ゆるゆる横鎮騒動記 (+ゆうき+)
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1話 朝駆け
ここは横須賀鎮守府。
新しい提督が着任してから、今までの苦労が嘘の様に海域の開放が終わり、深海棲艦との戦いも小康状態に入った。そして所属している艦娘の連度もある程度の水準に達したため、 他の鎮守府に比べて緩やかな空気が流れている。
遠征に行く艦隊もほぼ固定であり、最前線で深海棲艦とドンパチしていた主力艦隊は暇を持て余し始めた。
当然、暇とは言っても哨戒や演習は欠かしていない。それでも深海棲艦が鳴りを潜めている今、手透きになりがちである。
真面目な艦娘は自主的に訓練をしているが、艦娘の性格は十人十色。当然遊んで過ごす艦娘もいる。
「すかー…すかー……んごっ」
「ラッキー……提督はまだ寝てるね。にひひっ」
「今日こそ提督さんの顔に落書きするっぽい」
「や、やっぱりやめたほうが良いのです」
「油性ペン握り締めながら言うセリフじゃないよねー」
「……一度司令官さんも痛い目を見るべきなのです」
「電、ちょっとぷらずまが出てるっぽい」
現在時刻0530。部屋の鍵を難なく開錠し、とても気持ち良さそうに寝ている提督に忍び寄る影が3つ。
一人目は現代風の口調が特徴的な鈴谷。彼女は何時も提督を誘う様な口調でからかっているが、漏れなく反撃に会い撃沈し、逆に赤面しながら逃げ出している。青葉に見つかったのが運の尽きか、そのシーンを激写され、週刊「横鎮新聞」の一面を飾ってしまった。その件で皆から生暖かい目で見られた事は想像に難くないだろう。
二人目は犬の耳のように跳ねた髪と、兎のように赤い目が特徴的な夕立。彼女はそこまで提督にちょっかいを掛けている訳ではないが、改二になってから犬扱いされている。それで反応してしまう夕立も夕立なのだが、彼女の微笑ましい姿を他の艦娘が良く目にしており、ついには所属している艦娘からも可愛がられるようになってしまった。
何やら黒いオーラを出し始めた三人目は、アップヘアーにして束ねている長髪が特徴的な電。彼女はむしろ被害者である。電は長身で素敵な女性を目指すため毎朝欠かさず牛乳を飲んでいるが、提督が結構な確率で笑わせに来る。
はじめの内は電が牛乳を飲み始めた時に軽く笑わせに来る程度だったのだが、反応が無いのが面白くなかったらしく、此処最近は電が警戒を解いた瞬間ガチで笑わせに来ていた。食べ物を粗末に扱い、横鎮のお艦こと鳳翔が鳳将になって説教を食らったのでさすがに提督も自重したのだが。その代わりに持ち回りの秘書艦業務の小休止の際に悪戯のしわ寄せが行った。
此処の提督は悪戯好きで色んな艦娘が被害にあっているが、この三人は比較的被害が大きい。日ごろの恨みを晴らすべく、こうして本格的な反撃に打って出た訳なのだが……
少々変わり者ではあるが、海域を次々に攻略した提督の頭が良くないわけが無い。
「え、ちょ、何これ!」
「ぽい!?」
「はりゃあー!?」
艦娘が反撃に来る事も当然想定内であり、反撃を封じる為にしっかりと罠を仕掛けている。
提督の顔に落書きをしようとベッドに近づいた瞬間。ベッドの下から妖精さんがわらわらと飛び出し、三人は仲良く吊るし上げられた。
「ん……? やっぱり来たか。三人ともおっはー」
「挨拶とかどうでもいいからさっさと降ろしてー!やだ、マジ恥ずかしいってば!」
「提督さん謝るから早くおーろーしーてー!」
「また返り討ちに遭ったのです……!」
「ばーかばーか! あ、妖精さんありがとね。はいこれ間宮さんの羊羹。……おーい青葉ー!」
『えっ』
まぁ、ここの一日は大体こんな感じで始まる。
『1 ゆるゆる横鎮騒動記』
「いやー良い写真がとれました! 司令官、ご協力感謝です!」
「ん。また面白いネタみっけたら呼ぶわ」
現在時刻0550。総員起こしが始まるまで10分。提督と青葉はつるし上げから開放された三人から全力で逃げ回っていた。
青葉の逃げ足も去ることながら、提督の逃げ足もかなり速い。海上なら絶対に逃げ切れないが、地上なら島風以外からは逃げ切る自信があるとの事。それに付き合って逃げ回っていた青葉の足も自然と鍛え上げられ、提督に追従する速さを誇っている。
息一つ切らさずにかれこれ数分は走り回っているだろうか。
無駄にハイスペックで、頭が切れ、大事な所で艦娘のケアも出来る提督だが、普段の提督を一言でいうなら紛れもなく「悪戯好きのクソ提督」である。
