僕らと世界の終末戦争《ラグナロク》 (Sence)
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第一章『新横須賀テロ事件編』
第1話『PAYDAY』


新シリーズ始動です!
(前作エタっちゃいましたごめんなさい)

なろうもカクヨムにも投げて誰にも見向きもされなかった作品ですが、
今回はちゃんと書き切ります!

よろしくお願いします!


 三月のうららかな昼下がり、町の一角。

 

 世間的な給料日のこの日、訪れる人が最も多い銀行に、苛立ちを隠そうともしない怒鳴り声が響いていた。

 

「良いから車をよこせっつってんだろォ!」

 

 路上に向けてそう叫んだ男は、頭に生えた狼の耳をピンと伸ばし、手にしたサブマシンガンを銀行を包囲する警官隊に向けて発砲する。

 

 その周囲には、人間に交じってちらほらと彼に似たような人外の姿が見えており、彼らは一様に恐怖を顔面に貼り付けていた。

 

 かれこれ二時間、周囲にいた一般人諸共射殺した銀行職員が、直前に鳴らした警報のせいで、彼らは人質を取っての持久戦を強いられていた。

 

「お、おい。本当にやばいんじゃないのか?」

 

 不安げにそう問いかける強盗仲間の男が、『AK-47』アサルトライフルを手に、鬼の様な角を生やした頭を動かして周囲を見まわす。

 

「お、俺たち逃げられるのかよぉ!?」

 

 鬼の容姿をした男に続いて叫んだ男は頭に生えた猫の耳を寝かせ、手にした垂直二連ショットガンを震わせて涙目だ。

 

「狼狽えるんじゃねえ! サツに加えて地方学院のガキも出てきたがこっちにゃ人質がいるんだ。迂闊に動ける訳がねえ」

 

 そう言って浮わついた目を巡らせ、人狼の男は笑う。

 

 薬物で冷静さを失った彼は鋭い犬歯をぎらつかせ、足元で崩れ落ちている女性を見下ろす。

 

 と、警察の方から大声で呼びかけがあった。

 

「そちらの要求をのむ! だが、人質の内何人かを解放してほしい!」

 

 そう叫んだ責任者らしい中年の刑事に銃口を向けた人狼は片手持ちのそれをフルオートで乱射。

 

 拳銃弾に慌てる警察にニヤリと笑った彼は、銃撃戦慣れした学生達がアサルトライフルを構えたのを見て、傍に抱えていた女性を盾にする。

 

「舐めた事言ってんじゃねえぞ! 人質は解放しねえ! それ以上舐めた事を言うと人質を殺すぞ! ヒェアハハハハハ!」

 

 そう言って下がった人狼に、中年の刑事は弾丸の掠った左腕を押さえつつ、拡声器から手を離して通信機に手を伸ばし、作戦用の通信バンドに切り替える。

 

『クソッ、ヤク中が! おい、雇われ共。準備は良いのか?』

 

「そちら次第だと言っただろう」

 

『ふん、マセガキ共が。まあいい、こちらは時間稼ぎに入る。すぐに攻撃しろ』

 

 銀行の二階、経理担当者が詰めていたオフィスの中で、ブレザーを上着とした学生服に身を包んだ一人の少年が中年の呼びかけに答えた。

 

冷徹さを感じる低い声で短くやり取りした彼は、傍らに侍る赤色のシュシュで結った栗毛色のツインテールが特徴の、半猫族の少女に、目配せすると通信機のスイッチを入れた。

 

「“ストライカー”より小隊各員(オールユニット)。作戦のおさらいだ」

 

『おっ、と言う事はそろそろ準備だな?』

 

「ああ、まず状況の説明に入る。場所は銀行、犯行グループは三名構成。種族は人狼、鬼人、半猫。スラムの連中らしい。“シューター”の狙撃監視と“オフィサー”のバグドローン(虫型無人機)から得た情報によれば、武装は短機関銃(UZI)自動小銃(AK)散弾銃(垂直二連)。すでに市民、銀行職員が四名死亡、人質は十一人」

 

 そう言ってオフィスの床を歩く少年、コードネーム“ストライカー”は、そう説明する。

 

 そして、一呼吸置く様に、頭についた猫耳をしきりに動かし、嬉しげに尾を揺らしてちょこちょこ付いてくる少女を後ろに見る。

 

 うきうき顔の彼女に、小さなため息を落とした彼は、下の男達にばれない様、静かに机を撤去している二人組、潜入装備を纏う少年と小さなシルクハットを乗せたカチューシャと、サイドテールに結った黒毛が特徴の人狼族の少女を見回す。

 

『んで? 敵はヤク中か?』

 

「あの様子を見る限りじゃ、そうだろうな。全く、此処も随分とアメリカンになったものだ。とにかく、俺達に交戦許可(ゴーサイン)が入った時点で敵が理性的だと言う事は選択肢から消えている」

 

 そう言ってため息を落としたストライカーは、サングラス状のコンバットバイザーのスイッチを入れ、ミリ波(MM)スキャナーで一階の様子を見ていた。

 

「作戦を説明しよう。俺が術式武装で床を砕いて“バンガード”、“ファントム”、“リーパー”のアルファチームが一階に降下、一気に制圧する。“エリミネーター”“フォワード”、“シューター”、“オフィサー”のブラボーチームはバックアップだ。一人も逃がすな」

 

『了解』

 

「さて、制圧対象だけなら気を窺う為にも悠長でいいが今回は人質がいる。ヤク中共が苛立って死人を増やす前に済ませるぞ」

 

 そう言ってスキャナーで真下を見た彼は、サブマシンガン(UZI)を手にし、周囲を見回している男の上に移動。

 

 一旦バイザーを額へ戻した彼は“バンガード”と呼んだ半猫の少女に視線をやると、彼女は、小柄な体に似合わぬ豊満な胸を張って答える。

 

 机の撤去を終えた“ファントム”と呼ばれた潜入装備の少年と“リーパー”と呼ばれた人狼の少女も、それぞれの得物を構えて待機し、頷きを見せる。

 

 それを承諾と受け取った彼は、腰のチョークで床に大きなバツ印と円を書くと、通信機のスイッチを入れた。

 

「突入準備、カウント10から突入する」

 

 そう言って、メリケンサック型の術式武装を構えたストライカーは、グリップのトリガーを引いてカウントする。

 

 見る者を不安にさせる紫電と共に翡翠色の光が拳に集まっていく。

 

 そして、サックを握る腕にチョークに仕込まれた腐食術式で印状に脆くなったコンクリートを貫徹できるだけの身体強化が施され、その力が最大になった。

 

「3、2、1、GO!」

 

 同時、カウントを終えたストライカーが拳を叩き付けた瞬間、腐食し、円形に脆くなっていた床が、粉砕される。

 

 腐っていた構成材は微細な塵と化し、綺麗な円形に崩落した床は、一階までの道を穿って、直後に三人が落下。

 

 着地すると同時、窓際で警戒しているAKと垂直二連を持った男たちに突撃する。

 

 遅れてストライカーも降下。

 

 着地と同時、背を向けて移動する三人を狙って、サブマシンガンを構えた男の腕を掴む。

 

 咄嗟に腕を逸らし、銃口を壁に向けさせたストライカーは、相手が拳銃弾を撃ち続けたまま、自身へ銃口を移動させようとしているのに気付いて咄嗟に足の甲を踏み、怯ませた。

 

「ぎゃああっ」

 

 反射的に足を上げ、バランスを崩した男から銃を奪い、足払いから引き倒すと、そのまま鳩尾に一撃打ち込んで黙らせた。

 

 ぐったりとしている男の後ろ手に手錠をはめたストライカーは、ふと見下ろした手にはまっているメリケンサックを取り外す。

 

 見れば、出力部が焼け焦げ、負荷が大きかったのか、カートリッジ挿入口が内側から破裂していた。

 

「ぶっ壊れたか、まあボロだしなもう」

 

 そう言って破損したメリケンサックを腰に下げたストライカーは、静かな周囲を見回す。

 

 その中で、ショットガンを持つ男を抵抗も許さずに気絶させ、捕縛した“ファントム”に気付き、ストライカーは彼にサムズアップを送る。

 

 そう言えば、と同じターゲットに向かっていた女子二人の動向が気になっていたストライカーは、ボコボコにされたAK持ちの男が吹っ飛ばされてきたのに驚き、飛び退いた。

 

 幾度と蹴られたのか青あざまみれの顔面を腫れ上がらせている男は、だめ押しとばかりに追って来たバンガードの跳び蹴りを鳩尾に喰らい、体液を吐き散らしながら気絶した。

 

 遅れてリーパーも合流。

 

 女子二人が痛々しい見た目の男へ、満足げに手錠をかけたのを確認したストライカーは、ため息交じりに通信機のスイッチを入れ、バンドを警察用の物に切り替える。

 

「こちらガードマンズ。オッサン、仕事終わったぞ」

 

『了解した。ご苦労だガキ共。人質にけがは?』

 

「五名ほど軽い錯乱状態だが、あとは大丈夫だ。ああ、報酬は定額で宜しくな」

 

 そう言って通信を切ったストライカーは捕縛した犯人を、引き渡せる様に手荒く移動させて受け取りに来た学生に崩れた敬礼をした。

 

「ご苦労さん。犯人はこいつ等で全員だ」

 

「了解だ、大活躍だな隼人。傭兵稼業が板についてるぜ」

 

「皮肉か?」

 

 そう問い返したストライカーこと隼人は、同級生に半目を向ける。

 

そして、その場にため息を吐き散らして後にすると、晴天の空を見上げた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 西暦1943年。第二次世界大戦(WW2)の時代に突如して現れた異次元への扉を潜った日本、アメリカ、ヨーロッパ各国、オーストラリア、ソ連は、扉の先にあるもう一つの地球と、そこに暮らす人外種族と独自の文化と接触した。

 

 魔法と言う概念が存在するもう一つの地球、『魔力次元』と名付けられた土地に、人間を誘った人外種族達は皆、争いに慣れておらずとも、種族繁栄と領土拡大の野心に燃えており、戦争と言う歴史を繰り返してきた人間の知恵を欲していた。

 

 彼らの本心を見抜いていた各国は、それに乗ずる様に、魔力次元を植民地として統治しつつ、もう一つの地球で世界大戦を繰り広げ始め、地球の戦争が終わるまで、血で血を洗う様な凄惨な争いは続いた。

 

 

 そして、各国家群は、魔力次元に国家を作り上げる。

 

 新日本民主主義国、新アメリカ連合、新ヨーロッパ共同体、新オーストラリア・オセアニア連合、新ソビエト連邦、新アフリカ連邦。

 

 戦後、六つの国家は、冷戦を迎え、技術力と経済力を高めていった。

 

 西暦2015年、新ソビエトが崩壊し、冷戦が終わって数十年が経った世界は、新たな試練を迎える。

 

 魔法と科学を融合させた高い技術力を有する様になった魔力次元は、第三次大戦(WWⅢ)によって文明崩壊寸前の、地球支配脱却を目指し、魔力次元の国家を統一する、新たな転機を迎えていた。



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第2話『ケリュケイオン』

 銀行強盗事件解決の翌日、オフィスに詰めていた隼人は応接間の対岸でニコニコと笑う年若いエルフ耳の女性を前に机の上に置かれた書類を確認していた。

 

「噂はかねがね聞いてますよ。民間警備会社(PSC)イチジョウの最年少チーム“ケリュケイオン”。そのリーダーであるコールサイン“ストライカー”こと、隼人・五十嵐・イチジョウ君、あなたの事は特に」

 

「それはどうも。とはいっても俺達は近辺、新横須賀と湾岸のアクアフロントぐらいに業務範囲が限定されている。業務的にはアンタらと変わりませんよ、刑事さん」

 

「そうだとしても最近は日本政府からの圧力で、魔力次元側の警察機関やら軍事機関は軒並み弱体化されていますから、今回の様な凶悪犯罪に対応できるだけの力を持てなくなっているのです」

 

 そう言う刑事に気の抜けた相槌を打ちながら書類を見る隼人は内心でご愁傷さま、と言いながら必要事項を確認する。

 

「凶悪犯罪と保有武力のバランス、か。常駐できる戦力が政治的に削られる以上、俺達『民間軍事警備会社(PMSC)』の仕事が無くならないのも頷ける話だ」

 

「あ、お話が変わるのですが、私今度ケリュケイオンのメンバーについて記事を書こうとしてまして」

 

「……そうか、アンタ広報担当兼任だったか。んで? 何だって仕事泥棒の俺達の記事なんざ書こうとしてんだ?」

 

「仕事泥棒? そう思ってる職員は少ないと思いますよ。何せ、自分達でどうにもできない事件をあなた達は解決してくれるのだから」

 

「……それもそうか。それで? 俺にインタビューか?」

 

 足を組み、気だるげに答えた隼人に、女性は首を縦に振ると経費の書類の上にボイスレコーダーを置いた。

 

「さて、最初のインタビューだけど。その前にプロフィールの確認をさせてくださいね。名前隼人・五十嵐・イチジョウ。種族は人間。PSCイチジョウ社長のご子息。あら、でもイチジョウ社長はエルフですよね? 混血かしら?」

 

「いや俺は純血だ。元々孤児で、九年前にある事情から縁のあったイチジョウさんに引き取られた」

 

「なるほど。どうして、孤児になったのかについて聞いてもいいですか?」

 

「それについては、勘弁してくれ。所で、アンタ、うちの隊員についてはどこ程度把握してる?」

 

「お話ししましょうか?」

 

 ニヤニヤと笑う女性に頷いた隼人は全員のプロフィールについて聞く事にした。

 

「まずは副リーダーから。コールサイン“ファントム”こと、岬浩太郎君。あなたと同じ人間で、生粋のアサシン。彼、移民三世?」

 

「確かに、アイツは移民だ。爺さんが日本兵でこっちに移住して家業を復興したとか言ってたな」

 

 女性の問いかけに頷いた隼人は自分の机で業務報告を書いている浩太郎を指す。

 

「なるほど。で、次は、あなたのパートナー、コールネーム“バンガード”ことレンカ・イザヨイちゃん。イザヨイ貿易の社長令嬢であり、企業間との友好を示す広告塔としてオペレーターをやってるそうですね。

種族は半猫族の小柄巨乳の女の子。広告塔らしく見た目は可愛らしいですが、あなたは相当手を焼かされてるみたいですね」

 

「ああ、アイツは我が侭で独占欲が強いもんで。それで俺を巻き込んだトラブルを何件も起こして手を焼かされている」

 

「あらあら、相当好かれてますね。好きなものは独り占めしたくなるタイプかしら」

 

 笑いながらタブレットのページをスワイプした女性にむくれた隼人は確認を終えた書類をファイルに収めると、ソファーに寝転がり、一人で漫画を読んでいたレンカを呼び出した。

 

「レンカ、これ、俺の机の上に置いておいてくれ」

 

「えーっ、私を使いっ走りにするのぉ!?」

 

「うるせぇ石潰し。お前馬鹿なんだから肉体労働でちっとは貢献しろ。バイトさせるぞ、いい加減にしねえと」

 

 そう言ってファイルを投げた隼人は器用にハンドスプリングで起き上がった彼女がキャッチして机に持っていくのを見ると苦笑する女性に向き直った。

 

「ホント、仲良いんですね」

 

「腐れ縁だからな。もっと言えば、うちのメンバー全員だが」

 

「あら、意外ですね。さて、続いていきましょう。副リーダーのパートナー、コールサイン“リーパー”カナ・スィリブローヴァちゃん、種族は人狼の小柄で貧乳な女の子ですね。あ、この子意外とうちで人気なんですよ。ダウナー系で」

 

「……どこで人気が出たのか見当もつかんな」

 

 そう言う女性に隼人は半目になって腕を組むと呆れ半分の語調で言った。

 

「ファン曰く、ミステリアスなのがいいそうです。で、彼女、新ロシアからの留学生みたいですね。家系については調べられなかったんですけど」

 

「カナが言うには実家は宗教関連の処刑人をやっていたそうだ。今じゃ、両親が興した企業もあって処刑仕事はやってないが技術は末っ子の彼女が引き継いだらしい。んで、彼女単身でここに留学してきたらしい。

常識知らずで甘えたがりだが、戦闘技術は一級だ」

 

「ふむふむ、高評価ですね。隼人君は意外とお人よしなんですか?」

 

「本人に聞くか普通。まあ、お人好しな部分はあるかもな。あ、あと付け加えるとレンカとカナはマゾだ。それもド級のな。オープンかクローズかの違いだ」

 

「よ、余計な事を聞きました」

 

 幻滅したらしく呆れている女性に苦笑した隼人はお盆に乗せた湯飲みを机に置いた狐耳のある金髪の女子を見上げる。

 

「すまんな、ナツキ」

 

 そう言って平手を軽く上げた隼人はタブレットを素早くスワイプしている女性を見ながら茶を啜る。

 

「え、えっとあなたは“オフィサー”ことナツキ・ヴェルナー・砂上ちゃんですっけ?」

 

 そうお盆で目を引くほどの大きさの胸を隠している少女、ナツキに問いかけた女性はビクッ、と体を竦ませた彼女がこそこそと下がろうとしていくのに戸惑い、隼人の方に視線をやった。

 

「何か悪い事したんでしょうか」

 

「いや、単なる人見知りだ。あ、ナツキ、俺の机の上に今回の報酬額がある。本社宛の帳簿に書いておいてくれないか」

 

 女性へのフォローもそこそこに簡易キッチンへ戻っていくナツキへそう言った隼人は向き直って思い出した事を口にした。

 

「そう言えば、ウチは二チームで運用しているが、それについては?」

 

「ええ、把握してありますとも。アルファとブラボー。アルファは隼人君、レンカちゃん、浩太郎君、カナちゃんで構成されていて基本的に前衛組。ブラボーは、ナツキちゃんとまだプロフィールを喋っていない残りの三人で構成。後衛運用が主ですね」

 

「その通りだ。じゃあ、ブラボーのプロフィールを言ってみてくれ」

 

「では、ブラボーチームのリーダー“シューター”ことリーヤ・サカイくん。有翼族。若干十七歳にして射撃競技世界大会ジュニア部門でフルスコアで優勝した凄腕のスナイパー。まあ、ここではそこそこ苦い経験してるみたいですけど。彼はどんな存在です?」

 

「一言で言えば参謀役として優秀と言った所か。戦闘面じゃあ射撃以外の分野には心許ない。完全に後方支援向きだな」

 

 腕を組みながらそう答えた隼人の頷きながら書き込む女性は苦笑交じりに歩いてきた有翼の少年に気付いた。

 

「おう、リーヤ。どうした?」

 

「業務報告のついでに取材見学さ。はい、これ前回の報酬額。社長の印鑑貰ったから。保管しとくよ」

 

「ああ、頼む。あ、今回の収支についての報告はどうなってる?」

 

「僕とナツキちゃんでやってるよ」

 

「了解だ、引き続き頼む」

 

 そう言った隼人は苦笑交じりに戻っていくリーヤの背中を見ると同じ様な苦笑を浮かべた女性へ向き直った。

 

「じゃあ次。コールサイン“エリミネーター”藤原武君。あれ、この子鬼人族なのに日本語名ですね。日本帰化住民ですか?」

 

「ああ、親がな。アイツは馬鹿だが、気の利く良い奴だ」

 

「仲間思いですね。さて、最後の子は武君のパートナー、コールサイン“フォワード”楓・不知火・シャイナーちゃんですね。人狼族の女の子で凄腕の日本剣士だとか。あ、そう言えば武君と楓ちゃんの姿が無いですね。どうしたんですか?」

 

 きょろきょろと周囲を見回す女性に隼人はため息交じりに答えた。

 

「あの二人は大食いでな、家計を圧迫するからバイトに出した」

 

「え。家計って、一緒に暮らしてるんですか?」

 

「ああ、武達だけじゃない。うちのチーム全員とな。さて、俺も含めたうちのチームメンバーのプロフィール確認は終わったんだ。本題に入ったらどうだ?」

 

「ええ、じゃあ遠慮なく。あなた達、ケリュケイオンは学生。今、地方学院では統一の前哨戦である学院統一に伴った混乱への準備が進められていますが、学生として参加する意図はあるのでしょうか?」

 

「いや、学生として参加はしない。雇われれば参加する。そう言うスタンスでいるつもりだ。一般生徒じゃない、PSCイチジョウの社員として俺はあの学校に属している」

 

 そう言って前傾した隼人は頷きながらタブレットに回答を打ち込んだ女性は次の質問に映った。

 

「では、あなたがこの会社に入社した経緯を教えてください」

 

「それは……」

 

 思いがけない質問に少し表情を歪ませた隼人は口ごもる。そんな彼の様子に異常を感じた女性は俯いた彼の表情を窺う。

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ、ああ。大丈夫だ。入社の経緯か。全ては成り行きだが、俺は大切なものを守る力を求めて入社した。ちっぽけでも自分が大切と思っているものを守れるだけの力を。それを求めてイチジョウさんの会社に入社した。

ああ、大切なものって言うのは今で言う所の、同じチームのメンバー達だ。そんな所かな」

 

「うーん、実に新聞向けの回答ですね。でも、その信念には感心しますよ」

 

 そう言って笑う女性に軽く笑った隼人は応接用のソファーにやってきたレンカを見て半目になった。

 

「何だよ」

 

「いつまで喋ってんのよ」

 

「お前、いつまでってこれは取材兼商談だぞ。時間さえ許せば喋る。だから、邪魔すんな」

 

 そう言って隼人は邪険そうに手を払うジェスチャーをする。それを見たレンカは頬を膨らませて彼の首に抱き付く。

 

「やだ。私も隼人と喋るの」

 

「仕事だっつってんだろ。お前と喋るのは家でもできるしさ」

 

「やーだー! 喋るったら喋るの!」

 

 いやいやと首を振るレンカにため息を吐いた隼人は苦笑している女性に一礼すると帰り支度を始めている彼女におや、と思ってソファーから立ち上がった。

 

「帰るのか?」

 

「ええ、まあ。召集がありまして。まあ、また機会があればお邪魔しますね」

 

「分かった。そこまで送っていこう」

 

 そう言って隼人は付いて行くと言い出したレンカに呆れつつ、ドアを開けると鞄を持ってきた女性を先に通してその後ろをついていく。

 

 四階建てのオフィスビルの三階に専用のオフィスを持っている隼人達は清潔感にあふれるエントランスを歩いて殺風景な敷地に出る。

 

 若干強い潮風が吹きすさぶそこは一般人が見れば軍事基地だと答える様な典型的な施設の数々が点在していた。

 

 格納庫、訓練施設、滑走路までを取りそろえたそこを横断する隼人達は滑走路の果てに見える海に視線を移した。

 

「ここ、第二ウォーターフロントも海が見える場所が限られるようになってきました。新横須賀の方も開発が進んで昔の様な寂れた感じは無くなってます」

 

「ああ。ここ数年建設ラッシュだったからな。おかげで犯罪率も倍増してうちの稼働率もかなり上がってる」

 

「今回の事件も、その一つと言う訳ですね。あ、今日はここらへんで。また来ますね」

 

「気を付けて。犯罪に巻き込まれる事が無い様にな」

 

 そう言って女性を見送った隼人は出口の方で警備役からチェックを受けていた彼女が見えなくなるまでその場に残り、やがて見えなくなると踵を返してオフィスへの道についた。

 

 せかせかと歩く彼の後ろで慌てた様子で追いかけてくるレンカが隼人の周囲を器用に回りながら話しかけてくる。

 

「ね、ねえねえ。この後どうするの?」

 

「武と楓が帰ってくるまで事務仕事」

 

「え~そんな事してないで遊びましょうよ」

 

「仕事優先だ。それに、俺はお前らの調整役なんだぞ? 勤務シフトのスケジュール作成もある」

 

「そんなのリーヤ達に任せればいいじゃない」

 

 そう言って頬を膨らませるレンカに隼人はため息をついて彼女の額を指で弾いた。

 

「アホ、今は忙しいんだよ。それこそ猫の手も借りたい程にな」

 

 そうぼやいた隼人に猫耳をピンと伸ばしたレンカは指先を丸めた手を頬に持ってきて猫の鳴き真似をした。

 

「盛ったクソ猫の手はいらん」

 

「だ、誰が盛ったクソ猫よ! 可愛い子猫と言いなさいよ!」

 

「喧しい毎晩夜這いしかけやがって。いい加減にしねえと寝る前に縛るぞ」

 

「へーんだ。縛る前に逃げるもんね」

 

「そうしてくれ、お前がいないと俺はぐっすり眠れる」

 

 口を尖らせながらそう言ってそっぽを向いた隼人は頬を膨らませるレンカが背中に飛びついてきたのに驚いてバランスを取った。

 

「おい! 何してる! 降りろ!」

 

「やだ。大体アンタは体のコミュニケーションってのが足りないのよ」

 

「どういうコミュニケーションだよ。言葉で良いだろうが」

 

「えーっ。つまんない! だからジョークもクソ寒いのよこのノーセンス!」

 

「真面目と言え真面目と」

 

 口喧嘩をしながら歩く隼人はもうすっかり慣れたレンカの巨乳の感覚に若干の安堵を覚えつつ、オフィスに戻った。

 

「ただいま」

 

「お帰り、隼人君。そう言えばさ、破損した術式武装についてだけど」

 

 隼人を迎えた浩太郎が会社に保管されている武器のカタログを掲げてみせる。

 

「ああ……。すっかり忘れてた。壊したの累計何回目だっけか」

 

「十回目。僕も君も。で、どうする?」

 

「そうだな……」

 

 そう言ってカタログを手に取った隼人はくいくい、と袖を引いてきたレンカに気づいて顔を上げた。

 

「何だよ」

 

「えーっと、アンタたちの言ってる術式武装って、何?」

 

「お前……。使ってる武器の事もわかんないのか」

 

 呆れた表情の隼人に間抜け顔をしていたレンカはカタログに目を戻そうとしている彼に問いかける。

 

「え? 使ってたっけ」

 

「お前が戦闘時に履いてるブーツについたランチャーの火薬とか、俺が使ってた身体強化機能付きのメリケンサックとかだ。

 で、ざっくり言うと普通の武器に魔術の効果を付与したものが術式武装だ。銃とか、剣とかな。まあ、たまに武器に施していないものも存在するがな」

 

「なるほど、分かった様な分からない様な……」

 

 うーんと唸るレンカの頭をポンポンと軽く叩いた隼人は自分のオフィスデスクに戻るとカタログをペラペラと適当に流し読みする。

 

 その彼の隣でカタログを覗き込んでいるレンカが目についたものを片っ端から指差して彼にすすめるが尽く彼に拒否される。

 

「むー、アンタさっきからダメダメって言うけど、どんなのがいいのよ」

 

「手持ち武器じゃない方がいい。小手とか、手に干渉しないものが良いな」

 

「干渉しない物ねぇ……。何があるかしら」

 

 言いながらカタログをひったくったレンカに隼人は苦笑して彼女を見上げる。

 

 机の上に座った彼女の小振りな尻が目に入り、胸に来てしまった彼はゆっくりとそっぽを向いた。

 

 と、そっぽを向いた先でコーヒーを置こうとしていたナツキと目が合い、体を竦ませて膝を強打した。

 

「あ、あの……大丈夫ですか?」

 

「あ、ああ。平気だ、気にしなくていい……」

 

 ナツキに苦笑を向け、片眉を引きつらせながら膝をさする隼人はトップクラスに大きく、たゆんと揺れた彼女の胸から顔を逸らした。

 

「あ、あれ? 何で顔を背けるんです?」

 

 オフィスでの仕事着も兼用する新関東高校の制服から見える上乳はかなり扇情的であり、思春期男子を赤面させるには十分な破壊力を持っていた。

 

「良いから、ほっときなさいよ。どうせおっぱい見てたんでしょ! 見るなら私のを見なさいよ!」

 

 そう言ってガスガスと背中を蹴ってくるレンカにため息を漏らした隼人は、巨乳二人を恨みがましげに見ながらおやつのソフトクリームをぺろぺろと舐めているカナに気付いた。

 

 負のオーラを放つカナは、露出の多いゴシックロリータ調のシャツとミニスカートを身に着け、貧相な体つきを妖艶に見せていた。

 

「……おのれ、おっぱい魔女め」

 

 ギャーギャー騒ぐレンカの罵声の中でカナの恨み言を聞いた隼人は頬を踏みつけたレンカの足を押し返す。

 

「いい加減にしろ」

 

「おっぱい見る気になったの?」

 

「見るかバカ。っと、電話だ。騒ぐなよ」

 

 そう釘を刺した隼人はじっと待つ体勢になったレンカを見ながら受話器を取った。

 

「はい、第三小隊オフィス。あ、社長。どうかしましたか? はい、はい。分かりました、アルファチームと共に、そちらに向かいます。では」

 

 短い応答の後に受話器を下ろした隼人にレンカは尻尾を振りながら問いかける。

 

「何々?」

 

「呼び出しだ。揃ってるチーム連れてこいだとよ。浩太郎、カナ、呼び出しだ。ナツキとリーヤは待っててくれ」

 

「武器って持ってく?」

 

「いや、良い。話聞くだけだからな」

 

「はいはい」

 

 上機嫌に机から降りたレンカを先に行かせ、浩太郎とカナを後ろに連れて社長室に向かった隼人達は、四階へ階段で上がると一目でわかる重厚な木製ドアの前に移動した。

 

 そこで隼人が先頭に代わり、すかさずノックした彼は慣れた手つきでドアを開けて後がつっかえない様な位置に出て行く。

 

「失礼します」

 

 そう言って礼をした隼人達は応接用のソファーに座っていた中年の男エルフ、ハジメ・イチジョウが嬉しげに立ち上がったのを見てソファーの隣まで歩みを進めた。

 

「やあ、待ってたよ。まあ、皆座りたまえ」

 

「では失礼して」

 

 そう言ってハジメに一礼して座った面々はニコニコ笑顔のハジメに緊張しながら体を捩らせ、その様子を見た彼がおかしそうに笑う。

 

「緊張しなくてもいいんだよ。別に君たちを怒る為に呼んだのではないのだからね」

 

「は、はぁ。では、何故?」

 

「うむ、最近の君たちの活動。よくやってくれていると周辺住民の皆さんからも感謝されているよ」

 

 そう言って、業務成績の報告書を隼人達の前に出したハジメは、おおーと一様に同じ声を出した彼らに苦笑し、また別の紙を出してきた。

 

「そして、先日の銀行強盗の件もよくやってくれた。しかし、だ。君たちのチームは非常に武装破損が多い。特に隼人、浩太郎。二人は一体何回目だと思っているのかね」

 

「十回目です、社長」

 

 眉をひそめたハジメにしれっと返した浩太郎は、額を押さえてため息を落とした隼人に微笑を返す。

 

「そんな事、とっくの昔に把握しているのだよ。しかも今回は何だね、技術部の解析では武装の基部が焼損していると言うじゃないか。修復もままならないぞ、どうするのかね」

 

「今、自腹で買おうとカタログを見て検討している所です……。良いのが見つかりませんがね」

 

「ふむ、そこでだね。君たちのスポンサーからアプローチが来て、試作型の武装を提供してもらえる事になったんだよ」

 

「なるほど。それを俺達に使えと」

 

「そう言う事だよ。武装を焼損させたペナルティだ。モルモットになりたまえ」

 

 そう言って意地悪く笑ったハジメに、隼人はやる気が失せた様な表情で俯き、数秒の間を置いて顔を上げた。

 

「それで、俺達を呼び出した、と」

 

「そう言う事だよ。では、受け取りに行ってもらうとするかね。これが、その場所だ」

 

 意図が分かって安堵している隼人達の前に、ホロモニターの機材を出したハジメはそのスイッチを入れて地図を表示した。

 

 地図は隼人達のいる第二ジオフロントの隣、第一ジオフロント全体を占める大規模な高校、新関東高校の校舎を差していた。

 

「ここ……。新関東高校の校舎では? なぜ学校に?」

 

 そう言って赤い光点(ブリップ)を指さし、首を傾げる隼人。

 

「何でも、大事な品物だから、立花嬢が直接渡したいそうだ。話す事もあると」

 

「話す事? 何だろうか……まあ、いい。了解しました。俺達もちょうど学校へ行こうとしていたところなんで」

 

 そう言って隼人は立ち上がり、連れてきていた浩太郎達共々社長室を後にした。



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第3話『アウトバーン』

 浩太郎達を連れてオフィスに戻ってきた隼人は入って早々に、会議用のスペースでポリポリとポテトチップスを食べているリーヤとナツキ、そしてバイト帰りの鬼人、藤原武と女人狼の楓・不知火・シャイナーに気付いた。

 

「よお、お帰り」

 

 能天気な声色でそう言った武を流し見て、ポテトチップス二袋に気付いた隼人は武の脳天に拳を打ち込んだ。

 

「いってぇ! 何すんだ!」

 

「こっちのセリフだ馬鹿野郎! お前、食い過ぎなんだよ! お前だけでどんだけ食費かかってると思ってんだ!」

 

「わ、分かってるって!」

 

「分かっててそれか!」

 

「わ、悪かったって……」

 

 萎縮しながら頭を押さえた武は、机の上の物を片付けている隼人に気付き、レンカとカナが漁りだしたポテチを放っておいて隼人の方に移動した。

「何してんだ?」

 

「片付け。今日の業務は終わりだからな」

 

「終わりって……この後どうするんだよ」

 

「学校に行くぞ。受け取る荷物があるし、荷物のテストもある」

 

「お、久々に学校へ遊びに行けるのか! やったぜ!」

 

 ガッツポーズで喜ぶ武に苦笑しながら、机の上にあったノートをプロテクター付きの鞄に入れた隼人は、棚に置いていた黒と黄緑のヘルメットを手に取る。

「まあ、俺は久しぶりにアイツに乗れるってだけでも嬉しいけどな」

 

「アイツって……ああ、バイクか。買い換えたんだっけ?」

 

「浩太郎のバイク共々な。お小遣いって事で貰った」

 

 そう言って学校の制服の上からライダージャケットを羽織った隼人は、足にプロテクターを装着すると仕方ないな、と言いたげな表情で浩太郎も同様の装備を装着し始める。

 

「つーかよ。おめえら、あんな自転車みてえな乗り物乗るのにわざわざそんなの付ける必要あるのか?」

 

「……お前な、俺らが乗ってるバイクって爺さん婆さんが乗ってる原チャリじゃねえんだぞ。時速200㎞ちょい出るのにそれで防具無しは転倒したら即死するぞ」

 

「全力出さなきゃ良いだけじゃね?」

 

「それじゃ面白くないだろうが。高速で走らせてこそのバイクだ」

 

 呆れ顔の武にニヤリと笑った隼人は装着し終わった浩太郎に目を向ける。

 

 浩太郎とアイコンタクトを取った隼人はちょうどポテトチップスを食べ終えたらしいレンカ達の前に移動し、会議机の上にヘルメットと手袋を置いた。

 

「よし、皆。これで今日の業務は終了だ。これから学校に行くぞ。リーヤ達は車、俺と浩太郎はバイクで行くが、レンカ、カナ、同乗していくか?」

 

「う、うん。お手柔らかに、頼むわよ」

 

「さて、どうだかな」

 

 ニヤリと笑い、隼人は壁に駆けられていたバイクのカギをポケットに突っ込む。

 

 その様子を見て覚悟を決めたレンカとカナはそれぞれの得物を背面用マウントごと背負う。

 

 装着の具合を確認した彼女らは、腰にマガジンラック付きのハンドガンホルスターとトマホークを下げた浩太郎から、頭に耳のついた獣人系種族向けフルフェイスヘルメットと両膝、両肘用のプロテクターを受け取る。

 

 レンカとカナはリーヤ達の姿を探すが、車での移動を選んでいる彼らは先にオフィスを出ていた。

 

 きょろきょろする彼女らのプロテクターの着付けを行った隼人と浩太郎は、インナーカムを装着してヘルメットを被り、手袋をつけながらオフィスを出る。

 

「ちょっと、何のんびりしてるのよ。置いてかれるわよ」

 

 抱えたヘルメットの上に胸を置いたレンカが、自分より背の高い隼人を見上げながら焦りの表情を少し見せながらそう言う。

 

 慌てるなよ、と苦笑交じりに返した隼人は、背負っていたハードプロテクター付きの鞄を彼女に背負わせ、薙刀を鞄のハードポイントに懸架させて施錠した。

 

「大丈夫だ、すぐに追いつく」

 

 そう言って暗証番号でドアをロックした隼人はライダージャケット姿にギョッとなった事務員のおばさんに誤魔化し気味の礼をしつつ、先に行っていたレンカ達に追いついた。

 

「久しぶりだな、バイクに乗るのは」

 

 そう言って黒と黄緑色で彩られた手袋をつけた隼人は、身に着けた黒を基調として赤いラインが見て取れるジャケットの着け心地を確かめる。

 

 その隣では浩太郎が羽織った白を基調とした赤と青のラインに彩られたジャケットを少し直し、同じ様な色調の手袋を付けていた。

 

 エスカレーターを降り、滑走路の見える敷地に出た隼人達は、白線で仕切られた車両通行路を走るインプレッサを見つけ、ハザードを出してきたそれにリーヤ達が乗っているのだと理解した。

 

「あーあ、先に行っちゃったわよ」

 

「大丈夫だ。あのくらいなら追いつける」

 

 そう言ってレンカ達と共に第三小隊専用のガレージに入った隼人は薄暗いそこの明かりを点け、一台分のスペースに収まる二台のバイクを照らした。

 

 その内の一台、黄緑色のメーンカラーに黒のサブカラーが混じったスポーツバイク、カワサキ・“ニンジャ”ZX-10R。

 

 昨年発売された14年度型であり、先ほど言っていた隼人の愛車だった。

 

 ZX-10Rの隣、白に赤と青のラインが目を引くスポーツバイクは、ホンダ・CBR1000RR。

 

 隼人の購入と同時に必要備品として隼人以外で唯一大型二輪免許を有している浩太郎に与えらえたバイクだ。

 

「さて、とっとと出るぞ。レンカ、ヘルメット被れ」

 

 そう言ってフルフェイスヘルメットを被った隼人はZX-10Rに跨ると、スターターに差したイグニッションキーを捻ってエンジンをかけ、傾けるタイプのストッパーを蹴り外した。

 

 ガレージに響き渡るエンジン音に慌ててもたつくレンカにため息を漏らした隼人はその隣で武器を背負ったカナを乗せた浩太郎がバイザーを上げてこちらを見てくる。

 

「悪いな、浩太郎。先に行っててくれ」

 

 そう言ってハンドサインで先に行く様指示した隼人はやっと乗ったレンカにアイコンタクトを取る。

 

 頷きを返した彼女にメットの中で笑った彼は先行して甲高いエンジン音を鳴り響かせながら走る浩太郎の後を追ってアクセルを少し捻った。

 

 ガレージから外へ出、姿勢を安定させた隼人がスロットルを全開にした瞬間、甲高い高回転型エンジンの咆哮がマフラーから吐き出され、その圧倒的パワーにより前輪が一瞬持ち上がる。

 

 加速慣性を乗せ叩き付ける様に地面へ接地させた隼人は腰に抱き付いてきたレンカにヘルメット中で苦笑しつつ、直角に近い通行路コーナーを高速で駆け抜けた。

 

「おい、ここで止まれ!」

 

 既に100キロ前後出していた隼人は、検問の前でブレーキをかけて停止すると若干滑った後輪を制御してゲートの前で止まった。

 

「よう、ハヤト。デートか?」

 

 アサルトライフルを肩に担いでそう言いながら歩み寄ってくる警備員に社員証を突き出した隼人は威嚇する様にスロットルを捻る。

 

「おうおう俺に勘違いされて、ニンジャ様はお怒りだな。ほら、行って来い」

 

 通行許可が出て警護役が社員証を投げ返したのをキャッチした隼人は、腰に抱き付いて震えているレンカの足を叩いて合図する。

 

 レンカの返事も待たず切っていたクラッチを戻し、スロットルを捻る。

 

 莫大に発生した加速力(トルク)が静止状態の後輪に集中。

 

 後輪接地面を中心に弧を描く軌道で前輪が浮いたニンジャ(ZX-10R)が鞭入れされた暴れ牛(ロデオ)宜しく操縦者と同乗者を振り落とそうとする。

 

 が、それを見越していた隼人は絶妙なアクセルワークでロデオを制御。

 

「じゃあな、警備頑張れよ!」

 

 ウィリー状態で手を振った隼人に呆れている警備員は、前輪の落ちたバイクが全速力で視界から消えるのを3秒の間に体験しため息を吐きながら業務に戻った。

 

 信号機に遭遇するまでの間、おおよそ一分半の間に時速170キロをマークしていた隼人は今の内に、とインターカムの網膜表示式ディスプレイを表示させ、小さなマップに表示したリーヤと浩太郎の位置を確認する。

 

「リーヤは橋の手前、浩太郎は中央通りを走行中か。移動速度的にはこのままで追いつけるか。おい、レンカ」

 

 気になって背中にそう呼びかけた隼人はブルブル震えている彼女のヘルメットを軽く叩くと半透明ガラスのバイザーから死にそうな彼女の涙目が見える。

 

 虚ろな彼女と視線を合わせながら確実に見える右耳を叩いて通信機を指した隼人は、変わった信号を見てスロットルをそこそこ開け、速度重視の運転を一旦止めて安全性を優先した。

 

「レンカ、聞こえるか?」

 

『え、ええ。一応』

 

「これから浩太郎のいる所までぶっ飛ばす。しっかり俺に捕まってろよ。後、俺と傾きを合わせろ、バランスが崩れたら高速で吹き飛ぶぞ」

 

「わ、分かってるわよ! いちいち言わないで!』

 

「はいはい、じゃあ行くぞ!」

 

 言い様、スロットルを全開にして追い抜きを試みていた後続車を一秒で引き離した隼人は、メーターを確認して時速160キロをマークしたそれにニヤリと笑い、吹っ飛ぶ景色の中から運転に必要な情報を全て読み取っていた。

 

 路面、先行車、横のレーンを走る車両との間隔等を統合して追い抜き出来るタイミングを弾きだした隼人は、加速を維持しながら車の間隙を縫って黄色に変わっていた信号を振り切る。

 

 そして信号を言った直後に遭遇した緩やかなコーナーで体を傾け、先頭車両との間隔を3mに抑えるとコーナー出口で加速しながら追い抜く。

 

 一歩間違えれば走行速度と同じ速度で投げ出される危なげなドライブを隼人は慣れた様子でこなす。

 

(警察いないだけまだましか、見つかれば何点引かれるだろうか)

 

 そんな事を思いながらニンジャを走らせる隼人は、視線の一端に見えた赤青のラインが入った白いバイクに気付き、意識を若干そちらへ傾けると移動ルートを無意識の内に考えた。

 

『は、隼人。もうちょっとスピード落とし―――』

 

「あ、悪い。無理だ」

 

 レンカの震え声を聞きながら7割にまで落としていたスロットルを全開に戻し、ウィリー気味に加速。

 インカムから恋歌の悲鳴が聞こえる中、浩太郎がいるであろう位置に高速で突っ走った隼人はそこそこの速度で走る彼に併走した。

 短くクラクションを鳴らした隼人は、状態を起こせるだけの速度まで落としつつ、こちらに気付いたらしい浩太郎に左側頭部を軽く小突くと、通信指示と受け取った浩太郎がインカムのスイッチを入れる。

『早いね』

 

「相変わらずだろ? さて、と。リーヤのインプレッサまでぶっ飛ばそうか」

 

『待ってました。じゃ、お先にどうぞ。正直、君の前を走れるほどの自信は無いからね』

 

 そう言った浩太郎にニヤリとヘルメットの中で笑いつつ、隼人は最高速度で走り出し、周囲の車をゴボウ抜きにしていく。

 

 メーターがマークする速度は優に180キロに近く、ヘルメットの空気穴から高速で入り込む風が棘の様な鋭さで顎から口元をかち上げる。

 

 通常、時速100キロを超える速度は一般公道で出すものではない。

 

 だが、元々住宅街などが密集している関係で車の通りが少ないが故に思い切りかっ飛ばせていた。

 

(リーヤはもう橋に入ったか。このままだと同時に出るか)

 

 侵入してきた風の圧で喋る事すらままならないので思考だけに留めた隼人は、めっきり大人しいレンカを心配しつつ、速度そのままでジオフロント同士を繋ぐ連絡橋に進入した。

 

 持ち前の馬力でもって坂道を一気に駆け上がり、坂の切れ間で宙を舞ったニンジャは安定した体勢で着地すると、一瞬空転した後輪を再び接地させて走り出す。

 

 橋の上に車は無く、ただまっすぐな道だけがあるのみだった。

 

 最高のロケーションに内心ワクワクしつつ、後続を走る浩太郎の反応を確認して隼人は遥か前を走るインプレッサを目指して走った。

 

(ん?)

 

 数分の内にインプレッサまでの距離を詰めていた隼人は、突如として尻に感じた生暖かい感触に違和感を感じた。

 

 が、気圧を無視して後ろを振り返れるほどの筋力も余裕もないので、断続的に感じるそれを気にせず走った。

 

 そして、学校の敷地が見える所まで来た隼人は、学校行きの出口レーンに入ったインプレッサを見つける。

 

 速度を緩めつつ、車の後ろに張り付いた隼人は、約30分の絶叫ドライブにヘルメットの中で笑う。

 

「おいレンカ、終わったぞ。もうスピードは出さない。……レンカ?」

 

 どうした、と問いかけた隼人はインカムから聞こえてきた涙声に首を傾げた。

 

『は、隼人ぉ』

 

「どうした?」

 

『おしっこ洩らしちゃったぁ……』

 

「はァ!?」

 

『う、うぇええええん』

 

 何故か泣き出すレンカを他所に、先程の感触が小便と理解した隼人は尻の辺りが濡れているズボンに気づき、絶叫した。

 

「レンカ、お前! 何で洩らすんだ! 何歳だよお前!」

 

『だ、だって……隼人、怖い事ばかりするんだもん』

 

「あー……悪かった。はぁ、洗濯機借りなきゃな……。ランドリー開いてりゃいいが」

 

 ぼやきながらバイクを走らせた隼人は、インプレッサと別れて駐輪場に移動。

 

 そのまま泣いているレンカを抱え、後続の浩太郎達から逃げる様に校舎へ入っていった。



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第4話『模擬戦』

 それから十五分後、二人そろって体操服に着替えていた隼人とレンカは、元気に動く洗濯機を前に並んでベンチに座っていた。

 

「ったく、お前のせいで余計な出費だ馬鹿野郎。洗剤を運動部が貸してくれたからよかったものを」

 

「ご、ごめん……なさい」

 

 ふて腐れる隼人へ申し訳なさそうに縮こまったレンカは、内股になってまだ慣れない新しいパンツの感触にもじもじと体を捩らせ、彼の傍に寄る。

 

 そして、おもむろに隼人の左腕を自分の胸で挟む様に抱き締める。

 

「な、何だ。どうした」

 

 ドギマギする隼人の様子など見ていないレンカは、懇願するような表情で彼を見上げる。

 

「で、でも!」

 

 何だろう、と思っていた隼人は、とろけた様な表情をする彼女に嫌な予感を感じた。

 

「おしっこ、出してる時……気持ち、よかったの」

 

「……そうか、良かったな」

 

「う、うん。でね、出てる時、何だかね、私が隼人にマーキングしてるみたいで。で、でもいけないって分かってたの! でも、でも……」

 

 そう言ってはぁはぁと息を荒げはじめるレンカの表情に、スイッチが入った、と思った隼人は、発情し涎を垂らす彼女から目を逸らした。

 

 どうしようか、とワンテンポ置いた隼人は、逸らせる話題を頭の中で模索しつつ牽制の一言を放つ。

 

「あーもう……分かった。分かったからそれ以上言わないでくれ」

 

「だから、その。隼人のお尻におしっこをかけてしまったいけない私にお仕置きを……」

 

「話を聞け!」

 

 そう言って声を荒げた隼人が視線を戻すと、レンカがベンチの上で四つん這いになってズボンを脱ぎ、パンツのみをガードにした柔らかな印象の尻を自らに突き出していた。

 

 それを見た隼人は至近距離補正で数割大きく見える尾っぽの生えた尻から目を逸らし、彼女に意図を問うた。

 

「何のつもりだ」

 

「お尻ぺんぺんを」

 

「はァ?!」

 

「お、お尻ぺんぺんを、くださいっ! 強く、激しいのを……!」

 

「お前それお尻ぺんぺんじゃねえよ、スパンキングじゃねえか!」

 

 そう叫んだ隼人はドMの本領発揮と言わんばかりにお願いしてくるレンカから逃げる様に距離を置いた。

 

「お、お前いきなりなんだよ。何でよりによってスパンキングなんだよ!」

 

「だ、だって……一番手軽で気持ちいいのお尻ぺんぺんだもん。ねぇ、お願い。早く、早くぅ」

 

 そう言ってシュールに尻から隼人の方へ下がるレンカ。

 

 そして締まった尻から細くて締まった体のラインがよく見える背中、そして押し潰された胸までのぞける非常に背徳的な彼女の体を前に隼人は生唾を下す。

 

 目の前を振り子の如く揺れている尻に手を伸ばした彼が、少し薄い肉を歪ませる様に手を置いた瞬間、浩太郎達が来た。

 

「え」

 

「あ……」

 

 お互い硬直した彼らは数秒の間を置いて、各々リアクションを取る。

 

 レンカの尻から手を離した隼人は、羨ましがる武とその隣で額を押さえて呆れ顔のリーヤに誤魔化し笑いを向ける。

 

 女子は女子で盛り上がっており、その雰囲気で熱が冷めたらしいレンカが、ズボンの位置を上げていつもの調子に戻り始め、浩太郎は一人で楽しそうに笑っていた。

 

「とんでもねえもん見せたけど、お前ら何しに来た」

 

「君の姿が突然見えなくなったから同じ目的の人と一緒に呼びに来たんだよ。と言うか、ランドリーで何してたの?」

 

「油汚れが付いたんでな。洗ってる」

 

 そう浩太郎に言った隼人は、洗濯終了で停止したランドリーから洗濯物を洗濯かごに移す。

 

「で? 俺を探してる奴ってのは?」

 

 物干しに移動した彼の言葉を待ってましたとばかりに、半狐の少女が腰に下げたサーベルを鳴らしながら姿を現す。

 

「それは、わたくしの事ですわ!」

 

「……誰だ?」

 

「な、っ。覚えておりませんの!? この、新関東高校風紀委員会が誇る魔法剣士、キリエ・山笠を!」

 

「はははっ冗談だ、覚えてるぞ。何せトータル100戦以上決闘をやったんだ、嫌でも覚える」

 

「そ、それは良かったですわ!」

 

 そう言って表情を華やがせるキリエを他所に、洗濯物を干した隼人は共用の籠を元の場所に戻すと彼女の目の前に立つ。

 

「それで、何の用だよキリエ」

 

「あなた……いえ、あなた方にお願いをと。後方支援委員会から観覧による資金確保の為にケリュケイオンによる公開模擬戦のイベントを開催したいと申請してきましてその通達を。

対戦カードはアルファチーム内の男子対女子。場所の方はすでに抑えてあるのでそちらの方に移動をお願いいたしますわ」

 

 かれこれ三回目の公開模擬戦にげんなりした表情の隼人は、すでに押さえてあるらしい模擬戦場の場所を端末で表示する。

 

 場所はタイマン用模擬戦場、通称アリーナと呼ばれる闘技場だ。

 

 場所を確認した隼人は、そう言えば、と思い出して端末を取り出すと件の人物である立花へ連絡を取る。

 

 だが、数コール待っても電話には出ない。

 

 仕方なく通話を切った隼人は武達とキリエに先に行く様に伝えて、自分はレンカを連れてロッカーに向かう。

 

「んで、アンタ。術式武装ぶっ壊したんでしょ? どうすんのよ」

 

「いらねぇよ。ありゃ元々人体より固い物を殴る為に使ってたんだ。対人戦なら……こいつで十分だ」

 

「何それ。グローブ?」

 

 そう問いかけたレンカの視線の先で隼人が手に取ったのは、マットブラックのオープンフィンガーグローブで、両手へ装着した彼は手首の辺りに位置するマジックテープで固定しながら答える。

 

「ああ、金属繊維とケブラーのハイブリッドグローブだ。開いている指先に喰らうと指がすっぱり削げ落ちるが、拳の接触面と掌と手の甲は分厚く作ってあって弾き逸らし(パーリング)に利用できる」

 

「オープンフィンガーなのは何で?」

 

「投げや柔術も使うからだ。指を全部覆ってると感覚が狂うからな、先端だけでも開いてると良い」

 

「ふうん、そう言うもんなの」

 

「お前は身体能力を生かした蹴り主体で、投げ技や柔術には縁が無いからな。まあ、らしいっちゃらしいが」

 

 そう言ってロッカーのドアを閉じた隼人は鍵をかけると、自分を見上げているレンカの頭をポンポンと軽く叩いて傍を通り過ぎる。

 

 頭を軽く叩かれたレンカが頭を押さえて嬉しそうに笑い、先に行く隼人の後を追って走る。

 

 早歩きをする隼人の隣に追いついた彼女は、やりにくそうな彼の表情に気付いた。

 

「どうしたの?」

 

「え、あ……いや。何でも無い」

 

「何でもなさそうには見えないんだけど。何か心配事でもあるの?」

 

 心配そうに覗き込むレンカから恥ずかしそうに目を逸らした隼人は、胸のラインが浮いて見える体操服に収まって跳ねる胸を思い出していた。

 

「レンカ、ジャージの上は着ないのか?」

 

「あ、家に忘れちゃった」

 

「寒いだろ。これ、掛けとけ」

 

 そう言って自分のジャージをレンカにかけ、チャックを閉じた隼人は、赤い布のてるてる坊主みたいな風体に苦笑し、その様子を見て頬を膨らませた彼女の半目に気圧されてチャックを開いた。

 

 当初の目的であった胸を隠す事に失敗した隼人は変態に餌を与えるだけに終わった事実に落胆し、肩を落とした。

 

 それから十数分後、アリーナに到着した隼人は、すり鉢状になったそこを見回すと外周を囲む様に縁取る備え付けの観客席を見回す。

 

 観客席は久々の好カードとあってか、勉強もそこそこに集まっている生徒で賑わっていた。

 

 割り当てられたブルーコーナーのレフェリー席についた隼人は、先に来て待っていたらしい浩太郎とカナに目を向けると周囲を見て苦笑を浮かべた。

 

「いつになく人が多いな」

 

「まあ、久しぶりだしね。僕らも、ここじゃそこそこ名が売れてるから見に来る人は多いと思うよ」

 

「人に見せる様なもんじゃないんだけどな。俺らの戦闘技術は」

 

 そう言って半目になった隼人に苦笑する浩太郎は、カナたちと共にリングに上がり、男子の元を離れた女子がお互いにひそひそ声で話を始める。

 

 武器も構えずにそうしている二人の様子を見ていた隼人と浩太郎は、それぞれの得物を確認していた。

 

 その時だった。

 

「ッ?!」

 

 分断する様に放たれた術式光弾と大剣を間一髪で回避した二人は、試合開始かどうかを装着していたコンバットバイザーのコンソールで再確認。

 

 ロールから起き上がって武器を構えた彼らは、試合開始ではない事を認識すると攻撃してきた二人を睨む。

 

「何のつもりだ、お前ら。試合前の攻撃はルール違反だぞ」

 

ダー(うん)。知ってる。だけど、二人に提案があるから意識を向ける為に威嚇した」

 

「相も変わらずやる事が荒いな、お前らは。それで?」

 

 そう言ってカナに指さした隼人はもじもじしている彼女の返事を待つ。

 

ダー(そう)。提案として、負けた方は勝った方の言う事を三つまで聞く、と言うルールを適応してもらいたい」

 

「ああ、勝者のご褒美って奴か。俺はまあ良いが、お前らこそ良いのかそれで、マジで。それで良いならやっても良いけど」

 

ハラショー(素晴らしい)。それでいい。好きにできるならこちらの物」

 

 そう言ってクツクツと悪そうに笑ったカナとレンカに、隣に来た浩太郎共々苦笑した隼人を見て、今にも始まりそうな試合の雰囲気に観客が再び盛り上がりを見せた。

 

 歓声に圧され、カナがへなりと座り込む。

 

 それを見て敵ながら心配になってきた隼人達が駆け寄ろうとするが、彼女はそれをけん制する様に大剣を叩き付ける。

 

 元々人見知りの気があるカナは、顔を真っ赤にしながら立ち上がると両手の大剣を構える。

 

 そんな両者を見ながら歩み寄ってきたキリエが、腕に風紀委員会の文字が入った腕章をつけ、双方を見る。

 

「さて、そろそろ始めますわよ? ルールは術式装甲によるヒットポイント制、勝敗はポイント失効及び試合続行不可な疑似損傷の発生及び一定時間以上のリングアウト。双方理解しましたか?」

 

「大丈夫だ。始めよう」

 

「では、始めッ!」」

 

 そう言って手を叩いたキリエに一瞬目を向けていた隼人は、言い様飛び出したレンカの蹴りを受け止める。

 

 鋼鉄製のブーツの直撃は骨に届くほどだが、隼人は歯を食いしばり気合で耐えきる。

 

 好戦的な笑みを浮かべるレンカの直撃を受けた彼の背後から、浩太郎が跳躍してその手に引き抜いた赤と黒で塗装されたトマホーク、術式武装『R.I.P.トマホーク』を打ち下ろす。

 

「ッ?!」

 

 薙刀で受けたレンカはそのまま体重を乗せてくる浩太郎に舌打ちしつつ、倒れる様にして体重を受け流す。

 

 流されるまま、頭から落ちた浩太郎は、ローリングでダメージを抑え、腰から麻痺毒を仕込んだクナイを引き抜いてカナへ投擲する。

 

 迂闊な攻撃を避け、大剣型術式武装『R.I.P.バスタード』を盾にしたカナは、腰のホルスターから『Mk23』45口径大型自動拳銃を引き抜いた浩太郎目がけて左の大剣を投じ、鍔のロケットブースターで加速したそれが彼に猪突する。

 

「くッ!」

 

 直前でスライディングし、大剣の下を潜った浩太郎は剣の腹に数発を発砲、隼人へ流れた大剣が直撃しない様に処置しつつカナの懐へ潜り込む。

 

 アッパー軌道で拳銃を構えた浩太郎は瞬間、暗色の強い紫色の光を放った大剣に舌打ち。

 

 ショートレンジ限定の重力偏向で逸れた弾丸があらぬ方向へ飛んでいく中、牽制射撃で足止めしながら、戻ってくる大剣を跳躍回避した浩太郎は、グリップからマガジンを落とす。

 

「流石に上手くはいかないかぁ」

 

 そうぼやきながら銃を胸まで引き寄せたC.A.R.Systemと言う構えでリロードした浩太郎は、大剣を翼の様に構えたカナに苦笑しつつ、体で銃を固定した状態から腰溜めで連射。

 

 模擬戦用のアーマーで銃弾を防ぎ、そのまま正面から挑みかかってきた彼女の横薙ぎを、マガジンを落としながらのロールで回避。

 

 素早くリロードしながら振り返った浩太郎は構えを解き、片手持ちで闇雲に連射する。

 

 トマホークを逆手持ちに変え、両手餅での精密射撃に切り替えた浩太郎は、術式を起動した大剣の腹で防ぐカナが接近してくるのに合わせ、トマホークを持ち変える。

 

 そして、振り下ろされる大剣の腹に質量倍加を加えたトマホークの質量を叩き付ける。

 

 だが、その手ごたえは恐ろしいほど重くトマホーク如きの質量で弾けるものではなかった。

 

(こいつは、質量制御……!)

