ワンパンさんは勇者じゃありませんので (なんとなく)
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ぶんどられてどうするか

市立桜ヶ丘高等学校の用務員、サイタマが召喚されたのは、学園祭のゴミの後始末に集まっていた数十人の生徒と三人の教師と一緒に、校舎裏でのことだった。

 

世界が光に覆い尽くされる。

 

気がつけばサイタマはよくわからない場所にいた。

 

【世界の狭間に漂う者たちよ】

 

 脳内に声とおぼしきものが響いた。

 不思議と落ち着いた。絶対の母性であったようにも思う。

 それは生徒たち、先生たちも同じようで奇声や叫び、ざわつきさえもおさまった。

 

【残念ながら貴方達は召喚されてしまいました】

 

 不思議と意味はすっと理解できた。理解できたが、意味がわからない。

 

【ここではない別の世界で、とある才あふれる未熟なものが、戯れに存在しないはずの勇者召喚を成功させてしまいました】

 

 ふざけるなっ、私たちをもとにかえせっと一年Aクラスの体育教師がどなり声をあげる。

 それをかわきりに生徒たちも次々と声をあげ始めた。

 

【――地球はすでに私の管理から巣立っておりましたので召喚を防ぐことはできず、貴方達を召喚した世界は私の管理が及んでいるところではありません】

 

【今は、召喚によって起きた世界間移動の、全てが曖昧なときだからこそ、こうして私が貴方達に干渉できているのです】

 

 さらに教師が声を上げようとしたが声がそれを遮った。

 

【これから貴方達のいく世界は、地球のように人が支配している地ではありません。手に負えない危険がすぐそばにあります】

 

 その厳しい声に誰もが喉を詰まらせる。

 まるで、幼いころに母親に叱られているときのようであった。

 

【言葉はわからない、武力もない、魔力もない貴方たちでは、あまりにも無力な世界です】

 

 そしてすぐにふっと声を和らげる。

 

【そんな場所に貴方達を放り込むのは忍びありません。ですから貴方たちには最低限の力を授けます。まず、言葉と、適応できる身体を】

 

 全員が青く光る。

 

【そして、その身を、仲間を守る剣ちからを】

 

 剣の形に白くボウっと光る塊が、ひとりひとりの前に浮かび上がった。

 全員が自然と警戒することなくそれを手にしていた。

 

【それではお行きなさい、我が子たちよ。せめて健やかならんことを願っています】

 

 我が子?と疑問に思う間もなく、身体が黒く光りだした。どこかに引っ張られるような感覚もある。

 その時であった。

 サイタマの手から剣がひったくられる。

 そして、あっという間もなく、そいつは走りながら消えていった。

 その背中は一年生の……名前までは知らなかった。

 顔だけはなんとか思いだせた。勝気でプライドの高そうな。噂ではどこかの社長の息子だとか。先生の間で噂になったのを覚えていた。

 でなければ顔も覚えていなかったかもしれない。入学して半年の生徒の名前は愚か、顔もあやしいのだから。

 サイタマはただただ茫然していた。

 

【愚かな。今いるものたちよ、安心なさい。あちらの世界にいったならば、その剣ちからは貴方達の才能となり、定着しています。奪うことはできません。そして、もうここで、そのようなことも許しません】

 

 声の主の叱声を聞きながら、不意に少し離れたところにいた体育教師と目があい、しかしそいつは失笑とも苦笑とも取れるような顔をして消えていった。

 他に目のあった生徒や教師も同じような顔をして消えていった。

 サイタマは自分もこのまま召喚されるのだろうと思うと、悲観した。

 

 市立桜ケ丘高等学校、一年生二十五名、二年生二十五名、三年生二十五名、教師三名、用務員一名、総勢七十九名は地球から、別の世界に召喚された。

 

 

 

【……ああ、哀れな子よ。申し訳ありません】

 

 

 サイタマはまだ飛んでいなかった。

 白い空間に一人ぽつねんと残されていたのだ。

 

【一人につき一つしか存在しない剣ちからゆえに、そなたに新しい剣ちからを与えることはできません。あちらの世界に降りたってしまえば、魂に定着してしまった力は取り返すこともできません。ここは全ての存在が曖昧になっていますから剣ちからを盗むなんてこともできましたが、本来の、存在の確たる世界ならば人が人の才能を奪うことができないように、剣ちからを盗むこともまたできません】

 

