ISのファフナー 外伝 (アルカンシェル)
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days of paradise
1 楽園ーいほうー




 前作を読んでいると分かりやすいです。
 読んでいない人たちのために必要な情報をまとめると、

・ISコアの複製に成功した勢力がある。
・そのコアは逆に男性にしか反応しない。

 これだけを踏まえていただければ大丈夫だと思います。


 

 

 

「この役立たずが」

 

 そう言われ続けた。

 織斑マドカは狭い船倉に押し込まれていずこかへと運ばれていた。

 それも別段、珍しいことではない。

 もう二度、三度繰り返したことだった。

 『世界最強』と比較され、失望されては役立たずだと罵られ、そして捨てられる。

 

「私なんて……いなくなればいいのに……」

 

 膝を抱えてマドカは呟く。

 呟きながらも心は逆に自分の存在を証明したいと叫んでいる。

 

「力が欲しい……力があれば……」

 

 Dランクという低いISの適性を覆すためにはそれこそ自分を強くするしかない。

 

「私は……」

 

「おう、お前が織斑マドカか」

 

 唐突に船倉の扉が開かれた。

 マドカは無感情に顔を動かして、入って来たガラの悪そうな女を見る。

 

「は……本当にあのブリュンヒルデとそっくりだな」

 

 その名を出されてマドカの心が荒立つ。

 そして、その気持ちのままマドカは駆けていた。

 身を低くして一気に女に接近する。が、その一歩手前で大きな機械の腕で上から床にマドカは叩きつけられた。

 

「手癖の早さもあの女並みか」

 

「うるさい……私を織斑千冬と比べるな」

 

 痛みに耐えて搾り出した言葉は一笑される。

 

「血気盛んなのはいいがここではその手癖の早さは抑えてもらうぜ」

 

「それは……どういう意味だ?」

 

 その言葉に彼女は笑い、告げた。

 

「ようこそ、アルヴィスへ。織斑マドカ」

 

 それが織斑マドカの始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 周囲からの視線に織斑マドカは居心地の悪さを感じずにはいられなかった。

 

 ――動物園のパンダとはこんな感じなのか……

 

 そんなことを考えつつも、視線が集中する理由を考えて、マドカはため息を吐いた。

 別にここが男子校で、女子が自分一人だけだという理由ではない。

 この学校は島にある唯一の学校のため、総人数が少なく大半が顔見知りだから島外からの転入生であるマドカが物珍しいのだろう。

 何にしても学校という空気に、場違いな気がしてひどく落ち着かなかった。

 

「――らっ! 織斑っ!」

 

「――っ!?」

 

 呼ばれる声に反応を忘れていると頭に衝撃が走る。

 

「つぅ……何をするオータムッ!?」

 

 声を上げて抗議すると今度は額に拳を受けて、マドカは仰け反り倒れた。

 

「ここでは巻紙先生だ。それよりいつまでも突っ立ってないで自己紹介をしろ」

 

 改めて、クラスメイトたちと向き合ってマドカは戸惑う。

 学園に通えと言われた時は、軍学校のようなものを想像していたがこれは違った。

 並ぶ生徒達はどれも戦いとは無縁にしか見えない子供たちだった。

 

「お……織斑マドカです……」

 

「それだけか?」

 

「それだけって…………」

 

 視線が集中する。その視線にたじろぎながらも、マドカは何とか言葉を作る。

 

「以上だ」

 

 その言葉にオータム、巻紙は深々とため息を吐いた。

 

「お前はまともに挨拶もできないのか?」

 

「う、うるさい。私はこんなことをするために――」

 

「はい。この新入生は織斑マドカちゃんです。どこかの有名人に顔は似てるけどみんな差別しないで仲良くしてあげてね」

 

「「「はーいっ!」」」

 

 巻紙の猫を被った言葉に元気のいい返事が声をそろえて返ってくる。

 思わず、マドカは慄いて途方に暮れた。

 

 ――私はこんなところでやっていけるのか……

 

 それはISに乗る以上に困難なミッションだと思えてならなかった。

 

 

 

 

 

 

 その学園には当然、ISの授業だけではなく一般教養の授業も存在していた。

 

「ぜんぜん分からない」

 

 一時限目が終わってマドカは机に突っ伏して弱音を吐いた。

 これまでずっとISのことにしか使っていなかった頭に一般教養の語学の知識はまったく未知の存在だった。

 

「何で私はこんなことしているんだ?」

 

 それはここの支部の方針だからであり、マドカに選択の自由はない。

 

「とはいうが、自分の名前を漢字で書けないのは恥ずかしいことだぞ、ジャパニーズ。というか、何で織斑が書けてマドカは書けないんだ?」

 

「うるさいオータム。お前こそ、猫を被り――」

 

「巻紙先生だって言っただろ?」

 

「くっ……」

 

 拳骨を落とされた頭を押さえてマドカは巻紙を睨む。

 

「それよりも移動だ。二時限目は第一種任務に関しての授業だ。お前の場合は操縦者だな」

 

「私は…………まだISに乗れるのか?」

 

 マドカは巻紙の後について歩き出す。

 

「あいにくとここにいる連中は他の部隊と違って戦い気のない腰抜け共だ。お前の仕事はシステムのテスト操縦者ってところだ」

 

 事実上、戦力外通知としてここに送られたと理解しているマドカは特に反論せず質問を重ねる。

 

「そもそもこの島は何なんだ? 組織の中の一部署だとは聞いたが随分と平和ボケした空気だな」

 

「何だ、何の説明も受けてないのか?」

 

 巻紙はマドカに振り返って苦笑する。

 

「まあ、お前が戸惑うのも無理もねえが、ここはISの社会に適合できなかった奴らの受け入れ先だ」

 

「……社会不適合者か」

 

「言い方が悪いな。ま、事実だからなんとも言えねえが……

 ISが現れて割りを食ったのは何も男だけじゃねえ。

 軍に関わる生産ラインや、それまで真っ当に宇宙工学をしてきた奴らはISが出てきてお払い箱にされちまった。

 それに今では軍用や競技用にしか目を向けられていないISを医療や宇宙工学に役立てようって指針でこの島は作られたんだ」

 

「意外だな」

 

「何がだ?」

 

「組織は単なるテロリストだと思っていたが、そんな慈善事業にも手を出していたのか?」

 

「当然、旨みがあっての話でもあるぜ。宇宙には未だに手付かずの資源が多くある。それをいち早く確保したいっていうことさ」

 

「あの子供たちは?」

 

「親の連れ子だ。男女差別が酷い世の中で歪んで生きて欲しくないって理由とか、まあ事情はそれぞれだ。それよりも、到着だ」

 

「……シミュレーションルーム」

 

 案内された地下の扉の前に設置されたプレートをマドカは読み上げる。

 

「揃っているわね」

 

 そんな声を上げながら巻紙は部屋に入った。

 そこには数人の子供たちが整列して彼女を待っていた。

 

「…………男?」

 

 てっきり女だけかと思っていたが、整列して子供達の中には何故か男も混ざっていた。

 ISは男には使えない。それが不文律なはずなのに何故。

 マドカが首を傾げている間に巻紙が話を進める。

 

「さて今日のカリキュラムは将陵君、織斑さんと組んでちょうだい」

 

「はい」

 

 巻紙の指示に答えたのはやはり男だった。第一印象は年上、しかしひ弱。そんな少年だった。

 

「よろしく織斑さん。俺は将陵僚、僚って呼んでくれてかまわない」

 

「ああ……私もマドカでいい」

 

 戸惑いながらマドカは差し出された手と握手を交わす。

 

「さ、授業を始めるわよ」

 

「あの先生。織斑さんはスーツに着替えなくていいんですか?」

 

 巻紙の言葉を止めて、僚が指摘する。

 見れば男はグレーのISスーツに身を包み、女子はピンクのISスーツをまとっていた。

 

「ああ、そうだったわね。将陵、織斑を更衣室まで案内してあげて。スーツは織斑のロッカーに用意してあるからすぐに分かるわ」

 

「分かりました」

 

「待てオータム。私にあんな色のISスーツを着ろと言うのか?」

 

 女子のピンクの派手なスーツを指差してマドカは抗議の声を上げた。

 

「あれが共通規格だから文句を言うな。それと巻紙先生だ」

 

 拳骨が落とされたマドカは引きづられるようにしてその場を後にした。

 

 

 

 

「くそ……何で私がこんな目に……」

 

 悪態を吐きながらマドカはピンクのスーツを着込んでいく。

 大きな姿見で見る自分の全身像に言いようのない気恥ずかしさを感じてしまう。

 

「おーい、まだか?」

 

「……すぐ行く」

 

 急かす僚の声にマドカは気持ちを入れ替えて、更衣室から出た。

 マドカを待っていた将陵僚はマドカの格好におかしなところはないかを確認して、

 

「それじゃあ行こうか」

 

「……ああ」

 

 頷き、彼の背後を歩きながらマドカは観察する。

 色違いのグレーのスーツを着込んだ年上の華奢な少年。やはり何度見ても男にしか見えなかった。

 

「お前は男だよな?」

 

「そうだけど。女に見える?」

 

「女に見えないから聞いているんだ。ISは女にしか動かせない機械だ。なのに何故、男がその訓練に参加している?」

 

「あれ? 巻紙先生に何も聞いてないの?」

 

「何をだ?」

 

「ISのコアの解析に成功して、今は男用のISコアがあるんだぜ」

 

「そうか……男用のISコアか……そんなものがあるなら納得だ」

 

 頷いて、マドカたちはシミュレーションルームに戻って来た。

 

「って納得できるか! どういうことだオータムッ! 男用のコアとはどういうことだ!?」

 

「授業中に騒ぐな。それから巻紙先生だ。何度も言わせるな!」

 

 掴みかかろうとした巻紙にマドカはアイアンクローで反撃された。

 

 

 

 

 

 

「ぐぬぬぬ……あの猫かぶりが……」

 

「大丈夫かマドカ?」

 

「そこ笑うなっ!」

 

 二時限目が終わりマドカはシミュレーション室の前で水の入ったバケツを持って立たされていた。そこに笑みを作って僚が話しかけてくる。

 

「いや、マドカはおもしろいな」

 

 人の文句を軽くスルーして僚は笑みを深くする。

 

「私は面白くなどない。だいたい私はこんなことをするためにここにいるんじゃない」

 

 二時限目のシミュレーションを使った訓練もマドカにとっては物足りないものだった。

 戦闘訓練ではない、ただの作業訓練だった。

 宇宙空間を想定した無重力状態での機体制御作業は新鮮だったが、マドカが求めていたものとは違っていた。

 

「そうは言っても、俺らの歳じゃ実働部隊に入ることなんてできないぞ」

 

「そんなことは知らん。私はもっと強くなるんだ……強くなって、私は……」

 

 自分がそこにいることとを証明する。

 ここは確かに自分に力を求めない。

 だが、まだ半日も経っていないが、ここは自分がいるべき場所ではないことを痛感した。

 

「こんなことやっていられるかっ!」

 

 バケツを床に下ろしてマドカは叫び、その足で歩き出す。

 

「おい、どこに行くんだよ? 三時間目が始まるぞ」

 

「うるさい! 私は強くならなければいけないんだ! お前達と遊んでいる暇なんてないっ!」

 

「へえ……随分と言うわね織斑」

 

 巻紙の声にマドカは素早く反応し、身構える。

 その姿を見ていた僚はまるで毛を逆立てて威嚇する猫のようだと思った。

 しかし、IS『アラクネ』を展開した巻紙にマドカはあっさりと捕まって説教が追加されるのだった。

 

 

 

 






 マドカとオータムってこんな感じで大丈夫でしょうか?
 マドカはまだ憎しみを肥大化させてないので割りと大人しくしています。イメージは人に懐かない猫。

 Lにするかδにするかはまだ未定です。








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2 呼声-いのち-

 

 

「何をしている?」

 

 学校をサボる気だったマドカが遭遇したのは、今にも死にそうな顔でうずくまる少女だった。

 それが羽佐間翔子と織斑マドカの最初の出会いだった。

 

 

 

 

「何で私がこんなことを……」

 

「文句言わない。ほら、あと五分だよ」

 

 テスト用紙を睨んで唸るマドカに蔵前果林が苦笑しながら指摘する。

 

「分かっている」

 

 そう返しながらマドカは内心で悪態を吐く。

 何故、自分がこんな普通の学生のようにテストなんて受けなければいけないのか。

 こんなことをしている暇があるのなら、ISの訓練を重ねたいというのに、猫を被って先生なんてやっているオータムと目の前のお目付け役が邪魔だった。

 

「くそ……」

 

 残りの五分。

 結局、分からない答えをとりあえず埋めてマドカは机に突っ伏した。

 

「はい、終了。それじゃあ採点するね」

 

 蔵前はマドカからテスト用紙を回収すると赤ペンで丸とバツを付け始めていく。

 丸がつくと安堵して、バツがつくとビクリと身体が震える。

 見ると丸とバツの比率は四対六。

 

 ――だが、まだ点数配分で望みはある……

 

 一縷の希望に縋り、マドカは何度も恨んだはずの神に祈る。

 結果は――

 

「48点……残念、もうちょっとだったわね」

 

 蔵前の答えにマドカはがっくりと項垂れた。

 

「あと2点……私のケーキが……」

 

 50点を超えたら、喫茶『楽園』でケーキを奢ってくれるという約束が儚く散った。

 

「何がおかしい?」

 

 そんなマドカに笑みを浮かべている蔵前に、マドカは拒絶を示して身構える。

 同い年なのだが、勉強を見てもらう時はよくそんな目を向けられる。

 

「ううん、何でもない」

 

 含みを持たせた言い方にいっそう面白くないものを感じた。

 

「くそ……次こそは……」

 

 別にどうしてもケーキが食べたかったわけではないが、もう少しだったと思うと悔しくなる。

 

「そんなに残念だったら、別に奢ってあげるわよ?」

 

「……情けなんていらん」

 

 一瞬、ぐらりと心が揺れたがマドカは突っぱねる。

 それさえもおかしそうに笑われて、何だか内心が見透かされているようで面白くなかった。

 それを気遣ってなのか、蔵前は話題を変える。

 

「マドカはこの後、翔子ちゃんの家に行くんだよね?」

 

「いや、翔子はこの時間だと医院の方に行っているはずだから、そちらに向かう」

 

「そっか……私も一緒に行こうかな」

 

 少し考える素振りを見せて、蔵前がそんなことを言い出した。

 

「そうしてくれると翔子もきっと喜ぶ」

 

 筆記用具とテストを手早く片付けて、マドカは席を立って歩き出す。

 取り留めのない話を振ってくる蔵前にマドカは素気なく相槌を返しながら、その視線は彼女の右腕に吸い寄せられていた。

 

「気になる?」

 

 マドカの視線に気が付いて、蔵前はそれを掲げて見せる。

 それは女物とは思えない白い腕輪だった。

 しかし、一見はアクセサリーにも見えるそれはIS、インフィニット・ストラトスの待機状態のもの。

 蔵前がその気になれば、わずか数秒で今では旧代兵器と呼ばれる銃火器を凌ぐパワースーツをまとうことができる。

 

「本当だったら、翔子ちゃんの専用機になるはずだったんだけどね」

 

 蔵前の呟きにマドカは眉をひそめた。

 

「だが、上層部はお前を選んだ。お前が気に病むことではない」

 

「ふふ、ありがとう」

 

 礼を言われることを言ったつもりはなかったマドカはそっぽを向いて、それを見つけた。

 

「む……?」

 

「どうしたの?」

 

 足を止めたマドカに遅れて蔵前も止まる。

 

「犬と……僚がいる」

 

「え……?」

 

 

 

 

「案外、世話好きなんだな」

 

 肩を貸して支えられている将陵僚はマドカにそんな言葉を投げかけた。

 

「死にそうな顔を、しておいてよく言う」

 

「そうですよ、将陵先輩。今日は日差しが強いんですから無理をしないでください」

 

「いや、今日は体調がいいからいけると思ったんだ」

 

 学園に転入した当日に、実技でペアを組んだ一つ年上の先輩。

 もっとも、それだけで敬う気持ちはマドカにはない。

 

「それでのたれ死んでたら世話がないな」

 

「こら、マドカ」

 

「はは、面目ない」

 

 マドカの毒舌を蔵前が怒り、僚は苦笑する。

 

「二人も病院に行くみたいだけど、羽佐間のお見舞いか?」

 

「……まあ、そんなところだ」

 

「いいな羽佐間は、俺なんて誰も見舞いになんて来てくれないのに」

 

「最年長の生徒代表なのに人望がないんだな」

 

「ちょっとマドカ」

 

「そういうのは甲洋に持ってかれてるな」

 

「でも、もうすぐISの生体維持機能の解析ができるんですよね? それを使えば将陵先輩は」

 

 口の悪いマドカを嗜めて、蔵前は話題を変える。

 

「ああ、シミュレーターでISを使うみたいに俺も走れるようになるんだ」

 

 それを語る僚の横顔は嬉しそうだった。

 僚に限らず、この島には病気を抱えた子供は意外に多い。

 今から見舞いに行く羽佐間翔子もその一人だった。

 兵器運用が主にされている島の外とは違い、島は宇宙開発や医療目的の開発に力を注いでいる。

 現代医学では根治が難しい病気をISの補助を受けることで健康体にする。

 そんな可能性に縋って子供達は親に連れられてこの島にいる。

 

「そうしたらみんなで泳ぎに行きましょうね」

 

「海に囲まれた島でわざわざ水泳を選ばなくたっていいだろ」

 

「そんなこと言わないでよマドカ」

 

「ははは」

 

 軽口を交わすマドカと蔵前に、僚が笑う。

 そこには穏やかな平和が確かに存在していた。

 しかし、それは唐突に破られることになった。

 

 

 

 

「やーやー、みんなのアイドル篠ノ之束だよー」

 

 脳天気な声が蒼い空から降るように島中に響き渡った。

 

「よーやく見付けたぞー! 束さんの大事な大事なコアを好き勝手にいじくるだけじゃなくて、不細工な粗悪品まで作ってくれちゃって。

 お前らほんとに最悪! やっぱり人類なんて箒ちゃんとちーちゃんとくーちゃんといっくん以外、滅んでみんないなくなればいいのに」

 

 それはあまりにも一方的で、あまりにも幼稚な癇癪だった。

 

「と、いうわけで束さんはゴミ掃除することに決めましたー!」

 

 しかし、彼女の手にある力はあまりにも大きかった。

 

 

 

 

 

 

 声に遅れて、あちこちの道路から壁が生え出して町を覆っていく。

 同時に空が消えていき、太陽が別の場所に映り変わる。

 

「第一種警戒態勢!?」

 

「偽装鏡面も解除された」

 

「っ……こんな時に」

 

「蔵前、僚をシェルターに、私は翔子を――」

 

 悔しそうに舌打ちする僚をマドカは蔵前に押し付けようとしたところで動きを止めた。

 

「え……?」

 

 蔵前の背後にそれは静かに落ちてきた。

 地面に着地する瞬間に、浮き上がりPICの作用でその場に静止する。

 そしてそれ、黒い全身装甲型のISは長い腕を振り上げて――

 

「蔵前っ! 後ろだっ!」

 

「逃げろっ! 蔵前っ!」

 

 咄嗟に叫ぶ言葉が二つ重なり、それが蔵前の判断を遅らせた。

 黒い鉄の腕が、横殴りに蔵前の身体を殴り飛ばした。

 空中に投げ出された蔵前の身体が十数メートルの距離を吹き飛ばされ、地面を転がって動かなくなった。

 

「きっさまっ!」

 

 マドカは僚を横に押しのけて、激昂のまま黒いISに向かって駆け出した。

 隠し持っていた銃を抜き、連射する。

 だが黒いISは銃弾を意に介さず、殴り飛ばした蔵前に向かって歩き出す。

 

「くそっ!」

 

 ISに人が扱う銃火器が通用しないことは分かっていたが、マドカは迷わず突っ込んだ。

 マガジンを入れ替えて黒いISの背中に足をかけて駆け上がり、首に組み付いて頭部に銃口を押し当てる。

 そのままマガジンが尽きるまで連射する。

 弾が尽きた銃は空しく引き金が音を鳴らすだけになる。

 だが、黒いISは何事もなかったように歩を進めながら、マドカを掴み無造作に投げた。

 

「マドカッ!」

 

 身体を思うように動かせない僚は声を上げて叫ぶ。

 

「くっ……」

 

 地面を転がるようにして衝撃を散らしてマドカは黒いISを睨む。

 

「マドカ、そいつの狙いは蔵前だ! 蔵前を連れて逃げろっ!」

 

「だがっ!」

 

「早くしろっ! まだ助かるかもしれないんだぞ!」

 

 まだ助かる、その言葉に頭に昇っていた血が一気に引いた。

 

「お前はどうするっ!?」

 

「俺のことはいいっ! 早くしろっ!」

 

「っ……」

 

 それ以上の問答をしている暇はなかった。

 倒れたまま動かない蔵前の元に辿り着いた黒いISは彼女に向かって手を伸ばす。

 

「させるかっ!」

 

 その手が触れる寸前にマドカはかっさらうように蔵前の身体を抱きかかえて手をかわした。

 

「蔵前っ! しっかりしろ蔵前っ!」

 

 声をかけつつ、マドカは彼女の身体を走り易いように抱え直す。

 黒いISは余裕のある緩慢な動作でマドカを、蔵前を追って顔を動かした。

 マドカは適当な路地に入って、黒いISの視界から逃げる。

 小柄なマドカだが、鍛えているだけあって蔵前の重さは苦にはならない。

 そして幸か不幸か、黒いISは僚に目もくれずに自分たちを追ってきた。

 

「オータムッ! 返事をしろオータムッ!」

 

「うるせいっ! こっちは今緊急事態で手が放せねぇんだよ!」

 

 通信機に怒鳴るとすぐに声が返ってきた。

 

「緊急事態はこっちも同じだ。市街地の中に黒いISが侵入している。蔵前がやられた」

 

「んだとっ!? 外の進行は陽動か…………五分持たせろ」

 

 それだけ言うと通信が一方的に切られる。

 それに文句を言うことはしない。

 おそらく向こうも敵ISと交戦しているのだろう。

 

「どうする……どうすればいい……」

 

 自分が持っている武器ではあの黒いISにダメージを与えられない。

 ただ逃げることしかできない悔しさにマドカはただ唇を噛み締める。

 

「――――カ」

 

「っ……蔵前、大丈夫か? しっかりしろ」

 

 か細い、それでもはっきりした声にマドカは呼びかける。

 

「…………こ……れ……つか……って……」

 

 途切れ途切れの言葉。

 蔵前は緩慢な動きで白い腕輪を外すと、マドカに差し出した。

 

「何を言っている!? ISには生体維持機能がある。むしろお前が使えっ!」

 

 蔵前は力をなく首を横に振り、マドカの手にISを押し付けて気を失った。

 

「おい、蔵前っ! 蔵前っ!」

 

 何度呼んでも返事はない。

 

「くそっ……」

 

 マドカは黒いISを早急に倒すべきだと判断し、蔵前の身体を物陰に隠して腕輪をはめた。

 意識を集中させる。

 今のこのISは蔵前用にフィッティングされている。

 そして自分のIS適性はDランク。

 その上、敵の力は未知数。

 不利な要素しかない。

 

「それでも……」

 

 自分がやらなければ、蔵前が、僚が死ぬ。そして島が壊される。

 何より、これはマドカが願った絶好の機会でもあった。

 

「来いっ! 白式っ!」

 

 マドカの身体が光に包まれる。

 頭に流れ込んでくる情報。そして身体に巡る久方振りの感覚。

 数秒もしないで、マドカは『白』に包まれた。

 

「武装は……ショートブレードとハンドガンだけだと!?」

 

 ISを装着した高揚はすぐに消え失せた。

 黒いISはそれまで悠然と歩いていたが、マドカがISを展開した途端にスラスターを吹かして殴りかかってきた。

 

「くっ……」

 

 目的が蔵前から自分に変わった。それがISを狙ってのものだとマドカは理解する。

 マドカはブレードを呼び出して黒いISの拳の盾にして受け止めた。

 豪腕に吹き飛ばされたマドカは二件の家を貫通して地面に着地する。

 

「くそっ……身体が重い……」

 

 他人用の設定なのだから当然の重さ。それでも歯噛みせずにはいられなかった。

 黒いISに腕を差し向けられ、敵性のロックと熱源をハイパーセンサーが捕らえる。

 咄嗟にマドカは白式を上に飛ばす。

 直後、高出力のビームがマドカの背後にあった家を焼いた。

 

「くらえっ!」

 

 急上昇を急降下に変えて、マドカはブレードを身体ごと突き刺しに行く。

 しかし、刃先は黒いISの装甲に空しく弾かれ、黒いISはその腕でマドカの首を掴んだ。

 そして掴んだまま、腕に内蔵されたビーム砲が目の前でチャージされていく。

 

「放せっ!」

 

 ブレードをがむしゃらに振るい、足で何度も蹴りつけても黒いISはびくともしない。

 今にもビーム砲が発射される。

 その瞬間、マドカは髪の長い少女の幻影を見た。

 

 ――  ――

 

 少女が口を動かすが、それは声としてマドカの耳には届かなかった。

 それでも、何を言われたか理解したマドカは叫び答える。

 

「私は、ここにいるぞっ!」

 

 マドカの叫びに呼音するようにブレードが黒いエネルギーフィールドをまとう。

 同時にISの装甲が最適化して変化する。

 横に薙いだブレードが黒いISのシールドと装甲を切り裂き、拘束が解ける。

 内包がしたエネルギーが暴走して黒いISの腕が爆発する。

 距離を取ってその爆発から逃れていたマドカは助走をつけて、斬りかかった。

 

「おおおおおおっ!」

 

 距離を詰めるマドカを迎撃するように突き出された拳を掻い潜ってマドカは黒いISを斬り裂いた。

 胴を両断された黒いISはそのまま崩れ落ちる。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……無人機だと?」

 

 無我夢中で戦い、終わってから人を殺したと思ったが、切断面に人体はなく機械で埋め尽くされていた。

 ISの無人操縦技術など聞いたこともないが、これが篠ノ之束が送り出してきたものならありえると納得する。

 

『機体損傷大。帰還不能と判断。自爆します。ごー……ぜろ』

 

「なっ!?」

 

 カウントダウンすると思わせて、即座に自爆した黒いISに悪意を感じながらマドカは爆発に飲み込まれた。

 

「く……」

 

 しかし、絶対防御が発動し、機体は大きく損傷したがマドカは無事だった。

 

「あの駄ウサギが……」 

 

 恨み言を漏らしながら、マドカはISを解除して一息吐く。

 そして、爆発して散らばった黒いISだったものを見下ろしてマドカは口の端を吊り上げて笑――

 

「おい蔵前っ! しっかりしろ、蔵前!」

 

 僚のその声にマドカは表情を強張らせて駆け出した。

 彼女を隠しておいたそこは戦闘の余波を受けたわけではなかった。

 しかし、僚が抱えて呼び続ける蔵前は身体を弛緩させたまま、ぴくりとも動かなかった。

 

「目を開けてくれ蔵前っ! 返事をしてくれよ、なあ!」

 

 悲痛な僚の叫びにマドカはその場に立ち尽くすことしかできなかった。

 

「くら……まえ……?」

 

 もう彼女が目を覚ますことは二度となかった。

 

 

 

 

 

「お……?」

 

 白騎士のコアを回収に向かわせたゴーレムの反応が消えて束は眉をひそめた。

 

「ふーん、そかそか」

 

 必要ないと思って送られてくる情報を共有していなかったが、別に不都合など感じない。

 

「無駄に頑張るねー……どうせみんないなくなるのに」

 

 進行させているゴーレム。そこに予備戦力を投入して一気に片をつけようと、束は指示を出そうとして――止めた。

 

「せっかくだから、すぐに壊したらもったいないか……うん」

 

 目障りなゴミだと思っていたが、ゴーレムを退けるだけの力があるということで、興味をゴミからおもちゃにランクアップさせた。

 束は残っているゴーレムに撤退の指示を送る。

 

「ちょうどいいから他のゴーレムのテストもしよーかなー」

 

 束は上機嫌に次の進行計画を考え始めた。

 

 

 






 この話の白式は倉持技研で放置されていたのを回収したため、零落白夜も雪片弐型も搭載していません。



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3 少女ーアルヴィスー

 

 

 篠ノ之束の襲撃の翌日、その戦闘でなくなった者の葬儀が行われた。

 マドカも喪服を着て出席する。

 そこには島中の人が全てそこにいるのではないかと思うほどの大勢の人たちが集まっていた。

 

「蔵前……」

 

 マドカは蔵前に対して焼香を捧げたが、涙は出なかった。

 この島に来る以前、人の死など何度も経験した。それこそこの手で命を奪ったことさえあった。

 しかし、その時には感じなかった気持ちが胸を締め付ける。

 学校の生活ではよく勉強を見てもらった。

 周りに馴染めない自分に積極的に話しかけてくれた。

 翔子を含めて、三人で買い物に行った。

 何故だろう、言葉が出てこないのに、思い出が次から次へと脳裏を駆け巡る。

 

「よう……」

 

 葬儀場から出るとマドカを待っていたのか、僚が話しかけてきた。

 

「正式に白式はお前のになったんだってな?」

 

「……ああ」

 

 あれほど欲しがっていた『力』を手に入れたというのにマドカの心には喜びは湧いてこなかった。

 

「俺さ……予備兵に志願したんだ」

 

「……自分が何を言っているのか分かっているのか?」

 

「ああ」

 

「授業のように性能を落としたISによる作業訓練なんかじゃないんだぞ」

 

「分かっている」

 

「戦いは大人たちに任せておけばいいんだ」

 

「でもお前も戦うんだろ?」

 

「私は特別だ」

 

「志願したのは俺だけじゃない。操縦者のクラスの奴はほとんどが志願している」

 

「馬鹿なっ! 何を考えているんだあいつらは!?」

 

「分からないのか?」

 

「っ……」

 

 いつもの気だるげな言葉ではなく、真剣な鋭い眼差しで僚が言った。

 

「俺達がこの島が好きだからだよ」

 

 その言葉に、憤りを感じていたはずのマドカは何も言い返せなかった。

 

 

 

 

「それではこれから貴方達、予備兵の戦闘訓練を始めます」

 

 オータムは僚たちを整列させた。マドカは僚たちと対するオータムの後ろに休めの体勢で彼らを見ていた。

 

「まず最初に言っておきますが、私たちは予備兵である貴方達を戦場に出すつもりはありません」

 

 その一言に僚たちはざわめき出す。

 それをぱんぱんっと手を叩いて静め、教師モードのまま、オータムは説明を続ける。

 

「この島は元々、研究施設であるため多くの戦力は保持していません。

 それに対して敵はあの篠ノ之束、いくらISが一軍に匹敵する力を持っていても彼女相手には意味はないでしょう」

 

「それならなおさら戦力は少しでも多い方がいいんじゃないですか?」

 

「素人なんて逆に足手まといだ、身の程を弁えろガキ共」

 

 誰かの呟きをオータムは容赦なく切って捨てる。

 

「実戦が可能なISは私と織斑を含めて五機。ですが、一週間後に組織の実働部隊と合流することができます」

 

 その言葉に緊張していたクラスメイトたちはあからさまに安堵していた。

 

「貴方達に訓練を課すのはあくまでも緊急時を想定してのものです。それを忘れずに訓練を行ってください。蔵前のようになりたくなかったらな」

 

 

 

 

「あれが亡国機業製のIS、ファフナーか」

 

 モニターの向こうで歩行訓練を行っている全身装甲型のISを眺めながらマドカは呟いた。

 

「初めて本物のISを動かすにしてはマシな方か」

 

 同じものを見ていたオータムも自分の考えていることをもらす。

 

「今までは訓練用のシミュレーターでの簡素な宇宙服での無重力作業だからな。

 パワーアームやレッグパーツのイメージ操作。それにPICでの移動出力の違いに翻弄されているんだろう」

 

「そんなことは分かってんだよ。まあ適性はバラバラだったからこうなるのは分かっていたんだがな」

 

『うわああああっ!』

 

『このっ! 言うことを聞けっ!』

 

『うおおおおっ! ゴウ・バ――うわあ!?』

 

 通信越しに操縦者達の悲鳴が聞こえてくる。

 しかし、そんな中で歓声を上げている者が二人いた。

 

『すごい、こんなに速く走れる!』

 

『私、飛んでる!』

 

「将陵と羽佐間か。羽佐間はもう飛行プログラムに入ったか。流石は適性『S』ランクだな」

 

 オータムの呟きにマドカは顔をしかめた。

 適性値『S』。それはブリュンヒルデやヴァルキリーといった世界最強に属するものの適性。

 最もISを動かすのに理想的な数値。

 ただの理論値でしかないと今までは割り切っていたが、目の前で彼女の動きを見せられるとその才能を認めないわけにはいかない。

 そして、マドカは親友とも呼べる彼女に嫉妬を感じてしまう。

 

「即戦力になりそうなのはこの二人だけか」

 

「だが、この二人は病気持ちで基本の体力値が低い。実戦に耐えられるとは思えないが?」

 

「何にしても私達が一週間、持ち堪えればこいつらの出番はねえよ」

 

「合流する部隊はスコールのモノクローム・アバターとキースのアルゴス小隊だったか?」

 

「ああ、キースはともかくスコールが来てくれれば戦力は十分だ。あとはあの駄ウサギが飽きるのを待てばいい」

 

「こちらから打って出ることはしないのか?」

 

「向こうの居場所が特定できたらそれも考えるが、今のところは難しいだろうな」

 

 消極的で弱気な発現にマドカは苛立ちを感じる。

 蔵前の仇が目の前にいるのに、手出しができない歯痒さにマドカはその苛立ちを募らせることしかできなかった。

 

「ここはもういいから、お前は白式の調整に戻りな」

 

「私は――」

 

「それともマドカちゃんはお友達が心配でここを離れたくないのかな?」

 

「誰が翔子や僚の心配なんてするかっ!」

 

 オータムに怒鳴るように言葉を返してマドカはモニタールームから出て行った。

 

 

 

 

「篠ノ之束が作ったISコアにはいくつかの問題がある……か」

 

 整備棟に向かいながらマドカはオータムに渡された資料にマドカは目を通していた。

 

「一つは操縦者ではなく、製作者の篠ノ之束の命令を最優先で聞く、マスタープログラム。

 もう一つは、そのISに現在使われている技術情報と位置情報をコアネットワークを通じて篠ノ之束の元に送られるスパイプログラム」

 

 あっても不思議ではない機能だとマドカは思った。

 組織が回収したコアはその二つの機能を解除されている。

 

「白式は篠ノ之束製のISだった。ならば、何故ゴーレムは蔵前を襲った?」

 

 島には束製のISコア以外のコアも存在している。

 オータムの『アラクネ』がそれであり、他にも実機に搭載していないが研究用にいくつか存在している。

 ならば、他のコアよりも白式のコアは特別だったのだろうか。

 

「白式……しろしき……白騎士……まさかな……」

 

 簡単なアナグラムにマドカはその考えを否定した。

 エレベーターが止まり、目的の階に着くとマドカは端末を閉じて、歩き出す。

 

「……ん?」

 

 不意に何かの気配を感じた。

 

「風……? いや、違う……」

 

 懐の銃を確かめてマドカは気配を追い駆ける。

 気配は姿を見せず、それでいてマドカをどこかへと導くように彼女を感覚を刺激する。

 

『アナタのIDではこれより下へ行くことはできません』

 

「ちっ……」

 

 閉ざされた隔壁を開こうとしたら返ってきた言葉にマドカは踵を返す。

 

「何……?」

 

 しかし、振り返った背後で重い音を立てて開かなかった扉が開いた。

 

「どういうことだ?」

 

 侵入者かと思ったが、そうではない。

 誰かが警備システムを使って自分を誘導しているのが分かる。

 

 ――島の人間ではない。ならば、篠ノ之束か……?

