スクラップ・スクラップ (『シュウヤ』)
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スクラップ・スクラップ

あなたは、どちらですか?


四月某日、某所。時刻は朝。

とある一軒家で、甲高い声が響いた。

「ちょっと海音!」

声の主は、新品の制服に身を包んだ少女。その右手には、あまり使い古されていない歯ブラシが握られていた。

「何だよ朝っぱらから……」

海音と呼ばれた少年は、だるそうにベッドで寝返りをうつ。

「いきなり部屋に押しかけてきて、早起きだなお前は」

「うるさい。__アンタこれ、二週間前に替えたばかりよね? 捨てるの早すぎでしょ!」

「先が曲がってきたんだ。二週間も使えば充分だろ。__大体琴音、お前は兄に対して敬意を払えって言ってるだろ。同じ高校の先輩だぞ?」

「一年しか変わらないのに、敬意も何も無いわ」

琴音と呼ばれた少女は海音の言葉をバッサリ切り捨てると、歯ブラシを突き立てた。

「海音、アンタはモノを雑に扱いすぎなのよ!」

「お前だって、逆の意味で人の事言えないだろ。今使ってる歯ブラシ、どんくらい経つっけ。三ヶ月だっけ?」

「四ヶ月半よ。間違えないで」

「長すぎるだろ。綺麗ならいいけど、あれボロボロじゃん」

「ブラシが引っこ抜けるくらいまで使い続ける気概じゃないと、モノに申し訳ないでしょ!」

「それはないな」

「何ですって?」

「そのまんまの意味だよ」

海音は面倒臭そうに手を振る。

「__あとコレも!」

琴音が左手に持っていたのは、最近人気のアニメのロボットのフィギュア。見た所、そこまで傷んでいるようではないようだ。

「コレ、リビングのゴミ箱に捨ててあったんだけど、どういうつもり?」

「どうって言われても、色褪せてきたし、飽きたし」

海音の言葉に、反論しようと琴音は口を開き、

「……もういい」

諦めたように睨むと、可能な限り全力でドアを閉めて出て行った。

 

 

一度自室へ戻った琴音は、手にしたままのフィギュアを無造作に近くの棚に置いた。

よく言えば理路整然とした、悪く言えば必要最低限の物しか無い海音の部屋とは真逆で、琴音の部屋は物で溢れている。人形、フィギュア、十年近く昔の据え置きゲーム機等、数多のガラクタで埋め尽くされている。その過半数がおよそ女の子の趣味からかけ離れたジャンルであるのだが、それは先ほどのように海音から半ば没収したケースが多いからである。『足の踏み場も無い』という言葉を具現化したような散らかり具合で、以前友人を招待した時は見て明らかなほど引きつった笑みを浮かべられたほどだ。

琴音は、自分にしか分からないルートで器用にガラクタを避けると、机の上の鞄を持ち上げてUターン。

「何であんな簡単に捨てられるかな……」

琴音は文句を呟きつつ、

「行ってきます!」

乱暴にドアを閉めた。

 

 

琴音が出て行った三分後、海音が部屋から出てきた。

「アイツも大概だよな……。あんな汚部屋、俺なら耐えられないぞ__ん?」

海音は海音で文句を呟きつつ、妹の部屋の前に転がる可愛らしい小人を模したストラップを見つけた。一緒に小さな鈴が付いている。

「これ……ずっと前にお揃いで買ったヤツだよな? 鞄に付いていたハズだが……紐がちぎれてるな。さっきアイツが行く時、ドアノブにでも引っ掛けたのか?」

海音の鞄にも、彼にしては珍しく年季の入った同じストラップが揺れている。

「……モノを大切にとか言いながら、コレだもんな」

呆れと苦笑とほんの少しの怒りを口元に滲ませながら、海音はストラップを拾い上げるとすぐ近くのゴミ箱に放った。それから朝食を食べると、ゆっくりと学校へ向かった。

 

 