 サイタマはなんとなくそうだろうなとも思った。だか奴がしたことは犯罪である。

 それを見過ごすサイタマではないが。

 

【見も知らぬ土地での唯一のつながりなのです、あまり物騒なことは考えてはいけませんよ】

 声の主は、それ以上を言うわけにはいかなかった。

 これからいく世界を恨まないように、呪わないように。

 本当ならば、剣ちからを盗んだ愚かな子も、まだここにいるはずだった。

 だがそれは、あちらの世界に阻まれて、かなわなかった。

 所属する世界の管理権に基づいた、世界の正当な力の行使は、全てに優先される。

 すでに彼らは、あちらの世界の物だった。

 

 サイタマはその声の主にこう言った。

 「別にそんな力が無くとも問題ない。」

 サイタマは毎日ハードなトレーニングを続けている。

 子供の頃、夢見ていたヒーローになるために。

 

【そうですか……しかし、困りましたね。多少は力があるとしてもこのまま召喚されると大変でしょう。どこか別の場所に召喚をずらしましょうか。人の行いである召喚を、私がやめさせることはできませんが、それくらいならば】

 

サイタマはそれでかまわないと思った。

正直、面倒なことに巻き込まれると考えたからだ。

 

【食料と水を一年分に、あちらの世界での一般的な魔法教本、ナイフくらいしか用意できませんよ?貴方だけを優遇するわけにもいきませんし、あちらの世界に過剰に干渉するわけにもいかないのですから】

 

 母が単純な子をたしなめるように言う。

 だが、単純な子は頷いてしまう。

 嬉しそうに。

 

【わかりました。それではお行きなさい。】

 

こうしてサイタマは異世界へ旅立った

 



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雪山に一人立つ

気がつけばサイタマはどこか知れない雪山の洞穴にいた。

 

「さてどうしたものか。」

 

サイタマは受け取ったリュックの中身を確認する。

フランスパンのようなクッキーが入っていた。

携帯食のようなものだろう。かなり大量に有るが声の主は一年分と言っていたのでそれまでに

食料を自給自足しなければいけない。

 

「節約して食べないといけないな。」

 

サイタマは今後の食料事情に頭を悩ました。

 

それ以外にも大きめのナイフや魔法教本らしきものも出てきた。

思ったよりも多くのものが入るようだ。

サイタマはその魔法教本を読んでみたが全く理解できなかった。

 

「難解の上に解りづらい20文字で簡潔にまとめろ。」

 

サイタマはそんな無茶なことをいい魔法を覚えるのを諦めた。

そんなものが無くとも体を鍛えれば問題ないと考えた。

別に頭が悪い訳ではない。ただ俺には必要ないとサイタマは言い訳をしながら考えた。

 

「さて、外がどうなってるか確認するか。」

 

サイタマは光が差し込む洞窟の外へ出た。

そこは猛吹雪であった。視界も悪く気温も低い。

遠くに何か大きな獣が居たが姿は見えなかった。

さすがに寒いため、サイタマは外に出るのを諦めた。

「なんだこの寒さは。ヤバい凍死する。」

作業着を着ているとはいえ、この寒さは辛かった。

サイタマはここで知る。この世界の厳しさ。このまま居ればいづれ凍死してしまうだろう。

ならばこの世界でも生きれるように強くならなければならない。

こうしてサイタマは洞窟内でトレーニングを始める。

生き残るため、どんな敵も一撃で倒すヒーローになるため。

 

サイタマはそれから洞窟内でトレーニングを開始した。

とてもハードなトレーニングだった。

食料は限られていたため、節約した。だが毎日三食必ず食べた。

極寒の中、火が欲しい。そう思ったが精神を鍛えるため、魔法を使わなかった。

と言うより魔法教本を見ても理解できなかったため、魔法が使えないのだが。

最初は死ぬほど辛い一日くらい休もうかとつい考えてしまう。

なんとか魔法教本を理解して暖を取ろうかと考えた。

たがサイタマは強いヒーローになるためどんなに苦しくても血反吐ぶちまけても毎日続けた。

足が重く動かなくなってもスクワットをやり、腕がプチプチと変な音を立てても腕立てを断行した。

開始して変化に気づいたのは一年後だった。

 

 

 

サイタマはハゲていた。

 

そして強くなっていた。

 

 

こうして辺境の雪山の洞窟に史上最強のヒーローが誕生した。

 

