漢を目指して (2Pカラー)
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01.プロローグ

ゼロ魔につまってなんとなく書いてみました
いや、あっちを投げるつもりはないんですけどね

楽しんでいただければ幸いです


「ネギー! どこなのネギー!」

 

 さほど離れていない場所でよく知る少女が声を上げているのが聞こえる。

 ネカネ・スプリングフィールド。魔法学院に通う優しい|女性≪ヒト≫。

 彼女が捜しているのはネギ・スプリングフィールド。ご存じ『ネギま』の主人公であり、

 

「もう。あの子ったらどこいっちゃったのかしら」

 

 すなわちここ(・・)はネギまの世界ということになる。

 

「まぁ今更確認することでもないんだけど」

 

『俺』は誰に告げるでもなくつぶやいた。まったくもって今更のことである。『俺』にとってみれば、それはどうしようもなく今更な事実。

 原作でネギがおぼれた湖の畔に座り、景色を視界に収めながら、ゆっくりと思考に埋没する。

 

 

 そう、今更のことだ。鬱陶しくなるほど今更のことだが『俺』は転生者だ。『俺』として生きた年月は二十年を越えるというのに、現在二歳児に甘んじている転生者。『前世』は魔法なんて漫画の中にしか存在しない普通の世界。長谷川千雨がこよなく愛した常識的な世界だった。

 そのことに何の不満もなかったと言えば嘘になる。剣だとか魔法だとか、そういう中二を過ぎれば口に出すのも恥ずかしくなるような幻想に憧れがなかったわけじゃない。

 別にいいだろう? 誰もが心躍らせるからこそ、ファンタジーは現代でもすたれずに存在し続けているんだ。子供じゃなくなったからといってスター・○ォーズを見に行けなくなるなんて間違ってるだろう? 大人だってハ○ー・ポッターを読んだっていいだろう? 剣も魔法もいいじゃないか。まぁさすがにかめはめ波の練習をしている奴に出くわせば、俺だって白い眼で見ていただろうけどさ。

 もっともいくら漫画が好きだからといって、まさかその漫画の世界に生まれ変わることになるとは思ってもみなかったがね。魔法のない世界にも神様やら転生やらはあったらしい。

 

 

「折角帰ってきたっていうのになぁ」

 

 ネカネの声には反応はしない。まぁ声はこちらに近づいてきているようだし、『俺』が見つかるのも時間の問題のような気もするが。

 

 

 ふう、と小さく息を吐き、精神を集中する。

 転生する際に『俺』は神様から所謂チート能力というのを貰っていた。

 まぁ。なんだ。ありがたいことではあるな。

 もっとも『俺』がチート能力を貰うに至った原因を考えると、あまり感謝したくはなくなるんだが。

 曰く、超常の『力』を得た転生者が、創作作品をモデルに創った世界を引っ掻き回し、原作とは違った『生きた物語』を紡ぐのを眺めるのが神様方の娯楽だとか。

 そのためにランダムで選んだ人間の生を終わらせ、ランダムで選んだ異世界へと送る。その人間の欲した『力』を一つだけ与えたうえで。俺の場合は『ネギま』の世界だった、と。

 ……思い返すとやはり腹立たしくもあり。

 おっと。集中が乱れたな。この『力』は制御が難しい。というのも出力が強すぎるのだ。

 まぁ『俺』はまだまだガキだ。焦らずじっくりいこう。

 

 

 神様から『俺』が貰った能力。それは『念』。ハンター×ハンターに出てくるあれだ。

 いろいろと迷ったことは迷ったんだがね。

 チートと言えば、『無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)』だとか、『王の財宝(ゲートオブバビロン)』だとか、あとはそう、『直死の魔眼』あたりが思い浮かぶが。

 ……正直『殺し合い』でしか使えない能力ってのはどうかと思ってね。

 他にもワンピースの悪魔の実の能力だとか、ブリーチの斬魄刀だとか、『とある』に出てくる超能力だとか、どうにも物騒で。

 といっても完全に平和な力ってのもどうかと思う。原作に関わるにせよ、原作から逃げるにせよ、戦う力も必要になってくるだろう、ってね。まぁこんな所(・・・・)に生まれるってのはさすがに想定外だったけどさ。

 その点『念』ならば汎用性は高いんじゃないかと思えたんだ。

 名だたる芸術品には『オーラ』が宿っているという描写がヨークシン編であったし。逆に言えば『オーラ』を込めることが出来るようになれば、画家や彫刻家として生きることも出来るかもしれない。

『念』修得者は若さを保ち、長生き出来るという描写もあったしね。

 戦闘以外の面でも活用できる能力。『俺』がどんな『発』を作るかにもよるが、なかなか良い選択だったんじゃないかと思ってる。ビスケなんていい例だろう。素の戦闘力も高く、能力もマジカルエステのクッキィちゃん。『念』のほうが『殺し』に特化したチート能力よりは出来ることも増えそうだ。

 それに、なにせ神様から『チート』として貰った才能だからな。ピトー程ってことはないが、鍛えれば結構なものになるんじゃないだろうか。

 ……暴走させないよう気を付けないと。

 そういえば原作でのネギも、生まれ持った莫大な魔力をたびたび暴走させていたっけ。

 さすがにアレほど無様な真似をするつもりはないからね。まぁなんだ。まずは『纏』『絶』『練』を完璧にしておこうか。

 

 

「やっぱり村のほうを探したほうがよかったかな。ココロウァさんが森に駆けて行ったのを見たって言ってたけど。……あっ!」

 

 ふむ。『俺』を見つけたか。まぁいい。

 あぁ。そうそう。そういえば俺に第二の生を与えてくれた神様にはとっておきの恨み言があったのを忘れていた。

 

「おーい! アイカー! 久しぶりー!」

 

 手を振ってくる姉のような存在に『俺』も手を振り返し、そっと毒づく。

 

「はぁ。まさか女に生まれることになるとはね」

 

 アイカ・スプリングフィールド。

『サウザンドマスター』の魔力と、『災厄の魔女』の容姿を受け継いでしまった、『原作』には存在しないネギの双子の妹。

 そいつが、まぁ、……『(わたし)』なわけだ。

 

 




『我』と書いて『オレ』と読め的な?
いや、普通に俺(オレ)でいいんですけどね

アイカはチートと言ってますが、H×Hの世界ならずる(チート)扱いされないレベルの能力だったり
ピエロの旦那は舌なめずりするレベルでしょうが


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02.即断即決

 

「ぷらぐて? びぎなる? あーるでSCAT!!!!」

 

 ……

 

 …………

 

 ……………………………発音が違うのか?

 

「ぷるぁくてぃー ヴィギーナルゥ あーるでィすかァッッとゥ!」

 

 …………

 

 ……………………………………

 

 ………………………………………………………………………若本ver.でもダメか。

 

「杖のほうが不良品なんじゃね?」

 

 まぁ二回目の挑戦で成功するとも思ってなかったが。

 

 現在俺ことアイカ・スプリングフィールドはいつもの湖畔に来ている。

 手の中には初心者用の杖。魔法学院から一時的に村に帰って来ていたアーニャがくれたものである。

 もっとも魔法には、

 

「ぶっちゃけ興味ないんだけどなぁ」

 

 兄であるネギは目を輝かせていたのだが。俺としてはむしろ杖に『周』を試していたほうが面白かったり。

 というか杖よりむしろスコップが欲しかったり。

 

「あー。穴掘りてー」

 

『纏』『絶』『練』はほぼ完璧。まぁ発展の余地は多分にあるんだろうが、『纏』は寝ている間も維持できているし、『絶』や『練』でミスすることもないから、一応形になったと思っていいだろう。

 ならば次は応用技だろう。『凝』『周』『堅』『硬』『隠』『流』『円』。やることはいっぱいあるものな。それに基礎を上げるのも大事だが、いつまでも同じことばかりじゃ飽きが来るし。

 ……というかそろそろ水見式やってみようか?

 いや、まだ我慢だ。今は基礎を固めるべき。うん。系統が判明しちゃうと系統別修行に手を出したくなるのも当然で、必殺技を作りたくなるのも必然だ。

 今はまだ我慢しよう。

 ただでさえ厄介事が待ち受けているのだからね。

 

 

 厄介事。言うまでもなく原作において発生した『悪魔襲来事件』である。

 村を悪魔が襲い、村人を石化させていった事件。生存者はネギ、ネカネ、そして魔法学院にいて難を逃れたアーニャの三名のみ。

 非常によろしくない。こいつぁ非常によろしくないよ。

 生存者にアイカ・スプリングフィールドの名はないんだ。そりゃ原作には俺はいないから当然だけどさ。

 あの事件は確かMMの元老院が仕組んだことだったか? 俺はジャンプ派だったからマガジンは立ち読みだったんだよなぁ。いまいちうろ覚えだが。

 まぁ村を襲わせた理由はなんとなくわかる。

 連合のお偉いさんとしては『災厄の魔女』が生きた証であるネギを消そうとしたか、それともネギを『悲劇の英雄』に相応しい境遇にしようとしたか。まぁそんなところだろう。

 マズイよなぁ。俺は母親の金髪を受け継いだうえ、将来的に『災厄の魔女』に似ることが予想される女児。ネギよりも抹殺優先度は高いだろう。ネギを『悲劇の英雄』にするのにも俺の死は効果的だ。『双子の妹を悪魔の襲撃の際失った。しかし英雄の息子はそのことに絶望して立ち止まったりせず、自分と同じような悲しみを抱くものが出ないようにと、偉大な魔法使い(マギステル・マギ)への道を歩みだしたのだった』。涙なしには語れないね、こりゃ。

 マズイよねぇ。生き残れるかね?

 悪魔がやってくる正確な日時は分からないが、確かネギが湖に溺れた後あたりのイベントだったはず。

 まさか未完成もいいところな『念』で悪魔に対抗できるわけもなく。『絶』を使って森に潜んでればあるいは、ってところか。

 正直運まかせなのはいただけないよなぁ。

 うーん。

 むーん。

 うむむーんぬ。

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………ティーン!

 

「逃げちゃえばよくね? 今のうちに」

 

 うん。そうだよ。何も襲撃のあるとわかっている村に留まってることなんてないじゃんか。

 なんか村人を見捨てるみたいで後味悪いけど、俺にはどうしようもないしね。

 つか彼らはネギが治してくれるでしょ。俺の場合は石化された上に砕かれちまいそうだもの。

 それに実はあいつら好きでもなんでもないしね。

 口を開けばナギナギナギ。原作ネギがナギ信者になったのも当然ですよ。洗脳空間と化してるもの。

 まぁ問題と言えば今の俺の歳が二歳、数えで三歳ってところだけど。

 ……うん。なんとかなるだろ。

 やばくなったら孤児の振りでもしよう。あながち外れちゃいないし、ここで死ぬよりはずっとマシだ。

 

「そうとなれば早速用意をしなくては」

 

 家に向かって駆け出す。もう日も沈みかけている村を駆ける。

 夜になったら抜け出そう。『絶』状態ならまず気づかれないだろうし。

 財布は二歳児には与えられちゃあいないが、ネカネが生活費を置いてある場所は把握している。ネギと俺の二人分なのだから、半分貰って行っても別にいいだろう。

 あとはカバンに服でも詰めて。

 どこに向かおうか。やっぱ日本かなぁ。

 んー。いや。いっそ魔法世界に乗り込もう。アリアドネーでも目指してみますか。

 作りたい魔法薬もあるし。

 年齢詐称薬があるんだから、あってもいいと思うんだよな。

 性別詐称薬!

 男になっちまえばMMとかの追手も撒けるだろうし、俺は俺で男に戻れる。赤松ワールドの美少女達とイチャイチャだって出来る。いいことづくめだもの。

 よし、決定! 目標魔法世界学術都市アリアドネー。

 漢になるため、いざ出陣!

 

 

 んで、やっぱりあれは必要だよな。

 うんうん。家出するからには、ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、魔法使いたちの隠れ住む村がパニックに陥ることになる。

 彼らの中心でアイカの残した書置きを手に呆然としているのはスタンと呼ばれる老魔法使い。

 喧々諤々と騒ぐ村人たちの中、ただ一人スタンだけが、どこか寂しげな目のまま笑みを作っていた。

 

「ネカネやココロウァが何度も言っておったというのに。最後まで乱暴な物言いのままじゃて」

 

 アイカの書置きには短くこう記されているだけ。

 

 ――世界を見てくる。そのうち帰って来るから、それまで長生きしろよ――

 

「まったく。あのナギ(バカ)以上のバカじゃったとはな」

 

 




あれ? ネギ出てなくね? というか早速原作沿いから外れているような そんな第二話 いかがかしら?

アイカは水見式してませんが、ヒソヒソの性格診断からなんとなく系統はわかるかと
思い込んだら単純一途。いろいろ考えてるようで、実はあまり考えません
……こんなキャラで話が作れるのだろうか
早急にツッコミキャラを確保したいなぁなんて


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03.誤算だらけの第一歩

 ――MM(メガロメセンブリア)――

 

 幸運だったのは確かだ。

 後で知ったことだが、魔法世界と旧世界・地球をつなぐゲートが開くのは週に一度程度らしい。

 ストーンヘンジのような不思議な空間。俺がそこへと着いた日の夜明けにゲートが開いたことはまさしく幸運。

 しかし……

 まったく。行き当たりばったりで行動するもんじゃないね。

 

 まさかMMの入国管理局に見つかることになろうとは。

 

「はっ、発見! C地区にて不法入国者を発見しました!」

 

「チッ。こんなガキにマジになってるんじゃねぇよ!」

 

 そう毒づきながらも足を動かす。

 そりゃ『絶』だけですべて上手く行くなんて思っちゃいなかったが、ここまで追い回されることになるとは。メレオロンの『神の不在証明(パーフェクトプラン)』が欲しいくらいだ。

 

「そこまでだ! 止まりなさい!」

 

 角を曲がったところで杖を構えた男に出くわす。

 チッ。だがこんなところで早速強制送還なんて冗談じゃねぇんだよ!

 

『絶』を解除。同時にオーラで強化した足で強く踏み込む。

 ミシリと白塗りの床にひびが入るが、そんなこと知ったことか。

『練』で強めたオーラを右拳に集め、

 

「ジャッ!」

 

 気合を込めて一撃。

 瞬動ほどではないにしろ、その幼子の見た目からは予測もつかないほどの速度で間合いを詰めての一撃には、さすがに魔法使いも意表を突かれたらしい。たやすく一撃は決まり、

 

「ぐはあっ」

 

 と叫び声だけ残して飛んで行ってしまった。

 

 ……

 ………………

 ……………………………………え?

 

「……俺、強ぇ」

 

 つか死んでねぇだろうな!?

 つかつかオーラで強化した攻撃なんかしちまったが、まさか『念』に目覚めたりしないよな?

 

「がふっ。貴様……いったい」

 

「お。生きてた」

 

 目を向ければガラス張りの壁に磔のようになっている男の姿。

 どうやら角を曲がった先はT字路になっていたようで、そこの壁に衝突したらしい。

 それにオーラが体から立ち上ってないところを見ると、精孔は開いていないようだ。

 まぁとりあえずはセーフか。いろいろな意味で。

 こいつは『ネギま』世界の住人には『念』がもともと使えないとみるべきか。それとも『精孔を開くつもりでの攻撃』でなかったからセーフだったのか。一応検証しておく必要があるかもだが。

 なんてことを考えていたら、音を聞きつけてきたのか背後から大勢の人間の気配。

 いや、背後からだけじゃ無く、T字路の両側からも。

 

「ゲホッ。この強さ。年齢詐称薬を使っていたのか。だが、大人しく捕まることだ。もう逃げられん」

 

 いえ、使ってません。むしろ使いたかったけど。

 いや、そんなこと考えてる場合じゃないって。さすがに数で攻めてこられたらどうしようもない。

 ここで捕まりゃ悪魔に襲撃されることが決定している村に逆戻りだ。いや、MMの領地で捕まったとなれば、そのまま元老院にってな展開になりかねん。

 やべぇ。窓の外には魔法世界の街並みが見えてるってのに。

 こんなところで……ん?

 窓の外には?

 えぇっと。こういう時ゴンならなんて言うんだっけ?

 

『思い出した! ヨコヌキだよ、ヨコヌキ!!』

 

 おォ!

 愛してるぜゴンちャン! 抱きしめたいくらいだぜェ!!

 

「はっ。何を考えているかは知らないが、もう逃げられん」

 

 うっせえよ。俺は磔からなんとか抜け出した男へ向けて走り出す。

 当然『絶』なんかにはせず、むしろ最大出力の『練』の状態で。

 

 ――出口がふさがれているなら

 

「なっ!? 待て!! やめてくr」

 

 恐怖からか身をすくめ、丸くなった男を、

 俺はそのまま飛び越えて、ガラス張りの壁へと蹴りをぶち込んだ。

 さすがにただのガラスというわけはなく、おそらく魔法なりで強化されていたんだろうが、ビルのコンクリで出来た壁より固いというわけもなく。

 

 ――別なところから出ればいい!!

 

「シャァッ! 俺は自由だ!!」

 

 ガラスを力任せに突き破り、壁も屋根もない自由な世界へと、俺は飛び出していた。

 

 

 そこが地上四十メートルであることに気づかずに。

 

「って、うおわあああああああああああああ!!」

 

 

 それでも骨折などの大きな怪我などせず、生き残れたというのは、

 まぎれもなく幸運なことだったのだろう。

 

 

 

 

 

 それが今から大体三時間ほど前のこと。

 現在俺は市内にある本屋に来ていた。

 

「えぇと。地図地図」

 

 というのも無計画に魔法世界に来てしまったことのさらなる誤算が発生したからだ。

 というのも、

 

「金はないけど。立ち読みくらいならできるだろ」

 

 そう。金が無いのだ。

 ウェールズからパクって、もとい借りてきた金は、当然のようにイギリス通貨。

 そして魔法世界で使われているのはドラクマ。

 それを両替できるのはゲートを管理している入国管理局くらいなものだったのだ。

 

「そりゃ交流のほとんどない異世界なわけだからなぁ。……っと、あったあった」

 

 手持ちの金が使えないこと。こいつは大きな壁となって立ちふさがった。

 つまりは食う物を買えないのだ。

 泊まる場所も、まぁこちらのほうは二歳児が一人でホテルに宿泊となると注目されるだろうという考えがあったから、元々別の方策を考えるつもりではあったし、最悪野宿もやむなしとは思っていたが、金でどうこうすることは出来なくなった。

 そして一番の問題は、

 

「交通費、か」

 

 地図を広げながら呟く。目当てのものはMMの地図ではなく、世界地図。

 MMとアリアドネーの位置を確認して、さらに溜息。

 ほとんど世界の真裏である。

 

「ヒッチハイクなんて手は使えないだろうし」

 

 金が無いということは交通手段も使えないということだ。

 となれば空飛ぶお舟はお預けということになり。

 当初『絶』を使用した密航も考えたが、未だダメージの抜けきらない体の痛みがそれを躊躇させる。

 もう追い回されるのは勘弁願いたい。空飛ぶ船から落ちたら今度はさすがに死ぬだろうしね。

 

「となれば……」

 

 MMとアリアドネーの距離を指を使って測る。

 一万から……一万二千キロ?

 

「おぅふ」

 

 一万二千キロって……何カロリー?

 あー、やべ。頭痛くなってきた。

 

「……ま、なんだ。ウジウジしてても仕方がないか」

 

 そうだな。元々選択肢なんてなかったんだし。

 うん。歩こう。

 修行にもなるしね。強さは悪魔襲来事件を回避できるとしても必須だ。

 なんたって『ネギま』世界にはナギ(バグ)とかラカン(バグ)とかアルビレオ(バクテリア)とかいるんだもの。俺だけの『()』は磨いておかないと。

 うん。ポジティブにいこうぜ。

 魔法世界は地球と違って自然も豊富だし、焼けば食える動物とかもいるんじゃね?

 

「ってことは。えっと、上が北だから……左は西か? 西に向かって一万キロか」

 

 MMを出て西へ。まずはエオス。次いでトリスタンへ。海を渡って……いや、これは橋か? 橋を渡ってオスティアへ。海岸線を沿ってエルファンハフト。西へまっすぐ行くとモエル。西に海岸線を沿って行けばゼフィーリア。んでそっから北西に行けば、とうとうアリアドネー、か。

 おk。とにかく西に向かってればいいんだろ?

 やったろうじゃないの。山を掘って進むわけでもなし、なんとかなるだろ。

 覚悟を決めろ、俺! こんなんでへこたれてたら漢になるなんざ夢のまた夢だ。

 根性ォォォォォ!!

 

 

 

 

 ところで西ってどっちだ?

 ま、左っぽい方に行けばいいか。

 




嗚呼。ツッコミが欲しいよ。ぱっつぁん

『念』で攻撃したら原作キャラも『念』に目覚めるのでは?という感想をいただいたので独自解釈発動させます
本作では『精孔を開けさせるつもりでオーラを流す』という工程を行わない限り、『念』に目覚めることはないこととさせていただきたく
まぁ『念』で具現化した武器(周を使っていない場合)や、操作した動物(ワンワン)などで攻撃された場合、H×H原作でも精孔は開かないだろうなぁとも思いますし、『念』での攻撃=『念』を覚醒させるではないと私自身解釈していますので
ジャジャン拳で覚醒していたキメラアントは……元々の素質が人間離れしていたということで


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04.サバイバル

 

 ――MMから東に約五百キロ――

 

 MMを出てから何日経っただろうか。

 思えばMMから出るために要した一日分が、一番過酷だったかもしれない。

 MM自体が巨大な都市で、そこから抜け出すまでは、文字通り絶食だった。

 早速心が折れかけたものな。飲み水が公園で確保できなければ、どうなっていたことやら。

 もっとも今は飲み食いに関する不安はない。

 見渡せば視界いっぱいに広がる緑の世界。

 背を預けているのは巨大な老木。

 ここは巨大な森林だった。

 

「ふぅ」

 

 バッグの中から適当に採取したキノコを取り出し、生のままぱくり。

 ふむ。ふむふむ。

 体に異変はない。どうやらコレにも毒はないらしい。

 もっとも後日判明したことではあるが、俺が食用だと信じていたキノコのうち六割は毒キノコと呼ばれるもので、俺の場合はなぜか(おそらくオーラで胃が強化されていたのだろうとは思う)、その毒にやられなかっただけ、ということらしいが。

 閑話休題。

 ともかくその時の俺は、『赤松ワールドには毒キノコなんてなかったんやぁ』と、見当違いの感謝をこの異世界を作った神様とそのモデルの物語を作った大先生に捧げていた。

 感謝感謝。

 感謝の正拳突きはさすがにしないけどね。

 

「よし。歩くか」

 

 というのも今の俺には余裕がなかった。

 子供の、というか幼児の体で森の中を一日何キロも歩くというのは、予想以上に過酷なことだったらしく、初日などあっという間にへばってしまったのだ。

 肉体が弱すぎる。まぁ当然の話ではあるが。

 しかし同時に俺は知っていた。『念』使いのパワーはすさまじいものだと。

 H×Hの読者としても知っていたし、MMに来たばかりのころに魔法使いの男をぶっ飛ばせたという実感もある。

 ならば、ということで肉体を鍛えるのではなく(まぁ歩くことで自然鍛えられるのだろうが)、オーラの扱いを鍛えることにした。

 歩くときに使うのは『流』。オーラの攻防力を移動させる高等技法。

 まずは右足に『凝』をして一歩。左足が地面につくまでに『流』でオーラを左足に集め、着地。さらに『凝』の左足で一歩を踏み出す。今度は右足に『流』。要はツェズゲラの垂直跳びの要領を横移動に利用したようなものだ。これを繰り返すことで通常の数倍の速度が出せるはずだと。実際予想以上の効果は表れていた。

 これを試すことにした初日には、意識しながら両足を交互に出すことに四苦八苦し、一歩踏み出すために十秒以上かかるほどだったため、大した距離を歩くことは出来なかったが、今では全力で駆けながら攻防力の移動をこなせるようになっている。まぁ全力で走るということ自体が、そもそも幼児の全力である以上、慢心するつもりはないが。

 そうそう魔法世界に来てから気づいたことではあるが、俺のオーラ総量はかなりのものとなっていた。

 やっぱり積み重ねが大事だね。生まれてすぐに体を巡るオーラを感じ取り、自力で精孔を開けてからというもの、四六時中『纏』と『練』を繰り返してきたんだ。

 ビスケ曰く、『練』の持続時間を十分伸ばすのには一月かかる、とのこと。

 生まれて二年超。約二十四か月。ビスケの言葉に従っても二百四十分、即ち四時間『堅』を維持できる計算だ。実際個人差はあるだろうし、持続時間の限界なんて試してはないが、おそらく四時間くらいなら余裕だと思う。

 結構なものだろう? ナックルと戦った時のゴン・キルアでさえ『堅』で三時間だったのだから。

 

「おっと」

 

 足を止めて、今度は『絶』。進行方向から少し大きなオーラが感じ取れたからだ。

 おそらく獣。生命エネルギーでもあるオーラは、『纏』が使えなくとも体から漏れ出しているのが普通だ。そのエネルギーの大きな気配を感じ取って、気づかれる前にこちらの気配を消したわけだ。

 そのまま手近な木に登り、上から観察。気配の主は巨大なイノシシ。

 

「というか牙すげぇな。アレ、必要か?」

 

 下顎から上向きに伸びる牙の有用性に若干首を傾げるが、まぁファンタジー世界の生き物ということで納得しよう。

 イノシシの傍らには、おそらく子供なのだろう、小型のイノシシ。というかウリ坊。

 ふむ。警戒心が強そうだな。子供を守るためか。

 不用意に近づけば突進されてもおかしくはないと、俺は迂回することに。

 あまり気配が大きくなっては気づかれかねないと、『練』ではなく『纏』状態のオーラを足へ。『流』を用いた歩法で枝を飛び移り、そのまま離脱した。

 

「子供に感謝しろよ。一匹だったら食っちまってたぞ」

 

 そんな捨て台詞を誰に向けるでもなく言い放ち、木々の隙間から見える『西=左っぽい』象徴である太陽に向けて、駆け出した。

 

 俺の目指すアリアドネーが、MMから西ではなく、東に位置していたと知るのは、ずいぶん後になってからのことである。

 ……いや、南半球を上に描いている地図があるのは知ってたけどさ。魔法世界までそうとは思わないじゃんか。

 

 

 

 

 

 ――MM――

 

 魔法世界において、連合の中心ともされるメガロメセンブリア。そのゲート管理局に、一人の男が訪れていた。

 高畑・T・タカミチ。魔法世界では知らぬ者などいない英雄『紅き翼(アラルブラ)』の一員で、現在は『悠久の風』の看板ともされる男である。

 

「アイカちゃんの行方は分かりませんか?」

 

「はっ、すいません。ただいまメガロメセンブリア総出で捜索にあたっておりますので」

 

 高畑の言葉に直立不動で言葉を返したのは管理局の職員。

 魔法世界随一の有名人を目の前にした興奮と、自分たちが犯してしまった巨大な失態への悔恨との板挟みで、胃がきりきりといっていた。

 

 高畑が自身教員を務める麻帆良学園から魔法世界へと来たことには意味があった。

 すなわち『千の呪文の男(サウザンドマスター)』こと、ナギ・スプリングフィールドの娘であるアイカ・スプリングフィールドの捜索のためである。

 アイカ・スプリングフィールドが魔法使いたちの隠れ住むウェールズの隠れ里から姿を消したのが二週間前のこと。いうまでもなく、このことは旧世界の魔法使いたちの間に一大パニックを引き起こしていた。

 旧世界で活動していた魔法使いたちはすぐに捜索隊を結成。『悠久の風』にも当然要請があり、高畑はそれを受諾。ウェールズ周辺。さらにはイギリスを駆け回っていた。

 しかしアイカ・スプリングフィールドの姿は見つからない。影も形もなく、それどころか痕跡すら見つからなかった。

 もしや過去の大戦で連合に恨みを持った人間が関与しているのでは? そんな懸念から『捜索隊』のメンバーを、より戦闘力を持った人間で構成し、『救助隊』として動くべきではないかという意見が出るに至るころになり、やっと手がかりらしきものが舞い込んできたのだ。

 魔法世界メガロメセンブリアのゲート管理局にて、アイカ・スプリングフィールドと同年齢らしき子供が密入国していたという情報である。

 

(まったく。どうせ子供に不法入国を許してしまった失態を隠そうとでもしたんだろう。自分たちのメンツのために。そのために情報の開示が遅れるなんて。これでアイカちゃんになにかあったら、僕はもうナギさんに顔向けできないじゃないか)

 

 高畑はため息をつきたいのを、自分と応対してくれている職員に気を使って何とか自制し、それでもいらだつ心を抑えきれず煙草を取り出し火をつけた。

 

(それにしても魔法世界に来ていたかもしれないなんて。いくらナギさんの子供とはいえ無茶が過ぎる)

 

 高畑はウェールズを訪れた時にスタン老やネカネから強く頼まれていた。

 曰く、アイカを無事に連れ帰ってくれ、と。

 心配で気が気じゃなかったのだろう。ほかの住人達も、『さすがはナギの娘だ』なんて笑うことは出来なかったようだ。

 誰もがアイカの身を案じていた。そのことに高畑も若干ながらアイカへの怒りを覚える。

 

(こんなにみんなを心配させるなんて。それなのに家出なんて。いったい何が不満だったんだい? 君はナギさんの娘なんだ。そのことをしっかり言い聞かせないと)

 

 常にナギを中心に考える高畑。しかし本人はそのことの歪さに気づかない。

 本当の意味で『アイカ』を心配しているものが一体何人いるのだろうか。『アイカ』ではなく『英雄の娘』だからこそ心配していると、そのことを自覚している者が何人いるのだろうか。

 そのことに高畑は気づかない。彼はナギという強すぎる光に目を焼かれているのだから。

 

 その時応接室に備え付けられた電話のベルが鳴った。

 それに伴い目つきの鋭くなった高畑の様子にあわてつつも、職員は受話器を取る。

 

「はい。こちら管理部……はい。…………そうです」

 

 そのあとも『え?』だの『そんな』だのと不穏な単語が職員の口から出るたびに高畑は焦りを感じるが、それでもじっと待つ。

 火をつけたというのに碌に吸っていなかったタバコが根元近くまで灰になるころ、やっと職員は受話器を下した。

 

「申し訳ありません。メガロメセンブリアにてアイカ様の発見には至っておりません」

 

「ぐっ」

 

 ぎりっと拳を握りしめた高畑に何を感じたのか、職員はあわてて付け加えた。

 

「しっ、しかし目撃情報を得ることが出来ました。市内の書店にてアイカ様らしきローブ姿の子供を店員が見ていたと。なんでも世界地図を手に取りながら『西へ』『西へ』と繰り返していたそうです」

 

 MMから西へ。そこには巨大な砂漠が広がっているのみだ。それを越えた先にあるのは、

 

「……西の果てにはフォエニクス。しかし何故アイカちゃんが」

 

 わからない。その子供は本当にアイカなのだろうか。

 しかしそれ以外の有益な情報などない。旧世界では足がかりすら見つけられていないのだ。

 行くしかないだろう。たとえ藁を掴むような可能性だったとしても、それを無視して『英雄の娘』を失うわけにはいかないのだから。

 

「わかりました。貴方はこのことを旧世界へ連絡してください。僕はアイカちゃんの足取りを探します。それとメガロメセンブリアでの捜索も続けてもらえるよう、高畑・T・タカミチが嘆願していたと、上へ報告願えますか?」

 

「はっ。了解しました」

 

 まるで軍人のような答えを返す職員に、しかし高畑は苦笑する余裕もなかった。

 

(急がないと。フォエニクスへ。無事でいてくれよ、アイカちゃん)

 

 アイカの捜索のため、高畑が。そして『災厄の魔女』の娘を確保するため、MMの上層部が『西』へとその手を伸ばし始める。

 

 アイカが西ではなく、東の果てにあるアリアドネーへと走っていることを知る者は誰もいなかった。

 




北の連合、南の帝国。この描写があることから魔法世界の世界地図は南半球を上に描かれているようで
なんだかややこしいですよね


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05.秘薬屋

 

 ――エオス――

 

 エ・オ・ス!!

 ようやく到着したぜ。人里に。

 いやぁ長かった。一月くらいは野生児生活してたんじゃなかろうか。そう考えると感慨深いものがある。

 非常に鍛えられた気がする。肉体の方もそうだが、なにより『念』の操作の点で。

 だからさ。

 だから目は逸らそうぜ。

 森を抜けてしばらくしたところで街道らしきものを発見したが、MMからすんなり来れるルートがあったなんて忘れてしまおう。

 そりゃ考えてみれば当然の話。いくら空飛ぶ船が普通に存在するからと言って、それだけにすべてを頼っているわけがない。当然地を行く道も存在するわけで。

 いや、だから目を向けるな。現実を見つめちゃだめだ。

 人間万事塞翁が馬。この一月のサバイバルが俺を強くしてくれたことが、きっと将来役に立つさ。

 ふむ。それじゃあ納得がいったところで、そろそろ街に入りますかね。

 

 

 エオス。MMから東に約千キロほどにあるその都市は、MMほどではないにせよ、それなりの賑わいを見せていた。

 かつて魔法世界が二分された大戦。MMを盟主に、旧世界より移り住んだ人間が中心となった北の連合。対するはヘラス帝国、すなわち元より魔法世界に住んでいた亜人で構成された南の帝国。

 MMから比較的距離の近いエオスは、大戦時においては連合においては中心的な役割を担っていたとか。

 

 ま、戦争のことはどうでもいいんだが。

 俺は心中でのみそうつぶやくと、背中に下していたローブのフードを引き上げる。

 戦争のことはどうでもいい。しかし他の人間は、それも連合の人間にとってはそうではない。

 大戦は既に過去の歴史、というわけは当然なく、今も世界中で戦火の残り火が燻っている。

 そんな魔法世界においてナギ・スプリングフィールドの子供の重要度は計り知れないだろう。それも『災厄の魔女』の面影を感じさせるとなればなおのこと。

 

 原作での『白き翼(ネギま部)』のように懸賞金でもかけられてたらえらいこっちゃ。

 

 さすがにDEAD or ALIVE扱いはされないだろうが、情報提供者には謝礼をなんて扱いなら無いとは言い切れない。

 そうでなくてもあの両親はいろんな所で恨みを買ってそうだもの。

 姿を見られないに越したことはない。

 水場を見つけるごとに丁寧に洗ってはいたが、それでも土の匂いを感じさせるローブを目深にかぶると、俺はようやくエオスへと足を踏み入れた。

 

 

 さて、まずは。ということで探したのは秘薬屋。

 原作においては魔法薬の調達先=まほネットだったわけだが、俺はネット環境どころかPC一つ持っていない。

 しかしここは魔法世界。諦めるには早すぎる。MMでは武器屋なんてのも普通に見かけられたし、魔法薬を取り扱っている店もあるだろうと、ちょっとばかし探してみたのだ。

 こちらはせいぜい幼稚園児程度の見た目。その上無一文と来てはいるが、まぁなんとかなるんじゃないかと楽観的に思ってみたり。

 

「って。普通に看板出してるよ。()薬でもなんでもねぇじゃん」

 

 お目当てのお店はあっさり見つかりました。路地裏にあるとか何語か分からない看板を出しているとか、もう少し人目をはばかってたりするもんだと予想していただけに、ちょいと肩透かしを食らった感じ。まぁ楽と言えば楽なんだが。

 ごめんくださーい、ってな具合に小奇麗なドアをくぐる。

 どうやら俺以外の客はいないようで、それには少し安心。

 人嫌いというわけではないが、先述の理由で目撃情報は少なければ少ないほどいいからな。特に連合の勢力下では。

 

 さて、と。それじゃあ無一文から脱却しましょうかね。

 ファンタジー世界で金を得る方法と言ったらアレでしょう。

 つまりはモンスターを倒して金を得る。もしくは遺跡なりに潜って得た宝を売る。さらにはモンスターから剥いだ素材や、植物など採取したものを売りさばく。

 そのためにあの森では色々集めてバッグに詰め込んでたからね。

 キノコとか葉っぱとかキノコとか石とかキノコとかキノコとか。

 ここで何も買い取ってくれなかったとしても、どういうものなら価値があるのか聞くことくらいは出来るでしょ。

 というわけで、俺は店主に声をかけたのだった。

 

 

 

 ――魔法薬専門店 バッツドルフ――

 

 エオスに居を構える秘薬屋バッツドルフの主人リヒャルト・バッツドルフは、珍しいタイプの客に眉をひそめていた。

 フード付きのローブを目深に被った客。その恰好が珍しかったわけではない。ここは魔法世界なのだから。

 客が人間ではなく亜人だったというわけでもない。もっとも亜人だったとしても驚いたりはしなかっただろう。人間と亜人が戦った大戦は、十年以上も前に終結しているのだから。

 ならばなぜリヒャルトは眉をひそめたか。

 それは非常に簡単な話。

 客が秘薬屋などには似つかわしくないほど小さな子供だったからだ。

 それも大人に連れられて、というわけでもないとなると、大方迷い込んできたというところか。

 ガキとはこれまた面倒な。リヒャルトはそう心中で悪態をつく。

 秘薬屋はそれなりに貴重な品を扱う店だ。面白半分に陳列棚に手を突っ込んだ挙句、大事な商品をぶちまけられでもしたら大損もいいところ。その上並べられている秘薬によっては子供に害のあるものもある。勝手に商品をぶちまけ、勝手に商品で怪我をされ、その上子供から目を離した阿呆親にクレームでもつけられたら、もう面倒だなんて話では済まなくなる。

 リヒャルトは不快感を隠そうともせず、眉をひそめたまま。何かやらかされないうちに追い払わないとと、カウンター内に置いた椅子から立ち上がった。

 しかしそこで、予想外のことが起こった。

 もの珍しそうに商品棚を眺めていた子供が話しかけてきたのである。

 

「なぁ、おっちゃん。ここって買取とかってやってるの? 秘薬の材料になりそうな物とかのさ」

 

 鈴を鳴らすような少女の声。おそらく先月五歳を迎えたばかりの姪っ子と同い年か、それとも姪よりも幼いだろう背丈の少女は、迷い込んできた子供としてではなく客としての言葉をリヒャルトへかけてきた。

 

「あ、ああ。ウチは外からの仕入れだけじゃないからな。俺が魔法薬を調合することもあるんだよ」

 

 少女の言葉に驚きつつもリヒャルトは答えを返す。

 リヒャルトの言葉通り、バッツドルフは代々魔法薬の調合で生計を立ててきた。

 リヒャルトも父から魔法薬学を学び、父は祖父から学んできた。

 バッツドルフといえばエオスではそれなりに老舗の秘薬屋なのである。

 

「そっか。よかった。なら買い取ってもらいたいものがあるんだけどさ。まぁ金になるものがあるかどうか怪しい感じなんだけど」

 

 そう言って少女はカウンターまでやってきた。

 本当に小さい。カウンターの影にすっぽり隠れてしまうほどに、少女は小さかった。

 

(こんな幼い子が? お使いか何かか?)

 

 しかし、それは違うとリヒャルトも思う。

 お使いあるならば『金になるかどうか怪しい』なんて言葉は使わないはず。十中八九、この子がこの子の意思でやってきたということだろう。

 ならば、

 

「お嬢ちゃん? うちは秘薬屋だよ? 魔法で薬を作ってる店だ。そのへんで摘んできたお花なんかは買い取れやしないんだわ」

 

「まあまあ。そう言わず見るだけ見てくれよ」

 

 リヒャルトの制止も無視し、少女は肩にかけたバッグをごそごそと漁りだす。

 まったく。他に客がいないとはいえ付き合っているのも面倒だ。さっさとお帰りいただこうかと、そんな思考に反してリヒャルトの動きは止まった。

 少女が背を伸ばすようにしてカウンターに乗せたものは、大小さまざまなキノコ類。まぁそれはいい。なぜかほとんどがイノシシでも食べないような毒キノコばかりだったが、今はいいだろう。

 リヒャルトの視線を釘付けにしたのは十枚ほど束ねられた葉。

 その名も、

 

「アルテミシアの葉」

 

「おう。それか。なんかいい感じのオーラを感じたんだよね」

 

 オーラ? とカウンターによじ登り顔だけ出している少女の言葉に首を傾げるが、まぁ子供の言うことだ。話半分に聞いておけばいいだろう。

 それにしても、アルテミシアの葉とは。

 

「その葉っぱって高いのか?」

 

「ん? ああ。イクシールって魔法薬のことを知っているか?」

 

 両腕と顎を引っ掛けることでカウンターにぶら下がっている少女の言葉にリヒャルトは質問で返す。

 答えは予想の通り『否』。この葉がなんなのかも知らずに採ってきたのだ。当然ではあるが。

 

「イクシールってのはな。最高級の魔法薬の名前なんだ。一瓶で百万ドラクマくらいはするような、な」

 

「おおー。百万」

 

「でもってアルテミシアの葉は、そのイクシールを作る際の材料になるんだわ。まぁ葉を張り付けるだけでも大抵の傷を治しちまうような優れもんなんだが、魔法薬を作れる人間にとっちゃもっと価値が高くなる。まぁ……こんなところか」

 

 リヒャルトは電卓をはじくと少女に見やすいように向きを変えてやる。

 もうリヒャルトに少女を追い出そうという考えはなくなっていた。少女の正体について大体の予想がついてしまったからだ。

 リヒャルトの予測。それは少女が戦災孤児ではないかというものだ。

 大戦は十年以上も前に終結している。しかしそれで世界が平和になったかと問われれば、答えはNO以外あり得ない。

 そこここで諍いの火は燃えているのだ。この少女もその被害者の一人ではなかろうか。そうリヒャルトは考えたのである。

 

「なぁ、おっちゃん。これ……マジ?」

 

「マジだ」

 

 リヒャルトの言葉に少女はため息を一つ。電卓の数字を食い入るように見つめていた。

 

「いや、ありえねえって。これはありえねぇ」

 

「そうか? 適正な値段だとは思うが。ならもう少し色を付けてやっても」

 

「逆だから! なにこのアホな数字は!?」

 

 それだけの価値のあるものなわけだが。

 

「つかさ。葉っぱの名前も知らんようなガキが相手なわけだから、二束三文渡してハイサヨナラってのが普通じゃねぇの?」

 

 その言葉にリヒャルトは予測の確信を強めた。この子はやはり戦災孤児かそれに準ずるもの。少なくとも人というものをこの幼さで信用出来なくなるくらいの経験はしているのだろう。

 人間なんてものは、他人を騙そうとするのが当たり前。そうこの少女は思っているのだろう。だから騙そうなんて気を持たないリヒャルトには逆に疑念の目を向けてしまう。

 ローブを目深にかぶっていることも、口調を男のそれに似せていることも、過去が関係しているのかもしれないな。

 

「まぁなんだ。価値があるとわかりゃ、また嬢ちゃんが持て来てくれるかもしれんしな。アルテミシアの葉は仕入れが難しいもんだから、期待もしちまってるってわけよ」

 

「ふーん」

 

 嘘ではない。嘘ではないが、それがリヒャルトの本心かと言えば、それは否である。

 魔法使いには『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』という考え方がある。誰もが目指すべき指標のようなものが。

 リヒャルトも多分に漏れず、『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』を目指した口である。先の大戦にも、後方支援という形ではあるが参加している。

 魔法使いは、魔法世界の住人は『正義』を目指すことが当然なのだ。それは一つの価値観とかそういうレベルの話ではなく、もっと深いところに根付いているものなのであり。

 現代日本で『六歳を過ぎた子供は小学校に通うのが当然』というのと同じくらい、魔法世界では『魔法使いは立派な魔法使い(マギステル・マギ)を目指すのが当然』なのである。

 そんな環境で生きてきたリヒャルトだ。軽い惚れ薬や年齢詐称薬などの『騙す』秘薬をも扱う秘薬屋とはいえ、客まで騙そうとは思わない。それは『立派』とはほど遠い概念なのだから。

 今では『紅き翼(アラルブラ)』のような英雄を目指すものばかりになってしまったが、もともと『正義』だの『立派』だのというのは仰々しいものではない。リヒャルトもまた、己の小さな正義に従ったまでのことなのである。

 

「ま、いいや。こっちとしちゃ高く買い取ってくれんのは有難いことだしね」

 

「ん。そうかい。んじゃこっちのキノコなんかも一緒に買い取ってやるよ。ちょっと待ってな。金を用意するからよ」

 

 そう言うと少女はカウンターから降り、再び珍しそうに商品棚を眺めに戻った。

 しばらくして戻った少女が手にとっていたのは年齢詐称薬。

 リヒャルトは、まぁ悪用されることも無いだろうと、アルテミシアの葉の代金の一部と引き換えにそれを売ってやることに。

 

 

 思えば不思議な子供だった。そうリヒャルトは後に話している。

 現れた時から妙な存在感があり、何故か迫力さえ感じていた。

 年齢詐称薬に関してもそうだ。普通であれば子供に売るような品ではない。

 しかしその時は少女を窘める事など出来なかったのだ。

 まるで、そう。高貴な貴族様でも相手にしているような気分だった、と。

 

「それと、耳に残ってる言葉があるんだ。あの子は最後にこう言ってた。『西に行くんだ』ってな」

 

 




普通に店員Aで良かったような気が
誰やねんリヒャルトて

ちょっと無理矢理ですが年齢詐称薬Getさせることに
子供の姿だと人と関わることが出来ませんからね

ツッコミキャラの確保もそうですが、はやいとこ『発』を作らせたいなぁと思う今日この頃

修正)大戦はネギが数えで十歳時点で『二十年前』のことでしたね
ネギが現在三歳なので今はまだ『十三年前』のことでした
あー、ハズカシー


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06.やまのぼり

 ――エオスより北東に約二百二十キロ――

 

 今日も今日とて『流』を用いた高速歩法で駆け抜ける。

 エオスから出ると、今度は大きな山脈にぶち当たることになった。

 無一文も脱出したことだし、今は年齢詐称薬もある。舟――飛行船というらしい。とても飛行船には見えないが――を利用することも考えたが、手持ちが有り余っているというわけでもない。なにより修行が楽しくなってきたということで却下。今も俺は道なき道を突っ走っている。

 エオスでは良心的なオヤジに森で採った採取物を買い取ってもらえた。おかげで念願だった年齢詐称薬を手に入れることに。年齢さえ誤魔化してしまえば、出来ることが増えるというもの。原作の魔法世界編では中三の明石裕奈と佐々木まき絵は普通にバイトをしていたし、幼すぎるということさえなければ働き口だって探せそうだ。

 もっともあまり無駄遣いするつもりもないが。

 オヤジから買った詐称薬はそれほど多くはない。それ以外にも買いたいものがあったからだ。

 まずは水筒。渇きを覚えながら水場を探すのはツライものだからな。次いで食糧。まぁ食糧の方は自然から採る予定だったから非常食になるような干し肉くらいだが。

 そしてもっとも金のかかったもの。それが『魔導書』である。

 別に貴重な書物が欲しかったわけじゃない。欲しかったのは子供向け入門書。

 魔法面に関しては俺は未だ素人もいいところ。『火よ灯れ』すら使えないのだ。

 ……キノコを生で食べていたのも、火が使えないからという理由だったり。

 とにもかくにもこれではまずいと思い立ち、分かりやすそうな魔導書を数点購入。

 おかげでほとんどすっからかんである。まぁいざとなれば植物なんかの採取&売却を繰り返すことでの錬金術にでも手を出そう。分かりにくい場所に自生している植物も『凝』でオーラさえ見ることが出来るのなら簡単に集められるのだし。

 

 

 さて、そんなことを振り返っている間にも山頂へと着きそうだ。

 山脈の頂。それは一つの境界なのだろう。

 険しく雄大な山脈によって分かたれた大地。山頂からならば見ることのできる向こう側の景色は、まさしく『新たな世界』という言葉を想起させるものである。

 山頂に着いたら一度休憩しよう。山に入る前に採取した木の実もある。水筒にもたっぷり……

 

「ってうぉわ!?」

 

 肩から下げたエオスで買ったばかりの水筒に視線を向けて驚いた。

 思わず俺は足を止め、

 

「なんで水漏れしてんだよ? 買ったばっかなのに」

 

 不良品でも掴まされたか? そんな疑念が湧いてくるが。

 しかし、どうにもおかしい。

 普通水漏れというのは、水筒の底だとか、側面だとか、そういう場所から発生するものではなかろうか?

 現在のそれは違う。水筒の上部。蓋の隙間から中身が漏れているようなのだ。まるで開けたばかりのラムネが噴き出しているかのように。

 

「えぇー? 炭酸なんか入れてねぇぞ」

 

 そうつぶやきながらも蓋を開けて水筒を覗いてみれば、それは買ったばかりの新品同様の姿。

 中身が噴き出す要因なんて……。

 

「まさか」

 

 唯一の心当たりに気づき、おそるおそる水筒を手にしたまま『練』を行う。

 水見式。グラスに注いだ水に葉を浮かべ、手をかざし『練』を行うことで能力者の系統を判別する方法ではあるが、なにも儀式的な格式ばった形を取らなくてはならないというわけではない。

 H×H原作において、パームはコーヒーの注がれたカップに『練』を行うことで、中身のコーヒーを増幅させていた。

 すなわち『液体』に『練』を近づけることで『発』に足るということであり、

 

「……うわぁお」

 

 俺の『練』に反応して、水筒内の水もブクブクと増えていた。

 

 水が増えるのはゴンと同じ強化系。

 はぁ。

 こんなことで偶発的に知りたくなんてなかったぜ。

 まぁなんだ。変化系で水筒の水を変な味にされたり、具現化系で水筒内が不純物だらけになる可能性もあったと考えれば、強化系ってのは救いだったわけだが。

 にしても、強化系か。

 

「なんというか。面白みがないわなぁ」

 

 クラピカ曰く、一人で戦い抜ける力を得るために最も理想的なのは強化系である。

 確かに攻め・守り・癒しを補強出来るというのは大きな強みだろう。

 しかし、同時にウイングがこうも語っている。

 即ち、『纏』と『練』を極めて行けば、それだけで十分だ、と。

 

「どうせなら自分だけの必殺技が欲しいんだが」

 

『纏』と『練』だけ極めてソレを必殺技と呼ぶのは物足りない。ウボォーみたいにオーラを込めただけのパンチに名前を付けるというのも……。

 まぁ今は必殺技は置いておこう。水筒を傾けくぴくぴ喉を潤わせながら考える。こういうのはインスピレーションが大事なのだろうし、うんうん唸って考え出す必要はない。

 今は『念』の修行は高速歩法のみとしておこう。『流』と『堅』を鍛えられるのだし、詰め込みすぎるのもよくない。

 

 

 今はむしろ魔法に関して学んでおくべきだろう。

 魔法世界じゃ魔法が使えないってのは下に見られる原因になりそうであるし。

 アリアドネーに着いたときに魔法の射手(サギタ・マギカ)一つ使えないとなると、学ぶことすら許されないなんてことになりかねない。

 さて、そんじゃ山頂まであと少し。そこまで着いたらお勉強タイムとしましょうかね。

 

 

 

 

 

 ――ウェールズ 山間の隠れ里――

 

 ナギ・スプリングフィールドが生まれ育ち、そのナギを慕った者たちが集まり、そして今、ナギの息子であるネギ・スプリングフィールドの生活する村。そこは今、従来の陽気な雰囲気とは隔絶した空気に満ちていた。

 原因は一人の少女。名をアイカ・スプリングフィールド。ナギ・スプリングフィールドの娘にあたる少女が村から姿を消したことにあった。

 言うまでもなく村人たちはパニックに陥った。『英雄の娘』が消息不明に陥ったのだから当然である。

 そして、アイカ・スプリングフィールドの消失は、彼らにも変化をもたらす。

 残された英雄の子、ネギ・スプリングフィールドへの接し方に関してである。

 

「バウワウ! ガウワウ!」

 

 鎖に繋がれた犬が吠える。吠えている相手は幼きネギ。

 ネギは自分の身長ほどもある大きな犬の鎖に杖を向けていた。ネギは何も繋がれた犬がかわいそうだとか、自由に走り回らせてやろうだとか、そういう行き過ぎた動物愛護精神に目覚めたわけではない。

 ネギにあるのはただ一つの思い。『ピンチになれば、(ヒーロー)が助けに来てくれる』という、その思いだけである。

 双子の妹であるアイカが姿を消したことで、ネギの父親を求める思いは強くなっていた。

 自分に優しくしてくれるネカネはアイカが家出をしたと聞いた瞬間卒倒し、それ以降もアイカへの心配からかネギを構うことが少なくなった。

 村の大人たちも目の前で元気な姿を見せるネギよりも、行方すらわからないアイカの心配をするばかり。

 両親がいないという現実を、父親は英雄だから、傍には優しい姉代わりの人がいるから、そして、村の大人たちがやさしくしてくれるからという言葉で無意識のうちに自分を慰めていた聡明な少年は、突然訪れた孤独感から逃げようと、父の幻影に縋り付こうとしていた。

 しかし、ネギの幼い希望も叶えられることはなかった。

 それはピンチになっても父は現れなかったという現実に直面した、というわけではなく、

 

「こらっ。鎖を切ろうとしちゃダメだろう?」

 

 ネギは村の青年にそう言われると、背後から杖を抑えられてしまう。

 そう。ピンチ自体に陥ることが出来ないのだ。

 

 

 アイカがいなくなったことで、村人たちは考えを改めた。

 ナギ・スプリングフィールドの子供には、ナギのような奔放さを身に着けてもらいたいとは思う。

 しかし同時に、彼の『サウザンドマスター』の子供を危険にさらすわけにはいかないとも考える。間違っても失うわけにはいかないのだから、と。

 ゆえに彼らは監視することにした。残された『英雄の子』を。

 子供が一人で住むには寂しすぎるスプリングフィールドの家には、入れ替わりで村人たちが訪れ、ネギの世話をするようになる。もう『英雄の子』が家出などしないようにと。無茶な行いなどさせないようにと。

 しかしそれでもネギの孤独感は薄れることなどなかった。

 ネギは、聡明な少年は、その聡明さゆえ感じ取ってしまう。彼らが『ネギ』を心配しているのではないということを。

 彼らはただ、『英雄の子』を失うことを恐れているだけなのだということを。

 

 

 ネギ・スプリングフィールドは感情に囚われる。

 その幼さゆえに、その感情を何と呼ぶかこそ知らないままに。

 今の寂しさが妹が突然姿を消したからこそ自分に降りかかってしまったのだと理解し。

 それゆえ妹への感情に囚われる。冷たく、暗い感情に。

 

 

 

 




はわわ。ネギせんせーがダークサイドにのまれそうデス
・・・ま、もともとネギ坊主はダークサイドの住人だし別にいいネ
という感じの第六話 アイカという異分子がいることで早くも色々捩れたり

主人公はギャグ。世界はシリアス。ベースはネギま(ラブコメ)
一体ストーリーはどうなることやら


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07.少女修行中

 

 ――トリスタン――

 

 山を越え谷を越え、ようやくたどり着いたトリスタンは、MMやエオスと比べると随分とこじんまりした町だった。

 俺はとりあえずということで年齢詐称薬を飲み、情報収集をすることに。

 俺、つまりは『アイカ・スプリングフィールド』に対する追手はないのか。まぁこんなガキが魔法世界に乗り込んでいるなんてそうそう思いつかないだろうが、それでも不安の種は取り除いておきたいからな。

 そして情報収集の際知ってしまった。

 トリスタンの先、海を越えるほどの長大な橋のことを『グレートブリッジ』と呼ぶらしいことを。

 

 ……『原作』で出てたよな。『グレートブリッジ』。

 先の大戦で連合と帝国が奪いあった拠点。それがグレートブリッジだ。

 そしてその先には『ウェスペルタティア』があるという。

 そういや地図にも書いてあったっけか(未だに覚えていられているというのは高性能な転生ボディーのおかげだろう)。橋を渡った先にあるのは『オスティア』だと。

 

「厄介事の匂いしかしねぇ」

 

 俺はトリスタンから少し戻ったところにある森の中で呟いた。

 この森で寝るようになって早一週間。サバイバル術ばかりが身に着くというものである。

 

 当初はトリスタンで宿を借りるという選択肢もあった。

 一日二日滞在するということなら手持ちの金でもなんとかなるだろう。山で採った高山植物のなかにもオーラの出ているものもあったし、金策だって出来るはずだ。

 だが、街で宿をとるとなれば、当然年齢詐称は必要となる。

 一日二日ではなく、長期滞在するともなれば、詐称薬のストックを減らしたくないという思惑から、宿での生活という甘い誘惑にははっきりNOと言ってやる必要があったのだ。

 

 そう。長期滞在することにしていたのだ。

 その理由は言わずもがな。自身を鍛えるためである。

 MMでは予想外の災難に見舞われることになった。MM同様ウェスペルタティアは原作で出るほどの重要な都市。なにかしらのイベントが発生してもおかしくはない。

 アリアドネーへの足を少し止めることになったとしても、ここでレベルアップしておこうということだ。

 

 まぁぶっちゃけると、『発』を思いついちまったから試したくてしょうがなかったってのが一番強い理由なわけだが。

 

「ふぅ」

 

 休憩は終了だとばかりに跳ね起きる。

 座禅を組み、『練』から『堅』へ。

 

 重要なのはイメージだ。

 キルアはオーラが電気と融合するイメージを持ってしてあの能力を手に入れた。

 クラピカは四六時中鎖で遊ぶことで具現化能力を得るに至った。

 ならば俺もイメージしよう。

 

「強く、強化されたあの姿を」

 

 イメージに関してはそれほど難しくはなかった。というのも俺の『発』には参考となるものがあったから。

 それは『前世』に存在したあるゲーム。

 俺はそのゲームに登場するとある『妹』の得意とする技を再現しようとしていた。

 

「何を強化するべきか? そう考えたとき閃いたんだ。ならば俺に合った能力のはず。出来ないはずがない」

 

 呟くことで自身に言い聞かせる。俺はカストロとは違い、自分の系統にあったものを作ろうとしているのだと。インスピレーションに従ったのだから、俺の本質にあったものであるはずだ、と。

 能力を決定してから一週間もたつ。キルアがあっさりとオーラを電気に変化させたことを考えれば、そろそろ俺も手ごたえを感じていいころだ。

 魔法の勉強にも時間を割いているとはいえ、俺には『纏』と『練』を繰り返した歳月があるのだから。

 

「発動。『神のご加護がありますように(■■■■)』」

 

 イメージしていた防の切り札の発動を感じたとき、俺は小さくガッツポーズをしていた。

 

 

 

 

 ――トリスタン南西部 フィオジカの森――

 

 トリスタンにて子供たちに魔法を教えている教師、ドナート・ボニンセーニャはその日、初めて本物の才能というものに出会った。

 トリスタンから一時間ほど歩いたところに広がるフィオジカの森は、魔獣をはじめとする危険な動物が生息していないことから、トリスタンの子供たちにとっては格好の遊び場となっている。

 魔法世界に生まれた子供たちは、ごく一部の例外でもない限り魔法に触れて育つ。学んだからには魔法を使ってみたい。そんな思いが子供たちに街から離れたこの森まで足を運ばせるのだ。魔法が『火よ灯れ』や『武装解除』といった無害のものばかりではない以上、もっと言うなら『魔法の射手』をはじめとする他者を傷つけることが出来るものが多い以上、家や街の公園などで魔法を練習するというわけにもいかないため、当然のことなのかもしれないが。

 ドナートも幼少期はこの森で魔法の練習に励んだり、木の実を採って遊んだり、友人たちと秘密基地を作ったりしたものだ。

 もっともいくら獣の生息していない場所だとはいえ、子供を放任しておくには森というのは危険なものだ。トリスタンに住む大人たちは、持ち回りでフィオジカの森を見て回るようにしていた。(とはいえドナートでさえ見回りを任されるようになるまで、大人たちが陰ながら見守っていてくれたなどとは気付かなかったわけだが)

 そして今日、たまたまドナートは見つけたのである。本物の『英雄の才能』というものを。

 

 遠見の魔法で見つけたのは、ローブ姿の小さな子供だった。

 ドナートがトリスタン魔法学校で教えている子供たちよりもなお幼いだろう。彼の今年の担当が数えで七歳、満六歳の子供たちであることから、たまたま見つけたその子の年齢は推して知るべしである。

 距離がありすぎて何を言っているのかまでは分からないが、かろうじて風に乗って伝わってくる声から察するに、おそらくは女の子。お人形遊びでもするのがお似合いだろう少女が森の中で一人座り込んでいるというのは『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』を目指している者として放置できるものではなく、迷子か何かかと思い声をかけようとしたときのことである。

 

「――――ッッ!?」

 

 思わず身構えてしまった。それほどの圧迫感。まるで歴戦の魔法使いを前にしたかのような迫力だった。

 ドナートは冷や汗が頬を伝うのを感じる。少女と呼ぶのも早いような幼子に危険を感じているのだろうかと自問する。

 自分と少女の距離はかなり離れたもの。森で遊ぶ子供たちに気づかれないよう、そして遠く離れた場所にいる子供をも視界に収められるよう、常に遠見の魔法を展開しているのだから当然のことである。少女に自分が気づかれているはずもないとは思うが。

 どうするべきかドナートが逡巡していると、フッと威圧感が消えた。何かの気のせいだったのではないかと、そんな思いさえ浮かんでくる。

 と、少女はごそごそと肩掛け鞄を漁ると、中から一冊の本を取り出した。

 魔法学校の教師であるドナートには見慣れた一冊。二年前にアリアドネーから発行されたばかりの初心者向け魔導書だった。

 

(あの子は……いったい…………?)

 

 先ほどの迫力といい、ドナートの意識は少女へと集中しだしていた。

 そんなドナートの疑問をよそに、少女は杖をふるう。月をかたどったシンボルを頂点に乗せた子供向けの杖を。

 しかし魔法が行使されることはなかった。

 少女は落ち込むように少し肩を落とす。おそらく『火よ灯れ』あたりの初級魔法を試したのだろう。それが失敗するということは魔法の才に乏しいということだろうか?

 

(いや……それは、無い)

 

 ドナートは目を疑った。

 少女の内包する魔力量は、途方もないものだった。

 

(なんだ? あれは?)

 

 ドナート・ボニンセーニャは今年で二十三になる魔法使いである。

 大戦末期に生を受けた彼は、連合の掲げる『英雄』という概念に強く魅せられた世代でもある。

 子供のころから周囲のだれもが『紅き翼(アラルブラ)』のような英雄を目指し、当然ドナート自身もいつかは『偉大な魔法使い(マギステル・マギ)』にと努力をした。

 才能はあった方だと思う。十四で無詠唱の魔法の射手(サギタ・マギカ)を習得し、十六になるころには紅き焔(フラグランティア・ルビカンス)を使えるようになった。

 突出した才能というわけではないが、それでも誰かに劣等感を抱くような人間ではなかった。

 それこそ、俺も十年早く生まれていれば英雄に、なんてことを考えたこともある。

 しかし。しかしだ。

 今ドナートが目の当たりにしているのは、そんな自信を砕いて踏みにじるほどの圧倒的な才能。生まれ持ったものとしか言いようのない天賦の才。驚異的な魔力量だった。

 

 ドナートは知らずのうちに杖を握りしめ、そして気づいた。

 

(俺が……嫉妬している? あんな子供に?)

 

 バカバカしい。いや、あの少女の才能は本物だろう。嫉妬していることも真実だろう。

 しかし自分は今、いったい何を考えた?

 

(これじゃ『偉大な魔法使い』なんて夢のまた夢じゃないか)

 

 ドナートは杖を懐にしまうと木の陰から姿を現した。

 そのまま今も『火よ灯れ』に四苦八苦している少女に向けて歩き出す。

 

 ドナート・ボニンセーニャ。彼は英雄たる活躍をしてこそ『偉大な魔法使い(マギステル・マギ)』であり『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』であると考える人間だった。

 しかしそれでも、と彼は思う。英雄足りうる才能が無かったからといって。活躍の場が無かったからといって、幼い才能に嫉妬することが『正義』なはずがない、と。

『英雄』とは連合が作った幻想だとドナートは知らない。連合が自分たちに都合のいい存在を『英雄』に仕立て上げていたという世界の裏を知らない。彼の理想とする『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』がどこか歪なものだとは知らない。

 しかしドナートは間違わない。彼の『正義』は歪かもしれないが、それでも白く美しいことに変わりはないのだから。

 

「魔法を使うときはね、もっと自分を信じることだ。出来るはずだと。自分なら魔法が使えるって。そして世界に満ちるマナを受け入れようとするんだよ」

 

 ドナートの声に振り返った少女に笑いかける。

 ローブのフードで眼こそ見えないが、それでも安心させようと優しく語りかける。

 

「いいかい? ゆっくりでいいんだ。失敗したとしてもそれは恥ずかしいことじゃない。がっかりせずに頑張ってみよう? さぁ、プラクテ・ビギナル・火よ灯れ(アールデスカット)

 

 少女は数秒の間、いぶかしげにドナートを見上げていたが、やがてコクリと頷くと、言われたとおりに呪文を唱えて杖を振った。

 杖の先に小さな火が灯ったことで少女の上げた笑い声は年相応のもので、それを見たドナートは、少女の呑み込みの早さに嫉妬するよりも、自分が目の前の類稀な才能の開花に一役買って出られたことに、ただただ喜びを感じていた。

 

 

 その後、ドナートは少女にいくつかの初歩の魔法の手ほどきをして別れることになる。

 のちにドナートはこう語る。

 あれほどの才能があって初めて英雄になれるのだろう。

 自分がそうでないことに悔しさは感じるが、それでも俺は満足している。

 俺はあの子に魔法を教えることが出来た。教師になったことで得られた嬉しさはいくつもあるが、あの子の力になれたこともその一つだよ、と。

 

「一つ心残りなのはあの子がトリスタンの学校に来なかったことかな。そうと知っていれば、もっといろいろな話をしたんだろうけど」

 




普通に教員Aで良かった気が Part.2
誰やねんドナートて

さて、『発』を作っちまったわけですが
ルビに関してはまだ秘密ということで
ヒントは強化・防御の切り札・妹キャラの技 といったところでしょうか
見事的中させたあなたには、本作のヒロイン決定権を・・・あげますん!!

