普通な僕と異常な君 (4E/あかいひと)
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その1-ハジマリの季節
「うぉう…………ちょっと感動だ」
洗面所の前の鏡に、真新しい制服に袖を通す幼いながらも何処か達観しつつ…………何よりモブみたいな見た目の人間が映る。まあ僕なんだけどね。
今日からピッカピカの中学1年生…………カッターシャツに簡易ネクタイにブレザー、下は黒のズボン。まるでスーツの様なこの制服は、僕の住むこの街にあるどの中学よりもカッコ良い。なんか気持ち大人になれた気分になるしね。
…………絶対、男の子ってどうのこうの言ったってスーツに憧れがあると思うんだ。小学生の友達で、中学が別々になった奴も、羨ましそうにしてたし。
…………そんなカッコ良い制服も、こんな見た目じゃ映えないんだけどねぇ。
「健太ー! いつまで鏡の前でニヤニヤしてるのっ!」
「あ、ごめん母さん」
算数が数学に変わる。
英語の授業が増える。
通知表が5段階評価になる。
部活動が始まる。
その他、色々な変化が僕を待っている。
「おまたせしましたー……」
「いやいや、俺は全然待ってないぞ健太。にしても感慨深いものがあるなぁ……」
「そうねぇ……私にも制服にはしゃいだ時期が…………」
「それが今じゃこんなになっちゃって痛い痛い痛い痛いっ!!?」
「悪かったですねぇこんなおばさんになっちゃってッ!!!」
「それよりもお腹空いたー」
「ごはんー」
リビングに行くと、父さんと母さんのいつものやり取りに、食いしん坊な弟とそれを真似する妹が。いつもの光景にくすりとしながら、席に着く。
「とにかく、今日は健太の晴れの日! 目立ってこいとは言わないが、胸張って行ってこいよ!」
「うん」
「じゃ、いただきます」
「「「「いただきます」」」」
「いっただっきまーす☆」
…………ちょっと待て、いつもの光景に異物が紛れ込んでるぞ。
「あ、みなさんお邪魔してまーす☆」
「おお、光ちゃんいらっしゃい」
「…………なんでお前がいんだよ」
「あらあら健太クーン、私がいたら嫌なのん?♡」
「たりめーだこのアマァッ!!」
「こらっ!」
「痛ーっ!?」
「そんな言葉遣いしたら拳骨落とすわよっ!」
「落としてから言わないでよ母さん!?」
「そんなことよりごめんねぇ光ちゃん。このバカ息子素直じゃないから…………誰に似たのかしらねぇ」
「いえいえー☆ そういうところも、私は可愛いと思いますよー☆」
「えー、お姉ちゃんの方が可愛い」
「きれー」
「あら嬉しい☆」
…………なーんでよりにもよって、この日にこいつが来るのかねぇ。神出鬼没に現れるのに慣れてるウチの家族は、まるで実の家族の様に迎え入れちゃう。なにせ、こいつ用の食器と布団と寝間着と歯ブラシがある時点でお察しだ。
「ちなみにお家の方は?」
「今日もいませーん……」
「あらあら…………じゃあ光ちゃんの分も写真に残しておくからねっ!」
「
こいつの名前は
「…………? 健太、私の顔に何かついてる?」
「…………いや、今日も無駄に整った顔してるなって」
「むーっ! 無駄って言うなっ!」
中身さえまともなら、美少女なんだよなー。ま、12歳の語彙では表現できないけど、お人形の様な、とでも言えばいいのかな?
で、同じ中学に通うこいつの制服は近頃のアイドルみたいな格好……ブレザーとリボンととスカートのトリプルパンチで、下手な美人なら『負けた……』って思わせられるだろうことを想像して、落ち込む。
連む側としてはあんまり綺麗だと困るんだよなぁ…………別に双方ピンク色な想いはないわけだし。そもそも、光が僕にべっとりな理由だって、あまり僕にとっては好ましいものでもないし…………。
「とにかく、今日は一緒に行こうよ健太っ☆」
「…………電話で話してくれたらこっちから迎えに行ったんだけど」
「そこはほら、『いってらっしゃい』って言われたいし☆」
「…………そうですか」
白ごはんに納豆を掛けてかきこみながら、僕は心の中で長〜いため息をつくのだった。
◇◇◇
「それじゃあ、2人ともいってらっしゃい」
「入学式には母さんたちも行くからね!」
「うん、じゃあいってきます」
「いってきまーす☆」
家の玄関を出て、これからの通学路になる近所の細い川の近くを通る。
ガチガチに舗装されて、川というには自然っぽさはないけど、沿うように植えられた桜の花びらが、これでもかと春の自然を主張していたのでトントンである。
「集団登校がなくなったのは嬉しいな。めんどーだったし」
「そうだねぇ」
「…………いや、お前はしてないだろ。逃げ出してるし」
「てへっ」
ああもう様になるなぁ……不審者に捕まらないか心配だ。主に不審者の命的に。別の意味でこいつは集団登校しないとダメだったろうに…………周りの被害的に。
「うーん、それにしても懐かしいねぇ」
「なにが?」
「私が健太と会ったのも、桜が満開に咲いた公園だったもん」
「ああ…………」
そういえばそうだったね…………独りぼっちで泣いてる女の子を慰めようとしたのが、このダラダラ続いてる関係の始まりだったなぁって。
「だから私は春が好きっ。私の始まりで、トモダチ記念日っ! あ、あと健太の誕生日も春っ!」
「………。無駄にテンション高いのはそういうことか」
「むーっ! 無駄って言うなっ!」
照れ隠し交じりに、そんなことを言う。そんな気がなくたって、こいつのにぱっとした笑顔は直視すると恥ずかしくなってくる。
「…………まあ、泣き虫コウが笑ってくれて、僕としては嬉しいよ」
「あー、健太がデレた!」
「? なにその『デレた』って言うの」
「んーとね、普段むすっとしてる人が、急に優しくなったりするときに言うらしいよ? 古本屋のおにーさんが言ってた」
「へー」
…………むすっとしてる原因は光なんだけどな。という言葉を飲み込む。言ってることに間違いはないし。
「まあ、そういうことで…………中学校もよろしく、光」
「…………! こっちもよろしくーっ!!」
「あっ、こら抱き着くなっ!!」
◇◇◇
『
職業:中学生
容姿:ふつう
好物:納豆ごはん
備考:???
『
職業:中学生&???