 

 大剣の本来の能力である質量制御能力が、本来の質量を大幅に上回る重みを剣に与えていた。

 

 その事実に舌打ちした浩太郎は、同様の能力を持つトマホークを支点にサイドステップすると、カナに向けて銃口を向ける。

 

(この距離なら!)

 

 大剣を振り下ろし、隙を見せているカナへ照準した浩太郎は、引き金を引くより前に、真横から迫る気配に拳銃を引いて後ろに下がった。

 

 直後、彼の目の前をレンカの跳び蹴りが薙ぎ払う。

 

 飛び蹴りの余波で揺さぶられた浩太郎は舌打ちしながら、着地したレンカの方へC.A.R.Systemの構え方で腰溜めに拳銃を照準する。

 

 照星に彼女の姿を重ねた浩太郎はトリガーに指を掛ける。

 

 発砲寸前、照準されたレンカと入れ替わる様に、大剣を広げたカナが格闘戦で消耗している隼人の方へ移動する。

 

 それに気づいた浩太郎は慌てて彼女へ照準を変えるが、それを阻む様にレンカが薙刀を振り下ろす。

 

(クソっ、この組み合わせじゃアドバンテージが薄れる!)

 

 レンカ対浩太郎のスピードカードとカナ対隼人のパワーカード。

 

 同じ分野を得意としながらも、カナとレンカの方が能力的に優れており、加えて彼女たちは魔法による変則的な攻撃も使え、非常に有利。

 

 一方で魔法を使えない人間の隼人や浩太郎にとっては、自分自身の優位性(アドバンテージ)を生かせず、苦戦する事は必至だ。

 

「よそ見してる暇があるの!?」

 

 言い様、薙刀の刺突が浩太郎を襲い、巧みにそれを回避した彼は、トマホークで刃先を押さえると至近距離で発砲する。

 

 だが、発砲時の硝煙臭と部品の擦れる音で察知していたらしいレンカは、射線から素早く逃れ、柄から放し無手にした左の小手から、光の槍を至近で爆裂(バースト)させる。

 

 光波収束術式『不可侵の槍(セイクリッド・スピア)』。

 

 レンカが得意とする光属性攻撃術式で、魔力の持つエネルギーをそのままビームの槍に変化させ、至近で炸裂させる術式だ。

 

 正常な魔力を打ち込める関係上、魔物などに効果を発揮する術式だが、当たらずとも人間にとって爆裂時の光は十分目晦ましになる。

 

(左の術式は、囮……ッ!?)

 

 至近で光の壁に襲われた浩太郎は、弛緩効果で緩んだトマホークに、しまった、と目を見開きつつ、跳ね上がった薙刀をまだ白んでいる視界に捉えて回避する。

 

 強い光を浴びた事で、脳がショック状態になっているらしく、バックステップからの姿勢制御にもたついた浩太郎は、レンカの薙刀を両手で受け止めた。

 

 一方、一番相性が悪いカナとぶち当たる事になった隼人は、中距離のロケットソードと、至近での振り下ろしに苦戦しており、一撃入れる所か、接近する事すらままならなかった。

 

「クソッ!」

 

 悪態を吐きつつ飛び退いた隼人は、自分がいた場所に振り下ろされた大剣が、軽い動きでカナに振り上げられたのに舌打ちし、如何にか隙が見えないか考えていた。

 

(歩幅三つの間合いは完全に大剣の間合い(レンジ)。おまけにそれ以上離れればロケットソード。インレンジ(こっちの距離)に潜り込もうにも大剣の術式が厄介だ……)

 

 内心で考えつつ、カナの出方を窺っていた隼人は、それを隙と見た彼女の跳躍に身構える。

 

 が、一瞬で間合いの外と断じてその場を飛び退き、質量倍加で威力が上がっている大剣のインパクトを回避した。

 

「逃げてばかり。それでは勝てない」

 

「ご忠告ありがとよ」

 

「忠告じゃない。私が面白くないから言ってる」

 

 そう言って不満そうなカナに引きつった笑みを浮かべる隼人は、戦い慣れない中距離を得意とする相手である事に加えて直立では打撃しにくい低い身長、そして跳躍を交えてくる為、迎撃できないと言う状況に内心焦っていた。

 

 故に注意力が散漫になり、目前に迫っていたロケットソードに対応し切れなかった。

 

 慌てて身を捩った隼人だったが左肩に剣が引っかかり、きりもみ回転しながら跳ね跳ぶ。

 

ダズヴィダーニャ(さようなら)

 

「は、まだ……終わってねえっての……」

 

 冷酷にそう告げたカナは、脱臼を避けた左肩を押さえつつ立ち上がった隼人に目を見開いて、背中に収めかけていた大剣を構え直した。

 

 そして、その隙を逃さないと接近してきた隼人に合わせ、大剣を振り薙ぐ。

 

 横薙ぎ軌道のそれを空中ロールで回避した隼人は、唯一無事な右手を掌底に構えてカナの胸部に叩き付ける。

 

 対するカナは、柔肌の芯にある硬い筋肉の鎧で防ぎながらも、拳ではなく掌底を使った隼人の判断に感心していた。

 

(人狼の筋肉は鍛えずとも鋼の様に硬い。故に人間の拳で殴れば拳の骨にダメージが入り、最悪砕ける。私はそこそこ鍛えてるから幾ら隼人のとは言え、拳が当たっていれば骨にひびが入ってるはず。だから、固い掌底で打撃した)

 

 とは言え、と彼女はインパクトを吸収してもなお胸に掌底を当てている隼人に疑問を

浮かべていた。

 

(何で私の胸に……。もしかして、本当は貧乳好き……?)

 

 そう考えた瞬間、猛烈なインパクトを至近に感じた彼女の体が数メートル吹き飛んだ。

 

 遅れて破裂音が響き渡り、喀血しながら大剣で制動したカナは、掌底から水蒸気を上げる隼人を睨みつける。

 

「油断したな、カナ……。俺の攻撃手段は密着してもあるんだよ」

 

「……寸勁。そう……インパクトを直接打ち込む為に、私に接近を」

 

「そう言う事だ。至近での攻撃なら筋密度を無視してダメージを与えられる」

 

「だけど、一撃の代償は大きい。私との彼我距離は離れた。もう一撃を打つには距離を詰める必要がある」

 

「そうだな」

 

 軽い口調で返答に余裕を含ませた隼人は内心で舌打ちする。

 

 そして、周囲にその特徴的な狼の耳を巡らせて不意打ちを警戒しているカナを見据えた彼は、一度浩太郎の方を見る。

 

 動きの素早いレンカと攻防を繰り返している浩太郎は、トマホークより長い薙刀のリーチに苦戦しつつ、拳銃を発砲して彼女をけん制していた。

 

(ああは言ってみたが、安全に接近する手段が無いのは事実だ。俺には遠距離での牽制手段が無いからな)

 

 そう思いつつ、カナを中心に弧を描く様に歩いた隼人は、それを目で追いながら耳を動かすカナの右手が大きく動いたのを見て隼人は走り出す。

 

ロケットソード(R.I.P.バスタード)!)

 

 そう判断した直後、ロケット推進で飛翔した大剣をスライディングで回避した隼人は、立ち上がりの地点で振り薙がれた左の剣を右のハンドスプリングで回避。

 

 そのまま跳躍して、回転蹴りを彼女の右頬に打ち込もうとした。

 

 その瞬間だった。

 

 回し蹴りの体勢に入った隼人は、足の軌道にいるカナが冷たい殺意に満ちたサファイアの目で自分を見ているのに気付き、背筋を凍らせた。

 

「切札は、まだある」

 

 その言葉と同時、紫電に彩られ青白く輝くカナのサイドテールヘアに驚いた隼人は、同時、彼女の総身から放たれた電撃に吹き飛ばされた。

 

「ぐっ、こいつが隠し玉か!?」

 

ダー(そう)。人狼族が持つ切札。人狼に親和性の高い雷属性の術式(グローム・フォークス)を鎧として纏う切札、それがこの、雷鎧術式『雷の鎧(グローム・ドスペーヒ)』」

 

(何て出力だ……近寄れば感電、傍らを掠れば痺れとショック状態。どちらにせよ喰らう事を避けねぇと)

 

 ロールから立て直し、片膝を突いた隼人がそう思案したその間にも、カナから発せられる雷が四方八方に散る。

 

 その有効範囲外から観察し、舌打ちした隼人は、雷を纏って猪突する大剣に気付き、慌てて回避した。

 

 大剣が通った地点に雷が迸り、回避の際に軽く感電した隼人の右足が、一本の棒の様に硬直し軽く痙攣する。

 

 強烈な電気に晒され、動かなくなった足を押さえた彼は、直後、目前に迫るカナが薙ぎ払った大剣に吹き飛ばされた。

 

『隼人・イチジョウ、装甲全損(アーマーロスト)死亡(キル)判定』

 

 アナウンスがそう告げる中、突き出されたレンカの薙刀を弾いた浩太郎は、掌底を突き出そうとした彼女を突き離す様に蹴飛ばした。

 

 そして、接近しようとしてくるカナに、背中に回した拳銃で牽制射撃するが、彼女が発する雷が、電磁障壁(ローレンツバリア)となってあらぬ方向へ飛んでいく。

 

 接近してきたカナの振り下ろしをトマホークで弾こうとした浩太郎は、接触と同時に体を巡った電撃でトマホークを握っていた右手を損傷する。

 

 通電で離れない右腕を離す為に拳銃をトマホークに当てて刃を逸らした彼は、直撃の勢

いで吹き飛んだ得物に目もくれず、だらりと垂れ下がった腕を苦々しげに見下ろしていた。

 

(腕が、痺れて……力が)

 

 術式による麻痺状態は体内に残留している魔力が常時電気に代わる為、通常より痺れがずっと継続する。

 

 そして、その電気が神経伝達を阻害し腕の筋肉は動かしようにも動けない状態にあった。

 

 左手一つで構えた拳銃を連射した浩太郎は、弾が切れた拳銃のマガジンを落として交換しようとした。

 

 だが、グリップが空ぶった事で、腰に下げていたホルスター兼用のマガジンケースの中身が無い事に気付いた。

 

「貰ったわよ!」

 

 空中からの上空からの声に顔を上げた浩太郎は、掌底を構えたレンカへ拳銃を投擲する。

 

 投じられた拳銃は彼女への牽制となったが、それで勢いが緩んだかと言われれば、その様子を見ていた全員が首を横に振っただろう。

 

 のけぞって回避していたレンカは、細く短い足を振り上げる。

 

 ブーツの脛に備え付けられたチタニウム製ブレードが、空気を切り裂き、発生した真空がかまいたちとなって浩太郎に襲い掛かる。

 

「ッ!」

 

 蹴り上げの動きで発生した風の刃が、咄嗟に体を引いた浩太郎の額を浅く裂き、遅れた破裂音の後にカウンターでククリナイフが振り上げられる。

 

 くの字に折れ曲がった刃で足を引っかける様なすくい上げの軌道で振り上げた浩太郎は、刃が触れる直前に撃発したブラストランチャーに目を見開いた。

 

 カウンター気味に放たれた爆圧がナイフを吹き飛ばし、折れ曲がり、地面を跳ねたそれを目で追った浩太郎は、発射の反動で飛んでいくレンカと入れ替わって飛んできた大剣に引きつった笑いを浮かべていた。

 

『岬浩太郎、装甲全損(アーマーロスト)死亡(キル)判定』

 

 場外へ飛んでいった浩太郎へ冷静なアナウンスがそう告げると、同時、会場が湧き上がり、その声にびっくりしたレンカとカナが毛を弥立たせる。

 

 その声を聴きながら満身創痍の体を起こした浩太郎は、右足を引きずって歩いてきた隼人に微笑み、彼が差し出した左手を取って立ち上がった。

 

「すまんな、浩太郎。先にやられちまって」

 

「あはは、仕方ないさ。カナちゃんは強いから」

 

「いや、まあ、もう少しだけでも持ち堪えられれば勝機はあったはずだ」

 

 申し訳なさそうな隼人の言葉に苦笑した浩太郎は縮こまったまま、歩いてくるレンカとカナに気付き、そちらへ視線を移した。

 

「お疲れさま、二人共。えらく全力だったね」

 

「えへへ~。だって、ご褒美があるもん」

 

「ああ……そうだったね。忘れてたよ」

 

 そう言って浩太郎は、上機嫌のレンカを前にため息をついて俯く隼人を見て笑った。

 

「何よ、嬉しくないの?」

 

 そんな彼を見て不機嫌になるレンカ。

 

 ふくれっ面の彼女を見て、隼人は吐き捨てる様に話し出す。

 

「ああ、そうだ。よく分かったな。お前が俺に要求するご褒美は大抵ロクな物じゃないからな」

 

「隼人だけ上半身裸で添い寝とか、一緒にお風呂入るとかの何が悪いのよ!」

 

「お前女だろ!? 慎みとか何も無いのかよ!?」

 

 子どもの様に拗ねてムッとするレンカに、若干怒っている隼人はそう言った。

 

 そして、過去にやらされた“ご褒美”の数々を思い出して青ざめた。

 

「お前のせいで……。色々、勘違いされたんだぞ……。もうお前と、肉体関係があるとか何とか……」

 

「それの何が悪いのよ」

 

「お前……殴るぞ」

 

 低い声でそう言い、殺気を立ち昇らせた隼人に、ビクッと、肩をすくませたレンカは魔力切れで疲れているらしいカナの背後に逃げ隠れる。

 

 隠れつつも追ってこないと知るや可愛く舌を出して反抗する彼女を見た隼人は、舌打ちしつつ、ベンチに戻ると置かれていたスポーツドリンクを手に取って中身を飲んだ。

 

「あ……」

 

 その様子を見て可愛らしげな声を出したレンカに隼人は嫌な顔をする。

 

 まさか、と彼は飲み口から口を離す。

 

「レンカ。これ、お前のか……?」

 

「う、うん。そう」

 

「ああ、すまん。飲み干すから待ってくれ」

 

「ええええええええ!? そこは鈍感なふりして返すのがルールでしょ!?」

 

 ペットボトルを掴んでいる隼人の腕を引き離そうとするレンカは、見る見るうちに中身が無くなっていくそれを見て声を漏らす。

 

 そして、名残惜しげなレンカの視線を浴びつつ中身を飲み干した隼人は、涙目の彼女に少しだけ罪悪感を感じたが、直後に裏切られた。

 

「んぐぅっ?!」

 

 驚いた隼人の声色に水分補給をしている浩太郎とカナが揃って振り向く。

 

 その先では、隼人の口からスポーツドリンクを吸い取っているレンカが、だらしなく緩んだ口元から吸い取ったものを垂れ流していた。

 

「わぁー……」

 

 若干棒読み気味なカナの声を聴きながら内心で泣いている隼人は、タコの吸盤並みに吸い付いてくるレンカを引き剥すとそのまま地面に四つん這いになった。

 

「お前は……。どうしてそう、変態なんだよ……」

 

「アンタが好きだからよ」

 

「ベクトルをまともにしろ!」

 

 がばっ、と顔を起こした隼人の叫びをレンカは耳を塞いで聞こえないふりをする。

 

 そんな漫才の様な彼らのやり取りを羨ましそうに見ていたカナは、ニコニコと笑っている浩太郎に気付き、耳を折って恥ずかしそうにそっぽを向く。

 

「な、何?」

 

 震える声でそう問いかけたカナは、スポーツドリンクを口に含んだ彼が唇を指さしたのに意図を悟って顔を真っ赤にした。

 

「そ、そんなの……。恥ずかしい」

 

 恥ずかしそうな表情を楽しむ様に近付いてきた浩太郎に、目を閉じたままペットボトルを盾にする彼女は、少し視線を動かして目を開け、目前にいた浩太郎に毛を弥立たせて驚いた。

 

 と、そこまで追い詰めた所で飲み込んだ浩太郎は呆けるカナにふふ、と笑った。

 

「今日も、カナちゃんは可愛いね。ハハハ、拗ねないでよ」

 

「拗ねてない」

 

「じゃあ何でそんなに不機嫌そうなのかな?」

 

「疲れたから」

 

「ふぅん、そうなんだ。へぇ~」

 

 そう言って笑う浩太郎にぷくぅ、と頬を膨らませたカナは、丸く膨らんだそれをつんつんと突く彼に妙な満足感を感じて成されるがままになった。

 

 時折嬉しそうに頭の耳をひくひくと動かすカナにご満悦の浩太郎は、満面の笑みで笑って彼女の頭に手を乗せて撫でていると背中にレンカを負った隼人に肩を叩かれた。

 

「浩太郎、呼び出しだ」

 

 そう言って、浩太郎諸共振り返った隼人の視線の先、『M700』スナイパーライフルを担いだ有翼族の少年『ジェスキン・セナール』と猫の様な八重歯が特徴の人間の少女、『宮武小春』が並んで立っていた。

 

「ジェスにハルか。お前ら、また生徒会連合の使いっ走りか?」

 

 そう言ってニヤッと笑った隼人にジェスは頷く。

 

 一方の小春は、馬鹿にして来る様な隼人の態度が気に入らず、腰の『コルト・パイソン』.357口径リボルバー式マグナム拳銃を抜こうとする。

 

 それを見て取ったジェスは、ため息交じりに拳銃ごと小春を抑えつける。

 

「ああ、そうだ。お前らを呼びにな。お前らのパトロンも一緒だ」

 

「立花が……?」

 

「わざわざお嬢様学校の授業を抜けてきたんだそうだ。荷物を渡しにな」

 

 そう言ったジェスが暴れ喚く小春の額を小突いて黙らせようとすると激昂した彼女が逆側から『Px4』9mm自動拳銃を引き抜いて構えようとする。

 

 その視界に拳銃を認識した隼人は背中にレンカがいるのも構わず反射的に接近する。

 

 猛然と迫った彼は、小春の手首に一撃入れて拳銃を弾く。

 

 隼人は鮮やかな一連の流れに驚く小春の右腕を取り、軸足を払って地面に引きずり倒す。

 

 そして、殺気に満ちた目で小春を見下ろした隼人は、怯える彼女の脇腹目がけて、拳を構える。

 

「待って、隼人!」

 

 咄嗟に彼の首を絞めたレンカは、直前でハッとなった彼に安堵し、器用に彼の前に背中から飛び降りる。

 

 そして、涙目の小春を助け起こした。

 

「あ……」

 

 虚ろだった目に光が戻り、レンカに抱き付いて泣き出した小春から離れた隼人は、ドクン、と高鳴った心臓とそれに合わせて捻じ曲がった視界に思わず膝を突き、頭を押さえる。

 

 その場の五人が驚く中、合流しに来たらしい武達四人も、彼の様子に気づいたらしく、慌てて駆け寄ってくる。

 

「何!? どうしたの?!」

 

 救護手当の心得があるリーヤとナツキが、隼人に駆け寄ろうとしたが、直前で彼に止められる。

 

「待て……。大丈夫、だ。いつもの、発作だ」

 

 震える手で腰に手を伸ばした隼人は、無痛注射を取り出し、首筋に当てて中身を注射する。

 

 ドクン、と心臓が強く脈打って薬が体中を巡ると、隼人は深く息を吐いた。

 

「すまん、取り乱した。小春には悪い事をしてしまったな」

 

「いや、こちらの不手際だ隼人。うちの馬鹿が不用意に拳銃を抜かなければ。おい、謝れ小春」

 

 そう言ってぱん、と頭を叩いたジェスに涙目になりながら従った小春は、怯えつつ謝ろうとする。

 

「いや、良いって。怪我させそうになったんだぞ? お相子じゃないか」

 

「それでは、こちらの気が……」

 

 諌めようとする隼人に食い下がらないジェス。二人の応酬は徐々にヒートアップしていく。

 

「はいはい、ストップストップ。それ以上は喧嘩になるから止めなよ」

 

「そうだよ二人共。変な事で喧嘩したくはないでしょ?」

 

 二人の間に割り込んだ浩太郎とリーヤが、口喧嘩寸前だった隼人とジェスを引き離し、一旦落ち着けようと話を元の話題に戻す。

 

「それで、呼び出された場所って?」

 

「ああ、そうだった。全員揃っている事だし、案内しよう。付いて来てくれ」

 

 そう言って小春共々先導したジェスに先頭を歩く隼人が話しかける。

 

「今、生徒会は国家統一のごたごたに巻き込まれて忙しいだろ? 各国家の学園機関も統一化を図るようだしな」

 

「いや、そうでもない。ただ……月末は、忙しくなるかもな」

 

 何気なく問うた隼人は言いにくそうに答えたジェスの態度に引っかかっていた。

 

「へ? 月末なんかあるのかよ?」

 

 覚えが無いらしく、ジェスの言葉に疑問を浮かべた小春を見た隼人は、隣を歩いている浩太郎と顔を見合わせて首を傾げた。

 

「……そんな事よりお前達の活躍、聞いているぞ。強盗事件を解決したそうじゃないか」

 

 そう言って後ろに視線をやってくるジェスに恥ずかしそうに苦笑した隼人と浩太郎は、後ろで反応した武の声に少しだけ振り返る。

 

「当たり前だろ! 俺達の手にかかればちょちょいってね!」

 

「お前、リーヤの護衛だったろ」

 

「うっせえな! 気分だよ気分!」

 

 盛りに盛った自慢話をしていた武は、半目の隼人に水を差されてムッとなる。

 

 そんな彼にはお構いなしに、隼人は話を続ける。

 

「気分で手柄を盛るんじゃねぇよアホ」

 

「だったら前線に出せよ! 軽機関銃(LMG)で火力支援してやるし盾で壁にもなってやるぜ?!」

 

「そうしたいのはやまやまだが、お前は周りを見ない癖がある。少しでも直さないと軽機関銃を扱う時に誤射するぞ」

 

「うぐっ、よくご存じで……」

 

「部隊長を何だと思ってる。これぐらい把握して当然だ」

 

 そう言ってツン、と視線を逸らした隼人は、面白そうに見てくるジェスに気まずそうに視線を逸らす。

 

「何だよ、ジェス」

 

「部隊長は大変だなって思ってな」

 

「同情ならいらねえよ、副生徒会書記殿」

 

 そう言って落ち込んだ隼人は、窓の向こう、グラウンドで模擬戦をしている一年生達に気付いた。

 

「今思えば、滅茶苦茶な世界だよな。俺たちの住んでる世界って」

 

「国家戦力の保有が制限されているが故に、そのしわ寄せを学生に払わせる。学生なら武装制限はないから戦力として運用できる。特にこの新日本国では軍隊がいないからその傾向が顕著だ。

ほぼ学生に頼っていると言ってもいい。現に国家の象徴たる国王も、学生と聞いている」

 

「新日本には軍隊が無いから常駐戦力が無い。その代わりに俺達PMSCと学生がそれを穴埋めする様になっている、か」

 

 心配するジェス達の視線も他所に呟いた隼人の胸がズキリと痛む。

 

(だから、あの時……)

 

 一瞬フラッシュバックした炎に舌打ちし、頭を振った隼人は、立ち止まっているジェス達の方を振り返ると彼らの中に入る。

 

「あんまり思いつめんなよ、隊長。お前の過去はよく知らねえけどさ、思いつめちまったら何も分からなくなっちまうぜ?」

 

「……ああ、分かってる」

 

 そう言って目を伏せた隼人と、歯を見せて笑った武の間で、レンカはただ悲しげそうな隼人の表情に不安を覚えていた。



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第5話『新たな武器』

 それから数分後、ジェスに案内されて模擬戦場に到着した隼人達は、プレハブの前に立っている二人の女性に気付くとそちらの方へ移動した。

 

「皆遅かったね、待ってたよ」

 

 そう言って笑った柔和な雰囲気の、黒の長髪に赤縁メガネをかけた人間の女性は、新関東高校の生徒会長『安登風香』だ。

 

 彼女の持つ雰囲気がいまいち苦手な隼人は軽く会釈すると、その隣にいる妖艶な切れ目と青みがかった長髪が特徴の人間の女性に歩み寄った。

 

「久しぶりだな、咲耶」

 

「ええ。久しぶりね、五十嵐君。相変わらずの活躍ぶり、スポンサーとして鼻が高いわ」

 

 そう言って隼人と握手した彼女は、浩太郎と風香を除いて、呆然としている面々に苦笑すると、身分証明証代わりの端末を取り出して掲げて見せた。

 

「立花グループ代表取締役、立花咲耶。PSCイチジョウ第三小隊のメインスポンサーを務めてるの。以後宜しくね、ケリュケイオンの皆さん」

 

「咲耶は俺達の兵站安定の為に協力してもらっている。消耗品の殆どは彼女の会社から格安で提供してもらっているものだ。で、今回は俺と浩太郎の武装だが」

 

「もうすでに搬入してるわ。これよ」

 

 そう言ってベンチにあるボストンバッグ二つを指さした咲耶は、驚く全員の視線にニヤリと笑うと、軽々とバッグを持ち上げてそれぞれを二人に投げた。

 

 咲耶の様子から軽い物なのか、と力を抜いていた二人は、受け取った瞬間に感じた重量感に思わず腰を落としてショックを吸収した。

 

「ビックリした、意外と重かったぞ」

 

「当然よ。それの中身、10㎏あるもの」

 

「俺たち向けの装備じゃないな、その重さは」

 

 そう笑って中身を開けた隼人は、同じ様に驚いている浩太郎と顔を見合わせると、何事かと見てくる他の面々の視線にも構わず、その中身を引っ張り出した。

 

 肩掛けでも少し大きいくらいのバッグから引っ張り出された中身は、ジャッキの様に折り畳まれていたフレームを、重力と弾性で次々に展開させ、最終的に人を線で書いた様な形状へと変わった。

 

「こいつは……『強化外骨格(エグゾスケルトン)』か」

 

「そう。今回、あなた達へ提供する立花グループの試作術式武装。強化外骨格型術式武装『XE-01 スパルタンフレーム』。これは人間と異種族との戦力差を埋める為の携行型パワードスーツのプロトタイプとして開発した着る武装よ。最も、五十嵐君と岬君が持ってるのはそれとは違うんだけどね」

 

「どう言う事だ?」

 

「五十嵐君の持ってるのは近接格闘戦特化型の二号機、『アサルトフレーム』。岬君のは隠密・偵察用の三号機、『サイレントフレーム』。それぞれ、個人用のチューニングと武装が施されてる特別品よ。まあ、付けて見れば分かるわ」

 

 そう言って笑った咲耶に用意された外骨格の固定器具を、手から手首、腰、足、土踏まずに軽く装着した隼人は、そのままサイズ調整で密着したフレームに、全身へ重りをつけられたような重量感と締め付けられる軽い圧迫感を感じた。

 

 そして、背中全体を覆うトランスミットドライブ(TMD)と呼ばれる魔力を電力に変換する動力機関と、燃料である魔力を貯蔵する取り外し可能なタンクを内蔵したユニットが、背負いカバンの様に装着される。

 

 背負った密着具合を体を動かして確認した頭に展開された専用のヘッドギアのスイッチを入れた隼人は、網膜ディスプレイに表示された起動画面と装着プロセスの完了画面でディスプレイの映りを確認した。

 

《思考コントロールシステム:セットアップ:神経への初期接続を開始》

 

 間髪入れずその表示が現れ、全身に軽い痺れが走ったのに少し声を漏らした隼人は、クリアになる視界と、研ぎ澄まされた様な思考、そして何よりも感覚的に一体となった外骨格の感覚に呆然としながら、己の手を見下ろす。

 

《セットアップ完了:神経パターン登録;ネットワークで照合》

 

《ユーザー:隼人・“五十嵐”・イチジョウ:確認》

 

 網膜ディスプレイの殆どを占拠する表示が、まるで携帯端末のそれの様に味気ないフォントでそう書き連ねる。

 

《強化外骨格型術式武装『XE-01-2 アサルトフレーム』:起動完了:通常モードにシフト》

 

 その表示と共に、背中のユニットから甲高い音が鳴り響く。

 

 そして、ばちっと火花が間接ユニットから弾けると、隼人の体から嘘の様に重量感が抜ける。

 

「装着できたみたいね」

 

 そう言って歩み寄ってきた咲耶に、隼人は頷き、バッグの中に残っていた柄が二つ並列に取り付けられたユニットを手に取ると、全員に見える様に少し高さを上げた。

 

「これは?」

 

 そう問いかけた隼人は苦笑する咲耶がユニットを手に取ったのに驚き、その間に腰のハードポイントへ装着されたユニットが腰のフレームと噛み合った。

 

 そして、ユニットの接触センサーが接触送信で情報を送り、フレームに内蔵されているらしいコンピューターが認証作業を行う。

 

《追加武装:アークセイバー:認証完了》

 

 そう表示され、すぐに消えたウィンドウに新たな疑問を浮かべた隼人は、アークセイバーと表示された武装に目を向ける。

 

 すると、意識が向いた事を認識したのか、ユニットに取り付けられた柄が根元からスイングして横に張り出す。

 

「掴めって事か?」

 

 オープンフィンガーグローブに包まれた手で柄を掴んだ隼人は、小気味よい音を立てるそれを横に引き抜いて眼前に持ってくると、いまいち使い方の分からないそれを目の前で遊ばせた。

 

 すると、丁寧に機体が解説書を邪魔にならないサイズで表示させ、武装の起動方法を最初に持ってきた。

 

「便利だな、この機能」

 

「神経接続であなたの思考を読んでるから、しばらくしたら意識しなくても必要だと思ったら勝手に出してくれるわよ」

 

「なるほどな、神経接続にもそういう使い方があるのか」

 

 魔力次元では術的処置により、外科手術処置無しで人体干渉が出来る為に、メジャーなデバイスの接続方式である『神経接続』システム。

 

 一般的な使い方は、神経を通して映像や情報を直接人体に送り込む事だが、アサルトフレームやスパルタンフレームでは、映像送信の他にも思考操作の補助として使用する仕組みになっており、神経パターンから操縦者の思考を学ぶ事が出来るらしい。

 

「じゃ、起動させてみるか」

 

 そう言ってスイッチを押した隼人は、鍔に当たる部分から両刃剣状に噴射されたアークに驚き、放出ユニットから放たれる高周波が獣人系種族の耳をざわつかせる。

 

「隼人それうっさい!」

 

 耳を押さえて叫んだレンカに苦笑した隼人は、音が収まってきたセイバーを振るって手応えを確かめる。

 

 ちょうど柄の先端、噴射口の辺りに重心が来るらしいそれを、彼は左右に傾けるとバランスを確認する。

 

「刀剣にしてはバランス悪いな。振りぬき重視の剣になるぞ」

 

「まあ、元々補助装備として開発した物だから仕方ないわ。使い方としてはパーリングの要領で武器を切り裂き、破壊する。一応、噴射に指向性があるから電磁障壁(ローレンツバリア)も切り裂けるわよ」

 

「俺も一応実戦剣術の心得はあるんだが、コイツはいささか威力が強過ぎるな」

 

 そう言ってアークセイバーのスイッチを切った隼人は、サイレントフレームの着心地を確かめている浩太郎に目を向ける。

 

 隼人の視線の先、軽く飛び跳ねたらしい彼が予想外に高い高度に驚いていた。

 

「未装着時の装備も使えるんですね」

 

「ええ。さて、浩太郎君の装備だけど。まず最初はこれね」

 

 そう言ってサイレントフレームが入っていた黒いボストンバッグから、ホルスター入りの短機関銃を取り出すと、呆けている浩太郎に手渡した。

 

「そのホルスターは、脚部のフレームに噛み合わせてちょうだいな。フレームにくっつけたら自動的に固定装着されるから」

 

 咲耶の言葉に従って右太もものフレームにホルスターを装着した浩太郎は右腰に何も装填していない拳銃用ホルスターを装着させる。

 

 そして、カナに預けていたMk23を受け取ってホルスターに装填する。

 

 そして、左の太ももフレームにナイフマウントを備え、左腰にトマホークマウントをレイアウトした浩太郎は、右太ももから新しく渡されたサブマシンガンを引き抜いて目前に持ってくる。

 

 新たに支給されたそれは、堅実な造形の銃と言うよりも、SF作品のブラスタ―銃に見える独特の造詣が成された銃で、名を『クリス・ヴェクター』と言い、Mk23と同じ45口径の弾薬を使用している。

 

「照準はシンプルにアイアンサイト。一応下に照準用のセンサーがマウントしてあるからフレームの火器管制システム(FCS)でも照準可能。サプレッサーはフラッシュハイダーに取り付けるアタッチメントタイプ。

フォアグリップはホルスターに干渉する上にセンサーがマウントを使ったから無しよ」

 

 そう説明する咲耶の横でカスタム済みのヴェクターを構えた浩太郎は、比較的コンパクトにまとめられたそれの感触を確かめた。

 

「生徒会長、試し撃ちしてもいいですか」

 

「うん、いいよ。あ、待ってターゲット出すから」

 

「お願いします」

 

 そう言って模擬戦場に移動した浩太郎は、サイレントフレームと模擬戦場のシステムを同期させる。

 

 そして、空中に現れたターゲットへ、クリス・ヴェクターを向けて発砲する。

 

 念の為、両手で構えていた浩太郎は、反動がほとんど感じられないヴェクターに驚き、銃口からバーストのリズムで吐き出される.45ACP弾を狙った位置にブレなく当て、片手に持ち変えると変わらぬ精度で的に当てた。

 

「凄い……。反動が感じられない」

 

「フレームのアシスト機能、アンチリコイルシステムね。フレームが反動を感知するとそれに合わせてアシストするから、体感上の反動も少ないはずよ。さて、次の装備は二人共通の装備ね」

 

 感嘆しつつ、ヴェクターをホルスターに収めた浩太郎に苦笑して、そう言った咲耶は浩太郎の腕を上げる。

 

 そして、彼女は手に持っていた、先端にブレードのついた巻き取り機を浩太郎の腕のフレームに装着させた。

 

「これは『ワイヤードブレード』。見たままだけどね、機能的には先端のブレードごとワイヤーを放つものよ。用途はあなた達次第で変わるわ。さて、これで説明は終わり。軽く動いてくる?」

 

「いや、フル稼働だ。浩太郎とタッグで模擬戦をやる」

 

「本気? オーバーホールする羽目になるわよ」

 

「大丈夫だ。リーヤが喜んでやってくれる」

 

「はぁ……。整備マニュアルを用意しておくわ……好きになさい」

 

 そう言って生徒会メンバーと共にプレハブに戻った咲耶を流し見て笑った隼人は、ボーっとしていたレンカとカナに視線を向ける。

 

「じゃ、お前らにさっきのリベンジマッチを申し込むとするかね。こいつの性能比較に持って来いだ」

 

 そう言って模擬戦場に移動した隼人と浩太郎は伸ばした薙刀を手に入場してきたレンカと、彼女についてきたカナに鋭い視線を向ける。

 

《アサルトフレーム:戦闘モードにシフト》

 

《サイレントフレーム:戦闘モードにシフト》

 

 二人が装着しているディスプレイにそう表示され、隼人が装着している背面ユニットから、けたたましい駆動音と陽炎が放出される。

 

 一方の浩太郎のユニットは非常に静かでありながらも、装着している本人は圧倒的なトルクを味わっていた。

 

「皆、準備良い?」

 

 審判役を買って出たリーヤが両者を見る。

 

 頷きを返した彼らから数歩引いた位置で『ベレッタ・Px4』9mm自動拳銃を引き抜いて銃口を空に向け、リーヤは試合開始の合図として発砲した。

 

 軽い破裂音と同時、薙刀を振り被ったレンカが二人目がけて飛び出す。

 

 首を狙った横薙ぎ軌道の薙刀を屈んで避けた隼人は、その上を飛び越す浩太郎をカナの方に行かせる。

 

 追撃はしないらしく、短縮した薙刀を一回転させて構えたレンカは、無闇に動かず、出方を窺う隼人へ縦に振り被りつつ攻め込み、勢いよく振り下ろした。

 

「チィッ!」

 

 反応が遅れながらも、フレームに包まれた右の手の甲でパーリングしようと動いた隼人はいつもと変わらぬ間隔で振るう。

 

 だが、凄まじい速度で振り薙がれた自らの腕に驚いてしまうも、薙刀に当たる様に制御した。

 

(クソッ、何だこの出力!? 体がッ……!)

 

 腕の筋骨がミシミシと悲鳴を上げながら、通常の五倍もの速度とパワーで薙刀を大きく弾いた隼人は、驚くレンカの襟を掴もうとして胸を蹴り飛ばされる。

 

 蹴られた勢いでバックステップしつつ、体勢を整えた隼人は、不思議と痛みを感じない右腕を押さえて、予想外のインパクトに焦り息を乱したレンカを見据える。

 

(驚くのは向こうも同じ。こいつの出力が、どこまでいけるのか。俺は何も知らない)

 

 そう思いながら拳を構えた隼人が重心を前に移しつつ、地面を蹴ると一瞬でレンカの目前に到達。

 

 驚く彼女目がけ、彼は掌底を繰り出した。

 

 咄嗟に盾にした薙刀がしなり、音速のショックコーンと共に吹き飛んだレンカは、遅れて響き渡った爆音に戦慄し、それだけの力を発揮しても尚平然としている彼に驚きながら着地する。

 

(何よ、あの出力……。鬼人族並じゃないのよ……)

 

 内心弱ったレンカは、ビリビリと痺れる両腕を見下ろしつつ、まるでバケモノと遭遇した錯覚を覚えた。

 

 不意の殺気で顔を上げた彼女は、接近しようと構えた隼人に気付き、彼目がけて小手についた掌の砲口から光学レーザーを放って牽制しようとする。

 

 右足を引いて左足を出していた体勢から考えて、彼は線の動きしかできない。

 

 そう見くびったのが、彼女の油断と慢心だった。

 

 放たれる瞬間、砲口を捉えた彼の目が残像となり、一瞬で見失う。

 

 耳に聞こえる音と肌を撫でる風の感触が焦りと共に彼女を左に向かせる。

 

 振りむいた彼女は視線の先、膝を突いて制動している隼人の背中から展開しているスラスターに目を見開いた。

 

「体に優しくない装備ばかりだな、このアサルトフレームは」

 

「何……それ。そんなのあり?!」

 

「ありだろ、こいつの装備なんだから。ただ……」

 

「ただ?」

 

「積極的に使いたいとは思えん……。かかるGが凄すぎる」

 

 そう言って落ち込む隼人に、あまり意味が分からないレンカは首を傾げつつ、左手にレーザーを収束させて彼を照準する。

 

(とにかく、からくりが分かれば)

 

「行けると思ったのか?」

 

 瞬間、スラスターを吹かしながら左右のステップを踏んで接近してきた隼人に、視線を揺らされたレンカは、闇雲にレーザーを放って牽制しようとした。

 

 が、彼はその全てを見切っていた。

 

(レンカは焦ると照準先を目で追いたがる。そして、動体の動きに沿って射撃する)

 

 内心で分析結果を呟いた隼人は、レンカの至近へ接近するとしゃがんで薙刀を避けた。

 

 低い位置にある隼人の顔面を狙ったレンカは、ローキックの動きに紛れて放たれた踵のブラストランチャーの発砲炎で隼人の目を晦ませる。

 

 思わず目を閉じた隼人は、爆風と閃光で揺らされた体をローリングで立て直し、レンカと距離を取った。

 

(……ったく。レンカの奴、相当焦ってるな。だいぶ、呼吸が荒れてる)

 

 冷静に分析しつつ、隼人はアサルトフレームの具合と自身の体の状態を確かめる。

 

(フレーム自体は丈夫だな……。俺の体も、軋みはすれど身体強化で防護されてるから自傷する事は無い。アシストの出力も、まあ慣れてしまえば大丈夫か)

 

 そう考えつつ、拳を構えた隼人は、視界の端にある電池マークと、貯蔵タンクのマークも見逃さず、大方魔力の貯蔵量だろうと見当をつけて呼吸を整えたレンカと向き合う。

 

「レンカ」

 

「な、何?」

 

「本気で、行くぞ」

 

 そう言って構えた隼人は内心で手加減と言うものを捨て、目つきを鋭い物へ変えた。

 

 触れれば切れる刃の様な彼の目に、レンカは怯える心の中で覚悟を灯すと、薙刀を片手で構える。

 

 瞬間、スラスターの加速も加えて接近してきた隼人へ、レンカはカウンター気味にハイキックを打ち込む。

 

 滅多に使わない身体強化も加えたレンカの蹴りを、隼人は真正面から受け止める。

 

 そのあまりの衝撃にフレームが共振し、踏ん張らなかった彼の体が吹き飛びかける。

 

(何て威力だ……!)

 

 だが、何とか踏み止まった隼人は、脇腹を狙って振り上げられる薙刀を掌で受け止める。

 

 そして、訓練出力に変換したアークセイバーを逆手で引き抜いて、薙刀を地面に叩き落とす。

 

 そして、大きく振りかぶって掌底を構えた恋歌の鳩尾を意識に捉えていた隼人は、空いた手でアッパーを打ち込んだ。

 

 インパクトの瞬間、かんしゃく玉が爆ぜるが如き快音と共にくぐもった声を出し、宙

に浮く彼女は、少量の胃液と多量の唾液が混じった体液を吐きながら意識を崩れ落とす。

 

(あ……やば……)

 

 薄れゆく意識の中、きゅるきゅるとなる腹に、レンカは隼人が話をしている間、ずっとスポーツドリンクをがぶ飲みしていたのを思い出した。

 

(おしっこ……)

 

 じわ、と蒸れる股間。

 

 にへら、とだらしなく笑う彼女の目の前で凄い切迫した表情の隼人が、エネルギー切れを起こしたらしいフレームを支えつつ、気絶する彼女を受け止めようと膝を突く。

 

(漏れちゃう……)

 

 レンカ、本日二回目のおもらしだった。

 

 顔の表情だけ見れば眠れる美少女の恋歌をお姫様抱っこで抱えた隼人は、アンモニア香る自分の左腕を悲しみを湛えた目で見降ろしていた。

 

「……すまん、レンカ」

 

 流石に起こる気にはなれない、と気絶したが為に筋肉の緊張が解け、現在進行形でおもらしをするレンカを見下ろした隼人は左腕を小便塗れにしながら模擬戦場を後にする。

 

 その背中はとても、悲しそうだった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 一方の浩太郎は隼人の離脱を見て苦笑。

 

 余裕を見せながらカナの大剣振り下ろしを横っ跳びに回避すると、追撃の横薙ぎを増幅された跳躍力で側転しつつ回避する。

 

「なかなか面白いね。この装備」

 

 そう言ってニコニコ笑う浩太郎は、額に汗を浮かべるカナに頬を緩ませる。

 

 感情を揺さぶる為に、余裕しゃくしゃくな態度を取る彼は、右手に構えたトマホークの切っ先を彼女に向けつつ、左手にククリナイフの柄を逆手に掴ませながら腰を落とす。

 

 緩く交差する様に大剣を構えるカナは、瞬発の一歩を踏むべく屈んだ彼に身構えた瞬間、フェイントのサイドステップを入れて浩太郎が動いた。

 

(左ッ?!)

 

 気配を察知したカナがそちらを向いても彼はいない。

 

 しまった、と背後を振り返った彼女は、左のククリナイフを大剣の腹で受け止める。

 

 一撃離脱でその場を飛び越えた彼の気配を追う。

 

 刀の様な動作でトマホークを収めた彼は、右手にMk23を引き抜き、上下反転した状態で追撃に動こうとする彼女に向けて発砲する。

 

「ッ!」

 

 咄嗟に大剣を盾にする様に構え、術式を起動させたカナは、重力偏向で弾丸を逸らして凌ぐと左の大剣を投じて着地を狙う。

 

 それを読んだ浩太郎は着地狙いを防ぐ為に、背面のスラスターを展開して斜め軌道で強制的に着地すると、そのままC.A.R.Systemで腰溜めに構えた拳銃をカナに向けて連射。

 

 連続射撃がカナを襲うも、銃撃を読んでいた彼女は、左の大剣が発する重力で全て弾き逸らした。

 

 引き攣らせる様に笑った浩太郎は、背後から引き戻される大剣をバク転で回避。

 

 着地と同時に前に出ると逆手持ちのククリを大剣に叩き付け、右の拳銃をカナの至近に構える。

 

「この距離なら、必中でしょ?」

 

「動かなければだけど」

 

 破裂音と共にカナがのけぞり、その光景に頬を綻ばせた浩太郎は両サイドから迫る大剣をバックステップで避ける。

 

 そして、左腕に取り付けられた極薄のタッチパネルを叩いた。

 

 瞬間、仰向けに倒れたカナは全身に感じた違和感に暫し動けなかった。

 

(気配が……消えた?)

 

 のそり、と体を起こした彼女は、獣人系の例に漏れず優秀な聴覚で回りを探知しようとした。

 

 が、周囲には人が動いている物音すらなく日常生活で発せられるノイズのみが彼女の耳を騒がしていた。

 

(音でも感じられない。一体、どこに行った?)

 

 そう思い周囲を見回したカナは、呆然としている武達が後ろを指さしているのに気付くと背後を振り返り、ニコニコ笑顔の浩太郎と目が合う。

 

「みゃあ?!」

 

 驚き、毛を逆立てたカナが目をつぶりながら反射的に大剣を振るうと、再び彼の気配が消える。

 

 化かされた気分になり、身を弥立たせたカナは周囲を警戒しながら大剣を構える。

 

 その背後を苦笑しながら付いて行く浩太郎は、自身のフレームに備えられた意地の悪い装備を使用して彼女を弄ぼうと武器を解除していた。

 

 彼の目の前には、周囲の音を拾おうとせわしなく耳を動かすカナの姿があり、今の状況では意味をなさないその行為を可愛らしいなと彼は苦笑して見守った。

 

(にしても、光学迷彩じゃなくて敢えて消音術式を組み込むとはなかなか性格の悪い装備だなぁ)

 

 そう言って苦笑した浩太郎は、範囲内で発生した音、または空気の振動をノイズと変わらないレベルにまで掻き消す消音術式の効果時間を確認する。

 

(表示ではあと180(セコンド)。って事はあと三分かぁ。もうちょっと楽しみたいんだけど)

 

 内心で残念に思いつつ、右手にトマホークを引き抜いた浩太郎は、左手に補助としてククリナイフを引き抜くと術式を解除する。

 

 同時、浩太郎が隠していた気配を感知したらしいカナが振り返り様に大剣を振るい、それを予見していた浩太郎は、ククリナイフとパワーアシストで受け止めるとトマホークで叩き落とす。

 

 そして、片方の大剣を繰り出そうとした彼女の首にトマホークの切っ先を突きつけるとニヤリと笑った。

 

「チェックメイト。この距離なら術式より首を斬り落とす方が早いし、大剣を使おうとすればトマホークの反り返りを首に引っかける事も出来るからね」

 

 そう言って笑った浩太郎は、回転させて遊んでいたククリを逆手に持ち替えて鞘に収めると、カラビナを中心に回していたトマホークを宙に放って左手にキャッチさせる。

 

 器用に指でキャッチし、そのまま回転の勢いを維持した浩太郎はガンスピン宜しくトマホークを鞘に納めた。

 

「相変わらず変なしまい方するね」

 

「まぁ、俺の癖みたいな物だからね」

 

「ん、知ってる」

 

 そう言って頷いたカナが僅かに笑ったのを見た浩太郎は、微笑を返すと、あ、と天上を見上げながら一言発して視線を戻す。

 

「そうだ、俺もカナちゃんにお願いを聞いてもらおう」

 

「え、何で?」

 

「だって、俺今勝ったじゃないか。カナちゃんは三つで俺はゼロなのは卑怯だと思うなぁ」

 

「じゃ、じゃあ一つだけなら。良いよ?」

 

「充分充分」

 

 そう言って笑った浩太郎に胸を高鳴らせたカナは、頼み事を考えているらしい彼の表情を見つめる。

 

「じゃあ今日一日、大型犬用の首輪をつけて過ごしてもらおう。リード付きで」

 

 満面の笑みでそう言った浩太郎に戦慄したカナは、だが、と別の思考を頭に浮かべる。

 

(今日一日、コウタロウのペット……。悪くない)

 

 何をもってそう思ったのかはわからないが、とにかくそう考えた彼女の表情は、だらしなく緩んでおり、いつになく幸せそうであった。



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第6話『今と、過去と』

 それから三時間後の夜六時。

 

 午後の授業を終え、隼人達は、各チームごとに割り当てられたシェアハウスタイプの社員寮に帰宅していた。

 

 六つある部屋の内の一室。

 

 隼人とレンカの部屋になっているそこで隼人を呼び出したレンカは、夕飯作りの途中だったらしく、魚の血が混じったエプロン姿の彼にスケッチブックを取り出して見せた。

 

「何だよそれ。って言うか、何か用があるなら早く言ってくれ。まだ魚捌き切ってないんだよ」

 

 そう言って仏頂面になる隼人は、嬉しそうに笑っているレンカを睨むとため息をついて席を立つ。

 

「おい、もう戻るからな」

 

「あ、待って待って! 言うから! 言うから待ってください!」

 

「あ? 何だよ早くしろよ」

 

 イラついた声色で慌てるレンカをなじった隼人は、見せられたスケッチブックに戦慄する羽目になった。

 

「えへへ、お昼に言ってたご褒美のお願い事三つ、考えたの。あ、破ったらセイクリッドスパイカー打ち込むからね」

 

 そう言って笑んだレンカを見下ろした隼人は、頬を引きつらせながら何かの間違いじゃないか、と彼女の笑みとスケッチブックを交互に見る。

 

 覚えていたのか、と思いつつ額を押さえた隼人は、嬉しそうな彼女の傍にしゃがみ込むと彼女が見せてきたスケッチブックの内容を見る。

 

「何……? 一つ目、常に3m圏内にいる事。二つ目、一緒にお風呂に入る事。三つ目、寝る前にマッサージ。最後だけはまともだな」

 

 血生臭い手を顧みつつ、一つ目を読み返した隼人は、一番面倒くさそうなそれを見た後に真横に這ってきたレンカを睨んだ。

 

「これ、何とかならないか?」

 

「え~……約束はどうなるのよぉ」

 

「……分かった、何とかするから。で? 二つ目は良いとして三番目は何でこれなんだよ?」

 

「えへへ~。秘密」

 

「……そ、そうか」

 

 絶対ロクな事情じゃないな、と思いながらスケッチブックを見ていた隼人は、子細を読んで立ち上がった。

 

「どこ行くのよ」

 

「飯作りに行くんだよ。上物のアジを刺身にしてねえ」

 

「じゃあ、それが終わったらご褒美開始ね」

 

 そう言って笑ったレンカに渋々と言った体で頷いた隼人は一階に降りると、台所で料理を作っているリーヤとナツキに合流し、少し不慣れな手つきでアジを捌いているリーヤの隣にもたれ掛る。

 

「あ、お帰り隼人君」

 

「悪いな、途中で抜けたりして。今何匹下ろした?」

 

「五匹かな。皆食べるだろうし」

 

 そう言いながらも作業の手を止めないリーヤに笑った隼人は、肉を使った炒め物を作っているらしいナツキの様子を見るとつまみ食いをしているレンカの頭を叩きつつ手伝う事を探した。

 

 と、その様子に気付いたらしいリーヤが、苦笑しながらソワソワしている隼人の肩を叩く。

 

「まあ、ここは二人で十分だから。リビングで遊んでてよ」

 

 そう言って笑ったリーヤに戸惑いがちに頷こうとした隼人は、自分の隣で目を輝かせるレンカに気付いた。

 

「どうした、レンカ」

 

「じゃ、じゃあ隼人お風呂いこっ」

 

 戸惑う隼人に満面の笑みでそう言ったレンカがだらしなく笑った瞬間、リーヤが包丁を滑らせた。

 

 まな板を抉る一発に慌てたリーヤとナツキは一旦調理の手を止め、揃ってレンカと隼人の方を振り返る。

 

「隼人君……」

 

「ま、待て! これは罰ゲームで仕方なくだな!」

 

「何で拒絶しようとしないのさ、君は」

 

 冷静にそう突っ込んだリーヤの半目にうっと詰まった隼人は、デレデレと笑うレンカが逃がさないとばかりに腕に抱き付いてきたのに背水の陣を悟った。

 

「はぁ……。いつもながら、君は少しばかりレンカちゃんに甘いんじゃないかなぁ」

 

 そう言ってため息を落としたリーヤは、膨れっ面のレンカに睨まれるが涼しい顔でそれを受け流す。

 

「まあ、取り敢えず行ってきなよ。罰ゲームに」

 

 仏頂面から一転、そう言って苦笑したリーヤは、まな板の包丁を取るとナツキと共に調理に戻った。

 

 そんな彼らの背中を名残惜しそうに見た隼人は、深く自分の腕を抱くレンカに引っ張られながら脱衣場に入る。

 

「さ、お風呂入るわよ隼人」

 

「お前……しれっと言うなぁ。第一、男に裸見られて恥ずかしくないのかよ……」

 

「ううん、むしろ興奮する」

 

 そう言って上半身を下着だけにしたレンカに慌ててそっぽを向く隼人は、絹擦れの音に顔を真っ赤にしながら俯くと部屋着のズボンをいきなり脱がされた。

 

「だぁあああああ! さっさと入れ!」

 

 全裸のまま、足元でパンツを脱がそうとしたレンカの頭を掴んで乱暴に引き剥がした隼人は、お姫様抱っこからの投擲でそこそこ大きい風呂に彼女を投げ込んだ。

 

 大きな水柱を上げて入水したレンカの末路も見ず、結局脱ぐ事にした隼人は、陰部をタオルで隠しつつ、浴室に入ると水面に叩き付けられても平気だったらしいレンカが湯船を泳いでいた。

 

「泳ぐんじゃねえよ馬鹿。湯船が温くなるだろうが」

 

 そう言って頭を洗い始めた隼人は、じーっと見てきているらしいレンカの視線に気付き、水で濡れた髪を掻き分けると彼女の方を半目で見る。

 

「何見てんだよ」

 

「蔑んでくるその眼」

 

「その前は」

 

「筋肉見てました」

 

「何でそんなアブノーマルな路線に走るんだお前は……」

 

 顔にかかった水を吹き散らしながらそう言った隼人は、でへへと笑うレンカにため息を落としつつ、湯船に浸かった。

 

 そんな彼に泳いで接近したレンカは、包み隠さぬ姿のまま、密着しようとして殴られた。

 

「何してる」

 

「イチャイチャしたいな、と思って」

 

「する訳無いだろ」

 

 ぶっきらぼうに吐き捨ててそっぽを向いた隼人は、それでも擦り寄ってくるレンカに腕を取られ、バランスを崩した瞬間に彼女の胸に顔を埋めた。

 

 柔らかい胸の感触を認識した隼人が慌てて立ち上がる。

 

 すると、腰に巻いていたタオルがずり落ち、ちょうど彼女の目の前に男のナニがそそり立った状態でコンニチワしていた。

 

「隼人?! ヤりたいの!?」

 

「ちげえ! 事故だ!」

 

 かぶりつこうとしてくるレンカの顔を押さえた隼人は狙いを外す為に彼女の太ももを揃えて担ぎ上げると丸い尻に平手打ち二発をぶち込んだ。

 

 快音二連発に応ずる様に二回のけぞったレンカが嬌声を上げ、しまった、と表情を青ざめさせた隼人は背中を伝う生暖かい液体に背筋を冷やした。

 

「レンカ! テメエ、涎垂らすな!」

 

「あ、いけない。ついつい出ちゃった」

 

 じゅる、と涎を啜る音が聞こえ、青ざめた表情の隼人は腰が抜けたらしいレンカをゆっくり湯船に下ろす。

 

「ケツ叩かれる事の何が良いんだか。理解しかねるな……」

 

「良いじゃないのよ、私の好みの問題なんだし」

 

「個人的には許容したくねえんだけどよ。そう言う趣味は」

 

 そう言って半目になった隼人は、嬉しそうに尻尾を振るレンカを流し見つつ、湯船から出ようとして彼女に呼び止められた。

 

「一体何だよ、レンカ」

 

「約束したでしょ。3メートル以内から離れないって。だから隼人、体洗って」

 

「……頭も洗わなくていいのか?」

 

「あ、じゃあお願い」

 

「はいはい」

 

 もう諦めムードの隼人は、腰が抜けたままの彼女の元に引き返し、もう見慣れた全身を担いで湯船から出た。

 

 ゆっくりと座らせたレンカ越しにノズルを掴んだ隼人は、なるべく接触しない様に考慮しつつ、シャワーを出して彼女の頭にお湯をかけると彼女の栗色の長髪を軽く濯ぐ。

 

「どう、私の髪」

 

「まあ、綺麗だな。手入れされてる感じはする」

 

「でしょ~? もっと触っても良いのよ?」

 

 そう言って凭れかかってくるレンカに苦笑した隼人は、彼女の肩を軽く叩くと体を元の位置に戻し、シャワーを止める。

 

「止めとくよ。髪の毛は女の子の大切なものって教え込まれたからな」

 

「誰に?」

 

「死んだ……母親に。何で言われたかは覚えてないけど」

 

 そう言って俯いた隼人は、ノイズの様に脳裏に走った過去の記憶に口元を歪ませると心配そうに見てくるレンカへ視線を向ける。

 

「そう……なんだ」

 

「あ、すまん。辛気臭くしてしまったな。とにかく髪、洗うぞ」

 

 そう言った隼人は心配そうに見てくる彼女に苦笑を返しながら、シャンプーを手に取ろうとした。

 

 その瞬間、バクン、と高鳴った心臓と歪んだ視界に感覚を狂わされた隼人は、片膝と手を突きながら暴れる心臓を抑えつける様に手を乗せながら顔を上げると、目の前の鏡に十年前の光景がテレビの様に映る。

 

『逃げろ、は……やと。俺は……もう……』

 

 蜂の巣の様に風穴を生やし、全身を血に塗れさせた父親。

 

 車の爆発で飛散した破片に上半身を切り刻まれた母親。

 

 そして、父親から受け取った拳銃を見下ろし走る自分の視線。

 

 その全てが鏡の中の映像として映る。

 

 その周辺はまるで黒のペンキで塗りたくられた様に鏡面以外の全てが暗転。

 

 倒れていた自身の隣で耳やしっぽごと髪を濡らしたまま、突然の事に驚くレンカの姿さえも彼は見えなくなっていた。

 

『殺してやる、この劣等種族の黄色人め!』

 

