない。恐怖に怯えている足を動かすには、彼女の気力は足りない。

 

動かない。動け。動かない。動け。動かない。

 

 

 

「何をしているんですか。こんなところで」

 

 

 

声が聞こえた。奥田でもその前にいる集団でもない男の声だ。

 

宿の扉に1人の男がいる。竹林だった。物音が聞こえた彼は外の様子を見に来たのである。

 

 

「…生徒2人目、か。教師が出てこないということは、情報通りこの中にはいないということで間違いなさそうだな」

 

 

竹林を見て男が喋る。その内容を聞いて竹林は警戒を強めた。

 

確かにここには教員はいない。殺せんせーや烏間先生、イリーナ先生でさえもあのホテルの中にいる。

 

だがそれをなぜこの人物が知っているのか。情報と言っていたが、それは一体どこで手に入れたのかが気になってしまう。

 

 

「警告しておく。無駄な抵抗はするな。お前らは俺らについて来てもらう」

 

「……断ったらどうするんですか?」

 

「フン…力尽くでも構わんと言われたのでな」

 

 

一斉に武器を取り出した黒い服の集団。ナイフや銃など完全に殺すための武器だ。抵抗すれば攻撃してくる。

 

 

焦り始める。竹林はこういう相手と戦う技術を身につけていない。奥田も同様だ。たった2人でこの状況を乗り切れる自信はない。

 

しかし敵の言いなりになるのも危険だ。相手の本当の目的が分からないいま、身柄を拘束されたらそれこそ殺される可能性もある。

 

どうすればいいのかが全く分からない。こういう時、殺せんせーがいたら何と言ってくれるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「決まっている。助けを呼べば良い」

 

 

 

 

 

黒服の男たちのうち1人が呻き声をあげる。そのままバタリと倒れる男の側には、ウィルスに感染されていた霧宮がいた。

 

 

「霧宮…!」

 

「どうして…まだ完治してないですよ!!」

 

 

竹林と奥田は焦りの色を隠せない。奥田の言う通り霧宮はまだ完治していない。現にいま顔色は相変わらず悪いし、息を聞いているだけでも苦しそうだ。その状態で外に出るのは色々な意味で危なすぎる。

 

 

 

「嫌な空気を察したからここにいる。体調は万全だ。何もおかしなところはない」

 

 

明らかに嘘をついている。本当に万全ならそんなにフラフラしない。

 

かなり調子が悪い体を引きずりながら彼はここに来たのだ。そして奥田や竹林を攫おうとする集団がいたので彼は動いた。

 

その手に、かつて殺せんせーからもらった武器を取って。

 

 

「それ…対先生ナイフですか。結構大きいような気がするんですけれど」

 

「…殺せんせーが作ってくれた。短いナイフでは扱いづらいだろうからと。戦うなら本物の刀が良かったのだが、いま持っているのはこれしかない」

 

 

刀のように細く長い対先生ナイフ。何も知らない人から見るとオモチャの剣にしか見えないそれを持っていた。真っ二つにすることは出来ないが、気絶させるにはなんの問題もない。

 

 

 

「部屋に戻っていろ。あの中ならここ以外に入る手段はない」

 

「それじゃ霧宮くんが…」

 

「この程度の修羅場で凹むほど未熟ではない。ホテルから全員が帰るまで耐えるだけだ。その間にお前らが捕まれば台無しになる。それを避けるためにも部屋の中にいろ」

 

 

霧宮は厳しい言葉を言った。言い換えれば『邪魔だから部屋の中にいろ』と言うことなのだ。

 

 

「フン、1人で防ぎきるつもりか。舐められたものだな。後で後悔するぞ」

 

 

敵が痺れを切らしている。これ以上待たせたら襲いかかってくるかもしれない。

 

 

「…行け!!!」

 

 

霧宮は大声で叫んだ。奥田や竹林に、早く中に入れと。

 

 

「……奥田さん。中に入ろう。僕たちはここにいても、何の役にも立たないみたいだ」

 

「は…はい……」

 

 

霧宮に従い、竹林と奥田は宿の中に入る。彼らはそのまま中に居続けた。

 

 

 

◇学真視点

 

 

 

「それで、俺たちが来たと言うわけか」

 

「はい。一応物陰から見ていたんですけれど、加勢する事が出来なくて」

 

 

…そう言うことね。

 

宿に襲いかかろうとした集団を追い返したと言うことなのか。俺たちがいない間、コッチはとんでもない修羅場だったんだな。

 

 

「グラトラ…確かにそう言ったんだな」

 

「は、はい……間違いありません」

 

 

奥田さんに質問をしたのは烏間先生だった。グラトラって…その集団の名前だったな。何か気になることでもあるみたいだ。

 

 

「烏間先生、ご存知ですか?」

 

「……仕方ない。話しておこう」

 

 

殺せんせーの質問に、烏間先生は観念したように話し始める。出来る限り言いたくは無かった。そう言うことなのだろうか。

 

 

「いま政府が抱えている大きな問題は大きく3つある。1つはみんなも知っての通り『コイツ』だ。将来地球を爆発しようとする危険生物を速く処分しようと動いている。優先度は今のところ他の2つよりも高い」

 

 

まぁ殺せんせーの事は聞くまでもない。結構前から言われていたし。ていうかなにドヤ顔をしているんだよあのタコ。

 

 

「もう1つは、巨大犯罪組織『魄陵群(はくりょうぐん)』だ。日本中のあらゆる組織を統治しており、未だに尻尾が掴めないでいる。

 

そしてあと1つが『グラトラ』いわばテロ組織だ。政府の人間を暗殺しようとしているためかなり注視されている。今回奥田さんたちを襲ったのは、それだ」

 

 

犯罪組織…テロ組織…あまり聞いたことがないな。まぁ公にすると混乱してしまうから報道されてないのかもしれないけど。

 

それにしても妙だな。

 

 

「よりによってなんでテロ組織が誘拐しようとしたんだ?E組の生徒を誘拐して何になるんだ」

 

 

テロと言うのはつまり…敵は国家の筈だ。なんで俺たちをターゲットにしたんだろ。しかも『あの生物を諦めない』って言っていたけど…殺せんせーは寧ろ地球を破壊しようとする生物だ。それと敵対する理由は全くない筈だ。

 

 

マジで何が目的なんだ。頭で一生懸命考えるけど全く分からない。

 

 

 

「烏間先生、お困りのようでしたら先生が解決してあげますよ」

 

 

…………

 

何を言いだすんだこのタコは。

 

 

 

「先生の実力はその身で実感しているでしょう?国でさえ先生には手も足も出なかったんですから、犯罪組織もテロ組織も即座に処分できますよ」

 

 

う、うぜぇ…『あなた方では私を倒せなかったでしょう?』みたいな意図を感じる。確かにその通りかもしれないけどターゲットにバカにされるように言われたら屈辱だ。

 

 

「ふざけるな。キサマの手は借りん。これは俺たちの問題だ。国を守る責任を持っているのは我々だ。だから俺たちが必ず対処する」

 

 

 

まぁ、そりゃそうだよな。国を守るのは政府の役目でもある。世界一の危険生物に救われたとなると顔に泥を塗られるどころか身体にぶっかけられるようなものだ。殺せんせーの手を借りようとはしないだろう。

 

 

「と言う事ですよ皆さん。この問題は烏間先生が対処するようです。先生や君たちが気にする必要は無さそうですよ」

 

 

殺せんせーが振り向いて喋りだす。なんかアッサリとしているな…いつもなら『冷たくないですか烏間先生!折角心配しているのに、キー!』とか言いそうなのに。

 

 

「だからいま皆さんが深刻に考える必要はないと言う事です。もちろん放っておけない状態になったら意地でも問いたださないといけないかもしれない。けど今はその時ではない。君たちはいつも通りに生活していっても大丈夫と言う事です」

 

 

……あ、そう言うことか。

 

要するに、俺たちにあまり考え込まないように敢えてそう言っているのか。さっきまで俺が深刻に考えていたし、それを止めさせたと言うことか。

 

まぁ気にしないでいるのは多分無理だ。変な話だけど多分気にし続けるような気がする。

 

けど俺たちがどうこうする問題ではないのも事実だ。

 

 

 

何もせずにいつも通りに暮らせば良いというわけか。

 

 

 

 

 

「と言うわけで、遊びましょう!完全防御形態になっていましたから遊べなくて退屈していたんですよ!!!」

 

 

 

 

…………

 

 

 

この先生の欲張りな所は見習った方が良いんだろうか。

 

 

 

「…けど明日にはもう帰るだろ?今さら何するって言うんだよ」

 

 

明日の朝にはもう帰る。いま夕方、眠ったらもう帰るスケジュールだ。杉野の言う通り、今から遊べることなんてなさそうだ。

 

 

「フッフッフッ…こういう時間だからこそ出来ることもあるんですよ」

 

 

心配するなと言いたげににやけている。半年間過ごしてきたせいでこの先生がニヤケているか否かがハッキリと分かるようになった。なんともまぁ無駄な力を身につけてしまったものだ。

 

殺せんせーはどこからか看板を取り出している。マッハで取りに来たんだろうし、その看板にも何か書いたんだろうな。準備していたことを証明するように服装が黒い服から白装束を着て頭には白い三角巾を…

 

 

 

「え…………」

 

 

 

白装束に…白い三角巾?

 

 

まさか…殺せんせーがやりたい事って。

 

 

 

 

「夏といえば肝試し。これからE組の生徒限定の肝試し大会…通称『暗殺肝試し大会』を開催します!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嘘だろ………

 

 

 

 

 

 

 

 

肝、試し……?

 

 

 

 

 




次回肝試し。


そして学真のこの反応の意味は…?


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第83話 肝試しの時間

夏休みに入って暫く経ちました。作者にとって夏休みとは地獄です。就活関係の仕事は夏休みにシッカリやらないといけないので。そんな中カップルを見ていると微笑ましいのか妬ましいのか、よく分からない感情が込み上がって来ます。今回はそんな気持ちを思いっきりぶつけました。




「暗殺肝試し…?」

 

 

お化け姿になった殺せんせーが提案した企画は、暗殺肝試しというタイトルである。

 

 

「先生がお化け役を務めます。もちろんお化けは殺してOK。今回の暗殺旅行にピッタリの締めくくりでしょう」

 

 

お化けを暗殺できる肝試し…略して暗殺肝試しである。このE組でしか出来ないイベントであり、普通では体験できない楽しさを実感できるイベントになる。

 

 

「面白そうじゃん。動けなかった分動いてやるぜ」

 

「ええ〜。でも怖いの嫌だな〜」

 

「まぁでもお化けは殺せんせーだろ。余裕余裕」

 

 

生徒たちは結構楽しそうにしている。暗殺教室で過ごした経験のせいか、いろんなことを楽しむようになった。この破天荒なイベントも楽しもうとさえ思っているのである。

 

 

 

 

 

たった1人を除いて。

 

 

 

 

「…なぁ殺せんせー」

 

「にゅや?」

 

「どうしたんだ学真?」

 

 

学真が殺せんせーに話し始めた。その時の学真はかなり深刻そうにしている。いつもとは全く違う雰囲気を感じた杉野は学真の様子を見に来た。

 

 

そして学真は殺せんせーに話そうとしていた事を打ち明けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おれ体の調子悪いから部屋に帰って良いですか?」

 

「お前さっき全然大丈夫って言ってたじゃねぇか!!」

 

 

 

それは欠席願いを出そうとしているようなものだった。確かに学真はかなり怪我をしているが、全く問題ないと言っていたのは他の誰でもない学真であるため、その言葉は九割がた嘘である事が明らかだった。

 

 

 

「いや…体は大事にしないといけないと思うんだ」

 

「いつも大事にしないお前が言ったところで説得力ちっとも感じねぇよ!!」

 

 

 

もはやおかしい。ここに来て学真が弱気になるのは絶対何かある。無理難題であったとしてもこなしてみせようとする学真にはあり得ない。

 

 

 

その時杉野の頭に1つだけ仮説が浮かんだ。学真がここまで弱気になる理由について。

 

 

 

 

 

 

「学真、まさかお前…

 

 

 

 

 

お化けとかの類って苦手なのか?」

 

 

 

 

学真は始めて冷や汗をかくという感覚を覚えた。

 

 

 

「い…いやぁ!?別にそんな事は全然ないんですけど!!お化けとかそんなのでビビるほど小心者じゃねぇし!!」

 

(あ、動揺している時の喋り方だ)

 

 

動揺しているのがバレバレな喋り方である。一緒にいる事が多い杉野は一瞬でそれが分かるレベルに達していた。

 

 

 

「だったら参加しなよ。みんな参加するんだから、学真くんだけ参加しないのはダメだよね〜」

 

「!か、カルマ…うぐぐ…!」

 

 

学真はカルマに連行された。悪魔のツノと尻尾が生えているように見え、文字通り悪魔の笑みを浮かべていた。

 

 

そして意地の悪い顔をしているのはカルマ以外にも存在していた。

 

 

 

後頭部の後ろに『カップル成立!』と大きく書かれている超生物が…

 

 

 

 

 

◇学真視点

 

 

 

…八方塞がりというやつかよ。

 

 

カルマのせいでここから逃げる事も出来なくなってしまった。

 

 

 

これじゃあほんとうに参加しないと行けなくなるじゃねぇか。

 

 

 

 

 

 

あの肝試しに。

 

 

 

 

 

 

 

========

 

肝試し。驚いたり怖がるようなイベントを経験またはそのような話を聞いたりしてスリルを感じさせるイベントである。

 

スリルを感じるとは『寒気を感じる』という事もあり、今では夏の風物詩になっている。

 

スリルを経験した人間が感じる事は、そのスリルを楽しく感じるか、怯えまくって泣きたくなるかの2つに分かれる。

 

 

 

そしてこの男、浅野学真は後者の方。いわばお化け怖いである。

 

目で見た事を記憶するという能力のせいか、元々不気味な見た目が嫌いであり、ムカデやガと言った生物は見ただけで頭痛を感じる男であった。しかし父親である浅野学峯の恐怖を経験し続けたため、それだけでは恐怖を感じる事は無かった。

 

 

 

だがしかし、オカルト系はそうも行かなかった。

 

目で見た事を記憶する彼は、無意識に目で見る事に頼るようになってしまい、しまいには目で見えない事に対して恐怖を抱いてしまう始末である。お化けやオカルトという目で見えようが無いものには小さい頃から怯えていた。

 

 

 

極め付けは小さい頃の経験である。

 

 

まだ5歳にも満たないころ、夜中にトイレに行こうとしていた時だった。そしてトイレをしてほうっとしながら窓を見ていた。

 

 

 

その時彼は、窓の外から部屋の中を覗こうとしている女の人の姿が見えた。

 

 

 

そしてその瞬間彼は気絶して倒れてしまったのである。

 

 

 

 

もちろん見間違いである。その日はたまたま風が強かったせいもあって家の外にあった紙が飛び交っていた。その中で怖い女性が書かれてある紙が窓に張り付いてしまった。

 

だがまだ5歳だった彼は冷静に考える事が出来ずに怖い女性が窓から覗いていた記憶だけが残り、それがトラウマとなってオカルトというものを怖がるようになってしまったのだ。

 

 

 

========

 

 

 

参加したくない。本音を言えば逃げ出したい。けどここで尻尾巻いて逃げたら、俺がお化け怖いである事を証明してしまうようなものだ。

 

 

もしそうなったら……

 

 

 

『学真くんって中学生にもなってお化けが怖いのかしら?

 

 

 

 

 

お可愛いこと』

 

 

 

 

 

頭の中にその光景が浮かび上がる。いつも優しかった矢田の蔑んでいるような表情が。もしそんな表情で見られたら、俺の中で色々な物が粉々になって崩れ落ちる。

 

 

それだけは絶対に避けないと行けない!

 

 

 

「最近ハマった漫画に早速影響されているね」

 

「………何言ってるの?」

 

 

 

 

 

肝試しのルールは大体説明された。肝試しはこの海底洞窟の中で行う。俺たちは男女2人ペアになってこの洞窟に入ること。暗闇だからライトを忘れずに…とのことらしい。

 

そしてペアはくじ引きで決まった。殺せんせーが何本か糸を持ち、その中から俺たちが一本ずつ選ぶ。そして糸に書かれている印が同じ人とペアになる。

 

ペアは次から次に決まる。そりゃ糸を選ぶだけだからな。俺も同じように選んだ。そして俺のペアになったのは…

 

 

 

 

矢田だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

まさかの矢田とかよ…嫌なわけではないけど出来れば避けて欲しかった。

 

ていうかアイツの仕業とかじゃねぇだろうな。糸を取る瞬間にすり替えて目的の糸を引かせるとか。アレ?ありそうな気がする。

 

 

 

「じゃあ…そろそろ行こう」

 

 

前のグループ(前原と岡野)が入ってから暫く経つ。もう俺たちが行かないといけない。それは分かっていた。

 

 

 

でも…行きたくない。

 

 

 

『ここ(洞窟の影)から先は地獄だぞ』という声が聞こえる。引き返せるなら今しかない。この先に進んだらもう後戻りが出来ない。

 

 

けど戻ることも出来ない。みんなで参加してる空気になってしまってる以上そんな事許されるはずがない。

 

 

 

「学真くん…?」

 

「あ、ああ!今いくよ!」

 

 

 

心配そうに矢田が尋ねてきたのが聞こえて、声を震わせながら足を踏み出す。俺の足はアッサリと地獄との境界線を乗り越えた。それに気づいた時にはもう既に先へと進む道しか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「暗いね…洞窟の中が全く見えないよ」

 

 

先に進めば進むほど暗さが増して来る。入り口が遠くなっていくから当然なんだろう。暗くなっていくにつれて心細さが増して来る。いや、怖くはないんだけど…凄い不気味だ。怖くないんだけど。

 

 

 

どうにか心の中にあるモヤモヤした感情をどうにかしたい。このまま進んだら変な事になりそうだ。

 

 

あ、そうだ。

 

 

 

 

 

 

「そ、そうだな…見えなくなる()()()に暗いよな…」

 

 

 

 

 

 

 

ヒュオオオ…

 

 

 

 

 

 

「えと…大丈夫?学真くん…」

 

「すまん、放っておいてくれ…」

 

 

あまりにも重々しい空気をどうにかしようとしたけど寧ろ気まずくなった。どうしようこの空気…

 

 

 

 

 

《ポン…》

 

 

 

 

 

へ……?

 

 

 

 

 

《ポン…ポン…ポン、ポンポンポン》

 

 

 

 

これって…三味線…?

 

糸を強く弾いている音が聞こえて来るんだけど…

 

 

 

 

 

「ここは血塗られた洞窟…」

 

「イヤァァァァ!!!?」

 

 

 

急に出て来やがったァァァァ!

 

 

 

 

沖縄のそれっぽい服を着た殺せんせーが三味線を持ってスーッと現れた。蝋燭という仄かな明かりが恐怖を際立たせている。見慣れているその顔を始めて怖いと思うようになった。

 

 

「なにも見えない()()()()()この洞窟で多くの武士がお()()りしました」

 

「頼む!そのギャグを回収しないでくれ!」

 

 

あの野郎聞いてやがったな!改めて聴くと恥ずかしくて死ぬ!しかもなんで付け足してるんだ。もう泣き叫び(cry)たい。

 

 

「離れ離れになった2人がこの場で生き絶えたという。決して離れ離れにならないようにそのまま進みなさい…」

 

 

今度はスーッと消えた。いつもみたいに突然現れないから余計に心臓に悪い。

 

 

「な、なんか思ったより本格的だね…」

 

 

矢田も少し驚いたみたいだ。テッキリ遊びの延長線かと思っていたけど殺せんせーはマジで驚かせようとしている。

 

 

「フッ…だが恐れる必要はない。あの話は多分作り話だ」

 

「…多分どころか確実だと思うけど」

 

「必要以上にビビらせようとする魂胆だろう。アイツはこの先もああやってコッチをビビらせてくるつもりだ」

 

「うん…一応肝試しだし…」

 

 

敵の狙いが分かっている以上焦る必要もない。じっくり対策を練っていけばいいだけの事だ。

 

 

「さぁ行くとしようか。戦場に」

 

「そっち今来た道だよ」

 

 

 

 

 

洞窟だからかもしれないけど、ここは凄く足場が悪い。道は整備されているものの、通れるようになっただけで通りやすくなったわけじゃない。そのせいで時間がかかるし…なんというか現実味を感じる。

 

 

「さぁ来い。この手で本当に成仏させてやる」

 

 

俺は殺せんせーを警戒している。マッハ20の速度を持っているあのタコの事だ。突然目の前に現れて驚かしてくるはずだ。その手で来た瞬間返り討ちにしてやる…

 

 

 

「ここはかつての武士が病によって倒れたところ…」

 

「うおおおお!!?」

 

 

…チクショウ。なんで今日は不気味に現れるんだよ。

 

 

「なかなか治らない殿方を治すために女性は色々と手を尽くした。その時彼女がした方法は、彼の側で一緒に寝ることだった。だが男は眼が覚めることもなく二人は永遠に寝ることになった。その跡がこれである」

 

 

…2人が永遠に寝続けただと…それって棺桶の中で心中したという事か…?

 

 

おい、冗談じゃねぇぞ…ここで棺桶とか出してくるんじゃねぇだろうな…

 

 

ビクビクしながら殺せんせーが指差しているところを見る。そこには殺せんせーの話に出てきた2人の…

 

 

「は?」

 

 

 

いや待て

 

 

 

 

 

なぜにベッド?

 

 

 

 

 

 

それもダブルの。

 

 

 

 

 

 

「さぁ、さっさと寝ろ」

 

「何がしてぇんだボケタコォォ!!!」

 

「にゅやぁぁ!!?あ、危なっ!!」

 

 

 

 

銃を使って発砲する。あのタコは慌てて逃げ出した。

 

 

「あの野郎…何がしたかったんだ」

 

「まぁ…多分ゲスい事を考えていたよね」

 

 

矢田の言う通りだろう。あのタコは多分この企画で誰かをくっつけようとしているんだろうな。このホラー企画で吊り橋効果を狙っているんだろう。もっともくっつけさせようとしているあまり怖がらせる要素は皆無だけど…

 

 

「…もう出るか」

 

 

アイツの考えが分かった以上そんなに怖く無くなった。ホラー要素皆無なら怖がる心配もない。さっさとこの洞窟を抜けるとしよう。

 

 

「ねぇ、学真くん。1つ思ったんだけどさ…」

 

 

すると矢田が話し始めた。何か気づいたことがあったのだろうか。なんか殺せんせーについての情報が…

 

 

「ひょっとして…学真くんホラー苦手?」

 

 

 

 

 

心臓を貫かれるような錯覚を生まれて初めて感じた。

 

遠くから射抜かれた矢が見事に当たったような感じというような。

 

 

 

 

「い…いや、別に…」

 

 

 

ひたすら誤魔化す。まさか終盤に来てバレるとかになったら情けないどころの騒ぎじゃない。こんなところでバレるわけには…

 

 

 

 

 

「うぎゃああああ!出たァァァァ!!!」

 

 

 

 

へっ?

 

 

何が起こった…?

 

 

 

 

「ヒィィィ!目がない!!

ぎゃあああ!なんかヌルヌルに触れられた!!

ウワァァァ!日本人形!!

アァァァァ!水木しげる大先生!!」

 

 

…この声って、殺せんせー?もしかして…

 

 

「殺せんせー、結局自分で楽しんでいるんじゃ…」

 

「祟りか…?」

 

「…え?」

 

「もしかして祟りじゃねぇか?洞窟を好き放題使ったから、誰かの怒りに触れたんじゃ…」

 

「……えっと…」

 

 

コレ…ヤバい事になって来たんじゃねぇか?洞窟の中にいる俺たちも危ないんじゃ…

 

 

ーーポン

 

 

肩を叩かれたような感触がした。正確には肩に手を置かれた感触だ。

 

ソーッと後ろを向いた。俺の思い違いであって欲しいと思いながら。

 

 

 

けどやっぱり現実というものは、期待とは別の展開になってしまう。

 

 

 

 

 

般若

 

怖い顔をした鬼の事だ。

 

 

その般若の顔が俺の目の前に現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぎゃあああああああああああああああ!!!!」

 

 

 

今の声は多分大声だった。けどそれを気にする余裕は無かった。目の前で起こっている事態に対して冷静に考える余裕もない。

 

 

「ごめんなさいごめんなさい!粋がっててごめんなさい!本当はお化けメチャクチャ怖いんです!矢田がいたから強がっていました!神さま仏さま女将サマァ!お願いですからお助けくださいィィィ!!!」

 

 

 

座り込んで頭を抱えながら謝罪の言葉をならべる。こうなった以上は神頼みしかない。

 

 

 

 

「やっぱり怖いの苦手なんだね〜」

 

 

 

……へ?

 

 

この声って……

 

 

 

 

 

 

恐る恐る後ろを振り返る。よく見ると俺がみた般若は体がある。しかも俺たちと同じジャージを着ている。

 

 

 

 

 

 

声と服装、そして体型から1人の男が浮かび上がった。俺はその浮かび上がった男の名前を言う。

 

 

 

 

 

 

 

「…カルマ………?」

 

 

 

 

 

「大当たり〜。まぁ仮面をかぶっている事ぐらいは見ただけで気づいても良かったと思うけどね」

 

 

ソイツは顔を手で掴む。そして般若の仮面が取れた。仮面が取れた顔は思った通りカルマの顔だった。

 

 

 

 

「まさかこんな仮面が使える時が来るとはね〜。一応準備していて良かったよ」

 

 

 

嬉しそうな顔をしてやがる。カルマは手持ちのバッグに般若の仮面を入れた。あのバッグは確かあのからしとかわさびとかが入っていた奴だ。って言う事はアレはいたずら用の小道具が入っているのか。

 

 

 

「…カルマ、テメェ…!」

 

「そう怒んないでよ。ちょっとからかっただけだし」

 

 

からかっただけとかよく言えたな。そんな気持ちで鼻にからしをぶち込んだりしているのかよ。

 

 

「っていうか奥田はなんでそこで見てるんだ」

 

「…えっと、カルマくんが学真くんを見て『ちょっとからかうからまってて』と言われたので…」

 

 

なんだその意味不明な理由は。それを聞いて止めようと思わなかったのか。思わなかったんだろうな。奥田だし。

 

 

「それじゃ先に行ってるからね〜」

 

「あ、お疲れ様です…」

 

 

カルマと奥田は先に進んで行った。その時のカルマは『あー面白いモノ見れた』とでも思っている様子だ。あの野郎覚えておけよ。

 

落ち着きを取り戻して矢田のいる方を見る。

 

「…アレ?」

 

その時に違和感に気づく。矢田はなんとなくボーッとしていた。困っているというよりも呆然としているというか…心ここにあらずという感じだ。

 

一体どうしたんだ。何か気になるような事でもあったのだろうか。けどいま起こったのは俺とカルマの会話くらいだと思う…

 

 

 

あっ……

 

 

 

 

『ごめんなさいごめんなさい!粋がっててごめんなさい!本当はお化けメチャクチャ怖いんです!矢田がいたから強がっていました!神さま仏さま女将サマァ!お願いですからお助けくださいィィィ!!!』

 

 

 

 

もしかして…

 

 

 

 

 

ドン引きしている…?

 

 

 

 

 

そうだ。そういえばそうだ。カルマの会話で気にしてなかったけど、ビビりまくっていた俺は情けない言葉をベラベラと言ってしまった。

 

あまりにも滑稽な俺の姿を見てドン引きしたのなら辻褄が合う。

 

そして俺に落胆したんじゃ…

 

 

 

 

 

 

 

うん…

 

 

 

 

 

 

 

ヤバい。

 

 

 

 

 

 

どうすれば良いんだ、オレ……

 

 

 

 

========

 

学真の推測には、1つ大きな間違いがある。それは『学真の姿を見て落胆した』と言うところである。

 

矢田が呆然としているのは間違ってない。もっといえばそうなった原因が先ほどの学真のセリフである事も間違ってない。

 

 

しかし、矢田が感じた事とは別の解釈をしてしまった。決して彼女は学真に落胆していない。男が怯えまくっている姿は情けなく見えるかもしれないが、それは見る人によって変わる。特に矢田はそれぐらいで落胆しない。

 

 

 

矢田が印象に残っているのは1つのフレーズである。

 

 

 

『矢田がいたから強がっていました』

 

 

 

これは矢田がいた事で学真が見栄を張ったという事である。つまり学真が矢田を特別に意識していたと言う意味にもなる。

 

その時の学真は恐怖心でいっぱいになり、贖罪の言葉として言っただけなのだが、そう言う意味にも聞き取れ、矢田はかなり戸惑っていた。

 

 

 

 

その事実を、学真は全く理解していなかった。

 

========

 

 

 

…とにかく、多分この肝試し大会はもう終わる事になる。ここでずっと居続けるのも問題だ。

 

 

「…おい、矢田」

 

「…えっ、うん…なに!?」

 

 

声をかける。流石に聞こえなかったなんて展開は無かったみたいだ。

 

 

「とにかく戻ろうぜ。多分この肝試しも終わりそうだし…」

 

「あ、うんそうだね!じゃあ行こっか!」

 

 

 

先に進もうと提案したら、矢田はそれに従ってくれた。少し慌てているようだけど、そんなに俺から離れたいのか?

 

 

 

いや、待て。

 

 

人が通る場所と言ってもここは足場がいい訳じゃない。思いがけないところに岩があったり滑りやすい坂があったりする。そんなに慌てたら転んでしまう。

 

 

「あっ!」

 

 

…思った通り、矢田の体制が崩れた。坂道で足を滑らせたみたいだ。

 

こんなところで転んだら怪我をしてしまう。俺は急いで倒れる矢田を掴んだ。

 

 

《ガシ!》

 

 

なんとか間に合ったみたいだ。矢田が倒れるより前に支えることが出来た様子だ。俺も一緒に滑る事無く矢田を上手に掴んでいる。…とにかく一件落着だな。

 

 

 

「うえっ!!?」

 

 

 

…え?今の声どちら様…?

 

 

「………学真くんに…矢田さん……」

 

 

少し前の方に2人いた。杉野と神崎だ。2人ともコッチの方を見てビックリした状態で固まっている。一体何を見たんだ?別におかしな事は無かったと思うけど…

 

 

 

アレ、ちょっと待てよ。

 

 

いまの状態をまとめてみる。

 

 

俺がさっきやったのは矢田が倒れそうになるのを防いだ。ここまでは問題ない。

 

俺はどうやって彼女が倒れるのを防いだか。それは抱えるようにして支えた。服を掴むのは危ないしこの足場では腕を掴んだだけでは意味がないと思ったからだ。だから腕で矢田を抱えるようにした。

 

滑って前に倒れそうになったところを背後から腕を回して抱える。すると手はどこに行くのか。それは体の前の方だ。

 

そしてさっき俺は『掴んだ』と言った。彼女が倒れるのを防いだのならせいぜい『止めた』もしくは『抑えた』と言うのが正しい。けどいま俺の手は確実に何かを掴んでいる。体の前に手を回して何を掴んだと…

 

 

 

 

おいちょっと待てよ。

 

 

 

 

嫌な予感が頭の中に浮かぶ。考え直しても今の状況で納得できる答えはそれしかない。

 

 

 

 

そう、俺が掴んでいるのは…

 

 

 

 

 

 

矢田の胸だった。

 

 

 

 

 

「…………っっっ!!?!?!?」

 

 

矢田が驚愕しているのが分かる。さっき感じていた雰囲気とは打って変わり激しく動揺している様子だ。

 

 

サーッと頭の中が真っ白になっている。何も考えられない状況と言うのだろうか。思考できない。謝罪の言葉も出てこないどころか思いつきすらもしない。

 

 

 

 

「ぃ……」

 

 

 

張り詰めた緊迫感が爆発するような感じがする。膨らんでいる風船が爆発しそうになる瞬間のイメージが近い。俺はその爆発する瞬間を見た気がする。

 

 

 

 

「いやあああアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 

 

 

 

顔に強い衝撃と、ゴンという鈍くて大きな音が脳に響く。矢田の後頭部が顔に思いっきり当たったのだと理解した。

 

意識が霞んで行く。どうやらダメージが限界を超えたらしい。…2回目も同じ経験をするとは思わなかった。

 

 

 

せっかく治療してくれた人に謝ってから、俺は意識を手放した。

 

 

 




ラッキースケベとはこういう奴なんだろうなと思った今日この頃。

さて、原作ではこの後烏間先生とイリーナ先生の話でしたが、あの話はカットします。そっちの方が話が作りやすいので。

というわけで、以上で暗殺リゾート島編は終了です。作者的にもこの話は結構好きなので色々とオリジナルストーリーを加えながら作りました。

次回はオリジナルストーリーです。とは言っても5話くらい短い話を載せるだけになると思いますが。気がつくと夏休み編もあと僅か。残りの夏休みではどのように過ごしていくのか。

次回も是非お楽しみください。


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第84話 謝罪の時間

暑い日が続いております。こういう時に夏の始まりを感じますよね。ただし暑すぎると外に出る気も失せるのも事実でございます。私も家でずっと過ごしています。意味のない夏休みにはしたくないですね。


というわけで夏休みがそろそろ終わりそうな学真くんたちの話です。今回からしばらくはショートストーリーを挟んで行きます。どうぞお楽しみください。


=======

 

夏休み終盤。大きなイベントが終わり、夏休みが始まった頃のモチベーションが無くなり始める頃である。脱力感とダルさにより何もしたくないという気持ちを持ち始める。夏休みの宿題が大量に残っていたとしてもそれをやる気にはならない。ただダラダラするだけの時間になる。

 

暗殺旅行と言うE組の大きなイベントが終わり、2学期を待つばかりとなったこの期間。E組の学生である浅野学真。彼はいま自分の部屋で…

 

 

 

隅っこで膝を抱えたまま時間を過ごしていた。

 

 

 

 

=======

 

 

 

 

「…おーい。いい加減に元気出せよお前」

 

 

杉野が隅っこで座っている俺に声をかけてくれる。なんて優しいお方だろうか。彼はきっと神に違いない。

 

 

「ちょっと待て!色々とおかしくなってねぇか!?」

 

「ああ、おかしいのは承知している。俺はもうダメだ。三途の川が見える」

 

「ここはお前の部屋の中だっての!!頼むから意識を取り戻してくれ!」

 

杉野は相変わらずツッコミが上手いよな。友人として尊敬するよ。

 

 

 

「…何アレ、漫才?」

 

「面白いし、ほっといていいんじゃない?」

 

 

その様子を渚とカルマが覗いている。正確にはカルマはテレビゲームをしているからコッチを見てはいないのだが。

 

 

 

 

 

 

=======

 

 

暗殺旅行が終わり、生徒はそのまま家に帰ろうとする。この後は2学期を待つのみだ。夏休みの宿題を終わらせたり思う存分遊んだりして過ごすことになる。

 

そんな中1人だけ明らかに元気が無くなっている男がいた。その男こそ浅野学真である。暗殺旅行の最中に比べて明らかに元気がない。周りの生徒も気になっていた。

 

友人の異変に違和感を感じていた杉野は後日彼の部屋に訪れる事にした。渚とカルマを連れて部屋に来る。そして彼の部屋に入ることが出来た。

 

だが見ての通り彼は意気消沈している。お菓子を出したりテレビゲームの準備をしたりとしているので全く動かないと言うことはないが、やる事が無くなると隅に行ってジッとしているのである。

 

 

=======

 

 

 

「いや…来てくれた事は嬉しいんだけどよ…どうしても落ち込んでいる状態からは抜け出せなくて…」

 

「おう…自分から話してくれるとは思わなかった」

 

 

杉野たちに今の俺の状態を伝える。さっき言った通り俺はかなり落ち込んでいる。これじゃダメだと思っているんだけど切り替える事が出来なかった。

 

 

「…やっぱり、あの肝試しが原因か?」

 

 

杉野の質問にうなづいて答えた。

 

それは間違いない。

 

 

俺は矢田の胸、更に言えばその膨らみを鷲掴みしてしまった。女性の胸を鷲掴みするというセクハラをしてしまい、恥ずかしさと申し訳なさでいっぱいになる。

 

矢田は間違いなく怒っているだろう。胸を掴まれたわけだし当たり前なんだけど。

 

 

「でも…学真くんは悪かったと思っているみたいだし、謝れば矢田さんは許してくれると思うけど…」

 

 

渚が最もらしい事を言ってくれた。誠心誠意を込めて謝罪すれば、矢田なら許してくれるだろう。

 

 

帰るときまで俺はそう思っていた。

 

 

 

「いや、俺もそう思ってたんだけどよぅ…いざ謝ろうとして矢田の前にいこうとしたら…逃げられるんだ。それもダッシュで」

 

 

 

矢田は俺を見た瞬間に逃げ出してしまう。明らかに俺を避けているって事だ。顔を見るなり振り返ってダッシュで逃げられる。その時のショック、なんとも言い難いものだった。

 

 

「さ、避けられてる…?」

 

「多分だけど…矢田は俺の顔を見るのが嫌なんだ。そりゃ女の胸を触るような変態野郎には近づきたくないだろうけどよぅ…」

 

「…学真くんって落ち込んでいる時はとことんネガティブになるね」

 

 

ネガティブとかそんな事言ってる場合かよ…

 

この後どうすれば良いんだ。学校が始まれば、嫌でも矢田と会う事になる。そうするとかなり気まずくなる。そんな中で暮らす学校生活なんて耐え切れる訳ない。

 

 

《ピンポーン》

 

 

「…?誰か来たみたいだな。俺見てくるよ」

 

「おう、頼む杉野」

 

 

杉野が玄関に向かう。部屋に残っているのは俺とカルマと渚だけだった。

 

 

「それでどーしたいの?学真は」

 

 

カルマが当然の問いかけを出してきた。結局俺は何がしたいのか。俺自身もよく分からなくなっているし、周りから見るともっとおかしく見えるんだろうな…

 

 

「…謝罪したい。こんな感じで関係が微妙になるのは嫌だ」

 

 

矢田とは仲直りしたい。アイツに限らずE組のみんなは良い人だ。できればみんなと仲良く学校生活を暮らしたい。その気持ちは間違いない。

 

けど1つ問題がある。矢田に謝るきっかけが作れない。会えば避けられるしそもそも矢田に会う機会もない。全く作戦が思いつかなかった。

 

 

「じゃあしてくれば良いんじゃない。一応電話番号は知っているんでしょ?」

 

「うっ……」

 

 

…そうか。電話という手段があった。そうすれば謝罪の言葉を言う事は出来そうだ。

 

けどそれで良いのか?謝る時は顔を合わせてするものだと思っていたから…なんか違和感がある。電話で謝るだけで済んでいい話だろうか。

 

 

まぁいまは緊急事態だからその方が良いと言う事なのかもしれないけど…

 

 

 

《バァン!!》

 

 

 

 

へ…?

 

 

 

 

「い、今のって…銃声……?」

 

 

 

渚の言う通りだ。いま聞こえたのは間違いなく銃声だ。それも殺せんせーを暗殺するような銃じゃなくて本物の…

 

しかも、音がしたのは扉の方だった。

 

 

まさか…

 

 

 

「杉野!!」

 

 

 

玄関に通じる扉を開ける。リビングにいたから扉を開ければ玄関が見える構造だ。

 

そして見えたのはバッタリと倒れる杉野と…

 

 

 

黒いスーツを着た男だった。

 

 

 

 

 

 

 

「…フン、口答えをするからそうなるのだ」

 

 

 

スーツの男は銃をしまった。コイツ、まさか杉野を撃ったのか…?

 

 

 

 

「テメェ…!何者だ…!」

 

 

 

 

男を睨んで問いかける。杉野に銃を発砲するなんてふざけた事をしやがって…!

 

 

 

 

「人は『龍帝』と呼ぶ」

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

…………ハ?

 

 

 

 

 

 

「数多の悪代官を刑務所に送り、数多の犯罪者に裁きを与え、人の世界に平穏をもたらす。我が名は『ブラキオス』!通称ブラキ刑事だ!」

 

 

 

 

 

……

 

 

この鬱陶しい口上と話し方とダサいネーミング…

 

 

 

 

 

 

 

 

「…黒崎、だよな……?」

 

 

 

 

「…………ッ!!」

 

 

ピシッと固まり始めやがった。図星かよ。

 

 

 

 

「し、知らん!そんな男の名前は!我が名はブラキ刑事だ…」

 

「…何やってるの?黒崎くん…」

 

「…こ、このブラキ刑事の邪魔をすると言うのなら、公務執行妨害で…」

 

「最近の刑事ドラマにでもハマった?」

 

「…………」

 

 

あ、言葉を失った。

 

 

倒れている杉野を見ると、ピクピクしているが怪我をしている様子はない。銃弾なんかどこにも無かった。

 

って事は、音だけだったみたいだな。爆音と緊張感でショックで気絶したと言うところか…

 

 

「なんだ?今の音は…」

「もしかして銃声だったんじゃ…」

 

「ぬっ…!民間人が集まってきただと…?なぜ…」

 

「いやお前のせいだよ」

 

 

結局何がしたいんだよコイツ。正直コイツの1人劇場とか見たくないから早いところどこかに行って欲しいんだが…

 

 

 

「チッ…こうなったら手っ取り早く要件を済ませる…!」

 

「…?要件…?」

 

要件ってなんだ?

 

 

「浅野学真!キサマをこのブラキ刑事の名の下に連行させてもらうぞ!」

 

 

 

……はぁ!?

 

 

「おいちょっと待て!何の話だ!」

 

「…質問に答える暇はない!サッサと行くぞ!」

 

「いやおい!ちょっと待て!!」

 

 

一生懸命止めようとしたけど、黒崎は俺の話を全く聞かずに俺を担ぎ始める。結構力がありすぎて俺は手も足も出せなかった。

 

 

「おいコラァァ!!俺の話を聞けぇぇぇい!!!」

 

 

 

全く説明もされないまま、俺は黒崎に連れて行かれた。

 

 

 

 

 

 

 

黒崎が学真を連れて行ったところを、渚とカルマは後ろでただ見ていた。学真を助けなかった理由は、目の前で起こっている事に理解が追いついていないからと言うものと、別に気にする必要ないかと割り切っているものだった。

 

 

「杉野…大丈夫?」

 

 

渚はとりあえず廊下で横になっている杉野に話しかけた。その声に杉野は意識を取り戻す。

 

 

「うう…何だったんだよ…」

 

 

頭を抑えて、頭が無事である事を確認する杉野。彼もかなり混乱している様子だった。

 

 

「と、とにかく…何があったのかを教えてくれない?さっき黒崎くんと一緒にいたみたいだけど…」

 

 

渚の問いかけに、杉野はハッと何かを思い出したかのような表情になる。

 

 

すると突然杉野がしゃべり始めた。

 

 

 

「おい!何なんだよアイツ!!」

 

 

 

かなり興奮しているみたいであり、杉野はかなり大きな声が出た。あまりにも大きかったためカルマは耳を塞いでいる。

 

 

=======

 

 

杉野が扉を開けた時である。

 

 

扉を開けると黒いスーツを着た男がいた。髪はローションで思いっきり固めており、サングラスをかけている。ぱっと見ガラの悪い不良にしか見えなかった。

 

 

「おい坊主…浅野学真を出せ。中に居るはずだ」

 

 

男が突然学真を要求してきた。その瞬間杉野は構えた。まさか学真に何かしようとしているのではないかと。そう考え、素直に男の要求に従わなかった。

 

 

「学真を呼び出して何をするつもりだ」

 

 

杉野は尋ねた。学真に何の用だと。

 

 

男は黙っている。杉野の質問に対して何と答えるつもりなのか、杉野は警戒しながらその様子を見ていた。

 

 

 

やがて男は話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うるさい!!」

 

「えぇ!!?」

 

 

 

 

うるさいと短く言われ、腰から拳銃のようなものを取り、杉野に向けて発砲した。

 

 

《バァン!!》

 

 

 

大きな銃声。杉野はいま撃たれたと思い込み、そのまま意識を失った。実を言うと大きな音を鳴らすスイッチを押しただけなのだが…

 

 

=======

 

 

 

「質問にも答えねぇわ銃みたいなもので発砲してくるわ…メチャクチャじゃねぇか!!黒崎って奴は話を全く聞かないのかよ!」

 

 

杉野が言う事は最もである。話を全く聞かないで発砲するなんて事は正気の沙汰じゃない。完全におかしいと渚もカルマも認めていた。

 

 

 

「まぁ…黒崎くんは予定が狂ったら力押しで突破しようとするし…」

 

「いわゆる脳筋という奴だね」

 

「ロクな友達いねぇな!!」

 

 

 

限度を超えるスケールのデカさに、杉野は絶句する以外の行動は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

話を全くしてくれない黒崎に連れて来られたのは公園だった。時間的にもう遅いから誰もいない。ガランとした公園だ。

 

 

 

その公園で何故か俺は木に縛りつけられていた。

 

 

「…おい!いい加減話せよ!なんで俺はロープで縛りつけられているんだよ!」

 

「フン、これ以上危険な事をさせないためだ」

 

「じゃあお前も縛られろよ!!」

 

 

結局なんだと言うんだ。ろくすっぽ説明もしてくれねぇし。

 

 

「その状態でしばらく待っていろ。俺はここから離れる」

 

「ハ!?こんな状態のままでいろと言うんですか!!?」

 

「では」

 

「オイ!ちょっと待て!!」

 

 

 

……あの野郎、どこかに行きやがった。

 

 

 

 

冗談じゃねぇぞ!!何が嬉しくて公園で縛り付けられなければならんのだ!

 

遅いから誰もいないと言ったけどそれは公園を使っている人の話だ。通行人はいるんだぞ。これはアレか、公開処刑か。

 

何とかしてこの縄を解かないと…もし知り合いにこんな姿を見られたら…

 

 

「あ…えっと……」

 

 

え…?

 

 

そ、その声って……

 

 

 

 

 

「…が……学真くん…………」

 

 

 

 

……あぁ…

 

 

「矢田……」

 

 

 

 

 

 

 

終わったァァァァ!!アッサリ知り合いに見つけられたァァ!!しかも何でよりによって矢田に見つけられちまうんだァァ!!

 

 

 

もうダメだ…おしまいだ…生きていけるはずが無い…俺は死ぬんだ…

 

女子の胸を触るというセクハラ行為に加え、真夜中に木で縛られる嗜好に走ったと言う人間に思われてしまった…2学期ではゴミのような目で見られる生活になってしまう。あぁ、今にして思えば1学期の時に不審な目で見られていたのもいい思い出だったな…

 

 

「あ…そ、その…違うの!!その…学真くんがそうなったのは…私が原因というか…」

 

 

え……?

 

 

 

 

 

少し前。リゾート島から帰ってきた時の事である。

 

帰り道で矢田は浮かない顔をしていた。

 

 

「桃花ちゃん。大丈夫…?」

 

「あ、うん……」

 

 

一緒に帰っている倉橋にも心配される。倉橋から見ても矢田の様子はおかしかった。

 

そしてその理由にも心当たりがある。神崎から与えられた情報がその理由では無いかと思った。

 

 

「…学真くんに胸を掴まれたんだっけ?」

 

 

矢田の顔が赤くなる。改めてその話を聴くと恥ずかしい気持ちが出てしまうみたいだった。

 

 

「不慮の事故だったんだけど、ね…学真くんは全然悪くないんだけど…」

 

「けど?」

 

「凄く気まずい」

 

 

やっぱり…と言っているような顔を倉橋はしている。不慮の事故とはいえ胸を触られて、一悶着あったのだからそうなるのも仕方がないのかもしれない。

 

 

「この件は終わらせようとしても、いざ学真くんを見ると恥ずかしくなって…つい逃げてしまう」

 

 

矢田の気持ちは凄く分かるのだが、このままではまずいのは明らかである。しかし会うだけで恥ずかしくなってしまうと出来る事があまりにも無いようにも思える。困っている友人のためにどうしたらいいんだろうと倉橋は考え続けていた。

 

 

「浅野学真がどうした?」

 

 

突然声をかけられた。声のする方を見ると、椚ヶ丘中学校3年D組の生徒、黒崎裕翔が立っていた。

 

 

「あ、黒崎くん」

 

「リゾート島旅行は終わったみたいだな。それで、何かあったのか?」

 

 

期末テスト前のテスト勉強会で既に面識がある3人はそれなりに話す機会があった。特に倉橋は黒崎とメールアドレスの交換も済ませている。

 

矢田は黒崎に今までの経緯を説明した。胸を触られた件は流石に倉橋に説明してもらったのだが、殆どの話は伝えた。

 

 

「…ほう、なるほど…」

 

 

肩書きや強弱を基準に物事を判断しない黒崎には、学真には悪いところがない事は上手く伝わった。

 

 

 

そう、思っていた。

 

 

 

 

「話の風上にも置けないな。女性の体に触れ、あろう事か謝罪の一言も無しとは」

 

「………え?」

 

 

戸惑いを矢田は抱えた。完全に学真が悪いと認識されているみたいだ。不慮の事故である事は伝えたのだが。

 

 

「そういう事なら俺も手伝おう。ここから向こうに進んだところに人気がない公園がある。そこに学真を連れて行く。もちろん逃げられないようにする」

 

「あ、いやだから学真くんは…」

 

「フッ…心配はいらない。スマートに完璧にあの男を連れてきてみせる」

 

 

矢田の話を全く聞かないで黒崎はどこかに行ってしまった。その場で立ち尽くしている矢田は、頭の中が真っ白になっている。

 

 

「…どうする、桃花ちゃん」

 

 

倉橋に言われてどうしようかと考えたものの、黒崎に言われた公園に行く以外の選択肢は無く、矢田はそのまま公園に向かった。

 

 

 

 

 

「…と、いう事があって」

 

 

 

ふむふむなるほどね。つまり矢田のために俺をここに連行して来たというわけか。

 

いやふざけんじゃねぇぞ!!色々とおかしいだろうが!!