そして始まるすべてを一撃で倒すハゲた男の伝説が今



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魔獣とワンパンマン

サイタマが洞窟に住み始めてからおよそ550日。

サイタマは暇潰しに傍らに寝そべる豹にも似た魔獣の鼻先を指でかいてみる。

地球での豹の成獣ほどの大きさがあるが成獣には程遠いのだから驚きである。

鼻先をかかれた魔獣はつむっていた目をうっすらと開き、ちょっかいをかけてきた不届きものを不満そうに見つめた。

体長以上の長い尻尾でサイタマをバシバシたたく。普通の人間であれば重症にもなるような鋭く重い尻尾での攻撃だがサイタマには効かない。

サイタマは機嫌を損ねたかと感じ魔獣の喉元を撫でてみた。

そうすると魔獣はゴロゴロと猫のように喉を鳴らし始めた。

なんとも奇妙なやり取りだがこの一人と一匹にとってはいつものことである。

雪白と名付けた魔獣との邂逅は、サイタマがようやく洞窟の外に出てしばらくのことである。

 

 

生き残るため最強のヒーローになるため、洞窟内にてハードなトレーニングを続けていたサイタマは、その恩恵か、雪山の寒さに完全に馴れていた。

馴れたのかその程度の寒さでは肉体に影響が出ないのかと言えば後者であるが。

とはいえ猛吹雪の外に出るのはさすがに辛いものがあるため、吹雪が弱まる日にサイタマは食料探しに外に出ている。

サイタマが、外に出るとそこには大きな魔獣がいた。

いつもその魔獣はここに居るのだがサイタマは気づいていなかった。

そして魔獣も別段サイタマを襲う気も無かったからである。

 

 

現在サイタマは雪に埋もれ頭以外、埋もれてしまっていた。

それほど雪が積もっていたのだった。

作業着とはいえこんなに雪に埋もれればかなり寒いはずだが、サイタマの強靭な肉体の前には効果が無かった。

サイタマななんだか、雪国で雪に埋もた草のような気分になっていた。

そして不快な視線を感じサイタマは後ろを向いた。

その視線の主は件の魔獣であり、雪に埋まったサイタマを哀れむような視線を送っていた。主に頭皮に。

サイタマはイラッときたがまずは雪から脱出しようと雪をかいた。

 

バンと大きな音が発生し、サイタマの周りの雪は吹っ飛んだ。力を入れすぎたため、雪が弾け飛び雪崩となってしまった。

サイタマは下に誰もいないよなと内心焦りながら、哀れみと別の視線を送る魔獣に再度、顔を向けた。

 

 

件の魔獣が口をぽかーんと開けて見ていた。どう見ても貧弱で毛のない人間が大雪を弾き飛ばし雪崩を発生させたためだ。

異常な力である。どこからそんな力があるのか毛がないからか毛がないからそんな力を出せるのかと、サイタマが知れば激怒することを考えていたのだった。

 

とりあえずサイタマは魔獣は襲わず、まずこの雪山の地形を調べるため歩き出した。

 

 



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魔獣とワンパンマン2

サイタマは重い足取りで洞窟に帰ってきた。

収穫が無かったためだ。途中で大きな蜘蛛に襲われ一撃で倒したが、蜘蛛を食べるゲテモノ趣味はないため本日の食料探しは空振りに終わった。

まだ保存食はあったがいつまでも有るわけではない。

サイタマは今後の食料事情に頭を悩ましながら帰宅に着いていた。

そして洞窟に入り保存食を食べて就寝に着いた。

 

謎の気配がしてサイタマは目が覚めた。そこには件の魔獣が目の前にいた。その体は大きく全体を見ることは叶わなかった。

灰金色の瞳がサイタマの瞳をじっと見ていた。

かなりの威圧感が有るはずだがサイタマはなかなかいい体毛だなと考えていた。

そして魔獣はフンと鼻息を鳴らしサイタマの側を通った。

洞窟はそんなに広くはないため、サイタマに魔獣の体が押し付けられた。

なんともいい毛並みであり、サイタマはその感触を楽しんだ。

そして気がつけば洞窟内が広がっているのに気がついた。

これは魔法の力なのかとサイタマは感じた。

サイタマは魔法が使えないため、少し羨ましそうに魔獣を見た。

そして奇妙な同棲生活が始まった。

 

