ビスコッティ共和国興亡記・HA Edition (中西 矢塚)
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第一部
幼少編・1




 本日よりHAMELN様にお世話になります、中西矢塚です。
 某所や某所でお前を見かけたぞ、と言う方も大勢いらっしゃいますでしょうが、今後ともどうぞ、よろしくお願いいたします。

 というわけで、どうぞ。

 内容は基本的に追加のみ、ということで……すまない、見過ごしたままの誤字脱字も、当たり前のように残っているかもしれない。








 

 ◆◇◆ ビスコッティ共和国興亡記 ◆◇◆

 

 

 

 

 始まりがあれば、終わりもある。

 何事にも区切りと言うものは、必ず訪れる。

 今はまだ(・・・・)ビスコッティ共和国の騎士であるアシガレ・ココット―――シガレットにとっては、正に今が区切りの時だ。

 

 ギ、と。僅かな音をさせながら扉を開く。

 角にある、窓はひとつの、小さな部屋。狭くはないが、こじんまりとした部屋だ。

 棚と机と箪笥と、そして、―――小さなベッドが一つ。

 今の、十四歳のシガレットが横になろうとしたら、足がはみ出る事が確実な、小さなベッドだ。

 

 幼少期を、ここで過ごした。

 

 そして今日、一つの区切りとして、シガレットはこの部屋を引き払う。

 

「始めるとしますか」

 

 郷愁に耽りそうになる思考を振り払い、宣言する。

 先ずは窓を開けて、換気を。

 その後で、置きっ放しの―――シガレット本人ですら、とっくの昔に捨てられていたと思っていた、幼い頃に使った私物の、片づけを。

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

 ・◎月×日

 

 念願の日記帳を手に入れたので今日から日記をつけてみる事にする。

 いや、日記帳と言うか、要するに私が自由に何かを書き込める……面倒くさい表現はよそう。

 親父殿、母上様たちの理解からすれば、ようするにこのノートはあれだ。

 

 『良い子の落書き帳』

 

 雨の日とかで子供が家で遊ぶ時に退屈しないように、クレヨンと色鉛筆と一緒に渡してくれた。

 生憎私には絵画的な才能などは皆無なので、母上様達には悪いがこちらの世界の文字の練習もかねて日記帳として利用させてもらっている、と言うだけのこと。

 掛け線の無い白紙に滔々と文章を重ねていくのは中々難しいのだが、いたし方が無い。

 たかだかノートの一冊なれども、これも一つのプライベートスペース。

 若干四歳の子供が漸く手に入れた、両親の目が届かない―――ああ、今生の両親は子供に与えたものは子供に管理させると言う大方針らしいので、玩具箱の中に押し込んでおけば、わざわざその中身を見るような真似はしないのだ。

 出来れば早めに個室を用意して欲しいところなのだが―――いやいや、まだ私は生まれてから四年。

 自主自立を促すには早すぎると言う話だろう。

 

 そう、生まれてから四年。四年である。

 三十年近く生きた筈の人生を、ゼロからやり直し初めて、漸く四年。

 漸く、文字を書いてもそれほど驚かれないだろうと―――思い込める程度の年数は、重ねられた筈。

 この四年間、赤子の身体と大人の精神が入り混じって、なんだか色々と思い出すには検閲事項な状況に疲弊し続けていたのだが、それも漸く落ち着いてきたのだから―――ああ、本当に辛かったなぁ。

 記憶を有したままの輪廻転生なんてものは、体験してみれば解るが中々気苦労が耐えぬもので、ましてや生まれ変わった後の世界が自分の知っている世界とそこかしこどころか色々と違うとあらば―――もう、落ち着けと言うのも無理な話。

 『お前はよく泣く子だったねぇ』などと、まだ四歳の子供にしみじみと懐かしんだ風に親が語って聞かせてしまうような、まぁ、これ以上思い出すのは精神的に辛いから、よそう。

 

 ええと、つまり何て言うか。

 

 私、どうやら異世界に転生したようです。

 

 

 ・ν月ι日

 

 昨日の日記を読み返したら普通に日本語で書いていた件。

 今日からちゃんとフロニャル語で記述しようと思う。

 漢字使ってる日本人には、このフロニャル語ってひたすら文章をひらがな表記しているような気分になってやりづらいのですが、うむ、郷に入りては郷に従え。

 そういえば私って何語で思考しているんだろうと振り返ると、当たり前のように日本語で思考している気分なのだが、母上様や親父殿(我が家内ヒエラルキー的に、母上様を前にすることに決めた)とはフロニャル語で自然な会話が実現できている。

 これも所謂、フロニャ力(『りょく』ではない。『ちから』。多分、オーガニック的な何かと同じだと思われる)の賜物なのだろうか。

 流石はファンタジー世界。

 伊達に獣耳の生えた人間に獣耳の生えた獣が牧畜されている世の中ではない。

 

 ああ、うん。

 何か私にも生えてます。

 

 犬耳と、犬尻尾。

 

 

 ・τ月μ日

 

 めっちゃビビった。

 ベッドの下を覗いたら蛙っぽい半透明な何かと、団子っぽい半透明な何かがいた。

 チョコボがいる世界だ―――と言うか、親父殿がチョコボ厩舎の職員なんだけど―――から、今更こういう半透明っぽい何かを見かけたところで驚く必要も無い気がするんだけど、遊びに行って帰ってきたらワサワサこんなのがいたら、普通にビビるわ。

 さてどうしたものかと、目? らしき部分と見詰め合ったまま―――うん、何か蛙っぽい何かも、僕の出現に驚いていたらしい。

 因みに団子っぽい何かは折り重なって蛙っぽい何かの背後に隠れていた。

 薄暗いところをこのんでいるっぽいと頃から考えて、般若信教とか唱えたら効くだろうかと思って荒ぶる念仏の構えっぽいのを取ってみたのだが、何時までも昼食の席につかない息子を不審に思った母上様が、寝室に来てしまったっぽい。

 

 で、頭を叩きつつ教えてくれたのだが、どうやら『土地神様』と言う生物―――生物? らしい。

 ははぁ、神様でございましたかこれはまた、雑霊っぽいものと勘違いして失礼仕りましたって頭を下げてみたら、神様っぽい人たちは声っぽい何かをはやし立てた後で、窓の向こうへ飛び出していった。

 どうやら、『なぁに、ボウズ。人間には誰でも間違いはあるぜ』って許してくれたっぽい。

 

 因みに後で聞いたところによると、あのくらい小さい土地神様だとそこいらの犬猫と変わらない程度の知性しかないらしい。

 戯れるのが好きらしいので、実害が無いから放っておくか一緒に遊ぶ―――苛めてはいけません―――と良い、とのこと。

 

 元日本人的な解釈をすると、八百万の神様って処でしょうか。

 

 

 ε月γ日

 

 基本、やっつけ中世っぽい世界観のフロニャルドでは、遊ぶと言えば外に広がる大平原で身体を動かすことを指す。

 なにしろ大地に満ちるフロニャ力の加護のお陰で、よっぽど徳の低い行い―――まぁ、所謂誰が見ても犯罪的な行為を指すのだろう―――をしない限り、どれだけ派手にヤンチャに遊びまわろうが、致命的な怪我だけは負うことが無いのだから、子供の遊びに限度などあるはずが無い。

 十メートルオーバーの木から木を飛び回り、激流を川下り、ついでにチャンバラごっこは岩を割る勢いだ。

 

 まぁ、無茶をしすぎると一頭身の犬たまになってしまうので、その辺大人の精神レベルを有する私としては、あの恥ずかしい格好は何とか避けたいと思う所存。

 手加減知らずに木刀叩きつけてくる幼馴染達と遊んでいるうちに、気付けば反射神経と回避能力ばかり高くなってしまったような気がする。

 

 あ、ところでこのフロニャルドって大地のフロニャ力の恩恵のお陰で、我々知性ある二足歩行のヒト型生物であっても飢えとかと無縁で入られるんだってさ。

 常に最低限の生活保障だけはされている―――の割りに、ヒトがヒトらしく文化的に生活している以上経済活動は行われている訳だから、基本、この世界に存在する国家って黒字運営だ。

 その辺経済的な余裕があるせいなのか、我がビスコッティ共和国ではエセ中世っぽい世界の割りに実に近代的な福利厚生が成立している。

 こんな大草原の小さな家―――いや、チョコボ牧場の家族寮なんですが―――にだって電気(らしきもの)ガス(っぽい火を起こす触媒)水道(これは普通)も完備。勿論、上下水道の区分けもばっちりだ。

 と言うか、普通にテレビとかある。無線通信技術とか、むしろ二十一世紀の地球を上回ってるかもしれない。

 何気に立体映像を実現してる辺り、異世界ではなく歴史が一周した超未来だったりするのだろうか。

 

 ああ、するとこの、昼間でも星が瞬いて見える空とか、紫色の明るい夜空とか、殖民した他の惑星とか考えるとしっくり来るかなぁ。

 フロニャ力とかも、実はナノマシンがどーたらで……あ、つまり私たち犬耳は、フロニャルド星人ってことだな。それとも遺伝子改造か。

 まぁ、現実に平和だから、何でも良いけど。

 最低限生活保障が生まれた時から完備されてるせいか、フロニャルド人って皆、精神的に成熟してるっつーか、おおらかで優しいしね。

 うん、良い世界です。

 

 でもちょっと気になるから確認してみようかなー。

 

 ねぇねぇ母上様。地球って知ってる?

 

 あ、知ってるんだ。やっぱり未来かな。

 

 へぇ、……へぇ、勇者が居るところ。

 

 なるほど、勇者かぁ。

 

 ―――――――――勇者?

 

 

 ・◇月∵日

 

 勇者様なる生物が、今生には存在しているらしい。

 らしい、と言うのはどうやら母上様もじかに見たことがある訳ではなく―――なんか、領主様が召喚しなくちゃいけないんだって。

 召喚ってまた、ファンタジーな―――ああ、そうそう。

 ウチの国、ビスコッティ『共和国』って名前の割りには、地方毎に王様っつーか領主様がいらっしゃるんですよ。

 因みにこのビスコッティ国フィアンノン領にはフィアンノン領主様。

 ビスコッティ国そのものの代表領主でもある超偉い人です。

 生憎田舎の牧場育ちの人間である私はテレビでしか見たことないけど、優しそうな犬耳紳士でした。

 領主様は茶系統の髪なのに、私と同い年っぽい領主様の娘さんの髪の色はどピンクなんだよねぇ。

 娘さん―――お姫様かな、ポジション的に。うん、お姫様の傍に一緒に居た子供も、緑色の髪だったりしたし、この世界たまに自然の摂理とか平気で無視しまくるところがあるから、まだまだ侮れない。

 

 ―――いや、まぁ私の髪の色も、良く考えたら母上様とも親父殿とも色が違うよね。

 なんつーか、青い。

 これ哺乳類の毛の色じゃねーだろって、赤子の時分に気づいた時は酷く取り乱しましたけど、うん、もう慣れた。

 髪とか尻尾の色がおかしいだけで、産毛の色は普通なのがまた、色々と気になりもするんだけど。

 フロニャ力フロニャ力。

 大地の恵みに感謝すれば、無茶は通る。

 

 あ、で領主様ですが。

 共和制議会の上に居る名目統治者じゃなくて、普通に現実政治における最高権力者、即ち統治者です。

 共和制なのに世襲の統治者が居る。

 

 王様、それっておかしくない? 

 

 ―――とかユベリズムな疑問が湧き上がっても来るんですが、何か、領主(因みに終身である)になる時に国民から信任投票を受けたりするみたいです。

 一応、形としては国民から信任されて政治を委任してもらってるって形になってるから、共和国で良いんだってさー。

 そもそもこの国の人たちって民度高いし、前に書いたけど最低生活保障だけはされてるから、好んで政治やろうって人もそんなに居ないんだろうから、状況に即したシステムなのかもしれない。

 

 あれ? でも領主様の信任投票の時に別の対立候補とか出てきたらどうなるんだろう。

 選挙やって新領主とかになれるのかな?

 

 え、何でしょうか母上様。

 

 ―――ああ、そう。

 

 領主様になりたいなら、お姫様のお婿さん狙った方が早いって?

 

 なるほどねー……って、いや別に、国家運営とか興味無いですから。

 自分、こうやってチョコボの餌やりとかの仕事してるのが、身にあってるっぽいんで。

 

 

 ・λ月Ψ日

 

 この間の日記で領主様ご一家―――後で確認したら、普通に由緒正しい王家様らしい―――の話を書いたら、肝心の勇者関連の事を書き忘れていたことに今更気付く。

 

 いやね、幼馴染のヤンチャなヤツが俺は勇者だーとか言って切りかかってくるんですよ。

 しかも何か、何処から拾ってきたのかホンマ物の鉄の剣で。

 流石に死ぬかと思ったけど、まぁ、斬られても犬たまになるだけで済むってのは本当に大地の恵みには感謝感謝―――出来るかボケェ! 

 ガキのヤンチャで殺されかかって(日本人主観)ワンワン鳴きながらスライムっぽいジャンプしてられる訳無いわ!

 そんな訳なんで幼馴染には最近どんどんレベルアップしていく回避スキルに物を言わせて刹那の見切りとかを発動しつつ踏み台にして跳躍⇒三回転半捻りのコンボを決めて背中に回りこんで蹴りをくれてやった。

 うん、何か最近、自分の動きが大分獣染みてきたような気がする。

 そういえば、ダッシュで走り回るチョコボに併走して波乗りスタイルで飛び乗れるのが普通になってきたからなぁ……。

 あ、そういえば最近運動中に髪の毛が視界の中でチラチラ光っててうざい。

 切ろうかなぁ。

 この青い髪の毛、無茶苦茶太陽の光を反射するっぽいんだよなぁ。

 ううむ、母上様の趣味でいつの間にかポニーテールっぽくなっちゃってるけど、世話してるチョコボもじゃれて咥えてきたりするから厄介だし、何とか陳情してみるか。

 

 ―――ムリだろうけど。

 ウチは母上様が絶対君主として君臨しているので、母上様のお言葉には私も親父殿も爺様も逆らうことは出来ないのです。

 本当は女の子が欲しかったんだってさー。

 うん、親父殿と励んでくれ。私は早めに筋肉つけて、男らしくなる予定だから。

 

 

 ・л月и日

 

 ―――また勇者のこと書き忘れてるじゃん!

 

 私、鉛筆を手にすると書きたいことから書いちゃうひとらしくて。

 『お前は犬たまみたいな性格だなぁ』とか、この前脳筋の親父様にも言われてしまいました。

 ぴょんぴょん飛び跳ねる一頭身と、右へ左へ思考が飛ぶ僕と掛けて上手いこと言ったつもりらしいです。

 最近妹が出来たから上機嫌だしなぁ、あの親父。

 生まれる前に性別解るって、やっぱ微妙に超科学だよな、フロニャルド。

 

 ああ、うん。

 気付けばこの日記書き始めてから一年以上の月日が経ってました。

 毎日外で遊んで体力使い果たしてそのまま寝るってケースが多いから、日記殆ど書いてないんですけど。

 これ、日記って言わなくない? なんだろう、月記?

 

 まぁ良いや。

 ええと、勇者のことですよ、勇者。

 何か、簡単に説明すると『国家の危機が訪れる時、国王が地球から召喚す人物』を指してフロニャルドでは『勇者』と言うらしいです。

 うん、国家の危機なの。世界じゃなくて、一国家。

 我がビスコッティとか、お隣のガレットとか。国家単位で勇者呼べるらしいです。

 じゃぁ、世界中を巻き込む危機とかが発生したら各国えり好みのスーパー勇者大戦とか始めちゃうんだろうか。

 と言うか、この超平和なフロニャルドで国家の危機的状況ってどんなやねんと実に疑問。

 

 実は平和になる前は魔王みたいなのが居たのかなーとか思って何時もどおり母上様に尋ねてみたんだけど……。

 

 え? 何? 戦争?

 

 はぁ~~~戦争。勿論国対国の、アレだよね。争い。うん、あってる?

 

 ……こんな平和で豊かな世界なのに、戦争なんて起きるんだねぇ。

 

 明日からこの近くで戦争する? ははは、またまたご冗談を……嘘じゃないの?

 

 え、何? 何で親父殿は倉庫から皮鎧引っ張り出してきてるのさ。

 ついでにその鉄の剣、ウチのだったんだ。

 

 ―――え? 僕も参加? 何に……ああ、うん。戦争にか。

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

 閉じた。

 勢いは無く、なんていうか、力なくページを閉じた。

 

「これ……捨てた方が良いのかなぁ」

 

 乾ききった苦笑いと共に、呟く。

 目の前には、色あせたノート。

 部屋の片付けの途中、机の棚に置いてあったものを見つけてしまったのだ。

 『良い子の落書き帳』などと、見慣れた手書きの字が記されている。

 

 中身をもう一度開く。

 最初の方のページは、日本語―――もう、大分書き方を忘れている、生まれる前の故郷の言葉で書かれていた。 内容は見れたものではない。

 これから始まる長い夫婦生活に置いて、素直になるのが必ずしも美徳とは限らないという、良い教訓にはなりそうだったが。 

 

「ここで燃やすか?」

 

 証拠隠滅的な意味で。

 幼少期を過ごした懐かしい小部屋の中で、シガレットは物騒な言葉を口走った。

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

 

 



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幼少編・2

 

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

 

 

 ☆月ж日

 

 現在地はビスコッティ共和国と隣国ガレットとの国境沿い。

 ―――いや、ウチのあるチョコボ牧場の目と鼻の先が国境だったらしいですけど。

 

 で、この国境地点が戦場になってます。

 

 いやーなんつーか、戦争してるわ、マジで。

 チョコボ騎士団とチョコボ騎士団が槍振り回してたり、剣と盾持った歩兵の大群が平原でぶつかったり、水面から突き出てる丸太の上を渡って向こう岸に渡ろうとして川に次々と流されていったり、すっごい滑るすっごい傾斜の坂道を奪取で駆け上がろうとして次々にずっこけたり、ロープからロープへターザンしていったり……はいはい、戦争戦争。

 

 新人の実況のお姉さんの紫色の髪の人がほんわかしてて癒されるなーとか思いながら、戦場リポーターのやっかましい兄ちゃんは救助活動の邪魔だから他所行ってくれないかなとか思いつつ、私も大人に混じって衛生兵っぽいことやってます。

 

 猫たま犬たまをお手玉しながらわっしょいわっしょい。

 この世界の人間って玉になると思考まで犬猫並みになるみたいで、投げたり重ねたりすると喜ぶんですよね。

 ですので、戦場から回収してきた玉を次々に積み重ねてタワーとか山とか作ってみたりして、うん、半分遊びですねもう。

 

 やー、近所のおっさんとか知らないおっさんとかが、皆必死でチャンバラごっことかアスレチック大会とかして遊んでるのが『戦争』とか言われても、正直ないわ~。

 なんつーか、国を挙げての大運動会って言うかこう、昔テレビでこんなのやってたような。

 風雲なんちゃらとか、あと忍者っぽい名前ェ……。

 

 うん、思い返すとたまにテレビ見るとこんな感じのアスレチック大会とかの様子が流れてた気もしてるんだけど、そうか、アレ戦争中継だったんだね。

 ウチ、あんまりテレビとか見ない家なんで、全然気付いてなかった。

 なんでも、フロニャルドで行われる戦は、所謂国民参加型のスポーツイベントっつーか、本当にオリンピックが代理戦争になっちまったぜイェ~みたいな、ある意味人類の夢である恒久平和が実現した世界にも思えてきた。

 

 何だこの平和な戦争。

 剣で切られてもたまになるだけ。

 川に落ちても(敵軍が)すぐさま救助。

 実況のお姉さんは癒し可愛い。

 

 こんな平和な世界に勇者呼んで、何させるのかなぁ?

 

 

 ・Ъ月г日

 

 戦争三日目。

 現在私、戦場に居ます。

 

 ええっと、うん。

 

 昨日も一昨日も戦場に居たは居たんだけどさー。

 今日は何と言うか、選手……いや、戦争で選手ってのもおかしいんだけど。

 突発的にちびっ子駆け足大会みたいなのが始まってしまいましてねー。

 それに私が、ビスコッティ代表で出場することになってしまいました。

 なんだろうこの羞恥プレイ。

 昨日までドンパチやってた人たちと、ついでに猫たま犬たまがワンワンキャーキャー平原の向こうで酒盛りしながら宴会してるんだけど……いやまて、お前ら国家間の利益対立のために戦争してたんじゃ―――え? 何?

 

 あ~~~、うん、そう言う事ね。

 

 今回の戦争って本当に、『戦争』が目的の『戦争』なんですね。

 単純に身体を動かして楽しむだけ、と。

 ついでに勝てたら景品出るし、戦争映像の放映権料も多く取れるし、ビデオパッケージで販売できるし……何と言うか、何処の世界でも戦争は経済活動の一環ってことなのかなぁ?

 それにしても若白髪のキミ、詳しいねぇ? あ、王子? へぇ、ガレットの。

 そういえば相手側の指揮官っぽかった元気なお姉さんと似てるね―――って、え、王子?

 ああ、こりゃまた失礼いたしました~。

 

 その後、流れ出ちょっと話を聞いてみると、どうもこのかけっこ大会、この王子様が自分も戦争したいって駄々こねたから急遽開催されることになったっぽい。

 流石に私たちの年齢だと危なすぎて、戦場には入れてもらえないしねー。

 ガレットの人って戦争―――この『戦興行』ってのが大好きって昨日一昨日と散々聞いたけど、王家の人からしてそうなのかぁ。

 将来この坊ちゃんが王位とかついだら、年から年中戦争ばっかりしてる隣国が完成するのかなぁ。

 未来のガレットの隣の国、スゲェ大変そう。

 

 うん、お隣のガレット―――正確にはガレット獅子団領国は海に面した国で、内陸に出るには隣国であるビスコッティ他数カ国の領土を経由しなければならないんですが。

 

 うわぁ、私が大人になる頃には世界大戦とか始まってそうだなぁ、もう。

 何か白髪の王子様―――ええと、名前は……そう、ガウル殿下ですか。

 そのガウル殿下が超ハイテンションだし。あのね、これ駆けっこで丘の上目指すだけの戦争なの、解る?

 走ってる途中に隣の子とかけり倒すのとか絶対駄目だから―――駄目だからな、目を輝かすなよ!

 マズイ、この殿下やる気だ。

 しかもこの駆けっこのルールって、把握してる限りは『丘の上の旗をとったものが勝ち』らしいから途中で他の選手攻撃とかも平気でアリになりそうだし。

 大人たちの戦争が基本的にそのノリだからなぁ。

 

 参加者両国併せて十名弱。

 

 ガウル殿下はゴールするよりも周りを蹴散らすことを優先しそうな気配しかしないから、ここは一つ、開始と同時にロケットスタートを決めて周りの混乱から逃れるしか。

 日頃から草原をチョコボを追いかけて走り回りながら鍛えた成果を見せる時だな。

 

 ……ところでガウル殿下。

 何ゆえ、貴方はスタート開始前から僕の服の裾を握り締めてるんでしょうか。

 

 ―――え? 何?

 

 一番歯ごたえがありそう?

 

 ああ、そうですか。

 ところで貴方の国の人って、猫って言うかまんま肉食系のライオンって感じですよね。

 ウチの国、基本的に草食系の部屋飼いの犬なんですけど……。

 

 

 ・¢月υ日

 

 新聞の一面を飾りました。

 あと、朝のニュースのトップを飾ったりもしたそうです。

 

 ……いやね、ホラ。一昨日まで戦争やってたじゃないですか。

 それに私も、ちょっと参加してきたわけなんですけど……いやぁ、大変でした。

 試合に勝って勝負に負けたと言うか。

 

 まぁ早い話、あの白髪王子に勝ったんですよ。

 

 ああ、勿論ボコボコに熨されたのも事実なんですけど。

 ルール上、制限時間終了までゴールにある旗を確保していた人が勝ちって話でしたから―――今思うと、駆けっこの競争で制限時間がある時点で、この戦争がちびっ子バトルロイヤルであることに気付くべきだったよなぁ。

 うん、開始と同時にリアルファイトが発生して、殴り殴られつつが始まっちゃえば皆子供だから旗を確保とか当初の目的を見失っちゃうんですよね。

 そんな訳で、微妙に乱闘に巻き込まれながら、私は律儀に終了間際ギリギリに旗を確保して―――いや、正確に言えば素手対素手だとどう考えてもあの白髪に勝ち目がなかったから、手近にあった長物を使って牽制しようかなって旗を抜き取ったら、たまたま丁度そこで時間切れだったんですけど。

 

 素手の子供相手に武器持ち出すとか何様だよって話なんでしょうが、だって仕方ないんですよ。

 あの白髪、一人でどっかの戦闘民族バリに身体光らせてるし。

 『気力全開!』とかアホな発言したと思ったら、ビカビカ光って衝撃波とか撒き散らしてやがるの。

 私は周りの幼児たちを盾にしつつ、出来上がったいぬだまねこだまを即席の飛び道具にして牽制しつつ、必死で逃げましたけどね。

 こぇ~、戦闘民族超こぇ~。

 何でチョコボと併走できる私の脚力に余裕で併走して来るんだよ。勘弁してください。 

 そりゃ周りを巻き添えにするし、武器の一つだって欲しくなりますって。

 

 ―――結局最終的に時間切れに気付かなかった白髪王子にワンパン良いのを喰らっちゃって、そのままいぬだまコースを辿って漸くさっき元に戻ったばっかりです。

 目を覚ましたらウチのベッドに乗っけられてました―――ああ、たまだったんでね。

 で、母上様に聞いたら戦争終わって一日以上過ぎてるとか、あんたはガウル殿下の初陣に黒星つけたとか言われて、新聞とか手渡されたら旗振り回してる僕の写真がデカデカと載ってやがるの。

 顔面腫れ過ぎ服ズタボロ、ついでに全身切り傷擦り傷塗れで、表情が悲壮感モロだしとくれば、どんな幼児虐待現場だよって話です。

 

 我慢して逃げ回らずに、最初に一発喰らって、そのままいぬだまになっておけばよかったかなぁと、終わったあと冷静に考えると思わんでもないです。

 たまになるまでに受けた傷って基本的に治らないから、今もひりひり痛いんですよ。

 

 と言うか白髪王子、アレがデビュー戦だったんだってね。

 デビュー戦で駆けっことか、平和で結構……いや、殴り合いのリアルファイトの何処が平和だって話か。

 さすが、国を挙げて戦大好きの脳筋国家。

 私みたいな田舎の平民風情が勝っちゃったら拙いんじゃねーのとかすっごく思うんですが、どうなんでしょう。

 まぁ、戦争全部纏めた話をすると結局ガレットが勝ったらしいですから、一つの戦場で黒星ついた程度で……。

 

 あの脳筋国家が、怒らないと良いなぁ。

 

 

 ・¶月ι日

 

 母上様に、怪我が治るまで安静にしてなさいと言われて、三日ほど日頃のお仕事の手伝いとかもお休みすることになりました。

 普段、昼間はチョコボ追い回してるか幼馴染連中に追い回されてるかの二択で、殆ど家に居ないから何をすればいいやらと―――そういえば、日記を連続で書くのって割りと珍しいかなぁ。

 

 で、暇だからベッドの上に転がりつつテレビとか見てるんですけど―――うん、本当に戦争映像が流れてたりするんですね。

 あのやっかましいキャスターの兄ちゃんとか、癒し系の新人アナのお姉さんとか、テレビにまで映ってます。

 いや、僕も出てるんだけどさ。

 白髪王子にシャイニングなフィンガーで殴り飛ばされてるシーンが、スロー交じりで何度も何度も放映されて……何この羞恥プレイ。 

 つーか、本人に許可なく実名報道するのやめようぜ!

 白髪王子も試合後インタビューとかで雪辱戦するとか宣言してるし……ウワァアアア。

 

 ―――親父殿に誘われても、もう絶対戦場に寄るのは止めよう。

 痛いのとか恐いのとか、嫌だし。

 

 

 ・λ月Ю日

 

 怪我も一通り治って、漸く身体を動かす許可が母上様から降りました。

 早速ちょっと走ってこようかなぁと、仕事の手伝いはまだやらなくていいと言われていたので、気楽な気分で玄関を開けたんですが―――。

 

 ゴン、とか言う音が聞こえて、ドアが何かにつっかえたみたいです。

 

 首を捻りつつもう一度ドアを開けようとしたら、やっぱりゴンって音と―――今度はちょっと、何か犬の鳴き声っぽい感じ。

 何でしょうか、いぬだまでも転がってたのか?

 気になって、今度はそうっとドアを開くと流石に障害物はドアの脇に避けていたらしい。

 

 うん、何かおでこをおさえてしょんぼりしているピンク色の物体―――って、ウチのお姫様じゃねぇの、コレ。

 

 気付いてヤベェと言うか何でと言うか、疑問がわきあがってきた瞬間、緑色の物体にドロップキックを貰ってました。

 そのままいぬだまコースへ。暫らくお待ちくださいって感じ。

 

 ―――で、やっぱり隣の国の王子様の初陣に泥塗ったのが拙くって粛清フラグでも立ったのかと、何故か目の前にいるお姫様と御付の緑色のおかっぱをウチの中に招いた訳ですが。

 こういうときに限って身重の母上様まで出かけてたりするんだよなぁ。

 と言うか、本当に何でこんなに偉い人がウチみたいなド田舎に―――え? 何よ緑の人。

 

 ……はぁ。ああ、なるほど。

 

 このチョコボ牧場、王室御用達しでしたか。

 騎士団で使うチョコボはここでしか使用してない……え、ガレットの王家にも納めてるの?

 って言うかこの前の戦の論功行賞で渡した? へぇ~、知らんかった。

 と言うことはお姫様はご視察と言う事なんでしょうか?

 ひょっとして、ウチと事務所のほう間違えたとか?

 

 あ、違う?

 

 え~っと、なんでしょうか、そのしょんぼり顔。

 あと、垂れ耳の緑の人は恐いから胸倉掴まないで下さい。何かオーラ出てるし。

 え? 先触れで来るって連絡が―――母上様、そう言う事はちゃんと伝えておいてください。

 『お茶が切れたから買ってくる』とか、そっかぁ、そういう意味でしたかぁ。

 いや、せめて私に留守番くらいは頼んでおいてくださいよ、そこは。

 うん、ごめん。本当にごめんなさい。

 ですから打ち首だけはご勘弁―――無い? ああ、冗談だから涙目にならないで。

 緑の人が恐くて私が涙目になりそうだから!

 

 

 ・ξ月‰日

 

 結局昨日は緑の人に思いっきりいぬだまにされてしまったため、色々と話がお流れになりました。

 あけて翌日、つまり今日。

 今度は緑の人のお兄さんも一緒に、お姫様がご来訪。

 因みに母上様と親父殿は仕事。私は一人お留守番して、お姫様たちのお出迎えです。

 ―――って、何で若干五歳にロイヤルファミリーの相手させるかなぁ、あの夫婦。

 子供が粗相とかして国を追い出されたらどうするんだと……昨日の段階でそろそろ打ち首レベルの状況か。

 

 え? なんでしょうかイケメンのお兄さん。

 

 ―――ああ、そっか。

 王族って言ってもこの国共和制国家だもんねぇ。

 政治委託されてる領主様は領主様だけで、領主様のご家族は建前上は一般市民と変わらない地位だと。

 だから、こうやって気軽に突撃隣のお昼ご飯とかも出来ますか。すいません、粗茶しか出せなくて。 

 ああ、ええ。権威に敬意は払いますよ、私は。ご心配なく。

 まぁでも、今回のご来訪はその領主様のご指示でとのことらしいですので、現状、このお姫様が目上の人である事実になんら間違いは無いのですが。

 

 ―――で、ご来訪の目的は?

 外で『反省』ってフダを掲げて正座してる緑の人を見せびらかせるためでしょうか……違いますか。

 

 はい?

 なんですかこの巻物。

 景品? 景品……くじ引きとかやった覚え―――ああ、景品ですか。

 戦争の勝利祝いですね。

 いやでも、ウチの国負けたんですよね。で、レアな黒チョコボをガレットに持ってかれたって……おや、イケメンお兄さん、どうしましたそんな、ふがいなさそうな顔で。

 ああ~、お兄さん騎士様ですか。

 我が国唯一の常備軍の王国騎士様の―――え、千人長とか、お姫様、それ偉い人なんじゃねーの?

 そっかぁ、戦負けちゃったら、そういう立場の人だと辛いですよねー。

 でも仕方ないですって。

 この国、常備軍殆ど居ないから基本的に戦争後とに領民徴兵しないといけないですし。

 お隣みたいにデカい常備軍抱えて戦争ビジネスやってるような国には、勝てませんって。

 と言うか、隣に軍事国家があるのにまともな軍隊が存在しないこの国って、大丈夫なんでしょうか……今度はお姫様がへこんでいらっしゃいますが、どうしました?

 

 どうでも良いけど、この巻物、真ん中にデカデカとマークが書いてあるだけで何にも書いてないんですけど、何なんでしょうか?

 

 美術品?

 

 

 ・δ月β日

 

 ねんがんの もんしょう を てにいれたぞ!

 

 ……紋章、だそうです。

 お姫様から手ずから渡された戦争勝利のお祝い品と言うか副賞と言うか、とにかくそんな感じの巻物なんですが、開いて中に書いてあったのは何か記号と言うか、そう、紋章らしいです。

 で、紋章って何? って私が首を捻っていると、イケメンのお兄さんが『手を置いてみなさい』とか言うんで、指紋とかついたら美術品の価値落ちるんじゃねーとか首を捻りつつ、言われたとおりに描かれた紋章の上に手をぺたり。

 

 こう、ピカっとね、光るんですよ。

 紋章が―――と言うか、私の手が。

 

 なんじゃこりゃと驚いてると、巻物に描かれた紋章がホログラムみたいにふわっと手の甲の上に浮かび上がって、それで、光が収まった後に巻物を見てみると―――紋章の絵図が、消えてるの。

 

 ―――どういうこと?

 

 疑問顔で尋ねる私に、お姫様はふんわり笑いながら―――説明に途中で詰まってしょんぼり。

 途中からはイケメンのお兄さんが説明してくれました。

 あ、書き忘れてたけど、このイケメンさんは外で正座してた緑の人の実のお兄さんらしいです。

 うん、二人とも垂れ耳だもんね。髪の毛の色が違うのは、最早問うまいだけど。

 

 ああ、で。

 何か、私はガレットの王家から、紋章を賜ったらしいです。

 白髪王子を倒した記念品に、今後ともよき好敵手でありますようにとか―――おぉい、好敵手ってなに!?

 まぁ、それは追々考えるとして、つまりなんでしょうか、勲章とか家紋みたいなものだと判断すればいいのかな?

 子供にお金を渡す訳にもいかないから、さしあたって名誉っぽいものを、みたいな。

 つーか、腕の中に吸い込まれたけど、これ、どうするの。

 刺青とかは好きくないから、出来れば巻物に戻して飾っておきたいんですが……。

 

 あ、違うんですかお兄さん?

 

 ―――紋章術。輝力。

 

 なぁにぃそれぇ?

 

 

 ・∽月Ч日

 

 輝力。

 

 ……フロニャ『ちから』なのに、なんで輝『りょく』なんだろうねとか、多分突っ込んだら負けだ。

 未だに脳内では日本語で思考しているから、オーガニック的な何かが作用して、そう聞こえてしまっているだけだろう。

 こう、呼んで字の如くぴかっと光ってズバっと出来る力らしいです。

 しょんぼり姫が得意げに語ってくださいましたけど、何か私にも出来るらしいですよ?

 たまーに前髪が光弾いてまぶしいなぁとか思ってたんだけど、アレが実は、髪から輝力が漏れてたって話らしいです。

 

 あー、道理で夜でも眩しい筈だと。

 

 輝力って言うのは大地に溢れる守護のフロニャ力を身体に取り込んで、指向性を持たせて放出する事を言うんですが、その現象発生プロセスを総じて、『紋章術』と呼ぶんだとか。

 なんだろうね。

 紋章って言うのは、要するに取り込んだフロニャ力を放出するための門みたいなものかなぁ。

 いや、型紙みたいなものかも。そこに輝力を通して外界に臨んだ形で完了させる、と。

 まぁ、日本人的な感覚で簡単に言ってしまえば魔法です、魔法。活用方法も大体そんなノリ。

 戦闘目的でビーム飛ばすとかバリア張るとか、後は白髪王子みたいにシャイニングなフィンガーを作ってみるとか……あのガキ、人にそんな危険なもの向けてきやがったのか。

 

 閑話休題。

 

 で、その紋章って言うのが曲者で、本来であれば家系で受け継がれる固有のモノらしい。

 領主様のお家であればフィアンノン家の紋章が、イケメン騎士様のお家であればマルティノッジ家(って家名なんだってさ)の紋章が、あの白髪王子の家にも、勿論。

 所謂『戦うための力』と言う意味合いが強いから、戦うことを目的としてる騎士、戦士、民を守る必要のある王家などに受け継がれていく力―――なのかな、多分。

 勿論家系所以の紋章を持ってない人でも、紋章術は使えます。

 紋章術は大地に満ちる守護のフロニャ力を形にしたもの―――ならば、大地の恩恵に対する信仰があれば、自然守護のフロニャ力は力を与えてくれる訳で。

 大体はアバウトかつフレキシブルに、暮らしている国とか土地の代表的な紋章が宿るんだとか。

 

 それで、今回の私のケースですが。

 

 騎士の家系だって、元を辿れば只の人。

 お国に貢献して認められて、世代を重ねて漸く家系と言えるようになるんだから、そう、初めから固有の紋章なんてある訳が無いのです。

 じゃあ、それどっから持ってきたのよ―――って、それでつまり、今回みたいに偉い人たちから下賜して貰うんだってさ。

 

 因みに私が貰った紋章は、羽根を広げたツバメと鳥の足跡をデザイン化したような―――ガレットのお国柄を象徴してるのか、なんつーか刺々しい攻撃的なデザインです。

 何で鳥―――って考えると、まぁ、住んでる場所とかそういえば白髪王子から逃げ回る時にひたすら飛び跳ね回ってたからでしょうか。うん、飛蝗とかじゃなくて良かったって思うところですね。

 

 ……ビスコッティ人がガレットの王様から紋章貰うとか、色々と良いのだろうか。 

 

 しかし、なんだろうね。

 この紋章のシステムって、応用が利くというか無茶も道理もすっ飛ばしてると言うか。

 良く解らないんだけど、王家とか領主家とか呼ばれる家系は強い輝力とか持ってるらしいから、より大地との繋がりも深いとかそういう感じなんでしょうか。

 元を辿れば巫女とか神主とかの家系だったりするのかなぁとかブツブツ言ってたら、イケメン兄さんが感心したような顔してた。

 

 『賢いなボウズ』って、いや別に物の道理を解る年齢―――ああ、良く考えたら渡しまだ六歳だよ!

 社会構造の成立に思いを馳せる五歳児とか、恐いわ!

 

 ……って、え? 恐くないの?

 リ、リコ……リコたん? はぁ、天才少女ですか。

 私の一つ下……。王立学術研究員の……既に働いてると。そいつはスゲェ。

 会う機会は無いでしょうけど、宜しくお伝えください。

 

 ―――って、何ですかしょんぼ……じゃない、お姫様。

 そういえば貴女、三日連続で私のウチに遊びに来てますけど、何時までいるの?

 ああ、明後日。ふーん。視察とか公務とか言うより、バカンスみたいなものですか。

 でも王都とかと違って、なんも見るもの無くないですか―――って、避暑地とかならそれが良いのか。

 ……で、何?

 

 え? 僕も一緒に王都に着いていく?

 

 ちょっと母上様、どういうことー!?

 

 

 ・Э月ё日

 

 だってアンタ、輝力使えるじゃない。

 

 ―――あ、輝力を使えるって貴重な才能だったんですね、母上様。

 

 貰った紋章をピカピカ光らせながら、母上様の言葉に妙な納得をしてしまった。

 なんでも輝力使えると―――つまり、守護のフロニャ力から強い恩恵を受けていると、幼児期から思考能力に優れたり身体能力が上がったりという特徴が見えるらしい。

 ああ、そういえば私、幼馴染連中の中で一番運動得意だわ。跳躍力とか、たまに人外っぽいし。

 で、ビスコッティ共和国ではそういう兆候が見えた子供には、その才覚を生かすために奨学金とかを出して王都の教育機関に招くんだってさ。

 勿論そういうところに入ったからって、将来はすわ官僚か、それとも騎士か、とかは決め込む必要は無く、職業選択の自由は与えられてるらしいけど、まぁ、才能は早めに伸ばそうってシステムなんでしょうね。

 うん、確かに頭の回転速くなりすぎると、同年代の一般的な子供の中だと浮いちゃうだろうから、いっそのことそういう子供たちで固めちゃった方が精神的な安定とかも得られるし。

 でも、子供も大人も皆良い人のフロニャルドで、浮いてるからって陰湿ないじめとか有るって話は聞いたこと無いけどなぁ。

 

 いや、五歳程度の子供の知ってる世間だけでの話しだから、実際はやっぱり人間らしい社会があるのかもしれないけど。

 

 兎も角。

 母上様の話を聞くところによると、私はどうやら初等教育年齢に達する来年から王都の学校に通うことは、生まれた時から決まってたらしいです。

 いや、流石に決まるの早すぎない?

 だって生まれた瞬間の赤ん坊では、流石に才能なんて海とも山ともって話しに―――……ああ、そりゃ。

 

 あのさ。

 輝力が強い人って、髪の毛の色が変色するんだって。

 

 なるほど、そいつは解り易い。

 青いもんねー、私の髪。

 

 

 ・∇月¦日

 

 可愛い子には旅をさせろ。

 バンと背中を叩かれて、牧場の人たち皆から送り出されました。

 なんつーかこう、田舎の期待を一身に背負って上京する気分。いや、本当にそうなんですけど。

 

 ああ、因みに王都の学校って全寮制で一人部屋らしいのよ。

 念願の一人部屋を手に入れたぞ、これで、母上様から定期的に『今日はおじいちゃんの部屋で寝たら?』って言葉を聴かなくて済む―――意味はお察しください―――なんて、言って良い場面なんだろうか。

 間違っても息子に対する愛情が無いから放り投げるって訳では無いと思いたいんだけど、半年後には妹が生まれるってなると、なんだろう。

 

 結局は生れゆえの倫理観の違い。

 日本人的な感性とに於ける親子像と、このファンタジー世界に於ける親子像とは違う、という事なのだろう。

 

 可愛い子には旅をさせろ、かな。

 うん、折角だし真面目に勉強して頑張ってきますよ―――って、本当はチョコボ厩舎の清掃員の人になりたかったんだけどなぁ。

 駄目かー。駄目だよなー。紋章受け取っちゃったもんねぇ。

 これでそのうち起こるガレットとの戦争に僕が参加してないとかなると、白髪王子に恥を欠かせちゃうもんねぇ。

 身体動かすのは好きだけど、痛いのは嫌なんだけどなぁ。

 

 ……って、ちょっとしょんぼりさん、何を人の日記覗き込んでますかね。

 え? 折角同じチョコボ車の中なのに遊んでくれなくてつまらない?

 おおう、そこでしょんぼりするな! 緑の人が睨んでるから!

 

 あ、今丁度王都へ向かうチョコボ車の中なんですけど。

 うん、そう。何故かお姫様の乗ってるお召し車に、僕まで。

 え? あ、そう。王都に到着したらセレモニーとかあるの。

 新興の騎士家が誕生するなんてニュースですからね……って、騎士家って何!?

 紋章を貰っただろって? ちょっと、何でそこで冷めた目で言ってくれるんですか緑の人!

 母上様の許可は取った……?

 ちょっと待て、私には職業選択の自由が無いってんですか?

 

 いやいやいや、しょんぼりさんや。

 そこで頑張ってねってほんわかスマイル浮かべられてもさー。

 

 うう。無学の田舎者が鳴り物入りで都会入りとか。

 伝統の家柄の人たちに苛められたりしたら、ヤダなぁ。

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

「人様の家で、何を物騒な言葉を呟いているんだ貴様は」

「ありゃ、エクレ嬢」

 

 振り返り、声のしたほうに視線を送る。

 半開きになったドアの向こうから、エクレールが不審げな瞳を向けていた。

 シガレットは手にしていた日記をパタンと閉じながら、苦笑を浮かべる。

 

「いやほら、若かりし日の過ちって、穴掘って地面に埋めてその上に岩でも乗っけて封印したくなるじゃない?」

「一々そんな事をしていたら、お前の人生は今頃、山の下敷きにでもなっていると思うが」

「何気に酷いな、オイ」

 

 何時もの事だけど、とは流石に口に出さない。

 表情で何を言いたいのか悟られたのだろう。エクレールは鼻を鳴らして、乱雑に物の散らばった小部屋の中に踏み込んできた。

 

「意外と、物が少ないな。いや、数えて精々一年かそこらしか使っていなかったのだから、当然かも知れんが」

「基本、ガキの頃からガレットに常駐してたからね、オレも」

「そして二年前に戻ってきてからは、基本的に風月庵か。この屋敷でお前と食事を取った記憶が、道理で少ない訳だ」

「メシ、ねぇ。―――いや、よく考えたらエクレ嬢だって、この家ではあんまり食事を取っていないんじゃない?」

「私も? ……ああ、そういえばそうか」

 

 何故、マルティノッジ家の屋敷―――自分の住んでいる家なのに、とそこまで考えた後で、エクレールはシガレットの言いたいことに気付いて、微苦笑を浮かべた。

 

「食事は何時も、姫様と一緒だったものな」

「朝飯くらいだよね、この家で食べたの。昼と夜は、ミル姫が一緒だったし」

「ああ。立場も礼儀も弁えず、堂々と……懐かしいな、あの頃は」

「だねぇ。最初の頃はオレ等より若いヤツらもまだ居なくって、ああ、先代様もご存命だった頃だ」

「うん。……楽しかったな」

 

 しみじみと、郷愁の面で語るエクレールに、シガレットは、そうだねと、頷いた。

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 







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幼少編・3

 

 

 ・○月▼日

 

 バルス! バルス!!

 

 ―――……はっ!?

 いや、すまない。実はもう、王都にいるんですよ。

 風光明媚な、湖と浮き島に囲まれた、巨大な天空都市に。

 そう、天空都市。

 大型の浮き島を丸々一個王都として完成させてやがるの―――ついでに、結構な標高にあるその島から地上までデケェ階段を繋げてるとか。

 なんていうか久しぶりにファンタジーです。

 

 で、やはり元日本人としては、天空に浮かぶ城に辿りついた以上は叫ばなくちゃいけない気がしてたんだ。

 滅びの呪文を。

 後、微妙に式典つーかお祭りっぽい事もやって、人がたくさん集まってたから、思わずゴミのようだって呟いてしまって、しょんぼり姫をしょんぼりさせちゃったけど。

 ああ、勿論その後緑の人に蹴り飛ばされて―――そう、そうだ。

 

 私、いぬだまにねぇ、ならなくなっちゃったんですよ。

 

 なんか、紋章術使えるようになると、即ちそれは『戦う人』になったと言う扱いになるらしくって、守護のフロニャ力のセーフティ機能が一つ減るんだって。

 良いもの貰うたびにけものだまになっちゃってたら、お前ら戦ってられないだろーって事らしいです。

 致死系のダメージか、心が折れるかってレベルのダメージじゃないと、紋章持ちはけものだまにならないんだとか。

 

 ―――因みに、その代わりに防具が壊れるらしいです。

 防具って言うか、着てるもの。服が脱げるんだってさ。

 

 服……ねぇ?

 いやいやいや、見てない、何も考えてないから。

 その振り上げた拳を下ろせ、緑の人!

 

 

 ・∝月Ж日

 

 王立騎士学校に入学しました。

 学校つーても、王城内に併設された礼儀作法を学ぶようなこじんまりとした教室で―――ああ、普通の義務教育的なものは王立学術研究院の初等部に混じって学ぶことになってます。

 うーん、実にビスコッティクオリティって感じ。

 次世代の騎士の養成が教室一つで収まる規模―――全学年、と言うか見習い合わせて―――で行われる程度のものでしかないんだから、そりゃ軍事大国と戦争やったら普通に負けるがな。

 まぁ、歴史のある国なんで職業騎士の家系もそれなりに世代を重ねてるから、そういう家の出身者は実家で個別に学んでるみたいなんで、此処で本職の騎士さんに勉強教わってる僕らみたいなのは、割りと少数派だったりします。

 それでも、そういう人たち足しても根本的に戦闘要員が少ないのは事実なんですけどね。

 いざ大規模な戦争が起こったら学徒動員も確実かな~……ああ、確実ですか、ハンサム隊長。

 そうよね、衛生兵の真似事してたちびっ子に敵国の大将格の相手させるようなお国柄ですもんね。

 

 なんだかなぁ。

 個人的には学術研究院に在籍して平和に学者人生でもやってみたかった気分にもなるしなぁ。

 地球のメカとか再現して、フロニャルドに産業革命を起こして―――環境破壊して守護のフロニャ力に見放されたりしたら、嫌だよね。

 

 ああ、はいはい。直ぐ行きます。

 さて、座学は此処までという事で、ここからは何時もどおり、チャンバラのお時間です。

 騎士学校だもんねーうん。必要なのは実技実技。

 チョコボを追い掛け回して鍛えた脚力を生かして、今日も緑の人から逃げ回る仕事が始まるぞーっと。

 

 

 ・ы月■日

 

 チョコボ牧場の牧童が騎士に取り立てられたとしたら、やっぱり騎兵になると誰でも思うだろう。

 フロニャルド的な騎兵と言えば、アスレチックコースの真ん中辺りにあるバトルフィールドでチョコボに乗ってガチンコの決戦を担当する本当に花形の役割を言う。

 

 因みに、チョコボさんたちは地球で言うウォプタルと変わらない扱いの騎乗から運搬用の動力まで勤めてくれる、人懐っこい生き物である。

 オマケに割りと賢くて、こっちの言葉を結構高いレベルで理解してくれたりもする知性もあるんだけど、人間同士の争いにも文句一つ言わず参加してくれる付き合いの良い鳥さんだ。

 でも悲しいかな、この子達ダメージ食らっても『とりだま』とかにはなれないんですよね。

 一応守護のフロニャ力に守られてるから、紋章術のビーム直撃しても焦げて吹っ飛ぶギャグアニメの世界の住人レベルの『致命傷』で済むんだけど、やっぱり人の事情で非生産的な喧嘩につき合せてるのに、怪我をさせるのは可哀想だ。

 そんな訳で、騎兵同士の戦いの時は、地球であれば常套手段であろう騎獣に対する攻撃は禁止。

 もし酷い攻撃とかしちゃった場合は、戦争終了後に得点の減点とかのペナルティもあるってさー。

 

 ……閑話休題。

 

 要するに私は、てっきり騎兵にでもなると思ってたんですよね。

 良いよね、ごっついプレートアーマー着て、チョコボに鞍つけて、男心をくすぐるシチュエーションです。

 

 ―――ですけど、何でか気付けば軽装歩兵って状況に。

 

 あれ、鎧は? 

 何で私と緑の人だけ制服でチャンバラなの?

 ちょっと緑の人、解ってるの? ダメージ食らったら防具飛ぶのよ、私たち!

 軽装でダメージ食らったら、速攻で脱げ……はぁ、つまり喰らわないための練習―――って、何故そこで剣を振り被る!

 あと、何時から二刀流になったの貴女!

 え? ああ、剣一本で攻撃が当らないなら、二本用意すれば良い、ですか―――しまった、調子に乗って避けすぎたか!?

 

 

 ・ゞ月Ё日

 

 イケメン隊長に貴女の妹の暴行を何とかしてくださいって言ったら、笑顔で肩を叩かれました。

 コレが恐れていた名家の子女からのイジメってヤツか……。

 なんて、聞くところによると偉い人たち側の私への教育方針が、武将系ユニットにするつもりらしいです。

 

 何それ、この私に一騎当千でバサラで無双なことをやれと?

 

 やるんだ。とかイケメン真顔で答えてくれましたよチクショウ。

 中核戦力である部隊の一員、ではなく中核戦力の部隊を率いる人になる予定らしいです。

 うぉお、超期待されてるよねコレ。

 周りで一緒に訓練してる人たちだって同じように紋章持ってるだろうに、そんなに凄かったのか、僕。

 

 ―――ああ、うん。そうですね。

 

 王都に来てすら、チョコボに併走できる人は見かけませんよね。

 あの白髪王子くらいだよ、瞬発力で負けそうになったのは。

 だから、個性を生かして対武将用に育て上げる予定、と。

 そーねー。ウチの国って基本的に専守防衛だから、チョコボに乗って突撃とかの戦術って殆ど使いませんもんね。

 地に足をつけてチャンバラの訓練した方が、将来には有用ですか。

 後は単純に人材不足っと。そうよねぇ、バトルジャンキー系の家系とかだと、初めから隣の国に居るもんね。

 ウチの国って組織としての軍事力が、本当に……ああ、うん。

 だから私みたいなぽっと出の高い輝力持ちが期待されると。

 

 うへぇ、期待されてるなぁ、本当に。

 

 ……でもそれ、予算的に私に回すチョコボが勿体無いとか言う話じゃないよね? 

 どうせチョコボと同じ速度で走れるんだから、お前乗り物要らないだろとか言う話……ねぇ、イケメン隊長。

 

 何で目を逸らすの? ねぇ、何で?

 

 

 ・т月∮日

 

 足が速い。

 これがどうやら、私の個性らしい。

 と言うか、正確に言うと脚力が優れてるというか―――跳躍力とかも、結構なぁ。

 紋章手に入れる前からそんなだったから、紋章―――つまり、体内の輝力の明確な放出口を見つけてからはなんつーかもう、50ccが300ccになったというか……うん、要らないねぇ、チョコボ。

 これなら次に白髪王子に喧嘩を売られた時も、最後まで逃げ切れる……え? 何よ緑の人。

 

 逃げずに戦え?

 

 いやいやいや、田舎の牧童に、と言うか前世二十一世紀の日本人に何を期待してらっしゃる。

 剣で人を切りつけるとか槍で人を刺すとか斧で人を割るとか鉄球で人を潰すとか、恐くて出来ないってば。

 庭に道場があってそこで小太刀を二刀流で神速とかしてるのはゲームの中の話だから!

 普通のニッポンジンにそんな変態的な戦闘能力を期待するのは間違ってるから!

 

 ああ、でもそうかぁ。

 ウチの国って基本的に防衛戦が主だから、守る側が逃げてちゃ話にならないかぁ。

 う~~ん、でもねぇ、武器振り回すってのは、なぁ。

 いや、緑の人みたいに短剣逆手持ちとかもカッコイイ(笑)と思うんだけど。

 いや待て、今褒めた、褒めたから、剣を抜くな!

 兎も角、武器を持つのが嫌だからってKOBUSHIで勝負とかじゃあ本末転倒だし。

 親父殿にもぶたれたこと無いですよ。いや、幼馴染のガキどもは平気で殴りかかってきたけど。

 全員蹴り倒したけどな!

 

 ……んん?

 あ、そうか。

 蹴れば良いのか。

 

 

 ・Γ月ψ日

 

 脚部装甲を走るのに困らない程度に強化してみました。

 ためし蹴りに、と輝力全開にして錬兵場の庭木を蹴りつけてみたら鉋屑が……っ!!

 

 ……やばいってばコレ。

 だって緑の人まで目を点にしてるレベルだもの。

 守護のフロニャ力の無い世界で人に向けてやったら、荒挽き肉団子が……いや、恐い考えは止そう。

 分別つかない五歳の子供にこんな力持たせて良いんですかね、フロニャルドの神様。

 

 ―――って、どうしたしょんぼり姫。得意げなスマイルで。

 どうせまたあの眼鏡の秘書さんから聞き伝の事をさも偉そうに……おおう、涙目になるな! しょんぼりするな!

 聞く、私はちゃんと聞くから!

 

 で、何? ああ、うん。

 悪意を持った人間にはフロニャ力の加護は現れないから平気……いやぁ、悪意が無いからって善意がある訳でも無いと思うんだけど。

 ああ、なるほど。

 そういう風に自重できる人じゃないと紋章術は使えませんか。

 ファジーに出来てますね、相変わらず。

 そしてわかりやすい解説ありがとうございましたイケメン隊長。

 それから、途中でつっかえたからって一々しょんぼりしない。いつものことなんだから!

 

 しかし、恐い力を手に入れちゃったなぁ。

 ダッシュで加速とか加えたら威力倍とかじゃすまないんじゃないかな、コレ。

 キックはパンチの十倍強いとか、どんな漫画理論だか。

 恐い恐い。

 恐いから自重して、蹴り技系は最終手段にして素直に剣術とかの練習に励もう。

 五歳の子供が振り回して良いものじゃないわ、どう考えても。

 よし、封印決定!

 

 ……あ、でも。

 どうせなら誤射ってことで一発くらい緑の人にぶっ放しておくべきだったかも。

 戦闘中に『剥かれる』恐怖を味わえば、ミニスカで幼児ぱんつ丸出しで襲い掛かってくる緑の人も、もうちょっと大人しく……うわっ!

  ちょ、冗談、冗談だから落ち着け緑の人!

 

 

 ・θ月ш日

 

 今更な疑問なんだけど、何で私は毎日のようにしょんぼりさんと顔を併せてるんでしょうか。

 ああ、いや。

 別に嫌とかそういう訳でもないんだけど―――ないから、うん。ホラ、無いからそこでしょんぼりしない!

 犬と言うか兎かなにかかね、キミは。

 私も犬と言うかブリーダーやってる気分なんだけど。

 

 で、そう。

 座学が終わって昼食時はお城のテラスだし、おやつの時間は庭にテーブルだし、夕飯は食堂で……って、毎日ただ飯食わせてもらっておいて、今更な気もするんですけど。

 フロニャルドクオリティで、基本的に偉い人たちでも飽食とかしないもんだから、出されてるメニューも結構一般家庭と変わらないレベルの……え? このお茶そんなに高いんですか?

 と言うか、メイドさんに傅かれてお茶入れてもらうのが当然になってる六歳児ってどうなんだろうなぁ。

 

 ―――あ、そういえば六歳になりました。

 ついでに、遂に妹が生まれたらしいと実家の方から連絡がありました。

 長期のお休みとかに顔出さんとなぁ。

 

 え? 何しょんぼりさん。

 一緒に来る? 赤ん坊見たい?

 いや、別に良いけど……そういえばしょんぼりさん、キミ何時もチャンバラの訓練とか見学してるけど、暇なの?

 一応ロイヤルな家系なんだからご公務とかは……しないかー。

 良いね、毎日暇そうで……って、いやいや、素直な感想なだけだから、そこで涙目にならんでも。

 子供は毎日遊んでるくらいが丁度良いのよー。

 いや、私と同い年だから、しょんぼりさんも初等教育受ける年齢なんだけどさ。

 あ? ああ~、そうね。

 教育カリキュラムがしっかりしてるから、学術院の初等課程って平日でも午前中で授業終わっちゃうのよね、うん、確かにそうだ。

 だから、午後は暇、と。

 いやだからって、日がな一日午後の時間を見学だけですりつぶすのは若い身空に時間の無駄じゃないかね。

 なんか将来に備えてお稽古でもしたら?

 

 何が良いかって?

 いや、そりゃ自分の好きなものを……いや、テキトーに言ってるんだとか、そんなところでしょんぼりしない。

 解った、考える! 考えるから!

 え~っと、そう、そうねぇ。

 しょんぼりさんに剣持たせるのもどうかと思うし……楽器……は、躓いてずっこけて壊しましたって姿が目に浮かぶしなぁ、理科の実験とかでお城吹き飛ばすのも問題だし、領主様のお手伝いして重要書類をゴミと間違えて捨てるってのも……いや、冗談だから剥れるな。メイドさんたちも悪乗りして頷くな。

 緑の人が居たら蹴り飛ばされてる場面じゃないかー。

 

 あ、ああ、うん、そうね。

 いやいや、ちゃんと考えてますって。

 

 え~っとぉ……。

 

 そういえばキミ、人が昼寝してる時そばに寄ってきて勝手に歌いだすよね。

 いやいや、中々上手いとは思うんだけど。

 でも子守唄気分なら、流行のテンポの速いアイドルソングとか歌われるのもね~。

 

 ……って、ああ。

 

 歌でも習えば?

 

 

 ・й月ъ日

 

 しょんぼり姫が歌うしょんぼり姫にクラスチェンジしました。

 

 いやいやびびった。この子マジで歌上手いわ。

 先日の適当なフリを本気にしてしまったしょんぼりさんのしょんぼりな行動だったんですが、プロのうた歌いの人にレッスンを受け始めたらマジでプロっぽい歌い方になってやがるの。

 これが天才ってヤツなのか……!

 思わず素で褒めてしまったらしょんぼりさん超得意げ。

 最近は所構わず暇なら歌ってる―――本人曰くぼいすれっすん―――ようになってたから、ごめん。

 殺伐とした錬兵場の隅で癒し系のメロディとか口ずさまれると、皆訓練に集中できないから。

 ちょっとあっち行っててくれる。

 ほらほら、スイマセン眼鏡の秘書の人。ちょっとこの子向こうに連れてって~。

 いやいや、そこでしょんぼりされても。

 うん、上手かった。上手かったから、うん。ええ、お夕飯食べたらちゃんと聞きますからね。

 キミご飯食べてお風呂入ったら直ぐ眠くなるタイプだけどもさ。

 

 ―――ふぅ。

 

 それじゃあ気を取り直してチャンバラ再開~……って、顔が恐いぞ緑の人。

 何?

 お前姫様に向かって馴れ馴れしいぞ……って、そうね。

 本当に割りと今更だけど、しょんぼりさんをしょんぼりさせるのが最近日常になってきてるしなぁ。

 礼儀知らずの田舎者も極まってきた感じだよねー。

 うん、王都での生活も、何故かマルティノッジ家の食客と言うか寝床借りて居候みたいな生活だし。

 確かに緑の人の言うとおり、ちょっと自重した方が良いわなぁ……って、何でしょうかイケメン隊長。

 え?

 

 ……次期領主の主要人員。

 今のうちからコミュニケーションを円滑にしておいた方が良い。

 あ、私ってば初めから、あのしょんぼりさんの下で働くために此処に呼ばれてたんですね。

 

 やーでも、次期領主って言っても今の領主様も長生きしそうですし……あ、終身の割りに退位したければ自分で退位しても良いんだ。

 そりゃアバウトな。

 領主が代替わりするとその時の重鎮とかも皆、相談役の元老になっちゃうから、人材も一新されて―――はぁ、私と緑の人は代替わり後の重鎮候補ですか。

 

 気付かないうちに出世したもんだなぁ、私も。どんどん職業選択の自由がなくなっていってるのが実に突っ込みどころではあるけど。

 

 と言うことは、ただ飯を食わせてもらってるのも、給料前払いみたいな意味なんですねー。

 緑の人とも長い付き合いになりそうだね、こりゃ。

 今の食客状態だって随分アレだけど、このまま入り婿とかになってたら笑うよね。

 HAHAHA……って、ちょっと待ってイケメン隊長。

 

 なんで顎に手を当てて真剣な顔してんのアンタ!

 緑の人がプルプル震えて恐いから、止めようよそういうマジ顔するの!!

 大体私、おっぱいが大きい人のほうが好みで、緑の人はなんか今の段階から明らかに見込み―――ヤベ、逃げろ!!

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

「……この場合、兄上を殴るべきか、それともお前を叩きのめすべきか……」

「いやいやいや、当時充分殴られたから、オレもロランさんも」

 

 覗き見ていた日記のないように肩を震わせるエクレール。

 シガレットは背後から溢れ出るプレッシャーに、背筋の震えが止まらなかった。

 

「ま、今となっては良い思い出ってことで」

「どこかだ! よりにも拠って貴様と、け、け、けっ……ぇぇい! 兄上も何を考えていたのだ!」

「それは、オレとキミを結婚させることじゃねーの?」

「はっきり言うなアホ!」

 

 殴られた。

 

「今日明日にも他所の女と結婚しようと言う男が、みだりにそんな発言をするんじゃない!」 

 

 そして怒られた。

 実際、エクレールの言っている事が正論だったりする。

 そもそも今日の部屋の片付け―――引き払い―――とて、その準備の一環として行っているのだから。

 シガレットはビスコッティ国内に幾つも―――実家以外に―――私室を持っていたが、その全てを、一度引き払うつもりで居る。

 これからは、正式に別の国を住みかとして暮らすからだ。

 それらの部屋の家主は皆、どうせビスコッティへもそれなりの頻度で来る事になるのだから、残したままで構わないと言っていたが、シガレットはしかし、ケジメとして、片づけを行うと決めた。

 

 何しろ、それらの部屋の家主は全て女性なのだ。

 

「ま、確かにエクレ嬢の言うとおりだよね。嫁さんに申し訳が無いや……って、そういえば」

「どうした」

 

 また、何か変な事を言うつもりじゃないだろうなという視線を向けてくる妹分に、シガレットは微苦笑交じりに日記のページを巻くって応じた。

 

「お嫁さんに初めて会ったのって、そういえばこの後直ぐあたりじゃなかったっけって、ね」

 

 あと、ついでにリコッタとも。

 懐かしい気持ちで、シガレットは再び日記に視線を戻す。

 部屋の片付けは、遅々として進まない。

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

 



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少年編・1

 

 

 

 ・Э月℃日

 

 初心忘れるべからず。

 

 いやいや、なんていうか最近華やかな王都の暮らしに舞い上がって、ちょっと自分が何者であるか忘れてる気がしてたんですよ。

 所詮私は只の田舎者の牧童に過ぎないのだから、此処は一つ、生家に顔を出して改めて初心に帰ろうと……ええ、王家の紋付馬車に相乗りさせてもらってる段階で、説得力無いよねー。

 面子も何時もどおり、しょんぼりさん、緑の人、イケメン、秘書の人、メイドさんズ。んで、私。

 

 ……イケメンの人ですらチョコボで馬車―――いや、正確にはチョコボ車―――の脇を併走してる立場なのに、何で私は当たり前のように馬車の中でお茶してるんだろうね。

 秘書さんとかも全く文句言わんし。

 不貞腐れてるのは緑の人くらいだよね、うん、これは何時もどおりだけど。

 

 只の田舎者にはもう戻れないってことかなー……え? 

 何よ緑の人。たそがれてるのがキモイとか言わない!

 定期的に自分に突っ込みを入れないと状況を当然と受け入れちゃいそうで恐いんだよ!

 ……いや、眼鏡の秘書さん。そこで冷静に『今更でしょう』とか言われると辛いんですが。

 薄々私もそう思ってたけどさー。

 

 因みに私個人としては学校が長期休みに入ったので生まれたらしい妹の顔を拝みに帰郷、と言うつもりなんですが、現実を見ろという話になると、チョコボ牧場にご静養に出かけるお姫様の護衛って役割らしいです。

 騎士見習いにそんな重大な仕事回すのやめようぜー。

 いや、実質はイケメン千人長の仕事なんでしょうけど。

 帰郷に友達が着いて来たって言うか、姫のお忍び旅行に直属家臣団が引っ付いてきたってノリだわなぁ。

 

 ―――まぁ、嫌な現実を思い返すのは……ああ、嫌とかってのは言葉の綾だから、しょんぼりしない。

 メイドさんたちもツンデレ乙とか言わない!

 

 ……ふぅ。

 窓の向こうの景色も、なんだか見覚えのある感じになってきたし。

 到着までもう少しって所でしょうか。

 にしても、平原の向こうに、良く見ると戦場用のアスレチックが見えたりするのが嫌な記憶を思い起こさせるなぁ。

 国境近くのこの辺から、延々王都の辺りまでアスレチックが点在してるんだよね。

 で、侵略国とかがあったら、付き合い良くアスレチックに突っ込んできてくれる、と……今更ながら突込みどころ満載だな、おい。

 そういえば、戦場で白髪王子に絡まれたのが丁度一年前くらいなんだっけ。

 私の今の状況って、良く考えたらあの白髪王子に半分以上原因があるような……今頃何してるのかね、あの脳筋も。

 いや、たまにテレビの戦争中継とかで楽しそうに暴れてるのは知ってるんだけど。

 

 ―――なに、しょんぼりさん。

 え? なによ。

 何でそんなにニコニコしてるの、アンタ。

 

 直ぐにわかりますとか、そういう前振り染みた台詞は不安を誘うからやめて!

 

 

 ・◎月=日

 

 やせい の がうる が とびだしてきた !

 

 つーかテメェいきなり蹴りかかって来るんじゃねぇよマジで!

 全力で蹴り返したろか!

 

 ……はっ!?

 ああ、すいません。

 実家のあるチョコボ牧場の事務所のほうに付いたんですよね、無事に。

 で、しょんぼりさん達はそういえば何処泊まるの、へぇ、敷地内に別荘なんてあったんだー、ああ、がきんちょの頃近づくなって言われてた辺りね~、とか馬車を降りつつ話してたら、殺気が。

 すっげぇ良い笑顔でとび蹴りしてきやがった、あの白髪王子。

 あれか、貴様は私の幼馴染の田舎のガキどもレベルの民度か?

 避けたら後ろにいるしょんぼりさん達に直撃するっちゅーねんって訳で、気合ガード発動……と言うかこう、タイミング合わせて打ち上げから空中コンボに繋いで見ることに。

 

 ……結果的に言えば、失敗してクロスカウンターっぽくダブルノックアウトでしたが。

 やっぱ蹴り技系が無いと駄目だわ、私の場合。

 そもそもドロップキックを拳で打ち上げようとしたのが失敗だったかも。

 って言うかイケメン隊長、あんた面子の中で一番装甲値高いんだから、助けてくれよなー。

 にこやかに笑ってれば良いってもんじゃないぞ!

 

 ……てか、あれ?

 イケメンが二人に増えてる!

 何時もの白鎧のイケメンの隣に、黒系の服のハンサムが居るぞ!!

 

 なんぞこれ……と言うか、そういえば何で白髪王子も此処に居るんでしょーねー。

 うん、後ろで引きつった笑いを浮かべているしょんぼりさんや、ちょっとそこのところ、詳しくOHANASIしないかね?

 

 メイドさん、この子借りてくから、後の収集つけといてねー?

 

 

 ・ι月Å日

 

 白髪の人も二人に増えました。

 

 ……まぁ、もう一人の人は女の子だから良いかな~、年上で、やっぱり脳筋なのが玉に瑕だけど。

 因みにそちらの方のお名前は、レオンミシェリ・ガレット・デ・ロワさん。

 ガレットという名前からお察しいただける通り、お隣のお姫様でいらっしゃると。

 お話してみると随分気風の良い姉御肌な人らしくって、今も呵呵大笑しながら弟の王子の頭踏んづけてます。

 良いぞ、もっとやれ。

 いや、私もしょんぼりさんを苛めすぎたせいで緑の人のお尻の下敷きにされてるんですけど。

 

 で、だ。

 

 自国のお姫様に隣国のお姫様……と後、王子様も居たのか。

 どー言うことよといえば、子供同士避暑地で仲良く泊まりであそぼーぜーって事らしい。

 しょんぼりさん家の別荘に、皆で集まってるんだけど、うん。立ち入るなって言われてる柵で覆われた一帯の向こうに、こんなデケェ城があるとか、知らんかった。

 牧場と反対方面に丘を下っていくと、観光地もあるんだってさ。

 全く知らなかった。―――て言うか、地元民の私が一番地元のこと知らなくないか、この状況。

 あ、因みに黒い方のハンサムの方は、どうやらレオンミシェリ姐さん達の護衛の人らしいです。

 なんだろう、脳筋の国の人とは思えない爽やかなオーラを感じる。

 伊達にウチのイケメンと古馴染みじゃないって事か……!?

 

 にしても、これだけ偉い人たちが集まってる割りに、警備の人員が片手で数えられる人数しか居ない辺り、実に平和で宜しいというか……。

 まぁ、脳筋の国の人たちは基本、自分の身は自分で守れる脳筋の人たちだから良いのかも知れないけど。

 にしても、お供がハンサムさんだけってのはどうなんですか姐さん。

 ―――は? 他にも居る……え、買出し中……丁度帰って……っ!!

 

 その癒し系スマイル、新人女子アナの紫の人じゃないっすか! なんで!?

 あの、サイン……じゃない!

 え? 本業は姐さんの側役? マジで!? ひゃっほぅ! 姐さん、脳筋の国の国籍を取得するためには一体どうすれば……?

 

 ……はっ!?

 

 待て、落ち着け二人とも。

 ちょっとテレビの向こうの憧れの人に会ってはしゃいじゃっただけじゃないか。

 私だって男の子だし、そういうこともある……から、ちょ、ジリジリ近づかないで、恐い!

 落ち着け、マジで落ち着け!

 緑の人は特に落ち着け! 紋章、紋章レベル3になってるぞ!!

 

 

 ・√月Π日

 

 朝目が覚めたら、蓑虫のようにベランダから吊るされてました。

 白髪王子も隣で同様に簀巻きになってますね。

 まぁ、こやつの場合は時と場所を弁えず喧嘩しかけてくるから姐さんからお仕置きされてるっぽいんですが。

 私の方は……うん、サインと握手の代価と思えば、安い安いと言うことにしておこう。

 

 にしても、何で私は実家に帰ってきたのに両親に挨拶もせずに蓑虫になって吊るされてるんでしょうね。

 日付指定して帰るよって伝えておいたのに、全く心配もしてないっぽいウチの母上様たちも大概ですが。

 私ってばひょっとして、もうひとり立ちしたことになってるのかなぁ。

 年齢一桁でひとり立ちとか、そんなのリリカルでマジ狩るな世界じゃないんだし、そういうのはやっぱり漫画アニメの中だけにしてもらいたいものである。

 まだまだ親の脛齧ってのんびりしてたいじゃない、やっぱ。

 他所様の家の食客やってる身分で、言えた口じゃないとは思うけど。

 

 ……にしても、この簀巻き状態で良くイビキかいて寝てられるね、白髪王子も。

 頭に血が上って目が覚めるだろうに、普通……ん?

 

 じ~~~~~~~~~~~。

 

 とか、多分そんな擬音が聞こえてきそうな空気。

 何か居る。

 近くの木の陰から、誰かが見てる。

 誰でしょうか―――って、さすがにモノホンの不審者だったらイケメンたちも仕事するだろうから、見覚えは無くても誰かの知り合いなんだろうけど。

 ―――っと、おぅ、起きたのね白髪王子。

 ほぅ、知ってるやつの匂いが……獣かキサマは。

 多分キミが言ってるのはアレだと思う……って、アレ? 逃げた?

 

 ―――はぁ、はぁ、知り合い。直属の部下ですか。遅れて到着する予定だった?

 そりゃ、到着してみて上司が簀巻きだったら遠巻きに見るしか無いよねぇ……って、元々そういうタイプの子?

 さすが脳筋の国。変な子が居るなぁ―――なによ白髪王子、その『お前が言うな』って目。

 

 にしてもキミ、私と同い年なのにもう部下を抱えて……そういえば王子だったっけね、白髪王子って。

 うちのしょんぼりさんもだけど、若い頃から人を使わなきゃいけないって大変だよねー。

 まぁ、将来領地を継ぐ為にも、脳筋な行動はそこそこにして、しっかり今のうちから……って、え?

 

 ―――あ、そうなの?

 

 ほぉ、日本的な含みは含めずに、本当の意味で長子相続なんですか。

 あの姐さんが、ねぇ。

 ウチのしょんぼりさんは一人っ子だから仕方ないけど、脳筋の国を女の細腕で支えるとかどんな無理ゲー……って、何よその呆れた様な顔。

 

 ……へぇ、あの姐さん、キミより余程強い、と。

 姐さん将来有望な美少女さんなのに、そっかぁ、緑の人と同じ方向性か……。

 うん、でもキミと違って所構わず喧嘩吹っかけてきたりは……って、しまった。

 おい、縄を引きちぎるな、パンパン腕を叩いて鳴らすな!

 朝飯前から人に無駄な運動させるんじゃない!!

 

 

 ・χ月Φ日

 

 因みに、フロニャルドの一般的な王室などでは、長子ではなくても基本的に女子優先で相続が行われるそうな。

 女性の方が守護のフロニャ力の高い恩恵を受けるケースが多いからなんだってさ。

 なんつーかやっぱアレだね。

 王家ってのは大地の恵みに感謝を捧げる巫女の役目とかが第一にあるんだろうね。

 あ、因みに守護のフロニャ力はあくまで『守護』のフロニャ力であり、周りに脳筋な戦闘要員ばかり居る職場だと忘れがちになるけど、戦うために特化した力ではありません。

 本来はこのフロニャルドに暮らす人々を守ることが第一の力だから、そう、慈母の精神で女性の方が強い力を発揮できるのはおかしくないのです。

 

 ……ただ、姐さんとか緑の人とかが、バトル要素にばっかり特化してるだけさー。

 

 うん、しょんぼりさんには今後も変わらずしょんぼりしていて欲しい。

 何か今はプンスカしてますけど。

 良いじゃないか、折角テレビに出てる美人のお姉さんが目の前に居るんだから、一緒に写真取るくらい。

 ほれほれ、怒ってないで妹見に行くぞ~。

 私も見るの初めてだけど、母上様に似てさえいれば美人さんに違いないから、ほれ、機嫌直せ。

 うん、親父殿に似ちゃった場合はお察しくださいだけど。

 

 ―――って、白髪王子と姐さんまで来るんですか?

 いや、良いけどさ。

 うん、庶民の家に王族がわらわら顔を出すとか、これはしょんぼりさんとはじめて合ったとき以上にカオスだね。

 下手すりゃ母上殿も卒倒する―――訳無いかぁ。

 あの人、しょんぼりさんの頭とか、余裕で撫でることが出来るぶっ飛んだ人だもんねー。

 ……って、なんですか緑の人。

 さすがお前の親だなって顔はやめようよ。私はあの人と違って、臆病者の常識人デスヨ?

 うわ、白髪王子にため息吐かれた。スゲーむかつくんだけど。

 

 と言うわけで、一年半くらい振りに大草原の小さな家こと我が家に戻ってきたわけですが……。

 ええ、お久しぶりです母上殿。親父殿は仕事ですね。

 それで、このまるまるしたほっぺが妹と……え? 妹一号?

 一号……じゃあ、二号は?

 

 ―――はぁ、母上殿のお腹の中ですか。

 

 あの、私本当に、邪魔だから追い出されたとかじゃないですよね?

 ええ、違うってことは解ってはいるんですが……それにしても、ねぇ。

 いや、良いんだけどね、両親の仲が宜しいのは、ええ。

 

 子供だからって何も知らんと思うなよーってのは、無茶な話かぁ。

 楽しそうに母上殿のお腹を触ってるしょんぼりさんの姿が、あー癒される。

 

 

 ・γ月ъ日

 

 実家に帰ってきたはずなのに、何時もどおり上司の家に寝泊りして、上司の家で上司とメシ食ってます。

 あ、普段は緑の人の家に寝泊りしてるから、一応いつもとは違うかー……ふぅ。

 まぁね、実家へ戻ったところで、冷静に考えると私の寝床とか有りませんしね。

 うん、本来私の部屋になる予定だったらしい空き部屋も、覗いてみたら倉庫代わりに使われてたし。

 精々妹一号がおっきくなるまでに整理してやれって話ですよ。

 

 ―――で、まぁガレットの人たちも併せて皆でお城でご飯なんですが……すげぇ、ウサミミが居る!

 やっべ、何、この世界ってウサミミの人まで居るの!?

 しかも白髪王子の部下!?

 何でライオンがウサギ従えてるのとか突っ込む場面なのかな!?

 しかもウサミミの人、何かぽやぽやした感じでスゲー癒されるんだけど!

 白髪王子には勿体無いな、チクショウ!

 

 やばいなぁ、益々脳筋の国の国籍を取得したく……ぉおっと、落ち着け緑の人。

 それから捨てられてウサギみたいな目で見るんじゃない上司!

 ちょっとした冗談じゃないか!

 

 ……なに? 本気の目をしてたって?

 いやいや、そこで余計な口挟むのやめよう、虎っぽい耳の人。

 そのエセっぽい関西弁は、トラブルの予感しかしないぞ!

 

 あと、黒いちみっこは全カット止め一枚だけじゃなくて、たまには瞬きくらいはしてください。

 そんなに無表情でじ~っと見つめられ続けられると……って、朝簀巻き状態だった私と白髪王子を観察してたのキミだね、ちみっこ。

 なに? 下でスモーク炊こうと思って落ち葉を捜しに行ってる間に逃げられた?

 どんなデンジャラスガールだよ、キミは!

 

 全く、どうしてこう、脳筋の国にはとっぴなキャラしか居ないのか……ちょっと、止めてよ緑の人。

 そうやってお前も同類だろ、見たいな目で見るのは。

 この中で常識人って私くらいじゃないか……何、何さその目。

 

 

 ・↑月Ы日

 

 一人一人は喧しいだけだけど、三人寄れば姦しい―――で済むかボケェ!

 ことある毎に人を罠に嵌めようとするんじゃねぇよ!

 何? 捕まえて白髪王子に献上する?

 献上品をパンジステークで穴だらけにする馬鹿何処に居るんじゃ!

 アレか!? やっぱりお前らアレなのか!?

 皆可愛いから薄々気付いてたけどあえて考えないようにしてたのに、やっぱりお前らアレか!

 あとちみっこ、わざとらしくそこで頬を赤く染めるな! 私はどっちかといえばウサミミの人のほうが好みだから!

 

 ……そこで笑って流されると悲しいんですけどね。

 ウサミミの人、可愛いのに虎縞の人の無茶を全然止めてくれないし。

 やっぱり脳筋の国にある癒しは、女子アナのお姉さんだけかー。

 

 よし、もう良い。

 今日からお前らのことは三馬鹿で統一する。

 白髪王子親衛隊の三馬鹿と、フハハハ、ブーイングしても無駄だ!

 貴様らが戦場で活躍する頃までに、そこかしこで言いふらして定着させてやる!

 坊ちゃんヤンキーの白髪王子の手下の三馬鹿トリオとして、末代まで語り継がれるが良いわ!

 

 あん?

 誰よ、後ろから肩叩いて……あ、白髪王子。

 

 しまった、逃げてる途中だったー!!

 

 

 ・㊥月ж日

 

 突然ですが戦争のお時間です。

 

 子供の喧嘩じゃないの? って言いたそうなそこのアナタ、残念、本当に戦争なのですよ。

 なにしろ本職の女子アナの人が実況してくれるかと思ったら、戦場リポーターで有名なあの喧しい兄ちゃんまでいつの間にかカメラ持参で颯爽登場してるしな! さっきまで気配もなかったのに。

 国境警備仕事しろよ! 他国のカメラが入場フリーじゃねぇか!

 オマケに安全柵で区切った向こうにはビニールシート敷いた見物人たちが……全員見知った牧場の従業員ばっかりじゃねぇかチクショウ! あと、わざとらしく売りこの真似事してるんじゃねぇよ三馬鹿!

 母上様もインタビュー受けないで! 親父殿にはこの際何も期待しないけど!

 

 って言うか、何これ? 

 カメラ入ってるってことはマジでテレビに流すの?

 白髪王子ってば、無茶苦茶気合入ってるっぽいんだけど。

 え~、何すか、姐さん。

 ……あ、両国間で許可は取った。何時? ……一週間前。

 

 しょんぼりぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!

 てめぇ、自分の部下を簡単に脳筋に売り渡すんじゃねぇよ!

 あん? 普段苛めてくるふくしゅぅ? そんなものは毎度毎度の緑の人からの折檻で相殺されてるわ!

 というかイケメンコンビ! 解説席とかで勝手にプロフィール紹介とか始めないで! 恥ずかしい!!

 

 ああもう、何か気付かない間に嵌められて身動きできない……っ!

 本当にやめましょうよぉ、私、殴り合いとか苦手な人なんですから……ああ、蹴るのは得意ですけど―――え?

 

 あ、殴り合いじゃないの?

 

 ああ、そう。アスレチックコースで競争ですか。

 なら安心―――だけど良いの? 私めっちゃ足速いよ? 白髪王子ほえ面かくよ?

 ……ああ、そうですか。

 そうよね、フロニャルドの戦争だもんねー。

 妨害行為も、普通にありだよねー。

 

 ……うん、駆け抜けよう。鳥のように。

 

 

 ・е月Ё日

 

 鳥になりました。

 アイキャンフライ! アイキャンフラァアアイィ!

 

 ぇえっと、ですね。

 順を追って説明しますと、まぁ、要するに戦争開始って言うことでスターと地点に並べられたんですよね、白髪王子の隣に。

 あの脳筋、開始の合図の前からあからさまに手をワキワキさせながらこっち向いてやがるから、それなら私だって自重なんてしてられない。

 さしあたって、ロケットスタートを決めるために足に輝力充填していた訳なんですが……こう、いざスタートの合図がなった瞬間に、紋章発動してブースト掛けてみたら、ね?

 

 足 か ら 翼 が 生 え た ! !

 

 飛んでる! 私は今空を飛んでいるー!!

 アスレチックとか意味ねぇよコレ! 障害物丸ごと全部飛び越えるとか、我ながらどんな反則だよ!

 いやしかし、ビックリだね。

 紋章術ってのはホラ、前に書いたと思うけど輝力を顕現させるための『型紙』みたいなものじゃないですか。

 んで、私は猛ダッシュしてトラップに突っかかってるあの脳筋白髪王子から『飛んで』逃げよう、とか考えちゃってた訳でね、それがどうも、輝力で固めた翼として反映されちゃったらしくって。

 本当にフロニャ力の恩恵は何でもアリやで~。

 案外、貰った紋章が鳥に関係してるのも有るかもしれませんけど。

 びゅんびゅん超加速で、ごめん、なんだか楽しくなってきた。

 輝力篭めれば加速してくってことは、コレはつまり、アレよね。

 アレをやれってことよね。

 

 1・上空高くまで飛び上がる。

 2・片足を突き出すポーズで、落下開始。

 3・紋章でっかく背中に出す勢いで落下速度に加速を加えて加えてもう一つ加えて―――思い知れ白髪ァァッ!!

 

 …………。

 

 凄く、怒られました。

 

 いやー参った参った。

 まさか戦場のアスレチック全損どころか、観客席の地元のご近所さんたちも纏めてけものだまに変えちゃうとかねー。

 ははは、うん。

 何処のフレデフォート・ドームだよって話です。

 何この隕石落下痕。そりゃ緑の人に頭叩かれて絶賛正座中にもなりますよ。

 うぅむ、我が行為の結末ながら、恐ろしい威力だわ。

 コレで死人が一人も出てないことが、また別の意味で恐ろしくもあるんだけど。

 本当に、少し自重しよう……。

 

 あ、ところで。

 私ってば前世の時の苗字は『鈴木』って言うんですけど、深く考えない方が良いのかなやっぱ。

 幾ら踵の辺りから羽根が生えたからって、うん。

 とりあえず領主様の声がジャック・バウアーに似てなくて良かったと思うべきなのかなー。

 

 

 ・ξ月ж日

 

 突然ですが戦争のお時間です。

 

 ……二日続けてかよ!

 いや、うん。今回は私は見学なんだけどさ。

 見学……いや、見学だから! やらねーっての、昨日の戦争のやり直しなんて!

 また夕ごはん抜かれるちゃうでしょ!

 全くコレだから脳筋は……って、あ。

 ええっとね、今回の戦争はうちのしょんぼり姫と、ガレットの姉御姫の直接対決です。

 両者共に部下がまだ残ってるのにいきなり大将決戦とか、ちょっと展開巻きすぎじゃねーのー?

 

 ……え? ぁあ~うん、そうね。ゴメン。

 バトルフィールド壊したの、私ですよね~……って、そういえば、しょんぼりさんと姐さんはどうやって勝負するのさ。

 殴り合っても駆けっこしてみてもスタイルでもしょんぼりさんの負け……いや、おこちゃまにスタイル期待するのは間違いか?

 二人ともドラマの子役とか並みの美少女さんではありますが、子供体形はまだまだ抜けきらんよねぇ。

 いや、姐さんは割りとそろそろ……そういえば解説のハンサムさん、姐さんってお幾つなの?

 八歳。へぇ~、下手すりゃ中学一年生くらい名乗っても平気そうなのに。

 いやいや、老けてない老けてない。只の美人さんですよ~って、何でしょうか憧れの紫のお姉さま。

 は? いや、口説いてないから! 六歳のガキが女の子に色目使うとか、無いから!

 何よハンサムさん。

 ……そうね、説得力の欠片も無いよね、日頃の自分の言動を鑑みるに。

 そこで、ただ『おませさんですねぇ』って顔されるのが悔しいなぁちくしょー。

 やっぱせめて、後倍以上年取らないと駄目かぁ。ハンサムさんは恋人とか沢山いそうですよねー、はぁ、お友達だけですか。

 ハハハ、死ね。

 ウチのイケメンと同じこといってるんじゃねーよ。

 

 ……どうした白髪王子、疑問符浮かべて。

 ああ、何が駄目かって話ね。

 安心しろ、キミはこのまま素直に三馬鹿を光源氏計画すれば将来安泰だから。

 ホラ、ハンサムさんとウチのイケメンも頷いてるし。

 そう言う訳なんで、ウチの緑の人とか秘書さん辺りの視線が厳しくなってきたから、そろそろ逃げるぞ野郎衆!

 

 

 ・Э月+日

 

 え~、当初の予定ではお姫様同士による『花冠早作り対決』をお送りする予定だったのですが、プログラムを変更して、男チーム二名、女チーム五名によるバトルロイヤル形式に変更されました。

 因みにウチのしょんぼりさんは戦えない人なので、替わりに緑の人が入ってます。

 バトルフィールド壊れてるから乱闘形式はナシになったんじゃねーのって突っ込みたいんだけど、何か、そのままスクラップなアスレチックで乱闘する予定らしいです。

 

 ……どうしてこうなった。 

 

 いやいやいや、原因は男連中の馬鹿話だってことは解ってるんだけどさ、この組み合わせってもう国対国の戦争って図式から外れてますよね?

 白髪王子と私の男子チームと、緑の人と姐さんと三馬鹿のチームの対決……って、ちょっと待とうぜ。

 二対五って流石にハンデつき過ぎでしょー。せめてイケメンとハンサムも参加しようよ。

 そしたら今度は絶対こっちが勝つんだけどさ!

 大人ってズルいよね、特にやっかましい実況アナの兄ちゃん! アンタ一番楽しそうに話題に乗っかってたじゃん! アンタ充分若手っぽいんだから一緒に戦ってくれよ!

 白髪王子は状況解ってないっぽくて只暴れられるからってハイテンションだし。

 一方女の子達は気合充分でございます。おもに緑の人が、ですけど。

 姐さんは只サディスティックな笑みを浮かべてるだけだし、三馬鹿は三馬鹿だなぁ。

 たぶんちみっこが一番状況を理解してるっぽいけど、虎縞とウサギさんは基本、ノリだけで動いてるよね。

 

 なんだろうねーこの状況。

 王都でのチャンバライクな日常から遠ざかって、牧歌的な実家の風景でも眺めて心癒そうとか思ってたはずなのに、結局何時もどおりですよねー。

 兎も角、この公開リンチ状態を白髪王子を盾にして上手く切り抜けねば。

 と言うわけで、頑張れ白髪王子。好きに暴れてくれて良いぞ。

 僕は飛んで逃げ……え? 何ですか解説の人。あ、そう。飛ぶの無し。ですよねー。

 

 ……そういえば、しょんぼりさんと姐さんは結局なんで戦争やることになったんだっけ?

 

 

 ・£月☆日

 

 しょんぼりさんが超しょんぼりさんにクラスチェンジしました。

 

 ―――いや、なんだか昨日子供連中皆で乱闘していた時に、一人だけ見学状態だったんで拗ねちゃったんだって。

 いや待て上司。

 そもそもキミが額に青筋浮かべてたからバトルロイヤルな……うん、ごめん。

 私たちが無駄話していたせいでございますね、はい。

 でもさぁ秘書さん、速やかに状況を改善するよーにと言われましても、私女の子の扱いは苦手で……何故そこで笑うね、キミ。

 え? 女の子扱いしてるって? 

 そりゃするでしょうよ、どう間違ってもしょんぼりさんも女の子ですし……って、ああ。

 

 私らくらいの年齢で性差を考えるようなヤツは、まだ珍しい方ですか。

 そこでやっぱりおませさんですねって顔されるのが、悔しいなぁ。

 まぁ秘書の人、この旅行―――旅行? ―――で一人だけ二十台の大台で、最年長……スイマセン、目が恐いんですが。

 

 ええっと、秘書の方は一番女盛りの時期が訪れて良かったですねと言う事で……いえ、ため息吐かれると無理やりフォローしてるこっちも辛いんですけど。

 兎も角、しょんぼりさんのご機嫌取りをしろと私に仰ってるわけですよね。

 でも、私はご存知の通りの精神年齢三十路な六歳児なんで、穢れを知らない美少女の機嫌を回復するとか、何て無茶振り……ううむ。

 そもそも、しょんぼりさんの様子見に意向にも緑の人が部屋の前で張ってるから、部屋に入れてもらえんしなぁ。

 むしろ緑の人のほうが怒ってますよねー、姫様を泣かせた~って、ああ、つまり可及的速やかに緑の人の機嫌をとれと。

 そうね、部屋に閉じ込められっぱなしだと、しょんぼりさんさらにしょんぼりですもんね。

 

 いやでもさ、姐さん達ガレットの皆さんが興味心身で見張ってるこの状況でですか?

 ああ、そうですか。

 つべこべ言わずにさっさと行けと……宮仕えって本当に辛いなぁ。

 

 とはいえ本当にどうしたものか。

 天岩戸じゃあるまいし、しょんぼりさんの場合、扉の向こうで歌でも歌って宴会始めたら先ず緑の人に蹴り飛ばされるしなぁ……って、うん。

 

 ―――歌でも歌えば?

 

 

 ・¢月¨日

 

 得意な事をやって一番になってもらって喜んでもらえば良い……なんて簡単に思ってた私が馬鹿だったよ。

 

 つーか何で皆こんなに歌上手いの!?

 緑の人ですらガチガチに固まってマイク握ってる割りに、結構上手いし!

 姐さんは何か本当に何でも出来そうな気がしてたから、今更かも知らんけど。ハンサムとイケメンも無駄に良い声してるしなぁ。

 メイドさんズとか三馬鹿とか、ノリノリだなぁチクショウ……秘書の人、すっごい集中して曲目見てらっしゃるし。

 いつの間にかノリがカラオケ合戦の様相を呈しているけど、お前らアレか、揃ってCDでも出すつもりか!?

 あ、撮影班の兄ちゃん、女子アナさんの歌ってるとこだけDVDに焼いておくのって出来る? 

 OK? マジで? いやーノリが良くて助かるわ兄ちゃん。後でサインも入れてもらおーっと。

 ひゃっふぅコイツは設けたぜぇ! ……って喜んでる場面じゃねぇよ!

 

 皆、マイクの取り合いで楽しそうなのは結構だけど、そこは空気を呼んでしょんぼりさんに花を持たせてやろうぜ!

 一応そういう企画意図なんだからさ! 

 

 ……いやでも、割りと機嫌直ってるっぽいから良いのかなぁ。

 うん、姐さんがデュエットとかしててくれてるお陰なんでしょうけど。

 そういえば、そもそもなんでしょんぼりさんと姐さんって勝負しそうになってたんだっけ?

 

 へぇ、白チョコボ。あ、孔雀尾のレアなヤツね―――はいはい、取り合いになったと。

 つーか姐さん、足の速い黒いの持ってるって言ってませんでしたっけ。私が紋章貰ったときの戦争の褒章で手に入れたとかなんとか。

 ああ……ああ、はいはい。何処の軍馬好きの戦国武将ですか、姐さん。

 年下相手に大人気ないなぁ。

 いや、うん。あの子輝力入れると空飛べて役に立つんでしょうけど。

 でも確か、結構おとなしい性格の子なんで、戦場とか無理だと思いますよ?

 詳しいでありますね……って、あのね、ここ私の実家の牧場なの。

 牧場のチョコボとはゼロ歳の頃からの長い付き合いなんだから、古馴染みなんですよ。

 うん、全く実家に帰って来たっぽい気分になれてないけど。

 元気を出すでありますって?

 ははは、ありがとー。いやいや、私のことなんて放っておいてお嬢さんも一曲どうよ。

 しょんぼりさんも楽しそうだし、何かもうこのまま今日はカラオケ大会ってノリで最後まで行く予定だから、ホレ、遠慮せずに曲入れちまえ。

 どうせ秘書さんは当分悩みっぱなしだから。

 早くしないとまた三馬鹿のターンになるぞー……っていうかテメェら、三人トリオで歌った後に一人づつ変わりばん子に曲入れてるんじゃねぇよ! 自重しろ!

 あと白髪! お前はシャウトしすぎだ! マイクがぶっ壊れるだろうが! ちょっとは司会の兄ちゃんのマイク捌きを見習え!

 まったくもう、コレだから脳筋の国の人たちは……と言うわけで幼女さん、どうぞ。

 感謝であります? やっべ、久しぶりに人から素直なお礼とか言われた。超癒される。 

 

 ……。

 

 ……にしても、見たまんま幼女の割に、意外とかっこいい系の歌が似合うなぁ。

 ピコピコ耳を揺らして、リスみたいなのに……と言うか。

 

 あの幼女は誰でありますか?

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

「おや、シガレット、こんなところまで、どうしたでありますか?」

 

 リコッタの発言は、何も、シガレットのような見た目の―――いかにもアウトドアな武闘派な―――人間が、このフィリアンノン城内に存在する大書庫に居る事が似つかわしくない、と言っている訳ではない。

 そも、生前はどちらかと言えばインドアな趣味を持っていたシガレットは、現世に於いても読書が趣味であり、よく―――余り暇はないのだが―――書庫から本を借り出していた。

 故に、リコッタの疑問は、こうだ。

 書庫内の尤も奥まった位置にある、自身の研究室にまで来るなどと、一体、何の用事なのか、と。

 

「今日は一日中、お片づけの予定だったのではないでありますか?」

「うん、マルティノッジのお屋敷の私室の整理は終わったけど、次は王宮内の部屋をね。―――その前に、リコたんに借りてた本を見つけたからさ」

 

 返しに着た、と。

 シガレットは片付けの途中で見つけた革表紙の本をリコッタに差し出す。

 本を受け取ったリコッタは、うん、と小首を傾げる。

 

「これ、いつのでありますか?」

「―――多分、オレが鉄球親父にぶっ飛ばされてガレットに連行される前に、リコたんと会ったばかりの頃の僅かな時間当たりだと思うけど」

「……ああ、思い出したでありますよ! 晶術関係の本が欲しいと、シガレットに貸してあげた記憶があるであります! ……そういえばその後、返してもらった記憶が無いと思ったら……」

 

 持ってたでありますね、と口を尖らせるリコッタに、シガレットは苦笑しながら謝罪の意を表する。

 

「借りて、読もうと思ってたら、後で直ぐにガレットに運ばれちゃったからね。机の上におきっ放しにしてたら、片付けてくれたマルティノッジのお屋敷の人が、オレの私物だと思っちゃったみたいで」

 

 棚に置きっぱなしに成っていたのを、漸く今日、発見したと。

 

「うう、私もう、これと同じ本を買っちゃったでありますよ」

「うん、マジでゴメン」

 

 革張りの専門書ともなれば、それ相応に値段も張る。

 ましてや、パスティヤージュの外にはめったに流出しない―――と言うか、かの公国以外で専門的に研究している国は殆ど無い晶術関係の本とも成れば、尚更。

 今度何かで弁償すると、涙目のリコッタの頭を、シガレットは謝罪の意を込めながらポンポンと撫でた。

 

 

 





 そろそろお気づきかと思いますが、毎度新規書き下ろし分を入れ込もうとしている関係で、各話の長さはてんでバラバラです。
 まぁ、元々の公開時も、行き当たりばったり度が高かったから長さがまちまちだったし、うん。

 仕様です仕様。




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少年編・2

 

 

 ・ ̄月@日

 

 帰りの馬車の乗客が増えているであります。

 

 と言うか、私のひざの上に乗っけてあるんですけどねー。

 なにこの可愛い生き物。飴上げたら懐かれたんだけど。

 ははは、愛いやつ愛いやつ、ほれ、マシュマロもっと食べなさいであります。

 おぉおぉ、ほっぺたリスみたいになってるでありますよ。

 真似するなでありますか? ははは、嫌であります~。

 ほれほれ、空気でほっぺた膨らませるなら、マシュマロ詰めるのが良いでありますよ~。

 

 ……ああ、癒される。

 

 小さい子は無邪気で良いねー。

 そこに居て笑ってるだけで空気が明るくなるというか―――うん、微妙にしょんぼりさんと緑の人の視線が恐いんだ。

 別に私が望んで膝の上に抱えてる訳じゃねーっつぅの。

 コレでも精神年齢三十路過ぎの日本人だぞ? こちとら公園で子供に話しかけるのすら命がけの世界で暮らしてたんだよ!

 つーか人がのんびり昼飯食ってるだけなのに職質仕掛けてくるんじゃねーよチクショウ!

 

 ……はっ!?

 

 ええっと、現状ですが、もう実家から帰宅する途中です。

 およそ半月ほどの滞在、いやいや、久しぶりの故郷の空気も……。

 ごめん、嘘。実家への滞在時間合計二時間くらいしかなかったと思う。

 本当はチャンバラの訓練とかもお休みしてぐて~っとのんびりしながらチョコボと戯れるだけで半月潰すつもりだったんだけど、気付けば王都に居るときと全く変わらねーわ。

 つか、白髪王子に絡まれ続けてたぶん、王都の時より動き回ってた気もします。

 ほんっと、脳筋の国の人たちは最後まで脳筋で困るわ~。

 あいつら多分、『会話』って単語を辞書で引くと『殴り合い』とか説明書きに入ってるんだぜ。

 最終的に噂にたがわぬ姐さんの強さも体感することになったし。

 

 一体どうやったら輝力でリアル隕石を落とせるようになるんだ……。

 

 いや、お前も大概じゃねーかって言う緑の人の意見も尤もな気はするけど、そこはホラ、私の場合はただの人間ミサイルだから。

 姐さんみたいに打ち上げたマグマを空中で固めてメテオフォールとか無茶なことしてませんからー。

 え? 羽? 羽根くらい頑張れば緑の人も生えてくるって!

 緑の人だって剣ビームとか出来るじゃん! 原理はアレと大して変わらんよー。

 

 ……なに、しょんぼりさん?

 え? あのキックなんて名前かって? キミあれか、技名とか一々気にするタイプか。

 ははは、そんなのある訳ないじゃん。

 と言うか、攻撃に一々技名つけるとか、それはアレか、攻撃中に叫ぶのか。

 どんな無駄……って、姐さんも白髪王子も叫んでたねー。

 ―――ああ、そうね、そうよね。

 僕らやってるのって言ってみればヒーローショーみたいなものだから、見栄を切るのとか大切ですよね。

 騎士学校で習う立ち居振る舞いも、妙に芝居がかってたりするもんねー。

 この調子だと、そのうち登場シーンでポーズ付け始めたり……って、そこで『やらないの?』って方向から不思議な顔されると、奥ゆかしいことで有名な元ニッポンジンとしては辛いんだけどなー。うん、ただ自己主張に欠けてるだけとも言われる人種だけど。

 アレかな、やっぱり飛べる人としては、浮き島の淵から滑降とか決めると喜ばれるところなのかな?

 なんかこう、ド派手なマントとかつけて―――まて、目を輝かせるなしょんぼり!

 キサマは部下にどんな仮装をさせるつもりだ!

 恥かくのは上司のお前だぞ!

 

 

 ・+月&日

 

 リスさん……じゃないや、えっと、り……リコ……リコたん?

 違うでありますか? 

 いや、『たん』付けのほうが可愛いって。定着したまま大人になると、毎日羞恥プレイだけど。

 羞恥プレイが何かって……うん、秘書の人にでも聞いてらっしゃいな。きっと色んなプレイ知ってるから。

 

 と言うわけで、おやつの時間に新しいメンバーが加わりました。

 その名もリコたん、五歳です。

 王立学術院に研究員として在籍している、天才美幼女なんだってさ~……って、どうよしょんぼりさん、緑の人。

 未だに初等部一年生の我が身と比較して、年下に学歴ボロ負けしてる今の状況。

 ―――うん、私もですけどね。

 まぁ、それは兎も角天才幼女なんて存在がいたなら、とっくに気付いてた気がするんだけど、実家に戻った時まで、全く気付かなかったとはこれ如何に―――……へぇ、留学。

 脳筋の国へ、国費でねぇ。ふーん、優秀な人材だから、早めに外の世界も見せておこうと。

 そうね。ちっちゃい子供が学者先生ですとか言って、図書館の中だけで偉ぶってたりしても困るもんね。

 

 ……でも、天才幼女を脳筋の国に送りつけるとか、どんなイジメだよ。

 

 あそこの連中は右から左まで女子アナのお姉さんを除いて余すところなく脳筋しか存在しない修羅の国だぞ。

 そんな殺伐とした世界に幼女一人を送りつけて―――いやいや、そりゃ解ってるけどね。

 国土に海があるってことは船作ってるってことで、そういう繊細な道具を作ってるってことは、技術レベルとかもやっぱウチより上なんでしょうよねー。

 ついでにアレだけ年から年中戦争に明け暮れてるのに国庫破綻しないんだから、随分優秀な官僚団が組織されてるんでしょうよ。

 それに比べるとビスコッティは主要産業が農業って時点で、割りともう程度が知れてるというか……いや、身の丈にあってるとは思うんだけどさ~。

 いいよね、ビスコッティ。平和でのんびり、戦争とか殆どないし、あっても芋掘り大会くらいだし。

 ず~っとこうやって、のんびりお茶呑んでられる生活が続けば良いんだけどねぇ。

 

 ……なんすかメイド一号さん。

 え? 馴染んできてる? そうね。初めはお姫様と毎日お茶してるとかおかしいとか言ってたもんね。

 気付けば一年半、逆に新キャラを迎え入れる立場になってるしねー。

 まぁ、リコたんは癒されるから、アリだね。白髪王子とかは喧しいからマジ勘弁だけど。

 ん? 何よ緑の人~……え? 現実逃避するなって?

 

 ハハハ。何のことやら。

 

 

 ・Ц月Ψ日

 

 やせい の がうる が とびだしてきた !

 

 帰れ! 私の癒し空間に出現するな!

 

 ―――あ、ヤベ。謁見中に思いっきりとび蹴り食らわせちゃった。

 だってホラ、キャラに似合わぬ殊勝な態度とってるんだもん。背中見せたら蹴っておきたくなるじゃない。

 HAHAHA、スイマセン領主代理様。

 先を続けて……うわ、反撃してる場合じゃねぇだろ白髪!

  ちょ、カメラ入ってるんだから自重しろっての脳筋!

 ―――ん? 何よ緑の人、今ちょっと……うん、そうね。私が全面的に悪いですね。

 

 まことに申し訳ありませんでした。

 

 うん、本当にごめん。主にしょんぼりさん。初のご公務中に、部下が不始末を―――いや、私だけど。

 ……と言うか、ただの笑い話で済ませてくれる辺り、本当にこの国平和で結構と言うか。

 何? コレを理由に戦争しかけてやるって?

 黙れ白髪。お前の国そんな理由なくったって平気で侵略してくるだろうが。

 って、あ、ちょっと、秘書さんたら、目が恐いんですけど……。

 

 

 ―――暫らくお待ちください。

 

 

 ……と言う訳で、白髪王子君が我らがフィアンノン城に乗り込んできました。

 何しに来たのって話なんだけど、お預かりしていたウチの天才幼女さんをお送りするついでに、お世話になりましたってご挨拶だって―――お世話? ああ、そういえばウチの国内だったもんね、牧場。

 暇そうだから折角の機会だしお前行っておけってことか、子供のお使いだなぁ、おい。

 良く考えたら白髪王子とウチのしょんぼり姫って、同い年だもんね。

 こうやって遊び半分お仕事半分で、だんだん比重を仕事方面に傾けていくんだろうなぁ。

 しょっぱなから台無しにした私が何か言えた義理じゃないけど。

 って言うか白髪。アンタ仕事終わったんならとっとと帰ろうぜ。呑気にお茶なんか飲んでないで……は?

 

 迎えが来るまで泊まる、ですか。

 

 いや、今すぐ帰れ! そのフリだと嫌な予感しかしないわ!

 

 

 ・Χ月Ξ日

 

 逃げろ! 何か凄いのが来たぞ!

 

 何がどうとか説明仕様がないけど、なんていうか一目見て解る! 

 アレは駄目! 死ぬ! 撤収撤収、早く逃げようぜ!!

 

 具体的に言うとゴツいおっさんがフルプレートの黒い鎧着て棘付きの鉄球を振り回しながら満面の笑み浮かべてる感じ!

 つーか恐ぇよ! 何アレ!? 新手の化け物!? 人造人間か何か!?

 おい白髪、白髪! 寝てる場合じゃない、起きろ―――って、さっき私が乱闘の末物理的に寝かしつけたんだけどさ! 

 チクショウ、肝心な時に役立たずめ!

 

 って言うか本当になんなのあの巨人は!

 白髪の部下って萌え担当の三馬鹿だけじゃ無ぇのかよ!!

 

 ……はぁ、白髪の直属の部下でございましたか。

 いやハンサムさん、冷静に解説してないで、ごめん、助けて!

 ―――は? ああ、白髪の引きで叩き上げからの出世だから、忠誠心が凄い……うん、上司に恥を欠かせた私を無礼打ちしに来たとかならまだ理解出来るんだけどさ、この人明らかに笑いながら私を殺しに来てるよね?

 どっからどうみても修羅の国のバトルジャンキーじゃねぇか!

 お前らもうちょっと王族の周りに置く人材には気を配ろうぜ!

 お陰ですっかり白髪までバトルジャンキーじゃねえか……いや、元からか。

 

 って、うわ!? オッサンちょっと、マジ、一旦落ち着……あ、ヤバ。

 

 

 ・л月#日

 

 ―――久しぶりに日記を開いた訳だけど、全開の日付を見たら二年前になっていた件。

 

 日記を部屋に置き忘れていることに気付いたのがこの間だったって話なんですがね。

 この間向こうに戻った時に初めて気付きましたよ……と言うか、捨てられてなくて良かったというか、部屋が残っていてありがたかったと言うか。

 ―――まぁ、つまり。早い話が私の現在の状況ですが、城に住んでます。

 ああ、勿論フィアンノンじゃなくて、ヴァンネット城に……ええ、現在地はガレット獅子団領国。別名修羅の国です。

 

 どうしてこうなった……本当に、ど、う、し、て、こ、う、な、っ、た!!

 

 そりゃ日記がないことにも気付かないよねー。

 毎日毎日修羅の国の荒くれどもとガチンコやってりゃ、机に向かって書類整理とかしている文化的な行動がおかしいことに思えてくるもん。

 いや、うん。

 修羅の国にだってまともな人は居るらしいんだけど、ホレ、私の周りにいる連中って基本的に殴りあい上等の人たちばっかりだから……そこらを歩いているメイドさんですら格闘術を嗜んでるんだから、割りと救いようがないわ。

 此処、一応国政の中枢で、お前ら皆国の代表だよなぁ?

 特に白髪とか白髪とか白髪とかあと鉄球おじさんとか。

 三馬鹿は……うん、一番頭使って動いてくれそうな黒いちびっ子がフィアンノンにいっちゃってるから、ツマのない刺身みたいな状況だから仕方ないか。

 ハンサムさんとか人気女子アナのお姉さんとかは、やれやれって笑ってるだけで何もしてくれないしなぁ。

 

 と言うか、何で私は他国の人間なのに白髪王子と鉄球おじさんとあとついでに三馬鹿マイナス一の書類を替わりに整理してるんだろう。

 この判子俺が使って良いの? ド・ロワ家の紋章入ってるんだけど……。

 何すかメイドさん。あ? 良いんだ。と言うか次から次へと羊皮紙重ねてくの止めてくれない?

 え? 隊長だけが頼りですって?

 

 ……あのさぁ。

 

 ど う し て 私 が 白 髪 の 親 衛 隊 長 扱 い さ れ て る ん だ よ ! !

 

 そこで、『え? 違うの?』って顔するの止めてよ! 

 この間フィアンノン城に戻った時も私はガレットの人間って思われてたしさ!

 

 どうしてこうなったの。

 本当に、どうしてこうなったの……!?

 

 

 ・Θ月Λ日

 

 あの日のことは今でも忘れない。

 鉄球おじさんが鉄球を振り回して襲い掛かってきたのを、伸びた白髪を立てに防ぎきろうとして―――まぁ、一緒に壁に叩きつけられてノックアウトだったんですけどね。

 

 で、目を覚ましたら何故かガレット獅子団領国王都。

 領主閣下が住まうヴァンネット王城にございました。

 因みに領主様は白髪王子の祖父に当たる筋骨隆々の老師。身長二メートル超えてそう。

 まぁ、その辺は省略として何で私は隣の国の王様の前に簀巻きにして放り出されているんだといえばようするに物理的な意味では三馬鹿の悪乗り以外のなんでもないんだけど、諸般の事情的な意味でちゃんと説明してみると、アレだ。

 

 帰って来たリコたんの替わりにお前ちょっと留学してこいってさ。

 因みに、三馬鹿の黒いのとトレードで。

 

 きっとコレはあれだね。

 見聞を広めてくるようにとか言う上辺を並べて、実際は脳筋の国に対する生贄羊にされてるんだろうね私。

 おのれしょんぼり、今度帰ったらほっぺた思いっきり引っ張ってくれる―――いや、この間帰った時にやってきたけどさ。緑の人にもちゃんと蹴られたよ!

 リコたんに『いらっしゃいであります!』って素の笑顔で言われたのがリアルに悲しかったけど。

 あのねリコたん、私前に言った筈だよね? 私はビスコッティの人間だって。間違っても脳筋の国の脳筋じゃねーから。

 

 ―――って、ウサミミさん、ここの計算間違ってる。やり直し~。

 虎縞、テメェは枠外に落書きばっかしてるんじゃねぇ!!

 今日中にこの書類経理に通さないと、来期の運営予算通してもらえないんだぞ!