にしてもアイカ以外のキャラが男ばっかりというのは
男キャラの方が書きやすいというのはあるんですが・・・むーん
次回も多分オッサンですw


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08.小休止

 

 ――グレートブリッジ東端――

 

 ふぃー。ようやく渡り終えたよ。グレートブリッジ。

 振り返るとどこまでも橋の伸びる景色。感慨も深いというもの。

 

「にしても。何も起こらなかったな」

 

 色々と懸念してたんだがね。グレートブリッジは大戦時には要塞拠点として連合と帝国が奪い合ったって聞いていたし。

 

 もっとも楽な道のりかと訊かれれば答えはNOだが。

 なんといっても長いのだ。この橋は。

 全長にして三百キロ超。まったくもって耳を疑う話である。

 その上先述したとおり過去に要塞として使われていたという経緯からそこそこの警備が敷かれており。

 通行証を持った商人であるならまだしも、俺のような人間には正規に入り込むことは出来なかったわけだ。

 そもそもからして三百キロもの距離を徒歩で渡りきろうなんて人間を想定しているわけもなく。

 そんなわけで俺は侵入者として潜り込む以外の選択肢などなかったのだ。

 

「見つからなかったのは『絶』の練度が上がっていたということか? サバイバル生活が早速役に立ったな」

 

 うーんと伸びをする。グレートブリッジを渡りきったということで、ようやくゆっくり眠ることが出来そうだ。

 

 それにしても疲れた。

 グレートブリッジも連合の勢力圏。人目につかないよう『絶』は欠かせなかったため、もちろん『流』を用いた高速歩法は使えない。あれは『練』くらいのオーラがあって初めて真価を発揮するのだしね。『練』どころか『纏』ですら怖くて使えなかったよ。

 

「ま、おかげで身体能力は嫌でも底上げされただろうけど」

 

 鍛えすぎるのもどうかと思うんだがね。成長しきっていない体に無理はさせたくない。

 まぁ原作ネギの無茶苦茶な修行を見るに、ネギまワールドじゃ成長阻害なんてものはないのかもしれないが。

 

 まぁいいか。と俺は道を外れる。

 街道から外れた場所にある、過去の建造物か何かだろうか横倒しにされた石柱のようなものに腰かけると、バッグをごそごそと。

 取り出したるは林檎ちゃん。グレートブリッジの警備兵の詰所で失敬してきたものだ。

 いやぁ、グレートブリッジ内で食糧が切れたときはどうしようかと思ったよ。

 これまではサバイバル生活が主体だったので失念していたが、グレートブリッジは建造物。当然内部に森林が広がっているなんてファンタジックな様相を呈しているわけもなく。

 バッグに詰め込んであったキノコ共はあっというまに底をつき、非常用の干し肉もすぐに食い切ってしまった。

 食糧問題に気づいたのがグレートブリッジに入ってすぐだったら引き返すということも考えたんだが、実際気づいたのは手持ちの食糧が底をついてから。橋も残り半分というあたりだったものな。

 進むのも戻るのも同じくらいの距離ともなれば、進むほかないだろう。

 しかしだからといって空腹に耐えられるわけもなく……。

 

「ま、勝手にタンスを漁るドラクエの主人公よりは良心的だろう」

 

 トリスタンで購入した大ぶりのナイフで林檎を一刀両断。皮をむくなんて上品なスキルは持ち合わせてはおりません。

 しゃくりと噛めば中々にみずみずしく。

 

「んまい」

 

 いろいろと失敬したが、振り返ってみれば果物類をいただいたのが一番多かったかもしれない。

 しばらくはデザート抜きの食生活に甘んじてくれたまえ。名も知らぬ警備兵諸君よ。

 

 さて。一応念のためにここで一晩休もうかね。

 目を向ける先にはウェスペルタティアがあるのだろう。今は沈みし過去の浮遊国家オスティアも。

 嫌な予感がビンビンくるぜ。まぁグレートブリッジのときのように取り越し苦労で終わってくれればそれが最高なんだが。

 

「今日は基礎修行も休もう。崩落した都市群。一気に抜けておきたいからな。万全の状態にしておこう」

 

 しゃくり、と残りの林檎をほおばり、俺は少し早いが寝床を探すことにした。

 

 

 

 ――MM――

 

 メガロメセンブリア元老院議員デズモンド・キャボットは頭を抱えていた。

 悩みの種は言わずもがな。旧世界の魔法使いたちを騒がせている騒動。『アイカ・スプリングフィールドの失踪事件』についてである。

 といってもデズモンドがアイカ・スプリングフィールドの心配をしているわけではない。むしろ彼はアイカ・スプリングフィールドを邪魔だと考える人間である。

 

(しかし、我らの計画を狂わせるとは。『千の呪文の男』と『災厄の魔女』の子供。あれらの子だ。イレギュラーを想定しなかったのがそもそもの間違いだったか)

 

 デズモンドには忘れられない過去がある。

 彼らの思惑を無視し、過剰な活躍をした『紅き翼(アラルブラ)』。戦争を長引かせるのは『完全なる世界(コズモエンテレケイア)』の思惑ではあったが、それは元老院にとっても悪いことではなかった。端的に言えば、私腹を肥やす邪魔をされたという恨みがあった。

 そして『災厄の魔女』アリカ・アナルキア・エンテオフュシア。『完全なる世界』とつながっていた前ウェスペルタティア国王から王位を簒奪し、戦争を終結に導いた『魔女』。彼女にも煮え湯を飲まされたものだ。

 その『魔女』にすべての罪をなすりつけ、ケルベラス渓谷での処刑を執り行おうとしてみれば、再び立ちふさがったのはまたもや『紅き翼(アラルブラ)』。

 すべてが狂わされる。それでも我らは彼奴らを押さえつけることには今のところ成功してはいるが、

 

(『魔女』の娘の存在が明るみになれば全てはアウトだ。それもスプリングフィールドの名を持った『魔女』の娘ともなれば)

 

 デズモンドは執務机の引き出しから葉巻を取り出すと、火をつけて一口吹かす。

 そして目を向けるは、すでに無駄なものと化してしまった計画書。

 

 計画書にはこうある。

 スプリングフィールドの子らを排除すべし、と

 

 これは元老院の総意に近いものだった。無論、元『紅き翼(アラルブラ)』の若造のような反意を示すだろうことが容易に予測できるものには知らせてすらいないことではあるが。

 そのために、デズモンドも密かに手をまわしていた。

 

(くそっ。悪魔どもの召喚も軽々に行えることでは無いというのに)

 

 多数の上級悪魔の召喚。イレギュラーにも対応するため、少なくとも一体以上の、『切り札』となる爵位持ちの召喚。大戦時のような状況ならともかく、平時下でそのようなことを大々的に行うこともできず、ゆえに前々から準備してきた。

 だというのに。

 

(アイカ……スプリングフィールドッッ!)

 

 せめてネギ・スプリングフィールドだけでも。そう唱える元老院議員もいるが。

 しかしデズモンドはその声を受け入れるわけにはいかない。

 アイカ・スプリングフィールドの消失に伴い、『千の呪文の男(サウザンドマスター)』の子の存在は旧世界中に知れ渡ってしまった。

 そう。旧世界中の魔法使いたちがウェールズの山間の隠れ里に視線を向けているのである。

 そんな場所で無理矢理事件を起こせば、かならずや不自然さに気づく者が出る。『大戦時に『紅き翼(アラルブラ)』に恨みを持った者の犯行』では納得しない者が出る。多数の悪魔による襲撃など、単独で引き起こせる事件ではないと気づく者が、必ずや現れる。

 

(その上あの若造。クルト・ゲーデルも動いている)

 

 彼の大戦の英雄『ナギ・スプリングフィールド』の子供を失ってはならない。その認識は今や旧世界での共通認識であり、それを利用してクルト・ゲーデルが護衛のために隠れ里周辺に私兵を置くことさえ容認させたのだ。

 今スプリングフィールドの息子を殺すために悪魔を差し向けても、目的は達成できない可能性が高い。

 いや、それどころかこちらの動き次第では逆にクルトに喉元まで噛み付かれかねないのだ。

 

(元『紅き翼(アラルブラ)』の一員であるクルト・ゲーデルのことだ。下手にMMにおいておけば嗅ぎつけられないと思い、オスティア復興という仕事に縛り付けられたというのに)

 

 アイカ・スプリングフィールドの失踪という一つのイレギュラーのせいで全てがご破算。これまでの苦労が水の泡である。

 せめて魔法世界に来ているらしいアイカ・スプリングフィールドだけでも始末しておきたいとは思うが、未だ手がかりすら入手できていない。

 部下を叱責するというのも間違いだろう。あの高畑・T・タカミチですらなんの成果もあげられていないのだ。

 

(だが、手をこまねいているわけにもいかん。計画にかかった資金を考えれば、元老院は失敗の責任をなすりつける相手を欲するだろう。なんとかせねば私まで切られることに)

 

 それだけは避けなければならない。しかしどうする? デズモンドの自問に対する答えは出ない。

 

 と、その時である。ある声にデズモンドの思考が遮られたのは。

 

「簡単なことであろう? 私がその娘を探し出せばよいのだ」

 

「……なぜ貴様がここにいる?」

 

「おっと失礼。ノックをするのが人間のマナーであったな。いや、なに。いつまで待っても仕事を言い渡される気配がないものだからこちらから出向いたまでのこと」

 

 デズモンドは歯噛みする。召喚されたというのなら大人しく待っていればいいものを。

 しかしこいつの言った事が本当に可能であるというならば、

 

「ん? その表情は追加料金でも取られるかと思っているのかね? ならば安心するといい。君に協力を申し出たのは私の個人的な思惑からであって、なにも新たな報酬が目当てというわけではないのだよ」

 

「……相手はどこにいるとも知れないのだぞ? 貴様なら見つけ出せるとでも?」

 

「ああ。容易いことだ。伯爵とは名乗っているが、私は没落貴族でね。人探しのような些末事にも精通しているのだよ。なぁに、私に任せておくといい」

 

 デズモンドに向かいあった男は、ゆっくりと帽子を取ると、実に紳士的な笑顔を見せた。

 

「このヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン伯爵にね」

 




アイカ逃げてー! 変態紳士に捕まったら脱がされちゃうでー!
そんな第八話 あれ? これ、やばくね?

さて、ネギ村襲撃ですがナシになりました
嗚呼。ここでも原作との差異が
ちなみにアイカもいつの間にか三歳になってたり。(数えで四歳ね)
まぁ二歳が三歳になったからといって変態に勝てるかっていうと・・・
あの変態、結構強いからなぁ

そういえば、村襲撃イベントが無いってことは・・・
・・・ナギの杖は犠牲になったのじゃ
・・・・・・ナギの杖ェ


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09.霧の廃都

 ――ウェスペルタティア――

 

「ハァ、ハァ、ハァ」

 

 あ、ありえねぇ。

 俺はかつては絢爛を誇っていただろう都の残骸、オスティアの廃墟に背を預けて肩で息をしていた。

 必死に『絶』を行う。髪の毛一本分のオーラでも漏れないよう、細心の注意を払いながら。

 その間も混乱する頭は同じフレーズを繰り返すばかり。

 

(なんだなんだよ、ここは)

 

 MMを出たばかりの森や、エオスから先の山脈とはレベルが違う。

 簡単に現状を説明するぜ。

 アリアハンを出発して順当にレベルアップしてたと思ったら、旅の扉で飛ばされた先がゾーマ城でした。

 

「グオアアアアアアアアアア!!!」

 

 うひぃ!? 思わず身が竦む。

 柱の陰からちらりと見れば、

 

(ド、ドラゴンて。それはないだろ。どこのラストダンジョンだよ?)

 

 視線の先には体長二十メートルはありそうな赤い竜。

 一歩、足を地に降ろすごとに地震のような振動が胃を揺さぶってくる。

 

(ありえねぇ。あのオーラ。竜種ってのは生命力の塊ってことかよ)

 

 

 旧オスティアに足を踏み入れた当初は結構楽観視してたんだ。

 命のやり取りこそ経験してないが、こっちにゃ『念』がある。『発』も、未だ発展途上だろうとはいえ、そこそこ形になってきている。

 たとえ旧オスティア廃墟が立ち入り制限された上、許可をもらった熟練冒険者でもなけりゃ入り込めないといったって、通り抜けるくらいは出来るだろうと踏んでいたんだ。

 

 甘かった。この世界はラブコメワールドじゃねぇ。マジでバトル漫画用の世界だ。

 ちゃんと書いてあったんだよなぁ。『大戦期の巨大魔法災害の影響が残るため一般人立ち入り禁止』って。従っとけよ、俺。

 

 

(やっぱり()を通るべきだったか。金はあったんだし空飛ぶ新オスティアへの舟に乗ることだって……)

 

 いや。

 いやいやいや。そいつは違うだろう、俺よ。

 なると決めたんだろう、漢に。ここが『ネギま』世界だと知って、それでも女に生まれちまったことに絶望して、しかも危険なポジションに据えられた運命呪って、しかしそれでも漢になって生き抜き、この世界の美少女達とイチャイチャしたいと願ったんだろうが!!

 ならこんな所でビビッてられるかよ。

 根じょ――

 

「グオアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 うひぃ!?

 ト、トトトトカゲ風情がちょっとでかく成長したくらいで調子に乗りやがってぇ。

 こ、根性ォォ……お?

 

 

 ……あ、目があった……

 

 

「ゴオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」

 

「ぎ、ぎぃやああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 

 

 ――ウェスペルタティア北西 旧オスティア廃都中心部――

 

 その日、傭兵結社『黒い猟犬(カニス・ニゲル)』遺跡探索部門第六部隊隊長ジョアンナ・アクロイドは、部下を引き連れ霧に包まれるウェスペルタティアは旧オスティア廃都へと来ていた。

黒い猟犬(カニス・ニゲル)』といえば、シルチス亜大陸を中心に活動している賞金稼ぎ結社。その一員たるジョアンナ達遺跡探索部門の仕事といえば、端的に言ってしまえば『盗掘』である。

 いや、一概には『盗掘』とはいえないのかもしれない。魔法世界において遺跡とはトレジャーハンターという職業が広く認知されるほど数の多いものであり、許可なく遺跡に入り込むトレジャーハンターに対しても魔法世界の住人は寛容なのだから。

 しかしそれでも、と『黒い猟犬(カニス・ニゲル)』の者はあえて『盗掘』という言葉を使う。

 賞金首を殺すことで日銭を得、立ち入りの制限された遺跡に無許可で侵入する自分たちは、ロクデナシなのだと理解しているのだから。

 

「ビョルン、ガスパーレ、警戒を怠るんじゃないよ。イゾーリナ、アンタはここの空気に慣れることを第一に考えな。ウェスペルタティアは化け物だらけだからね」

 

「「がってん、ママ!」」

 

 ビョルンとガスパーレの軽口を一睨みで黙らせ、ジョアンナはイゾーリナの肩を叩いて励ました。

 

「アンタはこのチームのエースなんだ。もっとドンと構えな」

 

「が、がってん! ママ!」

 

「フフッ。そんだけ言えりゃ十分さね」

 

 

 黒衣装に身を包んだ彼女たちは、亜人と呼ばれる種族である。

 虎のような妙齢の女性、ジョアンナ・アクロイド。

 ヘラスの血を引く褐色の大男、ビョルン・ヘドマン。

 鮫を思わせる細身の男、ガスパーレ・ピナ。

 そして、悪魔のような外見をした魔族の少女、イゾーリナ・ブルィンツァロフ。

 かつてアンティゴネーの古代遺跡、ヴィーレイジの迷宮を踏破した名うての『盗掘屋』である。

 

 彼女たちが旧オスティア廃都へとやってきたのは何も観光や酔狂のためではない。

 かつて魔法世界の文明発祥の地とも呼ばれ、絢爛華麗を誇った千塔の都の残骸。彼女たち『盗掘屋』にとっては格好の仕事場である。

 

(確かにリターンは大きいんだろうけど、リスクもその分果てしないことになってるんだよねぇ)

 

 ジョアンナは周囲を警戒しつつ心中呟く。かつての『大崩落』以来、ここは魔獣の巣と化しているのだ。

 

(ま、今回は下見のようなもんさね。イゾーリナが育ってきたってんで足を延ばしはしたけど、一度の探索でお宝にありつけるとは思っちゃいないし。焦りは禁物だよ)

 

 

 ジョアンナは部下とともにいくつかのポイントをマッピングしていく。

 いざ強敵と遭遇して散開することになったとき、いざ後退しながらの戦闘を強いられたとき、そしていざはぐれたときのため。仲間とのわずかな認識の食い違いが死を招く世界なのだから。

 

 

 そして、それは唐突に現れた。

 

「ママ! 十時の方角からなんか来てるよ!」

 

「わかってるよ、ガスパーレ。この地響きを聞きゃ、誰だって気づくもんさね」

 

 十時の方向。そちらには巨大なビルの崩落跡があり視界が阻まれてはいるが、しかし何が起こっているかくらいは分かる。

 それは大地揺らす振動。ジョアンナ達はこの現象に心当たりがあった。

 巨大な魔獣。それは亜人や人間にとって恐怖の対象であり、容易く死を振りまく畏怖の象徴だった。

 

「魔獣同志の諍いでしょうか?」

 

「……いや、それなら一所に留まるだろうさ。こっちに来てるってのが厄介なんじゃないかい」

 

 ジョアンナは判断を迫られる。魔獣がものすごい勢いで疾走しているという情報から類推できる状況はそう多くはない。

 

(強者に襲われて逃げているか、それとも獲物を追っているかってところかね)

 

 崩壊した建造物だらけのウェスペルタティア。すぐにこちらに気づかれるという可能性は薄いだろうが。

 

(だからといって楽観は出来ないね。これだけの音だ。かなりの大物。無茶する状況でもなし)

 

「チッ。一旦ここから離脱するよ! 散開する羽目になったらB2へ。分かってるね?」

 

 アイサーと気の抜けた返事を返す仲間を見て、ジョアンナは苦笑とともに安心する。こんな状況だというのにこれといった危機感を見せない仲間の姿は、自分の判断を信頼してくれているという証でもあり、

 

 

 

 瞬間、爆音が轟いた。

 

「んな!?」

 

 ちょうど地響きの主とジョアンナ達を隔てていた遺跡が爆炎に包まれる。石壁が崩壊するとともに、もうもうと上がる土ぼこりがウェスペルタティアに広がる霧に混ざった。

 

「この威力……火竜かい!? やばいね、アンタら――」

 

 さっさと逃げるよ。ジョアンナがそう言おうとした時だ。彼女がそれを目にしたのは。

 

(な!? 子供だと!?)

 

 遺跡を包み燃え上がる炎の中から煤塗れの姿で飛び出したのは小さな子供。

 フードで目元こそ見えないが、その引き攣った口角を見るに、火竜に追われていた『獲物』はこの子供だったのだろう。

 

 子供。その言葉がジョアンナを硬直させた。

 言うまでもなく『黒い猟犬(カニス・ニゲル)』はロクデナシ集団である。正義も悪も無く、ただ『賞金がかけられている』というただそれだけの事実のみを見て賞金首を殺し、歴史も考古学も学ばず、ただ『宝があるかもしれない』というただそれだけに囚われて過去の遺産を奪うような、そんなゴロツキの集団。

 強者こそ正義。弱ければ文句も吐けない。それが彼らの『プロ』としての矜持。

 その(ルール)から見れば、ウェスペルタティアという危険地帯に力なき子供が入ることは罪であり、圧倒的強者に対抗するすべすら持たないこともまた罪。たとえその子供の状況が不幸に見舞われた結果であり、運が無かったのだとしても、それは『運が弱かった』という罪でしかないと考える。

 それが『黒い猟犬(カニス・ニゲル)』の常識であり、掟である。

 ゆえにジョアンナは硬直した。

 見捨てるべきだという『盗掘屋』として体に染みついた理性と、見捨てたくはないという『ジョアンナ』の魂に刻まれた本能が葛藤を起こして。

 

 

 ジョアンナ・アクロイド。彼女は『英雄嫌い』として仲間内では知られている。

 かつての大戦。ヘラス帝国とメセンブリーナ連合がぶつかり合った彼の大戦は、今でも魔法世界の人々の心に強く残っている。

 多くの者は彼の大戦をこう認識している。『戦争を帝国と連合との間で引き起こすことによって私腹を肥やそうとした黒幕が存在し、それを英雄『紅き翼(アラルブラ)』が打倒した』と。

『戦争は仕組まれたものであり、どちらが悪かったというわけではない。そして、それを終結に導いた紅き翼(アラルブラ)は間違いなく英雄だ』と。

 ふざけるな! そうジョアンナは思う。

 彼女の夫は戦艦乗りだった。夫は、連合によるグレートブリッジ奪還作戦の折り、搭乗した戦艦が『千の刃』のジャック・ラカンによって撃墜された際に死亡した。

 彼女の二人の子は、帝国にあった貿易企業を偽装した『完全なる世界』のアジトの爆発の折りに、巻き込まれ命を落とした。(これも後に『千の呪文の男』の功績(・・)と発表された)

 ジョアンナは正しく理解している。戦争とは命の奪い合いが前提であり、身内を奪った相手がいたからといって、その相手を悪だと断じる事など出来ないと。

 ジョアンナは正しく理解している。『完全なる世界』を壊滅させた『紅き翼』の行いは正しく、子供が巻き込まれたことは不運でしかなかったということを。

 それでも、と彼女は思う。アタシは奴らを『英雄』だなんて思えない、と。『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』など糞喰らえだと。

 戦争で殺しまくった奴が『正義』だと? 子供に犠牲を強いておいて『英雄』だと?

 アタシの子供達を焼け焦げた骸に作り替えたクソ共が『立派(・・)な魔法使い』だって!?

 ふざけるな!! そう叫んで彼女は帝国を去り、シルチス亜大陸を放浪する途中で拾った孤児とともに、『黒い猟犬(カニス・ニゲル)』に参加することになる。

 

(そのアタシの前で、子供を殺すだと? そのアタシに子供を見殺しにすることが正しいだと!? ふざけてんじゃないよ!!)

 

 

「――オオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 炎の向こうから咆哮が響く。それでジョアンナは沈みかけていた意識を取り戻した。

 しかし、全ては遅かった。

 

 何も考えずにただ動けばよかった。

 瞬動で子供との距離を詰め、その首根っこを摑まえて瞬動での離脱。これだけで良かったのに。

 しかし、もはやすべては後の祭り。葛藤に意識を囚われた一瞬が、ジョアンナから行動の選択の自由を奪い去っていた。

 

 

 自らが吐いたであろう爆炎を意にも介さず赤き竜が炎の中より現れ、

 輝くような赤い鱗に覆われた竜の腕が、

 ジョアンナの目の前でローブ姿の子供を殴り飛ばしていた。

 




気を抜くと作風がどんどんシリアスになっていく
ハーレムものを書くつもりで始めたネギま二次だったというのに・・・

さて、次回は初の本格的な戦闘です
迫力、出せればいいんですけど


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10.神のご加護がありますように

 

 ――瓦礫の中で――

 

「カハッ」

 

 声にならない声が絞り出される。

 かろうじて視界にとらえたのは背後から迫った一撃。

 なんとか間に合ったのはオーラでの攻防力移動のみ。背中にありったけの『凝』を行うことで命だけは取り留めたが、

 

(痛ぇ……)

 

 背中の防御に全力を傾けたおかげで踏ん張りが利かなかった。

 トラックに衝突されたかのような、いや、そんなレベルじゃ済まない衝撃に弾き飛ばされて俺は廃墟に突っ込むことに。

 パラパラと降り注ぐ石くれが頭にかかるが、そんなことに気を割いている余裕はない。

 

(『堅』が解けてる……)

 

 ドラゴンの咆哮は朦朧とする頭でも認識できた。俺をハジいてそれで満足するというわけでもないだろう。『念』でのガードを取り戻さないとあっという間にあの世行きだ。

 

 

『念』。それはコンディションによって容易くその性能を左右される能力である。

 急激な肉体コンディションの悪化。ドラゴンの攻撃によってダメージを受け、その上遺跡を瓦礫を化すほどの『砲弾』にさせられたのだ。

 脳は揺れ、肺は空気を搾り取られ、胃は今にも中身をぶちまけそう。こんな劣悪な状態では『纏』すらおぼつかない。

 絶体絶命。そんな陳腐なワードが脳をよぎる。

 しかし、しかしそれでも恐怖はなかった。

 あるのはただ、

 

(痛ぇ……)

 

 腹にのしかかる瓦礫へ手をかける。

 ふつふつと感情が湧く。オーラは意思に従わず、ただゆらゆらと揺れているのみだが、それでも死の匂いは感じられない。

 今まで感じていた恐怖が消えているのは、そんなことまで考えられる余裕がないせいか。

 胸中にあるのはただ、

 

「痛ぇぞこのトカゲ野郎が!!」

 

 心を埋め尽くしているのはただ、純然たる怒りのみ。

 

 手をかけた瓦礫は爆発的に膨れ上がったオーラに弾かれ、砂と化した。

 跳ね起きて、そして叫んだ。怒りに任せて。胸中を埋め尽くす赤黒いものを吐き出すように。

 

「あんのドランゴ風情が! 棺桶突っ込んでアークボルトに持ちかえってやろうかゴルァ!!」

 

 

『念』はコンディションに強く左右される。それは精神の面でも言えること。

 歓喜、狂気、悲哀、恐怖、憎悪、油断、忠義、激昂、疑心、愉悦、羞恥、覚悟、……あらゆる精神の揺れが『念』の力を加減する。

 そして今、俺はかつてないほどに激昂していた。

 意思は命を燃え上がらせる。生命エネルギーたるオーラは爆発したかのように身を包む。

 

 必殺の意思。受けた攻撃への憤怒。そして殺し合いを受け入れる覚悟。

 赤く染まった激情に身を任せ、俺は一つ上の『念使い』のステージへと足を踏み入れていた。

 

 

 

 ――ウェスペルタティア 旧オスティア廃都 沈みしコロッセオを背にして――

 

 爆炎の中から子供が現れたという事実に硬直したのは、ビョルン・ヘドマンも同様だった。

 炎に巻かれたその子供の姿が、妹に重なった気がして。

 

 

 ビョルンは戦災孤児だった。かつての大戦。ニャンドマ郊外の村に生を受けた彼は、連合の魔法使いに故郷を焼かれ祖父と両親、そして五歳になったばかりの妹を失った。

 それからの日々は過酷という言葉が生易しいと思えるほどのもの。戦火を逃れた難民にまぎれ帝国内を渡り歩き、亜人と見れば魔法を放ってくる連合の魔法使いから逃れ、ただただ歩き続けた。

 大戦が終結してからもビョルンには居場所などなかった。故郷はすでに灰となっていたし、頼れる人もいなかったのだから。

 平和を謳う人々の笑顔は全てを失った彼にとってはとても残酷なもので、そんな彼が帝国からも逃げ出すのにはそれほど時間はかからなかった。

 そして出会った。ジョアンナ・アクロイドという人に。

 彼女も大戦で何かを失った人間だという。ビョルンは温もりを求めるように、そして傷を舐めあう仲間を求めるように、ジョアンナについて行った。

 すでにジョアンナの後ろにはガスパーレがいて、他にも何かを失った亜人がいて、そして数年後、イゾーリナが加わった。

黒い猟犬(カニス・ニゲル)』には掟がある。仲間の過去を詮索するべからず、というものだ。

 脛に傷を持つ者、何かに追われる者、何かを失った者。大半の仲間は何かしらの事情を抱えていた。命をベットすることでしか明日を生き抜く保証も得られないという、矛盾に満ちた生を送る事情が。

 ゆえにビョルンは知らない。ジョアンナが過去に何を失ったかなんて。

 しかし、それでも、とビョルンは、ガスパーレは、イゾーリナは思う。

 その何かをジョアンナが取り戻せるというのなら、俺たちは必ず力を貸そう、と。

 

 

 そして今。ビョルンは初めてジョアンナの悲鳴を聞いた。

 

「ああああああああああああああ!!!」

 

 ジョアンナの体から気が立ち上る。

 虎の亜人。それは戦闘者として並外れた資質を持つ者たち。ヘラスの血が流れているとはいえ、人間より(・・・・)のビョルンには圧倒されるしかないスペック。

 悲鳴を上げたジョアンナは、拳にまとったガントレットをきつく握りしめ、強大な火竜へと駆け出していた。

 

「ママ!? くそっ、ガスパーレ、援護を! イゾーリナは魔法の射手で弾幕張れ! 奴の注意をひきつけるぞ!!」

 

 ビョルンの言葉に従いガスパーレが背の大剣を構えて突っ込む。イゾーリナは発動体たるマジックアイテムのナイフを構えて魔力を収束させ始めた。

 

 

 本当であれば止めるべきなのだろう。ビョルンもこの業界に長い。竜種の強大さも、それに敵対することの愚かしさも、そして『金にならない戦い』に命を懸けるバカバカしさも理解している。

 しかし、もう止められない。

 ジョアンナの悲鳴を聞いてしまったのだから。

 

 なんとなく、ビョルン達は気づいていた。ジョアンナが何を失ったかのかは。

 彼女は頭をなでることが好きだった。出会ってから十数年、今ではビョルンの方が背も高くなったというのに、それでも何かにつけては頭をなでようとしてくる。

 それはガスパーレも、そしてイゾーリナに対しても同じ。こんな稼業についているというのに、ジョアンナはそれに似つかわしくないほど柔らかい笑みを浮かべることがある。

 何を失ったかなんて、その笑顔を見れば予想もつくというものだ。

 ガスパーレがジョアンナをママと呼んだことに、最初こそジョアンナを傷つけるだけなのではと思った。が、今ではビョルンもそう呼んでいた。

 そのジョアンナが目の前で子供を殺されたんだ。あんな悲鳴を聞かせたのだ。それでも理屈を盾にジョアンナの暴走を止めるなんて、ビョルンには出来なかった。

 

 

(それに、俺だって子供を殺される姿を見せられてキレかけてんだ。絶対に許さねえ!)

 

「ジーク・ブ・レイグ・――」

 

 しかしビョルンが始動キーを唱えきる前に、異変が起こった。

 

 

「痛ぇぞこのトカゲ野郎が!!」

 

 その叫びとともに子供が突っ込んだ瓦礫が爆発するように砕け飛んだのだ。

 鈴を鳴らすような声で暴言を叫んだのは、フードをすっぽり被った子供。

 着ているローブこそところどころ破けてはいるが、あれだけ叫べるということは命に別状はないのだろう。

 

「あんのドランゴ風情が! 棺桶突っ込んでアークボルトに持ちかえってやろうかゴルァ!!」

 

 まぁ頭の方には別状があったのかもしれないが。

 しかしそんなことを考えている場合ではない。ビョルンは今も暴走を続けるジョアンナと、ジョアンナへ迫る竜の攻撃を必死で剣で弾くガスパーレをちらりと見る。

 

(くっ。ママは止まりそうにないな。イゾーリナは回復魔法が苦手だ。俺が離れて平気か?)

 

 逡巡したのは一瞬のみ。ビョルンは魔法の射手では効果が薄いとみて中級魔法をぶっ放しているイゾーリナに向かって叫ぶ。

 

「イゾーリナ! 俺はあのガキの治療に向かう! こっからはお前が指示を飛ばせ!」

 

「ええ!?」

 

「ママはあの通りだ! ガスパーレも手がふさがっている! お前が仕切るんだよ!」

 

 それともう一つ。このチームが遺跡探索部門である以上、『黒い猟犬(カニス・ニゲル)』の経費で落ちることはなくなるのだが、

 

「自腹を切ることになるが命にはかえらんねぇ! アレの使用もお前の判断でやれ!」

 

「が、がってん! 兄貴!」

 

 信頼しているぞと目線だけで伝え、ビョルンは瓦礫の中に立つ子供へと駆け出す。

 

 

 子供、いや、少女は見るからにボロボロだった。

 フードから覗く頬は煤にまみれ、右肩から先のローブはなくなっている。その先にある腕には所々やけどの跡があり、小さな手のひらには血が滲んでいる。

 しかし、それでも力強く少女は立っていた。

 

 

「おい、平気か嬢ちゃん?」

 

「あ? なんだよオッサン?」

 

 オッサンという言葉にビョルンは一瞬詰まるが、そんな場合ではないと思い直す。

 

(というか迫力のある嬢ちゃんだな。『気』を使ってるわけでもなさそうだってのに。だが、これだけ元気なら平気か?)

 

「自己紹介は後だ。ここから離れるぞ。巻き込まれたくはねぇだろう?」

 

 それはビョルンにとっては苦渋の決断。仲間たちが戦っているというのに自分だけ安全圏に逃げるなどと。

 しかしそうも言ってられない。

 ジョアンナはこの少女がドラゴンにやられて激昂したのだ。彼女の思いを汲むのならば少女には安全圏に避難してもらうのが一番。

 後をイゾーリナに任せるのは心苦しいが、しかし何度もダンジョンをともに攻略してきた仲間である。隙を見て撤退を指示してくれるだろうという信頼は確かにあった。

 ゆえにビョルンは少女へと手を伸ばす。脇に抱えてでも少女の足よりは速く走ることが出来るだろう。

 

 しかし、ビョルンにとっては予想外なことに、その伸ばした手はパシンという音とともに払われることになる。

 

「ふざけんな! あの爬虫類をぶっ殺さねぇで今更引けるかよ!」

 

「おい! 頭を冷やせ! お前はアレから逃げてたんじゃねえのか!?」

 

 ビョルンは怒鳴る。あのドラゴンが現れるまで、地響きはまっすぐこちらに移動していた。それは少女が逃げ回っていたということの証左であり。

 それにこんな幼い子供が戦えるとも思えなかった。『黒い猟犬(カニス・ニゲル)』にも孤児を中心とした年少の者もいるが、少女はそれよりさらに幼い。

 

「いいから逃げるぞ!お前がここにいちゃウチの仲間の退けねぇんだよ!」

 

「あ゛ぁ゛!? アレを俺の経験値にするこたぁ決定事項なんだよ! 横から人の喧嘩に首突っ込んできてんじゃねぇぞ!!」

 

「なっ!?」

 

 少女の声にビョルンは気圧されていた。

 フードに隠れた瞳はビョルンを睨んでいるのだろう。チリチリと殺気が当たる。

 

(なんなんだ、このガキは? 賞金稼ぎ部門の連中を相手にしている時でもこんな圧迫感はねぇぞ!?)

 

「退くんなら勝手に退け。迷惑かけたってんなら謝ってやるからよ」

 

 少女はそうとだけ言うとビョルンから視線を切る。

 少女の睨むのは未だジョアンナ達を相手に優勢を誇っている赤き火竜。

 

「トカゲ風情が俺に喧嘩売ったこと、必ず後悔させてやる」

 

 少女はそう言って前傾姿勢を取る。まるで肉食獣が獲物を前に飛び出そうとするかのように。

 

 

 その日、ビョルン・ヘドマンは『黒い猟犬(カニス・ニゲル)』に参加して初めて腰を抜かすことになる。

 少女から放たれる圧迫感は刺すような威圧感へと変わり、

 

「見せてやるよ! 俺の『神のご加護がありますように(マバリア)』を!!」

 

 フードで見えないはずの少女の瞳が、紅く燃えた気がした。

 




マバリア:引用元はFFT
詳しくは次回

裏設定とか考えてると楽しいです
ビョルンとチコタンが酒飲み友達とか
ガスパーレは骨男の愚痴によく付き合ってるとか
イゾーリナはパイオ・ツゥにモミモミされてるとか


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11.ライジングサン

 ――霧深き遺跡にて――

 

神のご加護がありますように(マバリア)

 それはこことは違う世界に存在する聖魔法。

 物理防御強化(プロテス)

 魔法防御強化(シェル)

 治癒能力強化(リジェネ)

 行動速度強化(ヘイスト)

 以上の四つの能力を『強化』し、加えて蘇生予約(リレイズ)をも発動させる絶対の加護魔法。

 たゆたう光は鎧となって、刃を弾き魔法すら通さない。

 肉体に対しては柔らかな光が降り注ぎ、あらゆる傷は優しく癒される。

 神の加護により時の流れすら超越し、音すらをも置き去りに。

 

「らああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 咆哮を上げ、駆け抜ける。

 ヘイストによって強化されたスピードは、『流』を用いた高速歩法をさらに高みへと押し上げ、

 

闇夜切り裂く(ウーヌス・フルゴル) 一条の(コンキデンス) って、ええ!?」

 

 ナイフを構えた少女の横を疾走し、

 

「ぐっ、さすがにキツイ。ママ! いったん下がって!!」

 

 叫ぶ大剣を持つ男の傍で跳躍し、

 

「んな!?」

 

 顔を驚愕の色に染める虎の亜人には目もくれず、

 

 

「くたばれえええええええええええええええええええ!!!」

 

 砲弾と化した俺の放った拳が、火竜の左眼を殴り飛ばした。

 

 

 破砕槌を思わせる一撃。

 ヘイストによって人の限界を越えた速度。プロテスによって硬化された拳。さらにオーラをのせた『凝』。それは紛れもなく俺に撃てる最高の一撃だった。

 しかし、それでも火竜は倒れない。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 耳をつんざく咆哮とともに火竜はのけぞる。

 二十メートルを超える巨体が跳ね上がり、深紅に染まる両翼が周囲の廃墟を巻き込んで砂塵を巻き上げた。

 しかし、

 

「ガッ!」

 

 片目を失ったにもかかわらず火竜は退かず、むしろ怒りに我を忘れたよう。

 巨大な口からは鋭い牙がのぞき、漏れ出す吐息は炎熱を思わせた。そして、火竜は跳ね上がった上体を戻す勢いのままに腕を振りおろし、

 鱗に覆われた左手が俺に突き刺さった。

 

 地面にたたきつけられた俺はそのままバウンド。

 未だ完成形には程遠い『マバリア』では衝撃全てを打ち消せるわけもなく、

 

「カハッ」

 

 二度目の苦悶。肺が潰されることで取り込んでいた空気は吐き出され、口には鉄の味が広がるのみ。

 意識さえ失っていなかったが故、『マバリア』によるリジェネが断続的に俺を回復させるが、しかし練度の低い治癒能力の強化は、戦闘中という刹那の時の奪い合いにおいてはその効果を十全に引き出せているというわけではなく、

 

「ガアアアアアアアアアア!!」

 

 痛みに顔をしかめる俺を見て好機と思ったか、火竜の選んだ行動は追撃。

 火竜の咆哮は地を揺らすほど。いくら『堅』に守られているとはいえ、人間の鼓膜など薄紙の如く突き破りかねない音という攻撃には、一瞬にして意識を奪われかねない。

 それに耐え、ふらつきそうになる足を大地に突き刺し、毅然として睨み返せば、

 成人大ほどもある巨大な前足が振り下ろされていた。

 

「舐めんなああああああああああ!!!」

 

 迎え撃つは右ストレート。日々『流』を用いて走ってきたという積み重ねは、攻防力の移動を無意識のうちに完遂させ、俺の右腕と両足は燃え上がるような量のオーラに包まれていた。

 

 ――しかし、それは紛れもなく悪手。

 

 火竜の腕と俺の拳が激突した瞬間、あまりの衝撃から足元の大地にヒビが入る。

 

「ギィッ」

 

 地面はヒビで済んだ。

 

 ――しかし、しかしだ

 

(腕が折れ、いや、砕けやがったッ!)

 

 火竜へと振るった腕が鈍い音を響かせていた。

 

 それも当然。オーラでの強化とは掛け算ではない。肉体の持つ力とオーラの総量との足し算である。

 相手は体長二十メートルにもなる火竜。竜種という最強種として生まれた彼らと人間とでは、あまりにステータスが違いすぎる。

 年月とともにため込んだ生命エネルギーは数百年分の食事の成果だろうか。『纏』が使えず無造作に垂れ流されているだけだというのに、そのオーラの量を目にするだけで竜種が人間などでは届かぬ高みにいることがありありと見て取れる。

 そんな生命体としての格の違う超越種が、手負いになったことで怒り狂い、全力で腕を振り下ろしてきたのだ。いくらオーラで防御力が、『マバリア』によって物理耐性が跳ね上がっているとはいえ、ベースはあくまで幼子の体。受け(・・)に回った瞬間、敗北は決定していた。

 

 全身を激痛が駆け巡る。興奮状態にあった頭蓋の中身に直接氷柱を突き刺しにされたかのような、耐え難い痛み。悲鳴を抑え込むだけで精神がごっそりと削られていく。

 

 そして、俺の動きが完全に硬直したその瞬間、

 

「ガアッ!!」

 

 火竜の咢より灼熱の火球が放たれた。

 

 

 

 ――火炎舞う戦場で――

 

 その子供――おそらく声からして少女だろう――の暴走には、イゾーリナ・ブルィンツァロフも驚愕せざるを得なかった。

 突然の火竜の出現。追われていたらしき少女が攻撃を受けた様子。ジョアンナの暴走。めまぐるしく変わる状況にさらに致命傷を受けたと思っていた少女が舞い戻ってきたのだ。

 イゾーリナは冒険者として経験が足りないわけではない。むしろ騎士として教育されてきたことを思えば、ビョルンやガスパーレよりも練度は高いだろう。

 しかし、現在の彼女は戦士としてではなく『盗掘屋』としてのイロハを叩きこまれてきていたのだ。急に開始された竜種との戦闘に意識を切り替えるには、彼女の経験は不足していたと言わざるを得ないだろう。

 

「ガアアアアアアアアアア!!」

 

 火竜が潰れた左眼から血を流しながらも攻勢に出る。太く長い前足を腕のように振りかぶり、眼前敵を叩き潰さんとしていた。

 対する少女は見るからにボロボロだった。煤で黒くなったローブは所々炭化しており、穴だらけ。右の袖など肩口から先が無くなっている。

 イゾーリナからは後ろ姿しか見えないが、それでも分かる。少女が今にも倒れるだろうことが。何故立っていられるのだろうかと疑問に思えるほどに、少女は傷だらけなのだから。

 しかし、イゾーリナの予想は外れる。

 火竜が赤く燃える腕を振り下ろした瞬間、

 

「舐めんなああああああああああ!!!」

 

 少女が吠えていた。いや、吠えただけではない。少女はなんと、無謀にも火竜の一撃を迎撃しようと拳を構えていた。

 

 その無謀な背中が、イゾーリナの心に強く突き刺さっていた。

 

(何故? 貴女は何も怖くはないの?)

 

 

 イゾーリナ・ブルィンツァロフは、ロクデナシ集団を自認する『黒い猟犬(カニス・ニゲル)』のメンバーには珍しく、『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』を目指していた人間だった。

 今年十六になるイゾーリナにとって、英雄譚とは『紅き翼(アラルブラ)』のことであり、物心つく前から『英雄』という言葉は彼女の周りにあふれていた。

 当然イゾーリナも『英雄』に憧れ、『立派な魔法使い』を夢見た。

 しかし、ここで問題があった。彼女の生まれについてである。

 イゾーリナに流れる血。それは『魔族』のもの。

 魔界を故郷とする魔族は、根本的に魔法世界の住人とは異なる。人間とも、亜人とも。

 しかしイゾーリナは諦められなかった。世界には太陽を独り占めにしているかのような輝く存在が、『英雄』というまばゆい存在がいるのだから。

 イゾーリナの魔法を学びたいという意思を曲げられるものは彼女の周囲におらず、結果、彼女は単身魔法学院に入学することになる。

 彼女が選んだ学び舎はアリアドネー。『学ぼうとする者ならば死神だろうと受け入れる』学術都市である。

 しかし、イゾーリナは受け入れられることはなかった。魔族であるという、ただそれだけの理由で。

 アリアドネーが受け入れなかったのではない。アリアドネーはイゾーリナに学籍を用意し、その能力の高さから奨学金まで与えた。

 受け入れなかったのは同級の者たちの方だ。その年代ならば当然のように、誰もが『立派な魔法使い』を目指し、勉学に、そして実習に励んでいた。

 しかし同級の少女たちはイゾーリナを拒絶した。魔族という悪魔に近しい者が『立派な魔法使い』を目指すなどとんでもないと、謂れのない中傷を与え続けた。魔法騎士団を目指す実習では、実際に魔法の射手を撃たれたことさえあった。

 イゾーリナは『立派な魔法使い』を志す者たちの『正義』に弾かれ、結果、アリアドネーを去ることになる。

 家族の元に帰ることは出来なかった。皆が皆、この結果を予想していた。皆が皆、イゾーリナにそれを忠告していた。しかしイゾーリナは耳を塞いだのだ。自分ならば出来ると、自分ならばそうはならないと、自分の信じたい未来だけを信じ、自分を案じてくれる人たちを無視し続けたのだ。

 もう帰ることはできない。だからといって行く当てもない。

 そんな時、イゾーリナはジョアンナに出会うことになる。『黒い猟犬(カニス・ニゲル)』の面々と顔を合わせることになる。

『正義』に絶望し、『正しさ』に屈し、『夢』を失った少女は、そうして『黒い猟犬(カニス・ニゲル)』の一員となった。

 

 

(私は逃げる事しか出来なかった。貴女みたいに立ち向かうことなんて出来なかった)

 

 私には光なんて降り注いだりしなかったから。イゾーリナはそう考え、しかし、少女の背中を見て初めて理解した。

 

(違う。あの子は太陽なんて待っていない。あの輝きは、あの子自身が――)

 

 そこでイゾーリナは思索の淵より引き上げられた。

 

 少女とドラゴンの、まるで大きさの違う拳と拳のぶつかり合う音を聞いて。

 

 

「ギィッ」

 

 少女の口から金属を擦り合せるような音が漏れる。

 イゾーリナは瞬時に理解する。あれはマズイと。

 見れば少女の腕は見るも無残に折れ曲がり、赤黒く変色しているではないか。あれでは最早戦いなど不可能。少女がどれほど卓越した身体能力を有していようと、それは揺るぎない事実。

 

「ガアッ!!」

 

 竜の口から赤く染まった炎が見えた。とどめのつもりなのだろうか。

 それに気づいたジョアンナが少女へと駆け寄る。ガスパーレが狙いを逸らそうと剣戟を放つ。

 しかし火竜は動じず、怒りに染まった右目を少女から離さない。

 

(ダメ!)

 

 しかし何をすればいいのかがわからない。『盗掘屋』の一員となるために過去を捨てた。アリアドネーで学んだ魔法戦闘術を頭から消し去ろうとした。それがここにきて解答を導くための思考を邪魔してくる。

 

(わからない……わからないよ!!)

 

「リーメス!」

 

 隣から聞こえてきた声にハッと視線を向ければ、ビョルンが隣で発動体を構えていた。

 目線があう。ビョルンの瞳が、信頼しているぞと、そう語りかけてきている気がして、

 

風陣結界(リーメス・アエリアーリス)!!」

 

 イゾーリナは、自然と防御魔法を唱えていた。

 

 

 イゾーリナとビョルンによる二重の風陣結界によって火球が散る。

 風の障壁。怒りによって少女以外見えていなかった火竜は自分の攻撃が散らされるなど予想外だったのか、その動きを止めていた。

 

「ママ、ガスパーレさん! さがって! 撃ちます!!」

 

 そう叫んでイゾーリナが取り出したのはスクロール。

 魔法の術式を書き込み、魔力とともに封じたそれは、開封とともに書かれた魔術を起動させるマジックアイテム。

 魔法符とは価値も違えば威力も違う巻物(スクロール)に込められたのは『黒い猟犬(カニス・ニゲル)』のとっておき。

 

 対鬼神兵用極点殲滅雷撃魔法 千雷戦斧

 

「やりな! イゾーリナ!!」

 

 少女を脇に抱え瞬動で離脱したジョアンナが叫ぶ。

 

 

 同時に、万雷が降り注いだ。

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 六十七秒にわたって一点に降り注ぐ雷の雨。

 個人で使えるものでは理論上最強の威力を誇るスクロールだ。これを凌駕するともなれば地雷式の大規模術式か、それこそ『英雄』を英雄足らしめる個人技でもなければ不可能。

 さすがにコレならば。そう『黒い猟犬(カニス・ニゲル)』の面々も思った。コレで仕留めきれないというのなら、転移魔法符を乱発してでもウェスペルタティアから脱出しなくてはならない、と。

 しかし、

 

 

「嘘、だろう……」

 

 その呟きは誰のものだったか。雷が鳴りやんでも、そこには尚悠然と屹立する火竜の姿。

 チッとジョアンナが舌打ちを鳴らす。イゾーリナでさえ悪態を吐きたいほどの気分だった。

 

「仕方ない。アンタら、逃げ、ってちょいとお待ちよ!」

 

 ジョアンナに焦りの声を発せさせたのは、ボロボロという表現も生ぬるいほどに傷ついた少女。

 少女はしっかりとした足取りで数歩進み、

 

「ったく。しぶといトカゲだ」

 

「グルァ……」

 

 火竜が力なく吠える。それを聞いて気づいた。火竜も限界だったということに。

 しかしイゾーリナは動けない。いや、イゾーリナだけでなく、仲間の誰もが。

 皆が少女の背中を見つめていた。その背中は無謀であり、蛮勇を背負い、どこか頭のネジが外れているのではないかと心配になるほどに危うかったが、しかしイゾーリナが憧れた『英雄』の背中だった。

 

「さっさと」

 

 少女は跳躍。気も魔力も感じないというのに空高くへと舞い上がる少女は、イゾーリナに太陽を幻視させ、

 

「沈め!!!!」

 

 その叫びとともに火竜の頭を蹴り落とした。

 

 

 大地に響く轟音が、勝利の証たる火竜の倒れ伏す音が、イゾーリナには世界が揺れた音に聞こえた。

 




難しい・・・
描写が少なすぎればチープになるし、書きすぎればスピード感がなくなる
もっとこう
シェイシェイハ!!シェイハッ!!シェシェイ!!ハァーッシェイ!!
な感じにしたかったが

感想が怖いよぅ


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12.旅の宿

 ――オスティア北東郊外の村――

 

 俺が旧オスティア廃都を駆け回り、その場に偶然居合わせた冒険者の助力があってのこととはいえ大型の火竜の討伐を成し遂げてから、早くも一カ月が経過していた。

 あの後の俺はと言えば、火竜が倒れると同時に気を失ったらしい。

 らしい、というのは俺自身記憶があやふやだからだ。それも戦闘の途中から。火竜相手に殴り合いを挑んだなんて、グシャグシャになった右腕という明確な証拠が無ければ信じることもできたかどうか。全部夢だったような気さえする。

 んで、そんな気絶しちまった俺を拾ってウェスペルタティアを脱出してくれたのが『黒い猟犬(カニス・ニゲル)』の面々だった。

 

 

 あの日、気絶&疲労からの爆睡コンボから目覚めた俺は、まず心底心配していたといった感じの視線に晒された。思わず顔を隠すフードを探して、結果激痛に襲われたもんだ。

 で、聞いてみれば彼らは俺の恩人とのこと。先述した火竜との戦闘の顛末も、その時説明してくれた。

 そしてそのまま自己紹介。一つ失敗したのはその時だね。

 

『で、嬢ちゃんはなんて名前なんだ?』

 

『ん? 俺の名前はアイカ……』

 

 まさかスプリングフィールドを名乗るわけにもいくまいて。

 結果、偽名を名乗ることにしました。アイカ・ベオルブと。本家『マバリア』使いの妹ちゃんの名字から借りました。

 いや、どうせなら『アイカ』の方も『アルマ』なりなんなりに偽りたかったんだが。本名やべえって気づいた時には既に名前を名乗ってたものだから。

 

 で。まぁお互いの名前も知ったことだし、気になってたことを聞いてみることに。

 何故、他人であるはずの俺を助けてくれたのか。オスティア廃墟を脱出するにしても『動かない子供(にもつ)』を抱えているのとそうでないのでは、明らかに危険度が違うというのに。

 それに彼らは『盗掘屋』だと自称していた。ならば仕事の途中で引き返したってことになるじゃあないか。それも俺を危険な場所(オスティア)から連れ出すために。

 

 しかし明瞭な返答はなかった。というかビョルン達三人がジョアンナに目を向けているだけ。

 

『子供がめんどくさい事を考えるんじゃないよ。それにアタシらも結構やられたんだ。『とっておき』まで使っちまったと来れば、オスティア探索は打ち止めにする他なかったんだよ』

 

 言外に『アンタのために仕事を切り上げたわけじゃないんだからね』と言われている気がしたのは、俺の気のせいなのかね?

 ま、なにはともあれそうして知らぬ間にラストダンジョン・オスティア廃墟を脱出したわけだ。

 

 

 で、そんな俺はと言えば、

 

「あー、あぁ? あーん……。んあー? ああ! ……あぁー」

 

「あーあー言ってないで本に集中しろ。魔法の射手と武装解除しか使えないんじゃ魔力量の持ち腐れだぞ」

 

「ま、まあまあ。落ち着いてください、ビョルンさん。アイカちゃんはまだ子供なんですし」

 

 今も猟犬の方々と一緒にいるわけで。

 しかも何故か魔法の授業なんかされとるし。何故に?

 

 この一か月。とても甲斐甲斐しく世話されましたよ。

 戦闘での傷は魔法によってあらかた治療してもらったんだが、さすがに骨が木端ミジンコちゃんになってた右腕はその限りではなかった。

 原作でネギが切れた腕を繋げてもらってたように、新オスティアのような大都市でならば腕のいい魔法医もいるらしいんだが、どうもジョアンナは新オスティアには行きたくないらしく(ガスパーレから後で聞いたところ、英雄の一員がいる所に近寄りたくないらしい)。

 そんなわけで即完治といかず魔法治療込で全治一か月な俺は、久しぶりにベッドでの睡眠を堪能することに。

 

 

 まぁ最近じゃ魔法の勉強を強制され始めちゃったもんで、野生児生活(フリーダムライフ)が懐かしいんだがね。

 

「才能はあるんだ。中位精霊の召喚くらい軽くこなしてみろ」

 

 なにこのスパルタ?

 つか詠唱が覚えられんのよ。アンチョコでも作るかなぁ。でも偉大なクソオヤジ殿と同じことするってのもなぁ。

 はぁ……。どうすんべ。イゾーリナも苦笑いしてるだけだし。

 

 ため息を吐いた俺をどう思ったのか、再びビョルンが何かを言いかけたその時、助け舟が来たようなタイミングで、ノックの音が部屋に響いた。

 

 

 

 ――拠点となった宿屋の一室にて――

 

 この宿を拠点にしてもう一カ月か。ガスパーレ・ピナは今や見知らぬ天井ではなくなった宿の天井を見上げながら、心の中だけで呟いた。

 この一か月。『盗掘屋』と呼ばれる彼らのパーティーには珍しく、荒事とは無縁の生活だった。

 それを齎してくれたのは間違いなくアイカ・ベオルブという少女だろう。今もビョルンとイゾーリナに魔法を習っている少女に目を向ける。

 ガスパーレはジョアンナの性格をよく知っている。彼女はこんな稼業についている人間には珍しく、お人よしだ。それは行く当てもなかったガスパーレを旅の仲間に加えてくれたことからも理解していた。そんな彼女ならば、アイカが身寄りの有無やオスティア廃墟にいた経緯を言いよどんだ時点で、未だ傷の癒え切っていないアイカを放り出すという選択を選ばないだろうことは容易に予想できたことだ。

 

(しっかしまぁ、ビョルンがここまで熱を上げるとはねぇ)

 

 確かにアイカの魔力量はガスパーレから見ても素晴らしいものだと思う。才能ある子供を育てたくなる心情も理解できる。

 なによりオスティア廃墟で見せた火竜への一撃。ガスパーレとしても、将来が見てみたくなる才能の片鱗を見せられた思いだ。

 

(カリスマ、ってやつかねぇ。俺らみたいのまで惹きつけちまうたぁ)

 

 ガスパーレとてアイカが嫌いなわけではない。むしろ、嫌うことが出来ないというべきか。

 嫌われる要素が無い、というわけではないだろう。アイカの言動は乱暴なものだし、聖人君子には程遠い。子供らしいワガママこそ口にはしないが、それでも振り回されるような気分になることも。

 しかし、何故か惹きつけられるのだ。これが生来の魅力というものなのか。なんにせよ、こんな幼い歳で裏稼業についているようなゴロツキまで魅了してしまっている。もっともそれが彼女にとって幸運と呼べるのかは分からないが。

 

(こんな心配しちまってるってことは、俺もビョルンやイゾーリナのことは言えないかもねぇ)

 

 そんなことを考えながら、ボケッとビョルンの魔法講義――今では説教になっているが――の様子をガスパーレは眺めていた。

 

 

 と、そこで部屋にノックが響いた。

 扉を開けて現れたのはジョアンナ。手にはガスパーレには見慣れた包みが。

 

(あー。来ちまったかぁ。ま、休暇ってわけじゃなく、足止めされてただけだしねぇ)

 

 ジョアンナがどこか残念そうな顔をしているのはガスパーレの気のせいというわけではないだろう。

 事実、ガスパーレの予想通りの言葉をジョアンナは言ったのだから。

 

「今日届いたよ。『とっておき』さね」

 

 それはオスティア廃墟で火竜相手に用いたスクロール。本来戦闘が業務に入らない『盗掘屋』にとってそれは保険でしかない。万一自分たちで対処不可能な強敵が現れた際の保険。同僚にさえ『慎重すぎる』と笑われるほどの奥の手。

 そして、それが『黒い猟犬(カニス・ニゲル)』の本部から届いたということは、

 

「これでアタシらの休暇は終わりってことさ。オスティアに潜るよ」

 

 そう。『盗掘屋』は遺跡探索が本業である。彼らの仕事は怪我した少女を看護することでもなければ、才能ある少女にてほどきをすることでもない。

 

(さて、ママはどうすんのかね。アイカはほとんど完治したとはいえまだ子供。ママが放り出すってのは考えにくいが、だからってオスティアに連れてくってわけにもいかんだろうし)

 

 ガスパーレの考えていた通り、ジョアンナが次に口にしたのはアイカの今後について。

 

「ねぇ、アイカ。アンタ、これからどうするんだい? もし行く当てがないってんならウチに来ないかい? オスティアに連れてくわけにはいかないけど、めぼしいお宝でも見つけりゃシルチスの本拠地(ホーム)に戻るんだし、そこにはアンタくらいの歳の子供もいる。アタシらはロクデナシだけどさ、それでも子供が一人で生きていくよりよっぽどマシさね」

 

 それはガスパーレには予想できた言葉。ビョルンにとっても、そしてイゾーリナにとってもそうだっただろう。

 ジョアンナはどこまでもお人好しなのだ。そうやって様々なものを背負い、そして救っていくのだ。

 だからこそガスパーレたちは彼女をママと呼ぶのだ。戦争で名をあげただけ(・・)の立派な魔法使いサマなんかとジョアンナは違うのだという思いを込めて。

 

 しかしアイカの返答はジョアンナ達の予想を裏切るものだった。

 

「いや、気持ちは嬉しいけどさ、俺は行くよ。進むって決めちまったし。だからここで、お別れだ」

 

 そしてそれは、奇しくもガスパーレの予想の通りの言葉だった。

 

(ハハッ。そうだよなぁ。そういう奴らなんだよ、『英雄』ってのは。いっつも前しか見えてない。周りのことなんかお構いなしに、一人で世界を回しちまうんだろうなぁ)

 

 

 

 かつての大戦。何千何万もの亜人と人間が戦い、そして散って行ったあの戦い。ガスパーレ・ピナは一人の戦士としてそれに参加していた。

 ただ守りたかった。家族を。故郷を。温もりを。優しさを。ただ自分を取り巻く『当たり前』の世界を守りたかっただけ。

 帝国だとか連合だとか。正義だとか大義だとか。そんなものには興味なんてなかった。生まれ育った村が壊されるのが嫌だから剣をとった。自分が殺されるのが嫌だから他人を殺した。

 そして倒れた。『英雄』と呼ばれる男の放った、鬼神兵を狙った雷に巻き込まれて。

 隣で槍を構えていた男は死んだ。カード賭博で前日に大勝ちしていた男だった。

 隣で杖を構えていた男も死んだ。家に残したペットの犬が心配だといつもぼやいていた変人だった。

 前で剣を構えていた男も死んだ。心配する母親の制止の声を振り切って飛び出してきた若者だった。

 後ろで甲冑を着ていた男も死んだ。戦場だというのに水筒にグレープジュースを入れて笑われていた老人だった。

 みんな死んだ。みんな、みんな。

 幸運にも生き残ったガスパーレは、痛みで気を失いそうになりながらも聞くことになる。己の無敵を謳い上げる『英雄』の笑い声を。

 のちに『英雄』は反逆者とされ、仲間だった連合からも追われることになる。

 しかしやはりと言うべきか。『英雄』は再び英雄となる。『真の敵』とやらを打ち倒して。

 世界が『英雄』を中心に回っている気がした。自分など、所詮は『英雄』の戦績を盛り上げるための華でしかないような気さえした。

 そして『英雄』の敵であった帝国さえも『英雄』を讃えた。友を殺された者までもが、『真の敵』を倒してくれたと『英雄』を称賛した。

 

(今なら分かる気がするよ。これが『英雄』。これこそ世界に愛された者ってことか)

 

 そして、周りの奴はそんな『英雄』を肯定しちまうんだよなぁ。ガスパーレは苦笑するしかなかった。

 嫌えれば楽だった。憎めれば楽だった。

 しかしガスパーレには、いや、ガスパーレにも(・・)無理だった。

 あの日、自分がどれだけ殺しているのかも知ろうとせずに、ただバカ笑いをしていた『英雄』を見たあの日、彼は思ってしまったのだ。抱いてしまったのだ。憧れを。

 

(まったく。ムカつくよねぇ。殺されかけた相手にまで心底スゲェと思わせる奴なんてさぁ。ま、だからこそ『英雄』なんだろうけどな)

 

 

 そしてこの少女、アイカもまた『英雄』となるのだろう。

 アイカも前だけを見つめている。そして、いや、だからこそ、その姿がどうしようもなく輝いて見えるのだ。

 

(ホント、目に毒だよねぇ。こんだけ輝かれてたら目が潰れちまう)

 

 だというのに目を逸らすことが出来ないから厄介なのだ。どうしても目をひきつけられてしまう。

 ガスパーレはおもむろに立ち上がった。これ以上ここにいてはたまらない、と。

 そして用意してあったソレをアイカへと投げつる。

 

「わぷっ」

 

「餞別だよ。ボロボロのまんまじゃ格好つかないだろうし」

 

 ソレはローブ。火竜との戦いでアイカが来ていたものは最早服として機能しなくなっていたが故のガスパーレからのプレゼント。

 

(まったく。厄介なもんだよねぇ)

 

 目を丸くして礼を言うアイカに取り合わず、ガスパーレは部屋を後にする。

 

(何故か力を貸したくなっちまう相手ってのはさぁ)

 

 ただ、脳裏には幼き『英雄』の姿をしっかりと焼き付けて。

 




何故かすごい難しかった。ガスパーレは

さて、お気づきかもしれませんが、アイカのカリスマはパネェことになってます
魔力、魔法の才に関してはネギと同等のアイカですが、ネギほどオツムがよくありません(魔法の詠唱を暗記するのにも四苦八苦するくらい)
そのかわりにアイカが両親から受け継いだのがカリスマだったりします
サウザンドマスターの英雄としての魅力。ウェスペルタティアの王族のカリスマ性。二人の子供と言えば、そらもう人を惹きつけてやまないかと
なんでネギ君にはカリスマないんでしょうかね?(ハーレム建築技能は・・・カリスマって感じじゃないですし


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13.またまた少女修行中

 

 ――オスティアより東に約百九十キロ――

 

「四千六百七十七! ええいっ、石が足りねぇ!!」

 

 オスティア郊外の村を発って早二十日。現在俺は、海岸線近くの岩場で『念』の系統別修行をしていた。

 強化系修行Lv.1 石割

 手に持った石を『周』で強化し、他の石を割るというものだ。

 火竜との実戦を経験したことでレベルアップしてたのか、石割を初めて数日で目標だった千個割りを早くも達成。と、そこで気づいた。

 H×H原作にはLv.2以降の系統別修行が描かれてなかったことに。まぁ放出系だけはLv.5の浮き手が載ってたが。

 つまり修行のランクを上げられない。となればもう自分で考えて鍛えていくしかないのだが、どうすりゃいいのかさっぱり思い浮かばなかった。

 なので未だに石割を続けているわけだが。

 

「チッ。やめだ。もう岩場ってより砂場って感じになっちまってるし」

 

 ネテロ会長の如く一万回の感謝の石割を! とか思ってたが、達成するよりも先に石のほうが品切れになってしまうとはね。

 

 

 俺はその場でごろりと寝転がると、ローブの懐を探ってソレを取り出す。

 懐中時計。これはビョルンから貰ったものだ。時間を知る術が太陽の位置を見るくらいしか無かった俺にはとても重宝している。

 他にもジョアンナからは地図をもらい(その時アリアドネーが西ではなく東にあることも知った)、イゾーリナからは髪留めをもらった。

 ……伸びてたからねぇ。髪。

 面倒だから切ってしまおうかと思ったところ、イゾーリナに止められて髪留めをプレゼントされることに。なので今の俺はポニーテールです。元男としては複雑な感じだが、まぁチョンマゲとでも思って割り切ろう。

 

「世話になりまくっちまったからなぁ」

 

 髪を切らない程度のことで恩返しできるとは思わないけどさ。

 

 

 さて、時間はまだ午後の二時を過ぎたくらい。食糧は豊富にあるし、まだまだ修行もしたい。

 となればどうするか。変化系や放出系の系統修行? いや、一日一系統が基本だとビスケも言っていたし、なによりどちらもLv.1はクリアしてしまっている。

 ならば『流』の訓練がてら先に進むか? しかし、俺はあの火竜との戦いで痛感しているのだ。

 

「俺は……まだまだ弱い」

 

 ポツリと呟く。そう。俺は弱い。

 切り札として作った『発』、『マバリア』に関してはミスをしたとは思っていない。アレはまだまだ発展の余地があるし、強化系能力者としての俺のレベルアップがそのまま『マバリア』の強化に繋がるあたり、理にかなった能力選択だとは思っている。

 しかし、火竜には通用しなかった。

 この先アリアドネーに到着するまでに、再び竜種と戦闘になるとは限らない。限らない、が、それでも、と思う。

 

「次はタイマンでぶっ潰す」

 

 強くなりたい。そう思う。

 オスティアからエルファンハフトまでは比較的安全な道のりだとジョアンナは言っていた。危険な魔獣と遭遇する可能性の低い今のうちに、もう一段上に登りたいと思う。

 ならば必要とされるのは、

 

「攻の切り札」

 

『マバリア』は言うまでもなく防の切り札だ。ヘイストは(見方によってはプロテスも)攻撃用の補助ととれるかもしれないが、それでもアレは防の切り札である。

 倒される可能性を下げるだけでは、敵は倒せない。無論防御力の強化は勝率に強く響くだろうし、敗北=死となる実戦で防御を鍛えないつもりなど毛頭ない。

 しかし、やはり倒せなくては意味が無い。たとえ敵の攻撃を全て無効化できるようになろうとも、こちらからの攻め手がないならば千日手。相手が諦めて退くまで耐え続けるなんて考えただけでもゾッとする。

 

「やっぱ、アレを試してみるしかない、か」

 

 俺は跳ね起きると、傍に放っておいたバッグへと近づく。

 そして、ソレを取り出した。

 

 

 

 ――メルディアナ魔法学校――

 

 旧世界英国、メルディアナ魔法学校。魔法使いを教育し、『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』候補生を世に送り出すための教育機関。

 そこに今年、次代の英雄候補と誰もが期待する少年、ネギ・スプリングフィールドが入学した。

 魔法使いの世界において、スプリングフィールドの名は非常に重い物である。

 かつての大戦。魔法世界において発生した連合と帝国との大戦において多大な戦績を残し、さらには戦争を裏から操っていた黒幕を暴き出し打倒した英雄、ナギ・スプリングフィールド。彼の息子こそが、ネギ・スプリングフィールドである。

 世界は彼に期待し、そして注目していた。

 ウェールズ山間にある魔法使いたちの住む隠れ里で、半ば隠されたように育てられてきたネギが目を集めたきっかけは、アイカ・スプリングフィールドという一人の少女だった。

 

 アイカ・スプリングフィールド失踪事件。発生から一年以上たち、あの高畑・T・タカミチをも動員しての捜索がなされたにもかかわらず、未だ一向に手がかりの掴めないこの事件は、今では『誘拐事件』ではないかとの見方が強くなっていた。

 子供一人での家出。それも小学校に入るのもまだのような年齢の子供の家出が、果たしてこうもうまく成功するのだろうか。そもそも『家出』と判断されている材料が、アイカの残した書置きだけなのだ。あれは偽装されたもので、実は誘拐されたのではないか。そんな疑念が膨れ上がり、やがて第三者の介入が疑われるようになった。

 疑念を持つ者らは次にこう思う。ネギ・スプリングフィールドもまた、狙われているのではないか、と。

 世界はアイカを中心に捩れ、人々はネギを中心に回りだしていた。

 

 

 メルディアナ魔法学校で教職に就く女性。オリーヴ・マクラフリン。彼女もまた、ネギを中心に回される舞台に立つ一人である。

 オリーヴは現在頭を悩ませていた。

 悩みの種はネギ・スプリングフィールド。彼の教育に関してである。

 問題児というわけではない。成績が悪いというわけでもない。

 そもそもの話、ネギ自身にさしたる問題はないのだ。あえて問題点を探すとすれば、優秀すぎることくらいしか挙げるものが無い。優秀すぎるがゆえに、周囲の者と足並みが揃わず、また本人も足並みを揃えるつもりがなく、結果、個人での予習のみでカリキュラムを独自に進めてしまい孤立していることくらい。

 とはいえこれに関しては実力主義の魔法使い社会においては問題と呼べるかどうか。

 

 ではオリーヴは何に対して悩んでいるのか。

 それは、

 

「ですから! ネギ君は既に一年次で習う魔法に関しては修得しているのですよ! ならばより高度な教育をですね!」

 

「仰られていることはもっともです。しかし、ネギ君は魔力の制御が甘いところがあります。魔力の暴走によって武装解除が暴発することもしばしば。今は基礎を固めるべきでしょう」

 

「ネギ君はサウザンドマスターの息子なのですよ!? 将来は『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』になるだろう天才です! ネギ君にはネギ君に相応しい教育が必要なのです!」

 

 言い争っているのは同僚たち。今はネギ・スプリングフィールドを如何にして育てるかを決める会議だった。

 

(確かにネギ君は天才だと思うわ。でも、『英雄』にさせるにはどうするか、なんて馬鹿げた話し合いだとは思わないのかしら?)