 

 考えて、マドカは首を振って否定する。

 自分と彼女の面識はないし、今の警戒態勢の中でシステムにハッキングを仕掛けてきたのなら誰かがすぐに気がつくはず。

 

「行くしかないか」

 

 気配が早く早くと急かしているように感じた。

 扉の先は下へと向かう長い階段だった。そして降り切った先には、それまでの機能的な殺風景な廊下ではなく厳かな大きな扉があった。

 

「何だこれは……?」

 

 明らかに特別な何かがあると思わせる扉はマドカが近付くと、勝手に開く。

 中は円状の広い空間だった。

 中央には緋い光を灯すカプセルが一つだけ。

 身を隠せるのはその背後くらいしかない部屋だが、そこに入った途端感じていた人の気配はなくなっていた。

 

「…………女の子?」

 

 カプセルの中には一人の女の子がいた。

 その子にマドカは見覚えがあった。

 

「あの時の幻……何故こんなところに?」

 

 ゴーレムとの戦いの時に見た幻影の少女。

 いったいここは何の施設なのかとマドカは探ろうと辺りを見回し――

 

「そこで何をしている!?」

 

「っ……!?」

 

「銃を捨てて、ゆっくりとこちらに振り返れ」

 

 マドカは一瞬、抵抗を考えたがすぐにその考えを捨てて言われた通りにする。

 振り返ったマドカが見たのは髭面の壮年の男。

 マドカの立場からすれば山の頂上に近い場所にいるはずの男、ナレイン・ワイズマン・ボース。

 

「ナレイン司令補佐……えっと……私は……」

 

「君は……織斑マドカ君だったね。何故君がここに? 君のIDではここに入る権限はないはずだ」

 

 言葉には強い警戒が含まれていた。

 下手な言い訳をすれば問答無用で撃たれる。

 だが、正直に言おうにも、人の気配を追い駆けたらロックされていた隔壁が勝手に開いたなどと言って信じてくれるとは思えない。

 

「実は――」

 

 もっとも、それが事実なのだから考えた結果、マドカはそのままここに来た経緯を話した。

 

「ふむ……少し待ち給え」

 

 だが、突拍子のないマドカの説明をナレインは一笑せずに通信でどこかに確認を取る。

 

「……どうやら本当のようだ」

 

 そう言って拍子抜けするほど簡単にナレインは銃を下ろした。

 

「いや……いいのか、それで?」

 

「ロックの開放はこの部屋から行われている。君は彼女に招かれたのだよ」

 

「彼女……?」

 

 マドカは振り返ってカプセルの少女を改めて見る。

 

「この子はいったい?」

 

 年の瀬は自分よりも少し幼い。そんな子が機械につながれて羊水のような液体に浮かんでいる。

 それが普通ではないことはすぐに分かる。

 

「この子は私たちの希望だ」

 

「希望? この子が?」

 

 優しげな眼差しで少女を見上げるナレインの言葉をマドカは理解できなかった。

 

「この島には現代医学では治療の見込みがない病に冒されている子供が多くいるのは知っているね?」

 

「はい」

 

「この子もその一人だった。この子の場合は最初期に篠ノ之束が作った純正のコアで延命を行った。

 だが、あらゆる手を尽くしはしたが、結局この子は帰らぬ人となってしまった」

 

「まさか、死体を処分することができない。なんて女々しい理由でこんな施設を?」

 

「いいや。この話にはまだ続きがあるのだよ」

 

 マドカは口をつぐんでナレインが語るのを待つ。

 

「心臓が止まり、脳波も消えた。生命反応は完全に消失した。

 だが、彼女に装着していたISは外れるどころか、彼女の中に取り込まれた。

 いや、コアが彼女の中に入っていったと表現する方が正しいのだろうな」

 

「コアが人体に入り込んだ? まさか人体が機体の代わりになったというのか!?」

 

 にわかに信じがたい話だが、彼が嘘を言っているようには見えなかった。

 

「それだけではないよ。生命維持装置を介してコアは島のシステムとも繋がり、ISとしての機能を島のシステムに拡張させている。

 この島がただの人工島にならず、ステルスシステムを持つ移動要塞となったのはこの子のおかげなのだよ」

 

 あまりのことにマドカは絶句した。

 光学迷彩や、シールドバリヤー。それに島という巨大な質量を動かす動力。

 その全てがIS由来のものだとは思っていなかった。

 

「それじゃあ、まさかこの島がISそのものだと言うんですか?」

 

「私も未だに信じられないがね」

 

 マドカの驚きに共感するようにナレインは苦笑する。

 

「コアを複製再現できたとはいえ、篠ノ之束が作り出した自己進化プログラムは未知数の代物だ。

 彼女の身に何が起きているのかは私たちにもまだ分かっていない。だが、一つ確実に言える事は彼女が生きているということだ」

 

「生きている?」

 

「消えたはずの脳波が蘇り、一年前からは止まったはずの心臓が再び鼓動を始めた。

 未だに彼女の意識は戻っていない。目覚めたとしても、それが元の彼女の人格なのか、それともISコアの人格が覚醒するのか分からない」

 

 ISには意識に似た何かが存在しているということはマドカも座学で学んでいる。

 しかし、ISが人となると言われても困惑しか感じなかった。

 

「コアとの会話が成功すれば、篠ノ之束には到達できない何かを得ることができる。私はそう考えている」

 

 おそらく、白式の単一仕様能力を発現させたのは彼女によるものだろうとマドカは漠然と思った。

 彼女の加護をその身で受けたマドカからすれば、ナレインの言う希望も間違いではないと思える。

 

「あの……」

 

「ん……?」

 

「この子の――」

 

 言いかけたところで、マドカとナレインが持っていた通信端末が鳴り始めた。

 二人は同じ動作で通信回線を開いて用件を確認する。

 

「敵襲のようだな」

 

「そのようです」

 

 元来た道を戻ろうと、駆け出そうとしたところでマドカはナレインに呼び止められた。

 

「織斑マドカ君」

 

「何ですか?」

 

「この島と島に住む人たち、そしてこの子を守るために君の力を貸してほしい」

 

「え……?」

 

 ナレインの言葉にマドカは虚をつかれた。

 『力』なんてないと誹られてきたマドカにとっては思いもよらない言葉だった。

 なのに、彼はマドカに『力』があると言った。

 

「この子の――」

 

 不思議な高揚感を胸に感じながら、マドカは少女を見上げてナレインに尋ねた。

 

「この子の名前は、何ですか?」

 

 ナレインはマドカと同じように少女を見上げて答えた。

 

「この子の名は皆城乙姫という」

 

 

 

 



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4 旅路ーなかまー

 

 

 実働部隊との合流まであと七日。

 

 アラクネの蜘蛛の糸がゴーレムの動きをからめ取る。

 

「やれ、織斑っ!」

 

 オータムの叫びにマドカは黒いエネルギーフィールドを纏った黒剣を振り抜いた。

 驚くほどに抵抗は少なく、刃はゴーレムを両断した。

 マドカはすぐにその場を離脱して、ゴーレムの自爆から退避する。

 

「残敵なし、状況は終了だ」

 

 オータムの言葉にマドカは張り詰めていた緊張を解いて息を吐いた。

 二度目の侵攻は大きな損害もなく、終了した。

 

 

 

 

 

 

 戦後処理を終えた時にはもうすっかり夜の時間だった。

 

「今日はこっちに泊まるか」

 

 迎撃に成功しても準警戒態勢は解かれていない。

 こんな状況では学校も休校しているため、地上の自分の家に帰る必要性はあまり感じなかった。

 

「どうせ誰もいない家だしな」

 

 自嘲気味に呟き、地下施設にある自分の自室を目指して歩き出す。

 部屋からちょうど11歩の距離にある自動販売機で適当な缶ジュースを買ってそのまま部屋に向かう。

 

「あ、マドカ。お帰り」

 

「え……?」

 

 ドアを開くとマドカを迎える声があった。

 

「翔子……それに……甲洋」

 

 部屋にいたのは彼女だけではなかった。

 春日井甲洋。

 学校で一番もてている軟派な男。何故か翔子に付きまとうその男の姿を見てマドカはあからさまに顔をしかめた。

 

「おい甲洋。翔子をこんな時間まで連れ回して何を考えている?」

 

 翔子は先天的な内臓疾患で島で一番身体が弱い。

 今は即戦力の予備兵ということで、複製ISコアを与えられ、その生体維持機能のおかげで彼女は健康体として動くことができる。

 しかしだからといって、無茶をしていい理由にはならない。

 マドカは甲洋を責めるように睨む。

 

「いや……これは……その……」

 

「ち、違うのマドカ」

 

 うろたえる甲洋を翔子が庇う。

 

「春日井君は私の我儘を聞いてくれただけなの」

 

「我儘?」

 

「こ、これ!」

 

 そう言って翔子が差し出したのはバスケットだった。

 開けて中を見てみると、サンドイッチにフライドチキンなどが詰まっていた。

 

「これは……?」

 

「マドカの夕食……マドカは放っておくと食べなかったり簡単なもので済ませようとするから春日井君に頼んで作ってもらったの」

 

「家はほら、喫茶店だからさ」

 

「む……」

 

 翔子の指摘にマドカは反論の言葉を詰まらせる。

 缶ジュースを飲んだらそのまま寝てしまおうと思っていただけに翔子の言葉を否定することはできなかった。

 

「いや……だが……」

 

「ああ、一応日持ちがするものにしたから明日の朝食にしてくれてもいいよ」

 

「甲洋のくせに生意気だぞ」

 

 完璧な気遣いをする甲洋にマドカは悪態を返していた。

 

「あ、あと……これっ!」

 

 次に翔子が差し出したのは小さな御守りだった。

 

「お守りっ、みんなから」

 

「中を見てみてよ」

 

 翔子の言葉に甲洋が補足を付け加える。

 首を傾げながらマドカは小さな紫の布袋の中から折りたたまれた紙を取り出した。

 

「これは……」

 

 促されるままに紙を広げてみると、そこには所狭しと書き込まれた言葉があった。

 

『頑張れ』

 

『みんなを守ってくれてありがとう』

 

『明日の朝日を信じて戦う。それが機動侍!』

 

 その寄せ書きを見たまま、マドカは固まった。

 

「マドカ、もしかして泣いてる?」

 

「なっ!? そんなことあるかっ!」

 

 翔子の指摘にマドカは声を大きくして返し、泣いてはいないが服の袖で目元をこすった。

 

「マドカ、ちゃんと帰ってきてね」

 

「……ああ」

 

「今はまだマドカと一緒に戦えないけど、私、頑張ってマークゼクスの操縦者になるから、マドカみたいになるから」

 

 その言葉にマドカは少なからずの衝撃を受けた。

 自分が誰かの憧れになれるなど考えたことはなかった。

 出来損ない。そう言われ続け、力を、そこにいるんだと示すために戦ってきたつもりなのに。

 翔子に、織斑マドカはここにいるのだと肯定された気がした。

 

 ――守ろう……

 

 翔子だけではない。

 寄せ書きが詰められたお守りを握り締めながらマドカは、強く思った。

 

 ――みんなを守りたい……

 

 今までただ力を求めいたマドカは初めて力の使い方を考えた。

 

 

 

 

 実働部隊との合流まであと六日。

 

 三度目の強襲で、一機のISが大破して戦死者が出た。

 そのことも衝撃だったが、何よりもシールドバリアーの無効化という事態が動揺を強くした。

 

「っ……」

 

「すこし我慢してね」

 

 左肩の火傷の治療にマドカは呻く。

 

「しかし、シールドバリヤーの無効か……」

 

「元々が篠ノ之束によって作られた技術だ。それができたところで不思議ではない」

 

 その治療の横でオータムが一人の男と交わしている会話をマドカは聞いていた。

 男の名前はウォルター・バーゲスト。

 男性用コア搭載型IS、ファフナー・グノーシスモデルの操縦者。

 子供であるマドカが戦場に出るのをよく思っていないのか、率先して戦場でマドカを敵の攻撃から守ってくれている。

 今回の負傷も、彼のおかげでこの程度で済んだとも言えた。

 

「絶対防御が当てにできないなら後発のファフナーは全身装甲型にするべきだな。それからマドカの白式も全身装甲にした方がいいだろう」

 

「私なら大丈夫だ。それよりも盾になってくれているウォルターの機体の防御力を上げるべきではないか?」

 

 ウォルターの言葉にマドカは寝台に横になったまま応える。

 

「いいや。ウォルターの言うとおりだ。お前の単一仕様能力、零落白夜もどきが私たちの戦力の要だ。お前に抜けられると困るんだよ」

 

「だが、次の襲撃に間に合わせることはできないだろ?」

 

 マドカの指摘にオータムは忌々しいといわんばかりに舌打ちをした。

 

「適当なメットとボディアーマーでも着込んどけ、何もないよりかはましなはずだ」

 

 妥協案を上げると、ウォルターが話題を変えた。

 

「それからメガセリオンとベイバロンのことだが」

 

「ああ、コアの回収はできたのか?」

 

「メガセリオンの方はゴーレムに奪われたがベイバロンの方は回収できた。だが、操縦者は重体でもう戦線に出るのは無理だろう」

 

「操縦者の代わりは?」

 

「アイがすでに初期化して最適化を始めている。修理も含めて十時間後に戦線復帰できるだろう」

 

 アイシュワリア・フェイン。マドカよりも少し年上で軍事訓練を受けているが、彼女は新兵で確かそれほどISの稼働時間は長くなかったはず。

 そんな兵員を投入しなければならないほどに自分達は追い詰められていた。

 

「やはり最適化ではなく、汎用化にして一つの機体を複数人で使い回した方がいいのではないか?」

 

「それも考えたが、新兵を反応の鈍いISに乗せたら被弾率が増えるだろ?」

 

「だが、この出撃頻度では疲労でミスが出てくる可能性だってある」

 

 オータムの主張も、ウォルターの主張もどちらも一長一短だった。

 

「そもそも、他に戦力として使える奴はいるのか?」

 

「オルガ・カティーナ・ベトレンコと他二名が機体があれば戦闘に参加することはできるだろう」

 

「そうか……なら、そっちの案でベイバロンは調整してくれ」

 

「了解した」

 

「それから、ウォルターと私はこのまま準待機。マドカ、お前はここできっちり休んでおけ」

 

「私はまだ大丈夫だ!」

 

 オータムの指示にマドカは大声を上げて反論した。

 

「バーカ、敵がまだ来てない時に粋がってんじゃねえよ糞ガキ。

 てめえはとっととその身体を治して大人しく身体を休ませろ。ついでに白式に追加装甲もつけておくからな」

 

「だが、負担はお前達と同じはずだ。私だけ休むなんて――」

 

「単一仕様能力を使っているお前の方が負担は大きいだろ。

 それに言っただろ。お前の零落白夜もどきが攻撃の要だってな。疲れて肝心な時に使えなかったら後ろから撃つぞ」

 

「う……」

 

 オータムに凄まれてマドカはたじろぎ、結局彼女の指示に従うことになった。

 

 

 

 

 

 実働部隊との合流まであと五日。

 

 その日、マドカを欠いた三人編成でゴーレム五機の撃退に成功した。

 そのことに少しだけ残念な気持ちになるが、戦死者が出なかったことにマドカは喜んだ。

 また、翔子たちも訓練で忙しいのか、その日に彼女達に会うことはなかった。それを少し寂しいと感じた。

 

 

 

 

 実働部隊との合流まであと四日。

 

 その日は小型ゴーレムの群れとの戦闘だった。

 一個体は最初のゴーレムほど強くはないが、数百におよぶ敵の数は脅威だった。

 ツインドックをローテーションしてシールドエネルギーや弾薬の補給をしながら戦って五時間。

 最後の一機を落とした時、専用機持ちとして最も長く戦っていたマドカとオータムは疲労から倒れた。

 

 

 

 

 実働部隊との合流まであと三日。

 

 

「マドカッ!!」

 

 仮眠室に駆け込んできた甲洋の大声にマドカは弾かれるように起き上がった。

 

「何だっ! また敵襲か!?」

 

 身体は昨日の疲れを残していてだるさを感じるが、泣き言は言ってられない。

 マドカはベッドから降りて、身体を屈伸して調子を確かめる。

 

「なに呑気なことしてんだよ!? 戦闘はもう始まってるぞ!」

 

「何だと……?」

 

 甲洋の言葉にマドカは慌てて自分の携帯端末を確認する。

 非常召集がかけられているが、それを消した形跡がある。

 寝惚けて切ったにしては、ベッドとテーブルでは距離があって考えられない。

 

「早くしてくれマドカ、羽佐間と将陵先輩が――」

 

 その言葉にマドカは甲洋を部屋に置き去りにして駆け出していた。

 

 

 

 

 ファフナー・ノートゥングモデル。

 それまでの装着型のグノーシスモデルとは違い、対絶対防御無効処置として作り出された全身装甲型IS。

 後発のために実験的に先行させて作られた六番機、マークゼクスが羽佐間翔子に与えられた専用機だった。

 

「ああああああああああっ!」

 

 マークゼクスは絶叫を上げながらロングソードをがむしゃらに振り回した。

 いくらIS適性が高くても翔子は戦闘の素人。

 振り回した剣は当たりはしても、刃筋が立ってないため斬ることはできなかった。

 

「っ!」

 

 ロングソードが掴まれて、片手で握り潰される。

 ゴーレムはそこから身体を回して、人間のような動作でマークゼクスを蹴り飛ばす。

 

「ぐっ!」

 

 息を詰まらせながらも翔子はマークゼクスの体勢を立て直して、背部のスラスターを全開にしてゴーレムに体当たりをした。

 

「うああああああああっ!」

 

 ゴーレムを壁に叩きつけ、押し付けたままマークゼクスは小振りのナイフ、マインブレードを何度も叩きつける。

 

「この島からっ、いなくなれっ!」

 

 何度も叩き付けた切っ先が装甲の間に入り込んで深々と突き刺さる。

 マークゼクスは突き刺さったナイフに横向きの力を入れて刀身を折り、そこに内蔵された爆薬を起爆する。

 その爆発に頭をもがれて機能停止したゴーレムは次の瞬間に自爆した。

 

「きゃあっ!?」

 

 逃げ遅れたマークゼクスはその衝撃を受けて吹き飛ばされる。

 

「私は……まだ……戦える……みんなを守ってくれているマドカを……私が……」

 

 痛む身体をなんとか立ち上がらせると、新たなゴーレムが現れた。

 

「ぬああああああっ!」

 

 ハンドガンを展開して乱射する。

 が、元々の火力不足の銃弾では何発撃ってもゴーレムの装甲に弾かれるだけだった。

 瞬く間に弾が尽きる。

 翔子は二度三度、空撃ちをしてからマガジンを取り替えようとして――

 

「っきゃあああっ!?」

 

 上空から急降下してきた別のゴーレムの体当たりにマークゼクスは吹き飛ばされた。

 全ての武器を失い、地に倒された翔子が感じたのは悔しさではなかった。

 

「こんな風にマドカは戦っていたんだ」

 

 苦しい辛い、そして怖い。

 だが、マドカは一度もやめたいとは言わなかった。

 そして動けなくなるまで彼女は戦った。

 

「私もマドカみたいに……戦うっ!」

 

 だが、意志も空しくゴーレムが動けなくなったマークゼクスに腕のビーム砲を向けて――

 

「させるかぁっ!」

 

 地上スレスレを滑空して現れたマドカが黒剣を二閃し、すれ違い様に二体のゴーレムを斬り捨てた。

 

「マドカ……何で……?」

 

 加速の慣性を制御をミスしたのか、マドカは足で地面に跡を刻んでマークゼクスの前から滑って行く。

 ようやく止まったところで、マドカはバタバタと走ってマークゼクスの前に戻ってきた。

 

「何で……は……こっちのセリフだっ!」

 

 非常召集に気付かないほどに疲れ切っていたマドカは、顔色を悪くしながらも翔子を怒鳴りつけた。

 手に持っていたのが剣でない別の何かだったなら、容赦なくマークゼクスの頭に振り下ろしていそうな剣幕でマドカは黒剣を突きつけた。

 

「これはっ! 訓練じゃない実戦なんだぞ! しかもISの安全性なんて当てにならない戦争だ! 本当に死ぬんだぞっ!」

 

「分かってる」

 

「分かってないだろ! お前が死んだら容子おばさんだって悲しむんだぞ! 私だって、お前がいなくなったら……」

 

 マドカは言いかけた言葉を飲み込んでしまうが、翔子には彼女が何を言いたいのか十二分に分かった。

 

「私、ISに乗れば飛べる……今まで何もできなかった私だけど、生まれて初めて自分にできる、自分にしかできないって言われたの」

 

 その気持ちは図らずともマドカが抱えるものと似ていた。

 

「私は……自分の意志で戦いたいの」

 

 翔子の言葉にマドカは数秒、マークゼクス越しの目で見つめ合った後に、おもむろに背を向けた。

 

「あ……」

 

「まだ敵は残っている。僚も戦っている」

 

「マドカ……」

 

 マドカは自分のパススロットにあるハンドガンを使用許諾を出してマークゼクスに放り投げて渡す。

 

「今は時間がない。戦闘が終わったら説教を覚悟しておけ。それから何を言ったか知らないが、容子おばさんにちゃんと謝れ」

 

「うんっ!」

 

 飛び立った白式を追って白亜のマークゼクスが飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 実働部隊との合流まで二日。

 

 

 昨日の独断専行ながらも、実戦を経験した将陵僚と羽佐間翔子は正式な防衛戦力として認められることになった。

 僚はオータムとベイバロン、翔子はマドカとウォルターの三人でそれぞれトリプルドックを組むことになった。

 ゴーレムも強化され、襲撃はより激しいものへとなった。

 しかし、背中に守るものを実感したマドカは獅子奮迅の活躍を見せ、誰も死なせなかった。

 その背に、誰かがこう言った。

 

「まるでブリュンヒルデだ」

 

 

 

 

 

 そして、運命の分起点となるその日を迎えた。

 

 

 



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5 組織ーゆがみー

 

 

 

 

 

『力を欲しますか?』

 

 何処ともしれない蒼穹の空の下で織斑マドカは白い騎士に尋ねられた。

 

『力を欲しますか?』

 

 繰り返される問いかけにマドカは答えることができなかった。

 以前なら、即答で欲しいと答えていた。

 なのに今は以前のような力への渇望はなかった。

 

「力なら……もう私は持っている」

 

 

 

 

「おいマドカ……マドカ、起きろよ。マドカッ!」

 

 身体を揺すられて目を覚ますとそこは白式を整備していたピットだった。

 

「こんな時に寝てられるって、お前って本当に図太いんだな」

 

「夢を見ていた……」

 

「夢……どんな?」

 

「私が……この島に来た時の夢だ」

 

「……あれから随分経つけど、マドカは変わったよな」

 

「そうか?」

 

 そんなことを言われてもマドカは自覚できなかった。

 

「来たばっかりの時は巻紙先生に何度も怒られて、羽佐間をおぶってきた時だってサボるつもりだったんだろ?」

 

「よく覚えてるな」

 

 甲洋に言われてマドカはその日のことを思い出す。

 学校に転入した翌日、さっそくサボろうとしたマドカは道端に落ちていた翔子に遭遇した。

 死にそうな顔をしながら、それでも学校に行きたいと呟いた彼女をマドカは背負い、学校に送り届けた。

 サボるつもりだったマドカは手ぶらで、オータムに怒られた。

 その日は翔子に教科書を見せてもらい、その後は彼女の家にマドカは入り浸るようになった。

 

「覚えてるさ。その時の羽佐間は本当に嬉しそうだったから」

 

「甲洋?」

 

「お前が羨ましいよ」

 

「何だ、いきなり?」

 

「お前みたいになりたいって、ずっと思ってたんだぜ?」

 

「翔子にも同じようなことを言われたな」

 

 そんなことを呟くと、甲洋は虚を突かれた顔をしてから嬉しそうに笑う。

 

「なあ、マドカ。守ってやってくれよ」

 

「え……?」

 

「俺には無理でも……お前なら……守ってやれると思うから」

 

 浮かべた笑みは消えていた。

 彼は真剣で、どこか悲しげなだった。何もできない辛さをひしひしと感じさせる。

 

「頼む」

 

「……分かった」

 

 なんで? 誰を? そう聞き返すこともできずにマドカは素気なく応えた。

 甲洋は何も言わず、ただ小さく頷いた。

 

 

 

 

 実働部隊との合流、当日。

 

 

 島の進路上に大小様々なゴーレムが展開されていた。

 

「よくもこれだけの数を」

 

 パッと見、百は超えていそうな大軍にマドカはヘルメットの下で笑うことしかできなかった。

 

「翔子、無理はするなよ。危なかったらすぐに逃げていいんだからな」

 

「大丈夫、マドカの背中は私が守るから」

 

 頼もしい言葉にマドカは苦笑する。

 

「いくぞっ!」

 

 マドカと翔子、第一迎撃隊の役割は敵陣に突入しての遊撃。

 他の部隊に防衛を任せ、ひたすらに敵を斬る

 

「大軍で迎えたのは失敗だったな篠ノ之束っ!」

 

 ゴーレムの動きはそれまでと違って複雑さはなかった。

 大軍の連携プログラムが不完全なのか、それとも別の理由か、何にしてもただのゴーレムに負ける気がしない。

 

「マドカ、凄い」

 

 翔子の感嘆の声が聞こえる。

 

「マークゼクスッ!」

 

 マドカは呆然と立ち尽くしていたマークゼクス、その背後から接近してきたゴーレムに向かってブレードを投げた。

 ブレードがゴーレムの頭に突き刺さる。

 マドカはすぐに白式を駆り、手に新たなブレードを展開する。

 エネルギーパック搭載型ブレード『千夏』。

 零落白夜もどきで消費されるエネルギーを肩代わりして使い捨てるための武器。

 マドカは新しい『千夏』に黒いフィールドを纏わせて、ゴーレムを肩から胴に一気に斬り裂いた。

 

「ぼやっとするな! 一体は弱くても油断したら死ぬぞっ!」

 

「っ……はいっ!」

 

 厳しい言葉にはっきりと返事をしてマークゼクスがレールガンを撃ち出す。

 マークゼクスが引き付けたゴーレムを白式が横から切り裂き、白式に迫るゴーレムをマークゼクスが撃ち、時にはマインブレードを突き刺し爆破する。

 たった一度の実戦を経験し、今も凄まじい速度で成長していく翔子にマドカは笑う。

 適性値『S』、ISに乗る上でもっとも理想的な数値を持っている彼女に嫉妬した時もあった。だが――

 

「今更だが気分がいいものだな……仲間に背中を預けて戦えるのは」

 

「マドカ? 何か言った?」

 

「何でもない」

 

 苦笑しながらマドカはまた新しい『千夏』を展開する。

 

 

 

 

 

 どれほどのゴーレムを斬り落としただろうか。

 数十本用意していた『千夏』は底を尽き、今はシールドエネルギーを使用しない通常攻撃でマドカはゴーレムと戦っていた。

 

「もういい、マークゼクス。撤退しろ」

 

「撤退……?」

 

 荒い息を吐きながら、翔子がマドカの言葉に戸惑いを返す。

 

「でも、まだ……」

 

「もうお前の方が限界だ。シールドエネルギーもほとんど残っていないだろ?」

 

「そうだけど……でも――マドカ後ろっ!」

 

 翔子の声にマドカは背後から撃たれたビーム砲を避け――瞬時加速で一気に接近、しようとしてスラスターが止まった。

 

「っ、スラスターのエネルギーが!」

 

 失速した白式にゴーレムは二射目のビーム砲を構えて、爆散した。

 マドカたちの横から無数の弾幕が雨となってゴーレムに降り注ぐ。

 

「マドカッ! 援軍だよ。助けが来た、来てくれたんだよ!」

 

 落下する白式をマークゼクスが抱え、翔子が歓声を上げた。

 

「ああ……よく……戦った。みんな……よく生き残った」

 

 マドカはその声に満足げに言葉を返した。

 亡国機業製のファフナー、メガセリオンとベイバロンが合わせて六機。それに派手な全身金色のゴールデン・ドーン。

 島の操縦者とは違ってみんな熟練の域にいるIS操縦者たち。

 

「これで――っ!?」

 

 安堵したところにマドカはマークゼクスに突き飛ばされた。

 

「翔子、何を――」

 

 突然のことにマドカは対処しきれず、PICで姿勢を立て直しマークゼクスを見上げた。

 瞬間、どこからか飛来したミサイルがマークゼクスに命中し、爆発した。

 

「翔――あうっ!?」

 

 逃がされた白式に、遅れて銃火が降り注ぐ。

 

「ベイバロンッ!? 何で!?」

 

 マークゼクスにミサイルを撃ち込み、白式にライフルを乱射して接近してくる相手は援軍だと思っていたファフナーの一機だった。

 

「何をする!? 私たちは味方だっ!」

 

「はっ、もうあんたたちは組織の人間じゃないんだよ!」

 

 ベイバロンの操縦者、キース・ウォーターはマドカの訴えを鼻で笑った。

 

「それはどういう意味だ!?」

 

「迷惑なんだよ! 勝手にコアを量産して、平和に使いましょう? 馬鹿馬鹿しい」

 

「それの何が悪いっ!」

 

「自分がテロリストだって忘れたのかい? だいたい男にIS? 奴隷は地べたに這いつくばっているべきなんだよ!」

 

 キースの女尊男卑の言葉にマドカは顔をしかめた。

 島はISの存在に関係なく、男と女で助け合って生きていた。

 男だからと卑屈にならず、女だからと傲慢に振舞わず、普通の男女の営み、平和がそこにあった。

 

「ふざけたことを言うなっ!」

 

 マドカは激昂と共に剣を振って、距離を取る。

 マドカは見てきた、島で病気に苦しむ子供達を。ISを使えば、病気を克服できると希望に笑う人たちを。

 

「お前達が島を壊すというなら、私が島を守るっ!」

 

「はっ、一人でこの人数を相手にしようってか?」

 

 キースはマドカの啖呵を鼻で笑い、三機のファフナーで白式を囲む。

 

「……私は一人じゃない!」

 

