おかえり、ペロロンチーノ (特上カルビ)
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ナザリック
一緒に転移


 そこはまるで、神々が歩くための道だった。

 傷一つない大理石のような床は僅かな光さえも煌びやかに反射し、天井に一定の間隔で吊るされるシャンデリアは、それ一つで一財産を築けるほどの絢爛(けんらん)さ。

 大国の王ですら美しさに目を奪われ、夢でも見ているのではと錯覚するほどの領域。所々に配置された美術品の数々も、思わず見惚れてしまう存在感を放つ。

 神話の城と言っても差支えない通路だが、まるで興味が無いと言わんばかりに平然と歩く影があった。

 人々を魅了する美術品などには見向きもせず、その場では余りに不釣り合いなやりとりを繰り広げていた。

 

「――ですから、長年エロゲ界を牛耳ってきた最大手が、満を持してくりだした感動巨編なんです。それなのに、タイトルコールがねぇちゃんだったんですよ。別の意味で泣きました……」

 

「新作が出るたびに熱弁を振るうペロロンチーノさんが、久しぶりすぎて感動です」

 

「モモンガさん! そこに感動しないでください!」

 

 先ほどまで語っていた熱弁と全く関係ないところに反応されたペロロンチーノは、身振りを大きくして反論し、モモンガは笑い声でそれに返す。

 エロゲを語りだしたら止まらない男、ペロロンチーノはバードマンという種族だった。バツ印の形を作るようにように左右上下から生えた四枚の羽、手足は濃い小麦色をし、それ以外の多くは白い毛並で覆われていた。

 死の支配者(オーバーロード)であるモモンガを一言でいうなら骸骨。普通の骸骨と違うところといえば眼孔(がんこう)には赤い炎のようなものが揺らめき、胸骨の少し下にも同じく赤く光る球体があり、その身に纏う(まとう)のは魔王のためにあるような漆黒のローブ。

 

 異形の姿を持つ二人の会話は時折笑い声を交えながら、巨大な門にたどり着くまで続いた。

 唐突に動きを止めたモモンガは、門を寂しげな雰囲気で見つめる。

 この先で待つのは、アインズ・ウール・ゴウンの終着点。モモンガの中で色々なものが溢れかえる。仲間達と作り上げたもの全ての終わりと、ギルドの中でも特に仲が良かったペロロンチーノとの久しぶりに過ごせた楽しいひと時の終わり。

 二つの終わりがモモンガの動きを完全に止めていた。

 先ほどまでバカ騒ぎをしていたペロロンチーノも何かを感じ取ったのか、全く言葉を発せず、申し訳なさそうに下を向いてしまう。ギルド維持のためだけに、一人淡々と過ごすモモンガの光景が脳裏に浮かんだのだ。

 ペロロンチーノの沈んだ気持ちに気づいたモモンガは、俺はバカかと自らを叱咤し、気持ちを切り替える。

 

「すいません、ペロロンチーノさん。さぁ、行きましょう! 栄光の最後です!」

 

 モモンガは暗い雰囲気を吹き飛ばすように声を張り上げ、勢いよく門を開いた。

 DMMO-RPG『ユグドラシル』ゲーム世界を現実のごとく遊べる体感型ゲーム。日本国内で、その圧倒的な自由度から爆発的人気を誇ったゲームだが、それも今や昔。十二年という年月はプレイ人口を減らし続け、ついにサービス終了となったのだ。

 ログインする仲間が誰もいなくなっても、モモンガはただ一人、誰が帰ってきてもいいようにずっとギルドを維持してきた。いつかは誰かが来るのではと、期待で寂しさを押し込めつつ。しかし、現実は非情である。ついには、誰も現れなかったのだから。サービス終了日である、そうこの日まで――。

 それなのに、久しぶりにログインしたペロロンチーノへ愚痴の一つもこぼさず、逆に来てくれたことへの感謝を何度もしていた。

 先にある玉座へ歩くモモンガの後ろ姿を見つめるペロロンチーノは小さくお辞儀し、感謝の気持ちを込め、ありがとうと(つぶや)き後に続く。

 玉座に腰を下ろしたモモンガは、ゆっくりと歩いてくるペロロンチーノの後ろを凝視する。

 

「……それにしてもペロロンチーノさん。連れすぎです」

 

「え?」

 

 そういわれて振り向いた先には、NPCである六人のプレアデスと両手ではまるで数えきれない一般メイド、さらには自らが作り出したシャルティアまでいた。

 ペロロンチーノは歩く最中、メイドと会うたびに全て連れ出していたのだ。

 

「いやぁ、壮観ですねぇ」

 

 まさに絶景。多種多様の美女達に満足するペロロンチーノは、腕を組み何度も頷いた。

 若干の呆れもあったモモンガだが、一つの思いに口を開く。

 

「それにしても一般メイドの名前までよく覚えていましたね」

 

 ペロロンチーノはすれ違うメイドの名前を一人一人呼びつつ、連れまわしていたのだ。

 モモンガからすればNPCに関してはさほど詳しくない。ずっとギルドにいた自分よりも、アインズ・ウール・ゴウンに関し、詳しいことがあることに嬉しさがこみ上げていた。

 

「ふふ、俺の美女達への記憶力をなめてもらっては困ります」

 

 リアルでは間違いなくドヤ顔をしているだろうペロロンチーノは不敵な笑い声をあげつつ、シャルティア達全てを待機させ、玉座に座るモモンガの横に立つ。

 

「そうそうモモンガさん。アルベドの設定知ってます?」

 

「アルベド?」

 

 そう言われて向いた先には絶世の美女がいた。ただし、それはあきらかに人間とは異なる。

 漆黒の長髪は背中を覆い、金色の瞳には蛇と同じ瞳孔、頭からは羊のようなねじれた角が左右から前に突き出し、腰からは長髪と同じ漆黒色の翼が生えていた。

 

「アルベドは守護者統括で……待ってください、設定画面開きます。――ながっ! あぁ、作ったのタブラさんだったな。……えっ? ビッチ?」

 

「どうです? 一見清純、でもその実ビッチ。いいでしょ」

 

「いやいや! 守護者統括ですよ? NPCの頂点がビッチって、あんまりじゃないですか?」

 

「モモンガさん、常識にとらわれては駄目です」

 

「ペロロンチーノさんのシャルティアも、ビッチに命令されるんですよ?」

 

「なんの問題もないです。シャルティアも似たようなものだし。まぁ、そんなに言うなら、その手に持ってるギルド武器で設定変えればいいんじゃなですか?」

 

「……いいんですかね?」

 

「俺はいいと思いますよ。ギルドがあるのはモモンガさんのお蔭ですし、時間も殆どないですし」

 

 時間を確認したモモンガは小さく頷き、ちなみにビッチであると書いてある一文を消す。なにかを書き足したほうがいいかと、思案するとすぐに思い当たる。

 しかし、それを書くには大きな問題があった。

 興味深そうにこちらを見るペロロンチーノの存在である。

 モモンガがどうするか躊躇(ちゅうちょ)していると、ペロロンチーノが首をかしげる。

 

「どうしたんですか?」

 

「……笑いませんか?」

 

「大丈夫ですよ。俺、希少貴金属(スターシルバー)の心持ってるんで、暖かく見守ります」

 

 ならと言いつつ、モモンガは文を加える。

 

 『モモンガを愛している』と――。

 

 チラリとペロロンチーノの様子を伺う。笑っている様子はなく、ただこちらを不動のまま見ているだけ。

 特に変わったところはないと判断したモモンガは安堵の溜息を漏らすが、すぐ違和感に気づく。

 一見、棒立ちしているように見えるペロロンチーノの体は小刻みに震え、耳を澄ますとヒューヒューと声が漏れている。

 モモンガは確信する。この男は笑っていると。

 ペロロンチーノの心は木屑だった。

 モモンガは素早く設定画面を消し、頭を抱えて(もだ)えた。

 ついに体勢を保っていられなくなったペロロンチーノは、震えながらお腹を抑える。

 

「モ、モモンガさんそれは卑怯です。腹筋が痛い!」

 

「ペロロンチーノさんの希少貴金属(スターシルバー)は随分ペラペラですね」

 

「これは仕方ないです。モモンガさんが悪い。ほら! もう本当に時間ないですよ」

 

 その言葉にハッとしたモモンガは、遠のいていた意識を必死に手繰り寄せる。急いでNPC達を跪かせ、深く息を吐く。

 まぁ、こういう終わり方もいいだろうとモモンガは強く思う。一人で終わるのではなく、仲のいい友達とふざけながら最後を迎える。それだけで、最後までギルド維持してきた意義があると。

 

「ペロロンチーノさん、最後に来てくれて有難うございました。おかげで楽しく過ごせました」

 

「いえいえ、モモンガさんこそ今まで本当にお疲れ様でした」

 

「この日のためならどうってことないです。またどこかで会える日を楽しみにしています!」

 

「こちらもです! 最高に楽しかったし、一生の思い出です! モモンガさん、さらば! グッドラック!」

 

 モモンガは感慨深く目を閉じ、色々あったなと思想にふける。ユグドラシルを始めた時のワクワク感、流行っていた異業種PKにうんざりしていたところをたっちさんに助けられ、ペロロンチーノさんに出会い、笑いあった最高の仲間たちとの思い出。今までのことが走馬灯のようにながれ……ながれ、ながれ?

 ここでモモンガは違和感を覚える。

 明らかに時間は過ぎているが、ログイン状態は続いたまま。

 困惑と綺麗に終われなかった僅かな怒りから目を開けると、あちらこちらで号泣するNPCの姿があった。

 見渡す限り本気で泣き崩れている。涙と鼻水を垂れ流し手を合わせながら懇願する者、床に頭をこすり付け大声で泣く者様々。

 そのあまりの光景にモモンガは開いた口が塞がらず、ペロロンチーノも呆気にとられながら辺りを見回す。

 二人は呆けたままお互いの顔を見合い、同時に声を出す。

 

「何これ?」



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一緒に困惑

 二人は状況を全く掴めずにいた。自動的にされるはずのログアウトもせず、NPC達が唐突に意思を持ったかのように泣いているのだ、当り前であろう。

 どうすればいいのかいいのか分からず、無言のまま眺めていた二人に、アルベドがよろけながら近寄ってくる。おぼつかない足取りで跪き、こちらを見上げた。

 

「それはどういうことでしょう。モモンガ様も私をお見捨てになるのですか?」

 

 かすれた声で問いかけてくるアルベド。悲愴に満ちた金色の瞳、そこから溢れる涙はとめどがなく、純白のドレスに染みを作っていた。

 

「……見捨てる?」

 

 小さく響くモモンガの声。それを聞いたNPC達はさらに泣き崩れた。モモンガとしては疑問を返しただけだったが、平常心を失っているようなNPC達にはそう聞こえなかった。

 『見捨てる』この言葉に強く反応していた。床は涙で覆われ、立っている者は誰一人いない。完璧な執事として作られたセバスでさえ天井を見上げ、その目を腫らし涙が頬を伝う。

 ペロロンチーノが作ったNPCであるシャルティアは、跪きながら黒に近い紫色のスカートを握りしめ、真紅の瞳をより赤く染めたように感じるほど涙を流す。

 

「ペロロンチーノ様もそうなのですか!? お久しぶりにお姿をお見せになって、またどこかへ行かれるのですか!?」

 

 本来、間違いだらけではあるが、廓言葉(くるわことば)で話すシャルティアのそれは、飛んだ理性により完全になくなっていた。

 首をかしげたペロロンチーノは涙に濡れたシャルティアを見つめ、困惑しながらモモンガに顔を向ける。

 

「モモンガさん、どうなっているのでしょう? どこかへ行くだの、見捨てるだの」

 

「分かりません。ログアウトしないし、何が何やら。そもそも、こんな複雑なプログラムは無理でしょう。会話できるみたいだし。俺が何を見捨てるのかも分からない」

 

 二人の会話を聞いていたアルベドの涙がピタリと止まる。光明を見つけたように、張り付いていた悲愴感が僅かに消える。

 

「モモンガ様は私、いえ、ナザリックをお見捨てになるのではないのですか?」

 

「ナザリックを? 何故みんなで作り上げたナザリック、アインズ・ウール・ゴウンを見捨てなくてはならない?」

 

 この言葉に、あれだけ響いていた悲鳴にも似た泣き声が、嘘のように止まる。突如、訪れた静寂。誰もがその言葉を発した者を、潤んだ瞳で見つめる。

 ここでモモンガは、NPC達が自分達を見捨てるのではと、勘違いしてることに気付く。サービス終了すればそれも同じなのだが、取りあえず否定の言葉を考える。

 状況はよく分からないが、自ら進んでナザリックを見捨てると思われるのは、いい気分がしなかったからだ。

 

「ナザリックを、お前達を見捨てようと思ったことは一度もない。お前達のことは、最高の仲間であるアインズ・ウール・ゴウンのみんなで作り上げた宝。何故、それを放って他に行く」

 

 希望が差し込んだ表情で、行く末を見守っていたNPC達から歓声がまき起こる。メイド達は互いの手を取り合い、破顔する。先ほどまで悲しみが支配していた雰囲気は消失し、狂喜が鳴り響く。主人へ完璧な奉仕をするために作られたメイドとは程遠い姿。それに混じりシャルティアも一緒に騒ぐ。

 本来それを守護者統括として叱咤するはずのアルベドだが、何も言わず臣下の礼を尽くす。それはとても美しく、この世のものとは思えないほど、洗練されていた。まさしく、魔王とそれに付き従う最高の臣下。宝という言葉で密かに下着を濡らしてはいるが。

 メイド達も涙を拭い、神を崇める様にモモンガ達へ跪き、頭を下げる。

 その場に相応しい状況になったのを肌で感じたアルベドは、頭を下げたまま言葉を発する。

 

「モモンガ様の真意を理解できず、無様な姿をお見せしたこと、配下の者共々真摯(しんし)に謝罪申し上げます。何なりと罰をお申し付けください」

 

「え? う、うむ、このぐらい問題ない。捨てられると勘違いしたのだから仕方のないことだ。罰の必要はない」

 

「寛大なるご処置、感謝の極みにございます。このアルベド、さらなる忠義を捧げます」

 

「そ、そうか? うん、まぁ、よかろう、忠義に励め。それよりだアルベド、どうやら異常な事態が起こっているようなのだ。取りあえず、ペロロンチーノさんとだけで話し合いたいから、二人にしてくれないか?」

 

「はっ、畏まりました」

 

「あーそれと、セバス」

 

 モモンガの言葉に、一人の男が下げていた顔を上げる。シワがあり、髪と髭が白いことからある程度年を追っていることが分かるが、執事服の上からでも察せるその体は屈強であると想像できた。全てを射抜くような鋭い眼差しは、いかなる命令で実行してみせると、決意で満ち満ちている。今までの経過から命令できると踏むアインズは、今すべきだろうことを口にする。

 

「プレアデスを一人選抜し、ナザリックを出て近場の周辺を調べよ。会話ができる者がいたら友好的に話を進めよ。情報が欲しい」

 

「了解しました。他のプレアデスはどういたしましょう?」

 

「ナザリックの防衛だ。そちらで適切に配置せよ」

 

「畏まりました。では、失礼いたします」

 

 一礼し、優雅にそれでいて力強く足を進める。アルベドと一般メイドも、ペロロンチーノと二人で話し合いたいという命令に従い、玉座の間を後にする。

 シャルティアは幾度か立ち止まり、二人を見つめ何かを言いたそうにするが結局口にせず、名残惜しそうにしながらとぼとぼ歩いていく。

 最後尾のアルベドが一礼し、一般メイドが扉を閉じる。

 二人だけとなり静まり返った玉座の間には、頭を抱え(もだ)える死の支配者(オーバーロード)とバードマンの姿があった。あまりの訳のわからなさにモモンガがアーと声を発すれば、ウーとペロロンチーノが返す。

 

「取りあえず状況確認しましょう、ペロロンチーノさん」

 

「そうするしかないですね……」

 

「まずはコンソール……あれ? でない。GMコールも!? 強制終了しか――駄目だ……何もできない。ペロロンチーノさんはどうです?」

 

「モモンガさんと同じです。この状況、なんかよく分からないけど、めちゃくちゃヤバいってことだけ分かります」

 

「魔法とかアイテムはどうなってるんだろう。次はそのへんか」

 

「てかモモンガさん、去り際のシャルティアにグッときませんでした? 俺、思わず生唾飲んじゃいましたよ。さすが俺の嫁」

 

「はぁ、円形劇場(アンフィテアトルム)で実験でもするか。ペロロンチーノさんもついてきてください。……うーむ、アルベドに各守護者を集めさせるか。一応、反応を見ておきたい」

 

「捨てられると勘違いして、あんだけ号泣したんだから大丈夫では?」

 

「いえ、デミウルゴスやコキュートスとか他の守護者の反応を知りたいんです。みんな、設定通り動いてるみたいだし。俺、全然知らないんですよ」

 

「なるほど、同じく全く知りません。デミウルゴスとか裏切りそうな顔してません? あの顔はナザリック転覆(てんぷく)狙ってますよ」

 

「デミウルゴスはウルベルトさん作か。……そういう設定あってもおかしくないですね。あ、ペロロンチーノさんなら、アウラとマーレの設定知ってるんじゃないですか? お姉さん作だし」

 

「……いえ、なんとなく見ませんでした。気の強い姉に、気の弱い弟が従う図を漂わせてる時点で、見る気がしませんでした」

 

「なるほど、まぁ、円形劇場(アンフィテアトルム)行けばすぐ分かりますしね。そこの守護者ですし。さて、アルベド探さなきゃ」

 

伝言(メッセージ)を使ってみては?」

 

「なるほど。気づきませんでした。魔法の確認にもなりますね」

 

 モモンガはどうやって伝言(メッセージ)を使うか考え、すぐに理解する。自分の奥底に気を向けると、MPの残量や効果範囲、リキャストタイムまで手足を動かすようにわかる。

 明らかにユグドラシルの時より素早く使えることに、モモンガは心の中でニヤリと笑う。呼吸するのと同じように、できて当然とメッセージを発動する。

 

『アルベド、聞こえるか?』

 

『ハッ!? モモンガ様! どうなされたのですか?』

 

『今、何かしてたのか?』

 

『いえ、ちょっと着替えておりました』

 

『ん? あのドレス、真っ白で汚れているように見えなかったが』

 

『な、涙で汚れましたので』

 

『……そうか。アルベドよ、第四と第八を除いた各階層守護者に、円形劇場(アンフィテアトルム)へ集まるよう伝えよ。勿論、ペロロンチーノさんがいることもな』

 

『畏まりました。直ちに』

 

『うむ、任せた』

 

 伝言(メッセージ)を切ったモモンガが背後に目を向けると、ペロロンチーノが果物っぽいなにかを一心不乱に食べていた。

 

「これ、めっちゃうまいですよモモンガさん! リアルじゃまず食べられません」

 

 こっちはあれこれ考えてるのに、随分気楽だなと、モモンガは呆れ溜息を漏らす。

 

「気楽すぎますよ。大体、どこにあったんですか、それ?」

 

「いやぁ、腹減っちゃって。これはアイテムボックスです。ほら、こうやって――」

 

 そう言って腕を伸ばすと、黒い闇に切り取られたように手首から先が消え、そこから取り出した果物っぽいなにかを差し出してくる。

 そこでモモンガは重大なことに気付く。雷に打たれたような驚愕に支配されるが、すぐ何かに抑圧されるように沈静化する。

 

「味あるんですか? そもそも、それでお腹満たされるんですか?」

 

「えぇ、程よい甘さとジューシーさです。さすがにこれだけじゃ、たいしてお腹の足しになりませんけど」

 

「味があって、お腹も食べただけ満たされる?」

 

「はい、そうですが?」

 

「ここゲームの中ですよ?」

 

「あっ」

 

ペロロンチーノは、(かじ)られほぼなくなった果物っぽいなにかを見つめたまま固まる。

 

「モモンガさん、俺達、ピンチじゃないですか?」



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一緒に強化

「ええ、その通りです。状況からゲームではありえません。あのNPC達の行動をプログラムするのは不可能です。とすると、後はゲームが現実になった可能性しか……」

 

「今がリアルと?」

 

「そうです。食事でお腹がふくれるというのであれば、確率はかなり高いかと」

 

「何てことだ……。俺、今バードマンじゃないか」

 

 ペロロンチーノは毛むくじゃらになった手のひらを、握ったり開いたりする。翼に意識を向ければ、バサバサと音を立てて思った通りに動く。その感触はまるで違和感がなく、真実味を増していった。

 

「こっちなんて骸骨ですよ? どうやって動いてるのか」

 

 モモンガの体は肉の一切ない完全な骨。だが、不思議と嫌な感じはしない。生まれた時からそうだったようにしっくりくる。

 顎に手を当て、何かを考え始めたペロロンチーノは静かに口を開いた。

 

「それじゃ、ナザリックが家ってことですか? いや、こっちのが断然凄いからそれはいいとして、NPC達が同居して……ん? モモンガさん、ここでは俺達偉いですよね?」

 

「あの反応を見るかぎり、そうみたいですね」

 

「と、いうことは、メイド達は俺に奉仕すると……奉仕、奉仕か。なるほど。こっちのがよくないですか?」

 

「はぁ、全く何を考えてるんですか? 他の人が作ったNPCじゃなくて、シャルティアで今考えたことをすればいいんじゃないですか?」

 

「自分で作ったものでするって、まるでオナ――」

 

「ペロロンチーノ! 風営法がなくなったからって飛ばしすぎです!」

 

 呪縛から解き放たれたように、活き活きし始めるペロロンチーノにモモンガは深い溜め息をつく。この男が暴走し始めたらどうなるかと思案し始めるが、今はそれどころではないと首を振る。ペロロンチーノだって状況もはっきりしないまま、無茶はしないはずだ。……多分、おそらく、と、モモンガは不安げに目を向けた。

 それよりも、今は確認しなければならないこと、やらなければいけないことと、問題が山積みだった。

 

「取りあえず、ペロロンチーノさんの装備取りに行きますか。リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが発動するか確認もしたいし、最強の装備は早く手元においた方がいいです」

 

「宝物殿にいくんですか? アレがいると思うんですけど。いいんですか?」

 

「仕方ないです。本当は後回しにしたかったけど、ペロロンチーノさんを万全にする方が先です」

 

Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みとあらば)

 

「やめろぉぉぉ!!」

 

「いやぁ、モモンガさんのおかげで、このドイツ語だけ話せるギルドメンバーかなりいましたよね。一つ、賢くしてくれてありがとう」

 

「全然嬉しくないです。それ、俺専用でしょ。いつ使うんですか」

 

 トラウマを刺激されたモモンガは頭を抱えるほどの強烈な精神的ダメージを負うが、不自然なほどすぐに沈静化する。

 先ほどから幾度か感情が激しくなるたび、それが起きていた。モモンガはこれをアンデッドになった影響ではないかと予測している。

 

「よし、覚悟を決めました。リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを発動してみましょう」

 

 モモンガは骨の指にはめてある指輪に視線を落とす。これも魔法と同じで、使い方が手に取るように分かった。

 指輪の力を解き放つと、目の前が漆黒に染まり、瞬時に辺りの光景を一変させる。

 次に見たものは、黄金の世界だった。山積みされた金貨と宝石は途方もなく高く、横にも見渡すかぎり広がっていた。さらに、一見しただけでも様々な秘宝が無造作に埋まっている。

 それら一つ一つが、伝説に語られてもおかしくない程の神々しさ。たとえ世界中の宝を集めても、この光景はそれを遥かに凌ぐと思えるほど。

 モモンガはそれらに目も向けず、ペロロンチーノに猛毒無効の指輪を渡す。ペロロンチーノは特に何も言わずそれを指にはめ、翼を左右に広げた。モモンガも同調するようにフライを唱える。

 飛び上がった二人は、すぐに毒々しい紫色の霧に包まれる。霧の正体――ブラッド・オブ・ヨルムンガンド、耐性のないものを数秒と待たず死を与える猛毒。リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンがなければ宝物殿には入れないが、当然侵入者を警戒し様々な罠が配置されている。

 毒霧の中を飛行する二人は、迷いなく目的の場所に降り立つ。目の前に立ちはだかるのは、他の色が一切ない完全な黒一色の壁。

 

「さて、パスワードはなんだったか」

 

 一応、ペロロンチーノに確認の視線を向けるが、手を広げ肩をすくめて返してくる。

 まぁ、美女と関わりないし当然か、とモモンガは予想されてた答えに頷く。

 

「なら、アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ」

 

 この言葉に反応した黒い壁はヒントを浮かび上がらせる。モモンガはそれを真剣に眺め考えを巡らす。ペロロンチーノは考えることを完全に諦め、ぼうっとモモンガを見つめるだけだった。

 しばらくの間、首をかしげ無言だったモモンガは、記憶の底からパスワードを引きずり出す。

 

「かくて汝、全世界の栄光を我がものとし、暗きものは全て汝より離れ去るだろう?」

 

 すぐに反応を示す黒い壁は、中心に吸い込まれるように消え去り、その奥には通路が出現していた。モモンガは満足げに大きく頷き、一歩を踏み出す。

 通路の左右には多種多様の武器が飾られていた。厳重に守られているだけあり、希少で強力な一品。それらが、数えきれないほど並んでいる。

 

「いよいよご対面ですね、モモンガさん。楽しみです」

 

 その言葉の節々に楽しげな感情が滲み出ていた。

 チラリとペロロンチーノを見たモモンガは、色々想像できる光景に肩を落とす。この先に待っているのは、まさに黒歴史。もし、一人でこの世界に転移していたら、ここに来るのは相当後回しにしていただろう。

 あれこれ考えているうちに、二人はだだっ広い一部屋に出ていた。テーブルとソファーが一つずつ置かれているだけで、その広さには不釣り合いである。

 モモンガが視線を向けた先、異様な姿の生物がソファーに座っていた。

 蛸をかなり(いびつ)にした頭部を持ち、紫がかった白い肌を粘液で(おお)っている。普通の人間だったら、即逃げ出すであろう恐怖が滲み出るまさに異形。

 その種族はブレインイーター、かつて在籍していたギルドメンバー、タブラ・スマラグディナのものだった。

 モモンガは意を決したように一歩前に出る。

 

「パンドラズ・アクター、姿を見せよ」

 

 タブラ・スマラグディナの体はスライムのように変形し、段々と人の形を取っていき、新たな姿となる。

 それは同じく人とは全く異なる異形だった。卵の形をしたピンク色の顔には黒い丸が三つあり、目と口の場所にそれぞれ配置してある。

 一身にモモンガを見つめ、オーバーな動きで敬礼する。

 

「ようこそいらっしゃいました! 親愛なる私の創造主モモンガ様!」

 

「……相変わらず、元気だな」

 

「ハッ! 元気にやらさせていただいております! おぉ! これはペロロンチーノ様! お久しぶりにお姿を拝見できて光栄です!」

 

「おー久しぶりだなー。うん、さすがモモンガさんが作った最高傑作だ。いつ見てもカッコいいな」

 

「ハッ! 有難き幸せ! モモンガ様に創造されたものとして、より精進してまいります!」

 

 舞台の主役のように、大げさなポーズを次々取っていくパンドラズ・アクターは、最後にモモンガへ向けて嬉しそうに敬礼する。

 口を開けたまま固まるモモンガはペロロンチーノに抗議の視線を送るが、全く気にする様子もなくニヤニヤしているだけだった。

 このままではオモチャにされ続けると確信したモモンガは、急いで要件を伝える。

 

「ペロロンチーノさんの装備を取りに来た」

 

「了解しました! ワールドアイテムはどういたしましょう?」

 

「いや、まだそこまでは逼迫(ひっぱく)していない。取りあえず、ペロロンチーノさんの装備を――」

 

「ん? モモンガさん、でも敵対してきたものが使ってきたら対処できませんよ? いくつか持っていけばいいんじゃないでしょうか」

 

 ペロロンチーノの素直な疑問に、モモンガは考えていなかったと愕然する。確かにそうだった。慎重を期するためなら、持って行った方がいいと納得する。

 

「一理ありますね。いくつか持っていきましょう。パンドラズ・アクター、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを預ける。帰ってくるまで保管せよ」

 

 二人からリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを受け取ったパンドラズ・アクターは軽やかに力強く敬礼し、一呼吸置いてから返事を返す。

 それを見計らったペロロンチーノが、寸分の狂いなく全く同じ言葉を合わせた。

 

Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みとあらば)

 

「やめろって言ってるだろぉぉぉ!! ペロロンチーノさん、狙ってたでしょ!」

 

「いやぁ、合わせられるかドキドキでしたよ」

 

「そんなことに労力使わないでください! ペロロンチーノさんの洞察力は凄いんですから、一緒に色々考えてくださいよ!」

 

「モモンガさんに任せときゃ、大丈夫だと思ってます」

 

「俺そんな超人じゃないですよ! はぁ、もうワールドアイテムと装備、とっとと取ってきましょう」

 