 

まずあの野郎矢田の話を全く聞いてないじゃねぇか!頓珍漢な解釈をして変な返事をしやがって!『心配はいらない』じゃねぇよ!お前は気にしろよ!

 

そしてこれのどこがスマートだ!!刑事のコスプレで一悶着あった上に公園で縛り付けるって!俺は脱獄した凶悪犯か何かかよ!

 

 

あの野郎覚えておけよ…

 

 

 

「そ、その……」

 

 

 

矢田がどうすれば良いのかが分からずに困惑している。まぁこの状況でやるべき事なんてそんな簡単に分かるはずもない。

 

 

「矢田…」

 

 

ここは俺が助け舟を出すべきだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえずコレ解いてくんね?腕が凄く痒いんだよ」

 

「あ!う、うん…」

 

 

まずは縄を解いてもらった。木に縛られたせいで固定されていた腕が物凄く痒い。掻くことも出来ないしそれどころか話を進めることも出来ない。

 

 

「あぁ…嵐のような出来事だった…」

 

 

 

漸く自由になれたよ。わずか数分だけでこんなに辛いもんなんだな。ガムテープで硬く拘束された上にカルマの拷問を受けた殺し屋の凄さを身を以て知った気がする。

 

 

さてと…

 

 

 

「矢田…」

 

 

声をかけたら今度は矢田は逃げようとしなかった。まぁさっきまで色々とあったから、今度は逃げようとは思えなくなっているのかもしれない。少し卑怯な気もするけど、今のうちにしておくべきだ。

 

 

「…この前はすまなかった。お前に嫌な思いをさせてしまったな」

 

 

頭を下げる。漸くこの言葉を言うことが出来た。謝罪と言うのは口に出して言わないといけない。それは鉄則と言えるものだ。

 

 

 

「…ううん。学真くんは悪くないから。私もごめん。少し恥ずかしくって…」

 

 

良かった。許しは得られたみたいだ。怒られるかもしれないとタカをくくっていたけど、杞憂だったようだ。

 

 

「大丈夫だ。そりゃ気まずいだろうし、逃げたくなるのも仕方ねぇよ」

 

 

一安心して話す。少し気持ちよくなったせいか清々しい気分になった。

 

 

「ところで学真くん…」

 

 

…ん?

 

 

「どうした?」

 

「あの…えっと……」

 

 

…矢田は何か困っているみたいだ。もしかして何か言いたい事でもあるのか?

 

けど矢田は焦っている。落ち着かない状態で考えようとしても上手くいかないだろうな。

 

 

「慌てなくて良い。ゆっくりで大丈夫だぞ」

 

 

落ち着かせようとして矢田にそう話した。ゆっくりでも大丈夫と言えば、少しは落ち着くと思ったからだ。

 

矢田は少し落ち着きを取り戻したようだ。そのせいか頭が働くようになり、少しずつ話してくれた。

 

 

「……えっと、肝試しの時…」

 

 

……………

 

 

「えっと…肝試し……?」

 

「うん。洞窟の中で肝試しをした時の事なんだけど…」

 

 

…マジか。肝試しの話が出てくるとは思わなかった。出来ればあの話はもう忘れたいんだが…

 

 

 

「その時さ…学真くん言っていたよね。…私がいたからって…」

 

 

……ああ…そういえば言った。矢田がいたから強がってましたって。

 

カルマに仮面で驚かされていた時にパニクって口に出してしまったんだっけ。

 

 

「それって…どういう意味なのかなって……」

 

 

うぅ…あの言葉の意味と来たか。いや、正直意味があったわけじゃない。クラスメイトが近くにいたから強がっていたのも事実だし、贖罪のつもりで言っただけなんだ。

 

 

「…恥ずかしかったんだよ。怖がりであるのを知られるのが。幻滅されると思ったから」

 

 

一生懸命言葉を選んで話した。言葉を選んでと言っても嘘はついていない。

 

 

「そっか…うん、そうだよね……」

 

 

俺の答えを聞いて矢田が呟いた。なんか落ち込んでいるようにも見える。

 

 

「終わった〜?」

 

 

 

……倉橋…?

 

 

 

「そうか。お前もさっきまで一緒にいたんだったな」

 

「うん。さっきまで黒崎くんと話してたんだよ」

 

 

なるほど。ここにいないなと思っていたら裏で黒崎と一緒にいたのか。

 

 

 

「その黒崎はどこだ?」

 

「もう帰っちゃった。用事があるとか」

 

 

…チッ。帰ったのかよ。1発文句を言いたかったのに。

 

 

 

「桃花ちゃん、仲直りは済んだ?」

 

「う、うん…」

 

「それじゃ、また明日からいつも通りだね」

 

 

相変わらず明るいな。見てて凄い和む。倉橋ってこういう時に気持ちを楽にしてくれるよな。

 

 

まぁともかくこれで全部終わったみたいだ。倉橋の言う通り明日からはいつも通りにギクシャクする事なく過ごせる。

 

 

 

 

 

 

そう、いつも通り…

 

 

 

 

 

「バイバーイ、またね」

 

「…じゃあね。また学校で」

 

 

「お、おう。またな」

 

 

 

 

公園で倉橋と矢田が帰っていった。俺はその様子を後ろから見守っていた。

 

 

 

そして2人の姿が見えなくなった時、俺も自分の家に向かった。

 

 

 

 

 

帰り道

 

 

 

俺は少し考え事をしていた。

 

 

 

それはさっきの矢田の反応だった。

 

 

 

『そっか…うん、そうだよね……』

 

 

 

あの時矢田は少し落ち込んでいるようにも見えた。何か嫌なことでもあったんだろうか。それともまだ何か困っていることでも…

 

 

 

 

 

 

いや、違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

本当は

 

 

 

 

 

 

 

 

自分を特別視していなかった事がショックだったんだろう。

 

 

 

 

 

 

『矢田がいたから強がっていた』の意味を尋ねて、その答えは『怖がりである事を知られるのが恥ずかしかったから』だった。それはつまり矢田とかは関係なく他の人でも同じだったと言うことになる。

 

 

 

それで少しだけショックだったんだろう。

 

 

 

 

 

 

分かっていたんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

矢田が俺に好意を持っていた事は。




矢田さんの気持ちには気づいていたみたいです。学真くんはそれにどう向き合っていくのか。この夏休み回の最期のテーマになっていきます。それでは次回もお楽しみにしていてください。


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第85話 病院の時間 2限目

前回謝罪の時間を投稿したわけですが、私から皆さんにお詫びをしないと行けないことがあります。感想欄で言われたのですが、少し妙な食い違いが起きていました。自分の文章力の無さが原因です。そのせいもあり過去の話を少し訂正しています。とは言っても話の流れが大きく変わるわけではありません。


分かってはいたんだ。

 

 

矢田が俺の事を意識していたのは。

 

 

 

俺は鈍感ではない。寧ろ()()()()視線は気付きやすいんだ。今まで軽蔑するような目で見られることばかりだったからだと思うけど。

 

 

 

特に……

 

 

 

『あの時の学真くん…カッコ良かったから……』

 

 

 

 

 

 

あの言葉を聞けば、どんなに鈍感だったとしても気づく。カッコ良かったという言葉を使ったと言う事は、そういうことだ。

 

 

 

 

月日が経つごとにそれは確信になった。ときどき矢田の行動がそう言う事を裏付ける事になっていたから。

 

 

 

 

でも…

 

 

 

 

 

 

『さよなら、学真くん』

 

 

 

 

 

 

俺は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多川の父が経営している病院に来ている。俺はいま医者に診てもらっている最中だった。

 

 

「とりあえず順調だ。あと2週間ぐらいはそのままで様子を見る事になる」

 

 

眼帯のようにガーゼをつけられた状態で医者から説明をされる。2週間って、夏休みが終わる頃ぐらいか。残りの夏休みはこのまま暮らす事になるみたいだ。

 

 

「決して無茶はしないように。若いと言っても無茶は禁物だから」

 

「はい。気をつけます」

 

 

医者から説明を受けて治療室から出る。そこには待ってもらっていた渚たちがいた。

 

 

「どうだった?」

 

「このまま様子見だと。まぁ怪我をしたところが目だし慎重にした方が良いんだろうな」

 

 

一緒に来ていたのは、渚と杉野、奥田、そして竹林だった。

 

みんなでここに来た理由は2つある。1つは、俺の目の怪我の診察だ。まぁいまの様子を見ればそれは分かるだろう。

 

けど本命は違う。俺の怪我はついでみたいなものだ。…いや大したことないという訳じゃねぇけど、今回は大事な用事が別にある。

 

 

「さて、それじゃ案内するよ。霧宮くんのところに」

 

「ああ。よろしく頼むぜ、多川」

 

 

多川が俺たちを連れて病院の奥に入っていく。病院の奥には入院用の部屋がたくさんある。

 

 

俺たちの本当の目的は、ここに入院している霧宮の様子を見るためだ。

 

リゾート島でグラトラとか言う集団と戦った霧宮は、治療のために一足先に東京に帰った。そしてそのままこの病院に行ったみたいだ。

 

 

今日は霧宮の様子を見に来るためにこの病院へ足を運び、ついでに俺の怪我の検査をしたような感じだ。先に行っても良いとは言ったけど、みんな揃って俺を待ってくれたみたいだ。

 

 

「ここだよ。この部屋に霧宮くんがいる」

 

 

霧宮のいる部屋の前にたどり着いた。扉の横のパネルには霧宮の名前が書かれている。

 

霧宮が扉を開け、俺たちは部屋の中に入る。カーテンのようなものでベッドを囲んでいる。

 

カーテンを開いて中の様子を覗く。そこには布団に入ったまま本をを読んでいる霧宮の姿があった。あの本は…侍の物語か。

 

 

「思っていたよりは元気そうだな」

 

「元気ではない。思うように体が動かなくて失敗した」

 

「…ああ、暗殺(しごと)の話か」

 

 

アイツ来たのか。道理で問題集がたくさんある訳だよ。

 

いい加減に国家機密であるという自覚を持って欲しい。変装も全くなってないしおかしな行動を取るから、周りから変な目で見られているんだぞ。

 

 

「退院はどれくらいだと?」

 

「…1ヶ月後だそうだ」

 

「と言うことは、2学期が始まってしばらく経った後か」

 

 

まぁ、そうなるか。あの怪我の治療は1週間2週間で終わるようなものじゃないだろうし、1ヶ月とかぐらいかかってもおかしくない。

 

 

「それじゃ俺は用事があるから」

 

 

多川は部屋から出た。用事が何なのかは知らないが、恐らく父親のところに行ったとかだろう。

 

 

とりあえず好都合だ。

 

 

いまこの部屋には霧宮と俺たちしかいない。多川がいたから詳しい話は出来なかったが、アイツがいないから暗殺の事とかが話せる。

 

 

 

「霧宮…」

 

「分かっている。俺の見解を話そう」

 

 

霧宮も察してくれたみたいだ。俺たちが来た本当の理由も理解してくれたみたいだ。

 

ここに来た本当の理由は、ウィルスにかかっていたみんなを誘拐しようとしていた奴らの話を聞くためだ。奥田や竹林からは大体聞いているし、殺せんせーからも気にしなくても良いとは言われたが、どうしても聞きたかった。

 

竹林と奥田がいるのもそれだ。2人ともあの現場を知っている以上放っておくことはできないみたいだった。

 

 

「戦闘していた時だ。メンバーの1人が『付属品が抵抗するな』と言った」

 

 

付属品、か…

 

 

「…殺せんせーの、て事か?」

 

「恐らく。目的が殺せんせーだった以上はその可能性が高い」

 

 

なるほどね。俺たちE組の生徒はあくまで殺せんせーの付属品と認識しているわけか。鷹岡みたいに俺たちにも目的があるとかではなく、ついでに近いと。

 

 

「烏間先生から聞いたが、奴らはテロリストらしい」

 

「俺たちも聞いた。いま政府が取り扱っている問題の1つだと」

 

 

烏間先生からある程度の話は聞いているみたいだな。それならその話をする必要はないみたいだな。

 

 

「す、すみません…あの時一緒にいたのに力になれなくて」

 

 

奥田が話し始めた。あの時同じ場所にいながら助ける事が出来なくて申し訳なく思ったみたいだ。アレはしょうがないとしか思えないけど。

 

 

「良い。寧ろ出てこなくて助かった。足手まといが増えたらどうなっていたか分からなかった」

 

 

…あ、足手まとい、か…

 

 

「おい、それはちょっと失礼だろ」

 

「下っ端ではあったがそれなりに戦闘経験がある。奥田も竹林も来たところで戦力にはならない。そう判断したから部屋の中にいさせた」

 

「お前…」

 

 

やれやれ。

 

多分霧宮(コイツ)は自分の考えている事をそのまま口に出しているんだろう。足手まといと言ったのは意地悪とかじゃなく、本当にそう思っているという事なんだろう。

 

 

たまにいるけどな。悪気もなく自分の気持ちを率直に言うタイプ。

 

 

「まぁまぁ、とにかく無事で良かったよ」

 

 

渚の言葉で邪悪な雰囲気が無くなった。

 

良かったよ。渚がいてくれて。このまま険悪な状態になっていたかもしれない。

 

 

「…とりあえずはそれを喜んだ方が良いだろう。仲間を1人失わなくて済んだしな」

 

「…そう、だな。被害がない事を喜ぶべきか。あの日で俺は死んでいたかもしれないし」

 

 

とりあえずはひと段落ついた。過ぎた事をゴチャゴチャ言っても仕方がない。この話はこの辺りで終わらせた方が良いだろう。

 

 

「早く治せよ。しばらくの間一緒に動けないわけだからな」

 

「そうだな。肝試しがあったみたいだが、参加出来なくて残念だ」

 

 

いやそれは残念に思う必要は無いと思う。まぁコイツはビビりそうにないよな。逆に幽霊を斬ろうとするかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば…学真がセクハラをしたと聞いたが、それは本当か?」

 

 

 

 

 

………ハ?

 

 

 

 

 

 

 

「…おい、それどこ情報だ」

 

「少し前にカルマが来て、その時に知った。その時の写真も見せられたのだが…」

 

 

 

…あ…っ、あの野郎…!

 

 

何余計な情報を教えてやがるんだ。

 

 

 

 

しかも写真があると言うことは…

 

 

 

帰ったフリして見てやがったのかよ!

 

 

 

 

 

 

「…それは誤解だ。というより事故だ。セクハラとかでは断じてない」

 

「…そうか。そのように覚えておく」

 

 

覚えておくって…セクハラではないとだけ認識してくれればそれでいいんだけど。けど説明したら余計にややこしくなりそうだな。

 

 

「大変だったのは事実だからな。コイツその後しばらく落ち込んでいたし」

 

「えっ…そうだったんですか…?てっきり仲直りしたと思っていたんですけど…」

 

「まぁ色々あってね。仲直りするまでに結構時間がかかったんだ」

 

 

コイツら…なんでその話ばかりしやがる。当事者がその話を聞くと凄く変な気分になるんだけど…

 

 

 

 

それからしばらくの間霧宮と話をして、俺らは病室から出た。思ったよりは深刻ではなかったから安心もしたし、これならしばらく経てば霧宮も学校に来れるだろう。

 

病院の出口に差し掛かる。病院から出るなら出口を通るのは当然だし、そこで何か起こるとは思っていなかった。

 

 

 

「おーい、学真」

 

 

 

その声は病院の方から聞こえた。振り向くと多川が来ていた。

 

 

 

「…どうした?」

 

 

何か用があるのかと思い、要件を尋ねる。

 

 

「いやちょっと悪いけど、ちょっとついて来てくれない?」

 

「…いま?」

 

「そう。直ぐに終わるから」

 

 

…すぐに終わるというなら、ついていった方が良いんだろうな。一緒にいた杉野たちの方を見ると、俺の言いたい事を察したようにうなづいた。

 

そして俺は多川の後ろをついていきながら、病院の奥の方に移動していった。

 

 

 

 

 

多川に連れていかれたところは、会議室という部屋だった。病院関係者のみが集まって会議をする場所というところだろう。

 

 

扉を多川が開けてくれて、部屋の中にはいる。会議室というだけあってあまり物が置かれていない素朴な内装だ。

 

 

そして部屋には俺と多川と…もう1人いた。

 

 

 

「連れて来ましたよ。彼が浅野学真くんです」

 

 

「ああ、そうか」

 

 

 

椅子にもたれかかるように座っていた男は、多川の紹介を聞いた後席を立った。

 

 

さっきまで座っていたから気づかなかったけど、結構高いな…2メートルぐらいはありそうだ。渚が見たら羨ましがるんだろうな。

 

そんで身長だけじゃなく髪も長い。男ではあるんだけど、髪はロングという奴だ。ボサボサと言うわけじゃなく、キッチリ整えられている髪が肩のあたりまで伸びている。

 

 

 

「ほうほう…間違いねぇな。髪の色はちょっと違うが、()()()と同じ目をしてやがる」

 

 

俺の方をジロジロと見ながら男が呟いている。観察でもしているんだろう。すごく気持ち悪いからやめてほしい。

 

 

「…あなたは誰ですか?」

 

 

埒があかないと思い、とりあえず名前を聞いた。まだ名前を知らない状態ではなんの話もできるわけがない。

 

 

「おお、そうだったな。まだ名前を名乗っていなかった」

 

 

…なんか適当な男だな。リゾート島のホテルで会ったアクロもかなり適当な男だったけど、コイツもコイツで酷い。アクロは余計な事ばかり話しそうな男だったけど、この男は大事な事を言わない感じがする。

 

 

「俺の名前は金宮 白蓮(はくれん)だ」

 

「…金宮…?」

 

「…何か思い出した事があるか?」

 

 

 

待てよ。聞き覚えがあるぞ。その名前。それも歴史の教科書に載っている人物の名前を覚えているとは違って…何というか、体がその名前を覚えているというか…反応しているような…

 

 

「…あのデパートのオーナーか?」

 

「おう。いつも利用して頂きありがとうございます」

 

 

…そうだ。俺が割と使っているあのデパートの経営者…あの名前が金宮だ。デパートの中でその名前をよく目にしているし、新聞でも取り上げられていた。しかも俺はその名前を別の男から聞いている。

 

 

「…あの時、矢田を連れ去ろうとしていた奴の…親か」

 

 

1学期の時だ。

 

デパートに買い物に行った時に、矢田は1人の男に迫られていた。その男が金宮だった。俺たちの1つ上の男で、矢田に好意を持っていたアイツは矢田を捕まえようとしていた。その時たまたま通りかかっていた俺がアイツを止めようとして…とんでもない事をしてしまった。

 

金宮はあのデパートの経営者の息子と言っていた。ということは経営者であるこの男はアイツの父親と言うことになる。

 

 

「…何しに来たんだ」

 

 

焦っているせいか、威圧するような言い方になってしまった。

 

あの時金宮はビビリまくって逃げていったと聞いている。多分、トラウマを植え付けられたんだろう。

 

その父親がここに来る理由として真っ先に思いつくのは、落とし前をつけに来た、というものだ。息子が酷い目にあったとしたら、親がする行動はその原因に何かしらの形で仕返しをすると言うのが多い。

 

 

「ピリピリするなよ。詫びに来たんだ」

 

 

俺を制しているように手を前に出しながら、金宮の父は口を開けた。

 

 

「…は?」

 

 

予想とは違う返答に、頭の中に疑問符が浮かんだ。

 

 

「アイツのやった事は部下から聞いたよ。女を連れて行こうとしてお前をボコったんだろう?だからお前には謝らないといけないと思ったんだ」

 

 

…いや、確かにその通りだ。さっき親は仕返しをする事が多いと言ったけど、息子に非がある場合、相手に謝りに行く親もいる。

 

けど、それにしてはおかしい。謝りに来たと言うならおかしいところがいくつかある。

 

 

「…なんでいま?それに、なんでここで?」

 

 

まずなんでいま謝りに来たのかと言う事だ。もし謝りに行くならその事件が起きた直後に来る筈だ。あの事件が起きてから1ヶ月以上は経っている。あの話についてはもう考えてすらいない話だ。

 

しかもなんでここに謝りに来たんだと言う事だ。俺の家が分からないにしても、金宮は俺と同じ椚ヶ丘にいるわけだから、学校に謝りに行けば良いはずだ。なんで病院に来たのかが分からない。

 

 

「ここのところ忙しくてよ。しばらく時間が取れなかったんだ。漸く時間が出来たと思ったら、どこか遠くの島に行ってしまったらしいし、謝りに行けるタイミングが掴めなかったんだよ」

 

 

忙しかった…まぁそれもそうか。デパートのオーナーぐらいになると予定が結構入っていてもおかしくはないか。

 

 

「それで今日が謝りに行けるタイミングだったと言うわけか」

 

「あぁ。お前が病院に行くと聞いたからな。少し前に来てここの院長に頼んだんだ」

 

 

…それで院長の息子である多川が案内してたと言うわけか。それにしても病院に『謝罪する場所を取ってくれ』と頼むのはなかなかシュールだな。それで病院の人が貸してくれたのも事も問題だけど…

 

 

「なんで俺が病院に来ると分かったんだ?」

 

 

…ふと気になった。なんで今日俺が病院に来る事を知っていたんだと。その情報を手に入れる事って普通は出来ないと思うんだが…

 

 

「…お前の親父から聞いたんだよ。今日この病院に来るってな」

 

 

……は?

 

 

なんでそこで親父が出て来るんだ?

 

 

いや、確かに親父は知っている。この病院に行くために必要な費用を請求しに行ったから。

 

けどなんでコイツは親父に聞いたんだ?親父のところに話をしに行こうとする親はなかなかいないし、そもそもいま学校に行っても親父は居ないんだが…

 

 

「なんで親父から聞いているんだ」

 

「そりゃお前、中学の頃の同級生だったからだよ。いわゆるダチって奴」

 

 

……マジかよ。

 

 

ここに来て、親父の友達と来たか。

 

 

 

「夏休みが始まる頃に学校に行ってアイツに会ったら、E組は南の島に行くからそれまでは会いに行くのを控えてくれと言われたんだよ。その時にお前に会う日を決めたは良いんだが、その日に限ってお前は病院に行くと来た。他の日に変える事が出来ないから、仕方なくここの病院を借りて貰ったというわけだよ」

 

 

…なるほど。どうしてこの日この場所を選んで来たのかというよりも、この日この場所にしか時間が無かったというわけか。

 

それにしても親父の友達とは…仕事の関係者なら何人も会った事があるけど、友達とかは会った事がない。あまり知り合いも紹介されなかったし……

 

 

 

「おい、まさかと思うけどここの院長もアンタの…親父の知り合いだったりするのか?」

 

「察しが良いな。アイツも俺らと一緒にいたよ。3人で一緒にいた時代が懐かしいね」

 

 

予想通りか。なぜ病院が謝るための場所を用意してくれたんだろうと思っていたんだけど、知り合いと言うなら納得はできる。

 

ていうか親友構成エグすぎねぇか?理事長にデパートの経営者に院長って…恐ろしい経歴のグループが出来上がったよ。類は友を呼ぶ理論?

 

 

 

「ウチのバカ息子が迷惑をかけた」

 

 

金宮の父親は、俺に向かって頭を下げた。適当な男というイメージがあったけど、その謝罪には誠意がある。

 

なんというか…思ったよりもマトモだったな。あの男の父親だからそう思わなかったけど…

 

 

「別に言い訳をするつもりはないけどな…俺とか女房が家にいないから、アイツはずっと1人だった。だから淋しがっているんだと思う」

 

「…それで矢田をつけ回していたと?」

 

「一緒にいてくれる奴が欲しかったんだろう。できれば許して欲しい。責任はいくらでも取る」

 

 

責任は取ると言われても困る。それは望んでいない。俺が望んでいるのは、もうこれ以上矢田に接触しないで欲しいという事だ。

 

けど、もしアレが淋しさの現れだとするなら、それを止めるのも酷な気がする。

 

 

「…二度とあんな事しないと誓うなら、別に良い」

 

 

これで許すのは甘いと言うのかもしれないが、迷惑な事をしないと言うのならそれで良かった。何かされたとしても、反省したのならそれで良いし、それ以上の事を要求するのは気が引けた。

 

 

「俺はそれで良いが、それとは別に矢田には謝れよ」

 

 

それはそれとして矢田に謝ってもらう事にする。俺が許したからと言って済む問題じゃない。アレの件で1番嫌な思いをしたのは矢田だ。ソイツに謝らない限りは解決とは言えないだろう。

 

 

「ああ。分かったよ」

 

 

ひとまず了解はしてくれた。まぁここで断るような事は無いだろうけど。

 

携帯を取り出して矢田に電話をする。この部屋なら電話しても構わないと多川に言われたから問題ない。

 

 

『はい。矢田です』

 

「矢田。俺だよ、学真だ」

 

『あっ…学真くん』

 

 

矢田が電話を取った。俺だと分かったとき、少しだけ言葉に詰まっていたな。

 

 

「もし時間があるなら、俺たちがよく行く公園に来てくれないか?ちょっと大事な用事があるんだ」

 

『えっ…』

 

「…矢田?」

 

『…うん、大丈夫。今から行ったら20分くらいだけど…』

 

「オーケー、俺もそれぐらいに行く」

 

 

携帯を切った。矢田があの公園に着くのは20分と言ってた。ここからあの公園に行くのは…せいぜい15分。今から出発すればコッチの方が若干速く着くだろうな。

 

…それにしても、一瞬矢田が動揺していたな。声をかけるまで反応が無かったし、一体何があったんだろうか。

 

 

「それじゃ行くぞ。俺を待ってる友人がいるから、そっちに話をしてからになるが」

 

「あぁ。分かったよ」

 

 

そう言って俺と金宮の父親は部屋を出た。矢田の待っている公園に行くために。

 

 

 

 

 

 

 




金宮という男を覚えているでしょうか。今回はその父親を登場させました。次回は矢田とその男を会わせる話になります。


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第86話 模索の時間

暗殺教室の2次創作でありながら恋愛小説として楽しめるようにこの小説を作っているわけですが、そもそも私は恋愛系統の小説やドラマをあまり見たことが無いことに改めて気づきました。知識が少ないながらも精一杯作ったわけですが違和感を感じるかもしれません。それでも『作者頑張れ』という気持ちで見ていただけると助かります。


病院を出てから13分後に公園にたどり着いた。公園には遊んでいる子どもがいるが矢田はいない。思った通り俺たちの方が先に着いたみたいだ。

 

 

「矢田が来たら、まず俺が話をする。そこから謝罪しろよ」

 

「分かったよ。さっきみたいに疑われる目で見られるのはゴメンだ」

 

 

…まぁそりゃそうだろうな。あの時は説得が大変だった。

 

病院から出る時の話だ。渚たちと会って、今から公園に行くと話をしたんだけど、そこで何をするのかを説明する時に面倒な事になった。

 

今からする事を説明する為には、当然あのデパートで起きた事件のことを話さないと行けない。そしてここにいるメンバーの中にはあの事件の事をよく思っていない奴がいる。

 

ここにいる金宮の父親は、あの事件を起こした男の父親である。そうするとかなり心配された。主に杉野から、コイツと一緒に居て大丈夫なのかと言われたし。

 

そしていまなんとか説得し終わってここにいる。なんで俺が説明してからになったかと言うと、ここでいきなり矢田にコイツと合わせたら怖がらせてしまうかもしれないと思ったからだ。矢田はあの事件の被害者だし、その事件を起こした男の父親と知ったら、落ち着こうとしてもなかなか上手くいかないんじゃないかと思う。

 

だから俺が最初に説明をすれば、少しは落ち着くんじゃないかと考えた。あの事件の当事者が大丈夫だと言えば少しは効果があるだろう。

 

 

「…お」

 

 

そうこう考えているうちに矢田が来た。言っていた通り20分で着いたみたいだな。

 

矢田も俺の方に気がついたみたいで、俺のところに来た。そして俺の後ろにいる金宮の父親を見て少し警戒している。

 

 

「えっとだな。まず俺が呼んだ理由を説明するけど…」

 

 

予定通り説明を始める。あのデパートの事件について話をして、ここにいる男が金宮の父親である事を説明する。

 

思った通り、矢田は金宮の父親を更に警戒していた。あからさまな敵意は見せなかったけど、少し怯えているような目になっていた。

 

 

「大丈夫だ。一応俺と話は済んでいる。コイツはお前に謝りに来たんだ」

 

 

矢田に大丈夫である事を説明する。納得してもらえたようで少し落ち着き始めた。

 

 

「あんたが矢田 桃花だな。俺のバカ息子が迷惑をかけた」

 

 

金宮の父親が矢田に頭を下げている。とりあえずはこれで矢田に謝らせるという目的は達成された。後は俺がいなくても大丈夫そうだな…

 

 

「えっと…その、大丈夫です……」

 

 

……ん?

 

矢田の様子が少しおかしい。なんかマズい事でもあるんだろうか。

 

そういえば…電話の時もおかしかったな。いつもに比べてぎこちないというか、とにかく困っている感じだった。

 

 

「詫びとしてお前ら2人にサービスする。一万円以下なら1回だけ俺が商品をやる事にする」

 

「…そんな事突然言われても、欲しいものなんて…」

 

「別に今日じゃなくて良い。これでもケジメのつもりだ。コレに電話してくれれば、俺が話を済ませておく」

 

 

金宮の父親からカードみたいな物を渡される。これって…名刺か?この男の名前が書いてあるし、裏には電話番号が書かれている。これに電話しろということか。

 

 

「…まぁとりあえず、矢田は許したみたいだし、もう帰っても良いんじゃないか」

 

 

もう終わらせても良いと思い、金宮の父親に言った。特にこれ以外にやる事なんてないし。

 

 

「…これで良いのか?」

 

「…矢田はこれで良いか?」

 

「あ、うん……」

 

 

ひとまずこの話は無事に終わった。金宮の父親は後ろを振り向く。そのまま歩いて帰るだろう。

 

 

「ああ、そういえば。浅野学真」

 

 

すると何か思い出したように話しかけてきた。

 

 

「お前は、自分の親父をどう思っている?」

 

「親父…?」

 

 

聞かれたのは、親父の事だった。その質問は割と困る。どう思ってると言われても、あまり思う事がないし。

 

 

「…化け物だと思う。力も性格も、親父の事はあまり理解出来ない」

 

 

なんとか答えをひねり出した。間違ってはいないと思う。まぁ本物の化け物はE組校舎にいるんだけど…

 

 

「なるほどね」

 

 

それだけを聞いて金宮の父親は行ってしまった。結局何がしたかったんだ。さっきの質問も意味がわからないし…

 

 

「あの、学真くん……」

 

 

あっ、いけね。矢田の事を放ったらかしにしていた。

 

 

「すまなかったな。アイツ今日しか時間が取れないと言っていたから、なるべく今日のうちに済ませたかったんだよ」

 

「…うん、大丈夫……」

 

 

矢田は少しビックリしたのかもしれないな。突然来てくれなんて言われて困っただろう。

 

 

「じゃあ、またね」

 

 

矢田は俺に手を振って、そのまま向こうの方に行こうとしている。このまま帰るつもりだろう。

 

 

やっぱりおかしい。

 

 

特に体とかに変化があるわけじゃないが、今の矢田は元気が全く無い。去ろうとしている後ろ姿も、かなり淋しそうに見える。

 

考えてみれば、さっきからかなりぎこちなかった。電話の時もそうだった。

 

 

何かあるんじゃないか。

 

いま矢田は何か抱えていて、それを打ち明けずにいるんじゃ…

 

 

「おい、矢田」

 

 

向こうに行こうとする矢田に声をかける。矢田は進もうとする足を止めて俺の方を向いた。

 

 

「お前、どうしたんだ?今日かなりおかしいぞ」

 

 

矢田からの反応はない。動かずにしばらく止まっていた。けど、表情が少し硬くなったのが見えた。

 

やっぱり何かある。

 

 

「だ、大丈夫…なんでもないから」

 

 

矢田は何も言わずにそのまま行こうとしていた。このままだと矢田は打ち明けずに立ち去ってしまう。

 

急いで矢田の近くに行き、肩を掴んで矢田を止める。

 

 

「嘘をつくなよ」

 

 

矢田は俺の方を見て困惑しているようだ。まだ言いたくないんだろうか。

 

 

「お前が何を言おうと、今日はおかしい。話している様子も変だったし、いまもそうやって逃げるように行こうとしている。いつものお前だったらあり得ないんだ」

 

 

あまり抱え込んで欲しくないと思っている。俺の罪をみんなに打ち明け、受け入れられた時は気持ちが軽くなった。みんなと支える力の大事さをあの時始めて感じたんだ。だから1人で抱える事がとても辛い事であると、この時の俺はシッカリと記憶している。

 

 

「言いたくないんだったらそう言ってくれ。そうやってただ嘘をつくだけだと…」

 

「そんなに気にしてるんだったら……」

 

 

俺が話しかけている時に、矢田が話し始めた。さっきまでの途切れ途切れになっている話し方と違い、ハッキリと聞こえる…

 

 

「なんで気づいてくれないのよ!!」

 

「………えっ?」

 

 

突然の大声で気が緩んだ俺は、矢田を掴んでいる手の方も力が緩んでいた。勢いよく俺の手を払いのけて、矢田はそのまま向こうの方に歩いて行った。

 

 

「気づかず…?」

 

 

1人取り残された俺は、さっき矢田が言っていた事をもう一度振り返る。

 

結局聞きたかったことは聞けなかった。けど、さっきの矢田の言葉は、気持ちが含まれていたような気がする。怒っているようで、結構悲しい気持ちが…

 

 

 

「あーあ、矢田さん怒っていたね」

 

 

 

…え?アレ?

 

 

 

「…なんでお前がいるんだ、多川」

 

「いや最初からずっと一緒にいたよ」

 

 

…そうなの?

 

全然気づかなかったんだけど。金宮の父親と一緒に病院を出た時も、公園で矢田を待っている時も、多川の存在に気づかなかった。こいつ、もしかしてスパイ並みに監視力が高いのか?

 

 

「ちょっと気になってね。こうなるんじゃないかって」

 

「…お前はこうなる事が予測できていたということか?」

 

「うん。冷静に考えてみれば分かると思うよ」

 

 

簡単に言ってるけど、俺には全く分からない。矢田に怒られるなんて思ってもいなかったし、その理由も見当がつかない。

 

 

「じゃあさっき矢田さんに電話した時の事を思い出してごらん?」

 

「矢田に電話をした時?」

 

 

そう言われて、病院で矢田に電話をした時の事を思い出してみる。あの時は会議室で、金宮の父親と多川が同じ部屋にいた。

 

俺は矢田に電話していた。金宮の父親が謝りに行くと言っていたから、公園に来て欲しいと。

 

 

「その時君が言った言葉を思い出して」

 

 

その時に言った言葉?なんて言ったんだっけ?

 

確か…

 

 

 

 

 

 

『もし時間があるなら、俺たちがよく行く公園に来てくれないか?ちょっと大事な用事があるんだ』

 

 

 

 

 

 

 

………

 

 

 

 

 

 

イヤ、待てよ。そんなバカな。そりゃ()()()()()()聞こえるのかもしれないけど、いくらなんでも…

 

 

 

でも、もしそうだと仮定したら、さっきから気になっていた事にも説明がつく。

 

 

 

 

まして、昨日は……

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

「気づいたみたいだね」

 

 

 

嘘だろ、オイ。まさか矢田は()()を期待していたのか?それでさっき怒っていたのか?

 

 

 

 

 

 

「その、矢田は……」

 

 

「告白されると思っていたんじゃない?それで実際は違ったから少しショックだったと思うよ」

 

 

マジかよ。

 

忘れていた。昨日のことを。昨日矢田が肝試しの時に言ったセリフの意味を聞いてきた時のことを。その時も矢田は少し悲しそうにしていたんだ。

 

あの時はその理由も察していたと言うのに、金宮関連の話ですっかり忘れてしまった。

 

 

 

それで『なんで気づいてくれないの』というわけだ。

 

 

 

 

「はぁぁ…」

 

 

 

ドカッとベンチに座る。穴があったら入りたいって気分だ。目を隠すように自分の顔を触るととても熱い。鏡を見なくても赤くなっているのが分かる。

 

あまりにも情けない。何も気づかずに矢田を問い詰めていた自分に腹が立ってくる。そのまま自分に勢いよく2、3発殴りたい。

 

 

「それで、どうするつもり?」

 

 

多川の声を聞いて、思考が現実に引き戻される。そうだ。過ぎた事をグチグチ言っても仕方がない。いまするべき事を考えないと…

 

 

「…ひとまず謝る。それで関係が元どおりになるとは限らないけど」

 

「違うよ」

 

 

これからするべき事について話しているところを遮られた。多川はベンチに座っている俺の正面に立っていて、その目はかなり真剣だった。

 

 

「矢田さんの想いに対してどうするのって話。気づいているだろ。彼女がお前に対してどう想っているのか」

 

 

…そういうことか。考えてみれば矢田の弟が俺を矢田の彼氏と聞いている時もいたんだっけ?ひょっとするとコイツも矢田の気持ちは分かっていたんだろうか。それにしても、俺が矢田の気持ちに気づいていた事に気づいていたとは。相変わらず観察力は鋭いな。

 

 

「どうこうするつもりもない。いつも通りにしようと思っている」

 

「…それで満足してるの?本当はそう思っていないでしょ」

 

 

…やっぱりコイツに嘘は通じないか。

 

コイツは他人の気持ちに敏感だ。話している奴が本当はどう思っているのかを高確率で当てる。勘が冴えているのか、それとも心理分析なのかは分からないけど。

 

 

 

「ああ。けど…」

 

「…けど?」

 

「俺には矢田を幸せにする事が出来ない。

 

昔友達だった奴がいたけど、俺は守る事が出来なかった。苦しんでいた時、助けになることができなかった。だから俺にはアイツの隣にいる権利がない」

 

 

俯いて喋っていくうちに、あの時の記憶が蘇った。日沢が死んだあの日のことを。

 

俺は守れなかった。あの時俺がもっとちゃんとしていれば、あんな事にはならなかった。

 

矢田を守る事が出来ない。幸せどころか不幸にさせてしまう。だから俺には、矢田の気持ちに応える事が出来ない。

 

 

「随分最もらしい理由をつけているよね」

 

「えっ……」

 

 

顔を上げると、多川が怖い表情になっている。いつものような爽やかさは全く無かった。

 

 

「そうやって最もらしい理由を出して、自分の感情から目を逸らして満足なの?

 

お前八幡さんに言ったじゃないか。『いま以上の力が必要で、強さが必要だ』って。気持ちから目を逸らしている奴が強くなれる?」

 

「…それ、は……」

 

 

ぐうの音も出ない。確かにその通りだ。俺がやっているのは最もらしい理由をつけて、無理やり納得しているだけ。

 

八幡さんはよく言っていた。『強くなるためにはまず自分の気持ちと向き合うことだ』って。いま目を逸らしているままじゃ強くなれない。

 

それだと変わらない。それが嫌で変わりたいからあの道場で訓練しているんだ。

 

 

「勘違いするなよ。他人の支えになるのに守れる守れないは関係ない。必要なのは守るか守らないかだ。

 

もしお前が守る覚悟が無いんだったら、そのまま怯えている事を勧めるけどね」

 

 

多川は踵を返して立ち去っていく。気がつくと俺ひとりが取り残されていた。

 

分かっている。アイツの言っている事は正しい。俺がやっているのは自分に嘘をついて誤魔化して納得しているだけ。俺が変わろうとしない限り変わりはしない。

 

けど、俺にはその一歩を踏み出す事が何も出来ない。どうしてもビビってしまう。

 

多川にここまで言われたのに、なんて情けないんだろう。

 

 

 

もし、俺にもう少し勇気があったなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この恐怖も何とかなるのかな。

 

 

 

 

 




そろそろ学真の中では答えを出す時期になります。矢田さんとの恋愛に対してどう向き合っていくのか、この夏休みで出す答えに期待してください。


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第87話 再会の時間

いま学校は二学期がもう始まっているんですよね。夏休みが短くなったとか。学校の生徒にも厳しい時代になってきているなと思います。

因みに暗殺教室は8月はまだ夏休みという設定です。なので二学期が始まるのは9月となります。一応念のために…

そんなわけで夏休みがあと1日で終わる暗殺教室のお話です。


何もかもに対してやる気を失っていた。何かしようとしてもダメだと実感したから。そんな時よくこの公園に来ていた。人気も騒がしい音もないこの場所で頭の中を空っぽにする事が好きだったから。

 

何も考えたくなかった。何も感じたくなかった。これ以上苦しみたくなかった。だから俺はここに来た。こうすれば劣等感で苦しむ事は無いと思ったから。

 

 

けど、そうは行かなかった。

 

 

 

あらゆるものを拒んでいた俺の目の前に、アイツが突然現れたからだ。

 

 

 

 

「わたし、日沢 榛名っていうの。ねぇ、私と友達になろう」

 

 

突然俺の目の前に現れたソイツは、とても鬱陶しくて目障りで眩しくて…

 

まさに青空にある太陽のような存在だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………ん?

 

 

 

 

 

 

 

ちょっと待てよ。これって2年前の風景じゃねぇか。なんでこんなのが見えているんだ?

 

 

 

 

 

 

 

もしかしてコレ夢か。

 

 

 

 

 

 

あの日を再現している。これはあれか。いわゆる昔の思い出というやつ。

 

そういえば昔の出来事を再現した夢を見る事がよくあったな。

 

けど今回はいつものとは違うみたいだ。いつも見る夢は日沢の遺書のメッセージが出てくる夢で、いま再現されているのは俺が日沢と出会った頃の出来事だ。

 

なんでこうなるのかは分からない。というか見る夢に理由を探す方が無理だ。今回はたまたまこの夢だったと思うしかない。

 

 

「ねぇ見て。今日の数学の小テスト3点取れたんだよ」

 

「聞いてねぇよ!そんな自慢できる話でもねぇだろうが!」

 

 

日沢が話しかけているところに俺は文句を言いつづけていた。あの頃の俺は曲がりまくっていたから、日沢の気遣いも素直に受け入れようとしなかった。

 

それでも日沢は俺に接しようとしてくれた。日沢は懲りずに、文句ばかり言っている俺に話しかけてきた。

 

だから俺は1人にならずに済んだ。学校に居場所がなかった俺にとって、日沢だけが俺の友達だった。

 

いつしか俺は日沢の隣にいる事を望んでいた。この心地よい暖かさがいつまでも俺の隣に在り続けるように。

 

 

 

「困ってる人を助けれる。それって、リーダーにとって1番大切な事だと思うから」

 

 

それは俺が不良に絡まれていた子どもを助けた時に、日沢に言われた言葉だった。考えてみればこの言葉が俺にとっての一番の励みになったんだ。落ち込んでいた俺にとって、俺の気にしていなかった長所を言ってくれた事がとても嬉しかったから。だから俺は自分に自信を持つようになった。

 

 

「この3人で探してみようよ。僕たちだけの、友達の作り方を」

 

 

そして如月とも出会った。アイツも俺と会ってから仲良くしてくれた。

 

俺たちの関係はここから始まった。俺らはこの日を境に一緒に頑張る事を決意した。俺も少し生まれ変わろうかなと思った。

 

 

 

 

 

 

 

『さよなら、学真くん』

 

 

けどそれは最悪の形で終わってしまった。如月も日沢も幸せになる事はなかった。

 

何しろ俺が2人を不幸にしてしまったから。俺が2人の人生を壊してしまった。

 

 

 

もし俺がこの誘いを断っていたら、この2人は幸せだったんじゃないか。そうすればあんな事にはならなかったんだと思う。

 

過去の事を今更言ったところで何にもならない。この光景はあくまであの日を再現しているだけだ。ここで俺が日沢たちの誘いを断ったとしても何の意味もない。

 

 

「ダメだ」

 

 

 

 

 

 

けど…

 

 

 

 

 

「俺なんかと一緒にいたらダメだ」

 

 

 

 

このままジッと見ているだけの事は出来なかった。

 

 

 

「俺と一緒にいたら、お前らは不幸になってしまう」

 

 

 

日沢の肩を掴んで強く言った。側で見ている如月も戸惑っているようだった。

 

いまこの2人には、俺が少しおかしい奴に見えるだろう。けどそれで良かったのかもしれない。

 

 

 

 

 

あんな目に遭うくらいなら、俺が変な目で見られるだけの方が…

 

 

 

 

 

「そうやって迷わないで人の心配をするところが、学真くんの良いところだよね」

 

 

 

 

 

………え?

 

 

 

 

 

 

「分かっていたんだ。()()()()本当は私の事を心配して言ったんだって。如月くんの事を悪く言われたから怒ってしまったんだけどね」

 

 

 

 

それって…あの時日沢に怒られた時のこと…?

 

 

 

って事は……

 

 

 

「日沢……?」

 

 

 

その瞬間、周囲に若干の変化が起こった。まず日沢の身体が変化していく。少し体が大きくなっていて、顔も少し変わっている。

 

そしてさっきまで一緒にいた如月の姿が無くなる。あの戸惑っていた表情がどこにもない。ここにいるのは俺と日沢だけだった。

 

 

 

これって、もしかして……

 

 

 

 

「久しぶりだね、学真くん」

 

 

 

……嘘だろ。そんな事があるのか?

 

 

死んだ日沢が俺の前に現れるなんて…

 

 

「ちょっと痛いよ」

 

「あ、悪い……」

 

 

肩を掴んでいた手に力が無意識に入っていたらしい。慌てて手を引っ込める。

 

手を引っ込めたあと再び日沢を見た。最後に日沢と会った時と同じ…いや、少し大きくなっているけど、その顔は間違いなく日沢だ。

 

確信と一緒に信じられない気持ちになる。まさかその姿をもう一度見ることが出来るなんて…

 

 

「…日沢なのか…?本当に…?」

 

「本当にも何も、私は私だよ」

 

 

この気楽な喋り方は、間違いなく日沢の喋り方だ。他の同じ顔をした誰かではない。

 

 

 

これはあくまで夢だ。目の前の日沢は幻なのかもしれない。その可能性の方が高いだろう。

 

 

 

 

 

けどいま感じている暖かさは、日沢と一緒にいた時のものだ。

 

 

 

 

 

「はは…」

 

 

気が抜けたんだろうか、思わず笑ってしまった。まさかこんな形でその姿を見る事が出来るとは思っていなかった。

 

もう二度と会うことは無いと分かっていたけど、もう一度だけ会いたいという想いはあった。

 

 

だから目の前に日沢が現れたとき、感情が溢れ出ている気がする。さっきの笑いもそれが理由だった。

 

 

「元気そうだね学真くん。少したくましくなった?」

 

 

俺の様子を見て日沢が語り始める。唐突すぎる話しかけも相変わらずみたいだ。

 

 

 

 

「日沢…俺は……」

 

「言わないで」

 

 

俺が喋ろうとしているところをなぜか遮られた。なんで止めたのかに戸惑っている俺に、日沢は笑顔で語り始めた。

 

 

「学真くんは私のことを心配していただけだったから。学真くんが謝る必要はないよ」

 

 

謝ろうとしていたのを察知されたみたいだ。確かにその気持ちがあった。日沢が死ぬことになったあの事件について。

 

日沢は謝る必要はないと言った。俺はあくまで日沢を心配していただけだからだと。

 

けどそんなことは無い。俺は日沢を助けられなかったんだ。困っている時に一緒にいられなかった、それが俺の罪だ。だから…

 

 

「それに学真くんには感謝しているんだ」

 

 

……は?