容姿:美少女
好物:タマゴ焼き
備考:バケモノ
この物語は、どこか
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その2-ちょっぴり悩む部活決め
「うふふー♪」
「…………(イラッ)」
この僕、景山健太という人間は、目立つのが嫌いだ。目立つと、良い視線も悪い視線もごっちゃになって突き刺さるし。そういうのがいいって人は中には居るんだろうけど、人間の中でも少数派だろう。そも、ごく普通の人間が目立つのは何かが間違っている。
…………で、そんな目立つ原因になってる奴が、今隣で給食を食べてやがる。
そも、入学式当日からこいつがべったりだったせいで悪目立ちしたし、そのあともだいたい隣に光がいてニコニコしてる。
小学校が同じだった人達は『ああ…………いつもの2人か』で済むのに対して、別の小学校から上がってきた人からの視線は…………考えたくない。
というかこいつ、今はまだ教室内での班決めが決まってなくて、給食を食べる時の席は自由だけど、決まったらどうすんだろ。
授業よりも悩ましい、今の僕のこれ以上ない悩みである。
「そういえば、健太。あれ、どうすんの?」
急にニコニコ顏から一転して真面目顏になる光。なんだよ、怖いな。
「あれ?」
「部活動。確か来週から仮入部が始まるよね?」
「あー…………」
僕らの通う中学校は、1週間仮入部期間が設けられている。新1年生には、仮入部届けなる紙を配られるのだが、月から金曜日まで、それぞれに仮入部したい部活を書き込むらんがある。この仮入部期間においては、最大5つの部活動を体験できるというわけだ。
「ちなみにだけど、光は決まってるの?」
「うん、私は入んない。だって私が入るとズルでしょ?」
「うん、まぁ…………」
光は、表向きは何やらせても完璧にこなす天才だ。本当はそんな枠に収まらないんだけど、こいつ1人いるだけで運動部は全国優勝狙えちゃうだろうし、文化部に入っても、コンクール的なので金賞を取るに違いない。
「でも、健太が運動部に入るならマネージャーはありかなって」
「残念だったな、ウチの中学の部活に、マネージャー制度はない」
「ルール如きじゃ、縛られないわよ私♪」
「ですよねー…………」
もし法律で縛れるのなら、こいつは今よりもっと大人しいはずだ。ナンテコッタイ。
「いくらなんでもそこまでいくと過干渉だよ……そも、友達の距離感じゃないし」
「友達じゃないっ、親友!」
「…………へいへい」
いや、親友にしたっておかしいですからね光サン。
「で、どうすんの?」
「んー、とりあえず運動部入ろうかなって」
「そっかー。じゃあ卓球?」
「道具使って球ど突く球技、苦手なんだよなぁ」
遊ぶ場所を無料で開放してくれてる小学校近くの児童館で卓球やったとき、壊滅的だったんだよなぁ。多分練習したら、普通レベルにはなるんだけど、楽しみを見出せないから、卓球は特にやる意味を見つけられない。
「じゃあバスケかな?」
「正解」
結構漫画に影響されるタイプの僕。スリーポイントシュートに魅せられて打ちたくなっただけ。なけなしの小遣いで買ったボールを持って、隣町にある大きな緑地公園のハーフコートで練習しまくったけど。
「でも、バスケェ? 健太には悪いけど、健太ってど平凡だし、激しいスポーツとか向いてないんじゃないかなぁ」
「うぐっ」
確かに、バスケットボールは運動量が多いから、スポーツテストの結果が毎回全国の平均値な僕では中々に厳しいだろう。…………一時期体を鍛えようとランニングと筋トレをしたのに、全く効果が出なくって密かに枕を濡らしたのは秘密である。
「でも、とりあえず仮入部で様子見てからにするよ。他の部活も、興味はあるし」
「そっか。じゃあ私と一緒に─────」
「断る」
「まだ途中ーっ!!」
プンスカしてる親友はスルーすることにした。
◇◇◇
「はてさて、どうしたものか」
金曜日、帰宅後の自分の部屋にて。冷や汗を流しながら、ちょっとカッコつけた…………のだが、目の前の問題はとてもまずい。
1週間の仮入部期間、僕はいろんな運動部の体験をやってきたが…………なんというか、どれもこれもイマイチパッとしないのだ。
どのスポーツも、卒なくこなすことはできるだろう…………でも、活躍できる図が思い浮かばない。万年補欠ルート直行である。
そして、肝心のバスケ部は…………
「部員数5人て、どうなん?」
どうもこの中学ではバスケットボールは不人気のようだ。3年生3人、2年生2人、1年生も入ることを完全に決めているのは3人のみ。夏で部活動が終わる3年生がいなくなれば、俺が入っても6人だけの部活である。いくらやるからにはレギュラーで試合に出たいとは言え………普通に死ねるよね。いや、死なないけどキツイのは間違いない。そもそも、学年の人数が1、2、3年それぞれ100を超えてないのが異常なのだ。この街都会の方だぞ?
と、そんな感じでうんうん唸っていると…………
『Prrrrrrrr!!』
勉強机の上に置かれたガラケーが、着信音を鳴らした。これはウチの親が買ってくれたもの…………ではなく、光が無理矢理俺に押し付けやがった緊急連絡用の携帯電話だった。…………コレが鳴ったということは。
「はいもしもし」
『ハァイ健太。部活決めで悩んでいるところちょっと悪いけど、ちょーっと力を貸してくれないかな?』
「…………何があったの?」
『それなりに面白いもの見つけたの。同じ学校の、同級の子に、オバケが』
通話を切る。
ふぅ、非日常的な単語が聞こえてきた気がするが、気のせい気のせい。それにしても本当に部活どうしようかなー?
「そうやって『異常』をあからさまにスルーするその姿勢はどうかと思うよ?」
「…………いつも思うけど、プライバシーもへったくれも無いよな。どんな手品だよ?」
嫌だ嫌だ認めない。僕はごく普通の男の子。下手したら平均のサンプルとして見本になるレベルの凡人ぐあいだ。そんな僕がファンタジーな出来事に巻き込まれるなんてそんなオカルトありえないから。
「もー、健太は普通じゃないもん! だって、私が壊しにかかっても何にもなかったじゃん!」
「ただ肩を掴むだけで壊されてたまるかっ!」
「本当なら壊れてるハズだもんっ!」
なんでもできる優等生の光は…………その、なんていうか、現実と虚構の判断がつかない人間…………
本当は分かっているのだ。触った物を壊したり、超能力みたいな…………魔法みたいな、不思議現象を使っちゃう女の子なんだって。
でも、だからと言って認めるわけにはいかない。
「僕が、そんなファンタジーパゥワーを受け付けない能力を持ってるなんて、ぜぇったいありえないっ!!」
なんだその主人公が持ってそうなアンチ能力。ふざけんなよ僕は何やっても普通の子供だ。
「5歳のとき、私の攻撃が無意味だった。6歳のときに消したユーレーさんは数知れず。私が習得した魔法も効かなかったね…………11歳のときには大妖怪みたいなのも殴っただけで消したし」
「あーあーあー!!! きーこーえーなーいッッッ!!!!」
霊感なんてなかったはずなのに、指摘されて『あ、そこなんかおかしい』みたいな感じで理解できるようになっちゃった自分が悔しいっ! どうして理解しちゃったんだ僕!!?