その日の夜。

「__ね。__みね、……海音!」

「っ⁉︎」

枕元で大声を出されて、海音は飛び起きた。

「何だよいきなり……」

琴音の声で身体を起こした海音は、辺りを見渡す。が、真っ暗で何も見えない。

「まだ夜中じゃねぇか。わざわざ部屋まで来て何の用だよ。夜這いか?」

「バッカじゃないの? それに、誰がアンタの部屋に行くのよ」

冗談を一蹴された海音は、「今朝、来たじゃんか……」とぼやいてみたがそれもスルーされた。

「ここは海音の部屋じゃないわよ」

「はあ? 何言ってんだ? 俺はちゃんと自分の部屋で寝たぞ」

「私だって同じよ。さっき気付いたら、ここにいて隣に海音がいたの。大体、アンタ床で寝るの?」

その言葉に、海音は自分がベッドの上にいない事に気付く。

「じゃあ……」

海音は改めて周囲を見渡す。見えるのは、暗闇だけ。いくら海音の部屋が簡素とはいえ、何も見えないのはおかしい。至近距離の妹の顔が、辛うじて見える程度の光しか無い。

「……どこなんだ、ここ」

「だから分からないんだってば」

何の音もしなければ、何かが動く様子も無い。暗闇が故に、どれほどの広さなのかも分からない。

「……もしかして、誘拐、されちゃったとか……」

「縁起でもない事言うな」

海音は叱りつけるように口を開くと、琴音を掴んで立ち上がらせた。

「とにかく、何か無いか探してみよう」

海音が手探りで歩き出した瞬間、

「__ちょっと待って!」

琴音が服の裾を掴んだ。

「どうした?」

「何か……聞こえない?」

「は?」

海音が耳をすますと、チリン、チリンと柔らかい音色が響いてくる。

「何の……音だ?」

「! あれ!」

琴音が指差した先、ボンヤリと青白い光が現れた。明確な形は分からないが、それはユラユラとこちらへ近づいて来る。加えて、音も大きくなっていく。

「ま、まさか人魂……? 幽霊とか……?」

「んなワケあるか」

そう言いつつ、琴音を庇うように前に立って光を睨む海音。

光は五メートルほどの距離まで近付くと、

「__こんにちは、海音さん、琴音さん」

「し、喋った!」

逆光の関係で、二人には人型だという事しか分からない。

「お前……誰だ!」

「そんなに警戒しないで下さい」

「危害を加えるつもりは無い」

声が重なって聞こえる。

謎の声が二つになった事で警戒を強めた海音と琴音に、

「どうか、驚かないで下さいね」

光はさらに近付いてくる。

ようやく光に目が慣れた二人が見たのは、

「は……?」

「どうして……?」

琴音が落とした、海音の鞄で揺れていた、二つのストラップだったのだ。

 

 