この洞窟には二つの部屋がある。

一つはサイタマが岩を破壊し掘り進めたものでトイレや風呂があった。

魔法は使えないが、キャンプでやるように木と木を摩擦させ火を起こした。洞窟外で岩を焼き熱々の岩を風呂に入れることにより、暖かい風呂に入れることに成功していた。

 

そしてもう一つは件の魔獣が作った穴である。

時々なにかを搬入しているがサイタマはあまり気にしなかった。

 

―みっ、みーみぃーっ

 聞きなれない鳴き声にサイタマは声のする方を向いた。

 サイタマの真反対に巨体で優雅に寝そべっているのはあの魔獣であったが、その顔の前で尻尾にじゃれついて鳴く子猫がいた。

 尻尾がやはり異様に長いことからこの魔獣の子どもであろうことはすぐにでもわかった。

 子連れの猛獣に近づくのが自殺行為であるというのはおそらく常識であろう。

 サイタマはそんなことは知らないが親と子の遊びを邪魔する気は無かった。

 なかなか面白いものを見れた。サイタマはそんなことを考えながら眠りにつく。

 シュルシュルとふわふわした何かが巻きついた。

 「おっ」とサイタマは声をあげた。

 そのふわふわした何かはサイタマの戸惑いなど無視してひょいと持ち上げ、ふかふかに埋められた。

 どうやら、魔獣の仕業のようだ。

 もしかしたらマルカジリかっとサイタマは首だけ動かして魔獣を見ると、暗闇に双眸が一瞬だけ光ったようにも見えたが、すぐにそれもみえなくなった。

 尻尾はサイタマの四肢に巻きついたままだったが、それでいて窮屈なわけでもない。

 そのせいだろうか、誘われるような眠気に抗いもせず、目を瞑った。

 サイタマは久しぶりに柔らかく温かな寝床で眠りについた。

 

 

 

―みーみーみーみーっ

―みーみーみーみーっ

 しつこいくらいの鳴き声で最強は目を覚ます。

 いつのまにか地べたに横になって眠っていたサイタマの顔に仔魔獣が顔をこすりつけてきた。

 サイタマが目を覚ましたことに気付いた子猫はなんとも頼りない足つきで部屋を出ようと歩き出した。

 魔獣のお腹で寝ていたはずがと首を傾げるサイタマに仔魔獣が振り返り怒ったように「みーみー」と鳴いた。

 一緒に来いということか。

 親魔獣がいないがの気になるが、サイタマは立ち上がると仔魔獣の腹に手を添えてひょいと抱き上げ、洞窟の外に向かう。

 通路の中ほどから外の様子はすぐにわかった。

 

 親魔獣が洞窟を背にして座っていた。

 暁の朝靄の中で、尻尾が大きくたゆたう。

 濃い朝靄に大きな雪豹は消え入りそうであった。

 それがサイタマには老いた背中に見えた。

 

 

親魔獣はこちらに顔を向けた。

それは仔魔獣に向けた優しい顔であった。

 

そして親魔獣はグオンと声をあげ、滑走していった。

その姿はまさに死地へ向かう老兵のように。

 



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終わりと始まり

洞窟の出口には親魔獣が作ったであろう土壁が出来ていた。

まるでこの洞窟を隠すように。

俺の強さを知っていれば要らないだろそんなことをサイタマは考えていた。

 

 「ミーッ」

ひときは強く鳴いた仔魔獣が腕から抜け出して土壁の上に座った。

 

 

 「グォオンッッ」

 

鼓膜を通り抜けて心臓まで圧迫するような咆哮。

 

そして千年樹のような太さの火柱が立ち上った。

 

まさに開戦の狼煙が上がった。

 

 

サイタマは火柱をつくりだした相手を見た。

そこには扇状に12人の人間がいた。様々の武器を持ち、親魔獣を見上げていた。

 

親魔獣と人間の戦いはサイタマにこの世界が前の世界とは違うことを感じさせた。

親魔獣は体に雪を纏わせ雪豹ように早く、鋭い爪にて攻撃する。

対して人間達は盾を構え、火の魔法を使い親魔獣を仕留めようとする。だが親魔獣は魔法を雪を纏った尻尾で吹き飛ばし、術者に襲いかかった。鋭い爪の攻撃に盾ごと吹き飛ばされた術者は尻餅をついた。

それを見逃す親魔獣ではない、もう片方の爪が術者を襲う。

 