 

 

「感謝って…特に何もした記憶は無いんだけど……」

 

 

日沢の言っている事が理解できなかった。感謝と言われても、俺は日沢に何もしていない。感謝されるような事は無かったはずだ。

 

 

「だって…私は1人じゃなかったんだから」

 

「…けど、俺が居なくなってから……」

 

「ううん。それは私のせいなの。私が学真くんを怒ったから」

 

 

それは違う。お前は如月の悪口を言われて怒っただけだ。決して日沢のせいなんかじゃ…

 

 

「そしていま学真くんは今でも私のことを心配してくれている。それがとても嬉しかったの」

 

「心配って…俺はせめてもの罪滅ぼしというつもりだったんだが…」

 

「それでも良かったんだ。こんな私のことを思ってくれている人が居たって事が。もう死んでしまったけど、私は幸せだよ」

 

 

 

 

幸せ…?

 

 

 

いま日沢は…

 

 

 

 

幸せだと…?

 

 

 

「嘘…つくなよ……」

 

 

 

心が崩れてしまいそうだ。触れたら一瞬で粉々になるヒビの入ったガラスのような。

 

日沢の事だから嘘はついていない。それは分かっているけど、本当とも思えない。だって日沢は俺のせいで…

 

 

「幸せなもんかよ…お前は死んだんだぞ!俺が守れなかったから。助けられなかったから…」

 

 

俺の言葉が途切れ途切れになっている。言いたい言葉がまとまらない。

 

 

 

「ほら。そうやって自分で決めつける。それが学真くんのいけないところだよ」

 

「…っ!?なに……を…」

 

 

言い返そうとしたけど、言葉を詰まらせてしまった。俺を見ている日沢の目は真剣で、俺が反論することを許さなかった。

 

 

「わたしが死んだのは学真くんのせいじゃない。わたしが死を選んだのは私の選択だから。私は後悔していないし、学真くんが責任を感じる必要はない」

 

「けど…!」

 

「じゃあ私は学真くんの思い通りにしか動いちゃいけないってこと?」

 

「……っ!」

 

 

…言い返せない。それを言われたら何も言えない。確かに日沢の人生は日沢が決める事だ。俺がどうこうしていいものじゃない。

 

 

「…ごめん。熱くなりすぎた」

 

「……いや、俺も言いすぎた」

 

 

落ち着きを取り戻した。少し熱くなりすぎたみたいだ。少し気持ちを抑える。

 

俺が落ち着くまで待っていた日沢は、途切れていた会話を再び始める。

 

 

「…いつもこうなんだ。私こうやって人と喧嘩ばかりしていたから、友だちができなかったの」

 

 

その話は知っている。一緒にいた時に日沢がよくその話をしていた。それが原因で学校ではいつも浮いていたとも言っていた。だからあの公園で、俺や如月と会っていたんだっけ。

 

 

そういえば、むかしは独りである事を望んでいた。誰かといたらバカにされる事しか無かったから。

 

けど日沢は違う。日沢は独りである事を望まなかった。寧ろ仲間が欲しいと望んだ。だから公園に独りでいた俺にも話しかけてきた。

 

あの時は理解しようとしていなかった。日沢の感じていた淋しさを。

 

もっと仲間と触れ合う喜びを知っていれば、少しは違ったんだろうか。

 

 

「私のことを邪魔にしか思っていない人だけだった。学校に行くのも怖かったよ。如月くんの事を先生に言った時も先生には怒られて…クラスではもっとバカにされるようになった」

 

そう。俺や如月もいなくなった日沢は本当に孤独になった。周りの人からひたすら責められるだけ。そんな辛い生活が続いて、日沢は死を選んでしまった。

 

この時本当は俺が側にいるべきだった。なのに俺は……

 

 

「でも、私は一人じゃない。私がこの状態になっていても、学真くんは私のことを思ってくれていた。学真くんだけは私のことを忘れようとしていない」

 

「……っ!」

 

 

 

…おれ、()()……?

 

 

 

「わたし、学真くんに会えて良かった」

 

 

 

 

 

満面の笑みで日沢は言った。その表情に嘘は全くない。本心でそう思っている顔だ。

 

今度は反論する事は出来なかった。どんな言葉も日沢のそれに対抗できない。

 

 

「俺を責める事はしないのか…?俺を怒ったりしないのか…?」

 

「うん」

 

「こんな、弱い俺でも…お前は良いのか」

 

「当たり前じゃん」

 

 

当たり前とはどういうことだと尋ねる前に、日沢はその理由を答えてくれた。

 

 

 

 

 

「だって、今のあなたが私の好きな学真くんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今の俺が好きであると…俺が全く予想していなかった答えだった。

 

俺には今の俺にそんな魅力があるとは思えない。こんな弱くて頼りない俺が、好かれるところなんて無いはずだと。まして日沢はその被害者だ。そんな事を言えるはずがない。

 

でも日沢は嘘をついていない。もともと嘘はつかない性格だ。だから本気でそう思っているんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強くならないといけない。

 

 

その気持ちでいっぱいだった。兄貴みたいな優秀にならなくて良い。ただ誰かを守れるようになりたいと。

 

あの時思ったんだ。誰かを守るためにはもっと強い人じゃないとダメなんだって。

 

今よりもっと頼れる男になるために、努力を積み重ねてきた。今まで以上に勉強に取り掛かり、戦う訓練も怠らなかった。

 

それでもまだ充分じゃない。まだ誰かを守れる器じゃない。今の俺はまだ未熟だ。そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はっ」

 

 

やっぱり日沢の言葉は理解できそうにない。理由もめちゃくちゃだし、説得力もなければ根拠もない。意味不明というやつだ。

 

 

けど、なんでかな。

 

 

 

 

 

それがとてもおかしくてしょうがない。

 

 

 

 

 

「……勝手に話は進めるし、コッチの都合なんて考えもしない。やっぱりお前はおかしな奴だよ」

 

「ちょ、なんで急にディスるの!?」

 

 

やっぱり日沢は日沢だ。自分勝手だし自由奔放だ。勝手に他人の視界に入り込んで輝かせてくれる。

 

 

 

やっぱりお前は俺にとって太陽の存在だ。

 

 

 

 

 

「…それじゃそろそろ時間だね」

 

 

 

日沢の体が浮き始める。どうやらお別れの時間みたいだな。

 

 

 

「そうか。行くんだな」

 

「うん」

 

 

日沢が上へ上がっているのをただ見ている。俺が日沢を見ているように、日沢も俺の方を見ていた。

 

 

「頑張ってね学真くん。応援しているから」

 

「…ま、応援には応えないと行けないよな」

 

 

はるか上の方に上っていった日沢の姿はもう見えなくなっている。けど遠くからでも明るく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「またな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見慣れた天井が見える。夢から覚めたみたいだ。俺は布団に潜ったままだ。

 

体を起こして暫くぼうっとしている。

 

 

「……え?」

 

 

…ちょっと待て。なんで襖にいるんだ殺せんせー。

 

 

「…不法侵入で訴えてやろうか」

 

「にゃや!なんでバレたんですか!?」

 

「逆になんでバレないと思ったんだよ」

 

 

バレないと思ったらしいけど、黒い体は逆に分かりやすい。なんで保護色にならなかったんだ。

 

 

「ちょっと驚かせようと思ったんですが、仕方ありませんね」

 

 

おいこらなんで俺を驚かせようと思っていたんだよ。俺がホラー苦手であると分かったからそれでおちょくってんのか。

 

 

「ところで学真くん。今日の夜夏祭りに参加しませんか?」

 

「…?夏祭り…?」

 

「はい。今日の夜にあるんです。これから皆さんに声をかけるつもりなんですよ」

 

 

…それ来る人いるのか?突然言われたところで行ける人の方が少ないと思うんだが…

 

それにしても夏祭りか。今日そんなイベントがあったんだっけ。いつも行った事がないから気にしてなかった。

 

そうだな。せっかくだし…

 

 

「行くよ。どうせ今日やる事ないし」

 

「そうですか。それでは今日の夜たのしみにしていますからね」

 

 

殺せんせーは家の窓から外に飛び出して行った。周りの人に見られていなきゃ良いんだけど…

 

 

さて、準備するとしようか。

 

 

 

 

いい加減に答えを出さないといけないし。

 

 




いよいよクライマックスに近づいてきました。夏休み編の最後の難関になります。


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第88話 気持ちの時間

前回の話では、書いているうちに米津玄師さんの『lemon』が頭に浮かびました。学真くんの状況と歌詞がマッチしていたので。やっぱり歌というものは良いものですね。表現に困った時の参考になるんですから。




「ああ。俺のところにも来たよ。俺も行くつもりだ」

 

 

俺はいま外に出て電話をしている。電話先は渚だ。アイツも殺せんせーに夏祭りに誘われたらしい。聞けば回転寿司の店で言われたとか。コッソリ食ってなきゃいいけど。

 

そして渚も参加するみたいだ。突然の誘いに来れるかどうかが怪しかったけど、渚は来れる方だったみたいだな。

 

 

「杉野とカルマはどうなんだ?」

 

『カルマくんはまだ分からないけど、杉野は無理だって。野球があるみたいだから』

 

 

杉野はダメだったみたいだ。それは仕方ないか。地方の野球クラブに入っているし、夏休みはそこで野球をしまくっていただろうな。

 

 

『折角だし一緒に行かない?茅野も来るみたいだし』

 

「そうだな…とりあえず一旦家に帰って準備してから合流するよ」

 

 

時間的にはもうすぐ夕方だ。今から店の準備も始まっている頃だろうし、俺たちも準備をし始めても良いだろう。

 

 

『あれ?いま学真くん家にいないの?』

 

「いやアレだよ。目のやつ」

 

『あぁ、そういえば今日だったね』

 

 

俺はさっきまで病院に行っていた。忘れているかもしれないけど、俺はずっとガーゼを目につけていた。今日病院に行ったら問題なしと判断されてガーゼが取り外された。

 

久しぶりに両目で周りの景色を見ることが出来て少し歓喜しまくっていたけど…

 

 

「じゃあとりあえず暫くしたらまた電話するから」

 

『分かった』

 

 

そうして電話を切った。携帯をポケットにしまって再び家に向かって歩き始める。

 

その時、何かが迫ってくるのを感じた。超特急で、空からこっちに向かって…落ちてきている?

 

 

「って呑気に様子見ている場合じゃ…!」

 

 

慌てて避けようとしたけど、その前に俺に向かって落ちてこようとする物体のスピードが落ちた。そしてそのまま着地しようとしている。地面につく瞬間にその正体は判明した。

 

 

「ここにいましたか。家にいないから探しましたよ」

 

「……家に入ったのかよ」

 

 

俺の前に現れたのは、不法侵入常習犯(殺せんせー)だ。良い加減に部屋を開けるのをやめてほしい。ていうか俺鍵をかけたよな。まさかとは思うけど無理やり開けたのか?触手で変形して『必殺の触手合鍵!』みたいな事をしたんじゃないだろうな。

 

 

「何の用だ?今から夏祭りに行く準備をしたいんだけど…」

 

「あっちょっと待ってください!それどころじゃないんです」

 

 

それどころじゃない?夏祭りに誘ったのは殺せんせーのはずなのに…一体何があったんだ?

 

 

「学真くん。矢田さんと何かあったんですか?」

 

 

………

 

 

え…っ?

 

 

 

「…矢田がどうかしたのか?」

 

「さっき矢田さんを誘った時に学真くんが来る旨を伝えたら…行きたくないと言っていました。何か喧嘩でもしたんですか?」

 

 

嘘だろ…?

 

行きたくないって言ったのか…?

 

原因は、多分公園で矢田を怒らせてしまったことだ。それで会いたくない気持ちになったとかいうかもしれない。

 

ウッカリしていた。あの話はまだ解決していない。本当は直ぐに話を済ませれば良かったんだが、あの時解決しようとせずにそのままにしていた。

 

 

その結果こうなってしまったのか。

 

 

俺のバカ野郎…!

 

 

「どこにいるんだ?」

 

「……話をしてくるんですか?」

 

「ああ。どっちにしても話はしないといけない」

 

 

矢田が行きたくないと言ってしまった原因はなんと言っても俺だ。だから俺が責任を取らないといけない。少なくともあの話には決着をつけないと…

 

 

「…分かりました。それなら先生が連れて行きましょう」

 

「え、いや俺が直接行けば…」

 

「そんな事言っていたら夏祭りが始まってしまうでしょう!最速で話をつけて、矢田さんを連れてきてください!」

 

 

どんだけ来てほしいんだ?ひょっとして思っている以上に来れる人がいなくてショックを受けているのか?

 

そうこう言っているうちに触手に捕まってしまい、一気に連れて行かれる。懐かしいなと呑気に思っているうちに、あっという間に目的地に着いた。

 

 

 

 

我ながらバカだとは思う。殺せんせーが夏祭りに誘ってきた時、断ってしまった。理由は、学真くんだった。それもわたしが原因だ。

 

公園に来てくれと言われた時、そんなはずはないと分かっていた。ここで告白されるはずがないと。

 

なのに期待してしまった。ほんの少しだけ、ものすごく淡い期待を。

 

思った通り、そんなはずはなかった。前に学真くんが問題を起こしたデパートの店長が謝りに来たという事だった。

 

最初から期待しないようにしていたつもりだったのに、ショックを受けてしまった。

 

物凄く情けないと思う。自分で勝手に期待して、自分で勝手にショックを受けて…情けない自分がわたしの中にあった。

 

そしてこんなひどいわたしを、学真くんに見せたくないと感じた。

 

 

ここにいてられないと思い、私はその場を立ち去ろうとした。けど、学真くんが私を引き止めた。ショックを隠しきれていない事がバレてしまったみたいで、学真くんは私のことを心配してくれていた。

 

 

なんでもないから、と言って引きさがろうとしたけど、学真くんはさらに詰め寄ってきた。

 

 

 

もうダメ。これ以上近づかれたら、気づかれてしまう……

 

 

 

『なんで気づいてくれないの!!』

 

 

 

 

…言ってしまった。いま、取り返しのつかないことをしてしまった。

 

 

 

呆然としている学真くんの腕を払って、わたしはその場を後にする。学真くんは追ってこなかった。家に帰ってから、なにもかもにやる気が出ない。

 

 

 

やっぱりダメだ。リゾート島から帰った時から調子が悪い。日に日におかしくなっているのが分かる。

 

 

 

こんな事になるんなら、最初から好きにならなければ…

 

 

 

《ギュオン!!》

 

 

 

「…へ?なに……?」

 

 

突風が吹いたような音がしたかと思うと、目の前に殺せんせーが現れていた。突風が吹くほどの速度で来るのは大抵限られて来るけど…

 

 

「矢田さん。少々時間よろしいでしょうか?」

 

「えっ…良いけど…」

 

 

どうしたのかな?夏祭りの話だったらさっき終わったはずなんだけど…

 

 

「少し彼と話をしてくれませんか?」

 

 

彼…?そういえば殺せんせーの肩に誰かいる…

 

 

「えっ…!」

 

「…よう、矢田……」

 

 

 

ここしばらくの間の記憶がない。気がついたら着いていたみたいな感じだ。殺せんせーの事だから俺に負担がかからないようにしているとは思うけど。

 

さて…とりあえずは矢田の前に来たんだ。ここに来たならやるべき事は決まっている。

 

 

「殺せんせーから聞いたけど、夏祭りに行きたくないと言っていたらしいが、本当か?」

 

 

矢田は俯いて黙っている。困っている様子だし、多分その通りなんだろうな。

 

 

「それって、この前公園で俺と一悶着あったことと関係あるのか?」

 

 

再び黙っている。これも当たりみたいだ。

 

恐らく、公園で俺に向かって大声を出して怒ってしまったから、顔を会わせたくないというところだろう。ここに来た時も一瞬動揺していたのが見えたし。

 

という事は、原因はやっぱり俺だ。

 

だから矢田は夏祭りに参加したくないと言ったんだ。夏祭りに行けば、俺に会う事になるから。

 

だったら俺がどうにかしないと行けない。そんな理由で夏祭りに参加しないというのは…いくらなんでも悲しすぎる。

 

 

 

「今さらこう言うのもなんだけど…すまなかった。あの時、矢田の気持ちを考えずに色々言ってしまった」

 

 

頭を下げる。とりあえずはあの出来事を振り切ってほしい。せめて、俺の顔を見たくないために参加しないという事態を解決したかった。

 

 

「…何がなの?」

 

 

言葉が返ってきた。顔を上げてみると、表情はかなり真剣だった。半端な答えは許さないという感じだ。

 

 

「学真くんは何を謝っているの?わたしが怒ったのが謝る理由なら謝る必要は無いよ」

 

「矢田…?」

 

 

…もしかして、地雷を踏んだ?

 

何故かは分からないけど、謝ったのが裏目に出たらしい。

 

謝り方が問題だったのか?それとも、謝られた事が癪だったとか?

 

 

「わたしは個人的な理由で行きたくないだけだから、学真くんは何も関係ないよ」

 

 

ダメだ。全く分からない。どうしてこうなったのかも。これからどうすれば良いのかも。

 

俺は関係ないと言っているけど、明らかに嘘だ。俺が来るのを聞いてから行きたくないと言ったのを殺せんせーから聞いているし、ときどき目線をそらしているのが嘘をついている証拠だ。

 

けど、それを問い詰めるのはダメだ。あの日と同じ展開になってしまう。ひょっとすると夏祭りどころか、二学期も顔を会わせなくなくなるんじゃないか。

 

これはもう、無理やり来させようとするのは無謀じゃないか?話はある程度したんだし、この状態で来させる方が矢田にとっては嫌なのかもしれない。矢田の言う通りに、これ以上話をしないで終わらせてもいいんじゃないか。あるいは俺が行かなければ、矢田は夏祭りに行くんじゃ…

 

 

『それってさ。逃げって言うんじゃないの?』

 

『そうやって最もらしい理由を出して、自分の感情から目を逸らして満足なの?』

 

 

いや。何を言ってるんだ、俺。

 

ここに来て、なに引きさがろうとしているんだ。俺は矢田を来させるためにここに来たんじゃないか。話をこのまま終わらせたり、俺が来るのを止めたりしても何の解決にもなりはしない。

 

 

「…どうすれば良いんだ?どうしたら、お前は夏祭りに行く気になる?」

 

 

…違う。

 

 

「どうしたらって…夏祭りには行きたくないって…」

 

「だったら、なにがあったらお前は夏祭りに行きたくなる?」

 

 

違う…違う……

 

 

「なにがあっても変わらないよ。わたしは…」

 

「変わらなくはないだろ。何か欲しいものが…」

 

違う違う違う違う違う違う…!

 

 

「やめてよ…!学真くんはなにがしたいの…?」

 

「俺は……」

 

 

俺が言いたいのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前に来てほしいんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

俺がここに来た理由は最初からそれだった。矢田がどう思っているかとか、矢田にとってどうだとかは関係ない。矢田に来て欲しいから…説得に来たんだ。

 

なのに俺はさっきから気を使ってばっかりで、俺の気持ちを言っていなかった。それじゃ何を言ってもダメだ。

 

たった一言、言うだけで良いんだ。そうじゃなきゃ、どんな言葉も空虚だ。しっかり伝えて、その上でしっかり話し合えば良いんだ。

 

 

「……ッ」

 

 

矢田は唖然としていた。まさかそんな事を俺が言うとは思っていなかったんだろう。

 

 

考えてみれば、俺がこういう風に自分の気持ちを言った事なんて無かったし。

 

 

「だから、もし何か欲しいものがあるんなら、時間はないけど準備する。それでお前が行きたくなるんだったら、大した手間じゃない。

 

それでも行きたくないんだったら、俺は諦める」

 

 

…俺の言いたい事は全部言えた。後は矢田の気持ち次第だ。行くのも行かないのも。

 

 

 

 

「…そんなの……」

 

 

 

…へ?

 

 

 

「そんな風に言われたら、嫌って言えないよ…」

 

 

 

うえっ…!?な、泣いて…ッ!

 

 

「うわわ…ご、ごめん!嫌だったか…!」

 

 

急いで謝ったけど、矢田は泣き止まずにいる。…この状態だと答えはしばらく出せないかも…

 

 

「と…とりあえず、俺向こうの方にいるから、気持ちが落ち着いたら、さっきの話の続きをしような」

 

 

とりあえずいまは矢田の気持ちを落ち着かせる方が先決だ。俺がいたんじゃ落ち着かなくなるだろう。俺は後ろの方の曲がり角に行くことにした。

 

 

「…行く」

 

「へっ…?」

 

 

後ろを振り向いた瞬間に矢田の声が聞こえた。そのまま回転して矢田に正面を向く。つまり1回転したというわけだが…

 

 

「わたし、行くから。学真くんが…来てくれって…言うんだったら…」

 

 

…行く、て…?矢田は、そう言ったのか…?

 

 

「い、良いのか…?それが、お前の気持ちなんだな…?」

 

 

コクン、とうなづいた。今度は嘘じゃないみたいだ。

 

 

「…そうか」

 

 

…なんとかうまくいったみたいだ。説得は成功したと言うところか。

 

張り詰めていた緊張感が一気に解けたみたいだ。急すぎて少し混乱はしているけど…

 

 

「じゃあ、また夏祭りの時に…」

 

 

とりあえずやりたい事は終わったんだ。矢田も準備があるはずだろうし、ここで俺も準備しに行った方が…

 

《ガシ》

 

…ん?

 

向こうに行こうとしたら、服を掴まれた。正確には、その袖を…

 

 

「あ、えっと……」

 

 

…どうしたんだ?俺の服を掴んで何がしたいん…

 

 

「一緒に、行こう…?」

 

 

うっ……!

 

 

 

 

涙目で上目遣いは反則だろ…!

 

 

「お、おう…分かった……」

 

 

いつのまにか頭が真っ白になってしまい、単調な返事しか出来なかった。

 

 

 

「『熱烈に誘う男子中学生、涙目の上目遣いにキュン死!』これは良い小説になりそうです!」

 

「死ねタコ!!」

 

「にゅや!?何気に1番鋭い!!」

 

 

考えるよりも先に手が動いてしまった。ひょっとすると体育や訓練の時よりも良い攻撃だった気がする。なるほど、これがゾーンですね。

 

※違います

 

 

 




学真くんが漸く自分の気持ちを言いました。

これが、夏休み編の最後の目標でした。他の誰でもない自分の気持ちを伝えることの大切さというものを学真くんに実感してもらいたかったんです。そのために色々な話を作りました。

さて、次回は夏休み編の最後の話です。次回はいよいよ……




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第89話 夏祭りの時間

長らくお待たせいたしました。


そしてこの89話を以って夏休み編は終了となります。今回は14000字以上という結構長い話です。二話に分けることも考えたのですが、それはそれで勿体ないような気がしたので、夏祭りを一話にまとめております。


それではどうぞ。





『君はまだ自分について理解出来ていない。君の知らない事は沢山あります。君の良いところも、悪いところも』

 

 

少し前に殺せんせーに言われた言葉だ。もともとはゾーンという用語についての話だったんだが、その時にそう言われた。

 

自分について理解できていない、とは文字通りの意味だろう。俺の知らない俺の特徴がまだあるんだと。

 

その日から、俺はその言葉について考え続けて来たけど、なかなか答えが導き出せない。ある程度は自覚しているつもりだったし、まだ知らない長所とか短所とかがあるとも思えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

けど今なら…

 

 

 

 

 

 

 

少し分かった気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ…なんとか集まりました。もし誰も来なかったら先生自殺しようかと思いました」

 

「じゃ、来ない方が正解か」

 

 

街の中では賑わっている雰囲気が漂っている。それもそのはず、ここはこういう雰囲気で楽しむところだ。多少トラブルが起こったりもするけど、全体的に見れば楽しい方だと思う。

 

俺は渚と合流し、みんなで夏祭りを楽しんでいる。遅くならずに済んだし、思ったよりも参加人数が多いし、殺せんせーが元気そうで何よりだ。いっそのこと自殺させた方が地球のためには良かったのかもしれないけど。

 

 

まぁそうは言っても、問題が全くないというわけでもないんだよな…

 

 

後ろを振り返ると、そこには倉橋と一緒に矢田がいる。夏祭りに行く時に、矢田は浴衣に着替えた。海を思わせるような青色の明るい生地に、赤いアサガオのような花が描かれている、華やかというよりも可愛らしい浴衣だった。とても似合っているし、最初見た時は可愛いとさえ思った。

 

そんな彼女は、俺の少し後ろの方にいる。距離を詰めるわけでもなく、むしろある程度の距離を開けられている。今も矢田の方を見た瞬間、少し俯いたし。

 

 

距離を開けられている理由なら、なんとなくわかる。

 

 

少し前に、俺のシャツの袖を掴んで…い、『一緒に行こう?』と言っていた。あの時思わずたじろいでしまったのはいい思い出だけど。

 

けどそれは多分、気の迷いと言うか…思わず口にしてしまったんだと思う。勢いで言ってしまったっていうやつだろう。

 

そんでいま我に返って、改めて自分の言った言葉を思い出して、恥ずかしくなってしまったんだと思う。それで俺の顔を見ていられなくなったんだろうし、距離を無意識に開けてしまっている。

 

 

俺は別に気にしているわけじゃねぇけど、本人はそう思わねぇだろうな。矢田の性格上、気にしないという方が難しいだろうし。

 

 

そんな状態ではあるが、俺は何も言わずにそっとしている。こんな時に下手なフォローは逆効果だと思うし、しばらくは何もしないつもりだ。誰だブーイングしているやつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 

少し気になる人物を見つけた。この人通りの多い中で、ため息をしている。しかも俺はソイツらの事を知っている。そのせいか余計に気になったのかもしれない。

 

 

「千葉、速水。どうした?ため息ついて」

 

 

E組のスナイパーの千葉と速水。ため息をついている2人に俺は声をかけた。

 

2人は大量の商品を抱えている。

 

 

……なんとなく予測がついたが。

 

 

「射的で出禁食らった」

 

「イージー過ぎて調子乗った」

 

 

やっぱりそうか。

 

後ろの店にいる人が泣いているし、そうじゃないかなと思ったよ。あまり遠くない距離で動かない商品に当てるぐらい、この2人には余裕過ぎるだろう。それでバンバン当ててしまって、出禁喰らってしまったというわけか。

 

それにしてもこの2人、あの合宿の時から明るくなっている気がする。いやまぁ分かりづらいけど、前に比べたら少しその傾向が見え始めた。あの時までは訓練以外はあまり何もしない印象があったけど、いまはふつうに遊んでいる中学生だ。

 

やっぱりあの経験が影響しているのかもしれない。それで肩の荷が下りてある意味自分の意思を表に出すようになったみたいだ。

 

相変わらず表情はあまり変わらないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな話をしていると、また別の面倒ごとが起こっていた。

 

 

「おじさんさ、いま俺三千円使って全部6等以下じゃん」

 

 

今度はカルマが、ノートとペンを持ちながらある店の人と話をしていた。

 

その店はくじ引きだった。何本かある糸の中から一本だけ引き、その糸の種類によって決まっている商品を手に入れる事ができる。豪華な商品が当たったり、ティッシュのような商品が当たったりする。

 

そこでカルマと店の人が話しているという事は…

 

 

「残りの糸と商品の数から、5等以上が一回も出ない確率を計算すると、なんと0.8パーセント。ホントに当たりのくじあるのかな?おまわりさんに来て確かめてもらおうか」

 

「わ、分かったよ。金やるから誰にも言うんじゃねぇぞ、ボウズ」

 

「いやいや、金が欲しくて三千円寄付したわけじゃないよ。ゲーム機欲しいな〜」

 

 

……やっぱりねちっこい事をやってやがった。

 

恐らくだけど、あのくじ引きは当たりがない奴だ。商品だけ店先に出しておき、それ目当てでくじ引きに参加した客の参加料で金儲けをしようとする、悪質なやり方だ。

 

それを見抜いたカルマがそのおじさんに脅しかけているわけだ。ノートを使って計算されている以上、誤魔化す事も出来ない。流石すぎる。

 

 

 

 

 

 

「相変わらずそつなくこなすよな、磯貝は」

 

「コツだよ。ナイフを使うような感覚さ」

 

 

金魚掬いでは、磯貝が次から次に金魚を取り出している。水槽の中から金魚が飛び出して磯貝の手のお椀に入っていく、なんともスムーズな流れ作業だ。一緒にやっている前原は網が破けているのに、磯貝の網は破けそうな様子もない。

 

 

「こんなものか」

 

 

タップリとお椀の中に金魚が入ったところで磯貝は金魚掬いを終えた。店の人に金魚を袋に入れてもらい、磯貝はその袋をもらった。

 

因みにその袋の中には金魚がギッシリと詰まっている。おしくらまんじゅうのように詰められていて、とても金魚が入っているとは思えない。あの中だと泳げなさそうだし、むしろ死んでいるんじゃないかとさえ思う。あんなに取って何をするつもりだ?

 

 

「俺んところ貧乏だから、100円で一食分取れるのはありがたいわ」

 

「そうか。…え、食うの?」

 

 

…アレ食うのか。だから沢山取っているわけだ。金魚を食うと言うのはあまり聞いた事がないけど…磯貝にはそれが当然なんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「なんつーか、あっちこっちで荒稼ぎしてるな」

 

「まぁ、暗殺の繊細なところが役に立っているね」

 

 

まさか夏祭りでそれを実感するとは思わなかった。できれば別の機会に感じたかったよ。

 

 

 

 

 

 

「…あ、アレビッチ先生じゃない?」

 

「本当だ。アッチに行こうよ」

 

 

向こうのほうで酒(多分一緒に飲んでいる人に奢ってもらっているやつ)を飲んでいるビッチ先生を発見した。てゆーかビッチ先生は参加したんだな。

 

その姿を確認すると、倉橋と矢田は一緒にビッチ先生のところへ行った。絡まれたりするんじゃねぇか、アレ。

 

さて、どうしようか。矢田たちはビッチ先生のところに行っているし、渚たちはヨーヨー釣りをしているし。ていうかなんだそのスムーズな取り方。入れ食い状態になっている魚釣りじゃないんだから…

 

 

「…ん?」

 

 

適当に周りを見渡すと、嫌なものが見えた。というか、景色そのものが異様な感じなんだが……

 

 

「焼きそばはいかがかね!」

 

「ヘイお待ち!とうもろこし1つ出来上がりました!」

 

「このりんご飴甘くて美味しいですよ〜」

 

「かき氷開店だよ!寄ってけ寄ってけ!」

 

 

「なんだこのタコ集団!!?」

 

 

寄店の至る所で殺せんせーが商品を販売している。恐らく分身だろうけど、異様な怪物のシルエットが一列に並んでいてシュールすぎる。タコが作るたこ焼きってなんか複雑だと思うんだが…

 

 

「なんで店をやっているんだ」

 

「皆さんのお陰で早仕舞いをする店が次から次に出て来ますからねぇ。もう小遣いがないので金を稼いでおこうと思ったんですよ」

 

 

綿あめを貰いながらなぜ店をやっているのかと尋ねたらそう言われた。なるほど、小遣い稼ぎか。いつも月末はかなり苦しそうにしていたし。まぁ調子に乗ってお菓子を大量に買ってまた金が無くなるだろうけど。

 

……他に店は残ってねぇのか?まさかと思うけど、ここの領域は全部殺せんせーが乗っ取ったとか言うんじゃねぇだろうな。

 

 

「……あ」

 

 

少し遠くの方に店を見つけた。あのシルエットは少なくとも殺せんせーではない。良かった、この世に人間はいるんだな。

 

何の店かを知るために近づくと、そこは売店だった。風車やバンダナといった小道具が売られている。なるほど、これは潰せないわな。どこかのお金持ちがすべての商品を購入するとかでない限りは。

 

 

「ヘイ兄ちゃん、なんか買っていかないかい?」

 

「そうだな…」

 

 

 

店の人に誘われて、何か良い商品はないかと探してみる。……言っておくけど全部買うとかはしないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、渚に茅野」

 

「あ、学真くん。どこ行っていたの?」

 

「ちょっと買い物をな」

 

 

ヨーヨー釣りを終えた渚と茅野が一緒にいるところに声をかけた。どうやら俺を探してくれたみたいだ。

 

 

「矢田と倉橋は?」

 

「うーん…まだビッチ先生と話しているみたい」

 

 

マジか…まだ解放されていないのか。酒のせいで長くなっているのか。流石に心配になってくるぞ……

 

 

「渚ー!」

 

「……ん?」

 

 

遠くから渚を呼ぶ声が聞こえる。あの幼い女の子の声、どこかで聞いたことがあるような…

 

 

「あ、優里香ちゃん」

 

「久しぶり!会えなくてちょっと寂しかったよ」

 

 

優里香…?

 

 

あ、そうか。黒崎の妹か。この前一回だけ会ったことがあったな。

 

渚のところに近づいた優里香は、小さい浴衣を着ている。赤がベースとなっているキラキラした浴衣だ。あの頃の年齢ならそういう物を着たくなるだろう。

 

 

「あ、えっと…学真くん?」

 

「おう、あんまり覚えては無かったのな」

 

 

自信なさげに名前を言われたけど別に気にすることじゃ無い。1回しか会った事がない訳だし、俺も最初思い出せなかったんだ。むしろ名前を出してくれただけでもありがたい。

 

そして優里香がここに来ていると言うことは…

 

 

「お前の兄貴は?」

 

「ん?お兄ちゃんならあそこにいるよ」

 

 

優里香が指差した方を向く。そこにはあの黒崎の姿が…

 

 

 

「ちょちょ…待ってくれ……」

 

「お祭りという名の催しを利用する悪い奴め…いまこの場で、悪!即!斬!成敗いたす!」

 

「いや何やっているんだァ!!」

 

 

 

 

 

 

 

えー、色々と分かったから整理していこう。

 

黒崎がいま追い詰めていた男は岡島だ。どうも不審な行動をしていたから取り調べをしていたらしい。まあどこからどう見ても脅迫だったけど、黒崎(コイツ)にとっては取り調べのつもりだったんだろう。

 

 

「…で、お前は何をしていたんだよ」

 

「そんな目で見るな!俺はただ写真を撮っていただけなんだよ!」

 

 

…写真、ねぇ……

 

 

「どんな写真だ?」

 

「そりゃもちろんお祭りの風景をだな」

 

「……良い眺めだったか?」

 

「そりゃもちろん男のロマンが…あっ」

 

「よし、逮捕」

 

 

……案の定そういう写真か。この前のプールの時もそれを狙っていたよな。コイツマジでそういう事しか思考回路が回らない脳じゃねぇか?

 

 

「とりあえずそのカメラは没収だ。データ削除後返却するとしよう」

 

「待ってくれ!消さないでくれよ!やっとの思いで手に入れた俺の夢ェェ!!」

 

 

容赦なくカメラを取り上げる黒崎に泣きついているけど、多分無意味だと思うぞ。コイツに容赦という二文字は無さそうだし。

 

 

 

 

 

 

データがほとんど消されたカメラを返され、岡島はトボトボとその場から離れていった。『俺の夏が…』とか言っていたけど、お前の夏はそれで良いのか。

 

 

「データの中には今日以外の写真も沢山入っていた。お前のクラスにはああいう輩しかいないのか?」

 

「…まぁ、アイツは特別なんだ」

 

 

黒崎の中の俺たちの印象が悪くなっている気がする。とは言っても担任があのタコだし、まともな奴の方が少ないだろうけど。

 

 

「…ところで、その格好はなんだ?」

 

「ふっ、よく聞いてくれたな。先日買ったばかりの新撰組セットだ」

 

「お前もまともじゃねぇだろ」

 

 

黒崎は背中に白色で『誠』と大きく書かれている法被を着ていた。その服から新撰組を意識しているんだろうなとは思っていたけど。模擬刀を持っているのもそれが理由だろうし。

 

それにしてもお祭りに新撰組て…言っちゃあなんだけど雰囲気に合っていないだろ。コスプレをしているという見方もできるけど、年齢が年齢だけにやっぱり不審にしか見えない。コイツには恥というものはねぇのか?無いんだろうな。コイツだし。

 

 

 

 

 

 

「黒崎く〜ん」

 

 

この声は……倉橋か。どうやらビッチ先生のところから帰ってきたみたいだな。

 

 

「…倉橋か。お前も来ていたんだな」

 

「うん。楽しみで来たんだ」

 

 

…相変わらず倉橋が楽しそうだ。本当に黒崎の事を気に入っているんだろうな。

 

 

「あ、陽菜ちゃん!」

 

 

……陽菜ちゃん?

 

 

「優里香ちゃんも来ていたんだ!」

 

 

渚と話していた優里香が倉橋のところに来た。そういえば倉橋の下の名前は陽菜乃だったな。それで陽菜ちゃんというわけか。

 

 

「…優里香は倉橋が気に入ったみたいでな。たまに2人で仲良く遊んでいる」

 

 

倉橋も優里香が話しているところを見ていると、黒崎が口を開いた。そんなに仲が良くなったのか。そこまでは知らなかったけど…

 

 

「……本当は誠もここに来るはずだった」

 

 

…誠?どこかで聞いた事があるような気がするが、今の流れからすると弟か?

 

 

「折角の夏休みだからここで羽を伸ばして貰いたかったんだが…行きたくないと言われた。仕方がないから俺と優里香だけで来た」

 

 

…なんか大変そうだな。優里香はああいう風に明るくしているけど、誠という子はそうでもないみたいだ。

 

両親がいないという話は聞いている。ある意味コイツが2人の親みたいな感じだ。だからこそ誠のことが心配なんだろう。

 

これがいわゆる親心ってやつか…

 

 

 

 

 

 

「…っていうか倉橋。矢田は?」

 

 

ふと気になって聞いてみた。確か倉橋は矢田と一緒にビッチ先生と話していた筈だ。倉橋がここにいるなら矢田もここにいるはずだけど…

 

 

「あ、桃花ちゃんはカエデちゃんたちと一緒にいるよ」

 

 

カエデ…茅野の事か。

 

 

「……それじゃ俺はソッチに行ってるよ」

 

「うん。分かった〜」

 

 

そうして渚と倉橋と黒崎を置いて、俺は矢田のところに向かった。

 

 

 

 

◇矢田視点

 

何だかんだあって参加することになった夏祭り。店のところでお酒を飲んでいるビッチ先生を見つけて、陽菜乃ちゃんと一緒にビッチ先生と話している。

 

 

「あら良かったじゃない。あの子が来ているんなら、今が狙いどきよ桃花」

 

 

分かってはいたけどビッチ先生はテンションがとても高い。お酒が入れば多少はそうなるだろうけど。

 

 

「狙いどきって……その前に学真くんと話せていない」

 

「えぇ!?何でよ!せっかく一緒にいるのに」

 

 

……何でそんな事言われないといけないんだろう。ビッチ先生だって烏間先生に手も足も出ないくせに。

 

 

「……その、恥ずかしくなっちゃって……」

 

 

本音を言うとそう言う事になる。この夏祭りに来る前に…あんな事を言ってしまったせいか、学真くんの顔を見た瞬間にあの時の記憶が蘇ってしまって恥ずかしくなってしまう。そのせいで顔を見ていられなくなってしまった。

 

いまは学真くんが近くにいないから少し落ち着いているけど、もし学真くんがこの場に現れたらと思うだけで鼓動が速くなる気がする。今までも少し変な異変があったけど、今日のは特に変だ。

 

 

「恥ずかしいって……私もあんたたちのせいであんな恥ずかしい事されたんだけど」

 

 

うっ…それもそうだ。

 

南の島に帰る少し前に、ビッチ先生と烏間先生を2人で夕食を取ってもらった事がある。それは2人の距離を縮めるためという目的のために。

 

ビッチ先生の言う通り、みんなに見守られる中2人きりで食事を取ると言うのも恥ずかしかったに違いない。それに参加している以上恥ずかしいからと言う理由が通るはずが無い。

 

 

「それなら桃花。必勝法を教えてあげるわ」

 

「必勝……?」

 

「必勝法……つまり、自分の不安に打ち勝つ必勝法よ」

 

 

不安に打ち勝つ…?つまり不安な気持ちを解消させるって言う事なのかな?

 

考えてみればビッチ先生は、方法が見当たらなくてイライラする事はあるけど、不安で動けなくなる事はない。南の島のホテルの時も、あんな厳重な警備の中を堂々と通ったし。

 

ひょっとするとビッチ先生は不安を紛らわせる術を持っているのかもしれない。

 

もし教えてもらえるんなら……

 

 

 

「脳内で自分の全てをさらけ出していると考えるのよ。具体的には裸になっていると思った方が良いわ。そうすれば恥ずかしさなんて消し飛ぶわよ」

 

「そんな事出来るわけないよ!!」

 

 

……聞かなきゃ良かった。想像上の話であったとしても裸を見られていると思ったら余計に恥ずかしくなる。そんな事出来るわけない。

 

 

「…速くしなさいよ。じゃないと先を越されるわよ」

 

 

……へ?

 

 

「先を越されるって……他に誰か学真くんの事を好きな人がいるってこと?」

 

 

そんな話は聞いていない。修学旅行で気になる男子生徒について話していた時、学真くんの事を恋愛的な意味で好意を抱いている人はいなかった。その後も私の見る限りそんな人はいなかったように見えたけど……

 

 

「そうじゃないけど、この後確実に出て来るわよ。学真の立ち位置から考えればそれは確実よ。学力も高いし、運動もそれなりにこなせる。周りの人間の配慮もできるし、顔の偏差値も高い方。そしてあの理事長の息子と言うことも考えれば、彼目当ての女性が出てこない方が不自然よ」

 

 

 

………!

 

 

 

「呑気にしていたら、学真がそんな女に持っていかれるわ」

 

 

 

 

……ビッチ先生の言う通りだ。

 

 

 

 

学真くんは決してモテないタイプの男ではない。E組に来た時は理事長の息子という立場だったから、E組の中では仲良く接しようとする人が居なかっただけだ。

 

もしそういう距離感が無かったとしたら、彼と付き合おうとする人だっているかもしれない。

 

 

……もしかすると、あまり時間がないのかも。

 

 

 

 

「…桃花ちゃんに、もう少し勇気があったら一歩を踏み出せるのかもしれないね」

 

 

一緒にビッチ先生の話を聞いている陽菜乃ちゃんから言葉をかけられた。正直な話、私もそう思う。いつまで経っても、自分の中でそれを押し留めるものがある。

 

 

 

 

 

それを崩すのは、やっぱり勇気なのかな。

 

 

 

 

 

 

 

「ま、私はまた別のところで飲んでくるわ。あんたたちも楽しみなさいよ」

 

「あ、うん……」

 

 

そのままビッチ先生は立ち上がって、手をヒラヒラと振ってからどこかに行ってしまった。別のところに飲みに行くと言うことなんだろう。…気分任せにアッチコッチに移動したりするのかな?

 

 

その後陽菜乃ちゃんと一緒にカエデちゃんのいるところに向かう。何で1人でいるのかなと思ったけど、学真くんたちが別の人と話しているから、少し離れていたみたいだった。

 

学真くんたちのいるところを見ると、学真くんと一緒に黒崎くんがいるのが見えた。黒崎くん来ていたんだ。なんか格好が派手だけど。

 

すると陽菜乃ちゃんは黒崎くんのところに向かった。陽菜乃ちゃん、黒崎くんの事を気に入っているみたいだし。あんな風に行動できるのは羨ましいと思う。

 

 

陽菜乃ちゃんが離れたところで、再びさっきまで考えていた事について振り返る。

 

 

ビッチ先生の言う通り、このまま何もしないでいると、いずれ学真くんは彼女を選ぶ事になる。そうなってしまってからでは、私の立つ場所が無くなる。

 

 

それでもいいんじゃないかなと思った。観察力がある学真くんの事だし、相応しい人を見つけてくるだろうとは思う。だから彼の決定に任せた方が良い気がする。

 

それに、そうなったら彼を気にしなくてよくなるという面もある。私は学真くんを気にしている。学真くんが優しくしてくれるからというのもあって、もっと気にして欲しいと思うようになってしまった。最初の頃は彼を避けていたのに、今では彼と触れ合う事を求めてしまっている。そんな自分に嫌気がさしてしまうほどだ。

 

だからもし学真くんが彼女を選んだとしたら、私は学真くんに接することは無くなる気がする。それはいわゆる失恋と言うことだから、結構悔しくはなるんだろうけど、いま学真くんに執着している自分の気持ちは薄れていく。

 

 

 

だから学真くんの選択に任せれば良い。

 

 

 

 

 

そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

けど………

 

 

 

 

 

 

『お前に来て欲しいんだよ』

 

 

 

 

少し前の彼の言葉が脳裏に浮かぶ。

 

私に来て欲しいと彼は言った。その時心の中が、霧が晴れる時ように澄み渡ったような気がした。まるでその言葉を求めていたかのようだった。

 

そこから更に想いは高まっていき、それじゃ治らないと言う気がした。

 

どうして日に日にこんな気持ちが高まっていくんだろ…沈めて欲しいと思っているのに、心の中ではそれとは別の方向に向かっているみたいだった。

 

 

 

「なんであんな言葉を言ってしまったんだろう…」

 

 

 

そしてその後の自分の言葉を思い出す。あんな事を言ってしまった以上何事も無かったじゃ済まないだろう。学真くんの言葉で感情が溢れて言ってしまった台詞だけど、それにしても他に使える言葉はあったはずなのに……

 

 

「……学真くんのバカ……」

 

 

考え事をしていけば行くほど苦しくなっていく。そのせいかポロリとそんな言葉を口に出してしまった。決して学真くんが悪いわけではないんだけど、あんな言葉を引き出させてしまった彼の言葉に文句をつけたくなってしまった。

 

 

 

 

 

「俺がどうしたって?」

 

 

「ひゃわァァァ!!!」

 

 

 

それがまさか本人の前で言ってしまっているとは思ってもいなかった。

 

 

 

「あ…えと、えと…うぅぅ………」

 

 

前にいる学真くんに話しかける言葉が思い出せなくて焦ってしまう。さりげなく近くにいるし、顔を見ようとしても色々な気持ちが溢れ出て来て直視できない。間違いなく顔が赤くなっているし心臓の鼓動も今までの中で1番強い。

 

ヤバイ。またいつもの悪いクセが出ている。こうやって焦りまくって何も話す事なく終わってしまうパターンだ。何とか打開しないと…

 

えっと、こう言う時に何をすれば良いんだっけ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ま、まだその段階には速いから!!」

 

 

「……なんの話だ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

うぅ……咄嗟にビッチ先生のアドバイスを思い出してしまった…参考にしようと思ったわけじゃないけど、連鎖的に頭に浮かんでしまった。それで更に焦ってしまって学真くんに不審な思いをさせてしまったし。

 

 

 

「それじゃ私、渚のところに行っているから」

 

「おう。気をつけてな」

 

 

 

カエデちゃんが渚くんたちのところに向かう。…えっ!?ちょ、どこかに行っちゃうの!?2人っきりにしないでよカエデちゃーーん!!