 何となくこんな感じで遊ばれると予想していたモモンガは、いち早く宝物殿を出たいがために行動を早める。

 パンドラズ・アクターがいた部屋のさらに奥、そこに置かれていたのは、かつて上位ギルドとして名を轟かせたアインズ・ウール・ゴウンの秘宝中の秘宝。

 引退時に置いていったギルドメンバー全ての装備、その持ち主にかたどった像であるアヴァターラに装着されていた。アヴァターラはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを持つ者を攻撃するようにできている。指輪が無ければ宝物殿に入れないが、待ったままでは攻撃される罠。ギルドメンバーの装備を持つだけあり、それらはかなりの強さをほこる。

 ペロロンチーノは自分の像を感慨深く眺め、装備を手にする。羿弓(ゲイ・ボウ)、圧倒的な属性ダメージを放つ、最高位難易度を誇る神器級(ゴッズ)アイテム。さっそく身に着けた金色の防具も、羿弓(ゲイ・ボウ)に見合う圧倒的な性能。

 

「この感じ懐かしいですよ、モモンガさん。――ん? どうしたんですか? ジロジロ見て」

 

「いえ、何でもないです……」

 

 かつて、幾度も幾度も一緒に戦い、そして去って行った男の姿、それが目の前にあった。アインズ・ウール・ゴウン全盛期、共に笑い、共に進み、共に苦難へ立ち向かった。

 純粋に嬉しかった。こんな状況になったが、また一緒に戦えることに。アンデッドでなければ、泣いていたかもしれない。ただただ嬉しい。今、モモンガの心にあるのはそれだけだった。

 

「仲間か……」

 

 他にも来ているかもしれない。確率はほぼないことは分かってる。しかし、ゼロではない。なら、当然探す。この世界全てを余すことなく。見つからないかもしれない、でも今なら怖くない。

 ペロロンチーノさんがいるのだから――。

 俺は一人じゃない。秘めたる決意を強く抱き、円形劇場(アンフィテアトルム)へ向かうのだった。



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一緒に確認

 円形劇場(アンフィテアトルム)――。十階層あるナザリックの第六階層に配置された円形闘技場(コロッセウム)の名称。四方を広大なジャングルで(おお)い、千五百人の大侵攻以外で突破されたことのないナザリック(かなめ)の一つ。

 宝物殿から転移してきた二人を待っていたのは、各階層を守護する最上位NPC達の姿であった。第四と第八を除く全階層守護者が整列し、此方に視線を向けている。

 そういえば集合する時間を決めてなかったなと、モモンガは気付く。おそらく、伝え聞いてからいち早く集合し、待っていたのだろう。

 シャルティアの可憐な姿を眺めるペロロンチーノは、満足げに頷いた。やっぱりシャルティアが一番洗練されてるな、可愛さとオーラが違うとモモンガにメッセージを送るが無視される。

 二人が近付くと、寸分の狂いなく一斉に跪く。こいつら跪く練習でもしてるんじゃないかと、モモンガが思うほど見事だった。

 各階層守護者の中で、一人一歩前で跪く守護者統括のアルベドが微笑みながら口を開く。

 

「お待ちしておりましたモモンガ様。ペロロンチーノ様」

 

「うむ、遅くなってすまなかったな」

 

「何をおっしゃいます。私の(あるじ)であるモモンガ様の命令を実行するのは、最高の栄誉であります」

 

 そうか、と返すモモンガはアルベド以外の守護者の意識がペロロンチーノに向いていることに気付く。長らく姿を見せなかった造物主の一人が、帰ってきているのだから当然であろう。

 その中で一際強い視線があった。絶世の美貌と幼さを合わせ持つ、真祖(トゥルーヴァンパイア)シャルティア・ブラッドフォールン。今まさに飛び出さんとばかりに息を切らし、興奮しているのが一目瞭然。

 モモンガはシャルティアに声でも掛けてはどうかと視線を送り、それに気付いたペロロンチーノは頷き返答する。

 

「久しぶり、シャルティア」

 

「あぁ! ペロロンチーノ様! この時をずっと待ってました! お隠れになってから、夢にまで見たそのお姿を拝見でき、幸せでいっぱいです!」

 

「そうか、悪かったシャルティア。ちょっと野暮用(やぼよう)(エロゲー)をやってたんだ。それより、ありんすはどうした? ロリババァは必須項目だぞ。作る時、一番先に設定したんだから」

 

「私としたことが、深く謝罪いたしんす。ペロロンチーノ様がお決めになったことなのに、我を忘れんした。申し訳ないでありんす」

 

「いやいや、気にしなくていい。それよりそれだよ。さすが俺の嫁」

 

 ニヤリと笑うペロロンチーノは、親指を立て賞賛する。自分の理想を詰め込んで創造したシャルティアの姿は、まさに完璧そのものだった。

 ――俺の嫁、この発言に、我慢の限度を一気に振り切ったシャルティアはペロロンチーノの胸に飛び込む。

 

「ペロロンチーノ様! ペロロンチーノ様!」

 

 ペロロンチーノの胸の中、シャルティアは涙を流しながら幸せそうに破顔する。白い頬を赤く染め、潤んだ瞳で見上げた。涙に濡れた真紅の瞳は引き寄せられるほど美しく、満面の笑顔は愛くるしさと妖艶(ようえん)さを絶妙に合わせ持つ天上の美。たとえ命を失おうと、讃美(さんび)し見惚れてしまうほど見目麗(みめうるわ)しい。

 シャルティアの行動は不敬に値する態度だが、誰からも(とが)める声は出ない。自分の造物主が突然帰還したら、冷静に持する自信がなかったのだ。

 小さくか細い背中をペロロンチーノは優しくさする。若干、いやらしい手つきで。

 

「冷たい目の見下しがいいと思ってたけど、これはこれで。新たな境地だな」

 

 その様子を眺めていたコキュートスが疑問に首をかしげ、デミウルゴスに質問した。

 

「ロリババァトハ何ダ?」

 

「なんだろうね。至高の方々は、時に難解なことをおっしゃる。我々、創造された者にとって必須項目らしい。と、いうことは」

 

「我々モ、ロリババァトイウコトカ?」

 

「だろうね」

 

 やりとりを聞いていたモモンガは、慌てて口を挟む。仲間が作ったNPCに、変な設定が追加されるのは避けたかったのだ。

 

「二人とも、違うぞ。シャルティア限定の設定だ。おそらくだが。それよりペロロンチーノさん、そろそろいいですか。セバスがずっと待ってます」

 

 既に情報収集を終えているセバスは、守護者と離れた場所で跪き、至高の存在である二人の動向を伺っていた。

 

「いえ、久々の再会をお邪魔立てするのは忍びなく思います」

 

「いや、今は一刻を争う。ナザリックを守るために情報が必要だ」

 

 申し訳ない気持ちもあるモモンガだが、早く外の状況を知りたかった。それを察したペロロンチーノは、名残惜しそうにゆっくりとシャルティアを離す。アインズ・ウール・ゴウンは、基本的に他のプレイヤーからよく思われていない。同じ状況に陥ったプレイヤーがいないか、用心しなければならなかった。

 

「申し訳ないです、ペロロンチーノさん。でも今は」

 

「分かってます、モモンガさん。情報は速さが命ですからね」

 

「はい、その通りです。それで、セバス。異常はあったか?」

 

「はっ、ナザリック周辺はかつての沼地はなく、草原となっております」

 

「草原? まさか、ナザリックごと別の場所に転移したということか?」

 

「分かりかねます」

 

「ふむ、やはり、何らかの異常が起きているということか。知的生物かモンスターはいたか?」

 

「確認したかぎり、危険度のない小動物がいるだけでありました」

 

 それまでジッと報告を聞いていたペロロンチーノは、ここで口を開く。

 

「なら、ナザリックは隠蔽(いんぺい)したほうがいい。マーレなら土で大部分を隠せるし、上空部分はモモンガさんが幻術を展開すれば問題ない。草原に丘のような場所はあったか?」

 

「いえ、平坦な草原です」

 

「なら、そっちにも手を加えなければね」

 

 ペロロンチーノの提案にモモンガは深く頷く。どうなってるのか状況の分からない今、本拠地隠蔽(いんぺい)は最優先事項。

 モモンガはさらに話しを進め、アルベドやデミウルゴスに警護の強化を命じる。自分で考えるより、二人に任せた方がいいのは分かっていたからだ。なにせ、偉そうにしているモモンガだが、元は単なる人間だったのだ。守護者統括や防衛時指揮官の二人のような智謀は当然持ち合わせていない。

 取りあえず思いつく範囲を話し終えたモモンガは一呼吸置き、物々しく言葉を発する。

 

「最後にお前達へ確認したいことがある。まず、シャルティア、私とペロロンチーノさんはどのような人物だ」

 

「モモンガ様はまさに美の結晶。この世で最も美しいお方です。その白きお体は、どんな宝石をも凌駕しております。ペロロンチーノ様は私の創造者であり、この地に戻っていただいた心のお優しい主人であります。親愛という言葉では言い表せないほど、心より心酔しております」

 

「コキュートス」

 

「オ二方供、守護者各員ヨリモ強者デアリマス。ペロロンチーノ様ノ帰還ニヨリ、ナザリック地下大墳墓ヲ支配スルニ相応シイ方ガ、増エタト思ッテオリマス」

 

「アウラ」

 

「モモンガ様は慈悲深く、深い配慮に優れたお方です。ナザリックに戻られたペロロンチーノ様も慈愛に満ち、心より尊敬しております」

 

「マーレ」

 

「モモンガ様は、す、凄くかっこいい方だと思います。ペロロンチーノ様は凄く優しい方だと思います」

 

「デミウルゴス」

 

「モモンガ様は特に賢明な判断力と、瞬時に実行される行動力も有された方。ペロロンチーノ様もモモンガ様と同様英知に優れ、お二方共まさに端倪(たんげい)すべからざる、という言葉が相応しき方々です」

 

「セバス」

 

「モモンガ様は至高の方々の総括を務め、常にナザリックを想う慈悲深いお方です。ペロロンチーノ様はモモンガ様の盟友であり、再びそのお姿をお見せになった偉大なるお方です」

 

「最後になったが、アルベド」

 

「至高の方々の最高責任者であるモモンガ様は、私どもの最高の主人であります。そして、私の全てを捧げる愛しいお方です。ペロロンチーノ様は至高の方々の中でも、特にモモンガ様と仲が良く、共にナザリックを支える方です」

 

「……なるほど、各員の考えは理解した。私はこれから、ペロロンチーノさんと二人きりで話し合うことがあるから自室へ行くが、後のことはお前達を信頼し委ねる。今後とも忠義に励め」

 

 了解の意に守護者達は臣下の礼を尽くし、モモンガとペロロンチーノは指輪の力で転移する。

 転移した先で、誰もいないことを念入りに確認し終えた二人は肩の力を抜き、守護者達の意味の分からないほどの高評価に茫然とした。モモンガはNPCにそこまで肩入れしてなかった筈だが、その忠義は心酔の域。ペロロンチーノも壁に手をつき、項垂(うな)だれている。

 

「モモンガさん、あいつら幻でも見てたんじゃないですか?」

 

「ペロロンチーノさん。これ、なんかやらかしたら、一気に失望されるかも……」

 

「アルベドもなんかヤバくないですか? 設定を変えたのが、かなり影響してますよ」

 

「……やっぱり、変えなきゃよかった。タブラさんに顔向けできない」

 

「にしても、あの評価は……」

 

 二人は互いを見合い、力が抜けるように深い溜め息をつく。死の支配者(オーバーロード)とバードマンは遠い目をしながら、天井を見上げた。



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カルネ村
一緒に奇襲


「――ですから、二人でいる時以外はペロロンチーノさんにも支配者らしく口調を変えようかと」

 

「モモンガさん、色々考えてるんですね。俺はそんなこと、これっぽっちも考えてなかったです」

 

 モモンガは大きな鏡の前で身振り手振りを大きくして、真剣に自らの考えを口にする。鏡には本来あるはずのモモンガの姿は無く、広大な草原を映しだしていた。大地を緑一色で(おお)う草々は風でそよぎ、数頭の小動物が元気に走り回っている。

 ――遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)

 遠くの場所を映し出すマジックアイテム。一見、かなり便利そうなアイテムだが対処法が数多く存在し、逆に反撃を受けやすかった。それでも、外の状況を知りたかったモモンガは使用方法を探るべく、四苦八苦しているのだ。右手を振り上げたり、左手を捻ってみたり、色々と試行錯誤するがうまくいかない。最初こそ、それに付き合っていたペロロンチーノも次第に飽きていき、先程の返答を最後にテーブルに頬をこすり付け寝息を立て始めていた。

 一向に成果が伴わない現状に、モモンガも溜め息交じりに適当な動きへ変わっていくが、映し出されていた光景が大きく変化する。

 

「おっ! ペロロンチーノさん分かりましたよ!」

 

 運よく唐突に問題を片付けれたモモンガは、嬉しそうに声を上げる。アンデッドでなければ、ドヤ顔に笑みを浮かべていただろう。喜び任せに勢いよく振り向くが、そこには完全に眠りへ落ちたペロロンチーノの姿があった。モモンガの歓喜にスースーとイビキで返す。

 

「こっちが苦労してる時に何寝てるんですか! 起きてください!」

 

「んあぁ……」

 

 ペロロンチーノは目を擦ってから両手を思いっきり伸ばし、大欠伸する。

 

「アイテムで眠らなくても大丈夫にできるでしょ。装備しないんですか?」

 

「いやぁ、食って寝るは譲れないですね。それより操作方法分かったんですか?」

 

 やるせないモモンガは肩を落とすが、首を振ってすぐに気持ちを切り替えた。これで知りたかった外がどんなところか分かる。これからの行動方針が決まりやすくなるのだ。

 ペロロンチーノは既に遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)の前に移動し、興味深そうに覗き込んでいる。モモンガもその隣に立ち、覚えたばかりの動きを得意げに披露する。

 

「まぁ、見ててください。ほら、こうやって――ん? 何だ? 祭りか?」

 

「モモンガさん、全然違いますよ。よく見てください」

 

 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を操作し、視点を大きく動かしたモモンガは言葉に詰まる。質素な服装の村人らしき者達が、全身鎧(フルプレート)(まと)った騎士の風貌をした集団に追い回されていたのだ。逃げ惑う無防備な背中に剣を突き立て、しがみ付く村人の顔面に籠手(ガントレット)を振り下ろす。対抗手段を持たない村人達は一方的に蹂躙(じゅうりん)され、大地に鮮血を撒き散らす。まさに殺戮。

 ここでモモンガはある事に気付く。人間が虐殺されている光景に嫌悪感が全く無い。アンデッドになったことは分かっていたが、人間に対し同情が微塵も湧いてこないのだ。虫同士争っているだけとしか思えない。心の中を支配するのは、この状況をどうにかナザリックの役に立てないか、それだけだった。

 横目でペロロンチーノの様子を伺う。特に反応を示さず、ただ眺めているだけだった。バードマンになったペロロンチーノさんはどう思うのだろう。躊躇(ちゅうちょ)もあったモモンガだが、これは聞かねばならないと意を決して質問する。

 

「助けたいと思いますか?」

 

「え? いえ、特には」

 

「人間が無残に殺されているのに?」

 

「えぇ、まぁ」

 

 自分と違いが無い事にモモンガはそっと胸を撫で下ろす。人間を助けたいと言い出したら、これから先色々障害になった筈だ。それが解消されたのだ、とても喜ばしい。しかし、この変化は喜んでいいのだろうか?

 

「ペロロンチーノさん、実は私もそうなんです」

 

「やっぱりですか。モモンガさん凄い冷静ですもんね。本来なら大騒ぎするでしょ」

 

「自分でもビックリですよ。それでは、敵の強さも分からないし、ナザリックからそう離れてないですし、見捨てるという方向で――」

 

「モモンガさん!!」

 

 唐突に張り上げられた驚愕の(こも)った声。冷静そのものだったペロロンチーノの落差の激しさに、モモンガは動揺する。何か緊急事態かと、急いで遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)へ目を向ける。視線を素早くあちこちに滑らせるが、特に異常は発見できなかった。

 

「どこですか?」

 

「ほら! ここ! 少女達が二人に追い回されています!」

 

「本当ですね」

 

「何してるんですか!? 早く奇襲の準備を整えてください!」

 

「え、さっき、興味ないと――」

 

「モモンガさんは心臓掌握(グラスプ・ハート)で右の奴を牽制してください。抵抗(レジスト)されても朦朧(もうろう)状態にできれば十分です!」

 

 まるで聞いていなかった。ペロロンチーノは既に臨戦態勢を整え終えている。助けに行くのはもう決まってると言わんばかりに。

 

「あの糞野郎共、きっとお楽しみをするぞ! そんな羨ましいこと、俺の前でするのは断じて許せん! 紳士的に行為へ持っていかなければ!」

 

 凄い迫力だった。かつて、こんな気合いの入ったペロロンチーノを見ただろうか。ワールドエネミーとの戦闘でもここまでテンションは高く無かった気がする。

 モモンガは頭痛に襲われたような錯覚に陥る。実際には頭痛などならない体なのだが、そんな気分だった。モモンガは心を落ち着かせ、考えを巡らす。確かに、自分の戦闘力はいつかは調べなければならない。本当は慎重を期したいが、いつまでも閉じこもっている訳にもいかない。行く気満々のペロロンチーノを止めるのは、もはや不可能なのだ。それならば、状況に合わせて頭を切り替えるしかなかった。

 

「ペロロンチーノさん、少し待ってください。後衛二人ではバランスが悪すぎます。アルベドを呼びます」

 

 これにはペロロンチーノも従うしかなかった。騎士の動き自体は大したことがなく、鳥の目には弱小そのものに見えるが油断はできない。メッセージを使っているであろうモモンガを見つめ、焦る気持ちを落ち着かせるように何度も深呼吸を繰り返す。だが、状況は一気に悪化する。大きい方の少女が、背中に剣を受けてしまったのだ。服はすぐに赤く染まり、その範囲をどんどん広げていく。

 まさかこいつ等、シャルティアと同じ屍体愛好家(ネクロフィリア)か?と怒りに燃える。それはシャルティアだからこそ素晴らしいのだと、勝手な想像を膨らませる。もう我慢の限界だった。

 

「モモンガさん、転移門(ゲート)をお願いします」

 

 ペロロンチーノの並々ならぬ気配を察知したモモンガは、アルベドの到着を諦め転移門(ゲート)発動の決意をする。こうなれば二人で行くしかない。モモンガは先ほど言われた作戦を思い出し、ペロロンチーノと目配せする。準備は出来ていると目線が返ってくる。モモンガは出現位置を決定し、自分の奥底から魔法を手繰り寄せる。

 ――転移門(ゲート)発動。

 黒い闇が二人の前に出現する。失敗率0%の最上位転移魔法。モモンガは闇に足を進めると、視界が全く別のものへと変化する。動きを止めた騎士がこっちをガチガチと振るえながら見ていた。モモンガは間髪入れず、右手を前に差し出す。

 心臓掌握(グラスプ・ハート)。十段階まである内の第九位階魔法。モモンガが得意とする死霊系魔法の中でも使いやすく、即死効果を免れても朦朧(もうろう)状態にすることができた。

 右手に出現した心臓を迷いなく一気に握り潰す。

 騎士は抵抗(レジスト)に失敗し、糸の途切れた人形のように倒れ伏す。

 それと同時に、小さな太陽を思わせる球体がもう一人へと直撃する。そこにあった筈の体は、跡形もなく木端微塵に消滅した。まさに一瞬の事。球体の射線の元には、ペロロンチーノが羿弓(ゲイ・ボウ)を構え佇んでいた。

 ペロロンチーノは心臓掌握(グラスプ・ハート)で倒れた騎士にゆっくり近付き、足を止める。

 

「レイプはエロゲーの中だけでしておけ」

 

 モモンガは思う。今の一言はいるのだろうか?と。

 当のペロロンチーノは満足気に頷いていた。取り敢えず機嫌は治ったようだ。

 それにしても、やはり人間を殺すことに何の抵抗も感じない。そして確信する、もう自分は人間を完全に止めている。それに対し、恐怖も困惑もなく心に波一つ立たない。

 骸になった騎士をモモンガは見下ろす。この騎士達はかなり弱いのではないだろうか。いくら神器級(ゴッズ)アイテムの羿弓(ゲイ・ボウ)とはいえ、一撃で跡形もないのではレベルも高く無いはず。

 だが、油断は禁物。アルベドがまだきていない今、壁モンスターが必要だ。

 モモンガは特殊技術(スキル)を発動する。

 

「中位アンデッド作成、死の騎士(デス・ナイト)

 

 それに同調して黒い霧がどこともなく出現し、騎士の死体を包み溶け込んでいく。体に吸収されるように消えてから、さらなる異変が起きる。口や耳、はたまた目からも黒い液体が溢れ出しとどまることがない。

 モモンガとペロロンチーノさえ予想だにしない光景なのだ。何も知らない二人の少女の恐怖は想像を絶した。小さい方の少女が大きいへ顔をうずめ、悲鳴を押し殺し震えている。声を出し、モンスター二体の関心を引きたくなかったのだ。

 歪な黒い液体はモモンガ達の大きさを優に超え、二・三メートルはあるだろう巨大なアンデッドへと、姿を変えていった。それはモモンガやペロロンチーノの見慣れたモンスター、死の騎士(デス・ナイト)。左手にはその巨体の大半を隠せるタワーシルド、右手には人間なぞ容易く両断出来るであろうフランベジュ。ヘルムからのぞく腐った口からは、うめき声に似たものが漏れ出している。

 二人の少女からは絶望の塊に見えるモンスターだが、ペロロンチーノは友達にでも挨拶する様に気軽に触る。

 

「召喚特殊技術(スキル)、随分変わりましたね。意表を突かれましたよ」

 

「私もです。性質が変わったようですけど、命令は出来るでしょう。死の騎士(デス・ナイト)よ、村を襲っている鎧を着た者達を殺せ」

 

「オオオォォォオオォオオオオ!」

 

 轟き響く咆哮(ほうこう)。生を憎み、殺気が充満する。死の騎士(デス・ナイト)はモモンガに背を向け走り出す。獲物を求め、憎悪に狂いながら。

 モモンガとペロロンチーノは走り去っていく、死の騎士(デス・ナイト)を茫然と見つめる。本来は召喚者の近くから離れることなどなく、敵を迎撃するモンスター。あのように自ら闘いに行くなど、ユグドラシルでは有り得なかった。

 

「アレはもうほっときましょう。それより今は……」

 

 ペロロンチーノは、怯えきっている少女の真っ赤に染まった背中を見つめる。少女としては自分達のことなど忘れてどこかに行ってほしかったのだが、その願いは(はかな)くも崩れ去る。

 少女達は今にも泣きだしそうな雰囲気だが、ペロロンチーノは気にしない。死の騎士(デス・ナイト)に怯えてるんだろうと勘違いし、アイテムボックスから赤いポーションを取り出し、差し出す。自分ではかっこつけて善意を行っているつもりだが、少女達はそう受け取らなかった。

 二人の股間から生暖かいものが溢れる。アンモニアの匂いが鼻に触り刺激した。モモンガはスルースキルを発動するが、もう一人の男は違った。

 

「二人の絞り出したポーションとこのポーション交換し――」

 

「ペロロンチーノ!!」

 

「ハッ! い、いや、怯えているようだから冗談を……」

 

「ふぅ、ペロロンチーノさんに任せてたら、大変なことになりそうです。私が渡します。あー、怪我をしているようだし、まずこれを飲め」

 

 モモンガは赤いポーションを差し出す。

 少女はまた出された赤い液体に恐怖する。結局、この骸骨も鳥人間も自分に血を飲ませたいんだと。だが、断ることなどできるはずもない。騎士を圧倒するモンスターに逆らうなどの選択肢はありえない。

 

「飲みます! だから妹には!」

 

「お姉ちゃん駄目!」

 

 赤い液体を受け取ろうとする姉の手を妹が阻止する。二人は涙を浮かべ、互いを気遣う。

 モモンガは困惑する。何故か、全く信用されていない。怪我をしている者にポーションを差し出すことのどこに、警戒される要素があるのだろう。

 

「フフ、モモンガさんもビビられてますね」

 

 こちらも何故か勝ち誇る。

 刹那(せつな)巨大な斧頭(バルディッシュ)を軽々と握る黒い全身鎧(フルプレート)の戦士が、転移門(ゲート)から姿を現す。モモンガの命により、完全武装したアルベドだった。悪魔を思わせる重厚な黒い鎧、生半可な攻撃では傷一つつきそうにない。最上位NPC、守護者の中で最高の防御性能を持つアルベド――ナザリック最強の盾。

 

「準備に時間がかかり、申し訳ありませんでした」

 

「おーアルベドか、ちょっと聞いてくれ。ほら、そこの少女怪我してるだろ? ポーションを渡そうとしたんだけど、何故か怖がってどっちのも受け取らないんだよ」

 

 ポーションを差し出したまま固まるモモンガを目にしたアルベドは、マグマが溢れる様に怒りが込み上げてくる。

 

「至高の御方々、まして私の最高の主人からの慈愛に満ちた下賜(かし)を拒む……下等生物風情が? ……存在する価値無し、即刻処断する」

 

 さも当然の様に巨大な斧頭(バルディッシュ)を振り上げる。全身から滲み出る殺意。圧倒的強者の憤怒に晒され、姉妹の頭の中は真っ白になる。

 

「ま、待て、アルベド、せっかくペロロンチーノさんと一緒に助けたのだ。武器を下ろせ」

 

「……畏まりました。お言葉に従います」

 

 巨大な斧頭(バルディッシュ)を下ろしたアルベドの横で、ヤンデレこえーとペロロンチーノが身震いする。

 アルベドの殺意に満ちた視線を向けられる姉妹は、息も荒く抱き締め合う。泣き崩れる寸前で精神崩壊を起こしかねないほど怯えた。

 モモンガは出来るだけ優しい口調で、言葉を選ぶ。早くしないと殺されてしまうぞ、という意味も込めて。

 

「これは怪我を治す薬だ。その傷では激痛があるだろ? 早く治した方がいい」

 

 傷を負った少女は慌てて受け取り、一気に赤い液体を飲み干す。迷ってる時間は無いと悟ったのだ。

 

「……うそ」

 

 あれ程の激痛が瞬時に消える。妹に背中を確認してもらうと、傷が全く無いと笑顔で喜んだ。信じられないことに、傷を癒す薬というのは本当の事だった。警戒心が多少薄れた姉妹にペロロンチーノが近付く。

 

「ほら、怖がることなんてなかったんだよ。大体、俺らは君達を助けに来たんだよ?」

 

「は、はい、え? た、助け?」

 

 モモンガとしては助けるつもりはなかったが、話しの突破口にする。

 

「そうだとも、たまたま襲われているのを見つけてね。それで聞きたいんだが、お前達は魔法というものを知っているか?」

 

「は、はい、村に時々来る薬師の……私の友人が魔法を使えます」

 

「……そうか。私もお前の友人と同じ魔法詠唱者(マジックキャスター)だ」

 

 そう言いモモンガは二つの防御魔法を唱えた。姉妹を中心に淡く発光した壁が出現する。

 

「生物を通さない魔法と射撃攻撃を弱める魔法だ。そこにいれば大抵安全だ。そうだな、これをやろう。受け取れ」

 

 姉妹の前に放り出される二つのみすぼらしい角笛。

 

子鬼(ゴブリン)将軍の角笛だ。吹けばゴブリンの集団が現れ、お前を守るだろう。それで身を守るが良い」

 

 ――子鬼(ゴブリン)将軍の角笛。召喚される子鬼(ゴブリン)は十二体いるが、それらはモモンガからすればかなり脆弱で全く役に立たない。廃品の有効利用といったところだ。姉は角笛を拾い上げ、大事そうに抱き締める。

 モモンガは用は済んだと、姉妹に背を向け歩き出す。ペロロンチーノも笑顔で手を振りながら、後に続く。

 

「あ、あの! 助けてくださり、ありがとうございました!」

 

「ありがとうございました!」

 

 背中から聞こえた姉妹の感謝の声に足を止める。振り返ると、潤んだ瞳の姉妹は地面に膝をつき、感謝の意を示している。

 

「……気にするな。お前達の救出を提案したのはこっちのバードマン、ペロロンチーノさんだ」

 

 一歩前に出たペロロンチーノは、胸を張りドヤ顔を決める。姉妹は頭を下げ、お礼を繰り返す。

 

「本当にありがとうございます! そ、それで、あの、助けてくださった方々にこんなお願いをするのは、とても図図しいと分かっています! で、でも! どうか! お母さんとお父さんを助けてください!」

 

「おう! 任せとけ!」

 

 ペロロンチーノは親指を立て、自信満々に返答する。 

 

「は、はい! ありがとうございます! ありがとうございます! ペロロンチーノ様! そ、それと角笛をくださった方の、その、お名――お名前は、なんとおっしゃるのですか?」

 

 ――名前か。ここで、すぐにモモンガと返答する声が出なかった。そして脳裏に浮かぶ名前。モモンガはペロロンチーノにその名を使っていいか、とメッセージを送るとすぐに返事が来る。それがあるのはモモンガさんのおかげ。ギルドメンバーで異を唱える者はいないと思います、と。