「……でも健太は、なんだかんだ言ってオバケ退治するんでしょ?」
「…………いや、まあ」
仮に…………仮に! そういう存在がいたとして、そういうのを倒せる力があると言うのなら…………まあ素振りパンチっぽい労力しかないのだから、騙されてやるのもやぶさかではないというかなんというか…………。
「まったく、健太は『ツンデレ』だねー」
「何そのツンデレって」
「素直じゃない人に対して使う言葉らしいよー?」
…………天邪鬼でよくね? まあいいけど。
「とにかく健太、急ごう。勘だけど、あと1時間も放置したら男の子死んじゃう」
「それを早く言えよ!!?」
◇◇◇
自転車の二人乗りは本当はダメなんだけど、やらざるをえないこの状況。なお、光が漕いで僕が乗るのはいつものことである。その方が速いしね。
「まったく、瞬間移動で健太も連れていけたら楽なのにっ!」
「その瞬間移動させられない人間に救われてるのはどこの誰!?」
「わーたーしーでーすーッ!!」
そんな喧嘩紛いのやり取りを繰り広げながらも、僕も光も、周りを見ながらその、オバケに取り憑かれてるらしい同級生を探す。
「というか名前は!?」
「知らないっ! 男の子の名前は健太以外ほとんどうろ覚えっ!」
「そりゃ光栄ですね畜生っ!!」
同じクラスだったら、名前で顔は分かるのにっ!
とりあえず、光には運転を頑張ってもらおう…………僕は、そうだな。
「……………………見つけた」
「えっ、嘘でしょ健太!?」
「気持ち悪いものがありそうな場所を見つけただけっ! 多分らんぷ公園の隣を歩いてるっ!」
「分かったッ!!」
らんぷ公園…………校区で1番広く、何もない公園…………というのは今は置いといて。
場所が分かればこっちのもの。光は思いっきりペダルを漕いで加速する…………普通に制限速度を超えてるのはつっこまない様にしよう。
「あっ、いたァァァアアアアアッッッ!!!!」
「…………ああ、彼か」
同じクラスの佐藤クン。中1なのに老けたその顔と、170cmもあるその身長から、既に『おっさん』というあだ名を付けられた、ちょっと可哀想な奴だったなぁ。
その彼の隣をビュンと走り抜け、ギュルギュルとドリフトの様に方向を変えながら停止。
「う、うわっ!?」
「佐藤クンですね!! 同じクラスの景山です!!」
「いまちょっと大丈夫!?」
「あ、うんいいけど。でも、夫婦揃って俺に…………今病院向かう最中なんだけど」
「付き合ってもおらんわこのアホーッ! というかそれよりもッ!!」
眼を凝らして佐藤クンを観る。確かに調子が悪そうだ…………肌の色が白い。
…………なんか、もやもやしたのが全身を包んでるなぁ。
「ちょっと失礼」
「え、ちょ!?」
背後に回って肩を掴み…………そのもやもやの存在を『否定』するイメージを送り込む。
10秒もしたら、そのもやもやしたものは消えて、心なしか佐藤クンの肌の色も戻った気がする。
「…………光、どうだろ?」
「うん、流石って感じ」
「な、何の話だよ? わけわかんねー」
「気にしなくていいよ。それより佐藤クン、体調の方は?」
「…………なんか、軽くなってる?」
よ、よかった〜…………こういうのって病院じゃどうにかなんないし、基本的に現代人は前までの僕と同じで、悪霊とか妖怪なんて信じないし、専門の人なんて呼べないしねぇ…………。
「とにかく、今日は帰ってちゃんとご飯を食べて寝ること! 原因はなくなったけど、身体はまだ弱ってるんだからね!」
「あっ、はい」
「よろしい! じゃ、またね! 帰るよ健太っ!」
「あいよー。じゃ、佐藤クン。また月曜日に?」
あー、精神的に疲れたー。帰ったら寝よ。
「いや、健太は寝かさない」
さらっと心を読まないでよ…………。
◇◇◇
「…………結局、なんだったんだ?」
嵐の様に現れて、嵐の様に去っていく彼らの背中を見ながら、彼らと同じ中学の1年生、
彼の中での2人の印象は、凸凹な恋人同士という認識だった。良くも悪くも普通な健太に、誰もが眼を奪われてしまう様な光。そんな2人が基本的にセットで動いているのだ。接点がなさそうな2人が仲良さそうにしているのだから、それはもうそれ以外考えられない…………と思っていた。
「確かに、身体は軽くなったけど」
下校時から、急に体調が悪くなった彼。原因は分からなかったし、熱もなかったため、彼の母親は大したことはないと思って、行くなら1人で行ってきなさいと送り出されて、結構参っていた。
その時にあの2人が現れた。かなり焦っていたから、2人は彼の体調の悪くなった原因が分かっていたのだろう。…………仲の良さはともかく、接点はそういうところにあったのかもしれない、と彼は結論付けた。
「うーん、お礼した方がいいよな」
しかし、彼は2人の家は知らない上に、今日は帰って養生しろと言われた。実際に体調を戻してもらった彼に、光の言った言葉を疑う余地はなかった。
「『また月曜日に?』って言ってたし、その時かな」
自分の母親に、なんて説明したものかと悩みながら、軽くなった足取りで彼は家に帰り始めるのだった。
◇◇◇
月曜日。ちょっとしんどく感じながら、いつものよーに光と登校。職員室で鍵をもらって、教室の鍵を開けた。
自分の席に着く前に、教壇の上に眼を引くものが置いてあった。本入部届の、回収ボックスである。
…………結局、入る部活は男子バスケットボール部にした僕。少し躊躇いながら、入部届を回収ボックスに入れた。
「本当に大丈夫なのー健太?」
「さあね。まあ、バスケはやったことないけど好きだし、最後まで続けられるでしょ」
「好きこそ物の上手なれ…………は、健太には当てはまらないけど、まあ楽しかったらそれでいいんじゃないかな」
悲しい事実である。
と、そんな感じで現実を突きつけられていると、後ろから声をかけられた。
「お、やっぱり来てたなお前ら」
「ああ、佐藤クンか。おはよー」
「おはよー佐藤クン☆」
「おう、おはよう」
そう言って、彼も回収ボックスに入部届を入れた。ちらりと見えたが、まさかの男子バスケットボール部か…………というか、今思い出したら彼はバスケ部に入るって決めてた組だったね。
「金曜日は助かった。サンキューな」
「僕はキミの肩を掴んだだけ。それっぽっちでお礼を言われてもねぇ?」
「いいんだよ、実際すごく楽になったんだからよ。…………で、」
「?」
「結局、アレの原因はなんだったんだ?」
「…………アレって言われても、僕わかんなーい!」
嫌だ嫌だ、普通の人(僕も普通の人だけど!)を巻き込むのは嫌だ。下手に首を突っ込まれても困る!
「まあいいけどさ。とにかく…………世界は意外と、愉快なこともあるもんだな?」
「……………………」
「ま、お前もバスケ部に入るっぽいし、これからよろしくな景山!」
「う、うん。よろしくね佐藤クン」
こ、これってバレてると考えた方が良いのかな?