 

立派な魔法使い(マギステル・マギ)』とは目指すものであり成るもの。決して他者に用意できる椅子などではないというのに。

 

 しかし、オリーヴも同僚たちの思いは理解できる。彼らは焦っているのだ。

 もともとサウザンドマスターの子供は二人だった。それは、極端な言い方を許すならば、『代わりがいる』ということ。片方の子供が英雄に相応しく成長できなかったとしても、もう片方の子供に期待できるということだ。

 しかしアイカ・スプリングフィールドの消失は劇的に状況を変化させた。最早『失敗は許されない』と。

 すべての魔法使いが尊敬する大英雄、サウザンドマスター。彼の子供の教育に失敗すれば、それは魔法使いの社会全体の損失となるのだ。そのことを、アイカを失うという追い込まれた状況になって、彼らは強く認識することとなった。

 ゆえに教師陣は二つに割れていた。より強い魔法を学ばせより速くネギを英雄に近づけようとする派閥と、ミスを犯さず堅実に立派な魔法使いへの道を歩むよう導こうとする派閥に。

 

(どちらもネギ君のことを思っているのは分かるわ。どちらの意見を取り入れるにしても、きっとネギ君の成長の糧になるでしょうし)

 

 

 ネギ・スプリングフィールドは紛れもなく天才である。それはオリーヴも確信していた。

 ネギは、メルディアナ魔法学校に入学した時点で、すでに初歩の魔法を習得していた。『火よ灯れ』『小物を動かす魔法』『占いの魔法』エトセトラエトセトラ。

 教師陣はそれを知り歓喜した。英雄の子は天才だと。

 しかし、オリーヴには疑問だった。そして尋ねたことがある。サウザンドマスターの知人でもある魔法学校の校長に。

 

『ネギ君は何故あれほど魔法の学習に力を入れるのでしょうか? いえ、それは私どもとしては感心すべきことなのでしょうが、しかし彼はまだ子供です。友達を作り、外で遊び、時には宿題を忘れることもあるのが子供というものです。なのに、ネギ君はどこか……』

 

 執念のようなものを感じさせます。

 そう言ったオリーヴを、校長はどこか感心したような目で見つめると、重々しく口を開いた。

 あの子はきっと寂しいんじゃよ、と。

 

『あの子は父親を知らん。物心つくころには既にあの村に預けられておったしのう。そして、あの事件じゃ』

 

『アイカさんが行方不明になった……』

 

『うむ。あの件をきっかけにしてネギの環境は変わった。それまでナギの子供にはナギのように奔放な性格になって貰いたいと思っておった村の者たちは、ネギを放任することをやめた。逆に常日頃から構うようになったのじゃ。しかし、それでもネギの寂しさは紛れなかったんじゃろうのう。村の者たちはナギを慕って集まってきた者ばかり。どうしてもネギを『ナギの息子』と見てしまっていたのじゃろう』

 

 そして、それにネギは気づいていた。

 

『賢すぎるが故、ですか』

 

『うむ。ゆえにネギは追っているのじゃろうなぁ。父親の影を、それこそ必死に』

 

 ナギが生きてさえいれば違ったのかもしれない。

 しかし既にナギは死亡している。ネギが父親の影を追うには、周囲の者が語る『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』ナギ・スプリングフィールドを追う他ない。

 

『ネギはそれだけが自分とナギを繋ぐ絆だと考えているのやもしれん。自分も『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』になれば、父親の近くに行くことが出来ると。ワシとしてもネギをこのままにしておいていいとは思えんが、しかしネギの目指しているものを間違っておると言うわけにもいかんのじゃよ』

 

 だから、おぬしもそれとなく気にかけてやってはくれまいか。そう校長は締めくくった。

 確かに校長の言うとおり、魔法使いは『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』を目指すものだ。そのために魔法に打ち込むというのなら、それはとても正しいこと。魔法の勉強をするななど、魔法使いとしては口が裂けても言えないだろう。

 

(でも、ネギ君はまだ子供なのよ? 友達も作らずに魔法の勉強にばかり打ち込むのを危ういと感じているのは、心配しているのは私だけなのかしら)

 

 

 オリーヴはそれ以降も頭を悩ませ続けることになる。

 彼女は理解しているのだから。魔法使いが魔法を学ぶことは正しいということを。

 しかし同時に信念として持っているのだから。教師とは生徒が幸せを掴むことを願わなくてはならないという思いを。決して英雄を育てたという功績を望むべきではないということを。

 

 

 やがて、ネギが禁書庫に無断で入り込むようになる。

 再び意見は割れる。ネギの向上心を称賛する声と、禁書庫への無断侵入というキャリアを傷つけかねない行動には釘を刺すべきだという声に。

 メルディアナはネギを中心に回りだす。中心たるネギには何も知らせぬままに。

 オリーヴの苦悩の日々は、未だ終わりを見せることはない。

 




というわけでアイカ第二の『発』開発フラグとネギ君の現状説明でした

ネギは村の襲撃こそなくなりましたが、あまり弱体化はさせません
悪魔への復讐心なんかと比べたら動機が弱い気もしますが・・・いいのが思いつかなかったものでw
ただ、そういうわけですので「悪魔を消滅させる九番目の呪文」とやらは覚えないかも(というか原作での出番あるんでしょうか?)

さて、次回あたり、奴がやって来るような気が
ええ。角が二本ある黒くてしぶとい悪魔が


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14.まだまだ少女修行中

 

 ――オスティアから東 岩石地帯――

 

 強化系の念能力者にとって、攻撃の切り札と呼べる能力として、まず思い浮かぶのはなんだろうか。

 言うまでもなく、強化系能力者とは『何か』を『強化する』ことを得意とする者である。

 となれば攻撃を『強化』することが、第一に考えられるのではないだろうか。

 ゴンの『ジャジャン拳』。ウボォーギンの『超破壊拳(ビッグバンインパクト)』。フィンクスの『廻天(リッパー・サイクロトロン)』。いずれも攻撃力を純粋に高める技である。

 では俺も、と、当然俺も考えた。

 

 しかしすぐにその考えは破棄されることになる。

 

     『硬』

 

 念能力の応用技にして、基本の四大行『纏』『絶』『練』『発』に加え、『凝』を用いることで発動させる高等技法。『練』で生み出したオーラを一点に集中させる『硬』は、強化系能力者にとっては最適の技だろう。

 しかし、ここにきて『硬』の存在が、俺に純粋攻撃力の強化を断念させた。

 使えないのだ。『硬』が。

 いや、正確には使うことはできる。『流』の積み重ねは『凝』の精度を上げ、『硬』もさほど苦労することなく成功させることが出来た。

 では、何故『使えない』と言ったか。

 答えは簡単。

 

「これが、『制約』か」

 

 俺は右手を見つめながら呟いた。

 

 制約。それは『念』の威力を押し上げるもの。

 リスクはバネ。『念』発動までのハードルが多ければ多いほど、『念』の威力は跳ね上がる。

 ここで問題になってくるのは、『念能力者が制約として意識していなかったモノがリスクとなっていた場合』のことである。

 イメージしやすいのはゴンのジャジャン拳だろう。あれは『拳を構え』『オーラを集中し』『必殺技の名前を叫ぶ』という三段階の過程を踏んでいる。

 これに関して、ゴンは制約だとすら思っていないだろう。しかし、攻撃の発動を読まれやすく、拳以外のオーラが減少し、技名を叫ぶため数秒かかるというのは、紛れもなくリスクである。

 だからこそジャジャン拳は、通常では考えられない威力となっているのだろう。

 俺の結論を言おうか。『念能力そのもの』が制約を認識しているのではないか。俺はそう考える。

 

 さて、それじゃあ俺の話に戻ろうか。

 俺は『マバリア』に制約らしい制約をつけてはいなかった。

 それは性能を信頼しているという意味ではない。瞬時に展開できなくては意味のない『防の切り札』に、発動までの制約などもってのほかだと考えていたからだ。

 だが、どうやら『マバリア』自身はそうは捉えていなかったらしい。

 

「発動。『神のご加護がありますように(マバリア)』」

 

 肉体に力が漲っていくのを感じ取る。

 そして、右手で作った拳を見つめ、

 

「『硬』」

 

 瞬間、俺の『マバリア』は霧散していた。

 

 

 俺の『マバリア』に付加されていた制約。それは『堅の状態を維持すること』らしい。

 確かに『マバリア』を作る訓練時、俺は気合を込める意味もかねて常に『練』の状態だったが、

 

「『堅』が解ければオートで『マバリア』も外れるってことか」

 

 リスクとしてはそう大きなものではないようにも思える。『防の切り札』としては。

 しかし、これでは『硬』は使えない。

 肉体の一部にオーラを集中させ、他の部分は『絶』で精孔を閉じる『硬』。当然『堅』との併用はできない。

 まぁいい。元々戦闘中の『硬』はリスクが高く、使用するつもりはなかったのだから。

 もっとも、となれば『パンチ力の強化』のような切り札を作ることも止めた方がいいだろう。いかに威力の高い技を作ろうとも、『硬』に及ばないのでは『切り札』とは呼べない。『マバリア』さえ解除すれば『硬』は使えるのだから。だからと言って制約で縛ってまで『硬』を越えようとするのもおかしな話だ。

 

「それに、既に『発』の方も形になってきているしな」

 

 胸ポケットのソレを確かめながら呟いた。

 第二の『発』。それに関してはアッサリと成功している。

『マバリア』以上にソレに対して適性があったというのは、ある意味複雑な心境にもなったが、しかしまぁ、嘆くほどのものでもない。

 

 

 さて、それじゃあ気を取り直して練度を上げるため頑張ろうかね。

 

 

 

 

 ――オスティア北東部 乱立する岩山にて――

 

 岩と大地が延々広がる土色の世界。そこに一人の男が佇んでいた。

 つば広の帽子。足元まであるコート。黒一色に身を染めた男の名は、ヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン。MM元老院によって召喚された悪魔である。

 

 ヘルマンはMMより出ると、即座に魔力で編んだ使い魔を方々に放った。

 元より悪魔とは人間よりも高度な魔法体系を操る者である。没落したなどとは嘯いてみても、人には解呪不可能なほどの永久石化を操るヘルマン。己の『目』を増やす程度、造作もなかった。

 そして先日、見つけたのである。標的とされた少女。アイカ・スプリングフィールドを。

 

(だが、ここで手を出してしまうのはどうなのであろうな)

 

 ヘルマンがそのために召喚された以上、速やかにアイカを暗殺してしまうべきなのだろう。

 しかし、とヘルマンは思う。今も殺風景な岩石地帯で杖を振っている少女には、ここで生を終わらせてしまうには惜しすぎるほどの才能があった。

 

(将来が楽しみだ。将来有望な才能が潰えるのを見るのも私の楽しみではあるが、しかし彼女の場合、将来を見てみたいという思いの方が強いな)

 

 

 悪魔。それは恐れられるべき存在。人に恐怖を振りまく存在。

 しかし、現代の、それも魔法使いの社会においてはその在り方は少し違う。

 魔法使いたちにとって悪魔とは、召喚し、使役する存在となっている。爵位持ちであるヘルマンでさえ、現在人間に使役されているのだ。

 

(用が済めば還される。戦い敗れれば還される。この世は泡沫の夢のようなもの)

 

 そこにヘルマンの意思は無い。誇り高き伯爵だったのは遥かな過去のこと。人間ごときに使役され使い捨てにされる己など、『没落貴族』が相応しい。

 そして、『没落貴族』には人間ごときの命令に唯々諾々と従うのがお似合いだろう。

 

(そう、思っていたんだがね)

 

 視線の先には教本を片手に魔法の練習に励む少女の姿。

 

 

 使い魔がアイカを見つけ、ヘルマンがこの場に到着するまで、ゆうに二週間は経過している。

 その間、アイカは黙々と修行をしていた。(まぁ時たま石で石を割ってみたり、指先を立ててうんうん唸ってたりと、奇妙な行動を繰り返すこともあったが)

 二週間以上、ヘルマンは『目』を通してアイカを見ていた。前だけを見つめている少女を。

 

(魔法の修行か。懐かしいものだな。私が魔法に打ち込んだのはもう何百年前になることか)

 

 不思議な気持ちにさせる少女だ。そうヘルマンは思った。

 

 

 アイカ・スプリングフィールドは『サウザンドマスター』とかいう英雄の娘らしい。

 ヘルマンにとってそれはさほど重要ではない。

 山を崩すほどの雷を放つ魔法使いだとも聞き、多少は興味をひかれたが、しかし既に死亡しているというではないか。

 所詮短き生にしがみつく人間の『英雄』だ。『七つの大罪』や『ソロモン72柱』といった『伝説』すら現存する悪魔の世界にとって、『英雄』のなんと小さなことか。

 そんな矮小な英雄の娘。実に張り合いがいのない相手だ。そんなつまらない相手の暗殺という些事のために、悪魔以上に醜悪な人間どもに縛り付けられているのも癇に障った。

 速やかに仕事をこなして、還らせて貰うこととしよう。

 そう、思っていた。

 

 だというのに、アイカ・スプリングフィールドを見てきた二週間が、悪魔であるヘルマンにとってはほんのわずかな時間にもかかわらず、ヘルマンの心を大いに揺さぶっていた。

 

(この世は泡沫の夢、か。だからこそ己の欲求には従いたいが)

 

 所詮、召喚されて人間界に留まる時間など夢のようなもの。しかし、いや、だからこそ楽しみたいと思う。アイカの将来を見てみたいという欲求に従いたいとも思う。

 しかし、ヘルマンは悪魔。その本能は闘争を求め、その在り方は契約に縛られる。

 

(まったく。ままならないものだな)

 

 結局、ヘルマンは契約に従うことにする。

 音もなく岩山から飛び降りると、気配を隠そうともせずアイカへと歩み寄る。

 

 

 やがて、ヘルマンの気配に気づいたアイカが顔を向けると、ヘルマンは帽子をとってにっこりとほほ笑んだ。

 

「はじめまして、お嬢さん。突然ですまないが、私と一勝負してはいただけないだろうか?」

 




まとまってるのか、これ? 勢いだけで書けている間は不安に思ったりしないんですが、いろいろ考えながら書くとちょいと不安になったり

さて、多分に独自解釈・独自設定を使うことになりましたが、それもすべて『硬』のハードルを高くするためだったり
攻撃=『硬』ではゴンの劣化版になってしまいそうですしねぇ
そのため急遽制約まで付けることになりまして(まぁ元々なにかしら付けるかとも考えていたのではあるんですが)
それに関してはステータス説明ページのようなものを作ることとしましょう
念能力に関する説明もその時にでも

にしてもヘルマン。私はこいつをどうしたいんだろうか?
「今日の私は紳士的だ!」とでも叫ばせてみます?


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15.格闘戦

 ――土色の世界で――

 

 ここを修行場にして一カ月は経つだろうか。

 まさかこんな形で第三者が侵入してくるとはね。まぁ俺の土地ってわけじゃないんだが。

 

「どうだろうか? 一人で修業というのも有意義だとは思うが、相手のいる組手というのもいい物だろう?」

 

 俺の目の前には黒づくめの老紳士。

 というか……ぶっちゃけヘルマンじゃねえか!!

 

「断る……って言ったら退いてくれんのか? 悪魔ってのは相手の都合なんてお構いなしだと思ってたけどさ」

 

「ほう……」

 

 ヘルマンは感心したような顔をしている。悪魔だと言い当てたのが意外だったのかね?

 

 つうか何故コイツがここにいるんだよ。原作じゃ村を襲った後はスタン爺に封印されてるはずなんだが。

 封印が外れたか? こんなに早く? ありえねぇ。

 なら封印自体されなかったとか? それじゃ今頃ネギも石か?

 それとも俺が村から消えたことで歴史が書き換わっている? 村の襲撃自体なくなってるのか?

 いや、そもそも原作ではスプリングフィールドの子供はネギ一人だ。正史に存在しないイレギュラー(オレ)がいなくなれば、それは村の状況が正史に近くなったようなもの。ならば……

 ……あー、良くわかんねぇ。

 もういいや。直接聞いちまえ。

 

「で、悪魔が俺を殺しに来たってか? メガロの使いパシリかい?」

 

「ふむ。聡いな」

 

 返答は無し、か。悪魔にも守秘義務はあるのかね? 契約者をバラしてはならない、みたいな、さ。

 

「ますます惜しい。血統に優れ、行動力、向上心ともに申し分ない。そのうえ頭もまわるとは。ますますもって惜しすぎる」

 

 そこでヘルマンは一旦言葉を切り、両の拳を握って構えた。

 

「だが、これも仕事だ。構えたまえ、お嬢さん」

 

「その前に自己紹介くらいはしてくれよ。そっちは俺のことを知ってるんだろうけどさ」

 

 降ろしていたフードを上げる。その間も視線はヘルマンから離さず、観察を続ける。

 

「これは失敬。私はヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン。しがない『没落貴族』さ」

 

「ご丁寧にどうも。俺はアイカ・スプリングフィールド。しがない『魔女の娘』だよ」

 

 にしても隙が無い。こりゃ逃げられんね。

 無造作に垂れ流されているオーラに淀みも見られない。ま、ガキ一人殺すのに心を乱すような甘い相手だとは思っちゃいないが。

 

 チッ。しゃあない。俺も覚悟を決めるか。

 やってやろうじゃねえかよ。

 

 発動。『神のご加護がありますように(マバリア)

 

 相手は格上。増援なんてあり得ない。

 肉体は脆弱。手持ちの武器は未完成の念能力のみ。

 だが、

 

「俺に喧嘩売ったこと、必ず後悔させてやる」

 

 

 

 

 ――対峙する一人と一人――

 

 アイカは構えも取らずに一足でヘルマンとの間合いを詰めた。

 

「ぬ!?」

 

 とヘルマンが驚きの声を漏らすが、それも当然。

『マバリア』によるヘイストと『流』による移動術を組み合わせた今のアイカの速度は、瞬動術のそれに匹敵する。

 さらに言うならば、瞬動が足に魔力なり気なりを集中し発動するのに対し、アイカのそれは魔力も気も必要としない。オーラを見ることの出来ないヘルマンにとっては、完全なるノーモーションからの瞬動に見えていた。

 

「らあっ!!」

 

「ぐ!!」

 

 意表をついてのアイカの右ストレート。かろうじてガードに間に合ったはずのヘルマンの顔が歪んだ。

 

(なんだ? この重さ(・・)は?)

 

 それはヘルマンにとって全くの予想外の一撃。

 ヘルマンが侮っていたと言われればそれはその通りだろう。相手は子供なのだから。

 

(この少女は魔獣の生息する魔法世界でこれまで生き抜いてきているのだ。加えて膨大な魔力量。使える(・・・)とは思っていたが、しかしそれだけでは説明できんぞっ)

 

 ヘルマンがアイカの不自然な強さに気をとられている間にも、アイカの猛攻は止まらない。

 

 右の拳を引くとともに、アイカの上体が捻転し、左腕が走る。

 フック気味の一撃。身長差のせいでヘルマンの腹部へめがけて放たれたその拳を、ヘルマンは一歩さがることでやり過ごす。

 

(それにしても、魔法使いとして挑んでくるかと思ったが)

 

 勢いのままに体を捻じり、背中を見せたアイカに向かってヘルマンは反撃。

 

(まさか体格のまるで違う私に格闘戦を挑んでくるとは。――ッッ!?)

 

 空気を切り裂いて打ち下ろされたヘルマンの左の拳は、そのままアイカへと突き刺さるかのように思えた。

 しかし、それは軌道を変えて空を切ることとなる。

 狙いがずれていたというわけではない。

 ただ単に、ヘルマンの腕が弾かれたという、ただそれだけのこと。

 

(後ろ回し蹴りというやつかね!?)

 

 ヘルマンの腕を弾いたのはアイカの右足。

 左の拳を振りぬいた後、上体を引き戻そうというのではなく、アイカはその勢いのままに旋回し、回し蹴りを放っていた。

 アイカのふくらはぎがヘルマンの腕を叩く。やはり不自然に重い。人間の骨ならば、そのまま叩き折ってしまうほどの重さだ。

 

(だが、そこからどうする? 私にはまだ右の本命が残って――)

 

 しかしヘルマンの狙いはことごとく外されることとなる。

 左腕を打ったアイカの足が、膝から曲がって腕へと絡みついた。

 

「なっ!?」

 

 そのままアイカは跳躍。

 

「シャアッッ!!」

 

 己の右足でヘルマンを捉えたまま、その左足がヘルマンの頭部へと突き刺さっていた。

 

 

 

「ふう。器用なことだ。拳法というものかね?」

 

「我流だよ。つか平然と耐えんなよ。自信無くすぜ」

 

 たまらずといった様子で距離をとったヘルマンだったが、特にダメージを負ったようには見られない。

 アイカは表情にこそ笑みを張り付けていはいたが、悪態を吐きたい気分だった。

 

(完璧入ったはずなのにな。ヘルマンが油断しているうちに終わらせるつもりで、攻防力も八十以上は足に集中させたぞ)

 

 頭蓋を蹴り砕くぐらいのつもりだったんだけどな。そう思いながらも欠片も効いた風にみえないヘルマンにげんなりする。

 

「いやいや。自信を無くす必要は無いよ。素晴らしい一撃だった」

 

「そらどうもっ!!」

 

 再びアイカは前進。突進とも呼べるそれは、無防備ささえ感じさせるものだが、

 

(距離をとってもしょうがねえ! なによりアレが来たら防げねえ!)

 

 アイカの警戒するもの。それは原作にてヘルマンが用いた特殊能力。

『永久石化』。魔法世界の術者でも解呪不可能なそれは、喰らうことが即、死に繋がる最悪の技。

 

(発動にタメが必要な技なようにも思えねえ。アレを出される前になんとかしねぇと)

 

 アイカの前進に合わせてヘルマンが繰り出してきたのはジャブ。しかしほぼ同時に連打されるそれは、ヘイストの恩恵によって加速したアイカの意識上でも知覚することは難しく、

 

「ガッ」

 

 顎と心臓へのジャブは両腕でもって撃ち落とした。意識の混濁は『念』の行使を揺るがすものであり、『マバリア』の維持を不可能にさせかねないのだから。

 しかしヘルマンのジャブは二撃にて終わらない。左肩、右腕、さらには側頭部に強烈な打撃が撃ち込まれる。

 

「ふむ。硬いね」

 

「女の子に言うセリフじゃねえな! 傷ついちまうぜ!」

 

(プロテスが無けりゃ『堅』ごと貫かれてたぞ、クソがっ)

 

 口ではそう言いつつアイカも止まらない。

 打撃によって後退させられようと、尚も進む。

 

(リーチに差がありすぎる! ただでさえ格上の相手だってのによ!!)

 

 いっそ年齢詐称薬でも飲むかとも考えるが、しかし五や十程度の歳をとったところでまだヘルマンのリーチには届かないだろう。逆に今のように身長差があった方がヘルマンからしてみればやりにくいかもしれない。

 アイカが活路を見出そうと思考を回転させている間も、接近を阻むかのようにヘルマンは尚も連打。ジャブの一発一発が、まるで銃弾のよう。

 

(しかも避けるスペースも無けりゃ一発弾いたところで別のが即座に連打されやがる。理不尽にもほどがあんだろうが!)

 

 ヘイストによって思考すらも加速したアイカだからこそ悪態を頭に浮かべることもできるが、しかし現状はそんな思考に気をとられる隙などないほどに逼迫していた。

 ヘルマンのパンチは重い。

 念能力という、ある意味異端な能力を持ち、『マバリア』という鎧によって守られているからこそ未だ戦えてはいるが、しかし均衡はすぐにでも崩れかねない。

 振るわれた一撃を弾くだけで、ダメージが骨を伝い頭にまで痛みが響く。打ち下ろされる一撃を受けるだけで、地面には亀裂が走り砂塵が舞う。

 

(しかもコレでまだ本気じゃねえってんだからな。イジメだろうが)

 

 ヘルマンは未だ右を撃っていない。それは紛れもなく手加減されていることの証左であり。

 

「ほら。どうしたね? それが君の全力かね、お嬢さん?」

 

 ヘルマンの楽しそうな声を聴いた瞬間、アイカの脳裏で何かが切れる音が響いていた。

 

 

(オーケーオーケー! 目にもの見せてやんよ!)

 

 意識は加速し、オーラが膨れ上がる。

 アイカの目はヘルマンの左拳にのみ集中し、それ以外の情報をシャットアウトし。

 周囲の景色すら意識から消失し、極限まで高められた集中力は刹那の時を万倍まで引き延ばす。

 

 アイカとヘルマン。二人の度重なる攻防によって舞い上げられた砂煙を貫いて、ヘルマンの拳が走り、

 頭部へと迫ったそれを紙一重で避けたアイカの左手が、ヘルマンの伸びきった腕を掴み取っていた。

 

(平然とできるなら、してみやがれっ!!!)

 

『硬』。それはアイカに撃てる最強の近接攻撃。

 オーラが拳に集中したことで、『マバリア』が霧散するが、最早アイカの意識はそこにはない。

 体格に勝るヘルマンが左腕を掴まれているということは、体を下へと引っ張られているのと同義であり、

 

(ヘルマンは左腕が邪魔で右は撃てない。体格に劣る俺だけのターンだ!)

 

 目の前の存在を叩き潰す。その一点だけに思考は集中し、

 

「ジャッ!」

 

 瞬間、必殺の一撃が放たれた。

 

「ガッ!」

 

 

 

 

 

 苦悶の声が上がる。

 人体という質量が砲弾と化して大地を穿つ。

 悲鳴と誤認しそうな声で呻くその声は、

 しかし、アイカが上げたものだった。

 

「ふむ。私のパンチを見切り、捕まえた腕を盾に右を防ぐというのは素晴らしい発想だとは思うが」

 

 打撃を受けた腹を抱え、のたうつように蹲るアイカに向けて、ヘルマンは言った。

 

「しかし、私はボクサーだと自称した覚えはないのだがね」

 

 アイカが確実に決まると確信した攻撃に対し、ヘルマンがした反撃は至極単純。

 腕が封じられたがゆえに、足にて攻撃を繰り出したまでのこと。

 

(それにしても不思議な少女だ。人では考えられない強度を誇ったかと思えば、今はああやって苦しんでいる。無理な体制からの反撃だったがゆえに、十分な威力は出せないかと思ったのだがね)

 

 ヘルマンは知らないことではあるが、アイカにとってみれば今の状況は当然のものだった。

 常にオーラで身を守り、ヘルマンとの戦闘が開始されてからは『マバリア』の加護を受けていたのだ。

 それがヘルマンを倒すというそれだけに意識を集中し、あげく『硬』という捨て身の攻撃に賭けようとしたのだ。

 オーラによる防御が無ければ、自分など所詮は筋肉もろくについていない幼児でしかないということさえ忘れて。

 

「ふむ。立ち上がれるようになるには、もうしばらくかかりそうだね。では少し、話でもしようか」

 

「……そいつは…………紳士的なこったな」

 

「ふっ。なに、ただの気まぐれさ」

 

 痛みに悶え、震える腕で体を起こそうとするアイカへとヘルマンは語りかける。

 

「一つ疑問なんだがね。何故君は格闘戦を選んだのだね?」

 

「あぁ?」

 

「君が接近戦に自信を持っているだろうことは私にもわかる。なるほど君の能力ならば大抵の大人でも打倒しうるだろう。しかし、私にも通用すると本気で思ったのかね?」

 

「……」

 

「いいや、違うはずだ。君は私との実力差を理解し、それを覆そうとしていた。これでも無駄に長く生きているのでね、その辺りの機微を読み取るくらいは出来るのだよ」

 

「何が……言いてえんだよ?」

 

「単刀直入に言おうか? 何故、魔法を使わないのだね? 私との実力差を理解し、己の不利を認識し、しかしそれでも接近戦を君は選んだ。正直理解に苦しむのだよ」

 

 しばしの、ほんのしばしの沈黙が流れた。

 そして、アイカは、

 

「悪魔ってのは……魔法が得意なんだろ? 接近戦も出来るが、魔法の方がもっと得意なんじゃねえかと思っただけだ」

 

「ふむ。一理ある、が」

 

(しかし、ソレを警戒して出し惜しみされてもつまらないな。折角の才ある者との闘争なのだ。使えるものがあるのならば、全て出し切ってもらいたい)

 

「私の魔法を警戒して、か。ならばこうしよう。私は格闘のみで戦う。君は魔法も含めたあらゆる力を駆使して闘いたまえ」

 

「……はぁ? なんだってそんなハンデみたいな真似」

 

「なぁに。ほんの気まぐれだとも。それとも私が全力を出さないというのは不服かね?」

 

 そういう気持ちもわからないでもないが、とヘルマンは言うが、

 

 対してアイカは、

 

「ハッ。オーケー。完璧理解したぜ。テメエが俺を舐めくさってるってことはよォ!」

 

「馬鹿にするつもりはないのだよ。私が力をセーブした場合、君が逆にやる気をなくすというのなら――」

 

「いいや、結構。思う存分手加減してくれ」

 

 まるで吐き出すかのように、そう告げたアイカは、

 

「俺の全力でぶっ殺してやるからよ。ジェントルマン」

 

 狂気に染まったかのような笑みを浮かべていた。

 




ヘルマン。本気になったらかなり強いと思うんですよ
近接ではネギ&小太郎を軽くあしらってましたし、距離をとれば永久石化ビーム
特に永久石化ビームなんて、スタン爺さん相手に使った様子を見る限り、かすった場所から全身に浸食するっぽいですもんね
エターナルフォースセキカビーム。相手は死ぬ
原作では手加減していたようですし、実際はかなりのチートなんじゃないでしょうか


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16.魔法戦

 

 ――砂塵を巻き上げ――

 

 この世界には魔力と気が存在する。

 あまねく世界に存在し、呪文という鍵を用いることで使われる魔力。

 生命エネルギーとして肉体の内に存在し、それを燃焼させることで力を生み出す気。

 では、俺の扱う『念』とはいったいなんなのか。

 はじめ、俺はそれを気の扱い方の一つだと考えていた。

 肉体から漏れ出る生命エネルギーを、念能力という一種の法則によって様々な形で利用する技術体系だと。

 しかし、それは正確ではなかった。

 

『ネギま』原作においては、咸卦法という技法がある。

 これは、本来反発する魔力と気とを一つに合わせ、その反発によって発生する巨大なエネルギーを自在に扱う究極技法。

 そう。魔力と気とは反発するのだ。

 しかし、俺の『念』と魔力は反発なんてしない。

 もし念能力によって扱っているオーラが気の一種ならば、魔法行使の際にかき集められる魔力の素と、俺が常に展開している『纏』とが反発し、小規模な爆発が起こっても不思議ではないのだ。

 それに、俺は『纏』を使っている間も、問題なく魔法が使えている。このこともまた、オーラは魔力や気とはまったく別種の『力』であることが推察される。

 

 よって作り上げることが出来た。俺だけの第二の『発』を。

 

 

 以前、ビョルンに尋ねたことがある。魔法の射手は同数の魔法の射手で相殺できると聞かされた時だった。

 

『練度次第で相殺できない場合なんかはないのか?』

 

 それは原作知識があるゆえの疑問。『闇の福音編』にて、ネギとエヴァの魔法の射手が相殺し合っていたのを見たときから気になっていたのだ。

 どう考えてもエヴァの魔法の練度のほうがネギのそれよりも高い。にもかかわらず、同じ魔法であるというだけで、同じ威力とされていた。

 

『不可能ではないが、効率は良くないな。魔法というのは術式だ。術式を一定の形に当てはめ構築し、一定の魔力を流すことで発動させるもの。練度が高ければより正確な術式を構築出来る、と思うかもしれないが、魔法ってのは二千年以上の歴史をかけて洗練されてるものだしな。魔法の射手一つとってみても、より強い術式を作り上げるのは容易じゃない』

 

 ならば既存の術式により強い魔力を込めれば?

 

『そうすれば術の方が発動しないだろう。ゴム動力の飛行機模型に過剰な動力でも載せてみろ。飛ぶ前に四散するぞ? 術式自体がしっかりしている魔法なら過剰な魔力にも耐えられるんだが、そりゃ上位魔法や古代魔法になる。さっきの例でいうなら本物の飛行船やら戦艦やらになるんだろうが、それならエンジンを一つ二つ増設しても空中分解はしそうに思わないだろ? まぁ倍の動力付けたからって速度は倍にはならねぇが』

 

 なるほど。つまりエヴァに掛けられた呪いは、子供に掛けるおまじないという紙飛行機にナギのバカ魔力という巨大エンジンを無理やり乗せたみたいなもんか? そりゃバグるわな。

 

『だ・か・ら。魔法の射手を強くするなんてこと考えずに、素直に中級魔法を覚えろって言ってんだよ!』

 

 まぁスパルタされたわけだが。

 その時俺は知った。魔法そのものを強化する方法は、この世界には存在しないと。

 ならば『別の世界』の方法を持って、この世の理を乗り越えればいいだけのこと。

 

 

「見さらせオッサン! こいつが俺の」

 

 発動。『そして誰もいなくなるか?(アルテマアーツ)

 

 

 

 ――そして誰もいなくなるか?――

 

 アイカは懐から一冊の本を取り出していた。

『グリモワール』と名付けたそれは、アイカだけの魔法の書。

 ペン先に『周』を行い、『念』を込めて一月に渡り書き続けたそれを片手に、アイカは朗々と謳い上げる。

 

「レリック・ク・リック・クレリック! 風の精霊37柱 集い来たりて敵を射て! 魔法の射手・連弾・雷の37矢!!」

 

 疾走する弾丸をその身に受け、ヘルマンの顔が歪む。

 

(ハッ。舐めてかかるからそうなんだよ!)

 

 本来魔法の射手はそれほど威力の高い魔法ではない。犬上小太郎も言っていた。精々魔力を込めたストレートパンチと同じ威力だと。一般人相手ならともかく、障壁を展開することが基本の魔法使い同士の戦いならば、時に牽制程度にしか使えない魔法とされるほどだ。

 しかし、アイカの『念』は常識を覆す。

 強化系という強化することにこそ真価を発揮するアイカにとって、魔法そのものを強化することはそれほど難しいことではなかった。

 

(『アルテマアーツ』には制約も掛けてある。『グリモワール』を手にしている時のみ発動可能って制約は、片手を塞ぐという特性上、リスクの方は段違いだ)

 

「次行くぞ! 魔法の射手・連弾・雷の199矢!!」

 

 矢は大地をえぐり、地形そのものを変えるほど。

 その、本来の魔法の射手の性能ではありえない破壊力にヘルマンは全力で障壁を展開するが、

 

「何!? 何故障壁で止まらない!?」

 

 障壁で止められるのは魔法のみ。魔法を強化している『オーラ』は、魔法の運動が停止した瞬間『鏃』となって射出される。

『鏃』そのものに速度を生み出す機構はない。アイカは放出系にもそれなりの才能があったが、元が強化系であるが故、そして未だ修行不足であるが故に、体から離れた魔法にオーラを留めることで精いっぱいだった。

 しかし、魔法の射手が作り出した速度だけで十分。障壁を無視した不可視の『鏃』は、ヘルマンの体力を削り続ける。

 

(偉大なるクソオヤジ同様、アンチョコ片手にってスタイルには嫌悪を覚えるが、まぁそいつも誓約を担ってるからな)

 

「足を止めんな! さぁ! 耐えて見せろ! 魔法の射手・連弾・雷の1001矢!!」

 

 正に弾幕。

 オーラを視認できるアイカにとって、それは極彩色に彩られた美しい光景だった。

 大地に突き刺さり、砂塵を上げ、砂煙を貫いてヘルマンへと疾走するパターン化された弾幕。

 

 そう、アイカの弾幕はパターン化されていた。

 そして製作者(アイカ)にとって、パターンの欠陥(安置)を突くことなど容易。

 弾幕に晒され纏った服こそボロボロにしながらも、尚も魔法の射手を拳で迎撃するヘルマンへと疾走。

 ヘルマンはそれを視界の端でとらえ目を見開くが、最早打つ手などない。

 

「言ったろ? 耐えて見せろってよォォォ!!」

 

 左手に『グリモワール』を手にしたまま、アイカが右手で拳を作る。

 

「きゅっとして」

 

 それは最強の一撃。魔法の射手に込められたオーラとは一線を画す『硬』によってため込まれたオーラが、

 

「ルォアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 砲弾となってヘルマンへと突き刺さった。

 

 

 

 

 ヘルマンが飛ぶ。ほぼ背後からのアイカの一撃を身に受け、未だ着弾前だったアイカに追い抜かれた弾幕をその身に受けながら。

 しかし、それでも、

 

「ぐぬっ。見事な攻撃だった」

 

 それでも未だ、ヘルマンは膝すらついていなかった。

 

「ハァ。だからよ、平然と耐えんなって言っただろうが。泣けてくるぜ」

 

 先ほどのコンボはアイカにとって最も自信のあったものだ。

『グリモワール』には中級魔法も載せてはいたが、しかし避けられる可能性を考えれば、高威力回避不可能な弾幕を選んだのは正解だと今でも疑っていない。

 にもかかわらず、まだ足りないとは。

 

(原作じゃそこまで強敵って印象は無かったんだけどな。っつかヤベェ。1001矢なんて使うんじゃなかった)

 

 ガス欠。生まれながらにして『サウザンドマスター』に匹敵する魔力を持つアイカとて、それは免れなかった。

 

(オーラの方はまだ行けそうだが……『硬』は無理だな。『マバリア』の発動には維持とは別にオーラが要るし、もう一度『硬』を使えば『マバリア』は発動できなくなる)

 

 頭に上げたフードで冷や汗を隠しながら、アイカは次の一手を模索していた。

 

 対してヘルマンは、

 

「いや、同じ言葉を繰り返すようだが、自信を失うことはない」

 

 ボロボロになったコートをはためかせながら、口元の血を拭う。

 

「君が使えるだろうとは思っていたが、まさかここまでとは。喜ぶといい。私はもう限界だ」

 

「はっ。だったらもう少し堪えた顔をしろよ。信じられる要素がどこにもねえっての」

 

「いやいや。本当に限界なのだよ。だがね」

 

 そう言ってヘルマンは再び構える。

 両の拳を握るその姿は、宣言通り永久石化を封じた戦いを望んでいることを証明しており、

 

「ここで倒れてしまうのは惜しくてね。久しぶりの現世なのだ。体の方は限界ではあるのだが、まだまだ楽しみたいのだよ」

 

 そしてヘルマンはニイっと笑って、

 

「戦いはやはり楽しい。才ある者との戦いは歓喜するに相応しい。さあ、構えてくれ、アイカ・スプリングフィールド。私が消滅するまで、もう一ラウンド、お願いしたい」

 

 それはアイカにとって予想外の言葉。

 しかし、何故か理解できるものだった。

 

(ハッ。なるほど、分かるぜオッサン。痛ぇし苦しいし怖ぇし逃げたくなるけどよ。でも、楽しいってのはよーく分かるぜ)

 

「クッ。ハハハッ。オーライ、ヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン」

 

 アイカも笑う。ヘルマンの紳士的な笑顔とは対照的に、どことなく狂気に歪んだような笑みを浮かべる。

 構える。『グリモワール』を懐にしまい、両の拳を握りしめる。

 

「さぁ! コンティニュー出来なくなるまで遊ぼうぜ!!」

 

 

 

 

 

 ヘルマンは悪魔などとは程遠い笑顔を浮かべると、

 

 しかし、突如降ってきた雷にその身を焼かれた。

 

「……はぁ!?」

 

 アイカは一瞬体をすくませ、しかし何者かの気配を感じ取る。

 視線を向ければ、そこに雷を放ったソレはいた。

 

「な、な、な」

 

 聳え立つ岩山に立ったそれは、長い杖を構えた男。

 アイカのようにローブで身を包むその男は、自分に気づいたアイカへと笑みを見せ、

 

「なに人の喧嘩に邪魔してくれてんだテメエは!!!!」

 

 しかし、アイカの言葉で呆然としていた。

 

 信じられない言葉を聞いたという風に呆然とするその男は、

 赤い髪を風に揺らせながら、太陽を背に立っていた。

 




空気読め、赤毛 そんな16話 如何だったでしょうか

始動キーに関しては「アルマ」を名乗っていた間に「盗掘屋」と考えたのでこんな感じに
クレリックとは程遠いバトルスタイルですがw

さて、後で説明するとは思いますが、一応の念の説明
「そして誰もいなくなるか?」の引用元は東方。妹様の技ですね
まぁ「マバリア」ほどゲーム内の能力とは似てません(というか名前だけ借りたようなもので)
基本は魔法の強化とオーラによる障壁突破
フランクリンクラスになれば「魔法の射手? ハハッ、ワロス」と得意顔で障壁張った魔法使い(ex.白いの)を瞬殺できそうですな。(まぁフランクリンなら魔法に纏わせて~とか考えず念弾撃てば終わりでしょうが)


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17.決着?

 

 ――雷鳴の後に――

 

 突然ヘルマンへと降り注いだ雷。それは正しく予想外の出来事だった。

 自然的な現象ではない。雲一つないというのに落雷だなんてありえない。

 ならばコレは人為的なもの。そう気づくのと自分に向けられた視線を感じ取るのはほとんど同時だった。

 

 そして、雷を放ったであろう下手人を目にした瞬間、俺は叫んでいた。

 

「なに人の喧嘩に邪魔してくれてんだテメエは!!!!」

 

 魔法はヘルマンを狙ったもの。十中八九、あいつは俺を助けるつもりで魔法を撃ったのだろう。

 いつから見ていたのかは知らないが、傍目には幼女相手に拳を構える老紳士という図だ。正義を盲信するこの世界の人間ならば、いや、ジョアンナ達のような『ロクデナシ』を自称する者でも介入していたかもしれない。

 しかし、それでもと思う。

 人の喧嘩に勝手に横やり入れてくれてんじゃねぇよ、と。

 

「俺の喧嘩に手ぇ出して、何満足げに笑ってやがるテメェ!!!!!」

 

 魔力はガス欠。オーラの方も限界近い。さらには奴の放った魔法の威力を見るに、俺とは実力差がかなりあるのだろう。

 しかし、それでも叫ばずにはいられなかった。

 このまま奴と戦闘になれば、間違いなく敗北するだろうと分かっているというのに、それでも激昂する感情は自分では抑えられなかった。

 

(一発ぶん殴る! 俺にケンカ売ったこと――)

 

 しかし、拳を握りしめて歩き出そうとしたその時、

 

「ぐぬっ」

 

 俺を止めたのは魔法の直撃を受けたヘルマンの苦悶の声だった。

 

「お、おい! ヘルマン! 生きてたのかテメエ! ハハッ、アレ喰らっても生きてるなんてバカじゃねえの!」

 

 思わずヘルマンに駆け寄る。

 さすがに消滅しているかと思ったが、これで、

 

「……ぐっ。何故、嬉しそうに、しているのか……わからないのだが」

 

「アホか。とっとと立て。まだケリがついてねぇだろうが。俺がぶっ殺す前に勝手にくたばるんじゃねぇっての」

 

 これで、続きがやれる!

 そうだ。火竜では『盗掘屋』に助太刀され、ヘルマン相手にまで決着が横やりで決まってしまうなんて勘弁してもらいたい。

 

「テメエには俺の初白星になってもらうんだからよ。オラ、立て! トドメ刺させろ!!」

 

 呆然としているヘルマンを他所に、俺は岩場の上で口をあんぐりさせている馬鹿にも叫ぶ。

 

「赤毛! テメェはそこで正座してろ!! 後でぶっ殺してやるからよ!!」

 

 

 

 ――沈みゆく太陽を背にして――

 

 男、雷を放った男は、目の前で繰り広げられる光景に呆然としていた。

 

 

 彼がアイカが預けられていた山間の村から消えたという事を知ったのは完全な偶然だった。

 MM上層部によるスプリングフィールドの二児殺害計画。多数の悪魔によって行われるはずだったその計画の一端を知り、山間の村へと急いだ彼は、しかし悪魔の脅威に晒されることなく平穏なままの村を目にする。

 見れば魔法世界の者らしき護衛の兵まで配備されているではないか。その兵達がクルト・ゲーデルの私兵だと知り、彼はほっと胸をなでおろした。

 おそらくクルトも計画の情報を掴んだのだろう。彼の場合、サウザンドマスターの子供というよりも、『彼女』の子供を守りたいという思いからの行動だろうが、それでも彼はクルトに感謝した。死んでいるはずの自分が表舞台で活躍しているクルトに直接礼を言いに現れるわけにもいかないが。

 

 しかし、彼は自分の認識が間違っていたことを知る。

 クルトの警戒しているのはスプリングフィールドの子供の殺害計画ではなく、ネギの誘拐に対してだとか。

 その発端となる事件は旧世界中に知られていたため、表舞台から姿を隠している彼にもすぐにつかむことが出来た。

 即ち、『アイカ・スプリングフィールドの失踪事件』である。

 現在では『あれは誘拐事件なのでは?』という考えが共通認識になっている事件。彼も当然そう考えた。アイカらの出自を知るが故に、他の者たちよりもより強く。

 そして探した。姿を偽り名前を隠し、かつて『立派な魔法使い』として世界を回った際に手に入れたあらゆる伝手を駆使して。

 

 アイカを発見した際、彼は安堵よりも先に激昂した。

 着ているローブは土に塗れ、口元には血が滲んでいる。

 見るからにボロボロな様子で、しかし毅然と拳を握り相対する男に立ち向かおうとする様は、世界を巻き込む不条理にたった一人で立ち向かおうとした『彼女』の面影を色濃く残し。

 ゆえに彼は即座に魔法を放った。アイカを傷つけ笑っていた男に対して。

 

 結果として救ったはずのアイカから放たれた言葉に呆然とする羽目になるのだが。

 

 

「テメエには俺の初白星になってもらうんだからよ。オラ、立て! トドメ刺させろ!!」

 

 嬉々としてそう言うアイカは実に楽しそうで、口にしている内容の滅茶苦茶さも相まって彼を呆然とさせるに十分なものだった。

 アイカを襲っていたはずの男までも、苦痛にあえぐことすら忘れ目を見開いていた。

 

「くっ、ハッハッハ。実に素晴らしい。闘争を愛するか。それでこそ才ある者というものだ」

 

「御託はいいんだよ。ほら、立てって。そのまま消えるんじゃねぇぞ」

 

 楽しそうに笑う男とは裏腹に、彼は止めるべきか迷っていた。

 そういう(・・・・)感情が理解できないわけではない。彼も過去に、自分と仲間に対して襲撃してきた男と一対一で戦うことを望んだことがある。他者と協力して得た安全な勝利などよりも、己の腕一つで掴む死線を潜った末の勝利にこそ価値があると、そんな子供じみた思想に囚われていた頃もあった。

 かつての自分ならば、一対一の勝負の邪魔をされれば、先ほどのアイカ同様怒ったのかもしれない。

 

(だが、アイツはまだ幼い。この俺でさえ、魔法世界の大戦に参加したのは十二、三くらいになってからだぞ)

 

 しばしの逡巡の後、彼は結局介入を決める。恨まれるかもしれない。拳の一つでも貰うかもしれない。しかしそれもいいだろう。結局のところ、彼は子供たちの安全のためという理由を言い訳にして、子供たちを捨てた形なのだから。

 

「テメェ、赤毛。正座して待ってろっつっただろうが!!」

 

 はためくフードから除いたアイカの瞳は燃えるような輝きを宿して彼を睨んでいた。

 その強い意志を感じさせる瞳は『彼女』を強く思わせるが、はてさて、いったいこの物言いの悪さは誰に似たことやら。

 

(アイツじゃねぇってことは、俺の血のせい、か)

 

 さて、なんと声をかけるべきか。味方であることを示す……のは意味が無いだろう。ならば正体でも明かすべきか。さすがに『赤毛』呼ばわりは彼としても傷ついた。

 そう(・・)呼ばれる資格など自分にはないのかもしれないが、叶うことならば……

 と、如何にして襲撃者からアイカを離すかを彼が考えていると、彼が口を開くよりも先に倒れ伏した男が口を開いた。

 

「いや、待たせる必要などないよ。私はもう消える」

 

「お、おい! 何言ってんだよ、ヘルマン!? まだケリがついてないじゃねぇか!」

 

 男、ヘルマンと呼ばれたその紳士然とした男は、力なく微笑み、

 

「受けたダメージが大きすぎてね。私が消滅の危機にあるということを召喚者側も感じ取ったのだろう。どうやら契約が外されたようだ」

 

 契約。その言葉を信じるならば、ヘルマンは悪魔ということになる。

 彼は知らず唇を噛みしめていた。

 

(これも、俺の責任か)

 

 自分の選んだ道に後悔などない。それが正しいのだと信じていたし、自分はそう在るべきだと信じているのだから。

 しかし、その結果がこれ。今や消滅の危機にあるヘルマンから強い力は感じないが、しかし単独にて行動していたということは、召喚者にとってそれなりにヘルマンが信頼に足る実力者だということ。『仕事』を任せられるほどの上級悪魔なのだろうこと。そんな強力な存在にアイカが狙われ、結果傷つけられてしまった。これは紛れもなく、己の責任なのだろう。

 

 彼は何も言わずアイカの肩へと手をかけ……ようとして振り払われた。

 

「……お前は、旧世界へと帰るんだ。俺がその迎えだ」

 

「うるせぇ!! 今それどころじゃねぇんだよ!! おい、ヘルマン!! 契約が外れたってなんだよ!? それがねぇと戦えないってのかよ!!」

 

「悪魔は契約によって力を与えられるものだ。召喚者による魔力の供給が無ければ、この世に留まることも出来なければ、わざわざ留まる理由もない。そいつ……ヘルマンはもう消える。お前は旧世界に――」

 

 しかし彼の言葉は遮られてしまう。振り向きざまに放たれたアイカの拳を受けたことで。

 

「だからうるせえっつってんだろうが!!」

 

 そういえば、と彼はふと思った。

 アイカは誘拐されたものだと決めつけて動いていたが、アイカの様子を見るにそれは間違いだったのではないだろうかと。

 なんでもアイカは書置きを残して消えたらしいが、それは偽装などではなく、本物のアイカの書置きだったのではないかと。

 だが、何故?

 あの村の連中は気のいい奴らばかりだった。スタン老も口こそ悪いが面倒見のいい人ではあったし、ネカネという姉代わりもいる。

 村に不満があって飛び出したようには彼には思えない。では、いったい……

 その逡巡が、彼にとっては致命的な隙だったのだろう。

 彼はアイカが何やら閃いたような表情を見せたのに気づかなかった。

 アイカが何やらヘルマンに近づいたのを止めることが出来なかった。

 

 そして、アイカの言葉をとめることもまた、彼にはできなかった。

 

「よし。ならヘルマン。俺と契約しろ」

 

「「は?」」

 

 奇しくも彼とヘルマンの驚きの声が重なった。

 それほどに、アイカの一言は予想外だったのだ。

 

「契約してればこの世に留まれるんだろう? なら簡単だ。俺が魔力をやる。でもってケリをつけなおすぞ」

 

「な!? 待て、アイ――」

 

 しかし彼の制止は間に合わない。

 アイカは勝手が分からないのか、ヘルマンの胸に手を置くと、そのままナケナシの魔力を注ぎ込み始めていた。

 

「……馬鹿な」

 

 ヘルマンの驚きも当然だろう。彼にしてもアイカの行動は理外のもの。

 まさか決着をつけるというただそれだけのために悪魔との契約を引き継ごうなどと、いったい誰が考えるのか。しかもその悪魔は自分を狙って放たれた刺客だというのに。

 

 光があふれる。契約のための力の奔流が、無駄だらけの力任せの契約がヘルマンを縛ろうと荒れ狂う。

 それはつい先ほどまで魔力切れに焦っていたなどとは信じられないほどの輝き。アイカ以外は与り知らぬことだが、アイカの持つ固有技法、念能力によって生命エネルギーたるオーラもがヘルマンへと流れ込んでいた。

 そして…………

 

 

 

 

 

「本当に契約しちまうとはな」

 

 彼は困惑した表情でアイカを見つめていた。アイカはと言えば、ヘルマンへと魔力を流し込み、ガス欠で今や眠りについている。その傍らに立つのは彼ともう一人。先ほどアイカによって契約を引き継がれた悪魔の姿。

 

「ふむ。君にしても予想外だったのか。父親ならばこういう行動に出ることも、そしてそれを成功させることも予測できたのでは?」

 

「……気づいてたのか」

 

「これでも伯爵などと名乗っていた頃があってね。人を見る目が確かでないのなら上に立つことなど出来んよ」

 

 爵位持ち。それほどの悪魔がアイカを狙っていたのかと、彼はさらなる自責の念に囚われるが。

 しかし今は、

 

「それが出来ねぇと親の資格がないってんなら、俺にそう呼ばれる資格もねぇってことだろうよ」

 

「ふむ。まぁ込み入った事情があるようだし、あえては聞かんがね」

 

 それよりも今は、現世に留まることに成功した悪魔のことを考えるべきだろう。

 

「一つ聞くが、まだアイカをどうこうするつもりか?」

 

 彼は愛用の長い杖を構えて問いかける。

 もしもここでヘルマンがイエスと答えるならば、たとえアイカにより一層恨まれることになろうとも、ここでヘルマンを討つ。そう覚悟を決めて。

 しかし、ヘルマンは肩をすくめて首を横に振った。

 

「彼女の契約はひどく荒く乱暴なものだったが、しかし弱り切った私を縛るには十分なものだったようでね。力づくで雁字搦めに縛られたようなものだ。契約主に対して攻撃など加えんよ。ここまで乱雑な契約だと、契約を破ろうとしてどんなしっぺ返しが来るか分かったものではない」

 

 それは安心だ、と彼は一つため息をつく。

 と、そこで彼は一つの疑念に気が付いた。(頭の片隅で『ひどく乱暴な』呪いで『力づくで雁字搦めに縛られた』幼女の影がなにやらわめいていたが、それに関しては意識が向けられなかった)

 

「契約……したということは、アイカから命令でもあったってことか? 悪魔は願いをかなえるだとか命令に従うだとかするんだろう?」

 

 彼の言葉に対して、ヘルマンはひどく楽しそうにくつくつと笑った。

 

「実に素晴らしい契約だよ。『ヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマンはアイカ・スプリングフィールドに殺されろ』という契約だ」

 

「……そいつぁ」

 

「それも正々堂々。一対一で全力同士。契約の縛りが異常である以上、私から契約を破棄することも出来なければ、契約者であるアイカ嬢を害することも出来ない。アイカ嬢が勝利するまで全力で迎え撃ちつつも、しかし殺すことはせず、ただ殺されることを待つのみ。はたしてこの世を去るのは何年後になることやら」

 

 実に悪魔らしい契約ではないかね? そうヘルマンは笑って言った。

 確かにどちらが悪魔かと考えてしまうような契約だ。そこまでいくと呪いに近い。(またもや彼の脳裏には呪いをかけられた幼女が現れ地団駄を踏んでいたが、またしても割愛しておく)

 

「ま、というわけだ。私がアイカ嬢をどうこうしようということはないよ。それどころか『アイカ嬢に殺される』という契約を果たす前に彼女が死なないよう、彼女を守ることさえしようとも」

 

「そうかい」

 

 そういうと、彼はおもむろにヘルマンに背を向けた。

 

「……アイカ嬢を連れ帰るんじゃなかったのか?」

 

「俺は……さんざん周りに迷惑をかけてきた。自分の我儘でな。そんな俺がアイカにだけ型にはまった生き方をしろとは言えねえよ。それに、アイカは誘拐されたわけじゃなく自発的に魔法世界に来たんだろう? ならその意思を尊重するさ」

 

「ふむ。……不器用なことだな」

 

 うるせえ。そう言って彼は飛び立とうとするが、しかし何を思ったのか、再びヘルマンへと向き直ると、彼の杖を差し出してきた。

 

「アイカが目を覚ましたら、コレを渡しておいてくれ。俺の形見だ。そいつには、なんにも残せちゃいなかったからな」

 

「ふむ」

 

 ヘルマンが頷き、彼から杖を受け取ると、今度こそ彼は飛び立った。

 

「まったく。人間とは不器用なものだな」

 

 そんなヘルマンの声に、しかし此度は誰も反応することは無かった。

 




だいぶ駆け足&無理矢理気味ですが、まぁ待たせすぎるのもあれでしたし、今回は勘弁してください。更新遅れて申し訳ありませんでした

さて、ネギの双子にオリ主を据える系のネギま二次では、村人の石化解呪を第一に考える主人公というのが王道展開ですが、本作では何故かヘルマンが仲間になることに
・・・なんでこうなった?
・・・・・・ま、いっか

さて、本作はこっから一気にキンクリさせていただきます
次回は魔法世界武者修行編最終回。キティやら夕映ちんやら千雨たんやらの待つ約束の地(笑)へ

はたして数年後のアイカは性別詐称薬を作ることが出来ているのか
・・・どう考えても彼女に新薬開発は無理っぽいですが

それと、ヘルマンのほかにもう一人オリキャラをアイカパーティーに加えることになるかもしれません
魔法という裏事情を知っているツッコミ役も欲しいですしね



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18.新たな仲間

 

 ――魔法世界極東 深紅に染まる館の一室――

 

 雷鳴が轟く。世界を塗り替えるかと思えるような強い閃光が窓から差し込む。夕暮れ時から降り出した小雨は、今や豪雨と言って差し支えないほどまでに荒れ狂っている。

 無音には程遠い。まるで館が不協和音を奏でるための下品な楽器にでもなったかのように盛大な音を響かせていた。

 ゴウゴウと。轟轟と。囂囂と。

 しかし、今の俺の耳には何も届かない。

 何故ならば俺の耳はすでに一つの音を聞くためだけの器官と化してしまったのだから。

 サラリ。そんな、聞こえるはずのない音が耳を撃つ。

 音を鳴らすは小さなビン。中世の錬金術師が用いるような、どこか瀟洒なフラスコ。

 中には赤く染まった液体が入っていた。

 ほんの数滴。フラスコの底で水銀の如く球形を作っているその液体こそ、俺が長年夢見た成果。不死の霊薬などよりよっぽど価値のある一滴。

 だからこそ俺は外の光景など目に入らない。貫こうとするかの如く屋根を撃つ弾雨の音に耳を貸すことも無い。

 

「くっくっく。はっはっは。ハーッハッハッハァッ!!」

 

 狂ったように俺は笑う。当然だ。これこそが我が悲願。生まれ落ちた瞬間から抱き続けた我が宿願。

 

「神々よ! 女である俺がこの世界をどう変えるのか見たかったんだろうが、俺は貴方方の思惑を踏破する! ここに! 俺の念願の! 性別詐称薬改め! 完全永久性転換薬が! 完s痛いっ!!」

 

 な、何が起きた!? 何かものすごい力で後頭部を殴られたような気がするが?

 しかしこの館には俺しかいないはず。俺を殴る人間なんて……ん?

 あれ? なんで俺一人ぼっちなわけ?

 ヘルマンは? フィオは? あるぇー?

 

「ま、まさか」

 

 そういえば薬は完成しているというのにその調合書(レシピ)が思い浮かばない。この館は俺のものだと理解できるのに、何時どうやって館を手に入れたのか、その過程が思い出せない。

 

「空の雲は千切れ飛んだことに気づかず、消えた炎は消えた瞬間を炎自信さえ認識しない! まさかこれが、キングクリムz痛いっ!!!」

 

 再びの後頭部への打撃。俺はたまらず跳ね起き……って、え?

 

「起きた? カフェで食事をしようと言い出した本人が、食べ終わると同時に眠るなんて正気を疑うわ」

 

 頭を上げた俺の視界に入ったのはハンカチで口元を拭う見慣れた女性。

 視線を辺りに向ければ、血を思わせる紅の館などどこにもなく、あるのは美しい街並み。

 空を仰げば雲一つなく、燦々と輝く太陽を擁した蒼穹。

 

 と、いうことは、だ。

 

「夢オチかよォ! 夢オチは手塚先生が禁止にしたんじゃなかったのか!」

 

 そう。赤い館も雷鳴を生む黒雲も、そして念願の性転換手段も、ぜーんぶ夢。

 ここにあるのは魔法薬開発を早々に諦めた(といっても別の方策のめどが立ったからではあるが)俺と、活気に満ち溢れたグラニクス。

 

「あー。やってらんねぇ」

 

 俺は不貞寝をしようとテーブルに突っ伏し、再びフィオによって後頭部を殴られたのだった。

 

 

 

 

 ――自由交易都市 グラニクス――

 

 よほどいい夢だったのか、未だに「あれが夢とか」だの「なぜ現実じゃなかったんだ」だのぶつくさ文句を垂れ流しているアイカを、半ば引きずるようにして歩く彼女の名はフィオレンティーナ。フィオレンティーナ・フランチェスカという。

 フィオはグラニクスにてマジックアイテムや秘薬、さらにはいわくつきの(魔法世界における『いわく』ともなればそれは往々にして本物である)物品までもを扱う『魔法屋』を経営する店主である。

 そんなフィオがアイカと出会ったのは今より五年前。彼女とその連れの男――言うまでもなくヘルマンのことである――が魔法屋に様々なものを持ち込んできた時だった。

 

(あれ以来、懐かれてしまったわけだけれど、不思議と居心地がいいのよね。私が他人を受け入れるなんて。切っ掛けはなんだったのかしらね?)