 モモンガは頷く。質問してから動きを止めた命の恩人に、姉は不安が積もる。赤い炎の視線がゆっくりと姉妹を見据え、言葉を発する。

 

「……我が名を知るが良い。我こそが――アインズ・ウール・ゴウン」



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一緒に救出

「ん? ペロロンチーノさん、どうやら召喚したモンスターとは精神的な繋がりみたいなものがあるようで――だな」

 

 アインズはすぐ後ろにアルベドがいる事を思い出し、支配者に相応しい口調へと慌てて変える。

 

「生き残った村人は村中央に集められている。騎士は全員、死の騎士(デス・ナイト)に釘付けだ。此方が圧倒している」

 

「ということは時間的に余裕ができたってことだな」

 

 ペロロンチーノも口調をアインズに合わせ返答する。

 

「本当ですか!?」

 

 二人の会話を聞いていた姉は、思わず声を張り上げてしまう。アインズはそれに応え、その通りだと頷く。姉は拳を強く握り締めた。驚きと嬉しさ、安堵に期待と様々な感情が次から次へと溢れてくる。その様子をペロロンチーノは笑顔で眺めていた。

 

「よかったね。ところでさ、二人の名前はなんていうの?」

 

「私がエンリ・エモットでこっちが妹のネム・エモットです」

 

「よろしく、エンリちゃん! ネムちゃん!」

 

「え、は、はい、よろしくお願いします」

 

「よろしく! ペロロンチーノ様!」

 

 ちゃん付けされると思わなかったエンリは動揺し、返事がしどろもどろになってしまう。ネムは正反対に白い歯を見せるほどこやかに笑い、フサフサの体に触ってみたいと好奇の目で見ていた。打ち解けつつあることを肌で感じたペロロンチーノは、疑問に思っていることを二人に尋ねる。

 

「騎士を倒したのに、二人は何であんなに怖がってたの?」

 

「え、それは……」

 

 この質問に姉妹はかなり言いづらそうにする。エンリだけでなく、つい先程まで天真爛漫に笑顔を浮かべていたネムも同じ反応だ。アインズもそれが分からないと、聞き耳を立てる。怒らないからとペロロンチーノに何度も優しく説得される姉妹。ついに折れたエンリは意を決したように深呼吸し、申し訳なさそうに(うつむ)くと、か細い声で白状する。

 

「お、お姿が、その、怖かったです……」

 

 アインズとペロロンチーノはすぐ得心がいき、完全に盲点だったと納得した。当り前だ、ただの人間だったらこの姿を恐れてもなんの不思議もない。むしろ普通。異形種ばかりのナザリックにいて感覚が麻痺していたようだと実感した。

 では、何で姿を隠そうかとアインズが考え始めた矢先、アルベドの異変に気付く。体を小刻みに揺らし、噴火する一歩手前の火山を思わせた。まさに爆発寸前。次に発せられたアルベドの声はとても静かで、憤怒で満ち溢れていた。

 

「……絶妙に配置されたお美しいお骨様の数々、見惚れる事はあれ恐れるところがどこにある」

 

 いや、怖いだろと口に出かかったペロロンチーノだがそれを何とか飲み込む。問題児ギルドメンバー、るし★ふぁーと違って最悪の空気になると察したのだ。故に別の言葉を捻りだす。

 

「立っているだけで畏怖させるとは、さすがナザリックの主だなぁ」

 

 これを聞いたアルベドは成る程と納得し、すぐに怒りを霧散(むさん)させた。アインズ・ウール・ゴウン様は死を超越する神、人間には畏怖されて当然なのだと笑みさえ浮かべる。

 アインズは心の中で親指を立て、それに気付いたペロロンチーノは得意げに胸を張った。

 姉妹は何度も頭を下げ、誠心誠意謝っていた。

 ペロロンチーノはそんな姉妹を持ち上げ、左右へ広げた両腕に一人ずつ座らせた。危害は加えないと、友好的アピールのつもりで緊張を解こうとする。余計に緊張するエンリは体を固くするが、全然気にしてないとの笑顔と優しい雰囲気を感じ、僅かだが徐々に安堵していく。ネムは最初から大騒ぎで喜んでいる。

 (ちな)みにペロロンチーノは、全神経を二人が座っている腕に集中し、お尻の感触を楽しんでいた。二人の感触が全然違うな、尻ソムリエになれるかもと大満足に頷く。

 

「……うーむ」

 

 その横で、人間に全く興味の湧かないアインズは、真剣にマスク選びをしていた。腕には既に、籠手(ガントレット)を装着し終えている。

 やはりこれかと(つぶや)き、赤いマスクを骸骨の顔に被せる。選んだ赤いマスクは、涙が流れているような模様が描かれた限定アイテム。クリスマスイブに一定時間ログインしていた者全員へ強制的に配られた、ある種呪われたアイテム――通称嫉妬マスク。ユグドラシル一筋のアインズは当然持っているが、ペロロンチーノは持っていない。その日はエロゲーのキャラとテッシュ片手に聖夜を過ごしていた。

 

「遊んでないでペロロンチーノも選べ。今は死の騎士(デス・ナイト)が圧倒しているが、この先どうなるか分からぬぞ」

 

 魔王ロールプレイを全開にするアインズは、姉妹と戯れるペロロンチーノに催促する。

 ペロロンチーノは悲しげな目を向けるが、アインズは完全に無視する。

 

「その者等の家族を救うのではなかったのか?」

 

 これを言われたら反論できないペロロンチーノは名残惜しそうに姉妹を下ろし、アイテムボックスの中を物色し始める。

 

「何がいいかなー。最強装備は丸見えだし、これでいいか」

 

 ペロロンチーノはアルベドと同じく全身鎧(フルプレート)を取り出し、素早く装着する。その色は太陽光を煌びやかに反射する黄金。ヘルムの口部分はクチバシの形状をしており、とても独特的だった。全体的には身軽に動けるよう、軽量型に施されている。

 

「それじゃ、行くからエンリちゃん、ネムちゃん。家族は俺が絶対に救ってみせるさ」

 

「はい! 宜しくお願いします!」

 

「お願いします! ペロロンチーノ様ー!」

 

 任せとけと、息巻きながらペロロンチーノは飛び立つ。アインズは顎に手を当て、何かを考えならそれに続く。

 

 姉妹が見えなくなった頃、アインズが重々しく口を開く。

 

「あの娘らの記憶は後で書き換えなければな」

 

 これに驚いたペロロンチーノは腕を組み、考え込む。アインズの考えはすぐに予想できた。正体が広まるのを危惧しているのだろう。無用の面倒事を避け、ナザリックを守ると。それはギルド長として立派であり、当然ともいえる考え。

 しかし、大して会話もしてないがあの姉妹は助けた事に本気で感謝をし、見た目だけで判断した自分を悔いていた。あれで演技なら凄い役者だ。ただの村娘にそんなことできるだろうか? だから、嘘は言っていないと思う。あの雰囲気からこちらが不利になるようなことはしないように思えたのだ。そうあってくれと、願望も混じった考えだが。

 

「大丈夫じゃないか? 本気で感謝していたと思う」

 

「……まぁ、確かにそんな感じはしたが、後顧(こうこ)(うれ)いは絶って――」

 

「だじゅげで! おかね! おかねあげまじゅ!」

 

 アインズの言葉を遮って響き渡る、絶叫交じりの懇願(こんがん)死の騎士(デス・ナイト)が仰向けになった騎士にフランベジュを繰り返し突き刺していた。

 

「アインズ、お金くれるって」

 

「いや、あれはもう死ぬだろ。取り敢えずあの娘は後回しとして」

 

 充満する死の騎士(デス・ナイト)の殺意。絶叫する騎士は溢れる血で窒息し、幾度も貫かれた腹は見るも無残。激痛に白目を向き、この上ない苦痛を味わいながらついに事切れた。それを見ていた周りの騎士は絶望に震え、神に祈る。戦うことなど出来る筈も無く、足が竦み逃げることさえできない。当然だった。あの死を前に勝てる筈も無い。

 その中でただ一人、戦意を保つ騎士が鼓舞を乗せた命令を叫ぶ。我に返った者達が弾け飛ぶ様に、撤退の準備を開始する。思考停止が生んだ奇跡、生涯最高の連携。時間稼ぎをする者達は、各々限界の力で死に立ち向かう。希望に近いさらなる奇跡を掴み取るために。

 ――だがそれも無常。歴然たる力量差は、そんな奇跡など微塵も起こさせない。死の騎士(デス・ナイト)に僅かな傷も負わせる事無く、一人一人斬り裂かれていった。鮮血が噴水のように飛び出し、ただただ雑草のように刈り取られていく。戦意を振るわせ、命令を出した騎士でもそれは同じ。剣を交える事さえ出来ず、フランベジュの一振りで首を切断され、残った体が崩れ去るように倒れた。

 それはあまりに強すぎた。今だ生き残る騎士にとって、まさに歴史に残る魔神を思わせた。

 上空から見下ろすペロロンチーノはその光景を眺めていた。その圧倒的な戦闘――いや、虐殺を。

 

「騎士よわ」

 

 ペロロンチーノやアインズにとって死の騎士(デス・ナイト)は、相手の一撃を耐えてくれればいいただの壁。二撃目で死ぬモンスターとの認識しかない。

 精神的な繋がりで既に知っていたアインズは、両手を左右に広げ声を張り上げる。

 

死の騎士(デス・ナイト)よ、そこまでだ」

 

 突如響く声。騎士に村人とその場の誰もが声のする方へと視線を向ける。そこで目にしたもの、二人の全身鎧(フルプレート)の戦士と怪しいマスクを着けた魔法詠唱者(マジックキャスター)が一人。宙に浮いた三人がゆっくりと地面に降り立つ。誰も声を発せず、ただ見ていることしかできなかった。

 

「はじめまして、諸君。私はアインズ・ウール・ゴウンという」

 

 その場に居る者全て、唖然とするだけ。アインズに視線を向けられた騎士は、後ずさりし尻もちをつく。

 

「……諸君には生きて帰ってもらう。そして飼い主に伝えろ。この辺りで騒ぎを起こすなら、貴様等の国に死を運ぶと」

 

 騎士は必死に頭を上下させる。絶望からの視線、向けられた当人達は震えあがり金属の擦れる音が響く。全神経全細胞が危険だと警告していた。

 

「行け!」

 

 騎士は剣をかなぐり捨て、我先にと走り出す。一刻も早くこの場を離れなければと、本能が叫ぶ。足がもつれそうになるのを何とか立て直し、半泣きのまま一心不乱に離れていく

 小さくなっていく騎士の背中。アインズは演技も疲れるなと一人小さな溜め息をつき、生き残った村人の元へと足を向ける。

 

「さて、君達はもう安全だ。安心してほしい」

 

「あ、あなた様は……」

 

 アインズの発言に答えたのは、村人の代表者らしき人物。 

 

「村が襲われているのが見えたのでね。助けに来たものだ」

 

「おお……」

 

 村人に安堵の色が浮かぶが、完全には安心しきっていない。騎士をも圧倒する、顔を隠した謎の三人。とても安心できる状況ではない。表情を強張らせた二人が互いの顔を見合ったり、不安げに此方を見たり信頼しきっていない。

 この反応にアインズは別の手段に切り替える。

 

「……とはいえ、ただというわけにはいかない。見合った謝礼をいただきたい」

 

 営利目的との宣言に、村人から疑念の視線が消える。村の財政は厳しいが、命の価値の方が遥かに重い。命の危機は脱したと、不安が薄れていく。

 

「い、いま村はこんな有り様でして、満足いただけ――」

 

「その話は後にしないかね。先程、姉妹を助けたのだ。ここに連れてくるから待っていてほしい」

 

「……姉妹」

 

 ここでペロロンチーノが口を開く。

 

「エンリちゃんとネムちゃんだ」

 

「エンリ、エモット家の。そうか、生きていたか。しかしそうなると……」

 

 声を曇らせた代表者が生き残った村人を見渡すと、重い空気が支配する。悔しながら首を振る者、目を潤ませ俯く(うつむ)者。誰もが悲しげな雰囲気を(ただよ)わせる。そもそも、エンリと聞いて家族が声をあげないはずがない。

 村人の反応に大体を察したペロロンチーノが静かに声を発する。

 

「もしかして、もう騎士に」

 

「はい……両親二人とも……」

 

「……そうか」 

 

 それだけ言い残したペロロンチーノが飛び立つと、アインズとアルベドも後に続く。

 

「エンリちゃん達と約束したのに。きっと二人とも泣いちゃうよ」

 

 ペロロンチーノは叫びになる寸前の(うめき)き声を漏らし、頭を抱え(もだ)えていた。約束したのに絶対泣いちゃうと、先程と同じ言葉を呪文のように何度も繰り返す。見兼ねたアインズが励ますが、全く効果がない。闇の中を彷徨う子供のように、狼狽(うろた)えていた。

 

 そうこうしてるうちに、エンリ達の元まで戻ってくる。

 アインズとアルベドはすぐ地面に降り立つが、ペロロンチーノは背中を見せたまま空中で微動だにしない。不思議に思ったエンリが小首を(かし)げ声をかける。

 

「ペロロンチーノ様、どうしたんですか?」

 

「……ごめん」

 

 ペロロンチーノはその言葉を残し、飛び去ってしまう。

 それは物凄い早さだった。レベル百のバードマンが力のかぎり飛行するのだ、馬ではまるで追いつけない。

 

「うおおおぉぉぉぉおお!!」

 

 とにかく飛び回った。空気を切り裂き、宛先もなく縦横無尽に。胸のモヤモヤを吹き飛ばすが如く、叫びに叫んだ。近くを飛んでいた鳥は暴風に巻き込まれ、吹き飛ばされていく。アイテムを使えば生き返ることなど、頭から完全に抜け落ちている。

 そして、それはあまりに突然だった。あれ程激しく飛び回っていた体がピタリと止まり、ある一点を見つめている。信じられない視力を持つ鳥の目が、村の方向へ進む一団を見つけたのだ。適当に飛行していたが、ずば抜けた方向感覚はまっすぐ村を目指していることを知らせている。集団は全員が武装をし、馬に跨りながら険しい表情をしていた。

 

「……またか。凝りもせず」

 

 ヘルムの隙間から白い息が零れる。まさに獲物を狙う野獣。怒りに満ちた眼光で一団を睨めつけ、羿弓(ゲイ・ボウ)を構える。狙いは先頭を切るリーダー各の男。そして何の躊躇(ためら)いもなく、光弾を発射した。

 飛び出した小さな太陽は当然外れることなく男を射抜き、馬ごと跡形もなく消滅させる。

 

「ガゼフ戦士長!!」



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一緒に防衛

 謝礼の代わりとこの世界の情報を要求し、つい先程それを終えたアインズは澄み切った青空を見上げる。マスク越しの視線をあちこちに散りばめ、未だ帰ってこないペロロンチーノを熱心に探していた。飛び去ってからすぐメッセージを送っていたが、返事がまだなく小さな不安が積もり大きくなっていく。支配者ロールプレイは完全に頭の隅に追いやられ、あの鳥どこへ行ったとキョロキョロ探す姿に貫録はまるで無い。

 

「おっ」

 

 凝視した遥か先、此方に近付く小さな光があった。太陽の光をそのまま反射し、まるで自ら輝いているかのような黄金の物体。それはやがて人の形と認識できる距離まで接近し、アインズの前に降り立った。

 

「どこへ行っていた?」

 

「いや、エンリちゃんと顔を合わせづらくて……」

 

 (うつむ)くペロロンチーノは両手を背中にまわし、小石を蹴飛ばす。

 

「泣いていたが、別にペロロンチーノを責めたりしていなかったぞ。家族は二人を逃がすために囮となっていて、覚悟はしていたようだ」

 

「……今どうしてる?」

 

「今しがた葬儀が始まったから、そこだろうな」

 

「そうか……」

 

蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)なら復活できるかもしれないが……」

 

「そうだ! その手があった!」

 

 ようやくその事に気付いたペロロンチーノは、手段があったことに嬉しさが込み上げ、意気揚々とアイテムボックスに手を入れる。

 

「まぁ待て。村長の話では蘇生魔法は無いとのことだ。知らないだけかもしれないが、どちらにしてもそんな簡単にしていいことではない。厄介ごとに巻き込まれることが目に見えてる」

 

「……」

 

 アインズの言っていることは理解できるが、感情は納得していなかった。エンリ達を絶望の淵から救う手段があるのに、それを行使しないのは我慢できない――が、説得する言葉がうまく思いつかない。鳥頭を捻り必死に考える。

 既にペロロンチーノの感情を見越していたアインズは、納得させようと準備していた言葉を形にする。

 

「蘇生させない交換条件として記憶操作は行わないでおこう。勿論、シモベの監視はつけるが」

 

 提示された条件に、ペロロンチーノはヘルムのクチバシ部分に手を当て考える。記憶操作の魔法はまだ誰にも試した事が無く、どのような効果が現れるか不明だ。おそらく大丈夫ではないかという思いもあるが、絶対ではない。

 

「……ふぅ、仕方ないか。記憶操作の実験にされるのは嫌だから」

 

 出された提案をペロロンチーノは受けることとする。万が一を避けるための妥協に、納得するしかなかった。

 

「よし、これでこの件は終了だな」

 

 アインズは問題が解決した事を満足気に頷いた。

 もしペロロンチーノが蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)の存在に気付いたら、真っ先に姉妹の家族を復活させるだろう。そうなったら、他の者達が自分の家族も生き返らせてほしいとなる。拒んだとしても、ひいきにされたエンリに周りの視線が突き刺さり、見かねたペロロンチーノは結局村人全員を蘇生させてしまう。とても想像できる光景だ。例え村人に蘇生の事を口止めしても、逃がした騎士は何人も死んでいることを知っている。それなのに村人全員が平然と歩いていたら、ばれる危険性が高い。

 この未来を回避できたアインズは、上機嫌で村から撤退の準備を開始しようとするが、不意を突かれる様に発せられたペロロンチーノの言葉で動きを止める。

 

「あ、そうだ、この村を襲おうとしてた集団がいたぞ」

 

「なに? それは本当か? 騎士の別動隊……いや、他国か? この村にそんな価値が?」

 

 思いかけない言葉にアインズは熟考するが、答えは出ない。情報が圧倒的に不足している現状、当然の結果だ。分からないことをいつまで考えてもしょうがないので、頭を左右に振り一先ず保留とした。やはりもっと詳しい情報が必要不可欠。村長から聞いたエ・ランテルという城塞都市にでも行くしかないかと、思考の方向性を変える。

 ふと、ペロロンチーノに目を向けると、遠くを凝視した視線を村全体を見渡すようにぐるりと一週させていた。

 

「敵襲だ。この村を囲んでる」

 

「……またか。これで三度目ということになる。どうなってるんだか。捕縛して聞き出すのが手っ取り早いか」

 

 アインズは今できることとして、生き残った村人達を村中心の家に集め、防御の魔法を施す。警戒心を露わにするアルベドは巨大な斧頭(バルディッシュ)を握り締め、盾となるべくアインズの前方で身構える。

 村人が保護されている家の屋根に立つペロロンチーノは羿弓(ゲイ・ボウ)をアイテムボックスにしまい、連射性と速射性に秀でた伝説級(レジェンド)アイテムの弓を取り出していた。役目は村人の護衛。黄金のヘルムから覗く視線は敵を捉えて離さず、その時が来るのをジッと待つのだった。

 包囲は時間が経つにつれ狭まっていき、襲撃者の姿をはっきりとさせていく。囲んでいる敵は一目で魔法詠唱者(マジックキャスター)と分かる風貌。数十に及ぶそれらが各々一体ずつ天使を従えており、これに二人が反応を示す。

 

「アインズ、炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)に似ていると思わないか?」

 

「私もそう思っていた。似ているというよりそのものだ」

 

 二人がユグドラシルのモンスターではないかと確認していると、痺れを切らし怒りの乗った声が響く。

 

「ガゼフ・ストロノーフ! 村人を守りたいなら、姿を現せ!」

 

 聞いた覚えの無い名前に、疑問のアインズは首を僅かに傾げる。

 

「ガゼフ・ストロノーフ? 誰だ?」

 

 おそらく知らないだろうが、一応とペロロンチーノに視線を向ける。

 

「さっぱりだ。あの男は何言ってるんだろう」

 

 予測通りの発言を聞いたアインズは深く考え始める。三度の襲撃とガゼフ・ストロノーフの関係性。三度目はその男をどうにかしたいようだが、一度目と二度目はどうなのだろう。最初の襲撃はガゼフを探している様子はなく、ただの虐殺に見えた。ペロロンチーノさんが見つけたのは、騎士の援軍? だが、この村を襲うのにそんな戦力はいらない。一度目の騎士の要請? いやそれは無い。此方の戦力を骨の髄まで味わったのだ。ペロロンチーノさんによると最初の奴らと同じくらい脆弱だったようだし、援護の意味がない。あれこれと様々考えるアインズはやがて重々しく頷き、一つの答えへと行き着く。

 ――さっぱり分からない。

 

     

 

 

 お互い動きが無いまま、しばらく睨み合いが続いた。

 ニグン・グリッド・ルーインは困惑していた。途中から抹殺目標であるガゼフ・ストロノーフを完全に見失っていたが、それは大きな問題ではない。移動した方角などから、ガゼフが向かったのはこの村で間違いない――のだが、いる気配がない。

 ――村を包囲する集団、彼らはスレイン法国が誇る人類最強の守護者、六色聖典が一つ陽光聖典だった。ニグンはその隊長を務め、与えられた任務は近隣諸国最強と噂される王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの排除。

 一度見失ったとはいえ、ガゼフがこの村を目指していたのは間違いない。しかし、馬の姿も無く、こうして包囲しても目標は出てこない。罠と知りつつも村々を助けるべく、駆け巡っていた男がこの期に及んで出てくることに躊躇(ちゅうちょ)するだろうか。いるのは派手な戦士と漆黒の戦士、邪悪なローブを(まと)魔法詠唱者(マジックキャスター)

 考えられるのはあの戦士のどちらがガゼフ、いや三人を囮に何らかの罠か。

 こうしていてもらちが明かないと、意を決したニグンは部下に命令を下す。

 

「天使達を突撃させよ。あの三人に注意は当然払うが、村人を見つけ次第襲え。ガゼフなら我慢出来ずに姿を現す」 

 

 天使が何らかの罠で葬られてもまた召喚すればいい。圧倒的優位は此方なのだ。恐れる必要は無いとニグンの顔に余裕の笑みが浮かぶが――それは瞬時に崩れる。

 一筋の閃光が走ったと認識した時には、一体の天使が消滅していた。それから次々と放たれる一筋の閃光により近付くことさえ出来ず、瞬く間に全ての天使は姿を消した。

 ニグンはその目にしたものを信じられなかった。弓を構えた黄金の戦士が光の矢を流星群の如き放ち、全方位から迫るを天使を全滅させたのだ。

 

「……あり、ありえない……」

 

 弓による一撃で天使が葬られるなど、考えたこともなかった。それにあの弓は構えるだけで光の矢が装填され、桁違いの威力に加え常識外の連射性と速射性、スレイン法国の秘宝と間違いなく同等。

 唐突に現れた強敵にニグンは歯を食いしばり、顔を(しか)める。ガゼフはいつ何時(いつ)どこでこんな切り札を手に入れていたのかと、怒りが込み上げてくる。計略で王国の五宝物を剥ぎ取っていたのに、これでは意味がない。むしろ、こっちの弓の方が遥かに脅威だった。そもそも弓を射っているのは誰なのか見当もつかない。ガゼフは剣の達人であり、弓ではその域に達していない。

 ガゼフと脅威の弓使い、さらに謎の黒い戦士と魔法詠唱者(マジックキャスター)、このままでは此方の分が悪いのは明らかだ。

 予想と違い窮地に立たされたと思える展開だが、ニグンの焦りは色濃くない。何せ、此方にはまだ最高の切り札があるのだから――ニグンは(ふところ)に隠した切り札を、熱を帯びた手で握り締めた。

 しかし、これを使うまでに天使を幾度も突撃させ、敵の疲労を狙う。あんな強力な矢が、そうそう何回も使えるとは思えなかったのだ。出来れば貴重なコレは使いたくないと、本音もある。

 

「天使の突撃を繰り返せ。敵の消耗を強いるのだ」

 

 

   

 

 アインズは暇だった。炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)が駆逐されるのをただ見ているだけ。敵はペロロンチーノが全て倒し、まだ手すら動かしていない。

 ペロロンチーノは口笛を吹きながら、今度はもっといいタイムを出すぜと、タイムアタックをし始めている。

 この何とも言えない状況を脱すべく、死の騎士(デス・ナイト)をリーダーらしき人物にぶつけてみることとする。例え、滅ぼされても全く痛くない様子見の一手。

 

死の騎士(デス・ナイト)よ、あの男とその周辺の奴等を行動不能にしろ。殺すなよ? 情報源だからな」

 

「ウウウゥゥオオオォォォオオ!」

 

 命令を受けた死の騎士(デスナイト)は雄叫びを轟かせ、目標目掛けて走り出す。

 異様な気配を放つ、巨大なアンデッドの襲来に陽光聖典の隊員は我先にと、天使を向かわせた。無数の天使の剣がアンデッドに振り下ろされるが、それらは全て完璧に防がれる。右手のフランベジュで叩き伏せ、左手のタワーシールドで弾き飛ばしていく。巨体とは思えない素早い動き、鉄壁を思わせる戦いぶりで尚且つ足も止まっておらず、確実に距離を詰められていった。

 ニグンの額は汗が滲み、心臓の鼓動が早まっていく。天使達ではあのアンデッドを止められないと、確信する。自分が召喚した監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)でも勝てる未来が見えない。この状況は出し惜しみをしている場合ではなかった。

 ニグンは(ふところ)の切り札、スレイン法国の秘宝の一つ魔封じの水晶を高々と掲げた。

 

「見よぉぉぉおおおお!?」

 

 気付いた時には、肩から先が無くなっていた。ニグンの頭の中は混乱を遥かに通り越し、混沌の嵐が吹き荒れ――やがて、敷きとめられた滝が解放されたように激痛が襲ってくる。肩からとめどなく流れ落ちる血は、一気に全身の全てから失われていくようだった。

 立っていられなくなりその場に倒れたニグンは、想像を絶する激痛に頭を地面に擦り付ける。

 次第に薄れゆく意識の中、ぼやけた視界は漆黒の戦士と邪悪なローブを(まと)魔法詠唱者(マジックキャスター)がすぐ近くにいることを知らせた。魔法詠唱者(マジックキャスター)は地面に転がっていた魔封じの水晶を拾い上げ、まじまじと見ている。

 

「さすがペロロンチーノだ。切り札封じはお手の物だな。さて、何が入っているのやら――道具上位鑑定(オール・アプレーザル・マジックアイテム)……は? 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)? なんということだ……」

 

 探知魔法を発動した魔法詠唱者(マジックキャスター)は、仮面に手を当て(うつむ)いていた。

 ニグンはもはや力の入らない唇を必死に噛み締める。最高位天使、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)の召喚に成功していればこうはならなかったと、悔しさが込み上げ脳裏を支配する。

 

「本当に……くだらん。この程度の幼稚なお遊びに警戒していたとはな。はぁ、アルベド、シモベに残りを捕縛させよ。ここはいいから、お前も後処理に向かえ」

 

 漆黒の戦士は優雅に一礼し、気付いた時には姿を消していた。

 ニグンは今、心底怯えている。幼稚なお遊び――この言葉に悔しさから絶望へとガラリと一転していたのだ。私は一体何と戦っていたのだろうと、(かす)んだ視界で魔法詠唱者(マジックキャスター)を見上げる。

 

「ん? この男死んでしまうな。ポーションを振りかけとくか。……それにしても、今回は死の騎士(デスナイト)に命令しただけで、一歩も動かなかったな。俺もペロロンチーノさんみたいに驚かれたかった。な、なんだ、その魔法は!? とか。……ふふ」

 

 これがまだ正気を保つニグンが聞いた、最後の言葉だった。



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リ・エスティーゼ王国
一緒に面接


 ナザリック地下大墳墓、執務室を兼ねたアインズの自室。

 黒革の椅子に身を委ねるアインズは黒檀の執務机に両手を置き、アルベドから報告を聞いていた。カルネ村で捕らえたニグンという男は、スレイン法国の特殊部隊隊長とのこと。目的は近隣諸国最強と名高い、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフという男の抹殺。だが、この男はどうやら消息不明とのこと。エ・ランテルに忍ばせたシモベによると、ガゼフ失踪の噂で持ちきりらしい。

 アインズは執務机を一定の間隔で軽く叩きながら、思考する。

 

「……これだけの有名人物が消息不明、やはり死んでいるか……。しかし、スレイン法国の部隊は私達が殺した。なら一体誰が? ガゼフはこの世界ではかなり強いらしいし……。まさかプレイヤーか?」

 