「ふふっ、新しい友達ゲットって感じ〜?」
「…………うるせぇベタベタすんな腐れ親友」
「なにさ親友って!! 照れるじゃん!!」
都合の良いことしか聴こえない耳を羨ましく思いながらは、疲れたように僕は自分の席に座り込むのだった。
◇◇◇
『
クラス:1-2
容姿:おっさん
好物:鯖缶
備考:真実に近いてる人&男子バスケ部
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その3-とっつきにくい同級生
本入部。全員で挨拶をするためにその日の部活の最初はスタートがずらされた、ようで。まあ挨拶は必要だし、先輩達の名前を全て覚えられたわけじゃないからすごく助かる。
因みに新入部員、結局3人。僕と、佐藤クンと、もう1人。やばいな、このままだと夏から5人…………漫画見て軽〜くバスケの試合を動画投稿サイトで見た俺でも、無理のあるような状況だということは余裕でわかる。
「では、最初に新入部員から挨拶を」
練習場所である体育館の端で、つるっ禿げの顧問の先生が言ったので、五十音順で僕らが…………ってか、僕からじゃん、マジですかそうですか。苦手だけど、我慢するしかないよねぇ。
「1-2の景山健太です。バスケは全く経験がないですが、貢献できるよう頑張りたいと思います。よろしくお願いします」
パチパチと、拍手が鳴る…………未経験者でごめんなさい。ちゃんと練習するので!
「1-2の佐藤宗介です。小学校の頃に少しだけやっていました。まだ背は低いですが、センターで頑張りたいと思います。よろしくお願いします」
へー、170センチでも低いんだ。まあ、漫画とかだと180オーバーの人が多いからそうなんだろうけど。でもセンターってかっこいいよね! なんというか…………派手なプレイでも地味なプレイでも、チームを支えている感じが! …………まあまだ160しかない僕じゃ夢物語なんだけど!
「……1-3、元部洋祐です。一応、経験者です。よろしくお願いします」
…………お、おう。3組からの人か。なんというか、物静かな人なのね。でもこう…………抱負とかないのかな? どこそこのポジションで頑張りたいとか! …………あ、なさそうですねごめんなさい。
佐藤クンからして一筋縄ではいかなさそうだし、僕この部活でやっていけんのかなぁ…………。
◇◇◇
あの後、先輩達と先生の挨拶が終わった後、2、3年生は体育館で練習で、1年生は外で走ってこいと言われ、メニューを口頭で確認したのですが。
マジさーせん部活動舐めてました。
「…………1.5㎞もある学校の外10周って何語ですか」
「え、こんなもんだろ?」
こ、こんなもの? 部活ってとにかく走らされるって聞いたけど、もしかしてこういうこと?
と、戦慄していると少し躊躇いがちに、元部サンが口を開いた。
「……試合に耐えうる体力作り。後、限界を超える練習。現状ですら大半の時間コートに立たなければならない以上、無駄とも思えるほどのハードワークは必須。バスケなんて、極端に言えば全速力で持久走をし続けながらするスポーツだから」
あ、分かりやすい解説ありがとうございます。まあ、理由が分かったところでなんとかなるかと言われたら、ならないんだけどね。この平均的ボデーではどうにもならん
「……つらくなったら休んでもいい。でも、5月後半の地区大会までに、先輩達のサブメンバーとして動ける程度には仕上げないと」
「まあ……そうだよなぁ。俺らいなかったら、先輩達だけだと5人だもんな」
「5人で最初から最後までプレイし続けるのは困難。だから景山にも頑張ってもらいたい。人数が少ないから負けたなんて言われたくないし、言われてほしくない」
「そ、そうっすね!」
なんだこの頼もしい人。とっつきにくいとか心の中でおもってごめんなさい。
「……走り終わったら筋トレ。その後は外用ボールでハンドリングの練習に、ドリブル練習。やることはたくさん」
「はんどりんぐ?」
「ボール操作ってイメージだな。相手に取られないように動かせるようにならないとって意識でいいと思うぞ」
ふぇぇ…………やることが多くてびっくりだよ。まあどの部活に入ってもそれは変わらんだろうしいいんだけどさ。
「……説明はここまで。とにかく、まずは走ろう」
「「おー」」
なお、3周目であまりのキツさに泣きが入ったのは自明の理であることをここに記しておこう。
◇◇◇
バスケ部活動初日から既に死にそうになってる自分が情けなく思いながらも、自宅リビングのソファにてゴロリとダウン。全身が痛いのらー。
とは言えこうやって仲間と一緒にスポーツで汗水流すってのは、青春臭くて癖になりそう。僕ってば、全然そんなことしてこなかったからなぁ。
「にーちゃんにーちゃん」
「なんだね弟よ」
そんな風に良い感じで青春してるこの状況に酔いしれてると、マイブラザーがちょっとゲッソリした顔で俺の顔を覗き込んできた。
「晩御飯はどうするん?」
ば、晩御飯、とな?
「えー、母さんまだなの?」
「あ、にーちゃん忘れたな? 今日からお父さんとお母さん、またしばらくかかりきりって」
……………………。
「ぬわぁぁぁぁああああああっ!? 忘れてたぁぁぁぁああああああっ!!」
何がやばいって、凄くやばい。
マイブラザーの台詞は今日の夜は、父さん母さんが遅いどころか、2週間ぐらいは帰ってこれない可能性をはらんでいる。
何せ2人とも同じ場所で働いているのだけど、日によって何日間も張り付いたりせねばならぬ過酷極まる職なのだ。代わりに給与はまぁまぁなんだけどさぁ。
さて、帰ってこれないとなると家を回すのは俺しかいない。弟はまだ小3、妹に至っては5歳である。
「…………冷蔵庫に食材はあったよな」
「うん」
「…………チャーハンとエビチリとかきたまスープな」
「やった!」
覚悟を決めて疲れた体に鞭打って、キッチンまで向かおうとすると…………
「そして完成した品は、こちらになりまぁす☆」
「すげー!?」
勝手知ったると言わんばかりに、エプロン姿でくるくるりと踊るように料理をしていたらしい光が、さっき口にしたメニューを完成させていた。色々とツッコミどころはあるが、なによりまず。
「……………………いやあの光? 何してるのさ」
「景山ご夫婦に健太達のことを任されたっ♪」
あ、そうですか…………いや、オトンにオカン? これでも家事なら完全にこなせるできた息子ですよ? アテになりませんか?