 

 ケルベラスの大密林を踏破した話をアイカから聞いた時だったか。滅多に見られない素材をアイカが見つけてきたのを知って、アイカ、ヘルマンとともに大密林へと潜ったときだったか。それともフィオの作り上げたダイオラマ魔法球に目を輝かせるアイカを見た時だったか。

 

(いえ、きっとどれも違う。きっと、いつまでも変わらない私に対して、アイカが何の嫌悪も見せないから)

 

 

 

 魔法世界には長命種と呼ばれる種族がいる。代表的なのはヘラス族。人の三倍もの寿命を誇る彼らは、その種族的アドヴァンテージをもって魔法世界の半分を支配するに至ったほど。

 人、亜人という括りを外せば、竜種なども長命種にあたるだろう。数百年の時を生きる彼らは、時に千年を越える寿命を持つ個体を生み出すことすらある。

 では長命種がいずれも魔法世界で権勢を誇っているかと言えば、答えはNO。

 人は自身と違いすぎるものを忌避するものだ。老いることなく若さを保ち続ける存在。それは時に恐怖の対象になるほど。

 そしてヘラスと違い頂点に立つことなくマイノリティーとなってしまった長命種はどうなるか。答えは火を見るより明らかだろう。

 時には恐怖から殺される。時には『長く使える奴隷』として捕まえられる。時には『若さを保ち続ける女』として売り飛ばされる。時には『彼らの血を飲めば不死性を得られる』などと吹聴され狩り取られる。

 フィオもまた、人より長く生きられるというただそれだけの理由で滅ぼされた、今や名も残っていない長命種の一人である。

 

(でも、アイカの私を見る目には何の曇りも無い。出会ってから五年。魔法球を使用しているアイカはどんどん成長しているというのに私は昔と変わらぬまま。だというのにアイカは私を恐れない)

 

 それはフィオにとって初めての経験だった。何年経とうとも見た目の変わらぬ自分に奇異の目を向けない者はいなかった。たとえ『正義』を自称する者だったとしても、フィオを見る瞳には、嫉妬であったり恐怖であったり嫌悪であったり、何らかの色が宿ったものだ。

 しかしアイカの瞳は純粋そのもの。フィオを長命種としてではなく、一人のフィオとして見つめてくる。フィオ自身は気づいていないが、アイカの存在は間違いなく彼女にとっての救いとなっていた。

 

(グラニクスを拠点にしてそろそろ十年。一所に留まるには長すぎたくらいだけど、)

 

 一つの街で十年以上も暮らしてしまえば、嫌でも周囲との違いが浮き彫りになる。年齢詐称薬などで誤魔化すことも出来るが、それにも限界はある。ゆえにフィオはこれまでも世界各地を転々としてきたのだが、

 

(アイカがいるというのなら拠点を移すのは先にするというのも悪くは無い、か)

 

 いつの間にか背の高さを追い越されてしまった少女とともに、フィオは見慣れたグラニクスの街を歩く。

 辺境の地ゆえに治安の悪い街ではあるが、それでもフィオに不満などかけらもなかった。

 隣を歩いてくれる者がいる。ただそれだけで満ち足りた気分だった。

 かつては永遠にさえ思える自らの生を呪い続けた少女は、いつまでもこんな時が続けばいいと、初めてそんなことを思ったのだった。

 

 

 

 しかし、彼女の平穏は崩される。

 かつて多くの者の平穏を奪った、歪な『正義』によって。

 

 

 

 

「ふむ。随分早かったな。おかえり」

 

 そんな言葉でフィオらを迎えたのは、店番を押し付けられた高位の悪魔。ヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマンである。

 

「早かったかしら? 食事にしては時間がかかった方だと思うのだけれど」

 

 というのも、実はフィオは突然寝だしたアイカの寝顔を堪能していたからなのだが。もちろんフィオ以外は誰も知らないことではあるが。

 

「うむ。出来ればもう数日ほど帰ってこないというのを期待していたものでね」

 

「ん?」

 

 とフィオは首を傾げる。ヘルマンはこのような冗句を言う方ではない。多分に悪ふざけの過ぎることもあるが。

 アイカも同様の疑問を持ったようで、

 

「なんなんだよ、ヘルマン? 一人店番させられたことに対する皮肉かぁ?」

 

「いや、……まぁすぐに君らも理解するだろう」

 

 そこでヘルマンは一度言葉を区切り、魔法屋の奥へと視線を向けた。

 

「客だ。それも君にだよ、アイカ。店の方は私が見ておいてやろう。君がついて行ってくれるかい、フィオレンティーナ」

 

 ヘルマンの言葉にアイカは「うげぇ」と小さく漏らす。その顔は苦虫を噛み潰したかのように歪んでいた。

 

 

 

 魔法屋のさらに奥。フィオらの住む居住スペースの一室で、その男は待っていた。

 どこかくたびれたような印象を与える無精ひげの男。あの顔は雑誌で見たことがある。確か旧世界で活動する悠久の風とかいう団体の――

 そこまで考えたところでフィオの思考は中断された。アイカが部屋に入ってきたことに気づいた男が、慌ただしく立ち上がったからである。

 

「アイカちゃん! 探したよ!」

 

「……誰だよオッサン」

 

 うへぇといった感じで尋ねるアイカに男は一瞬戸惑う。いや、あれはオッサン呼ばわりされたことにショックを受けているのか。

 

「あ、ああ。そういえばこうして会うのは初めてだったね。僕は高畑・T・タカミチ。タカミチでいいよ。それでアイカちゃん」

 

「その前に、座らせていただいてもよろしいですか?」

 

 フィオの言葉に高畑は驚く。どうやら今までアイカしか見えていなかったらしい。失礼な話だ。ここはフィオの家だというのに。

 

「ああ。そうだったね。突然すまない」

 

 頭を下げる高畑をしり目に、フィオは高畑の対面に座る。隣には嫌そうな表情を顔に張り付けたアイカが。

 しかし嫌だからと言って何も話さないというわけにもいかなかったのだろう。アイカは高畑に問いかけた。

 

「で、その高畑さんが」

 

「タカミチでいいよ」

 

「ああそう。で、その高畑さんが俺に何の用で?」

 

 それに関してはフィオも興味があった。魔法世界でそれなりに名前の売れている高畑がアイカとなんの繋がりがあるのかも見えない。アイカからは過去の話を聞いたことは無かったし、フィオも詮索などしたことが無かったからだ。

 

「もちろん君を連れ戻しに来たんだ。随分かかってしまったが、無事なようで何よりだったよ」

 

「はぁ。こんなとこまでわざわざご苦労なこって」

 

「む、君は自分が何をしたのか……いや、今はよそう。後でスタンさん達からさんざん説教はあるだろうからね。さぁ、荷物なんかがあれば纏めてくれるかい。みんなが君を待っているんだから」

 

 フィオには気に食わなかった。この場にいる自分を無視して話を進めていることにも、アイカの意向を無視するかのような発言にも。なので、

 

「少し、待っていただけますか? アイカを連れ戻すとか言ってらしたけど、どこへでしょうか?」

 

「む。そういえば君は?」

 

「この店の主人、フィオレンティーナ・フランチェスカです。ミスタ」

 

「そうか。フランチェスカ君はアイカちゃんが魔法世界に来る前のことは聞いていないのかな?」

 

 その言葉を受けフィオはアイカへと視線を向ける。

 まぁなんとなくは気づいていたことだ。アイカが旧世界の出身であることも、『アイカ・ベオルブ』というのが偽名にすぎないということも。そう判断する材料は余るほどフィオの手元にはあったのだから。

 

「……へぇ。アイカって旧世界の出身なの」

 

「あ、あはは。言ってなかったっけ?」

 

「別にいいけど。私も聞かれたくないことの一つや二つはあるのだから。ではミスタ。アイカを連れ戻すというのは旧世界へ?」

 

「ああ。旧世界の英国になる。アイカちゃんの兄も待っているよ」

 

 兄も? そこはまず両親を上げるべきなのではないか? そう考えたがフィオは尋ねはしない。それよりも先に聞かねばならないことがあったから。

 

「もし、アイカが戻りたくないと、ここにいたいと言ったら、貴方はどうするのかしら?」

 

「む。い、いや、それは、確かにアイカちゃんの意思というのも大切だとは思うが、しかしまだ彼女は子供なんだ。本人が望むからと言って」

 

「それはつまり、無理矢理にでも連れ帰るということ?」

 

「……ああ。そうなるだろう」

 

「だ、そうだけど、どうする、アイカ? 貴女がそれを望むというのなら、私はお姫様をさらう悪い魔法使いの役をやってあげてもいいのだけれど?」

 

 そう言ってフィオは一枚のカードを取り出す。それは仮契約の証。純白のストールを身に着けた、従者としてのアイカを描いたパクティオーカードだった。

 

「私なら其処のミスタから完全に姿をくらますことも、そして貴女を召喚することも出来るわ」

 

 高畑の息をのむ音が聞こえるが、それには取り合わずフィオは続ける。

 

「さぁ、選んで。アイカ・ベオルブ。いえ、アイカ・スプリングフィールド。貴女は何を望むの?」

 

 

 

 

 結局アイカの選んだのは『帰還』を受け入れるというものだった。

 

 フィオレンティーナ・フランチェスカはその日のうちに十年続けた店を売り払い、自分の作品であるマジックアイテムを魔法球へと仕舞い込む。

 

 二週間後、旧世界はウェールズへと到着したアイカの両脇には、魔法世界にて知る人ぞ知る実力者であるフィオレンティーナ・フランチェスカと、かつてアイカを暗殺するために現れたヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマンの二人の姿があった。

 

 ついにアイカは舞い戻る。

 

 ネギ・スプリングフィールドを中心に、捩れ、歪んだ、物語の中心へと。

 

 

 

 

「そういや俺が偽名を使ってたって気づいてたんだな?」

 

「何言ってるのよ。仮契約カードにはちゃんと書いてあるじゃない。アイカ・スプリングフィールドって。むしろ気づかないでいられる貴方の頭が心配だわ」

 

「むむむ」

 

「はっはっは。ほらな、アイカ。私の言った通りだろう? 君は勘は鋭いが頭の方はよくはない。新たな魔法薬の開発など諦めて正解だっただろう?」

 

「うっせぇんだよ、ヘルマン! テメェ、今日こそぶっ殺す!」

 

「殺し合いなら魔法球の中でにして頂戴。貴女たちの殺し合いは派手になりすぎるのだから」

 

「い、いや、殺し合いって!? 止めるべきなんじゃないのかい!? って、二人とも全力じゃないか!!」

 




というわけで18話。ここから原作に絡み始めます
魔法世界編では修行だの戦闘だのヘルマンだの赤毛だの。意外と盛りだくさんでした
本当はフェイトやらラカンやらトサカやらクママ奴隷長やらと絡ませる展開も考えてたんですけどね(グラニクスにいたのはその名残だったり)。いい加減マホラキャラを出したいですし。結局こんな感じで

それと、ヘルマンに次ぐ仲間としてフィオさんの登場です
結構喋ってますね。ネギまにはいないクーデレキャラにするつもりだったんですが
ま、これからに期待ということで

いい区切りですし次回はステータスやら能力やらの解説を挟みましょうかね


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メインキャラクター設定集

 

主人公 アイカ・スプリングフィールド

 

種族:人間

 

年齢:戸籍上は九歳 実質的な肉体年齢は魔法球使用のため約十二歳

 

 

外見:『災厄の魔女』ことアリカ・アナルキア・エンテオフュシアに瓜二つ

しかし、突拍子もないことを発言したり、何故か常に自信に満ち溢れていたりと、見るものが見れば(特に紅き翼の面々などが見れば)アリカよりもナギの面影を強く感じさせるだろう。(ちなみにナギが魔法世界の大戦に参加したのが十二、三のころ)

魔法世界にて野生児生活をしていたり体を鍛えたりと、魔法学校でがり勉引きこもりモードだったネギとは正反対の生活を送っており、またダイオラマ魔法球内で三年分ほど多くの時間を過ごしているため、ネギよりも頭一つ分ほど背が高い。大体の身長は百五十ほど。神楽坂アスナより頭一つ分小さく、近衛木乃香や宮崎のどかと同程度である。

 

 

性格:単純バカ この数年でこれまで以上に進行している(何がとは言わないが)

これはアイカとしての十数年によって『前世』の性格が消えかけている影響である。

何気にヘルマンと気が合う。精神面は男のままであり、フィオにはどんな服装が似合うか議論していたりする。(大抵は露出過多なエロ衣装を好むヘルマンに対して、モコモコな可愛い服装のフィオが見たいアイカとの殺し合いに発展するのだが)

ちなみにアイカ本人は自身の格好には無頓着。フード付きのローブやパーカーで顔を隠すのが癖になっている。

 

 

能力:魔法に関してはかなりの才能がある。

魔力量はサウザンドマスター譲り。適性があるのは光と風。ネギと同様である。

しかし修得している魔法はネギとはまるで異なる。

より強力な、より複雑な魔法を覚えようとしたネギとは違い、アイカの修得魔法の傾向は広く浅く。例として『魔法の射手』を挙げるならば、アイカは光・風以外にも炎・氷・土(砂)・闇(影)の『魔法の射手』を習得している。これは『長い魔法をグリモワールに書き込むのが面倒』という理由と、『強い魔法が無くても基本的な魔法を強化すればいい』という考えがあってのためである。ゆえに上級魔法や古代呪文は使えない。もっとも基本的な魔法ならば治癒や解呪なども修得しているため、戦闘一点特化のネギと比べてよっぽど『立派な魔法使い』に近いと言えるのは皮肉かもしれない。

 

 

そして固有技能(オリジナルアート)としての念能力。

村を飛び出してから十年。非常に磨き上げられている。

四大行に関しては言うに及ばず、『凝』『流』『円』なども熟練の域。

『流』による歩法は瞬動クラスの速度であり、『円』の最大半径は約三十メートル。(これはアイカの魔法の射手における有効射程とほぼ同等)

そして『発』である『マバリア』『アルテマアーツ』

 

 

神のご加護がありますように(マバリア)

モデルとなったのはファイナルファンタジータクティクスにおける主人公の妹・アルマと、イヴァリースの姫であるオヴェリアの扱う聖魔法・マバリア。

プロテス・シェル・ヘイスト・リジェネ・リレイズを同時に発動させる魔法の再現である。

リレイズ以外の四つの強化に関しては、アイカの技に込めるオーラ量によって性能が加減するため、十年の研鑽を経てかなり強力なものになっている。

例として一つ。自己治癒力の強化であるリジェネは、現在骨のヒビ程度なら十秒以内、単純骨折ならば約四十七秒で完治に至る。アイカ自身試したことはないが、四肢が切り飛ばされるなどしても断面をくっつけて数分『マバリア』を維持すれば接合が可能である。

また、『強化』とは一線を画す『マバリア』に含まれる魔法として蘇生予約であるリレイズがあるが、これに関してはアイカ自身発動するか分かっていない。『死者の念』は強力になるという記述がH×H内にあるため、『マバリア』を展開したまま死亡すれば『マバリア』として残ったオーラで蘇生が可能なのではないかと考察しているが、とても実験できるものではないため、発動するかは疑問視している。

制約は『堅の状態を維持すること』

元々は全身強化である『マバリア』は当然オーラで全身を包んでいなければならないため、『絶』と併用される『硬』を行うと解除されただけなのだが、アイカが『堅が制約になっているのでは?』と認識してしまったが故に制約として設定された。全くリスクのない(というかあって当然の)制約のため、制約(リスク)による能力の強化はほとんど発生しない。

 

 

そして誰もいなくなるか?(アルテマアーツ)

モデルとなったのは東方Projectに登場する狂気の妹・フランドール・スカーレットのスペルカードである。モデルのモデルであるアガサ・クリスティ-の小説やスペルカードに関する説明は割愛させていただく。

基本的に性能が決まっている魔法を、念によって強化する能力である。

念によって込められるオーラというのは限界が無いため、理論上は『魔法の射手』で『千の雷』クラスの威力を出すことも可能。もちろんアイカはその域まで達してはいないが。

また、強化のために魔法に纏わせられたオーラは『ネギま』世界の魔法障壁によって止められるということはない。魔法が障壁によって止められた場合、オーラは停止するまでの魔法の推進力をそのままに敵を撃つ鏃となる。そのため障壁で受けられることを前提として避けようのない弾幕を展開することが、アイカの魔法戦における基本戦術となる。

自身の障壁に自信を持つ魔法使いに対しては、凶悪な初見殺しとなる。一方どこぞのバグキャラのような気を込めた体で受け止める『気合防御』の使い手には効果が薄い。

また、戦闘魔法以外にも治癒や占いなども強化できるため、非常に使い勝手のいい能力となっている。

 

制約は二つ

一つは『グリモワール』と名付けた魔法書に能力を適用する魔法を書き込まねばならないということ。

魔法を書き込む際には『周』によってオーラを込めたペンを用いる必要がある。

ただ呪文を書き込むというのに比べ、何倍もの時間と労力を要するため、新たな魔法を習得するハードルは上がることになる。

また、詠唱を書き込まねばならないという特性上、無詠唱魔法を『アルテマアーツ』に適用させることはできない。始動キーのみで発動する『火よ灯れ』や障壁魔法に関しても同様。実は能力の適用できない魔法が増えるということは『アルテマアーツ』の制約が相対的に強くなるということであるため、無詠唱魔法を習得することも無駄ではなかったりする。

 

二つ目の制約は『グリモワール』を常に持っていなければならないということ

『マバリア』で強化した肉体での近接戦闘を好むアイカにとって、片手がふさがるという制約は非常に大きい。もっとも呪文詠唱を覚えるのが苦手なアイカにとって、アンチョコを見て魔法を唱えるというのは損ばかりではないのだが。

 

以上二つの制約に密接にかかわる『グリモワール』であるが、実は魔法の発動体でもある。

元々は黒皮の手帳だったものに、発動体として扱うことの出来るフィオ特製の『糸』を刺繍として縫い付けたためである。

燃えたり破れたりしないよう、魔法的な保護も重ねてかけられており、気で強化されていない刃物程度なら受け止められる強度となっている。

ゆえにアイカはナギの杖を全く使おうとしないわけだが……

 

 

アーティファクト:■■■■

アイカは現在、フィオを主人として仮契約している。

ミニステル・マギとなったアイカの仮契約カードから出せるアーティファクトであるが……ぶっちゃけチートである。

もっともアイカはまだそのアーティファクトの真価を十全に引き出せているというわけではないが。

ちなみにアイカの『魔法薬以外の性転換の方策』も、このアーティファクトのことである。

 

戦闘の際、務める役割は遊撃。前衛がいれば後衛として魔法を放ち、後衛が過多ならば前衛として近接戦闘を務める。

某バグキャラの言葉を借りれば、『じっくり歩む光の道。みんなでワイワイ協力プレイ』。正道を選んだことになる。

 

 

 

 

 

仲間その一 ヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン

 

種族:伯爵級悪魔

 

年齢:???

 

言わずと知れた原作中ボス。アスナをさらって着せ替えさせるは、女子寮の風呂から女生徒をさらうは、やりたい放題だった変態紳士。

現在はアイカの契約(という名の呪い)によって縛られている。

実はとんでもないチート野郎で、近接戦闘を得意とし、悪魔パンチなる技は居合拳ばりの威力が出せる上に連打可能である。

さらに距離をとればタメ無しでの石化ビーム。掠っただけで治癒不可能な永久石化を全身に浸食させるという、某エターナルフォースブリザード並みのチート技が使える。

遊びのつもりでもなければ原作八巻程度のネギになんとかできる相手ではない。

アイカの項にて『アイカは技を気合で受け止めるバグキャラに対して相性が悪い』と記述したが、ヘルマンの石化ビームの場合、『技を喰らってから考える』というバグキャラに対して非常に相性がいい。(もっともアイツの場合、気合で解呪でもしそうで怖いが)

ヘルマンのビームには指一本も掠ってはならないということが分かっていない相手に対しては、最悪の初見殺しとなる。

戦闘の際は前衛を務める。竜種と殴り合えるという、アイカにも無理な戦闘を実現できたりする。

ちなみに現在の対アイカ戦の戦績は、六百七十一勝ゼロ敗

 

 

 

 

 

 

仲間その二 フィオレンティーナ・フランチェスカ

 

種族:???

 

年齢:???

 

魔法世界を転々としながら生きてきた長命種の一人。本人が自覚しているかは怪しいが、アイカに非常に惹かれている。

見た目は少女であるが、生き延びるために磨いた技術と、日々の糧を得るために学んだ魔法具製作技術は長久の年月を感じさせるものである。

孤独な生を魔法の研究に没頭することで紛らわせてきたフィオは、ある意味ネギやエヴァに近く、ゆえにアイカに向ける感情も、ネギやエヴァがナギに向けるそれに近いものがある。

魔法具製作者としても一流であるが、魔法使いとしても卓越している。

万能な強キャラにして、後先考えずに行動に移すアイカをフォローしきれるお助けキャラである。

戦闘の際は完全な後衛。砲台としての能力は折り紙つきである。

ちなみに戦闘力で言えば、ヘルマン以上だったり。

たまにアイカに『フィオえもん』と呼ばれることが最近の悩み

 

 




なんだか『ボクの考えたシュジンコー ~黒歴史のにほひを添えて~』な感じになってるような気がww

というわけで設定集です。こういうのは初めて書きましたね
ホントはラカン表の数字で表そうかとも思ったんですが、後々矛盾しそうな気がしますし
弱ければ今まで何やってたんだとなりますし、強すぎれば無双状態になってしまいますしね
魔法世界突入時のネギが500で、闇の魔法修得で12000のラカンとガチでやり合えるレベルに
アイカは急激なレベルアップをしないタイプのキャラである以上、インフレする魔法世界編について行くためには今のうちからそれなりの強さを持ってないとまずいんですが・・・
というわけでラカン表におけるアイカらの位置は謎ということで

それと、フィオの立ち位置が出せましたね
ええ。彼女には某ネコ型ロボットばりのお助けキャラになって貰いますw
アイカの考えなさを出すには彼女のようなキャラが必須なもので


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19.0時間目 ネギま世界のプロローグ

 

 ――イギリスのゲートより数十キロ――

 

 俺、ヘルマン、フィオの三人は二週間ほどの旅程を経て旧世界、即ち地球へとたどり着いた。高畑の案内という名の監視をつけられたままだったのはなんだか窮屈だったが、そこそこ快適な旅だったとは思う。(ったく、監視されなくても逃げたりしないっての。……タブンネ)

 

「にしても二週間とはねぇ」

 

「疲れたかい? 高速船が使えればもっと早く到着することも出来たんだが」

 

「逆だよ、高畑さん」

 

 この二週間、タカミチと呼んでくれという要望を無視した結果、今では何も言わなくなった高畑に笑って見せる。フィオも『逆』の意味が分からなかったのか首を傾げていたが、ヘルマンの方は得心が行ったという風に笑っていた。

 

「俺がグラニクスまで行くのにかかった時間は約三年。だっていうのに今度はたった二週間で同じ距離を移動したんだぜ? 今の俺なら三年もかからないだろうとはいえ、ちょっとなぁ」

 

 そして正直言えば、少しだけだが……

 

「飛行船と競争でもしてみようとか考えてない? 私は嫌よ。旧世界まで来たというのにまたグラニクスを目指すなんて」

 

 何故分かったし?

 

「分かるわよ。五年も付き合いがあるのだから。私の考えの及ぶ事の中で一番無茶なことを、アイカはいつも考えているだろうなんてことはね」

 

「無茶……かなぁ。今の俺なら飛行船に負けることはないと思うんだけど」

 

 その言葉にフィオは呆れたようにため息を一つ。ヘルマンは楽しげに笑い、高畑の顔は引き攣っていた。

 

「ま、いいや。フィオの言うとおり、やっと旧世界に着いたんだからな。今は大人しく凱旋帰国ってことで」

 

 俺はそう言って足を進める。

 向かう先は故郷の村、ではなく、メルディアナ魔法学校。姉代わりやら兄やらが待っているらしんでね。

 

 

 と、どうやら本当に待っていたようだ。

 魔法使いは隠れるものだという考えを真っ向から否定するかのような馬鹿でかい学校の校門に人影が三つ。

 七年前から少し大人びた感じのネカネさんに、勝気な瞳が印象的だったアーニャ。

 そして、

 

「アイ、カ?」

 

 その二人に挟まれて立っているのが……まぁ間違えようがないわなぁ。

 

「お前がネギか。大きくなったな」

 

 いや、まぁ俺の方が大きいんだけどね。なんだか言っておかないといけない気がしたから。

 と、なにやら考え込んでいるような(多分自分より背の高い妹に混乱でもしてるんだろう)目の色をさせたネギを見ていて思いついた。

 

「お、そうだ。お前に」

 

 そこで一度言葉を区切って、俺の隣でネギを観察しているフィオの耳元に口を寄せる。

 小声でヒソヒソと。まぁ他の奴に聞かせたくないわけではなかったんだけど。一応ね。

 フィオは数瞬考え込むようなそぶりを見せたが、すぐに納得してくれたようで魔法球の中に外から物の出し入れが可能なよう改造した『倉庫』からそれを取り出してくれた。

 

「お前にこの杖をやろう」

 

 フィオの取り出した杖を見て高畑の息をのむ音が聞こえたが無視。そうだよ、赤毛の杖だよ。

 ぶっちゃけ使わないしな。売ろうとしても贋作のあふれている『英雄の杖』なんて正当な評価を受けられないし、材木にしようにも魔法的保護がかかりまくってるせいで傷一つつけられねぇし。つか薪にしようとしたらヘルマンに怒られたこともあったっけ。

 いい思い出なんてかけらもないし、やっちまってもいいだろう。

 

「あー、アイツはなんて言ってたかなぁ」

 

 確か原作では、

 

「確か、『俺の形見だ。お前にやろう』だったか。それと、『元気に育て』そんなところか」

 

 ネギまは立ち読みしかしてなかったからかなりうろ覚えだけど、まぁそんなところだろう。間違っててもかまわないだろう。正解を言える人間なんてこの世界にはいないんだから。

 と、俺の言葉がどういう意味か思い至ったのか、ネギはそれまで受け取った杖を見つめていた顔を勢いよく上げた。

 

「ア、アイカ! これって!!」

 

「ま、高畑さんにでも聞いてくれ。俺はここの校長に呼ばれてるらしくってな」

 

 そう残してネギらの横を通り過ぎる。ヘルマン、フィオらとともに。

 説明は面倒だからな。っつかアレを『親父の形見』と説明することは、あの赤毛を俺の親父と認めるようで癪なんだよ。

 しばらく校内を歩いたところで、それまで無言だったヘルマンが口を開いた。

 

「よかったのか? アレはアイカへと渡された物だろうに」

 

「いいんだよ。俺が持ってても使わねぇし。それにネギもアイツの子供だ」

 

 それに、原作同様ネギがファザコンだとしたら、『殺してでも奪い取る』な展開にもなりかねないしなぁ。

 闇の素養が高い奴の相手は面倒なもんだ。

 

 ところでジイさんはどこにいるんだ? 無難に校長室の場所を探せばいいんだろうけど。

 

 

 

 

 ――メルディアナ魔法学校校門前――

 

 悠久の風に所属する紅き翼の一員、高畑・T・タカミチによるアイカ発見の知らせは、瞬く間に旧世界中に広がり、魔法使いたちを歓喜に沸かせた。

 しかし一方でアイカの発見に対して困惑している者もいた。

 アイカに最も近い存在でありながら、しかし現在、アイカとは血のつながり以外の一切の関係のない少年、ネギ・スプリングフィールドである。

 

(アイカが見つかったって言われても……)

 

 ネギは嬉しそうに知らせを持ってきたネカネに何と答えればいいかもわからず、ただそう思っていた。

 アイカが行方不明になってから七年。言葉にすればたった二文字であるが、しかし七年は長い。それこそたった一人の肉親を家族とも思えなくなるほどに。

 その上アイカの顔を最後に見たのはネギが二歳の時なのだ。顔もよく思い出せない妹。様々な話を故郷の村人が話してくれる父親以上に、ネギにとってアイカは遠い存在となっていた。

 

(それにアイカは勝手に家出したんじゃないか。みんなに迷惑かけて、今更……)

 

 ネギはアイカの失踪が『家出』なのだと信じていた。もっともそれはアイカならばという行動の理解があったわけではなく、『アイカが誘拐されたのかもしれない』という疑惑が徹底して秘匿されていたが故に、『家出』以外の可能性を考えられなかっただけであるのだが。

 しかし理由はどうあれネギはアイカの失踪が『家出』であると知っていた。だからこそ『無事に発見されたこと』を心から喜べなかったわけではあるのだが。

 

(ううん。アイカは僕の妹なんだ。アイカが帰ってくるというなら僕は喜ばなくちゃならないんだ。そして、お兄さんとして『家出』なんてダメだってちゃんと教えてあげないと)

 

 嬉しそうにアイカのことを話すネカネを見ながら、それが『立派な魔法使い』のあるべき姿なんだと、ネギは自分に言い聞かせる。

 

 

 そして、二週間後アイカがウェールズへと帰還した。

 

 

 まずはなんと言うべきだろうか。やはり『おかえり』という言葉だろうか。それとも『無事で良かった』と言う方がいいのだろうか。そんなことをネギはとりとめもなく考えていたが、しかし高畑とともに現れたアイカを見たとき、そんな考えは霧散していた。

 

 メルディアナ魔法学校の校門前でアイカと高畑を待っていたネギらの前に現れたのは、高畑と、そして三人。

 一人は立派な髭をたくわえた初老の紳士。一人は濃紺のローブに身を包んだ魔法使い然とした少女。

 そしてその二人を両脇に従えるようにして中心に立っているのが、

 

「アイ、カ?」

 

 ネギの口から声が漏れる。本人すら意図しないうちに。

 

 アイカはネギよりも頭一つ分ほど背が高くなっていた。それこそ姉代わりであったネカネと同じくらいに。

 だがそれ以上にネギに気になったのはアイカの表情だ。

 久しぶりに会う妹はパーカーのような軽装に身を包んでおり、フードで顔を隠してはいたが、そこから覗く表情は力強さを感じさせる笑みをたたえており。

 そしてその立ち姿は、何故かネギに長年抱き続けてきた父親の姿を思わせていた。

 

(違う。村のみんなが話してくれる父さんはもっと立派な人だ。なのになんで、スタンさんの話に出てくる父さんとアイカが重なるんだろう)

 

 

 アイカは知らないことではあるが、そして『原作』を知るはずのないアイカ以外の者には気づけないことではあるが、ここでも『原作』との差異が存在していた。

 悪魔による村の襲撃が無くなった『この世界』において、ネギの聞いた『英雄譚』の数は原作のそれよりも多い。

 当然であろう。ネギは今も山間の隠れ里を家としており、メルディアナ魔法学校が長期休暇に入るたびに、村人たちから『サウザンドマスター』の話を聞いているのだから。

 だが一方、『サウザンドマスター』ではなく『ナギ』の話をしてくれる者もいる。スタン老である。

 彼の話す悪ガキとしての『ナギ』は、他の者の話す『サウザンドマスター』とはどこか違う人の話のようではあったが、しかし親しみを込めて語られる『ナギ』の像はネギの心には強く響いていた。

 ゆえにネギは困惑する。『英雄』ではなく『父親』として思い描いていた『ナギ』の姿に、アイカが重なるような気がして。

 その困惑はネギの裡に一つの感情を生まれさせた。

 その感情はかつてアイカが『家出』をしたばかりのころによく感じたものであり……

 

「お前がネギか。大きくなったな」

 

 と、ネギの困惑をよそにアイカはカラカラと笑ってそう言った。

 まるで肉親に対する言葉だとは思えない物言いであり、さらに自分よりも背の高くなっているアイカの言葉なため、ともすれば馬鹿にしているようにも取れそうなものだが、しかしフードから覗くアイカの瞳に曇りはない。

 なんと答えていいか分からずネギが沈黙を守っていると(ネカネ、アーニャもネギ同様予想以上に大人びていたアイカになんと言っていいか分からなかった)、

 

「お、そうだ。お前に」

 

 そう言ってアイカは、自分の隣でじっとネギを見ていた少女に耳打ちした。

 それを受けて少女が虚空から取り出したのは、ネギの背丈ほどもある長い杖。

 

「お前にこの杖をやろう」

 

 思わずネギは受け取るが、しかし意味が分からない。

 家出先から帰ってきたというのにお土産のつもりだろうか。

 

「あー、アイツはなんて言ってたかなぁ」

 

 しかしネギは次のアイカの言葉で得心に至る。

 

「確か、『俺の形見だ。お前にやろう』だったか。それと、『元気に育て』そんなところか」

 

「ア、アイカ! これって!!」

 

「ま、高畑さんにでも聞いてくれ。俺はここの校長に呼ばれてるらしくってな」

 

 そうとだけ言うと、アイカは一緒に現れた二人を連れて校舎の中へと入って行ってしまった。

 

 

 

 そしてネギは高畑から杖の話を聞く。

 

 その杖はきっとネギの父が使っていた杖と同じものだと。

 

 死んでいるはずの父の杖を何故アイカが持っているのかは知らないが、しかしアイカの言葉が真実なのだとするならば、アイカは父から言葉を受け取ったことがあるということなのだろう。

 

 そしてそれは父が十年前に死んだのではなかったということ。

 

 父が『自分』へ杖を残してくれたことは嬉しく思う。父の『自分』への伝言もうれしかった。

 

 しかし……

 

 

 

 

 

 

 しかし、アイカだけが父と会っていた。

 

「アイカ……」

 

 ネギはアイカ以外の温もりを探すように、きゅっと杖を握りしめていた。 

 




というわけで新章突入です。テンポよく行きたかったんですけど、何故か杖回になることに
杖に対する意見は多かったですからねぇ。アイカに使ってもらいたいという意見をくださった方には申し訳ないとしか言えませんが
元々杖ありきでの戦闘を想定していればそういう『発』を作らせたのですが

にしてもネギの思考はトレースしにくかったです
ファザコンって何考えているのか、どうにも理解しにくくて
原作を見る限り麻帆良では教師であろうとしている様子もありましたから、アイカに対しても兄らしくあろうとするのではないかとも思うんですが
むーん

次回は校長との対話ですかね
なんとかして麻帆良行きをさせましょう

修正)なんでもメルディアナの校長がネギの祖父というのは二次設定だったらしく、そこんところを修正しました


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20.いざ麻帆良へ

 

 ――メルディアナ魔法学校――

 

 歴史を感じさせる校内をしばらく歩き、途中で見かけたおそらく教師だろう女性に案内してもらうことでようやく俺たちは校長室とやらに到着した。

 出迎えたのは髭。うん。髭だった。ヘルマン以上の髭。

 麻帆良の学園長もそうだが、長生きした魔法使いにはルールでもあるんだろうか。後頭部なり髭なり、体の一部を異常に発達させないとならん、みたいな。

 

「初めましてじゃな。アイカ。もっともワシにとっては『久しぶり』なのじゃが、お前は覚えておらんじゃろうて」

 

 すすめられるままにソファーに座り、出された紅茶に口をつけたところでジイさんがそう切り出した。

 

「久しぶり……なのか? 会った記憶なんてないんだけど」

 

「ふむ。そうじゃろう。ナギがお前たちを村に預けた折に会ったくらいじゃし。ワシはあの村に住んでおらんからのう」

 

 ふーん。ホントに昔会ったことがあったのか。本当に記憶はないんだけど。

 まぁ別に何か思うところがあるというわけでもないし、こう言っておこう。 

 

「そっか。そういうことなら『久しぶり』」

 

 

 そこからはしばらく取り留めもない話が続いた。

 やれ魔法世界はどうだったかだの、やれどんな生活をしていたかだの。何を思って家出をしたのか訊かれた時こそ、その時何を考えていたのか思い出せないと誤魔化したが(さすがに『将来悪魔がやってくるのが確定しているから』とは言えないし)、信愛も情も無いジイさんだけど別に恨みがあるわけでもないんで普通に応対していたんだが、やがて冗長な会話に痺れを切らしたのか、隣のフィオが割り込んできた。

 

「少しいいですか? 私から質問したいことがあるのですけど。それさえすめば私とそちらのヘルマンは席を外しますし。」

 

「ふむ。これは失礼した。確かに君たちにとっては退屈な話だったやも知れん」

 

「いえ、お気になさらず。それで聞きたいことなのですが、アイカの今後についてです」

 

 ああ。それは俺も気になっていた。呼び戻されたってことは用があるってことなんだろう。まぁ用など無くただ家出したガキを連れ戻しただけという可能性もあるが。

 まさか今更魔法学校で学べとは言われないだろうけど、……そうだったらもう一度逃げるか。面倒だし。

 

「呼び戻したということはアイカにここで暮らさせるということでしょうか? それともまさか……」

 

 うん。まさか魔法学校に――

 

「まさかこのままメガロに引き渡すとか?」

 

 ……あっ! そうだよ、メルディアナもメガロの下部組織じゃん! すっかり抜けてたけど、ここに帰ってくるのってヤバかった?

 

「何の話か分からんのう」

 

「アイカの手前黙っていたいというのは理解も出来ますが、それは無用なことですよ。先ほどネギ・スプリングフィールドを見ましたが、アイカは彼とは違います。温室で『作られた』彼とは違い、アイカは世界というものに既に触れているのですから」

 

「……君は何を知っているというのかね?」

 

「MMの洗脳にかかっていない魔法世界人も珍しくないというだけです。そしてそういう人間は総じて世界というものを深く知っています。『英雄』に押し上げられた生贄や、『魔女』の枷をはめられた英雄のことも」

 

 そのフィオの言葉を切っ掛けに、部屋に静寂が満たされた。

 

 

 

 

 

 

 ――メルディアナ魔法学校 校長室――

 

 思えばアイカには何もしてやれなかった。魔法学校の校長である彼は、アイカの失踪以来常に後悔を胸に生きてきた。

 アイカの父である『サウザンドマスター』ナギは、彼の教え子でもあった。かつて魔法学校を中退し、魔法世界の大戦へと飛び込んでいったナギ。彼もナギのことはよく覚えている。

 そのナギが今より九年前、故郷でもある村へと帰還した折に預けられた二人の子。ネギとアイカ。

 彼としても二人の子供を気にかけているつもりではあった。というよりも『気に掛ける』つもりというべきだろうか。

 魔法学校には数えで四歳になった子供が入学してくる。ナギの二人の子が生徒になったとき何不自由なく暮らせるようにと寮の設備を充実させたりと、彼はいずれメルディアナへと二人がやって来るのを待っていたものだ。

 しかし彼の思いに反してメルディアナに入学したのはネギ一人。当然彼もその時が来るまでアイカの失踪を知らなかったというわけではないのだが……

 それ以来彼は後悔をし続けていた。何故自分は彼らを放っておいたのだろうと。スタンやネカネといった村人にすべてを任せてしまったのだろうと。アイカが『家出』したにせよ、『誘拐』されたにせよ、もし自分がネギやアイカと共に生活することを選んでいれば、アイカの失踪も防げたのではないかと。幼子が二人だけで暮らしている光景など、想像するだけで胸が締め付けられるというのに。

 それ故に彼は嬉しかった。アイカが発見され、メルディアナへと来てくれたことに、喜びを感じていた。

 アイカとの会話は彼にとって楽しい物だった。アイカの無茶を聞くたびに肝が冷え、アイカを手助けしてくれた者の名前が一つ上がるたびにその者に心の中で感謝した。

 

 しかし、ただ無事の帰還を喜ぶだけだった自分の思慮が浅かったことを彼も知る。

 

 アイカの連れた二人のうちの一人。ローブに身を包んだフィオレンティーナという少女の言葉によって。

 

(『英雄』に押し上げられた生贄と、『魔女』の枷をはめられた英雄)

 

 それが誰を指しての言葉なのか分からない彼ではない。かつてナギよりネギとアイカを預けられた時に聞いたことでもあるし、MM元老院の在り方を知らずにいられるような立場ではないのだから。

 

(アイカも表情を変えん所を見ると、本当に『世界』というものに触れてしまったんじゃのう)

 

 

 そう思うと同時に、彼は理解した。フィオレンティーナの言った、ネギが温室で『作られた』という意味を。

 彼は知ってほしくは無かった。ネギの理想でもある父親が『戦争の英雄』という血みどろの世界で名を上げた存在だということを。ネギの尊敬する父親の『英雄』の称号が、MMの元老院の思惑から押し付けられたものだということを。ネギの追い求める父親が、決して最善の結果を掴めたわけではないということを。

 ゆえに彼はネギに『ナギ』のことを話すことなどほとんどなかった。『サウザンドマスター』という英雄像のみを与え、真実を徹底して秘匿した。

 そしてもう一つ、情報の秘匿が行われたこともある。外の世界のことについてである。

 

 かつて彼の部下でもある一人の教師がこう言ったことがある。

 

『――彼はまだ子供です。友達を作り、外で遊び、時には宿題を忘れることもあるのが子供というものです。――』と。

 

 彼にとって、いや、多くの魔法使いにとってスプリングフィールドの名は非常に重い物だ。

 彼らにとってネギ・スプリングフィールドが魔法使いになることは『決定事項』だった。

 ゆえに彼らはネギの世界を閉ざした。魔法使いは素晴らしい物だと、洗脳するかのように同じ文言を繰り返すと同時に、子供ならば当然憧れる様々な未来の可能性を摘み取った。

 サッカー選手。警察官。医者。歌手。消防士。教師。俳優。パイロット。ネギの憧れかねない職業のすべての情報をシャットアウトし、『立派な魔法使いを目指すネギ・スプリングフィールド』を『作ってしまった』。

 

(それに比べアイカはどうじゃ。ワシらの手垢が欠片もつかずに育ったこの子は、まさにナギの奔放さと意思の強さを持ち合わせておる。こりゃ、ネギにも謝らねばならんやもしれん)

 

 いや、悔いるのは後にしよう。そう彼は考え、フィオレンティーナの問いに答えることに。

 

「隠していても仕方がないようじゃの。確かに、君の言う通りMMから要請があった。アイカを魔法使いとして修業させるために本国へと赴かせるように、とな。しかしワシの方で断っておる」

 

「へぇ。立場が危ぶまれるのでは?」

 

「なぁに。老い先短い身じゃしな。気にはせんわい」

 

 そうなればそうなった時のこと。それにあの元老院がアイカをまともに扱うとも思えなかった。このくらいのことで償いになるとは彼にも思えなかったが(もっとも実際にはアイカは彼に対して何かを思っているというわけでもないのだが)、それでもこれくらいはしてやりたいと彼は思ったのだ。

 

「じゃからといってアイカをここに置くというわけにもいくまい。今更魔法学校で一年生からとワシが言えば、すぐにでも逃げ出すつもりじゃろう?」

 

 その言葉にアイカは「うへぇ」と漏らす。

 こういう感情をストレートに表に出す様子も、ネギにはないナギの面影だった。

 

「魔法学校の卒業生にはな、卒業後の修行先が卒業証書に浮かび上がるのじゃ。そして奇遇なことに、先日卒業を迎えたアイカの兄であるネギの修行が日本で教師をやることでな。アイカにはそれについて行ってもらおうかと思っておる」

 

「ネギ・スプリングフィールドのお守りということかしら?」

 

「そうではない。あくまで一生徒として、じゃ。どうせ学業などなにもしていないのじゃろう?」

 

「まぁなぁ。今更オベンキョーってのもどうかと思うんだけど。魔法世界でなら食い扶持稼ぐのに困らない程度のスキルは身に着けてるつもりだし」

 

「そういうな。学校というのも楽しい物じゃぞ。あちらの校長はワシの友人でもあるからアイカのことも頼めるじゃろうし」

 

 彼にとって麻帆良にアイカを行かせることは最善の方策だった。ここは頷いてもらわなくてはならない。

 麻帆良には極東最高の使い手である近衛近衛門がいる。紅き翼の高畑・T・タカミチがいる。表には情報が流れていないがアルビレオ・イマや、かの『闇の福音』すらいる。派閥的には麻帆良と敵対姿勢にあるものの、麻帆良のある国には『サムライマスター』も健在である。さらに神木・蟠桃を有するため本国の下部組織でありながら一種の独立権限が認められている地。それが麻帆良なのだ。

 ゆえにアイカには麻帆良行きを了承してもらう必要がどうしてもあるのだが……

 

「んー。ま、いっか。メガロに行くより何倍もマシだし。フィオとヘルマンもそれでいいか?」

 

「アイカがそう言うなら私も構わないわ。アイカの入る学校とやらに私の籍も用意してもらえるというならね。学生というものはやったことが無かったし」

 

「私もかまわんよ。元よりこの身はアイカに使役されるもの。さすがに学生は無理だろうがね」

 

「そりゃそうだ。お前がガキに混じってオベンキョーしてたら笑い死ぬっての」

 

 アイカらの了承の言葉に彼はほっと胸をなで下ろす。

 何もしてやれなかったアイカではあるが、やっと一つアイカの力になることが出来たと。

 

 

 

 

 そして一月ほどの時が流れる。

 

 アイカの帰還に村人たちは喜び、スタン老はくどくどと苦言を呈するばかりの平和な毎日が過ぎ、

 

 束の間の休息を楽しんだアイカら三人は、ネギよりも一月早く、年明けとともにウェールズを発った。

 

 行先は旧世界は極東。日本最大の学園都市。麻帆良学園である。

 




なんというか・・・校長は祖父なのかどうかという点で二転三転しまして
結局ウィキを頼りに他人設定ということで書き上げてしまったんですが
祖父説濃厚っぽいですね
本作では他人設定を使わせてください。あまり展開に関わりませんし
校長が祖父Verだと彼の自責の念がもっとひどいことになるくらいですしw

ということで駆け足気味ですがやっと麻帆良です
ええ。やっとです。
ここからエヴァ編、修学旅行編、学園祭編、魔法世界編ですか(間にちまちまとしたイベントもありますが
今一番書きたいのが学園祭編なんですよねぇ
超をいかに出し抜くか、そんな陰謀ばっかり考えている2Pカラーです


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21.麻帆良での立ち位置 ~その1~

 

 ――麻帆良学園中央駅 駅前広場――

 

「やっと着いたなぁ。さすがは極東。遠かったぜ」

 

 俺はうーんと両手を伸ばしながらそう言った。

 現在地は既に麻帆良の敷地内。日本と呼ばれても違和感しかない西洋風な街並みに、かなりの距離があるというのに視界に入ってくる世界樹が印象的だが……なんにせよ、ここは日本だ。

 うん。帰ってきたって感じがするな。まぁ俺の『前世』にあった『日本』とココはまるで別物なんだが。

 だが別物だとは言ってもココは確かに日本だ。空港の案内板には日本語があふれ、麻帆良までの電車内では日本語を話す人ばかり。となればやはり嬉しさはこみあげてくるというもの。十年ぶりの『故郷』だものな。

 

「テンションも上がって来るってもんだぜ」

 

「……ハァ。元気ね。アイカは」

 

 どこか疲れたような声色でそう言ったのはフィオ。気だるげな表情が似合う彼女だが、疲れている姿というのは実は珍しい。

 

「さすがに飛行機で何時間もってのはキツかったか? それとも時差ボケ?」

 

「どっちも、と言いたいところだけどね。正直ココで暮らすということを舐めていたわ。何よ、この結界」

 

 結界? たしか麻帆良大結界だっけ? なんか認識阻害とかがかかるんだよな?

 

「私としてもフィオレンティーナと同意見だね。随分と強力な結界で囲われているじゃあないか」

 

「ヘルマンも? 俺は気づかないんだけど、そんなにヤバ気なわけ?」

 

「ヤバいなんてものじゃないわ。思想統一……とまではいかないみたいだけど、意識を操作されているのは確実。レジストしたというのに干渉は止んでない所からするとそういう(・・・・)結界ってことかしら。脳を直接指でまさぐられているようなものよ。不快だわ」

 

「私の方はもっとマズイね。どうやら此処の連中は悪魔を許容できないらしい。結界が私を封じ込めようとしているのだろうな。相当の負荷がかかっている」

 

「おいおい、マジかよ」

 

 それじゃあ今ヘルマンと戦えば、

 

「今ならアイカの圧勝に終わるだろう。試してみるかね?」

 

「ハッ。ふざけんじゃねえよ。初白星が『力を封印されてるヘルマン』なんて最悪だ」

 

「ハッハッハ。それでこそ、アイカだ」

 

「まったく。バカばっかりね。もう少し自分たちの放り込まれた環境に危機感を持ってもいいでしょうに」

 

 そう言われてもなぁ。俺自身は何も感じないし。

 

「ま、俺は気づかないしフィオはレジスト出来る。ヘルマンは戦闘にでもならなけりゃ問題ないんだろ? なら我慢するしかないさ」

 

「ふむ。まぁ旧世界の街中でそうそう物騒なことが起こるわけでもないだろう。私としては異論はない」

 

「ハァ。ま、いいわ。研究対象が増えたとでも思うわ。どうやらあの樹を利用した結界のようだし、調べてみるのも退屈しのぎくらいにはなるでしょう」

 

 と、俺たちがぐだぐだと話していると、ようやく迎えが。

 

「やぁ。待たせてしまったようだね。すまなかった」

 

 そう言ったのは白のオープンカーに白スーツという出で立ちの高畑。隣でフィオが『これに乗るの? 不快だわ』とぼそっと呟いたのは責められないだろう。俺も思ったもの。羞恥プレイかって。

 まぁ高畑が自身の遅刻を詫びてきたがそちらには気にしてないとだけ伝える。タイムスケジュールが厳格な飛行機はともかく、いくつもの電車を乗り継いできたから到着時刻に誤差など当然だものな。

 今はまだ冬休みなのだろう。私服姿の学生であふれた麻帆良の街を高畑の愛車に乗って進む。

 さて、こっからどうなるんだろうね。鬼が出るか蛇が出るか。

 

 ま、ぬらりひょんが出ることは既に知ってるんだけど。

 

 

 

 

 

 ――麻帆良女子中等部――

 

 麻帆良では恒例の年明け騒ぎから数日。新学期まであと二日となったその日、麻帆良を取り仕切る最高権力者である近衛近右衛門は、英国からの客人を迎えていた。

 学園長室の隣、応接室にて近右衛門の正面に座るのはアイカ・スプリングフィールド。室内だというのにパーカーのフードを被ったままというのには多少思うところが無いでもないが、

 

あの(・・)ナギの娘を相手にするというのに、その程度のことで振り回されていては体がいくつあっても足らんわい)

 

 と、近右衛門は注意などせずに茶を勧めるのみ。

 

 無遠慮に茶請けの最中を頬張るアイカは、なるほどメルディアナの校長からの手紙にあった通りの少女だった。

 無邪気に笑う表情は年相応。おそらく麻帆良女子中の子供たちともすぐに馴染めるだろう。だがその身に纏うのは百戦錬磨の戦士の空気。アイカ本人の纏うカリスマとでも呼ぶのが相応しいだろう空気のせいで気づきにくいが、それでも近右衛門や高畑クラスの者ならば嗅ぎ取ることが出来た。

 

 なるほど確かにアイカはナギの娘だ。そのことを嬉しく思うとともに、あの傍若無人が服を着て歩いているような男と同じ空気をまとった少女がはたして麻帆良の中に収まりきるかとの不安が、近右衛門の胸中に沸いていた。

 十年も前に姿を消したナギの面影に近右衛門は懐かしさを感じていた。とはいえいつまでも感傷に浸っているわけにもいかないと、近右衛門は挨拶もそこそこに話を進めることに。

 

「ふむ。それでは今後のことについて話そうかの。アイカ君とフランチェスカ君の二人には麻帆良女子中等部の二年A組に編入してもらうことになる。ネギ君が担当することになるクラスじゃな。その点に関して質問はあるかの?」

 

「俺は別になんもないぜ」

 

 アイカの口調に近右衛門と高畑は苦笑しそうになる。まるで女の子らしくない、ともすれば窘められるべき言葉遣いのはずなのに、なぜか妙に似合っている。その上『ナギらしさ』のあふれたセリフなのだ。

 アイカが麻帆良に来たことで最も影響を受けるのはエヴァンジェリンかもしれんのう、と目を細めながら近右衛門は考えていたが、

 

「中等部の二年生、ね。私の読んだ資料だと日本では十二歳から十五歳までの子供の通う場所だったはずだけど」

 

 とは顔を合わせた後の自己紹介から沈黙を守っていたフィオの言葉だった。

 

「ふむ。年のことなら平気じゃろう。外国の学校で飛び級したとでもすればのう」

 

「飛び級。旧世界の学校で優秀な生徒に認められている制度だったかしら?」

 

 うむ。と近右衛門は頷くが、フィオの視線を向けているのは隣に座るアイカ。

 じっと数秒考え込むかのようにアイカを見つめているフィオだったが、どこか心配そうにアイカに尋ねた。

 

「平気だと思う?」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

 自信満々に頷くアイカを見て、近右衛門もホッホッホと髭をなでつける。

 麻帆良には認識阻害の結界がある。大抵のことならスルーされるだろうと楽観視していたのだが、

 

「三ケタの足し算までなら自信あるし」

 

「……そうね。アイカがダメなのは掛け算からだものね」

 

 との二人の言葉に『ひょ』と声が漏れてしまう。隣を見やれば同席していた高畑の表情も引き攣っていた。

 

(ま、まぁなんとかなるじゃろ。国語はイギリス人ということで出来なくても不思議ではないわけじゃし、日本とは学ぶ内容が違うということで社会や理科でも言い訳は立つ。英語は母国語なわけじゃから出来るじゃろうし……一番不安なのが数学じゃったんじゃがのう)

 

 半ば強引に自分を納得させ、近右衛門は話題を変えるためにももう一人のアイカの連れ、出された紅茶のカップを優雅に傾けているヘルマンの話をすることに。

 

「ではアイカ君とフランチェスカ君の方は問題が無いとして、ヘルマン殿の件なのじゃが」

 

 それが近右衛門の抱えていた悩みの種。メルディアナからはアイカ他二名を麻帆良に寄越すとの連絡はあったものの、その詳細については送られてなかった。もっともメルディアナ側がヘルマンの情報を事前に渡さなかったのには理由があるのだが。

 とはいえ麻帆良側としてはメルディアナ側が何も言ってこないのならば安心などとふざけた結論を出すわけにはいかない。何故ならば、近右衛門には一目で見抜けてしまうのだから。ヘルマンが人ではないということなど。

 

「ぶっちゃけて聞くがの。お主、悪魔じゃろ?」

 

 故に近右衛門は尋ねるほかない。メルディアナの校長は彼の友人ではあるが、それだけで全てを信頼するわけにはいかない。ともすれば『英雄の娘の連れ』という名分で、メルディアナが麻帆良に悪魔を送り込んできたとの憶測が部下の魔法先生たちの間で飛ぶこともありえるのだから。

 

「ふむ。確かに。いや、失敬。自己紹介の折りに名乗っておくべきだったかな。しかしこの時代にワシは悪魔じゃと名乗っても鼻で笑われるケースの方が多くてね」

 

「あっさり認めるんじゃのう。ではもう一つの質問にもあっさり答えてもらいたいんじゃが、何故悪魔がアイカ君と共にいるのかね?」

 

「……それについては元雇い主の情報を守るためにも黙秘「あ、こいつ、俺を殺すために送られた刺客」……アイカ、勝手にばらされると困るのだが」

 

 ヘルマンが呆れたようにアイカにツッコミを入れるが、近右衛門と高畑にとってはそれどころではなかった。

 

(刺客……じゃと? そんな……まさか……)

 

 そして近右衛門は瞬時に理解してしまう。彼は仮にも関東魔法協会を束ねる長であり、本国メガロメセンブリアにおいても名の知れた人物である。組織というものへの理解もあるし、何よりMMの闇を知っている。アイカとネギの母親についても知っているのだ。

 しかしそれでもと思う。己の憶測が外れてくれていたら、と。

 

「刺客、のう。一体誰が何の目的でアイカ君を狙うというのかのう?」

 

 アイカの言葉で落ち着きをなくした高畑を手で制し、近右衛門は尋ねる。むしろ返答がないことを期待しながら。

 

「ふむ。それについては黙秘させてもらおう」

 

 とヘルマンは言うが、隣に座ったアイカがニヤニヤしながら、

 

「メガロだろ?」

 

「ノーコメントだ」

 

 あるいはそれは最善の答えだったのかもしれない。本国側が『アイカを狙った本人の証言』が出回ったと嗅ぎ付ければ、この場にいる五名のみならず、麻帆良全体を切り捨てるという選択すらとりかねない。少なくとも近右衛門の知るMMの元老院はそういう(・・・・)連中の巣窟なのだから。

 しかしヘルマンのその返答で全てが終わりかというと、そうではなかった。アイカは尚もニヤニヤと笑いながら、そしてフィオまでも話に加わってきた。

 

「ならヘラスか?」

 

「いや、それは違う」

 

「メガロじゃない。依頼主はメガロの元老院とか?」

 

「ノーコメントだ」

 

「つーことはメガロの下っ端か?」

 

「いや、それは違う」

 

「分かりやすすぎね。ま、というわけよ」

 

 どういうわけだ、と近右衛門はフィオに反応しそうになるが、しかしそれよりも早く、

 

「ヘルマンはメガロメセンブリア、貴方がたの本国と呼ぶ場所からアイカに差し向けられた刺客。今はアイカに契約で縛られているけど、それで全てが解決しているわけではないわ。MM側がヘルマンがこの世に留まっているという情報を掴めば、厄介なことになるのは確実。だからメルディアナは情報を渡さなかったのよ。この事実を認識される前にMM側に『アイカの連れとしてヘルマンという悪魔が同行して来る予定』なんて報告をされたらたまらないもの」

 

「むう。なるほどのう」

 

 そう言って近右衛門は黙り込んだ。ナギの娘と会ったことでいい気分だったのが台無しじゃわい、と。

 

 近右衛門が黙ってしまったのを皮切りに高畑が語調も荒くアイカらを問い詰め始めるが、当の本人たちは何でもない事のように笑うのみ。それを眺めつつ近右衛門は思考を巡らせる。ヘルマンの情報を隠したとしても本国がアイカに手を出してくるのは確実。それをどうやって躱したものか、と。

 

(次代の英雄に最も近い位置にこの子がいるというのは確実じゃ。しかし、叶うことならばこの子には笑っていて貰いたいのう。いつか必ず大きな試練が待ち受けているじゃろうとはいえ、命を狙われながら日々を過ごすなど、つらすぎるからのう)

 

 もっともアイカはあのナギの娘だ。狙われることすら笑いながら受け入れそうではあるが。

 まだまだ隠居は出来そうにないわいと、近右衛門は温くなってしまった緑茶に手を伸ばした。

 




あげるかどうか迷いましたが結局こんな感じに
ホントはもっとぬらりひょんの腹黒さを出したかったんですが、どうにも上手く行かず何故か好々爺な感じに
学園長はこの先タカミチ君と並んでアイカに振り回されるキャラになるっぽいので、なるべくならそうなった時にザマァwwと言われるようなキャラを目指したんですけどね

さて、麻帆良でのアイカパーティーのポジション説明はもう一話続きます
一話のうちに収めたかったんですけどねぇ
・・・オッサンとの会話が続くなぁ


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22.麻帆良での立ち位置 ~その2~

 

 ――麻帆良女子中等部 学園長室――

 

 緑茶がうめぇ。紅茶とどっちがいいか聞かれたけど緑茶で正解だったな。

 高畑が俺がメガロに狙われた云々の話に対して色々突っ込んでくるのに対し、俺はまともに取り合わずに茶請けの最中を頬張っていた。

 もっとも高畑に応対するのが面倒だったとか、そういう話ではない。

 ただ、現在俺たちは念話中であったから、とそれだけの話だ。

 

『ふぅ。これで一通りの説明は終わったかしら? ヘルマンの情報の危険性も伝えられたでしょう』

 

 そう念話越しに言ったのは俺の隣に座るフィオ。当然俺たちの会話は学園長や高畑には漏れない。

 この念話は元々打ち合わせていたものだ。麻帆良学園に向かわされることが決まり、メルディアナで情報を集めたフィオが決定したこと。どうもフィオは学園長を信用しているというわけではなく、むしろ警戒しているようで、俺が余計なことを口にしないよう学園長との対話時には念話で連絡を取り合うよう釘を刺してきていたのだ。

 

『ま、そうだな。メガロにヘルマンの情報が行って麻帆良が火の海になることも無いだろ』

 

 と俺はフィオに答える。

 が、一つだけ言わせてもらいたい。

 

『にしても掛け算からダメってのは言いすぎじゃね? 俺だってそんくらい出来るぜ? 七の段は怪しいけど』

 

 なにせこちらには『前世』があるのだ。日本史だの化学だのといった『勉強』と違って四則演算は実生活でも使うものだ。そうそう出来なくなるものではない。

 もっとも頭の中にスパコンが内蔵されてる疑惑が(俺の中でだけだが)近年叫ばれているフィオにしてみれば、一桁の掛け算なんて『出来る』範囲に入らないのかもしれないが。

 

『麻帆良については説明したでしょう? ここは魔法使いの生徒を『魔法生徒』として働かせているのよ』

 

『ああ。でもそれが関係あるか?』

 

『アイカが勉強ができないとなれば、仕事よりも学業を優先させてくれるでしょう? なにせネギ・スプリングフィールドの修行が教師なのよ? 生徒の成績が上がるともなればそれは『英雄の息子』の功績に数えられるわ。ネギの生徒としてアイカが登録されるというなら、学園側としてはアイカには勉強してもらいたいはず。特に掛け算すらダメ(・・・・・・・)ならね』

 

 はー。なんつうか、あくどいなぁ。

 つまりはアレか? 俺たちが魔法生徒としていいように扱われないように、『アイカには勉学を優先させるべき』という建前を用意したってことかよ。

 

『つまりアイカには勉強の出来ない子になって貰った方が都合がいいのよ。もっともアイカなら演技の必要なんてないでしょうけどね』

 

 それは言いすぎじゃね? つか、おい! ヘルマン! テメェ笑ってんじゃねぇぞコラ!

 

 俺はパーカーのフード越しに隣を睨む。念話を聞いて肩を震わせているエセ紳士を。

 ったく。ま、いいけどさ。元々オベンキョーに精を出すつもりもなかったし。成績を上げる努力をしなくてもいいってんなら都合がいいさ。

 と、七つ目の最中に手を伸ばしたところで、黙り込んでいた学園長が話を再開した。

 

「ふむ。ヘルマン殿のことに関しては分かった。ついてはヘルマン殿には広域指導員でもお願いしようかの。身分は、そうじゃな、魔法世界出身者ということで他の者には伝えよう」

 

「広域指導員? それはどのような仕事なのかね?」

 

「なに。麻帆良内での揉め事処理のようなものじゃよ。麻帆良の学生はやんちゃな者も多いからのう」

 

 ま、妥当なところだろう。悪魔に教員をやらせるわけにもいかないだろうし、だからってニートってのもあれだ。フィオも納得したようで念話にて了承をヘルマンに伝える。

 

 と、ヘルマンが学園長に広域指導員となることを了承し、高畑から仕事の説明を聞いてた頃だった。

 学園長室にノックの音が響いたのは。

 

「ふむ。来たようじゃな。入りなさい」

 

 学園長の言葉で入室してきたのは二人の少女。

 ともすれば睨みつけるかのような視線をこちらに向ける竹刀袋を背負ったサイドポニーの少女と、値踏みするかのように見てくる褐色の長身の少女だった。

 この二人は分かる。桜咲刹那と龍宮真名だ。

 俺は暢気に『やっぱ赤松ワールドの女の子は可愛いなぁ』なんて思っていたんだが、

 

「実はアイカ君らの住む場所が問題でのう。生徒になるのじゃから学生寮に入ってもらうんじゃが、空き部屋が無いんじゃ」

 

 あー。と俺は原作の流れを思い出していた。

 確かネギも同じようなことを言われて神楽坂明日菜の部屋に入れられたはず。ということは俺たちも同じような感じに扱われるわけか。

 ここで神楽坂・近衛の部屋に入らせない辺り、学園長はそちらにネギを入れるつもりらしい。ま、ネギの仮契約相手として期待してんのかね?

 

 しかし次の学園長の言葉は俺の予測を超えるものだった。いや、ある意味予想通りだったんだが。

 

「つまりこの二人の部屋にアイカ君に入ってもらおうと思っておるんじゃ。フランチェスカ君は、まだ来ていないが別の者の二人部屋に――」

 

「あ゛?」

 

 瞬間、世界が止まった。

 いや、フィオさん? いきなりブチ切れモードっすか? 数年ぶりっすねww

 

 

 

 

 ――空気の凍った一室で――

 

 龍宮真名は同室の住人であり、仕事の同僚でもある桜咲刹那とともに学園長室に呼ばれていた。

 新学期まであと数日。いまだ冬休みだというのに、わざわざ麻帆良の最高権力者に呼ばれた理由は真名を納得させるに十分なもの。麻帆良へとやってきた『サウザンドマスターの娘』との顔合わせだった。

 

 入室を許されると同時に真名は目を見張った。驚愕を表情に出さなかったのは、彼女のキャリアがあったからこそだろう。

 近右衛門、高畑の両名と相対してソファーに腰かけるのは初めて見る三人組。

 まず真名の視線を奪ったのは奥に座る黒いスーツに身を包んだ初老の男。隣の刹那は気づいていないようだが、魔眼持ちの真名は見抜いていた。彼は悪魔である、と。

 しかもその隠蔽能力はとても高い。退魔に従事する神鳴流の使い手である刹那に気取らせぬほどの隠蔽能力。それだけで目の前の男が高位の悪魔であると理解できる。

 次いで手前側に座る少女。戦場を渡り歩いてきた真名にはわかる。彼女は『出会ってはいけない類の存在』であると。戦場で出会ったのならば、『どう戦うか』ではなく『どう逃げるか』を考えなくてはならない存在だと。戦場で生き延びてきた者ならば一様に身に着く嗅覚によって、真名は正体不明の少女の強さを嗅ぎ取っていた。

 そしてそんな圧倒的存在に挟まれるように座った少女。

 室内だというのにフードを被ったままだったため、少女の容貌はわからない。真名の魔眼に暴かれるような本性があるわけでもなければ、背筋を凍らせるような圧迫感があるわけでもない。

 それでも中心の少女が最も目を引いた。おそらく彼女が、

 

(『英雄の娘』。長年行方不明だったアイカ・スプリングフィールド、か)

 

 ふと、真名と少女の視線が合った。

 ほんの一瞬。引き込まれるような深い色を讃えた瞳に、魔眼持ちであるはずの自分が覗き込まれたような気がして――

 

「実はアイカ君らの住む場所が問題でのう」

 

 と、近右衛門の言葉で真名は意識を引き戻される。

 そうだった。と真名は陥りかけた思考を切る。自分はアイカと同室になるという説明のために呼ばれたのだ。それは『女子生徒』としてではなく、『魔法生徒』としての仕事。仕事ならば手を抜くわけにはいかない。たとえ話に付き合うというただそれだけの仕事だとしても、だ。

 不可解極まりない異色な三人組。興味は惹かれるが、不要なことに首を突っ込むのは傭兵の領分を越えている。

 

(調子がおかしいのかもしれないな。年明けから神社の仕事が続いたし、昨日までクラスメート達のバカ騒ぎに巻き込まれていたんだ。この話が終わったらのんびり餡蜜でも食べに行くか)

 

 真名の思考をよそに近右衛門の話は続く。

 なんでもアイカらの部屋を用意できなかったのでそれぞれ二人部屋に三人目として入ってくれということらしい。

 白々しい、と真名は思う。彼女は隣の刹那と違い、近右衛門から事前に意図の説明を受けていたのだから。

 

(やがて来る『英雄の息子』をごく自然に孫娘の護衛としてルームメイトにするためだとか。仮にも麻帆良の最高権力者の策謀だ。他にも意図はあるんだろうが)

 

 ここでアイカらに部屋を与えれば、学園長側の意図を壊すイレギュラーが発生しかねない。『住む場所の用意が出来ていない』という理由でネギを女子寮に入れるとなれば、第一候補は肉親のいる部屋。つまりアイカの部屋ということになる。多分に独断行動をとる近右衛門ではあるが、何も下の者の意見を完全に無視しているというわけではない。可能ならば誰もが納得する采配をとりたいのだろう。特に木乃香のそばに西洋魔法使いを置くともなれば隣の少女が黙っているとも思えない。

 故にネギを神楽坂・近衛両名の部屋に入れるとなれば、『アイカの部屋にネギが入るのは無理』という理由を作るのが最も分かりやすい。なればこその『アイカ・フィオをそれぞれ三人目として別々の部屋に入れる』という近右衛門の案ではあったのだが、

 

「――。フランチェスカ君は、まだ来ていないが別の者の二人部屋に――」

 

「あ゛?」

 

 思わず、本当に反射的に、真名は隠し持っていた拳銃を抜いていた。

 隣に立つ刹那も竹刀袋から夕凪を取り出し、あの高畑・T・タカミチでさえポケットに両手を納めるという彼独特の臨戦態勢をとっていた。

 理解が出来ない。これまで友好的に(少なくとも敵対的ではなかった)会話していた少女から、強烈な殺気が立ち上ったのだ。息をするのさえ困難に思えるほどの魔力とともに。極東最高の使い手と評される近衛近右衛門でさえ冷や汗をかいているのだ。

 

 しかしそれでも取り乱さなかったのは、さすがは近衛近右衛門といったところか。

 

「その殺気を納めてくれんかのう。いったい何が気に障ったというんじゃね?」

 

「……簡単なことよ。私とアイカを別々にですって? 不快だわ」

 

 そんなことで? そう真名は言いたかった。おそらく刹那や高畑も同意見だろう。

 ともすれば麻帆良最強の二人を敵に回す可能性もあったというのに。

 しかし少女はそんなことはお構いなしに言葉を続ける。

 

「撤回しなさい。近衛近右衛門。私とアイカは同室。それが受け入れられないというのなら、私はアイカを連れて魔法世界へ帰るわ。この街を地図から消して、ね」

 

 結局、近右衛門はフィオの要求を呑むことになる。

 

 そしてそれが、フィオレンティーナ・フランチェスカが『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』に並ぶ暴君として麻帆良に認識された瞬間だった。

 




ぴこーん
フィオのヤンデレ度が3上がりました
真名さんに危険視されました
刹那さんの『このちゃんの安全のために斬る!』フラグが立ちました

正直やりすぎた感が否めないw 修正するかもしれませぬ
いや、やりたかったんです。ヤンデレ


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23.麻帆良での同居人

 

 ――寒風巻く桜並木道――

 

 いやぁ。焦ったね。俺は葉の落ちきった桜を見上げながら内心呟いた。

 

 今は麻帆良女子中から女子寮へと向かうところ。ヘルマンとは別行動をとっている。なんでも教員寮とは別の住居を用意するとかで、ヘルマンは高畑に連れられて行ったのだ。

 学園長室での様子から考えると、今頃ヘルマンは質問攻めになってることだろう。ま、隠すべき情報があるわけでもないし、存分に質問なり尋問なりしてくれと思う。ぶっちゃけヘルマンならどうでもいいし。俺との殺し合いに影響が残るような拷問は遠慮してもらいたいけどな。

 俺たちの方はと言えば、真名サンと刹那サンに案内されているところである。俺とフィオを同室にということになって、形式的に二人部屋となってはいるが、たまたま一人で部屋を使っているとかいう生徒のことを学園長は思い出したらしい。(ま、思い出したってのは十中八九嘘だろうけど)

 一応学園側から連絡は入れるらしいが、何分その生徒にとっては急なことである。クラスメートであり面識がある真名・刹那の二人も事情の説明を手伝ってくれるとか。

 

(どっちかってぇと監視のためって感じだけどなぁ)

 

 前を行く二人は視線さえ前に向けてはいるが、こちらを意識していることはバレバレだ。地球(こっち)に来てから無縁だったピリピリとくるプレッシャーに懐かしさを覚えるが、しかし嬉しいというわけではない。

 だって俺の精神は男だもの。女の子(それもとびきりの美少女)に敵意を向けられて喜んでいたら、それはただのどMだろう。

 

(といっても、警戒は当然か。ああ(・・)なったフィオを目の当たりにしてのほほんとしてられる訳もないしな)

 

 隣を歩くフィオへと視線を向ければプイッと目を逸らされる。あれは照れてんのかね?

 念話にて『なによ?』なんて訊いてきたけど『なんでも』とだけ答える。どうせ指摘したってはぐらかされるだけだし。

 

(にしても寒いな。……つか女性陣は寒くないんだろうか)

 

 前を行く二人は学園長室に呼ばれたということもあるのだろう制服姿。原作通りのミニスカートだ。ジーパン装備の俺でさえ風の冷たさが肌にチクチク刺さるというのに。いや、まぁ『纏』のお蔭で寒さもかなり軽減されて、ブルブル震えるなんて無様は晒さないけど。

 

「……って。あれ? まさか……」

 

 思わず立ち止まって呟く。隣を歩いていたフィオはもちろん、俺たちを警戒していた二人も足を止めてこちらを振り返るが、正直そんなことにかかずらってるってる場合じゃない。それほどに気づいてしまったソレ(・・)は俺にとって容認できないものだった。

 ゆっくりと首をフィオへと向ける。これが漫画ならば『ギギギ』と擬音が描かれていることだろう。目線のあったフィオへと、どうか否定してくれと願いながらも、俺は尋ねた。

 

麻帆良(ここ)の生徒になるってことは、さ。……俺もアレ穿かなきゃならないわけ?」

 

 指をさすのはこちらを訝しげに見ている二人……のミニスカート。

 再度言おうか。俺の精神は男なんだ。ミニスカート姿の女子生徒を眼福だと思うことはあっても、同じような格好をしたいだなんて思わない。俺はどMでないと同時に、女装趣味だってないんだから。いやまぁ厳密には女装という言葉は誤りなんだけど、精神的にはさ。

 だからどうか否定してくれと願いながらフィオに尋ねる。『アイカはそのままの格好でいいのよ』なんて甘い言葉を期待して。

 

 しかし、現実は無情である。

 

「当然じゃない。それが日本の常識らしいわよ。制服が指定されてる学校で自分だけ私服を認めてくれとでも言うつもりなの? わがままね」

 

「……ガハァ!」

 

「な!? スプリングフィールド!?」

 

 こ……この声は真名サンだね? 随分あわてた様子だけど、まぁ当然か。

 それまで普通に歩いていた人間がいきなり吐血して倒れこんだら俺だって慌てるさ。

 ってかさ、

 

(俺と同室になるっていう『我儘』のためにココの最高権力者を脅したフィオが、俺を我儘とか言うなよな)

 

 つかどうしよ。『ネギま』ワールドの女の子に囲まれてラッキーくらいにしか思ってなかったけど、まさかスカート着用とか。俺の漢回路が拒否反応を起こすっての。

 無理無理。スカートとか絶対無理。恥ずかしくて余裕で死ねる。もういっそのこと桜並木に埋めてくれ。俺の血を吸って真っ赤な桜が咲くように。

 

 しかしそんな切なる願いをもフィオは一蹴。俺の足をむんずと掴むと、そのままズルズルと引きずり出した。

 

「アイカの奇行は無視して頂戴。いつものことだから。女子寮とやらへの案内、よろしくね」

 

 ああ、いつも(と言うにはよくブチギレるけど)冷静なフィオが恨めしい。スカートとか。

 嗚呼、『前世』の『故郷』とか浮かれてた自分が恥ずかしいぜ。スカートとかさぁ。ちくせう。

 

 

 

 

 

 

 ――麻帆良女子寮――

 

 その日、麻帆良学園にとってVIPクラスの客人である『英雄の娘』との顔合わせのために、桜咲刹那は麻帆良女子中等部へと足を運んだ。

『英雄の娘』。それは西洋魔法使いたちの事情に疎い刹那にとっては馴染の薄い言葉であり、同時に身近にある言葉でもあった。

 彼女の護衛する近衛木乃香。彼女もまた『サムライマスター』と呼ばれた『英雄』の娘にあたるのだから。

 とはいえ『アイカ・スプリングフィールド』と『近衛木乃香』の境遇はまるで異なるものらしい。学園長室へ向かう道すがら、ルームメイトであり仕事仲間でもある真名からアイカについて聞くたびに刹那はその確信を強めた。

 父親である『英雄』は十年前に亡くなっており、彼女と双子の兄は父親の故郷に預けられていたとか。その時点で優しい両親の元、何不自由なく育った木乃香とはまるで境遇が異なるというのに、さらに彼女は二歳のころに失踪したとか。

 彼女にいったい何があったのか。彼女を『失踪事件』に巻き込んだ何かは、木乃香に降りかかることはないのか。そんな疑問を声高に真名にぶつけたい衝動に駆られるが、学生であふれる冬休みの街中ということで、刹那はそれを飲み込んだ。

 どのような事情があろうと、相手は刹那の尊敬する師、近衛詠春の戦友の娘なのだ。木乃香を守る助けになることはあれど、敵に回ることなどないだろう。そう思って。

 

 しかし刹那は自分の認識が甘かったことを知る。英雄の娘の『連れ』が見せた、『交渉』と言うにはあまりに一方的な『脅迫』を目にして。

 

 それは刹那の認識を塗り替えるほどの圧力だった。

 ただ一言を口から発するたびに放たれる魔力の圧力。呼吸すら彼女の許可なしでは自由に出来ないと思えるほどのプレッシャー。

 神鳴流を学び、木乃香の護衛として、そして麻帆良の魔法生徒として侵入者と戦い続け、そして積み上げてきた自信を粉々に打ち砕くほどの強者の気配。

 もしも彼女が木乃香を狙う刺客だったのならば、自分には何ができただろう。いや、何も出来ないに違いない。彼女は言った。『この街を地図から消す』と。それはおそらく本気。一片の虚勢も無く、ただ淡々と告げた彼女の様子を見れば、彼女にソレを可能とするだけの力があることなど疑うことも出来ない。

 

(もし彼女がそれを実行に移していたら、私はお嬢様を守れただろうか。守れないなどとは絶対に思いたくはないが、しかし、……クッ!!)