 可能性はあると、アインズは警戒する。この世界に飛ばされたのが二人だけとは限らない。

 ともかく、今は情報収集が最優先。当初はエ・ランテルに行こうかと考えていたが、リ・エスティーゼ王国の動向を詳しく調べるには王都に変更すべきか考える。戦士長の捜索範囲を広げられれば、ナザリックが発見の可能性が高まり、プレイヤーが戦士長を狙ったならば、その影があるかもしれない。 

 バハルス帝国と毎年行う戦争も気になる。毎回の戦闘場所であるカッツェ平野は、ナザリックからそう離れていない。ナザリックのより近くに変更されるのは阻止したい。

 様々な理由の結果、エ・ランテルより王都の方が有用そうだと結論付ける。

 一息ついたアインズは、一般メイドと楽しくお茶するペロロンチーノに向けられた。

 どうやらまた変態的な何かを言ったらしく、シクスス顔はリンゴの様に真っ赤になる。

 

「いい! その恥じらいすごくいい!」

 

 もはや見慣れつつあるペロロンチーノの奇行――いや、日に日に酷くなる乱心にアインズは呆れを通り越す。

 

「だから、そういうことはシャルティアでやればいいだろ」

 

「……やっちゃおうか……いや、シャルティアはこの宇宙最高峰、一度味わったら他の少女達では物足りなくなってしまう。それは許されない至高の芸術(カタルシス)!」

 

 手の施しようがなかった。やりたい放題の世界に放り出されたこの男を止めるのは、もはや不可能。

 

「はぁ、もういい。王都で冒険者となる。そこで情報収集だ」

 

「一人連れて行くと言っていたプレアデスは、誰にしたんだ?」

 

「ナーベラルにしようと思ってる」

 

「え、本当? アインズは黒髪の人間見下し系が好きなんだ」

 

 ピクリとアルベドが反応を示す。いつもの微笑みにはどこか違和感があり、興味津々なのが明白。

 

「なんだそれは? 単にナーベラルは真面目そうだから……」

 

「それならユリを選ぶはず。アルベドよかったな、好みだってよ」

 

 アルベドは満面を超える崩れた笑顔で、優雅に一礼する。

 

「待て、勝手に話しを進めるな」

 

 ペロロンチーノはアルベドによく思われていないことを知っていた。巧妙に隠されてはいるが、時折感じる敵意は確かだ。その怒りはナザリックを去った事に対してか、アインズと仲良くやっている事の嫉妬か、はたまた全く別の事かは分からないが敵対されるのは避けたい。故にこうやってアインズを生け贄にし、点数稼ぎを行っているのだ。それにアルベドはヤンデレ気質だが、絶対の忠誠心があり何より絶世の美人。アインズにとってもそれほど悪いこととは思えなかった。

 

「アインズはアルベドが好みなんでしょ。だから、設定を変えた。よく見ろ、美人だと思ってるだろ」

 

「え、い、いや、それは」

 

「正直に言ったらこれ以上追及しない」

 

「う、うむ、そうだな……び、美人だとは思うが」

 

「くふー! 私の準備は出来ております。ささ、寝室へ」

 

「待つのだアルベド、まずは落ち着け」

 

 アルベドは羽をバタバタ動かし、崩れた笑顔で体をくねらせた。見開かれた金色の瞳はアインズを捕らえて離さず、興奮で息遣いもかなり荒い。笑顔ではいるが、その瞳は肉食獣の様な獰猛さが浮かび、今にも飛び掛かりそうな雰囲気。

 充分に点数を稼いだペロロンチーノは、取り敢えずここで追及を止める。アルベドの理性ギリギリ、絶妙のラインを維持したと満足気。

 それにしてもナーベラルかと――ペロロンチーノにとっては思いがけない人選だった。

 

「ナーベラルを選んだ理由は真面目そうだからだけ?」

 

「え? うむ、そうだが……」

 

 アインズの返答にペロロンチーノは渾身の溜息をつく。

 

「ナーベラルの魅力は毒舌と意外なポンコツっぷり。アインズはまるで分かってない」

 

「毒舌? 聞いたことないが」

 

「毒舌は人間限定。それじゃ、エントマの魅力は?」

 

「エントマ……虫……虫っぽい、虫、あー符術師だ」

 

「ふ、符術師……そんなどうでもいいところは知っていて……はぁ、いいでしょう、教えてあげます。エントマの魅力は可愛いことです」

 

「……」

 

「これは重症だ。一度プレアデスを集める必要がある。アルベド、プレアデス召集だ。ついでに冒険者に同行する者を選ぼう」

 

「畏まりました、ペロロンチーノ様」

 

 ペロロンチーノは気付く。先程点数を稼いだおかげで、幾分接してくる雰囲気が柔らかになった事に。やはり効果があったようだ、困ったらこれをしようと深く心に刻む。

 展開についていけないアインズが茫然とする中、召集命令を受けたプレアデスが執務室に入室する。横一列綺麗に並び、一切乱れのない一礼をしてから静かに佇む。アルベドから、冒険者に同行するメンバーを決めると聞かされており、一同緊張の色が見て取れる。それは普段、真面目なユリや騒がしいルプスレギナも例外ではない。

 プレアデスの個性豊かな面々に深く頷いたペロロンチーノは、静寂を切り裂くようにスッと手を上げる。

 

「提案がある。今からいくつか質問するが、プレアデスのみんなには砕けた感じで受け答えしてもらいたい。アインズによく知ってもらうためだ」

 

 これに関して、アインズは異論がない。単純にいつも支配者ロールプレイでは疲れるのだ。冒険者になる半分の理由はそれだ。反論する理由も特に無いので黙っていると、アルベドが明らかに不機嫌になっていた。至高の御方に逆らうわけにはいかないが、今にも何か言いそうな雰囲気。それを見たアインズが素早くペロロンチーノに同調の意思を示す。

 

「うむ、冒険者では仲間というスタンスだ。一々物々しい言い回しでは疑われる。よいな、アルベド」

 

「……アインズ様の御意思のままに」

 

 アルベドに釘を刺したアインズがペロロンチーノに目を向けると、何やら真剣に考え込んでいる。腕を組み、ブツブツと自問自答していた。滅多に見れない光景だ。

 アインズは何か重大な事でもあったのかと、急いでメッセージを飛ばす。

 

『どうしたんですか?』

 

『アインズさん、俺とんでもないことに気付きました』

 

『なんですか?』

 

『俺、エントマもイケるかもしれません』

 

『は?』

 

『アインズさんの言いたいことは分かります。エントマは可愛いですから。でもそれは撫でたい可愛さ。彼女はあくまで蜘蛛人(アラクノイド)。正体で欲情するのは上級者だけです。でも気付いたんですよ。擬態のままならイケるのではとね』

 

 アインズはそっとメッセージを切る。この鳥何言ってるんだろうと、返事をする気も失せていた。

 ペロロンチーノの熱い視線に気付いたエントマは、恥ずかしさから彷徨う視線を床で固定し触覚をピクピク動かしながら、モジモジし始める。

 ツッコミを入れるのも面倒になったアインズは、構わず質問を開始する。

 

「今から質問するが先程の事を忘れるなよ。プレアデス同士で会話する感じだ、それと嘘はつくな。した場合の失望は深い」

 

 アインズがプレアデスを見渡すと、了承したと一礼で返答する。

 

「まずは、そうだな……人間をどう思う。ユリ、答えよ」

 

「ナザリックでは下に見ることが多いですが、中にはよい人間もいるかと思っております」

 

「うむ、次、ルプスレギナ」

 

「オモチャっす!」

 

「お、おも……次、ナーベラル」

 

「ゴミです」

 

「ゴミ……次、シズ」

 

「……どっちでもいい」

 

「興味なしか、まぁうん。次、ソリュシャン」

 

「溶かすと甘美な声を上げる下等生物です」

 

「だんだん慣れてきた。次、エントマ」

 

「お肉ですぅ」

 

「そうか、肉か、そうかそうか」

 

 息を吐く仕草さとともに、頭に手を当てるアインズの脳裏に浮かぶ感想。

 ――プレアデスすげぇ。



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一緒に決定

 普段の完璧にメイドの仕事をこなす姿しか見たことのないアインズは、唖然とする。まともな答えを出したのが六人中僅か二人。理想通りの答えを出したユリは文句のつけようがなく、次いで妥協点のシズだが武器の問題があって(はな)から連れていけない。

この世界では、シズの武器である銃火器はかなりのオーバーテクノロジー。銃火器の製造が発展したらどうなるか予測できないが、ナザリックにとっていいことは何もない。危険が大きすぎるのだ。

 いくつかの質問をするつもりだったが、もう誰を連れて行くか決まったようなものだった。だが、せっかく設けた機会、もっと詳しく知った方が良いと質問を続行する。

 

「よく分かった。次の質問だ。人間と仲良くせよと命令されたらできるか? 念を押すが嘘をつくな、正直に話せ。まず、ユリ」

 

「問題ございません。ただ、至高の御方に明確な敵意を向ける相手では自信がございません」

 

「それはどの程度だ? ちゃちな因縁もか?」

 

「いえ、お命の危機に瀕した場合でございます」

 

「なるほど」

 

 まさに完璧な返答。やはり俺の目に狂いはないと満足し、ユリで確定だなと確信をさらに深めた。

 

「次、ルプスレギナ」

 

「余裕っす」

 

「そうか……ん? お前は人間をオモチャだと言ってなかったか?」

 

「一旦信頼させてから、裏切った時の顔を見るのが好きっす。ご飯三杯はイケるっす!」

 

「……」

 

 満面の笑顔で答えるルプスレギナにアインズは言葉を失い、いつも元気で陽気な印象が百八十度反転していた。作ったのは誰だったかと考えるが思い出せない。ナザリックの面々なら誰が作ってもおかしくなく、予想もつかない。分かったことはルプスレギナの同行は無いということ。

 

「……うむ、次はナーベラル」

 

「……出来る限り頑張ります。何とか我慢できるかもしれません。多分、おそらく……」

 

 自信なげな声が尻すぼみに消えていく。ナーベラルはソリュシャンと同じく、人間を下等生物と見なしていた。人間と仲良くするなど苦痛でしかないが、それが同行者の条件のようで嘘はつけないと葛藤する。

 ナーベラルの様子に全てを察したアインズは、横目でペロロンチーノを見る。こう言ってはなんだが、この機会を設けたの意義は大きかった。もし、何も知らずにいたら、ナーベラルを連れて行くつもりだったのだ。仲良くする演技も危ういのであれば、とてもじゃないが同行はさせられない。

 

「理解した。次、シズ」

 

「……問題ない」

 

「そうか」

 

 つくづくシズは勿体無かった。武器の問題さえなければ、シズも選択肢の一つとなっている。無表情で何を考えてるか分からないが、静かで人間を下等に見ていない分、問題が起きにくいはずだ。

 

「次、ソリュシャン」

 

「問題ございません」

 

「意外だな。お前の言う下等生物と仲良くできるのか?」

 

「はい、問題ございません」

 

 ソリュシャンは趣味と仕事を公私混同せず、与えられた任務が人間との友好関係構築なら、ボロを出さず粛々(しゅくしゅく)とこなす、出来るメイド。

 アインズはソリュシャンのポイントを大きく上げた。同行者はユリで確定かと思われたが、ソリュシャンもいいなと考えが二分する。何よりソリュシャンには他のプレアデスに無い大きな利点、アサシンのクラスを収めている。情報収集なら間違いなくプレアデス随一。

 

「よく分かった。最後、エントマ」

 

「お腹いっぱいなら、問題ないですぅ」

 

「……すいていたら?」

 

「涎出ちゃうから演技できないですぅ」

 

「……そうか」

 

 エントマにとって、人間は単なる食料としか認識していない。満腹ならわざわざ狩ったりしないが、空腹になったら御馳走に早変わり。

 ペロロンチーノから可愛いとの声が飛ぶが、アインズはとてもそう思えなかった。

 

「さて……」

 

 アインズはユリとソリュシャンのどちらにするか迷う。アサシンのクラスは魅力的だが、ユリの人間に対する態度は一番だ、いざこざも綺麗に収めてくれるであろう。アサシンの有用性で、ややソリュシャンに傾いてはいるが、決定的ではない。

 ここはペロロンチーノの考えが聞きたいと、伝言(メッセージ)を飛ばす。

 

『ペロロンチーノさん、ユリとソリュシャンのどちらにするかで迷ってます』

 

『まぁそうでしょうね。その二人は無難で悪くないです。ですが言わせてもらいます、それは素人の考えだと』

 

『というと?』

 

 アインズの頭の中は疑問だらけだ、どう考えても二人の選択肢以外考えられないのだ。

 

『ここはルプスレギナで決まりです』

 

『え? ルプスレギナ? 何故ですか?』

 

 思いもよらない言葉に、アインズの顔は自然とペロロンチーノへ向かう。あのサディストを選ぶ理由が思いつかなかったのだ。

 

『アインズさん、ソリュシャンを選んだ理由は?』

 

『演技ができるということと――』

 

『それはルプスレギナも同じです』

 

『あ、確かに……』

 

 サディストのインパクトに忘れていたが、人間との友好関係構築に余裕と答えていたのだ。ならクレリックのルプスレギナも悪くなかった。パーティの構成的にユリのモンクよりもバランスが良く、戦闘面以外でも色々な状況で活躍できると想像を膨らませた。

 しかし、目的は情報収集なのだから、有用性はアサシンに劣ると言わざるを得ない。どうしてルプスレギナで決まりなのかが分からなかった。

 

『一理ありますが、ルプスレギナが一番の根拠が分からないです』

 

『冒険者になる目的は?』

 

『情報収集です』

 

『もう一つは?』

 

『……他に何かありましたっけ?』

 

『忘れたんですか? アインズさんは支配者ロールに疲れてるんですよね? それで、外でのびのびと解放されたいと』

 

『あーそうです』

 

『アインズさん、ユリとソリュシャンの言動に何か思いませんか?』

 

『……特に。普通かと』

 

『思いだしてください、崩して話せと命令したにも関わらず、未だ続く敬語を。その二人は仲間としては冒険者になりません、完全に従者です。アインズさんの目的の一つ、気軽に冒険したいはなくなります』

 

   

 この時アインズに電流走る――!

   

 

 ペロロンチーノの言葉は的を得ていた。この世界に来てからというもの、支配者としてミスを犯せないプレッシャー、シモベ全てに(かしず)かれる重圧、ただのサラリーマンだった男の精神は消耗しきっていた。その点、冒険者のルプスレギナなら仲間として接してくるだろう、これは今のアインズにとって変え難い魅力だった。

 

『凄いです。やっぱり単なる変態ではないですね』

 

『紳士をつけてください。プレアデスとかそっち方面は任せてください。それ以外は全部任せますが』

 

 アインズはプレアデスに向き直る。プレアデスは至高の御方々の伝言(メッセージ)が終わったのだろうと、気付く。それはつまり同行者が決定した事を意味し、張り付いた緊張がより濃くなっていく。至高の御方に仕えるのが、最高の喜び。さらに一人だけが同行者となると、歓喜に打ち震えこれ以上の幸福はなかった。

 アインズは物々しく言葉を発する。

 

「同行者はルプスレギナ・ベータとする」

 

「マジっすか!?」

 

 執務室に響く声、選ばれなかったプレアデスの顔に暗さが宿った。失礼にならないよう平然を装うとするが、残念に思う気持ちが見え隠れしていた。当然だ、多種多様のシモベが(ひし)めく中、専属で奉仕できる事など滅多にない。無念に思う気持ちが執務室を(ただよ)い、それに気付いたルプスレギナは満面の笑顔で後頭部に手を当てた。

 

「いやー、まさかまさかっす」

 

 笑みの形を取る口角はさらに吊り上り、牙が前面に押し出されていく。褐色の肌にほんのりと赤みが広がり、愉悦に満ち鈍く光る黄色の瞳で姉妹を見渡した。自慢に溢れた渾身のドヤ顔に、他のプレアデスから嫉妬の視線が突き刺さるが、それが心地いいと体を震わせる。遠慮の欠片も無く、これ見よがしに笑顔を振りまくルプスレギナに、ナーベラルは拳を握り締めた。

 

「ルプスレギナ。貴方は素晴らしい友人でした」

 

「ナーちゃん、冗談っすよ!」

 

 この光景にアインズは一抹の不安がよぎるが、もう決定を通達してしまったため、後戻りはできない。まさかペロロンチーノにハメられたかと勘繰(かんぐ)るが詳細は不明。とにかく今はもう、これで進むしかなかった。

 

「王都に連れて行く者は決定した。準備を整えておけ」

 

「了解っす!」



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一緒に出発

「うむ、ご苦労だった、プレアデス達よ。各々持ち場に戻るがいい」

 

 笑顔のルプスレギナは元気よく頭を下げる。他のプレアデス達も無念の気持ちを振り払うように優雅な一礼をし、命令に従って執務室の扉へと向かう。

 

「アルベド、シャルティアを呼べ。任務に必要なアイテムを貸し与える」

 

「畏まりました」

 

 捕縛した陽光聖典から聞き出した情報で、この世界にはユグドラシルには無い特有の能力が二つあることが判明していた。生まれながらに異能を持つタレント、特殊技術(スキル)とは異なる戦士の魔法とも言える武技。アインズはこの二つに高い関心を寄せ、いなくなっても問題の無い使い手を捕獲して来いと、命令を下していた。どうにかして、これらをナザリックの強化に活かしたかったのだ。ペロロンチーノがいることで、この場所を守るというの意思はかなり強くなっている。

 

「あっ、アインズにシャルティアの任務で言いたいことがあったんだ。ユリ、少し待ってくれ」

 

 名前を呼ばれたユリは扉に伸ばしていた手を下げ、先程まで立っていた場所へと戻る。

 

「どうしたんだ、ペロロンチーノ?」

 

「シャルティアの供にユリをつけようと思ってる」

 

「ふむ、それはいいが理由はなんだ?」

 

「血の狂乱を防ぐためだ」

 

「なるほど。だが、シャルティアもそうならないよう行動するんじゃないか?」

 

「アインズはシャルティアの脳筋っぷりを分かってない。雑魚を狩りまくって調子に乗った挙句(あげく)、暴走する姿が俺には見える。それに予想外な状況になっても、冷静に助言のできるユリがいた方がいいと思う」

 

「成る程、理解した」

 

 普段のシャルティアの言動を見るに、あり得る話だと納得する。

 

「シャルティアもユリと一緒だと喜ぶし」

 

 そう意味深な言葉を発したペロロンチーノは、チラリとユリを見る。何か思い当たる節があるのか、僅かではあるがユリが反応を示した事にアインズは気付く。シャルティアが何故ユリと一緒なら喜ぶか考えるが、皆目見当(かいもくけんとう)もつかない。

 シャルティア・ブラッドフォールン――見た者の心を鷲掴みにする美貌とは裏腹に、数多の設定を紳士ペロロンチーノにより組み込まれていた。両刀、嗜虐(しぎゃく)趣味、ロリババァ、ロリビッチなど、ありがちな設定を惜しみなく与えられ、他にもまだまだ存在する。ユリは数ある性癖の中にある屍体愛好家(ネクロフィリア)と巨乳好きに合致しているのだ。シャルティア自身も一見巨乳に見えるが、幾枚にも重ねたパットで盛り上げているだけで実際はほぼない。自分は貧乳だが巨乳に目がない、これもペロロンチーノが描いた譲れない(こだわ)りの一つ。

 ユリもその性癖を知っていて、飢えた獣のような目を向けられる(たび)、反応に困っていたのだ。シャルティアの期待には応えられないが、階層守護者を無下に扱うこともできないジレンマ。

 そんなユリの心配をよそにアインズとペロロンチーノの会話は途切れることなく続いていた。シャルティアとユリの関係、ナザリックの強化計画、冒険者になった時の方針、アルベドにはアインズがとても活き活きしているように見えた。至高の御方が誰も来なくなってから見せていた、哀愁漂う姿はそこにはない。アルベドはただ微笑み、愛する至高の御方を見つめた。

 二人の会話は時が進むにつれ、激論へと変わっていった。

 

「分かってないなアインズ、だからそこは――シャルティアが来たな」

 

 ペロロンチーノの言葉と同時に執務室の扉が開き、予測通りの者が姿を現す。偽の胸を揺らす、黒に近い紫色のゴシックドレスに身を包んだ真祖(トゥルーヴァンパイア)、シャルティア・ブラッドフォールン。

 至高の御方々の前で足を止めたシャルティアはスカートを摘み、貴族がするような可憐な一礼をする。それはどんな美しい王族や貴族が同じことをしても、霞んでしまうほど華麗(かれい)だった。見惚れたペロロンチーノは思わず拍手し、口笛を吹く。シャルティアは嬉しそうに微笑んだ。

 

「お待たせして申し訳ないでありんす」

 

「よく来たなシャルティア、相変わらずパーフェクトだ」

 

 腕組みし、ニヤリと笑うペロロンチーノに、シャルティアの透き通るような白い肌が赤く染まっていった。長らく造物主がいなかった喪失感は遠い昔のよう、今その身を満たすのは歓喜を遥かに凌駕する幸福感、これは何度会っても変わらなかった。ただ姿を見るだけで体が熱くなり、火照っていく。

 

「あ、ありがとうございます! ペロロンチーノ様!」

 

「そんな完璧少女に渡すものがある、アインズあれを」

 

「うむ、シャルティアこれを。世界級(ワールド)アイテム、強欲と無欲だ」

 

 ――世界級(ワールド)アイテム、総数二百種類存在した全アイテムの頂点。ユグドラシル時代、それぞれがゲームバランスを崩壊させかねないほどの破格の効果を持ち、一つでも所有したならばすぐさま名声が轟いた。対抗する手段は同じく世界級アイテム(ワールドアイテム)を持つか、最高峰の職業ワールドチャンピオンのスキルのみ。まさに切り札の中の切り札。

 現在ナザリックにはそんな世界級(ワールド)アイテムを十一保管してあり、無数にあったギルドの中でも断トツの最多だ。

 

「それで世界級(ワールド)アイテムから身を守れ。強欲と無欲はレベル百でも経験値を集めることができる。この世界に経験値があるかどうかを調べ、あったならばできるだけ取集せよ」

 

 ガゼフというこの世界最高クラスの戦士を殺したのがプレイヤーの可能性もある以上、世界級(ワールド)アイテムの危険が常に付きまとう。シャルティアは最強クラスの強さだが、世界級(ワールド)アイテムの力は、それすらをも容易く凌駕するだろう。

 シャルティアは了解したと受け取った強欲と無欲を大事に抱え、任務を絶対成功させると固く誓い礼をする。

 

「それと補佐としてユリをつける。何かあったらユリの言葉に耳を傾けよ」

 

「承知したでありんす」

 

 ユリと聞いて、任務に楽しみができたと心の中で密かに歓喜する。シャルティアの気持ちを鋭く察したペロロンチーノは満足げに頷き、全く気付かないアインズは話を進める。

 

「セバス達ともうまく連携しろ。では任務の成功を期待する」

 

「頑張れシャルティア、俺も応援してるぞ」

 

 真に忠義を尽くすペロロンチーノと敬愛なるアインズに見送られ、シャルティアは執務室を後にする。

 

「さて、ペロロンチーノ、そろそろ私達も行くか」

 

 アインズは黒革の椅子からゆっくりと立ち上がる。

 

「あぁ、ついに冒険が始まるな」

 

 まだ見ぬ少女達を想像し、ペロロンチーノの胸は高鳴っていく。

 アインズも激務から解放される喜びを抱え、ルプスレギナに伝言(メッセージ)を飛ばす。

 

『ルプスレギナ、出発だ』



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一緒に冒険

 王都リ・エスティーゼ――昔から殆ど変化を見せない町並みで華やかさに欠けるが、歴史と伝統を重んじ受け継ぐ古き都市。

 道幅が狭く舗装されていない道路も多いなど、不便なところが数多くあるが、行きかう人々は活気に溢れていた。元々そこで生まれ、育ち、生活する中、そういうものだと認識しているからだ。

 楽しげに会話する者、客引きをする者、時間に追われ先を急ぐ者、人の営みがそこにはあり、それらは日が落ちるその時まで続くと思われたが、此方に近付く三人の人物を目にしてから、時間が停止したように釘付けとなった。

 衝撃に見舞われた人々の視線の先、先頭を歩くのは、二本のグレートソードを背負った漆黒の全身鎧(フルプレート)(まと)った戦士。赤いマントをなびかせ、リーダーの雰囲気を醸し出し、威風堂々と足を進めていた。そのやや後方には、漆黒と正反対といえる黄金の全身鎧(フルプレート)で身を(おお)った弓兵(アーチャー)。背中の弓は伝説の武器を思わせるほど見事で、ヘルムにある鳥のクチバシの様なフォルムは、強く印象に残った。

 そして、何といっても最後の三人目に一番の視線が集まる。健康的な褐色肌を修道服とメイド服が合わさったような服で包み、笑顔が眩しいその美貌は今まで見たことが無い。美人という言葉を根底から覆される衝撃。虜にされた男達は口を開けたまま固まり、自分の美しさに自信を持つ女も敗北を認めるほど。

 

「モテモテっす、いい気分っすねー、当然っすけど」

 

「当然だルプー、プレアデスであるお前は別格だ」

 

「マジっすか! いやぁ、メッチャ照れるっすねぇ」

 

 ペロロンチーノに褒められたルプスレギナはさらに笑顔となり、より人々の心を惹きつけた。

 アインズはNPCの顔は自由に決められたんだし、この世界ではチートだよなーと思うが、言葉にはしない。

 現在三人は冒険者登録を終え、受付嬢にオススメされた宿屋に向かっていた。

 三人が近くを通る(たび)、驚きの声があちらこちらで上がり、周辺で噂されるほど広まっていった。

 その後も、関心を一身に寄せられながら歩き続け、目的地である宿屋で足を止めた。漆黒の籠手(ガントレット)で扉を押し開け、店内へと入る。

 ある程度予想していたが、見るからに安宿だ。薄暗い部屋で、大して掃除もされていないようだった。

 三人が店内に足を踏み入れてから、酒を片手に持つ男達に、値踏みするような鋭い視線を向けられた。

 

「いやーオンボロっすねー」

 

 ルプスレギナの言葉に皿を拭いていた宿主らしき男の手が止まるが、一瞬目を向けただけで仕事を再開する。顔には深い切り傷があり、風貌は歴戦の戦士を思わせた。

 アインズは頭を抱えたくなる衝動を何とか抑え込み、宿主らしき男の前に立つと、鋭く睨まれる。

 

「ボロで悪かったな」

 

「すまないな、私の仲間は少々口が悪いんだ」

 

「ふん、まぁいい。何泊だ?」

 

 (いか)つい風貌から、口論になるかと身構えたが、意外にもすんなりと話しを進めてくる。アインズは密かにホッとし、人は見かけじゃ無いよなと頷く。

 

「一泊でお願いしたい」

 

(カッパー)か。相部屋で一日五銅貨だ」

 

「三人部屋を希望したい」

 

「……相部屋はな、チームを組む相手を見つけるためなんだよ。三人でこれからやっていけると思うのか?」

 

「何の問題も無い」

 

「たく、人の親切を」

 

 宿主は大きな溜め息とともに、代金を受け取るため手を差し出してくる。アイテムボックスからさり気無く出した銅貨を渡し、二階の階段に向かおうとしたところ、それを(さえぎ)る様に足が出された。アインズがその男の顔を確認すると、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべていた。薄ら笑いの男と同席する者達も同じ表情を浮かべ、周りの人間全てがそれに気付いているが、我関せずと誰も口を出さない。

 

(やれやれ、お約束のパターンか)

 

 アインズはテレビやゲームなのでお馴染みの光景に心の中で溜め息を付きつつ、(さえぎ)った男の足を軽く蹴った。

 

「おいおい、いてぇじゃねぇか。こりゃ骨折してるぞ」

 

「そうか」

 

「そうかじゃねぇ! こっちは重症なんだよ! そうだな、そっちの女を一晩貸してくれるってんなら、許してやる」

 

「仲間の二人以外はイヤっす」

 

「そう言うな、いい夢見させてやるぜ」

 

「くくく」

 

 ありきたりな展開に、アインズの口から思わず失笑が漏れる。

 

「何がおかしい!」

 

「いや、失敬。テンプレートな雑魚に笑いを堪えきれなかった」

 

「なん――」

 

 男が迫ろうとした瞬間、視界が一気に天井に近くなっていた。気付いたら漆黒の戦士に胸倉を掴まれ、片手で持ち上げられている。振りほどこうと必死に手足を動かすが、ビクともしない。鋼鉄で固定されていると錯覚するほど動く気配が無く、男の額に冷や汗が滲む。

 周りの人間達は、漆黒の戦士の圧倒的な腕力に驚愕する。男を片手で持ち上げているというのに、スプーンでも手に取ったような自然体。

 慌てふためく男の無様な姿に、ルプスレギナは歓喜に笑い声を上げ、大はしゃぎしている。

 掴まれた男は最後に残った意地を総動員し、漆黒の戦士を睨みつける。

 

「てめぇ、離――」

 

 これも先程と同様、気付いたらテーブルに投げ飛ばされていた。背中に痛みが走り自然と呻き声が漏れる。本当に骨折してしまったのではと苦痛に顔を歪め、バラバラに砕けたテーブルの破片の中でうずくまったまま、動くことができない。