「正確には『泊まりに来ないか』って言われたんだけどね。ほら、こっちも保護者が仕事でいない
「ひっじょーに助かったよ親友。サンキューです」
「気にしない気にしない。ささ、熱々のうちに食べようぜ!」
なお、僕が作るよりも格段に美味いのは自明の理であるからして、『にーちゃんのより美味しい』だなんて言葉に傷ついたりはしない。しないったらしない。
◇◇◇
弟も妹も寝かしつけた夜の10時。身体の疲れもさることながら、そのあとの軽いドタバタによる精神的な疲れがドッと押し寄せてきた頃。
「というわけで健太、私はご褒美を所望します!」
「待てやド腐れ親友。何に対してのご褒美なんだよ」
「そりゃあ…………こんなかわいー幼馴染に作ってもらったご飯に対する?」
「自分で言うかよ全く…………」
しかも然程嫌味に聞こえないあたりが、流石だなぁと思うが。
「で、何すりゃいいのさ。ご覧の通り、凡人な僕は光と違ってもうヘトヘトで眠いんだけど」
「だいじょうぶだいじょーぶ☆ 健太にはソファで座って貰うだけだから♪」
座って貰うだけ? という疑問を置き去りにしながら、リビングに敷いたカーペットの上で寝そべっていた僕はぺいっと投げられ、丁度同じくリビングにあるソファに座る体勢で着地した。
「…………心臓に悪いから止めてって何回も何回も…………っておい」
「にゅふふー♪」
思わずジト目で見下ろす。だってこの女郎、僕の膝を枕にして横になってやがる。
「うんうん、やっぱり膝枕は程よく肉のついた健太のが1番だねぇ」
「…………何回も言うけど、これって親友の距離感じゃないと思うんだけど」
別に、実は恋心を抱いているということもなければ(多分)、その辺りのことに疎いというわけでもない僕たちだ。間違っても……という表現は少し不適当だけど、そういう関係ではないし、なりえないはずだ。
「いいんだよ〜細かいことは〜。他所は他所、ウチはウチ。そも、世間一般的には異性間での友情は成り立たないに等しいってなってるんだし、私たちの友情のカタチが、こんな風でもいいと思うんだけどな」
…………まあ、そうなのかもしれないけど。
そんな風に半ば丸め込まれながら、僕は彼女の頭を撫でる。こうすると機嫌良くなるし大人しくなるし。自由気ままだけど、膝の上では甘えてゴロニャンする猫みたいな? いや、僕は猫を飼ったことはないからイメージだけだけどさ。
「……ねぇ健太」
「なんだね光?」
他の誰でも…………ウチの家族でも分からないような、世界中で僕だけが気がつくであろうトーンの変化に、面倒くさく見せるフィルターを取り払って、素の調子で続きを促す。
「……他の誰が敵になっても、健太だけはずっと味方だよねぇ……そばをはなれたり、しないよねぇ…………」
…………そういえば、そろそろ周期のピークだったか。道理で最近必要以上にベタベタしていたと思った。
「だいじょうぶだよ光。他の誰が光から離れていっても、僕だけは光の味方だから」
いつかの、桜舞う夜の公園で寂しさに震えて泣いていたあのバケモノは、僕のその言葉に満足そうに微笑んでから、ゆっくり目を閉じるのだった。
……どーでもいいけど、すっげえ足痺れて寝れねー。
◇◇◇
そんなこんなでまたまた1週間が過ぎていく。
部活動を通して分かったこと。
僕にはやはりスポーツマン的な才能はからっきしであるが、身体能力が追いつく分に関しては、飲み込みは早いことだった。
例えば、NBAのプロの如くボールを自由自在に操ることはできないけど、基本的なドリブルやハンドリング、さらに人差し指でボールを回す程度のことなら既に出来るって感じだ。
まあそんなことはすこぶるどうでもいい…………いや、バスケ部員としては諸手を挙げて喜んだんだけどさ。
目下、僕が気になっているのは……
「……なに、景山?」
「あ、ああいえなんでもありませんですよ」
「……だったら練習に集中して。迷惑」
「サーセン…………」
今現在体育館でのパス練習の相手、元部サンのことである。
一緒に部活をして分かったことは、彼は自分にも他人にも厳しい、そこそこストイックな人であるということ。空気が多少読めてないところもあるけど、まあ変な人ではない。
…………と、思ってたんだけど、ねぇ?
思い出すのは昨日の光景、親睦を深めようと3組の教室に彼を呼びに行こうとした時の光景である。
『元部サー……』
『『『(ギロッ!!)』』』
『(…………え、なんぞこれ)』
すっごい睨まれたのである。ついでに、元部サン自身もそんな感じで睨まれてたりいないものとして扱われたりしてた。
…………イジメじゃあ、ないよね? イジメだったら軽〜く失神しちゃいそうだよ。僕ってばメンタル劇弱だし。
というわけで練習後。
「どう思うよ佐藤クン」
「どうもこうも、なぁ。まあ、ちょっとだけあいつの噂聞いたけどさ」
帰り道、途中まで方向が同じなのでちょっと佐藤クンに意見を仰いでみた。
「なんというか…………嫌なヤツらしい」
「え?」
「授業中、気がついたら寝てる上に、その流れで問題出したら完璧以上に答えるって」
「なにそれちょー嫌なヤツ」
アレか、『俺なら寝てても点数取れるし』ってか? ふざけんなよ僕なんか真剣に授業受けても平均点のオンパレードなのに…………とまあそれはともかく。
「ちょっと信じられないな…………少なくとも、授業中に寝るような人じゃないと思うんだけど。ほら、自分にも他人にも厳しいじゃん元部サン」
「俺もそう思った…………けど、現実にヤツは寝てるっぽいし、俺たちも元部のことを良く知ってるわけじゃないしなぁ」
マジでどういうことなんだろうねぇ…………。
「でも、もし元部が俺らの思った通りの性格で、授業中寝てしまうのが不本意だとすれば…………もしかしたら、お前らの出番じゃねーの?」
「僕らの出番?」
「惚けんなよ、この間俺のこと治したのお前だろ?」
あー…………。いやまぁ、そうかもだけどさ。
「そう頻繁に、ゴロゴロとあんな事案が転がってるわけがないでしょ? …………あと、人の多いところでそんな話しないで。あいつはともかく、僕は積極的にはバラさないスタンスだから」
「あ、ごめんごめん」
「…………ったく」
それに…………
「元部サンからそんな気配はなかったと思うんだよねぇ」
「あ、なんかそれっぽい台詞」
「台詞ゆーな!!」
本当にそういう能力なかったら痛々しい台詞なんだからなコレっ! というか僕的には痛々しく聞こえてくれた方がいくらか救われるんだけどね!!
…………それとさ。
「おいド腐れ親友。気配消して隙伺ってんじゃねーよ」
「うわっ!!?」
「あ、ばれた?」
いつの間にか背後にいたのは無駄に見目麗しゅうござっていやがる我が親友殿。部活やってないからか、既に帰宅した上で私服モードであった。
「し、心臓に悪いから止めてくれよなぁ! お前らと違って一般人なんだよこっちは!」
「おいコラ佐藤。僕も一般人だっつーの」
「「言ってろ異常」」
…………悲しいな。否定できない僕がいる。
「まあ冗談は置いといて。もしかして、急ぎの用なのか?」
「んーん。そういうわけでもないよ佐藤クン。単に晩御飯の買い出ししようとスーパーまで足を伸ばしたら、2人を見かけてって感じ」
「あー…………ごめん、ありがと」
「いいってことよ! あと、保育園にあーちゃんのお迎えも行ってるからご心配なくー」
「…………え、なにお前ら一緒に住んでんの?」
「「普段は違う」」
「…………今は住んでるってことかよ。いくら仕事の相棒だからって、進み過ぎじゃねーの?」
進み過ぎ、ねぇ?