 

 刹那は唇を強く噛む。自分が最強だなどと思ったことはなかった。まだまだこの身は修行不足。第一線から退いた師にすら程遠い。だが、目指す場所は届くと思っていた場所だった。いつかたどり着けると思っていた場所だった。だというのに……

 

 と、出口の見えない思考の迷宮から刹那は引き上げられる。ポンっと肩を叩かれて。

 

「まさか今の今まで悩み事だったかい? それは君の仕事を考えると褒められたものじゃないな、刹那」

 

 肩を叩いたのは真名の手のひら。気づけば目に映る光景は学園長室から女子寮の入口へと変わっていた。

 そして大きく変化した光景がもう一つ。

 

「え? スプリングフィールドさん!?」

 

 倒れふし、その足を持たれて引きずられていたアイカの姿だった。

 

「今まで無言だったかと思えば、考え事とはね。面白い子ね。アイカが気に入りそうだわ」

 

「だろ? 堅物そうに見えて面白い奴なんだ。とはいえあまりからかってくれるなよ? 刹那は無意識の時が一番怖い。刃圏に入ってきた異物を問答無用で切り捨てるからな」

 

「お、おい龍宮! それじゃあ私が危ない奴みたいじゃないか!」

 

「あら、この国で刃物を所持しているのだから元々危ない娘なんだと思っていたわ」

 

 クスクスと笑うフィオに、つられて笑う真名。刹那は顔が熱くなるのを感じていた。きっと耳まで真っ赤になっていることだろう。

 

「くっ。女子寮に着いたのなら私はもう行くぞ。あとは寮母さんにでも聞いてくれ」

 

「そう。そういうことなら案内ありがとう。助かったと言っておくわ。アイカの分も含めてね。ただ一つだけ教えてちょうだい?」

 

「なんだ?」

 

「大したことじゃないわよ。私たちが同室になる子の名前を教えてもらいたいってだけ。それが分からないんじゃ部屋の場所を尋ねることも出来ないでしょう?」

 

 それなら学園長から連絡のいっているはずの寮母ならば把握しているのではないか? そう刹那は思ったが、しかし知りたがっていることをわざわざ教えないなんて稚拙な意地悪をするのもあれだろうと、素直に答える。

 

 アイカ・スプリングフィールド。フィオレンティーナ・フランチェスカ。二人の異分子(イレギュラー)がこれからともに住むことになる同居人の名は、

 

「出席番号二十五番。長谷川千雨さんです」

 




絶賛スランプ中ゆえ、こんな感じに
アイカ喋ってねぇなぁ orz

さて、一話かけて女子寮の入口までやっとこさ着きました
こんなペースでどうすんねんという感じですが

同居人はみんな大好きちうたんです。貴重なツッコミキャラですし、なんとしてもネギきゅんの毒牙から守らねば
とはいえ魔法関係に彼女が足を突っ込むのはまだまだ先になりそうですが(というか魔法バレどうしよう・・・


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24.昼食

 

 ――女子寮の一室――

 

「どうぞ」

 

 そう一言添えて出されたのはシックな感じのマグカップ。中にはホットコーヒー。なんというか、『長谷川千雨』のイメージ通りと言うか。もうちょっとギャップを狙ってくれてもいいのに。クマちゃん柄のカップにココアとか。

 まぁそれはそれとして俺とフィオはカップを受け取る。ちなみに俺はコーヒー党。紅茶とか匂いだけだろJK。

 

「それで……あー、さっき高畑先生から連絡があったんですけど……あなたたちがここに入ることになったっていう転校生ですか?」

 

「ああ。それと敬語はいらないぜ」

 

 猫を被ってるのかもしれないが、似合わない。眼鏡越しの瞳はどことなく釣りあがってるし、もっと乱暴な物言いの方が似合う気がする。『テメェらがアタイの部屋に入りたいって命知らず共かい?』みたいな? いやないか。

 

「俺はアイカ・スプリングフィールド。アイカでいいぜ、千雨」

 

「ちさっ!? 長谷川です」

 

「私はフィオレンティーナ・フランチェスカ。よろしくね、千雨」

 

「いや、長谷川……外国では初対面の相手もファーストネームで呼ぶのが普通なんですか?」

 

「さあ?」

 

 実際ないだろとは思うけど。ヘルマンの場合は今でもヘルマンだしなぁ。ファーストネームってヴィルなんとかだろ?

 

「さあって。なんでそんないい加減なんですか。……麻帆良に来たのは今日なんですよね?」

 

「ん? そうだな」

 

 そう答えると千雨はブツブツ呟き始めた。「なんでウチのクラスの奴みたいなこと言ってるんだよ」とか「まさか非常識なのは麻帆良の中だけじゃなかったのか」とか。ぶっちゃけ腹減りすぎてそっちまで気にしてはいなかったが。

 というのもこの体は燃費が悪すぎるのだ。元々の体質なのか、膨大な魔力を生成するためにはカロリーが必要なのか、それとも念能力者はたくさん食べないといけないのか。なんとなく最後のが一番有力な気がする。ゴン達もよく食ってたし。グリードアイランドで大食いの懸賞があったのも念の修行の一環だとか。

 そんなわけで腹が鳴る。グーと。仕方ない。学園長室では最中十二個までしか食えなかったし。

 

「ん?」

 

 と顔を上げたのは頭を抱えだしていた千雨。俺は彼女を真正面から見つめながらもういっちょグー。

 

「……あの」

 

 さぁダメ押しだ。ぐぎゅるるるー。

 

「……特に買い置きとかないんですが。外に食べに行って来「よし行こう! 案内してくれ!」……は?」

 

 そう言って立ち上がると千雨とフィオの手を掴んで引っ張り上げる。ちなみに反論は聞きません。だって麻帆良のどこになにがあるのか知らないんだもの。ここに来るまでの間は気絶してたし。

 

 にしても飯かぁ。和食が食いたいなぁ。鮭とか鯖とか鯵とか秋刀魚とか。

 下がったテンションがまたまた上がってきたぜー! ……あれ? なんで俺テンションが下がってたんだっけか?

 

 

 

 ――超包子――

 

「中華て!!」

 

 案内されたテーブルに着くと同時にアイカが頭を抱えてしまった。

 なにかマズイことでもあったのだろうかと千雨は思う。本来ならば中学生がオーナーなどというトンデモ空間には近寄りたくはないのだが、普段からファーストフードや携帯食料ばかりの『腹が満ちれば何でもいい』な千雨にとって、他に案内できる飲食店が思い当たらなかったのだ。

 これからクラスメートに、そしてルームメイトになる相手とはいえ、さすがにまだ『客』という認識は抜けていない。ならばジャンクフードを進めるよりも一応は評判のいい超包子のほうがマシだろうと気を利かせたのだが、裏目に出たのだろうか?

 

「中華は嫌いだったんですか?」

 

「……そういうわけじゃないけどさぁ。和食を楽しみにしてたのに」

 

 なるほど。確かに外国に来たのならばその地の料理が食べたいと思うのも当然か。

 

「米と鮭と納豆とおしんこと海苔と味噌汁が一緒になって四百四十円とかの奴が食べたかった」

 

 ……いや、なんだそのチョイスは。食券タイプの牛丼屋のメニューを何故イギリス人が知ってやがる。

 

(こういう場合はスシとかテンプラとか言われるもんだと思ったんだがな)

 

 と、そこに現れたのは件のオーナー・超鈴音(チャオリンシェン)。普段超包子に立ち寄ることはない千雨にしても、ここで四葉五月や古菲がバイトをしていることは知っていた。ゆえにオーナー自ら注文を取りに来るというのにいささか疑問を持ったが、

 

「やあ長谷川サン。ウチに来てくれるとは珍しいこともあるものだネ。これを機に肉まんの虜になるといいヨ」

 

 などと超はカラカラと笑うのみ。

 

「まぁ考えとくくらいならしておくさ。つかここはオーナーが注文を聞いて回るのか?」

 

「いやいや。そちらは古や茶々丸に任せていつもは厨房に入てるヨ。今日はそちらの二人に興味があたからネ」

 

 その言葉に顔を上げるアイカと、メニューから視線を超に向けるフィオ。千雨は一人納得していた。お祭り騒ぎの好きな2―Aのことだ。どうせ朝倉あたりが騒いで、超も興味をそそられたのだろう。

 

「私は超鈴音ヨ。これからよろしくネ、お二人とも。きっと私たちは仲良くなれるハズだからネ」

 

(仲良くなれるハズ(・・)ねぇ。ま、こいつらも非常識人っぽいし、そうなっちまうのかもな)

 

「ところで注文は決まったかナ。今日のオススメは回鍋肉ヨ」

 

 自分は昼を済ませてはいたが一人だけ何も食べていないというのも気まずいだろう。それに昼を済ませたとはいってもカロリーメイトを胃に放り込んだだけ。空腹感が無いというわけではない。

 

「なら私はそれで」

 

「私もそれでいいわ。他のものもよくわからないしね」

 

 とはフィオの言葉。残るアイカと言えば、じっと超を見つめていたかと思うと、

 

「魚」

 

「は?」

 

「焼き魚定食ぷりーず」

 

 それはねーだろ。そう千雨は心の中でツッコむ。メニューとかガン無視じゃねぇかと。

 対する超は、口元をひくひくと震わせていた。

 

「な、なるほど。話に聞いてた通りの人ネ。ここまでフリーダムだとツッコむ気も失せるヨ。わかたネ。腕によりをかけて作てくるから待てるといいヨ」

 

 そう言って屋台の方へと引っ込んでいった。

 千雨はと言えば、

 

(そんな噂まで流れてんのか。朝倉の情報網はどうなってんだか)

 

 と、これから同居することになるアイカのことを考えないようにしながら視線を虚空にさ迷わせていた。

 




短!? そんな24話 お久しぶりです

ともあれ今回も難しかったです。特に千雨のセリフが
ある程度親しくなるまでは敬語で話すキャラっぽいんですが、クラスメート相手に敬語ってのもなぁ。でも猫被ってたしなぁと悩みまして
一応クラスメートには普通に話させることにします。アイカらはまだ会ったばかりなのであれですが、すぐに打ち解けてくれる・・・ハズ!!


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25.食後会談

 

 ――超包子――

 

 箸をおいて腹をさする。そのまま一言思いを乗せて。

 

「ごちそうさま」

 

 満! 腹! デス!

 

 いやはや美味かった。超包子が麻帆良で大人気と言うのも頷ける。余は満足じゃ。なんというか……極まってたね。料理のことはよくわからんが。

 しかし一つ気になることが。腹が満ちたことで周囲に気を配る余裕が生まれたからか、これまで気にならなかったことまで感じるようになる。

 なので既に食事を終え、食後のティータイム――といっても傾けてるのはジャスミン茶。烏龍茶とかじゃないんだな――に入っていたフィオらに尋ねてみる。

 

「なぁ。なんか注目されてね?」

 

 気になることというのはまさにそれ。ひしひしと視線を感じるのである。それも遠方からの監視というわけではなく、周囲の一般生徒から。

 自意識過剰と言うわけではないだろう。これでもそういうもの(・・・・・・)に対しては経験を積んでいる。その俺が勘違いするはずもない。

 魔法世界ではすれ違うだけで振り返られることもしばしば。親が有名人(アレ)ということのせいだろう。おかげで普段からフード装備が癖になってしまったほどだ。

 しかし地球(コッチ)で注目される意味が分からない。魔法のことも秘匿されている世界で、両親(アレら)のことなど知られていないはずなのだし。

 だというのにフィオは俺の質問に呆れるような表情だ。『そんなこともわからないの?』とでもいいたげな。

 

「どう考えてもそれのせいでしょう」

 

 どれ? と尋ねるまでもなくフィオが示したのは食べ終わった食事の跡。というか積み上げられた皿だった。

 

「どれだけ食べるのよ。アナタみたいな子が五人前も六人前も食べてたら注目だってされるわ」

 

 フィオの言葉に千雨もうんうんと頷いている。乾いた笑みを張り付けながら。

 

 と言われてもな。それだけ美味かったということだし。鮭にレバニラ、チャーシューメンに八宝菜。餃子やエビチリもうまかった。春巻きや唐揚げも絶品でした。そりゃ箸も進むというもの。一人前でも満足できるっちゃあ出来るが、食べようと思えばいくらでも食べれるこの体のせいもあるだろう。まだまだ食べたりない気さえする。が、

 

「なるほど、食べ過ぎは注目の的と。オーケー。食後の麻婆は自重しよう」

 

「いや、まだ食べるつもりだったんですか。つか食後にデザートならともかく麻婆って」

 

「アイカと付き合うときは、常識を期待してはだめよ。千雨も早く慣れるといいわね」

 

 ひどい言いざまだ。まぁ気にはしないが。

 

 それに理由が分かった今、多数から向けられる視線も特に気にはしない。もの珍しさから注目されるなど、幼女時代にヘルマンと魔法世界を回った時に嫌と言うほど経験しているのだし。

 しかしそんな俺に奇異の視線以外の物を向けているのが数名。

 一つは超鈴音。観察されるような視線。

 一つは厨房に立つ少女。おそらく四葉五月。見守るような温かい視線。

 一つはウェイトレスの少女。おそらく古菲。強さを推し量られるような視線。

 そして一つは、ウェイトレスの一風変わった少女。

 あれがおそらく絡繰茶々丸。『闇の福音』の従者。中々に興味深い。

 生命力たる『念』のオーラは感じない。しかし『凝』をすればわかる。微々たるものだがオーラがあるのを。

 あれは無機物であるはずの茶々丸本人から出ているのか。主人であるエヴァンジェリンから流れてくるオーラか。それとも製作者が無意識に込めたオーラがこもっているのか。なんにせよ興味深かった。

 そして何より、

 

「人型のロボットとはね」

 

 それも挙動に違和感を感じさせないほどの。『原作』を知っているとはいえ、こうして目の当たりにすると正直ビビる。だってロボットは男のロマンじゃん? ロケットパンチとか見たくなるな。

 と、そんな俺の言葉に顕著に反応したのが一人。

 

「おい、今、絡繰のことを言ったのか?」

 

 眼鏡の向こう、見開いた瞳をこちらにむける、長谷川千雨だった。

 

 

 

 ――食事の後で――

 

 フィオレンティーナ・フランチェスカにとって、長谷川千雨は特に注目に値する存在ではなかった。

 魔法世界で生まれ、魔法世界を放浪してきたフィオにとって旧世界人という点では新鮮ではあったものの、しかし千雨はイギリス滞在時に集めた情報通りの『魔法を知らない一般人』のステレオタイプのような存在。平和な日本と言う国で戦うものの目をしている桜咲刹那や、濃密な魔力を隠し持つ龍宮真名と比較すれば、千雨に対する興味も薄い。むしろ超包子に来るまでに見た、一般人のはずなのに人間離れした身体能力を持つ者たちの方が印象に残っていた。

 しかし千雨の反応で、フィオの認識は一転する。それまで偶然ルームメイトになっただけという存在から、研究衝動を刺激されるほどの人物へと。

 

「うん? 名前までは知らないけど、あのロボットちゃんのこと?」

 

 アイカがチラリと視線を向けるのは給仕をしているライムグリーンの髪を持つ少女。のように見えるガイノイドだった。

 ガイノイド。女性型のヒューマノイド。フィオの得た旧世界の知識においては、空想上の存在とされる、未だ実現されていないもの。しかし麻帆良には存在し、そして誰もそのことに対して異常だと感じてはいないようだった。

 人間だと認識されている? それはない。観察するまでもなくあのガイノイドは人でないことが分かる。柔らかさの感じさせない皮膚。剥き出しの関節部。触れてみればすぐにわかるだろう。熱を持たない人形であることが。

 しかしそれを異常だと声高に叫ぶ者はいない。奇異の視線を向けるものもいない。この世界において、最先端を行く科学でも到底到達しえない領域に彼女はいるというのに。

 

「ロボット。……そうだよな。なら絡繰が中学生に通ってるって言ったら信じるか? 少し個性的な生徒ってだけしか思われてないと言ったら?」

 

「信じるかって言われりゃ信じるけどさ。千雨の言うことだし。だけど個性的なだけってのはあり得なくね? どう見てもロボットじゃん」

 

「……なら、百メートル走で十秒切る女子中学生がいるって言ったら?」

 

「オリンピックでも出ろって言うな。世界中が大騒ぎだ」

 

「…………自分の倍以上体のデカい男を、殴っただけで何メートルも吹っ飛ばす女子が居たら?」

 

「そいつもオリンピック行きだな。もしくは世界びっくり人間ショー。大儲け間違いなしだ」

 

「………………あのデカい樹を見てどう思う?」

 

「人工建造物か?って思う。世界遺産涙目ってほど馬鹿でかいし。つかあり得なくね? 何で出来てんの? ジャパニーズサクーラ? それともスギオブヤクシーマ?」

 

 と、そこで千雨の質問は終わり、塞ぎこむようにうつむいてしまった。

 何か変なことでも言ったか? とアイカが視線を向けてくるが、変なことといえば変なことを言ったのかもしれない。アイカは特に気にもしていなかったのだろうが、この街を覆う結界に関してのある程度の考察を終えたフィオはそう感じていた。

 

 顔を見合わせていたフィオとアイカに、やっと、絞り出すようにして千雨が言った。

 

「でも、……麻帆良ではそれが普通なんだ。誰もそれをおかしいと思わない」

 

 やっぱりね。そうフィオは内心頷き、アイカへの念話を開く。

 

『どう思う?』

 

『どうとは?』

 

『千雨の症状。何が原因かわかるかしら?』

 

 魔法というものを一つの手段、それこそ『歩く』や『走る』と同列に『魔法を使う』ことを認識しているアイカには答えられないかもしれないとは思ったが、一応尋ねる。魔法を至上の物と捉える魔法世界人とも、魔法は研究するものと捉えているフィオとも会ったく違う回答が来るのではないかと思って。

 しかしある意味アイカの回答はフィオの期待を裏切るものだった。

 

『麻帆良の結界ってやつのせいだろ?』

 

『へぇ。正解よ。なら結界の構成内容も答えられる?』

 

『異常を異常だと認識できなくさせるものか?』

 

『正確には異常を異常ではないと認識させるものってところでしょうね。認識させないではなく、認識させる内容を変更する認識阻害結界。かなり高度よ。それこそ洗脳と同義であるほどに』

 

 代わりに黙り込んだフィオとアイカを訝しんだのか、千雨が顔を上げるが、もう少し待っていて貰おう。

 

『では千雨が異常を異常だと認識できているのは何故?』

 

『……結界をレジストしてるんじゃね? フィオみたいに』

 

『それが一つの可能性。もしくは千雨が他所からの干渉に侵せないほど強固な意識を確立しているか、普通の定義を自身の内に強く確立しているか。確率は低いけど、麻帆良の結界の干渉しにくいエアポケットが千雨の部屋に存在しているというのもあり得るわね』

 

 いずれにせよ興味深いことだ。フィオでさえ常に精神に防壁を展開しているというのに、魔力をかけらも感じさせない千雨が無意識の内にレジストし切っているなど、俄然興味がわく。

 

『どうする? かなり面白い子だけど、引き込んでみるというのもいいんじゃないかしら? それがこの子のためにもなるでしょうし。多分周囲との認識の誤差で苦しんでいるはずよ。なんたってこの子にとっては自分の信じる常識と世界がかけ離れているのだから』

 

『あー。なるほど。さっき言い淀んでいたのは『また否定されるかも』ってことか?』

 

 常識的に考えられない身体能力を持つ者に言及しても、麻帆良では普通だと切り捨てられる。世界樹に対して異常を訴えても、それが普通なのだと跳ね除けられる。自己の認識の否定。それは間違いなく彼女に苦痛を強いるだろうし、事実彼女は苦しんできたのだろう。

 しかしこちら側(・・・・)へと来れば、理解できる。何故麻帆良では普通(・・・・・・・)なんて言葉が出てくるのか。自分の認識は間違いなどではないのだと理解できるはずだ。ならば助けの手を伸ばしてみるのもいいだろう。ちょうどこれから共に暮らす相手なのだし、興味もひかれる人物だ。

 

『うーん。でもなぁ』

 

『なに? 気に入らないことでもあるの? 助けてあげてもいいと思うのだけれど』

 

『気に入らないというか……うーん。助けてあげる(・・・)って上から目線っぷりが魔法使いっぽくてやだなぁと。ちょっとね』

 

 なるほど。たしかに『助けてあげる』なんて言い方は魔法使い、特に立派な魔法使い(マギステル・マギ)のようでフィオとしても気に食わない。ならば、

 

「本人に決めさせようぜ。踏み込むのか、それとも留まるのか」

 

「そうね。そうさせるべきね。さっきのは私の失言だったわ。訂正させて」

 

 フィオは言うと同時に結界を展開する。それほど高度なものではない。ただ周囲の人間に自分たちの言葉が聞こえなくなるようにするだけの物。そしてアイカへと促す。

 

「さて千雨。この街が異常であることを俺たちは正しく認識している。そしてそれが何故なのか。何故この街では異常なことが普通とされるのかと言う理由もわかる。それが知りたいというのなら教えることだってできるし、深入りしたいというのなら道案内だってしてやれる。一緒になってアレは異常だと指さして笑ってやることだってできるだろうさ。だが千雨、それを君は望むか?」

 

 さあ。イエスかノーか。この子はどちらを出すのかしらね?

 




次回は勧誘のお話になります
ちょっとアンチっぽくなるかもしれませぬ。ご注意をば

にしても最近気候が安定しませぬな
五月だというのにクソ暑い、かと思えば今日はアホかと思うほど寒く
おかげでぽんぽんが痛いこと痛いこと
皆様もお風邪などお召しになりませぬように


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26.勧誘

 ――笑みを浮かべて――

 

 期せずして千雨に選択を迫ることになっちまったね。まだ麻帆良に来て一日もたってないってのに。千雨の選択次第だが、もしこちら側に来るというのならば、俺はネギのことをどうこう言えなくなっちまう。『赴任早々魔法バレとかww』なんて口が裂けても言えなくなりますなぁ。

 ま、フィオの言葉じゃないけど千雨は面白そうな子ではあるし、勧誘を適当に済ませるつもりなんてないけどさ。

 

「麻帆良がおかしいのには理由があるっていうのか?」

 

「そう。麻帆良がおかしいのは何故か。それを誰も疑問に思わないのは何故か。しかし千雨には『おかしいのだ』と認識できるのは何故なのか。俺たちには心当たりがある。だから千雨が知りたいっていうのなら教えることも出来る」

 

 そういえば千雨の敬語が抜けてるな。軽度の混乱のせいかね? 俺としては敬語なんてない方が楽だからそのままが良いんだけど、落ち着いたら戻っちまうのかもしれないな。

 

「……サラッと教えるわけじゃなく私に知りたいかどうかを聞くってことは、それにも理由があるってことか?」

 

 おぉー。内心俺は喝采を上げる。鋭いなんてものじゃない。フィオも念話で俺に同意してきた。

 

「ま、正解だ。知らない方が良い、とまでは言わないけど、知らなくても生きていくことはできる。知るべきか知らないでいるべきかは一概には言えないけど、俺たちから見れば千雨は知った方が良いだろうと思った。だからこうやって選択肢を提示した」

 

「私とアイカのいる側と、千雨のいる側には壁があるのよ。今、千雨はその境界に立っているわ。何故麻帆良の人間と千雨とでは常識というものに齟齬があるのか、その答えを知る側が私たちの立つ側。貴女は選べる。真実を知り、こちら側に立つか。それとも何も知らないまま、そちらに留まるか」

 

「こちら側にもリスクはある。だがそちら側のままでも当然リスクはある。千雨が知らないだけでね。言ってみればこの選択は、千雨が自分の置かれている状況がどういうものなのかを知る機会でもあるわけだ」

 

「どうする、千雨? こちら側に来るというのなら歓迎するけど?」

 

 千雨は俺とフィオの言葉を黙って聞いていたが、話がやむと途端に目つきを鋭くして睨んできた。

 

「あのなぁ。そんな説明でどうするか決められるわけないだろ。聞いた限りじゃ後戻りなんて出来そうにないし、だったら余計に説明はして貰わねぇと」

 

 それはそうなんだけどさ。

 

「知るということはそのままこちら側に立つということになるのよ。だから取っ掛かりさえも教えるわけにはいかないの。私たちが話したという状況だけを見て、その情報量の多寡に関わらず、貴女がこちら側に来たのだと他の連中は勘違いすることでしょうしね」

 

「……他の連中、ね。つまりは私が感じてる違和感は、誰かが作ってるものだってことか。そしてそいつらはそっち側とやらのことを知られたがらない、と」

 

『ホント鋭いわねぇ。この子なら自力で真実まで辿り着いてしまいそう。特にこんな街に暮らすともなれば』

 

 まったくだ。実際『原作』では誰から教えられるでもなく魔法に辿り着いてたしな。第三者の立場から自身の考察のみでネギ=魔法使いという構図に到達した存在。ある意味3-A――今は2-Aか――の中でも突出している。学園祭を迎えれば否応もなく知ることになるだろう。武道大会をスルー出来たとしても、待ってるのはvs火星ロボとかいうイベントだ。CGスゲーなんて納得の仕方は出来ないだろうし。もっとも『この世界』の未来が『原作』と同じだという保証はないが。

 

「一つだけ聞かせてくれ。この状況は何のために作られてるんだ? 非常識なことが普通だと思わせられているってのは、なんのためだ?」

 

「詳細は俺たちも知らない。こっちに来たのは今日だしな」

 

「でも予想は出来るわ。この状況によってどんな『メリット』が生まれるのかを考えれば済むこと。千雨も一つくらいは思いつくんじゃないの?」

 

「……異常を普通だと思わせることでのメリット? ……いや、そもそも異常を異常だと思わせなくする方法なんてあり得るとも思えねぇけど、でもそんなもんがあるっていうなら……。それによって恩恵を受けるのは、元々異常だった奴、かつ目立ちたくない奴らか。身体能力がオリンピック級の奴がいたとして、目立ちたくないってんなら周りの奴も全員オリンピック級にしちまえばいい、か? でもって麻帆良の人間にそのことを異常だと思わせ無くすれば、それがダメ押し。そっち側とやらを知られたくないってんなら、探られることも嫌なはず。麻帆良では普通、なんて言葉があれば探られることも無くなるんだし、メリットと呼べるかもしんないけど、でも……」

 

 千雨の考察が独り言に代わる。ブツブツと聞き取れないほどの言葉が続くが、それにともなってフィオの目が輝きだす。

 

(あー、興味津々って顔だ。まぁ俺もヘルマンも考えるタイプじゃないし、俺なんてこういう話にはついて行けなくなるからなぁ。ヘルマンもヘルマンで話なんかよりも戦闘ってなバトルマニアなところがあるし。つかヘルマン今頃何やってんだろ? 高畑が『悪魔なんて許さん』とかいって戦闘になってたりして。だったら面白いんだけどなぁ。高畑……今の俺で勝てるかどうか。咸卦法のせいで良くわかんねぇんだよな。基礎スペックが上がるんじゃ、ぱっと見で強さも測れねぇし。結局魔法世界では咸卦法の使い手には出会えなかったせいで、俺にとっては未知の領域。一度やり合ってみたいけど、うーん、理由がねぇんだよなぁ。顔隠して闇討ちでもしてみるか?)

 

 と、俺の思考が横道にそれていたところ、千雨が顔を上げる。どうやら考えは纏まったようだ。

 どこか吹っ切れたような不敵な笑顔だった。うん。実に好感が持てる。

 

「いいぜ。教えてくれよ。そっち側って奴を覗かせてもらおうじゃねぇか。こんな非常識な街を作って私を巻き込んでる連中って奴に、文句の一つでも言ってやりたくなってきたしな」

 

 オーケーオーケー。なら好きなだけ覗いてもらいましょうか。

 ま、聞いた後でそっちに戻りたいってんなら、手は貸すさ。スプリングフィールドの名前があればそのくらい出来るだろうし、たまには偉大なクソ親父殿の名前も利用しないとな。

 

「いいぜ、千雨。ならまずこの街をこういうふうに作ってる奴らの正体からだな」

 

 そう言って俺も笑う。ネタばらしってのはそれなりに楽しい物だ。手品の種を明かす時の快感みたいなものがある。

 

「なぁ千雨、魔法使いって信じるか?」

 

 

 

 ――こちら側とそちら側――

 

 魔法使いを信じるか。その質問から始まった話は千雨には俄かに信じがたいものだった。

 世界には魔法が存在し、魔法使いが実在し、魔法世界が実現している。既存の物理学では説明できない魔力が世界には満ちており、人体には気と呼ばれるエネルギーが充ちている。麻帆良で非常識な身体能力を発揮している連中は、無意識にそれらの力を行使しているのだとか。

 

「まるでファンタジーだな。リアリティが感じられねぇ」

 

『だがそれが現実だ』

 

 突然千雨の脳裏に声が響く。見ればアイカがニヤニヤと笑っていた。

 

『こいつは念話。つまりはテレパシーだが、魔法の一つだな。納得いったか?』

 

「超能力って言われた方が納得してたかもな。どっちにしてもフィクションの中の物だと思ってたけど」

 

「俺たちからしてみれば、魔法が存在せず魔物が徘徊しない世界の方がフィクションじみてる。銃弾が飛び交う戦場では夜眠ることがイコール朝になれば目覚めるという結果につながるというものじゃない様に、眠っている間に銃弾喰らって死ぬかもしれないという恐怖の中で生きてる人間にとって、睡眠が休息だなんてのはファンタジーだ。『リアル』なんてものは所詮そいつが信じてるだけの『現在』でしかないんだよ」

 

「私にとってのリアルもよそから見たらリアリティーなんてないってか」

 

 それ以降もアイカとフィオの説明は続く。

 地球において魔法使いたちはある意味管理されている。世界各地に魔法協会とやらが存在し、魔法を秘匿しているとか。当然秘匿の決まりを破れば、つまり魔法を知らない千雨のような人間に魔法の存在をバラせば罰せられる。

 

「それってヤバいんじゃないのか?」

 

「平気平気。故意に魔法の存在をバラしまくらない限り罰則なんて適用されたりしないって。本来はあってないような決まりだからな。滅多に施行されない法っていうの?」

 

「……なんでだよ?」

 

「そもそも魔法使いがつるむのは魔法使いなんだよ。あいつら基本的に根暗な引きこもりどもだから。交友関係狭いの」

 

 ハァ? と千雨は眉をひそめる。目の前で笑うアイカは根暗などという評価とは程遠そうだが。

 

「俺の故郷もそうだけど、普通は魔法使いだけで構成されている隠れ里みたいな世間一般とは隔絶された環境に閉じこもっているもんだよ。つまり一般人がいない環境。そんなとこにいるのが普通な魔法使いに、いちいち一般人に魔法をバラしたか?なんて疑わないわけ。たまに表に出る奴は正義の味方ごっこをやるようなクソ真面目な奴らだしな。NGOとして犯罪者を追ったり紛争に介入したりして日々ヨノタメヒトノタメニガンバッテル奴らが、わざわざイケナイコトとされてる魔法バラしなんかしないし」

 

「ふぅん。そんなもんなのか。……っておい、ならなんで麻帆良なんだよ。ここの異常は魔法使いとやらが作ってんだろ?」

 

 アイカの説明と麻帆良はまるで共通点が無いように感じる。魔法をバラしたくないというのなら、知られたくない一般人との接点を持たないよう引きこもるというのは納得がいく話だ。

 だが麻帆良には一般人が溢れている。その上異常な能力を持つ人間を量産するなど、逆に魔法の存在を世界にバラしたいようにすら感じる。絡繰茶々丸のようなオーバーテクノロジーを感じさせるガイノイドなどが顕著な例だ。あんなものが表に出れば、麻帆良には何かがあるのでは?と疑われるのは必至のはず。情報流出を防ぐならば情報を持つ者は少なければ少ないほどいいだろうに。誰かが麻帆良の外でポロっと麻帆良のことを話したらどうするつもりなのか。

 

「その矛盾が麻帆良の奇妙なところなのよ。アイカはどう思う?」

 

「アレのせいじゃねぇかなって」

 

 そう言ってアイカが指したのは、千雨にとって麻帆良が非常識だと断じる理由の一つでもある世界樹。

 

「千雨にゃ分からないだろうけどアレ、とんでもねぇんだよ。つかヤバすぎ。なんつうか、……パネェ」

 

「ボキャブラリー少なすぎだろ」

 

「まぁ、そうね。アレも理由の一つでしょうね。千雨に分かりやすく説明するなら巨大な不発弾が地面に突き刺さってるようなものなのよ」

 

「……不発弾って」

 

「似たようなものよ。下手に手を出せば何が起こるか分からない爆弾。でも利用価値や研究価値のある存在。アレを管理するために、麻帆良は作られたのかもしれない。魔法使いたちが動きやすいような『異常を普通と捉える人々の街』を。この国の首都近くで隠れ里なんか作れないから、仕方なく一般人まで巻き込んでいるのかもね。それが楽観的(ポジティブ)な意見」

 

 何を起こすか分からないような物騒な物のそばに住むことにさせといてポジティブも何もないだろうと千雨は思うが。

 

悲観的(ネガティブ)に考えるなら、千雨たち一般人は盾にされているのかもしれない」

 

「は? 盾?」

 

「魔法使いは魔法をバラしてはならない、そう言ったわよね? つまり魔法使いたちは一般人の前では魔法を使えないのよ。まぁ例外はどこにでもいるけど」

 

 フィオがアイカをじっと見る。アイカは不思議そうな顔をしていたが、千雨はなんとなく理解していた。ああ、こいつは『例外』っぽい。というか、ルールは破るためにあるとか言いそうだ、と。

 

「日本には土着の魔法体系があるそうなのよ。陰陽道だったかしら? とにかくその協会が関西にあるのだけれど、彼らは日本全体の管理を主張しているの。で、麻帆良にある協会は外来の物。西洋魔法の使い手たちが作る協会ね」

 

「……おい、それってつまり」

 

「概ね想像の通りだと思うわよ。関西と麻帆良は喧嘩中。関西側は関東を取り戻したくて今にも殴りこんで来たいのだけれど、ここには魔法のマの字も知らない一般人で溢れてる。魔法使いが乗り込むには都合が悪すぎるわけね」

 

「それで盾かよ。無関係者が大勢いるんだから攻めてくるなってか?」

 

「麻帆良側としては殴りこんでくるのを今か今かと待っているかもね。一般人の前で魔法の秘匿を怠ったとなれば、相手側を悪とすることもできるし、関西が麻帆良の人間を傷つければ逆侵攻の大義名分が立つわ。まったく、メガロが好きそうな下品な手」

 

「メガロってのは知らないけど、やくざみたいな手だわな。私も盾の一つだったわけだ。それも守るための盾じゃなく、傷つけられることに意味がある盾。なるほど。知らないでいてもリスクがあるってのはこういうことか」

 

「ま、フィオの言うことは話半分に聞いとけって。基本腹黒なせいで相手のことも黒く予想しすぎるからな。でもまぁ千雨は遅かれ早かれ巻き込まれてたと思うぜ? なんたって英雄候補サマのクラスだからな」

 

「それってアイカのことか?」

 

「いや、俺の兄貴。来月くらいに2-Aの担任に赴任してくるはず。九歳だけど」

 

 ……は? 千雨は声にも出さず驚きを示す。九歳で担任? というか、

 

「兄が九歳って、……アイカは私と同い年なんじゃないのか?」

 

「いや、俺も九歳。まぁ肉体年齢はもうちょいあるけど、そこらへんは魔法のアレコレってことで」

 

「いや、え? だって九歳? は? てか九歳の担任? いくら麻帆良だからって……いやいや。……え? 私も巻き込まれるって? マジ?」

 

「マジ。だから千雨は自衛手段を持つためにも魔法に関わるべきだと思うんだけど」

 

 と、そこでアイカはグイッと茶を飲み干す。

 

「座学の次は実践だな。とりあえずこっち側に踏み込む前に魔法に対しての危機感を持っといた方が良いだろ。ファンタジーでもなければ手品でもないリアルとしての魔法を知って、踏み込むことの危険を知って、踏み込まずにいることで無防備のままさらされるかもしれない危険を知って、それで決めてもらおうか」

 

 タンッと器をテーブルに置く。それは食事が終わったことを告げる合図であり、

 

「ホントはもうちょい大人しくしておくつもりだったけど、善は急げともいうし、正義の味方ごっこでもしますか」

 

「さっき言ってたあれか? NGOとかの。ってか何するつもりなんだよ?」

 

「とびきりの吸血鬼が麻帆良には居るんだよ。だからちょいとぶっ殺しに行こうぜ」

 

 そう言ったアイカの表情は、同性の千雨が見惚れるほどの笑顔だった。

 




というわけで取りあえず千雨を引き込むための下地作り
彼女は『ファンタジーに巻き込むな』って言いそうなので引き込むのが難しいです。まぁなんだかんだで巻き込まれちゃうんですけど

それと久々に戦闘シーンに入れそうですな
次回からエヴァ編です。ヘルマン戦から十年近く(別荘使用込みで)経ってますが、エヴァにどれだけ通用するのやら


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27.邂逅

 ――戦場へと向かう道すがら――

 

 闇の福音(ダークエヴァンジェル)。それは麻帆良に来ることが決まってから楽しみにしていたモノの一つでもある。

 吸血鬼であるというだけで悪だと決めつけられ、六百年もの間狙われ続けてきたその生に対して同情はあるが、それはそれ。『原作』を知る身として呪いから解放してやりたいとも思うが、それ以上に戦ってみたいという思いの方が強い。

『最強』というものが手の届くところにいるというのなら、挑戦しないと男じゃないだろう。

 ……なんだか俺も一端の戦闘狂(バトルマニア)になっちまったようだが、まあいいか。ドラゴン相手に逃げ惑ってた頃と比べて、成長したと言えるのかね?

 

「おい! ちょっと待てよ! なんだよ吸血鬼って!?」

 

 とは引きずられるようにして連れて来られた千雨。フィオはと言えば、呆れて物も言えないとでも言いたげな視線を向けてくる。

 

「麻帆良にはとんでもないのがいるのさ。伝説級の吸血鬼。お伽噺で語られ続けているほどの魔王。六百万ドルの賞金首。敗北が死を意味する世界で六百年生き続けてる飛び切りのバケモノがな」

 

「なんだってそんなのが麻帆良に……。ってかそんなヤバいのが居るってんなら近づかない方が良いだろ! なんで私まで」

 

「言ったろ? 選択してもらうためには千雨の置かれてる立場に何の力も持たずにいることの危険さを分かってもらうのが一番いい」

 

 自分がどれだけ危ない綱渡りをさせられているのかを知れば、魔法と言う超常を手にする覚悟も決まるだろう。もっともアレ相手には生半可な力じゃ通用しないだろうし、綱渡りが吊り橋渡りにグレードアップするくらいだとは思うが。

 

「だからってわざわざこっちから行く必要が無いだろ! フィオレンティーナもなんか言ってくれよ。さわらぬ神に祟りなしって諺がこの国にはあるんだよ」

 

「フィオでいいわよ、千雨。それと、こちらから近づかない限りは無関係なんて甘いことも言ってられないわ。アイカの言う吸血鬼は女子中等部に在籍しているそうだから」

 

「……はい?」

 

 フィオはエヴァンジェリンについて既に知っている。麻帆良に来ることが決まって一月。あらかたの情報は集めていたのだから。

 もっともそういうフィオもこの時点でエヴァとの戦闘というのには反対のようだが。

 

『もう少し根回ししておきたかったのだけれどね。はっきり言って今のアイカに勝てる相手じゃないわよ? どうせ封印状態との戦闘なんて嫌なんでしょ?』

 

『良くわかってらっしゃる。味わうなら最強の闇の福音じゃねぇとな。だから呪いに関しては頼んだぜ、フィオえもん』

 

『その呼び方はやめなさい。……ハァ。ヘルマンはどうするの? 肉壁くらいにはなるでしょうけど』

 

『あいつが来ると高畑まで来そうだしな。こっちに監視が無いってのはあっちに監視が行ってるってことだろ? ならあいつの役目は目を惹きつけるってことで』

 

 と、そろそろ見えてきそうだ。

 強力な魔力の気配。無理矢理封じているのだろう呪いの気配。よくもまぁ今まで外部にバレて来なかったものだと不思議に思えるほどの力の波動。

 それを辿るだけで『原作』で見慣れたログハウスが見えてきた。

 

「さって、と。行くぜ、千雨? 相手は最強の吸血鬼。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ」

 

「クラスメートじゃねぇか!? なんだよこの展開!!」

 

 頭を抱える千雨をよそに、俺は両手をゴキリと鳴らす。

 

 さぁ、楽しい楽しい殺し合いだ。

 

 

 

 ――麻帆良の外れ 森の中――

 

 いつものことながら、良くもまあ後先考えずに行動できるものだ。そうフィオは呆れ混じりにため息をこぼす。

 彼女たちが立つのは洋風のログハウスの前。既に闇の福音は目の前だ。

 かの闇の福音が麻帆良にいることを知った時から、こうなることは分かっていた。アイカならば必ず彼女に挑むだろうことは想像に難くないのだから。だが、叶うことならば時期を図りたかった。

 真祖に挑むともなればそれなりの準備が必要だし、一時でも封印を外すとなれば対外工作もするべきだろう。戦場となる場所に仕掛けを施すことも出来なければ、保険を掛けることも出来ない現状は、フィオにとっては頭の痛い所。

 

 もっとも、だからといってアイカを死なせるつもりなど毛頭ないが。

 

「さてと」

 

 そう言ってフィオは懐から魔法具を取り出す。

 結界を構築するためのマジックアイテム。ナイフを模したそれを四つ手にし、

 

「結界範囲は二百メートル四方くらいでいいかしら?」

 

「それぐらいが妥当だろうな。広範囲殲滅魔法の平均射程が百から百五十フィート。それ以下だと殺してくれっていうようなもんだ」

 

 百五十フィートは約四十六メートル。千雨もいることだし『戦場』は少し広めにとっておくべきだろう。

 フィオは頷くとナイフを投げる。自分を中心に離れて行ったそれらは、結界範囲を指定するための標。

 それらが大地に突き刺さると同時に、足を一踏み。一つ目(・・・)の結界が展開された。

 空間に描かれるのは青色の四角錐。急造とはいえ、抜けるものなどいないだろう。旧世界の魔法使いともなればなおさらに。

 

「これで外からの邪魔は入らないわ」

 

「闇の福音は解放されたのか? 呪いが届かなくなった的な感じで?」

 

「まさか。それはこれからよ。千雨、もう少し私のそばに。どうやら怖い魔法使いがお出ましのようだからね」

 

 千雨を背後にかばい目を向ければ、ログハウスから現れたのは憮然とした表情の少女の姿。

 

(数百年ぶりね。闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)

 

 

 

 

「貴様らか。私の庭で好き放題やってくれたのは。……ん? そこの貴様は長谷川千雨か? 関係者ではないと思っていたが」

 

 ログハウスの入口、一段高い場所から睥睨するのは幼女姿のエヴァンジェリン。幻術を纏った手配書の姿とはまるで違う姿ではあるが、放つプレッシャーは本物。今更ながらにフィオはアイカを止められなかったことを後悔していた。

 

「千雨は見学だよ。ちょっとしたワケアリでな。テメェに用があるのは俺だ」

 

「……ふん。まあいい。何処の誰が関わることになろうが、関わろうとして記憶を奪われることになろうが、私には関係ないしな。それで、私に用があるとか言う貴様は、何処の誰だ?」

 

「ああ、こいつぁ失礼。名乗り忘れるたぁうっかりしてた」

 

 アイカの顔は後ろに立つフィオには見えない。しかしその表情は、容易に想像できるというもの。

 アイカは笑みを浮かべているのだろう。牙を見せるように、全てをあざ笑うかのように。その暴力的な笑みこそが、アイカの本質。物心がつくより早くに家を飛び出し、ひたすらに生き残るための力を磨き続けたゆえ到達した彼女の野生。

 

「俺の名はアイカ・スプリングフィールド。よろしく頼むぜ、エヴァンジェリン」

 

「スプリング……フィールドだと? ……クッ、ククク、そうか。貴様がジジイの言っていたナギの娘か」

 

 対するエヴァンジェリンも笑みを見せる。凄惨な笑み。見るものに恐怖を与える笑み。血に飢えた獣の笑みを。

 

「そちらから出向いてくるとは予想外だったぞ。だが手間が省けた。貴様の血を啜り力を貰おう。この身を縛る呪いを解くための力をな」

 

「そういやテメェを縛ってんのはあの赤毛の呪いだったな。いいぜ。好きなだけ持ってけよ。ただし、俺に勝てたらだけどな」

 

 アイカの言葉とともに不可視の風が荒れ狂う。

 魔法でも気でもないそれは、膨大なるフィオの知識をもってしても解析不可能なアイカの固有技法。『念』の唸りだった。

 

「フィオ!」

 

「はいはい」

 

 アイカが臨戦態勢に入るとともにフィオも魔術を紡ぐ。

 上位古代呪文に必要な魔力量の、さらに遥かに超えるソレを、大地へと打ち付ける。

 

 瞬間、アイカの不可思議な能力に言葉を失っていたエヴァンジェリンの両目が見開かれた。

 それもそのはず。その瞬間、十五年もの間、最強の魔法使いを縛り続けてきた呪いが消え去っていたのだから。

 

「……貴様ら、いったい何を?」

 

 エヴァンジェリンの言葉に取り合わず、ただフィオは微笑を浮かべるのみ。

 彼女の行ったことは言葉にすれば簡単な物。

 周囲に展開された一つ目の結界。それを世界から切り離す。ただそれだけ。

 今ここにある空間は、麻帆良であって麻帆良でない。地球にあって地球にない。宇宙にあって宇宙でない、新たな世界。呪いなど彼方の向こうのことでしかなくなった、異空間。位相の異なる亜空間。

 それこそすなわち、火星に存在する魔法世界をどこにも存在しない魔法世界足らしめる、最古の大魔法の顕現だった。

 

 

「おーおー。いい感じじゃねぇか。これが闇の福音か」

 

「いったい何なんだ、貴様らは。人の庭を結界で覆ったかと思えば私の呪いを無効化したり」

 

「言ってなかったか? 喧嘩しに来たんだよ。ちょうどいいことに俺の血をご所望らしいじゃねぇか。さっさとやろうぜ?」

 

 同時にフィオへと念話が届く。

 

『この結界、どれくらい持つ?』

 

『触媒も満足に用意できなかったからね。せいぜい五分。私が戦闘に参加するともなれば三分持てばいい方よ』

 

『オーライ。初っ端からMAXで行くわ。フォローヨロシク』

 

『はいはい。それと、上』

 

「上?」

 

 フィオの念話を聞いてアイカは上を向き、ギリギリのところで間に合った。

 空から降る巨大な刃を、否、巨大な刃物を振り回す人形を受け止めることに。

 

「ケケケ! 楽シソウナコトシテルジャネェカ! 俺モ混ゼロヨ、御主人!!」

 

「ハッハー! 従者の方は物分りが良いな! 最高だぜ、人形!!」

 

 狂ったように笑い声を上げるのは、人形遣い(ドールマスター)が誇る最強の従者。チャチャゼロ。エヴァンジェリンが呪いから解放されたことで自由を取り戻した殺戮人形だった。

 

 

 

 ここに、戦端が開かれた。

 

「チッ。チャチャゼロめ。勝手なことを。まあいい。この闇の福音に喧嘩を売ったことの愚かしさ、存分に教えてやろう」

 

 舞台に上がるは二人の魔女と二人の戦士。そして一人の傍観者。

 

「千雨、アナタは私の後ろに。あまり顔を出さないようにね。首が飛ぶわよ」

 

 サウザンドマスターの娘が麻帆良入りしてすぐに起こしたこの騒動は、のちに大きな影響を及ぼすことになる。

 

「ってかなんなんだよ、これは!? 私は何でこんなとこにいるんだよ!! いきなり魔法だのと言われて、そのうえクラスメートが吸血鬼だって!? わけわかんねぇんだよ!!」

 

 それは人の運命を変え、街の在り方へと響き、そして歴史を狂わせる。

 

「ケケケケケ!! 久シブリニ肉ガ斬レルゼ! 骨ガ断テルゼ!! 人ガ刻メルゼェ!!! ケケケケケケ!!!」

 

 アイカしか知らない正史は既に無限の彼方の向こう。乖離は進み、世界は捩れ、

 

「やって見ろや人形が! ぶっ殺すのは俺の方だってのを教えてやるよ!!」

 

 笑う二人と嗤う二人の戦争が、たった一人の観客のための戦場(ショー)が、今、幕を上げた。

 




最近サイトが異様に重いのは私だけなのだろうか
おかげで書いて保存→しかしエラー
修正して保存→しかしエラーの連続で
書いたつもりが書いてなかったなんて部分が無いといいんだけど
文章の整合性が無い箇所等あれば報告いただきたいです

さてvsエヴァ編 おそらく四話ほど続きます
ヘルマンは蚊帳の外。茶々丸も今頃はバイトしてます
それがどう響くのかは追々ということで


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28.殺し合い

 ――死地の只中で――

 

 おそらくログハウスの二階から飛び降りてきたのだろうチャチャゼロの奇襲を受け止め、俺は即座に『念』を発動。既に『堅』の状態だったオーラを能力によって別物へと作り変える。

 

神のご加護がありますように(マバリア)』 発動

 

『発』修得時点においては制約など付けるつもりすら無かったマバリアだ。発動へのタイムラグはない。

 瞬間的にプロテス・シェルが展開し、何よりも信頼できる鎧に包まれることを知る。

 同時にリジェネが発動。生命力が漲り、ダメージという名の『敵』に対する迎撃態勢をとる。

 ヘイストが体感速度を圧縮し、世界を置き去りにする快感に体が震えた。

 

「やって見ろや人形が! ぶっ殺すのは俺の方だってのを教えてやるよ!!」

 

 笑みを浮かべながら吠え、チャチャゼロへと拳を振るう。その五体をガラクタへと成り果てさせる、ただそのためだけに。

 正に砲弾。大気の層を貫く拳は、俺からしたら弾丸などと言う比喩など侮辱に思えるほどの一撃。

 ヘイストの加護を受け音速を超える拳打は歪な音を立ててチャチャゼロへと迫るが、

 

「キャハ!」

 

 心底楽しそうな声で笑う殺戮人形には体を捻られるだけで躱されてしまった。

 

(さすがはエヴァンジェリン最強の従者ってとこ、かッ!?)

 

 空中で姿勢を崩したまま、しかし人形だからこそできる挙動だろう、人には不可能な体勢からチャチャゼロは武器をひるがえす。

 精々が三頭身ほどの体躯だというのにチャチャゼロが振るうのは巨大な刃。彼女の身の丈ほどもある武骨な剣は、まさに人体の一刀両断も可能だろう。感じるプレッシャーは魔法世界で戦った竜種の爪にも劣らない。

 チャチャゼロの撃墜のために伸びきった俺の腕を切り落とすため、いささかの躊躇もなくチャチャゼロは剣を振り下ろしてきた。

 

「ハッハー!!」

 

 しかし俺も危機など感じない。チャチャゼロ同様笑いながら迎撃に移る。

 ヘイストによって加速した思考をもってすれば、神速の斬撃だろうと対処法を考えることも可能。ヘルマンとの戦闘に明け暮れた日々の経験が、近接戦闘におけるキャリアが、瞬時にカウンターを脳裏へ導く。

 

 伸びきった腕を曲げる。剣が掠り鮮血が舞う。

 拳先にあったオーラを即座に移動。狙うは不自然な体勢のまま滞空しているチャチャゼロの中心。

 体ごと押し込み、全力の肘鉄をチャチャゼロへと叩き込んだ。

 

 それは一歩間違えれば腕が飛ぶ行為。カウンターのために攻防力の八十以上を肘先に集めた以上、必然防御は下がるのだからなおさらだ。

 ともすれば捨て身とも呼ばれる攻撃は、防より攻に片腕をかける覚悟によりオーラを増加させ、チャチャゼロをしたたかに打ち抜く。

 しかしやはりは闇の福音の誇る殺戮人形か。鋼鉄すらをも爆砕可能な一撃をもってしてもまるで堪えた風はない。衝撃に弾き飛ばしはしたものの、狂笑を止めようともしない様子を見れば、着地と同時に反撃に来るだろう。

 

(やっぱ一撃じゃ壊れねぇよな。まぁだからこそ面白い。さぁ、十でも百でも叩き込んでやるよ!)

 

 俺は足へとオーラを移動させ、追撃の構えをとる。

 ヘイストによる加速と『流』による歩法を組み合わせれば、瞬動を置き去りにすることすら可能。体勢を整える前に叩く。

 足元のオーラを推進力に代えようとした刹那、

 

 ゾワリ そんな音が背筋を駆けあがった。

 

「喧嘩を売った相手は私だろう? 小娘」

 

 前傾姿勢をとっていたアイカの背後に浮かぶのは、魔法世界において魔王とまで呼ばれた大魔法使い。

 エヴァンジェリンの貫手が、心臓へと振り下ろされた。

 

 

 

 ――死線を目にして――

 

 エヴァンジェリンの貫手がアイカの心臓めがけて疾走する。

 エヴァンジェリンの言葉が無ければ気づくのが一瞬遅れただろう。だが、エヴァンジェリンからの言葉で奇襲に気づけたからと言っても、それは一瞬遅かった。

 ギリッと歯を噛み合わせる音を周囲に響かせながらアイカは躱そうと身をよじるが、黒い殺意を纏った真祖の爪は深々とアイカの左腕をえぐる。

 かろうじて狙いを外しはしたが、それでも致命傷にも等しいほどの血が噴き出していた。

 肉片が飛ぶ。骨が見える。今にも外れて、左腕が落ちてしまいそうだと、そんなことを千雨は思っていた。

 

 何が何だかわからなかった。

 千雨にすべてが見えたわけではない。あまりの速さで展開する戦闘は、魔法どころかごく一般的な武道にすら触れたことのない千雨には目で追うことも出来なかった。

 普段の冷静な思考はなりを潜め、ただ千雨は混乱するしかなかった。

 

 だが、しかしそれでも何が起こったかはわかる。

 どこか可愛らしささえ感じさせる人形が、人殺しの道具をアイカへと振った。クラスメートだと思っていたエヴァンジェリンが、易々と人の体を破壊した。

 千雨とエヴァンジェリンは別に親しかったわけではない。下らない話で笑いあった記憶もなければ、放課後を共に過ごした記憶もない。友人などとはとても呼べないただのクラスメートであり、もしかしたら今日会ったばかりのアイカやフィオの方が、多くの言葉を交わしているのかもしれない。

 しかしそれでもショックを受けざるを得なかった。あのおちゃらけた雰囲気のクラスの一人が、まるで悪魔のような笑みを浮かべて返り血を浴びている。口元に付いたアイカの血を舐めている。

 

 これが現実。千雨が知らなかっただけで、常に千雨のそばにあった現実。吸血鬼というリアル。

 

 アイカらの説明を聞き終わった時、千雨はやはり関わらない方が良いのではないかと思い始めていた。麻帆良のやり口には怒りを覚えるし、自分が『敵の良心』に頼ることで平穏に暮らせているだけだという事実には恐怖を覚える。

 しかしそれでもどこか自分とは関わりの薄いことだと思っていた。あえて首を突っ込まなければ被害など受けたりはしないだろうと。自衛の力など必要ないだろうと。

 だがそうではなかった。非常識なクラスにおいては影が薄いとすら感じるエヴァンジェリンが、しかし血を啜るバケモノだという事実を突きつけられたのだ。もはや関わりたくないなどと言えないだろう。

 既に深く関わってしまっているではないか。なるほど確かに自分は危うい綱渡りを強いられてきたのだろう。いつ牙をむくかもわからない猛獣の檻の中で、自分が何の傍にいるのかすらわからずにいたようなものだ。

 体が震える。血の気が失せる。それは現実を知ってしまったから。なんの覚悟もなく殺し合いを見せられたことも、R15のスプラッター映画が総じてB級に思えるほどの血の量を見せられたことも、今はもう思慮の外。ただただ現実が恐ろしかった。

 

 気が遠くなる。気絶してしまえば楽なのかもしれない。そう千雨が思い、意識を手放そうとしたその時だ。

 

 腕から鮮血を撒き散らせながらも、アイカが吠えた。

 

「片腕潰したくらいで……勝ち誇ってんじゃねぇぞ、ロリータァ!!」

 

 かろうじて繋がっているといった左手を気にも留めずに体を振るい、

 右の拳を勝利を確信しているエヴァンジェリンの顔へと突き立てた。

 

 

 

 

 アイカの拳を受け吹き飛んだエヴァンジェリンへとアイカが疾走する。

 それを邪魔するかのように横からチャチャゼロの剣がアイカへと襲い掛かる。

 戦闘が再開される。撒き散らす血液で緑溢れる森を赤く染めながら。

 

 その光景はなんと呼ぶべきだろうか。

 魔法使い同士の戦闘と聞いて千雨がまず思い浮かべたのは格闘ゲームのような闘いだったが、それとも違う。

 古菲の応援ということでクラス全員が応援に駆り出されたウルティマホラで見た試合とも違う。

 お互いに狙うのは『殺すこと』。ダメージを与えて相手の攻撃を鈍らせようとするのではなく、攻撃を止めさせるために腕を斬り落とそうとする戦い。体力を削って倒そうとするのではなく、足を止めるために足を斬り飛ばそうとする戦い。

 どこまでも原始的で、どこまでも合理的な、完全な殺し合いだった。

 

 

「さて、千雨。私たちも動くわよ」

 

 そんな時だ。目を背けたくても目で追ってしまう戦いを見つめていた千雨にフィオが声をかけたのは。

 

「そろそろ一分。このままだとタイムアップの前にアイカが死にそうだし、手を出すわ」

 

「は……はぁ!? 手を出すって、アレにか?」

 

 千雨の指差す先では今も三人が闘争を続けている。どうやっているのか、戦場を空中に移して。

 まるで吠える代わりに狂笑を上げる猛獣どもと、高笑いを続ける吸血鬼。撒き散らされる血が、今では雨のように降っている。

 とても介入する余地など見当たらないが。

 

「そう。アレによ」

 

「それは無茶だろ。近づいただけでミンチにされるぞ?」

 

 アイカとは正反対の、静かな印象を与えるフィオに殴り合いが出来るとは思えない。いや、もしかしたら出来るのかもしれないが。なんといっても見た目は幼女のエヴァンジェリンでさえあれほどの動きが出来るのだから。魔法使いとはそういう(・・・・)連中なのかもしれないが。

 

「近づかなければいいじゃない。言っておくけど、アレは魔法使いの戦闘ではないわよ。闇の福音(ダークエヴァンジェル)までアイカにつられているけどね。あの子は色々な意味で人に影響を与えるから」

 

 ふわりとフィオが浮かぶ。同時に千雨の足が地面を見失った。

 

「う、うわ!?」

 

 突如包まれた無重力感に驚きの声を上げフィオへと掴まるが、フィオは千雨を一瞥もせず戦闘中の三人へと目を向けるのみ。

 

「私たちは千雨に自衛の手段を持つべきだって言ったわよね? まさかアレのような殴り合いを覚えさせようとしているとでも思ったの? 本来魔法使いとは魔法を使うもの。前衛が敵を防いでいる間に詠唱を済ませ、一撃で敵を殲滅する砲台役。エヴァンジェリンとて本来はあの人形に敵の足止めをさせている間に呪文を完成させるスタイルをとるのだけれどね」

 

 めまぐるしく動く三人に伴うように、フィオも一定の距離を保ちつつ動く。

 距離にして約二十メートルほどだろうか。エヴァンジェリン達がこちらに向かってこないところを見るに、その距離が何があっても対応できる距離なのかもしれない。

 ふと、千雨は気づいた。フィオが常にアイカの背後に位置どっていることに。

 そしてフィオは言葉を紡ぎ始める。朗々と歌うように。心に響くような凛とした声で。

 

「ラク・リク・リクシル・エリクシル 契約に従い我に従え炎の覇王

 来たれ 浄化の炎 燃え盛る大剣

 ほとばしれよ ソドムを焼きし 火と硫黄

 罪ありし者を 死の塵に」

 

 一瞬、アイカの背中がブレた気がした。

 エヴァンジェリンへと肉薄し、まるで千雨たちの視界からエヴァンジェリンを隠すように位置どる。

 しかしそれはエヴァンジェリンも同じことだろう。完全に千雨たち、正確にはフィオを見失ったはず。

 その瞬間、フィオが指を向けた。

 その指の先にあるのは味方のはずのアイカの背中。いささかの躊躇も見せず、フィオは魔法を解き放った。

 

燃える天空(ウーラニア・フロゴーシス)

 

 ささやくようなフィオの声に伴って、千雨は初めて魔法を見た。

 

 目も眩まんばかりの閃光が、耳を劈く轟音が、肌を焼き焦がす爆炎が、

 

 戦場の中心にいる三人へと襲い掛かった。

 




味方ごと焼こうとするとか、汚いなさすが魔女きたない
そんな28話 いかがだったでしょうかね?

没シーン
「縊り殺すぞ小娘ェ!」
「やってみろロリータァ!」
「誰がロリだクソガキ!!」
「テメェだクソロリ!!」
「私は六百年生きてるんだぞ、ロリ言うな!!!」
「ならババァだな! 道理で加齢臭がすると思ったぜ!!!」
「こ……殺ォォォォォォォォォォォす!!!」
「ギャハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

千雨が恐怖とか感じずに生暖かい視線を向けそうな気がしたので削りますた


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29.連携

 

 ――血を撒き散らして――

 

 楽しかった。自分でもわかるくらい気が高ぶっていた。

 俺の中心で何かが燃えるのが感じ取れる。それは生命の燃焼。生命エネルギーたる念の使い手だからこそ分かる魂の咆哮。

 全力疾走の後に心臓の高鳴りを感じるように、時に血流の音すら耳にできるように、命の際だからこそ生命の鼓動を理解する。

 ヘルマンとの『戦うための戦い』では感じられない感覚。『殺すための戦い』だからこそのギリギリのスリル。

 ああ、楽しい!!

 

 そんな得難い時間に水を差したのはフィオだった。

 視界の端に彼女が入るのを捉える。距離にして二十メートル弱。それは合図。

 長年共に過ごし、時に共闘した仲間との合図。『撃つから勝手に合わせなさい』。そう言葉にせずフィオは言っているのだ。

 

(……チッ。分かったよ)

 

 瞬時に俺は『円』を展開した。

 

 

『円』

 それは『纏』と『練』の応用技法。

 自分の周囲にオーラを広げ、その範囲内にあるものを知覚する術。

 H×H原作内においてはノブナガ、ゼノ、ネフェルピトーの『円』が印象的だろう。

 ノブナガは半径四メートル。ゼノ・ゾルディックは三百メートル。ネフェルピトーに至っては数キロもの『円』を展開したが、実際『念』を手にした俺から見れば、三者の『円』の最大半径の差は実力ゆえに出来たものではないと分かる。

 その差は偏に『役割』ゆえ。索敵を他の旅団に任せられるノブナガにしてみれば『円』の最大半径を自分の間合い以上に広げる意味などないだろう。逃げる標的を追う仕事もあるゼノにしてみれば数十メートルの『円』では修得する意味がない。外敵の警戒を任せられたピトーが必要とする『円』の最大半径はさらに広い。

 ならば俺はどうか。

 俺の『円』の展開可能距離は半径三十メートル。はっきりいって広げようと思えばさらに広げることも出来た。強化系の俺にとって『纏』と『練』の応用技は修得が容易なこともあり、この距離まで至ったのは数年も前のこととなればなおさらに。

 しかし俺はそれ以上円を広げようとはしなかった。俺の役割は、俺にとっての『円』の必要状況は、追跡のためでもなければ警戒のためでもないのだから。

 俺にとっての『円』の意味。それは連携の知覚のため。

 見えない位置から繰り出される仲間の攻撃を正確に知覚し、即座に対応するためなのだから。

 

 背後へ伸びた俺の『円』がフィオを包む。

『そこに誰かが居る』なんてことしか分からなかったのはかつてのこと。範囲を広げるかわりに精度を高めるための修行をしてきた俺の『円』は、最早唇の動きを、空気の震えを、どんな呪文が発動するのか、視線を向けるまでもなく『視る』ことが出来る。

 

 フードを被っていることにより生まれた死角、頭上から振り下ろされるチャチャゼロの剣を一瞥することも無く掴み取る。

 正面のエヴァンジェリンが驚愕に目を見開くがそれも当然だろう。オーラの見えない俺以外の人間にとって、今の俺の動きは云わば狂気の所業。実力的には格上のチャチャゼロの、それも命に確実に届く攻撃に対して視線もむけずに対処しきったのだから。己の命を度外視した行動に映ったことだろう。

 

 そのまま俺はエヴァンジェリンへと肉薄。チャチャゼロを射線(・・)へと放り、

 大気の層を蹴っての虚空瞬動。迎撃しようと爪を振るったエヴァンジェリンの攻撃を無視し上空へと跳んだ。

 

 瞬間、爆炎がエヴァンジェリンを襲った。

 

(さぁ、俺の究極(アルテマ)を見せてやる!!)

 

 

 

 ――炎に巻かれて――

 

 楽しかった。十五年ぶりの解放とともに味わう戦闘は、血も通わないはずのチャチャゼロの心を昂ぶらせていた。

 徐々に平和ボケしていく御主人様をからかうより時も、咸卦法の修得のために『別荘』へと入り浸っていた高畑を嬲っていた時よりも、かのサウザンドマスターを追っていた時よりも、幾倍も楽しかった。

 やはりこの身は殺戮のための人形。そう自覚できる程にアイカへと剣を振り下ろすことは楽しかった。確実に(コロ)そうと振るわれる拳に打たれることは楽しかった。

 しかしそんな時にも終わりが来る。アイカの仲間、フィオが介入する機を伺う姿が、否応もなく目の前のアイカだけに向けたい注意を散漫とさせる。

 もっとも決闘などというわけでもない戦いなのだから卑怯だなどというつもりもないが。そもそもこちらは二人がかりでアイカを襲っているのだし。

 

 フィオが詠唱に入る。小声で唱えているのだろう、チャチャゼロのいる位置までは聞こえないが、しかし魔法による奇襲は心配していなかった。

 それも当然。アイカがチャチャゼロらと近接戦闘を続けている以上、フィオは魔法を撃てはしない。仲間を巻き込まない程度の魔法ならば真祖たるエヴァンジェリンの魔法障壁を貫くことなど出来ないし、エヴァンジェリンにダメージを与えるほどの魔法ならば、アイカを巻き込まずにはいられない。

 ゆえに奇襲はあり得ない。アイカへなんらかの合図を送ってこない限りは。

 そして力を取り戻したエヴァンジェリンならばその合図を見逃すはずがない。たとえ念話による合図だったとしても、魔力の動きがある以上察知は出来る。チャチャゼロもそれを信頼し、

 結果、驚愕することになる。

 

 目も眩まんばかりの閃光。六百年間闇の福音(ダークエヴァンジェル)の従者であり続けた身を焼き尽くすほどの爆炎に包まれる。

 

(ア、アリ得ネェ! 味方ヲ考エネェ大魔法ナンザ、ウチノ御主人ダッテシネェゾ!!)