「イルニークよ、足らんぞつ」

獰猛な笑みを浮かべた大男が親魔獣の横腹を片手鎚で殴り付けた。纏った雪を砕いたその攻撃は衰えることなく親魔獣を襲った。

 

 

サイタマはどうやら親魔獣の分が悪いと思い、加勢に入ろうと土壁を登ろうとした。

 

「グォオオオオオンッッ」

親魔獣は最大級の咆哮をあげ、サイタマを睨んだ。戦いの邪魔をするなと言いたいのだろう。鈍感なサイタマもなんとなく言いたいことが分かり、その戦いを見続けた。いや見届けた。

 

 

戦いはすぐに終わった。強大な雷が親魔獣を襲い、親魔獣は最後の咆哮をあげ崩れ落ちた。

 

ギリギリの攻防であり、運が良かったと片手鎚を持った男は思った。こちらは四人やられ自分以外疲労困憊で立つのもやっとの状態であった。だが負けんがなと大男はニヤリと笑った。

 

そして親魔獣は人間達により運ばれて行った。

 

 

 

 

 

山間に短い咆哮響いた。

仔魔獣はこちらを見つめる親魔獣が倒れ伏した後も、その身体が氷に覆われどこかに投げ飛ばされた後も、決して目を離さなかった。余計な鳴き声一つせずに短い耳をピンと立てていた。

一体何を見つめているのか。

現場に飛び込もうともせず、ただただ親の姿を見つめ続けた。

 

 

仔魔獣がコテン、と後ろに倒れる。

サイタマは反射的に手を差し出すと、ふにゃりとした重さが手にすっぽりと収まった。

仔魔獣は疲れて眠っているようで、胸が小さく膨らんではしぼんだ。

 

どうやらこの仔魔獣の面倒は俺が見ることになりそうだなとサイタマは思いながら洞窟の奥に入る。

 

サイタマは親魔獣が望んだとはいえ助けるべきだったかと考えていた。ヒーローとして、手助けすればあの親魔獣を死なせることは無かった。仔魔獣も親を失う事もなかった。

だがサイタマは動かなかった。親魔獣の意思を尊重した。

その結果、仔魔獣は一匹になってしまった。

サイタマはどうやら親魔獣から仔魔獣を託されたのだろうと思い至った。その為のあの咆哮、その為のあの土壁。

小さくとも確かに感じる命を感じながら。



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番外編 全ての始まり

サイタマがなぜヒーローを目指したのか、なぜ就職活動を辞めなかったのかそんな話。


「わー」「キャー」

 

すれ違う通行人が悲鳴をあげながら逃げていく。

そんな中、逃げる訳でもなく死んだ目をした男がいた。

そんな男の前に悲鳴の現況のカニのような上半身をしたもっこりブリーフの変質者が居た。

「あれれれ~?キミは逃げなくてもいいのかな~。プクプクプク。(笑)」

死んだ目をした男は「はぁ‥‥」とため息をついた。

そんな男の態度を見たカニランテは

「プクプク。会社疲れの新人サラリーマンってところか。カニを食いすぎて突然変態を起こしたこの俺カニランテ様を前にして逃げないとは・・・・プクプク。」

 

「死にたいんだね。そうだろう。」

と声をかけた。

目が死んだ男はこう答えた。

「一つ・・・・・・違うな。」

「俺はサラリーマンじゃなく無職。そして今 就職活動中だ。今日も面接だったが見事におとされたよ。」

 

 

 

「なんか全部どーでもよくなってカニランテ様が出現したところで逃げる気分じゃねーや。」

 

 

 

 

 

 

 

「で、逃げなきゃどうなんだ?」

 

 

 

カニランテはそんな男に何か自分と同じものを感じた。

「プクプクプク。(笑)キミは俺様と同じく目が死んでいる。死んだ目のよしみだ特別に見逃してあげましょう。」

カニランテは死んだ目をした男を通り過ぎた。

 

「それに今は別の獲物を探してていてね。アゴの割れたガキを探しているのだよ。見つけたら八つ裂きの刑だ。プーックックック。(笑)」

 

カニランテはそんなことを最後に言い残し歩いていった。

 

死んだ目をした男はその言葉が気になりながらその場を後にした。

 

死んだ目をした男は帰宅途中に公園で遊んでいる子供を見た。

 