 中古のM16を取り落し、腹を映像の中の自分が放った拳銃弾で破られた白人が、血に塗れた手で掴みかかってくる。

 

『俺たち、白人は……貴様らよりも優れている! それを、スラムに追い込んだんだ貴様らは! 猿も同然の扱いで!』

 

 首を絞められているのか苦しげに声を漏らした自分は、必死の力を振り絞って銃口を白人の顎に叩き付け、トリガーを引いた。

 

『君が、彼を殺したのか』

 

 突然鏡に戻った画面に映ったロングコート姿の男が、鏡に視線を固定していた隼人の背中に告げる。

 

『彼は、可哀想な人間だった。戦争で家族や職、友人や親類を失い、母国を追われ、行き場をここに求めたが難民としてやっかまれる毎日。自分はそうしたかったわけじゃないのに、彼は結局テロリストと言う道を選んでしまった。

そんな一般人だったのに、君は殺してしまった』

 

 ナレーションするかの様な口調でそう言う男が、鏡の中で悲劇を演じる俳優の如く大仰な振る舞いをし、そちらへ恐る恐る振り返った隼人は男が手にした怪しく光る赤い魔剣に気付いた。

 

『だが、それでいい。それが、本当は正しい。生きる為に殺せ。君は立派な殺戮者だ。さあ、私も、殺して見せろ。そして、君は生き残るんだ』

 

 そう告げた男が魔剣を地面に突き刺すと十字架を体で描く様に手を広げる。それに応じる様に、いつの間にか手にしていた拳銃が男の心臓に向けられる。

 

『さあ、殺したまえよ! 若き殺人者! その一撃で君は英雄への道をたどる!』

 

「嫌だ……。撃ちたくない……」

 

『さあ!』

 

 咆哮にも近い男の叫びに一瞬幼子に戻された隼人は絶叫し恐怖に駆られて引き金を引く。

 

 そして、男は血飛沫を吹きながら暗転目がけて仰向けに倒れ、その場には赤い剣だけが残る。

 

 ちょうど良く弾切れになった拳銃を落とし、胸に広がった気持ち悪さに堪らず膝を折った隼人は視界に映ったつま先に顔を上げる。

 

「れ、レンカ……?」

 

 その先にいたのは全裸のまま、不気味に笑うレンカだった。

 

 彼女は身の丈ほどの刀身がある赤い魔剣を逆手に持ち、その顔に貼り付けた満面の笑みで隼人を見下ろしていた。

 

「違う、お前は……。誰だ?」

 

「私はあなたを待っている。ずっと、ずっと。また私を手に取って、人を殺してくれる。その日を」

 

「待て、俺はお前が誰だと聞いている! それにまず答えろ!」

 

 そう叫んだ隼人は傍らにある拳銃を手に取ってレンカの姿をした何者かに向ける。

 

 が、弾切れのそれは逆手の一閃で一瞬にして破片と化し、彼女はにっこりほほ笑むと彼の胸に剣を突き立てた。

 

「私は、ダインスレイヴ。あの時、握ったその日からあなたの心の中に居座り、ずっと見てきた者。故にあなたを主と認める。明日また……会いましょう」

 

 剣を引き抜き、大穴から血を垂れ流した隼人を見下ろしながら本性の笑みを浮かべたレンカの様な誰か、もといダインスレイヴは暗転する彼の視界から闇と同化していった。

 

「……と、隼人!」

 

 浴場の床で目を覚ました隼人は目の前にあるレンカの顔を見て引き攣った声を上げかけたがその表情の出し方から本物と判断して体を起こした。

 

「アンタ、いきなり暴れるからびっくりしたわよ」

 

「悪かった。すまない。怪我、してないか? 良かったら少しだけ、見せてくれ」

 

 そう言ってレンカを体を見回した隼人は触診を含めて怪我が無い事を判断すると顔を真っ赤にしているレンカに気付いた。

 

「どうした? 不味いとこ触ったか?」

 

「う、ううん。それは別に良いの。その……触診プレイもいいかなって」

 

「プレイじゃねえっての。取り敢えずお前に危害が無くて良かった。自分のせいでお前が傷つくのが俺は一番嫌だからな」

 

 そう言って笑った隼人は生乾きのレンカの髪に気付いた。

 

「あ、そう言えば頭は洗ったのか?」

 

「洗える訳無いでしょ。やる人が暴れてたんじゃ。ほら早く。洗ってよ」

 

「はいはい、仰せのままに」

 

 そう言ってレンカの洗髪を始めた隼人は嬉しそうに揺れる尻尾を避けつつ、頭を洗うとシャワーで泡を流す。

 

 そして、髪に張り付いた飛沫を振り解く様にレンカが頭を振り、四方八方に水が散る。

 

 飛沫から目を守った隼人は悪戯っ気の見える笑顔を浮かべたレンカに笑い気味の半目を向けると差し出されたリンスのボトルを受け取る。

 

「そう言えば、聞いてなかったけど。お前、何で髪伸ばしてるんだ? 昔は動くのに邪魔だからって長くても首とか肩までだったろ」

 

「何でかって、それはアンタが長いツインテールが好きって言ったからよ。体型は別だけど」

 

「体型の事は聞いてねえ。って事はお前、俺の為にツインテールにしてたのか」

 

 そう言って驚く隼人にニッと笑ったレンカは、手慣れた動きでリンスを髪に馴染ませる彼に一種の占有感を感じ、だらしのない笑いを浮かべていた。

 

「涎、垂れてるぞ」

 

「うヘヘ、嬉しくってつい」

 

 そう言って笑うレンカに、苦笑した隼人は、彼女の肩を叩くとシャワーで手を洗った。

 

 と、そのタイミングで浴場のドアが開き、慌てて振り返った隼人は、首にリード付きの大きな首輪をつけたカナとそれを見て笑う浩太郎に気付いた。

 

「な、何してるんだ、お前ら」

 

「それはこっちのセリフ。あんまりにも長風呂だから様子見て来いって。あ、先にご飯食べちゃったよ」

 

「そうか、すまんな。ところで、繰り返すようだが」

 

「ああ、これ? 僕からのお願い。まあ、趣味的な感じだけど、どう? 似合ってない?」

 

「ノーコメントだ」

 

 そう言ってボディソープを含ませた洗体用のスポンジを手渡した隼人は、嗜虐的な笑みを浮かべる浩太郎にため息を返す。

 

「えー、隼人君なら分かってくれると思ったのになぁ」

 

「分からねえし、分かりたくもねえよ」

 

「またそう言う。レンカちゃんを弄ってる時、嬉しいくせに」

 

 そう言って笑った浩太郎に反論できなかった隼人は、スポンジを突き返してきたレンカに半目になると彼女の背中を優しく洗い始める。

 

 気まずい沈黙が続き、男のだんまりに彼らに洗われている女二人は、居心地の悪さを感じていた。

 

「ね、ねえ隼人。前も洗ってくれない?」

 

 そう言うタイミングで、レンカは爆弾発言をする。

 

 少なくとも浴場にいる人物には十分聞こえる声で。

 

「返事は」

 

「出来る訳無いだろ」

 

 頬を膨らませるレンカにそう言ってそっぽを向いた隼人は、ニヤニヤ笑う浩太郎と羨ましそうなカナを睨み返すと振り返ってきたレンカに無言でスポンジを突き出す。

 

 そっけない態度を取った隼人が視線を戻すと、ムッとなったレンカが泣き出しそうなのに気付き、深いため息を吐いた後、スポンジを見下ろした。

 

「仕方ねぇ。洗ってやる。今回だけだがな。良いな?」

 

「むぅ……。それで良いわ。当分はね」

 

「はいはい」

 

 苦笑しながらレンカの前面部と向き合った隼人は、予想以上に煽情的な体つきに思わす視線を下に向け、いきり立ちそうな自分の50口径を見下ろし股に挟んだ。

 

「……大丈夫?」

 

「ぅえっ?! あ、いや。大丈夫だぞ、向こうに見えなければセーフだ」

 

「どういう意味?」

 

 首を傾げるレンカに内股になって顔を上げた隼人は、何処から洗おうか考えながら彼女の二の腕を掴んで固定する。

 

 危険個所を優先しようと、浩太郎達の事を忘れてレンカの体を見回す隼人は、胸から洗う事に決め、身長と比して不釣り合いな大きさの胸に手を伸ばす。

 

「んっ、ああっ」

 

 胸の形が歪み、それに合わせてレンカが嬌声を上げる。

 

 背後を振り返ると案の定、浩太郎が笑っており、何とか声を上げさせまいと水で洗った左手で彼女の口を塞いだ隼人は、もがく彼女の声を振動として左腕に受けながら前面部全てを泡で包ませていく。

 

「お、終わったぞ。大丈夫か?」

 

「うん……。その、未知の体験だった。うへ、うへへへへ」

 

「お、おう。満足したようで、何よりだ」

 

 そう言ってため息を落とした隼人は涎を垂らしながら笑うレンカを前に向かせ、全身にお湯を流すと冷えた体を湯船に浸からせて温めた。

 

 そして、浩太郎達に一言言った隼人は満足げなレンカと共に一時間半の長風呂を終え、夕食に向かった。

 

「時間かけ過ぎ。もうご飯は無いんだけど?」

 

「米は残ってるのか?」

 

「一応ね。二人分はある。何か作るつもりかい?」

 

 そう問いかけるリーヤに頷いた隼人は、長髪を首の位置でまとめているレンカをダイニングテーブルに座らせるとキッチンの方に移動する。

 

「レンカ、晩飯はチャーハンで良いだろ?」

 

「うん」

 

 あまり腹が空いていなかった隼人は、ダイニングの方を振り返ってレンカに問いかけると、返答を聞いてレシピを頭で作る。

 

「リーヤ、おかず、何か残ってないか?」

 

「えーっと、炒め物が少々」

 

「それ刻んで具にする。それらを卵でとじときゃ大丈夫だろ」

 

 そう言って片手で卵を二つ割った隼人は、手慣れた様子で卵を溶き、その隣で作る様子を見ているリーヤからご飯と油を受け取るとフライパンの上に敷いて熱する。

 

「にしても、よくもまあ即興でメニューが思いつくね」

 

「慣れだ慣れ。九年も食堂やら研修で飯作ってりゃその場の材料で飯作れるようになるさ」

 

 そう言いながらチャーハンをよく炒める隼人はごま油で香り付けて炙ると、器に盛った。

 

「ほら、出来たぞ」

 

 そう言っていの一番にレンカの目の前に置いた隼人は、プラスチック製のレンゲを逆さにして器に立てかけた。

 

「ほらよ、夕飯だ。もう一品、いるか?」

 

「うん。欲しい」

 

「じゃあ、今朝仕込んだきゅうりと白菜の浅漬けでも出すかな」

 

「うぇ……。野菜ならいらない」

 

「……お前、相変わらず野菜駄目だな。ビタミン取らねえと免疫落ちるぞ」

 

 そう言った隼人は、ジャーから浅漬けになったきゅうりと白菜を箸で取り出して小皿に移すと、縮こまるレンカに半目を向ける。

 

「レンカちゃんは相変わらず好き嫌い多いね。魚も駄目なんだっけ?」

 

「お刺身とかなら大丈夫だけど……。焼いたのとかは、骨があるから無理」

 

「魚自体がダメなんじゃなくて、魚の骨がダメなんだ?」

 

 そう言って笑うリーヤに頷いたレンカは、自分の目の前に座ってチャーハンを食べている隼人が不機嫌なのに怯え、小さな口を精一杯大きく開けてチャーハンを食べていた。

 

「お前、ちっとは好き嫌い無くせ。ほら、きゅうり」

 

 そう言って箸でつまんだきゅうりをレンカの前に突き出した隼人は、そっぽを向く彼女に青筋を浮かべる。

 

「きゅうりも駄目なんだ。珍しいね」

 

「み、水っぽい食感が嫌なのよ!」

 

「ん~、美味しいけどなぁ」

 

 麦茶のつまみに浅漬けを食べるリーヤが苦笑する中、きゅうりから逃げるレンカの頬を掴んだ隼人が口に無理やりねじ込む。

 

「ほら、よく噛んで食べろ」

 

「ぅうう……美味しくないよぉ……」

 

 レンゲを咥えたままため息を落とす隼人に半泣きのレンカは、水で流し込み、テンションダダ下がりでチャーハンを食べる。

 

 落ち込むレンカを無視しつつ、チャーハンを食べ終えていた隼人は、食器棚から取り出したカップをコーヒーメーカーにセットしていた。

 

「リーヤ、コーヒーいるか?」

 

「ああ、ううん。今日は紅茶の気分だから良いや」

 

「じゃ、お湯を沸かしておこう」

 

 そう言ってクッキングヒーターの上にヤカンを置いた隼人は、頭をタオルで拭きながら出てきた浩太郎に気付き、リーヤが入浴の準備の為に二階の自室へ上がる。

 

 入れ替わりにダイニングテーブルへ座った浩太郎はタオルを首にかけると、ブラックコーヒーを啜っている隼人に視線を向ける。

 

「何だよ」

 

「いや、まあ……明日が楽しみだねって」

 

「何だ? 無理に話題を振らなくていいぞ?」

 

 そう言って苦笑し、コーヒーを啜った隼人は、風呂から出ていたカナとチャーハンを取り合うレンカを見てため息を吐いた。

 

「おい、カナ。チャーハンは恋歌の晩飯だ。腹減ったならそこの漬物食ってくれ」

 

「私は肉食。野菜は食べない」

 

「お前、雑食だろうが。取り敢えず、レンゲを返してやってくれ」

 

 そう言って流し台に飲みかけのコーヒーを置いた隼人が、仲裁に入るより先に、カナの首輪を引っ張った浩太郎が彼女に真っ黒いオーラを纏った笑みを浮かべる。

 

「カナちゃん、お座り」

 

 そう言って首輪を引いてきた浩太郎の顔を、至近距離に見たカナは、顔を真っ赤にしながら椅子に座った股の間に両手をついて、お座りのポーズをする。

 

 犬同然の屈辱的な扱いににやけ顔になりそうなカナを、笑顔で見下ろした浩太郎は抑えつけるように頭に手を乗せる。

 

「もうちょっと、頭は低くしなきゃ。ご主人様に失礼だろう?」

 

「だ、ダー。ご主人様」

 

 真っ黒いオーラを放ちつつ、爽やかな笑顔を振りまく浩太郎の股関節に伏せたカナの尻尾が、大きく激しく振れる。

 

 その様子をローテンションで見ていた隼人は、壁掛け時計の時刻を見て何かを思い出す。

 

「いっけね、薬の時間だ」

 

 そう言って戸棚から常服薬と書かれたケースを取り出し、水と共に飲むとケースを戸棚に戻した。

 

「何、その薬」

 

「俺の疾患治療用に処方されてる精神安定系の薬だ。まあ、効き目は穏やかだし揺り戻しも無い」

 

「そう言う心配はしてないけどあんた、その、えっと……何だっけ。病気の名前」

 

心的外傷後ストレス障害(PTSD)か?」

 

「そう、それ。いい加減、治らないの? もうかれこれ十年経ってるじゃないのよ」

 

 無神経にそう言い放つレンカに、隼人は片眉を上げ、ため息を吐きながら発言を訂正させようとした浩太郎を手で制す。

 

「精神病は風邪やケガとは違って一生治らない可能性がある。治療で治ればいいが、可能性は低い」

 

「ふぅん、そう言うものなの?」

 

「そう言うものだ。ん? ああ、もう九時か……さて、上に上がるとするか」

 

 カップを流し台に置いた隼人は、ムッとなるレンカに何でだ、と思いつつ軽く伸びをしてダイニングから二階に移動する。

 

(俺だっていい加減治って欲しいんだよ)

 

 イラつきながら二階に上がった隼人は、簡易洗面所で歯磨きをして自室に入ると、ワクワク顔のレンカが彼のベットの上で崩れた星座をしていた。

 

 そんな彼女を見ながらベットに横になった隼人は背中に抱き付かれ、そちらを振り返った。

 

「何寝ようとしてるのよ!」

 

「あ? 眠いからだ」

 

「約束は!」

 

 抱き付いたまま怒っているレンカに半目を向けた隼人は、やれやれと嘆息しながら起き上がり、仰向けに寝転がった彼女を見下ろす。

 

「約束って……。ああ、マッサージか。やらなくて良いだろ、お前のその調子なら」

 

「アンタ、前こう言ってたわよね。男に二言は無いって」

 

「さあ、どうだったっけな。忘れた。ま、寝たら思い出すかもな。だからまあ、おやすみ」

 

「寝るんじゃないわよ馬鹿ッ!」

 

「うッ」

 

 怒りのダイビングプレスを決めて来たレンカに押し倒された隼人は、体格に合わせた広いベットに寝転がった彼女を不機嫌そうな目で見上げる。

 

 蔑むような眼を見上げてだらしない笑みを浮かべるレンカの動体を押し倒した隼人は、彼女の足を掴むとむくみの具合を確かめる。

 

「一応言っとくけど俺、あまりマッサージ上手くないからな。そこらへん習ってないし」

 

「……の、乗っからないんだ。ちぇっ」

 

「マッサージってのは乗っかってやるもんじゃねえよ。大体な、お前の体が華奢過ぎて乗っかるポイントがねえよ」

 

 そう言いながら隼人は出る所は出ているレンカの体を揉んでいく。

 

「んっ、くっ……んあああ」

 

「馬鹿、変な声出すな」

 

「だっ、て、くすぐった……んひっ」

 

 びくん、と体を竦ませるレンカの体を押さえつけた隼人は肩に手を動かすと、暴れる彼女を捕らえつつ、絶妙な力加減で圧迫していく。

 

「んっ、はっ、あうっ」

 

 頬を赤らめ、ハアハアと息を荒げるレンカが許しを請う様な弱々しい眼で隼人を見上げ、その眼と合った隼人は、ドクンと跳ね上がった心臓とこみ上げる熱を自覚した。

 

「隼人ぉ……」

 

 とろん、と目を蕩かすレンカが、段々と高揚してきた隼人に力のない笑みを見せる。

 

「気持ち良いよぉ」

 

 レンカがそう言った瞬間、隼人の中で何かが切れ……そうになった。

 

「そうか」

 

 表向きだけでも、とローテンションを維持してそう言った隼人は、不満げに頬を膨らませたレンカに半目を向けると肩を叩いた。

 

「ほら、終わったぞ」

 

「襲わないの?」

 

「襲うかよ、ほら。とっとと寝るぞ。ベットに戻れよ」

 

 そう言ってレンカを睨み、寝転がった隼人は、同じ様に隣へ寝転がった彼女にため息を落とす。

 

「ベットって自分の方だぞ」

 

「ふん、もう一つの約束通りならあんた私のベットで寝る事になるわよ」

 

「ああ、ならここにいろ。俺は、もう寝る」

 

「えへへ。おやすみ、隼人」

 

「……おやすみ。レンカ」

 

 そう言って瞼を閉じた隼人は、脳裏に浮かぶレンカの裸体に眠れずにおり、寝ると言った手前、レンカに声をかける事も出来ず彼はたった一人で悶々としていた。

 

「……隼人の体、独り占め」

 

 眠たげな声でそう言って抱き付いてきたレンカのノーブラおっぱいが胸に密着して、形を歪ませる。

 

 それからしばらくして静かな寝息を立て始めたレンカに、段々と落ち着いてきた隼人は子どもの様な寝顔の彼女にフッと表情が緩んだ。

 

(暴れたり、変に欲情しなきゃ可愛いのにな)

 

 そう思いながらレンカの背中を軽く叩いた隼人は、彼女の体を浅く抱いて再び瞼を閉じる。

 

今度こそ眠れますようにと祈りながら。



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第7話『動き出す歯車』

 翌日の午前十時、ケリュケイオンの面々は、会議室に呼び出されていた。

 

 一番先頭のレンカが部屋に入った途端、薄暗かったそこに驚いた女子達と突然の事に対応し切れなかった男子達が激突し雪崩形式で会議室に入った。

 

 奥の方で半目になっている咲耶を見た隼人は、誤魔化し笑いをする浩太郎に促されて一番端の席に着いた。

 

「皆、揃ったかな?」

 

「と言うか、先輩。俺達を呼び出して何の用事だ」

 

「それを今から説明するから、まあ座ってて」

 

 そう言って隼人を制した風香は一度咳払いすると、立ち上がる。

 

「あなた方、ケリュケイオンに緊急の依頼をしたいと思います」

 

「緊急を要する依頼? 学院機関が俺達にか? まあいい。内容は」

 

「国際指名手配のテロ組織の構成員の捕縛もしくは殺害」

 

 そう言って風香は、モニターに監視カメラが捉えたらしい解像度の良い白黒写真を写す。

 

「監視カメラが捉えた映像です。彼らは国連軍が指名手配している白人至上主義を掲げる難民系のテロ組織『ティル・ナ・ノーグ』のメンバーです。彼らは新日本を中心に活動するテロ組織で、三か月前にも中部の大規模病院が襲撃され、勤務者含めた人間が全て死亡する被害が出ました。そして、彼らは今、ここ新横須賀に潜伏し何らかの計画を立てている筈です」

 

「要はその計画をどんな手段を使ってでも阻止しろ、と言う事か」

 

「そう言う事です」

 

 モニターの光で浮かんだ風香の硬い表情を睨んだ隼人は、聞き覚えがあるテロ組織の名前を無意識の内に反芻し、急にフラッシュバックした十年前の記憶に少し気分を悪くした。

 

 そんな彼に気付いたレンカが心配そうに見上げるのにも気づかず、彼は風香の方を見つめる。

 

「それで、アンタら学院機関が動けない言い訳は何だよ」

 

「武装状態での学生の警邏は無意味に市民の不安を煽ってしまう。あなた方の場合、会社側の制服を使用する事が出来るはずです」

 

「制服は無いが、それぞれが使用する戦闘用の服はある。要望があるならそれを使おう」

 

 そう言った隼人は嫌そうな顔をする女子と、それとは対照的に少しだけ嬉しそうな浩太郎を見る。

 

「それと、もう一つ。うちの生徒の被害を出さない為です。登録上、あなた達も学院機関の生徒ですが今回の任務における扱いはPSCイチジョウに所属する社員と言う事になります」

 

「なるほどな。PSCイチジョウとしての俺らが怪我したり死亡しても、学生の負傷者や死者に数えられず労働災害扱いになるって事か」

 

「そう言う事です。今、この状況で統計上の死者を出すのは世論の問題もあって好ましくないのです。特に、地球派の統一反対が大々的に報道されている現在は」

 

 苦しげにそう言う風香に連日報道されている統一反対デモの様子を思い出した隼人は、なるほどなと内心で納得した。

 

「地球側からすれば独立を謳う植民地のスキャンダル。資源供給安定化の為にも狙わない手はないだろうしね」

 

 会議室の右端で苦笑しながら皮肉めいた一言を放つリーヤに頷いた隼人は、会社の資料で見た現在の地球の状況を思い出す。

 

 特に大きな戦争を起こす理由が無い為に比較的平和な魔力次元とは異なり、地球の方では魔力次元に関わる利権を発端とした第三次大戦が勃発している。

 

 そして、その戦争には魔力次元で開発された兵器が多数導入され、それまで地球上に存在しなかった物質である魔力による土壌汚染が深刻化しており、最早惑星としても終わりを迎え始めていた。

 

 激しい土壌汚染の発生によって地球に見切りをつけた地球側の各政府は、植民地と見做していた魔力次元の所有土地へ自国民を勝手に移住させ始め、魔力次元側の住人と衝突を起こしていた。

 

「それに魔力次元のマスコミは、実質地球側の国営状態と聞くし。向こうに有利な報道をするのは当たり前だろうねぇ。無論、今回のテロの事も含めて」

 

「加えて、今は地球からの難民が待遇改善を求めて連日過激なデモを起こしている状況だ。そんな奴らに餌を与えればどうなるか、そう言う事だろう?」

 

 そう言ってリーヤの話を打ち切った隼人は、風香の方に目を向ける。

 

「ええ、そう言う事です」

 

 そう言って風香が頷く。

 

「今の状態で、世論を味方につけるには隙を作らない事が大切です。ですがそれでは身動きが取れない。だから、あなた方にお任せしたいのです」

 

「大切な事と、分かってはいてもな……」

 

「無論、あなた方に危険が及ぶ可能性については承知しています。引き受けていただけるのであれば、それ相応の報酬を用意します」

 

 いつになく真剣な風香を見ながら隼人は、引き受けるかどうかの判断に迷い、額を押さえながら俯く。

 

「俺達なら、大丈夫だ。ちゃんとやれるよ」

 

 そう言って隼人の肩を叩き、笑った浩太郎は、同じ様に笑いながら頷くメンバーを見回すと曇った顔で風香の方を見る。

 

「受けよう。報酬が何であれ、これは俺達だけが出来る事なんだからな」

 

「ありがとう。それじゃあ、ここからは依頼についての確認を。今回の依頼の目的は国際テロ組織『ティル・ナ・ノーグ』の活動阻止。阻止の手段は問いません。逮捕、殺害、あらゆる手段でもって組織の活動を停止させてください。

報酬は我々の方からは五十万円、立花財閥からは二百万円が用意されています。前金は報酬の二分の一で、これに加えて立花財閥から装備の支給があるそうです」

 

「装備の支給……? 武器も弾薬も防具も十分に足りてるぞ?」

 

 そう言って首を傾げる隼人に苦笑した風香は入れ替わりに立ち上がった咲耶にその場を任せる。

 

「定期的に支給してるのにわざわざ言う訳無いでしょうが。今回は新装備の支給よ。隼人君と、浩太郎君にね。あなた達二人、フレームは持って来てあるわよね?」

 

「ああ、持ってきてるぞ。何だ? フレームに付ける武装か?」

 

「広義にはあってるわよ、その言葉。さ、ちょっと移動しましょう。今日の荷物は少々特殊だから」

 

 そう言って使用した機材の電源を落とした咲耶は、その場にいる全員を連れて会議室を後にした。



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第8話『アーマチュラ』

 咲耶に言われて隼人達がやってきたのは、通称“後方支援科棟”と呼ばれる敷地内の大型施設だ。

 

 そこは隼人達が所属する後方支援科が主として使用する、整備、生産の為の設備、武装の販売店や改造受付窓口などの施設が集約された巨大な工場だ。

 

「相変わらずでっけえなぁ」

 

 そう言う武に振り返った隼人は彼に苦笑を見せつつ、全周囲の施設を指さした。

 

「後方支援科は前衛・中衛担当の普通科とは違ってバックアップ任務が主だからな。此処にはメンテナンスや兵站供給の維持に必要な施設がある訳だ」

 

「そう言えば、僕らが後方支援科扱いなのは普通科に行けるほど出席できないからって理由だっけ」

 

「ああ、俺が全員の入科申請書にそう書いた。今の勤務状況を鑑みるに、学生が本業とはとてもじゃないが言えないからな」

 

 そう言う隼人に頷いたリーヤは、別の方角を見ている武の方を見て薄く笑う。

 

「そう言う事には興味無いみたいだね。さて、サクヤさんは地下の試験場に用があるのかな?」

 

「ああ。みたいだな、それで、俺と浩太郎の装備もそこにある、と」

 

 そう言って後を追った隼人にリーヤ達も追従する。

 

 階段で地下に降りた彼らは、模擬戦場の中央に置かれたコンテナ二つに気付き、サクヤの先導でそこに移動する。

 

「さ、これが今回支給する装備、アーマチュラ・シリーズよ」

 

「そうは言われても、見た感じコンテナだけなんだが。まさか変形して装甲になるとかじゃないだろうな」

 

「そこまで変態ギミックじゃないわよ。件の品は中に入ってるの」

 

 そう言ってコンテナに端末を繋いだ咲耶はパスコードを入力しながら、隼人と浩太郎の方を見る。

 

「二人共、フレームを装着してちょうだいな。それから説明するから」

 

「分かった」

 

 コードと暗証番号の照合を待っている咲耶にそう言われ、二人は持ってきていたボストンバッグからフレームを取り出し、装着した。

 

 神経接続由来の軽い神経の痺れの後に、フレームの起動画面が視神経に割り込んで表示され、通常モード独特の大人しいアイドリング音がアサルトフレームの背面から放出される。

 

「よし、認証準備完了。二人ともフレームの左腕のコンソール、あるわよね?」

 

「ああ、あるぞ。超薄型ディスプレイだっけか」

 

「それの手首側に端末接続用のケーブルがあるはずだからコンテナ左側の認証装置に接続して。後は自動でやってくれるから」

 

 そう言ってその場を譲った咲耶に代わってコンテナに歩み寄った隼人と浩太郎は、コンテナの認証機器にコネクターを接続する。

 

《認証機器確認:神経パターン送信:認証完了》

 

 コンソールに表示されたインフォメーションの後に、コネクタを外したコンテナ側の画面に認証完了の文字が表示され、コンテナの中身が解放される。

 

「これは……アーマー? それと、装着装置か」

 

「そうよ。取り敢えず二人共、コンテナの中に入って。認証されれば装着が始まるはずだから」

 

 戸惑いがちに一歩前に出た隼人は咲耶の笑顔を流し見つつ、コンテナの中身と対面した。

 

 人が入ったと認証したコンテナから二対のアームが展開され、隼人の四肢を掴むと軽いパルスを放射する。

 

 ピリッとした痛みが走り、苦痛に表情を歪めた彼は、プログラム言語が走るコンソールの最後に唯一分かる日本語の文章を見た。

 

《接続:アーマチュラ・ラテラ:認証》

 

《ユーザー:隼人・“五十嵐”・イチジョウ:神経パターン:照合》

 

《アーマチュラシステム:装着プロセス:開始》

 

 瞬間、無数のアームが展開し、全身を包む様に隼人のフレームへと装甲が装備されていく。

 

 首から下までの装甲が装備され、続いて武器と頭部装甲の装備が始まる。

 

 グリップの無いショットガンの様な形状のランチャーが、ふくらはぎの装甲が展開して現れたレールマウントに爆砕ボルト止めで装備された。

 

 続けて装甲が展開した腕部のマウントレールに、伸縮式のパイルバンカーがこちらも爆砕ボルトで装備される。

 

 そして、黒と赤で塗装されたヘルメットが、分厚い前面部がせり上がった状態で後頭部から装着される。

 

 アームによる位置合わせの後に閉じた前面部が、顔を覆う様に後頭部の装甲にロックされ、目に当たる位置でカメラを防護していたマスクユニットが顎まで落ちる。

 

 側頭部に接続されたアームが高速回転し、内蔵されたギアで位置を動かし、スカルフェイスペイントがなされたマスクユニットを隼人の顎に密着させる。

 

 ギアが固定される音の後に、首元を覆う装甲が胴体から蛇腹状にせり上がり、頭部と胴体とをつないだ。

 

《装着完了:アーマチュラ・ラテラ:初期起動開始》

 

 真っ暗な隼人の目の前に走った文章の後、外部では鋭く釣り上がった印象のカメラアイが、クリアカラーの混じった灰色の光を灯していた。

 

 それと同時、最早馴染んできた神経接続時の痛みが隼人の体に走り、視神経に投射された周囲の風景が、隼人の意識に飛び込んでくる。

 

《頭部カメラアイ:各種サーボモータ:神経接続完了:送受信状況に拒絶反応なし:規定基準値クリア》

 

 まるで直接見ているかのような鮮明さに、内心驚いていた隼人はようやく見える様になった周囲を見回しつつ、武達の方を振り返り、コンテナの範囲から出て行く。

 

 歩く度に鳴る重々しい金属音が、今隼人が唯一自覚できるパワードスーツを装着している感覚だった。

 

 視神経も、触覚も、そして、聴覚も。ダイレクトな接続がなされた普段通りを再現した感覚がむしろ隼人自身を混乱させていた。

 

「どう、装着した感想は」

 

 そう問いかけた咲耶が苦笑するのにムッとした隼人は、大方自分の感覚が分かっているのだろうとも思いながら、言葉にしにくいこの感覚を如何にか表す。

 

「覚悟していたよりも感覚誤差が無くてな、少し戸惑っている」

 

「そう。なら、大丈夫ね。それじゃあ、装備の説明に入ってもいいかしら?」

 

「あ、ああ。頼む」

 

 戸惑いがちにそう答えた隼人は隣で装着していた浩太郎の方を見る。

 

 彼の方は、全身の装甲が軽量かつ薄めの物になっており、人と変わらぬ運動性を意識してか、装甲では全身を覆わずインナースーツらしき布状の物が装甲の隙間を覆っていた。

 

 そして、側頭部装甲が鋭く伸びている頭部は、ヘルメットの前面部が青いクリアカラーのパーツになっており、時折あみだ状に走る光のその奥にツインカメラアイである二つの光眼が灯って、こちらを見ていた。

 

「対軽軍神用強化装甲ユニット、プロジェクトコード『JA-01《アーマチュラシリーズ》』。フレームに装着して使用するタイプの軽軍神。ああ、“軽軍神”って言って分かるかしら?」

 

「分かっている。要はパワードスーツだろう?」

 

「ええ、流石に仕事柄知っているわよね。それで、このスーツはフレームに軽軍神並みの能力を持たせるために開発した物なの。ただし、装備とか性能のコンセプトは各フレームを踏襲してるわ。

隼人君が使っているのはアーマー二号機の『アーマチュラ・ラテラ』で、浩太郎君が使っているのが三号機の『アーマチュラ・イルマーレ』と言う名前なの」

 

 そう言って隼人と浩太郎の間に立った咲耶はまず、と隼人の方を指さす。

 

「隼人君の物は、アサルトフレームと同様に近接戦闘用のチューンと装備がなされていて、対人を意識したフレームから対装甲兵器を意識したものに変えられているのが特徴。

開発時の想定戦術として被弾しながら接近する事が考えられていたから、装甲強度はかなり高いの。で、武装は腕に瞬間硬化機能を持ったパイルバンカー、足には発砲の爆炎を叩き付けるブラストランチャー、腰には重力術式を使用したグラビコンサーベル。装備の内、腕と足については装甲貫徹力を優先した装備、グラビコンサーベルはアークセイバーの強化版だと思ってくれればいいわ」

 

「なるほどな。コンセプトは分かった。使用方法についてはまた機体が教えてくれるか」

 

 そう言って武器を見下ろした隼人は浩太郎の装備の説明を聞いた。

 

「まず最初に行っておくけど。浩太郎君の方のアーマーは戦闘用じゃないわ。潜入工作用、もしくは撹乱用のチューニング。装甲とかは保険だと思ってね、まああなたの場合は装甲とか関係なさそうだけど」

 

「必要な時は必要ですよ。咲耶さん」

 

「それもそうね。で、あなたのアーマーは表面にステルス塗装と術式処置が施されていてフレームに追加された光学迷彩の術式を使用する事で疑似的に透明になれる。ただし、装甲強度はそこまで高くないから基本は隠れながら戦う事ね。

武器はフレームで使っていたヴェクター、ワイヤードブレード、外殻と取り付けて大きくした愛用のトマホークに、ククリナイフに加えてこの『XM92A1』アンチマテリアル・ハンドガンかしら」

 

 そう言って、ライフル銃を極端に切り詰めた形状の銃を手渡した咲耶は不思議そうに見回す浩太郎を他所に銃の説明を始める。

 

「メーカーはモチューレット・オーグメンタ。口径は12.7㎜。使用弾種は徹甲弾、榴弾、術式弾。対車両用の銃で、銃身にはフラッシュハイダーとそれに取り付けるサプレッサーを用意してあるわ。

だけど、これはあくまでも緊急用の物だから積極的に使うのは避けるのよ」

 

「分かりました。まぁ、僕としても積極的に対物兵器を使うのは嫌ですからね。極力避けますよ」

 

 少し怒り気味の咲耶にそう言ってマガジン無しの銃のスライドレバーを引いた浩太郎はばね仕掛けで戻ったそれのショックを受けつつ、ハンドガンの照準を覗き込む。

 

「それで今日もまた、模擬戦で試すつもりかしら?」

 

「無論だ、と言いたい所だがつり合いそうな相手がいないな」

 

「あら、意外。てっきりやるとか言って無茶するかと思ったのに。でもまあ、ちょうど良かったわ。そのアーマー、まだ調整段階なの。実戦には出せるけどまだ詰めが甘いと言うかね……。

何にせよ、あなた達が満足のいく代物ではないとここで言っておくわ」

 

 そう言って端末をいじった咲耶は、驚いた表情をしてみているのだろう二人の鎧騎士に目を向けるとくすくすと笑う。

 

「じゃあ、何でこんなもんを渡すとか言ったんだよ」

 

「今日はあなた達の神経パターンをうちのシステムとそのアーマーに認証させただけよ。それに、このアーマーを支給するとは言ったけど、持ち帰って良いとは言ってないわ。状況に応じた適切な輸送方法で貸し出す事になるのよ」

 

 アーマーを指で小突きながらため息を吐いた隼人は、端末でデータを入力する咲耶に視線を流す。

 

「なかなか不便だな。それで、こいつはもう脱いだ方が良いのか?」

 

「それは、あなたのとこのメンバーに聞いたらどうかしら」

 

「あん?」

 

 間の抜けた声を出した隼人は咲耶の指さす先、目を輝かせている武、楓、レンカのアニメオタク三人衆と機械オタクのリーヤが引き目で見るカナと苦笑するナツキを他所に隼人達の傍に寄りたくてうずうずしていた。

 

 少々オーバー気味に肩を落とした隼人は、太もものホルスターにXM92A1をマウントした浩太郎に目を向けると、彼らに手招きをした。

 

 瞬間、声として捉えられない様な声を上げて突撃してきたオタク三人衆に、体当たりされた隼人は戦闘出力で受け止めると傍らに投げ飛ばした。

 

「まとまるな! 重いんだよ、お前ら!」

 

 キレ気味に言った隼人は通常出力に戻ったアーマーの調子を見ながら、装甲を触ってくるリーヤを見る。

 

「何、してるんだ?」

 

「装甲材が気になってね、何使ってるんだろう」

 

「聞いてみればいいじゃないか」

 

 そう言って、咲耶の方を見た隼人は、ちょうどその話がしたかったらしい彼女が二人とリーヤを纏めて、話を始める。

 

「装甲材、か。教えてもいいわよ、製造方式も含めてね」

 

「本当ですか!? ありがとうございます!」

 

「装甲の材質は二人とも同じオリハルコニウムを使っているわ。聞いた事ある?」

 

 そう言って隼人と浩太郎の方を見た咲耶は、首を横に振った二人にため息を突き、それとは対照的に首を縦に振ったリーヤに説明をお願いした。

 

「オリハルコニウムって言うのは、今、金属産業界で注目されている最高硬度の金属なんだよ。一説ではダイヤモンド並みの強度を持ちながらも金属の粘りを持つ装甲としては理想的な金属とも言われてるんだ。

それと、オリハルコニウムはマナマテリアルって言う魔力物質でもあるんだ。分子構造に魔力をため込む隙間があって、魔力が無い状態で金属が術式を受けると術式の魔力を吸収する効果もあるんだ。

まあ、この効果が発生する時ってのは分子構造が脆くなってる時だから物理攻撃には非常に弱くなるんだけどね」

 

「く、詳しいな。要するに、どう言う素材なんだ、そのオリハルコニウムと言うのは?」

 

「魔力が充填されていれば物理に物凄く強く、充填されていなければ魔法を無効化できる素材って事さ、加工しにくいから値段は高いんだけどね」

 

 そう言って苦笑したリーヤは、赤と黒の塗装が施されたラテラの装甲を叩くと、説明を引き継いだ咲耶に後を任せる。

 

「じゃ、ここからは加工した装甲の話をしましょうか。近接型に調整されたラテラの装甲は鍛造装甲とセラミックの複合装甲なんだけど、可動範囲重視で装甲は二重構造になっていてね。

徹甲弾はともかく、榴弾には結構脆いのよ。一撃でも喰らえば、パワードスーツとしての機能は失われるから注意してね」

 

「分かった。榴弾と言う事はグレネードとかか。気を付けよう」

 

 指さしで注意した咲耶は、納得の口調で頷いた隼人に微笑を向けると、浩太郎の方の説明に移った。

 

「それで、次はイルマーレの装甲の説明ね。これは運動性能悪化を防ぐ為、強度を犠牲に、繊維状にしたオリハルコニウムを幾重にも織り込んで作ってるの。

しなやかさを得た事で生身と同じ運動性を維持できたけど、繊維にするまでの加工コストは馬鹿にならないから大切に使うのよ」

 

 そう言って半目になった咲耶に珍しく気圧された浩太郎は、一番お金が掛かっているんだろうなと内心思いつつ、薄っぺらいトタンの如くへこんでは復元する装甲を見下ろした。

 

「さて、一通り説明は終わったから。一旦外してちょうだいな、コンテナに入れば取り外してくれるから」

 

「イジェクションコマンドじゃ駄目か?」

 

「何で通常の脱着に緊急取り外し装置を使う訳? 馬鹿なの?」

 

 半目になる咲耶に冗談だよ、と返した隼人は、浩太郎と共に着装に使用したコンテナに入ると、取り外しの是非を問うウィンドウに是と回答して脱着を始めた。

 

 フレームから次々に外されていく装甲がコンテナの内部に収められていき、元のフレームを備えた制服姿に戻った隼人達が、コンテナから出ると役目を終えたコンテナが閉じられた。

 

「なかなかいい着心地だったな。蒸し暑いが」

 

「暑かった? 僕はそうでもないけど。イルマーレがそう言う部分では特別なのかもしれないけどさ」

 

 そう言って出てきた二人は物凄く落胆しているオタク達に揃って苦笑する。

 

「外し終わったみたいね。じゃ、私はこの辺で本社の方に戻るわ。調整が終わったら即時に連絡するわね。前金の方はもう振り込ませてあるから確認してちょうだい」

 

「了解した。アーマチュラの件は宜しく頼む。それじゃあな」

 

「ええ、武運を祈ってるわ。それじゃあね」

 

 そう言って運搬用の軽軍神に持ち上げられたコンテナと共にその場を立ち去る咲耶を見送った隼人は、けたたましい警告音を発したフレームの燃料切れを示すウィンドウを見て驚き、その場に膝を突かされた。

 

「ちょっと、アンタ大丈夫?」

 

「ああ。クソッ、大飯喰らいが!」

 

 心配そうに見下ろしてくるレンカを少し下がらせつつ、悪態を吐いて立ち上がった隼人は、リチャージングと書かれた状態表を見て舌打ちする。

 

 全身に10㎏もの荷重がかかった状態で立ち上がった隼人は、その周囲をちょろちょろ動くレンカに半目を向け、身動きが取りにくい自身に突撃してきた彼女を辛うじて避ける。

 

「動きにくそうだね」

 

「まあな、重りが全身についている様なもんだからな」

 

「アサルトフレームの瞬発力特化も考え物だね。まあ、俺のサイレントフレームの持久戦特化もそれはそれで困るけどさ」

 

 そう言って肩を竦めた浩太郎に笑い返した隼人は、チャージが進んできたらしいアサルトフレームが自重を支える程度のトルクを発揮したのを感じて立ち上がる。

 

「やっと元通りか。この野郎」

 

「あはは、隼人君はじゃじゃ馬に愛されるタイプだね」

 

「ああ、全くだ。どこかの猫と同じくな」

 

 アサルトフレームの調子を見ながらそう言う隼人は苦笑する浩太郎と共に、カナと楓に助け起こされているレンカを見た。

 

 相変わらずだな、と首を横に振って一息ついた隼人はフレームのコンソールで時刻を見ると、携帯端末経由で丁度送信されてきたメールに気付き、画面をタップする。

 

 すると、秘匿回線経由で資料フォルダが送信された。

 

(コイツは、今回の依頼内容の資料か。確認ポイント含め、浩太郎達と一度話し合うか)

 

 そう思ってコンソールを消した隼人は表情から意図を汲んだらしい浩太郎に頷くと、武達の方に視線を変える。

 

「すまんな、皆。ここで少しブリーフィングを行いたい」

 

 そう言って全員の視線を集めた隼人は、後方支援委員会からホログラフィックジェネレーターを借りてきた浩太郎がそれを投じ、難なく受け取った。

 

 そして、ケーブルを繋いで地面に置いた隼人は、送信されてきた資料を空間に出力する。

 

「送信された資料を確認しつつ、これから各エリアで担当分けをする。アルファは新横須賀地区の東側を担当。ブラボーは西側を担当だ。発見したら俺か浩太郎に連絡しろ。行動はそれからだ。

特に、今回は組織の壊滅が目的だ。迂闊な行動で、危険な状態を生む事だけは避けろ。何としてもだ」

 

 吐き捨てる様に言った隼人は、フラッシュバックしかける記憶を押さえ付ける様に奥歯を噛み締め、心配そうに見てくる浩太郎から目を逸らす。

 

「ああ、そうだ。言い忘れがあった。今回の依頼には特例処置三条、任務内容の偽装許可が適用される。事情を知っている者以外にはあくまでも警備業務として振る舞う様に頼む」

 

「それは、市民にパニックを起こさせない為?」

 

「それもあるが、相手に行動を起こしにくくさせる為だ。抑止力だな」

 

 当然知らないふりをしていれば攻撃される可能性もあるが、と内心付け加えた隼人は心配そうな表情のリーヤに誤魔化す様な苦笑を返す。

 

「さて、ブリーフィングは以上だ。質問はあるか?」

 

「一つだけ。もし、テロが起きてしまった場合、対処方法はどうなるの?」

 

「自己判断に任せる。優先事項は一つは市民の命、その次に自分の命だ。故に、決して敵を助けようとは思うな。知らない奴が銃口を向けてきたらそいつは敵だ。殺してもいい。責任は俺が取る」

 

 そう言いきった隼人は少し怯んでいたリーヤに気付き、彼に謝りつつ、佇まいを直す。

 

「とにかくだ。テロが起きた場合、無事な市民を誘導、避難させろ。その後何事も無ければ避難ポイントで警護だ。良いな?」

 

「分かった」

 

「よし、じゃあ一旦本社に戻って着替えるぞ。この格好じゃ、学生業務だって思われる」

 

 そう言って手を叩いた隼人は、蜘蛛の子を散らす様な速さで移動していったリーヤ達の後を追いかけた。



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第9話『テロの兆し』

 のんびり歩くリーヤ達ブラボーチームに追いついて後方支援科棟を出た隼人は、アルファチームと雑談しつつ駐輪場に到着する。

 

 そして、寮生の自転車に混じって十数台あるバイクの方に移動する。

 

 行き届いた手入れのおかげで新品同然の輝きを保つ愛車に隼人達が近づこうとした瞬間だった。

 

「見ぃつけた」

 

 背後から聞こえた妖艶な響きに身構えつつ振り返った全員は、見た事も無い少女が、自転車の荷台に腰掛けて笑っているのに気付く。

 

 いつの間に、と思った隼人は、そんな彼の視線に気づいたのか、徐に立ち上がった彼女の全身を見た。

 

「装甲化した体……一部有機化しているとは言え、お前、人間では無いな? 十年前から出始めた、アーマードとかいう機械種族か?」

 

 そう言った隼人に、彼がアーマードと呼んだ機械系種族の少女は、一瞬困惑した後に誤魔化す様な笑みを浮かべる。

 

「お前、さっきの発言はどう言う事だ? 俺達に何か用でもあるのか?」

 

「ええ、そう。頼まれごとと、個人的な事でね」

 

「頼まれ事? 誰からだ。からかう様ならお前を一度捕縛して―――」

 

 そう言って近付こうとした隼人はにやり、と笑った少女が、後ろに手を伸ばしたのに気付き、咄嗟に後ろへロールした。

 

 瞬間、赤い光と共に地面が切り裂かれ、間一髪回避した隼人は、抉られた地面に冷や汗を掻きつつ、腰のアークセイバーに手を伸ばす。

 

「何のつもりだ!?」

 

「これが、頼まれ事よ。あなた達が探している人物……いいえ、人物たちからのね」

 

「俺達が捜している……。まさか、テロ組織か!?」

 

 そう言って顔を上げた隼人に少女はくすくすと笑う。

 

「ええ、そう。彼らから殺せって言われたんだけど、生かした方が面白そうだから、このままで見逃しても良いかな。じゃ、最後に一つだけ良いかしら、五十嵐隼人君」

 

(コイツ、何故俺の本名を知っている?)

 

 そう言ってにっこり笑った少女は、本名を知っている事に驚く隼人の後ろの浩太郎に目を向ける。

 

 そして、背中に隠していた大型の長剣を逆手から順手に持ち替え、見せつけた。

 

「この剣に見覚えはあるかしら?」

 

 そう言って少女が取り出した真っ赤に輝く剣を見た瞬間、隼人の視界が黒く染まる。

 

 そして、スクリーンショットの様に思い起こされる十年前の記憶。

 

 断片的に思い起こしていく隼人の幼い手の中に、あの剣はあった。

 

「そうだ、思い出した。その剣、その剣は……!」

 

 赤く血走った視界の中で、隼人は可笑しげに笑う少女と、それに応じて輝きを増す赤き剣を睨みつける。

 

「“ダインスレイヴ”ゥウウウウッ!」

 

 忌まわしい過去を払い除ける様に、隼人が絶叫した瞬間、クイックドロウでMk23を引き抜いた浩太郎が追い払う様に三連射で少女の顔面を狙う。

 

 対する少女は亜音速の銃撃を簡単そうに弾くとレンカとカナの追撃を跳躍して回避し、駐輪場の屋根へと飛び移った。

 

「あはは、壊れそうねぇ五十嵐隼人。時間が経ったから脆くなったのかしら? あなたはあの連中とは違うと思ったのに」

 

 つまらなさそうに呟き、剣を振り回す少女の嘲笑を聞きながら首筋に精神剤を打ち込んだ隼人はこみ上げていた吐き気を下して咳き込みながら、何とか立ち上がる。

 

「いずれにせよ、審判の時は来る。それまでに壊れないでね、五十嵐隼人」

 

 そう言い残し少女の姿は、空気に溶ける様に消えていく。

 

 それに合わせ、警戒を解いた浩太郎はよろけそうな隼人を支える。

 

「大丈夫? って、気休めが効くような状態じゃないね。動ける?」

 

「何とかな。しばらくすれば落ち着くだろうが今は無理だ」

 

「あー、じゃあバイクは置いてバスで戻ろっか。症状落ち着いたら取りに来ればいいし」

 

 そう言った浩太郎に頷いた隼人は、支えてもらいながらバス停に移動し、物騒な装備一式を持ったまま到着したバスに乗って基地に戻った。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 それから一時間半後、症状が落ち着いた隼人は学校でバイクを回収すると、調査範囲である新横須賀の駐車場に移動し、スバルブルーのインプレッサの隣にバイクを止めた。

 

「遅くなって済まない」

 

 バイクから降りた隼人はシート後部のボストンバッグを手に取ると、インプレッサから降ろされたガンケースの傍にそれを置いた。

 

 学生服から、会社業務用の戦闘用個人装備に着替えていた隼人は、同様の個人装備に着替えている全員を見回す。

 

「久しぶりだな、この服装も」

 

「ここの所、必要になる様な事件も無かったしね」

 

「まあ、そうだな。さて全員武装の確認は念入りにな。万一の時に動作不良があれば泣きを見るぞ」

 

「それ君の装備に言いなよ」

 

「うるさいぞ浩太郎」

 

 そう言った隼人は、誤魔化す様に舌を出した浩太郎へ半目を向けると、詰襟の上からフレームを装着し手を握ったり放したりして具合を確かめる。

 

 確認を終えた隼人は、準備万全の全員を見ると計画の再確認を行って各自の行動開始を指示。

 

 徒歩での警邏を始めた武達と別れ、自分たちはバイクで所定のポイントへと移動した。

 

 駐輪場にバイクを置いた隼人達はそれぞれの得物を装備すると、真新しい雰囲気の商業地区へ移動する。

 

「わぁ、ここ新しくできた場所なのよね!」

 

 そう言ってはしゃぐレンカが走っていくのを見た隼人は、横にぴったりついて歩く浩太郎へ目を向けると、顔を見合わせて笑う。

 

 テロとは無縁に思えるこの場所も、今やその脅威に晒されていると考えれば、出入りする人の多さから被害が甚大であろうと隼人は考えていた。

 

「警戒は怠るなよ」

 

 そう言って周囲を見回す隼人と浩太郎は、ショウウィンドウを眺めるレンカとカナを先に行かせつつ、行きかう車や人を見ていた。

 

 変に汚れた雰囲気の人はいないか、トラックを運転する人物は本当に運送会社の物なのか。

 

 そう言った要素を考えつつ、周囲を見ていた中で、浩太郎がそれらしきニット帽の男が歩道の向かい側に止まったトラックから荷物を受け取ったのを見つける。

 

 そして、浩太郎と同じ物を視認した隼人もそちらに向かう。

 

「俺が先行する」

 

「了解」

 

 そう言って男を追跡した二人は、段ボール箱を抱えて歩いている彼が角を曲がったのを見て、足音を殺しつつ移動する。

 

 男の方はと言うとそんな事を気にしている余裕が無いらしく、額に汗を浮かべながら二つの大きな段ボールを抱えて歩いていた。

 

 が、男は店の裏口らしい場所に到着すると、ゆっくりと荷物を下ろした。

 

(あの男、何をやっている?)

 

 そう思いながら様子を見ていた隼人は、スラム街らしいそこから出てきた汚れた姿の男達に小さな背負い鞄と紙幣を渡すのを見た。

 

 行政の恩恵に与り難く治安の悪いスラム街では、非合法品を対象とした運び屋業務は真面目に検挙すれば霧が無いほど当たり前に行われているが、この場合は少し様子が違った。

 

 荷物を配る男は、やたら慎重な手つきで鞄を渡しており、彼が見慣れているスピードを重視した雑な手渡し方とはかなり異なっていた。

 

 それからじっと男の様子を観察していた隼人は、拳銃を引き抜いて隠れている浩太郎に背後のカバーを任せていた。

 

(あの男の様子から察するに、カバンの中身は麻薬の類ではないな。では、何だ?)