 

 広域魔法を撃つからには前衛を下がらせることは定石。それは人形を従者とするエヴァンジェリンも、自ら悪の魔法使いを自称する彼女ですらも守る鉄則。その思考の死角を突かれた。

 

(アイツハギリデ避ケタミテェダガ、前衛ガ前衛ナラ後衛モ後衛ダ! イカレテヤガルッ!)

 

 炎が晴れる。ギリギリで耐えきる。

 これが封印状態のエヴァンジェリンならば不死性ごと殺しつくされていただろう。それほどのダメージ。従者たるチャチャゼロも満身創痍という有様だった。

 

(ダガ、耐エキッタゼ。ケケケ。次ハテメェラガ殺サレル番ダナァ。――――ッ!?)

 

 今にも溶け落ちそうな愛剣を握り直し、チャチャゼロがフィオへと飛ぼうとした刹那、上空から巨大なプレッシャーが降り注ぐ。

 跳ね上げるように頭を上げ目を向ければ、おそらく退避がギリギリだったのだろう片足を焼かれたアイカが睥睨していた。

 

(……ナンダ、アレハ?)

 

 アイカは片手に黒皮の手帳を手にしていた。どこか懐かしさを覚えるスタイル。赤髪の男を幻視させる佇まい。

 しかしそれ以上に目を引くのは、彼女が今にも撃ちだそうと展開している魔法の矢。その数軽く千以上。

 

(アリエネェ……。アレハ本当ニサギタマギカカ? イヤ、ソレ以外ニアノ数ハアリエネェガ、)

 

 アレはヤバい。そうチャチャゼロは感じ取る。かつてエヴァンジェリンが一介の吸血鬼だった時代、まだ闇の福音と呼ばれてはいなかった時代に幾度となく感じた破滅の予感。それをフィオの炎よりも強く感じていた。

 

『チャチャゼロ』

 

 エヴァンジェリンも一瞬で看破したのだろう。アイカの魔法が通常のそれとは一線を画すものであることを。

 それゆえの念話。このような声など誰にも聞かせられないから。

 そしてエヴァンジェリンは続けた。

 

『……頼む』

 

「キャハ!!!」

 

 歓喜の声を上げる。御主人様の言葉に人形の身がギシギシと疼く。

 

 瞬間、射出されたアイカの魔法の矢からエヴァンジェリンを庇うように、チャチャゼロはその身を躍り出した。

 

 

 

 

 魔法の矢を撃ち落とす。十と撃てずに愛剣が砕け散る。

 

(久シブリジャネェカ御主人。ソノセリフヲ言ウノハヨォ!)

 

 エヴァンジェリンへと向かう矢を腕で止める。軋み、曲がり、弾け飛ぶ。

 

(ソウサ、俺ハソノタメニ作ラレタ。御主人ノ敵ヲ刻ムタメニ。御主人ヘ向カウ敵ヲ止メルタメニ)

 

 腕が無くなれば足を使う。どんな技法を使ったのか、上級魔法に匹敵する威力を持った魔法の矢にはそう持たない。

 

(壊レヨウガ砕ケヨウガ御主人ガ生キル限リ俺ハ死ナネェ。ダッタラヤル事ハ一ツシカネェ)

 

 背後ではエヴァンジェリンがすでに詠唱に入っている。唱えるは彼女の究極。分子運動すら停止する絶対零度を生み出す『えいえんのひょうが』。

 

(従者ヲ捨テ駒ニスルノハ悪カ? 違ェヨナァ。何ガ何デモ勝利シテコソ『悪』ダロォガ)

 

 左眼に着弾。顔の半分が持っていかれるが、それでもチャチャゼロは止まらない。

 

(テメェラノ連携ハ見事ダッタゼ。ダガ、勝ツノハ御主人ダ)

 

 目は背けない。極彩色の弾幕を、いささかも恐れずに身に受け続ける。百度、千度滅ぼされようと、エヴァンジェリンさえ守りきれば勝利なのだから。最弱の時代、幾度となくもぎ取ってきた勝利と同じなのだから。

 

(勝ツノハ御主人。勝ツノハ俺タチ。勝ツノハ闇の福音(ダークエヴァンジェル)ダ!!)

 

 弾幕が終わる。既にチャチャゼロはボロボロで、最早首を動かすことすら出来ないが、それでも耐えきった。エヴァンジェリンを守りきった。

 

 

 

 

 しかし、

 

(イネェ……ダトォ!?)

 

 晴れた視界にアイカはいない。上空から見下ろしていたはずのアイカは、そこから消え失せていた。

 

『カッコよかったぜ、チャチャゼロ。だが、勝つのは俺たちだ』

 

 不意の念話。敵のはずのアイカから送られてきた念話に、その魔力の出どころを探れば、

 

「御主人ッ!! 後ロダァ!!」

 

 チャチャゼロ同様アイカを見失っていたエヴァンジェリンの背後で、彼女に手帳を向けるアイカがいた。

 

 




チャチャゼロはエヴァLSのメイン盾 そんな29話 まるでアイカが悪役みたい

ちょろっと雑記
作中でも出ましたが、『円』に関して
たまに『ノブナガって弱いんじゃね? 円で半径四メートルってww』てな感じの発言を某掲示板なんかで見かけますが、
2Pカラーはそれは違うんじゃと思ってます
むしろ戦闘要員のノブナガが数百メートルの円を使ってたら、その修行する時間を他の能力鍛えるために使えよってなりませんかね
アイカも同様です
現状では円の最大範囲は半径三十メートルですが、これ以上にはなりません
『あれば便利』程度の能力よりも他を伸ばさせるつもりですので
索敵ならば14話で出たヘルマンの使い魔使役術やフィオえもんがいますしね

修正)エヴァの詠唱中の魔法を『おわるせかい』から『えいえんのひょうが』に変更しました
スクナにぶっ放したアレ、一つの魔法じゃなかったんですね
凍らせた後で粉砕用の魔法を重ねていたとは


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30.フードの奥

 

 ――空を舞い――

 

 エヴァンジェリンがチャチャゼロに防御を任せた瞬間、俺は理解していた。

 非常にオーソドックス且つ強力なスタイルにエヴァンジェリンが移行したのだと。

 すなわち、従者に前衛を任せ、後衛は砲台役に専念するという『魔法使い』のスタイルに移ったのだと。

 ならばエヴァンジェリンの構える魔法は十中八九広域魔法。『原作』においてリョウメンスクナを圧倒した『えいえんのひょうが』か、それに準ずる大魔法だろう。

 

(バカ威力の魔法に対する有効打は『距離を詰める』こと。自分自身や味方まで巻き込むともなれば、大魔法は破棄される。……だが)

 

 だが『距離を詰める』ことこそがこの世界では困難。

 エヴァンジェリンやチャチャゼロの退路を塞ぐために広範囲に展開した魔法の射手のせいではない。俺が弾幕を展開する場合には、あらかじめ接近へのルートを構築するためのスキマを設けている。それを辿れば俺自身が被弾することなく接近することは出来るだろう。

 しかし相手は最強の魔法使い。たとえ視界を覆うほどの弾幕があろうとも、気配のみで敵の接近を感知し、迎撃することが可能。

 

(魔力や気は隠せない。隠すではなく消すともなれば、それは戦闘中に完全に無防備になることと同義。今、エヴァンジェリンは俺の魔力が動くかどうかをつぶさに観察しているはず)

 

 そう。『この世界』の法則では力を持ったまま距離を詰めることはできないのだ。

 

(向こうはこう思っているはず。『自分に気づかれずに接近できるような奴などいない』と。だがなぁ)

 

 だがしかし、俺は『ここ以外の世界』の法則でその現実を踏破する。

 

 

『隠』

 念能力基本の四大行が一つ『絶』の応用技法。

『H×H』においては対抗策として『凝』が存在するため、時に念を見えにくくするだけの技術ととられがちだが、『隠』の汎用性はそれどころではない。

 クラピカvsウボォーギン戦でそれは理解できるだろう。

 土煙にまぎれたウボォーは『隠』によって気配すら隠して見せたし、クラピカはチェーンジェイルで縛っているにも拘らず、ウボォーの触覚からすら念を隠し通した。

 たとえ触れていたとしても、『凝』を用いなければ看破は不可能。それこそが『隠』。

 

(念能力すら存在しないこの世界で、俺の気配を読める奴なんていないんだよ!)

 

 まばゆく輝く光の矢を縫うように虚空を走る。

 既に魔法は詠唱済み。全身から噴き出そうとする血をオーラで抑え、そして今にも落ちそうな腕をオーラで留めている現在、『マバリア』を解いて『硬』を使うとなればこちらにまでダメージが来てしまう。となればもう一度『アルテマアーツ』による攻撃をするしかない。

 強化系能力者にとって最強の矛である『硬』を使わず、しかし最高の攻撃をするために俺がベットするのはリスクと覚悟。

『アルテマアーツ』の制約をバネに。強大な吸血鬼の爪が容易に届く距離にあえて身をさらす覚悟をオーラの強さに。

 

(俺が『アルテマ』に適用可能な魔法の射手の最大数は6000超。その分のオーラをすべて一矢に込めてやる)

 

『隠』によって気づかれぬままにエヴァンジェリンへと走る。わずかな魔力も外側に漏れないよう、『隠』のオーラで抑え込む。

 

(さぁ、フィナーレだ)

 

 エヴァンジェリンの視線の先、チャチャゼロがかろうじて耐え切った弾幕が晴れる。

 その先には俺はいない。主を守りきったことで勝利を確信していたのだろうチャチャゼロの表情が変わった。

 

『カッコよかったぜ、チャチャゼロ』

 

 それは自然と出てきた言葉だった。主人のため、自分たちの勝利のため、文字通り自分自身を犠牲にしたその姿は、滅茶苦茶カッコよく見えた。

 だが、

 

『だが、』

 

 譲りはしない。

 

『勝つのは俺たちだ!』

 

 俺の言葉にチャチャゼロは瞬時に反応。叫ぶようにして俺の位置をエヴァンジェリンに知らせるが、

 

「おせぇ!!」

 

 俺がエヴァンジェリンの背後へと辿り着き『グリモワール』を構える方が、エヴァンジェリンが振り向くよりも一瞬早い。

 

(この距離じゃソレは撃てねぇだろ! だからコレで終わりなんだよ!!)

 

魔法の射手(サギタ・マギカ)光の一矢(ウナ・ルークス)!!」

 

 極限まで収束させたオーラが、それを鏃に纏う魔法の射手が、エヴァンジェリンの心臓へと駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 ――フードの下には――

 

 

 はじめは少し撫でてやるくらいのつもりだった。エヴァンジェリンはそう回想する。

 

 憎きサウザンドマスターの二人の子。それが麻帆良に来ることは事前に近右衛門からも聞いていた。

 近右衛門としては注目度の高い『英雄の子』に手を出すなという警告のつもりだったのだろう。エヴァンジェリンは元々六百万ドルの賞金首であり、そのことから麻帆良の大多数の魔法使いたちに良く思われていない。そんな状況で『英雄の子』に手を出せば立場がさらに悪くなるのみだ。近右衛門がただ『英雄の子』を守りたいだけでそんなことを言ったのではないということくらい、付き合いの長いエヴァンジェリンには分かっていた。

 とはいえ諦めるつもりもなかったが。

 

 サウザンドマスターにこの地に封じられて既に十五年。退屈なだけの安穏の世界。

 それはエヴァンジェリンが求めたものなのかもしれなかった。吸血鬼だというだけで悪と断じられ、追われ続けた日々に切望した世界なのかもしれなかった。

 しかしエヴァンジェリンには我慢ならなかった。封じられていることに。正義を自称する魔法使いたちの差別の目に。そして何より、外に出られないことに。

 

(麻帆良から出られないなら、確かめることも出来ないじゃないか。あの、殺したところで死にそうにないバカが本当に死んでしまったのか、確かめに行くことも出来ない)

 

 それがなにより苦しかった。絶対に死んでいるはずがないと信じることしか来ず、生きていると信じる彼を探しに行くことが出来ない。死を偽装して今も世界のどこかでのうのうと生きているだろう奴の顔面に拳を入れることも出来ない。

 それが苦しく、つらく、なにより我慢できなかった。

 

 だからサウザンドマスターの子が麻帆良に来ると知ると同時に、エヴァンジェリンは彼らの血を奪うことに決めた。

 忌まわしき呪いから解放され、かつての己を取り戻し、そして外の世界にあの男を探しに行くのだと。

 

 チャンスはすぐにやってきた。あまりにも唐突に、あまりにも早々に。

 その時が来るまでに生徒の血を集め、隠れて力を蓄えようと画策していたにもかかわらず、スプリングフィールドの血は向こうからのこのことやってきた。

 

(しかも喧嘩をしに来ただと。それもどうやったのか私の封印を解いた上で)

 

 かつての自分を知る者ならば絶対にしないだろう行動。エヴァンジェリンに挑むものは、罠を張り策をめぐらし、いかにエヴァンジェリンの力を削いだうえで戦うかに腐心していた。それはかのサウザンドマスターでさえ同じだった。もっとも彼の場合は単に面倒だからという理由だったのだろうが。

 

(もっとも、どこまでも傍若無人で他者のことなどまるでお構いなしな所はあのバカそっくりだが)

 

 そして始まった戦闘。久しくなかった封印ナシでの魔法行使はやはり楽しく、チャチャゼロがはしゃぐのも頷けるというもの。

 しかしそれでもエヴァンジェリンは全力を出すつもりはなかった。

 対するアイカが全力を出さねば倒せないほどの相手ではないということもある。女子供は殺さないという『闇の福音(ダークエヴァンジェル)』の誇りも理由の一因。

 だがなによりも大きかったのはきっと、フードの奥に覗く瞳に奴と同じ光を……。

 

 しかしエヴァンジェリンの認識は徐々に覆されていく。

 チャチャゼロとエヴァンジェリンに対し、二対一という状況ながらも食いついてくる戦闘力。

 正気を疑うかのような、しかしそれでいて完璧な連携。

 瞬時に展開した魔法の射手の数と、それらが纏う異様な雰囲気。

 

(最後にチャチャゼロにあのセリフを言ったのは、百年以上前だったかな)

 

 一対一ならばどう転ぼうと負ける相手ではない。その認識は今でも変わらない。

 しかし理解できる。目の前で手帳をこちらに向ける少女は、間違いなく奴の娘。なるほど確かに『英雄』の血が流れる者だ。

 仲間の数だけ強くなる者だ。そして多くの人間に支えたいと思わせる者だ。

 ……きっと私には歩めない道を歩むのだろう。そうエヴァンジェリンは思った。

 

(それにしても、一瞬が長いな)

 

 振り返ろうとした刹那から、時はまるで止まったかのように停滞している。

 体は縛りつけられたかのように動かず、ただ意識だけが加速する。

 

(ああ、そうか)

 

 そしてエヴァンジェリンは理解した。それが六百年の生を経てなお初めて感じる感覚であることを。

 

(これが、死ぬ直前にあるという――)

 

 瞬間、エヴァンジェリンの左半身が吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 それは如何なる技法を用いれば可能な技であろうか。

 上級魔法や古代魔法と呼ばれるものならば、それに相当する威力を出すことは出来るだろう。

 しかし、全く同じ破壊を齎すことは到底出来ない。

 魔法というものは難度が上がるにつれて効果範囲を広げるものだ。それはどのような系統であろうと変わらない。

 威力が高まれば効果範囲も広がる。それが理。

 しかしアイカの放った魔法はその理を無視し、まるで一点を貫く事をのみ極めたかのような惨状を作り出した。

 真祖の魔法障壁を無視し(それは突破ではなく、文字通り無視(・・)だった)、エヴァンジェリンの心臓を正確に射抜いた。

 抉るナニカは周囲の肉を無残に巻き込み、紅い華を咲かせる。

 血が、肉が、骨が弾ける。ミキサーされた血肉が雨の如く大地に降る。

 もしも『死』というものを正確に描くのならば、この光景を置いて他にはないだろう。そう思えるほどの――。

 

 

 

 

 しかし、

 

 

 

「初めてだよ。『走馬灯のようなもの』とやらにお目にかかったのにはな」

 

 しかし、血を撒き肉を爆ぜ骨を砕かれたのは最強の吸血鬼。

不死の子猫(アタナシアキティ)』は『絶対の死』すら踏破する。

 

 目を見開き瞬時にその場を離脱しようとしたアイカの腕を掴み取る。

 左半身を蝙蝠へと変え集めるよりも先に、まずは左腕のみを形成。

 

「これは礼だ。アイカ・スプリングフィールド」

 

 膨大な魔力を既に完成させてある魔法へと。

 中心はエヴァンジェリン自身。六百年の生において初めてとなる自分自身への魔法行使。

 自然と、笑みが浮かんだ。それは『悪の魔法使い』としての恐れさせるための表情などではない、純粋なエヴァンジェリンの笑み。はたしてそれは如何なる感情故に生まれたものか。

 

「存分に味わえ。闇の福音たる私の力を」

 

 掴まれた腕は振りほどけないと理解したのかアイカが拳を放ってくるが、それを霧へと変えた体を貫かせることで無視。

 展開する。百五十フィート四方、あらゆる生命に死を強いる最強の魔法を。

 

「フフッ。『えいえんのひょうが』」

 

 そして、世界は停止した。

 世界は止まり、戦場にて戦う者はいなくなった。

 

 

 

 

 

 パキンと、乾いた音を立てて氷が砕けた。

 中心にはエヴァンジェリンと、そしてアイカ。二人とも五体満足な状態でそこにいた。

 そのことにエヴァンジェリンは一瞬眉をひそめる。元々はアイカの動きを封じたまま魔法を当て、そののち自分だけ転移(ゲート)にて脱出するつもりだった。だというのに自分が何もしないうちから氷が消えたのだから。

 とはいえそのことに対する疑問はすぐに解消される。チャチャゼロの首を抱えたフィオが、千雨と共に近寄ってきているのを目にすることで。

 

「そうか。貴様がいたんだったな」

 

「ええ。だけどやる気はないわよ。もう終わり」

 

 肩をすくめて見せるフィオに、再びエヴァンジェリンの眉が顰められるが、

 

「時間切れ、と言ったところね。アナタを呪いから離れさせていたこの結界、維持するのも大変なのよ。そろそろ限界」

 

 なに? その疑問は声にはならなかった。それよりも早く世界を覆っていた青い四角錐は消失し、エヴァンジェリンの体に麻帆良の結界による負荷が襲いかかっていた。

 エヴァンジェリンは小さく呻く。魔力を外側から押し込められる感覚。自身を纏っていた全能感すら感じさせる力を失い、浮遊術が解ける。

 

(落ち――)

 

 と思った瞬間、エヴァンジェリンを支えたのはアイカだった。

 先ほどまで掴まれていた腕で力を失ったエヴァンジェリンの腕を逆に掴み返す。

 そして大きく一息つくと、

 

「はぁー。また負けたか」

 

 あっけらかんと、そういってのけた。

 

 

 

 

 

「さて、じゃあ約束を果たすか」

 

 空を飛ぶ力を失ったエヴァンジェリンを地面に降ろしてアイカがまず口にしたのはその言葉だった。

 

「約束、だと?」

 

「ああ。最初に言ったろ? 俺に勝ったら血をやるって。言わなかったっけ?」

 

 いや、確かに記憶にはある。記憶にはあるが、しかし正気なのだろうか。

 エヴァンジェリンにしてみればつい数分前まで殺し合った相手だ。少なくともアイカからは殺すつもりの気概を感じたし、チャチャゼロは実際に剣を首や心臓めがけて振っている。エヴァンジェリンとて最後の魔法を放つときには殺してしまうかもしれないことを覚悟した。だというのにそんな相手に対して『約束』とは。

 

「あれ? いらねぇの? スプリングフィールドの血が必要なんだろ? エヴァの呪いを解くには」

 

「気安く呼ぶな、小娘。いや、血のほうはむしろ寄越せと言いたいくらいだが」

 

「ならちゃっちゃと吸ってくれ。さすがに疲れたしな。帰って寝てぇし」

 

 どこまでも気儘な態度。吸血鬼に血を吸われるという、恐怖して当然のことだろうにしかしアイカには怯えた様子すらない。そのことに逆にエヴァンジェリンが戸惑うほどだった。

 

 と、そんな二人に待ったがかけられる。声の主は千雨を庇うようにして立っていたフィオ。

 

「待ちなさい、アイカ。今のアナタが血を与えるのは危険でしょうに。その疲労感は血を流し過ぎているせいだと思うわよ」

 

「いや、でも約束は約束だろ? それに今を逃したら絶対面倒なことになるぜ?」

 

 そう言ってアイカが視線を向ける先は結界の外。フィオが張った一つ目の結界は、呪いからエヴァンジェリンを離れさせるための結界が消えた今も機能し、そして外部からの侵入者を防いでいた。

 防がれているのは麻帆良の魔法使いだろう連中。エヴァンジェリンにも見覚えのある魔法教師が数名、なんとか結界を抜けられないかと動いているようだった。

 

 確かに面倒なことになるだろう。それは麻帆良に長いエヴァンジェリンの方がより強く理解できる。

 麻帆良にとってVIPであるアイカがどういうわけかエヴァンジェリンと戦闘になった。となれば魔法使いたちの非難を浴びるのは間違いなくエヴァンジェリン。たとえ最弱と言ってもいい現在の状態であろうと、連中にどうこうされるつもりはなかったが、しかしアイカと接触することが困難になることは確実。最悪、血を吸う機会など二度と得られないかもしれない。

 

 しかしそんなエヴァンジェリンの思考をよそに二人の会話は続く。エヴァンジェリンの予期せぬ方向へと。

 

「わかってるわよ。別に約束を破れというつもりもないし、日を改めろと言うつもりも同じくないわ」

 

「ならどうしろってのさ?」

 

「簡単な話よ。アーティファクトを出しなさい」

 

 その言葉に、今日初めてアイカの表情が歪んだ。殺し合いのさなかでもいささかも崩れることのなかった笑みが、苦虫を噛み潰したかのように変化する。

 

「い……いや、フィオさん? それはちょっと俺的に嫌かなぁと」

 

「アイカの意見は聞いてないわ。さっさとやりなさい。それと闇の福音? アナタの呪いの解呪にはスプリングフィールドの血が必要、であってるわね?」

 

「あ、ああ。そうだが」

 

 確かにそれで正解だ。バカ魔力で変質させられた呪いには正当な解呪方法は通用せず、こちら側も力づくで行くしかない。となれば吸血鬼たるエヴァンジェリンにそれだけの力を与えるという意味でも、呪いをかけた本人であるサウザンドマスターか、それに血を同じくする者の血液が重要となる。なるはずなのだが、しかしアーティファクト?

 

「その小娘のアーティファクトならば私の呪いを解けるというのか?」

 

「呪いを解くためのアーティファクトではないわ。まぁ見てなさい。ほら、アイカ」

 

 フィオが続けて発破をかける。それで観念したのだろうか、いや、どちらかというと自棄になったという方が正しそうな表情でアイカは言った。

 

「わぁーったよ! 全力でやってやるってんだチクショウ! 来れ(アデアット)!!」

 

 アイカが唱えると同時に現れたのは純白の羽衣。

 それが一瞬エヴァンジェリンの視界を遮る。

 遮り、そして溶けるようにして消えて行った。

 

「……な」

 

 そしてエヴァンジェリンは声を失った。

 

 視線の先には先ほどと同じ位置にアイカが立っている。

 

 しかし彼女から感じるはずの気配はまるで別物へと変わっていた。

 

「な……ナ……」

 

 気配だけではない。卓越した魔法使いだからこそわかる魔力の質も、真祖の吸血鬼だからこそわかる血の匂いも、まるで別人の物。

 

 そしてアイカが、いや、アイカよりも背の高い()が被り続けていたフードを下した。

 

 フードの奥から零れたのは時折見えた彼女の金髪ではなく、燃えるような赤い髪。

 

 エヴァンジェリンは、ただ彼の名を呼ぶことしかできなかった。

 

「ナギ……」

 

 夢にまで見た、かつて愛したナギ・スプリングフィールドがそこにいた。

 




戦闘シーン。もうちょい盛りたかったけど七千字ということで自重
二話に別ければ良かったかなぁとも思ったんですけどね

さて、とりあえずは決着。以前の戦闘シーンより上達してるんでしょうかね
シェイシェイハ!にはまだ遠い気もしますが
道は険しいそうです

さてさて、今回の念能力講座(失笑)は『隠』編
かなーり有用そうな技術にも拘らず最近の原作では念文字位でしか見かけなかったような
縛られていることにも気づかせないって相当チートだと思うんですけど

さてさてさて、アーティファクトがやっとお目見えです
次回説明しますが、ここまで出たら隠しても意味なさそうなので情報開示しますと
AF:如意羽衣 引用元は封神演義ですね
どこがどうチートなのかは次回に
楊戩との格の違いを見せてやるぜよ!(あ、多分に独自解釈が混じります


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31.解放

 

 ――二年四カ月十六日前――

 

「ハッキリ言って出鱈目ね。アナタのアーティファクトは」

 

 呆れたようにそう零したのは先日俺と仮契約したフィオ。ちなみに今俺たちがいるのは『アトリエ』。フィオの作ったダイオラマ魔法球の中だ。

 

「そうか? 俺としては願ったり叶ったりなアーティファクトだけど、出鱈目って感じはしないんだよな」

 

 男になるという目的のためには最高に近いカードを引いたように思う。

 しかし仮契約カードを手にして数日試してはいるが、未だ満足いく結果は得られていなかった。

 

 

 アーティファクト。魔法使いとその従者が『契約』をしたとき、時に発生するオマケである。

 ネギま原作内においては魔法無効化に特化した神楽坂明日菜の『ハマノツルギ』や、思考を覗くことの出来る宮崎のどかの『いどのえにっき』が代表的だろう。

 そしてそれらに代表されるアーティファクトは、総じて強力な力を有している。それこそただの女子中学生が魔法使い同士の戦いに参加できるようになるほどに。

 しかし俺のアーティファクトはそれらと比べると一段劣るような気もするのだが。

 

 

 俺のアーティファクト。名は『如意羽衣』。俺の知識が正しいのなら、それは封神演義の登場人物、胡喜媚(こきび)のもつ宝貝(パオペエ)だったはず。といっても藤リュー版の封神演義しか知らないが。

 その能力は端的に言えば他者に化けるというもの。そのため胡喜媚は楊戩(ようぜん)と並んで変化(へんげ)の使い手として描かれていた。

 

 もっとも楊戩の変化能力と比べれば、如意羽衣の能力の方が俺にとってはずっと都合がいい。

 封神演義作中では、楊戩は一度見た相手ならば演技力まで完璧に変化して見せたが、胡喜媚はそのさらに上を行っていた。

 具体的には四不象(スープーシャン)という空飛ぶカバのガールフレンドに相応しいよう、己を変えて見せたのだ。つまりはカバになって。

 それは一つの事実を導き出す。すなわち楊戩の『実在の人物』を『観察』した上でその本人に変化するのと違い、胡喜媚は『イメージ』することで『実際には存在しないスープー族の娘・胡喜媚』への変化を可能としたのだと。

 全てはイメージ次第。ならば俺も『男の俺』をイメージすればその通りに変化できるということ。

 

「だっていうのになぁ」

 

 如意羽衣を使う。変化するのは俺のイメージする男の俺。

 それは滞りなく成功する。いや、成功したように見える。

 金の髪は変わらず、しかし顔立ちは男の物。性別はしっかりと変わり、しかし魔力量はそのまま。俺のまま性別だけが反転したように見えるはず。

 だというのに、

 

(念が使えないとは)

 

 そう。アキレス腱となったのは俺の固有技法、念能力。

 どういうわけか『男の俺』では念が使えないのだ。

 

(イメージする力が足りないか。『念使いの俺』をイメージすると逆に男になれなくなるし)

 

 さすがに念能力を捨てることは出来ない。というか念が使えないならば、それは俺以外の人間なのではないかと思えてくる。俺っぽい誰かではなく、俺は『俺』になりたいのだ。妥協はできない。

 

「ままならないなぁ」

 

 如意羽衣を解除する。ため息を一つ。

 と、そんな俺の様子が不満だったのかフィオが尋ねてきた。

 

「何が不満なのよ。十分すぎるほど強力なアーティファクトじゃない? あのサウザンドマスターへの変化まで完璧にこなしておいて。記録映像を見ただけだっていうのに」

 

「ジャック・ラカンは無理だったけどな。つか俺が成りたいのは『強者』じゃないんだよ。他人の力で勝てても嬉しくもなんともないし」

 

 フィオには言ってないが、ナギへの変化がすんなりできたのは、おそらくは本人を一度目にしているからだろう。ちなみにフィオやヘルマンにも変われることが出来た。

 

 やはり経験を積むしかないか。より多くの変化をこなし、より多くの強者を観察する。

 できればジャック・ラカンを見ておきたい。あとは旧世界のサムライマスター。アルビレオ・イマ。そして闇の福音。そうやってレベルアップをしていけば、いずれは『俺』への完全な変化も可能だろう。

 

「なんたって理論上は素粒子への変化も可能なんだから」

 

「なんですって?」

 

 ふと漏らした言葉に反応したのはフィオ。俺としては封神演義内のあるエピソードを思い出していただけなのだが。

 

「いや、だから素粒子への変化「ありえないわよ」」

 

 おおう。被されるような否定は心に来るものがあるな。

 

「でも出来るはずなんだけど」

 

「……ハァ。あのね。素粒子の質量がどれだけか分かる?」

 

 いや、知らんけど。

 

「素粒子と言えばクオークやレプトン。分かりやすいようレプトンに分類される電子を例に出すわね」

 

「はい」

 

 思わずうなずく。なんとなく怒っているように見えるのは気のせいですよね?

 

「電子の質量は約9.109×10のマイナス31乗キログラム。アイカがそれだけの質量まで体積を減少させるには何倍掛ければいい?」

 

「……じゅ、じゅうのまいなすさんじゅういちじょう?」

 

「……はぁ。まぁいいわ。スケールを考えればその程度どうせ誤差だし。ならそれだけ縮ませられたとして、同じだけ増やす方向に持って行けるならば、」

 

「じゅうのさんじゅういちじょう倍?」

 

「それだけの質量をもつ物体が何て呼ばれているか分かるかしら?」

 

 はて? なんと呼ばれるかも何もないんじゃないか? 超重い物体とか?

 

「……天体よ」

 

「はい?」

 

「天体。ちなみに、太陽に質量が十の三十乗キログラムと言われているわね。わかったかしら? 素粒子への変化なんて発想が何処から出てきたのか知らないけど、そんなものは忘れてしまいなさい。宇宙開闢でもしたいなら別だけどね」

 

 や、やっぱり怒ってませんかね? あれか? 研究者タイプだから理論的でないこととか嫌いなのかね? そういや念能力について聞かれたとき『なんとなくグワァーっと』って言ったらアイアンクロー喰らったしな。

 

「さて、妄言は放っておいて次の実験をするわよ。羽衣のみを別の物へ変化させるとかいう『部分変化』。実に興味深いわ」

 

 そうして、その日の『第六回アーティファクト検証会議』は進むだった。

 

 

 

 ――現在 エヴァンジェリン邸前――

 

「ナギ……なのか?」

 

 どこか呆けたような表情でエヴァンジェリンが尋ねる。

 

 それに対して、先ほどまでアイカだった彼はにこりと目を細め、

 

 くしゃり

 

 エヴァンジェリンの頭を撫でた。

 

 そして、

 

「んなわけねぇだろ。アホか」

 

 世界が止まった。

 先ほどとは別の意味で。

 

 

 

 

「~~~~~~ッッッ!!!」

 

 やっと再起動したかと思った途端、顔を真っ赤にするエヴァンジェリン。アイカも我慢の限界と言ったように笑い出していた。

 彼らの周囲は周囲で、フィオは呆れたようにため息をつき、チャチャゼロはアイカ同様爆笑。千雨は突然変身したアイカに口をパクパクさせているという、おかしな風景が広がっていた。

 

「まぁそんな怒んなよ。中身以外はアホ親父を完全再現してるはずだから。なんならディープキスでもしてやろうか?」

 

「い、いいいいるか!! それといい加減頭を撫でるのをやめろ!!」

 

「そんなこと言っちゃって。ホントは期待しちゃってるくせに」

 

 そういうアイカは依然としてぐりぐりとエヴァンジェリンの頭を撫でるのをやめない。

 

(なんせ『原作』じゃ中身が変態(アル)なナギにも色々要求してたしな。この姿になるのは心の底から嫌だけど、なっちまった以上少しくらいなら付き合ってやってもいいんだが)

 

 もっともアイカの『如意羽衣』とアルビレオ・イマの『イノチノシヘン』は全く違う物。『イノチノシヘン』の能力である完全再生(リプレイ)は本人の人格まで含めているのだから。

 

「ま、いいや。それより用事を済まそう」

 

 外の騒々しさも大変なことになってきていることだし。そう続けるとアイカは膝をつく。

 元々が小柄なエヴァンジェリンが血を吸いやすいようにと。

 

「やっぱ首筋とかの方が良いのか?」

 

「……いいのか?」

 

「いや、俺が質問したんだけど」

 

 こちらに聞かれても困るとアイカは言うが、そうではない、とエヴァンジェリンは首を振る。

 

「……本当に血を吸ってもいいのか?」

 

 フードを外し、膝を突き、目線を合わせている今だからこそわかるエヴァンジェリンの瞳の揺らぎ。

 まるで何かに怖がっているようで、まるで今にも逃げ出しそうで、

 それでアイカは気づいた。

 

(ああ。なるほど)

 

 それはここ何年かで見慣れた瞳。フィオが時折見せていたものと同じだった。

 

(こいつも拒絶されることに怯えてるのか)

 

 世界というものは彼女たちのような存在には厳しいらしい。アイカにとって見ればフィオはフィオであり、エヴァンジェリンはエヴァンジェリンだ。六百万ドルの賞金を懸けられた吸血鬼だからといって、何故恐れないといけないのか、アイカには理解が出来なかった。

 

 故にアイカはそっと腕を伸ばすと、

 迷ったように立ちすくんでいたエヴァンジェリンを抱き寄せた。

 

「いいんだよ。好きなだけ吸うといいさ」

 

「……その姿で、…………優しくするな」

 

 消え入るような声がアイカの耳元で囁かれる。

 

 そして、

 

 かぷりと、

 

 アイカの首筋にエヴァンジェリンが噛み付いた。

 

 

 

 

 

 この日、十五年の長きに渡って封印されてきた闇の福音(ダークエヴァンジェル)は、完全に力を取り戻した。

 

 童姿の闇の魔王が、再び牙を取り戻す。多くの魔法使いが期待を寄せる『英雄の子』の手によって。表舞台より姿を消した『英雄』の血をもって。

 




ヤバい。変化ヤバい。まじでヤバいよ。マジヤバい。変化ヤバい。
まずデカくなれる。もうデカいなんてもんじゃない。超デカい。
「東京ドーム20個ぶんくらい?」とかそんなレベルじゃない。
太陽とか余裕。単位とかおかしい。何キロとか何トンとか超越してる。アイカの変化で銀河がヤバい。
あとイメージ次第ってのがヤバい。フィクションとか関係ないの。
なんにでもなれる。しかも魔改造も可能。UBW涙目なんて凄すぎる。
『ぼくのかんがえたうちゅーさいきょーのきゃらくたー』とか余裕だから。うちゅーさいきょーて。⑨でも言わねぇよ。最近。
でも変化なら出来る。イメージ次第だから出来る。凄い。ヤバい。
とにかくお前ら、変化のヤバさをもっと知るべきだと思います。
そんなヤバい変化を使いこなせないアイカがんばれ。もっとがんばれ。超がんばれ。
(※宇宙ヤバいのコピペを改造しようとしたらいろいろ力尽きたでござる。というかキビちゃんの風への変化を見る限り、現象への変化も可能っぽいのでビッグバンも起こせますよね? うん。宇宙ヤバい)

そして後半。
実はエヴァの吸血シーンを丸々カットしてます
本当はゴクゴク飲んでます。そらもう牌の透ける麻雀でやり取りできるくらいの血をエヴァは吸ってます
なので解放されました。でもそのシーンはカットです
いやね、書いたんですよ。実は。ノリノリでね
でもね、こういう時はやっぱ「字面だけでみるとエロ!?」な感じに仕上げるのがしきたりじゃないですか
ぴちゃぴちゃちゅるちゅる吸うわけですから
それに対してアイカも「んっ……」とか言ってみたりしてね
頑張って吸い出そうとするエヴァの息が耳にかかったりね
ちょっと吸われ続けたせいで疲れちゃう描写とかね
こういうシーンでは絶対必須じゃないですか
エヴァ編ラストはめくるめく官能モドキにしようとスタート時から考えてたくらいですし
でもね、途中で気づいたんですけどね、
これ、アイカじゃなくナギ(見た目)だったんですよね
気づいた瞬間バックスペース連打でしたよ。ハハハ
……如意羽衣のお披露目回は別にすればよかった orz


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32.聴取

 

 ――女子中等部学園長室――

 

「それでは説明をしてくれるかの?」

 

 そう言ったのはどこか表情が翳っているぬらりひょん。エヴァンジェリンに血を吸わせ、フィオが結界を解除したと思ったら即座に連行されました。千雨はフィオが転移で逃がしていたし、封印の解けたエヴァンジェリンは魔法先生らに要請された同行を突っぱねたため、ここにいるのは俺とフィオだけだが。

 そんな俺たちを取り囲むように立っているのは数名の魔法先生。おそらく麻帆良でも上の立場にある者だけが集められたのだろう。ちらほらと『原作』でも見た顔がいるし。デスメガネとか眼鏡の教授っぽい人とか色黒眼鏡とかヒゲグラとか眼鏡女剣士とか。眼鏡率高!?

 とまぁ思考を横にそれてばかりもいられないか。なんだか睨んできてるのもいるし。色黒とかシスターとか。

 

「説明って言われてもね。何の説明をすればいいのやら」

 

「何が起きたのか、じゃよ。こちらが受けた報告によると、エヴァンジェリンと戦闘を行ったと?」

 

 とりあえず頷く。というか俺の状態を見れば一目瞭然だろうに。有無を言わせず連れて来られたせいで未だに俺はボロボロだ。肉体の傷はあらかた治ったが、血の汚れは落ちてないし、服も再生なんてしない。袖は両方とも吹っ飛んでるし、腹のところには穴もある。靴なんて片方燃え尽きちまったしな。

 

「何故じゃ? 理由があるとも思えんが」

 

(何故、ねぇ。何故エヴァンジェリンに喧嘩を売ったのか、か)

 

 そう言われてもこれといった理由などない。強いて言うなら『最強』とはどんなものなのか味わってみたかった。今の俺がどの程度強いのか、どの程度『最強』に通用するのかを知りたかった。そんなところか。

 もちろんそれだけというわけではないが。俺のアーティファクト『如意羽衣』のレベルアップを図りたいということもある。体感ではあるが、強者を観察し、変化できる対象を増やすごとに変化の幅そのものが広がるように感じるのだ。『如意羽衣』の使い方を掴めるようになる感じとでも言えばいいのかな。最終目的(男になる)のためにも、エヴァンジェリンをこの目で見ておきたかった。

 後はやっぱり、十五年もの間あのクソ赤毛に縛られ続けていたエヴァンジェリンへの同情もあるのかもしれないが。

 

 しかしなんと答えるべきか。下手な回答はお説教コースな予感がするが。

 

(ま、こういう時はフィオえもんに頼みますか)

 

 と、俺がフィオへと視線を向ければ、以心伝心といったところかフィオは一瞬嫌そうに眉をひそめるが、

 

「別に話してしまってもいいと思うけれどね」

 

 何を? そう思うが言葉にはしない。こういう時(・・・・・)にはすべて任せてしまう方が良いということくらい、長い付き合いなので分かるのだ。

 

「ふむ。言いにくいことなのかね?」

 

「その前にこちらからも一つ質問を。ここにいる先生方は信用してもいいのね?」

 

 ピクリと教師陣の表情が動く。それは信用できるものにしか明かせない理由というものが裏にあると感じたが故か、暗に信用できそうもないと言われたように感じるからか、それとも学園長へのタメ口を不敬に思ったか。まぁ最後のはなさそうだが。

 

「うむ。彼らは信頼に足る先生方じゃよ」

 

「そう。なら聞いているかしら? ナギ・スプリングフィールドは生きていたということも」

 

 ざわりと空気が動いた。すぐさま学園長が制したが。

 

「一応高畑君から聞いておる。未確認な物かつ表に出れば騒ぎになることが確実な情報じゃったから皆には知らせられんかったが」

 

「そうね。騒ぎになることは確実。だからアイカも話していいか迷ったのよ」

 

 フィオの言葉を合図に俺に視線が集まるが、見られても正直困る。そもそもエヴァの封印を解いた理由を聞かれてたのに赤毛生存説を出した意味すら分からないし。

 

「少なくとも十年前に死亡したとされる情報は間違い。アイカが魔法世界で会っているのだし。何年前のことだったかしら?」

 

「あーっと。七年? いや六年前か? そんくらい」

 

「その時に話したらしいわよ。兄への言伝、自身の杖のこと、そして旧世界極東に自分が封じた吸血鬼のこと。他にもいくつか」

 

「むう……」

 

 最後のは学園長の声だった。俺には未だに分からなかったが、どうやら今のフィオの説明で解決らしい。

 というか、と俺は念話を開く。

 

『なぁ、フィオ? 俺別に赤毛とおしゃべりなんてしてないんだけど』

 

『いいから合わせなさい。責任なんて取りたくないでしょう?』

 

『そりゃ取りたくないけどさ。今の説明で許されたわけ?』

 

『許す許さないの問題でもないのだけれどね。納得はされるはずよ。追及もないでしょうね』

 

 と、それまで悩むような表情をしていた学園長が顔を上げた。

 

「つまりはナギが……」

 

「ええ。自分が呪いで縛った闇の福音(ダークエヴァンジェル)を解放するよう、アイカに頼んだらしいわ」

 

(おお。そう繋げるのか)

 

「かのサウザンドマスターがそれが正しいと言ったのよ。立派な魔法使い(マギステル・マギ)を目指す魔法使いが、彼の考えを否定するわけにもいかないでしょ?」

 

 表情はいつも通りだというのに、フィオがとてもいい笑顔に見えるのは何故なのだろうね。俺にはフィオがとても生き生きしているように見えた。

 

「闇の福音の解放。それが正しいことなのかどうかは分からないわ。個人的な意見を言わせてもらえれば、アイカも私も間違っているのではと思っていたもの。だから一度は戦闘に入ってしまった」

 

「ふむ」

 

「でも、間近で闇の福音を感じたアイカはサウザンドマスターの言ったことは間違いではなかったと感じたらしいわ。だから本人の望み通り血を与え、サウザンドマスターの頼みを遂行した。その辺りの機微は凡人たる私には理解できないのだけれど」

 

 どこが凡人なのやら。そう俺は思う。普通の表情をしているはずのフィオが、ニヤニヤと笑っているようにすら見えて。

 

「闇の福音の解放に関しては、やはり否定的な意見を持つ人の方が多いのでしょうね。でもそのことでアイカを責めるのはお門違いよ。かの大英雄の考えを否定し、彼の頼みを聞いたアイカに責を追わせるなんてこと、立派な魔法使い(マギステル・マギ)を目指す魔法使いがするとも思えないけれど」

 

「……確かにナギならばそのようなことを言いかねん。麻帆良にエヴァンジェリンを連れてきたのもナギじゃったしな。じゃが、それは本当に本人じゃったのか?」

 

「アイカのアーティファクトに関する報告も来ているのでしょう? アイカのアーティファクトの能力は、実際対面した相手(・・・・・・・・)への変身。アイカが会ったというナギ・スプリングフィールドが偽物だったのならば、当然彼への変身も出来ない。そうなれば闇の福音の解放自体ありえなかったでしょうね。彼女の封印を解除するには彼の血が必須だったらしいし」

 

 筋は通っている、のか? 俺は首を傾げたい衝動に駆られるが、どうやら目の前の先生方の様子を見るにフィオの説明で納得されたらしい。学園長も何も言ってはこなかった。

 

「説明はこれくらいでいいかしら? いい加減アイカの血を落としてあげたいのだけれど」

 

「む? そ、そうじゃったな。追って何かを尋ねることがあるやもしれんが、今日のところは帰ってもらって結構じゃ。しかしこのことに関しては――」

 

「言いふらしたりなどしないわ。はじめに言ったでしょう? アイカもこのことは話すべきではないと考えていたと」

 

 それを最後に俺とフィオは学園長から出た。

 なんというか、良くわからないうちに解決したようだ。

 そもそも俺に理解できたことなど一つだけ。それは、

 

(赤毛のネームバリュー、すごかったんだな)

 

 六百万ドルの賞金首を解放しても、『ナギの決めたこと』の一言で納得されるとはね。

 

 まぁいいや。帰って風呂入って何か食おう。ということで転移(ゲート)おーぷん。

 

 そういや千雨の答えも聞かないとな。

 

 

 

 

 ――人気のなくなった学園長室で――

 

 アイカとフィオ、二人からの事情聴取を終え、その場に同席した魔法先生たちとの簡易的な会議も済んだ夕暮れ時、近右衛門は一人その場に残っていた。

 頭を悩ますのは言わずもがな、アイカ・スプリングフィールド。

 友人でもあり娘婿の戦友でもあり、そして何より魔法世界の英雄であるナギ・スプリングフィールド。彼の娘のことである。

 

(まさか来日した当日にこのような事件を起こすとはのう)

 

 事件。闇の福音と呼ばれ恐れられるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと戦闘行為を行い、さらには彼女にかけられた呪いを解除してしまったこと。この情報が自分の元まで上がってきた当初、近右衛門は何かの間違いだと思った。当然だろう。何もかもが早すぎる(・・・・)

 

(ものの見事にこちらに悪い方にばかり転がったものじゃな)

 

 もしもアイカが動くのが明日以降だったならば、介入することが出来た。おそらくはエヴァンジェリンの封印が解けることも無かっただろう。そう近右衛門は思う。

 

 刹那らとアイカを同室に出来なかったことで、元々用意していたフォロー体制が崩れていた。それを補うため、臨時で魔法先生たちを集めての会議をしていたのだ。

 アイカは今更言うまでもなくサウザンドマスターの娘だ。注目度も高く、『戦争の英雄』の娘であるが故に悲しいことだが敵も多い。さらに彼女が二歳の折りに発生した『失踪事件』のこともある。麻帆良はアイカを守るためにも監視を怠るべきではないと考えていた。

 

(加えて言うならヘルマン殿のことじゃな。臨時会議のために監視要員は減らさざるを得なかったために、どうしてもアイカ君よりヘルマン殿に人員を振ることになってしもうた)

 

 様々な要因が絡み合い生まれたアイカがフリーになる時間。来日直後という、通常ならばありえないタイミング。普通ならばこのような時に派手に動くはずがない。そういった思考の死角を突かれたようなものだ。どのような意図のもとであれ、アイカがエヴァンジェリンの呪いを外すには、このタイミング以外にはなかったとも言える。

 

(今更言っても後の祭りじゃがな)

 

 もっとも良い方向に転がったこともあった。アイカとフィオの言葉である。

 当初はエヴァンジェリンの呪いを外したアイカを詰問するつもりの者もいただろう。十五年もの間、侵入者への対処を行ってきたにもかかわらず、エヴァンジェリンへの風当たりは強い。公正に見ればエヴァンジェリンこそが麻帆良に最も貢献してきた魔法使いであるにもかかわらず、だ。

 ゆえにエヴァンジェリンを解放したアイカを責める者もいるだろうと近右衛門は考えていた。正義感の強いガンドルフィーニやシスター・シャークティなどがその筆頭だろう、と。

 

 しかしアイカらを呼んでの事情聴取では誰も口をはさむ者はおらず、アイカらが退室した後も、アイカを責めるような発言をする者はいなかった。

 すべては『ナギがアイカにエヴァンジェリンの解放を頼んだ』という一言があったがゆえに。

 

 そもそも誰もが恐れるエヴァンジェリンが麻帆良で学生をやっていけていることも、それがナギが決めたことであるためだ。恐れ、時に嫌悪を表しても、決してエヴァンジェリンへの迫害がなされなかったことは、ナギの意思というものがエヴァンジェリンの背後にあるからだ。

 エヴァンジェリンを排斥しようとすれば、それはすなわちナギの意思を否定することになる。大英雄サウザンドマスターが間違っているなどと言えば、『正義』に凝り固まった魔法使いたちのことだ、そう発言したものをこそ排斥するだろう。

 

(自分自身の『正義』を持っておらん魔法使いが多いことは、本来なら嘆かわしいことなんじゃがの)

 

 とはいえこの場合はそれがプラスに働いた。

 元々アイカに対して魔法先生たちが持っていた感情は『期待』だ。次代の英雄候補。謎の失踪事件から帰還した英雄の娘。かならずや立派な魔法使い(マギステル・マギ)になるだろう少女。そんなアイカの行動が『正しいこと』である可能性があるというのならば、魔法先生たちが飛びつくのも道理といえるのかもしれない。誰だって期待する少女が『悪』、エヴァンジェリンを解放したが故に『悪』、そんなことなど思いたくはないのだろうし。

 

(さてと。物思いに耽るのはこれ位にするかの。やらねばならんことは山積みじゃし)

 

 アイカのこと。フィオのこと。ヘルマンのこと。エヴァンジェリンのこと。加えて魔法先生たちのことも。さらには来月やって来るネギへの対応もより詰める必要があるかもしれない。

 まずはエヴァンジェリンのことから始めよう。近右衛門は電話をとった。

 

(まったく、苦労させられるじゃろうとは思っておったが、何も一日目からこんな思いをさせてくれんでも。ジジイをいじめて楽しいのかのう?)

 

 コール音を聞きながら考える。果たしてエヴァンジェリンはどうするつもりなのか。

 呪いは解け、麻帆良から出ることも可能になったエヴァンジェリン。しかし近右衛門はそれを容認することは出来ない。一度は賞金が取り消されたとはいえ、エヴァンジェリンが真祖の吸血鬼である事実は変わらないのだ。

 ゆえに世界がエヴァンジェリンを受け入れることはないだろう。エヴァンジェリンが麻帆良の外に出た瞬間、彼女が何もせずともMMが賞金を懸け直し、再び流言飛語が飛び交うだろう。

 

(そうさせないためにはエヴァンジェリンには麻帆良に留まってもらいたいのじゃが。どうしたもんかのう)

 

 いや、そもそもだ。

 

(今までこき使った恨みとかで殺されちゃったらどうしよ。ジジイ泣いちゃう)

 

 出来れば出てほしくはないのう。そう後ろ向きに近右衛門は思っていた。

 

 しかし現実は非情である。十三回目のコールの後に、ガチャリと電話の繋がった音がした。

 

 




責任は全部親父に取ってもらおうぜ そんな32話 ほのぼのですな

今だから言うけど、変化による性転換を思いついた当初出てきたのは如意羽衣じゃなかったんですよね
ヘルマンとなぐり合ってた頃に考えてたのはもっとギャグよりでした
その名もずばり、AF『バナナムーン』

アイカは今、夢をかなえようとしているのだ!!
火を吹く口! 落雷を呼ぶ角! ドラゴンの牙!
鋼鉄のボディー! 空を舞う翼! 棘の飛ぶ尻尾! ええともうないか!
見よ! バナナムーンによって生まれた『最強アイカ』だ!!
ただし魔法は尻から出る!!

いやぁ如意羽衣を思いついて本当に良かったですね


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33.四人目の仲間

 

 ――一夜明けて――

 

 日本への到着。麻帆良入り。エヴァンジェリンとの戦闘。そして学園側への事情説明。昨日は怒涛のイベント尽くしだった。

 そこから寮へと帰り、早速千雨の回答を聞こうかと思ったが、気持ちを整理する時間を置いた方が良いだろうということで昨晩はあえて魔法関連の話題は避けた。まぁ千雨から尋ねられたことにはその都度答えたが。

 そして日が変わり、今は昼食時。フィオの手料理を三人で食べ終わったところである。

 

 さて、そろそろ

 

「答えを聞こうか、千雨。俺たちから話を聞いて、実際に魔法って奴を目にして、これからどうするか、どうするべきか、どうしたいかは決まったか?」

 

 俺の言葉に千雨はゴクリと息をのんだ。

 昨日俺たちが帰ってきてから千雨はずっと悩んでいるようだった。おそらくこちら側に踏み込むか否かは決まっているのだろう。とはいえ思うことと実行に移すことは違う。今の緊張はおそらくそういうこと。

 

「その前に……、最後にもう一つだけ聞かせてくれ。昨日のアレは、そっち(・・・)じゃ日常茶飯事だったりするのか?」

 

「エヴァとの戦闘のことを言うならノーだな。あれだけの戦闘は滅多にお目にはかかれない。エヴァは一応史上最高額の賞金首だし、俺もそれなりにやれる自信はある。あれだけ派手な戦闘はこっちの世界でもレアだよ」

 

 しかしもう一つの方。

 

「エヴァによる吸血行為に関してはイエスだ。俺たちが調べた所、アイツはこれまで十五年間麻帆良に封じられていたらしい。力を奪われた上でな」

 

「……つまり」

 

「吸血鬼が力を取り戻すにはまず何をするか。そりゃやっぱり吸血だろう。おそらく今までも生徒から血を吸ってるはずだぜ? そしてこれもおそらくだけど、麻帆良はそういうことを黙認してきたってことだ。アイツが滅ぼされることも無く今でも生きてるってことはそう言うことだろう」

 

「……はぁ。麻帆良のスタンスはよーく分かったよ。つまりマクダウェルが私を襲ったとしても麻帆良は私を守ってくれないってことか」

 

「正確にはある程度までならエヴァンジェリンの好きにさせるということでしょうね。彼女は強制されているとはいえ麻帆良の戦力だもの」

 

 実際にはエヴァンジェリンが学園内で吸血行為に及ぶことはもうないだろうとは思う。俺の血で呪いは外れたのだし。しかし『原作』を見る限り、麻帆良が守ってくれるわけではないという千雨の認識は正しいのだろう。むしろそんな事件が発生すれば、これ幸いという感じでネギとくっ付けようとするかもしれない。教師側が生徒が事件に巻き込まれるのを望んでいるなんて、考えたくもないことだがね。

 

「そしてこれからもイベントは起こっていくはずだぜ? なんたって『英雄の息子』の来日だ。エヴァレベルの危険は稀だろうけどな」

 

「……はぁ。つまりここでそっち側(・・・・)に行くことを拒否すれば、昨日みたいに自分も守れず震えるしかできないことになるってわけか。昨日みたいに守ってくれるってわけでもねぇんだろ?」

 

「むしろ私たちは離れると思うわよ? アイカが付きっ切りになってたりすれば、アナタのことを重要人物だと勘違いして襲ってくる馬鹿も出かねないしね」

 

 そのフィオの言葉で千雨は何度目かになるかもわからないため息をついた。

 

 そして、

 

「オーケー。決めたよ。踏み込んでやろうじゃねぇか。魔法の世界って奴によ」

 

 にやりと笑う千雨に、俺たちも笑って見せる。ようこそ、そう声にしない言葉に乗せて。

 

「マクダウェルに襲われても逃げ切れる、それ位にはなっとかないとヤバそうだしな」

 

 そいつは……、結構きついぜ?

 

 

 

 

 ――女子中等部学園長室――

 

「入るぞジジイ」

 

 言うや否や学園長室に入ってきたのはエヴァンジェリン。諸々の理由から昨日の時点では近右衛門の呼び出しを拒否したのだが、それは近右衛門にとっても僥倖だったのか。護衛のつもりだろう高畑を傍に控えさせて出迎えた。

 

「ようやっと来てくれたのう。昨日断られたときはここから出て行ってしまうのではないかと心配したんじゃが」

 

「ふん。今更私が貴様らに従う理由もないだろうが。そもそも本来なら貴様の方から来るのが礼儀だろう?」

 

「それはまぁ、そうなんじゃがのう」

 

 ちなみにエヴァンジェリンが呼び出しを断ったのはチャチャゼロのことがあったためだ。

 アイカとフィオによって破壊されたチャチャゼロは卓越した人形遣いであるエヴァンジェリンをしても深刻な状態であり、しばらく使っていなかった『別荘』を久しぶりに持ち出す羽目になった。

 現実世界で十数時間、『別荘』内で一週間以上の作業を終え、出てきたところで近右衛門の電話に応対した茶々丸から呼び出しの件を聞いたのである。

 

「で? わざわざ私を呼んだ理由はなんだ? タカミチまで用意しているところを見るに、封印の外れた私を潰すつもりか?」

 

「ひょ!? そ、そうじゃないわい。少しばかり聞きたいことがあっただけじゃ。じゃから魔力で威嚇するのはやめてくれい。こっちは年寄じゃぞ?」

 

「ふん。聞きたいこと、か。あの小娘に関することか?」

 

 エヴァンジェリンの脳裏に浮かんだのは昨日戦ったアイカ・スプリングフィールド。真祖たる自分と最強の従者であるチャチャゼロに対し伍して戦い、アーティファクトによって呪いを外すための力を貸した張本人のことだ。

 

「それもあるがの。……ふむ。見たところ本当に呪いは解けておるようじゃな」

 

 近右衛門から見てもエヴァンジェリンの魔力は戻っていた。もっとも学園結界によってかなり魔力を抑えられているようだが、しかし登校地獄がかかっていたころと比べれば、それは雲泥の差である。

 

 

 学園結界。麻帆良全体を覆うそれは、魔を封じる力を持つ。

 しかし如何に神木・蟠桃を擁する麻帆良の結界といえど、魔に属する者の力を全て封じるなど不可能。それは『原作』にて伯爵級悪魔であるヘルマンが力を有したまま戦闘行為を行えたことからも明らかだろう。

 また本来妖に近いはずの烏族の血を持つ彼女や、半魔、純魔である彼女たち(・・・・)が結界の力で消滅していないことからもその事は伺える。

 にもかかわらず最強種であるはずの真祖・エヴァンジェリンが魔法薬の補助が無ければ初級魔法も使えない状態にあったのは、ひとえにサウザンドマスターの呪いがあったからだ。

 登校地獄という学校に行きたがらない子供にかけるおまじないレベルのものは、サウザンドマスターの膨大な魔力に耐えられず歪み、変質してしまっていた。そのためエヴァンジェリンは学校の規則に逆らえなくなっていたのである。

 麻帆良は外部からの侵入者を防ぐためにも結界を用いている。つまり学園の上位陣、魔法関係者たちの認識の上では、学園の生徒は総じて結界によって守られるべきであると、そう考えられている。

 ゆえにエヴァンジェリンは結界の力を無抵抗に受け入れざるを得なかったのだ。『結界の保護』を受けるべきとの規則に抵抗できず、結果、『結界の圧力』をもろに受ける形になってしまっていたのである。

 しかし昨日、登校地獄の方は消滅した。アイカの変化したナギ・スプリングフィールドの血によって。

 

 そして現在、エヴァンジェリンは学園結界に抑えられながらも、しかしその力に抵抗出来ている。悪魔であるヘルマンが活動出来ていたのと同様、エヴァンジェリンも己の魔力を使える状態にあるのだ。

 

「ああ。私を縛っていた呪いは消えた。だが、何か問題があるか? もともとあのバカ(・・・・)は三年経ったら呪いを解きに来ると言っていた。もう十五年だ。自力で解いても文句は言わせんぞ。アイツが死んだというのならなおさらな」

 

 暗に呪いが外れたことを不服だと言うのなら力で相手になるぞとエヴァンジェリンは示すが、しかし近右衛門の反応は予想外の物だった。

 

「ひょ? もしかしてアイカ君から聞いておらんのか?」

 

「ん? なにがだ?」

 

「ナギの奴は生きとるそう――」

 

 思わず言葉に詰まった近右衛門だが、それも当然か。力を取り戻したエヴァンジェリンがくわっと目を見開いて詰め寄ってきたのだから。護衛のはずの高畑も一歩後ずさってしまっている。

 

「それは本当なんだろうな、ジジイ!」

 

「く、詳しいことは知らんぞい。アイカ君らが話してくれただけじゃし」

 

「そうか。あの小娘がな。クッ、ククク」

 

 近右衛門と高畑、二人の頬に冷や汗が流れる。先日のフィオとは違った圧力が放たれていた。

 とはいえ臆したままでも仕方がないと思ったのだろう。

 

「できればしばらくの間、アイカ君にはちょっかいかけては貰いたくないんじゃがのう。魔法先生たちが騒ぐじゃろうし」

 

「知らんな。そいつらを抑えるのは貴様の仕事だろう、ジジイ」

 

「いや、あのね? わし、結構大変なのよ? これ以上仕事するとか、泣いちゃうぞい?」

 

 しかしエヴァンジェリンは知るかと鼻で笑うのみ。なんなら楽にしてやろうか、永遠に仕事をしなくてもよくなるぞ? と爪を見せるほどだった。

 

「話は終わりか? だったら私は帰るぞ?」

 

「いや、待ってくれい。わしが聞きたかったのはな、これからどうするつもりかということなんじゃよ」

 

「これからか」

 

 一瞬エヴァンジェリンは言い淀んだ。

 呪いを解くことはエヴァンジェリンにとって長く夢見たことだった。呪いを解き、麻帆良を出られるというのなら、やりたいことなど山ほどあった。

 それにナギも生きているという。ならば今すぐ外に飛び出してもいいはずなのだが、

 

「今しばらくはここにいてやる。貴様らにとってはむしろ出て行ってほしいのかもしれんがな」

 

 エヴァンジェリンの脳裏に真っ先に浮かんだのは思い続けていたあの男ではなく、不敵な笑みを浮かべた先日殺し合ったばかりの少女。

 

「いや、わしらとしてはお主にはまだここにいてもらいたいと思っておったんじゃが。……理由を聞いてもいいかの?」

 

 とはいえ真っ正直にそれを明かすことなどないが。

 

「……茶々丸がいるからな。アレは科学から生まれ、今すぐここから出て行くともなればメンテナンスも受けられなくなるだろう。アレが安定するまでは麻帆良を離れるわけにはいかん」

 

 ならば茶々丸を置いて行くか。その答えは問うまでもない。ノーだ。

 まだ日が浅いとはいえ茶々丸もエヴァンジェリンの従者。足枷となるからと言って従者を置いて行くなど、人形遣いのプライドが許さない。

 近右衛門もタカミチもそれで納得するだろう。

 

「チャチャゼロも小娘を気に入っている。貴様らの子飼いになるつもりはないが、しばらくは居座らせてもらうぞ?」

 

「うむ。こちらとしても有難い。じゃが少しくらい力を貸してくれてもいいんじゃないかのう?」

 

「黙れ。殺すぞ」

 

 そこで話は終わりとばかりにエヴァンジェリンは足元の影を用いて転移(ゲート)を開く。

 しかしいざ帰ろうとしたその時、近右衛門がもう一つだけ聞かせてくれと言ってきた。

 

「お主自身はどうなんじゃ? チャチャゼロ君がアイカ君を気に入っていると言ったが、お主自身は」

 

「ふん」

 

 エヴァンジェリンは鼻で笑うと、ズブズブと影に沈みながら、しかし獰猛に笑って見せた。

 

「気に入っているさ。奴の血は美味かったからな。浴びるほど飲んでやりたいと思うくらいには、気に入っているとも」

 

 とぷん。音にならない音を立ててエヴァンジェリンは影に消えた。

 残された二人の網膜に、闇の福音の姿を焼き付けて

 




というわけで千雨ちゃんが仲間になりました ワーパチパチ
とはいえ千雨にとってはこれからが本番です。修学旅行編までにはそれなりの戦力になって貰うつもりですしね

後編はエヴァのこれからについて
まぁ悩んだのは学園結界に関してなんですが
登校地獄自体はエヴァの力を封じることまではしないらしい(学園祭編で学園の結界落とされたところエヴァの力も戻ってますしね)。でも学園結界のみでエヴァの力全てを封じられるとも思えない(それでヘルマンが動けてエヴァは無理となると、エヴァ<ヘルマンになってしまいますし)
なので結局こんな感じに。まぁ独自解釈ということでご了承を

次回は転入初日かなぁ。ネギ赴任まで加速したいところ
後は指導員verヘルマンについてもやりますか
今回の騒動での影響も書きたいんですけどね。超とか魔法先生とか。久しぶりに名無しモブとかも出して


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34.転入初日

 

 ――三学期始業日――

 

「ざっけんなーーーーーー!!」

 

 うぉう。いきなりの千雨の豹変に俺はびくりと身を竦ませた。見ればフィオも目を丸くしている。

 それもまぁ分かる。千雨がこちら(・・・)に踏み込んで数日(当然魔法球も込みで考えればだが)が経ち、千雨に対しての印象が固まりかけていた頃の豹変なのだ。

 とくに俺の様に『原作』の知識を持たないフィオにしてみれば、千雨はぐちぐち文句を言う印象はあったとしても大声でわめき散らすようには思えなかっただろう。もしかしたらヒーコラ泣き言を言う印象だったかもしれないが、まぁ同じような物か。

 

 で、そんな俺たちを唖然とさせた当の千雨はと言えば、頭を抱えてぶつぶつ呟いていた。

 

「な、なぁ、千雨? いったいどうしたんだよ?」

 

 問いかければくわっと睨まれた。ぶっちゃけ怖い。俺、滅多にビビることなんてないのに。

 

「……アイカって、十二歳だったよな?」

 

「お、おう。大体それくらいだ。戸籍上は九歳だけど」

 

「つまりは小六。……フフ、フフフフフ」

 

 こ、怖ぇよ。なんか目の焦点合ってないし。ってか瞳孔開いてね?