「…………」

「…………」

思考が追いつかない二人。無理も無かった。ストラップが自分達と同じ大きさで、動いてしかも喋っているのだ。頭に付いている鈴も、同じだ。音の発信源はそこだった。

「驚かせてしまってすみません」

丁寧な口調の右側のストラップは、深々と頭を下げた。その際、頭頂部のちぎれた紐が前に垂れた。

「いきなり招待して、申し訳ないとは思っている」

クールな口調の左側のストラップは、肩をすくめる。こちらの紐は、輪を保っている。

つられて何となく頭を下げ、

「あ、そのランタン……どこかで見た事あるような……」

琴音は光源の正体だったランタンに気付いた。

「ああ、琴音殿の部屋にあったものを勝手ながら、拝借させてもらった」

左のストラップが、ランタンを軽く揺らす。

「__申し遅れた。わたしはリサという。そしてこちらが、」

「リズ、です」

右のストラップが再度頭を下げる。

「あー……リズとリサだな? 一応、俺は海音。こっちは妹の琴音だ」

「ああ、知っている」

「色々と訊きたい事が多いが、まずここはどこだ?」

やや高圧的な海音。琴音を庇うように立つ姿勢は崩さない。

「ここは、私達の意識の世界。海音さん達が暮らす世界とは、近くて遠い場所です」

「難しければ、夢の中と思ってくれれば良い」

理解するのに精一杯で口を挟む余裕の無い琴音の代わりに、海音が次を促す。

「夢の中……ね。__なあ、あんたら誰だ? 普通の人間じゃないよな? それに、俺達をここに呼んで何をするつもりだ?」

警戒の色を弱めない海音に、ストラップ二人は少し悲しい顔をする。

「私達が何者なのかは、分かっているかと思います。お二人が互いにプレゼントし合った、ストラップ。存在的には、付喪神、です」

「付喪神……」

「付喪神は知っているか? 大切にされた物に宿る意識の事だ」

「ち、ちょっと待って。アタシは分かるけど、何で海音のストラップに付喪神が宿るのよ」

その言葉に、リズが首を横に振る。

「琴音さん、それは違います。私は海音さんの付喪神なのです」

「はい?」

「琴音さん、私はあなたの鞄に付いていました。それが今、どうなっているかご存知ですか?」

「…………さあ」

「リズは床に転がってたぞ。俺が捨てといた」

「アンタはまた勝手な事を……!」

「いえ、それがありがたいのです」

琴音の言葉を遮って、リズが続けた。

「……どういう事?」

「琴音さん、あなたは自分の部屋にある物を把握できていますか? 捨てないでいただけるのは嬉しい事ですが、持ち主から忘れられてしまえばそれほど辛い事はありません。いっその事捨てて楽にして欲しい……と」

「そんな……アタシは大切にしようとして……」

「琴音さん、人間も同じだと思いますよ? 必要とされず、役目も果たせず、ただ忘れ去られて埋もれていく……。そんな毎日、耐えられますか?」

「それは……無理だよね。そう、だったんだ……。ごめんなさい」

俯く琴音。その横でふんぞり返った海音を、今度はリサが睨む。

「わたしは琴音殿の付喪神だ。__海音殿、貴方はどういう気持ちで物を扱っているのだ?」

「どうって……あまり考えた事ないな」

「海音殿は、愛想を尽かすのが早すぎるのだ。我々が物としての役割を果たし切る前に、捨てられてしまう。これでは、存在価値などあって無いようなものだ。わたしを大切にしてくれるのは嬉しいが、他がぞんざいでは心が痛む」

「それは……何かごめん」

説教された子供のように、海音は小さくなった。

「__お二人は、それぞれ素晴らしい考えを持っています。ただ、少し極端すぎるのです。私達の想い、お互いを見て考えてみて下さい」

「わたしとリズは異なる付喪神だが、こうして隣同士に立っている。海音殿と琴音殿にも、必ずできるはずだ」

二つのストラップは、優しく微笑むと踵を返し、

「琴音さん、もう一度私を付けてくれますか?」

「海音殿は、わたしを捨てぬよう頼む」

見守っている、と囁いた。

 

 

翌朝、海音は目を覚ますと半ば無意識にリビングへ向かった。それから自室の前へ戻ると、そこに琴音が立っていた。

「……何か変な夢、見た」

「……俺もだ」

しばらく無言で向かい合った二人。

海音の手の中で、チリン、と小さな音がした。

「……ほれ」

そして、海音が右手を差し出す。

「大事にしろよ」

「……ん」

ストラップを受け取った琴音は、

「アタシ、今の歯ブラシは捨てる」

「俺も、もうちょっと同じ歯ブラシ使うよ」

よく分からぬまま宣言した二人は、顔を合わせてフッと笑う。

 

 

「今度一緒に、お前の部屋片付けるぞ」

「何で海音と一緒に……」

「琴音一人じゃ片付かないからだろが。俺の部屋に移していいから」

「……仕方ないわね」

並んで登校する海音と琴音。それぞれの鞄で、瓜二つのストラップが小さく揺れた。鈴の音色が、重なって響いた。



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