 

 隼人が疑問を浮かべていた間に箱に入っていた分を配り終えた男は、段ボールに火を点け、自身は元来た場所を引き返していき、ちょうど彼らがいる場所に差し掛かった所で捕縛された。

 

「な、何だ貴様らは?!」

 

「こちらのセリフだ。お前、さっき配っていた物は何だ!? 答えろ!」

 

「ほ、ホームレス達への支援品だ!」

 

 壁際に押さえつけられ、苦し紛れにそう言った男の表情を見た隼人は、男の顔面を裏口の壁に叩き付ける。

 

「嘘を吐くな! 本当の事を言わなければ殺すぞ!」

 

「わ、分かった! 爆弾だ! 術式圧縮のプラスティック爆弾を入れたカバンだ! な、なぁ本当の事を言ったんだ、助けてくれ!」

 

 青ざめた隼人は、命乞いする男に舌打ちし、悲鳴を上げる彼の顔面を砕きストンプで頭部を潰すと、浩太郎を運び屋達が移動した方へ向かわせ、自身はトラックの方に移動する。

 

 キャブ内でのんびりしている運転手を見つけた隼人はトラックの後ろでタバコをふかしてる男の異常に膨れた上着に気付く。

 

(銃か、下手に手が出せんな……)

 

 周囲を行きかう人々に目を向けた隼人は、レンカからの物らしい着信音の大きさに慌て、それで気付いたらしい男が抜き放ったUZIサブマシンガンの弾幕を回避した。

 

 流れ弾で数人が死傷し、街道がパニック状態に陥る。

 

 その中で、運転席から降りてきたらしい運転手が、シートの後ろに隠していたM16A2を取り出して射撃してくる。

 

「クソッ、こちらストライカー! 銃撃を受けている!」

 

 そう言ってアルファチームの回線に吹き込んだ隼人は、隠れている建物の壁を掠めた弾丸に舌打ちし、周囲に目を向ける。

 

 排熱で上着を焼き焦がしたフレームの戦闘出力を利用して、近場のアスファルトをブロック状に引き剥がし、UZIを乱射する男へ音速で投擲する。

 

 塊が直撃した頭はザクロの様に爆ぜ、M16を連射していた男も、どうやら銃が整備不良で詰まったらしく何度もスライドを引いていた。

 

 その隙に接近した隼人は、車に男の体を叩き付ける。

 

「お前らの目的は何だ、何故武装している答えろ! 今すぐに!」

 

 目前に迫るテロの気配を感じて頭に血が上り、最早いつもの冷静さを欠いていた隼人は、締め上げる男へ声を張り上げて問いただす。

 

「何だ、貴様。爆弾を探しているのか……? ははっ、だったらもう手遅れだ……」

 

「黙れ!」

 

 脳裏にフラッシュバックした風景にさい悩まされ、激昂した隼人は、空虚な笑みを浮かべる彼を持ち上げ、トラックのフロントへ叩き付ける。

 

「は、ははっ……。このクソモンキーが。お前たちの」

 

 言いながら腰に手を回した男の挙動に気付いた隼人は、拳を振り上げる。

 

「負けだ」

 

 振り下ろした直後、男の腰にあったスイッチが押し込まれ、目の前にあったトラック

が爆発した。



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第10話『過去の罪』

 目を開けると空が赤かった。

 

 焼けている空の色、十年前に見たあの空と同じ死を告げる色だ。

 

 その色を認識した隼人は空気を求めた肺の活動で咳き込み、倒れていた上体を起こした。

 

 押さえていた男が破片への盾になり、爆発の勢いだけを受けていたらしい彼が体を起こすとひび割れた車のガラスがぴしぴしと音を立てた。

 

「ぅ……」

 

 背中をフレームが守っていたとはいえ、数十メートルも吹っ飛ばされていた隼人のダメージは見た目以上に深刻であり、鉛の様に重たい体を起こした彼は、バランスを崩してボンネットから滑り落ちた。

 

 アスファルトの地面に叩き付けられた隼人は駆け寄ってくる足音に気付いたが体が動かなかった。

 

「隼人、隼人!」

 

 かすれた様に聞こえる声が鈍った彼の鼓膜を震わせ、ぼんやりとしか開いていない目が、心配そうに涙を流して揺さぶってくるレンカを捉える。

 

「レ、ンカ……」

 

「隼人! 良かった、死んでないのね……。立てる?」

 

「一人じゃ……無理だ。すまん、少しだけ……肩を、貸してくれ」

 

 そう言ってレンカに掴まった隼人はガラスの割れた車に凭れる様に立ち上がると、目の前に広がっている光景に地獄を見た。

 

 燃え盛る道路、爆発物に焼夷弾が混じっていたらしく、延焼する街路樹と焼死体。

 

 そして、ショウウィンドウから散ったガラスが散弾宜しく人々の体に突き刺さり、工事中だったらしいそこでは鉄パイプに頭を潰された死体もあった。

 

「酷い……」

 

 血の気を引かせ、そう呟いたレンカの隣、車に凭れていた隼人が蹲り、こみ上げていた胃の中の物を吐き出すと荒い呼吸を繰り返す。

 

 慌てて駆け寄ったレンカは、浮ついた目をした隼人から離れ、切迫した表情のまま周囲を見回す彼をただ黙って見ているしかなかった。

 

「た、助けて……」

 

 消えそうな声、それに気づいたレンカは、ちょうど狭い隙間ができる様に重なった鉄骨十本に挟まれているらしい子ども2人の傍に駆け寄る。

 

 そして、燃えている建物を見上げ、慌てて鉄骨を持ち上げる。

 

 身体強化を加えて持ち上げた彼女だったが、流石に体重の二十倍は厳しいらしく少しだけ持ち上がったぐらいだった。

 

 その間にも延焼は続き、可燃物に引火して爆発が起きた。

 

「怖いよ、お姉ちゃん……」

 

「大丈夫よ。ちゃんと、助けるから!」

 

 泣き叫ぶ子どもを励ましながら鉄骨に力をかけたレンカは、びくともしないそれに熱暴走寸前の小手から魔法を放とうと術式を構成した。

 

「馬鹿……。止めろ、鉄骨を吹き飛ばせばこの子達だって無事じゃすまない……。俺がやる。お前はこの子達を引っ張り出せ」

 

「わ、分かったけどあんたは良いの?」

 

「大丈夫だ。今はこの子達を助ける事に集中しろ。行くぞ、三、二、一!」

 

 頷いたレンカがしゃがむのを見て戦闘出力で鉄骨を持ち上げた隼人は、彼女の細腕に引かれて出てきた子ども達に安堵すると、神経接続のコンソールに走るノイズに舌打ちし、無造作に鉄骨を投げ捨てる。

 

 車に叩き付けられた時、処理コンピューターが損傷していたアサルトフレームは、システム不良を発生しており、加えてスラスター損傷による跳躍不可の症状も抱えていた。

 

「クソ……」

 

 辛うじて操作系統の神経接続は保たれているものの、デバイス関連の神経接続は全滅寸前だった。

 

 腕のコンソールを操作して表示を消した隼人は、時折暗転する視界と連動してフラッシュバックする記憶に舌打ちして、腰からアンプルを取り出し、首筋に差した。

 

 それは、ボロボロの体に鞭打つ行為だったが、それでも動かなければならないこの場の選択肢としては、一番最良の物だった。

 

「レンカ……その子達を、病院の方へ退避させろ。お前が守るんだ」

 

「え、それって……。アンタはどうするのよ、一緒に来ないの?」

 

「なるべくなら、付いて行く。だが、フレームの調子が良くない、いつ止まってもおかしくない状態だ。もしもの時は、俺を置いていけ」

 

 そう言ってレンカの背中を押した隼人は、彼女と子ども二人を含めた三人を庇う様に歩き出す。

 

 時折背後を振り返りながら進む隼人は、ノイズが混じった通信回線を開く。

 

「ストライカーより、ファントム、リーパー。聞こえるか?」

 

『こちらリーパー。どうぞ』

 

「リーパー、ファントムは?」

 

『フレームと端末が故障して通信が繋げない。今は私の横で生存者を探してる』

 

「……そうか、分かった。引き続き、生存者の捜索を。見つけたら病院前に連れて来い」

 

 そう言って後ろを向いたまま通信を切った隼人は、遠くから聞こえる銃声に気付き、バクンと跳ねた心臓を押さえつつ、悲鳴の上がった背後を振り返る。

 

「銃声?!」

 

 そう言ってレンカが子ども達を抱いて庇う中、隼人は周囲を見回して、銃声がした場所を探ろうとする。

 

「レンカ、急いで移動するぞ。ほら、立て」

 

 そう言って子どもたちを立たせた隼人は至近を掠めた弾丸に驚き、背後を振り返る。

 

 見れば、逃げている人々が、銃を持った集団に射殺されており、それを見た隼人の脳裏にトラウマがフラッシュバックする。

 

「隼人!」

 

「こっちに来るな! いいから行けッ!」

 

 子供たちの背を押して逃げようとしたレンカが、膝を突いた隼人の方へ引き返そうとするのを、彼は絶叫で跳ねのける。

 

「でも!」

 

 そう言って駆け寄ったレンカを突き飛ばした隼人は、路地裏から転がり出てきた青年がフルオート射撃で蜂の巣にされたのを見ると、その死体を蹴り飛ばした白人と目が合う。

 

「ここにもきたねえ黄色人種やら人外どもがいるってのかよぉ、ヒヒヒッ」

 

 下種な笑みを浮かべ、手にした小銃を隼人に向けた白人が、子どもに視線を動かす。

 

「見せしめだぁ、目障りな子供からぶっ殺してやろうかねぇ」

 

 そう言って子ども達の方へ銃口を上げた白人が容赦なく引き金を引く。

 

 慌てて車のドアに隠れた子ども達だったが、ライフル弾はドアをやすやすと貫き、小さな体はただの肉片へと変わってしまった。

 

 あっさり死んだ子ども達の方を振り返った隼人を他所に、弾切れのマガジンを落とした白人は、耳障りな引き笑いを繰り返す。

 

「気分が良いぜぇ、何たって遺伝子浄化だもんよぉ、俺達が優れてんだよ劣等人種!」

 

 そう言ってマガジンを変えた白人の声も聞こえないほどに、隼人は正気を失い、脳裏に浮かぶトラウマに絶叫していた。

 

「次は、お前の番だぜぇ……!」

 

 小銃の銃口が蹲る隼人に向く。

 

 トリガーガードからトリガーに指を掛け替え、アイアンサイトに彼の顔が重なる。

 

「止めてぇッ!」

 

 撃発の寸前、銃口の前に立って拳銃を引き抜いたレンカの絶叫が響き、絶え間ない拳銃弾の連射が男を襲った。

 

 もはや乱射に近い闇雲な射撃に蜂の巣にされた男は路上で痙攣を起こし、無言の死体となった。

 

 隼人を庇ったレンカは、目の前で死体となった男に荒く息を吐くと、スライドオープンした拳銃を投げ捨てて、うわ言を呟きながら蹲る彼を抱き起こす。

 

「ほら……隼人。逃げるわよ」

 

 そう語りかけたレンカの顔を見た隼人は、幾分か正気を取り戻したらしく、黙々と頷いて立ち上がる。

 

 隼人と共に病院前に逃げ始めた彼女は、ドアの傍で死んでいる子ども達を見つけ、内心で冥福を祈りながら病院を目指す。

 

 ふら付きながら歩く隼人は首にアンプルを打つと、幾分か軽くなった体の感覚に少しの安堵を浮かべる。

 

 そして、腰を支えながら暗い表情を浮かべるレンカを見下ろした。

 

「レンカ、お前……その血は……」

 

 そう呟いて頬についた血を親指でなじってきた隼人にレンカは力のない笑みを浮かべた。

 

「すまない」

 

 ただ一言、強がり、唇を噛み締めているレンカに言った隼人は、堪えていた涙を流した彼女の頭にそっと手を置いた。

 

 その直後だった。

 

 三連続の破裂音の後、がくんとレンカの体から力が抜け、彼女の足、腕、胸からワインレッドの血液が散る。

 

「レンカッ!?」

 

 苦しげに息を吐きながら倒れ込み、貫通した肺から呼気を漏らした彼女は、焦点の合わない虚ろな目をして体に蹲る激痛に呻いていた。

 

 出血の止まらない彼女を抱えようとした隼人は背後の足音に振り返ると、ライフル銃を抱えた集団が、先頭のピエロマスクの男を中心に、楔型に並んでいた。

 

「お、お前は……」

 

 幻覚の中で射殺したピエロマスクの男。

 

 その男が、赤い魔力を放出している魔剣ダインスレイヴを手に目の前にいた。

 

「こんにちわ。五十嵐隼人君、彼女さんの容体はどうかね? ああ、今瀕死なのか、それは失礼した」

 

 そう言ってクツクツ笑う男を前に、動揺し、目の焦点が合わなくなってきた隼人は脳裏にフラッシュバックした父親の最期を思い出して、頭痛を発した頭を押さえた。

 

「おやおや、大丈夫かね? ああ、そうか、君にとって私は敵だったなぁ! 大切なものを、居場所すら奪った私を君は殺したい程に恨んでいるだろうなぁ」

 

 そう言って大笑いした男の声を掻き消す様に叫び、頭を抱えて蹲った隼人は、血の海を広げ、今にも命が消えそうなレンカに目を向ける。

 

 弱々しく呼吸し苦しむ彼女を前に、暴れる心臓音。

 

 自分の無力さを目の当たりにし、力無く笑う彼女を抱き寄せた隼人へ歩み寄るピエロの男は、背後について歩く護衛に銃口を向けさせる。

 

「君は変わらない。いや、変われない。君はどこまで行っても、どれだけ年を重ねても過去に縛られた非力な少年でしかない」

 

 剣を振り上げた男が、抜け殻の様になった隼人に向けて薄く笑う。

 

「さようなら、だ。無力な少年よ」

 

 涙を一筋流した彼の目が振り下ろされる剣を捉えた瞬間、絶叫した彼の瞳が、血の赤に染まり、不気味に光った。

 

 瞬間、カウンター気味に剣を素手で弾いた隼人は、男の首を掴むと、路端へ力任せに投げ飛ばす。

 

 自動車に激突した男を見ず立ち上がった隼人は、脳に響く声を聞いた。

 

『力が、欲しい? 欲しいわよねぇ、だってあなたは、そう。こいつ等への殺意に満ちているものねぇ……。ああ、気持ちいい……。』

 

 無邪気な少女の声がそう言って笑った直後、フレームにノイズが走り、出力配分リミッターが、体の防護無視で解除された。

 

 その表示を見ながら、胸に湧き上がる殺意に突き動かされて立ち上がった隼人の表情は、見る者を震え上がらせるほどに凶暴で、異常を感じさせるには十分だった。

 

 瞬間、隼人の姿が消え、ピエロの背後で銃を構えていた男の体が、拳の一撃で吹き飛ばされる。

 

 全身の骨が着地の衝撃で砕かれた彼の体は、ゴム人形の様にもつれた四肢が絡まったまま、動く事は無かった。

 

「な、何だこいつ!」

 

 慌ててショットガンの銃口を隼人に向けた男が発砲するより早く、彼は男の頭を力任せに殴った。

 

 ゴキリ、と嫌な音を立ててその場で三回転半した男は、顔面から地面に落ち、原形をとどめない顔面から大量の体液を地面に垂れ流した。

 

 その死体を見て、隼人は嬉しそうに笑うが、その笑みはもはや彼の意志が生んだものではなかった。

 

『アハハ、久しぶりに出てきてみれば。良い殺気ね、日頃の研鑽の賜物かしら』

 

 隼人の脳裏で嬉しそうに笑うのは赤いロリータ衣装を纏った少女だった。

 

『素晴らしいわ、隼人。あなたの殺意、私が見初めただけはあるわ』

 

 容赦なくテロリストを殴り殺す彼の意志を覗き見ながら、少女は笑う。

 

 足の骨を折った最後の一人を、路上駐車されていた車で潰した隼人に笑いかけた少女は、投降しようとしていた男の頭部を殴り、爆裂させた彼に笑う。

 

 脳裏に響き渡る笑い声を幻聴として聞きながら隼人は、下半身が動かないのか這って逃げるピエロマスクの男へ歩み寄る。

 

 死人の様に濁った眼を赤く染め、命を弄ぶ悪魔の様に口端を大きく引き攣らせながら。

 

「次は、お前だ……」

 

 そう言って男の頭を掴んだ隼人は暴れる男に悪魔の様な笑みを浮かべると、近場にあったセダンのボンネットに叩き付けた。

 

 悲鳴を上げ、全身に走った痛みを感じて叫んだ男に、隼人はニヤリと笑って、落ちていたダインスレイヴを拾い上げる。

 

『さあ、一緒に、世界を壊しましょう。あなたと、私。二人っきりで』

 

 少女の声を聴きながら、逆手持ちで構えた彼は、車から転がり落ちて逃げようとした男の体を踏みつけ、アスファルトごと胸を刺した。

 

『居場所のないもの同士で、ね』

 

 少女の声が、空から降る様に聞こえてくる。

 

 剣を支えにアスファルトの地面へ磔にされた男の死体を見下ろした隼人は、徐に剣を引き抜く。

 

(コイツを壊せば、全て……終わる)

 

 唯一残った使命感に囚われ、限界が近いフレームと肉体に、内心で舌打ちしながら跪いた隼人は剣を手に掛ける。

 

『壊しちゃうの? 良いの? 後悔するかもよ。アハハ』

 

 そう言って嘲笑する少女を鼻で笑った隼人は残されたフレームの膂力で剣をへし折った。

 

 それで少女は消え、二度とダインスレイヴは現れない、はずだった。

 

『ざーんねん。それは偽物でした。それも私の分身付きのね。あっははは!』

 

 砕け散った剣の破片からワインレッドの魔力が立ち上り、隼人の体に吸い込まれていく。

 

 全身を掻き毟る様な魔力の痛み、そして胸を焼き尽くす殺意の苦しみ。

 

 蹂躙される全身に喉から絶叫を絞り出した隼人は、脳裏に浮かんだ忌まわしい記憶の数々に精神を磨り潰され、大半の自我を失った。

 

「レン、カ……」

 

 関節から白煙を上げるフレームが焼き切れと魔力切れを起こし、力を失い、唯一の支えを失った肉体も、蹂躙された精神も、限界を迎えた隼人は、糸が切れた様に血だらけの大地へ倒れた。

 

 ひたひたと、街を舐めとっていた炎を掻き消す様に、雨が降り始める。

 

 フレームにも体にも、もう力は無くうつ伏せに倒れた彼に、ヘリコプターのローター音が浴びせられる。

 

「レンちゃん!」

 

 悲鳴に近いナツキの声、それが遠くに聞こえた隼人は、いつの間にかレンカから離れていた事に気付き、彼女の元へと這い寄る。

 

 離れた位置で手当てを受けるレンカの方へとおぼつかない足取りで移動した隼人は、ドクンドクンと脈打つ心臓を押さえつけ、力の無い腕で地を這う。

 

『あはは、そんな状態で仲間の元へ行くの?』

 

 血だらけの道路を移動する隼人の視界に、ロリータ衣装の少女が現れ、荒く息を吐く彼の周囲を歩く。

 

『あーあ、しばらく見ない間に甘くなっちゃったのねぇ。やっぱり私が助けた時の記憶を封じとくのは失敗だったかなぁ』

 

 そう言いながら顎を指の腹で叩いた少女は、這い蹲る隼人に顔を覗かせると、悪戯を思いついた子どもの様な、パッと華やいだ笑みを浮かべる。

 

『じゃ、ここで思い出させてあげよっか! あなたが本当に憎んでるものの事も一緒にね』

 

 そう言って、隼人が這っていく先に二歩三歩、ステップを踏んで先行した少女は、見た目相応の可愛らしげな笑みを浮かべると、軽く指を鳴らす。

 

 匍匐する手を止めた彼の脳裏に過ぎるのは、九年前の記憶。

 

 テロに遭遇した後の記憶だ。

 

 思い出す事すらしなかった記憶が、破れた水袋の様に彼の頭の中に流れてくる。

 

 重くなる意識に気を失った隼人は真っ暗な空間で目を覚ました。

 

「ここは……」

 

『レディース! エンド! ジェントルメン! ようこそ、スレイヴ劇場へ!』

 

 身構えた隼人の前を可憐に舞う少女は無垢な笑みを浮かべて、彼女が言う所の劇場であるらしい真っ暗な空間を手で指す様に、くるくると回った。

 

 そして、急に回転を止めた彼女は、いまいち状況を掴めていない隼人と向き合い、軽く手を叩くと薄暗いダイニングに空間は変化し、少女の姿が見えなくなる。

 

「ここは……」

 

『あなたが暮らしていた家。父方の祖父母の家』

 

 やけに静かなダイニングを歩いた隼人は、いつの間にかダイニングテーブルに腰かけていた少女を睨むと、ガタン、と言う物音に身構えた。

 

 音源であるらしい階段の方に移動し、二階へ通ずる道を覗き込むと、幼い少年が階段を転がり落ち、反射的に避けた隼人は少年を追う様に誰かが下りて来るのに気付いて、顔を上げた。

 

 血に塗れた狩猟用の武器を手に、ダイニングの床に倒れた少年を見下ろす人物の顔を見た隼人は、目を見開く。

 

「爺さん……?! 婆さん……?!」

 

 返り血を浴び、目を虚ろに濁らせた祖父母に視線を流した隼人は、まさか、と幼い少年の顔を見る。

 

「小学生の頃の俺……」

 

 落下の痛みに呻き、切り傷や打撲で身動きが取れない全身を動かす幼い頃の自分は、祖父母を見上げて叫ぶ。

 

「爺ちゃん……婆ちゃん……何で、俺を殺そうとするんだよ!」

 

 恐怖からなのか、絶望からなのか、泣きながら叫んだ自分に隼人の胸は貫かれる。

 

「ワシ等にとって、お前は邪魔なんじゃよ! 不幸をもたらす疫病神めが!」

 

「そうじゃ、お前さんがいるせいで、知り合いが寄り付かなくなった! 老後の楽しみも何もかも、お前さんは全てぶち壊したんじゃ!」

 

 二人からの罵倒を受け、後退る幼い隼人は絶望に暮れた目を二人に向けていた。

 

 自分を愛していたのではないのか、と。

 

 あの虐殺から生き延び、傷を負った自分を受け入れてくれるのではないのかと。

 

 どうして、世界はこんなにも自分を拒絶するのかと。

 

 第三者の目線で見ながらも、隼人の心には幼い自分の感情が流れていた。

 

「お前さんなんか、死んでおれば良かったんじゃ!」

 

 足を踏みつけ、拳銃を引き抜いた祖父の罵倒。

 

 死んでいれば良かった、生きて帰るな、世界に存在するな。

 

 あの地獄から生き延びてもまだ地獄は無数にあった。

 

(そうか、俺が生きてる世界は、こんな物だったのか。爺さんも、婆さんも、こんな世界に縛られるから俺を殺そうとしているんだ)

 

 理性すら、狂っていく。

 

(すべてを、正常にしよう)

 

 幼い自身を見つめていた隼人の根底を、流れ込んだ狂気が上塗りする。

 

 膝を突き、記憶の中の物体をすり抜けて蹲った隼人は、狂気に満ち溢れた笑みを浮かべる。

 

『あなたの根底、あなたの理念、封じてたものを思い出したかしら? あっはははは! 良い破滅、良い狂気! あなたは私にとって最高のパートナーね!』

 

 蹲る彼の周囲で楽しそうに舞い踊りながら、狂気に満ちた笑みを浮かべた少女は、幼い隼人の傍にしゃがみ込む。

 

『さあ、昔のあなたはどんな選択肢を選ぶのかしら』

 

 そう言って少女は幼い隼人にふうっと甘い吐息を吹きかける。

 

 その眼前に拳銃を突きつけた祖父は、ニヤリと笑った幼い自分から後退り、銃口を向ける。

 

「な、何じゃ。何が可笑しいんじゃ!?」

 

 そう言いながら発砲した祖父だったが、狙いは大きく逸れ隼人の右頬を浅く裂くのみに終わり、立ち上がりながらその傷をなじった幼い隼人は含み笑いを漏らしつつ、包丁を手に取った。

 

「可笑しいのはこの世界だよ、爺ちゃん。俺を受け入れない、この世界。笑えるくらいに、狂ってる!」

 

 そう言って目を赤く染めた幼い隼人は怯える老夫婦に歩み寄りながら話を続ける。

 

「死んでれば良かった? いなきゃ良かった? あんな地獄を見た事もねえくせによくもそんな事言えるよなァ。狂ってるぜ、アンタら。きっと世界に毒されたせいだなァ」

 

『ふふふっ、そうそう。狂ってるのはお爺ちゃん達、そしてあなたはそれを救える武器を持ってる。世界の毒で腐っちゃう前に、あの世に出荷してあげなよ。やり方は私が教えてあげるから』

 

「そうか。じゃあ、血抜きの時間だぜ、爺さん。あの世に行く前に腐ると困るからなァ。ハハハッ」

 

 そう言って笑った隼人が飛びかかり、恐怖に呑まれて引き金を引いた祖父の動脈に刃を突き立てた隼人は、ショック死した祖父の体が崩れ落ちたのを確認すると、掻っ切る様に、包丁を引き抜いた。

 

 どくどくと赤黒い血が広がり、それを見下ろした隼人はニヤリと笑い、鉈を手に怯える祖母の方へ向く。

 

「婆ちゃん」

 

「な、何じゃ!?」

 

「脳みそぶち撒くけど許してくれ」

 

 火薬の炸裂音、脳漿をぶち撒いた祖母の体から力が抜け、額に赤い一点を生んだ体が床に倒れ込む。

 

 ミンチ上の脳みそが流れる血液に乗って床を這い、フローリングの溝に流れていく。

 

 静かになった家。元の日常に戻った家に狂った笑みを浮かべた隼人は硝煙の匂いを宙に浮かばせる拳銃を見下ろすと、ノイズの様に走った記憶に膝を突く。

 

 テロの際、至近で男を射殺した時の記憶を思い出した彼は、二度と味わう事が無かったはずの感覚に跪き、笑いながら胃の中の物を吐き出すと、震える手から拳銃を手放した。

 

「俺、は……あの時と同じ……。ハ、ハハハッ。もう、戻れないんだ、俺に正常なんてもう、どこにもないんだ」

 

 狂気と人間性が混じり合い、平然と射殺できる拳銃への恐怖を思い出した幼い隼人の姿は、引き攣った笑いと共に暗い空間に溶けていく。

 

 幼い自分の感情が流れ込んだ隼人もまた、引き攣った笑みを浮かべながらも、昨日までの自分が保っていた正気が感情を拒絶していた。

 

『これで思い出せた? あなたが憎んでいたのはこの世界。あなたを拒絶する世界そのもの。昨日の仲間もこの事を知ったらあなたを殺しに来るかもねぇ!

ねえ、あんなあなたの苦しみも知らない連中との仲良しごっこは止めて、私と手を組みましょう? どうせ皆、あなたを拒絶するんだもの、それが良いわ』

 

 苦しみ、笑う隼人の肩に凭れかかった少女は、彼の顔を覗き込みながら微笑む。

 

『手を組んでどうするかって? 決まってるじゃない、世界を壊すのよ。一度狂った世界をリセットして、正常な世界に戻す。この世に氾濫した世界秩序や思想なんかも全部、焼き尽くしてしまえばいいわ。

楽しいわよ、法も秩序も何もかも失えば争う事を忘れた人々は元の野蛮で、好戦的な原初の姿に戻る。聖人君子も元は野蛮人だったんだから、正しい行いよね!』

 

 そう言って両手を広げ、楽しそうに語る少女は、徐に顔を上げた隼人ににっこり笑う。

 

『そうなれば、もうあなたは狂った人間だって思われなくなる。さ、立って。一緒に世界を、この世界に生きている人々を殺しましょう』

 

 手を差し伸べた少女に、隼人は頷いてその手を取ると、彼女は赤黒く光る空に彼の体を引き上げた。



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第11話『本当の自分』

 まぶしい何かを感じた後に、目を覚ました隼人は白い天井と対面した。

 

 雨を降らせていた曇天も、焼ける様に熱かったアスファルトの感触もどこにもない。

 

 あるのはベットのぬくもりと、無機質な蛍光灯の明かりだけ。

 

「ここは……病院……?」

 

 服が脱がされ、包帯に包まれた上体を起こし、周囲を見回した隼人は、ベットに突っ伏しているレンカを見て少し動揺し、見た目には怪我が無い様に見える彼女を覗き込んだ。

 

『彼女さんがそんなに心配?』

 

 茶化す様な口調に振り返った隼人は、ベットに腰かけてくすくす笑う少女に半目を向けた。

 

『あぁん、そんなに怒らないでよ。ほら、茶化すつもりじゃなかったし』

 

「その言い方がすでに茶化す口調だ」

 

『あー、あはは。そうねぇ。まあ、何にせよ私はあなたがその子を殺すのを待ってるんだけどねぇ。ねえ、殺すの?』

 

 そう言って覗き込んでくる少女から視線を逸らした隼人は、胸の中でうずく二つの感情に戸惑い、迷っていた。

 

『あっ、分かった。あなた迷ってるんでしょ~。優柔不断はいけないなぁ。さっさと殺しちゃいなよ』

 

 そう言って少女は隼人の右肩に両手を置いて甘くささやき、彼の左手に視線を動かした。

 

 独りでに動いた左手がレンカの方へ伸びていくのに目を見開いた隼人は、殺意を沸かせながら少女の方へ振り返る。

 

「勝手な事をするな!」

 

 大声で叫んでいた隼人は、いつの間にか消えていた少女に気味の悪さを感じ、周囲を見回す。

 

「隼人……?」

 

 殺気立っていた隼人は、宙を泳いでいた左手に収まったレンカの頭に驚いて手を除け、眠気眼の彼女と対面する。

 

「体は、大丈夫?」

 

 そう言われて全身を見回した隼人は、眠そうに眼を擦った彼女に頷いた。

 

「お前、どうして俺のベットに? 他の連中は?」

 

「社長さんに呼ばれて共用スペースに行ってるわ。何でも、あそこでテロを起こした連中が、開発途中の第三ウォーターフロントを占拠したらしいの。もうすぐ戻ってくると思うけど」

 

「そうか、戻ったら詳細を聞かないとな……」

 

 そう言って体を沈めた隼人は、暗い表情のレンカに顔を向け、うじうじとしている彼女の頭に手を置いた。

 

「どうしたんだ? らしくないぞ、そんな暗い表情をして」

 

「だって、回収された時のアンタの事を思い出せば、当然じゃないのよ……。体もボロボロで、フレームだって修理に出されたのよ!? 死んでるみたいで、怖かった……。怖かったのよ! 馬鹿!」

 

「レンカ……」

 

 泣き出す彼女を慰めた隼人は、背中に感じた気配に振り返ると、慈愛を浮かべた顔でレンカを見下ろす少女がいた。

 

『あらあら、可愛い子ね。幼いって言うのかしら。あなたの事、相当心配してたみたいねぇ』

 

 そう言って少女は、レンカの頭に軽く触れるが感触が無いのか、レンカはその事に気付いてはいない様だった。

 

『今のあなたがどんな事になってるのかも知らないのにねぇ。あははははっ。さあ、殺しちゃいましょう? そしてあなたの絶望を見せて』

 

 頬に軽くキスをした少女から、すい針の様な鋭い痛みが走ったその後に、隼人の目と視界が赤く濁って、周囲の色が黒に変わる。

 

『ほーら、純情な女の子が泣いてるわよぉ。あなたみたいに地獄を見ずに育った子。憎いわねぇ、苦しんだ事も無いでしょうに』

 

 そう囁く少女だけが正常な色で隼人の前に姿を現し、レンカの両肩を叩く。

 

「隼人?」

 

 きょとんとした顔で、泣き腫らした目を向けてきたレンカに、殺意を抱いた手を伸ばした隼人は、彼女の首を掴んだ。

 

「お前も、苦しめ。そして、死ね」

 

 言葉を告げて、隼人はレンカの首を締め上げる。

 

 突然の事に戸惑う彼女は、万力の様に動かない隼人の手を叩いて抵抗する。

 

 だが、非力な彼女の力では彼の腕はびくともせず、ブリーフィングが終わったのか戻ってきた武達に助けを乞う視線を向ける。

 

『あーらら、仲間が帰ってきたみたいよぉ?』

 

 そう言って微笑んだ少女に一度目を向けた隼人は、驚いている武達を睨みつける。

 

「お前、何してんだよ!? レンカを殺す気なのか!?」

 

 武のその一言に殺意に傾いていた隼人の心が揺れ、レンカの首を掴んでいた力が緩む。

 

(俺は何をしようとしてる? 昨日までの自分を……。今まで生きてきて出来た仲間を、否定してるのか?)

 

 ベットの片隅にしゃがみ込み、咳き込むレンカを見下ろした隼人は、跳ねあがる心臓を押さえて苦悶を上げる。

 

「隼人!」

 

 そう言って駆け寄ろうとする武と彼に続こうとした楓を、浩太郎が引き留める。

 

(俺の事を、信じて、恋慕して、寄り添ってたレンカを……。俺は……、否定したいのか?)

 

『否定しなきゃ、世界は壊れないわよぉ?』

 

(俺は……、俺は……)

 

 ベットから転がり落ち、暴れる鼓動を腕から聞いていた隼人は、遠のいてミュートになった周囲の風景に、言い争う浩太郎と武の姿を見た。

 

(親友だった武達も、ずっと恨んで、生きていたのか……?)

 

『そうそう。恨んでたんだよぉ? あなたが、昨日までのあなたが知らない内にね』

 

(じゃあ、俺は……。守ると、誓った仲間すら、俺の居場所すら恨んで、生きていたのか? じゃあ、俺はもう、一人でいるしかないのか……?)

 

 モノクロの風景が正常に傾いていた彼の意識は、石膏の様に砕け散り、隼人の心は許容量を超えた。

 

『壊れた! 壊れた! あっはははは! 我慢できなかったのねぇ、あなたは。どちらも譲れない、だけどどちらも捨てれない。だから……壊れるしかなかったのねぇ。ああ、最高』

 

 ベットに腰かけた少女が見ている傍で、狂気が全てを飲み込み、目を開けた隼人の体がゆらりと起き上がる。

 

「く、くくくっ」

 

 可笑しい、全てが可笑しい。

 

 俺は世界を恨んでいたのに、どうして昨日までの俺が俺自身を苦しめる?

 

 どうして、苦しいと感じる?

 

 一人じゃないから?

 

 仲間がいるから?

 

「はっ、はははっ。壊れろ、お前ら全員……。俺の前から消え失せろ!」

 

 そう叫び、背中から狂気の乗った魔力を迸らせた隼人は、戸惑う武達を睨み据える。

 

「何だよ……!? 本当にどうしちまったんだよ! 隼人!」

 

 悲痛な武の叫びに隼人は、狂気を孕んだ笑みを返す。

 

「俺はあるべき姿を取り戻しただけだ……。だけどなぁ、俺は苦しいんだよ、武。お前らのせいで、昨日までの俺が、あるべき姿を否定する様になるからさ!」

 

「あるべき姿ってなんだよ……。昨日までのお前ってなんだよ!? お前はお前だろ!?」

 

「違うな、違うんだよ武。俺は、世界を恨んでいた。そして、その事を忘れて生きていた。その結果がどうだ? 世界を壊す前に、まず自分自身を壊す事になった」

 

「世界を、恨んでいた……? 世界を壊す……? どうしてだ、どうしてそんな事する必要がある?!」

 

「言った所で理解も得られん。だから、もう……終わらせよう」

 

 そう言って、拳を構えた隼人に後退った武は、間に割り込み、銃を構えた浩太郎に目を見開いた。

 

「じゃあ、君が……君自身が、散るべきだ」

 

 そう言って銃口を向ける浩太郎に、隼人は動揺を孕んだ恐怖を表情にする。

 

「昨日までの君が、俺達にとっての君だ。昨日までの君を、あるべき姿が否定するなら……。俺は、引き金を引いて終わらせる」

 

 銃口を向けられ動けない隼人を前に、引き金を引こうとした浩太郎は、割って入ったレンカに発砲を躊躇した。

 

「そこを、どいてくれ。レンカちゃん」

 

「やだ。退ければあんた、隼人を撃つんでしょ。そんなのさせない。こいつは、隼人は、私が好きにするんだから」

 

「そんな冗談を言っている場合じゃ!」

 

 そう言って銃口を隼人の頭に向けた浩太郎は、レンカの意図を汲んだカナに銃を押さえられた。

 

「ここは、私に免じて。彼女を信じてほしい」

 

「カナちゃん……」

 

「レンカは、きっと隼人を正気に戻せる。だって、馬鹿だから」

 

 そう言ってレンカの方へ視線を向けたカナは、少し落ち着いた様子の浩太郎に少しばかりの微笑を向けた。

 

 彼女の視線の先、目を赤く濁らせ、苛立った表情の隼人と向き合ったレンカは、負けそうな心を奮い立たせた。

 

「何のつもりだ、レンカ……」

 

「アンタと、話をするつもりよ」

 

「……お前と話す事なんてない。俺は、一人になるんだ。苦しい思いをしないで済む様に」

 

 そう言って片目に赤を残した隼人は、苦しげにレンカから視線を逸らす。

 

「その思い、どうして分かち合おうとしないのよ。どうして一人で抱え込むのよ。一人で抱えるから、一人でいなきゃいけなくなるんじゃないの?」

 

「お前らには理解できないし、受け入れられもしないからだ。俺はずっとそうだった。誰にも理解されず、拒絶されて苦しんで、孤独だった。もう、あんな思いは嫌だ」

 

「私達が受け入れないって、どうしてそう決めつけられるのよ」

 

「家族に、銃を向けられたからだ!」

 

「え……?」

 

 どん、と突き飛ばされたような衝撃を、レンカは体に感じ、暗い隼人の表情に全員が戸惑った。

 

「胸の苦しい思いを、家族に拒絶され、俺は殺されそうになった! それでもお前は……自分自身の苦しみを吐き出せるか……?」

 

「隼人……。アンタ……」

 

「俺は両親をテロリストに殺され、テロリストを殺して生き延び、心に傷を負った。苦しかった。辛かった。でも、その思いを……引き取った祖父母は、父方のも、母方のも、世論の批判に潰されて拒絶した。

俺の居場所は、俺の思いの受け皿は、どこにもないんだよ。もうこの世界のどこにも、俺の居場所は無いんだ。この世界では皆、俺とは別の世界に生きてて俺のいる場所を容易に壊していく。

だから俺はこの世界を壊して、俺の居場所を作る」

 

 そう言って拳を握った隼人に、レンカは頬を膨らませ、彼の首に飛び付いた

 

「そんなのいらない。アンタの居場所は私よ。私の傍にいればいい! アンタが私の居場所なんだから。私はアンタの居場所、だからアンタ一人だけの世界なんて必要ない! それも否定するなら私はアンタの傍でねちっこくストーキングしてやる!

悲鳴上げるまでずっと張り付いてやる! 殴ろうが蹴ろうが、認めるまでずっと!」

 

 そう言って頭突きを打ち込んだレンカは、額を押さえながら着地するときょとんとしている隼人に指を指す。

 

「良いわね!」

 

 そう言って涙目を吊り上げたレンカに、狂気の抜けた隼人は、ベットにへたり込みながら笑う。

 

「馬鹿だな、お前は。どんな理屈も聞きやしない。最高に頭の悪い奴だ」

 

「ふふん、そうでしょ?」

 

「ああ」

 

 そう言って笑みを返したレンカに、隼人は笑いかけ、そして頭痛に苦しんでベットに伏した。

 

『だから、殺したくなるのよねぇ』

 

 隼人の背中から励起した魔力。

 

 それが少女の型を成し、声を発する。

 

 その光景に驚いた全員は、独りでに動いた隼人の右手がレンカの首に伸びたのを見る。

 

『本当はこういう事、したくないんだけどさぁ。私の楽しみを奪っちゃったから、その責任を取ってもらわないとねぇ』

 

「や、めろ……。貴様、俺の狂気を吸って……!」

 

『あはは。だってぇ、私、あなたが破滅する所見たかったんだもん。面白そうだったのにぃ。だからあなたの狂気をリザーブするしかなくなっちゃったのぉ。ぷぅー』

 

 そう言って子どもの様に頬を膨らませる少女は、怯えるレンカと手出しできない武達を嘲笑い、ゆっくりと締め付けさせる。

 

『ほーら、抵抗しないと死んじゃうよぉ?』

 

「止め、て……」

 

『あはは! 何? 私に命乞い? かんわいい~。お子ちゃまねぇ。助かりたいなら、隼人君の腕を斬り落とせばいいのにさぁ。甘い、甘いねぇ』

 

 そう言って嘲笑う少女に、レンカは恐怖し歯を鳴らしながら、抵抗しているらしい隼人を見下ろす。

 

『さあ、どうするの? 腕、斬っちゃう?』

 

 そう言って笑った少女に覗き込まれ、レンカは目を逸らし、抵抗をあきらめた。

 

 その時だった。

 

「それには及ばないわ」

 

 高圧的な一言の後に、放たれた光弾が少女に直撃した。

 

 目を見開く全員の視線が術式を放った咲耶に向き、やれやれと嘆息する彼女が苦しみだした少女に視線を向ける。

 

「念の為にこっそり医療用術式スキャンをかけて正解だったわ。隼人君の暴走はあなたが原因だったのね、ダインスレイヴ」

 

『あっはは、ばれちゃったかぁ。まあ、あれだけ派手に暴れさせればそうなるかぁ』

 

 片腕を突き出す咲耶に、わずかに恐怖を浮かばせながら笑った少女は、かすれていく体を見下ろす。

 

「しばらく大人しくしててもらうわ。少なくとも、今はね」

 

『それでも良いかなぁ、まあ何しようが無駄だしねぇ。うふふふふっ』

 

「くっ、忌々しい」

 

 そう言って舌打ちした咲耶の目の前で少女が消滅し、隼人の腕が地面に向けて垂れ下がる。

 

「間に合ってよかったわ。あなたのフレームのOSが術式による干渉で破損してたのに気付いて寝てる間にスキャンを掛けたの。それで、この事を突き止めた訳」

 

「そうか……。相変わらず有能だな、アンタは……。それに合わせ、その対抗術式も組み上げてきたって訳か」

 

「正直、生身に打ち込めば効果が薄くて心配だったんだけど、幸いにもそこのバカ猫ちゃんがあなたから魔力を剥がしてくれてね。直接打てたって訳」

 

 そう言って笑った咲耶に、正気に戻った隼人も笑い返す。

 

 その二人のやり取りをきょとんとした様子で見ていたレンカ達は、いまいち状況を掴めていなかった。

 

「あの。質問が二つほど」

 

 そう言って手を上げたのは肩に『レミントン・ACR』アサルトライフルを下げたリーヤだった。

 

「何かしら」

 

「まず一つ。あなたが言っていたダインスレイヴと言う言葉と、隼人君の傍にいた女の子に何の関連が?」

 

「そうね、まずダインスレイヴについて教えましょうか。ダインスレイヴは、地球の歴史で言う所の中世に製造された魔剣。現在のクラス区分で言う所の大魔術式武装に当たる代物よ。効果は切りつけた相手に致命傷を負わせる事。

でもね、その代償として使用者の意識に強烈な殺意を生み出してしまうの。そして、その殺意に呑まれた人間は狂化し、一欠片の理性を残してダインスレイヴの操り人形になる」

 

「じゃあ……隼人君が、レンカちゃんを襲ったのも……」

 

「見てないけど、多分そう。ダインスレイヴの仕業ね。最も、隼人君は心理状態も含めて特殊だから一概にそうは言えないんだけど、まあ絡んでいるのは確実ね」

 

 そう言って嘆息した咲耶に、リーヤは納得の声を漏らす。

 

「それで、ここからはあの女の子の話になるんだけど。あの子は隼人君の体内に残留しているダインスレイヴの魔力。その実体。体内構成そのものは闇属性で出来ているわ。つまり、光属性に弱い」

 

「だが、現状、抑制するのが限界って事か」

 

「ええ。そうよ。そして現状それ以外に打つ手がない。それが今の技術で出来る限界よ。残念だけどね」

 

 そう言って唇を噛み締める隼人を見下ろした咲耶は不安そうなリーヤ達に視線を戻す。

 

「さて、二つ目の質問は?」

 

「はい。どうして咲耶さんは術式を行使できたのですか」

 

「ええ、それは簡単。この、フレーム一号機『スパルタンフレーム』の術式処理ユニットのおかげよ」

 

 そう言って上着を脱いだ咲耶は、空色に染められたフレームを露出させる。

 

 腰にホルスターが装着されたフレームの背中、ちかちかと一定のパターンで瞬くユニットを彼女は指す。

 

「アンタが一号機を使ってたのか。さっきの一撃、違和感は感じていたが術符じゃなかったんだな」

 

「そうよ。それに、あなた達に会う時はずっと来てたんだけどねぇ。ほら、荷物運搬に使ってたのよ」

 

「そんな事に試作品を使うなよ……」

 

 そう言って笑う咲耶にため息を吐いた隼人は、その瞬間に感じた激震に驚き、立ち上がった。

 

「爆発か?!」

 

 そう言って窓の方に駆け寄った隼人は、一階のロータリーに見える炎上したタクシーと遠く聞こえる銃声、小さく瞬くマズルフラッシュに舌打ちし、武達の方を振り返った。

 

『にゅ、入院中の皆様! 当病院が何者かに襲撃されました! 急いで避難を―――』

 

 院内アナウンスが途切れ、舌打ちした隼人が外に出ようとするのを、ヴェクターを構えた浩太郎が遮った。

 

「君はまだ、入院扱いだ。それに、武器も無いんだろ?」

 

「あ、ああ。だが、俺にも何か……」

 

「待っててくれ。それだけでいい。もどかしいだろうけど、今の最善はそれだから」

 

 そう言って武達を連れて下の階へ降りていった浩太郎を、隼人はただ無言で見送った。



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第12話『信じて、向き合う』

 放心状態の隼人が浩太郎達を見送った後。

 

 苦笑しながらドアを閉めた咲耶は、落ち込む隼人の背中を見る。

 

「信じて待っててくれって。あなたが一番苦手な事よねぇ」

 

「ああ、だが……。今の俺にはそうするしかない」

 

「本当に? この私がいるのに?」

 

 そう言って赤と黒のボストンバッグを取り出した咲耶に、隼人は目を見開き、彼女からバッグを受け取る。

 

「アサルトフレーム……。あんなに破損してたのに、直ったのか?」

 

「ええ、スペア自体は大量にあったからハードは何とかなったけど問題はソフト。恐らくダインスレイヴがOSに干渉してリミッター解除した影響で元データが破損してた。

だけど、アサルトフレーム用に共用OSを調整している暇もなかったからだから、OSはそのまま。術式強度の常時調整も兼ねた神経接続がダウンしたままで、身体強化術式で戦闘出力からの負荷を軽減する事は出来ないわ。

今、戦闘出力を使用すればあなたの体が千切れるのは間違いないから、ここは無理をせず通常出力で使用しなさい」

 

「いや、通常出力じゃ性能不足だ。アサルトフレーム、戦闘出力で起動。操作はモーションコントロールで何とかする」

 

「戦闘出力ですって?! 無茶よ、通常出力ならともかく神経接続との連動無しで戦闘出力なんて、あなた、体を壊すつもりなの!?」

 

「無くても何とかする。今はこの状況を打破する事を考えるしかない」

 

 そう言って入院着から新調された戦闘服に着替え、PTSD対策の薬を打った隼人は、服の上からアサルトフレームを装着し、左腕のコンソールを操作した。

 

 モーションコントロールのオプションを開いた隼人は、突然起きた胸の痛みに跪き、背中から魔力を迸らせると、実体化したそれに荒く息を吐きながら身構える。

 

「ダインスレイヴ……!?」

 

『ん~、これって、あなたがあの時使ってたおもちゃ? あっはは、面白そう』

 

「アサルトフレームに、何をするつもりだ……?」

 

『そうねぇ、私が、おもちゃを制御してあげよっか? 契約として。その供物として、血を要求するけどねぇ。どうするのぉ? 本当に私の助け無しで、動かしちゃうのかしらぁ』

 

(分かってて……言ってるな、こいつは)

 

 そう言って笑うダインスレイヴに舌打ちした隼人は、アサルトフレームの設定をデフォルトに戻す。

 

「分かった、契約を結んでやる。だが、それ相応に仕事をしろよ。それと、お前のコールは今からスレイに変える」

 

 そう言って息を整えた隼人は、フレームに吸い込まれたダインスレイヴが起動させた神経接続と、OSに痺れと掻き毟られる様な感覚を得る。

 

『あっは、動いた動いた。接続、確認っ。私の魔力と一緒に送ってあげたわよぉ』

 

 一瞬赤く染まった隼人の眼が元の色に戻り、それを見て『M93R』マシンピストルを下ろした咲耶は、安堵の息を漏らしながら、ダインスレイヴ固有の魔力を脈打たせるアサルトフレームを見下ろす。

 

「はぁ、致し方ないとは言え、魔剣クラスとの契約なんて無謀にも程があるわよ。まあ、契約したのなら、一応手伝いましょうか。アーマチュラ、作戦展開の為に一応搬入しておいたのよ。

地下駐車場にあるから、取りに行きましょう。戦闘も楽になるはずよ」

 

 そう言った咲耶は、腰に拳銃を戻し、バッグから『HK417A2』バトルライフルを取り出して構える。

 

 その正面、フレームにワインレッドの魔力を纏う隼人が、ドアに手を掛ける。

 

「分かった。俺がドアを開ける。援護してくれ」

 

「了解よ、カウント3で開けてちょうだい。三、二、一」

 

 勢いよくドアを開けた隼人は、先行して外に出た咲耶が周囲を探るのを待ち、ハンドサインで合流を指示してきた彼女の前に付く。

 

「さて、どうやって地下駐車場に向かうんだ? エレベータ、階段、全部制圧されているぞ?」

 

「ふふふっ、まだあるでしょ? 移動手段は」

 

 そう言って上を指した咲耶に吊られて、見上げた隼人は、階段を上がり始める彼女の後を追って、屋上に上がった。

 

 がらんとした屋上、その端に移動した二人は、同じ事を考えていたらしく、下を見下ろす。

 

 そして、四人いる見張りのうち一人の頭上を取れる位置に移動。

 

 ジェネレーター室の壁にブレードを打ち込むと、隼人は落下防止用の手すりを掴む。

 

「屋上からのラぺリングドロップ。考える事は一緒だな」

 

「ええ、以心伝心ね。あなたの後を追うから、よろしく」

 

「簡単に言ってくれる……。降下準備、三、二、一。降下!」

 

 そう言って手を離した隼人は、十数階もの高さから降下し、フリーになったワイヤーが勢いよく放出される。

 

 地面まで数メートルと言う所で減速をかけつつ、見張り目がけて降下した隼人は、ユニットを切り離してドロップアタックを仕掛けた。

 

「戦闘開始」

 

『あはは、りょうかぁい』

 

 甲高いユニットの駆動音と共に目を赤く濁らせた隼人は、押し潰した一人目の死体を傍らに蹴り飛ばす。

 

 そして、増幅された瞬発力で銃弾を回避し、上空で宙返りをしながらスラスターを噴射。

 

 降下と同時のニーキックで二人目の見張りを吹き飛ばした。

 

 返り血が全身に散り、それがしゅうしゅうと音を立ててフレームに吸収される。

 

『あはっ。汚い味ねぇ』

 

「文句を言うな。下種の血などそんなものだろうに」

 

『うふふ、そうねぇ』

 

 そう言って笑う少女をウィンドウに入れつつ、三人目の頭を地面に叩き付けて殺害した隼人は、自分の背後でナイフを手に攻め込む四人目を視界に入れる。

 

 直後、上方から7.62㎜弾に滅多打ちにされて死亡した四人目の傍に歩み寄った隼人は、しゃがみ込むと路上に流れた血をフレームに塗り付けた。

 

「どうして、お前は……。俺に協力なんかする事にしたんだ。このまま、俺を乗っ取れる筈だろうに」

 

『今の私にそんな力は無いもの。だから、力を蓄える必要があるの』

 

「ふん、だろうと思った。まあいい、利用できるならさせてもらう。お前が、何を企んでいようがな」

 

 そう言って立ち上がった隼人は、マガジンチェンジしながら駆け寄ってきた咲耶を待つ。

 

『そう言うあなたは、これからどうしたいの? 世界を壊すの? 居場所を否定するの?』

 

「世界は壊さない。どれだけ醜悪な事を見せつけられて、反吐を出そうが俺はアイツらを……。レンカ達の居場所を守る。俺の居場所を作ってくれたあいつらの為に」

 

『ふぅん、そう。じゃあ、その覚悟、私の力を使って見せてみてよぉ。血を流しながらね』

 

 そう言って笑い声を上げるスレイの声を聴きながら立ち上がった隼人は、合流してきた咲耶の後を追う。

 

 戦闘出力で分厚いシャッターを殴り、変形させた隼人は、大きく歪んだ底を掴んで思い切り引き上げた。

 

 すると、紙細工の様にメキメキと変形し、人一人が寝て入れる位の隙間が出来上がる。

 

「先に入るわよ!」

 

 そう言って拳銃に持ち替え、横ロールで入った咲耶が、クリアリングを済ませる。

 

「クリア! 入ってもいいわよ!」

 

 その言葉を聞いてロールして入った隼人は、電源がダウンした地下駐車場に入る。

 

 薄暗いそこに入った隼人達二人は、フレームのナイトビジョンを起動してスロープを下る。

 

 周囲を警戒しつつ、地下駐車場に入った二人は、薄暗い構内に六つのライトを確認し、手近な車に身を潜めて駆動モードを通常に戻す。

 

 そして、暗闇でのハンドサインで殺傷法をサイレントキルに切り替え、二手に分かれる。

 

「ここの占拠は楽だったなぁ。人っ子一人いねえ」

 

「上じゃ、何かPSCの連中が抵抗しているらしくってな。あーあ、上に行って撃ちてえなぁ」

 

「馬鹿。ここの仕事ぐらいまともに済ませろ。それに俺はあんなラリった連中との仕事、俺は御免だぜ」

 

 そう言って巡回する兵の会話を聞いていた隼人は、離れていった兵を追うと背後から首を絞め上げ、もがく兵の首を折って車の陰に隠す。

 

 咲耶も同じタイミングで一人排除したらしく、ライトが一つ消える。

 

 それを確認した隼人は業務用のライトに照らされたトラックに集まる四人を見据える。

 

『ターゲットはあのトラックよ』

 

「中央の見張りが邪魔だな。俺が排除する。フラッシュグレネードで援護してくれ、ダイナミックエントリーで突入する」

 

『了解、三秒後に投擲。カウント、三、二、一』

 

 カウントが終わると同時、男たちの中心でからんと乾いた金属音が鳴り響く。

 

「グレネード!」

 

 悲鳴に近い叫びが響き、フラッシュグレネードが破裂する。

 

 同時に赤目に変わった隼人は、ダインスレイヴの魔力にブーストされた全身を瞬発させた。

 

 手前にいた男の後頭部を打撃して吹き飛ばした隼人は、男から散った返り血を浴びると活性化したフレームの魔力をパワーに変えて疾駆させる。

 

「死ねぇ!」

 

 凶暴に目を輝かせ、フルパワーの裏拳で男を殴り飛ばした隼人は、目が眩んでいなかったらしいエンジニア二人に目を向ける。

 

「や、止めろ……。バケモノがぁ!」

 

 そう言って放たれた拳銃弾の弾道を、強化術式の効果で見切って回避した隼人は、拳銃を拳で砕き、エンジニアの首を両腕で取る。

 

「ひ、ひぃいい!」

 

「貴様ら、俺の質問に答えろ。そうすれば見逃してやる」

 

「な、何だ!?」

 

「お前ら、どこの所属だ。雇われた、と聞こえたが。傭兵なら依頼内容も話せ」

 

「お、俺達は新アフリカの民間軍事警備企業(PMSC)だ! い、依頼は―――」

 

 言いかけた所で背後から発砲音が聞こえ、ライフル弾に滅多打ちにされたライトが次々に割れていく。

 

 その中に一発が右手の男の頭を飛び散らせる。

 

 その光景にパニックになった左手の男を黙らせた隼人は、男ごと物陰に隠れる。

 

「こそこそ地下を嗅ぎ回ってるネズミ共! 出て来いよぉ! 蜂の巣にしてやるぜぇ!」

 

 そう言いながら地下駐車場に通じるエレベーターから出てきた男たちが、フラッシュライトを灯す。

 

『どうするのよ、新手じゃない』

 

「咲耶、トラックのカギは開けられるか?」

 

『フレームの神経接続がキーコードになるから、開く筈よ』

 

 通信機の声に希望を見出した隼人は、怯える男に舌打ちして、近場の自動車に放り投げた。

 

「ヒャッハー! 敵だァ!」

 

「や、止めろ、撃つな! 俺は味方だ! おぐふっ」

 

 新手が放ったライフル弾に滅多打ちにされたエンジニアがくぐもった断末魔を上げる中、トラックの認証装置にコンソールを繋いだ隼人は、追ってきた咲耶と共にトラックの中に入る。

 

「どのコンテナだ!?」

 

「そこ! フレームカラーのコンテナ! きゃあ!?」

 

「危ない!」

 

 ロケットモーターの音の後、激震と共にトラックが横転してコンテナと共に隼人の体は、咲耶の身代わりとして側壁に叩き付けられる。

 

「クソ、RPGか……!? 咲耶、大丈夫か?」

 

「ええ……。何とかね。でも、悠長にしてられる場合じゃないわよ」

 

「ああ、その様だな」

 

 そう言ってお互いにミリ波スキャナーを起動した隼人達は、ドア越しに集結している男達を見据えると、二人揃って解放したアーマチュラのコンテナに身を飛び込ませる。

 

 その瞬間、男達は、手にしたライフルを構え、トラックの荷台目がけて一斉に銃口を向けて発砲した。

 

 弾痕に塗れる荷台、常人なら生きてはいないであろうその数に兵士たちは、揃って慢心する。

 

「こんだけぶちこみゃ、生きちゃいねえだろ」

 

 そう言って笑ったリーダー格がドアを開ける様、部下に指示する。

 

 ショットガンとサブマシンガン、それぞれを構えた男たちが、ドアに手を掛けた瞬間、男ごとドアが吹き飛んだ。

 

「何だァ!?」

 

 驚き、周囲の部下と共に銃を構えたリーダーは、蜂の巣になったはずのコンテナの奥に、光る二つの双眸を見つけた。

 

 緑と灰色、それぞれに分かれて灯るそれが近付いているのを、目の大きさで判断したリーダーは、コンテナから放たれた光に目を閉じる。

 

 直後、一斉射撃で放たれた弾丸をものともせず、膨大な光の中から飛び出てきた赤と黒の悪魔に、リーダー格は絶叫し、そのまま悪魔の拳を食らった。



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第13話『悪魔の目覚め』

 一方、病院の七階にある子ども用の入院施設にて、武達と共に戦闘を繰り広げていたレンカは、戦場から避難していく子ども達を守りながら戦っていた。

 

 狭い空間で邪魔になる薙刀を捨て、格闘戦に持ち込んでいた彼女は、アクロバティックな動きで敵を翻弄しながら脚部のブレードで敵の首を狩る。

 

「どれだけいるのよ……!」

 

 そう毒づきながら息を荒げるレンカは腰を抜かし、失禁している子どもに気付くと、補助武器の拳銃(Px4)を引き抜きながらそちらに向けて走り出す。

 

「レンカちゃん!」

 

 彼女に気付いた浩太郎が、ククリナイフで敵の首を切り裂いて、Mk23で援護射撃を撃ち込むと、バスタードソードで壁ごと敵を切断したカナを援護に向かわせる。

 

 敵の数が減っていく中、泣きじゃくる子どもを回収した二人は、慰めながら脱出地点を確保していた武達の方へ移動しようと脇を抱えて走る。

 

 が、突如として横から現れた軽軍神が、咄嗟にレンカを庇ったカナ諸共、ボディチャージで吹き飛ばした。

 

「け、軽軍神……」

 

 入口の壁が砕かれた病室で、子どもを庇いながら呟いたレンカは、目の前でセンサーを瞬かせる軽軍神『ファルカ』が、大型のライフル銃を構えて歩み寄ってくるのに怯えを浮かばせて後退る。

 

 自動車事故よりもすさまじい衝撃を受けたカナは気絶し、彼女に追撃を入れようとしたファルカは、組みついてきた武からの連射を頭に受ける。

 

 バリアフィールドが弾を弾く為に大したダメージにはなっておらず、銃身を焼いてマシンガンを撃ち続ける武を引き剥がしたファルカは、彼をその場に叩き付けた。

 

「ぐはっ!」

 

 吐血し、苦しむ彼は、その手から軽機関銃を取り落とし、歩み寄ってきたファルカを睨みつける。

 

 ファルカに踏み砕かれた軽機関銃が金属片となって散り、血を吐きながらリボルバーと自動拳銃を引き抜いた武は、わき腹に追撃の蹴りを食らい、病室の壁を砕いて気絶した。

 

「武君!」

 

 叫び、歯を噛んだ浩太郎は、腰から引き抜いたトマホークを振り被り、飛びかかる。

 

 ナイフすら引き抜かず、腕の装甲で受けたファルカに驚愕した浩太郎は、片手で構えられたライフルを斬り結んだ腕に組みつく事で回避し、叩き付けられる前に腕から離れて距離を取る。

 

(今この場にサイレントフレームさえあれば……!)