 と思っていたらグワシと腰を掴まれた。そして、

 

「なんでこの位置に腰があるんだよ! 足が長けりゃいいってもんじゃねぇだろふざけんな! ってか腰細ぇなコノヤロー!」

 

 ……いや、そんな目を血走らせて言われても困る。

 

 ちなみに今の俺の制服姿。悪夢の具現、観煮棲寡亞兎(みにすかあと)姿ということに。

 まぁ中に短パンはいてるけどね。某ビリビリちゃんの如く。いやぁ思いついてよかったよ。JKを参考にしてスカートの下にジャージで行こうと思ってた時に千雨にダメ出し食らった時はどうしようかと。

 

 とまぁ俺の腰を掴んで唸ってる千雨には何も言わずに回想する。きっと色々溜まってたんだろう。今思えば結構なスパルタを課していたようにも思えるし。まだ基礎をやるための土台作りの準備って段階だけどね。

 

 と、千雨の言葉がだんだんと別の方向へ向かっていく。いつの間にか掴んでいたのは腰から足へ。ついでゴシゴシ擦ったかと思えば「素の肌でこの白さ……だと……?」とか言ってる。そりゃ精神は日本人、魂は漢、目指すのは超雄とは言え、一応今の俺って白人少女だしな。

 

「にしても頭が落ち着かねぇ。足もそうだけど頭もなんかスース―するし。今からでも制服にフード縫い付けちゃダメか?」

 

「ダメに決まってんだろ! 制服にフードなんて美意識の欠片もねぇ改造、私は認めねぇぞ」

 

 なんというレイヤー魂。そういや『原作』でも学園祭編でクラスメートに指導していたような。

 はぁ。でもなぁ。ふとした拍子に自分の顔が映った鏡とか見てしまいかねないってのは、なるべくなら回避したい。色々面倒なものをしょってる顔だし、『自分』に対してのイメージが女で固定されると如意羽衣での変化も困難になる気がする。

 

「上にパーカー羽織るのを認めさせるとか。なんとかなんねぇかな。こう、宗教上の理由とかで」

 

「神も信じねぇような顔して何言ってんだよ」

 

 いやいや千雨ちゃん。

 

「俺ほど神を信じてる人間もいねぇぜ? 宗教は良く知らんけどさ」

 

 なにげに教会で祈ったりもしてたのよ? 『マバリア』の出力が上がる気がするし、『点』の修行にも最適だしね。麻帆良にも教会があったはずだしその内行ってみるか。

 

「はいはい。話はそれくらいにしてそろそろ出ましょう? 転入初日から遅刻ってのもなかなか刺激的だとは思うけどね」

 

 アイアイ。俺は頷いて鞄を手に取る。

 さて、二度目の中学生生活って奴を堪能しましょうかね。

 

 

 

 

 ――一時間目終了時――

 

 視界の端で質問攻めにあうアイカとフィオを捉えながら、超鈴音は誰にも聞かれないようにそっとため息を吐いた。

 

 超鈴音。彼女は歴史を改変するため百年以上の未来から時間跳躍にてやって来た未来人である。

 超はこの時代に来る前からあらゆる力を磨いてきた。

 百年後においてなお天才と呼ばれる科学力を携え、策を巡らせ他者を出し抜く知恵を磨き、我を通す力を鍛え上げた。文字通り、血を吐く思いを経て。

 そして、そんな超の持つ力の内、最も強力な物。それが情報である。

 

 現代は情報社会である。西暦何年何月何日に何が起きたか。全てが記録される時代なればこそ、超の持つ未来知識は極めて正確だった。

 現に数日前までは、未来人の来訪によってなんらかのバタフライ効果が発生するやもとの超の想定も杞憂に終わり、超の知る通りの歴史がなぞられた。

 サウザンドマスターの死亡説の流布。二人の英雄の子は魔法使いたちの隠れ里に預けられ、数年と経たぬ内の娘の失踪。ネギ・スプリングフィールドの魔法学校卒業に、まるで合わせたかのようなタイミングでの彼女の発見。そして来日。全ては超の知る通りだった。

 

 しかし、ついにこれからが勝負という時にイレギュラーが発生した。

 

(まさかあのタイミングで闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)との戦闘が発生するとはネ)

 

 超の知る歴史上ではアイカとエヴァンジェリンの戦闘は来年、この2-Aが3-Aになるころに発生するはずだった。

 スプリングフィールドの子の血を狙うエヴァンジェリンがネギを急襲。それに対し横やりを入れたアイカが、フィオ、ヘルマンらと共にエヴァンジェリンを迎撃。

 学園結界が落ちるタイミングを見計らい事を起こしたエヴァンジェリンは最強の従者であるチャチャゼロを連れていたが、そのチャチャゼロはヘルマンの攻撃によって石化。

 そして、

 

(アイカ・スプリングフィールドとフィオレンティーナ・フランチェスカの二者によって、エヴァンジェリンは殲滅(・・)されるはずだった。文字通り殺し尽くされるはずだった。そのはずだったのだがネ)

 

 しかし本来の歴史よりもはるかに早いこの時期にアイカとエヴァンジェリンは接触してしまった。しかもエヴァンジェリンの生存というイレギュラーも発生している。

 

(細かい点を上げれば長谷川サンがそこにいたというのもイレギュラーカ。ヘルマンが戦闘に参加していないという点も不可解。ネギ・スプリングフィールドが一流同士の戦いを目撃していないというのも後々どう響くか分からないネ)

 

 正直頭を抱えたい。超はそう思っていた。

 バタフライエフェクトを警戒し、それが杞憂に終わったと油断していた。アイカが麻帆良へとやってきた事を知り、歴史通りに事が進んでいたと思い込んでしまった。

 

(アイカサンの戦闘情報を集めるために茶々丸を用意したことが裏目に出たカ)

 

 超は視線を動かさずに茶々丸を視界に捉え、あの日の会話を思い出していた。

 あの日、アイカとフィオが千雨に魔法関係について話していた時、超はそれを盗聴していた。そのためにウェイトレスの古菲らに任せるではなく自ら注文を聞きに行き、盗聴器を仕掛けたのだから。

 

 アイカが何故エヴァンジェリンと戦闘行為に及んだのか、その正確な理由はおそらくアイカ本人にしか分からないだろう。しかしその切っ掛けの一端は間違いなく長谷川千雨であり、彼女の茶々丸への言及だろう。

 麻帆良に敷かれている認識阻害結界。それによって茶々丸を少し個性的な生徒としか認識できないはずの一般人である千雨が、しかしアイカの言葉に反応したこと。それこそがイレギュラー。

 

 もしも茶々丸が居なければ、歴史は超の知る通りに流れていたかもしれない。

 アイカとフィオはあえて千雨を巻き込むようなことはせず、エヴァンジェリンとの戦闘は三年生を迎えてからになったかもしれない。

 魔法先生たちにアイカがエヴァンジェリンを解放した存在と認識されることはなかったかもしれない。実戦を知り闇の福音を撃破した、ネギ以上に英雄に近い存在と『歴史通り』の期待を持たれていたかもしれない。

 しかし、

 

(結局は後の祭りカ。多少のイレギュラーは容認してでもアイカサンの情報は得ておくべきだと茶々丸を作ったことも、完全に裏目だったようだしネ)

 

 結果だけを見れば最悪といっていいもの。欲していた情報は得られず、自身のアドヴァンテージである未来知識も揺らいでしまった。

 とはいえいつまでも過去を振り返ってばかりもいられない。たらればを言い出す科学者など、三流にもほどがある。

 

(幸い計画実行日までには時間がある。それにイレギュラーは元々想定していたものヨ。リカバーも可能ネ)

 

 前を向け。超は自身に言い聞かせる。あらゆる不確定要素に対抗するために、今まで力を蓄えたのだから。

 

(最後に勝てばそれでいいのヨ。私は全てで勝とうなどとは思わない。最後の最後、その一瞬だけ勝てればそれでいいネ)

 

 意思は変わらずココにある。たとえ世界中から恨まれようと、未来永劫呪われようと、それでも進む覚悟はある。

 

 エヴァンジェリンに何やらわめかれているアイカを横目に、人知れず超は拳を握りしめていた。

 




時系列的に超を先に持ってきた方が良いかなぁとヘルマンは先送り そんな34話 明日菜の反応も書きたかったんだけどなぁ

さて没ネタを一つ
転入生ということでパパラッチに質問攻めにあっていたアイカちゃん
もうウンザリというところで隣のエヴァちゃんに話しかけました
ア「や、エヴァちゃん。隣同士だな」
エ「ふん。気安く話しかけるな」
ア「そういうこと言われると傷つくぜ? あの日はあんなに激しく求め合ったのに」
キャーナニソレー ドウイウコトナノー
エ「い、いいいきなり何を言い出すんだ貴様は!」
ア「あの日、俺の首筋に触れたエヴァの唇。ハッキリと思いだせるぜ」
キャー キャーキャーキャー
ア「耳にかかる吐息も、俺にしがみつくエヴァの腕の弱々しい力も、肌をなぞる舌の熱さも、夢にまで見るほどに、とても情熱的だったな」
エ「黙れ黙れ黙れ!」
ア「あ、それうるさいうるさいうるさいってセリフでリピートプリーズ」

ま、没ネタということで

他にもネギ赴任まで一気に行きたいので色々削る予定だったり


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35.五人目

 

 ――帰路――

 

 ツカツカツカとローファーを鳴らして邁進中。こんな時に限って隣を歩いてくれるフィオさんがおりませぬ。

 

「アイカちゃーん」

 

 麻帆良女子中の転入から早一週間。歓迎会やらバトルマニアズからの挑戦やら部活勧誘合戦やらがあり、ようやくお祭り騒ぎ大好き集団(2-A)も落ち着き始めた今日この頃。

 

「ねえねえ、聞こえてますよねー?」

 

 しかし俺の心は落ち着きとは無縁の状態。むしろどうしてこうなったと絶賛混乱中。

 

「もう。無視されると悲しくなっちゃうよー?」

 

 きっかけは分かってる。たまたま今日、普通(・・)に目を合わせてしまったことだ。

 

「折角お友達になれると思ったのになぁ。なんだか泣きそう」

 

 いやいや待て待て。俺は漢の中の漢を目指しているはず。後悔なんて男らしくないんだぜ!

 むしろ立ち向かうべきだろうが! と俺は声の主に向き直る。

 すると彼女(・・)はパァと表情を輝かせるが、

 

「お、おおおおおお化けがなんぼのもんじゃい!」

 

 ………………

 

「もう! お化けって言わないで!」

 

 ヒィィ!! お怒りなせらあられませたんだぜ!?

 

 拝啓フィオレンティーナ様。俺、憑りつかれたっぽいでござる。

 ボスケテェェェェ!!!

 

 

 と、取り乱したぜ。落ちつけぇ俺。こういう時は深呼吸だ。

 フゥーーー!! コォーーーーー!! ヒョォーーーーーーーーーー!!

 うん。大丈夫。大丈夫だって。彼女の顔は『原作』で知ってるだろ? こういう時に原作知識を使わんでどうすんねん。

 ちらりと視線を向ければぷりぷり頬を膨らませてるOBAKE。もとい相坂さよ様。ふよふよ俺の周囲を漂ってらっしゃりまんがな。

 

「大丈夫。これは悪霊じゃない。呪われない。だから平気。絶対平気」

 

 そう繰り返すが震えは止まらない。ぶっちゃけマジで怖ぇ。

 そもそも幽霊とかダメなんだよ俺。妖怪なら平気なんだけど。だってあいつらなら殴れそうじゃん?

 でもお化けは無理。殴ってもすり抜けんだぜ? そんなんどないせいっちゅうねん。

 

「だ・か・ら、悪霊でもないってば。私は相坂さよ。何度も言ってるでしょ?」

 

 ……そりゃ何度も言われたけどさ。大体『原作』の幽霊娘はもっと大人しかっただろ! なんでこんな積極的に話しかけてくるんだよ!

 いやそもそも何で俺にははっきり『視え』ちゃってんの? あれか? 念のせいか?

 ……そういやH×Hじゃ除念=除霊って言われてたよな。

 …………つまり念=霊?

 Oh My God!!

 念能力なんて貰うんじゃなかったZE! HAHAHA!!

 

「もう。また別のこと考えてるのかなぁ。なんとかしたいけど、私じゃ触れないし……って、あれ?」

 

 あれ? なんだかほっぺが冷たいぞ?

 

「さ、触れる」

 

 ヒ!?

 

「ヒィィィィィ!! アーメン! アーメン! アーメン!」

 

「や、やめてアイカちゃん! なんだか綺麗な景色が見えてきちゃう! 気持ち良くなってきちゃう!」

 

「なんまんだぶなんまんだぶ! 仏説摩訶般若波羅蜜多心経!」

 

「だ、だめぇ! 逝っちゃう! 逝っちゃうからぁ!!」

 

「うおおおおおおおおおお!! 逝っけえええええええええ!!!」

 

 虚空に向けて両手を高速で擦り合わせるという奇行を見咎められ、ヘルマンに回収されたのは十数分後のことだった。

 

 

 

 ――女子寮――

 

「アイカにも苦手なものがあったんだな。てっきり怖いモノなんて何もないのかと思ってたけど」

 

 そう笑う千雨は、ヘルマンに届けられてすぐにベッドに潜り込んだアイカを指でつついていた。

 それを中空から見下ろしているのは相坂さよ。死後六十年にわたり麻帆良に住み続ける地縛霊である。

 

「ちちち千雨は怖くねぇのかよ!」

 

「そう言われてもな。全然見えないし。ってかエヴァンジェリンの人形の方がよっぽどホラーだったじゃねぇか」

 

「アレは殴れるじゃねぇか! お化けに打撃は通用しないんだぞ!」

 

「なんで殴れるかどうかが基準なんだよ」

 

「それが全てじゃねぇか! 殺人人形だろうが吸血鬼だろうがドラゴンだろうが悪魔だろうが、殴れるんなら平気なんだよ!」

 

「なんだそりゃ。さっぱり分からん」

 

 そう言って千雨がさよへと視線を向ける。

 しかしやはりと言うべきか、千雨の視線は一所に定まらず、結局さよを見ているわけではないと分かってしまった。

 

 

 相坂さよは本来大人しい性格の少女である。

 生前から存在感が薄く、それは地縛霊となった今も変わらない。

 幽霊となってしまった経緯は最早思い出せないほど昔のことであるが、しかし幽霊を続けてきた六十年、大人しい性格は変わらなかったように思う。

 では何故アイカに対して積極的に出たのかといえば、それはやはりアイカの影響であろう。

 

 それまでどこか斜に構えていた千雨と楽しそうに会話し、クラスから浮いていたエヴァンジェリンと話し、転入から一週間ほどにもかかわらず誰とでも親しげに話すその姿は、さよにはとても羨ましく、そして格好よく見えた。

 友達が欲しい。自分はそう思うだけで何も出来ていなかったというのに。

 

(だから、がんばろうって決めたんだけどな)

 

 積極的になろうと決めた。友達になってくれる人が現れるのを待つなんてやめて、自分から探しに行こうと決めた。

 そしてそんな時だ。アイカと目があったのは。

 彼女は確実にさよを見ていた。だからさよは思わず話しかけたのである。アイカの口元がひくつくのも無視して。

 

(でも、こんなに怖がられちゃった。やっぱり私には無理なのかなぁ)

 

 心が沈んでいく。変わろうと決めた意思が折れかける。

 

 と、そんな時だった。

 部屋の一角に置かれていた水晶球から光が溢れたのは。

 

(え? え? な、なにが起きたの?)

 

 混乱しながらもさよが目を向ければ、いつの間にか現れたのかフィオの姿が。

 さよとは逆に落ち着き払った千雨が声をかけた。

 

「随分早かったな。てっきり数時間はかかるのかと思ってたけど」

 

「幽霊に関する研究は昔やったことがあったのよ。だから今回は以前作った道具を探し出すだけで良かったの」

 

「へぇ。良くあることだったりするのか?」

 

「そうでもないわ。大抵発見と同時に祓われてしまうから会おうと思って会えるものでもないしね」

 

 さよにとっては要領を得ない会話。しかし質問することも出来ない。そもそもさよの言葉はアイカにしか届かないし、そのアイカは毛布にくるまってプルプル震えている。

 なのでフィオと千雨の会話を理解しようと耳を傾けていれば、フィオが取り出したのは木造りの小箱。

 さよも浮かびながらそれを覗き込むように移動すれば、

 

(モノクル?)

 

 小箱の中にあったのは随分と懐かしいもの。

 さよの生前であっても尚古めかしいと思われるだろう片メガネが二つ収まっていた。

 

「これで見えるようになるはずよ。幽霊、アイカ的にはオバケだったかしら?」

 

 え? そんな声をさよは上げた。途端アイカが作っていた毛布饅頭がひどく震えたがさよには気にしている余裕はなった。

 見えるようになる? 何が? 誰が?

 

 唐突な言葉にさよは『そうあってほしい』と願った一番のものを頭から追い出していた。

『自分』が『彼女たち』に見えるようになる。それは友達が欲しいというのに誰からも気づかれることすらなかったさよが、もっとも望んでいたこと。 

 しかし臆する。『また』なのではないかと。

 勇気を出して夜に見かけた生徒に話しかけた時、授業中に手を上げてみた時、楽しそうに笑っているクラスメートの輪に加わろうとした時、その全てにおいてさよが気づかれることはなかった。

 六十年。半世紀以上もの間完全なる孤独を強いられてきた彼女は、アイカに怯えられたことでついに諦めかけていた。

 もう無理なのだと。何を望もうと、自分には無理なことばかりなのだと。

 だから縋れない。見えた光を希望だと思ってしまえば、また傷つくだけだから。もう一度頑張ろうと拳を握ったところで、きっとまた裏切られるだけなのだから。

 

 だが、

 

「お? マジで見えた」

 

 そのさよが見たのは、モノクル越しにさよを見て驚く千雨だった。

 

「なんだ。アイカがビビってたから血みどろで顔が半分潰れてる感じのドギツイやつかと思ったら、普通の女子生徒って感じじゃん」

 

「あ、あの! 私のこと見えるんですか!?」

 

「ああ。って、声も聞こえるようになるのな」

 

「それは霊を認識可能にするためのトリガーのようなものだからね。さすがに触ることは無理でしょうけど」

 

 

 それはいったい何と呼ぶべき感情だったか。さよの心に様々な思いが溢れる。

 折れかけていた心が癒される。六十年ぶりの会話に、永遠にも思えた孤独からの脱出に、涙が溢れる。

 言葉が頭を埋め尽くし、何を言っていいかもわからなくなっていた。

 

「ありがとう、長谷川さん。ありがとう、フランチェスカさん」

 

 だから、さよはお礼を言っていた。何も飾らせることなく、思うままに。

 気が付けばもう涙は止まらなくて、ただただ感謝の言葉を口にすることしかできない。

 

(私を見てくれてありがとう。私の声を聴いてくれてありがとう。私がいることを知ってくれてありがとう)

 

 声がかすれてしまう。体が無いはずの幽霊だというのに、ちゃんとお礼も言えないことが悲しかった。

 だから、さよは今度こそ頑張ろうと思った。

 頑張って、もう一度言ってみようと。

 

「あ、あの。私、2-A出席番号一番の相坂さよです」

 

 モノクル越しにさよを見てくれている千雨に。黙って聞いてくれているフィオに。毛布から顔をだし、恐る恐るといった風ではあってもさよを見てくれるアイカに。

 

「私と、お友達になってくれませんか?」

 

 涙をこらえ、必死で笑みを作って、さよはそう尋ねたのだった。

 




何故か思いついちゃったのでさよちゃん回 そんな35話 もうヘルマンとかどうでもよくね?

さて、エヴァの四倍もの間学生をやってるさよちゃん。しかも誰とも話せず誰にも気づかれずという状態で
2-A可哀想ランキングがあったらぶっちぎりなんじゃないですかね
だから本作では何とかしようと思ったんですが・・・どうしてこうなった?
ってかさよちゃんにビビるオリ主って中々いないような・・・ま、いっか

さてさて、さよちゃんあっさり仲間入りです
今回使った落しテクは原作朝倉がやった「落として上げる」ですな
さんざん悪霊呼ばわりして傷つけ、そののち甘い顔を見せることで「ステキ☆」となるという、なんだかDV夫のような手法ですが・・・
もうちょいやり方あったかもなぁと早くも後悔が


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36.卓を囲み

 

 ――ネギ来日一週間前――

 

 麻帆良の学生になって早くも一月が経とうとしていた。

 いよいよ『原作』が始まる。束の間の休息(というには色々あったが)は終わり、ネギを中心とした物語が始まる。

 だというのに俺は未だに向き合えちゃいなかった。

 何と? もちろん相坂さよとだ。

 頭では分かってる。彼女は俺に害をなそうなんて考える性格じゃなく、ただただ友達を求めているだけの優しい幽霊なのだということは。

 だが怖いモノは怖い。いくら『原作』で知っているからとはいえ、いくらこの二週間で千雨と話して微笑む姿を見ているとはいえ、どうしても怖いのだ。

 こんなのちっとも男らしくない。自己嫌悪がぐるぐると頭を埋め尽くす。

 なんとかしたい。なんとかしなくちゃならない。そう思うのに自力では一歩も動けないような感覚。

 

 だから、

 

 頼ろうと思った。

 

 自分では無理なら助けてもらおうと思った。

 

 俺はどうするべきなのか、教えてもらおうと思ったんだ。

 

 

「そんなわけで助けてくれ、エヴァ。こう、お婆ちゃんの知恵袋的な感じで」

 

「帰れ」

 

 だというのに断りやがるとは。こっちが誠心誠意頼んでいるというのに。

 

「ど・こ・が・誠心誠意だ!! 貴様の言動からは私をバカにしているようにしか思えんぞ!!」

 

「そんなこと言うなって。色々お土産も持ってきたんだから」

 

 人生ゲームだろ。UNOだろ。ジェンガだろ。麻雀牌に雀卓まで買ってきてんだぜ?

 

「きっとエヴァは大人数でワイワイやるゲームとかやったことないだろうと思って。中学生を五順もしてるのにな」

 

「余計な御世話だ! やっぱりバカにしているだろう貴様!!」

 

「してないしてない。クラスメートが修学旅行で枕投げしている時も一人寂しくスラリンのレベル上げしてそうとか思ってないから」

 

「うがああああ!!」

 

 あれ? 言葉選びを間違ったか? なんだかエヴァが涙目になってしまったんだが。

 ってか襟をつかむな。首を揺するな。吸血鬼パワーでやられるとシャレにならん。『纏』がなきゃ首が捥げるぞ。

 

 その後も俺がフォローするたびに強くなるエヴァの折檻に耐え、結局茶々丸が助け舟を出してくれるまで十数分、俺の脳味噌はシェイクされ続けたのだった。

 

 

 

 ――エヴァンジェリン邸にて――

 

 高畑・T・タカミチは現在混乱の極みにあった。

 脳裏を埋める言葉はただ一つ。どうしてこうなった。それだけだった。

 

 現在、麻帆良の魔法先生たちは多忙を極めていた。

 その理由は言わずもがな。ネギ・スプリングフィールドの来日のための調整である。

 特別な生まれとは言えネギが九歳の子供であるというのは事実。そのネギを教師にするため、越えなければならないハードルは非常に多い。

 各関係機関への根回しに始まり、一般教師たちへの説明の必要もある。海外の大学を飛び級で卒業した天才を教育機関に迎えるテストケース、そういう形で認めさせるよう政府側に打診する必要すらあった。

 とはいえ麻帆良も一角(ひとかど)の組織である。これらは数年前から計画的に進められ、予定通りネギの教師就任は波風を立たせることなく行われるはずだった。

 

 そう。はずだった(・・・・・)

 

 それに波風を立てたのは、長年失踪していたアイカ・スプリングフィールドと、長く麻帆良に縛られていたエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

 

 現在高畑と雀卓を囲む二人である。

 

 もう一度繰り返そう。高畑の脳裏を埋め尽くす言葉は一つ。どうしてこうなった。ただそれだけである。

 

 

「まったく。何故私がこんな小娘と……。チッ、ツモ切りだ」

 

 タン

 

「ケケケ。グチグチ同ジコト言ッテンナヨ御主人。オ? コレガ来ルトハツイテルゼ」

 

 タン

 

「まぁまぁチャチャゼロ。エヴァも実は楽しいんだぜ? ツンデレなだけで。っと、……まぁ通るか」

 

 タン!

 

「ここでドラ切りとはな。張ったか? って誰がツンデレだ! おいタカミチ! 貴様の番だぞ!」

 

「あ、ああ。済まない」

 

 促されるままに牌をめくる。手元に来たのは九萬。染め手気配のエヴァもタンピン狙いらしいチャチャゼロも、そして初っ端字牌連打のアイカもチャンタは無いだろうとツモ切りすれば、

 

「お? それカン」

 

 とアイカから待ったが入り、

 

「そんでもってー、はい来た。嶺上開花!」

 

「またそれか! ガン牌でもしてるんじゃないだろうな、小娘!」

 

「ケケケ。最初ノ半荘ガ終ワッタ辺リカラ急ニ強クナリヤガッタシナ。既ニ仕込ミハ終ワッテルッテコトカ?」

 

「はっはっは。エヴァちゃん知ってるか? バレなきゃイカサマじゃないって言葉。逆に言うならイカサマだって言いたけりゃタネを割るしかねぇんだよ」

 

 今にも掴みかかっていきそうに唸るエヴァを横目に、高畑は茶々丸の入れてくれたお茶を啜る。

 やはりというべきか、思考を埋め尽くす言葉はいささかも変わらなかったが。

 

 

「それで、タカミチ?」

 

 ん? と高畑が牌を整理する手を止めればこちらを伺うエヴァと目があった。

 

「今日は何の用だ? 貴様が何の用もなくウチに来るはずがないだろう?」

 

 出来れば最初にそれを聞いてほしかったんだが。そう高畑は苦笑する。

 

 どういうわけかあれよあれよという間に茶々丸の代わりに卓に座ることになってしまったが、元々別の用があったのだ。

 なので高畑は話を切り出すことに。もっとも雀牌を手繰りつつではあったが。

 

「ああ。来週にね、ネギ君がやって来るからさ。その件でね」

 

「ほう。小娘の兄か。手を出すなとでも言いに来たのか?」

 

 似たようなものだよ。そう高畑は答えた。

 もっとも高畑自身はエヴァがネギを襲うとも思っていない。近右衛門もそうだろう。彼らはエヴァと付き合いも長いし、なにより今のエヴァにスプリングフィールドの血を求める理由が無いことも知っているのだから。

 だからこれは、『エヴァンジェリンには釘を刺した』と魔法先生たちにアピールするための訪問のようなものだ。

 

「アイカちゃんとエヴァが戦っただろう? アレのせいでピリピリしている魔法先生もいてね」

 

「ふん。文句ならそこの小娘に言え。私は喧嘩を売られたから応えたにすぎん」

 

「ケケケ。アレハ楽シカッタナ。ソレハソウト、ロンダゼ御主人」

 

「なっ。チャチャゼロ、貴様ッ! 謀ったか!」

 

「ケケケケ。温イコト言ッテンナヨ御主人。今ハ勝負中ダゼ? 気ヲ抜イタ奴ガ負ケンノハ当然ダロォ?」

 

 チッとエヴァは舌打ちし、チャチャゼロへと点棒を渡す。

 ジャラジャラと洗牌がされ、南三局へ。

 と、今度はエヴァがアイカに話しかけた。

 

「貴様の兄か。どんな奴なんだ?」

 

「知らね。まぁでも『いい子』って感じじゃねぇの?」

 

「何故他人事のように……、っと、そうか。貴様、七年間も失踪していたのだったな」

 

「そ。だからぶっちゃけ家族だとも思えなくてなぁ。まぁ俺みたいに突然喧嘩を売りに来ることも無いとは思うぜ? 英才教育受けたエリートって感じだったし。っと」

 

 確かに。と高畑は頷く。アイカとネギとではまるで性格が違うと。

 知性的なネギとは対照的に、アイカは野性的だ。ともすればかつて見たジャック・ラカンを彷彿とさせるほどの『いいかげん』さ。

 しかしエヴァにとってはアイカの言葉では想像しにくかったのだろう。

 

「エリート? 貴様の兄がソレとは想像できんな。ナギもエリートとは程遠かったが」

 

「俺とは生まれは同じでも育ちが違うからな。赤毛も育児すっぽかしてどっか行っちまったし。まぁなんだ。俺が森でイノシシ追い掛け回してる間、ネギは期待を一身に受けて過保護に育成されましたって感じか。まぁ似たようにはならんだろ」

 

「ツマリハ温室育チノガキッテコトカヨ。オ、御主人。ソレ、チーダ」

 

「付け加えるなら世間知らずって感じかもな。まだ九歳だし仕方ないんだろうけど、これから白くも黒くもなれる素材っていうの?」

 

「随分と辛辣だね。ネギ君は立派な魔法使いを理想として頑張っていると聞くよ? そうそう黒く染まることなどないとは思うけど」

 

 しかし高畑の言葉にアイカはにやりと笑って見せ、

 

「わっかんねぇぜ。ネギの理想は立派な魔法使いというよりサウザンドマスターだろ? 赤毛なら世界を敵にするとしてもこうするはずだ、なんて言われりゃコロッと悪の道に入っちまうかも」

 

 その言葉に一瞬高畑の心臓が跳ねた。

 思い浮かぶのはかつて憧れた英雄の姿。連合・帝国の両方から賞金を懸けられ、お尋ね者となっても尚一人の女性を味方し続けたナギの姿。

 戦争が終わり罪人とされた彼女を、しかしそれでも救い出した男の背中だった。

 

(あの人にとっては正義も悪も関係なかったんだろう。ただ自分のしたいことをするだけだった。でもネギ君はどうだ?)

 

 今更ながらに高畑は背筋に寒いものを感じていた。

 ネギは才能あふれるとはいえ九歳の子供だ。容易に他人に影響されるだろうし、甘言を跳ね除ける力もないだろう。

 もしもアイカの言う通り、ナギならばこうしたはずなどと言う人間が近づけば、ネギは簡単に騙されてしまうのではないか。それこそが正しいのだと盲信してしまうのではないか。

 もしかしたら、自分たちは危ない綱渡りをしているのではないかと。そう思ってしまったがゆえに、高畑はうすら寒いものを感じずにはいられなかった。

 

「おいおい、高畑センセー。そんな考え込むなって。それでもネギの本質は『いい子』だと思うぜ?」

 

「あ、ああ。済まない」

 

 冷や汗でも滲んでいたのだろうか、アイカの心配する声に高畑は礼を言った。

 なんにせよ、学園長に相談するべきかもしれない。そう頭の片隅にはしっかりと記憶して。

 

 

 

「っと。来たぜぬるりと」

 

「チッ。また貴様か。さっさと明けろ」

 

「くっくっく。見さらせ俺のォ、字一色!」

 

「「「なぁっ!?」」」

 

 もう一つ、この面子では麻雀は二度と打つまいと、記憶にとどめる高畑だった。

 




今回から三人称場面でのエヴァの呼び名をエヴァンジェリンからエヴァへと変更しました
タイミング的にここらへんかなぁと思ったので
他にも三人称視点というのは悩ましいもので
たとえば姓名どちらで呼ぶか
近右衛門なんかは木乃香と被るのを避けるため『近衛』と呼ぶわけにもいかなかったり
しかし超は姓で呼んでるんですよね。古菲なんかフルネームですし
龍宮は真名と書くと少し違和感がありますが、刹那の場合は桜咲と書く方が不自然だったり(この辺りは私だけかもしれませんが
なかなか難しいモノです

さて没ネタ(というか裏設定?)
タカミチ以外の面子ですが、普通にイカサマしてます
エヴァは室内の人形の視覚を通して牌を盗み見、チャチャゼロはエヴァと念話で通しをしてます
で、アイカはといえばガン牌ですね
オリジナル変化系修行Lv.5 字置き
触れた牌の背面に一瞬で念文字を書いちまってるわけです
三局もすれば鷲頭麻雀並みにスケスケに
ちなみに操作系の系統別修行のかいもあってサイコロも自由自在だったり
念の汎用性は異常ですな


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37.一時間目 ~その1~

 

 ――始業時間前――

 

 今日も今日とて男らしさの欠片もない制服に身を包む。(未だに学園長はパーカー着用を認めてくれないのだ。何度も直談判に行っているというのに。眉毛がパーマになる呪いをかけたり頭が伸び続ける悪夢を見る呪いをかけたりと、一生懸命脅はk……お願いしているというのに)

 そして登校。いつも通りあくび混じりに超から肉まんを五つほど買って、

 

 そして気づいた。

 

「……今日だったか」

 

 ん? と俺の呟きに反応したのは隣でPSPをカチャカチャやってたエヴァ。それに促すように黒板を示せば、そこにはデカデカと新任の先生が来る云々と書かれていた。

 つまりは今日が『原作』開始日。ネギが来日するその日ということか。

 

「なんだ? 知らなかったのか?」

 

「いや、忘れてた」

 

 そういえば高畑が話していたのは先週だったか。

 最近さよちゃんと普通に接することが出来るようにと、そればかり考えていたからな。おかげで今はなんとか顔を引き攣らせずに話すことが出来ている……と思う。

 

「本当に興味が無いんだな」

 

「別にそんなことはないと思うけどなぁ」

 

 眼中にないとか嫌いとか、そういうネガティブな感情はない。なんせ漫画の主人公だ。それなりに興味だってある。

 だが、やはり第三者には俺のネギに対する興味というものは薄く映ってしまうのだろう。

 サウザンドマスターの息子。次代の英雄候補。それに加えて俺の場合は自分の兄でもあるわけで。

 他人にしてみれば何故もっと注目しないのか、といったところだろうか。ムービースターが目の前を歩いているのに欠片も騒がない人間を不思議に思うのと似ているのかもしれない。

 

(もっとも他人から変だと思われるくらいで自分を変えるつもりもないんだけどな)

 

 俺は出した結論を咀嚼していた肉まんとともに腹に落とす。あっさりとネギ以外のことに意識を切り替えられる辺り、やはり興味が薄いのかも知れないなと思いながら。

 

 

 

「で、エヴァは何やってんの?」

 

「……貴様には関係ないだろ」

 

「んなこと言うなって。モンハンなら一緒にやろうぜ? 俺ハンマーだからさ、尻尾切ってくれよ」

 

 千雨は弓だしな。フィオも誘ったんだけど結局笛使いになっちまったし。

 しかしエヴァは俺から見えないようPSPを傾け、

 

「モンハンではない。それと私はヘヴィメインだから尻尾は無理だ。一人でブーメランでも投げてろ」

 

 などと言ってくる始末。

 

「つれないなぁ。ってかブーメラン投げるくらいなら大剣に持ちかえるっつうの」

 

 仕方がないから放っておくかと、左隣のフィオへと向き直ろうとすれば、それまで黙っていた茶々丸が、

 

「アイカさん」

 

「ん?」

 

「マスターのやっているのは麻雀のゲームです」

 

「なっ!?」

 

 と驚きの声を上げたのは当のエヴァ。俺はと言えば頬がにやけるのを感じていた。

 

「どうやら先日アイカさんがいらして下さったのがよっぽど嬉しかったようで」

 

「ほぅ。そうかそうか。そんなに楽しかったか」

 

「そそそんなわけあるか! コレはたまたまだ! というかこのポンコツめ! 勝手なことを――」

 

「そんな照れんなよ。次の機会があればいいなぁとか思ってたんだろ? いいじゃねぇか。またやろうぜ」

 

 うんうんと頷きながら俺は真っ赤になったエヴァの頭を撫でる。

 次はフィオに千雨、クラスメートなんかも呼んでパーッとやろうなぁなんて言いながら。

 

 

 

 ――一時間目――

 

 神楽坂明日菜は憤慨していた。

 きっかけは登校時に無遠慮な一言をかけてきた少年、ネギ・スプリングフィールド。

 初対面だというのに失恋の相が出ていると言い放ってくれたのだ。

 その上ネギが担任になることで高畑が2-Aの担任から外れるとか。ネギに怒りを向けることは八つ当たりなのだろうが、しかしそれでもネギがやってきたせいで高畑との距離が開いてしまったように思えてしまう。

 加えて言えばネギを締め上げていた時に吹いた突風で制服が飛び、高畑に毛糸のクマパンを見られる始末。

 さらにさらに、ネギの住居が決まっていないとかで同室に泊めるようにとまで。

 これだけ畳み掛けられて、果たして不機嫌にならない人間がいるだろうか。

 結果、怒りの矛先は全て纏めてネギへと向かっていた。

 それはもう、親友の近衛木乃香も隣に座る柿崎美砂も話しかけるのをためらうほどに、怒りを表情に出していた。

 

 しかし無謀というべきか恐れ知らずというべきか、そんな明日菜に話しかけてくる者が一人いた。

 麻帆良のパパラッチこと朝倉和美である。

 

「やあやあ明日菜。聞いたよー? 新任の先生と早速会ったんだって? ちょっと話聞かせてよ」

 

「……わざわざ私に聞かなくてもすぐに来るわよ」

 

「それはそうなんだけどさぁ。本人に取材する前に周りの意見も聞いておきたいじゃん? 報道記者を目指すなら現場取材だけじゃなく下調べもしないとね」

 

「アンタが目指してるのはパパラッチだと思ってたわ」

 

 もしくはゴシップ記者かだ。少なくともまっとうな報道記者なら『バレンタインデー特別企画・男性教師チョコ獲得数レース』なんて記事は作らないだろう。

 しかし明日菜の棘のある言葉もものともせずに朝倉は続ける。

 

「で? どんな感じの先生だった? やっぱり美形? アイカちゃんのお兄さんだし」

 

 

 アイカの兄。その言葉に明日菜は一瞬どきりとした。

 2-Aの面々は既に新任の教師がアイカの兄であることを知っていた。それはアイカの転入歓迎会の時に高畑から聞かされていたことでもある。

 イギリスの大学を飛び級で卒業した天才。彼が教師を志し、麻帆良へとやって来る。それに伴い唯一の肉親であるアイカも麻帆良に転入することになった。と、そういう風に聞かされていたのだ。

 その話が高畑から出た時は、雪広あやかや那波千鶴を始め何人かの生徒が涙ぐむほどだった。親を失いそれでも人を導く教師という職業を目指す兄と、不遇(?)な過去もかけらも感じさせずに健気(?)に笑う妹。きっとそういうシチュエーションを想像したのだろう。

 だが、

 

「朝倉の想像とはかなり違うと思うわよ。私もアイツがアイカちゃんの兄だとは思わなかったし」

 

「へ? 金髪碧眼の超美形じゃないの? 将来性確実な長身イケメンは?」

 

「ぷっ。なによそれ?」

 

 気づけば苛立ちはどこへやら。明日菜は朝倉の言葉に吹き出ししていた。

 

「だってアイカちゃん、九歳であの背よ? しかも美少女。双子だっていうならお兄さんの方は中性的でスラッとして」

 

「なにそれ? 朝倉って王子様に憧れてるとかそういうタイプだったっけ?」

 

 確かにアイカの背は高い。五歳という歳の差(実際は二歳差なのだがフィオと千雨以外は知らないことである)があるためさすがに明日菜ほどではないが、それでも木乃香と同じくらいの背丈はあるのだ。しかも手足がスラリと長いため見た目よりも高身長に見える。きっと将来は長身モデルのようになるのではないかと話が出るほど。そのアイカの双子の兄というならばきっととんでもない美形なのだろうと、オジコンと揶揄される明日菜でさえ想像していたほどなのだから、まぁ朝倉の勘違いも理解はできるが。

 

「ハッキリ言って全然似てなかったわよ? 髪も赤かったし、背も低かったわ。私も木乃香も中等部に紛れ込んだ小学生だと思ったくらいだし」

 

「えー。マジで?」

 

「マジ。ついでに言えばガキって感じね。デリカシーっていう言葉すら知らないんじゃないの」

 

「うわー。新人美形教師現るって見出しで下書きまでしたってのに」

 

「ちょっとちょっと。報道はどこ行っちゃったのよ? 妄想で記事作っちゃってるじゃない」

 

 そう言うと朝倉はエグエグと泣き真似を始めてしまう。明日菜の機嫌が治ったからだろう自分の席まで戻ってきた柿崎に慰めてーなんて言いながら。

 

 

 

(でも、そうか)

 

 頭に上った血が下りたからだろうか、明日菜は今朝見たネギについて冷静に考えられるようになっていた。

 そして冷静になってまず最初に思い浮かんだこと。それは、

 

(アイツが、アイカちゃんの兄)

 

 ちらりと、明日菜には似合わない態度であったが、気づかれないようにアイカの方へと視線を向ける。

 視界に飛び込んできたのは両手に持った肉まんを頬張りながら笑うアイカ。クラスから半ば孤立していたエヴァと話すアイカ。グリグリと真っ赤になったエヴァの頭を撫でるアイカだった。

 

 それは一月前から明日菜の身にたびたび起こっていた現象だった。

 アイカの顔を見ていると何故か泣きたくなる。

 アイカの笑う声を聴くと何かがこみ上げてくる。

 アイカの堂々とした言動を聞くと何故か胸が締め付けられる。

 アイカの不敵な笑顔を見ると何か温かいものが自分の中心で広がるを感じる。

 

(なんなんだろうな。コレ)

 

 懐かしい感覚のようにも思える。

 以前、高畑と同居していた際に彼が煙草を吸ってくれると自然と頬が緩んだものだ。それと似たような感覚が、何倍にもなって心の奥から湧いてくるような……

 

(どうしちゃったんだろ。ホント)

 

 アイカがクラスに編入してから早一月。だというのに明日菜はアイカに話しかけられないでいた。

 挨拶をされれば返すことは出来る。話しかけられれば答えることも出来る。

 でもそれだけ。それだけなのだ。

 木乃香に何の遠慮もなく愚痴をこぼすようにアイカと話すことは出来ない。柿崎とテレビドラマの話をするようにアイカと雑談をすることも出来ない。

 何も考えられなくなって抱きついてしまいそうな気がするから。訳も分からず泣き出してしまいそうな予感がするから。

 だから何故か、明日菜はアイカを避けてしまっていた。

 

(ダメよね。こんなの。アイカちゃんはクラスメートで、これから一年以上も一緒だっていうのに)

 

 今日は思い切って話しかけてみようか。そう明日菜は考えていた。

 きっとネギがやってきたことで歓迎会でも開かれるのだろう。2-Aはそういうクラスだ。だからその時にでも頑張ってみよう。

 

(うん。そうしよう。こんなの全然私らしくないしね)

 

 

 

 と、人知れず明日菜が決意を決めたその時だ。

 

 ガラリと教室の扉が開かれる音がして、

 

 ふわりと、扉に仕掛けられていた黒板消しが落ち、

 

 ネギの頭上で、ほんの一瞬停止した。

 




暑くて寝れねぇ! そんなわけで徹夜で書き上げこんな時間に投稿です


わざわざ出すほどのものでもないのかもしれませんが一応席順は下図のようになってます

夕映 千雨  明石  茶々丸 |廊
   フィオ アイカ エヴァ |下


以下おまけ
なんとなく考えたモンハン設定
アイカ:ハンマーは漢の浪漫。溜め3ヒャッハー
フィオ:淡々と笛サポート。装備はアイカのリクでウルク
千雨 :モンハンも出来るネットアイドル。終焉TAとか動画であげちゃう人。メインは弓
ヘルマン:ガンスは紳士の浪漫。竜撃砲ヒャッハー

エヴァ:大火力は悪の浪漫。ヘヴィボウガンヒャッハー
チャチャゼロ:変形は人形の浪漫。スラアクヒャッハー
茶々丸:……マスター、拡散弾痛いです。姉さん、打ち上げないで。にゃんにゃんぼう萌え


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38.一時間目 ~その2~

 

 ――ネギ登場――

 

 エヴァをからかったり千雨や裕奈と雑談していると、ようやく始業のチャイムが鳴り、そしてネギが現れた。

 ガラリとドアが開く。同時にネギの頭へ向かって落ちる黒板消し。そういえば春日や鳴滝双子がなんか仕掛けてたなぁと視界の端にとらえていた光景を思い出したところで、

 ふわりと、落下した黒板消しがネギの頭に触れる前に停止した。

 

「ほう」

 

「へえ」

 

「おいおい」

 

 上から順にエヴァ、フィオ、千雨の漏らした言葉である。というかなんか感心してないか? 俺はそういえばこんなシーンあったなぁと思い出していたんだが。

 と、そんな俺の疑問と同じものを千雨も思ったようで念話が来た。

 

『アレって窘められるべきことじゃねぇのか? もろに魔法の秘匿を犯してるじゃねぇか』

 

 だよなぁ。と俺も千雨に同意するが、フィオとエヴァは違う感想を持ったようだ。

 

普通(・・)の魔法使いならばな。だがあれはスプリングフィールドだ』

 

『千雨にも教えたわよね。こちらの世界でスプリングフィールドの名がどのような意味を持つのか。ナギ・スプリングフィールドが何をしたのか』

 

『ん? そりゃ教えられたけど。戦争時の映像記録まで見せられたし』

 

 そういや魔法球で見せられてたか。エヴァが『映像だと? 私にも寄越せ!』とか言ってきたけど無視して思い出す。スプリングフィールドに関わるということの意味を教えるため、そして英雄レベルの戦闘を見せるために千雨は戦時中に撮影された映像を見せられていたのだ。戦意高揚のために連合・帝国が撮影したものとも、『原作』でラカンが持ち出した自主製作ムービーとも違う、生の光景を。そりゃもう血みどろで肉が焼けるドギツイ奴を。

 

『ナギ・スプリングフィールドの主な(・・)功績はやはり戦争での活躍。戦争で戦果を積み上げた彼には敵も多いわ』

 

『そりゃまぁ……アイカには悪いかもだけど、そうだろうな』

 

 身内を殺された兵士なんかにとってみれば世界を救った英雄だってただの仇だし、アイツらは国家にまで喧嘩売ってるしな。

 

『なら千雨に問題。そんなサウザンドマスターに敵意を持った人間が、サウザンドマスターの代わりに子供を標的にしたならば、どのような手段が最も復讐を遂げるのが簡単だと思う? 狙われる英雄の子にとって、どのような手段に出られることが一番怖いと思う?』

 

 とフィオが言うと同時に千雨の視線が俺を向く。いや、俺じゃなくネギを見ろよ。なんか設置された罠をフルコンプして笑えるぜ?

 しかし千雨は結局俺から視線を外さず、そして降参を示した。

 

『ダメだ。アイカの怖い手段なんて思い浮かばねぇ。幽霊関係は簡単に用意出来る手段じゃないだろうし』

 

『そう。ならアイカ、アナタの答えは?』

 

 んー。と俺も首を傾げる。やられて嫌な手段か。

 正直言って、真正面から向かってくるというのならどんな相手だろうと平気な気がする。相手が俺の数倍強かったとしても、怖いとは思わないだろう。

 だから、きっとフィオの言っているのはそういうこと(・・・・・・)

 

『暗殺だな。それも魔法要素ナシの暗殺。超長距離狙撃や爆撃、乗ってる飛行機に爆弾しかけてボンとか』

 

 こう言うとKIRITSUGUスタイルみたいだけど、おそらくそれが一番怖い。

 さらに言うなら機械仕掛けの時限装置にされると嫌か。魔力の発生があればかなりの距離があっても知覚出来るし、殺気を込めて引き金に指を掛けられれば反応できる。ライフル弾ぐらいなら『練』でガード可能だし。

 だが魔力ナシの殺気ナシなら完全に後れを取るだろう。日々の行動を観察し、俺の行動を予測した相手が『確実にそこにいる』瞬間を狙って装置を設置すればいい。この場合は授業のある日に俺の席に狙いを定めて銃を発射できるようにしておけばいい、か? 何気ない日常の中でも常に気を張ってるなんて、俺でもキツイものな。

 そんな俺の答えはどうやら正解だったようで、フィオは頷いた。

 

『日常生活において対物障壁を常時展開しているなんて、そんなことがあり得ると思う? 戦場を渡り歩く傭兵だってそこまではしないわよ。それこそ自分が常に狙われているのだということを認識している人間でもなければね』

 

『魔力の無駄遣いも甚だしいからな。しかしあのぼーやはソレをしていた。しかもご丁寧に魔法バラシというリスクを背負ってまで見せつけたのだ。自分は障壁を展開している、とな。これがどういう意味か分かるか、長谷川千雨?』

 

 うーむ。俺にもさっぱりわからん。というかネギのアレはただのうっかりだと思うんだけど。フィオやエヴァ(一流どころ)の基準で測るのは間違いじゃね?

 

『魔法の秘匿意識すら薄いただのガキだと思われたのなら、そう思い込んだ三流にはこれを切っ掛けに早々に動いてもらえばいい。下手に策を講じられるより撃滅しやすいからな。逆に常日頃から襲撃を警戒するほどの英雄の子と思われたのなら、そう思った一流どころは簡単に手を出しては来なくなるだろう。完全に無防備に見える教鞭をとっている瞬間を狙って狙撃され、生徒に流れ弾の当たる危険性を発生させなくて済む』

 

『一月前に見た時は完全に世間知らずの子供だと思っていたけど、誰かの入れ知恵かしらね? それともそう思わせる擬態? だとしたら途方もない素材ね』

 

『確かに期待していたナギの息子とは別物だ。だが、なかなか面白くなりそうじゃないか』

 

 俺の両隣が黒い笑みを浮かべる。

 いや、マジな話、勘違いも甚だしいだろ。九歳の子供がそんなことまで考えてたら怖すぎる。ほら、フィオとエヴァの話を聞いた千雨が表情引き攣らせてるじゃねぇか。

 

 と、一応勘違いは正しておくかと俺が思った時だ。呆れ混じりの声を千雨が念話で伝えてきたのは。

 

『さすがに無いと思うぞ? まだまだガキじゃねぇか』

 

 視線は前へ。女子中学生ズにもみくちゃにされているネギを見て千雨は言うが、

 

『ふん。確かに餓鬼だが、しかし血筋は一流だ』

 

 どうやらエヴァやフィオはそれすらも擬態だと思っているらしい。

 

 うーむ。このまま勘違いされっぱなしというのも不味いと思うのだが。特に左隣の方なんか『厄介そうだから今のうちに刈り取っておくわ』とか言い出しかねない。

 だがどうやって説得すべきか。下手なことを言うと俺が見抜けていないだけだと断じられそうなんだが。

 と、俺は悩んでいたのだが、結局論破したのはまたしても千雨の一言。

 

『でもなぁ。その血筋を考えてみろよ、マクダウェル。アイカの兄貴でサウザンドマスターの息子だぜ? その血筋の一員がそんな複雑なことまで考えられると思うか?』

 

『『……あ』』

 

 え? そこで納得しちゃうわけ?

 

 

 

 ――終業後――

 

 終業を知らせるチャイムが鳴り、学生たちが学び舎から出てくる。

 一部は部活に励むのだろう駆け足気味で。一部はこれから遊びに行くのだろうか、和気あいあいと連れだって。

 しかし彼にとってはこれからが仕事の本番である。首から広域指導員であることを示すカードを下す、ヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマンにとっては。

 

「相も変わらず此処の学生は元気なことだ」

 

 そう誰に告げるでもなく一人ごち、周囲に気を配りながら歩く。

 迷子になっている子供を見れば手を繋いで一緒に親を探し、大荷物を抱えて困っている老人を見れば手を貸してやる。工学部のロボットが暴走すればそれを力で抑え、喧嘩する学生が居れば喧嘩両成敗の理念にのっとり両者+周りで騒ぐ野次馬を纏めてぶっ飛ばす。時に同僚と酒を飲みに繰り出し、時に年長者として愚痴に付き合う。

 そんな、かつての自分を知る者が見れば腹を抱えて笑うような紳士っぷりを発揮して早一月。思えば随分と馴染んでしまったものだ

 

(悪魔として生まれ闘争に身を置き、人に使役されるようになれば汚れ仕事ばかり。そんな私によもや安穏な日常がやって来るとはな)

 

 平穏な日常は退屈ではある。退屈ではあるのだが、しかし悪くはなかった。

 少なくとも醜悪な人間に、誇りも理念も感じさせない魔法使いに使い潰されるよりかは、よっぽど良かった。

 

(これで闘争があれば言うことはないのだが。闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)との戦闘に参加できなかったのが悔やまれるな)

 

 まったくアイカめ。私だけ除け者にして楽しむとは。ヘルマンは苦笑と共に、心中でそうつぶやき、

 

(ふむ。今日は女子中エリアにでも足を向けてみるか)

 

 と、一時期中国拳法を使う少女にしつこく勝負を挑まれて以来敬遠していた場所へとヘルマンは歩き出した。

 

 

 

 

 それは全くの偶然だった。

 足元に転がってきたバレーボールを女生徒に投げ返してやり、ヘルマンがふと視線を動かしたところだ。

 銅像のモニュメントの足元に座り、何やらノートのようなものを広げているネギ・スプリングフィールドの姿が目に入ってきたのは。

 

「こんにちは。ネギ先生」

 

 なのでヘルマンは声をかけることに。おそらくはネギの監視だろう視線を感じたが、ヘルマンに気にした様子はない。

 

「え? あ、ヘルマンさん」

 

 というのもアイカらと共にウェールズに滞在していた頃にネギとも何度か顔を合わせたことがあるからであり、知り合いを見かけて声も掛けずに通り過ぎるというのも逆に不自然だからだ。どうやら学園長らはしばらくの間麻帆良の魔法先生たちの存在をネギには知らせたくはないようで(おそらく周囲に頼れるものが少ない状況でもネギがしっかりとやれるかを見たいのだろう)、必要以上の接触は自重するようにと言われていたのだが。

 

「久しぶりだね。今日から修行の始まりかね?」

 

「は、はい。ヘルマンさんもやっぱり麻帆良にいたんですね」

 

「まあね。広域指導員というのをやらせて貰っているよ。高畑先生と似たような仕事かな」

 

 もっとも教師として授業を持ち出張に飛び回る彼ほど大変ではないけどね。そうヘルマンは続け、ところで、とネギを視界に捉えて以来気になっていたことを切り出した。

 

「少し気落ちしていないかね? これから頑張って行こうという若者らしくはないな」

 

 しかしその問いかけにネギは口ごもってしまう。

 確かにネギは、ウェールズで何度か顔を合わせた時にも思ったことだが内向的な少年だ。アイカをよく知るヘルマンだからこそそれを強く感じる。本当に同じ親から生まれたのかと疑ってしまうほどだ。

 しかし立派な魔法使いを目指す気概は強かった。長く生きたヘルマンには何やら歪さを感じさせる気概ではあったが、それでも魔法学校の卒業後の試練として与えられた修行に燃えていたようにも思えた。

 だというのにたった一日目にして意気消沈しているとは。

 何かあったのかと思わずにはいられない。

 

 と、ふとネギの開いていたノートに目が行った。

 それはネギの担当することになったクラスの名簿。見れば一人の少女の写真を囲むように『いじわる』やら『BOO』やらいたずら書きに見える書き込みが。

 

「ハッハッハ。なるほど。担任することになった生徒に意地悪でもされたのかね?」

 

「あ! えっとこれは違くて――」

 

「別にいいのではないかな? なんなら角をもっと増やしてやりたまえ。それとも額に肉と書くべきかな? 確かそれが日本の風習だとか」

 

 ヘルマンはそう言って笑い、ネギの隣に腰を下ろした。

 

「まぁなんだ。中学生というのは気難しいモノらしい。特に女子ともなれば、我々男にとってみれば未知の生物だ。多少意地悪をされたからと言って気に病むことでもないと思うがね」

 

 何気に同僚との付き合いもきちんとしているヘルマンのこと。生徒に手を焼かされる教師の愚痴もいろいろと聞いていたりするのである。

 中には生徒の一人に告白され、立場などを理由に断ったところ、次の授業でクラス全員がボイコットしたなんて言う話も聞いたほどだ。あの日の瀬○彦先生の泣き上戸っぷりはすごかった。

 と、ヘルマンの思考が脇道に逸れた所だ。

 

「でも、しばらくこの人の部屋に泊めてもらえと学園長に言われまして」

 

「ほう。それはそれは」

 

「でも泊めて貰えそうにないんですよね。嫌われてるのかな」

 

 なるほど。ヘルマンはネギの言葉にうなずいた。

 九歳という年齢を考えれば気落ちするのも当然か。加えてウェールズで見たネギの周囲の人間を思い返すに、ネギは他人からの悪感情というものに慣れていないのだろう。アイカならば笑って跳ね除けそうなものではあるが、他人から嫌われるというのはこの年齢の子供にはキツイ物なのかもしれない。

 

「まぁしかし、私からは頑張りたまえとしか言えないことではあるな」

 

「頑張るですか?」

 

「うむ。嫌われていると思うのなら好かれるように頑張りたまえ。泊めて貰えそうにないと思うのなら何度もお願いするといい。きっとそういう生徒との付き合い一つ一つも修行の一部なのだろう。学園長がわざわざその子の部屋に泊まるようにと言ったのならね」

 

「うーん。でも好かれるようにって何したらいいのか……」

 

 考え込んでしまったネギに、一瞬ヘルマンは既視感を覚えた。

 方向性は全く違う。在り方も別物だろう。しかしその不器用さは、

 

「なるほど。サウザンドマスターに似ているのかもしれないな」

 

 その言葉に、え? とネギが顔を上げたが、

 

 しかし視界の端にとらえた少女の様子に、追及の言葉は出せなくなった。

 

 

 

 ヘルマンとネギ、両者の目に映ったのは多くの本を抱えて危うげに歩く宮崎のどか。

 彼女が階段を降りているところ足をくじき、落ちていくところだった。

 

「むっ、いかん!」

 

 即座にヘルマンは立ち上がり、地を駆ける。

 麻帆良の結界に制限されているとはいえ高位の悪魔。悲鳴を上げて落下するのどかを受け止めるには十分間に合う。

 抱きとめる時の衝撃がのどかに行ってしまわないよう気を付けて落下地点に滑り込んだが、

 

(む? ネギ君かね?)

 

 ヘルマンが感じたのは背後で動く魔力。のどかの落下速度はふわりと収まり、ゆっくりとヘルマンの腕の中へ。

 

(まぁ私のスペックを知らない以上、間に合うかどうかネギ君は分からなかったのだから仕方がないか。実力を知らない他者を過信し、生徒を傷つけてしまうよりはよっぽどいい)

 

 もっとも、

 

(あのような身の丈ほどもある杖を振り回す姿を、誰にも見られなかったのであれば、なのだがね)

 

 ネギを見やれば先ほどまで脇に置いていた杖を構えている。あれでは正しく魔法を使いましたと言わんばかりの格好だ。

 

 そして、

 

「あ、あんた……」

 

 それをばっちり目撃してしまった一人の少女。

 なんの因果か先ほど話題にあった神楽坂明日菜だった。

 

 サーっと顔から血の気が引いて行くネギは抵抗も出来ずに、明日菜に掴まれものすごい勢いで走り去って行ってしまった。

 

 

 

(なんとなく面白そうな気配はするが、)

 

 どうやら階段からの落下によって目を回していたらしきのどかの気が付いたようで、

 

「う……、あれ……?」

 

「おっと気が付いたかね? ふむ。怪我はないようだね。何よりだ」

 

 ネギがどうなったのか、気にはなるが諦めよう。魔力の発生を感知したのか高畑が向かっているようだし、こちらを放っておくわけにもいかないだろう。

 

(悪魔たる者、仕事を疎かにするわけにもいかないからな)

 

 男性恐怖症のせいかそれともベタな吊り橋効果ゆえか、真っ赤になったのどかを立たせるとヘルマンは散らばった本を集め、

 

「さてお嬢さん。一人でこれだけの量の本を運ぶという危険行為。広域指導員としては罰則を与えるべきだろうね」

 

 先ほどの落下。もし、のどかの落とした本が誰かの頭上に落ちればどうなっていたか。そうヘルマンは続け、

 しかし罰則という言葉にビクリと震えたのどかに笑いかけた。

 

「では、本を運ぶ権利を没収しようか。全部では可哀想だし、半分ほど没収だな」

 

 集めた本を軽い物から順に半数渡し、残りの半分を抱えた。

 

「外に運んでいたということは図書館島でいいのかな?」

 

 コクコクとうなずくのどかと共に歩き出す。

 まぁなんだ。面白くなっていきそうではないか。そんな言葉を思い浮かべながら。

 




安西先生、バトルが書きたいです。ヘルマンをボコボコにしたいです

さて久しぶりの髭紳士。何気に頑張ってるようで
最近ではデスメガネと双璧をなす指導員になってます
一部の(趣味が明日菜と似ている)生徒には人気が出てたりも(モゲレバイイノニネー
あだ名は「黒紳士」。口癖は「あくまで紳士ですから」・・・いやこれはないか
次の出番はいつになることやら

さてさて今回が遅れた理由の一つが、のどかをどうするかが決められなかったからでして
のどかのAFはやばすぎるんですよねぇ
魔法関係者になることで一番危険にさらされるのがのどかだと思ってます
以下、のどかがAFを得た場合に建ちかねない危険なフラグ
ex.1)アイカに何故家出をしたのか尋ねる→原作知識があることやらなんやかんやがバレ、アイカ焦る→フィオ切れる→のどかェ
ex.2)ヘルマンが何者なのかを尋ねる→MMがアイカに向けられた刺客だとバレる→ネギや魔法先生ズに伝わる→MM「知ってしまった可能性のあるものは皆殺しだぜヒャッハー」→のどかェ
ex.3)超にどうやったらそんなに頭がよくなれるのかを訊く→超(ある目的のために未来で頑張った・・・って不味いネ!!)→何億という人類を救うためにのどかは犠牲になったのだ→のどかェ
ex.4)フィオにどうやったらそんなに強くなれるのかを訊く→過去を覗かれたようなもの→フ「アイカにも話したことないのに!」→のどかェ
ex.5)タカミチに明日菜のことをどう思ってるか訊く→黄昏云々バレ→(略)→のどかェ
ネギが知りたがってるならということで1は普通にありえそうですし
ネギが強くなるには云々と悩んでいれば2と4もありえそう
明日菜の恋を応援するぞと意気込めば5も十二分に
今回はヘルマンのファインプレー(?)でネギ×のどフラグは一時回避しましたが、ホント、どうしましょうかね
ご意見あればお願いします。もしかしたら今後の展開に反映されるやもしれませぬ故
え? ヘル×のど? ハハハ、ご冗談を


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39.一時間目 ~その3~

 ――放課後――

 

 ネギが赴任してきての初日の授業は、まぁ色々と騒がしかったが一応は大きな問題もなく終わって放課後となった。

 おそらく『原作』との差異は少なかったはずだ。ネギがトラップに魔法障壁で反応してしまったり、明日菜に怪しまれて消しゴムを投げられまくっていたりといったシーンはなんとなくデジャブを感じたし。さすがに『原作』を読んだのが十年以上も前ということもあって、かなーりうろ覚えなんだけれども。

 で、そんなこんなで授業が終わり、俺が今何をしているのかというと、だ。

 

「アイカさんアイカさん、ネギ先生はどんなお菓子がお好きなんでしょうか? 超さん達が点心を用意してくださいましたが、ですがやはり洋菓子も用意しておくべきだったかとも思うのですが。というか今からでもするべきですよね! ええ、今すぐにでもするべきでしょうとも!! 今すぐ雪広財閥の力で最高のパティシエを――」

 

「いや、ちょっと落ち着けよ、いいんちょ」

 

 現在ネギの歓迎パーティーのための準備中。机を並べたりクラスの面々が思い思いの菓子を買い込んできたり超包子組が料理を運び込んだり。

 俺とフィオが転入してきた時もそうだけど、相変わらずというかバイタリティーがとんでもないな、このクラスは。楽しいからいいけど。そんなことを考えていた時だ。ショタ長もといクラス委員長の雪広あやかが暴走し出したのは。

 ……うん。ちょっとひいた。

 

「菓子もジュースもこんだけあるんだから別にいいだろ。そもそもネギの好みとか言われてもよくわかんねぇぞ、俺」

 

「え? そうなの? お兄さんのことなのに?」

 

 そう横から疑問の声を挟んだのは千鶴さん。見た目はアイカちゃんがお姉さんだけどねーと後の小太郎嫁・村上さんちの夏美ちゃんが苦笑しているが、

 

「あー……。ほら、アイツってオックスフォード? に飛び級してるからさ。ここ数年会ってなくて」

 

「そういえば高畑先生がそう仰ってましたね。ならしょうがない、のかしら?」

 

「しょうがないんじゃね? ま、そういうことで納得しといてよ」

 

 うんうんと頷いてそう言う。

 まぁ実際はネギのオックスフォード大学(だったよな?)飛び級卒業ってのは出鱈目だし、俺がネギのことを知らないのもネギではなく俺が家を出ていたせいなんだけども。

 

「まぁイギリス人のご多分に漏れずネギも紅茶党だったはず。クッキーとかスコーンとか持っていけば喜ぶんじゃね?」

 

「なるほど! それはいいことを聞きましたわ! パティシエだけでなく今すぐダージリンやアッサムの農園を買い取って――うっ!」

 

 見れば気絶したいいんちょとそれを抱きかかえる千鶴さんの姿。ヒートアップするいいんちょに当身でも食らわせたのか?

 そのまま何処かへと引っ張って行ってしまった。

 

「手馴れてんなぁ。いいんちょって雪広流とかなんとかいう武道やってなかったっけ? それを一瞬でとは」

 

「あはは。まぁちづ姉だから」

 

「あー。まぁ千鶴さんだしなぁ」

 

 取り残された夏美と一緒に苦笑する。

 千鶴さんだから。その一言で納得出来てしまうのは、まぁ仕方がないのだろう。

 何故かさん付けしないといけない威厳みたいなのがあるもんな。ぶっちゃけ中学生にはとても見えげふんげふん。

 やべえやべえ。こんなこと考えてたなんて知られたらどんな目に合うか。一瞬悪寒が走ったぞ。

 

 

 

 ――主人公とメインヒロイン――

 

 階段から落ちた宮崎のどかを杖を振って助ける。その決定的瞬間を目撃した神楽坂明日菜は、自分に見られたからだろう顔色を悪くしたネギを抱えるとダッシュで人気のない場所まで連れ去った(拉致った)

 抱えられているネギはほとんどパニック状態だったが、実は明日菜の方も似たようなものだった。自分自身それほど良くはないと思っていた頭が猛スピードで回転し、数々のピースを拾い上げていく。

 朝の登校時に出会った直後、吹いた突風で自分が下着姿にまで剥かれた時、確かネギはくしゃみをしていなかっただろうか?

 HR時、頭上に降ってきた黒板消しトラップがネギの頭上で一瞬止まったのはやはり見間違いではなかったのではないか?

 結果、胸倉を掴みあげたネギに向けた言葉は確信に満ちていた。

 

「やっぱりあんた、超能力者だったのねーーー!!」

 

「い、いや、違、ボ、ボクは魔法使いで――」

 

 ……まぁ微妙に外れていたが。

 

「ど、どっちだって同じよ!!」

 

 あううーと涙目になるネギに言い放つ。

 そしてそうと分かってしまえば朝の怒りの感情が蘇ってきた。そう、失恋の相が出ているだの毛糸のクマパンを密かに思いを寄せる高畑に見られただのその高畑が担任から外れるだの。

 だから、

 

「あ、あの、ほかの人には内緒にしておいてください。バレると僕、大変なことに」

 

 そんなネギの言葉など条件反射的に断って当然のはずだった。

 

「そんなん私の知ったこっちゃ――」

 

 ないわよ。そう続けるはずだった。

 しかしふと思い出したのは目の前で涙目になっている少年の妹。大胆不敵、傍若無人が服を着て歩いているかのような、しかし何故か憎めない少女の姿。

 自分が何故か距離を置いてしまっているアイカのことだった。

 

「ちょっと待って。アンタが魔法使いってことはさ、アイカちゃんもそうなの?」

 

「え? アイカですか? ええっと……」

 

「どうなのよ!?」

 

「そ、そうです! アイカも魔法使いです!」

 

 一瞬ネギは不自然に言い淀むも、明日菜が一喝すればそれを認めた。

 

「じゃ、じゃあさ、もしアンタが魔法使いだってことがバレたらアイカちゃんも――」

 

 しかしそこから先は言葉にならなかった。

 明日菜が何かを言うより先に、ガサリと周囲の茂みが揺れて、

 

「おーい、そこで何やってるんだ?」

 

 高畑が顔を見せたが故に。

 明日菜が本来ならば高畑にノーパン姿、さらにはパ○パン姿を見せる羽目になる運命が、かろうじて回避された瞬間だった。

 もっともアイカ以外にそのことを知るすべなどなく、当然明日菜も胸を撫で下ろすことなどなかったが。

 

 

 

 

 

「で? なんでアンタは魔法使いのくせしてイギリスから日本まで来て、しかも先生なんてやることになってるわけ?」

 

 なにやら言い争っているような声が聞こえたから様子を見に来たんだけど、なにをしていたんだい。そう尋ねた高畑を微妙にごまかし、しばらく歩いたところで明日菜はネギへと尋ねた。

 ネギは少し言いづらそうにしていたが、魔法使いであるということを黙っていてもらうには正直に自分の事情を話すべきだとも考えた。

 

「えっと、修行のためです。立派な魔法使い(マギステル・マギ)になるための」

 

「マギス……何?」

 

「マギステル・マギです。ええっと、世のため人のために陰ながらその力を使う魔法使いで、魔法使いたちにとって最も尊敬される立派な仕事の一つなんです」

 

 世のため人のために魔法を使うと言われても、明日菜にはいまいちピンとこなかった。そもそも魔法使い言われても杖の先から火の玉を飛ばすようなお爺さんをイメージしてしまう。そんな攻撃的な力でどうやって人助けをするのだろうか。街から一歩出ればモンスターとエンカウントするというわけでもあるまいし。

 

「それで魔法使いが教師なんかやるわけ? 悪者を退治したりするんじゃなくて?」

 

「悪者って、まぁそういう犯罪者を相手する人たちもいるみたいですけど、僕はまだ仮免期間のようなものでして」

 

「仮免ねえ。もしその間に魔法使いだってことがばれちゃったら?」

 

「か、仮免没収で連れ戻されちゃいます。ひどい時はオコジョにされちゃったり……」

 

 だから秘密にしておいてほしいんですけど。そうネギは続けた。

 

 明日菜としては別に秘密にしておくぐらい構わなかった。さすがに年下の子供に目の前でここまでヘコまれると少しくらいの情は湧いてくるし、赴任後一日で仕事を辞めさせられて帰国ともなればあやか辺りが黙っていないだろう。ショタコン熱をフィーバーさせていたし。

 というかそもそも魔法使いがいるなんて言ったりしたら痛い子扱いされるんじゃなかろうか?

 

「ま、いいわよ。秘密にしておくくらい」

 

「ホントですか!? ありがとうござ――」

 

「ただし! 次に朝の時みたいに服を脱がせたりしたら、……分かっているわね?」

 

「は、はいぃ! 肝に銘じておきます」

 

 しかしまぁ、釘を刺すことは忘れなかったが。

 

 

 

 そういえば、と明日菜はネギと共に教室へと戻る道すがら、気になっていたことを尋ねた。

 

「アンタがマギスなんちゃらの修行のために先生やるってことは、アイカちゃんの修行って生徒をやることなわけ?」

 

「え? なんでアイカが修行するんですか?」

 

「『えっ』て……、だってアイカちゃんも魔法使いなんでしょ? ならアンタと同じように一人前になるための仮免中なんじゃないの?」

 

「いえ、修行は魔法学校の卒業生に与えられるものなので、アイカは関係ないですよ?」

 

「んん?」

 

 ネギの言葉に明日菜は少し混乱する。とてもそうは見えないがネギとアイカは双子だったはずだし(もちろんアイカが年上に見えるという意味で)、ネギが魔法学校とやらを卒業したというのならアイカも同様なのではないのか?