 マドカが叫ぶと一機のファフナーに銃弾が殺到し、その装甲やカスタムウイングを破壊する。

 撃ったの両手にハンドガンを装備したマークゼクスだった。

 一機が落ちた動揺にマドカはすかさずキースの懐に入り込み、ブレードを振る。

 流石の対応力と言うべきか、キースはショートブレードを素早く展開してその一撃を受け止める。

 

「ちっ、流石全身装甲型、ミサイル一発じゃ落ちなかったか」

 

 悪態を吐きながら、キースはマドカから距離を取るようにライフルを乱射する。

 そこにマークゼクスが回り込みマインブレードを腰溜めにして突撃する。

 キースのベイバロンは何故かその場を動かず――

 

「うわああっ! 殺されるっ!」

 

「っ……!?」

 

 悲壮なキースの悲鳴に翔子が思わず急停止してしまった。

 

「ありがとう、お嬢ちゃん。殺さないでくれて、御礼に殺してあげるわ」

 

 眼前に刃を突き付けられながらキースは酷薄な笑みを浮かべて、逆にマークゼクスに銃口を突きつけ躊躇わずに発砲した。

 三度響き渡る銃声に、同じ数だけマークゼクスが跳ねる。

 

「やめろっ!」

 

 マドカは咆哮し、残りわずかなシールドエネルギーで黒剣を発動させ、キースに斬りかかる。

 

「私はお前達を斬れるっ!」

 

「ああ、そうかい」

 

 激昂したマドカの一撃をキースは急速離脱を行って回避する。

 

「なっ!?」

 

 空振ったマドカの眼前には別のベイバロンがライフルを構えていた。

 銃口が火を吹き、白式の最後のシールドエネルギーを吹き飛ばした。

 白式が強制解除され、マドカの身は空に投げ出された。

 

「っ……」

 

 高高度からいきなり生身を晒すことになったマドカは息を飲んだ。

 ISの装備とは別になるメットとボディアーマーは残っていても、そんなものは何の気休めにもならない。

 せめてもの救いは下が地面ではなく海であること。

 マドカは着水の衝撃に身構える。だが、落下は唐突に止まった。

 

「あんたは捕獲だよ。まだ使い道があるんだってさ」

 

「くそっ! 放せっ!」

 

 後ろ首を掴まれたせいで抵抗してもがいても大したことはできない。

 捕獲され、何をされるか分からないのなら死んだ方がマシだった。

 

「マドカを放せっ!」

 

 その声にマドカは安堵よりも、危機感を感じた。

 身体の三箇所に弾痕を刻み、それ以外にもかなりの破損を受けているにも関わらず、マークゼクスが飛翔する。

 

「まだ動くのか! しつこいんだよっ!」

 

 捕獲されたマドカに一直線に飛ぶマークゼクスに並走しライフルの銃弾を浴びせる。

 しかし、背中に受ける銃撃に怯まず、翔子はマークゼクスの速度を上げてキースを振り切り、マドカを捕まえたベイバロンに追い縋る。

 

「やめろ翔子っ! 私のことはいいっ! お前だけでも逃げろっ!」

 

「ああああああああっ!」

 

 マドカの叫びは聞こえていないのか、翔子は普段の大人しさが嘘のように激しく咆えて、ベイバロンに体当たりをした。

 

「――――」

 

 体当たりの衝撃にベイバロンの拘束が解けて、マドカの体はは再度落下する。

 

「待てっ! 今お前は何を言った!? いくな翔子っ!」

 

 マークゼクスに手を伸ばしながらマドカは絶叫する。

 マークゼクスは体当たりをした状態から相手の胴体にしがみ付くように腕を回し、スラスターを全開にして飛翔した。

 

「くそっ!」

 

 仲間を助けるためか、落ちていくマドカを無視してキースはマークゼクスを追い駆ける。

 数瞬、遅れてマドカは海に落ち、その衝撃に意識を喪失させた。

 

 

 

 

 

 目を覚ましたのは島の医務室だった。

 

「起きたか、マドカ」

 

 ベッドの横には簡素な椅子に将陵僚が座っていた。

 

「僚……あれからどうなった!? 翔子は!? 島は!? あいつらはどうした!?」

 

「まずは落ち着いてくれマドカ。急に動くと身体に障る」

 

 起き上がろうとする身体を押さえつけられ、マドカは無理矢理横にされる。

 僚も病気持ちでひ弱なはずなのに、それに抵抗できないほどにマドカの身体は消耗していた。

 

「まずあいつら、篠ノ之束のゴーレムは俺達の戦闘が始まったら撤退した。

 それから組織のやつらは島の秘密兵器を使って一時的に追い払うことに成功した。島は今、ステルスモードでちゃんと動いている」

 

「秘密兵器、そんなものがあったのか?」

 

「ニーベルングシステムって言うらしい。詳しいことは俺も知らない。それで……あの戦闘で巻紙先生と……ウォルターさんが死んだ」

 

「オータムと……ウォルターが……?」

 

「ウォルターさんは捕まった俺を助けために……」

 

 その時のことを思い出しているのか、僚は悔しそうに唇を噛み、拳を固くする。

 

「翔子は……どうなった?」

 

「他にもたくさんの人が死んだ」

 

「答えろ僚っ!? 翔子はどこにいるっ!?」

 

 マドカの追求に僚は口をつぐんで、答えた。

 

「羽佐間は…………死んだ」

 

 

 

 

 

 

 



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6 別離ーはじまりー

 

 

 あの日から襲ってくるのは篠ノ之束のゴーレムではなく、亡国機業のISに変わった。

 白式は急ピッチで修理されているが、完全に元通りになるまでおよそ一週間かかると言われた。

 

「あれが完成したノートゥングモデルか」

 

 待機室の大型モニターで戦況を見守っていたマドカは亡国機業のISを圧倒する味方に冷めた目をして見守っていた。

 

「神経接合システム、ニーベルングシステム。

 ISコアと同調し、ファフナーに一体化して操縦ではなく、ファフナーになって動かすシステム。

 ISはイメージで動かせるから意外と簡単だけど、このシステムを使えばそれすら必要ないか」

 

 同じものを見ていた僚が自分よりもうまくファフナーを使っている大人たちに感心する。

 彼らの適性値は決して高くない。

 元々が、ISの適性値で選出された軍人ではないのだから当たり前なのだ。

 しかし、そこにIS適性を無視できるシステムが開発されたことによって、適性で乗れなかった彼らはたった一度の実戦でもう自分達と同等の練度を持っていた。

 

「何で……」

 

 配備された機体は十二機。

 今回の戦闘で出ているのは相手に合わせて三機だが、どの戦闘も亡国機業の実働部隊に対して十分に渡り合っている。

 

「何で……」

 

 IS適性の低さで、無能と蔑まされてきたマドカにとっては喉から手が出るほど欲しいシステムだった。

 しかし、マドカが思ったのは羨望ではなく憤りだった。

 そのシステムがあればみんなが生き残れたのではないかと思ってしまう。

 

「くそ……」

 

 白式にあのシステムが搭載していれば、少しでも早く彼らが参戦してくれていれば、誰も死なずに済んだのではないのかと思わずにはいられない。

 

「なあマドカ、あれから甲洋とは何か話したか?」

 

 そんな過去を悔やむマドカに僚は別の話題を振る。

 

「いや……あれから甲洋とは顔も合わせてない」

 

 僚の問いにマドカは俯いて、その時のことを思い出す。

 

 

 

 

「お前なら助けられたはずだ! お前はISに乗っていたじゃないか!」

 

 目を覚ましたマドカの元に来た甲洋は開口一番でマドカを責めた。

 その時にマドカが感じたのは、責められたことによる安堵ではなく、翔子がもういないのだという実感だった。

 

「お前なら…!」

 

 拳を振り被る甲洋に僚が割って入って止める。

 

「甲洋、あの状況じゃあ無理だった。誰も組織の裏切りなんて想像してなかったんだから」

 

「でも何かできたはずだ! 助けられたんだ!」

 

 涙を堪えて叫ぶ甲洋はマドカを責めるように見えて、まるで自分に言っているようにも感じた。

 

「自分たちだけ生き残って、それでいいのか! 無理だったなんて…そんなんで納得しろってのか!」

 

 甲洋の叫びにマドカは何も言えなかった。

 

「翔子は苦しんで……苦しんで死んだんだぞ……なのに、俺達だけ生き残って…」

 

「いなくなったのは翔子だけじゃない」

 

 泣く甲洋に僚は非情ながらも事実を突きつける。

 

「分かってる……でも……でも……」

 

 甲洋はその場に泣き崩れる。

 そんな彼にマドカは何も言葉をかけることはできなかった。

 

 

 

 

「うああああああっ!」

 

 白式の修理が完了したその日に襲撃者の中にキースを見つけたマドカは飛び出していた

 連携や戦術など考える余裕などなく、頭に血が昇った状態のマドカはキースに遊ぶように弄ばれる。

 

「よし、今日はこれで十分だ。撤退するよ」

 

 キースはマドカの神経を逆撫でる挑発を重ねた挙げ句、簡単に撤退をした。

 

「待てっ! 逃がすものかっ! お前は、お前だけでも絶対に――」

 

「落ち着けマドカ」

 

 キースを追い駆けようとしたマドカの前に僚のマークアインが立ち塞がって止めた。

 

「退けっ! 僚! あいつはっ! あいつが翔子をっ!」

 

「分かってるっ! だけど冷静を失ってお前までやられたら翔子に何て言い訳するっ!?」

 

「ぐ……」

 

 彼女の名を出されてマドカは押し黙り、剣を下ろした。

 

「くそっ!」

 

 頭では分かっている。

 アルゴス小隊も、モノクローム・アバターも亡国機業の中で選りすぐりの猛者たちの集まり。

 適性値、実戦経験、ISの稼動時間。

 全てにおいて劣っている上で、感情に任せて戦ってしまえばわずかな勝機だって見出すことはできない。

 それは分かっていても、あの女の顔を見ると。それにあの女の翔子をだしにした挑発に冷静さを保つことができなかった。

 

「翔子……」

 

 こんなにも彼女の存在が自分の中で大きくなっていたとはマドカは思っていなかった。

 

「CDCへ戦闘は終了しました。マークアイン、マークフィアー、白式。これより帰還します」

 

 部隊長である僚が司令室に報告をしたところで、マドカはようやく肺に溜めた空気を吐き出した。

 

「すいませんでした、シモンさん。勝手な動きばかりして、ほらマドカも謝って」

 

「う……まあ、その……すまなかった」

 

 単機行動をする白式をフォローするためにマークアインとマークフィアーは終始振り回されていた。

 気持ちが荒ぶっていても、何度も危ないところを助けてもらったのは事実。

 僚に促されるまま、マドカはマークフィアーに頭を下げる。

 しかし、返ってきたのは沈黙だった。

 

「おい、何か言ったらどうだ?」

 

 罵られることも覚悟していたのに、無視されてマドカは不快感を感じた。

 

「おい――」

 

「待て、マドカ。様子がおかしい。シモンさん聞こえてますかっ!」

 

 詰め寄ろうとしたマドカを僚が止める。

 

「まさか被弾していたのか?」

 

「いや、破損はない……シモンさん、強制脱装します」

 

 一言断りを入れ、僚が有線接続をしてマークフィアーを解除する。

 量子変換の光の中から項垂れた大人の男性が浮き上がり、僚がそれを受け止める。

 次の瞬間、力なく垂れていた彼の手足から緑の結晶が溢れ出し、瞬く間に全身を覆い尽くす。

 

「っ!?」

 

「なっ!?」

 

 目の前の光景に二人が言葉を失っていると、全身を覆い尽くした結晶は音を立てて砕け散った。

 マークフィアーの操縦者、シモン・ネタニヤフはISコアを残して消え去った。

 それがニーベルングシステムによる最初の犠牲者だった。

 

 

 

 

 ニーベルングシステムには重大な欠陥があった。

 ISコアとの同調による肉体の変貌、ファフナーと一体化すればするほど身体が結晶化し最後にはコアに飲み込まれるように消える、同化現象。

 それがあの日までこのシステムを使わなかった理由だった。

 そして今、そんな危険なシステムに頼らなければいけないほど島は追い詰められていた。

 

 

 

 

 亡国機業の襲撃は散発的に続いた。

 決して深追いはせず、ある程度戦ったら逃げていく、その繰り返し。

 まるでファフナーの欠点を知っているように、少しずつ、まるで同化現象を促すように戦わされた。

 ニーベルングシステムを搭載していない、白式とマークアイン、ベイバロン。

 その三機で迎撃に出ても敵は必ずファフナーが出なければならない様に数を調節してきた。

 その日も誰も犠牲にならず戦闘は終わった。

 それでも一人ずつ、目の前で仲間が、いなくなった。

 

 

 

 

「M計画?」

 

「ああ、このままじゃ事態が遠からず、ファフナーに乗れる人はみんないなくなる。それはマドカも分かってるだろ?」

 

 マドカは僚の言葉に無言で頷いた。

 

「ISに乗れる大人がいなくなったら、次は予備兵の子供達が乗る事になる。そうなる前に組織の追手を振り切る作戦だ」

 

「具体的な内容は?」

 

「この島が三つの区画にで構成されているのは知っているだろ?

 左右のLボートとRボートに戦力を分散させて囮にして、中央のメインボートを自爆したように見せかけて潜行モードで海中を移動して敵の目から逃げる作戦だ」

 

「随分と杜撰な作戦だな。メインボートを囮にした方が分かりやすいんじゃないか?」

 

「それは元々、篠ノ之束に負けそうになった時に巻紙先生が草案を出していたプランδだよ。

 でも、敵の目的は男用のISコアとコアの製造方法のはずだ。だから逃げる奴には絶対に追手がかかる」

 

「だが、それだと……」

 

「陽動の期間は一週間。だけどファフナーの消耗率を考えれば囮になる人たちの生存はかなり低い。

 

「だろうな」

 

 もっとも生き残ったとしてもファフナーの操縦者は同化現象でいなくなってしまう。

 彼らはファフナーに乗った時点でいなくなることを覚悟しているのだから、そんな作戦も受け入れることができたのだろう。

 

「俺達、通常ISの操縦者はいざという時のためにメインボートに――」

 

「私も囮役になる」

 

「マドカ、翔子の仇を討ちたいっていう気持ちは分かる。だけど――」

 

「違う。そうじゃない。奴等は私も捕獲対象だと言っていた。第一形態で単一仕様能力を使えている白式に興味があるんだろう……

 それに回数制限のあるファフナーよりも通常ISの白式の方が少しでも時間を稼げる。

 それに私が出なければ、そこから作戦を察知される可能性だってある。私は島と一緒には行けないんだ」

 

 マドカの推測に僚は反論しなかった。

 

「安心しろ。翔子に譲ってもらった命だ。無駄にするつもりはない」

 

「だけど、死にに行くようなものだぞ」

 

「僚、私はこの島に来れてよかったと思っている」

 

「マドカ……」

 

「私にはそれまで何もなかった。だけど島は私にたくさんのものをくれた。どこにもいなかった私に居場所をくれた。

 だから島に、みんなに恩返しがしたいんだ」

 

「…………そうか」

 

 マドカの決意に僚は苦笑して息を吐く。

 

「マドカも戦うのか」

 

「……も?」

 

「ああ、俺も囮の部隊に志願した」

 

「おい僚、今自分が言った言葉を忘れたのか?」

 

「マドカと同じだよ。俺に居場所をくれたみんなにお返しがしたいんだ」

 

 マドカと同じ理由を口にする僚にマドカは止める言葉が見つからなかった。

 

 

 

 

 作戦決行日。

 マドカはその光景をLボートの大型モニターで見ていた。

 本島のメインボートが所々で爆発を起こし、海沈んでいく。

 見せ掛けのものだと分かっていても、海の中に消えていく島の姿に胸が締め付けられる。

 

「うまくこっちに気がついてくれるといいんだけど」

 

「気付くさ。あいつらは組織の中の精鋭だ。本島を囮にして逃げ出した私たちのことを見逃すはずはない」

 

 僚が口にした不安をマドカは即座に否定する。

 敵を信頼するというものおかしい話だと、マドカは思った。

 

「マドカが言うなら、そうなんだろうな」

 

「それより身体は大丈夫なのか?」

 

「ああ……うん。ISを着ける様になってから、ずっと調子はいいんだ」

 

 脇腹の辺りをさすりながら僚は嬉しそうに答えるが、すぐにその表情を曇らせる。

 

「こんなにすごいものなのに、何で戦うことにしか使おうとしないんだろうな」

 

「さあな。奴らや、駄ウサギの考えなんて分かりたくもない」

 

「マドカは篠ノ之束が実は宇宙なんて目指していなかったって話、信じるか?」

 

「お前はあんな俗説を信じているのか?」

 

 島では篠ノ之束についていくつかの仮説があった。

 歴史の転換期となった白騎士事件。

 その以前にISが発表された学会の話は島と島の外では認識は大きく異なっていた。

 島の外では、あの学会に参加した学者たちは偉大な篠ノ之束の発明を理解しなかった愚か者たちの集まりと今でも批判されている。

 だが、島にもいる当時の学会に参加していた者達は今でも束の論文は0点だった主張していた。

 

「他人が模倣できない論文に意味はない。それが先生たちの主張だけど……

 コアの構造、原理は一切秘密。男しか乗れない理由も明言しない。宇宙空間での実験データもない……

 それでいて暴言を吐いて、他人を見下していた態度……それで本当に誰かの信頼を得られると思っていたのかな?」

 

「さあな。あの人格破綻者の考えなんて分からないが、初めから白騎士事件を起こすつもりだったのかもしれないぞ」

 

「篠ノ之束は、神様にでもなったつもりなのかな?」

 

「だとしたら、ろくでもない神様だな」

 

 実際はもうほとんど神様のようなものだった。

 島のIS以外はマスタープログラムがあるため、束の意思一つで動かすことも止めることも自由にできる。

 ISに依存し始めている社会にとって、遠からず篠ノ之束は決して逆らってはいけない存在になるだろう。

 

「……来たか」

 

 話を止めて、マドカはモニターに映る外の景色から、自分達がいるLボートに向かってくるISの集団を見つけた。

 

「僚、死ぬなよ」

 

「ああ、マドカも……そういえば、ちょっと手を貸してくれるか」

 

「ん? 何だやぶから棒に?」

 

 いぶかしみながらマドカは言われたとおり、腕を差し出すと僚はその腕にマジックで何かを書いた。

 

「これは……何だ?」

 

 意味の分からない言葉にマドカは首を傾げた。

 

「緯度と経度の語呂合わせだよ。島の合流地点のな」

 

「……ああ、そういうことか」

 

 言われてマドカは言葉に隠された数字を読み取り納得する。

 

「三ヵ月後。島はそこで俺達のことを待っていてくれる。これはそれを忘れないためのおまじないだ」

 

「なら普通に数字を書けばいいのではないか?」

 

「それだと敵に見られたら駄目だろ」

 

「それは……確かに」

 

 マドカが僚の言い分に納得すると、僚は自分の腕にマドカと別の語呂合わせを書く。

 

「二人だけで何を面白そうなことやってんだ?」

 

 そうしていると一人の大人が気さくに声をかけてきた。

 

「道生か」

 

 声をかけてきたのはバンダナを頭に巻いた青年、日野道生。マークアインの操縦者の男だった。

 

「そういうもんは俺達も混ぜてくれよ」

 

 そう言うと道生は他の操縦者達に声をかけた。

 

「だが……」

 

 その先を言うのをマドカは躊躇った。

 ファフナーに乗ることは同化現象を促し、コアにその存在を食われることになる。

 この場にいる自分と僚だけはニーベルングシステムを搭載していないからその心配はないが、彼らはそうではない。

 

「おいおい、俺はこの作戦で死ぬ気なんてさらさらねぇぞ」

 

 マドカが口をつぐんだ理由を察して道生はそう言った。

 

「俺は島に帰ったら結婚するんだ。死ぬつもりでこんな計画に参加したつもりはないぞ。みんなもそうだよな?」

 

「俺はこの戦いから帰ったら楽園のパインサラダを食べに行くんだ」

 

「僕は島に読みかけの小説を残してきた」

 

 道生に釣られてファフナーの操縦者達は口々に未来のことを口にする。

 

「俺は戦闘機のエースパイロットだったんだぜ。ISに乗れさえすれば女なんかに負けないぜ」

 

「はっ、ここで奴らを全滅させれば三ヶ月も待たなくていいんだろ。楽勝だ」

 

 他には余裕ぶる者。

 みんな、未来を見ることで不安をかき消そうとしていた。

 

「ほら、俺にも書いてくれ」

 

 そう言って道生はマドカに向かって腕を差し出した。

 

「いや、私ではなく書き出したのは僚で――」

 

「お前に書いて欲しいんだ」

 

 マドカの言葉を遮って道生は言った。

 

「お前は最初の戦いからずっと戦ってくれた。俺達、大人が不甲斐ないせいでお前や将陵にはこんなところにまで付き合わせちまっている。

 今更だが、礼を言わせてくれ。今まで島を守ってくれて、ありがとう」

 

 道生にならって、集まった大人たちは口々にマドカへの感謝を口にする。

 

「マドカ、何か応えてやれよ」

 

 その光景に呆然とするマドカの背中を僚が叩いて、促す。

 

「し、知らんっ! それよりも出撃の準備をしろ! すぐに敵は来るぞっ!」

 

 みんなからの視線にマドカは気恥ずかしくなって、そっぽを向く。

 背中に苦笑の気配を感じながら、マドカは餞別にクラスメイトの男子からもらったヘルメットを被る。

 もうシールドバリアーは正常に機能しているため、必要はないのだが、それを被ると不思議と勇気が湧いてくるように感じた。

 

「私は……私はあの島が好きだ」

 

 背を向けたまま、マドカは呟くように言葉を作っていた。

 

「だから、戦って……必ず帰ろうっ!」

 

 その言葉に力強い返事が返ってきた。

 

 

 

 

 三度目の出撃から戻ったマドカはそこにいるはずのない彼と遭遇した。

 

「甲洋っ!? お前、何でここにっ!?」

 

「俺も志願したんだ。ファフナーの交代要員として」

 

 マドカの存在を無視するように歩き去ろうとした甲洋の肩を掴んで止めると、冷めく、棘を含んだ声で彼は答えた。

 

「マドカ、俺は必ず翔子の仇を取る。お前にできないことをして、お前よりも優秀な操縦者だって証明してやる」

 

 挑戦的な言葉で自分を蔑む甲洋の鋭い眼差しにマドカは言葉を失った。

 

「ふんっ!」

 

 掴まれた肩を強引に振り解き、甲洋は足早に去って行った。

 まるで人が変わったかのようで、柔らかな笑顔を浮かべていた彼はもういない。

 

「翔子……私はどうすればいいんだ?」

 

 そんな甲洋の姿にマドカはかつての自分を重ねずにはいられなかった。

 とにかく誰かを憎み、力を証明することに固執していた頃の自分。

 平和がマドカを変えたように、戦争が甲洋を変えた。

 その事実にマドカは胸を痛めて虚空に尋ねるが、答えは返ってくることはなかった。

 

 

 

 

 作戦決行から六日目。

 防衛ラインを一機のISに突破され、Lボートの中に必要最低限の人員しかいないことに気付かれた。

 

「よくも騙してくれたねっ!」

 

 屈辱に顔を歪めるキースにマドカは逆に口元を吊り上げた。

 

「はっ! そんな見え見えの作戦で逃げられると思っているのか!? だったか?」

 

 メインボートの目眩ましからLボートを追い駆けてきた彼女のセリフをマドカは嘲笑も含めて返してやる。

 

「このくそガキがっ!」

 

 激昂したキースに、マドカは前に彼女にされたように引きつけてからその攻撃を避け、叫ぶ。

 

「撃てっ! 甲洋っ!」

 

「俺に命令するなっ!」

 

 そんな言葉を返されるが、マークフィアーは両肩に装備して大口径のビーム砲、『メディーサ』を撃つ。

 野太い光線がキースのベイバロンに直撃する。

 

「やったか!?」

 

「ちっ、こういう時には絶対防御は邪魔だな」

 

 叫ぶ甲洋に対してマドカは舌打ちをした。

 絶対防御を発動させ、落ちていくキースにマドカは忌々しく呟きをもらし、止めを刺そうと追い駆けて、炎に遮られた。

 

「っ……!? この炎、スコールかっ!」

 

「やってくれたわね、織斑マドカ。まさか貴女がここまで使えるようになっているとは思わなかったわ」

 

 金のアーマーに蠍のような尻尾が特徴的なISゴールデン・ドーン。

 彼女は昨日までこちら側の戦場にはいなかった。

 それが意味することは二つ。

 一つはRボートが落とされたこと。もう一つは本島は彼女達の目を振り切り、作戦そのものが成功したこと。

 それに加えて、彼女の部隊の登場で敵側の勢力が増えた。

 ようやくアルゴス小隊のリーダーであるキースを落とせたというのに、戦況は悪い方向へ傾いていた。

 

「お前も敵かっ!」

 

 新たな敵の登場に甲洋が咆えてメディーサを乱射する。

 高出力のビームは熱線のバリアに歪められて、逸らされる。

 

「くそっ!」

 

「やめろ甲洋っ! そいつは――」

 

「うるさいっ! 邪魔をするなっ!」

 

 マークフィアーは銃剣、『ガンドレイク』を手にゴールデン・ドーンに斬りかかる。

 熱線のバリアがガンドレイクを受け止めると、逆にガンドレイクの方を焼き切った。

 

「この――」

 

「遅いわよ。坊や」

 

 それでも怯まずに、至近からメディーサを向けるマークフィアーにゴールデン・ドーンの尾が先端を開き、マークフィアーを捕まえた。

 

「マークフィアーを放せっ!」

 

 すかさずマドカはゴールデン・ドーンに斬りかかるが、スコールはマークフィアーを抱えたまま軽やかにマドカの斬撃を避ける。

 

「ぐああああっ!」

 

 ミシミシと拘束の圧力が増しているのか、甲洋の悲鳴が上がる。

 

「甲洋っ!」

 

 脳裏に翔子の姿が浮かぶ。

 

「ほら、どうしたの織斑マドカ? 早くしないと貴女のお友達が潰れちゃうわよ」

 

 安い挑発だったが、次々と繰り出される超高熱火球『ソリッド・フレア』にブレードしか武器を持っていないマドカは近付くことさえできなかった。

 攻めあぐねるマドカにスコールは笑みを作り、火球をマークフィアーの右腕に放たれて爆ぜた。

 

「うわあああああっ!」

 

「知ってるわよ。ニーベルングシステム搭載型のノートゥングモデルは人間の運動機能を再現するために痛覚を機体と同調させてるって……

 坊やはあと何回耐えられるかしらね?」

 

「スコールッ!」

 

 気持ちを焦らせて無謀な突撃をするマドカを狙い済まして、火球が放たれる。

 向かえば火球で迎撃され、攻め手を緩めるとスコールはマークフィアーを攻撃する。

 

「ほらほら、どうしたの? 早く私を倒さないと大切な友達がまた死んじゃうわよ」

 

 『また』。その言葉に最も強く反応したのはマドカではなかった。

 

「それは……翔子のことかっ!?」

 

 甲洋の激昂と共に、マークフィアーを拘束していた尾が黒い何かに侵食された。

 

「何っ!? シールドエネルギーがっ!?」

 

 予想外の展開にスコールは狼狽し、スコールはその原因になっているマークフィアーを投げ捨てる。

 

「スコールッ!」

 

 そこにマドカはすかさず斬り込んだ。

 

「ちっ!」

 

 咄嗟に身を引かれてマドカの黒剣はISの装甲ごと彼女の生身の腕を斬り飛ばす。

 

「やってくれたね!」

 

 しかし、スコールは何の痛痒も感じさせない動きでマドカを蹴り飛ばした。

 

「くっ……」

 

 蹴りのダメージは大したものではないが、その衝撃に大きく距離を取られる。

 

「あああああああっ!」

 

 戦場に甲洋の咆哮が響き渡ると、彼の機体から緑の結晶が生えると同時に黒い瘴気を周囲に撒き散らされた。

 その黒い何かに触れるだけで、シールドエネルギーが減少していく。

 

「ちっ、こいつも単一仕様能力に目覚めてたみたいね、総員撤退よ」

 

 マークフィアーがもたらす力に脅威を感じたスコールは素早く逃げることを決める。

 

「待てっ! スコールッ!」

 

 それを追い駆けようとするマドカだが、止まらない甲洋の悲鳴にそれを止めた。

 

「甲洋っ!? もういい。敵は撤退したっ!」

 

 その声が届いたのか、それとも力尽きただけなのか、黒い瘴気の放出が止まってマークフィアーは崩れ落ちた。

 墜落するマークフィアーをマドカは空中で受け止める。

 バイタルを見れば、同化現象が急激に進行した兆候が見て取れた。

 

「帰ろう。甲洋……もう戦いは終わったんだ」

 

 二つの部隊の隊長を大きなダメージを与えることができた。

 翔子の、これまで死んでいった者たちの仇を取れなかったことは心残りだが十分な戦果だった。

 それに六日間の陽動に成功した。

 

「私達は島に帰れるんだ」

 

 作戦の始まりから多くの人がいなくなった。

 それでも自分達は生き残ることができた。

 しかし、その喜びはLボートで彼女を迎えた女に踏み躙られた。

 

「ちっ、ようやく帰ってきたか」

 

 その女は倒れ伏した整備員の頭を踏みつけて、そこにいた。

 第二世代型ISアラクネ。

 その中から聞こえてくる口の悪い声は、亡国機業の最初の襲撃で死んだはずのオータムのものだった。

 

「オータム……何で……お前が?」

 

「けっ、素直に私が残したプランδを使ってれば、こんな面倒なことにならなかったのに」

 

 呆然とした口調で問いかけるマドカに答えず、オータムは悪態を吐いて足元の整備員を無造作に蹴り飛ばす。

 生々しい音を立てて、壁に叩きつけられた整備員はそこ赤い染みを広げた。

 

「オータム……お前だったのか……?」

 

「ああ? 何だ気付いていたからプランδの裏をかいたんじゃなかったのか?」

 

「お前がっ! スパイだったのかっ!」

 

 敵がニーベルングシステムの欠点を考慮した消耗戦を仕掛けてきた理由。

 

「お前はっ! あの島の巻紙先生だったはずだろ! なのに何で!?」

 

「ああん? 巻紙先生だぁ? 違えよ。あたしはモノクローム・アバターの一人にしてスコールの恋人のオータム様だ!」

 

 学校の時よりも三割増しな口の悪さ。

 口は悪いし、猫を被っているし、すぐに暴力を振るってくる嫌いな先生だった。

 それでも戦場では背中を任せられるほどに信頼を置いていた。

 

「翔子が……たくさんの人たちが殺された……」

 

「それがどうした?」

 

 搾り出したマドカの言葉を、オータムはあっさりと一言で聞き流した。

 

「お前はっ!」

 

「おっと、春日井の頭をロックしているぞ。妙な真似をしたら、どうなるか分かってるだろうな?」

 

「くっ……」

 

 意識を失っている状態の甲洋に肩を貸した状態でいたマドカは歯噛みした。

 格納してある武器を展開して斬りかかるよりも、アラクネの砲門が火を吹く方が早いのは確実だった。

 

「なに安心しろ。殺しはしねえよ。お前には島の場所を吐いてもらわないといけないからな」

 

 島の場所。

 白式のアームに隠れた右腕に書いたものを思い出す。

 

「だが、まあ抵抗されても鬱陶しいからその腕は引きちぎっておくかっ!」

 

 一気にアラクネが加速してマドカに肉薄する。

 甲洋を抱えていたマドカは咄嗟の反応ができず、無防備な身体をさらし――

 横から壁を突き破って現れたマークツヴァイがそのままアラクネに体当たりをして壁に叩き付けた。

 

「僚っ!」

 

「マドカ、甲洋を連れて逃げるんだ」

 

「っ……だが……」

 

 僚の言葉にマドカは躊躇い、倒れている整備員達を見る。

 

「もうここには誰もいないっ!」

 

「っ……」

 

「もう……いないんだ」

 

 耐えるように搾り出された悲痛な僚の言葉にマドカは息を飲んだ。

 

「将陵っ! よくもやってくれたな、この死に底ないの半死人のくせにっ!」

 

 マークツヴァイに弾き飛ばされたアラクネの中からオータムの憤怒の声を響かせる。

 

「ここは俺に任せて行くんだマドカ! お前たちは島に帰るんだっ!」

 

 マークツヴァイがアサルトライフル『ガルム44』を展開し、乱射する。

 

「はっ、遅ぇよ!」

 

 アラクネは広くない整備区画を、その名が示すとおりクモのような動きで縦横無尽に駆け回り、マークツヴァイを上から叩き伏せた。

 

「お前達が相手をしていた下っ端と違って、私はスコールの右腕なんだよ。てめえみたいな素人の攻撃なんて当たるか」

 

「そうかよ……なら、うぐっ」

 

 勝ち誇るオータムに僚は突然痛みに呻き出した。

 