 

 

 

「えっとな…大丈夫か、矢田?」

 

 

ああ、カエデちゃんが行ってしまった…凄い心細い……

 

 

「あ、うん……」

 

 

正直焦っている気持ちはあるけど、さっき大声を出したせいか少し落ち着きを取り戻した。……ある意味効果はあったみたい。

 

 

「なぁ……」

 

 

学真くんが何か言いたげにしている。私を見る目はいつものように優しくて…いつもよりも真剣だ。

 

学真くんは真剣な時は必ず正面を向いて、少しの間ためてから話す。いまみたいに相手を見たまま暫く黙っているのは、これから大事なことを話す前触れだった。

 

 

「夏祭り…どうだ?」

 

 

あまりにも抽象的すぎる質問が返ってきた。けど学真くんが聞きたい事は何かは分かる。さっきまで行きたくないと私が言っていたから、この夏祭りをどう過ごしているか、学真くんは気になっているんだと思う。

 

 

「…やっぱりお祭りは楽しい。参加して良かった」

 

 

ここに来て、楽しい事はいっぱいあった。陽菜乃ちゃんやビッチ先生と話せたし、店の人からはおまけして貰った。人通りの多いところを歩いているだけでも色々な事があって面白かった。

 

そして何より、学真くんと一緒に行けた事は本当に楽しかったと思う。

 

 

「………そうか」

 

 

安心している表情で、学真くんが満足に呟く。今の今まで不安を溜め込んでいて、いまその不安から解放されたみたいだ。その安心している顔がとてもキレイだなと感じた。

 

 

すると学真くんはカバンの中に手を入れた。何か出そうとしているんだろうけど、何を出すつもりなんだろう…

 

 

「ほら」

 

 

カバンの中から手を出して、私の方に伸ばす。その中にはカバンの中に入れていたであろう物が入っていた。

 

 

「コレって…簪?」

 

 

学真くんから貰ったのは、和風の髪飾りである簪だった。花が書かれてあってとてもキレイだなと思った。

 

…何でコレをくれたんだろう。

 

 

「……さっき店で買ってきた。コレで今までの詫びも含めてな」

 

 

私が抱いていた疑問を口にする前に、学真くんが答えてくれた。今までのって言うのは、これまで私との間で起こった事を指しているんだと思う。私の胸を(不可抗力だけど…)触ってしまった事、そして公園で私が怒ってしまったこと。どっちも学真くんは悪くないと思うけど、学真くんはそう思わなかったみたい。

 

 

「含めてって…それ以外に何かあるの?」

 

 

納得すると同時に、新たな疑問が生まれた。さっき学真くんは『詫びも含めて』と言っていた。それは他にも意味があるという事と同義だと思うけど、それは一体何なのかが気になった。

 

 

すると学真くんは頭に手を当てた。考え事をしている時の動作だ。何か言いづらいことでもあるのかな……?

 

 

 

 

◇学真視点

 

 

まぁそうなるよな。

 

 

大方予想はしていた。『異性の人に簪を渡す』という事がどういう意味を指すのかが分からない可能性は十分あった。まぁ有名と言うわけでもないし、知らなかったからと言って別に問題があるわけでもない。

 

けどそれで伝わって欲しかったと言う気持ちはある。その言葉を全て口にするのはやっぱり恥ずかしい。だからコレで少しは察してくれればと思っていたけど…

 

 

いや、そんなんで良いわけがないだろ。

 

 

さっき自分でそう思っていたじゃねぇか。自分の気持ちは口にしないと伝わらないって。なにいまさら道具や風習で伝えようとしているんだ。

 

 

やっぱりこの気持ちは、俺の口で言うしかない。

 

 

「俺らがさ…」

 

 

矢田の方を見て語り始める。矢田は俺の顔を見たまま動こうとしない。俺が考えている間も待ってくれていたみたいだ。そう言うところを見るとやっぱり立派だなと思う。

 

 

「最初に出会った時のことを覚えているか?」

 

「…うん。修学旅行の時だね」

 

 

そう、俺と矢田は修学旅行の時に出会った。矢田がガラの悪い奴に絡まれていて、俺がそれを止めた。それが俺たちが出会うきっかけだった。

 

 

「あの時お前は病弱の弟のお土産を買いに来ていた時だった。その話を聞いて優しい人だなと思っていたよ。E組になって、結構苦しんでいるのに弟のことを気遣ってくれるなんて」

 

「………」

 

 

矢田は少し俯いたまま口を挟もうとしない。返す言葉が見つからないのか、それとも俺の言葉を待っているのか。どっちなのかは分からないけど、どちらにしても話を続けるべきだろう。

 

 

「…そのあとお前とは何だかんだ色々な事があった。鷹岡が校舎に来ていた時には俺を守ろうとしてくれたし、窠山が脅しに来て俺が落ち込んだ時は慰めてくれた。試合の時も必死で応援してくれた。本当はあの時、お前の声で俺は立ち上がれたんだ」

 

 

これまでの記憶を思い出しながら口に出していく。思い出なんて沢山あって、語ろうとすればキリがない。

 

そうしていくうちに、落ち込んでいた俺の心は徐々に回復していった。E組のみんなが俺の過去を受け入れてくれたお陰で、心の中で抱えていた重いものが一気に軽くなった気がした。

 

もちろん日沢の事が気にならなくなったわけじゃない。みんなと打ち解けた後もそれだけは気になり続けていた。

 

 

けど日沢……

 

 

お前のことを気にしたまま俺が幸せになる努力をしないのは…

 

 

お前の望むことではないんだよな…

 

 

 

「だからさ……」

 

 

 

言葉を繋げようとする。先に進もうとすればするほど言うのが恥ずかしい気持ちが強くなっていく。言葉を口から出そうとする事に躊躇いを感じているみたいだ。

 

 

 

「俺はお前に救われた。お前には感謝している。けどそれと同時に……俺の中で1つの想いが現れた」

 

 

 

鷹岡から俺を守ろうとしてくれた時からだろうか。俺の感情に大きな変化が出てきた。その正体も俺は分かっていた。それと向き合おうとしなかったのは、それと目を合わせるのが怖かったからだ。

 

 

 

『それってさ、逃げって言うんじゃないの?』

 

 

南の島でカルマがそういった。全くその通りだ。俺は逃げていただけだった。

 

 

『そうやって最もらしい理由を出して、自分の感情から目を逸らして満足なの?』

 

 

公園で多川がそう言った。全くそうだよな。自分の感情とも向き合わないなんて、臆病にも程がある。

 

 

 

結局そういう事なんだ。心を入れ替えようと決心した筈なのに、自分の感情と向き合わないのは本末転倒だ。変わりたいと思うなら、まずは真摯に自分と向き合うべきだった。

 

俺はそれをせずに今まで過ごしてきた。恋愛関係の話だけじゃない。落ちこぼれというレッテルを貼っただけで俺自身と向き合おうとしなかった。

 

 

 

殺せんせー

 

あんたが言いたかったのはそう言う事だったんだろ。

 

 

 

 

 

あの時俺は殺せんせーの言葉を『自分自身に対する認識が甘い』という意味で捉えていた。けど殺せんせーはそれ以前の話をしていた。自分自身について知ろうという意識が無いことを指摘していたんだ。

 

 

 

なぁ、俺よ。俺はどうありたいんだ?

 

 

 

 

 

 

「矢田、俺は……」

 

 

 

 

 

《ドォォォン!!》

 

 

 

 

大きな爆発音が鳴り響く。音がした方を見れば、夜空に綺麗な花火があった。夏祭りも終盤になって花火が始まったんだろう。

 

 

まるで花火の音が、俺の言葉を止めたみたいだった。踏み出そうとしている俺の足を鈍らせたかのように。現に俺は発するべき言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

けど、例え間違えていたとしてもその足を止めてはいけない。

 

 

 

 

 

苦労はもう既に沢山した。挫折だって何回だって経験している。その度に励まされてきた。

 

 

 

 

 

 

もう思う存分迷った。後は自分の望んでいる方向に足を進めるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇矢田視点

 

 

考えなかった訳じゃない。ひょっとしてそういう意味なのかもしれないとは思っていた。国語の授業でそういう事は習っていたから。

 

 

簪を渡すという事は、江戸時代では求婚を意味する。

 

 

もちろん今では指輪がその役割を果たしているから、そういう意味で簪を渡す人は少ない。でも、縁起をかけてそういう意味で簪を渡すという事もある。

 

 

だから学真くんが簪を私にくれたという事は、一種の告白という可能性もあった。

 

 

けど、それはなるべく期待しないようにしていた。先日それを期待してしまって、結局違った事にショックを受けたばかりだったから、そうならないように自分に言い聞かせていた。

 

 

 

 

けど今の学真くんのセリフを聞いていくうちに、その可能性が高くなってきた。

 

 

期待が高まっていくにつれ、抑制する気持ちも強くなる。自分が傷つかないために、無意識にそういう気持ちが働いているんだと思う。相反する気持ちが胸の中で大きくなっていって、とても苦しくなっていく。

 

 

 

「矢田、俺は……」

 

 

 

 

やめて。止めて。それ以上続けられたら、わたしは……

 

 

 

 

 

 

《ドォォォン!!》

 

 

 

 

夜空に大きな花火が上がった。周りの人は夜空の方を向き、学真くんはその花火を一瞬だけ見た。

 

その花火の大きな音は、期待と不安で苦しめられている私の心を浄化した。まるで花火が、私の迷いを断ち切ろうとしていたみたいだった。

 

 

『速くしなさいよ。じゃないと先を越されるわよ』

 

 

花火の音をキッカケに、ビッチ先生と話していた時の記憶が蘇る。このままだと学真くんのところに女が出来て…私が彼の側にいられなくなると。

 

それでも良いかなとは思っていた。けど、いま私はそれを良くないと思っている。

 

 

 

それでも良いなんかじゃない。私の気持ちは最初からそうだった。私は最初からずっと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、お前が好きだ」

 

 

「わたし…あなたのことが好き」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇学真視点

 

 

 

勇気を振り絞って言った言葉が、矢田の言葉と被ってしまった。まさか言葉が被るなんて思っていなかった。

 

けど、言葉が届けられなかったという様子じゃないみたいだ。逆に矢田の言葉もバッチリ聞こえた。

 

 

矢田は俺のことを好きと言っていた。

 

 

 

 

 

つまりコレは…2人同時に告白したという事になるのか?

 

 

「矢田…?」

 

 

言葉が被ってしまってから、矢田はピクリとも動かない。というよりも、動けない状態でいるみたいだった。その事に違和感を感じて、矢田に声をかける。

 

 

 

「…ごめんね、学真くん。後出しのようになっちゃったけど…」

 

 

矢田の口から出されたのは、謝罪の言葉だった。別に気にしてないと言おうとしたけど、矢田はそのあと続けた。

 

 

「ずっと前から…学真くんの事が好きだった。最初に出会った時から。本当はその時からずっと学真くんの事が気になっていた。

 

でもわたし……この気持ちをずっと言わないでいた。だってわたしは学真くんを避けていたから…わたしは学真くんに相応しくないから、伝えても迷惑だと思って…」

 

 

そうだったのか。最初に出会った時から好きだった、というのは予想外だった。矢田が俺を意識しているのかもしれないと感じたのは鷹岡の時からだったから…てっきりその少し前からと思っていた。

 

気づいていながら俺はその気持ちに向き合わなかったけど、矢田も迷っていたみたいだ。

 

 

「でもダメだった。この気持ちは抑えきれなかった。今朝の時もそれで迷惑をかけて……」

 

 

矢田はずっと苦しんでいたんだ。自分の気持ちを伝えないつもりだったけど、それが出来なさそうだったから。我慢を溜め続けていくうちに自分でも抑えられなくなってきた。

 

考えてみれば先日の件も、それが関係しているのかもしれない。もうあの時矢田は限界で、思わず爆発してしまったのかも。いくらなんでも今朝みたいに意地を張るなんて考えられなかったけど、そうだとしたら筋が通る。

 

 

俺がゴチャゴチャ考えている間に、矢田は苦しんでいたのか。

 

 

 

申し訳なさでいっぱいになる。もっと速く俺が自分の迷いにケリをつければ、矢田はここまで苦しむことは無かったのかも。こんな時まで自分の情けなさを感じてしまう事に、思わず笑いそうになる。

 

 

 

その笑いをごまかすように、そして崩れそうな矢田を支えるように

 

 

 

 

 

矢田をそっと抱きしめた。

 

 

 

 

「がく…しんくん…?」

 

 

「ダメなもんか。迷いながら一歩踏み出した事が悪いなんて絶対ない。迷う時にしっかり迷って1つの回答を出したんだ。お前は立派だよ」

 

 

 

自分が同じことをしているから、凄い自画自賛しているようにも見えるかもしれない。でも立派なのは確かだと思う。迷うのだって真剣に考えている証拠だと思うし、その上で解答を出すことは簡単じゃない。

 

 

 

俺もお前も、漸く一歩を踏み出したってことなんだろうな。

 

 

 

「お前のそういうところも含めて、俺は好きになったんだ。弟に優しいところも、他の人の気持ちを考えてくれることも素敵だと思う。

 

 

だからさ、()()。俺の恋人になってくれるか?」

 

 

 

話は相変わらず、グダグダだなとは思う。結構回り道もしてしまったし、今だって途中で話が一気に変わってしまう。こんなの立派とは言えないだろう。

 

 

けど、それで良いのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、こういう風にした方が合うんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…うん…うん!嬉しい…わたしッ…!」

 

 

 

 

抱きしめられている感触。力は強くないものの、存在は強く感じるその腕からは、いつもより暖かく感じた。

 

 

 

 

 

 

 

「おい!押すな!!」

 

「ばか、バレるだろうが!!」

 

「やめろ!落ち…うわァァァ!!!」

 

 

《ドタドタドタ》

 

 

 

………?なんの音…

 

 

 

 

 

 

「「「「…………」」」」

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

 

「…何してんだ?E組(ゲス共)

 

 

 

 

後ろの木の方からなだれ込んできたE組の連中に声をかける。なんで全員揃ってそんなところにいるんだ?それも何人か携帯を持っているみたいだが…

 

 

「ち、違うんだ学真…俺はいつもの通り写真をだな…」

 

 

岡島(テメェ)いつも通りゲスな写真を撮っていたな。さっきのシーンも撮っていたとか言うんじゃねぇだろうな。

 

 

「面白そうだったのが見れそうだったし隠れながら見ていたよ」

 

 

なんでカルマ(テメェ)は素直なんだ?アレか、おちょくってんのか?

 

 

「落ち着きなさい学真くん。先生は仕事中でして…」

 

 

 

仕事中って何だコラ。生徒と一緒に木の後ろに隠れてコソコソする事のどこが仕事だ。

 

 

 

 

 

まぁ要するところそういう事だな。テメェらさっきの出来事を面白そうに見ていたんだな。

 

 

 

 

 

 

よし

 

 

 

 

 

死刑執行だ。

 

 

 

 

 

 

 

「観念しろパパラッチ共ォォォ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

========

 

振り返ってみれば、私は酷い運命を辿っていたのかもしれない。お母さんもお父さんもいない。クラスでもわたしはいつも1人だった。

 

でも、好きな事は沢山あった。

 

1つは雑草。弱くても成長しようとしているところを見ると、凄い逞しく見えるから。そんな様子を見ると、わたしは自然と自信を持つようになった。

 

もう1つは、いとこだった。お母さんたちがいなくなってから、あの人はわたしの面倒を見てくれた。勝手に別れてしまって、とても申し訳ない。

 

 

最後に、如月くんや学真くんと過ごした日々だった。2人と触れ合った日々はわたしにとっての宝物だった。わたしにとって唯一の居場所だったから。

 

 

今も学真くんはわたしのことを気にしてくれている。その事がとても嬉しかった。

 

 

 

 

 

でも、学真くんには苦しんでいて欲しくない。

 

 

 

 

 

 

 

だって私が本当に好きなのは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学真くんの本当の笑顔だから……

 

 




矢田と上手く結ばれました。告白はどうしようかと考えていたんですが、2人がそれぞれ悩んでいたので、思い切って2人同時にさせました。どちらからと言うわけではなく、それぞれが自分の意思で寄り添った。それがこの2人にとって理想かなと思っています。

これを以って夏休み編は終了致しました。結構オリジナルストーリーが多かった気がしますが、楽しんでいただけたでしょうか。
この夏休みは『学真の成長』をテーマにしてきました。日沢の死を機にやり直そうと決めた学真くんですが、この期間に起こった経験で自分に自信を持つようになったんじゃないかなと思っています。

2学期は原作の話をしていきながら、学真くんの将来について考えてもらう事になるかなと思っています。いわば1学期が現在編、夏休みが過去編、2学期が未来編となります。それに加え、E組以外の話も作っています。

この度はここまで読んで頂いて、本当にありがとうございました。次回からも是非応援していただけると嬉しいです。


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登場人物紹介

現時点での登場人物の紹介になります。一回整理しておかないと頭の中がヒートしそうになるので…


【椚ヶ丘中学校3年E組の生徒】

 

浅野(あさの) 学真(がくしん)

 

椚ヶ丘中学校の理事長である浅野 學峯の次男で生徒会長の浅野 学秀の弟。

普段は素っ気なく人と話したり、考える内容も標準だったりと特に目立つところがない男だが、異常事態が起こった時、または自分の気分によってはテンションがかなり高い喋り方になる。

瞬間記憶能力を持っており、見たものを映像として記憶する事が出来る。そのため一度覚えたことはほとんど忘れない。しかし万能という訳ではなく、あくまで見たことだけを記憶するので、目に見えないことは記憶出来るわけではない。

ボケツッコミのどちらかと言われればツッコミになるが、浅野家で長年暮らしてきたせいか庶民感覚がかなりズレているため、1人で住むにしては途轍もなく広い部屋に平然と過ごしている。驚いている友人に対して一体どこに驚く要素があるのかと疑問に思う。

とてもクラスメイト思いで、友人が困っていたりピンチになっていたりすると、何の迷いもなく救いの手を差し伸べる。その態度に、最初は理事長の息子という立場であるため何となく距離を空けていたクラスメイトも心を開き、彼と仲良く接している。

兄である学秀との才能の違いに長い間苦しめられ、自分に自信を失っていた時期がある。一時期、浅野家の特徴でもあるその髪にコンプレックスを抱き、金髪に染めていた。しかし偶然出会った日沢や如月と接していくうちに自分の存在意義を見つけ始めたため、髪の色も金髪から暗い橙色に変わっている。

劣等感に苦しんでいたせいか、弱者が貶められる事に対して怒りを激しく感じる。親の力のおかげで成り立っている権力を自分の力と思い込み、必死に努力していたE組の生徒や矢田の弟の悪口を言った金宮に一度ブチギレした事がある。

超がつくほどお化けやオカルトが苦手。肝試しではまるで地獄に直面しているみたいに追い込まれる。

 

 

◼️学力◼️

 

中間テストでは五位、期末テストでは三位という結果である。いかにも優等生らしい成績だが、これは長い間試行錯誤してきたために身についた学力である。

瞬間記憶能力により、暗記系統は得意。だが記述問題のような、記憶力ではどうしようもない問題はあまり得意ではない。しかし殺せんせーの授業のおかげで記述問題も解けるようになってきた。

得意科目は国語。もともと感受性が高いため読解問題は正答率は高く、記憶能力により漢字や語句の意味は完璧に覚えている。

苦手科目は数学。計算はともかく解き方を探すような問題は大の苦手。現在は殺せんせーの指導により、問題のパターン分析をしてから答えを導く方法を取得しようとしている。

 

 

◼️暗殺◼️

 

どちらかというとナイフを使うが、これは銃よりは使いやすいというだけであってナイフ術に才能があるわけではない。ナイフを手に、道場で訓練し続けていた少林寺の体術を用いる。更に、戦闘のセンスは人一倍持っており、冷静に状況を分析し、巧みな戦術を考える。

また、一度見た技を模倣する技術も身につけている。これは映像として記憶する瞬間記憶能力と、体育の時間や道場の訓練で身につけた体術の合わせ技である。

窠山との武道館による試合では、極度の集中状態であるゾーンに入った。この状態に入った時は反応速度や動きに磨きがかかる。しかし本人はその状態に入った事を記憶していない。

 

 

◇E組に落ちる原因となった事件について◇

 

2年の3学期で、如月が他人の客の商品を盗もうとしたという報道があり、それによって如月を軽蔑していた。そして如月のことを冷たく言い放った事によって日沢に怒られ、それまで仲良くしていた2人と距離が空いてしまった。

謝る勇気が出せずにしばらくの間何もせずにいたが、椚ヶ丘中学校の先生の話を聞いて、謝罪をするためにいつも会っていた公園に行ったところ、その場で日沢が自殺していた。

日沢は不登校になっている如月の救援を学校に要請したところ、担任の先生に冷たく言われ、同級生にいじめられる。それに耐えられなくなった日沢は遺書を残して自殺した。その遺書は現在、如月のために買ったキーホルダーと一緒に学真が持っている。

そのあと如月の窃盗疑惑が冤罪である事を知り、自分の浅はかさと勇気の無さが原因で日沢が死んでしまったと後悔している。一時期は日沢を殺してしまったと思い込んでいた。

日沢の学校に行ったところ、日沢や如月の事を見捨てているような言動に怒りを激しく感じた学真はその担任を殴った。その事が原因となって彼はE組に堕とされる。

この事件の事を悔いており、物事を一目だけで決めつけない事、迷わずに行動する事を心がけている。

なお、如月は行方をくらませており、殴った担任はいまも入院している。

 

 

 

霧宮(きりみや) 拓郎(たくろう)

 

元々は別の学校出身だったが、ある事件がきっかけとなり、椚ヶ丘中学校に転校することになる。

家が剣術の道場であり、霧宮はその後継者だったが、中学校に侵入者が現れ、その暴行で右腕を損傷し、まともに動かせる状態でなくなる。

腕を動かせないと言うことは、剣を振る事が出来ないという意味でもあり、父親から後継者として認められないと言われる。

将来が潰されたと感じた彼は人生に対して空虚感を感じる。そこからロヴロの助言に従い、賞金として百億が支払われるという殺せんせーの暗殺に参加する事を決意。目的はその百億で腕を治療してもらう事。金があっても直ぐに腕が治るとは限らないとは言われても、焦っている彼にはそれを考える事が出来なかった。

箸やナイフは左手に持つが、殺せんせーの暗殺の時は右手を使っていた。長年刀を振り続けてきたからこそ、常人では目に止まらないほどの素早さと、刀を振ったと相手に感じさせないスキルを持っている。

その暗殺が、彼の右腕を更に損傷させていると気づいた殺せんせーに右手を使う暗殺を禁じられるが、それでは殺す事が出来ないと感じた彼は生徒を殺して殺せんせーを怒らせて、その上で殺すという作戦に出る。

学真との勝負に負けて、学真や殺せんせーの説得によって将来に再び希望を感じた霧宮は、E組の生徒と向き合うようにしている。特に自分に新しい生き方を示してくれた学真には恩を感じており、彼とかなり親密になっている。

侍や時代劇のようなものが好きで、最初E組校舎に来た時は袴姿で登校したり、弁当箱や鞄の飾りはそれを意識したものにしている。

年上好みであり、イリーナにかなり好意を持っている。

 

 

◼️学力◼️

 

学力はあまり高くなく、椚ヶ丘中学校の前の学校では成績はいつも最下位から2番目ぐらい。最初は問題文の意味を理解する事が出来ないほどだった。そのあと殺せんせーとの訓練のお陰で問題文を読み取る事は出来るようになったのだが、本人の中にある固定概念に縛られてとんでもない答えを出す。特に時代劇が好きなせいもあって、社会や国語の問題ではその時代風に解答する。(例えば国会の役割と言われて『税金の搾取』と答えたり百人一首の下の句で一騎討ちの様子を書いた事がある)

得意科目は歴史。しかし1番マシな教科というだけで成績が良いというわけではない。

苦手科目は英語。外国に関する話はほとんど苦手。しかしイリーナの件でモチベーションが上がっている。

 

 

◼️暗殺◼️

 

実家で経営している道場で訓練を続けているせいか剣術には優れておりナイフ術も得意。体育の時間における烏間との一騎打ちにおいて烏間を追い詰めるほどの実力の持ち主。逆に銃には慣れておらず隣の人の的に弾が言ってしまう。

暗殺の時は常人には見えない速度と標的に悟られないほどの気配で刀を振る。マッハの速度を持つ殺せんせーにも暗殺直前には気づかれずに触手を斬り落とした。しかしこの斬撃は小さい頃から刀を振り慣れている右手でないと出来ない。右手を封じられたいま左手でナイフ術に励んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【E組以外の椚ヶ丘中学校3年の生徒】

 

黒崎(くろざき) 裕翔(ゆうと)

 

椚ヶ丘中学校3年D組の生徒かつ風紀委員長。

自分の考えを真っ直ぐ貫き通し、自身や他人にかなり厳しい性格。怖い目つきをしており、睨んだだけで大抵の人は怖がってしまう。

優柔不断でもあり、本校舎の生徒からは堅物と嫌われているが、誰に対しても公平な態度に、E組の学級委員の磯貝や片岡、そして関わることの多い学真や倉橋や矢田、1、2年の時に同じクラスだった渚やカルマ、4月ごろに知り合った霧宮からは評価されている。

超がつくほどマヨネーズが好きで、どのような食材であってもマヨネーズをかける。なお、1日にある程度のマヨネーズを摂取しないと眠れなくなるという謎の症状が出る。

ときどきおかしな事を大声で言う事があるが、これは本人のズレた思考で『真面目に』行動している。

 

 

◼️学力◼️

 

中間テストでは二位、期末テストでは七位という成績を出しており、なかなか高い順位ではあるが2年生の頃までは同学年の中で中間の成績だった。本人は勉強は得意では無いと自覚している。

 

 

窠山(かやま) 隆盛(りゅうせい)

 

椚ヶ丘中学校3年A組の生徒。

学力テストなどでは生徒会長である浅野学秀の次の成績を出しているが、ズル賢さや勘の良さという視点で見れば学秀より上である。そのため、A組とE組で競い合うことになっていた期末テストの得点勝負では負けると確信しており、最初からその勝負に本気で戦おうとしなかった。

かなり捻くれた性格をしており、非協力的である。だが仲良くする事で利益があると認識した時は、人当たりの良さそうな喋り方をする。逆になんの利益もないと判断した活動は全くしない。

金髪で耳にピアスをつけている。そのピアスは椚ヶ丘中学校付近で有名なヤクザ、『窠山組』のものである。窠山はその若頭という立場にある。

本校舎の生徒にしては珍しく、E組に嫌がらせをしない生徒ではあるが、別にE組の生徒と仲良くしたいわけではなく、興味がないだけである。だが学真に対してのみ嫌味を言っている。

生徒会などの活動には参加しておらず、学校が終わったら真っ直ぐに家に帰る。授業以外の学校の活動には極力参加しない。しかし、落とし前をつけるためなどと言った理由がある場合のみ参加する事がある。

 

 

◼️学力◼️

 

テストの成績はかなり高い。1学期中間では三位で、期末では二位である。椚ヶ丘中学校では学秀に次ぐ成績である。もともと発想力が高いため、応用問題は難なくこなす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【椚ヶ丘中学校生徒以外の登場人物】

 

 

《学真の昔の友達》

 

日沢(ひさわ) 榛名(はるな)

 

学真が公園で横になっていた時に声をかけた女性。雑草が好きで草に珍しい草が生えていたら興味が一気に惹かれる。

学真に冷たい態度を何度も取られても、決して折れずに学真に話しかけた。そのせいか荒れていた学真の気持ちが落ち着いていき、2年になる頃は穏やかになってきた。

勉強は得意ではなく、学力はかなり低い。小テストではいつも0点を取ってしまう。しかし学習意欲が無いと言うわけではなく、単純に理解できないだけ。学真に出会ってから色々と教えてもらい、少しずつ成績は上がっていった。

 

 

如月(きさらぎ) 涼介(りょうすけ)

 

日沢の友人であり、日沢を追いかけていたときに学真に出会う。真っ直ぐな性格で思った事を口に出す。声も大きかったため学真に怒られた事がある。

学力はあまり高くない。落ち着きもない性格なので学校では問題児として扱われている。

 

 

 

 

《道場『雑草魂』の関係者》

 

八幡(やはた) 彭槇(ほうしん)

 

『雑草魂』の師範であり、71歳というかなり年を取った現役の人間である。技術よりも心意気の方を重視しており、学真を始めとした門下生には精神論を叩き込んでいる。

とことんまで厳しく指導するタイプなので、最初に道場に入った門下生の多くは彼を嫌って辞める人がほとんどである。しかし彼の指導についてこれた人は高い実績を得るため、指導者としてのレベルは高い。『全体の5%の門下生を極める指導者』と言われている。

 

 

多川(たがわ) 秀人(ひでと)

 

『雑草魂』の門下生であり、学真と同い年。門下生の中では1番の実力者である。

実家は病院の院長をしており、父親から病院を継ぐように言われている。それに対して反対してはいないが、暫くは別の事がしたいというわけで病院関連の話は進展していない。

磯貝に劣らないほどのイケメンではあるが、思った事を直ぐに口に出してしまう性格であるため無意識に女性を傷つけてしまう。そのため彼女はいない。

勘が鋭いため他人の嘘は大抵見抜く。観察力も強いため真実にたどり着きやすい。

 

 

 

 

《暗殺者》

 

・アクロ

 

暗殺者の1人であり、身軽な身体能力で敵を翻弄する技術を持っている。また話術も心得ており、相手の警戒心を解かせることも出来る。誰の目にも映ることなく標的のいる空間に近づき、標的の命を奪うやり方を得意としている。

若者に対して思い入れがあり、出来ることならその暗殺はしたくない。船上パーティーでは船の上から海に落ちようとしている子どもを助けた。夏休みでE組が潜入したホテルでは高いところから飛び降りようとした学真を受け止めたため、暫く動けなくなるほどのダメージを受けた。

 

 

 

・タンク

 

暗殺者の中では1番技術が無いと言われている。任務があれば標的のところに堂々と向かう事しか出来ないため、標的やその周りの人から攻撃される。だがその抵抗を受けた状態で任務を遂行するため、人間の手では到底勝てない兵器のような暗殺者と言うことで『タンク』というコードネームになっている。

本小説では未だに出て来てはいない。

 

 

 

《黒崎家》

 

黒崎(くろざき) 優里香(ゆりか)

 

黒崎裕翔の妹であり小学2年生である。元気よく声をかけたり楽しそうな表情をしたりするほど性格は明るい。黒崎から躾られているため礼儀も身についている。

渚に対して好意を持っており、外で出会った時は必ず渚に近づく。また、性格が似ている倉橋とはとても仲が良い。

 

 

 

黒崎(くろざき) (まこと)

 

黒崎裕翔の弟で、小学6年生。天真爛漫な妹に対してとても暗い性格で、意気消沈しているように何も喋らず、挨拶されてもなかなか返さない。

それは両親がいなくなった事が影響していると渚は考えており、特に気にしていない。

 

 

《その他》

 

小峠(ことうげ)

 

窠山組の一員であり窠山隆盛の教育役をしている男である。かなり律儀な性格で礼儀正しく、一見ヤクザとは思えないと言われる。窠山組を指揮している存在であり、集団で動く時は必ず彼が指示を出している。

 

 

 

・マイク

 

アメリカ出身の男であり、学真とは面識がある。日本のアイドルに大きく興味を持っており、直接見たいと言う事で日本語や日本文化について勉強した。自分の気持ちに素直であり、そのための努力は決して怠らないという、ある意味実力者。また恋愛話が好きであり、知り合いがそういう雰囲気になっているのを見ると楽しむ。今後登場するかどうかは未定。

 

 

 

金宮(かなみや) 新汰(あらた)

 

椚ヶ丘高等学校1年A組の首席。矢田桃花に好意を持ち、デパートで彼女に詰め寄った。恵まれた家庭環境と成績の良さから自分が選ばれた人間であると思い込み始め、他人や特に弱者と言われる人間を蔑む。それが原因で学真の怒りを買い、トラウマのような恐怖を植え付けられる。

 

 

 

 

金宮(かなみや) 白蓮(はくれん)

 

金宮新汰の父親であり、デパートの経営者。仕事ばかりしており家庭やプライベートの事を気にしている暇がない。息子の新汰が起こした事件を機にこれまで躾をしていなかった事を悔いている。学真や矢田に頭を下げるなど、筋はシッカリと通す。

ちなみに浅野學峯の元親友であり、學峯の事を下の名前を呼んだりしている。




何人出ているかを数えたところ、16人でした。結構オリジナルキャラクターを作ってますね。こう言うのが好きな性分なのでしょうか。

今後オリキャラがどう言う人物だったか分からなくなったら、この話を参考にして頂けたらと思っております。


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2学期
第90話 呪いの時間


さて、いよいよ二学期編になります。1番最初はある生徒の物語です。原作でこの話が始まるまでは影が薄いキャラと思っていたんですが、この話を通して印象がガラリと変わった記憶があります。



椚ヶ丘で行われた夏祭り。3年E組の生徒の一部はその夏祭りを堪能していた。

 

暗殺という普通では縁のない体験をしてきたせいか、その成果が思わぬところで活かされる。生徒たちは存分に楽しみ、その分店を出していた人は涙を流すハメになった。

 

楽しんだのは店だけではない。一部の生徒は恋人同士となったものもいる。中学生なら興味を大いに持つ恋愛を、その生徒は経験した。

 

一部の生徒はカメラを没収され、悲哀の感情を抱いたが、それでも殆どの生徒は楽しい思い出となった。

 

 

そんななか、ひとりの生徒はある事に追い詰められていた。

 

 

「…おや、君ですか」

 

 

3年E組の担任をしている超生物の殺せんせーの元に、ひとりの生徒が寄り添ってきた。殺せんせーはそれに気づき、その生徒に声をかける。

 

 

「充分に楽しめましたか?明日からは学校です。今日は思いっきり羽を伸ばして……」

 

 

楽しくなかったわけではない。賑やかな人通りの中で店に寄りながら、食事をしたりゲームをしたり、何一つとして不満なところはない。

 

だが彼はそれを楽しめる気にはなれなかった。

 

 

「ーーーー…」

 

「えっ……?」

 

 

彼の口から放たれる言葉を聞いて、殺せんせーは動揺を見せた。

 

何しろ、彼の口から放たれたのは……

 

 

 

 

 

「E組を…辞める……?」

 

 

 

 

今まで一緒に暮らしてきた教室から離れるという報告だった。

 

 

 

 

 

 

 

◇学真視点

 

 

色々な出来事があった夏休みが終わって、今日は久しぶりの学校だ。夏休みがいつまでも続くわけじゃないし、しばらくすれば学校が始まる。今日までの経験上それは分かっていた事だ。

 

だから今日は気を引き締めて学校に行かないといけない。休みボケから早く脱却するために気持ちを入れ替えるべきだ。これがいわゆるメリハリをつけると言う奴だろう。

 

だから俺はとっとと学校に行かないといけない…

 

 

 

 

「あぁぁぁ…行きたくねぇぇ……」

 

 

時刻は6時10分。俺はもう起きている。夏休みの間も6時に起きていたし、俺の体はそれが習慣となっていた。

 

そんな俺は未だに布団の中でうつ伏せになったまま動かないでいる。

 

 

何で行きたくないのか。学校に行けばロクな事にならないからだ。

 

 

この間、俺は矢田…桃花に告白して、見事成功して俺らは晴れて恋人同士となれた。

 

 

その翌日だぞ。学校に行けば弄られるに決まっている。

 

 

しかも何人かは俺が告白したところもしっかりと見ている。ひょっとしたら俺が告白した時の様子が全員に伝わっているのかもしれない。

 

告白するならせめて場所を選ぶべきだった。あんな人通りの真ん中で告白すれば通行人の目には入るし、近くには渚たちがいた。いや渚はゲスな奴じゃないけど、カルマも近くにいたし、それで全員に連絡が伝わってしまっただろう。

 

あの時の俺、変な事を言ってないだろうな。恥ずかしいようなセリフとか言ってしまったとか…もしそうだったとしてそれで弄られたらもはや学校である意味居場所がなくなる。

 

 

そういうわけで俺は学校に行くのを躊躇っている。このまま布団の中で過ごしたい気分だ。

 

 

「……まぁそうは言ってられないよな…」

 

 

仕方ないと割り切るしかない。ここで何時間もいるわけには行かないし。

 

諦めて布団から起き上がり、軽く身支度を済ませる。朝食の準備をしながら学校で貰ったプリントを見る。

 

 

「…E組は最初に体育館に集まる事になるのか。ってことは来て早々に弄られるとかはなさそうだな」

 

 

トーストが焼きあがった音が鳴る。それにジャムを塗って頬張る。個人的には硬めなのが好きだ。

 

最近こういういつもの日課が楽しいと思うようになった。中学生の時から1人で生活をして来た訳だけど、気持ちが落ち着いてからなんとなくそう思えるようになった。

 

こういう風に幸せを噛みしめるのは今までしたことなかったしな。いずれは桃花と……

 

 

 

 

「いやなに言ってんだバカ野郎ォォォ!!!」

 

 

 

机をバンと叩いて叫んでしまった。周りの人を驚かせたかも……ごめんなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな事があり、色々あっていま学校についた。とは言っても本校舎の方なんだけど。

 

ここ良い思い出ないんだよなぁ…A組にいた時なんかこれっぽっちも楽しいと思った事ないし。戻るチャンスがあったとしても戻りたくはない。

 

 

「おっ学真!おはよう」

 

 

校門を潜ろうとしたところで杉野に声をかけられた。なんか久しぶりだな、お前に会うの。

 

 

「お前聞いたぞ。告白したらしいな」

 

 

……やっぱり聞いているのかよ。淡い期待は無意味だったか。ていうかニヤニヤすんな気色悪い。

 

 

「…したよ」

 

「いや良かったな。俺も見たかったよその様子を」

 

 

喜ぶんじゃねぇよ。覗き見された事は決して嬉しく無いんだ。どいつもこいつも他人をオモチャにしやがって。

 

 

そんな事を言っている間に、俺たちは体育館の前についた。そのまま中に入ればE組の生徒が並んでいた。

 

 

「おっ!来たぞ彼氏の方が」

 

「おっはよ〜。隅に置けないねぇ」

 

 

そんで案の定始まったよ。もうやだ早く帰りたい。

 

他の組の生徒たちはまだ来ていない。まぁそうじゃないとE組が1番最後に来たという事で雑用させられるから困るんだけど。

 

そしてE組の中に桃花の姿を見つけた。とりあえず挨拶をしよう。平常心…平常心……

 

 

「……よう……桃花」

 

 

 

…くそぅ、なんで詰まるんだ。毎度毎度動揺がバレバレになるのどうにかしたい。

 

挨拶した後桃花が俺の方に振り向いた。

 

 

 

「……おはよう

 

 

…うん。そうなるよな。ていうかお前も俺と同じ目に遭ったよな。多分俺が来るまでの間コイツらに弄られていたよな。

 

だからか知らないけど矢田の顔がめっちゃ赤い。目を合わせようとしているのは分かったけど声がかなり小さかった。

 

 

なんていうか、未だに慣れないんだよな。

 

 

恋人同士になったばかりで、お互いに恋人というのが分かっていないからどう接していいか分からない。いつもとは違う関係になるんだと意識してしまうから余計に恥ずかしくなる。

 

こんなんで大丈夫か…?

 

 

 

「おい…これは何の罰ゲームだよ」

 

 

すまんな吉田。4月以降の転入生は1番後ろに並ぶことになるから、俺と矢田でお前を挟む形になるんだけど、許してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで始業式が始まった。

 

長ったらしい校長先生の話が終わり、放送部の荒木がマイクの前に立った。アイツが喋るという事は、伝達事項なんだろう。

 

 

『さて、みなさん。今日からA組に1人仲間が加わります。彼はこの間までE組にいました』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いまアイツはなんて言った?E組の生徒が…A組に加わるだと?

 

つまり、本校舎の復帰制度を使ったということか。期末テストで50位以内の成績を取れば本校舎に戻ることが出来る。そしてこの前の期末テストでは50位以内の成績を取ったE組の生徒は何人かいた。だからそれが可能な生徒はいる。

 

けど、このタイミングでA組に編入だと?南の島の暗殺が失敗に終わり、その後色々な事件に巻き込まれて、その結果もっと気を引き締めようと思ったばかりだ。

 

 

 

『それでは彼に喜びの声を聞いてみましょう。竹林孝太郎くんです!』

 

 

……!

 

 

「竹林…?」

 

「竹林が…E組を抜ける……?」

 

「なんで……?」

 

 

荒木の指示に従って、舞台の袖から竹林が現れた。このE組で俺たちと一緒に過ごして来た竹林で間違いなかった。本当に竹林がE組を抜ける、ということか……?

 

動揺している気持ちが収まらない中、竹林はステージのマイクの前に立った。そして一礼して紙を読み始めた。

 

 

『ーー僕は4ヶ月余りをE組で過ごしました。その環境を一言で言うなら、まさに地獄でした。その惨状から怠けた自分を悔い、本校舎に戻りたいと必死に勉強しました』

 

 

……アイツ…

 

 

『こうして戻ってこられた事を嬉しく思い、二度とE組に堕ちる事のないよう頑張ります。…以上です』

 

 

言うべきことが終わったのか、竹林は紙を懐にしまって礼をする。そしてステージの脇から1人の男が現れた。…兄貴だ。兄貴が竹林に何か言っているのが見える。その後体育館にいる本校舎の生徒からの拍手喝采だ。

 

 

「よくやった竹林!」

 

「お前は違うと思ったぞ!」

 

 

完全に歓迎モードだ。本校舎に戻ることになった竹林を讃える声があちこちから聞こえる。

 

 

本校舎に戻るための努力をした竹林を賞賛することで…

 

 

未だにE組にいるみんなを陥れる戦法か…?

 

 

 

 

 

 

「なんだよアイツ!」

 

 

E組校舎の中では、怒りの声が響く。それはもちろん竹林に対するものだった。

 

 

「100億のチャンスを捨ててまで抜けるとか信じらんねぇ!」

 

「しかもここのこと地獄とかほざきやがった!」

 

 

怒り心頭、と言うやつか。E組を抜けられたことだけじゃなく、そのE組の事を悪く言われた事が許せないみたいだ。俺もここが地獄だとは思えないし、みんなが怒るのも当然だと思う。

 

けど、なんて言えばいいんだろうな。何かありそうな気がする。

 

ステージの上で語っている時のアイツは、何故か1番苦しそうだった。

 

スピーチみたいな人の前で話すって業務は、殆どが自分の感情と切り離すものだ。俺も何度かそういうものを聞いてきたし、俺自身もやったこともある。

 

だからかは知らないけど、本心じゃない事を話している時はかなり分かりやすい。切り放そうと意識するあまり逆に不自然に見えるというやつだろう。

 

さっきも地獄と言おうとした時に一瞬動揺していたのが分かった。本当はそう思っていないんだろう。それでも言ったってことは、何かあるって事だ。

 

 

「とりあえず、あの言い分は気に入らねぇ!放課後アイツのところに行くぞ!」

 

 

前原の言葉にクラスのみんなが一致団結して教室を出る。結構怒っているし、竹林のところに行って文句を言うつもりだろう。本校舎には入れないから、帰宅している時に呼び止める事になりそうだ。

 

本当は止めた方が良いのかもしれない。全員で1人の男を問い詰めるなんて、冷静に見ればイジメみたいなものだ。

 

 

けどこのままにしておいたら、竹林がなぜあんな行動を取ったのかが分からなくなるのも事実だ。

 

だからここはみんなに着いて行くとしよう。そして話の中でその答えを探した方が良い。万が一ヤバい事になったら止めた方が良いだろう。

 

教室から出て行こうとするみんなに従い、俺も机から立ち上がって移動した。

 

 

 

 

 

 

そして、本校舎に来た。中に入れるわけじゃないから、校門付近で待ち伏せしているみたいにはなっているけどな。

 

やがて校門から、本校舎の生徒と別れた竹林が出てくる。その姿を見るや前原が竹林に声をかけた。声をかけられた竹林はこちらに気づき、足を進める。

 

 

「説明してもらおうか。なんで一言の相談も無いんだ?」

 

 

代表して前原が口を開く。そう思うのも最もだ。理由は何であれE組を抜けるのなら俺たちに言うべきだ。しかも昨日は夏祭りだ。言おうと思えば誰にでも言えるはずだった。

 

 

「賞金100億…殺りようによっちゃもっと上乗せされるみたいだよ。分け前いらないんだ竹林。無欲だね」

 

 

いつのまにか俺たちと一緒にいるカルマが口を開く。まるで竹林を挑発しているみたいだ。まぁ喧嘩売ろうとしているわけじゃなくて、この喋り方がカルマの素なんだろうけど。

 

 

「…せいぜい10億」

 

 

やがて竹林が口を開いた。口から出されたのは、100億に比べて一桁少ない数字だった。

 

 

「僕単独で100億ゲットは無理だ。上手いこと集団で殺す手助けをしたところで、僕の力じゃ10億が良いところだね」

 

 

竹林は、自分が分け前として貰える金額が10億だと認識している。自虐と言うよりも、自分の実力を冷静に分析した上でその金額だと予測したみたいだ。

 

 

 

「僕の家は代々病院を経営している。10億って金はうちの家庭では働いて稼げる家庭なんだ。出来て当たり前の家。出来ない僕は家族として扱われない。そんな僕が10億を持って帰ったところで、鼻で笑われて終わりさ」

 

 

……病院の経営者の息子だったのか。南の島でクラスのみんなの応急手当てが出来たのはそれが理由か。

 

そういえば竹林の家のことは全く聞いていなかった。というか元々、竹林はあまり自分のことを話そうとしない。趣味の話はするけど、身近な話はしようとしなかった。

 

 

「昨日親に成績の話をして、A組に戻れる事を報告をしたら…褒められたよ。『頑張ったじゃないか。首の皮一枚繋がったな』って。その一言のためだけに、どれだけ死ぬほど勉強し続けてきたか…!」

 

 

語っている竹林の目には、苦痛の感情がこもっていた。壇上に上がってきていた時よりも強く。

家族に認めてもらえない事の苦痛と、認めてもらうために積んできた苦行に、竹林はずっと苦しみ続けてきたんだ。

 

家族、か……

 

 

「僕にとっては地球の終わりよりも、賞金よりも、親に認められる方が大事なんだ。

 

恩知らずも裏切りも分かっている。君たちの暗殺が上手く行くことを願っているよ」

 

 

竹林はそのまま振り向いて歩き始める。渚が竹林を止めようとしたが、神崎がそれを止めた。

 

気まずい雰囲気が漂う。竹林の抱えてきた闇を知って、全員が暗い気持ちになっているんだろう。親に認めて貰えない事の虚しさは、そんな簡単に分かるものじゃない。

 

 

 

「ねぇ、学真くん…」

 

 

 

声をかけられる。俺の後ろにいた桃花が呼びかけたみたいだ。俺は振り向いて桃花の話を聞く。

 

 

「…学真くんは、この後どうするの?」

 

 

それは、一種の期待なのかもしれない。竹林の話を聞いてどうしたらいいのか分からなくなって、俺に聞いたんだろう。

 

俺を頼る理由は、大きく2つあるだろう。1つは、こういう時は俺が1番最初に動き出す事が多いから。前原の時も霧宮の時も、俺が最初に動き始めたし、今回もそうするかもしれないと思ったのかもしれない。

 

もう1つは、竹林の境遇が俺と少し似ているからだろう。親に認めて貰えずに苦しんでいた、と言うのは俺も経験している。親父や兄貴に比べて何もかも劣っていた俺は、家の中では蔑まれるのが当然だった。話を聞いている限り、竹林もそういう家庭だったんだろう。そういうわけで俺と竹林は環境的には似ている。

 

 

 

 

だから俺に尋ねたんだ。

 

 

 

 

 

「俺は竹林の気持ちを尊重するよ」

 

 

 

 

 

最初に言っておくが、A組に戻る方が良いと言うわけじゃない。E組を離れてA組に行くぐらいなら、E組に残って見下される方がマシだ。

 

けどそれはあくまで俺の話だ。似たような悲しみはあるかもしれないが、同じ苦しみはない。竹林にとって、強者になって親に認めて貰える事の方が重要だと言うんなら、アイツの選択は間違ってはいない。その気持ちを俺の価値観で否定するのはそれこそ竹林を追い詰めることになる。

 

 

 

 

 

気づけばみんなは俺の方を見ていた。俺の解答を聞いて何を思ったのかは分からないけど、少なくとも嫌な気持ちである事は間違いない。

 

夏休みが終わった後に迎えた二学期は、嫌な雰囲気の開幕になった。

 



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第91話 強者の時間

本作には出していませんが、原作で神崎さんのセリフがあります。『親の鎖は凄く痛いところに巻きついている』と。まさにその通りだと思いました。親というのはあくまで数多くの出会う人の中の1人なのですが、子どもにとって影響が強い存在であります。だからこそ、親に認められたいという竹林くんの気持ちは間違っていないなとは思っているんです。

こうしてみると暗殺教室って色々な事を考えさせてくれる作品ですよね。ハーメルンで取り扱っているわけですが、投稿するたびにしみじみと考えさせてくれるような気がします。原作もアニメも終わりましたが、今も志向の作品であると思っております。

だからこそ暗殺教室の魅力を伝えたい。暗殺教室信者が描く二次創作、ぜひ楽しみながら読んで頂きたいと思います。


心残りが無いわけじゃない。あのクラスから離れる事になったのは寧ろ嫌な方だ。あのクラスのみんなは僕のことを憎んでいるだろう。

 

 

けど、僕にはこうするしかないんだ。親に認めて貰えるためには……

 

 

 

「よう竹林。今日がA組で始めての授業だよな。色々と大変だろうけど、お互いに頑張ろうぜ」

 

 

始業式が終わってから翌日。A組に入ってから始めての授業を受ける。そんな時に、これからクラスメイトになる人たちからそう言われた。少し前まではE組にいたけど、今では快く迎え入れてくれている。E組にいた事を甚振ろうとする人はいないみたいで、少し安心した。

 

そして授業が始まる。名門校と言うだけあって、とても分かりやすい授業だと期待していた。

 

 

 

 

 

 

 

けど、そんな事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「加法定理を使うとこうなるから、ここを計算するとこうなって、するとこれが…」

 

 

 

1限目は数学の授業だ。数学の先生が黒板の前に立ったと思ったら、高速で板書を始める。説明は口頭で軽く言うだけで、次から次に数式が書かれていく。

 

今習っている範囲は三角関数。1学期の間にE組でとっくに終わった範囲だ。

 

授業速度が遅いと言うわけじゃない。寧ろ早すぎる。コッチに理解させる余裕すら与えないほどに。

 

E組に比べて内容が大幅に遅れている原因は、教える内容だ。

 

E組では、まず最初に公式を覚えて、そこから内容を体系的に組み立てて、その上で問題の対策をしていく。

 

けどこの授業は、公式を教えてはひたすら問題を解いていくだけだ。板書をひたすら写して、頭ではなく体に叩き込ませる。

 

かなり過酷な授業だ。ついてこられなかったらずっと置いていかれてしまう。場合によっては勉強する意識すらも失ってしまうかもしれない。

 

それでもみんなが必死についていこうとする理由は、プレッシャーだと考えられる。学力において学年1位とされているこのクラスは、成績に関する期待は当然のように高い。

 

高得点を出さないといけないと言うプレッシャーから、生徒は必死でノートを取るようになっている仕組みということか。

 

 

 

 

 

 

展開が速く、過酷な授業が全て終わった。正直な話ノートはほとんど取れていない。E組である程度習った範囲だからなんとかなりそうだけど、新しい内容に入ったとしたらついていくのもかなり厳しくなる。今のうちから予習しておかないと難しい気がする。

 

けどここまで過酷な授業を受けた後だから、少し息抜きをしたい気分だ。

 

 

 

「この後どうだい?僕の一押しの喫茶店があるんだけど」

 

 

 

前に座っている生徒を誘う。もちろん行く予定にしているのはメイド喫茶店だ。E組に入ってから行き始めたけど結構住み心地が良い。あの寺坂も楽しそうにしていたし、折角だからここのクラスの人とも一緒に行きたい気がする。

 

 

 

「あ、悪い。また今度な」

 

「気遣いありがとう。けど気にする必要はないからな」

 

 

 

その誘いは、断られた。凄く忙しそうにしていて、今すぐに教室から飛び出したいみたいだ。

 

 

 

「…うん。また今度ね」

 

 

 

そう言うと、その2人は一気に教室の外に出た。多分予備校に行ったんだろう。

 

授業が終わった後でもこんな調子だ。A組の生徒たちはこうやって、いつも必死に勉強している。休む暇なんて全くない。本当に余裕があるのは、五英傑みたいなほんの数人だけだ。

 

 

 

「メイド喫茶に行っているんだって?竹林くん」

 

 

 

そんな五英傑とは違う席のところに1人の男がいる。確か…

 

 

「窠山、で良かったよね」

 

「当たり。まぁ、E組にいたんなら僕の名前くらいは聞いたことがあるでしょ」

 

 

 

知らないはずが無い。夏休みに学真と戦った人物だ。ヤクザの息子でありながら、この学校では学力二位に属している。この教室で頂点と言ったら浅野 学秀くんをさすけど、彼はその次ぐらいの地位だ。僕からしたらかなり上の存在だ。

 

 

「興味あるかい?なんだったら一緒に…」

 

「やめておくよ。別に興味ないし」

 

 

…分かってはいたけど、断られてしまった。メイド喫茶と言われるとこういう風に渋られてしまう。あまり良いイメージを持たないんだろうか。行き続ければ寺坂みたいにハマると思うのに…

 

 

 

「…ていうか、君も行くのを辞めた方が良いよ。今の君には邪魔になる」

 

 

…え?