 周りの人間はようやく理解する、この漆黒の戦士は別格に強いと。因縁をつけた男と同席していた者達からはからかう視線が完全に消え、下手(したて)に出ようとする雰囲気が滲み出ていた。アインズはそんな男達を見下ろす。

 

「で、お前等はアイツの仲間だろ? だったらまとめて――」

 

「オイオイオイ、俺の安酒が吹っ飛んじまったじゃねぇか」

 

 アインズの言葉を(さえぎ)った男が、割れたコップの破片を持って近付いてくる。一見、細身に感じるがその肉体はガッチリと引き締まり、眼孔は野生の獣を彷彿させるほど鋭い。

 

(またか、見せる力が弱すぎたか? 今度はもう少し強めにいくか)

 

 次はどう痛めつけるか考えているうちに、迫ってくる男に敵意が無いと気付く。アインズの前を坦々と素通りし、因縁をつけた男の仲間に代金を要求している。此方に要求する気配は全くない。

 一応、投げたのは自分なのだ、多少は何かあるかと見ていたが、微塵も視線を向けてこない。

 

「私には要求しないのか?」

 

「あんたは因縁をつけられただけだからな。当然の権利だ。……それにしても、お前等は一目で相手の力の有無も分からんのか? どう見ても格上だろうが」

 

 アインズはホゥと心の中で感心し、僅かな好奇心が生まれる。一目である程度の強さが分かるなら、それなりの実力者だ。無論、本当の力に気付いてる訳ではない様だが。

 

「私の名前はモモン、彼女がルプスで、こっちの眩しいのがチュパ・ゲティだ」

 

「俺はブレイン・アングラウスだ」

 

 会話に聞き耳を立てていた周辺から、ざわめきが巻き起こる。

 

「ブレイン・アングラウス!? 本物か!? お前分かるか?」

 

「いや、実物は見たことがない。だが、本物だとすると――」 

 

 アインズはヘルムの顎部分に手を当て、考え込む。周りの反応から察するに、有名人らしい。先程の言動と腰の刀から、腕に自信がある戦士と見受けられるが、冒険者の証であるプレートをつけていない。王国の戦士にも到底見えない。周りの視線は驚きと疑心と憧れだ。どうやら、悪い人間では無いらしい。

 この男は利用できるかもしれないと直感し、どうにか有効な展開に持っていけないかと、必死に頭をフル回転させた。

 

「俺は本物だ――いや、そんなことはどうでもいい。実は人探しの最中なんだが、ここにいないことは分かっててな、暇してたんだ。あんたは相当の実力者と見える。いきなりで悪いが、一戦交えないか? 強い奴を見ると我慢できないんだ」

 

 ブレインの発言はアインズにとって願ってもない事だった。どうやって名声を稼ぐか考えていたが、これはかなり使えると生身があったら悪い笑みを浮かべていただろう。

 

「私はかまわないとも」

 

「あんたならそう言ってくれると信じてたぜ。そうだな、この宿屋の裏でいいか?」

 

「問題無い」

 

 モモンとブレインがその場から宿の出入り口の扉へ向かう中、周りの冒険者は観戦にいくかどうかで揉め始める。信じられない腕力を持つ漆黒の戦士と、現在行方が分かっていない最強戦士ガゼフと互角の勝負をしたというブレイン・アングラウスの一戦。興味はかなりあるが、ゾロゾロ付いて行くと二人の機嫌を損なうおそれがあり、どっちにするか揺れているのだ。

 アインズとしてはギャラリーが多い方が都合が良く、野次馬にするために助け舟を出す。

 

「私は見られてもかまわないんだが、ブレインはどうだ?」

 

 ブレインはいきなり名前を呼ばれたことに一瞬だけ立ち止まるが、すぐさま何事もなかったように歩き出す。アインズはただ名前を呼んだだけなのに、何故妙な反応をしたのか分からなかったが、特に何も言われないので、大したことではないんだなと考えを放棄する。

 

「俺もどっちでもいい。本気で殺し合うわけでもないし、見られてもいい技しか使わないしな」

 

 二人の了解を得た冒険者は障害が無くなり、二人の後について行くのだった。

 



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一緒に勝負

 結局、宿屋にいた全員の冒険者が見学者となる。宿屋の裏手は充分な広さがあり、手合せ程度なら問題無く行える。

 適度な距離を保った二人は、ゆっくりと武器を構えた。ブレインの武器は南方にある都市国家から時折流れる刀。圧倒的な切れ味を誇るが、それに見合う高級品で数も少ない。一流の品は一流の手に渡る物、刀を持っているだけでブレインと名乗る男が本物である信憑性が増している。無論、裕福な者なら手に入れられるが、使えもしないものを高いお金を出して買う者は多くない。趣味で集めるという線もあるが、野性味ある風貌はとても裕福層に見えない。

 観戦者からやはり本物じゃないかと、隣同士での会話が始まる。

 

 もう一人のモモンと名乗ったの戦士は漆黒の全身鎧(フルプレート)(まと)い、両手でそれぞれ握るのは白銀の刀身を持つ巨大剣グレートソード。本来、グレートソードは両手で一本を持つのが普通、それ以外の使用法など無いのが常識。そもそもそのあまりの重量に、使い手自体が少ない。この漆黒の戦士の腕力は人間の域を超えている事の証明。

 巨大な剣二本で構える姿も威圧感があり、対峙していない観戦者ですら気圧されるほど。心臓は高鳴り身震いするが、これはアインズがこう構えたらカッコいいなーと適当にそうしているだけである

 漆黒の戦士と刀の戦士は、互いに武器を構えたまま全く動かない。

 観戦者は固唾を飲んでその時を待つ。自分が戦うわけでもないのに、緊張で汗が頬を伝う。

 二人はジリジリと自分の有利な距離を取ろうと、僅かな動きで牽制し合っていた。

 

「ハッァクション!」

 

 チュパのくしゃみに反応し、二人の戦士は瞬時に飛び出す。

 土煙を舞い上げ、暴走した猪の様に一直線と迫る。

 その迫力は魔獣同士の激突を連想し、誰もが武器と武器のぶつかる瞬間を予感するが、ブレインは振り下ろされるグレートソードをいなす様にかわし、モモンの横手に回り込む。(はな)から武器での受け合いを想定していない動き。当然だ、いくら細身の見た目より丈夫な刀とはいえ、グレートソードと打ち合うなど余りに分が悪い。

 隙を突く横凪ぎされた刀は、振り下ろしでがら空きとなった脇腹へ迫る。モモンの利き腕は宿屋での仕草で右と見切り、どちらの武器で攻撃されるか予測された動き。

 左手のグレートソードでは受けることが出来ず、早くも決着が目前。

 ここでモモンは刀が脇腹に触れるかどうかのところで、予想外の動きを取る。地面に突き刺さったグレートソードを中心とし、円を描く様に体を移動し、迫る刀から追いかけっこをする形で逃れる。

 振るわれた刀より早く動けるなどありえなかったが、事実は自分の目の前で起こっている。

 モモンはそのままお返しとばかりにブレインの横手に回り込み、左手のグレートソードを横凪ぎに大回転させる。土煙が竜巻の様に広がり、大木を両断出来ると確信する威力。

 ブレインは冷静を心に刻み、迫る巨大な刀身を体をかがめて回避するが――見上げた先で目にしたものは右手で振り下ろされたグレートソードだった。命の危機を感じる一撃、ブレインは両足に全神経を集中し、一気に後方へ跳躍する。 

 

 ――この間僅か数秒。

 

 観戦者から歓声は起こらなかった。本来、凄いものを見たときは喜びに手を叩き、声を荒げる冒険者が口を大きく開けたまま固まり、その光景は並んだ石像を連想させた。

 モモンは追撃をかけず武器を構えたまま、動かない。

 ブレインは無駄な力を体から抜くようにリラックスを心がけ、大きく空気を吸い込み吐き出す。強いとは分かっていた、しかし、それを遥かに凌駕していた。このモモンという戦士は予想以上、技術はそれほど高く無いと感じるが、身体能力が想像を絶していた。一級の魔獣が武器を使えばこうなるだろう、戦い方。今はまだ戦えるが、これから腕を磨き技を高めれば、自分では到底勝てないと全身が警告している。歯を食いしばり、悔しさが込み上げる。

 

 ――ガゼフ以外の敗北は刻まない。高揚した気持ちを抑えきれなくなったブレインは実行を決意する、自らが編み出した最高の切り札を――。

 

 腰を落とし、刀身を(さや)に収める。

 深呼吸し、心を落ち着かる。極限まで高まった集中、自分から全てを認識する世界が広まる、オリジナル武技『領域』。

 侵入したものを即座に認識し、投げられた米粒をも両断する精密さを合わせ持つ。

 自分が支配する世界で放つのが、オリジナル武技、『瞬閃』。

 どんな強敵も急所を正確に突けば倒れる。ただ相手よりも、とにかく早く切り裂くことに特化した一撃。

 まさにガゼフを超えるべく編み出した切り札――だが、ブレインはそこで終わりにしなかった。瞬閃でさえ、扱えるまでに絶え間ない努力をしてきたのだ、これより先は他人から見れば地獄。ただ瞬閃を繰り返しこなし、こなし、こなす。他には何もない、朝も昼も夜も、ただこなす。永遠とも感じ折れない心にも揺らめきが見え隠れする、それでも迷いを断ち切り瞬閃を振り続けたある日、ついに掴み取る。

 瞬閃を超える一撃――『神閃』を。

 

 ブレインは抜刀の構えのまま動かない。モモンは徐々に距離を詰めていくが、ブレインは微動だにしない。

 充分に斬れると確信した黒い巨体は、地面を蹴る様に飛び出す。 

 ブレインの研ぎ澄ませた領域は、迫る漆黒の戦士を捉える。 

 

 二つのオリジナル武技、領域と神閃これらを合わせしは秘剣『虎落笛(もがりぶえ)』。

 

 神の領域に達したと自負する一撃、それは一直線に振り下ろされるグレートソードへ向かう。本来、虎落笛(もがりぶえ)は急所を正確に狙うが、これは殺し合いではない。狙いはグレートソードを横から斬り付け軌道をずらし、すぐさま刀を相手の首元で止める事。モモンの剛腕は常人離れしているが、相手の力をうまく利用すれば抗える筈がない。

 

 自分だけが支配する領域内、的確に認識するグレートソード目掛け虎落笛(もがりぶえ)を振るう。刀の軌道は寸分の狂いも無く、まさに理想通り。

 刹那(せつな)、刀に物体の当たった感触が手のひらに広がり、弾き飛ばさんと力を込めるが――異変に気付く。

 握っていた筈の刀の感触が完全に消えていた。武技、領域で認識したものは、弾き飛ばされる一本の刀。

 

 グレートソードの軌道を変えるどころか、逆に弾かれる。モモンの力は想定よりも遥か上、魔獣そのもの。

 気が付いたら肩にグレートソードの刀身が軽く当たり、止まっていた。

 ブレインは拳を握り締め実感する、自らの敗北を。

 モモンはゆっくりグレートソードを持ち上げた。

 

「私の勝ちだな、いい勝負だった」

 

 ここで初めて周辺から歓声が上がる。興奮を抑えられず声を荒げ、拳を天に突きだす。

 モモンは茫然と佇むブレインに目をやる。この手合せは接近戦の経験が無いモモンにとって、とても充実の内容だった。多少は剣の練習をしてきたが、やはり実戦は得るものが多い。さらに腕を磨くには、コキュートスのアドバイスが必要と心にメモを取る。

 

(それにこの男は結構有名みたいだし、噂が広まるまで少し待ってみるか。一旦宿屋の部屋に行ってからナザリックに戻って仕事を片付けるか)

 

「では、私たちは宿屋に戻る」

 

 モモンは堂々とした足取りでその場を後にする。冒険者の誰もが漆黒の背中に羨望の眼差しを向ける中、ブレインがポツリと(つぶや)く。

 

「……ガゼフも御前試合から腕を上げているだろうが……それでも、モモンの方が上かもしれん」

 

 ブレインは絶え間ない修行でガゼフを超えたと自負していた。たとえ、まだ届いていなくとも、肉薄しているはずだ。だが、モモンは終始余裕の雰囲気を全く崩していない。なら、まだまだ底があるということ。故にそう結論付ける。

 実際はブレインとの闘いにそこまで余裕があった訳ではない。モモン自身が演じていたのと、陽光聖典からの情報で自らの強さがかなり上との事実、さらに弱者の攻撃を受けないパッシブスキルの存在。これらが、ある程度心に余裕を持たせていたのだ。

 ブレインの漏れた心の声を、傍で聞いた冒険者が目を見開く。ガゼフよりもモモンの方を高く評価した事に、驚きを隠せなかったのだ。

 

 宿屋へと戻り、ナザリックに転移したモモンは理解していなかった。ブレイン・アングラウスに勝つという意味を。噂が少しでも広まればいいなと気軽に考え、冒険者組合に行った時に有利になることもあるだろうと、その程度の認識。

 重大さに気付いていないチュパとルプスはナザリックに戻らず、宿屋の部屋でしばし談笑していた。

 

「獣化するとメイド服はどうなるの? この世界だと性質が変化してるのもあるし」

 

「まだ試してないっす。やるっすか?」

 

「是非、お願い」

 

「了解っす」

 

 ルプスが狼に獣化すると、メイド服はどこかへ消えていた。ユグドラシルと同じ結果にチュパはガッカリし、肩を落とす。

 赤みかがった毛並のルプスっはちょこんと座り、ベッドに腰掛けるチュパを見上げた。

 

「今、裸だけど恥ずかしくないの?」

 

「狼だから余裕っす」

 

「なるほど」

 

 さすがのチュパも狼には欲情しないが、ルプスが裸という事実は興奮させられた。

 

「よし、この実験の大きな意味はここからだ。人間に戻る時にメイド服がどうなるかが最大のポイント。さっきの結果から、おそらくメイド服は普通に着ているのが濃厚。でも、もしかしたらがあるかもしれない。なら、やってみなくてはならない。コレは物凄く大事な実験だ。頼む神よ!」

 

「神はアインズ様とペロロンチーノ様っすよ? 戻るっす」

 

 狼だったルプスの体は人間形態へ変化していく。そのままいつも通りのメイド姿に戻ると、チュパは心底落胆した。神はいないと、この世界に来て一番の失望。

 

「くそ、どういう原理だ? メイド服を着ている状態になったとしても、狼から人間に変わる僅かな時間なら裸が拝めると思ったのに、いい具合に見えなかった。アニメのパンツがうまく隠れる現象に似てるな、これは解明すべき謎だ」

 

「必死すね」

 

「当然だよ、次は――」

 

 チュパの次なる実験を(さまた)げたのは、ノックする音だった。

 

「誰だろう、ルプス頼む」

 

「はいっす」

 

 扉の向こうから現れたのは、モモンとブレインの一騎打ちを観戦していた冒険者だった。モモンに因縁をつけた冒険者の仲間だから見覚えがある。

 

「どうした? 何かようか?」

 

「いや、それがですね、モモンさんの噂を聞いた冒険者組合長に呼び出されて戦いぶりを話したんですが、是非会いたいと言われたんで、それを伝えに来たんです」

 

「冒険者組合長? そんな噂になってたのか。まだ一日も経ってないんだけど」

 

「かなり広まってますよ、何せブレインさんに勝ってますから。それに、ブレインさんがあのガゼフ・ストロノーフよりも強いかもって言ってるんで、凄い噂になってます」

 

 モモン達の予想に反し、噂は信じられない速さで瞬く間に広がっていた。ブレインに勝った事実だけでも大事(おおごと)なのに、モモンはガゼフを超えているかもしれないの一言は衝撃的だったのだ。実際に戦ったことのあるブレインの言葉はとても重い。

 

「ブレインってガゼフと戦ったことがある?」

 

「はい、互角に渡り合ったと聞いてます」

 

「へー、分かった、モモンに伝えてから行く」

 

「はい、お願いします、では」

 

 冒険者は頭を下げてから姿を消す。最初にモモンをニヤついた表情で見ていた冒険者とは、到底思えない程の変わり様だ。

 チュパはさっそくとモモンに伝言(メッセージ)を飛ばす。

 

『アインズさん、今いいですか?』

 

『はい、ペロロンチーノさん、大丈夫です。どうしたんですか?』

 

『ブレインに勝った噂がかなり広がってるようです』

 

『もうですか? 早すぎませんか?』

 

『ブレインはガゼフと互角に戦ったことがあるみたいです』

 

『なるほど、王国の最強戦士と互角だった男に勝ったからですか』

 

『そうみたいです。そのことで、冒険者組合長に呼び出されました』

 

『分かりました、今から行きます』

 

 少ししてから、部屋に漆黒の闇が出現し、そこからモモンが姿を現す。

 

「まさか、あの男がここまで役立つとは嬉しい誤算だ」

 

 幸先がいいとモモンは上機嫌に笑う。チュパもブレインがそんな大物だとは思っていなかった。

 モモンを先頭に街に出ると、誰もが此方に視線を向ける。最初に来た時よりも遥かに強い熱視線。一目見ようと、わざわざこの場所まで駆けつける者が後を絶たない。

 冒険者組合に到着し、中に入ると外まで聞こえていた騒がしかったざわめきが、嘘の様な静けさに包まれる。

 モモンが冒険者組合長はどこかと視線を左右に動かすと、受付嬢が震えながら近付いてくる。

 

「モ、モモン様ですね? 此方には冒険者組合長に呼ばれた件で来られたのですか?」

 

「そうだ」

 

「畏まりました。どうぞ、此方でございます。私の後についてきてください」

 

「了解した」

 

 モモン一行は受付嬢の後に続き階段を上がっていくと、扉の前まで案内される。

 

「此方でございます、どうぞ」

 

 丁寧にお辞儀する受付嬢にモモンは頷き、扉を開け中に入る。

 そこにいたのは冒険者組合長や魔術師組合長などのそうそうたる人物とブレインだった。

 

 そこでの質疑応答はブレインを交え行われた。

 ブレインはモモンをガゼフを超える可能性のある超戦士と断言。

 モモンはチュパ・ゲティの事を、戦う条件次第でかなり苦戦を強いられると伝えた。背中の武器から弓兵(アーチャー)とすぐに察せることから、距離を取られれば分が悪いことだとすぐに分かる。適正距離を取ればモモンをして苦戦となると、この派手な男も相当の実力者。チュパ・ゲティがしていた装備を鑑定した魔術師組合長は、驚きの余り絶叫してしまうほど。

 最後に紹介したルプスは第四位階の使い手ということにした。モモンは第三位階でいいんじゃないかと思っていたが、それでは最高位冒険者となるのに弱いのではと、チュパ・ゲティとの話し合いで変更していた。

 冒険者組合長や魔術師組合長にとって、ルプスも才能の塊だった。黄金と称される姫君に引けを取らない美貌、その若さで第四位階に到達する実力。魔術師組合長などは泡を吹きながら、発狂していた。

 ルプスの才能ならば、精進すれば第五位階に到達できると確信できた。クレリックの第五位階ともなれば死者復活(レイズデッド)がある。既に王都にはアダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラがいる。彼女は死者復活(レイズデッド)を使うことができ、ルプスも習得すれば万が一どちらかが倒れても、互いで生き返らせることができる。その重要性は計り知れない。

 

 冒険者組合長は三人にオリハルコンのプレートを提示する。未だ、依頼を一つもこなしていない(カッパー)の冒険者には普通なら有り得ない評価だが、実力はアダマンタイト級冒険者を証明している。

 さすがに依頼を全くこなしていない現状、アダマンタイトは無理だが、大きな仕事を完遂していけばそれもすぐ実現するだろう。

 大した苦労もせずとんとん拍子に上り詰めていった事に、モモンは内心ほくそ笑む。

 

 順調すぎる展開に浮かれるモモンは気付いていない。ある致命的なミスを犯していることに……。



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一緒に相談

 王都リ・エスティーゼ――ロ・レンテ城。

 玉座に座るランポッサⅢ世の目前、幾人の貴族が敵意をむき出しに対立していた。

 王派閥と反王派閥に分かれた貴族が怒号の混じった応酬を展開し、殺伐とした雰囲気がその場を支配する。王に次ぐ力を持つ六大貴族が半々に分かれ、今も言い争いをする。それは国を良い方向へ導く口論では無い、心中にあるには己が欲望のみ。

 この国に巣食った膿は何世代も前から続くが、王を(ないがし)ろにするほどではなかった。大事(おおごと)を避けるため目を背け放置してきた結果、(ひず)みが大きくなり深刻な程進行した腐敗は根深く、ついにこの世代で対立が表面化したのだ。

 反王を掲げる貴族派閥の力は王と比肩するまで巨大化し、対立が表面化してから絶妙なバランスを取ってきたが、最近起きたある事件がきっかけで一気に崩れていた。王派閥が重要な力を失い、貴族派閥に流れを大きく掴まれた現状。

 

 その原因は、王が絶対なる信頼を寄せた王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの失踪。

 ガゼフが姿を消してから王は見る見る内に活力を失い、自分を責め意気消沈していた。貴族派閥の横槍で装備を剥ぎ取られ、戦士長直轄の部下も少ない人数で死地に送り出さなくてはならなかった事を悔いているのだ。

 王派閥の貴族はこのままでは敗北が必死なのを当然知っており、毎日の様にあれこれと打開策を練ってり万策(ばんさく)尽きたと諦めにも似た空気が漂い始めた頃、僅かな光りが差し込む様に朗報が寄せらた。これでどうにか劣性の現状を巻き返すために息巻いている。まさに(わら)にもすがる思い。

 

「噂のチュパ・ゲティなる冒険者とカルネ村を救ったペロロンチーノなる人物の姿が、村人から聞いた情報と全く同じではないか! あんな珍妙な鎧の男が他にいるか! 明らかに同一人物! 今すぐ呼び出し、戦士長殿の行方を知っているか聞き出すべきだ!」

 

 興奮気味に声を荒げる王派閥の貴族は、窮地を脱するべく一刻も早く戦士長に戻ってきてもらわねば困るのだ。

 貴族派閥は顔をしかめ、怒りに満ちた目線を向ける。

 

「あれから何日過ぎたと思っている? 戦士長殿は既に死んだと見るのが妥当、その冒険者を呼ぶ必要は無い! 我々も忙しいのだ、無駄な時間は使いたくない」

 

 貴族派閥にとって、勝利は目前まで来ている。せっかく策を巡らせ、邪魔だった戦士長を排除できたのに、例え万が一にでも生還されたらまた力が拮抗してしまい、絶好の勝機を失ってしまう。そんな馬鹿げたことにはしないと、チュパ・ゲティの召集に反対しているのだ。

 現在、帝国と戦争中であるが、戦士長の力が失われる事など大したことないと鼻を鳴らす。戦士長の武が凄いことは認めるが、万を超える戦争の中ではちっぽけだと高笑いしていた。国の英雄が失われても、帝国との戦争で国が滅亡するはずが無いと高を(くく)っている。

 それはある面では正しいかもしれない、ただしもう一つの重要な要素――一般兵士への測り知れない影響力を除けば。

 

「分からぬではないか! 戦士長殿は近隣諸国最強なのだ! そう簡単に死んでしまうとは思えない」

 

「なら何故未だ帰ってこず、痕跡も無い!? もうこの世にいないからだ!」

 

「何かの策で身動きが取れぬ状況かもしれぬだろ! 話を聞くだけなら、時間もそう取られないではないか! バカか!」

 

「バカはお前だ、愚か者!」

 

 チュパ・ゲティの召集を必死に実現しようとする王派閥の貴族達は、一目にガゼフの身を案じているように見えるが、実際は自らの破滅を避けたいだけ。

 このままでいけば王派閥に属する自分は全てを失う危機が高く、その未来を回避したいがために、ガゼフに帰ってきてほしいのだ。そうすれば王にも力が戻り、もう二度とガゼフを失わぬようにと、貴族派閥にも強固な態度を取るはずだと理想が脳裏を支配する。

 

 本当にガゼフ本人を心配しているのは王と極一部の貴族のみ。

 それを知るランポッサⅢ世は悲しげな視線で、目の前で繰り広げられる光景を見ていた。ガゼフの行方を知るかもしれない人物を即刻召集したいが、この不毛な争いにまた巻き込んでしまうのは気が引けてしまう。また気苦労を強いるだろう――それでも本心には抗えない、今すぐにでもその冒険者を呼び出したいと、それまで閉じていた口を開く。

 

「戦士長は王国に無くてはならない存在だ、可能性があるなら話しを聞くのは悪いことではない」

 

「王よ、しかしですな、我々も――」

 

「いいのではないですかな、呼んでも」

 

 王に賛同を表明したのは本来有り得ない人物だった。(しわ)の見え隠れする顔には幾つもの傷を刻み、(まと)う雰囲気は猛禽類を思わせる。

 六大貴族の中でも絶大な力を持つ貴族、ボウロロープ侯――反王を掲げる貴族派閥の筆頭貴族。その軍事力は王をも上回ると目され、貴族一の広大な領土を持つ。

 そんな人物から飛び出した信じられない発言、反王派閥は当然だが王派閥の貴族からも驚きで言葉を失う。

 

「聞けばその冒険者達は比類なき力を持つとか。戦士長殿を超えると噂の戦士、それに比肩する弓兵、さらに第四位階魔法を信じられない若さで使いこなすクレリック。この者等の力は冒険者にしておくのは勿体無い、王国最強である私の兵団に入れてこそ輝くというもの。入団するというならば呼んでも構わないのでは」

 

「成る程! さすがボウロロープ侯、妙案です!」

 

 反王派閥の貴族からは絶賛の声が鳴り響く。それならば、万が一戦士長が見つかっても有利な事の方が遥かに大きい上に、行方を知らないとなればもう勝利は確定。ボウロロープ侯の周りの貴族は打算に満ちた笑顔で拍手し、賞賛する。

 その光景を反対側から見つめる貴族は苦虫を噛み潰した顔で、何か対抗策が無いかと必死に思考した。

 

 欲望渦巻き混沌とする中、ただ一人全く表情を変えない人物がいる。六大貴族でもその知略で一目置かれ、両陣営を状況により飛び回る姿から蝙蝠(こうもり)揶揄(やゆ)されている人物、レエブン侯。

 この男だけは全くの無表情、ただ坦々と行く末を観察し今回も有利な方へ擦り寄るだけと、周辺の貴族は考えるが――当の本人は全く別の、底に燃えたぎるものを宿し、誰にも気づかれぬよう冷静を装い務めていた。

   

   

   

   

 王と貴族の論争と時を同じくして、この部屋でも噂のチュパ・ゲティに関する相談事が行われていた。

 一人は王国一と称されてきた美貌と金色の長髪から『黄金』の二つ名で有名な、リ・エスティーゼ王国の第三王女、ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフである。

 親しみやすさと民を思う政策をいくつも提案し、王国民から絶大な信頼を得ていた。

 もう一人はリ・エスティーゼ王国に二つあるアダマンタイト級冒険者チーム、蒼の薔薇のリーダーのラキュース・アルベイン・デイル・アインドラだ。

 此方も長い金色の髪を持ち、ラナーには劣るもののまた別の美しさがあり、その雰囲気から元気で明るい性格が滲み出ている。

 二人はテーブルを挟み、向かい合い椅子に座っていた。

 

「――それにしても村人の言う天使が炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)でそんな数を揃えるとなると、やっぱり陽光聖典の可能性が高いのよね。そうだとしたらペロロンチーノって相当の実力者……。それから唐突に現れた噂の冒険者、チュパ・ゲティ。ねぇ、ラナーもチュパ・ゲティとペロロンチーノって、同一人物だと思う?」

 

「ええ、そうである可能性は限りなく高いと思います。カルネ村を襲った集団は前にラキュースから聞いた陽光聖典で間違いが無いとなると、そんな強敵を倒せるのはほんの一握り。使っている武器も同じですし、何より鳥のクチバシを模したヘルムを被る黄金全身鎧(フルプレート)の人物が短期間で二人現れるとは考えにくいです。例え、全身鎧(フルプレート)の中が別人でも、カルネ村を救ったアインズ・ウール・ゴウンさんと近しいことは明らかではないでしょうか」

 

「そうね、同感よ。そして信じられないけど、モモンが戦士長殿より強いかもってこと。それを言ったのが本物のブレイン・アングラウスっていうなら信憑性があるし、カルネ村を救った一行にはモモンと同じく漆黒の全身鎧(フルプレート)の戦士がいるのよね、そっちは女の人らしいけど……」

 

「そんなのいくらでも誤魔化せる」

 

 二人の会話に割って入ったのは、黒い装束に身を包んだ少女だった。紅茶の入ったカップ片手に、部屋の隅でうずくまる様に座っている。

 

「そうなのよね、巨大な斧頭(バルディッシュ)を片手で持ってたっていうし、こっちも同一人物の可能性ありね」

 

「そういえばルプスってクレリック、そこの王女様に負けない美女なんだって、興味津々」

 

「ティア……全く、あなたは……」

 