 

 そう思い、無い物ねだりをした自分を内心で叱咤した浩太郎は、腰からMk23を引き抜いて発砲する。

 

 連続で放たれた拳銃弾をバリアが弾き、彼方へ飛んでいく。

 

「効かんなぁ。そんな豆鉄砲が何になる。俺を撃ち抜くならこれぐらいの口径じゃないとなぁ!」

 

 そう言って大型ライフルを構えたファルカに、目を見開いた浩太郎は射線上に入っているカナと武に気付いて、その場から離れた。

 

 その彼を追って銃口が動き、そして、12.7㎜のフルオート射撃が彼を襲った。

 

 間一髪の所でバラバラにされずに済んだ浩太郎は、物陰で息を荒げながら拳銃にマガジンを込める。

 

「さぁて、お楽しみと行こうかねぇ」

 

 残った面々に聞こえる様、外部スピーカーでそう言ったファルカのパイロットは、恐怖に脳内を支配されていたレンカにライフルの銃口を向けると、赤熱化している銃口を彼女の頬に当てる。

 

 頬に走った痛みに絶叫したレンカにニヤッと笑ったパイロットは、そのままなぞる様に銃口を動かす。

 

「ほーら、どうだぁ? 怖いかぁ? 抵抗すりゃコイツから弾が飛び出るぜェ、ヒッヒッヒ」

 

 悪辣な笑みを浮かべるパイロットを見上げるレンカは、震える体に子どもを寄せる。

 

「こんのクソ野郎ォオオオオオオ!」

 

 気合一閃、高周波ブレードに加工した太刀型の術式武装『威綱』を振るった楓は、刃を滑らせたバリアに歯を噛むと刀を横薙ぎに構え、起動させた火炎術式を刃に込めた。

 

「受けてみろ、不知火の一閃を!」

 

 横一線を放った楓は、突破できないバリアに大きく目を開いて驚き、直後、左肩に裏拳を食らって壁に叩き付けられた。

 

 壁にひびを生みながら崩れ落ちた楓が立ち上がろうとするのに、追撃の蹴りを顔面に入れたファルカは、鼻血を垂らして気を失った楓を鼻で笑った。

 

「止めて……」

 

 涙を流しながら、レンカはポツリと呟く。

 

 頬の火傷を撫でた彼女は、無力さを広げるじんじんとした痛みに大粒の涙を流し、子どもを抱き締めて庇う事しかできない自分の臆病さを呪った。

 

 通信機から、別働隊らしいもう二機のファルカに苦戦する浩太郎達の怒号が鳴り響き、もう助けが来ない事を悟ったレンカは、顔を上げた先でスローモーションで動くライフルを捉えた。

 

(そっか……。隼人が見た地獄って、こう言う事なんだ)

 

 見ているだけで、何もできない悔しさ。自分に向けられた銃口の恐怖。

 

 それでも彼の絶望や、恐怖には足りない。

 

 それでもレンカは目の前の絶望を見つめ、小さく言葉を放つ。

 

「……助、けて」

 

 もう叶わない願いと思いながら、レンカはそう言葉にする。

 

「助けて……」

 

 涙を流し、銃口を中心に捉えた彼女は心に浮かんだ人物に願いを放つ。

 

「助けて、隼人ぉ!」

 

 彼女の口から願いが放たれた瞬間、彼女の頭上にあった壁が外部から内側に爆裂する。

 

 何事かと周囲が動きを止めた中、白煙を裂いて現れたのは、灰色の双眸を光らせた赤と黒の鎧騎士。

 

 地下一階で隼人が身に纏ったそれは、地獄と現世を隔てる壁を破壊し、現界する悪魔の騎士(ペイルライダー)の様だった。

 

 白煙を纏って鎧に包まれた隼人が、腕のパイルバンカーをファルカに叩き付け、フルオートの杭打ちでバリアを破る。

 

 そして、全力の右ストレートで剥き出しになったパイロットの間抜け面を、叩き割って着地した。

 

 崩れ落ちたファルカを見下ろした隼人は、赤と黒のアーマチュラ・ラテラの頭部をレンカの方に動かし、泣いている彼女へ歩み寄ると、装甲に包まれた体をしゃがませた。

 

「大丈夫か、レンカ」

 

 そう言って子どもごとレンカを抱き締めた隼人は、泣き出した二人に笑った。

 

「ゴメンな、遅くなっちまって」

 

 そう言ってレンカ達から離れた隼人は、突き破った窓からスラスターと浮遊術式を併用して飛行してきた咲耶に視線を動かす。

 

「全く、スラスタージャンプで地下から七階まで飛び上がってその上、真横に軌道変えて壁ぶち破るとか、なんて無茶するのよ」

 

 空色と白でカラーリングされた鎧姿の彼女が纏うのは、アーマチュラシリーズ一号機、『アーマチュラ・チェーロ』。

 

 汎用性に優れた性能を持っているアーマーで、隼人のそれと違い、射撃戦に対応する為に、肩へ追加のシールドコンテナとターレットが追加されていた。

 

「無茶は俺の専売特許だ。それよりも咲耶、二人と負傷した奴らの救護を任せた。俺は浩太郎達の救出に行く」

 

「はいはい、了解よ。じゃあ、これ。持っていきなさいな、改修済みのサイレントフレームを。浩太郎君に渡してあげて」

 

「分かった。頼んだぞ」

 

 肩にボストンバッグを担いだ隼人は、咲耶にこの場を任せると、病室を出て三人の反応がある方へ移動した。

 

 重そうな見た目とは裏腹に、高出力のアシストシステムがある為、意外と軽快な動きが出来るアーマチュラ・ラテラの特徴を、存分に生かす隼人は、視界の端に映ったファルカに駆け寄る。

 

 駆動音に気付いたファルカの射撃を、壁を足場にした跳躍で回避した隼人は、踵落としでライフルを叩き落とすと、抜き撃ち(クイックドロウ)で放たれたSMGの射撃を、装甲を解放しての噴射制御で回避する。

 

「装甲の魔力残量を表示しろ」

 

『ふふふっ、了解よぉ。それにしてもこのおもちゃ、全身から効率よく血液がもらえるなんてねぇ……』

 

 神経接続のコンソール上にて笑うスレイを睨んだ隼人は、枯渇寸前の魔力を確認して舌打ちし、その隣に表示されたリチャージ突入までの時間を確認する。

 

「残り三十秒か……」

 

 そう呟いた隼人は、バク転の連続で弾丸を回避すると、壁を足場に跳躍し、ファルカのバリアに飛び蹴りを打ち込む。

 

 案の定阻まれた蹴りに、バリアの内側で嘲笑したパイロットは、至近で爆裂した足に驚き、バリアを突き破った爆炎がパイロットの頬を軽く焼く。

 

「ばッ、バリアが!?」

 

 降下してきた隼人が、膝を叩き付ける直前に回避したパイロットは、至近でSMGを撃発させる。

 

 回避が間に合わず装甲で受けた隼人は、含み笑いを放ったスレイの声に魔力残量を確認した隼人は、枯渇寸前の魔力に舌打ちした。

 

「よそ見をするとは!」

 

 こういって大型のナイフを振り上げたパイロットに、アーマーを補助電力で動かした隼人は、逆手持ちのグラビコンソード(重力剣)を腰目がけて振るった。

 

 切断個所の分子を失ったファルカが、大量の血液を吹き出しながら崩れ落ち、返り血を浴びた隼人は、解放されたコンデンサ(増槽)装甲から露出したインテークを見回す。

 

「くそっ、再充填(リチャージ)が入ったか。体が重い」

 

 インテークから魔力を吸入しつつ、冷却に入ったラテラを歩かせた隼人は、笑っているスレイを睨み付けると、銃声が聞こえる方へ移動する。

 

『魔力が欲しいの?』

 

「……お前からの魔力供給は必要ない。術式が混入している魔力を動力にすれば俺の精神に負担がかかる」

 

『あっそう。でも、チャージに時間がかかるみたいねぇ。すぐに動けないわよぉ? あなたは、仲間を見殺しにしたいのぉ?』

 

 そう言って笑うスレイに重い装甲を支えながら歩く隼人は、リチャージにかかる時間を確認すると、安全と時間を天秤にかけた。

 

「チッ、仕方ない。お前の提案に乗る。背面部リザーバータンクに優先して魔力を供給しろ、それから装甲に回せ」

 

『はいはい、了解よ。供給開始』

 

 供給された魔力が電力に変換され、体が軽くなったのを感じた隼人は、その直後頭を埋め尽くす狂気と殺意に意識を埋め尽くされた。

 

 片膝を突き、頭を押さえた隼人は面白そうに見てくるスレイに強い殺意を向け、目を赤く染め上げながら、理性を狂わせかけるが寸での所で堪えた。

 

『あらあら、耐えたのねぇ。それもあれかしら、覚悟のお陰?』

 

「そう思うならそう思っていろ。行くぞ」

 

 微笑を浮かべたスレイにそう言って顔を上げた隼人は、魔力残量がフルに回復している事を確認すると、外部のカメラセンサーを赤く染め、反応がある辺りに向けて疾走する。

 

 まだ数人残っているらしいパワードスーツ未装着のテロリストが、隼人の存在に気付き、アサルトライフルを連射する。

 

会敵(コンタクト)!」

 

「な、何だこいつ!? ライフルが効かねえ!?」

 

「怯むな、撃て! 野郎の装甲だって無限に耐える訳じゃねえ!」

 

 フルオートのライフル弾を装甲に受けた隼人は、両腕の装甲でセンサーを守りつつテロリストに迫ると、捻りを加えながら軽く跳躍して飛び越す。

 

「野郎!」

 

 追撃の射撃を放つ兵士に舌打ちした隼人は、肩の鞄を庇いつつ、無視してリーヤ達と戦闘を行うファルカの方へ走っていく。

 

 ナツキが展開しているディフレクター(偏向障壁)に銃撃を加えるファルカが見えた瞬間、隼人は、肩にかけていたボストンバッグのスリングを下ろし、持ち手を掴む。

 

発砲(ファイア)!」

 

 そして、ふくらはぎのサイドスラスターと共に足のランチャーを撃発させ、地面を抉

りながら、加速して体格差1.5倍ほどもあるファルカにタックルをぶち込んだ。

 

 体勢を大きく崩し、天井に12.7mmのライフル弾を撃ち込んだファルカに蹴りを打ち込んで吹き飛ばした隼人は、ディフレクターに隠れていた浩太郎へバッグを滑らせ渡す。

 

「浩太郎、それを使え。改修済みの代物だ。ファルカは俺に任せろ」

 

 そう言ってファルカに向けて走り出した隼人に、背を向けて開いている病室にリーヤ達共々入った浩太郎は、ボストンバッグから取り出したフレームを装着した。

 

 背負い鞄の様に装着された背面ユニットが微細な振動を放ち、アイドリングが完了するまでの間にホルスターを装着した浩太郎は戦闘出力に移行したフレームを動かしてしゃがむ。

 

「クソ、あの鎧野郎どこ行きやがった?!」

 

 そう言いながら走るテロリストを壁際でリーヤ達と共にやり過ごした浩太郎は、彼らにハンドサインで回り込むように指示すると、拳銃を構えながらゆっくりと出て行く。

 

 角を曲がったテロリスト達の後を追った浩太郎は、手練れらしいファルカと泥仕合を繰り広げる隼人へ銃口を向けようとする彼らを見つけると、リーヤ達が射線に移るよりも早く飛び出した。

 

「コンタクト!」

 

 そう言って振り返ってきたテロリスト達が銃口を向けるその瞬間、急激にスローモーションとなった浩太郎の視界に、新たなウィンドウが現れる。

 

電磁防盾(ローレンツバリア)?! こうか!?)

 

 左腕を目の前にかざした浩太郎は、ワイヤーブレードのユニットから展開した整波装置に驚き、直後発生した電磁フィールドが弾丸を全て弾き飛ばす。

 

「弾いた?!」

 

 高速回転しているらしい電磁フィールドが火花を散らしながら、彼方へ弾いたのを見た男たちは、真横からの攻撃で絶命し、床に倒れ込む。

 

 そのタイミングで壁にファルカをめり込ませた隼人は、火薬の炸裂も加えてバリアを蹴破ると、息を荒げながら胸部装甲を引き剥がしてパイロットを引きずり出す。

 

「う、うわぁあ?! な、何だ貴様!? は、放せ!」

 

 そう言って暴れるパイロットの体を掴み上げた隼人は壁際に押し付ける。

 

「お前、ティル・ナ・ノーグのテロリストだな? 知っている事を全て話せ。さもなくばここから投げ落とす」

 

「ま、待て! よし、何だ?! 何が聞きたい!?」

 

「お前たちはどこから来た。答えろ! これだけの装備を持ってこれるのは短距離以外にありえない!」

 

 そう言ってパイロットに迫る隼人は、捕らえた彼を一度壁に叩き付けると、パイロットは狂った様に笑いだす。

 

「どこにいる? いつでも近くにいる。君の傍に、君の中に、いつでもいる」

 

「何……? 何を言っている!? 俺はお前らの居場所を!」

 

「い、いば、居場所、いばばばっばばば」

 

 狂ったラジオの様に同じ事を繰り返すパイロットは、目を赤く濁らせながら白目を剥き、泡を吹いた後にぐったりとした。

 

 慌てて動かないパイロットを揺さぶった隼人は、ピクリとも動かない彼を端に投げ捨て、動揺し彷徨わせた視線を背後の足音の方に向ける。

 

 合流してきた浩太郎達の驚いた表情を見た隼人は、コンソールを操作しながら三人に離れる様、手ぶりで指示すると全身のラジエーターを展開させた。

 

《規定温度超過:強制冷却モード起動》

 

 瞬間、全身のラジエーターが解放され、頭部の装甲も開かれて、赤熱化した回路と配線コードがむき出しになり、まるで燃え盛る骸骨の様なフェイスを露出する。

 

 赤熱したフレアが放出されて病院の床が、壁が、まるで高熱のバーナーに当てられた様に焼け焦げる。

 

 その熱に煽られた隼人は、緊張が解けた事でその場に崩れ落ちると、バイタルの異常に気付いたOSが全身の装甲を強制解除した。

 

 白い湯気として見える汗が彼の全身から立ちのぼり、立ち眩んだ彼はその場に倒れ込んだ。



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第14話『戦いの前日』

 それから一時間、全身への圧迫感と肌寒さに目を覚ました隼人は、見慣れた会社の病室の天井に気付いて体を起こした。

 

 ゆっくりと体を起こした隼人は何故か裸の上半身に、首を傾げようとして襲って来た頭痛に頭を押さえた。

 

「目、覚めた?」

 

 聞き慣れた声の方へ顔を上げた隼人は少し寂しそうな表情のレンカに気付くと、頭を押さえていた手を離す。

 

「あ、ああ。俺、何で倒れたんだ?」

 

「オーバーヒートによる脱水症状だって。点滴終わったら動いて良いってさ」

 

 ため息を吐く隼人に苦笑して言ったレンカは、上体を起こしている隼人の胸筋をペタペタ触ると口から涎を垂らす。

 

「うへへぇ、筋肉ぅ」

 

「寝起き早々お前の変態顔を見れるとは思わなかったぜ……」

 

 そう言って明後日の方向を向いた隼人は、病室の入り口で固まっている武達、ニコニコ顔の浩太郎と目が合う。

 

「よ、よぉ、お前ら……。どこ行ってたんだ?」

 

「ブリーフィングだよ。君が起きないから、保留になって戻ってきたのさ」

 

 レンカを突き放した隼人にそう言った浩太郎は、ベットに腰かける体勢へ変わった彼に虚を突かれる。

 

「なら、今からブリーフィングだな」

 

 そう言って点滴の針を外した隼人は、レンカから新しい戦闘服を受け取るとすぐに着替えて病室を出た。

 

 そして、浩太郎達の後について会議室に移動していた彼が、その道すがら、廊下のガラスに目をやると、鏡映しの自分の背後でスレイがこちらを見ていた。

 

『おはよう。って言ってももう夜だけどねぇ。どう? 眠れた?』

 

「おかげさまでな。貴様、冷却装置をいじったのか」

 

『変な難癖付けないでよ。あれは単に熱暴走でコンピュータが狂ってただけ。別に死なせようとか考えてたわけじゃないから。死なれたら困るしねぇ』

 

「どう言う事だ?」

 

『まあ、こっちの事情。ああ、詮索とか野暮な真似だけは止めてよねぇ?』

 

 そう言って消えていったスレイに首を傾げていた隼人は、その様子を見ていたらしいレンカに呼ばれて、慌てて会議室に入った。

 

 中規模な大きさの会議室では作戦の中心人物となったらしい咲耶が、さも当たり前気に会議机の中心にいた。

 

「おはよう、隼人君。よく寝れたかしら」

 

「寝起きの気怠ささえなければ快適なんだがな。それで、何でアンタがここにいる」

 

「スポンサー権限よ。社長さんも黙らせておいたし、これで心置きなく作戦が実行できるというものよ」

 

「無茶苦茶だな……。それで、作戦説明の前に現状を教えてくれ」

 

「分かってるわ。それも含めてブリーフィングを始めるわよ」

 

 そう言って会議室の照明を落とした咲耶が起動した大きなホログラフィックに、傾注した隼人達は、それがアクアフロント全体のモデリングデータである事を理解した。

 

 その内、第三と第二にズームしたデータをタブペンでダイレクトに操作した咲耶は、モデルを静止させると、説明を始めた。

 

「現状整理からね、うちの調査班とここに寄せられたデータを合わせ、把握している事とは第三アクアフロントがテロリストによって占拠されていると言う事。

彼らは作業員を全て殺害し、今日までに全施設を掌握していると言う事、警察やらと睨み合っている橋は事実上封鎖されていると言う事。この三つ。

これらを踏まえて考えた作戦が、これよ」

 

 そう言って咲耶は手元のタブレットを操作し、橋に向けて矢印を表示させながら、第三アクアフロントの内部までそれを伸ばす。

 

「まず、隼人君達アルファチームと楓ちゃん、私で地上を侵攻。リーヤ君達はウチが用意したヘリドローンで上空から援護。許可、または要請を出すまで上空班は地上班と合流しない事。

ヘリの燃料切れに関して、無条件での離脱を認めるわ。そのコントロールはナツキちゃんに預けるとして。地上班の移動手段だけど、これを使うわ」

 

 タブレットで表示したヘリドローンの隣、隼人と浩太郎が使用していたバイクが表示される。

 

 さらにその隣に新しく青と白のカラーリングの、ヤマハ・『YZF-R1』が表示されていた。

 

 驚くレンカ達を他所に、機動力重視のチョイスにニヤッと笑っていた隼人は、そこで一つの問題点に気付く。

 

「俺は、バイクを使う事に異存はないが一つだけ聞きたい事がある。むき出しのパイロットをどう防護する? アンタの案にこの対策はあるのか?」

 

「パイロット防護? ええ。もちろん。対策してるわ。パイロットが装甲を着ればいいのよ」

 

「は? 待て、それって……」

 

 驚く隼人に咲耶は笑う。

 

「ええ、アーマチュラを装着してバイクに乗車するの。特撮ヒーローになれるわよ」

 

「どうでもいいジョークは止めろ。それで、サイズは大丈夫なのか? 重量は?」

 

「一応確認したけど、大丈夫だったわよ。装着しても劇的にサイズが変わる訳じゃないから。それで話を戻すわよ。地上班はアーマチュラ装着者を盾としつつタンデム走行で領域内を探索。発見次第、ヘリの援護を受けつつ突撃。

リーダーを捕縛し、国連軍に引き渡す。作戦開始は明日の朝。各人しっかり休んでね。あと、装備は可能な限り用意するわ。弾薬もね。じゃ、ブリーフィングは終わりよ」

 

 そう言ってスイッチを操作した咲耶が解散を告げると同時、武達が、隼人の方に顔を向ける。

 

「どうする? 家帰るか?」

 

「ああ。そうしよう。咲耶、アンタはどうする? 俺達はもう家に帰るが」

 

 武に頷きを返した隼人は、端末で時間を確認すると、ナツキやリーヤと共に後片付けをしている咲耶の方へ視線を向けた。

 

「ええ、お邪魔させてもらおうかしら。今日は一人だから。人の家に泊まるのも悪くないわね」

 

 そう言って笑った咲耶に頷いた隼人は、わいのわいのと騒ぐ武達を大声で諌めた。

 

「ったく、小学生じゃねえんだから。じゃあ、帰るか。家までは徒歩で帰れる。お前ら、先に帰っておいてくれ。俺は咲耶を連れて来るから」

 

 そう言って立ち上がった隼人は、武達を先に行かせ、会議室のカードキーを手に取ると時計を確認した。

 

 その動作を終えた視線の先、むくれた表情のレンカに気付いた隼人がため息を吐くと、彼の背後で咲耶がくすくす笑っていた。

 

「何だ、咲耶。その顔は」

 

「ううん、あなた達の痴話喧嘩は見てて本当に飽きないなってね」

 

「痴話喧嘩と言うな。と言うか茶化すな。ったく、帰るぞ」

 

 そう言って入口に移動した隼人は、荷物を背中に回し、拗ねているレンカを抱き締めながら歩み寄ってくる咲耶を睨んだ。

 

「拗ねないでよ、レンカちゃん。私は別に隼人君を取ろうとしてるわけじゃないのよ。それに、私と彼はそう言う関係にはなれないしね」

 

「どう言う事よ?」

 

「ん、まあ、彼と知り合った経緯がちょっとね。あなたみたいに、ちゃんとした出会いじゃなかったから」

 

 そう言って不思議そうに見上げてくるレンカに頬擦りした咲耶は、施錠している隼人に一度視線をやると、会話を聞いていたらしい彼がため息を吐く。

 

「また思い出すぞ、そんな事言ってると。良いのか?」

 

「あはは。良くはないけど……ね。今日の事を見てたら思い出しちゃったから」

 

「そうか……。難儀だな、アンタも。さて、帰るか」

 

 ポケットに手を突っ込んでそう言った隼人は、レンカと咲耶の傍を通り過ぎる。

 

 そんな彼の腕を掴んだ咲耶は、いまいち状況がつかめていないレンカを片腕で抱きながら、彼に涙目を向ける。

 

「今辛いの。だから少し、一緒にいてちょうだいな」

 

「分かった……。それで、そのついでで良いからそこのバカ猫に昔話をしてやってくれ」

 

「ええ。分かったわ」

 

 涙を流しながら笑う咲耶を浅く抱いた隼人は、彼女と自身の間に挟まってむくれるレンカを見下ろすと、まだ明るい基地に視線を移す。

 

「あれは二年前の事よ。このアクアフロント開発計画が立ち上がった時、環境テロリストが披露記者会見での爆破予告をしてきたの。父は真に受けてなかったけど、念の為とPSCを雇った。PSCイチジョウをね。

爆弾は見つからなかったけど、屋外記者会見だったのが不味かったの。私の両親はステージ上に上がってきた犬の腹にあった爆弾で爆殺。襲撃してきたテロリストに記者たちは殺された」

 

「そんな事が……でも、何で咲耶さんは無事だったの?」

 

「私は事前に爆弾を察知していた隼人君と浩太郎君に助けられたの。彼らのお陰で爆発から逃れ、テロリストの弾幕に晒されるより早く、安全圏に逃げられた。でも私以外の関係者は皆死んだわ。役員も、記者も。

あの惨状は、忘れられなかった。忘れたくても、頭に焼き付いて離れないあの光景は今でも悪夢として夢に出るのよ」

 

 そう言った咲耶に抱き締められたレンカは、大粒の涙を流す彼女を見上げると、頭に手を回してそっと撫でた。

 

「怖いなら無理しなくていいのに、何で戦う事にしたの?」

 

「生き残った事に、意味があると思ったからよ。私は二度とあんな光景をこの世に出さないと誓った。だから、戦うのよ。例え独善でも手が届く限り必ずね」

 

 黙々と聞いていたレンカを見下ろしながら、そう言った咲耶は不意に立ち止まった隼人に、少し遅れて足を止める。

 

「どうしたの?」

 

「そう言う事、初めて聞いたぞ」

 

「そりゃ、今まで戦う事なんか無かったもの」

 

 そう言って笑う咲耶の頭に手を乗せた隼人は、照れくさそうに笑う。

 

「良い笑顔を見せる様になったな。アンタは」

 

 そう言った隼人は、意外そうな表情の咲耶とレンカに半目を向け、ちょうど到着した事務所の自動返却ポストに、鍵を投函すると、そのまま帰路に就く。

 

 徒歩で三十分、共用の家に帰ってきた隼人達は、リビングで寝ている六人を見ながら夕食を取り、湯船で汗を流した。



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第15話『イグナイテッド・デイ』

 その夜、寝床として借りた隼人とレンカの部屋にタオルで髪を拭きつつ入った咲耶は、疲労困憊だったのか既に寝てる隼人に笑う。

 

 そして、勝手知ったるやと言った様子で、冷蔵庫から炭酸飲料の缶を二つ取り出す。

 

 小さいいびきを掻く彼の隣で深夜アニメを見ているレンカに気付き、炭酸飲料を飲みながら部屋に置かれたこたつ机の傍に腰かけた咲耶は、黙々と見ている彼女の方を振り返る。

 

「眠れない?」

 

 そう問いかけた咲耶は、頷くレンカに苦笑すると、飲料の缶を置いて彼女を抱き締めた。

 

「じゃあ、寝れるまでお話ししましょう?」

 

「えっと……アニメ見終わってからでいい?」

 

「え、ええ。良いわよ」

 

 少しばかり寂しくなった咲耶は、アニメを見るレンカを抱き締め、自分も同じアニメを鑑賞していた。

 

 彼女らが見ているのは、少女コミック原作のアニメでラブコメジャンルのアニメだった。

 

 生まれ育ちの関係からあまりこう言った文化に馴染みの無い咲耶だったが、良い機会だと思って見続け、暫くしてアニメを見終わる。

 

 そして、寝る準備に入ろうと、テレビを消したレンカが咲耶に凭れかかった。

 

「それで、お話しするって言っても何話すの?」

 

「そうねぇ。隣でいびきを掻いてる彼との馴れ初めかしら。ベターだけどね」

 

「ああ、その話? なら、えーっとね」

 

 そう言って唸りながら考えたレンカを見下ろした咲耶は、無垢な彼女を浅く抱いて言葉を待つ。

 

「アイツと会ったのは八年前にお父さんが発注した警護依頼が元かな。ほら私、一応社長令嬢だから。秘匿の意味合いでも同い年の隼人が都合良かったんだって」

 

「八年前? と言う事は隼人君は八歳の時からPSCの仕事をしていたの?」

 

「さあ? 分かんない。あいつそう言う話、してくれないもの。それでね、私が隼人に興味を持ったのはあいつがツンデレで、素直じゃなかったから。どんな奴なのか気になってそれで」

 

「好きになったんだ?」

 

 微笑を浮かべる咲耶の問いに嬉しそうに頷いたレンカは、うなされている隼人を寂しげな表情で見下ろす。

 

「でも、私は隼人の過去なんて気にした事が無かった。隼人は自分の過去にずっと一人で苦しんで、本当は誰かに助けてもらいたかった筈。なのに、私は……無神経に跳ね除けてただけだった。

のうのうと、都合の良い所だけを見て好きになってただけだった。だけど、そんなのはもう、止める。私は、隼人の過去を受け止める。ちゃんと、向き合えるって約束してからコイツを好きになる」

 

「じゃあ、明日、彼が生きてるうちにそれを言ってあげてね。私には、命の保証は出来ないから」

 

「うん、分かった」

 

 頷くレンカを見下ろし、咲耶は浅く彼女を抱く。

 

「あなたも、生き残るのよ」

 

「……そう言われると死にそうなんだけど」

 

「気のせいよ」

 

 そう言ってそっぽを向いた咲耶は、半目になるレンカを傍らに投げ倒すと、彼女を抱き締めながら眠った。

 

 翌日の午前四時、目を覚ました隼人は、何故か抱き合って寝ている二人に首を傾げ、朝食を作りに一階に降りると、洗面台で顔を洗った。

 

「ッ……」

 

 顔を上げ、鏡を見ると自分の背後にスレイがいた。

 

 顔を濡らしたまま振り返ろうとした隼人は、誰もいないそこに動揺し、鏡に視線を戻した彼は、ニヤニヤ笑う彼女を睨む。

 

『おはよう、五十嵐隼人君。人殺しにはいい朝ねぇ』

 

 そう言って笑うスレイに苛立ちを浮かべた隼人は、小さく舌打ちする。

 

「何のつもりだ。実体化できるのにしないとは、俺に殴られるのが嫌か?」

 

『わざわざする必要が無いからよ。それに、私は対等に話をする気はないの。聞く気が無いなら、こうする事も出来るしね』

 

 身構える隼人に、悪魔の様な笑みを浮かべたスレイが指を鳴らすと、隼人の全身に掻き毟られる様な痛みが走って堪らず膝を突く。

 

「お前、魔力を……! がはっ」

 

 口端から苦悶を吐き出し、首筋にアンプルを打ち込んで焼けつく様な痛みに耐えながら、目の前に映り始めるスレイを睨みつける。

 

『どう? 私はいつでもあなたに魔力を流せる。人間にとって魔力は毒でしょ? うふふ、どう? 活性化した私の魔力。掻き毟られる痛みは格別でしょ?』

 

「お前、何のつもりで!」

 

『私から、あなたは逃げられない。逃げようとすればどうなるか、今見せたから。私の意向に逆らわない限り、あなたは自由。でも、逆らえば死ぬって事を理解しておいてねぇ?』

 

 そう言ってスレイは消滅し、魔力侵食による苦しみから解放された隼人は、洗面台の端を掴んで立ち上がると、台所に移動して朝食のおにぎりと炙ったウィンナーを作り、重箱五つへ無造作に詰めていた。

 

 重箱三つめを作り終えたタイミングで咲耶が下りてきて、彼に見える様、大きく伸びをする。

 

「おはよう、隼人君」

 

「ああ、おはよう」

 

 微笑む咲耶にそっけなく答えて残りを作り終えた隼人は、カウンターの携帯端末から着信音が鳴ったのに気付き、手に取って持ち主の彼女へ放った。

 

 白と青が目立つ端末をキャッチした咲耶は、着信履歴からメールを開くと、一気に表情を強張らせ、そして隼人を一瞬見る。

 

「どうした?」

 

「ちょっと問題がね。犯行声明文がこっちに直接送られてきた。簡略に言うと隼人君、あなたと直接戦いたいそうよ」

 

「俺と? 誰がだ」

 

「ピエロマスクの男、だそうよ」

 

「な……?!」

 

 盛り付け用の菜箸を落とし、動揺した隼人に、苦しげな表情を浮かべた咲耶は、無理もないと思いながら端末の画面を見せる。

 

 画面の下にはピエロマスクの男と記されており、それを見た隼人は、昨日の戦闘を思い出す。

 

「そいつは、殺したんだぞ?! 俺が、この手で直接……! なのに、何で……」

 

「落ち着きなさい。あなたが殺したのは私も確認してるしマスクの下の身元も割り出してある。だから、罠の可能性の方が大きいって事を認知してる。計画変更はせずこのまま彼の元へ突入するわ」

 

「分かった。取り敢えず、準備はしておく。あ、これ弁当な。向こうで飯食うから」

 

 そう言って机の上に包みを置いた隼人は、全員を起こしに二階へ上がる。

 

 それを目で追った咲耶はため息を吐きながら、リビングの端に投げていた二つのバッグを手に取って、ソファーに置いた。

 

 一つは青と白のカラーリングが目を引く、フレーム用のバッグ。

 

 もう一つは、戦闘着が入れられたバッグで、その中から彼女は、黒のインナーとズボン、ボディアーマー、術式加工がなされた繊維製の黒いコートアーマーに分かれた戦闘用の服を取り出した。

 

 手慣れた動きでインナーとズボンを身に着けた彼女は、防御性能よりも、機動性を重視した軽量設計のチェストリグ付ボディアーマー、太ももまでをカバーするコートアーマーを、ソファーに掛ける。

 

「さて、後は向こうで装備を受け取るだけね」

 

 そう言ってボディラインが出やすい服装を見下ろした咲耶は、粗方起こしに行ったらしい隼人の疲れた顔を見て苦笑した。

 

 男子が先に起きて三十分後、眠気眼の女子達が、部屋に保管されていた戦闘着に着替えるのを待って、PSCイチジョウの本社基地へ徒歩で移動する。

 

 任務の特性上、専用のオフィスに移動した彼らは、そこで朝食を摂り始める中、一人立ち上がった咲耶は、机の天板を指で叩いて全員の注意を引いた。

 

「さて、お食事中だけどここでブリーフィングをしたいと思います。何でかって言うと、今朝、向こうのリーダーから隼人君へ名指しの決闘申し込みが入ったから。内容についてはこれを見てちょうだいな」

 

 そう言って天板に仕込まれたパネルを起動させた咲耶は、接触式の読み取り機能で端末のメールを机に表示した。

 

「ま、メールを見てもらえれば分かるけど罠の可能性が高いわ。で、本題はここから。敵は、隼人君を呼び出すのに場所を指定してきた。私にも分かる様にね。もし本当に決闘を望んでいるのならここにいる可能性は高い」

 

「つまり、作戦目標はここ、簡易空港になる、と?」

 

 咲耶の顔を見た浩太郎が何も言わない隼人に変わってそう質問する。

 

「ええ。そうね。でも、ここで一つ問題が発生するの。これは、うちで保管していた第三アクアフロントの設計計画図。で、簡易空港があるのが、敵が多くいると予想できる建造途中のオフィスビル群の近く。

つまり目的地に行くにはここを通らないといけないの」

 

 質問に頷き、戦術マップを開きながら必要要件を話す咲耶が、オフィスビル建設現場を丸で囲んでズームアップさせる。

 

 すると、立体図も加わった拡大された地図が表示される。

 

 高さの差はあれど、計画的な建設から大通りである侵攻ルートは、複数ある建造物に囲まれており、それを見たリーヤが、自身の経験と、感覚から、狙撃位置を割り込みで表示させる。

 

「だけどここは高所、低所から袋叩き。ヘリも相手には対空手段があるだろうし、最悪小銃でもダメージが与えられる。それを考えれば最悪の地形です」

 

「でも、突破は出来る。その要は、浩太郎君、リーヤ君。あなた達よ。攻撃対象は高所を優先し、浩太郎君が隠れながら攻撃して撹乱。撹乱した連中をリーヤ君が狙撃で排除し、袋叩きを回避する。もちろん、それまでに私達がやられたらアウト。

浩太郎君やヘリがやられてもアウト。負担は二人の方が大きいけれど、他の皆も頑張らなければならないわ」

 

「無茶だ……。無茶ですよそんなの! そんな行軍、こっちが全滅するのが早いに決まって……!」

 

 自身の意見に、作戦とすら呼べない様なプランを返した咲耶へ、食って掛かろうとしたリーヤの目前を、隼人の腕が遮った。

 

「だとしても方法が無い。俺はこのプランに賛同する。無論これは部隊長ではなく俺個人の意見だ。俺は、仲間を信じて侵攻する。無論何の根拠もないし確実性も無い。根性論だ。馬鹿にしたいなら笑ってくれてもいい。

だがな、俺はそれでもこの戦いをお前らと共に勝ち残りたいと思っている。最初に言っただろう? これは、俺達にしかできない仕事だと」

 

「でも、こんな大切な事……、僕には……」

 

「お前だけなら無理だろうな。観測手も機銃手も無く狙撃手単独では、うまく撃てないだろう。だが俺は知っている。お前が百発百中のスナイパーだと言う事を」

 

 そう言う隼人から目を逸らしたリーヤは、翼を小さく震わせ、唇を噛み締める。

 

「買いかぶり過ぎだよ。だって、僕は今までに何度も土壇場で狙撃を外して、人質を、皆を、殺しかけた。また、外せば僕は……今度こそ皆を死なせてしまうかもしれない。それは嫌だ……!」

 

「いや、良いんだよ。お前はスポーツシューター、軍のスナイパーじゃないんだ。それは俺も分かってる。だけど俺達の中で狙撃が出来るのは、リーヤ、お前だけなんだ。外したって良い。敵に与えるのが致命傷じゃなくてもいい。

お前の狙撃が必要なんだ。だから頼む、リーヤ。お前の力を貸してくれ」

 

 プレッシャーに潰されそうなリーヤに、真剣な表情をした隼人はそう言い、戸惑う彼を見つめる。

 

「本当に、保証は出来ないけど良いのかい?」

 

「ああ。お前に自信が無くても、俺はお前がいれば大丈夫だと確信している。ここにいる奴らも、そう思ってる」

 

「じゃあ、頑張ってみるよ。君の支えになる為に、僕の全てを使って」

 

 そう言って微笑み、胸に手を当てたリーヤへ頷いた隼人は、苦笑交じりにその様子を見ていた咲耶の方へ振り返る。

 

「仲良いわね、あなた達は。さて、要の説得も出来た事だし、そろそろ作戦準備に入りましょう。みんな、準備してちょうだい」

 

 そう言って手を叩いた咲耶の合図で、リーヤ達は、それぞれロッカーに入れている装備を取り出し、隼人と浩太郎は、それぞれの方法でバッグからフレームを取り出し、装着する。

 

 その中で、ただ一人、呆けている人物がいた。

 

 病院での戦闘で得物であるマシンガンを破壊された武だ。

 

 唯一残された武器である盾だけを持って、彼は不機嫌な表情を浮かべて椅子に座っていた。

 

「あら、武君。ふて腐れてどうしたの?」

 

「どうしたもこうしたもねえよ姉御。俺の武器、ぶっ壊されちまったんだよ。病院で」

 

「ああ、あの軽機関銃? 破損したって話は聞いてるから代わりの物はアーマチュラコンテナの発注ついでに用意してあるわよ。ちょっとしたおまけ付きでね。おまけについてはリーヤ君にも用意してあるわよ」

 

 そう言って装着したフレームのアシストを用い、オフィスの端に置かれていた小型コンテナを運んだ咲耶は、武の眼前、会議用の机の上に一丁の軽機関銃を置いた。

 

「FNハースタル製『Mk48』軽機関銃。破壊されたM60と同じ7.62㎜ライフル用NATO弾を使用する機関銃。今回は武君用に、取り回しを重視してレッドドットサイトにショートバレルを装着させてるの。それと、これはうちの開発部からのプレゼントよ」

 

 そう言って、機関銃の隣に先端がオレンジ色で塗装されたライフル弾を収めたボックスマガジンを置いた咲耶は、興味津々の武とつられて見に来た面々を見回すと、苦笑しながら説明する。

 

「立花グループ兵器開発機構が試作した爆砕術式内包の7.62mmライフル弾。要は試作型の術式弾。執行機関用に開発していたものなんだけど正式発表前のテスト兼、装甲兵器用のデータが欲しいって押し付けられちゃってね。

何ならと思って供給する事にしたの」

 

 机の上に置かれたライフル弾に付け加える様な表示の仕方で、机のパネルが映し出され、発動条件なる項目が咲耶が説明しなかった部分を表示する。

 

「この弾丸の発動条件は、弾丸の完全な形でのターゲット命中。掠らせたり逸れたら発動しないから気を付けてね」

 

 そう言って武に視線を向けた咲耶は、続けて、とコンテナから50口径の弾丸を取り出して、机の上に置く。

 

「これはリーヤ君用の術式弾。音速徹甲弾(ソニックピアース)凍結榴弾(アイスブラスト)。発動条件はそれぞれ魔力供給しながらの発砲、認識ターゲットへの命中。音速徹甲弾は装甲兵器に有効で、凍結榴弾は敵の武装を無効化する弾丸。人体には効かないから気を付けてね」

 

 そう言ってマガジンを手に取ったリーヤにウィンクした咲耶は、武装ロッカーから彼が持ってきていた、アキュラシー・インターナショナル社製の50口径対物狙撃銃『AW50』を見る。

 

 流通している中でも珍しいブラックカラーが目を引くその銃は、前々からリーヤが対物狙撃の任務で愛用しているボルトアクション式で、彼の手でさまざまな改良が施されているカスタムモデルだ。

 

 だが、その中でも際立った特徴として、先の50口径の術式弾を高精度で使用できる様、銃身に術式使用に伴った魔力侵食で精度が低下するのを防ぐための、術式処置が施されており、それを示す様に銃身の先端にあるマズルブレーキが灰色に染められていた。

 

 咲耶が見守る中、マガジンから抜き取った一発の術式弾を装填したリーヤは、愛銃を通して術式弾に魔力を注ぎ込み、銃と弾丸の相性を確かめる。

 

「相性は大丈夫そうです。これなら高い精度を維持できそうです」

 

 そう言ってボルト操作で弾丸を抜き取ったリーヤは、薬室から抜いた弾丸をマガジンに装填すると、弾丸携行用のバッグにそれを収めて肩から掛けた。

 

「さてさて、これで準備は粗方終了ね。それじゃあ倉庫の方へ移動しましょうか。アーマチュラもそちらにあるしね」

 

 そう言って咲耶は、フレームの入ったバッグを抱え、他の面々と共に倉庫の方へ移動すると、あらかじめ搬入されていたコンテナとドローンを端末を用いて確認する。

 

 内部にアーマチュラが収められたコンテナは、病院の時と同じく、それそれのフレームと同様のカラーリングで染められており、一目でどのアーマチュラなのかを判別する事が出来ていた。

 

「じゃ、隼人君、浩太郎君。私達は装着しましょうか。その間、皆はもう一度装備の確認をお願いね。特に消耗品関係は重点的に」

 

 そう言った咲耶は、フレームを装着し、解放されたコンテナに体を入れてその全身にアーマーを装備すると、アーマーの肩に備えられた大型のマウントレールが解放され、そこにコンテナ兼用のシールドとショットキャノン(散弾砲)を備えたユニットが装備される。

 

 生身が残っている頭部に、ヒロイックなデザインの装甲が取り付けられ、周囲の目を充分に引くバイザー状のガードの奥にあるツインアイタイプのセンサーが瞬き、それに合わせて彼女はコンテナから出た。

 

 そしてほぼ同時に装着を終えた二人も、頭部のセンサーを瞬かせながら出て来るとレンカ達に加わる。

 

 それを見送りながら、軽軍神用の武装コンテナから『XM90』対軽軍神用14.5㎜ヘヴィバトルライフルを装備した。

 

《メーカー:モチューレット・オーグメンタ:型式番号:XM90:種別:ヘヴィバトルライフル》

 

《センサー、同調設定で接続:FCS・各種システム及びHMD:同期:OS・システム処理:正常:装備銃器、照準用センサー同調完了》

 

 ウィンドウ表示でバトルライフルへのシステム処理終了を確認した咲耶は、カスタマイズが施されたそれを手に取ると、フォアグリップと一体化しているセンサーを起動させる。

 

 起動と同時、頭部装甲内部からの網膜投影ディスプレイに表示され、機体側のFCSを通して表示されたターゲットサイトが、銃の動きに合わせて空間を彷徨う。

 

 数秒間動かし、機体とセンサーの連動を確認した咲耶は、側面のスイッチを切ってグリップから手を離すと、いつの間にか震えていた手に気付いた。

 

「……訓練通りにやればできるとは言ってもね」

 

「そこはもう慣れるしかありませんよ、咲耶さん」

 

 突然声を掛けられ、驚きながら銃を向けた咲耶は、XM92を調整しながら覗き込んでいる浩太郎に気付き、ため息を吐きながら銃口を下ろすと、予備のマガジンを手に取って装甲外部のマガジンホルダーに装填していく。

 

 太ももに集中しているホルダーにマガジンを収めながら咲耶は、アーマチュラのカメラを浩太郎に向ける。

 

「他人の何もかもを見破ってるのね、あなたは」

 

「ええ、そうでなければ生きてこれませんでしたから」

 

「そう」

 

 背面にライフルを取り付け、ホルスターごとサイドアームのXM92を腰につけた咲耶は、目を伏せつつ、浩太郎から視線を逸らすと、腰に大型のコンバットナイフを装備し、倉庫に駐車しているYZR-1を持ってくる。

 

 青と白のカラーリングが栄えるYZR-1のイグニッションを捻った咲耶は、タキシングを始めたヘリドローンを見ると、操作用のプログラムが入ったタブレット端末を操作するナツキに歩み寄る。

 

「ドローンの調子はどう? 操作できそう?」

 

「型式とかスペックを見ると、出力が高くて機体も軽いんですけど会社にあったものとほぼ同じ命令方法なので何とか動かせるかな、と」

 

「そう。じゃあそろそろ出撃するわよ、みんな準備して」

 

 そう言ってドローンから離れる咲耶は、ナツキにサムズアップを送ると、必要な物を詰めたリュックを背負って慌てて乗り込むリーヤと武とすれ違い、彼らと軽くハイタッチしてバイクに戻る。

 

 既にエンジンをかけて跨っている隼人達に視線を向け、YZR-1の隣で待っていた楓の肩を軽く叩いてアイドリングしていた愛車に跨ると、通信モードをオープンにする。

 

コマンダー(咲耶)よりケリュケイオンオールユニット、作戦開始よ」

 

 そう言ってスロットルを捻った咲耶は、咆哮を上げる愛車をウィリーさせながら走り出すと、基地の敷地から高速で飛び出していき、隼人達もそれに続いていった。



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第16話『ストライクフォース』

 高速走行で早朝の市街を駆け抜ける三台が高速道路の検問を強引に突破、螺旋状のスロープを駆け上がる。

 

 明るく瞬くパトランプが遠くに見え、並走したヘリドローンがそちらへ先行する。

 

「隼人君、先行して」

 

 そう言って咲耶は速度を落とし、それに合わせて隼人が加速。

 

 先行してバリケードの方へ突撃していくと、雑な並びで作られたそれの間を駆け抜け、第三アクアフロントに突撃する。

 

 警察の突撃を警戒していたらしい三人の見張りからライフルによる射撃を受け、装甲でライフル弾を弾いた隼人は、萎縮するレンカを無視してスロットルを入れる。

 

 そして、見張りの一人をはね飛ばした彼は、そのままオフィスビル目がけて駆けていく。

 

 残りの二人が逃げる隼人を追って照準しようとしたが、後続の浩太郎達の対物ハンドガンに射殺され、死体は真っ二つになって地面に落ちた。

 

「オフィスビルに入るぞ!」

 

 そう言って車体を傾けた隼人は、オフィスビル群へ向かう曲がり角を曲がると、ラテラから発せられた熱源警報に目を見開き、それと同時にコーナーを抜ける。

 

 抜けた先の眼前、大通りに立ちはだかる重装甲型軽軍神『ウォートホグ』が現れ、こちらをセンサーで捉えたらしいそれが全身に備えた武装を全て展開する。

 

「クソッ、重装型!? 聞いてないぞ!?」

 

 驚愕する隼人の眼前でスピンアップする手持ちのガトリングと肩のロケットランチャーを回避しようとした彼は、撃発したそれにフロントを打ちのめされ、レンカ共々車外に投げ出された。

 

 空中でスラスターを噴射した隼人は、姿勢制御も出来ずきりもみ状態になる彼女をキャッチすると、背中を地面に擦らせながら開発途中のショッピングモールに滑り込む。

 

『あっは、良いアトラクションねぇ。大丈夫ぅ?』

 

「第一声がお前で安心したぜクソッタレ。アーマーは?」

 

『背面部に軽微なキズ。機能は問題ないわ、動けるわよ』

 

 網膜投影の映像に割り込んで表示されたスレイを睨み付け、体を起こした隼人は、地面から響き渡る振動音に慌てて気絶しているレンカを抱えたまま、跳躍する。

 

 瞬間、倒れていた箇所をガトリングが薙ぎ払い、着地を追う射撃をロールで回避した隼人は、腕の中で目を覚ましたレンカを抱き締めつつ、ショッピングモールの連絡橋に向けて跳躍。

 

 足場にした橋を砕き、がれきでウォートホグを埋めてそのまま道路に戻った隼人は、スライディングブーストでトラックに隠れ、レンカを下ろす。

 

「案の定か! ストライカー(隼人)よりコマンダー(咲耶)、全員の状況を教えてくれ」

 

『コマンダーよりストライカー。地上班は無事だけど、バイクは全滅よ。幸いにも対空手段は見当たらないから、何とかなりそうね』

 

「だが、地上には重装備の軽軍神がいる。それに……このままこちらを誘い込むとは思えない」

 

 そう言ってトラックの陰から顔をのぞかせた隼人は、無数のマズルフラッシュが見えるバリケードと、高層ビルを見上げる。

 

 そして、脳裏をよぎる嫌な予感に装甲内部の表情を歪ませ、咲耶達の位置を確認する。

 

(相手は、何を考えてこの配置にしている? 無計画な物ではない筈だ……。一体、どう言う意図があって……)

 

 思いながら周囲を見回した隼人は、吹き飛んだがれきの方へ振り向き、がれきを押し退けて再起動したらしいウォートホグが闇雲に両腕部のガトリングを発砲。

 

 慌ててレンカを庇った隼人は、背中に20㎜弾を受ける。

 

 凄まじい衝撃が隼人を襲い、レンカともどもつんのめった彼は、スラスターで姿勢を制御。

 

 そして、スラスターブーストも加えて20mm弾を回避しながら咲耶達の方へと走り出す。

 

「こっちよ!」

 

 小回りの利くXM92で援護しながら手招きする咲耶に頷き、走る隼人は、抱えるレンカに対人用のライフル弾が当たらないように注意しつつ、彼女らが隠れている場所へ飛び込んだ。

 

「さて、どうしましょうか」

 

「あのデブはうちの男子共で相手する。アイツの性能や弱点は仕事柄知ってるからな。アンタはレンカ達を連れて歩兵の相手をしてくれ」

 

「そう、じゃあ軽軍神は任せるわ。行きましょう」

 

 そう言って二手に分かれ、咲耶達をショッピングモールから回り込ませた隼人は、残った浩太郎と目を合わせると通信機を起動させる。

 

「ストライカーよりシューター(リーヤ)、軽軍神が見えるか?」

 

『ああ、見えてる。こっちに数発撃ってきた』

 

「そいつをやるぞ。俺達のコンビネーションによる袋叩きでな」

 

『あはは、懐かしいやり方だね、了解。で? どこを狙えばいいのさ』

 

「背面部にある機体冷却用のラジエーター、それ自体装甲だが若干薄い。俺と浩太郎でお前の狙撃位置に固定し、表面を削る。武、リーヤとナツキの防御を頼む。ナツキ、スポットを頼む。それじゃあ、行くぞ」

 

 そう言って遮蔽物から飛び出した隼人は光学迷彩で自分と同じ姿になった浩太郎に目を向けると動揺したのか、射撃を止めたウォートホグを二人で囲む様に旋回。

 

 一回転する所でバンカーを地面に打ち込んで軌道を変更。

 

「数年ぶりにやるぞ、コンビネーション! パターンAPK!」

 

 そのままウォートホグの胸部に回転蹴りを打ち込む。

 

 そのまま足を頭に上げてブラストランチャーの爆炎を浴びせ、熱感知も含めたセンサーを混乱させるとその場を離脱する。

 

 迷彩を解除した浩太郎がワイヤードブレードを射出してウォートホグを固定。

 

 空中浮遊しながらホルスターからXM92を引き抜いてウォートホグに撃ち込んだ浩太郎は、衝撃でウォートホグを揺らしながら旋回。

 

 装甲からワイヤーを外し、迷彩を展開しながら慣性で離脱する浩太郎のみを捉えていたウォートホグはガトリングを向けるが、その直前、背面のバリアに射撃を受けてそちらを振り返る。

 

 見れば遠くを飛行するヘリドローンからスコープの反射光が見えており、それをズームアップさせたウォートホグのパイロットは、側面ドアから術式武装の『AW50c』を構えるリーヤを捉えていた。

 

『ウ、グァアアアアアアアアアアア!』

 

 ウォートホグのパイロットには正気が無いのか、咆哮の様な叫び声が外部スピーカーから聞こえ、ハッチの開いたロケットランチャーとガトリングが、ヘリドローンに向いて一斉に放たれる。

 

 宙を舞うロケット弾とガトリングの弾丸を回避したヘリドローンから、爆裂弾にマガジンを変えたMk48と、通常弾装填のAW50cの射撃が走り、弾幕と一点を指す射撃がウォートホグ目がけて突っ走る。

 

 だが、ウォートホグのバリアが弾丸を弾いて無効化。

 

 高速で循環するバリア表面から跳弾の火花が散り、爆炎が花咲かせる。

 

 バリアに攻撃を食らいながらも咆哮を上げながら射撃を続けるウォートホグに光学迷彩を解除した浩太郎が挑みかかる。

 

「バリアさえ突破すれば!」

 

 腰から引き抜いたククリナイフの刃をバリアに突き立てた浩太郎は至近距離でXM92を突きつけると対物弾を連射する。

 

 直撃するたびにバリアが弾丸を弾き、そのたびに刃が食い込んでいく。

 

「今だ! 隼人君!」

 

 バリアに蝕まれ、弾き飛ばされそうになるククリナイフを押さえつけながら叫んだ浩太郎は、挟みこむ様に挑みかかってきた隼人にウォートホグの正面を任せる。

 

 背面部のスラスターを展開し、バリア破壊の為に右腕のパイルバンカーを起動した隼人は、最大出力でウォートホグのバリアに杭を打ち付けるとドーム状に展開されていたバリアが砕け散った。

 

 それと同時にバリアに弾かれそうだったククリナイフが、ラジエーターに突き刺さるが、装甲も兼ねているそれは数センチで刃を止めてしまう。

 

「硬い!」

 

 ダメ押しとばかりにトマホークでラジエーターを切り裂いた浩太郎は、ガトリングでの打撃を回避すると、スラスター併用のサイドステップで撹乱しながら離脱する。

 

『やべえ術式弾が切れた!』

 

 焦る武の声に対応して先まで爆発していたマシンガンの射撃が、跳弾の火花を裂かせていた。

 

『射線が……!』

 

 それに続いて通信機にリーヤの嘆きが聞こえ、どうやらラジエーターが狙えないらしくマシンガンの射撃のみが、ウォートホグに浴びせられていた。

 

 そのタイミングで右の逆手持ちでグラビコンセイバーを引き抜いた隼人が、ウォートホグに挑みかかり、鈍器として薙いできた左腕のガトリングを蹴りで弾き飛ばす。

 

『ガァアアアアアア!』

 

 至近距離で開いたロケット弾のハッチに反応し、至近でロケット弾を回避した隼人は、ウォートホグの左拳を受け止めると右腕にセイバーを突き立て、相手を固定する。

 

「撃て!」

 

 ヘリドローンに向けてウォートホグの背中を向けた隼人が叫ぶと同時、敵からくぐもった音がして、動きが止まる。

 

 そのまま擱座した機体が中身を失った様に崩れ落ち、凭れかかろうとした機体を隼人は、傍らに投げ捨てる。

 

 索敵の為にセンサーを再起動させた隼人と浩太郎は、レンカ達以外に生体反応の無い道路に一息つくと、一度愛車に目を向け、歩み寄る。

 

「悪いな」

 

 ロケット弾の直撃で前輪を失い、吹き飛んだ勢いでフロントが潰れてしまったニンジャのフレームを労わる様に撫でた隼人は、突然通信機に走ったノイズに耳元を押さえた。

 

『ウェルカム。よく来てくれたねぇ、五十嵐隼人君』

 

 全員に聞こえているらしく隼人が振り返れば、全員が周囲を見回し、ヘリドローン側の回線からも動揺の声が上がる。

 

「貴様、どうして俺を名指しで!」

 

『それについてはメールで書いたとおりだ。私は君との一騎打ちを望んでいる。だが、君は私の約束を守らなかったようだねぇ。お仕置きだ、がれきと共に沈め』

 

「何!? それはどう言う……」

 

 隼人が食って掛かったその瞬間、轟音と共に高層ビルの根本が吹き飛んで、高い位置にあった大質量が落下を始める。

 

 慌てて逃げた隼人達はショッピングモールの仮店舗に飛び込み、軽軍神を装着した三人で、レンカ達をカバーしながら爆風から逃れる。

 

 爆音が宙を塗り込める前、店舗の外から誰かの悲鳴が聞こえた。



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第17話『ティル・ナ・ノーグ』

 轟音が収まり、先行して外に出た隼人は、千々になった肉片に気付き、相手は仲間ごと爆破したのだと理解して動揺した。

 

『―――! 応答して、ストライカー! 隼人君!』

 

「ッ! こちらストライカー。無事だったか、シューター」

 

『何とかね……。そっちの被害は?』

 

「退避が間に合った。誰も怪我してない。だが……」

 

『上空から見る限り、空港への道はがれきを乗り越えるしかないね』

 

 リーヤの声を聴きながら、空中で旋回するヘリドローンを見上げた隼人は、道路を塞ぐがれきの山に視線を向ける。

 

 がれきの山の中には、ところどころビルの原型が残っており、人一人分の大きさがある為、通れなくもないが、今にも崩れそうなそこを通るには、かなりの勇気が必要だった。

 

「リーヤ、レンカ達生身の連中をヘリに乗せろ。お前ら共々、空港で合流させる。俺と浩太郎、咲耶はこのままがれきを通過して空港に向かう」

 

『了解。ナツキちゃん、ヘリを降下させてくれるかな』

 

「おい、地上班集合だ!」

 

 そう言って人差し指を立てて回した隼人は、降下してくるヘリドローンを見上げつつ、全員を集合させると、先程の指示を出す。

 

 空気の読めないレンカが一瞬ぐずったが、楓とカナが無理やり乗せて、ヘリドローンは、上空へと発進し隼人達は崩れたビルの残骸へ移動する。

 

 隼人を先頭に、高さのある入り口を飛び降り、周囲を探った彼らは、時折鳴り響く地響きに驚きつつ、空港を示すマーカーの方へ向かう。

 

「今にも崩れそうだな……」

 

「あはは、心臓に悪いねぇ。早い所行こうか」

 

「ああ。そう言う事だから咲耶、移動速度上げるぞ」

 

 そう言って走った隼人と浩太郎は、横たわる柱を足場に跳躍すると、優に3mはある壁の一角を掴んで体を持ち上げ、出入り口である壁を乗り越えて着地する。

 

 高さの取れるがれきに上がった二人は、遠くに見えてきた簡易空港をポイントし、ズームで周辺を探ると、背中にXM90を背負った咲耶が、肩で息を吐きながら着地する。

 

「あなた達、何であんなに早く登れるのよ……!」

 

 そう言って睨んできた咲耶に揃って苦笑した隼人達は、ライフルを構えた彼女をバックアップに置き、簡易空港を目指して走り出す。

 

 上がっていたがれきから飛び降りた二人は、障害物であるがれきをパルクールの要領で乗り越え、そう言った技能が無い咲耶はがれきを避けて走る。

 

「ちょっ、ちょっと待ちなさい!」

 

 隼人達に遅れて空港に辿り着いた咲耶は、XM90を構えながら合流すると、旋回するヘリドローンを見上げる。

 

「咲耶、ヘリに乗ってる連中を連れて来よう。浩太郎は別で先行させ、空港内の索敵を行ってもらう」

 

「了解よ。二手に分かれるのね? で、着陸地点はどこ?」

 

「ここから100m地点の機庫群の中心。フレアで誘導する」

 

 軽く打ち合わせをした隼人と咲耶は、光学迷彩を展開した浩太郎と別れ、ヘリの着陸地点として設定した機庫群の確保に向かう。

 

 到着し、隼人の後ろで周辺に銃口を巡らせた咲耶は、腰のラッチからフレアグレネードを取り出した彼の背中を守る様にしゃがんで周囲を探知する。

 

「フレア投下」

 

 そう言って離れた位置にフレアを投げた隼人は、良く目立つ光と煙をカメラでの誘導に使ったドローンが、降下してくるのを待つと、咲耶の太ももを叩いてヘリの方へ移動する。

 

 地面からわずかに浮いた状態で降下してきたヘリから、武器を携えたレンカ達が、軽やかな足取りで下りてくる。

 

 その傍を過ぎた隼人は、足で、搭乗員の下ろしが終わって飛び立とうとしていたヘリを押さえつけた。

 

「うわっ!? ちょっと、何なのさ?!」

 

「飛ぶのは待ってくれ。武、こっちに来い。お前とシールドとマシンガンが必要だ」

 

「だからってこんな事されるとひっくり返って墜落するよ!」

 

 激怒するリーヤに謝りながら武をヘリから降ろした隼人は、ヘリから足を離して離陸させ、発光し続けるフレアグレネードを踏み砕いて消す。

 

 そして、浩太郎へ偵察結果を聞く為の通信を飛ばす。

 

「こちらストライカー。ファントム、中の様子はどうだ?」

 

『こちらファントム。中は静かだよ。不気味なくらいにね。まるで誰もいない』

 

「分かった。そのまま、中で待機しててくれ。ストライカー、アウト」

 

 そう言って通信を切った隼人は、閉じた通信ウィンドウと入れ替わりに展開したスレイのコミュウィンドウに眉を顰め、邪魔にならない程度の大きさに変更して話しかけた。

 

「何の用だ、スレイ」

 

 そう問いかけた隼人は、ウィンドウに映らないスレイをちらと見るとレンカ達の方に移動する。

 

『空港に行くのを止めなさい。行けば、私は消えてしまう』

 

「消える? どうしてだ」

 

『ダインスレイヴの本体にいられるのは一つの意志だけ。分化し、増幅した意思は同化した時、本体以外の意志は消える』

 

「なるほどな。お前の言ってた事情はそれか。どうして言わない」

 

『ま、どうでもいい事だしねぇ。私はあなたがどうなるのかが楽しみなだけだし。それに……』

 

 妙な物言いに引っかかるものを覚えた隼人は、笑いながらウィンドウを消したスレイに舌打ちし、装備の確認を終えたレンカ達と合流して、空港の入り口に移動した。

 

「ストライカーよりファントム。敵の姿は見えるか?」

 

見えない(ネガティブ)。目視で見る限りじゃ見えない。移動した方が良いかい?』

 

「いや、無理に動くな。そのままで良い。」

 

 大きな施設のスライドドアに手を掛けた隼人は、レンカ達の先頭で待機している武とアイコンタクトを取り、ゆっくり開けて侵入させる。

 

 瞬間、三階建ての吹き抜け全周囲からマズルフラッシュが迸り、三方からライフル弾が隼人達に浴びせられる。

 

「隠れろ! 急げ!」

 

 そう言って受付のカウンターに全員を隠れさせた隼人は、カウンターから銃だけを出した咲耶と武が周囲の敵目がけて応射する。

 

 四方八方に散る弾丸が錯綜し、近接組の女子を庇った隼人は、背中にライフル弾を受けながらその場で踏ん張り、通信機を起動する。

 

「やれ、浩太郎!」

 

 そう叫んだ隼人に応じ、光学迷彩を解除した浩太郎は、目の前で銃撃している男を蹴落とすと、その隣にいた仲間の首にワイヤードブレードを打ち込んで殺害した。

 

 そのまま死体を引き寄せて盾にした浩太郎は、それで銃撃を防ぐと、太もものホルスターから引き抜いたヴェクターを、FCS任せに発砲する。

 

 男達を穿つ中、高エネルギー反応に気付いた浩太郎は、三階から飛び降りて、魔力で構成されたビームの薙ぎ払いを回避した。

 

 そのままローリングで衝撃を吸収した浩太郎は、ブーストダッシュでがれきから逃れ、隼人達と合流した。

 

「何だ、今のは!?」

 

「分からない。だけど、あのビームは見覚えのある色をしてた」

 

「クソッ、ダインスレイヴか……!」

 

 そう言ってカウンターから覗こうとした隼人は、目の前に着弾した弾丸に、反射的に顔を引っ込め、耳のある辺りに手を当てる通信起動動作をして、吹き抜けの天井を見上げる。

 

「リーヤ、そこから俺達の正面が見えるか?!」

 

『ダメだ、隠れて見えない。って、うわっ!』

 

「どうしたリーヤ?! リーヤ!」

 

 そう言って上を見上げた隼人の目の前で、ワインレッドのビームが天井を突き破り、遅れて墜落してきたヘリドローンが、無残な姿で地面に叩き付けられる。

 

 激しい金属音の後に火を噴いたそれは、隼人達の目の前で爆発、千々になった破片が四方八方にまき散らされ、回転するローターが手裏剣の様に飛んできて、隼人達の傍らをずたずたに引き裂く。

 

「クソッ、リーヤ! ナツキ!」

 

『大丈夫、何とか逃げられた……。一瞬だけど、軽軍神を纏った誰かがこっちにビームを撃ってるのが見えた。多分、それがターゲットだと思う』

 

「分かった。今どこにいる?」

 

『空中さ、ナツキちゃんと最低限の物を抱えてゆっくり降りてる所。降下予測地点は……君達の真上だね』

 

 天井を見上げた隼人は、ナツキを抱えていたリーヤが着地したのを確認。

 

 未だ張られている弾幕に触れない様に、軽く手を上げて合図する。

 

 コンパクトな合図を見下ろしたリーヤが応じてライフルを構え、それを見た隼人は通話を続ける。

 

『一応ここからターゲットを狙えるけど……どうすればいい?』

 

「俺が良いと言うまで撃つな。お前のライフルじゃ軽軍神のバリアは抜けにくい」

 

『言われなくても。僕はスナイパー。むざむざ敵に姿を晒す真似はしないさ』

 

 そう言って苦笑の声色を放つリーヤにそうだな、と返した隼人は膠着状態の現状に舌打ちした。

 

(銃撃さえ何とかなれば……!)