「何だ? 死んだか? これだから病気持ちは――」

 

 次の瞬間、八本の足に組み伏せられていたマークツヴァイは滑らかな、柔道のような動きで逆にアラクネを床に引き倒していた。

 

「ファフナーが俺で……俺がファフナーだっ!」

 

 その言葉でマドカは僚が何をしたのか察した。

 

「僚……お前……ニーベルングシステムを……」

 

「行くんだマドカ。島に俺達の最後を伝えてくれ」

 

「っ……」

 

 僚の覚悟にマドカは言葉が出てこなかった。

 

「行けっ!」

 

 三度目の叫びにマドカはマークツヴァイに背を向けて白式を飛ばした。

 

「逃がさねえぞ糞ガキッ!」

 

「お前の相手は俺だっ!」

 

 その言葉を背後にマドカはLボートの外に飛び出した。

 

 

 

 

 何処とも知れない浜辺に辿り着いたマドカは砂浜に膝を着いて崩れ落ちた。

 肩を貸すようにしていた甲洋は意識のないまま、マドカの横に倒れた。

 

「僚……みんな……」

 

 白式のデータリンクから、作戦の最終段階、Lボートの自爆が執行された。

 胸に込み上げてくるものがあった。

 

「行かないと……帰るんだ……島へ……」

 

 それでもまだ泣く時ではないと、マドカは自分に言い聞かせて立ち上がる。

 

「おや? おやおや?」

 

 不意に決して忘れることのできない声がマドカの耳に届いた。

 

「っ……篠ノ之束……」

 

 白式のエネルギーは0で展開することはできない。

 マドカは代わりにナイフを抜いて構えるが、束はそんなものを意に介さずにマドカに、正確にはマドカの被ったヘルメットに顔を寄せる。

 

「あはは! ゴウバインだ。懐かしいな」

 

 殺気立つマドカに対して束は無邪気だった。

 

「死ねっ!」

 

 まじかに迫った顔にマドカは殺意を解放してナイフを振るう。

 しかし、束はあっさりとそれを避けて、振り抜かれた右腕を掴む。

 

「これは返してもらうよん」

 

 そう言って、どんな手品を使ったのか、マドカの右腕に装着されていた待機状態の白式が束の手の中に納まっていた。

 

「待――」

 

 待て、制止の言葉を叫ぼうとしたが、その瞬間マドカは束に蹴り飛ばされていた。

 

「本当なら大事な大事な私のコアを勝手にいじったお前達なんてぷちって潰すつもりだったんだけど、懐かしいものが見れたからそれくらいで勘弁してあげる」

 

 言うだけ言って、束はそのまま去って行った。

 マドカは蹴られた胸から痛みが引くのを待ってから、ゆっくりと身体を起こし、それまで被っていたヘルメットを脱いだ。

 

「最後の最後でお前に守られたな……衛」

 

 これをくれたクラスメイトに感謝を捧げながら、マドカは倒れたままの甲洋に肩を貸して歩き出す。

 

「絶対に……島に帰るぞ。甲洋」

 

 彼からの返事はなかった。

 

 

 

 

 島との合流地点は当然、海の真ん中だった。

 白式を篠ノ之束に奪われたマドカにそこへ行く術はない。

 ISのコアなら甲洋のものがあるが、ニーベルング接続によって甲洋の命が尽きるまでそれは外れることはない。

 仮に外れたとしても、そのコアは男性用のものなのでマドカには反応しない。

 だから、マドカは島に帰るための手段を考えて、そのために歩く。

 

「――そういえば、覚えているか甲洋? ――」

 

 マドカは何の反応も返さない甲洋にずっと話しかけながら歩き続ける。

 

「――その時に翔子がな――」

 

 何の反応も示さないが、翔子の話題の時だけはかすかに反応しているように感じた。

 

「――諦めるなよ甲洋。島に帰れば治療できる。もう少しの辛抱だ――」

 

 何も応えない甲洋を励ましながら、ひたすらにマドカは歩き、辿り着いた。

 

 

 

 

 凍えるように寒い雨が降っていた。

 傘を差す余裕などなかった。それでもマドカはほとんど尽きている体力と気力を振り絞って歩みを進める。

 

「甲洋、もう少しだ」

 

 曲がり角を曲がった先に見えた一軒家を見て、マドカは声に希望を含ませて甲洋に話しかけた。

 当然、反応は戻ってこない。

 それでもマドカはめげずに足を動かす。

 一歩一歩近付いてくる家。その家がマドカにとっての最後の希望だった。

 

「あと……少し……」

 

 冷たい雨はマドカの足取りを重くする。

 同時にもうその家しか見えてないマドカは向かいから歩いてくる女に気付かなかった。

 

「は、やっぱりここに来たか糞ガキ」

 

 その言葉と共にマドカは腹を蹴られていた。

 雨に濡れる道に甲洋と一緒にマドカは投げ出された。

 

「ゲホッ、ゲホッ! ……オータム……」

 

 マドカは咳き込み、弱々しい声で自分を蹴った者を認識した。

 

「あぁ? お前、白式はどこにやった?」

 

「……さあな」

 

 身体はまともに動かない。それでもこの裏切り者の質問に素直に答える気にはならなかった。

 

「ちっ、ならもうお前は用済みだ」

 

 舌打ちをしてオータムはサイレンサーを付けた銃をマドカに向けた。

 引き金が引かれる瞬間、マドカは残っている力を振り絞って地面を蹴った。

 弾丸が肩をかすめ、マドカはオータムの腰に体当たりをして地面に押し倒す。

 そのまま、頭を大きく仰け反らせて、オータムの頭に打ちつけた。

 

「がっ!」

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 オータムが動かなくなるまで何度も打ち付けた頭が鈍く痛む。

 それでもマドカは立ち上がり、甲洋の元にふらふらと歩いていく。

 不意に空気の抜けるような音が短い音が二つ、マドカの耳に届き、マドカは膝を着いた。

 

「あ……」

 

 力が入らなくなった足を見ると両足に銃弾を受けて、血が流れていた。

 

「何をやってんだよオータム」

 

 呆れた声を響かせて、キースが現れる。

 気を失っているオータムにキースは肩を竦めると、マドカに銃を突きつけた。

 

「ようやく見つけたぞ。出来損ない。あの時の借りを返しに来てやったよ」

 

 話しかけてくるキースにマドカは言葉を返す余力などなかった。

 無反応なマドカにキースはつまらない舌打ちをする。

 

「あの女の家の前で長居はごめんだ。さっさと死んでもらうよ」

 

 そう言ってキースは引き金を引いた。

 だが、銃弾の衝撃はマドカに届かなかった。

 

「え……?」

 

「ちっ、サンプルが勝手に動いてんじゃないよ!」

 

 キースの蹴りの衝撃が彼の身体越しに伝わってくる。

 

「こう……よう……?」

 

 ここまで動くことも、話すこともしなかった甲洋がマドカを抱き締めるようにして彼女を守っていた。

 

「…………たぞ……」

 

「甲洋……?」

 

「たしか……に…………たすけ……たぞ……まどか……たしかに……」

 

 うわ言のように繰り返される言葉。

 

「このっ!」

 

 いくら殴り、蹴ってもマドカを放さない甲洋にキースは痺れを切らせてISの腕を展開し、力任せに二人を引き剥がす。

 

「甲洋っ!」

 

 力尽きていたはずの身体から大きな声が出ていた。

 

「甲洋! 甲洋っ! 甲洋っ!!」

 

 手を伸ばすが、動かない足では彼に届かない。

 

「甲洋っ! こう――」

 

「うるさいんだよっ! お前はさっさと死んでな」

 

 キースはマドカの顔を蹴って黙らせて、銃を突きつける。

 

「やめなさい」

 

 今まさに引き金が引かれようとした瞬間、銃のスライドを抑えてスコールが止めていた。

 

「スコール、何で?」

 

「それを撃ったら、その坊やがISを展開していたわよ」

 

「っ……」

 

「貴重な人の形のまま残ったサンプルよ。できればそのまま連れて帰りたいの、分かるでしょ?」

 

 優しく諭すような口調のスコールにキースは舌打ちをして銃をしまった。

 

「…………こう……よう……」

 

 マドカは彼女達の話など、耳に入らず、動かない足でもがきながら必死に手を伸ばしていた。

 

「春日井甲洋と織斑マドカを回収。すぐにこの場を撤収するわよ」

 

 マドカは薄れて行く意識の中で、何度も助けを求めた。

 その声も、手も、届くことはなかった。

 

 

 

 

 

「ん……?」

 

 不意に織斑千冬は立ち上がり、道に面している窓の前に立って外を見た。

 そこには一台のワゴン車が家の前を横切っていくところだった。

 

「どうかしたの千冬姉?」

 

「いや……誰かに呼ばれた気がしたのだが……気のせいだったみたいだ」

 

 弟の一夏にそう返し、千冬はソファに座り直し、久しぶりの我が家での休日を堪能するのだった。

 

 

 

 

 






織斑マドカ編完。

この話をもってマドカ編は終了となります。
半分くらいダイジェストでしたが、ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。

マドカをパペットにする案もありましたが、そうするとレゾンルートに一直線なので、このような終わらせ方にしました。

この後の話は活動報告に乗せたプラン2で一夏編に戻り、マドカも絡ませようかと思っています。




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destiny astray
01 終わる平和



 お久しぶりです。
 この度、ISのファフナー外伝第二部を投稿させていただきます。
 完全な見切り発進で、とりあえず筆を動かせと思って書いた作品です。
 前作や本編を意識していますが、矛盾したところがあるかもしれませんが極力整合性を取ってやっていくつもりです。
 楽しんでいただけたら幸いです。
 よろしくお願いします。



 

 

 

 ――これは夢だ……

 

 その時何が起きているのか真ははっきりと理解できていなかった。

 まだ幼稚園に通っていた真は初めて乗った船に言葉を覚え始めた妹の真由と一緒にはしゃいでいた。

 それが日本に撃たれたミサイルから逃げ出すためのものだと知ったのは、全てが終わった後だった。

 空に咲く無数の花火。

 その間を縦横無尽に飛ぶ白亜の騎士。

 まるでアニメのヒーローが現実に現れたかのような光景に真は目を奪われた。

 花火が終わり、今度は飛行機が現れて白い騎士に攻撃を始めた。

 白い騎士はビームで飛行機の翼を撃ち抜く。

 たくさんの飛行機を落としていく騎士の姿はまさに無敵のヒーローだった。

 しかし、それは起こった。

 翼を壊され、制御不能となった飛行機の内の一機が真たちが乗っていた船に激突した。

 手すりに身を乗り出していた真はその衝撃に海に投げ出され、真が最後に見たのは紅い爆発の炎に飲み込まれていく家族の姿だった。

 

 

 

 

 織斑一夏がISを起動した。

 そのニュースが世界に報じられて一週間。

 戸高真は全国で実施されることになった男性IS適性検査の会場へのバスに揺らされていた。

 

「はぁ……」

 

 真は憂鬱なため息を吐いて流れる外の景色を眺めた。

 バスの内部では真のクラスメイト達が期待を秘めた雑談が行われていた。

 

「なあなあ、やっぱりISを動かせたらIS学園に通えるんだよな?」

 

「いいなぁ織斑一夏は、俺もIS動かしてぇ」

 

「そうか? IS学園って言ったら偉そうな女達の巣窟だぞ。絶対に奴隷みたいにこき使われたり、理由もなしに殴られたりするんだぜ」

 

 学校にいる時と大して変わらないやり取り。

 そのやり取りにずっと以前から真は馴染む気になれず、クラスから孤立していた。

 現に二人掛けの席の隣には誰も座っていない。

 

「ISか……」

 

 正式名称インフィニット・ストラトス。

 十年前、天才篠ノ之束が発明した宇宙空間での活動するためのマルチフォーム・スーツ。

 当初は見向きもされなかったが、その時に起きた事件によってISは世界に認知されることになった。

 白騎士事件。

 軍事基地のコンピュータが一斉にハッキングされ、2341発以上のミサイルが日本に向けて発射された。

 絶体絶命の日本の危機を救ったのは突如として現れたIS『白騎士』だった。

 白騎士はミサイルのほとんどを撃墜し、さらにはそれを捕獲、撃破に動いた各国の軍の戦闘機と戦艦を無力化した。

 日本の滅びが一転、死傷者皆無の奇跡として今も白騎士は伝説として語り継がれている。

 しかし、そこに墜落した戦闘機に激突して沈んだ船の被害、およそ千人の犠牲はなかったことにされていた。

 不幸な海難事故。

 それが政府が行った情報操作であり、その隠蔽された事実を真が知ったのは小学校の高学年の歴史の授業によってだった。

 

「なあ、真。お前はISを動かせたらどの機体を使いたい?」

 

 不意に前の座席に座っていたクラスメイトがIS全集という雑誌を開いて真に声をかけた。

 真は外を見たまま応える。

 

「俺は別に興味ないよ。それにそんなことを考えても意味はないし、ISは女にしか反応しないんだから」

 

「だけど織斑一夏が動かしたんだから俺達にだってチャンスはあるはずだろ?」

 

「織斑一夏が動かしたISはたぶんファ――」

 

「おい、やめろよ」

 

 真に話しかけた少年を隣の席の少年が嗜める。

 

「真にISの話はまずいだろ」

 

「あ……」

 

 隣の少年に言われて、背もたれから身を乗り出していた少年はバツが悪そうにそそくさと座り直す。

 そんな対応に真はため息を吐いた。

 初めて知った世間での白騎士に対する扱い。

 それを知った時、真は激昂し、そんな真に白騎士を擁護するクラスメイト達と喧嘩になった。

 ISを至上とし、女尊男卑と変わり始めていた世界で真のその行動は周りから孤立するには十分過ぎるものだった。

 そして、それは中学になってからも変わらない。

 そんな真を守ってくれたのは二つ上の近所に住んでいた先輩達だった。

 

「そういえば、先輩達の検査も今日だって言ってたな……」

 

 ふと思い出したことを呟き、真はできれば会いたくないと祈った。

 

 

 

 

 会場に到着してバスから降りた真はクラスメイト達の最後尾を係員に案内されるままに歩いていた。

 検査のために来ているのは真の学校だけではなく、他の中学や高校の男子達も真と同じように列をつくって同じ方向に歩いている。

 

「夏と冬のイベントでもここまで男一色にはならないだろうな」

 

 女好きというわけではないが、男しかいない空間に真はげんなりしながら空を仰ぐ。

 

『トリィ』

 

 不意に聞き覚えのある鳴声が聞こえたかと思うと、見覚えのある緑色の鳥が真の肩にとまって、かわいらしく小首を傾げた。

 

『トリィ』

 

 もう一度、メカメカしい鳥型ペットロボが鳴く。

 

「すいません。通してくださいっ!」

 

 それを追う様に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「こっちに緑色をした鳥のって……やっぱり真か……」

 

 一人の青年が真達の前で足を止める。

 

「吉良……それにアスラン」

 

 青年とその後ろから駆け足で近付いてきたもう一人の青年の名前を真は呟く。

 大和吉良とアスラン・ザラ。

 二つ上の近所に住んでいる真の先輩だった。

 

「お前は……年上を呼び捨てにするなといつも言っているだろ」

 

「いいじゃん。吉良も他のみんなもそれでいいって言ってくれてるんだから」

 

「そういう問題じゃない。いいか、そういう癖は社会に出た時にお前の評価を下げることになるんだぞ」

 

「アスランは細かすぎると思うけど」

 

「ですよね」

 

 辟易として肩をすくめる吉良に真は同調する。

 自分以上の幼なじみなだけあって、アスランから小言を受けるのは真よりも吉良の方が遥かに多い。

 

「お前達が大雑把過ぎるんだ。そんなんじゃあ本当に人間関係で苦労することになるぞ」

 

「そういうアンタはちゃんと四角関係は整理できたのかよ?」

 

「綺麗な星が着いたり消えたり、彗星かな?」

 

 アスランに向けて言った真の切り返しに、何故か吉良は空を見上げてうわ言を語り出す。

 

「しっかりしろ吉良っ! 真、お前も不用意なことを言うなっ!」

 

 突然の吉良の豹変。真はアスランに怒られて首を傾げる。

 

「え……? でも、このくらいいつものことだったはずじゃ?」

 

「言いにくいことなんだが、そのな……

 吉良はゼミの友人の彼女といろいろあってだな。それであいつはあいつで吉良への気持ちを自覚し始めて大変なことになっているんだ」

 

「うわ……」

 

 慕っていた年上の幼なじみの修羅場に真は顔を引きつらせた。

 

「かくいう俺も去年入って来た後輩に迫られて大変なんだ」

 

 徹が羨ましいと呟くアスランに真は何も言えなくなる。

 

「んんっ! それはともかく真もうちの高校に合格したんだってな。おめでとう」

 

 あからさまに話を逸らしてきたが、追求しても仕方がないので真は頷いた。

 

「あ……その……ありがとうございます」

 

 突然、面と向かって祝福されて真は気恥ずかしくなってそっぽを向く。

 

「勉強を見た甲斐があったが、合格したのはお前が頑張ったからだ。恥ずかしがることじゃないだろ」

 

「いつまでも子供扱いするなっ!」

 

 頭を撫でようと伸ばされた手を弾いて拒む。

 が、アスランは苦笑を浮かべる。

 

「これが終わったら合格のお祝いにパーティーをしよう。今日は好きなものを奢ってやる」

 

「アスランの奢り? やったっ!」

 

 アスランの言葉に精神崩壊を起こしていた吉良が復活して歓声を上げる。

 

「何でそうなる!? お前も祝う側だろ」

 

「えーいいじゃん。こないだアスランが作ったペットロボを商品化したいって企業から臨時収入があったんでしょ?」

 

「お前どこでそれを……だが、それを言うならお前だってプログラムの高額なバイトをしたと聞いてるぞ……

 何でも第三世代型ISのプログラムを組んだとか」

 

「教授に押し付けられたんだよ。いきなり48発のミサイル・マルチロックオンシステムを作れってさ、大変だったんだよ」

 

「まあ、いい。その話は後だ。ともかく俺達のブースに戻るぞ。トリィ」

 

『トリィ』

 

 アスランの呼声に反応して真の肩にとまっていたトリィは彼が差し出した手に移る。

 そのままアスランは真に顔を寄せ、周囲に聞こえないように声を潜めて言う。

 

「お前の生い立ちは理解している。ISに触れるのも嫌かもしれないがこんなところで問題を起こしても何の意味もない。早まった真似だけはするなよ」

 

「それくらいちゃんと分かってますよ」

 

「そうか、ならいい」

 

 アスランは身体を離して安堵する。

 

「それじゃあ、帰ったら五時にいつもの喫茶店で、遅れるなよ」

 

 そう言ってアスランは吉良にトリィを返し、彼の手を引いて戻っていく。

 その背中を真はやれやれと肩を竦めて見送ろうとして、ふと思い出す。

 

「あ、そうだアスラン、吉良」

 

「ん……? どうした?」

 

「アルヴィスって知っていますか?」

 

「アルヴィス……初めて聞く言葉だが、吉良は知っているか?」

 

「ううん。僕も聞いたことはないかな」

 

「そうですか、知らないなら良いです」

 

 今度こそ二人を見送って、真は周囲を見回して顔を引きつらせた。

 

「あれ……?」

 

 そこには真の見知ったクラスメイト達の姿は一人もいなかった。

 

「まずい」

 

 置いていかれた。

 薄情なクラスメイトを呪いながら、真は駆け出そうとして――誰かとぶつかった。

 

「きゃっ!?」

 

「おっと、悪い……って、きゃあ?」

 

 真は謝ってから聞こえた声に首を傾げる。

 まるで女の子の声のように聞こえたが、それはおかしい。

 ISの検査会場だがその対象は男だけ。

 しかし、真の目の前でしりもちをついているのはどこからどう見ても女の子にしか見えなかった。

 

「えっと……ごめん。クラスのみんなとはぐれて慌てていて前を見てなかった。立てる?」

 

 疑問があるが、とりあえず真は謝って手を差し出す。

 やわらかく波打つ金髪に大きなすみれ色の瞳。

 きょとんとした表情が印象的で、やはり声の通り男には見えなかった。

 しかし、服装は詰襟の学生服。

 

 ――これが男の娘ってやつか……実在してたんだな……

 

 などと内心で感心していると、彼は真の手を取ることなく一人で立ち上がり。落とした帽子を深く被って歩き出した。

 

「…………感じ悪いな」

 

 確かに突き飛ばしてしまった自分は悪者かもしれないが、謝っているのだから無視するしなくてもいいのではないかと思う。

 

「まあ、いいか」

 

 どうせ二度と会うことのないだから。

 それよりも早く自分達の学校の奴らを見つけなければ、真は今度は走らずに早足で歩き始めた。

 

 

 

 

 

 何とか自分の学校を見つけた真はほっと胸を撫で下ろした。

 会場には四機のISが鎮座され、そこに学校単位で組み分けされて検査をする方式だった。

 

「はい、次の人」

 

 女性のスタッフが緊張する男子を促す。

 男子達は期待に胸を膨らませる猶予も与えられず、五秒だけISに触れて次の人へと交代する。

 

「はい、次の人」

 

 たったこれだけ。

 検査と言うのはあまりにも簡単すぎる流れ作業。

 

「やっぱりダメかぁ」

 

 そんなことを言いながら落胆している男子達だが、作業している女性スタッフ達も期待はしていないのか淡々と作業を進めていく。

 

「はぁ……大変だな。あんたも」

 

「え……?」

 

 真のさらに後ろについて列を区切っている少女に真は声をかけた。

 水色の髪に眼鏡。

 気の弱そうな印象を感じる真と同じくらいの歳の少女。彼女の二の腕にはスタッフを示す腕章が飾られている。

 

「いや、退屈そうだなって。これって今日で何日目なの?」

 

「今日で三日目です」

 

 疲れた表情を浮かべて少女は真の言葉に答えてくれた。

 誰一人反応しない変化のない検査を一日中、それが三日目、どんな拷問だと真は戦慄する。

 

「貴方は……他の男子と違うね」

 

「そうか?」

 

「うん、他の男子は私に目を合わせないか、アドレス教えてって言って来るかのどっちかだったから」

 

「後者は分かるけど、目を合わせないって……どうして?」

 

 見たところ線の細い、見るからにか弱そうな少女だった。

 それに偉そうにして男子を蔑ろにする悪女のような雰囲気もない。

 彼女に怯える要素を真は感じなかった。

 

「私、これでも日本の代表候補生なんだ」

 

 腰に両手を当てて、えへんと胸を張る少女を真はまじまじと見つめる。

 

「それ本当?」

 

「本当だよ。雑誌のインタビューに出たこともあるし、来期に入学するIS学園では第三世代型ISだってもらえることになってるんだから」

 

「へえ……」

 

 気のない返事を返すと、少女は苦笑する。

 

「ISのことに興味ない?」

 

「ま、正直に言えばあまり興味はない。でも――」

 

 真は自分の胸に手を当てて考える。

 ISは自分から家族を奪った仇。

 その事実は変わらないはずだが、十年という歳月はあまりにも長く、そしてその時の真はあまりにも幼かった。

 胸の奥には燻った熱があることは自覚している。

 だが、どこか他人事のようで復讐がしたいという気持ちは湧いてこない。

 

「でも……?」

 

「いや、何でもない」

 

 適当に誤魔化して、真はふと思い出したことを口にする。

 

「そういえば俺の先輩が第三世代ISのプログラムを組むバイトをしているって言ってたな」

 

「え……それ本当? 高校生に組ませるって……」

 

「本当だよ。俺と二つしか違わないんだけど、その先輩ってプログラムを作るのがめちゃくちゃうまくてさ」

 

 振った話題に食いついてきた少女に気をよくして真は自分の順番が来るまで、彼女と他愛のない会話を交した。

 

「はい、日出中学は貴方が最後ね」

 

 真が受付のチェックを済ませると、少女が最後に声を掛けて来た。

 

「それじゃあ、こんなことを言うのもおかしいけど、頑張ってね」

 

「ああ、暇潰しに付き合ってくれてありがとな」

 

 互いに名乗らないまま別れを告げて、少女は新しいグループを案内するために離れていく。

 

「ISに関わっている女でもまともな奴はちゃんといるんだな」

 

 離れていく彼女の背中を見送りながら、真はそんな感想を呟く。

 真のクラスにもISに関わりもない女が偉ぶっている奴は多い。この会場のスタッフにもそんなクラスメイトと同じ目をしている者もいるが、彼女のようにそうでない者もいた。

 

「ああくそっ! やっぱりダメかっ!」

 

 真の前の男子がISに触れて落胆する。

 が、そんな余韻に浸らせることもせずにその男子は奥の出口に押しやられる。

 

「次の人、どうぞ」

 

 真の番が来る。

 

「っ……」

 

 家族を奪った白騎士と同じISを前にして真は思わず固まり、胸の奥の熱がわずかに上がる。

 

「早くしてください」

 

 不自然に固まった真を、他の男子と同じように無駄に期待を膨らませて気合を入れていると思ったスタッフが急かす。

 

「…………はい」

 

 脳裏に浮かぶ白騎士の姿を振り払い、真はISに触れる。

 

 ――あなたはそこにいますか?――

 

「え……? っ!?」

 

 綺麗な声が聞こえたかと思うと、真の手はバチッという静電気の音を大きくした音を上げて弾かれた。

 

「まさか二人目!? …………いや、起動はしていない……でも、この数値は?」

 

 何だか面倒なことになった。

 それが真が最初に思った感想だった。

 

「あの……もう行っていいですか?」

 

「いえ……もう一度触ってもらえますか?」

 

 そう言われて仕方なく真は手をラファールに手を伸ばして――

 

「ISが起動したっ!?」

 

 その声に真は思わず手を引っ込める。

 まだ触れていない。ましてやラファールは変わらず真の目の前に鎮座している。

 声の発生源は隣の四番ブースだった。

 

「そんな……ISに男は――」

 

 ありえない光景に真は驚くが、周囲の驚愕を置いてきぼりにして目深に帽子を被った誰かはラファールの腕を勢い良く横に薙ぎ払った。

 

「え……?」

 

 女性スタッフがその腕に吹き飛ばされて宙を舞い、それにともなって彼女が被っていた帽子が落ちた。

 

「あいつ……さっきの……」

 

 それは真が先程ぶつかった女かと勘違いした男の娘だった。

 

「こっちも動いたぞっ!」

 

 四番ブースで起きた凶行に気付かず、離れた一番ブースからも歓声が上がった。

 そして――

 

「止まりなさいっ!」

 

 突然、真の横にいた女性スタッフが声を上げて警棒を取り出した。

 

「え……?」

 

 訳が分からず、真は彼女の視線を追うと詰襟の学生服を着た誰かが人を掻き分けて突撃してきた。

 

「くっ……」

 

 警告を無視した襲撃者に警棒が振り下ろされるが、襲撃者は難なくスタッフの手を取り受け流し、すれ違い様に彼女の身体に膝を叩き込む。

 くの字に身体を折って餌付くスタッフを横に投げ捨て襲撃者はスタッフから奪った警棒を真に向けた。

 

「そこを退けお前に用は…………僚?」

 

 驚きに目を大きく見開いた黒髪の襲撃者は真に聞き覚えのある名前を呟いた。

 

「いや……違う。似ているがお前は僚じゃない」

 

 一人で自己完結した少女は戸惑いの目を改めて鋭くし、真を押し退けて少女はISに手を伸ばす。その手を真は掴んだ。

 

「ちょっと待て! お前今僚って言ったよな!? それじゃあお前は――」

 

「邪魔だ」

 

「ぐっ」

 

 文字通り真は少女に一蹴されて地面に投げ出される。

 身体を起こした時には、少女は真が触れようとしていたラファールをその身にまとっていた。

 

「女……?」

 

 学ランを脱ぎ捨てたその下にはISスーツが着込まれており、その体躯は――

 

「女だよな?」

 

 胸の部分を見て真は今一つ核心を持てなかった。

 

「何か文句があるのか?」

 

 ISの大きな腕で頭を掴まれて少女の目の前にまで吊り上げられた真はドスの効いた声を眼差しに射竦められる。

 

「い、いえ文句なんてありません」

 

「ふん、死にたくなかったら大人しくしていろ」

 

 少女は真を投げ捨てて踵を返す。

 

「ちっ……やはり武装は全て解除されているか。まあいい」

 

 少女はそんなことを呟くと、おもむろに何かのスイッチを取り出して、押した。

 次の瞬間、爆発音と激しい衝撃に地面が揺れた。

 

「今のはまさか……爆弾!?」

 

「目的は達成した。これより撤収するぞ」

 

 少女がISに乗っている者たちに向かって声を上げる。

 

「うん、分かった」

 

 邪気のない声で少女に応えたのは、真がぶつかった金髪の男の娘――ではなく男装した少女だった。

 彼女達はパニックを起こす男達を軽々飛び越えて出口へと向かっている。

 

「くそっ……何なんだよいったいっ!?」

 

 予想もしなかった突然の出来事に真は悪態を吐きながら、気が付けば逃げた四機のISを追い駆けていた。

 会場の外に出た真が見たのは、奪われた四機のISと警備部隊のISとの戦闘だった。

 テロリスト側はトラックで持ち込んでいた銃火器で武装していた。

 その中の一機、黒髪の少女が銃弾が飛び交う中一本のブレードを持って警備隊に特攻する。

 

「っ……」

 

 色も姿形も全く違うにも関わらず、真はその姿に白騎士を思い出す。

 

「そんなわけないだろっ!」

 

 脳裏に浮かべた姿を振り払っていると、警備隊に接近した少女は瞬く間に二体のISを斬り伏せるが、斬られながらもその内の一人が少女に銃を向ける。

 が、少女はあっさりとその腕を弾き、撃ち出された弾丸は会場の壁に無数の弾痕を刻んだ。

 

「あ……」

 

 遠目で見ていた真はその銃弾によって壁のパネルが弾き飛ばされるのを見た。

 そして放物線を描き飛んでいくパネルのその先には――

 

「慌てないで! 姿勢を低くして、誘導にしたがって逃げてくださいっ!」

 

 先程真が話をしていた水色の髪に眼鏡をした少女が一生懸命に声を上げて避難誘導をしていた。

 当然、自分に向かって落ちてくるパネルに気付いていない。

 

「おいっ! アンタッ!」

 

 名前を知らない少女に向かって真は叫び、駆け出していた。

 しかし、真と彼女の距離はあまりにも遠かった。

 あと数秒もしない内に、少女はパネルに潰される。

 

 ――くそくそくそっ! またなのかよっ!

 

 脳裏に浮かぶ家族の最後の姿。

 戦場の流れ弾に運悪く巻き込まれて、いなくなってしまった父さん、母さん、そして真由。

 あの時と同じ様に真は何も出来ず、ただ誰かが死んでいくのを見ていることしかできない。

 

「そんなことっ……認められるかっ!」

 

 目の前の光景を真は拒絶して、懐から赤一色のカードを取り出し、掲げた。

 

「来いっ!」

 

 その声に伴って、量子変換の光が真を包み込み、そして真の身体に電流を流す衝撃が走った。

 

 

 

 

 

 その戦場で戦っていた者達は突然現れた未知のISに戦いの手を止めていた。

 そのISは異様な姿をしていた。

 元は全身装甲型のISだったのだろうが、抉られた頭部の傷の隙間から、ぎらついた紅い瞳が除いている。

 左半身を覆い隠すボロマント。

 身体中の装甲には亀裂が走っており、動いただけで今にも自壊してしまいそうなほどにボロボロの姿だった。

 そのISはテロリスト、警備隊どちらに味方をせず、在らぬ方向へ走り、右腕に展開したルガーランスで逃げ遅れた少女の上に落ちてきたパネルを切り払った。

 

「そんな……あれは……」

 

 誰もが新たなISの登場に驚き、警戒する中で黒髪の少女だけは別の意味で言葉を失って固まっていた。

 

「ファフナー……マーク・ツヴァイ…………お前なのか……りょ――」

 

「何でこんなことを……」

 

 そのファフナーから男の声が響き渡った。

 それが混乱に拍車を掛ける。

 しかし、少女にとっては期待した声ではなかった。

 

「またそうやって人を殺すのかっ!? あんたたちはっ!?」

 

 胸に秘めたはずの怒りをむき出しにして、彼は咆えた。

 

 

 

 






 この話の最後の瞬間までは戸高真君の目は黒色でした。



 まとめ

 戸高真
 白騎士事件の際に両親と妹を失った少年。
 養子として引き取られた際に名字は改名されている。本名は……
 近所に歳の離れた幼なじみを兄のように慕っている。

 


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02 怒れる瞳

 

 

 

『俺の名前は将陵僚……俺達は戦っていた。世界を変えた天災、篠ノ之束と』

 

 

 

 

「またそうやって人を殺すのかっ!? あんたたちはっ!?」

 

 そう啖呵を切った真はそのまま膝を着いた。

 

 ――何だこれ? 身体の感覚が……これがISなのか?