「そこんとこ、どうなんだろね?」
「この歳のカップル的に考えると、まあ健全とは言い難いよね。ま、そんな関係じゃない私達が、特に気にする必要は」
「あるからね?」
「ちぇー」
「…………夫婦漫才はやめろ」
「夫婦じゃないっ!」
「そうだよ、年齢的にしてるわけないじゃないか!」
「「ツッコミどころそこかよ!!?」」
お、ナイスツッコミ佐藤クン。成る程、彼はツッコミ要員だったのか。
「…………はぁ、なんか練習より疲れんだけど。あ、俺こっちだから。また明日な、景山に堤」
「おーう。また明日ね佐藤クン」
「じゃねー☆」
ということで、またいつもの2人になってしまったわけですが。
「…………で、どう思う?」
「んー、私も元部クンからそんな気配は感じ取れなかったなぁ。でも、彼の性格らしくないというのは同感ね」
人間観察も中々ハイレベルな光のことだ、そこは間違いないのだろう。
「ならしばらくは様子見かなぁ」
「そーだね。…………悔しい?」
「いんや。そも、対異常でもこんな能力持ってる方がおかしいんだ、人間こんなもんでしょ」
まこと、人間とは不便なり。
でも、この不便さが人間らしさだというのなら…………甘んじて僕は受け入れるけどね。
「ねー健太。必死こいて難しい言い回ししようとしてるのは分かるんだけど、背伸びしてる子供にしか見えない」
「ちょっと待て、僕13の子供だから別にいいでしょ!?」
あと、背伸び感覚で言えばお前に言われたきゃねーよ。
◇◇◇
で、結論から言えば。元部サンの授業中に寝る原因は割とすぐに判明した。
だって、練習中に眠るようにぶっ倒れたもん。
倒れた痛みで目が覚めたのか、すぐに復活したけれどね。
「……練習中断させてすみません」
「いや、それは大丈夫だけど…………保健室行った方がいいんじゃないか?」
「……問題ありません」
介抱していた先輩が、心配そうに声をかけるが…………まるで意地を張った子供みたいに、元部サンは拒絶する。
「いや、だって急に眠るように倒れるって、ちょっと─────」
「問題ありません!!!」
またもかけられた声に、尋常じゃない様子で声を荒げた。
…………これはまさか?
◇◇◇
(暫定)
『
クラス:1-3
容姿:ぬぼっとしただるそうな感じ
好物:不明
備考:もしかして→睡眠障害?
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その4-おせっかいは、悪い子?
「なぁ景山ー……あれは流石にそういうことなんじゃないのかー……?」
「佐藤クンはファンタジーに夢持ちすぎ。なんでもかんでもそーゆーのが原因じゃないから」
いや、ある意味で『そういう思い込み』がそーゆーのが原因になってしまうとは光から聞いたことがあるけど、僕はそういうのは嫌いである。
自分のやってしまった良いことも悪いことも、自分のせいにしたい。生きるって、そういうことだと思うのだ。まだ中学一年生だけどね。
というわけで、先程の元部サンの反応を訝しく思った佐藤クンが話をしたいと言うので、ちょっと佐藤クン家から遠いけど僕の家に案内したのだ。…………あっ、これ中学で初めて友達を我が家に案内したかも?
んで、はしゃぐ弟妹をスルーして自分の部屋に案内し、お茶とお菓子を用意してテーブルに着き、どうにかできないか? と聞かれたわけだが、現実は非情である。
「まあ、うん。確かに元部サンのあの反応は、本意じゃなさそうだったよね」
「お前にはどうにかできないのか? 知り合ってばかりだけど、チームメイトが苦しんでるの知らんぷりはちょっと…………」
「なんとかしたいのは山々なんだけどサ…………僕、そういう人間らしい悩みの解決はできないの。良くも悪くも、佐藤クンが言ってるような、そーゆーことにしか対応できない」
「こういうこと言うのあれだけど、その力つかえねーな…………」
全くその通りである。
「でも、逆に言うと普通に対処可能だってことだよ。多分あれ、病気だと思うし」
「それって、どんな?」
どんな、と言われると困る。なんか、唐突に眠ってしまう病気? としか言えないというか。
『睡眠障害。その中でも過眠症ってやつに分類されるやつだろーね』
と、悩んでると虚空から声がしてきた。誰なのかが分かるだけに頭が痛くなる。
「ひっ!? い、今堤の声がした!?」
『驚くとはひどいなー。私がそういうのだって知って────』
「ないから。くわしく説明してないから。いきなりそういうことしたら、そりゃビビるから。佐藤クン安心して、単純にあのおバカはその場に居なくても声だけ届かせるとか余裕みたいだから」
「そ、そうなのか…………」
しかし、それにしても佐藤クンの反応は思ったより薄いなぁ。正直、こういうバケモノ染みたことすると避けたり仲間外れにしたりするようなものだと思うんだけどね。実際これまでそういうこと多かったし、『だから』光は今此処にいるんだけど。
「だって、悪いやつじゃないじゃんお前ら。まあビビったりはするけど、怖がるのはなんか違うと思うんだよ」
「顔に出てた?」
「うん、思いっきり。『なんで避けないんだろう』って」
『うぅん、できた人間だねー佐藤クン。私は嬉しいよとても!』
うん、僕もなんか嬉しい。
「それで、そのかみんしょー? って言うのはなんなんだ?」
『ざっくり言うと、寝たくないのに寝ちゃう病気かなー』
本当にざっくりしてるけど、それだけ分かれば十分である。
「なぁ光、それお前のコネでなんとかならない?」
『ならない。多分、治せない類いの過眠症だし、実は病気が問題じゃないっぽいしね』
「え、病気が問題じゃないって…………どういうことだ?」
こっち見られても分からないよ佐藤クン。
『今、その裏付け取るために元部クン家に忍び込んでるから、ちょっと待ってて』
「……えっと、これってふほうしんにゅーとかいうヤツじゃないのか?」
「…………黙っててくれると嬉しいなぁ」
色々と手を尽くしてくれるのは嬉しい反面、堂々と犯罪をする親友に頭がさらに痛くなった。
◇◇◇
とりあえずある程度原因は知れたことで納得、続報を待つってことで佐藤クンは帰った。
そしてその3時間後位に、光が帰って来た。いろんなことを飲み込みつつ、暖かく出迎えてあげようと思ったが、表情が硬い…………というか、眉間にしわ寄せて怒っていた。どうしたんだろう…………?