 

 

「それはどういう……」

 

「竹林くん、勉強と遊びを両立できないタイプでしょう?不器用と言うのかな。自分1人じゃ効率よくこなせない。E組にいた時は凄腕の先生が手助けしてくれただろうけど、今後はそう行かないよ。自分一人でA組でついて行こうとしたら、メイド喫茶なんて楽しんでいる暇がないでしょ」

 

 

…っ!?

 

 

「…分かるのかい?」

 

「今日の様子を見ていたら分かるよ」

 

 

 

窠山の言っていた事は全部当たっている。自分で言うのもなんだけど、僕は効率が悪い。

 

E組に入る前から勉強は死ぬほどやってきた。予備校だって何個も掛け持ちしていたし、良い点数が取れるための努力は怠らなかった。それでも勉強にはついていけなくて、E組に落とされてしまった。

 

E組に来て、殺せんせーに勉強を見てもらった結果テストの成績は上がった。その理由として考えられるのは、先生の教え方が良かったのもある。だけど、1番は勉強の工夫だった。僕の好きなアニソンに合わせて公式を覚えるやり方はとても良かった。

 

そこで初めて、自分が不器用である事を知ったんだ。今までは自分の努力不足だと思っていたし、殺せんせーと一緒に勉強しなければそれに気づかなかったのかもしれない。

 

 

「竹林くんさ。強者を甘く見過ぎじゃない?」

 

 

なんて言うんだろう。皮肉のようだけど、言っている事は的を得ているような感じだ。学真からある程度は聞いていたけど、身をもって知ってみると、心を見透かされているみたいで気持ちが悪い。

 

 

「強者になれれば楽できる、てバカな奴らはそう思いがちだけどそんな事は断じてない。寧ろ強者でなければならないと言うプレッシャーを背負い続ける事になる。それって意外としんどいものだよ。1番楽できるのは、強者でも弱者でもない中間の位置さ」

 

 

強者になれれば楽になれる、と思っていたわけじゃない。寧ろ苦労する事はあるだろうとは思っていた。

 

そして今日A組を見て分かった。本校舎にいる生徒の中で、ここにいる生徒が1番苦労している。期待値が高いとここまでキツいものなのか。

 

 

「君はもうA組だ。ならそれらしく振る舞わないといけない。メイド喫茶に行って鼻の下を伸ばす暇なんて、君には無いよ」

 

 

……メイド喫茶に行くことは止めろ、と言っているんだろう。

 

これは窠山からの助言…もしかすると忠告かもしれない。これからA組の生徒として過ごすのなら、遊ぶ時間を無くすべきだと。

 

……その方が妥当かもしれない。もう殺せんせーの手は借りれないんだ。ここで頑張って行くためには、必死に勉強していくしか……

 

 

 

「竹林、いるか?」

 

 

 

扉を開けられ、浅野学秀が入ってきた。どうやら僕を呼んでいるみたいだ。

 

 

「僕に一体何の用だい?」

 

「ついて来い。理事長が呼んでいる」

 

 

理事長…?何か僕に言うことでもあるんだろうか。

 

ここで色々と考えてもしょうがない。とりあえずはついていくとしよう。

 

 

僕は学秀に従って理事長室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、どうだったかい?A組の生活は」

 

「……色々と苦労しそうです」

 

「フフ…まぁそこは慣れてもらわないといけない」

 

 

理事長室と向かい合って話をしている。何気にこの理事長室に来るのは初めてだ。体育館ほどとは言わないが、それの次ぐらいには広い部屋で、その中にポツンと置かれてある机に座っている。賞状やらトロフィーやら、理事長の実績を示すものが沢山置いてある。昔この一部を壊した生徒が即E組行きになったって聞いたから、少し落ち着かない。

 

 

「さて、来てもらった理由だけどね。君にはある頼みごとをしたいんだ」

 

「…?僕にですか…?」

 

「ああ。君にしか頼めない」

 

 

…僕にしか…?先日E組から来たばかりの僕に何が出来ると言うんだろう。

 

 

「明日はこの学校が設立する前に建てられていた私塾が設立された日でね。全校生徒が本校舎に集まってもらうようになっているんだ。

 

そこで君にはみんなの前でスピーチをしてもらいたい」

 

 

…どう言うことなんだろう。何でそんな日に僕が話さないと行けないのだろうか。始業式ならともかく、私塾の設立記念日に僕が話す必要は無いと思うけど。

 

 

「なに、簡単なスピーチさ。学秀くん。出来ているかい」

 

「はい。こちらに」

 

「……まぁ、こんなものか」

 

 

学秀から貰った紙を見てから、その紙を僕に渡して来た。その紙を読めということ、か……?

 

 

 

「…これ、は…ッ!」

 

 

 

=======

 

 

僕はE組で過ごしている間、数々の問題を目の当たりにしました。

 

不純異性行為、不健康な食生活、コミュニケーションに問題のある行動

 

そんな彼らの行動を見て、元同級生として危機感を感じています。もし彼らがこのまま社会に出たとしたら、行き場をなくしてしまうのは必須です。

 

そこで皆さんにお願いしたい。彼らE組の将来のためにも、彼らを教育するシステム、E組調教委員会を設置してください。

 

 

=======

 

 

E組…調教委員会……?こんなのを作れと言うのか…?

 

原稿に書かれてあるのはほぼ嘘八百の内容だ。こんなものを全校生徒の前で話せば、E組のみんなは身に覚えのない罪を被せられ、更にもっと過ごしにくくなってしまう。

 

こんなの……

 

 

「これは君が強者になるための儀式だよ」

 

 

……ッ!強者…?

 

 

「クラスごと更生させたとしたら、それは大きな成果として讃えられる。高校では首位となること間違い無いし、一流大学に入れるのも夢じゃない」

 

 

…一流大学…家族が当然のように行ける大学に…行けるようになると言うのか…?

 

 

「やってくれるね?」

 

 

理事長の言っている事は、提案という事にはなっている。けど半分は脅迫だ。僕にとって望んでいる事を目の前に垂らして、自分の思い通りにさせようとしている魂胆は分かる。

 

…けど、もし親に認められるような人間になるためには、この人の言う通りにしないといけない。強さと言うものを誰よりも分かっているこの人だからこそ、強者になるための方法を知っている。

 

だから僕に出来るのは…

 

 

「……やります」

 

「いい返事だ。期待しているよ」

 

 

理事長は満足げに笑っている。E組の勢いが弱まることも狙えるから、願ったりかなったりなんだろう。それだけE組の事を…特に殺せんせーの事を警戒しているということだと思う。

 

 

「……学秀くん、これが君たちの見てきた世界なんだね」

 

「…まぁね」

 

 

ここに来る前に窠山から言われた言葉を思い出す。強者の事を甘く見過ぎている…それをいま実感したような気分だ。強者になるためには、自分に甘えてはいけない。そうしないと強者のままでいられる事はないから。

 

理事長室の前で学秀くんと別れる。彼も父親に対しては苦い思いをしているみたいだ。彼は文句なしの秀才であるはずなのに。

 

 

強くなるってことは…こんなにもキツいものか。

 

 

 

 

 

夜遅くに、自分の家に向かって歩いていく。右手には理事長から貰った原稿がある。

 

…未だに切り替えが出来ていない。こんな遅い時間になるまで悩む事になるなんて思ってもいなかった。

 

思い詰める事は何回かある。いくら努力しても結果が出ない自分に対して苛立ちと焦りが募り、こういう風に暗い気持ちで家に帰ることは何回かある。

 

けどいま抱えている気持ちは、そんな悩みとは別の苦しみがある。それも、こんな罪悪感を持ってしまうような事を…

 

 

「……ん?」

 

 

…何か気配を感じる。暗くてよく見えないが、歩いている先に誰かいるのは確かだ。しかも通りすがりではなく、明らかに誰かを待っている。それもあの姿、見たことがあるような……

 

 

「よう、竹林」

 

「……!学真…?」

 

 

近づいてその姿が漸く見えた。それは間違いなく学真だった。しかも、僕を待っていたみたいだ。

 

 

「…急にどうしたんだい。もうE組とは縁のない僕を…」

 

 

そのまま家に帰ろうとする。学真には悪いけど構っているヒマはない。もう明日には気持ちを切り替えておかないと……

 

 

「E組を厚生する委員会を設置するスピーチを話せとでも言われたんじゃないかと思ってよ」

 

 

…え?

 

 

「…なんで分かったんだ?」

 

「分かるよ。これでもアイツの息子だ。今のE組の状況と、明日設立記念日があることが分かれば、何をしようとするかぐらい分かりそうなものだ」

 

 

…そう、か。学真は一応あの人の息子なんだ。父親のやりそうな事はある程度予測が立つのか。

 

 

 

そういえば学真は、親のことを良く思わないところがある。律が親に開発されてしまったときもかなり怒っていたし、それは間違い無いと思う。

 

…理由としては、間違いなく理事長が関連しているんだろう。考えてみれば彼も僕と同じ、父親に認めてもらえていない人物だ。学秀でさえ父親に認めてもらえていない家庭だし、彼も家では見苦しい生活だっただろう。

 

 

「…学真は、父親に認めてもらいたいとか思う事はあるのかい?」

 

 

興味本位で聞いてみる。普段はあまり父親の事を聞こうとはしないけど、追い詰められているから聴きたくなったのかもしれない。彼も僕と同じように、あの父親に認めてもらいたいと思うのかどうかを…

 

 

「…昔は思っていたんだけどな。今はそう思わない。親父に認めてもらうって事は、つまり強者になるって事だ。そんな奴になるぐらいなら、見下された方がまだマシだ」

 

 

答えとして、そうは思わないということか。強者になって認めて貰えるよりも、あのみんなと楽しく過ごす方が大事だということか。…そういう生き方もあるのかもしれない。無理するよりかは自分の好きなようにした方が良いと思うのも1つの考え方だ。

 

結局僕は何がしたいんだろう。親に認めてもらいたいと言いながら、強者になるための一歩を踏み出せずにいる。こんな僕が本当に情けない。

 

 

 

 

 

 

「けどな。見返してやりたいと思ってはいるよ」

 

 

 

 

 

 

 

「え…?」

 

 

思わず顔を上げる。学真の顔は、いつも教室で見せていたような優しい表情だった。

 

 

「人としての価値は、強さだけじゃない。俺は今も、その気持ちは間違っていないと思っている。強者になって認めてもらうんじゃない。俺は自分の考えを変えないまま親父や兄貴を倒したいんだ。それが俺の望みだ」

 

 

学真の言っていることは、とんでもなく難しい。見返すということは、理事長に勝つという事でもある。あの理事長を屈服させるなんて、あの人の前に立てばそんなこと出来るはずがないと思ってしまう。

 

けど学真は、僕たち以上に理事長の強さを分かっている。理解している上でそれを超えるつもりなんだ。あの怪物を…

 

 

「地球の危機や100億よりも、親に認めてもらえる事の方が大事と言っていたな。それは間違っていないと思う。親に見てもらいたいという気持ちは決して間違いなんかじゃない。

 

けど、周りから求められているやり方にこだわる必要は無い。やりかたなんてものはいくらでもある。もちろん楽な方法は無いだろうけどな。大事なのは、自分が納得するか否かだ」

 

 

そういうと学真はカバンの中から何かを取り出した。教科書みたいな長方形のものみたいで、包装紙で包まれている。

 

 

「ここにもう一つ原稿がある。親父から貰った原稿と同様、それを読めば取り返しのつかないことになる」

 

 

学真が持っているものをもらうと、紙よりはやや重い。そこそこ硬いし、金属で出来たものなんだろうか。さっき原稿と言っていたけど、これは明らかに原稿じゃない。それどころか紙ですらない。

 

一体何が入っているんだろうと思い、包装紙の一部を開ける。

 

 

「…!これは……」

 

 

その中身を見て、目を疑わずにいられなかった。何しろそれを持っていること自体とんでもないことだから。

 

 

「例えお前が親父に言われた原稿を読んだとしても、俺たちの事は気にしなくて良い。またこっちで対策を練れば良いだけの話だ。

 

だから竹林。他人を気にせず、自分で選択しろ。親父と俺の渡した原稿…どちらを読むのかを。()()()()()()()()()()()

 

 

そう言って学真は振り返って離れていく。あのまま家に帰るつもりなんだろう。

 

もしかするとこれを渡すために僕を待っていたのかもしれない。理事長からスピーチ用の原稿を渡されるのを知っていたからこそ、このタイミングでコレを渡しに来たんだろう。

 

 

 

 

 

 

翌日、理事長が言っていた通り全校生徒が体育館に集合している。あくまで創立記念日だから、別に大切な話があるわけじゃない。校長先生からの簡単な話と、いつも通りのE組弄りがあって、いよいよ僕に出番が回ってくる。

 

進行者に名前を呼ばれ、ステージの前に立つ。その時点で生徒たちがヒソヒソと話をしているのが聞こえる。始業式が終わったばかりのこの時期に僕が話をするなんて思ってもいなかっただろう。E組のみんなも同様だ。

 

机の上に、理事長から貰った原稿を置く。ステージの脇にいる学秀が笑いながら僕を見ていた。この原稿のことを知っているからこそ笑っているんだろう。ひょっとしたら理事長もいま似たような表情になっているのかもしれない。

 

 

「少しだけ話をさせてください」

 

 

マイクに向かって話しかける。ザワザワしていた空気が一瞬でシン、と静まっていく。全員が僕の話を聞こうとしている。

 

 

「僕は1ヶ月間、E組で過ごして来ました。本校舎とはかけ離れた隔離校舎で、決して普通とは言えない環境で、破天荒な生活を過ごして来ました。

 

 

 

そんなE組は、メイド喫茶の次に過ごしやすいところです」

 

 

 

動揺の声が聞こえる。それもそのはず。ついこの間までE組の事を地獄だと言っていた男が、急に過ごしやすかったと言い始めたのだから。E組の生徒も、本校舎の生徒も、驚きの色が隠せないでいる。

 

何より、本来話すべきだった原稿を読んでいなかった事に対して、ステージの脇にいる学秀が呆気に取られていた。

 

 

「僕はただ焦っていました。親に認められたいと思うあまり、もっと大切な事を見落としてました。本当の気持ちに嘘をついて、これが自分のしたい事だと錯覚してました。

 

人は強くならないといけないという理事長先生の意見は正しいと思うし、それに従って強くなろうとしている皆さんも立派だと思います。しかし、僕はまだ弱者のままでいようと思います」

 

 

本当は、E組のみんなと楽しく過ごしたかった。親に認めてもらいたいから、僕はその気持ちに嘘をつけていた。

 

僕と同じ境遇にある学真は、父親に認めてもらうんじゃなくて、見返してやると言っていた。

 

学真にそう言われて始めて気づいた。まだ他に方法はあった。焦るあまり、それに気づこうとしなかったんだ。

 

僕はまだ強者にならなくて良い。もっとゆっくり、自分の人生について考えていこうと思う。

 

だから僕は…理事長に言われた方法は切り捨てる事にした。

 

 

「……!今すぐ撤回して謝罪しろ!さもないと…」

 

 

ステージの脇から学秀が現れる。僕の話を無理やり変えようとしているんだろう。

 

僕は原稿の下に隠していた物を取り出した。昨日学真から渡されたものだ。

 

 

「なっ…それは…!?」

 

 

学秀がそれを見て驚愕の色に染まる。僕がそれを持って来ているとは思ってもいなかったんだろう。

 

 

「理事長室からくすねて来ました。私立学校のベスト経営者を表彰する盾のようです」

 

 

椚ヶ丘では恐らくナンバーワンの教育者である理事長だ。これ以外にも色々と景品はあるだろう。理事長こそまさに、僕が憧れていた強者という存在だ。

 

懐からナイフを取り出す。本物ではなく、丈夫さだけが売りのナイフだ。僕はそのナイフを上に伸ばす。

 

 

「理事長先生は本当に強い人です。全ての行動が合理的だ」

 

 

 

 

 

 

 

常に僕の心臓を縛り付けているものがあった。それは、親に認めてもらいたいという欲だった。その呪いのような欲に、僕は縛り付けられていた。

 

知らない間に、僕は本当の気持ちを殺そうとしていた。自分の気持ちに嘘をついて無理しようとしていた。

 

けどそんな必要はないと学真は言った。

 

だから僕は、僕の本当の気持ちに向き合うために、その呪いを断ち切らないといけない。

 

 

ベスト経営者の盾を持ち上げる。そして上に伸ばしていたナイフを…盾に向かって真っ直ぐに下ろしていった。

 

 

 

 

《バリィィィィン!!》

 

 

 

盾が割れた事を証明するように、大きく音が鳴り響く。ナイフによって割れた一方は、そのまま地面に落ちて粉々に砕け散った。

 

 

「昔同じような事をして、E組に落とされた生徒がいるそうです。前例から合理的に考えれば…

 

 

E組行きですね。僕も」

 

 

 

体育館の中が、静寂な雰囲気に包まれる。この数秒間で起こった出来事に対して理解が追いついていないんだろう。先日のように声を出す人は誰一人としていなかった。

 

地面に落ちなかったもう一つの片割れを台の上に置いて、ステージから離れる。このまま何事もなくE組に行くつもりだ。

 

 

「……救えない奴だな。折角強者になるチャンスを与えてやったと言うのに」

 

 

横を通りすがったところで、学秀から声をかけられる。心底呆れている、という感じだろう。彼からすれば折角のチャンスを手放したようにしか見えなかったから。

 

 

「…強者?怖がっているだけのようにしか見えなかったけどね。君もみんなも」

 

「……ッ!!」

 

 

学秀をそのままにしておいて離れていく。別に彼に共感して欲しいわけじゃない。彼は彼なりの考えがあるし…僕の考えなんて理解できないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

◇三人称視点

 

 

「なに考えてやがるんだよ、竹林のやつ…」

 

 

ステージを見ながらA組の生徒たちが怒りの声を上げる。E組とは一度行ったら地獄のような苦しみでしかない場所なのだ。そこに自らいこうとする竹林の事が理解できないでいる。

 

 

「所詮はその程度だったって事でしょ」

 

 

その生徒の後ろで、いつも通りの表情のまま喋っている生徒がいた。

 

 

「窠山…」

 

「強者になるということは、それなりの苦労がある。例えどんなに嫌なことであったとしても、目的のためにはそれを実行しないといけない。今の竹林はそこまでの強さは無かったということでしょ」

 

 

窠山は予測していた。近いうちに竹林はE組に戻るだろうと。最初に会った時から、そう思っていた。

 

 

「…竹林孝太郎は強者にはなれない。それが全てだよ」

 

 

窠山の主張はそれが全てだった。本当の強者になれる人物はほんの一握りであり、それになるためには相当な努力と苦労が必要である。彼にとって本当に強者と言えるのは、浅野家の人物しかいないのだ。

 

 

 

 

 

 

「二学期からは暗殺に新しい要素を加えようと思う。それは火薬だ」

 

 

E組校舎では、体育が行われていた。訓練は始まっておらず、火薬という新しい武器を取り入れようとしていた。

 

 

「その破壊力は理想的ではあるが、それと同時に危険性も潜む。寺坂くんたちみたいな使用は絶対に危険だ」

 

 

一部の生徒の表情が固まる。殺せんせーが来たばかりの頃に、寺坂が渚にさせた作戦だ。オモチャの手榴弾に火薬と対先生弾を入れて自爆させた暗殺だ。それによって殺せんせーの怒りを買うハメになったのだが。

 

 

「というわけで、俺の監督のもとで1人の生徒に火薬の使い方を学んでもらう。さぁ、誰か覚えてくれるものはいるか?」

 

 

生徒の顔は、結構微妙なものだ。国家資格レベルの勉強をしようとする生徒はなかなかいないだろう。

 

 

「勉強には必要のない知識ですが…まぁこれも何かの形で役に立つでしょう」

 

 

そんななか、1人の生徒が立ち上がった。その生徒は烏間が持っていた火薬に関する書類を手にする。

 

 

「出来るか?竹林くん」

 

「ええ、二期OPの替え歌にしてやりますよ」

 

 




今回はオリジナル要素が強かったかもしれないです。この話はそれこそ学真くんにとっては大事だと思ったので絡ませました。

さて、次回はスイーツ暗殺の時間です。


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第92話 プリンの時間

タイトルの通り今回はプリンに関する話となります。個人的な話をしておくと私もプリンは大好きな方です。カラメルが上にかかっていて見た目もオシャレですよね。

現実の苦さを中和する甘い甘いプリンの話が始まります。


『君は甘い。自分自身に対して』

 

 

何かあったら、必ず授業がある。俺の家ではそれが当たり前だった。

 

完璧すぎる父親は、何においても非の打ち所がなくて、逆に俺の至らないところはいつも見つけ出される。その度にこうやって授業が始まっていた。

 

その授業をしている時の父親の目は、決まって笑っていた。俺と話している時はいつもその目だ。それ以外の目なんて見たことがない。

 

 

 

 

俺はこの人の、本当の顔を知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、そうなると分かっていてあの盾を渡したということか?」

 

「まぁな。A組に行く事になったばかりの竹林には、何を言ったとしても説得力に欠けると思ったからな。あの日がベストタイミングだったんだよ」

 

 

竹林にあの盾を渡した事を前原や磯貝に話している。あの時竹林がベスト経営者の盾を取り出したとき、俺以外のみんなは驚いただろうしな。

 

 

「それにしても…竹林が戻ってきてくれた事は嬉しかったけど、まさかああいう風に戻ってくるとは思わなかった」

 

「少し乱暴なやり方だとは思うけど、それ以外に方法はなかったしな」

 

 

磯貝が笑いながら竹林が戻ってきた事に驚いている。言っていることも話し方もイケメンだ。好感持てるわけだよ。

 

 

磯貝のセリフから分かると思うけど、みんなは竹林の復帰を喜んでいる。

 

あの日、竹林と別れた時はみんな心配していた。A組に行ってから大丈夫なのかって。それこそA組の生徒みたいになるのは嫌だっただろうし。

 

一部の生徒は遠くから竹林の様子を見守っていた。正直バレたりしないだろうかと心配になったが、何故かバレずに済んだらしい。明らかに種類が違う葉っぱを頭に乗せて隠れても意味がないだろとは思っていたが…

 

 

因みに俺は殺せんせーに頼んで理事長室の中に入った。竹林は自分の状況に迷う事になるだろうと思っていたし、その時に自分の進む道を選択する機会を与えたかったからな。

 

これで一件落着というやつだ。竹林の選択によっては暗殺がやりづらくなるかもしれないけど、戻ってきてくれたし、何より竹林は火薬関係の技術を会得している最中だ。竹林が自分から動くとは思っていなかったけど、戦力向上にも繋がるし結構いい感じになった。

 

 

 

こうやってまたクラスのみんなが揃ったとなると嬉しいもんだ。

 

 

 

「それにしても…なんでお前らがここに来ているんだよ」

 

「それ今更聞くか?」

 

 

俺たちがいま来ているのは、俺がよく来ている喫茶店だ。テスト勉強の時は色々とお世話になったし、そうじゃない時でもここにくる事は良くある。

 

以前桃花と倉橋と、霧宮と一緒にここに来た事がある。その時は確か黒崎もいたけどな。

 

 

息抜きついでに店の中に入ったら、磯貝と前原がいた。まさかこの2人に会うとは思っていなかった。2人とも喫茶店に来るイメージが無かったし。

 

 

「2人で一緒に飯食おうかなとは思ったけどな。少し前に矢田から勧められたから行こうかという事になったんだ」

 

「ああ、なるほど」

 

 

なるほど、桃花が勧めていたのか。どうやらこの店を気に入ってくれたみたいだな。一緒に行った甲斐があったぜ。

 

 

「お前矢田と一緒にここによく来るんじゃねぇか?」

 

 

前原がニヤニヤとした顔で聞いてくる。チクショウ、何かあったらそれで弄りやがって。

 

二学期に入ってから、ずっとこんな調子だ。俺に桃花の話を振ってきたり、2人きりにさせることがあったり…それを見て楽しんでいる奴らばかりだ。竹林がE組から離れた時は流石にそんな気分じゃ無かったのか、弄ろうとする奴はそんなにいなかった。けど竹林が戻ってきた瞬間に思い出したかのようにみんなから弄られる。それどころか竹林もソッチ側だ。

 

 

「あんまり面白がるな。そりゃ何回か一緒に来たことは…」

 

 

《カランカラン》

 

「すみません。友達が2人ほどいると思うんですけど…」

 

「あ、はい。ご案内致しますね」

 

 

……へ?あの声、聞いたことがあるんだけど…

 

 

「おまたせ、磯貝くん…アレ?学真も来ていたの?」

 

「…片岡……」

 

 

店員の案内に従って、何人かの女子生徒が来ている。先頭には片岡がいる。その後ろに岡野と倉橋…

 

 

「…学真、くん……」

 

 

そして思った通り桃花がいた。

 

 

 

「…おい、どういうことだ」

 

「いや、折角だし片岡たちもどうかなと思って誘ったんだよ。学真がここに来るとは思っていなかったし」

 

 

…ああ、そう。

 

つまり最初から片岡たちが来る予定だったのね。

 

 

どうりで大きい席なわけだよ。2人にしては席が多すぎるから、なんでここに座っているんだろうなとは思っていたけど。

 

そしてこれが俺を一緒の席に座らせた理由か。後で桃花が来ると分かっていたから、敢えて帰ろうとする俺を引き止めたというわけだ。

 

 

「まさかこういう形で会わせて来るとは…」

 

「何も言わなかったのは悪いと思っているよ。学校では2人で喋る事も出来ないだろうし、ここでユックリと話したらいいんじゃないかな」

 

 

相変わらずのイケメンだ。前原と一緒に企んでいたんじゃないかなとは思っていたけど、そんなことなさそうだな。警戒心が薄れていくような感じがする。

 

まぁそうだよな。学校では話す機会が無いのも確かだし、ここで話し合うのも良いかもしれないな。

 

 

「それじゃ、席を変えようかね」

 

 

俺たち3人は立ち上がって、女子と一緒に席に座る。

 

 

案の定、俺と桃花は隣どうしにされたわけだけど…

 

そこまでして俺と桃花を近づけさせたいか。

 

因みに俺は机の端に座っている。俺の左のほうには桃花、倉橋、磯貝という順番に座っている。そして俺の斜め前には前原がいて、横の方に岡野、片岡と続いている。

 

そしてみんなで適当にちょっとしたデザートを頼む。喫茶店なわけだし、別にコーヒーだけ頼んでも悪いわけじゃないと思うけど。ちなみに磯貝は何も頼んではいない。片岡とかから貰ったりするのかもな。

 

 

さて、何を話すとするか。話す機会は与えられたものの、何を話していいのかが分からん。カップルの間では何を話すのが妥当なんだろうか。考えてみれば、今までこういう経験なんてなかったし。

 

 

「…桃花は、ケーキとかは好きか?」

 

 

とりあえず目の前にケーキがあったから、それに関する話題を出した。

 

 

「あ、うん…好きな方かな」

 

「へぇ……特に何か好きな奴はあるか?」

 

「うーん、と…果物が入っているのが好きかな」

 

「そうか……」

 

 

なんだこのぎこちない会話。

 

自分で言うのもなんだけど、下手くそにもほどがあるだろ。そうか、てなんだ。続けられないのか。自分で言うのもなんだけど(2回目)。

 

斜め前に座っている前原の面白がっている顔が腹がたつ。女たらしなだけあるしどうせ慣れてるんだろうな。そんな奴から見たら俺の会話は傑作にしか思えないんだろうし。

 

 

「そういえば…学真ってこう言う甘いものを食べているイメージがないけど」

 

 

突然、岡野から聞かれた。次に何を話そうか迷っていたから助かった。

 

それにしても…俺って甘いものを食べているイメージないのか?…まぁ親父のイメージが影響されているんだろうけど。

 

 

「甘いのは好きだよ。美味いケーキ屋があったらメモに残すぐらいには」

 

「そういえば…自宅にお菓子が置いてあるんだっけ。それも沢山」

 

 

片岡が言った通り、俺の部屋には差し入れ用のお菓子を沢山置いてある。親父の関係者が俺のところに来る事もあるから、念のために置いているようなものだ。

 

そんでこの前クラスメイトが俺のところに来た時それを出した。考えてみれば、よく人数分あったな。

 

因みにケーキというよりは紅茶が好きだ。プロが入れる奴は飲んだ瞬間に香りが口の中に広がる。しばらく余韻に浸っておきたい気分になるんだよな。特にイギリスのブランド品なんかは…

 

 

「ボンボンの趣味なんて誰も聞いてないから」

 

 

なんだよつれないな。せっかく人が気持ちよく話しているというのに…

 

『皆さん、茅野さんからメールが届いています』

 

 

うお…ビックリした。

 

今の声は律か。どうやら俺ら全員にアナウンスがあるとは。

 

それにしても…茅野から?なんか珍しいな。茅野って基本的に渚について来ているという感じがあるから、自分から動き始める人に見えなかった。茅野の事を詳しく知っているわけじゃないからなんとも言えないけど。

 

 

「えっと…エプロンを持ってこい?」

 

 

ラインを開いて茅野から送られているメッセージを読んだ。エプロン、か……暗殺関係の事だろうし、料理に関する暗殺を仕掛けると言う事か。

 

 

「でも…そういう暗殺ならひと通り仕掛けたよね」

 

「食事中に暗殺を仕掛けたり、料理の中に対先生弾を忍ばせたり、それこそ毒を盛ったりな」

 

 

その通りだ。これまでにひと通りの暗殺は試している。特に食事は殺せんせーが油断しやすいからという理由で、十分すぎるぐらいに確かめた。この場にいるみんなもそれを知っているから、少し疑問に思ってしまう。

 

 

「けどまぁ、やってみない事には分からないだろう。ひょっとすると盲点を突いているのかもしれないし」

 

「…まぁ、そうだね」

 

 

少しリラックス出来たみたいだ。茅野の暗殺計画を聞いてみようという気になったんだろう。

 

何はともあれ、茅野の計画を聞いてみない事には何にも始まらないしな。明日の楽しみにしておくか。

 

 

 

 

 

 

「そういえば学真くん。最近りんごシャーベットばかり食べているよね」

 

「……まあ、色々あってな」

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんながあって翌日。日曜日のため学校は休みになっている。茅野はその日を暗殺準備としてチョイスした。

 

そして俺たちは、校庭に出ている。エプロンと言うから、てっきり調理室でも行くのかと思っていたけど、どうやらそうではないみたいだ。

 

 

「なるほどな。とんでもない事を思いついたもんだ」

 

「そうでしょうそうでしょう」

 

 

フフン、と得意げになっているのはこの計画の考案者、茅野カエデだ。

 

何しろこれは褒めざるを得ない。俺が予想していた内容を遥かに凌いだ。

 

 

 

プリン爆破なんて、思いつきすらしなかったし。

 

 

 

 

この計画は、どうやら大量の卵を破棄するニュースを見て思いついたらしい。

 

ご存知殺せんせーは超がつくほど甘党だ。貯金があれば甘いお菓子を買おうとするし、それ欲しさに女装までするほどだ。

 

茅野が殺せんせーとプリンを食べていた時、殺せんせーが『一回り大きなプリンに飛び込んでみたい』と言っていたらしい。だから茅野はその願いを叶えさせてやろうと張り切っていた。その時の茅野の目がキラキラしていたのは別の理由があるからだろうけど、触れない方が良いんだろう。

 

 

校庭には校舎と同じぐらいの大きな装置がある。形的にはプリンの型になるんだろう。それ以外にもパイプとかクレーンとかもある。…コレって結構予算を使うんじゃないのか?

 

 

「計画の流れを説明すると、中に対先生弾と竹林くん制作の爆弾が入った巨大なプリンを作って、殺せんせーにプリンを食べてもらう。そして奥の方まで食べ進んだ時にドカン!というわけ」

 

 

プリンの中に爆弾、か…かなり勿体無いような気もするな。

 

けど暗殺できる可能性は高いだろう。スイーツ好きの殺せんせーには効果てきめんな気もする。

 

 

やってみる価値はありそうだ。

 

 

「よし!じゃあやってみるか!!」

 

 

磯貝が声を出すと、みんなも掛け声をだす。みんなをまとめ上げる力は本当に強いよな。

 

 

 

と、言うわけで。

 

俺たちは巨大プリンを作る作業に取り掛かった。プリンを作るためには生地を作るところから始まり、それを型に入れて冷やすという工程になる。

 

作業をすれば質問とかは当たり前のように出てくる。その度に茅野に質問しに行った。

 

 

「カエデちゃん、この間テレビで巨大プリン潰れていたよ。自分自身の重さに耐えられないからって」

 

「その対策として、強化剤にはゼラチンの他に寒天を混ぜてあるの。ゼラチンより溶けにくいから、9月の野外でも崩れにくいの」

 

「茅野さん、これは?」

 

「オブラートで包んだ味変わりだよ。ずっと同じ味だと飽きちゃうから、型を作るときに時々投げ入れて味にバリエーションを増やすの」

 

 

なんていうか…色々と凄いな。茅野は科学的根拠を捉えつつ、美味しく食べられるように味までシッカリと研究している。茅野が色々と考えている事が所々で見える感じだ。

 

 

「凄いね茅野ちゃん。自分で全部考えたの?」

 

「あ、うん。そうだよ」

 

 

茅野に近づいているカルマも感心している様子だ。この計画に取り組んでいる様々な工夫を見ればそうなってくるだろう。

 

 

「プリンは前から好きだったし、一回こういうのやってみたかったんだ。予算も防衛省が確保してくれるし、チャンスと思っていたの。そう決めたら一直線だから」

 

 

茅野が言う通り、真っ直ぐな性格なんだろうな。こういう計画を思いつき、さらにそれを成功させるための苦労も惜しまない。自分の気持ちに素直である性格が出ているんだろう。

 

普段サポートに徹しているから、余計に印象が強くなっているのかもしれないが、

 

 

「……あ」

 

 

そうか。そういうことか。

 

最初会った時、初めて会った気がしないと思っていたけど、茅野のああいうところ、日沢に似ているんだ。

 

日沢も自分の気持ちに真っ直ぐだ。俺と仲良くなりたいからという理由で、特に深く考えずに俺に話しかけてくるぐらいに。

 

だから茅野と初めて会った気がしなかったんだ。なんとなく日沢を思い出させるようなかんじだ。

 

 

「おーい、学真!手伝ってくれよ」

 

「…あ、あぁ。分かった」

 

 

杉野に声をかけられるまでボーッとしていたみたいだ。いけないいけない。今は作業中だからこっちに集中しておかないとな……

 

 

 

 

そんなこんながあって翌日。大きなプリンの型に生地を入れ終えて、一日中費やして冷やし続けていた。それもただ冷やすだけじゃなくて内側に冷水パイプを通して、内側と外側から同時に冷やしていく。これぐらい大きいと冷やし方に工夫もいるということらしい。

 

冷やす作業が終わり、プリンの型を外していく。ここで外す時に型を崩さないように慎重にしていく。巨大なせいかすぐに崩れやすいように見える。

 

仕上げに上にカラメルソースをかけ、表面をバーナーで炙っていく。その工程が全て終了して……

 

 

「完成だーーー!!!」

 

 

巨大プリンは完成した。校庭の中でものすごく目立つほどの大きさで、近くから見るともっとデカいように感じる。そしてプリンというものにふさわしいほど柔らかい見た目をしており、かなり美味しそうな仕上がりになっていた。

 

 

「すっげぇぇ……」

 

「あの中に爆弾があること忘れてしまいそうだね」

 

 

賞賛の声が絶えない。それもそのはず。これは自分たちでこの大きなプリンを作り出したということを証明しているようなものだ。それを目の当たりにすれば達成感が半端ない。俺も少し驚いているほどだ。

 

 

何はともあれ暗殺の準備は整った。あとは仕掛けるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、コレ、先生が食べて良いんですか!!?」

 

「あ、うん」

 

「茅野さんが殺せんせーのために作ったんだよ」

 

 

殺せんせーが校舎に現れる。現れたと思ったらプリンの前に立ったまま震えているみたいだ。あの顔は感激している時のやつだな。本当に分かりやすい顔をしているもんだ。

 

 

「勿体ないから殺せんせーが全部食べちゃってよ。私たち教室に行ってるから!」

 

「勿論です!!あぁ、夢が叶ったァ!!」

 

 

スコップにも見えるスプーンを取り出して、殺せんせーは巨大プリンの中に突っ込んでいった。大きな衝撃でプリンの形が大きく変化したが全体が崩れたりはしなかった。あれが寒天の効果か。いやどうでもいいけど。

 

はてさて、この暗殺は上手くいくのかね……

 

 

 

 

 

俺たちは校舎に入って窓からプリンの様子を見ている。殺せんせーの食事のスピードも凄まじく、見る見るうちプリンが変形していく。まるでプリンの溶ける過程を眺めているみたいだな。

 

 

「プリンの底には爆弾と一緒にカメラが設置されている。爆破するタイミングは、殺せんせーがプリンを食べ進め、カメラの映像が明るくなった時だ」

 

 

爆弾を作った竹林は起爆スイッチを手に持ちながらカメラに映っている映像を見ている。映像の方は変化ない。

 

プリンの方を見れば、殺せんせーは完全に中に入っていったみたいだ。崩れたプリンの外側にはいない。

 

 

という事は、もうすぐという事だ。そこにたどり着くのはもう時間の問題だ。殺せんせーのスピードを考えればあっという間だろう。だからタイミングはしっかりと見極めないといけない。回避されるのもあっという間ということでもあるから。

 

ほとんど全員がカメラの映像を見ている。竹林なんかはもっと真剣だ。

 

全員に緊張感が走る。まだか、まだかと焦らされている時のような感覚だ。その間は誰も喋る事なく…

 

 

「ダメだーーーーーー!!!!!」

 

「うおおおおおい!!!?」

 

 

突然の大声に変な声を出してしまった。緊張が張りつめられている時に大声出されるのはダメなんだって…

 

いま大声を出したのは…茅野?なんか泣いているようにも見えるが……

 

 

「愛情込めたプリンを爆破なんてダメーーー!!」

 

「プリン好きの計画発案者が暴れ出したぞ!!」

 

 

…マジですか。

 

ここに来てプリンが爆破される事が嫌になったのか。いやまぁ勿体ないとは思うけど、もともとそういうつもりで計画していただろうが。

 

 

「プリンに感情移入してんじゃねぇ!!爆破させるために作ったんだろうが!!」

 

「嫌だ!!ずっとこのままモニュメントとして校庭に飾るんだい!!!」

 

「「「「「腐るわ!!!」」」」」

 

 

なんか色々とマズイ事になってきたな。計画発案者がこのザマだ。一気に計画が不安になってきたぞ。茅野を止めているうちにタイミングを逃してしまうんじゃ…

 

 

「ふぅ…少し休憩」

 

 

……え?

 

 

なんで殺せんせーがここに来て…っていうか…

 

 

 

「その手に持っているのは…カメラと起爆装置?」

 

 

殺せんせーの持っているものは、プリンの底に忍ばせていた起爆装置とカメラだ。起爆装置に至っては起爆回路まで絶たれてある。

 

 

「異物混入を嗅ぎ取ったのでね。地中に潜ってから取り除いておきました。次回から匂いのしない爆弾も研究しておいてくださいね」

 

「……はい」

 

 

…なるほどね。

 

よく知らないが、爆弾には強力な匂いを発する奴があると聞く。火薬の成分が影響しているんだろう。たとえどんなに微かであっても殺せんせーの鼻は嗅ぎとれると言うわけだ。

 

それで爆弾に気づいた殺せんせーがプリンの底にある爆弾を取り除いたというわけか。

 

こりゃ失敗か。結構良い作戦だと思ったんだけどな。

 

 

「…それで、この大量の皿はなんなんだ?」

 

 

教室には机の上に一つずつ皿が置かれてある。中に入っているものは、もしかしなくてもプリンみたいだ。

 

 

「プリンはみんなで食べるものですからね。綺麗なところを分けておきました。さぁ、皆さんで食べましょう」

 

 

…やっぱりな。殺せんせーの事だしそうするだろうなとは思っていたよ。クラス全員がプリンを食べれるようにするなんて、殺せんせーなら当たり前にする事だ。

 

俺の分のプリンを取る。綺麗な色をしたプリンが皿の上に乗せられ、カラメルソースがかけられている。クラス全員が美味しいところを食べれるようにという殺せんせーの配慮を感じる。

 

一口食べて、その美味しさに頬が緩む。一仕事した後甘いものを食べるととても美味しく感じるよな。

 

 

「残念だったね茅野。寧ろ失敗して良かった?」

 

「え…?」

 

「それにしてもビックリしたよ。茅野が暗殺を計画するなんて」

 

 

近くでは渚が茅野に話しかけている様子だ。いつも一緒にいる渚からすると、今回の計画にはとても驚いた事だろう。

 

 

「…ふふっ。本当の刃は、親しい友人にも見せないものだよ。また殺るよ。プルンプルンの刃なら他にも持っているんだから」

 

 

プリンを刃に見立てて殺せんせーに突き刺す姿は、騎士の一騎打ちのようにも見える。デザート好きの暗殺者も、張り切って暗殺をしかけた。ここにいると、本当に飽きないと思うよ。

 

 

 

 

 

 

「楽しかったね。プリン暗殺」

 

「まぁ、滅多に出来ないことだしな」

 

 

授業が終わり、帰り支度を進めていた。教科書を全てバッグの中に入れる。倉橋とそんな話をしていくうちに片付けの準備は整った。

 

 

「そういえば、桃花はどうだ?女子だしそういうのはすきなんじゃねぇか?」

 

 

一緒にいる桃花にも話を振る。驚くほど自然に話しかけれた事に自分でビックリしてしまった事は内緒にしてほしい。

 

 

「え……うん…結構楽しかったよ。家庭科は好きだし」

 

 

どうやら桃花も楽しんでいたみたいだな。そりゃ良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

………?

 

 

 

 

 

 

 

なんかザワザワしてねぇか?