 そこのメイドさん、ちょっと三丁目の裏路地の酒場から鉄球おじさん連れ戻してきて! 

 一人で呑気に飲ませてなんてやらねーっつぅの!

 白髪? ああ、字汚いから清書で二度手間になるからそのまま寝かせといて!

 

 うん……ビスコッティ人……だよな?

 

 

 ・Σ月Π日

 

 まぁ年度末ってのは大変ですよね、会計処理が。

 通信設備とかライフラインとか微妙なところでハイテクが浸透してるのに、書類とかだと羊皮紙に羽ペンで手書きだったりするから侮れないんだよなぁ。

 木から紙作る技術も浸透してるのに、その辺時代がかってるっちゅーか無駄をする余裕があるのはいい事だというか。

 でも計算機とか誰か作ってもらえんかなぁ。

 流石にそろばんパチパチやるのは面倒くさくて適わんし……。

 原理だけ説明して、天才幼女の手腕に期待してみるか?

 あ、でも作ってもウチの国には売ってもらえないか……って、だから私はビスコッティ側の人間だっちゅうに。

 

 ええと、まぁ何ていうか、脳筋の国で生活を始めて早二年。

 私も気付けば八歳と……あ、もう直ぐ九歳になるのか。

 初めは国費留学生って立場だった気がするんですが、気付けば駐在武官みたいな扱いになって、そんでもって今ではガレットの身内みたいな扱いに……懐が広くてありがたいって喜ぶべき場面なのかなぁ?

 いや、堂々と白髪王子の部屋に間借りしてる人間が言えた口じゃない気はするんだけど。

 

 ただ飯食わせてもらう替わりに書類整理くらいなら手伝うぜーって言っちゃったのが最初の間違いだったんでしょうか。

 いつの間にか白髪王子の親衛隊の決済任せられる立場になってたぜ……!

 うん、虎縞とウサミミの駄目さ加減を知ってしまった手前、今更無責任に仕事を放り出せない自分の責任感が泣けてきます。

 白髪は字汚い計算遅いで書き物に向かん人間だし、鉄球おじさんはお察しくださいだし。

 つーか本当に、私がビスコッティに行った……帰ったら、帰ったらどうするつもりなのよ虎縞。

 もう『え? 帰るって何?』とかいう定番のネタは聞き飽きたからやるなよ!

 

 ―――ぁあ、黒いのに任すのね。

 

 そういえばあの娘、リコたんと会話のレベルが合う様な頭の良いおこちゃまの人だったねー。

 うん、ぶっちゃけこの脳筋の国で働くより、そのままビスコッティに就職した方が幸せになれるんでない?

 ……ん? 何だ虎縞、その目は。そのニヤっとした口は。

 

 ほぅ?

 私にはこの国が似合ってる、と……ほぉう? それはどういう意味で言ってるのかな、虎縞。

 その訳をじっくり……ふふふ、じゃあお望みどおり、身体に教え込んでやろうじゃねぇか、修羅の国の流儀で!

 ふはははは、今更謝っても無駄だ! こちとら三日徹夜で書類仕事でいい加減ハイテンションも極まってるからな! 少しは八つ当たりでもしないとやってられないっちゅーねん!

 さぁ虎縞、鉄球おじさんに吹っ飛ばされながら鍛え上げたこの私の足技の前にけものだまになるが良いわ!

 

 ―――って、こんな事やってるからこの国が相応しいとか言われるんだろうね……

 

 

 ・Ψ月Χ日

 

 私が八歳に成長したってことは、当然周りの連中も相応に成長してる訳で。

 最近は白髪王子の背がぐんぐん伸びてきて、人を見下ろすような視線が実に忌々しいです。

 ガキの頃から背が伸びすぎると成長期前に成長止まるぞとか笑って言ってやったら、真っ赤になって殴りかかってきたけど。

 と言うか白髪、まぁ私もだけど、二人して毎日毎日錬兵場で泥まみれになりながら乱闘してるんだから、筋肉も付いてきたよなぁ。

 そっち方面の意味で背が伸びなくなりそうで、最近恐いですよ私は。

 鉄球おじさんは相変わらず鉄球おじさんだし―――最近髪が伸びてきて迫力が増したけど。切ろうよって言うけど面倒って答えるんだよな、あのおじさん。

 ハンサムさんはそろそろ成人ってことで、なんだか声に無駄な色気が出てきましたよねー。

 お城のメイドさんたちにも大人気です。ハハハ、死ね。

 あ、戦場リポーターのアンちゃんは出世しました。

 スタジオ仕事が増えてきたねー。喧しいのは相変わらずですが。

 

 ―――まぁ、男のことなんてどうでも良いですね。

 

 女性陣は何と言うか成長早い……ってこともないかなぁ。

 良く解らん。良く解らんって言うとオトナなメイドさんたちに怒られるから自重してるんだけど、子供が子供に成長してるのを見ても、何の感慨もなぁ。

 せめて今の倍の年齢になってから―――ああ、一人だけ例外が。

 今私の目の前で紫の人にワイン注いでもらってる人なんですが、お前幾つだと全力で突っ込みたい人が居ました。

 

 え? 十歳? 

 

 ははは、嘘付け。十の位に二を付け足し忘れ……うぉ、フォーク投げるな!

 だってその片肘付いてグラス傾けてるふてぶてしい態度に、どっから十歳の少女を連想させる要素があるのさ!

 姐さんアンタ、頼むからもうちょっと歳相応のお姫様やろうよ!

 じゃないと将来女帝とか言われるタイプのキャラになるよ!?

 いやだから、そこで鼻を鳴らして足を組むとかしない!

 

 ―――うん、と言う訳で現在、いよいよ姐さんの呼び名が相応しくなってきたレオンミシェリ閣下のお部屋にお呼ばれしています。

 晩酌に付き合えってさぁ、でもね姐さん。

 アンタはもう十歳で飲酒適用年齢過ぎてますけど、私まだ八歳……うんごめん。

 こっそり買い込んでおいたワイン発見してくれたのは貴女でしたね。

 私も精神年齢三十過ぎですからたまには甘い果実絞り汁じゃなくて、辛口のお酒が懐かしくなるのさぁ。

 それでね、しょんぼりさんとか緑の人の目も無いし、悪い遊びも良いかなーと思って、ね?

 ―――うん、共犯者にするために酒の味を覚えさせたのは失敗だったかなと反省仕切りです。

 と言うか紫の人、気付いてたなら止めてくださいよぉ。

 貴女も話してみると案外アバウトですよねー。

 え? 酒のおつまみなら野菜食べてくれるからって? 子供にそんな理由で飲酒勧めるなよ!

 まぁ、姐さん最近はもう中学飛び越して高校生くらいの外見になってきたから―――腰のくびれの位置とか、普通に成人女性に近づいてきてるし。

 弟の方はあからさまにヤンチャボウズを地で言ってるのに、どうして此処まで差が付くのか……って、何?

 

 ―――普通、面と向かって我らの事をそこまであからさま言う人間は居ないって?

 

 そうねー。外交問題になりかねないですもんねー。

 でもまぁ今更だし、駄目って言われない限りはもうこのまま行こうかと。

 ポジション的には宮廷道化師的なモノを狙って。常在無礼講ってノリを大切に。

 ……はぁ、大道芸の一つでも覚えて見せれば死ぬまで侍らせてでもない、ですか。姐さん本当に女帝ポジが極まって来てるねぇ。

 ハハハ、気持ちはありがたいけど、でも死ぬまで芸人てのもなぁ―――って、あの、メイドさんたち?

 

 貴女方は何故そこでため息を吐いてるかー?

 

 

 ・Π月´日

 

 唐突ですが、命の危機のお時間です。

 

 馬鹿虎縞! 一人で突っ走るんじゃねぇ! 下がれ!

 ウサミミ弾幕足りてないよ!

 鉄球おじさんはとっととそこの白髪拾って撤収撤収! もうこっち放っておいて良いから―――いやもう、虎縞とウサミミも抱えていって良いわ!

 私一人の方が動きやすい!

 

 ……ああ、ごめん。今回は割りとマジなんで。

 普段の所謂『命の危機(笑)』じゃなくて、本気でマズイ状況です。

 具体的に言うと山の中で大雨で土砂崩れで部隊が分断されて挙句に狼の群れが襲い掛かってきております。

 いやもう、拙いわコレ。下手したら本気で死ぬかも。

 ただでさえ守護領域圏外の山中の街道―――街道()だね、もう―――で、紋章術に普段のキレが足りないってのに、相手が土砂崩れを誘引して部隊の分断を図ってくるような知恵とか持ってるとねぇ?

 

 全く以って、魔獣ってのは恐ろしい存在です。

 

 魔獣ってのは居る所にはそれは勿論居るもので、そしてその対処を任されるのは私のような騎士職に就いている者だと言うのは間違いないんだけど―――ちょっと今回は、荷が重いかなぁ。

 ただ一心不乱に獲物を追い求めてくる狂った獣であるなら、知恵を持った人間様として幾らでも対処可能なんだけど、野生の獣が人間に近い知恵を得てしまえば、これは始末が悪い。

 例えば群れを使役して大軍団を形成し、輝力を含んだ遠吠えで地盤の緩くなった傾斜に土砂崩れを誘発したり、あまつさえ引き連れた群れの中に身を隠して、姿を偽ってみたり―――って、コイツもはずれか!?

 現状私一人でも野生の狼十匹以上蹴り殺している計算なんですが、一向に群れが逃亡する気配がありません。

 これ、このまま一晩戦い続けたら、山の中の生態系が激変するんじゃねーの?

 

 ……その前にこっちの輝力切れが早いんでしょうが。

 

 まず、土砂崩れを利用されて本来主力であるベテランの騎士達と引き離されたのが最初の失敗。

 次に、その土砂崩れで白髪王子がヤバイ感じの怪我を負っちゃったのが―――ああ、ウサミミさんも足をやられて固定砲台以上の役割しか出来てないし。

 虎縞は状況の激変に気を囚われすぎていつもより動きが鈍いしい―――って言うかウサミミさんとあわせて、二人とも十歳行くか行かないかの華奢な女の子だもん、仕方ないよねー?

 私も間違いなくただの九歳児なんだけどさ!

 ―――あ、鉄球おじさんには白髪王子を守ってもらわないと色々問題があるので、攻勢に使えんのです。チクショウめ。

 

 にしても、これ本当にどうにかならんかね?

 一つの思考によって柔軟に運動して攻め立ててくる野生の狼の群れ―――攻めやすいところ見つけたと突っかかってみるとそれが罠だったりしてフクロになりそうで侮れないし。

 道から外れた山中の足場の悪い傾斜で、真っ暗闇の中で命のやり取りをするってのも、精神的にきつい。

 しかも何かこいつら、輝力が高い人間を優先的に襲ってきてるっぽいんだよなぁ。

 

 ……ええと、つまり現状、私なんですけど。

 ウサミミさんと虎縞は言うに及ばず、怪我して気を失ってる白髪と、戦闘力は別として輝力自体は実はそれほどって感じの鉄球おじさんが現存している味方だとすれば、うん、ビカビカ脚を光らせてる私を狙うよね、そりゃ。

 ホント勘弁、マジ勘弁。こんなの給料内の仕事じゃねーわ。

 って言うかそもそも私、脳筋の国から給料もらったことなんて無いっちゅーねん。

 ―――いやまぁ、だからって白髪達見捨てて逃げる訳も無いんだけどさ。

 うん、動物の首筋を蹴り上げる感触も気持ち悪いし、ちょっと愚痴りたくなるんです。

 ああ、もうヤダ。

 早く都市部の安全な場所へ引き上げて、姐さんとのんびり晩酌でもしたいわ。

 どうやら鉄球おじさんが白髪王子達を抱えて離脱することに成功したみたいだし、気付けば山の中に一人だし、狼の唸り声恐いし―――ああもう、誰か、ヘッルプ・ミー!!

 

 ―――ぉ?

 

 ……ぉお。

 

 ええと、突如として眼前でアニマル大合戦が始まりました。

 具体的には狼の群れ対犬の群れって感じ。

 つーか犬、めっちゃ強いな。狼の群れを叩きのめしてる―――っと、?

 頭上に薄っすら、金色の光。目を奪われた次の瞬間、眼前にボトリと―――何コレ、リス?

 掻っ捌かれた腹から、何か瘴気が出てるんですけど。

 

 ……ああ~、なるほどね。このリスが魔獣ですか。

 

 ああ、うん、なるほど。狼の群れを支配下に置いてるからって、魔獣まで狼とは限りませんよねー。

 つまり、やたら群れの動きが統率されてたのは木の上から状況を俯瞰してたから、ですか。

 うわぁ~、ひょっとしてこれ、何も考えずに必殺キック(名前未定)をぶっ放してれば速攻で終わってたんじゃねぇの?

 その場合は土砂崩れの二次災害が起きるような気がするんだけど。

 魔獣が死んだって解ったら、狼も撤収していくし……何か、知恵を働かす努力をせずに無駄な殺生をしちゃった気分だなぁ。

 

 ―――はぁ、元気を出すでござる、ですか。

 残念ですが私、気力だけで立っている状況なのでそろそろ限界なのです。

 大体ね、一人で劣りみたいな真似してましたけど、別に私も魔獣退治の経験とか殆ど無いですから。

 無理無理、もう無理、倒れていいですか? あ、良い?

 それじゃあ遠慮なく。おやすみなさ~い。

 

 ……ところでお宅は、どちらの巨乳さんでござる?

 

 

 ・Λ月Χ日

 

 目を覚ましたら姐さんにぶっ飛ばされました。

 そのまま何も言わずに部屋から出て行くもんだから、とりあえず言わなきゃいけないのかなぁと思って『ツンデレ乙』とか口走ってみたら、閉じられた扉の向こうで何かが粉砕される音が聞こえました。

 ……天井から埃が零れ落ちてきたのは、何も考えるなと言うことなんでしょうか。

 

 え、何よ虎縞?

 

 ツンデレがツンデレに向かってツンデレとか言ってて笑える?

 黙れ。お前は良いから、黙って白髪王子の病室でも見舞っておけや。

 お前居ると、私が休めないから! ホレ、そこで伏せてるウサミミさんも運んでいきなさい。

 

 あん? 『はいはいツンデレ乙』じゃねーよ、うるせーなチクショウ。

 もういいから、とっとと出てけ!

 

 ……ふぅ。

 ええと、ヴァンネット王城です。

 森の中で狼の群れと乱闘して気を失って、目を覚ましたらお城でしたとかどんなファンタジーと言うか、もう童話の世界じゃねーの。

 しかもスゲェ。この部屋多分、貴賓室だぜ?

 つまりコレは、ガレットは私のことをちゃんと『お客』だと認識しててくれたってことだよね!

 ―――え? 何でしょうかメイドさん。

 と言うか二十台半ばで堂々とミニスカフリフリのメイド服を着こなしている貴女は、本来姐さんの御付の方じゃ……はぁ、姐さんのご好意ですか。

 そうね、いつものように白髪王子の仕事部屋の脇の簡易ベッドとかに放り込まれてたら、流石に泣きたくなるもんね。

 あれだけ血を流したんだからたまには良いベッドで寝かしてもらうくらいの役得が無いとねー。

 ハハハ、役得役得……って、あの、メイドさん。

 

 だから変なタイミングでため息吐くのやめようぜー?

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

「いやぁ、拙者、あの頃は本気で、シガレットはガレットの人間だと信じて居たでござるよ」

「うん、今思い返すと、オレもあの辺りから本気でガレットに取り込まれかけていた気がする」

 ユキカゼの言葉に深々と頷くシガレット。

「レオ様とシガレットが、目に見えて仲良くなり始めたのは、あの頃」

 その横で、ノワールがボソリと付け加えた。

 

 風月庵。

 竹林に囲まれた藁葺き屋根の和風屋敷の縁側で、彼等はしみじみと懐かしい頃を語り合っていた。

 部屋の片付けはどうしたか、と言えば。

 

「修行でしばらくこっちに寝泊りするからって、何も、女の子が男の部屋をそのまま使わんでも」

「それを言ったらシガレット。何も無理して、部屋を片付ける必要もござらんよ」

「うん。今更レオ様もそんな事気にしない……しない、かな?」

「いや、アレでなかなか、そういうの気にする人なんだ、あの人」

 

 疑問符を浮かべるノワールに、シガレットは肩を竦める。

 しかも、シガレットに対する怒りと言う方向に感情ベクトルを向けるのではなく、自身の不甲斐なさ―――女性らしさ、と言う意味で、色々と思い悩んでいるらしい、当人的に―――にしょぼくれる方向に進むのだから、シガレットとしてはいたたまれないのだ。

 

「いらない負担を押しつけるのも、まぁ、なんだし。このくらいは自主的に」

「おお。男の甲斐性と言うヤツでござるな」

「というか、ノロケ話?」

 

 遠くで鹿威しの音が鳴る。

 夏も間近の、青い空。

 

 ―――風鈴の音が足りない。

 

 膝の上に乗っかってきた隠密犬の背を撫でながら、シガレットは残念に思った。

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

 



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少年編・3

 

 

 

 ・"月и日

 

 ビスコッティ騎士団隠密部隊。

 サムライとニンジャと賢いワンちゃんで構成された、まぁなんていうか、どちらかといえば裏方仕事を担当する部署と言うか、隠密って書いてあるんだから読んで字の如くですね。

 先日の魔獣発生事件に対する対処に手間取っていた私達を救援してくださったのは、たまたま近隣を回遊していたこの部隊だった訳です。

 今は、お見舞いと言う事で金髪の巨乳さんが―――五年後の姐さんすら凌ぎそうな巨乳、巨乳万歳さんが、いらっしゃっています。

 

 て言うか、他国の隠密に国内に踏み込まれてるとかウチの国ヤバくねー?

 

 ……とか、挨拶の傍ら素で考えてしまって、そのあと私もその他国の人間だったって思い出して欝になった。

 そりゃ、三年も居ればいい加減間違えやすくもなるわ。

 ましてやつい先日までガレットのために命かけてたとあっちゃぁ。

 そろそろ転属願いとか出すタイミングだったりするのかね~って、え? ああ、そうね。そんなことしたらしょんぼりさんがしょんぼりするでしょうよねぇ。

 ははは、否定なんてしませんよ狐さん。所謂幼馴染的なアレですしね、しょんぼりさんと緑の人辺りは。

 

 え? 姐さんに請われたらどうするかって?

 

 それこそ無いですって、ホレ、あの人ツンデレだし―――って、なに!? 窓から石が!?

 そんなにカリカリしてても何もしませんってば!

 パツキンで歳に見合わぬ巨乳の狐耳が目の前で笑ってたって、流石に初対面で―――え? うん。紫の人のサインならちゃんと全部保存してあるよ? 悪い?

 あ、オイちょっと待て、人がベッドから動けない時に家捜しするなよ!? おいこら、待て、お願い待って!! ちゃんとガキの頃姐さんもらったミミズののたくった字で書かれたサインも持ってるから! ね!?

 って、余計に駄目だったかー!!

 

 ……ええとね、狐さん。

 そんな訳なんで、しょんぼりさん達には元気ですのであんまり心配しないようにお伝えください。

 

 うわぁ、年上の女の人に苦笑されるとすっごく恥ずかしいんですけどねー。

 ワンコの集団まで笑ってるし。

 まぁ、シリアスに命のやり取りしてるよりは、マシ……かな、うん。

 平和が一番。

 

 

 ・Γ月゜日

 

 不定期に開かれる戦争然り、先日の魔獣討伐―――じゃなくてアレ、本当は街道の安全確保のための害獣駆除だけの予定だったんだけどなぁ。

 まぁ、兎も角。

 銃火器に代表される近代的な兵器の無い世の中に於いて―――もっと言えば職業騎士なんてものが存在する世界であれば、当然冗談でもなんでもなくこんな存在も発生する。

 

 曰く、『大陸最強の剣士』。

 

 ハッハ、ワロス。

 とか言いたい場面ではあるんだけど、これが残念、マジなのである。

 具体的に言えば怪我の治った白髪王子が鎧袖一触って感じ。

 ヤベェ、チート臭い強さだ。一応白髪王子って強い方の人だった筈なんだけどなぁ。

 ぱっと見の印象としてはのんびりした空気を纏っている女性なんですけど、反りのある片刃の大剣を一度引き抜いたが最後、ぐわっときてど~ん。白髪は死んだ。……って感じ。

 因みにこの方、ビスコッティ騎士団隠密部隊の棟梁さんです。

 基本的に課せられたお役目にしたがってあっちゃこっちゃうろついている方らしくって、私も会うのが初めてだったりします。

 腰まで垂らした三つ編みに隠れた、騎士服の上に羽織った羽織の背中に堂々と刻まれたマークが、家紋みたいで―――なんつーか、武士の人って感じ。

 流浪人ってやつですかね、多分。

 いや、主武装が叩き潰す系の大剣ですけど。しかも輝力纏わせてるから岩とか白髪とか鉄球とか余裕で割るぜ?

 にしても、この流浪人さんも、金髪巨乳の巨乳狐さんも、隠密部隊の人は和装をしないといけないとか言う決まりでもあるんかねぇ。

 何か久しぶりに見たよ、和服。ミニスカっぽかったり袖が無かったりなんちゃって感が強いけど。

 どっかの国が召喚した当時の勇者とかが無理やり流行らせたとかだったりしてな。

 

 しかし、久しぶりに和服とか見てると、ついでに米とか味噌汁とか緑茶とかも食ったり飲んだりしたくなってくるというか……なんでしょうか、巨乳狐さん。

 

 え? あるの?

 

 わーい、行く行く。

 

 

 ・Ι月Ο日

 

 鹿威し……鹿威しの音が聞こえる!

 って言うか何故竹林!? 西洋風の大使館の脇に、何故和風庭園と草庵がある!?

 最近全く感じてなかったけど、今日は久しぶりに別の意味でファンタジーな気分を味わってるぜ……!

 うん、キミ達タイトのミニで座布団の上に正座するとか、チャレンジャーだよねーとか、突っ込まないのがマナーなんでしょうね。

 お茶が美味しいから、はしたないとかって他人の趣味に文句をつけるのは駄目だよね、うん。

 それにしてもお茶請けに煎餅とか、ヤベェ、涙が出てきそうだ。

 

 ん? ああ、いやいや全然。国境付近の田舎の牧場の生まれですよ僕は。

 へー、ほぉ。ああ、こういう和風っぽい地域もあるんですね。

 あー、いえ、その辺お察しくださいってことで。

 勉強熱心な私は、資料で異世界の情報を見たとか何とか多分そんな感じ。

 そうねー、ちょっとこののんびりした空気に、気が緩みすぎてたねー。

 いや別に、転生がどうのとか、ばれても『個性』の一言で済ませてくれそうなヌルい空気が蔓延してる世界だけどさ。

 でもサムライとかニンジャとかに下手に隙を見せると、いざって時に背中からズバーって行かれそうだしなぁ。

 

 え? 他国の王配にそんな真似しない?

 ……ごめん巨乳ニンジャ。誰が何だって?

 いや、婚約者とかでもないから。そういうボケとか要らないから!

 そうよねー。お宅ら冷静に考えれば、私がビスコッティの人間って事にも気付いてないもんねー。

 うわ、驚いてる。マジで驚いてるぞこの和風コンビ。

 お前ら一応定期的にフィアンノン城に顔出してるんだろ? しょんぼりさんとかから何も聞いてない訳?

 

 ―――はぁ、『新しい仲良しが出来ました。ヴァンネット城で暮らしてます』ですか。

 うん。どう考えてもガレットの人間だと思うわ、私ですら。

 いやでもホラ、違うから。私これでも、ビスコッティ騎士団の百人長待遇なんだけどなぁ、いつの間にか。

 何時見習いを卒業したんだとか、叙任式とか受けた覚えねーよとか、もう突っ込む気も起きないけど。

 多分、しょんぼりさんをいつもの調子であしらってるうちに叙任しちゃってたんでしょう。

 それとも、八歳の誕生日祝いだとかで白髪王子の爺さんがくれた勲章っぽいのとかがそれだったのかなー?

 

 そういえば、流浪人さんはウチのイケメン騎士団長とどっちが偉いの?

 ……はぁ、自由騎士でござるか。じゃビスコッティに籍だけ置いて、たまに剣術指南とかですかね。

 へぇ~、ああ、緑の人を鍛えてきた、と。止めようよ、私がボコられるケースが増えるから。

 え? 何よニンジャ。味方じゃないのかって?

 

 ハハハ、味方だからボコられるんじゃん!

 

 

 ・¨月‐日

 

 流浪人と巨乳ニンジャが去っていったのと入れ替わるタイミングで、三馬鹿の黒いちみっこが帰ってきました。

 ははは、やったね!

 これで書類仕事がちょっと楽になるわー。

 助かる、本当に助かるわー。帰ってきてくれて本当にマジで感謝。

 リコたん仕込みの事務仕事テクニックを、思う存分発揮してくれたまえ!

 

 ……と言う訳でちみっこ、ウサミミさんと虎縞はキサマの管轄だから、宜しく。

 文句言われても知らんわ! こっちは外で乱闘してる白髪と鉄球オヤジの代わりで手一杯なんだよ!

 あいつらホレ、この間の魔獣騒ぎであんまり活躍できなかったことに思うところがあったらしくて、最近は訓練訓練また訓練ってのばっかりだし。

 まぁ、周り皆頑張ってたのに、一人で伸びてお荷物でしたとかって結構プライドに関わるだろうから、仕方ないとは思うけどさぁ……って、意外な顔するなよ。

 私だってホレ、一応男の子ですから。

 勝ちたいとまでは思わないけど、せめて負けたくは無いんですよ。

 日頃の努力は何のためにって話になるし、それに白髪の立場だと、ねぇ。

 この国、偉い人まで強くないといけないとか、大変だよね。

 うん、お隣のしょんぼりさんとは偉い違いだ、ウチの国の王族。

 

 ……何、三馬鹿、その人を馬鹿にしたような目は。

 本当に何よ。ちょっと、おい……。

 あの、メイドさん? はぁ、気にしなくて良いですか。……じゃあ、良いのかなぁ?

 

 何か、重大な事実を忘れてるような気がするんだけど……。

 

 

 ・!月⊿日

 

 なんでちびっ子が帰ってきたのに、私はこっちに滞在したままなんだよ、なぁ上司ぃ!!

 しかも『帰ってくる』って言葉を当然に使っている自分に違和感がなくなってたじゃねぇか!

 その辺どうよ。直属の部下放置しすぎて隣の国に取られかかってる今の状況、なぁ、直属の上司さん―――痛い! ちょ、ゴメンやりすぎた! だからちょっと、その振り上げた拳を下ろせ、緑の人!

 久しぶりに会ったのに益々凶暴に―――馬鹿、電柱、じゃない殿中でござるぞ! 剣を抜くな!

 

 ―――ええと、しょんぼりさん達がヴァンネットまで遊びに来ました。

 

 つい半年前に街道に魔獣騒ぎが起こったばっかだってのに尻が軽いねぇとか思わんでも無いけど、何か話を聞いてみると、だからこそ、という事らしい。

 やっぱり巫女さんって事なんだろうね、領主様家の発端って。

 通り道すがら、家伝の宝剣片手に魔獣が発生したあたりでフロニャの加護に感謝感謝のお祈りだそうな。

 あれかね、地脈の流れが変わるとか、邪気を払うとかそんな感じなんでしょうか。

 まぁ、なんにせよ、しょんぼりさんが頑張ってくれてそれで魔獣の出現率が下がるって言うんなら、現実頭が下がる話ですよ、魔獣のせいで死に掛けた身の上としては。

 という訳で、ウチの白髪王子に代わって御礼申し上げ―――逆だよ、逆。

 私の上司のやったことなんだから、私が白髪にお礼言われる立場だわ。

 

 ―――は? 何よ緑の人。すっかり馴染んでるなって?

  ははは、もういい加減言われなれたから、それ。

 

 って言うか本当に、私は何時までこっちで生活するんでしょうか?

 もう六歳の頃から、かれこれ四年になるんですけど。

 いやまぁ、毎年毎年恒例の牧場でのバカンスやってるついでに実家には帰れてるから良いっちゃ良いんだけどさぁ。

 

 ―――へぇ、母上様から手紙預かってる?

 

 領主の娘に手紙預けるとか、あの人、我が親ながら相変わらずパネェな。

 そこの秘書さん、さすが貴方のご両親ですねって顔しないで!

 前世の記憶よりも引いてる血の方が意味合いが大きいとか、たまに私も無駄な考察をしたくなる時はあるけどさ~っと、へぇ、生まれたんだ。

 ああ、うん。しょんぼりさんもお楽しみにしていた妹五号が遂に生まれたってさ。

 四年の間に一号から五号が揃うとか、割りとちょっと母上、気合入れすぎじゃねーのとか思うんだけど、まぁ、多分家族が増えることは良いことだよね。

 親父殿は一家の大黒柱として仕事頑張ってくださいって話です。

 五人も子育ては大変だろうなぁ。

 

 ―――と言うか、前から疑問に思ってたんだけどさ。

 

 定期的に来る報告書で、何時の間にか、見習い⇒平の騎士⇒十人長⇒百人長、と自分が出世してることに気付いている私なんですが、これが一向に給料が上がったという話を聞かない……と言うか私、此処での生活費って某者の某親衛隊の運営予算の雑費から出してる気がするんだよね。

 滅多に自国の大使館に顔出してない私が悪いっちゃ悪いんだろうけど―――うん。

 ギャラ、一体何時振り込まれてるの?

 

 ……はぁ。まぁそうよねー。

 

 うん、兄としては、妹を山の手の学校に入れてやろうとか言っておけば良い場面なのかな。

 と言うか、母上様が自重しないのが自分のせいだったとか、ちょっと色々微妙な気分だなオイ。

 まぁ良いけどね、いざとなったら白髪王子にギャラ要求するから。

 うん、しょんぼりさん、キミも早く出世して、私を養ってくれ。

 そのかわり、いざって時の盾代わりにはなるから。

 

 ―――んで、今日の来訪ってひょっとして手紙私に来ただけ?

 何か領主様の姿も見えたような―――ああ、本当に居るんだ。

 一家揃って国空けて平気なの? あ、お呼ばれした……なんで?

 

 へぇ、戴冠式。

 

 ……誰の?

  

 

 ・_月★日

 

 ―――そうね、私が十歳になるってことは、そりゃ姐さんが十二歳になるって事よね。

 

 フロニャルドの常識で言えば、十と二つも歳を重ねれば、そろそろ仕事をしていておかしくないと言うのが当たり前の話だったから、翻って十二歳を迎えた姐さんは。

 ガレット領代表領主息女であるレオンミシェリ・ガレット・デ・ロワさんは。

 

 ―――つまり。

 

 居並ぶ文武百官。

 祝詞を詠う聖職者達。

 祝辞を述べるために集った、友好国の使者達も。

 そして勿論、その式典の参列者の只中を、真っ直ぐに敷かれたカーペットの上を神妙な面で歩む姐さん自身だって。

 

 だからまぁ、祝福するべきことなのだろうと思う。

 ガレット領主家に伝わる宝具を、最早先代である筋骨逞しい彼女の祖父から受け取っているその姿。

 祝福するべき、事なのだろう。

 宝具を掲げる姐さんに向かい、拍手が。列席者達から、鳴り止まぬ拍手が。

 姐さん自身は、誇らしげな顔をしていたから。

 

 だからつまり、それは祝福するべき事実に違いない。

 

 ガレット獅子団領国代表領主、レオンミシェリ・ガレット・デ・ロワが誕生したことは。

 

 歓迎しよう、僕も。笑顔を向けられたのだから。

 そう、例え。

 

 ―――例え、当たり前のようにガレットの武官の列の先頭に並ばされてるという、どう考えてもちょっと本当にこれどうしてこうなったの、ねぇ、誰か教えて……。

 

 

 ・#月з日

 

 というわけで、姐さんが領主様にクラスチェンジしました。

 先代の爺様がそろそろ体力の限界だったらしいから―――って、先代様、つい先日も庭先で若い騎士をふっ飛ばしてましたよね……。

 体力の限界とか、そういう冗談は先ず、その上腕二等筋をやせ細らせてから言おうぜ。

 

 まぁ、先日姐さんも十二歳の誕生日を迎えた後だったから、丁度良かったって所なんでしょう。

 そもそもフロニャルドの社会が、往々にして女系女子の系譜を優先させる傾向があるから、やっぱ、優秀な女の子が居るなら早めに―――とか、考えちゃうんでしょうね。

 因みに、先だって民主主義に則り領主の選任のための選挙も行われてたみたいです。

 形式が米国の大統領選挙みたいなやり方だったんで、加えてこっそり行われてたみたいで気付きませんでしたけど。

 投票権を持つ各都市町村の長達の満場一致によって、姐さんは見事当確してたんだとか。

 まぁ普通に国民人気も高い人だし、日本式のやり方で選挙しても当選は確実でしょうけど。

 尤も人気は人気でも、今舞台を貸しきって詠って踊っているしょんぼりさんみたいなアイドル的な人気と違って、アトラクションヒーローのような……格好良い系の人ですよね、ええ。

 小さい男の子に大人気です。 

 

 ん? どうした白髪。

 ―――ああ、姐さんが領主じゃ不満かって?

 いやいやまさか。投票権があれば、私も普通に姐さんに信任投票してるわ。 

 

 ―――でもまぁ、、実際は日本の普通選挙みたいなやり方だったとしても、私、投票権無いんだけどね。

 

 ねぇ、無いですよね、領主様?

 我が親愛なるビスコッティ領主様? そこのところどうなの?

 ……はぁ、千人長ですか。気付かないうちにまた出世してたんですね、私。

 それは一応、ビスコッティに私の席が残っていると考えて宜しいんですよねー?

 それなら何で私は儀式の最中延々とガレット側に整列してたんでしょうねー……え? 

 

 ……ええ、ええ、そうですとも。素で自分で間違えてましたよ。

 三馬鹿引き連れて当たり前のように―――って言うか、だって気付いてたなら誰か止めてくれよ!

 会場の中整列順の指定図に、だって私の名前初めからあそこだったじゃん!

 皆も違和感持ってなかったし!

 あれか? 私はスパイの浸透作戦の役割でも任されてるのか!?

 

 このまま新領主に取り入って垂らしこんで―――…………えっと。

 

 あの、何で皆、そこで、黙るの?

 

 

 ・Κ月Μ日

 

 で、領主になった感想は如何? 

 ―――はぁ、うん。

 いえいえ。領主様と向かい合ってお酒を飲むことが出来て、私は実に幸せですとも。

 え? お前の図太さは変わらんなって? だってほら、もう気にしたら負けかなって。

 最初窓から侵入してたのに、最近廊下からフリーパスだもんねー。

 コレ絶対あれだよ。

 メイドさんたち私らの反応見て楽しもうって魂胆だから、適当に状況を受け入れてスルーが一番だって。

 今更今更。

 お互い飲酒年齢満たしてるんだし、もう堂々とアダルティな夜を楽しんでれば良いんだって、きっと。

 

 ―――え、何でそこで怒るの?

 いや怒ってないって、その拳の震えはどう考えても……って、あの、メイドさん?

 なしてテーブルの上を勝手に片付けるのかと……あ、ちょ、退出すんな、おい……げ。

 

 

 ―――暫らくお待ちください。

 

 

 じゃあ、気を取り直して乾杯と言うことで。

 全然懲りてないなって? ははは、何のことやら。

 私はもうキミ達姉弟のDVな日常に付き合い続けて早四年よ?

 たかが生傷一つ増えたところで、今更行動を改められたりしないっちゅーねん。

 どうせ今後もこんな感じの平穏かつ非平穏な日常が続くんだろうから、ま、健全な政治をよろしくお願いしますよ領主様って事で―――何よ?

 

 お前は手伝ってくれないのかって?

 

 ……いやいやいや、ちょっと待とうぜ。

 それはあれかね、領主閣下。

 ひょっとして私は、キミん所の白髪王子と同レベルの扱いされてるってことか?

 

 失敬な。

 

 あのね、近衛の運営予算が毎度毎度滞りなく運用されているのは一体誰のお陰だと。

 月末ごとに誰が徹夜してソロバン弾いてると思ってるのさ。

 それをキミはあれか? その恩人を全く書類仕事をしない白髪王子と同列に扱う気か?

 いやいやいや、下の者の仕事をちゃんと評価してくれないと困りますよ領主様。

 ホントそこのところご理解の程を頼みますよ―――いや、本音を言えば出来れば文官で優秀な人一人くらい回して欲しいんだけど。

 回ってきてもどうせ、『特訓だ! 』の鉄球おじさんの号令があった次の日には異動願いが机の上に置かれてるんだろうけどさ!

 

 ……って、あの、姐さん?

 なしてそこで笑う?

 

 

 ・η月ι日

 

 ウチの……うん、『ウチの国』の領主一家とかを初めとする諸外国のお客様も、各々ご帰国なされて、ついでに領主交替を祝う長い宴の日々も収束したとなれば、いよいよ新領主を旗頭に通常業務の再開と相成ります。

 まぁ、先代様の隠居にお供して、てっぺんに位置していた人たちも結構な数が舞台から降りてしまった訳で、ヴァンネット王城はしばらくは新人事に伴う混乱もあって、ドタバタと慌しい日々ってところでしょうか。

 

 我らが白髪王子も王孫から王弟扱いに格上げされたもんだから、まぁ科せられる役割も増える、仕事も増える、書類も増える―――逃げるなウサミミ!

 お前まで逃げたら今日中におわらねぇんだよ!

 ホレちみっこ、仮眠の時間は終わりだ! 手を動かせ!

 虎縞は罰ゲームとして全員分のコーヒーでも入れて来い! ブラックで! あ、ちみっこには砂糖四つな!

 

 ―――ぶっちゃけあんまり、近しいところだと何も変わってないよなぁ。

 姐さんが先代様に代行して仕事をこなしてたのって、もう一年以上前からだし、白髪王子が相変わらず字が汚い―――と言うかコイツ、つけペンの使い方下手過ぎるだろう……。

 コレだけ羊皮紙駄目にされると、羊が何匹犠牲になっても仕事が終わらんわ。

 つー訳で、白髪も何時もどおり窓の向こうで平和そうに鉄球おじさんと戯れている日常的な光景で、うん、ムカつくから後で久しぶりに必殺キック(名称募集中)の餌食にしてやろう。

 

 あ、そういえば変わったことが一つだけあった。

 ハンサムさんが遂に将軍閣下にならせられました。軍のトップですね。おめでとうございます。

 ウチのイケメンのほうが一歩早くてっぺんにたどり着いてたんですけど、まぁ、ウチの国と此処だとそもそも規模がなぁ……。

 そのうちイケメン一騎打ちとか興行したら面白そうだよねー。

 ハンサムさんって大抵解説役ばっかりで戦場で戦ってるイメージが希薄なんだけど。

 槍持ってるよりペン持ってる姿の方が思い浮かぶ……羨ましいなぁ、書類仕事が出来る上司……だから枠外に落書きするんじゃねぇって言ってるだろうが虎縞ぁ!!

 今度やったら、姐さんのところの遂に二十台半なのにそれでも堂々とフリフリミニスカメイド服着てるお姉さんと同じ格好させるぞ!

 

 ―――ほんっと、慌しくも平穏な日常だわ。

 

 そういえば、遂に城内に私個人の部屋が用意されたけど、もう今更だからどうでも良いよね。

 

 

 ・Θ月Λ日

 

 新しい王様が誕生したとして、その威を示すのに尤も有効な方法は何か。

 

 内に敵が居たのなら、それを圧倒的な力でもって鎮圧して見せればそれで済む話だ。

 しかし先代の磐石な体制を引き継いだだけの立場となると、事ある毎に比較論で語られてしまう、言ってみれば永遠に鎮火せぬ火種が残り続けるような、そんな政権運営を架せられてしまう。

 そこで無理に火種を燃え上がらせて利用しようなどと考えてみれば、逆に平時に乱を巻き起こすなどと後ろ指を差される始末。

 さりとて、先代と比較されるのを耐え続けるに甘んじていれば、それを弱腰と陰口を叩かれたりもするわけで―――ならば、その状況を脱するためには、やはり。

 

 内に敵を作れぬのならば、外にこそ、目を向けて―――目を向けさせて。

 ……と、言うことでお久しぶりの。

 

 突然ですが、戦争のお時間です。

 

 まぁなんつーか、脳筋国家のお約束と言うか、別に姐さんの政権移譲を出汁にしなくたってお前ら戦争してるだろって話なんですが、そこはそれ。

 今回は、何時もの―――最早定例行事とすら語られるような国境での小競り合い程度のレベルを超越した、かなり大スケールな外征でお送りします。

 徴兵を実施して軍団を編成しての大遠征ですよ。

 敵国要塞線を突破して、最終的には都市の一つでも攻め落とそうぜってレベルの、早い話が侵略戦争です。

 当然相手はお隣の―――ああ、ビスコッティではないんですが。

 王城ヴァンネッタのバルコニーからでも見渡せる、港の向こうに広がる内海を挟んでお隣にある都市国家連合がお相手なんですが―――そう、海戦なんですよね、コレ。

 

 ええと、まぁつまり、現在私、船に乗ってます。

 うん、甲板から周囲を見渡せば、大型の軍艦が、商用船を徴用して設えた輸送船が、まぁ大艦隊を編成していてなんつーか凄いスケール。

 そして振り返って見上げる三本マストに広がる帆には煌くデ・ロワ家の紋章―――御座艦じゃねーかと言うか、まぁいつものことですよね。

 いつものようにビスコッティからの観戦武官じゃなくて、戦力の一つとして重用されてるのも、うん、いつものこといつものこと。 

 だって、この外征の兵員輸送計画編成したの私とハンサムさんだもんねー。

 ハンサムさんは将来役に立つからとかハンサムに笑ってるんですけど、いやいや、現在進行形で必要とされるスキルを泥縄で仕込まれたのは気のせいでしょうか。

 そもそもビスコッティは侵略戦争とか仕掛けねーから!

 

 ―――あと気付いてると思いますが、今回の目的は一つの都市でも攻め落とそう、と言うものでして―――ええ、『都市国家』連合に所属する『都市』を、ね。

 

 ……それ、一つの国を攻め滅ぼすって言わない?

 

 

 ・Φ月Ε日

 

 拝啓母上様。

 不肖の息子たるこの私は、昨日姦計に騙されて、隣国の侵略計画の策定に手を貸してしまいました。

 これをもって一つの罪無き国家が歴史の中に葬られてしまうのであれば、それは我が身の不徳の致す所で―――愚かな息子の愚かな行動を、どうぞ、笑ってやってください。

 

 ……なんて、これが地球の戦争だったら本当にマジで洒落にならない話なんだけど、洒落で済むのがフロニャルドの良い所だよね。

 どうせ侵略達成しても、名誉以外は手に入らないし。

 と言うか、名誉以外手に入らないから広報部がよっぽど上手く版権ビジネスを進めないと、赤字です赤字。

 姐さんの就任最初の戦争ってことで、結構見栄を張って見てる訳だけど、ねぇ兄ちゃん、これ元取れるの?

 初期の持ち出しが多すぎて、ちょっと数字を見て眩暈がしそうだったんだけど……。

 これ、確実に四半期の決算で真っ赤に炎上しちゃうような。

 

 ―――はぁ。

 うっそ、放映権料ってそんなにするんだ?

 ああ、そうね、私は支出の計算しかしてないから、収入の方はノータッチだったわ。

 確かに映像ソフトの売り上げ見込みがこれなら……こんなに売れるの? 

 取らぬ狸の皮算用っぽいような……はぁ、大規模な外征なんて早々無いから、充分売り切れる見込みアリ、ですか。

 う~ん、アスレチック選手権とかなんて、番組改変期の特番でやってれば見るか、くらいだからわざわざビデオ買ってまで見ようとする人の神経は、良く解らんなぁ。

 それならまだ、しょんぼりさんのコンサート映像のソフトでも買った方がマシかなぁ……って、何?

 はぁ、是非売りたいって……そういうのは向こうの国の人と交渉して。

 私はその間に、姐さんのアイドル化計画でも考えておくから。

 多分、リコたんを引き抜いて歌って踊らせたほうがよっぽど安く済むだろうけどな!

 姐さんはどっちかといえば特撮ヒーローとかの類だから、ライバルキャラとか出すと視聴率稼げそうだよねー。

 お隣って、あんまり有名な騎士とかの名前知らないんだけど、誰か華のある人とか居たっけ?

 

 ―――は? 何よ兄ちゃん、その『知らないの?』って顔。

  ……はぁ、楽しみにしていろ、ですか。

 

 いや、人からそういう台詞を言われたときって、大抵ろくでもない状況が発生するフラグなんだよなぁ。

 

 

 ・ψ月‡日

 

 青い空に、青い海。

 集結した大艦隊の甲板には、すし詰めのように兵が立ち並び、海戦の音頭を今や遅しと待ちわびて―――無論それは、海に面した要塞の城壁の上で待ち構える敵兵達とて、変わらない。

 

 ……海沿いの国ってのはあれか、基本的に戦好きなのか。

 

 なんかさぁ、都市国家って聞くとこう、地中海に面した風光明媚な観光地みたいな感じをイメージしてたんだけど、そうよねぇ。

 戦争しに行くんだから、向かう先は軍事要塞ですよねー。

 ハハハ、姐さん筆頭に遠征軍首脳部全員まで含んで滾っちゃってるもんだから、ごめん、草食な国家出身の私としては、テンションに着いていけんわ。

 と言うか、幾ら大きな祭りだからって国家首脳部が丸ごと船の上ってどうなの?

 いや、お城の文官さん達にしてみれば、脳筋の人たちが纏めて外出しててくれた方が仕事しやすいのかもしれないけど。

 良いなぁ、きっと今頃静かなんだろうなぁヴァンネット。

 

 私も、そっちが良かった……。

 

 ―――って、何よ姐さん?

 はぁ、先陣を切るのにその景気の悪い―――って、何で他国の人間に先陣切らせるんだよ!

 そこで回りも『そういえば』って顔するな!

 せめて解っててネタでやってるんだって思わせる努力をしろよ!

 つーか、一応姐さんが主役のお祭りなんだから、姐さんが先陣切った方が良いんでね?

 

 ……ああ、切りますか。

 

 つまり私は確実に突出する姐さんのお守り役と言う事ですねハンサム将軍。

 そうねー。ブラック疾風号の駆け足についていけるの、私くらいだもんねー。

 と言うか、チョコボに頼らず自分の足で水上走り出来るのが私くらいですものねー。

 まさか、ネタで覚えた一発芸がこんなところで役に立つとは……。

 そこで、この水上アスレチックを攻略するために覚えた技じゃねーのって顔しないで、白髪。

 私はだから、専守防衛が国定のビスコッティの人間ですから。

 うん、その割りに攻撃的な紋章術に特化してるって自覚はしてるから、それ以上は言うな虎縞。

 どーせ私の必殺キック(名称選考中)なんて、攻城兵器扱いにしかならんよね。

 防衛戦で味方巻き込むような危険な技をどう使えと……やだなぁ姐さん、別にこの間の戦争で姐さんの隕石落としに巻き込まれたことなんて、何にも恨んで無いですってば。

 ははは、大丈夫だって、安心してあの城壁に突っ込んでくれれば良いから。

 ちゃんと後ろから援護するよ、援護をね?

 

 ははははははは……どうした回り、曖昧な顔で固まっているが。

 

 ほれほれ、戦争がそろそろ始まるんだから、テンション上げていこうぜ~|。

 何でそこで、おい、やってらんねーって顔して出てくのよ、ねぇ、皆?

 

 ……あ~、じゃ、開始の合図の花火も鳴ってるし、姐さん、行きましょうか?

 

 

 ・α月†日

 

 姐さんの後ろに引っ付きつつ、適当に義経の八艘とびゴッコしてたら、敵軍の被害は甚大です。

 そりゃ、飛ぶたびに丸太の足場ぶち抜いてれば、そうなるよね……。

 救助部隊の皆様、お疲れ様でした。

 

 あ、戦争ですが実に順調に、第一チェックポイントと言うか、海上アスレチックを踏破して海岸に橋頭堡を気付きました。

 要塞攻めは、明日かなぁ。

 味方も随分たまに変えられて海に流されちゃったし、海の戦は危険を伴うから日が沈む前に終わらせるってのが国際ルールの安全基準だし。

 

 と、言う訳で現在は明日以降も侵略予定の港湾都市の高台にある有名な温泉宿で一泊。

 戦争中の都市の温泉に金払って泊まりに行くというか、入り口の看板に『歓迎ガレット国遠征軍一行様』とか書いてあるのは久しぶりにカルチャーショックでした。

 まぁ今更、深く考えたら負けかも知らんけど。

 潮風で痛んだ髪を洗い流してるだろう女性陣が温泉から出てくるのもまだだし、オイ白髪、暇だからテレビつけて、テレビ。

 温泉地のテレビって、チャンネル数とか少ないし変な地方局とかやってたりするから、別の意味で楽しいんだよ。

 あ? 人を顎で使うなって?

 ハハ、何時からこの私に向かってそんな偉そうな口聞けるようになったのかな、白髪~?

 誰のお陰で仕事もせずに鉄球おじさんと戯れる毎日を過ごせていると思うと―――そう、解ればいいのよ解れば。

 ―――ところで、お前何時から私のことを『馬鹿兄貴』とか呼ぶようになったっけ?

 年齢一緒だよな? てか、白髪のが誕生日早くね?

 まぁ、あだ名なんてテキトーで良いんだけど……って、何コレ。

 うわ、もう昼間の戦争のダイジェストとかやってるんだ。

 兄ちゃんも元気だねー、あんだけ昼間も中継席で絶叫してたのに、夜はキャスターもやるのか。

 紫の人は温泉に浸かって姐さんの背中でも流してる筈なのに、何と言う格差社会……って、うわ、私映ってるじゃん。

 

 ……いや待て。

 何よこのテロップ!? 何この『天空の聖騎士』って中二ライクな二つ名!

 そりゃ確かに飛んでるけど聖騎士ってお前―――って、笑うんじゃねぇ白髪ぁ!

 そこの従騎士の子、ちょっと走って広報部のところへ―――……って、何ですかハンサムさん。

 今、私の今後の人生が懸かってる重大な局面なんですけど。

 

 ……はぁ?

 今後のためにも今のうちから箔付けしておいたほうが……スイマセン、ハンサムじゃない私には、そのハンサムな語り口は意味が解らないのですが。

 その内解る?

 いや、何か解った頃には手遅れになってるようなその口ぶりは、不安しか……ええい、いい加減笑い止め白髪!

 

 どーして普段からめ一杯貢献してる私に、この国の連中は何時まで経っても酷い扱いするかねぇ?

 

 

 ・λ月б日

 

 要塞攻めです。

 三重の城壁に、内部には高大な迷宮、ついでに出丸からはひっきりなしに矢でも土嚢でも飛んで来いってところで―――まぁ、皆様お疲れ様です。

 守りが守りなら攻めも攻め、丸太以って縄文に突撃したり櫓を組んで城壁に引っ掛けたり、怒声を上げながら突貫を繰り返し―――いやもう、コレで誰も死なないって言うんだから、まさにフロニャの加護の賜物といったところでしょうよ。

 

 因みに今回は先日とは打って変わって、大将各の連中は後方に下がらせて、兵隊さんたちが主役の集団戦です。

 輸送船に乗せて運んできた―――ついでに陸路で到着した連中も含めて、もうレミングスの如くワラワラワラワラと要塞を攻め立ててます。

 

 それにしても梃子摺るなぁ。

 これ、今日中に一つ目の城壁抜けないんじゃないの?

 まぁ、それならそれで私としては温泉宿にもう一泊できてありがたいんだけど……刺身に熱燗とか、久しぶりに味わったよ。

 ヴァンネットだと生魚食う風習が無いからなぁ。

 うん、この戦争が終わったら今度私費で遊びに来ようかな……って、紫の人は何をメモってるの?

 は、旅行の予定? ―――ごめん、良く聞こえなかったんだけど……何、ひょっとして一緒に泊まりで旅行に来てくれるんですか? 

 ……いやいやいや、冗談、ごめん、ちょっと調子に乗っちゃっただけだから落ち着け姐さん!

 というかアンタ、総大将なんだからちゃんと頑張ってる自国の軍隊を督戦してやろうぜ!

 うん、本陣の天幕の中でくっちゃべってる私らの言えた義理でもないんだけど!

 だってホラ、流石に状況に変化が無いまま四半時も過ぎてくれれば、退屈にもなるよー。

 戦管に提案して、奇襲戦ルールに変更して出直した方が良くね?

 ……はぁ、正面から打ち破りたいですか。

 いやまぁ、姐さんの戦争だから、姐さんの趣味に任すけどねー。

 作戦立案担当の私とハンサム将軍の……ハンサム将軍解説で居ねーわそう言えば。

 つーことはあれか、私が一人で苦労するだけか。

 何? ―――はぁ、観戦している民が退屈し出す前に早く何か考えろと……また無茶な。

 城攻めってのは基本的に守ってる方の五倍くらいの人数用意して強引に力押しってのが定番なんだからさぁ、特に紋章術使う騎士は投入しないまま進めるとなると、これ以上どうしろと。

 いや、本当に。

 騎士投入アリだったら、姐さんが隕石落とすなり白髪が無双するなり、或いは私が必殺キックすれば、そもそも第一城壁どころか中央司令部を一撃で破壊出来るから五分後にも戦争終わらせられるんだけどね。

 

 やっぱり空は卑怯だよねー。

 

 まぁ、無いものねだりは仕方ないから、とりあえず戦力の配置を切り替えて防御密度の低いところに集中投入してみようか。

 伝令の子、ちょっと来て~。

 

 

 ・τ月♪日

 

 結局、夜襲をかけて強引に城門を突破しました。

 フハハ、途中から夜襲に備えて部隊から少しずつ人を抽出しておいたのさー。

 攻城戦ルールから変えないまま兵隊さん達のみで要塞攻略。

 うん、私は頑張った。

 一体何度、鉄球おじさんの鉄球に頼りたい衝動に耐えたかと。

 まぁ、余り数も用意できなかったから内部の迷宮の踏破に朝まで懸かりましたが。

 姐さんから軍配と言うか領主剣押し付けられて、最後まで寝ずに指揮して要塞攻略に付き合ってたから、お陰で眠いのなんのって。

 こう言う時は責任者って辛いよねー。

 兵隊さんたちは戦いが終わった後はそのまま休めるだろうけど、責任取らなきゃいけない側は書類仕事が……後回しにすると二度手間になっちゃうから早めにやるしかないしなぁ。

 頑張った兵隊さんたちの査定もちゃんとしないと可哀想だしねー。

 その間に、戦勝者インタビューとかに顔出さなきゃいけないし、物的被害の計算も……ああもう、本当に電卓が欲しいなぁ。

 ホント、統治者ってのは見栄ばっかり張る必要がある儲からない職業だこと……。

 紫の人、お茶入れて……って、もう寝てるか。

 皆旅館に引き上げて大天幕誰も居ないし……って、年齢二十台半ばのフリフリミニスカメイド服の人、居たんですか。

 朝早くから二十台半ばなのにフリフリのミニスカメイド服で、お疲れ様です。

 

 ……うぇ?

 

 いえいえまさか。とてもよく似合ってますよ。疲れた身体に大変目の保養ですとも。 

 ただ、なんとなーくヤバいものを見てしまっているような気分になるだけで。

 フィアンノン城で働いてるメイドさん達みたいなロングスカートとか、或いは紫の人みたいにタイトのミニならまだ落ち着くんですけど、いえ、人のご趣味にケチをつけたりはしませんので。

 単純に私が元日本人だからかなぁ、ミニスカフリルメイド服なんていかにもなモノに過剰反応しちゃうのは……ああいえ、こちらの話です。

 それより、コーヒーありがとうございます。

 でもまだ早い時間ですし、休んでてくれても……ああ、もう直ぐ姐さん起きてくるんですか。

 あの人も夜遅くまで起きてたのに頑張りますねー。

 大将なんだから『後は任す~』とか偉そうに言って一番に寝ちゃっても構わんのに。

 そっちの方がキャラ的に不敵な感じがして似合うし、どうせ兄ちゃんがどうとでもして盛り上げてくれるだろうに……若いうちから女の子が夜更かしなんて、いかんと思うのですよ。

 え? あぁ~、そういえば私もまだ十歳でしたっけ。

 ……思い出させないで下さいよぉ、なんだか、急に疲れがどっと……いやいや、まだ全部集計し終わって……ぉ?

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

「……まぁ、内政に手を出して何も怒られなかった段階で、この状況は決まっていたような」

「あの頃から殆ど王族と変わらない扱いだった」

「マジで?」

「大マジ。そういう風に思っておけって、メイドたちから言い含められてたし」

  

 さらりと語られる、衝撃の事実であった。

 

「むしろ、何故気付かなかったと問うべき場面でござるなぁ」

「いやぁ、うん。生前は平社員で責任のある仕事をさせて貰えなかったからさ、大きな仕事を任せてもらえるのが楽しくって」

 

 ははは、と空笑いでユキカゼの言葉を避けようとするシガレット。

 

「政務にご興味を持っていただけたことは僥倖でした。ですが、それにのめり込んで体調を崩してしまわれましたのは、いただけません」

 

 しかし、別の方向からたしなめの言葉が入った。

 盆の上に人数分の急須と茶碗を乗せた、このジャパニーズスタイルな風月庵に相応しくないミニスカメイド服を―――といっても、家主の一人であるユキカゼも、たけの短いなんちゃって着物だったりするが―――身に纏った、ルージュである。

 

「ルージュさん?」

 何故ここに、と問う言葉に、

「さんは要りませよ」

 などと返す、シガレットにとっては、何気に極めて親しい関係の女性だった。

 

「オレ、公私は分ける性質なんで、私事のときは勘弁してください」

「仕方が無い方ですねぇ」

 

 恭しい態度を崩さぬまま、メイドは主の言葉に微苦笑を浮かべた。 

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

 



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少年編・4

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

 

 ・ルージュの手記(メイド隊内部資料より抜粋)

 

 いやいや、まだぜん……ぶ……ぉ?

 

 その一言を漸くに、彼は机に突っ伏した。

 傍により机の上を覗き込んでみれば、文字とは到底思えないミミズのようなうねうねとした線が何本も引かれているのみで、小さな子供が精一杯背伸びをして頑張った結果と思えば、微笑ましくも思えてしまう。

 それらを手早くまとめ、エプロン下の小物入れに隠した後、そっと、紋章術すら使って揺らさないように椅子から持ち上げて、天幕の脇にある簡易ベッドに寝かせる。

 このベッドを用意していた私の存在にすら気付いていなかったのだから、疲労も極限といった所だったのだろう。

 

 頭が下がる思いだ。

 

 無論、戦場指揮と戦後処理を頑張ってくれた事に―――ではない。

 彼を寝かせたベッドの脇に立てかけておいたフォルダーを開けば、既に領主補佐官部隊―――彼の言葉を借りれば、『ガレット・デ・ロワ・メイド隊』が万端抜かりなく作成した完成済み書類も既にあるのだから。

 では何が、といえば―――。

 

 なんじゃ、寝てしまったのか。

 

 そんな言葉と共に天幕の間仕切りを潜り抜けてくる我が主の姿があった。

 ベッドに寝ている少年の姿を、つまらなそうに、拗ねた態度で見下ろす。

 私はそんな主に対して、こちらの書類を用意している間に寝てしまったようだと―――勿論、彼の面子を保つために、完成済みの書類を手渡す。

 

 わしの仕事を勝手に横取りしおってからに……全くこやつは。

 

 ぱらぱらとめくられていく書類は、私たち主の傍就きのメイド達が丹精を込めて彼の筆致をコピーしたものだったから、主は勿論、彼がそれを作り上げたと信じて疑わず。

 だから鼻を鳴らして詰まらなそうな口調にも、甘えたような声が滲むことに、私はかすかな楽しみを覚えるのだった。

 

 頭が下がる思いだ。

 

 意地を張り、背伸びをして良き領主足らんと必死になっているこの愛すべき主が、彼が関わることにだけは、幼き頃より変わらぬ素直な少女らしさを見せてくれるから。

 立場も変わり、歳を重ねても、変わることなく主を親しい少女として扱ってくれているから。

 主従の誓いで結ばれているが故に、主を上に仰がざるをえない私たちにとっては、真実、彼に頭が下がるのだった。

 その光景の、なんと微笑ましき事。

 彼がおどけて、彼女が笑い、そして彼も笑えば、彼女も笑う―――その繰り返し、幸福な光景。

 私は―――彼女を主と誓いを立てた私たちは、その光景が何時までも続けばいいと思うから、その存続のために労を惜しむことはない。

 

 起こしても喧しいだけだから、そのまま寝かせておけ。

 

 主は一言そう告げて、それから、幾度かその場で逡巡染みた態度を示す。

 書類を私に押し返したあとに、開いた掌を不自然な高さで惑わせたまま。

 震える仕草で、少し、ほんの少しずつ、手が、指が、彼の―――顔、頬だろうか、それとも、額の辺り?

 なんにせよ、私たちにとっては念願叶った光景であるには違いなく―――でも。

 

 ……ぇ、ぉ。

 

 形にならない吐息を漏らし寝返りを打つ彼に、大慌てで主は跳びずさった。

 そしてそのまま、幾度紙を振るわせたあとで、いかにも大げさな態度で天幕を後にする。

 薄暗い天幕の中で、きっとその頬が朱色に染まっているように見えたのは気のせいではなかっただろう。

 天幕の中に忍ばせておいた撮影班も頷いているし、うん。

 傍にあった毛布ほ、寝息を立てる少年に被せて―――主の替わりに、頬にかかった髪を払う。

 

 世は全て、こともなし。

 

 千里の道も、象の歩みも。

 なんの、順調にゴールに向かって歩いている。

 

 その日が来るのが楽しみだなと微笑んで、私は天幕を後にした。

 

 

 ・Ξ月Ю日

 

 目を覚ましたら第二城壁が突破されてた件。

 

 いやいやいや、ちょっと待とうぜ、そもそも何時眠ったかも覚えてないんだけど、まだ昼前よね?

 少なくとも夜明けの時刻までは起きてた記憶があったのに、何コレ、私が寝てる数時間の間に一体なにがあったの?

 って言うか半日も掛からずに城壁を抜けられるなんて、それ、私の昨日の苦労は一体……。

 

 で、どうやったのって姐さんに尋ねてみたら、すっごい目で睨まれた。

 

 ―――何ごと?

 首を捻っていると、こう、本陣に居る重鎮達も苦笑気味に視線をさ迷わせた感じで、なんだかそれが姐さんにはいたたまれない気分を押し付けてしまったらしい。

 姐さんは不貞腐れたように本陣を後にしてしまった。

 で、どう言う事なのか誰か三行で宜しく。

 

 攻略には

 丸一日

 掛かりました。

 

 ……ぁあ。

 え? 私って丸一日以上も爆睡してたの!?

 ちょっと待て、ホント? うわ、マジか~、ってか、起こしてよ誰か。

 どーりで腹の中が妙に空っぽと言うか―――あ、ドリンクの方ありがとうございます紫の人。

 そりゃ喉も渇きますよね、一日寝っぱなしだと。心なしか体が軋んでるし……うぅむ、戦争中になんて不覚。

 丸一日って流石に……いや、確かに最近出征準備で睡眠時間は減ってたけど。

 若いんだから全然無理が利く範疇だと―――えっと、何でしょうかメイドさんズ。ちょっと皆さん、顔が恐いのですが。

 

 ―――はぁ、ああ、いえ、その通りかと。

 いやいやいや、マジでマジで、解ってます、いえ、身に染みましたから!

 

 そうよねー、うん。

 確かに若いは若いけど、若すぎたかー。まだ十歳半程度だもんねぇ、私も。

 成長に体力奪われてる分、限界活動時間はまだまだ発展途上でした。成長期ってそういうもんだって忘れてましたよ、はい。ああいや、成長期にすら入ってないのか、まだ。

 精神年齢は働き盛りの三十代だったから、普通に二十台前半の『若い頃』を想定して48時間フル稼働とか余裕だと思ってたわー。

 若いって言うか、良く考えたらただの子供だもんね。

 いっそ幼な過ぎるわ。幼い割りに普通に戦争指揮とかしてる不思議もあるけどさ。

 徹夜なんてするには、せめて成長期過ぎてからだなぁ。

 文化祭の準備で一週間くらい馬鹿やってー、そんで前夜祭から後夜祭までハイテンションで遊びまわってー、ハハハ、若いって良いなぁ。

 それで一晩寝れば余裕で次の日から無茶できるんだから。

 はやくおとなになりたーい……って、あ痛っ!?

 ちょ、いやいやメイドさん方、ちゃんと反省してますから、そんなに怒らんでも……は? 何よ?

 

 『もっと御身を大切にしてください』。

 

 ……。

 いやあの、えっと、いや確かに私が居なくなると書類一枚提出できなくなるどっかの親衛隊なる部署があるのは確かですが、私は別にそこまで身を惜しむような立場でも……と言うか、あなた方の主様のために、むしろ身を削って見せる必要が。

 ほら、下の人間は上に無茶させないために必死になるのが、封建社会の定番じゃ。

 

 え? だからこそ?

 

 

 ・φ月"日

 

 ―――と、言うような話を起き抜けにされた訳ですよ。

 

 いや、姐さん。

 そこで紫の人とにらみ合いを始められると私もどうすれば良いのか困るんだけど……はい?

 なんですか二十台半ばでも堂々とフリフリミニスカメイド服を着てらっしゃるお姉さん。

 ……いえ、その『何も気にしなくて良いですよ~』とか笑顔でお酒注がれちゃうと、雰囲気的な意味でも更にヤバイ状況に嵌められてる気分が大幅アップしてしまうのですが。

 主に夜の歓楽街的な意味で。黒い鎧来た鉄球おじさんも、呼べば出てくるしねー。

 

 まぁ兎も角。

 姐さんも紫の人と戯れるのはそれくらいに―――え? 何でそこで今度は私を睨むかねキミは。

 いやいやいや、結構背中に気をつけて生きてる方だと思うんだけど。

 お前が迂闊すぎるからだなんて、そんな人を何も考えずに杜撰に生きてるみたいに―――……はい、そうですね。

 迂闊じゃない人間は、国主に向かってぞんざいな語り口調で向き合ったりしませんよねー。

 うん、そりゃ王子殿下を親衛隊の前で容赦なく足蹴してるようなヤツは、迂闊って言われて仕方ないわ。

 

 ……って言うかそう、それだよ。

 昼間の話の続きでも有るんだけどさ、私の立場ってどうなってるの?

 何か最近、当たり前のようにこの国の公文書どころか機密文書指定されるレベルのものまで閲覧つーか記述してる記憶があるんだけど。

 ってか、堂々と戦陣に参列してあまつさえ他国との紛争に介入とかして良い立場なのかな?

 今日まで誰にも怒られた試しがないから、自分が過ごしやすくするために結構色々好き勝手やっちゃってたけど……いや、あの。

 

 そこで皆様に目を逸らされると実に不安なんだけどな、私。

 

 こう、さ。

 何も考えずに状況に流されるままに迂闊なことを繰り返していると、そのうち本国から粛清のための刺客とか送られてきたり―――ハハハ、流石にそれは無いですか。

 いやでもさ、留学生って名目で送り出されたまま、就学期間満了したってのに本国から何のアプローチも無いってのは、考えてみると色々とアバウトに過ぎるよねー……え? ああ、まぁね。

 今まで特に気にしてなかった私も大概ですけどね、そりゃ。

 もうこの際ですから、このまましょんぼりさんが即位する頃までこっちでテキトーに白髪王子を蹴り飛ばしながら姐さんの下男でもして過ごすしか無いかー。

 ―――ん?

 うん、そりゃ、ね。

 いやだって、その時になったら、むしろ姐さんの方が言うだろ?

 

 『ミルヒを助けてやってくれ』って、さ。

 

 姐さんも、実の弟は放置プレイなのに、しょんぼりさんには大概過保護だよねぇ。

 いやいや、良いんだけどね。女の子同士、仲が宜しくて大変微笑ましいですから。

 ハハハ、ツンデレ乙―――っと、そこでフォーク投げるな、危ないな!

 あと、メイドさんたちもヒソヒソと『類は友』とか言わない! 別に私はツンデレとかと違うから!

 

 全くもう……。

 そういえば、紫の人は相変わらず夜は居ますけど、キャスターの仕事は良いんですか?

 ……ああ、アレ兄ちゃんが趣味でやってるの。サービス残業ですか。そうね、あの兄ちゃんひたすら喋り続けるの好きだもんねー。

 一応文官なんだから喋ってないで手を動かせよとか、たま……いや、何時も思うけど。

 ひょっとして今日も―――あ、テレビ有るなら付けてもらえる?

 ―――って何よ姐さん、そのジト目?

 はぁ。―――ああ……うん、そうね。

 さっきまで自分の立場がどうのとか言ってた割りに、確かに私、今お宅のメイドさん顎で使ってましたね。

 と言うか、当たり前のように給仕されてることに、何も疑問も浮かばなかったよ。

 いやだから、ミニスカフリフリメイド服を二十台半ばで颯爽と着こなすお姉さん、そこで『気にしない気にしない』って言うのやめましょうよ、不安になるから。

 何か最近、自分が予期せぬ方向へ躾けられてるような気がするんだよなぁ……って、緊急情報?

 

 ―――ぎゆうぐんの派遣。義勇軍、ねぇ。

 

 義勇軍ってアレだよね。他国から騎士格の人を借りてくるルールの。

 ゲストユニット的な意味合いなら、勇者の次辺りに大胆な作戦だろうに無茶するなぁ。

 いや、単純にビスコッティみたいに人材不足なだけか?

 確かに残る城壁はあと一つだし、抜けちゃえばもうアスレチックエリアの無いバトルフィールドでガチンコだもんね。

 ……にしても、はは。

 第二城壁で時間が稼げたから援軍間に合ったってさー。そりゃ、丸一日もあれば他国から人を引っ張ってこれるよねー。

 おやおや、どうしました姐さん、頬が膨れていらっしゃいますが。拗ねるな拗ねるな。勝負は水物、次は上手く行くってばさ。って、うぉ、だから手元にあるもの直ぐに人にぶつけるのやめようぜ!

 ホレホレ、あんまり怒ってないで明日の戦のためにも情報収集しておけってば。

 多分、兄ちゃんが船の上で言ってた、姐さんのライバルキャラってヤツがコレだろうからさ。

 

 ……今気付いたけど、最初から戦争スケジュール通りの援軍だったなら全然緊急情報じゃないよなコレ。

 恐いなぁ、マスコミの演出って。現実を疑いたくなっちゃうじゃないか。

 あれ、でも私、こんな援軍が来るなんてスケジュール聞いてなかったけど……いやまぁ、外様の人間に全部話せるって話でも無いかぁ?

 あ~うん、いやいや、別に拗ねてなんか無いけどさ。

 うん、もう姐さんの身内みたいなモノだもんね私。 

 ハハハ、だってホラ、しょんぼりさんと白髪を妹弟コンビって考えれば、私ら兄姉の年長者コンビじゃないか―――って、ちょ、ここ怒る場面じゃないよね!?

 ぁあ、もう。ワインが服に掛かったじゃないか。

 姐さん、お酒飲むと手が出やすくなるよね……いえ、何でもありませんとも。

 さ~って、義勇軍って何処の何方が来るのかな~……………………………………………………。

 

 ……………………………………………………へぇ。

 

 へぇ、ビスコッティ共和国騎士団所属。

 ビスコッティ共和国かぁ、何か聞き覚えのある名前だね~。

 ふ~ん、期待の新鋭。騎士団長の妹で千人長の、なんと御年まだ十歳。

 十歳。うわ、私と同い年で千人長とか、滅茶苦茶エリートさんじゃないですか。

 ―――で、ほぉ、侵略に加担してる自国の人間を捕縛に着ました、と。

 何処の不届きものだろうねぇ、侵略国家に混じって勝手気ままに侵略に加担してるような阿呆は。

 

 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ。

 

 …………。

 

 ちょっと待てーい!!

 

 

 ・γ月л日

 

 あなた は しにました 。

 

 ……と言う状況まで一直線って感じです。

 何ゆえ―――ほら、何ゆえ他国同士の戦で我々ビスコッティ人が切りあっているのか、ね?

 ちゃんとホラ、義勇軍の役目果たそうぜ皆!

 そこら中にお前らの獲物居るから! ほれ、そこの鉄球おじさんとか、三馬鹿とか白髪とか!

 誰でもいいからガレットの連中狙えよ!

 お前ら一個小隊纏めて私に向かってきたら何の意味も無いじゃないか!

 

 つーか死ぬ、マジ死ぬ。

 強さ的には十把一絡げだけど、数が居るから地味にチクチク痛ぇ。

 オマケに緑の人が指揮してるから、私の嫌がるやり方を巧妙に仕掛けてきやがる。

 酷い話だよ全く。城門を突破していざ最終バトルフィールドへなだれ込んだ途端、やつら一直線に私だけを狙ってきやがった。

 先頭に姐さんとか居たのにねー。

 

 ……にしても、知らないうちに見ない顔が増えたなぁ、ビスコッティ騎士団。

 キミ、名前なんていうの? エミリオ君か。

 へぇ、勤続三年……あ、でも年齢的には私らとトントンなのね。

 何かイケメン騎士団長と同じ苦労人の相が出てるけど、まぁ、緑の人のストッパー役を是非頑張って……は?

 あ、ごめん、それは無理。

 私にできることはしょんぼりさんをイジめるのと白髪王子を伸す事くらいだから、緑の人の手綱を握るのは難易度高すぎ―――うぉい! 味方巻き込むところだったぞ今の紋章剣!

 エミリオ君気をつけろ! ヤツはキミごと私を斬る気だ!

 だからキミは、安心して私の盾になってくれーい、とう、必殺キック!

 お~お~、まるでボーリングのピンのようだね小隊諸君。

  

 じゃ、そんな感じでさらばだビスコッティの皆さん!

 義勇軍に来たくせに、精々同士討ちを繰り返して全国のお茶の間に無様をさらすが良いさ~ハハハハハ!

 

 

 ・ヾ月'日

 

 正座中。

 

 ―――ごめん、ちょっと調子に乗りすぎたね。

 いやね、最近自分、一対一なら無双状態の白髪の攻撃すら割りと高確率で避けられるようになってきたからさ、うん。

 何ていうかこう、命の危機を久しぶりに感じて、ちょっと過剰反応しちゃいましたというか……。

 冷静に考えたら、私もビスコッティの人間だよね。

 ははは、他所様の戦争に敵味方で乱入して、何をうちゲバしているんだって話ですよねー。

 だってさー、何か身内が総出で学校の授業参観に来た時並みの羞恥プレイを感じちゃってさー。

 

 ―――っていうか、何でしょんぼりさんとイケメン騎士団長が解説やってるんだよ!

 

 お前らこの戦争と全然関係ないじゃん!

 特にイケメン騎士団長は私らみたいな次世代組じゃなくて、リアルタイムで国家の重鎮なんだから、こんなところで暇してる場合じゃ……って、あ、流浪人さんが国に居るんですか。

 あの人達も風来坊で滅多に一つのところに留まりませんけど―――まぁ、私はあんまり話したこと無いなぁそういえば。変な誤解されてたよな、前。と言うか、連中が義勇軍で来なくて助かったんじゃね、ウチ。

 流浪人さんが一人居るだけで、多分こっちの首脳部全滅で戦局ひっくり返ってたべさ。

 

 ……って、そうですね、私はビスコッティの人間ですよね、だから。

 だってホラ、キミらひたすら私のこと放置しっ放しだしさぁ。うん、だからって勝手に戦争に参加してんじゃねーよって話なんですが。

 でもこれ、普通に演出に組み込まれてましたよね。

 いえ、見事に台無しにしちゃいましたけど。怒った緑の人の相手なんて恐くてやってられないっちゅーねん。

 あ、エミリオ君たちは輝力の集中が甘いってお伝えください―――つか、せっかく風来坊一味が居るんだから鍛えてもらえば良いじゃないですか……あ、まだ鍛えてもらうに足らない状況、と。

 そうね、剣打ち合っても一合持たないかもですものね。私でも無理だし。一撃目で掠って二撃目で死ぬ。

 てことは今回はつまり、ゲスト扱いでガレット軍を相手に体よく若手の連中の実践訓練って所ですか。

 ウチの国はそんなに戦争やってませんけど、まぁ、山林地帯が多いから、魔獣の発生率は高めなんでした……よね?

 いや、自分の国だろって、緑の人、貴女ねぇ。

 私は騎士に昇格してから一度もビスコッティ国内でまともに活動したことなんて無いわ!

 むしろガレットの山の中の地理の方が詳しいんじゃないかなー。うん、ロハで協力してるからね、何時も。

 ハハハハハハハハハ……ええ、それが講じて、今回の粛清騒動ってことなんでしょうけど。

 

 ……と言うか、こんなグダグダで戦争終了で良いんですかね?

 緑の人がしっちゃかめっちゃか当り散らして戦列がぐずぐず、ついでに全国のお茶の間にビスコッティの醜態が……ええ、私の責任も有るんでしょうけど。

 ハハ、何か向こうで姐さんもちょっと顔が引きつってるんだよなー。

 そりゃそうだよねー。

 思いっきり戦闘邪魔しちゃってたもんね、私ら。

 あの戦争大好きな脳筋国家の女帝が怒らない訳無いわ。

 うん、恐いからこのまま皆と一緒にビスコッティに帰っちゃ駄目かな―――駄目ですか。ええ、肩を叩かないでくれますか、イケメン。

 いやでも、マジでスラップスティックコメディー路線を気取るならこれで楽しかったで良いんだろうけど、一応姐さんの初陣ってお題目の戦争だからなぁ、どうしたものか。

 このままスケジュールどおり地酒祭りとか始めても、ただの自棄酒大会みたいな気分にしかならないだろうし……。

 

 つー訳で、此処は一つ。

 

 しょんぼりさん、一曲盛り上がるヤツで、場の空気を換えて頂戴。

 

 

 ・м月〇日

 

 ちょっと聴かないうちに、またしょんぼりさんも随分上手くなったねぇ。

 あれなら歌手で食ってけるんじゃない?

 ―――って、何かなリコたん。飴欲しいの? あ、違う。……へぇ、あ、最近良く領主様と新聞に載ってるのはそれが理由か。

 外国で公演ねぇ。ははは、出世したね、我が妹分も。

 いやいや、私、経済部とか政治部とかしか読まないんで。

 娯楽芸能関係の情報には疎いのよ。脳筋国家に居る手前、そもそも娯楽情報持ってても生かしようが無いし。

 ウチはホラ、娯楽っつーたら殴り合いだからね。

 ビスコッティみたいに城の隣にコンサートホールがあるような……懐かしいなぁ。

 向こうでしょんぼりさんのお守りをしてた頃は、クラシックのコンサートとかにもお供してたんだけど。

 上階にある貴賓席の個室でさ、ちっちゃい頃の緑の人も一緒だったんだけど。

 緑の人が格好つけすぎちゃって、『ひめしゃまのごえいだから~』とかそんな感じで一人だけ休めの姿勢で立ち続けてたんだけど……ほら、クラシックコンサートだと、遠奏時間が、ね。

 休憩中まで立ちっぱなしだったから、最終的に……って、うぉ、ちょ、昼間の二の舞になるから、落ち着け! しょんぼりさんの晴れの舞台を台無しにするつもりか!

 いやまぁ、周りのハイテンション的に喧嘩の一つくらいは笑い話なんだろうけど―――いやいや、やっぱ止め。

 撮影班がカメラ向けてるから!

 あいつら最近、良く解らんけど私の周りを常に付きまとってるから気をつけたほうが良いぞ!

 

 ―――いや、別に何か悪い事をして見張られてるとかじゃない筈なんだけどね?

 うん、むしろ私はガレットに無償奉仕の丁稚奉公の毎日だよ。

 や、良く解らんけど確か記録だとか記念だとか何とか。

 しかもアレ管轄が報道部じゃなくてメイドさん達なんだよな……不思議だ。

 

 まぁ良いや。

 リコたんは最近は相変わらず天才幼女でありますか?

 ありますかー。そうだよねぇ、情報通信革命を五歳のときに既に実現していた天才さんだもんね。

 うん、いつの間にか学術院の主席さんでありますか。

 そいつはまた、パネェ天才っぷりでありますな。私なんてそもそも何時初等部を卒業したかもわからんのに……何よ、緑の人。

 は? へ~、あ、そうなの。アレ、一種の天才時早期育成課程だったんだ。

 はは、知らないうちに高等教育課程まで終了してましたか。たまにそういう話を聞くと、自分がエリートコース歩んでるって思い出せるよね。

 やー、普段ヴァンネットで書類に埋もれてるとねー。どう考えても四十八時間戦えますかを地で行くヒラのサラリーマンとしか思えなくて……。

 あ、でも職場は白髪王子の部屋だから、職業は秘書とかって扱いなのかな、ははは……って、何、その『馬鹿じゃんお前』って顔は。

 や、私のことはどうでも良いのさ。

 私はたまにはビスコッティの話が聞きたい。

 そうしないと自分がビスコッティ人だと忘れがちに……うん、取り込まれかけてると言う自覚が、実は無きにしも……。

 

 と言う訳で、リコたん、話題。

 ははは、急ぐでありますよ。さ~ん、に~、い~~~~~、お、何か見つけた?

 タツマキ……って、あのしょんぼりさんのペットだっけ?

 あ、あの仔も賢いワンちゃん部隊の隊員だったんだ。

 で、それが……ああ、そういえば紋章術使うね、あの犬。空間操作系だっけ?

 ―――ほぉ、それを応用して、遂に次元の穴を越えましたか。

 ハハハ、リコたん脅威の技術力。マジパネェっすな。

 あ、違うの? へぇ、あのワンコ、初めっからそんな力あったんだ。何か、いかにもファンタジーな話を久しぶりに聞いたなぁ。

 ―――って、それじゃあ一体何処にリコたんテクノロジーが関係していると……ふ~ん、ああ、カメラ持たせていけば確かに異世界の様子とかが―――へぇ。

 そうね、地球はフロニャルドと違って、なんつーか街が灰色って感じだろうね。

 ……え? ああいや、あ~~~うん、姐さんに教えてもらったって事にしておいて。うん、教えてもらった、教えてもらっただけ。

 それより、リコたんが今後の参考に出来そうな、何か面白いものでも見れた?

 あ、見れた。

 

 ……へぇ。

 

 ビスコッティの勇者様、ねぇ?

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

 楽しい時間があれば、そうではない時間も、当然。

 いや、一生消えぬ事のない寂寥感は、きっと、ずっと楽しい時間が続いているからこそに違いない。

 そう、信じたい。

 

 ―――そう、報告してあげたい。

 

 私は、貴方の娘は、貴方を慕った人たちは、皆、楽しく日々を生きています、と。

 もう一度胸の中で繰り返して、漸く、目蓋を開く。

 

 目の前には、少しずつ時の流れを感じさせるようになってきた、石碑。

 墓、だ。

 そこには、かつて―――きっと今も、シガレットが世話をかけた人間が、眠っている。

 

 では、と。

 最後に一声挨拶をして、立ち上がり、振り返る。

 行こう、と声をかけると、メイドはゆっくりと一礼を返した。

 

 そしてシガレットは、墓地を後にした。

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 



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少年編・5

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

 ・夜の疾走

 

 誰かに身をゆだねる事の幸福を、思い描かなかったわけではない。

 

 嵐と呼んでも差し支えないような、嵐の夜。

 それでも今すぐにと、子供のように無茶を口にしたその言葉に、困った風に笑って。

 

 別に貴女だけが急ぎたい訳ではないから。

 

 そう、一言。

 それだけを告げて、私は、男の胸の中に抱かれたままに、身動きもとれず、しがみ付くだけの存在となった。

 声も無く、喋る余裕なんてあるはずが無いだろう。

 この横殴りの雨の中で、人を一人抱えたまま、昼夜止まる事無く走り続けているのだから。

 平原を、山を、林を抜けて、荒れ狂う川を一飛び。

 足をさらう風の流れを押しつぶすような、蒼い輝力光を吹き散らして、走る。

 飛ぶ様に、飛ぶが如く。

 いやまさしく、飛んでいるのだろう。

 大地に沈み込む感触は無く、濡れた足場を踏みしめることは一度としてなく、だからそれは、風の上を走っていた。

 

 無理をしすぎるなと声を掛けて、無理していなければやっていられないんだと、その声に黙る。

 

 それがだから、この男なりのやり場の無い思いの振り切り方、だったのかもしれない。

 しがみ付いた手を、尚一層きつくする。抱きとめる親に縋る幼子のように―――親の顔を、その腕の温かさを、知らないけれど。

 知っていれば一層に、尚更に悲しく思えるのだろうか。

 

 ―――悲しんでいるのだろうか、ミルヒオーレは。

 

 大雨の降りしきる中、暗い夜に、独りで。

 独りではないだろうから―――そうに違いないから、そうならば。

 

 ……今の内に。

 

 疲労による荒い息が漏れた音でもあったし、多分、自分自身に向けた言葉だったのかもしれない。

 だから、男の胸の中で私は、少しだけ顔を上げることで先を促した。

 身じろきに気付き、視線を落として―――それでやっぱり、声を漏らしていた自分に気付いて、苦い呻きを漏らした。

 疲労も極限。

 きっとこれから言うべき言葉は、碌でもないもので―――気の効いたところなど一つとしてない、遣る瀬無さの篭ったもの。

 躊躇いがちに、それでも、一言。

 

 ―――今の内に泣いておいた方が、良いかもね。

 

 まじまじと見上げてしまったその顔は、輝力でも吹き散らしきれないほどの横殴りの雨に濡れて。

 それがまるで、私には。

 

 

 ・朝に俯け

 

 何が原因なのか。

 幾つもあるし、一つも無いだろう。

 

 例えば、先年の頃より体調を崩しがちだったこと。

 渡り神の移動に伴う国内に満ちた加護の一次的な低下が故か。

 或いは、立派に成長を始めた娘の姿に、気を緩めてしまったことすら。

 ―――十の年月を超えて積み重なった、愛する者を失った悲しみが、遂に、と言う事すら。

 

 昨晩から降り続く雨はやむことも無く、王城は、執務の間は窓の向こうの景色以上に、沈痛な空気に重く圧し掛かられているようだった。

 

 息を吐く。

 

 それが、連鎖する。室内全てで、でも一つところで、止まる。

 視線が交差し、誰もが躊躇いがちに、伏せる。

 その繰り返し。

 そして結局誰も何も言わずに、成すべき事を、義務的に、機械的にこなして行くだけ。

 何も出来ず―――何かをするべきなのだろうに。

 

 父親を失った少女のために、大人である我々が、せめて何かを。

 

 しかし少女は、親を失ったばかりの少女であるのと同時に、最早一国を預かる国主を代行せねばならない立場にもあったから。

 あったから、だからその臣下たる我々に、気丈に振舞う国主たるに相応しき姿に、何を言えと―――言い訳に過ぎないのだろうか。

 

 過ぎないのだろうと、己の無様に大きく息を吐いて―――そしてそれが、また、連鎖する。

 

 一つところで、再び止まる。

 今度は少女は、顔を上げた。

 

 ―――休憩、しましょうか。

 

 無理に微笑みの形に歪められた顔に、だがしかし、愚かな大人である我々は何一つ言葉を返せなくて―――だから。

 

 答えは、窓の向こうから、現れた。

 

 閉じられた窓が、容赦なく突き破られる。

 外で吹き荒れる嵐と共に、ガラス片が飛び散った。

 舞い上がるカーテン、木っ端と吹き飛んだ窓枠を踏みつけて。

 

 唖然とする、槍を構える、或いは少女に覆いかぶさる我々の前に―――蒼い、羽が舞った。

 

 それは見間違えようも無く、だがしかし、そこに居る筈が無い人物で。

 壊れた窓の向こうから室内を濡らす雨の雫にうたれながら、ああでも、この不条理はいかにも『らしい』と―――荒く息を吐くその人物を、誰もが理解した。

 

 一番初めに彼に呼びかけたのは、主である少女。

 少女の言葉に、無理やり荒い息を納めた彼は何とか少し微笑んで、それから、胸に抱えた大きな布に包まれた何かを、そっと、カーペット敷きの床に―――立たせた?

 雨に濡れて重くなったであろう布を、彼は酷くぞんざいな手つきで―――きっと雨に打たれて冷え切って、まともに手が動かないのだろうけど、それでも、漸くの態度で、布を剥ぎ取る。

 

 目を疑い、同時に納得してしまう矛盾。

 

 そこに居る筈が無い。

 でも、ならばこその不条理であろう。

 雨に打たれ、息も荒く、死兵のように憔悴して―――それでも果たす理由がそこに。

 

 レオ姫、さま?

 

 濡れた髪を払い、一つ頷く。

 レオンミシェリ・ガレット・デ・ロワ閣下の姿が、そこに有った。

 彼女は居た堪れない顔で少女に一歩を踏み出そうとして―――背後から肩に掛かった手に、とどめられた。

 

 その前に、ごめん。

 

 固まる彼女を方って一歩進み出る。

 一歩のたびに床を濡らして、足取りは最早幽鬼のようで、まるで親を失ったばかりの少女を供に死へと誘いに来た死神の如くもあった。

 何もいえない少女―――状況を理解できていないのだろう―――そんなことはお構い無しに、彼は、ぽん、と冷えて悴んだ手を、少女の頭の上に置いた。

 

 今の内に、泣いておいて欲しい。

 

 目を見開く。

 室内の誰もが。

 容赦の無いその言葉に、先ず真っ先に少女が首を横に振ろうとして―――でもそれは、頬を両方ともに手で押さえ込まれたことによって、阻止された。

 

 上の人が我慢してるとね、下の人まで無理をしなきゃいけなくなるんだ。

 

 だから、『我々が心置きなく泣くためにも』。

 予想外の言葉であり、同時にいかにも『らしい』と思える。

 だから、主たる少女は、漸く―――漸く一つ、微笑んだあと。

 

 大声で、泣いた。

 

 

 ・その後幾度かの昼が過ぎて、夜に想う

 

 最後に領主様と会ったのは、しょんぼりさんの十一歳の誕生日の頃だろうか。

 もう、一年前の話だ。

 体調を崩すことが増えてきたとは聞き伝えられてはいたが、しかし、こんなことになってしまえば。

 納棺も、埋葬すらも当の昔に終わって、今はもう、夜も遅く。

 いつかの雨も当に過ぎ去り、私は一人バルコニーの隅で星空を見上げていた。

 

 代表領主の死。

 

 つまりは、しょんぼりさんの父親が死んだと言うことで―――私にとっては、引き立ててくれた恩人と呼ぶべきなのだろうか。

 それとも、苦労を押し付けてくれた悪人と罵ってみるのも―――でももう、幾ら喚いたところで、あのとぼけた笑顔は見られないのだ。

 惜しい話だ。本当に、惜しい。

 悔しくもある、せめて、何か一言を告げる程度の時間くらいは、待っていて欲しかったのに。

 本当に、惜しい。

 

 息を一つ吐いて、それから、傍に誰かが居ることに気付いた。

「レオ様」

「珍しいの、御主が周りの空気に気付きもしないなど」

 随分と年上の女性の笑みに見えて、たそがれていた自分が情けなくなってきた。

 立ち上がり、視線を合わせる。

「明日には帰るって聞いてたから、今日は一晩中ミル姫の傍に居るもんだと思ってたんですが」

「寝るまでは、な。最後の力を振り絞って涙を出し切って、疲れて寝てしまったから―――後は、夢枕に立つであろう家族に慰めてもらうが良かろうて」

 何時までも、常に傍に居られるものではないから、朝一人であることに気付く孤独に、慣れなければならないから。

「子供に、酷な話だこと」

「お主とて、ミルヒと同い年じゃろうに」

「はは、レオ様だって、二つしか違わないでしょう」

 甘やかしてくれそうな言葉を、少し遠回りに跳ね除けてしまうのは、愚かな男の意地だろうなと、それで漸く笑って見せた。

 姐さんも、私のあからさまな態度に、仕方ないなと微笑む。

 

 大丈夫、もう笑える。

 僅か数日、されど、数日。

 今が過去に変わるのには、充分な時間がもう、過ぎてしまったのだ。

 

「ままならぬことばかり、よの……」

「ですね。老いも病も無い幸せな世界、とかなら―――楽しくは無いですか、それでも」

「幸せな世界に悲しみが無いとは、誰も証明できないからな」

「悲しみに包まれ続けても、でも、少しずつ幸せを見つけられれば……」

 

 しょんぼりさんは、それが出来る子だろう。

 悲しい自分をちゃんと受け入れられたみたいだから、その上に新たな自分を築き上げていける。

 周りに支えてくれる人が、一緒に悲しんでもくれて、笑ってもくれる人たちが居れば、平気だ。

 だから。

 

「あの子を、支えてやって欲しい」

「……うん」

 

 型どおりのやり取り。

 予め決められたとおりに、私は姐さんの頼みごとに頷いて応じる。

 傍で支えて上げられる人たちの中に、姐さんだけは居られないから。

 ならば、その役目を代行するのは私以外に居ないだろうと、それは当然の話だ。

 その程度には、私たちは互いに対する信頼があった。

「フィアンノンは真面目な人が多すぎますからね、ヴァンネットと違って。―――ま、俺みたいな賑やかしも必要でしょうよ」

「そうじゃの。おぬしは精々宮廷道化師らしく、おどけて阿呆のように舞っておれば良い。それで少しは、周りも気も紛れようて」

「お役目仰せ仕りましたとも。ええ」

「うむ。―――ならば」

 まさしくおどけて頷いてみせる私に、姐さんは夜着の裾から見える小さな掌を向けて応じた。

「レオ様?」

 

 掌の上には、小さな指輪。

 台座に対してはやや大きめの宝石の嵌められた、でも、豪奢と呼ぶには程遠い、そんな指輪が一つ。

 

「此れを以って御主が我が意思を代行するものであらん事を―――どうか頼む。どうか、ミルヒオーレを、我が妹を、あの子を……頼む」

 

 真摯に、いっそ姐さんこそが、泣きそうな態度で。

 それが何処へ、何を想っての泣き顔なのかは解らないけれど。

 

「誇り高き獅子、ガレット・デ・ロワの分枝の末裔たる、アッシュ・ガレット・コ・コアの名に於いて、確かに。レオンミシェリ姫殿下。貴女の願い、賜りました」

 

 私は躊躇うことなく、指輪を受け取り、指に嵌めて示した。

 右手の薬指。

 約束の意味を込めて―――多分私以外に理解できないやり方で、姐さんに最大限の誠意を示す。

 

 星空の下、お城を背景に、二人きり。

 まるで忠節に満ちた騎士の誓いのようで、余りにも芝居染みたその空気に、どちらともなく、私たちは笑った。

 

 笑って、一先ずのお別れを終えた。

 

 

 ・Θ月Щ日

 

 イジメ、カッコワルイ。

 

 え~っと、現状の説明から。

 姐さん達ガレットご一行様をお見送りして、まぁ、ちょっぴり疲れた感じのしょんぼりさんも文官ご一行様達とともに領主執務室へと向かい―――尤も、領主としての信任を得る国民投票の日は、領主様の、いや、先代様の喪が明けた来年の話になるから、今はまだ領主『代行』に過ぎないけど―――さて、と残った武官達と共に一息。

 末端に行くに従い知らない顔も随分増えたけど、中枢に居るのはイケメンだったり流浪人だったり緑の人だったりで、ほぼ顔見知りばかりだと言うのは、でも取りの私としては助かるなぁ、なんて。

 

 ……そんな風に想ったのが、間違いだった。

 改めて言おう。

 イジメ、格好悪い。

 

 現状を説明しよう。

 しょんぼりさんの姿が消える ⇒ がしっと両肩を掴まれる ⇒ 体育館の裏に連行される。いや、体育館なんてフィアンノン城には無いけど。

 そして壁を背にした私は、複数の恐い顔をした女子から取り囲まれている所存です。

 面子は右から緑の人、リコたん、そして遂に姐さんを凌ぐ域に達した超巨乳のキツネ。

 あ、あと後列に暇そうなメイドさんたち。その奥に流浪人さんまで居ます。流石に秘書さんはおらんか。

 と言うか、流浪人さん。

 別に貴女は女子って年齢でもないんだし、そうやって苦笑気味に見てる暇があったら是非助けていただきたいのですが―――え? 酒の肴にする? 

 いやまぁ、笑えるネタを捜した言って気持ちは解りますけど、人がつるし上げ食らってるのを酒の肴にするのは人としてどうかなー? 

 え? 愛されてるでござるなって? こんな痛みを伴う愛とか要らないから!

 

 ―――んで、結局リコたん達はその興味津々、ゴシップ目当てって感じの目つきはなんなんですか。

 特にキツネ、あんまり理不尽なこと言うとその巨乳揉み潰すぞ。こういう冗談が言える人材、ビスコッティにはキミくらいしかおらんし……ああ、リコたんはまだ成長の余地が残ってましたね。

 緑の人はご愁傷……恐い、恐いから! 首筋に刃物突き立てるな!

 

 

 ・#月!日

 

 お前の名前はどうなってるんだ。

 

 要約すると、リコたん達はそういう話が聞きたいらしい。

 名前、と言われてもねぇ。

 むしろキツネ、お前の和風の名前の方が私はどうなんだって話だよ。

 フロニャルドで意味が通ってるの? キミ等の名前。

 いやまぁ、割りと似合ってるから宜しいと思いますが―――まぁ、兎も角。

 名前。私の名前よね、うん。

 

 ……ほぅ。

 つまりテメー等、人の恥ずかしいシーンを覗き見していたってことですね。

 ゴメン、流浪人さん。

 ちょっとこのキツネと親衛隊長と砲兵見習いをシメて来て良いかな?

 ガレット仕込みのOHANASHIを、じっくりたっぷりと……つーかマジ、そこで慌てるなら覗き見なんてやめようぜー。

 いや、人目につきやすい場所で話してはいたけどさぁ。

 夜だし、男女二人のシーンなんだから空気嫁よそこは。いや、どうせ二人とも十二と十四のガキだけど。

 甘酸っぱい空気ってのは……そうね、こっそり覗いてあとで笑い話にしてやるのが基本だよねー。

 ハハハ、高校の頃の友達の事思い出しちまったぜ。

 あのヤロウ、一人で旅館抜け出したと思ったらなんてベタな……は? ああ、ゴメンこっちの話。

 

 で、まぁ私の名前がどう言う事かって話なんだろうけど、別にそんなたいした意味は無いよ?

 ようするに、単純に言えば……そう。

 

 ご先祖様に有名な戦国武将が居た、程度の話で。

 

 いや、ホントに。

 八代前くらいまで遡れば漸く家系図が繋がるって程度で、代々受け継いできたのはキミ等が盗み聞きしちゃったあのトゥルーネームと言うか忌み名みたいなものだけだし。

 今の実家は、ただの牧童一家だからねー。酒場の隅で披露する自慢話くらいの意味しかないってば。

 だからお嬢様方、あんまり他所に広めないようにね?

 

 

 ・£月㍍日

 

 茶が美味い。

 

 ヴァンネットの城下町にあるビスコッティの大使館にも存在していたから、薄々フィアンノンにも有るんじゃないかなーとは思ってたけど、うん。

 見渡す限りの竹林に囲まれて、実に見事な和風庭園。枯山水でございますとも―――あ、茶柱。

 まさかフロニャルドに生れ落ちて、縁側で胡坐をかいて緑茶を堪能できる日が来るとは思いませんでしたよ。

 ホント、お誘いいただきありがとうございました、流浪人さん。

 え? いやいや、美人に誘われたらひょいひょい参上しますって、私は。

 特に道理を弁えてくれる大人の女性なら―――ははは、子供同士で騒いでるのも楽しいですけどね。

 ただ、騒ぐは騒ぐで、子供らしく騒ぐのはヴァンネットでやりきったって感じですから、しょんぼりさんのためにも、私も微力ながら大人をやらないと―――え? 

 

 ええ、ええそうですとも。

 姐さんとの約束ですからねー。てか、アンタも聞いてたんですか。

 

 まぁ、笑い話にしてくれるんなら、それはそれで良いんですけどね。

 時期が時期ですし、少しは明るくなれる話題も必要でしょうよ。

 いや、自分をネタにされるってのは、うん、近くに手ごろに蹴り飛ばせる白髪が居ないのが辛いって感じ。お察しくださいな気分ですけど。

 

 ―――ん? や、それは言わないお約束。

 

 さっきも言いましたけど、時期が時期ってヤツです。

 私自身だってさらっと表面的な事情だけしか聞いてないですし、それをこういう状況の時に女の子達に披露しちゃうのは、ね?

 私としてはまぁ、本当に。

 このまま平穏無事に姐さんとしょんぼりさんが領主様をやりながら大人になって、それで、子沢山孫に囲まれるような幸せな老後を―――いやいや、そこでまぜっかえさないで下さい。

 別に私がそこでどちらにどうの、とかは良いですから。

 ははは、それ以上言うと、私も例え勝ち目が無くても貴女にこの場で喧嘩を占いとならなくなるんですが。

 ホント、勘弁してください。

 そういうのはせめて、もうちょっと皆が大人になってから考えましょうよ。

 あーでも、姐さんはもう十四歳か。そろそろそういうお年頃ではあるのかなぁ。

 ヤダヤダ。何時までも皆子供で皆仲良しでいられれば良いのに。

 

 え? お前大人をやるんじゃないのかって?

 ……ああ、茶が美味いなぁ。

 そこで直ぐにそうでござるなぁって言ってくれる辺り、流浪人さんは実に貴重なキャラですね。

 自分が飲んでるのお酒だけどさ!

 

 そうですね。

 予備の予備と言うか保険の保険と言うか……補欠?

 私らが生まれた頃の話って、むしろ流浪人さんのが詳しいんじゃ―――あ、丁度今のリコたんと同い年くらいですか。

 うわ、想像がつかないなぁ。やっぱその頃からござる口調だったんですか?

 いえいえ、それは兎も角大変な時期だったらしいですね、あの頃のこの辺の地方一体は。

 姐さん達のご両親と、ウチの領……いえ、先代様の奥方。ついでに近隣諸国の領主家に繋がる人たち。

 ―――まぁ、焦りますよね。

 特にビスコッティとガレットだと、本当に後継候補が赤ん坊のしょんぼりさんと姐さん、ついでに白髪しか居なかったんですから。

 周り見渡しても似たようなケースでバタバタ貴人がお隠れになっているような事態が重なれば、そりゃ、保険の一つでも掛けて置きたいって話なんでしょう。

 

 それが私だったのは、まぁ、たまたまと言うか、必然と言うか。

 

 ガキの頃から輝力垂れ流してましたからね。

 先祖返り的なものに見えたんじゃないですか? いえ、良く解りませんけど。

 いや、別に辛いとか思ったことは、特に。

 ウチの親は―――ああ、流浪人さんは知らないかもしれませんが、凄いアバウトに過ぎる人ですし、私は私で、こんな風に変わり者ですから。

 それに、こういう縁が無ければ、こうして流浪人さんとのんびりお茶を飲んでる時間も作れなかったでしょうし。

 ありがたい話ですよ。

 

 ―――ええ。

 私は感謝しています。

 感謝以外の気持ちは、ありません。

 領主様にはちゃんと、シガレットはそう言っていたと伝えて於いてくださいね?

 

 いえいえ、こちらこそ気を使ってもらって。

 こうやってのんびり昔話が出来る時間って、貴重ですから。

 ええ、いや本当に。

 流浪人さんもまた直ぐ出られるんでしょうに、ご心配ばかりお掛けして、若輩としては情けない限りです。

 渡り神が過ぎ去ってからまだそんなに経ってないですから、ええ、流浪人さんもお気をつけて。

 いや、それが仕事の人に言う言葉でもないですか。

 

 でもまぁ、本当に、お気をつけ下さい。

 帰ってきたら、またお茶に誘ってくださいよ。

 領主様の昔の話とかも、聞いてみたいですからね。

 

 ええ、ではまた。

 

 

 ・゜月゛日

 

 大使館……と言うか、ヴァンネット城に何故か当然のように存在する私室を引き払い、王都フィアンノンに戻ってきてから、早半年。

 直属の上司であるしょんぼりさんの領主代行就任に併せるように古巣、と言うかホームグラウンドへ帰ってきたわけなんですが……うん。

 

 ―――居場所が、無い。

 

 城内の何処へ顔を出しても新入り扱いされる、実家に出戻ってきた筈なのに外様扱いされてるような、そういう微妙な空気に、有体に言って居心地が悪いです。

 いやね、ガキの頃から親しかった連中はそりゃ仲が良いままなんだけどさ、私が出世してると言うことは、併せて連中も出世してる訳で、それってつまり、管理職の常としての私的な時間の減少を示す訳ですよ。

 昔は一つの『面』として存在していた集団が、今では点々にばらけてしまっている。

 ただでさえ城内に知り合いが少ない私は、無駄に地位ばっかりは高かったりするから扱われ方もちょっと一歩引いたような感じにされちゃうし、いやもう、辛いわ。

 

 まぁ、仕方ないよねぇ。

 私がフィアンノンに居たのって五歳から六歳の間の一年間だけだし、その後は十二歳の今日に至るまでガレット獅子団領国は首都ヴァンネットに生活の主体を置いてたんだから。

 六年ですよ、六年。小学一年生が小学校を卒業するまでの期間と同じ。

 そりゃ六年も経てば人の入れ替わりも随分あるわ。

 と言うかねー、六年以内に城勤め組みに入ってきたらしい人たちって、私のことをマスコミの報道でしか知らないんだよねー。

 

 うん。若い騎士の子に、素で『貴方があの天空の聖騎士……』とか言われた。

 

 マジ死にたい。

 ゴメン姐さん。ちょっといきなり挫けそうかも。

 と言うか、私の替わりに兄ちゃんボコっといてくれる? 

 あの賑やかし、ホントマジ、ちょっと自重しろって伝えておいてください。

 

 

 ・^月¨日

 

 若い子とのコミュニケーションも漸く取れ始めた今日この頃。

 白髪のように蹴り応えのあるヤツが居ないのが玉に瑕ですが、まぁ、国力で考えれば充分見所がありそうな子達が揃ってるって話かなぁ。

 鍛えればモノになりそうです。

 でも、なんとなーく小さくまとまって終わりそうな感じもあるかな。

 エミリオ君とかを中心に次期主力として固まっているグループの面倒をチマチマ見たりもしてるんですけど、うん。

 皆、もうちょっと遊び心が欲しいなぁ。

 やっぱ直属の上官がイケメン騎士団長+緑の人の生真面目コンビだったから、いやいやキミ達、儀杖兵じゃないんだからさ、もっとあざとく泥臭く勢い良く掛かってこようぜ~。

 

 ……因みに、『若い』とか『子達』とか書いてるけど殆どのやつらは私より年上ですがねー。

 お陰で訓練教官とか押し付けられると、微妙にコミュニケーションをとるとき苦労します。

 アットホームが持ち味のビスコッティで、地位を嵩に来て偉そうにし過ぎるのもなぁ。

 どうせウチの国の場合、明らかに世代交代に失敗して年長の騎士とか殆ど居ない訳だから、この子達ももう幾らか時間を置かずに同僚になっちゃうんだろうし。

 もっと気楽にフレンドリーに出来れば良いんだけど……ううむ。

 やっぱ緑の人たちの教育が行き届きすぎてるわ。礼節が行き届きすぎてて逆に扱いづらいぞ!

 まぁ、幾ら扱いに困っても、鉄球おじさんをコントロールする苦労を思えば、ちょろいちょろいって感じなんですが。

 

 ……いやゴメン、嘘ついた。

 

 あの人とか三馬鹿とか、アクが強すぎて応用が利かないわ。

 流石に白髪の時みたいに蹴っ飛ばして躾けるって訳にもいかんし。

 と言うか、フィアンノンに勤める人たち、皆真面目で良い子過ぎて逆にやり辛いわ。

 もうちょっとさ、『領主様をお守りする』とか『民に奉仕する』とかそういうの控えめで頼むよ本当に。

 私たちは戦闘要員なんだから、もっと素直にバトルジャンキー丸出しで行こうぜー。

 理性で考えるな、理性で。

 脳じゃなくて筋肉で思考するんだよ!

 

 え? 何ですか緑の人。

 

 ……ああ、うん。そうね。

 私もすっかり脳筋の国の人の流儀に染まっちゃったね……。

 

 

 ・ё月о日

 

 あ、そういえば書き忘れてたんですが、出世しました。

 

 お前、何もしてないのに出世ばっかりしてないかって聞かれたら『うん』としか答えようが無いんですが、ふと気付くと昇進してるんですよね私。

 因みに去年までは千人長でした。

 常駐兵力の殆ど存在しないビスコッティで千人長だと、上から数えた方が早いってくらい階級高いです。

 お陰で給料もウハウハ……とか、うん。別にそういうのは特に無いみたい。

 貰うにはそれなりに貰ってるんでしょうけど、公務員の給料って控えめにされてるからねーこの国、と言うか概ねこの世界全般的な風潮として。

 危険職についてる割には、やっぱ低い気がする。

 まぁ、仕事の戦争がアレですし、魔獣やら害獣やらの退治なんて年に何回も無い話ですから、そこまでお手当て弾まないだろって言われればそうなんですけど。

 

 騎士になってお金を稼ぎたかったら、やっぱどっかの事業団体と専属契約を結んで戦争で活躍とかするしか無いですかね。

 いや、逆か?

 戦争で活躍してスポンサーになってくれる会社を探す? どっちでも結果は同じか。

 まぁ、ご存知のように戦争をフランチャイズしてビジネスとして成立している世界ですから、そこで活躍する騎士のスポンサーになれば、良い広告になる訳です。

 勝利者インタビューとかでテロップの脇に会社の名前とか載ってることあるでしょー? アレですアレ。

 まぁ、流石に武器や鎧にスポンサーの名前が刻まれたたりとかは無いですけど。

 契約した騎士が参戦した戦争には、提供企業として名前が載ったりするらしいですから、それなりの宣伝効果は出るんだとか。

 名門の騎士家とかだと、その辺の後援団体とかの支援があるからこその良い暮らしになるとかなんとか。

 まぁ、いい暮らしに胡坐かいて活躍の場面を失してばっかりいると後援取り消しとか不名誉で悲惨なことになるから、皆自重して、逆に真面目な生活を心がけてるみたいですが。

 

 私もこれで、まだ新興の騎士家の初代と言えど、中二っぽい二つ名すらある結構有名な部類の騎士のはずなんですが、後援してくれるとか言う話は一件も来てません。

 何故かって?

 ハハハ、そりゃ簡単。

 私がこの六年で参戦した戦争は、実はその全てが非公式での飛び入り参加だったりするからさー!

 いやだってさぁ、幾ら他人ん家の戦争っつーても下準備まで手伝ったんだから、参加しないとか損じゃん?

 ヒャッハーしてるだけの白髪とか見てると蹴っ飛ばしたくなってくるし、うん、けものだまを量産してストレス発散でもしないと、徹夜で書類整理とかやってられんわ。

 

 まぁ、実際のところ大多数の騎士はお城からのお給金とたまの戦争とかでの報奨金のみで暮らしてる訳だから、私も別に、自分の現状にそんなに悲観するような話でもないですね。

 ただ、ひたすら書類仕事がダリぃとか、たまに愚痴りたくなるだけ。

 と言うか、本当に書類仕事増えたなー。

 あのさぁイケメン騎士団長。やっぱり文官の人回してもらいましょうよ。

 幾らなんでも二人で裁ききれる量じゃ無いですって。

 

 え? 頑張れ副騎士団長?

 あ、ちょ、そんなおざなりな励ましとかいらんから、待とうぜ!

 しょんぼりさんの付き添いなんて緑の人に任せておけば充分だって!

 どうせワンコも一緒なんだし、危険なんか無いよ!