「ったく、そりゃあーも頑なになるわ…………だからあーゆー押し付けがましいの嫌いなんだよ私は…………」
「ど、どうした?」
「どうしたもこうしたもあるかっ!」
そう言って光はリビングのソファにダイブして寝転がり、ムシャクシャしてるのか頭をかきむしった。
「……………………ハァ」
余程、彼女的にも辛いものを見たらしい。僕もソファに座り、無理矢理ヤツの頭を太腿に乗っける。所謂、膝枕の体勢だ。
「何を見たのか、気になるけどいいや。とりあえず気がすむまで甘えていーよ、光ちゃん」
「うぅ…………健ちゃんはいっつもやさしーから、たすかる」
ポンポンと、頭を撫でながら少し予想をして…………まあ細かいところはともかく、どんなことなのかは予想するまでもないことに思い至る。そして頼りきりにしてしまった僕自身と、光のトラウマを刺激した元部サンところの家に、イラだった。まあ、不法侵入とかは棚に上げてるけどね。
「…………がんばってるのに、みとめてもらえないって、つらいの」
「うん」
「…………がんばっても、そのうえをもとめられるの」
「うん」
「…………さいごに、おかしいっていわれるの」
「……うん」
「がんばってる、だけなのに…………」
「うん、光ちゃんは頑張ってきた、えらいえらい。でも、僕といるときは無理して頑張らなくてもいいからね。僕が光ちゃんにして欲しいことは、普通に、仲良くして欲しいだけだから。光ちゃんがしたいように、ね」
「健ちゃん……………………」
「ごめんね光ちゃん、つらいことさせた。無理させた。だから、今ならなにやっても許してあげる」
そういうと、おずおずしながら抱きついてくる。つい昨日気持ちがしずんでいたのが、更に落ち込んでるみたいで、罪悪感も合わさって、暫くはこいつのいいなりになってやろうと決めた。
(それはそうと、どうしてやろうか…………)
元々スルーするつもりも無かったけど、このせいで途中で投げ出す選択肢も消えた。今はへこんでる光が復活したら間違いなく彼のために頑張るだろうし、自分と重ねて。
まあ、今はお姫さまの成すがままにされることに集中するか…………。
◇◇◇
「と、いうわけで手伝って貰いたいのよ佐藤クン」
「や、手伝うのは問題ないんだけどさ。結局あのあとどうなったん?」
「聞けてない、光がダウンしたからね。流石にグロッキーの人間をどつきまわす様なことはしないもん」
「ああ、いないのはそういうことなのか。てっきりまだ潜入してるものかと」
「流石のあのバカも、他人のためにそこまで頑張って学校はサボらないよ、うん」
日が替わり翌日。今日はいつもより早く、一人で学校に来た。そして予想通り、教室には佐藤クンも来ていた。察しのいい人は助かるよね、察しが良すぎとも思うけれど。
「でも、光がグロッキーになったから大体の原因は分かった。家の問題だよ、うん」
「それはあれか? いわゆる、家庭内暴力とか、ディーブイとか、そういうヤツ? でも、元部にアザとかなかったぞ?」
「別に、叩いたり殴ったりするだけが暴力じゃないでしょ。言葉でいじめるのだって、立派なこころの『暴力』だよ。まあ多分、いじめてるとか、そういう話じゃないんだろうけどねー」
「いじめてるんじゃなければ、なんだよ?」
「佐藤クンは経験ないかな、『早く宿題しなさい!』って怒られたこと」
「ある、小学校低学年のときはしょっちゅう言われた」
「それの、むちゃくちゃひどいの、だと思うんだよ、うん。教育ママっているじゃん? あれのめっちゃ酷いのが、元部サンの親なんじゃないかなー」
「あー…………それで元部がグレて、授業中寝たりして…………ってことじゃないよな? だって、本意じゃなさそうだし」
そう。だから、
「今から言うのは単なる想像なんだけど…………本人的には色々と辛いんだけど、親の言うことは正しいと思ってるし、正しくありたいと思うから、授業中寝るなんてことはあってはならないと思ってる。でも寝てしまう。多分、小学校のときもそうだったんだと思うんだ。その事は元部サンの親も知っていて、こっぴどく叱ってるんだと思う。たるんでるとかなんとか言ってさ。自分が悪い、だからなんとかしたい。病気だなんて思わない、あってはならない。悪いのは自分だ、正しいのは親だ、親がたるんでると、お前が情けないのが原因だと言うから、その通りなんだ。…………とか、そんなところじゃないかな?」
ちょっと熱く語ってみると、佐藤クンが目をパチパチさせていた。なんか驚いてるみたいだ。
「…………うん、お前のもーそー、だと思って聞いても、多分そうなんだろうって思った。お前話作るのうまいなー」
「や、確かに作り話だけどさぁ…………」
いや、妄想とか、絶対そうだろうって思い込みがないとは言い切れないけど、まるきり作り話にしたつもりはないよ。
「てことは、直接元部の家に行くのか?」
「ううん、さっきも言ったけど、単なる想像だよ? だから、本当にそうなのか、確認しなくちゃ」
そう言って、僕はニコリと笑う。多分、戦隊ヒーローの悪の組織の幹部みたいに、凄く悪い顔をしているはずだ。実際、佐藤クンは何かを察してたじろいだし。
「佐藤クン、チームメイトのお悩み解決のために、悪い子になっちゃわない?」
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その5-バッド・バッド・ボーイズwith 『K』
「はぁい元部サン、今日部活休みだって」
「残念だよなー、バレー部にコート取られるとか」
放課後、1-3に速攻で向かい元部サンを二人がかりで出待ちする。
「……その連絡、聞いてないんだけど」
「僕らもさっき聞いたばかりだからね」
「元部には、俺らから伝えるって先輩に言ったんだよ」
「…………そう」
なお、嘘ではないが隠し事はある。試合が近いらしいバレー部に体育館のコートを譲ったのは本当、但し練習しないとは言っておらず、外でランニングとかはしているらしい。でも生憎の雨なので、今日だけは希望者だけの練習なので、このまま帰っても問題ないのだ。
「てなわけで、タイミングもいいし、同じ部活の一年同士で仲を深めようかなーって思うんだけど、元部サンも来るよね? 絶対来るよね、よしありがとう。じゃあこのまま僕の家に行こうぜやっほい!」
「……え、いや、俺帰ろうかと」
「まぁまぁ固いこと言わずに! 校則違反だけど、こういうのも必要だって、な?」
そう言って肩をポンポンする佐藤クン。対する元部サンは凄く嫌そうだった。実際、嫌なんだろう…………でも、ここで躓くと困る、この後の作戦がパァだ。
「…そっか、ごめんね。これから長い付き合いになるから、仲良くなりたかったんだけど、そっか…………邪魔してごめんね元部サン」
「あー…………ごめん。無理矢理は良くないか。じゃあ、この話はなかったことにすっか」
『1-3教室前』で、まだ他の生徒もいる前で、目立つように、悲しそうな顔を見せる。するとほら、元々悪目立ちしていた元部サンに向けられる視線が…………!
「うっ…………」
ついでに元部サンの良心にもダメージ。
(ふふふ…………あまりよろしくないことだけど、手段は選んでられない…………きっちり、泡ふかすためにこれは必要なダメージ…………確か、コテラレダメージ?)