「ちょっと待ってよ提督ー! 待ってくれたら鈴谷が良いことしてあげるからさー!」
「夕立も良いことしてあげるから、提督さん止まってー!」
「今ならまだ許してあげるのです!」
「なあ、ああ言ってるけどどうする? 夕立とか魚雷手に持ってんだけど」
「政治家の前向きに検討するレベルに信用できませんね」
「それな、実は結構便利なんだぜ。ここの艦娘相手だと意外と有効」
「あー……ここって実力は凄く高いですけどポンコツな人多いですしね。確かに使えそうです」
「天龍とか摩耶は結構騙されてくれたんだけどな。4~5回目くらいからドスが聞いた声で本当に検討してるのかって詰め寄られたっけ。あれは怖かったなーあっはっは」
ちなみに最も引っかかった回数が多かったのは島風であった事を此処に記しておく。
「こらー! 止まらないと撃つかんね!」
「本当に撃ってきそうだな……先に手ぇ出してきたのあっちなのに」
「ひっどい絵図でしたからねー。あんな写真を大本営に見られたら何て言われるか」
「そこんとこは大丈夫だ。元帥のおっちゃんとは釣り仲間でな。たまに艦娘の写真交換したりするんだが、青葉の写真結構評判いいぞ」
「え?本当ですか?……あ、ひらけた所に出ちゃいましたね。司令官にしては珍しい、ルート間違いましたか?」
二人の注意力が散漫だったのか。はたまた追いかける三人の誘導が巧みだったのか。
「おしゃべりに熱中しすぎたか……なあ青葉、魚雷と砲撃、どっちがいい?」
「悟りを開いた様な顔して何言ってんですか!? どっちも嫌です! 青葉は逃げますからね!」
「いやいやちょっと待てよ! ここはお前が体を張って提督を助ける場面だろ!」
「こんな時だけ立場を全面的に押し出すのやめてくださいよ! あっまず」
その言葉を聴いて振り向いた提督が見た光景は 夕立と電が魚雷(演習用)を全力投球する姿であった。
◇
あの後、青葉は提督を楯にして逃げ去った。至近弾を受け、ほぐうと情けない呻き声を上げて伸びた提督は、そのまま三人に連行されて大木に簀巻き姿で吊るされたのだが、当然その姿を見て黙っている横鎮の艦娘達ではない。彼女らも提督に影響されてか悪戯好きである。
「提督さん、反省したっぽい?」
「いやーまだしてないっしょ。もうちょっと吊るしとこ」
「く、この……大人しくするのです!」
「朝の続きをしようとするんじゃありません!」
提督の顔にマジックでヒゲを書こうとする電、させまいと身体をよじって逃げる提督。一進一退の攻防が続く。
「つかとっくに総員起こし終わってるし! 朝飯8時までだから一回休戦して飯いこうよ!」
時計を見れば時刻は0630。そろそろ朝食を取りに行かないと売り切れるメニューが出始める頃だ。
司令の階級によって、間宮と伊良湖が鎮守府に配属される。左官は基本的に間宮のみの配属で、将官になると間宮に加えて伊良湖が配属される。
朝食時はメニューに並ばないが、昼食と夕食の際にメニューに並ぶ間宮アイスと間宮羊羹は絶品であり、基本的に出遅れた艦娘達は売り切れで先ず食べる事ができない。
それというのも、食堂は基本的に間宮と妖精さんで仕切っているので、デザートを大量に作る余裕が無い。伊良湖が配属されれば、間宮アイス、間宮羊羹の充実に加え、伊良湖最中がメニューに追加される。こちらもクオリティがとても高く、しかも将官が在籍する鎮守府でしかお目にかかれないので左官が所属している鎮守府では伊良湖最中を食べる事が小さな夢という艦娘が少なからず存在する。
ちなみに横鎮のクソ提督の階級は少将。伊良湖が配属されているのである程度の個数が毎食準備されるが、少将という立場から分かる様に、鎮守府の規模もそれなりに大きい。つまり良く食べる空母達も多い訳で。
「む……仕方ないのです。鳳翔さんに怒られてしまいます」
「ちぇー。まぁ遅くなると赤城さん達に根こそぎ持っていかれちゃうしね」
「夕立はもう怒ってないっぽい! 提督さん、ご飯ご飯~!」
鈴谷が提督の体を支え、夕立がいそいそと提督の縄を解き、電がマジックで提督に顔に
「でんちゃん、おこらないからマジックをしまいなさい」
「しかたないのです。今回はこれで許してあげるのです」
「いや、今回に関してはそっちが先だろ……」
危うくヒゲを書かれるところであったが、ぎりぎりの所で回避。4人で仲良く食堂へと向かうのであった。
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