 

 ……ああもう、行きやがった。

 薄々感づいてましたけど、やっぱり仕事を代行させるために出世させられてないか私。

 

 

 ・п月%日

 

 副騎士団長。

 

 副騎士団長なのである。

 狭く小さい組織とはいえ、なんとびっくりナンバーツー。

 流石に出世しすぎじゃねーとか思わんでもないけど、まぁ、他にも親衛隊長の緑の人とか裏ボス的な存在の流浪人さんとかもいるから、いまいち何処まで偉くなってるんだか解りませんが。

 と言うかそもそも、此れまでこの国に副騎士団長なんて地位が存在していたなんて記憶は無い。

 団長の下は直ぐに千人長数名だったと思う。

 で、独立して親衛隊と隠密―――つまり、流浪人さんたち和風チームがあった筈。

 砲兵とか工作とかの機械化部隊は学術院の管轄だったから、実はそこで主任やってるリコたんもバトルメンバー的な意味で偉い立場なんだよなぁ。

 いや、行政面から見ても領主の諮問機関の長みたいな立場もあるらしいから、有るんだか無いんだか良く解らない私の立場なんかより普通にすっごい偉いんですが。

 何か多分単純に、領主の御前会議に出席できるだけの地位は名目だけでも与えておこうぜ的な話のだけの気もするんだけどなぁ。

 

 ……冷静に考えれば、閣僚とか元老に混じって領主の御前会議に参加してる時点で凄いって気もしないでもないですが。

 領主がしょんぼりさんだと、なんだかあんまり凄くなった気がしないわ。

 威厳ってモノが足らんよね。しょんぼりさんに威厳があったら逆に恐いけど。

 まぁでも、あの娘も最近は少ししゃっきりさんになってきてるような気もします。

 慌てる場面が少しずつ減ってきて、必死は必死なりに、緩急の作り方も―――あの辺は秘書さんなんかが上手くコントロールしてるのかな。 

 元老の爺様立ちも、孫可愛さってノリで懇切丁寧に指導してるらしいし。

 

 ―――これなら、来月の領主就任の式典も、無事に済んじゃうのかもなぁ。

 

 戻ってきてから一年間もあっという間だったけど……いや、時間が過ぎるのは早いね。

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

「もう直ぐ夏だってのに、時間たつが、早い」

 

 

 日が落ちるのが遅い季節のはずだと言うのに、もう、空は赤い。

 

「これは流石に、今日中に城の部屋まで片付けるのは無理か」

「では、今晩はそちらにお泊りに?」

「お泊りって言うか、お休みなんだけどね、私室だし」

 

 ルージュの言葉に、シガレットは苦笑で応じた。

 一騎士が王城内に私室を有しているのも、それはそれでおかしいのだが、それは今更である。

 

「折角、大使館の部屋のベッドメイキングを済ませましたのに」 

「……大使館、か。そーいえば、あんまり入ったことも無いんだよな」

「必要、ありませんでしたものね」

 

 ルージュの言うとおり、必要なかった。

 ビスコッティに居る間、ガレットの仕事をこなす場合は―――その辺も色々とおかしい話なのだが―――仕事の方がシガレットの居る場所まで届けられていたし、わざわざガレットの大使館に顔を出す必要は無かったのだ。

 

「しっかし、自分の国許で他所の国の大使館暮らし……いよいよって感じだね」

「ミルヒオーレ姫様が、城内の客間をお開け下さいますとの事でしたが」

「実家でお客様扱いってのも、まだ少しね。―――ああいや、ホンモノの実家には、オレの部屋もう無いから、客間どころか納屋行きだけど」

 

 それはそれで楽しいから良いのだけど、とシガレットは嘯く。

 実家―――国境沿いの牧場の小さな家―――の全ての部屋は、無数の弟と妹たちで、埋まっている。

 両親と不仲と言う訳でもないが、余り顔を出さない家ではあるので、それも仕方なしだなと、シガレットは思っていた。

 

「あら、アッシュ様たら。アッシュ様のお家には、ちゃんと、アッシュ様の部屋は残っていますよ」

「……次に行く時は、帰る時、なんだよなぁ。もう二年も―――帰ってないんだよなぁ」

「臣下一同、皆、アッシュ様のお帰りをお待ちしています」

 

 特に、文官連中が。 

 酷いオチだなと思う傍ら、これも、平和になったが故かなと、笑う事もできた。

 

 

 






 次回から原作第一期の時間軸ですね。
 この辺から日記形式に無理を感じて、書き方が実にカオスなことになっていたりもします。



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第二部
召喚編・1


 

 

 

 ・㊦月㌣日

 

 決壊した堤のようなものだ。

 溢れ流れ出でてしまえば、せき止めることなど出来ない。

 終端まで、流れ着くのをただ眺めるだけか―――或いは、自らも濁流に身を任せるしか、無い。

 

 曇天。薄っすらと鳴り響く遠雷が耳に届く。

 周囲の空気は、何処か鬱屈に満ちていた。

 高い尖塔の、窓の向こうの曇る夜空の元を見下ろせば、そこには。

 夜の闇、雷の音―――閃光に僅かに視認を可能とする、それは、平原見渡す限りを埋め尽くす大軍団の姿だった。

 ガレット獅子団領国対ビスコッティ侵略軍。

 国境の要塞、平野、山々が作る天然の要害すら突破して、このミオン砦の向こうに連なる王都フィアンノンを攻め落とそうと各方面から結集した全兵力が、今、私の目の前に存在していた。

 

 ―――突然ですが、戦争のお時間です。

 

 いやね、こうもバトルバトルの日々が続けばシリアスな気分にもなりますよ。

 しかも此処一ヶ月近く、勝率で言えばほぼ負け越し状態。

 オマケに私は負けてる側の現場指揮のお仕事なんてしていれば、もう、気分もダウナー一直線。

 しかも挙句の果てには、攻め寄せてきてるのがほぼ全員顔見知りの連中ばかりなんだから、もう、連中の勝ち誇った顔がウゼーのなんのって。

 あの脳筋集団、ちょっとはこっちの都合を考えろって話だよ。

 こっちは大事な主要産業の一つ、特産果実の収穫期が重なっていて兵力集められないっつーのに、そんな事情お構い無しにもう、あっちでこっちで戦争戦争戦争。

 気付いたらもう、此処と王都と、後その間にある小砦以外戦域指定エリアが残っていないっつーの。

 私もすっかりこの一ヶ月で、敗戦処理請負人というポジションが板についてきてしまったような気がします。

 

 無理だね、うん。

 勝てない勝てない。局所で一時的に押せてみせても、面で押しつぶされちゃうからどの道結果は変わらないし。

 かといって、実らない努力だからと諦めてしまえるような立場でもないし、ああもう、本当にこの一ヶ月は無駄な努力を繰り返す毎日でした。

 こんなワンサイドゲームが続きすぎると、流石のほんわかビスコッティクオリティもしょんぼり気分が寄せてきちゃうと言うか、うん、しょんぼりさんの無理くりな笑顔が心に痛いです。

 責任とか、あんまり感じてくれないとありがたいんだけどなぁ。

 

 これ、根本的に無理ゲーだし。

 状況を踏まえれば、戦争開始前からウチが負けることは確定しているのは、多分向こうだって承知してるに違いないんだから。

 

 ―――まぁ、つまり。

 連中、勝ち誇るために攻めてきてるって事なのか―――そこまで厭味なことされるような間柄じゃなかったと思うんだけど。

 姐さん、その辺何を考えてるんだか。

 敗者と語らう暇なんて無いとか、宣戦布告は済んでるんだから後は弓と矢で、とかまんまお芝居の戦国大名風味の台詞しか返って来ないで面会謝絶状態だし。

 むしろ、しょんぼりさんはそっちの理由でしょんぼりしてるわ。

 

 ほんと、姐さん。

 

 ―――どうしてこうなった?

 

 

 ヾ月ヽ日

 

 軍師が派遣され、宣戦布告文章も既に受け取っている。

 砦攻めは夜明けと共に開始されると、つまりは、この曇天の中でまだしばし陰鬱とした時間を過ごさねばならない。

 防衛戦準備のためにそれなりに忙しなく動いている周囲の空気の中で、一人チェーンに繋いで首に下げておいた指輪を眺める作業を続けるのも非生産的な気がしたので、少し、此処にいたる状況を振り返ってみようと思う。

 

 何故、ビスコッティとガレット、否、しょんぼりさんと姐さんが戦争を行うこととなったか、その経緯を。

 

 歌うしょんぼりさんが歌うしょんぼり領主様にクラスチェンジしたのが丁度一年と二ヶ月程度前の話。

 国民からの信任投票も万事抜かりなく終わらせ、見事ビスコッティの領主様となりおおせたしょんぼりさんを、祝いの席に駆けつけた姐さんは我が事のように喜んでいた。

 私としてもその時が、ガレットを離れてからの一年ぶりの再会だったりしたわけで、まぁ、お互い大事無い事を程ほどに確認しあった程度の話だけど―――うぅむ、特に姐さんにおかしい部分は無かったんだよなぁ。

 

 ―――なのに、今から一ヶ月前に、唐突のガレットからのビスコッティに対する侵略計画の通達。

 

 漸く領主としての仕事にも慣れ始めた、程度の新人領主様にとっては青天の霹靂とも思える大事。

 おまけに侵略宣言をしたのは姉とすら思うような親しい、尊敬している女性だったのだから―――まぁ、酷な話だ。

 初めはそれを、ビスコッティは先輩領主からのありがたい教育の一環程度のものと―――つまりは、両者が相応に利を得られる結果で終わるものと楽観視していた。

 だが蓋を開けてみれば、国境線の平野を埋め尽くさんばかりの大軍団が存在していた。

 同時に、複数箇所で―――考えるまでも無く、ガレットは本気だと言うことを示していた。

 

 初動の遅さ、或いは見積もりの甘さと言うべきか、まぁ、こんな状況で始まってしまえば後は一方的なもの。

 何しろビスコッティはまともな軍事力は殆ど存在していないのだから。

 収穫期の中でなんとか徴発した民兵達と併せても、攻め寄せるガレットの大軍団をせき止められるわけも無く―――そう、あたかも決壊した堤からあふれ出た濁流の如く、侵略者達はこの王都手前の最後の大砦であるミオン砦まで押し寄せてきました、と言う訳で。

 

 まぁ、此処もそれなりに堅牢な砦であるとは思うけど、率直に言って下に見える大軍団に攻められたら勝てる訳が無いわ。

 だって、彼我戦力差十対一って勢いだもの。

 おまけに砦の守将は侵攻作戦以外では活躍の仕様が無い突貫馬鹿―――つまり、私な訳で。

 私は侵略するのは得意だけど侵略されたらどうしようもないんだよ!

 緑の人とかみたいに雑魚散らし用の紋章術とか使えねーし!

 必殺キックとか、アレ避けられたら速攻でフクロにされるに違いない自爆技だし!

 守りきらないと負け―――つまり、攻めて来る敵を全滅させるような戦いを強いられるのであれば、私はどう考えたって不向きだ。

 

 ―――でも、やるしかないんですよねぇ。

 騎士団長と親衛隊長を、まさか王都と領主から引き剥がす訳にはいかないし、リアル戦国無双の流浪人さんはこの二年近く音沙汰無しで何処にいるんだか解らないし……そもそも今、国内にいるのかあの人?

 あ、ついでに個人的にこの戦争にモチベーションが上がらないので、こう、輝力のノリが悪いっつーか。

 

 ―――そこ、女々しいって言うな。

 

 まぁ兎も角、そんな事情で穴埋めポジションとして投入されるのが私の役回り。

 負けそうなところに投入されて、しっかり負けて帰ってくるとか……ホント、敗戦処理要員になってるよなぁ。

 負けたからって命がとられる訳でもないし、別にウチの国が一方的に赤字を被ってたり模するわけじゃないから問題ないといえば問題ないんだけど、やっぱり負けが続くと国内から元気が無くなって行くというか、しょんぼりって感じで―――解決したいんだけど、どう頑張っても、数の力に押し込まれちゃえばどうしようもないわ。

 小粒の若手が敵の大物に押しつぶされちゃえば、後は兵力で地ならしのお時間ですってなもんで、何処の弱小球団だよと言う残念な有様。

 

 ―――とはいえ。

 此処で負けると次は王都って訳で、流石にそれは避けたい。

 何より、玉座に座るしょんぼりさんに剣を突きつけて勝ち誇る姐さんと言うシチュエーションは個人的に全く見たくない光景なのだから。

 ホント、マジで姐さんはしょんぼりさんをしょんぼりさせて何がしたいというのか。

 

 ……ん? どったのエミリオ君。

 あ、防衛の準備終わった? いつもながら早いねぇ。流石ポストイケメン。万事ソツが無いね。

 まだ夜明けまで時間あるんだから、のんびりで良かったのに。

 

 と、言うかさ。

 

 折角準備してもらって申し訳ないんだけど、撤収準備してくれる?

 うん、撤収。いやいや、冗談じゃなくて。

 夜の内にこの砦の中身を空にしちゃおう。

 で、皆はそのままレイクフィールドでイケメン騎士団長と合流して最終防衛線を再構築。

 ああ、その時ついでにポポロの砦の連中も拾っていっちゃってよ。

 ははは、いや、本気だから。この人数で篭城戦なんて時間稼ぎにもならない兵力の無駄遣いになりそうだし、さ。

 だから、ただでさえ少ない兵力は分散してすりつぶすのはやめて、最終防衛線での水際防御に全てを賭けよう。

 ……ああ、しょんぼりさんにばれない様に、こっそりと王都で臨時の徴兵とかしてくれると私としては嬉しいなーと思うんだけど……いやいや、エミリオ君が千人分の戦働きしてくれるって期待は勿論有るんだけどね。

 まぁその辺はイケメン騎士団長と相談して―――緑の他人には絶対ばれないようにな? うん、宜しく言っておいてくれれば良いわ。

 

 え?

 

 ああ、私はどうするんだって話?

 ははははは、そうねぇ。

 それじゃあ、伊達に中二な二つ名がついていないことをキミ達に証明してあげよう。

 

 ―――報道部呼んで来てくれる?

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月現在

 

 王都フィアンノン、フィアンノン城。

 代表領主を上座に頂いた御前会議の議場に、緊急の報が届けられた。

 

 ミオン砦陥落。

 

 それは即ち、実質的な王都防衛の最後の砦が陥落したことを意味していた。

 ミオン平野と王都の間には、最早防衛に適さぬ小砦を一つ残すのみ。

 王都直下、レイクフィールドに引かれた最終防衛線に於いて戦闘が行われるのは確定的な事実となった。

 

 御前会議に集った者たちにしてみれば、ある意味、予想されていた事態ではある。

 元より兵力差は絶対的な開きがあり、それを覆して守り抜けるほどに、ビスコッティの兵は精強とは言い難かったから。

 だが、砦の陥落が必然であったとしても、幾らか早すぎやしないか。

 ミオン砦の守将を任されていた騎士は、この国でも最高クラスの強力な騎士だった筈だ。

 戦好きが講じて武官としてガレットに長期滞在していた経歴を持つ、ビスコッティきっての戦上手―――その筈だというのに、余りにも、陥落の知らせが早すぎる。

 

 一体、砦ではどのような戦が―――判明したのは、驚愕の事実。

 

 砦と自身を身代とした、奇襲戦ルールによる敵陣への単騎特攻。

 敵軍将官数名を次回戦線への参戦不能へと追い込む戦果を上げることに成功。

 戦果を最大限生かすために、ポポロ小砦も引き払い、撤退した全軍をレイクフィールドに集結。

 以って、敵軍の撃退への一助となることを期待する。

 

 皆がその報告の意味を理解しようと言葉を失っている中で、代表領主たる少女が早駆けの伝令へと尋ねた。

 

 それで、彼は。

 

 答えは明確。

 奇襲戦ルールに基づく敵軍将官へのペナルティが『次回戦闘への参戦不可』であるのならば、敵陣中へと特攻を仕掛けた件の騎士に科せられるペナルティも、また。

 

 ―――現在は、占拠されたミオン砦の一角に拘禁されているらしいです。

 

 口惜しそうに語る伝令を、領主たる少女は労わりの言葉と共に下がらせた。

 じっと口を閉じて、眦を伏せて思考に沈む。

 議場に集った人々の沈痛な声音を耳に留めながら、彼女はいろいろなことを考えていた。

 

 今のこと。今までのこと。彼のこと。民のこと。国のこと。それから、一人の女性のこと。

 

 民には苦労を強いてきた。今までも、そしてきっと、間もなく訪れる王都直下で繰り広げられる大戦でも。

 苦労を。あの奔放な彼にすら、しんどい真似をさせてしまっている。

 彼女の愛すべき周囲の暖かい人々を、しかし彼女は弱く、自身のみでは笑顔を齎せてあげることが出来なかったから―――。

 

 決断は、雷鳴の轟きすらも遮って。

 

 ビスコッティ共和国代表領主ミルヒオーレ・F・ビスコッティは、最終手段の活用を宣言する。

 

 勇者召喚を、行うことを。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・シガレット』

 

 肩を揺すられた感触に、瞼を開ける。

 領主家の人間も滞在することがある、ビスコッティらしい様式美を備えた寝室の風景。

 それが、朝の日差しに飾られていることに気付いた。

 方をベッドに押し付け横になっていた状態から、天井を向くように姿勢を直し―――それで漸く、そっと肩を揺すって名を呼びかけていた人物の姿が視界に入った。

 

「お目覚めですか? アシガレ卿」

 

 丁度顔と水平の位置に、短いスカートの裾が覗く。

 大きくフリルのあしらわれたエプロンドレス。

 腰位置まで届くポニーテール、ついで、その先から踊る毛並みの良い尻尾が流線を形作って、おっとりとしたその表情とは対照的に、快活なイメージを与えていた。

 

 誰と考えるまでも無く、ガレット獅子団領国は領主閣下のお傍付きのルージュさんにじゅうえっくす歳である。

 相変わらず情け容赦の一つも無く、明らかに十代半ばの人間が着る事を想定されたデザインであろうミニスカフリルのメイド服を着こなしている様が、朝から刺激的とも言えた。

 彼女がお姉さまと慕う我が愛しのビオレさんはバリバリのキャリアOLぽいタイトミニな格好をしてるのに、何でこの人は未だに量産仕様のメイド服姿のままなのだろうか。

 一応、それなりに階級高い位置についている筈の人なんだけど……。

 

「アシガレ卿?」

「ああ、すいません」

 

 不思議そうな顔で小首を傾げられて、私はゆっくりと身を起こした。

 背筋を伸ばしながら、室内を見渡す。

 ガレットに占領される前から私用させてもらっていた、高官の寝所の広い室内。

 

 ―――捕虜だよなぁ、私って。

 なんで、普通に敵軍のメイドさんに優しく起こされてるんだろうね?

 いや、なんでも何も、だからこそ此処はフロニャルドって事なのかも知れんけど……まぁ、噂には聞いてたけど、戦時中に捕虜になったのは初めての経験だから、やっぱり何か、落ち着かないなぁ。

 ベッドから身を起こす私に、ルージュさんは洗面台を傍に運んできてくれる。

 なにコレ、洗顔のための洗面所ってのは、起きると向こうからやってくるものなんだ。

 

「あ、でも。どうせ起こしてくれるならビオレさんに起こして欲しかったなぁ」

「……相変わらず、アシガレ卿はビオレお姉さまの追っかけをやってるんですね」

 

 ははは、ヤダなぁルージュさん。なにを当然の事を。

 笑って返してやったら、タオルを差し出してくれたルージュさんは、苦笑を浮かべていた。

 

何か変なこと言ったかな、私?

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・ノワール』

 

「シガレット、もう起きた……?」

 

 扉を半開きにして、先ずは声を掛けてみる。

 

「―――その声、おちびさんか?」

 

 その呼び方は、どう考えてもアシガレ・ココット―――シガレットのものに違いなかった。

 躊躇い無く室内に踏み入れば、シガレットはルージュに手伝われて着替えている最中だった。

 手伝われてと言うか、実質そのまま、ルージュがシガレットを着替えさせている。

 シガレットはそれが当然のような顔をしているし、ルージュもそれが当然の役目とばかりに丁寧な手つきで着替えを施していく。

 それは実に自然な光景で、もう何年も連れ添った主従の関係に見えた。

 

 ―――いや待て、おかしいだろう。

 

 シガレットは確かに戦時条約下に則った捕虜で、だから所属国家の地位に見合った扱いを受けるのは当然……だけども、些かこの状況は、……おかしい、筈なんだけど……。

 

「男の着替えをじろじろ見つづめるってのは、ちょっと趣味が悪いぞおちびさん」

「……そう?」

「そこで疑問顔を浮かべられてもねぇ」 

 

 それは冗談で言っているのかと、咎める口調のシガレットに言い返してみると、しかし彼は苦笑を浮かべてため息を吐くのだった。

 

「まぁ、その辺の斟酌の無さがおちびさんらしいけどさ」

 

 もう大分昔からのことだが、シガレットは私のことを天然気味の女とでも思っている節がある。

 人と少し完成が違うかなって自覚は、うん、私自身も少し感じているけど、でもこの男にだけは言われたくない。

 着替えを見られるのを咎めているお前は、今まさに女に自分の身支度を整えさせているじゃないかと、ちょっとジョーヌに大声で突っ込んで欲しい気分だ。

 尤も、ジョーヌがシガレットの着替えの現場なんかに突入したら、顔を真っ赤にして飛び出していくだろうけど。

 ベールだったら……多分、両手で目を覆うフリをして、じろじろ観察するに違いない。

 

「で、おちびさんは朝からこの捕虜めに何の用かな?」

 

 少し考えに耽っている間に、シガレットは着替えを終えていた。

 ヴァンネットで暮らしていた頃と変わらない、何時もの鎧の下に着ていたビスコッティの騎士服。

 昨日戦闘中に破いたものを繕い直したものではない、明らかな新品だ。

 おそらくルージュ達レオ様傍付きメイド部隊が当然のように準備しておいたものなのだろう。

 何でレオ様のメイド達がコイツの服から何から準備しているのか、誰もが疑問に思うことであると同時に、しかし誰もが何故か、それを当然のように感じてしまう。

 シガレットには、そんな不思議な存在感があった。

 ―――と言うか、日常的にガウ様の頭を蹴り飛ばしているような、それで一回も咎められたことが無いようなヤツだったから、メイドに傅かれている姿程度を目撃したところで、今更と言うものなのだろうけど。

 

 シガレットなら仕方ない。

 シガレットならそう言う事もある。

 

 ―――概ね、ガレットではそんな評価が下されていた……あ、でもメイド達は何かちょっと違う感じの気持ちがあるらしいけど。

 

「おちびさん?」

 もう一度呼びかけてきたシガレットに、私は思考を振り払って返す。

 思考に没頭して会話のタイミングがズレてしまう、私の悪い癖だ。

「ご飯、一緒に食べようって」

「あ、呼びに来てくれたのか、悪いね。―――ガウも居るのかな?」

 ……シガレットは、そんな私との会話を、いやな顔一つせずに付き合ってくれる数少ない人でも、あった。

 ジョーヌやベール、そしてガウ様やリコ達と同じ、私にとって大切な友達、仲間の一人。

 彼は、私の少ない言葉の中身をちゃんと理解してくれていた。

 誰が一緒にと言っているかとか、一々尋ねなくても、理解していて、

「ううん、ジョーヌとベールだけ。ガウ様、ポポロ砦の方へ顔を出してる」

「あぁ~もう落ちたのか。まぁ、流石のエミリオ君でも空城の計とかトラップ祭りとかそういう方面に気が効いたりはしないよねぇ」

「そういうの、シガレットしかやらないと思う……」

「小細工の一つでもしなきゃ、やってられないでしょこんな無理ゲー」

 気の抜けたぞんざいな口調で、しかし、少しだけ表情は真面目なものにも見えた。

 余り見ることの無い―――むしろ、見かけたら良くないことが怒る予兆だとすらヴァンネットではささやかれている、シガレットの真面目な顔。

 

 ―――ガウ様も、そういえば最近はそういう顔をしていることが増えた。

 レオ様も……。

 

「一緒にメシ食うのとか、久しぶりだねぇ」

 会話を止めて顔だけを見つめ続ける私から、何を見たのだろう。

 シガレットは気分を切り替えるように明るめの声で言った。

 私も、それに便乗して頷く。

「ん。二年ぶり」

「だよねー。……って、そういえば昨日思いっきり蹴っちゃったけど、体の方は平気?」

「直ぐ、たまになっちゃったから」

「ははは、ちょっと忙しすぎてベールのうさだまを見逃したのが残念だったかな」

「私は、シガレットの青いいぬたまをちゃんと見たよ」

 

 ヴァンネットで一緒にいた頃と変わらない、何の変哲も無い友達同士の言葉のやり取りを重ねながら、私たちは二人の待つ食堂へと歩を進める。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・シガレット』

 

「毎度のことだけど、もーちょっと静かにメシとか食えないわけ、お前ら」

「えー? だって皆でご飯食うんだから、楽しく食った方が良いじゃん!」

「あら、お兄様ったらつれないんだ。折角久しぶりに皆でご飯なのに」 

「そうそう、アニキってば変なところで硬いよねー。すーぐ暴力に訴えるくせに~」

「シガレットは、他人にばっかり厳しい……」

 

 こちらが一言を言えば、返ってくる言葉は最低三つ以上。

 姦しいと言うか賑やかしいと言うか、単純に煩い喧しいぞ三馬鹿と言うか、朝から相手にするには中々テンションが付いていかないのが、こいつらである。

 折角天気も良いんだからとテラスにテーブルを出して朝食会って感じなんですが、学校の給食の時間か何かかってレベルの姦しさである。

 いや、年齢的に考えれば丁度そのくらいだから何も間違ってないんだけど。

 

「……と言うか毎度言ってる気がするけど、年上のベールに『お兄様』って呼ばれるのは微妙な気分になるからやめて欲しいんだけどなぁ」

 このウサミミ『エロ』娘、レオ様と同い年だから私よりも二つ上のはずなんだが。

 ガウが私のことを『馬鹿兄貴』と呼ぶようになった頃とときを同じくして、その親衛隊であるこの三人も私のことをそんな感じで呼ぶようになっていた……って、おちびだけは違うか。

「ぇえ~? だってシガレット君は、いずれ、ねぇ?」

「そこで何故ルージュさんにアイコンタクトを送るね、キミは」

「言っていいの?」

「聞きたいけど聞きたくない事って、世の中にはあるよねー」

「……言った瞬間、ひっさつキックだね」

「げげアニキ、テーブル蹴っ飛ばすのは勘弁だよ!」

 しねーよ、お前じゃあるまいしと、誤魔化すようにジョーヌの口にサンドイッチを突っ込む。

 背後で苦笑気味のルージュさんに空になったティーカップを差し出し紅茶のお変わりを要求する。

 差し出すタイミングでティーポットが存在していた。毎度の事ながら、素晴らしい仕事振りである。

 

「こんなにのんびりしてて、良いのかねぇ……?」

 

 紅茶から立ち上る湯気に視界を燻らせながら、なんとは無しの気分で呟いてしまった。

 

「しゃーないじゃん、アニキが奇襲なんてかけるから、あたしら王都攻めに参加できないんだし」

「レイクフィールド、一回遊んでみたかったのに……」

「私は、フィアンノンの大通りのお店でお洋服を見たかったなぁ」

 

 戦争国の当事者同士のする会話じゃねーな、コレ。

 まぁ、ルール上王都の防衛戦には此処に居る人間は参加できないので仕方ないのだが。

 

 昨晩は頑張って、この三馬鹿とガウだけは潰した。

 三馬鹿の方は宣戦と同時の奇襲みたいな酷いやり方だった気がするけど、奇襲戦ルールだから仕方ないのである。

 で、何とかガウを潰して次はゴドウィン先生……と行こうと思ったら、横からバナードさんの槍がすっ飛んでくるし、レオ様のものらしき隕石は振ってくるわだしで、結局そこで積んだ。

 

「せめて後一人削っておきたかったなぁ……」

「アニキも結構欲張りだよな」

「そうそう、私たちの面目を思いっきり潰してくれちゃったのに、欲深すぎ~」

 ぼやく私に、ジョーヌとベールが口を尖らせる。

 まぁ、確かにこいつらからしてみれば夜中に陣地で休んでいるところを頭上からの一撃で潰された状況なのだから、色々言いたくもなるだろう。

 一応言わせて貰えば、そうでもしないと流石にこいつら三人とガウを一人で始末することなんて不可能だから、やむを得ないのだ。 

「一応、バナード将軍にも撃墜判定が出ましたよ」

 曖昧な顔で場を濁そうとすると、ルージュさんが横からそっと言葉を添えてくれた。

「あ、そうなん?」

「はい、その、卿と一緒にレオ様の……」

「ああ、隕石」

 レオ様必殺の、面制圧の紋章術。面に対する攻撃と言うことは、その面に居る敵味方含めて全員が対象ということで。

「つーか、あたしらの手下も殆ど巻き添えくらっちゃったし~」

「お兄様のキックに加えて、駄目押しでレオ様ですものねぇ」

「無差別攻撃コンビ。性質が悪い……」

 微妙に薮蛇だったらしい。

 どうりで砦の中庭に三桁を超える人数が集合していると思った。

 

「―――あれ、じゃあバナードさんも此処に居るの?」

「いえ、バナード将軍は……」

 

 私の問いに、ルージュさんは首を横に振った。

 そして、彼女の動作に応じるように、室内からメイドさん達が平面式のテレビモニターを運んでくる。

 私はそれで状況を理解した。

「ああ、解説か」

「はい」

 現在時刻的に、もう王都攻めは開始されている頃だろうから、実況中継の解説役としてお茶の間にお馴染みであるバナードさんが居ないのも納得できる話だった。

 モニターは幾度か画像をぶれさせた後で、丁度上空からのカメラから捉えたレイクフィールドの生中継の映像を映し出し始める。

「ぉお~派手にやってるじゃん」

「……楽しそう」

「ん~、落ちたら下着までびっしょりになっちゃいそう」

 王都を有する浮き島の直下にある巨大な湖一面を使って築かれた巨大アスレチック、そこで繰り広げられる『戦』に、三人は目を輝かせていた。

 私としては、その派手な光景を素直に楽しんでばかりも居られない。

 見た限り、既にフリーバトルフィールドの存在する第二エリア辺りまで押し寄られているらしいのだから。

 バトルフィールドの守勢は、当然騎士達を中心とした精鋭であるのだが―――精鋭であるが故に、如何せん数が少ない。

 それでも、やっとこそレイクフィールドの大アスレチックを超えてきた、疲れの見える雑兵程度なら何とかあしらえるだろう―――といいたいところだが、雑兵も、流石に数が数なのだ。

 ロラン隊長は最終防衛ラインの死守を任されているだろうから、あのバトルフィールドの守将はエクレ嬢に違いない。

 彼女の奮起に全力で期待したいところだが……。

 

「流石に、積んだかなぁ」

 

 雑魚を散らして疲れたところにゴドウィン先生辺りが突っ込んできたらそれで終わりな気がする。

 そしてエクレ嬢がやられてしまえば、ロラン隊長一人で先生とレオ様の相手となるから……ついでに、他の腕の立つ騎士や兵士たちも含めて。

 どう頑張っても無理ゲー過ぎる。

 人手の足りなさと言うのは、最早どうしようもない状況だった。

 

 せめて、後一人。

 誰か有能な騎士でも居てくれれば、もうちょっと……。

 

「あ、ちょ、今いい所なのに」

「なんでしょう、緊急ニュース?」

 

 黙考に耽ってると、いつの間にかモニターの映像が中継席のフラン兄さんたちに切り替わっていた。

 バナードさんのハンサムな顔と、勿論私の愛するビオレさんの可憐な姿も見える。

 まぁ、折角のビオレさんのお姿も、相変わらずひたすらハイテンションなフラン兄さんのせいで台無し―――と言うか、何か何時も以上にやかましくないか、兄さん。

 

『今! 大変なニュースが入りました!』

 

 それもう三回目だから、CM入る前に早いところ進めてくれんかな。

 一体全体、そんなに煽ってどんなニュースが着たんだ。

 

『なんとっ! ビスコッティの代表領主ミルヒオーレ姫様が、この決戦に『勇者召喚』を使用しましたっ!』

 

 ……。

 …………。

 ……………………。

 

『今まさに戦場に向かっているとのこと! さあ、ビスコッティの勇者は、どんな勇者だ―――ッ!』

 

 ……。

 …………。

 ……………………。

 

「…………………………………はい?」

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・シガレット』

 

 勇者。

 

 先触れの聖獣の招きに従い、異世界から参上する救世主。

 かつてフロニャルドの人々が魔に怯えて闇の中で暮らしていた時代、聖剣を携えその闇を打ち払い、人々を安寧の地へと導いたと伝承される存在である。

 フロニャルドに災いがあれば勇者は光の橋を渡り光臨するのだと、それは、子供でも知っている御伽噺で―――尤も、現代フロニャ人的な感覚で勇者と言えば、もっと別の意味で受け取られるのが常だろう。

 

 そう、所謂あれだ、勝てないチームの助っ人外人。

 

 国際ルールに則って、各国一人ずつの召喚が認められているが―――まぁ、滅多に行われることは無い。

 子供でも知っている事実だが、かつてより現代まで、戦に破れかけていた数多の国々が招きよせた勇者達は、その全ての人物が地に根付き血を残してきたと伝えられている。

 勇者とは異世界で暮らす、高い輝力を発揮する素質を持ったもの達を指す言葉である。

 異世界、つまりは此処ではない何処かで生を営んでいた人々なのだ。

 異なる地で生まれ歳を重ね、生活の枠組みは確実に生まれた世界にあるのだろうに、しかし召喚された勇者は全てこのフロニャルド―――勇者達の視点で見ればフロニャルドこそが縁もゆかりも無い異世界に違いないと言うのに、勇者達は元の自分が生まれた世界に帰ることなく、『異世界』で生を終えることを選ぶ。

 

 ―――いやもう、はっきり言ってしまおう。

 異世界召喚モノのお約束として、地球から異世界に召喚されたら元の世界に帰れる訳無いんだってば。

 や、探せば変える方法が―――やっぱりお約束的な意味で―――有るのかもしれないけど、巷に伝わる話を総合すれば、召喚された勇者は地球へは帰れない。

 大抵の場合は、召喚してくれた領主家に囲われて―――或いは知り合った誰それと結ばれて、その血に溶け込んでいく道を選ぶが、中には自力で新国家を建設したりする人も居たりしたらしい。

 悲惨な話だと、望郷の念と悔恨が重なって魔に落ちてしまった勇者も居たらしいのだが―――それは本当に稀にも稀なケースだ。

 

 何しろ地球で暮らす勇者の前には、召喚の前に必ず先触れを告げる聖獣が現れて、『召喚に応じるや否や?』との選択の機会を設けると言うのだから。

 聖獣によって勇者の資格ありと認められた人物であれば、元々異なる世界へと溶け込めてしまう素養のある者なのが当然だし、帰還の不可を予め告げられたその上で召喚に応じたのなら、そうそう帰還を求めるような事があるはずも無い。

 

 ―――まぁ、問題があるとすれば。

 

 勇者の暮らす異世界と言うのは、早い話が地球である。

 私の前世が暮らしていた、違う事無き―――リコたん脅威の技術力の恩恵にあずかって確かめてみたが、間違いなく二十一世紀現代の地球だった。

 おまけにどうやら、ビスコッティの勇者は我が故郷日本に暮らしている人物らしい。

 

 ……現代日本で暮らす人間が、『勇者』。

 

 因みに、このフロニャルドと地球とに流れる時間の流れは一定であり同一だ。

 つまり、フロニャルドの百年前は、地球にとっても百年前と言う事で―――最後にフロニャルドに勇者が召喚されたと記録されているのは、数百年前。

 中世までは行かないけど、戦前ほど近くも無い―――そう、文明が今より発達していなかった頃である。

 

 その頃であれば、うん。そんな時代に生きる人間のメンタリティであれば。

 ―――恐らく、異世界への召喚なる事態へもおおらかな気持ちで受け入れられたりもするだろう。

 かえって立身出世の目があるとか、或いは、一国一城の主足らんと男の本懐を目指してみたりもする、気風のよさを備えていてもおかしくは無い。

 

 ……でも、現代の日本に暮らす常識的な人間に、それを期待するのはなぁ。

 と言うか、クーリングオフ不許可の契約に、そうそう同意するやつも居ないだろう。

 

『姫様からの及びに預かり―――勇者シンク、ただいま見参ッッ!』

 

 

 ……。

 …………。

 ……………………。

 

 …………………………………え~?

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

 日が沈む、ほんの少し前。

 

「あの、シガレット」

 

 フィリアンノン城領主執務室。

 領主が執務に使う机を間に挟んで、ミルヒオーレとシガレットは向き合っていた。

 因みに何故か、ミルヒオーレが見下ろす側、シガレットが見上げる側である。

 領主補佐官のアメリタが、部屋の外で額を押さえている理由も解ろうと言うものである。

 

「何かな?」

 

 シガレットは、ミルヒオーレが書き綴った書類に赤ペンで添削を入れ終えた後で、漸く顔を上げる。

 ミルヒオーレは、まるで職員室に来た居場所の無い生徒のような態度で、はい、と頷き、続けた。

 

「最近、よく、来てくれますよね?」

 この仕事場へ、或いは、プライベートな時間も。

 ふと思い返してみれば、シガレットの顔を見かけるケースの、多い事。

「怖いお姉さんに面倒をみてやれって頼まれてるからね」

 誰とは直接言う必要は無いだろうけど。

 シガレットは苦笑してそう答えた。

「……それだけ、ですか?」

「まぁ、それ以上に、可愛い妹分だからね、キミ等は」

 兄貴分として、世話を焼きたくなるのは当然だと―――赤ペンで添削した書類の代わりを自ら作成しながら、シガレットは答える。

「それだけ、ですか?」

 もう一度、ミルヒオーレは同じ問いを繰り返した。

 シガレットは答えない。机に広げた羊皮紙に集中しているのか―――或いは。

 

「その……、気を、使わせてしまって居たんじゃないでしょうか」

 

 あれ以来。何時以来。何以来。

 言葉足らず、曖昧な表現で。しかし、意思疎通は確りと成立していた。

 故に。

 

「もう、必要ないかな」

 

 ―――いや、元々必要なかったんだろうけど。

 

 シガレットは微苦笑を浮かべて、そう言った。

 視線をミルヒオーレと合わせる。

 彼女は愛らしい、穏やかな笑みを浮かべていた。

 陰のある部分は、最早無い。

 

 あれから(・・・・)、三ヶ月。

 待つべき時間は、しかし、耐え切れぬほどは長くないから―――だからこそ、焦がれる気持ちは募るばかり。

 心配にもなろう。

 城中がそんな、落ち着きが無く、不意に破裂してしまいそうな水風船のような空気を孕んでいれば。

 

 シガレット。大好きなあに(・・)が。

 一人で暢気に、自分だけが幸せになろうなんて、そんな気分で居られるはずが無いだろう。

 だからこそ。

 

「はい。ミルヒは大丈夫です」

 

 謝罪は無い。

 感謝の気持ちは、たっぷりと込めた。

 だから心配、しないでも平気と。

 

「……うん」

 

 シガレットはじっくりと頷く。

 それは何よりと、先ずは一声。

 それから、茶目っ気たっぷりな態度で、そっと付け加えた。

 

「本人帰って来るまで顔曇らしたままだったりしたら、総すかんだっただろうしね」

 

 もうっ、と。

 ミルヒオーレは微苦笑を浮かべた。

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

 



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召喚編・2

 

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・シガレット』

 

「おぉ~すっげぇ! マジで勇者だ!」

「あら可愛らしい男の子」

「……裸の耳だ」

 

 ……いやいやいや、素直に感心してる場合じゃねーだろ三馬鹿どもよ。

 

 おかしい、どう考えてもおかしいだろコレ。

 テレビの故障とか、特撮とかの間違いじゃねーの?

 何であそこに映ってる彼、あんなにノリノリでポーズ決めてるの?

 日本人? ねぇ、キミ本当に二十一世紀の日本人なの?

 

「……って、金髪じゃねーか」

 

 自称勇者君―――いや、事前にミル姫からの予告があったからマジものの勇者様なんだろうけど、金髪碧眼の、どう考えても日本人ではない容姿をしていた。

 金色の髪、白いマント、赤い服。アクセントに黒を引いて、身の丈もある飾り棒を華麗に振り回す姿は、なんていうか、何処までも絵に描いたような、和製RPGとかに良くある、国籍不明の異世界の『勇者』様にしか見えなかった。

 会社勤め時代に取引のあった外資に勤めていたマジモノの外人さんとも雰囲気が違う、オリエンタルな感じも混ざっているから、ハーフかクォーターか何かだろうか。

 メリケンとかだと無駄にノリが良かったりするからなぁ、結構フロニャルドのノリに馴染んでくれるかも知らんけど。

 

「いや、あの裁判大国の人間が勇者契約なんてする筈ねーわ」

「アニキはさっきから何をブツブツ言ってるの?」

 受け入れがたい現実に懊悩していると、ジョーヌが不思議そうな顔をしていた。

 と言うか、周りの皆様全員が私の方を見ている。

「……何でも、無いよ」

「なんでもないって顔じゃない」

「お兄様的には、勇者召喚の件は御気に召さないのかしら?」

「いや、お気にと言うか何ていうか……」

 ベールの問いに曖昧に言葉を濁す。

 

 良く来たな、と言うか、むしろ良く呼んだなと言うか。

 

 あのミル姫が遂に、一人の人間の人生を奪ってまで一つの事成す決意をするまでに成長したのかと思うと、感慨と共に虚脱感のようなものも沸いてくるのだ。

 同時に、レオ様がミル姫に、そこまでの物を背負わせてしまった事実も、色々と複雑で。 

 

「まぁ、俺らがふがいないからって話にもなるからね、この場合」

 エクレ嬢は内心穏やかとは言えないだろうなと―――バトルフィールドで勇者と合流した二人の姿をテレビ越しに眺めながら、苦笑した。

「あ~」

「何か、あたし達の方こそ、申し訳ないっつーか……?」

「いや、戦争なんだから弱い俺らが悪いから、キミ等が気にする話じゃないんだけどね」

 曖昧な顔で頭を掻くジョーヌに、軽く返す。

 実際問題、現在進行形で進んでいる防衛戦に私も参加できていれば勇者を呼ぶ必要も無かったかもしれないのだ。

 尤も、その場合は此処でテレビを見てる三馬鹿と、ついでに今はポポロ小砦に居るらしいガウ、更には解説として実況席に座っているバナードさんまで参戦してくるのだから、それはそれで勇者でも呼ばないとやってられない無理ゲー状態だったと思うが。

 

 ……それにしても、あの勇者凄いな。

 ポンポン景気良く跳ね回りながらアスレチックを駆け抜けるわ、エクレ嬢に勝るとも劣らない強烈な紋章砲をぶっ放すわ、余りにも凄まじい適応力過ぎて、どう考えても現代日本で暮らしている人間とも思えない。

 現代の若者ってのはもっと内向的で外で運動とかも殆どしないような、世の中を斜に構えてみちゃったりするような感じじゃないのか?

 外見的に『リアル中二世代』っぽい年齢に見えるから、ある意味本懐を遂げたとばかりのはっちゃけ状態なのかもしれないけど。

 

 いやでも、なんつーか、やっぱり自分の常識が崩壊しそうな活躍っぷりな勇者様だこと。

 幾らフロニャの加護で斬っても撃っても『けものだま』になるしかないって言っても、あそこまで豪快に棒振り回したりビーム撃ったりとか……まぁでも、私も良く考えたら、傍から見ればあんな感じなのかなー。

 現代人も案外、思っているよりも適応力が高いってだけかもしれない……と言うか、そう言う事にしておこう、自分のために。

 

 私は何も、おかしくは無い!

 

「ま~たアニキが何かおかしな事考えて一人で納得してるよ……」

「いつもの事なんだから、邪魔しちゃ駄目よジョー」

「シガレットはおかしいから、仕方ない」

「……煩いわ三馬鹿」

 

 長い付き合いだと相手の思考がある程度読めちゃうから嫌だよね。

 何か、ルージュさん達メイド部隊まで笑ってるし、うん、気にしないことにしてテレビに集中しよう。

 折角の勇者の初陣何ていうレアな場面を目撃しているのだ、コレを見ない手は……。

「って、うわ、スゲー爆発」

 バトルフィールドのエクレ嬢と勇者少年を映していたテレビ画面いっぱいに、粉塵が満ちる。

「今の紋章砲、誰?」

「さぁ? 第二陣に参加してる誰か……」

「若い子たちに、あんな強力な砲は撃てないわよ」

「ってことは、ゴドウィンのおっちゃんが来たんじゃ」

「色が違う、あの色は……」

 あーだこうだと今のガレット側からの攻撃について会話を交わす三馬鹿。

 最後のおちびさんの言葉と同タイミングで、映像が別のモノに切り替わった。

 それは、青空をバックにバトルフィールドに近い高台を映した……。

「……って、おい」

 

 黒いセルクルに跨った、大戦斧を肩に担いでマントと銀も鮮やかな毛並みを靡かせる、その姿は。

 

『閣下と呼ばんか、無礼者がっ!』

 

 言葉と共にバックにドーンと意味も無くデ・ロワ家の紋章が光る。

 実に華やかな演出である。

 

 ……。

 …………。

 ……………………。

 

 あの、何をそんなノリノリで、高いところから登場してらっしゃるんですか、レオ様。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・ベール』

 

 触らぬ神に祟りなし。

 君子危うきに近寄らず。

 

 他にも色々表現はあるだろうけど、現状は概ねそんな感じ。

 大興奮の中集結した戦争の余韻も通り過ぎて、そろそろ西日が窓から差し込んできそうな、そんな、弛緩した空気が蔓延しそうな時間帯。

 私たちは未だ、ビスコッティ共和国の防衛拠点のひとつ、ミオン砦を占拠していた。

 

 ビスコッティ共和国首都フィアンノン直下で行われていた戦争は、我がガレット代表領主たるレオンミシェリ閣下の敗北―――大将撃墜ボーナスの発生によって、ビスコッティ側の勝利と言う結果に終わった。

 現在は戦場後の復旧などの時間に当てられており、占領地の返還交渉などは未だ行われていない。

 此度の戦は本格的な領土紛争の類ではなく、戦争自体を『魅せる』事を主目的とするまさしく『戦争興行』といえる類のものだったから、煩わしい書面のやり取りなどはなあなあのまま先送りにして、その前に戦勝イベントへと突入してしまうことだろう。

 

 ―――よってこのミオン砦は、ましてや主とフィアンノン近辺に陣を敷いたガレット軍数万も含めて、堂々とその場を占領し続けている。

 

「お歌、聴きたかったな……」

 砦の一角、普段は維持管理を目的とする文官たちが職務を遂行する事務室となっているであろう場所。

 カリカリと書類に数字を刻み込んでいく音ばかりが響いていたその部屋に、ノワがぽつりと声を漏らした。

「だよな、だよなぁ~! ノワの言うとおりだよ! 折角ミルヒオーレ姫様のコンサートがあるのに! 戦争参加者特権で優待席が取れるのに!」

 ノワの一声に引きずられるように、ただでさえ書類仕事が嫌いなジョーが遂にはじけた。

 自分の机の上に散らばっていた羊皮紙を撒き散らしながら、うが~~っと、喚く。

 そしてその勢いのまま、ジョーは無謀にも、

 

「なぁアニキぃ、書類仕事なんて後でいいじゃん! 皆でコンサート行こうよぉ!」

 

 繰り返すが、『君子危うきに近寄らず』である。

 そして、私たちはガレット獅子団領国領主家男子たるガウ様を守る親衛隊ジェノワーズなのだ。

 君子を危うさから守る立場の私たちだから、だから、ジョー。

 その貴女が、自ら危険に突っ込んでいくのはどうなの?

 

「黙って手を動かせ」

 

 普段―――といっても二年前なのだけど―――のように怒鳴りつけてこない分、その声は逆に空恐ろしかった。

 事務室の上座に当たる、恐らくは室長格の人間が使用するであろう大きめの机を陣取り、顔も上げずに黙々と羊皮紙の塔を積み上げていく少年の姿が、そこには有った。

 誰かと問う必要も無い、我らガウ様親衛隊の隊長のシガレット君だ。本人は違うって否定するけど。

 

「いや、でもさ、アニキ……」

「全部纏め終わったら解放してやる。大体、こんな杜撰な物品管理でよく今日まで戦争やってこれたな」

 

 流石に今の彼にはヤバイ空気を感じたのか、ジョーは口調を少しばかり戸惑うものに変えた。

 しかし、シガレット君は淡々と、勤めて冷めた口調で切り捨てる。

 越境から今日に至るまでのガレット軍の進軍内容、その全軍の維持に掛かった費用や資材、食料等の書類を纏めて精査し、抜けや計算間違えを発見しては次々に訂正印を押していく。

「……訂正印、見かけないと思ったら」

 シガレット君がビスコッティに『行っている』間、書類審査を主に担当していたノワが、気付いて呟く。

 紛失したと思って新しく作り直したとか、そういえば言っていたっけ。

 当然のように私物扱いでシガレット君が持ち出していたらしい。まぁ、そもそも訂正印なんて彼が使うためにあるものだから、当然の結果とも言えるけど。

 

「アニキ……何か、怒ってる?」

 

「……ジョー」

 私は思わず呻いてしまった。

 寄らば斬る、といった空気を撒き散らしている人間に、そんな尋ね方は厳禁だろうに。

 その辺りの機微が読めないのが、いかにもジョーらしいといえばそうだけど―――って、ノワが机の下に隠れてる。この娘も空気読むのが上手いなぁ。

 さて私はどうしようかと、ほんの少しだけ椅子から腰を浮かせながら事態を伺ってみると、シガレット君は丁度、漸く書類から視線を外して顔を上げたところだった。

 

「怒ってる? 俺が? ―――なんで?」

「なんでって……」

「ああ、相変わらず余白に落書きしてる馬鹿虎が居ることについてか? その事なら諦めたから安心しろ。ついでに諦めたからって訂正はちゃんと本人にやらせるから、そのことについても安心しろ。つーか、この書類書いた馬鹿虎は二年間何してたんだ? 前に夜通し直させたヤツと同じ間違いをしてるじゃないか」

 淡々と、言葉と空気だけでジョーを追い詰めるように、シガレット君は一息で言い切った。

「ノ、ノワ……って、居ない!?」

 ジョーは怯んで助けを求めるように辺りを見回し、向かいの席に座っていた筈のノワの姿が無い事に気付き、悲鳴を上げた。

 続いて、―――あ、こっち見るなバカ。

「ベールぅ~~~、アニキが苛めるよぉ」

 涙目で縋りつかれちゃうと、突き放す訳にも行かないんのよねぇ。

 仕方ないなぁとジョーの頭を撫でながら、私はシガレット君の方を向く。

「何?」

 シガレット君は憮然とした顔で私に問う。

 

 普段は年齢に見合わぬ―――たまに私よりも年上に見えるような大人びた顔をしているのに、ふとした拍子に歳相応の少年らしさが見えるのが、アシガレ・ココットの個性と言えた。

 ガウ様や私たちと居る時は、ヴァンネットの王城ではどちらかと言えば年長者のような立ち振る舞いを心がけていたらしく、余りこういう部分は見せてくれない。

 個人的には、こういう素直に感情を見せてくれる状態の方が、可愛らしいと思うんだけど。

 男の子の意地、と言うヤツなのかな。

 

「ん~ん。お兄様は怒ってるんじゃなくて、機嫌が悪いだけだものね」

 苦笑を一つ浮かべた後で、私は言う。

「誰が」

 一瞬だけぎょっと目を見開いた後、直ぐにシガレット君は渋面を浮かべる。

 図星を突くことには成功したらしい。

「そんなにレオ様が衆目の前で脱がされたのが気に触ったの?」

 

 ―――パキッ。

 

 彼が握り締めていた万年筆が真っ二つに折れた。

 零れたインクで手を黒に染めたまましばらく無言で居たシガレット君は、やがて、ふと思い出したように何処を見ているんだか解らないような目をしたまま、口を開く。

「……別に、鎧を剥がされただけじゃないか」

「そっか。そうだね~」

 うんうん、と私は否定せずに頷く。

 

 戦争の最終段階に差し掛かった時のことだ。

 ビスコッティが召喚した勇者に興味を惹かれたらしいレオ様が前線に突出。

 周囲の雑兵を―――何時もの如く味方ごと―――吹っ飛ばして、勇者の少年とミルヒオーレ姫の親衛隊長と勤める騎士エクレールの二名を相手どって大一番を演じてみせた。

 結果、勇者の少年と騎士エクレールの息の合ったコンビネーションアタックにより、レオ様は装備を欠損し自らの敗北を認め、撤退をした。

 

 因みにレオ様は肌色面積が実に多い服装の上から、私の目で見れば重たそうな鎧で必要部位を防御している形だ。

 腕、腰、脚。そして呪布で設えたマントを羽織って領主の戦装束としており―――ようするに、鎧を着ても普通に肌色率は高い訳で。

 そこから更に鎧をはがされてしまえば、夏場の寝巻きかと言うレベルの大胆な格好がお茶の間にご披露されちゃうのだ。

 とはいえ、レオ様は大雑……もとい、おおらかでノリの良い性格の人だから、下品に落ちない程度であれば多少の色気のある部分にも乗ってくれたりする。

 

 今回も、鎧が脱げた後は無意味にセクシーポーズをとって周囲を沸かせていた。

 

「―――レオ様が機嫌良さそうだったのが気に入らないんでしょ」

「っ……」

 

 続けた私の言葉に、シガレット君は今度こそ隠しようも無いレベルで頬を引きつらせた。

 また、メイド達が喜びそうな態度を簡単に取ってくれるなぁ、この子も。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・ルージュ』

 

「別に良いんですよ。戦争大好きな国の戦争大好きな領主様なんですから。戦争で一暴れした勢いで機嫌よく周りを盛り上げてみるのも、当然じゃないですか」

「そうですねぇ」

「そりゃ、領主の仕事も忙しいでしょうし? 捕虜と面会もする暇なんて無いでしょうし、敵に対しては問答無用で隕石落とすのも当然です。だから、最近俺があの人が笑ってるのを見た記憶が無いのだって当たり前で……」

「ええ、そうですとも」

「だから、ストレスがたまったのを戦争に参加して発散したくなるのは必要悪みたいなもので、だから、別に良いんですよ。戦争大好きな国の戦争大好きな領主様……」

 

 繰り返し、繰り返し。

 

 セルクルが引く『馬車』の座席に腰掛けて、不貞腐れた態度で態度悪く顎を手の甲に乗せたまま、シガレット様はブツブツと同じ内容の言葉を繰り返し続けていた。

 私はお世話役として彼の傍に控えながら、苦笑混じりに相槌を打ち続けている。

 

 実に微笑ましい気分で。

 

 これだ、この空気がやはりヴァンネットには必要なのだ。

 それなりに忙しい領主の傍つきメイドとして、一つは近くに浮いた話でも無いと、盛り上がらないのだ。

 特に最近は、戦続きでどうしても思考が乱暴な方向に行きがちになるし―――豪華なディナーも、取り過ぎれば毒だ。

 たまには瑞々しい、甘い香り漂うデザートが欲しくなるのも当然と言えた。

 

 二人の真面目な少年少女の間に芽生えた、ほのかな恋。

 

 王宮勤めのメイド達全てがご執心の、平日昼間にやっているメロドラマなんか目ではない初々しい人間模様。

 二年前までは、毎日のように新たな進展があったのだが―――しかし二年前、ビスコッティで起こった一つの不幸によって、その関係は閉ざされてしまった。

 一時的に、二人は何の未練も無いかのように、綺麗さっぱり関係を解消したのだ。

 

 なんてこと、早く対策を―――。

 

 慌てるメイド達の中で、しかし一人の利け者が言った。

 

 『離れた時間が、更に関係を深め強いものにするのです』

 

 その言葉が正しかったのだと、今の彼の姿を見ていれば確信できた。

 毎日顔をあわせていれば―――豪勢なディナーも、毎日続けばそれは印象が薄れてしまうから、そう、たまにたまにと、緩急をつけていくこともまた大切だったのである。

 二人とも少しづつ大人へと近づいて行っている事もあって、子供の間にのみ存在する『純粋な意味』での『仲良し』の関係から、情と愛が絡む、大人の有する感情へと昇華しようとしているのだ。

 

 実に見逃せない、燃える展開。

 録画は既にばっちりだ。後で他の仕事仲間たちと盛り上がろう。

 

 ―――でも、その前に。

 セルクルが歩を進めるのを止め、馬車が停まる。

 御者が振り返り私に向かって一つ頷いたので、私はシガレット様に声を掛けた。

「到着しましたよ、アシガレ卿」

「……? もう? ポポロの砦ってそんなに近かったっけ?」

 シガレット様は不思議そうな顔で首を捻る。

 どうせだからポポロ砦で陣を張っているガウル様とお会いしないかと馬車に押し込んだのだ。

 ミオン砦とポポロ砦との間の距離は、セルクルの足で四半時程度掛かる距離があったから、彼の疑問は尤もである。

 

 だが私はそれに答えず、馬車の扉を開けて先に外に下りて、彼の下車を促す。

 

「ルージュさん? ……また、何かたくらんでるのか……な、って、おいおい」

 馬車から降りて、目の前にあるものを確認したシガレット様は、それが何かを認識して、言葉に詰まる。

 

 そこは平原に築かれた軍の駐屯地の隅。

 仕切りで覆われた中央に位置する、巨大な天幕。

 天幕の入り口には、巨大な紋章が刺繍として刻まれていた。

 

「お待ちしていました、シガレット様」

「……ビオレさんが待っててくれるのは、凄くとても嬉しいは嬉しいんだけど……」

 天幕から出てきて頭を下げるビオレお姉さまの姿に、シガレット様は何ともいえないと言う顔で唸る。

 普段なら、喜び勇んでお姉さまの美しさを褒める場面だったから、その感情の複雑さは想像を補って余りあった。

 

 ―――つまりは、そう。

 彼はそこまでひとつのことに意識を縛られているのだ。

 

 戦には楽しそうに興じていたと言うのに、自分に対しては、ろくに言葉もかけてこない、一人の事を。

 

「では、どうぞ中へ」

「……居るんだよね、勿論」

「お待ちしてますよ、勿論」

「それは嘘でしょ、勿論」

「勿論それは、ご自身でお確かめくださいませ」

 

 シガレット様はビオレお姉さまと幾度かのやり取りをした後、漸く諦めたとばかりに息を吐いて天幕の奥へと進んでいく。

「お姉さま、録画の方は?」

「勿論ばっちりよ。報道部の子にチェックしてもらったから」

 ぐっ、と二人で親指を突き立てあって頷いた後で、私たちも天幕を潜る。

 

 さぁ、お楽しみはこれからだ。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・シガレット』

 

 何故此処に居るかって?

 ははは、ヤダなぁ姐さん。

 紫の人にご招待されたからに決まってるじゃないかぁ。

 それ以外の理由なんて有りませんって、だから、ね、ホラ。

 

 ……ゴメン、私も少し空気呼んでないなとは感じてるには感じてるから、少し落ち着け。

 

 ホラ、ちゃんとお土産も持ってきたから。

 最近某国が戦争を仕掛けてきてる影響で若干値上がりし始めている葡萄桃酒。

 リオネの899年モノ。

 

 ―――え? あ、コレ姐さんの秘蔵だったんだ。

 いやいやいや、うん、ゴメン。実はさっき入り口で紫の人に手渡されたから。

 ははは、騙されて連れてこられた人間が、土産なんて自分で用意してる暇なんてないっちゅーの。

 そもそも現状の私、まだ両国間の捕虜交換が終わってないから、立場が捕虜だしな!

 

 うん、何で捕虜が領主の天幕に悠々と遊びに来てるんだって話には当然なるよねー。

 え? ならない?

 ちょ、そこでお前なら仕方ないみたいな顔で梯子外すのやめようぜー。

 姐さんと私は、この脳筋の国では数少ない常識人コンビじゃないか!

 

 ……ちょっと、周りのメイドさんたちは何を苦笑してるのかなー?

 あんたらも、相変わらず上司の傍で上司を指差してヒソヒソお嬢さんトークとか、失礼極まりない人たちだよね。

 そのうち姐さんも堪忍袋の尾が切れるんじゃね?

 その時に真っ先に被害が飛んでくるのって私辺りだと思うから、是非控えて欲しいんだけど。

 

 おっと姐さん、落ち着け。先ずその振り上げた拳を下ろせ、そして腰を下ろせ。

 こう言う時は深く考えたら負けだ。

 適当に状況を受け入れて流されるくらいの勢いで良いから―――え? どう言う時かって。

 

 まぁ、そうね。

 私と居る時くらい―――なんちゃってね、ハハ。

 

 ホレホレ、折角一つの戦が終わった後なんだから、そんな面倒くさい書類なんかほっぽって、一杯やりましょうよ。

 つーか呑み出す前から赤くなってんじゃねーっての。

 言った私の方が恥ずかしくなってくるわ。

 

 という訳で、ええと、ホレ。テンション上げて行こうじゃないか。

 

 かんぱ~い。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・シガレット』

 

 「おぬしはこんなところで油を売っておらんで、とっとと犬姫のところへ戻れば良いのじゃ」

 

 居心地悪げにグラスを揺すりながら、レオ様はそんな風に私に言うのだった。

 『犬姫』。

 蔑称とすら受け取れるだろう、その内側に情愛を探すのも難しい呼び方で、ミル姫の事を呼ぶレオ様。

「無いな」

 思わず呟かずには居られない、そういう気分にさせた。

 

 ミル姫とレオ様はとてもとても仲が良い。

 幼少の頃からの幼馴染であるし、まぁ、がさつな弟が居るレオ様としては、穏やかおしとやかを絵に描いたようなミル姫はたいそう愛らしいものに見えたのだろう。

 ミル姫もまた、レオ様の姉御肌に絆されて、実の姉のように慕っていた―――いや、今も変わらず、慕っている。

 

 今も変わらず、だ。

 

 レオ様だって、そのはず。

 何も変わっていない筈なのだ―――何の前触れも無く、唐突に、愛する少女を嫌ってみせるとか、或いは苛めてみせるとか―――、そういうの、嫌いな筈の人だから。

 実直な人だから、無闇に他人を貶めることなんて出来ない。そういう性格なのだ、彼女は。

 

「まだ続ける気なんですか、この戦争」

「答えるまでもあるまい。ワシは貴様らの守るフィアンノンを攻め落として、あの犬姫の泣き顔をテレビに曝してやるまで鉾を収めたりはせぬ」

「―――似合いませんよ、そういう露悪的な台詞。どっちかと言えば、俺の領分でしょう」

「……フン」

 余りにもわざとらしい物言いにため息を吐くと、レオ様は不機嫌そうに鼻を鳴らせた。

「気に入らないのであれば、とっととワシの前から失せよ」

 元より今は、敵同士なのだから。

「ミルヒの元へ、戻るが良い」

「ミル姫の傍、ねぇ。あっち、出戻りの俺の居場所ってイマイチ無くてさぁ。しかも今、何か勇者も居るみたいだし」

 そういえばあの勇者、勝利者インタビューにも出てこなかったけどどうしたんだろうか。

 輝力の使いすぎで倒れたりしたのかね?

「勇者、か」

 レオ様が、ふと何かを思い返すような目で呟く。

 そしてグラスを一息で空にした後、ギロっと私をねめつけてきた。

「お主もしや、勇者一人が戦線に加わった程度で我がガレットに対する逆撃の目が立ったとなどと思ってやいまいな?」

「……はぁ」

 何が言いたいんだか良く解らんと間抜けな声で応じると、レオ様は益々視線をきつくした。

「おぬし程度の騎士でも、このちっぽけな国の姫にとっては貴重じゃろうて」

「……いや、えっと」

 

 ―――つまり、何か?

 何が何でもこの人は、だ。

 

 不意に、首筋を撫でる銀の鎖に意識が寄った。

 詰襟の騎士服の内側で見ることは叶わないけど、鎖骨の上辺りを擦る金属の感触も確かに。

 それから、薄暗い天幕の中の、テーブルの上に置いた小さなランプの明かりで照らされるレオ様の顔が、気に掛かった。

 戦で随分埃をかぶっても居るだろうに、相変わらず白く美しい肌―――しかし、白いと言うよりはいっそ、青白く不健康な具合に見て取れた。

 化粧で誤魔化しているのかもしれないが、うっすらと隈が出来ているとも。

 

「レオ様、少し痩せましたか?」

「いきなり何を聞いているんじゃおのれは!」

 

 不躾な質問に、当然の激昂。

 だが一瞬だけ、恐れるように瞳が戦慄いた事に私は気付いてしまった。

 不健康に青白んだ肌と、目の下の隈。余裕の無い詰問口調と、痩せ気味の頬のライン。

「馬鹿ガウが……何時ものことか。そもそも」

「シガレット?」

 昨日今日で現れるような憔悴の度合いではないだろう。

 レオ様の疑問の声も気にせずに、考える。

 彼女の慢性的な疲労の意味を。

 

「……まだ戦争を止める気は、無いんですよね?」

 

 再度の確認。

 レオ様は問われて一瞬だけ躊躇いがちに視線をそらせた後で、ゆっくりと頷く。

「無論」

 それは肯定を意味していた。

 ガレットはビスコッティへの侵略の手を緩める気は無く、恐らくは、王都を攻め落とした後も追激戦ルールでミル姫を辺境地域まで追い詰めるつもりだろう。

 

 それはつまり、現状ではビスコッティからガレットの軍団を撤兵させるつもりがないと言うことを意味している―――筈だ。

 

「だからお主も」

「ミル姫の傍に早く戻れ、でしょ?」

「……そうじゃ」

 

 間違いなく、そう意味していた。

 そして私を、なんとしてもミル姫の傍に置いておきたいということも当然理解できた。

 

「つまり貴女は……」

「なんじゃ、その目は」

 零れた微笑ましい気分が、顔に出てしまったらしい。レオ様は口を尖らせる。

「なんでもないですよ。―――まぁ、捕虜交換が終わったらちゃんと戻りますから、ご心配なく。……心配しなくて、本当に平気です」

「……シガレット?」

 言われてる意味を図っているレオ様に、私は労わりの気分を持って微笑む。

 ちゃんと解っている、少なくとも私だけはと、伝えるべく。

 

「―――まぁ、頼りにならないって思われてるって事なのかもなぁって思うと、複雑ですけど」

「違う、シガレット! そんなことは―――っ!」

 

 冗談めかして言った言葉に、急いたような否定の言葉。

 その必死さに、いっそ嬉しい気分にもなった。

 ちゃんと伝わっている。気持ちは、同じ方向を向いているのだと理解できたから。

 

「大丈夫、ですよ」

「……すまぬ。本当に、すまぬ」

 

 主語の混じらぬ会話を成立させ、そこでレオ様は力を使い果たしたとでも言うべき勢いで、椅子に大きく身体を預ける形となった。

 だらしなく背もたれに寄りかかり、顔を伏せるような仕草で天井を見上げる。

 煽った角度で見えず楽なった唇が、『ありがとう』と動いてくれたような気がして、幸せな気分になれた。

「ま、お酒の席でくらい楽な気分で、……あれ?」

 肩を竦めて空いたグラスに果実酒を注ぎ足してあげようかと思ったら、いつの間にかレオ様は寝息を立てていた。

 

「お休みなられましたか、レオ様は」

 

 そして、図ったようなタイミングでビオレさんが間仕切りの向こうから歩み寄ってきた。

 常と変わらぬ美しいその顔は、今は自愛に満ちた表情を形作っている。

 情愛の視線を、レオ様に向けている―――なんとなく、私は気づいた。

「何時か入れてもらった、夜明けのコーヒーの味を、思い出す場面ですね」

「あらあら」

 コロコロと笑って私の言葉を流しながら、ビオレさんは腕に抱えていた毛布をそっとレオ様に掛ける。

「ベッドに運んじゃった方が良いんじゃないですか?」

「お手伝い願えますか? シガレット様」

「……難易度が高い話をするなぁ、また」

 ビオレさんの百万ドルの笑顔を浮かべられれば頷いてしまいたい気分にもなるが、しかしそれを行うと何か人生的な意味で墓場が見えてくる気もするのだ。

「まぁ、テーブルの上の片付け位は手伝いますよ」

 答えながら、自分のグラスに果実酒を注ぐ。

 ビオレさんはまさに従者の鏡とも言うべき流れるような態度で一礼をくれた。

「ごゆっくりお楽しみください」

「そうします」

 レオ様の寝顔でも肴に、美味しいお酒を堪能させてもらおう。

 そんな気分でグラスを傾けようとして―――。

 

「御寛ぎの所申し訳ありません、アシガレ卿」

 

 慌てた調子で間仕切りを乗り越えてきたルージュさんに、止められた。

 何事かとビオレさんと顔を見合わせていると、ルージュさんはそっと、イヤホンマイクのついた携帯型の小型テレビ―――開発総指揮:リコッタ・エルマール―――を差し出してくる。

 受信状態の悪いノイズ交じりの映像だったが、どうやら生中継の―――これは、フィアンノンの城壁?

 煽りの構図で城壁の上、そこに居るらしい誰かを映し出すテレビに、妙に嫌な予感を覚えて慌ててイヤホンをつける。

 音声はノイズ交じりであったが聞き取れないレベルではなかった。

 

『ビスコッティの勇者殿、貴女の大事な姫様は我々が攫わせていただきました』

「は? 攫う? 姫ってお前、ちょ、これちびっこの声……」

『うち等は、ミオン砦で待ってるからな~!』

『姫様がコンサートで歌われる時間まで、後一刻半。無事助けに来られますか?』

「それが、その。ミオン砦の方から至急と連絡が入りまして……、ガウ様が、その」

 私の呟きにルージュさんが額に汗を浮かべながら言う。

 躊躇いがちに、引きつった苦笑を浮かべて―――その間にも、生中継の特番は進む。

『つまり大陸協定に基づいて、要人誘拐奪還戦を開催させていただきたく思います』

 棒読みの口調で、ちびっ子が宣言する。

 そして映像が切り替わり、そこは私が囚われていたミオン砦で、昼間の戦争に参加できなかった者たちが、整然と列を成して高いところを―――そこに居る、誰かを。

『こちらの兵力は二百。ガウル様直下の精鋭部隊』

『そして、ガウル様は勇者様との一騎打ちをご所望です』

「あの馬鹿っ……!!」

「あの、アシガレ卿、グラスが……」

 青いマントの小柄な後姿に、頬が引きつってしまうのが自分でも気付く。

 手元の辺りでガラスが割れるような音がしたけど、とにかく今はどうでも良い。

『勇者様が断ったら、姫様がどうなるか』

 わざとらしいジョーヌの声に併せるように映像は再び切り替わり、今度は赤い服を着た誰かの俯瞰の構図。

 

 金髪と、裸耳の少年。尻尾は確認できない―――いや、元から存在しない。

 見間違いようも無いその姿は。

 

『受けて経つに決まってる!』

 

 俯く顔を上げる、決然とした声。

 青い瞳の、凛々しい少年の顔がテレビ越しでもはっきりと解った。

 

『僕は姫様に呼んでもらった、ビスコッティの勇者シンクだ!』

 

 大仰に構え、拳を握り締め、払い。

 

『どこの誰とだって、戦ってやる!』 

 

 ちびっ子の言葉に、勇者はまさしく勇気ある態度で応じて見せた。

 

 ……。

 …………。

 ………………………。

 ……………………………………いや、応じて見せた、じゃなくてだ。

 

「ねぇルージュさん、これってさぁ」

「……その、明らかに宣戦受理と……その」

「城からミオン砦に? 往復一時間半で? 二百人と?」

 余りにも条件が一方的に偏りすぎているだろう。

 ビスコッティ側の参戦メンバー固定されていないとはいえ、幾らなんでも常識的に考えて受け入れがたい話だ。

 ―――いや、昨晩無茶な奇襲戦を仕掛けた人間が言えた話でもないかもしれないけど。

「……ですが、承諾してしまった以上、この場合は」

「全国ネットで流してしまったようですので、最早実行しない場合は両国の信用問題に関わってしまいます」

 いつの間にか情報収集したらしいビオレさんが、手元の書類をまくりながら困ったように言う。

 その書類を私も借りてざっと目を通してみれば、確かに大陸法に則った戦争計画書が完成されていた。

「普段の書類はさっぱり手をつけないくせに、あいつら……」

 丸みを帯びた字は、あのお調子者のベールの手によるものに違いない。

「ハハッ……」

「あ、アシガレ卿?」

 思わず漏れてしまった笑いに、ルージュさんが恐れおののくような声を上げた。

 それに構わず、向かいの椅子で寝息を立てているレオ様の顔を眺める。

 

 疲れ気味の、明らかに心労が重なっている、その小さな姿。

 

 立ち上がる。音を立てないように―――掌の上のガラス片を払い落としながら、ビオレさんに振り返る。

 ビオレさんは、その傍のルージュさんと共に、礼節に満ちた態度で私の言葉を待っていた。

 だから私は、はっきりと彼女に意を告げる。

 

「ドーマを貸してもらえる?」

 

 それは、レオ様の騎乗する俊足で知られた黒いセルクルの名前だった。

 領主閣下の相棒を、普通なら請われても貸してくれる筈がないのだが―――しかし、敵は然る者というべきか。

 ビオレさんは私の言葉にニッコリと微笑んで、背後、間仕切りの傍に控えるメイドさんの一人に合図を送った。

 そのメイドさんは一礼して間仕切りの向こうに下がり、そして、荷車に載せた何かを引いて、戻ってくる。

 

 それは、人間大の大きさの―――。

 

「ビオレさん」

 自分で言い出しておいて、流石に失笑気味の声が出てしまった。

 幾らなんでもないだろうというか、予想を斜め上だなと言う気分でビオレさんを見ると、彼女は笑顔のままで優雅な一礼を見せる。

 

「宜しければ、こちらのお召し物にお着替えください」

 

 言われて、断れるタイミングでもないなぁと、私は苦笑を浮かべた。

 

「まぁ、ヤンチャなガキどもにお仕置きするには、丁度良いかもですよね」

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・事後報告書より抜粋』

 

 ミオン砦の戦闘は一つの山場を迎えていた―――と言うか、始まった段階から山場以外は存在しなかった。

 

 セルクルに跨り二騎突貫を仕掛けてくるビスコッティの領主奪還部隊。

 召喚されたばかりの勇者と、親衛隊の隊長。

 昼間の戦闘でレオンミシェリ閣下に一敗地に附けた事からも解るとおり、どちらも騎士として優秀な力を有している。

 迎え撃つは、ガウル殿下自らに率いられるゴドウィン将軍配下の精鋭部隊。

 加えてジェノワーズ等親衛隊も参加し―――ただし、親衛隊長のアシガレ卿は不在のようだ―――迎撃の準備は万端。

 

 戦端は、予想外の伏兵の一撃によって開かれた。

 敵騎士による紋章砲を警戒して薄く広く配置されたガレット部隊に対して、砦に面した森林地帯に展開していたビスコッティ側砲撃手より曲射砲による支援砲撃が開始。

 砲門数十以上による、輝力弾による絶え間ない制圧爆撃。

 抽出部隊による砲撃阻止に寄って判明した事実によれば、砲撃を行っていたのは一名の砲手のみによるというのだから、ビスコッティ侮りがたしと言うべきだろう。

 迎撃可能な位置からの砲撃だったからこそ阻止行動を行えたが、当初予定していたフィアンノン城攻略作戦の折に、王都へ続く大階段制圧行動時に、王都を取り巻く無数の浮島から一方的に砲撃を浴びていたらと思うと、一体どれほどの犠牲が発生していたか知れたものではない。

 

 ※ この件に関しては、後日別記に報告書をまとめ、関係部署に提出を予定。

 

 戦闘は、砲撃により壊乱した防衛部隊を振り切ったビスコッティ軍の城壁の突破を緩し―――否、予め定められていた作戦通り、要塞内部へと敵騎士を招きいれた。

 その後閉門を行い後続を遮断し、敵騎士二名に対して六個部隊百二十名による包囲陣を形成。

 紋章術による攻撃を可能な限り阻害するように常に絶え間なく攻撃を浴びせ続け、消耗を促す方法を取る。

 勝敗のみを気にする状況であればそのまま包囲を続けるべきだったのだろうが、だが今回の興行の宣伝項目の一つには、『ビスコッティの勇者とガウル殿下の一騎打ち』と言う要綱が存在している。

 包囲陣の先端に躍り出たゴドウィン将軍の提言により、勇者のみをガウル殿下の下へと進ませるとされたのだが―――ビスコッティ側内部の意見調整が不調のまま物別れに終わる。

 

 結果、ゴドウィン将軍によるビスコッティ軍二名に対する攻撃が開始されたのだが、此処でビスコッティ軍の後続が到着した。

 

 大陸最強と名高い騎士、ブリオッシュ・ダルキアン卿である。

 そして、彼女の直営部隊に所属する騎士一名、及び彼女等に奪還された砲術師一名。

 大陸最強、一騎当千と言う言葉が正しく真実であることが―――『僅か百二十名』しか居なかった我が軍勢がその後数刻と掛からずに蹴散らされてしまった事実を明記しておけば、証明できることだろう。

 ブリオッシュ卿はゴドウィン将軍の全力を受けていたと言うのに、片手間で我等を壊滅させて見せた。

 大陸を放浪していたと噂される彼女が、もし此処一ヶ月以上も続くビスコッティ侵攻作戦の何処かに参戦していたなら、恐らく我等は卿の昼間、否、昨日か、フィアンノン天空都市の美しき威容を仰ぎ見ることは叶わなかったに違いない。

 

 その幸運に感謝し、同時に、容易く切り伏せられた我が未熟を恥ながら、戦闘報告の仕舞いとさせて頂く。

 

 ※ 尚、その後の戦闘詳細については、けものだまにならずに戦闘終了まで立ち続けていた方々にご期待ください。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・殿下傍つきメイド隊・特別報道部のレポート』

 

 砦内回廊に於けるガウル殿下とビスコッティの勇者シンクの戦闘は白熱していた。

 セルクルに騎乗したままのつばぜり合いから、互いの紋章をかざし合っての紋章術の披露合戦。

 壁を、柱を、天井を、全てを足場に使う、カメラが追いつけない速度で展開される華やか戦い。

 双方共に熱く信念を持って言葉を交わし―――て、居ればいいのだけれど。

 恐らくまだ、このフロニャルドの戦のルールを把握し切れていないであろう勇者くんの必死な顔はさておいて、ガウル殿下はひたすら楽しそうだ。

 主家の御方が楽しそうで、お仕えする者としては実に満足―――ばかりも、していられないんだろうなぁ。

 

 砦の裏庭で繰り広げられている戦闘に目を移す。

 殿下の親衛隊のお三方が、ミルヒオーレ姫殿下の親衛隊長たる騎士マルティノッジと激闘を繰り広げていた。

 三対一でありながら、騎士マルティノッジの奮闘振りは喝采されて然るべきだろう。

 こちらの戦闘も、女性四名が華やかに輝力光を散らしあいながら、星月夜の中で演舞を繰り広げているかのようだった。

 

 きっとノーカットでそのまま放映しても、結構な視聴率が取れる。

 昼間に行われた大軍同士の激突の激しい映像とはまた違う魅力が、そこには有った。

 

 ……なんて、そろそろ呑気にカメラを抱えていられる時間でもない気がする。

 本隊の大天幕にいらっしゃるルージュ隊長から『連絡』が届いて既に十数分。

 僅か十数分―――されど、である。

 

 誰よりも早く、誰よりも自由に空を舞う、『天空』の異名を取るあの方にとって見れば、秒数にして七百と七十四秒もの時間が存在していれば。

 

 そうして、遂に。

 ミオン砦の上空に、夜の闇を昼の青に戻さんと言うほどの、青い輝力光が輝いた。

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・ガウル殿下の証言による当時の状況の再現』

 

 三馬鹿が三馬鹿なのは当たり前のことで、ここにいたってようやく状況を認識したガウル・ガレット・デ・ロワはどうしようもないほどに拙いと言う気分で胸を一杯にしていた。

 

 ビスコッティの戦勝祝いのミルヒオーレ・F・ビスコッティによるコンサートライブ。

 その開始時刻が、最早一刻も無いまでに迫っていると言う事実を、ガウルは勇者と輝力を滾らせた刃を鍔競り併せながら、漸く理解してしまったのだ。

 

 拙い。

 あらゆる意味で拙い。

 自身の性格的なものから出るポリシーからしても、国家間のマナー的な意味でも、ついでに―――ついでに。

 

 今すぐに鉾を収め、謝罪してミルヒオーレをフィアンノン王城に送り戻せば―――間に合う筈が無いと、当たり前のように理解できる。

 そもそも、事はもう公に曝しながら進行中なのである。

 当然、『あの人たち』はガウルが仕出かした真似をとっくの昔に理解しているだろう。

 そして『あの人たち』は、ミルヒオーレに特に甘く……いや、ミルヒオーレに甘いのは片方だけだが、もう片方は『もう片方』に甘いのだ。

 一戦が終わって間もないその晩に、新たに事を起こす。

 ただそれだけで小言くらいは貰うだろうと―――それぐらいは、ガウルも甘んじて受けるつもりだった。

 だが、少しは自重しろ程度の言葉で済むだろうという甘い見通しをしていたのだ。

 小言が多いのはいつものことだし、ならば、一々そんなことを気にしていないで、自分の興味を優先する方が良い。

 

 勇者。

 その存在と―――そして幾つか、確かめたいこと。

 

 小言と引き換えに、最近胸をざわつかせるもやもやとした思考が解消されるなら、安いものだとガウルは判断していたのだ。

 判断していたのだけど―――どうやら、これはもう、完璧に。

 

「小言じゃ、すまねぇだろコレ……ジェノワーズめ、適当な仕事しやがって!」

 勇者の一撃を飛んで避けて、窓際の位置まで後退しながら、毒づく。

 

 その時。

 一瞬だけ窓の向こうが青く輝いた後。

 

 砦が、揺れた。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・ゴドウィン将軍の証言による当時の状況の再現』

 

 配下の兵を全てけものだまへと変えられて、しかし尚もゴドウィンの戦意は挫ける筈も無かった。

 目の前の騎士は大陸最強。

 ならば、挑んで討ち果たしてこそ男の誉れ、騎士の本懐に他ならないと―――戦は楽しむものだと、敬愛する主に殉じる気分でゴドウィンは笑った。

 彼に向かい立ち、大剣を肩に担いで悠々とした構えを見せるブリオッシュ・ダルキアンもまた、そんなゴドウィンの覇気を由として、笑う。

 元より彼女は、無類の戦狂い。

 大切なお役目ゆえに戦場に馳せ参ぜず裏に回ることが多くなってしまったが、本来であれば常に一番槍として突撃をかけたいと常より考えているような女だった。

 狭義を嘯いて若者達の背中を守ってみるのも楽しくはあるが、やはり戦とは、自ら切り込んでこそ。

 目の前の男は、久しぶりに斬り応えのありそうで、そう、実に血が滾る。

 彼女自身の業によって轟々と周囲には炎が逆巻き、その熱に浮かされるようにブリオッシュは、そしてゴドウィンまでもがそれぞれの得物を振り被り―――。

 

「親方様、敵しゅ……―――っ!?」

 

 城壁の上でいち早くそれを察知したユキカゼ・バーネットの言葉が最後まで発せられる事は、無かった。

 閃光が、轟音が。

 そして振動が、屋外に居る彼女達を襲った。

 

 揺れて、沈んで、撓み弾ける。

 それは砦の中庭を敷き詰めた床石を軽々と粉砕し空に巻き上げ、また発生した衝撃波が嵌められた窓の悉くを砕きつくす。

 ついでに、そこら中に転がっていた元はガレットの精鋭だった筈のけものだまたちも、景気良く吹き飛んでいった。にゃーにゃーと、和む。

 

 凄まじい土煙に両腕で顔を覆い、しかし戦闘中だった二人は、そこに何が有るのかを目撃した。

 否、もう一度、遅れるように発生した第二の衝撃―――初撃に比べて随分と優しいもの―――によって、土煙のカーテンは全て払われて、その中央、穿たれた巨大なクレーターの中で身を屈めていた青い存在を、はっきりと理解した。

 それは、先ず身を起こして、陥没した自らの足を引き抜いた後、傍に立っていた黒いセルクルを労わるように撫でる。

 

「まさか、閣下……いや、そのお姿、先代様!?」

 

 驚愕に発せられるゴドウィンの声。

 それもそのはず。

 纏うマントは濃紺。夜闇の色。

 黒い鎧と、そして青地に白のラインをあしらった装束は、紛れも無くガレット獅子団領国領主の戦装束に他ならなかった。

 

 だがしかし、それを纏う存在は、何故か領主家特有の白い鬣を有しては居なかった。

 いやむしろ、ガレット人にはあるべき猫の耳と尾すら存在せず、まるでビスコッティの人間が如き犬の耳―――そして、青い髪。

 

 おお、と。

 納得するようにブリオッシュは一つ頷いた。

 

「久しぶりでござるな、シガレット。―――いや、最早アッシュ・ガレット殿下とお呼びした方が良いでござるか?」

 

 ブリオッシュに背を向ける姿勢で立っていた件の人物は、ゆっくりとした態度でマントを翻して振り向いて―――それから、大きくため息を吐いた。

 

「ガキどもだけならまだしも、アンタまで混じって何やってるんですか、ダルキアン卿。ゴドウィン先生まで、全くドイツもコイツも……オイ三馬鹿! 何処行った! ガウル! とっとと出て来い!」

 

 怒りよりも、最早呆れ。

 アシガレ・ココットが、その異名に相応しく天空からの登場をしてみせたのだ。

 

 

・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・勇者シンクの覚え書きより抜粋』

 

「な、ん、で、お前は何時も何時も何も考えずに動いた後で考え出すんだよこの馬鹿! 何かする前に少しは空気読めよ馬鹿!」

「さっきから馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿うるせぇよこの馬鹿アニキ! つーか何で姉上じゃなくてお前が来るんだよ! そこ、お前こそ空気読む場面だろ!?」

「アホか馬鹿! レオ様が来れないなら俺が来るしかないだろうが! てか、レオ様に余計な負担かけてるんじゃねぇよこの馬鹿王子!」

 

 会話の応酬は、周囲の唖然とした顔をほったらかして延々と続いていた。

 回廊から砦内の居住エリアへと歩む道すがら、ガラス片の散らばる床を大またで踏みつけながら、ガウル王子と、もう一人の―――何ていうか上から下まで実に青い格好をした人物は進んでいく。

 再び合流したエクレールと共にその後に続くシンクは、次々とめまぐるしく変わる状況、そして記憶容量がパンクしそうになるほど入れ替わり立ち代り目の前に現れていく『濃い』人物達の登場に、いよいよ混乱してしまいそうだった。

 

 何しろシンク・イズミは、このフロニャルドに勇者として召喚されてから、まだ一日どころか半日すら経過していないのだから。

 昼間から先ほどまで、深く考える時間が無いほどに目一杯身体を動かしていられる間は―――その、勢い任せに不安など思わずに先に進めるのだが、ひとたび落ち着いてしまえば、色々と不安も首をもたげてくる。

 訳の解らない世界でも、自分の特技を行かせる楽しい環境だった。これは良い。

 出会った人たちも皆、気持ちの良い性格で好きになれそうな人ばかりだった。これも良い。 

 唯一不安事項だった元の世界への帰還も―――まぁ、一先ずは連絡だけはつけられることが判明したため、落ち着いてじっくり取り組めば目が無い訳ではないという安心感もある。

 

 ―――つまりは、知った顔、知った常識の存在しない異郷の地で、これまでシンクは、望外の幸運に恵まれ続けていた。

 

 だが、そんな幸運が沿う何度も続くとは限らなくて。

「ねぇ、エクレール」

 そっと、前で言い争いを続ける二人に聞こえないような小さな声で、隣を歩く信頼の置ける人物に尋ねた。

「なんだ?」

 エクレールは、やはりシンクと同様に、前方で行われるやり取りを見ていたが―――その視線は戸惑う彼のものとは違い、何処までもあきれ果てたかのような態度に満ちていた。

 ついでに、まだ名前を聞いていないエクレールと戦っていた筈の、今はシンクの後ろを歩いている三人の女性たちも、苦笑気味の空気を纏っていた。

 

 いつものこと。

 気にするだけ無駄だと―――確かに、『仲良く喧嘩している』と言う言葉が良く似合いそうな光景だけど。

 

「……結局、あの人は、誰?」

 シンクの疑問は、そこだった。

 ガウルと戦っていた回廊を囲う壁をぶち抜いて登場した、青い少年。

 その登場に顔を引きつらせるガウル。

 青い少年は、まさか敵の増援かと混乱するシンクの脇をすり抜けて、一直線にガウルの方へ歩み寄り―――そして、素晴らし流れるような動作で天頂の位置に持ち上げた踵をガウルの脳天に振り下ろした。

 尚、少年の脚は鋼鉄製の脚甲で腿から爪先までくまなく覆われていたことを明記しておく。

 服装からして、ガレット―――つまり、ミルヒオーレ姫様を攫った敵勢―――の人間に見えたのだが、登場してから攻撃対象は何故か、敵軍の大将と目される王子。

 挙句、壁にあいた穴から回廊の様子を覗きこんでいたジェノワーズなる敵勢は、『あ~あ、やっぱり』と、主が頭を踏みつけられている姿を見て苦笑いを浮かべていたのである。

 

 ―――率直に言って、訳がわからない。

 

 シンクの疑問も尤もだろう。

 だから問われたエクレールは、そういえば知らなかったなと前置きしてから、青い少年を顎で示して言う。

 

「シガレット……アシガレ・ココット。見ての通りの馬鹿だ」

 

 ……。

 実に、簡潔な説明だった。

「それだけ?」

「それ以外に言い用が無いからな……いや、私や姫様、あとガウル殿下とレオ閣下と幼馴染だとか、ビスコッティの副騎士団長だとか、何故か会計監査業務では右に出るものが居ないとか、色々とあるにはあるのだが……やはり、ただの馬鹿としか」

 言えん、とはっきりきっぱりとエクレールは言い切った。

 そうもはっきりと相手を貶せてしまうということは、相応に親しい関係なんだろうなとシンクは納得した。

 幼馴染とも言っているし、自分にとってのベッキーやナナミのような存在なのだろうか。

「……って、え? 服騎士団長って、あの人、ビスコッティの人なの?」

「ああ。紛れも無くアレはビスコッティに所属する正騎士だ」

「でも……あの服装って、レオ閣下の服とおんなじヤツじゃ」

 青と黒を基調としたその格好は、隣を歩くガレットの王子ガウルの装いにも似て、二人並んでいればどちらも同組織に属するものとしか思えなかった。

「じゃあなんで、あの人あんな格好してるの?」

「馬鹿だからだ」

「……え~っと」

「お前も見ただろう。容赦躊躇いも無くガウル殿下の頭を踏みつけて怒鳴りつけるヤツだぞ? シガレットに常識を期待するのは間違っている」

「そうそう、アニキはアニキだから、仕方ないって」

「気にしない気にしない」

「自然現象みたいなものよ。人には制御しきれないの」

 エクレールの言葉に同調するように、背後の三人からも似たような言葉が次々と出てくる。

 

 シンクは此処に来て初めて、ついていけない異世界の現実に直面した。

 

 

・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・ミルヒオーレ姫様のお世話役を仕ったメイドの証言から再現』

 

「この度は本当に、ウチの馬鹿どもがご迷惑を……ホレ、お前等ももう一度頭下げろ」

「だから一々、何か言うたびに人のケツを蹴るんじゃねぇよ! ―――まぁ、いやほんと、すまなかったな姫さん」

「いえ、余りお気になさらず……その、シガレット? もうそのくらいで……」

 自国の騎士―――と言うか自分の部下に頭を押さえつけられているガウルを見かねて、ミルヒオーレは取り成しの言葉を口にする。

「いやいや、この程度の謝罪で簡単に納得しちゃ駄目だってミル姫。だいたいコイツは馬鹿だから、もっとはっきり言ってやらないと、また同じことするぞ?」

「しねぇよ! つーか当たり前のように人を馬鹿馬鹿決め付けんな!」

「あははは……」

 謝罪の現場と言うよりは、二人揃えば基本的には二人のやり取りに帰結してしまうのが、シガレットとガウルの関係を長年見続けてきたミルヒオーレの感想だった。

 何処へ行っても何時もどおりだなぁと、最早乾いた笑いしか浮かばない。

「というかアニキ、ウチのって言い切っちゃって良いの?」

「しっ! 黙ってなさいジョー。カメラ回ってるんだから!」

「真綿で首を絞めるように既成事実……披露宴のお楽しみ映像として流す……」

 彼等の会話を遠巻きに見ているジェノワーズたちも、微妙に飽き気味の空気だった。

 そしてシンクは一人で壁に寄りかかり、遂に自身がエクレールに蹴飛ばされる結果となったシガレットの姿を見るとは無しに見ていた。

 

 何処か弛緩した空気が室内には満ちていた。

 弛緩せざるを得ないと言うべきか―――どれだけ騒いでも最早どうにもならないと、諦観に満ちているとも言うべきか。

 

「……あと、三十分程度?」

「もぅ、まにあわねぇよなぁ? ほんっとゴメンな、姫さん!」

 戦勝祝いのコンサートへミルヒオーレが出演するべき時間まで、後幾許の猶予も無い状況なのだ。

 ミオン砦から王都のコンサートホールまで、流石に距離がある。

 二十分ではとても、どれだけ急いでも普通のやり方では間に合ったりはしない。

「アニキが担いで走れば良いんじゃない?」

「それだ! 前に姉上を運んだ時みたい―――っだぁ!? 何で蹴るんだよ!?」

 指を鳴らしてジョーヌの意見を肯定したガウルを、シガレットはおもいきり横から蹴り飛ばした。

「あのなぁ馬鹿王子。ガレット本陣の天幕から此処まで、ドーマに全力で輝力送り込んでぶっ飛ばしてきた俺が、更に王都までミル姫抱えて、輝力が持つ訳ねーだろ?」

 昨夜の疲れも抜けてないんだからと、シガレットは忌々しいとはき捨てる。

「あれ? でも前の時は、ヴァンネットからフィアンノンまで雨の中を走りきったわよね?」

「ああ。お陰で半月近く輝力が練れなかったけどな。―――まだ戦争が続くってのに、此処で俺がぶっ倒れて抜けるる訳にはいかねーっての」

 

「戦争……」

 

 シガレットの言葉に、ミルヒオーレが肩を震わせた。

「あの、シガレット。レオ姫様と、お会いしていたのですよね?」

「うん、久しぶりに一杯ね」

 くい、とワイングラスを傾ける仕草を交えながら、シガレットは肯定を示す。

「げ、アニキお酒引っ掛けていくさ場に乗り込んできたのかよ」

「お酒、キライ……」

「呑まなきゃやってられないことも有るの、大人には。例えば部下が馬鹿やったとか部下が馬鹿やったとか部下が馬鹿を止めなかったとか……」

「やった、私は馬鹿じゃない~♪」

「踊る阿呆に見る阿呆って言葉知ってるか、そこのアホウサギ」

 歌うような口調のベールを、シガレットは一撃で黙らせる。

 空気を和ませようとして言い出したことを理解しているというのに、シガレットの言葉は若干本音交じりで容赦の欠片も無かった。

 

「シガレット、レオ姫様は、何故……」

 

 しかしミルヒオーレの気分が変わるはずも無く、彼女は此処ではない場所に居る誰かの思惑を図りかねて、苦悩していた。

「何故、ね」

 シガレットは揺れるミルヒオーレの眼に見つめられながらも、しかし言葉を濁すだけでそれ以上の発言を避けた。

 優先順位と言う言葉が、当然彼の中にも存在するからだ。

「ほんとはよぉ、この場には姉上が来る予定だったんだけど……」

 ガリガリと頭を掻きながら、ガウルが恨めしげにシガレットを見やる。

 シガレットは鼻を鳴らせてその視線を払いのけた。

「馬鹿が余計に気を回したって、余計に状況が悪くなるだけだっての。大体その手の仕事に向いてる人間がお前の下にはいねーんだから。ゴドウィン先生に鉄球を振り回す以外の事を期待するのはアレだし、三馬鹿はお前と同じでその場の状況しか考慮しねーし」

 だからこんな拙い事になるとあきれた口調のシガレットに、ガウルは決まり悪げに怒鳴った。

「うっせ。馬鹿アニキ来るにしても、せめて姉上も一緒にいらっしゃると思ってたんだよ! ってか普通に考えればそう思うだろ!? それがどうして爺様の格好をした馬鹿アニキがドーマに乗って飛んで来るんだよ!」

 どう考えたっておかしいだろうと、がーっとガウルは持論を喚く。

 それで漸く思い出したとばかりに、ベールは疑問符を浮かべた。

「そういえばお兄様、その格好よくお似合いですけれど、何処から持ってきたのかしら?」

「あん? ビオレさんが用意してくれた服なら、例え地雷原の真ん中に置かれた墓碑に自分の名前が刻まれてても、普通着るだろ?」

「相変わらず空気を読まずに常に一貫して通常運行だな、キサマは……」

 何故か幼い頃から一貫して変わらずに、レオンミシェリのお側役を務めているビオレに熱を上げ続けているシガレットの堂々とした態度に、エクレールは深いため息を吐いた。

 シガレットは最早言われなれているわと呵呵と笑って―――その後、少しだけ真面目な顔を作った。

 

「白熱しかかってる戦争を強引に中断して、その挙句に有耶無耶のまま終わらせちゃおうって言うんだからね。結末を楽しみにしていた一般の民の皆様に、ちょっとしたサプライズでも用意してやら無いと申し訳ないでしょう」

 

 自身の『あからさまに過ぎる』格好を示してみせながら、シガレットは言い切る。

 捨て身だねぇと、ジョーヌの野次が飛んだが、黙殺した。

「ま、そういう訳で……」

「きゃっ」

 気分を切り替えるようにポンとミルヒオーレの頭の上に手を置き笑う。

「レオ様のことは色々と思うところはあるだろうけど、今は先ず、ね」

「……はい、今は」

 シガレットの言葉に、ミルヒオーレは漸く弱い笑みを見せた。それに、シガレットは満足そうに頷き言葉を続ける。

「とにかくどうにかして、このどじっ子姫がアメルダさんにちゃんと叱られる状況を考えましょうか」

「はぅ!」

「つっても、アニキが走れない以上もうどう頑張ったって間に合わないんじゃないの?」

 ミルヒオーレの引きつった声を軽く流しながらジョーヌがあっさりと現実を口にしてしまう。

 シガレットもそれに否定せずに腕を組んで頷く。

「そーねー。でもホラ、コンサート会場には既に人が入り始めてるって言うし、まぁ、多少遅れるにせよ、いっそ後日に延期するにせよ早めに声明出すなり行動移すなりしないと、久しぶりに戦勝祝いに沸いてる弱小国家に申し訳ないじゃない」

「お前、その弱小国家の一員の筈だろ……当たり前のようにガレット人の立ち居地で喋っているが」

「あ、今の俺は本当にレオ様の代理って扱いなんで。ちゃんと公文書で記された役職だから」

「……うわ、マジだ! 爺様の署名じゃねーか!」

「先代様も、アレで結構ノリが良いよねー」

 シガレットが懐から取り出した羊皮紙に刻まれた署名に、ガレット人たちが騒ぐ。

「はいはい、領主代理としての権威は後でお前等に思いっきり振りかざしてやるから、今はミル姫の事情をだな……とりあえず俺としては、こっちに向かっているフラン兄さんの中継車に乗せてもらって、ミル姫には生中継で歌いながら会場入りしてもらうとかって手を……」

 ガウルたちを適当にあしらいながら、シガレットは他に意見は無いかといった風に周りを見回す。

「会場に大スクリーンを設置すれば、それなりに間を持たせられるか?」

「それなら、もうこちらから出て街道上でフランボワーズと合流するようにした方が良いんじゃないかしら?」

 不本意だがと前置きして、渋々と同意を示すエクレール。

 そして、上がった案を補う意見を述べるベール。

 

 どうやら、このやり方で状況は進むことになりそうだと室内がまとまりかかった時。

 

「はい!」

 

 壁に背を預けて話の輪に入ろうとしていなかった勇者が、元気な声で手を上げた。

 

 

・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・ガウル親衛隊緊急会合議事録より抜粋』

 

 窓の向こうに飛び出して、陥没した中庭を更に踏み荒らし、そのままの勢いで盛大な土煙を吹き上げて街道の向こうへと消えていく赤い閃光。

「た~まや~」

「いやノワ、明らかに言うタイミング遅いで」

「まぁ、明らかに発射角度を間違えて高く飛びすぎた感じだったものねぇ」

 ジェノワーズ三名が、遠くフィアンノンに続く街道の向こうに視線をやりながら、どうでもよさそうに会話を交わす。

「間に、あうか?」

「一応、フィアンノンの方に連絡して早馬を出してもらうか? 途中で乗っけてってもらえるように」

「てか、ドーマなりウィルマなり貸してやればよかったんじゃねーか?」

「いや、それもどうだ? ナマモノに輝力を篭めるのってコツが要るからなぁ……ああでも、あの勇者なら何かやれそうな気もするけど」

 ビスコッティ行きの『勇者特急』の発車を無事に見届けたガウルとシガレットも、何とも言いがたい表情で言葉を重ねている。

 

 因みに、ウィルマとはドーマと姉弟関係にあるガウルのセルクルである。

 フロニャルドに於いて騎乗用の生き物として二足歩行鳥のセルクルが活用される最大の理由は、人間の発する輝力を吸収し、自らの力に変換する事が可能と言う特性を秘めているからだった。

 その特性を利用して、能動的に人間側から輝力を送り込んでやれば、任意のタイミングでセルクルの脚力、或いは飛翔能力を強化することが可能となり、それはあらゆる場面で有用に働く。

 

「まぁ、世の中にセルクル以上のスピードで走れるやつが俺とユッキー以外にも居た事実に、先ずは感動しておくべきなのかもなぁ」

「意外と早かったでござるな、勇者特急。ユキカゼがついていけなかったそうでござるよ」

「……いらしたんですか、ダルキアン卿」

 やれやれと独り言を呟いてみれば、いつの間にかソファに腰掛て緑茶を啜っていたブリオッシュ・ダルキアンの反応があった。

「なんでもパラティオンを空飛ぶお船に変形させたそうでありますよ。流石勇者様なのです」

「パラティ……って、ああ、神剣か。……神剣が、変形?」

 そういえば砦に居たのだから、ブリオッシュがここにいるんだから居ておかしくないだろうと、いつの間にかリコッタ・エルマールまでこの場にいる事については突っ込まない。

 それ以上にリコッタの発言は突っ込みどころが満載だったからだ。

「シガレットはパラティオンを見たことが無いでありますか?」

「無いでありますよ。……ああいや、戴冠の儀の時に祭壇に飾られていたんだっけ? いや、跪いてたから見えなかったけど」

「ビスコッティの勇者の剣パラティオンは、その姿を自在に変えることが出来るのであります。普段は指輪の形をしているのでありますよ」

 輝力を篭めて変形する金属と言うものは少ないながらもフロニャルドには一般的に存在していたから、神剣が形状を一定しないこと事態は特に驚きは無かった。

 むしろ『神剣』等と謳われるくらいなのだから、それくらいの希少性が有った方が有り難味がありそうだ。

「因みに、昼間にお使いになっていた棒も、パラティオンであります」

「……で、今度は船でありますか。そのうちモビルスーツでも作りそうだね、そりゃ」

 想像力逞しい中学生だしなぁと、およそ十数年ぶりに目撃した日本の若者の姿を思い出して、シガレットは苦笑する。

 輝力によって動く巨大な人型ロボット。

 実はシガレット自身がかつて作ってみようかと考えたことのある一ネタだということは彼だけの秘密だった。

 やってやれないことは無いと結論付けられてしまったから、秘密にするより無かったとも言える。

 産業革命とか、別に望んでいないのだ。

 

「ところでビスコッティのお歴々は、フィアンノンに帰らなくて良いの?」

「……それをキサマが言うのか」

 部屋の脇に備えられていた通信機でフィアンノンへの現状報告を終えて戻ってきたエクレールが、彼の頭を小突く。

「戦もひと段落したのだから、その懈怠な衣装を脱いだらどうだ?」

「まぁ、もう中継も終わっちゃったからねー……でも残念、他に服が無いんだよ」

 元々着ていた服はガレットの本陣の大天幕に置いて来たしと、シガレットは笑う。

 その背後で、皆にお茶を振舞っていたメイド達が肩を揺らしていたことにはシガレット以外の全員が気付いていた。

 当たり前の話だが元々着ていた服だってガレットの側で用意したものなのだ。

 一言用立てれば当然のようにスペアが出てくるに違いないだろう。

「地雷原地雷原……」

「ああいうのは、歩く火薬庫って言わない?」

「何ごちゃごちゃ言ってるんだ三馬鹿。つーか、この服脱いでないってことは、俺はテメーらの失態をブチブチなじる権利をまだ保持したままってことなんだぞ」

「うげ、薮蛇が来た!」

 ヒソヒソ話をしていたベールたちに、シガレットはジロりと目を向ける。

 悲鳴を上げるジョーヌに大きくため息を吐いたあとで、しかし先ずはと、何故かお茶会を開始しているエクレール以外のビスコッティの面子に顔を向ける。

 因みに、ユキカゼもいつの間にかリコッタの隣に座っていた。

 

「ダルキアン卿に凸凹コンビ、ついでにエクレ嬢までいるなら丁度良いわ。少し反省会しようぜ」 

 

「凸凹って……相変わらずだね、シガレット」

 苦笑しながらなんと話の仕草で胸元に手を置くユキカゼの横で、リコッタがぷんすかと手を振り回す。

「リコッタはまだ成長途上なだけでありますよ!」

「はっはっは、リコたん。残念だがエクレ嬢の例を見る限り、年齢一桁でまな板だったヤツがそのあと……痛っ! ちょ、落ち着け! 悪かった、俺が悪かった!!」

「確かに、キサマとは、一度、しっかりと、反省会をしないといけないようだな……っ!」

 エクレールがどす黒いオーラを放ちながら、シガレットの胸倉をつかみ上げていた。

 

「……俺等、外した方が良いのか?」

「逃げたらきっと、説教倍になりますって絶対」

 乾いた笑いをうかべるガウルに、ジョーヌが悟ったような顔で言った。

 

 

・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・ガウル親衛隊緊急会合議事録より抜粋』

 

「じゃ、秘密会議……暗黒生徒会とか……いや、誰もネタが解らないか。内緒話を始めます」

 一先ず混乱しかかった場を収束させた後、ワイングラスを揺らしながらシガレットは言った。

「内緒話とは、中々面白そうでござるな」

「面白い話だと良いんですけど、どうなんですかねぇ?」

 一人だけ聞くに徹する態度を取っているブリオッシュの笑みに、シガレットは乾いた笑みを返す。

 

 期せずして、ミオン砦にはビスコッティ、ガレットの中枢に『近い』メンバーが揃っていた。

 中枢に近い、と言うことは逆に言えば中枢ではないと言うことで、それは真ん中に居なければ解らない事が解らない変わりに、真ん中に居る人のことは近くで見ることが出来る、そういう意味を持っていた。

 

「レオ様ご乱心。勇者来た。ついでにブリオッシュ卿帰国。……これ、何も起こらずに済んだら逆に脅威でしょうよ」

 

 ああ嫌だと、シガレット吐き捨てた。

「ご乱心ってお前……」

「あんなガリガリやつれさせて、目の下に隈作って。ほうっておいたらそのうち倒れるぞ。お前今まで何やってたんだよ」

 引きつった声を上げるガウルに、シガレットは内に怒りを込めた声で応じる。

 その言葉に、今度は逆にガウルの額に青筋が浮かんだ。

「そりゃこっちの台詞だよ、馬鹿アニキが。テメェ、ちゃんと姉上のことお止めしてきたんだろうな?」

「―――これ以上ビスコッティに戦争を仕掛けるのはやめてください、ってか?」

「ああ。幾らなんでも無理な戦が過ぎるぜ最近。これ以上は楽しめる状況を超えちまう」

「ガウル殿下、それは……」

 ガレットの王子の本音の言葉に、ビスコッティの親衛隊長は戸惑う。

「国家間の対立もないのにこれほど大規模な侵略戦争を仕掛けるとはまた豪快な事をと思っていたでござるが……そうでござるか。これは、レオンミシェリ姫の御一存で行われていた戦なのでござるな」

「元々国家間の宣戦布告は領主のみに与えられた権利だからな。―――とはいえ、下に根回しをせずに勝手にやって良いって話でもないだろ? だってのに姉上は強引に……その辺どうなんだよ、馬鹿アニキ」

 ブリオッシュの言葉に頷き返しながら、ガウルはシガレットを睨む。

 ちゃんと聞いてきたんだろうな、と。シガレットは先ほど一番近い時間までレオンミシェリと一緒に居たのだから。

「さて、ね」

 シガレットはしかし、天井を見上げ何かを思い出す風な顔で、そう呟くのみだった。

「何もわかんなかったって話じゃねーだろうな、使えね~」

「黙れ馬鹿王子。迂闊に人に話せないってこともあるんだよ。―――言ったら、現実になっちまうかもしれないだろ?」

「フム……シガレットは運命論者であったか」

「いえ、割合リアリストのつもりですけど。だからこそって話も有るじゃないですか。何しろホラ、件のお人は領主家の方ですし」

「領主家ってお前……」

「国家の代表領主となるべき強い輝力を持った人は、主語のフロニャ力の加護に基づいて、民を導くために星辰を詠んで……」

「まぁ、言えない事は誰にだってあるから、周りに要る皆がしっかりフォローしましょうねって話を、俺は言いたいの」

 リコッタの言葉を途中で遮って、シガレットは強引にまとめの言葉を口にする。

「そこまで解っていて、何もしないのか?」

 エクレールが上辺だけで処理されかかっていた会話に眉根を寄せた。

 頑張ろうとかそういう適当な感じで流して良い話とは到底思えなかったのだ。

 尤もな言葉であるとシガレットも苦笑を浮かべながらも、しかし、と首を横に振る。

「意識しなくても、意識しすぎても駄目って話な感じがしてさ。何もしなければ、そのまま『そこ』にたどり着いて、でも『そのために』何かをしようとしてしまえば、逆に『そこ』が引き寄ってくる、そういう感じがしてどうも、ね。どうしたものなのか……」

「なぁ、馬鹿アニキ。話を聞く限り、姉上のやっていることって……」

「それ以上口にしたらしばくぞ馬鹿王子」

 嫌な予感を覚えたと顔を青くするガウルに、シガレットは鋭い口調で咎める。

「頑張ってる人には精一杯頑張ってもらって、まぁだから、ホントに何かあったら周りでフォローしてやれってさっきから言ってるだろ」

「甘やかすタイプでありますね、シガレット」

「真面目な子には甘いよ~俺は。だってリコたんをいじめたことは無いでありますだろ?」

 茶化す言葉をまぜっかえして、笑う。

 

 そんなシガレットの様子を、ブリオッシュは興味深げに見ていた。

「……どうしました、親方様」

「なんでもないでござるよ、ユキカゼ。ただ、血の因果と言うものは中々侮れないと思っただけでござる」

「血の……?」

 首を捻るユキカゼに、ブリオッシュは笑みを浮かべるだけで言葉は口にしなかった。

 

 アッシュ・ガレット―――ガレット。

 正しく、加護の力と強く結びついた領主家の血と力を、本人のあずかり知らぬところで発揮してしまっていると見て相違なかった。

 何しろ彼の発言は全て、『鋭い』というにはあまりにも『予言』染みていたから。

 情報分析力や直観力に優れるなどと言って終えられるレベルではない。

 確定的な未来に対して警告を送っている様ですらあるのだ。

 それが領主家の血と力でなくて、なんだと言うのか。

「我等の帰還すら……それに、勇者」

 シガレットは、その事実にも何かを感じていた。

 誓ってブリオッシュは、ビスコッティに於いて何かがあるからと帰途に着いたわけではない。

 幾つかの申し付かっていた事を終えての、本当にただの帰郷に過ぎないのだ。

 だというのに、何故。いや待て、そろそろ帰るべきと先に言ったのは、果たして。

 

 各々思考に沈み、会話の途切れた室内。

 唐突に、歌が聞こえた。

 それは、壁際に置かれていたテレビモニター、そこに映し出された―――。

 

「姫様」

「うわ、本当に間に合ったんだ、勇者特急」

 驚く皆の視線の先で、真紅のドレスに着飾ったミルヒオーレが、その歌声を響かせていた。

「綺麗……」

「素敵ですねぇ~」

 女性陣は、その美声に聞き惚れて恍惚とした呟きを漏らす。

 沈んだ空気を吹き飛ばす、それは、人に希望を与える力を秘めていた。

 

「何も意識せずに居れば、悪い結末にたどり着いてしまうと―――そればかりではなく、無意識だからこそ選び取れる正しい道と言うものも、あるのではござらぬか?」

「そうなん、ですかね? いや、だからこそ勇者を……真紅のドレスに包まれて……勇者の真紅に、守られて……」

 労わるようなダルキアンの声しらも糧にして、シガレットは自らの思考に沈んでいく。

 

 何も見えていないけど、何かがあるに違いないと。

 勇者。姫。姫。騎士。自分も含めて、漠然とした何かが見えそうな気がするのに、それが何かわからない。

 

「レオ様は……」

 

 何かに抗おうとしているあの人は。

 きっと今のシガレット自身と同様に、見えない答えを求めて心を疲弊させていた。

 

 漸く、一歩。

 一日目の終わり。

 シガレットは漸く、一人で抱えることの辛さを、レオンミシェリと共有した。

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

「―――というわけで、ごめんなさい、です」

「謝られると逆に惨めな気分になるんだけどなぁ、この場合」

 

 ぺこり、と頭を下げてきた妹分に、シガレットは居心地悪そうに応じた。

 

「でも、もっと私が色々気付けていれば、シガレットも―――レオ様も」

「ん~~~……いや、うん。否定できないといえば否定できないんだけど。でも、どっちかといえばキミにそんな風に思わせちゃってる段階で、オレとレオンミシェリの過失だしね、この場合」

「そんなこと……! 二人とも、私のために、みんなのために一生懸命だったのに!」

「結果が実らない努力だったからね。意地になって俺らだけでやりきろうとしなければ、きっともっと、良い解決策があったはずなんだよ」

 

 だから、この場合はオレのほうこそ、と。

 シガレットは一つ、頭を下げた。

 

 その後で、どちらともなく照れ笑いを浮かべた。

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

 



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策謀編・1

 

 

 

・輝暦2911年・珊瑚の月『二日目・臨時政庁臨時議会議事録より抜粋』

 

「……は? ごめんもう一度言って」

「だから、撤収だ」

 

 頷き応じるバナードの言葉に、シガレットは手にしたペンを器用に指で回転させながら、しばし黙考に浸った。

 此処は、ビスコッティ王国ミオン砦の一角。

 今は、ガレット侵攻軍の臨時政庁のような装いを示していた。

 と言うか、シガレットが侵攻軍内のたまっていたらしい書類を整理し始めた辺りから、必然としてそうなったのだが。

 急遽事務方の人間が招集され、未だにガレット領主の装いを纏ったままのシガレットを上座において、王都ヴァンネットの政庁もかくやという忙しない空気を形成していた。

 

「撤収、か……」

 杜撰に―――あくまでシガレットの基準で。中世末期の文明レベルに近いフロニャルドの基準で言えば真っ当に―――管理されていた物資の運搬、輸送計画を戦争開始前まで遡ってチェックして、その都度適宜修正印を押し続けている途上で出迎えたバナードの言葉を、シガレットは自ら呟く。

 

 撤収。何を? 決まっている。

 

「……城攻めを止めて、野戦に切り替えるとか?」

「いや、勿論違う」

 尋ねて、即答されて、そりゃそうだろうなと、頷く。

 だが言われた内容を認めがたい気分は抜けず、シガレットは苦笑を浮かべた。

「久しぶりの再開……じゃなかった、再会だってのに、初っ端から冗談きついですよバナードさん」

「私も冗談であれば良いとは思うのだがね。―――残念ながら既に、現在進行形で発生している問題なのだよ」

 二枚目の顔を、やはり同様に苦笑気味に変えながらも、バナードは自らの言葉を撤回することはなかった。

 

 つまりは、だ。

 

「これでこの戦争は手打ち、ですか」

「ああ、ガレットは本日中にビスコッティ領内より全軍を撤収する。―――此処も、例外ではない」

 