 

 大きくなった身体。装甲に当たる風の感触。ひび割れた全身の鈍い痛み。

 全く異なる自分を受け入れ切れず、真は動けなくなる。

 

 ――早まったな……

 

 肉眼の倍近くに広がった視界を埋め尽くす大量のエラーに真は早くも後悔した。

 が――

 

「あ……あの……」

 

 自分の身体の下にうずくまる少女が恐る恐る頭を上げて声をかけてくる。

 

「無事か?」

 

「え……? 男の人の声? まさか二人目?」

 

「怪我はないかって聞いてるんだっ! ちゃんと答えろよっ!」

 

「はっはいっ! 大丈夫です」

 

 その返答だけで、後悔などあるはずもない。

 

「お前も捕獲してやる」

 

 それ以上話している暇もなく、テロリスト側の金色の髪の少女が戦列を離れて真に向かって地面を滑走して来た。

 

「アンタは逃げろ!」

 

 向かってくる敵に真はうまく動かない身体をなんとか立ち上がらせ、剣を盾にするように身構える。

 

「遅い!」

 

 少女は銃をブレードに持ち替えて真に肉薄すると、ブレードで剣を弾き、無防備になった胴体を蹴り飛ばす。

 

「っ!?」

 

 身体に走った衝撃と痛苦に真は悲鳴を上げる。

 

 ――ISは操縦者にダメージを通さないんじゃなかったのかよっ!?

 

 前情報で知っていたことと全く違うことに真は悪態を吐く。

 

「くそ……」

 

「こいつ……見掛け倒し?」

 

 大きく蹴り飛ばされた真は痛む身体で、再び立ち上がろうと膝に力を込める。

 が、やはりISとなった身体はうまく動いてくれない。

 

「真っ!」

 

 不意に背後から聞き覚えのある声が彼を呼んだ。

 

「アスラン……?」

 

 振り返るまでもなく倍以上になっている視界にアスラン、それと吉良が人混みの中から現れた。

 

「お前っ! 何をやってる、それは何だっ!?」

 

「そんなこと今はどうでもいいだろ! それよりも早く避難――」

 

 怒鳴ってくる声に真は怒鳴り返して言葉を止めた。

 テロリストに破壊された検査会場の壁の先、アスランたちの向こうに見えるのは多くの同年代の男達。

 もし彼らが取り乱して一斉に出口に殺到すれば、何が起きるのか想像は容易い。

 

「っ……やめろっ! がっ!」

 

 威嚇で撃たれ、横を掠めようとした弾丸に真は咄嗟に右腕で受け、その痛みに呻く。

 防がなければその銃弾は背後の会場の誰かを殺していただろう。

 

「くそっ……政府の奴ら……男の命よりもISが大事なのかよ?」

 

 本格的な銃撃戦を行い、自分達のことなどお構いなしにISを奪い返そうと躍起になっている政府のIS部隊に真は堪らずに愚痴をもらす。

 女尊男卑の社会だということは分かっていても、人の命がコアよりも軽いなど真には理解できない。

 金髪の少女は真に銃口を向けたまま警戒してゆっくりと近付いてくる。

 

「せめて動けたら」

 

「アスラン、退いて」

 

 不意に吉良がアスランを押し退けて真に、マーク・ツヴァイに駆け寄った。

 吉良は剥がれた装甲の中にある端子にケーブルを繋げ、それを自分のノートPCに繋げた。

 

「っ……何だこのエラーの山は!?」

 

 と言いながら、吉良の指はキーボードを目にも止まらない速さで走っていた。

 

「前操縦者のデータを初期化、破損による機体機能を制限、シェナジックコードの形成? 戸高真で再設定――」

 

「すごい……」

 

 水色の髪の少女は吉良の指の速さに見惚れて言葉を失う。

 視界からエラーの表示が消えていく。

 しかし、テロリストはこちらの事情など構わずに警戒しながら確実に近付いてくる。

 考えるまでもなく、吉良の作業が終わるよりも早くテロリストが動くだろう。

 

「うおおおおおっ!」

 

「アスランッ!?」

 

 がしかし、吉良の仕事を見守ることしかできなかったアスランが声を上げて駆け出した。

 一人逃げるのではなく、あろうことかISに向かって全力疾走。

 

「馬鹿っ! 何やってんだ!?」

 

 アスランの突然の行動に面を食らったのは真だけではなく、相手のテロリストも同じだった。

 

「何、こいつっ!?」

 

 咄嗟にテロリストは引き金を引くが、撃ち出された弾丸は威嚇だったのかアスランから大きく外れて地面を抉った。

 そして、当のアスランはそれに怯まずに全速力で走った勢いのまま跳んだ。

 

「なっ!?」

 

 銃に腕ごとしがみ付くアスランをテロリストは振り払おうと腕を大きく振る。

 

「邪魔をするなっ!」

 

 ISのパワーで振り回されながらも、アスランは歯を食い縛ってしがみ付く。

 

「吉良先輩っ!」

 

「あと少しっ!」

 

「いい加減にしろっ!」

 

 少女は溜まりかねて腕を地面に叩きつける。

 

「がっ……」

 

 地面に叩きつけられたアスランはそのまま地面に大の字に倒れる。

 が、それでもまだその手は銃を放していなかった。

 

「…………ま……だ……おれ……は……」

 

「ちっ」

 

 テロリストは大きく舌打ちをしてアスランの手を振り解き、銃口を彼の頭に突き付ける。

 

「よしっ!」

 

 吉良のその声に真はケーブルを外す間を惜しんで駆け出した。

 

「人の先輩に何をしてくれてんだっ!」

 

 踏み出した足が地面を捉える。足の裏まではっきりと感じる感覚。

 難しいことを考えず、ただ自分の身体を動かすように機体が動いてくれる。

 疾走しながらも真の身体となっていたISが緑の結晶で覆いつくされ、次の瞬間音を立てて砕け散る。

 

『一次移行完了』

 

 皹だらけだった装甲は修復される。流石に失っていた左腕まで完全に修復されてはいなかったがそれでも十分だった。

 

「っ……」

 

 テロリストがマーク・ツヴァイの疾走に気が付き、アスランから銃口を移すが引き金を引かれるよりも早くマーク・ツヴァイは体当たりをして自分ごとその場から離れる。

 倒れたアスランに駆け寄る吉良と水色の髪の少女を尻目に真は意識を目の前の少女に切り替える。

 

「……何でこんなことするんだお前はっ!?」

 

 歳の背は自分と同じくらい、そんな少女がテロリストとなっていることに驚くよりも胸の奥から湧き上がる憎悪に真は自分でもあるマーク・ツヴァイを動かす。

 

「お前も邪魔だっ!」

 

 少女が乱暴に腕を振って、押さえつけていたマーク・ツヴァイを振り払う。

 振り払われたマーク・ツヴァイは右腕で地面を叩いてその勢いで空中で一回転して着地する。

 少女はブレードを構え、マーク・ツヴァイに襲い掛かる。

 無手の状態のマーク・ツヴァイは腕の装甲に内蔵された短刀を宙に投げ出し、それを掴む。

 

「遅いっ!」

 

 人の動きと比べて隙だらけの動きをするISに対してマーク・ツヴァイは懐に入り込み、ISの肩パーツに短刀を突き立てる。

 短刀を突き立てながらも、マーク・ツヴァイは敵のブレードを紙一重でかわしてすれ違い、突き刺した短刀の刀身が折れた。

 すれ違って距離が開いて少女が振り向き様にライフルの銃口をマーク・ツヴァイに向け――折れて肩に残った刀身が爆発した。

 

「きゃああっ!?」

 

 大きく仰け反った少女にすかさずマーク・ツヴァイは再接近し、そのまま全力で始めにやられたお返しといわんばかりに蹴り飛ばした。

 壁に叩きつけられた少女のISは強制解除され、少女は意識を失ったのかそのまま倒れ込む。

 マーク・ツヴァイは落としたルガーランスを拾い、未だに銃撃戦を行っている渦中に向かって飛び込んだ。

 

「ステラッ? まさかやられたのか!? って走って来た!?」

 

 PICを使って地面を滑走することが主なISの移動方法だというのに、足を使って走ってくるマーク・ツヴァイの姿に両陣営共に面を食らう。

 だが、その速度は滑走するよりも速く、瞬く間に横隊を組んでいたテロリストの目の前にまでマーク・ツヴァイは接近する。

 

「こんなところでそんなもの使ってんじゃないっ!」

 

 ルガーランスを銃を向けられるより速く切り飛ばす。

 返す刃で本体を叩き伏せ、そのまま流れる動作で二機目に向けてルガーランスを突き出す。

 が、黒髪の少女が乗った三機目が横からブレードで割り込んでマーク・ツヴァイの刺突を弾く。

 

「ちっ……」

 

「貴様、その機体をどこで手に入れたっ!?」

 

「こいつ……」

 

「操縦者はどうした!? まさか貴様が――」

 

 少女が何かを言いかけるが、少女は大きく後ろに向かって飛んでその場から離脱した。

 マーク・ツヴァイも広い視界の中でそれを確認して、少女とは逆の方向に向かって跳躍した。

 遅れて政府側のISによる銃弾の雨が降り注ぎ、マーク・ツヴァイに斬り伏せられた一機が逃げ遅れ、シールドエネルギーをゼロにさせられる。

 

「君っ! 誰か知らないけど下がって――」

 

「だから、こんなとこで撃つなって言ってるんだろっ!」

 

 目の前に降り立って、銃をテロリストに向けるラファールにマーク・ツヴァイはルガーランスを突き出していた。

 

「がっ!? 何を!?」

 

 味方だと思っていたマーク・ツヴァイの突然の凶行に操縦者は訳も分からずに狼狽する。

 マーク・ツヴァイは切先を背中の装甲に刺し、そのまま頭上に持ち上げる。

 そして音を立てて、剣の刀身が二股に開き、突き刺した装甲の傷を強引に押し広げる。

 

「ちょ――待て待て待って!」

 

 剣の根元に光るプラズマ弾を見て悲鳴が上がる。

 だが、その声を無視してマーク・ツヴァイは引き金を引いた。

 発射されたプラズマ弾が二股の刀身に沿って機体の内部に撃ち込まれる。

 絶対防御が発動すると共に撃ち上げられたラファールが大きく放物線を描いて地面に墜落する。

 

「かは……」

 

 堕ちたラファールはその衝撃を最後にシールドエネルギーを0にされて強制解除される。

 しかし、絶対防御に守られたはずの操縦者は白目を剥いて痙攣を繰り返す。

 あまりのことに両陣営のISは動きを止める。

 

「い……いやああああっ!」

 

 最初に動いたのは政府側のISだった。

 悲鳴を上げながら、マーク・ツヴァイにアサルトライフルを乱射する様は冷静さを失っており、操縦者の顔は恐怖で引きつっていた。

 迷わず、マーク・ツヴァイは次の標的をそいつに選ぶ。

 銃撃を驚異的な反応速度で避けて接近するとルガーランスを一閃。

 大きく空にかち上げると跳躍してそれに追いつき、さらに一閃、地面に向けて叩き落す。

 それでもまだシールドエネルギーが尽きていないISにマーク・ツヴァイはルガーランスを突き立てるようにそいつの上に落ちる。

 シールドバリアーがルガーランスに干渉して弾こうとするが、その力を抑え込み逆に押し込む。

 

「ひっ!」

 

 操縦者の目の前で刀身が開き、抉じ開けたシールドバリアーの内部ににプラズマ弾を撃ち込まれる。

 絶対防御が発動してISが強制解除され、身を強張られせる操縦者を無視して真はすぐに別の敵を探す。

 

「四つ……残りは――」

 

 刀身を元に戻して辺りを見回すと、テロリスト達はすでに撤退の体制に入っていた。

 

「逃がす――があっ!」

 

 突然全身に電気が走ったかのような痛みに真は悲鳴を上げて膝を着く。

 

「何だ今の……?」

 

 しかし痛みは一瞬で消え、気のせいだったかと首を傾げる。

 

「動きが止まった。今だ撃てっ!」

 

 動きを止めたその隙を見逃さず、政府側のIS達がマーク・ツヴァイに向かってライフルを一斉掃射する。

 

「なっ!?」

 

 咄嗟に避けることを考えたが、ハイパーセンサーの目に見える背後にアスラン達がいるのを見て反射を押し止める。

 

「民間人がいるんだぞ!?」

 

 無数の弾丸が装甲を抉り、むき出しの左腕を隠していたボロマントを引き裂く。

 盾にしたルガーランスは折られ、生身に当たった弾丸は絶対防御で弾かれ、瞬く間にシールドエネルギーを奪っていく。

 永遠とも思える数秒。

 エネルギーは奇跡的に一桁残ったが、機体は最初の時以上にボロボロだった。

 

「真っ!」

 

 背後から呼ぶ声に彼らの無事が分かり真は安堵する。

 しかし、それも束の間。

 政府側のISが地面を滑走し、マーク・ツヴァイに接近し頭に銃口を突き付ける。

 

「男がISに乗るなんて汚らわしい……死ねっ!」

 

「っ……最低だな……お前達っ!」

 

 男がISに乗るのは許せない。

 だから今の混乱に乗じて、真を殺そうとしている目の前の女に真は嫌悪をしか感じなかった。

 

 ――俺は死ぬのか? こんなところで、こんなふうに……?

 

 両親と妹を殺され、政府にその事実を隠蔽され、そして自分もいま、インフィニット・ストラトスに殺される。

 

 ――ふざけるな……

 

 自分の死も、あの時のようになかったことにされるのだと思うと怒りが込み上げてくる。

 

「死んで堪るかっ! 俺はまだここにいるんだっ!」

 

 頭の奥で何かが弾けた音を聞いたような気がした。

 生身の左腕を跳ね上げて、火を吹こうとしていた銃口を空に押し退ける。

 

「こいつ、まだ動くのか!?」

 

 折れたルガーランスを投げてぶつけ、一瞬の怯みを逃さずマーク・ツヴァイは目の前のラファールに組み付き、地面に押し倒してマウントを取る。

 

「ひっ!?」

 

 怯えた操縦者の顔が余計に真の怒りをより燃え上がらせる。

 

「ふざけるな!」

 

 傷だらけの右手を握り締め、その顔に向けて振り下ろす。

 

「いやっ!? やめてっ!?」

 

「ふざけるなっ!」

 

 人を殺そうとしておいて、民間人の命を軽視しておいて、命乞いを聞いてもらえると思っている女に殺意を感じる。

 

 ――ああっ、ああっ、気分がいい……

 

 何度も振り下ろし、その度に泣き叫び歪む女の顔に真は快感を感じにはいられなかった。

 直前まで見下された相手だと思うとその感情はより一層大きくなる。

 絶対防御が邪魔で潰せないのが、その分声が聞こえる。

 

「はははははっ!」

 

 異常な哄笑を上げる真の姿に誰もが言葉を失い、止めるのを忘れる。

 十数の拳を受けてラファールのシールドエネルギーが底を着く。

 強制解除されて、操縦者は生身をさらす。

 

「あ……」

 

 それでも振り上げた拳を止めようとしないマーク・ツヴァイに彼女はぐしゃぐしゃになった顔を引きつらせた。

 

「やめるんだ真っ!」

 

 制止の声が聞こえたが、真は止まらなかった。

 振り上げた腕が、振り下ろ――

 水が鞭となってマーク・ツヴァイを弾き飛ばした。

 その衝撃にエネルギーがゼロとなり、空中に投げ出された真は回転する景色の中で自分を見ている女達を見た。

 誰もがISを纏い、手には武器を持っている。

 そんな彼女達に真は怨嗟の吐く。

 

 ――みんな、いなくなればいいのに……

 

 それは言葉になることはなく、真はそれを最後の思考として意識を喪失させた。

 

 

 

 

 異様な雰囲気に飲まれ、誰も動けなくなってしまった状況。

 目の前で全身装甲型ISに組み敷かれていたラファールが消えたところで我に返るが、もう遅かった。

 見ていることしかできない少女は当然として、ISに乗っている警備班も完全に出遅れた。

 腕は無数の銃弾で穿たれ、指はひしゃげてしまっているのに、それは相手が泣き叫んでいるのに止まらない。

 

「やめるんだ真っ!」

 

 彼の友人、先程フィッティングを行った青年が叫ぶ。

 しかし、声は届かず、歪になった拳は情け容赦なく振り下ろされ――

 水の鞭が全身装甲型ISを弾き飛ばした。

 

「あ……」

 

 空中で強制解除された彼は意識を失っているようで、そのまま地面に叩きつけ――られる前に新たに乱入してきたISが彼を受け止めた。

 その見覚えのあるISと操縦者に思わず声がもれる。

 

「お姉ちゃん……何でここに……?」

 

「あら、偶然ね」

 

「偶然……?」

 

「ええ、偶然今日の仕事が早く終わって、偶然この近くを移動していたら、偶然緊急の出撃要請を受けて急行したのよ」

 

「あ……」

 

 言われて状況を思い出す。

 全身装甲型の所業に意識を奪われて忘れていたが、元々はテロリストのIS強奪が発端だった。

 当のテロリストの姿を探すが、彼女達の姿はもう何処にも見当たらなかった。

 

「大丈夫よ。別働の回収部隊はもう抑えてあるから、ロックを解除できない以上、ステルスモードは使えないからすぐに捕まえられるわ」

 

 抜かりのない仕事振りに妹は言葉を失い俯いた。

 

「私はこのまま現場の収拾をするから、また後でね」

 

 そう言って、姉は颯爽とした背中を見せつけて周囲のISに名乗って指示を出す。

 

「あ……」

 

 その背中があまりにも遠くに感じ、思わず目を逸らした。

 一つ違いで国家代表の姉。

 対して、自分は代表候補生で今はただの列整理のスタッフ。

 有事の際のマニュアルもあったが、自分も他のスタッフ達もろくに生かし切れていなかった。

 

「私は……何もできなかった」

 

 流れ弾に逃げ惑う民間人を救ったのは二人目の男性IS操縦者。

 不完全なシステムを直したのも、その時間を稼いだのも、今日適性検査に訪れていた男の民間人。

 わずか数十秒でフィッティングを行った技術と生身でISに向かっていく胆力。

 何の訓練も受けていない彼らに対して自分はどうだっただろうか。

 ISに乗るため、代表になるための相応の訓練を受けていたというのに、いざとなったら何もできなかった自分が堪らなく恥ずかしかった。

 

「ISがあれば……私だって……」

 

 彼の暴走を止めることも、テロリストの鎮圧もできたはず、そう自分に言い聞かせなければとても平静にしていられなかった。

 だが、待ち望んでいた専用機の開発が未完成のまま中止されることをまだ知らなかった。

 

 

 

 



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03 消せない炎

 

「父さん、母さん、真由……久しぶり」

 

 真は岬の丘に造られた慰霊碑に花を添えて話しかけた。

 十年前、白騎士事件の際に日本を脱出しようとした船舶が事故を起こして沈没した。

 そういう名文で建てられた慰霊碑だが、それが真実ではないことを真は知っている。

 

「…………」

 

 何を言うでもなく、ただその慰霊碑の前にたたずむ。

 彼らの墓は別の場所にあるが、真は何故かこちらの慰霊碑によく足を向けていた。

 不意に袖を引かれて真は振り返る。

 

「犬……?」

 

 そこにいたのは一匹の老犬だった。

 黒く薄汚れた老犬はジッと真を見つめて、踵を返した。

 

「何なんだよ?」

 

 人の気を引いておいて、何事もなかったのように歩き出した老犬に真は首を傾げる。

 

「お前、怪我してるじゃないか?」

 

 改めて見て、真は思わず声をかけた。

 全身が薄汚れていて、後ろ足の片方を引きずっている。

 首輪をしていることから飼い犬だと分かるが、とても人に飼われている様子の犬ではなかった。

 老犬は真の呼びかけを無視して歩き続ける。

 その歩みは遅く、力なく歩む様は風前の灯のような印象を感じる。

 

「どこに行くんだよ?」

 

 何故か、目を離せなかった真はその老犬の後についていく。

 帰巣本能。

 捨てられた犬が遠く離れた場所に行ってしまった飼い主の下に帰るという話を真は思い出す。

 その類なのか、しかしそれにしては老犬が自分に寄り道をして行った理由が分からない。

 海岸線の道路から砂浜に降りて、そのまま浜辺を歩く。

 そして、浜辺から岩場に登ろうとする老犬は足の怪我もあり、右往左往する。

 

「仕方ないな」

 

 岩場の上に持ち上げてやろうと、老犬の身体を抱えた真は思わず息を飲んだ。

 

「お前……」

 

 身体が汚いことは覚悟していたが、それ以上に気になったのは重さと体温だった。

 大型犬だというのにとても軽く、それでいて死んだ動物のような冷たい。

 しかし、その老犬はまだ生きて動いている。

 真に礼を言うように小さく頭を下げた老犬はそのまま岩場の上を歩き出した。

 

「ちょっと待てよっ!」

 

 慌てて真は岩場を登り老犬の後を追い駆けるために岩場を登り、その向こうへと降りる。

 そこには一体のロボットが打ち上げられていた。

 

「これは……」

 

 ちょうど岩場の影に隠れていて海岸からは死角になっていて分からなかった。

 それに岩場に寄り添うように打ち上げられているため、遠目には岩場の一部に見えそうだった。

 

「ISだよな?」

 

 今の世界で人間大のロボットと言えば、最初に浮かんでくるのはやはりインフィニット・ストラトスだった。

 しかし、ありえるのだろうか?

 ISのコアは世界に限られた数しか存在していない。

 男であり、学ぶ機会がないとはいえ、そのコアが厳重に管理されていることくらいは理解できる。

 間違ってもこんな人気のない海辺の岩場に放置されているようなものではない。

 

「どういうことだ?」

 

 近付いて見ると、そのISは酷い有様だった。

 頭は潰れ、左腕が肩からなくなっている。全身の装甲に大小様々な亀裂が走っていて今にも崩れそうなほどだった。

 

「人は乗っていないみたいだけど……」

 

 呟きながら、真は何気なくそれに触れた。

 瞬間、脳裏に様々な情報が流れ、咄嗟に真はそれから手を放す。

 

「っ……何だよ今のは?」

 

 ISは女にしか使えない。それが不文律なはずなのに、真が触れた機体はそれをきっかけにするように低い駆動音を上げていた。

 真は緊張に唾を飲み込み、もう一度それに触れた。

 覚悟していた情報の奔流が真を襲う。

 男性用のISコア。

 思考制御体感操縦式システム搭載型IS、ファフナー二番機。

 そして――

 

『俺の名前は将陵僚……俺達は戦っていた。世界を変えた天災、篠ノ之束と』

 

 その機体の操縦者の最後のメッセージが流れた。

 

 

 

 

 テロリストの襲撃の翌日。

 目を覚ました真が最初に見たのは見知らぬ天井だった。

 

「ここは……?」

 

「おはよう、戸高真君」

 

 状況が理解できない真の呟きにすぐに応じる声があった。

 真は身体を起こさず、首だけ動かして声の方を向くとそこには一人の女子がいた。

 どこか超然としており、全体的に余裕を感じさせる態度とイタズラっぽい笑みを含めた眼差し。

 その顔は真も知っていた。

 

「更識楯無……さん……?」

 

「あら、私のこと知ってるの?」

 

「そりゃあ……雑誌とかニュースとかで名前くらいは知っていますよ」

 

 代表候補生ならともかく、国家代表。

 それも日本人にしてロシアの国家代表となった彼女の存在は一時期大きくメディアで扱われた。

 ISに積極的に関わろうとしなくても、周囲の状況から最低限の知識くらいは真も持っている。

 

「そ、でも改めて自己紹介させてもらうわ。IS学園一年、更識楯無よ」

 

「……どうも、戸高真です」

 

 差し出された手を無視して真は挨拶だけを返す。

 しかし楯無は気を悪くした素振りを見せずに頭を下げた。

 

「最初に御礼を言わせてちょうだい。貴方のおかげで私の妹が怪我もなく無事だったわ、ありがとう」

 

「妹……?」

 

「貴方が最初に助けた検査運営のスタッフだった子よ。日本の代表候補生で、その関係で運営の手伝いをしていたの」

 

「ああ、あの子か」

 

「それで、貴方の体のことなんだけど、おかしなところはないかしら?」

 

「いえ……特には……」

 

 せいぜい身体の節々が痛む程度だが、取り分けて異常と思えるものを真は感じなかった。

 

「その目は?」

 

「目……?」

 

 楯無の指摘に真は首を傾げ、彼女が差し出した手鏡を覗き込む。

 そこにはいつも見ている自分の顔があった。しかし、一点だけ違いがあった。

 日本人らしい黒い目が赤い目になって、鏡の中の自分を覗き込んでいた。

 

「何だよこれ?」

 

 虹彩が黒から赤に変わっているだけ。特に視力が落ちたなどの変化もない。だからこそ不気味に思えた。

 

「まさか……これが同化現象?」

 

「同化現象? それは何のことかしら?」

 

 真の呟きを耳聡く聞き逃さなかった楯無が質問し、さらに続ける。

 

「貴方があのISを手に入れたのはいつ? 何処で?」

 

「それは……」

 

「ああ、ごめんなさい。別にそれで貴方を責めるわけじゃないの」

 

 真が警戒心を強めたのを敏感に察して、楯無は首を横に振り、『謝罪』と書かれた扇子を広げる。

 

「世間では織斑一夏君が単純にISに乗れることが発表されたけど、実際は貴方と同じタイプの機体に誰かに乗せられて暴走したのよ」

 

「残念ですけど、こいつは浜辺で拾っただけですよ」

 

 真はいつの間に自分の右腕に腕輪となって存在を感じさせる待機状態のファフナーを掲げて見せて答えた。

 

「それは何処の浜辺かしら?」

 

「えっと――」

 

 真が答えようとしたところで部屋の扉が開き、白衣を着た医者らしき人が看護婦を引き連れて入って来た。

 

「話は後で聞かせてもらえるかな? まずはちゃんと検査をして身体に異常がないか確かめましょう?」

 

 楯無は医師に場所を譲って部屋から出て行く。

 

「あ、あのっ!?」

 

 その背中を真は呼び止めた。

 

「ん、何かしら?」

 

「アスラン……えっと、ISに素手で向かっていった人がいたはずだと思うんですが、その人はどうしましたか?」

 

「ああ、彼ならちゃんと治療を受けたんだけど……その……落ち着いて聞いてちょうだい」

 

「まさか……」

 

 神妙な顔をする楯無に真は最悪の予想が脳裏に浮かぶ。

 

「お見舞いに来た二人の女の子が、どっちが看病するかで大騒ぎがあって入院期間が長引きそうなの」

 

 『修羅場』とかかれた扇子を広げる楯無に、真はなんとも言えない表情を作ると共に、平常運転な先輩達の様子に安堵した。

 

 

 

 

「御苦労だったな、更識」

 

 政府運営の特殊病棟の会議室で戻ってきた更識楯無を織斑千冬は迎えた。

 

「いえ、これくらい何でもないです」

 

 『お仕事』、そう書かれた扇子を広げる楯無から視線を外し、大型のモニターに映し出された彼がいる病室に目を向ける。

 

「とりあえず、暴れる様子はありませんでした」

 

「ああ、見ていた」

 

 戸高真の腕には織斑一夏と同様に取り外せなくなったISがある。

 彼が目を覚ました時、どんな行動に出るか分からなかったため、楯無を着けておいたがその心配は杞憂で済んだようだ。

 

「しかし、一生徒に任せる案件ではないと思うんだがな」

 

 引継ぎを拒み、半ば強引に彼との事情徴収に参加してきた楯無を千冬は軽く睨むが、楯無は軽く受け流す。

 

「それにしてもまさか二人目が現るとはな」

 

「意外でしたか、織斑先生?」

 

「一夏一人だけならば束の関与を疑ったが、戸高真は束とも私とも何の関係もない一般人だ……

 わざわざあいつが有象無象と見ている誰かに特別なことをするとは思えん。だが――」

 

「だが?」

 

「良くも悪くも気まぐれな奴だ。あいつの遊び心に運悪く巻き込まれた可能性もゼロではない」

 

 考えるだけでも頭が痛くなってくる。

 

「まあ、いい……それでお前の目から見て、彼はどうだった?」

 

「一見は普通の男の子ですね……

 過去に暴力事件を起こしていること、ISに乗った時の好戦的な性格を見るに実際はかなりの激情家だと思います……

 ですが、自分の身を危険にさらしても前に出て戦う気概から、その性根は善性であることは間違いありません」

 

「随分と気に入ったようだが、惚れたのか?」

 

「妹を助けてもらった恩人に対しての正当な評価ですよ」

 

 これが自分の後輩だったら、慌てふためいた反応を返してきただろうが、楯無は余裕で千冬の言葉を受ける。

 

「ただ自分がISに乗れた理由などは把握していた素振りがありました。彼の身辺調査では不信な人物や組織の接触はありませんでしたが気を付ける必要があると思います」

 

「そうか……」

 

「やっぱり彼もIS学園に?」

 

「お前が迅速に彼の存在を隠したから、今のところ大きな騒ぎになっていないがそれも時間の問題だろう……

 どこかの国や企業がかぎつける前に学園で保護した方が得策だ」

 

「分かりました……彼への説明はどうします?」

 

「検査が終わったら私が話そう」

 

 

 

 

 

「疲れた……」

 

 医師の問診から始まり、様々な検査を行われた真は宛がわれた元の部屋のベッドに身体を投げ出して愚痴をもらした。

 

「…………腹減ったな」

 

 目を覚ましてからどれだけの時間が経ったか分からない。

 だが、その間に食事休憩もなく真はたらい回しに検査を受けさせられた。

 

「入るわよ」

 

 不意にドアがノックされ、真が返事をする前に開け放たれる。

 入って来たのは目を覚ました時に最初に会った、更識楯無だった。

 

「お腹空いていると思って御飯持ってきたけど食べられる?」

 

 彼女が問いかけてくるが、真は直前まで感じていた空腹感を忘れ、楯無に続いて部屋に入って来た女性に目を奪われていた。

 

「織斑千冬……」

 

「ああ、そうだ。だが名乗らせてもらうぞ。IS学園教諭の織斑千冬だ」

 

 凛とした佇まいでそう名乗る千冬に対して、真は思わず彼女を見る目を強くする。

 

「さて、君は世界でISを動かした二人目の男となったわけだが――」

 

「はっ……世界で二人目ね」

 

 思わず反抗的な口調で真は千冬の言葉を遮っていた。

 

「何が言いたい?」

 

「別に……」

 

 人を射殺さんと言わんばかりの目で睨みつけられるが、真はそれを睨み返す。

 

「君の人権を守るために、君にはIS学園に――」

 

「そんなことよりも俺はアンタに聞きたいことがあるんだけど」

 

「ちょっと真くん、これは貴方の今後についての大切な――」

 

 千冬の言葉を二度遮り、喧嘩腰で構える真を楯無が諌めようとする。

 

「うるさいっ! そんなことよりも俺はこいつに聞かなくちゃいけないことがあるんだっ!」

 

 興奮して聞く耳のない真に千冬は嘆息して、彼の言葉を促す。

 

「何だ? 何が聞きたい?」

 

「お前が白騎士の操縦者なのかっ!?」

 

「っ……!?」

 

 前触れもなかった予想していなかった問いに千冬は驚いて息を飲む。

 が、真は彼女の動揺を見て、詰め寄り千冬の胸倉を掴んで叫ぶ。

 これまで誰にも言うことができなかった言葉。いつか彼女に言えたらと思っていたが、そんな機会は一生ないと何処か諦めていた。

 しかし、振って湧いたように目の前に訪れたチャンスに真は歯止めが利かずに捲くし立てる。

 

「お前じゃないなら誰だ!? 篠ノ之束かっ!? 答えろっ!」

 

「私は……知らない……」

 

「だったら誰がっ……誰が、父さんと母さん、真由を殺したんだっ!?」

 

「っ!? 知らないっと言っているだろっ!!」

 

 真の言葉に千冬は顔を引きつらせて、力任せに真を突き飛ばした。

 無造作とはいえ、世界最強が繰り出した両手の突き出しに真は盛大に吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。

 

「ちょっ!? 織斑先生っ!」

 

「貴様っ! 千冬様に何をしているっ!」

 

 楯無の戸惑いの声をかき消すように怒声を上げて部屋に数人の女性が駆け込み、痛みに喘ぐ真を床に押さえつける。

 

「放せっ! 俺はそいつに――」

 

「黙れっ!」

 

 頭を掴まれ、そのまま床に叩きつけられる。

 頭に響く鈍痛に歯を食い縛って耐え、真は――

 

「こちらへ、千冬様」

 

 入って来た女の一人に促されて部屋から出て行く千冬を最後まで睨み続けた。

 

 

 

 

「大丈夫ですか、織斑先生?」

 

「…………ああ」

 

 いつもなら声を掛ければすぐに返事があるはずの千冬の反応は鈍く、それに加えて覇気もなく上の空だった。

 戸高真が彼女に問いただした白騎士の操縦者。

 十中八九、それは目の前の織斑千冬だと楯無は思っている。

 もっとも、それは多くの人が思っていることであり、誰も聞いてはいけない不文律がいつの間にIS業界には出来上がっていた。

 