「ルプスは第四位階までだからそこはボスが勝ってるけど、顔は敗北」

 

「ほっといてよ!」

 

 女の意地として鋭い視線を送るが、ティアはそっぽを向き無視する。

 

「それにしても分からないわ」

 

 ラナーは考え込む様に、目の前の花柄ソーサーに置かれたカップを見つめた。

 

「陽光聖典は戦士長様を狙ってカルネ村を襲ったのこと。戦闘の熟練者が、標的の居場所を間違えるとは考えにくいです。戦士長様はどこに消えたのでしょう」

 

「ペロロンチーノが何かしたという可能性は?」

 

「……戦士長様は村々を救っています。ペロロンチーノさんの目的も同じく村を救うこと、辻褄(つじつま)が合いません」

 

「やっぱり、普通に考えればそうね」

 

「何事にも不測の事態はありますが……それで、ですね、お二人に――いえ、青の薔薇にお願いがあります」

 

 にこやかにお願いを口にしたラナーに、ラキュースは何とも言えない嫌な予感に見舞われる。

 

「……なに?」

 

「ゲティさん達の情報が欲しいです」

 

 やっぱりと、想像通りの言葉にラキュースは深い溜め息をつく。

 

「気持ちは分かるけど、こっちとしての本音はあまり敵対行動は取りたくないのよね。噂が全て事実なら、実力は間違いなくアダマンタイト級冒険者チーム。情報一つ得るにも相当難しいし、ばれたらどんな対応を取られるか……」

 

「貴族の方々が何かをしでかす前に、色々掴んでおきたいのです。ラキュースもそう思いませんか?」

 

 これはその通りだと、ラキュースは頷くしかない。この国の貴族なら何か不遜なことをしても何もおかしくない、むしろシックリ来る。

 

「そうだとは思うけど……具体的に何が知りたいの?」

 

「まずは偽名の理由です。名前を隠したことから正体を知られたくないのは明白ですが、村を救った時の特徴的な装備をそのままでは、これも辻褄(つじつま)が合いません」

 

「確かに、実力がアダマンタイト級冒険者チームなら、そんなマヌケな失敗はしないでしょうね」

 

「そして、本当の実力です。まだ何か隠している気がしてならないのです」

 

「それは充分有り得る、私達のあの仲間みたいにね」

 

「人柄も重要なポイントです」

 

「言えてる」

 

「さらに、王都に来た目的です。冒険者になった理由もそこにあるはずです」

 

「ちょっと、いくつあるのよ、呆れるわ。まぁ、ここは出来るかどうか、ティアに聞くのが手っ取り早い。情報収集なら一番働くでしょうし」

 

「ルプスに興味津々」

 

「あなたそればっかりね。はぁ、否定しないなら出来るってことね。しょうがない、引き受けるよ」

 

「有難うございます、感謝します。ラキュースならそう言ってくれると信じてました」

 

 話しがまとまり、一段落したラキュースとティアが席を立つたと同時に、扉を強めにノックする音が響く。王女がいる部屋には当然相応しく無く余りに不敬だが、どうやら何か緊急事態が発生したようだった。

 

「失礼します」

 

 部屋に入ってきたのは短く刈られた金髪の青年だった。その姿を目にしたラナーは嬉しそうに微笑む。

 

「クライム、よく来ました」

 

 ラキュースに見せていたものとはまた違う、別の笑顔。(はた)から見ているラキュースもそれを敏感に感じ取れるのだ、向けられた本人は目が泳ぎ動揺するが、すぐに表情を引き締めなおす。

 

「は、はい、ラナー様、実は至急にお伝えしたいことがあります。エ・ランテルでアンデッドが大量発生し、市民に多大な被害が出ているようです」

 

「本当!? アンデッドの数は!?」

 

 目を見開き驚き混じりのラキュースは、クライムからより正確な情報を聞き出そうとする。

 

「情報が確かなら数千ということです……」

 

「数千……かつて同じことがあったわね、まさかそれの再現?」

 

 ラキュースはすぐさま、頭の中で対策をいくつも練り上げ始める。

 

「きっと私達に依頼来る」

 

 ティアの発言にラキュースは肯定の頷きを返す。

 

「そうね、これだけ大きい事件だと冒険者組合が黙ってない。そしておそらく、ゲティ達も依頼されるでしょうね」

 

 この言葉にラナーは反応を示す。

 

「私が出した先程の依頼も忘れないでください」

 

「悪いけど、人命救助優先」

 

「当然です! 善良なる市民達が無残に散っていくのは想像もしたくありません。救える命は全て助けてほしいです。ただ、頭の片隅にでも覚えていてほしいのです。此方も王国を救うために必要かもしれませんから」

 

 ラナーは蒼い瞳に涙を浮かべ、ドレスを握る手は小刻みに震えている。

 クライムはなんとお優しいのだろうと、つられて泣きそうになるのを何とか堪える。慈悲深いラナー様のことだ、沢山の命が無くなっていくのを我慢出来る筈がない、酷く心を痛めているのだろう、と。

 ラキュースもクライムと似たようなことを思い、さらにゲティを調べ、王国を救おうとしているのだろうと、良き友人を持てたことに感動が込み上げてくる。

 

「分かった、でもさっき言ったように救助が先、でもその機会があれば探ることも考慮に入れましょう」

 

「有難う、ラキュース」

 

「いいのよ、ラナーの頼みだもの」

 

 依頼されるであろうアンデッド事件の解決とゲティ達の調査、二つの案件を胸にエ・ランテルへ向かう気持ちを強く刻むのだった。

     

     

         

 一方その頃、チュパ・ゲティは焼き鳥を食べていた。

 

「うめー」



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一緒に救援

 ラキュースは指定された場所へ、足早に向かっていた。ラナーとの会話で垣間見えた優しげな表情は真剣さで塗りつぶし、煌びやかなドレスも白銀の鎧――処女でなければ装備できない魔法の防具、無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)に様変わりしている。手に持つ漆黒の剣は、伝説に(うた)うたわれる十三英雄の仲間が所有していた秘宝、魔剣キリネイラム。その他の装備も一級品ばかりであり、誰の目からもアダマンタイト級冒険者に相応しい出で立ちだ。

 すれ違う人々の好奇の眼差しを物ともせず目的地に到着すると、既に蒼の薔薇の全員が揃っていた。

 

「おう、ようやく到着か。時間がねぇ、早く出発しようぜ」

 

 仲間の一人、筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の大柄な男――の様な女、ガガーランは親指で少し離れた所で此方の様子を伺う魔法詠唱者(マジックキャスター)達を指差す。

 五人いる魔法詠唱者(マジックキャスター)のすぐ背後には半透明の板――浮遊板(フローティング・ボード)が発動していた。この補助魔法は移動しても術者の背後にピタリと付き、様々なものの運搬に適した。蒼の薔薇である残りのメンバー三人は既にその上で座り、ラキュースの到着を待っていた。先程までラキュースと共にいたティアも一足先に準備を終え、双子の姉妹であるティナと何やら会話をしている。二人の姿は顔から髪型、装備までうり二つで全く見分けがつかないほど。

 一刻の猶予も無い中、冒険者組合が最速でエ・ランテルに辿り着けるよう用意した移動手段、飛行(フライ)浮遊板(フローティング・ボード)での運搬。この二つの魔法を使えば当然早く移動できるが、それらを扱える魔法詠唱者(マジックキャスター)はとても希少で、最上位冒険者と位置付けられた一握りのみに割り与えられていた。

 

「遅れて御免なさい」

 

 一人遅れてしまったラキュースは四人の仲間に謝りながら、空いている浮遊板(フローティング・ボード)の上に飛び乗る。

 

「仕方あるまい。では、行くか」

 

 ラキュースに声をかけたのは蒼の薔薇最後の一人――イビルアイ。漆黒のローブで小柄な体を(おお)い、宝石が嵌った仮面越しに聞こえてくる声はかろうじて女性と認識できた。

 冒険者の最高峰たる面々を乗せた浮遊板(フローティング・ボード)魔法詠唱者(マジックキャスター)に合わせ高度を上げていく――向かうはアンデッドの大群に飲まれつつあるエ・ランテル。

 ラキュースの顔には焦りの色が見えた。いくら考えうる最高の移動速度とはいえ、王都からエ・ランテルに到着するまでにかなりの時間が掛かってしまう。普段は軽口を叩くガガーランも口を真一文字に結ぶ。

 

 エ・ランテルにいる最高の冒険者はミスリル級で、しかも三チームしかない。とてもじゃないが数千のアンデッドを殲滅するのは不可能。それにもっとも危惧すべきは、アンデッドが集まれば、より高位のアンデッドが現れる危険性がある事。その状態が野放しにでもなれば次から次へと強力なアンデッドが生まれ、手の施しようが無くなってしまう。

 そもそも現状でも、エ・ランテルの戦力で持ちこたえられるか未知数。可能だとしても、死者の数は膨大になるだろう。

 上空の冷たい空気を感じながらラキュースは願う、一秒でも早く到着するということを……。

     

     

     

     

     

 浮遊板(フローティング・ボード)に乗ってどのくらいの時間が経過しただろう、日の落ちた辺りは暗闇に包まれ、肌に突き刺さる風も冷たさを増していた。

 

「見えてきた」

 

 ラキュースの視線の遥か先、暗闇の中ぼんやりといくつかの小さな明かりが見えてくる。

 

「おっしゃ、いっちょやってやるか」

 

 腕組みし、胡坐(あぐら)をかいていたガガーランはゆっくりと立ち上がり、肩のコリをほぐす様に肩を回した。脇に置いていた巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)を持ち上げるとそのまま肩に乗せ、気持ちを落ち着かせる。

 他の蒼の薔薇も準備を整え、いつでもいける状態だ。

 

「まずはこの町の情報取集よ。冒険者組合長なら、こうなった原因も分かるかもしれない。ねぇ、今すぐ会えない?」

 

 普通では有り得ないアンデッドの大量発生。何か原因があり、それを解決すれば突破口になるかもしれないと、ラキュースは浮遊板(フローティング・ボード)を使う魔法詠唱者(マジックキャスター)に冒険者組合長と会えないか尋ねる。

 

「ちょっと待ってください。伝言(メッセージ)で聞いてみます」

 

「お願い」

 

 魔法詠唱者(マジックキャスター)伝言(メッセージ)で冒険者組合長と連絡を取り始める。

 

「――エ・ランテルの外……城門の先ですね。分かりました。すぐお連れします。ラキュースさん場所が分かりました。此方です」

 

 案内された場所には無数のテントが張られ、至る所に篝火(かがりび)を設置し、その場を明るく照らしていた。炎で明るさを取り戻す周辺では、幾人もの冒険者達が急いだ様子で駆け回っている。声を張り上げ指示を下す者、傷を負った仲間や市民を運ぶ者、エ・ランテル突入の準備をする者様々。それぞれが己の出来ることを精一杯こなしていた。

 

 蒼の薔薇が連れられたテントは他に比べとても大きく、材質も立派なもの。左右に篝火(かがりび)が一本ずつ設置された入口からは、冒険者達が度々(たびたび)出入りを繰り返す。

 ラキュース達がテントに足を踏み入れると、巨大なテーブルに広げられたエ・ランテルの地図を睨む人物達が、険しい表情でやりとりを繰り広げている最中だった。

 地図の上には冒険者とアンデッドに見立てた駒が置かれ、現状の戦況を表している。当然、街全ての戦いが分かっている訳ではない。それでも、ある程度の大きな戦闘は情報が伝達される様になっていた。

 蒼の薔薇が地図を見る限り、戦況は(かんば)しくない。圧倒的な数に押しつぶされないよう食い止めるのがやっとといった状況。

 ラキュースは詳しい状況を聞くため、口を開く。

 

「蒼の薔薇のラキュースです。救援に来ました。詳しいことを教えてくれませんか?」

 

「おお! よく来てくれた! 蒼の薔薇が来てくれるとは心強い。私は都市長のパナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアという」

 

 肥え太った豚のような外見の男――パナソレイは蒼の薔薇の到着を知ると、険しかった表情を吹き飛ばし笑顔で出迎える。

 パナソレイの隣で議論を交わしていた歴戦の風格ある男も、同様の反応を示した。

 

「救援感謝する! 私は冒険者組合長のアインザック、さっそくで悪いが頼みたいことがある」

 

 アインザックは冒険者組合長に相応しい強者の雰囲気を漂わせ、優秀な戦士の雰囲気を持っていた。蒼の薔薇を持っても決して油断できない手練れ。

 そんな男の頼みにラキュースは真剣に返答をする。

 

「なんですか?」

 

「見て分かる通り戦況はよくないのだが、ある任務を受け持ってくれればこの現状を打破出来る可能性がある。しかし、それがとても困難で困っていたのだ。そこでだ、アダマンタイト級冒険者である君達蒼の薔薇には高難易度任務、墓地の調査を依頼したい」

 

「墓地?」

 

 蒼の薔薇は地図に記された墓地に視線を落とす。

 

「そうだ、アンデッドの大群はそこから来ている。いくら墓地とはいえど、この数が自然発生したとは考えにくい。なにか原因がある筈。二十年程前に、これと同じ状況を作り出したズーラーノーンかもしれない。だが、上空から近付こうとすると、強力なアンデッドに阻まれるのだ。死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が複数いたとの目撃情報もある」

 

「本当!?」

 

 ラキュースは思わず声を荒げてしまう。それも仕方のない事だった。死者の大魔法使い(エルダーリッチ)はかなり手強く、迂闊な戦い方では大きな被害が出る。それでも、蒼の薔薇が万全なら間違いなく勝てる相手で、ラキュースの心配は別にあった。もう既にそんな大物が複数生まれているとは予想だにしてなかったのだ。手をこまねいていては、取り返しのつかないことになると、息を飲む。

 

「いくつもの目撃情報から真実だろうな。我々では、とてもじゃないが調査は不可能。だが、人類の切り札である英雄たる証、アダマンタイトプレートを持つ君達なら突破も可能な筈だ」

 

 読み通り有益な情報を得た蒼の薔薇だが、予想以上の深刻な現状に重い空気が漂う中、ふと思い出す様に、ガガーランは誰に話しかけるでもなく自然と口から言葉を発する。

 

「そういや、モモンとかいう冒険者が俺達より早く到着したはずだ。そいつは今何してるんだ?」

 

「あのガゼフより強いとかいうやつか。他の二人も相当やるらしいな。それだけの人物達を私が聞いたこともないというのは解せないな」

 

 イビルアイは仮面を傾げ、(いぶか)しげに(つぶや)く。

 

「モモン君か、彼にも墓地の調査を依頼した。同行していたブレイン・アングラウスが戦士長より上とのお墨付きがあったのでな」

 

「ブレイン・アングラウスも来ているのは心強いわね。なら私達も早く援護に向かいましょう」

 

 やることがハッキリしたラキュースは、颯爽(さっそう)とテントを出る。そのまま蒼の薔薇はエ・ランテルの城門目指して走り出す。

 エ・ランテルを救えるかどうかの瀬戸際、ラキュースは走りながらもう一つのやっかいごとを仲間に聞かせる。

 

「……実はラナーにモモン達の調査を依頼されたのよね」

 

「そりゃどういうこったよ?」

 

 思いがけない言葉にガガーランはすぐに聞き返す。

 

「カルネ村を救ったペロロンチーノってモモンの仲間のチュパ・ゲティと同一人物の可能性が高いの。強さは三人で陽光聖典の撃退か殲滅。村人が(かくま)われた家から出てきたときには、包囲していた天使が全て姿を消したそうよ」

 

「包囲された状態でか? そいつは滅茶苦茶つえぇじゃねぇか」

 

「しかも苦戦した様子がまるでなかったみたい。それから陽光聖典は戦士長殿を追ってたらしいの。だからチュパ・ゲティは戦士長殿の行方を知っているかもしれないし、行動も怪しいところがあるのよね」

 

「マジかよ? 情報集めは忍者姉妹の出番だがよ、ばれたら敵対されるんじゃないか?」

 

「そうね、ラナーには悪いけどアンデッド殲滅に比べたら、今は優先度が低い。でも、心には留めてほしいの」

 

「成る程な、分かったぜ。……城門到着っと。へっ、こっからでも死臭が鼻につくな」

 

 足を止めた眼前、巨大な城門が地獄に(いざな)うかの様に開かれ、活気を失った街からはアンデッド特有の死の臭いが溢れ出ていた。

 武器を構え直した蒼の薔薇は、ガガーランを先頭に死地と化したエ・ランテルへ踏み込んだ。

 それぞれが小さな変化をも見逃さないよう細心の注意を払い、警戒に警戒を重ね進んでいく。

 最初に出会ったのは骸骨(スケルトン)が三体で、これはガガーランが巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)の一振りで粉々にした。

 次に出現したのは骸骨(スケルトン)が八体で、これもガガーランとラキュースで苦も無く圧倒した。

 骸骨(スケルトン)は一般兵士でも倒せるほど弱く、アダマンタイト級冒険者からすれば負ける要素などほぼない。あるとすれば多大な連戦で疲労し、無限ともいえる膨大な数で絶え間なく襲われた場合だけだが、そんな状況に陥るのは限りなく零に近い。

     

     

 それからも現れるのは骸骨(スケルトン)ばかりであり、蒼の薔薇が驚くような事態には発展していなかったが、突如として前方から悲鳴にも似た叫びがこだましてくる。

 

「ニニャ! 後ろだ! クソッ! ダイン、ニニャの援護と回復を! それまでは私とルクルットで戦線を支える!」

 

「分かったのである!」

 

 冒険者の危機を感じた蒼の薔薇は合図も無く、一斉に駆け出した。

 声の聞こえた方角へ急いで向かうと、四人の冒険者が五十以上の骸骨(スケルトン)に囲まれ窮地に立たされていた。魔法詠唱者(マジックキャスター)の冒険者が他の仲間から治療の魔法をかけられている最中だ。その動けない二人を背に、金髪の冒険者二人が何とか守っている状況。四人全員がどこかしらを負傷しており、連戦していたのだろう肩で息をし、表情にも疲労の色が色濃くのぞいていた。

 誰の目からも全滅が時間の問題と見て取れる。

 冒険者の窮地を目の当たりにしたガガーランは巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)を両手で強く握り締め、雄叫びを上げると、いの一番に飛び出すのだった。



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一緒に進行

 それはまるで荒れ狂う竜巻だった。巨体から繰り出される巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)は次々と骨の残骸を増やしていく。轟音と共に弾け飛ぶ白い欠片。素人目にはただ力任せに振り回しているだけに見えるが、その実は全くの正反対。遠心力を巧みに利用し、一体一体の骸骨(スケルトン)を的確に狙い澄ました攻撃。

 ガガーランは窮地だった冒険者達周辺の骸骨(スケルトン)を片付けると、体力を回復させるように一呼吸置いてから残党狩りを始める。

 命の危機を脱した冒険者達は傷の痛みも忘れ、圧倒的戦闘に目を奪われる。ラキュースは背後に浮かぶ六本の黄金の剣『浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)』と自らが握る魔剣キリネイラムで敵を瞬く間に駆逐していく。浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)は使用者の意思で攻撃するマジックアイテムで、攻撃に防御と便利だがその分扱いが難しい。実戦で使いこなせるのは人類最高峰アダマンタイト級冒険者だからこそ。

 

 暴れまわる二人(ラキュースとガガーラン)に気を取られた骸骨(スケルトン)は、ティアとティナの忍者姉妹が順次始末する。

 助けられた冒険者は武器を下ろし、臨戦態勢を解く。本来、危険地帯ではあってはならない事だが、目の前の英雄とも言える人物達が負けるとは微塵(みじん)も思えなかったのだ。

 ある意味当然と、あれだけ(ひし)めいていた骸骨(スケルトン)は僅かな時間で全て姿を消す。

 戦闘が終結したと同時に、冒険者達は助けてくれた人物達に駆け寄るが、あるものを視界に捉えた瞬間、足が止まる。リーダー各の男が感動と驚愕の入り混じった表情をする。

 

「アダマンタイトプレート! やっぱりアダマンタイト級冒険者! しかも女性ばかり。もしかしてあなた方は蒼の薔薇では!?」

 

 当然、仮面を被り一言も喋っていないイビルアイが女だと見破った訳ではないが、五人チームで四人が女のアダマンタイト級冒険者チームなど一つしかない。自然と答えに行き着くのだ。

 巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)を肩に乗せ、軽く息を整えるガガーランはニヤリと笑う。

 

「そうだ。お前等危なかったな」

 

「あ、危ないところを有難うございます! アダマンタイト級冒険者のみなさんに助けてもらえるなんて感謝しかありません! では、あなたはあの有名なガガーランさん?」

 

「おう」

 

「やはり! 私は冒険者チーム『漆黒の剣』のリーダーを務めていますペテル・モークといいます」

 

 漆黒の剣はキラキラとした尊敬の眼差しを蒼の薔薇に向け、緊張の面持ちで心からのお礼と自己紹介をしていく。魔法詠唱者(マジックキャスター)であるニニャの背中には剣の切り傷から流れた血がローブを赤で染めており、戦闘の興奮から我に返ると激痛に顔を(しか)めた。森祭司(ドルイド)で大柄なダイン・ウッドワンダーは優しげな表情でニニャの背中に手をかざし、軽傷治癒(ライト・ヒーリング)を唱え傷を癒す。野伏(レンジャー)のルクルット・ボルブは眩しいほどの美貌を持つラキュースに声をかけたいが、流石(さすが)にアダマンタイト級冒険者へは気軽な態度が取れず一人で葛藤(かっとう)していた。

 軽傷治癒(ライト・ヒーリング)のお蔭で痛みが和らいできたニニャは、ラキュースの持つ漆黒の剣に目を向けた。一目で並のでないと分かる威圧感、生ける伝説アダマンタイト級冒険者の武器、そして何より漆黒の外見。視線を全く離さず、見つめ続ける。

 ニニャの視線に晒されるラキュースは、握った魔剣キリネイラムに目を落とす。

 

「コレがどうしたの?」

 

 ニニャは遠慮ない視線を向けていたことにやっと気付き、目線をあちこちに向け慌てた。初対面のうえ、助けてくれたアダマンタイト級冒険者に、失礼なことをしてしまったと心の底から恥じる。

 

「す、すみませんでした」

 

 深々と頭を下げるニニャに、ラキュースも慌てて別に怒っていないと手を振る。アダマンタイト級冒険者で尚且つ美しい外見から人の視線には慣れているし、敵意もないのだから謝ることなど無い。純粋に魔剣キリネイラムがどうしたのか聞きたいだけ。

 

「いやいや、全然構わないんだけどちょっと気になっただけだから」

 

「有難うございます。宜しければでいいのですが、その剣の名前を教えていただけませんか? 勿論、無理に聞きたいとは思いません。差支(さしつか)えなければで……」

 

「別に構わないわ。コレは魔剣キリネイラムよ」

 

「マジか!?」

 

 どうやって声をかけようか悩んでいたルクルットは、難題を意図せず成し遂げる。

 他の漆黒の剣も驚愕に固まり、魔剣キリネイラムから目を離せない。特にニニャやペテルなどは、子供がショーケースの中にある高価な品に向けるような童心の目。

 奇怪な行動を取る漆黒の剣に、蒼の薔薇はどうしたのかと疑問の顔をする。

 それに気付いたニニャはまたやってしまったと、再び反省した。

 

「すいません、私達の目標が十三英雄の『漆黒の剣』を見つける事なんです。チーム名もそこから来ています。ですから我を忘れてしまいました。申し訳ないです」

 

「あーそういうこと。でもコレはあげられないよ?」

 

「と、当然です! そんなこと夢にも思ってません! 私達は残りの三本を探します」

 

 二人の会話を聞いていたガガーランから先程までの笑みが消え、渋い表情に塗り替わった。(まと)う空気も真剣なものになる。

 

「魔剣が欲しいのか……それがお前等の夢なんだからとやかく言いたが無いが、オススメしねぇな」

 

 ガガーランの意見にニニャは目を見開き、驚く。確かに今は実力不足なのは確かだが、冒険者として経験を積んでいけばきっと届くと信じている。遥か先を行く冒険者から発せられた夢の否定に、思わず声を荒げてしまう。

 

「な、何故ですか!? ガガーランさんのおっしゃる通り今は実力はありません。でも経験を積み重ね――」

 

「あーすまねぇ、そういうことじゃねぇ。魔剣には呪いがあんだよ」

 

「呪いだと?」

 

 漆黒の剣の誰より早く反応したのは、それまで沈黙を保っていたイビルアイ。

 

「リーダー、言ってもいいだろ? 魔剣を手に入れたから、リーダーがたまに独り言をぶつぶつ言ってる時があってよ。右手を抑えて、この邪悪なる暴走を抑え込めるのは神に仕えし女性がうんたらかんたらって」

 

「な、な、な、何を言ってるのかしらねー」

 

 明らかに動揺するラキュースはそっぽを向き、かすれた口笛らしきものを口ずさむが全く吹けていない。不審な姿はガガーランの発言が真実と裏付ける。

 

「おいおい、ここまできて隠すなよ。暗黒の精神から生まれた闇のラキュースが支配しようとしてんだろ? しかも力を解放したら漆黒のエネルギーで街一つ吹っ飛ぶらしいじゃねーか。後は魔剣の力が右目に宿って、気を抜くと邪気眼になっちまうとか言ってたな。その目で見た奴の魂を奪っちまうとか。一人でよく沈まれ沈まれ言ってるしよ」

 

「さ、さっぱり何言ってるか分からないわ。――あっ! あそこに骸骨(スケルトン)がいる! 退治しなくちゃ!」

 

 赤面するラキュースはそう言い残し、逃げるように走り去っていく。

 

「よく見つけた」

 

 ティナの視線の先、かなり遠くに一体の骸骨(スケルトン)がウロウロしているのが見える。

 普段では考えられないラキュースの慌て様に、イビルアイは深い溜め息をつく。

 

「呪いを払うべき神官が闇の力に支配されるのを恥じているのか、それとも心配させまいとしているのか……。一人で抱え込みおって」

 

 ヤレヤレと仮面を左右に振り、ラキュースの後追う。ティナとティアも普段の鬼リーダーとは正反対、だがそこがいいと言い残し後に付いていく。

 ガガーランの発言を聞いた漆黒の剣は明らかに暗くなり、神妙な面持ちで下を向く。アダマンタイト級冒険者の神官で何とか抑えていられるのだ、自分達ではとてもじゃないが無理だと悟ってしまう。他の三本が魔剣キリネイラムと同じく精神を(むしば)むとは限らないが、可能性は高いと言わざるを得ない。

 何せ残りの三本は――腐剣コロクダバール、死剣スフィーズ、邪剣ヒューミリス、と明らかに危険な名前を持つ伝説の武器ばかり。

 漆黒の剣の目標がとんでもない呪いの武器で、手に負えないと知ってしまった落胆は大きい。

 

「まぁ、そういうことだよ。危険な武器だって分かってくれりゃいいんだ。じゃあ俺達はやらなきゃいけないことがあるんだ。先行くぜ」

 

「待ってください、私達にも手伝わせてください」

 

 ガガーランの足を止めさせたのはペテルの一言。

 

「……悪いが、これから行くとこはかなりヤバい。足手まといは連れていけねぇ」

 

「分かってます。私達の力では大したことは出来ません。ですが、ガガーランさん達の体力をほんの少しでも残すため、手に負える敵だけを相手にします。どうしようもない強敵が出たら、足手まといにならぬよう一目散に逃げます」

 

「魔剣がやべぇもんだと知ったばかりなのに大丈夫か? お前等の目標だったんだろ?」

 

「はい、正直かなりショックです。でも今は少しでもこの街を救う手伝いがしたいんです」

 

「……ペテル」

 

 地面を見つめていたニニャは顔を上げる。ルクルットも笑顔を作り、気持ちを立て直す。

 

「そうだな、今はやらなきゃいけないことがあるよな」

 

「その通りなのである!」

 

 漆黒の剣は暗い雰囲気を吹き飛ばすが如く、気合いを入れ直す。今は街が滅びるかどうかの瀬戸際なのだ、まずは目の前の出来ることをするだけ。いつまでも落ち込んでいる暇はないと、気持ちを奮い立たせる。

 

「おめぇら……いい面構えだな。よし、いいだろう。だが、少しでもヤバくなったら逃げろよ?」

 

「はい、分かってます」

 

「リーダー達に追いつくぞ、付いてこい」

 

「はい!」

 

 先行したラキュースはうろついていた一体の骸骨(スケルトン)を飛び蹴りで粉砕し、ガガーランの到着を待っていた。この死地で戦力分散の愚は冒せない。

 漆黒の剣が付いてくる気配を感じ取ったイビルアイが文句を言うが、ガガーランが何とか(なだ)める事に成功する。イビルアイの心配も、もっともだった。漆黒の剣の力など高が知れていて、激戦に巻き込まれる危険性がある。ガガーランもそれを知っていたが、目標を新たにする意気込みを無下には出来なかったのだ。

 それから蒼の薔薇と漆黒の剣は骸骨(スケルトン)を始末しながら、目的地の墓地に近付いて行く。数が少ないときは漆黒の剣だけで対処し、蒼の薔薇の体力を少しでも残す。

 話しに聞いていた複数いるとされた死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は現れず、順調に進んでいった。