 そう言う事だ。

 周りで聞いていたらしい事務職員たちが目の下に隈を作った顔で互いを伺っている。

「折角皆で徹夜して輜重計画の再構築をしていたってのに、可哀想に……」

 グシャっと、机の上に広げてあった書類を握りつぶして屑篭に投げ入れながら、シガレットは言う。

 彼がパタパタと室内に向かって手を振ると、事務職員たちが次々と机の上に突っ伏していった。

 細かいところまで妥協を全く認めない臨時上司を相手に神経をすり減らしていたらしく、限界を迎えたようだ。

「……ああ、うむ。その、すまない。超過勤務手当の方は出すから」

「S資金の方使ってくれて良いですよ。残ってるなら」

「あんなもの、キミ以外誰も恐くて手を出せないよ。軍の年間維持費の五倍近くの内部保留があるらしいじゃないか」

 因みに、シガレットがヴァンネットで六年ほど宰相紛いの仕事をしていたときに経費の効率配分、資産運用で発生させた余剰資金である。

 全て王宮の金庫に納められているが、誰も迂闊に手を触れられない彼がヴァンネットを留守にしている(・・・・・・・)現在は一種の聖域のようになっているらしい。

「カイゼンって大切ですよね。やり過ぎると下請けが泣きを見るんですけど」

「下、だけかね? あの当時の金融大臣のご老公の顔色の悪さと言ったら……」

「むしろアシガレ卿のいらっしゃらない今の方が、毎日胃痛で大変そうな顔をしていそうですけど」

 机に突っ伏して寝始めた事務職員たちの肩に毛布を掛け終えたらしいルージュが、紅茶を載せたトレイを片手にそっと言い添える。 

「口うるさい子供がいなくなって、むしろ万々歳じゃないですか?」

 受け取った紅茶を啜りながら、シガレットはいっそ爽やかな笑顔でのたまう。

「失って初めて解る、というヤツだね。宰相閣下のご不在で、我が国の政府中枢は毎日が狂騒状態だよ」

「一人の力に頼りすぎると、良くありませんね」

「……たまに、フィアンノンに木箱一杯の書類が送られてきてたような記憶があるんですが」

 つまりは、居なくなったはずの人間の力を利用し続けているという話だったりもする。

「誰に頼まれた訳でもないというのに、趣味で口を出し続けていればそう言う事にもなる」

「やー、元々インドア派の人間でした(・・・)から、たまに机の上に沢山の書類って言う環境が懐かしくなるもんで」

「普通は、手を出す前に躊躇いを持つものなのだがね。何しろ他所の国の行政機関だぞ。―――尤も、その辺りが、いかにもシガレットらしいが」

「お褒めに預かり恐悦―――とでも言いましょうか? 武張った人間ばかりが幅利かせて、事務方が毎度泣きを見てるシーンを見てると、子供心に憐憫の上も浮かぶんですよ。そう思いません、バナード将軍(・・)?」

「私もキミに訂正印を押される立場だからね。彼等の気持ちの幾分かは理解できているさ」

「あ、バナードさんの修正が必要な書類、後で届けさせますから」

「……了解だ」

 部屋の隅の『済』と書かれた紙の張ってある箱を示されて、バナードは頬を引きつらせながら頷く。

 大き目の木箱からは、大量の紙束があふれ出していた。明らかに、戦争に関係ある分だけの書類ではない。

 確りとレオンミシェリの採決がなされた筈の此処二年ほどの各種書類も詰まっているに違いなかった。

「ま、権力は有る内に使わないとね」

 自身の衣装―――ガレット領主を代行するための装いを示しながら、シガレットは笑う。

 領主が承認した書類を他国の騎士が後日否定するとかいかにもシガレットらしい行動だったから、バナードもルージュも半笑いのまま何も言えなかった。

 

「と言っても、戦後交渉も終わってるんだから、もうお役目ゴメンですかね」

 

 空気を引き締める一言にはなったのだろう。

 雑談気味に緩んでいたバナードたちの顔も、深刻さを交えたソレに変わる。

「ああ。このミオン砦からも撤収する。レオンミシェリ閣下が王城に戻られるわけだから―――」

「代行なんて要らんですか。先代様によろしく伝えて置いてください―――と言うか、余り子供のたわごとを真に受けすぎないようにしてくださいと言うべきなのかなぁ」

「先代様は、アシガレ卿を実のお孫さんのように思っていらっしゃいますから」

「孫可愛さに無茶を聞く、ですか? だったら実の孫を助けてやれっつーのに、あの爺さん……」

「実の……レオ閣下、か」

 苦い言葉で自らの主の名前を呟くバナードに、シガレットは目を細める。

「俺さ、昨日一緒に飲んだときには、『まだビスコッティに居座るつもりだ』って聞いた筈なんだけど」

 酔っ払って聞き間違えていなければと、昨晩のレオンミシェリとの密会を思い出しながらシガレットは言う。

 その場に居合わせていたルージュは、その言葉に首を縦に振った。

「私たちも、そのようにお聞きしていました。レオ様は、レイクフィールドの戦の雪辱戦に乗り気でしたから」

「軍の方にもそのように下知なされていらした。―――が、今日の早朝に、な」

 

 レオンミシェリは軍議の席で、突然に戦争の終結と撤収を命じた。

 

「昨日の今日で、女心は秋の空とは言うけど、ちょっと、なぁ」

「どうも、ビオレお姉さまにも何もお告げなさらなかったらしいんです」

「てっきり、シガレットなら何か知っているかと思ったのだが……」

「だから昨晩は戦争続行だって言ってたとしか、俺は知らんってば」

 ルージュとバナードの探るような視線を向けられても、シガレットも眉根を寄せる他なかった。

 武闘派国家ガレットの中でも比較的理性派に属する三名は揃って難しい顔で黙る。

 前言撤回して突然の転進。

 負け戦の挽回をすることも無く、王都前まで攻め寄せたのに―――ついでに、勇者に大陸最強騎士と言う新たな強敵も出現したと言うのに、一当てすることも無く逃げ帰るなどガレットの領主らしくも無いやり口である。

 そして、恐らくは三名共に推察しているであろうこの戦争の『真の動機』と照らし合わせてみれば、レオンミシェリがこの場で兵を退けると言う発想に至るのはいかにもありえなかった。

 率直に言って、意図が読めない。

 

「嫌な夢でも見て、恐くなったかね」

 

 やがてポツリと、シガレットは呟く。

「夢、ですか……流石に、それは」

「まぁ、冗談だけどさ。或いはこう、……いや」

 ルージュに頷きつつも、シガレットは言葉を濁す。

 レオンミシェリの方針転換の理由に行き当たって、だからこそ口に出すのがはばかられたのだった。

「方針を転換したのなら、奇妙な話だけど。逆に言えば」

 

 ―――ある意味で、一貫性の有る行動だとすれば。

 

 無意識の仕草で、シガレットは首元をくすぐる感触に触れていた。

「短絡な行動に突っ走りやすい人ではあるからね、まぁ」

 何時かの都市国家の要塞攻めみたいなときみたいに。

 一度熱が入ってしまうとただ勢いだけで突っ走ってしまうような部分が、レオンミシェリにはあった。

「……やはり一度、ヴァンネットに戻ってはもらえないものか?」

「は?」

 深刻な顔でのたまうバナードに、シガレットは目を瞬かせる。

 戻る。ヴァンネットに。

「僕が?」

「先日顔をあわせていたのなら当然気付いていると思うが、最近の閣下はご心労を抱えていらっしゃるようでね。シガレット、君が戻ってきてくれれば……」

「俺、ビスコッティの人間なんですけどって、一応言っておくべきなのかな?」

「アシガレ卿がミルヒオーレ姫様のことを心配なさっていることは承知しています。ですが、このままではレオ様が」

 ルージュの言葉は依頼や懇願と言う単語よりも、いっそ『追求』とでも言うべき意味が多分に含まれていた。

 『レオンミシェリとミルヒオーレと、お前はどっちを優先するつもりだ』と、そんな風に問い詰めているに違いない。

「とは言え、フィアンノンに居るってのは約束だし」

 あっさりと首を横に振るシガレットの態度に、ルージュは声を大にして詰め寄る。

「そんな! アッシュ様はレオ様のことが……、っ」

 強すぎておっかない態度のそれを、シガレットは途中で遮った。

「レオ様か、ミル姫かって言えばね」

 その後で、曖昧な顔を浮かべながら、穏やかな口調で続ける。

 

「俺が優先するのはレオ様ですよ。そんなの一々答える必要もないでしょう」

 

「……でしたら」

「真面目な顔で尋ね返しながらボイスレコーダー確認するのやめてくれないかなぁ? ―――いや、まぁ良いけど。俺はあの人にとってはホラ、『最後の一線』みたいなものですからね」

「最後の一線、とはまた大言を噴くね」

 心底感心したとバナードが言う。シガレットは鼻で笑って応じた。

「勝手に誤解して自惚れてるだけで、本当はハブられてるだけってんなら笑いますけどね。―――でもホラ、バナードさんがわざわざ尋ねてきてくれる程度には、既定の事実らしいじゃない。こんな服も押し付けられるし」

「そのお心を、レオ様本人に直接お伝えすることは叶いませんか?」

「あと五年くらい経ったらね。ミル姫が一人前になる前にこんなこと言っても、ぶっ飛ばされるだけで終わるってば」

 あの人シスコンだしと、シガレットは笑ってルージュの言葉に返した。

「何を迷い恐れても、最後の最後に支えてくれる人間が居ると信じられれば、なるほど。平気か」

「ですから返って、アシガレ卿はフィアンノンを動けない、と言うことですね」

「そういう約束なんで。だから、約束は守りますのでご心配なく―――って、コレ昨日伝えたから、良いか」

「何度でも、女性と言うのはそう言う言葉を求める物ですよ。常に殿方のお心が自身に向いているのかどうか、不安で仕方ないのですから」

 説教染みたルージュの言葉に、シガレットは苦笑するよりなかった。

「どっちかって言うと、不安なのは俺の方なんだけどなぁ」

「あれだけ強気な発言をしていた男の言葉とは思えない発言だね、シガレット」

「デカい事を口にしてないと不安なだけですってば。未来なんてものは、約束とかに縋って想像してみたところで、実際のところは未来そのものにたどり着いて見ないと解らないものですし。夢や希望なんてものは所詮夢で希望でしかないってことは、弁えないと……とも、簡単に実践できないくせに言うことでもないか」

「いや、中々身になる話だったよ」

 何処を見ての言葉なのかわからない、シガレットの自嘲気味の言にバナードは謝意を述べる。

 シガレットも何も言わずに肩を竦めるだけで応じた。

 それで一先ず、語り合うべき事を語ったと言う形になったのだろう。

 

「最後の一線にまで下がらなくていいように、我々も最大限努力しよう」

「期待します」

「アシガレ卿も、ご無理はなさらないで下さいましね?」

 

 それは、勿論と頷いて。

 それで、彼等は各々の国へと引き上げる事となった。

 

 

・輝暦2911年・珊瑚の月『二日目・ビスコッティ騎士団隠密部隊日報より抜粋』

 

「平和だ……」

「で、ござるなぁ」

 

 カコーンと言う鹿脅しの鳴らす響きが、竹林の中に消えていく。

 風月庵。

 王都フィアンノンの片隅に有る、所謂純和風の屋敷の縁側に、シガレットは居た。

 だらけた姿勢で柱に身を預けるシガレットの傍には、ブリオッシュ・ダルキアンの姿もある。

 どちらも寛いだ着物姿。茶器も全て和風の拵えだった上に周囲は竹林、果ては庭を駆け回る犬はどう見ても柴犬か何かの犬種に見えて仕方なかったから、はて、ここは一対何処の世界だろうと誤解してしまいそうな風情だった。

 時刻は夕刻前。

 そろそろ太陽が朱色に変わりそうな時間帯に、ミオン砦から王都フィアンノンに帰還したシガレットだったが、登城もせずにこの風月庵に引っ込んで甚平に着替えて寛いでいるありさまだった。

「良いのでござるか? 今頃お城では論功行賞の行われている頃だろうに」

 騎士団副団長ともあろう者が国事行為に参加しなくても良いのかと、ブリオッシュは尋ねているのだ。

 戦が勝利で終わったのなら、それを祝し、そして勝利を齎した勇士達を称えて褒賞を与えるのは領主の勤めである。

 今頃謁見の大広間では、整列した騎士達が領主ミルヒオーレから手ずから報奨金を渡されていることだろう。 昨日までの苦しい戦を乗り越えて、漸く掴んだ勝利なのだから、苦戦に耐えた騎士達全てが賞賛されて然るべきだ。

「謹慎蟄居ってことで一つ」

 自宅で反省してろ、と言う話である。

 因みにシガレットはマルティノッジ家の食客を辞めた後、主不在のこの風月庵を勝手に間借りしていた。

 無論、茶碗も甚平も彼の私物である。家主が帰ってきたというのに、まるで撤収する気も無いらしい。

 尤も、ブリオッシュも特に気にしていないようだから問題は無さそうだが。

「蟄居とはまた、何かしでかしたでござるか?」

「ござるかって、ダルキアン卿も昨日その場にいらしたでしょうに」

「昨日? 昨日……おお、そういえば。某の知らぬ間に祝言を挙げておったでござるな。遅ればせながら祝いの言葉を……」

「いいから、そういうボケ良いから! 昨日の今日で散々色々言われてますから!」

 いかにもわざとらしい言い回しのダルキアンの言葉を遮って、シガレットは辟易したように息を吐く。

 疲れた様子のシガレットに、ブリオッシュは呵呵と笑う。

「お主がガレットの領主面していたところで、今更誰も一々気にしたりはせぬだろうに」

 むしろ、自然なこと過ぎて誰も気にも留めないだろうとブリオッシュは言う。

「いやですよね、既成事実って。いや、俺が迂闊だったせいなんでしょうけど」

「旅の途上の拙者でも噂に聞くような事柄でござるからな。男らしく堂々としていればよいでござろう」

「最近、自重しろって言ってくれるのがエクレ嬢だけになってきたんですよね……。ガレットの脳筋どもは今更ですけど、ミル姫ですら微妙に扱いが……」

 ついでに、エクレールにしたって最近はもう諦め気味だったりもする。

「だからまぁ、自主自重って感じで一つ」

「むしろ、自重するというのであれば国事に確り参加するべきではござらぬか……?」

「だって面倒じゃないですか、立ちっぱなしで二時間以上も」

 しかも最前列でカメラに映るから気が抜けないしと、結局シガレットはまるで自重していなかった。

 酷く大人びているようで、やることなすことは子供の時分から至って変わらぬヤンチャに過ぎる。

 結果だけは出すから、イマイチ文句も言いづらく―――いかにもこれが、アシガレ・ココットだなとブリオッシュは久しぶりの再会において改めて感じていた。

 

「平和、でござるな」

「ですねぇ」

 

 変わらない日常が続いているのは良い事だと、朱に染まった空を眺めながら、二人でのんびりと頷きあう。

 温厚なビスコッティ人の中では類を見ない戦好きと思われている―――現実、ブリオッシュはそうなのだが―――二人だったが、その戦好きが二人揃うと、言い知れぬのんびりとした空気が形成される。

 精神年齢が近いせいなのだろうか、それとも二人とも裏方で周囲をサポートするのが自分の役割としているせいなのか、案外と気の合う関係らしかった。

 二人だけで放っておけば、このまま日が沈むまで縁側で語らっていそうな塩梅だった。

 ひざの上で子犬が欠伸をして、盆の上に添えられた茶菓子を、子狐が啄ばむ。

 そんな平穏に過ぎる空気を打ち破ろうとするやからは、少なくともこの二人ではありえなかった。

 

「うわぁ、日本屋敷だぁ!」

「お館様~! ……と、あ!」

「シガレット! 此処にいたでありますか!」

 

 トットットとあぜ道を駆けるセルクルの足音。

 数は二つ。声は三つ。

 庭の仕切りの柵越しに通りを見れば、二人にとっては見知った顔があった。

「や、ユッキーにリコたん。論功行賞は終わったのかな?」

「終わったのかな? じゃないでありますよ。どうしてこんなところで油を売っているでありますか!」

「姫様、しょんぼりしてましたよ」

「徹夜の後に長時間立ったままなんて、無理だってば」

 二人乗りしていたセルクルから降りてぷんすかと言ってくるユキカゼとリコッタに、シガレットはさらっと流して応じる。

 それから、視線を門扉の辺りに向ける。

「そんなところでぼうっとしてないで、中へどうぞ、勇者殿」

「あ……はい!」

 金色の髪に赤い服の、快活そうな少年を手招きする。

「……何か、シガレットがこの庵の主人みたいですね」

「実際二年間住んでたらしいでござるよ」

「ぇえ!? か、勝手に私の部屋に入ったりしてませんよね!?」

「たま~に思うんだけど、ユッキーの俺に対するイメージって色々と間違ってると思うんだよね」

 と言いながら、詰め寄ってくるユキカゼの実に福与かな胸部に注視しているのだから、シガレットも何か色々と間違っていた。

「男なら仕方ないよねぇ?」

「え?」

「勇者様に何を聞いているでありますか!」

 同性の少年勇者に同意を求めてみたら、リコッタにぷんすかと怒られた。

 どうやら、彼女の胸元を見てため息を吐いてしまったのが拙かったらしい。

「仕事には無駄に真面目なのに、どーしてそう、すけべぇなのかなぁ」

「シガレットは女性に対するマナーがなってないであります。ノワの手紙にもよく書いてありましたですよ!」

「ちびっ子め、余計なことを……。いやね、ホラ。アホウサギの無駄に良いスタイルでも見てないと、脳筋集団の中で仕事なんてしてらんないって話で……」

「そう言う事、思っても口に出すの止めるべきだよね、シガレットは」

「であります!」

 

「え~……っと」

 二人と一緒に風月庵に遊びに来たシンクは、唐突に始まったお説教と言うかじゃれ合いのようなものに圧倒されて、苦笑を浮かべるより無かった。

 手持ち無沙汰な姿を見かねたブリオッシュが、手招きをする。

「まぁまぁ勇者殿。放っておけばそのうち済むでござるよ」

「皆、仲良いんですね」

「姫様を支える目だった地位に就いている若者達は、古くからの友人関係が多いでござるからな」

「幼馴染ってヤツですね」

 自分にも居る、とシンクは納得した態度で頷く。

「古くからって言うほど、年取ってる訳じゃないけどね」

「何で私を見ながら言うでありますか!」

「いやぁ、リコたんは幾つになっても可愛いなってね~って、そういえば勇者殿ってお幾つ?」

 不意に口を挟んできたシガレットに尋ねられて、シンクは一瞬目を瞬かせた。

 まともに会話をするのはこれが初めてだなと気付いたのだ。

「えっと、十三歳です」

 昨晩から今日に至るシガレットに対するイメージが、シンクの中では『よく解らない人』で固定されていたため、必然丁寧な口調になった。 

「十三歳って言うと……中二? いや、中一かな。なんにしても一人で異世界修学旅行なんてまた、チャレンジャーな」

「中……え? 修学旅行?」

 微妙に聞き覚えのある単語に、シンクは目を丸くする―――が、シガレットは口元に手を当ててあさっての方向を見ながら何かを考えているようで、彼の疑問には応じてくれない。

「シガレットが変なことを口走るのはよくあることでありますよ」

「ござるなぁ」

「ですです」

「お前等ちょっとそこに直れ。人のイメージを勝手に変な方に決め付けるんじゃない。勇者殿が誤解するじゃないか」

「誤解……なのかなぁ?」

 シンクも概ね、この青髪の少年のことが理解でき始めていた。

 基本的に突っ込みどころの塊だから、突っ込んだら負けなタイプなんだろうと。

「にしても、リコたんと同い年なのか。どうせ一個しか違わないし、体育会系の部活とかとも違うんだから、別に敬語とか使わないでも良いよ」

 騎士なんて職業は明らかに体育会系が幅を利かせていそうな職種に思えたが、恐らく突っ込んだら負けだ。

「じゃあ、えっと……シガレット?」

「うん、宜しく勇者殿。―――そういえば、自己紹介とかしてなかったっけ?」

 躊躇いがちに呼びかけられて、今更な事実にシガレットは気付いたようだった。

 思えば、昨晩の初対面の折にはガウルたちに折檻をすることに気が行き過ぎていて、シンクとは殆ど会話を交わしていなかったのだ。

「昨日は忙しかったしねぇ。―――あんだけ輝力だしまくってた割りに、元気そうで羨ましいや」

「二年前とは距離が違うでありますよ」

 

 二年前。

 シガレットは輝力を全開で振り絞り続けて、一晩で国から国へと駆け抜けた事がある。

 いや、正確に言えば一晩掛からず。

 ビスコッティ領主崩御の知らせがガレット王都ヴァンネットに届いてから、その後僅か二時間後にはフィアンノン城の領主の間の窓ガラスを蹴破っていたのだ。

 余りにも無茶が過ぎて、その後一月ほど輝力を練り上げることが出来なかった。

 

「流石に無茶しすぎですよ、シガレット」

「ま、ねー。ついでに昨日とは抱えてた荷物(・・)の重……ゴメン冗談。だから聞かなかったことにして」

 危うく危険な単語を口走りそうになって、女性陣に睨みつけられてシガレットは冷や汗を流す。

 わざとらしい咳払いをした後、改めてシンクに向き直った。

「アシガレ・ココットです。宜しく勇者殿」

「あ、うん。シンク・イズミです……って、アシガレ?」

 シガレットと呼ばれていなかったかと、シンクは握手を返しながら首を捻った。

「皆はシガレットと呼ぶでありますから、勇者様もそうすると良いでありますよ」

煙草(シガレット)なんて、半分イジメみたいな気もするんだけどねぇ」

「何故、名前をもじった渾名がイジメになるでござるか?」

「こっちの話ですよ。繋げてココアシガレットなら、お菓子ですから良いっちゃ良いんですけど。―――まぁ、アシガレでもシガレットでも、なんなら鈴木栄作でも、好きに呼んでよ(イズミ)君」

「すず、き? ―――まぁ良いや、きっと突っ込んだら負けだ。えっと、うん。よろしくシガレット」

 よく解らないけどとりあえず悪い人ではないらしい。

 だから、余り深く突っ込まない方がいいかなーと、君主な気分でシンクは判断した。

 覗いても居ない薮から、さっきからしきりに蛇が顔を出しているイメージが、何故か脳裏にちらついているのだ。

 

「結局、皆そう呼ぶんだよなぁ。まぁ良いけど……ところで泉君って、何処中? と言うか、今日って西暦で言うと何年くらい?」」

「えっと、紀乃川インターナショナスクール……ってちょっと待って! 西暦とか中学とか、え!? シガレット、キミ、ちょっと絶対こっち(地球)のこと知って……え?」

「ハハハ、何のことやら。にしても、紀乃川かぁ。あそこも坂ばっかりで暮らすの体力要りそうだよねぇ。あ、ところで桜待坂って知ってる? 海鳴の方に駅三つくらい下ると有るやっぱり坂ばっかりの町なんだけど、大学の頃そこで家庭教師のバイトをしてたんだけどさ、東桜丘商店街の、ほら、あのスーパーニシムラの二階に学習塾があるじゃない。あそこのイケメン先生が―――」

「大学!? バイト!? イケメン!? ちょっと、え? ちょっとちょっとー!?」

 

 その日、シンクの疑問が解決したかどうかは、神のみぞ知る。

 ただ、後日シンクが突飛な行動をしでかしているシガレットを目撃したとき、『シガレットなら仕方ないか』と周囲と全く同様の感想を浮かべていたことだけは、明記しておく。

 

 

・輝暦2911年・珊瑚の月『三日目・アシガレ・ココットの手記より抜粋』

 

 平和って良いよね、と久しぶりに帰ってきたお家でのんびりお茶を飲んでいたら、眼鏡秘書さんに王宮に拉致られた。

 何コレ、イジメ? 

 領主閣下の執務室でメイド隊長に思いっきりランス突きつけられてるんですけど、どういう状況よ。

 あれか、しょんぼりさんはそんなに私のことをお怒りですか。

 ハハハ、うん。外交上の問題を双方の許可無く強引に纏めすぎちゃったよねーとかは、反省しないでもない。

 いや、ヴァンネットの爺様はGOサイン出してくれたんだけど。

 そーねー。

 あのままやってたら流浪人無双でビスコッティが完勝って感じだったもんねー。

 うん、それを判定勝ちに変えちゃったら怒るわフツー。

 

 ……え? 怒ってないの?

 うわぁ、此処の領主フツーじゃねぇ。

 もうちょっとガッツり国益重視の姿勢で行こうよそこは。

 そんなだから国土の半分を制圧されるような事態に……いや、うん。

 ゴメン事務方の皆。頼りない騎士団で……。反省はしている。謁見はしないけど。

 

 おおっと、槍を突きつけるのはやめるんだメイド隊長!

 アンタ何気に隠密連中とタメ張れる位に強いんだから、迂闊に暴力はいけない。

 防弾仕様のフリルのメイド服のアナタと違って、甚平一丁の私は装甲紙だから。死ぬ、いやマジで。

 今朝も大変だったのよ?

 朝っぱらから流浪人さんの訓練に付き合わされるし。

 ヤベーヤベー。木刀だから平気とかのたまってんだけど、それ木刀じゃなくて門柱用の丸太だから!

 つーかどうなってんだよあの人の膂力はマジで。

 丸太を平手で掴んで片手で振り回して川原の地形を変えるとか、人間ワザじゃねえっつーかその暴力を容赦なくか弱い私に向けてくるとか、人間のやることじゃねえ!

 あれか、留守にしてる間に勝手に蔵にしまってあった酒樽を開けたのが拙かったか!?

 良いじゃねーか、旅先で散々好き勝手に飲み散らかして、しかもそれを経費で落としてるんだから!

 請求書が送られてくるたびにイケメンが頭抱えてるっつーの。

 せめて土産くらいは送ってくれればまだ機密費で処理してやろうっていう気分にもなれるってのに……あ、ゴメン。コレ聞かなかったことにしてくれる?

 バレるとしょんぼりさんに怒られるから。

 ホラ、あの人あんなだけど、一応あれで国防の要だしさ。

 日頃殺伐とした日常を送っている人たちだし、ちょっとは目を外すくらいはまぁ可愛気があって良いってことで。

 どーせイケメンの財布が軽くなるだけだしさ!

 

 で、だ。

 そろそろ一応聞くべき場面かなと思うんだけど。

 

 ―――しょんぼりさんは何処?

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『三日目・領主執務室日報より抜粋』

 

「だからって、俺に仕事を代理させるってのもどうなのよ」

「将来のためのお勉強と言うことで」

「幸せ家族計画か何かですか? 生憎、勉強なら六年ほどやってますから」

「では、その成果を見せるということで」

「―――年上の女って、やり辛くて嫌だなぁ」

 

 可愛気が無ぇ、と命知らずなことを口走りながら、シガレットは領主の机の脇に特設された席で羊皮紙に書かれた文章を次々と速読していく。

 本来は領主本人が確認しなければならない類の書類ばかりだったが、何故だか領主は執務室には不在であり、着の身着のままで風月庵から呼び寄せられたシガレットが、リゼルとアメリタ、他領主付きのメイド達に囲まれて代理審査している状況だった。

 作業机が領主の物ではない辺りが、まだガレットよりは自重が聞いているかもしれない。何の慰めにもならない話だが。

「第三期武器増産計画終了って、一歩遅いよ。こっちは南部城砦群再整備計画の進行状況……って、せめて整備なら東部の砦をだな。つーかガレットとの国境線に万里の長城築こうぜ、もう。いや、それだと連中嬉々として攻め込んできそうだな……って、ところでこれ、一応後でちゃんと、ミル姫が決済印押すんですよね?」

「勿論です。―――とは言え、それでは二度手間にとなってしまいますので、アナタには是非、全ての書類を確認の後必要最小量に要約の方を」

「自分等でやれば良いじゃない。つーか、それが仕事でしょうに」

 アメリタの言葉に、シガレットはぞんざいに返す。

 と言うか、アメリタを相手にぞんざいに言葉を返さないといけない程に、思考の大部分を書類審査と整理に使っていたりする。

 一つの書類の要約を書き出しながら、同時に別の書類を読む。

 四十八時間戦場に立ち続けることが可能な、かつて世界をまたにかけて活躍していた企業戦士だった頃の真価を発揮していた。

「のんびり中世獣耳スローライフは何処へ行ったのやら……」

「口ではそんな風に言う割りに、シガレット君って結構仕事人間ですよね」

「仕事押し付けてきてる人には言われたくないですよ! つーか、頑張ってる娘を助けたりアホの小娘どもを面倒見るのは結構なんだけどさ! お前等大人なんだから自分でやれっつーのホント!」

「姫様のためです」

 だから黙って仕事しろ、と空いた机の隅にドカドカと追加の書類を持ってくるリゼル達。

 戦時体制が解消されれば後回しにされていた民事関連の業務に即急に取り掛からなければならず、ならば国家の首長たるもののお役目が簡単に終わる筈が無かった。

「……俺としては、甘やかさずに厳しく躾けて成長を促したいかなぁ、とか思うんだけど。―――遊びに行かせるために、仕事を替わりにするって」

「貴方の気持ちも理解できますけどね、シガレット。ですが無理にでもこの辺りで一度、息を抜いてもらわないと。姫様は、ご自身を苛めすぎてしまうきらいがありますから」

「基本、真面目な娘だからねぇ」

「それに、呼んだままこれ以上、勇者殿をお待たせすると言うのも些か外聞が悪うございますし」

 頷くシガレットに、リゼルは言い添える。

 

 本日夜。

 ビスコッティ領主ミルヒオーレは勇者シンクを夕食の席に招待する。

 召喚してから早二晩も過ぎ、しかし戦後の始末も忙しく時間の取れなかったミルヒオーレが、コレは申し訳ないとお誘いをかけたと言う形だ。

 

「夕飯デートって所ですか。ついでに、城下町の高級ホテルのスイートでも予約しておきますか?」

「必要とあれば、奥の支度を整えますので」

「……そう返すか」

 あくまで冗談めかした言葉には、意外と真実味の有る言葉が返ってきてしまった。

「あり得ない話でもない、かと」

「―――まぁ、このまま泉君が地球に帰れなかったら、そうだねぇ」

 眼鏡を光らせて表情を隠すアメリタに、シガレットも同意を示す。

 

 後で聞いた話なのだが、シンク・イズミはどうやら自分の意思でフロニャルドに召喚された訳ではないらしい。

 召喚の先触として地球へと向かったタツマキが、割りと詐欺臭いやり方で無理やり引っ張ってきたのだとか。

 その割りには随分と登場した瞬間からフロニャルドのノリに溶け込んでいたよなぁと突っ込みを入れたくもなるのだが。

 ともあれ、召喚が本意ではなかったのであれば何とか帰還したいと思うのが人情であり、これで呼び出した側まで勇者召喚が一方通行で帰還方法は不明と言う事実を知らないとくればもう大惨事である。

 国の威信にかけて期間方法を探すのも当然ならば、領主自らが歓待を示すのも必然かもしれなかった。

 

「帰還の方法については、リコたん脅威の技術力に期待って感じになるのかなぁ」

 勇者の帰還方法を探すついでに、地球との永続的なゲートなんてのも作ってくれない物かなと、シガレットはかつての故郷を懐かしみながらひとりごちた。

 リゼルがその横で、悪戯めかした笑みをみせる。

「お義兄(にい)さまとしては、気が気ではないって感じですか、シガレット君的に」

 同い年ではあるが、シガレットは常に年長者の目線でミルヒオーレを見守っている、それは王城に勤めている者であれば誰でも知っていることだった。

 領主の兄気取りなんてなんとも恐れ多い話だ、なんて思っている人が本人含めて誰も居ない辺りが、いかにもシガレットのキャラクターである。

 現に、問われてシガレットは、否定もせずに当然のように笑って応じるのだった。

「いや、ミル姫も泉君もエクレ嬢も、その辺の恋愛ごとは節度を守ってれば好きにやってくれて良いんだけどね、俺としては。見てる分には楽しいし。―――ただ、お義姉(ねえ)さまがそれを知ったときにどんな反応をすることやらと思うと」

 遠く山の向こうに視線をやって、シガレットは苦笑を浮かべる。

 その辺りのネタで釣って見れば、案外あの人あっさりとでて来るんじゃねーのとか、くだらない想像もしてしまう。

「レオンミシェリ閣下は……」

「ノーコメントで」

 言い切られる前にバッサリと切り捨てて書類に視線を戻す。

 大人たちがどんな顔をしているかなど、見たくも無かった。

「兎も角、泉君にはこっちに居る間は最大限の歓待をして当たろうって言うご意見には賛成ですよ。そのために領主様が直々にご招待ってのも、まぁアリだよ。―――二人きりとはまた思い切ったねとは思うけど」

「あら、毎晩私室で晩酌をともにしていらっしゃった方とはとても思えないお言葉」

「だからノーコメントだっつってんだろうが!」

 引き合いに出されると突っ込みどころしかない自分の行動が、割りと恨めしいシガレットだった。

「つーか子供の恋愛をお世話してる前に先ず二十台中盤の自分た、ち……」

 

「何か?」

「言いましたか?」

 

 首筋にランス。耳に万年筆。

 大人の女性とは実に恐ろしい生き物だった。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『四日目・騎士団訓練日報』

 

「珍しいね、エクレ嬢が朝錬に参加しないなんて」

 

 早朝、王宮内錬兵場。

 槍に見立てた木の棒を構えた騎士団長ロランと無手で向かい合っていたシガレットは、思いついたように呟く。

 視線を周囲で同様に訓練を行っている騎士達に向けながら、ロランから目を逸らして。

「親衛隊は、姫様の、護衛、だっ」

「護、衛です、かっと」

 攻撃するのはロランのみ。シガレットは避ける一方だ。

 勿論訓練であるから実戦ほどの本気は込められていない筈だが、それでも相手の攻撃を確認することも無く回避を連続していると姿は、やはり器用と言う他無かった。

「こんな朝早くから、ご公務ですか?」

 トンと突き上げられた棒の先端に足をかけて、曲芸のように空中で三回転身を捻る。

「いや、勇者殿と遠乗りに参られ―――たっ!」

「―――っ、ふっ!」

 着地点に突き出された棒を刹那の見切りで掴み取り、それを支点に鉄棒競技のように一回転して着地。

「……そりゃ、エクレ嬢は気が気では無いでしょうね」

「迂闊な事はしてくれないと、信じるしかないね」

 後が恐そうだと、構えあったまま阿呆な言葉を交わす。

 二人の一連の技の応酬に、周囲で見守っていた若い騎士達から拍手が飛んだ。

 手を上げて応じてしまえば、最早何の訓練だか解らない光景だった。

「……流水でも相手にしている気分になるね、毎度のことながら」

「毎度のことですけど装甲紙なんでね、俺。直撃したら即死ですもの」

 必死に避けたりもしますと、棒を肩に担いで一旦中断の姿勢を取ったロランに応じる。

 実際問題、騎士達の中でもシガレットは取り分け軽装で行動していたから、武器を向けられたら装甲の破損と引き換えに防げば良い、と言う騎士の戦い方の普遍的なやり方がまるでかみ合わない。

 滞空時間を長くするためになるべく軽装にして、精々ブーツに鉄板を仕込んでいる程度だったから、二の腕むき出しの上半身に攻撃を当てられたら下手すれば一発でけものだまである。

「ロランさんみたいに重装甲なら、打ち合ってみるのも良いんでしょうけど」

「打ち合いたいのなら、先ず武器を持ちたまえよ」

 因みに、無手である。

「どーも剣を振り回す自分ってイメージが浮かばないんですよねぇ」

「それ、昔から言っているな、シガレット」

「まぁ、昔に比べりゃアリかなって気分にはなってきましたけど、今更戦法変えるってのもね」

 お陰で、防衛戦に適さない人間になってしまいましたがと苦笑する。

 

 例えば陣地防衛戦が発生した場合、ルール上突破されたら即敗北の最終防衛ラインと言うものが発生してしまう。

 陣地であれば文字通り何処か適当なラインなどが、或いは城砦であれば内部のどこかに立てられたフラッグなどが。

 防衛側は事前に定めた一定時間、攻め手をそこに近づかせないことが勝利条件である。

 で、あれば。

 攻め寄せてくる敵は基本的に、正面から受け止めて端から叩きのめしていかなければならないのは当然で、シガレットのように『攻められたら避ける』と言う論法は大いに拙い。

 何故なら、攻撃を避けて後方に受け流してしまえば、その敵は防衛ラインへと一直線に向かっていってしまうのだから。

 シガレットが防衛戦を苦手とする理由は、そう言う事だった。

 

「お陰で最近は、敗戦処理請負人なんて渾名がつく有様……。そりゃ、登城も禁止されて蟄居もしますって」

「いや、誰も登城の禁止なんてしていないが。論功行賞にでなかったのは、ただのサボりだろう」

 ロランの言葉に、周りに居た騎士達も頷く。

 シガレットの味方は居なかった。

 そりゃ、しょんぼりとした領主の顔を見ていれば、誰でもそうなるだろう。

「折角の戦勝祝いに嫌な事思い出させるのも拙いかなって思って自重してみた兄心は、伝わらないかぁ」

「兄って、相変わらずフリーダムだな、お前は……しかし、拙いこと? って、ああ、そうか」

 シガレットとミルヒオーレの組み合わせ。

 確かに互いが互いの背後に、同様の誰かの存在を意識しているところはあるだろう。

「負かした相手の事思い浮かべて気もそぞろになる論功会ってのも、ね」

「気にしすぎ……とも、言えんか。ともあれ、戦もコレで片が付いたわけだし、姫様方も……」

「だと、良いんですけどねー」

 前向きなロランの言葉に、シガレットは何とも言えない微妙な顔を浮かべる。

「―――何か、疑念でも?」

「疑念、と言うか……」

 そこで、欠伸を一つ。

 シガレットは言葉を切って空を眺めた。

「シガレット?」

 早朝の青空、ゆったりとした速度で流れる雲を視界にとどめたままのシガレットに、ロランは疑問符を浮かべる。

 シガレットは応じず、

「昼間でも星が見える空ってのは、何時まで経っても慣れないですよね」

 そんな、フロニャルドの人間にはあり得ない言葉を呟くのみだった。

 

 星空。

 フロニャルドの空は、日が差して青に染まっていても、チラチラと白い光の粒が舞っている幻想的なものだ。

 夜の闇の中でしか星明りを望むことが叶わない地球の人間達よりも、フロニャルド人達はよほど星と言うものを身近に感じている。

 願いや希望を込めたり、あるいは、明日を占ったり。

 足元の大地すら、目に見える()、加護を有すると言うのだから、天空に煌く星粒たちもまた、大なる力を秘めているに違いないと信じており―――そして、真実フロニャルドの星空は力を持っているのだ。

 

「姫様方じゃあるまいし、読める訳無いか」

「星読みか何かか? 透写盤を用意すれば、お前なら像を結べそうな気もするが」

 何せアシガレ・ココットだし、とロランは冗談めかして言う。

「昔、ヴァンネットの星読み塔で試したことありますけど、ノイズしか出ませんでしたよ」

 隣で鮮明な未来予想図を描き出して勝ち誇っている人の顔は忘れられないと、シガレットは苦笑気味に首を横に振った。

 

 因みに映し出された未来の情景の内容に関しては、未来永劫秘密にしておこうと示談が成立している。

 何でも、メイド衆が狂喜乱舞するようなものが見えてしまったらしい。

 

「大体、俺に星が読めるんだったら馬鹿ガウにだって見えることになっちゃいますね」

 ありえん、と他国の王子に実にひどい言い草だった。

「毎度のことだが、もう少し自重したまえよ……ところで、何故突然星読みなんだ?」

「え? ああ……いやね、ちょっと今日、寝覚めが悪くって」

「また寝不足かい? 戦明けなのだから、少しは休んだらどうだね……いや、アメリタにお前を貸し出した私が言えた事でも無い気もするが」

「アンタか、原因は……いや、書類仕事は慣れてるから良いんですけど。三馬鹿どもとかと違って、こっちの人たちは真面目に仕事してくれますし。徹夜も、ついでに慣れてるしね。―――だからまぁ、ちょっとそれとは関係ない話が一つ」

 冗談めかした言葉を並べ立てた後で、シガレットは唐突に顔を真面目な表情に作り変えた。

 基本的にノリと勢いだけで全てを突破する彼の、滅多にないカオである。

 ロランは、嫌な予感を覚えた。

「星は読めないし、当然未来視なんて出来る筈もないけど―――それでも、ね。何の因果か土地神の足音や渡り神の羽音程度のものなら聞き分けられるんですよ」

 前に言いましたっけ、と尋ねるシガレットに、ロランは曖昧に頷いた。

「領主家の血の成せる業、と言うヤツだったか」

「髪の色どころか耳の形すら違うほどの末端の小僧の何処に、血が残っているのやらって話ではあるんですがね。兎も角、聞こえる物は聞こえるのが事実として―――最近でも、さっぱり聞こえない(・・・・・・・・・)んですよね」 

 

 フロニャの加護。守護の力が満ちる土地には、土地神が宿る。

 それは、大地の力の結晶。正しき土地の恵みを知らせる存在だ。

 渡り神というのは、文字通りの存在である。

 加護の有る土地から土地を、守護の力の流れに沿って渡り行く神の一種。

 

「……土地神の足音が、聞こえない」

「ええ。普段なら子守唄みたいな優しいリズムを夢の中で奏でてくれてる筈のそれが、最近何故か、ね。お陰でどうも、寝つきが悪くって」

 情けないと言う冗談めかした態度に見えて、目だけは本気そのものだった。

「そして、渡り神の去った後の土地と言うのは、ご存知のように加護力の局所的な変動によってよくないもの(・・・・・・)が沸き出し易い。―――そのお陰で、ウチの石潰しの隠密さんたちの居場所を把握できるって話ではあるんですが」

「待て、シガレット。渡り神は今、ビスコッティに居ないというのか?」

「ええ」

「……羽音がさっぱり聞こえない(・・・・・・・・・)と言ったな。まさか、一羽も?」

 渡り鳥などと違って、渡り神は群れで移動するような習性は持っておらず、本当に単純に守護力の流れに乗って気まぐれに移り行くイキモノだったから、例え一羽が居なくなったとしても他の渡り神はその土地に居座っている―――或いは、別の土地から渡ってくる、と言うケースは多々有る。

 というより、それが当然の話だ。

 

 なのに、シガレットの言い分では。

 

「一羽も、渡り神が居ない……?」

「みたいですね。気のせいなら良かったんですけど、どうも半年くらい前から減り続けてたみたいで」

 最近では本当に一羽残らずビスコッティ近隣から居なくなってしまったらしいと、シガレットは苦い表情で頷いた。

「加護力が低下している……?」

「土地神自体は残ってますから、安易に危険な状況って結びつけるのも判断に迷う感じではあるんですけどね。ただ、少し様子を見ようかななんて考えてたら、ユッキー達が帰ってきちゃいましたからね」

 よくないもの(・・・・・・)が発生する場所を流転している人たちが、このタイミングでビスコッティに帰還したのだ。

「挙句、勇者ですよ? もう嫌な予感しかしないですってば」

「むぅ……」

 かつてなかった伝説的存在まで出現してしまえば、何か無いほうがおかしいのだと、シガレットは言い切る。

 ロランも流石に、そんな馬鹿なと割り切れる自信は無かった。  

「まさか、ガレットの侵攻の理由は……」

「どうなんでしょうね、その辺。そもそも土地神にせよ渡り神にせよ、人間には把握しきれない習性を持った生き物ですから。案外皆で物見遊山にでも出かけたって可能性も無いではないですし」

「おいおい。私は真面目に受け取れば良いのか、冗談とあしらえば良いのかどちらなんだ」

「どちらでも、お好きに。星読みにしろ夢見にしろ、所詮見えるものは可能性の未来程度のものですから。何処まで現実に反映されるかは、それこそ」

「神のみぞ知る、といったところか」

 気構えだけはしておいて欲しいという弟分の言葉を、ロランは確りと理解して頷く。

「ま、ウチの姫様がまだ余裕そうな顔をしてますし、そこまで深刻にならんでもって感じもあるんですけどね」

「―――と、言うと?」

「ああ、前に聞いたんですけどね。ビスコッティ領主家の読める星と、ガレットの領主家の読める星ってのは違うらしいんですよ」

 

 曰く。

 ガレットの星読みの姫が見る未来図は、抗うべき災厄を知らせるもの。

 ビスコッティの星読みの姫が見る未来図は、目指すべき希望を告げるもの。

 

「二人とも、努力してますから」

「災厄に抗い、良き未来を目指して、か。なるほど。確かに」

 

 努力は、成果を実らせるに違いないと、彼等にとってはそれが真実だった。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『四日目・アシガレ・ココットの手記より抜粋』

 

 宣戦布告文章。

 公的に認知された特定組織が特定組織に対して発することが可能な、戦興行の開催の是非を問う文章を指す。

 今朝早くのことだ。

 

 ガレット獅子団領国より、我がビスコッティ共和国に対して、宣戦布告文章が提議された。

 

 興行形式未定。

 興行期間未定。

 正確に言えばそれらの部分は空白となっており、ビスコッティ側が任意で指定して良い、とされている。

 布告文章内で必須とされている項目は少ない。

 一つは、開催は一週間後。

 もう一つは、国家間の勝利懸賞として両国が所有する宝剣を指定すること。

 尚、興行規模は可能な限り大規模な物を希望する。

 

 宣戦布告文章の主だった部分を要約すれば、そのような物となる。

 お前等先日撤収したばかりじゃねーかと突っ込みたい話なのだが、この性急さがある意味脳筋の国らしくて解りやすいとも……いや、うん。

 

 ―――雰囲気が暗いなぁ、皆。

 

 えー、とっとと戦争のお時間に突入してくれれば何も考える必要が無くて楽なんだけどなーと個人的には思うのですが、残念。

 楽しい楽しい会議のお時間です。

 因みに面子はしょんぼりさんプラス眼鏡秘書と元老の爺様方、イケメン、流浪人、おまけで私でお送りします。

 ようするに政戦両面で一番影響力の有る人たち集めましたと言うことなんですが、騎士団長のイケメンに裏番の流浪人さんまで居るなら、ぶっちゃけ私要らなくねー?

 つーかさぁ、気まずいんだよ、窓からの光しか差し込まない微妙に薄暗い部屋で、皆してシリアスな顔してさぁ。

 たま~にこう、チラチラと私の方に視線送ってくるし。

 いや、そんな気遣わしげな視線向けられても知らんから! 

 そういう視線はしょんぼりさんだけに向けてなさいよ。折角ホレ、朝は勇者殿とデートでご機嫌だったのに、今じゃこんなにしょんぼりさんなんだから。

 ―――いや、しょんぼりさんまでこっち見てくるからもうなんつーか私がしょんぼりですが!

 会議室に来る前に一緒にメシ食ってた巨乳とリコたん達まで何か言いたそうな顔してるし、ガレットの大使の人はわざわざ人目があるところで私に向かって土下座かましてくれるし。

 やめようぜそういうの! 新手のイジメか!?

 

 ……ふぅ。

 ええっと、事態の推移を改めて並べてみよう。

 

 朝飯を食ってたら緊急生中継でヴァンネットの謁見の間が映りました。

 一昨日だかその前だかに顔を見たばかりの姐さんが、更に顔色を悪くしてるのを無理やり化粧で誤魔化してました。

 で、相変わらず似合わない徴発的な宣言で宣戦布告してきました。

 挙句に恫喝紛いに宝剣賭けろとか抜かしてくれやがりました―――って、横でしれっとした顔で黙ってるけど何で止めないんだよハンサム! 仕事しろ仕事! 

 上から下までこぞって脳筋どもの無茶を押さえるのがアンタの仕事だろうが!

 

 ……話が逸れた。

 

 とにかくそんな感じで、宣戦布告をされたならビスコッティとしても対応を協議しなければいけない訳で、私の個人的な意見としては『どのみちやるしかねぇんだろうなぁ』と言う理解で固まっていたので―――いやホレ、脳筋どもが一度宣言した戦を取り下げる訳がねーし。

 宣戦に対する案件の甲斐性については文官の人たちの仕事でしょーって、何かそれでもイライラしてたんで不貞寝でもしようかなって思って風月庵に引っ込もうとしたら、丁度入れ違いで登城しようとしてた流浪人さんに捕まってしまいましたって感じ。

 もう、道すがら皆して深刻な顔で、きっとアホみたいに盛り上がってる脳筋の国とは対照的に、なんつーか生真面目すぎるよな、この国は。

 流浪人さんまでシリアスモードとか、誰得なんだマジ。

 

 ―――あ、で。

 脳筋が戦争し掛けてくるなんて、何打日常茶飯事じゃね?

 とか冷静に考えるとその筈なんですが、今回ちょっと事情が違うんですよね。

 

 ずばり、宝剣。

 

 これが問題。

 国家の象徴、領主家の証。

 日ノ本的な風に言えば『三種の神器』辺りを賭け札として載せろと言っているような物で、負けて奪われるようなことがあったら国体に瑕が―――って、瑕だけじゃすまない話。

 ヘタすりゃ、国が無くなる。

 なにせ王権が物理的な形となったようなものだからね。

 中々おいそれと、手を出せるような物では無いのです。

 ―――とは言え。

 例えそれほど貴重なものだったとしても所詮『物は物』。

 両国間で同意が成立していれば友好の証として貸し借り等も有って無い話ではないらしく、うん、ビスコッティとガレットは両国共に認める友好国であるから、―――実際、宣戦布告文章にも完全な移管ではなく期間限定での貸与と言う形式だとは明記されてる訳だから、実はそれほど心配する必要も……はぁ。

 

 なんかねぇ、貸与された宝剣の使用法に関する部分がまるで記されていないんだと。

 お国の大事な宝を指して、『賭けろ、そして何も言わず、理由も聞かずに渡せ』などと暴論のたまってくれてる訳ですよ、あの脳筋国家。

 しかも、事前の根回し、調整の類は一切無く、マスメディアを通して一方的な宣言をして宝剣を懸賞にすることを既成事実化しやがるという。

 お前は国の宝を何と心得てるんだ。

 取られた後で、それを盾に国家の解体でもするつもりかと思われても仕方ない所業だっつーの。

 とても友好国のやることではありません。どうみても敵性国家のやることです。本当にありがとうございました。

 

 はい、つー訳で相手にしないで無視しましょう、無視。

 解散解散……駄目ですか。そうですか。ですよねー。

 

 そりゃそーだ。

 あんなにハデに国際ネットでハデに中継されてしまえば―――しかも、傍目には『先に自分たちが宝剣を提示する』と言うパフォーマンスを使って正々堂々とした態度を示している。

 オマケに、宣戦理由がこっちに勇者やら大陸最強やらのツワモノが居るから、これは武門の獅子団領国としては見過ごすわけにはいかぬ、と言う大衆受けするカバーストーリーを用意して。

 コレを断ったら、ビスコッティが空気を読めないヘタレ国家になってしまって、今後の外交関係で足を引っ張る問題になりかねない話になってしまった。

 

 裏側の事情とかの推察を諦めると、そのまんま歪曲的な嫌がらせだとしか思えない辺りが、どうもなぁ。

 つーかマジ、どうなんだよこういうやり方。参謀役のハンサムも、もうちょっと手段をえらべっつーの。

 これで姐さんの評判に傷ついて、嫁の貰い手がいなくなったらどうするんだ。

 それともアレか?

 マジで手段を選んでいられる状況じゃねーっつう話なのかね、やっぱり。

 一旦兵を引いたって段階から色々あれだったところに、今度は性急に、こんなだもんなぁ。

 コレはマジで、なんつーか本気と書いてマジな感じに、ヤバい事起こるかもねー。

 

 尤も、何が起こったところで私がやることなんて今までどおりで何も変わりはしないんだけど。

 約束は守る人間ですもの、私。

 

 ―――まぁ、そう言う訳なんで。

 いい加減、私の発言待ちって態度やめてくださいよね、皆様方。

 宣戦の受諾ってのはあくまで代表領主の役目なんだから、私に判断を求められても困るわ。

 受けるにせよ断るにせよ、しょんぼりさんが自分で考えてくれ、自分で。

 

 ん? ―――ああ、うん。断れるよ。

 あはは、大丈夫大丈夫。

 ちゃんと向こうに責任をおっ被せて、こっちに風評被害が来ないような断り方があるから。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『四日目・緊急御前会議議事録』

 

「結局さ、あんな恫喝紛いのやり方が大衆に受け入れられてる理由ってのは、さっき言ったとおり先ず自分たちが(・・・・・・・)宝剣を出して示してみせたってパフォーマンスにあるんだよね」

 

 会議室の末席から、シガレットは良く通る声で語る。

 楽しげですらある、つまりは、何時もどおりの態度で。

 そこには、ミルヒオーレをはじめフィアンノン城内の全ての人が思っているような、想い人の狂行に心を痛めていると言う雰囲気は微塵も存在しなかった。

 

 事実として、彼は心の痛みなど一片たりとも感じてはいない。

 

「でも、そこに嘘があったらどうだろう?」

「……嘘?」

「宣戦布告文章に穴があるという話しなら……」

「ああいや、そう言う事ではなく、もっと単純な話でね」

 首を捻るロランたちに苦笑して、シガレットは襟首を撫でて苦笑を浮かべる。

 まるで、子供の悪戯を仕方なしに笑っているかのような態度に、誰もが戸惑った。

 

「レオンミシェリ閣下は、会見場に本物の宝剣(・・・・・)を持ち出し、披露することによって正当性を演出した。コレを賭ける、その覚悟があると―――じゃあ、あの宝剣が(・・・・・)偽物だったら(・・・・・・)、どうなるだろう」

 

「なんと……」

「グランヴェールとエクスマキナが、偽物?」

 シガレットの言葉に、誰もが目を見張る。

 当然だろう。

 あれほど威風堂々とした態度でカメラの前に立ち、大言を吐いて見せたその証明が―――偽物。

 彼等の知るレオンミシェリ・ガレット・デ・ロワのやるような事では、無い。

 だがシガレットは、自分の言葉がまるで真実であるかのように言葉を続ける。

「元々事前の調整も無く、一方的に恫喝紛いのやり方で宝剣を懸賞に賭けたんだ。そのくせ、自分たちが初めに出した物が偽物だなんてバレた日には、非難轟々じゃすまない問題になるよ。その辺を突っついてやれば、確実にこの戦争はお流れに出来る」

 

 ―――と言うか、してみせるけど。

 

 どうかな、と視線を向けられたミルヒオーレは戸惑った。

 宝剣が偽物。

 想像もしていなかった話である。そして、とても信じられるような話ではない。

 彼女の知る、あの気高いレオンミシェリが、会見の場に偽物を用意するなど。

 いや、他の誰かのやることであれば会見の場だからこそ(・・・・・)レプリカを用意するという事も考えられるが―――しかし、レオンミシェリである。

 正々堂々を好む、あの敬愛する姫君が、レプリカを置いて場を濁す等と―――。

 

「本当に、シガレット……?」

 

 だが、自分の言葉に確信を秘めているらしいシガレットの態度を見れば、ミルヒオーレも問うてしまいもする。

 何しろシガレットは、ミルヒオーレ以上にレオンミシェリを良く知っているかもしれない殿方だったから。

 ひょっとしたら―――否、確実に。

 彼はそもそも、レオンミシェリのここ半年以上の行動の意味を理解しているに違いなかった。

 変わってしまったレオンミシェリ。

 報道機関越しにしか、声を聞かせてくれないその態度。

 自身の知るレオンミシェリとはかけ離れた、冷たい態度の真の意味―――本来のレオンミシェリの、あの心優しい姿を知っていれば、誰だって何故と問いたくなる筈で。

 シガレットは、精々苛立ちを覚える程度で、でも、レオンミシェリが変わってしまった理由を思って胸を痛めているような様子は、一度も見せなかった。

 

「本当に。あの宝剣は、偽物だ」

 

 それは、まるで。

 まるで、レオンミシェリは何一つ変わっていないという事を、ミルヒオーレのあずかり知らぬ事情から、確信しているかのようでもあった。

 

「だって」

「だって……?」

 再度問い返すミルヒオーレに、シガレットは悪戯めかした態度で笑う。

 騎士服の襟首に手を回し、そして。

「それは、シガレット―――まさかっ!」

 ミルヒオーレは信じられない事実を前に、目を見開いた。

 

 チェーンに吊るされた、宝石をはめ込まれた指輪が、一つ。

 

「本物の神剣エクスマキナは、此処にあるもの」

 

 それは、レオンミシェリ自身から預かった、彼女とシガレットとの約束の証に違いなかった。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『四日目・緊急御前会議書記官覚え書き(機密文章指定)』

 

「エクス、マキナ……」

 

 窓から差し込む僅かな陽光を受けて煌く、大振りの宝石をはめ込まれた白銀の指輪。

 首に掛かっていたチェーンから外され、改めて右手の薬指嵌められていくそれを、会議にいる全ての者達が驚愕の面持ちで見守った。

 この場(ビスコッティ)にある筈のないものが、確かに目の前に存在しているのだから、当然と言える。

 一人シガレットだけが、取って置きの手品を成功させたマジシャンのような得意気な顔をしていた。

 指輪を嵌めた手を掲げながら、言う。

 

「そう。ガレット獅子団領国領主の証たる『魔戦斧グランヴェール』と対を成す、ガレットの(・・・・・)勇者の武器(・・・・・)『神剣エクスマキナ』」

 

 堂々たる態度で、秘めたる宝具を披露した。

「本当に、本物でござるのか……?」

「もう一度同じこと聞いたら、喧嘩売ってるって取りますけど」

 躊躇いがちに尋ねるブリオッシュに、シガレットは笑いながら返した。

「失礼仕った」

 ブリオッシュをして、謝罪の言葉は早かった。

 そうせざるを得ないだけの威を、一瞬とは言え確かにシガレットの中から感じたのだ。

 だからきっと、それは彼にとっての誇りというべきものなのだろうと感じて―――そして、彼以外の誰かの祈りなのだと、理解した。

「ま、良いんですけどね。見てくれはホント、ただの指輪だし―――でも」

 自身の態度に思う部分があったのだろうか、シガレットは気分を切り替えるように首を数度振り払った後で、掲げた指を開く動作を示した。

 

 光が集う。青い光だ。

 

「……おお」

 感嘆の声は、果たして誰の物か。

 目を見張るような閃光が一瞬、そしてそこには、会議用の長机の上で広げられたシガレットの手の中には。

「まさしく、勇者の武器……」

 受ける印象は、パラティオン(ビスコッティの勇者の武器)と通ずるものがあったが、やはりお国柄と言うことなのだろうか、含まれた装飾が何処か攻撃的な部分を強く感じる。

 身の丈程の長さのある長尺の棒―――勇者シンクが好んで使用する形状と似たそれを、シガレットは作り出していた。

「他にも」

 シガレットが言うに従い、装飾棒が光に帰り、そして形状を変化させて出現する。

 剣の形。弓の形。或いは、盾の形。

 輝力感応型の特殊金属を用いた武器は数あれど、これほど多彩な変化を見せる武器など数えるほどしかない。

 秘宝、或いは宝剣と呼ばれる類の武器と考えて間違いなかった。

 で、あるならば。

 所有者たるシガレットの来歴を鑑みれば、それがガレットの勇者の武器、神剣エクスマキナ以外の物である筈が無いだろう。

「使える……のだな。―――ああ、いや。変な意味ではなく」

 思わず言ってしまった後で慌てて他意はないと弁解するロランに、シガレットは苦笑して頷く。

「言いたい事は解りますって。エクスマキナは勇者の武器(・・・・・)ですからね。勇者じゃない俺が使えるってのは、どーにもってのは真っ当な疑問ですよ。ただ……」

「ただ?」

 チラと、シガレットはミルヒオーレに視線を送る。

 ミルヒオーレは戸惑った表情で、胸の前で両手を抱いていた。

 その右手には、ビスコッティ共和国の領主の証たる、『宝剣エクセリード』が赤い煌きを放っている。

 

「宝剣には意思がある」

 

 先ず、シガレットはそんな風に言った。

「意思……」

 思うところがあるのか、ブリオッシュが目を細めて呟く。

 『禍太刀《まがたち》狩り』を自らの責務として、常に国から国を渡り歩いている女性の言葉だったから、ただの呟きの中にも様々な、複雑な思いが垣間見えた。

 とは言え、今は質問をする側ではないかと、シガレットは改めて口を開く。

「そう、意思がね。特に喋ったりとかはしないけど、持ち主になんとな~く伝わるような感じで、ね。まぁ、勇者の武器が勇者以外使えないとか、領主の証が領主の証としての意味を持つ理由なんかは、その辺から来る訳で。だから本来なら勇者じゃない俺がエクスマキナを使えるはずなんてないんだけど……」

 何処で見たのかフリスビー状に変形させていたエクスマキナを指輪に戻して、シガレットは続ける。

 苦笑を浮かべながら。

 

「コイツはね、レオ様のことが好きなんですよ」

 

 蒼い宝玉を煌かせる指輪を、揶揄するように言葉を紡いだ。

 だから自分はエクスマキナを使えるのだと。

「好き、だから……」

「そう。大好きだから、助けてあげたいとか思ってるんだね」

 ミルヒオーレの漏らした言葉に、頷く。労わりのある声で。

「コイツが俺に力を貸してくれるのは、レオ様の頼みだから―――いや、俺がレオ様との約束をちゃんと守れているからだ」

「約束?」

「うん。大事な約束があるんだ。―――二年前にね。その時にコイツを、その証として受け取った」

 それで一旦話は終わりだとばかりに、シガレットは口を閉じた。

 ただ、ミルヒオーレと視線を合わせたまま、じっと待つ。

 他の物も、各々思うところはあるのだろうが、今は上座に座る主の言葉を待っていた。

 

 やがて。

 

「私には、解らないんです、シガレット。……レオ様は、何故」

 

 何故。

 年若い領主の疑問は、結局そこに帰結する。

 戦の興行を行うのも、良い。

 宝剣を賭ける―――無い話ではないだろう。

 でも。

 

「―――何故。何故レオ様は、私には何も。私にはレオ様が何をお考えなのか、解らない」

 

 それが辛い。

 瞳を揺らしながら、彼女は言った。

 シガレットを真っ直ぐに見据えて―――そこに、答えがあるに違いないとは、気付いていたから。

 何度も尋ねたことがある。そして、一度も答えは帰ってきたことがない。

 意地を悪くしている訳ではなく、それは実は単純な理由で。

 

「キミかレオ様か、と言われたら、俺が優先するのはレオ様だ。―――前にも言ったと思うけど。ただ、なぁ……」

 

 いや一面真実では、確かに意地でもあった。

 だがそれはシガレット自身の意地があったから、何も言わなかった訳ではない。

 ミルヒオーレに何も告げなかった訳ではない。

 義理堅いと褒めるべきか、一途と笑うべきか、腕を組んで悩む彼の態度に、周囲の者達が思ったことは様々だったことは事実だろう。

 惚気話として呆れられなかっただけ幸運なのかなとは、後日どこかで呟かれた言葉だとか。

 兎角。

「質問されているのはシガレット、お主でござろう。―――ならば、お主の考えを語れば良いではござらぬか」

「同感だね。姫様の今のお姿を御覧になって何も思わないと言うのであれば、私も流石に黙ってはいられない」

「……他人事だと思って、大人ってのはこれだから」

 要約すれば『良いから手っ取り早く話せ』、とこれのみである。

 ブリオッシュとロランのあけすけな物言いに、シガレットは苦い顔を浮かべた―――尤も、表情を苦くすれば、それに比例するようにミルヒオーレの顔も曇っていくわけだから、そればかりでもいられなかったのだが。

 それでも最後の意地とばかりに暫らくの間腕を組んで唸り続けて―――少し間をおいて、漸く。

 

「ま、良いか」

 

 一つ頷く。

 

「『解らない』と君は言うし、『解らなくて良い』とあの人は言う訳だ。どちらかといえばあの人の気持ちを俺は優先してあげたいとは思うんだけど―――うん。実のところ本当に俺個人的な考えとしては、ミル姫、キミには『解ってもらいたい』と思っていたりもする」

 

 だから話そうかと、そこから先はいっそ気楽に過ぎる口調だった。

 投げやり、とも言えたが。

「レオ様が何を考えているか解らない。どうしてあんなふうにお変わりなさってしまったのか。あのお優しいレオ様は何処へいってしまったのか―――しょんぼりさんや、キミが聞きたいのはこんなところだろ?」

「あ、えっと……うん」

 唐突に子供の頃のあだ名で尋ねられて、ミルヒオーレは戸惑いながらも素直に頷いてしまった。子供のような返事で。

「なら、答えは簡単だ。『何も変わってない』し、『何処にも行っていない』。何を考えているかなんて考えるまでもない。シンプルだよ、あの姐さんは。それはコイツが此処にある事が証明している」

「エクスマキナ……」

「うん、エクスマキナ。俺とあの人の約束の証だ。―――あ、ところで勇者の武器って物が本来何のために存在しているか、ちゃんと解ってるよね?」

「え? えっと、その……それは勿論、召喚された勇者様がお使いになるため、に」

 戸惑いながら答えるミルヒオーレに、シガレットは然りと頷く。

 そして、次の質問を投げかけた。

 

「じゃあ、勇者ってのは何のために存在している?」

 

「―――何の?」

「キミは何のために勇者シンクを召喚したんだ? ミルヒオーレ・F・ビスコッティ領主閣下」

 尋ねられて、それはミルヒオーレにとり、考える必要も無い質問だった。

「ビスコッティの民に笑顔を取り戻すため、です」

 真っ直ぐに。

 召喚に応じてくれた勇者に恥じない態度で、ミルヒオーレははっきりと意思を示した。

 シガレットはそれに、満足そうに頷く。

「そう、勇者は民のために呼び出される。民を笑顔にするため、民を守るため、民に希望を与えるため―――つまり、勇者は、勇者の力というのは本来、民のために振るわれなければいけないものだ、とも言える。勇者の武器はその民のための力(・・・・・・)の象徴だ」

 指に嵌めたエクスマキナ―――勇者の武器を示しながら、シガレットは語った。

 

「なのにそれが此処にあるんだ。俺とレオ様の約束の証として。解るか、ミル姫。民を守るために振るわれるべき力が、此処にある(・・・・・)んだ」

 

「……何故」

 何故。 

 何故、レオンミシェリは、ガレットの気高き領主は、何故自らの民を守るための力を手放したのか。

 シガレットは言った。

 レオンミシェリとの約束の証として、エクスマキナを、勇者の武器を受け取ったと。

 民のために振るわれなければならない力を預けてまで果たしたい約束とは、何のか。

 

 答えは明白だ。

 だからこそ、ミルヒオーレには解らなかった。

 逆に言えば、きっと今のミルヒオーレの懊悩の度合いも、レオンミシェリには解らない(・・・・)に違いない。

 

 だから、シガレットは困った風に笑って、言うよりなかった。

 

「『あの娘を、頼む』。『どうか頼む』。あの人はね、本来ガレット全ての民のために振るわれるべき力の全てを賭けてでも、守りたいんだよ。―――キミを」

 目を見開くミルヒオーレ。

 シガレットは、それに構わず、続けた。

「そして二年前から今日まで、あの人は未だに『コレを返せ』と口にした事は無かった。だから、あの人は『何も変わってない』し、『何処にも行っていない』。何を考えているかなんて単純だ。―――大切な妹分を守りたいんだって、それ以外に何かあるかってんだ」

 言い切って、そのまま。

「あ、おい……」

「シガレット?」

 他人の気持ちを代弁するなんてもうこりごりだとばかりに、シガレットは戸惑う周囲を無視して席を立った。

「レオ様の考えはそんなで、ついでに俺はレオ様との約束を果たす。それは今後も絶対に揺るがないことだから、……だから後は、キミが自分でやりたいようにやりなさい。―――それが、あの人と俺の希望だよ」

 言いながら、答えを聞かずに扉に手をかける。

 誰もが呼びかけるタイミングを失う軽やかな動作で、廊下の向こうへと歩み去って行く。

 

 かくして、ミルヒオーレは一つの答えを得た。

 得られた答えは一つだけで、だからこそ『何故』と言う言葉が次から次へと湧き上がってくるのは変わらない。

 しかしこれ以上、この場で答えを得られるはずもなく―――ならば、答えが欲しければ自らの足で踏み出さなければならないのだろう。

 一つ確かな答えがある。

 だから、彼女は決意を固めた。

 

 だから、つまりはそう。

 

 ―――賽は投げられた。

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

「帰れ」

 

 出会いがしら、一瞬で間合いを詰め、容赦なく土足で踏み潰す。

 紙一重で背をのけぞらせそのまま両手を床に着き、倒立の要領で顎をめがけて両足を蹴り上げる。

 頬を擦る足首を掴み、間接を外し兼ねない勢いで捻り上げた。

 だが捻る動きに逆らわずに身を任せ、回転運動で勢いをつけて竹とんぼのように大きく足を振り回して、身を起こす。

 漸くそれで、両者の距離はゼロ距離から若干広くなった。

 

「いきなりご挨拶じゃねーか、馬鹿兄貴」

「不法侵入者には充分な態度だろ、愚弟」

「あ、アニキ。冷蔵庫に入ってた饅頭食べて良い?」

「ベールにお茶を入れさせるから、正座して待ってなさい」

「あ、はーい。ちょっとまってねー」

「おい、何で俺様のことはいきなり蹴っ飛ばしてくるのに、ジョーとベルにはいきなり甘い態度なんだよ!」 

「そらオメー、男兄弟と女兄妹なら、扱い変わって当然だろーが」

 

 やれやれ、とシガレットは構えを解く。

 因みに、会話中も拳を使った話し合いは平行して行われていたりする。

 

「つーか、何のよう……てか、何時こっち着てたの、お前等」

「ん? ああ、次の興行の運営をどうするかって、こっちの連中と話し合いがな」

「聞いてよアニキ! 今回の戦はガウ様が運営本部長なんだぜー!」

 スゲーだろ、と誇らしげに腕を振り上げるジョーヌ。

 シガレットは逆に、大げさに顔を顰めた。

「……それ、大丈夫なのかよ。ウチ、そんな人手不足だったか?」

「みんな、レオ様とシガレットの結婚式の準備で忙しいのよ」

 べールが微苦笑交じりに答えた。

 お茶の入ったティーカップを受け取りながら、ガウルがニヤリと笑って続ける。

「だな。姉貴は勿論、バナードもビオレもフランも……ルージュは兄貴にべったりだし」

「運営会議にはルージュさんも絶対参加させるからな。あの人の言う事よく聞いておけよ、脳筋」

 

 実際に戦場で活躍する事にかけては、ガウルの実力を疑う事などありえない。

 だが、戦興行の運営側の仕事と言うのは、主に事務的な能力が必要とされる。

 シガレットは、この分野でのガウルの能力は、まるっきり信用していなかった。

 

「お前さんは、座ってガハハって笑ってるだけで良いんだけどなぁ……実務なんかに手を出すなよ」

 カリスマだけはあるんだから、と深々とため息を吐くシガレット。

「テメ、みてろよ……。前の宝剣争奪戦が遊びに思えるような、デカい戦にしてやるからな……!」

「おお、頑張れガウ様ー! あたしも手伝うぜー!」

「……こいつら確り見張っとけよ、エロウサギ」

「ん~~~……そこまで心配しないでも、大丈夫じゃないかなぁ………………多分」 

「…………不安だ」

 

 後始末的な意味で。

 シガレットは、天井を仰いで嘆息した。

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

 

 



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策謀編・2

 

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『四日目・騎士団日報』

 

「皆してなにしてるの?」

 

 シリアスの空気の充満する会議室を後にしたシガレットは、気分を切り替えるためにと日当たりの良い中庭へと足を運んだ。

 中庭の一角。

 回廊へと続く辺りで、何故だか騎士団員達と、そしてシンクやユキカゼ、リコッタたちが人垣を形成していた。

「あ、シガレット」

「副団長」

「や、お疲れ泉君。―――で、エミリオ君。どんな騒ぎ? 新人いびりか何か?」

「いえ、副団長ではありませんのでそう言う事はありませんけど……」

「―――素で返してるよね、キミ」

 生真面目な百人長の言葉に若干額に青筋を走らせながらも、シガレットは人垣の中を覗き込む。

 彼の存在に気付いたリコッタが声を掛けてきた。

「シガレット、会議はもう終わったでありますか?」

「いんや、まだやってるんじゃね?」

「まだやってるんだったら、何でシガレットは此処に居るの?」

「サボり」

「うわ~」

 言い切ったよこの人、と白けた顔をするユキカゼにも取り合わず、シガレットは尻餅をついているその人物を視界に納める。

 

「あ、アニキ! 助かったぁ~」

 

 涙目で、ほっとしたような顔をして。

 ビスコッティ騎士団の標準規格の鎧姿の少女は、シガレットに言葉をかけてきた。

 群集の視線が、シガレットに集まる。

 フム、とシガレットは顎に手を当てて一つ頷いた。

 

「明らかに密偵だな。ふん縛って三角木馬にでも乗せて無知で叩いて、じっくりたっぷり拷問しながら情報を吐かせることにしよう」

 

「三角!?」

「ちょ、あ、アニキ?」

 アレな言動に目を丸くするシンクと件の少女だったが、しかしシガレットは全く取り合わなかった。

「何しろ浴場から領主閣下を誘拐したこともある前科持ちだからな。二度も王宮に忍び込むとはいい度胸じゃないか。その根性に答えるためにも、念入りに調きょ……じゃなかった、拷問にかけてやる他あるまい」

「調教! 今調教って言ったよね!?」

 今朝方領主にフリスビー遊びを仕込んでいた勇者が、全力で突っ込みを入れる。

「と言うか、女の子がいる前でそういう発言慎もうよ……」

「いや、うん。意味を理解できてるユッキーも何気にどうかと思うけど、流石ニンジャ」

「そういえばユッキーってニンジャっぽいよね。―――いや、何でニンジャだと流石なの!?」

「あれ、伝わらないかぁ」

 精神年齢三十歳と見たままの十代男子のカルチャーギャップかもしれない。

「……後でひどいからね、シガレット」

「と言うかシガレット、三角木馬って何でありますか?」

「後でアメリタ女史に聞いて」

 頬を引きつらせているユキカゼの言葉は流し、純真な少女に対しては全力でスルーする。

 

 何処からどう見ても何時もどおりのシガレットであり、このはっちゃけた態度から会議室での様子を連想することは不可能だろう。

 事実、周囲の騎士達は、『もうやだこの上司』とか全力で思っていた。

 親衛隊長が全力で登場してくれないかなとか、願って止まないくらいである。

 

「あの、副団長そろそろ……」

「そーね。冗談はこのくらいにしておこうか」

 真面目な後輩ですら苦笑する状況に、シガレットは漸く頷いた。気分転換は済んだらしい。

「嘘だ! 絶対本気だったよねアニキ!」

「いやいや、冗談だって。未だに同い歳の主人と全力でプロレスごっこをして遊べるガキンチョを拷問にかけてもギャグにもならねーし。つか、それ系のネタはエロウサギの担当だしなぁ」

「……あ、あれ? 助かったのに何か負けた気分……?」

 お前じゃ役不足だと言われて、少女は得体の知れない敗北感を感じずに入られなかった。

「ガレットの人たちって……」

四馬鹿(・・・)さんたちは、ホントに相変わらずであります」

「シンクも気にしちゃ駄目だよ~」

 唐突に始まったコントに眉間を押さえるシンクの肩を、ビスコッティの少女達は揃って肩を叩いて慰めるのだった。

 

「で、あの馬鹿は何処にいるんだ、アホ虎」

「せめて、用件くらいウチに言わせてよぉ……。此処まで忍び込むの、結構大変だったのに……ぅぅ」

 

 漸く本題に入ったと思ったら、あっさりと終わった。

 だったら早く進めろよと、騎士達は揃ってため息を吐くのだった。

   

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『四日目・勇者シンクの覚え書きより抜粋』

 

「よ」

「おう」

 

 白けた顔と、憮然とした顔。

 

 傍で見ていたシンクは、実は仲が悪いのだろうかと誤解してしまいそうだった。

 隣を並んでセルクルを走らせていたジョーヌも、乾いた笑いを浮かべている。

 王都のある浮き島を下り、程近い森のあぜ道を進んだ先の、ちょっとした広場となっている場所。

 フィアンノン城に忍び込んできたジョーヌの案内によって辿りついた先で待っていたのは、シンク達には見知った顔だった。

 黒いセルクルに跨るのは、ガレット獅子団領国王子ガウル。

 数日振りの再会である。

 

「で、何の用な訳?」

「言わなきゃわかんねーのかよ」

「逆にその言葉、そっくり返してやろうか?」

 シガレットとガウル。

 長い付き合いで気心の知れた両者であったが、その言葉尻は何処か刺々しさに満ちていた。

 互いに対して思うところがある―――と言うよりは、単純にどちらも些か気が立っているせいかもしれない。

 そのまま、暫らくのにらみ合いの後、ガウルは大きく息を吐いて頭を掻いた。

「わかんねーよ俺には」

 溜まっていたものを吐き出すような口調で、言うのだった。

「解りやすいと思うんだけどな、俺は」

 シガレットの態度はガウルとは真逆。

 概ね誰が何を思っているのかにも理解が行き届いており、そうであれば、苦笑する余裕があった。

 ガウルは益々不貞腐れた顔をする。

「マジで何を考えてるんだよ、姉上は……」

「んなもん、一目瞭然じゃねーか」

「あれでこうで人目で理解できるのは、馬鹿兄貴くらいじゃねーか! 姉上と一部の側近を除いて、城中大混乱だぞ!?」

「側近だけ、ね。つーことは、やっぱ状況作ったのはあのロンゲか。戦場であったら丸刈りにしてやろうかな、あのヤロウ……」

 喚くガウルの横で、シガレットは全く関係のない部分で怒気を放つ。

 状況の理解が追いついていても、いや、だからこそ思うところは色々あるらしかった。 

 

「レオ様の側近って言ってるのに、普通にビオレ姉さまの事は除外してるのがアニキだよなー」

「いや、僕に同意を求められても……」

 ジョーヌに話を振られて、シンクは言葉に詰まってしまう。

 『シガレットがいなかったらシンクを』と言う伝言によって呼び出された立場だったが、シンクは自分が呼び出された事情をよく理解していない。

 恐らくは今回の戦争に関しての話なのだろうなーとは思うのだが、それを取り巻く諸々の深刻になりそうな事情に関しては、表面的なことしか解っていなかった。

 あと、ガレット陣営の会話は毎度毎度、独特すぎてついていけない感じもちょっとだけ、いや結構あったりする。 

「えっと……宝剣を賭けるって言うのは、大変なことなんだよね?」

 自分が話を進めないといけないのかと言う使命感を覚えて、シンクは誰にともなく尋ねた。

「ま、そう言う事。フツーはこんな事後承諾的なやり方でやっちゃいけない部類の話なんだよ。下手すりゃ―――下手しなくてもリアルタイムで外交問題さ」

「姉上には、宝剣の扱いについてはっきりさせるように何度も具申したんだけど、取り合ってもらえなくてな。どうしちまったんだか、訳わからねぇよ」

「バナードさんだろうな、入れ知恵したのは。あの人だけで考えてたなら、多分今頃、おっとり刀でフィアンノンに駆けつけて、ミル姫に一騎打ちでも挑んでいる場面だ」

「一騎打ち? そこまでして、姉上はビスコッティの宝剣を必要としてるってのか?」 

 やれやれ、と苛立たしげに言うシガレットに、ガウルは目を丸くする。

 まさか本気でレオンミシェリがビスコッティを侵略しているとは考え難く、そうであるならば国権の象徴たる宝剣の必要性が見えてこないのだ。

 眉根を寄せるガウルを、シガレットは鼻で笑った。

「宝剣の必要性とか、考え方が間違ってんだよ。あの人が普段から何を考えてるのか理解してれば、大体状況の意味くらい解るだろ」

「姉上が普段考えていること……?」

「アニキのことじゃないのー?」

「黙れアホ虎。アイアンメイデンにぶち込むぞ」

「それ本当の拷問じゃん!」

 恐れおののくジョーヌを放ったまま、シガレットは面倒くさそうに続ける。

「なんであれ、お前が知る必要がある問題じゃねーってことだろ。つか、ワザと蚊帳の外に置かれてる姉心ってのを理解してやれよ」

「そーいうの、『余計なお世話』とか『ありがた迷惑』とか言うって、知ってるか?」

「知ってても止められないのが、如何にもあの人らしいじゃないか」

 シガレットは苦笑した。

「あの人はあの人で好きに動いてるんだから、お前もお前で好きに動けば良いだろ? ガキじゃないんだから、自分で考えて動けって。―――ああ、なんなら、クーデターでも起こしてみると良いかもな。状況が気に入らないって言うんなら……お前が動くなら、大義もあるだろ」

 人もついてくるだろうし、と簡単に恐ろしい事を口にするシガレットに、ガウルは戸惑いを覚える。

「クーデ……そんなこと、出来るわけ」

「出来ないってなら」

 言葉を失うガウルに、シガレットは目を細めた。

「お前には止められないよ、ガウル。あの人はもう、私的な理由で立場を振り回す覚悟を決めているんだ。止めたいのであれば同等の立場になる必要がある。―――ああ、だからって無理に動こうとするなよ。決心つかないまま動いちゃったら、ついてくる連中が可哀想な目にあう」

「……出来るかよ、そもそも」

 苦い顔のガウルに衒いのない笑みを返して、シガレットは言った。

「お前、変なところで良い子ちゃんだからなぁ。ま、あの人を止められるとしたら、同レベルの我侭お嬢さんだけなんだろ」

 

「同レベルの……」

「我侭な」

 

 お嬢さん。

 

 シンクとジョーヌは顔を見合わせて首を捻り、ガウルは面白く無さそうな顔でため息を吐いた。

「なんつーか、偉そうな事言ってるけどアンタもアンタで、脇に取り残されて無いか?」

「ははは、まーねぇ。うん、いやだからこそバナードさんが許せない感じなんだけどさ」

「はぁ?」

 何でそこでバナードの名前が出て来るんだとガウルは眉を八の字にする。

 シガレットは肩を竦めて言った。

 

「そりゃお前、姉妹喧嘩《・・・・》に男の出る幕なんて無いっての」

 

 勝手にやってくれれば良いんだとのたまうシガレット。

 その言葉の妙な説得力に、聴いていた三人は揃ってなるほどと思ってしまった。

 

 ―――ミルヒオーレによる宣戦布告文章受諾の演説が行われたのは、その直ぐ後のことだった。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『四日目・マルティノッジ家私文書より再現』

 

『こ~んに~ちわ~』

 

「……こんにちわ」

 毎度の事ながら、何処のアイドルコンサートのノリなんだろうねと、遠くから伝播してくるミルヒオーレの声に返事をしながら、シガレットは苦笑を浮かべる。

 官庁内にある自身の執務室で一人寂しく書類仕事をしている彼の耳にも、領主の声に熱狂的な合いの手を入れる市民達の声は届いてくる。

 

『さてみなさん、今朝のニュースは御覧になりましたよね』

 

 そして、領主の穏やかでありながら、確りとした声音も。

 威風堂々とは言いがたいものなのだろうが、嫌いにはなれず、放っても置けない。

 一緒に頑張ってみようと、そういう気分にさせてくれる優しい響き。

 

『レオ閣下からのいきなりの宣戦布告。急な話だったので、私たちもびっくりしちゃいました』

 

「ホントだよ」

 ぺら、と資料をめくりながら、シガレットは何の気なしに相槌を打ってしまう。

 せめて一言くらい欲しい物だと、毎度の事ながら彼は思うのだった。

 周りの―――取り分け『かの女性』が考えるほどに、シガレットは鋼鉄の意志など持っていないのだから。

 丸二年も碌に連絡もないまま捨て置かれてしまえば、諸々不安な想像も覚えてしまう。

 そのたび、首につるしたエクスマキナを眺めて自分を慰めているのだと、もしそれが知れてしまえば―――。

 

「……以外だな」

 

 襟首から出して掌に載せたエクスマキナから、視線を少し上に。

 半開きになった扉、声がした方には見知った顔の少女の姿が在った。

「何が?」

「―――てっきり、全て聞いているのだと思っていたが」

「だったら良いんだろうけどね」

 何も教えてくれないんだと、投げやりな気分でシガレットは応じる。

「何も言わなくても伝わりあう関係……と。言うヤツか?」

「それこそ、だったら良いねって話だよ。―――それより、良いの? 親衛隊長が、領主の演説の最中にこんなところで油売ってても」

 書類で埋もれて足場の無い部屋に踏み入ってくるビスコッティ騎士団親衛隊隊長エクレール・マルティノッジに、シガレットは尋ねる。

 エクレールは、古馴染みの男の言葉を鼻で笑い飛ばした。

「今は、ダルキアン卿がいらっしゃる。―――それに、油を売っているのはお前も一緒だろう、副騎士団長」

「ああ、エミリオ君に代理頼んでおいたから」

「……せめて、千人長にしろよ」

「俺等以外居ないじゃん、千人長」

 因みに、若手のホープと称される騎士エミリオは、現在百人長の地位にある。

 騎士団ナンバーツーの人間の代理をやらせるには、立場的に微妙な感じだった。

 尤も、ビスコッティ騎士団は小さい騎士団なので、実はそれで、騎士団内では上から三番目位の地位だったりもするのだが。

 

『―――でもですね、だからこそこの半年、これ以上負けないように確りと準備を整えてきました』

 

 職務放棄の言い訳にならない言い訳を述べ合う二人の間を流れる微妙な空気を他所に、ミルヒオーレの演説は続いていく。

 敗戦を重ね続けたことへの反省と侘びの言葉。

 しかし、それを乗り越えて前へ進もうとする決意表明。

 そして、

 

『―――ですから、ビスコッティはガレットよりの宣戦布告を、喜んでお受けします!』

 

「……決まり、か」

 領主の宣言の背後で、花火の音が遠雷のように鳴り響く。

 地鳴りのように届く群集の歓声の間を縫うように、両国間の勝利懸賞として宝剣を賭けると言う宣戦項目への承諾もまた、告げられた。

「解り切っていた事を、何を以外そうな風に。―――大体、解っていたからこそそうやって戦略立案に勤しんでいるんじゃないのか?」

「いやいや、ただの手慰みだよ」

 主戦場と目される両国間国境―――チャパル湖沼地帯の最新の情報をメモに書き記しながら、シガレットは嘯く。

 そこは、最大で万単位の兵力の動員が可能な広大な戦場地帯だった。

「野砲の準備とかも、必要かな」

「むしろ、対砲撃戦術の立案こそが肝心だろう」

 ここ数年で新たに登場した兵器である『砲』を用いる戦に関しては、ガレットのほうが一日の長があったから、エクレールの言葉も尤もだった。

「誰が使っても固定ダメージってのは確かに役に立つけど、今はまだ紋章弓の方が恐ろしいと思うよ」

 数が無いからね、とガレット軍の全容を知り尽くしている男の言葉は、非常に現実的である。

 フロニャルドにおける『砲』という物は、火薬の替わりに輝力を篭めた弾丸を発射する、単発式のライフルや迫撃砲等が主である。

 某天才幼女が基礎理論を発明したその兵器は、誕生して間もないこともあって、戦術的な運用方法の確立などは未だ道半ばと言えた。

「ジェノワーズのアホウサギの率いる部隊か」

「アレで何気に、弓持たせるとおっかないからなぁ、あのエロウサギ」

 そんな実験的な武装よりも、鍛え上げられた弓騎士団の波状攻撃の方が恐ろしいと言うシガレットの意見は、確かに正鵠を得ている。

「ウチで弓が得意なのってエミリオ君くらいだっけ?」

「アレも別に、専門でやっている訳ではないぞ」

「人手不足ってやだね」

 お前の方が良く知っているだろうと言う言葉に、シガレットは苦笑して頷く。

 

 確かに今回の戦は、此処二ヶ月の敗戦続きの時とは違い、動員可能な兵力は増えるだろう。

 装備類の増産も完了していたし、何より、特産果実の収穫期が既に終了していることが大きい。

 働き手の若者達が、戦に参加しやすい状況が作られているのだ。

 ―――だが、『兵』が増えたからと言って、それを率いる『騎士』たちの数がいきなり増えるわけも無い。

 ビスコッティの常備全戦力は、ガレットの一個師団程度にしかならないのだから、最早笑うしかないだろう。

 頭がいないのに手足が増えれば、少ない頭はそれに比例して忙しくなるのが当然で―――だからこそ、今から先手を打ってシガレットが軍師の真似事まで始めていたりもするのだった。

 

『この戦に勝利しましょう! 勝って、楽しい明日を掴みましょう!』

 

 歓声は今や、王都全体を覆いつくさんばかりに鳴り響く。

 薄暗い官庁の一角のこの部屋ですら、煩いと思えるほどの、群集のうねり。

「賽は投げられたって感じかな」

「―――我々が勝つさ」

「……そう」

 気の無い返事にエクレールが何か言おうとするより早く、シガレットが顔を上げる。

「そういえば、エクレ嬢は結局なんでお仕事をサボってたりする訳?」

「……む。いや……」

 問われて、エクレールは言いづらそうに口ごもった。

 眉根を寄せて頬の辺りに手をやろうとして、それでどうやら、片手に何かを持っていたことを思い出したらしい。

「ウチにお前宛の手紙が届いていてな」

「マルティノッジのお屋敷にってこと? 何でまた……」

 公文書用の書類入れ程度の大きさの封筒を手渡されて、シガレットは首を捻る。

 エクレールは、ため息を吐いた。

「お前、今は風月庵で暮らしているって伝え忘れていただろう。―――マーガレット小母様からだ」

「母上からか。そういえば、ここ二年近く連絡取ってなかったっけ」

「おいおい……」

「ウチはエクレ嬢も知っての通り、完全な放任主義だからねー。にしても、そっか。前に頼んでいたやつかな」

 封筒を開けて便箋の束を取り出しながら、シガレットは納得したように頷いた。

「お前が小母様に頼みごとをするなんて、珍しいな」

 だからこそ、わざわざ封筒を持ってきたのだがと言うエクレールに、シガレットは視線は便箋に向けたまま首を横に振る。

「ああいや、母上じゃなくて妹達になんだけど」

「妹……ライムやシアンにか」

「うん、アズールやコーラルにね。……って、うわぁ」

「どうした」

 シガレットは便箋の中の一枚の内容に、顔を引きつらせているらしかった。

 乾いた声で、告げる。

 

「……遂に、二桁の大台だってさ」

「……そう、か」

 

 双子が二組、その間に三つ子まで居る。

 マーガレット・ココットは実に若々しい容姿をした、実に多産な女性だった。

 幼い頃は定期的に彼女の居る牧場に遊びに行っていた幼馴染達だったが、対面するたびにお腹を膨らませるか引き連れている赤子の数が増えていると言う光景の妙は、深く記憶に残っている。

 

 ちょっと微妙な気分になった思春期の少女は、慌てて話題を変えるように言う。

「……え、ええとだシガレット。それで結局、シルク達に何を頼んでいたんだ?」

「ん? いや大したことではないよ。当たるも八卦、当たらぬも八卦って言う程度のことだから」

「なんだそれは」

「天気予報みたいなものだよ」

 意味が解らないと眉根を寄せてみるも、しかしシガレットははぐらかして応じなかった。

 読み終えたらしい便箋を封筒に戻して、机の引き出しに仕舞う。

 

「それより、俺としてはそろそろエクレ嬢がミル姫の護衛をサボった理由が知りたいんだけど。―――手紙を渡しに来たってだけじゃ、勿論ないだろ?」

 

「……む」

 長い付き合いの二人だったから、お互いの行動パターンくらいは読めていた。 

 エクレールが優先するのは一にミルヒオーレ、二にミルヒオーレ。三と四もミルヒオーレだったから、五以降を考えるのは馬鹿らしい話だ。

 だからつまり、よほどの事がない限りエクレールがミルヒオーレを置いて私事を優先させることなど考えられないことだった。

「何か、言い辛いこと?」

「―――いや」

 尋ねるシガレットに、エクレールは曖昧な言葉で応じる。

 踏ん切りがつかないといった感じだった。

「今回の戦争に関係ある話、なのかな?」

「……一面では、そうだな」

「ミル姫には?」

「―――解らない」

 だから直接尋ねに来たのかもしれないと、エクレールは迷子の子供のような呟きを漏らした。

 そして、観念したかのようにゆっくりと話し始める。

 

「……さきほど、姫様に聞いた」

 

「なるほど」

 それで概ね、シガレットは事情を悟った。

 エクスマキナを再び襟から出して、リングの内側をなんとなく覗き込む。

 エクレールの姿が見えた。

「お前とレオ閣下の御約束に関しては―――その、なんだ。盗み聞きもしていたから、そう、知ってはいたが。だから、それは良いのだ。知っていた。知っていたが……」

 

 今まで、考えないようにしていたことが、一つあって。

 

「此処二ヶ月に渡るガレットとの戦。そして此度の大戦(おおいくさ)も。何かとても大きなきっかけにでもなりそうな―――そんな気がして、ならない」

「きっかけ、か」

 纏まりきっていない言葉に、しかしシガレットは穏やかな態度で頷くに留めた。

 先を促す態度で、じっくりとエクレールが話すのを待つ。

 

 長い付き合いである、彼等は。

 シガレットも、エクレールも。ミルヒオーレも、レオンミシェリも。

 

「姫様はご立派な領主に成長なされたと、兄上も仰っていた」

 シガレットが途中退席した会議が終わった後で、ロランはエクレールにそんな風に言ったのだとか。

 お前はどう思うと言う視線を受けて、シガレットは迷わず頷く。

「そうだね。―――いや、あの娘は初めから立派だった気がするけど」

「相変わらず無駄に態度がデカいな、お前も……まぁ良い。それで、だ」

「うん、俺がこの戦が終わったらビスコッティを抜けるかもって話し?」

「そう、おまえが……って、おい!」

 深刻そうな顔で尋ねようとしていたことを先に本人に言われてしまい、エクレールは思わず声を荒げる。

 逆にシガレットは楽しそうに笑っていた。

「いやいやまさか、心配していてくれたとはねー」

「心配など、誰がっ! ―――た、ただお前の……いや、此処最近の姫様の周囲の空気と言うか」

「ああ~」

 なるほど、とシガレットは頷く。

 自分でも良く解っていない焦燥感にかられて動いてしまったと、そう言う事なのだろう。

「確かに、今回の戦はそういう意味ではちょっとしたきっかけにはなるのかもねぇ」

「此処最近は特に、まるで、予め決められていた段取りの通りに進んでいるような居心地の悪さを、感じるぞ」

 挙句、この大戦の始まりである。

 その裏側の事情の中心に居るらしいのが、どうやら自身の昔馴染み達であるなら、なるほど、エクレールであっても不安の一つくらいは覚えるだろう。

「……まぁ、しかしそれにしても、アレだね。いよいよ鈍感なことで有名なマルティノッジ家のエクレさんでも不安を覚えるような嫌な空気になってきたかぁ」

「誰が鈍感だ、誰が! ―――いや、何? 嫌な空気、だと? やはり何か……起きる、のか?」

「さぁ?」

 流石に不安げな態度を隠せなくなったエクレールに、しかしシガレットは気楽な態度で応じる。

「さぁって、お前」

「いや、ホントに。それぞれが思い描く未来は千差万別ってヤツだし。特に、見たくないものを好んで引き寄せちゃうような人たちが言う未来なんて、信じすぎるのも、ね」

 トン、と引き出しの戸を叩きながら、シガレットは続ける。

 

 ―――そういう意味では。

 

 意味が解らないと尋ねようとしたエクレールよりも一瞬早く、シガレットは言った。

 

「ホント、きっかけにはなるよ。セルクルは自力で柵を飛び越えられて初めて一人前って言うし、この戦を、宣言したとおり勝って幸せな明日を迎えられたなら……うん。あの人の築いた安全な柵の内側から、飛び出せたなら」

 

 お役御免の日も、近いかもしれない。

 

 感慨深げな言葉に、エクレールはそれ以上何も聞けなかった。

 ただ、コイツは近いうちにまた居なくなるのだなと、それだけは正しく理解していた。

 そう理解した後で、結局自分は、それを止めたかったのか、それとも他に何か言いたかったのか、聞きたかったのか。

 それを理解していないことに、今更気付くのだった。

 彼女の疑問に応じる言葉はきっと無い。

 無いけど―――それが解るときは、もう直ぐ訪れるということだけは、唯一確かなことだった。

 

 大戦(おおいくさ)の開始まで、後一週間。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『八日目・アシガレ・ココットの手記より抜粋』

 

 え~、中管理職の悲哀ってヤツを噛み締めてます。

 いやもう本当に、仕事が多くて多くてやってもやっても終わらんわコレ。

 コレはあれか、戦争前に主力メンバーを軒並み過労で戦争不能に追い込もうとか言う脳筋どもの策略か。

 

 いや、脳筋どもがそんな優れた謀略を仕掛けられるわけがねーって解っちゃ居るんだけども。

 

 宣戦布告受諾が四日前で、両国間で戦争実行委員会が立ち上がったのが三日前。

 今回の戦は近年まれに見る超大規模な会戦になる予定なので、そこに必要なヒト・モノ・カネの量といったらもう、空恐ろしい話。

 軍部、政庁、商工会を巻き込んで、連日上へ下へのてんやわんやの大騒動です。

 あれが足りないあれが欲しい、此処をどうにかしろいやいやこっちに譲れ。

 特に今回は、こんなに大規模な戦の割りに興行の利権の八割方をビスコッティが押し付けられ―――もとい、譲ってもらっている状況なので、単純に地力の足りないビスコッティは、前準備の段階で人手不足が深刻な事態です。

 そう言う時に苦労するのが、やっぱり我々中管理職な訳ですよ。

 下に指示を出さないといけないし上の判断を遂行しなきゃいけないし、やっぱり現場に出る必要もあるという、忙しい立場。

 お前それ、ガレットでやってたから慣れてるだろーとか人は言う訳ですけど、生憎私がガレットでやってたのは管理職(・・・)ですから!

 中くらいの位置じゃなくて、上だから、紛う事なき!

 指示するだけで皆動いてくれるから楽ちんなのよ、管理職は。

 いや、書類審査とかそれはそれで面倒だけど、一箇所から動く必要ないからまだ今の状況よりはマシね。

 

 つーかホント、人も時間も足りなすぎるよねぇ、コレ。

 両軍総勢五万弱の動員を見込んでいるような大会戦なら、そもそも準備に半年は欲しいわ。

 それを一週間とか、アホかと。

 オマケにビスコッティは、二ヶ月近く国土を蹂躙され続けていた連戦が漸く終了したばかりだっつーの。

 戦が終わったぜヒャッホゥとか喜び勇んで戦時体制を解消したばっかりなのに、もう次の戦とか、ホントに、ね……。

 戦の連続で滞っていた治水事業とか街道整備計画とか、折角実行に移そうと人を動かし始めていたのにコレでまたおじゃんだよ!

 この損失何処で取り戻せばいいんじゃい!

 滅多に使わない城砦の整備なんかに無駄に金取られて……前から思ってたけど、戦争興行ってあんまり儲からないような……。

 いや、所謂経済振興策っつーか公共事業みたいな物だってのは解ってるんだけど、こうね。

 毎日目減りしていく国庫の状況を見ているとね……。

 ガレットは平気なのかねー。

 いや、あっちは海運で常に儲けてるから余裕あるんだけど。

 そもそもあっちは平時に常に戦興行が組み込まれてるような大国だから、こっちみたいな戦のたびに総力戦で挑まなくっちゃいけない小国と一緒にするのが間違ってるか。

 

 あーもう、ホント嫌になってくるわ。

 やっぱり戦場で出会ったらハンサムのロンゲをぶった切ってやるしかねーなー。

 河童にして朝刊の一面を飾らしてくれるわ……って、おやリコたん。

 どうしたね? 何、ひょっとしてこの死屍累々のデスマーチに参加してくれるでありますか?

 

 あ、違う。

 うん、そうね。

 そっちはそっちで忙しいでしょうしね。

 あのさー、ずっと控えてたけど、やっぱり今度電卓作ってくれない?

 いい加減ソロバン弾くの辛いわー。

 うん、大丈夫。リコたんなら真空管からトランジスタまで一気に行けると思うから。

 今度試しに勇者殿の携帯をバラしてみると良いでありますよ―――って、え?

 ああそう、もう頼んだけど断られた。

 そりゃ私でも普通に断るわ。勝手に中弄ると保障効かなくなるしなー。

 

 で、ところでお手伝いじゃなければ何のよう? サボりとか?

 ははは、私じゃないんだからって、言うようになったねリコたん。

 生憎今の私はサボり禁止のために一番奥の席に押し込まれている状況さ。チクショウ、背後に窓すら無ぇ……。

 

 兎も角。

 ―――ああ、頼んでおいた資料、見つかったんだ。

 いやいやいや、助かるわ。

 にしても、こんな古い資料よく直ぐに出せたね……ああ、勇者殿の、ね。

 そっか。勇者殿の帰還のために過去の資料漁ってるとか言ってたっけね。

 

 あ、エミリオく~ん。

 この資料四つコピーとって置いて。

 で、イケメンと流浪人に一つずつ渡して、残りはガレットの大使……あ、いいや。

 そっちは私が直接渡しに行きます―――って、え? 違うよ、それを理由にサボるとかしないから。

 必要な話があるの!

 少しは上司を信用しようぜ君達~。

 

 ところでどう? 勇者殿は無事お帰り願えそうかね?

 個人的には新学期の一ヶ月くらいはサボっても中学生なら若いの一言で済みそうな気もするけど……親が泣くか。

 と言うか現代なら普通に失踪事件だもんなぁ。

 携帯繋がって良かったよね……と言うか、携帯が繋がるだけで問題が無い中学一年生ってのも、中々って感じもするけど。

 しかも、電話相手が親じゃなくて幼馴染の女の子らしいぜ。

 凄いよね、一人暮らしで毎朝起こしに来てくれる幼馴染とか、漫画の中の人かと思っちゃったよ。

 いや、マジモンの勇者やってるんだから、今更って気もするけど。

 うん? ははは、こっちの話。

 詳しくは勇者殿に聞きなさい。

 いや、あの子、外で遊んでばかりで全然漫画とかゲームとか詳しく無さそうだけど。

 あ、でもその割りには学問の徒であるリコたんとは仲良いよね。二人とも子犬属性があるからか?

 いやでも、ヤツは領主閣下すら調教して見せる天才ブリーダーだしな……。

 最近は何時緑の人をしつけ始めるのか、皆でわくわくしながら見守ってますとも。

 

 ―――ごめん、話が逸れたね。

 何だっけ……ああそう、地球への帰り道。

 ああ、やっぱり難航気味ですか。王宮書庫には資料が無い。

 召喚された勇者に関しての情報は……ああ、そういえばコレにも載ってるんだっけ。

 や、兎も角。

 確かあと一週間かそこら以内に帰れないと拙いとか言う話じゃなかったっけ。

 どうするの……って、へぇ、巨乳がそんなこと。

 あいつ等色んなところ行ったり来たりしてるから……や、でもやっぱり遠くの国になるとやってることも違うんだねぇ。

 外国なんてガレットとそのお隣くらいしか行ったこと無いから、中原の国々の方はさっぱりだわ。

 へぇ~。

 へぇ、そっちだと勇者はやることやったら帰るのがお約束なんだ。

 それはそれで、なんだか便利使いしてるみたいでどうなんだろうねぇ?

 まぁ、必要が無いとそもそも呼ばない生き物だから、そういう扱いのが正しいのかな。

 じゃ、今は請求した資料が届くのを待ちって状況なんだ。

 そりゃ何より。

 やっぱ子供の時分には親元にいた方が良いもんね。

 フロニャルドの子供は子供の頃から自活して働きすぎだよ、全く。

 ははは、お互いにね。

 うん、いやでも、忙しいところ悪かったね。コレ、助かったよ。

 新型砲の実用化のほうも引き続き頑張って―――え? あ、もう出来た。

 はぇ~。流石リコたん。脅威の技術力だね!

 仰角九十度にまで対応可能とか、私そこまでは頼んでないよ! いやマジ、スゲースゲー。

 じゃ、工房の方に伝えておくから、量産の方も急ピッチでね。

 やー、よしよし。コレで一つ勝ちの目が出てきたぞ。

 

 ……って、何?

 どしたのリコたん。そんなに不安げな顔して。

 

 ああ、この資料ね。

 ―――いやいや気にしないで……って訳にも行かないよねぇ。

 うぅ~~~~ん。時間が無いからって一番向いてる人に探すの頼んだのが失敗だったかぁ。

 はは、まぁねぇ。あんな大砲の準備任せちゃってる段階で、リコたんも薄々って感じですか。

 なのにしょんぼりさんに伝えないで置いてくれてる辺り、リコたんも大人になってきちゃったねぇ。

 いやいや、親しい人にすら秘密を抱えるような―――違うか、抱えたまま普通に接することが出来るような人間は、大人だよ大人。

 

 あ~、うん。ゴメン。

 

 秘密作らせちゃってる私が言うことじゃないね。

 いやね、でもあんまりこっちのことでわずらわせたくないのよ、しょんぼりさんを。

 解るでしょ? ほら、今のあの娘は姐さんとの対決に集中して欲しいから。

 うん、そう。

 瑣末ごとは全部下で片付ける勢いで。

 平気平気。

 脳筋どもはこういうイベント大好きだし、天才幼女の協力も得られるなら、なんとかなるって!

 

 勝って笑顔で明日を迎えましょう、だよ。

 こんなつまらない事はとっとと終わらせて、戦勝イベントで楽しもうよ。

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

 ああ、もしもし、シガレットですけど。

 ええ。はい。 

 いやいや、こっちも特に……うん、ミル姫はもう―――ははは、平気だって。

 大体もう直ぐ、イズミ君たちも戻って……ああ、そうだ。イズミ君たちといえばさ。

 ん? ああ、そう。なんであのアホに。

 

 ―――そりゃ、不安だよ。不安しかないってば。

 

 いやむしろ、貴女に不安が全く見えないことも不安なんだけど。

 大体、実績作りのつもりなら椅子に縛り付けて判子だけ押させとけば良いじゃない。

 アイツにはそれが―――いや、嫌味じゃなくて、マジで。

 ガウルはそういうタイプの王様だから。エラソーにふんぞり返ってれば……はぁ。

 ……本人たっての希望、ねぇ。

 まぁ、友達の歓迎会だし、ついでに俺らも忙しいのは事実だし……いやでも……。

 

 ―――あのさぁ。

 

 なんか、またオレに、隠しごととかしてないですか? レオンミシェリ。

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

 



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策謀編・3

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『十一日目・傍付きメイド隊日報(修正前版)より再現』

 

 既に戦は始まっている。

 

 まどろんでいる場合ではない。

 現実へと帰り、必要な役割を演じきらなければならない。

 自らが定めた、自らの成すべき役割を―――。

 

 ―――だが。

 

 レオンミシェリはそこ(・・)動くことが出来なかった。

 その光景から視線をそらすことが叶わなかった。

 

 これは夢だ。夢以外であって良い筈が無い。

 そう、知っているのに―――それなのに、動けない。目を逸らせない。

 悪い夢だ。夢に違いないのに、それはレオンミシェリに現実を突きつけているかのようだった。

 

 岩山の如き影。

 千里を凍らせるような恐ろしい遠吠え。

 うねる五本の尾は、一振りで森が木っ端の如く砕け散りそうな、巨体を示していた。

 四足の一足すら踏み出せば、それだけで大地は抉れ、街は蹂躙されるに違いないだろう。

 

 そんな岩山の如き影が、レオンミシェリの眼前にあった。

 

 恐ろしい姿だ。

 赤く眼を光らせる、おぞましい化け物の影だ。

 だが、レオンミシェリにとって何より恐ろしかったのは―――。

 

 赤い。

 美しい赤い色。

 赤い色が、ふわりと、風に舞う花びらのように虚空に広がっていく。

 そして、花びらを散らした憐花は、手折れ、落ちる。

 力をなくして、地に崩れ落ちる。

 

 レオンミシェリの眼前で美しい花が手折られる。化け物に蹂躙される。食い散らかされる。

 レオンミシェリの目の前で、ミルヒオーレが崩れ落ちる。

 レオンミシェリが立ち尽くすその目鼻先で、手を伸ばせば直ぐにでも届きそうなその場所で、ミルヒオーレが血を流し地に倒れ付す。

 

 その光景を。

 その光景を受け入れろと。

 

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。

 

 悪夢は、際限なく繰り返され続ける。

 ―――この光景を、受け入れろと。

 それだけが、現実へと回帰する唯一の方法だと―――認められるはずが、無い。

 レオンミシェリには絶対に認められない、許容できない。

 抗って然るべき―――事実、そのために幾度も行動を行ってきた。

 

 でも、その結果は知っているだろう?

 いやいやむしろ、お前の行動の結果がこのざま(・・・・)だ。

 

 さぁ、だから。

 この現実(ユメ)を受け入れて、現実へと帰ろう―――。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『十一日目・甲種害獣駆除計画最終報告書より抜粋』

 

「ふざけるなっ!」

「うわっ?」

「―――は? っ!!」

 

 ゴン、と言う鈍い音。

 突然明るくなった視界が、別の意味で真っ暗になる。

 真っ暗の中にチラチラと危険な感じの星が瞬いており、どうやらいい感じに額を何かにぶつけたらしいとレオンミシェリは理解した。

 「何が……」

 起きているのか。

 夢と現の狭間を漂っていたせいで記憶が大分混濁している。

 今の状況が理解できない。

 それでも、とにかく目を覚まさなければ(・・・・・・・・・)ならないと言うことだけは忘れていなかったらしく、レオンミシェリはズキズキと痛む額を押さえながら、ようやっとの動作で瞼を開くことに成功した。

 

 石造りの広い室内、高い天井。僅かに開いた窓。長机。並ぶ椅子の数。広げられた地図。立てかけてあるグランヴェール。

 ―――作戦会議室だ。

 此処は、ビスコッティとの国境に程近い要塞、グラナ浮遊砦の作戦会議室に相違なかった。

 しかし何故こんな場所に一人で―――ああ、そうか。

 レオンミシェリ自身が人払いをしたのだと、今更ながらに思い出した。

 

 ―――戦は既に始まっている。

 始まってしまえば、両軍団は動き出しており、ならば、予め定めた作戦外の事態が発生するまでは、総指揮官たるレオンミシェリが一々全てに口を出す必要も無く―――だから少し、一人になりたかったのだ。

 ある程度状況が動くまでは一人にしておいてくれと、確かにそう告げておいた筈だから―――。

 

 自分以外の、誰かの気配。

 傍に居てもまどろんで居られる程度には、馴染んだ気配。

 ―――はて、誰だろうか?