『コテラルダメージだよ!』ってツッコミが入った気がしたがスルー、その場から撤退(するふり)をしようとして…………
「ろ、6時ぐらいまでなら…………」
「「(だいたい計画通り…………!)」」
言質は取った、その事に僕らは悪い笑みが止まらなかった…………見せないようにはしたよ?
◆◆◆
「悪い子って…………ああ、そういうこと」
「佐藤クン察し良すぎじゃね?」
「アナログニンゲンだからな!」
説明をしようとしたら、佐藤クンが察して何度も頷いてた件。いや、本当にこの察しの良さが
「よーはあれだろ? 元部を何かしらの形で拘束して親をこっちの舞台に引きずり出そうってんだろ?」
「マジで当たってやがるし…………」
「でも、直接元部の家に乗り込まないのはなんでだ?」
「そら、それだと意味がないからだよ、向こうのホームグラウンドだと」
「んんー?」
流石にそこまでは分からんか。
「向こうのペースに、元部サンがのまれたらダメなんだよ。元部サンに『間違ってるのは自分』という判断をさせてはいけないんだ。それじゃあなにも変わらない」
「元部に、なのか? んなもん俺かお前か、それこそ堤に突き付けさせたら終いじゃ…………あー、そうか。家の問題だから、俺らが口出ししたところでどうにもならんのか」
そういうことです、と強く頷く。
「せめて、信頼はできずとも部活仲間がいる、自分の家じゃない有利な場所で、少しでも強く親に対抗できる場所を整える。そのために、無理矢理元部サンを僕の家に呼ぶ、そして佐藤クンにもそれを手伝って欲しいんだ」
「いいぞ」
「いいんだ? 言っとくけど、元部サンの親には睨まれるし、学校に報告されたら先生からも白い目で見られるよ?」
正直、昨日の光のことが無ければここまでのことはしなかった。だって他人にそこまでのことをする義理なんてないし、もっと時間をかけて解決する方法だってあるはず。バカだから思い付かないけど。
でも佐藤クンは違う、そこまでする必要がない。たかが部活仲間の家庭問題に首を突っ込もうだなんて…………。
「いや、理由ならあるけど。俺、お前らに助けられたし」
「…………う、嘘かもよ?」
「そんな嘘を吐くヤツには見えないし、もしそうだとしても俺の見る目がなかっただけの話だろ?」
「むぅ…………」
そうやって快活に笑われると…………照れるなぁ。
「あと、親にいっつも言われてるからな、『ルールを守って誰かを見捨てるぐらいなら、ルールなんて破れ!』って。見て見ぬふりとか気持ち悪いしな」
「そーですか…………」
いやぁ、うん。じゃあ、お言葉に甘えようかね。
「決行は部活終わり、そのまま僕の家になんとか連れていって元部サンの家に電話をかけて僕の家に来させる」
「よっしゃ!」
◆◆◆
…………まーさか、部活休んでも良くなるとは思わなかったんだけどねぇ。誘いやすくなって良かったと思うべきか?
「というわけでただいまー」
「おじゃましまーす!」
「……お邪魔します」
「お? お帰り健太ー☆ あーちゃんはまだ保育園、りゅーちゃんは友達と遊びに行ったよー。っと、いらっしゃい二人とも、ゆっくりしてってねー」
玄関を開くと、家の二階の方から声が聞こえてくる。とりあえず、持ち直したようで安心した。
「……景山の、お姉さん? いやでも声に聞き覚えが…………」
「うちのクラスの堤だよ、ほらこいつと夫婦で既に有名な」
「夫婦ちゃうし…………」
「ああ、あの…………」
そして納得されるまでが一連の流れである…………。
「そういえば、今日堤さんは見なかったけど…………サボり?」
「体調不良。まあほぼサボりみたいなものだけど…………あ、何故うちの家にいるかは突っ込むな、頼むから」
そう言いながらリビングに案内し、荷物を和室に置くように言ってから手洗いうがいをし、キッチンに入って冷蔵庫からサイダーと、棚からクッキーの詰まった瓶を取り出す。
「お客様用のコップはーっと…………これか」
コップを3つ出して、ダイニングのテーブルに並べ、さっき出したサイダーを注いで真ん中に蓋の開けたでっかいクッキー瓶をドン! と置いた。
「今オヤツこれしかないからこれで我慢して」
「手作りかよ…………誰の?」
「光の」
「堤の? お前ら本当にそれで付き合ってないの?」
「付き合ってないよー、家ぐるみで仲のいい親友同士ってだけー」
ドタバタと音を立てながら、上から声を投げてくる光。着替えてんのかな…………パジャマのままだったとは考えにくいし、余程変な格好に着替えてたのかもしらん。
「……リア充爆発しろ」
「元部サン!? なんでそんな親の敵みたいな顔して僕を睨むの!?」
「幼馴染、美少女、料理女子、ほぼ一緒に生活、超自然体、5ファウルでベンチ行き…………ッ!」
「おい景山、元部が思ってた以上に愉快なんだけど」
「僕に言われても…………」
今にも目から血涙流しそうな勢いの元部サンを見て、超困惑。こんなに愉快な反応するとは思わなかった。
「まあ、アレが彼女とかねーし。姉か妹にすきすきー!ってやるようなもんだし。ないない」
「しっつれいなー。私みたいな美少女を捕まえてそんな事言うの健太ぐらいよー?」
そう言って階段から降りてきた光は…………何故かうちの中学の制服を来ていた。オイ、何故それに着替えたし。
「あと、自分で言うかよ腐れ親友。メンタルは戻ったのかい?」
「お陰さまでね腐れ相棒、もう大丈夫だよ」
「謎の信頼感も追加…………ディスクオリファイディング・ファウルで退場…………!」
「いやぁ、ここまで来るとガチでそういう仲じゃないだろ」
そうなんだよなぁ…………お陰で生まれてこの方彼女なんていたこともない、勘違いされて。…………いや、小学生で彼女持ちとか逆に進みすぎてる筈だし、これからこれから。せめて高校生の辺りで一人くらい…………!
「それはそうと、会うのは初めてだね。初めまして元部クン。聞かされたと思うけど、1-2の堤光よ。よろしくね☆」
「……1-3、元部洋祐。よろしく」
そう言って二人は握手を交わして…………あ、元部サン照れてる。落ちたな()
「それでそれで、これは何の集まりなのかな? かな?」
「一年男バスしんぼくかい…………って言ったらいいのかな。とりあえず女子のお前はお呼びじゃねぇ。しっしっ!」
「ひどーい、男女差別だー!」
「ん? いいんじゃないのか景山。どうせ景山と堤ってセットみたいなものじゃんか」
「男ばかりだと、むさい」
「よっし、多数決で私も参加ね☆」
…………ひっじょーに、裏切られた気分だ、いろんな何かから。
まあ、そんなこんなで、我が家でちょっとしたオヤツぱーちーが始まるのだった。制服のまま友達呼ぶとか、今絶賛僕悪い子だなぁ…………!
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