 

 そう思い、歯を噛んでいた隼人は、不意に止んだ銃撃に驚き、恐る恐るカウンターから顔を出して周囲を探る。

 

 周囲に巡らせていたセンサーが暗闇に立つ深紅のファルカを捉えていた。

 

「待っていたよ、五十嵐隼人君」

 

 拡声器に通したような声が、ファルカから聞こえる。

 

 動かした深紅の剣からワインレッドのオーラが立ち上がり、隼人を嗤う様に揺らめいた。

 

「随分と野暮な出迎えだな」

 

「すまないね、君の仲間が邪魔だったからさ。ま、最も防がれてしまったがね」

 

「当然だ、お前如きに手を出させはしない」

 

 そう言って立ち上がり、カウンターの前に立ちはだかった隼人は、後ろで警戒している咲耶達を一度見ると、パイルバンカーのスライドを引いた。

 

「ほう、随分な自信だ。だが、その虚勢がいつまで続くかな……!」

 

 そう言って長剣を突き出したファルカに目を見開いた隼人は、左半身のスラスターでサイドステップ。

 

 直後に走ったビームを回避すると流れ弾に当たったカウンターが爆散する。

 

 瞬間歯を噛み、無事でいる事を祈りつつ走り出した隼人は、右腕のパイルバンカーを起動。

 

 スラスター全開で距離を詰めると、バリアにバンカーを突き出した。

 

「撃ち抜け!」

 

 叫ぶと同時に炸裂したバンカーがバリアを撃ち抜き、そのまま右拳を叩き付けようとした隼人は深紅色の長剣に防がれる。

 

 拳を焼かれて三歩分後退った隼人は左手にサーベルを引き抜いて、長剣を叩き落とそうとする。

 

 が、まるで独り手に動いているかの様な動きで、長剣とサーベルとが斬り結び、激しいスパークを散らすそれを挟んで睨み合う。

 

「やはり素晴らしい……素晴らしいぞ君の実力は!」

 

 そう言ってサーベルを弾いた男との距離を詰めた隼人は、男の左拳と掌底で真っ向から打ち合い、激しい衝撃波を周囲に巻き散らす。

 

 そのまま拳を握り締めて潰した隼人は、痛みを感じていないのか、平然と笑っている男に戦慄し、そのまま胴体に蹴りを入れた。

 

「ハハハ! どうしたのかね? 拳を潰したところでこの私が動けなくなるとでも?」

 

 そう言いながら縦に剣を振るった男から離れようとした隼人は、左胸部に一撃を食らい、激しい衝撃と共に吹き飛ばされた。

 

 焼けているカウンターを薙ぎ倒した隼人は驚き、カバーに入った武達を他所に悪態を吐きつつ、左胸の溶断痕をなじって立ち上がる。

 

「大丈夫? 隼人」

 

「あ、ああ……。それよりも、気をつけろ。ダインスレイヴの刃は溶断能力を持ってる。触れると焼かれるぞ」

 

 レーザーを撃ちながら支えに入るレンカにそう言った隼人は、突然走った頭痛に膝を突くと、歪んだ視界の中でスレイのコミュウィンドウが開いたのを見た。

 

『あーあ、魔力を注入されちゃったわねぇ』

 

 そう言って笑うスレイを睨みながら狂気に対する拒絶反応で咳き込んだ隼人は、携行していたケースからこぼれたアンプルを手に取って首に当てた。

 

 だが、頑強な装甲が針を阻み、細いそれはあっさりと折れてしまう。

 

 激しくなる侵食に出力制御もままならず、アンプルを握り砕いた隼人は、心配になって振り返った全員に殺意を抱かない様に目を逸らした。

 

「レンカちゃん、光魔法を隼人君に当ててあげて。それで幾分か緩和するはずだから」

 

「りょ、了解。アイツは、どうするの?」

 

「ファルカなら、こっちに任せなさい。あなたは隼人君の治療に専念するの。それで、昨日言ったことを伝えてあげて」

 

 そう言ってシールドを男に向けつつ、XM90のマガジンを交換した咲耶は、心配そうなレンカに鉄仮面を向けながらサムズアップを送る。

 

 そして、背面部のスラスターを吹かし、肩部のシールドを構えながら武達と共に前に出る。

 

 隼人と共に残されたレンカは、苦しむ彼の背中に弱出力の光魔法を当てる。

 

 すると、苦しみ悶える彼がのけぞって、暴走しかけているのか灰色の眼光が赤く点滅する。

 

 その眼がレンカを捉え、震えながら伸ばされた手が弱々しい力で五指を開く。

 

 助けてくれとも、殺したいとも、その相反するどちらとも取れるその手をレンカは迷わずに取った。

 

「ちゃんと、助けてあげる。それでアンタの過去も何もかもを、受け止める。アンタは、私の全てだから。都合よく、付き合ったりしないから。不器用でも、全部……。アンタが持ってる全てと向き合う。だから……」

 

「レン、カ……」

 

「私と……恋人になりなさいよ。それで、結婚して」

 

 そう言って握る手に力を込めたレンカは呆けているのか動かない隼人をじっと見つめる。

 

 その直後、背後から爆発音が聞こえ、吹き飛んできた武達が一度バウンドし、床を転がる。

 

「はっはっは、どうかねゴミ虫の諸君。私のインパクトボムの威力は」

 

「ッ……!」

 

「流石に、鎧を着ていれば直撃を受けても動けるか。だが鎧その物はもう限界のようだねぇ」

 

 そう言って笑う男の目前、装甲とフレームを砕かれ、垂れ下がった右腕を押さえて膝を突く咲耶の体からボロボロになった装甲がシステム側からの強制排除で剥がれていく。

 

 損傷したフレームを纏いながら喀血した咲耶を抱えた浩太郎が、ファルカの顔面にヴェクターを連射して撤退しようとするがそれを阻む様に周囲の敵が射撃を放つ。

 

「さあ、ここで潰れろ! 虫けら共!」

 

 銃撃を防ぎつつも身動きの取れない浩太郎に叫び、高笑いをする男の笑い声を阻む様に激震が走り、地面に大きな亀裂が入る。

 

 全ての動きが止まり、その視線が向いた亀裂の先には肩で息をする隼人と、彼の隣で背負っていた薙刀を展開して構えるレンカの姿があった。

 

「お前ら如きに俺の仲間を、潰させはしねぇ……」

 

「威勢がいいのは結構だ、五十嵐君。私はそこも含めて好意を抱いているのだからね。だが……君は少々無謀が過ぎるな」

 

「無謀かどうかはお前が確かめろ。少なくとも俺はそう思ってはいない。切札はいくつもある。だろ、レンカ」

 

 そう言ってレンカの方を見た隼人は、頷きを返した彼女の頭に手を置いて一歩前に出る。

 

「やるぞ、スレイ」

 

『はいはい、さっき登録された術式で良いのよね?』

 

「ああ、最大出力でぶっ放す」

 

 そう言って腕を交差させた隼人は掌に仕込まれていた砲口に魔力を集中させると、脳に術式の発動イメージを浮かべる。

 

(掌に力を移す様に、そして、留め、圧縮し……)

 

 力が最大になったのを感覚で感じ取った隼人は鎧の中の目を開き、ライフル弾を浴びせてくる雑魚が放ってくる殺気に向けて貯め込んだ力を薙ぎ払った。

 

「放て! 『セイクリッド・グレイブ』!」

 

 最大出力で放たれた光が二階を丸ごと薙ぎ払い、内部コンピューター冷却の為にラジエーターを解放したラテラから凄まじい熱量と白煙が吐き出される。

 

 赤熱化した内部機構がとげとげしい機体のデザインと相まって、まるで燃え盛る地獄の使者を思わせていた。

 

「あ、悪魔かよ……」

 

 ダメージが抜けきらずとも意識ははっきりしている武が、薙ぎ払われた二階と隼人を交互に見てそう呟く。

 

 聞こえていたらしく振り返った隼人に気まずくなった武はサムズアップを返してきた彼にほっと胸を撫で下ろす。

 

 そんな彼を見て苦笑していた隼人は不気味に笑う男にレンカと共に歩み寄りながら冷却と魔力吸引を済ませた装甲を閉じて走り出す。

 

「行くぞ、レンカ!」

 

 そう言って男に殴りかかった隼人は復活しているバリアに拳を流されるがその勢いで踵蹴りをバリアに打ち込むと跳躍したレンカが同じ場所に飛び蹴りを打ち込む。

 

 同時、レンカの踵からランチャーが撃発し、術式火薬の勢いがバリアに僅かなほころびを生むが威力が足りず、すぐに修復されてしまう。

 

「抜けさせはせんよ!」

 

 レンカを狙って弧を描いた魔力を放った男に体勢を立て直していた隼人は舌打ちをしながらブーストダッシュで駆けつけ、生身の彼女を庇う。

 

 密度の濃いワインレッドカラーの魔力の塊目がけてサーベルをぶつけた隼人は、サーベルを犠牲にしながら塊を弾き逸らすと、エミッタ―が焼けている柄を傍らに投げ捨てて殴りかかる。

 

 気合と共に突き出した右ストレート。

 

 バリアとぶつかったそれが火花を散らして拳の装甲に干渉するがそれこそ隼人の狙い通りだった。

 

「バンカー!」

 

 隼人の叫びと同時、起動したバンカーのチャンバーから高エネルギー状態に入った魔力の高速吸引を示す白煙が吐き出される。

 

「ぶち抜けッ!」

 

 激しいノックバックを腕に放ちながら撃発したバンカーが接触したバリアに凄まじい衝撃力を与え、一点に集中したそれがエネルギーの外殻を撃ち抜く。

 

 反動を受け流すべくマウントレイルごと後方に流れたバンカーのチャンバーが開き、白煙が吐き出されて冷却を開始する。

 

「今だ、リーヤ!」

 

 そう叫んだ隼人が体を捻る。

 

 直後、屋上の一角がチカ、と光り、一瞬早くファルカからローリングで離れた隼人は、それを見て体を捻った相手の左腕が肩から対物弾にぶち抜かれたのを確認した。

 

『くっ、外れた!』

 

「いや、問題ない!」

 

 胴を狙っていたらしいリーヤの悪態に笑いながら返した隼人は、傷口から血液を流すファルカを見る。

 

 肩から腕を吹き飛ばされたファルカの出血量はかなりあり、普通ならショック死していてもおかしくない。

 

 だが、男は腕を無くしてもなお平然と迫り、手にした長剣を振り下ろす。

 

 それを回避した隼人は、白煙を上げるパイルバンカーのコンディションを見る。

 

 直後、意識の外にあった長剣を寸での所で回避した。

 

「くそっ、どうして動ける!?」

 

 そう言ってバックステップした隼人は、もう吊り下げる物が無い腰のラックをパージすると、修復されつつあるバリアに舌打ちし、弾かれた対物弾が彼の傍らを掠める。

 

 散った破片が装甲に当たって乾いた金属音を放つ中、ファルカを見ていた隼人は、業を煮やしたレンカがくるくると回した薙刀の先端から光学レーザーを放ったのに驚き、その場を飛び退く。

 

 バリアに当たったレーザーが弾かれ、薙刀の排莢口から空になったリムタイプのカートリッジが次々に排出されて、乾いた音を発する。

 

「効かないわねぇ……!」

 

 そう言って薙刀のカートリッジ装填口を開いたレンカは、不意に立ち上った莫大量の魔力に顔を上げ、クツクツと笑うファルカを警戒しつつ、装填口にリムを挿入する。

 

 装填が終わるとハンドガード型のスライドを押し出し、捻って装填口を閉じた彼女は、不意に長剣を薙ぎ払い、斬撃を飛ばしてきたファルカに目を見開いて、その場を飛び退き、回避する。

 

「どうやら、この命は短い様だねぇ……。さてと、少し本気を出そうか」

 

 そう言って剣から立ち上った魔力がファルカにまとわりつき、目を赤く染めた男は、隼人に目を向ける。

 

 そして、先程とは全く異なる速度で動き、彼の目の前に現れると、その剣を振り下ろす。

 

 目を見開き、動揺しながら左のバンカーで剣を受け止めようとした隼人は、直前に嫌な予感を感じてバンカーをパージ。

 

 そのまま後ろに下がるが、切断されたバンカー諸共浅く腕の装甲が切り裂かれる。

 

「ッ! このッ!」

 

 悪態を吐きつつ、右のバンカーを突き出した隼人は、残像を残して後退したファルカに攻撃を空振らせ、間髪入れず剣から放たれたビームに吹き飛ばされた。

 

 叩き付けられた衝撃で声も出せず、咳き込んだ隼人の傍に駆け寄ったレンカは、目の前に現れたファルカの脇へ薙刀を振るう。

 

 が、ファルカは剣で受け止めて薙刀を溶断すると、既に柄を手放していた彼女の空中回し蹴りをバリアで受け止める。

 

「無駄だ、生身の攻撃でこのバリアが抜けるとでも!」

 

「だったら、この攻撃はどうなのよ!」

 

 バリアの中の顔を驚愕に変えた男は、空中で回し蹴りの体勢を維持したまま叫ぶレンカの右足に、光が集中していくのを見た。

 

「『セイクリッド・スピア』! ぶち抜けッ!」

 

 フル出力で光を放ったレンカは、バリアを砕いて男の顔面に切れ味の鈍いブレードの蹴りを食らわせようとしたが、それよりも早く剣の腹で殴られ、壁に叩き付けられた。

 

 殴られた頬が軽く焼け、うめき声を上げたレンカは、目の前に迫るファルカに目を閉じて顔を背けた。

 

「死ね、クソ猫!」

 

 そう言って剣を振り上げた男は、不意に揺れた視界に間抜けな声を上げ、痛みを感じる右脇腹を見下ろす。

 

 そこには大振りのククリナイフを肋骨を避けて心臓に突き込んでいた、浩太郎の姿があった。

 

 動揺する男を他所に、冷えた目を向けた浩太郎は、上下に動かして傷口を広げた刃を引き抜くと、返す刃を回避し、引き抜いたトマホークで柄を弾く。

 

 宙を舞う長剣も見ず、ククリナイフから対物拳銃に持ち替えた浩太郎は、銃口に怯える男を牽制する事で背後から迫るカナを守っていた。

 

 友人を傷つけられたからか、殺意と怒りに満ちた彼女が二振りのバスタードソードを振り上げる。

 

 両剣同時に振り上げた彼女は、傷口から血を流す男の背中、ファルカの動力部に分厚い刃を叩き付け、内部に貯蔵されていた魔力全てをバーストさせた。

 

 力の源を失った鎧が、尻すぼみな停止音を流してその場に膝を突いた。

 

「馬鹿な……。こんな、この、俺が……」

 

 膝を突いた機体を見回してそう呟いた男は、荒く息を吐きながら歩み寄ってきた隼人に搭乗口の装甲を破壊され、そのまま外に引きずり出された。

 

「最期に言い残す事はあるか」

 

 そう言って男を見下ろした隼人は、発作を起こした様にのけ反った男に後退り、狂った笑い声を上げて動かなくなった彼に生体スキャンを掛けて死亡を確認する。

 

「浩太郎、ターゲット死亡。証拠写真を撮っておいてくれ」

 

「了解。撤収準備もやっておくよ。まあ、装備の回収だけだけどさ」

 

「迎えの手配も頼んでおいてくれ。今回のこれは無断出撃だから期待できんがな」

 

 息を荒げながらそう言い、笑った隼人に光学センサーのマスクを向けた浩太郎は、腰が抜けているレンカの回収に向かった彼の背中を見ながら、センサーで死んだ男の写真を撮影する。

 

 撮影完了を確認した浩太郎は、通信バンドを基地向けに切り替えようとして慌てたリーヤの声を聴いた。

 

『隼人君! 後ろだ!』

 

 慌てたリーヤの声に武器を構えたカナに追従して、腰からヴェクターを引き抜いた浩太郎は、隼人の背後に迫る人影にその銃口を向けた。



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第18話『ダインスレイヴ』

『隼人君! 後ろだ!』

 

 慌てたリーヤの声に腰からヴェクターを引き抜いた浩太郎は、体力を消耗しているのか、反応が鈍い隼人の背後に迫った人影に銃口を向ける。

 

 が、誤射を恐れて撃てなかった。

 

 その直後、人影に弾き飛ばされた隼人は、レンカを抱えたまま柱に突っ込み、鉄筋コンクリート製のそれの一部を崩して落下する。

 

『隼人君!』

 

 うめき声を上げ、気を失った隼人に叫んだリーヤは、スコープに移る人影に発砲するが、まるで殺気に過敏な獣の様に、人影は弾丸を回避してしまう。

 

 舌打ちし、急ぎボルトアクション(次弾装填)をしたリーヤは、スコープを覗いて敵影を探す。

 

 その真下では、銃撃から格闘に対処法を切り替えて身構えた浩太郎が、隼人の救助に回るカナを離れた位置でカバーする様に動き、ククリナイフとトマホークを引き抜く。

 

『警戒態勢! 動ける人は浩太郎君の援護を!』

 

 通信機に響くナツキの声を聞きながら周囲に目を向けていた浩太郎は、不意に走った真横からの殺気を感じ取り、おもむろにそちらへ振り返った。

 

 振り返った先、目前に迫っていた拳を、彼は頬を引きつらせながら最小限の動きで回避。

 

 拳を放った相手を足裏で踏みつける様に蹴り飛ばした。

 

 軽軍神の膂力で吹っ飛ぶ影が、その勢いを振り子運動の要領で利用して迫るのに、辛うじて反応し、突き出された左拳を真横に逸らして、ククリナイフを顔面に突き出す。

 

 が、相手はそれを回避して右脇に膝蹴りを入れる。

 

「ぐっ……! この!」

 

 相手の左腕を弾いてトマホークを振り下ろした浩太郎は、それをも回避した相手に驚き、バックステップで距離を取った相手の、光学補正で明らかになった姿に二度驚かされた。

 

「君は、あの時、ダインスレイヴを持っていたアーマード……!」

 

「あっはは、ご名答。覚えていたのねぇ」

 

「生憎覚えの良い性質なんでね、忘れる訳無いのさ!」

 

 そう言って構え直した浩太郎に迫ったアーマードは、ヴェイパーコーン(衝撃波)を伴う右拳を突き出すと、彼のトマホークと打ち合って衝撃波を生む。

 

 痛む手首に表情を歪めた浩太郎は、アーマードが放つ凄まじいラッシュにギリギリの所で対応し、手持ちの得物で裁くも右拳でククリナイフが弾かれる。

 

 それでもラッシュが止まらず、捌く手を止めまいと、浩太郎は引き抜いたヴェクターを、バースト(指切り)と単発を打ち分けて射撃しながら距離を取る。

 

 だが、その全てを見切ったアーマードは全て回避し、ニヤリと笑う。

 

(隙が無い……。それに、あの動きと反応速度、まるで隼人君だ)

 

 内心で呟き、神経接続のディスプレイで残弾数を確認した浩太郎は、銃各所に仕込まれたデータチップからの送信で10発を割り込んでいるのに舌打ち。

 

 左手をマガジンキャッチに動かしてマガジンを排除する。

 

 そして、予備マガジンが収められたステルスケースから、小型の17連装マガジンを取り出した浩太郎は、その間に迫ったアーマードに、急ぎマガジンを装填しながらトマホークを振り下ろす。

 

「遅い!」

 

 叫んだアーマードの脳天目がけ振り下ろされたトマホークは、焦りから単調な軌道を描いて回避され、得物の慣性に引かれた浩太郎は大きな隙を生む。

 

 そして、超高速のアーマードの膝蹴りを右脇に受けた浩太郎は、目の前に現れたダメージ警告を、膝蹴りの衝撃で揺れている視界に入れた。

 

「ぐはっ……!」

 

 そのまま地面に伏し、咳き込んだ浩太郎は、トドメを刺そうとしないアーマードに疑問を覚え、周囲に彼女の姿を探しながら起き上がる。

 

 地面から離れた際にみしりと音を立てた装甲の一部が、構成していたオリハルコニウム製の金属繊維をこぼす。

 

 直後、レッドサインが視界の端に現れた、機体コンディションに表示されていた事に気付いた浩太郎は薄く笑い、その後に咳き込んだ。

 

《警告:右脇部装甲:損傷》

 

 咳き込みながら損傷箇所を撫でた浩太郎は、装甲の下に着こんでいたソフトアーマーに触れて顔をしかめた。

 

(あれだけの勢いがあれば、貫通してるか……)

 

 金属片で怪我する可能性があるので、損傷箇所である右脇の装甲を分割でパージした浩太郎は、ごっそり消えた右脇の拘束感に違和感を覚えつつ、ヴェクターを引き抜いた。

 

「リーヤ君、さっきのアーマード、どこにいる?」

 

『……死んだピエロ男の所にいる何か、探してるみたいだ』

 

「そこには確か……。ッ! 不味い! リーヤ君、彼女を撃て! 今すぐに!」

 

 そう言ってピエロマスクの男のそばで、何か探しているアーマードに接近した浩太郎は、単発でヴェクターを放ち、腕や足、胴体に直撃させるが、骨格や装甲で全て弾かれた。

 

(やっぱり、拳銃弾じゃ駄目か!)

 

 アーマードは個体差があるが、基本的に機械で出来ている為、人体に多少なりと効果のある拳銃弾でも機械で出来ているアーマードではあまり効果をなさない。

 

 特に、ヴェクターが使用する45口径ACP弾では、亜音速弾であるが故に、物質に対して貫通力に乏しく、機械への攻撃にはいささか威力不足だ。

 

「うふふ、焦ってるわねぇ。もう手遅れだけどさ」

 

 そう言ってダインスレイヴを手に取ったアーマードに、味方への被害を無視してフルオートで射撃した浩太郎は、走った衝撃波に吹き飛ばされ、受け身を取って立ち上がる。

 

 武、リーヤと協力してアーマードへ射撃した浩太郎は、ヴェクターのマガジンをロングへ切り替え、返す手にXM92を引き抜き、二丁拳銃で射撃する。

 

「うふっ、うふふっ」

 

 その中心で笑う少女は、迫る弾丸全てを放出した剣の魔力で弾き逸らすと、目を見開く三人に、不気味な笑みを見せる。

 

「さあ、どう食ってあげようかしら」

 

 そう言って舌なめずりをしたアーマードに、嫌な予感を感じた浩太郎は、レンカとカナの悲鳴に振り返る。

 

 跳ね除けられたレンカ達の傍を見れば、糸で吊り上げられた様な有り得ない起き上がりを見せる隼人が、機械鎧の目を赤く明滅させていた。

 

《警告:アーマチュラ・ラテラ:術式のシステム干渉を検知》

 

 隼人の姿を捉えた機体のコンピューターが、何らかの術式を感知し、チャット型のウィンドウで浩太郎に警告してきた。

 

(システム干渉、と言う事はダインスレイヴ……? 共鳴してるのか?)

 

 二丁を構え、警戒しながらそう予想を立てていた浩太郎は、赤く双眼を染めて、いきなり飛び出した隼人に驚き、咆哮を上げた彼が、アーマード目がけて拳を突き出すのを呆然として見ていた。

 

「あはは、やっぱり暴走したんだ。本体からの共鳴現象ではコピーからの制御も効かないのね」

 

 そう言って剣で拳を受け止めたアーマードは、ニヤリと笑って肩で息をする隼人を見つめる。

 

 そして、彼の拳を大きく弾いて、踵からの回し蹴りを放った。

 

 回避できず、蹴り飛ばされた隼人に、違和感を覚えた浩太郎は、今の彼が完全に暴走しており、今までの技術や勘を生かせないほどに理性を失っているのだ、と判断して、援護射撃を躊躇した。

 

(迂闊に発砲すれば、隼人君の攻撃対象がこちらに向く可能性がある。さて、どうしようか……)

 

 そう思いながら隠れられる場所まで移動し、周囲を見回した浩太郎は、棒立ちになっているレンカ達を回収しに動く。

 

 それと同時、隼人の拳とダインスレイヴが激突。

 

 それにより発生した衝撃波がタイル張りの地面を抉り、レンカ達を小脇に抱えたままそれを回避した浩太郎は、転倒しかけた体に受け身を取ってダメージを防ぐ。

 

 撤退していく浩太郎達を他所にダインスレイヴと攻撃の応酬を繰り返した隼人は、理性を失っているが故に、自身の視界に割り込んで表示されているレッドゾーンの機体温度と魔力残量に意識を向けられずにいた。

 

《警告:機体温度危険域:魔力残量30パーセント:予想稼働時間:一分》

 

 OSとは別のシステムを経由して警報を発するラテラと、UIとして機体コンディションを測っていたスレイの警告も無視した隼人は、高熱化した機内温度に荒く息を吐く。

 

 その視線の先、ニヤニヤと嫌味ったらしく笑うアーマードが、左腕を軽く上げて挑発。

 

 直後、一瞬消えた様に錯覚するほどの速度で接近した隼人の拳を、剣の腹で受け止めた。

 

「あはは、獣みたいに暴れるわねぇ。でもそれで保つのかしら?」

 

 そう言った瞬間、指向性スピーカーで電子音が鳴り響き、我に返った隼人の目の前に、一瞬だけウィンドウが開かれる。

 

《警告:魔力残量ゼロ:機体温度正常可動域を超過、機体保護の為強制停止します》

 

 瞬間暗転した機体から力が抜け、鎧の重量に抑えつけられた隼人は、装甲を貫通してきた刃に左胸を刺し貫かれた。

 

 同時、自動操作でパージされた鎧が地面に落下し、空虚な金属音を鳴らしながらその中にあった隼人の姿が露わになる。

 

 白煙を上げる装甲群の中心で、汗だくになった彼の体から白いもやが浮かび上がる。

 

「もうおしまいね」

 

 そう言って薄く笑ったアーマードをぼやけた視界に入れていた隼人は、それよりも鮮明な神経接続のインターフェイスで、フレームのリチャージ突入を理解する。

 

 が、その割にはゲージの伸びは悪く、リチャージャーの不良か何かしらのシステムが起動しているのか、朦朧と仕掛けていた思考の中でそう考えた隼人は、苦しむスレイの声に気付いた。

 

「どうした、スレイ……」

 

『私の、意識が……薄れ、て』

 

「な、に……?」

 

 どう言う事だ、とスレイのコミュウィンドウを睨んだ隼人は、自身に刺さっている剣の表面が僅かに脈打っているのに気付き、目を見開くと、反応が薄れてきたスレイのウィンドウを閉じて魔力の残量を確認した。

 

 肩の出血量も鑑みた隼人は、チャージされた魔力の流路を右腕のみに絞りながら左手に軽く力をこめたが僅かな反応しか返って来ず、思い切り力を込めてようやく動いた。

 

(手は動くが、強く握る事は無理か……。だが、時間は稼げる!)

 

 内心で呟いて左腕を上げた隼人は、弱い力で刃を握りしめると、その表情を醜く豹変させたアーマードを見据える。

 

「あっは、なぁに? 今まで苦しめてきた元凶を抜いて上げてるのよ? 何で邪魔しようとするのかなぁ?」

 

「は……。そいつはありがたい。じゃあ、お礼をしないとな。受け取れ」

 

「ん?」

 

 瞬間、アシストと身体強化のリミッターを解除した右拳を、音速で振るった隼人は、突き刺さった剣を引き抜く為に、左脇腹を抉る様に殴りつけ、内部機器共々アーマードの外殻を破壊して吹き飛ばした。

 

 遅れて発生した衝撃波が壁の様に伝播し、宙を舞って叩き付けられたアーマードは、カーボンナノチューブ製の内部骨格を損傷。

 

 へし折れた骨格の一端に、疑似神経回路と、エネルギー供給路の一部を突き破られた。

 

 その瞬間、意識や思考を行うコンピューターとは別の命令系統が作動し、アーマードの脇腹から、血液にも似た自己修復用のナノマシンペーストが、傷口を塞ぐように溢れ出す。

 

「こ、この……」

 

 それでも体のバランスが取れないらしく、ダインスレイヴを支えに起き上がろうとしたアーマードは、背中に刺さったワイヤードブレードに目を見開き、そのまま背後に引っ張られ、仰向けに倒れ込んだ。

 

 隙を晒したアーマードは、空に光ったライフルスコープの反射光と、アンダーバレルのグリップを掴み、Mk48を構えている武に気付き、即座にバリアを展開した。

 

「撃て!」

 

 ワイヤーを絞った浩太郎の叫びと同時、天井とマシンガンから発砲炎と音速のライフル弾が放たれる。

 

 口径や発砲速度は違えど、飛ぶ方向は過たずアーマードの方へ飛んでいく。

 

 が、ライフル弾は全てバリアに弾かれてあらぬ方向へ飛んでいき、その中心でニヤついたアーマードは、その隙に接近してきた隼人に気付き、ワイヤーを切断する。

 

 そして、弾幕を張る武に向けて魔力による斬撃波を飛ばし、隼人に向けて剣を突き出す。

 

「退け、二人共!」

 

 そう叫び、左腕で減速し、左肩で剣を受けた隼人は、侵食してくる魔力の痛みに耐えながら、アーマードに不敵な笑みを向ける。

 

 じくじくと隼人を侵食する魔力に反応して、スレイの意識が戻ってくる。

 

 左目をワインレッドに染めて、狂気に満ちた笑みを浮かべた隼人は、制御を取り戻したスレイの手で、適切な出力に変化したフレームを駆動させ、アーマードを殴り飛ばす。

 

 それと同時、首筋にアンプルを四本連続で打って意識を薬物中毒寸前にし、ダインスレイヴの魔力から制御を取り戻そうとした隼人は、あまりの気持ち悪さに胃の中の物を吐き出し、それに混ざる様に落ちた血液が気味の悪い色に変わる。

 

「げほっ、スレイ……。フレームのリミッターを解除しろ。フル出力で使用する」

 

『あはは、りょうかぁい』

 

 膝を突いたまま、リミッター解除の警告を見た隼人は、解除コードや警告などを全て消してくれたらしいスレイのコミュウィンドウを消すと、圧倒的なトルクを体に感じながら立ち上がる。

 

「まだやる気なのぉ? もうボロボロで、あなたには勝ち目が無い様に見えるけどぉ」

 

「勝てるかどうかだと? 今の俺に、今までがあるならば、どんな事にだって負けはしない。だから!」

 

「はん、そんな御託を並べた所でッ!」

 

 そう言いながら振り上げられたアーマードの拳を背後へ受け流した隼人は、彼女の懐へと距離を詰める。

 

「な、何!?」

 

「お前は御託と切り捨てたがな。俺の今までは、俺の強さだ!」

 

 驚愕を浮かべるアーマードの胸部目がけ、拳を突き出した隼人は、驚いたままの彼女を胸部装甲ごと吹き飛ばすと、露出した動力源たる魔力炉を視認した。

 

 破裂したパイプや電子回路の配線が露わになり、バランサー液が漏れた為に、うまく立てずに倒れ込んだアーマードを見下ろした隼人は、左肩の剣を感知している警告を消した。

 

「終わりだ、ダインスレイヴ」

 

「いいえ、終わらないわ。あなたと、その剣がある限り。永遠に終わる事は無いのよ!」

 

 無言の隼人に笑いながらそう言ったアーマードは、彼の左肩に突き刺さった魔剣を見上げると、徐々に彼を侵食している魔力の流れを見ていた。

 

「ッ……!」

 

 ダインスレイヴの侵食に耐えられず膝を突いた隼人に、炉から魔力を漏らすアーマードは笑った。

 

「分かるでしょ? 私の本体は剣。このアーマードも剣から出る魔力で操っていたのに過ぎない」

 

 そう言って嘲笑うアーマード。

 

 最早虫の息と言うべき彼女を見ながら左肩を押さえた隼人は、左半身に広がる侵食で、左の視界が徐々に暗転していくのを悟った。

 

「無論、ティル・ナ・ノーグの連中もね。彼らは力を欲していたわ、愚かなほどにね。だから操るのも簡単だった。彼らの持つ殺意を、一点に向ければよかったんだから」

 

 そう言って笑うアーマードを前に、拳を握りしめた隼人は、天を仰ぐ彼女に足を引きずりながら歩み寄る。

 

「どうして、人の殺意をお前は弄ぶ。どうして人を殺そうとする。答えろ、お前が望むのは何だ。俺を、俺をどうして見初めた」

 

「最後の問いだけに答えましょうか……。私が望むのは終焉。この世界の終わり。私はこの世界が憎いのよ。聖剣で、乙女だった私を魔剣に変えたこの世界が終わる事を、私は願っているの。あなたと同じくね」

 

「生憎だな、俺はそんな願いを叶えようとは思わない。レンカ達がいる限り、俺は世界を守る。あいつらが生きようとしている世界を、俺は守って見せる」

 

 満身創痍の隼人は、アーマードを見下ろしながらそう言い、警戒しながら歩み寄るレンカ達の方を振り返った。

 

 そんな彼を、目を閉じたアーマードは嘲笑う。

 

 何故だ、と振り返った隼人は、機能停止している彼女に気付き、附に落ちない表情で荒く息を吐いた。

 

「止まった、のか」

 

 後味の悪い終わり方であっても、終わった事に安堵していた隼人は、突然痛み出した左腕に叫び声を上げて腕を押さえつける。

 

 その様子に慌てて駆け寄ったレンカ達は、ワインレッドのオーラを立ち上らせる隼人の真っ黒な左腕に気付くと、彼の腕から分離した裸体の少女に気付き全員が身構えた。

 

「君は……!」

 

 そう言って対物拳銃を構えた浩太郎は、魔力で構成した赤いロリータ衣装を纏った少女に一瞬構えを解いてしまう。

 

『うふふ、また会ったわね。ケリュケイオンの皆さん、私の本体を止めたのは偉いわ。褒めてあげる』

 

「ダインスレイヴ……! その様子だと、君は隼人君に取り付いている方か」

 

『そう。本体を制御していた人格が止まったからデータもろもろ引き継いで再登場って訳。ふふっ』

 

 そう言って笑う少女、スレイに得物を向け続ける浩太郎達は、武器を前にしてもなお余裕の彼女に揃って眉を顰めつつ、徐々に距離を詰める。

 

 スレイの背後、倒れている隼人は、分離の痛みで気絶しているらしく、ピクリとも動かず、魔力侵食を受けたらしい左半身が不気味に脈打つのみだった。

 

「隼人君に何をした」

 

『何にも? 彼は魔力侵食の過負荷で気絶したのよ? まぁ、最も? 私が出てきた時が負荷のピークだったんだけどねぇ。あっははは』

 

「じゃあ何で君は実体化をしているんだ? 君が出なければ隼人君だって気をやらずに済んだはずだ」

 

『私が出てきたのは、そうね、ちょっと警告しようと思ってね』

 

「警告?」

 

 距離を詰めた浩太郎は、不意打ちの様に放たれた一言に、一瞬スレイへの警戒心が解ける。

 

 明らかな隙にも関わらず、笑みを絶やさないスレイは、踊る様な動きで歩き、そして背後に誰もいない、射線が開く位置まで移動して話を続ける。

 

『そ、警告。あなた達はこれで戦いが終わったと思ってるようだけど、それは違う。これは始まりなの。終焉のね』

 

「どういう事かな」

 

『ふふっ。それはね、地球人が、この魔力次元の聖遺物を奪おうとしているって事。彼らが魔力次元支配の戦力にする為にね。そしてその情報を本体は国家の諜報機関へと流している。

今頃水面下で小競り合いが始まってるはずよ。地球と、魔力次元とのね』

 

 そう言って笑う彼女の表情を忌々しげに見た浩太郎は、首を傾げるレンカ達を見回して自分が理解した事を説明する。

 

「争いの火種は蒔かれた。後は、大きくなっていくだけ」

 

『そう言う事。お互い譲れないし、譲る事も出来ない。だからもう、滅ぼし合うしかないのよ、人間は。どちらかが生き残るまで』

 

 銃口を下ろした浩太郎にそう言ったスレイは、からかう様なジェスチャーをしてくるりと身を回し、隼人の傍へ戻ってくる。

 

『だから、終わったと思わない事ね。その先に戦争がある限り』

 

 そう言い残してスレイは隼人の左腕に消え、それと同時に浩太郎達は警戒を解き、彼に駆け寄ると、丁度良く上空からヘリのローター音が聞こえた。

 

 それと同時、タクティカルライトの光が九つ、入り口から現れ、そちらへ警戒を向けた浩太郎達は、PSCイチジョウ所属の部隊だと声を張る彼らに警戒を解き、自分たちの所属を返答した。

 

 味方であると認識されたケリュケイオンの面々は、気絶した隼人共々、救出に来た味方に護衛されて、ヘリコプターで基地へと戻っていった。



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第19話『開幕の終章』

 翌日の早朝。

 

 昏睡していた隼人は、目を覚ました先にある無機質な天井に少し驚き、そして若干の安堵を抱いた。

 

 戦いが終わった。

 

 だからこそ、この天井を見る事が出来ている。

 

 半分になった視界に入れた天井に、唯一動かせる右手を上げた隼人は、きちんと開く五指を見て、フッと頬を綻ばせた。

 

「目が覚めたみたいね」

 

 左側から聞こえる声。

 

 真っ暗な視界からの声に少し驚いた隼人は、声の主を視線の右側に入れようと、顔を傾けた。

 

「私の姿、見えてる?」

 

「咲耶……」

 

 右の視界に左半身だけ映った咲耶が、安堵の表情を浮かべたのに、隼人は一瞬戸惑った。

 

 感覚の無い左側を、左手で触れた彼女に少し体を引いてしまう。

 

「やっぱり、右目じゃないと見えないみたいね。気分はどう? 左腕と左目以外に違和感を感じたりは?」

 

「いや……特には無い」

 

「そう。なら良かった」

 

 そう言って手を離した咲耶の片手の手助けを受けて、隼人は体を起こす。

 

 めくれ上がった布団から見えたレンカの姿に気付いて少し驚いていた。

 

 すうすうと寝息を立てる彼女は、起きる気配も見せず、Tシャツ姿を乱して寝返りを打っていた。

 

 胸の谷間が丸見えな状態を見下ろした隼人は、若干頬を染めながらため息一つ付き、襟を直した。

 

「咲耶、取り敢えず俺の体に起きている事について、教えてくれ」

 

 そう言った隼人は、黙々と頷いた咲耶が片手のみで鞄からタブレットを取り出すまでをじっと見つめた。

 

「今、あなたの左腕と左目はダインスレイヴの魔力に侵食されている。その影響で、神経機能がマヒしている状態よ。幸いにも、脳機能や足への影響は無いわ」

 

「つまり、左腕と左目だけは動かない、と言う事か」

 

「そう言う事。まあ、見た目が怖いから、しばらく眼帯着けておいてね」

 

 そう言って鏡を差し出した咲耶は、全体が赤黒い左目を見て驚く隼人に苦笑し、用意していた眼帯を彼に手渡した。

 

 彼女が渡した眼帯は、黒色の四角形で、赤い色が縁取る独特のカラーリングがなされていた。

 

「ふっ、眼帯か。中二病の象徴だな」

 

 そう言って笑った隼人は、左目についた眼帯を軽く叩いて調子を確かめる。

 

 とんとんと眼帯を叩いた右の指の感触だけが、彼の感じられる唯一の感覚だった。

 

(さっきもそうだったが……。やはり左目周辺の触覚も失ってるのか)

 

 目の機能だけの被害では無い事を思い知らされ、内心落ち込んでしまった隼人は、タブレットで作業している咲耶の方を振り向いた。

 

 先ほどは見えなかった全身図を見た隼人は、ギプスで右腕を吊っている咲耶に気付いて、少し声を漏らす。

 

「どうかしたの?」

 

「いや……。咲耶、お前、そのギプス」

 

「ああ、これ? あの戦闘で腕をやられちゃってね。修復術式は掛けてあるけど、他の怪我に比べて馴染みが悪いからこうしてるの」

 

 そう言って笑った咲耶に、隼人は暗い表情を見せる。

 

「そんな暗い顔しないでよ。また怒らなきゃいけなくなるじゃない」

 

「また?」

 

「ええ。三日前、右腕の治療が終わった時にね。浩太郎君達が謝罪してきたのよ、そうなったのは自分達のせいだって、ね」

 

「あいつららしい。それで、謝るなって、怒ったのか」

 

「そう言う事よ。私のこの怪我は私がした事の結果、だから謝る必要はない」

 

 膝に置いたタブレットを操作しながらそう言った咲耶から目を背け、病室の入り口に目を向けた隼人は、切り出す話題を見つけられずに沈黙してしまう。

 

 そんな雰囲気を崩す様に、咲耶はタブレットを操作する手を止め、話題を切り出した。

 

「ところで、イチジョウ君」

 

 そう呼びかけた咲耶は、びっくりして肩をすくめた隼人に苦笑し、振り返って仏頂面を向けた彼に、笑いを堪えながらタブレットの画面を向ける。

 

 タブレットには、各アーマチュラとフレームの損傷具合がレベルとそれに対応した色で表現されていた。

 

「これは浩太郎君達にも言ってあるんだけどね。しばらくフレーム、アーマチュラ共に使用できなくなるわ。理由は、見てもらえばわかるけど」

 

 そう言って視線併用の操作補助で、画面をスワイプさせた咲耶は、三機分の項目欄をそれぞれ指さす。

 

「フレームは損傷レベル3、アーマチュラは全機損傷レベル4。ぶっちゃけ、動けるけど動かすなレベル超えてるから一旦ここでオーバーホールしようと思ってね」

 

「だから、使えないのか。じゃあ、オーバーホール整備となるとかなり金を食うな。その分の経費は今回の任務報酬から引かれるのか?」

 

「安心しなさい、テロリスト掃討の報酬はそのまま支払うわ。オーバーホールの費用についてはフレームとアーマチュラのテスター報酬でチャラにしてるわ。開発室から感謝のメールが来るぐらいのデータが集まったみたいだったから」

 

 それから、とタブレットを手元に寄せた咲耶は、立花財閥開発部門へのメールフォーラムを開くと隼人に差し出す。

 

「アーマチュラに関しては機体をオーバーホールするに当たって改修も予定しててね。現場の意見も加えてより良い改良型にするらしいわ」

 

「そうか……。これは今出さねばならないのか?」

 

「退院してからでもいいわ。まあ、期限は二週間後くらいかしら。あなたも、明日には退院許可出るでしょうしね」

 

「分かった」

 

「それと、報酬はもう払って夏輝ちゃんに会計処置頼んであるから、あなたはあぐらでも掻いてなさいな」

 

 そう言って笑った咲耶は、タブレットを斜めかけ鞄に収めると立ち上がる。

 

「最後に一つ。ダインスレイヴについてだけど、国連軍が回収に動いてるって聞いたわ。近々引き渡しが始まるみたい」

 

「そうか、それは良い事だ。あれは、人類にとっては危険な代物だ。今の世の中にあっていいものじゃない」

 

 咲耶の言葉に、安堵の表情を浮かべた隼人は無意識に左腕を抑える。

 

「……ただ、その引き渡しが穏便に行ければいいのだけれどね」

 

 そんな彼を見下ろし、ぼそりと、自分にだけ聞こえる声量でそう言った咲耶は、腰に下げていたM93Rに触れる。

 

「何?」

 

「え、あ、いや。独り言よ、気にしないで。それじゃ、私は帰るわね」

 

「あ、ああ。気を付けてな」

 

 そう言って咲耶を見送った隼人は、そのタイミングで目を覚ましたレンカに気付き、苦笑交じりに彼女を見下ろす。

 

「寝坊だぞ」

 

 そう言って笑った隼人は、ムスッとした表情のレンカの頭に手を置くと、手に収まる体温に安心感を覚える。

 

 数年もこうしていなかったかの様な錯覚の後に、レンカの涙目を認識した隼人は、頭から離した手で涙をぬぐう。

 

「何度目だよ、その涙は。本当に、お前は泣き虫だな」

 

 そう言って苦笑した隼人は、泣き出し抱き付いてきたレンカの体重を受け止めると、わんわん泣き喚く彼女を撫で回した。

 

 暫くして落ち着いてきたレンカに、安堵の表情を向けた隼人は、シャツの下に潜り込んだ彼女に叫びながら張り倒した。

 

「泣き止んで早々、何しとんだお前はァ!」

 

 若干涙目の隼人にシャツの中で不気味な笑みを浮かべたレンカは、必死に肩を掴んで剥がしにかかる彼の胸に抱き付くと、襟元から顔をのぞかせる。

 

「えへへ」

 

 誤魔化す様に笑った彼女に嘆息交じりで肩から手を離した隼人は、胸筋に当たる髪の感触をくすぐったく思いながら、彼女を見下ろす。

 

「それで、俺に何か言いたい事あるんじゃないのか?」

 

「何かあったっけ?」

 

「……その、付き合ってくれとか、結婚とかさ。戦いの時、言ってたじゃねえか」

 

 顔を赤くしながらそう言った隼人は、一気に赤くなったレンカから目を逸らすと、羞恥心に押し潰されそうな脳裏でどうしようか考えていた。

 

 返事をすべきか、誤魔化すか。

 

 考えながらシャツの中に潜り込んでいる彼女を見下ろした隼人は、何か妄想しているらしくだらしなく涎を垂らす彼女を見て、一気に気持ちが萎えた。

 

「……返事は保留にする」

 

「えええええええ?! 何でよこのヘタレ! お付き合いしますって言えばいいのに!」

 

「喧しいこのド変態が。お前に俺の気持ちがわかるか? 黙ってれば可愛い彼女が、涎ダラダラのだらしない顔で告白の返事を待ってるんだぞ?」

 

「別に良いじゃないのよ! 早く! 言え! この!」

 

「ばッ、暴れるな! 服が破れる!」

 

 慌てる隼人の服が破れ、仰向けにレンカが倒れる。

 

 ベットの上に足を折った体勢で倒れた彼女のシャツが、胸元までめくれ、肌色の南半球が見えていた。

 

 その恰好を見て赤面する隼人は、上半身の前面部が露出する珍奇な格好になっており、鍛え抜かれた筋肉が丸出しとなっていた。

 

「隼人君、お見舞いに来たよ」

 

 そして、そのタイミングで、浩太郎達がやってくるのである。

 

 各々お見舞いの品を持ってきた彼らは、ベットに倒れて赤面し、息を荒げるレンカと、前面部露出の隼人を交互に見ると、各々がリアクションを取った。

 

「何かのプレイかな?」

 

 赤面したり、ニヤニヤしたりする者がいる中、爽やかな笑みを浮かべながらそう言って、首を傾げた浩太郎は、仏頂面の隼人を見る。

 

「そう見えるか?」

 

「うん。とっても。露出狂かな?」

 

「そんな趣味は無い」

 

 そう言ってそっぽを向いた隼人を苦笑しながら宥めた浩太郎は、お見舞いの品である乾パンをサイドボードに置く。

 

 まさかのチョイスに頭を抱えた隼人は、周囲に集まった彼らと、いつもと変わらない雰囲気で、他愛のない話を始める。

 

 残り僅かな平和な日を享受しながら。



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設定集(第一章を読んでから読む事をオススメします)
設定その一『用語編』


魔力次元

 

形状は地球に酷似している、魔力が存在する次元。土地の形状は殆ど地球と変わらず、環境も類似している。

地球での扱いは大規模な新兵器の開発拠点及び実験施設と見られており、扱いは非常に悪く存在が開示された現在でも

植民地としての認識が強い。現在、開発された新兵器による戦争で疲弊している地球において大規模な移住計画が上がっている。

 

国際連盟軍

 

世界的な大戦を防止する目的で六国家が平和活動への意欲的な参加を意味する為に設立した多国籍軍。組織維持に国家予算から捻出された一部資金を使用している。

国家に縛られない為、様々な兵器が集められており、それらを使用した模擬訓練により取得した戦闘データを商品として扱う事を許可しており

各企業からは一部に存在するテスト部隊を始めとして機体開発費のテスト部隊編成費を安く出来ると重宝されている。

 

 

《種族》

 

 

人間:科学を司る異次元からの移住種族。持ち込んで来た術である科学分野に精通し、扱いに長けている。

   反面この世界の技術である魔術が術符を用いないと使えず、活性状態の魔力が毒性となる為、大量に浴びると即死する。

   暗殺術、柔術などの戦闘術の考案力にも優れており、戦術と言う普遍的な概念をもたらしたのもこの種族である。

   技術力に秀でており、武装開発能力が高い反面能力値上の有利が無くまた魔法がつかえない為、戦闘分野においてかなりの不利を強いられている。

   その為、第一線で活躍している人間はかなり高い技能を有する者が非常に多い。

 

 

有翼族:新日本地方民主国家統治領域に多く住まう現住種族。

    文字通り翼を持っているのが特徴。飛行する事が可能だが、極稀に力が強力な代わり飛べない有翼族も存在する。

    知識欲が強く、非常に好奇心旺盛で知識の吸収が早い。頭脳明晰な者が多く、総じて頭が良いが身体能力に劣る場合が多い。

    魔術文明に染まっていながら好奇心から科学文明への抵抗心が薄く、そう言った面で半狐族との折り合いが悪い。

    また、視力が高く狙撃などの遠距離攻撃を得意とし、銃器などを扱うが聴力、嗅覚などは若干劣っている。

 

 

人狼族:新ロシア地方連邦国家統治領域に住まう現住種族。

    犬のような耳と凄まじい怪力を持つ。能力発現時の体毛は素養を示しており、銀に近いほど物理能力に優れ、金に近いほど術式能力に優れる。

    混血種の黒毛の種族は稀であり、全体の一割しか存在しないが魔法と物理の両方に優れているが故に畏怖の対象となっている。

    反面消耗が激しく空腹になりやすい為、常に何か食べているか、大食らい。聴力等の振動に関する感覚に優れる代わりに視力が悪い。

    また、大多数が硝煙などの煙を嫌う為、バックアップとして所持していても積極的に銃器を扱う事は滅多に無い。

 

 

エルフ族:新ヨーロッパ地方共同体統治領域に住まう現住種族。

     尖った耳が特徴的で素早い動きを得意とする。その為、暗殺や諜報を生業とする者も多い。

     ダークエルフとライトエルフに分かれており、前者の個体数は非常に少ない。

     但し、ライトエルフでもかなり複雑に種族が分岐しており純粋なエルフはエルフ族と認定されている全体の三、四割ほど。

     文化として閉鎖的な一面も持っており、一部の部族は独自の集落を作るなど種族全体が完全に人と生活している訳では無い。

     その為、未開拓地域などには独立した国も持っており、同一種族以外は定住できないなど制約も厳しい。

     オーガ族が天敵である。

 

 

鬼人族:新アメリカ資本国家統治領域に住まう現住種族。頭部から生えた角が特徴で人狼よりも更に怪力。但し、頭が悪く脳筋な気質である。

    オーガ族とは起源を同じくし、鬼としての特性を有しているがこちらは善行を優先し、自分から相手に危害を加える事はほぼ無い。

    根は純粋であり、それ故人間が持つ葛藤を理解する事が出来ない。筋密度は人間のそれを凌ぎ、非常に体温が高い。

    開放的な気風の種族であり、有翼族に次いで科学文明に適応しており種族で使用していた粗末な武器から、メイスなどの質量武器や銃火器に切り替えて使用している。

 

 

半狐族:新オーストラリア地方連合国家統治領域に住まう現住種族。

    狐の耳等を持つのが特徴で現住種族の中で過不足のない平均的な能力を持つ。

    大魔術を扱う他、神道宗の宗道官を務める事が多い種族。尾の数で能力が判断でき、一般的な半狐は六つ尾が最高クラス。

    一部の血族は九尾まであり、強力な術式を扱う事が出来る。感覚等も人間と同じだが、プライドが高く銃などの科学的な武装を好まない。

    但し、生まれた環境や性格、自分自身の能力などの要因からそう言った傾向が無い半狐も存在する。能力的には人間に近い存在。

 

 

半猫族:新アフリカ地方独立行政特区領域に住まう現住種族。

    猫の耳等を持つのが特徴で現住種族の中でも際立って高い俊敏性を持つが華奢に育ちやすく、非力になりやすい傾向にある。

    過去に畏怖の念から迫害を受けていたが科学側の介入で改善された。人狼と同じく煙を嫌う。

    悪路走破技能に優れる反面、パワーに劣るが故に平地での戦闘は苦手。高速詠唱能力を種族的に有しており、非常に速い魔法攻撃を可能としている。

 

 

《用語》

 

魔力

 

魔力次元に存在する未知の物質であり、何世紀にも渡って詳細が解明されようとしていたが未だ詳細は分かっていない。

判明しているのはこの世に存在するエネルギー物質の15倍以上の出力を有する事と、魔力次元には存在しない種族である人間や地球の植物にはかなり有害な物質であると言う事。

前者の性質は動力機関や兵器として利用するにはかなりの有用性を持っており、解明の進んだ現在では魔力を核とする高出力兵器が手軽に作れる様にもなっている。

そして、後者の性質は深刻であり、人間の体内に術式発動可能な活性化魔力が入り込むと細胞が侵食され最悪ショック死する(人間が何の処理もしていない無属性魔法を食らうと全身の神経が直接掻き毟られた様な痛みを発する)。

植物の異常成長や色素破壊などの影響も発生し、生殖機能や免疫力の低下も招く。一度侵食を受けると完全に治癒する事は不可能であり、症状の緩和や進行抑制などのその場しのぎがせいぜいであるのが現状である。

普段は空気中に不可視状態で存在しており、この状態では非活性化状態で、発揮できるエネルギー量は非常に弱い。だが、術式行使などの活性化状態になると入力されたパルスパターンに応じた形態に変化し、

火、水、雷、重力などの事象に独自の変換式で変化する(発揮エネルギーについては前述の通り)。

特徴としては酸素などと同じく体内に取り込まれ、その後血管から神経へ流れる特性を持つ。それ故、人間でも体内に魔力は有し活性化魔力に感応して体を破壊する原因となっている。

 

 

軽軍神又はライトマルス

 

重軍神より遅れて開発された小規模戦闘用機動兵器でまだ決まった形式が存在しない機体。カテゴリー上は機械化歩兵とも呼ばれている。

類似品に地球側のAASが存在するが動力から構造まで何もかもが違う。また、こちら側がパワードスーツとしては原型である。動力源は小型TMDから発生する電力と魔力槽から供給される魔力。

コントロールは神経接続追従式操作とモーションコントローラーによる追従操作のハイブリッド。主として前者が使用され、後者はフェイルセーフとしての側面が非常に強い。

魔力による圧倒的な出力で歩兵能力を最大限にする為に開発され、各国のドクトリンにより誤射事故の可能性もあって柔軟性に欠ける無人機よりもリスクの少ない人の搭乗を前提としている部分がある。

発揮出力、耐久力共に生身の比ではなく、歩兵装備の小口径火器では基本的に有効打を与える事は出来ない為、基本的に軽軍神の相手は軽軍神や戦車や装甲車が務める。

(但し、軽軍神は元々対戦車などを考慮して設計された兵器である為、戦車や装甲車で挑むのは少々リスクがあり、同様の機動ができる軽軍神が務める事が多い)