 

 

 

 

 

 

外を見ると他のみんなが立ち止まっているみたいだ。みんな校門の方を見ている気がする。ということは校門で何かがあるということだろう。

 

一体何があるんだろうかと思い、窓から校門の方を見る。桃花と倉橋も同じように校門を覗いていた。

 

 

 

「…………ッ!」

 

 

 

思わず声を出してしまうところだった。いま見たものは確かに、みんなが驚いてもしょうがないものだった。

 

 

「学真くん…アレって……」

 

 

桃花が恐る恐る俺に尋ねてくる。ソレを見れば俺の事を気にかけるのは必然だろう。

 

 

 

「……先に失礼する」

 

 

 

カバンを持ってそのまま教室を出た。そして玄関と続き、校門に向かって歩き続ける。

 

その場にいた生徒の心配そうな目を感じる。教室から覗いている桃花に至っては怯えているようにも見えた。

 

 

大丈夫だ、という意味も込めて一瞬だけ桃花に目線を合わせる。そして再び校門に近づいた。

 

 

 

 

 

まさかこんな形で会うとは思ってもいなかった。いずれは会う事になったかもしれないが、いまその姿を見ることが出来るなんて、正直驚きを隠せない。

 

 

その人物の前に立って目線を合わせる。人と話す時のマナーも含めて…あらゆる躾はこの人から死ぬほど叩き込まれた。その教えには従うのが俺の流儀だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだな。親父」

 

 

 




ここでラスボス登場です。一体理事長は何をしに来たのでしょうか。次回地獄のケイドロの時間です。


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第93話 ケイドロの時間

小説を書き続けていると、書いている途中に使いたいネタというものが浮かび上がる事がよくあります。しかし全部使うとなると話としてメチャクチャになる恐れがあるんですよね。ですから極力使うのは避けています。じゃあ使わなかったネタはどうするのか。飲み会で使うんです。

今回は結構長くなっています。


「久しぶりだな、親父」

 

 

E組校舎の校門の前で立っている男に呼びかける。分かったとはおもうけど校門の前に立っているのは理事長でもある俺の親父だ。

 

親父がここに来ることは実を言うとそんなに珍しい事じゃない。E組の監視という名目でここに来ることはよくあるし、いまのE組には殺せんせーという超生命体がいる。教員として殺せんせーを受け入れている以上はその様子をよく見ておかないといけないだろう。

 

けどいま来たのはE組や殺せんせーが目的じゃない。もしそれが目的ならとっくに校舎の中に入るし、校門の前に立つ意味はない。

 

 

じゃあ何が目的か。それは間違いなく俺だ。親父がここにくる理由なら心当たりがある。

 

 

「随分勝手な事をしてくれたものだね」

 

「…急になんの話だ」

 

 

いつものパターンだ。親父は俺と雑談のような話は特にしない。伝達事項か、警告か…あるいは教えることがある時のみしか話すことはない。兄貴となんか恐ろしい会話をしているのを見た事はあるけどな。

 

誤魔化すように喋ってはいるが、何のことだかは予想がついている。とぼけているだけだし、親父もその事は重々承知しているだろう。

 

 

やがて親父は口を開いた。

 

 

「…竹林くんにあのスピーチをさせて、ベスト経営者表彰の盾を渡したのは君だね」

 

 

……やっぱりその話か。いずれは来ると思っていたよ。

 

スピーチを()()()というのは少し違うが、いまそんな事を言ったとしても意味がないだろうな。ここはスルーしといた方が良さそうだ。

 

 

「…なんでそう思ったんだ?」

 

「くすねて来たと竹林くんは言っていたけどね。それはほぼあり得ないと認識した。理事長室に来た時は盾を持って帰る様子も無かったしね。あり得るとすれば、あの盾の存在を知っている誰かが理事長室に忍び込んで取り出したという事のみだ。それが出来てかつ竹林くんに壊させる事が出来た人物とすれば、君しかいない。

 

因みに言い逃れは不可能だよ。壇上に残された破片から指紋は取得済みだ。竹林くん以外に君の指紋が発見されている。状況証拠も物理的証拠も揃っている」

 

 

…それは予想外だった。まさか指紋まで取るとは思ってもいなかった。

 

変な話、指紋を採取するやり方ならこの人も知っているだろう。色々な分野で能力値が高いから、今さらそれが出来ると言われても何もおかしくない。

 

けどそこまでやるとは思っていなかった。隠すつもりも無かったから最初の推理だけでも白状はするつもりだった。

 

まぁ恐らく、証拠は完璧に揃えると言うやり方が身にしみているんだろう。警察沙汰になった時は証拠があった方が有利になる。それに備えて証拠は出来る限り揃えているんだろう。あらゆる状況になったとしても対応できる策を用意しておく。これもコイツの強さの一つだ。

 

 

「……あまり余計な事はしないことだ。さもないとコッチは手段を選ばなくなる」

 

 

脅しのつもりなんだろう。これ以上好き勝手されると迷惑だから、俺を止めに来たんだ。理事長なら生徒1人を退学させることなんて容易にできる。

 

 

「………ハッ」

 

 

思わず笑いが溢れてしまった。いまの親父の脅しが少し滑稽だったからだ。

 

まずそもそもコイツは退学という手段は取らない。先生として一流である事は確かだ。自分の生徒は徹底的に教育するというのがこの人の流儀だし、自分の損得だけで生徒を辞めさせるという事はこの人は出来ない。

 

けど俺が笑ったのは、別の理由があったからだ。

 

 

「……アンタ、ようやくその顔を見せたよな」

 

 

おかしい顔をしているわけじゃない。寧ろ普通の顔だ。真剣な目で俺を見ているし、少し圧をかけようとしているようにも見える。気合いを入れるとかなら誰だってその顔になるだろう。

 

俺にとっては、親父がその顔になった事が珍しいんだ。

 

 

「普段のアンタは、常に余裕のある表情をしている。強者である事の現れなんだろうな。笑っているようにも見えるアンタの顔には、感情がこもってないようにも見えた。

 

けどいまのアンタは違う。余裕はほとんど見当たらない、まさに真剣な表情だ。

 

俺はアンタのそういう顔が見たかったんだよ」

 

 

球技大会の時に思った事がある。磯貝とカルマがバッターの目の前に立っていた時の話だ。

 

ラフプレーにも近いカルマたちの行動に対し、親父は余裕の表情を崩さずにいた。

 

 

そしてそのまま投球が始まって、進藤のフルスイングをカルマたちが間一髪で避けた時。

 

 

親父の顔から余裕が消え去ったのが見えた。

 

 

自分の洗脳教育と強者的な理論が始めて通用しなくなり、漸く度肝を抜かれたんだろう。殺せんせーの異常すぎる策が親父の教育を上回った瞬間だったからだ。

 

それを見て初めて、自分の父親の人間らしいところを見た気がした。あのバケモノもあんな表情をするんだと、この時初めて知った。

 

 

だから俺は目標を持った。いつかは自分の手で親父の本当の顔を引きずり出したいと思っていた。

 

そしていま親父がそういう表情になっている。それが何よりも嬉しかった。

 

 

「…言っておくが、俺は好き勝手やらせてもらうぜ。夏休みの時にハッキリと決めたんだ。俺はE組のみんなと一緒に努力し続けていくと。そしてアンタや本校舎の生徒を打ち負かせる」

 

 

宣戦布告というやつだ。E組にとっての本当のボスに挑戦状を顔面に叩きつけているようなものだ。喧嘩する気満々だ、という事でもある。

 

俺はそのつもりだ。先ほどの警告もノーサンキューだ。例え何を言われたとしても俺は自分のやりたい事をやめるつもりはない。

 

 

 

「アンタが求めているような強者になるつもりはない。他人から蔑まられたまま強者の首を刈り取る…それが俺の望みだ」

 

 

親父の目は全く変わっていない。最初の時と同じ目をしている。俺の言葉を聞いて何を思ったのかも全く分からない。

 

本当に感情が読めない奴だ。行動や価値観は理解できても、心の内側は全く分からない。十年以上親子として過ごしても、それは分からないままだった。

 

 

「E組のみんなと、か…それは果たして君にできるのか?」

 

「なに……?」

 

「…どうやら君はE組の事を高く評価しているみたいだ。けど過大評価が過ぎる。E組が本校舎の生徒を打ち負かせる事はまず出来ない」

 

 

親父の気迫がだんだんと高まっていく。相手を威圧している時の感触だ。親父はこういう風に相手を迫力で威圧する事がある。

 

俺がE組を評価している、というのは間違っていない。けど過大評価とは思えない。俺はE組の生徒と本校舎の生徒を打ち負かせる事が出来ると思っている。

 

それを過大評価だという事は…親父はそう思っているという事だろう。E組の生徒ではそんな事は出来るはずがないと…

 

 

「出来ないかどうかは…やってみないと分からないだろ」

 

「…………」

 

 

再び黙っている。言葉が返せない、という線はない。この人のことだし口論は得意なはずだ。

 

それをしないという事は……そうする意味がないということか。

 

 

「……なら結果を出すことだ。次の中間テストで…果たしてどこまでできるのか」

 

 

親父はそう言って校舎から離れていった。

 

結局何がしたかったのかは分からない。俺を止めに来たというのなら、もう少し何か手を打ってくる気はするが……

 

 

「学真くん!!」

 

「……桃花?」

 

 

後ろから俺を呼んだのは桃花だった。振り返ると桃花がコッチに向かって近づいてきている。それも走りながら。

 

 

「だ…大丈夫?理事長先生に何か言われたりとかは…」

 

「……いや、特には何にも言われていない。竹林がスピーチの時にした事についての文句を言いにきたみたいだった」

 

「そっか…良かったぁ……」

 

 

心配してくれたんだろう。退学とか休学みたいな処置をされるんじゃないかと思ったってところか。遠くから見ていてハラハラしたのかもしれない。自分の心配が杞憂だった事が分かって落ち着いたみたいだ。

 

 

「あ、それでね…えっと……」

 

 

何か言いたげな様子だ。少し困惑しているようにも見える。という事は、多分そういう事だろうな…

 

 

「…一緒に帰るか?」

 

「あ……うん」

 

 

そうして桃花と並んで帰っていった。一応帰り道は同じだしな。

 

 

その様子を後ろから覗いている影を感じるが…特に気にしない事にした。

 

 

 

 

 

 

 

◇第三者視点

 

 

「夏休みの暗殺計画は参考になった。若者の発想は流石だねぇ……」

 

 

暗闇の中、1人の男が紙を巡りながら喋っている。その紙は国が残していた夏休みの暗殺計画の紙である。殺せんせーの命を狙う1人、シロは準備を刻一刻と進めていた。

 

シロの前には、イトナが座っていた。頭から触手を生やしており、それを操って大きな物を持ち上げていた。一種のトレーニングである。触手を自由自在に操れるように、シロとイトナは研鑽を積んでいる最中だった。

 

 

「気は熟した。我々も動くよイトナ。あの憎たらしい怪物の命を今度こそ取るんだ」

 

 

いよいよ動き始める時間だ、とシロは判断している。夏休みの間は動く気配すら無かったが、ここに来て彼らは計画を立て始めていた。

 

 

「やるよイトナ。期待の新人くんも、出番を待ちわびている頃だろうしね…」

 

 

 

 

◇学真視点

 

 

親父がE組校舎に来た日の翌日。いつも通り俺たちは授業を受けていた。どの教科も1学期の時に比べてかなり難しくなっている気がする。数学なんかベクトルだぞ。頭が痛くなりそうだ。

 

まぁそれでも殺せんせーの授業のお陰でなんとかついてこれるけどな。不思議と印象に残りやすいコントとか始めるから、ある意味大変と言えば大変なんだが……

 

まぁそんなわけで俺は大丈夫なんだが…暫く授業を受けていなかったコイツとかは大変だろうな…

 

 

「大丈夫か?霧宮」

 

「問題ない。殺せんせーから貰ったプリントで基礎は硬めてある」

 

 

机に置いてあるプリントを持ってそう語る。いやほとんど不正解なんだけど…

 

と、言うわけで…いま霧宮はこのE組校舎に戻って来ている。暫く入院していたが、どうやら退院することが出来たみたいだ。学校が始まって数週間という話だったからな。

 

それで今日まで授業に来れなかった霧宮のために殺せんせーがプリントを作って来てくれた。『これで大丈夫!入りにくい頭にニュルッと入るタコ式問題集』とかいうふざけたタイトルをつけるあたり流石だなと思っている自分がいるわけだが…

 

 

《ガラガラガラ…》

 

「ふぅ…どこもジャンプが売り切れてしまってて遅れてしまった」

 

 

教室の扉から、今の今までジャンプを探していたらしい不破が入ってきた。なんだそのふざけた遅刻理由は。まぁこの教室なら許されそうな話ではあるんだが……

 

 

《ガチャン》

 

 

突然の金属音。

 

まるで鍵を閉めたような音が聴こえて、その音源の方を見る。それはいま教室に入ってきた不破の方であり、そこには殺せんせーの姿があった。それも警官のコスプレをしたまま…

 

 

「遅刻ですねぇ…逮捕する」

 

 

しかも悪徳警官か。黒いサングラスをかけ、ガムを噛みながら不破に手錠をかけたらしい。

 

 

「…何をしているんだよ」

 

「ヌルフフフ、皆さん最近体育で楽しそうな事をしていますね」

 

 

最近の体育…あぁ、()()か。

 

 

「体育…?」

 

「あぁ、お前居なかったもんな。実は……」

 

 

 

 

 

 

「二学期に取り入れる火薬以外の暗殺技術として、フリーランニングというものを取得する」

 

 

体育の時間、俺たちは校舎から遠くの方で烏間先生の話を聞いていた。今回の体育は珍しく校庭ではない。今日から全く雰囲気の違う訓練をするという事らしい。

 

 

「フリーランニング…?」

 

「そうだな…例えば三村くん。今からあの一本杉に行くとすればどれくらいかかると思う?大体でいいから考えてみてくれ」

 

 

烏間先生が指差しているのは、遠くの山の上に立っている一本杉だ。あそこに行くためには、まず目の前の崖を降りてからあの山を登る必要がある。行く途中の道はかなり通りづらく、その山はかなり細くて登りづらい。普通ならあそこにはたどり着けない。烏間先生とかなら可能かもしれないけど。

 

 

「…1分で行ければ良いところですかね……」

 

 

三村の推測は1分だった。割と標準的な方だと思う。崖を降りるのさえ時間がかかりそうだし、川やら障害物を避けて通るとなれば、それぐらい時間がかかりそうなものだ。

 

だが、意味ありげな笑みを浮かべている烏間先生を見るとそれは違うという事らしい。まさかもっと速くたどり着けるということか…?

 

 

「それでは、時間を測っておいてくれ」

 

「え……?」

 

 

烏間先生からストップウォッチを渡された。唐突で少し驚いたんだけど…

 

そんな事を機にするはずもなく、烏間先生はネクタイを外した。アレか。不破流に言うなら本気モードというやつ。

 

 

「これは1学期に行った訓練や山登りの応用だ。自分の身体能力を図る力、周りの環境の危機に気づく判断力や注意力。これが可能になれば、どんな場所であったとしても暗殺が可能になる」

 

 

話しているうちに烏間先生が後ろに傾いていく。俺たちの方を向いたままユックリと。つまりそれは崖の方に落ちて行くと言うわけで……

 

 

………え?

 

 

 

 

「え、マジで!!?」

 

「学真。時間時間!」

 

「えっ…あぁ」

 

 

思わず手を動かす事を忘れていた。杉野に言われてストップウォッチのボタンを押す。押した時にはもう既に烏間先生は山の麓に来ていた。どうやってあそこまで来たんだ?

 

すると烏間先生は目的とは違う山に向かって飛ぶ。そしてその山に足をつけて、思いっきり飛び上がった。壁ジャンプ、というやつか?赤い帽子の人気キャラクターじゃあるまいし…

 

 

そしてそのまま烏間先生は目的の一本杉に捕まる。それと同時に俺はストップウォッチのボタンを押した。

 

 

「…時間は?」

 

「さ、3秒06……」

 

「…?あまりにも速くないか?」

 

「すみません。最初の数秒間測っていませんでした……」

 

 

そんな不思議そうな顔をしないで……メチャクチャ恥ずかしくなるから……

 

それにしても…すげぇ通り方をしたな。崖から飛び降りたと思ったら一瞬で山の麓までたどり着いた。そして高いジャンプを繰り返してあんな高いところまでたどり着いた。

 

正に忍者みたいだ。俺も小学生の頃はそういうのに憧れたものだ。中学生になったときからそんなことは現実には起こりえないと思っていたが、まさかこんな形で忍者っぽいのが見れるとは思わなかった。

 

 

「しかしこれも火薬と同様、相当な危険性を含む。この裏山なら誰かにぶつかる可能性は低く、地面がクッション代わりになるため訓練にはうってつけだ。他のところで試したり、俺の教えた技以外の使用は厳禁とする。良いな」

 

 

はーい、と景気のいい返事が返ってくる。みんなはあの烏間先生の動きに釘付けだ。あんな風に動けたらカッコいいだろうと思っている人も少なくないはずだ。

 

しかし注意事項はその通りだ。危険な技というのは見ただけで分かる。軽はずみに試していいものではないな。

 

 

「それでは基本の受け身から……」

 

 

 

 

「フリーランニングか。珍しいものを始めたものだな」

 

 

霧宮はすっかり感心している様子だ。まぁ始めてそれを知る時は誰だってそうなるだろう。

 

 

「それで?そのフリーランニングがどうしたんだ?」

 

「ヌルフフフ、それを使った面白い遊びをしてみませんか?」

 

 

面白い遊びと来たか。そう語る殺せんせーは凄く楽しそうにしている。こういう時って凄いことを思いつくからな、俺らのところの担任は……

 

 

「それはケイドロです」

 

「ケイドロ、か……」

 

 

これまたポピュラーなものを持ってきたな。警官チームと泥棒チームに分かれて行う、鬼ごっこの一つだ。一応ルールは把握している。

 

 

「皆さんは泥棒チームとなって裏山の中を逃げ回ってください。裏山であればどこへでも逃げて良いです。警官は先生と烏間先生2人。制限時間は1時間。もし1人でも逃げ切れれば先生が烏間先生の財布で皆さんのお菓子を買ってきます」

 

「おい!!?」

 

「ただし、全員が捕まったら宿題は2倍!」

 

「ちょっと待てよ!殺せんせーから1時間も逃げられるかよ!」

 

「それは心配なく。先生が動くのはラスト1分間のみ。それまで先生は牢屋で待機しています」

 

 

…なるほどね。

 

つまり最初の59分間は烏間先生から逃げ、ラスト1分間は殺せんせーから逃げ切れれば良いのか。

 

場所が裏山ということは、逃げ回るというよりも隠れながらやり過ごすことも戦略としてありということだろう。足場が悪いのを活かして通りにくいところに隠れることも可能か。

 

それにしても、勝手に財布を使われることになった烏間先生は本当に不憫だな…

 

 

「それならいいか。良し!全員で逃げ回ってみせようぜ!!」

 

 

おー!という掛け声とともにE組の生徒全員が気合を入れる。遊びでもあるがこれも一種の訓練だろう。やらないわけにはいかないな。

 

 

「ちなみに、退院したばかりの霧宮くんは不参加ですからね」

 

「……承知した」

 

 

 

 

 

『ゲームスタートです!』

 

 

律の合図とともにケイドロが始まった。俺たちはもう既に裏山の中に入っている。いくつかのグループには分かれているが、広い裏山の中ではバラバラになっているだろう。

 

 

「ケイドロなんて久しぶりだな〜。久しぶりで楽しくなってきたわ」

 

 

杉野が結構楽しそうだ。杉野以外も多分同じ気持ちだろう。遊び感覚で体を動かすこともここのところ無かったし。

 

俺は因みに渚、茅野、杉野、カルマ、神崎、奥田と一緒に行動している。この後も更にバラけるつもりだが、状況が分かるまでは固まった方がいいだろうと思ったからだ。

 

 

「ところでさ、殺せんせーが動くまでは烏間先生だけなんだよね」

 

「…そうだね」

 

「こんな広い場所で生徒を見つける事なんて出来るのかな?」

 

 

茅野の言っていることは何となく分かる。この裏山はバカみたいに広い。動ける範囲も大きいし、木の上とか崖の上とか、高さまで考えればとんでもない範囲になる。

 

そんな中生徒を見つけることはかなり難しいだろう。まして隠れる場所も結構あるし、見つけるのもかなり難しい。俺だったらまず無理だろう。

 

 

『千葉さん、速水さん、不破さん、岡島さん、アウト〜』

 

 

 

もし相手が、烏間先生でなければな。

 

 

 

「……え!?」

 

「速…ッ」

 

 

律からの報告を聞いて、全員が驚いた様子だ。始まってからまだ1分も経っていない。こんな短時間で4人も捕まるとは思ってもいなかっただろう。

 

 

「…やっぱりな……」

 

「…?どういうことですか?学真くん」

 

「いや…烏間先生ならこれぐらいはやりそうだなと思っていたんだよ。人外の生物がいるから忘れがちだけど…あの人も相当バケモノだしな」

 

 

忘れてはならない。烏間先生も充分バケモノなんだ。象が倒れるほどの毒ガスを吸っても立って歩くほど。そんな烏間先生なら、普通に考えれば無理な事でも平然にやりこなしてしまう可能性がある。

 

恐らく…生徒を見つけたのは野生的な観察力と直感なんだと思う。烏間先生は内側にそういう野生を隠してそうだ。戦うときもそれっぽい表情をしていたしな。

 

 

『菅谷さん、ビッチ先生、アウト〜』

 

 

次から次に泥棒が捕まっていく。気づけば誰も居なくなった、とかになりそうだな。……縁起でもねぇ事言うんじゃなかった。

 

 

「ヤバい、どんどん殺られてく…」

 

「殺戮の裏山ですね…」

 

「逮捕じゃなかったっけ?」

 

 

怯えている茅野と奥田に、渚が冷静に突っ込む。いや全くその通りだな。演出は流石に怖いけど…

 

 

怖いけど……

 

 

 

「展開がホラーみたいで怖くなった?」

 

「言うな!!」

 

 

 

 

「あ、でもこれケイドロですから……」

 

「そうだよ!牢屋の泥棒にタッチすれば解放できる!サッサと助けて降り出しに戻してやるぜ!!」

 

 

意気揚々と杉野は牢屋に向かう。捕まったみんなを助けに行ったんだろう。

 

けど、それにも問題がある。

 

 

「あ…!」

 

 

どうや気づいたみたいだな。牢屋で待ち構えている奴に。

 

何しろ、殺せんせーはラスト1分間まで牢屋から動かないと言っていた。逆に言えば59分までは牢屋にいると言うことだ。

 

牢屋にいる仲間を助けるためには殺せんせーの目を盗む必要はあるんだが、それこそ無理難題だ。それが出来たらとっくに殺しているしな。

 

 

「…こ、この2人の先生のコンビ無敵すぎ!!」

 

 

『寺坂さん、吉田さん、アウト〜。続いて狭間さんと村松さんもアウトです』

 

 

次から次に牢屋行きの泥棒が告げられていく。満員状態の焼肉屋みたいだな。

 

さてどうするか。このままじゃ敗北待った無しだ。それどころか10分でゲームオーバーになる可能性が高い。もはや時間の問題だ。

 

 

「攻め入る隙があるとすれば、殺せんせーなんだが…ん?」

 

 

何やら牢屋で動きがあった。岡島が殺せんせーに何か渡しているみたいだが…

 

遠いからよく見えないが、結構小さいし恐らく写真だろう。殺せんせーはその写真を受け取って…胸ポケットに入れた。何が起こるんだ…?

 

 

「……」(チョイ、チョイ)

 

(今だ杉野ーー!)

 

 

殺せんせーが『とっとと行け』というように触手を振る。岡島は早く来いという合図を出していた。

 

アレまさか…買収されたのか。まさかさっきの写真っぽいのって…巨乳グラビアの写真か。

 

酷い警官を見た。牢屋に捕まっている仲間を助けて、俺たちはサッサとその場を離れた。

 

 

 

 

「…それで、この後どうするんだよ?」

 

 

暫く離れたあと、杉野からそう言われる。振り出しには戻ったが、問題が解決したわけでもない。烏間先生は今も泥棒たちを捕まえている頃だろう。もっともいまは殺せんせーに怒りの電話をしている頃だろうけど。

 

 

「…烏間先生を引きつける」

 

「引きつけるって…」

 

「そうすればその間は捕まる人は出てこない」

 

 

苦肉の策だが、そうするしか方法がない。残り時間は恐らく55分だ。そうでもしないとあっという間に全員捕まってしまう。殺せんせーが出てくるまでとは行かなくても、30分ぐらいは稼いでおきたい。

 

 

「でも、それってできるの?」

 

 

茅野が言っているのも最もだ。わずか5分で10人も捕まえている人だ。その人から逃げ切るのは至難の業だ。

 

 

だが、問題ない。

 

 

「大丈夫だ。むしろこれぐらい難易度が高い方がやる気が出るってもんだ」

 

「……おい、なんか嫌なもの立ってないか?」

 

 

火事場の馬鹿力という言葉を知っているだろうか。人は追い詰められるほど信じられない力を発揮するらしい。

 

結構楽しくなってきた。煮えたぎってきたとでも言うべきか。無理難題なこの状況に喜んでいる自分がいるのが分かる。今の俺なら行ける。

 

 

「よっしゃ行くぜェェェ!!!」

 

 

勢いのまま裏山の中を走り出す。烏間先生を見つけ出し、しばらくの間粘り続けるリアルファイトの始まりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『学真さん、アウト〜』

 

「学真が死んだ!」

 

「「「この人でなし!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇいまどんな気持ち?カッコつけてアッサリ捕まってどんな気持ち?」

 

「……もうやだ死にたい…」

 

 

まさか再び牢屋に来ることになるとは思わなかった。あんだけカッコつけてアッサリ捕まるとかカッコ悪いにも限度がある。穴があったら入りたい気分だ。

 

 

烏間先生が見えた瞬間、俺は烏間先生から逃げる方向に向かって走り出した。烏間先生なら俺の存在には気づいているだろうし、コッチが見えた瞬間に逃げれば丁度良いだろうと思っていた。

 

ところがさっき背を向けたはずの烏間先生が目の前に現れていた。それと同時に肩に強い衝撃を感じ、アッサリ捕まったことを思い知らされていた。『お前はもう捕まっている』とでも言われた気分だ。

 

 

どうしようか。これ以上殺せんせーの監視から逃れる術って…

 

 

「実はね、殺せんせー」

 

 

…ん?

 

同じく牢屋で刑務作業(という名のドリル)をやっている桃花が話し始める。ていうかお前も捕まっていたのか。

 

その語っている桃花の様子は、儚い感じを装っているようだ。悲劇のヒロイン、という方がシックリくるかもしれない。

 

 

「弟が重い病気で寝込んでいてね…今日ケイドロをやるってメールしたら『絶対勝ってね』って…捕まったって知ったら、あの子きっとショックで……」

 

 

…おい。

 

それはどこまで真実だ。そんな怪しすぎる作り話で殺せんせーが「行け」逃してくれるはずが…え?

 

 

「本官は泥棒は見ていなかった。行け」

 

「…!ありがとうございます!」

 

「サッサと行け!」

 

 

……なんだこれ。

 

 

よく分からないが逃してもらえるみたいだ。背中を向けて何故か泣いているようにも見えるが……

 

 

 

 

 

そうして見事に牢屋にいた全員は脱出できた。再び山の中に潜り込む。

 

 

「助かったぜ矢田」

 

「あんなんで行けるもんなんだな」

 

「えへへ…」

 

「彼氏の方は全く役に立ってないけどな」

 

 

ウッセェ寺坂。地面に埋めるぞ。

 

 

「それでどうする?殺せんせーからアドバイスは貰ったが…」

 

 

村松が言う通り、牢屋から脱出する際にアドバイスを貰っている。烏間先生に見つからないコツと…上手く逃げ切るコツを。岡島たちを助ける時も言われているから、二回聞いていることになるんだが…

 

 

「アレ殺せんせーには通じないんだろ?」

 

「まぁ、教えている本人だしね…」

 

 

…そう、殺せんせーじゃあのやり方は通じない。1分あれば裏山全体を回れるだろうし……

 

 

「そうか。殺せんせーが探せない場所に行けば良いんだ」

 

 

俺の言葉を聞いてその場の全員が不思議そうな顔をしている。俺が何を思っているのかが気になっているんだろう。

 

俺は携帯を取り出して操作する。それは一斉ラインというやつだ。E組全員で先生たちに一泡吹かせる策ならある。

 

 

 

 

 

 

◇第三者視点

 

 

50分前後かかったいま、ケイドロは未だに終わる気配すらない。それもそのはずだ。牢屋に行った筈の泥棒たちが脱走し続けているからだ。

 

烏間が捕まえ続けても、殺せんせーの緩すぎる警備により、泥棒たちは簡単に牢屋から抜け出すことが出来ていた。まるでコンビニのように少しの間入っては出て、入っては出てを繰り返している。

 

 

「あのバカタコはどこにいる出てこい!!」

 

「暇だから蕎麦を食べに行くと言ってました」

 

 

ついに烏間の怒りが限界値に達した。大きな銃を二丁持ち、牢屋の周りを徘徊している様子は某警官をイメージさせる。

 

烏間と殺せんせーは教員としての相性は良い方だ。教え方に工夫を凝らす烏間に、それを用いて興味を惹かせる遊びに変える殺せんせーは、生徒にとってこれ以上なく楽しくさせてくれる授業が展開されるのだ。

 

だが性格上の相性となると必ずしも良いと言うわけではない。かたやルーズすぎるターゲットに、かたや怪物とまで評されている役人だ。コンビネーションはもはや成り立っておらず、もはやボロボロであった。

 

 

「これでは訓練として成り立たん。次に逃げられたら俺は降りるぞ」

 

「ええ、もう逃しません」

 

 

グチをこぼしながら烏間は再び森の中へ入ろうとする。能天気な殺せんせーに対して異常な殺意が向けられていた。

 

 

「ですが烏間先生。ここから泥棒たちのレベルは上がっていますよ」

 

「なに……?」

 

 

殺せんせーは得意げに語った。何か企んでいる事は間違いない。その言葉だけではどういう事なのかがわかりづらいのだが、それをその場で知る必要は無かった。

 

 

 

 

 

(どういう事だ……?生徒たちの気配を感じることが難しくなった)

 

 

森に入ってしばらく経ったところで烏間は気づいた。さっきまではすぐに生徒の気配を察知出来た筈なのだが、いま現在は生徒の気配を感じられなくなっている。

 

 

(なるほどな…奴に逃げ方のコツを教えて貰ったのか)

 

 

その理由は、割と単純だった。牢屋から脱出する際に殺せんせーがE組の生徒たちに教育を施していたのだ。烏間が木の乱れや足跡などで生徒たちの場所を察知していること、そして見つけるのを困難にさせる移動の仕方などを教えていた。

 

生徒たちはその教えに倣って烏間からうまく逃げられるようになっていた。基本的に4人組で行動し、周りを注意深く観察している。そして烏間の姿を捉えた時に、全員でバラバラに散らばるように動いていた。

 

 

こうなってくると、全員を捕まえる事は厳しくなる。最初の頃に比べて大きな成長だ。

 

そのことに烏間は喜びさえ感じている。先生という職業ゆえに、生徒の成長を喜ぶのは自然なのかもしれない。

 

 

現場で指導をする烏間に、全体から見た情報を教える殺せんせー。全く違う視点から教えてもらうことで生徒は大きく成長していく。

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 

 

 

生徒を何人か捕まえていくうちに、見渡しの良い場所で4人の生徒が立っていた。前原、片岡、木村、岡野…いずれも機動力の高いメンバーである。

 

彼らは烏間を待ち伏せていたのだ。そして烏間とスピードで勝負しようというのである。4対1の形ではあるが、それぐらいのハンデがない限りは烏間と対等にはならないのである。

 

 

(……面白い)

 

 

「左側の崖は危ないから近づくな。そこ以外で勝負だ」

 

 

 

その生徒からの挑戦状を受けることにした。烏間の指示に従い、4人の生徒はバラバラに散らばる。気を伝って進んで行ったり、岩の上を飛びながら移動したりと、かなり難しいコースを簡単に通っていく。

 

 

(ほう、良い動きをするようになった。だが、まだまだだ)

 

 

一気に加速する。E組随一のスピードを誇る木村でも、彼を追い抜くことはできなかった。

 

木村、片岡、岡野を順調に捕まえていき、そして前原を捕まえる。こうして4人との勝負を終わらせた。

 

 

「随分粘ったものだな。だがラスト1分。奴が動き始める頃だろう」

 

 

携帯の時間を見ながら烏間はそう呟く。いよいよ殺せんせーが動き始める時間だ。残りの生徒はせいぜい10人程度。殺せんせーなら1分で確保できる人数だ。

 

 

「ふっふっふっ…この勝負、俺たちの勝ちっすよ」

 

「なに……?」

 

 

息を切らしながら、前原が勝ち誇った様子になっている。

 

 

「だって烏間先生は殺せんせーに乗って移動なんて出来ないでしょ?」

 

「当たり前だ。そんなヒマがあればとっくに殺している」

 

 

流石にそれは有り得ない。烏間が殺せんせーに乗る事は有り得ないし、もしそれを行うものなら烏間は迷いなく殺せんせーを殺すだろう。

 

 

 

 

「じゃあ、ここから1分でプールまではいけませんよね」

 

「…!しまっ……!」

 

 

 

 

 

 

◇学真視点

 

 

前原たちを囮にして、烏間先生を遠くに移動させることが出来ればそれで良い。そうすれば烏間先生は絶対にここには来れない。

 

裏山全体の中で、殺せんせーが唯一探せない場所がある。それはプール。それも水の中だ。水に弱い事はもう既に分かっている。

 

渚と杉野、カルマと俺はプールの中に入っている。もし殺せんせーが中に入ってきたとしたら、触手が水を含んで動きが制限されることになる。そうなれば、4人がかりで殺せんせーにナイフを突き刺すつもりだ。水の中なら仕留めれる自信はある。

 

現に今殺せんせーは陸で立ち往生している状態だ。こうなったらもう何もできない。そのまま1分を過ごして行くことになる。

 

 

…え?お前の息は続くのかって?流石にそれぐらいの体力はつけたよ。

 

 

 

 

 

『タイムアップーー!泥棒チームの勝利でーす!!』

 

 

終了の合図がなる。全員を捕まえることが出来なかったから泥棒チームの勝利だ。悪いな烏間先生。お菓子を美味しくいただきます。

 

 

「…はぁぁ、1分は流石にキツかったな」

 

「できなかったら最高のネタになっていたんだけどね」

 

 

ネタになってたまるか。そういうのはもう懲り懲りだ。

 

 

 

「それにしても不思議〜。息の合わない2人なのに、教える時は凄く連携しているよね」

 

 

倉橋がそう思っているのも最もだ。殺せんせーと烏間先生は普段は息が合っていない。それどころかいつも烏間先生が怒っている気がする。

 

けど今回の訓練では凄く連携していたように思える。烏間先生が実践形式で教えて、殺せんせーがアドバイスをするというように。

 

 

「ヌルフフフ、それが先生というものだからですよ。目の前に生徒がいたら教えたくなる。それが先生という生物です」

 

 

…そういうものなのかね。

 

 

「汚職警官が。本当は泥棒の方が向いていたんじゃねぇの?」

 

「にゅや!?そんな事有るわけないでしょう!!先生のような聖職者が泥棒なんて…」

 

 

寺坂の悪口に対して異様に反応しているところを見ると…そんな風に見られるのが本当に嫌だってところだろうか。メンタルも弱いし、そう思われたら結構傷つくんだろうな。

 

 

 

まぁそんな事態が起こるとは思えないんだけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「学真くんって実はフラグ建築士一級なんじゃない?」

 

「……なんの話だ」

 

 




学真の弱点
・ドジ属性
・庶民感覚のズレ
・追い込まれると妙にカッコつけたがる
・怖がり
・フラグ建築士

こんな感じですかね。


次回は殺せんせーが悲しくなるの時間です。


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第94話 疑いの時間

気づけば11月、今年が終わるまであと僅かになりました。時間が経つものは速いものですね。

調べたところ今年最初の投稿は56話でした。つまり今年一年で夏休み編の殆どが投稿されたことになります。読んでくださる方々がいたからこそ、めげずに頑張れたんだなと思います。

ここから先も投稿を続けていき、やがては完結させようと思っております。それまでお付き合いしてくだされば嬉しい限りでございます。





「一応この作戦で行くつもりだ。今夜あのターゲットが来ないわけがない。ここで勝負を仕掛けるつもりだ」

 

 

暗い部屋で、男はシロの話を聞いていた。それは殺せんせー暗殺の作戦を練っている途中であった。

 

その作戦の流れに、おかしなところはない。シロの目論見通り、殺せんせーは間違いなく『そこ』に来るだろう。

 

1つだけ気になるとすれば、それで殺せんせーを殺せるか、という事だった。イトナは殺せんせーと2回だけ戦っており、その度に負けている。今回もまた、殺せんせーに負けて終わるのではないかと予感していた。

 

 

「なぁに、イトナは更に進化している。敗北は人を強くするとはよく言ったものだ。負ける度にイトナは強くなっているさ。

 

最も、これ以上負けると救いようがないけどね」

 

 

なんと冷たいことだろうか。目の前のシロの冷静さに、男はため息をつかずにはいられなかった。

 

触手の性質は知っている。触手は感情に大きく左右されるものであり、感情が暴走すれば、宿主を死に至らせることまでになる。

 

今回でイトナが負けたとすればどうなるか、容易に想像できる。恐らくシロも同じ結論に達しているだろう。その上でその言葉を吐いているのだ。

 

つまり、場合によってはイトナを見捨てるつもりなのだ。イトナとは全く面識がないが、あまりにも可哀想になってくる。

 

 

「そうなった時は君の力を借りるかもしれない。君ほどの力を持つ中学生なんてなかなかいないからね…」

 

 

シロのお世辞は軽く聞き流した。心にも思っていない賞賛を言われたところで、別に何とも思わない。

 

だが任務は全うしなければならない。彼の目は依頼を受けた殺し屋のように、執念が宿っている真剣な眼をしていた。

 

 

 

 

 

◇学真視点

 

 

 

俺たちはいつも通り授業を受けていた。天気も良く特に問題ない。校舎だっていつも通りの奴だ。何も変わってはいない。

 

だが今日の授業はいつもとは明らかに違うことが1つだけある。それは…

 

 

 

「えー…この文法はァ…こうなってますのでぇ……」

 

 

 

授業をしている殺せんせーの様子だ。顔色がすごく悪く声も弱々しい。

 

そしてそれを受けている方はというと、一言で言えば結構冷たい。冷めた目で殺せんせーの授業を受けている。一応話は聞いているが、真剣な目で殺せんせーを見ている人は多分いない。

 

こんな状態で授業をしている殺せんせーは堪ったものじゃないだろう。多くの生徒がいるというのに、教卓では孤独になっていると見た。

 

なんでこんな事になったのか。それは少し前に遡る。

 

 

 

 

 

「これって明らかに殺せんせーだよね?」

 

 

教卓で殺せんせーを取り囲んで話しかける。見方によっては問い詰めているようにもなる。

 

そうまでしてみんなが殺せんせーを問い詰めているのは、新聞や週刊誌に載ってある1つの事件が関係している。

 

それはいわゆる、下着泥棒というやつだ。最近そういう事件が頻発しているらしい。特に巨乳の人が被害にあっているみたいだ。

 

そしてその雑誌には決まってこう書いてある。『黄色いタコ』。それがどういう意味かは言わなくても分かるだろう。

 

 

つまり、いま殺せんせーは下着泥棒の疑いがかけられているわけだ。

 

 

「正直ガッカリだよ」

 

「こんな事するなんて」

 

「ちょちょ、ちょっと待ってください!先生全く身に覚えがありません!」

 

 

殺せんせーは否定している。そりゃ下着泥棒という、犯罪でもありセクハラでもある行為を認める奴はいない。

 

 

「じゃあ、アリバイは?昨日夜、どこで何してたの?」

 

「何って…上空1万メートルから3万メートルの間を行き来しながらシャカシャカポテトを作ってました」

 

「誰が証明するんだよそんなもん!」

 

 

それはもはやアリバイとして成立しないな。確認できる人なんていない。

 

ていうかそもそもこの先生にアリバイは意味がない。マッハ20のタコは日本の中なら10秒以内で移動できる。誰かが監視していたとしても分身があるし意味がない。

 

 

「ちょっと待ってください!ここまで言われたら黙ってはおけません!先生の意思の強さを示すために、学校に置いてあるエロ本を全て捨ててきましょう!」

 

 

疑いの視線に耐えきれなくなったのか、殺せんせーは大声でそう叫んだ。言ってはなんだけどそれしたところで何の意味もない。

 

殺せんせーはそのまま職員室に移動した。生徒のみんなもついてきている。烏間先生やビッチ先生が何事かとコッチを見ている。

 

 

「この机の中には先生の宝物が詰まっています!それを一切合切捨ててしまいます!」

 

 

そう言って机の引き出しを開けた。もはや半ギレだ。器が小さいと言うのは既に分かっているし、何かあったらヤケクソになる。

 

 

「なっ…!?」

 

 

だが、悪い事は次々に起こるものだ。

 

殺せんせーの机の中にあったものはエロ本だけではない。噂の下着が机の中にたくさん詰まっていた。机を開けた瞬間、勢いでいくつか地面に落ちてしまっているし。

 

 

「うわ…」

 

「下品……」

 

 

更に空気が悪くなる。ここに来て殺せんせーが下着泥棒である事の証拠が出てしまったようなものだし。

 

 

「ねぇ見て!出席簿…女子の胸のサイズがメモされている!」

 

「何これ!ひどい!」

 

「『永遠のゼロ』ってなによ!!!」

 

 

出席簿には胸のサイズが書かれているのか…これまたとんでもないものが出てきたな。あと茅野、気持ちは分かるがそんなにキレるな。

 

 

「そ、そうだ……先生実はバーベキューの準備をしているんです!良かったら皆さんで一緒に楽しみましょう!!」

 

 

机の隣に置いてあるボックスを開ける。殺せんせーの話からするとその中にはバーベキューのセットが入っているという事だ。

 

 

けどそんな事はなかった。ボックスの中から殺せんせーが取り出したのは串に引っかかっているブラジャーだった。さっきからの流れで大体分かっていたけどな。

 

誰もなにも喋らない。それは呆れか、それとも軽蔑か。少なくとも殺せんせーを快く見ている生徒は誰1人としていなかった。

 

 

 

 

 

 

「きょ…今日の授業はここまで……」

 

 

そそくさと殺せんせーは教室から出る。後ろ姿から落ち込みすぎているのが分かる。そりゃ気不味いだろうな。

 

 

「アッハハ。今日一日虫の息だったね」

 

 

カルマはその様子を面白がっていた。隣でケタケタ笑っているのか見えたし。こういう時だけサボらないんだよな…

 

 

「でも、殺せんせー本当にしたのかな?こんなシャレにもならない事…」

 

「地球爆破に比べれば可愛いものでしょ」

 

「うん…そりゃそうだけど……」

 

 

渚は未だに疑問に思っているみたいだ。人をあまり疑わない渚らしいといえばその通りだ。

 

カルマの言う通り地球爆破と比べれば大した事はない。マッハ20なら泥棒なんてお手の物だろうし、警察にも捕まる事もない。

 

ただ……

 

 

「俺は無いと思っている」

 

「学真くん?」

 

 

俺が口を挟んだとき、何人かは俺の話を聞いている。真実が気になっている人もいるんだろう。

 

 

「殺せんせーが教師バカなのは、見ただけで分かる。生徒の面倒はなにがあっても見る人だ。

 

それが、俺たちの信頼を損ねるような事を平然とやるとは思えない」

 

「……うん、僕もそう思う」

 

 

渚は安心した表情になっている。笑ってはいるが、カルマも同じように思っているんだろう。

 

 

「けど、じゃあ一体誰が?」

 

 

茅野が言う通り、問題はそこだ。新聞や雑誌として載せられている殺せんせーらしき人物は誰かという事になる。

 

それについてはある程度予測が付いている。それは…

 

 

「ニセよ」

 

 

…ハイ?

 

いや、なに突然口を挟んできているんですか、不破さん。

 

 

「ニセ殺せんせーよ!ヒーロー物のお約束!偽物悪役の登場だわ!!」

 

「お、おう……」

 

 

なんか燃え上がっているな…ひょっとしてこういう展開が好きなのか?ヒーロー物っぽいといえばそうなんだけど。

 

まぁとにかく、不破の言う通りニセである事は確かだろう。殺せんせーを知っている誰かが殺せんせーを真似して犯行に及んだんだろうと思われる。

 

 

「その線だろうね。真犯人は今夜も仕掛けてくるだろうし、ここでとっ捕まえて、あのタコに借りを作っておこうよ」

 

 

寺坂の肩に手を置いてカルマがそう語る。寺坂は連行という事ね。

 

まぁカルマの意見には賛成だ。被害は主に殺せんせーである事は確かだが、このままにしておけない。なんとかして真犯人を見つけ出してみせようかね。

 

 

「…永遠のゼロ……!」

 

 

その呟きは抑えてくれませんかね……。

 

 

 

 

 

 

というわけで、俺と渚、茅野にカルマ、寺坂と不破でニセ殺せんせー捜査になった。検索要員としてモバイル律もいるわけだけどな。

 

 

「ふっふっふ。見た目は中学生中身はそこそこ大人の名探偵参上」

 

「やってる事はフリーランニングを使った住居侵入だけどね」

 

 

不破さんが楽しそうでなによりです。やってる事が探索みたいなことだしな。『東京醤油ラーメンズ』とか『海猫』とかを想像する。

 

 

「それで、なんでこの建物に犯人は来るんだ?」

 

 

さっき渚が言っていたけど、俺たちはある住居の中にいる。不破が言うには今日犯人はここに来るらしい。その理由はまだ聞かされていないんだ。

 

 

「この建物は、有名な巨乳アイドルグループが合宿として使っているところなの。今日で最終日、洗濯物が外で干されているし、犯人がここに来ないわけがないわ」

 

「なるほどね」

 

 

不破の主張は的確だ。どんな形であったとしても真犯人がここに姿を現わすだろう。

 

なら俺たちはここでしばらく待機というわけだ。真犯人が現れた時にすぐ捕まえられるように。

 

それにしても…不自然すぎる。アイドルグループの合宿ならもう少し音楽や声が聞こえていても良いはずだ。なのに凄くシーン、となっている。下着が干されているところには、潜んでいるタコしかいないし…

 

 

「いや待て。何をしているんだあのタコは」

 

 

…殺せんせーもここに来ていたのか。俺たちと同じく真犯人を捕まえに来たんだろう。まぁ真犯人に対しての怒りが大きいだろうしな。

 

それにしても何だあの格好は。姿がバレないようにと言うつもりなのか、黒い服にサングラス、そんでもって手拭いを顔に巻いている。忍者の真似でもしているつもりなんだろうけど、場所的に下着泥棒にも見えるぞ。

 

 

「見て!真犯人に対する怒りのあまり下着を見て興奮している!」

 

「あいつが真犯人にしか見えねーぞ!!」

 

 

まぁ、なんて言うんだろう。どうしても殺せんせーが怪しく見えてしまう。不審な行動が怪しさに繋がるからだ。今朝もそれが根底にあるのは確かだ。もう少し烏間先生みたいに規律正しくしていれば疑われることもなかっただろうに…

 

 

 

「…!オイ、アレは…」

 

 

庭に入ってくる人影を見つけた。遠くにいるからよく見えないが、黒タイツと黄色いヘルメットが見えた。

 

やはり、真犯人は別にいたか。

 

あの黄色いヘルメットは、恐らく殺せんせーに似せた物なんだろう。それで殺せんせーに疑いが向けられるようにと言うことか。

 

 

「あ!下着を高速で盗っていってる!」

 

「あの身のこなし、只者じゃねぇ!!」

 

 

干されていた下着を素早く取り、庭から出ようとしている。

 

マズイな。このままじゃ逃げられ…

 

 

「捕まえたーー!」

 

 

……んなわけねぇか。ここにはマッハ20のタコがいるわけだし。

 

 

「よくも私の姿で羨ましい事をしてくれやがりましたね!暗がりに連れ込んでたっぷりと手入れしてやりますヌルフフフフ…」

 

「…なんか、泥棒よりやばい事をしている人みたい」

 

 

…一応、一件落着なのか?これからとんでもないことが起こりそうな気もするけど。

 

 

「さぁ、顔を見せなさいニセモノめ!!」

 

 

殺せんせーがその男のヘルメットを外す。当然、ヘルメットの下には素顔が見えた。

 

 

「なっ…!」

 

「あれって…!?」

 

 

その瞬間、殺せんせーや渚が驚きの声を上げる。ヘルメットを外したその下に隠された顔は…

 

 

「烏間先生の、部下の人…?」

 

 

それは、烏間先生と一緒にいた人だ。確か名前は、鶴岡さんだった。

 

 

「どうして、あなたが…?」

 

 

そんな人がなぜこのような行動をしたのか。俺らだけじゃなく殺せんせーも疑問を抱いていた。

 

 

《ブワ!!》

 

「っ!?布…!!?」

 

 

殺せんせーを囲むように、白い布が突然現れた。四角形の配置で策が4本置かれてあり、それで布を張っているみたいだ。穴は上だけで、それ以外の抜け道はなさそうだ。

 

 

「彼には君をおびき寄せる餌として動いてもらったんだよ、殺せんせー。君をこの布の檻に入れるためにね」

 

「…!この声は…!」

 

 

殺せんせーに向けられていたその声は、知っている。1学期の時に俺たちはその声を2回聞いたことになる。殺せんせーの暗殺を目的とする人物でありながら、一度E組を危険な目に合わせた人物だ。

 

 

「シロ…!」

 

 

思わず力が入る。プールの事件の時から、俺はどうしてもコイツの事が気に喰わない。

 

 

「対先生物質で作られた繊維だ。君では絶対に抜けられる事はないよ。夏休みの生徒たちの暗殺を参考にした。当てるより先ずは囲むべし、てね」

 

 

布の中から鶴岡さんが出てきた。人間には無害という事だろう。同じように殺せんせーは脱出出来ないという事らしい。

 

そしてシロが出てきたという事は、もう1人の刺客がいる。

 

 

「さぁ、決着をつけよう。兄さん」

 

 

殺せんせーを囲んでいる布の檻の、唯一の逃げ道である天井に、シロの奥の手であるイトナが現れた。

 

まさかこの状態で戦うつもりという事か。殺せんせーに下着泥棒の疑いが向けられるようにしたのも、最後に鶴岡さんを使って殺せんせーをあぶり出したのも、全てはこの状態を作るためということか。

 

 

「クソが…!」

 

「あ、学真くん!」

 

 

シロに向かって走る。他のみんなも後ろをついてきていた。

 

 

「おや?驚いたね。まさか君たちが来るとは思っていなかったよ」

 

 

俺たちの姿を見て、シロは驚いた()()口調で喋っている。意外だったのは間違いないんだろうけど、焦っている様子がまるでない。俺たちが来たところで、計画にはなんの支障もないということか。

 

 

「いつもくだらねー小細工ばっかしやがって」

 

「まぁそう怒るなよ寺坂くん。目的のためならくだらない小細工も必要さ」

 

 

相変わらずつかみどころがない。飄々としているというか、俺たちに尻尾を掴ませてくれないとでも言われているみたいだ。

 

 

「そうだ。今の戦況を君たちに分かりやすく説明してあげよう。

 

見ての通りフィールドは四方を布で囲まれている。殺せんせーの行動範囲も制限される上にイトナにとって的が絞りやすい。

 

また、触手の方にも強化を施しておいた。対先生ナイフを触手につけることに成功した。もちろん、イトナの触手が溶ける事はない。

 

高低のアドバンテージもあり、どちらが有利なのかは一目瞭然だろう」

 

 

前からそうだったんだが、シロの作戦は結構緻密だ。殺せんせーを確実に追い込める状況を作り出すやり方なんかは、俺たちなんかより全然うまい。

 

けど、その方法は選ばない。関係のない人が巻き込まれる危険性なんかはおかまいなし。あくまで殺せんせーを殺すという目的のためだけに動いている。

 

だからこそ気に喰わない。自分だけ安全なところから殺せんせーを殺そうという魂胆が特に。

 

 

「終わりだ、兄さん。お前を倒して1つの問題を解く。すなわち、最強の証明を!」

 

 

イトナが殺せんせー目掛けて触手を振り下ろす。全力で触手を叩き込もうとしているんだろう。あの範囲だったら外れる事はなさそうだ。

 

 

「お見事でしたイトナくん。1学期までの先生だったら殺られていたかもしれませんね」

 

「なに…?」

 

 

この声は…殺せんせーか。まさかあの攻撃を避けたのか?