 

「や」

 

 シュタっと片手を上げる、青い髪の少年。

 見知った顔だった。

「~~~~~~~っ!!」

 故に、レオンミシェリの驚愕の度合いは大きすぎた。

 言葉にならない悲鳴を上げながら、椅子を転がし立ち上がる。

 指を突きつけ、目を見開く―――苦笑してる姿が、実に癪に触った。

 

「何故キサマが此処におるのじゃ、シガレット!!」

 

 言いながら、でも『居るんだから仕方ないか』と思えてしまうのが悔しかった。

 アシガレ・ココットという人間はつまるところそういう存在であり、であるならば

「いや、入るよって言ったら顔パスで入れてくれたけど」

 と、四半分開いたドアの向こうから覗き込んでいる傍仕えのメイド達を指で示しながら応じるのだった。

 そう言う事を聞きたいのではないと解っているだろうに、あからさまにとぼけた態度。

 間違いなく、どう考えてもアシガレ・ココット当人で間違いなかった。

「キサマと言うヤツは……っ」

「ちょっと起き抜けに血圧高すぎじゃないですかレオ様。やっぱり疲れてるんじゃ……」

「誰のせいじゃ、誰のぉ!」

「―――ぉわっと」

 思わずテーブルに立てかけてあったグランヴェールを振り上げてしまうが、シガレットはするりと避けやがってくれた。お陰で石壁に風圧で皹が入る。相変わらず無駄に優れた回避能力だった。

 

 些か暴力的に過ぎるが、しかしこの程度ならばレオンミシェリとシガレットにとっては『何時もどおりのじゃれあい』の範疇で済ませられるはずの出来事なのだが―――しかし。

 

「何故、此処に居る。今がどう言う時か解っておろう!」

 

 レオンミシェリの顔は、声は、瞳の色は。

 それは、真実本気の怒りに染まっていた。

 燃える、否、煮え滾るような瞳の中の炎に曝されながら、しかしシガレットの態度は『あくまで平常』。

 

「どういう時って、そりゃ、戦の最中でしょ。お宅の国とウチの国の、万対万の大軍団同士の大戦の最中ですよ。

―――あ、レオ様が寝てる間にもう先方集団の激突は始まってますよ」

「そうではない! そうではないだろう、シガレット。お前がこんな所に居ては……」

 それで互いに通じる筈であった。

 レオンミシェリとシガレットの間には、それで気持ちは通じ合っている筈だった。

 

 アシガレ・ココットには居るべき場所がある。

 居てくれなければいけない場所がある。

 その場所に居てくれる。

 語らずとも、察してくれて―――だからこそそこに居てくれる。

 

 ―――つまりそれが、その全幅の信頼こそが、レオンミシェリにとっての最後の一線(・・・・・)

 その安心こそを蜘蛛の糸として、彼女は抗うための戦いに挑めている。

 

 だが。

 

「でも今は、だからこそ(・・・・・)って、ね」

「……何?」

 あっさりと、レオンミシェリの想いをないがしろにするかのように、あっさりとした口調だった。

「ああ、一応言っておくけど、この場に参じる手土産に、エクセリードとパラディオンを盗って来たとか言うことも無いから」

 呆然と問い返す声に、不安に揺れる瞳すら意に介さないような朗らかさを秘めていた。

 つまりは、エクセリードは今も変わらずビスコッティ共和国領主たるミルヒオーレの手の中にある筈で。

 パラディオンはイマイチ頼りない感のある勇者の手の中にある筈で。

 

 だからつまり。

 岩山の如き、黒い影が。

 

「シガレットっ!」

「怒鳴らなくても聞こえてますよ。こんな至近距離で」

 鼻面の間近まで踏み込んで怒鳴るレオンミシェリを、シガレットはどうどうといなす様に肩を抑える。

 それでも収まらぬという気配を読み取ってか、それで漸く、シガレットは飄々とした態度を崩して苦笑を浮かべた。

だからこそ(・・・・・)、です。理由も無しにこんな所に来たりはしません。兎も角一度落ち着いて……」

「落ち着いてなど居られるか! お前は、いや、お前が……? お前……」

 額を寄せ合う距離に顔を寄せていたお陰か、レオンミシェリは気づく事があった。

 シガレットの青い髪。

 輝力の色と同じ、鮮やかな青が―――しかし今は。

 

「何故、髪が凍っておるのじゃ?」

 霜の生えた髪。それから良く見れば、頬も少し朱色となっている。

 いかにグラナ浮遊砦が山岳地帯に作られた十数階層に連なる塔状の要塞だったとしても、そこまで冷える筈も無く。

 レオンミシェリの当然の疑問に、シガレットは煤けたような瞳で笑う。

 

「知ってますか? 雲の上って氷点下の気温なんですよ」

 

 当然だが、戦は既に始まっている。

 ビスコッティ軍に属するシガレットが、ガレット軍の本陣たるこのグラナ浮遊砦に騒ぎを起こさず(・・・・・・・)に来るためには、戦場を駆け抜けてと言う方法では不可能に決まっており。

「阿呆か、己は」

「ひどいなぁ」

 天空高くより飛参した少年に、姫君の視線は冷たすぎた。

 馬鹿らしくなってきたと身体を離して椅子に腰掛けるレオンミシェリ。

 ある意味あまりにもシガレットらしい(・・・)行動が、返って彼女の思考の熱を冷ましたらしい。

「この、阿呆が……。理由は確りと聞かせてもらうぞ」

 若干落ち着いた口調で、告げた。

 シガレットは勿論と頷いて示して―――

 

「あ、でもその前にホットワインとか入れてもらえる? いやさ、身体冷えちゃって……。あ、ルージュさん? できればこの前飲ませてもらったリオネの899年モノを……うん、レオ様の分も宜しく~」

 

 むき出しの二の腕を摩りながら、実に間抜けな態度を示すのだった。

 レオンミシェリが額を押さえて呻いたのは言うまでも無い。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『十一日目・勇者シンクの覚え書きより抜粋』

 

 

 戦争は既に始まっている。

 兵の移動、開始の音頭すらとうに過ぎ去っていたから、ミルヒオーレの成すべきことはシンプルだった。

 彼女は軍団を指揮する才能は無い。

 無論、率いる(・・・)能力に関しては疑うべくも無いが、しかし軍勢同士の激突を自軍に有利なように采配するなどという方面に関しては、残念ながら能力が足りなかった。

 ならば、ミルヒオーレが成すべきことはシンプルだった。

 

 成すべき事(・・・・・)を成す(・・・)

 

 元よりこの戦は、国と国との競合によって発生する両国が授かるメリットを勘案して発生した物ではなく、ただただ、極個人的な事情から極めて個人に対してのみの必要性に基づき発生したものだった。

 言ってしまえば、個人が個人に対するために、国を利用したということである。

 

 その理由が解らない。

 いや、理由は解っている。

 そしてだからこそ、理由が解らない。

 ならば、ミルヒオーレの成すべきことはシンプルだった。

 

 確かめること。

 そして理解することだ。

 何も変わっていないはずの彼の女性が、何を以ってこのような行動を起こしたのかを。

 

「誰も、居ないね」

「このまま突っ切れれば良いのだが……」

 

 地を駆けるセルクルの蹄の音に混じって、前方から会話が聞こえた。

 ビスコッティ、ガレット両国の国境線たるチャパル湖沼地帯をガレット方面に抜けた細い渓谷の中を、騎兵の集団が疾走する。

 ミルヒオーレはその集団の中に居た。

 前方の会話は先頭を併走するシンクとエクレールの物だろう。

 二人の声には、遂に始まった大戦に対する高揚感に、戦場特有の空気に触れたが故の緊張感が混じっているようだった。

 この部隊は、表向きは(・・・・)敵本陣への最速での侵攻の任を負った精兵部隊である。

 無論、真の目的は別にある。

 本来本陣たるスリーズ砦で構えていなければならないミルヒオーレが、集団に混じっていることからして、明らかな話だろうが。

 彼等は、主君たるミルヒオーレを敵本陣へと―――否、敵本陣たるグラナ浮遊砦で待ち構えている筈の敵将レオンミシェリの眼前まで運ぶ役目を背負っていた。

 戦争の勝敗とはある意味何の関係の無い、ミルヒオーレの個人的な目的のために。

 騎兵の集団は渓谷を駆け抜ける。

 

 ―――その最中。

 

 自軍本陣の方向より、花火が打ち上がる。

 

「リコからの合図」

「本当に本陣への急襲があるとは……」

 立ち止まり、振り返ってシンクたちが言う。

「シガレットの思惑が図に乗ったということか」

「無粋な手段を使ってでも勝ちに来る筈、ってヤツ?」

 伏兵として本陣に残ると言い出した副騎士団長の言葉をなぞるように状況は動いていた。

「レオ様、そんなにまでして……」

 右手に嵌めた指輪―――ビスコッティ領主の証たる、聖剣エクセリードを胸に抱えて、ミルヒオーレは呟く。

 

 レオンミシェリは、今もかつてと変わらない。

 ミルヒオーレを実の姉妹の如く愛しく想い、そして守ろうとしている。

 レオンミシェリの行動の理由は全てそこに帰結しており、今回の戦も、なればこそだと然る者は言った。

 しかし、ミルヒオーレを守る事と、そのために宝剣が必要な理由が―――そのために戦争を仕立て上げてまで強引に宝剣を奪おうとする理由が、ミルヒオーレには見えなかった。

 

 だから、確かめるために。

 

「行きましょう、レオ様の元へ!」

 

 ミルヒオーレは進むと決めた。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『十一日目・レオンミシェリ・ガレット・デ・ロワ著〈戒め〉より抜粋』

 

 

「じゃ、乾杯」

「……フン」

 

 グラナ浮遊砦屋上。

 名物と称される天空闘技場の脇に作られた東屋で、シガレットはレオンミシェリとカップを打ち合わせていた。

 内で揺らめく湯気の立つ液体は、赤色。

 青い空の下、緩い風に乗って酒精が香る。

 レオンミシェリが不機嫌そうな顔でそれを口に含んだことを確認した後で、シガレットも自身のカップを口元に寄せて傾けた。

「それで?」

「それで、って?」 

 とぼけて見せれば、更に不機嫌に眉根を寄せる。

 レオンミシェリは現状を許容している筈が無かったから、当然の結果だった。

 眉を寄せる。つまりは、眉間に皺が、皮膚は連結しているから、一箇所が寄れば、必然、他の部位も。

 

 そこには、隠しようも無い疲弊した少女の素顔が見えた。

 

 苦々しい思いが、シガレットの中で沸きあがる。

 過保護が過ぎれば良くないとは理解していた。

 しかし。しかし、だ。

 やはり直視してしまえば、どうしても考えてしまう。

 自身の行動に決定的な誤りがあったのではないか、と。

 否、行動を成さなかったことこそ、過ちだったのではないかと。

 

 シガレットはレオンミシェリの気持ちを優先したかった。

 ミルヒオーレの懊悩よりも、自分自身の気分よりも。

 だから最後の一線まで、待つことを選んだのだ。

 

 しかし。

 

『私は進むと決めました。例えどのようなことが待ち受けていたとしても。自分の足で進んで、自分の目で見て、自分の心で判断すると、決めました』

 

 ミルヒオーレの決意の表明。

 気まぐれに木陰で休憩を取っていた彼の傍に一人で寄ってきて、ミルヒオーレは決意を述べたのだった。

 幼い頃、よくそこで茶菓子を啄ばんでいた頃と同じ唇から、力のある声で、ミルヒオーレはシガレットに告げたのだ。

 

『レオ様のご意思は存じています。とてもとても、嬉しく思います。ですが私は、私がレオ様の想いにお答えすることで、レオ様ご自身が傷ついていらっしゃることに―――私は、私は我慢できないのです』

 

 我侭な、と賢しい大人は言うだろうか。

 しかしシガレットには、賢しくも先ばかりを考えて今を見過ごしているシガレットには、あまりにもミルヒオーレの姿は眩しすぎた。

 

『貴方はどうですか、シガレット―――いえ、ガレットの勇者さま』

 

 その言葉に、返す言葉が見つけられなかった。

 シガレットはレオンミシェリの想いを優先するために、自身の気分を損ねている。

 それは誰が見ても明らかな事実であり、気付いていないのは彼ばかりだった。

 彼は賢しい男だったから、問われて一瞬で返すべき言葉も見つかったけど―――結果を見れば、どうだろう。

 

 形振りも構わず周りを巻き込み立ち回り、気付けば此処に、立っている。

 レオンミシェリの前に。

 レオンミシェリの意に沿わぬ形で。

 

「疲れてるね、レオ様」

「……なに?」

 眉を跳ね上げるレオンミシェリに、シガレットはカップから立ち上る湯気で表情を隠しながら、淡々と続ける。

 何故だか楽しくて仕方が無い今の気分を、誤魔化すために。

「こんな真似を仕出かしてしまえば、どう言うことになるか―――普段の貴女なら、解っていた筈だ」

「こんな……」

 なにを指しての言葉かすら、理解できていないようなその態度。

 先ばかりを見てしまって、今を置き去りにしてしまっている―――誰かの姿と、重なって見えた。

 

「貴女ばかりが勝手気ままに動き回って、流石のミル姫だって行儀良く黙ってなんて居られないでしょう」

 滑稽だ。

「あの娘は元々、仲間はずれが嫌いな寂しがりやの拗ねっ子で、おまけに負けず嫌いな部分もたっぷりある娘なんですから―――此処まで好き勝手に貴女ばかりがやってしまえば、あの娘は動かざるを得ない」

 道化のようだとすら思えた。

 目を見開き言葉の意味を噛み締めるレオンミシェリの姿が、哀れでならない。

 だから、こそ。

 後が恐いなと思いながら、カップを取り落として身を振るわせるレオンミシェリに、シガレットは轟然と告げた。

「貴女との約束はちゃんと守ります。あの娘の傍で、あの娘を見守る。あの娘が立派な領主になる、その時まで。―――あの娘の傍で……もう直ぐあの娘は此処へ来る。自分の意思で、決断したんです。此処へ来る事を。貴女に会いに来る事を。自分の手で決着をつけることを。それはきっと、立派な領主へと続く第一歩とも言えるでしょう? なら俺は、傍でそれを見守らないといけない。―――貴女との、約束の通りに」

 

 だから此処に居る。

 

 無論嘘だ。ごまかしに過ぎない。

 しかしその事実を、レオンミシェリが気づける筈も無く。

「そんっ……それでは、そんな。ミルヒが……それでは、まるで!」

 ミルヒオーレの存在こそがレオンミシェリを突き動かしたように。

 今まさに、レオンミシェリの存在がミルヒオーレを行動させていた。

 その事実を、レオンミシェリは今更ながらに理解した。

 その意味が含む恐ろしさを。

「それではまるで、ワシが、ワシこそがミルヒを―――っ、っ!?」

 

 震える声で、シガレットに縋りつきながら言葉を並べる途上で、レオンミシェリは自身の体を襲った異変に気付いた。

 身体が重く、視界が暗い。

 急激に、身体の自由が失われていく。

 泥の海に沈んでいくような、抗いがたい夢魔の誘いのようで―――。

 

「シガ、れ……」

「―――ごめんね。ミル姫か貴女かって言ったら、当然貴女を優先します、俺は。でも、貴女か、貴女が大切な(・・・・・・)俺自身《・・・》かと言ってしまえば」

 

 もっと早く気付くべきだった。

 

 その言葉を最後まで聞けぬまま、レオンミシェリの意識は闇へと沈む。

 床に崩れ落ちそうになる彼女を、シガレットはそっと抱きとめた。

 優しく、優しく、労わりを篭めて。

 

「流石ルージュさん、良い仕事だよ」

「恐悦に存じます」

 

 そして、背後にそっと寄ってきた女性に、そんな言葉をかけた。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『十一日目・甲種害獣駆除計画最終報告書より抜粋』

 

「気象情報は?」

 

 レオンミシェリを抱きかかえた体勢のまま、シガレットは背後に居るルージュに尋ねる。

「明らかに自然的な現象とは異なる形で、この近辺に暗雲が集まり始めています。戦闘区域が曇天に変わるのも、間もなくかと」

 ルージュの返答は、予め用意されていたかのごとき滑らかさを、

「じゃあ、加護力の変動は?」

 そしてシガレットの態度も、全く落ち着いた物だ。

「各観測基地からのデータは、何れも減少傾向にあると示しています。やはりこちらも、危険域への突入まで、それほど時間は残されていません」

「元々国境付近のフロニャ力は減り気味だったからね、此処半年近く……」

 当然だ、とシガレットは一つ頷いて次の質問へと移る。

「じゃ、戦況の方は?」

「はい。チャパル湖沼地帯平原部に於いて発生したバナード将軍とロラン将軍との一騎打ちに引きずられる形で、両軍の大規模激突が開始されました」

「まぁ、ボスキャラ同士が正々堂々ぶつかり始めちゃったら、迂闊に抜け駆けで城攻めとかも始められないだろうしね」

「ビスコッティ側山岳アスレチック、及びガレット側渓谷アスレチックの両エリア内に兵員が侵入した形跡は、現在確認されていません」

「予定通りか―――それは結構。あ、でも、警戒態勢は解かないようにね」

 当然だけど、と付け加えるシガレットに、ルージュも無論だと頷いた。

 

 グラナ浮遊砦屋上の、プールのジャンプ台のように張り出した場所に備えられた東屋から眺める地平線の向こうからは、黒い雲が死人出来るようになってきている。

 視線を下に落とせば、渓谷の向こうに広がる平原で豆粒のような小さな影が大量にうごめいているのが見えた。

 戦争が行われているのだ。

 万単位の人間が、楽しそうに競い合っているに違いない。

 

 何も知らず。

 ―――知る必要も無いだろうと、腕の中の少女はそう思っているに違いない。

 だが。

 

「アッシュ様?」

 黙ってしまったシガレットに、ルージュが声をかけた。

「いや」

 シガレットは気分を切り替えるように首を振る。

 踏み出してしまった以上悩みは禁物だと自分に言い聞かせて、改めて口を開く。

「お客さんたちは?」

「現在、小渓谷狭道を騎兵部隊と共に侵攻中です。間もなく、特設砲兵部隊を視認出来る位置に差し掛かるかと」

「虎の子の砲兵がこと(・・)の前潰れるのもアホらしい。マスケット持たせたヤツだけ適当に散らして―――」

「既に、ゴドウィン将軍がそのように指示を」

「あ、先生もう戻ってきてるんだ。―――ガウルとかも?」

「下階にて、アッシュ様をお待ちです」

 主の疑問に、ルージュは完璧な返答を示す。

 その献身が重たいなと、シガレットは些かばかりのプレッシャーを感じていた。

 しかし今更、弱音なんて見せられるはずも無く、勤めて何時もの態度を心がけて、ぞんざいな言葉を配下に返す。

「番茶でも出して、待たせといて。―――ああ、チビ猫だけは上がってくるように伝えておいて。あとエロウサギは砲兵と弓兵の面倒みさせとくように。あ、砲兵といえば……」

「そちらはビオレお姉さまがお迎えに」

「ビオレさんが? ―――しまった、エミリオ君にサイン貰っておくように伝えとくんだった……」

 三日前(・・・)から代役―――と言うか、早い話『身代わり』としてビスコッティ本陣であるスリーズ砦に置いて来た後輩の預かった幸運を羨ましく思って、シガレットは天を仰いだ。

 多分、この態度だけは本気だろうなーと思いつつも、ルージュはあえて何も言わない。

 目上を立てる、良く出来た従者の姿だった。

 若干視線は厳しいが。

「因みに騎士エミリオからの言伝ですが、『二度と御免です』とのことです」

「ははははは……彼本当に容赦ないよなぁ。―――ええい兎も角、もう準備は大体終わってるってことになる、かな」

「―――はい。ビオレお姉さまたちがご帰還なされば、後は」

 

 後は―――言うまでも無い。

 

「じゃ、雲が太陽に被り始めたら、避難警報出して。バナードさんとロランさんには、お願いしておいた通りスリーズ砦までの全員の避難誘導に全力を尽くすようにお願いしますってもう一度伝えて於いてください」

「かしこまりました。ところで」

「何かな?」

「レオ様はどうなさるのかと……あと、お客様がいらっしゃる前に、アッシュ様のお召し物の方を」

 

 お着替えなさいませんと。

 ルージュとしては戦闘衣、つまりビスコッティの騎士服の上に脚甲を装備しただけのシガレットの姿が、従者根性的な意味でお気に召さないらしい。

 今にもこの屋上にドレッサーを用意しそうな勢いだった。

 

「ええっと、レオ様ね」

 シガレットは聞かなかったことにして腕の中で眠るレオンミシェリに視線を落とす。

 何時かの晩のように、再び睡眠薬の仕込まれたワインによって深い眠りに落ちてしまったレオンミシェリは、そのワインの入っていたカップを落としてしまった影響で、胸元を赤く濡らしていた。

「……む」

 ついでに視界に入った足元は、割れた陶器のカップを中心に赤い液体が広がって居る。

 そして、片手で取っ手を握ったままの、口をつけていない自分の分のワインに視線が移った。

 徐にカップを傾けて、中に注がれていたワインを床に零す。

「アッシュ様?」

 主の突然の行動を不思議に思った従者が目を丸くする。

「ああ、いやね」

 シガレットは微苦笑交じりに赤い液体が大きく広がった床を見下ろして―――、一つ、納得したように頷いた。

 

 そして。

 

「あの、何を……?」

「ちょっとした験担ぎと、後は―――演出みたいな物だよ」

 シガレットは、あろう事かワインのぶちまけられた屋上の床に、直接レオンミシェリを寝そべらせた。

 うつ伏せの体勢で、赤い床に倒れ伏せるレオンミシェリ。

 その光景を、シガレットは満足そうにしばし見つめた後で、大きく息を吐いた。

「こう言う事だったのかもなぁ……」

「今更、という他無いかと」

 弱音のような主の言葉を、ルージュはピシャリと嗜めた。

 シガレットも自嘲気味に笑う。

「そりゃそうだ」

「はい、ですのでそろそろ身支度の程を―――」

「また着るのか、アレ……」

「勿論です。アッシュ様にはお立場に相応しいお姿をしてもらいませんと。傍仕え一同の沽券に関わります」

「何時からあんた等、俺の傍仕えになったんだか……」

「それは勿論、”明日から”」 

 いっそ楽しげな調子のルージュに、シガレットは脱力を覚えた。

 どういう言葉を返そうにも、その先には地雷しか見当たらないのだ。

「今更、か」

「はい」

「笑顔で頷いてくれるのがビオレさんだったらmだ諦めがつくのに……。まぁ、良いや。衣装、衣装ね……おい、衣装だってさ」

 心のそこからどうでも良いやと言う気分で、シガレットは何処かの誰かへ向かって語りかける。

 屋上の人影は、今のところ彼とルージュ以外いない筈だったが―――反応は、別の場所から。

 

 胸元で一瞬、服の内側から青い光が瞬く。

 次の瞬間それは、右手の薬指の位置に転移して、青い宝玉を讃える指輪を形作る。

 そして、指輪を中心に輝力光がシガレットの身体を覆いつくして、それが収まった時には、もう。

 

「凄い物だよね、宝剣ってのは」

 肩から垂れ落ちる青いマントを鬱陶しそうに払いながら、シガレットは息を吐く。

「そのお姿……エクスマキナが?」

「うん。ガレットの勇者の青い衣。―――領主の格好に輪をかけて、これも派手だよなぁ。泉君も、良く来て早々こんなファンタジーな格好に馴染めたもんだよ」

 使っている色は青系が主の寒色系で纏められている筈なのに、細々とした装飾といい、装甲部分の複雑な形状といい、一々手が込んでいて華やかな風合いだった。

「良くお似合いです」

「サイズぴったりだからね。重装甲の割りに、軽いし。ホント、流石宝剣ってトコだよ」

 目を輝かせたルージュの言葉に照れ交じりに返す。

「ついでに、お前もちょっと助けてくれない?」

 東屋の柱に立てかけてあったグランヴェールが目に入ったので、シガレットはそれにも声をかける。

 グランヴェールの中心にはめ込まれた翠緑の宝玉が、応、と頷いたかのごとく煌いた。

「ありがとさん」

 かなりの重量を誇る筈のグランヴェールを、しかしシガレットは全く重さを感じさせない動作で肩に担ぎ上げた。

 それから改めて、仕切りなおすように暗雲の漂い始めた空を見上げる。

 

「戦況は予定通り。空は御覧の天気模様。守護のフロニャ力は順調に減少中。レオ様は御覧の通りでガウルと三馬鹿は既に居るし、ビオレさんたちだって妨害が無いんだから時間が掛からずにこっちに来れるだろう」

「はい。ダルキアン卿たちも、既に迂回路を通って砦近くまで来ているとの連絡が入っています」

 相槌を打つルージュの方を見ずに、シガレットは一つ頷く。

「あんな森の中を良くもまぁ。流石に慣れてるだけあって早いねあの人たち。……あ、お客さんたちとかち合わないように勝手口から入るように伝えておいてね。―――さてと、これで人も武器も、揃えられるだけ揃えた。万端、とは流石に言えないけど……」

 

 現状で、可能な手は全て打った筈だ。

 引き伸ばしは、もう出来ない。だから、もう。

 誰に答えを求めるでもなく、誰の肯定を望みもせず、シガレットは自身にこそ納得を押し付けた。

 そして、漸くの態度でルージュに向き直り、告げる。

 

「それじゃあ、お客様のお出迎えと行こう」

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

 ―――それにしても、アレだよねぇ。

 

 ……いやホラ、あの頃も……いや、ほんの少し前までなんだけども、ホラ。

 ホントに意地を張らずに、こまめに連絡を取り合っていればなって。

 そーすればもうちょっとね……ああ、ゴメン。

 どーせオレは、昔っから何かにつけて引きずりやすい性質だよ。

 悪いね、面倒くさい男で。

 

 ―――…………。

 

 いやいやいやいやいや。

 流石にそれは褒め殺しの領分に……あと、そういう発言をするときはドアのあたりに注意した方がいいと思う。

 多分、出歯亀が聞き耳を立てて―――ヲイそこのアホ虎! ウサギ!

 今すぐそこから離れないと、耳をちょん切るぞ!

 ……ぇえっと、まぁ、こういうドメステッィクでバイオレンスなことに……って、なんか凄い音がしてるけど、そっち、平気?

 

 ―――ん? その鳴き声はチェイニーかな?

 

 ああ、いや、受話器そのままで良いよ、多分そのうち戻ってくるから。

 うん、どうせ通話料はオレ持ちだから。

 あっはっはっはっは、慰めの言葉ありがとう。……きっと、ガレットでキミだけだよね、オレに優しいのって。

 今度、特上の猫缶でも奢る。

 

 え? 自分で地球に買いにいくから、要らない?

 

 ―――キミ、そんな事出来たんだ。

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

 



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策謀編・4

 

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『十一日目・ミルヒオーレ・F・ビスコッティの日記より抜粋』

 

 

「これ、は……」

 

 目を疑う光景だった。

 血の海に倒れ付すレオンミシェリ。

 その傍で、青いマントをたなびかせる、シガレット。

 

 『主がお待ちです』。

 

 最上階へと続くエレベーターのドアのまで佇むルージュの言葉に頷いて、ミルヒオーレは鎧を纏い、この屋上へと辿りついた。

 成すべき事を成すために。

 自らの手で、成すべき事を成すために。

 自らの行動で―――だから、心配するシンクやエクレール達を、下の大広間に残して、一人でこの屋上まで来たのだ。

 

 レオンミシェリと対面するために。

 彼女の真意を問うために、ビスコッティの二つの宝剣を携えて。

 ミルヒオーレは、この場所へと辿りついた。レオンミシェリの元へと。

 

「やぁ、随分早かったね」

 

 だが、この光景は、なんだ。

 振り返り、立ち尽くすミルヒオーレに語りかけてくるシガレットは、その手にガレットの領主の証たるグランヴェールを握っていた。

 巨大な戦斧を、軽々と肩に担ぎ上げる。

 握り締めた指に嵌められているのは、エクスマキナに相違無く。

 

「どういう、ことなのですかこれは……? シガレット? レオ様は、何故……っ?」

 

 凶器を手に、笑うシガレット。

 その足元で、朱に染まる床に崩れ落ちたままのレオンミシェリ。

 曇天に移ろい行く空の不穏さすら生温い、空恐ろしい情景。

 耳に届く言葉は、更に常軌を逸していた。

 

「どうもこうも、見ての通り(・・・・・)だ。今やグランヴェールとエクスマキナは私の手の中に存在しており―――そして、丁度直ぐそこにエクセリードとパラディオンも……ハハ、わざわざ一人で持ってきてくれるとはね」

 

 手間が省けた。

 平衡感覚を失わせるような響きを伴う声と共に、シガレットが一歩踏み出してくる。

 ミルヒオーレに向かって。

 笑顔で。

 しかしその笑顔が向いた先は、視線の先には。

 

 指に嵌められた二つの指輪。

 ビスコッティの秘宝。

 

 ―――拙い。

 

 理解は拒み、混乱したまま。

 それでも拙いと言う意味だけは何故かはっきりと理解できて―――故にミルヒオーレはシガレットから距離をとろうとして―――、

 

「―――っ!?」

 

 刹那、背後に人の気配を覚えた。

 振り返る。

 振り返ろうとしてしかし、その暇すら与えられず。

 

「っ、ぁ」

 

 瞬時、身体が宙を舞い、腹から床に叩き落された。

 足を払われ、手首を締められたのだと気付いたのは、鈍痛から来る理解だった。

 背に重石をかけられ、両腕を極められてしまえば碌にもがくことすら出来ず、ミルヒオーレに出来たことは首を無理な姿勢のまま背後に傾けることが、精々。

 

「あな、たは……ノワー、ル?」

 

 小柄な、表情に色を乗せない。黒い少女だった。

 完全な不意打ち。背後からの急襲。

 そう、一人で待っているとは誰も言って居なかったのだから、供回りを置いて来たミルヒオーレこそが愚か。

 使い慣れぬ両刃の騎士剣など、当の昔に蹴り飛ばされて二度とつかめる筈も無い。

 最早シガレットすら、直ぐ傍まで歩み寄ってきていた。

 

 絶対の絶命であり、状況は依然として理解不能。

 だが、身に降りかかっている危機だけは確かに理解できてしまっており―――かくなる上は。

 極められ、筋に鈍痛の走る腕の先、指に嵌った頼もしい感触に、力を、祈りを込める。

「エクセ、リー……」

「解っている筈だ、エクセリード。パラディオンも」

 だがミルヒオーレが声を届かせるよりも一瞬早く、遂に眼前に歩み寄ってきたシガレットの言葉が下る。

 赤く煌めこうとしていたエクセリードが、その輝きを失う。

「私たちの考えは伝わっている筈だ。お前たちにも」

 ガン、と肩に担いだグランヴェールを床に打ちつけながら、シガレットは言葉を続ける。

 

「解っている筈だ」

 

「シガ、レット……?」

 彼は何を言っているのか。

 彼は何処へ語りかけているのか。

 唯一つ確かなことは、エクセリードの優しい()が、今はもう聞こえなくなってしまったということだけ。

 領主の証たる宝剣が、ミルヒオーレに応じるのを止めたという事実だけ。

 

 しかし、驚愕する暇すら与えられず。

 

「ごめんね」

 

 肩膝をついたシガレットが首筋めがけて振り下ろす手刀によって、ミルヒオーレは意識を奪われた。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『十一日目・ノワールの日記より抜粋』

 

「じゃ、姫様方の事はよろしく。最下層の防護区画でごゆっくりお休みいただこう……あ、中途半端に目を覚まされてもアレだから、夢贈りの紋章術でも施して確り寝かしつけて於くように」

 

 なんなら、手でも繋がせておけ。

 いずことも無く参上した(レオンミシェリの)傍仕えたちにシガレットは命ずる。

 彼の手の上には、ミルヒオーレの指から抜き取られたパラディオンが存在していた。

「おちびさんも、悪かったね面倒な仕事任せちゃって」

「……ガウル様やノワだと、手加減が効かないだろうから仕方ない」

 ぐりぐりと頭を撫でてくるシガレットをくすぐったそうに見上げながら、ノワールは言う。

「隠れて不意を撃つ、とかも苦手だからなぁあの脳筋ども。腹芸とかも全然出来ないし」

 シガレットもやれやれと頷く。

 一国の王子が未だに最前線で戦働き以外に脳が無い、と言うこの状況は良いのだろうかと毎度の疑問だった。

「……そういうの、シガレットに任せるって」

「ォイ」

「多分、レオ様も同じ気持ち」

「……お~い」

「シガレットも、絶対同じ気持ち」

「―――何のことやら」

 気まずくなって視線を逸らす。

 車椅子に乗せてミルヒオーレたちを運んでいく傍仕えたちの微笑ましげな表情が、また悔しかった。

「そういうの、せめて明日以降に話してくれ……ああそこ、ルージュさん、ボイスレコーダー止めて!」

 ため息を吐きながらも、笑顔のまま後方にスライド移動していくメイドに突っ込むことは忘れない。

 地雷原に向けて一直線に歩いているなと言う実感は勿論あったが、意地とかその辺の物も無くは無かった。

「自分から好き好んで外堀埋めてくから……」

「子供に冷静に突っ込まれると辛いなぁ」

「……私、シガレットと同い年」

 リコッタと併せて幼女トリオなどと常から言われていたりするが、実際はシガレットと同じ十四歳の少女である。頬を膨らますのも当然だろう。

「色を知る年頃ってやつか……いや違うか。ま、それは兎も角」

 宥めるようにノワールの頭を優しくなでつけながら、シガレットは空を見上げた。

 

 曇天。

 空は、さながら雷雲の如き黒雲に覆い尽くされていた。

 

「今は目の前の事を片付けることに集中しないと、オチオチからかわれてばかりも居られないよ」

「……うん、頑張る」

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『十一日目・甲種害獣駆除計画最終報告書より抜粋』

 

 

「やぁ皆、お待た……」

「死ねぇっ!!」

「そぉわっとぉ!?」

 

 条件反射的に伏せると、何かとても緑色をした物体が頭上を通り過ぎていったことに気付く。

 下階に到着したエレベーターの扉が開いた瞬間のことである。

 とてつもない殺気とともに、何かが顔面めがけて突っ込んできて―――どうやら、危機はまだ続行中だった。

「こんんっ、のぉ!!」

「だぁっ、こんな狭い場所で剣を抜くな! ちびっ子だって居る―――いねぇ!」

 生贄羊を用意して危機を回避しようとしたシガレットだったが、賢い黒猫はいつの間にか大広間の方へと逃亡を果たしていた。

 扉を閉じられて狭い箱の中に閉じ込められてはたまらない。

 シガレットも慌てて高い天井を持つ整然と並べられた石柱で支えられた大広間へとはいずり出る。

「逃げるな!」

「逃げるってば! てか、ホント落ち着こうぜエクレ嬢! 死ぬから、俺が!」

「万死に値する! 甘んじて受けろ!」

「ちょ、説明聞いたんじゃねぇのかよ!?」

 怒りに顔を真っ赤に染めたエクレールの連続攻撃を、取り回しの悪いグランヴェールで何とか防ぎながら尋ねる。

「百聞は一見にしかずという言葉を知っているだろう!」

 答えは、イマイチ理解に苦しむ―――否、割りと解りやすかった。

 多目的な使用を想定されているこの大広間だったが、現在は、恐らくレオンミシェリが何かに活用するつもりがあったのだろう、巨大な映像投影板が中央に設置されていて―――底に映っている映像はまさに。

「誰だぁ! カメラ仕掛けといたヤツはぁ!」

「余所見をしているとは余裕だな! 姫様のお心を害した落とし前を、たっぷりとつけさせてやる!」

「だから、説明聞いてる筈でしょエクレ嬢! 演技! アレ演技だから!」

「煩い! 下手をすればトラウマ物だぞ、あんな過剰演出!」

 グラナ浮遊砦に到着してから、ミルヒオーレと別れ、そして屋上での一件が片付いてから、漸く。

 それなりの時間があったから、当然シガレットが言うとおりエクレールはある程度の事情は聞いている。

 ―――だからといって、敬愛する主が傷つけられて激情が収まるはずも無かった。

 

 因みに、端々に控えていたメイド達は、礼儀正しく主の危機を見ないフリをしている。

 彼女達もエクレールたちと共に映像投影板に表示された屋上での出来事をリアルタイムで見守っていたようだから、多分、シガレットの自業自得だと思っているのだろう。

 

「シガレットの周りがやかましいのは、相変わらずでござるな」

「痩せても枯れてもシガレットですからねー」

「……と言うか、止めなくて良いのかな?」

 泰然とした隠密部隊の二名と対照的に、状況の把握が仕切れて居ない勇者は冷や汗を流していた。

「ほっとけって。どーせ後はやること決まってるんだし」

「そーそー。エクレとシガレットの追いかけっこなんて、年中行事なんやから」

「自業自得……」

 ガウル以下ガレット陣営など、テーブルを出して軽食をつまんでいる様な余裕っぷりである。

 当然、ガウルの傍にはいつの間にかノワールの姿まで在った。

「良いのか、なぁ……?」

 姫様のことも心配だしと、シンクとしてはイマイチ空気に乗り切れて居ない。

 この辺り、生まれた時から()というものが身近にあった者達との、立場の差などと言うものなのだろう。

 

「あ、泉君~、コレ!」

「へ? ……これって、え?」

 漸くグランヴェールの振り回し方にも慣れてきたらしい。

 避けに専念すればエクレールとて攻撃を当てるのが至難の業と成る程の回避能力を誇るシガレットが、隙を見てシンクに向かって何かを放り投げてきた。

 シンクは慌てて両手でそれを受け取る。

 

 小さな赤い光。

 

「って、これパラディオン?」

 見間違えようも無い、フロニャルドへ着てからの相棒だった。

 レオンミシェリと一対一の対面を行うために、と言うことで預けておいた筈のものが手元へと戻ってきたのだ。

 確かに、映像投影板に映っていた光景で、気を失ったミルヒオーレからシガレットが取り上げていたようだったから、此処にあるのも不思議ではない。

「あ、後ついでに、これも!」

 とりあえずの仕草で指にパラディオンを嵌めなおしているシンクの元へ、再びシガレットが何かを放る。

「は?」

 弧を描き飛んでくるそれをキャッチしたシンクは、それが何かを理解して、目を丸める。

「これ……僕のコールドスプレー!」

 地球から一緒に持ってくることになったカバンに詰めてあった筈のものだ。

 元々シンクは、コーンウォールに住まう祖父母の元へ向かう予定だったので、そちらで目一杯身体を動かすために必要そうなものを片っ端からカバンに詰め込んでいた。

 打ち身、擦り傷、捻挫などのことに備えて、簡単な治療用品も。

 患部を瞬間的に冷やすために使うコールドスプレーもまた、その中の一つだ。

「しかも何か、凄い軽くなってる……ビニール剥がしてない新品だった筈なのに!」

「はっはっはっはっは、ごめん、お陰で助かったわ! 後でちゃんと弁償するから! 日本円じゃないけど!」

 グランヴェールの重量を利用した遠心力を交えてエクレールの攻撃を避けながら、シガレットは実に適当な言葉で謝意を伝えてくる。

「助かったって……何に使ったんだろ、こんなスプレー」

 シューっと、掌にスプレーを吹き付けて霜を発生させながら(・・・・・・・・・)、シンクは首をかしげる。

 そもそも何故彼が『コールドスプレー』の存在を理解しているのかが疑問だった。あと、日本円とか。

「考えても無駄であります」

「シガレットですからねぇ」

「リコ? リコも居るの?」

「お待たせでありますよ、勇者様!」

 シンクが眉根を寄せている間に、ユキカゼの隣にリコッタが到着していた。

 そのことに気付き、改めてシンクは周囲を見回す。

 

 ガウルを始めとしたガレットの面子。

 ブリオッシュやエクレール、リコッタなどの、ビスコッティの主要メンバー。

 

「戦争中に、結局、何を……」

「戦争は、中断だよ」

 シンクの疑問の言葉に、直ぐ傍までバック転宙返りで後退してきたシガレットが簡潔に応じる。

「中止?」

「そ、中止―――っと、御免エクレ嬢。これ以上は後でで頼む」

「わざと剣線上にリコッタたちを置いたな……ええい、貸しにしておくぞ」

「助かるよ。―――てか、方々に借りを作りっぱなしで、返済が大変そうだなぁ」

「今さらだろう、そんなもの。日頃の行いを少しは鑑みろ」

「そりゃ、ご尤も」

 漸く剣を納めたエクレールに、シガレットは苦笑気味に頷いた。

 それから、グランヴェールを肩に担ぎなおして辺りに居る面子に振り返る。

「主要な連中は皆揃ったのかな、これで。―――つーか、会議室で待ってろって言ってなかったか、そこの馬鹿」

「一々馬鹿ってつけたすんじゃねぇよ馬鹿! 別に良いじゃねぇか此処で。どうせ直ぐ上に登るんだろ?」

「立ったまま説明会する面倒さを考えろっての、馬鹿。……ま、良いか。ルージュさん、人数分の……早い」

「主のご要望には、常に先回りして最適な用意を整えておくのが傍仕えというものです」

 得意げに語るルージュの背後には、いつの間にか会議机が搬入されていた。

 広々とした大広間の隅っこに、会議机。ある意味シュールな光景である。

「とは言え、時間も無いことだし文句ばっか言ってられないか。―――ってな訳で皆様、ご着席くださいな」

「着席って……あの、シガレット? 結局その、これはどんな……?」

「私も全く状況は解っていないぞ」

「うん、キミ等二人、ミル姫に近すぎたから何も伝えてないしね」

 眉根を寄せていたシンクとエクレールに、シガレットはあっさりとした態度で応じる。

 エクレールの眉が跳ね上がった。

「……と言うことは、ダルキアン卿やリコッタは、何もかもご存知だったと……?」

「うう、内緒にするように頼まれていたでありますよ」

「某等も同様に。ロラン殿ともども、予め簡単な流れだけは説明を受けていたでござる」

「兄上まで!? 一体何時……」

 この場に居ない実の兄の名前まで飛び出してくれば、エクレールも目を剥くしかない。

「戦争準備の合間合間に平行して、一週間くらいね。中管理職って色んなところに顔を出しても不審がられない立場だったから、まぁ、初めてこの忙しい立ち居地に感謝ってところだね」

「この三日ほど、随分大人しいと思ったら……姫様に内緒で、どんな悪巧みをしていたんだ貴様は」

「ははは、残念。実は三日前からビスコッティに居たアシガレ・ココットは紋章術で変装させたエミリオ君だったのです」

「なんだと!?」

「因みに本物の俺は、最終合意文章の取り交わし式典に紛れて、ガレットの一団に忍び込んでこっちに来ていたから」

 益々目を見開くエクレールに、ネタバラシとばかりに晴れやかな笑顔でシガレットは語る。

 

 当然だが屋上でレオンミシェリに告げた、『雲の上を飛んできた』なんて言葉は嘘っぱちだ。

 そもそも、会議室のレオンミシェリの元にシガレットが現れた時はまだ、空は雲ひとつ無い(・・・・・・)青空《・・》である。

 

「心労が溜まってたんだろうね、本当に。じゃなきゃあんな嘘、普通は直ぐに嘘だって気付くもんな」

「目の下の隈、最近凄かったもんねーレオ様」

「頼みますからお休み下さいって言っても聞いてくれないかったからな、姉上は。―――何度、自堕落に寝転がってる馬鹿アニキを投げつけてやろうと思ったことか」

「シガレット、全然働かないから……」

「いや、俺は俺で結構疲れてたんだけどな……兎も角」

 ガレット勢のヤジをぶった切るように、シガレットは会議机をバンと叩く。

 全員の視線を、自分に向けさせた。

 気分を切り替えるように、勤めて真面目な顔を作る。

「そういう心労がかさむ様な日々は今日でおしまいにします。さて皆さん、楽しい楽しい戦争のお時間です……って、その前に会議なんだけどさ」

「……戦争? あれでも、さっき中止って」

 シガレット自身が言っていたじゃないか。

 シンクの言葉に、シガレットは鷹揚な態度で頷く。

「うん、人間同士の戦争は、もう中断。このまま終了だね。……だから、これから俺達が戦う相手は―――」

 

 魔獣(・・)

 

 言葉の不穏さを象徴するが如く、雷鳴が轟き、稲光が奔った―――。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『十一日目・甲種害獣駆除計画作戦会議議事録より抜粋』

 

 

「さて皆様、お忙しい中こうしてお集まりいただいたこと、先ずは感謝の言葉を述べさせていただきます。今回皆様にお集まりいただいたのは、先日より準備を進めてまいりました『緊急性を要する甲種害獣に対する迎撃計画』、その実行前最終段階の打ち合わせを行いたいという事からにございます。尚、当計画の立案並びに責任者としての任を賜りましたのは私、アシガレ・ココットことアッシュ・ガレット・コ・コアが一時的にガレットの王籍に復帰して当たります。更にビスコッティ側からスーパーバイザーとして、魔物退治の専門家でいらっしゃる……」

「ブリオッシュ・ダルキアンにござる」

「ユキカゼ・パネトーネです」

「以上二名をお招きしております……え~と、早い話が最悪の場合はこいつ等二人が何時もどおり後始末つけますので、皆様そういう状況に陥らないように死力を尽くしてまいりましょう」

 

 最後の最後で思いっきり地が出ている。

 各々、大きなため息を吐いた。

 

「……それっぽくやるなら、最後までそれっぽくやれば良かったのに……」

「と言うか、緊急性を要する件という割りに、余裕たっぷりに長口上をぶつというのもどうなんだ?」

「い~んじゃねぇの? どうせ出てきた魔物を全員でボコるんだろ?」

 シンク、エクレール、そしてガウルの順である。

 上二人は本当に状況を理解していないため、どうしようもなく居心地が悪そうだった。

 対して他の人間達は、予め密議を行い策を弄していた共犯者たちだったため、『また始まったよこの馬鹿』と言う半ば諦め染みた気分が蔓延している。

 シガレット自身も悪ふざけをしている自覚はあったのだろう、微妙に苦笑気味だった。

「しゃぁないじゃない、私もプレゼンとか十五年ぶりくらいだからさ、張った空気が続かないんだよ。―――まぁ兎も角、隠密のお二方は独自判断で動く場合があるってのと、他の連中は黙って私に従ってもらうからってのだけ覚えておいて頂戴」

「おい、ちょっと待て」

「残念、待てないのですよエクレ嬢」

 聞き捨てなら無い言葉に腰を浮かそうとするエクレールを、さらりと受け流す。

 冗談染みた態度で、目線だけは本気だったりするから性質が悪い男である。

「今回のことは全部私の独断(・・・・)。上手く行けばそれはそれでよし。失敗して貴重な戦力磨り潰した挙句ダルキアン卿達に面倒をかけるような無様になった場合は、まぁ、私一人がご先祖様と同じ事をすればそれで済む、みたいな形にしてみたいかなーと」

「ご先祖様?」

「どっか田舎にでも引きこもって、セルクルでも育てるってこと」

 所謂、失脚とか引責辞任とか言うものであろう。

 言ってることはかなり危険な線を踏み越えている感があったが、シガレットの態度はあまりにも気楽過ぎた。

「それ、アニキが隠居して楽したいからって言ってない?」

「つーか、姉上のことはどうすんだよ」

「お前が明日から領主になれば良いだけじゃないか」

「……凄い大胆な台詞を、凄いあっさり口にしたでありますよ」

「え? え? どういうこと?」

 ガウルの言葉にあっさりと応じたシガレットの言葉に、リコッタは頬を赤らめる。

 その横で、シンクが意味が解らないと瞬きしていた。

「兎も角」

 そのままろくでもない方向へ話が進みそうな空気になりかかったが、それを遮るようにシガレットは口を開く。

 

「俺の我侭に皆をつき合わせるから、そのつもりで。最善とか最良とか、正直そんなもんやってみないと解らんし解ってもこれ以外の方法を取るつもりも無い。俺がガレットの領主として魔物退治を行う。爺様に許可も取ったし、グランヴェールも今は俺が持っている。だから今は、俺がガレットの領主。レオ様には一切関わらせない。先ずこれが要点だから、皆、頭に叩き込んでおけ」

 

 酷い物言いだった。

 傍若無人すぎて、誰も言葉が無い。

「人に動くなって言っておいて、自分はこれかよ……」

 ガウルが疲れた態度で言う。シガレットは笑った。

簒奪覚悟なら(・・・・・・)動いても良いって、ちゃんと言ったろ? 遠慮してるから悪いんだよ、馬鹿」

「あんたの方がよっぽど馬鹿じゃねーか」

「馬鹿正直ってヤツだね」

「まぁ、シガレットでござるしな」

「お褒めに預かり恐悦至極ですよ、ダルキアン卿。―――まぁ、本当に俺ですから。見守るとか背中を押すとか、そーいうの、やっぱ向いてないみたいで」

「おや、そうでござろうか? 今さっきの発言、どう考えてもお主は……」

「そこから先は良いでしょう、後で。いい加減エクレ嬢もキレそうですし」

「―――先ず、人を出汁に逃げようとするお前の態度に切れそうだよ、私の堪忍袋は……」

 目が恐かった。色々な意味で。

「えっと……僕はそろそろ、どういう状況なのか聞きたいんだけど……」

「良い質問だね、泉君」

 空気を読まないシンクのほうへ身体ごと視線をずらして、シガレットは大げさに言う。

 良い質問も何も、当然の疑問でしかないが。

 

「要約すると、空から魔物が降ってきます。現在上空に発生している暗雲は全て、大地から溢れ出した瘴気が集合した物であり、稲光は解放されかかっている魔物のエネルギーが漏れ出した物です。無論、此処で言う魔物と言うのは、我々が目にする機会があるようなぽっと出(・・・・)の憑き物なんて生易しい物ではなく、なんと恐ろしいことに二百年前の聖剣の所有者たちが退治しきれなくて地の底に封印しました、と言うレベルの空恐ろしいバケモノです。―――魔物の概略に関しては、以上こんな感じ。もっと詳しく知りたい方は、リコたんに探してもらった二百年前当時のビスコッティの資料を確認してくださいな」

 

「御山に届く身の丈の、岩の身体、灼熱の息を放つ四足五尾の大狐だそうで、ありますよ……」 

 集まった視線に頷きながら、リコッタは資料に記されていた内容を諳んじる。

「神すらも喰らう獣、と伝えられておるもので、ござろうな」

「神を……ですか?」

 唐突に変転する場の空気に追いつけない戸惑いをみせながら、エクレールがブリオッシュの言葉を反芻する。

 

 神を喰らう。

 視界に入った空を流れる黒雲が、殊更不吉な物に見えてきた。

 

「なんでも、土地神を喰らって自らの眷属に変えて使役するとか。当時の聖剣エクセリードの主に封印されるまでは、なんでも相当な数の土地神を喰らっいまくったらしい。一体どれほどの力を溜め込んでいるのやら……いやむしろ、そんなバケモノ良く封印できたね、というべきか。―――その辺の無茶が、なんだかとてもミル姫のご先祖っぽい感じもするけど」

「当時の勇者や、隣国ガレットの方々、そして多くの騎士達の協力があったが故でござろうよ。……今のように」

「勇者……」

 ブリオッシュの言葉に、シンクは重い物を飲み込むような口調で呟く。

 

 それはそうだ。

 シンクにとってみれば唐突に重たすぎる話に違いない。

 平和で穏やかな世界に突然放り込まれて、どうにかこうにか馴染んできたかと思ったら、唐突にこんなシリアスな展開だ。

 しかもどう考えても確実に命がけと言うような内容の。

 二週間前までは普通の中学一年生に過ぎなかったシンクからしてみれば、中々現実感の沸かない状況だろう。

 

 ―――尤も、シガレットは半ば意図的にシンクをそういう状況に置いていたのだが。

 彼の主観に於ける『現代の平凡な中学一年生』はバケモノと命のやり取りを出来るような心構えが普段から存在する筈も無く、また、経験などもっての外だ。

 事前に、『来週、バケモノ退治するから』などと伝えてしまえば、見えない想像に押しつぶされてしまう危険すら考慮された。

 シンクは、勇者としてフロニャルドに呼ばれるような、誰の目にも明らかな逸材である。

 緊張と重圧でそれが十全と働けなくなる危険性は、排除しておきたかった。

 ならばどうするか。

 シンクの性格を踏まえれば、彼は『状況に流されやすい』ということが容易に見て取れる。

 動いてしまった状況に放り込めば、それにあわせて先ず『考える前に身体を動かす』ことを始めてしまう少年だ。

 混乱していても、とりあえず目の前で何かが起こっていればその対処を行う。

 むしろ考えさせずに動かしてしまった方がよっぽど良い動きをしてくれるようにすら思えた。

 

 ―――なら、話は早い。

 

 外道な判断といえるだろう。シガレットにも当然その自覚はある。

 だが、彼は既に優先順位(・・・・)を定めており、その最優先の一つを維持するためならどんな手でも使う心算だった。

 それは例えば、『ろくな説明もせずに勇者の役割を背負った少年をバケモノと戦わせる』事は当然として、『主を人質にとってその親衛隊長を無理やり協力させる』事すら含まれている。

 説得、と言う判断を除外してしまえば幾らでも外道働きが出来てしまう。

 痛むのは精々自分の心であり、何れは報いを受けるのも当然だった。

 だが、それで構わないと思っている。必要なことが果たせれば。

 

 その辺り、シガレットと何処かの誰か(・・・・・・)の考え方は実に似ていた。

 

「シガレット?」

「ほっとけって。此処最近の姉上の顔とそっくりだから、どうせ暗い思考に嵌ってるだけだぜ」

「喧嘩売ってんのか、コラ」

 容赦ない身内の言葉に、シガレットの額に青筋が浮かんだ。

 尤も、周りの人間はガウルの言葉に大いに納得しているらしかったが。

器用に不器用な(・・・・・・・)ところは、確かにレオ閣下に似ていらっしゃいますよね」

「どっちも馬鹿正直だからな」

「こっちの馬鹿は、可愛げが無いのが致命的であります」

「レオ様みたいに、一人で全部片付けようとしなかっただけ、懸命とも言えますが……」

「いやでも、そこにきて結局『責任は全部俺が!』やで? アカンて。根本的な程度ではホンマなんもかわっとらんわこの人たち」

「お前等ちょっとそこに直れ」

 親しい人間たちの発言はボロクソに過ぎる。シガレットは地味に泣きたい気分になった。

 そんな彼に、エクレールは冷めた目で言う。

「格好つけるのを止めて我侭にやろうなどと考えていながら、結局最後に格好つけるなどと言う無駄な努力をするから、そうなる」

 因みに彼女の手には、レポート形式で纏められたこの件に関する詳細情報の紙束があった。

 説明が長くなりそうだと理解して、勝手に読み進めていたらしい。

「……大体お前、自分が思っているほどに謀略の類には向いて居ないと思うぞ。どっちかといえば、この勇者と同類の勢いで動く性質だろう」

「うわ、何か凄い酷いこと言われた!」

「え? 酷いの今の!?」

 エクレールの言葉に衝撃を受けるシガレットに、シンクが衝撃を受けていた。

 エクレールは馬鹿が二人居る、とでも言いたげに盛大なため息を吐く。

 それから、ガレットのメイド達が纏めた資料を手で叩きながら言う。

「レオ閣下を守りたいという自分の気分を優先しつつ、レオ閣下が守りたい姫様も可能な限り守りたい。閣下のお考えを知れば姫様も自らお立ちになられるだろう、というの考えは至極当然で―――そうだな、私も納得できる話だ。ゆえに、お二人ともに一まとめに、強制的に蚊帳の外(・・・・)に置く。あそこまで露悪的にやって見せる必要があったのかは、甚だ疑問だが」

「いや、その……。共通の敵が居れば、仲直りも早いかなぁ、とか……」

「阿呆が」 

 シガレットが視線を逸らしながらブツブツと応じると、エクレールは一言で以って切り捨てた。

「大体そんな煩わしい手順を取らずとも―――いや、正直な話どう言う訳なんだ。お前がレオ閣下のお気持ちを無視して暴走するという状況は、私としては理解に苦しむのだが」

「ああ、そういや俺も、その辺疑問だったわ。馬鹿アニキ、俺と話した時は姉上の好きにやらせるつもりだったよな?」

「一週間前までは確かに、そのような感じでござったな」

 エクレールの言葉が引き金となって、皆が疑問符を浮かべ始めた。

 

 確かにシガレットは、何時ぞやの会議の折にミルヒオーレとレオンミシェリの気持ちを優先するという話をしていた。

 それが自分のやるべきことだと―――しかし、蓋を開けてみればこの状況である。

 僅かその翌日には、シガレットは独自に動き始めており、その結果、二人の姫君の気持ちは置き去りにされてしまった。

 

 今ひとつ、整合性が足りない状況。

 

「その辺、作戦の説明とかが終わった後でのんびりやるつもりだったんだけどなぁ」

 余った時間で、とシガレットはやる気無さそうな声で言った。実際、取り繕っているのが面倒になってきているらしい。

「居ない者たちの砲撃、お前の打撃、我々の突入、ダルキアン卿達が後詰め、の四本立てだろう? ああ、足止めもあったか」

「そっれ、射軸変更した砲撃の連中と、俺とゴドウィンな」

 流し読みした資料からあっさりと正答を導き出したエクレールの言葉に、ガウルが付け足すように言い添えた。

 実際、作戦は大まかに言えばそれだけだったりするので、シガレットも何も言えなかったりする。

「因みに、経験則からくる感覚で言うと、禍物が現れるには今しばらくは掛かるでござろうよ」

「巨大すぎるだけのことは、ありますよね……」

 専門家二人の保障まで出来てしまえば、シガレットもため息を吐くしかない。

 

「早い話が、星読みのせいなんだけどね」

 

「星読みだと? それは……例の、レオ閣下が見たという?」

「ミルヒオーレ姫様が、その……」

「いや、違う」

 エクレールたちの疑問を、シガレットはあっさりと否定する。

 今度はシンクが手を上げた。

「姫様は、星読みで僕の事を見たって言ってましたけど」

「ああ、タツマキが地球へ行ってキミの存在を確認出来た辺りから、あの娘、そっちの光景が見えるようになったらしいね」

「姫様は、それはもう勇者殿のご活躍に胸をときめかせていたでありますよ」

「まぁ、その結果一方通行と知らずに、ね。―――いやま、兎も角。俺が気にしている星読みはレオ様のものともミル姫のものとも違う。と言うか、星読みなんて個人の主観が混ざりすぎていて、一人が見ただけの未来なんて何の信憑性も無いからね。『本人の把握できる知識の中から導き出される範囲』で、ある『かもしれない』と言うレベルの内容程度しか見えない……らしい。特に、遠くの未来になると、尚更。ミル姫はその辺、確か……」

「一秒も経たない先の未来……ほぼ『今』を見る事によって、齟齬をゼロに等しくしたでありますよ」

「流石リコたん、脅威の技術力」

 した『であります』という言葉の意味を取り違えず、シガレットは勝算の言葉を送った。

 そんな訳で、と続ける。

「遠くの未来を見る場合は、たった一つだけの未来だけを読み取っても信じるには足らない―――なら、どうするか」

 何かを含んだ物言いに、エクレールが気付いた。

「そうか、カメリアたちに……!」

「カメリア?」

 知らない名前にシンクが首を捻る。

 しかし、彼以外の者たちは事情が理解できたらしい。

「ああ、ガキンチョどもが居たっけな」

「そーだよねぇ、アニキが領主様の親戚なら、とーぜんガーネット達だって」

「うん、コルクやマリーも……」

「え、えっと……誰?」

 次々と出てくる違う名前に、シンクは戸惑う。

 シガレットは、笑って種をばらした。

 

「我が愛しの妹たち、さ。まだ喋れない下の二人を除いた七人全員に、星読みをやらせた」

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『十一日目・甲種害獣駆除計画作戦会議議事録より抜粋』

 

「シガレット、妹居たんだ」

「居るんだよねぇコレが。現在九人。ほっとくと四半年も過ぎれば十人目が出来るらしいけど」

「うげ、また増えるのか……」

 シンクの疑問符に答えたシガレットの言葉に、皆が半笑いとなった。

「夫婦仲が宜しくて結構って事なんだろうけど、仕送りする俺の立場も少しは考えて欲しいよなぁ」

「完全に当てにされているよな」

「まぁ、お金なんて使い道が無いから良いんだけどさ、一番上の子供はひたすら放置って態度はどうなんだと……」

「お前はお前で、少しは自分から連絡を取ったらどうなんだ」

「それを言われるとねぇ―――まぁ、兎も角、だ」

 エクレールの尤もすぎる突っ込みに苦笑しつつ、シガレットは芝居がかった動作で手首を返して、話を切り替えることを示した。

 

「妹が居る訳だよ。質としてはどんなものってのは正直俺も良く解らんけど、そこはホラ、此処の女性達とは違う無邪気な若さで勝負……いや御免、ゴメン、マジでゴメン! なんでもない! 皆恐いから!」

 特に二十台に突入している人たちの視線が恐かった。

「幼い子供は曇りの無い瞳で未来を見ることが出来るでござろうからなぁ」

「ええ。それにアッシュ様の妹君―――と言うか、あの子達はマギー様のご息女であらせられますから、やはり優秀な御力を示していらっしゃると聞きますし」

「……何事も無かったかのように言われるのが一番恐いんだけどなぁ……まぁ、良いや、うん。良いってことにしておこう」

 薮蛇だし、と今更薮の中でブツブツと呟いた後で、シガレットは続ける。

「ええとだ。美人のお姉さま方の言ってることも尤もでね。星読みってのが女の子のおまじない的な扱いをされるのは、子供の頃の雑念が少ない頃じゃないと上手く像が結べないからってのがあるのさ。例外としては輝力が馬鹿高い偉い人たちで―――そういう人たちなら、大地の加護からのバックヤードも利用して、それなりの制度のものが年を食っても見えるらしい」

「つまり、姫様達が……」

「うん。泉君の事を知れた理由だったりするんだけど……まぁ、どうもコレも問題があるらしいというか」

「問題?」

 エクレールの疑問に、シガレットは一瞬外の景色へと視線を移す。

 

 曇天。

 大地からあふれ出た瘴気によって作られた、黒い空。

 大地からあふれ出した瘴気。

 大地を侵していた、負の感情。

 

「大地の加護の恩恵を利用して高い精度で星読みを行えるのが領主家の人間なら、当然、その星読みの結果は大地の加護力に強く影響を受けるのが道理だ。平時なら良いだろう。フロニャの加護はそこに住まう物たちを愛している。良き未来が見えるのが当然だ。―――けど」

「地の底に沈めた悪しき魔物の瘴気で、大地が汚されてしまわば……で、ござるな」

「……元々、ガレットの人間が見る未来って言うのは、『避けるべき未来』というものを映すのが常ですから。うちの姫様みたいに『たどり着きたい未来』なんてのを見るのは……向いてない、って言う言い方もどうなんだ?」

 ブリオッシュの言葉に返した自身の言葉に、首を捻る。

「まぁ、どうでも良いか。―――兎も角、良くない物が溢れかかっている時に良くない未来を見ようと思えば、見えるものが最悪な物になるのが当然で……きっかけは、半年前か」

 

 レオンミシェリ・ガレット・デ・ロワは、愛すべきミルヒオーレの未来に厄があってはならぬと、星読みを行った。

 

「結果は相当良くないもの(・・・・・・)が見えたらしいね。慌てたあの人は、わざわざウチの騎士団長達を呼び出して忠告を与えた訳だ。曰く、『ミルヒオーレの身辺の安全を密にせよ』ってね」

「半年前……丁度、常設騎士団の増員計画が持ち上がった頃でありますよね?」

「だがその名目は確か、シガレット。キサマと言う管理職側の人間が居るのだから、と言う題目からだったと思ったが……」

 リコッタに続き、エクレールも思い出したように言った。

「『レオ閣下がキミを遊ばせたままにしておくなと仰っていた』―――なんて、ロランさんも会議の時に言ってたけど、実際は、ね?」

「……はい。私たちお傍着きの者達も、お聞きしたのはほんの十日前なのですが」

 視線を振られて、ルージュが頷く。

「十日前っつーと、丁度、一旦兵を引いた辺りだな」

「アレ悲惨やったよねー。ミオン砦に居たうち等、思いっきりハブられてたし」

「その、レオ様はアッシュ様とお顔を合わせるのは拙いと……」

「何で拙いんですか?」

「それは勇者殿、決まっているでありますよ。顔を会わせて『自分を優先されると』拙い~って」

「なるほどぉ」

「……無邪気な子供が一番性質が悪いなぁ、オイ」

 なんともいえない生暖かい視線が集中して、シガレットは泣きたい気分になった。

「まぁ良いや、進めるぞ。―――話は飛んで二ヶ月前。その間も定期的に星読みを繰り返していたレオンミシェリ閣下ですが、内容はさっぱり好転しません。むしろ、内容は悪化していく有様。……この辺の時期になると、俺もなんとな~くおかしいなぁとか思ってた頃だわなぁ」

「後日確認したところ、この時期を境に大地の加護の力が例年に無い減少傾向を見せています」

「土地神も減っていってたみたいだからな」

「私、ぜんぜん気付きませんでしたけど……」

 シガレットがさらりと吐いた言葉に、ユキカゼが記憶を掘り起こして首を捻る。

 それは、とシガレットは肩を竦めた。

「ユッキーたちは土地神が逃げていった方向に居た訳だからねぇ。減った気はしないんじゃない? むしろ、相対的に増えてるとか思うかも」

「二ヶ月前、というと長い侵略戦争の開始の時期だな。―――つまりなんだ、あのガレットの侵略戦争の意図は、そこにあったと?」

「らしいね」

 眉根を寄せたエクレールに、頷く。

「戦争―――人と人との激しいぶつかり合いを利用して、加護の力を高めようと思ったのか、それとも」

「?」

 視線を合わされたシンクは、目を丸くした。

 視線が集中していることにも気付く。他の者達も理解できていたようだ。

 

「勇者、か」

 

「お姫様のピンチには勇者。まぁ、お約束だよね。―――まんまとピンチな状況に陥っちゃった側の人間としては、少々胸が痛い話なんだけども」

「二ヶ月、負け続きでありましたからね……」

「ふむ。某等がもう少し早く戻れれば良かったでござるのだが」

「御館様、道中気ままに休息をとっていらっしゃいましたよね?」

 会議机の半分の列が、揃って大きなため息を吐いていた。

 シンクが何か不安を覚えたらしい。そろそろと手を上げる。

「あの、僕……何か、拙かったんでしょうか?」

「まさか。来てくれて助かったよ。―――むしろ、こっちの仕出かしたことの方が拙いだろ? 計画的に個人的な目的で人攫いを行ったって話になるんだし」

「ちょっと露悪的すぎねーか、ソレ」

「どーせアレやで。自分、頼りにされてへんわーってジェラシってるだけや」

「黙れ馬鹿とアホ」

「俺は間違ってねぇだろ!?」

 ぞんざいな言葉に、ガウルが吼える。

「ガウル様、ウチは……」

 その隣で、主人に切り捨てられたジョーヌがちょっと涙目になっていた。

 シガレットは大いに無視して先を続ける。

「まぁ、どちらの理由にせよレオ様は危機がさるまで当面は戦争を続行する予定だったらしいんだけど―――唐突にソレを撤回したのが、十日前。泉君をミル姫の傍に置くことにも成功したし、軍隊で王都を囲んで防備も安全。これだけの守りがあれば未来も変わっていることだろうと星読みを―――してみたら?」

 言葉を切って、ぴ、とエレベーター脇の階段へと続く勝手口の方を指し示す。

 

「レオ様は、ミルヒオーレ姫様の(・・・・・・・・・)確実な死の像を結びました」

 

「ビオレか」

 カツカツと、ウェーブの掛かった髪を揺らして、ビオレが会議机の傍まで歩み寄ってくる。 

「やぁビオレさん。いつ何時でも御美しい。―――ところで、姫様方のご様子はどう?」

「シガレット君もいつも素敵ですよ? ―――レオ様とミルヒオーレ姫様は、ご一緒のベッドでお休みくださっています」

「マジで? じゃあ結婚してください。―――それは何より。じゃ、後は予定通り。いざとなったら」

「その御言葉はレオ様に、是非。―――勿論、脱出用の騎車の用意は出来ています。渓谷を抜けて、一気にスリーズ砦まで後退が可能です」

「……毎度のことだけどよ、お前等。頭のやり取りやらないと話せない訳?」

「アニキも懲りないよねー」

 ビオレとシガレットのある意味平常どおりのやり取りに、ガウルとジョーヌは半ば白けていた。

 だが、半眼で見ているばかりで居られない人間もいる。

 

「いや待て、死……!?」

「姫様が!?」

 

 エクレールとシンク。

 彼等は今初めて、その事情を聞かされたのだ。

「と言うか、正確には『宝剣の主(・・・・)』が、らしいけど」

 ソレに対して、シガレットはあえて平然とした態度で応じる。

 気勢をそがれた形のエクレールは、何度も瞬きしながらも、言葉の意味をたちどころに理解した。

「宝剣の……姫様の持つ、エクセリードが……そうか、だから宝剣を!」

「そう、この戦争の国家懸賞として両国の宝剣が賭けられたのは、それが理由だ。『宝剣の主の明確な死』。これほど未来が明確に見えているなら、なぁに、答えは一つだ。―――宝剣そのものを、取り上げてしまえば良い」

 強引にでも、一時的に所有権を別の物へと移してしまえば、『宝剣の所有者』はミルヒオーレではなくなる。

 レオンミシェリの強引な行動の理由、その真実がこれだった。

「なるほど、な……」

「……姫様」

 噛み締めるように深い息を吐くエクレール。その傍で、シンクは表情を曇らせていた。

 シガレットは二人の様子を確認して、小さく安堵の息を漏らす。

 それを聞きとがめた者は数名存在したが、誰もそのことを追及するものは居なかった。

 

 明確な答えに秘められた曖昧な部分。

 『宝剣の主』と言う言葉。

 ミルヒオーレのレオンミシェリを想う心が明確すぎるがゆえに、シンクとエクレールのミルヒオーレを想う心が明確すぎるゆえに、見過ごされている一つの真実。

 『宝剣の主』、その言葉が指し示す人物とは、果たして。

 

 シガレットは、二人がそれに気付く前に、話を続ける。

 

「そこまでが、レオ様の御考えだ。あの人はミル姫から宝剣を取り上げることで、ミル姫を守りたい。それを大戦争の懸賞と言う形にしようって考えたのはここには居ないロンゲなんだけど―――アイツ、絶対後で丸刈りにしてやる」

「何をそんなにバナード将軍を目の仇にしているんだお前は……いや、何となく解るが。―――兎も角、レオ閣下の御考えは理解できた。宝剣の委譲も必要なことなのだろう。明確な像が結べたのなら明確な形でそれを排せば良いという考えも間違って居ないと私も思う」

「二百年前に封印された魔物は、自らを封印したエクセリードを憎んでいる可能性が高いでありますからね」

 エクレールの言葉を補間するように、リコッタが言い添えた。

「ああ。だが解せないのは……シガレット」

「何かな?」

「この魔物退治は、お前の仕切りなのだろう? ―――レオ閣下では無く」

「いい所に気付くね、やっぱり」

 やる気の無い拍手を、エクレールは鼻白む。

「レオ閣下はあれで深謀深慮の働くお方だ―――お前と違ってな。だが、明確な危機に対して、これまでの閣下のやり口は手当たり次第で強引に過ぎるようにお見受けする。これは、恐らく……」

「その通り。あの人は、結局何が(・・)ミル姫を殺すのか、それが見えていなかったんだ」

 だから、危機の排除まで至らない。

 

 何かが(・・・)何かをして(・・・・・)、ミルヒオーレを殺す。

 

 その存在、その規模、理由。

 それら全てが、判然とせぬまま、しかし明確に見えすぎてしまう星読みにだけ踊らされて。

 

「個人の限界って所だね。変なところで人に迷惑をかけられないとか考えて、周りへの相談を怠りすぎた結果だ。―――それだけ余裕が無かったって言えるのかもしれないけど」

 責めるような言葉はむしろ、レオンミシェリの余裕(・・)になりきれなかった自身へと向けているようにも見えた。

 それぞれが似たような顔で口を噤んでいる中で、エクレールが意を決したようにシガレットに尋ねた。

「だからお前が、と言うことか?」

 余裕を完全に無くしたレオンミシェリに変わって、魔物の討伐を行うつもりなのか。

 彼女に代わって、周囲の協力を取り付けて。

 エクレールに尋ねられて、シガレットは。

 

「いや、違うよ?」

 

 あっさりとした口調で、返した。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『十一日目・甲種害獣駆除計画作戦会議議事録より抜粋』

 

「やはりそう……え? 何?」

「いや、だから違うって。レオ様のやりたい事を引き継ぐとか、全然そんな話じゃないから」

「……は?」

 

 何が何やら、と言った心境だろう。

 エクレールは目を丸くして固まる他無かった。

 シガレットは笑う。気楽に。

 

「だってホラ。レオ様のやりたい事を引き継ぐって言うならさ、未だにエクセリードがミル姫の手元にあるのはおかしいじゃない」

 言いながら、シガレットはキザったらしい態度で指を鳴らす。

 まるで予め段取りをつけていたかのようなタイミングで、大広間の中央に設置してあった映像投影盤に像が映る。

「姫様!」

 驚くシンク。

 投影されているのは、豪華な部屋に設置されたクイーンサイズのベッドの上のもの。

 それは、手を繋ぎあったミルヒオーレとレオンミシェリが寝かせられている映像だった。

 握り合った二人の手の部分にカメラが寄る。

 多少ブレながらの接近は、恐らく、手持ち式のカメラでリアルタイムに撮影しているからに違いないだろう。

 部屋の中には、レオンミシェリの傍付きの侍従たちの姿も確認できたから、間違いない。

「……エクセリード! シガレット、お前は」

 エクレールが状況を認識し終えたと見て、シガレットは再び指を鳴らした。

 投影盤から映像が失せる。

「二人は今、この砦の中核防護区画―――つまり、一番頑丈で安全な場所でお休みいただいている。出来ることなら、魔物を退治し終わるまで仲良くお昼寝していてもらいたいところだね」

 シガレットの声は、如何にも無機質に過ぎるように聞こえて、エクレールは怒りを覚えるより先に、一種の異様さを感じてたじろいてしまった。

「魔物は宝剣に惹かれるように活動する―――というのは、別に宝剣に封印をされたことを恨んで、とか言う以前の問題で、どうも元々の習性のようなものらしい。リコたんに探してもらった二百年前の資料にはそう記されている。土地神を食い荒らしながら真っ直ぐに歩み続けて、ゴールで宝剣を破壊したら進路を変更して、次の宝剣へ。アレかね? 自分を破壊できる可能性があるものを、本能的に破壊しようとか思ってるのかね」

「魔物の核とも言うべき禍物を払うのであれば、正なる力を有する宝具を用いるのは正しい手段でござるからな」

「ま、その辺詳しく知りたければ後で専門家に聞いてくださいって事で」

 ブリオッシュの言葉に肩を竦めて応じながら、シガレットは言葉を続ける。

 時間も押しているし、とでも言いたげな態度だった。

「魔物は宝剣を狙う。と言うことはエクセリードを所有したままのミル姫は狙われている。放置しておけばレオ様が見た星読みの通りの結果が待ち受けていることは想像に難くない。それでは、レオ様のご意思に反する。そんなのアシガレ・ココットのやることではない―――と、疑問はそんなところか」

「ならば、今すぐ宝剣を……!」

「エクレ嬢なら、そう言うだろうね。此処まで状況が整理されていれば、もう容赦なんてしていられないだろうから。でも、一つ問題がある」

「問題?」

「そう、問題」

 シンクの疑問符を受けて、シガレットは鷹揚な態度で頷く。

 眉根を寄せるエクレールに笑いかけながら、蓋を開いて見せた。

 

「たった一つの答えを当てにし過ぎている、そう思わないか?」

 

「それで、ガキンチョどもって事かよ」

 なーるほど、と息を吐くガウル。

 漸く話が元の位置まで戻ってきたと、どうにも疲れた態度だった。

 シガレットもぞんざいに頷く。

「ああ。つーても、割りと偶然の要素も大きいんだけどな。俺も初めはレオ様の作った流れに沿うつもりだったし。つーか、占いを当てにしすぎるってのは本当に……リコたんに頼んでみた資料が本当に出てきちゃったのが拙かったよなぁ」

「本当に?」

「いやね、初めはこんな大げさにやるつもりは無かったんだよ。奥ゆかしく最後の場面だけ、姫様方の喧嘩シーン辺りに空気を読まずに参上しようとか思ってただけで」

「それ、奥ゆかしいとちゃうで」

「煩いよアホ虎。―――兎も角、本当はね、解ってはいるのさ、理性では。こんな大げさなまねする必要が本当にあるのかって事くらい。ただ、どうしてもね。……これだけ状況証拠が揃っていて、それでも消極的なやり方を貫けるほどに俺は信念を曲げられない人間だったらしくて」

「……まるで、何もしなくても万事が丸く収まる、とでも言いたげな態度だな。それに……信念?」

 その場の勢いでばかり生きる男が、口にするような言葉でも無いだろう。

 エクレールは不信感たっぷりにシガレットをねめつける。

 有体に言って、今のシガレットは信用できないこと以外信用できなかった。

 シガレットは苦笑気味に頷く。自分でも、似合わない事を言っている自覚はあるらしかった。

 ―――しかし、次の言葉だけは心底本気だ。

 

「前から何度も言ってると思うけどね。あの人かミル姫か、と言えば俺が優先するのは……」

 

 言うまでも無い。

 この場にいる全員が、シンクですら恐らく理解できていた。

 が、それゆえに理解できないことがある。

「あの、今の話って……姫様が死んじゃうかもって言う、話ですよね? それを、閣下がお守りしようとしているって」

 ミルヒオーレの気持ちを考慮せずに。

 つまり、レオンミシェリの気持ちを優先しようと考えれば、本来シガレットがとるべき行動は。

「一番乱暴なやり方だったら、何も言わずに問答無用でミル姫からエクセリードを奪い取ってしまえばそれでよかったって事なんだろうね。―――ただ、それをやろうと思えるほど、俺は空気が読めないわけじゃない。ミル姫の気持ちも理解できるしね」

 長い付き合いだし。

 遠くを見る目線で、シンクに語る、それと同時に背後に手を差し出していた。

 背後に立つビオレが、当然の仕草で紐で閉じられた書類を手渡す。

「だけど此処に、少し問題になる内容が書かれていた訳だよ」

「それは……」

「待て。その丸まった字は、ライムのものだな。―――と言うことは、それはひょっとして……」

「エクレ嬢正解。君の家に届いた妹たちからの手紙だよ。内容は……」

 

 星読み。その結果を記した物。

 

 そこに、シガレットに決断を促す内容が記されていた。

「七人分。二人はレオ様と同じ未来を見て、残りの五人は危機を払ったという未来を見た。その五人のうち四人が同じ内容を見たのだから、頑張れば無事危機は払えるに違いないだろうと安堵を覚えるには充分だと思う。危機があるのは、レオ様初め全員が見た未来に事実としてあるけれども―――曰く、『神剣パラディオンの所有者と、聖剣エクセリードの所有者が、大地を侵す魔を払う』だそうな」

 こう言うのは数が物を言うよね、と書類―――妹達の手紙をぱらぱらとめくりながら、シガレットは気の無い風に言った。

「パラディオンって……」

 自身の手の中に戻ってきている指輪に視線を落として、シンクが呟いた。

「そう、今のパラディオンの主は、キミだ。統計的なものを信じるとすれば、キミとミル姫さえ居れば、このヤバイ空模様もどうにかなるって話だね」

「では何故、姫様を……」

 あのように眠らせて拘束してしまったのか。

 エクレールの疑問も当然だろう。

 それは当然の疑問だと、シガレットも頷いた。

 

 しかし。でも、と続ける。

 

「危機を払うって言う未来を見た五人全員が、同時に同じ未来を見ている。―――『魔戦斧グランヴェールの所有者が血の海に沈む』と言う、その姿を」

 

 雷鳴が轟いた。

 

「三日前、ガレットの騎車に紛れて国境を越える途中に、実家に立ち寄った。妹たちにもう一度星読みをやらせたけど、一ヶ月前の時とは違い、今度は七人全員が同様の未来を見たよ。『大地を侵す魔は払われる』」

 

 でも(・・)

 

 言葉にするのも嫌だと、シガレットはそこで口を閉じる。

 誰もそれ以上彼に、言葉を求めることは無かった。

 なるほど、そうであれば彼は動くだろうと、誰もが納得していたのだ。

 

「俺はあの人を優先する。例え決意を固めたミル姫の気持ちを無視することになろうと、些か以上にミル姫を危険な目に合わせようと。勝つ見込みをふいにして、皆を無茶に巻き込もうと。俺は、あの人を優先する」

 

 誰もが暗い表情で口を閉じる中で、シガレットは独り言のように呟いていた。

 

「ほんっと、姉上と似た者なんだよな、コイツ……」

「まぁ、アニキだし」

 何でこんな場所でのろけ話を聞かされなければならないんだと吐き捨てるガウルと、その横で苦笑するジョーヌ。

「主義に一貫性があるのは、良い事なのでは?」

「レオ閣下の見た未来の内容を知ってしまえば、迂闊な真似とも言い切れないでありますからね」

 ユキカゼとリコッタが、消極的な雰囲気で同意を示す。

「僕、頑張ります。姫様の分も!」

 シンクの答えは明確だった。 

 何となくの流れで、全員の視線がそのままエクレールへと集まる。

「む……」

 彼女は一瞬言葉に詰まった後で、わざとらしい咳払いを一つして口を開いた。

「ま、魔物退治など、元より我等騎士の本分だ。姫様のお手を煩わせるのはいかないと言う貴様の意見も……その、理解できないわけではない」

 最後の方はごにょごにょと口の中で言葉になっていなかったが。

「ツンデレだねぇ、相変わらず」

「よりによって貴様が言うか……っ!」

 シガレットの言葉に、エクレールは顔を真っ赤にして肩を震わせる。

 必然、ほぐれた空気に各々表情を和らげたところで―――。

 

「―――時間で、ござるな」

 

 ブリオッシュが目を細めて、立ち上がった。

 その言葉が何を示しているのかは、今更問うまでも無い。

 皆、頷いて席を立った。

 

「第一段階として、リコたんの新型砲とヴェールの弓による砦直上に現れる魔物に対しての牽制の意味も込めた射撃。それで倒すのは不可能と予定して、第二段階に航空兵力による直接打撃を用いて落下してくる魔物の軌道変更を行う。要塞外縁に落下した魔物に対して突入部隊が()を目指して侵攻。魔物の核は資料によると魔物の首筋の位置にある、らしい。まぁその辺は臨機応変によろしくということで―――尚、その途上に魔物が使役する怨霊化した土地神達による妨害があると思われるので注意するように。足止め部隊は砲兵と連携して魔物の直接的な移動を阻止すること」

 

 屋上へ上がるためにエレベーターへ向かう者、砲兵部隊と合流するために階段の方へ向かうもの。

 決意の表情で進む彼等に、シガレットは手短に計画を伝えていく。

 そして最後、少し躊躇いつつも、一言。

 

「じゃあ―――うん。姫様たちのためにも、頑張りましょうか」

 

 応、と。皆が頷いた。

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

 やぁ、お帰り。随分早かったね。

 え? 蜘蛛の子散らすように逃げてった?

 ……逃がしちゃったのか……ああ、いや、なんでもない。

 世の中は諦めが肝心って言葉があるからね、うん。

 どーせ後で、記念ですとかにっこり笑顔で黙らされるだけだから。

 

 ―――うん? いやいや、そんな事ないよ。

 

 オレはどっちかと言えば、殆どの事を諦めてばっかりだと思うけど。

 いやまぁ、諦めって言葉が悪ければ、妥協、と言うかさ。

 一歩離れたところで見ている、とかの方が多分本当は性にあってると……いや。

 

 ―――そりゃ、そうさ。

 

 大抵の事には妥協できたって、絶対に妥協できない事の一つくらいは、オレにだってあるさ。

 ミル姫? 

 ああ、いやまぁ、そりゃ、勿論ミル姫のためなら頑張りますけど……そうじゃなくて。

 ひょっとして、言わせたいのかアンタは?

 いや、別にいいけどさぁ。

 

 ―――あのねぇ。

 

 貴女のためなら、オレはどんな事だってしますし、最後の最後まで徹底的に、無様に泥を啜る事になろうと悪あがきしますよ。

 またもう一度あんな化け物が出てくるようなことがあっても、です。

 

 ―――…………。

 

 ビオレさん、居る?

 ……ああ、うん。そのままベッドに放り投げておいて。

 それから、フラン兄の手元にあるレコーダー破棄しておいて。

 いや、ジャンさんでも同様に。

 じゃ、ヨロシク。

 オレもこのまま寝ますから……え?

 

 はぁ!?

 ……いや、そりゃまぁ、……でもほら、今日はもう、本人もう寝て……。

 ……はいはい、そうですね。

 うん、案外そういうところありますよね、その人。

 

 ―――あんた等、帰ったら、絶対酷いからな……!

 

 ………………ええぃ!

 

 ―――『愛しているよ。おやすみ、レオンミシェリ』。

 

 これで良いんだろ、畜生!

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

 



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決着編

 

 

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『十一日目・グラナ浮遊砦魔獣迎撃作戦記録映像』

 

 新型砲から放たれた凝縮輝力弾が、選抜された弓騎士達が放った輝力の矢が、黒雲の狭間から下り来る巨大な球状の物体を襲う。

 心の臓腑の如く鳴動するそれに、次々と突き刺さる色とりどりの輝力弾。

 着弾し、弾け光と煙を撒き散らしながら―――しかしまるで、効果が無い。

 見上げる物全てを圧倒するような巨大な物体は、落下する速度を緩めぬまま、傷一つ無くそこに存在していた。

 

 ―――否。

 鳴動は次第にその勢いを増していく。

 まるで。いや正しく内側から殻を破るような勢いで、物体の中身(・・)の動きは激しさを増した。

 物体が元の形を維持できぬほど。

 内側に存在する何かの形を想起させてしまうほどに。

 

 目覚めようとしているのだ。

 拘束を引きちぎろうとしているのだ。

 

「思えば遠くへきたものだ……ってヤツなのかな」

 黒雲に紛れて身を隠していたシガレットもまた、その光景を見ていた。

 伝説に記される巨大な魔物がいよいよ目覚めようとしている、その様を。

 空の上で、雲に紛れ、独りで。

 

 独りではない。

 独りではない。

 

 復唱する声は、形を持たぬ、しかし確実に自らの傍にあるものとしてシガレットに届いた。

 そう、彼は一人ではない。

 握り締めた巨大な戦斧が、指に嵌められた青い宝玉を頂いた指輪が。

「頼りにしてるよ、本当に」

 輝力で固めた青い翼を踵の位置から生やして、シガレットは緊張を隠せぬ声でそう漏らした。

 案ずるな、とばかりに明滅をくれる二つの宝剣の、なんと心強いことだろう。

 

 ―――とは言え、安堵してばかりも居られないのだが。

 

「砲撃は予定通りたいして効果なし。―――強力な封印が、逆に攻撃を通らなくしちゃってるってことなんだろうなぁ」

 内側で激しく暴れる巨大な魔物を、未だに縛り続けている殻。

 二百年前の宝剣の所持者が作り上げた封印の紋章術の、その威力に畏敬すら覚えた。

 畏敬を感じながら―――しかして。

「宝剣の力には、宝剣の……」

 海を割り、嵐を断つと伝えられるガレットの宝剣、魔戦斧グランヴェールをきつく握り締める。

 意思を持つ巨大なハルバードは、自らの現状の(・・・)握り手の意思を的確に解釈して、己が姿を変形させた。

 

 蝙蝠の羽の如く、凶々(まがまが)しい武器としての姿を隠そうともしない二振りの刃を縮め、替わりに、先端に備えられた鉾部分を肥大化させる。形状は、鏃の姿を連想させる、鋭く尖ったものだ。

 加えて、長柄を二倍の長さに伸長させてしまえば、その姿は最早斧とは言えなかった。

 

 ()だ。そして同時に、()でもあった。

 つまりは明らかに、投擲に適した形状である。

 

 そして変化は、グランヴェールだけには留まらない。

 指輪の形を保ったままだった神剣エクスマキナが、その青い宝玉を煌めかせた。

 光はシガレットを空に支える踵から広がる二枚の翼と絡み着き、凝縮された輝力の塊に過ぎなかったそれに、遂に確かな姿を与えた。

 幾枚もの薄い鋼の羽根を重ね合わせた、巨大な翼。

 天空を制する者だけが持つことが許された真の翼を、シガレットは此処に手に入れたのだ。

 

「遠くへ、来たものだよ……ホント」

 感慨の呟きと共に、長大な投槍を振り被る。

 鋼の翼をはためかせ、まるで黒雲の狭間に確かな大地があるかのごとき振る舞いで膝に、腰に力を溜めてゆく。

 視線の先には唯一つ、視界一杯を覆うほどの巨大な姿を曝す、殻に束縛された魔物の影。

 

 影。

 未来を閉ざす黒い影。

 

 ―――必ず、振り払うのだ。

 

「~~~~ぁあっっ!」

 音にすらならない裂ぱくの気合の声を吐きながら、シガレットは渾身の力を振り絞りグランヴェールを投擲する。

 音を切り裂く速度。巻き起こした衝撃波だけで、黒雲が容易く切り裂かれていく。

 それは一直線に、一秒の間すら掛からずに魔物と、それを束縛する封印の紋章術によって作られた殻に到達する。

 到達し、そして貫く。

 

 ――――――――――――ッッッ!!

 

 国境地帯全域に響き渡るようなその音は、魔物の吼え声か、或いは神速に至った宝剣の激突音だったのだろうか。

 それ自体が圧力を伴うような凄まじい音が鳴り響く中で、投擲を終えたシガレットは、既に次の動作に移っていた。

 翼をはためかせ、体を構えなおす。

 視線の先は一点。

 殻を打ち貫き魔物の肉を抉った、自らの得物、僅かに覗くその石突の部分。

星天烈光(スターライト)……」

 必然の如く漏れた声に従い、鋼の翼がに青の煌めきが宿る。

 生命の光が、雄々しく滾り、迸る。

 翼は青を宿したまま一度だけシガレットの身体を包むように姿を閉ざし―――そして。

 

撃滅破(ブレイカー)ぁあああああああっっっっッ!!」

 

 彗星が尾を引き、空を切り裂く。

 先触の流星の一矢が暗雲を抉り貫き作り出した道を、青い光弾が一直線に進む。

 音など、最早遠く。

 光すら置き去りにする速さで、シガレットの渾身の一撃が、今、魔物へと突き刺さる―――!

 鋼の翼を宿した足刀が、宝剣の石突を違えることなく打ち貫く。

 翼に宿った青い光が魔物を抉る槍に伝わり、それを相乗する。

 黒雲よりも尚黒い、そして巨大に過ぎる影が、揺れる。

 一直線に浮遊砦を目指して落下を続けていた巨体が、その進路を歪め、ずらす。

 人の身では到底動かすことが叶わぬであろう巨大な岩山が、遂に、揺れ動いたのだ。

 砦の屋上にてその光景を見上げていた騎士達の脇を抜けて、谷底の深い森めがけて、魔物は青い光の尾を引いて落下していく。

 最早間違えようも無い、巨大な魔物の苦悶の呻きと共に、大地へと崩れ落ちていく。

 

 崩れて落ちて―――だが、まだ。

 

 狂乱する魔物の暴走によってか。

 二つの宝剣の威力によって相乗されたシガレットの奥義の尋常ならざる威力が故か。

 或いは、ただ時が来たと言うそれだけの意味なのか。

 

 二百年の時を超えて魔物を縛り続けてきた固い封印の殻、そこにくまなく皹が走り、目で追うのも侭ならぬ速度で片端から砕け散っていく。

 腹の位置を抉り貫かれた魔物の巨体が、地に叩きつけられ未だ尚、狂乱の瞳を轟々と燃やし続けるその姿が、遂にあらわとなった。

 背から腹にかけて、内腑を剥き出しにするほどに身体を抉られて尚、四つの脚で大地を踏みしめる巨体。

 五本の尾を怪しく揺らめかしながら、犬歯をむき出しににして吼え声を上げる。

 口から、零れ落ちた臓腑から、或いは揺らめく五尾の内から、瘴気があふれ出しやがて哀れな虜囚の魂を形作る。

 かつて魔物に食い荒らされた土地神達の成れの果て、今や、未だ存在し続ける我が身の不幸を呪い続ける怨霊の類に他ならなかった。

 狂気の瞳を隠そうとはしない魔物は、血肉を大地に零れ落としながらも尚、活動を止める気配は無い。

 四つの脚で森を踏み荒らし、巨木を蹴倒しながらゆっくりと身を返して、浮遊する砦を睨みつけ、吼える。

 

 ―――その内側にある、自らを封じた宝剣を食い千切らんとして。

 

 そう、戦いは終わった訳ではない。

 むしろ此処からこそが始まりなのだ。

 魔物を魔物足らしめる、憎悪、負の想念の元となる核を破壊するまでは、戦いは終わらない。

 終わらせる方法を、知らない―――ならば、そうするだけのこと。

 一足早く魔物の背中に足をつけたシガレットに続き、砦の屋上で待ち構えていた騎士が、そして勇者が飛び出していく。

 魔物めがけて、迫り来る怨霊たちを切り払いながら。鞭の様に撓る尾の上を駆け抜けながら。

 当然、魔物の足元でも戦いは始まっている。

 角度を直した砲門が次々と火を噴き、放たれた矢の雨が降り注ぐ。

 それを掻い潜るように小さな影が腕に滾らせた輝力の爪を振るう。渾身の力を込めた鉄球を、炸裂させる。

 巌のようなこれほどの巨体である。

 脚の一本でも砕いてしまえば、歩くことはおろか、自重を支えることすら侭なるまいとして。

 

 それぞれの場所で、それぞれが。

 唯一つの目標を目指して、戦いを始める。

 魔物を倒すため。

 魔物を打ち滅ぼすため。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『十一日目・ミルヒオーレ・F・ビスコッティ著〈回顧録〉より抜粋』

 

 ―――そして、彼女達は目を覚ました。

 

「……ミルヒ? 何故」

 自らをまどろみの底より揺り起こしたその姿を認識して、レオンミシェリは目を見張る。

「レオ様、良かった……」

 伏せた姿勢のレオンミシェリの傍で膝をついていたミルヒオーレは、彼女の覚醒を理解して安堵の息を漏らす。

 身を起こしたレオンミシェリは、状況の把握に努めようと周囲に視線を送った。

「此処は……」

「解りません、目を覚ましたら此処に。レオ様が倒れていらっしゃるのを見つけて……」

 呆然と呟くレオンミシェリの言葉に、傍に寄り添っていたミルヒオーレもまた、戸惑いを隠せない声で応じた。

 

 空には暗雲が満ち。

 見渡す限り、かつて森であったと思われる荒廃した大地が広がっていた。

 

「何故、我等はこのような場所へ。ワシは確か……」

 重たい身体を引きずるように立ち上がりながら、レオンミシェリは記憶の底を漁る。

 過去。此処に居る前の自分。一番最初に見えた姿。

「シガレット……あやつ」

 その男に抱きとめられた感触を思い起こしてしまい、必然、頬に熱が宿るのを感じた。

「これ、シガレットの仕業なのでしょうか? レオ様が血まみれで倒れていらっしゃったのも」

「ワシが、血……? いや待て、ミルヒ。そもそも何故お前は……っ!?」

 突然、レオンミシェリはミルヒオーレを抱き寄せる。

 何かから守るように、青いマントの内側へと。

「レオ様?」

 かつてと変わらぬ温もり安堵しつつも、そればかりに気をとられて入られない。

 ミルヒオーレはレオンミシェリが厳しい視線を向ける先に、自らも顔を向けて―――そして、見た。

「……どなた、ですか?」

 

 白い姿。

 彩る金の文様が、その存在を神聖なものだと伝えていた。 

 

『お願いしたき儀があり、失礼ながら及び立て申し上げました。―――宝剣の姫君達よ』

 

 小さく、薄く、か弱き、しかし美しい一体の狐。

 ゆっくりと、ミルヒオーレたちに頭を下げた。

 頭を下げながら、言った。

 

『どうか、我が子をお救いください。この苦しみから、解き放ってください』

 

 子を想う母の気持ちを、伝えたのだ。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『十一日目・レオンミシェリ・ガレット・デ・ロワ著〈戒め〉より抜粋』

 

 

 そこは、深い森の中だった。

 生命力に満ち溢れている筈のそこは、しかし実際にはただの幻影に過ぎない。

 今や記憶の彼方へと通り過ぎた、過去の再現。虚構の舞台だった。

 

 舞台の中央には、倒れ付す子狐の姿が在った。

 その腹には、瘴気を纏わりつかせた妖刀が突き立っていた。

 その光景を、三つの女が見ていた。

 

 母だった存在と、少女だった存在、そして今尚少女である筈の存在が。

 

「ご母堂、そなたの仰りようは理解した」

 

 語り終え、頭を下げる白い狐―――かつて、人の踏み入れぬような深い山奥に存在した原生林の土地神だった存在に、レオンミシェリは神妙な態度で頷いた。

 

 神話として語り継がれてもおかしくないような、古い時代の話だった。

 

 平穏に暮らしている者達が折り、ふとしたきっかけでその平穏は打ち破られて、悲しみが大地を満たす。

 母の嘆きは最早届かず、禍々しき妖刀に臓腑を穿たれた幼い子狐は魔獣へと姿を変えて大地を蹂躙し、生命の営みを汚していく。

 自らの行いに涙しながら。

 自らを穿ち続ける痛みに涙しながら。

 いずれ、どこかの国の王様が、それを大地へと封印するまで。

 

 だが、目覚めてしまった。

 否、そもそも眠ってなど居なかったのだ。

 禍つものは自らが貫き傀儡とした存在に安穏たる眠りなど一片たりとも与えたりはしない。

 大地に縛り付けられてからの二百と余年。

 かつて無垢な子狐だったものは、その間ずっと、ずっと妖刀が放ち続ける怨嗟の声に傷みつけられていたのである。

 涙を流し、苦しんでもがいて。

 そして遂に、封印に綻びを与えるほどに。

 

 最初に子狐だったものに食い殺されたのは、その母狐たる土地神だった。

 母狐は愛しき子の内に閉じ込められて尚、自らを失うことは無かった。

 他の、食い殺され腹に収められた土地神達が怨嗟に魘され我を無くして行くのとは対照的に、母狐は母狐のまま、子狐の内で自らを保ち続けていた。

 

 全ては、母の愛が故。

 いずれきっと、この子を妖刀の呪縛から解き放ってあげるのだと、その一心で。

 最早身体も朽ちて存在すら曖昧になりかかっていながら、それでも今日この日までそこにあり続けた。

 

 全ては、この時のため。

 遂に見つけた、自らの子を解放する手段。

 自らの子を憎悪の呪怨から解き放ってくれる存在に託すために。

 母狐は、当の昔に失われた力を振り絞って、その存在を自らの傍へと呼んだ。

 夢の中の、曖昧なカタチで。最早それ以上の力が無かったから。

 

「ご母堂、そなたの仰りようは理解した」

 

 そして全ての話を聞き終えた宝剣の姫君の一人が、遂に決然たる頷きを示した。

 妖刀に取り込まれ魔物と化した子狐を解き放つ手段は一つしかないと理解していながら。

 彼女は、母狐の想いに頷いてくれたのだ。

 

「ミルヒ、エクセリードをワシに」

 

 レオンミシェリは傍で共に魔物の真実を見ていたミルヒオーレに、手を差し出す。

 心優しき、愛しい妹姫に。

 優しい彼女に、痛みを背負わせないために。

 自らの手で妖刀ともども哀れな子狐を切り捨てるために―――そのために、彼女の持つ宝剣を求めた。

 彼女の宝剣はこの場に存在しない。

 魔戦斧グランヴェールは、如何なる理由かはレオンミシェリとて窺い知れぬが、彼女以外の誰かを今は主と定めているらしかったから。

 故に、この夢とも現とも図れぬ空間に唯一存在する宝剣、ビスコッティの領主の証たる聖剣エクセリードの貸与を求めた。

 だが。

 

「いいえ、レオ様」

 

 それは出来ません。

 強い口調で、今尚優しき少女である筈の女は言った。

 決然たる眼差し。

 自らの行いを確信した者だけが持つことが出来る瞳の光をそこに見て、レオンミシェリは戦慄の念を覚えた。

 

 ミルヒオーレ・F・ビスコッティ。

 

 愛しき、幼き少女。

 愛すべき、守るべき。守りたい。

 だがそこに居たのは。レオンミシェリの目の前に居るのは。

 

「悲しみの上に悲しみを積み上げるような結末を……私は、ビスコッティが領主ミルヒオーレ・フィアンノン・ビスコッティは、絶対に認められません!」

 

 眩しいほどの輝きを、レオンミシェリは見た。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『十一日目・グラナ浮遊砦魔獣迎撃作戦記録映像』

 

 

 手詰まり。

 

 少なくともシガレットの周囲の状況においては、その一言が的確だった。

 山のような巨体の魔物の背の上であるならば、そこはちょっとした平原程の開けた空間が存在しているのが当然だ。

 自らが抉りぬいたその一部、まるで砂丘か汚泥のようなおぼつかない足元の感触に難儀を覚えながら、シガレットの戦いは続いている。

 宝剣を振るい切り結ぶのは、無数の霊魂の軍団。

 意思の欠片も統一性すら感じられぬ、しかし視界を埋め尽くすほどに飛び交うその数の威だけで充分な脅威である。

 加えて、どういった原理か全く窺い知れぬが、五本の巨大な尾のうちの一本が魔物の本体から分かれて、眷属とでも言うのだろうか、見上げるのには充分な巨体を持つバケモノを完成させていた。

 それらが、間断なく襲いかかってくるのだ。

 

 魔物の核を目指して侵攻している―――筈の―――シンクたちをサポートするための囮となっていると考えれば、満足すべき状況なのかもしれない。

 彼等の状況が全く見えない故に、どれだけ役に立っているかは甚だ疑問だったが。

 可能な限り早くどうにかしてくれと、シガレットは願わずにはいられない。

 避けてかわしては彼の得意とするところだったが、幾らなんでも限度と言う物がある。

 最初の一撃で輝力を振り絞ってしまったのも痛い。大技など、早々連発できる筈が無く、一撃必殺での状況改善など、最早望むべくも無い。

 そもそもこれほどの規模の魔物の集団との戦闘経験などシガレットにあるはずも無く、故に先ほどから、予想外の方向から不意を撃たれて傷ばかりが増えていく一方だ。

 ついでに言えば、脚を振り回して空を舞うのは得意だったが、鈍重な得物を遠心力で叩きつけるような戦い方は、彼の好みからは到底外れていた。

 そもそも、小生意気に飛び回る怨霊の群れを振り払うには、この馬鹿でかい斧は取り回しが悪すぎる。

 宝剣であるならば形状を変化させれば良いではないかと誰もが思うのだろうが、如何せんそれが出来ない事情がシガレットにはあった。

 できれば、斧の形のままにしておきたいのだ。

 

 既に足元に流血が溜まるような、見たまま生命の危機と言って過言で無い状況に陥っていながら、それでも尚シガレットはグランヴェールの形状を変化させることは無かった。

 

「ある意味予定通りっ、なんだろう、けどぉっとぉお!? ―――疲れたし痛いし恐いしで、あーもうどうしてこうなっちゃうかなぁ、もぉ!」

 

 弱音を冗談に紛れ込ませて精神を奮い立たせながら、シガレットは頼りない汚泥の足場の上で斧を振るう。

 息が切れるのが明らかに普段より早い。

 それが勘違いである筈が無く、即ち、大地の加護の力の低下と、魔物のハラワタを足場にしているが故に、身に直接降りかかってきているであろう呪詛の仕業に違いなかった。

 

 足がふらつく。

 飛び上がることなど考え付かないほどに、疲れが溜まっていた。

 斧の一振りと共に血霞を振りまきながら、次第に思考がおぼつかなくなってくる。

 ―――それでも尚、動くことを止めない。

 どのみち最終的には自身の望んだカタチに事が収まるだろうことが解っているという安堵があったから、ただ、力の続く限り身体を動かすのみだった。

 

 それでいい。

 何も間違っていない。

 血に塗れて倒れ付す魔戦斧グランヴェールの主。

 確率七分の七の極めて現実味の高い未来予想図の完成は、今や目前と言えた。

 

「っ! がぁっ!?」

 

 そして、遂に。

 ぐらりと揺れる身体。

 支えが効かないまま、魔物の眷属になぎ払われて魔物の臓腑の中に突き倒されそうになって。

 そして、遂に。

 

「人の得物を阿呆のように振り回しよってからに。戦場で何を遊んでおるのじゃ、阿呆が」

 

 自らを抱きとめる柔らかな感触、香る女の匂いの淵で、シガレットは意識を手放した。

 事態の途中で、恥の一片も抱かぬまま。

 終わりを見届けることなく、安堵を抱いて。

 

 シガレットはそこで、意識を手放した。

 

 そして、暫らくの後。

 

 次に彼が目を覚ました時には、何もかもが全て問題の一つも無く万事安泰の元に解決されていた。

 彼の望んだとおり。

 彼にとって優先するべき一つが、彼の望んだカタチを保ったまま。

 

 全ては無事、解決したのだった。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『十一日目・アシガレ・ココットの手記より抜粋』

 

 

 目を覚ましたら姐さんにぶっ飛ばされました。

 そのまま何も言わずに部屋から出て行くもんだから、とりあえず言わなきゃいけないのかなぁと思って『ツンデレ乙』とか口走ってみたら、閉じられた扉の向こうで何かが粉砕される音が聞こえました。

 ……天井から埃が零れ落ちてきたのは、何も考えるなと言うことなんでしょうか。

 

 え? 何よ二十台フリルメイド。

 

 むしろ考えろ?

 ははは、ご冗談を。考えると欝になるんだから冗談に逃げるしか無いじゃないですか。

 つーかもう、やだホント。

 私今回は結構真面目に頑張ったつもりなんだけどなぁ。

 なんだろうねー、このガッカリな終わり方。

 目が覚めたら全部解決してました、とかちょっと無いわ。

 聞けば、結局最後はヒーロー&プリンセスが力技で全部持って言っちゃうっていう馬鹿馬鹿しいにも程がある現実が待ち受けてるなんて。

 何さこれ、ホントに努力した意味が果たしてあったのかどうかっての。

 あーもう、マジやってらんねー……って、メイドさん、何よこの紙束。

 

 ……報告書?

 

 あーそーねー。

 私の責任で好き勝手にやったんだから、事が終わった後はとっとと書面に纏めろって話ですよね。

 時間が無かったから事後承諾でって感じで現場の判断優先で強引に事を進めてたし。

 そりゃ、正式な書類なんて今から用意しないと存在しねーわ。

 つーか予算とかどっから引っ張ってきたの? S資金使った? 

 ……ほぅ、デ・ロワ家のポケットマネーですかってお前それ大問題じゃねーか!

 関係商会から書類取り戻して全部書き直せ! 今すぐに……って、私がそれをやるのかー。

 

 片足皹が入って全身傷だらけの人間に厳しい話だこと。

 

 うん?

 しょんぼりさんのコンサートが夜から……はぁ、今回の戦の中断に関しての慰撫を篭めて、ですか。

 S席取ってあるからそれまでに終わらせろと。

 今何時よ? うわ、もう直ぐ日が沈むじゃねーか。

 ああもう、はいはい。やりますから、うん。

 やるから、その前にコーヒー入れてもらえる? 

 お得意の睡眠薬は抜きで良いから。

 つーか今更だけど、ワインの年代指定しただけで睡眠薬入りのブツが出てくるとか、ここのメイドの教育ってどうなってんの?

 え? 嗜み? ははは、嘘付けー。お前等の趣味だろ、それ。

 

 ―――はぁ。にしても、なんだかなぁ。

 結局、こういう不真面目な感じが私には似合ってるんだろうなぁ。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『十一日目・アシガレ・ココットの手記より抜粋』

 

 

 結果を一言で語ってしまえば、『宝剣マジパネェ』とでも言えばいいのか。

 むしろパネェのはウチのしょんぼりさんだったような気もするけど。

 いやもう、しょんぼりさんとか言ってられないね。しょんぼり様だわ。

 ありがたや、ああありがたや、ありがたや。拝み倒したい気分です、しょんぼり様。

 さっき本当に拝んでやったら緑の人に殴り倒されたけど。

 おま、ちょっと待てよ、私怪我人だっつーの。自分は勇者殿に守られてたから怪我してないから良いけどさぁ……いや、正味な話、女の子だから肌に傷とかつかなくて良かったよね、マジで。

 フロニャ力が減少してたから加護での回復とか出来なかっただろうし。

 

 ……この怪我の傷、残っちゃうんだろうなぁ。

 

 閑話休題。

 

 具体的に書き出すと、魔物の事情を聞いてブチ切れモードのしょんぼりさんがエクセリードの本気を引き出してオーガニック的な現象で何とかしたらしい。

 不思議な話しだよねぇ、砦の中枢で眠っていた筈のしょんぼりさんと姐さんが、次の瞬間魔物の背中の上に颯爽登場してくれるんだから。

 具体的に説明するとか、ほぼ不可能なファンタジーな世界に首を突っ込んでますし。

 いや、元々フロニャルドはファンタジー丸出しでしたっけ。

 ええと、兎も角。

 私は丁度、そのタイミングでダウンしてしまった訳ですが、その後はノリの良い勇者殿が何時ものノリの良さを発揮してしょんぼりさんと一緒に魔物の核となっていた土地神の子供を救出したらしい。

 因みに土地神を魔物に変えていた原因の妖刀に関しては、年中行事の一環として流浪人さんが封印してくれたそうです。

 核を失った魔物は取り込んでいた怨霊化していた土地神達の魂を解放して砂に変わって崩壊して、皆も誰一人欠けることなく魔物の傍から脱出して、これにて一件落着、だとさ。

 魔物の足元で暴れてた白髪とか鉄球おじさんとか虎とかチビとかも、皆無事。

 あ、新型砲を作るためにちょっと忙しかったリコたんがお疲れ様でばたんきゅーだったらしいですけど、それも夜には復活しそうだしなぁ。

 遠距離攻撃しかしてないエロウサギに傷なんてついてるわけねーし、来るなって言ってるのに勝手に近づいて危険な位置からカメラ回してた兄ちゃん達も普通に無事だったし。

 愛しの紫の人は突然消えた姫様方を探して大慌てだったらしいけど、その辺の文句を言われても知りませんとしか私には言えんわ。

 宝剣のやることなんか私には理解できませんので。

 イケメンとハンサムは無事に兵隊さんたちを一人も欠けることなく無事に退避させることに成功したらしいし、いや本当に、あんなバケモノが出てきたってのに死者ゼロ名とか、奇跡としか言いようが無い。

 

 ……しょんぼりさんマジパネェ。

 

 借り物の力ではしゃいでいた私がおろかだったとは思いたくは無いけど、同じ得物を使ってこうまで見事な結果を出されちゃうと、私としては立つ瀬が無いと言うか。

 いやね、さっき見舞いに来た流浪人さんたちとも話したんだけど、どうもあの魔物、あの人のチートパワーを以ってしても正面からぶつかりたいような相手では無かったそうな。

 じゃ無きゃ二百年前も封印なんて処理で終わらせたりしねーよ、とか言われてしまえばそりゃそうだって頷くしかない。

 うん、私も薄々気付いてはいた。

 宝剣二つでブースト掛けた必殺キックが貫通しなかった時に、これは拙いわと、解ってはいた。

 無事に終わったあとだから言える事だけど、ホントにアレだね。

 見積もりの甘さを痛感しました。

 何時ものちょっとした憑き物程度とは違うと理解していた筈なのに、まだまだ考えが甘かった。

 案外最初の一撃だけで倒せるんじゃねーかなとか思っていたあの時の私を、背後から全力で蹴り飛ばしてやりたい気分です。

 いやいや、きつかった。

 下手すりゃマジで星読みの通りに血の海に沈んでたんだなーと、今考えるとぞっとします。

 

 ―――それにしても、だ。

 結果論で語ってしまうと今回の件って、私の存在意義まるで無かったんだろうなぁとか本気で思うわ。

 私が勢い余って首を突っ込まなくても、結局しょんぼりさんがなんとかしちゃった気配がビンビンしてくるし。

 さっき勇者殿にちょろっと聞いたけど、宝剣が真の力を解放した時に怪我を治してくれたとかチート染みた発言をしていたし……冷静に思い返すと、『血の海に沈む』って未来は別に『死ぬ』って未来と同義語では無いって考えも出来るんだよね。

 そう考えると、あの時焦ってしまった自分が恥ずかしい気も……いや、しないわ。

 次に似たようなことがあっても、多分私はもう一度同じ風に動くね。

 そういうもんだよ、人間って。

 今語ってることなんて全部結果論から来る都合の良い想像に過ぎないし、実際その場で動いて見ない限りどうなるかは解らないんだから。

 

 IFの話は後世の歴史家にでもやらせればいいや。

 公式記録として私の一次的なガレットの王権の簒奪とかも記録されちゃってる訳だし、きっと色々意見も飛び出てくるに違いない……いや、なんか報道部が既に工作活動を始めてるのが実に気になるんだけどさ。

 つーかさぁ、兄ちゃん。

 『愛に全てを』とかあること無い事勝手に新聞に書き散らすんじゃないよ。

 私はこんなインタビューを受けた記憶ねーから! 

 何時やったんだよ、この王権の委譲に関する緊急議会とか!

 そんな会議無いし、全会一致で採択されたとか支持率百パーセントとかそういうの無いから!

 

 ああヤダヤダ。

 きっとこうやって、歴史って捻じ曲げられていくんだぜ。

 ま、良いんだけどね私としては、姐さんの経歴に瑕がつかないでくれれば、なんでも。

 いやもう、手遅れなんだけどさ。

 今、生中継で姐さんが緊急会見中だったりするし。

 今回の件の発生の経緯をなんつーか適当に誤魔化しつつ、『思い上がった私が悪かったですごめんなさい』的な。

 

 ……ヤベェ、ちょっと苛っときた。

 へー、ふーん、そう。

 この期に及んでそういう態度取るんだ、姐さん。

 ははは、相変わらず責任は一人で取りますよってか? 

 オーケー、よく解った。私もまだまだ甘かったらしい。

 うん? ああ、兄ちゃん。うん。もうある事無い事好き勝手に書いちゃっていいよ。

 ああそれと、この後しょんぼりさんのコンサートやるんだろ?

 うん。そうそう、プログラムの管理の人呼んできてくれる?

 後そこの二十台のフリル。何時も盗撮してる子連れてきて。

 

 うん。お陰で決心がついたわ。

 ははは、任せなさい。

 あんな、もう二度と一人で孤高気取って終わらせようなんて思えない状況にしてみせる。

 そう、そうだよね。初めからそうして於けば良かったのに、私ってヤツは。

 そもそもそこが一番の失敗だったわ。今更気付いたけど。

 

 おっけーおっけー、もう何か、全部任せなさいって!

 血溜まりに滑り込むのは全然気が乗らなかったけど、今回は別よ。

 

 ええもう、喜び勇んで墓穴に飛び込んで見せますとも!

 覚悟しとけよチクショウ!