アゴの割れたガキだった。

死んだ目をした男はそのガキに問いかけた。

「お前、カニの怪人に何かしなかったか?」

アゴの割れたガキは

「えっ?公園で寝てたからマジックで落書きしたよ。」

 

コイツだ。カニランテが探しているガキは。

死んだ目をした男は迷った。

コイツをそのままにすればカニランテに八つ裂きにされる今なら逃がすか隠せば・・・だが俺には関係ない事だ。

このまま放置すればいい。

そう死んだ目をした男は考えている中、アゴの割れたガキの後ろに影が・・・

 

ドゴッ

 

地面がひび割れる音が発生した。

その音の元凶であるカニランテが空を切ったアゴの割れたガキがいた場所を見つめていた。

 

「きみ~何のつもり~その子供を庇うつもり?」

 

そうアゴの割れたガキに降り下ろされた腕が当たる前に、死んだ目をした男がガキを助けたのだった。

「カニランテ様よーたかが子供のイタズラで子供を殺すことは無いんじゃないか?」

死んだ目をした男はカニランテに言った。

「プク。(笑)もう何人も殺してきたよ。この姿を笑った奴を。それにそのガキは許さん。この俺様のボディにマジックで乳首を書きやがった。しかも油性だ。こんな手じゃタオルで強く擦ることもできん。」

カニランテはその激怒を表すように怒鳴り声をあげた。

「許すまじ。じゃまをするならきみも一生、就職活動ができない体にしてやる。」

 

死んだ目をした男は絶望な状況だった。だか何故か悲壮的な事は頭に浮かばなかった。

それどころか

 

「あーはっはっはっはっ。なんか思い出した。お前 昔見ていたアニメの悪役にそっくりだ。」

そんなことをのたまった。

 

パキッ

 

カニランテの返答は容赦ない一撃だった。邪魔者は先程の攻撃で吹き飛ばした。さあアゴの割れたガキを八つ裂きにするか。

カニランテはアゴの割れたガキの方へ体の向きを変えた。

 

次は自分の番と気づいたのか。アゴの割れたガキは悲鳴をあげた。

そんなガキにカニランテは無慈悲に

「死ね。」

 

 

 

 

ゴッ

 

 

 

カニランテの顔に石がぶつかった。

 

「待てコラ。こんな少子化のご時世にガキを殺すなんて見逃せない。」

 

死んだ目をした男がボロボロであったが立ち上がった。

 

 

「また思い出した。俺 小さい頃にヒーローになりたかったんだよ。」

 

 

「サラリーマンじゃなくて、お前みたいなあからさまな悪役を一撃でぶっ飛ばすヒーローに。」

 

もうその男の目は死んでいない。それどころか燃えていた。まるで目に火を灯した様に

 

「就職活動は辞めだ。かかってこい。コラ。」

 

 

バキッ ドゴッ ガスッ

 

だが怪人との力の差は歴然だった。男は何度もカニランテに吹き飛ばされた。

「プククク。(笑)なぁにがヒーローだ。きみに勝機はないね。」

 

カニランテはいたぶるように男を吹き飛ばし、笑った。

もう立てまい、今度こそとカニランテはガキの方を向いた。

 

シュル

 

そんな音と共にカニランテの目にネクタイが巻き付けられた。

 

ドシュウウウウッ

 

男がカニランテの目を引き抜いた。目、処か体の内蔵まで飛び出しカニランテは絶命した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

洞窟内にてサイタマは目を覚ました。

「なんか、懐かしい夢を見たな。」

 

その独り言で仔魔獣は起きたのか、不機嫌そうな目をこちらに向けた。そんな仔魔獣の機嫌を取るようにサイタマは仔魔獣の頭を撫でた。

 

あの頃から考えるととんでもない状況に居るな。そうサイタマは感じた。あの時の出来事からヒーローになるため、ハードなトレーニングを続けてきたが、全然ヒーローらしい事をしていないような。

結局、就職活動は辞めだ。とカッコつけたが金がなく家を追い出されそうになり、結果として契約の用務員の仕事にありつけた。なんともヒーローらしくない。

この仔魔獣の親も助けられなかった。

だがそんなものだとも感じた。

結果、だだ自己満足なのだと。ヒーローの夢は生きる気力の無かった俺に興奮と快感を与えてくれた。

今は親魔獣に託されたこの仔魔獣を助けてやろう。

サイタマの隣で寝る仔魔獣を見ながらサイタマは、再び眠りについた。

 

 

 



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