 

 

「イトナくん。先生だって成長するんです。先生が成長しないで生徒にどうやって教えることが出来ますか」

 

 

…なるほど。夏休みの暗殺を通して成長できたのは俺らだけじゃない。同じく殺せんせーも成長していたのか。

 

それもそうか。超生物と言いながら俺たちと同じく生き物だ。経験を通して成長するのは、俺たち人間と変わらない。

 

 

「さて、それではこの厄介な布の檻をどかしましょうか。実を言うと夏休みを経験して新しい技を身につけました」

 

 

殺せんせーが何かをするみたいだ。あの布をどかすって言っていたけどどうするつもりだ?直接触る事は出来ないみたいなんだけど…

 

 

「…?なんだ、この光は……」

 

 

布が眩しく光っている。いや、布が光るわけがない。光っているのはその中か…

 

 

「触手を束ねて、そこのみ完全防御形態の状態にしておきます。それで溜まったエネルギーを一気に放出する。覚えておきなさいイトナくん!暗殺教室の標的は、教えるたびに強くなる」

 

 

打ち上がった花火が爆発するように、布の光が一気に弾けた。衝撃波が溢れ出し、殺せんせーを囲んでいた布が飛び散る。その布が衝撃波を吸い込んだせいか、俺たちにあまり負担はなかった。

 

そして布が防いでいないイトナは、上空へと打ち上がる。殺せんせーの事だから直撃するような事は無いだろうけど、俺たちよりも受けているダメージは大きいだろう。

 

そのままユックリと地面に向かって落ちていく。地面に激突する事はなく、殺せんせーがイトナを空中でキャッチした。

 

 

「そういうことです。もうこのような手は通じませんよシロさん。イトナくんを私の教室に預けて、直ちに去ってください。そして私が下着泥棒の犯人でないことをちゃんと広めておいてください」

 

「わ、私も正しくはび…Bだから!」

 

「落ち着こうか茅野」

 

 

茅野は結構必死だ。そんなに胸が小さいのが嫌なのか。少し盛っているのがすぐ分かるぞ。

 

 

「い、イタイ…!」

 

 

…ん?

 

 

「頭が…割れそうだ……!」

 

「イトナくん!?」

 

 

イトナの様子が何かおかしい。頭を抱えたまま苦しんでいる。頭から生えている触手も暴れているようにも見えるし、イトナの身体自体にも何か起こっている。一体なにが…?

 

 

「度重なる敗北のショックで触手が暴走したか」

 

「…暴走……?」

 

 

そういえば、前に来た時も言っていたな。触手は感情に影響される代物だと。もしかしてそれが関係しているのか?あの触手の暴走ぶりは、イトナの感情を示しているとか。

 

 

「…ここが潮時かな」

 

「…は?」

 

…なにを言っているんだ?潮時って…何のことだ。

 

 

「イトナ。その触手のメンテナンスには莫大な資金がかかっている。こう何回も成功できないでいるとね。国もお金を出してくれないよ」

 

 

イトナの触手のことか?聞いている限りメンテナンスが結構必要だと言っているみたいだけど。

 

いやそれは明らかだ。どう見たって自然のものではない。見るからに危険なものだし、相当念入りに管理しないといけないはずだ。

 

けど何でいま言うんだ?

 

 

「目的のためには線引きが必要だ。次の適正者を探すためにもね。

 

 

 

 

サヨナラだイトナ。これからは1人で頑張ると良い」

 

 

 

…!!

 

 

 

コイツ、本気か。

 

いまコイツは…

 

 

 

 

 

イトナを見捨てやがった…!

 

 

 

 

 

 

 

「なっ…!あなた保護者でしょう!!」

 

「この期に及んでまだ教師の真似事かい?私は許さないよ。全てを奪ったお前自身を」

 

 

 

身勝手すぎる。

 

よく分からないが、シロは殺せんせーに対して尋常じゃない殺意を持っている。感情が読みづらい男から唯一感じ取れる感情だ。

 

けどだからと言ってイトナを見捨てる事が許されるはずがない。シロはイトナの保護者としてここに来たはずだ。なのに使えなくなったら見捨てるなんて、無責任にも程がある。

 

 

コイツ、相当なクズだな。

 

 

 

 

「それより良いのかい?生徒を放りっぱなしにして」

 

 

「…っ!危ない!!」

 

 

 

殺せんせーが俺らの前に立つ。コッチに近づいてくるイトナの伸びた触手が弾かれた。

 

 

「うっ…うう……」

 

 

 

暴走が極限に達したのか。意識は朦朧としたまま、触手が暴れまくっている。

 

 

 

 

 

 

「うあああああああああああ!!!!!」

 

 

「おい!イトナ!!」

 

 

 

 

制止の声が聞こえるはずもなく、イトナは大声を出しながらどこかへ走り去ってしまった。目を離した瞬間にシロもどこかに移動し、その場には殺せんせーを含んだE組のメンバーだけが取り残された。

 

 

 

 

 

 

 




イトナくんが暴走してしまいました。この先果たしてどうなる!?


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第95話 強さの時間

痛い。

 

頭の中がズキズキしている。定期的にリハビリを受けなかったら、触手が脳を絞め殺すとシロは言っていた。このまま行けば俺は触手に殺される。

 

俺がシロと一緒にいるのは、勝利を求めたからだ。勝つための努力はずっとしてきたし、作戦も完璧に遂行されていた。毎回アイツに勝つつもりで挑んだ。

 

それなのに俺はいつも負ける。

 

 

 

「…ウゥ…!…ッ!」

 

 

目の前に1つの店がある。携帯電話を取り扱っている店だ。暗いせいか中はよく見えない。客がいるのかどうかさえも分からない。

 

 

 

『近道はないんだぞ。日々勉強を繰り返し、誠実に努力をし続けた人が強くなるんだ』

 

 

 

 

 

 

「…………嘘つき」

 

 

 

 

 

 

 

 

◇??視点

 

殺せんせー暗殺に失敗したイトナが、暴走したまま街中を走り去ったらしい。予測通りとしか言えない。敗北のショックから直ぐに立ち直る事はそんなに簡単な事ではない。触手の性質を考えればそうなる事はすぐにわかる。

 

 

『椚ヶ丘地域のケータイショップの窓が粉々に割れた状態になっていました。従業員に話を伺うと昨日の営業ではガラスは特に割れていなかったと話しております。それに対して警察は…』

 

 

テレビには、携帯電話を取り扱う店が襲われたというニュースが流れている。ガラスが割れており、商品である携帯電話が粉々になって地面に散らばっている。人間の被害があまりない事が不幸中の幸いだ。

 

 

「ふーむ、あの子ならやりかねないな。力を手に入れたきっかけな訳だしね」

 

 

同じニュースを見ていたシロがそういった。

 

携帯電話の店を始めとしたショップは、強盗の襲撃を防ぐために強化ガラスを使っている事が多い。それを破壊する事が出来るのは触手ぐらいしかない。

 

加えて襲われている店は携帯電話の店だ。イトナの事情は聞かされている。それを考えると、イトナがケータイショップを襲う動機は充分にある。

 

 

「呑気に言っている場合か!アレはお前の奥の手だったのだろう!?ソレがこのような事をしたとなれば、地球を救うどころか破滅しかねない!!」

 

 

一緒の部屋にいる男が騒ぎ立てる。政府の役人でありその中でも上司の役職になっている男だ。権力も強く、出来ることも多い。シロの暗殺計画に協力していたのは殆どこの人だと言える。

 

騒ぎたくなる気持ちは分かる。『殺せんせー』を仕留めるための切り札が、いまや街中で問題を起こしまくっているのだ。政府がその手助けをしたのだと民間に知られれば、国全体の信頼失墜につながる。それは何としても避けたいだろう。

 

 

「ご安心を。別にあの子自身が切り札と言うわけではありません。切り札なのはあの触手です。他に適合者がいればなんとかなります。

 

ですが突き放した私にも責任がある。責任を取っておきますよ」

 

 

その言葉に嘘を感じた。このシロという男は責任を全く感じていない。明らかに何かを企んでいる。この男はイトナを利用して殺せんせーを殺すことしか考えていない。

 

 

 

 

◇学真視点

 

 

イトナが暴走しながら走り去った次の日。俺らは全員であるニュースを見ていた。テレビがあるわけじゃないけど律がテレビとして活躍してくれている。ホント、色々な面で役にたつよ。

 

街中の店が襲われたみたいだ。ガラスも誰かに壊されたように派手に割れている。

 

けどこういう店のガラスはそう簡単に割れないように作られている筈だ。それを破る事が出来るという事は……

 

 

「殺せんせー、これって…」

 

「ええ。間違いありません。触手でしかこんな事は出来ません」

 

 

殺せんせーも同じように思ったみたいだ。触手持ちが言っているしその情報に間違いはないと言えるだろう。そして殺せんせー以外の触手持ちといえば、イトナぐらいしかいない。

 

つまりこれはイトナがやったという事だろう。触手が暴走して、次々と物を壊していっているところか。

 

それにしても気になる事がある。

 

 

「さっきから被害に遭っているのは携帯電話関係の店ばかりじゃねぇか?」

 

「うん。私も思った」

 

 

不破も同じことを思ったみたいだ。

 

さっきから被害に遭っているのは決まって携帯電話関係の店だ。1つ2つならまだしも、ここまでそれ関係の店ばかり襲っているのは普通じゃない。間違いなく何かある筈だ。考えられるとすれば、それに何かしらの問題が起こったという線だが…

 

 

「イトナくんを探し出します。そして担任として彼を保護します」

 

 

殺せんせーが動き始めた。イトナを助けるつもりだろう。その意見には特に異論はない。

 

強いて言えば気になる事がある。昨日の件を通してハッキリと分かった。イトナを連れてきたシロは、目的の為に時間も経費も犠牲も躊躇わないタイプだ。誰かが死んだとしても目的が達成されたとなればそれで充分と感じる。

 

そういう奴は手段を選ばない。普通ならしないようなエグい事を平然とやる可能性がある。

 

出来る限り慎重になった方が良いだろう。一手だけ入れておくか……

 

 

 

◇イトナ視点

 

 

全部まやかしだった。努力すれば結果が必ずついてくるという父さんの理論も嘘だった。

 

父さんは携帯電話の会社を作った。最初の頃は小さな会社だったが、やがてはでかい規模になった。努力すれば必ず結果が返ってくる、というのはそういう生き方をしてきた父さんの言葉だ。

 

だけど父さんの会社で働いていた従業員は、父さんの会社よりはるかに実績がある会社に移った。労働者を失った父さんの会社は、大きな借金を抱えてしまった。父さんはその借金に追われることになり、その結果俺は別のところの家に行く事になった。

 

努力すれば良いという理屈は通用しない。必要なのは力だ。力がなければ何もかも奪われておしまいだ。

 

 

強くなるための方法が分からず路頭に迷っていた俺に、シロは方法を教えた。触手()知恵(戦略)も与えた。強くなるために必要なものは揃っていた。

 

それでも、勝てなかった。何回も挑んで、負けた。敗北が続いて、とうとうシロにも見捨てられた。

 

 

 

 

 

力が欲しい。綺麗事も遠回りもいらない。負け惜しみの強さなんて反吐が出る。

 

 

 

 

 

勝ちたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

…勝てる強さが欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと人間らしい表情を見せましたね。イトナくん」

 

 

ここがどこなのかさえも分からずにフラフラとしているところを、ソイツに話しかけられた。

 

 

「…兄さん」

 

「殺せんせーと呼んでください。わたしは君の担任なので」

 

「おうイトナ。拗ねて暴れてんじゃねぇぞ。今までのことは水に流してやらぁ。だから大人しくコッチに来い」

 

 

標的が、目の前にいる。その後ろには、それと一緒に纏わり付いている奴らがいる。何か言っているみたいだが、何を言っているのかが分からない。

 

いや、分かるつもりはない。

 

 

「うるさい…!勝負だ……次は、勝つ………!」

 

 

俺の目的はただ1つ、目の前の標的との勝負と勝利だ。それ以外はどうでも良い。学校とか友達とか、そんなのはいらない。

 

 

「ええ。ただしここだと周りの人に被害が出ますから、安全な場所で戦いませんか?そして終わった後にはみんなでバーベキューをしましょう」

 

「なに……!?」

 

 

なにを言っているんだ。呑気に敵を誘う奴があるか。俺はコイツを殺そうとしているというのに…!

 

 

「そのタコしつこいよ〜。ひとたび担任になったら地獄の果てまで付き合わされるから」

 

「当然です。目の前に生徒がいたら教えたくなるのが先生の本能ですから」

 

 

教師…?

 

違う。お前は俺の兄で、俺が殺さないといけない相手だ。そんな奴を教師と呼ぶ必要なんて…!

 

 

《バシュゥゥゥン!!》

 

「!?」

 

「なに…!?」

 

 

目の前が煙に覆われる。標的も意表をつかれたみたいだったが……なにが起こってるんだ?

 

 

「これが第2の矢。イトナを泳がせたのも計画のうちだよ、殺せんせー」

 

 

この声は…シロ…!?

 

まさか、アイツがこの煙を?

 

言われてみると、触手が少し溶けている。この煙は、対触手のやつか。

 

 

「…!!」

 

「さぁ、最後の奉仕だよ。イトナ」

 

 

何かに引っ張られる。網のようなものに入れられたみたいだ。しかもこの網、触手を溶かしてくる。

 

 

「追いかけてくるんだろう?担任の先生」

 

 

かなりの力で引きずられる。車の音がするから、車で引っ張られているんだと分かった。シロは最後に俺を餌にして標的をおびきよせようとするつもりだ。

 

力も全く働かないまま、ただ引きずられていく。どこへ連れて行かれるのかも知らないまま。

 

 

 

 

 

 

身体中が痛い。頭の中も痛い。

 

俺は網に入ったまま、道の真ん中に置かれている。明らかにあの標的のための罠だ。

 

 

「…哀れだな」

 

 

…誰だ?

 

聞いたことがない声だが…

 

 

「力がないゆえに何も出来ない時ほど屈辱的なものはない。弱者は良いようにコケにされる。お前の父親も、今のお前も」

 

 

俺の横にでもいるのか。首も動かせないためソイツの顔を見ることは出来ない。

 

 

「だからこそあの教師はお前を助けようとするだろう。たとえ罠だと分かっていても。それを知っているからこそシロはこのような手を使う」

 

 

シロの関係者か。俺を見捨てた後の代わりなのかもしれない。俺があまりにも弱いから…

 

 

「……もっと救いようは、あったはずなんだがな」

 

 

よく分からない言葉を出してから、ソイツはそこを離れた。足音が小さくなっているのが分かる。俺の様子を見ただけなのか。

 

 

 

「イトナくん!」

 

 

また誰か来た。今度は知っているこえだ。あの標的だ。まさか本当にここに来たのか?

 

 

「これは…対先生物質でできたネット…!?」

 

「その通り。そしてここが君の墓場だ」

 

 

暗い夜道が急に明るくなる。ここら一帯をライトで明るくしたんだ。標的の動きを一瞬止める光を発するものを。

 

 

「にゅ…やぁぁぁ!!」

 

 

コッチに向かって何かが飛んでくる。それは対触手弾だ。コイツだけじゃなく俺にもダメージが残る。

 

標的は逃げる様子はない。迫り来る弾幕を撃ち落としているみたいだ。自分にも危険であることを承知の上で。

 

 

「……ッ!」

 

 

俺は無力だ。無力だから保護者にも見捨てられた。そして標的であるはずの相手に助けられている。

 

どうしてここまで弱いのか……。

 

 

 

 

◇学真視点

 

 

律の言っていた通りだな。殺せんせーを囲った状態で攻撃をしているみたいだ。

 

コイツらは全力で殺せんせーを仕留めに行っているんだろう。かなり集中しているな。後ろに俺たちがいることにも気づいていないし。

 

 

「作戦開始だ!」

 

 

木の上で銃を撃っている白装束の男を蹴り飛ばす。そのまま落下して下に待機していた杉野たちが持っている布に落ちる。そしてそのまま布を巻いて簀巻き状態に拘束した。

 

他のところでも同じようになっている。カルマや前原、岡野を中心とした身体能力に自信のある奴は木の上に登って、俺がやったように男らを落下させた。

 

突然の登場に、男たちは動揺している。そのせいか大きな隙が生まれた。それによって殺せんせーはイトナを捕まえているネットを根本から外した。

 

 

これで一件落着か。

 

 

「去りなさいシロさん。生徒たちを巻き添えにすればあなたの計画は台無しになる。当たり前の事に気づくべきです」

 

 

シロに退却してもらうように殺せんせーは言った。それもそうだ。いま意識が衰弱しているイトナの方が大切だし、シロに構っているヒマはない。

 

イトナを捉えているネットは対触手成分でも入っているみたいで触手を溶かしている。このままではイトナの体がまずいことになる。

 

木の上に登っていた連中も降りているみたいだし、これ以上木の上に登る必要はなさそうだな…

 

 

()()()の言った通りか。若者の意見も参考になるものだね」

 

 

なに……?

 

 

《ドゴン!!》

 

「ぐあ!?」

 

 

後ろから何者かに押された。木の上という足場の少ない場所にいたせいか、そのまま足を踏み外す。高いところから空中に投げ出されたみたいな感じだ。

 

 

「ヤバ…ッ!」

 

 

焦ってはいるが空中では抗うこともできない。このままだと地面に落下してしまう。そもそも下にはみんながいるし、巻き込まれて……

 

 

《ガシ!》

 

 

うお…!?

 

地面に落ちると思いきや空中で止まった。というより止められたみたいだ。何かが俺を捕らえているみたいだけど…

 

 

「あ、危なかったですね…」

 

 

殺せんせーの声…ていうことは、殺せんせーの触手か。どうやら触手を伸ばして俺を止めてくれたみたいだ。なんとか大怪我をしなくて済んだみたいだ。

 

 

「ってそんな事考えている場合じゃねぇか」

 

 

俺がさっきいた場所の方を見る。つまり木の上だ。そこには思った通り誰かがいる。シロみたいに白装束をしているみたいだが…

 

 

 

「さぁ、再開だ。今度は群がるハエごと駆除するよ」

 

 

シロが右手をあげる。すると周りの木が光り始める。どうやらまたあの光みたいだが…

 

 

「っ!!?」

 

「気づいたか。さっきの光とは違うことに…」

 

 

……?さっきの光と違う…?同じに見えるが…

 

 

「少し光を改良してね。完全に動きを封じる事は出来ないが、制限をかける事はできる。常に20%の状態になると言えば分かりやすいかな?速い事には変わらないが、そこまで落ちたならここからは赤子の手を捻るようなものさ」

 

 

銃声がなる。少なくとも10個はある。まさか何人か潜ませていたのか。

 

 

「…くっ…!!」

 

 

殺せんせーが俺たちを囲むように分身を作りだす。服とかで銃弾を落としている。

 

なんでそんな事をしないといけないのか。銃弾ならかわしていたはずなのに。

 

 

「…ん?」

 

 

地面に銃弾が転がっている。殺せんせーが落としたやつか。

 

いや、それよりも…

 

 

「…本物の銃弾に、対先生弾がつけられている……?」

 

 

…そういうことか。本物の弾丸だから人間(俺たち)にも被害が出る。だから全部落としているわけだ。

 

だから俺らを取り囲んでいるわけだ。俺たちに被害が出ないように殺せんせーが動いているわけだから。

 

 

「どうしよう…このままじゃ…」

 

 

桃花の言う通り、まずい事になっている。上手いこと弾丸を落としてはいるけど、かろうじてという感じだ。分身もいつもより質が悪い。スピードが落ちているから再現できていないと言うことなんだろう。

 

このままだと殺せんせーの体力が尽きるのを待つばかりだ。体力がどれだけあるかは分からないが、無限じゃないのは確かだ。そうすると殺せんせーだけじゃなく俺たちにも被害が出る。

 

いずれにしてもこのままじゃいけない。

 

 

「ふぅ………」

 

「…?学真くん?」

 

 

息を吐く。今の声は恐らく桃花だろう。何をしているのか気になったんだろうな。

 

この状況を打破する方法なら1つある。俺らのうち誰かがこの包囲網から抜け出すことだ。そして銃を発砲している奴のうち数人見つけ出して倒せば、あとは殺せんせーでなんとかなりそうだ。

 

銃弾が飛び交っているわけだから抜け出すのは簡単じゃない。大怪我になりかねない。

 

 

「…木の上に6人、地面に5人、遠方に3人か」

 

 

スナイパーの位置を特定した。そんなに人数が多いわけじゃないから特定はそんなに苦じゃない。『見れ』ばどこから発砲しているかが分かる。

 

それに加えて、発砲も不規則ではない。ある程度決まったように動いているみたいだ。取り囲んでいる状態だから、一箇所に集まらないようにしているということなんだろう。

 

だとすれば抜け出せる。

 

通常の銃撃戦とかだったら不可能だけど、どこから銃弾が来るのかさえ分かれば可能だ。

 

 

俺が目標に定めた方向に目掛けて、全力で足を進めた。

 

 

 

「…!?学真くん!!?」

 

 

悪いな殺せんせー。説教なら後で受けるから、今はとりあえず見逃してくれよ。

 

目を瞑った状態で走り始める。これ以上視覚に惑わされることがないように。自分の記憶だけを頼りに銃弾をかわしながら、1番近い相手のところまでたどり着く。

 

撃たれた感触はない。うまく切り抜けたようだ。あとは恐らく目の前にいるであろうスナイパーに拳をぶつけるだけ…

 

 

《ガギン!》

 

 

…!?なんだ、この感触は…

 

 

目を開けると、俺が叩こうとしていたスナイパーはコッチを見たまま息を切らしている。少し驚いているみたいだ。

 

そして俺の拳を止めているのは、金属の棒だ。確か、棍というやつだったか…?

 

 

《ブン!!》

 

「うお!?」

 

 

その棍が俺を叩くように振るわれる。間一髪で避けきれたみたいだ。

 

後ろに下がって正面を見ると、スナイパーとは別にその棍を持っている男が立っていた。しかも体、さっき俺を木の上から突き飛ばした奴と同じだ。まさか俺がたどり着く前にここまで来たというわけか?

 

素早くコッチに来たからなんだろう。ソイツの被っている頭巾が脱げていた。しかもさっきの棍を振る動作で完璧に外れ…

 

 

「な……!?」

 

 

嘘だろ…?

 

 

「…頭巾が外れていたか。終始隠すつもりでいたが」

 

 

頭巾が外れかかっているせいか、ソイツの顔を見ることができた。ソイツは頭巾が取れかかっている事に今気づいたみたいだ。

 

そして俺は、ソイツの顔を知っている。

 

直接的な繋がりがあったわけじゃない。けど、ある意味その顔は印象に残っている。

 

 

なぜだ…どうしてお前が、シロのもとにいる…!

 

 

 

 

 

 

 

「どういう事だ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒崎ィィ!!」

 

 

 




少し前からシロのところに1人いたわけですが、その正体は黒崎くんでした。

なぜ黒崎がシロのもとにいるのか。次回以降楽しみにしていてください。


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第96話 勝ち負けの時間

平成がもうすぐ終わりますね。年号が変わるだけでもかなり大きな変化に感じます。ここから先どのような時代になるのでしょうか。


おかしいとは思っていた。二学期に入ってから一度もその顔を見なかったから。

 

クラスが違うわけだから、そんなに会う機会がないことは確かだ。けど、竹林がE組を抜けた時なんかは、俺らの様子を見にくるだろうと考えられる。

 

違和感を感じながら、俺は別に深く考えなかった。何かが変わることは別に珍しいことではない。アイツの中で何か変わるきっかけがあったんだろうという認識で捉えていた。

 

けどその存在が、まさかシロのもとにいるとは思ってもいなかった。

 

 

「………」

 

 

叫んだ俺を見たまま、黒崎は反応しようとはしていない。白装束を深く被り直して顔を隠したから表情すらもわからない。

 

 

「…どういうことだって聞いたんだよ。なんでお前が…」

 

「そんなに、おかしいことか?」

 

 

もう一回聞こうとすると、今度は反応があった。

 

 

「シロと一緒に行動した。それだけの話だ」

 

 

平然とそう話した。何もおかしくない、とでもいうみたいに。

 

けど、そんなはずはない。こいつがシロに協力するというのは考えづらい。他人を捨て駒のようにして使う男を、黒崎は信用しない。そうじゃないと今までの黒崎の行動に説明がつかなくなる。

 

何を考えてやがる。

 

 

「…本当にそれだけか?俺からすれば…」

 

「もう話しかけるな。じきに終わる」

 

 

殺せんせーの方を指差して語っている。決着がつくとでも言いたいのか。

 

 

「ぐぬぬぬぬ…恐ろしい団結力と正確さ。かなり訓練されているようですね…」

 

 

たしかに、見るからにピンチだ。さっきの状態からの変化といえば、俺が包囲網から脱出した程度だ。殺せんせーが追い込まれている事に変わりはない。

 

 

「1人だけ抜け出せた事は素晴らしい事だとは思うよ。だがね、それだけだ。虫が1匹出てきたところで何も変わりはしない。ここから打開する策なんてあるはずがないだろう?」

 

 

偉そうに語るな、シロの奴。前々から思っていたが、コイツはA組の奴ら同様に他人をあざ笑うところがある。捨て駒を容赦なく使ったりと本当に性格が悪い奴だ。

 

だけど残念だったな。

 

 

「あるに決まってんだろう、バカが」

 

「なに…?」

 

 

俺の言葉の意味が分からなかったのか戸惑いを感じる。もしくは警戒か。何か起こった時の備えでも考えているかもしれない。

 

けどもう遅い。俺やここにいるE組のみんなに気を取られすぎたな。

 

 

「うわ!」

 

「ひいっ!!」

 

 

次から次に悲鳴が出てくる。それはE組を囲っている場所から聞こえる。つまり、シロの手下たちの声だ。

 

 

「な、なんだ…?次から次にやられていってる…?」

 

 

そうとしかいえないだろう。この状況で関係ないやつがやられるわけが無いだろうが。

 

パリン、という音と共に光が弱くなる。殺せんせーの動きを封じていた光が少なくなった。

 

 

「これなら…動けます!」

 

 

狙撃してくる人数が少なくなったのと、動きの制限が緩んだところで殺せんせーが動き始める。その場から消えたかと思いきや、シロの手下だったであろう連中が縄についた状態で現れた。

 

 

「ふぅ、なんとかなりました。助かりましたよ、霧宮くん」

 

「問題ない。漸く出番が回ってきたところだ」

 

 

草むらから霧宮が出てくる。引きずっているのは、恐らく霧宮が倒したであろうシロの手下だ。

 

最初から霧宮は控えさせていた。シロはまだ霧宮に会っていなかったし、何かあったときに相手の意表をつく事になるんじゃないかと思ったからだ。現にいま出来たしな。

 

それにしても、妙だな。

 

 

「もう無駄ですよ。それとも何か手があるとでも言うつもりですか?」

 

 

全てを終えて殺せんせーがシロを追い詰める。流石にこれ以上はないとは思うが…

 

 

「フン、蝿が集る教室とは随分うざったいね。だが根本的な見直しが必要なのは確かだ。ここは引き下がるとしよう」

 

 

そう言ってシロは背中を向けた。やはりもう手はないか。

 

それよりも、コイツはイトナをどうするつもりだ。いまイトナは網の中で意識を失っている。このままにしておかないのは確かなはずなんだが。

 

 

「あぁ、くれてやるよそんな子は。どのみちあと2〜3日が限界だろうしね。残り少ない人生をその子らと一緒に過ごすと良い」

 

 

やっぱり、助ける気はないと言うことか。コイツにとってイトナは駒でしかないんだろう。使えないと分かれば速攻切り捨て、その後の心配も情もかけない。俺の嫌いなタイプだ。

 

シロはそのまま離れていく。引き止める奴はいなかった。みんなにそれだけどうでもよかったんだろう。実際俺もそうだし。

 

それよりも気になるのは()()()の方だ。

 

 

「待てよ黒崎。テメェこれで帰るつもりか?」

 

 

同じく離れようとする黒崎に声をかける。ここまでやっておいて帰らせるつもりはない。聞きたいことは山ほどある。

 

 

「…任務は失敗した。これ以上ここにいる意味はない」

 

 

話すことなんてない、とでも言っているみたいだな。弁明も言い訳すらもせずに帰るつもりか。

 

 

「お前…」

 

「……フン」

 

 

俺に喋らせないと言うことなんだろう。黒崎は早足で奥の方まで行ってしまった。制止の声もお構いなしだ。

 

 

「…何を考えているんだよ」

 

 

その一言に尽きる。今の黒崎の様子から、何がしたいのかが全く分からない。何のためにシロについたのかも分からないし。

 

 

「オイ学真、いつまであの野郎の事を気にしてやがる」

 

 

黒崎の様子を気にしていた俺に、寺坂が声をかけた。

 

 

「何はともあれシロに付いている事に変わりはねぇんだ。そんな野郎の事を気にする必要ないだろ」

 

「オイ寺坂…」

 

 

俺が怒ってしまうのかもしれないと思ったんだろう、磯貝は寺坂を止めようとしている。そして寺坂は気にしていない。

 

 

「あんな奴よりも、気にしないといけないことがあるだろうが」

 

 

そう言って指指しているのは、道の端で横になっているイトナだった。

 

そうだ。いまはコッチの方が大事だ。昨日のシロの話によれば、触手は定期的にメンテナンスをしないといけない代物で、それなしだと宿主が暴走してしまう。

 

そしてこれは推測だけど…多分あの触手はイトナの生命力を吸い取っているような気がする。見た感じ、あの触手はどちらかというと植物に似ている。つまり根っこから養分を取りながら成長しているような感じだ。根拠があるわけでもないけど、イトナが混乱した時の触手の動きはそんな感じだった。

 

大きな疑問に気を取られて、目の前の大きな課題を見過ごしていた。俺としたことが寺坂に教えられるとはな…

 

 

「殺せんせー、イトナくんはどうなの?」

 

 

みんなが思っていた疑問を、渚が代表して喋った。さっきシロはあと2,3日が限度と言っていた。マズい事であるのは確かだけど、触手についてあまり詳しく知らない俺らには判断のしようがない。

 

イトナに近づく殺せんせーはかなり難しそうな顔をしている。殺せんせーから見てもヤバい状態なんだろう。余裕を見せない表情のまま、殺せんせーは説明を開始した。

 

 

「触手は意思の強さで動かすものです。イトナくんに力や勝利への執着がある限り触手は離れません。そうしているうちに肉体は衰弱していき、最後には…」

 

「死ぬ、てことか?」

 

 

前原の言葉に、殺せんせーはうなづいた。

 

思った通り、あまり余裕がない。しかも期間はあと2,3日…ノンビリしている時間がない。早く触手を引き抜かないと取り返しのつかない事になる。

 

けど、さっき殺せんせーが言った通り触手を引き剥がすことは簡単じゃない。イトナが触手を縛り付けている状態なわけだから、無理やり引きちぎろうとしてもイトナ自身にダメージが出る。力ずくという選択はないと言ってもいいだろう。

 

 

「触手を引き剥がすためには、彼のそうなった原因を知らなければなりません」

 

 

つまり、触手を引き剥がすためにはイトナ自身が触手との結合を拒まないといけないというところだ。触手を縛り付けているイトナの感情、つまり勝利への執着を緩めてもらわないと引き抜くに引き抜けない。だからイトナが力を求める事になった原因を知ろうとしているんだろう。

 

けど、それにも困難がある。イトナが俺らに心を開けてないことは、どこからどう見ても明らかだ。聞こうと思っていてもあまり話そうとしないだろう。引き出そうとするあまり刺激を与えて暴走させたら元も子もないし。

 

 

「そのことなんだけどさ」

 

 

八方塞がりでみんなが悩んでいる中、不破が携帯を持ちながら口を開けた。

 

 

「律と一緒に、イトナくんがケータイショップばかり襲う理由を調べていたら、堀部イトナは、この堀部電子製作所の社長の息子だった」

 

 

不破の言う資料が俺らの携帯にも届く。開くと不破の言っていた会社が倒産しているニュースが載っていた。

 

 

「世界的にスマホの部品を提供していたけど、一昨年負債をかかえて倒産、社長夫婦は息子を残して雲隠れだって……」

 

 

そうか。なるほど、読めてきた。

 

これがイトナが力を求める理由か。自分にとって最も身近な父親が、それこそ力のある会社に負けて、キツい思いをする事になったのを目の前で見たんだろう。

 

だから力を欲した。誰にも負けずに、蔑まれることのないようになるために。

 

親父がいつも言っているような話を思い出す。『強者になれ、さもなくば屈辱を受けて終わる』と。イトナその屈辱を受けた状態なんだろう。

 

 

「ケッ。それでグレたってわけかよ」

 

 

微妙な空気の中、寺坂が耳の穴に小指を入れたまま話し始めた。

 

 

「みんなそれぞれ悩みがあるだろうが。重い軽いはあるかもしんねぇけどよ…」

 

「…お前がそんな事をいうとはな」

 

「うっせぇよ霧宮。誰が何を言っても良いだろうが」

 

 

霧宮の言葉を軽く聞き流しながら、吉田と村松の肩を叩いている。叩かれた2人は、寺坂の意図を察したのか何も言わずに互いに向き合いながらニヤついている。

 

 

「とりあえず俺たちに預けさせろ。コイツの事は俺らがなんとかする」

 

 

 

 

寺坂の発言に従い、俺たちはイトナを寺坂たちに預けた。さっきまでイトナを捕まえていたネットを、タオルを下敷きにした状態で頭に巻きついている。少しでも触手の動きを弱めるためだ。

 

そうして目が覚めたイトナと一緒に、寺坂、吉田、村松、そして狭間は村松のラーメン屋に行っている。なんでそんなところに行っているのか。

 

それは俺にもよく分からない。

 

 

「イトナが目を覚ましたところで何を言うかと思えば、『どーすっべこれから』だもんな…あそこまで言っておいて何も考えてなかった事にビックリだよ」

 

「ま、あのバカに作戦があるわけじゃ無いでしょ」

 

 

カルマの言う通りなんだよな…口では大きな事を言いながら、計画性も考えも全くない。マジで無計画すぎるんだ。だからシロにいいように使われたというわけだけど。

 

 

「ちなみに、学真くんだったらイトナくんにどうしてたの?」

 

 

桃花が俺に質問をしかけた。何をするかが気になったんだろう。こういう時、いつもの俺だったら真っ先に動くからな。

 

とは言ってもな……

 

 

「分からん。イトナのケースは初めてだし」

 

 

今回に限って言うと、俺にはどうしたらいいのかが分からない。何しろイトナの望んでいる事は、俺の価値観と全く違う。

 

競争相手を捻り潰すほどの強者になるという考えは好きじゃない。強くなることそのものが悪いとは思わないけど、力を得るだけだと実績だけ手に入って他には何も得る事はない。仲間のいない強さというのは脆いだけであり、必要なのは他人を助ける強さだというのが俺の考えだ。

 

けどいまのイトナは、何が何でも力が欲しいという状態だ。どんなに強い相手でも屈服させるほどの強さを欲している。それは俺があまり好まない強さだ。

 

強者になる事を目指したという点では竹林と一緒だけど、少し違う。竹林の場合は、目的は親に認められるという事で、そのための方法として強者になる事を望んでいた。だから親に認めてもらう方法は他にもあるという事が言えた。

 

イトナみたいに強者になる事を目的としている場合はなんとも言えない。気持ちには同情できるけど、実際その経験をした事がないし、それを間違っているというには根拠が少ない。そもそも間違っているという自信もない。

 

だからイトナに対してしてあげられる事がない。

 

 

「あ、寺坂くんたちが出てきたよ」

 

 

渚の声を聞いて、思考が現実に引き戻される。村松のラーメン屋から、吉田がイトナの肩に手を置いて出てきた。その後ろに寺坂と狭間が続く。そのあとしばらくして村松が出てきた。

 

 

「あの光景からすると、今度は吉田のところにでも行くのか?」

 

「…なんかただ遊んでいるだけに見えてきたね」

 

 

渚の言う通りだ。アレじゃ街の中で遊びまわっているだけだ。本当に解決する気あるのか?

 

 

「…まぁ、ついて行くしかねぇか」

 

 

俺たちは寺坂たちの後を追った。しばらくして吉田の家にいる。バイクによるサーキットコースだ。そこで吉田とイトナがバイクに乗ったままコース上を走り回っている。当然吉田が前だ。

 

 

「どうよイトナ!このスピードで嫌なことなんて吹き飛ばしちまえ!!」

 

 

勢いでなんでも解決しちまおうぜ理論ですか…寺坂ほどとはいわねぇけどかなりバカな方だよな、吉田って。っていうかそんなにスピード出して大丈夫なのか?慣れている吉田ならともかくイトナが放り飛ばされるんじゃ…

 

 

《バッサァァァ!!》

 

「あ…」

 

「バッカ!早く助けてやれ!ショックで触手が暴走したらどうするんだ!?」

 

「いや…これぐらいなら平気じゃね?」

 

 

案の定だ。急カーブのところでイトナが吹き飛んで草の中に埋もれている。そりゃあんな無茶な運転したらあぁなるよな。

 

村松のラーメンを食べて、吉田のバイクに乗って…本当に遊びまわっているな。あの中で頼れるのは狭間ぐらいだけど…

 

 

「シロの奴に復讐したでしょ。モンテクリスト、これを読んで黒い感情を増幅しなさい。最後は復讐を辞めるから読まなくていいわ」

 

「難しいわ!まわりくどいし!」

 

「なによ。黒い感情は大切にしないと…」

 

 

狭間も狭間で問題だな。本を読むことが好きなのは知っているけど、それゆえかかなり独特な感性を持っている。それが悪いというわけじゃないけど、寺坂の言う通り難しくてまわりくどい。

 

 

「もっと簡単にアガれる奴ないのかよ!コイツ頭悪そうだし…」

 

 

このまま見守るのも退屈な気がしてきた。もう少しシッカリとしてほしいもんだ。

 

 

「……ん?」

 

 

イトナの様子が変だ。俯いたままだけど、なんか疼いているというか…少しおかしくなり始めてる。

 

 

「まさか、触手の暴走か!?」

 

 

そう思った矢先、イトナの頭から真っ黒な触手が出てきた。俺の予測が当たっているみたいだ。

 

 

「俺は、お前らみたいな考えなしとは違う…!今すぐあいつに勝って、勝利を……!!」

 

 

ていうかマジでヤバイぞ。夜中とはいえこんな目立つところで触手を出されたら…

 

 

「…おい、寺坂の奴なにやってんだ!?」

 

 

杉野が指差す方を見れば、イトナの前に立ちはだかる寺坂がいた。

 

 

「おうイトナ。俺も考えたよ。今すぐにアイツを殺したいってな。けど、いまのお前にアイツを殺すなんて無理だよ。

 

…無理のあるビジョンなんか捨てちまいな。楽になるぜ」

 

 

これは明らかに、イトナを挑発しているんだろう。少し前に寺坂が言っていた、ビジョンという言葉が出てきたところを見ると、恐らくイトナが言っていたセリフなんだろう。

 

 

「うる…さいっ!!!」

 

 

挑発は効果覿面だったようで、イトナの触手が寺坂に襲いかかる。鞭のようにしなやかで強力な触手は、寺坂の腹を弾き飛ばそうとしていた。

 

 

《ガシッ!!》

 

 

迫り来る触手を、腕と足で挟むようにして掴んだ。触手のリーチで腹にも当たったように見えるけど。

 

 

「2回目だし弱っているから捕まえやすいわ。吐きそうなくらい痛いけどな」

 

 

そういえば一回止めたんだっけ。カルマの無茶振りに近い作戦で。アレで慣れるとは思えないけど、まさか捕まえるとは。さすが耐久力だけはある男だな。

 

 

「吐きそうといえば、村松のラーメンを思い出した」

 

「あぁ!?」

 

 

寺坂の言葉に村松が反応している。けど自分が不味いと認めるほどのラーメン屋だからな…食べたことは無いけど相当不味いんだろう。

 

 

「アイツ学校でタコから経営の勉強もされていてよ。将来に活かそうと思ってるんだ。今はマズイラーメン屋で良い。いつか自分が継いだ時にはもっと美味い店にしてやるってな。吉田もおなじよ。いつか使えるかもしれないってな」

 

 

経営、か…勉強してないわけじゃ無い。親父から教えられた中のうちの1つだ。強者として必要な知識だったからだろうけど。それを村松や吉田が勉強しているとは思わなかった。まぁ、殺せんせーからすると、大人になるとき使うだろうからということなんだろう。

 

 

「なぁイトナ。たった1回や2回負けたぐらいでグレてんじゃねぇ。いつか勝てれば良いだろうが。あのタコ殺すにしたってな。今勝てなくていい。100回200回負けても3月までに1回殺せば俺らの勝ちよ。親の会社なんざ、その時の賞金で取り戻せば良い」

 

 

寺坂の主張は、とても楽観的ではある。

 

「いつか」というのは次回が保証されているのが前提の話だ。後がない失敗をすれば、取り返しのつかない事にだってなりうる。

 

けど、いまのイトナは少し神経質になりすぎている。殺せんせーとの勝負に負けた事だって、取り返しがつかなくなる事ではない。失敗したとしてもチャンスは回ってくるし、その失敗から対策を練る事だってできるから、寧ろ前進したとも言える。

 

父親の話もそうだ。過酷な状態であるのは確かだけど、どうしようもない状態ではない。その状態をどうにかするための手段はまだ残されてはいる。それこそ寺坂の言う通り、殺せんせーの賞金首でなんとかしても良い。

 

 

「耐えられない。次のビジョンが見えるまで、俺はなにをして過ごせば良い」

 

 

イトナが不安そうに尋ねる。恐らくずっとそうだったんだろう。今までシロに殺せんせーを殺すためのビジョンを授けられ、そのためにメンテナンスや訓練をしてきた。だから何のビジョンもない状態が苦痛でしかしょうがないんだろう。

 

 

「…はぁ?今日みたいにバカやって過ごすんだよ。そのために俺らがいるんだろうが」

 

「……ッ」

 

 

何言ってるんだみたいな感じで寺坂が言った。さっきと同じくかなり楽観的な主張だ。

 

けど、そうだ。それでいいんだ。

 

イトナには肩の力を抜いてくれれば良かったんだ。強くなろうとする向上心が悪いというわけじゃないけど、少し落ち着いてもらえれば良かったんだ。

 

まぁ、それが分かっていても俺はそれを説明できるほどの伝え方は出来ないけどな。

 

そういうのは、寺坂みたいな奴が言ってこそだ。

 

 

「……俺は、焦っていた、のか…?」

 

「おう。…だと思うぜ」

 

 

イトナの触手がペタン、と地面に落ちる。それに遠くだから見えにくいけど、イトナの表情はさっきよりも落ち着いているみたいだ。

 

 

「顔から執着の色が消えましたね。今なら君を苦しめていた触手を抜き取る事ができます。1つの大きな力を失うと同時に、君は多くの仲間を得ます。明日から学校、来てくれますよね」

 

 

イトナたちの近くに殺せんせーが近づいている。イトナの触手を抜き取るためのピンセットを持ちながら。どうやら、いまのイトナから触手を引き抜く事は出来そうだ。

 

 

「…勝手にしろ。俺はもう疲れた。この触手にも、兄弟設定ももうウンザリだ」

 

 

 

 

 

 

翌日、いつも通りの始業のベルが鳴る。だが、このE組校舎で変わっている事が1つだけある。それは、1人の新しい生徒がいる事だ。

 

 

「おはようございます。気分はどうですか?」

 

「最悪だ。何しろ力を失ったんだからな。だが、弱くなった気はしない。いつか必ず殺すぞ、殺せんせー」

 

 

堀部イトナが、いよいよE組に加わった。こうして俺たちは新たな仲間が増えたのだった。

 

 

 

 

 

《ピロリン》

 

携帯から音がなる。伝達事項が来た証だ。

 

携帯の画面を明るくさせる。そこには先ほどの通知の内容が表示されていた。

 

それを見て、律の仕事っぷりに感心する他ない。頼んでから終わらせるまでの時間はかなり短かった。

 

さて、イトナの件は終わった。

 

次はお前から話を伺うぞ。

 

 

黒崎の住所を特定したという律のメッセージが載っている携帯の画面を暗くして、いつも通りの朝礼を迎えた。

 

 




イトナがクラスの一員になりました。ここから先は彼の活躍も楽しみにしてください。

次回からは2学期最初のオリジナルストーリーです。この作品のもう1人の主要人物である黒崎くんに関する話となります。名付けて『黒崎編』、是非楽しんで頂きたいと思っております。


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第97話 訪問の時間

オリジナルストーリー開始です。予定では14話ですね。いい話になるよう頑張っていきたいと思います。


1人の男がいた。その男はいわゆる、変わりものだった。

 

自分の中の揺るがぬ価値観と、周りの視線を気にしない胆力を持ち合わせており、周りからも決して矮小な男ではないと認識されていた。

 