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『十一日目・披露宴余興人気投票一位作品〈その時歴史が動いた〉より抜粋』

 

 

 一難去って、夜。

 空は晴れ渡り、星々が眩いばかりの輝きで夜空を彩る。

 ビスコッティ、ガレット両国国境。

 チャパル湖沼地帯の一角に設けられた特設コンサート会場には、その開演を今や遅しと待ちわびる大勢の市民の姿が在った。

 空恐ろしい出来事も、過ぎ去ってしまえば最早遠く。

 呑んで、食って、笑って騒げば日常が戻ってくる。

 戻ってきてしまうのが、この穏やかでなるフロニャルドと言う世界だった。

 

 ―――その、少し遠く。

 

 ちょっとした林を抜けた先に広がるチャパル湖の湖畔に、足を引きずりながら歩く一人の男の姿が在った。

 ある意味、今日の主役とも言える男である。

 何しろこの男は、本人も気付かぬうちに全国紙の号外の一面を飾っていたのだ。

 

 曰く、両国の騎士達の架け橋と成って魔物退治に奔走したと。

 一人の被害も出すことなく今を迎えることが出来たのは、彼の先見の妙があってこそだと。

 事後の両国首脳による共同会見でも、そのことは肯定されていた。

 人々は当然、彼の偉業を唱えるのだった。

 

 流石は天空の聖騎士。

 勇者と並び劣らぬ英雄ぶりよ。

 

 ―――結果論で言えば何も間違っていない。

 何も間違っていないことが、逆に男としては胸に痛かったりもするらしい。

 なぜなら、彼の行動の一切合財は全て、人道的な意味を持っての行動など存在していなかったからだ。

 

 全ては一つのこと。

 優先すべき一を守りきるために。

 それだけのことである。

 

「思えば遠くへ来た物だ、と」

 足元に落ちていた小石を拾って、サイドスローで湖面へ放る。

 数度湖面をはねた後、音もなく、小石は湖の底へと消えた。

 その光景を、何となくの態度で眺める。

 星空の元、星明りを反射して淡く輝く湖を。

「……遠くへ行き過ぎて、見えづらくなってたって事なのかなぁ」

 

「―――何がじゃ?」

 

 じゃり、と湖畔の砂場を踏みしめる足音。

 振り返れば青い影が、見える。

 男は―――アシガレ・ココットはその姿を認めて、薄く笑った。

「色々と……いやそんな事より、レオ様。良いんですかこんなところに居て。そろそろコンサートも始まるでしょうに」

 毒にも薬にもなれない言葉に、レオンミシェリは鼻を鳴らせた。

「お前とて、立場は同じじゃろう。何を一人で油を売っておる」

「はは、ちょっと向こうの空気には馴染みづらくって」

 肩を竦めたシガレット。レオンミシェリは彼の傍に歩み寄りながら、表情を曇らせる。

「……何か、ミルヒに思うところでも?」

 

 ―――それとも、ワシに。

 

 声にならない疑問の言葉に、シガレットは苦笑を浮かべて首を横に振った。

「まぁ、思うところはあるんだけどね。でもそれは、どちらかと言えば自分に対してって感じで……眩しすぎて見てられないって言うかさ」

 あれだけ派手に動いておいて碌な成果を出せず、あまつさえ守ろうとしていた少女達に救われる形となったのだ。

 男のプライドなど、粉みじんで欠片も見つかりそうに無いほど粉砕されていた。

「―――それは、ワシとて同じじゃ」

 慰めていると言うよりは、いっそ自嘲気味の言葉だった。

「今回の一件で心底思い知ったよ。―――占いなど、当てにする物ではないと」

「同感です」

 目上の気分であれやこれやと世話を焼いていたつもりが、結果を見れば自分たちが救われた立場で。

 ため息を吐いてから笑いをする程度しか、二人に出来ることはなかった。

 

『――――――♪』

 

 林の向こうにあるはずのコンサート会場から、メロディが届く。

 顔を見合わせた後で、視線をそちらに向ける。

 アップテンポなメロディと併せて、愛らしい歌声が耳を撫でた。

「……行かなくても?」

「お主はどうする」

 尋ね返され、シガレットは黙る。

 真意を測ろうと視線を重ねてみても、重なっている筈なのに何処かずれているような気分を覚えて、落ち着かない。

 元々絡んでいなかった視線を逸らして、結局、逃げるように一言呟くに留めた。

 

 ―――もう少し、此処へ。

 

 そうか。と、レオンミシェリは頷く。

 それから目ざとく座るのに適した大きさの岩を見つけて、歩を向けた。

 片足を引きずりつつ、シガレットも彼女に続く。岩は、二人が座るに充分な大きさだったからだ。

 

 座り、黙る。

 黙った後で、口を開いた。

 

「色々考えたんですけどね」

「何をじゃ」

「色々です。今回の事も含めて」

 そうか。と、レオンミシェリは頷いた。

 それが神妙な態度に見えたのは、きっと彼女自身も、事が済んでから多くのことを考えていたからだろう。

「何が失敗だったのかなぁとか、やっぱり思うじゃないですか」

「そうか。―――そうじゃな」

「占いを真に受けすぎて道を閉ざすのもアホらしいとか、レオ様も行ってましたけど」

「そうじゃな。ワシもおぬしも、互いに些か、一見便利に見えるものに頼りすぎた」

「思い返すと、何処までが予知の通りなのかって話になりますしね。点の一つが見えたからって、線の流れが解る訳じゃないのに―――まぁそれも、失敗だったんですけど」

 他にもある、と言う態度でシガレットは苦笑する。

 

「ほかに、何が一番、結局間違いだったんだろうなって」

 

 遠くを見上げる。星明りの、きっともっと遠くだろう場所を。

 ひょっとすればその先に未来が見えるのかもしれないが―――それで、見えない場所もあるのだ。

 一つ息を吐いて、隣にある場所に視線を戻す。

 金色の瞳と、今度は違うことなく視線が絡んだ。

「……なんじゃ」

 急激に朱に染まる頬を隠すように、レオンミシェリは顔を背ける。

 可愛いなぁと、心底からの気分でシガレットは笑ってしまった。

「なんなんじゃ、本当に」

「いや、結構簡単なことですよ」

 言いながら、シガレットは自身の襟首に手を入れて、チェーンに絡んだエクスマキナを取り出した。

 首からチェーンを外し、チェーンを解き指輪を手に取る。

「それは……」

 レオンミシェリは青色に輝くその指輪に、一瞬の恐れを覚えた。

 突き返されるのだろうか。

 約束の証を。約束の証、なのに。

 

 しかして現実は。

 

 何も気負いの無い動作で、シガレットはレオンミシェリの手を取った。

 レオンミシェリが反応するよりも早く、エクスマキナを彼女の指に通す。

 

 左手の薬指。

 きっと意味は伝わらないだろうから、顔を上げて視線を合わせた。

 手を取られて、指輪を嵌められ、意味も理解できぬまま、目の前の男を見つめる少女の姿。

 微笑みながら、シガレットは言った。

 

「愛しています。私の妻になって下さい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空白。

 空恐ろしいほどの空白が、二人の間を過ぎ去った。

 ついでその隙間を埋めるようにあふれ出した圧倒的な熱量は、果たして何処に存在していたのだろうか。

「本当は、二年前にちゃんと言っておくべきだったんだと思うんです。言葉にしなくても伝わる関係とか自惚れてないで」

 呼吸のために吐いた息が、思いの外、熱を有していたことに衝撃を受けながらも、シガレットは言葉を舌に載せた。

「そうすれば、貴女は俺に気兼ねする必要が無かったし、俺も貴女に気兼ねしなくて済んだ。少なくとも、二人してヘコんで、無様な苦笑いなんて浮かべなくて済んだ筈なんだから」

 

 だから。遅くなったけど。改めて。

 

「結婚してください」

 シガレットは、レオンミシェリにそう伝えた。

「……」

 レオンミシェリはしばし固まったままだった。

 言葉が確りと認識できているのかも疑問なほど、目を丸く、丸く見開いている。 

 手を取られたまま瞬き一つすることなく身を固めて―――ただ不思議なことに、尻尾の毛だけが見て解るほどに逆立っていた。

 

 そして、

 

「あ」 

 

 漸く。

 

「え……え?」

 何度も何度も瞬きを繰り返して、手を見下ろして、辺りを見回して、視線を前に戻して。

「お……あ、え? ミルヒ……じゃない、えと、シガレット、助け……え? あ、いや」

 言ってることは滅茶苦茶で、表情はわやくちゃだ。ついでに半分涙目ですらあった。

 シガレットはその様子を、じっと見詰めるのみだ。

 確りと記憶にとどめておこうと思っているのかもしれない。

 笑顔で、だからひょっとしたらからかわれているのかとすら、レオンミシェリは一瞬だけ逃げの思考を思い浮かべてしまったが―――。

 

 重なった掌を通して伝わる熱。

 

 故にレオンミシェリは、緊張感を隠せずに意気を飲んだ後で、恐る恐る尋ねるよりなかった。

「本気か、お主……」 

私は(・・)貴女を(・・・)妻に(・・)したいんです(・・・・・・)」 

 どう頑張っても間違えようの無い、それは、言葉だった。

 だから否定などと言う恐ろしい真似が出来る筈がなく、冗談だと笑い飛ばすなどと言う絶望感すら思い浮かべる状況も思い浮かべられず。

 

 だから、結局。

 

「ぁ……頼む」

 

 震える姿でゆっくりと頷くくらいが、関の山だった。

 当然だが、後日死ぬほど後悔するような態度で、である。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします……レオンミシェリ」

 重ね合わせた掌の上に、更に自分の掌を重ねながら、レオンミシェリの手を包むように握って、シガレットは笑って言った。

 レオンミシェリは張り詰めたような吐息を漏らす。

 漸く、言われたこと、応じた言葉、その結果を理解できたのだ。

 その時背筋を走りぬけたものは、果たしてなんなのだろう。恐れか、戦慄か、或いは快感だったのか。

 

 ―――それを呑気に確かめている暇などなく。

 

『みなさ~ん、楽しんでくれてますかぁ~? ライブの途中ですが、私の話を聞いてください』

 

 林の向こうから、とても、とてもとてもとてもとても楽しそうなミルヒオーレの声が、二人の下にまではっきりと届いた。

 きっとスピーカーのボリュームが、確実に拡大されているに違いない。

 

『丁度今さっき、とっても素敵なお知らせが届きました。ガレット獅子団領国領主、レオンミシェリ・ガレット・デ・ロワ閣下と、我がビスコッティ共和国副騎士団長アシガレ・ココットとの間に……婚約が成立したそうです! おめでとうございます!』

 

 歓声。悲鳴のように轟く歓喜の渦。

 

「な、なぁぁあ!?」

「―――っと」

 レオンミシェリは頭を真っ白にしながら立ち上がって、足をもつれさせて転びそうになってシガレットにしがみ付いた。

 自分がどんな体勢であるかも知れぬまま、しかし混乱で茹で上がった思考をどうにかしようとシガレットを間近に見上げる。

「し、シガ……こ、これ? え? 何?」

「さて、なんでしょうねぇ。俺としてはどっちかと言えば、上に浮かんでいるモニターに映っている映像のが気になりますけど」

「上……? ―――――――――ッ!!?」

 

 湖のほとりで抱き合う二人の男女。

 星明りに照らされて、雰囲気たっぷりである。

 なんと恐るべきことに、背後に花火まで上がりだした。

 

「何じゃこれはぁあ!?」

「さぁ? そんな事より、そろそろコンサート会場の方に行きましょうよ。折角取ってもらったS席が勿体無いですし」

「お主なんでそんなに落ち着いて―――落ち、お、お前! まさかっ!」

「瑣末なことなんてどうでも良いじゃないですか。今くらいは婚約者のことだけを考えていてくださいって」

「考えられなくしておるのは貴様じゃろうがぁ!」

 

 引きずられるように―――振りほどこうにも、相手は半分怪我人で、足を引きずって歩くような有様だったから、下手に振りほどくことも出来ない。

 だから、仲良く寄り添って支えあいながらゆっくりと歩みを進めるのが精々で。

 何処からカメラが回っているのかは遂に見つけられなかったけれど。

 きっと二つの国の全ての人に見守られながら。

 二人は、共に歩いていくのだった。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『十二日目・風月庵日報』

 

「へぇ。じゃ、泉君は帰れる当てがついたんだ」

「ええ。リコが頑張ってくれたみたい」

「それは良いことでござるな……しかし、それにしては」

 

 各々膝の上に小動物を乗せたまま、腕を組んで唸る。

 柵の辺りまで駆けて行った子犬が、反転して縁側に戻ってくる程度の時間が過ぎ去った後、漸く、先ずはシガレットが口を開いた。

「まぁ元々、地球から人間一人を連れてくるってのがそもそも無茶な話しだし」

「勇者召喚のシステムは、百年程度では収まらぬほど古代から存在しているシステムでござるが……その全容は、依然として知れぬであるしな」

「簡単な話にも思えるんですけどね……あのリコの、消沈具合を見ちゃうと」

 子狐―――妖刀に囚われていた土地神の仔を撫で付けながら、表情を曇らせるユキカゼ。

「中々簡単にハッピーエンドを迎えられないのが、如何にも異世界召喚物っぽい感じではあるけど。地球に帰さずに残ってもらうって訳にもいかないしなぁ」

 どうしたものかねと、シガレットはお茶を口に含んで空を見上げる。

 

 天気は快晴。

 昨日のある一時まで、黒雲に覆われていたのが嘘のようだ。

 何一つ問題の無い、星々をちりばめた明るいフロニャルドの青空。

 魔物の脅威も過ぎ去って、二人の姫君も仲直り。

 ならば、今日からはまた順風満帆と、そういう話になる筈、だったんだけど―――。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『十四日目・勇者シンクの覚え書きより抜粋』

 

「記憶と来たか」

「うっへぇ~きつい話だなそりゃ。なぁシンク、記憶を無くすくらいならずっとこっちに居りゃ良いじゃねぇか! まだ決着もついて無いし!」

 誰かの邪魔が入ったしと、ソファから身を乗り出して言ったガウルだったが、後ろ頭を思い切り引っぱたかれてテーブルに突っ伏す格好となった。

「アホで馬鹿か、お前は」

「痛ぇだろうが、馬鹿アニキ! つーかなんでこんなところで油売ってるんだよアンタは! とっとと姉上のところに行けば良いだろ!」

「自分から地雷原に突っ込むつもりはねーっつの。と言うか、今は多分ミル姫とじゃれあっていて男が見ていいような状況じゃ無いだろうからな」

 どうせ後で好きな時に会えるんだしと、弱点を突いたつもりのガウルが言葉に詰まるくらい、シガレットの態度は堂々とした物だった。

  

 つい先日戦争したばかりだというのに―――と言うか、二ヶ月くらい遠征をして国をあけていた筈だというのに、ガレットの姉弟は揃ってビスコッティ王都フィアンノンに遊びに来ていた。

 無論、護衛と言うかお供と言うか、レオンミシェリには傍付きのメイド兼親衛隊が、ガウルにはジェノワーズ(三馬鹿)が、何時もの通り随伴していた。 

 今は、男女に分かれて雑談に興じている。

 貸し出された貴賓室の中には、シンクとガウル、そしてシガレットしか居ない。

 無論のこと、世話役を任されたルージュの姿も在ったが、彼女は良く出来たメイドだったため、主たちの会話の無いように口を挟むことは無かった。外に漏らすことも無いだろう。

 

 ―――という訳で、事情を知らない女たちが聞いたら大騒ぎをするに間違い無い話題を、彼等は語り合っていた。

 内容は実に単純である。

「勇者が帰還すると、フロニャルドの記憶を無くす、ねぇ。ついでに二度とフロニャルドへは戻れない。―――都合が良いやら悪いやら。誰が考えたシステムなんだか」

「安全装置みたいなものなんじゃねーの? 呼ばれた勇者全員が、直ぐにフロニャルドに馴染めるって訳でも無いだろうしな」

「……うん」

 事情を二人に説明した―――と言うか、強制的に吐かされたシンクの声は沈んでいた。

 自分でその事実を口にしてしまえば、それが当然の物となってしまったかのように重くのしかかってくるから。

「リコたん脅威の技術力に期待する……ってのもなぁ。最近ちょっと、無駄なことで負担かけすぎちゃったし」

「おま、ちょ、主催者が無駄って断言するの止めろよ……」

「いや、失敗は失敗だって認めるべきだろ? 実際大砲とか何の足止めの役にも立たなかったらしいじゃないか」

「碌に傷もつかねーし勝手に修復するしで、あんなもの足止めするの俺とゴドウィンとジェノワーズとバナードを全員揃えても無理だっつーの」

「思えば無茶なことに挑戦したよな、俺等」

 はぁ、と近未来に真面目な意味で義兄弟になる二人が、揃って大きなため息を吐く。

 何しろ魔物退治は僅か三日前の話なのだから、まだまだ確りと記憶に残っていた。

「戦争して戦争してミル姫を調教してまた戦争したと思ったら魔物退治に狩り出されて。挙句に今度は記憶を無くす、ね。―――泉君も若いなりに忙しい人生送ってるよね」

 気軽に過ぎる物言いに、シンクも漸く突っ込みを入れる気力が戻ったらしい。

「十四歳で結婚を決めるシガレットには言われたくないけど……」

「いや、フロニャルドだと珍しい話じゃないから」

「俺はぜってー結婚なんて考えられないけどな」

 肩を竦めるシガレットの横で、ガウルが吐き出すような声で言う。この男、一応王子である。

「どーせ馬鹿アニキと姉上の子供が領主を継ぐんだろうから、俺は好きにやらせてもらうぜ」

「うわぁ、子供かぁ。そうだよねぇ。結婚するんだもんね」

「あのねキミ達。鬼が笑う暇も無いような未来の話してるんじゃないよ。その前にそもそも、結婚自体、なぁ」

 何時出来るのやらと、二人から視線を逸らしながらシガレットは言った。

 視界に入ってしまったルージュがあからさまにニマニマしていて、凄くとても殴りたい気分も覚えたが。

「そういや、式を挙げるのって何時ごろになるんだ?」

 ガウルが思い出したように尋ねる。

 姉と兄―――と言うか正確には親友な訳だが―――が婚約するのは良い。元々そういうものだと思っていたことだし。

 ただそれが現実として一つ形を結んでしまえば、どういう風に動いて行くのかには興味があった。

「そうだなぁ……何か先代の爺様もミル姫も乗り気だし、ついでにヴァンネットの連中もアホみたいにノリノリだったりするからなぁ。なんなら明日にでも、とかアホなこといってるヤツも居たけど」

 ミルヒオーレのことだったりするが。

 シンクが帰る前に披露宴をやってしまえば良いと、本気で考えていたらしい。

 チョップで黙らせたけど。

「最速で三、四ヵ月後……ああいや、ゴールデンウィークがあるんだっけ?」

「へ?」

「でも事前連絡が無いと無理があるからねぇ。いや、一週間で万単位動員して戦争できたんだから……他国の人間も呼ばなきゃいけないから無理か。―――と言うか待て。何故俺は自分の式を自分で指揮しなくちゃいけないんだ……」

 そのままブツブツとどこかに向かって愚痴を呟き始める。因みに視線の先にはあさっての方向を見たまま気をつけをしているルージュが居たが。

 それは兎も角、シガレットの言葉に気になる点を発見したシンクが、そっと手を上げる。

「……ねぇ、シガレット?」

「何かな、泉君」

「さっき、ゴールデンウィークって聞こえたんだけど」

「ああ、うん。次にこっちに来るのその辺りなんだろ?」

「え?」

「え? 違うの? いやまぁ、日付が合わないと飛び飛びの休みとかになっちゃうか、学生だと」

「いやいやいや、そうじゃなくて、次って……」

 認識の相違があったらしいことに、シガレットは気付く。そして、苦笑して口を開いた。

 

「あのねぇ、泉君。流石に友達が戻って来ない間に式を挙げようとか、酷い話は無いさ」

 

 それを、当然の事のように彼は言うのだった。

 ガウルもそれはそうだと、頷いている。

 シンクは目を見張った。

 

「いや、でも……」

 

 でも、である。

 リコッタに涙ながらに告げられた、勇者の帰還に関する術式が真実であるなら、シンクは。

「泉君さ、フロニャルドのこと、どう思う?」

「は?」

 唐突に、シガレットは関係の無いような話題をシンクに振った。

「好きか嫌いか、単純な話でね」

「えっと……好きだけど」

「だよねぇ。俺も好きなんだよね、この世界」

 肯定するシンクに頷き返して、シガレットは何かを懐かしむ顔で語る。

「呑気で穏やかで、暖かくて楽しくて。まぁたまには辛いこともあるけど、皆で頑張ってそれを乗り越えていこうって言う優しい心で満ちている」

「……うん」

「フロニャルドって言うのはつまりそういう世界で……皆が笑顔で居られるように、此処に暮らす人たちが、この世界そのものが、一生懸命頑張っているところなんだ」

 

 ―――だから。

 

「泉君。キミがミル姫と涙ながらにお別れして、それで全部お終いとか、そんなことは絶対に有り得ない。一度お別れすることがあっても、必ず笑顔で再会できる」

 

 此処は、そういう世界なんだから。

 

 シンクは今度こそ本当に、大きく目を見開いた。

 それから漸く笑顔を見せる。

 その後は、男三人で、どうでも良いような馬鹿話や、肉体言語を交えたコミュニケーションに終始するだけで、笑顔のまま時間は過ぎていった。

 

 勇者シンクは二日後に、召喚の台座から再び地球へと帰還した。

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

「なんつー羞恥プレイをさせるんだよ、まったく……」

 

 酷い目にあった、とはき捨てて、シガレットは受話器を置いた。

 婚約者と言う間柄になって、既に二ヶ月以上過ぎているんだから、そろそろ愛のささやき―――自分で言うのは非常にアレな気分になる表現だが―――の一つ程度で、一々ショートしないで貰えないかな、というのが率直な感想だった。

 可愛らしいとは思うのだが、周囲の茶化しがウザいことこの上ないのだ。

 

「まぁ、後で振り返れば、こういうのも『幸せでした』の一言で語れちゃうのかも知らんけど」

 

 寝室に戻り、ベッドサイドのテーブルに投げ出しておいた古びたノートを手に取り、パラパラとめくる。

 くだらないことばかりが、書かれていた。

 苦労話の一つすらない―――いや、思い返せば苦労する事ばかりの十四年だったはずなのだが、何故だろう。

 書かれていることは、きっと、確かに楽しいと言える事ばかりに思える。

 

「百年以上生きてる爺さん婆さんじゃあるまいし、過去を懐かしむには早いか」

 

 湧き上がる郷愁の念を、シガレットは笑い飛ばした。

 今が楽しい―――今も、楽しい。

 きっと明日も、明後日も、これからも楽しい日々は続く―――続ける。

 日々を生きる中では、とりとめの無いと感じられるような、でも振り返れば、楽しく、輝かしい日々を。

 

「……久しぶりに、日記でも書こうかな」

 

 ふと思い返すきっかけに、なるかもしれないし。

 シガレットは思い立ったが、とばかりに白紙のページまでまくり、ペンを手に取り……。

 

「うぉーい、馬鹿兄貴! 食堂でさっきよぉ!」

「アニキアニキ! これ見て、スッゲーんだよ!」

「もう、伝話(でんわ)は終わったかしら~?」

「話し声は、聞こえない」

「あの、ごめんなさいシガレット、夜分遅くに……」

「おいシガレット、居ないのか? 折角姫様が……!」

 

 パタン、と。

 開いたばかりのノートを閉じて、ペン立てに万年筆を戻す。

「そろそろ寝るかなって思ってたのに……ま、ミル姫まで来てるんなら、仕方ないか」

 誰に向かっての言い訳の言葉なのか。

 口元に笑みを浮かべたまま、シガレットは居間()へと続く扉を開く。

 

 日記はそこへ、置き去りに。

 きっとまた、ずっと忘れされれたまま。

 アシガレ・ココットの日常は、続く。

 

 

 






 え~、『小説家になろう』様への投稿分は以上となります。
 毎週の放映を見ながらその場のノリと勢いだけで文章を連ねていって、後から後から出てくる新事実に強引につじつまを合わせていって、なんていう突飛な方法で書いてたSSですが、まぁ、よくオチまで持っていけたなぁと、自分でも思わないでもないです。

 因みに今回の移植版の書き下ろし文章も、本編宜しく投稿のたびにその場のノリで書き加えて言ったものだったりします。
 なんとなく、総集編っぽい空気になってたりしますかね、多分。

 さて、次回の更新からいよいよ、現在放映中の第二シーズンの時間軸での話しになります。
 本舗初公開、と言う感じで、どうぞよろしくお願いします。 






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第三部
2-1


 

 

「そういえば……」

 

 天幕の最奥で書類の山に埋もれたまま、一言呟く。

 

「いかがなさいましたか?」

 

 傍にいた女性が、机の上に積み上げられた書類を取り上げながら尋ねる。

 因みに。

 既に、飲み過ぎでこれ以上は胃が荒れるからと、眠気覚ましのコーヒーは取り上げられて久しい。

 その代わり、強制的に仮眠を取らされたのだが。婚約者が居るのに、婚約者ではない女性の膝の上で。

 誰か咎めろよその辺、とか内心で思いつつ、誰も責めてくれないから自戒の意味も込めて仕事に没頭していた、というのが現在の彼の状況である。

 

 尚、『少し寝かせておけ』と命令を出したのは件の婚約者の模様。

 無論、彼はその事実を知らないし―――勿論、婚約者もまた、どのように寝かしたのかは知らない。

 偉い人にはわからない、それは、メイドの秘め事的な楽しみなのである。

 

 閑話休題。

 

「いや、たいした事じゃないんだけどね」

 

 返答している傍から、別の女性が別の書類の山を目の前に積んできた。

 早朝、基、昨晩か、或いはこの天幕を組み立てるそれ以前から続くルーチンワーク。

 最早乾いた笑みすら出てこない状況に、ため息一つ、吐きもせず。

 機械的動作ですばやく承認印を押し続けながら―――それでいて、承認しかねる書類はちゃんと選り分けているのだから、たいしたものであろう―――微苦笑を浮かべる。

 

「最近、日記を書いてないなぁって。具体的にはイズミ君が帰った辺りから、書いた記憶が無いかな」

「日記、ですか。さて……」

 

 お部屋では、そんなものを見た記憶は無かったような気がすると、ヘッドドレスと猫耳と、あと腰まで届くポニーテールに、ミニスカートから垂れる細い尻尾まで揺らしながら、女性は小首をかしげた。

 因みにこの女性、部屋掃除どころか、ひいては私生活一般から公務に至るあらゆる場面での世話役を、なし崩し的に勤めてくれている女性である。

 本来は、将来義弟となる筈の少年の傍に居るのが仕事だった気がするが。

 

「ま、例によってヴァンネットに持って帰るのを忘れてたって事なんでしょうけどね」

「あら、アッシュ様。すっかり『帰る』場所がヴァンネットになっていらっしゃいますね」

 

 よきことです。

 

 女性がおかしそうに笑った。

 二十台半ば過ぎの美人の仕草彩り溢れる振る舞いだ。これで、そろそろいい加減キツくね? な膝上二十センチのミニスカートをやめれば嫁の貰い手も見つかるだろうにな、と完全に他人事の気分で思った。

 

「何か?」

「いえ、何も」

 考えていませんと、威嚇染みた笑顔から、慌てて視線をスライドさせる。

 有体に言って怖かった。私生活の大半を依存している分、尚更。

「こーやって飼いならされて牙を抜かれていくんだろうね、男って」

「華の戦争を目前にして、何を気の抜けた事をおっしゃっているんですか」

「いや、だってさぁ」

 

 話を逸らしがてら、軽く背筋を伸ばす。

 固まった筋肉がきしみを上げた。

 大量の書類の山の隙間から、天幕の外の景色が、目に入る。

 

 ―――草原を埋める群集。

 せわしなく、陽気に、熱気に溢れた。

 

「あの姉弟の巻き起こすトラブルの後始末をすることこそが、もう、随分前からオレの日常になってる気がするし。あいつ等もミル姫くらい行儀の良い子だったりしてくれれば手間がかからんのだけどなぁ」

「ガウル殿下とジェノワーズも、随分頑張ったのですけど。―――勇者シンクのご帰還記念ということもあって、はりきっていらっしゃいましたし」

「結果が伴わない努力って性質が悪いよなぁ。悪意もないから、怒りづらいし。―――これでイズミ君を撃墜できなかったら、全力でお仕置きだ」

 

 忙しいから誰かやっておいて。

 じゃあ俺様が。

 よし、任せた。

 

 かくて、今回の戦興行の運営委員長はガウルの手に委ねられた―――結果は、まぁ、推して知るべし。

 数日前からシガレットが運営本部につめている辺りから、お察しと言う話だ。

 人には適材適所と言うものがあるな、と、誰もが思った話でもある。 

 

「一応、興行に支障のない物資管理は出来ていたと思うのですが……」

「いや、流石に無駄が多すぎるよ、これじゃ。ああ、いや、このくらいなら許容範囲って解ってるんですけど……」

 直ぐに改善できる無駄があれば、改善したくなってしまうのだ、と。

 節約しなくっちゃと、中世ファンタジーな世界に生まれ変わって十四年、未だに前世の平成日本での節約嗜好が抜けない毎日だった。

 ようするに、この煩雑な書類仕事も、実は個人的な趣味志向で、自ら苦労を背負い込んでいるだけだったりもする。

 フロニャの加護を充てにすれば、むしろ此処までキッチリ兵站管理を徹底するのは戦場でのオーバーキルにも匹敵する切り詰め具合なのだから。

「と言うか、式の準備くらいレオンミシェリも手伝ってくれれば、こんな状況になるまでガウルの馬鹿を放置しておく事もなかったのに……いや、レオンミシェリも、外回り(外交面)で忙しいのは解ってるんだけど」

「領主としてどうしても外せない、と言うご公務がこのところ重なっていらっしゃいましたし。―――それに、外はレオ様、内はアッシュ様が、というのがわが国のスタンスですし」

 後ついでに、自分の結婚式の準備とか恥ずかしい、照れる。とか何とかボソボソ言っていたらしい事は、メイドの秘密である。

「コレ外征に当たるから外向きの仕事の気もするんだけど……大体、おかしいよな。公式には、オレはまだビスコッティの人間のはずなんだけど……あ、そういえばこの間、手切れ金代わりだかなんだか知らないけど、遂にロランさんと同格に出世したんだぜ? ここ数年給料を貰った記憶が無いけど。いや、食うに困った事も無いんだけどさ」

「基本、アッシュ様ってどちらかのお城で生活なさっていらっしゃいますものね」

「場末の牧童が出世したもんだよね」

「ご実家、領主家の分家でいらっしゃいますけど」

 

 因みに、初孫の前に新たな弟か妹が誕生する確立の方が高いよね、と言うのが、あの両親を知る者全てに共通する認識である。

 給料の大半は弟達の養育費に当てられているとか、居ないとか。

 

「思えば遠くへきたものだ……っと」

「あら」

 

 ドン、ドンと空気を揮わせる祝砲の音が連なる。

 天幕の外で怒号と、その向こうで、拡声器を通して伝わる、やかましい、全く以ってやかましい早口によるアナウンスが続いた。

「……始まっちゃったか。いや、わかってた事だけど」

 遠鳴りのように響く怒号をBGMに、ため息を一つ。

「一旦切り上げますか?」

「午後まで出番は無いし、いいよ」

 メイドの言葉に首を横に振ろうとして、

「―――ああでも、折角だからイズミ君の登場シーンくらいは見ようか」

 周りに聞こえるようにそう言って、席を立つ。

 共に仕事をしていたメイド達を引き連れて、天幕の外へ。

 そこは、即席とは思えぬほどに堅牢に縄張りされた、ガレット軍の主陣地だ。

 敬礼をしてくる歩哨に片手を上げて応じながら、物見やぐらを上へ登る。

 見晴らしの良い台地に立てられた、戦場全体を直接俯瞰できる場所へ。

 会戦の合図は既に鳴った、となれば、陣地で尤も目立つ場所に婚約者は居る筈。

 彼女と共に、異世界の友達の帰還を見届けるのも良いだろうと、そういう思いがあった。

 

「……あれ? レオンミシェリは?」

 

 しかし、櫓の上には近侍の騎士たちの姿しか無かった。

 近日中に妻となる筈の女性、ガレットの領主の姿が無い。

 見知った顔の、そのどれもが曖昧な顔で明後日の方向へ視線をずらした事に、実に不安を感じた。

 

「先陣はガウルが勤めるって言ってたじゃないか。まさか……って、マジで居るよ」

 

 黒いセルクルに跨る、白銀の獅子の姿。

 一目で解る、解らん筈もないだろう、婚約者の姿。

 空中モニターに投影された、その背景に映るのは、まさしく。

 

「どーみても、前線陣地の防護柵じゃねーか……」

「あ、因みに伝言ですが、主陣地はアッシュ様に任せる、とのレオ様よりの伝言です」

「だからオレはまだビスコッティの将軍なんだよ! いやもう、本当に今更なんだけど! と言うか、ウチの大将格、誰も陣地に残ってないじゃないか!」

 

 大将レオンミシェリは前線。半独立部隊のガウル及びジェノワーズ、ゴドウィンも前線陣地。

 バナードとビオレは野外特設ステージで解説。

 主陣地には、平騎士しか居ない。

 

「軍事面ではそれで問題なく動いちゃうんだから、もうやだ……この脳筋国家……! たまにはそれを内政に生かそうよ……っ!」

「皆様、アッシュ様をご信頼なさってますから……」

「あんまり嬉しくねぇ……っ! オレも本来なら前線で戦働きする側の人間なのに……!」

 眉間を指で押さえてうな垂れる。

 大軍団の指揮統率とか、ちょっと面倒くさ過ぎるだろうと―――いや、だからこそ押し付けられたに違いないのだが。

「とりあえず、最前線の馬鹿どもに伝令を―――」

 それでも投げ出さないあたり、苦労性な少年だった。

 だが当然、苦労は中々報われない。 

 

『刮目して見よ! 我がガレット獅子団の、勇者の姿を!』

 

「……は?」

 高らかな宣言とともに。

 遂に戦場には、勇者が―――勇者らしい。どうやら。

 このフロニャルドでは極めて珍しい、裸耳の少女。

 見るからに、運動神経は優れていた。その姿をじっくりと眺めた後で、背後の女性に振り返る。

 

「……オレ、何も聞いてないんだけど」

「それはだって、戦闘相手国の方に、隠し玉をお伝えする訳には行きませんもの」

 ぴん、と指を立てて、メイドは答えた。

「……それ、誰の意見?」

 音頭を取ったのは誰だ、と追求する。

「アッシュ様がお考えになった方―――と、言うのは」

 如何でしょうか。

 冗談にしかならない言葉に、そういえばオレはビスコッティの人間だよなと、彼も今更ながらに思い出す。

 が、事はそういう問題ではない。

 勇者を呼び出したということはヴァンネットの召喚塔が用いられていた筈で、召喚儀式などという大仰な儀式が行われるのであれば、事前の準備は必須だ。

 城内で準備を整えようとすれば、本来、彼の耳に入らないはずがないのだが……。

「ガウルの馬鹿にしたって手際が悪いと思ったら、皆して嵌めたな……」

 ここ数日、彼はヴァンネット城を離れ、いち早く戦場に足を運び運営委員会の事務仕事の陣頭指揮をとっていた。

 ついでに、結婚式の準備に掛かりっきりであり、その他の一般業務に携わる量を減らしても居たのだ。

「秘密にしようと思えば、秘密のままにしきれる状況か……。アレ、事前に聞いてたイズミ君が連れてくるって言ってたお客さんだよな……?」

「はい。タカツキ・ナナミ様です。星詠みを行ったレオ様が、勇者になってもらったら面白いのではないか、と思いついたようで」

「面白いって……そんな思いつきで、本来救国の存在のはず勇者呼んで良いのかなぁ……? いや、今回はイズミ君も観光で来てるってのは知ってるけど。心臓に悪いから、こー言う事は事前に教えておいてくれよ」

 驚くから、と言う彼に、しかしメイドは。

「ご安心ください。サプライズはまだまだ沢山ありますので♪」

「……あの、それ。さっきまでの仕事が全部無駄になるフラグですよね?」

 貰った台本間違っていると言うかもう役に立ちませんよね的な意味で。

 

 ―――ニコリ、と微笑むメイド。

 いっそ清々しいほどの確信犯だった。

 

 突っ込む気持ちにもなれない、このやり場のない怒りを何処にぶつければ良いのか。

 

「オレも前線で暴れて来ようかな……」

 ストレス発散のために。

 呟くと、メイドはすぐさま頷いた。まるでそれが、計画通りのように。

「どちら側として参加なさいますか?」

 尋ねる彼女の背後には、両国両デザインの鎧が、それぞれ、二つ。

 無論、彼のために誂えられたものだ。

「とりあえずぶっ飛ばすならガウルが適役だから、ビスコッティ側にしようか。あぶれたイズミ君はあの新しい勇者とマッチアップってことで。あ、指揮はゴドウィンさん辺りに取らせておいて。どーせ前行ってもなんもせずに酒飲んでるだけなんだから」

 サボり的な意味ではなく、一般参加の兵士の多い現状では、騎士格の人間は前へ出過ぎないというのが当初のスケジュールだったのだ。もうとっくに破綻しているが。

 投げやりに言う彼に、メイドは礼儀正しく頷く。

「では、プランBで各方面に伝達します。あ、台本はこちらに。タイミングを告げるための無線機は……」

「準備が良いなぁ畜生!」

 

 参りました、と一つ息を吐いた後で。

 

「戦争の始まりだ」

 

 アシガレ・ココットは、天を仰ぎ宣言した。

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

 





 管理者の方、まことにお疲れ様です。
 どこもかしこも、何だか大変な状況みたいですね。


 ―――まぁ、さて。
 ここから初公開部分になります。

 所謂二期の内容なのですが……例によって放映中に同時進行ですので、内容は毎回毎度勢い任せで、後で何か判明したらそのつどその場しのぎをしのいでいくってな……。

 今回も無事オチまでたどり着けると良いですよね!





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2-2

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

 戦は大いに盛り上がっている。

 

 ……らしいことは、素人目にも理解できた。

 何しろ、見渡す限り笑顔しかない。誰も彼もが、楽しそうだ。楽しんでいる。

 剣と盾を持ってチャンバラを繰り広げている兵隊さんたちも、何かのゲームで似たようなものを見た覚えのある、巨大なダチョウみたいな鳥も、毛玉のお化けみたいな奇妙な―――イキモノ? も。

 そして、隣に座っているミルヒオーレと名乗ったお姫様も、勿論。

 ド派手な衣装で登場した、幼馴染のシンクだってナナミだって、当然。

  

 ここに至るまで、未だにさっぱり状況を理解し切れていないレベッカ自身にしたって、楽しくない筈がなかった。

 

『さぁ~両国勇者の登場で盛り上がる戦場ですが、ここで更にサプライズ!』

 

 実況音声が響く。

 空に浮かんでいる立方体のモニターにはスピーカーらしき装置は何処にも付いていないのだけど、果たして何処からこの音は響いてきているのか。

 気にしても仕方の無い疑問も尽きないが、そんな疑問を考えている暇もないほどに、状況は二転、三転。

 どうやら、まだ何かが起こるらしい。

 コレまでの状況から察するに、きっと、楽しい事なんだろうなと、レベッカは思った。

 

『午後まで仮眠を取るから呼ぶな、絶対呼ぶなよ! と開始前に前フリをしていたあの人が、ここで急遽、参戦が決定しました!』

 

 戦場からどよめきが伝わってくる。

 悲鳴のような、或いは、歓声とも取れる。

「……あの人?」

「あら」

 首を傾げるレベッカの隣で、ミルヒオーレ姫が困った風に、それでいて楽しそうに微笑んだ。

 

『しかもビスコッティ側です! ガレット軍の皆さん、頭上注意でお願いしま~す! 特に名前に、ガとウとルとつく方、要注意ですよ~!』

『俺様かよ!?』

 なにやらとっても意味深ななアナウンスに、戦場のガウル王子が悲鳴を上げた。

『むしろ、アスレチックの被害が馬鹿にならなくなりそうなので、ガウル王子には是非、早急なバトルフィールドへの移動を……おっと』

『遅かったみたいですねぇ』

『ぅおっ! ちょっ! マジで狙ってきてんじゃねーか馬鹿兄貴……!!』

 

 残念でしたー、とでも言いたげなアナウンス。

 ぎょっ、と引きつった顔で叫ぶガウル王子。

 一様に空を見上げていた戦場の兵隊達が、わらわらと、雲の子を散らすように王子の傍から離れていく。

 王子と一合打ち合っていたシンクでさえ、例外ではなかった。

 

 ―――そして。一拍の間も置かず。

 

聖天(ディバイン)っ! 烈波(バスター)ぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

 

 青い光が、雲を切り裂き縦に奔る。

 稲光より疾く。紫電より鋭く。雷鳴より激しく。

 地面にぶつかり閃光のドームを広げ、スパークと土砂と煙の波濤を撒き散らす。

 戦場を揺るがす振動は丸太組みの、しかし頑丈な砦すらも揺らして、レベッカの足元まで届いた。

 

「な、何が……」

 

 起きたのか―――今度は。

 今日は驚いてばかりだなぁと、自分でも思うレベッカである。

 だがどうやら、驚いているのは―――今回も矢張り―――レベッカだけ、らしい。

 凄まじい衝撃と明らかに尋常ではない爆発は、確かに人々の悲鳴を巻き起こしたが、それはその現象が巻き起こした被害に対するもの。

 現象の発生そのものには、誰一人、驚いていない。

 それは、隣で姿勢正しく椅子に腰掛ける異世界の犬耳のお姫様も、例外ではなく。

 彼女は、惨状と言う他無い眼下の光景を、ニコニコと楽しそうに見守っていた。

 椅子の背もたれの陰で、ふかふかとしたさわり心地のよさそうな尻尾が、パタパタと揺れているし。

 まるでそう、遊園地の絶叫系のアトラクションとか、或いは、全身ずぶ濡れになること間違いなしのショーとかを、間近で見ているかのような。

 そんな楽しさを、皆味わっている。

 姫様も兵隊さんも司会者も、シンクも、ナナミも、皆。

 遠くから降ってきた、レベッカの足元でぴょんぴょん飛び跳ねている毛玉のお化けも、勿論。

 ―――ところで、結局この毛玉は一体何なんだろうか?

 そんな、レベッカの現実逃避気味の疑問を脇にして。

 

 しーがれっと! しーがれっと!

 しーがれっと! しーがれっと!

 しーがれっと! しーがれっと!

 

 何処からともなく。シュプレヒコールが始まった。

 人名なのだろう、きっと。

 戦場全体が一体となって、コールが沸き起こっている。

 

「しーがれっと、しーがれっと!」

「お姫様まで!?」

 見れば、ミルヒオーレまで戦場中の歓声にリズムを合わせて手を打ち合わせながら楽しそうに言葉を送っていた。

 自分も参加するべきなのだろうか。

 どうも、モニターに映るシンクまで一緒になってコールしているっぽいし。

 悩み尽きぬまま、レベッカはモニターを注視し続けた。

 

 カメラが覗き込むのは、煙の晴れつつある、深々としたクレーターの中心。

 その人は、仰向けに倒れるガウル王子の腹に思いっきり足を乗せていた。

 無骨な鎧姿。

 迸る青いオーラ、靡く青い髪、落ち着いた深い青い軍服、太陽の光を弾く青い鎧。

 なんていうかもう、兎に角、その人は全体的に青かった。

 

『来ました天空の聖騎士! 敵も味方も関係なし! 何時も通り空気もタイミングもガン無視で、アシガレ・ココット登場です!』

 

 そして、アナウンサーの絶叫が鼓膜を揺らす。

 呼びかけに応じるように、件の人物は、鉄の篭手に包まれた拳を、高々と掲げて自らをアピールした。

 最早お約束の要領で、花火が連続して打ち上げられる。

 

 うぉぉぉぉぉぉぉお!

 

 ガウル王子とジェノワーズの登場、ビスコッティの勇者シンクの登場、そしてガレットの勇者ナナミの登場に続く―――何れにも劣らぬ、大歓声が巻き起こる。

 アシガレ・ココット。

 そういう名前らしい。シュプレヒコールは、つまり、渾名だろうか。

 天空の聖騎士とはまた、大仰なと―――現代日本では絶対に呼ばれないような名前だろうなぁと、レベッカはここで改めて、この世界が異世界なのだと実感した。

 どうでも良いけど彼の足元で白目を向いているガウル王子は、無事なのだろうか。

 

「……あ、毛玉になった」

 

 ゴム鞠のような状態へ変化したガウル王子を無造作につかみ、裸のまま土砂に埋まりかけていたジェノワーズなる美少女三人組に投げ渡しながら、彼はゆっくりクレーター上っていく。

 堂々とした、と言うか殺伐とした、と言うか傍若無人と言うか、それで居て何だか、苦労人を思わせる空気。

「さすがシガレット。早速大活躍ですね」

 そんな彼を、ミルヒオーレ姫は楽しげに手を叩き賞賛していた。

 活躍……というには何だか惨い光景が広がっている気もするのだが、その辺、文化の違いなのだろう。 

「あの、姫様のお知り合いで……?」

「はい、シガレットです。ビスコッティの騎士隊長の一人なんですよ」

「騎士隊長……」

 ビスコッティ、というのは此方―――今レベッカが座っている側の軍隊を率いている国だ。

 あの青い人は、つまり味方なのだという。

 全身青と言う寒色系の色使い的に、どうにも相手側に居てくれた方が雰囲気が合う気もするのだが。

「私にとってはお兄さんみたいな人、でしょうか。―――ああ、そうそう。シガレットは、レオ様のだんな様になる人なんですよ」

「だん……レオ様って、あっちの」

 ナナミを勇者と紹介していた、対戦相手の国の銀髪のお姫様に違いない。

 なるほど、彼女もまた青い格好をしているから、そのだんな様になるというのであれば、違和感が無い。

 変わりに、どう見てレベッカと対して年齢が違わなくみえるのに、だんな様とかどういう話だと言う疑問がわいてくるが。 

「シガレットはビスコッティの騎士の中でも特に上手に紋章術を使いこなせるんです。輝力で翼を作って、お空を自由に飛びまわるんです」

 びゅーん、って。

「……空」

 

 ―――を、飛ぶ。

 

 レベッカは思わず、上空を見上げた。

 水面に落ちた波紋の如く、夏の雲が吹き飛んでいた。

 天空から降り注いだ青い光はきっとつまり、そういうことなんだろう。

 

 ……まぁ、お城が建つような大きな島や、明らかに人工物と解る石造りの階段が、当たり前のように高い空に浮いている世界だし、ならば人間が自力で空を飛んでも、何の違和感も無いかもしれないのかなと、レベッカは強引に納得をつけた。 

 

 今彼は、駆け寄ってきたシンクと親しげに拳骨をぶつけあっていた。

 何事か、笑顔で語り合っている。

 

「シンクも……知っている人なんだ」

 今まで知らなかった、幼馴染の交友関係に、レベッカは我知らず呟いた。

 ミルヒオーレが、疑問に応ずるように口を開く。

「はい。シンクとシガレットは仲良しさんなんですよ。二人だけで、私達には良くわからないことの相談までしていましたし。ええと……人数分のぴーえすぴーがどうとか、もんはん? がどうとか」

「ぴ、ぴーえすぴー!? PSPって、PSPのPSP!?」

 意外な単語に目を見開く。

 支離滅裂なレベッカの言葉に、ミルヒオーレは、私にもよく解らないんですけどと言いつつ頷く。 

「なんでも、レベッカさんたちの暮らす地球にある……ええっと、てれびげーむ? だったでしょうか」

「テレ……っ! それ、シンクに聞いたんですか?」

「いえ、子供の頃、魔獣退治から帰って来たシガレットが教えてくれました」

 

 りあるもんはんすげー。

 

 その時に言われた言葉をそのまま再現するかのように、ミルヒオーレ姫は言った。

 リアルモンハン。

 軽くインドアなゲーマーなところがあるレベッカには、その言葉が何を意味しているか解った。

 リアルでモンハンできるようなモンスターが居るのかこの世界―――という疑問は、とりあえず脇に置いて。

 

「なんであの人、そんな事を知ってるんですか?」

「シガレットは昔から物知りさんなんです」

「いやそれ、物知りってレベルを超えてるような……?」

「でも、シガレットですから」

 

 何時もの事です、と。

 

 にっこりと断言してしまえば、レベッカには最早何も言えなかった。

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 




 イスカ兄さん出てきましたね。

 国が三つで美設三倍。
 国が三つでキャラも三倍……で、すまないんだよなぁ、コレ。

 キャラデさんが十キャラくらい新しく書きましたとかどっかのインタビューに乗ってましたけど、別にその倍くらい書いてても何も驚きませんよね、このアニメの場合。
 監督自ら『魅力は物量』とか言っちゃう作品だもんなぁ……。

 ところで五話のツボは、突如出現した日光江戸村じゃなくて、さりげなくモブキャラの中に存在していた『羊耳(と言うか角)』の存在だと思います。

 

 
 


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2-3

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

 昼の休憩時間―――休憩時間である。

 戦の形式が、地球における尋常ではないやり方をしているのならば、当然、暢気に休憩くらいもするだろう。

 休憩中は、当然のように相手国の大将が本陣に乗り込んできて、一緒に食後のティータイムを楽しんだりも、する。

 本日初めてフロニャルドを知ったレベッカも、ナナミも。

 最早今更、その程度の突っ込みどころは突っ込むにも値しないと理解していた。

 

 兎角、各国の―――無事な、会話可能な状態の―――主要人物が集ったティータイム。

 ロンドンからフロニャルドへ召喚されたナナミは、漸く幼馴染二名と再会した。

 ついでに、レオンミシェリから二人の人物を紹介される。

 片方は、相手国のお姫様のミルヒオーレ。犬耳の可愛らしい美少女だ。

 そしてもう一人は、実は一目見たときから気になっていた、空から降ってくるという実にファンタジーテイスト溢れる登場を演じてくれた、少年騎士。

 その名も、アシガレ・ココット。

 

 ―――ワシの婚約者じゃ、と。

 

 レオンミシェリは照れの一つも無く、堂々と、そんな言葉と共に、ナナミに紹介するのだった。

 

「それじゃあ、シンクの言ってた、結婚する予定の友達って……」

 口をあんぐりと開けて、ナナミはシガレットを指差す。

「オレだね」

「そしてワシじゃ」

 シガレットが頷き、レオンミシェリが胸を張る。

 並び立つ鎧姿の二人の態度は実に堂々としたものだ。

 仲睦まじく、態度には衒いの一つも見つからない。

 憚る事などないのだから、堂々としていれば良いのだと―――つまり、婚約当初の慌しい時期ならばまだしも、その状態で三、四ヶ月も過ぎれば、いい加減、衆目を前にしてもそうした心構えが出来てくるらしい。

 態度や立ち姿に、何処か似た雰囲気が二人にはあったが、どうやら遠い親戚関係にあるらしい。

「ほぁ~~~~……」

 二人とも、ナナミと対して年齢が変わらなさそうなのに、当たり前のように、結婚する、と。

「キミ、私より年下だよね?」

 ナナミは、思わずといった具合に、不躾な質問を送ってしまった。

 シガレットも、言われそうだな、と思っていたのか。いやな顔一つせずナナミに応ずる。

「一個下かな。ま、こっちだと良くある事ってことで」

「そうなんだ! ひょっとして、ミルヒオーレ姫様も結婚とかするの!?」

「いえ、私にはまだ、そういう話は……」

 疑問、即、質問。

 シンプル極まりないやり方で疑問の解決を果たそうとするナナミに、話を振られたミルヒオーレは頬を紅潮させて首を横に振る。

 隣でシンクが首を傾げた。

「僕が知ってるフロニャルドの人でも、結婚するのって閣下とシガレットだけだと思うよ」

 その言葉に、シガレットは苦笑して頷いた。

「まぁ、良くあるってのは言いすぎだったかもね。でも実際、そう無い話でもないんだよ、こっちだと」

「ワシ等のような立場であれば、特にな」

 婚約者の言葉に頷くレオンミシェリは、多くは語らず。

 しかし、多少なりとも現代の学校教育で歴史の知識を得ていれば、その理由は容易に想像できた。

 

 何しろ、このフロニャルドの世界観は、見たままの中世ファンタジー。

 不思議な力で妙に洗練されている部分もあるが、基本的には地球の中世の文化レベルであるらしいのは、少し見ただけで解る。

 中世で、偉い人たちが、若い間に、結婚。

 

「あれ? でもお二人は、恋愛結婚なんですよね?」

「っ!?」

 シガレットをして、流石に、そのストレート極まりない質問には、咽ざるをえなかった。

「はっきり聞くなぁ」

「あはは、だって気になるじゃない。レオ閣下可愛いのに、望まないせーりゃく結婚とかだったら、私、怒っちゃうところだし!」

 むん、と握りこぶしを作るナナミ。

 シガレットは乾いた笑いしか浮かばなかった。

「大丈夫ですよナナミさん。レオ様とシガレットは、とってもとっても仲良しですから。あ、もし宜しければプロポーズの時の映像を……」

「ミルヒ、流石に待て!」

 朗らかに笑うミルヒオーレを、レオンミシェリが慌ててとめる。

 顔が少し赤くなっている。

 譲れない一線というものが、流石にあるらしい。

「ああ、あれ凄かったもんね」

「シンク、見たの?」 

「うん。コンサート会場の巨大スクリーンで実況中継だったし。こう、夜の泉の前で二人っきりで……」

 事情を知らない、しかし乙女心的に気になる話題に反応するレベッカに、辛苦が説明をしようとする。

 慌ててシガレットが口を挟んだ。

「ゴメン、イズミ君。それ以上は後生だから止めて。あの時は大怪我して熱も出てたし、テンションがヤバいことになってたんだ……」

 プロポーズ自体に後悔している筈が無いのだが、そのやり方には後悔し切りなのである。

 今も思い出すたびに身悶えすること仕切りだった。 

 

「それにしても、レオ様が私の一個上で、シガレットは一個下。―――凄い、姉さん女房だね!」

「妙なところに感心するね、勇者殿」

 ほへぇ、と感心するナナミに、シガレットは苦笑で応じる。

 この新しい勇者の性格が大分つかめてきたな、と内心で思っている。

「そうだ、シガレット、結婚式やるんだよね!」

 もう一人の勇者が身を乗り出してくる。

 ようするに、このビスコッティの勇者と同類―――陽気で陽気で陽気で快活で快活―――ということ、なのだろうと内心で思いながら、シガレットは頷く。

「やるともさ。イズミ君にもミス・アンダーソンにも楽しんでいってもらえるように、準備にまい進してるところだよ。―――オレ自ら。と言うかオレだけ孤軍奮闘と言うか」

「……ワシは、算盤弾くのは苦手じゃ」

 ふぅ、とため息を吐く婚約者の横で、レオンミシェリは明後日の方向へ視線をずらす。

「いや、外向きの仕事はオレには未だ無理だから助かってるんだけど……いや、本来なら内向きの仕事をやっているっていう事実も微妙におかしいんだけど、兎も角。―――聖堂の予約もして、式の座席配置も決まりそうなこの時期に……」

「え? 私?」

 若干くたびれた顔を向けてくるシガレットに、ナナミが何事と目を瞬かせる。

「ひょっとして、ナナミをつれてきちゃ、拙かったとか……?」

「ああいや、イズミ君のお友達が二人来るってのは、解ってたから良いんだ。うん、良いんだ。良かったんだよ、イズミ君のお友達で居てくれたんなら」

「え? え? どういうこと?」

 解らない、と首を捻る従姉弟二人に、ミルヒオーレが助け舟を出す。

「ナナミさんは、隣国の勇者のお友達、ではなく、ガレットの勇者様ですから」

「立場に比して扱いは変わるってね。席順決めなおしだ。歓迎式典もやらなきゃいけないし……と言うか、ガレットで勇者を呼んだのって何時以来だかってレベルだから、どのくらいの規模でやれば良いかも解らんしなぁ」

 

 領主の結婚式と救国の勇者の歓迎式。

 さて、どちらの式典をより派手に執り行うべきなのか。

 

 お金が掛かるなぁ本当に、とシガレットは頭を抱えた。

「つーか、折角呼んだ勇者が当日にいきなり負ける可能性もあるんだよな、今日。判定は総得点方式だし」

 午前と午後で二部、及びイベントマッチ全てで加算されたポイントの合計で勝敗を決めるのが、今回の戦の判定方法である。

 一部と二部で勝敗を別々に決める、と言うやり方であれば、どちらの勇者も勝ちの目がある、と言うことに成ったのだが、いかんせん、今回の形式では勝者はどちらか一名で一国。

 タイトルロールのお帰り勇者様のシンクであろうと、突然現れたニューフェイスの勇者ナナミであろうと、いきなり敗北の烙印を押される可能性があるのだ。

「だいじょぶです! 私頑張りますよ!」

 勝ちますから! とナナミは自己アピールする。

 シガレットは苦笑して頷いた。

「頑張ってくれるのは勿論疑ってませんよ、勇者殿。―――いや、本当に。フロニャルド来訪初日にビームで服を剥かれてるのに、まだノリノリのままで居てくれていることとか、正直頼もし過ぎるし。現代日本の女子中学生とか思えねぇわ」

「あ、わたしブリテン在住です」

「と言うか中学生とか知ってるんですか……?」

 首を捻るナナミとレベッカ。

 他の人間は、またわけの解らない事を言っているなと、スルーの構えである。

「なるほど、変態紳士の国の人だったか。ガレットの海産物には期待してくれて良いよ、うん。事前に教えておいてくれれば、歓待の準備は非常に捗ったんだけど」

 何故黙っていたと、シガレットはレオンミシェリに視線を移す。

「その方が面白いと皆が……いやなんでもない。―――そう、そうじゃな。なんもかんも計画通りというのは、面白くあるまい? とか多分そんな感じじゃ、恐らく」

 レオンミシェリはドヤ顔で応じた。ただし、微妙に頬に汗が垂れていたが。

「ヤベェ、久しぶりにガレットがアウェイってことを思い出した……。当たり前のように顎で使ってるけど、みんな別に俺の部下って訳じゃないんだよな、まだ」

「誰もお主の立ち居地を疑ってはおらぬよ。ただ、それ以上にヌシが困っているのを見るのが好きなだけじゃ」

「よってたかって、どんなイジメですか、それ」

「困った状況の方が、イキイキとしているからの、ヌシ」

 ため息をついたり鼻を鳴らしたりしている後ろで、尻尾でつついたり払ったりとじゃれあってもいたり。

 まぁ、つまり。

 

 傍から見れば。

 

「……ぇえっと、ああ、ノロケ話なんだねようするに。そっかー。うん、結婚するんだもんね」

「うわー」

「レオ様とシガレットは、とっても仲良しさんですから」

 こそこそと、しかし楽しそうに話す女子三名。

 年齢的に、やはり恋愛話は良い肴になるらしい。

「ははは……って、うん?」

 一人で肩身の狭い思いを味わっていたシンクは、横から流れるように落ちてきた影に、視線を上げる。

「……鳥?」

 鳥だ。

 鳥が―――それも大きな鳥が、空を、テラスの上を旋回している。

 ひょっとしてアレは、人が乗っているのだろうか。

 その答えは、直ぐに判明する。

 

「ミルヒ姉~! レオ姐~! あとシガレットのアホ~!」

 

「クーベルか」

「あれま、群れてらっしゃる。なるほど、これがサプライズねー」

 納得顔で頷くレオンミシェリと、諦め気味に息を吐くシガレット。

 

 数にして二百を超える、ブランシールの群集団。

 それは、空の国パスティヤージュよりの、新たなる参戦者達の登場を意味していた。

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 





 パスティヤージュは鳥に乗って空を飛ぶ空騎士達が特徴な訳ですが、まぁ、鞍に跨るには邪魔臭いデカい尻尾の国だことで。
 アレ、何気に鞍の背に尻尾用の凹みがついてるんですよね。




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2-4

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

「さぁ、午前中とは打って変わり、午後の部は、飛び入り参加のパスティヤージュ公国軍も交えましての、三カ国による総力戦! 戦線に復帰したビスコッティのロラン騎士団長、ダルキアン卿、そして我がガレットのバナー度将軍、ビオレ隊長に代わりまして、実況席は別のゲストの方をお呼びしておりまーす!」

 

 大型モニターの前で身振り手振りを交えながら、解説席に座る新たな人物を大げさに紹介するフランボワーズ。

 相も変わらず、午前中のハイテンションの疲れも見せず、実にノリノリである。

 対して、紹介された側のテンションは低い。限りなく。

 

「どうも、シガレットです」

「アッシュ様親衛隊隊長のルージュ、並びに親衛隊です」

 

 シガレットにいたっては中継カメラに視線もやらずに、算盤をはじき続けている。

 ルージュを筆頭とするメイドたちは、さっきから実況用特設ステージの壇上を上がったり降りたりしながら、せわしなく書類を抱えて走り回っていた。

 

「なんだかガレット人ばっかりだぞー!? しかも何で、解説席で書類仕事をしてるんでしょうかこの人たちー!!」

「うるせー! 上の連中が思いつきで頷くだけで、事務方は収拾つけるためにデスゲームが必須なんだよ! お前らも手伝えよ!」

 ビスコッティ側の司会であるパーシーの当然の突っ込みに、シガレットは吼える。

 

 全く参戦予定のなかった国が、予告なしに唐突に参上する。

 私達も混ぜろと言う。

 領主二名、あっさりと頷く。

 その時点で予定していたスケジュールは大崩壊である。

 

「参加者増えたら運営に必要な人手も増えるし、戦勝イベントの場所も広くしないといけないし、イベントステージ広げたら出店の一調整もしなきゃならんし、そもそもパスティヤージュが勝っちゃったら、戦勝イベントは何をするんだよ! 問い合わせの連絡まだ!? あと、いつの間にルージュさんは俺の親衛隊に移籍してたの!?」

 と言うか、親衛隊って何だ。

 本人すらあずかり知らぬ衝撃の事実だった。

「えー、現場は大変混乱していますが、何時もの事ですので、解説に移りましょう。早速ですがアシガレ卿。勇者殿たちの再びの来訪も無事成ったということで、これはいよいよ閣下との結婚も秒読みと―――」

「何処のワイドショーだ! せめて戦場の実況しろよ司会!」

「現在諸外国の皆様方と最終調整に入っています。近日中には正確な日取りを皆様にお伝え……」

「ルージュさん答えなくて良いから!」

「おおっとぉ! ここへ来てはぐらかすとは男らしくないぞシガレット!」

「黙れ!」

 

 ワハハハハ、とモニター観戦中の見物客達から笑い声が上がる。

 態度もでかく言葉遣いも割合乱暴。

 そして、細かいところばかり気にする神経質(に、見えるらしい。現代人的な几帳面さは。フロニャルド人的には)。

 その割りに、意外と市民に人気があるのがシガレットと言う少年だった。

 

「―――では、気を取り直して。アシガレ卿、戦況はどう見ますか?」

「後で覚えてろよロンゲ……。まぁ良いや。この後何事もなければ、順当にパスティヤージュが最初に脱落して、後はビスコッティとガレットの一騎打ちになるんじゃないですかね」

「おっと、飛び入り参加のパスティヤージュ公国に対して無常なお言葉」

「いやだって、レオンミシェリ……あー、閣下と」

 曖昧な顔で敬称を付け加えるシガレット。

 ニシシ、とパーシーが笑う。

「普段どおりで構いませんよ?」

「ほっとけっての。―――兎に角、レオンミシェリとダルキアン卿が併走している映像みるだけで、もう明らかにパスティヤージュは積んでるって解るじゃないか。パスティヤージュの陸戦隊の皆さん、怪我しないと良いですよね」

 救助部隊の増員を要請しないとなぁと、目の前の書類に承認印を押しながらシガレットは嘯く。

 実際のところ、空中モニターに中継されている、ブリオッシュとレオンミシェリ、二人の率いる両国騎兵団連合は凄まじい迫力を有していた。 

 防衛線を展開するパスティヤージュ陸戦隊との兵力差は、実に倍近いものがある。

 率いている将の質も隔絶したものがあるから、笑えない。

「攻撃発起点まで近づかれたらパスティヤージュの負け。―――まぁ、敵を近づけずに遠方から叩くってのがパスティヤージュって国のお家芸だけど……」

「パスティヤージュの独自技術、晶術は長距離戦に置いて長ずるところがありますからねー!」

「ええ。理論体系化され工業的に量産可能な輝力運用術と言うのは、大変興味深いものがありまして、わが国も技術開発を行うべく、新たな研究機関の設置と、公国からの研究者の招聘を行っているのですが、これが中々……」

 はぁ、と中々進まない状況を思い出してため息を吐くシガレット。

 パーシーが苦笑しながら口を挟んだ。

「シガレット、話ずれてる! あと、キミまだビスコッティの人だから!」 

「おっと」

 

 今更だが、晶術の研究機関を設立しようとしているのはガレットの方である。

 鉄道や動力船など、所謂近代的で工業的なものが欲しいなと、元現代人による内政チート的な発想が発端となっているから、当然それを主導しているのもシガレットだ。

 産業体勢の変化も促し兼ねない国家の機関的な部分にも関わる内容の筈なのだが、周りの人間達は、『まぁ、損はしないし』、或いは『シガレットのやる事だし、一々口を挟んで仕事に巻き込まれても……』と、放置の構えだった。

 細かい事は気にしない、実にフロニャルド的な発想である。

 

「ようするに連中は、工業的に生産された武器によって、人を選ばず一定の攻撃力を有する事に成功した訳ですが―――ええと、下限の値を上げる事に成功した、とでも言えば良いのか? でも逆に、機械的な兵器は上限にも明確な区切りが存在する訳で」

「つまり、一定以下の敵に対しては優位に立ち向かえますが、上限を超える敵に対したときは、どうにも対処しようが無い訳です」

「ま、そういうどん詰まり名状況を避けるためにも、綿密な作戦の構築と事前の準備が肝心なんですよね、近代兵器を使った戦いは……ああホラ、ロランさんにバリア張られてるし」

 

 ファルカ―――空を行く騎乗鳥を駆るパスティヤージュ公国空中騎兵団の晶術槍(銃。パスティヤージュでは槍と呼ぶ)による砲撃の雨は、平原で激突していたビスコッティ、ガレット両騎兵隊に痛撃を与える事に成功した。

 だが、倒せたのは輝力の低い一般騎兵のみ。

 膨大な気力を誇りレベル3の紋章術を発動可能な騎士団長達の前では、まるで歯が立たない。

 ロランの盾が砲撃を退け、バナードの槍が距離を無視して空の騎士達を穿つ。

 シガレット的には、慣れ親しんだものに近い兵器と、空中からの機銃掃射という近代的な戦術が、一騎当千の神話の中の英雄たちに駆逐されていくようで、実に微妙な気分になる光景だった。

 

「流石はバナード将軍、凄まじい威力の紋章砲でしたねー!」

「はい。鉄壁を誇る盾の騎士ロラン隊長の活躍も、見逃せませんでしたよー!」

「空中騎兵隊の参戦の確定したこの午後の部、天空の聖騎士がなんと不参加と判明した時はどうなる事かと思いましたが、いやー、意外となんとかなるものですねー!」

「と言うか、普段から空を飛び回って天空呼ばわりされてるのに、何で肝心の空中戦に不参加なんでしょうか、この天空の聖騎士!」

「天空天空連呼するな恥ずかしい!」

 当然だが、司会二名は事情を知っている。

 この質問は、同様の疑問を抱いている視聴者向けのアピールを含んでいた。

「後で覚えてろよお前等……。まぁ、三年前の再現は、参加者的にもつまらないでしょうし、ね」

 ニヤニヤと笑う司会二人を睨みつけた後で、シガレットはあっさりとネタ晴らしを行った。

 

 およそ、三年前。

 ガレット獅子団領国とパスティヤージュ公国との間で、親善戦興行が行われた。

 パスティヤージュ公国が誇る空中騎兵隊。

 対するは、領主への即位間もないレオンミシェリの率いる、ガレット騎士団。

 そしてその戦に、何故か当たり前のように、シガレットはガレット側の兵として参戦していた。

 戦場は起伏の激しい荒野である。

 高い位置へ上れば空を行く相手へも攻撃が届くだろうし、地形を利用すれば空中からの攻撃を遮る遮蔽物ともなる―――空からの一方的な攻撃だけで終わるような事にはならない。

 つまりは、ガレットにも勝ちの目がある。当然、上空を制するパスティヤージュにも。

 

 ―――しかし、勝敗は一方的な形で決着した。

 

 アシガレ・ココット。

 脚部に空を行くための翼を輝力武装によって形成する騎士だ。

 ―――そう、ガレットにはファルカよりも自在に空を行く騎士が居たのである。

 飛び、舞い、落とす、落とす、落とす。

 実質一人で空中騎兵隊を片付けて、後日何もすることがなかったレオンミシェリのご機嫌取りに苦労した、という逸話すら残っているほど―――それは、圧倒的な勝利だった。

 

「あの空中戦を征する事により、アシガレ卿は空を行くものを上回る者、空の覇者、『天空の聖騎士』と渾名されるようになったんですよね!」

「まー、状況的にヴァリアブルファイターと複葉機でドッグファイトしてたみたいなものですしね、アレ。あんな戦い一度で充分でしょう」

 

 ファルカは人を乗せ空を自由に飛べる―――とはいえ、その自由は飛翔する鳥としての限界からは逸脱できない。

 対してシガレットは、輝力を噴かして物理法則に抗いながら空を飛ぶ。

 限界は無い。ファルカには不可能な、強引な軌道を描く事も思いのままだ。

 空と言うフィールドに置いて、シガレットの優位性は圧倒的なものなのである。

 

「アレ以来クーベル公女に会うたびに睨まれるようになりましたものね」

「ルールに則って戦争しただけなのに、何が悲しくて幼女を涙目にさせなきゃならんのか……」

 だから今回は自嘲してるんだと、大きくため息を吐くシガレット。

 フランボワーズはなるほど、と大いに頷く。

「若干意味が解らない説明も混じりましたけど、よーするに半ば自慢話だったということだけは、キチっと伝わりましたー!」

「お前等が解説役押し付けたのにその言い草はなんだよ!?」

「いやーでも、幼女イジメて格好良い渾名貰いましたとか、それはどう考えても完璧に自慢話にしか成ってないと思いますよー?」

「最初に人のことを天空呼ばわりしだしたの、フラン兄じゃねーか! そっちの方がイジメじゃね!?」

 

 特設ステージは、突発的に始まった場外乱闘に大盛り上がりである。

 そして、いよいよパスティヤージュ本陣へと勇者達が歩を進め始めた戦場でも、新たに事態が動いた。

 

 空中モニターに映る、パスティヤージュ公国公女クーベルのドヤ顔。

 秘密兵器の準備が整ったと高らかに宣言して、次の瞬間に画面からフレームアウトする。

 映像が一瞬揺れる。

 どうやら、ハンディカメラで撮影していたらしい、素人くさいフレームパン。

 映し出されたのは、緊張気味の顔をした。

 

「あれは……、異世界からのお客様の、レベッカさんでしょうか」

「まぁ、状況的にそういう流れなんじゃないですか?」

 

 実況の言葉に、シガレットは杜撰な解説を返す。

 映像の中の少女は、左手人差し指に、大振りの宝石のついた指輪を嵌めていたから―――それが何であるかは、最早明白だった。

 天に掲げられる、少女の手。

 一瞬の間と、奔る閃光。

 モニターが、閃光の白で塗りつぶされて―――次の瞬間。

 

「そーいえば、パラディオンにもエクスマキナにも、勇者服生成機能とかついてたっけね」

「あれ、実は仕組みが良く解らないんですよね。輝力武装と同じ要領なんでしょうか」

 俺もやったことあるわ、懐かしいですねと、いつぞやの事件を思い出しながら語る主従を他所に。

 

 ドレスのような華やかな装いを纏う、箒に跨った。

 新たな勇者が、登場した。

 

『見よ! これがパスティヤージュが誇る! 飛翔系(・・・)勇者レベッカじゃ~!』

 

「……へぇ」

 感嘆か、或いは。

 漏らした声は、存外重く、低い物だったらしい。

 特設ステージに集った者達すべての視線が、一瞬でシガレットに集まった。

 シガレットだけが、一人でモニターに視線を固定している。

 

 箒の房の部分から、輝力光をジェット噴射のように噴出しながら、ファルカを遥かに上回る速度で、新たな勇者は空を()く。

 複雑精緻な、それでいて予測不可能な機動。

 まるでテレビゲームのような。

 この世に鳥と虫と神以外、空を舞う者が居ないと思っているであろうフロニャルドの人間には、決して思いつけない挙動。

 晶術を刻み込まれた札を空中からばら撒いて―――遂に、高高度爆撃まで始めた。

 一方的に撃滅されていく地上の兵隊達。

 対空砲火という概念すら存在しないフロニャルドに於いて、砲を並べてめくら撃ちしたところで、空の覇者に弾が掠ることすらあり得ない。

 それは、先ほどまでの一方的な―――パスティヤージュがボコボコにされていた―――状態の鬱憤を晴らすかのような、圧倒的な光景だった。

 

「何処の弾幕ゲーだか……いやしかし、なるほどね。確かに飛翔系だわ」

 言うだけはある、とシガレットは感慨深げに頷いた。

「アッシュ様とどちらが早いでしょうか?」

「どうだろうねぇ?」

 ルージュの問いに、シガレットは苦笑して応じる。

 与えられた地位と望んだ立場に恥じぬように、相応の努力をしている。

 シガレットはこれで、意外と自分の能力に自負を持っていた。

 無敵、とは口が裂けても言えぬが、それでも、突出した一つの武器を有していると誇ることは出来る。

 空を飛ぶ。

 安直な子供の思いつきで身に着けた技だったが、他にまねを出来る物がいなければ、それは世界で唯一無二だ。

 故に。

 

「この分野で他人と比較されるなんて、初めてだし」

 

 試して見ないことには(・・・・・・・・・・)

 

 不敵で、大胆に。

 高みから、獲物を見つけた捕食者の目つき。

 彼の参加する戦興行の物販コーナーへ立ち寄れば、販売されているグッズに必ず描かれている、彼の人気の一端を担う戦闘者の笑み。

 

 ザワリ、と盛り上がる特設ステージ。

 万年筆を置いて解説席から立ち上がる次のタイミングには、ルージュがマントを差し出している。

 流れる手つきで受け取り、羽織る。

 翼のようにはためく、空色のマント。

 

「じゃあ、行くわ」

「存分に、お楽しみくださいませ」

 

 主従のやり取りは、編み上げられる輝力の翼のきらめきと共に。

 一拍の間と―――そして、地鳴りのような大歓声。

 実況と群集の喝采に押し出されるように、広げた翼をはためかせ、シガレットは空へ征く。

 目標は、地上の敵を素通りして一直線に砦に構える玉―――領主を狙うパスティヤージュの勇者だ。 

 

 空を征く者の頂点を賭けた戦いが、始まる。

 

 

◆◆◇◇◆◆

 

 

 

 

 




 ドッグデイズの見所の一つと言えば、戦場を飛び交うド派手なビームの応酬な訳ですが、しかし何気に、原作者に『必殺技は基本ビームです』と断言されていると言うのに、このアニメ、エフェクト作監が存在しません(某魔砲少女アニメ宜しく原作者の支持書きメモとかはありますけど)。
 総括してチェックする人間が居ないと言う事は、つまり、コンテ指示に従いつつ、担当原画マンのアドリブが強く出てくる風になってたりします。

 まぁ具体的に、どー言う事が起きるのかと言えば。
 『同じ技名』を叫んでいるのに『違うビーム』が飛んでるケースとか、割と、結構、多いよね……。
 三話だとガーネットバスターとか。

 弾幕ゲーの後のアレと、最大出力時と、五分以内の出来事なのに全然違うじゃん!

なんていうか、作品の内外問わず、今日日珍しい大らかな作風ですよね。
 公式で発売する抱き枕カバーで、パンツ前後ではき間違えてるっぽいし。
 それ、尻尾の穴が前になってますよねレベッカさん。わざとかも知らんけど。

 


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2-5

 

 

 ◆◇◆

 

 

「……飛び道具の必要性を実感したね」

「派手に登場した割には、逃げ回ってるばっかで何も出来ねーでやんのな。なっさけ……わっぷ!?」

 情けない、と言おうとした義弟―――の予定―――に、水鉄砲を放つ。

「いやでも、凄かったよシガレット! ベッキーの攻撃を無茶苦茶避けまくってたし! 僕なんか一発で落とされちゃったよ」

「イズミ君の場合は仕方なかったって。なんつーか、初見殺しだったし」

「兄貴の場合は確り敵の戦法を理解してから飛び出してきたのに、いっぱ……ぷゎっ!?」

 キシシ、と笑みを浮べて割って入ってきたガウルを、シガレットは容赦なく湯の中に沈めた。

 

 戦も終わり、その後のイベントも終わり、夜も更け。

 三領の主要人物の集ったフィリアンノン城にて、今は、のんびりと親交を暖める時間だ。

 シガレット、ガウル、そしてシンク。

 王城内では極めてヒエラルキーの低い位置に居る男子三名は、揃って城内の露天風呂へ湯に浸かりに着ていた。

 熱い湯で昼間の興奮を洗い流しながらも、やはり、男ばかりだからだろうか。

 交わされる会話の内容は、世界を隔てて会えなかった頃の互いの話ではなく、昼間の戦いの話が主となった。

 

「いや、うん。超高速で飛び回る人間大の物体を、パンチとキックで狙い打とうってのが、そもそも間違いだった気がする」

 攻撃が当たらないと、シガレットは投げやりに結論を述べた。

 砦に構えるミルヒオーレを目指すレベッカの前に、シガレットは颯爽と立ちふさがって戦いを挑んだ。

 そして始まる、世界観がおかしくなるような空中格闘戦《ドッグファイト》。

 雨あられと、空を彩るスペルカードの乱舞。

 空を水平に裂く青い稲妻。

 実況カメラの捉えられる速度を当に超えた、超速で繰り広げられる空の激突。

 

 結論を言うと、千日手だった。

 何しろ、両者共に、相手に攻撃を当てられないのだ。

 

 シガレットは、速度のために防御力を犠牲にしていた。

 だが、だからこそ回避能力に掛けては、ブリオッシュ・ダルキアンをして一級品と言わしめる程に卓越している。

 パスティヤージュの秘法たる晶術を刻まれた、千差万別、変幻自在の働きを示すスペルカードの乱舞と言えど、早々捉えきれるものではない。

 しかし、如何に敵の攻撃を避けられたとして、自分の攻撃を相手に当てなければ、戦いに勝つことは出来ない。

 

「アニキ、紋章砲が使えりゃもうちょっと話が変わったんじゃねーの?」

「……むぅ」

 義弟の容赦の無い言葉に、シガレットは言葉に詰まる。

「そーいえば、シガレットが紋章砲を使ってるのって、見たこと無いや」

 シンクが、邪気のない質問を投げかけた。

 顔を顰めるシガレット。ニヤリ、と意地悪げにガウルが笑う。

「そらオメー、当然よ。だってこのバカ、紋章砲使えねーもん」

「へ?」

 意外な言葉に、シンクは目を丸くする。

 シガレットに視線を送るが、彼は苦い顔であさっての方向を見ていた。

 ガウルの言は、どうやら事実らしい。

 

 紋章砲とは、紋章に収束させた輝力を光線として放つ、単純にして威力は絶大の、基礎の基礎の紋章術だ。 

 遠距離を裂く輝力刃も、誘導追尾する輝力光弾も、全てはこの紋章砲から発展していったものだ。

 輝力武装さえも、そうだ。

 紋章砲は紋章術―――輝力制御技法の基礎の基礎、最初の一段階目である。

 

「放出系ってのかな、輝力を遠くへ飛ばすとか、昔からどーもその辺が苦手でね」

 もう半分諦めている、とシガレットは投げやりに言った。

「……そうなんだ」

 シンクは意外な心持だった。

 空を自在に飛ぶなどと言う、およそ人外の域に足を踏み入れているような高度な紋章術を使いこなすと言うのに、あろう事か基礎の基礎たる紋章砲が使えない、と来た。

 これを、意外と言わず何と言うのか。

「あ、でも、普通出来ないことが出来るくせに、普通は出来ることが出来ないのは、すっごいシガレットっぽいかも」

「言うね、イズミ君」

 否定は出来ないけど、とシガレットも自覚があるのか、苦笑して頷いた。

「でも、そっかぁ。だからシガレットの必殺技って、パンチとかキックだったんだね」

 納得した、とシンクは頷いた。

 

 紋章術は、それを操る各騎士の個性が強く反映される。

 理論化され汎用性を手にした晶術と違って、まだまだ先天的な素養に作用される面が大きいから、形が一定としないのは止むを得ないことだろう。

 だが、往々にして、各人が頼みとする奥義クラスの紋章術の形は、一定している。

 即ちそれは、極大の輝力を己が武器に込め、最適なタイミングで解き放ち、目標とする敵と、その周囲ごと纏めて吹き飛ばすという、広範囲に威力を及ぼす技だということだ。

 形を変えて、発展させた紋章砲と言ってしまっても良い。

 打撃。斬撃。刺突。

 炎。氷。雷。

 形は変われど、原理は変わらない。 

 

「けど、まあオレの攻撃は基本的に、輝力の篭らない単純な物理現象だからね」

 

 硬くして、重くして、速くして、ぶつける―――ぶつかる。

 直撃と同時に発生する周囲への破壊は、あくまで自然界の法則に従った物理現象が引き起こすそれだ。

 輝力の放射による広域破壊とは、些か原理が違う。

 先ずは物理的に強度を増したシガレット自身が対象に接触しなければ、威力は発揮できない。 

 

「ファルカくらいの速度なら、まだ捉えきれたんだけど」

「アレだけ早く飛ばれちまうとなぁ」 

「ベッキー、凄かったもんね」

 

 推進力に物を言わせた変則的な機動は、直線的な攻撃では掠りもしない。

 突撃の余波で発生した音速の衝撃波に巻き込もうとしても、それに勝る速度で飛ばれてしまえばどうしようもない。

 とはいえ、戦闘慣れしていないレベッカの攻撃を避けることも、シガレットにとっては難しいことではなく―――結果。

 

「何が悲しくて、嫁入り前の娘の尻を追っかけ続けて日が暮れないとならんのか……」

 酷い目にあった、とシガレットはため息を吐く。その横で、ガウルが顔を顰めた。

「いや、オメー等が空でドンパチやってた余波のせいで、下の俺様達のが酷い目にあってんだけどな」

 ばら撒かれるスペルカード。

 地面すれすれで放たれる必殺の蹴り技の巻き起こすソニックブーム。

 その余波で、戦場の被害は所属を選ばず甚大だった。

 

 ―――お陰で、最終集計の結果、三国の獲得ポイントの開きはそれ程なかったりする。

 

「次までに、対策を練っておかないとなぁ……」

「僕も、次はナナミとベッキーに勝てるようにならないと」

「ハン! その前に俺様のことを忘れてもらっちゃ困るぜシンク!」

「勿論、ガウルとも決着をつけないとね!」

 

 気勢を上げる少年たちの頭上で、二つの月が煌々と輝いていた。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 明けて翌日―――から、更にまた日を置いて。

 戦場の気配は既に遠くへと消え去り、幾日彼の日常の中で交流を重ねた三国の首脳達は、いよいよ今日、一時の別れの時を迎えた。

 

「……そっか。シガレットもガレットに帰るんだよね」

「一緒に轡を並べた戦友から、当たり前のように敵国人扱いされてる件」

「いや、だって……」

 

 せめて、日頃の言動を考えて発言してくれと、見送りに来ていたシンクは、声を大にして言ってやりたかった。

 フィリアンノン城の城門前。

 獅子団領国領主レオンミシェリと、それに付き従っていた僅かな騎士たち―――そして、従姉妹にして新たな領国の勇者ナナミ・タカツキ。

 彼等は皆、既にセルクルに跨り、帰途への道へつこうとしている。

 その一段の中に、自称ビスコッティ人の、何処からどう見てもガレットの人間にしか見えない格好をした、アシガレ・ココットの姿もあった。

「そのまま、結婚しちゃうんじゃないの?」

 事情を知っている―――最早、二国の民の中で、事情を知らぬ物など居らぬだろうが―――者であれば、シガレットとレオンミシェリ、婚約者である二人が並んで領都ヴァンネットへ向かうと言う状況を鑑みれば、それは当然の質問であろう。

 だが、シガレットは苦笑して首を横に振った。

 

結婚式があるから(・・・・・・・・)ね。向こうで用事を済ませたら、直ぐにこっちにトンボ帰りだよ」

 

「……んん?」

 シンクにとっては首の捻りどころである。

 結婚式をやるから、帰ってくる―――ビスコッティに?

「結婚式は、こっちでやるってこと? レオ閣下は」

 ガレットの領主なのに、と。

 当然のシンクの疑問に対して、シガレットは実に意地の悪い笑みを浮べて、禅問答のような答えを返すのだった。

 

「こっちでやる、と言うか、こっちからやる(・・・・・・・)、と言うか、ね」

 

「……ごめん、意味が解らないや」

「直ぐに解るよ。―――まぁ、兎も角」

 慣れた手つきで手綱を操り、セルクルに跨ったシガレットは、疑問符を顔中に貼り付けたシンクの傍まで歩み寄った。

 そして、手を伸ばして、騎上からシンクの肩に、手を置く。

 無駄に厳かな仕草で。

 

「イズミ君の働きには、大いに期待している」

 

 

 ◆◇◆

 

 数時間後。

 セルクルに跨ったガレットの一団は、国境を越えた平原の中にあった。

 潮風を感じるにはまだ遠い、と言う位置だ。

 フィリアンノンからヴァンネットへの距離は、騎乗にて四半日。

 このままのんびりとセルクルの脚に任せていれば、夕刻前には到着するだろうが―――今しばらくは、騎上にて手持ち無沙汰を味わい続けるしかない。

 必然、身体を動かせないならば、口を動かすしかない、と言う状況だった。

 

「あ、タカツキさんは頑張らなくても良いから」

 むしろ手を抜いてくれ、とぞんざいな口調でのたまうシガレットに、ナナミは大いに顔を顰めた。

「ナナミで良いって言ってるじゃん」

 総勢百名を超える一団の、中腹。

 最前列で兵を率いるのがレオンミシェリであり、最後尾を締めるのがガウルであれば、中央で監督をする役目は、必然、残る最上位者である、シガレットの役目となる。

 今、彼は、仲良くしようよーとセルクルを傍に寄せてきたナナミと、アンバランスなコミュニケーションを繰り広げていた。

 直線的な元気一発娘のナナミと、人を喰った斜めの態度がデフォルトのシガレットとの会話である。

 会話の内容は、先ほどから何度もあさっての方向へ進み続けていた。

「いやいや、女子高生を親しげに呼び捨てにするとか、三十路のオッサン的に辛くて」

「私まだ、ジュニアスクール……って、何でジョシコウセーなんて単語しってるかな、シガレット」

「前世の記憶あるから」

「マジ!?」

「大マジ」

 素直に驚き目を見開くナナミに、シガレットは、紀ノ川の隣の桜坂街の出身ですし、とさらりとのたまう。

 尚、周囲のガレットの連中たちは、またシガレットが何時ものネタをやってる、というレベルの興味の無さを示していた。

 既に周知の事実らしい―――真偽の程は不明だが。

「ほへぇ~~~。ゼンセかぁ。そうだよね、こんな異世界とかあるんだもん、そーいうのもあるよね」

「他人の言葉をあっさりと信じるその素直さ。キミ、間違いなくイズミ君の親戚だわ」

「え、嘘なの?」

「いや、ホントだけど?」

「なんだ、じゃあ良いんじゃん!」

 私、なんにも間違ってない。

 現代の女子―――中学生らしい擦れた部分などまるで感じさせない、ニカっとした笑顔をナナミは浮べた。

 シガレットとナナミ。

 二人が並んでいると、何故か犬耳のシガレットの方が現代日本人に見えてくる、むしろナナミの方がよっぽど生粋のフロニャルド人に見えてくるという、不思議な光景だった。

 

「―――って、そんな後でたっぷりと聞くからどうでもいいんだよ! それより、私は頑張らなくて良いってどういうこと!? と言うか、結婚式で頑張るとか頑張らないとか、何?」 

 

 好きな言葉は努力。嫌いな言葉は怠惰。

 まるで、そんな風にでも言わんばかりに、思いっきり身を乗り出してくるナナミに、シガレットは苦笑しながら応じた。

「いや、タカツキさんに全力で頑張られちゃうと、幾ら俺が突破戦が得意と言っても、流石に無事に結婚できるかどうかって不安が出てくるんで……いや、ホントはタカツキさんだけじゃなくて、この周りに居る連中全員に頑張るなって言いたいんだけどね、本当は」

 シガレットがぼやいた、途端。

 

 周囲の気配が『断る』という一致したものに変わった。

 

「おぉう?」

 見渡せば、どいつもこいつもニヤニヤとシガレットを笑っている。

 皆、実に楽しそう―――いや、楽しみにして(・・・・・・)いそうだ。

「あの、ホントに、何するの? 結婚式だよね?」

「……ああ、結婚式さ。俺と、レオンミシェリの、ね」

 それに相応しい内容の、と。

 シガレットは忌々しげな口調で付け足した。

 そんな彼の態度に、周囲の騎士たちは、一斉にゲラゲラと笑い出す。

「お前等、覚えてろよ!? 絶対、全員纏めてケモノ玉にして海に流してやるからな!!」

 怒鳴るシガレット。更に広がる笑い。

 ナナミは、周囲をひとしきり見渡した後で、重々とした態度で一つ、頷いた。

「うん。何かきっと、楽しいことをやるんだね!」 

 今から盛り上がってきた、と胸を高鳴らせるナナミ。

「……そりゃ、タカツキさんにとっては、楽しいだろうねきっと」

「任せて! 私、全力頑張るから!」

「いや、俺、頑張らないでって言った筈なんだけど……」

「頑張るから!」

「……さいですか」

 もうどうにでもなぁれ、とでも言いたげな態度で、シガレットはため息を吐いた。

 

「あ、そういえばさ、シガレット」

 

 全力で疲れた態度を示すシガレットを、まるで意に介さず。

 ナナミは思い出した、と胸の前でぽん、と両手を叩いた。

 何? と、シガレットは首だけ向けてナナミに先を促す。

 ナナミは、大きな瞳でシガレットの顔を覗き込みながら、はっきりと、聞いた。

 

「シガレットって、レオ様のどんなところが好きなの?」

 

 空気が凍る瞬間。

 周囲から、一瞬で、笑い声が吹き飛ぶように消える。

 途端湧き上がる、ひりつくような緊張感の中心で、ナナミだけが、まるで―――いや、真実そのものなのだが―――年頃の乙女のような態度で、シガレットの返事を待っていた。

 わくわく、と。

 背後から擬音が聞こえてきそうな態度だ。

 

「どんな?」

「うん、どんな。だって、結婚するんでしょ?」

 気になるじゃない、と。

 ナナミは同意を求めるように周囲を見渡した。

 セルクルに騎乗した屈強なガレット騎士たちは、一斉に勇者から顔を背ける。

 彼等は全身で、流石にこんなところでケモノ玉になりたくねーよ、とアピールしていた。

 勇気と無謀は違うと、歴戦の戦士達は何よりもよく理解しているらしい。只のチキンとか、きっと言うだけ野暮だろう。

 

「あ、ウチも気になる」

「わたしも~」

 

 だが、無謀極まりない蛮勇を発揮する猛者も、居るには居る。

 少し先に見える丘の上で小休止を行うとの伝令を伝えるためにやってきた、ジョーヌとベールの二人がそれだ。

 騎士たちは少女達の哀れな末路を予感した。

 

 ―――だが。

 

「どんな、か。まぁ、女の子だし、そういうの気になるものか」

 困った物を見るかのような穏やかな態度で、シガレットは苦笑した。

 犬歯をむき出しにして暗い笑みでも浮べると思っていた周囲の騎士たちも、この態度には驚きだ。

「お前等、後で締めるからな」

 ギロリ、と周囲のざわついた空気を締めるシガレット。

 頭にきているのは事実らしい。

「で、で? どんなとこ? やっぱり顔!? それとも、あのボン、キュッ、ボン! なないすばでぃ!?」

「発言がオッサンくさいぞ、女子中学生」

 空気を読まずに尋ねてくるナナミを、シガレットは流石に嗜める。だがナナミは、流石勇者と言うべきか、まるで堪えていなかった。

「だって気になるじゃん! お城で見ていたときも、二人ともあんまりベタベタしてなかったし。もーすぐ結婚するんだから、なんかこう、ほら、もっとこう~」

 むちゅ~って。

 唇を蛸のソレの形に変えるナナミを、流石にシガレットはぶっ飛ばしてやりたくなった。

「いやいやナナミはん、アニキたちはな、そーいうのは絶対周りにみつからんトコで……あたっ!?」

 代わりに、余計なことを口にしそうになったジョーヌの頭を容赦なくはたく。

「そういうのは、お城のメイド達に聞くといいわよ?」

「おいまてやめろウサギ」

 いっぱい話してくれるから、とのたまうベールを、慌てて引き止める。

「あ、イチャイチャはしてるんだ」

「……余計な知恵を付けさせたか」

 納得顔のナナミに、シガレットは大げさに頭を抱えた。

 これ以上、周囲から余計な発言が飛び出す前に、ナナミの疑問を解決した方が早いのかな、と思う。

「まぁ、何て言うか」

 前置きをしながら、言いたいことを纏めて行く。

「ぼん、きゅ、ぼんがどうのって言い出すと、俺の周り、美人も美少女もより取り見取りだし。ホレ、スタイルだけならそこのエロウサギも負けてない」

「……確かに」

「ナナミちゃ~ん? ちょぉ~っと、目が怖いんだけどぉ……」

 上から下までじっくりと見つめてくるナナミに、ベールが若干頬を引きつらせる。

 実際彼女は、レオンミシェリのようなしなやかで活動的な美形とはまた違った、色艶を感じさせる柔らかそうな肢体を有していた。

「……ん?」

 ナナミにつられて、一緒になってベールを視姦していたシガレットは、何度か首を捻りながら、躊躇いつつ、ベールに尋ねた。

 

「ベル、お前……、春先に比べて、少し、肉がついてないか?」

 

 何かこう、全体的に。

 

 ―――こうかはばつぐんだ。

「シガレット君、いきなりヒドっ!?」

「あ~……アニキの言うとおりだぜ、それ。南方との貿易が拡大して、砂糖菓子が大量にヴァンネットの店やに並ぶようになってから、こう、前よりぽっちゃ……」

「ジョーも止めて! わたしだって気にしてるんだから!」

 乙女の秘密的なアレを衆目のあるところで暴露しようとしたジョーヌに、ベールは涙目で悲鳴を上げた。

「肉がついたせいで前より更にエロくなってる辺り、まぁ、流石にエロウサギの名に恥じぬと言うか……」

「そんな風に呼ぶのシガレット君だけでしょ!?」

「―――まぁ、コイツを始めとして、割りとマジで見飽きるレベルで、オレの周りはぼん、きゅ、ぼんとやらで溢れてる訳だよ」

「なるほど。つまり、この際スタイルとかは、判断材料としては低い位置にあるってことだね」

「聞いてよ二人とも!」

 無視して話を続けるナナミとシガレットに、ベールは半泣きだった。

 

「う~ん……じゃあ、やっぱり性格とか?」

「アレで意外と面倒な性格してるんだぜ、あの人。そりゃ、たいていの場合は可愛くはあるけど、たまにイラっと来ない訳じゃない」

 尤も、それはレオンミシェリも同様だろうけど。

 シガレットは、ナナミの第二の質問に肩を竦めて応じた。

「結構、はっきり言っちゃうんだね」

 これから結婚をしようという相手に、ある意味、はっきりと『嫌いな部分もある』と公言しているようなものである。 

 ナナミの態度が若干恐れ混じりになるのも、当然だった。

「まぁ、年齢一桁の頃からの付き合いだから。百年の恋が冷めるようなハナシだって、普通に覚えてる訳だよ」

「ん~……でも、恋は冷めても結婚はするんだよね?」

 首を傾げるナナミに、シガレットは、そりゃあねと、苦笑しながら頷いた。

 

 好きではない部分も在り、恋が冷める瞬間も知って尚。

 

「愛してるから」

 

 それは、尋ねたナナミの方が赤面してしまうような、シンプルで絶対的な言葉だった。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 





 設定は後付ける物。
 まぁ、一期の時もビーム撃ってる描写が偶然無かったので、多分きっと、後付けではないような気がしないでもなくもない。

 お風呂サービス回だけで終わろうかと思ったら、尺的な都合でその後まで。
 このSSのタイトルは『ガレット獅子団領国奮闘記』ですので、ビスコッティの合宿には参加しません。
 

 ―――で、まぁそれはさておき、遂に勇者王……じゃなかった、英雄王と魔王様が登場してしまいましたね。
 ホント、パスティヤージュは濃いヤツしか居ねぇ……。

 あとミルヒオーレ姫様。親衛隊長くらいちゃんと連れてきてください。
 案の定、伝説の魔王復活レベルの大災害だったよ!


 


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2-6

 

 ◆◇◆

 

 

 ヴァンネット城は、記憶のままにあった。

 シガレットにとっては役二年ぶりの来訪―――現段階では―――の筈なのに、まるで、昨日出かけて、今日、帰宅したかのような気安い空気で、そこは彼を迎え入れた。

 何故だか当たり前のように私室があれば、専用の執務室もある。

 港の様子を一望できる廊下を歩けば、何故か隣に居る領主を差し置いて、各種文官は彼に群がる。

 まさしく、ホームと呼ぶしかない、そんな空気だ。

 何を懐かしむ必要も無く、当たり前に日常が続いているのなら、当然、シガレットのやることは極まっている。

 即ち、仕事だ。

 私的な勇者の歓待を領主に任せて、文官たちを引き連れて、執務室で書類の山に埋もれる。

 つみ上がった書類の山。

 圧倒的なその量だけが、彼に二年の歳月の経過を感じさせるものだった。

 

 ―――とは言え。

 まさか二年分の書類の確認を夕食前に終わらせられる筈も無く、最低限、勇者召喚によって発生した公式行事の日程のズレを修正する作業を終了させ、今はもう、夜。

 因みに、帰還初日の食事は、何時もどおり執務室で済ませた。

 

 夜。

 ヴァンネットでの夜をどう過ごすか。

 シガレットの選択は、また、周囲の人間の解釈も、一つだった。

 風呂上りの彼に、就寝前にしてはキチっとした身なりの服へ着替えさせたメイド衆に先導されること、少し。

 先導されるまでも無く、通い慣れた一つの部屋へ、彼は足を踏み入れた。 

 

 

 ◆◇◆

 

「なにやら、昼間は面白い話をしておったの」

「……?」

 

 ぼうとしていた視線を、少し上げる。

 ワイングラスを揺らす、妖艶な―――部分は、残念ながら一度も感じたことは無い―――美少女が見えた。

 美少女。いや、もう真ん中の一字を外しても良い頃だろう。

 優雅に晩酌を行うと言うこの趣味も、最早、年に似合わぬとは、言えない。

 格好付けて一息でグラスの中身を飲み干そうとして、思いっきり咽て、挙句に顔を真っ赤にして目を廻していた頃とは、違う。

 酒の肴にはこの上ない、夜の湿度が似合うようになってきた、つまりは、美女が居た。

 レオンミシェリ・ガレット・デ・ロワ。

 今や、婚約者である。

  

「……疲れておるのか?」

 帰城早々に忙しそうだったようだし。

 返事が無く、ただ視線を合わせているだけのシガレットの態度が奇妙に映ったのだろう。

 気遣うような言葉に、シガレットは苦笑して首を振った。

 貴女に見蕩れていただけです―――なんて言葉は、言う筈も無い。

 そんな言葉を聞いて喜ぶのは、部屋の隅で家具の一部に溶け込んでいる、メイドたちだけだからだ。

「いえ、何時ものことなので、別にそれほど疲れている訳では―――ああ、いや。勿論、言葉で気遣う前に手伝えよとか思わんでもないですけど」

 一緒に帰ってきた連中全員が、そそくさと逃げ出してくれやがったし、と。

 恐らく、シガレット以外には出来ないであろう、領主相手に、堂々とした暴言だった。

 だが、敵も然る者。

 数年来、似たようなやり取りを繰り返してきているのだ。

 今やレオンミシェリは、その程度の言葉では良心に傷の一つも浮かび上がらない。

「船やら、鉄道やら、学校やら。―――半分以上、ヌシの趣味じゃろ」

「まぁ、そうなんですけどね。でも残りの四半分程度は、お宅の弟さんの不始末の尻拭いだったりもするんですが」

「安心せい。もう直ぐお前の弟じゃ」

 精々、過保護に可愛がってやるのじゃなと、レオンミシェリは喉を鳴らす。 

「生まれた順番の速さで言えば、実はアイツのが兄だったりするんだよなぁ」

 今更だけど、とシガレットは渋面を浮かべる。

 結局のところ、適材適所とシガレット自身すら思っている。

 ガウルは中心に立つ華はあるが、下から誰かを支えるような地味な仕事には、まるで向かない。

「それでも少しは、せめて流れくらいでも覚えてくれれば、こっちもフォローし易く……天才肌ってヤツとも違うけど、アイツもなんつーか、過程をすっ飛ばしていきなり解答から入るタイプだし……いやまぁ、今更ですね、コレも」

 オレが引退するまでに教育しきればきっと平気だ、と。

 あからさまに問題の先送り宣言をした後で、シガレットは話を切り替えた。

「で、昼間がどうの、とか言ってましたけど」

「ん? おお。それは、アレじゃよ。―――ナナミ達と」

 あと、ジョーヌとベールと。

 若干視線をさまよわせながら、レオンミシェリは言った。

 照れるくらいなら聞かなければいいのにな、と思いながら、シガレットは首を傾げる。

 

 昼間の会話。

 ナナミ達の、と来れば内容も自ずと知れようと言う物だ。

 内容に反して、無駄に騒がしく話していたものだから、声の響く草原の道中だ。

 最前列を進むレオンミシェリの耳にまで、話の内容が届きもするだろう。

 

「面白かったですかね、アレ。いや、人によっては愉悦を覚えたりもするでしょうけど」

 羞恥プレイを強制する的な意味で。 

 何しろ話題は、『誰が誰のどんなところが好きか』と言うゴシップ極まりないものだ。

 案の定、レオンミシェリは愉しげに笑っていた。

「ウム。右へ左へハナシを振り回して―――ようも誤魔化したものじゃな」

「いや、割りと本音トークだったと思いますが。タカツキさん、何か人に嘘をつかせ辛い空気とか持ってますし」

「であろうな。嘘であったのなら、流石にワシも、困る」

 

 仮に、会話を締めたときのシガレットの一言が嘘だったとしたら。

 恐怖を覚えるのか、或いは、怒り狂うのか、悲嘆に暮れるのか。

 どちらにとっても想像したくない光景だろうし―――無論、想像する必要の無い類の光景だった。

 

「じゃが、言葉の解釈を相手に委ねて、煙に巻いたのは事実であろ?」  

「そりゃ、衆人環視の中で羞恥プレイ染みた真似はしたくないですもの」

「フム。しかし、ワシは気になる。気になって今晩は眠れないかも知れぬ。そして丁度よいことに、衆人の監視とやらは、ここには無いぞ?」

 テーブルに肘をかけ、僅かに乗り出すレオンミシェリ。

「いや、一番聞いて欲しくない人たちが周りに居るような気もするんですけどね」

「ん? いや、誰も居らぬぞ。安心せい、人払いは出来ておる。ビオレも下がらせたであろ?」

 いや、それはどうだろうねと、シガレットは内心で婚約者の言葉に突っ込みを入れた。

 室内には彼等二人以外に、人の気配は無い。

 無論、室外にも気配はない―――が、居ないはずが無いのだ。

 お呼びとあらば―――無くても、必要と判断すれば即参上、が彼女等の務めなのだから、恐らく、否、確実に寝室の端で晩酌を続ける二人の声が聞こえる場所に、居るに違いないのである。

 だが、恐ろしい事に、歴戦の勇士たるシガレットをして、周囲には人の気配が全く感じられなかった。

 だが逆に、だからこそ、確実に隠れているに違いないと、断言できる状況だった―――経験談的な意味で。

 

 ―――とはいえ。

 

「今更、その程度の羞恥プレイに臆していても、ねぇ」

「何がじゃ?」

 なんでもない、と首を傾げるレオンミシェリに笑いかけるシガレット。

 笑顔のまま、

 

「愛していると、ここでもう一度言葉を重ねても足りませんか」

 

 或いは淡々とした調子で、続けた。

 レオンミシェリは虚を突かれた顔のままでしばらく間を置いて、やがて、頬を赤らめるのではなく、少し申し訳無さそうな顔で、視線を逸らす。

「足らぬ訳がない―――無いが、持て余しているのかも、知れぬ。いや、勿論お前の気持ちを疑った事など、無い……いや、そうじゃない。疑っている訳ではないが、いや。―――つまりじゃ、昼間にお主も言っておったじゃろう? 性格の合わぬ部分もあれば、目を覆いたくなるような失態すらも知っていよう」

 そうでありながら、尚。

 当たり前のようにシガレットは、レオンミシェリ・ガレット・デ・ロワに対して、愛を囁くことなどできるのか、と。

「ヌシの言葉は嬉しい。聞くたびに、重ねられるたびに、異なる彩りと共に、ワシの胸を高鳴らせる。で、あるからこそ……いや、すまぬ。面倒なことを」

「ああ、いえ。何となく言いたいことは解ります」

 酒も入って、良くない方向へ進みそうだった言葉を、慌てて退ける。

 思いのほか深刻な方向性の会話の内容に、若干戸惑いも覚えていた。

 

 幸福である事が不安である。

 不安に思っている事実に、申し訳が立たない。

 それが余計に、自分を追い詰める。

 結婚を目前に控えて、よくある話とも言えるかもしれないし、だからこそ、解決は難しそうだ。

 

 その難問に対して、シガレットが思うことといえば。

「まぁ、でも、多分。そー言うところが、ええ。オレは好きなんですけどね」

 ああ、幸せだなと。

 疑いようの無い顔で、言うのだった。

「……はぁ?」

 何故そうなる、と眉根を寄せるレオンミシェリに、シガレットは微苦笑する。

「初対面の時から、今も変わらず、オレにとって貴女は手の届かない高嶺の花ですから」

 根はどうしようもなく小庶民ですしね、と冗談めかしながら。

「手が届かないと思っている女がね、こう、自分から慰めろ、と傍によってくるとか。コレで惚れない男が居るとしたら、見てみたいですよ。ああいや、見たくないです、やっぱり」

 

 オレだけで充分だ、と。

 

「……案外と、独占欲が強いのだな」

 他人事のように、レオンミシェリは言った。

 お褒めの言葉まことに恭悦、とでも言えばいいのか。

 不必要なことをしゃべり過ぎているんじゃないかなと言う不安を覚えつつ、シガレットは頷く。

 自分が不安を覚える程度で、レオンミシェリの不安を解消できるなら、それは最早、優先順位を付けるような問題ですらないのだから。

「まぁ、昔から貴女に対してはこんなですよ、オレは。ロランさんに嫉妬したこともありますし」

「ロラン? ロラン・マルティノッジか? 何故そこで」

 そんな名前が出てくるのか。

 当然の疑問の言葉に、シガレットは失笑気味に答えた。

「ガキの頃、訓練試合で負けたことがあったでしょう? 盾を突破できなくて」

「……随分、古い話しを」

 今なら余裕で勝てるぞ、と頬を膨らませるレオンミシェリ。

 それはそうでしょうね、と頷きながら、しかしシガレットは全く彼女が予想外の言葉をつむぐ。

「試合に負けてふて腐れるレオンミシェリの頭を、ロランさんが撫でていたんですよね。アレが実に様になっている風に見えて―――ああ、うん。思えばあの頃から、かな。オレはレオンミシェリ、貴女と、こうなりたかった」  

 瞳と声に篭る熱量に、レオンミシェリは戸惑いを。

 

「……そう、か。ウム。そうか」

 

 一度、二度と。

 噛み締めるように頷く。

 レオンミシェリは戸惑いを―――戸惑いは、漸く。

 思えば、春の夜の、あの湖の畔のひと時から、ずっと抱いていた戸惑いが。

 

「そうであるならば、もっと早く言えばよかっただろうに」

 馬鹿者がと、幸福な人間だけが浮べることが出来るであろう表情で、レオンミシェリは言った。

「ふられたら怖いじゃないですか」

 勢い任せに余計なことを言い過ぎたとでも言わんばかりの投げやりな口調で、シガレットは言う。

 レオンミシェリは笑った。

「幾ら小娘の頃のワシであろうと、惚れている男の言葉を断るほど愚かではあるまいよ」

「―――そりゃ」

 息を詰まらせるシガレット。

 レオンミシェリをまじまじと見つめ、それから漸く、大きく一つ、息を吐く。

「そりゃ……いえ、うん。ええ。―――ええと、好きです」

 

 だから。

 付き合ってください。

 

 問答の余地無く、間違いなく支離滅裂な言葉である。

 レオンミシェリは肩を震わせて笑った。

 ツボに入ったとでも言わんばかりに、苦しそうに、愉しそうに、それから、嬉しそうに。

 レオンミシェリは笑った。

 シガレットは不貞腐れた顔をを作った。

 レオンミシェリはもう一つ笑い、そして、更にテーブルの上に身を乗り出す。

 二人を隔てるのは、小さな丸テーブル一つのみである。

 半身を乗り出せば、最早、片肘をつくシガレットを、真下から覗き込むような姿勢だ。

 

「そういうところが、好きじゃ。たかがワシの言葉一つで……ウム。―――ははっ、実に似た物同士じゃな、ワシ等は」

「嬉しいですけど、正直あんまり、嬉しくないですよ」

 形だけの反論は、直ぐに、刹那の間もおかず、ニヤつく物を抑えきれぬ、只の笑みに変わった。

 至近距離で、見つめあい、笑いあい、頬を染めあい、―――さて。

 そして二人が、愛し愛されあう、婚約者同士であれば。

 

 瞳を閉じたのはどちらが先か。

 顔を寄せたのは、どちらが先か。

 まるで、競争のように、競い合う速さで、二人は。

 

「レオ様~~~! いっしょに寝よ~~~~!!」

 

 ばぁん、とドアが開く。

 枕を抱えた黒髪の少女―――あらゆる意味で勇者な少女が、転がり込んでくる。

 固唾を呑んで二人の様子を見守っていたメイド達ですら呆気に取られる、そんな最高に空気を読まないタイミングで。

 

「……あれ?」

 

 固まる空気が、更に凝固する。

 パジャマ姿で枕を抱えてレオンミシェリの寝室へと飛び込んできたナナミは、そこで漸く、室内の様子に、気付いた。

 窓に近い位置に据えたテーブルの上で身を寄せ合う、見知った男女。

 因みに、現在は夜で、此処は女性の寝室で、男女だから、当然片方は男性だ。

 ナナミとて、コレで年頃の少女である。

 実体験を伴わない、あくまで聞きかじり程度の知識であっても、これだけ状況が揃っていれば―――いやさか。

 むしろ、聞きかじりの知識しか持たぬがこそ、過剰に反応してしまうのが、夜の―――基、世の道理。

 

「し、失礼しましたぁ~~~~~~~~~~~!!」

 

 肝心のシガレットとレオンミシェリが全く反応できないタイミングで、ナナミはレオンミシェリの寝室からログアウトした。

 輝力の残光すら見える全力の速さだ。

 

 少し後。

 漸く、ぽつぽつと。

 

「……ええと」

「言い訳とか、考えて法が良いんですかね、やっぱ」

「何を言い訳するところがあるのじゃ?」

 男の言葉に、聊かの不機嫌さを交える女。

 返答によってはただでは済まぬと言う態度に、男はおどけて、

「そりゃ、何時もよりアルコールの度数がキツかった事とか?」

 こっそりと覗きを行っている連中が、翌朝辺り酷い目に会うであろう、些細な事実を口にした。

「戯けが」

 気付いていたなら言わぬか、と。

 未だに至近にあったシガレットの額を、レオンミシェリは容赦なく小突く―――自らの額で。

 コツンとぶつかる、互いの、離れる、鼻先が擦れ合う、僅かな距離。

「いやぁ、普段と違うところとか、見れるかなって」

「……悪く酔って、我慢も効かなくなってしまったら」

「それはそれで、良いじゃないですか。そろそろ夫婦になるんですし、赤裸々な話も出来そうですし」

「―――ならば先ず、お主はその微妙に丁寧な言葉遣いを何とかせよ。今更じゃが」

「いやぁ、高嶺の花に、やっぱり恐れ多くて。まぁ、でも」

 

 善処します、と。

 その距離が、どちらかの、どちらもの、悪戯心で、直ぐに。

 

 おやすみ、と言い合って、二人は別れた。

 その日、その晩は、結局。

 たったそれだけの、当たり前の日常だった。

 

 




 結婚する、する、言うてても、こいつら全然会話シーンが無いんだよなぁと思いながら、じゃあ一つ、ラブにコメった感じの……と思って出来たのがごらんの有様である。

 ナナミさんお疲れ様でした。



 


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2-7

 

 ◆◇◆

 

 

 ぐ、と右腕を突き出し、深く、静かに息を吐く。

 全身を流れる、そして体の外から流れ込む力に精神を研ぎ澄ませる。

 必要なのは、明確な、個の中のイメージ。

 理論体系化された道標は存在しない。

 唯一、自らの持つ想像力―――創造力のみが、頼みだ。

 個人の空想を明確な形に落とし込むことはきわめて難しい。

 複雑な形を得ようとすればするほど、矛盾が後から後からあふれ出してくるのだ。

 故に、可能な限りシンプルなイメージを心がけることこそが、重要だ。

 自らが尤も明瞭にイメージすることが出来る、単純で、現実的な―――。

 

「……んで、結局ソレかよ」

「アニキらしいっちゃ、らしいけどなー」

 

 外野のつまらなそうな声に、シガレットは瞼を開く。

 真っ先に視界に入った、突き出した自らの右腕から、青白い輝力の輝きが映った。

 輝力の光は肘から水平方向に大きく広がっており、その内側には、輝力の凝縮によって形作られた、彼の新たな輝力武装が顕現している。

 鈍い、鋼鉄の輝きを持つ薄い刃が、何枚も何枚も重ね合わさっているその形状は、まさしく。

 

「A-P PULSE……って言っても誰も解ってくれないよな、きっと」

「よーするに、何時もどおりの羽だろ、羽」

「遂に、足からだけじゃなくて腕からも生える様になったんやなー」

 およそ現代人にも理解しがたいであろう若干マニアックに過ぎる発言を無視して、見学していたガウルとジョーヌが感想を漏らす。

 そう、シガレットの肘から広がっているのは、輝力によって形作られた、彼お得意の翼だった。

 普段の足首から広げる翼に比べて、その大きさは半分程度に過ぎなかったが、しかしソレに比べて、どこか攻撃的な尖ったシルエットをしている。

 飛ぶための物には見えない、物騒な形状だ。

「案外、簡単にできるもんだよな」

 肘に新たな関節でも仕込んでいるかのように、鋼の翼はシガレットの意思に応じて前後左右自在に稼動している。

 満足そうな姿に、ジョーヌが空笑いを浮べる。

「いや、そんな簡単に輝力武装を作れるのもアニキくらいだと思うけど」

「そうか? 勇者連中とか、聞き伝の知識だけでなんでもやってくれるじゃないか」

 ビスコッティの勇者シンクのトルネイダー然り、ガレットの勇者ナナミのスケート靴の輝力武装然り。

「放って置けば、勇者レベッカも何か作りそうなものだぞ」 

「そら、あの人等は勇者やし」

 常識を外れている連中と一緒に扱うのはどうなんだ、とジョーヌは言う。

 言った後で、よく考えたらシガレットに常識を期待するだけ負けか、と思い直したりもするが。

 そも、普通の騎士であれば紋章砲を撃つことだけでも一苦労なのだ。

 輝力を実体化できるレベルまで圧縮し制御する技術は、並みの物ではない。

「ま、ビームは苦手だけど、コレ系はな。それに、春先に宝剣振り回す機会もあったし、アレでだいぶ感覚掴めたわ」

「そーいや、エクスマキナ持ち出してたんだっけか」

「持ち出した、とか人聞き悪いな。預かってたんだよ」

「レオ様との愛のあかしとしてやろ?」

「てい」

 余計な茶々を入れてきたジョーヌに向かって、羽の生えた右腕を振り下ろす。

「あ痛っ!?」

 ジョーヌは額を押さえて痛みに呻いた。

 その様子を見て、ガウルが納得の頷きをみせる。

「その羽、そーいう使い方するのか」

「まぁな。……ほぃっと」

 シガレットは頷き、今度はガウルに向けて腕を振り下ろす。

 

 野外訓練場の中心から、壁際で見物しているガウルへと。

 両者の距離は、およそ三十歩程度か。

 本来は届く筈のない距離を、しかし。

 

「よっと」

 ガウルは、額にぶつかりそうになった羽を、器用に二指で掴む。

 それは、シガレットの右腕の翼を構成していた、鋼の羽の一枚だった。

 シガレットが腕を振り下ろすのにしたがって、翼から分離し、ガウル目掛けてダーツの矢のように飛んできたのだ。

「なるほどな。コレが勇者との空中戦対策って訳か」

「ま、な。弾幕はパワーってヤツ?」

 得意げに笑いながら、シガレットは右腕を振り払う。

 今度は、羽毛のごとく、無数の羽が彼の周囲に舞い散った。

「お、綺麗じゃん」

 キラキラと青い輝力の燐光を散らしながらシガレットの周囲を滞空する無数の羽の姿を見て、ジョーヌが感嘆する。

 その隣でガウルは、嫌な予感に頬を引きつらせた。

「おい、まさか、この羽根……」

 握っていた羽の一枚を、そっと空へ手放すガウル。

 金属―――正確には輝力の塊なのだが―――製の羽だ。

 手で重さを感じ取れる程度には、重量がある。

 手放せば、直ぐに地面に落ちるだろう―――その筈だが。

 羽は、空に滞空し続けていた。

 更に、輝力の燐光を吹かしながら、まるで意思を持った生き物のような動きで、シガレットのほうへと、ひとりでに、浮遊していく。

「……それが、勇者対策、かよ」

 頬を引きつらせて、ガウルはもう一度義兄へ尋ねた。

 浮遊する無数の羽を周囲に侍らせる、義兄へと。

 

「名付けて『翔翼連弾(アクセルシューター)』……んじゃ、実験始めるぞー」

 

 楽団の指揮者のように腕を振り上げるシガレット。

 その動きに、当然のように追随して、浮遊する無数の羽がその向きを整える。

 ナイフのような先端を、壁際のガウル達に向けて。

「ちょ、おい……!?」

「あの、アニキ? ウチら、只の見学……!」

 次にシガレットが腕を振り下ろした後に起こるであろう現象を予感して慌てる二人。

「この前の戦で、無様に剥かれたり玉になったりした愚弟達に対する、兄心ってヤツだ」

 シガレットはいい笑顔で言い切った。

 そしてそのまま、腕を振り下ろす。

「剥かれたのウチだけとちゃうで!」

「つーか玉にしてくれやがったのオメーじゃねーか! って、うぉ! 誘導型かよ!?」

 向かってくる羽から逃れようと、慌てて駆け出すガウルとジョーヌ。

 しかし、羽は彼等が逃げる方向へと向けて進路を変えて、何時まで経っても止まらない。

「ああ、因みにぶつかったら爆発するからな、その羽。ぶつからなくても至近距離まで近づけば、やっぱり爆発するけど」

「物騒な機能つけるんじゃねーよ!」

「まぁ、ミス・アンダーソンとのドッグファイト用の武装だし。自動追尾と近接信管が無いと話しにならんだろ? ホレ、くっちゃべってる暇があったら走れ走れ走れ~」

「知るかボケー!」

「ひぃ! あたる! あたる! あたらなくても爆発するぅ~~!!」

 

「……アレ、何? ロケット花火と追いかけっこ?」

 

「緊急時における危機対処能力、及び判断能力の強化訓練、かな」

 訓練場を走り回るガウルたちを放置して壁際に座り込んでいたシガレットは、突然横から掛けられた声に、何てことも無い風に反応した。

 視線を動かす必要も無く、声だけで、勇者ナナミだと解る。

 彼女は、羽を引き連れて走り回るガウルたちを、不思議そうに眺めていた。

「脚力強化訓練にしか見えないけど」

「あいつ等、アホの子だからねぇ」

 頭を使わないと駄目なんだよと、シガレットは微苦笑を浮かべる。

 それでナナミは、あの空飛ぶ羽を動かしているのがシガレットだと気付いた。

「ん~~……、じゃあ、シガレット的にはどうすると正解なの?」

「立ち止まって普通に防御すれば良いんじゃないかな」

 

 ―――そんなに威力無いし。

 

 慄き逃げ惑っているガウルたちが聞けば激怒するであろう、残念な事実をぶっちゃけた。

「結構、派手に爆発してるように見えるんだけど」

「タカツキさん、さっき花火って言っただろ? まさしくそうだよ。音と爆発が派手なだけ」

「ええっと、見掛け倒しってヤツ?」

「あくまで牽制用の技だからねぇ。実を言えば、追尾性能もそんなに高くないし」

「あ~。そういえばさっきから、同じところをグルグルしてるよね」

 遠めに見れば直ぐにわかる事実だった。

 ガウルたちは大きく時計回りに周回運動を続けているだけなのだ。

「事前に逃げろって言われたからって、素直に逃げちゃうとか、ねぇ。そんなだから、毎度毎度直ぐに剥かれるのに」

「ああ、だから判断能力……でもさ、実際に立ち止まっちゃったら」

「そりゃ勿論、近づいて殴る」

 物理で。 

 全く持って身も蓋も無かった。

「キミならやりそうな気がしてたけど、なんと言う理不尽……」

 ここ数日でシガレットの性格―――傍若無人―――を理解し始めたナナミが、ジト目で突っ込むと、シガレットはそれこそ傍若無人な態度で応じた。

「足止めのための牽制用に使うものだからね。……って言うか勇者殿。何か用事でもあったんじゃないの?」

「え? ……ああ、そだそだ! 大変だよ、皆!」

 集合! と言わんばかりに、走り回る二人に聞こえる声で、ナナミは言った。

「お?」

「あん?」

「……あ」

 そして、走り回っていたガウルとジョーヌは立ち止まって反応し、シガレットはその様子を見て、深くため息を吐いた。

 

 二人が立ち止まる。羽が追いつく。爆発。

 ぎゃわ~、と言う間抜けな声が、閃光の中に響く。

 

「……ひょっとして、わたしのせい?」

「昔さ、打ち上げ花火を、打ち上げに失敗して地面で爆発させちゃったって動画とか見たことあったけど、丁度こんな感じだったよな」

 冷や汗を垂らすナナミに、シガレットは気にする必要は無いよと、適当な言葉を返す。

 花火のような閃光が晴れた場所には、煤けた姿のガウルとジョーヌが居た。

「結構、威力あるんじゃないの?」

「いやいや、見た目だけだって。その証拠に服は剥けてないし、けものだまにもなっていない」

「どー考えても、わざとギリギリそのラインを狙ってやってるとしか……」

「はっはっは、気のせい気のせい」

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

「……魔物。人里に?」

「はい、被害はアヤセの街に集中しているのですが、今週に入って、既に被害件数が十五件を超え……」

 王宮に救援要請が届きましたと、ビオレが困り顔で頷いた。

 港を一望できる展望テラスのテーブル席で、その美しい景観に似合わぬ、いきなり物騒染みた話題である。

「東方街か……あそこは貿易関係者も含め、諸外国の人間が大勢訪れる。―――フム。早急に対処せねばならぬな」

「つっても、被害は精々追いはぎかかっぱらい程度の物だろ? 地元の警備の連中動員すりゃ、なんとかなんじゃねーの?」

 思案気に呟くレオンミシェリの横で、ガウルが眉根を寄せる。

 更にその隣から、ナナミが手を上げて乗り出してきた。

「ねぇねぇ、魔物って、なに?」

 根本的な疑問だった。

 余りにも空気に馴染みすぎていて、皆忘れ気味だったが、このタカツキ・ナナミという少女は、まだこの世界に来て一週間かそこらしか経っていないのだ。

 フロニャルドの常識を理解していない方が、むしろ当然である。

「土地神とか野生動物とか、まぁその辺が悪い方向に変質しちゃった存在でね。不定期に現れては、人に不利益を齎せたりするんだよ」

「そんなのが、町に出たの? それって、結構ヤバい話なんじゃ」

「ん~……程度によるかな」

 少し表情に緊張感をはらみ始めたナナミに、シガレットは微苦笑を浮べて首を捻る。 

 

 魔物。

 一言で言っても、その脅威はピンからキリだ。

 そもそも発生原因すら一定せず、生態も勿論千差万別である。

 

「そこのアホの愚弟みたいに気を抜きすぎるのもどうかと思うけど、まぁ、実物を見る前から緊張しすぎるのも、なぁ」

「とは言え、最近大規模な魔物災害が発生したばかりですから。民心も不安を覚えていることですし」

 たかがかっぱらい程度の被害と言えど、大げさに反応するのは仕方が無いと、ビオレはため息を吐く。

 その言葉を受けて、レオンミシェリは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「最近の、な……」

「あ、何その顔。一人で突っ走ろうとしたのは貴女も同じですよね?」

「フン、解っておるわ」

「……えっと、何かあったの?」

 一人事情が理解できないナナミ。

 レオンミシェリとシガレットは不機嫌な顔をしており、同じテーブルに着くほかの人間達は、ニヤニヤと笑っている。

 何かあったらしいのは、確かであるが。

「何かと言うか、何と言うか」

「何も出来なかったと言うべきか、のう……」

 言葉を濁すシガレットとレオンミシェリ。

 彼等にとっては、余り思い出したくない類に事件なのだ。

 だが、脇で聞いていたビオレたちにとっては違うらしい。

 愉しげに、ナナミに笑いかける。

「よろしければ、後で記録映像をお見せしますが」

「え?ホント?」

「おお、そうだな。それがいいぜ! ナナミ、そうしとけ!」

 如何にも悪乗りの態度で頷いてくるガウル。

「黙れ」

「痛っ!?」

 シガレットは問答無用で鉄拳を叩き込んだ。

 事の顛末を記録した映像など、あまり人に見せられない類の内容なのである。

 なぜなら、どう考えても、封印されていた伝説の超魔獣、『キリサキゴボウ事件』の、発生から終端までを記しただけ映像で、その記録映像が収まる訳が無いからだ。

 必ず、事件終了後の、別の一件の映像まで添付されているに、違いなかった。

「ビオレ、解っておろうな?」

「勿論ですとも、レオ様♪」

「ならその笑みはなんじゃ!」

 ちっとも解って居ないだろうと、レオンミシェリはビオレの身体をがっくんがっくんと揺らす。

 

「それより、あのさ。こんなにのんびりしていていいの?」

 

 被害が出ていると言うのなら、早く助けに行かないとまずいのではないか。

 のんびりテラスでじゃれあっている場合ではないだろう。

 ナナミの主張は、ある意味尤もと言える。

 

「まぁ、それはそうではあるんだけどね……っと」

 

 羽音。或いは、鳴き声なのだろうか。

 レオンミシェリにガクガク揺さぶられているビオレを、呑気に眺めていたシガレットの肩の上に、小さな。

「何それ、鳥? トンボ?」

 なにやら形状の判別し辛い、白く、半透明で、ユニークな造詣の、おそらくは生き物が居た。

 シガレットが指を立てると、ぴょん、と肩からその先へ飛び移る。

 大きさは小鳥を一回り小さくした程度。

 目か、触覚かは解らない、頭部と思わしき部分から生えた二つの器官をぴょこぴょこと揺らして、シガレットと。

「ふん……ふん。なるほどねぇ」

「え? 言葉とか解るの?」

 明らかにコミュニケーションが成立している体のシガレットに、ナナミは驚き目を見開く。

「兄貴だからな」

 俺様には無理だけど、とガウルが肩を竦めた。

「まぁ、ガキの頃から長い付き合いだからね、こいつ等とは。何となく、言ってる事が解るんだよ」

「普通は、幾ら長く付き合っていても、それらの思考を理解するなど、人間には無理ですけどね」

「フロニャ力に対するコヤツの感応は、もし、女として生まれていれば歴史に名を記すような巫女となったであろう程の突出したものであるからな」

 意外な話しだと、ビオレとレオンミシェリは呆れとも感嘆ともつかぬ息を漏らす。

「へぇ~」

 どうやらシガレットは、レアな才能の持ち主らしい。

 素直に感心した後で、ナナミは、はて、と首を捻り尋ねる。

「それで、結局そのナマモノは何なの?」

 ナナミの疑問符付きの視線に気付いたのだろうか、それはシガレットの指先の上で、くるりと身を反転させた。

 テーブルに着いた周囲をきょろきょろと見渡す格好。

 得意げに、胸を張っているようにも見える。

 なんとなく、ナナミにはソレが言いたいことが伝わってきた。

 つまり。

 

「渡り神だよ」

 

 シガレットの紹介に、指先の上の小さな神様は、腰を折った。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 




 雑談と言うか前振りと言うか。
 例によって息を吸うように捏造設定を盛っていってます。今更ですね。


 で、クレイトスさんが凄かったですね、やっぱ。
 発進シーンとか、スケジュールの無いテレビシリーズでやって良いコンテじゃないわ。
 一体何人のアニメーターが犠牲になったのか……。
 動画として動いてるのが実質3カットくらいでしたが、んな、動かせないって解ってるなら予めデザインシンプルにしておけば良いというのに、何故、あの出るアニメ間違ってるっぽいメカメカしい形状にしてしたんだろうね、マジで。
 どうでも良いけど、あの羽とは独立してスラスターがくっついてるロボを、初見で竜と見破ったシンクとエクレは、相当なゲーム脳だと思います。 

 後は大人とかロリとかですか。
 多分あそこしか出番無いけど、ロリ関係は全員設定新規書き下ろしだったりするんだよなぁ……。
 設定集とかそのうち出すんですかね? 
 凄い分厚くなると思いますが。



 


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2-8

 

 

 ◆◇◆

 

 

「渡りはまぁ、土地神の亜種みたいなものでね。その名の通り、土地から土地へ、フロニャの力の流れに乗って旅をする神様なんだ。土地に住まい土地を守るのが土地神なら、土地を流れ力の循環の健全を維持するのが、こいつ等の役割かな」

 

 テーブルの上でぴこぴこと跳ねる、白い生き物。

 なりは小さくユニークでも、これでどうも、神様らしい。

 

「……随分、可愛らしい神様だね」

「ま、こいつ等は力の弱い方の連中だから。もっとでかいのとか凄いのとか、人里離れた僻地へ潜れば色々居るよ」

 今度、探しに行くかい? 