 それとも現実の学校と同じように魔法使いの学校でも飛び級制度があって、ネギの年齢で卒業するということは普通ではないのだろうか。

 

「アイカちゃんはまだ卒業してないってこと? 麻帆良には留学みたいな形で来てるとか?」

 

 しかしネギの回答は明日菜の考えを上回るもの。

 

「そもそもアイカは魔法学校に入学してないですから」

 

「はあ? でも魔法使いなんでしょ? アンタが特別早く入学したとか、それとも女の子は入学できないとか?」

 

「確かに僕は普通より少し早く入学しましたけど、それでも半年ほどですよ。それと女の子でも普通に入れます」

 

「ならなんでよ?」

 

「アイカは魔法学校に入るより前に家出したんですよ。見つかって連れ戻されたのも最近です」

 

「い、家出……」

 

 なんと言っていいか分からなかった。

 

 だが、不思議とアイカならばと納得できてしまった。たしかにあのアイカなら家出の一回や二回やらかしそうではあるし、周りに自分を知るものが誰もいなくともなんだかんだで生きていけてしまいそうだ、と。

 しかし不思議と納得できてしまうことそのこと自体に、明日菜は不自然さを感じた。

 

(あれ? 私ってアイカちゃんのこと、そこまで良くは知らないはずなのに)

 

 実際明日菜がアイカについて知っていることはそれほど多くはない。これまで微妙に避けてしまっていたのだ。アイカとよく話しているフィオや千雨、エヴァはもとより他のクラスメートと比べても、明日菜の持つアイカの情報は少ないだろう。

 なのに想像できてしまう。アイカが周囲を振り切って家出する姿も、不敵な笑みを浮かべながら大自然の中をその身一つで駆け抜ける姿も。

 

 そしてそんな明日菜の想像の中では、刀を持った青年や白髪の少年、筋骨隆々の大男がアイカと共に走っていた。

 まるで白昼夢のように勝手に広がるこのイメージは一体なんなのか。そのことを明日菜が疑問に思うよりも早く、だんだんとアイカの影に赤髪の青年が重なっていき――

 

「――菜さん? 明日菜さん!」

 

「え? な、なによ? いきなり大声なんか出して」

 

「い、いえ。なんだか僕の声が聞こえてなかったようだったので」

 

「別に、ちょっと考え事してただけよ。それともう少しいろいろ聞きたいから待ってなさい。荷物取って来るから」

 

(さっき私、なにか大事なこと思い出してたような)

 

 もう思い出せない。しかしそれが大切な何かだったということはなんとなく分かった。

 なんだったんだろう、そう思いながら明日菜は教室へのドアを開き、

 

「「「「「ようこそ!! ネギ先生ーーー!!!」」」」」

 

 ネギの歓迎会を用意していたクラスメートたちの歓声に飲み込まれた。

 

 

 

 失った記憶へのかすかな手がかりは、今はもう、なくなっていた。

 

 




 ご無沙汰しております。2Pカラーです
 いや、ホントにご無沙汰というか、私のことを覚えている人がまだ居るのかというレベルで久しぶりなんですが
 長らく放置して、なんか色々ともうスミマセンでした
 これからまたちょこちょこ書いていけたらなぁと思っております

 にしても、一人称ってこんなに書きにくかったかなぁ?
 しばらくリハビリですな。今まで以上の駄文になるやもしれませぬが、どうかご勘弁のほどを



 さて後書きですが
 今回ちょっとばかし明日菜の頭をよくさせてでも残した伏線、回避したフラグがいくつかあります
 まぁメインは原作第二話・惚れ薬イベントフラグの叩き潰しなんですけどね
 あのイベントは……ちょっと扱いに困りまして
 ネギ×のどフラグの一因ということもありますが、それ以上にアイカの絡ませ方ですね
案1)完全スルー
 まぁあのイベントに絡んでくる生徒って、実は明日菜と薬の被害者である木乃香・あやか・椎名・柿崎・釘宮・のどかの計七人だったわけで、アイカが生徒だからと言っても絡まなくても問題ないんですが、それだと原作をなぞるだけで面白くない
案2)普通にレジスト
 明日菜がレジスト出来ていますしアイカも出来て当然なんですが、それだとアイカのポジションが傍観者A辺りになってしまいそう。案1同様盛り上がりに欠けるか
案3)むしろアイカがネギから薬をパクる
 これで女の子にモテモテだぜと勝ち誇るも、しかし惚れ薬は異性を惚れさせるもの。次から次へと現れる男たちを片っ端からぶっ飛ばす展開に。男に言い寄られるシーンとか、書く気がしないっす。高畑や近右衛門辺りが出てくれば派手なバトル展開にも出来るんだが
案4)アイカ、レジストに失敗。ネギに惚れる
 原作知識から惚れ薬のせいだと理解していても、しかしネギにときめいてしまうアイカ。この感情を何とかしたいと思った彼女は一つの結論へとたどり着く。そう、『ときめく相手がこの世から消え失せればいいんじゃね?』、と。結果、暴走するアイカとヤンデレモードのフィオ、闘争にテンション跳ね上げたヘルマンの三人がネギ抹殺に乗り出し、それを止めようとする麻帆良との全面戦争に。戦闘の余波で家が吹き飛ばされたエヴァがブチ切れるわ、この混乱を好機と乗り込んできた関西が木乃香を浚って鬼神復活させて麻帆良に乗り込ませるわ。結果、麻帆良は地図から消えます。多分このルートは超の漁夫の利エンド。一番楽しく書けそうだけど……
 いろいろ考えた結果、イベントそのものをぶっ潰すことにしました
 書きたい気もするんですがね。特に案4



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40.一時間目 ~その4~

 

 ――歓迎会の片隅で――

 

「くっくっく」

 

 ネギの歓迎会が始まってしばらくたってのことだ。一通り美味そうなものを摘まんだ俺は、教室中央で始まったネギへの質問攻勢を横目に見ながら教室の隅まで離れてきた。

 別にネギを避けてとかいう意味じゃない。ただ教室の隅にこういうバカ騒ぎ的なイベントとは無縁そうな人影を見かけたからだ。

 それが先ほどから愉快そうに肩を震わせていたエヴァだった。

 

「や、エヴァ。さっきからなんだか笑ってたみたいだけど、なんかあったん?」

 

「ん? ああ、貴様か。いや、なに」

 

 と、そこでエヴァは言葉を止めるとそこから先は念話に切り替えて続けた。

 

『あったといえばあったな。聞くか?』

 

『そりゃ教えてくれるならな』

 

 俺がそう返すとエヴァはニヤリと目を細めた。まぁわざわざ一般人であるクラスメートには聞こえないよう念話を寄越したことからなんとなく想像はついたが。

 

『貴様の兄だがな、さっそくバレたぞ』

 

『バレたって、アレか? 魔法使いだってことか? 誰に?』

 

『……なんだつまらん。あまり驚かんのだな。来日早々下手をすればオコジョ刑が待っているほどの失態を犯した兄に思うところはないのか? ああ、バレた相手は神楽坂明日菜だ』

 

 失態を犯したって言ってもな。俺なんか自分から千雨にバラしてる位だし。

 

『自らバラした貴様と、ミスでバレてしまったぼうやとでは話が違うさ。もちろん貴様の方がタチが悪いという意味でだがな』

 

『へいへい、反省してまーす。ごめーんね』

 

『ふっ。タチが悪いとは言ったが嫌いではない。そういう傍若無人さはナギを思い出すしな。その調子で精々ジジイ共の胃に穴でもあけてやれ』

 

 うへぇ。あの赤毛に似ているとは。一番心に刺さる言葉だぜ。

 

『でもなんでそのことエヴァが知ってんの? まさかチャチャゼロにネギを監視させてたとか?』

 

『そこまではしていないさ。なに、魔力で編んだ蝙蝠を飛ばして、な』

 

 ふぅん。まぁ登校地獄から解放されてる今のエヴァならその程度のこと軽く出来るんだろうけど。

 でも出来るからってわざわざやるかぁ? なんだかんだでネギに興味津々なのかね? 赤毛だし。

 

『ふん。別に興味というほどのものでもないさ。長谷川千雨の言は至極もっともだったが、一応本質を確認しておこうと思ってな』

 

『おいおい、策士疑惑は消えてなかったんかい』

 

『ナギの息子を常識で判断するわけにはいかんだろう。貴様のような前例もあることだしな』

 

 いや、俺の場合前世や原作知識っていうズル(チート)があるからなぁ。ま、これは誰にも言えんけど。

 

『で? 疑いは晴れたん?』

 

『九分九厘な。ぼうやは私からの監視にも気づいていなかったようだし、あれが擬態という可能性はほぼないだろう。貴様の連れの悪魔にはバレていたようだが』

 

 エヴァが視線を向ける先にはあやかから銅像をプレゼントされてあわあわしているネギの姿。

 っていうかヘルマンが一緒にいたのか。なにやってたんだアイツ?

 

『素材としては面白いものを持っている、が、食指は動かんな。貴様と殺り合う方が幾倍も楽しそうだ』

 

『お? やるか? いいじゃんいいじゃん、今度はタイマンでやろうぜ? そだ、マギアエレベアっての見せてくれよ』

 

 原作のネギは雷とか炎になってたけどエヴァはどうなるんだろうな。やっぱ氷なんかね。雷とかよりは攻撃も効きそうだけど。やっぱ殴っても意味ないのか? ラカンが殴ってたし俺も何とか出来ないかとは思うんだけど、とりあえずは一回挑戦してみたい。

 しかしそんな俺の言葉に、何故かエヴァは目を見開いていた。

 ん? なんか変なこと言ったか?

 

 

 

 

 

 ――喧騒を余所に――

 

 エヴァは目を見開いて隣で首を傾げているアイカを見ていた。

 というのもエヴァにしてみれば予想外の言葉がアイカから出てきたためだ。

 マギアエレベア。闇の魔法(マギア・エレベア)である。かつてエヴァが編み出した、咸卦法に並ぶとされるほどの究極技法。しかしその危険性から禁呪とされ、その名を知る者すら少なくなった魔法である。

 闇の福音(ダークエヴァンジェル)は魔法使いであるならば誰もが知る魔王の名だ。しかし使用者の知名度に反して闇の魔法(マギア・エレベア)を知る者は少ない。それこそ闇の福音(ダークエヴァンジェル)の名を知らない魔法使いの数よりなお少ないだろう。

 だというのにその名がアイカから出てきた。それはエヴァにしてみれば極めて予想外のことだった。

 

『何故知っている?』

 

 故にエヴァは尋ねるが、尋ねられたアイカは何故そんなことを聞いてくるのか理解が出来ていないようで、

 

『はあ? そりゃそんくらい知ってるっての』

 

 アイカは続ける。言葉とは裏腹にどこか楽しげに。

 

『童姿の闇の魔王、恐怖と悲鳴と断末魔、食らう人形(ヒトガタ)従えて、主人は一人、血を啜る。狂気に染まった哄笑上げて、魔法にその身を喰らわせて、己を凶鬼に成り変える。其は禍音の使徒、悪しき音信(おとずれ)闇の福音(ダークエヴァンジェル)なり、ってな。魔法にその身を喰らわせるってのがマギア・エレベアなんだろ?』

 

 随分と懐かしいものを引っ張り出してきたものだ。そうエヴァは思った。なにせアイカが今言ったのは現在も魔法世界で語られ続けている御伽話の原型、わらべ歌のさらに原点なのだ。口ずさむには未だ洗練されていない、ただ恐怖を伝えるためだけの歌ともいえない詩。

 一体どこでそんなものを聞いたのか。いや、それよりも、

 

『そこまで知っていながら(・・・・)私に喧嘩を売ってきたというのか、貴様は』

 

 そう。そこなのだ。エヴァが問題としていたのは。

 アイカが闇の魔法を知っている可能性に関しては無いわけではなかった。アイカの傍には実力の底がいまだ見えない魔女や、おそらく爵位持ちであろう悪魔がいる。そのことを考えればアイカがエヴァの情報を持っていたとしても不思議ではない。

 しかしそれはないとエヴァは考えていた。当然だろう。あんなカビの生えた詩が出てくるほどにエヴァを知っていながら、それでもなお喧嘩を売ってくるような奴がどこにいるというのか。

 結果エヴァは誤解した。アイカは自分のことを強力な吸血鬼程度にしか理解していないと。精々が御伽話のドラゴンと同程度に見ているのだろうと。ドラゴンはドラゴンでも古龍クラスの最強種なのだとは間違っても分かっていないのだろう、と。

 しかし、

 

『はあ? そこまで知っていたから(・・・・)喧嘩売ったんじゃねえか。知らなきゃただの幼女にしか見えねえぞ、お前』

 

『……縊り殺されたいのか、貴様は』

 

『あぁ? ってか何も知らないくせに喧嘩売ったと思われてた方がショックなんですけど。幼女イジメが趣味みたいに誤解されてた方が傷ついたんですけどー。ってわけで侘び替わりにちょっとぶっ殺させてくれよ』

 

 気づけばガチンと額を突き合わせて睨み合っている二人だった。お互いに米神に青筋を立て、獰猛な笑みを浮かべている。

 視界の端に冷や汗を垂らしている高畑が映ったが、それも無理のないことだろう。なにせエヴァは封印から解放されているためその身から冷気を伴った魔力が溢れているし、アイカはアイカで既にオーラは臨戦態勢だ。唯一の救いは突然教室から出て行った明日菜を追ってネギが出て行っていて、それを気にした大多数のクラスメートも既に教室にはいないということではあるが。

 

『いい度胸だクソガキ。その蒙昧な脳みそでは力の差も理解出来なかったか。それとも氷漬けにされたことがよっぽど恐ろしかったのか? 記憶を封印するほどに? いいだろう。何度でも教育してやる。理解出来るより先に貴様の命が消えてしまわないよう祈っておけ』

 

『なに調子こいてんだロリババア。力の差だぁ? んなもんアッサリ覆してやるよ。ビビッて漏らすんじゃねえぞ。オムツはどっちがいいよ? 老人用か? それとも幼児用のほうが好みか? どっちだろうとお似合いだけどな。俺から茶々丸に頼んでおいてやるよ。お前のご主人様のために買い置きしておいてくれってな』

 

 ビキビキと鳴っているのはどちらの米神か。もういっそここでおっぱじめちまうか。どうせ後始末をするのはジジイだし。そう思ったのはおそらくどちらもだ。

 正しく一触即発。そのことを理解している教室に残っている者たちは思い思いの行動をとり始めていた。高畑は慌てたように携帯を取り出し、刹那は木乃香を避難させるため教室から飛び出ている。龍宮は早々に逃げ出す準備をはじめ、超は胃を押さえて何やらぶつぶつと虚空へ語りかけ出した。千雨とさよは既にフィオの傍(安全圏)に退避済みだ。

 そんな状況だというのに、二人へと声をかける猛者が一人。

 

「喧嘩はだめですよ」

 

「「あ゛ぁ゛!!」」

 

 もはや女子が出していい声ではなかった。ちなみに意訳すれば「なんや邪魔すんのかワレ、こっちゃ三つ巴のバトルロイヤルでもええんやぞ!!」である。なんかもう色々とアレだった。

 しかし声をかけた彼女、モッシャモッシャとユーカリを食べるコアラのスタンドを背負った四葉五月は全く動じることなく、

 

「喧嘩はだめです」

 

 本来ならば事情も分かっていないものが口出しするなというところだろう。何せエヴァとアイカはこれまで念話で罵り合っていたのだ。一般人の五月にはどういう経緯で二人が睨み合っているかも理解できないはず。

 だというのにエヴァもアイカも五月の言葉を無視できなかった。だからこそ四葉五月というべきか。

 

「ネギ先生の歓迎会なんです。みなさんがネギ先生に楽しく思ってもらうための、そしてみなさんが楽しく過ごすための歓迎会なんです。だから喧嘩はだめです」

 

「だ、だがなぁ五月」

 

「いや、あのね、さっちゃん」

 

「だめです」

 

 尚も何かを言い募ろうとする二人だったが五月にすげなく切って捨てられる。

 しばらく五月からの無言の圧力に居心地を悪くさせていた二人だったが、やがてどちらからともなく向き直り、

 

「ふん。今日の所は私から引いてやる。精々五月に感謝し矮小な存在に生まれてしまった己を嘆いておけ」

 

「はん。引いてやるのはこっちだっての。さっちゃんの靴でも舐めながら礼でも言っとけよ。助けてくれてありがとうごぜえますだってな」

 

 お互い捨て台詞を残しその場を去ろうとするが、

 

「エヴァンジェリンさん、アイカさん」

 

 しかしそうは問屋がおろさない。見れば、五月の背負ったスタンドは目を光らせてモッシャモッシャ、ユーカリを通常の三倍くらいのスピードで食っていた。

 

「ちゃんとお互い謝って、仲直りしてください」

 

 そう言われ呻く二人。どうにも逃げられそうにない。エヴァが茶々丸を探しても、茶々丸も五月には強く出られない様子。アイカはアイカで呆れた目を向けてくるフィオを見てヘコんでいた。

 結局コアラの眼光もとい五月の無言の圧力に屈するように再び二人は向き直り、

 

「ス、スマン」

 

「ゴ、ゴメン」

 

 そう謝罪の言葉を口にした。

 どうにも嫌々という感情が透けて見える謝罪だったが、しかし五月はそれでいいんですと言わんばかりににっこり笑った。

 

「では仲直りも出来たことですし、点心(おかし)でもどうですか? ゴマ団子なんか自信作ですよ?」

 

「む? そうだな、貰おうか」

 

「あ、俺も俺も。ってか貰ってやろう的な上から目線のチンチクリンの分も俺にくれよ」

 

「なっ!? 貴様という奴は、ええいまったく!!」

 

 先ほどの謝罪がなかったかのように再びいがみ合う二人だったが、しかしそこには先ほどのような殺伐さはない。

 それがわかるのだろう。五月もまるで姉妹のじゃれ合いを見るように笑みを浮かべていた。

 それを見ていた者の反応は様々だった。五月の勇姿に感動する者。おそるおそる教室へと戻ってくる者。心底安堵したようにため息をつく者。よくぞ五月をスカウトしたヨと過去の自分を褒める者。感心したように拍手を送る者達。

 しかし反応は様々でも思ったことは同じだろう。すなわち『あの二人が何か仕出かしそうになったらさっちゃんにお願いしよう』、である。

 

 

 

 

 

 

 やがて廊下で大騒ぎしていたネギ一行が教室へと戻り、歓迎会も終わりへと。

 

 長い長い一日目がようやく終わる。ネギの修行がようやく始まる。

 

『魔法先生ネギま!』が、異物を取り込んだ物語が、幕を開けた。

 

 




エヴァ回にするつもりだった第40話。何故か途中からさっちゃん回に。
キャラが勝手に動いてくれたとでも言うんでしょうかね。気が付いたらさっちゃんに全部持っていかせてました。

それと実は私、さっちゃんかなり好きだったりします。ぶっちゃけ明日菜や木乃香よりも
なので活躍の場を与えたいというか、活躍しているSSを読みたいというか、そういう欲求はかなりあるんですが……
でもダメですね。彼女は魔法の世界に巻き込んではいけない人かと。その意識はどうにも変えられません。
多分本作のようなバトルもの(?)でメインを張らせることは無理でしょう。日常メインなものならあるいは。
……TOX2トゥルーED後のルドガーと分史ミラが麻帆良で生まれ変わって、イチャついたり喧嘩したりしながら超包子のバイトとして料理人を目指すRPG(?)。さっちゃん、超、古菲、葉加瀬、茶々丸には好感度ゲージあり。ルドガー、分史ミラはさっちゃんと一緒に料理人を目指すが、なんだかんだで超サイドとして戦う羽目にも。全世界への魔法の強制認識、それもまた今までの世界を壊すことと同じだが……。少女のために、世界を壊す覚悟はあるか? ここまで妄想して力尽きました。後は頼んだ


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41.錬金術

 

 ――砂礫の上で――

 

 それはただの拳圧だった。

 拳を突きだすことでわずかに生まれる微かな風。本来武器になどとてもならないただの拳圧。

 しかしそれが、これほどまでに肉体の芯に響く。

 

「ぐぅッ!」

 

 腕を交差させて衝撃を受け止めるが、しかしダメージはガードを超えて肺にまで突き刺さる。

 だがまだだ。まだ戦える。人体など容易く破壊可能な攻撃にさらされてはいるが、しかしマバリアを展開している俺にとっては致命的なものは皆無。この程度のダメージならば、マバリアによって発動している治癒能力強化(リジェネ)で解消できる。

 だから、

 

「この程度で、俺が止まるわきゃねぇだろうがあああ!!」

 

 心を染める赤い感情を咆哮に乗せ、地面を踏みしめ拳圧の弾幕の中へと突っ込んだ。

 足元で砂礫が爆ぜる。かつては立派に整備された石畳だったのだろう。しかし幾度も繰り返された戦闘で最早見る影もなくなってしまったそれがさらに弾ける。

 が、そんなこと今の俺には関係ない。余計なことなど考えるな。今はただ、目の前の敵に拳を叩き込むことだけを目指し突っ走れ。

 

 拳圧の暴風が集中する。俺が一直線に突っ込んで来たからだろう。顔の前で交差させた腕に攻撃が集中して当たり、その衝撃は脳を揺さぶるほど。

 しかし俺は止まらない。ただ愚直に突き進み、

 

 そしてついに、拳圧の弾雨が晴れた。

 

「ッシャァッ!!」

 

 頭を守っていたガードを解き、突進の勢いのままに右腕を振りかぶる。防御にはマバリアの維持に必要な最低限のオーラのみを残し、残る全身に纏っていたオーラの九割以上を右腕に。十年以上も休むことなく練磨してきたオーラを、すでにそれに触れるのみで人体など容易く破壊する域に至っているソレを些かの躊躇もなく拳に乗せ奴の頭部へと疾走らせる。

 

「クッ!!」

 

 俺が『凝』を行うのとほぼ同時に奴が顔をゆがめたのは感覚的に危険であると察したからか。それとも経験則からコレ(・・)が危険だと当たりを付けたからか。奴の戦闘者としてのキャリアを考えれば前者でも不思議ではないし、また後者だったとしてもそれはそれでおかしくなどない。奴は俺の攻撃を回避した結果として、俺の拳が石造りの床を破砕する瞬間を何度も至近距離で見てきたのだから。

 しかし俺の攻撃の危険性を理解しながらも、相手が選択したのは退避でも防御でもなくカウンター。俺の拳を避けつつ俺に更なるダメージを加えるつもりなのだろう。

 

(舐めんなボケがっ!!)

 

 互いの拳が交差する瞬間という刹那の時の中であっても、いや、本来ならば思考することなど許されない刹那の時の中であるからこそ俺の行動速度強化(ヘイスト)は強く影響する。

 相手の狙いを瞬時に理解し、しかし俺はさらに前進。アッパー気味に放たれようとしている奴の拳に体を晒すように突進し、

 顔面へと繰り出そうとしていた右腕を、奴の胴の中心へと振り下ろした。

 

 

 

 轟音と共に打ち付けられた。背に当たるのは周囲への被害を封じるため俺たちを閉じ込めるように張られた結界。それにブチ当てられたのだ。

 

「カハッ」

 

 とはいえそれは相手も同じだった。見れば奴は腹を押さえ片膝をついている。痛み分けというわけではないが、一方的にカウンターをもらうだけという展開はどうやら叩き潰せたらしい。

 しかし今のではお互い決め手にはならないだろう。奴の攻撃は拳に速度を乗せる前に俺が当たりに行ったために不完全。俺の方は拳の軌道を無理やり曲げたせいで威力を殺してしまった。

 俺と奴、お互いがお互いに肉を切らせて骨を断とうとした結果がこれだ。しかしまだ負けてはいない。まだ終わってなどいない。

 

 だが、俺がマバリアの強度を上げるためにオーラを腹部へと集中しつつも両腕を上げて構えようとしていた時だ。戦闘の続行に水を差すように奴が口を開いたのは。

 そろそろ何故そんなに怒っているのか教えてほしいのだが。奴は立ち上がりながらそう言った。

 

 オイ。オイオイオイ! テメェ、今の今まで分かってなかったわけかよ!!

 

「俺がキレてるワケだぁ?」

 

 なら教えてやるよ!!

 

「テメェがのどかにフラグ立てやがったからに決まってるだろうが、ヘルマーーーーーン!!!」

 

 そう、今もなお俺と戦闘中のこの男、ヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマンは本屋ちゃんこと宮崎のどかとフラグ立てやがったのだ。

 俺がそのことを知ったのはネギの歓迎会の後。なにやら顔を赤く染めたのどかがヘルマンへお礼として渡してほしいと図書券を渡してきたのだ。なんでも朝倉からヘルマンは俺の知人だと聞いたらしいが。

 俺はその時になってやっと思い出したが、たしか階段から落ちたのどかがネギに助けられるイベントがあったはず。そしてのどかがお礼を渡す相手はネギだったはずなのだ。

 なのにどこをどう捻じ曲がったかのどかはヘルマンへと礼をしようとしていた。それはつまりネギではなくヘルマンがのどかを助けたということだろう。

 そしてそれは、明日菜に続き(というか見方によっては明日菜より早く)ヒロインとなり、原作ではラストまでメインを張り続けたのどかに下手すりゃヘルマンがフラグを立てているということ。

 というかその時ののどかの様子を見る限り、フラグ話はネタで済ませそうにない。

 夕映の話じゃ男性恐怖症ののどかが普通に話せるのは性差が顕著でない子供か、あるいは男くささを感じさせない老人くらいなものらしいし。

 ハルナが騒いでいなかったところを見るに、ラブ臭云々はないのだろうがしかし安心はできない。

 もしも、もしも仮にだ、のどかがオジコンすっ飛ばして枯れ専になりヘルマンと親密になりでもしたら、

 

「羨ましすぎるだろうがボケェッ!!」

 

「スマン。さっぱり意味が分からんのだが」

 

 やれやれといった風に肩をすくめるヘルマンだが、

 

「理解する必要なんざねぇ! ……ってかテメェが理解しちまうと逆にヤベェ気がするし」

 

 そう吐き捨てて構える。ヘルマンとの問答はわずかな時間でしかなかったが、全開のマバリアによってダメージは確実に回復できていた。

 それはヘルマンも似たようなものなのだろう。苦痛により悪化していた顔色は元に戻り、闘争を前にした悪魔らしく笑みさえ見せている。

 

「それによぉ」

 

 オーラを漲らせる。腕が、足が、燃え盛るように熱くなる。ついでにエヴァとの睨み合いで溜まった鬱憤も八つ当たり気味に載せて、

 

「今から俺にぶっ殺される奴が、理解しても意味ねえことだしなっ!!」

 

 弾けるように突進。同様に駆け出していたヘルマンとぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――千雨のアトリエ――

 

 フィオによって造り上げられたダイオラマ魔法球『アトリエ』の一角で、千雨は呆れたように遠方を眺めていた。

 千雨が目を向ける方向にあるのは拳闘士たちが試合を行うコロシアムを模して建てられた闘技場。アイカとヘルマンの喧嘩が派手になり始めた数年前に、周囲への被害を出さないようにとフィオが用意したらしい。ちなみに今の千雨ではとても理解できない超高度な結界が何重にも張られている。

 しかしアイカとヘルマンの全力のぶつかり合いでも揺るぎもしない結界ではあるが、千雨には一つだけ不満に思うところがあった。

 

(どうせなら音も閉じ込めてくれりゃいいのに)

 

 そう。フィオの結界は確かに素晴らしいのだが、しかし内部の音までは防がないのだ。

 もともとコロシアムを参考に作ったからなのかもしれないと千雨は思っている。拳闘を見に行く人間の気持ちなど理解できない千雨ではあるが、しかし想像はつく。もしも観客に試合の音が一切聞こえてこなかったとしたらどう思うか。おそらく物足りなく思うのだろう。何せ観客たちは、武器で打ち合い魔法を撃ち合う()闘とは名ばかりの戦闘を見にやって来るのだ。剣戟や爆発の音、選手たちの怒号や悲鳴もまた試合を盛り上げる要素の一つに違いない。ならばコロシアムの結界が観客を守りはすれど防音までは行わないのも道理だろう。

 とはいえまるで空爆にでも晒されているかのような戦闘音を轟かせられてはたまったものではない。同じダイオラマ魔法球の中とは言え、千雨がいる場所とアイカ達が戦っている闘技場はかなり離れているはずなのだが。

 

「よそ見とは感心しないわね、千雨」

 

「ああ、悪い」

 

 窓の外へと向けていた視線を切って千雨はフィオへと向き直る。彼女の知識を、技術を少しでも己のものにするために。

 

 

 

 

 

 魔法の脅威から逃げ切れる、あるいは身を守れるだけの力を身に付ける。そのような意識で魔法の世界へと足を踏み入れた千雨だが、現在彼女の学んでいる内容は多岐にわたっていた。

 危険に巻き込まれる以前にそれを回避するために魔法社会の知識を叩き込まれ(その時にアイカがエヴァに喧嘩を吹っ掛けたことがどれだけ命知らずなことかも理解した)、魔力の効率的な運用を学び、初歩ではあるが戦闘にも使える魔法を習い、魔法使いの戦闘に巻き込まれた際の対処法を覚え、気を使う戦士や魔法剣士に襲われた際の自衛術を教わった。

 初めて目にした魔法使い同士の戦闘がアイカとエヴァのそれだったせいもあるだろう。巻き込まれかねないという危機感からか、千雨は貪欲に知識を吸収していった。

 しかしここで問題があった。千雨の魔力量である。

 アイカのような英雄の娘という血筋があるわけでもない。フィオのように長久の年月を研鑽に当てられるわけでもない。ヘルマンのような種族としての人間の上位者であるわけでもない。

 旧世界の、日本ならばさして珍しくもない中流家庭に生まれた千雨には、当然のように魔法使いとして大成するだけの下地がなかったのである。

 いつだったかフィオが話していたことがある。魔法使いは血統を重んじる傾向があると。

 なるほどそれも頷けるというもの。魔力量という生まれ持った才能が魔法使いとしての力量に大きく影響するというのなら、優秀な魔法使いの血統というだけで期待されるのだろう。そして魔法使いなど家系図のどこを探してもいなかっただろう千雨のような一般人に魔法使いとしての才能を期待することもないのだろう。もっともそのことに対する不満など欠片もないが。

 しかし不満はなかった千雨ではあるが不安ではあった。魔力量において一般的な魔法使いにすら劣る自分では、エヴァンジェリンのような規格外クラスはもちろんのこと、高位の魔法使いから自衛できるかどうかすら怪しい。

 これでは魔法関係は知識だけ学ぶに抑えて、ほかの時間は銃の練習でもしていたほうがマシなんじゃないか? アレなら魔力量関係なく同じ威力出せるし。自身の魔力量を把握できるようになり、ため息交じりにそうこぼした時のことだ。

 

「あら? なかなかいいアイデアね」

 

 そうフィオに同意されてしまったのだ。

 唖然としていた千雨にフィオは続けた。

 

「銃をつかうという点ではないわよ? 魔力量関係なしに同じ威力の出せるモノを用意するというところが面白いと言ったの」

 

 そしてフィオは一つの学問の名を提示した。

 その学問の名こそ錬金術。卑金属を黄金へと変え、人間に不老不死をもたらす『賢者の石』を目指した自然科学の前身。

 

「それは旧世界の認識ね。魔法世界では錬金術師とは高位のマジックアイテムを作れる者に対する敬称のようなものなのよ」

 

 そう言ってフィオは実際に千雨の前に並べてみせる。魔力の足りないものでも発動できる魔法符やスクロール、様々な魔法薬、魔法の力を込められた魔法剣や魔法銃。本当に多種多様なものを。

 

「魔法具の製作者はあくまで製作者、売り物を使う者はいない。私もそう思い込んでいたけど、千雨には合っているかもしれないわ。数日かけてスクロールを作ることは、戦闘になった際千雨の数日分の魔力を一気に使えるということを意味しているし」

 

 魔力量の足りなさをカバーできるかもね。そうフィオは言った。

 

 確かに。千雨も頷いた。

 それに、だ。千雨としては自衛の力があればいいのだ。その力を付けるため、修行と称してアイカやフィオの魔法から逃げ回るよりも、コツコツ道具を作っていく方が気持ち的にも楽だろう。あれは初めてソレを見たさよがガン泣きしたほどキツイし。

 

 そしてその日から千雨の学ぶ内容に錬金術の名が加わった。

 ダイオラマ魔法球に一角に千雨のための工房が用意され、数々の調合機材や材料が持ち込まれた。

 魔力をブーストするための魔法薬や比較的簡単な魔法符の作成技術などは、細かい作業が苦にならない性格なためかそれほど時間をかけることなく習得でき、また人払いの符などが龍宮に女子中学生にとっては小遣いの範疇を超える額で買い取ってもらえるという嬉しい誤算もあったりした(ちなみに渡りをつけたのがアイカで、以前エヴァとの戦いを強制的に見せられたと龍宮に知られて同情されたりもした)。

 ただ、本来の目的である自衛手段として魔法薬や魔法符を作るより、防御術式をありったけ編み込んだ衣服(というか衣装、……というかぶっちゃけコス衣装)の作成に最も力を割いている辺りは千雨らしいのかもしれないが。

 

 

 

 

 

「さて、概要は理解できたかしら? まあ今の千雨に完璧な理解は無理でしょうけど、この経験は大きなものとして残るからしっかり見ていなさい」

 

 遠くから響く戦闘音をBGMにしながらではあるが、フィオはかねてから予定されていた錬金術の説明を終わらせ、実践の準備を始めた。

 今日に予定されていた(というより準備に今日までかかってしまったという言い方の方が正しいが)錬金術は一説によれば錬金術師たちの到達点ともされるもの。

『ホムンクルス』。かつてパラケルススが生み出したとされる人工生命体。それを作り出そうというのである。千雨たちの友人となった相坂さよのために。

 肉体を失った幽霊に体を用意し憑依させる。フィオにして興味深いと言わせる実験らしい。それを行うに至った切っ掛けが、いつまでもさよに慣れないアイカのためというのがフィオらしくはあったが。

 にしても、だ。

 

「ホムンクルス自体は作ったことがあるって。フィオっていったい何者なんだよ」

 

 あまりに複雑すぎて眺めているだけで頭の痛くなるノートを見直しながらぼやく。

 

「あら。ホムンクルスは特に珍しいものではないわよ? マホネットで高級品の魔法球を注文すれば大抵ついてくるもの。まあ三流術士の作ったものがほとんどだけどね」

 

「は? じゃ、じゃあもしかしてこの『アトリエ』のなかで働いてるあいつらって人形とかじゃなく……」

 

 視線を向けるのは工房の外、せっせと薬草畑を耕していたり破損した建物を修理したりしている千雨の半分以下しか身長のない小人たち。

 てっきりエヴァの連れていた殺人人形(チャチャゼロ)と同じような存在かと勝手に思っていたが、

 

「ええ。人形じゃなくホムンクルスよ」

 

 作業する手を止め、フィオはいたずらっぽく笑って千雨を見返した。

 

 この魔法球の形を思い出して御覧なさい。彼らは正真正銘『フラスコの中の小人(ホムンクルス)』なのよ。そうフィオは囁いた。

 

 

 




 前半は勘違い物を目指してみました。キャラが勘違いするのではなく読者を勘違いさせる、いわゆる叙述トリックというやつですかね。『あれ? 居合拳? これ高畑とやってんの? 39話の後書き案採用したの?』と思わせられたのなら成功です。『いや、いつも通りヘルマンとやり合ってんじゃね?』と分かった方、指摘しないでください。枕を濡らしたくないんです。
 ……まぁ勘違いさせるなんてどうせ無理だろうなぁとは作者も思ってるんですが。40話挟んじゃいましたし。せめて39話じゃなく40話の後書きで高畑戦のことを仄めかしていれば……いや、でも惚れ薬イベフラグ壊したの39話だったし……
 うがぁー。なんだか読みにくい話になっただけのような気も
 あ、それとアイカ対ヘルマン戦ですが普通にヘルマンの勝ちで終わってます。悪魔ジャブからの悪魔アッパー、悪魔ガゼルパンチを決めて止めは悪魔チョッピングライトでKOってとこですかね

 さて後半ですが、千雨の方向性が見えてきましたね。彼女には錬金術師兼アイテム士のようなポジションになってもらいます。親が魔法使いですらない一般人の千雨の魔力量でアイカと肩を並べて魔法をぶっ放すというのはどうにも不自然ですし。
 参考にしたのは型月のアトラス院だったりします。魔術回路の数を重要視せず、「最強になる必要はない。最強であるものを作ればいいのだから」がモットーの兵器製造者集団だそうです。魔力量の少ない千雨には合ってるんじゃないかと。最強を目指すような子でもないですし。
 ……ただ魔法符などが結構な値段で売れるので、原作ラストのガチ引きこもりになる未来にまっしぐらな気も。貯金が尽きるたびに魔法符やスクロールを作って売り、得た金銭でまた引きこもり続ける、そんな生活を送っているイメージが。
 まぁ、というわけですので千雨は純粋な戦闘者にはなりそうもないですね。にじファン時代の感想で闇の魔法を使う千雨を見たいという方がいたのですが、おそらく無理です。すいません。戦闘力もラカン表で言う100を超えるかどうかといったところになりそうです。戦車が200だったりすることを考えればそれでもかなり強いはずなんですが(なにせ千雨が二人いれば戦車とガチンコ出来るということになるわけですし)。

 あとはホムンクルスについても少し。
 もともとダイオラマ魔法球ってフラスコっぽくね? なら中を管理してる存在(エヴァの別荘で言う茶々シリーズ)はホムンクルスなんじゃね? というのは考えていて、いつか出そうとは思っていたんですが。
 ホムンクルス案は二転三転しまして。
 最初に浮かんだのはハガレンのホムンクルスでしたね。施設を壊すなとアイカに文句言って殴り飛ばされるエンヴィーやグリード、栽培している薬草を勝手に食べてフィオから折檻されるグラトニー、ヘルマンと酒を酌み交わすブラッドレイなんかを書くつもりでした。
 次に浮かんだのはプリニー隊。イワシ一尾で一日20時間労働させられるペンギンっぽいナマモノ。主人がイライラした時には投げられて爆発します。これを採用した場合、ホムンクルスに憑依したさよはフーカの如くプリニーパーカーを着ていたことでしょう。
 で、結局決定稿となったのが本話。イメージ的にはアーランドのアトリエシリーズのホムンクルスです。小人はちむちゃんズ。それらを管理するほむちゃんもちゃんといます。
 多分三案のなかでは一番いいと思うのですが。プリニー隊を採用して魔法球内に常にアイカの熱唱する『戦友よ』を流すというのも面白そうではあるんですけどね

 次回はドッヂボールかなぁ。それともバカレンジャーの居残り授業?
 とりあえずD2やりながら考えますか


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42.居残り授業

 ――学園長室――

 

「っつーわけで、さよちゃんの体を用意してるわけ。フィオが言うには来年度が始まるころには調整も終えられるらしいから、そっちでも根回しよろしく」

 

 さよの学籍自体は2-Aにあるらしいが、だからといってそのままさよに登校させるわけにもいかないだろう。一般人的にはこれまでずっと休んでいた(実際には席にはいたんだが)生徒で、関係者的には幽霊になってるはずの生徒だ。そのさよが何食わぬ顔で登校して来たらどうなるか。そうフィオに言われ、放課後学園長室に寄ったんだが。当の学園長はといえば、説明した途端普段はモサッとした眉毛に隠れている目ん玉かっぴらいてフリーズしちまったんだが。

 まぁそのうち再起動するだろうと学園長はほっといて俺は戸棚を物色。学園長室には茶菓子とかもあったりするんだよね。仕事中に摘まんでいるのか、エヴァあたりが碁を打ちに来たりしたときに出してるのか。しずな先生に頼めばお茶と茶菓子をセットで持ってきてくれるだろうに。お、八ッ橋発見。でも焼いてある方かぁ。俺的には生八ッ橋の方が好きなんだけど。

 まぁこれはこれでと勝手に八ッ橋をバリバリ食ってると、ようやくフリーズから立ち直ったのか、

 

「え、マジで? ってそれ、わしのオヤツなんじゃが」

 

「マジでマジで。体自体はすでに出来上がってるぜ。これから魔法球内でしか生きられないはずのホムンクルスの体を外でも生きられるように調整すんだって。ってかコレ美味いな」

 

 フィオが言うには本来ホムンクルスはフラスコ(ダイオラマ魔法球)からは出られないらしい。外に出した途端ドロドロに溶けだしてしまうとか。

 それじゃさよちゃんの体を用意する意味ねえじゃん、さよちゃんの望みはクラスメートと友達になることなんだし。そう思ったんだが、そこはさすがのフィオえもん。他の研究を転用することで解決できるらしい。

 

「本来幻想の中でしか生きられないものを現実に持ち出すための魔法、だったかな。昔かなりのめり込んで研究したとか。それのさよちゃんへの適用にひと月くらいかかるんだと」

 

 俺的にはなんのこっちゃという感じなんだが。

 

「……フランチェスカ君はそこまで出来るのか。以前エヴァの家を囲った結界のことといい、とんでもない子じゃな」

 

 と、学園長は理解してる様子。

 

「そしてその薫陶を受ける長谷川君か。うーむ」

 

 一応千雨のことも学園長には話している。千雨自身は一般人だと思われたままの方がいいとか言ってたけど、魔法関係に巻き込まれた際に一般人だと思われていると記憶が消されるとかありえそうだし。

 ってか、

 

「先に言っとくけど、やらねぇからな」

 

 ぜってーなにか企んでるよ、このぬらりひょん。

 

「ホッホッ、別にフランチェスカ君や長谷川君をアイカ君から引き離そうなどと「いや、そうじゃなくて」」

 

「俺が言ったのは、ネギにもやらねえからって意味だから」

 

 なんかそのうちネギに関わらせて来そうな気がする。原作を知ってるから特に。

 そういやフィオも言ってたっけ。2-Aにはあからさまにネギの従者候補らしき人間が含まれてるとかなんとか。たしかにネギと同室になった明日菜や木乃香なんかはポテンシャル的に一流だし、ネギと彼女たちが仮契約することをジジイが望んでいるっぽいとは思う。なんだかんだでネギは英雄候補最右翼だしな。

 もしかしたら今ジジイの中では千雨もネギの従者候補に名を連ねたのかもしれない。

 だが、

 

「千雨自身が望むんならともかく、なしくずしで仮契約とかさせんなよ。仮契約せざるを得ない状況に追い込むとかもナシだから」

 

 そして、

 

「フィオをネギの師匠にってのもNGな。まぁネギが弟子入り志願してきたところでフィオが了承するとも思えないけど」

 

 バリバリと八ッ橋を噛み砕きながら言う。

 原作のネギはエヴァを師匠にしていた。それ自体は物語の展開的に不自然なところなどなかったし、学園長の企てなどなかったのかもしれない。しかし何か引っかかるところもあるのだ。

 何故原作ではネギの魔法使いとしての修行に関して学園側が口を出してこなかったのか。学園長がネギがエヴァに弟子入りしたことを把握していなかったなどあり得ないだろうに。

 高畑がエヴァの『別荘』で咸卦法の修行をしていたこととはわけが違う。なんせネギはまだ九歳、数えで十歳なのだ。容易く他人に影響を受ける思春期真っ盛り(というか一歩手前?)の年ごろに、自称『悪の魔法使い』に弟子入り。実力はつくかもしれないが、人格への影響とか、ぶっちゃけヤベェだろ。チャチャゼロみたいな性格になってたらどうするつもりだったんだか。

 そんな『ネギのエヴァへの弟子入り』すら容認するジジイだ。なにか企んでそうと思っちまうのは仕方がないだろう。

 しかしジジイ本人は俺の言葉に狼狽する様子など欠片も見せず、

 

「……わしってそんなに怪しいもんかのう? そんなに色々企んでるように見えちゃう? ジジイしょっく~」

 

「うわっ、うざ。ってかキモッ」

 

 これは本当に何も企んでないのか、それとも年の功で誤魔化されているだけか。

 まぁ頭を使うのはフィオの領分だしな。俺にはこれ以上探りを入れることなんか無理か。一応釘を刺したってだけで満足するべきかもな。

 

「まぁそっちはいいや。さよちゃんのこと、よろしく」

 

「うむ。長期の病気療養で登校できなかった、辺りが妥当かの。やれやれ、また仕事が増えるのう。……で、なにしとんの?」

 

 話は終わったと学園長室を出る、……前に再び戸棚をごそごそとやってたら学園長が聞いてきた。そんなもん決まってんじゃん。

 

「いや、八ッ橋結構美味かったからフィオと千雨にも何かお土産で持って帰ってやろうと。お、羊羹発見。どら焼きも。これは……味噌松風? まぁいいや。貰っとけ貰っとけ」

 

「じゃからそれ、わしのオヤツ。しかも楽しみにしてたやつ。……もうホントどうしよこの子。ナギそっくりなんじゃが」

 

 まったく失礼なジジイだ。そういうのはネギに言ってやれよ、喜ぶだろうし。

 

 

 

 

 

 ――2年A組――

 

 2-Aにおいて問題児とは一体どのような生徒を指すか。

 教師・生徒問わず悪戯を仕掛ける春日や鳴滝姉妹は問題児か? 否。麻帆良のおおらかな気質は彼女たちを『元気のいい生徒』で済ませてしまう。

 モデルガンを携帯している龍宮や実は竹刀袋の中身が真剣だったりする刹那はどうか? そもそもそのことを知っている者すら少ないし、知ったとしても『カッコイイ』で済ませてしまいそうだ。

 工学部を爆発させたりロボットを暴走させたりしている超や葉加瀬は? 全く問題視されていないどころか『よく分からんけどスゲー』と一般人たちは目を輝かせるだけ。

 このように大抵のことは笑って済ませてしまう麻帆良である。ならば問題児など居ないのではないかとも思いそうなものではあるが、残念ながらそれは違う。

 何故ならば彼女たちは中学生なのだ。テストの結果に一喜一憂し、通知表を開く瞬間に指先が震えるのは麻帆良であろうと変わらず学生の常である。

 故に2-Aの問題児は誰かと言われれば、まず名前が挙がるのが成績不良な彼女たち、現在ネギによって居残りを命じられたバカレンジャーとなるだろう。

 

(微妙に解せぬ気持ちになるでござるがなぁ)

 

 十点満点の小テストで六点以上とれるまでは帰さないとは言われたものの、やる気を出すだけで点が取れるようなものでもない。そんな例外は、元々の頭はいいのにやる気が皆無なせいでバカレンジャーに名を連ねている綾瀬夕映(バカリーダー)くらいなものだろう。事実夕映はさっさと課題をクリアして帰ってしまっている。

 そして夕映と違い小テストで三点しか取れなかった楓は、古菲やまき絵、明日菜とともに熱心なネギのポイント講義を受けているわけではあるが、

 

「残念でござったなぁ。英語の居残りだと長官は免除されるでござるし」

 

「アイヤー。たしかにそうアル。長官も付き合うべきアルヨ」

 

 楓の独り言に反応したのは隣にいた古菲。せっせとノートをとっていた手を止めて、不満顔でうんうん頷いている。

 

「しかしそれは無理な話でござるよ。長官が自主的に居残り授業に参加するとか。全く想像出来ないでござる」

 

「そうアルな~。自主的どころか強制されてもブッチしそうな気がプンプンするアル」

 

「にんにん。それに古の場合は一緒に居残りしたいというより、その後に勝負でも申し込みたいという感じでござろう?」

 

「それもあるヨ。長官が強いのは分かっているアル。なのにワタシとの手合せはちっとも受けてくれないアルヨ」

 

(フム。まぁ長官の気持ちも分かるでござるが)

 

 楓はちらりと隣を見やった。内心を表情に見せることはなく。

 隣で肩を落としている古菲は、一般人としては間違いなく最強の部類に入るだろう。武道四天王と戦えば楓や龍宮、刹那には未だ届かないが、しかしそれは『気』を知らないが故だ。

 では『気』を扱う鍛錬を積んだ楓や刹那、『裏』の仕事にも関わってきただろう龍宮らと比べて古菲が劣っているかと言えばそうではない。

 そう。決して古菲が劣っているわけではないのだ。『気』を知らないというのに、磨き上げた武のみで『裏』の強者とも伍して戦える、それほどの実力者。それは楓達のような武人の目にとって、どれほど眩く映るものなのか。

 武を重んじる者ほど古菲の強さは貴く見えるはず。触れがたく思えてくるほどに。

 

(『気』で上積みした力で勝ったとしても自慢にはならぬ気もするし、一方で『気』を如何に扱えるかも己の鍛錬の結晶だという自負もあるのでござる。本気の古の相手をするには『気』込みの『本気』を出さねば失礼な気もするんでござるが、しかし『気』を知らぬ相手に『本気』というのも……。これがジレンマというやつでござるか)

 

 おそらく長官も似たような気持ちなんでござろう。そう楓は結論付けた。古菲の思いを考えればいささか可哀そうかもしれないが。

 

 ふと視線を感じた。視線の主は黒板にテストの要点をまとめていたネギ。居残り授業だというのに集中していなかったことを注意されるかとも思ったが、しかしネギの表情は咎めるようなものではなくむしろ不思議そうな顔。

 はて、と楓は首を傾げたが、しかしネギの言葉でネギが何に対して疑問を持っていたのかを理解した。

 

「えっと、長官って誰のことなんでしょうか?」

 

「ああ、なるほど。ネギ坊主は知らないでござるか」

 

「アイヤー。なら説明するしかないアルな」

 

 悪ノリする古菲(バカイエロー)とともに(バカブルー)は説明を始める。

 

 我らこそ麻帆良の正義を守るバカ五人衆(レンジャー)。リーダーである夕映(バカブラック)を筆頭に、集結した戦士たち。

 勇気の明日菜(レッド)、知恵の夕映(ブラック)、技の(ブルー)、力の古菲(イエロー)、元気なまき絵(ピンク)。五人揃って麻帆良戦隊バカレンジャー。

 しかし彼女たちにはもう一人、頼れる仲間がいるのだ。

 仲間のピンチの颯爽とあらわれ、黄金の精神を胸に抱き敵を打ち倒すその姿。誰が呼んだかバカゴールド。

 しかしバカレンジャーはあえて彼女をバカゴールドとは呼ばず、敬意をもってこう呼ぶのだ。バカ長官(チーフ)、と。

 

「そのバカ長官(チーフ)こそ、何を隠そうアイカ殿のことなんでござるよ。にんにん」

 

「ええーーー!! アイカがバカゴールドで長官なんですか!?」

 

「……いや、楓たちが勝手に言ってるだけよ? っていうか私としてはバカレンジャー呼ばわりもイヤなんだけど」

 

「バカレッドは黙っているでござるよ。というより無駄話をしている余裕はないのでは? 最後まで残される本命はレッドでござろうに。対抗はピンクでござるかな? 拙者はさっさとブラックに続かせてもらうつもりでござるし」

 

「うっ。み、見てなさいよ。絶対楓より先にクリアしてやるんだから」

 

「にんにん。楽しみにしているでござるよ」

 

 うがーっと唸り声をあげて机にかじりついた明日菜から、楓は再び視線をネギへ。ネギは混乱したのか、しばらく目を白黒させていたが、

 

「アイカって勉強できなかったんだ。って、アレ? タカミチの『2-A居残りさんリスト』にアイカの名前はなかったけど」

 

「高畑センセはネギ坊主が来る前の英語の担当だったアルからナ。アイカは英語だけは出来るアルヨ。ズルい話ネ。中国語の授業があればワタシだって」

 

「国語の成績もパッとしない身としてはそう単純な話でもないような気もするでござるがなぁ」

 

 そろそろ無駄話は切り上げるでござるか。楓もノートに向き直った。

 とりあえず、今はレッドやピンクよりも先に課題をクリアしようと、それだけを考えて。

 

 




というわけで居残り授業(?)な42話。如何でしたでしょうかね
前半はさよちゃん復学フラグを中心に
まぁ書きたかったのはフィオの『本来幻想の中でしか生きられないものを現実に持ち出すための魔法』ってやつです。ええ、原作で魔法世界のほとんどは『幻想』で地球には来れないとかなんとかの辺りのアレ。アレのアレがアレだとフィオって地球に来れるの?っていう疑問を解消するためのアレです。
その辺の線引きが中々難しいんですよね。MMの人間以外は『幻想』で地球に来れない? じゃあヘルマンみたいな悪魔や京都編で召喚された鬼は『幻想』じゃないの? フェイトは造物主がなんとかしたとしても、魔族的なあの子なんかは……。魔法世界出身っぽい高音はOKでトサカはNG……じゃあ魔法世界人と旧世界人のハーフだったらどうなんの? とまあいろいろ考えだすとアレがアレしてアレになってしまいそうで。
結局再びフィオ頼みになるはめに。アイカのためのお助けキャラのはずが私のご都合主義を助けるキャラになってしまっているような気も
フィオが普通に地球にいる点についてはこんな理由づけしか出来ませんが、どうか寛大な心でご容赦くださいませ
まぁそんなわけで前話でさよの入れ物に人形などではなくホムンクルスを持ってきたのは伏線だったりしました
意外と突っ込まれませんでしたね。『ホムンクルスじゃフラスコから出られないんじゃね?』的な感想もあるかなぁとも思ってたんですが
ホムンクルスはフラスコから出られないものという風に固定されてしまっている私が特殊なんですかね
何故か『からくりサーカス』の銀と金の錬金術修行に出てきたホムンクルスのイメージが私の脳裏に焼き付いていまして
どうせならホムンクルスと聞いて真っ先に思い浮かべるのはアインツベルンの人妻にしてほしいです、私の脳味噌さんマジお願いします

後半はバカレンジャーの居残り授業ですね。残念ながらアイカの出番はありませんでしたが
まぁ布石ですわな。ここまでバカバカ言われるオリ主も珍しいですが、おかげですんなり図書館島イベントには参加できるでしょう
やりたいネタもあったりしますしね


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43.ドッジボール

 ――昼休み――

 

 ネギが教師として麻帆良に来て五日が経ったらしい。らしいというのは俺が数えていたわけではなくクラスメートが話しているのを聞いたからなんだが。ってかダイオラマ魔法球にしょっちゅう出入りしているせいで日付の感覚があやふやになってるんだよな、コレが。

 まぁ俺の話は置いておいてクラスメート達の話に戻るが、だいたい五日もあればネギの人となりも理解されているようで、現在絶賛評価されている最中だったり。

 

「やっぱりちょっと情けなかったよねぇ」

 

「でも十歳なんだししょうがないんじゃない?」

 

 なんて話しているのは裕奈とまき絵。聞けば昼休み中にバレーをしていたところに高等部が現れ場所の取り合いになったとか。喧嘩に発展しそうだった睨み合いは結局高畑が収めたらしいが、その場にいたネギが何も出来なかったことから頼りにならない疑惑が出ているらしい。

 いいんちょが反論したり亜子が会話に参加したりと盛り上がってるが、どうせ2-Aのことだ。『可愛いし、いっか』で纏まるんだろうと意識を切ろうとする。が、

 

「いろいろ言われているですね」

 

「んぁ?」

 

 顔を上げれば既に体育着に着替えた夕映がこっちを見ていた。手には抹茶トマトなるジュース(?)のパックが。

 

「相変わらず訳わかんねぇチョイスだな。美味いの、ソレ?」

 

「なかなかイケるですよ。一口どうです?」

 

「……やめとく。ゴーヤコーラで懲りた」

 

 キワモノというかゲテモノというか、夕映はそんなジュースの愛飲家だったりする。

 そしてそのことを指摘するとこっちにも勧めてくるのだ。以前痛い目を見た。マジで。

 ってか『間接キッスじゃん』とかはしゃぐんじゃねぇよ俺。俺ェ。

 

「そうですか。残念ですね。ところでアイカさんは思うところとかはないですか?」

 

「なにが?」

 

「ですから、ネギ先生に対してです」

 

 ふと視線を感じた。見回せば何故か俺に注目しているクラスメート達。

 ってアレか? ネギは俺の兄貴だし、それに対して情けないだのなんだの言っちまったことを気にでもしてんのか? いい子ちゃんたちめ。可愛いぞコノヤロー。

 でも別に罪悪感とか感じてもらわなくても全然いいんだけどな。だって、

 

「どうでもいいかなぁ、ぶっちゃけ」

 

「そうなのですか? もっとしっかりしてもらいたいとか。もしくは頑張ってるんだから、とか十歳なんだし、とかそういう反論とかは?」

 

「ねぇな。頑張ってんなぁとは思うけど、実際頼りねぇのも事実だしなぁ」

 

 子供に高畑みたいな頼りがいを要求すんのも酷ぇ話だとは思うし、一方で『頑張ってるんだから』の一言で現在のネギを許容するわけにもいかないだろうとも思う。なんといってもネギは生徒の人生に影響を与えまくる教師という職にあるのだから。まぁ重ねて言うことになるが、まだまだ子供のネギに全てを要求することも酷だとも思うんだけども。

 しかしまあ、そんなネギが教師としてどうたらなんていう話は

 

「教師側が考えることなんじゃね? 学園長とか」 

 

「確かにそうかもですね。ネギ先生が頼りないというのなら高畑先生が担任に戻ってネギ先生はその補佐にという形でもいいですし。というか教育実習生にいきなり担任を任せている時点でなんだかおかしいような気が」

 

「そーそー。で、そういうのを考えるのは俺の仕事じゃないわけで。つまり俺的には完璧どうでもいい話、なわけだわな。……くぁぁ」

 

「……眠そうですね」

 

「飯食ったばっかだしなぁ。アレだ、ムーミン、アギラオを唱えずってやつだ」

 

「春眠暁を覚えずですか。掠りもしていないことをツッコめばいいのか、英国人のアイカさんから孟浩然が出てきたことに驚けばいいのか、判断に迷いますね」

 

 なんか夕映が言ってるが正直ほとんど聞こえてなかった。

 というかマッハ行ってる眠気のせいで途中から適当に相槌打ってたけど、ツッコミがなかったってことは会話は成立していたんかね?

 まぁいいや。なんかメッチャ眠いし。

 

 

 

 

 

 

 ――屋上 バレーコートにて――

 

 何だか変なことになってるですね。綾瀬夕映は内心独りごちた。

 事の起こりは自習のレクリエーションとしてバレーをやることになっていた2-Aがコートのある屋上まで出たところ、隣に校舎のあるはずのウルスラ高等部の生徒が先にコートを使っていたということだ。

 ウルスラ生が言うには向こうもここで授業ということで、それを信用するならダブルブッキングということになるのだろうがどうにも怪しい。

 

(高等部には高等部のコートがありますし、ダブルブッキングが本当だとしても優先されるのは中等部のハズ。中等部の屋上コートなんですから当然ですね)

 

 だというのにウルスラ生が居座っているのは元々2-Aと仲が悪いためか。聞いた話では昼休みにも一悶着あったようだし。

 

(おそらくはつまらない嫌がらせのようなものなのでしょう。ムキになって突っかかっている明日菜さんたちには悪いですが、下らないと思えてしまうです)

 

 そしてどういうわけかコートの使用権をかけてドッヂボールで勝負する羽目に。ついでに勝負に負ければネギは景品よろしくウルスラに持って行かれるとか。

 

(生徒間での賭けで教師のやり取りなど不可能だと冷静に考えれば分かりそうなことですが、本来冷静にまとめ役になるべきいいんちょは、ネギ先生がらみのことになると途端に冷静さを失ってしまいますし)

 

 あやかの他にストッパーになれそうなのは那覇千鶴があげられるが、その千鶴は何故かノリノリで、

 

(結局ドッジボールで勝負するということは決定事項のようです。まぁ元々バレーは授業が自習になったためのレクリエーションでしたし、これはこれでレクリエーションとも取れますが)

 

 早々に夕映はコートから退散を決め込んだ。

 体を動かすことが好きなわけでもないし、あやかやまき絵のように積極的にネギを守りたいわけでもない。アイカの言葉ではないが正直どうでもよかった。ドッジボールのメンバーに入れられる前に熱くなっている一団から外れ、審判役のようなポジションに付くことにする。

 

(ここなら試合に参戦することもないですし、サボっているともとられないです。極めて消極的ですが、授業に取り組んでいるという面目は立つでしょう)

 

 似たようなことを考えたのだろうか審判ポジションに来ていた千雨と二人、二十対十一という変則ドッジボールの開始を眺めていた。

 

 

 

 

「やっぱ厳しいかもな」

 

 ウルスラ生たちがドッジ部員であることをカミングアウトしたりトライアングルアタックなるものを披露したりとやりたい放題し始めたころだ。夕映の隣にいた千雨がぼそりと呟いたのは。

 

「やっぱり、と言うことはこの結果を予想していたですか? 相手がドッジ部で関東大会優勝チームだということを知っていたとか?」

 

「まさか。向こうからわざわざドッジボールで勝負なんて言い出した辺りはなんか引っかかったけどな」

 

「ですが先ほどの口ぶりではウチのクラスが劣勢であることを元々気づいていたようにも取れるのですが」

 

「そりゃアレだ。相手は高校生で私らは中学生。元から身体能力に差があって当然だろ。まぁウチのクラスには年齢差なんてものともしない様な奴らもいるっちゃいるが、そいつらはあの通りだし」

 

 肩を竦めて千雨が視線を向けたのはドッジボールに参加せずに見学しているクラスメートの姿。特に武道四天王の龍宮、刹那、そして楓が見学者側に回っていることが目に付くが、中でもとりわけ異彩を放っているのが、

 

「爆睡してますね」

 

「ああ。アイカか」

 

 フィオの膝枕で大の字になって寝こけているアイカの姿。それに比べれば体育だというのに制服姿で、湯呑みで茶を啜っているエヴァですらまともに見える。

 

「アイカは放っといて、だ。龍宮、桜咲、長瀬、それと絡繰もか、このうち半分でも参加してりゃあ、多分圧勝で終わってたぞ」

 

「そこまで言いますか。同じ四天王のクーフェさんは試合に入っていますが足りないですか?」

 

「いや、古菲もすげぇんだがあいつらとはちょっと違うというか」

 

 一瞬千雨は言い淀んだ。そしてまるで慎重に言葉を選ぶように言う。

 

「……なんつうかな。そだ、分野が違うってのか? 中国拳法使いと忍者、どっちが球投げだの避けだのに向いてるかっつったら」

 

 夕映には千雨の逡巡が些か気にかかったが、しかし千雨の言葉は納得できるもの。

 

「確かに言われてみればそうですね。楓さんなら飛んでくる手裏剣をキャッチしても不思議ではありませんし、ボールくらい軽いものですか」

 

 忍者と言われれば即座に否定してくるのが楓ではあったが、しかし夕映からしても楓はどう見ても忍者なのだ。それもごっこ遊びやキャラ作りでは済まないような。実際に人並み外れた身体能力を何度も見せてくれているし

 そして千雨の言葉には妙に説得力があった。おそらくは龍宮や刹那も古菲よりも楓寄りなのだろうとなんとなく納得できる程度には。茶々丸がこういう場面で頼りになるだろうというのは夕映にしてみれば初耳だったが。

 

 にしても、

 

「クラスメートのことをよく見ているのですね。私は千雨さんはどこか周囲から距離をとってるような、自分と他人との間に壁を作っているような印象を持ってたですが」

 

「あー」

 

 少し失礼な物言いだったかもしれないと夕映は口にした後で後悔したが、一方で千雨に気にした様子はなく。

 むしろどこか恥ずかしそうに頭をガシガシと掻くのみ。

 

「確かに壁を作ってたかもな。よく見てんのはどっちだよ」

 

「席がずっと隣同士だったではないですか。なんとなく分かってしまうものですよ」

 

 それに、と夕映は言葉にせず思う。千雨は麻帆良に入学したばかりの自分とよく似ていたのだ、と。

 どこか斜に構え、傍観者の様に世界を眺めているその姿。それは二年前の自分に、大好きだった祖父を亡くしたばかりの世界が色褪せて見えていた自分に重なって見えていたのだ。

 あの頃の自分は世界など下らないものに見えていた。周囲と何処か壁を作り、誰かと積極的にかかわろうとはしなかった。

 その姿は、きっと最近までの千雨とよく似ていたのだろう、と。

 

(私の世界に色を取り戻してくれたのはのどか達でした。のどかやハルナ、木乃香がいてくれたから、世界はそれほど下らないものではないと思えたです)

 

 きっと千雨さんにも私にとってののどか達のような人が現れたのでしょう。そう思って、ふと夕映は気づいた。きっと心のどこかで心配していたのかもしれない、と。かつての自分と似た、しかし自分とは違いずっと世界が色褪せて見えていたのだろう千雨のことを。

 なんとなく嬉しいような気持ちになっているのも、きっとかつての自分と似た千雨が、かつての自分の様に誰かに助けられたからなんだろう、と。

 そしてそれはおそらく、授業中だというのに幸せそうに太陽の光を浴びて眠っている年下の筈の少女。

 

「よかったですね」

 

 それは自然と出てきた言葉だった。わずかな照れすらなく、そんな言葉を口に出来ていた。

 

「あ? 何がだ?」

 

「壁を壊してくれる人が現れてくれて、ですよ」

 

 私にとってののどか達の様な人が現れてくれて、とはさすがに内心に留めておいたが。

 

「……分かった風に言ってるけどな、綾瀬が考えてるような楽なもんでもねぇぞ。アイツら、ってか特にアイカは、マジで遠慮なしに色々ぶっ壊してくれるんだからな」

 

 苦笑と共に千雨は悪態じみたセリフを言うが、しかしその目元は笑っていた。

 

「ホント、壁作って距離とって、そうやって自分を守ってきた過去の私が馬鹿らしくなるほど色々見せつけてくれたからなぁ。悩んでいたのがアホらしいよ、ったく」

 

 千雨の言った自分を守るとはなんなのか。夕映は些か気にはなりもしたが、しかしおそらく初めて見るだろう楽しげに話す千雨からあえて聞き出すような真似はしなかった。

 

「色々見せつけられた、ですか。アイカさんたちが何を見せてくれるのか、中々興味がわきますね」

 

「あー。……ま、もしアイカの被害に会ったら愚痴くらいは付き合ってやるよ。ちょうど席も隣同士だしな」

 

 肩を竦めて見せる千雨に苦笑する。本当に、アイカは一体何を見せてくれるのだろう。

 白熱するドッジボールの試合が終わるまで、夕映は千雨と二人、のんびりと肩を並べて立っていた。

 

 




一方そのころ見学者サイドでは

龍宮「おい、綾瀬にまで忍者だって言われてるぞ楓」
楓 「……拙者ってそんなに忍者っぽいでござるか? 一般生徒として溶け込めていると思っていたでござるに」
刹那「忍ぶと言うならまずその語尾から何とかしたらどうだ? ござるだのにんにんだの言っているうちは丸分かりだと思うが」
楓 (ストーカー紛いの方法で護衛をしている刹那殿に言われてしまったでござるよ。拙者に忍べというならそっちこそ片時も離れず護衛しろ、なんて言ったらやっぱりマズイでござるよねぇ)

茶々丸「マスター、お茶のお替りはいかがでしょうか?」
エヴァ「うむ。貰おう。にしても中々に良い羊羹だな。京から取り寄せたものか?」
茶々丸「いえ、アイカさんから頂いたものです。『学園長からかっぱらってきた』だそうで」
エヴァ「なにをやっとるんだ此奴は。まあジジイにはいい気味だがな」

アイカ「うへへ。はやてにシグナムにシャマルまでいるぞ。でもやっぱりぼくはヴィータちゃん。うへへへ。むにゃむにゃ」
フィオ「フフフ。一体誰の夢を見ているのかしらね、この子は。フフッ。フフフフフフ」

全員(……よくあの殺気を受けて爆睡していられる(でござる)な、アイカ(さん/殿)は)



さて後書きですが
ドッジボールとサブタイ付けときながらほぼ描写ナシとか……。
どうか勘弁してくだせぇ。アイカに参戦させとけば普通にドッジやってたんですけど……念能力者のドッジボールってどうしてもレイザーが出てきてしまって。
おそらくドッジの試合シーンを書いていたら衝動のままに要らんとこまで書いてたと思います。
さすがにそれはと思いまして、結局ドッジボールはお流れです。申し訳ない。
まぁそれはそれとして、ようやく一巻分が終わりましたね。……ホント、ようやくです。
……長かったなぁ


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