   

   

 激戦の予想とは裏腹に、思いのほか難無く第一の目標『壁』まで行き着く。バハルス帝国やスレイン法国にほど近い需要拠点『城塞都市エ・ランテル』それに見合った巨大な墓地をぐるりと囲む壁。

 時折アンデッドが徘徊することから壁は分厚く、上を歩く十分な広さがある。安全な場所から一方的に攻撃できる仕組みだ。

 本来閉じられているはずの頑丈な門は左右に開き、中からより濃密な死の臭いが漂ってくる。

 エ・ランテルに入った時と同様、ガガーランを先頭に侵入を試みしようとするが、その足は動かない。

 小さく息吐くガガーランはゆっくりと巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)を構える。他の蒼の薔薇も戦闘態勢を取り、危険を感じた漆黒の剣はジリジリと後退りする。

 門の中から出てきたソレ(・・)鷹揚(おうよう)に冒険者を見渡した。

 肌で強さを感じとったガガーランは叫ぶ。

 

「おめぇらは行け! コイツは俺達が相手をする!」

 

 漆黒の剣は弾けるように走り出す。後ろを一切振り返らず、一心不乱に逃走する。自分達がいては邪魔になると、力の全てで逃げに徹する。

 漆黒の剣が遠ざかるとガガーランは小さく安堵した。コイツが相手となると守る余裕が無いのが明白。

 

「……誰かコイツを知ってる奴いるか?」

 

 ガガーランの問いに誰も答えない。すなわち、数多のモンスターを目にし、情報を仕入れてきたアダマンタイト級冒険者全員が知らないという信じたくない現実。

 全くの未知の相手は危険が格段に跳ね上がり、尚且つ目前のモンスターは尋常ならざる気配を放っている。危険などという言葉では生易しい状況。

 こういう場合はまずは遠距離攻撃で様子見がセオリー。

 ティアとティナは懐のクナイに手を伸ばし、これまで全く攻撃を仕掛けなかったイビルアイも初めて魔法の準備を始める。

 例え二人の攻撃が防がれたり避けられたりしても、僅かな隙さえあればガガーランの強烈な一撃を叩きこむ手筈。

 仲間の準備が整った事を察したラキュースは全体支援魔法を発動し、戦闘開始の合図を告げた。



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一緒に激闘

 蒼の薔薇に立ち塞がったソレ(・・)を、一言で表すなら誰もが同じ答えを出すだろう。

 ――ゴキブリと。

 しかし、普通のゴキブリでは無い。その異様さはアダマンタイト級冒険者でなくとも警戒するに充分。

 二本脚で直立し、大きさは体高三十センチほどだろうか。顔は正面を向き、貴族然とした優雅な振る舞いで佇み、蒼の薔薇の様子を伺う。

 鮮やかな真紅のマントを(なび)かせ、頭にのせている黄金の王冠は不安定な場所にも関わらずズレ落ちる気配が無い。前脚で器用に持つのは、先端部に純白の宝石をはめ込んだ王笏(おうしゃく)

 その正体はナザリック地下大墳墓第二階層一区画、黒棺(ブラック・カプセル)の領域守護者――恐怖公。

 蒼の薔薇は見たことも聞いたことも無いモンスターに油断の欠片も無く一挙手一投足(いっきしゅいっとうそく)を観察し、全体支援魔法の発動と同時に先制攻撃を仕掛けた。

 一番最初に動いたのは忍者姉妹(ティアとティナ)。同時に投げた数本のクナイは命を狩り取るべく、一直線に恐怖公へと向かう。

 常人では反応すら出来ない速さだが、恐怖公はヒラリと真紅のマントでクナイを絡めとる。

 

「凄いマント」

 

 ティアは自分達のクナイがマントを貫通できないことに驚く。単なる布では無いようだ、強固な金属糸で縫い上げられているは確実。

 ゴキブリは一歩も動かず、攻撃もしてこない。力を感じさせる瞳で見つめるだけ。

 蒼の薔薇は身体能力の高いモンスターにありがちな(おご)りだろうかと洞察し、言葉を交わさずとも作戦が決まったとばかりに行動を開始する。

 手始めに、ガガーランが巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)を両手で握り、突撃した。

 その後、ガガーランと恐怖公との距離を見計らう忍者姉妹(ティアとティナ)は、最初と同じく数本のクナイを投擲(とうてき)した。

 恐怖公の行動は蒼の薔薇の予想通り、先程と全く同じ。真紅のマントでクナイを絡めとっていく。無駄攻撃で投擲(とうてき)武器を減らす愚かな行為に思えるが、クナイの中に色も形状も違う水晶の短剣が混じっていた。

 これは防ぐのは容易では無いと直感した恐怖公は、横へと水平に飛び退く。

 この判断は一応(・・)正しかった。イビルアイが放った魔法、水晶の短剣(クリスタル・ダガー)が直撃すればただでは済まない。強者の油断を付いた連携。

 

 だが、人類の守護者たるアダマンタイト級冒険者チームが、伊達でないことの証明はこれから。

 その行動を待ってましたとばかりに、肉薄する距離まで接近したガガーランが巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)を天高く構えていた。水晶の短剣(クリスタル・ダガー)で狙う場所を調節し、回避先を限定したのだ。

 地面から足が離れ、回避不能の恐怖公は王笏(おうしゃく)で先制攻撃を試みようとするが、それは叶わない。ガガーランの背後から黄金の剣が三本突如として現れ、剣先を向け迫ってきたのだ。

 王笏(おうしゃく)でその全てを叩き伏せることに成功するが、渾身の力で振り下ろされた巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)を止める事はもはや不可能。

 恐怖公は体を回転させ、巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)を背中で受ける。

 ――その瞬間、鈍い音が響く。

 ゴキブリの体は勢いよく地面に叩き付けられ、土煙が舞い上がった。小さな体はそこで止まらず、物凄い速さで門を通過し墓地にまで弾き飛ばされていく。

 最初の攻防は蒼の薔薇に優勢な運びとなったが、ラキュースの表情は険しいまま。

 

「ガガーラン、どう?」

 

 ラキュースと同様、墓地を注視するガガーランは武器を構え直す。

 

「悪かねぇ一撃だったが、まだまだ倒せねぇな。手ごたえからして、かなり頑丈だ」

 

 言葉を交わす蒼の薔薇はその場を動かない。畳み掛けるチャンスを不意にする理由は、墓地がどうなってるか確認できていないため。罠や伏兵の奇襲を警戒したのだ。

 そのため、今できることとして情報を伝え合う。こうやって少しでも情報を共有し、戦闘を有利に進めるのは冒険者にとって初歩の初歩。

 土煙が治まり空気が透明さを取り戻す中、恐怖公は致命傷には程遠いとしっかりとした足で佇んでいた。マントに付着した土を、複数の前脚で丁寧に払いのけている。

 払い終わり、綺麗な真紅の色を取り戻しマントに満足気に頷く恐怖公は、蒼の薔薇に近付こうとしない。侮れない相手と理解したのだ。

 

「ふむ、元気のある方々ですな。良い攻撃でした。次は吾輩の番ですぞ」

 

 乏しかった敵意を鋭くした恐怖公が王笏(おうしゃく)を頭の上にまで掲げると、蒼の薔薇の周辺から何とも言えない違和感が発せられる。

 蒼の薔薇は互いの背中を守るよう陣形を組み、敵襲に備えた。武器を構え、自分の目の前だけに注意を向ける。背中を仲間に任せる信頼の証。

 

「んだ、ありゃ?」

 

 ガガーランは武器を構えてはいるが、コレの対処法が思いつかなかった。

 家の隙間、歩いてきた道、墓地を囲む壁、ありとあらゆる場所から大小様々なゴキブリが無数に迫ってくる。小さく黒い物体が途方もないほど合わさり合い、一つの生命体になったと錯覚するが如く(うごめ)き、押し寄せる。

 数とは暴力の体現。四方八方包囲され、一部の隙も無いゴキブリの大津波。ガガーランは武器を構えたまま、その場を動かない。戦士では大津波に石を投げて食い止めようとするのと同義、自分ではどうすることもできないと悟ったのだ。

 

「全員前に出るな! 私が突破口を開く」

 

 必死の叫びを上げたイビルアイは、恐怖公に効果覿面(てきめん)であろう切り札を発動する。

 

蟲殺し(ヴァーミンべイン)!」

 

 イビルアイは白い(もや)を自分の真下に放出する。

 恐怖公はその光景を(いぶか)しげに見ていた。仲間もろとも自らに冷気魔法をかけてように見えたのだ。一応、冷気は悪くない一手だが、最善ではない。そんな手段をこの者達が行うとは思えなかった。

 そして、恐怖公の予想は的中することとなる。

 白い(もや)に触れた眷属が一瞬で滅ぼされていったのだ。蒼の薔薇の周りには、僅かな時間で大量の死骸が山の様に積み上がっていく。

 蟲殺し(ヴァーミンべイン)は昆虫に絶大な威力を発揮する殺虫魔法。この魔法だけを連発すれば有利に戦えるのは明白だが、魔力の消費が悪く多用できないという弱点があった。

 

「戻るのですぞ!」

 

 恐怖公は慌てた声で、眷属を下がらせた。命令を聞き入れ、白い(もや)が届かない所で停止するゴキブリの大群。

 

「あの魔法は……人間が無傷のところを見ると、我等だけに効くといったところでしょうか? 少々やっかいですな」

 

 恐怖公の強さの大半は、無数のゴキブリ召喚に割り与えられている。これが通じないとなると、かなり分が悪い。

 近付いたら蟲殺し(ヴァーミンべイン)を発動すると威嚇の視線を周囲に送るイビルアイは、最後に恐怖公を睨めつける。

 

蟲殺し(ヴァーミンべイン)の範囲から出ず各々攻撃しろ!」

 

 イビルアイの叫びに蒼の薔薇はそれぞれ攻撃を繰り出す。

 忍者姉妹(ティアとティナ)が忍術『爆炎陣』で焼きつくし、イビルアイも手の内を明かさないため適当な魔法でゴキブリの数を減らす。

 ラキュースは魔剣キリネイラムに魔力を注ぎ込み、エネルギーを溜め込む。充分な力が蓄えられると、刀身が眩く輝く。魔力を帯び燦然(さんぜん)と輝く魔剣を振り下ろすと同時に、その力を解き放つ。

 

「我に眠りし混沌の闇よ! 邪悪なるの世界(ゴキブリの大群)を終焉の暗黒へ誘え! 超技! 暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)ォオ!!」

 

 魔剣キリネイラムから放たれた力は、漆黒の爆発を巻き起こす。無属性のエネルギーは、数多くのゴキブリを跡形も無く消し去っていく。

 ガガーランも石を投げて応戦していた。

 恐怖公は眷属が消されていく光景を眺めていることしかできなかった。蟲殺し(ヴァーミンべイン)は燃費が悪いなど恐怖公が知る筈も無く、対抗策が無い。

 そもそも恐怖公自体、高い戦闘力を有している訳ではない。無数のゴキブリで探知魔法の阻害や、拷問に用いられたりなど戦闘以外で役立つ存在なのだ。

 

「ここはシルバーに任せますかな」

 

 他に戦局を覆す手段はないと、前脚を左右に広げて最強の切り札を召喚する。

 ――現れたのは恐怖公よりやや大きい銀色のゴキブリだった。

 色と大きさ以外ただのゴキブリに見えるがそんなものを切り札にする筈も無く、レベルは恐怖公の三十を遥か超える七十。英雄と呼ばれる者達がレベル三十前後なのだからその強さはもはや異次元。

 銀色のゴキブリ『シルバーゴーレム・コックローチ』は攻撃が吹き荒れる戦場を悠然と歩く。

 遠くから迫るシルバーを目にしたイビルアイは雷に打たれたような衝撃を受ける。

 この銀色のゴキブリが放つ強者の風格は他とは桁違い。仮面の中の素顔から汗が滴り落ち、思わず後ずさりしてしまう。

 蟲殺し(ヴァーミンべイン)があるはずの自分が、全く勝てる気がしなかった。息を(ひそ)め、仲間に緊急事態を告げる。

 

「……逃げろ。……馬鹿こちらを見るな。あんな怪物に勝てる筈がない。あれは……ゴキブリの神だ。後ろを振り返らず全力で逃げろ」

 

「……あなたはどうするの?」

 

「気にするな、時間を稼いだら転移魔法で逃げるさ」

 

 蒼の薔薇は互いを見合い、頷く。イビルアイがここまで言うのだ、自分達の力ではどうにもできない相手なのだろう。

 これ以上の時間経過は愚の骨頂、悩んでる時間はない。

 度重なる攻撃で数を大きく減らしたゴキブリの中を、蒼の薔薇は突き進んだ。

 それに合わせ、向かってくるシルバーの進行速度が僅かに上がる。

 

「死ぬなら順番だ。長く生きた私が、若い奴を生かす。それがもっとも正しいのだろう」

 

 遠ざかる気配に別れを告げ、生還が絶望的なゴキブリと対峙する。

 

「距離があるうちに防御魔法を唱えておくか。ふっ、無駄かもしれんが。水晶盾(クリスタル・シールド)

 

 水晶盾(クリスタル・シールド)は一定までのダメージを完全に遮断する防御魔法。普段はこれを発動すればある程度の余裕が生まれるが、今は焼け石に水だと自嘲(じちょう)的に笑う。

 イビルアイは銀色のゴキブリを睨めつけ、全力戦闘の心構えをした。この相手に出し惜しみは不要と、初手から切り札の連続発動を決意する。

 

蟲殺し(ヴァーミンべイン)!」

 

 まずは当然この魔法。いくら力量差があるとはいえ、これは有効な筈だ。

   

 ――カサカサカサカサカサカサ。

   

 シルバーは白い(もや)をそよ風の如く受け流し、突き進む。蟲殺し(ヴァーミンべイン)を起点に時間稼ぎをする思惑が早くも崩れ去ったイビルアイは、舌打ちする。シルバーは一見昆虫に見えるが全くの別物、生物ですらない。シルバーゴーレム(・・・・)・コックローチ、名称通りゴーレムなのだから蟲殺し(ヴァーミンべイン)は当然効果が無い。

 平然と、迫り来る銀色のゴキブリ(シルバー)水晶盾(クリスタル・シールド)では防ぎきれないと判断したイビルアイは、別の防御魔法を発動する。

 

損傷移行(トランスロケーション・ダメージ)!」

 

 防御魔法の発動と同時に腹部に衝撃を感じ、重力が横に働いたのか錯覚するほど大きく吹き飛ばされる。家の壁を何枚も貫通し、家具を弾き飛ばしながら何軒目かの家の中でやっと止まる。

 イビルアイはよろけながらも無傷で立ち上がった。

 損傷移行(トランスロケーション・ダメージ)は肉体ダメージを魔力ダメージに変換する防御魔法。これの発動が少しでも遅れていては、腹部を貫いていただろう。

 

水晶盾(クリスタル・シールド)を一撃で破壊してこの威力。しかも蟲殺し(ヴァーミンべイン)も効果無しか。……飛行(フライ)

 

 自分の体で空けた壁の穴を通り抜け、夜空に飛ぶ。

 元から勝算など無かったが、いよいよ絶望的。転移魔法を使えばこの状況からも逃げられるが、(はな)からその気はない。一秒でも長く戦い、仲間の生き残る確率を僅かでも上げる、それだけだった。

 イビルアイの特殊な目は暗闇を物ともせず、高い視力で地面を這いずるシルバーを見下ろす。

 

砂の領域・対個(サンドフィールド・ワン)

 

 対象に砂を纏わり付かせ、行動阻害、盲目、鎮静、意識散漫の効果を同時に発生させる切り札の一つ。

   

 ――カサカサカサカサカサカサ。

   

「クソ! 当たらん! だが、こうやって飛んでいれば――損傷移行(トランスロケーション・ダメージ)!」

 

 飛行するイビルアイにシルバーが取った行動は単純。下からジャンプしての頭突き。

 下から跳ね上げられたイビルアイは空高く舞い上がる。今度は水晶盾(クリスタル・シールド)をかけておらず、ダメージは計り知れない。魔力をごっそり削られ、飛行(フライ)をうまく発動できない。

 

(……そうか、私は死ぬのか……まぁ、あいつ等ならかなり遠くに逃げた筈だ。私の役目は終わったな)

 

 重力に導かれ落下するイビルアイは目を閉じる。二百五十年も生きれば充分すぎると、微笑みながら目に涙を浮かべその時()を待つ。それは長いようで短い、不思議な体感。

 

「………………?」

 

 イビルアイは疑問に思う。既に地面へ叩き付けられている時間。いつまでたっても衝撃は訪れず、かわりに優しい感触が背中を(おお)った。

 

「大丈夫か?」

 

 声をかけられ、ゆっくり目を開けるイビルアイが見たもの――自らを抱きかかえる漆黒全身鎧(フルプレート)の戦士だった。

 

「私はモモンという。危ない所だったが、救えてよかった」

 

 抱える両の腕から感じる力強さ、ヘルムから聞こえる優しい声。

 イビルアイの脳裏をある物語が過ぎる。勇敢な王子様(モモン)が囚われたお姫様(イビルアイ)を救う一場面。

 

「わ、私はイビルアイといい、ます! あの、その――」

 

 しどろもどろするイビルアイを尻目に、銀色のゴキブリ(シルバー)に気付いたモモンは、小さく(つぶや)く。

 

「なんだ、あれは?」

 

 モモンが疑問に思うのも当然だ。あんな生物がいるなんて誰も思わない。

 ブツブツ何やら(つぶや)くモモンの前に、王様の格好をしたゴキブリが姿を現す。ゴキブリは真紅のマントを持ち、主人に対する様な優雅なお辞儀――ゴキブリなのにどうやってるのかは不明だが――をした。

 こっちのゴキブリは終始こういった態度をとっており、余裕の表れだと確信するイビルアイは苛立ちを覚えた。

 

「……イビルアイ、立てるか? あいつの相手は私がしよう」

 

 お姫様抱っこから立たされたイビルアイは少し残念な気持ちになるが、今はそれどころではない。

 モモンがつけているのはオリハルコンプレート。確かに人間の中では強者だが、相手は白金の蟲王(プラチナム・ヴァーミンロード)の如き強さ。はっきり言って桁が違う。

 

「待って! あのゴキブリは――」

 

「――問題ない」

 

 モモンはイビルアイの忠告を(さえぎ)り、二本のグレートソードで大きく構えた。

 イビルアイは息を飲んだ。

 モモンが自分をかばい立ち塞がった瞬間、どんな攻撃も弾き返す超頑丈な城壁が守ってくれる安心感が生まれた。

 漆黒の戦士と銀色のゴキブリが対峙し、睨み合う。

 

「いくぞ! ……ゴキブリ!」

 

 前に踏み込んだ。いや、そんな気がしただけだ、実際には全く見えなかったのだから。

 モモンと銀色のゴキブリ(シルバー)は風圧を撒き散らし、激突する。

 早すぎて、イビルアイは何が起きているか理解しきれない。

 高音の金属音が数えきれないほど鳴り響き続けた。

 

「凄い……」

 

 夢を見ているようだった。

 自分を超える怪物から身を(てい)し戦う漆黒の戦士。

 股間の辺りから背中にかけて熱いものが駆け巡り、身を震わせた。

 二百五十年動いていない心臓が鼓動した気がした。

 確かめるように薄い胸に手を当ててみるが、当然動いてなどいない。それでも、そんな気がしたのだ。

 頬を赤く染めるイビルアイは手を合わせ、祈るように涙目で見つめる。

 

「……がんばれ、ももんさま」



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一緒に英雄

 王都にある宿屋。(ほこり)や汚れの目立つ一室に滞在するのは、見事な装備の三人。首元のプレートはアダマンタイトにもっとも近いオリハルコン。人類の最高峰に後一歩まで迫る冒険者には不釣り合いな安宿だが、滞在しなければならない明確な理由ある。単純に資金が心許なかったのだ。

 それもそのはず。この三人はつい最近まで最底辺の(カッパー)でまともな依頼を殆どこなしていない。高級な宿に泊まる余裕など無いのだ。

 部屋の真ん中に立つ漆黒のローブに身を包んだアンデッド、モモンの姿を解除したアインズは天井の隅に張られた蜘蛛の巣を見つめ、発動した伝言(メッセージ)で言葉を交わしていた。

 冒険者組合長の使いと名乗る者からエ・ランテルでのアンデッド大量発生に伴い、助力を乞われたのだ。

 

『――そうだ、優先順位はプレイヤーの発見が第一。正義感の強いプレイヤーならこの事態を放っておかないだろう。次に首謀者がいると仮定してその居所と戦力、それから事件解決をしようとする冒険者の妨害だ。プレイヤーにはこちらから決して手を出すな。私やペロロンチーノと同格の強さだったら厄介だ。初めから敵対し、交渉の余地無しだった場合は滅ぼすしかないが……』

 

『畏まりました、アインズ様』

 

『それとな、デミウルゴス。エ・ランテルに滞在し情報収集の任に当たっていたセバスの言は貴重だ。お前達の仲は知っているが、きちんと情報共有するのだぞ?』

 

『心得ております。至高の御方々の御役に立つことこそ至上の喜び。私情で任務を害することなどあってはならないと、肝に銘じております』

 

『うむ、期待しているぞ』

 

『ハッ! 全身全霊で務めさせていただきます』

 

 伝言(メッセージ)を閉じ「さて」と(つぶや)きながらペロロンチーノに目をやると、ルプスレギナと二人で質素なベッドに座り、買い込んだ焼き鳥を美味しそうに食い漁っていた。二人は食べ終わったそばから焼き鳥の入った袋に手を伸ばし、そのまま口へと運ぶ。

 黄金全身鎧(フルプレート)のヘルムだけを脱ぎ捨てたペロロンチーノは、手に何本も持ちながら無我夢中。

 

「うめー」

 

「エンちゃんと同じ眷属食いっすね」

 

「エントマの気持ちが分かったよ。こりゃ美味いわ」

 

 二人が何かやらかす度にツッコミを入れていたアインズだが既にその気力は無く、諦め交じりの溜息を漏らす。

 

「……二人とも、行くぞ」

 

「待て、アインズ」

 

 アインズを静止させたペロロンチーノは袋の中にある全ての焼き鳥を鷲掴みにすると、一口で一気に平らげた。

 

「ずるいっす!」

 

「いやー悪い悪い」

 

「……ペロロンチーノよ、エ・ランテルにはたくさんの少女もいるのだぞ?」

 

「何をしているんだ二人とも! 早く集合場所へ急がなくては!」

 

 アインズはペロロンチーノの扱いがうまくなっていた。

   

   

   

   

   

 

    

 魔法詠唱者(マジックキャスター)の操る浮遊板(フローティング・ボード)でエ・ランテルに到着したモモン一行は、冒険者組合長のアインザックからアンデッド大量発生の原因を排除する任務を与えられた。一緒に連れてきているブレイン・アングラウスからモモンの力を知ったアインザックが、是非にと頼み込んだのだ。

 その実、モモンはエ・ランテルへ到着する前にこの事件の黒幕を知っていた。調査を行っていたデミウルゴスから詳細を聞かされていたからだ。モモン達にとって全く持って相手にならない小物だが、この世界では違う。間違いなく強者の部類だ。

 すぐに解決することもできたが、そうはしない。エ・ランテルの戦力で首謀者を捕らえるのは不可能、ならばプレイヤーが現れるまで時間を潰すことにしたのだ。アンデッド大量発生から時間が経過しており、現れる可能性は高くないが念のためともう少し待ってみる。この事件をまだ知らないかもしれないし、別のことに時間を取られているかもしれない。仲間内での意見をまとめている線も考えられる。

 この規模の事件が頻発するとは思えないし、せっかくの機会と最大限利用する。それに被害が甚大であればあるほど、解決した時の賞賛も大きい。

   

   

    

 アンデッドから冒険者や市民を救い続けるモモンは、名声が高まると内心ほくそ笑みながらエ・ランテルを駆け回る。傷を負った者にはルプスレギナに治癒魔法をかけさせると、より感謝された。本来、治癒魔法を無料で施すのはご法度である。神殿でしかるべき金銭を払った場合のみ受けられるのだ。人助けだとしてもやってはならない行為で、厳しい罰則があるほど。この規模の事件であれば目こぼしもあるかもしれないが――。

 モモン一行の振る舞いはまさしく英雄。羨望な眼差しを一身に浴び、アンデッドを駆逐していく。

 共に行動するブレイン・アングラウスの存在もとても大きい。この男が賞賛すると、名声の広がり方が尋常ではない。ここまでとんとん拍子でこれたのもブレインのおかげ。名声を高めるマジックアイテム代わりと連れまわしていた。

 チュパも適当にぶん殴り、骸骨(スケルトン)を粉砕していた。軽く振った拳でも、まるで巨大な鈍器で殴った様に粉々。

 

「それにしても骸骨(スケルトン)死の支配者(オーバーロード)に挑むなんて笑えるな。しかも黒幕の切り札が骨の竜(スケリトル・ドラゴン)って悲惨」

 

「面白いっす。爆笑っす」

 

 モモンはブレインが離れた時を見計らい、チュパ達に敵の詳細を伝えていた。

 

「ん? 死の支配者(オーバーロード)ってなんだ?」

 

「あっ」

 

 単調な作業に飽きつつあったチュパはブレインの存在を忘れ、思わず口を滑らす。モモンは手を顔に当て夜空を見上げた。

 

「えー、いや、その」

 

「それにしても骨の竜(スケリトル・ドラゴン)がいるのか。厄介だな」

 

 ブレインにとって聞いたことも無い死の支配者(オーバーロード)よりも、馴染みのある骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に反応を示す。

 

「面白いっす。爆笑っす」

 

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)がいることがそんなに面白いか? てか、どうやって知ったんだ?」

 

 モモンは何とか冷静を装い、ボロが出ないように四苦八苦する。

 

「……その、何だ、ルプスがそういったアンデッドの探知、的な、何かが出来るのだ」

 

「へー凄いんだな」

 

「凄いっすよ! もう一発っす。近くにアンデッドの神がいるかもしれないっすよ?」

 

「なんだそりゃ」

 

 ここでモモンの憤怒の視線に気付いたルプスは冷や汗をかく。ビクリと体を震わせモモンの様子を伺うと、マジ切れ寸前なのが分かる。

 

「嘘っす! そんなのいないっす!」

 

「そりゃそうだろ。いくらアンデッド大量発生といってもそんなの出てくるわけない――おい、冒険者がアンデッドに追われてるぞ」

 

 ブレインが刀で剣先を向けた先、五人の冒険者が血相を変えて一心不乱に向かってくる。すぐ後ろには多数の骸骨(スケルトン)百足状の骸骨(スケルトン・センチュピート)骸骨弓兵(スケルトン・アーチャー)が数体、迫っていた。それらはナザリックのシモベでは無く、自然発生したアンデッド達。

 

「ニニャ、もう少し踏ん張れ! 前に冒険者がいるぞ、助けてもらおう!」

 

「ハァハァ――」

 

 五人の冒険者の中で一番前を走る弓を持つ男ルクルットは、息の絶え絶えなニニャを励ます。魔法詠唱者(マジックキャスター)であるニニャの体力はとうに限界を超え、返事を返す力も残っていない。今にも倒れそうなほど疲労していた。骸骨弓兵(スケルトン・アーチャー)が放つ矢をペテルとダインが何とか防ぎ、走り続ける。

 

「アイツらピンチだな。助けてやろう」

 

 自分の失言で機嫌の悪くなったモモンから逃げるように、チュパはそそくさと走り出す。弓兵(アーチャー)のチュパは近付く必要も無いのだが、単にその場から離れたい一心。

 

「私も行くっす!」

 

 つい先程まで適当に戦闘していた二人は、人が変わったように率先して救出を行う。モモンも溜め息の仕草をし、グレートソードを構え走り出した。

 前方の冒険者が助太刀の構えを取ったことに、ルクルットは僅かながら安堵する。せっかく見つけた冒険者だが、背後の敵は大群であり逃走することも充分に考えられる。

 そうなれば疲弊したニニャの足はいつか止まり、それを守るべく戦う未来が想像に難くない。

 

「すまねぇ! そこの冒険者、ニニャ、じゃなくてうちの魔法詠唱者(マジックキャスター)の体力が回復するまで助太刀――」

 

 ルクルットととしては時間稼ぎの援護を乞うつもりだったのだが、この冒険者達は格が違った。漆黒の戦士はグレートソードの一振りで何体も粉々にし、黄金の弓兵(アーチャー)が放つ矢の威力は凄まじく骸骨(スケルトン)に対して効果の薄さなど関係が無い。超絶美人のクレリックは巨大な聖杖を軽々振り回し、男が振るう刀の一閃は目にも止まらない。

 

「おいおい、まじかよ」

 

 この強さは蒼の薔薇と比較しても遜色無い。ルクルットは弓を構え援護をしようとするが、その必要性を感じないほど圧倒的。地面に座り込むニニャは、肩を大きく揺らし何度も呼吸を繰り返す。