「初めて見ますね。織斑先生のそんな姿」

 

「私だって人間だ……何もかもに見切りを付けられる束とは違う……ただの人間だ」

 

 束。篠ノ之束。

 出てきた名前に楯無は思考を巡らせる。

 白騎士の操縦者が誰なのかという秘密と同時に、白騎士事件には誰も触れない事柄がもう一つ存在している。

 それは白騎士が現れる切っ掛けとなった各国のミサイルをハッキングして日本に発射した誰か、もしくは組織。

 日本を終わらせようとした危険な人物だというのに、未だに犯人を特定できていなければ、捕まえてもいない。

 

 ――それも白騎士と同じなのよね……

 

 厳重なプロテクトがかかっているはずの各国の軍事基地に一斉にハッキング可能な技術力を持つ人物など一人しか思い至らない。

 それはきっと誰もが思っていることであり、だからこそ口を噤んでいることでもある。

 

「でもそんなに動揺することですか? 去年も私達が入学した時に同じことを聞いた薫子ちゃんを吊るしてましたよね?」

 

 新聞部の友人を思い出し、当時のことを思い出す。

 入学したばかりの頃、暗黙の了解である不文律を彼女は軽々と踏み越えて、それを千冬に尋ねた。

 知らないの一点張りでコメントを拒否する千冬に対して、彼女はしつこく食い下がり、最後には千冬を怒らせて寮の外壁に簀巻きにされて吊るされた事件があった。

 

「同じなものか、あいつのは興味本位からの質問だ……だが、戸高真のは……」

 

 言いかけて千冬は俯いてしまう。

 

「白騎士が家族を殺したと言っていましたが、それは間違いです」

 

 白騎士事件の犠牲者は皆無。

 そのわずかな数字も軍関係者ばかりであり、白騎士の流れ弾が民間人に被害を出した記録はない。

 

「民間人の被害は暴動や事故によるものです。どんな陰謀があったにせよ、撃たれたミサイルを迎撃した白騎士の行動は間違ってません」

 

「白騎士……白騎士か……」

 

 楯無のフォローに千冬は自嘲する。

 

「あんなもの、頭の悪い中二がない頭を必死に悩ませて考えた代替案に過ぎないのにな」

 

「代替案?」

 

「本当ならあいつは自分を馬鹿にした奴らへの報復に隕石を――」

 

「織斑先生、それ以上は」

 

 あの事件の真相については楯無も興味があるが、それをこんな周囲の一目があるところで言わせるわけにはいかない。

 何より今は心が弱まり、自棄になっているようで全てを暴露しかねない。

 白騎士事件の真相。

 それはIS至上社会となっている現代を根底から崩す猛毒だろう。

 そう思って楯無は千冬の言葉を止め、彼女もわずかに正気を取り戻し口をつぐむ。

 

「織斑先生は今、二十四でしたよね?」

 

「ああ……」

 

 そうすると白騎士事件の時は十四歳。

 自分のような特殊な家柄の人間や、篠ノ之束のような人格破綻者でもない常人の思考の少女には白騎士事件の秘密は大き過ぎたのかもしれない。

 

「織斑先生は――」

 

 唐突に、楯無の言葉を遮るように火災報知機が音を立てて鳴り響いた。

 

 

 

 

「くそっ……好き勝手殴りやがって」

 

 手錠を掛けられ、ベッドに縛り付けられた真は悪態を吐く。

 身動きが取れない状態にされているが、何故か右腕に装着されたISは没収されていない。

 その代わり、任意で電流が流せると忠告された首輪を付けられていた。

 そのスイッチはドアの前に立つ、帽子を被った女に握られている。

 

「あいつ……絶対に何か知っている」

 

 真の言葉に明らかな動揺を示した織斑千冬。

 やはり白騎士の操縦者が彼女だったのではないかと、確信するも決定的な証拠もない。

 

「痛いな……」

 

 それにしても痛い。

 拘束されているため、さすることもできないのが辛い。

 特に殴られた顔ではなく、頭の芯がズキズキと痛む。

 

「そのままで聞け」

 

 顔をしかめることしかできない真に監視に立っていた女が声をかけてきた。

 

「何だよ、いきなり?」

 

 首だけ動かして真はそいつを睨む。が、そんな視線に怯まずに女は続ける。

 

「この部屋がモニターされている。さっきの騒ぎでマイクを壊しておいたが、不信な動きをすればまた奴らが手を上げる口実を与えることになる」

 

「お前……もしかしてあの時のテロリスト?」

 

 目深に被った帽子で分からなかったが、その女は検査の時に最初に真と対峙した黒髪の少女だった。

 

「私のことは今はどうでもいい。それよりも問題なのは、今お前を蝕んでいる同化現象についてだ」

 

「同化現象……?」

 

「その赤い目と頭の痛みは同化現象の進行によるものだ。お前はこのままだと数日で結晶となってこの世界からいなくなる」

 

「は……? 結晶になっていなくなる? そんな話信じられるわけないだろ」

 

「お前は将陵僚が残したレコーダーを聞いているはずだ。ファフナーに乗ることの意味を知らないとは言わせないぞ」

 

「っ……」

 

「まあいい。知らないというなら改めて教えてやる……

 男性用のIS、十三機のファフナーにはニーベルングシステムが搭載されている……

 素人のお前でも熟練のIS操縦者と遜色のない操縦ができるようになるシステムだが、このシステムには致命的な欠点が存在している」

 

「欠点?」

 

「ファフナーの特徴は操縦する必要がないということだ。ニーベルング接続により人体と機体を一つとして、操縦ではなくファフナーになることで動かすことができる」

 

 それは真も実際に体験して理解していた。

 初めて乗ったISはイメージで動くという一般常識の知識ではなく、機体そのものが自分の身体に置き換わったように動かすことができた。

 

「このシステムの恩恵については省くが、先程も言った欠点はコアと人体の境界線を取り払ったことで、ファフナーに乗る度に人はコアに同化されていく……

 そして最後には人間はコアに食われて、この世界から文字通り消滅する」

 

 突然に突きつけられた自分の生存限界を理解できなかった。

 

「だが、亡国機業にはその同化現象のために拮抗薬がある。お前がこちらに来るというなら治療を受けることは可能だ……

 ああ、IS委員会に治療の期待はするなよ。奴らはファフナーについて何も知らないからな」

 

「ふざけるな。自分の命惜しさでテロリストの仲間になるなんて、それこそ死んだ方がマシだ」

 

 少女の続く要求など分かり切っている。

 命を盾にして使われる様が容易に想像できる。何より――

 

「元々こんな世界になんて未練なんてないんだ。同化現象でいなくなる? は……それがどうした」

 

 虚勢でもなく、本心から真は言った。

 十年前の白騎士事件の時に、目の前で家族を失った光景がずっと忘れられない。

 自分を引き取って今まで育ててくれた養父も、周りに馴染めない自分をずっと気遣ってくれた先輩たち。

 彼らにはいくら感謝しても感謝し切れないが、彼らの中にいる平和にずっと違和感が付き纏っていた。

 

 ――ずっと、いなくなりたかった……

 

 胸の奥に黒い炎が燻っているのを自覚しながら、彼らと笑い合っている日々が辛かった。

 

「帰れよ……俺の体のことを教えてくれたから騒がないようにするけど、こんなとこに侵入するなんてあんただって危ないんだろ?」

 

 少女から視線を逆に移し、真はぶっきらぼうに言い捨てる。

 が、少女は動く気配もなく、言葉を続けた。

 

「戸高真……お前は小学六年の時に暴力事件を起こしているな?」

 

「それが何だって言うんだよ?」

 

「理由は社会科の授業で話題になった『白騎士事件』」

 

「っ……」

 

「子供は単純だ。あの事件で日本を守った白騎士を何の疑うこともせずにヒーローとして見ている。もっとも世間の反応も同じ様なものだがな」

 

「お前は……」

 

「だが、お前にとっては違ったんだろ?」

 

「お前は白騎士に乗っていたのが誰なのか知っているのか?」

 

 少女の言葉を肯定するように真は尋ねていた。

 

「いや、知らんな」

 

「なっ!?」

 

 思わせぶりなことを言っておきながらの否定の言葉に真は絶句する。

 だが、そんな真を無視して少女は続けた。

 

「だが推測はできる。もっともそれはお前も同じはずだ」

 

「それは……」

 

 少女の指摘に真はさっきの織斑千冬の顔を思い出す。

 

「あいつが白騎士の操縦者だったという証拠はない。本人もそれを認めない以上追求したところ無意味だ」

 

「回りくどい、何が言いたいんだよお前は?」

 

「確実に知っているはずの人間が一人いる。そいつだけは知らないと言い逃れすることはできない」

 

「…………あ」

 

「そうだ。篠ノ之束だ。亡国機業は奴を捕まえるために動いている」

 

「っ……」

 

 そう言う少女の目には剣呑な気配が含まれていた。

 とても捕まえるだけでは済まさない。そう思わせるほどに殺意の溢れた眼差し。

 だが、その眼差しに真は引くよりもむしろ親近感を思った。

 

「あのレコーダー……アルヴィスって島を篠ノ之束が襲ったって本当の話なのか?」

 

「ああ」

 

 短い肯定の言葉。そこに押し込まれた様々な感情の全てを真は読み取ることはできなかった。

 

「別にお前がこちら側に来たくないというなら、それでいい……

 私の仕事は元々お前がいなくなった時の混乱に乗じて、コアを回収するだけなのだから」

 

「俺の命には興味ないってことかよ?」

 

「テロリストに仏心など期待するな」

 

 当然な切り返しに真は納得する。

 

「白騎士事件が誰によって引き起こされたのか、様々な憶測が飛び交っているが、誰も真実を明かそうとはしていない。何故だか分かるか?」

 

「それは……もしその人が本当にあの事件を起こしたとして、その人の機嫌を損ねたら世界が終わるから?」

 

「概ねその通りだ。各国の軍事基地を同時にハッキングできる技術力に兵器の頂点にあるISを作り出すことができる存在……

 この世界には奴を止められる人間は存在しない。奴がその気になればそれこそアルヴィスの様に世界は滅ぼされるだろう」

 

「あれ……? もしかしてお前達の方が正義の味方?」

 

「ふん……亡国機業も似たり寄ったりだ。無駄な人殺しはするなと気取ってはいるがやっていることは下種の極みだ」

 

 ふと真は目の前の少女が本当にテロリストの一味なのか疑問に思う。

 彼女の言動には組織への嫌悪が見え隠れしている。

 

「あんたは……」

 

「ともかく、お前がこちら側に来るというなら治療による延命はしてやれる……

 実働部隊に配属されることになるが、相手は篠ノ之束だ。お前にとっては好都合な条件だと思うが?」

 

「俺は……」

 

「お前はいなくなりたいのか? それともまだここにいたいのか? どっちだ選べ」

 

 突きつけられた二択に真は目を閉じて考える。

 少女の話が本当なら自分はあと数日でいなくなる。

 失った家族のことを忘れられず、ISが中心となっている今の社会に馴染めない自分が養父と先輩達に掛けていた迷惑の大きさは測り切れない。

 

 ――いなくなるっていうなら、それでもいいと思った……

 

 だが、真の前に新たに示された道ができた。

 それは復讐のための修羅道。

 一歩でも踏み出せばもう後戻りはできない道だが、それはずっと真が心のどこかで望んでいたものだった。

 

「ずっと……」

 

「ん……?」

 

「ずっと俺の胸の奥に炎があるんだ……」

 

 初めて、真は自分の胸の内に押し込めてきた思いを口にする。

 養父にも、先輩達にも語ったことのないそれを見知らぬテロリストの少女にただ吐露する。

 

「何度も消そうとした……でも、消せなかった……忘れられなかった」

 

 ずっとあの時の一瞬の光景が瞼の裏に焼き付いて放れない。

 

「復讐は何も生まない。それは他人の理屈だ……復讐を果たさなければ、この気持ちは一生胸の奥で燻り続ける」

 

 少女にも真の言葉に思うことがあるのか、そんな独白をもらす。

 

「俺はまだ生きたい! 生きて何で父さん達が死ななくちゃいけなかったのか知りたいっ! それでもし下らない理由だったら……」

 

「そうか……」

 

 少女はドアの前から離れ、真の傍らに立つ。

 おもむろに取り出した無針式の注射器を取り出したかと思うとそれを真の腕に当てて、中の薬を注射する。

 

「っ……」

 

 それを機に感じていた頭痛が引いていく。

 

「短い付き合いになるだろうが、歓迎しよう戸高真」

 

「違う……俺は戸高真じゃない」

 

 哀れみを混ぜた目を向けてくる少女に対して真は首を振って間違いを指摘する。

 

「何……?」

 

「俺は飛鳥真だ」

 

 

 

 こうして俺は復讐の道を歩き出した。

 歪んだ世界の平和を捨てて、真実の代償を知らず、何もかもを犠牲にする旅が、始まった

 

 

 

 




 ようやく真が飛鳥姓になってスタートラインに立つ。
 そして気が付けば、マドカが某自爆男のノリでエージェントをやっていた。




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04 境界線を超えて

 

 

 

『私は騒ぎを起こして奴らの注意を引く。お前はその間に侵入したもう一人と脱出しろ』

 

『もう一人?』

 

『ああ、性格に少し難はあるが与えられた仕事はきちんと果たす……はずだ』

 

 エムと名乗った少女がそう言い残して部屋から出て行って十数分後。

 鳴り響いた火災報知機の音に真は見せかけの拘束を振り払い、首輪も投げ捨てる。

 

「よし、行くぞ」

 

 誰に言うでもなく、真は独り言を呟き部屋から出た。

 そこには監視だったと思われる女が二人、壁に寄りかかるように座り込み気を失っている。

 そして、一人立っている金髪の少女が真を出迎え――

 

「こっち」

 

 それだけを短く言うと走り出した。

 

「えっと……」

 

 彼女の顔に真は見覚えがあった。エムと同様に検査会場で真が戦った少女だが、そんなこと忘れたかのように少女は真に対して無反応だった。

 

「どうしたの、行かないの?」

 

 思わず思考と共に足を止めてしまった真を窺うように、少女が不思議そうな顔で振り返る。

 その仕草は見た目よりも幼さを感じさせ、つい真は妹のことを思い出してしまう。

 

「何でもない。急ごう」

 

 雑念を振り払って真は走り出す。

 少女の足は速く、油断すると置いていかれそうだった。

 長い廊下を駆け抜け、階段を走って降りる。

 

「なあ、どこに向かっているんだ?」

 

「下」

 

「いや、それは分かっているんだけど」

 

 階段を下りながらそう答える少女に真は不安に思う。

 

「えっと……どうやってこの建物から脱出するんだ?」

 

「車を用意してある。それで――」

 

「お前達そこで何をっ!? お前は被検体二号!?」

 

 真達とは逆に階段を登ってきた二人の警備員が真の顔を見て驚く。

 その一瞬で少女は階段から躊躇わずに跳んで、その勢いのまま一人の頭を蹴り抜いた。

 

「こいつっ!?」

 

 真から少女に意識を変えるが、その間にも少女は次の警備員に足払いをかけて転ばせ、持っていたスタンガンを押し当てる。

 空気が弾ける音と共に警備員は大きく痙攣して動かなくなる。

 その一連の動きは先程までのふわふわした雰囲気を持っていた少女が行ったものとは思えないほどに苛烈で容赦のないものだった。

 

「くそっ……被検体二号が脱走を――」

 

 最初に蹴り倒された警備員は口から血を流しながら、通信機に向かって叫ぶ。

 それを見て真は咄嗟に警備員の手から通信機を蹴り飛ばす。

 

「なっ!? 貴様っ自分が何をしているのか分かっているのかっ!?」

 

「勝手に人に番号なんて付けて呼んでんじゃねえよっ!」

 

 倒れたまま怒鳴る警備員に真は怒鳴り返して、その顎を蹴り抜く。

 昏倒する警備員を見て、真は改めて自分が選んだ道がどういうものか実感する。

 

「行こう」

 

 生唾を飲み込んで、真は少女に向かって言う。

 

「うん」

 

 素直に頷く彼女から感じる無邪気さは、やはり先程一瞬で警備員を無力化したとは思えないほどに子供ぽかった。

 

「そういえば……」

 

「……?」

 

 真の呟きに少女は小首を傾げる。

 

「君の名前は? 何て呼べばいい?」

 

 真の質問に少女はきょとんとした顔を返し、一拍遅れて名乗った。

 

「ステラ……ステラ・ルーシェ」

 

 

 

 

 

 

「このタイミングで火災だと?」

 

「十中八九、陽動ですね。目的は考えるまでもなく戸高真の身柄の確保でしょう」

 

「だろうな」

 

 楯無の言葉に千冬は頷き。肌で感じる戦場の空気に陰鬱とした思考を切り替える。

 

「とはいえ、ここはIS委員会が主導で警備している施設だ。私達が出しゃばるのは越権行為になるな」

 

 正式な要請があれば話は別だが、社会的には千冬は教師で楯無はロシア代表の国家代表。

 その立場があるからこそ好き勝手な介入はできない。

 

「織斑先生、この世界には偶然という素晴らしい言葉があるんですよ」

 

「更識?」

 

 いたずら子のような笑みを浮かべる楯無に千冬はいぶかしむ。

 

「火災と聞いて避難した先に偶然、戸高真君がいただけですよ」

 

「いや、それは無理があるのではないか?」

 

「なら織斑先生の中に流れる戦士の血が戦場に駆り立てた、という設定はどうですか?」

 

「私はどこの狂戦士だ?」

 

「では、無難なところで委員会のIS操縦者の腕を見たかったというのは?」

 

「火事の設定を忘れているぞ」

 

「ですが、これがテロリストの仕業ではなく委員会が彼の排除を行うための工作の可能性も考えられます」

 

 そんなことあるわけない。

 そう否定する根拠は千冬にはなかった。

 IS委員会など女尊男卑主義の典型が集まる組織。

 男でありながらISを動かした戸高真を疎ましく思っていてもおかしくはない。

 

「何にしても戸高真君の安否の確認だけはしておきましょう」

 

「そうだな」

 

 楯無の妥協案に千冬は頷いた。

 本当に火事だったとしても、テロリストの襲撃だったとしても自分達にできることはない。

 

「更識、お前は外を警戒しろ。私は一旦戸高真の部屋に行く」

 

「了解しました」

 

 短いやり取りを経て、千冬と楯無はそれぞれが向かう方向へ動き出した。

 

 

 

 

「危ないっ!」

 

 地下の駐車場へ出る重い鉄の扉を開いたところでステラに手を引かれ、真は横の壁に押し付けられた。

 

「お、おいっ!」

 

 密着する彼女の体の感触にドギマギしたのは一瞬、中途半端に開けた鉄扉が蜂の巣となって弾け飛んだ。

 

「警告もなしかよ」

 

 このまますんなりと脱出できるかもと思ったが、現実は甘くない。

 それでも問答無用で殺しにくるとは想像していなかった。

 一応ISを動かした二人目なのだが、女達からすれば疎ましい存在なのだと思い知れされる。

 

 ――やるか?

 

 右腕にあるISに視線を落として真は考える。

 敵が何人いるかは分からない。

 鉄扉を吹き飛ばした弾痕から少なくてもISが一つはあることが分かるが、それだけしか真には分からない。

 身体の調子はいい。

 しかし、機体は損傷した状態のまま。

 ルガーランスは前の戦闘の時に没収されて手元にない。他の武装もない。

 

「でも、やるしかないか」

 

 意を決して真はマーク・ツヴァイを展開しようと意識を集中して――

 

「ファフナー、使うのダメ」

 

 ステラがそんな真を止めた。

 

「シンのファフナーはまだちゃんと整備をしてない。だから使わせちゃいけないってエムが言ってた」

 

「だったらどうするんだよっ!?」

 

「ステラが行く」

 

「え……?」

 

 そう言うとステラは次の瞬間、全身を黒の装甲に包んでいた。

 

「ああああああっ!」

 

 次の瞬間、今までの天然を感じさせた声が一変して獣のような咆哮を上げて彼女は戦場へ飛び込む。

 

「っ……お前達は被検体二号を確保、殺しても構わん!」

 

 IS操縦者の指示にその取り巻きをしていた武装集団がステラを避けるように散らばる。

 

「っ……」

 

 真がいる場所はエレベーターホール。その先に上階への階段があるだけで逃げ場はない。

 どうするか、迷ったところでステラが乗ったISが変形した。

 

「なっ!?」

 

 人型が単純に四つん這いになって背中のパーツが頭部にせり出す。

 一見すれば犬のような形状。

 敵ISからの射撃を四肢を使った縦横無尽な独特な動きで回避し、動き回りながら背中にマウントされたウイングブレードが回避のついでに雑兵を薙ぎ払う。

 

「うぐっ!?」

 

 目の前に広がった赤。そして口々に上がる悲鳴に真は口元を押さえた。

 

「この人殺しがっ!」

 

 敵の操縦者が叫びライフルを乱射する。だが、縦横に四肢を使って跳ねるステラの機体に当たらず、横をすり抜けた際にウイングブレードで銃身を半ばから切断した。

 

「ちっ!」

 

 大きな舌打ちをして刀が展開される。

 が、それを完全に展開されるよりも早く、方向転換してきたステラが敵ISに向かって加速する。

 犬を模した頭のパーツに格納された刃が角のように前に展開され、それを突き刺すように突進する。

 

「頭部で攻撃するのかその機体!?」

 

 展開中だった刀を放り捨て、両手のアームを盾にして敵操縦者がステラのISの装備に驚く。

 角の一撃を受け止めるものの、その衝撃までは止め切れず、敵ISはステラの体当たりに押され、勢い良く壁に叩きつけられた。

 

「がっ――ぐっ!?」

 

 その衝撃で切っ先がずれで敵操縦者の肩に突き刺さり、絶対防御の激しい発光が火花を散らせる。

 角が絶対防御を発動させたかと思うと、その刀身が二股に分かれ、ルガーランスのように――

 

「っ……」

 

 思わず、真は目を逸らした次の瞬間、銃撃のような炸裂音が鳴り響いた。

 

「終わったよ真」

 

 無邪気なステラの声が戦闘の終わりを告げた。

 

 ――これが今の世界の現実なのかよ?

 

 目の前の地獄のような光景に真は言葉を失った。

 うめき声はいくつか聞こえるが、何人生き残って、何人死んだのか、真には分からない。

 分かっていることは、自分と同じくらいの無邪気な少女が豹変してこの殺戮を行ったことだけ。

 だが、それはステラだけに限った話でもない。

 彼女が戦ってくれなければ、屍をさらしていたのは自分だった。

 ステラも、政府のISも、今だって彼女達は引き金を引くのを躊躇わず、簡単に真を殺そうとした。

 真にはISを持つ権利や責任は分からない。

 だが、ISが467個しか世界に存在していないからといって、それが他の何かよりも優先されるなどという理屈など真は納得できない。

 

 ――そんなにISが偉いのか? 俺もそうなるのか?

 

 敵を倒すため。確実に邪魔をされないように息の根を止める。

 理屈は分かる。

 篠ノ之束だけが目的でも今の様に邪魔をするものとは戦わなくてはならない。

 今目の前に広がる光景を自分が作ると思うと、決意したはずなのに迷いが生まれる。

 

「どうしたの、シン?」

 

 鋼の顔に包まれたままステラは首を傾げる。

 そんな無邪気な仕草が余計に現実との乖離を真は突きつけられた気がした。

 

「ステラ……俺は――」

 

 言いかけた言葉を真は最後まで言えずに飲み込んだ。

 おそらく、ここが境界線。

 ここを超えたら本当にもう後戻りできなくなる。今更躊躇している自分に真は呆れた。

 真の迷いに気付かず、ステラは赤く染まった鋼鉄の手を差し出す。

 

「早く行こう、シン」

 

 差し出された手に真は息を飲んで――

 

「そこまでだ」

 

 凛とした声が響くと同時にISを纏っていたステラが大きく吹き飛ばされた。

 

「なっ!?」

 

 真はそこに信じられないものを見た。

 ISの大きなブレードを片手で操り、ステラを吹き飛ばしたのは世界最強と言われる織斑千冬だった。

 しかし、その身にISは装備しておらず、彼女は自分の身の丈を超える大刀を軽々と肩に担ぐ。

 

「織斑千冬……」

 

「こいつっ!」

 

 駐車していた車に叩きつけられたステラは怒りを声に滲ませ立ち上がり、剣を展開して織斑千冬に斬りかかる。

 

「…………ふん」

 

 織斑千冬は迫る黒の機体に対して慌てることなく、むしろ余裕の素振りで周囲に散らばった人だったものを一瞥し、瞳に静かな怒りを滲ませて大刀を振り下ろした。

 

「えっ!?」

 

 剣を振り被ったまま、斜めに斬痕を刻まれたステラの機体は仰け反って、倒れた。

 

「嘘だろ……」

 

 攻撃態勢に入っていたISに対して後の先を取って一方的に斬り伏せた織斑千冬に真は驚くことしかできなかった。

 

「ひっ……」

 

 振り向いた彼女の眼光に真は思わず腰を抜かしてその場にへたり込む。

 

「ああ、すまん」

 

 一言千冬が謝ると刺すような眼差しの力が和らぐ。

 

「怪我はないな戸高真?」

 

 大刀を片手に歩み寄ってくる千冬の姿に真は何故かかつて見た白騎士の姿を重ねていた。

 震えそうになる身体をぐっと抑え込み、真は差し出された手を無視して言葉を投げかける。

 

「やっぱり……アンタが白騎士の操縦者なんだな?」

 

「……またその話か、そのことについては私は知らんと言ったはずだ。それよりも今は――」

 

「なら、ちゃんと目を見てそう言えよっ!」

 

 差し出された手を乱暴に払って真は叫ぶ。

 

「自分は関係ないっ! 白騎士事件の犯人も篠ノ之束じゃないって言えよっ! 言ってみろよっ!!」

 

 真の叫びに千冬は唇を噛むだけ。その様が彼女が無関係ではないと雄弁に語っていた。

 

「お前、邪魔っ!」

 

「っ……!」

 

 真の言葉に固まる千冬にステラが生身でナイフを片手に襲い掛かった。

 咄嗟に千冬は大刀を振り上げ、ナイフを弾き、返す刃を振り構え、そこで千冬は不自然に硬直した。

 

「ステラッ!」

 

 固まる千冬を他所に真はステラに飛びついて彼女を千冬の間合いから逃がす。

 もっとも、そんなことをせずとも結局千冬は大刀を振り下ろすことはしなかった。

 血溜りに転がるようにして真はステラを庇うように千冬に向かって身構える。

 

「戸高真。お前は……自分が何をしているのか分かっているのかっ!?」

 

「分かってるよ……」

 

 千冬を警戒しながら、ステラの盾になるように立ち上がった真は迷いを振り払って彼女に答える。

 

「誰も教えてくれない。誰も知ろうとしない。だったらもう自分で探すしかないだろ」

 

「テロリストに身を堕としてまですることか?」

 

「だったらアンタが答えろよっ! 今、ここでっ!」

 

 真の訴えに千冬は悲痛な顔をするが、答えは相変わらずの沈黙だった

 

「都合の悪いことはだんまりかよ……最低だ、アンタは」

 

「…………私は…………くっ……」

 

 千冬は何かを言いかけるが、結局口を噤んでしまった。

 

「はははは……世界最強のブリュンヒルデが子供一人に何も言い返せないとは滑稽だな」

 

 不意に男の哄笑がそこに響き渡った。

 真は驚き、声の方を見るとそこには――変人がいた。

 

「あ、ラウ……」

 

 その男の姿にステラは喜色な声を上げる。

 

「ステラ……もしかしてこの人って味方なの?」

 

 恐る恐る真はステラに尋ねる。

 それほどまでに男の姿は怪しかった。

 痩身で背が高く金髪。

 日本人ではないだろうが、目元を覆う仮面がよく分からない。

 

 ――いや、まさかな……身元がばれないようにするための仮面だよな?

 

 いや、それでももっとマシな仮面があったのではないかと思ってしまう。

 そんなことを思いながら真はステラの答えを待つ。

 

「うん、そうだよ」

 

 無邪気に頷く彼女に真は思わず天井を仰ぐ。

 

 ――なんだか一気に胡散臭い連中になってきたな……

 

 織斑千冬に似たエム。

 無邪気と獣のような二面性を持つステラ。

 そして変な仮面で顔を隠した男。

 子供が二人と変な男が一人。

 自分が想像していたテロリストのイメージと異なる彼らに真は先程とは別の意味で不安になる。

 

「戸高……いや、飛鳥真君。亡国機業は君を歓迎しよう」

 

「それをみすみす私がさせると思うか?」

 

「ほう……君は彼が自分で選んだ道を否定する権利があるというのかい?」

 

「子供が外道に誑かされ、堕ちようとしている。大人として止めるのは当然だ」

 

「では君は正しいのかね?」

 

「……どういう意味だ?」

 

「難しいことを聞いているわけじゃない。君は正義なのかと聞いているんだよ」

 

 ラウの言葉に千冬は口を閉ざして何も答えない。

 

「そもそもこの歪んだ世界に正しさなどあるのかね?