 そう尋ねるシガレットに、ナナミは一瞬興味を引かれたが、今はいいと首を横に振る。

「うん、シガレットがやっぱり何かフツーじゃないことだけは解ったから、それよりホラ、結局魔物の方はどうするのか考えようよ」

 私、行けるなら行きたいと、ナナミは周囲に向かってアピールする。

「それでこそ、我が勇者」

 その意気や由と、大いに頷くガレットの領主。

 そして、彼女は婚約者へと視線を送った。

 シガレットは頷き、口を開く。

「それほどたいした問題じゃないみたいだね。少なくとも、積極的に人に害を齎したいって魔物じゃないらしい。―――ああ、いや。目的の過程で結局人に迷惑をかけてるのは勿論なんだけど」

 その辺の自覚の程は不明だと、シガレットは渡り神にクッキーの欠片を渡しながら言った。

「それ、ひょっとしてその子が教えてくれたの?」

「まーね。土地で異常が発生してたらその土地の神様に聞くのが一番だし……とは言え、一々土地神を見つけに行くのもアレだから。こいつ等なら、呼べば飛んでくるし」

「勘違いするなよナナミ。ンな事出来るのその馬鹿だけだからな」

「そもそも、普通の人には土地を行き来する渡り神は、存在が虚ろ過ぎて、見ることすら出来ませんから」

 声を聞くなど到底無理だと、ガウルの言葉にビオレまで頷く。

 結構簡単なんだけどなぁ、とシガレットは不貞腐れた声で呟いた。

 一応彼は彼で、自分の非常識を気にしているらしい。

「まぁ、ともかく。こいつ等が好きに飛び回っていられるんだから、フロニャの加護が減少しかけているとか、そういう致命的な話では無いって事だよ。野生のウサギが誤って人里に紛れ込んだとか、その程度の物じゃないかな」

 レオンミシェリはなるほどと言った後で、今度はビオレに視線を送る。

 ビオレは一礼して、手元の資料を開いた。

「既に被害件数は十五件を超えていますが、そのいずれも、けが人は出ていません―――怪我をする間も無く、一撃でけものだまになってしまったとも言いますが……ともかく。被害内容に関してですが、先に述べたとおり、その全てが衣服を剥ぎ取られ路上に放置されたという内容です」

「名付けてオイハギウサギと言ったところか……」

「ただ、数が居るみたいだね。或いは、群れの主が何かの拍子に人間の服に興味を持って、住処を離れて町に狩に来たのかも」 

「手下を引き連れて、か。獲物が人間そのものでなかったことに、先ずは安堵するべきか……」

「ですが、こうも立て続けに事件が続けば、町民達の不安も高まります」

「丁度この間までビスコッティと戦やってたからな。町の警備の連中からも、腕に覚えのある奴を引っこ抜いてたし。数が居るなら、遅れをとっても仕方ねぇか」

「お前なぁ、人手を抜くなら、その穴埋めを確り考えておけとあれほど……まぁ、今更言っても仕方ないか」

 前回の戦興行の運営を主導したガウルをジト目で睨んだ後で、シガレットはこの場の最高責任者に視線を向ける。

「それでレオンミシェリ。どうしますか?」

「フム……」

 口元に手をやり考えるレオンミシェリ。

 

 すばしっこく、数の多い魔物の群れ。

 人が怪我をするなどという大事には至っていない。

 しかし、町の警備隊では始末に終えない程度には、強いようだ。

 

「なんなら、俺様が……」

「待て、ガウル。それならいっそ、ワシ自ら」

「お二人とも」

 率先して現場に赴こうとする領主姉弟を、目付け役のビオレが嗜める。

「領主御自らが易々と現場に赴けば、それを大事と捉えて、返って民は不安に思いますでしょう。それに、本日はミルヒオーレ姫様のご来訪を予定しておりますれば、出迎えに領主不在と言う訳にはまいりません」

「む……」

「うむぅ……」

 ご自重くださいとの言葉に、反論が見つからず口ごもる二人。

 ビオレはそんな二人の態度に嘆息しつつ、シガレットに顔を向けた。

 シガレットは当然、その視線の意味を理解していたが、いや、と首を横に振る。

「ビオレさんもご存知でしょうが、オレはオレで、人を待っているんですが」

「あれ? 今日ってシンクたち以外にもお客さんが来るの?」

 シガレットの言葉に目を瞬かせるナナミ。

 ビスコッティで生活しているシンクとミルヒオーレが、このヴァンネットにやって来るという話は既に知っていたが、それ以外に来客があるという話しは、彼女は知らなかった。

「まぁ、オレの私的なお客人だけど」

「正確には、コヤツとワシの、じゃがの」

「更に正確に言うなら、ガレット領主家の、となります」

 端的に答えるシガレットを、レオンミシェリとビオレが補足する。

 シガレットは嘆息しつつ続けた。

「そー言ってくれるなら、準備手伝ってくれればよかったのに―――って、まぁその辺の愚痴は兎も角だ。オレは元々その人に会うために、こっちに来てたんだよね」

 尤も、どうやらその人物の到着が予定の日時より遅れているらしいから、実は今日のミルヒオーレたちの来訪に合わせてヴァンネットに向かっていても、問題が無かったようだが。

「それなのですが、アッシュ様」

「はい?」

「町中への魔物の発生と言う現状を鑑みまして、あの方のお立場を考慮すれば、自ずと……」

「……ああ」

 居住まい正したビオレの言葉に、シガレットはぽん、と手を打って納得の態度を示す。

「そうか。所用で少し遅れるって話しだったものね」

「はい。ならば、恐らく」

「行けば居るか。うん、そりゃ居るよ。兄妹揃って、ソレが仕事だものね」

 うんうんと、シガレットは頷く。

 そして。

 

「じゃあオレが、お客さんをお迎えに行くついでに、魔物退治もしてくるよ」 

 

 シガレットの宣言に、私も行きたいと、ナナミが手を上げた。

 

 

 ◆◇◆

 

 

「そういえば、シガレットのお客さんって、どんな人?」

 

 アヤセの町の、東方風―――地球人的に見れば、十七世紀の日本風―――の茶店にて、それぞれに見回った町中の様子についての報告が粗方終わったあたりで、ナナミは、思い出したように尋ねた。

 婦女子を―――つまり、魔物退治に同行してきたナナミ、ジョーヌ、ベールを囮にして、追剥の魔物をおびき出そうと言う意見に最後まで異を唱え、最後は不貞腐れて餡蜜の白玉をパクついていたシガレットは、ああ、と一つ頷き、

「腕の良い刀鍛冶の人」

 そう、答えるのだった。

「なに、アニキ。遂に武器とか持つの?」

 カキ氷を掻きこんで額を押さえて呻いていたジョーヌが、興味深げに尋ねる。

「いや、違う。婚礼の儀で使う用のヤツをさ」

 頼んでおいたんだと、シガレットは苦笑して答える。

「ああ、土地神様に奉納するための……」

「宝刀ですね。刀鍛冶のイスカ・マキシマ様より、先ごろ仕上がったとの報が入りましたので、その検分のためにアッシュ様をお呼び立てしました」

 ベールが納得し、ビオレが補足する。

「宝刀を、奉納……こっちの結婚式って、そういうことするんだ?」

 イメージが沸かないと首を捻るナナミに、シガレット微苦笑した。

「まぁ、自分で言うのもアレだけど、エライ人の結婚式だからね、オレとレオンミシェリのそれは。自国の民は当然、周辺国のお偉方にも、そして、土地を守護する神様達にだって、きちんと結婚の報告はしなくちゃ、なのさ」

「へぇ~……」

「領主直轄の聖域の奥に住まう、領国の土地神様たちを束ねる、尤も巨大で強大な力を有する土地神に、今後二人で力を合わせて国を……土地の平和を守り、今よりもっと豊かにするために頑張りますと、その誓いの証として、無垢の宝剣を捧げるんです」

 土地神を束ねる土地神。

 その偉大であろう姿に思いを馳せてか、ビオレが視線を遠くに向ける。

「……無垢?」

「ん? ああ、正確に言えば、注文した宝剣ってのは、『宝剣の元となる剣』なんだよ」

 知らない単語が増えたと目を丸くするナナミに、シガレットが簡潔に告げた。

「正なる器物には正なる力が宿る、ってね。長い時を掛けて土地神の力が奉納した刀に宿れば、それは晴れて本物の力のある宝剣となる」

「それって、エクスマキナみたいなのが出来るってこと?」

「まぁ、大体そんな感じかな。と言っても、ソレとかパラディオンとかは、ちょっと術具的な方向性が強いんだけど」

 予め、より具体的な形状が極まっている魔戦斧グランヴェールの方が、モノとしては近い。

 刀の形で打たれた物であるから、当然、普段の形状は刀の形を維持し続けるのだ。

 エクスマキナに代表される勇者の剣のように、輝力を自在な形に武装化させるための紋章術補助器とは、また少し、違うのである。

 無論、フロニャの力が多分に詰まっている宝剣であるから、持ち主の輝力が合わされば、その形状は自在であろうが。

「ま、そのうち生まれる子供か、孫か、ずっと先の子孫か……。俺らの頑張りを認めてくれたなら、将来の子孫達のために貴方達土地神の力を貸してあげてくださいねって、そういう約束のために必要な物なんだよ」

「あ、そのうち返してもらうんだね」

「そこで暮らす人間の側が土地を守る努力をするってのは、回りまわって土地神たちの生活の場をを保護することに繋がるから」

 ギブアンドテイクの関係だと、シガレットはナナミに首肯する。

「う~ん、なんていうか、凄くふぁんたじぃな感じだ」

 ベッキーとか好きそうな話しだなぁと、遠くパスティヤージュに居る筈の幼馴染の姿を思い浮かべながら、ナナミは感嘆の息を漏らした。

「因みに刀鍛冶のイスカ様は、同時に優れた退魔剣の使い手でもいらっしゃる。魔物騒ぎが近場で起こったなら、必ず現場に現れるんじゃないか、とね」

「だから、シガレットが来たんだ」

「多分、囮作戦をやってたら、途中で合流することになるんじゃないかなぁ。―――ああ、そうだ」

 思い出したように、冗談めかして。

 

「魔物に間違えて攻撃したりしないようにね」

 

 話の締めに、シガレットはおどけた口調で、そう言った。

 

 

 ◆◇◆

 

 

「すいません、ウチの勇者他二名が大変なご迷惑を……」

「ははは、構わないさ。とても元気の良いお嬢さん方だったが、いや、流石に、勇者殿とは思わなかったけどね」

「ほんっと、すいませんでした……」

 背後で正座する女子三名とともに、もう一度、シガレットは頭を下げた。

 構わんよ、と頭を下げられた人物は風雅に笑う。

 柳眉の整った、爽やかな美男だった。

 名を、イスカ・マキシマと言う。

 流しの―――稀代の―――刀鍛冶にして、一流の退魔師。

 この魔物騒動を聞きつけて、ヴァンネットへの旅路を一時曲げ、アヤセの町へと足を向けたらしい。

 

 その魔物騒動に関しては、既に片が付いている。

 

 ウサギが化生した魔物が、小型が十、大型が一の計十一体。

 既に滞りなく捕獲されている。

 後日それらは、本来の住処である森の置くへ放されることだろう。

 事件解決へ向けた過程の内に、ジョーヌとベールが何時もどおり(・・・・・・)服を剥かれたり、通りすがりの獅子王侍と犬姫侍が煙幕とスポットライトの中から登場したりと、色々と突っ込みどころの多い事件が起こった気もするが―――それはそれで、割りと何時もどおりの話しなので、割愛する。

 兎角、今はもう、魔物騒動の解決を祝っての、内々の宴会の場。

 東方風のアヤセの流儀に沿って、和座敷に円座を並べて、各々気楽な姿勢で互いの健闘を祝いあう時間だった。

 

 そして、襖一枚を隔てた小さな座敷に、シガレットたち、目付け役のビオレを除いた、本来の対魔物実働部隊たちは居た。

 

「ぅう……誤認逮捕は失敗だったなぁ」

「いやま、アレだけ人となりを伝えておきながら、人相に関しては全く伝え忘れてたオレも悪かったわ。夜中に太刀帯びた不審者が歩いてたら、フツーに間違えても仕方ない」

 凹むナナミに、シガレットは慰めの言葉を掛ける。

「不審とは言うね、シガレット」

「一応、わが国は一般市民の帯刀は認可制なんですけどね」

 苦笑するイスカに、シガレットも微苦笑交じりにやり返す。

 現実、帯刀の許認可制度は、ほぼあってな気が如しなのだ。

 市外ならまだしも、山村や人里はなれた街道などを進むために、市民が独自に武装するのはむしろ当然である。

 よほどの不審者でもなければ、たとえ街中で武器を所持していても見逃されているのが現状だ。

「ま、その辺の法制度の不備は兎も角―――、お前等、イスカ殿と初対面だったっけ? ガウルは会ったことある筈だけど」

 ガウルの親衛隊であるジョーヌとベールが知らないと言うのは、どういうことなのか。

「お名前は、勿論、知っとったんやけど……」

 生憎、顔を見たことはと続けるジョーヌの横で、ベールが指を頬に当てて言った。

「と言うか、その時に殿下の護衛役って名目で一緒に居たの、多分、シガレット君だったんじゃじゃないの?」

「ああ……」

 そういえば。

 ベールの言葉に、シガレットは思い出したと頷いた。

「昔はそうだな、アイツのお守りが主な仕事だった気がする」

「いよ! 親衛隊長ー!」

「あの頃、書類仕事とからくちんだったよね~」

「そりゃ、オレが全部やってたからな。お前等のはおろか、ゴドウィン先生とかの分まで、纏めて」

 シガレットは、今やガレットの内政官の頂点ともいうべき立場に、何故か(・・・)居たが、当初からそうだった訳ではない。

 初めは、ガウルの遊び相手のような立ち居地でヴァンネットの王城に出入りしていて、そのうち、いつの間にか親衛隊の一員、そのまとめ役……と言う様に、徐々にその立場を変遷させていったのである。

「冷静に考えれば、あの頃のオレって、ビスコッティのガレット駐在武官に過ぎなかった筈なんだけどなあ。なんで外来のお客様との対面の場で護衛役とか勤めてたんだろう」

「それ、今更突っ込むの?」

「と言うか確か、大抵の場合はアニキが率先して『客人との対面はオレがする』とか言うとったよな」

「いやだって、お前等って何か、想像もつかない粗相をしそうで不安じゃないか……」

「あ、自分のこと棚にあげたなぁ。何かやらかす事にかけては、シガレット君もぜんっぜん負けてないと思うけど」

「アニキ、ガウ様には人前でも容赦せんもんなぁ」

 言い合う昔なじみ達の脇から、ナナミがイスカに訪ねた。

「―――因みに、イスカさんとお会いした時はどんな感じだったんですか?」

「どう、というと、ガウル殿下とシガレットの様子かい? そうだね、たしか……そう。シガレットが、ガウル殿下の頭をテーブルに叩きつけていたね」

 お陰でテーブルが割れていたよ、とイスカ懐かしそうに言う。

 ナナミは額に手を当て呻いた。

「それ、いかにもキミがやりそうだけど、お客さんの前でそれはどうなの……?」

「いやホラ、だって。イスカ殿が腕の立つ剣客だって聞いた途端、あのアホが喧嘩吹っかけようとするもんだから、思わず、ね?」

 ジト目を送られれば、苦しい言い訳をせざるを得ない。

 その姿を見て、イスカは爽やかに笑った。

 

「ハハハ。いやしかし、あの傍若無人な態度を見て、俺は実感したよ。ああ、この子はまさしく(・・・・・・・・)マギーの子供(・・・・・・)だってね」

 

「はい?」

 瞬きするシガレット。

 過去を懐かしむイスカの言葉に、何か、聞き捨てなら無い単語が混じっていた気がするのだ。

「マギーって……」

「ひょっとして、マギーおばさんの事?」

 ベールとジョーヌも、不思議そうな顔をしている。

 事情が解らないナナミが首を捻る。

「誰?」

「マギー……マーガレット・ココット。一応、オレ母上様、なんだけど……」

 

 なんだけど。

 何故、このタイミングで予想外の人物の口から、その名前が出てくるのか。 

 

「あのお転婆が結婚して子供を生んだというだけでも驚きだったが、今度はその子の結婚式とはね。―――長く生きていると、次々に予想外の事が起きる。あいつ等が聞いたら、何と言うかな」

 しかし、場に戸惑いを齎した人物は、昔を懐かしむながら、極自然な口調で、親しみを込めて語るのみだ。

 イスカにとっては、聞かなければ疑問とすら思われないだろう、それは当然の事実のようだった。

 だから、シガレットは勇気を出して尋ねた。

「あの、ウチの母上様と、イスカ殿はお知り合いで……?」

「ん?」

 尋ねれられて漸く、イスカはシガレットたちの戸惑いに気付いたらしい。

「ひょっとして、彼女から何も聞いていないのかい、キミは」

「いや、聞くも何も、何を聞けと……」

「ああ、そこからになるか」

 更に戸惑いを深めるシガレットに、イスカは頷く。微苦笑をしながら。

「何一つ話していないと言うのは、いかにもアイツらしい。恐らく理由なんて無くて、きっと面倒だからとか、その程度の話なのだろうが……」

「あ、今の言い草で、すっげーウチの母と知り合いなんだって実感できました。ウチの母上様の事を、本当に良くご存知なようで」

「ははは、まぁね。前に会いに行った時に、新婚生活を邪魔されたくないからしばらく来るなと言われて以来、もう随分会っていなかった訳だが―――そうか。うん、まぁいかにも彼女らしい」

 

 ―――百年も前から(・・・・・・)、相変わらずのお転婆だ事で

 

「ひゃく……? は?」

「しかし、いい加減もう、結婚して子供まで生んで、母親になったっていうんだから、そろそろ落ち着きが出てきてもいいと思っていたのだが。もう直ぐ息子が結婚しようって時になっても、往時のお転婆そのままとは恐れ入る。―――本当に筋金入りだ、あの鉄拳の巫女は」

「鉄拳って、何か物騒な……って、いやいやいやいや、ちょっと待った。よりにもよってアンタみたいな人が、いかにも昔なじみみたいな口調で人の母上様のことを語らんで下さいよ!」

 慌てて口を挟むシガレット。

 彼は、イスカという人物が一体どのような経歴を―――いや、どのような人生(・・)を送ってきたか、ある程度の知識を有していた。

 見かけ、年若い二枚目の色男であるこの男が、実は百年以上の長い時間をいき続けていると言う事を。

 シガレットは理解していた。

 故に、その男の昔の馴染みの人間など、いや勿論、既に彼は薄々理解している。

 既に認めがたい事実は、イスカの口から放たれているのだから。

 そして。

「昔馴染み、と言うか」

 

 駄目押しの一言が。

 

「そもそも、俺やヒナとは古い仲間だからね。彼女、キミの母親のマルグリット・ガレット・コ・コアは」

 

 放たれた。

 

 

 

 





 Q: そんな設定初耳です

 A: 私(作者)もです

 原作の後付け(かどうかは知らんけど)設定には、こちらも後付けで対応するっ……!!

 ―――いや、うん。
 そろそろ新しい箔付けが欲しいなぁ、とかそういうんじゃなくて、取っ掛かりの一つでもないと、絡まないまま終わるよなぁ、と言う判断です。
 しかし、前期のラストあたりに勝るとも劣らない、凄まじいオレ設定度になったなぁ、今回……。

 何時もの事といえばそれまでだけど!




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2-9

 

 

 ◆◇◆

 

 

「どうぞ」

「どーも」

 

 カチャ、と静かな音とともに差し出されたアイスティーのグラスを、だらりとした手つきで受け取る。

 ストローを口にくわえ、よく冷えた紅茶で喉を潤して、一息。

 空を見上げる。

 ビスコッティ王都フィリアンノンに存在する、ガレット大使館のテラスから見上げる空は、何時もどおり紫色に晴れ渡っていた。 

「なーんか、朝っぱらから、だらけちゃうね」

「このところ忙しかったですし、宜しいかと」

 ルージュの添えた言葉に、シガレットは微苦笑を浮べた。

 窘められたかったらしく、どうも、腑抜けた発言を全肯定されてしまったのが、むず痒かったようだ。

「宝剣の検分も終わって、ガレット国内に布告もし終えた」

 言い訳染みた、仕事はしていましたアピール。

「はい。既に友好各国への招待状も発送し終え、儀式のリハーサルも終わりますれば」

 続く、ルージュの言葉に、シガレットは感慨深げに頷く。

「いよいよ、か」

「はい、いよいよ」

 

 後は、平穏無事に結婚式当日を、迎えるだけ。

 

「……の、筈なんだけどさぁ」

「……はい」

 如何ともしがたい、と主従は揃って眉間にしわを寄せる。

「もう一度確認するけど、ルージュさん、何も知らなかったんだよね?」

「伝説の巫女様の御血筋、ということは、アッシュ様にお会いした当初より伺っておりましたが、その……」

 言葉を濁すルージュ。

「オレもそーいう話は、前から聞いてたんだよね。古くにデ・ロワ家から分かれた家だった、とか。それをお前が継ぐんだとか、そういう話」 

 

 ガレット領主家分家、コ・コア家。

 シガレットが、既に継承済みの―――故に、既にシガレットの本名はアシガレ・ココットではなくアッシュ・ガレット・コ・コアとなるのだが、それはさておき―――継承権も持つ由緒正しい家紋である。

 コ・コア家の歴史は古く、長い。

 まだ人々が、魔王や、それが率いる強大な魔物たちに生存を脅かされていたような、本物の勇者が必要とされていたような、そんな伝説で語られるような時代だ。 

 その当時、後にパスティヤージュ公国の国祖となる勇者と協力して魔王と戦ったガレット領主家の巫女が、コ・コア家の始まりである。

 巫女は強大な輝力を有しており、そしてその力をガレット一国ではなく、世界全てのために役立てたいからと、デ・ロワ家から分かれ、国を後にし、魔王達により歪んだフロニャの力の流れを正すために世界中を巡り、癒しの祝詞を詠い、そしてやがて、旅の果てに愛する人を見つけ、子をなし―――云々。

 早い話、その巫女の子孫が、シガレットである……筈だった。の、だが。

 

「何をどう間違ったら、オレの母上様が姫巫女本人になるんだよ」

「本当に、何故でしょうね……」

 

 先ごろ出合った伝説の時代の生き証人の発した衝撃の事実に、二人は揃って頭を抱えた。

 伝説の勇者パーティーの一員である年齢不詳の刀鍛冶、曰く。

 

 お前(シガレット)の母親がその巫女だから―――とのこと。

 

 それはもう、実にあっさりと、まるで笑い話のように―――いや、事情を知っている者達からすればズバリ笑い話以上のものではないのだろうが―――、全くありがたくない事実を、のたまってくれたのだ。

「念のためかすかな希望を込めてもう一度確認するけど、イスカ殿の勘違いじゃ、無いんだよな」

「はい。先日アッシュ様からご連絡頂いたさい、すぐにこちらでも確認を取りました。ビスコッティの元老―――長老の皆様方は、その事実を存じていらしたようです」

 肯定していましたと、主人の留守居役としてフィリアンノンに残っていたルージュは言う。

 シガレットは大げさにため息を吐く。

「オレもヴァンネットで確認して見たけど、隠居中の先代様も頷いてたんだよなぁ。母上様が怖いから黙ってた、とか言ってたけど。あの筋肉達磨のジジイをビビらせるとか、マジ何者だよ、ウチの母上様」

「その、それはやはり、伝説の姫巫女様ではないかと」

「因みに、その姫巫女って呼び方、ガレット以外ではされてないみたいだよ。パスティヤージュの英雄王を召喚したお姫様と被るからって」

 

 尚、その代わりとしてついたあだ名は『鉄拳の巫女』である。

 巫女と言う神聖な職業にあるまじき、物理系のネーミングだった。

 

「……いや、うん。ウチの母上様なら、相応しいっちゃあ、そうなんだけど」

「確かに……。マギー様、今も変わらずお元気でいらっしゃいますものね……」

「なんかね、フロニャ力に深く触れている間に、半精霊化しちゃったから歳をとらないらしいよ? 母親がロリババアとか、誰得なんだよホントマジで」

「そのお話、やはり、マギー様当人から?」

 恐る恐る尋ねる従者に、シガレットは投げやりな調子で頷く。

「こっちに戻る途中、実家で確認してきたよ」

 シガレットの実母、マーガレット・ココットは現在、ビスコッティ・ガレット国境付近の牧場で、夫婦揃ってセルクルの育成を行っている。

 毎年のペースで子供を出産している割に、ちっとも体が弱っている様子を見せない、健康極まりない田舎の牧場婦人そのものであった。

「馬鹿な事を言ってるんじゃないって否定してくれれば良かったのに、『アンタまだ知らなかったんだ』とか、ぬけぬけと言いやがるんだぜ? アレが巫女呼ばわりされていた時代があったとか思うと、ホントにもう、ね……」

 因みに、父親の方は正真正銘の一般人である。

 なんでも、母親の方から一目ぼれして押しかけ女房したとか、なんとか。

「親父様は何時も通りダンディに黙って肩を叩いてくれるだけだし、妹たちは相変わらず三馬鹿に負けず劣らずアホの子ばかりで笑ってるだけだし……あ、そういえば」

 普段あまり合わない家族への愚痴の途中で、シガレットは一つ思い出して、上着の小物入れから、あるものを取り出して、日差しにかざす。

「それは?」

「帰りがけに母上様に押し付けられた。持ってれば役に立つとか何とか」

 肩越しに覗き込んでくるルージュに示しながら、シガレットは首を捻る。 

 

 それは、大振りの、空色のタブレットだ。

 空の光を反射する以前に、水から淡く発光しているようにも見える。

 透き通った輝きは、神秘的な力を秘めているように感じられた。

 

「随分と時代を感じる品ですが、宝剣か、何かでしょうか。その、姫巫女様が使用なされていた」

「物理オンリーで戦ってそうなあだ名付けられてる人が、宝剣とか使うかね?」

「何かの力が秘められていることは間違いなさそうですけど……マギー様は?」

 渡された時に説明が無かったのかと尋ねるルージュ。

 シガレットは無下に首を横に振った。

「何も。あの人、オレの無知を楽しんでいる節があるから」

「……そうですか」

 マーガレット・ココットの性格を考えればそうだろうなと、ルージュは素直に頷いた。

 あの女傑は、可愛い子には旅をさせた後で千尋の谷に突き落とすような教育こそを、由とするような人物だった。

 息子に平気で正体不明の宝石を送りつける程度の試練は課すだろう。

「出来れば、見なかったことにして結い納品代わりってことで城の宝物庫の奥に投げ入れておきたいんだけど」

「流石にそれは……」

 投げやりな主に、ルージュは頬を引きつらせる。

 面倒ごとから逃げるつもりでそんなことをしようものなら、かえって面倒な事態になる気がしてならなかったのだ。

「その、何か知っていそうな方にご相談なさっては? ……今は、風月庵にはダルキアン卿だけではなく、イスカ・マキシマ様もご逗留なさっていらっしゃるのですよね?」

「素直に教えてくれればいいんだけど、どうだろうね」

 気乗りしない口調でシガレットはぼやく。

 

 ブリオッシュ・ダルキアンとイスカ・マキシマ。

 年齢不詳の二人の兄妹が、実は伝説の英雄王とともに魔王と戦った勇者パーティーの一員であると言うことは、ある程度以上の地位についている者達にとっては、公然の秘密である。

 そして、マーガレット・ココット―――鉄拳の巫女マルグリット・ガレット・コ・コアもまた、英雄王の仲間であれば、勇者パーティーの兄妹と面識が無い筈がない。

 故に、尋ねれば事情を話してくれそう―――な、気がするのは恐らく気のせいだ。

 なぜなら、人格者の兄妹に見えて、あれで破天荒を地で行くマギー・ココットの盟友らしいのだから。

 

「あの母上様と親交があるって時点で、若者に苦労を押し付けて、それを傍で見て笑って酒を飲むような資質があるってことだからな」

「言いすぎではないかと…………も、言い切れませんね」

 ルージュも躊躇いがちに同意した。

 実際、ビスコッティの騎士隊長格の一人であるはずのブリオッシュは、率先して自らが前に出るよりは、背後に控えて若者の成長を見守る立場に着くことの方が多かった。

 よほどの苦境でなければ、積極的に手を貸すようなことは、無い。

 兄のイスカに至っては、半分世捨て人である。

 率先して世事に交わることの方が少ないのだ。

 婚礼に使う神剣の鍛造を請け負ってもらうためにも、結構な苦労を必要とした。

「遠まわしに、『答えは自分で探し出せ』って言葉が返ってくるだけだと思うね」

「ええと、では、他に何か知っていそうな方と言えば……ユキカゼさんとか、何処(いずこ)かの歳を経た土地神様か……或いは、その」

 ためらいががちに言葉を切るルージュ。

 シガレットも手のひらの上の宝石を弄びながら、曖昧な顔を浮べる。

「まぁ、うん。古そうな物の事を聞くなら、古い頃から生きてる人に聞くのが、良いよね」

 

 例えば、そう。

 

「英雄王アデライド・グランマニエ、御本人とか」

「それと、魔王ヴァレリオ・カルバドス、ですね」

 

 世界を救った勇者と、世界を滅ぼそうとした魔王。

 両者とも、伝説に語られる時代の人物である。

 魔王は倒され、英雄王は子孫を残して既に逝った。遥か昔に。

 

「この前、生き返ったんだっけ?」

「はい。パスティヤージュの遺跡の晶術装置が作動し、復活を果たしたとか。現在は、仲睦まじく、ご両人ともにエッシェンバッハ城に滞在なさっているようです」

「……英雄王と魔王が、仲睦まじく、ねぇ」

「……なんでも、ご夫婦のようですとか」

「…………へぇ」

「…………はい」

 

 余りの現実味の無さに、主従は顔を見合わせて首を捻る。

 だが、それが現実なのである。

 実の母親が伝説の巫女だったのが事実だとすれば、遥か昔に死んだ筈の英雄王が生き返ったり、倒した筈の魔王が復活したりするのも、事実、なのだ。

 英雄王アデライドと魔王カルバドスは、如何なる理由か、生前そのままの姿で、復活を果たした。

 三国の勇者と、領主達が、揃ってその事態を、目撃したらしい。

 

「まぁ、伝説なんて幾らでも、後から後から時代に合わせて都合よく改竄されていくものだから、別に英雄王と魔王が夫婦だって驚かないけどさ。そもそも元地球人の勇者の子孫がリス耳尻尾になってる段階で、色々歴史考証がおかしい訳だし」

 英雄王アデルは、元々は救国を請われて地球から召喚された勇者である。

 故に当然、裸の耳で尻尾は持たない、ごく全うな地球人だ。

 対して、その子孫を自称するパスティヤージュ公国公家の人々は、パスティヤージュ人らしい上に尖った耳と、大きく弧の字を描く毛深い尻尾を有している。

「……因みに魔王様は、どちらかと言えばガレット系の人種らしいですが」

 二人を足しても何処にもパスティヤージュの要素はなかった。

 パスティヤージュの血は、あくまで召喚主の姫の血なのである。

「まぁ、伝説上の人たちだし。後の子孫がパスティヤージュ系で揃っていた、とか? いや、うん。そもそもこの世界の遺伝の法則ってどうなってるのかイマイチ良く解らないんだけどさ。羊とかウサギとかトラとか、あの辺をミキシングしたらどうなるんだろうね? 今度、ガウルとベール辺りで試して見るか?」

「それほどお気になるのでしたら、ご自身で確かめて見るのがよろしいのでは?」

 

 なんでしたら、私がお相手を務めましょうか。

 

 唯一の直属の部下であり、それなりに長い付き合いの年上の人物であり、ついでに、親しい異性の言葉である。

「……ははは、その辺はまぁ、何ていうか、うん。何と言うか、なんともねぇ。―――いや、うん。と言うか、まぁ、うん。ホラ。アレだ。今度どうせ、エストナーシュの音楽祭でパスティヤージュに脚を運ぶんだから、丁度いいかもね」

 とても恐ろしく凄まじいくらいにギリギリな発言を、シガレットは何も聞かなかったことにしようと決めた。

 結婚目前に、自分から地雷原に飛び込む趣味は、流石に無い。

 興味が無いと言えば、嘘になるのは仕方ないとして。

「それが宜しいかと」

「宜しいね、うん。大いに宜しい」

 楚々と同意の言葉を述べる、背後に立つルージュを振り返る度胸は、シガレットには無かった。 

 そういえばこの人、そろそろ適齢期を過ぎるよな、とか、ガウルとジェノワーズの関係を見てると忘れがちになるけど、異性の親衛隊員とかそういう意味を大いに含んでるよなとか、諸々頭の中を過ぎってしまうのは避けられなかったが―――兎も角。

 

「嫁一筋、とだけ断言させてもらおう。深い意味は聞くな」

「特に何も尋ねる気はありませんけど、それが宜しいのではないかと」

 

 顔を見合わせず頷きあう主従だった。

 彼等の頭上を、大きな影が遮ったのは、そんな時である。

 

 

 ◆◇◆

 

 





 まだまだ残暑も厳しいので、ちょっぴり涼しくなる(冷や汗的な意味で)お話。
 ある意味、このSSで一番命がけの状況だったのではなかろうか……。

 とはいえ、愛と勇気のフロニャルドフィルターを解除してしまった場合、嫁さんに子供が出来たら、悪い虫避けの意味も込めて、嫁さんも信頼しているであろうこの人が代理を勤めたりするんだろうなぁと、思ったり思わなかったり。
 もっとも、現実でその場面になったら、『じゃあビオレさんで……』とか真顔で言って、嫁さんとあわせて二人からボコボコにされる事請け合いなんでしょうが。

 まぁ、勇者シンクには是非頑張ってもらいたいですよね。
 都築作品初のハーレム主人公を目指して。
 確かこれまでだと、真一郎君の幼馴染丼が限界くらいだったっけ……?
 いや、桜待坂の2が、あ、でもアレ監修だけか。
 わんこは……ペットだからノーカンかな。





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2-10

 ◆◇◆

 

 

 空を覆いつくす、黒い、巨大な影。

 どうやらそれは、ゆっくりと、テラスに居るシガレットたちのほうに向けて、降下してきているらしい。

 

「……なに、アレ。ファザー・ハラオウンの自家用フェリーか何か?」

「お知り合い、ですか?」

 主を守るために一歩前に出たルージュとて、その威容を見るのは初めてである。

 緊張の面を隠さぬまま、主に尋ねた。

「ああ、いや。九台桜隅にある教会に住む、ちょっと変わった取引先の窓口をしてるニートの神父なんだけど、あんな感じの馬鹿でかい双胴船を中古で買って……って、いやまて、あの金属の塊、ひょっとしてロボじゃなくてナマモノなのか?」

 ブツブツと、恐らく本人以外は解らないであろう内容を呟きながら、シガレットは気付いた。

 徐々に近づいてくるそれ、日をさえぎって影となっていても、いい加減細かい輪郭がはっきりし始める。

 

 無骨な装甲が何枚も張り合わさった、マッシブな胴体と、噴煙を吐き出す脚なのか、それとも、エンジンユニットかなにかなのだろうか。

 そして、明らかに腕と解るそれと、背中には今は閉じられているが、それでも巨大に違いない鋼鉄の折合わさった羽。

 胴体から伸びるのは、船首を思わせる鋭い切っ先を持つ、二頭の首。

 下から見上げれば、全体のシルエットは、生前のシガレットが稀に目にしたこともある、空を行くSF染みた巨大な双胴船と似ていなくも無い。

 だがしかし、ひょっとしたら、その実態は。

 

「……竜と、言うものなのでしょうか?」

「腹に注連縄巻いてるし、ひょっとして土地神なのか、コレ……」

 竜。土地神。

 常人であれば滅多に目にかかれることは無いそれらに共通して言えることは、このフロニャルドに存在している生物(・・)ということだった。

 だいぶ、視界を覆うほどの距離にまで近づいてきた鋼の巨体は、ゆっくりと、船首の一つ―――いや、首の一本をめぐらせて、牙をむき出しにした厳めしい顔を、シガレットたちに向けた。

「……っ」

 見ていると、シガレットは実感した。

 まるで紅玉をはめ込んだような無機質な瞳が、間違いなく、意思のある視線を、向けてきていると。

 巨大で、偉大で、圧倒的な生物に見下ろされる絶望的な威圧感。

 脳裏に走る戦慄と警鐘は、或いは生物の持つ生存本能の成す物か。

 我知らずシガレットは立ち上がり、戦うための構えを取ろうとしていた。

 見下ろす巨体の竜と、見上げる若き猛禽。

 一触即発しかねない張り詰めた空気は、しかし。

 

「もしも~し。聞こえていますか~」

「マギーのガキってのは、テメェだろ~?」

 

 竜の背中から覗き込んでくる、小さな二つの影が発した呑気な言葉に、あっさりと一掃された。

「……人?」

 マントを付けた白髪の男と、豪奢なティアラを額に乗せた金髪の女性の二人が、竜の背中を構成しているであろう装甲の縁に、並んで腰掛けていた。

 女性の方はさも友好的な笑顔で、おまけに、ブンブンと大きな仕草で手まで振っている。

 しかも、更に。

「息災で御座るか、シガレット」

「やぁ」

 見知らぬ二人の背後に、見知った二人の兄妹。

「ダルキアン卿、イスカ様!?」

 困惑するルージュの述べるが通り。

 刀鍛冶と大剣豪。年齢不詳の二人の達人達が、そこには居た。

「……ええと」

 この状況をどう理解すればいいのか。

 戸惑うシガレットに向けて、竜の背の上に並ぶ者達は、言うのだった。

 

 ―――迎えに来ましたよ、と。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 灼熱の砂漠の上を、巨大な竜が行く。

 名を、クレイトス。

 かつて伝説の時代、英雄王達とともに戦った、双頭の鋼鉄竜だ。

 シガレットは何故か、そんな伝説の竜の背の上に立っていた。

 

「……ええっと」

「どうしましたか、シガレット。あ、オヤツ食べます?」

「ああ、いえ。どうぞお構いなく」

 差し出された剥き身の果物を、謝絶する。

「まぁまぁ、遠慮しないで。一杯食べないと大きくなれませんよ」

 だが、ニコニコと、意外と押しの強い笑顔で押し切られて、手の上に載せられてしまう。

 渡されて、食欲も無いからと返すわけにも行かず戸惑っていると、背後から野次が飛んできた。

「おいアデル。何かお前、孫を甘やかす田舎のババア……ヴフォゥ!?」

 野次は途中で悲鳴に変わった。

 何か手のひら大の固形物が、凄まじい速度でシガレットの横を通り過ぎたのは、多分、気のせいではないが気のせいにしておくべきなのだろう。

 背後を振り返ってみると、花札で遊んでいた筈の約一名が、案の定ひっくり返っていた。

「口は災いの元でござるよ」

「せめて甥っ子程度にしておけばいいものを……ふん」

 再びシガレットの横を果物が通り過ぎたが、次に聞こえてきたのは悲鳴ではなく、手のひらが弾くような音だった。

 どうやら、体よくキャッチしたらしい。

「まぁまぁ、シガレット。あまり硬くなくて良いでござるよ」

「いや、そうは言いますけどね、ダルキアン卿……」

 それこそ親戚の伯母さんのような柔らかな物言いに、シガレットがやはり、戸惑いも露に応じると、傍に居たほぼ初対面の女性が、身を乗り出してきた。

「そうですよ。マギーの子供はマギーそっくりの腕白さんって聞いて、楽しみにしていたのですから」

「見た目は……イテテ、デコ腫れてるんじゃねぇか、コレ……っと、あんま、マギーには似てねーけどな」

「はぁ。―――いえ、まぁ。父親似ですので」 

 曖昧に答えるシガレットは、実は正直、結構精神的にいっぱいいっぱいだった。

 

 ―――それも、仕方ないだろう。

 

 自分の母親をことを、親しげに愛称で呼ぶこの四名の男女。

 何を隠そう、彼等は、伝説の英雄王とそのパーティーなのだから。

 

 英雄王アデル。魔王ヴァレリー。そして対魔剣士のマキシマ兄妹。

 

 いずれも劣らぬ英雄―――約一名、悪名高き魔王が居るような気がするが―――達である。

 天空の聖騎士などと渾名されるシガレットをして、場違いと言う他ない、伝説に燦然とその名を刻む者達だ。

 尚、彼等とともに語られる英雄は、もう一人居る。

 

「マギーも一緒に来てくれれば良かったのですが」

「あいっかわらずマイペースだな、あの腕白娘も。大量のガキどもに囲まれてた時はビビったけど」

「長男が婿に行くという状況になって尚、新婚気分が抜けていないのは流石にどうかと思うけどな……大きい方の娘さんたち、呆れてなかったか?」

「まぁまぁ。あのマイペースが、如何にもマギーらしいではござらぬか」

 限度と言う物があるだろう。いや、微笑ましいではないですか。つーか、腹でかくなってなかった?

 ―――など等。

 シガレットを一人放って、共通の話題で盛り上がる伝説の英雄達。

 

 彼等が共通して話題にする人物こそ、何を隠そう、シガレットの実母その人だ。

 マーガレット・ココット―――マルグリット・ガレット・コ・コア。

 伝説の英雄達の一人。鉄拳の巫女なる呼び名で知られる人物である。

 

 彼等、現代に蘇った英雄王と愉快な仲間達は、本当はシガレットの母をこの場に呼ぶつもりだったようだ。

 だが、母マーガレットは、あっさりと旧友達の呼びかけを謝絶。

 変わりに、結婚間近の長男を代理として指名した。

 集合した英雄王一行は、その脚でガレット大使館のテラスで親衛隊長とギリギリの駆け引きを繰り広げていたシガレットを迎えに来て、今に至ると、そういう状況である。

 

 そして気付けば、緑豊かなビスコッティ領を遠く離れて、人気の無い、灼熱の砂漠地帯だ。

 

「……あの、アデライド様、そろそろ目的地くらいは教えていただきたいのですけど」

 日傘を差して呑気に鼻歌を歌う尻尾を持たない女性に、シガレットはおずおずと尋ねる。

 英雄王アデルは、様は要りませんよと微笑んだ後で、シガレットの疑問に応じた。

「封印洞窟です」

 

 それは、彼等英雄達が封印してきた、数多の魔物達を、封じ、そして癒し清めるための施設なのだ。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 クレイトスは、砂漠に埋もれた、古い時代の建造物の合間に、着陸した。

 ところどころ壊れ、その意味を損失していながらも、最も重要というべき、内部施設には損失一つい。

 どうやら、紋章術による強力な封印により、内部の機能は健全に保たれていたらしい。

 そして、封印を施した当人であろう、英雄王が背後に巨大な紋章を煌かせた時、封印は解除された。

 天然のヒカリゴケが淡く照らす、神秘的な、巨大な洞窟の内部へ、英雄達とシガレットは、足を踏み入れる。

 洞窟の高い天井を反響して、どこからか流砂の音が響く中を、奥へと進む。

 その途上でシガレットは、意外なものを目撃していた。

「自然の少ない砂漠の洞窟に、土地神が、こんなに……?」

 洞窟の岩間の向こうには、大小さまざまな、守護のフロニャ力の象徴たる、土地神達の姿が見える。

 生命力の少ない砂漠で、多くの土地神達が行き交うその意味は、この場所が、それだけの守護の力で満たされていることを証明していた。

「内部の循環機能は、健常に作動しているようですね」

「土地神達も元気そうでござるからな」

「守護力は欠片も失われていないってことだ。―――あとは、肝心の封印システムだが」

 満足げに頷きながら、英雄達は更に洞窟の奥深くへ進んでいく。

 膨大な守護の力の象徴、輝力の結晶化した水晶が岩の隙間から光を放つ、洞窟の奥の広大な空間。

「ここはまた、入り口あたりにもまして……」

 空気からして違う。

 肌で感じられるほどの膨大なフロニャの守護力の流れに、シガレットは圧倒された。

 恐らくは地下深くを流れるより強い力の流れを、術的な方法でこの洞窟内部に流し込んでいるのだろう。

 あれほどの土地神が発生しているのも、当然と言えた。

 これほどの守護の力を集積して、果たしてここでは何をしているのか、力の流れを押さえながら辺りを見渡していると、大よその事が理解できてきた。

 そこかしこに突き刺さっている刀の傍に近寄りながら、シガレットは呟く。

「封印刀に力を流して……いや、入れ替えて……ろ過してる?」

 刀は呪的な効果を秘めているであろう鎖につながれており、更に周囲には陣が敷かれている。

 それらが、刀の内側にある存在(・・)に対して、汲み上げたフロニャの守護の力を用いて影響を与えているのだろう。

「大体アタリだ。伊達にマギーの倅じゃねーんだな、ボウズ」

 ぽん、と背後から近所のオッサンのように頭をなで繰り回してくるのは、結局何者なのか今ひとつ良くわからない魔王だった。

 若干、悔しそうな顔をしているのは気のせいだろうか。

「刀に封印された魔物を、守護の力を利用して正純化する。この洞窟のシステムを考え出したのは、このヴァレリーでござるからな」 

「小僧にひと目で種を割られてしまえば、悔しくもあろうよ」

「うっせ。別に悔しくなんかねーし。このボウズはそもそも、そのためにつれてきたんだし」

「うわぁ!?」

 あからさまに負け惜しみ臭い台詞を言いながら、ヴァレリーは片膝を付いていたシガレットの首根っこを引っつかみ、立ち上がらせる―――と言うか、つまみ上げる。

「ちょ、放してくださいよ!」

 つま先すら付かない位置に持ち上げられ、喚くシガレット。

 本格的な成長期が訪れるまでに後一、二年は掛かりそうなシガレットである。

 成人男性の中でも長身の部類に入るヴァレリーとの身長差は歴然だった。

「いいからホレ、どうだ? というか、軽いなボウズ。それに小せーし、ちゃんとメシ食ってるのか?」

「結婚寸前の男に対して、なんつー屈辱的な……! と言うか、何この、田舎で遊び相手が誰もいないで親戚のオッサンたちに囲まれてる状況みたいな、アウェイ感は!」

 普段と違い周りに味方、と言うか手下、もとい目下が全く居ない状況だった。

 周りには目上の人間しか居ない。因みにルージュはフィリアンノンに居残りである。

 身長体格の事を突っ込まれれば、普段であれば力押しで黙らせるのが常套手段だったのだが、周りに偉い人しかいないとあれば、流石に難しいのだ。

 言われるがまま、振り回されるがままになるしかない。

「それ、今の状況と、何も違って無くないかい?」

「拙者らにとっては、お主、兄妹従姉弟の子供のようなものでござるからな」

「ですです」

 微笑ましげに語り合う、年齢不詳の英雄達。

「見た目若作りなんだから、少しは年寄り染みた真似を自重しろよアンタたち……」

 ため息を吐きながら、シガレットは首根っこをつかまれたまま、周囲を見渡す。

 説明不足の状況で、何となく周りがやって欲しい事が解ってしまう辺りが、彼の苦労性の所以だった。

 

 元々、彼等はシガレットではなくその母マーガレットを此処へ連れてくるつもりだったらしい。

 そしてマーガレットは、どうも本当に、英雄王の仲間の優れた巫女―――つまり、フロニャの力を御する事に長けた人物のようだ。

 人為的にフロニャの力を汲み上げたこの洞窟で、そんな力を持つ人間が行う役目など、考えるまでも無い。

 

「……む?」

 超直感的な何かに引かれて、シガレットはその方向に視線を向ける。

 封印の刀の連なる洞窟の、更に奥。暗がりで此処からでは様子が伺えない方向だ。

「あっちか」

「なるほど、奥の封印は、大分古いものだからな」

「やはり、どれだけ施術を徹底しても、経年劣化は防げませんねぇ」

 シガレットが何かを言うのを待つことも無く、英雄達は各々言いながら、シガレットの視線の向いた方向へと歩き出す。

「あの」

「心配ないでござるよ。その感覚を頼りにしたくて、おぬしを連れてきたのでござるのだから」

 笑いかけてくるブリオッシュに、シガレットは、いえ、と首を横に振った。

 

「そんな事よりいい加減、おろしてください」

 

 懐中電灯ヨロシク、腕にぶら下げられたままだった。

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

 それは刀身に亀裂が走った、今にも折れて朽ち果てそうな刀だった。

 

「三号封印……」

「なるほど、他の封印と比べても、劣化が激しい」

「此処に封じたのはどんな魔物でござったかな」

「確か、大ねずみの……」

 

 正確に管理されていた力の流れの、おかしくなっている部分。

 シガレットが直感的に見つけ出したそこにあったのが、この、崩れ落ちる寸前の刀である。

 封印刀自体が内部に魔物を封じているのだと考えれば、それが朽ちて壊れた時、どのような惨事が発生するかなど、考えるまでも無い。

 

「だが、コレだけの歳月をかけていれば、もう精霊化していてもおかしくはない」

 野性味溢れる外見からは想像も付かない知見に溢れた声で、ヴァレリーは言った。

「新たな封印等に御霊別けして再封印を……いや、此処まで正純化していれば後は」

 ブツブツと呟きながら観察を続けるヴァレリーを他所に、シガレットは周囲に視線を向ける。

「全体的に、さっきまでの場所に比べて、力の流れが弱い……のかな?」

「フム。それなりに確りと管理してきたつもりではござったが、やはり見るものが見れば劣化は隠せぬでござるか」

「マギーが居れば、この場で力の流れを綺麗に出来るのだがね」

「―――そうなんですか?」

 あの母に、そんな超自然的な真似が出来るのかと、シガレットは首を捻る。

 その態度に、イスカは苦笑した。

「アレで本気で嘘みたいに優秀な巫女なのさ、マギー、キミの母親は」

「うむ。マギーなら地脈の乱れ程度なら、簡単に直してしまうでござろうな」

「と、言われても、それらしいところを何一つ見ていませんので……」

 まるで信じられません、と応じるシガレット。

「とはいえ、キミの才能はどう考えても彼女の遺伝だ。女性として生まれていたのなら、きっと……む?」

 イスカは途中で言葉を止めた。

 シガレットとブリオッシュも何かに気付き、揃って封印刀を確認するヴァレリーたちのほうへ、振り返る。

 

 洞窟を揺らす、微かな鳴動。

 

「……しまった!」

「いけません!」

 舌打ちする魔王と、英雄王の悲鳴。

 彼等の奥で、哀れに崩れ落ちていく、魔物の封印の要だった、古びた刀。 

 刀は砕け、鎖は解け、敷かれた陣は、掠れて消えてゆく―――次の瞬間。

 

「……ねずみ?」

 

 大量の(・・・)ねずみが、地面から、間欠泉のようにあふれ出した。

 

 

 

 




 ※ 本編とは全く関係ない余り意味の無い解説 ※

 ■ ファザー・ハラオウン ■
 
 海鳴近郊の別荘地にある、ちょっと変わった形の十字架を掲げている教会の神父を勤めている男性。
 かつては次期聖堂騎士団長候補の最右翼とも謳われていた優秀な騎士だったが、派閥争いに破れ上司ともども管理外世界の飛び地へと左遷。
 その後は飛び地に形だけの教会をこしらえて無聊を慰める日々を一生送り続ける―――筈だったのだが、飛び地を出島として活用し、貿易で一山充てて巨万の富を得ることに成功する。
 そのため、税金対策で次元連盟(次元世界統治機構連盟=旧時空管理局)が財政健全化のために放出した中古の次元航行艦を購入したりしているらしい。
 因みに件の艦船だが、購入した後で、これ疎遠の母親とか実の兄とかが使ってた船じゃね? とか気付いて軽く凹んだのだとか。
 後、知り合いのマッドサイエンティストにより魔改造が加わり、本来外されて居る筈の虹色ビーム砲が実装されている模様。 

 尚、妻帯者である氏の嫁は元上司のニート……ではなく、地元の資産家の令嬢か元上司のお付の人だと思います。 
 
 あ、マジでシガレット君が主役の本編とは全く何も関係ありませんので、あしからず。






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2-11

 ◆◇◆

 

 ヒカリゴケの淡い明かりの届かぬ崖下から、それは間欠泉から吹き上がる激流のごとく、彼等を目掛けて押し寄せてくる。

翔翼(アクセル)……っ!」

 崖っぷちに構え、シガレットは輝力の翼を両腕に大きく広げる。

 刃で出来た無数の羽が、周囲に舞い踊った―――次の瞬間。

「連弾《シューター》っっ!!」

 怒号一斉と共に、羽が一斉に、崖下より湧き上がるそれらを目掛けて飛翔する。

 穿たれ弾け、光って堕ちる。

 その数は、視界に収まらぬほどの無数なれど、しかし、シガレットの攻撃によって全てが片付いた訳ではない。

 鞠のように跳ね落ちるそれらの背後から、更に多くの、多くの群れが、まるで一枚の壁のように密集しながら襲い掛かってくる。

「てぇいぁっ!」

 気合一閃。シガレットの横合いから踏み込んだイスカが、横なぎに長刀を振るう。

 剣圧が押し寄せる群れを散り散りに吹き飛ばす。

「もういっちょ、連弾(シュート)っ!!」 

 木っ端と砕け散った壁の破片へ向けて、シガレットが再び刃の羽を浴びせかけた。

 洞窟を、無数の輝力の閃光が、一瞬眩く照らす。

「うげ……」

 呻くシガレット。

 刀を振るい残敵を掃討するイスカの顔も、優れない。

「きりが無いな、コレは」

 二人は揃って、光が照らした崖下の光景を見ていた。

 

 そこにはまだ、千を超える魔物の群れが、獲物を求めて蠢いてたのだ。

 姿かたちは、揃ってねずみ(・・・)

 淡く透き通った色のねずみの群れが、崖下に、大量に存在している。

 それらは腹を空かせており、獲物を求めていた。 

 勿論その獲物とは、崖の上で防衛戦を張る、シガレットたちに他ならない。

 

「一匹一匹がたいした強さが無いのは助かるけど……」

 足元に転がってきた、小さなねずみの魔物だった物―――今は、蹴鞠のサイズのねずみだまを、蹴飛ばして除けながら、シガレットは呻いた。

「全部倒しきるまでに、こちらが息切れする方が早そうだね」

「時間を掛けすぎるのも、環境に悪影響が出そうで、不味いですし」

 イスカの言葉に、シガレットは更に続ける。

  封印洞窟の内部のフロニャ力の流れは、人為的に精密にコントロールされている。

 魔物、つまり不純な方向性を持つ力の塊が、その内部で群れを成して暴れまわっていれば、悪影響が発生するのは当然だ。

 特に、その魔物が飢えて、我を失って暴走していたのなら。

「手ごろなエサを求めて他の封印を強引に破ったりとか……」

 再び押し寄せてきた魔物達を殴って散らしながら、シガレットは言った。

「緊急時の封鎖隔壁がちゃんと作動してくれたことを、感謝するべきかもしれん、なっ!」

「おかげで、オレ等も閉じ込められてますけどね! 魔物と一緒に!」

 

 今更告げるまでも無いだろうが、この無数の魔物達は三号封印―――古く、弱くなっていた封印を破ってあふれ出たものである。

 本来一つの巨大なねずみの魔物だった筈のそれは、封印中に如何なる変化を催したのか、大量の子ねずみの群れとなって復活した。

 

「砲撃要員が最初にやられるとか、もう、ね」

 遠距離からの広範囲攻撃を持たないシガレットは、拠点防衛戦は不得手である。

 こういった状況は、出来れば大規模高威力の紋章砲が得意な人間に、任せたかった。

 例えば、パスティヤージュ公国に銃火器の概念を伝えた英雄王とか、三千世界に恐怖をばら撒いた、魔神の力を振るい天候すら操る魔王とか、ついでに職業退魔師の専門家とかにも。

「ああいう凡ミスは、割りと日常だよあの夫婦は」

 イスカが背後に視線をやりながら、苦笑気味に言った。

「なんか、出合った当初から今まで、伝説の英雄達の株価がオレの中では右肩下がりなんですけど」

 シガレットも、ため息混じりに背後を振り返る。

 

 そこには。

「チッ」

「あはは……」

「いやぁ、面目ないでござる」

 やんちゃな、おっとりした、呑気な―――子供の、声。

 幼い子供の声だ。

 そこには、三人の小さい子供達が居た。

 シガレットとイスカと一緒に、この洞窟の内部に踏み込んだ残りのメンバー―――ブリオッシュ、アデル、そしてヴァレリーに似ている。

 無論、言うまでもないだろうが彼等本人である。

 復活した大量の魔物の群れに圧し掛かられて、その中から出てきたときにはもう、現在の幼児の姿へと変貌していた。

 能力も見た目のそれのレベルにまで下がっているようで、とてもではないが、魔物相手に戦力にはなりそうにない。

 そもそも、見た目以上に内側から輝力を奪われてしまっていたから、戦おうにも戦えないのだが。

 

「輝力を喰われると若返る、と言うか子供になるってのは、どーいう仕組みなんでしょうね?」

「外見的変化は単なる呪いか何かではないのか?」

「ああ、渡り神が過ぎれば野山に花が咲き誇る、みたいなノリで、アレに力を吸われると、幼い姿に盛る、と。可愛気のある話でよかったですね」

「下手をすれば、力を吸われて文字通り干からびてしまう可能性もあったわけだからな。元が凶悪な魔物であった事を考えれば……ほぼ純化しかかっていてくれて、助かったと言うことだ」

「倒せば端からけものだまにも、なりますし―――ね!」

 翔翼連弾(アクセルシューター)をばら撒いて、押し寄せるねずみの群れを吹き飛ばすシガレット。

 攻撃の当たったねずみたちは、揃ってフロニャの加護の成せる姿―――丸々としたけものだまへと姿を変えて、目を廻してあたりに転がった。

 只の魔物であれば、こうはならない。

 もし魔物と視点側面が強かったなら、血と臓物を撒き散らすスプラッタな光景が辺りを満たしていただろう。

 魔物の姿からけものだまへの変化は、封印洞窟のシステムが、長い時間を掛けて魔物を正純化させてきた証拠である。

「にしても、たまになったほうが魔物だった時よりでかくなってるのは、シュールと言うか何と言うか……。ポップコーンみたいですよね」

「嵩張って足場が減るから、余り笑えんぞ、それは」

「オレ等、二人して近距離戦闘要員ですしねー」

「全くだ……こういうことは得意な人間に任せるに限る。―――そんな訳で、おい! そろそろどうなんだ!?」

 剣を振り回したまま、イスカは背後に呼びかける。

「今説明中でござるから、もう少しまつで御座るよ!」

 彼等の背後では三人の幼児達が中空に浮かんだ半透明のモニターを見上げていた。

 モニターは、三つ。

 三人の人物と、その周囲の人間達が映し出されている。

 それは、シガレットにも見慣れた顔だった。

 どうやらこのモニターを発生させていたらしいアデルが、モニターの向こうに映る人物達に語りかける。

 

「それでは、頼みましたよ! 我が後輩達!」

 

 はい、と揃ってモニターの向こうの者達が頷く。

 英雄王アデライドの後輩―――現代の勇者達、三人の少年少女が。

 

 

 ◆◇◆

 

 ビスコッティより、シンク、エクレール、ユキカゼ。

 ガレットから、ナナミ、ガウル、ジェノワーズの三名。

 そしてパスティヤージュより、公女クーベルとレベッカが。

 それぞれ、封印洞窟へと援軍に訪れた。

 

「大分片付いたかな」

 やれやれと背伸びをしながら、シガレットは周囲を見渡す。

 大きく広げた投網の中に、山のように大量のけものだま化したねずみの魔物が捕まえられていた。

 先ほどまでの、イスカと二人で必死の防衛戦を張っていたのが嘘のように、、援軍の到来と共に、あっさりと楽勝ムードの掃討戦へと移行した。

 シンクとナナミが洞窟狭しと駆け回り、レベッカが晶術でもって一気に型をつける。

 後は、持ってきた網で閉じ込めるだけだ。

 

 ―――とはいえ。

 

 いかに楽勝だったとはいえ、いかんせん敵の数は多く、多く、多い。

 無傷で完勝、とは済まないのも、また事実。

 増えた援軍の数に比するように、被害者―――幼児化する者達の数も増大した。

「迂闊だった……最近、浮かれ過ぎていたと言う事か?」

 エクレールが、幼く変わった自分の姿を見下ろしながら、鎮痛の呻きを漏らす。

 彼女は土砂のように押し寄せる魔物たちに押し流されて、幼女へと姿を変えてしまった。

「いいじゃないのエクレちゃん。久しぶりに若いからだを堪能すれば」

「そうやでそうやで。若返るなんて、世界中の全女達の夢やんか」

 ジョーヌとベールがけらけらと笑いながらエクレールに言う。

 何時もより声が高い―――と言うか、丸っこい、柔らかいと評するべきか。

 ―――ようするに。

「エクレ嬢は兎も角、お前等はマジで最近ちょっと、たるみ過ぎ違うか?」

 二人と、その傍に居たノワールにもジト目を向けるシガレット。

 普段であれば目線を下げれば視線が合う、程度の身長差なのだが、今は首を傾けなければ視界に納まらなかい。

「あぅ……」

「あかん、この状況じゃ言い返せん」

「シガレットも小さくなっちゃえば良いのに」

 苦笑いではごまかしようも無く、三人の姿はものの見事に幼女そのものだった。

 倒した魔物を回収している途中で、別の魔物の群れに押し流されてこの有様となったのである。

「最近、やられ役が板についてきてないか。ガウル(主役)の前座的にはそれでいいのかもしれんけど」

「よか無いわ!」

「と言うか、わたしたち前座じゃないわよ!?」

「……そうなの?」

「ノワちゃん、裏切らないで!」

「うちら、脱がされるときは一蓮托生やないか!」

 わいわい言い合う幼女達。

 薄暗い洞窟内部で、ある意味和む光景だった。

「あんまり女の子をいじめちゃ駄目でござるよ、シガレット」

 と、背後から苦笑気味の声が掛かる。

 振り返ると―――やっぱり、下を向かなければ姿が見えない。

「ユッキー。……も、縮んだなぁ」

「何処見て言ってるでござるか、シガレット……」

 幼女姿のユキカゼが、引きつった声で胸元を隠す。

「いや、普段見慣れているものがなくなっていると」

「婚礼目前の男が、その発言はどうなんでござるか」

「なら、もうちょっと露出度控えめの服を着ようよ、嫁入り前のお嬢さん」

「……動きにくいのは、苦手でござるよ」

 たはは、と笑う姿は幼女そのもの。

 普段の抜群のプロポーションは何処へ消えたのか、ユキカゼの容姿は頭からつま先まで平坦な幼女スタイルへと姿を変えていた。

「目の保養になるから、まぁ男としては良いんだけど……って、そういえば、ユッキーは一体何歳若返ってるの、それ?」

 ユキカゼは人ではなく、天狐と呼ばれる類に属する土地神の一柱であり、その成長の加減は人より遥かにゆったりとしている。

 早い話が、普段の十台半ばの姿も、見かけどおりの年齢ではないのだ。

「親方様たちも揃って若返ってる段階で、その辺は突っ込むのは野暮と言うものででござろう」

「そりゃ、まぁ。やたらと年齢不詳の比率が多いからね、今現在のこの場所」

 シガレットは微苦笑交じりに頷いた。

 そも、当初の洞窟調査隊メンバーだった伝説の勇者パーティーの面々は、揃って年齢不詳なのだ。

 シガレットの記憶にある限り、彼等は出あった当初から全く見た目が変わっていない。

「何時から歳を取るのをやめたのかは知らんけど、少なくとも百年以上若返ってるんだよなぁ」

「乙女の年齢を詮索するのは、聊かマナー違反でござろうよ、シガレット」

「いや、しないけどさ」

 怖いし、とシガレットは肩を竦めた。

 

「おーい!」

「みんな~!」

 

 その時、洞窟の入り口方面から、輝力武装トルネイダーに乗ったシンクとガウルがやってきた。

 更に奥にはレベッカのものと思われる橙色の輝力光も見える。

「や、お疲れ。手ぶらみたいだけど、入り口の方には居なかったのかな?」

 片手を上げて声をかけるシガレットに、シンクとガウルは頷く。

「影も形も」

「多分、残りは全部、断壁になってたとこの奥だな」

 一方を指差すガウルに、シガレットは納得して頷く。

「あっちね。飛べる人少ないし、後回しにしてたんだけど」

「もう、あそこだけだろうし、僕達で言って来ようと思って」

 シンクがガッツポーズをしながら力強く宣言する。

 彼の輝力武装トルネイダーは、尾部から輝力を発生させる事で推力を獲得し、空中を滑空する事が可能なのだ。

 断壁を乗り越える程度なら、造作も無い。

「アニキも来るか?」

「オレ?」

 お前も飛べるだろうと尋ねてくるガウルに、シガレットは一瞬の逡巡の後に、首を横に振った。

「悪いけど、遠慮しとくわ。いい加減疲れたし」

 こっちは援軍が来る前から戦って居たんだと、シガレットはくたびれた声でガウルに答えた。

「そっか。じゃあ、みんなのことは宜しくね、シガレット」

「残りのヤツは俺様たちがばっちり倒してくるからよ!」

 勢いよく言う二人の少年。

 子ねずみ程度なら、後れを取る事も無いだろうし―――よしんば、多少のミスをしても後で残りの人間が出張ればリカバリは利く範囲内である。 

 

 後は二人に任せておけば平気だろう。

 

「うん、じゃ」

 宜しく頼むよと、この場にいる人間を代表して、シガレットは言おうとした。

 だが、

「二人とも、ちょっと待ってください」

 傍によってきた英雄王アデルが、彼等に向かって、両手を広げてあるものを差し出した。

 

 左右の手のひらに、それぞれ一つづつ大振りの宝石。

 

 お守りですと、アデルはシンクとガウルに微笑みかける。

 シガレットは、彼女の手のひらの上にあるものに見覚えを感じて、頬を引きつらせた。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 シンクとガウルが洞窟の奥へ向かい、更にそれを魔法の箒が凄い速度で追いかけていった、後。

「あの、アデライド様」

 シガレットは畏れ畏れとした態度で、アデルへと尋ねた。

「どうかしましたか?」

「ええと、コレ、なんですけど」

「……あら」

 首を捻る幼い姿のアデルの眼前へ、懐にしまってあった空色の宝石を示してみせる。

「これは……もしかして。いえ、もしかしなくても」

 明らかに思い当たりのある顔をしているアデルに、シガレットは頬を引きつらせた。

 彼が手のひらに載せている宝石は、勿論、実母たる『鉄拳の巫女』から貰った物である。

 謂れは知らぬが、あからさまに価値がありそうな、年代モノの宝石だ。

「やっぱり、さっきイズミ君達に渡していたのと、同じヤツですよね、コレ」

「ええ。―――ええ、そうですとも。マギーに渡した英雄結晶じゃありませんか。あらまぁ、なんて懐かしい」 シガレットの手のひらから宝石を拾い上げて光にかざし、アデルは懐かしそうに口をほころばせる。

「私達が眠りにつく前に、せめてもの力になればと、マギーに渡したものだったのですが……流石マギー。イニシャライズされていないどころか、そもそも使った気配が見られないのですよ」

 しょうがない人ですねと言った後で、シガレットへと向き直るアデル。

「どうして貴方がこれを?」

 疑問系ではあるが、尋ねるまでもないかもしれませんがと表情が語っていた。

 シガレットも、それは勿論と頷いて返す。

「近頃母に押し付けられました」

「親友からの贈物を、あっさりと。ホント、あの娘らしいのです」

「ええと、大雑把な母で申し訳ありません。……貴重な物でしたら、お返ししましょうか?」

 言葉尻は丁寧だが、無論、シガレットの本音は、人に押し付けられる物なら押し付けたい、というものだ。

 何しろこの宝石は、英雄王が手ずから現代の勇者達に手渡すような代物の様である。

 ご利益のあるお守り、というよりも、トラブルを招く呪物の類にしか思えなかった。

 手放すチャンスがあるなら、むしろ積極的に放出しようとするのが、平穏無事な日々を送りたいと願う者にとっては道理だろう。

 

 ―――だが。

 

「いいえ、シガレット。この結晶は貴方が持っているのが良いのですよ」

 英雄王は無情にも、そっとシガレットの手を取り、その上に、空色の宝石を再び乗せた。

「マギーは乱暴でずぼらで適当で勢い任せのガサツな女の子ですが、でもアレはアレで、動物的直感的な意味で、人を見る目はあるのですよ」

「やべぇ、自分の親が酷い言われようしているのに、全く反論する気が起きねぇ」

「ですから、マギーがシガレットにこの英雄結晶をあげたと言うのなら、この結晶は、シガレットが持つべきなのです」

 シガレットの突込みをがっつりスルーして、アデルは笑顔で言葉を続けた。

 シガレットは頬を引きつらせる。

「荷が重そうなので、是非ともお断り……」

「シガレットが持つべきなのです」

「お断りを……」

「持つべきなのです」

「お断、」

「なのです♪」

 有無を言わせぬとは、このことか。

 指を折りたたまれて、無理やり宝石を握りこまされた。

「……」

 頬に汗を垂らしながら、手にした宝石に視線を落とすシガレット。

 不思議な煌きの奥に、それは、何か深いところから来る力を感じさせた。

 

「英雄結晶、ですか」

 

「はい。英雄たるの資格を有する者に、特別の祝福を与える、フロニャの力の結晶なのですよ」

 シガレットの呟きに、頷き答える英雄王アデル。

「英雄……」

 勇者の居る世界で、今更、胡散臭いとまでは、言わない。

 言わないが、しかし。

 自分がそれに相応しいかと言えば、『NO』と断言できる程度には、シガレットは自らの身の程を弁えていた。

 弁えていないと、どう考えても、ろくなことにならないに違いないと、確信していた。

 

 その時、洞窟の奥から、強烈な閃光が瞬いた。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 




 段取りの芝居をさせていたら、思いのほか尺がかかってしまいましたので、まぁ、例のアレについては次回をお楽しみに、ということで。

 感想の方を覗かせてもらいますと、『オレTUEE大好物です! 素直にチートしようぜ!』派と『あれだけ前フリしたんだから日和見すんなよ!』派が二分してる感じですか。
 書いてる側としては前者も後者も好きですけど、今回は、まぁ。いや、次回をお楽しみに。

 にしても、二挺拳銃押しの時にも感じましたけど、案外とストレートな格好良さが求められてますよね……。
 







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2-12

 

 ◆◇◆

 

 

「いやまぁ、先代の爺様とか、お前の親父さんの絵姿とかを見てたから、無いことは無いだろうとは思ってたけど……」

「ウハハハハ! こーして見下ろして見ると、チビっちゃいのな、兄貴!」

「るっせーよ! ―――ったく、無駄に図体デカくなりやがって……」

 見下ろしてくる(・・・・・・・)ガウルに、シガレットは忌々しげに言葉を返す。

 丁度視線の高さにある分厚い胸板が、張り出した肩が、ゴツイ二の腕が、実に妬ましかった。

「シンク、すっかりおっきくなっちゃったね……」

「そうかな?」

 視線を横にずらせば、無駄に色気のある美声が聞こえる。

 ラブロマンス物の洋画で主演を演じる俳優の様な美形の青年が、幼女と姿を変えたナナミを抱きかかえているのが見えた。

 金髪に、赤い裏地の白マントという格好が、その整った顔立ちと併せて現実感を見失わせる光景である。

「イズミ君のほうは何か、ギャグみたいなレベルのイケメンだし、お前はお前で、マジで先代様にそっくりのマッチョマンだし……」

「爺ちゃん、今の俺より縦にも横にも後五十センチくらいデカくねーか?」

「いやまぁ、二メートル楽に越えてるからな、先代様。政務から身を引いて出来た暇な時間、パンプアップに使ってるらしいし。―――アレと一緒にするのは、酷か」

 あの筋骨隆々の巨人と比べれば、目の前の銀髪の青年は、精々常識の範囲内に収まる身長である。

 ただし、その人物が普段、同じ目線の高さで隣を歩いている少年の変じた姿でなければ、だが。

 

「―――なるほど、英雄結晶はこのような形で、貴方達に力を与えたのですね」

 

 アデルの言葉が洞窟の広間に響く。

 彼女は、自らが既に人に手渡した筈の二つの宝石を、覗き込んでいる。

 それらの宝石は、彼女が手放した時と違い、その内側に、意匠化された輝力の紋章が浮かび上がっていた。

 一つには、ビスコッティの。

 そしてもう一つには、ガレットの。

 それぞれの王家と、その信託を受けた勇者のみが掲げることが出来る紋章が。

「お前等二人には、英雄の資格があるってこったな」

 幼い姿の魔王ヴァレリーが、金髪と銀髪の二人の美形の青年に笑いかける。

 

 彼等は、大人の姿に成長した、シンクとガウルに他ならなかった。

 

 経緯を説明するのは、簡単である。

 シンクとガウルの二名は、残りの魔物を討伐するために、断崖に阻まれた洞窟の奥へと侵入した。

 そこで待ち構えていたのは、それまで相手にしていた子ねずみの集団ではなく、一つの巨大な、大型のねずみの魔物だった。

 アデルを始めとした優秀な戦士たちから力を奪い、魔物としての本来の姿を取り戻していたのだろう。

 見上げるほどの巨体と、力を取り戻して尚飢えを抑えきれない凶暴性。

 挙句、魔物は二人に対して、強力な輝力光線砲すら放ってきたのだ。

 そして、 極太の光線に溺れ、あわやと言う状況に二人が陥った時、アデルから渡されていた英雄結晶が煌きを放った。

 洞窟そのものを揺るがした光線が通り過ぎた後、支援を行うために箒に跨り追いついてきたレベッカとナナミが呼びかけたとき、シンクとガウルは土煙の中から立ち上がる。

 

 立ち上がったとき、その姿は。

 

「今更だけど、もう、何でもありだよな……」

 疲れを隠さぬ態度でシガレットは言う。

 視線は、幼女化したジェノワーズたち三人を軽々と抱え上げている青年の姿のガウルへ向いていた。

 その傍では、幼馴染のほかの勇者達に囲まれて笑う、無駄に美形な青年姿のシンクも居る。

 魔物に襲われ皆が子供になったと思ったら、魔物を倒すために友人達が大人になる。

 正直なところ突っ込みどころしかない、突っ込み始めていたら一々きりがないの状況だが、しかしそれが、このフロニャルドと言う世界の日常とも言えた。

 世の中、諦めが肝心である。平穏な生活を送りたいならば、特に。

 シガレットは今生の十五年近い人生経験を踏まえて、実務的な思考に頭を切り替えることにした。

「それで、皆様方」

 シンクたちが倒した最後の一匹。

 大ねずみの魔物―――が、けもの玉化したふわふわでもこもこな巨大な球体を前になにやら話し合っている英雄王達に、シガレットは尋ねる。

「この魔物達は、どうするのですか」

 

 ぴくり。

 

 英雄王が、背後から掛かった言葉に反応した。

 無駄にゆっくりとした動作で、振り返り、シガレットと視線を合わせる。

 視線を合わせて―――微笑み、かける。

 

 ―――そのことなのですが、シガレット。

 

 笑顔で語りかけてくる英雄王アデルに、シガレットは、全力で嫌な予感を覚えた。

 

 

 ◆◇◆

 

 

「―――おおやますみおおかみをおぎまつりて―――」

 

 半ば投げやりに、或いは棒読みに。

 それでいながら、それなりに格調高く神聖な雰囲気を感じさせる程度には、彼女(・・)が言紡ぐその様は、堂に入っていた。

 艶やかな青い髪。

 引き締まった肉感的なプロポーション。野生的な、美しい肢体をしていた。

 取り巻く気風は神前に舞う巫女のそれ。

 で、ありながら同時に、戦場を舞う剣姫の威も兼ね備えていた。

 その姿を目にした者達は、誰も彼もが一様に、同様のことを思うだろう。

 

 ―――美しい女性だ、と。

 

「―――やおろずのかみたちもろともにきこしめせともおす」

 

 (うた)が終わる。

 同時に風が踊り、封印洞窟を眩いばかりの光が照らす。

 祝福の詩に対する大地の返礼か。

 不純に歪んだ洞窟の地脈の流れがたちどころに正常化していく。

 かつてあった、真新しき頃よりも尚、正常に、清浄に。

 正しき力で洞窟が満たされていく。

 それは、不純な歪みの根本たる、魔物であっても例外ではない。

 長い封印の果て、既に精霊としての格を取り戻し始めていたねずみの魔物、その郡集団は、フロニャの加護の力が発する輝きを受けて、遂に正真たる土地神としての有り様を取り戻したのだ。

 けもの玉が次々と爆ぜた後に残ったのは、真っ白で、半透明で、薄っすらと輝きを放つ、穏やかな生物だった。

 人畜無害な小動物の群れは、その生来的な気質故か、暗がりを求めて洞窟の方々へと散っていく。

 山ほど居た子ねずみも、山のような巨大なねずみも、もう、広間からは居ない。

 巫女による浄化の儀式が、完全な形で終了した。

 

「―――ふぅ」

 

 無事に一仕事を終えたと、安堵の息を吐く青髪の巫女。

 それにつられて、

「……っプ」

「……ンッフ……」

「……っ! …………っっ!!」

 彼女の背後から、何かをこらえるような声が、次々と。

 その音を確かめ、巫女の額にピコピコと青筋が走る。

 わなわなと震え出す肩―――ついでに、女性的な艶やかさの一端を担っている、胸も揺れた。

 それがどうも、本人的にも、限界だったらしい。

「お前等なぁ!」

 がばっと、忌々しげに振り返る、巫女の女性。

 途端。

 その美貌を正面から直視することになった者達は。

「ぶっ! 駄目だ! 限界!! 腹イテェ!! ぎゃははははははははははは!」

 先ず、ゴツい銀髪の大男が、真っ先に腹を抱えて笑い出す。

「ガウ様、あかん、笑ったら悪……っ! っっ! ごめん、ウチも限界や……ぶははははは!」

「ふた……二人とも! そんな、人の顔見て……ぷっ! ぷぷ……!」

 銀髪に抱えられていた幼女達の内、トラ耳とウサギ耳の二名が釣られて笑い出す。

「てめぇら……!」

 巫女は、整った美しい顔立ちを、威嚇的な色で染める。

 怒気を孕んだその態度に、銀髪の男の頭にしがみ付いていた黒髪の幼女が、ボソりと、言った。

 

「……ベルの言うとおり。笑っちゃ駄目だって。―――シガレット、こんなに美人なのに」

 

 ―――シガレット。

 怒りに肩を震わす抜群のプロポーションの女性を指して、シガレット、と。

 青髪の少年の名で、名指しする。

 その、傍で。

「英雄結晶って、こんなことも出来るんだ……」

「もう、自分のことも含めて何がなにやら……」

「と言うか本当に、あの、凄い美人ですよね……」

 異世界から来た勇者達が半笑いで言い、

「うむ。すっかり見違えたでござるな、シガレット」

「……駄目だ。見てたら頭が痛くなってきた……」

 同僚達がしたり顔で頷き、或いは頭を抱え、

「つか、あんまりマギーと似てないな」

「どちらかと言えば、レオ姫様に似ていらっしゃらぬか?」

「なるほど。本人のイメージが形になっている訳だから、手っ取り早く彼の尤もよく知る女性のイメージを形作ったのか」

「それにしても、流石はマギーの子なのです。作法も祝詞も適当なのに、何故か成果だけは完璧に上げるのですから。まさか、ここまで完璧に浄化をしてくれるとは思いませんでした

 大人たちは、他人事のように雑談に興じていた。

「ひと様を指して好き勝手に、大概にしろよお前等! 特にそこ、ゲラゲラ笑ってやがる愚弟!」

 他人事同然の彼等の態度に、巫女の血管がブチ切れた。

 指差すのは、腹を押さえて大笑いをしている銀髪の男。

「ぶはははっ……ははっ! ぐっ……ぐはっ! ……ぃや、いやワリいわりぃ……兄貴……いや、姉貴(・・)

 

 『姉貴(あねき)』。

 ―――姉の尊敬語。親愛の意を込めて用いる。

 因みに当たり前だが、姉と言うのは女性を対象にした呼び方だ。

 

「死ねコラァッ!」

「ごふあぁっ!」

 紅白袴のような巫女装束を振り乱して、巫女は銀髪の男を蹴り上げる。

 踵が顎に直撃し、宙を舞う大男。しがみ付いていた幼女三名は、要領よく飛んで逃げていた。

「あ、駄目だってシガレット君……さん?」

「そうやでアニキ……いや、アネキ? 姐さん?」

「その服、スリットが深いから、そんなに脚を上げたら下着見えちゃうよ、シガレット……ちゃん?」

「一々疑問系で女っぽい形容詞付け加えようとするんじゃねぇよ、三馬鹿ぁっ!!」 

 怒りに顔を赤く染め、半分は涙目に、自らの尊厳を掛けて巫女は叫ぶ。

 

「オレは男だぁっ!!」

 

 透き通るような美しいソプラノボイスが、洞窟の広間に響き渡る。 

「いや、どう見ても今のお主は女じゃ」

 元より幼い姿のままの公女による冷静な突っ込みに、皆が、揃って頷いた。

「……チクショウ」

 認めたくない事実に、ひざを折りうな垂れる巫女。

 

 まぁ、ようするに。

 この美貌の巫女こそが、英雄結晶の力により変身した、アシガレ・ココットその人だった。

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 窓辺の席。

 幼い頃から何一つ変わらない―――いや、椅子とテーブルの高さくらいは歳に併せて変わっているが―――場所。

 時刻は、夜。

 

「次に会うときは、婚礼を結ぶ時だ」

 

 ニヤニヤと。

「―――いっそ様になるほど似合わない気障ったらしい態度で、確か別れ際、そんな事をいっておった気がするのだがのう」

 笑いながら乙女は言うのだ。

 詰るようにも、弄るようにも、強請るようにも聞こえる声で。

「しかし、おかしいのぅ? 確か婚礼の儀は、まだ一週間も先の話であったと、ワシは記憶しておるのじゃが」

 小さな丸テーブルにひじをかけてねめつけられれば、瞳と瞳の距離は最早至近だ。

 シガレットは、曖昧な笑みを浮かべて、視線を逸らす事しか出来なかった。

「いや、まぁ……」

「まぁ?」

 止まらぬ、追求。

 シガレットの背中にいやな汗が流れたのは、果たして、夏の夜を満たす湿気を帯びた熱が故か。

 予想外に居心地が悪い空気が待っていたのは、まぁ、事実であるから。

「アホどもがあることないこと面白おかしく吹聴する前に、自分で言い訳を、ねぇ?」

 シガレットはなんとも情けない気分で、目の前の婚約者に、正直に事情を説明した。

「言い訳、のう」

 微苦笑。

「なんぞ、面白い経験をしたらしいの」

「一つも面白いことななんざ、ありゃしませんよ」

 対するは、不貞腐れた態度だ。

 心底疲れたと言う口調で、シガレットは吐き捨てる。

「二度はしたいと思いません」

「せぬのか? ―――なんじゃ、勿体無い。相当な別嬪じゃったと聞いておるぞ」

「そー言う話がアホどもから伝わって欲しくなかったから、こうして顔出してるんですってば!」

 がん、とテーブルを叩きながら喚くシガレット。

 その勢いのまま、ぐい、とグラスの中身の酒精を煽る。

「ホントにさぁ、レオンミシェリ、貴女にまでにまで『楽しみ』とか『もう一度』とか言われるとマジで凹むんで、やめてください。後生ですから」

 悪酔いしてるのが一目で解るくらい、態度に泣きが入っていた。

 

 他人が聞けば興味深い、面白いと済ます事のできる話でも、話題の渦中の人物にとっては、どうしても笑い話ではすまないという話は、多々存在する。

 昼間にシガレットが経験した事態も、シガレット自身にとってはそうだったのだ。

 封印洞窟、そこで発生した魔物を完全に浄化するために、英雄結晶の力を借りる。

 借りて―――女性となる。

 土地に寄り添い土地を清め、土地を正す力を持つのは、巫女たる女性にのみ許された力だからだ。

 シガレットは英雄結晶の力で見目麗しい女性の姿に変貌することにより、母親譲りの巫女としての才覚を発揮した。

 無論、現在は既に、元の男性としての姿を取り戻している。

 しかし体が元に戻ったからといって嫌な記憶が消えてくれた訳は無く、だからこうして、シガレットは自らの心の平穏を取り戻すために、ヴァンネットの王城に顔を出したのだった。

 

 ―――次に会うときは、婚礼を結ぶ時。

 

 ほんの二日前の別れ際に交わした言葉。

 それを、自らあっさりと破って。

 シガレットは、どうしても婚約者レオンミシェリの顔を見ずには、いられなかったのだ。

 

 

 ◆◇◆

 

 

「……最近ただでさえ、不安で不安で胃が痛いってのに、此処にきて女になるとか、それもう、不安感じる以前に、根本から資格無しって事になるじゃないですか。今更、泣くも笑うも出来ないっての、そんなの……」

 

「……仕方の無い男じゃの」

 ブツブツと呟く酔っ払いに、レオンミシェリは苦笑する。

 この男が、こうも悪い酔い方をするのを見るのは、カノジョには初めてだった。

「本当に、仕方が無い」

 そのことを、嘆くべきか、はたまた喜ぶべきなのか。

 彼が悪酔いした理由を性格に察して、それを理由に喜んでやれば、きっと彼は付け上がるだろうから―――否さか。

「たまには少しは付け上がって見せぬか、馬鹿者が」

 微苦笑を浮べて、ため息を漏らす。

 シガレットがレオンミシェリのことを良く見ているように、レオンミシェリもまた、婚約者たるシガレットのことを、よく見ていた。

 悪酔いしている理由も、わざわざその日のうちに顔を見せに来た理由も、レオンミシェリは確りと理解している。

「―――そんなにも、情けない姿を見せるのは嫌か」

 呟きは、酔いどれた男にも届いたらしい。

 ん? と緩慢な仕草でシガレットは顔を上げた。

 レオンミシェリを視界に―――納めているのか、居ないのか。

 言葉が聞こえて、目の前に誰かが居ることも、一応は理解しているのだろう。

「……いやに、決まってるじゃないか」

「何故?」

「だって、こんなアホみたいなことで、愛想つかされたり、したら」

 

 ―――それはもう、泣くに泣けない。

 

 そんなことを、そんなくだらない―――周囲、レオンミシェリ含めた彼以外のすべての人間にとっては―――ことを、本気で口にしている。

「……アホはお前じゃろ、この場合」

 妙なところでどつぼに嵌る男だなと、レオンミシェリはため息を吐く。

「なぁにがアホなんですかぁっ」

 ばん、とテーブルを叩いて抗議する、紛れも無い酔っ払い。

「歳も上、身長も上、立場も上なら戦闘力も上。そんな人を嫁にするために、普段、どれだけオレが……」

 取り繕うために顔を出したのに、かえって残念な部分をさらけ出してどうするんだコイツ、とレオンミシェリは思った。

「いつぞや聞いた、ロランのヤツをどうこうという話もあったから、薄々気付いてはいたが……、案外と社会的立場と言う物を気にする男じゃの、御主」

「気にするに決まってるじゃないですか! お前では相応しくないとか誰かに言われたら、それだけでもう……!」

「ワシらの仲について、そんな無謀な発言をする度胸のある人間が、この国に居るとはとてもワシには思えぬのじゃが……いや、言うだけ無駄か」

 レオンミシェリは、処置なしと首を横に振る。

 ようするにそれは、シガレットが常に、内心で抱えている不安、なのだろうから。    

 シガレット本人が納得せねば、どうしようもないのである。

「―――まぁ、そのためにこそ、あの結婚式のやり方、なのじゃろうが……」

 

 一週間後に行われる、レオンミシェリとシガレットの結婚式。

 それは、ガレット全土―――どころか、隣国ビスコッティ、更には来賓予定の各国すらを巻き込んだ、非常に大規模な物が予定されている。

 内容としては単純だ。

 新郎の母国であるビスコッティの国境から、新郎自らが兵を―――これは、ビスコッティからの供出となる―――を率いてガレットへと出陣。

 街道沿いに国内主要都市を回り、その都市を防衛するガレット軍騎士団、プラス一般参加の民兵達を攻め落とし、それらを吸収し、新婦の待つ首都ヴァンネットまで辿り着けば、無事結婚成立となる。

 尚、防衛には来賓各国の名将たちの参加も予定されている、一代戦興行だ。

 

「我がガレットの騎士たち全てを倒してみせねば、我が夫たる資格は無し、とでも、言いたいのじゃろうが……その意気や由、と言うべきか……しかし」

 フム、とレオンミシェリは鼻を鳴らす。

 戦。それもガレット全土を巻き込むような大戦ともあれば、レオンミシェリも腕が鳴るところだ。

 自らの夫となる男と、全力で闘争を行うというのも、実に胸が躍るシチュエーションである。

 そんな結婚式は、一生忘れぬ、夫婦のよき思い出となるに違いないであろう―――とも、思うのだ。

 そう思ったから、夫(確定した未来(予定に非ず))の提案に、彼女は賛成したのだ。

 しかし―――だが、しかし。

「せーしんねんれいてきにいえばひとまわりいじょうとししたをひっかけちゃったわけだしさぁ。おっさんじちょーしとけよとかつっこまれたら、それだけでだうと……っていうか、むこうだったらはなしかけただけでけいさつざたれべるだもんねーははは、もーだめだおれ~……」

「……この、アホは」

 悪酔いここに極まれりという、目の前の男の姿に、レオンミシェリは大きく息を吐く。

 最早、疑問系すら必要ない。

 

 この男は、どうあがいても、華の結婚式を素直に楽しみきることが出来ない。

 

 その事実は、レオンミシェリにとって好ましからざる話だ。

 ひとが……そう、ひとが。

 レオンミシェリ・ガレット・デ・ロワその人が。

 こんなにも。こんなにも―――。

「おう、そうじゃとも」

 自らの胸の上に手を添えて、レオンミシェリは深く頷く。

「思えばワシも、春先の一件から、随分と遠慮しすぎておったのかもしれぬ。うむ、確かにあの時は、一人で先走って手ひどい失敗をしてしまったが……ウム。それゆえ、可能な限り御主の言葉を尊重しようと、今日まで夫の三歩後に楚々と続くような貞淑な妻となるべく努力を重ねてきた訳じゃし……」

 シガレットが素面だったら盛大に『()ぇよ!』と突っ込みを入れそうな述懐である。

「じゃがのう?」

 ぐい、と、テーブルに突っ伏した酔っ払いの頭を、男前な仕草で持ち上げる。

 胡乱気な瞳を、凄絶な笑みで覗き込む。

「ものには、限度と言う物があろう。夫が誤った道へ踏み出そうと言うのなら、身体を張って止めてやるのが、妻の務めというものじゃ。何より」

 何より。

「何より夫が、『妻のため、妻のため』と繰り返しながら、その実、自分のために勝手をしているのが本当で―――ましてや」

 そう、ましてや。

 

「ワシを見くびるでないぞ、シガレット」

 

 

 ◆◇◆

 

 

 ―――翌朝。

 ヴァンネット城の広間には、報道に携わる、多くの人間が集められていた。

 領主からの緊急の会見が行われると、朝早くに―――夜が明けるような早い時間に、報道各社に、各国大使館に連絡があったのだ。

 会見の内容は、不明である。

 広間に集まった人間達は、周囲の同業者達と推論を繰り広げているが、明確な答えは出ない。

 ガレット全国民が待ち望んでいる結婚式を目前に、一体何が発表されると言うのか。

「皆、待たせたの」

 早く明確な答えを得たいと待ち望む聴衆の前に、漸く、領主レオンミシェリが、大臣、騎士団長、そして親衛隊長を引き連れて姿を現した。

 何時もどおりに、堂々とした姿の代表領主レオンミシェリ―――に、比べて。

 その背後に付き従う国家の重鎮達の表情は、何とも表現しづらい、曖昧な顔色を浮べていた。

 

「先ずは、朝早くからご苦労だった」

 

 集まった報道陣達に、レオンミシェリは先ず告げた。

 

「早速だが、本題に入ろう」

 

 前置きの一つもなく、続けた。

 レオンミシェリの背後で、親衛隊長と騎士団長が額を抑えて呻いた。

 老齢な大臣は、全てを諦めたような表情を浮べている。

 報道陣は、困惑も露だ。

 だが、レオンミシェリは、それら全ての反応に、全く関心も示さずに。

 ただ、愉しげに、得意げに、嬉しげに。

 

「六日後を予定していた我が結婚式だが、中止にした」

 

 そんな、重大発表を行った。

 

 

 




 サプライズと言うものには鮮度があります。
 前振りをすれば前振りをするだけ、驚きとは死んでいくのです。
 真のサプライズとは、予期しない方向から、予期しない形で飛び出してくる物を言う。

 ―――まぁ、つまり。
 ネタ的にスキップしても問題ないような封印洞窟編をわざわざ差し込んだのは、こーいう流れにする予定だったから、だったり。
 アレだけ変身するって前振りしてしまうと、全く驚きも無いのでオチになりませんからねー。

 てな感じで、次回、最終回をお楽しみに。






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2-13 (最終話)

 

 ◆◇◆

 

 

「はっ、はっ……」

 

 早朝のヴァンネット城の廊下を、息を切らせて、ルージュは走っていた。

 主の不在に代理を務めるため、本来は主の現在の居住地であるビスコッティ首都に詰めていなければならない筈の彼女が、何故、このガレット首都に居るのか。

 廊下で彼女とすれ違ったもの達は、皆、一様に驚いた顔を―――浮かべるはずも無く。

 全力疾走する彼女が通り過ぎた後で、同情気味の笑みを浮かべて、見送るだけだった。

 

「アッシュ様!」

 

 バン、と勢いをつけて、目的の部屋の扉を開く。

 そして、開いた勢いのまま、ツカツカと室内へと足を踏み入れる。

 本来その部屋は、その様な乱暴狼藉が許されるような場所ではなかったのだが―――今のルージュは、そんな事を気にしている余裕は無かった。

 いち早く主の姿を見定め、問いたださねばならないことがあるのだ。

 姿は、数歩と歩くことなく、直ぐに見つかった。

 室内。

 その中心におかれた広々としたキングサイズのベッド。

 白いシーツにつつまれ、寝息を立てる。 

「アッシュ様?」

 主たるアッシュ・ガレット―――シガレットへと、ルージュは呼びかける。

「ん……?」

 小鳥のさえずりほどの抑えた声だったが、反応があった。

 シガレットは目蓋を閉じたまま眉根を少し寄せて、身を、ルージュの方へ、捻る。

 

 その、動作の途中で。

 彼の身を包んでいたシーツが、剥がれた。  

 

「……アッシュ、さま?」

 引きつった声を漏らす、ルージュ。

 彼女は主の身支度の世話をするために、主の寝所へと足を踏み入れる事もある。

 そうであるから、別に、主の寝姿など、たっぷりと見慣れている―――その、筈なのだが。

「ん……ルージュ、さん……ごめん、もう朝……?」

 おぼつかない声である。シガレットは余り、寝起きが良い方ではないのだ。

 しかし彼は、ルージュの事を部下と言うよりは、お世話になっている年上の女性だと考えていた。

 自分のことで余り、彼女に手間を掛けさせたくないと考えているのだ。

 だから故に何時も通り、寝ぼけて思考が回らないまま、兎に角無理やりに、身体を起こした。

 

 自分がどういう状態なのか、まるで、弁えず。

 

「―――っ」

「……?」

 ルージュの居る方から聞こえた引きつった声に、シガレットは首を捻った。

 首を捻っているだけで、寝ぼけ眼に頭はまるで回っていない。

 今日は何日かとか、何か何時もと部屋の広さが違うようなとか、妙に体が重いようなとか、背中がひりひりしているとか、或いは、寝たりないとか。

 そんな益体もないことが、頭の中をぐるぐるまわっていただけ。

 だから別に。

 

「いやぁぁぁぁぁぁあああああっっ!!?!??」

 

 何時もお世話になっている女性に、素っ裸の自分の姿を見せて、悲鳴を上げさせようと言うつもりは、彼には、無かった。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 突然耳を襲った甲高い音に、シガレットは一気に目を覚ます。

 とはいえ、状況がわからず混乱したまま周囲を見渡すことになったが。

「なに? 何が……って、ルージュさん? え? つーかここ、何処……って、うぉい!? レオンミシェリの部屋じゃねーか、ここ!」

 そう、彼が寝ていたのはレオンミシェリのベッドであり、そうなのだから、当然この部屋は、レオンミシェリの寝室だ。

 幼い頃からこの部屋の主に付き合って酒盛りに興じていたシガレットである。

 この部屋の事は見慣れている―――だが、実を言えば窓の外が明るい時間に、この部屋に入ったことは、今日まで無かった。

 無かったし、無論、少なくともあと一週間後までは、入る事はなかっただろうと、彼は思っていた。

 だというのに、何故。

 

「……って、そうか。昨日は」

 

 思い出した、と頭を抱えて周囲を見渡す。

 散乱していた服―――だったもの。彼と彼女で好き勝手に引き千切った、服だったものの残骸―――は、既に誰かが片付けたのだろう。

 床には塵一つ見当たらず、当然、ベッドの上にも、隣で一緒に眠っていたはずの人物の姿は、無い。

「でも何故かルージュさんは居る、と……なして?」

 疑問を尋ねる、瞬間、微塵も間を置かず、

 

「いいから服を着てください!! せめて前だけでも!」 

 

 隠してくれと、真っ赤な顔で壮絶な突っ込みが入った。

「あ~……、ごめんなさい」

 丸まっていたシーツを引っ張り上げて、汗やらなにやらでいい感じにどろどろになっていた下半身を隠す。 

 なにしろ現状のシガレットは、少なくとも生娘には見せない方が良いであろう格好をしていたのだから。

「言い訳にもならんけど、ルージュさんが悲鳴を上げるとは思わんかった」

「私だって、別に裸くらいなら何度も見たことがありますけど、ありますけど!」

「あ~、うん。本当にゴメン。いきなりコレは、流石にびっくりするよね、うん」

 風呂の世話をするため、服を着替えさせるため。

 ほぼ全裸に近い位置までは、傍付きであるルージュに見せた事がある。

 だが、今のシガレットの状況は、それら日常的な状況から、大きく外れていた。

「いやでもコレ、ある意味これからの日常的な……」

「心構えの問題です! ええ、ええ。それは勿論、ご夫婦となられた後だったら、当然納得も理解もしますとも! ですけど、だけど! いきなり変な連絡が入って、御身の心配をしながらセルクルを乗り継り継ぎ乗り継ぎして一晩で街道を突っ切って、突かれた身体に鞭打って最後は自分の足で全力ダッシュして漸くお城にたどり着いたっていう状況で、こんな、こんなぁ……!」

 半泣きの口調は、半分プライベートが混じっていた。

「ですよね~……いやしかし、本当に申し訳ない。うん」

 お茶目な年上の確り者の女性、と言うイメージがあったが、良い意味で裏切られた。

 そんな風な感想を内心で浮かべつつも、しかしそこは、無常にも。

 

「生憎、オレとレオンミシェリは、昨日にもう(・・・・・)結婚してしまった(・・・・・・・・)んだ」

 

 部下に現状認識を改めさせるための言葉を、立場上、彼は―――アッシュ・ガレット・()ロワ(・・)は、言わざるを得なかったのだ。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 話は夜に遡る。

 

「だれぞある」

 酔いつぶれた男をテーブルの上に放り出して、レオンミシェリは言った。

「御前に」

 ビオレである。

 だれ、と言った次の辺りには、彼女は既に片膝をついていた。

 どう考えても、気付かれない、しかし至近で二人の話を伺っていたに違いない。

 レオンミシェリは当然出歯亀に気付いていただろうが、しかしそれに関しては何も言わず、ゆっくりと立ち上がり、そして、こう言った。

「今すぐ万騎長全員と各務大臣、及び元老達を登城させよ。あと、ガウル……は、煩くなりそうじゃな。お爺様を呼べ」

「はっ……は?」

「それからそこのアホの口に酔い覚ましを放り込んで、正装に着替えさせて―――いや、その前に風呂だな。風呂に放り込んで全身を磨いておけ。流石に酒臭いままというのは、適わん」