ある人らは、恐怖を抱いた。ある人らは、鬱陶しく思った。ある人らは、信頼のある男だと思われた。正しくもあり、邪な考えを良しとしない男は、見る人によって印象が変わる。

 

だがしかし、そのような人らには共通点がある。誰一人としてその男を深く理解していない。彼の外面的な姿は知っていても、内面的な事は知らない。

 

故に誰も知らないのだ。男の中に潜んでいる大きな闇の事を。

 

これから暫く、1人の男の物語を語る。理不尽に苦しみ、もがき続けていた男のことを。

 

彼の名は、黒崎 裕翔。椚ヶ丘中学校の本校舎の生徒でありながら、他の生徒のようにE組を軽蔑せず、そして殺せんせーの存在を知る人物である。

 

 

 

◇学真視点

 

 

イトナが寺坂に説得された日の事だ。あの後俺らはその場で解散となった。夜道だからという事で、なるべく気をつけて帰るようにと殺せんせーに注意されていた気もする。そんなわけで、たまたま帰りが一緒だった渚とカルマと一緒に歩いていた。

 

その途中で、俺は渚とカルマに尋ねた。

 

 

「…なぁ、お前ら黒崎とはどう知り合ったんだ?」

 

 

ある程度は予測していたんだろう。渚もカルマも、やっぱりというような表情をしていた。

 

ついさっき黒崎が現れて、不可解な行動をとったんだ。その話に触れないわけにはいかない。ましてこの2人は、俺よりも先に黒崎に会っている。詳しく聞かれる事は分かっていたのかもしれない。

 

 

「俺が先に会ったんだよね。サボろうとしていた時に怒鳴られた記憶があるよ。その日以降もギャーギャー言っていたけどね」

 

「それで、僕がカルマくんと一緒にいた時に、黒崎くんに声をかけられた、て感じかな…」

 

 

なるほど、つまりは先にカルマと会っていたのか。っていうか昔からサボりぐせがあったのか。なんていうか、あんま変わってないな。たった1,2年経った程度だけど。

 

 

「…お前らは見当ついていたりするか?黒崎がシロと手を組んでいる理由について」

 

「ごめん、分からない」

 

 

そりゃそうか。そういう事をする奴なんて思うはずもないだろうし。

 

 

「ただ…黒崎くんはいつも1人で抱えるような感じだった」

 

 

渚が何か意味ありげな感じで喋り出している。要するに、何か思いたる事があるみたいな雰囲気だった。

 

 

「…どういう事だ?」

 

「もともとクラスで浮いていたから、相談できる人がいなかったんだ。僕たちと一緒にいた時も、仲良くはしていたけど打ち解けようとはしないみたいだった」

 

 

なるほどね。

 

まぁ変な話、浮いているのは当たり前な気はする。妙に堅物かと思いきや変な行動を起こすし。普通なら不気味に思って、近づこうとはしないだろう。

 

そして打ち解けようとはしないとは、少し壁を作っているような感じという事か。考えてみれば俺もアイツの事を詳しくは知らない。渚の言葉から考えると、深くまで踏み込ませてくれないということか。

 

 

「何かあると考えておいた方が良さそうだな」

 

 

なんとなくだけど、そこに秘密があるように感じる。深くまで関わろうとしないという事は、アイツの中で知られたくない事があるということでもありそうだ。

 

 

「…なんでそこまで知ろうとするの?」

 

「カルマくん?」

 

 

しばらくの間話そうとしていなかったカルマが話しかけてきた。俺の考えている様子に疑問でも持ったんだろうか。

 

 

「渚くんが言うならともかく、学真って黒崎とは時々会う程度の付き合いじゃん。黒崎を擁護しようとするなんて普通は考えないと思うけど」

 

 

カルマが言うのは最もだとは思う。俺が黒崎と始めて会ったのは、1学期が始まったばかりの全校集会の日だ。同じクラスでも無いし、そんなに付き合いが長いわけでも無い。今回の黒崎の行動を見たら、敵対心を持っただけで終わるんだろう。

 

 

「……短い付き合いではあるのは確かだけど、アイツがなんの理由もなくあんな事をするとは思えないんだよ」

 

 

俺の結論としては、こう言う事だ。情報量が不足しているのは確かだけど、それだけでアイツが悪い男だと思わない根拠としては十分だった。一見滅茶苦茶には見えるけど、アイツの中ではシッカリとした筋があるのが分かる。それを見て悪いやつだと思う方が難しいだろう。

 

 

「ま、そう思うんならいいけどね。随分信用されているんだね」

 

 

カルマは少し気の抜けた声を出して話している。カルマって黒崎をあまり評価してないのか、黒崎を信用している様子に少し引っかかってくる。仲が良くないとは聞いていたけど、信頼感もないというやつなのか。

 

 

「…僕も多分何かあると思う。黒崎くんは筋の通っていない事をする人じゃない」

 

 

渚は俺の考えと同じようだ。俺の思考がおかしくないと分かって少し安心する。しかも渚なだけに安心感は半端ない。

 

気づくと道が分岐しているところに出た。確かここで俺らは別れることになる。

 

 

「…まぁ、黒崎の事は後になるか。じゃあな」

 

 

渚たちと別れて自分の家に向かう。近いとはいえ夜道だ。気をつけないといけない。

 

歩きながら俺は携帯を開いた。携帯のアプリを開くため…ではなく、対話するためだ。

 

 

『私に御用でしょうか、学真さん』

 

 

携帯の画面には律の姿が出ている。対話できるかどうか不安だったけど、どうやら不可能じゃなかったみたいだ。

 

 

「なぁ律。この前霧宮の住所を特定したよな。それはE組以外の生徒でも可能か?」

 

 

1学期の終わり頃だったか、律は霧宮の住所を特定した事がある。考えてみればそれはかなり有力な力だ。特に今の状況は結構使える。

 

 

『不可能ではありません。ですが霧宮さんの時よりも遅くなる可能性があります。

 

霧宮さんに限らずクラスメイトの情報は、皆さんとの協調のためには必要になると思っていたのである程度揃えてはいたんです。

 

ですが他の人の場合は、データベースの中から探し回らないといけません。加えて大抵はセキュリティに阻まれてしまいます。量が膨大すぎるため探すのに時間はかかりますし、探索エリアを間違えると永久に迷い続けることになります。何か有益な情報があれば、それと関連させて調べることも可能ですが…』

 

 

なるほど。つまり情報がない限りは探し出す事は出来ないということか。情報系に詳しいわけじゃないけど、その中身が恐ろしいぐらいに複雑なのは分かる。

 

だから有益な情報が必要になるわけだ。

 

 

「…分かった。黒崎 裕翔の住所を特定してくれないか?」

 

 

律に黒崎の住所を特定してもらうよう依頼する。

 

恐らくだけど、黒崎の場合は調べやすくはなるだろう。クラスが違うだけで同じ学校の生徒だし、学校の中でもかなり目立っているから情報が探しやすいかもしれない。

 

それに、律は一度黒崎に関する情報を検索した事がある。『犯罪対策委員会』というネット上の存在を。その情報をもとに辿っていけば探し出せるかもしれない。

 

 

『分かりました。調べ次第連絡します』

 

 

そう言って律は携帯の画面から消えた。鎧と盾と剣を持っていたのが気になるが、セキュリティを解除するために必要なのだろうか。

 

いや、ふざけたことはやめよう。いまは真剣に考える時だ。俺は問題を解決するために律に頼んだんだ。それ以外の事を考える必要はない。

 

しばらくは律の報告を待とう。そして終わった時に礼を言えばいいだけの話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その翌日に、律から連絡があった。頼んだ次の日だけど特定に成功したみたいだ。仕事の速さに感心せざるを得ない。

 

授業が終わった後に、1人でトイレに行って携帯の画面を開く。メールを見るとマップと文章が載っている。説明文みたいな文章を作ったのはおそらく律だ。

 

マップを開いて、特定されている場所を確認すると、これまた恐ろしく遠い場所だ。椚ヶ丘中学校から結構離れている。

 

指定されている場所に向かうまでのルートを確認して、トイレから出る。桃花には用事があるからと言っておいたから、いま学校の中には俺1人だ。学校に持っていく鞄を持ったまま、俺は校舎から離れていった。

 

 

 

 

駅を出てから真っ直ぐ進み、突き当たりを左に曲がったところに一軒家がある。律のマップは間違いなくそこを指していた。どうやらこの家が黒崎の家で間違いなさそうだ。

 

一軒家ってのは少し驚いたな。両親がいないと聞いていたから、てっきりマンションの一室を借りているのかと思っていたんだが…

 

まぁ、とりあえずは中に入らないとな。

 

インターホンを鳴らして暫くの間待つ。返答はない。家の中にいないからなのか、それとも居留守なのかは分からないが…

 

 

「おや坊主。その家に何か用か?」

 

 

すると隣から声をかけられる。白髪が少しだけある老人みたいだ。インターホンを鳴らしたのが聞こえたから様子を見に来たのか?

 

 

「…はい。少し話がしたいなと思ってまして…」

 

「なるほど、しかしそこには誰もいないぞ。少し用事があるらしくてな」

 

 

……マジか。まさかいないと来たか。いやまぁその可能性も充分にあるんだが。

 

どうする?このまま帰りを待つのもな…知らない土地で時間を過ごすのはかなり不安になる。けどアイツの行方が分からないいまどこに行けばいいのかさえも…

 

 

「どこにいるかを知りたいか?」

 

 

老人の言葉を聞いて思わずたじろいだ。黒崎の行方が分からないと思っていたらそれを教えてくれるようだ。驚かざるを得ないだろ。

 

 

「…あ、ああ。もちろん、分かるのなら知りたいです」

 

 

老人に黒崎の行方を尋ねる。すると老人はユックリと俺の後ろの方を指差した。

 

 

「お前が先ほど曲がった道を、逆方向に進んでいけ。暫くするとかなり大きな建物がある。裕翔はそこにおるぞ」

 

 

後ろを見れば、すぐそこに俺がさっき曲がったところがある。俺が曲がった方向と逆ということは、このまま真っ直ぐ進めば良いということだな。

 

 

「ありがとうございます。助かりました」

 

 

一礼だけしてその方へ向かって歩いていく。曲がってからそんなに歩いてないから、戻るまでの時間はそんなにかからない。

 

そしてそのまま真っ直ぐ歩いていく。老人の言っていた大きな建物を目指して。

 

 

 

 

 

 

◇第三者視点

 

「先ほど烏間から連絡があってね。これ以上必要以上に生徒を巻き込むなという事らしい。生徒に被害が出るようだと賞金首はあの学校からいなくなるかもしれないとな」

 

 

政府の役人がシロと対話をしている。今後のシロの動きに対して釘を刺しているところだった。今回に限らずシロの作戦は生徒を危険に晒すものばかりだ。それをやめて欲しいと部下である烏間から言われてシロに伝えているのだ。

 

本人も烏間の意見に同意している。これ以上何かあったとすると破壊生物が学校から居なくなってしまうかもしれないからだ。生徒の身の安全のことを全く考えていないのは確かだが。

 

 

「ええ。大丈夫ですよ。これから暫くは手を出しません。生徒たちにあのタコを殺させるのも悪くない。それにあのクラスにはバケモノがいる。虫も殺せない顔をして、その内には凶悪な魔物が住み着いている。放っておいても奴が覚醒するのは時間の問題ですしね」

 

 

シロはしばらくの間何もするつもりはない。イトナという有力な武器を失ったいま、彼が殺せんせーを殺すための方法は無いのだ。それが無い状態では暗殺どころでは無いのだから。

 

その話を聞いていた男は気難しそうな顔をしている。シロの言っている『バケモノ』という単語が気になったのだ。現場を見たことが無い彼ではあるが、普通の中学校にバケモノがいるというイメージそのものがつかないからだ。

 

だが、気になる点はもう一つあるのだ。

 

 

「…もう1人コマがいたのでは無いのかね?それを使うと思っていたのだが…」

 

 

それは黒崎のことであった。烏間の報告では黒崎という生徒がシロに協力していたと報告を受けていた。しかも少し前までシロと一緒に中学生らしい人が付いて来ていたのを覚えている。イトナを失ったつぎは彼を使うのだろうと思っていただけに、シロの動かないと言う発言は予想と違った。

 

 

「残念ですけど、彼は私の部下ではありません」

 

 

シロはソファに座りながら話し始める。黒崎は自分の部下ではないという発言に、更に訳が分からなくなってきた。

 

しかしその答えを得るのは簡単だ。部下ではないのなら協力関係の上だったということだ。しかし中学生がシロと対等な立場になれるとは到底思えない。とするならば考えられるのは…

 

 

「……借りてきた、ということか?」

 

「その通りです。察しが良い」

 

 

笑いながらコーヒーを飲むシロに、睨みたくなる気持ちだった。真剣な話をしているところで呑気にしているところを見ると苛立ちが募ってくるだろう。

 

結論として、黒崎は他のところから借りてきたということだった。シロと何らかの関係を持っている団体から黒崎を差し出されたということである。

 

それは一体どこだね、そう尋ねようとした時だった。

 

 

「ちなみにどこから借りたのかについては黙秘します。関係のないところに情報を出さないでくれと言われたものでしてね」

 

 

シロに先手を打たれた。それを聞いてくる事が分かっていたかのようだった。

 

情報を漏らさないで欲しいと言われたため、シロはその団体の名前を明かさない。別に義理があるわけでもないが、約束を破る必要も無いと考えたシロは情報を隠すことにした。

 

 

 

◇学真視点

 

結構時間が経ったと思う。

 

街の景色が一変して、家ばかりあったのが木ばっかりの風景になっている。途中道を間違えたのかと思ったぐらいだ。

 

けど間違っていない事を証明するかのように、俺の目の前には大きな建物がある。老人が言っていた通りだ。そしてこの中に黒崎がいるという事だろう。

 

中に入って進んでいく。広そうだしそう簡単には見つけられないだろう。まずは建物内の地図を貰うべきだな。

 

 

「何しに来た?浅野学真」

 

 

…おいおい。

 

ここはもう少し時間かけてから見つけるところじゃねぇのかよ。入って数秒で本命に出会ったぞ。RPGだったら面白みもクソもないな。

 

 

「お前に用があるんだよ、黒崎」

 

 

入口の陰に隠れていた黒崎に話す。黒崎を見ると待ち構えていたという風にも見える。俺が入口に入る時に話しかけたから、余計にそう思ったんだが。

 

話を踏み込むために一歩前に足を進める。たったそれだけ、近づいたとも言えないだろう。

 

けどその足に向かって何かが伸びてきた。

 

 

「うお!!」

 

 

反射的に足を引っ込める。俺の足に向かって伸びていたそれは地面に突き刺さった。

 

反応が遅かったら間違いなく打たれただろう。危機一髪という状態に焦りを感じてヒヤヒヤする。間抜けな声を出してなかったか心配になる。

 

 

「…何のつもりだ」

 

 

目の前の男に尋ねる。コイツは間違いなく、俺に攻撃をしかけた。何の目的でそれをやったのかを問い詰める。

 

 

 

 

 

「帰れ」

 

 

 

 

だが、その答えは帰ってこなかった。

 

 

 

 

 

「お前に話すことなど、何一つない」

 

 

 

殺せんせーを暗殺している俺たちにとって、最も身近な感情がある。それは殺意だ。殺意にも色々あるけど、大抵は相手を屈服させるものだ。

 

その殺意を、黒崎から感じた。

 

どうやらコイツは、本気で俺を倒そうとしているみたいだ。

 

 

「…そうか」

 

 

やっぱりそうなるよな。

 

 

こうなる予感はした。俺たちと敵対したわけでもあるから、戦うことになるんじゃないかなと思ってはいた。そうならないで欲しいと願ってはいたけど、こういう時は大抵嫌な予感の方が当たる。

 

だから俺は誰も連れてきていない。

 

黒崎と戦うことになったら、見ている方はあまりいい気がしないだろうと思った。特に倉橋は黒崎と仲良かった。黒崎のために動くと知ったらついてきそうな気がしたし、俺1人で来た。

 

 

ポケットから持ってきたナイフを取り出す。アクロと戦った時と同じ本物の刀だ。対先生ナイフじゃ戦えないし、黒崎と戦うためにはこれじゃないと意味がない。

 

 

「そう言われて、はいそうですかと帰るわけにはいかないんだよ。悪いけど、何がなんでも聞かせて貰うぞ。テメェが何故シロと一緒にいたのかを」

 

 

そう言って黒崎に向かう。何が何でも話を聞き出すために、俺は黒崎と戦うことにした。




黒崎とのバトルになってしまいました。戦いの末はどうなるのか、そして黒崎の謎について、それを知ってもらうために、これからの話を読んでいただきたいと思います。


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第98話 ぶつかり合う時間

あけましておめでとうございます。新年もよろしくお願いします。

お雑煮を美味しく食べながら、話を作り進めていました。戦闘シーンはなかなか難しいものですね。かなり時間がかかってしまいました。

さてさて今年度1発目の投稿です。楽しんで読んでください。


黒崎と対面している時、恐ろしい緊張感に襲われる。戦闘開始の時の緊張感は相変わらず慣れない。対して黒崎はどうだろうか。表情からは緊張なんて微塵も感じない。それどころか威圧感が半端ない。そういうのは親父もあるけど、黒崎のはそれに匹敵するんじゃないかとさえ思う。

 

思った通りではある。不良の集団を返り討ちにしたことがあるし、相当場数を踏んでるんだろう。それも相当な数じゃないとここまでの迫力は出ない。

 

コイツはどんだけの敵と戦ってきたんだろうか。想像つかない規模に恐怖すら感じる。

 

 

「ふん!!」

 

 

黒崎の棍が顔面に向かって伸びてくる。今まで経験した中で最も素早かったと思う。そんな突きを横から刀で弾いて外させた。ギン、という鈍い音が耳に響いて痛くも感じる。

 

けど一回弾かれた程度で攻撃が止まるはずもなかった。弾かれた棍はその勢いのまま回転して迫ってくる。反射的に躱したところで強い風が吹く音が聞こえて来た。

 

恐ろしい勢いだなと考えているうちに二撃目が来る。さっきの回転を止めないで更に攻撃を続けてきた。

 

なんというか、慣れてやがる。簡単そうにやってるけど、片手で棍を回すのは結構難しいはずなんだけどな。

 

後ろに下がって攻撃をギリギリ躱す。そしたら思った通り次の攻撃が来た。三、四と同じ攻撃が迫る。四度目は結構ギリギリだった。

 

 

「うお!?」

 

 

同じ攻撃が来ると思いきや、今までの攻撃と逆方向から迫って来た。途中で回転を逆にしたんだな。

 

躱せたけど少し体制が崩れる。とは言っても少し傾いただけで別に大きく転ぶようなものではない。

 

けど黒崎はその隙を見逃すはずがない。

 

回転した棍を止めて真っ直ぐ向ける。棍の先がコッチに向いている状態だ。

 

突き飛ばすつもりだな。

 

 

「ふっ!!」

 

 

思った通り黒崎はその棍を真っ直ぐ突き出した。それは確実に俺を捉えている。

 

俺の体は後ろに吹き飛んでいる。10メートルぐらい飛んだんじゃなかろうか。

 

足が地面に着く。ここで烏間先生から言われた言葉を思い出す。着地する時に足で踏みとどまろうとすると結構負担がかかると言っていた。

 

だからそのまま後ろに倒れる。転がりながら背中が地面についた時、体に力を入れて体を浮かせる。回転の勢いをつけたままグルリと回転して、足が地面について見事に立った状態になった。

 

 

俺の結構前の方にいる黒崎は、棍を真っ直ぐ伸ばしたまま動いていない。動きが取れなかったわけじゃなく、俺の様子を見てたらしい。

 

 

「…刀で防御しながら、後ろに飛んで威力を半減したか。まさかそんな芸当をしてくるとはな。そこまで飛んだ跳躍力といい着地の際の受け身といい、相当な試練を乗り越えたようだ。そこまでの力を発揮する中学3年生はあまりいないだろう」

 

「そりゃどーも、ていうかお前同い年だろうが」

 

 

恐ろしく余裕だな。今のを驚いているわけでもなく、冷静に分析されている。

 

驚く様子を見せないのは、恐らく想定外ではないからか。

 

球技大会でE組が点を取った時、本校舎の生徒は混乱していた。それは自分たちよりも劣っていると思っていた連中がありえない事をしたと思ったという事でもある。つまり下に見ていたからこそ驚愕していたんだ。

 

けどコイツは最初から油断なんてしていない。目の前に立っている俺に対して、それが出来ていてもおかしくないと思っている。

 

どうしたものか。今までは油断している視線を利用して不意打ちとかを使ってきたけど、コイツにはあまり効果がなさそうだ。さっきの観察力から考えると、騙すことも難しいだろうし。

 

かと言って実力で勝負というのは駄目だ。力の差は歴然としている。渚と鷹岡が対面していた時みたいだ。

 

実力も技術も敵わない。俺にあと出来るのは揺さぶりぐらいだ。

 

 

「…本当に何も話すつもりはないのか?」

 

「言った筈だぞ。お前と話す事は何も無いと」

 

 

バッサリと切り捨てられる。ここまで拒否しているという事は…

 

 

「やっぱり何かあるだろ、お前」

 

 

黒崎からの返答はない。黙秘していると見たほうが良さそうだ。

 

 

「ここまで拒絶してくる事は今までなかった。突然話を一切しなくなるとかあまりにもおかしすぎる」

 

 

未だに反応はない。

 

 

「それだけじゃない。あの夜シロと戦っていたとき、霧宮を奥の手として潜めていたのは、シロは霧宮のことを知らないと思っていたからだ。

 

お前は霧宮を知っているし、少なくとも警戒すべきだと思う筈だ。けどシロは霧宮を一切警戒していなかった。

 

心底からシロに従っているというんじゃなくて、何か従っている理由があるとしか思えないんだよ」

 

 

目は真っ直ぐ黒崎の方を見る。それぐらいじゃないと真剣なのが伝わらない。

 

俺は何かあると思っている。だからここまで来たわけだし、今さっきのやりとりでその予感に確信がついている。

 

そうだとしたら、それを知るまではただで帰るわけにはいかない。せめてその尻尾だけでも掴めば…

 

 

「一体何故俺らの敵になるような事になる。暗殺にも特に干渉しようとしなかったお前が…」

 

「なるほど」

 

 

ようやく黒崎が反応した。そうは言っても俺の言葉に返しているというものでもない。どこか納得しているみたいだが…

 

 

「どうやら手加減していいわけではないみたいだな」

 

「……っ!!」

 

 

おいおい。

 

どこかスイッチが入ったのかよ。目の色が若干変わって、さっきよりも本気が混じってやがる。

 

気づくと黒崎は手に持っている棍を長く持っていた。棍の端を持って、まるで剣を持っているみたいに。

 

どういう事だ?詳しくは分からないけど、棍は結構長いから、あれだと振り回し辛いと思うんだが…

 

 

「はっ!!」

 

「うお!?」

 

 

気がついたら、棍の先が目の前にあった。黒崎がコッチに向かって伸ばしてくるのが見えなかった。

 

顔を横に避けて躱した。スレスレといったところか。あと僅かでも遅かったら避けられなかったと思うとヒヤヒヤする。

 

黒崎の方を見ると、さっきよりも遠い。1人分の隙間があるような感じか。あの距離だと俺の攻撃は当たらない。

 

 

そうか。リーチが長くなったから、そこから踏み込まなくても攻撃を当てられるのか。踏み込みの動作がないせいで攻撃してくるタイミングが掴みづらくなったていうところみたいだな。

 

黒崎は伸ばした棍を引っ込めている。流石にさっきみたいに振り回す事は出来ないか。

 

再び攻撃が来る。今度はさっきと同じミスはしない。不安定なその棍をナイフで叩き落す。

 

 

《グン!》

 

「はっ!?曲がって…!!?」

 

《ガキン!…ザク!》

 

 

腕に強い衝撃が走るとともに、握っていた獲物の感覚が無くなった。それもそのはず、何しろ右手に持っていた方のナイフは後ろの地面に刺さっている。

 

あまりの出来事に笑いそうになる。まさか軌道が変わるとは。それも平然とやるとか、凄腕にも限度があるだろ。

 

 

「一見関係なさそうなナイフにも意味がある。相手に行動の制限を無意識にかけさせる事だ。相手にとって最も邪魔になるであろう位置、つまり迂闊に動けば斬られてしまうところにナイフを置くことで、それを避けるために相手は行動が制限される。その制限された攻撃を捌くのがその防御術のトリックだ。

 

その弱点は二つ。ナイフが届かない位置からの攻撃に対処できない事と、ナイフを落とされると何もできなくなる事だ。そう推測したが違うか?」

 

「……なんで全部見抜かれているんだよ」

 

 

黒崎にナイフを使った防御術のトリックを見破られる。こんな簡単に見破られるのはかなりショックだぞ。たった数分で対処法まで見出されるとは。

 

だから棍を長く持ったのか。俺の防御を無効化するために。

 

一筋縄ではいかない事は最初から分かってはいたけど、こうも格の差を見せつけられる

 

 

「なぜそこまで俺にこだわる」

 

「は…?」

 

 

黒崎の放った言葉の意味が分からず少し気の抜けた声を出してしまった。唐突すぎてどういうことかわからん。

 

 

「俺がシロの味方になっていることのどこがおかしい。お前らの商売敵であって別に危害を加えるような存在ではない。もちろんシロは手段を選ばないためにお前らを危険に晒す可能性はあるが、その前にお前たちが暗殺を済ませればいい事だ。お前が俺にこだわる理由はどこにもない筈だぞ」

 

 

…あー、つまりアレですか。なんでここまでしつこく付きまとって来るんですかというやつか。

 

もはや懐かしいよな。中1の頃の俺はそんな感じだったし。あまり関わって欲しくないから他人を威圧しようとするわけだ。

 

けど悪いがそれで恐れたりはしない。何しろソッチ側の経験があったから、共感はしても恐怖は感じない。

 

こういう時、俺がいうべき言葉は決まっている。

 

 

「俺がそうしたいからだ」

 

 

日沢の時とおんなじだ。何故とかは特にない。己の気持ちに従っただけだ。こういうのはあまり深く追求しない。自分のやりたいことをやるためにはそういうスタンスが良いということを身をもって知っている。

 

 

「話にならんな」

 

 

黒崎の反応といえば、あの時の俺みたいに呆れているような物言いだ。話が通じないことが分かって、力尽くで黙らせにかかるだろう。現に黒崎は棍を短く持っていた。

 

 

「は…?」

 

 

いや、何平然と流している。なんで棍を短く持っている。明らかにリーチが短くなったし、何より後ろに伸びている棍が邪魔で動きが制限されるはずだ。

 

マジで意味が分からん。長く持ったり短く持ったり…あまりスタイルが決まってないとか言うのか?

 

 

「あまり気を抜くな」

 

「……っ!」

 

 

黒崎の声が、少し変わった。声質が変わったわけではないが、さっきまでと比べて低く…そして静かになっている。かなり真剣な感じだ。まるで一歩間違えれば失敗する実験をする時のような。

 

 

「一瞬でも気をぬくと、取り返しのつかない事になるぞ」

 

 

取り返しのつかない事とはなんだ。それを考えるよりも先に身体は緊張で固まっている。その理由は、もちろん黒崎の警告だ。アイツはおかしな事は言っても、タチの悪い嘘はつかない事を知っている。

 

 

そして黒崎が迫ってきた。見る見るうちに距離が縮んでいく。ナイフであれば届く位置に近づいてきそうだ。

 

ナイフを握る手に力が入る。一本は落とされたが、もう一本あれば充分だ。あの短さなら振る事も存分に出来ず、突きしかできることがない。それを止めれば充分だ。

 

そしてナイフが届きそうな位置に黒崎が来る。

 

 

 

 

 

「は…?」

 

 

一瞬、頭の中が空白になった。衝撃と言うのだろうか。あまりにも意外すぎる出来事に理解が追いつかなかったからだ。

 

何しろ目の前にいたはずの黒崎はもういない。真っ直ぐ迫ってきていた黒崎の姿はない。

 

勿論消えたわけではない。回り込まれたのだ。直進するのが速かったために視界が狭くなり、横に向かって移動していくのに追いつけなかった。

 

後ろを振り向くと黒崎は目の前にいた。ナイフが届く位置とかの話じゃない。拳が入る距離だ。

 

 

この時点で察した。無理だ、避けられないと…

 

 

《ドゴン!!》

 

 

鳩尾に入った。拳ではなくその手に持っていた棍に。鋭く深い打撃に、痛みと一緒に中にあるものを吐き出してしまいそうな感覚を覚える。

 

足がフラフラと後ろに下がる。数歩ぐらい下がったところで腰から崩れ落ちた。それと同時に手に持っていたナイフは地面に放り出される。地面に座り込んでいる俺の前には、棍を突き出したままの状態でいる黒崎がいた。

 

 

「バットなど長いものを振る時には遠心力が働くため、力点から遠いところで威力があるらしいが、突きの場合は違う。力点から遠ざかれば威力は分散される。おまけに遠くの位置を横から弾かれれば、それだけで軌道は大きくずれてしまう。獲物を短く持ち、自分の手と同じところで突きを当てたとしたら、己の力をフルに当てれる。気を張り巡らせていたお陰で反射的に身体に力を入れていなければ、意識は軽く飛んでいただろう。骨にヒビが入った可能性も低くない」

 

 

黒崎が何やら喋っているようだけど、激痛が酷くて内容が上手く聞き取れない。座り込んだ状態から力が入らないし、頭も少しボーッとしている。無理やり意識を保っている状態だ。骨が折れていないのが救いか。

 

 

「いい加減に手を引け。別にお前を殺したいわけではない。帰るのなら見逃すし別段笑うつもりもない」

 

 

落ち着いて若干意識が回復したせいか次の言葉は聞き取れた。黒崎はあくまで俺を帰らせたいみたいだ。

 

普通ならここで帰ってもいいだろう。実力差を見せつけられたわけだし、何より致命傷とは言わなくても重傷なのは確かだ。ここで退いておくのが一般的だろう。

 

 

「悪いな。まだ終わってねぇよ…!」

 

 

けど、退く気にはなれない。俺にはそれができない。時に逃げるのも一手とは言われるが、これは逃げてはいけない。

 

 

何となく理解しているんだ。もしここで退いたらチャンスは掴めないと。ここから先もコイツはこうやって追い返そうとするだろう。その度に痛い目を見て何も言わずに帰ったとしたら、一歩も前に進めない。

 

だから逃げてはダメなんだ。とことんまでダメになるまでは…

 

 

痛みを訴える身体に喝を入れて立ち上がる。あいにくだけどこういう経験は何回かしているせいか慣れていた。

 

 

「しぶといな。なら意識を失うぐらいに叩きのめして、無理やりつまみ出すまでだ」

 

 

黒崎が構えている。若干距離はあるため絶対に迫ってくるだろう。そこから攻撃を仕掛けるか、先ほどのようにきりかえす事もあり得る。

 

そのどちらかを予測する必要はない。もともと勘は鋭い方じゃないし、したところで無意味だ。

 

ナイフ術以外にも奥の手はある。アクロに使った事がある技だ。相手のスタートと同時に駆け抜ける。相手のスピードと合わさって相手は反応できなくなるという技だ。

 

あの後俺はあの技を改良した。その技の使い勝手が悪かったわけではないが、それだと相手の視線から逃げるだけだ。その後の手がなければ何の意味もない。

 

だから俺はそれにあるアイデアを入れた。もっともそれはある奴が使っていたのを参考にしただけなんだけどな。

 

 

黒崎が踏み出す。何度か見たせいか踏み始めるタイミングは完全に掴んだ。

 

そのタイミングに合わせるところまでは今までと一緒。けどそれに合わせるものは違う。

 

相手が迫ってくるタイミングで仕掛ける時に最も最適な行動。

 

 

《パン!!》

 

 

それは、猫騙しだ。

 

 

「…っ!?な、に……!!?」

 

 

動揺している。行動しようとしたタイミングで急に大きな音が鳴ると驚くに決まっている。

 

渚が鷹岡に仕掛けた技だ。相手を一瞬ビビらせる技としてアレは最適だった。あの時見えた景色から叩き方を学んだわけだが、見よう見まねでそれなりに音は出せるものだな。

 

渚のように歩きながら仕掛けることは無理だ。心臓がもたないし何より相手を警戒させる技術はない。

 

だから叩き方だけ学んで、あとは烏間先生に言われた技に合わせることでオリジナルの技を編み出した。結構便利になったとは思うんだがな。

 

 

動揺している黒崎に拳を当てる。狙いは顎。脳が揺れやすいところだから効果はあると聞いたことはある。

 

拳は黒崎の顎を捉えた。物凄く硬いものを殴った手応えが伝わる。もしかしなくても俺の方が痛い気もするけど、気のせいと思いたい。

 

 

「ぐっ……!」

 

 

顎を押さえたままもがいている。少しは効果があったみたいだ。

 

 

「…クラップスタナー、か。まさか実際に見ることになるとは…」

 

 

何やら俺の知らない単語を言っているが、さっきの猫騙しのことを言っているんだろう。

 

 

「迂闊だった。暗殺者は不意打ちに気をつけなければならなかったのだが…」

 

「暗殺者と戦った事でもあるのか?」

 

「多くは語らん。次は先ほどのようなミスはせん」

 

 

しまったな。体制を立て直されてしまった。一気に決めるべきだったか。

 

まぁ後悔しても遅い。いま出来ることをしなければ何の意味もないだろう。

 

地面に落ちていたナイフを一本持つ。もう一本は遠いから拾う事が出来なかった。

 

さっきの今だから、警戒されているはずだ。フェイントとかしてくる可能性がある。ここは冷静に防御を…

 

 

「…ッ!誰だ!!」

 

 

急に黒崎が叫ぶ。俺に向かってじゃない。視線は俺の後ろの方。つまり入口の方だ。

 

 

「………」

 

 

振り向くと、確かに1人いた。ボロボロの服を着た細身の男が。

 

 

「…アレは?」

 

 

全く知らない人物だ。それどころか、恐らく街中で見かけた事がない。漂白すぎて逆に目立つジャージに、目まで隠れそうな髪の長さ。街中で見かけたら確実に覚えている。

 

俺の言葉に全く反応せず、ただ歩いている。歩き方もフラフラしていて、倒れそうに見える。

 

俺の横を通り抜けて、黒崎に近づいている。黒崎も知らない人物のせいか少し戸惑っている様子だ。どうすればいいのかが分からなくなっている。

 

そうして黒崎の目の前に近づいた。

 

 

《ザシュ!!》

 

 

そう思いきや、赤い液体が飛び出た。それは勿論血だ。状況的にそれは誰の血かは分かる。

 

それは、歩いている男の前にいた黒崎のものだ。

 

 

「な、に……!?」

 

「黒崎!!」

 

 

反応が遅れてしまった。流れが急だったせいか黒崎の出した声でようやく反応できた。

 

コイツ、いま黒崎を斬ったのか?何も斬るものを持っていないのに、一体どうやって…

 

 

『馬鹿者ォォ!!』

 

 

今度はなんだ!?加工された大きな声みたいだが…

 

 

『何をやっとるんだタンク!お前の敵はソイツではない。それに立ち向かっている方だ!』

 

 

…!

 

タンク…!?

 

いま、タンクって…

 

 

「アー…?」

 

 

背筋が凍る。黒崎を襲った奴がコッチを見ている。いま標的が変わったのだと理解した。

 

コイツが、タンク…

 

ロヴロさんが言っていた暗殺者の1人…

 

 

『さぁ、殺すのだ。ここに踏み入った愚か者を始末せよ』

 

 




ロヴロが話していた暗殺者、タンクの登場です。タンクを前に学真はどうなるのか、そして黒崎の謎にせまれるのか、次回以降もお楽しみにしていてください。


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第99話 強敵の時間

長らくお待たせいたしました。久しぶりの投稿になります。
話自体はかなり前に出来ていたのですが、後の展開の都合や読みやすさを考え、修正をかなり入れました。ひょっとするとどんな話だったか忘れている人もいるかもしれませんが、これを見ながら思い出してくださると嬉しいです。


かつてロヴロから聞いた話を思い出す。

 

 

「その男は全ての暗殺者の中で最も技術が低い。誰の目にも触れないように動く技術も、標的に気づかれない技術も持ち合わせていない。猪突猛進、正面から堂々と標的を殺す事しか出来ない男だ」

 

「それって殺し屋として成立してんの?」

 

「いま君が考えた通り、標的に気づかれたら暗殺の確率はほとんどない。寧ろ諦めて逃げる策を練らなければならないのが普通だ。だがその男は逃げるような行動は取らない。そして相手を取り逃がした事もない」

 

 

それを最初に聞いた時、なんだそのバカな話は、と思った。かなり警戒している標的を殺す事の難しさは素人でも分かる。それどころか不可能と判断してもいいレベルだ。それで成功させるとか、性能が飛び抜けているとしか言えない。

けど、それ以上に驚いている事がある。

 

逃げないというところだ。

 

暗殺を仕掛ける場はいわば命のやり取りだ。失敗すれば死ぬ事だって当然のようにあるし、そうでなくても大きな怪我をする可能性も高い。

失敗する確率が高いと思えば、普通は逃げる。失敗した時のリスクは明らかだ。死ぬとなると恐怖を感じてもいい。

 

だから信じられなかった。そんな状態でも逃げようとしない奴がいるという事を。

それが出来るのは、よっぽど自分の腕に自信があるか。

 

 

あるいは、恐怖という感覚に鈍いのか。

 

 

 

 

未だに頭の中が綺麗に整理されていない。内側がゴチャゴチャしている部屋見たいだ。それほど、目の前の事実に納得していない。

俺と黒崎が戦っている間に現れたあの長身の男。特に意味のある言葉も出さないかと思いきや、突然黒崎を斬った。

得体が知れない、というのが一番表現できている気がする。

 

何より信じられない。

 

この男が、ロヴロが言っていたタンクであると。

 

どんな状態でも必ず目標を達成させる暗殺者だと聞いていた。凄腕の暗殺者であることは間違いないから、かなり威厳のある人物を想定していた。それこそ、黒崎みたいに。

けど目の前の男は威厳を感じない。それどころか、どこか幼稚さを感じる。さっき喋っていた言葉も意味が全くないうめき声だったし、目標を見誤るところから見ても自律できている様子は全く感じない。

 

 

「ぐっ…!」

 

 

先ほどタンクから攻撃を受けた黒崎が苦しそうな声を出しながら地面に膝をついた。斬撃を受けたことを示すかのように、腹から血が出ている。もっと言えば服も破れていた。

 

 

「黒崎…その体…」

 

 

視線が目の前にいるタンクから黒崎に変わる。ほんの少し変わった程度だ。そんなに時間は経っていない。

 

 

「意識を逸らすな!!」

 

 

大声で怒鳴られ、視線を戻す。するとわずかに距離があったタンクがもうすでに目の前だった。

 

 

「ちぃっ!!」

 

 

コッチに伸びてくる手を避けるために体を横にズラす。心臓を貫こうとした手は俺の腕の肌に当たった。

腕に軽く痛みが走る。見ると腕から血が出ていた。やっぱり血が出てくるのを見るのは嫌だな…

それにしても、当たっただけで血が流れるなんて普通はありえない。っていうことは…

 

 

「…やっぱり気のせいじゃねぇ。指が刀になってやがる」

 

 

コッチに手が迫ってくるときに、指が尖っているようにも見えたけど、どうやら見間違いじゃないようだ。アレは指が刃物になっているんだ。

コイツ、いわゆる改造人間か?体に機械を仕掛けたというやつ。話は聞いたことあるけど、まさかそれを目の前にするとは。

 

 

色々考えているうちに、タンクがコッチを向いている。ボヤボヤしている場合ではないと察し、ナイフで防ぐ構えをしておく。刃物というならそれこそ刃物で対抗できる。

 

 

『そのナイフ、邪魔だな。奪い取れ』

 

 

…さっきの声…?一体どこから……?

 

 

「…ウアア…!」

 

 

タンクがコッチに手を伸ばす。けどさっきと違い、手のひらをコッチに向けている。それは俺の手を狙って……

 

 

《ガシッ!!》

 

「…な、に…?刃物を直接…?」

 

 

恐ろしいと思った。何しろタンクは俺の手に持っているナイフを直接握っている。刃物になっているのは指だけであり、手のひらは普通の手だ。痛くないわけがないし、ナイフを握っているところからは血が出ている。

攻撃されたわけではないのに鋭い痛みを感じる。目の前の衝撃的な出来事に、痛みを感じてしまうようなやつだ。

 

動揺している間にナイフをアッサリ抜き取られた。信じられない現象を見て思わず力が抜けてしまったみたいだ。ナイフを抜き取られた事すらも気づかなかった。

 

 

《ゴスッ!》

 

「ぐふ!?」

 

 

腹に鋭い痛みを感じ、後ろによろめく。さっきと同じ場所であるせいか余計に痛い。吐き気がしそうだ。

不味い。戦闘能力が違いすぎるし、何より武器を失った。このままだと殺されてしまう。

 

 

《ボフン!!》

 

「っ!?煙幕…!?」

 

 

突然煙が出てきて、目の前の視界が一気に見えなくなる。煙幕といえば、確か奥田がこの研究をしていた気がする。いまはそれを簡単に出来るものを作っているとか言っていたな。

 

 

『くそ!なんなんだコレは!何も見えん…』

 

 

タンクも…いや、タンクに指示を出していた奴も混乱している。この煙幕はタンクとかの仕業じゃないみたいだ。ということは…

 

 

「ちぃっ!!」

 

 

よく分からないがいまが好機という奴だろう。煙幕で俺の姿が見えなくなったんなら、敵に気付かれずにその場を離れる事が出来る。

振り向いてそのまま足を進める。後方には建物から出るための扉があったはずだ。煙幕がなくなる前にそこを通って建物から出る。

 

 

 

 

 

◇第三者視点

 

学真が建物から出た。視界を遮られてしまい、それを目撃したものはいない。

煙が晴れると、そこには黒崎とタンクだけが残っていた。タンクは呆然と立っており、黒崎は膝をついていた。どちらも話しかけようとせず、黒崎の苦しそうな声だけが響いている。

 

 

「どうやら失敗したみたいだな」

 

 

その沈黙を1人の男が破った。その建物の中から1人の男が出てきた。

 

 

「アルフ…」

 

 

シルクハットを被ったその男の名はアルフである。彼は黒崎たちが戦っている様子を、建物の中から見ていたのだ。黒崎たちに加勢することなく、傍観しただけである。

 

 

「折角の機会だったのだがな。チャンスはいくらでもあるがな」

 

 

少し残念そうに語る。彼はこの場で学真を仕留めるつもりだった。

計画に大きな狂いが出るわけではない。ほんの少し手間がかかる程度の事だ。しかし出来る事なら最小限の手間で済ませたかったのが彼の本音である。失敗したものはしょうがないが、表情からは落胆が隠しきれていなかった。

 

 

「しかしどういう事だ黒崎。先ほどあの少年の逃走を助けたようだったが」

 

 

縁の陰に隠れている目が黒崎の方を向く。静かな口調とは裏腹にその目線は怒気が籠っていた。

彼は黒崎が煙幕を出しているのをその目で見ていた。明らかに学真を逃がそうとしている動きだ。そのような行動をとった黒崎にその真意を尋ねるのは当たり前である。

 

 

「それだけではない。そもそもなぜあそこにいた?タンクが来るより前にあの男をここから追い出そうとしていたようにも見えたが…」

 

 

もともとは、タンクに学真を仕留める予定だった。しかしその場に黒崎がいたため、タンクは間違えて黒崎を襲ったのである。なぜ予定にない行動をとったのか、黒崎に問い詰めた。

 

もしや裏切りを考えているのではないかと、アルフは疑っている。それをアルフは許さない。裏切りは彼の1番嫌う行為なのだ。

 

 

「もし殺したら大騒ぎになるだろう。今のE組の状況は教えたはずだ」

 

 

黒崎は端的にそう答えた。腹の痛みに堪えながら、アルフを睨みつける。

もちろん彼も知っている。椚ヶ丘中学校3年E組の担任をしている超生物の事を。その性能も、そして性格も知らされている。

もし3年E組の生徒が殺されたとしたら、怒りの感情を抱きながら彼らの前に立つ。それを抑え込む術は今の所ない。

だからあえて学真を見逃したのだと黒崎は言った。

 

 

「…なるほど、それなら良い。お前が我らを裏切るなど、あってはならない事だからな」

 

 

アルフはそれ以上深く探ろうとはしなかった。黒崎の言うことを全て信用したわけではない。苦し紛れの言い訳という可能性も十分にあり得る。

しかし、筋は通っている。怪物の暴走を止めるためだと言われれば認めざるを得ない。例えそれが目的であったとしても。

 

 

「さぁ、計画を続けるぞ。我らの野望はもう直ぐだ。またE組はここに来るだろう。その時こそ彼らが地獄を見る番だ」

 

 

ニタリ、と笑いながら大声で語る。指揮を取るときに大声でカッコよく叫ぶのが彼の癖である。

いずれE組の生徒たちがここに来るだろうと予測している。その生徒の1人が来たのだ。校舎に帰り、今度は人数を揃えてやってくるだろう。

それをアルフは待ち望んでいた。楽しみにしていたものが明日来るかのような心持ちである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇学真視点

 

「ハァッ…もう、追ってこないな…」

 

 

ようやく目的の駅についた。コッチに来る時に使った駅はあの時と全く変わっていない。

息を整える。一心不乱に走り続けたせいか、息切れが激しい。体力を使うのはかなり苦手だというのに。まぁ人混みが多いところまで来れば、追っ手は近づけないだろう。

 

 

「さて、と…」

 

 

確信がついた。やっぱりなんかある。さっきも何だかんだ黒崎に助けられたし。

従わないといけない理由があると見たほうが良さそうだ。だから俺たちの前に立った。

俺たちの敵になったわけじゃないと分かれば、後は落ち着いて対策が取れる。それが分からないと落ち着かなくてそれどころじゃなくなるしな。

 

 

「それにしても、あれがタンクか…」

 

 

腕にもう片方の手を押さえながらぼやく。改造されている体に加えて、恐怖をあまり感じない精神とか厄介すぎる。タンクに指示を出していたあの声も要注意だ。

とりあえずは命があったことを良しとしよう。この程度の怪我ならどうって事ないし、何より被害を受けたのが俺1人だ。結果的に他の人を連れて来ないのは良い判断だったか。

 

 

「それが、私に黙っていた理由?」

 

「まぁ、心配をさせるわけにもいかなかった、し……」

 

 

寒気を感じる。追っ手から流れて助かったと思っていた心が鷲掴みされたような感覚だ。

何度も聞いたことがある声、しかし雰囲気はいつもとは明らかに違う。どこからどう聞いても怒っている声だ。

なぜだ、なんでこの場所でその声が聞こえる。そんなことないはずなのに…

 

 

後ろを見ると、思った通りの人物がいた。俺と同じクラスでありながら、俺の恋人でもある桃花だった。いつもは優しそうで明るい笑顔をしている彼女だが、今の笑顔は殺意以外が全く感じ取れないものだった。

 

 

「と、桃花さん…?なんで……?」

 

「律から連絡があったんだ。学真くんがここを目指しているって言われたんだよね。用事ってこのことだったんだ」

 

 

しまったーーー!!律に伝えれば、E組全体に伝わる可能性があるんだったーーー!!!

忘れていた。律は生徒でありながら俺たちと違う世界で生きている存在だった。何しろ携帯に『モバイル律』という名のデータインストールが出来る彼女なら、伝達事項を伝えるのもお手の物だ。

それぐらい予測して然るべきだったのに…どうしてこういうミスをしてしまうんだ俺ってやつは…

 

 

「私たちに黙って勝手に行動するとかどう考えてるの?しかも怪我をしているし…」

 

「ま、待ってくれ…!別に黙ってとかじゃなくて…」

 

 

焦りながら弁明を開始しようとするが、もはや何をしても無駄だと分かった。将棋でいえば、詰みというやつだろう。

 

 

良いから(とりあえず)そこ座れ。(落ち着いて)話はそれからだ(ゆっくり話そう?)

 

「は、はい……」

 

 

駅の中で正座をさせられ、俺は桃花の説教を受けていた。周りの人の視線が凄い気になるが、そんなことを口に出す度胸は当然なく、ひたすらお叱りの言葉を受けたのだった。



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