 ISという存在で歪み、男と女を色分けし、時が経つに連れてその溝は大きく深くなっていく」

 

「…………れ……」

 

「ISを作り出した神だと言われているが、所詮篠ノ之束は世界に混乱をもたらした戦犯でしかない。ならば、彼女の親友である君は何者なんだね?」

 

「黙れっ!!」

 

 ラウにそれ以上言わせないようにか、言葉の途中で千冬が踏み込んだ。

 俯瞰してた真が目でやっと追える速度。

 相対していたラウが大刀に斬殺される姿を想像するが、彼の左腕、銀の鉄腕に括られた盾がそれを受け止めた。

 

「なん……だと……?」

 

「大した速度だ。これでISを使っていないとは恐れ入る」

 

 真はラウの左腕の存在を当然のように受け止めたが、三人目の登場に千冬は驚く。

 が、ラウはそのまま右腕にもISを纏うと同時にそこに握られたマシンガンの銃口が火を吹いた。

 

「っ……」

 

 咄嗟に千冬は後ろへ距離を取り、同時に撃たれた弾丸を大刀で弾いた。

 連続して撃ち出される弾丸を弾きつつ、千冬は柱の陰に逃げ込む。

 

「恐ろしい身体能力だな。君は本当に人間かね?」

 

 射撃を止め、隠れた千冬にラウは言葉を投げかけつつ、小声で――

 

「先に行け」

 

 真達の逃亡を促す。

 

「うん」

 

 ステラは素直に頷いて真の手を取って、足音を忍ばせて移動を始める。

 

「随分な言われ様だな」

 

「なに今の時代遺伝子を強化して生み出される兵士も存在する。君のような存在が造られていてもおかしくはないのでね」

 

「…………試験管から生まれた者は化物か?」

 

「では試験管でないなら白騎士に改造でもされたのかね?」

 

「…………何のことか分からんなっ!」

 

 言葉と共に千冬は柱の陰から飛び出す、それをラウが迎え撃つ。

 真は一度だけ振り返り織斑千冬を見て、その姿を振り払いステラの後に続いた。

 

 ――もう決めたんだ……

 

 織斑千冬の存在で迷いを断ち切り、真は改めて戻れない道に踏み出した。

 二人の戦闘の音を置き去りにし、真は手を引かれるまま一台の車に乗せられる。

 

「おい、ステラ。免許は?」

 

 助手席に座り、シートベルトを締めつつ真は尋ねる。

 見た目の歳は自分と同じ中学三年。車の免許が取れる詳しい年齢を把握していないが、まだ取れないことは分かっている。

 

「大丈夫。必要なのは資格じゃなくて技術だって言ってた。それに――」

 

「それに?」

 

 やはり無免許なんだな。遠い目をしてテロリストなのだから気にしても仕方がないと強引に納得させつつ、真はステラの言葉を聞き返す。

 

「クーガーが言ってた。ステラには走り屋の才能があるって」

 

「いや、誰だよクーガーって、しかも走り屋!?」

 

 その言葉は急発進する車の勢いで真は最後まで言うことはできなかった。

 

 

 

 

「止まりなさいっ!」

 

 地下から上がってくる車にミステリアス・レイディで武装した楯無は大きな声で通告する。

 運転席には金髪の少女。その隣には戸高真がいるのをハイパーセンサーで確認する。

 楯無の通告は無視され、むしろ逆に車はスピードを上げる。

 

「馬鹿ね……」

 

 車如きではISに太刀打ちなどできるはずもないのに、それが分からない相手に楯無は嘆息をもらす。

 

 ――織斑先生からの連絡はない。戸高真が攫われたのか、自分から着いて行ったのかは判断しきれないわね……

 

 主犯の少女はともかく、民間人の真だけは極力傷付けないように楯無はガトリングランスの照準を車のタイヤに合わせ――

 

「っ!?」

 

 次の瞬間、横からの衝撃に息を詰まらせた。

 

「何っ!?」

 

『側面から改造車による横撃』

 

 ハイパーセンサーが今更伝えてくる攻撃に楯無は困惑しながら、バンパーに押さえつけられた身体を起こしてそれを見る。

 

「フヒャヒャヒャヒャヒャー! ブゥラァボォォォォォ!」

 

 運転席では頭の悪そうなサングラスをかけた男が高笑いを上げていた。

 そして、車もセンスが悪いとしか言いようのないものだった。

 ピンクの塗装に各部に付けられた無意味なスパイク。どこの世紀末だと聞きたくなるほどにヘンテコな車。

 そんな派手な車の奇襲を知覚できなかったことがとてつもなく恥ずかしくなる。

 

「このっ!」

 

 楯無はガトリングランスを車に突き立て掃射する。

 エンジンタンクに引火して車は爆発を起こす。

 上空に退避しながら楯無が見たのは、運転手が奇声を上げながら爆風に煽られて、座った姿勢のまま飛び出す姿だった。

 

「ドラマチーック! エスティーック! ファンタスティーック! ラブディー!」

 

 男はハンドルを片手に危なげなく着地する。その姿は信じられないことに無傷だった。

 

「何だか頭が痛くなってくるわね」

 

 変な男を見なかったことにして、戸高真を乗せた車を探す。

 彼を乗せた車は施設から脱出して、遠ざかって行く。

 

「おっと、俺より速く動くつもりかい? お嬢さん」

 

 飛んで追い駆けよう。そう身構えた瞬間に気がつけば男が目の前にいた。

 

「っ!?」

 

 咄嗟に楯無は後ろに飛んで、男から距離を取る。

 

「貴方……何者……?」

 

 楯無は警戒心を強めて男と対峙する。

 見たところ銃火器で武装している様子もない。持っているのはせいぜい車のハンドルだったガラクタだけ。

 なのに、無視してはいけない存在だと楯無の勘が警鐘を鳴らしていた。

 

「ふ、俺の名はストレイト・クーガー。世界で最も速い男だ」

 

「世界最速とは大きく出たわね……貴方も亡国機業なのかしら?」

 

「だとしたらどうする?」

 

「怪我をしたくなかったら大人しく退きなさい。退かないというのなら骨の一本や二本、覚悟してもらうことになるわよ」

 

 相手が男であり、丸腰。対する自分はISを纏っていることから楯無は警告する。

 だが、クーガーは不敵な笑みを浮かべるとハンドルの残骸を高く投げ上げた。

 

「そうかい。ラディカル・グッド・スピードッ! 脚部限定っ!」

 

 叫ぶと同時に、量子変換の光が彼の足を包み込み、一瞬の時間で鋼に包まれる。

 

「まさかISっ!?」

 

 絶対的な戦力差があると思っていた楯無はクーガーが纏う鋼の足に虚を突かれた。

 織斑一夏に戸高真。そして新たに現れた三人目の男性IS操縦者。

 しかも前の二人とは違い、部分展開という高度な運用を扱えている様を見るに、織斑一夏よりも先だった可能性の方が高い。

 などと考えていると、楯無は目の前にいたはずのクーガーの姿を見失った。

 

「え、どこ――」

 

 探そうとハイパーセンサーを巡らせようとして、楯無は正面から蹴り飛ばされた。

 

「っ……今のは何?」

 

 空中で体勢を立て直し、ハイパーセンサーのログを確認する。

 だが、そこにはクーガーの接近も攻撃も感知していない。

 

「どんな手品を使っているか知らないけど、お姉さんを本気にさせたわね」

 

 男の奇襲を警戒して楯無は水のベールを周囲に展開してランスを構える。

 

「私は真君を追い駆けなくちゃいけないの、悪いけど速攻で決めさせてもらうわ」

 

「俺に速さで挑もうってか?」

 

 自信に満ちた言葉を挑発と取って楯無はガトリングランスを構え、瞬時加速を持って突撃した。

 

「それがIS学園最強の力かっ!?」

 

 が、瞬時加速の勢いを乗せたランスの一突きをクーガーは難なく足の裏で受け止める。

 

「っ……」

 

 すぐ様、楯無は内蔵されているガトリングの引き金を引くが、そうした時にはもうクーガーはランスを蹴って宙高く舞っていた。

 

「遅いっ! 遅過ぎるっ!」

 

 着地点を狙って掃射するが、着弾するよりも速くクーガーは迫る銃弾の雨を置き去りにして走る。

 

「俺はこう思うんだ、更識竜無」

 

「私の名前は――」

 

「この世の理はすなわち速さだと物事を速く成し遂げればその分時間が有効に使える遅いことなら誰でも出来る20年かければバカでも傑作小説が書ける有能なのは月刊漫画家より週刊漫画家週刊よりも日刊つまり速さこそ有能なのが文化の基本法則! そして俺の持論だぁ――ァ!」

 

 言い返す前にクーガーは遠ざかって行く、と思った次の瞬間、離れた距離を一瞬で助走にした蹴りが楯無を吹き飛ばした。

 

「まさか――」

 

 楯無は戦慄する。

 ハイパーセンサーの知覚を誤魔化す第三世代型の特殊兵装。もしくは単一仕様能力。

 そうだと思っていたが、クーガーの言動を顧みればありえない可能性が浮かび上がる。

 

「まさか純粋な速さだけでハイパーセンサーを振り切っているっていうの?」

 

 しかも、クーガーは足だけの部分展開。

 完全展開したらどれほどの速さになるのか、想像するできない。

 だが、真に驚くべきはISの性能よりもそんな速度が出せるISに振り回されずに使いこなしているクーガーの存在だった。

 

「悪いが時間をかけていられないのはこっちも同じでな。最速で終わらせてもらうぞっ!」

 

 クーガーの叫びに楯無は全身に寒気を感じた。

 

「衝撃の――」

 

 勘に任せて楯無はランスを盾のように構え――

 

「――ファースト・ブリッドッ!」

 

 超加速した蹴撃がランスをへし折り、楯無の身体を蹴り飛ばした。

 

「ああ……また二秒、世界を縮めた……」

 

 クーガーは両手を空に掲げ、恍惚とした声音でそんなことを呟いた。

 

「くっ……待ちなさいっ! 私はまだ――」

 

 声を上げて楯無はまだ自分は戦えると主張しようとしたが、彼女が立ち上がった時にはもうそこに誰もいなかった。

 

 

 

 

 男性IS適性検査、結果報告。

 二月某日。東京での男性IS検査会場にて、戸高真が隠し持っていた未登録のコアにより彼のIS搭乗を確認。

 しかし、その翌日。亡国機業により、彼は誘拐される。

 件のISについての調査、また戸高真が本当にISを起動できたのか確認作業は不十分となったため、IS委員会は彼がISに乗った事実はなかったものとして処理する。

 また、残った男性の適性検査から織斑一夏に続く、適合者は発見されることはなかった。

 

 

 

 







 スクライドからスペシャルゲストとしてストレイト・クーガーを呼んでみました。
 Seed勢には頼れる大人枠がいないと思案して、他ガンダムから誰か数人入れようかと考えていたらこの人を思い出しました。
 顔はファフナーに似ているし、RGSはISやファフナーに微妙に似ているし、向こう側に行った経験もある。
 この兄貴がいればきっと真は運命に辿り着ける……かもしれない。

 そして千冬さん、本編開始前なのに精神攻撃をされまくっている。この後に一夏の同化現象でさらに追い討ちをかけていたとは……




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05 始まりの一歩



祝っ! 『蒼穹のファフナー THE BEYOND』




 

 

 

「飛鳥真だな」

 

 様々な検査が終わって疲れ切った真を出迎えたのは同じくらいの年の少年だった。

 

「そうだけど……」

 

 真は少年に向き合って頷いた。

 男だが長い金髪を首筋に流したシャープな印象の少年。

 初対面なはずなのに切れ長の目はまるで怒っているかのように真を睨み付けていた。

 

「制服だ」

 

「あ……サンキュ」

 

 短い言葉と共に差し出された服を反射的に受け取って、真は礼を言う。

 しかし、それ以上のことは言わずに少年は休めの姿勢を取る。

 

「えっと……」

 

「何をしている? 早く着替えろ」

 

「ここでか?」

 

「そうだ」

 

 表情を変えないまま、目にやはり怒気を含ませて頷く少年に真は気まずいものを感じた。

 別に彼から同性愛者の気を感じたわけではない。

 単純に真が着替えるのをその場で待っているだけなのだが、同性とはいえジッと見られた状態で着替えるのは気が引ける。

 

「早くしろ」

 

 急かす少年に真は観念して検査服を脱ぐ。

 受け取った制服は目の前で少年が着ているものと同じだった。

 白を基調とした服に袖を通して、首にはネクタイの代わりにスカーフを巻く。

 少年の存在を意識しないようにして真は手早く着替えを済ませる。

 

「着いて来い」

 

 着替えが完了したと判断した少年はそれだけ言って真に背中を向けて歩き出す。

 

「おいっ!」

 

 少年の対応に真は戸惑いながら、その後を歩きながら声をかける。

 

「何だ?」

 

 返ってきた言葉は冷淡な言葉。

 その言葉を受けて、真は顔をしかめた。

 

 ――何だこいつ?

 

 彼らの中で自分が異質であることは理解している。

 そもそも彼らの作戦を台無しにしたのだから恨まれ、疎まれるのはある程度覚悟していた。

 だが、少年の敵意はそれとは違う、別の何かに感じた。

 

 ――いや、待て。こいつはテロリストの一員だけど同い年くらい。まともな対人関係はないはずだから、ここは俺が大人になって……

 

「えっと……俺の名前は飛鳥真。これからよろしくな」

 

 内心の苛立ちを押し隠し、真は出来るだけフレンドリーに話しかける。

 

「名前はさっき確認したはずだ」

 

「そうだけどさ、やっぱりちゃんと名乗るべきだろ? それでさ――」

 

「黙ってついてこい」

 

 少年はあからさまに顔をしかめて視線を前に戻す。

 

 ――こいつっ……

 

 取り付く島もない拒絶に真は浮かべた笑顔を固まらせる。

 前を歩く少年にこのまま終わってなるものかと、真はややずれたことを考えながら、足を止めてもう一度少年に話しかける。

 

「おい」

 

「ちっ……何をしている、ラウを待たせるな」

 

 足を止めて少年を呼んだ真に、少年は舌打ちをして振り返る。

 

「俺は飛鳥真――」

 

「それはもう知っていると――」

 

「お前の名前は?」

 

 少年の言葉を遮って真は尋ねる。

 答えるまで動かないぞと、目で訴えるように少年の鋭い眼差しを睨み返す。

 

「名前くらい名乗れよ」

 

「ちっ……レイだ。レイ・ザ・バレル」

 

 

 

 

「やあ、飛鳥真君。改めて初めましてだね」

 

 レイに案内された部屋で真を出迎えたのは病院から脱出しようとした時に現れた怪しい仮面の男だった。

 

「ど……どうも、飛鳥真です」

 

「あの時は名乗れなかったな。私の名前はラウ・ル・クルーゼだ」

 

「はぁ……」

 

 あの時は顔バレしないためだと思っていた仮面をつけたまま名乗る男に真は困惑する。

 

「さて、さっそくだが君の立場を明確にしておこうか」

 

 しかし真の戸惑いを気にすることなくクルーゼは話を進める。

 

「君の目的は篠ノ之束との邂逅、白騎士事件の真実を知ること、で間違いないかね」

 

「そうだ……いや、そうです」

 

 仮面が異様過ぎて思わずタメ口で返してしまったが、真はすぐに敬語で言い直す。

 

「では我々のことについてどこまで知っているかね?」

 

「俺が知っているのは男性用のISコアが造られていて、それをよく思わなかった篠ノ之束に滅ぼされたこと。あとそれから組織の中で内輪揉めがあったことくらいです」

 

「ふむ……それを知っていて私達を信用するのかね?」

 

「別に信用する、しないの問題じゃないですよ。貴方達の事情なんて俺は知らないし、興味ない……

 そもそも俺にとって、アルヴィスの亡国機業と貴方達の亡国機業の違いなんて分かんないんですから」

 

「確かにその通りだ」

 

「それに俺はどちらにしろ貴方達に頼らないといなくなるんですよね?」

 

「同化現象のことかね?」

 

「はい……でも、本当に人が結晶になって砕け散るなんて死に方があるんですか?」

 

「その疑問はもっともだ。だが、説明するよりも見せた方が早いだろう」

 

 そう言うとクルーゼは手元の端末を操作して、映し出された画面を真に見えるようにした。

 そこに映っていたのは無精髭を生やした青年だった。

 今の真と同じ紅い目を見開いたまま横たわる彼の表情は魂が抜けてしまったかのように虚ろだった。

 

「この人は?」

 

「日野道夫。マーク・アインの操縦者だった男だ」

 

 そんな言葉を交わしている間に、変化が起こった。

 横たわった青年の身体に結晶が現れると瞬く間にそれは全身を包み込む。

 しかし、青年の顔は何の痛痒も感じていないようにピクリとも動かないまま、結晶に飲み込まれていった。

 そして、結晶が音を立てて砕け散る。

 そこにはもう青年の姿はもちろん、彼がそこにいた痕跡の一つも残らなかった。

 

「これが……同化現象……」

 

 改めてそれを目の当たりにして真は生唾を飲み込む。

 

「他の者達がいなくなる映像もあるがまだ見たいかね?」

 

「いえ……」

 

 真は力なく首を振って、クルーゼの申し出を断る。

 偽物の映像ではないと、真は理屈ではなく直感で理解した。それが自分の末路だと。

 

「…………俺は……あとどれくらいここにいられるんですか?」

 

「安心するといい。彼らの時とは違い、今は同化現象の研究も進んでいて、その時にはなかった拮抗薬もある……

 だが、遺伝子の異常から一年以内には確実に君はいなくなるだろう」

 

「一年……たったの?」

 

 突然突きつけられた生存限界に真は実感が湧かなかった。

 身体の変化は目の色が変わっただけ。

 その目も特に見辛くなったわけでもなければ、身体に違和感があるわけでもない。

 それでも彼の言葉を疑うことなく、真は自分の寿命を納得して受け入れていた。

 

「もちろん、ファフナーに乗り続ければ君に残された時間はさらに短くなる」

 

 クルーゼはそこで一旦言葉を切って、真に尋ねる。

 

「さて、今の話を踏まえて、君はそれでも篠ノ之束を追うかね?」

 

「当然だ。俺はもう命の使い方は決めた、だからここにいるんだ」

 

 躊躇せずに真はクルーゼの言葉に答えた。

 

「ふ……頼もしい限りだ……今時の子供とは思えないな」

 

 真の言葉にクルーゼは笑みを浮かべる。

 

「飛鳥真君、改めて我々亡国機業は君を歓迎しよう」

 

 その言葉に真はほっと息を吐く。

 

「だが」

 

 しかし、クルーゼは真の安堵に水を遮るように言葉を付け加える。

 

「篠ノ之束は私達の想像を遥かに超える力を持つ超人だ。彼女を捕らえるには相応の力が求められる。はっきり言ってしまえば今の君では役不足だ」

 

「それは――」

 

「頑張り給え、飛鳥真君。私達は無法のテロリストだが、実力があるものにはそれに相応しい待遇で扱うことだけは約束しておこう」

 

「……分かりました」

 

「不意を突いたとはいえ、ステラを退け、四機のISを戦闘不能にしたその腕、期待しているよ」

 

 脅すだけ脅して、最後に誉れて真は思わず面をくらう。

 

「君にはレイとステラでトリプル・ドックを組んでもらう。訓練内容やここでの生活についてはレイに聞くといい」

 

「レイってさっきのあいつのことですか?」

 

「そうだが、どうかしたのかね?」

 

「よく分からないんですけど、何か俺あいつに嫌われてるみたいで……その……」

 

「ほう、あのレイがそんな分かりやすく感情を見せたのか?」

 

「少なくても俺にはそう見えました」

 

 真の答えにクルーゼは顔を片手で抑えて肩を震わせる。

 

「あ、あの……」

 

 笑いを堪えるその姿に真は余計に困惑する。

 

「心配しなくていい。レイのそれは単なる嫉妬だ」

 

「嫉妬……ですか?」

 

「ああ、そうだ。レイも君と同じ様に複雑な事情を抱えてここにいる。君さえよければ友達に――何を言っているんだろうな私は……」

 

 思わず口走ったことにクルーゼ自身が戸惑ったように口をつぐむ。

 

「えっと……」

 

「今のは忘れてくれ。ともかくレイとの付き合いは肩肘を張る必要はない……

 仲良くしろとは言わんが、作戦に支障がでないようにしてくれればそれでいい」

 

「はぁ……」

 

 含みのある物言いに真は曖昧な相槌を打つ。

 

「話は以上だ。この場で聞いておきたいことは他にあるかね?」

 

 そう言われ、真はずっと気になっていたことを口に出す。

 

「その仮面はもしかして同化現象の紅い目を隠すためのものですか?」

 

「さあ、どうだろうな」

 

 しかし、クルーゼから返って来た言葉は要領の得ないものだった。

 

 

 

 

「今日で一ヶ月……自宅に戻ってくる様子はないわね」

 

 戸高真。

 彼がテロリスト、亡国機業と共に消えてから一ヶ月の時が経った。

 彼の自宅だった一軒家は現在政府とは別に更識家でも監視がついており、そのセーフハウスで楯無は報告を聞いて嘆息した。

 

「なんて馬鹿なことを」

 

 真の写真を見ながら楯無は呟く。

 十年前の白騎士事件の裏側で起きていた海難事故で家族を失った子供。

 その子はとある自衛隊に引き取られ、健やかに育った。

 彼の養父には楯無も会って、彼が白騎士事件の真実のためにテロリストに組した可能性が高いことを話した。

 しかし、彼は動じた様子もなく、淡々とその事実を受け止めていた。

 まるでいつかその時が来ると分かっていたようだった。

 

「白騎士事件の真実か……」

 

 楯無もそれに興味がないわけではないが、調べようがない。

 十年前の楯無はまだ幼子で、今から探そうにも十年前の事件だけに当てがない。

 ただIS業界で流れている噂では、白騎士の操縦者は織斑千冬であり、ハッキングを行ったのは篠ノ之束だと言われている。

 誰もがそう思っているが、決定的な証拠がない。事件の真相は誰にも追究されることなくいつの間にか誰も気にしなくなった。

 

「これから何が起きるのかしらね?」

 

 今まで秘匿されていた男性IS操縦者の存在が、織斑一夏の登場を皮切りに三人も発見された。

 それが何かの始まりだということを楯無は漠然と感じてた。

 

「楯無様、これからどうします?」

 

「そうね……これ以上は何の成果は望めないでしょう」

 

 監視員の言葉に楯無は監視の打ち切りを決める。

 

「それじゃあ撤収作業は任せるわ」

 

「了解しました」

 

 指示を残して楯無はセーフハウスを後にする。

 

「もうこんな時間か……明日は一年生で最後の終業式なのに……」

 

 時計を見て肩を竦める。

 時間はまだ夕方だが、ここからIS学園に着く頃には夕食の時間が終わってしまっているだろう。

 IS学園次期生徒会長、更識家当主、ロシア国家代表。

 三足わらじの仕事の山はいくら優秀な楯無でも疲弊を感じるほどだった。

 

「早く帰ってお風呂に入りたい」

 

 こういう時にISを使って飛んで帰りたいと思うのだが、そんな私的使用は当然禁止されている。

 

「あら……?」

 

 考え事をしながら歩いていた楯無の傍らに一台のタクシーが止まる。

 自動でドアが開くが、周囲に楯無以外の人はいない。

 随分と厚かましいタクシーだが、帰路が億劫に感じていたのも事実だった。

 楯無がそのままタクシーに乗り込むと、陽気な声で迎えられた。

 

「お客さん、どちらまで?」

 

「IS学園までお願いします」

 

「かっしこまりましたぁ! あ、当タクシーでは後部座席でもシートベルトの着用を推奨しております。できれば御協力お願いします」

 

「ええ、大丈夫よ」

 

 若く調子の軽い運転手の言葉に納得して楯無はシートをまさぐり出てきたのはタクシーに似つかわしくない四点式シートベルトだった。

 運転手の趣味だろうか、そんなことを考えながら楯無はシートベルトを締めると、タクシーは動き出す。

 

「随分お疲れのようですね、更識竜無さん?」

 

 ほっと一息吐こうとした呼気を止めて、楯無は一気に気を張り詰める。

 

 ――なんて迂闊……

 

 見れば運転手は一ヶ月前に自分を一方的に蹴り飛ばしてくれた、オレンジ頭のオールバックにピンクのサングラスをした男だった。

 

「ストレイト・クーガー」

 

「お久しぶりです。竜無さん」

 

「私の名前は楯無よ」

 

「あれ……? そうでしたか、すいません。人の名前を覚えるのは苦手なもんで」

 

「ちょっ!? ちゃんと前を見て運転してちょうだいっ!」

 

 わざわざ振り返って頭を下げるクーガーに楯無は慌てて前を見るように言う。

 しかし、クーガーは楯無の焦りなど気にも留めずに笑う。

 

「ははは、最速を心情としているこの俺が余所見程度で事故なんて起こしたりしませんよ」

 

 そんなことをのたまうクーガーに楯無は呆れながらもISを起動――

 

「お客さん、車内でのISの展開は御遠慮ください」

 

 それを見透かすようにクーガーの忠告が楯無の動きを止める。

 やはり一ヶ月前に対峙して思ったが、彼は強い。

 

「私をどうするつもりかしら?」

 

「どうするつもり? そんなもの決まっているでしょ」

 

 クーガーのその言葉に楯無は身構えながら、シートベルトに手をかけ――

 

「タクシーと言えばお客様を最速で目的地に御案内する紳士の仕事。だが俺をそんじょそこらのタクシーと同じとわけはない」

 

「……え?」

 

 車窓の流れる景色が徐々に速度を上げていく。

 それに楯無はとてつもない不吉なものを感じる。が、止める間もなくクーガーの言葉は続き、車は加速していく。

 

「俺はこう思うんですよ竜無さん。この世でもっとも優れた交通機関はタクシーだと」

 

「何をっ!? って私の名前は楯無よっ!」

 

「電車にバス確かにそれらは多くの人を一度に運ぶことができる。だが所詮は決められた道を走ることしかできない。その点タクシーは好きな場所から好きな場所へと行く事ができる。ましてや遅延、運休、乗り換え乗り過ごしを気にする必要もない。つまりタクシーこそが最速であり、速さを信条とする俺にとっての天職なんですっ!」

 

 マシンガンのような早口な言葉に同調して車の速度が上がっていく。

 公道を馬鹿みたいな速度で疾走し、並走する車の隙間をすり抜け、果てには赤信号さえ無視。

 事故を起こさないのが不思議なくらいの荒い運転。

 スピードを落とすように言おうにも口を開いた瞬間に舌を噛みそうになる。

 急カーブによる遠心力に左右に、鋭い加速と減速による緩急に前後に振り回される。

 何よりも、喉元に込み上げるものを抑え込むのに楯無は必死だった。

 そして――

 

「お客さん、到着しましたよ」

 

 ドリフトで車体が大きく傾き、落ちる衝撃を最後に車の動きが止まった。

 

「うぐ……」

 

 シートベルトを外し、這うように車外に出た楯無は口元をハンカチで押さえながら、耐え切った自分を内心で褒めた。

 

「体調でも悪かったんですか、竜無さん?」

 

 そんなことをのたまうクーガーを楯無は殴りたかったが、未だに揺れている三半規管と込み上げてくる吐き気にそれはできなかった。

 時間は寮の食堂が閉まるまでにまだ余裕があるが、感謝の言葉は出てきそうにない。

 

「ところでつい最近のことなんですがね」

 

 唐突な話題の転換に楯無はどうせまた下らない持論を語るのだろうと無視し、今度こそISを展開しようと意識を集中させる。

 

「うちの会社に新人が入りましてね」

 

 その言葉に思わず、集中が途切れた。

 

「これがなかなかの跳ね返りでしてね。ま、元気なのは若者の特権ではあるんですけどね」

 

 クーガーが教えてくれた彼の今に楯無はとりあえず安堵する。

 自分からテロリストについて行ったと、織斑千冬から聞いてはいたが、組織が彼を丁重に扱う理由はない。

 最悪は解剖と考えもしたが、すでに二人の男性IS操縦者がいる組織なのだから戸高真についての価値はそこまで高いものではないのかもしれない。

 

「その子に……伝言を頼めるかしら?」

 

「構いませんよ」

 

「貴方の会社がブラック過ぎてやめたいと思ったなら、うちで雇ってあげるわ」

 

「ふ……伝言、確かに承りました。おっと……」

 

 不意にクーガーは彼方へと視線をやると、楯無の耳にもその音が聞こえてきた。

 警察のパトカーのサイレン。

 誰を追い駆けているのかは考えるまでもない。

 

「それでは俺はこの辺で失礼します。またの御利用をお待ちしていますよ、竜無さん」

 

「こらっまたっ! 私は楯無よっ!」

 

 また人の名前を間違えるクーガーに声を上げて訂正するが、走り出した彼にその声が届いたかは怪しいものだった。

 

 遠くからパトカーのサイレンの音が近付いている。

 警察があの男を捕まえてくれることを切に願う。が、おそらくは無理だろう。

 

「あら……?」

 

 ようやく吐き気が引いてきた楯無は踵を返して歩き始める。

 そこでスカートのポケットにかすかな違和感を覚えた。

 

「名刺……いつの間に……」

 

 ストレイト・クーガーの名前と携帯電話の番号が書かれただけの空名刺。

 その名刺をジッと見つめて楯無は焦りにも似た感情に冷や汗をかく。

 

 ――もしも亡国機業のエージェントの基準が彼だったとしたら……

 

 今の世の中では男と女が戦争すれば男が負けるという風潮がある。

 ISの存在だけで戦争に勝てると楯無は思っていないが、果たして彼らの男のISに女のISは勝てるのだろうか。

 楯無の疑問に答える者は誰もいなかった。

 

 

 







 今年一年お付き合いいただきありがとうございました。
 来年もよろしくお願いします。





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06 育む力

 

 

 

 空を飛ぶのは快感だった。

 だが、それを堪能している余裕など真にはなかった。

 目の前には太い腕をした無人機のIS、通称ゴーレムⅠ型が両肩のビーム砲の連射が精確な射撃でマーク・ツヴァイとなった真を追い立てる。

 

『何をしているマーク・ツヴァイ。逃げてばかりでは勝てないぞ』

 

「分かってるっ!」

 

 プライベート・チャネルによるエムの野次に真は叫び返しながら、反撃のビームライフルを撃つ。

 だが、一条のビームはゴーレムⅠ型から大きく外れて虚空に消えていく。

 

『どこを狙っている!? ちゃんと狙えっ!』

 

「くそっ……」

 

 そのまま連射するも、一つとしてかすりもしない。

 相手は止まっているのに、自分が動きながら、それも高機動状態での射撃がこんなに難しいとは思わなかった。

 しかも――

 

「しまっ――」

 

 ゴーレムⅠ型が太い両腕を掲げ、腕部に取り付けられた大型ビーム砲をマーク・ツヴァイに向けて発射する。

 射撃に気を取られ、単調になった飛行軌道を捉えられ熱線がマーク・ツヴァイに直撃する。

 身体を焼く熱に悲鳴を上げる暇もなく真は意識を喪失した。

 

『ステージ5、開始2分32秒で終了……続けてステージ6を開始』

 

「ぐっ!?」

 

 喪失していた意識が再接続の電気を流すような痛みで無理矢理起こされる。

 

『ステージ6は近接戦闘のみ、マーク・ツヴァイは武装を選択しろ』

 

 熱の幻痛を感じながらも真は目の前に浮かぶ画面から武装を選択する。

 それが終わると暗転していた視界が開ける。

 そこは広い競技場だった。

 本物ではなく電子プログラムによる仮想世界のシミュレーションだが、真が五感で感じ取る世界は本物と代わりがない。

 それに先程のビームで焼かれた痛みも偽物ではなかった。

 

『ステージ6……開始』

 

 エムの合図でマーク・ツヴァイの前方に黒いIS、ゴーレムⅠ型が現れる。

 マーク・ツヴァイは両手にレヴァン・ソードを構え、駆け出した。

 

 ――空を飛びながら戦うことはまだうまくできなかったけど、これならっ!!