その構造においてコンパクト性を優先したが故に魔力に強く依存しており、それ故にコンセプト上、燃料消費率を軽視している機体にはリチャージャーと呼ばれる強制魔力供給機が装備されている事が多い。

また、人間の装着が前提であった名残から、どの機体の内部にも魔力供給ライン用のシールドパイプが張り巡らされており、魔力が漏れた場合でも死亡するリスクを軽減している。

着装型、外骨格型が存在し、大企業の他に中小企業も開発を進めている開発競争の最も激しい機体。武装も対軽軍神と対人用の二種類があり、前者の故意の対人使用は国際法に違反する。

対人使用感知時の武装ロック機構そのものは搭載されていない。これは遠方から奇襲を受けるも反撃できず一方的に攻撃され、軽軍神分隊が随伴兵共々全滅する事態を招いた為である。

現在、国際規定により加盟国で使用される対軽軍神用弾薬の口径は12.7mmと14.5mmに統一されており、弾薬共用によって戦闘における高効率化を計っている。

小型であるが故に維持費や購入費用が安く、普及が進んでいるがそれ故にテロに利用されやすく、また重軍神には基本的に対抗しえないなどの弱点も持つ。

 

 

フレームシリーズ

 

立花財閥の開発した強化外装型術式武装。新アメリカで活発化していたエグゾスケルトン開発に対抗すべく新日本政府からの委託を受け、『現住種族との戦力差を縮める為の装備』として開発された。

特徴としては超小型TMDから供給される電力を生かしたパワーアシストに終始せず、ユニット化された情報処理機器により魔術を行使する事が出来、他のエグゾスケルトンと比較して高いアドバンテージを持つ。

情報処理機器のみがブラックボックスで、その他のパーツは殆どが枯れた、使い古された技術で出来ており、正規部品が無い状況であっても容易なメンテナンスを可能とし、操縦者に合わせた改造も可能となっている。

予備機含めて三機製造された。が、その予備機である二号機、三号機は試験運用も兼ねてPSCイチジョウに引き渡す為、バリエーション模索の一環として使用者に合わせたチューニングが施された。

その為、これら二機はチューンにより当初のコンセプトからまるっきり変わってしまっており、当初のコンセプトを引き継いでいるのは一号機のみになっている。

 

 

ヘヴィーライフル

 

一般的に12.7mm以上の軽軍神専用大口径ライフルの総称として使用される。12.7㎜はヘヴィアサルトライフル、14.5㎜はヘヴィバトルライフルと呼称される。

威力こそ一撃で破壊できるほどのものではないが、軽軍神の周囲に展開されるバリアを削りとる威力はあり、連続して浴びせる事でバリアを破壊する事が可能。

射出機構は総じてライフルと呼称されるが軽軍神系の銃火器は貫徹力と共用化の関係上、大半がこの二種口径のライフル弾を使用している。

但し、銃のレイアウトごとに威力は異なっており、取り回しの良いショートバレルほど初速に劣る為、ロングバレルよりも威力が低下する。

 

 

軽軍神用格闘武装

 

長剣や刀などの斬撃武器から、ハンマー、メイスと言った打撃武器、アークセイバーやビームサーベルと言った熱線兵器等の軽軍神着用状態で近接距離での使用を前提とした武装群を指す。

生身とは異なり、軽軍神にはバリアがある為、近接武器にはバリアを破壊するか無理矢理突破するかの二択を迫られる傾向にあり、斬撃武装や熱線兵器は大半が射撃武器との組み合わせで運用され、

打撃武器はバリアを質量によって無理矢理突破する方式を取っている。また、珍しい兵器ではパイルバンカーがあり、こちらも打撃武器と同じコンセプトで運用されるが、密着してバリアを撃ち抜く武装である。

 

 

トランスミットドライブ(TMD)

 

電力と魔力により駆動する動力システムで各関節やモジュールに出力を分配している。発電効率が高く理論上有り得ない100%を超える高い効率を誇る。

この機関の発明で高出力な動力を求める機動兵器の開発が容易となり、地球での開発が難航していたレールガンやEMPの普及に成功している。

但し、これらの恩恵は活性化した魔力による所が大きい為、現在は人型の兵器以外でこの恩恵を得られる兵器は存在していない。

現在は未だドライブが大型、軍神系列以外へ未対応であるが故にまだ多数の試作機や先行量産機が開発されているのみであり、

正式な量産機はまだ無い(好き勝手に作っているせいで中々正式仕様が定まらない)。貯蔵部位から供給される一部魔力を

電力に変換してコンデンサなどの逐電機構に溜め込んでいる。

 

 

コンデンサ装甲

 

立花重工が実用化した増槽兼用装甲で、装甲内部に魔力を貯蔵する事で装甲面積に応じた魔力量を確保する事が出来る。

既存の魔力槽搭載型に比べ、機体をコンパクト化できるメリットがあるが半面、装甲強度は悪化しており、実質空間装甲としてしか装甲を利用する事が出来ない為、材質如何によってはカウルとしてしか利用する事が出来ない場合もある。

この欠点を解消する為、改良型装甲では表面に薄い防護フィールドを展開する様に設計変更され、魔力がある限り無類の頑丈さを発揮する様に改良されている。

 

 

オリハルコニウム

 

魔力次元でのみ採掘される特殊金属性物質。魔力を分子構造内に有しており、ダイヤモンドすら超える非常に高い硬度と金属特有の粘り気を持つ人類史上最強の金属物質。

加えてチタンとは異なり、魔力がある地帯で大量に発掘される為、調達コストが非常に安い。また、一時的に動力としても利用可能であり、魔力を貯蓄する効果もある。

最大の特徴として魔法攻撃を魔力に転換して吸収する『マナ・コンバージョン現象』を引き起こす事が挙げられ、分子間の魔力が無い場合に起こるがその場合物理攻撃に弱くなる。

現在は軍事利用価値はあるものの頑強過ぎて加工が難しく、加工コストが大半を占める高価な金属として認知されており、立花グループが総力を挙げて実用化を目指している。

 

 

《装備》

 

 

術式武装

 

魔術を使用できない人間が一時的に使用できる様に造られた武装の事。

一般的にはミサイルの弾頭に火薬代わりに仕込まれているが、

魔術的用途では人間や現住種族が術式武装を使用している。

武装には消耗品タイプが多いが呪術により呪いとして能力を付加している武装も

存在する。消耗品タイプは魔力を貯蔵したカートリッジを挿入して使用する。

一部には最大駆動を搭載している物もある。

 

分類

 

消耗型術式武装

 

魔力を充填したカートリッジを使うカートリッジ方式、

使用者から直接魔力を吸い出して動力とする直給方式の二種類がある。

極稀に小型魔力炉を搭載している物がある。

 

 カートリッジ方式

 

 最もポピュラーな方式で使用者から魔力供給を受けずに済む為、人間でも扱える。

 但し、カートリッジ容量の制限がある為、高出力武装は使用できない。

 低圧変換器を搭載する必要があるので呪化武装や直給式武装よりも大型化しやすい。

 

 直給式

 

 高出力武装に使用される使用者の魔力を直接吸い上げて稼働する方式。

 供給量を予め調整できる為、変換器が必要なく、小型化出来る利点がある。

 但し、使用者から離れると術式武装としての効果を失う、人間に使用出来ない等の欠点を持つ。

 

 

術符

 

魔力加工による術を浸透させた布や紙の事を差した言葉。

一般に紙が使用されるが上位魔術等は布に封じられる。

術式武装や術式信管の原材料となる重要な物。

又、これを用いる事で人間でも魔術を用いる事が出来る。

 

 

制服

 

学院の義務として主に戦闘に携わる必要性がある各学院等が必ず製作する学生向けの制式の服装。

特に戦闘系教導院へ所属する学生の制服には必要最低限の防備としてケブラー繊維によるNlJ規格レベル3A相当の

防弾能力とその下に織り込んだFRP(繊維強化樹脂)の防刃性能を持たせている。

上記の性質上戦闘特化のデザインになりやすく、戦闘用の制服は普通科の制服とは異なるレイアウトになる。

各学院の方針等がある為、学院ごとの制服デザインは異なるが何処の学院も男女のデザインは全て異なる様になっている。

礼装であり、外見に関わる制服の改造は禁止されているが許可申請を得てからの制服の強化、改造は認められている。



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設定その二『機体・武器編』

第一世代型フレーム

 

『XE-01-1 スパルタンフレーム』

 

立花財閥の軽軍神開発部門が開発した強化外装型術式武装。現住種族との戦力差を縮める為に開発された携行型軽軍神のプロトタイプモデルであり、新規に開発された小型のTMDを背面に搭載している。

非常にコンパクトで全体の重量もわずか5㎏に抑えられ、装着中に装備の重量を感じる様な事は無い。全身のフレーム自体が武装のマウントレールであり、装着者のバトルスタイルに合わせて装備を換装する。

人間が装着することを前提としているため、残存魔力量減少時は周辺から魔力を吸収する機能が搭載されている。また、エルフと鬼人以外の種族では外骨格に体が干渉する。

現在三機が製造され、内二号機と三号機は『PSCイチジョウ』のオペレーター、五十嵐隼人と岬浩太郎に提供されており、それぞれに合わせたカスタマイズが施されている。詳細は後述。

一号機は研究開発の為、部門にて保管管理されているが実質咲耶の私物と化している。基本カラーは青で、モールドとして白のラインで彩られ、開発室からは通称スカイパターンと呼ばれている。

機体には標準的なチューンが施されており、スタンダードに重火器とマチェット、電磁シールドで武装している他、背面部のマジックブースターを使用する事で術式武装として魔法を使用する事が可能となっている。

各フレームはマウントとして利用可能であり、武装を追加する事で強化も可能となっている他、専用のジャケットアーマー型軽軍神『アーマチュラ・チェーロ』装着のガイドとしても使用できる。

 

 

『XE-01-2 アサルトフレーム』

 

隼人用に用意されたスパルタンフレーム。試作二号機であり、隼人のパーソナルカラーである赤と黒を使用して彩られており、装備と相まってパニッシャーパターンと呼ばれている。

軽度のPTSDにより、銃器類が使用できない隼人の能力に合わせて近接格闘能力に特化したチューニングがなされており、パワーアシストを利用した格闘戦の他、補助武装として両腕にワイヤードブレードとアークセイバーが備えられている。

背面のスラスターは出力が向上され、より高い位置への跳躍が可能となっている他、アシスト出力も通常より飛躍的に上げられており、時速100㎞のトラックを片手で停止でき、全力のストレートで厚み2mの鉄筋コンクリートを破壊する。

ただし、その強力なアシスト出力に体が堪えられないので常時身体強化術式を使用する必要がある。その為燃費は悪く、稼働時間は通常より30パーセント低下しており、再チャージ回数が多い。

加えて戦闘出力時の放熱が自然発火を巻き起こすほどに凄まじく、上着などでユニットそのものを秘匿する事が出来ない。その他、駆動音を抑えるなどの処置が無い為ステルスに向いていない。

標準型と異なり、燃費悪化を補う為にマジックブースターは小型化され、使用できる魔法を負荷軽減の為の身体強化と数スロット分のプログラム領域に留める事で魔法による魔力消費を抑えている。

これらのチューンにより近接戦に置いて高いポテンシャルを発揮する代わりに相当なじゃじゃ馬と化しており、現状隼人以外に戦闘出力をまともに扱えるパイロットが存在しない。

各フレームはマウントとして使用可能で、専用のジャケットアーマー型軽軍神『アーマチュラ・ラテラ』のガイドも兼ねており、フレームの付属品をパージする事で装着可能である。

 

 『アークセイバー』

 

 アサルトフレームに搭載されている独自の武装。アークジェットを刃とするエネルギー兵器で、熱溶断能力により切断力は非常に高い。刃の形成方法が噴流式である為、アークに指向性があり、ローレンツバリア等を突き破る事が可能。

 しかし、魔力コーティングにはめっぽう弱く、表面で放電現象を起こしてしまい有効打を与えられない。武装の運用方法としてはパーリングの要領で切断し、破壊する。アーク放電は魔力から変換された電気で発生しており、

 武装内部にマナキャパシターが搭載され、マウントであるキャリアーからの魔力供給により最大10分の使用が可能。習得した剣術の関係上、隼人は逆手持ちで使用する。

 グリップ部分にはセイフティ機構が組み込まれており、発行された許可か端末への接続で入力するパスコードが無ければ使用する事が出来ないが許可さえあれば生身でも使用できる。

 

 

『XE-01-3 サイレントフレーム』

 

浩太郎用に用意されたスパルタンフレーム。試作三号機で、ステルス性を重視したコーティングが施されており、コーティングカラーの黒寄りの灰色に黒のモールドのシャドウパターンが特徴。

アサシンである浩太郎に合わせて機動力、運動性能を重要視したチューニングがなされている。加えて燃費軽減と移動補助に主眼を置いており、必要最低限のパワーアシストと静穏性の高いシリコンカバーが施されている。

その為、スラスターは小型低出力化されており、またステルス性を重視してスラスタ―展開時にノズルカバー代わりの装甲も併せて展開する様に専用設計されている。

標準型と異なり、ステルス術式の起動時間を延長する為、マジックブースターは小型化され、使用できる術式はステルス術式と身体強化、身体加速のみに留められている。

補助武器として腕部にワイヤードブレードが装備されており、移動補助や暗殺に使用されている。脚部にハンドガン、サブマシンガンマウントを装備している。

各フレームはマウントとして使用可能で、専用のジャケットアーマ―型軽軍神『アーマチュラ・イルマーレ』のガイドも兼ねており、フレーム付属品をパージする事で装着可能である。

 

 

第一世代型アーマチュラ

 

 

『JA-01A アーマチュラ・チェーロ』

 

立花財閥の軽軍神開発部門が開発したジャケットアーマ―型軽軍神。携行型軽軍神として開発されたスパルタンフレームに既存軽軍神の能力を付加する目的で製造された。

装甲と運動性能の両立を基本とする従来の軽軍神とは異なり、こちらは装着する対象のフレームへの負担も考慮してコンパクトにまとまる様に設計されている為に運動性能に傾倒している。

スパルタンフレームのマウントレールを覆う様に装着され、むき出しだった頭部を専用のメットアーマーで包む様に覆う全身装甲型軽軍神として設計されている

(但し人体に近い全高を目指した結果、軽軍神として必要な機器をオミットせざるを得なかった為、厳密には軽軍神にカテゴライズされてはいない)。

着装方式は専用のコンテナから必要な装甲を取り付ける方式が採用されており、装甲が充填されたコンテナさえあれば何処でも装着する事が可能。

装甲は高度にモジュール化されており、同様のマウント規格であれば他機体の装甲も装着に使用する事が可能となっており、緊急時の修理などに流用可能。

運動性を意識し、蛇腹状になっている装甲はコンデンサー装甲と呼ばれる増槽も兼用する装甲で出来ており、装着時の作戦時間は延長されている。また、アーマー側のTMDと連携する事によって出力も向上している。

通称『A型』と呼ばれるチェーロは汎用性に優れた非常に扱いやすい性能を持ち、フレーム側にあるマジックブースターを使用する事で装着者に術式を使用させる事も可能となっている。

フレームを覆う様に装甲が配されているが装甲を解放する事でサイズアップされたレールが露出する様な構造になっており、ここに武装をマウントする事が可能である

(ただし、ステルス性を重視するチェーロではレール露出によるパッシブステルス性能の低下を懸念して敢えてオミットされている)。

頭部はセンサー感度と対弾性を両立させたバイザータイプのカメラセンサーであり、射撃戦闘を重要視した為にツインアイの中央部に狙撃用のカメラを備えている。

急遽決まった実戦投入に伴い、肩部マウントレールに14.5mmへヴィライフルを収めた対弾シールドコンテナと大型ショットカノンを有するターレットが追加され、背面部スラスターも強化型に換装されている。

エネルギー切れの際、全身のコンデンサ装甲を介して魔力をリチャージする機能が備えられており、その際、全ての装甲が展開される(センサー類も露出するため弱点でもある)。

機体名はイタリア語で『空の鎧』を意味する。機体カラーはスパルタンフレームの白と青を踏襲している。基本武装は重火器、マチェット、電磁シールド。センサーカラーは緑

 

全高約2m 総重量約700キログラム

 

 

 モチューレッド・オーグメンタ製『XM90』14.5㎜ヘヴィバトルライフル

 

 アーマチュラ・チェーロ用に開発された対軽軍神用14.5㎜30連装へヴィバトルライフル。セミ、二点バースト、フルオートを備え、スコープは中距離戦を想定した独自開発の4倍スコープを採用。

 反動抑制の為にマズルブレーキとARS(アンチリコイルシステム)を銃本体に標準装備している。構造や設計は比較的スタンダードで堅実にまとめられており、銃本体の信頼性は非常に高い。

 汎用性を重要視した咲耶は標準サイズのバレルをセレクト、ストックをフォールディングタイプに換装し摩擦抵抗を減らした機関部、遊びを減らしたプロ仕様のトリガー、命中性重視の低サイクルガスシステムを搭載している。

 抑制されてもなお大きい反動から主に所属部隊員への援護射撃に使用し、性質としては分隊支援火器に近い。咲耶の戦闘センスの一端が光る武装の一つである。

 加えて、FCS連動型センサー内蔵のフレキシブルアンダーバレルグリップを採用し、機体本体との連動性を向上させている。

 

 

『JA-01B アーマチュラ・ラテラ』

 

隼人用に用意されたアーマチュラシリーズ二号機。同じく隼人専用に用意されていたアサルトフレームに対応し、機体コンセプトも彼に合わせた拳による近接格闘戦仕様に改良されている。

コンデンサー装甲は強固なオリハルコニウム・セラミック複合装甲が採用され独自の二重スライド方式に変更されており、通常の軽軍神をはるかに上回る高い運動性能と対弾性能を獲得している。

反面、装甲の機構部分は非常に脆くロケット弾の直撃が致命傷になりえる。頭部装甲はアンテナが簡略化され、目元以外のセンサーカバーが装甲に変えられており、頭部の防弾性は向上しているが通信性能は低下している。

機体そのものは新規に設計された訳ではなく一号機の予備をチューンした物。その為、一号機が有する性能を極限まで突き詰めた仕様となっており、非常にピーキーな操縦、機動特性を有する。

近接戦に置いての有利を見越して可動範囲を重要視し、邪魔になる装甲は極力排除されているがバイタルパート及び動力部分の装甲は可能な限り残されている。

全身が装甲で覆われている関係上熱がこもりやすく独自の機構としてバーストモードを備え、ラジエーターと頭部金属装甲を全て開放する事で防御力低下の代わりに冷却性能を大幅に向上させる。

同時、冷媒に魔力を併用する事でより高い冷却効果を得られるが魔力は機体動力源も兼用している為に、冷媒として使用すれば機体の稼働時間が冷却所要時間に比例して低下する。

なお放熱温度は最大197度に及ぶ為、機体が強制冷却に入った場合、放熱で味方を焼き殺してしまうリスクを持つ。その他独自の武装として手持ち武装を破壊する為にグラビコンセイバーを有する。

使用する武装はバリアーを突き破る為の腕部大型パイルバンカーで反動抑制機構に装甲を利用している。加えて脚部に大型のブラストランチャーを装備し、恋歌が使用しているエクスタミネートストライカーを模倣している。

隠し武装として掌に術式射出機構を有しており、ショートレンジでの砲撃を行う事で高い威力の攻撃を可能としているがデフォルトでは攻撃系術式を一切備えていない為、外側から術式を登録させないと使用できない。

チェーロと同じくリチャージモードを搭載しており、装甲を解放する事によって周辺から魔力を吸い上げる事が出来る。

飛行能力は付加されているものの、身体強化に出力を回す必要性と踏み込みが出来ない為、拳の威力が低下する関係でほとんど飛ばない。その代わりダッシュ時の加速やホバリング時にスラスターを使用する。

機体名はイタリア語で『陸の鎧』を意味している。機体カラーはアサルトフレームの黒と赤を踏襲している。センサーカラーは灰色。

 

全高約2m 総重量約1トン

 

 

『JA-01C アーマチュラ・イルマーレ』

 

浩太郎用に用意されたアーマチュラシリーズ三号機。同じく浩太郎用に用意されていたサイレントフレームに対応し、機体コンセプトも彼に合わせた隠密仕様に改良されている。

コンデンサー装甲はオリハルコニウム製金属繊維を織り込んで作成された静穏性の高いセミソフト仕様の装甲を使用。これに独自のステルス塗装と術式処置が施されており、この処置によって光学ステルスの展開が容易となった。

頭部の装甲は情報取得性とステルス性を重要視してポリカーポネートと液晶光学ユニットの複合材を使用して設計されており、通信性能は高いがその分防御力は低下し、装甲と合わせて防御力がかなり低くなっている。

長時間の潜伏や暗殺、偵察などの用途への使用を前提に考慮している為、運動性能と操縦者ストレス緩和、燃費に最も優れており、重量が軽い為に装備負担が最も低く比較的長時間装甲の装着と稼働が可能。

反面、最大出力と装甲性能、および防御能力に劣っており、正面戦闘で用いるには相当な覚悟と技量を要する。実質一撃でも被弾すれば終わりであり、備えている装甲もあくまで保険である。

潜入に必要なガジェットを内蔵しており、光学ステルスを利用した変装や再現率99.5%のボイスチェンジャー、パルス放射器など工作に必要なものを全て揃えている。

飛行能力はステルス性と貯蔵魔力量の余裕から空中浮遊を主としており、燃料消費の激しい高速飛行はあまり行われない。

使用する武装はモチューレッド・オーグメント『XM92A1』アンチマテリアル・ハンドガンとクリス『ヴェクター』サブマシンガン、大型のククリナイフとワイヤードブレード。

暗殺を基礎とした装備構成となっている。機体名はイタリア語で『海の鎧』を意味する。機体カラーはサイレントフレームの黒寄りの灰色と黒を踏襲している。センサーカラーは青

 

全高2m 総重量約200キログラム

 

 

 モチューレッド・オーグメンタ製『XM92A1』アンチマテリアル・ハンドガン

 

 新日本の軽軍神武装メーカー『モチューレッド・オーグメンタ』が開発した軽軍神用の対物拳銃で通常の拳銃とは異なり、マガジンとグリップが別々に配されているのが特徴。銃口がハンドガードに埋め込まれている。

 同様の構造を使用するライフルと比較してレシーバーから銃口までの距離が短く作られており、弾道安定性が低いが極短銃身である為、取り回しに優れる。装弾数は12発、使用弾種は徹甲弾、榴弾。

 レシバー上部及びハンドガード側面にピカティニーレイルを採用。使用できるアタッチメントの量はアサルトライフルと同様の多さを保証する。欠点としては反動が大きく、軽軍神でないと扱えない事。

 アーマチュラシリーズ開発に合わせ、モチューレッドが提供した試作武装であり搭載されているイルマーレのパイロットである浩太郎がテスターとなっている。

 

 

《武器》

 

 

術式武装『R.I.P.アックス』

 

新ロシアの『ボーク・スミェルーチ』社が製作した『R.I.P.』シリーズの一つ。カナの実家でもある同社が作成した武装の中でも最も破壊的で大型の物であり、通常時の威力でも十分致死に至る。

本体の術式効果はショートレンジの重力制御能力であり、携行や構える時は軽量にインパクトの瞬間のみ、重量を倍増化する効果を持つ。加えて先端にはジェットノズルが備えられ、投擲時や振り薙ぐ際の補助とすることが可能。

また刃の部分は展開して魔力構成のチェーンソウになる。投擲武器として使う事も視野に入れており、投擲後は柄の部分から展開される干渉制御型術式ワイヤーでコントロールする。

 

 

術式武装『R.I.P.バスタード』

 

新ロシアの『ボーク・スミェルーチ』社が製作した『R.I.P.』シリーズの一つ。重量武器でありながら、扱いに優れ刃の面積が広い為、多目的に扱える汎用性の高さが売り。

本体の術式効果はショートレンジ限定の重力制御能力であり、R.I.P.シリーズ共通の運用方法を基礎とするが、術式処置により強度が向上し、加えてシールドとして扱えるほど刃の面積が広いこの武器は重力偏向によるバリアー展開装置としても運用可能である。

また、鍔に当たる部分にロケットスラスターを備え、極太のワイヤーと合わせて射出する事で遠隔突撃を放つことが可能である。

 

 

術式武装『R.I.P.トマホーク』

 

新ロシアの『ボーク・スミェルーチ』社が製作した『R.I.P.』シリーズの一つでカナが使用している重量系武装とは異なり、こちらは携行性を重視した小型の斧である。低出力化による日用品としての販売も視野に入れているが、

こちらは主に法的執行機関などに供給する為に開発されており、操作範囲が非常に広い。投げ斧としても利用できるがワイヤーによる投擲後操作の機能は無い為、投擲後は自力で回収する必要がある。

新ロシアにおける近接武装としてメジャーとなっており、ナイフとは異なる高い汎用性と威力から信頼性が非常に高い。

 

 

術式武装『エクスタミネートストライカー』

 

市販の脚部パイルバンカーをスピードファイターのレンカ専用に改良したモデルで、重量物であるパイルが廃止された代わりに爆圧そのものを叩き付けるブラストランチャーが装備されている。

慣性モーメントの増加を嫌う彼女専用の装備として現住種族である彼女が補助装備無しで身体強化を行う事を前提にされている。また、ブーツの装甲をチタン製のブレードに変更するなどより攻撃的になった。

半面、軽量化の観点から防御性能は落ち込み、軽量化により装備自体の攻撃力も低下している。

 

 

大薙刀型術式武装『カネミツ』

 

レンカが使用する薙刀型術式武装で中距離をカバーする補助武器として使用する。

市販の長杖型の術式武装を中距離カバーを目的として薙刀に改造され、新関東高校で運用されていた中古品をリファインしたもの。石突はスラスターに変形でき、突きと連動して加速させる事で威力を上げる事が出来る他、刀身から術式を放つ事が可能。

リムタイプのカートリッジが採用されており、ショットガンと装填方法は同じ。保持・確実性を考慮して排莢、装填にはボルトアクション方式を採用しており、フォアグリップを捻って引く事で排莢、そのまま押し込んで装填し再び捻るとセイフティが外れて発射可能となる。

 

 

腕部強化装甲『ファタリテート・ケイル(運命の楔)』

 

掌から砲撃する事が出来、攻撃の秘匿性も向上している。緊急時の使用に対応する為にカートリッジを内蔵しているがもっぱら自前の魔力で放たれる。

元々隼人が使用していたが射出部分の破損に伴い、基部を取り出してレンカ用に作り替えられた。軽量化の為、腕を除いた外観はアルミニウム合金で作られており、防御力は皆無。

唯一の装甲部分である腕部にはチタン合金が使用されている。

 

 

太刀型術式武装『高周波長刀・威綱』

 

楓が使用する術式武装でシャイナー家の人脈で入手した刀型術式武装『威綱』に高周波機構を組み込んで改良した物であり、元の切れ味に高周波が加わって並の高周波ブレードとは異なる凄まじい切れ味を有する。

内包する術式は魔力を使用した際に威力を繋げる『コンボブースト』。高周波改造の際に刃に術式経路を組み込んでおり、魔法剣の使用を容易にしている。

基本的にオーダーメイドのワンオフであり、替えが存在せず調達コストも非常に高い。また、魔法剣を使用すると切れ味が落ちる為、鞘に刃砥ぎの機能を付加している。

 

太刀型術式武装『高周波長刀・村雨丸』

 

楓が使用する術式武装。剣士家系である実家から持ち込んだ刀型の術式武装であり、切断能力向上の為に高周波機構を後付けで組み込んだ改造モデル。

刃から霧を放つ能力を有し、水を操る。高周波改造の際に刃に術式経路を組み込んでおり、魔法剣としても使用する事が可能。

威綱と同じくワンオフ品。また、同様の欠点を抱えており、鞘も刃砥ぎの機能を追加している。隼人により意図的に水蒸気爆発を起こして攻撃する技を提案されている。

 

 

『レイヴァーン』術式補助ロッド

 

ナツキが使用する術式武装。元々は新関東高校で使用されていた汎用型市販品のカスタマイズモデルであり、倉庫整理の際に放出された物を買い取って整備した物。

内装品は処理速度向上の為の高性能品に換装されており、扱いは難しいが術式の展開速度に優れている。その分、魔力変換が甘くなりがちであり、術式の威力、効果時間に難を抱えている。

それらは全てケリュケイオンの作戦速度等に合わせた結果であり、他の部隊ではいささか扱いづらい部類に入る。ナツキは欠点を自身の術式特性でカバーしており、実質彼女専用の装備。



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設定その三『キャラクタープロフィール』

名前:イチジョウ 隼人《―――・はやと》

 

旧名:五十嵐 隼人《いがらし・はやと》

 

種族:人間

 

出身:新東京都・新八王子

 

年齢:16歳

 

性別:男

 

身長:180cm

 

性格:天邪鬼・冷徹・ツンデレ

 

外見:細身だが筋肉質、黒の短髪

 

所属:新関東高校二年A組/PSCイチジョウ第三小隊“ケリュケイオン”部隊長

 

趣味:ギター・ベース演奏、料理、ツーリング、ドライブ

 

得意な事:機械のスケッチ、車両運転、家事全般、白兵戦

 

苦手な事:人付き合い、射撃、歌唱(下手では無い。恥ずかしいだけ)

 

イメージカラー:赤と黒

 

家族構成:父、母、姉、妹(但し血縁関係ではない)

 

好みのタイプ:小柄な子(合法ロリ)

 

性癖:陰性のロリコン。ロリ巨乳

 

好きな食べ物:何でも食べる

 

嫌いな食べ物:無し

 

得意科目:体育、社会科、家庭科

 

苦手科目:物理

 

使用武装:金属繊維製オープンフィンガーグローブ

 

     術式武装『アサルトフレーム』

 

     軽軍神『アーマチュラ・ラテラ』

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

名前:レンカ・イザヨイ《和名:恋歌・十六夜》

 

種族:半猫族

 

出身:新神奈川県・新横浜

 

年齢:16歳

 

性別:女

 

身長:144cm

 

性格:ツンデレ・寂しがり

 

外見:栗毛色ツインテールのロリ巨乳

 

所属:新関東高校二年A組/PSCイチジョウ第三小隊“ケリュケイオン”

 

趣味:アニメ・特撮観賞、ぬいぐるみ集め、ゲーム、マンガ収集

 

得意な事:腕力を使わない運動、大ジャンプ、歌唱

 

苦手な事:腕力を使う運動、人付き合い、勉強、細かい事

 

イメージカラー:白

 

家族構成:父、母

 

好みのタイプ:隼人

 

好きな食べ物:肉料理、乳製品、海草

 

嫌いな食べ物:魚、野菜

 

得意科目:体育、音楽、美術

 

苦手科目:上記以外の教科

 

使用武装:脚甲型術式武装『エクスタミネートストライカー』

 

     薙刀型術式武装『カネミツ』

 

     腕甲型術式武装『ファタリテート・ケイル』

 

     口径9㎜自動拳銃『ベレッタ・Px4』

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

名前:岬 浩太郎《みさき こうたろう》

 

種族:人間

 

出身:新千葉県・新千葉

 

年齢:16歳

 

性別:男

 

身長:177cm

 

性格:控えめ・天然

 

外見:細身の筋肉質、こげ茶色の短髪

 

所属:新関東高校二年A組/PSCイチジョウ第三小隊“ケリュケイオン”副隊長

 

趣味:パルクール、カードゲーム

 

得意な事:直感で物事を当てる事、気配を消す事、話を聞く事、暗殺、変装

 

苦手な事:喧嘩(弱い訳では無くあまりしたくない)、機械弄り

 

イメージカラー:黒

 

家族構成:父、母(故人)、妹(故人)

 

好みのタイプ:カナ

 

好きな食べ物:回鍋肉、炒飯、ラーメン(種類問わず)、激辛料理

 

嫌いな食べ物:極端に甘い物、あけび

 

得意科目:無し(美術以外満遍なく出来る為)

 

苦手科目:美術

 

使用武装:『Mk23』45口径自動拳銃

 

     『クリス・ヴェクター』45口径サブマシンガン

 

     トマホーク型術式武装『R.I.P.トマホーク』

 

     ククリナイフ

 

     術式武装『サイレントフレーム』

 

     軽軍神『アーマチュラ・イルマーレ』

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

名前:カナ・ヴェジマーヴァ《加奈・―――》

 

種族:人狼族

 

出身:新ロシア・新モスクワ

 

年齢:16歳

 

性別:女

 

身長:165cm

 

性格:クーデレ

 

外見:貧乳、黒髪のサイドテール

 

所属:新関東高校二年A組/PSCイチジョウ第三小隊“ケリュケイオン”

 

趣味:裁縫、洗濯、ゴシックロリータ

 

得意な事:浩太郎の私物を当てる事、読心術、戦闘

 

苦手な事:人付き合い、細かい事

 

イメージカラー:銀、黒

 

家族構成:父、母、兄、姉、兄

 

好みのタイプ:浩太郎

 

好きな食べ物:浩太郎が作った物

 

嫌いな食べ物:納豆

 

得意科目:無し

 

苦手科目:無し

 

使用武装:大戦斧型術式武装『R.I.P.アックス』

 

     大剣型術式武装『R.I.P.バスター』

 

     ワイヤー型術式武装『アブジェクションワイヤー』

 

     ククリナイフ

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

名前:藤原 武《ふじわら たけし》

 

種族:鬼人族

 

出身:新神奈川・新横須賀

 

年齢:16歳

 

性別:男

 

身長:175cm

 

性格:楽天的

 

外見:異常なほどに筋肉質で茶色の短髪

 

所属:新関東高校二年A組/PSCイチジョウ第三小隊“ケリュケイオン”

 

趣味:ゲーム、アニメ観賞、マンガ収集

 

得意な事:力仕事、アニメ、ゲームの情報収集、人付き合い、喧嘩

 

苦手な事:細かい事、気を遣う事、敬語、交渉

 

イメージカラー:オレンジ

 

家族構成:父、母

 

好みのタイプ:高身長で巨乳

 

好きな食べ物:焼き鳥(種類問わず)、メロンパン

 

嫌いな食べ物:ナマコ、センマイ

 

得意科目:体育

 

苦手科目:体育以外

 

使用武装:シールド型術式武装『アサルトシールド』

     9㎜口径自動拳銃『ベレッタ・Px4』

     7.62㎜口径軽機関銃『M60』→7.62㎜口径軽機関銃『Mk48』

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

名前:楓・不知火・シャイナー《かえで・しらぬい・―――》

 

種族:人狼族

 

出身:新神奈川・新横須賀

 

年齢:16歳

 

性別:女

 

身長:170cm

 

性格:無邪気

 

外見:普乳のモデル体型、黒のセミロング

 

所属:新関東高校二年A組/PSCイチジョウ第三小隊“ケリュケイオン”

 

趣味:素振り、運動、ゲーム、アニメ観賞、マンガ収集

 

得意な事:運動、刃物を扱う事、剣術、暴れる事、喧嘩

 

苦手な事:勉強、頭を使う事、細かい事

 

イメージカラー:オレンジ

 

家族構成:父、母、姉、兄×2

 

好みのタイプ:武

 

好きな食べ物:粉物、麺類

 

嫌いな食べ物:ピーマン、茄子

 

得意科目:体育、家庭科、音楽

 

苦手科目:上記以外

 

使用武装:太刀型術式武装『高周波長刀・威綱』

 

     太刀型術式武装『高周波長刀・村雨丸』

 

     短刀

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

名前:リーヤ・サカイ《利也・酒井》

 

種族:有翼族

 

出身:新神奈川・新横須賀

 

年齢:16歳

 

性別:男

 

身長:173cm

 

性格:温厚

 

外見:なで肩、メタルフレームの伊達眼鏡、黒に近い紺の短髪、翼は黒

 

所属:新関東高校二年A組/PSCイチジョウ第三小隊“ケリュケイオン”参謀補

 

趣味:機械・コンピューター弄り、絵描き

 

得意な事:製図、修理、狙撃、精密爆破

 

苦手な事:運動、喧嘩

 

イメージカラー:水色

 

家族構成:父、母、弟、妹

 

好みのタイプ:大人しく控えめな人

 

好きな食べ物:ホタテ、アサリ

 

嫌いな食べ物:牡蠣

 

得意科目:体育以外

 

苦手科目:体育

 

使用武装:術式武装『HK・MSG-90A1c』7.62mmセミオートライフル

 

     術式武装『AI・AW50c』12.7mmAMライフル

 

     9mm口径自動拳銃『ベレッタ・Px4』

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

名前:ナツキ・ヴェルナー・砂上《夏輝・―――・さがみ》

 

種族:半狐族

 

出身:新神奈川・新横須賀

 

年齢:16歳

 

性別:女

 

身長:168cm

 

性格:引っ込み思案

 

外見:巨乳、肌荒れしやすいので長袖、金髪ロング

 

所属:新関東高校二年A組/PSCイチジョウ第三小隊“ケリュケイオン”参謀

 

趣味:裁縫、読書、アイドルグッズ収集、本屋巡り、コンサートやライブ通い

 

得意な事:書類作成、情報分析、術式行使

 

苦手な事:運動

 

イメージカラー:翡翠色

 

家族構成:父、母、妹、弟

 

好みのタイプ:メガネをかけた優しい人

 

好きな食べ物:魚介類

 

嫌いな食べ物:肉

 

得意科目:体育以外

 

苦手科目:体育

 

使用武装:『レイヴァーン』術式補助ロッド

 

     9mm口径自動拳銃『ベレッタ・Px4』



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第二章『新関東高校クーデター編』
第1話『新しい影』


 新横須賀テロから数日後の三月中旬。

 

 新アメリカ・ニューカリフォルニア州某所、繁華街の一角にある酒場に、黒の短髪と黒い瞳が目につく日系の青年が、茶色いロングヘアと栗色の瞳が特徴の同年齢の日系の少女を連れ、入店した。

 

 活気に満ち溢れた店内では、楽しげに談笑しながら仕事終わりの一杯を楽しむ人々であふれており、それ故に、人々は通りすがる日系の男女の風体など、気にも止めていなかった。

 

 陽気な店内とは裏腹の、硬派なネイビーのビジネススーツを纏った青年は、ネイビーのブレザーに、膝上ギリギリのスカートを身に着けた少女と共に殺意に満ちた目を周囲に向ける。

 

 そして、禿頭にスーツ姿の男と、眼鏡をかけた老人が座るテーブル席に移動する。

 

「アンタが依頼人か」

 

 そう言った青年に、ロック割りのウィスキーから口を離し、グラスを置いた老人は、笑みを湛えながら青年の方へ振り返る。

 

「ああ、そうだとも」

 

 そう言って席に着くよう、青年達へ促した老人は、付添人らしい禿頭の男に何か耳打ちをすると、頷きを返した男は店のカウンターへと移動していく。

 

 それを見て腰に手を伸ばし、少女とアイコンタクトを取った青年は、クツクツと笑う老人に、若い見た目からは想像もつかないほど鋭い眼光を向けた。

 

「安心したまえ、注文していた酒を取りに行ってもらっているだけだとも。君たちの分だ」

 

「だといいが。それで、依頼について聞かせてもらおうか。国防高等研究計画局(DARPA)魔力兵器研究主任、ウィルバート・ロックウェル博士」

 

「はっはっは、名前を調べてくれているのか。嬉しい限りだ。では、依頼について話そうか。これを、手に入れてほしい」

 

 そう言って老人、ウィルバートは、懐から一枚の写真を取り出して差し出した。

 

 写真を受け取った青年は、そこに写るひと振りの赤黒い剣に、眉をひそめた。

 

 気になっているらしい少女へ写真を渡した青年は、グラス二つを持ってきた男に一瞬視線を向けると、老人へ視線を戻す。

 

「こいつは?」

 

聖遺物(レリック)。今、地球人が最も欲している代物だ。名をダインスレイヴと言う。数日前、新日本でティル・ナ・ノーグ(テロリスト)の所持が確認され、その後、鎮圧を担当した地元のPMSCに回収され、現在国連軍への引き渡し待ちの段階だ」

 

「なるほどな。要は、これを強奪し(手に入れ)て来いと言う訳か、簡単な事だな」

 

 そう言って少女から受け取った写真を投げ返した青年は、テーブルに置かれたグラスの酒を手に取って口にする。

 

「では、引き受けてくれるかね。ああ、報酬は言い値で良い。完了後に支払おう」

 

「了解した。その条件で良い。但し、手段について俺達に口出ししない事と裏切らない事を約束しろ。さもなくば命は無いと思え」

 

「はっはっは、良いだろう。では、よろしく頼むよ。おっと、すまない、会議の時間が迫っている。では、私はこれで」

 

 そう言って席を立ったウィルバートの背を見送りつつ、酒を飲んでいた青年は、カウンターにやってきた警官に気付き、苦手な酒をちびちび飲んでいる少女の肩を叩く。

 

 グラスをテーブルに置き、小さく舌を出していた少女に苦笑した青年は、腰に下げていた『HK・USP』9㎜自動拳銃に手を掛け、警官の動向を確認する。

 

「動くぞ」

 

 そう言って腰から手を離し、少女を立たせた青年は、店の前に止まったトラックに気付くと、彼女共々、空いたテーブルの下に伏せた。

 

 その直後、フル装備の特殊部隊が、銃を構えて入店し、客が騒然となる。

 

「こちらは、国連軍特殊部隊だ。ここに、反政府活動に従事する傭兵がいると聞いた。対テロ特例処置に基づき、全員その場に伏せろ! これより、臨時検査を開始する」

 

 そう言って二人組(ツーマンセル)で組ませた部下を、4ユニット移動させた隊長は、店主と話をしていた警官に礼をして、店の奥へ二人を移動させると、自身も副隊長と組んで検査に入る。

 

 それを見ていた青年は、傍らで拳銃を構える少女にアイコンタクトを送ると、確認の終えた客から逃がしているらしい特殊部隊へ目を向ける。

 

「次の方……ああ、出てきてください。大丈夫ですよ」

 

 柔和な笑みを浮かべた隊員が、二人がしゃがんでいるテーブルに近づく。

 

 天板で顔は見えておらず、故に二人が確保対象である事は、分かっていなかった。

 

 瞬間、隊員の足を撃ち抜いた青年は、膝を突いた隊員の顔面に二発撃ち込んで、テーブルを跳ね上げる。

 

「クソッタレェ!」

 

 反射的に装備していたアサルトライフルの銃口を上げた相方が青年に照準を向けるが、その前に少女に撃たれ、照準を乱す。

 

 その間に接近した青年が、首を切断し、その体を盾に使った。

 

 死体のボディアーマーと筋肉でライフル弾を防いだ青年は、死体の脇に通した拳銃で応戦しつつ、足元に落ちていた『FN・SCAR-L』5.56㎜アサルトライフルを、少女に向けて蹴る。

 

 床を滑ったライフルを受け取り、弾詰まり対策で一度スライドを引いた少女は、射撃を青年に集中させている内の、ほど近い隊員の頭部を撃ち抜くと、射殺した隊員の傍に転がり出て閃光手榴弾(フラッシュバン)を引き抜く。

 

「グレネード」

 

 そう言って投擲した少女は、衝立を壁にすると、穴だらけの死体を捨てた青年を引き込み、爆音と共に放たれた閃光を防いだ。

 

 残った隊員の悲鳴を聞きつつ、テーブルを足場にした青年が上方から飛び出すと、周囲を探りながらトリガーから指を離している隊長に気付き、その様子から役職を見破った。

 

 ドロップからの頭蓋刺しで一人殺害した青年は、引き抜けなくなったナイフに見切りをつけ、腰から予備のナイフを引き抜いて隊長へと接近していく。

 

「させるか!」

 

 光を浴びていなかったらしいエルフ族の副隊長が、叫びながら射撃するが、銃口が上がる瞬間に、射線から回避していた青年は副隊長に椅子を投げつける。

 

 宙を舞っていた椅子は、フルオートで放たれたライフル弾によって破片に変わり、その向こう側では、ライフル弾を無駄打ちさせる意図があった青年が拳銃を構えていた。

 

「なっ……」

 

「死ね」

 

 言い様、副隊長の頭部に三発ぶち込んだ青年は、視力が回復したらしい隊長が銃を構えるより早く、後ろ回し蹴りを放って銃口を逸らし、返す足で喉を蹴り潰す。

 

「がっ……!」

 

 急所を打たれ、怯んだ隊長は咄嗟に喉を抑えて一歩後退る。

 

 あまりの鋭さに咳き込んでいた彼は、背後からナイフで心臓を刺され、恐怖に満ちた目で背後を振り返る。

 

 その先では冷たい刃の様な眼でナイフを突き込んでいた少女がおり、さもつまらなさそうに、隊長を見上げた彼女は、何度も捻って傷口を広げ、刃を引き抜く。

 

 引き抜きより遅れて走った痛みに、隊長は絶叫し、こみ上げてきた血を木製の床へ吐き出す。

 

 それを見下ろした青年は、拳銃の二連射(ダブルタップ)を頭部にぶち込んだ。

 

「ひ、ひぃいいっ」

 

 それを見ていた隊員二人が悲鳴を上げながら逃げていく。

 

 それを見送りながら、つまらなさげに死体だらけの店内を見回した青年は、拳銃とナイフを収めて懐からタバコを取り出す。

 

 その向こう、封鎖された道路をひっ迫した表情で走る隊員達は、目の前へ轟音を上げて着地した何かに気付き、3メートルほどの高さに見えた少女の体に恐怖を浮かべる。

 

「パ、パワードスーツ……」

 

 月明かりを覆うほどの大きさのパワードスーツを身に着けた銀の左サイドテールが目につく少女に、アサルトライフル(SCAR-L)の銃口を向けた一人の隊員は、絶叫と共にライフルを発砲する。

 

 幾分か残っていた理性が、コクピットに銃口を向けさせるも、その直前にバリアがライフル弾を弾き飛ばす。

 

「あっはは、ざーんねん」

 

 ワンマガジンの抵抗を浴びるも、全く無傷な少女が、狂気に満ちた笑みを浮かべてアサルトライフルを横殴りに砕く。

 

 破片となったライフルにつられて、手首を脱臼した兵士は、その流れで腰から引き抜かれたパワードスーツサイズの大鎌に気付く。

 

「し、死神、か……」

 

 呆然としながら鎌を見上げ、そう呟いた兵士に、髪を揺らした少女は、ニヤリと笑って鎌を振り下ろし兵士を切り潰すと、死体に食い込んだ刃を前後に動かして引き抜く。

 

 そして、刃についた血をぺろりと舐め取った少女は、広い道路を突っ切って裏路地へ向かおうとしているもう一人に気付き、薄く嗤った。

 

「あらあら、逃げられそうね」

 

 そう言って鎌をたたんだ少女は、ビルの上で月光を浴びて膝立ちする漆黒の機体を見上げた。

 

 そして、それを手繰る右のサイドテールに結った漆黒の髪と、ルビーレッドの瞳を持つ少女と一瞬目を合わせ、軽くウィンクをする。

 

 恥ずかしそうにしながら、女性兵士の方へと振り返った黒髪の少女は、狙撃用のカメラバイザーをセレクト操作で下ろし、その手に長大な狙撃用ビームライフルを構える。

 

 幼く、あどけないその瞳は、精密射撃モードの照準に、逃げる半狐族の女性兵士を収めており、少女は呼吸を整え、息を切らして走る彼女の胸部に一撃を入れた。

 

「あ……」

 

 空しい声を上げ、そのままショック死した兵士が路地の入り口に倒れ、ライフルを上げた少女は、機械への操作で下ろしていたバイザーを上げる。

 

 瞼を開ける様にツインアイセンサーを開き、周辺索敵モードに切り替わったバイザーと、夜目が効く様に作られた自分の目で周囲を探っている少女は、青年への通信回線を開く。

 

「逃亡者、射殺。オールクリア」

 

『了解だ。全員撤退するぞ』

 

「了解」

 

 少女は幼い声で淡々と返すと、路地を突っ切る青年とロングヘアの少女を視認し、パワードスーツの疑似重力制御装置と、光学迷彩を始動させてその場を離脱した。

 

 それから数分とも待たず、増援が到着するも、その時にはすでに彼らの姿はなかった。



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第2話『その後の事』

 翌日、場所は変わって新横須賀、広大な海原に浮かぶ第一アクアフロントに作られた巨大な学校、新関東高校の後方支援科棟の一室に隼人はいた。

 

「と、言う訳だからさぁ。さくーっとサインしちゃってくんない?」

 

 そう言って笑うのは隼人の一つ上の先輩で、後方支援科のサービス事業部門に所属する半狐族の女生徒であり、学校内においては一応ケリュケイオンの上司に当たる。

 

 そんな彼女を相手にしている隼人は、座らされた机の上にある一枚の契約書を見下ろしていた。

 

「後方支援委員会直轄の部活動として俺達の構内活動を一括管理するのは別に構わないんですが、どうしてまた急にそんな話が上がってるんです?」

 

「んえ? 前から話してなかったっけ?」

 

「部活の部の字も上がって無かった気がするんですが」

 

 そう言って半目になる隼人に、誤魔化し笑いを浮かべた先輩は、話が上がってきた事情について話し始める。

 

「そうだねぇ、君はこの前の新横須賀テロに直接関わったじゃない?」

 

「関わったと言うか解決させたんですけどね」

 

「でしょ? んでその時にさ、新日本政府経由で日本政府からクレームが出たんだよね。学区内テロの解決如きにわざわざ金のかかるPMSCを使うなってね」

 

 そう言ってくるくると回していた携帯端末を手に取って、操作した先輩を、隼人は見上げる。

 

「なるほど、新関東高校戦力を引っ張り出して世論操作する為の方便ですか」

 

「ま、そう言うとこかな。向こうさんの意図はさ。だけど暖簾に腕押し、私ら学院は政府から独立しているから言う事聞く必要ないんだよねぇ」

 

「聞く必要が無いなら、何故立ち上げの話を?」

 

「向こう有利なやり方で、報道されたからさ。私ら学院は政府機能から独立してるけど生徒にまつわる事柄に関してはそうはいかない。そう、両親の事がね。世の中には行動力だけは立派で、情報弱者の親が少なからずいる。

で、報道に踊らされて日本政府の側に立った彼らからうちは猛抗議を受けてイチジョウ君の所(PMSC)を使えなくなったって訳」

 

「それで今回の創部に至ると言う訳ですか。要は、PMSCを部活動として設立し、生徒が提供するサービスを利用したと言い張る為、ですか」

 

 呆れ半分の隼人の言に苦笑気味に頷いた先輩は、そのまま机に座ると、仕事用のノートパソコンをいじって情報を少し表示する。

 

「今回の創部によって、うちのサービス事業部が校内で活動している時のあなた達を預かる事になる。後方支援委員会直轄である故、あなた達が生徒会や委員会から委託された業務は生徒提供のサービス事業として名簿に記載される。

だから、生徒は自らの業務を外部委託していない事になるって訳。まあ、面倒な話だけどね」

 

 そう言って情報を表示した先輩に、自由に動く右手を顎に当てた隼人は、今後の事を考えつつ契約書を睨んだ。

 

「にしてもさー、今の一年バケモノレベルの実力者多過ぎ。二、三年が食われちゃうっての」

 

「俺らは戦う事しかできませんよ、先輩。その他はからっきしです。そう言う点じゃ、俺らはまだまだですよ」

 

「何でも出来る様にって、そう言うのは高望みっつうのよ。後輩君。まあ松川君の事言ってんだろうけど、彼は別格でしょ」

 

 そう言って足を泳がせる先輩にそれもそうですね、と返した隼人は、契約書にサインをすると暇なのか変な声を出している彼女に突き出す。

 

 契約書を手に取った先輩は、記入内容も含めて確認し、何度も頷くと机の上に置いていた鍵を隼人に投げ渡した。

 

「ほい、PMSC部の創部おめでとう。君が部長ね、で、その鍵、ここの隣の部屋のカギだから。部室として使って」

 

「了解です。じゃ、俺はこれで」

 

「へいへーい。お疲れー」

 

 書類の取りまとめを始める先輩に背を向け、部屋を出た隼人は、受け取った鍵を懐に収めるとレンカ達が待っているであろう教室へ向かう。

 

 教室までの道のりは連絡橋を使う事で比較的短くなっている。

 

 そして、その出入り口の傍には、巨大な後方支援科棟の半分を占めるほどの大きな整備工場をのぞける、見学ブースが設けられていた。

 

「今日は重軍神の定期点検日か。整備課は大変だな」

 

 そう言ってブースからネイビーカラーの機体を見下ろした隼人は、平均全高18mの人型機動兵器、重軍神と呼ばれるそれの装甲が外されているのを見ていた。

 

 武やリーヤの影響か、はたまた愛車からの影響か、若干メカオタクの気が出始めていた隼人は、内装点検が行われている機体、『HMF-Type-24 雷電』を見下ろしていた。

 

 新日本で開発された重軍神である雷電は、新関東高校において別にある試作機と並んで主力を務める量産機であり、ロボットアニメにありがちな雑魚メカの面影など、微塵も無い高性能機である。

 

(そう言えば入学した時、リーヤが鼻息荒げながら重軍神について語ってたっけな)

 

 そう思い、ふっと笑った隼人は、突然鳴った携帯端末に驚き、レンカからだと気づいてどうしようと迷った挙句、通話をタップした。

 

「もしもし」

 

『ハーヤートー! アンタ! 今! どこほっつき歩いてんの!』

 

「け、見学ブース」

 

 頬を掻きながらそう答えた隼人は、案の定起こっているレンカに通話ボリュームを下げる。

 

『何してんの! とっとと教室に戻って来なさい!』

 

「……ああ、分かったよ。すぐ動くから」

 

『早く来るのよ!』

 

 どう言う意図があるのかは知らないが、とにかくご立腹だったレンカとの通話を切った隼人は、ため息交じりに携帯端末をズボンのポケットに突っ込む。

 

 そして、軽い廊下ほどの長さがある連絡橋を渡っている彼は、軽軍神専攻科の戦闘訓練の風景を見ながら、そう言えば、と端末を取り出してある書類を表示させる。

 

「アンケートどうするかね」

 

 そう呟く隼人の目の前には、テストパイロットへのアンケート要項が表示されており、現場の声を聴きたいと言う開発所の意図がにじみ出ていた。

 

 アンケートの対象となるのは、先のテロ鎮圧で導入され、敵からの激しい攻撃と操縦者の無茶苦茶な運用に晒された挙句に、大破した外装型軽軍神、アーマチュラシリーズだ。

 

「なるべく早くって、言われたからなぁ」

 

 そう言って端末をしまった隼人は、勉強をするための教室や、教務員が詰める職員室などの機能が集中する本棟へ足を踏み入れ、そのまま自分のクラスへ移動する。

 

 新関東高校においては、普通科学院にある基礎勉学よりも、戦闘や整備、兵站確保が優先され、またそれらに関連する事柄への理解を深める為の勉強が基本的には優先される。

 

 それ故に、通常授業に顔を出せる生徒はあまり多くなく、一クラスの生徒全員が揃う事もかなり少ない。

 

「授業中、失礼します」

 

 そう言って自分のクラスに入った隼人は、やれやれと言った表情で出迎える教員に一礼し、まばらな教室の一番後ろに移動。

 

 窓際より少し離れた自分の席についた彼は、席替えで自分の周囲に固まっているケリュケイオンの面々と顔を合わせて、教科書とノートを用意。

 

 机に仕込まれた、黒板との同期システムを起動させる。

 

「先輩からの話はどうだったんだい?」

 

「ああ、取り敢えず創部はしてもらうつもりだ。新関東高校で活動する時は部活動の一環として動く事になる」

 

「なるほどね、分かったよ」

 

 微笑を浮かべ、頷いた浩太郎から黒板に視線を変えた隼人は、ホロジェネレータから出力された白黒の世界地図を見つめる。

 

 社会科の授業は、一年のおさらいと言う事で、魔力次元の国家について振り返っている最中らしい。

 

「魔力次元の国家は大まかに六つ。地球とは異なり、現住種族との共存を優先し連合体方式での国家設立が基礎となっており、国家の下には各領土内の独立国や地域などが群を形成する様に存在する。

独立国及び地域は国家への協力が義務付けられ、国家は協力の見返りとしてそれらの援助を行う義務がある。この関係性により、今日まで六つの国家は存在してきた。では次のページを開いて」

 

 教科書を手にホログラムを操作する男性教員を遠目に見つつ、国家の成り立ちの略図を見ていた隼人は、元政治高官の重役から聞いた国家構造の裏事情を思いだしていた。

 

(この構造にしたのは恐らく、植民地としての管理をしやすくする為だったか)

 

 地域が多岐に渡ろうと窓口が一つあればいい。

 

 地球側の人間たちはそう考えて、魔力次元の国家構造を作ったのだと、当時小学六年生だった自分に、重役は愚痴る様に話していた。

 

 そんな事を思い出しながらホロ画面を見つめていた隼人を、横目に見ていた浩太郎は、彼の肩を叩いた。

 

「隼人君?」

 

 そう呼びかけた浩太郎は、いきなり肩を竦ませた隼人に苦笑し、仏頂面になる彼に軽く謝った。

 

 調子を崩され、そっぽを向いた隼人は、視線を動かした先で寝ているレンカに気付き、足を延ばして椅子の底を蹴り上げた。

 

「みゃあっ!?」

 

 尻を突きあげる衝撃に変な声を上げて跳び起きたレンカは、何事かと見てくる周囲に慌てて手を振って着席すると、犯人探しをしているのか周囲を見回した。

 

 そんな彼女を半目で見ていた隼人は、犯人を察したらしい彼女に睨まれると、それを鼻で笑いつつ中指を立てて返事とした。

 

「こんのクソヘタレ!」

 

 教室の一角で罵声を浴びせ、興奮そのままに足を振り上げたレンカは、勢いあまってその場でひっくり返り、椅子から転げ落ちた。

 

 それを隣で見ていた隼人は、自滅同然の彼女が、着席し直して理不尽にキレ出し、放ち始めた罵声をあくびをしながら聞いていた。

 

「聞いてんのこのヘタレ! 女の子のケツ蹴り上げるって何考えてんの?! もっとやってください!」

 

 ぐふふ、と笑って涎を垂らしたレンカにため息を落とした隼人は、前の席でドン引きしているリーヤに救援を乞うた。

 

「あ、ゴメン。僕、性癖ノーマルだから」

 

「おい、どう言う事だ。俺がアブノーマルだとでもいうのか」

 

「ノーマルの人はふつう女の子のお尻を蹴らないよ。隼人君もしかしてサド?」

 

「俺はそんなんじゃない。おい、クズを見る様な眼は止めろ、精神に来る」

 

「レンカちゃんの扱いがぞんざいだから気になってはいたけど、これは確定かなぁ」

 

 そう言ってため息を吐いたリーヤに、気に入らないと言わんばかりに、半目になった隼人は、隣の席で苦笑しているナツキに代わりに救援を乞うた。

 

「あ、えっと、その……」

 

 どうしようと考えているらしいナツキが視線を彷徨わせる。

 

 変な沈黙が続く中、流石に騒ぎ過ぎたのか、隼人は教員に睨まれた。

 

「授業を続けるぞ。さっきのまとめからだな。現在、魔力次元に存在する連合国家は新日本民主国、新ヨーロッパ共同体、新アメリカ合衆連合、新ロシア連邦、新オーストラリア・オセアニア連合、新アフリカ連合の六国家だ。

内、新日本、新ヨーロッパ、新アメリカは戦後から続く先進国家となっており、その時点に新ロシア、新オーストラリア、新アフリカが発展途上国家として続く形となっている。

なお、新ロシアについては前身国家の新ソビエトの崩壊に伴い、当時より国家規模が縮小している。それ故に発展途上国家となっているので覚えておく様に」

 

 そう言って黒板に書いていく教員の背を見ながら、ノートに黒板の内容を書き写した。



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第3話『後遺症』

 午前の授業が終わり、お昼の休憩時間に移った教室。

 

 授業道具を収めていた隼人は、机の側面に下げていたボストンバッグが無い事に気付き、驚いた拍子に机の天板で頭を打った。

 

「は―君何してんの」

 

「頭打った」

 

「うっは、だっさー」

 

 空腹で元気が無い楓が、ローテンションでそう言うのを忌々しげに見た隼人は、教室の後ろにあるロッカーの中を開けた。

 

 その様子に気付いた武が、ふら付く楓を支えつつ、歩み寄り、隼人の背を軽く押して脅かした。

 

「おう、びっくりしたか隼人。あ」

 

 苦笑を止めた武の眼前、若干キレ気味の隼人が、突っ込んでいたロッカーの天井で額を打った。

 

「悪い、ごめんな」

 

 そう言って謝った武は、真っ赤な額をそのままにして立ち上がった隼人に、何をしてるのかを聞いた。

 

「アサルトフレームが入ったバッグが無い」

 

「え? あれか? それなら浩太郎が後方支援委員会宛てで整備に出しちまったぞ」

 

「そうか……」

 

 安堵の息を吐いた隼人は、楓を連れて食堂に向かった武を見送ると、待っていたらしいレンカと目が合う。

 

 むっとした表情の彼女を見て一つ息を落とした隼人は、自由に動く右腕を差し出した。

 

 ぱあっと表情を華やがせて、倍くらいのサイズ差のある手を取ったレンカは、そっと笑い返した隼人に少し頬を染めた。

 

「今日はおごってやろうか」

 

「マジで?! アンタ、インフルエンザにでもなったの!?」

 

「インフルエンザだったら登校してねえよ」

 

 レンカの方を向き、半目でツッコミを入れた隼人は、反対方向へ向かう女生徒と当たってしまい、彼女が持っていた資料を撒いてしまった。

 

「あ、悪い。見えてなかったんだ、大丈夫か? って、四葉」

 

 慌てて書類を拾い上げる女子、隼人とレンカのクラスメイトで、副クラス委員の四葉奈々美に、そう呼びかけた彼は、気弱な彼女が、肩を竦めて縮こまるのを見て、対応に困った。

 

「え、えっと。大丈夫か? 俺の事、分かってるよな?」

 

「ふえ?! ど、どなたですか? 私、眼帯着けてる人とか知り合いにいません」

 

「え、えっと……だな、俺だ。イチジョウだよ」

 

「イチジョウ君はそんな中二病な人じゃありません!」

 

「……そうだな」

 

 天然の毒舌で、ガッツリ心を抉られた隼人は、半ば放心し、その間、彼女を手伝って書類を拾い上げていたレンカは、知り合いと認識してくれた奈々美に書類を手渡す。

 

「地べたで何してるの? 奈々美ちゃん。っていうかイチジョウ君たち何してんの」

 

 レンカと共同で奈々美が書類を纏めているその間に、やってきた中性的な顔立ちの少年、松川流星は、放心から立ち直った隼人の隣に歩み寄る。

 

「ああ、俺が四葉とぶつかってな。書類撒いちゃったから手伝ってたんだ」

 

「ああ……そう言う事。ありがとう、イチジョウ君。イザヨイさんも」

 

「ところでこの書類、生徒会の仕事に関連する書類か?」

 

 そう言って奈々美の抱えている書類を指さした隼人は、何故か表情を曇らせ、返事を返さなかった流星へ少し違和感を覚えた。

 

「流星? どうした?」

 

「え、あ、ううん。何でも無いよ、この書類は生徒会の仕事の書類なんだ」

 

「ああ……そうか。大変だなお前も。あ、悪い、レンカが呼んでる。それじゃあな、流星」

 

 そう言って流星に手を振り、先走るレンカを追った隼人は、一度彼の方を振り返ると奈々美と共に廊下の向こうへ歩く背を見つめた。

 

「隼人―?」

 

 待っているレンカの声に、ハッとなった隼人は、胸の内の拭えない違和感はそのままに、彼女の後を追う。

 

(流星……何か隠してるのか?)