「いや、あの……レオ様?」

 テキパキと指示を飛ばす上司に、ビオレは戸惑いもあらわに尋ねる。

 しかし、上機嫌な風のレオンミシェリは、部下の疑問には全く応じようとせず。

「時間も時間じゃ。何人かは叩き起こさねばならぬだろうから、参集までには幾らか時間もかかろう。その間に、ワシもドレスに着替える」

「ど……、え? あの、レオ様。本当に一体、何をお考えなのですか、本当に」

 ビオレの疑問は尤もである。

 こんな夜更けに、国家の重鎮を残らず城に集めて、一体何をするつもりなのか。 

 ましてや、レオンミシェリ自身はドレスに着替える、などと。

「決まっておろう」

 疑問には、速やかな答えが返ってきた。

 むしろ、その言葉を待っていたとでも、言いたげな態度で。

 レオンミシェリは。

 

「略式じゃが、これより結婚式を行う。お前達は見届けよ」

 

 シンプル極まりない答えを、口にした。

 

 

 ◆◇◆

 

 

「それで、つまり、そのまま……」

「うん。結婚した。で、結婚式を挙げた夜に新郎新婦がやることなんて、ねぇ?」

「それは、まぁ、一つしかないのでしょうが……」

「結婚するまでって、お互い自重してたからねー……いや、お互いっつーか主にオレが、だけど。兎も角、そんなこんなで、ちょっと寝不足で。頑張って急いで来てくれたのに、いきなり見苦しいところ見せたね」

「いえ、その。こちらこそ悲鳴など上げてしまい……」

 濡れたタオルで身体を拭いて寝巻き代わりの浴衣を着込んだ主の言葉に、ルージュは頬を赤らめつつ、頷く。

 無論、既にレオンミシェリの寝室からは離れている。

 窓を開け放たれて風通しが良くはなっていたが、それでもかすかに残る、そこで何が行われていたかを示す残り香のある場所では、流石に落ち着いては会話出来ないからだ。 

 

『よって、六日後に開催を予定していた結婚式は、その題目を結婚披露宴(・・・)に変更する事を此処に宣言する。同時に、戦の形式を変更し、本来、我が夫がこのヴァンネットへと攻め寄せる形だったものを、ワシと夫が共々に兵を率いて、ぐるりとガレット全土を一周するように、兵を率いて回る。道々の町村では当初の予定通り、我等を撃破するべく兵を集めればよい。騎士達も各人好きなように敵味方と別れよ。無論、来賓予定の各国の―――』

 

 リビングに備わった映像投影機からは、まだ続いているレオンミシェリの会見の中継映像が映っていた。

 艶やかに表情を輝かせる領主と共に会見に列席している、ビオレとバナードの顔が酷くくたびれているように見えるのは、多分、どう考えてもルージュの気のせいではない。

 彼等は、ルージュと同じ気持ちなのだ。

「何故また、こんな突然。後六日のご辛抱でしょうに」

 いきなり唐突に、最低限の出席者だけを集めて結婚式を行ってしまうのか。

 ことに、隣国で主の代理を務めていたが故に出席をしそこなった忠臣ならば、当然の疑問だろう。

 シガレットは部下の尤もな疑問に、苦笑で応じた。

「こんな突然、ってのが、そもそもの間違いって話、らしいよ?」

「はぁ?」

「ああ、うん。オレも聞いたとき、そんな顔した」

 意味が解らない、と言う表情のルージュに、シガレットは何かを悟ったような顔で同意した。

 

 

 ◆◇◆

 

 

「四ヶ月」

「はぁ?」

 

 深夜。

 シガレットは豪奢なベッドの上で、純白のドレスを着た女に押し倒されていた。

 因みに彼も、女に合わせてそれなりに気合の入った格好をしていたのだが、その服は既に、他ならぬ目の前でねめつけてくる女の手によって、ズタズタにされて剥ぎ取られている。

 

 ―――襲われている。

 

 きっと多分、そんな言葉が相応しい状況だ。

 そも、彼は未だに状況が理解できていなかった。

 物凄く苦いが即効性のある酔い覚ましを無理やり喉に流し込まれて、その後は頭から湯をかぶされて、混乱している間に体中泡塗れにされて、強引に身体を清められ、礼服を着させられて、あれよあれよと言う間に、大広間へと引きずり出される。

 見知った顔と見知った顔と見知った顔。

 それら全員が鎮痛極まりない、所謂『頭痛が痛い』ような顔をしていた。

 そして、こんな夜更けにお前等は揃いも揃って何をやっているんだ、これは何の騒ぎなんだと、シガレットが尋ねようとした丁度その時である。

 大広間の扉が開かれて、純白のドレスを身に纏った女が、堂々とした足取りで、その場に現れた。

 女の背後には、やはり他のもの達と同様に眉間にしわを寄せた、彼女の祖父の姿もある。

 棒読み、棒読み、以下省略。

 視線で促されて、はい、とシガレットが頷いた段階で、どうやらそれは無事に終わったらしい。

 自らヴェールを捲り上げて豪快に女が唇を奪ってきたところで、シガレットは漸く、気付いた。

 

 ―――ああ、これはオレの結婚式だったのか。

 

 いやしかし、何故に突然。

 廊下を引きずられ寝室引きずり込まれてベッドに投げ出されて圧し掛かられて着ていた服を剥かれながら、シガレットは尋ねた。

 

「ワシは四ヶ月も我慢して待った(・・・・・・・)突然(・・)とは、結構な物言いじゃろう、だんな様よ。―――ええ?」

 レオンミシェリは、いよいよ初夜を迎える新婦の態度とはとても思えない威圧感たっぷりの笑顔を浮かべて、夫であるシガレットに言った。

「が……え?」

 瞬き。

 意味が解らなかったのだ。

「四ヶ月前、お前はあんなにも胸をときめかせるようなプロポーズを、ワシにしてくれたというのに」

「……言うのに?」

「それ以来、ろくにこっちに顔も見せずに四ヶ月! そりゃあシンク達の事もあった! 勿論解っておる! じゃがそれにしたって、やつ等が帰って来るタイミングに直ぐに併せてそのまま式を挙げてしまえばよかったというのに、お前ときたら段取りが、段取りが、段取りがとのらりくらりと何時までたっても―――!! その挙句今更、身の丈に会わないだのミスって振られたらだの、酒によって管を巻く始末! いくらワシが夫の顔を立てる貞淑な妻だとて、いい加減に我慢の限界も迎えるわ!!」

「え? ひょっとして貞淑な妻って貴女のことですか?」

「あぁん?」

「……ナンデモアリマセン、オシトヤカナオクサマ」

 現状は所謂マウントポジションを取られた状態である。

 迂闊な突っ込みは迂闊に過ぎた。

「冗談じゃよ。流石に初夜のベッドを夫の血で汚すつもりは無い」

 微苦笑を浮かべるレオンミシェリ。  

「ただな、シガレット。これだけはいい加減、そろそろ本気で覚えておけ。幾らワシでも、そう何度も繰り返すのは、照れるからな」

 そして、そっと、やさしく。

 場の雰囲気に、漸く似つかわしくなった声で。

「ワシも所詮は、そこらの街娘となんら変わらぬ、ただの恋する乙女に過ぎぬ。見栄を張って踵を起こして目一杯背伸びをして手を伸ばさなくっても……前にも言ったじゃろう?」

 シガレットの手を取り、自らの頬へ、首筋に指を伝わせ、肩を滑らせ、豊かな双胸へと。

「手を伸ばせば、直ぐに届く」

「然り。この花は最初から高嶺になど咲いておらぬ。ぬしの直ぐ傍に―――ほれ。今も、手折られるのを、待ちかねておるぞ」

「……自分から、手折られにきてますよね、貴女」

「四ヶ月も余計に待たされた挙句、いよいよと言うところでアレだけ目の前でグズグズされてしまえば、な」

「あ~……うん、それは」

 そこまで言われてしまえば、最早、謝る以外に道があるはずもない。

 だが、しかし。

「馬鹿者、今更」

 

 この期に及んで、まだ待たせる気か、と。

 

 その囁きを最後に、寝室から、言葉は、消えた。

 

 

 ◆◇◆

 

 

『さぁ~、いよいよ始まります、ガレット全土を巻き込む脅威の大戦(おおいくさ)! レオンミシェリ・ガレット・デ・ロワ領主閣下と、アッシュ・ガレット・デ・ロワ領主夫君閣下……長いな。レオ様とシガレットの結婚披露宴が、遂に今日! やぁぁああって参りましたぁ!!』

 

 晴天の下に、大歓声が響き渡る。

 それは、ヴァンネット城の中庭に集った一般参加の兵士たちだけではない。

 城下町の市民達も、映像が伝わる他の町村、集落でも。

 果ては隣国、領土の接していない国々ですらも。

 今日という日を、今日から始まる大戦を、お祭り騒ぎの日々を、皆が、待っていた。

 

「主役の名前をいきなり略して入るのって、どうなんだろうなぁ」

「良いではないか。ワシもいまだに、お主のことをシガレットと呼んでおるし」

「いやま、好きに呼んでくれて構わんのですけどね」

 中庭が見渡せるバルコニーの影で、二人は会話を交わしていた。

「お主も、ワシのことを好きに呼んでくれて構わぬのだぞ?」

「鋭意努力します……いや、努力するよ、レオ……レオ」

「何故二度呼ぶ」

「慣れないなぁって」

 たはは、と情け無い顔で笑うシガレット。

 レオンミシェリはやれやれと首を振った。

「いい加減、妻に敬語を使うのは止めろというのに」

「どっちかと言うとこっちの方が素なんです……なんだけどね、ホントは」

「ほぅ?」

 初耳だと、新妻は瞬きする。

「まだワシに、お主の知らない部分があるとは思わなんだ」

「良いじゃないですか。時間もたっぷりあるんだし、ゆっくりのんびり互いの理解を深めていけ……いや、貴女、気が短い方でしたね」

「解っておるではないか」

 にやりと笑うレオンミシェリ。

 シガレットもまた、笑みを浮かべて答えた。

「まぁ、この世で一番貴女の事を知っている男では居たいな、と常々思って居ますから」

「良い意気込みじゃ。それでこそ、我が夫に相応しい―――ではついでに、その調子で階下の者達への下知を頼むとしようか」

「え? オレがやるの?」

 とん、と妻に背中を押されてバルコニーに出るシガレット。

 大歓声が、シガレットを迎える。

 若干、冷やかしや野次も混じっているような気もするが―――それらも含めて、総じて、彼を、彼とその背後に居る女性との結婚を、祝福していた。

 

 彼にとって、プレッシャーを覚える瞬間である。

 期待に答えたいと―――失望を与えたくないと、感じるのだ。

 失望される事があれば、とも。

 

「さあ」

 

 背後に寄り添う女性が、愛する妻レオンミシェリが、彼を促す。

 不安に感じることなど何一つ無いと、そっと、伝えるような目で。

 

「やっぱり良く解ってるね、オレのこと」

「当然じゃ」

 

 何故当然なのか、と聞くほどには、流石のシガレットも無粋ではなく。

 まずは、脇に控える撮影班に目配せをした後で、それから階下に集う市民兵たちに、そして、実況中継が伝わる、全ての者たちに向けて。

 

 それじゃあ、と。

 彼らしく一拍間を置いた後で。

 妻と並び立ち、シガレットは。

 

「戦争の始まりだ」

 

 夏空の下、宣戦する。

 

 

 ◆◇◆ 

 

 

 『ビスコッティ共和国興亡記・完』

 

 

 





 いきあたりばったりー!(挨拶)

 ―――はい。
 と、言う訳で。
 このSSも今回で終了です。
 え? もう?
 そう思う方もいらっしゃると思いますが、基本的に一期の時と変わらずにオチすら決めずに全編ノンストップのノープロットで進めるというのがこのSSの唯一絶対のルールですので、オチがつけられるな、と思った瞬間が、終わりなのです。
 キャラの多い原作ですし、引き伸ばそうと思えばそれこそ無限に引き伸ばせるとは思うのですが、息抜きのローカロリーSSですので、気楽に書ける流れを優先させてもらいました。

 続編は、きっと三期が放映開始するまで無い。
 三期とかあるのか、全然知らんけど。

 そんな感じで、読了ありがとうございました。

 後日、暇だったら後書きをちゃんと(?)書こうかなーと思います。
 なんで、質問とかあったら感想の方でどうぞ。
 考えてない部分でも、即興で考えてお答えします。

 ではでは、先ずはこれにて。
 
 2012年9月24日 中西矢塚









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第四部
第三期


記念カキコ的なノリです。
短い上に続くかどうかは、正直ネタ次第としか……


 

 その日も何時もと変わらず。

 朝起きて、妻が寝台に居ることに(・・・・・)安堵し。

 手早く着替え、その件で問い詰め交じりの視線を向けてくるメイドを黙殺し、早朝の訓練を行うために部屋を出る。

 無論、後ろへ続くポニーテールのメイドが通り過ぎた後の扉に、閂を掛けた上に巨大な南京錠で施錠することも忘れない。ちなみに寝室の窓には当たり前のように逃走防止用の鉄格子が嵌っていたりする。

 早朝の廊下を進む。人影は少ない。

 静かなものだ―――だが。

 

 やはりどこか。

 何時もより城の空気が浮き足立ってきているような、気がする。

 

「いや……」

 気分が浮き足立っているのはひょっとしたら、城の方ではなく、自分のほうなのか。

「お祭り好きって訳でもないつもりだけど」

「嘘おっしゃいます事」

「嫌いじゃないけどな、勿論。準備と片付けの手間を思えば、さて、平穏な日常とどっちが楽しいか」

「どちらであれ、楽しそうにしていらっしゃると思いますが」

「……まぁ」

 楽しいからね、毎日とは、とてもではないが気恥ずかしくて口に出来なかった。

「明日、か」

 変わりに、呟く。

 はい、と後ろでメイドが頷いた。

 

 明日。

 このフロニャルドの大地に。

 勇者達が帰還する。

 

 ―――などと言えば大げさな話で。

 実際のところ、前回の来訪からわずか二ヶ月足らずでの帰還であるというのだから、そろそろ有り難味も失せてくる、と言うものだ。

「そろそろお客さん扱いはやめて、公務でも押し付けてやろうかね?」

「あの、シンク君はともかく、我が国の勇者ナナミさんは、まだ二度目の召喚なのですが……」

「二度目があるって時点でおかしな話なんだけどな、実際」

 苦笑いのメイドに、こちらも苦笑いで応じる。

「昔はさ、本気で魔獣退治のための最後の切り札として呼び出していたそうだよ?」

「そのお話は、アデル様から?」

「今でこそ、魔物なんてどこかの天狐様とかが歴史の裏側で必殺仕事人しているような秘された存在だけど、まぁ、あの人が現役の頃は結構それなりに、大変だったみたいだね。人の手には余る、人どころかフロニャの大地に害をなす魔物の集団」 

「遠く異世界の勇者のお力でもなければ、抗うことすら出来ませんでしょうか」

「さて、その辺の実際は……」

 どうだろうか、と口を濁す。

 メイドの言うとおり、真の意味で勇者が必要とされていた時代の勇者から、触りだけは聞いている。

 触り、と言うよりも、正確に言えば耳障りの良い(・・・・・・)部分と言ったほうが正しいかもしれないが。

「あの人らにとっちゃ、俺なんて友達の子供みたいなものだもの。オトナの深い話なんて、聞かせてくれないって」

「何か、後ろ暗いことがあるとお考えで?」

 歴史ミステリーでも期待している体のメイドに、肩をすくめる。

「ん~……どっちかと言えば、暗いと言うか、辛いって言うか。今と違って死が身近な時代だっただろうし、ね」

「それは、そう……でしょうね」 

「エロ魔王の方に聞けば、あっさり話してくれそうではあるんだけど、あのエロ親父、御代代わりに変身しろとか言い出すからな……」

「それは……」

 頬を引きつらせるメイド。

「何が悲しくて妻帯者が女に変身しなきゃならんのだっつーんだ」

「あら、意外と楽しんでいらしたような……いえ、何でもありません」

「所謂トランス状態に入るからね、アレ。うん。いや、忘れよう」

 

 廊下を進み、階段を下り、中庭に出る。

 尚武の獅子団領国らしい、訓練場をかねたあぜ土がむき出しの広場である。

 花咲き誇る庭園などと言う洒落た場所ではない。

「うーす兄貴」

「朝の挨拶くらいちゃんとしろや、愚弟」

 同い年の弟が、既に側近達と共に汗を流していた。

 因みに愚弟―――この国の跡継ぎである筈の彼の側近は三名とも女性である。バカだけど。

 能力があるのは事実だが、どうにも容姿で選んだんじゃないか、と言う疑問が尽きない美少女ばかりだ。アホだけど。

 だが、壁に寄りかかり地面に突っ伏し芝生で猫のように背を逸らせているその姿には、色気の欠片も存在しなかった。

「バカでアホだもんなー」

「うわ、朝一で酷いこと言ってるよこの人」

「バカっていうほうがバカなんだぞーばかアニキー」

「エロい目で見てたくせに」

 一人、心を読んできてるような気もするが、きっと気のせいだろう。

「愚弟はともかく、エロウサギ辺りはそろそろ適齢期だろうに、このノリで良いのかねぇ」

「シガレットの結婚が早すぎるだけじゃない。ナナミちゃんたちの世界では、だんな様を見つけるのは二十歳過ぎてからが普通って」

「そりゃ向こうはなぁ。いやでも、知人に八歳で就職して十三歳くらいで左遷した挙句、嫁と愛人を囲って自堕落に密貿易をやってる聖職者とかも居たっけ。そう考えると、やっぱ向こうでも二十歳過ぎってのは……」

「それ、絶対その人が特殊なんだと思う」

「まーな」

 くだらない雑談の応酬も、実は、脚と拳と刃と輝力が飛び交う中で行われている。

 全く以って日常的な話である。

 

「そーいや兄貴、姉上はどうした?」

「あん? まだ寝てるぞ。最近眠りが深いからな」

「はーん。わっかんねーけど大変そうだよな。あの姉上が、なぁ……」

「しばらく大人しくしててくれなきゃ困るっての。また窓から飛び降りて訓練場へ走り出したら心労で死ぬわ。鉄球親父に殴りかかるのは適度な運動とはちげーからな」

「だからって鉄格子はねーだろうに」

「明日以降のお祭り騒ぎを考えれば、正直アレでも足りないと思うわ、俺は」

「そりゃ、せっかくシンク達が帰ってくるってのに、自分だけ不参加確定じゃ、なぁ」

「んなこと言ったって仕方ないだろ、流石に」

「まーな。姉上に何かあったら、国の大事だもんな」

「いや、国はお前とお前の子供が継げよ、マジで……」

 訓練と言う名の割と真剣な殴り合いは続く。

 

 勇者達の帰還の前日。

 シガレットこと、アッシュ・ガレット・デ・ロワの日常は、何時もどおり平穏無事に始まった。 

 

 





 多少予想していたけど、今年に入って感想の書き込みが増えてたので、まぁ、一応って感じの。
 コイツを主役にしてやることってもう無いよなぁ、これ以上とか思わんでもないですが、まぁ、気が向いたら続きます。
 まぁ、マンネリのまま続けるのが逆にドッグデイズっぽいかもしれませんが。

 しかし、久しぶりに文章を書いたなぁ……。


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4-2


因みにレギオスの続きは永劫に無いと思います。
 何故かって言うと、アレ、『原作が面白いから二次創作をする』ではなく、『二次創作を書きたいから原作を読む』みたいな本末転倒な状況に嵌ってしまっていたからです。
 五巻くらいまでの話が一番好きでしたからねー。


 

 

 ―――その晩。

 草木も眠りに付く頃、と評される時間に目を覚ました。

 

 一度眠りに付いてから、夜明け前に目を覚ますのは珍しいことだ。

 首を捻りながら、なんとなく、ベッドから這い出す。

 もっとも、ほんの数週間前までは、しばらく。

 この程度の時刻はまだまだ宵の口、眠るには早い時刻(・・・・・・・)だったりもしたのだが。

「太陽が出る頃に漸く眠りにつくのが当たり前の毎日ってのは、我ながら、なんとも……」

「こんな夜更けに寝所を抜け出したと思ったら、いきなり何を口走ってるのだ己は」

 鉄格子越しの夜の景色を眺めていた背後から、あきれ声。

「起こしちゃったか」

 寝ていなきゃ駄目だよ、と言う口調とともに振り返る。

 美しい女性―――もう、少女ではない―――が、頬を膨らませていた。 

 妻である。この国の領主でもあった。

「こうもベッドに縛り付けられる日が続けば、夜中に目覚めてしまいもしよう」

「……奥さん、俺の記憶が確かなら、一日としてまともに部屋の中だけで一日を終えてくれた日は無かったと思うんだけど」

「適度な運動は必要じゃからな」

「適度、適度ねぇ。付き合わされるゴドウィンとかバナードとかの気持ちも考えてやろうよ。相手するたびに神経すり減らしてるぞ」

 然もあらん。

 基本的に真面目な彼らは、上位者である彼女の命令には逆らわない。逆らえない。

 しかし現在の彼女の戦闘訓練の相手を務めると言うことの重要性―――危険性とも言う―――も充分に理解しても居るから、剣を合わせるその心中を察するに、痛ましいことこの上ない。

「今頃、屋台で痛飲でもしてるんじゃないかね、あのオッサン」

「それほど部下の身を案じているのなら、代わりに己が相手を勤めよ、我が夫よ」

「やだよ、おっかない。サンドバック役ならやってあげてもいいけどね」

 反撃は絶対にしない。

 断固たる態度に、妻はますます頬を膨らませた。もっとも、尻尾はどこか機嫌よさ気に揺れていたりもするが。

「過保護な父君よの、全く」

 生娘とも妻とも違う仕草で腹を撫ぜながら、レオンミシェリは微苦笑を浮かべた。

 

「―――それで?」

 そのまま、何とはなしに窓辺で睦言に興じていた後、さりげない口調でそう、尋ねられた。

 何を尋ねられたのか、は考えるまでも無かった。

「うん……うん」

 言葉を整理するように曖昧に頷きながら、窓の外に視線を向ける。

 

 今は施錠されているテラスの欄干。

 白く、輝き、透けている生き物が留まっていた。

 鳥―――の、ようなもの。

 

「ワタリか」

 土地神の亜種。渡り神。

 土地神との違いは、名前の通りである。渡り神は一つの土地に留まらず、土地から土地を渡り行く。旅する者たちを守護し、導く存在と言われている。

「何ぞ、神託でも下ったか」

「そこまで大げさでもないけどさ。運んできた風が、少し」

 良くない。

 はっきり言ってしまえば、悪い(・・) 。

「ほう」

 疑うわけではないが、と言う態度である。

 勘の良い女である。

 不浄が直ぐ傍に迫っていれば、当然、直ぐにそれに気づくだろう。

 だが、そんな気配は、全く感じられない。

 周囲からは。近隣からは。

「少し遠いところから着たみたいだからね。どうもその土地で、嫌な気が沸いているんだろう」

「―――魔物か」

「おそらく。とは言え、わが国の管轄外の土地で魔物が沸いたってんなら、まぁ、その土地の領主なり守人なりが何とかしてくれればそれで済むことだから」

 そこまで心配するような話でも、無い―――筈である。 

「けど、わざわざこうやって、あからさまに警告してきてるんだから……」

 渡り神はじっと、視線を合わせて外そうとしない。

「放っておく訳にもいかないさ」

 

 だから、調べてくる。  

 

 あっさりと決断を下した。

「まて、今からか?」

「善は急げ、だと思うんだ、こーいうのって」

「明日……いや、もう今日か。ナナミ達が帰還するのだぞ?」

「だからこそ、ってのもあるでしょ。このタイミングでわざわざ遠くから来たんだから、アイツ」

 欄干の上の渡り神は、とぼけるように翼を繕っていた。

「フン。勇者の力が必要な事態、という訳か」

「とはいえ、せっかく遊びに来てくれる子たちをこっちの都合で働かせるのもアレじゃない。―――まぁ、駄目だったら素直に助けを呼ぶさ」

 

「と、言うわけで助けてくれ」

 ビスコッティ共和国首都近郊。

 風月庵と呼ばれる、当方風の建築物の門をくぐり。

 開口一番で助けを求めた。

「夜中に空から降ってきたと思ったら、いきなりあからさまでござるな、シガレット……」

 呆れ顔―――いや、諦め顔、と言った方が正しいか。

 長い付き合いの友人、或いは姉貴分とでも言う女性だ。

 只のスタイルの良いだけの美少女ではない。魔物退治の専門家でもあった。

「全く嬉しくないけど英雄結晶のおかげで最短時間を二時間近く更新できたんだよなぁ、嬉しくないけど」

「少しは人の話を聞くでござるよ」

「なんていいながら旅支度をしてくれるユッキーは良い女だと思うわ」

「それは夜中に妻以外の女に言ってよい発言では無いでござるよ」

「あーだいじょぶ、出掛けにもう殴られてきたから」

「夜中に弟分ののろけ話も聞きたくないでござる……よっと」

 旅の荷物をセルクルに載せた後で、しゃがみこむ。

 周りに集っていた子犬の一頭の首に、手紙を巻きつけた。

「悪い男にゆーかいされてくるので少し留守にする、と。ちゃんと姫様にお伝えするでござるよ」

「酷い風評被害の現場に遭遇したぞ」

「シンクたちにもよろしくでござる」

 ワン、と一声啼いて犬は竹林の中へ消えていった。

「さて、いくでござるか」

「ダルキアン卿も居てくれればよかったんだけどなぁ」

「アデル様たちと共に、パスティヤージュにいらっしゃるはずでござるが……途中で合流するでござるか?」

「残念、方向が逆だ」

 二人ともセルクルに跨り、藁葺き屋根の庵を出る。

 向かう先は。    

「竜の森、でござるか」

「禁足地の一つだよな。あそこは専属の巫女が守護してた筈なんだけど……」

「あのような霊場で、瘴気が外に漏れるような魔物が出たとなると、確かに大事でござるなぁ」

「竜が魔物化してるのか、竜より強い魔物が出るのか。ま、無理そうなら飛んで逃げよう」

 

 夜明け目前。

 二人は旅立った。





 尚、投稿してないだけで何度か二次創作のプロットも作ってみたりもしてました。
 最近考えたやつだとだとこんなタイトル。

 『閃の軌跡―THE LORD OF ELEMENTAL-』

 内容はまぁ、タイトル通りに「実はゼムリア大陸は精霊信仰が失われた未来のラ・ギアスだったんだよー!」とかいうネタを下敷きにした感じ。

 書かなかった理由?
 書きたい場面にたどり着くまで遠いからだよ!
 


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4-3

 ドッグデイズ二話。
 ドッグ恒例の作画で遊ぶ回。一人原画良かったですね。
 一人原画をやるからには、設定に合わせるのではなくむしろ設定が合わせる。
 原画の個性が出てナンボって感じの、良い一人原画でした。
 因みに原画やってた木曽さんは、多分OPの崖を飛び降りるカットをやってらっしゃる方だと思います。
 アクションとフォルム優先で影を減らしてるのが特徴なのかな。


 昼下がり。

 街道を南下する二羽のセルクルと、その周囲に続く隠密犬の群れ。

 竜が住まう地へと向けた道程は、今のところ順調である。

 

「……ユキカゼさんや」

「なんでござろう、シガレット」

「……良い天気ですなぁ」

「うむうむ、魔物の気配など一つも感ぜられぬ、平穏な空気でござる」

「いやまったく」

「ござるござる」

 

 セルクルに騎乗した二人は、空を見上げながら言葉を交わす。

 いや。

 徐々に徐々に、視線が下へと下がってきている。

 

「……なぁユッキー」

「なんでござるか、シガレット」

「……アレ、何に見える?」

 聞いた。聞きたくないけど聞いた。

 ユキカゼは、フム、と一つ頷いて質問に応じた。

「彗星……で、ござろうか」

 彗星。

 そうかもしれない。

 空から降り注ぐ光の奇跡。まさしく天体現象のそれに似ていた。

「いやでも、彗星ってもっとこう、ばぁ~って光るからね。直角に落ちてくるのはちょっと違うんじゃないかな」

「ふむ、では隕石でござろう」

「隕石って直滑降するんだっけ……? いや、兎も角。隕石にしてはちょっと柔らかそうじゃないかな、アレは」

「いやいや、あれで意外と脱いだら凄いでござるよ。確り引き締まってたでござる」

「いつ見たんだよ。いや、見る機会なんていくらでもあった気もするけど」

 裸体に関する認識だけはラリってるからなーこの世界、などと嘯きながら首を横に振る。

 

「現実逃避はやめよう。なんで空から勇者が降ってきてるか考えようぜ」

 

 親方、空から勇者が!

 ―――いや、勇者が空から降ってくること自体はそれほどおかしい事ではない。

 仕組みはよく解らないが、異世界から召喚された勇者は常に空から降ってくるのが段取りだ。

 但し、降ってくる場所は、召喚主の手前で固定だった。

 だが、現在は。

 

「シンク、ナナミも。竜の森のほうに、落ちていっているように見えるでござるが」

「やっぱりアレ、イズミくんとタカツキさんだよな。マジカル☆ベッキーは居ないみたいだけど」

 派手に落ちてるなー、と他人事のようにつぶやく。

「……事故かな」

「その可能性が高いでござろう。しかし、事故だったとして、二人とも無事に着陸できるのでござろうか」

「禁足地には強い加護の力が働いているはずだから、まぁ、墜落したところで死ぬようなことは無いだろうけど……」

「……魔物が発生しているかもしれないところで、フロニャ力は正常に働いているのでござろうか?」

「……」

「……」

 

 そうこうしているうちに。

 ものすごい速度で空から降ってきた二条の光の帯は、一直線に森の中へと消えていった。

 

「急ぐか」

「急ぐでござる」

 並足から駆け足へ。周りの隠密犬たちも速度を上げた。

「それでも後一時間かそこらってところか。……流石に、南の外れは陸路だと遠い」

「禁足地ゆえ、道も整備されてござらぬからな。シガレットが乗せてくれれば早くつくでござるよ」

「ユッキーが背中にしがみついてくれるってのは魅力的だけどさ、人を乗せて飛ぶと疲れるんだよ。そもそも、夜にひとっ飛びした後だしね」

 森には早くたどり着くだろうけど、たどり着いたところで疲れて何も出来ないだろう。

「狙ったように勇者が降ってくるとかいう状況で、疲れました後はよろしく、って訳にもね」

「確かにそれでは、さぁびすのし甲斐も無いでござるな」

「……ユッキーもそういうことが理解できるお年頃かぁ」

「話を振ったのはシガレットなのに、何で呆れられなきゃならんでござるか」

「いやぁ、ウチの連中にも見習って欲しいわ、マジで」

 あいつ等いまだに性差とか理解できてないっぽいしな、と遠い目をする。

 そこに。

「お、通信入った」

 背負った荷物入れから薄い板状の機械を取り出す。

 金属製の外枠に、ガラスのような半透明の板が嵌ったものだ。

 外枠の隅に嵌っている宝石がピカピカと光、音が鳴っている。

 現代地球で言うところのタブレットPCと、全く同じ機能を有したフロニャルド脅威の技術力の結晶である携帯型汎用情報端末だった。

「ちょっと前までは交換所必須の電話機とかだった筈なんだけど、かがくのしんぽってすげーわ」

 端末の機能をオンにする。

 透明部分が通信先の遠くの映像を表示した。無論、タイムラグゼロのリアルタイム映像である。

「やぁ、ミルヒ。召喚塔に居るみたいだけど、勇者シンクはそちらにいらっしゃらないのかい?」

「シガレット、それが……!」

「ああ、うん。落ち着け。大体解ってる」

 涙目の妹分を手で制する。

「ご安心めされよ、姫様。シンクたちの行く先なら、拙者たちがもう見つけたでござる」

 横からユキカゼが端末を覗き込んできて、通信先の向こうへと告げた。

 そして、両者の経緯の確認に移る。

 

「大体解った。その駄犬はそろそろ吊るそう」

「よく考えたら、召喚時のトラブルは二度目でござったか……」

「いえその、どちらもタツマキの責任と言うわけではないですし、そこは多少……」

「だとしても当事者として少しは心配する姿勢を見せようぜ。まったく悪びれずに欠伸こいてるじゃねーか! ウチの駄猫といい、一芸特化の畜生はどうしてこう、ふてぶてしく育つか……」

「代わりがおらぬでござるからなぁ」

「たははは……」

 事情を確認すれば、別に本当に強引に勇者を召喚陣に引き込んだ犬畜生に責任があるわけではない。

「けど、こう狙ったようにトラブルの現場に首を突っ込んでいく感じなのが、なんというかこう、なんていうか」

「仕方ありませんよ、シンクもナナミさんも勇者なんですから」

「その一言で納得できちゃいそうな自分が嫌だよ」

「それに、シガレットも居ますし」

「おい。……おい」

「妥当なご意見でございまする」

「お前らなぁ」

 

 生い茂る木々が、見上げるほどの高さにまでになった。

 人の踏み入らぬ竜の棲家は、まさしく目の前だ。

 

 

  

  




 可愛い妹>>越えられない壁>>嫁って感じである。
 そうしないと嫁が怒るという説もありますが。
 まぁ、毎話二千文字前後でその場の乗りって縛りで書いてるものなので、尺が足りなかっただけだったりもするんですけど。
 


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4-4

色々忙しくってダラダラ間が空いてます。
 まぁ、先の展開を調べるためにも丁度良いよね

 因みに、嫁は信頼しているけど妹は心配している、という心理。
 いざというときに優先するのはどちらかといえば……


「うん、まぁ丁度……うん、丁度ね。勇者様達も居るみたいだしさ。さっと片付けてぱっと帰るよ。ああ、ガウルのアホも帰りに拾っていくから。―――それじゃ」

 画面に手を振った後で妻へ向けた通信を切る。

 そして、一つ息を吐いた後で、もう一度通信を繋ぐ。

「ゴドウィン将軍、聞こえますね?」

「はっ」

 がっしりとした体格―――という言葉一つでは言い表せない益荒男が、見た目ふさわしい野太い声で頷いた。

「既に捜索に出ているガウルへの応援と言う名目で、完全編成の騎士大隊をこちらに向かわせてください」

「了解しました閣下。私の独断で既に殿下への応援に出してしまった(・・・・・・・・・・)と言う形で宜しいのですね?」

「助かります。それから、南部国境付近の警備体制を強化。駐屯騎士達には対魔物用装備を徹底させること。あ、あとビオレさんに二小隊分くらい人をよこすように伝えておいて下さい」

「至急、取り掛かります。派遣部隊の指揮官は私が勤める形で問題ないでしょうか」

「……まぁ、先生が来てくれた方が助かるかな。腹芸もバナードさんのが得意だろうし……じゃあ、そんな感じでバナードさんに伝えておいて下さい」

「は、ではこれにて」

「はい、お願いします」

 通信が終わる。

「良いでござるか、レオ閣下に何も伝えなくって」

「良くは無いけど、まぁ、ホラ。自分が来るとか言い出されても困るしさ」

 魔物の瘴気とか、いかにも体に悪そうだし、と黙って通信を聞いていたユキカゼに応じる。

「過保護でござ……らなくもないでござるな」

「……実際。本当にヤバそうだからね」

 

 森の手前で、既にセルクルからは降りている。

 地に足をつけて―――だからこそ、感覚的に伝わってきていた。

 巨大な自然の力を感じる深い森。

 だが、本来ならこんなものではないだろう。

 自然の化身が具象化した者たちが住まう場所であるなら、そこらの山林程度の力しか感じられないのはいかにもおかしいのだから。

 竜の森。

 森から伝わってくる空気は、その名前に反して、弱い。か細い。

 森に満ちているはずの本来の力は―――。

 

「下だな。蟲か、土竜か穴熊か……」

「植物かなにかの線もあるでござるな」

 地面に手を付いていたユキカゼも頷く。

 周囲の隠密犬たちも、警戒した顔立ちだ。

 確実に存在する魔物の気配を、確りと感じ取っている。

「ま、ここまできたら後は、実地調査しかないか」

「ござる。シンクたちも見つけなきゃでござるからな」

「あと、森の巫女様にお伺いを立てないと……ユッキーってここの巫女とは面識無いの?」

 森の中へと踏み入りながら尋ねると、ユキカゼは首を横に振った。

「拙者と親方様の旅は、凶太刀の気配を追う旅路でござるからな」

「神聖な竜の住処に、来る理由なんて無いか。禁足地に魔物が出たなんて話、少なくとも生まれてから今日まで、聞いたこと無いからな」

「力の収束点であるからして、稀に魔物も出現しては居るんでござろうが、そういう時は普通、」

「守役の巫女が居る訳だもんね。ワタリが救援を要請するような魔物か……嫌な予感しかしないわ、やっぱ」

 

 そして嫌な予感は的中した。

 

「竜たちが怖い気配(・・・・)が森へ入ってきたと怯えている。―――何者だ、お前」

「ぉぉ、シガレット個人指名でござるよ」

「女の子に話しかけられるのは悪い気はしないけどさ……中ったら痛そうだな、アレ」

 

 早い話。

 木の上から見知らぬ少女に弓に番えた矢を向けられている。

 彼女は唐突に現れた。

 気配察知に優れたユキカゼ達にも気づかれることなく、木の上からこちらを見下ろしていたのだ。

 露出度の極めて高い軽装で、口元をマフラーで隠している。額には宝石状の―――角、だろうか。

 耳の形は恐らく馬系統のそれだろう。

 神聖な森に住まう一角獣―――と、創造すると、その正体を察するのは容易い。

 

「アレが、この森の巫女様でござるか」

「だろうね。……想像して頼り随分若い。リコとかノワとかと同年代なんじゃないのか」

 

 巫女と思わしき少女は、若いを通り越して幼かった。

 離れたい地から見ても解るほどに、気を張っている。

 口元を隠しているのは、緊張を悟られないためだろうか。

「もう一度聞く、お前は、何者だ」

 余裕の態度で観察を続けるこちらにじれてきたのだろう。

 弓を撓らせながら、少女はもう一度尋ねてきた。

 別に、返事を渋っているわけではない。

 ただ、迷っているだけだ。

 

 なんと答えれば納得していただけるのか―――いや、そもそも。

 何ゆえファーストコンタクトから弓と矢で対話が始まってしまったのか。

 例えば現状の正式な身分を話してみたとして、若干未開人めいた貫頭衣スタイルの少女に外の世界の身分が通じるかどうか。

 ならば、親から引きついだっぽい、一応由緒正しい感じがしないでもない身分を話してみたら―――とも思うが。

 

「あの、質問なんですが」

「―――?」

 そろりと手を上げて尋ねると、少女は話せ、という態度を返した。

 いきなり矢が跳んでこないあたり、やはり、善良な少女が気を張っているだけなのだろう。

 話せば通じるということに、安堵を覚えた。

 安堵を覚えたので、思い切って尋ねてみた。

 

渡りの巫女(・・・・・)が、以前、この森に何かしたんでしょうか」

「!!」

 

 少女の肩が震える。

 それにあわせて、ざわり、と。

 森そのもの(・・・・・)が震えた。

「森が、怯えてる……!? 竜たちに、一体何が」

 森を守る少女にすら理解できぬ状況らしい。

 

 だが、なんとなく、と言うか大体、解った。

 

「何したんだろうね、ウチの母親」

「何かしたんでござろうなぁ、きっと」

 ユキカゼと顔を見合わせて、ため息を吐いた。

 




 何気に主題歌のCMでナナミのアレがネタバレしてるんだよなぁ。
 今週出てくるのかね。


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4-5

お見合い面白かったよね。
あのオッサン、毎度毎度たま化していながらよく防衛大臣首にならんと思うわw
因みに書かなかったけど結婚式が大体あんな感じだったんじゃないかな、きっと



「俺の精霊結晶」

「僕とガウルの英雄結晶」

「えっと、私の魔王結晶」

「そして私の精霊結晶~♪」

 

 夕刻。空が朱色に染まる時間帯。

 フロニャルド脅威の技術力の一つ、ブレイブコネクトを通じて、結晶の持ち主達で会話をしていた。

 皆それぞれ、竜の森の中の別々の場所に立っている。 

 背後には同様に、武装した各国の騎士たちが控えていた。

「後は地元の巫女様と退魔に……じゃなかった、退魔剣士とかチート学士とかも居る訳だし、まぁ、負けんわな」

「魔物が活性化する前に準備が間に合ったのが良かったでござるな」

「お、ユッキー」

 木々の合間からユキカゼが飛び降りてきた。

「結界の準備は終わった?」

「ちゃんとリコとノワが計算した位置にお札を張ってきたでござるよ」

「こっちもばっちり」

「準備完了であります!」

 通信モニターの向こうに現れた少女達も頷いている。

「うん、さて」

 一つ間をおいて、背後を振り返る。

「竜喰いの殺処分を開始しても宜しいですかね、巫女殿」

「あ、ああ……」

 戸惑いの混じった頷き。

 急展開に急展開である。当然であろうなと思いつつも、そんなことはおくびにも出さずに、もう一度、手順の確認をする。

「結晶で強化した結界で野郎を地脈から切り離して弱らせた野郎を紋章砲の一斉射で痛めつけてとどめに巫女殿がズドン。簡単な話だな」

「身動きできないところをたこ殴り……」

「どっちが悪役か解らないでござるなぁ」

「いや、このぐらい徹底的にやらんとマジでヤバいんだって。春先のアレを越えるレベルの魔獣だぞ」 

「あー、あいつか、強かったなぁ。……そうか、アイツ以上か」

「目ぇギラつかせてんじゃねーぞ愚弟。あーもう、さっさと始めるからな。カウント10で結晶発動な」

「では僭越ながら拙者が音頭を取らせてもらうでござる」

「紋章砲の発射タイミングは私が持とう」

「ん、よろしくエクレール」

「……フン」

「……始めるでござるよ~。じゅ~う、きゅ~う……」

 

 その後、半刻も経ないうちに、竜喰いの魔獣は討伐された。

 

「いや~無事終わってなによりだったわ」

「ちょっと物足りねーけどな」

「私達、紋章砲を撃つだけだったもんねー」

「久しぶりにシガレットの乙女モードが見れたから面白かったけど」

「おう、夜風に記憶を押し流そうとしてるのに思い出させるなよ」

 

 既に夜である。

 全力の力押しにより魔物は排除され、緊急的に参集された三国の騎士団は撤収準備に入っていた。

 祭りの後の騒々しさの中で、首脳陣たちはちょっとしたお茶会を、と言う状況だ。

 

「しかしまぁ、とりあえずどっか行ったらフラグを立ててくのは流石勇者と言うべきか……あの娘が世間慣れしてないだけなのかと心配するべきなのか……」

 視線の先で、勇者シンクと竜の巫女シャルが談笑していた。

 表情、態度を見れば、シャルがシンクをどう思っているのか推し量るのは、簡単すぎた。

「今日、会ったばっかりだよね」

「しかも昼間にな。まー一応、ピンチを颯爽と登場して救ってくれてたりもする訳だけど、チョロいってレベルじゃねーと思うわ」

「シガレットのほうが先にあってるでござるのにな」

「俺の場合、むしろ思いっきりびびられてるから」

「昔、一人で真竜を殴り倒した人の身内で後継者とか聞かされたら、普通に驚くと思う」

「つーか引くわ」

 ノワールとジョーヌの言葉に、半笑いになる。

「某クレイトスのときは勇者一味全員で挑んだらしいのが心残りだったらしくてなぁ。次はタイマンで勝ちたかったんだと」

「まず、なぜ真竜と戦おうってことになったんだろう……?」

「強そうだったからじゃねーの」

「んな、ウチの姉貴じゃねーんだから」

「そうだよレオ様じゃあるまいし……って、あ~~~!!」

 勇者ナナミが悲鳴を上げた。

 

「そういえばレオ様はなんで来てないの?」

 

 魔物退治のために、急遽、勇者召喚を行った三国の騎士たちが集められた。

 ビスコッティとパスティヤージュではその上、領主自らが参戦している。

 しかし、最も多くの戦力を派遣したガレットに限って、領主の姿は無い。

 指揮は全て領主夫君であるシガレットが取っていた。

「グランヴェールまでシガレットがつけてるし。レオ様、本当にどうしたの?」

「いや、まぁなんつーか……自宅待機?」

 素朴な疑問に、言葉を濁す。

 周囲の者達は、ニヤ付いているものもいれば、どうでも良いという態度の者も居た。

「え、え? 何? ひょっとして喧嘩でもしたの? けんたいきってヤツ?」

「何処で覚えたんだそんな言葉……」

 若干発音が怪しい言葉に突っ込みを入れる。

「そういえば昼間も、連絡を取ろうとしたら『イマハソレドコロジャナイー』とか言い出して止めてきたし。シガレット、何かレオ様を怒らせるような事でもした?」

「それ、俺の真似なのか? いや、怒られることはしたというか……」

「していると言うか」

「で、ござるなぁ」

「巨乳コンビ煩いぞ」

「身重の奥さんを家に待たせている人がする発言じゃないと思うな、それ」

「あ、バカ」

 突込み返しを慌てて止めたが、遅かった。

「……みおも? 身重って……えっと」

 目をパチクリとさせるナナミ。

 

「赤ちゃん?」

 

 ようするに、そういうことだった。

 




 なるべくその場のノリで、負担が掛からないように雑な感じに書くって決めてやってるんですが、流石にキャラが増えると読みづらいなぁ。
 でも真面目に段取り芝居を入れると書く時間が無いから、仕方ないね。
 細かい描写は原作を参照ってことで一つ。



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4-6


 王子はアレだね。
 追加キャラで主要キャラの相手役な上にチート染みた強さとか、メアリースー待ったなしのキャラ過ぎて、見ててハラハラするわ。
 六話は可愛い部分だけを上手く見せられてたけど、七話は割りとキツかったねー。
 八話は……まぁ、過去編だろうし、平気か。
 何時もどおりなら九話辺りから最終三部が始まる筈だけど、竜の巫女は無事に再登場するんですかねぇ……?


 

「赤ちゃん、赤ちゃんか~」

「さっきからそればっかりだねキミ」

「だって赤ちゃんだよ?」

 

 森からの帰路の途上。セルクルの引いた騎車の中にいたっても、ナナミの驚きは収まらなかった。

 シガレットとレオンミシェリの間に子供が出来た。

 文面にすれば一行で住む単純な事実。

 しかし、親しいものが初めて聞くとなれば、驚きも大きいと言うものだろう。

 ましてや、ナナミは現代地球の女子高校生に過ぎない。

 彼女ぐらいの年齢で、同年代の友人に子供が出来たと聞けば―――その驚きと戸惑いは、想像に難くない。

 

「レオ様が十~~~~~うわぁ、うっわぁ~~~~~。シガレットって、いくつだったっけ?」

「江戸時代なら元服を迎えて成人扱いされる年齢だね」

「今なら義務教育の真っ最中じゃんそれ!」

「いや、俺は早生まれだから」

 義務教育は終わってるよと、シガレットは肩をすくめる。 

「高校生でも出来ちゃったってやつなんじゃぁ……」

「いや、プロポーズは妊娠と関係無く普通にしたから」

「プロポっ!? ……って、そうだよね、結婚したんだし。ぅぅ、フロニャルドは進んでるなぁ」

「いや、どっちかと言うと文明的に進んでないから結婚とかが早いんだと思うけど」

 顔を真っ赤にしているナナミに、シガレットは苦笑するしかない。

「兎も角、レオンミシェリに関してはそんな訳なんでね。危ないところに首を突っ込んで欲しくないんだよ、今は」

 だから、ここには呼んでいないとシガレット。

「う~ん、まぁ、そうだよね。それなら仕方ないよね。お腹に赤ちゃんの居るお母さんを戦わせたりとか、しちゃ駄目だもんね」

「駄目なんだよねー。いや、誰だって普通は駄目だって言うんだけどさぁ。あの人結構、その辺……」

「ああ、なんかレオ様なら普通に前に出てきそう」

「きそう、って言うか来るんだよ、実際に。三ヶ月でまだまだ不安定な時期だってのにさぁ」 

 シガレットは沈痛な面持ちで呻く。

 どうやら碌でもない思い出があるらしいと、ナナミは察した。

 

「……って、うん? 三ヶ月?」

 

 そしてふと、ナナミは気づいた。

 妊娠三ヶ月。

 つまり、子供を仕込んだのは今から約三ヶ月前、と言うことである。

 現在、地球時間で十月一週目。

 シガレットとレオンミシェリのそれはそれはド派手な結婚式があったのは、八月の終わりの頃である。

 ガレットの勇者として、ナナミも勿論、二次会、三次会に至るまで含めて出席していた。

 

 あの大騒ぎから、もう―――二ヶ月(・・・)

 

「あのさぁ、やっぱり出来―――」

「いいかね、お嬢さん」

 頬を引きつらせるナナミの言を、シガレットは断固とした口調で遮った。

「結婚式って言うのは世間様に対して互いの関係の変化を公表する式典のことであって、別に式を挙げなくても両者の同意があれば、結婚している、つまり、結婚後にするような行為をしていても問題は無いんだ」

「凄い強弁を張られてる気がする……。っていうか、只計画性が無いだけだよね、それ」

「若かったんだよ、俺もレオも、さぁ。子供が出来たのに気づいたのも君らが帰った後だったからなー。何か、調子崩す日が多くなって……」

「うわぁ」

「レオ本人は気づいてたっぽいけど、ちょっと流石に、アレ気づいたときは心臓が止まるかと思った」

「あ、うん。なんていうか、お疲れ様……」

 本気でげんなりしているシガレットに、それ以上掛ける言葉が見つからなかった。

 魔戦斧グランヴェールを片手に大立ち周りをしていた『結婚式』が一ヶ月と少し前。

 つまり既に、その時にはレオンミシェリのお腹の中には。

「……ビオレさんとかすっごい怒ったんだろうね」

「思い出させないでくれ、頼むから」

 その言葉で、ああ、一緒に起こられたんだろうなと、ナナミは悟った。

 

「ところで話は変わるけどさ、シガレット、エクレと喧嘩でもしてるの?」

「うん?」

 無理やりに切り替えた感がバリバリ出ているその内容に、シガレットは首を捻った。

 何でそう思ったんだ、と言う顔だ。

「だって、なーんか森でのエクレの態度が、いつにもましてつっけんどんな感じだったし」

「あの子がデレの無いツンを続けてるのは何時ものことだと思うけど」

「いやーでもホラ、そういう時でも普段ならこう、尻尾が」

 ぱたぱたと、と手芝居をつけながら語るナナミ。

 尾は口ほどに物を言う、と言う呼んで字のごとくな諺がフロニャルドにはあったが、エクレールはその典型といえた。 

「シンク相手には何時もどおりだったのに」

「あぁ……まぁ、解りやすいよね。今頃きっとイチャついて……無いか」

 あの子の性格だと、と苦笑するシガレット。

 如何ともしがたい、形容に困る顔をしていることに、ナナミは気づいた。

「……ホントに何かあったの?」

「いや、そういうのじゃ無いけどね」

 本気で心配そうな顔をするナナミに、シガレットは観念した顔を浮かべる。

 

 どう話せば良いか。

 そんな前置きを一つおいて。

 

「俺って、ガキの頃に騎士になるために実家をでてフィリアンノンに移ったんだけどさ、向こうでは、マルティノッジ家の屋敷に住んでたんだわ」

「あ、そうなんだ」

 今もガキって言っても問題ない年齢だよね、とは突っ込まずに、素直に驚くナナミだった。

「使ってた部屋も、使用人用のじゃなくて、本宅にあるエクレの部屋の隣でね。ロラン兄さんと合わせて、まぁ、兄妹って感じで育っったんだ」

「いや、兄妹っていうか、シガレットとエクレって、血が繋がってるわけでもないんでしょ? なのに、その、それって……」

「その辺はご想像にお任せするけどね。兎も角、俺とエクレは家族で兄妹って感じの間柄な訳で……うん」 

 言葉を濁すシガレット。

 ナナミはなんとなく、エクレールの気持ちが理解できた気がした。

 

 シガレットとエクレールは、仲が良い。

 表面上は喧嘩ばかりしているように―――エクレールが突っかかり、シガレットがとぼけている―――見えるが、その実、馬が合う、といって語弊が無いくらいに、噛み合っている。

 ナナミには、そう見えた。

 仲が良いのだ、二人は。

 兄妹であり、そして、男女である。

 が、兄/男は別の女性―――しかも、妹にとっても親しい!―――と、結婚をして家を出てしまった。

 

「複雑なんだねぇ」

「恋愛感情とか抜きにしてもね、この辺は結構難しい話でね」

 余り突っ込んでくれるな、とシガレットは首を横に振った。

 ナナミは、彼が漏らした恋愛感情『とか(・・)』の部分にある、察するに余りある内面に深く突っ込んでみたい衝動に駆られたが、碌なことではない未来が見えたため、我慢した。

「意外とブラコンさんだね、エクレってば」

「そう言ってやるなって」

 わざと崩したナナミの態度に、こちらも崩した言葉で返した後、シガレットは一息吐いたあとで、言った。

「あの子の名誉のために言っておくとね、俺だって、色々思うところはある」

「んん?」

「だからさ、あの子やミルヒがイズミ君に向ける視線とかね、ああいうの、応援したい気持ちは勿論あるんだけど、まーそれ以外にも、色々と、ね」

「お兄ちゃんは複雑だぁ」

 そして、妹がブラコンであるのと同様に、兄も中々にシスコンであることを、ナナミは理解した。

 わざわざ妹のために自分から恥をかきに行くのだから、大概だ。

「兄妹ってのは、そういうものだよ」

「なるほどねー」

 やれやれと首を振るシガレットに、ナナミも一つ頷く。

 

 時間が解決する以外に無い問題である、と理解した。

 これ以上藪をつつくのは品が無いだろうと、そう思った。

 と、同時に、彼女にも思うところが色々と生まれてしまう。

 たとえば。

 

わたしたち(・・・・・)も……」

 言葉にならない、いや、したくはない疑問。

 窓の向こうの景色を眺めて、ぼう、と呟くナナミに、シガレットもまた、遠い顔を浮かべて言った。

 

「君らの場合は、変わっても変わらないまま、って気がするけどね」

「なに、それ?」

「なんだろうね」

 

 何れ解るさと、シガレットは口に出さずに言葉を浮かべた。

 

 

  





 アンニュイ気味な話。
 方向性を決めずに書いてるんでバラ巻いた伏線がそのまま放置されてるから、たまに拾ってみようとすると、こうなる。

 因みにこのSSでも、王子は出るしお見合いもする予定。
 予定なだけだけど。



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4-7


 人魚が嫁ってどうなんだろうな。
 まぁ、人間の腹からリスが生まれてくる世界なんだから、気にするだけ負けなんだろうけど。
 さらっと精霊術とかいう訳の解らん新要素が出てきてたりするんだよなぁ、過去編で。
 つーか、過去の過去に一体何があったの、あの世界。
 あと、英雄王はグランマルスを借りパクしたまま眠りに付くのはどうかと思います。


 

「で、話ってなんだよ兄貴」

 

 ヴァンネット城、『領主執務室』。

 つい最近まで『宰相(相当)執務室』という訳の解らない名札が張られていたその部屋に、ガウルは共を連れて訪れていた。

 部屋の主、つまり義理の兄に呼び出されたからだ。

 書類棚で壁が埋められた、そう広くはない部屋である。

 奥にあるテーブルで書類をチェックしていた家主は、ドアを開けてやいなやのガウルの言葉に、直ぐに反応した。

「ああ、お前に……って、三馬鹿だけじゃなくてタカツキさんまで来たのか」

「レオ様お昼寝に入っちゃったし、暇だったから……不味かった?」

「不味いってことは無いけどね」

 面白くも無いぞ、と断るシガレットに、別に構わないよ、とナナミは頷く。

 さいですか、とシガレットは応じて、ガウルを手で呼び寄せた。

「これだ」

 テーブルの脇に積んであった書類の塔を弟の前に押しやる。

「何だよこれ。仕事を手伝えってのか?」

「戦中じゃあるまいし、お前まで巻き込むほどの仕事なんてねーよ。これはだな」

 そこで一つ言葉を区切ったあと、重々しい口調で、シガレットは言った。

 

「お前宛のお見合い写真だ」

 

「お」

「み」

「あい?」

 お見合いである。

 ドア前に立っていたナナミたちが目を丸くして驚く。

 正確に言えば驚いているのはジョーヌとナナミだけで、ノワールは普段どおりの無表情、ベールは……あら、と口元に手を当てて読みづらい表情だ。

「げ」

 そしてガウルは顔を顰めた。

 心底嫌そうに―――というか実際、嫌だった。

 書類の塔の天辺に触れそうだった手を慌てて引っ込めて、兄の前から回れ右。

「わりぃ、俺ちょっと用事……」

「三馬鹿、ドアを塞げ!」

 脱兎と駆け出すタイミングと、命令を下すタイミングはほぼ同時だった。

「あ、お前ら兄貴の命令に従うつもりか! どっちの親衛隊だよ!?」

 ジェノワーズは直属の主の行動を妨げることを優先した。

 彼女達も乙女であるから、なのだろうか。

 王子と親衛隊の間で、内輪揉めが始まる。

 

「……お見合いとか、するんだ」

「アレでアイツも王子様だからな。ある意味公務の一環かな」

「はぇ~~~、せいりゃくけっこんってヤツだ」

 解らない世界だなぁ、と呆ける勇者だった。

「レオ様とか、シガレットもやったの?」

「田舎の牧場主の息子が誰と政略結婚しろってのさ。まぁ、レオは……」

「何度かお見合いの話が出てきたけど、ぜ~んぶ優秀な宰相様が阻止したんだよね」

「……む」

 いつの間にかナナミの隣に来ていたベールがふふふと哂いながら言う。

「宰相様って……」

「この人」

 首を捻るナナミに、あっさりとネタ晴らしである。

 ああ、とナナミは生暖かい顔で笑顔を浮かべた。

「一応言っておくが、俺が止めたのは一回だけだからな。理由もお見合いという名の天下一武道会を始めそうだったから、企画書で焼き芋を作っただけだからな」

「ああ……」

 往時のレオンミシェリならいかにも言い出しそうな話である。

 シガレットの弁明に、ナナミは乾いた笑いを浮かべた。

「まぁレオ様がお見合いに乗り気だったのはその年だけで、次の年からはお見合いの話が出るだけで、今のガウ様みたいになっちゃったんだけどねー」

 なんででしょうねーと嘯くベール。

 シガレットは耳を伏せて何も聞いていない態度を取った。

 ナナミはその時のレオンミシェリの心情を理解できたが、あえて発言するのは止めた。

 因みに、ガウルは簀巻きにされている。閉所で二対一はきつかったらしい。

 

「つーかさぁ、見合いなんて兄貴がやりゃ良いじゃねぇか。なんで俺が」

 

 一旦仕切りなおして。

 渋々と見合い写真の束を確認しながら―――一応全部に確り目を通そうとするあたり、育ちのよさが伺える―――ガウルはぼやいた。

「俺がやってどうすんだよ。既婚者だぞ、俺は」

「良いじゃねぇか別に。爺様みたいに五人でも十人でも囲えば良いだろ、領主なんだし」

「あ、そういうのアリなんだ」

 あっけらかんとしたガウルの発言に、ナナミが目を丸くした。

「アリなんです。ガレットは大きな国だしね」

「大陸随一の国の領主様なら、沢山お嫁さんが居るのも、普通」

「うわぁ~、カルチャーショックだなぁ」

 ノワールの解説に、顔を赤くするナナミ。現代地球の少女にとっては、理解の追いつかない世界だった。

「血を多く残さなきゃお家断絶待ったなし、なんてウチの母親や英雄王が現役だった時代でもないし、今は俺らみたいな立場の人間でも、無理くり嫁さんを増やさないと駄目って訳でもないけどな」 

 少なくとも俺は勘弁だ、とため息を吐く、縁談を弟に押し付けようとしている兄。

「あれ? でもアニキって、ルージュをおめか……むごぉっ!」

 ジョーヌの言葉は最後まで続けられることは無かった。

「公然の秘密がなぜ公然とは言え秘密を保っていられるか知っているかな、ジョーヌ君」

「ふ、ふごっ、ふごごっ……」

 生まれたての子じかのように首を縦に振るジョーヌ。

 シガレットはにっこりと哂って、彼女の口から手を離した。

「あの、今ルージュさんって……」

「タカツキさん、公然の秘密というのはだね?」

「あ、はい、良いです。私は何も聞いていません」

 勇者ナナミは勇気はあっても、蛮勇は持ち合わせていなかった。

「宜しい。……一応誤解が無い様に言っておくけど、結婚する前に必要な勉強(・・)を教わっただけだからな」

 断じて浮気とかではない、と強調するシガレット。

 

 結婚後もその勉強とやらが続いているのは何故か、と尋ねる蛮勇の持ち主は、どうやら居ないようである。

 

 

 





 お見合い編、つづく。
 あんまり時間が取れなくて進まないなぁ。
 放送終了前に完結まで持っていけるのかなコレ。


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4-8

 ガチムチ猫耳野郎とヤンデレ少年のガチンコの殴り合いをラストバトルに持ってくるとか、この話を考えたヤツはアタマおかしい(褒め言葉)。
 なんで主役を差し置いて変身バンクが二パターンあるんですかね、殿下……。


 

 

「それにしても……」

 いつの間にかお見合い写真品評会染みた会合になってきたところで、ノワールがふと漏らした。

「どうした?」

「去年より、数、増えてない?」

「あ、去年もあったんだ」

 シガレットより先にナナミが反応した。

 因みに当事者であるガウルは反応できない状態である。簀巻きにされて部屋の墨に転がされたいた。

「そりゃま、あんなでも大陸中央筆頭格の大ガレットプリンスだからな。縁談も引く手数多さ」

「ガウ様、人気あるからなー」

「特にお姉さま方に」

 ぽわぽわと笑ってジョーヌに続くベール。

 その手は周りが若干引くレベルの速度でお見合い写真を取替え引っ変えしていた。

「毎年毎年コレ系の話が来ると逃げるんだよ、コイツ。まぁ、ウチの嫁さんみたいに変な方向で乗り気にならないだけマシな気もするけど……それはともかく」

 去年までは大変だったと頭を振った後で、シガレットはノワールの質問に答えた。

 

「増えるのも当然なんだよ。今年からは条件がゆるくなったから」

 

「条件が緩くって……そっか、お婿さんでも良いんだ」

「そういうこと」

「どういうこと?」

 頷くシガレットに、ナナミは訳がわからないと首を捻る。

「単純な話なんだけどさ」

 シガレットはため息混じりに話し始めた。

 

 ―――ガウル・ガレット・デ・ロワはガレット獅子団領国領主家の嫡男である。

 つまり、次期ガレット領主となるべく生まれづいた、と言える。

 何れ姉の後をついで―――やはり、武断的な国家であれば、領主は男性であることが好まれる―――領主として国を背負って立つ、と国の内外から思われていた。

 思われていた(・・)。過去形である。

 つまり今は、そう思われていない。

 むしろ、ガウルが領主になる確率は、限りなく低いだろうとすら、今はそんな風に、思われている。

 何故か。

 

「あかちゃん?」

「そ、これから生まれる俺の子供。正確に言うと現領主の子供だな」

 いつぞやと同じ単語を呆けて顔で言うナナミに、シガレットは頷く。

現領主の(・・・・)シガレットとロワ家直系のお姫様のレオ様との間に出来る子供だから」

「ガウ様じゃなくて、その子が次の領主になる可能性の方が高い」

「アニキとガウ様、いっこしか歳違わんからなー。アニキも領主としてあと二十年は現役だろーって、おっちゃん達も太鼓判だったし」

「そっか、その頃にはあかちゃんも立派な大人だもんね」

 なるほどーと、ジェノワーズたちの解説にナナミは納得の表情を浮かべた。

「……って、あれ? シガレットって領主様なんだ。代理じゃなくて?」

「代理だよ」

「代理じゃないよ」

「ちゃんと公式に禅譲受けてるからね」

「アニキ、いい加減あきらめようぜー往生際がわりーよー」

「うるせぇ! 俺はトップに立つより影とか横とかでグチグチ口出ししてるほうが好きなんだよ!」

 誰が領主の座など受け取るか、と領主の証である宝剣の指輪を嵌めた手を振り回しながら入り婿の領主は喚いた。

「あ、あのさ、話を戻すけど、なんでガウルが領主様になれなくなるとお見合いの申し込みが増えるの?」

 ナナミが若干頬を引きつらせながら尋ねる。

 内心で、私は今回はコイツに召喚されたのか、とかげんなりしていたりもした。

「勝手なイメージだけど、領主様のお嫁さんになりたい人の方が多いんじゃないの?」

「……まぁ、うん」

 ナナミの疑問に、シガレットは嫌な話を聞いたとばかりに少し顔をしかめる。

「領主に嫁入りしたいって人は、多いな、確かに」

「最近そういう話(・・・・・)も聞こえてくるようになったものねー」

「しらねーよ。俺は何も知らねー。つーか、どっからそういう話を聞いて来るんだよ……」

「さて何処でしょうね~」

 語尾に音符マークでもつけそうな態度でしらばっくれるベール。

 ああ、ようするにそういうことか、とナナミは納得した。

「レオ様を泣かせるような真似だけはしちゃ駄目だよ」

「しないよ。―――と言うか、あの人は牧童の俺と違って生粋の領主家の姫君だぞ。あれで、第二第三夫人くらい居るのが当たり前って考えてるわ」

 むしろ、居ない方がおかしいとすら思っている雰囲気なのが、最近のシガレットの頭痛の種であった。

「子供と嫁さんと三人で田舎に引っ込んでチョコボを放牧して過ごすのが俺の将来設計だったのに……」

「わたしが突っ込むことじゃないけど、ルージュさんに手を出してるっぽい時点で、その計画破綻してると思うよ」

「デスヨネー」

 女子高生の指摘に、シガレットはがっくりとうな垂れる。

 

「まぁ、そー言うわけで。領主にならないで良いなら、『ウチの婿にならない?』なんて話も出て来るんだよ」

 

 やる気無さそうに、当初の疑問に応じるシガレット。

 ようするに、今回のお見合い書類は、嫁入り志願だけでなく、婿入り希望も含まれているから、去年のものより数が多いのだ、ということである。

「ほぁ、偉い人の結婚事情とかも大変なんだね」

「地球よりは楽だけどな、多分。兎も角、あれだ。いきなり誰か選んで見合いをしろ、とまでは言わんけど、コレ送ってきた連中とその取り巻きを呼べるだけ呼んで社交界でも開くから、覚悟しておけよ愚弟。勿論、お前が主役のな」

「ふぐっ!」

 猿轡をはめられたガウルが引きつった音を漏らす。

 全身で嫌だ面倒だというオーラを放つ様は、まさしく能天気な次男坊らしい態度といえた。

「おまえなぁ、これ以上逃げたらリーフきゅんあたりとお見合いさせるぞ」

「あの、ウチの従兄弟、一応男の子なんだけど……」

「男児にスカート履かせるお国柄の国に言われても説得力が無いんだよなぁ……ところでベール」

「なに?」

 いつの間にか隣の席をキープしていたベールに、シガレットは訪ねる。

「その、突き出している見合い写真の束はなんぞやねん」

「うん、これ。間違ってたから」

「間違って?」

 何が、と尋ねるシガレット。

 ベールはにっこりと笑って続ける。

 

「あて先。これ、シガレット宛の分だよ」

 

 逃げちゃ駄目だからね、と念押しながら、お見合い写真を押し付けた。

 

 

     





 と、言うわけで次回はお見合い。
 放送終了までに終わらないことだけは確実ですけど、このままダラダラ続きます。


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4-9


 放送終わっちゃったよ!
 ある意味、二期以上に何も起こらなかったなぁ、三期。
 全体的に高水準なアクションシーンは見ごたえがあったので良かったですけど、しかしどーにも極端から極端に走りすぎっつーか。
 後半も前半三話くらいにシリアスとコメディとエロをバランスよく配分できなかったものなんですかねー。




 

 ししおどしの音が響く。

 ここはヴァンネット城下、ワ国人街、その外れにある領主家が保有する別荘の一つ。

 ワ風の屋敷の、庭に面した畳敷きの一室で、再ガレットはワ国の着物に身を包んだ女性と向き合っていた。

 向かい合って―――無言の空間。

 痛いくらいの空気の中で、シガレットは発言を求められていた。

 主に隣の維持の悪そうな視線から。或いは斜め向いの純真なまなざしから。

 

 一拍の間。

 ええい、ままよと、シガレットは漸くの口を開く。

 

「……弊社を志望した動機は?」

「……ええっと、御社の明るい空気に共感を持ちまして?」

「……ああ、そう」

「……うん、そう」

「……」

「……」

 

 会話が止まる。

 気まずい空気が、部屋に満ちる。

「あの」

 それを破ったのは、シガレットでも、彼の目の前の女性でもなかった。

 朗らかな声。素朴な疑問。

 少女のような―――見た目は実際、少女のままである。だが、実際には少年である。

 飾り紐の付いた豪華な貴族服は、その幼い少年が相応の身分であることを証明していた。

「何かな、リーフ王子」

 返答はシガレットの隣に座っていた女性のものだ。

 レオンミシェリである。普段の彼女を知るものは驚くであろうほどに、女性的な、ゆったりとした装いをしている。

「はい、レオ様」

 尋ね返された少年は、まず行儀よく頷いて姿勢を正した。

 リーフ王子。その敬称の通り、シガレットとも親しい女性の故郷でもある国の、八番目の王子に当たる人物だ。

 耳と尻尾はうさぎのものと言えば、どの人物の関係者かを想像するのは簡単である。

「ベールとシガレット―――ああいえ、アッシュ閣下は、とても仲が良いと聞いていたんですが、なぜ二人はこんなに―――」

「固まったまま、目も合わせずに会話をしているか、疑問かな?」

「はい」

「ふむ。さて、なんと説明したものか……」

 男女の機微など欠片も理解しておらぬであろう童子の疑問に、レオンミシェリは悩む―――フリをする。楽しそうに。 

 実際彼女は楽しんでいた。夫の苦境と、それから、古くからの友人であるベールの―――。

「ふむ」

 夫の面前に座る、着物姿のベール。

 耳を伏せ、気まずそうにうつむき、頬はうっすらと朱色に染まっている。

「ふむ、まぁ―――そうじゃの。普段から気安い仲の良い男女とは言え、しかし見合いとあらば多少の緊張もしよう、と言ってしまえば単純じゃが……」

「あの、お見合いというのは、緊張するものなのですか? 仲良しの二人が、静かな場所でもっと仲を深める催しだ、と聞いていたのですが」

「そこじゃよ。元々良い仲であれば、さらに深い仲になろうと思えば、踏み越えるべき壁の前で、足踏みをしてしまうものなのじゃ」

「そう、なのですか?」

「そうなのじゃよ。王子ももうしばらくすれば解るようになる」

 したり顔で頷きながら、レオンミシェリは立ち上がる。

「では王子、二人のために静かな場所を用意してやろう。庭の散策に付き合っておくれ」

「あ、はい!」

 頷き、嬉しそうにレオンミシェリの手を取るリーフ。

 

「ではな、シガレット。わが夫らしく、甲斐性を見せいよ」

「それじゃあ閣下、ベール。ごゆっくり仲良くしてください」

 

 すっと襖が開き、パタンと閉じられた。

 部屋に残されたのは、シガレットと、ベール。

 嫁を連れた男と子連れの女が見合いをするという、奇妙な状況が解消されただけマシなのかなと、シガレットはあさっての方向に現実逃避を決めた。

「……すっごいくだらないこと考えてない?」

「気のせいだろ」

 無論、バレバレであった。

 

 ししおどしが音を響かせること、一つ、二つ。

 

「で、何で後見人がリーフ王子なんだ?」

 漸く。ものは試しとばかりに、シガレットは見合い相手に尋ねた。

「あー、うん。あの子、ガレットに遊びに行きたいって、前から言ってたみたいで、それでほら、ウチの親戚で家格が一番高いのってあの子だし、丁度良いんじゃないかって」

「丁度……良いのか? 見合いの後見を子供に任すって、それ、下手すりゃ喧嘩を売ってるって思われるような……」

「それは、ほら」

 言いづらそうに、ベールは応じた。

「その、ウチの実家にとってはもう、とっくに纏まってるつもりのお話みたいだし」

 ただ、世間様へ向けた建前として、見合いをしました、という既成事実を作ろうとしているだけのこと。

「……纏まってるつもり、なのか」

「……うん」

「俺的には、寝耳に水、って感じなんだけど……」

「うん……」

 

 それは、私もだけど。

 

 そんな言葉が返ってくることを、シガレットは期待していた。

 淡い期待なんだろうなと、薄々感づいても、いたが。

 期待は外れ、目の前に現実がある。

 べール・ファーブルトン。 

 幼馴染、友人、身内(・・)。色々と呼び方はあるが、兎も角、気安い関係の女性である。

 だが少なくとも、誓って、シガレットは。

 

「ベル(ねえ)と結婚するとは、正直、微塵も考えたこと無いなぁ」

 

 嘆息交じりに言った。諦念をこめて。

「ふーん」

 あっさりと袖にするかのような言葉に、ベールはしかし、なるほどといった風な態度で頷く。

「それじゃあやっぱり、エクレちゃんとかミルヒオーレ姫様との結婚は考えたことあったんだ」

「おまっ……それこういう時にする話か!?」

「結婚するつもりは無かった、から入るシガレットよりマシだと思うけど」

「いや、まぁ……ごめん?」

「別に、良いけどね」

 

 言質とったし。

 ―――そんな言葉は、シガレットには聞こえなかった。

 

 

 





 Q・なんで唐突にベール

 A・リーフ王子を出すためだよ! 

 一回でまとめ切れなかったので次回に続きます。


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4-10


 お見合い続き。

 ある意味R-15くらいの話に当たるんだろうか……。
 しかし、結構はしょった筈なのに長くなったなぁ。




 

「で、え~っと……姉さん、何で俺と結婚しようとか考えたわけ?」

「あ、やっぱり気になる?」

「そりゃね。そっちのご実家に確認したけどさ、アンタこの話に相当乗り気だったみたいじゃないか」

 

 騎士、貴族階級の縁談である。個人同士の好いた惚れたで完結する問題ではないのだ。

 見合い話の発端は、ベール自身ではなく、彼女の生家から持ち上がったもの。

 その話に、ベールが飛びついた―――らしい。

 

「一応確認しておくけどさ、出会った頃から好きでした、とかそういう話とは違うんだろ」

「うん、違う」

 即答だった。ならば。

「……見合いの話が無ければ、結婚するつもりは……」

 無かったのか。

 恐る恐るとシガレットが尋ねると、今度は、返答に少し間があった。

「どうかなぁ……どうなんだろ」

「そこで曖昧になられるなら、あの、出来ればこんな話持ってこないで欲しいんだけど……」

「あ、ひっどい、そーいうこと言っちゃうんだ。シガレットのせいなのに」

「は?」

 俺は何かしたのかと、シガレットは目を瞬かせる。

「俺のせい?」

「うん、シガレットのせい。……あれだね、せきにんとって、ってヤツ」

 膨らませていた頬を朱色に染めながら、ベールは言う。

 混乱するシガレット。

 いったい何時、どうやってベールとの間にフラグを立ててしまったのか。

 少なくともシガレットにはその記憶は無かった。

「ゴメン、マジで記憶にないわ」

「だよねー。うん、記憶に無くって当たり前なんだけどさぁ……」

 若干退廃的な空気を漂わせながら、ベールは息を吐く。

 ツン、と顎を上に向けて、視線をシガレットからはずしながら。

「あのね、お勉強(・・・)

 さらりと、そんな事を口にした。

「勉強?」

「そ、勉強。したでしょ、シガレット」

 

 結婚前に(・・・・)

 

 ぞくりと背筋を震わせずには居られない、なんてことの無い響き。

 勉強。

 それが、何を指し示す言葉なのか、意味は明白だ。

 

 領主の義務とは、国を治めること。

 そして、次代に血をつなぐこと。つまりは、子を成すこと(・・・・・・)

 子を成すためには―――その方法を知らねばなるまい。

 万が一、最初の一回で失敗するようなことがあってはならないならば―――事前に、予習(べんきょう)をすることが、必要だろう。

 そして、子供を作るための予習には、教師(あいて)の存在が必須だった。

 

「あの、それ、お見合いの場で話す必要のあることなんでしょうか」

 奥歯をガタガタ言わせながら、シガレットは問う。

 やましいことではないはずなのだが、あまり、大っぴらにしたい話でも無いのである。

 特に、女性と一対一でなど、論外なシチュエーションだ。

 だが。

 ベールは震えるシガレットを見ようともせず。

 

「実は、私にも話がきてた」

 

 なんてことを。

「……は? え、いや、マジで?」

 言われればシガレットが戸惑うのは当然で、しかし、ベールは言ってしまえば、後はあっさりとしたもの。

「うん、まじで」

「初耳だぞ?」

「当たり前でしょ」

「そりゃ……そうかも、しれないけど」

 口ごもるしかないシガレット。

 

 『勉強』の相手に、ベールが、目の前の女性が、なる可能性が、あった。

 

 誤解しようの無い事実。

 場の空気が一気に生々しくなった。

 ただ親しいだけの―――それだけのはずの相手を見る目が、一気に変わりそうな。

 いやつまり、そういうことなのだろう。

 見る目が変わったのだ。

 そのとき、ベールは。シガレットを見る目が。

 

「……爺さんめ」

 罵るように呻くシガレット。

 ご隠居様から、アッシュ様に。夜の―――。

 三つ指を揃えて謳う女性を、少し前の夜に、シガレットは見た。

 爺さん、ご隠居と言うのはようするに、彼の妻の祖父、ガレット先々代領主にあたる老人のことだ。  

「うん。ルージュと一緒に、実は私も、ご隠居様に呼び出されたんだ」

 それで、話を振られた。

 微苦笑交じりにルージュは語る。

「ま、ご隠居様のお話が終わる前に、ルージュが返事をしちゃったからそれで私は回れ右、だったんだけど」

「……あんまり聞きたくなかったなぁ、そういう話」

「嬉しくない?」

「困るわ」

 次にルージュと会うときにどういう顔をすれば良いのか、確実に悩む話題である。

「それは兎も角、その時は私、なんだかなぁって感じで、終わったんだけど……あれ、終わってないのかな?」

「いや、俺に聞かれても」

 赤裸々な話に、シガレットもそろそろいっぱいいっぱいである。

 しかし、本番はこれからだった。

「その後しばらく、う~ん……そう、シガレットとレオ様の結婚式があって……その後、かな。次の日、ほら。レオ様、朝議にも出なかったでしょ?」

「……まぁ」

「シガレットも領主の席で眠たそうだったし」

「……」

 答える気力もなくなって、シガレットは視線を逸らした。

 クスリ、とベールが笑う音が聞こえた。

「それがどういう意味なのかなんて、お城のみーんな解ってた訳じゃない。とうぜん、わたしも……うん」

 

 それで、さ。

 気づいたんだと、ベールは言った。

 そして、何にとシガレットが尋ねる前に、彼女は言った。

 

  

「わたしって、シガレットのことを、自分がそういう事をする相手(・・・・・・・・・・・・・)に、見えるんだって」

 

 凄く驚いたんだよと、見知った顔で笑う女性。

 いや、今まさに凄く驚いているところだよと、言わずに頭を抱える男。

「それでね、うん。この前に実家に帰ったとき、お父様に聞かれたんだ」

「何を」

 聞いて、という態度に、疲れた顔で返す。

 よくぞ聞いてくれた、とベールは楽しげな顔で言う。

「ガウ様とシガレット。どっちが良い(・・・・・・)? ―――って」

 どちらが。何が。

 尋ねる必要もないほど明確だが―――シガレットはとにかく、確認はしておきたかった。

「縁談か。元々お前、ガウルのところへの押し込みだったろうに……」

「実家はそのつもりだったろうね。ガレット―――ご隠居様としては、元々あなたとガウ様と、どっちでも良かったみたいだけど」

「俺、姉さんと始めてあったとき、まだ田舎の牧童に過ぎなかったはずなんだけど」

「大陸協定締結以前の、古く濃いガレットの血だからね、シガレットは。内々の話だけど、私は初対面の頃から、予め貴方がガレットの王子様だって、聞いていたし」

 多分それは、ビスコッティの少女達も同様だろうと、幼馴染は言う。

 

 勇者アデライトの活躍の後、大陸を結ぶ街道は開かれ、国家間の交流は盛んとなった。

 それ以前の時代、その多くは国内の有力者同士の間でのみ行われていた婚姻政策も、国と国の間で結ばれるようになった。

 国家間の婚姻が盛んになるということは、それだけ、種族間の混血が進んだということでもある。

 各種族としての血統の維持は、大陸協定会議でも議題に上がり始めるような、国際問題になりつつあった。

 シガレットの母親は、大陸協定締結直後の、純血(・・)のガレットの姫である。

 その深く濃い血を領主家に戻し、そしてつなげて生きたいと考えるのは、為政者であれば当然だろう。

 

「まぁ、そんな俺の父親は、いきなりビスコッティ人だったりするんだけどな。大体、ガレットの血を残すことを期待されてるのに、宛がうのは特徴バリバリの縦耳の女とかどうなの……」

「どーせ建前ってことでしょ。ご隠居様も別に純血の維持とかあんまり考えてるわけじゃないし」

「あの爺さん、初恋の女性はウチの母親だからね」

 本人が駄目なら子が欲しい。

 欲しくて譲ってもらったからには可愛がりたい。

 夜の世話役をせっせと用意するのは、まぁ、そういう訳だ。

「俺の血筋なんて増やしても、ねぇ。レオの子供は欲しいけど、俺の、なぁ……」

「欲しいやつなんて居るか、とか言いたそうな顔してる」

「一応言わないように自重はしてるぞ」

 態度には出ていたが。

 仕方ないな、とベールは笑う。

 笑った後で、しかし、答えた(・・・)。聞かれても居ないのに。

 

「ガウ様とシガレット、ってお父様に尋ねられたときに、私は、シガレットだなって、思ったよ」

 

「……それは」

 光栄な話、なのだろう。

 義弟は、家族目線を抜きにしても、良い男になるだろう片鱗を見せていたのだから。

 形容しがたい気分を持て余すシガレットに、ベールは尋ねる。

 それで、と。

 シガレットは、それでとは、と尋ね返す。

 ベールは、そろそろ、答えが聞きたいと、言う。

 言われて、なるほど答えかと、シガレットは腕を組んで、天井を見上げて、唸る。

 答え。

 答えは。

 

「……考えるよ」

 

 これから。

「この期に及んで考えるだけ?」

 呆れの隠せぬベールに、だがしかし。

「これは、既婚者としての意見なんだけどさ」

「?」 

 瞬きするベールに、シガレットは、世の真理を悟った隠者の如き重々しい口調で、告げる。

 

「男って、こういうことは考えた段階で負けだと思うんだ」

 

「……そっか」

「……そうなの」

「そっか」

 それじゃあ。

 二人の視線が漸く絡む。

 

 ―――なるべく早く考え終わってね。

 ―――期待して待ってろってんだ、チクショウ。

 

 つまり、そういうことになった。

 

 





 因みに、ゴドウィンとかバナードとかのお陰で、そもそも勉強する必要が無かったという説。

 即答せずにキャットファイトが発生していた―――という没ネタもあったりなかったり。
 まとまりが悪くなりそうだったのでナシになりましたが。

 次回は軽く勇者王の……話にするか、嫁との反省会にするか。

 まぁ、ぼちぼち進めます。



 


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4-11


 一応ラストのオチは見えたんだけど、しかし、中々進まんなぁ。
 フロニャ祭までに終わると良いね……


 

 さて、その晩の夫婦の寝室での話である。

 

 土下座から入るべきか。或いは、五体投地でもかますべきか。

 さしあたって遺言をしたためた遺書だけは準備を終えて寝所へと入ったシガレットは、何故か。

 

「毎度思うことだけど、意外と柔らかい」

「殴るぞおのれ……」

 筋肉質なのになぁ、とに嘯くシガレットの頭をひざの上に乗せ、レオンミシェリの拳はぷるぷると怒りで震えていた。

 ようするに、膝枕、という状況である。

 有無を言わさぬ態度で、妻は夫をこの状況に持ち込んだ。

 

 ならば当然、少年少女の恋愛のような甘ったるい会話が続くのか―――と思わせて、実際のところ。 

 

「そこで保留にするとは、お前らしくも無い」

「お前らしくって何さ」

「じゃってほら、ワシの……ホレ」

「あのねぇ……」

 ため息を吐くシガレット。

 嫁に別の女との会話の内容を詳らかに語らせられ、挙句それに駄目だしまでされれば、そうもなろう。

 だが、彼にもこれには一言あった。

「はっきり言うけど、違うからな」

「違う?」

 何が、と首を捻るレオンミシェリを見上げながら、シガレットは投げやり気味に言った。

 

「好きな子にプロポーズするのと、仲の良い近所の姉ちゃんから捕食者の視線を向けられることが、だよ」

 

「―――」

「……んな引きつった声出さんでも」

「だっ……バカ、そんなはっきりと言えば……っ!」

 誰だってこうもなる、と顔を真っ赤にする妻。

 可愛いと思うのに加え、若干の呆れもシガレットにはあった。

「当たり前の話だろ、こんなの。……なんで解らないかなぁ」

 いや、日ごろの行いを考えたら、解ってくれというのは傲慢か、とシガレットは内心で自分を罵る。

 黙認を良いことにやることはやっているのだから、妻を責められる筈は無いのだ。

「解らん、という事も、無いのじゃがな」

「ん?」

 さて、この問題にどんなオチをつけるべきか、と黙考するシガレットに、レオンミシェリは自嘲気味の声で言った。

「人間、案外、自分が思っているよりも身勝手なものじゃな。紹介したのもワシ。進めたのもワシ。……だと言うのに」

「いや、その辺は……ホラ、配慮してもらってるのも解るし。どっかの名前しか知らないお姫様を押し込まれるのを、防いでくれたんだろ?」

 気心も知れていて、家柄も悪くない割りに、政治的影響力は低い。

 側室に選ぶにはベターな相手だろう。

 とりあえずの一人目(・・・・・・・・・)としておけば、しばらく押し込みを避けることも出来る。

「……かなぁ?」

「で、合って欲しいと思うよ、ワシは」

「うん?」

 意外な返しだと、シガレットは思った。

 

 多くの嫁を養ってこその良き王、良い男であろう。

 甲斐性をみせいよ、愛しき我が夫よ。

 

 初夜を済ませた直後の言葉じゃねーだろ、と頬を引きつらせたのは、良い思いで―――である筈も無かったが、それは兎も角。

「どこぞの馬の骨よりも見知った顔、と実際ワシも思っておったのじゃが……そなたがこう、本気になっているところを見ると」

「……本気になってるかな、俺」

「なっておろう」

「……なってるかぁ」

「うむ。率直に言って、ワシは腹立たしい」

 

 これほどに腹立たしいとは、思わなんだ。

 

「ミルヒや垂れ耳、ユキカゼやノワールにジョーヌ。ビオレ……は、洒落にならんな。うむ、そのあたりならきっとこうはならなかったのだろうが」

「え、ゴメン、その人選は何?」

「好きじゃろ?」

「……」

 言葉に詰まった。

「少なくともワシは、この仲の誰を嫁にしたいと言っても、仕方あるまいと頷いた自身があるぞ」

「そんなことは……」

 無い、と言い切れないあたり、大概である。

「サイッテーだな……」

 思わず天を仰ぐ。

 嫁の微苦笑が視界に入った。

「よい。その辺りの気持ちも含めてそなたを……ワシは愛しておる」

 

 ―――が。つまり。結局。

 そこに、肝心の名前が挙がらなかった、と言う意味は。

 

「全く意識していなかった相手に、意識を向けさせる―――ワシが仕向けておきながら、全く。嫉妬すると言うのはおろかな話じゃな」

「……いや。おろかってことは……いや?」

 愚か、なのだろうか。

 いや、そうではない。

「少なくとも、ホイホイ本気になってる俺のほうがアホだと思うけど」

「うむ、まぁ、それはそうなのじゃが……」

「そうなのか。いや、そうなんだけど」

 自分で認めてしまった手前、何も言える筈も無く。

「ワシの知らぬ場所でワシ以外の誰かに帰られているソナタを見るのは嫌なのじゃな、と」

 言いたかった。知っておいて欲しかった。

 知った上で、配慮もして欲しい。

 勿論のこと、優先順位を変えられては困る。

 

 滔々と語る妻の態度に。

 ああなるほど、『釘を刺される』ているのだと、シガレットは漸くこの状況を理解した。

 

「レオ」

「うん?」

「愛している」

 我ながら薄っぺらい言葉だな、と思いながらも、実際そうなのだからと我慢して、告げる。

 ワシもじゃよ、と言う返事。

 ありがとう、とそれに笑う。

 そして。

 その上で。

「一つ頼みがあるんだ」

「ふむ、言ってみよ」

 

 レオンミシェリを愛している。それは事実であり、しかし同時に。

 ありえたかもしれない可能性の恋愛を、少しは引きずっているのもまた、事実。

 それまで微塵も存在しなかった想いが、しかし今はあるのもまた、事実なので。

 

 だから、せめて正直であろうと、シガレットは思った。

 それが最低限の誠意だろう。最低な誠意でもあるな、と言う思いからは目を背けながら。

 

「嫁に迎えたい女性が居る」

「――-ワシというものがありながら?」

「そう。君と言うものがありながら、だ。その人と結婚したいんだ、俺が(・・)、ね」

 悪いが、とは言わない。受け入れてくれと、頼む。

 愛する妻に向かって言う言葉では、間違っても居ない。

 だが、言う。

 それはシガレットの役目だった。少なくとも、彼はそう思った。妻から仕向けられた話とは言え。

 決めたのは、シガレット自身なのだから。

 

「しようの無い夫じゃの」

 だが、まぁ良いと、妻は苦笑した。

 惚れた弱みじゃな、と唇だけを動かして。そして。

「誰を妻に迎えようと言うのじゃ?」

 そう、尋ねた。

 解りきったことを、尋ねた。

 そしてシガレットは、解り切っていた答えを、返した。

 

「うん、ルージュさん(・・・・・・)」 

 

「は?」

「だから、ルージュさん」

「……ほぅ」

 

 解っていながら(・・・・・・・)、名前を出すことを無意識のうちに阻んできた人物である。

 理由は―――明白。

 妻たる自分と、恐らく勝負(・・)になりうるから。

 それが解っていたから、無意識に除外していた。

 そこに、夫は踏み込んだ。

 ならば妻として返事をせねばなるまい。

 名を出せねば見て見ぬフリを続けられていたであろうと頃に踏み込んできた夫に、妻として全力で答えてやらねばなるまい。

 

 ―――さしあたって、拳で。

 

 

 

 

 

 

 





 因みに出した名前は初期ヒロイン候補。
 しかし、なぜその中で一番書きづらいヤツを嫁に設定してしまったんだろう……。
 そして全くフラグを立ててなかったヤツを嫁にする展開にしているんだろう……。
 
 まぁ、ライブ感って大事だよね。


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4-12


 エラい久しぶりな理由はまぁ、仕事が忙しかったのとそれ以上に惑星ミラの探索が……。
 七章終わってドールを手に入れて現在レベルが四十台。
 ドールの柔らかさはもうちょっとどうにかならんかなぁ。強いは強いんだけど。




 

 

『おう、ちょっと見ない間に随分と色男になったじゃねーか、クソガキ』

「うっせーなぁ、チクショウ」

 

 通信ウィンドウの向こうでニヤニヤと笑っているのは、伝説の魔王ヴァレリーその人である。

 シガレットにとってみれば、母親の友人の近所のウザいおっさん程度の印象しかなかったが。

 実際、いい感じにウザいのだ。

 今日も今日とて、両頬を紅葉模様で飾っているシガレットを、実にいやみったらしくあざ笑っていた。

『嫁に寝室から蹴り飛ばされた挙句、逃げ込んだ愛人にはぶっ飛ばされる。いやぁ、モテる男はやることが違いますなぁ?』

「アンタに言われたくないぞスケベ親父。大体、逃げ込んだわけじゃない。……いや、だからひっぱたかれたのかもしらんけど」

『おーおー、お前そんなんでよく愛想つかされないな』

「うるっせ」

 痛んだ頬を押さえながらシガレットは呻く。

 

 ―――尤も、頬の痛みよりも背後の視線のほうが、痛かったが。

 彼女はプライベートを仕事に持ち込まない秘書官の鏡である。

 当然のように、政務を執り行うシガレットの補佐を、この日も行っていた。 

 楚々とした態度で。

 

 それは、実際はただ、意地を張っているだけだ。

 嬉しいのを我慢して。

 だからそう、強引に力押しで説き伏せてしまえば万事上手くいく話なのである。

 傍から見ればそれは、簡単に解ることだ。

 実際、ヴァレリーから見れば、一目瞭然だった。

  

『若いねぇ、全く』

「知った風な口きいてんじゃねーよ、エロジジイ」

『知らんでもない話だからな。おう、実際お前さんと似たような状況に嵌ってたヤツ、知ってたわ』

 そいつは何とか上手くやったけど、と嘯くヴァレリー。

「是非ともその人を紹介してくれませんかね?」

 後学のために、と前置きしながら尋ねるシガレットに、ヴァレリーはヘラっと笑いながら肩をすくめた。

『しても良いけど、ソイツもう死んでるぞ』

「あん?」

『ああ、顔がそっくりなヤツは丁度お前さんの傍にいたか』

「お前、それ……」

 長寿な老人の物言いに、シガレットも見当が付いた。

 

 何しろ丁度、半透明の空中モニターの向こう側の壁に、その肖像画が飾られている。

 ガレット領主の執務室を囲うように配置された、歴代領主達の肖像画。

 その中の、ひときわ大きな額に嵌められた一枚。

 

『おう。獅子王を自称するエラっそーなことこの上ない、マギーの兄貴、俺が現役だった頃のガレット領主だ』 

「魔物が跳梁跋扈していた時代に、何故か領土拡張に成功していた伝説の領主ではあるんだけど……何度見ても女顔だよなぁ」

 美男子と言うよりは、男装の令嬢と言われた方が信じられるような容姿である。

 なにしろ、継承順に並んでいる歴代領主の肖像画の一番最後の、最も新しい一枚。

 つまりはガレット前領主で現領主シガレットの妻である女性と、瓜二つなのである、この偉大なる獅子王は。

『アイツの時はどんなだったか。確か、隣の国の三番目の姫さんを二人目の嫁として迎え入れるって時に、幼馴染のメイドとの関係が嫁さんにばれて、その件で嫁さんが……』

「すいません、胸が痛くなりそうなのでそれ以上は聞きたくないです」

 全く他人の気がしなかった。

『実際他人じゃなくてお前に取っちゃ叔父貴だからな』

「ウチの母親のお兄様でしたね、そーいえば」

『おう。顔はお前の嫁さんにそっくりだけど、性格はほんっとお前と似てるな。外面は豪快そうに見えて、意外と内面はみみっちくてなぁ。マギーの無茶に振り回されて、いつも頭を抱えていたっけか』

「そりゃ、気分で真竜に挑みに行くような妹が居たら、頭も抱えたくなるだろうよ……」

 しかも一国の姫である。

 戦乱の時代とは言え、やることがぶっ飛びすぎだ。

『私より強いやつに会いに行くってのが、マギーのレゾンデードルみたいなもんだからな。ありゃもう、ああいう生き物だから仕方ねーわ』

「おぅ、母親のことを酷く言われてるような気がするのに、全く酷いハナシな気がしねーわ」

 むしろ、関係各所に血縁として謝罪行脚にでも行ったほうがいいような気がしてくるから不思議で―――もなんでもなかった。

『最終的に、地力で空を飛んで空巫女を殴りに行くとこまでいったからな、ヤツは。俺は今でも本当に殴りたかった対象は空巫女じゃなくて星鯨そのものだったと疑っているんだが……』

「疑うまでも無くそれ事実なんじゃねーの。答えなんか知りたくないから確認は絶対にしないけど」

『おう、そーしとけ。こんなくっだらねーこと考えてないで、お前は後ろのお嬢さんを納得させる方法でも考えとけや』

「余計なお世話だよ、クソジジイ。―――で、そろそろ何か見つかったかよ?」

『アー坊はほんと、魔王様に対する敬意ってもんが足りねーなぁ……いや、その辺マギーのガキらしくはあるんだが。……ふむ』

 爺くさいため息を吐いた後、ヴァレリーは机に広げていた本から顔を上げて、一つ頷いた。

 

 実はこれまで、会話中。

 彼はずっと、机の上に積まれていた大量の古書と格闘していたのである。

 何を調べていたか、と言えば。

 

『星鯨の内部に魔物、か……。そもそもこの地上では空海自体が空想上の産物みたいな扱われ方をしているからな』

「古い時代の本でも?」

『あの頃かそれ以前の時代の方がよっぽどだろ。今と違って、空の海にロマンを馳せるような余裕がある訳じゃなかったんだから』

「空を泳ぐ鯨より、地上を徘徊する魔物の対処の方がよっぽど切羽詰ってますか」

『俺たちも空の上に行ったときは、聖剣をパクって地上にとんぼ返りだったしな。上のことは正直よく解らん。後で好き勝手に出かけていってたらしいマギーが一番詳しいんじゃねーか?』

「母さんなぁ。今、竜の森に行っちゃってるから捕まらないんだよ」

 先日、竜の森に行ってきたとシガレットが報告した折、何か琴線に触れるものがあったらしく。

 マーガレット・ココットは夫と子供達とともに竜の森に旅行へと出かけてしまった。

『今度は新しい運河とか出来なきゃ良いけどな……』

「……俺は何も聞かなかった。いや、大丈夫だろ父さんがついてるし。多分、きっと」

『お前の叔父貴もたまーにそーいう顔してたな、そういや。まぁ、兎も角、アレだ』

 気を取り直して、と一つ咳をする大魔王。

 

『アー坊も知っての通り、星鯨ってのは守護の力の流れに溜まった不浄を取り込み、浄化を行う存在だ。その存在ははるか太古の時代から語り継がれてきた訳だが……』

 

 言いながら、ヴァレリーは、星鯨のえが描かれた年代物の巻物を指で叩く。

 それは、彼がこの時代に目覚める前、パスティヤージュ王国の王子であった時代に収集したものであった。

 その当時においてすら、『古書』というカテゴリーに分類されていたものだ。

  

『不浄とは形無き力の流れだけとは限らない。いやむしろ、俺様の推測が正しければ……』

 

 何か、カタチのある悪い物を身の内に封じている可能性もあるだろう。

 魔物学者ヴァレリーは、友人の息子の質問に、そう返した。

 

「そりゃ、竜の巫女が勇者を迎えに繰るような事態だから、厄介ごとだとは思ってたけど……よりによって超厄介な話かよ」

 

 解っていたけどさ、とため息を吐くシガレット。

 

 竜の巫女シャルが、管理地たる森を飛び出して勇者達に救援を求めて飛来した。

 時を同じくして、渡りの巫子たるシガレットもまた、渡り神の宣告により空に異常を感知した。

 シャルと勇者とその仲間たちが、現地である空海へと調査へ向かい、シガレットはこの手の問題の第一人者である魔王へと情報の提供を求めた。

 その結果、解ったことは。

 

「俺も行くべきなんだろうな、上に」

 

 

 

 





 ところで、先日のフロニャ祭りでは四期の発表は無かったらしいですね。
 まぁ、現場的には何故か未だに三期の作業が続いて(ry
 いやまったく、ドッグデイズは(何時までたっても作業が)終わらないコンテンツになりましたね。

 あ、因みに後二回くらいでこのSSも終わりだと思います。


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4-13

六月になってしまった……。
と、言うわけで星鯨編開幕。


 

 視線が集まっているのが解る。

 望まれていることも解る。

 ついでに言えば、空気も読める。

 

 ―――で、あるならば当然。取るべき行動も、解っていた。

 

 だと言うのに、動けない。動きたくない―――訳ではない。

 むしろ直ぐにでも動きたい、とすら思っている。

「おい」

 囁くような、鋭い声。

 近頃とんと話す機会が確保できない妹分のものだ。

「そのくらいにしろ」

 目を向けて、視線が絡み、諦めた。

 気持ちは解る、とか、お前らしくも無い、とか、そういう意味がこめられた視線を向けられてしまえば、それはそう、諦める以外他無いだろう。

 

 だから、ため息を一つ。

 

「まぁ、未来の義妹のオトモダチのためだからな」

 

 冗談を一つ。

 冗談じゃないと、思いながらシガレットは言った。

 

 勇者達の顔に笑みが浮かぶ。

 暖かな輝きが洞窟を満たす。

 哀れな精霊がひとり、救われた。

 

 依然、星祭は続いている。

 厳かな祈りの歌は、今は賑やかしい祝いの歌に代わってしまって言っているが、それも祭りの妙と言うものだろう。

 湖面に浮かぶ星の民の里は、里を―――星鯨を救った勇者達一向を交えて、祭りを大いに盛り上げていた。

 

 ―――里の片隅。

 湖岸の一軒の家をシガレットは訪れている。

 普段は里の歌姫が暮らす小さな家は、今は負傷者の休憩場所となっていた。

 負傷者、で、ある。

 活性化したマガタチの影響下にあった星鯨の体内は、一時的にフロニャルドの守護の力が働かなくなっていた。

 守護の力が働かない状況で戦闘行為を行えば、当然、負傷者は発生する。

 星鯨内の対マガタチ攻防戦。

 先行した勇者たちを援護するために三国より選抜し派兵された精兵達であっても、実戦とあらば、負傷者ゼロと言うわけには行かない。

 負傷者は出た。当然のように。

 シガレットは、それに怒りを覚えた。

 むしろ負傷者だけで、死者が出なかった幸運に喜ぶべき場面であろうに、数名の怪我人―――それも、数日のうちに完治可能―――が出たと言う、只それだけの些細なことに、憤りを感じていた。

 下手人に相応の報いを与えてやらねば気がすまない、ありていに言ってしまえば、息の根を止めてやらねば気がすまない程度に、激怒した。

 それが、つまり。 

 

「なっさけない話だと思わないか?」

「ん~~~。あたしはそんなことはないと思うけど」

 自身の気持ちをもてあますシガレットの自嘲を聞いて。

 確かに、とでも頷かれるかと思えば、案外と考えた上での、そんな答えが返ってきた。

「別に、アニキの立場ならフツーだと思うけど」

 そう言って笑うのは、ジョーヌである。

 利き腕を包帯で吊っていた。今回の戦闘での、若干三名からなる、要安静状態の負傷者の一人だった。

 王子親衛隊ジェノワーズの三人娘のうちの一人である。

 

 で、あれば。

 負傷者の残りの二名を推察することは、容易いだろう。

 室内にはシガレットと、三人のけが人の少女達。

 何れも見知った顔である。

 けが人三人娘のうち、おきているのはジョーヌだけ。

 残りの二人は、鎮痛剤が効いているのか、ベッドの上で横になっていた。

 痛みにうなされていると言う様子は無い。さしてまもなく、健康に戻るだろう。

 だけど、怒りを覚えたのだ。

 妹に止められるまで、抑えきれないほどの怒りが、シガレットの中には確かに、あった。 

「人間てのはどこまでも浅ましくなれるんだなって、今回は本気で自分に呆れたよ」

「そこまで言うほどかなぁ?」

「いや、だってそうだろ? 自分から保留とか言っておいてさ、いざ怪我してるのとか見たら……」

「オレノオンナニナニスンダー……とか?」

「……それ、俺の真似のつもりか?」

「あってるっしょ?」

「……浅ましいよな、ホント」

 鼻で笑って返されて、シガレットはガクリとうな垂れた。

 うな垂れたまま、視線をベッドに向ける。

 ノワールと、ベール。

 ノワールは、マガタチの眷属の拳打により、腹部を。

 そしてベールは、病魔の触手に巻き疲れて、足を負傷したらしい。

 なんでも彼女ら三人は、マガタチの眷属が懸想する歌姫を抱きかかえて、鬼ごっこをしていたのだとか。

 敵の最大目標を目の前で浚って逃げるなんてまねをすれば、怪我の一つもしよう。

 彼女らは見目麗しい少女達であったが、戦闘職についている。

 戦興行しかり、対魔物戦しかり、何につけ前線に出たがる王子の親衛隊と言う役割を負っていれば、怪我の一つや二つ、稀によくある話だった。

 事実としてシガレットは、彼女らが負傷する場面など、幾度と無く見ている。

 そう、怪我をしているところなど、幾度と無く見ているのだ。

 その時は平気だった。心配はすれど、怒りを覚えるとかは、特に。

 しかし、今回に限って。

「度し難いわ……」

「そんなことないって。変に考えすぎだよアニキはさぁ。だーいじょーぶだって。アニキがめっちゃ怒ったーって知ったら、ベル、すっごい喜ぶよ」

「いや、流石にそれはねーだろ」

 逆に呆れるレベルだと思うと、頭を振るシガレット。

「あるって、絶対喜ぶよ」

 しかし、ジョーヌは断言する。

「いや、ねーだろ」

「あるって」

「ないない」

「あるね、絶対ある」

「……なんか、やたら言い切るな」

 変に持ち上げられているような気分になって眉根を寄せるシガレットに、ジョーヌは、ぬっと、顔を寄せて。

 

「だって、あたしだったら喜ぶし」

 

 と、言った。

 シガレットは。

「……そう(・・)なのか」

 と、唖とした口の開きで、言った。

 顔を離し胸をそらすジョーヌ。さも得意気に。

そう(・・)だよ」

 笑った。

 

 ああ、そう。それは初耳だね。

 

 それぐらいしか、シガレットに言えることは無かった。

「あ、ノワも嬉しいって言うと思うよ、………………多分」

「多分なんだ」

「だって、よくわかんないし」

「解らないことに頭を抱えるべきなのか、解らなくてよかったと言うべきか……」

 

 とりあえず一つ解ったことと言えば。

 

「まーほら、あたしは後で良いからさ。ほら、ネンコージョレツってヤツ?」

 

 迂闊に弱みなど、見せるべきではない、と言うことだ。

 

 

  




そして星鯨編閉幕である。
ベルデ君は星になったのだ……。アリアもか。

因みに外でこっそり緑色の髪の人がこっそり話しを聞いていたらしいと言う裏設定。

次回最終回。三度目?


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4-14(最終話)

 なんだかんだでダラダラ100時間経過して、漸くゼノのメインシナリオクリア。
 噂には聞いていたけど見事に確信犯的なブン投げだったなぁw
 そら、こんなオチなら世情的にクレームが怖くてCMも撃てんわ。
 とりあえず、海底遺跡と浮遊大陸あたりを追加したエピソード2を期待しておくべきか。
 3は月面でな。

 アレス作りはどうすっかなー


 ―――その帰路での話である。

 

 星鯨の泳ぐ幻想的な空海。

 地上の勇者達を乗せた火竜と、超大型スカイアが優雅に飛んでいた。

 超大型―――と名の付くとおり、そのスカイアは絨毯部分が通常の数名しか乗れないそれに比べ巨大化している。

 具体的に言えば、勇者達の援軍として駆けつけた三国同盟の兵士達百余名が優に搭乗できる規模のものだ。

 規模の、物なのだ。

 

 ……が。

 

 それは勿論言い訳は聞く。

 スカイアを超巨大にしても、それを遥かに上回る巨体を誇る火竜が居るのだから、帰りはそちらに乗せてもらっても良いだろう、とか。

 他の言い方をすれば、シンプルに。

 

「行き過ぎたおせっかいって苛めにしかならないって、解らんかね……?」

「あはははは……」

 

 だだっ広い絨毯に寝そべりながら呻くシガレット。

 その傍にちょこんと腰を落として苦笑する、ベール。

 以上二名。

 百人乗っても大丈夫な、そのスカイアの乗員である。

 繰り返すが、二名だ。

 他の面子は全て火竜の背中に乗っている。

 背中に乗って、まぁ。

 

「空から突き落としてやろうか、チクショウ」

「もう気にしたら負けだと思うよ」

「出歯亀するにしてももうちょっと密やかにやるもんだろ! 体乗り出して覗いてきてるじゃねーか!」

「火竜さん、大きいからねー。乗り出さないと見えないし」

「見るなって言ってるんだよ! つーかお前は見られたいのか!?」

 羞恥プレイは嫌だろう、とがなるシガレット。

 頷いて即答すると思われたベールはしかし、一度瞬きをして、顎に指を当てた。

 うーん、と呟く。そして。

 

「……証人は多いほうが良い、とか」

「お、おう」

 

 シガレットは何故か胃の裏側辺りが急激に重くなったような気がした。

 多分気のせいである。きっと。おそらく。気のせいだと思い込もうとして咳払いをする。速攻で咽た。

「なーにやってるんだか」

「っぇっふっ……ええい、うるさいよチクショウ」

 半泣きになりながら身を起こす。 

 背中をなでてくる手の優しい感触が、全力で惨めな気分を助長していた。

「ぁぁ~~~~ったく、もう」

 胡坐をかいて蹲り、頭をかきむしる。

 

「あのなぁ!」

 

 顔を見ぬまま、呻くように。

 言えば、背中をなでる手が、一瞬震えて、止まった―――そこに、留まった。

 

「今回の一件でよく解ったことだけど……」

 

 ここに来て、何か枕詞をつけたくなる自分が、心底恥ずかしかったし、情けなくもあった。

 こういうときもう少し鈍感であれれば楽なんだけど、と思う。

 ある程度の鈍感さは、人生を幸せに生きるために必要な才能だと、心底思う。

 

「俺は」

 

 思考停止。考えることを諦めた。

 きっと馬鹿だコイツ、とか後で他人事のように思うんだろうな、と言うのがそのとき最後の唯一まともな考えだった。

 

「俺は、お前らが誰かに傷物にされるくらいなら、その前に自分の物にしようと思うくらいには、お前らが好きだからな」

 

 後ではなく、言いながら最高にコイツ馬鹿だなと、シガレットは思った。ついでに最低でもあった。

 俺ならその場で殴る。いや、俺以外でも間違いなく殴りに行くだろう。そう思った。覚悟もした。

 

 が。

 

 だが。

 

「…………ふへへ」

 

 聞こえてきたのは、そんな、間の抜けた、声。笑い声だ。

 あと、ついでに。

「おい、痛いぞ」

 ばしばしと背中を叩かれる。

 本気で痛かった。伊達に常日頃から硬い弓の弦を引いていない訳ではない。納得の腕力である。

「なんかさーあれだねー」

「何でも良いから叩くのやめーや。ちょっとババくさいぞ」

「なんかいった?」

「何も言ってません」

 怖かったので口を閉じた。流石に背骨は折られたくない。

「もー、ほんっとばかみたいな気分になるから、変な茶々入れないでよね」

「大変申し訳アリマセン……ってか、……あ~……その、馬鹿みたい、っていうと?」

 どういう意味でしょうか、と。

 確実に言わされているのが解っていながら、尋ねないわけにもいかない状況だった。

 

 うん、それはと。頷く声はいやらしい位に可愛らしい。

 

「安いおんなだよねー、わたし。ふへへへへ」

「……ぉぉう」

  

 ちらりとは以後を振り向いて、凄い高い買い物をしたのだなと、漸く実感した。

 衝動買いをしてしまった気まずさを容易に凌駕する満足感が、間違いなくあった。

 

「あ、でも。もうちょっと雰囲気ある感じもほしいなー」

「……そこで安売りしきらない辺り、立派だと思うわ」

「この後たいへんなんだから、それくらいの役得があっても良いじゃない……って、わぁ」

「ん? ―――おお」

 

 いつの間にか、空海の雲の中を突き抜けていた。

 地上の空に、戻ってきたのだ。

 空からは、光の粒子が降り注いでいる。

 守護の力の宿った、幻想的な光の粒が、地上界を祝福するように、淡く照らしていた。

 

「星祭の影響が、地上にまで届いてるのか」

「巫女様とミルヒオーレ姫様の歌、凄い素敵だったもんね……きれい」

 

 呟く女に、綺麗なのはキミの方だと言いたい衝動にかられた。

「ふぇっ!?」

 凄い勢いで首が向いてきた。

 それだけで、実際に口に出していたのだと、シガレットは気づいた。

 視線が絡む。至近で瞳を覗き込める距離。潤んでいたのか、光の粒が反射してそうみえているだけなのか。

 

「俺と結婚してくれ」

 

 言ってそのまま引き寄せた。

 強引に。返事は全く、微塵も聞きたくなかったからだ。

 そのまま口を塞ぐ。はたして、抵抗は、無かった。

 はい、という風に唇が動いたような気もするし、そうでもないような気もする。

 只の気のせい―――ではなく、勝手にそうだったのだと、思うことにした。

 

 魔物を退治し。

 土地神が大地を祝福する、その片隅で愛を交わす。

 シチュエーション的にそれは。

 春先にあったそれと、太陽の位置以外は、ほぼ一致していた。

 

 そのことには誰だって気づく。

 そのことを()どう(・・)思うのかに関しては―――さて。

 

 ―――甲斐性みせてよ。

 ―――努力はするよ。

 

 つまりは、そういうことである。

 

 

 

 

 

 完

 

 

 

 




 と、言うわけで。
 ダラダラと中断期間をはさみつつ、このSSもまた最終回です。
 えーっと、三度目?
 再開したときは、どーせ『何も起こりませんでした』エンドになるんだろうなーと思ってたんですが、意外とそれなりに話が出来てたような、そーでもないような。
 どうしてこうなった。
 いや、八割方お見合い回の対処どうしようかって頭をひねってしまったせいなんですが。
 あと、アリアか。
 アレのせいで三馬鹿が公式フリーになっちゃったからなー。
 にしても、こういう展開にするなら嫁が孕んでるって言う設定は明らかにいらんかったね。
 まぁ、ライブ感()がルールのSSなんで仕方ないんですが。

 兎角、四期を待ちながら。
 一先ずここまで、お付き合いのほど、どうもありがとうございました。

 2015年 6月22日 中西矢塚




 
 




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