 

 地面があるなら人の動きの延長で動き易い。

 さっきまでのようにはならないと意気込んで振り抜いた剣の一撃がゴーレムⅠ型を捉え――ずに空を切る。

 

「なっ!?」

 

 ゴーレムⅠ型は大きな体躯に似合わない軽やかな動きでマーク・ツヴァイの剣を避けるとその拳を振る。

 虚を突かれたが、マーク・ツヴァイはそれに咄嗟に反応し、腕で拳を受けると同時に後ろに跳んで衝撃を逃がす。

 

「いけるっ!」

 

 反応できたことに確かな手応えを感じ、マーク・ツヴァイはお返しと言わんばかりに二刀流にしたレヴァン・ソードで斬りかかる。

 剣と拳が火花を散らす。

 

「お前なんかで足踏みしている暇はないんだよっ!」

 

 ゴーレムⅠ型は篠ノ之束が使う無人ISの中でも初期型で一番弱いタイプ。

 それを一人で倒せなければ、続くⅡ型やⅢ型、篠ノ之束本人と戦うことは夢のまた夢。

 同じチームを組むことになったレイとステラは当然、ゴーレムⅠ型の撃破には成功して、次の訓練を行っている。

 真の最初の目標はその二人に追い付く事だった。

 だが、真の意気込みに反して競り合いの拮抗はゴーレムⅠ型に傾いていた。

 疲労がある人間と疲れを知らない機械。

 プログラム通りの行動しかしないと言っても、篠ノ之束が作り出したゴーレムⅠ型の行動パターンは多岐に渡り、まるで人と戦っているようでもあった。

 

「ぐっ!」

 

 剣を受け止める拳を引いて、片足を軸足に半身を逸らしてゴーレムⅠ型が剣を避け、そのまま一回転してマーク・ツヴァイを蹴り飛ばす。

 腹部に受けた鈍痛に吐き気に耐え、追撃してくるゴーレムⅠ型の拳を剣で受け止める。

 

「っ――もらったっ!」

 

 硬い拳をまともに受けた剣が半ばからへし折れる。

 だが、剣を身代わりにしてマーク・ツヴァイはゴーレムⅠ型の背後を取る。

 そして、そのままもう一本の剣を振り下ろし――振り返りもせずにゴーレムⅠ型はマーク・ツヴァイの腕を掴んでそれを止めた。

 

「うそだろっ!?」

 

 タイミングは完璧だった。

 普通ならかわせるはずのない角度とタイミングの攻撃。

 反応が間に合い、精確に腕を掴めたのは相手が機械だったから。

 それを察する間もなく、腕が握り潰される。

 

「づっ……」

 

 機体の損傷を痛みとして感じ、真は呻く。

 ゴーレムⅠ型はもう一方の腕を振り上げて、マーク・ツヴァイの頭を叩き潰した。

 そうして真は六度目の死を疑似体験した。

 

 

 

 

 シミュレーションの結果をエムは淡々と受け止めて、ステージを進めていく。

 

「ふむ……」

 

 それを見学していたクルーゼが意味深な相槌を打つ。

 

「なかなかに才能がある子供だな」

 

「……そうだな」

 

 クルーゼの評価にエムも同意する。

 現在ステージ12。中距離支援型のファフナーに乗り換えた真は武装を大型ビーム砲、メディーサを選択してゴーレムⅠ型と対峙している。

 ここまで高機動型に近接格闘型、それに光学シールドを搭載した防衛型と一通りの機体と武装を試したがゴーレムⅠ型に勝利したステージは一つもない。

 が、そもそもこの訓練の評価はそこではない。

 

「高機動型に関しては最高速度でも同化状態を維持。格闘センスも悪くはない。防衛型は合わないようだが問題はない」

 

 そして現在の支援型も距離の取り方や砲撃のタイミングが甘くゴーレムⅠ型に防戦一方だが悪くはない動きをしている。

 今はまだ素人でも、動きにセンスを感じるし、伸び代の可能性は十分に感じさせる。

 

「アタッカーとして起用するならどこのポジションでも通用しそうだな」

 

 クルーゼの考えにエムは頷く。

 

「レイが中距離支援型のミサイルパック装備。ステラは変形機構が付いた特殊格闘型。真には高機動型の機体を使わせるのがいいだろう」

 

「だが、それでは後衛のレイが二人に追いつけないのではないかね?」

 

「そのことだが、先日奪取したイギリスのBT兵器搭載型IS二号機から抽出したビット兵装を使わせようかと思っている……

 レイにはBTシステムの適性があるし、使いこなせれば攻撃のパターンと行動範囲が飛躍的に向上するはずだ」

 

「ほう……レイにそんな適性があったとはな」

 

 初耳だと呟きながらクルーゼは自身の手を見下ろす。

 

「機体のことで言えば、お前も新型のテストパイロットになったと聞くが? 確かザルヴァートルモデル。マーク・ニヒトだったか?」

 

「まだ二ヶ月も先だというのに耳が早いな」

 

 ニヒト。否定を意味する言葉。

 ISの存在を否定する者とすれば、らしい名前だがそれが救世主だというのは皮肉が効いている。

 

「一機でも多くの敵を倒すための機体であり、篠ノ之束を超える機体だと言っていたが、あの男の言葉をどこまで信じていいのだろうな」

 

 あの男。そう言われてエムは一人の男を思い浮かべて拳を硬く握り締める。

 

「コアはどうする? まさか真の機体のコアを使うわけではないだろうな?」

 

 第一アルヴィス襲撃で亡国機業が手に入れることができた九つ。

 そのオリジナル男性用ISコアは現在ある事情で使用不可能になっていると聞く。

 クルーゼやレイが使っているコアはその劣化品。

 出力ではオリジナルの六割。専用機化もできない。ニーベルングシステムを使ってようやく既存のISと戦える、そんなレベルの代物。

 そんな劣化コアでファフナーの、それも最新鋭の機体を十二分に動かせるとはとても思えない。

 

「コアはマーク・フィアーのものを使うそうだ」

 

「っ……操縦者との切り放しができたのか?」

 

「そう聞いているが、操縦者は昏睡状態のままだそうだ」

 

 その答えにエムは下唇を噛む。

 マーク・フィアーのコアにエムは思うところがあるが、それに異を唱えられる立場ではない。

 

「だが、お前の身体が持つのか? 同化現象もだいぶ進行しているんじゃないのか?」

 

「私に拒否権などありはしないさ。あの男が自分の手でISを、篠ノ之束を殺すことを望み、私はここにいる……

 例え私がいなくなったとしても、私の次はすでに用意されているのだから」

 

 意味深な言葉をエムは追及しなかった。

 クルーゼを初めとしたレイやステラ。第二アルヴィス出身の彼らもまた篠ノ之束によって島を滅ぼされた。

 その島の研究内容についてエムは詳しく知らないし、興味もない。

 

『うわああああああっ!』

 

 シミュレーションの中から真の悲鳴が上がる。

 結局、全敗だったがISに乗ったばかりの戦闘の素人が代表候補生以上の力があるゴーレムⅠ型に勝てるわけはなく妥当な結果だった。

 

「飛鳥真。三十分の休憩だ」

 

「りょ……了解しました」

 

 疑似コックピットから這い出た真はふらふらとした足取りでシミュレーションルームから出て行く。

 

「なかなかにスパルタだな」

 

「だが、あいつ自身が望んだことだ」

 

 真が目指す相手は篠ノ之束。

 本人の実力は分からない。科学者なのだから戦闘能力はそこまで高くないかもしれないが、それ故に彼女を戦力となるゴーレムの群れは強力だった。

 ISで例えるなら代表候補生程度の力では足りず、国家代表クラスの力が必要になる。

 いくらオリジナルの男性コアとニーベルングシステムを使っていても、それは篠ノ之束にとってはすでに経験した敵でしかない。

 

「少なくても今のままでは連携訓練もできない。幸いなことにレイとステラはゴーレムⅢ型をクリアできていない……

 それまでに何とか真を使えるようにするさ」

 

「そうか……」

 

 クルーゼはモニターされている二人のシミュレーションの映像に目を向ける。

 件の二人はゴーレムⅢ型と戦っているが、終始押されていていた。

 しかし、その戦いぶりは真が参加する前よりも苛烈で、積極的だった。

 他人に興味のないレイに戦闘時に豹変するステラ。

 飛鳥真の存在が彼らにどれほどの影響を与えたかは分からないが、そこに確かな変化が見て取れた。

 

 

 

 

 

「くっ……」

 

 慣性制御システムで消し切れない速度によるGを歯を食いしばって耐えて、速度を維持させる。

 一日の訓練が終わった自由時間。

 亡国機業の訓練はスパルタだが、休むこともきちんと考慮されている。

 しかし、閉鎖的な基地故に娯楽は少なく、半ばゲーム感覚で真は暇な時間にシミュレーションを行っていた。

 そして自由に設定できるのをいいことに真は現在、空を飛ぶレーシングゲームの要領で遊んでいた

 戦闘訓練用のシミュレーションをそんな風に遊びに使えるのはまだ一般人の感覚が抜け切れていない真だからこその行動とも言えた。

 ちなみにそんな真に付き合っている物好きが一人。

 

「ははっ! 中々の速さじゃないかシキッ!」

 

「俺の名前は真だっ!」

 

 前方の空中を疾走するストレイト・クーガーが操縦する全身装甲型のISを睨みつけながら真は叫ぶ。

 しかし、スロットルは全開にしているのに目の前のISに追いつける気配が微塵もない。

 

「何であんたテロリストなんてやってんだよっ!?」

 

 決められたコースを飛ぶ単純なゲームなのだが、速度に振り回されて大きくコースアウトしながら飛ぶマーク・ツヴァイに対して彼の軌道は見惚れるくらいに無駄がない。

 コーナーの度に差が広がる。直線でも手を抜いているというのにジリジリと離される。

 男のスポーツが見向きもされなくなった前の世界で、彼がレーサーだったと言われても真は納得していただろう。

 

「つまらないことを気にするなシキ。そんなことを気にしてたら俺には追いつけないぜ」

 

「っ……負けて堪るかっ!」

 

 結局、真は一度も追いつくことができずに彼からだいぶ遅れてゴールを切った。

 

「くそ……」

 

 疑似コックピットから這い出た真は悔しげな声をもらす。

 

「ははは、まだまだだなシキ。だが筋は悪くなかったぞ」

 

 労いの言葉と共に、対戦相手だったストレイト・クーガーが缶ジュースを差し出してくる。

 

「よく言うよ……最後の方なんて背中も見えなかったのに」

 

「なんたって俺は世界最速の男だからな」

 

 威張るクーガーだが、このレースゲームだけでもその実力の片鱗は実感できた。

 一軍の男。

 クルーゼやエムと同様に実戦レベルでの行動が認められた実働部隊。

 彼らは頻繁にではないが、真達のチームの訓練に顔を出し監督してくれる。

 だが、クーガーには耐速度訓練や車の運転の練習などでひどい目に合わされた記憶しかない。

 スピード狂で変な持論を沢山持っていて、人の名前は覚えようともしない。

 最悪な人間なはずなのに、何故か邪険にし切れない不思議な男だった。

 

「やっぱりここにいた」

 

 一息吐いたところで真に無邪気な声が掛けられる。

 

「あ……ステラ……」

 

 顔を上げた真は声の主の名前を呟く。

 近付いてきてステラに真は思わず半歩後ずさる。

 が、そんな真の反応を気にも止めずにステラはその半歩を容易に埋めて、真の腕を掴む。

 

「シン……」

 

「何ですかステラ……さん?」

 

 真は次の言葉を予想しながらも恐る恐る尋ねる。

 できればすぐに彼女の手を振り解いて逃げ出したいのだが、女の子のものとは思えない力で掴まれてそれは望めない。

 そして当然真の祈りは彼女に通じない。

 

「今日も一緒にシャワー浴びよ」

 

「ぶはっ!」

 

 ステラの言葉で背後のクーガーが噴き出した。

 

「ししし、シキッ! お前っ!」

 

「違うっ! これはお前が思っていることと違うからなっ!」

 

「シキが速い!? 俺が遅いっ!? 俺がスロウリィ!?」

 

「人の話を聞けっ!」

 

「大丈夫だ、分かっているぞシキ」

 

 弁解するよりも速く、クーガーが捲くし立てる。

 

「つまりこういうことだろ?

 一昔前の軍隊よろしくの男女混合の部屋でステラとレイと一緒に生活するようになったお前は思春期特有のリビドーを滾らせることに慣れてきた頃にずぼらなステラの生活態度を見かねていろいろやっていたらいつの間にか懐かれてシャワーで頭を洗ってやるところまで行ってしまったと?」

 

「あ……ああ。そうなんだ……」

 

 まさにその通りのことだった。

 真が生活することになった部屋は二段ベッドが二つある四人部屋。

 部屋から十一歩の距離に自販機はないものの、小型のバスルームとトイレが完備されている使い勝手のいい部屋だった。

 しかし、クーガーが言ったとおり男女混合で、また人数の関係上四人部屋を三人で使うことになった。

 そこまではクーガーの言葉の例もあるから納得したのだが、二人の私生活、特にステラはひどかった。

 男の目があるというのにその場で着替えるし、脱いだ服はちらかしたまま。

 シャワーを浴びた後も濡れた身体を拭きもせずに部屋に戻ってきてそのままベッドに直行。

 レイは我関せず、一人で規則正しい生活を秒単位でやっているのではないかと疑うくらいに同じサイクルで行動している。

 まだ中学を卒業したばかりの真にはいろいろと刺激の強い日々だったのだが、それも三日で慣れた。

 

「最初は口で言うだけだったんだけど、一回髪を乾かしてやったらそれで気を良くしたみたいで……」

 

「そうかそうか」

 

 クーガーは分かっていると言わんばかりに鷹揚に頷いて真の肩を叩く。真は誤解されなかったことに安堵して――

 

「そういうことにしておいてやる」

 

「ちょ!?」

 

 そう言い残し、真が止める間もなくクーガーは最速でその場から消えた。

 

「どうしたのシン?」

 

 小首を傾げてこちらを窺う無邪気な眼差しに真はため息を吐きたくなった。

 ステラ自身に悪気があるわけではない。

 彼女と接して、彼女が持っている歪みもおぼろげながらも真は気付いている。

 私生活では適当な彼女も、銃の分解と組み立ては目隠しした状態でも早く精確だった。

 戦闘訓練では今の無邪気さが嘘のように凶暴になり、荒々しい戦い方をする。

 戦闘については英才教育を受けている反面、普通の女の子らしさは小学生レベル。

 見た目は同い年くらいなのに仕草は幼げで、思わず妹が生きていたらもしかしてこんな風だったのかと思ってしまう。

 

 ――何考えているんだ俺は……

 

 頭に過ぎった考えを振り払って、真はせめてもの譲歩を進言する。

 

「ステラ……頼むからシャワーは一人で浴びてくれ」

 

「え……」

 

 悲しそうに歪む彼女の顔に真の理性が揺れる。

 

「髪はちゃんと乾かしてやるからさ」

 

「…………分かった」

 

 不安げだが、頷いてくれたステラに真は安堵する。

 復讐の道を歩み、自分の手を血に染める覚悟もしていたというのに、最初に捨てたものが思春期の衝動だというのが何となく物悲しかった。

 

 

 

 

「なぁ……バレル」

 

 バスルームにステラを押し込んで、手持ち無沙汰になった真は騒がしくしていたのに一切関心を向けてこなかったレイに声をかけた。

 

「……何だ?」

 

 冷淡な声でレイが返事をする。

 

「お前ってステラとずっと同室だったんだろ? どうして今まで放っておいたんだよ?」

 

「質問の意味が分からないな」

 

「共同生活なんだからさ。ステラの生活態度が気にならなかったのか?」

 

 レイは見た目通り、細かい性格をだった。

 だが、それはあくまでも自分だけで全ての事を一人で済ませてしまう。

 他人への関心はなく、唯一彼が表情を動かすのはラウ・ル・クルーゼを前にした時だけ。

 

「必要は感じないな」

 

「必要はって……ツイン・ドックのパートナーだったんだろ? 風邪とかひいたらどうするつもりだったんだよ?」

 

「この部屋の空調は完璧だ。それにステラはエクステンデットだ。風邪などひくこともないだろう」

 

 聞き覚えのない単語が出てきたが、それよりもあくまでも無関心を貫くレイの態度に真はかすかな怒りを感じた。

 

「そういう問題じゃないだろっ!」

 

「俺にはお前がどうしてステラに構うのか理解できないな。意味のないことだというのに」

 

「意味がないって……本気で言ってんのかお前?」

 

「どうせみんないなくなるんだ。それに――」

 

「ふざけんなっ!」

 

 気付けば真は声を荒げて、レイの胸倉を掴んでいた。

 

「どうせみんないなくなる!? 何だよそれは!?」

 

「同化現象のことを忘れたのか? 俺たちはいついなくなるかも分からない不確かな存在だ……

 そんな俺達が健康などに気を遣って何になる? ましてや仲良くなったところで何の意味がある?」

 

「っ……」

 

 真は映像で見た人がいなくなる瞬間を思い出す。

 確かにレイの言うことは一理あるのかもしれない。明日いなくなるかもしれない人と仲良くなれば、そうなった時の別れの痛みが強く残る。

 ならば最初から接点を最小にしておけば余計な感傷を感じることはない。

 

「そうかもしれない……だからって……」

 

 関わりが最小限なら痛みはなくなるのかもしれない。

 だが、真はそうは思えなかった。

 

 ――おにいちゃん……

 

 脳裏にチラつく妹の姿にステラの笑顔が重なる。

 

「小難しい理屈なんてどうでもいい……ステラが今、笑ってる。それだけで十分だろ?」

 

「下らない感傷だな」

 

 搾り出した答えを一笑されて真は怒鳴るように言い返す。

 

「だったらお前のクルーゼに向けてるものは何だよ!?」

 

「お前には関係ない!」

 

 その指摘に珍しく声を荒げるレイに真は面を食らう。

 

「お前……もしかして……」

 

「ちっ……」

 

 失言だったと察してレイは顔を逸らして舌打ちする。

 

「……ホモなのか?」

 

 恐る恐る尋ねると、レイはいきなり真を殴りつけた。

 

「っ……!? 何すんだ!?」

 

 普段の冷徹な眼差しを三割り増しにして無表情でレイは無言のままもう一度拳を振り抜いた。

 

「殴ったなっ! 二度も」

 

「ふん、だから何だと言うんだ?」

 

 すました態度にこれまで抑えていた怒りと不満を真は爆発させる。

 お返しと言わんばかりに真は拳を振るう。だが、そんな見え見えの欧撃をレイは容易く受け止めて嘲笑う。

 

「これだから素人――ぐっ!?」

 

 拳を受け止めて油断したレイはそのまま突っ込んできた真の頭突きを鼻面に受け、たじろぎ膝を着く。

 

「は……訓練で勝てなくても喧嘩じゃ負けねえぞ」

 

「っ……」

 

 鼻から垂れる血にレイは愕然としながら立ち上がり、怒気を表情に乗せて真を睨む。

 

「はっ……そういう顔もちゃんと――っ!」

 

 感情を顕わにしたレイを真は笑おうとすると、言葉はレイの拳によって途切れる。

 

「やりやがったなっ!」

 

「ふん」

 

 そこからは先は取っ組み合いの喧嘩だった。

 互いが一発でも多く殴った方が勝ちだと言わんばかりに殴ると蹴るの応酬。

 騒ぎを聞きつけたステラはオロオロすることしかできず、彼女が呼んだクルーゼが止めるまで二人は暴れ続けることとなった。

 

 

 

 



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07 新たな関係

 

 

 俗に、喧嘩は先に手を出した方が悪いと言われている。

 だが真はそれは正しいと思わない。

 再三に渡る心無い言葉による挑発。戯れだったと言い張る明らかな暴力。数による集団圧力。

 手を出した方には手を出すだけの言い分がある。

 それを真は身を持って知っている。

 

「はぁ……」

 

 何より、初めて怒られたのか、無表情ながらも肩を沈ませてモップをかけるレイの姿に居た堪れなくなる。

 

 ――ま、明らかに怒られ慣れていないだろうからな……

 

 レイ・ザ・バレル。

 真が同じチームを組むことになった少年。

 成績は座学と実技ともに優秀で、三軍の中ではトップだと言われている。

 

 ――こっちはこっちで何が楽しいんだが?

 

 次いで、連帯責任として巻き込んでしまったステラに真は視線を向ける。

 ステラ・ルーシェ。

 彼女の成績も座学も実技もレイほどではないが優秀だった。

 しかし、それに反比例して日常生活における知識や常識などが欠如していた。

 今も、罰として科せられた掃除を物珍しいのか嬉々としてやっている。

 巻き込んでしまった後ろめたさが何処かに行ってしまいそうだった。

 

 ――それはそうと、どうするかな……

 

 流石に昨日の件には自分に非があることを真は自覚している。

 レイが訓練の時、何かと自分に張り合い、優秀な成績を見せ付けることに苛立ちを感じていたし、仲間のことに無関心な態度も鼻についた。

 挙げ句には半ば自暴自棄な気質を持っている。

 何もかも気に食わない相手だが、いきなり同性愛者扱いは自分でも悪いと思った。

 

 ――どう切り出すかな……

 

 そんなことを考えていると、レイが真に声をかけてきた。

 

「すまなかったな」

 

「え……?」

 

 それが誰の声で、誰の言葉なのか理解するのに時間がかかった。

 

「え……今のまさか……」

 

「レイ……?」

 

 真が耳を疑ったのと同じくステラも驚きに目を丸くして彼を見る。

 そんな二つの視線にさらされてレイは決まりが悪そうにそっぽを向きながら掃除のペースを上げる。

 

「俺が謝るのがそんなに意外か?」

 

「いやだってお前……」

 

「うん」

 

 控えめな言葉を考えている間にステラがはっきりと頷いた。

 

「む……」

 

「だってレイ、いつもステラとシンのこと睨んでるから、ステラたちのこと嫌いなんでしょ?」

 

 可愛らしく首を傾げながら直球の言葉をぶつけるステラにレイは怯みながら弁解する。

 

「いや……別に嫌っているわけでは……」

 

「そうだぞステラ。バレルは俺達のことが嫌いなんじゃなくてな」

 

 そんなレイの姿が珍しく、真はいたずら心を刺激される。

 

「おい飛鳥。お前、何を――」

 

「バレルは俺達にクルーゼさんを取られるのが嫌なんだよ」

 

「そうなの?」

 

 また直球の言葉にレイは言葉を詰まらせながらも反論する。

 

「……違う、そんな子供みたいな理由で好き嫌いを判断するわけない」

 

「うーん……あ、じゃあステラがラウの右腕にくっつくからレイは左腕にくっつけばいいよね?」

 

「なっ!?」

 

「っ……」

 

 言葉を失うレイ。そんな彼のあまりの姿とステラが言う場面を想像して真は思わず噴き出しそうになった。

 

「何でそうなるっ!?」

 

「ラウは仲良くしなさいって言ってた……あ、でもそれじゃあシンが仲間外れ?」

 

「俺のことは気にしなくていいよ」

 

「でも――」

 

「ところでバレル。いきなり謝ったりして何なんだよ?」

 

 それ以上は自分にも被害が飛び火すると察して真は話題を強引に元に戻す。

 

「っ……」

 

 未だに隠し切れない笑みを堪えている真を睨みつけながら、彼の思惑に乗ってレイは改めて話し始める。

 

「つまらない誹謗中傷で手を出してしまったことだ」

 

「ああ、あれか……あれは俺も悪かったと思ってるけどさ」

 

 考えたことをそのまま口に出してしまうことが悪い癖だと散々言われてきて自覚もあるが、これが中々に直らない。

 だが、たかが同性愛疑惑をしただけでレイが暴力に訴えるほど手が早かったというのも意外だった。

 

「日々の成果が出ない苛立ちをお前にぶつけてしまった」

 

「ああ、そういうことか」

 

 訓練を始めて随分経つのに真もゴーレムⅠ型を倒すには至っていない。

 レイ達もゴーレムⅢ型で梃子摺ると聞く。

 うまくいかない時は気が立って、些細なことで他人に当たってしまう気持ちは真もよく分かる。

 

「殴ったことは俺も返したからいいけどさ……」

 

 真がレイに対して納得いかないのは、どうせみんないなくなるという投げやりな気持ちで他人と距離を置いていることだった。

 

 ――確かに俺たちにももう時間はない、だけど……

 

 真は自分の両手に刻まれた指輪の痕を見下ろしながら思う。

 この同化現象の証がなかったとしても、真はこの世界に居場所なんてないと思っていた。

 いなくなりたい。そう思って自殺を考えたことも一度や二度ではない。

 だが、それを正してこの世界に繋ぎ止めてくれた人たちが真にはいた。

 

「お前さ……どうせみんないなくなる、とかそういうことあんまり言うなよ」

 

「だが、事実だ。いくら取り繕ったところで俺達は一年でいなくなる存在だ」

 

「だから人付き合いなんて無駄か? 友達になった奴が先にいなくなるのも、いなくなる友達を見送るのも嫌か?」

 

「…………俺には友達という概念が分からない」

 

「何だよそれ?」

 

 あまりにも生真面目な言葉に真は苦笑する。

 ステラもそうだが、レイも十分に天然が入っている。

 

「友達って何?」

 

「友達っていうのは…………あれ……」

 

 ステラの質問に得意気に語ろうとして真は固まる。

 ISを受け入れられずに周りから浮いていることを自他共に認めている真の交友関係は限りなく狭い。

 その交友関係もアスラン達の繋がりのものであり、当然みんな真よりも年上で、友達という対等と言うよりも手を焼かせる弟みたいな扱いを受けていた。

 

「シン?」

 

「友達っていうのは一緒にメシを食べたり、遊んだりする……好きな仲間のことだよ」

 

 首を傾げるステラに真は慌てて取り繕う。

 

「それじゃあステラとシンは友達?」

 

「ああ、俺達は友達だよ」

 

 無邪気に聞き返してくるステラに真は頷いて応えた。

 

「それじゃあレイも友達?」

 

「だってさ? どうなんだよ?」

 

「その定義なら俺達は友達ではないのでは?」

 

「お前なぁ……」

 

 馬鹿正直な言葉を返すレイに真は苦笑しながら呆れる。

 確かに自分達はそれぞれバラバラに食事を摂っているし、訓練も黙々と与えられたカリキュラムをこなしている。

 自由時間で一緒に行動して、積極的な会話もしていなければ遊んだこともない。

 ステラはステラでそれを思い出して納得顔で頷いていた。

 

 ――俺もアスランたちから見たらこんなのだったのかな?

 

 殻に閉じこもっていた自分とでは大分違うが、二人を見ていると放っておけないものを感じてします。

 

「よし、じゃあ今日からみんなでメシを食べるようにするぞ」

 

「それは非効率だ。訓練の終了時間はその進行によってバラバラになる。早く終わった者は――」

 

「却下だ。ステラもいいよな? 俺達の訓練が終わるまで待っててくれるか? 俺達もステラのことちゃんと待つからさ」

 

「うん。いいよ」

 

「おい、シンッ!」

 

「どっちにしろ今日は掃除で同じ行動なんだからいいだろ? それに多数決だ……

 だいたい個別の訓練が終わったら俺達でトリプル・ドックを組むんだろ? その時の為にも互いのことを知っておくに越したことはないだろ?」

 

 レイは顔をしかめて深々とため息を吐く。

 

「勝手にしろ」

 

 不貞腐れたように掃除に集中するレイに真は苦笑する。

 無表情で無関心。

 見た目の印象は変わらないが、実際に会話を交し、付き合ってみると意外に感情は豊かに思えた。

 

 ――やれやれ……

 

 肩を竦めながら、真も作業に戻る。

 片や天然で目が放せない妹に、優秀だがどこか抜けている弟。

 もしかしたら兄弟というのはこういうものだったのではないかと、真は思った。

 

 

 

 

「真」

 

 罰が終わり、部屋に戻るとその前でエムが真達を待っていた。

 

「何だよエム。戻ってきたのか?」

 

 実働部隊の一人、すでに実力を認められているエムはいつも基地にいるわけではない。

 

「……ああ、今さっきな」

 

「そっか……なあ、お前ってこの後暇か?」

 

「お前がそんなことを聞いてくるのは珍しいな、何かあったのか?」

 

「まあ……いろいろとな」

 

「昨日シンとレイが――」

 

「ステラ、それは言わなくていい」

 

 エムの問いに素直に答えようとしたステラの口をレイが塞ぐ。そんな様にエムは不信そうに首を傾げる。

 

「俺達のことはともかくさ、エムもこれから俺達の部屋で遊ばないか?」

 

 そう言って真はいろいろな人に声をかけて集めたトランプなどをエムに見せる。

 余談だが、テロリストの基地なのに意外と探せばあることに真は驚いた。

 

「遊ぶって……お前、そんなことをしている暇があるのか?」

 

「四六時中訓練、勉強なんてやってられないだろ。適度に息を抜かなくちゃ逆に効率が落ちるだろ」

 

 優秀なのによく手を抜いてサボりたがる先輩の言い訳を思い出し、それをそのまま使う。

 

「確かにそれはそうだが……」

 

「だから仲間の親睦を深めるってことで遊ぶことにしたんだ。ついでにエムもどうかなって?」

 

「私が……何で?」

 

 自分の経験から真はエムに向かって言う。

 

「だってお前も友達いなさそうだからさ。誰かが突っかかって来てくれるのを待ってばかりじゃダメだぜ。自分から仲良くならないとな」

 

「っ……」

 

 その言葉にエムは驚いて目を大きく見開いた。

 

「お前……どうして……それを……」

 

「え……?」

 

 エムの驚愕を理解できない真は首を傾げる。

 エムはそのまま何かを言おうとする素振りを見せて、黙り込み俯いてしまう。

 そして、顔を上げると鋭い戦士の眼差しで真達を見据えた。

 

「真、お前のマーク・ツヴァイの改修が完了した。今から格納庫で最終調整を行う。付いて来い」

 

「やっとか……あ、でも……」

 

 その報告は真にとって待ちわびたものだったが、同時にタイミングが悪かった。

 渋々付き合うレイはともかく、ステラは遊ぶことを楽しみにしていた。

 

「気にするなシン。俺達は――」

 

「それからお前達も来い。同じチームを組む機体だ、見ておいて損はない。それにお前達にも言っておくことがある」

 

 一方的に言ってエムは歩き出した。

 

「お、おい待てよ」

 

 しかし、その呼声は空しく廊下に響き渡るだけでエムの足を止めることはなかった。

 

 

 

 

「これが俺のファフナー」

 

 格納庫を訪れた真を出迎えたのはすっかり見違えた姿となった白い機体だった。

 真が持っていた時の半壊状態だった全身は五体満足に修復され、装甲にはひび一つない。

 

「あとはお前に装着されているコアを接続して最適化させれば、名実共にお前の機体だ」

 

 エムの説明を聞きながら真はそれを見上げる。

 白く華奢な機体。

 背中に大型のスラスターが搭載されている高機動型。

 装備はビームライフルとビームサーベルが二本。それから大き目の盾。

 レイの中距離型支援型と比べれば武装は少なく、変形機構を持つステラの機体と比べればシンプルのものだった。

 

「仮登録だが新しい名前もある、マーク・ツヴァイ改め『ビクトリー』だ」

 

「ビクトリー……勝利……」

 

「いや、違うぞ。名前の由来はお前からだ」

 

「俺?」

 

 エムの言いたいことが理解できずに真は首を傾げる。

 そんな彼を他所にエムは得意気に説明を始めた。

 

「まずは飛ぶと書いて『ビ』。そして躯と書いて『ク』。最後に鳥と書いて『ビクトリー』だ……

 どうだ? お前の名前が入った機体名だ。気に入ったか?」

 

「…………飛躯鳥……」

 

 その名前を口で呟き、真は頭を抱えた。

 

「ありえねえ」

 

 なんだかいろいろとあってはいけない名前のような気がした。

 具体的には作品が違うとか、大将軍かよとか、メタなことを思いながらその名前の訂正を求める。

 

「別の名前にしてくれ」

 

「何だとっ!?」

 

 驚愕の声を上げるエム。むしろ何故それが受け入れられると自身満々にしていたのか真には理解できなかった。

 

「まあ待て、飛鳥」

 

 そんな真をレイが諌める。

 

「エムがお前のことを考えて命名してくれた名前だ。無下にしなくてもいいだろ」

 

「バレル……そういうことはちゃんと俺の目を見て言え」

 

 顔を背けて肩を震わせるレイを真は半眼で睨む。

 

「気にするな飛躯鳥、俺は気にしない」

 

「オーケーその喧嘩買った」

 

 真は拳を鳴らしてレイに掴み――

 

「やれやれ、昨日の今日だと言うのに反省が足りないのではないか、お前達は?」

 

 昨日、静かに怒られた声が呆れた言葉で真の動きを遮った。

 

「っ……」

 

「あ、ラウ」

 

 クルーゼの登場にレイはすぐに佇まいを直し、ステラは彼に抱きつく。

 

「いたのかクルーゼ」

 

「ご挨拶だな、エム」

 

 ステラの頭を撫でながら、仮面の男は苦笑する。

 

「それにしても飛躯鳥か……もう少しまともな名前はなかったのかね?」

 

「お前まで言うかっ!?」

 

「だがニーベルングシステムにおいて、操縦者に合わない名前や機体の色は一体化を妨げる要因になる」

 

「う……」

 

 クルーゼの指摘にエムが怯む。

 

「ちょうどいい機会だ。君達には改めてファフナーのニーベルングシステムについて復習してもらおうか」

 

「はいっ!」

 

 クルーゼの言葉にやや弾んだ声でレイが返事をしたかと思うと、そのまましゃべり出した。

 

「ファフナーの特徴は操縦する必要がないこと、ニーベルングシステムにより操縦者の脳と機体を繋げ、思考することで動かします」

 

「そうだ。よく勉強しているようだなレイ」

 

「はいっ!」

 

 クルーゼの言葉にレイは普段鋭くしている目を緩め、どこか無垢でキラキラした眼差しを彼に向ける。

 エムも彼の言葉に頷き、付け足すように口を開く。

 

「ただし――」

 

「ただしコアと操縦者の境界を取り除くシステムのため、操縦者は同化現象を発症します……

 また、人間の運動機能にとって痛覚が重要であるため、機体の損傷を痛みとして感じてしまいます」

 

 エムの言葉を遮って、レイは張り切った雰囲気を滲ませて語る。

 

「も、もう一つ重要なことが――」

 

「操縦者によっては心が変化し、変性意識と言う状態になり――うぐっ!?」

 

 悉くセリフを取られた肩を落とすエムを見かね、真は空気を読めない、というよりももっと褒めて欲しいと張り切るレイを肘で突いて黙らせる。

 

「何をする?」

 

 輝かせていた目を鋭く戻し、レイが真を睨む。

 

「空気読め馬鹿」

 

「馬鹿とは何だっ!?」

 

「しゃべり過ぎだって言ってんだよっ! エムがいじけてるだろ」

 

「いじけてなどいない!」

 

「エム……泣いてるの?」

 

「断じて泣いてないっ!」

 

「申し訳ありませんでしたエム。配慮が足りませんでした」

 

「ぐぬぬ」

 

 真正面から謝罪が嫌味にしか聞こえないが、悪気のないレイの言葉にエムは反論できずに唸る。

 

「エムをいじめるのはそれくらいにしておき給え」

 

「クルーゼ……」

 

「まだ飛躯鳥の名前も仮登録に過ぎない。エムならばもっと良い名を付けてくれるだろう」

 

「本当かよ?」

 

「っ……いいだろう。三日後の模擬戦までに絶対に納得させてやる」

 

 いきり立つエムだったが、真にとって聞き逃せない言葉がそこにあった。

 

「三日後の模擬戦?」

 

「そうだ。真君、それからレイとステラ、君達には三日後に実機を使用した三対三の模擬戦闘を行ってもらう」

 

 真の呟きにクルーゼが答える。

 

「同時にそれは、君達の二軍昇格のテストでもある」

 

 その言葉に浮付いていた空気が張り詰める。

 嬉しい申し出だが同時に真は疑問を口にする。

 

「俺はまだゴーレムⅠ型を撃破してないんですけど」

 

「試験の実行は相手側の事情によるものだ。それに実戦においては不足の事態は当たり前だ……

 だがまあ、自信がないというのなら辞退してもかまわんよ。次がいつになるかは分からないがね」

 

「っ……やります。やらせてください」

 

 挑発するようなクルーゼの言葉に真は自分の意思をはっきりと口に出す。

 レイとステラは無言だったが、それを拒む気配はなかった。

 

「試験は三日後の正午から行う。何か質問はあるかね?」

 

「その試験における相手の機体の詳細なスペックデータを要求します」

 

「当然の要求だが、却下する」

 

 レイの申し出をクルーゼは予め決めていたように拒む。

 

「敵の情報を事前に調べておくことは重要だが、それと同様に未知の敵と戦うことの対応能力も重要な力だ」

 

 拒まれたレイは一瞬だけ瞳を揺らすが、クルーゼの続く説明にすぐに元の無表情に顔を引き締める。

 そんなレイの顔に頷き、クルーゼは真とステラを順に見てから続けた。

 

「だが、機体の名前だけは教えておこう……

 君達が戦う機体の名は『カラミティ』、『レイダー』『フォビドゥン』の三機だ」

 

 

 

 

 

 その時の俺は何も知らなかった。

 戦うことがどういうことなのか、十の指輪の痕が意味する意味も本当の意味で理解していなかった。

 そして、それはその日、友達になった二人についても俺は何も知らなかった。

 知らないまま、俺は最初の犠牲をこの手で生み出した。

 

 

 

 

 



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