 ニニャを守りながら走っていたペテルとダインも肩で息をし、蹂躙を目にする。

 

「……オリハルコンプレートか。なるほど」

 

「凄いであるな。あの強さならすぐアダマンタイトに上がってもおかしくないのである」

 

 その強さは常人を逸している。蒼の薔薇と同じ――いや、それ以上かもしれない安心感がある。

 あれだけいたアンデッドを殲滅するのにそう時間はかからなかった。これだけ強ければ蒼の薔薇の助けになると漆黒の剣の面々は確信する。

 こうしてる間にも蒼の薔薇はあのゴキブリと激闘を繰り広げているかもしれないと、ペテルは一刻も早い援護を要請をする。

 

「助けていただき有難うございます! 不躾(ぶしつけ)ではありますが、あなた方にどうしてもお願いしたいことがあります! アダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』がゴキブリと戦闘中です! 恐らくかなりの強敵だと思われますので、どうか、助太刀をお願いできないでしょうか!?」

 

「……ゴキブリ?」

 

 漆黒の戦士から(いぶか)しげに零れた言葉。そう思うのも当然だとペテルは納得する。アダマンタイト級冒険者が苦戦するゴキブリなど想像だにできないのは至極当然。自分だって突然言われても、そう簡単に信じないだろう。だが、これは紛れもない事実。どう納得してもらうか考えるが、その前に漆黒の戦士は応えた。それはとても堂々とし、自信に満ち溢れていた。漆黒の剣はそこである感情が込み上げる。いや、これは漆黒の剣に限ってではない。助けられた誰もが感じた感情。

 

「了解した」

 

 ――それはまさしく『英雄』だった。



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一緒に急行

 星々が煌めく夜空の下、真紅のマントをはためかせ街道を走るモモンは、内心焦りがあった。

 恐怖公は後方支援がメインで戦闘力は高くない。それでも、この世界の水準を考えればかなり強いが心配の種があった。

 現在連れまわしているブレインは王国最強の戦士と互角の勝負をしたらしいが、おそらく恐怖公とこの男は同じくらいの強さではないだろうか。ブレインの強さは宿屋裏での手合せで、レベル三十五のデス・ナイトより少し弱く感じた。恐怖公のレベルは三十なので、的外れではないはずだ。

 恐怖公が現在戦っている相手は、蒼の薔薇というアダマンタイト級冒険者。このクラスの冒険者はガゼフとも渡り合えるという話を聞いたことがあり、真実ならば三十近いレベルとなる。同程度なら恐怖公の敗北も十分にありえた。

 

 デミウルゴスから強者との戦闘は避けるよう指示が出ているはずだが、何故か戦闘になっているようだ。今の装備では伝言(メッセージ)が使えず、連絡を取れない。予期せぬ事態は起こるものだと、モモンの中で焦りが積もり大きくなっていった。

 ここエ・ランテルでは数多くの人々を救ってきたが、本気の救助はこれが初めて。自然と走る速度が上がっていく。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 速すぎて追いつけません!」

 

 モモンから引き離されかけていたペテルは全力で走り続け、息も絶え絶え。今も尚平然と走っているのはオリハルコンプレートを付けた黄金の戦士と絶世の美女、刀を握る野性味のある男だけ。

 足に自信のあったルクルットも余裕の欠片(かけら)も無く呼吸を荒くし、半ば呆れ顔でモモン一行に目をよこした。

 

「その鎧と馬鹿でかい剣を二本も持ちながら、この速さとかどんな体してんだ? しまいには、見たことも無い絶世の美女が巨大な杖を持ちながらその余裕……ありえないだろ」

 

「さすがオリハルコン級冒険者であるな」

 

 走ることが不得意なダインの顔は脂ぎっていた。

 ここで漆黒の剣の事など、頭からすっぽり抜け落ちていたことにモモンは気付く。

 

「すいません、みなさんの事を忘れていました。一刻も早く助けに行きたいので……」

 

「お優しいのですね。会ったことも無い冒険者にそこまで必死になれるなんて。しかも戦っている相手が強大なモンスターだというのに」

 

「……そんなことないですよ。ただ、体が自然と動いただけです」

 

「……本当に凄いです」

 

 思いがけないことで評価が上がったが、当然修正などせず当初の予定通り名声を稼いでおく。

 本心はとっとと恐怖公の救助に向かいたいのだが、ニニャの体力が回復しておらず置き去りにもできない。あの疲労では走ることなど出来るわけもなく、次大群に襲われたら間違いなく死ぬだろう。

 この一連を誰がどこで見ているかも分からず、無下にも出来ない。特に正義感溢れるプレイヤーに見られていたら最悪だ。

 

 その肝心のニニャはチュパの腕に抱かれ、呼吸を激しく繰り返していた。足は小刻みに震え、額にも大量の汗が滲んでいる。限界を超えて走り続けたことが容易に想像できた。

 チュパがニニャの移動を買って出た理由は、心眼で性別を見抜いたからだ。男の格好をしているが、数多の少女を見てきた眼力は誤魔化せない。

 腕の中で疲労困憊のニニャをガン見しながら、アウラタイプは前にいた世界も含めて初めてだなと心の中で興味津々に(つぶや)く。

 

 ふと何気なく前方を見据えたチュパは、遠くの方から追われるように走る四人の姿を捉えた。人間では到底視認出来ない距離。現在気付いているのはオリハルコンプレートを付けた三人のみ。

 走る速さはこの世界で見てきた人間の中ではブレインの次ぐらいだろうか。百レベルからすれば大した速さではないが、モモンの中では警戒心が生まれる。

 身に着けている装備はモモンからすれば大したことは無さそうだが、今まで見てきた粗末な物からすればまだまとも。唯一、白銀装備の女が持つ黒い剣は、そこそこの一品ではないだろうか。

 そうこう考えているうちに、漆黒の剣にも見える距離まで迫ってくる。

 つい先ほどまで共に戦っていた冒険者、ラキュース達を目にしたペテルは歓喜と安堵の入り混じった声を上げる。

 

「蒼の薔薇のみなさんだ!」

 

 生きていたことに歓喜に湧く漆黒の剣だが、蒼の薔薇のただならぬ様子を目にし、すぐに嬉しさを抑え込む。咄嗟に動けるよう気持ちを切り替えた。

 モモンは声一つ漏らさずジッと見つめる。漆黒ヘルムに覆いかぶさった炎の眼は、一心不乱に走るその姿を捕らえて離さない。蒼の薔薇と聞いて、必死に溢れそうになる敵意を隠す。

 恐怖公の姿が見えないが、あの様子だと戦闘に敗北して逃げているように見える。だが、真相は分からず安心するにはまだ早い。万が一恐怖公が打ち取られていたら、自分でもどういう行動を取るか予想できなかった。グレートソードを握る手にも力が入る。

 

「おめぇら! 今すぐ逃げろ! すぐそこまで来てるぞ!」

 

 巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)を持つ大柄な冒険者、ガガーランから野太い声が飛ぶ。ペテルは剣を構え、視線を蒼の薔薇の背後に向けるが特に異常は見つからない。

 

「どこですか!?」

 

「地面だ、地面! ゴキブリの大群だ!」

 

 夜の暗闇で気付かなかったが、確かに本来あるべきの土の地面は無く、黒い物体が大量に(うごめ)いていた。様々なモンスターを見てきた漆黒の剣でも、ぞわぞわと鳥肌が立つ光景。

 黒い大群を目の当たりにした漆黒の剣は急停止した。確かにあれは剣での対処が難しいが、ラキュースや忍者姉妹なら対抗手段があるように思えた。

 

「本当の問題はコイツ等じゃねぇ! もっとやべーのがいる!」

 

 漆黒の剣はすぐさま反転し、逃げようとする。アダマンタイト級冒険者があそこまで焦る相手、墓地の門で目撃した異様なアレを思い出す。自分達ではどうしようもないと走ってきた道を戻ろうとする――が、オリハルコン級冒険者達はその場で微動だにしない。刀の戦士は引きつった顔で後退りするが、モモン達は冷静そのもの。

 

「あれは……そうか、無事だったか」

 

 モモンは蒼の薔薇の言葉と進撃のゴキブリを見て、密かに胸を撫で下ろす。どうやら恐怖公は勝利したようだ。

 ガガーランは漆黒の剣の横で逃げようとしない冒険者達に苛立った。この状況で逃走や戦闘のそぶりが全くないのはどう考えてもおかしい。アホみたいにボーと眺めているだけ。

 すれ違いざまに漆黒戦士の肩を掴んだガガーランは、引っ張り出そうと試みる。悠長に説明している時間は無い。

 

「オイ! そっちの冒険者! 早く逃げ――」

 

 ――全く動かなかった。巨大な岩石を連想するほどピクリともしない。腕力に絶対の自信を持つガガーランだが、足が止まってしまう。

 口を開けたまま固まるガガーランの手など気にするそぶりも見せない漆黒の戦士は、軽く一歩前に出る。

 

「問題ないですよ。まぁ見ていてください」

 

 余裕綽々(しゃくしゃく)にグレートソードを地面に突き刺した漆黒の戦士は、腕組みしながら仁王立ちする。

 蒼の薔薇は想定外の異常事態に驚愕した。余裕の態度から、何か奥の手でもあるのかと思っていたが、何を考えているのか武器を手離し、ただ立っているだけ。

 

「……」

 

 その次に目にした光景はさらに衝撃的だった。あれだけ追ってきていたゴキブリの大群全てがピタリと止まり、石化したように固まる。

 

「引け」

 

 漆黒の戦士が起こした言動はこの一言。ゴキブリの大群はそれに合わせ、引き下がっていった。オリハルコンプレートの冒険者以外、誰もが言葉を失う。

 

「な、何をしたの!?」

 

 ラキュースは足を止め、土色を取り戻した地面を見渡す。

 

「……秘密ですよ」

 

 この言葉にラキュースはそれ以上追及しなかった。チームで何か隠しておきたいことがあるのは珍しい事ではない。かくいう蒼の薔薇もイビルアイの事で絶対に話せない秘密がある。

 ラキュースはチラリと流し目で黄金の戦士を確認し、この風貌は間違いがないと確信する。カルネ村を救い、ラナーに調査を依頼された人物『チュパ・ゲティ』。

 とすると、こっちの漆黒全身鎧(フルプレート)はブレインに勝利した戦士モモンなのだろう。天真爛漫に笑うクレリックは、女のラキュースでもドキリとするほどの美しさ。確かにラナーに勝るとも劣らない絶世の美女、ルプスと見て間違いがない。普段無関心なことが多いティアなのだが、その目は釘付け。

 

 蒼の薔薇に希望の光りが僅かに灯る。情報が全て真実ならこの冒険者達は相当の実力者。もしかしたらイビルアイの手助けになるかもしれないほどだ。

 しかし、それでも無駄かもしれないとの思いの方が大きい。何せ、あのイビルアイが命を賭して足止めを図ったのだ。この冒険者達でもあっけなく敗れる公算が高い。

 どう切り出そうか悩み言葉が出ないラキュースに、モモンが先に声をかけた。

 

「何かに追われていたようですが、詳しく話していただけませんか?」

 

「そ、そうね。一先(ひとま)ず小さい方は撃退したことだし、手短に話すわ。本当の強敵は今、私達の仲間が抑え込んでるの。だからこう話してる時間も勿体ないのだけど……」

 

 これより先は言葉に出来なかった。救援してくれれば、もしかしたらイビルアイを助けることが出来るかもしれないが、命の危険が計り知れない。そんな無茶を見ず知らずの冒険者に頼むことはできない。

 万が一死んでもラキュースには切り札の蘇生魔法があるにはある。これを使えば生き返らせることも出来るのだが、すぐ近くに遺体がなければならず絶対の信頼は寄せられない。

 モモンはまだ恐怖公が戦っている事実に関心を寄せた。蒼の薔薇の仲間の強さが不明で、まだ安心ができない。

 

「その仲間というのは強いのですか?」

 

「……かなりの強さよ」

 

「でも相手よりは弱いのですよね?」

 

「そうね、最初は拮抗していたんだけど、銀色のゴキブリが出てから……」

 

「……銀色?」

 

「えぇ」

 

 何故、モモンが銀色に疑問を持ったのか分からずラキュースは首をかしげた。

 モモンは必死に銀色のゴキブリを思い出そうとするが、皆目見当がつかない。ラキュースの口ぶりから恐怖公より強いらしいが、ユグドラシルにそんなモンスターはいないし見たことも無い。

 蒼の薔薇に悟られぬようチュパに視線を向けるが、首を横に振って答えが返ってくる。

 

「……取り敢えず、救援に向かいますか」

 

 本来、蒼の薔薇にとって願っても無い申し出だが、ガガーランは険しい表情のまま頭を掻く。

 

「オイオイ、いいのかよ? あのゴキブリは、はっきり言ってかなりの強敵だぞ? あのイビルアイがあそこまで言ったんだからな」

 

「問題ないです。むしろこう話している時間が勿体無い、一刻も早く駆けつけたいです」

 

「マジかよ!? こっちに取っちゃ有難い話だがよ、随分お人よしだな。あのゴキブリは相当の……いや、でも、あんたの腕力は俺より遥かに上だし、何とかなるかもな」

 

「それは本当なの!?」

 

 ラキュースは信じられないとモモンを見る。単なる腕力ならガガーランは人間の中でも頂点に近いはずだ。それがこうもハッキリということからモモンの力は桁違い。

 

「……腕力には少し自信があるだけですよ。では、行きましょう」

 

 実際は戦士の格好をするのモモンより、弓兵(アーチャー)であるチュパの方が力は強い。モモンは魔法詠唱者(マジックキャスター)なのだから当然なのだが、二人の風体を見れば誰もそんなことは考えもしない。

 ガガーランより剛腕との事実は陽光聖典をたった三人で退け、ブレインにも勝利した真実を色濃くする。三人が身に(まと)う装備も、鑑定しなくとも一級品ばかりと分かるほど。

 

 心強い味方を付けた蒼の薔薇はモモン達と共に、急ぎ来た道を引き返す。

 蒼の薔薇から得た情報でモモンは安心できていない。まず銀色のゴキブリを知らないし、イビルアイという冒険者の強さも分からない。蒼の薔薇は逃げてきたのだから危険は大きくないと思えるが、絶対ではない。

 

 十人を超える集団となった一団はモモンを先頭に走った。ゴキブリの群れとの戦闘も予想されたが、一度も遭遇することなく目的地へと到着する。

 モモンが一番最初に目撃したのは銀色のゴキブリが夜空の魔法詠唱者(マジックキャスター)に突撃し、吹き飛ばす光景だった。

 モモンの心配をよそに、圧倒的な戦力差があるようだった。蒼の薔薇に気付かれぬよう、心の中で銀色のゴキブリを賞賛した。

 

(それにしてもあのゴキブリ、戦士状態の今の私より強いだろ、あれ……。それに、あの一撃で死なない魔法詠唱者(マジックキャスター)も要注意だな。恐怖公も無事だし、魔法詠唱者(マジックキャスター)は助けて損はなさそうだ。色々と役立つかもしれない)

 

 空中に放り出されてから落下してくるイビルアイを、タイミングよく受け止めたモモンは精一杯かっこつけた。

 主を前にした恐怖公は真紅のマントを掴み、優雅にお辞儀をする。

 

(漆黒の体に赤いマントか……少しかぶってるな)

 

 銀色のゴキブリに剣先を向け対峙するモモンは、なにかカッコいいセリフはないかと頭を働かせた。背後には蒼の薔薇やブレイン、それにおまけの冒険者もいるのだ。噂がより賞賛に彩られる一言を考え抜く。

 

「いくぞ! ……ゴキブリ!」

 

 結局、何も思いつかないまま激突するのだった。



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一緒に観戦

 蒼の薔薇とブレイン・アングラウスは茫然とそれらの戦いを眺めていた。

 漆黒の戦士モモンと銀色のゴキブリが激しくぶつかり合う様は、まるで荒れ狂う暴風。無数の金属音が夜空に舞い、目で追えないほどの速さで激突を繰り返す。常識などかなぐり捨てた戦い。

 ラキュースは乾いた喉を潤すように唾を飲み込んだ。陽光聖典らしき襲撃を三人で撃退したことや、ブレインに勝利した事実からかなりの使い手だとは思っていた。しかし、ここまで強さだとは予想もしていない。まさかイビルアイが勝てない相手に、たった一人で互角に渡り合えるとは夢にも思わない。

 モモンの仲間であるチュパとルプスも援護をしようとのそぶりも見せず、和やかな雰囲気で談笑混じりに観戦している。

 

「あの派手なゴキブリはなんだ? 見たことないな」

 

「チュパさんのが派手っすよ!」

 

「あ、そうだった」

 

 戦闘中だというのに弓を地面に突き立てたチュパからは、モモンの心配など一切感じられない。『国堕とし』の異名を持つイビルアイより強いゴキブリを相手に激闘を繰り返しているというのに、モモンの勝利を確信しているようだった。 

 

「それにしても、モモンとゴキブリが戦ってるこの光景は何というか面白い」

 

 この有り得ないチュパの発言は、ルプス以外全ての度肝を抜いた。銀色のゴキブリは王国の存亡にすら関わってくると言って差支えないほどだ、面白いなどと考え付きもしない。

 僅かに体力が回復したニニャはチュパの手から離れ、杖にしがみ付きかろうじて立っていたのだが、この突拍子も無い言葉で崩れ落ちそうになる。ルクルットはツッコミを入れようとするが、あまりの衝撃で声が出なかった。

 周りの驚きとは裏腹に、チュパはのほほんと戦いを眺めていた。

 

「うーん、あのゴキブリそこそこ強いな」

 

「そうっすね……見た感じ私より強そうでめっちゃショックっす……」

 

 ルプスは心底落胆しているようだった。あのゴキブリより弱いことがそんなに落ち込むことだろうかと、誰もが思う。あのゴキブリはまさに伝説クラス、神話で語れるレベルの怪物。

 金色の弓兵(アーチャー)チュパもモモンと同じく別次元の強さなのだろうとラキュースは推測した。信じられないほど常識外れの言動だが、これらが演技や冗談ではないと、幾度の修羅場で培ってきた冒険者の目が告げている。本気でそう会話しているとしか思えなえなかった。

 一方のルプスは第四位階魔法の使い手なので、自分より少し下ではないだろうか。自分でも残念そうにゴキブリより弱いと発言しているので、モモンの領域には立っていないだろう。

 ラキュースは恐る恐るといった感じで、得体のしれないチュパに話しかける。

 

「……援護しないの?」

 

「え? 援護? 必要無いと思うよ。モモンの力はこんなもんじゃないし」

 

 ラキュースは絶句する。モモンはまだ本気を出していない――人間とはここまで強くなれるのだろうか。さすがのラナーでもこれは想定していないだろう。

 想定外といえば銀色のゴキブリもそうだ。あの剛腕から振るわれたグレートソードを、あんな小さな体で何度受けたのだろうか? 速すぎて音でしか激突の確認ができないが、相当数直撃しているはずだ。

 こんな怪物がこの事件にどう関わっているのか、想像もできない。

 

「お強いですな、我輩自慢のシルバーが圧されていますぞ」

 

 月光を返すが如く煌びやかだったゴキブリの銀色は土で汚れ、無数の傷を作り疲労しているのが分かる。モモンの漆黒全身鎧(フルプレート)も傷があるがゴキブリよりも少ない。何より、余裕が滲み出ていた。

 因みにシルバーゴーレム・コックローチは名前の通り生き物では無くゴーレムなので、疲労とは無縁。気を利かせた恐怖公がそう操作しているにすぎない。

 

「このままではまずいですな。ふむ、我輩の趣味ではありませんが、こう攻めさせていただきますぞ。そこの仮面の方は中々厄介ですので、ここで倒させていただきますな。我輩は庇われることをお勧めしますぞ」

 

 モモンと対峙していた銀色のゴキブリは、イビルアイに狙いを定める。

 イビルアイは魔法を唱えようとするが、それでは遅いと肌で感じる。

 銀色のゴキブリの速さは尋常ではない。諦めも脳裏に過ぎってしまう刹那(せつな)、まだモモンを侮っていたことを悟る。

 気付いたら、自分は今モモンに抱きかかえれているようだった。仮面の下の顔は真紅に染まる。嬉しさと恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。またお姫様のように救い出されたんだと、胸が張り裂けそうなほど高鳴る。

 だが、動転していた気持ちが落ち着きを取り戻すと、歓喜は一気に霧散する。

 

「これは……」

 

 ――まるで荷物を抱える様に肩に乗せられていた。そもそも前すら向いていない。銀色のゴキブリにお尻を向けている。置かれた顔の位置は、モモンの背中にある真っ赤なマントの上。真紅に染まったのは顔で無く、視界だけとなった。

 不満を言える状況では無いのは百も承知だが、やりきれない思いが脳裏を支配する。アホなことを考えていい場面ではないことも分かっている。この体勢では自分の理想であるお姫様抱っこに持っていくことも出来ない。

 モモンはイビルアイを肩で抱えたまま、銀色のゴキブリの後方で佇んでいる偉そうな格好をしたもう一匹に話しかける。

 

「それでお前の目的はなんだ」

 

 イビルアイは目を見開く。

 ――え、このまま会話するのかと、あたふたした。ラキュース達が可愛そうな目で見ているのが分かる。

 やめろ! 私を見るな! そう叫びそうになる。

 

「我輩の任務は強者の排除ですぞ」

 

「そうか。だが見ての通り私の方が強い。それでも逃げないのは何か理由があるのか?」

 

 この質問には隠された意図があった。モモンとしては強者との戦闘を避けるよう命令したはずだ。眷属を通して情報収集が出来る恐怖公なら、相手の戦っているところを見ればある程度の力量が測れる。ならば、アダマンタイト級冒険者が自分と対等の強さがあると分かるはず。命令を無視して戦ったのは何故かとの問いかけだ。問題は恐怖公が質問の真意に気付くかどうかだ。

 どっかの鳥みたいにとんでもないことを言うかもしれない。

 なりは優雅な単なるゴキブリだが、ナザリック内では機転がきく方だと思う。比較対象が脳筋ばかりのナザリックのシモベでは心もとないが、このゴキブリは侮れない。モモンの内心は、ゴキブリに土下座しながら必死に祈る気分だ。

 

「シルバーより遥かに強く、『神様』に匹敵すれば撤退していたでしょうな」

 

「……つまり……それは」

 

 モモンは恐怖公の返答の意味を考えだす。……おそらくだがこの意味深な返答は此方の意味を理解してのことだろう。さすが、恐怖公は脳筋とは違う。

 ……もしかして私より頭がいいんじゃ……ゴキブリより頭が悪かったら――い、いや、これは今関係ないな、うん……。

 よ、よし、気を取り直して整理しよう。この『神様』というのはもしかして私とペロロンチーノさんの事ではないか? 自分でいうのも恥ずかしいが、ナザリックのシモベがそう思っててもおかしくない。実際につい先ほど、どっかの犬がそんなことを言っていた。あれは精神安定がなければ危なかった……。

 それはおいといて、『神様』が私やペロロンチーノさんと同じレベル百という意味を刺すならば、それ以外では撤退しないということか? デミウルゴスに何て命令したかな……。

 ――うん、駄目だ、思い出せない。強い奴とは戦うな的な事なのだが……。これは命令が正しく伝わって無かったというか。ここは大人しく撤退させたいところだが。さて、なんて言うか。

 

「……それで、私はその神様とやらに匹敵するのかな?」

 

「はい、そのようです。あなたのような戦士がいたとは予想外ですな」

 

「ならば、どうする」

 

「ここは撤退させていただきますぞ」

 

 恐怖公はシルバーを下がらせ、闇に紛れて逃走を図る。恐怖公はモモンの意図を完全に読み切っていた。モモンの中の恐怖公に対するポイントが上昇していく。

 あんまり会話も命令もしてこなかったが、これは改めなければならないなと思わぬ発見をする。

 

「い、行ってしまうぞモモン様。早く後を追わねば」

 

「無理だな。どうやら奴は、眷属を無数に抱えているようだ。これ以上迫れば――」

 

 モモンはそこで口を閉じたが、イビルアイはその後のセリフが分かった。

 そうなればイビルアイも含め、周囲にいる人間の命の保証がない。

 あの王様ゴキブリが銀色のゴキブリ以外にどんな手ごまを持っているかも不明で、そもそもまたゴキブリの濁流を出されたらこの上なく厄介。

 疲労した漆黒の剣もいることもマイナス材料。

 推測するに、漆黒の剣を助けたモモン様はそのまま放っておけず、連れてきたのだろう。なんて優しく、強いお方なのだろうか。きっと困っている人々全てを助けたいのだろう。

 肩で抱えられたままのイビルアイだが、それでもモモンに対する思いが大きくなっていく。

 イビルアイを地面に立たせたモモンは、そのまま話しかけた。救助したアダマンタイト級冒険者とパイプを繋いでおくのは悪くない。今後、役立つ場面もくるかもしれないと打算する。

 

「無事で何よりです」

 

「た、助けてくれて有り難うございます。私は蒼の薔薇のイビルアイと申します」

 

「これはどうも。私はオリハルコン級冒険者のモモンです。あなたが蒼の薔薇のリーダーですか?」

 

「それは私よ。最近じゃあなたの噂で持ちきりだったわね。あのブレイン・アングラウスに勝ったとか」

 

「いえ、たまたまですよ。勝敗はどっちに転んでもおかしくなかった。紙一重です」

 

「オイオイ、これだけの戦いを見せてその言いぐさは、嫌味にしかならないぜ」

 

 そう言いながら刀を持つ男が会話に割り込む。

 

「あなたはもしかして」

 

「ブレイン・アングラウスだ」

 

「やっぱり……。あなたからもただ者じゃない雰囲気が出てたのよね」

 

「まぁ、モモン殿達の前じゃ霞んじまうがな」

 

「それを言ったら私達だって」

 

 ブレインは苦笑いを受べ、ラキュースも追従の微妙な笑顔を返す。

 ラキュースが視線をブレインの後方にずらすと、ティアとティナに話しかけるチュパの姿があった。

 モモンは英雄といっても差支えない言動を示すが、チュパについては図りかねていた。

 ラナーには悪いが、密かに情報を集めて敵対されるのは絶対にしてはいけない。そもそもモモン達の目をごまかせる気がしない。それでも興味は当然ある。

 チュパはティアとティナに対して友好的なようだから、気難しい人間では無いらしい。

 取り敢えず無難にと、自己紹介から始めることにした。

 

「チュパ・ゲティさんの名前は知っているけど、まずは私達の自己紹介をするわね。私は蒼の薔薇のリーダーをやっているラキュース・アルベイン・デイル・アインドラよ。よろしくね」

 

「チュパ・ゲティだ。チュパと呼んでくれ」

 

「ティア、よろしく」

 

「チュパ・ゲティだ。チュパと呼んでくれ」

 

「ティナ、よろしく」

 

「チュパ・ゲティだ。チュパと呼んでくれ」

 

「俺はガガーランだ。よろしくな」

 

「チュパ・ゲティだ。ゲティと呼んでくれ」

 

「オイ! 何で俺だけ違うんだ!?」

 

「いや、何となくだよ。どうも想像するとこっちの精神的によくないだけさ」

 

「どういう意味だ!?」

 

「まぁまぁ、ガガーラン落ち着いて。まだ全員自己紹介終わってないんだから」

 

 ラキュースの言葉でガガーランの怒りが和らいでいく。イビルアイはモモンを様付けで呼んでいたし、さっきからチラチラとモモンを見ている仕草から好意を寄せているのは明らか。それがあんな抱えられかたで助け出されたんだ、その時の心境を思うと自分はまだマシに思えてくる。

 

「……イビルアイだ」

 

「チュパ・ゲティだ……。好きに呼んでくれていいよ」

 

 仮面を付け、尚且つ声も変えているイビルアイの正体には、さすがのチュパも分からなかった。

 

「私もするっす! ルプスっす! よろしくっす! ラーちゃん、ティーちゃん、ティーちゃん、ガーちゃん、イーちゃん」

 

「よ、よろしくね」

 

「ガーちゃんか。女らしいかもな、わるかねぇ」

 

「私達の呼び方同じ、遺憾の意を表明」

 

「表明」

 

 ティアとティナは文句をつけるが、ルプスは全く意に反さない。

 

「どっちもおんなじっす。問題ないっす!」

 

「遺憾の意を表明したけど、美女になじられるのは悪くない」

 

 イビルアイは複雑な心境でこの光景を眺めていた。

 モモン様の仲間を悪く言いたくはないが、どうも馴れ馴れし過ぎる。それに一番の問題はルプスが絶世の美女だということ。正直、女の私から見てもかなりの美女だ。それが男であるモモン様の目線にはどう映っているのだろうか。考えるだけでも恐ろしい。

 これだけの美貌だ、もしかしたらモモンの恋人かもしれないと、密かな嫉妬心を燃やす。

 ――だがしかし、その燃えたぎる嫉妬心さえ即座に吹き飛ばす一言が、当のルプスから投げかけられるのだった。

 

「あれ? イーちゃん、人間じゃ無いっすね」



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