 

 上の空でそう思いながら食堂に向かっている隼人は、手を引いてエスコートするレンカから睨まれ、うっと詰まって肩を竦める。

 

「アンタ、視界悪いんだから歩くのに集中しなさいよ」

 

「悪い」

 

「それに、何で私と手を繋いでるのに何の感想もリアクションも無いのよ!」

 

 そう言って怒ったレンカに仏頂面を浮かべた隼人は、脛を蹴ってくる彼女の脳天に軽めの一撃を入れると、考え事を止めて歩き出す。

 

「ま、待ちなさいよっ!」

 

 慌てて後を追うレンカの方へ、めんどくさそうに半目で振り返った隼人は、涙目の彼女に吐き捨てるように言う。

 

「あのなぁ、手なんていつも繋いでんだろ? 何でいちいち反応しなきゃいけないんだよ、面倒臭い。大体そんな初心な反応見ても、嬉しくねえだろ?」

 

「ま、まあ、そうね」

 

「二日に一回裸の付き合いしてんだから」

 

 誰もいないと思ってそう言った隼人は、周囲から聞こえた驚きの声に、ハッとなって見回す。

 

「ねえ、聞いた今の」

 

「すごーい、イチジョウ君ってそんな大胆だったんだ」

 

「裸ってあれかな、ベットの関係かな」

 

 姦しい声を上げる女子達と、その対岸で真っ赤な顔をしている男子達を交互に見た隼人は、嬉し恥ずかしでにやけそうになるレンカに視線を戻すと、面倒くさそうに溜め息を吐く。

 

 そして、盛り上がる周囲へ、警告の意味も込めて鋭い視線を送ると、物凄く変な顔をしているレンカの手を引いて歩きだす。

 

(暫く来てなかったから忘れてたが、この学校ド変態の集まりだったな)

 

 そう思いながら食券売り場にやってきた隼人は、ぐヘヘと涎を垂らしながら笑っているレンカを見て、少し引いた。

 

「おい、クソ変態猫。お前、何食うんだ」

 

「ふえ? え、ええっと……これ。焼肉定食」

 

「はいはい、っと」

 

 そう言って自分の分とレンカの分の食券を購入した隼人は焼肉定食の方を彼女に手渡して列に並ぶ。

 

 昼時だが、学校では生徒それぞれに業務がある関係上、食堂に見える人の数は、普通の高校のそれよりもかなり少なく、それゆえ、開いている席もそれなりに多かった。

 

「味噌ラーメンで」

 

 そう言って食券を差し出した隼人は、一分と待たずに出されたラーメンを受け取ると、器用に右手で持ち運ぶ。

 

(ん? あれは……和輝と大輝達か? ちょうどいい、流星の事を聞いてみるか)

 

 レンカに先んじて適当な席を探していた彼は、食堂の端で談笑している知り合いを見つけ、そちらに移動する。

 

「相席、良いか?」

 

 そう言ってお盆を置いた隼人は、一瞬固まった彼らにきょとんとした目を向ける。

 

「どうした?」

 

 そう問いかけた彼は、その声で誰か判別できたらしい彼らに、戸惑いがちな声で迎えられる。

 

「何だ、隼人かよ」

 

 そう言ってケタケタ笑った大柄の少年、元春大輝は、その隣で少し驚いた表情を浮かべる目つきの鋭い中肉中背の少年、安芸田和輝を覗き込み、恥ずかしがった彼に殴られた。

 

 ひっくり返る大輝を尻目に、ため息を吐いた和輝は、苦笑している隼人に目を向けると、その表情を曇り気味な笑みに変える。

 

「すまんな、隼人。一瞬誰か分からなかったんだ」

 

「いや、構わねえよ。こんな姿じゃ、誰なのか分からなくても当然だ」

 

 軽く謝る和輝に苦笑を返した隼人は、ダインスレイヴの術式に侵食されて黒く染まった左腕と、変色した左目を隠す眼帯を思い出し、少し表情を曇らせる。

 

 術式の侵食を受けてからしばらく経つが、侵食の影響で、時折フラッシュバックが出る。

 

 スレイが表面化していない為に、狂気が出る事は無いものの、繰り返す悪夢に毎晩苦しめられている。

 

「隼人? 大丈夫か?」

 

 そう問いかけてきた和輝に生返事を返した隼人は、隣に座ったレンカに目を向けると、満面の笑みを浮かべた彼女にフッと頬を緩ませ、麺を啜った。

 

 口に面を頬張った彼が咀嚼している隣、びくびくした様子で見上げてくる、こげ茶色の長髪を腰の辺りで結んだ小柄な女子に気付いて、そちらに視線を移す。

 

「ひぃっ。あ、ああ、あははは。こん、にちわ、イチジョウ君」

 

 怯えているのか、顔を真っ青にしながら挨拶する司に微妙な気分になった隼人は、その隣で苦笑している、青みががった短いツインテールが特徴の有翼族の少女と、黒のポニーテールが特徴の少女に目を向ける。

 

「司がビビッてんぞー、隼人。うちのマスコット怖がらせんなよー」

 

 そう言ってケラケラと笑う有翼族、カルマ・グレナは、がくがく震えている司を抱き寄せると、乱暴に頭を撫でる。

 

 その様子をラーメンを啜りながら見ているポニーテールの少女、中島千夏は、司の豊満な胸を揉みだしたカルマの頭を殴った。

 

「何してんだ馬鹿」

 

 そう言って咀嚼した千夏は、ニコニコ笑顔の大輝に怒鳴り散らし、胸を揉む事を止めないカルマに未使用の割りばしで叩いた。

 

 その隣、和輝の正面で呆れた表情を浮かべている、赤みがかったロングヘアの有翼族の女子、フェルナ・クレイは、その隣で眠っている小柄な栗毛色のポニーテールが目を引く少女を揺さぶる。

 

「起きなさい琴音! 何寝てるの!」

 

「ん、にゃ。昨日徹夜……」

 

「補修課題ほっといた罰でしょ! ほら!」

 

 怒気を孕んだ言葉で揺さぶるフェルナは、昼食を取った事で眠気が来たらしい琴音が、自分の胸に埋まって愚図るのにくすぐったく思いながら怒っていた。

 

 そんな彼女らを見ながら昼食を摂った隼人は、呆れている和輝と千夏に怒られて、苦笑顔の大輝に目を向ける。

 

「お前ら大変だな」

 

 そう言って苦笑した隼人は、否定せず頷いた彼らに心の中で合掌すると、聞きたい事を思い出す。

 

「そう言えば、さっき流星と会ってな。何か様子がおかしかったんだが、何か知らないか? 悩んでる事とか」

 

「聞いた事は無いな……。おかしかった様子について教えてくれないか?」

 

「書類を持ってたんだが、その書類について聞いたらぼんやりしだしてな。返事もなんか億劫で、はぐらかそうとしていた様にも見えた」

 

 思い出しながらそう言った隼人は、考え込んでる二人に苦笑しながら思い当たる事を考えているらしい大輝が、突然大声を出したのに驚きつつ、彼の方へ傾注した。

 

「それ、もしかして二週間後の――――」

 

「大輝!」

 

 何か言いかけた大輝に、食堂中に響き渡るほどの声量で叱咤した和輝は、身を竦めた彼と女子達に気付き、少し恥ずかしそうにしながら、お盆を手に取って立ち上がる。

 

 突然の事に呆けていた隼人は、立ち去ろうとする和輝に驚き、思わず立ち上がっていた。

 

「和輝?!」

 

「すまんな、隼人。その事について、俺達からは話せない」

 

 いつになく驚く隼人に刃の様に冷たい目を向けた和輝は、これ以上踏み込むな、と警告するかの様に、そう言い放つと無言で移動していく。

 

 和輝の気心は知れているが故に、これ以上踏み込んでも無駄だと判断した隼人は、そのまま着席してラーメンを食べる。

 

「隼人……」

 

 失意に肩を落とした隼人の横顔を見ていたレンカは、落ち込みながらラーメンを啜る彼を慰めようと、右肩に頬をくっつける。

 

 そのまま頬擦りしていた彼女は、うっとおしそうにしている隼人を見上げると、蔑みの目を向けてくる彼に嬉しそうに笑っていた。

 

「レンカ」

 

「うへへ、なぁに?」

 

「飯食うのに邪魔だ。離れろ」

 

 仕事柄、自分の気になった部分を露骨に隠されるのがあまり好きではない隼人は、少々イラついた声色で、レンカにそう言うが、当の本人は身に感じる快楽で話を聞いていなかった。

 

 仕方が無いので放置し、どんぶりを見下ろした隼人は、自分の知り得ない領域にある、何かもやもやしたものを感じつつ、スープに沈んだ麺を箸で探る。

 

(流星だけじゃなく、和輝達もか……。一体あいつら、何を隠しているんだ……?)

 

 そう考え、答えを見つけられずイラついた隼人は、少し痛んだ左目と左腕に正気に戻され、一旦落ち着こうと深呼吸をする。

 

「はーやとっ」

 

 合気の呼気を吐いた隼人は、弾む様なレンカの口調に気付き、無防備にそちらへ振り返ると、ニコニコ笑顔の彼女が、焼肉一枚を箸でつまんで突き出してきたのを目下に入れた。

 

 どうやら、はいあーんと言うシチュエーションをしたがっているのだろう事は、隼人の目に明らかではあったが、生憎とそんな気分ではない彼はそっぽを向く。

 

「いらねえよ」

 

 不器用にそう言ってしまってから、しまった、と遅い後悔をした隼人は、悔しげに歯を剥く彼女に気付いて少しだけ安堵した。

 

(良かった、泣いてない)

 

 その一点のみに安堵した隼人は、押し込んでくる彼女の腕を取ると軽く力を込めた。

 

「あ、あだだ! 痛い痛い! 骨折れる!」

 

「成長期の骨がこの程度で折れるかバカ。ったく、嫌がってる事を無理矢理するなと教わらなかったのか」

 

「へーん馬鹿だから覚えてまっせーん」

 

「殴るぞお前」

 

「きゃー、DVよ! DV! 暴力男よ!」

 

 そう言って騒ぐレンカの口を塞いだ隼人は、ニヤニヤ笑っている周囲を睨むと、カウンター気味に肉を突っ込んだレンカに驚き、仕方ないと口の中の物を咀嚼した。

 

 目を弓にして笑ったレンカを見下ろしつつ、彼女の口から手を離した隼人は、いつの間にか、対岸に座っている有翼族の女子に、不意を突かれてひっくり返りそうになった。

 

「どうもー、新関東高校報道部でぇえええええす!」

 

 ハイテンションで両腕を吐き上げ、そう言った女子は、その手にメモ帳とノートを手にすると、若干引いている隼人に詰め寄る。

 

「何だよ、報道部。俺に何か用か?」

 

「ええ、二人に用事が!」

 

「レンカも含むのか……。それで? 何だよ」

 

 そう言って腕を組んだ隼人は、その隣で、手鏡と櫛で身だしなみを整え始めるレンカを横目に見た。

 

「それはねぇ、以前のテロを解決したケリュケイオンのPMSC部創部に伴って宣伝も兼ねたインタビューをしようと思って」

 

「インタビュー……」

 

「いいかにゃ?」

 

「別に構わないが……。その変な口調を止めろ」

 

「良いじゃんかぁー。没個性だとこの業界やってけないよぉ~?」

 

 そう言って頬を膨らませる女子に半目になった隼人は、深くため息を落とすと、猫を被るレンカの後頭部を軽く叩いた。

 

「何すんのよ!」

 

「今更真っ当な淑女を装うな、変態淑女」

 

「うるさいわね! サディスティックマッチョ!」

 

 ギャーギャ―と騒ぐレンカと、それを冷静に受け流している隼人を前に、インタビューを期待していた女子は、オロオロと戸惑う。

 

「あ、あのぅ。そろそろインタビューに」

 

「うっさいわね!」

 

 隼人と喋ってた事も含めて逆鱗に触れたのか、女子に矛先を変えようとしたレンカの口を彼が塞ぐ。

 

「すまんな、俺が余計な事を言ったばかりに。続けてくれ」

 

 そう言って女子に笑った隼人は、もがくレンカに一瞥くれて黙らせると、インタビューを受けた。

 

「まず初めに、設立の経緯は?」

 

「経緯か、詳細に言うと面倒になるから諸々端折って成り行き、だな」

 

「え、どう言う事です」

 

 呆ける女子に話せない、と首を横に振った隼人は、そのまま次の質問に移させる。

 

「え、えっと、主にどんな仕事をするのでしょうか?」

 

「そうだな、兵科に属す生徒が行う戦時業務の一部代行、及び後方支援科の護衛や敷地警備等のサービス業務になる。要は金貰って雑用する仕事だな」

 

「け、結構紹介雑ですね、イチジョウ君」

 

「仕事柄、多くを語る事に抵抗があるからな……。雑になるのは仕方ないって言うか、なんて言うか」

 

「あ、ああ……そう言う事なんですね」

 

 そう言ってメモをする女子を他所に、レンカから手を離した隼人は、めっきり大人しい彼女の顔を覗き込むと、ビクッと肩を竦めた彼女が、フニャフニャした笑みを浮かべる。

 

 手から匂いでも嗅いで発奮したのか、デレデレしている彼女を見た隼人は、素直に気持ち悪いと思うも、どうしようもないので放置を決め込んだ。

 

「え、えっとイザヨイちゃん大丈夫?」

 

「え、あ、ああ。大丈夫だ。多分発情してるだけだから」

 

「それ問題じゃないかなぁ」

 

 そう言って呆れる女子に首を傾げた隼人は、質問に移る彼女に傾注した。

 

「次の質問は、ずばり、二人はお付き合いしてますか!?」

 

 そう言ってマイクの様にペンを突き出す女子に、どう答えようか考えていた隼人は、聞き耳を立てる周囲に気付いて、ため息を落とす。

 

「……うん、まあそれについては……。恋人として付き合ってはいないな」

 

 事実を答えた隼人は、意外そうな顔をする女子に少し戸惑った。

 

「好意が明確な女子を恋人にしようとしない……。なるほど、噂通りホモなんだね!?」

 

「違う。俺はホモじゃない。と言うかなんだ、噂って」

 

「イザヨイちゃんと付き合わないから、もしかしてホモじゃないのかって噂だよ! ねぇ、ホモなの!?」

 

「お前……。今俺はホモじゃないって言っただろ」

 

「なぁんだ、ノン気なんだ」

 

 残念そうにメモを取る女子に、苦々しい表情を浮かべた隼人は、いつの間にか右脇の匂いを嗅いでいるレンカを、引き気味に放置した。

 

「質問は終わりか?」

 

「あ、ゴメンゴメン。今までのは冗談。本題に戻ろっか。あそこまでアプローチされて、何で付き合ってないの? って言うか何でベッドに押し倒してずっこんばっこんしないの?」

 

「お前、凄いな……。ドン引きだぞ、俺」

 

「そらどうもー。で、何で?」

 

「それは、その……」

 

 言いにくそうに口ごもり、無意識に左目に触れた隼人は首を傾げる女子を前に、一度深呼吸すると、話し始める。

 

「俺の体が、術式に侵されているからだ」

 

「……ダジャレ?」

 

「マジだバカ。思いつめてダジャレとか台無しだろうが」

 

 茶化されてムッとなる隼人に、大慌てで謝った女子は、おもむろに眼帯を取った彼の意図を読みかねていた。

 

「え、何をして……」

 

 そう言いかけた女子は、露わになった隼人の左目を見て声を詰まらせた。

 

 赤黒く変色した瞳は、右目の茶色いそれと見比べれば、誰もが異常と捉えるほどに乖離しており、解放と同時に立ち上った魔力が、侵食が行われている事実を裏付ける。

 

「驚くよな、こんな目を見れば」

 

「え、ううん。その……初めて見るから、侵食受けてる人見るの。大マジなんだね」

 

「ああ。侵食してくる術式が特殊なんで今の所治療方法も無い。いつ死んでもおかしくない状態だ」

 

 そう言ってフッと笑った隼人は、進行した侵食に耐える為に左肩をギュッと掴み、痛みが過ぎるのを待つと一息つき、落ち着いたレンカの補助も受けながら、片手で眼帯を装着する。

 

 侵食抑制の効果を付加している眼帯をつけて、落ち着いたらしい隼人は、静まり返った女子に苦笑すると、心配そうに見てくるレンカの頭を撫でる。

 

「そんな顔するなよ。さっきまで明るかっただろ」

 

「……そうだね。一応先程の事は聞かなかった事にする。イチジョウ君に関わる人が、余計な心配をしないで済む様にね」

 

「ああ、そうしてくれ。一応別の理由はあるから」

 

「え? あんの?」

 

「……こいつがド変態だから付き合いたくない。それもある」

 

 そう言った隼人は、呆れ顔の女子を前にムッとなったレンカからの平手の一撃を、右手で止めて話を続ける。

 

「いやー、イザヨイちゃんがド変態なのは今に始まった事じゃないからなぁ。インパクト薄いかも」

 

「乙女にはいい教訓になる。硬派な男は淑やかな女を好むってな」

 

「それヘタレの男は大人しい子が好きってだけじゃん」

 

「ぐっ……」

 

 半目の女子に痛い所を突かれて苦々しい表情を浮かべた隼人は、唐突になった校内放送のチャイムに天井を見上げ、放送に耳を傾ける。

 

『一年B組、後方支援科サービス事業課、隼人・イチジョウ君、岬浩太郎君。後方支援科棟整備課窓口までお越しください』

 

 天井のスピーカーから聞こえた女声に応じて、立ち上がった隼人は、それに追従する女子を見ると、メモを畳んでいる彼女に苦笑を向ける。

 

「あまり話せなくて悪かったな。記事にできるか?」

 

「ん、まあ元々メインの記事じゃないしね。こんぐらいあれば十分十分。だから、行っといで」

 

「おう。じゃあな」

 

 そう言って手を軽く上げた隼人は、手を振り返してくる女子に見送られ、食堂を後にした。



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第4話『整備』

 女生徒と別れてしばらく、廊下を歩いていた隼人は、騒がしい後方に違和感を覚え、振り返る。

 

「置いてくにゃあああああ!」

 

 ドロップキック体勢でパンツを丸出しにしながら飛び込んできたレンカに、凄まじい反射神経で隼人は回避する。

 

 そのまま弧を描いて落下し、背中を強打して廊下を滑走した彼女を、無言で見下ろす。

 

「……大丈夫か?」

 

 逆ギレされるのは目に見えているので、気休め程度にそう言った隼人は、めくれ上がっているスカートに気付いて何かを吹いた。

 

 不味い、と予想外の行動に真っ赤になるレンカへまたがるのも気にせず、スカートを直しにかかった隼人は、そのタイミングでやって来た楓と武の叫び声に身を竦める。

 

「は―君何してんの!? 何!? 69?! ロッキュー!? 路上ラクロスとか勇者過ぎるっしょ!?」

 

「興奮するなよ楓。隼人も盛りたいんだから萎えさせる様な事言うなよ、まだ前段階だろ」

 

「あっちゃーしまったー。久々のスキャンダルだからつい興奮しちゃって!」

 

 盛り上がる楓と武を睨んだ隼人は、股間の辺りに顔が来てるが故にはぁはぁと興奮しているレンカを見下ろす。

 

 おもむろに顔を上げた彼女から、声にならない叫びを上げつつ50口径を逃がした隼人は、そのまま片手のハンドスプリングで跳躍し、距離を取った。

 

 前回り受け身で着地した隼人は、変態彼女のお陰でどんどん人外じみていく自分に悲しくなっていた。

 

 その隙に、涎ダラダラのレンカは寝た体勢から、見る人から見ればキモく、それでいて身軽な動きで跳躍して、隼人へ飛びかかる。

 

 それを見て血の気を引かせた隼人は、叫びながら右腕で横殴りに吹っ飛ばし、二階から叩き落とした。

 

「うっわぁ、死んでんじゃない?」

 

「生きてるよ」

 

 ネット動画で流行ってるB級映画のネタをぶちかます楓と武に、隼人は半目になって、ため息を落とす。

 

「お前が答えてどうすんだバカ。まあ、死なんだろ。あいつも曲がりなりにも姿勢制御としなやかさに優れた半猫族だし」

 

 そう言って下を見下ろした隼人は、校舎の入り口目指して走っているレンカを指さした。

 

「さぁて、あいつが戻ってこない内に取りに行くか」

 

「じゃあ私らはそれに付いて行こうかな」

 

「別に構わんが、向こうさんに迷惑かけるなよ」

 

 そう言って睨む隼人に、軽い口調で返事した楓達は、ちらちら窓を見る彼にニマッと笑い、彼の傍まで走って軽く体当たりした。

 

「ヘイ彼氏~。吹っ飛ばした彼女が心配~?」

 

「あ? そんなんじゃねえよ。窓割れてないかなって気になったんだよ」

 

「うん、は―君、そう言う事言うとゾンビ出そうだからそのワード止めよっか」

 

「? 何でゾンビ? って言うか何のワードが引っ掛かったんだ?」

 

「はーい気にしちゃだめよー。怒られるからねー」

 

 そう言って武と共にぐいぐい押す楓は、いまいち状況を把握できてない隼人を後方支援科棟に移動させていく。

 

「待てさっきの何のネタだ!」

 

「俺が買ってきた可愛い女の子が出るゾンビ物の漫画だよ。最近アニメになった」

 

「ゾンビ物……ああ、バ○オハザードか?」

 

「ちげーよ、それ! アニメになってねーし! 女の子って言うか雌ゴリラしか出ねーだろうが!」

 

「俺に言われても分からんわ!」

 

 にわかヲタとヲタの言い争いをする隼人と武を見ながら、後ろを振り返った楓は、肩で息をしているレンカを見つけ、阿修羅の目をしている彼女と目が合って、息を呑む。

 

「やばい、阿修羅! 阿修羅が来た!」

 

「何? 乙女座の男? あ、あれは凌駕してたんだっけ」

 

「違うよ! レンにゃんだよ! うわ、通常の三倍の速度でこっちきた!」

 

「おわ、マジだ。ト○ンザムか、界○拳でも使ってんじゃね?」

 

「あ、は―君狙いじゃん! 避けてぇえええ!」

 

 直撃寸前にそう言った楓と驚く武の視線の先、騒がしい事には気づいていたが、二人が邪魔で振り返れなかった隼人の背中に、速度の乗ったドロップキックが突き刺さる。

 

 その瞬間、ダメージコントロールで咄嗟に体を捻った隼人は、体の左からリノリュームの床へ倒れ込む。

 

 そして、そのまま廊下を滑走した隼人を見下ろしながら、宙返りでスタイリッシュに着地したレンカは、どん引きしている二人を睨むと、死にそうな隼人を見下ろす。

 

「地獄の……ゼェ……底から……ハァ……這い戻っ……げほっ、ごほっ、うぇっ」

 

 咳き込み、えづいたレンカは、辛うじて意識がある隼人に這い寄る。

 

「生きてる?」

 

「お前が蹴ったんだろうが……」

 

「あ、生きてた」

 

 安堵するレンカにイラついた表情を向けた隼人は、背中の痛みに耐えながら起き上がると、誤魔化し笑いを浮かべる彼女の頭を掴んで、思い切り力を込める。

 

「あーだだだだ! 割れる割れる!」

 

 そう言って腕を掴んでくるレンカから手を離した隼人は、涙目の彼女の頭を軽く叩いて整備課の受付に向かう。

 

 その背を頭を抑えて見送っていたレンカは、恐る恐る合流してきた武と楓に両脇を抑えられて、そのまま彼の後を追った。

 

「大丈夫かよレンカ」

 

「うん」

 

「おめぇ、やり過ぎだ。あんな勢いで蹴飛ばしゃ誰だってキレるっつの。けどまあ、半殺しにされなくてよかったな」

 

「うん……」

 

「まあ、でもあの様子じゃもう怒ってねえと思うから。時期を見て話しかけてみろよ」

 

 そう言った武は、涙目で心配そうに見上げてくるレンカの頭をそっと撫でると、ムッとなる楓へ、申し訳なさそうに肩を竦める。

 

「着いたよタケちゃん」

 

 整備課に到着し、不機嫌な苦笑でそう言った楓は、何とか取り繕おうとする武を横目に見つつ、レンカを隼人の方へ押し出す。

 

 よたよたとバランスを取ったレンカにぶつかられた隼人は、奥に引っ込んでいった整備課の生徒を、浩太郎達と待っていた。

 

「おい、浩太郎。メンテナンスに出してくれたのは嬉しいが勝手に出されるのは困る。そう言うのは一応所有者の許可を取ってだな」

 

「あはは、ゴメン。どうしてもって言われちゃってさ。場合によっちゃ代金タダにしてくれるかもって言ってたし」

 

「は? おい、待て、解析されてんじゃないのか!? 許可貰ってないぞ?!」

 

「うわ、しまった。やっちゃったかなぁ」

 

「おいおい、テスト品の情報漏洩とかシャレにならんぞ」

 

 そう言って咲耶への連絡を取る隼人を他所に、ため息を吐く浩太郎は、慰め代わりに抱き付いてきたカナに苦笑を向けると、気遣ってくれているらしい彼女の頭を優しく撫でた。

 

 慰められてる浩太郎を他所に雇い主に確認の電話を取った隼人は、二度のリダイアルでようやく繋がった雇い主の咲耶と通話する。

 

「もしもし、咲耶か?」

 

『ええ、そうよ。ってね、イチジョウ君、今授業中なの。無理を言ってわざわざ抜けてきたけどどうかした?』

 

「すまん、アサルトとサイレントのフレーム、解析黙認でうちの整備課に出してしまった」

 

『え? ああ、そう言う事。大丈夫よ、あの二つなら解析されても。ったく、そんなくだらない事で電話してきた訳? 切るわよ』

 

「あ、ああ。じゃあな」

 

 そう言って通話を切った隼人は、自分の心配が空回りした事に安堵しつつ、心配している浩太郎に大丈夫だ、とハンドサインを送る。

 

 そうこうしている内に戻ってきた整備課の生徒が、そこそこの重量があるバッグをカウンターに担ぎ上げる。

 

「お待たせしました。岬君、お約束してたメンテ代タダの件なんだけど、この術式武装、解析しても既存技術ばっかりで肝心の術式ユニットも高度にブラックボックス化されててよく分かんなかったの」

 

「え、ああ~……。そうなんだ」

 

「なので、整備課としては何の成果も得られなかった、と言う事で、メンテ料金はもらう事になってしまったんだけど」

 

「えっと……隼人君、持ち合わせある?」

 

「あ、ローンでも良いよ。こちらから無理言ったんだし」

 

 そう言う生徒に苦笑した浩太郎は、お金の算段を立てている隼人を流し見ると、彼の隣にやって来た上級生二人に気付き、自然と背筋が伸びた。

 

「うちの受付前でたむろするな、貧乏小隊。あと、そこの後輩。うちはローン払い駄目だぞ」

 

「そーそー、ローンってのは担保が無いと駄目だかんねぇ。払えないなら、そうだねぇ。工具磨きでもやってもらう~?」

 

「いや、それよりもいい仕事がある。おい、貧乏小隊。臨時で仕事の依頼を出す。それでメンテ代はチャラだ。どうだ?」

 

 そう言って手元の端末を操作した職人肌の男子生徒は、レンカとカナに抱き付きに行く有翼族の女子生徒の襟首を掴むと、臨時で作成した依頼書を隼人に掲示する。

 

「装備開発・改造課、軽軍神整備・改造課との共同依頼だ。イチジョウ、岬の二人がうちの軽軍神『静流』との模擬戦を行う。フレームを装着した状態でだ。その際の稼働データをこちらで取らせてもらう。

ルールは時間無制限のデスマッチ。勝敗条件はお互いに設定されたヒットポイントをゼロにする事。なお、模擬戦開催に伴って起こる何かしらについて、文句は言うな。以上だ。どうだ? 受けるか?」

 

 そう言って隼人と浩太郎を見た男子生徒に、二人はお互いに顔を見合わせて、頷く。

 

「手持ちの金もないし、受けるしかないだろ。何かしらについても、大体予想はついてるしな」

 

「要はいつも通りって事だよね。まあ、僕も慣れっこだけどさ」

 

「そう言う事だ先輩。そっちの準備を始めてくれ。俺らは移動する」

 

 バッグを手に取った隼人と浩太郎に頷いた男子生徒は、楓と共にナツキにセクハラをする女子生徒の脳天に、一撃入れて連れていく。

 

 新関東高校では当たり前の風景も見ず、移動を始めた隼人達は、契約書に書いてある指定地点、地下模擬戦場の待機スペースに移動する。

 

「さて、準備するか。浩太郎、作戦プランCで相手の様子を見る。リーヤ、静流の基礎データを用意してくれ。武、倉庫から軽軍神用の拳銃と短刀、長刀を持ってきてくれ。

ナツキ、データリンク準備。楓、ふざけてる暇あったら武を手伝え。カナ、レンカは……俺らと一緒にいろ」

 

 そう指示を出した隼人は、バッグから新調されたアサルトフレームを取り出すと、四肢に装着していく。

 

『あはは、起動したのねぇお久しぶりぃ』

 

 起動と同時、スレイがインターフェイスに現れ、背面の魔力槽が赤みを帯びてフレームの関節が、奇妙な軋み声を上げる。

 

 その隣では、サイレントフレームを装着している浩太郎が、フォールディングストックのヴェクターをフレームに装着しており、ナイフシースとトマホークを、いつもの位置に装着していた。

 

「取って来たぜ、にしてもこんなでけえもん取り回せんのかよ」

 

「問題ないさ。出力的には取り回せる。長刀と短刀を俺にくれ。拳銃は浩太郎に」

 

「あいよ、了解だ」

 

 そう言って全長3m近くある長刀と、対人用の刀くらいの全長がある短刀を抱えてきた武から、それぞれを受け取ると、背面マウントに短刀を装着する。

 

 軽軍神用の拡張アームで長刀を懸架した隼人は、見た目には不釣り合いなそれの柄に手を掛ける。

 

『おい後輩、準備出来たぞ』

 

 オープンチャンネルに設定している携帯端末から通信が走り、あらかじめ掛けていたインカムでそれを聞いた隼人は、通信をケリュケイオンに切り替える。

 

「了解。行くぞ、浩太郎。気負うなよ」

 

「分かってる」

 

 外部から無理矢理動かしてる左手で鞘を掴ませた隼人に応じる様に、対軽軍神用拳銃のスライドを引いた浩太郎は、対岸で歩み寄ってくる外殻型軽軍神『LMF-10 静流』を見据える。

 

 瞬間、背後のハッチが閉じられて開始を告げるブザーが鳴り響く。

 

 瞬間、近接戦用の長刀を引き抜いてブーストしてきた静流の突進を、横ロールで回避した隼人は、ちょうど分断される形になった浩太郎へ、援護のハンドサインを出す。

 

 そして、突っ込んできた静流に向けて長刀を引き抜いて斬撃を受け止める。

 

 背面のスラスターを展開し、勢いを殺した隼人は、目前で火花を散らす長刀を手繰って受け流すと、がら空きの背中を蹴り飛ばし、刀を構え直した。

「撃て!」

 バックステップで離脱しながらそう言った隼人は背面を狙い撃つ浩太郎に援護を任せ、長刀を構え直して挑みかかる。



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第5話『変な男』

 待機スペースから案の定満席の観客席に移動したレンカは、リーヤ達と共に、普通なら勝ち目の無い軽軍神相手に、互角以上の戦いを見せる二人に感心しながら、座る席を探していた。

 

 と、席の一番後ろの壁で戦いを見ている八人ほどの男女に気付き、見覚えの無い顔ぶれに眉をひそめ、近場にいたカナの袖を引っ張った。

 

「ねぇ、カナ。後ろのあの人たち見た事ある?」

 

「無い。と言うか私に聞かないで」

 

「あ、ごめん」

 

 謝り、そして彼らの方を振り返ったレンカと、彼女に釣られてそちらを見るカナは、白熱する試合を他所に、じっと彼らを見つめていた。

 

 別段転校生と言う訳でもなく、自然と紛れていた様な違和感を感じる二人は、着席して観戦する武達を他所に、お互いに目配せすると、武器を忍ばせつつ彼らの方へ移動する。

 

「ちょ、ちょっとそこの人達」

 

「え? 俺ら?」

 

「そうよアンタ達よ。所属表、持ってんでしょ? 見せなさい」

 

 コミュ障ながら精いっぱいそう言ったレンカは、背後で恥ずかしそうに隠れているカナに内心怒りつつ、何か戸惑っている彼らを訝しんでいた。

 

(怪しい)

 

 そう思ったレンカが見れば、布に包まれた武器らしいものがチラチラ見え、二人ほどは、腰や背中の懸架用アタッチメントで、形の似通ったアサルトライフルを下げていた。

 

「アンタ達、見ればデカい武器やらライフル持ってるけど、校則で大型近接武器とライフルやショットガンとかの長物銃器の常時携行は禁止されてんの知らないの?」

 

「あ、いや、そうだけどよ……。安心しろ、俺ら怪しい奴じゃねえから!」

 

「信じる前にまず疑えってアタシの彼氏が言ってた。ま、取り敢えずアンタら纏めて風紀委員の取調室にぶち込むから」

 

「ま、待て! 待ってくれ! 俺らは今試合してる奴に用があってだな!」

 

「用事? 隼人に?」

 

 そう言って、しまった、と思ったレンカは、意外そうな顔をする彼らの視線を浴びる。

 

「知ってんのか?!」

 

「え、えっと、ドウカナー」

 

「何で棒読みなんだよ! 知ってんだろ!?」

 

 掴みかかろうとする少年から飛び退こうとしたレンカは、背後に隠れていたカナと激突し、その場でひっくり返った。

 

 その勢いで生徒証と社員証を落っことし、それが運悪く少年たちの前に落ちた。

 

「PSCイチジョウ第三小隊所属、レンカ・イザヨイ? なぁシュウ、コイツ探してる奴の仲間じゃないか?」

 

「ああ、間違いない。彼女は隼人・イチジョウが率いる小隊のメンバーだ。ぜひ話を聞かせてもらおう」

 

「おうよ、じゃあ早速……って、あれ?」

 

 気合を入れて振り返った少年は、いつの間にかいないレンカ達に驚き、周囲を見回す。

 

 それを呆れ半分で見ていたメガネの少年、シュンは後を追う事を止めて、試合に意識を戻した。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 試合は互角だった。

 

 人間からすれば大剣と変わらない軽軍神用長刀を振り回す隼人は、刀と西洋剣の中間の様な厚みと、切れ味のバランスを持つそれを容易に手繰って、相手の攻撃を滑らせていた。

 

(攻撃の対処には慣れてきたが、やはり決め手に欠けるな!)

 

 内心そう思いつつ、相手の刃を滑らせた隼人は、逆手に持ち替えた長刀を横薙ぎに振るって峰打ちを叩き込む。

 

 が、バリアに阻まれ、本体へダメージを与えられず、反力で吹っ飛ばすのみだった。

 

「くっ、バンカーさえあれば!」

 

 無い物ねだりだと分かっていても、口に出さずにはいられない隼人は、振り返って来た静流の振り下ろしを、逆手のままで受け止める。

 

 スラスター全開で押し込みにかかる静流に、肘との二点で長刀を支えた隼人は、背面スラスターの出力上限を視線選択で一時的に解放。

 

『面倒ねぇ~』

 

 そう言って表示を消したスレイの補助を受けた瞬間、隼人は、高出力モードに変形したスラスターの推力を持って押し込みに対抗するが、それよりも早く警告を発したインターフェイスに意識を向ける。

 

《警告:魔力残量20%》

 

 文章表記と指向音声案内のハイブリッドで案内を出すAIに苛立った隼人は、それらをスレイに消させると、目前の静流の軸足に蹴りをぶち込んで転倒させる。

 

 その間に浩太郎が入って、拳銃とヴェクターを連射し、装弾数の少ない拳銃が先に弾切れを起こして、レシーバー側面のスライドがオープンになる。

 

 強烈なキックバックと共に最後の薬莢が跳ね跳び、それと同時にホルスターへ拳銃を収めた浩太郎は、ヴェクターで牽制しようとするがバリアに阻まれて有効打にも、牽制にも、なり得なかった。

 

「ここで決める。浩太郎、プランB-2にシフト!」

 

「了解!」

 

 言い様、長刀で静流に斬りかかった隼人の左腕を足場に、垂直に跳躍した浩太郎は、バリア目がけて残弾少ないヴェクターを連射、その間に拳銃をリロードし、スライドを引いた。

 

 作戦プラン、B-2。Bは敵を袋叩きにする事を示す符号で数字は攻撃の中心人物を示す。

 

 2とは副隊長、つまりはケリュケイオン副隊長の浩太郎を示している。

 

 浩太郎の降下に先んじて、片手のみの長刀で斬り合っていた隼人は、軸足払いからの肘打ちで叩き落とすと、バリアに向けて刃を立てる。

 

「今だ、浩太郎!」

 

 そう叫んだ隼人は、削れ取れていく静流のバリア残量と、それに比例する様に、限界近いアサルトフレームの魔力残量に舌打ちする。

 

 その間に静流の上に着地した浩太郎は銃口をバリアに押し付け、高速連射。

 

 跳ね上がる銃口を制御しながら、滅茶苦茶な弾道をバリアにぶち込む。

 

「リロード!」

 

 そう叫び、再装填した浩太郎は、起き上がる静流の上を身軽な動きに上がり、頭上を取ると、射撃を継続する。

 

 計二十四発を撃ち込んだ浩太郎は、強制停止が作動した静流に攻撃を止める。

 

《静流:強制停止作動》

 

 模擬戦の勝敗条件は知らされていなかったが、これ以上の攻撃はまずいと思っていた二人は、それぞれの武器を収める。

 

『試合終了だ。お前らの勝ち、メンテ代はチャラだ。試合で消耗した分も含めてな』

 

「随分な太っ腹ぶりじゃないか」

 

『この模擬戦が有意義だったからだ。良いデータが取れた。その装備の脅威もな。恐るべし、立花グループと言う事か』

 

「おいおい、それを手繰る俺達の評価は無しか」

 

『お前らの実力は見知っている。お前らの腕を差し引いた性能評価もしてあるから、安心しろ』

 

 そう言って通信を切った先輩に鼻を鳴らした隼人は、隣で苦笑している浩太郎と笑い合い、静流のパイロットを引き起こして回収班を手伝う。

 

 と、そのタイミングでアサルトフレームから警告が走り、隼人の体が沈み込む。

 

「クソッ、こんな時に魔力切れか……」

 

「燃費の悪さは相変わらずだね。まあ、気にしてる暇なかったけど、僕らのフレーム、細かくチューンしてくれてたみたいだ」

 

「浩太郎……。お前は時々空気読まんな」

 

「あはは、ゴメンゴメン。大丈夫? どうしたら良いのかな? 魔力供給? 助け起こし? それとも報道部の人を読んだ方が良いかな」

 

「最後のは無しで頼む……。魔力は差し支えない量を供給してくれ」

 

 そう言って四つん這い体勢でそう言った隼人の背中に触れた浩太郎は、接触供給で魔力を送ると、再起動したアサルトフレームから駆動音が鳴り、制服を軽く炙る排熱が、ドライブユニットから放たれる。

 

 通常モードに切り替わったパワーアシストの助けで立ち上がった隼人は、待機ルームから駆けてきたレンカとカナに気付き、浩太郎共々彼女らを受け止めた。

 

「おい、どうしたお前ら」

 

「え、ええ、えっとえっとね!」

 

「落ち着け、一体どうした」

 

「あ、アンタ達を狙ってる、あ、怪しい奴らがいたの!」

 

「怪しい奴ら?」

 

 そう言って浩太郎と顔を見合わせた隼人は、相当慌ててるらしく、目を回しながら話すレンカにしゃがみ込み、視線を合わせる。

 

「レンカ、深呼吸しろ。覚えてる限りの事を話してくれ」

 

「お、おお、覚えてるって言っても。あ、ライフル持ってる奴が二人! 長物持ってんのが四人! あと二人いるけど武器分からなかった!」

 

「何? 武装してんのか?」

 

「あ、あとそいつらの中で長物持ってた変な男が私の体触ろうとしてきた!」

 

「は?」

 

 軽くキレそうになった隼人は落ち着け、と自分に言い聞かせ、パニクってるレンカを落ち着かせにかかった。

 

「何で触ろうとしてきたんだ?」

 

「わ、分かんない。知ってんのか!? って言いながら掴みかかって」

 

「あー、大体分かった」

 

「ど、どうしよう。怖いよぉ」

 

「あ―、まあ落ち着け。何ともない何ともない」

 

 そう言って抱き付いてきたレンカの背を軽く叩いた隼人は、浩太郎に抱き付いたまま震えているカナを流し見ると、ケリュケイオン用にバンドを合わせた通信機の電源を点ける。

 

「ストライカーより全員に告げる、武装集団がこちらを狙っている可能性有り。脅威になり得んとは思うが一応全員警戒しろ」

 

『武装集団だぁ? 何でお前そんな落ち着いてられんだよ』

 

「一応だ一応。それにまだ敵意があると分かった訳じゃない。まあ、怪しい奴がいたらとっ捕まえてこっちに連れて来い」

 

『あ、じゃあお前らやってくれ、目の前にいるから』

 

「何?」

 

 そう言って浩太郎と共に、上階から左へ視線を動かした隼人は、巻布に包まれた武器らしいものを担ぐ少年と、彼の背後についている七人の男女に気付いて身構えた。

 

 その中で容赦無く拳銃を構えた浩太郎にギョッとなり、流石に止めた隼人は、にこやかな表情でも、目だけは笑っていない事に気付いて、ため息を吐いた。

 

「落ち着け、浩太郎。流石に人間相手にそんなものぶっ放せば俺らの信用問題になる」

 

「じゃあ、トマホークで頭蓋かち割っても良いかい?」

 

「それも止めろ。威嚇だけにしてくれ。それで? お前ら何者だ」

 

 そう言って少年たちの方を見た隼人は、背面マウントの短刀を引き抜いて逆手持ちに構えると、それに応ずる様に少年が巻布を取り払い、身の丈を超える槍を構える。

 

「俺ら? 俺達は、国連軍だ!」

 

 そう言って見栄を張った少年に、その場にいた全員が呆気に取られた。



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第6話『国連軍』

「俺達は、国連軍だ!」

 

 そう言って槍を構えた少年に呆気に取られた全員は、誰も予想だにしていない事だったらしいその行動に暫し固まった。

 

「国連……」

 

「軍?」

 

 お互いに顔を見合わせた隼人と浩太郎は、ニヤリと笑っている少年に呆れ顔を向ける。

 

「国連軍が俺達に何の用だ。学校見学か? なら五月まで待てよ」

 

「うるせえ、バカにすんな! 良いか、俺はお前を認めねえ! 俺を認めたきゃ勝って見せろ!」

 

「は? 待て、何言ってる?」

 

「問答無用だ! うぉらぁああああ!」

 

「ッ?!」

 

 言い様、隼人に斬りかかってきた少年は、レンカを抱え、咄嗟にバックステップして回避した彼を追う。

 

 それを見て何が起きたのか理解できていなかった全員は、あっとなって、それぞれ行動を取る。

 

「おい待て俊! 勝手に斬りかかるな!」

 

 先ほどシュウと呼ばれていたメガネの少年が、浩太郎やリーヤ達の銃口に晒されながらもそう叫んで止めに行き、タックルをぶち込む。

 

「邪魔すんな!」

 

「馬鹿、止めろ! 勝手な交戦は禁じられている筈だ!」

 

「うっせえ、俺は納得いかねえんだよあんな事!」

 

 地面に引き倒された少年、俊は、得物を蹴飛ばされてもなお暴れ、シュウを蹴飛ばして、槍を手に取ろうとする。

 

 その直前、槍目がけて銃撃が撃ち込まれ、彼方へと飛んでいったそれに驚いた彼は、立ち上がり、動こうとする自身の足元へ撃ち込まれた弾丸に硬直した。

 

「何をやっている皆沢准尉! 我々のうちの誰かがケリュケイオンとの交戦を許可したか!?」

 

「げ、姐さん……」

 

「業務中に姐さんと呼ぶなバカ者! 厳罰を食らいたいか!」

 

「も、申し訳ありません、メルディウス大佐殿!」

 

「全く。貴様の暴走にはほとほと呆れる。本来なら始末書作成に減棒を喰らわす所だが、貴様の今後に期待して今回は大目に見てやる。だが二度目は無いぞ、良いな?」

 

 そう言って睨んでくるこげ茶色の髪が特徴の半猫族の女性に、背筋を伸ばして敬礼した俊は、女性の腰に下がっている蛇腹剣を見下ろして生唾を飲む。

 

「まーまー。そこまでにしといてやんなぁ、あっちゃんよぉ。そんな怒鳴ると喉枯れんぞぉ」

 

「リベラ大隊長、叱らねば隊行動に締まりが無くなります。って言うか業務中にあっちゃんと言わないで下さい」

 

「へーいへい。アキナさんは厳しいねぇ」

 

 そう言って肩に担っていた『HK416A5』アサルトライフルをスリング任せで下ろした人狼族の男性は、咥えたタバコから紫煙を吸い、吐き出すと、アキナと呼んだ女性に微笑を向ける。

 

 すり減ったタバコを、携帯灰皿に入れた男性は、胸ポケットからくしゃくしゃのタバコのカートンを出し、咥えた新しい一本に火を点けながら、隼人の傍に歩み寄る。

 

 紫煙を吸い込んだ男性は、目の前に立っている隼人に、火をつけたばかりのそれを手刀で弾かれた。

 

「校内禁煙だぜお兄さん。ここら辺は精密機械が多いからなおさらだな」

 

「おっと、そいつはすまんな。最近ストレスが溜まっててなぁ、吸う本数増えちゃってんだよなぁ」

 

「で? 何の用だ、国連軍大隊長さんよ。俺ら全員を警戒させた上で、世間話に来た訳じゃないんだろ?」

 

 そう言って人見知りの気があるレンカを背後に庇った隼人は、拳銃とヴェクターを手にしている浩太郎に、待機の指示を出して男性を見る。

 

「察してくれて助かるぜ、いちいち言うのは面倒だからな。じゃ、用件だけ言わせてもらうぜ。俺らに雇われてくれ、ケリュケイオン。ウチはお前さん方の実力を見込んで、長期契約を結びたい」

 

 そう言って笑った男性が、正式な契約書を取り出したのを見て浩太郎に警戒の指示を出した隼人は、書類を受け取って中身を確認する。

 

「確認した。だが、長期契約は俺達だけじゃ結べない。社長も立ち会ってもらわないと」

 

「あー、そうか。まあ、そうだよな。じゃ、そこらの手続き済ませますかね。あっと、忘れてたぜ。これ、名刺な。んで、自己紹介だ、俺はカズヒサ・リベラ大佐。国連軍X師団第一大隊隊長で、そこのティーンズのお守りをしてる」

 

「よろしく頼む、えっと……リベラ大佐」

 

「カズヒサでいいさ、それか兄貴で。階級呼びはあんま好きじゃねえし、名字は同じ隊にいる妹と被るしな」

 

「妹?」

 

 そう言って周囲を見回す隼人に苦笑した男性、カズヒサは、シュウ達の先頭でちょこんと立っている、小柄な人狼族の少女を指さす。

 

 妹の紹介無しで、副官らしき二人の女性に後を譲ったカズヒサは、隼人の肩を叩くと、新しい一本を口に咥えて脇に避けた。

 

「では、私から。アキナ・メルディウス大佐、国連軍X師団第一大隊副隊長です。呼称は、階級呼びか、ファーストネームでお願いします。私にも、同じ隊に妹がいますので」

 

「了解した。アキナ大佐」

 

 柔和な笑みを浮かべる半猫族の女性、アキナに頷いた隼人は、満足そうに眼鏡のつるに指をかけて、上に上げた彼女に自身の義姉を思い出していた。

 

 その隣、自信の無さげな笑みを浮かべている人間の女性が一礼し、その手に名刺を取り出して、隼人に手渡す。

 

「えっと、私は城嶋三笠と言います。階級は中佐。国連軍X師団第一大隊の副隊長を務めています。私は……えっと、名字で良いですよ?」

 

「了解した、城嶋中佐」

 

 そう言って名刺を懐から出したケースに入れた隼人は、自身の背後で感心しているレンカとカナに、内心毒づいた。

 

 会社員らしい行動を見せた隼人は、交換で自分の名刺を渡すと、気の抜けた声を放つカズヒサに半目を向けた。

 

「お前さんの名刺は頂いたぜ、ハヤト。んじゃ、ま、お兄さん達はPSCイチジョウの社長さんと話をつけて来ましょうかね。じゃ、その間に、シグ、ハナ、お前さん方中心でユニウスの面々を自己紹介させときな。同じ仕事をする同僚になるんだしよ」

 

「ちょ、ちょっと兄さん! 待って! どう切り出せばいいか……兄さん!」

 

「テキトーに話振りながらやんなぁ。お兄ちゃんは妹の独り立ちを応援してるぜぇー」

 

 そう言って背を向けたまま手を振ったカズヒサに、シグ、と呼ばれた人狼の少女は、狼狽え、彼に付いて行く副官二人に目を向ける。

 

 が、カズヒサの心情を察し、その意図を優先した二人に視線で断られ、シグは肩を落として、隼人の方を振り返ると、睨んでいる様に見える彼の表情に息を呑んで後退る。

 

「別に、俺は怒ってないぞ?」

 

 その様子を見て大体を察した隼人は、やる気の無さげな声色でそう言うと、ふるふる震えているシグとハナに目を向ける。

 

「ぴぃっ」

 

 レンカやカナの様に人見知りな二人に逃げられた隼人は、それを見て苦笑しながら歩み寄って来た、細いメタリックフレームの眼鏡をかけた、日系の少年に、視線を移す。

 

「すまんな、あの二人は少々人見知りでな。自己紹介は俺からさせてもらう」

 

「え、あ、ああ」

 

「俺は、ウラガミ・シュウ・スミッソン。国連軍X師団第一大隊第二小隊、ユニウスの隊長をしている。階級は少尉。元々は、新アメリカ学院連合の特殊部隊、『NASOC』に所属していたが、訳あってこちらへ移籍してきた。よろしく頼む」

 

「ああ、よろしく頼む。えっと」

 

「シュウ。シュウで良い。俺には名字が二つある。ファーストネームじゃないと呼び辛いだろ?」

 

 そう言って苦笑するシュウに頷いた隼人は、詳しい話は後にする事にして、次に自己紹介しようと、前に出てきた大和撫子然とした長身の少女に、視線を移した。

 

「じゃ、次は私ね。私は、大宮美月。ユニウスの副隊長。階級はシュウと同じく少尉。呼び方は美月か、あだ名のミィで良いわ。私は、新東京の戦闘教導院で術式について研究していたの」

 

「戦教院で術式研究? お前、見る限り種族は人間だろう? どうして術式を扱えるんだ?」

 

「ま、そこはお家柄。私の実家は、五行って言う疑似的に術式を行使する技術を編み出しているの。だから私は似非とは言え、人間でありながら術式が使えるのよ」

 

「五行……。陰陽術の概念か?」

 

「ええ、そうよ。よく知ってるわね、イチジョウ君。詳しい事は後にでも話すけど、戦教院で私は五行を一般的な技術にする為に日夜研究を続けていたの。で、スカウトで引き抜かれて今に至る、と」

 

 そう言って口に手を当てて微笑む美月に、頷いた隼人は、彼女の片手だけについている、指の内側に滑り止めが張られた黒色のコンバットグローブに気付いた。

 

(片手だけの、グローブ……?)

 

 それに違和感を覚えた隼人だったが、後で追及しようと誰にも悟られない様に、意識の外へ追いやると、歩み出てきたシルバーブロンドの短髪が目につく人狼の少年に、視線を変えた。

 

「次は俺が。俺は日向・ツルギ・フェルディナンド。ヒュウガ、と呼んでくれ。階級はシュウやミヅキと同じく少尉だ。俺は新ドイツの地方学院で偵察警備部隊に所属し、二か月ほど新ヨーロッパの王宮で警邏の仕事をしてこちらにやって来た。

よろしく頼む、ハヤト」

 

「ああ、よろしく頼む。しかし新ドイツ出身の人狼族とは、珍しいな。大体は新ロシア出身だと言うのに」

 

「よく言われる。俺の実家は移民ではなく元から新ドイツに住んでいる家系でな、一時期は王家に使えてた事もあったそうだ。まあ、今じゃ飲んだくれの家系だが」

 

 そう言って明後日の方を見るヒュウガにコメントに詰まり、苦笑した隼人は、彼と入れ替わりにやって来た、黒い極短髪が目につくガタイの良い少年と目を合わせる。

 

「じゃ、今度は俺だ。俺は佐本和馬。和馬って呼んでくれ。階級は准尉。部隊じゃ、装備調達と修復を担当してるぜ。けど、一応戦闘要員だからそこんとこよろしくな。得物は自作の刀型術式武装だぜ」

 

「よろしくな、和馬。刀を使用する、と言う事はお前は何か剣術を収めていたのか?」

 

「ああ、実家の古流剣術をな。まあそのせいで銃とか弓はからっきしなんだけどよ」

 

 そう言って肩を落とす和馬は、笑いもせず、真剣に頷く隼人に、少し調子を崩された。

 

「どーん」

 

 そんな彼を押し退ける様に体当たりした、長いブロンドヘアを揺らす中背の人狼少女が、割り込む様にして隼人の前に立つ。

 

「カズマの次は私ぃ~。私はねぇ~、ミウ・ヴェジマーヴァ~。ミウって呼んでぇ~。私はぁ新フィンランドの地方学院で攻撃系の術式けんきゅーしてましたぁ~。よろしくハヤトぉ~」

 

「あ、ああ。よろしく頼む。攻撃系術式か、どんなのを使うんだ?」

 

「トップアタック式のぉ、術式とかぁ~、広域殲滅用の極太ビーム型術式とかぁ~。トドメにど派手な空間作用型火炎爆砕術式とかかなぁ」

 

「軍用のエグイ物ばっかりだな……。と言うか、広域作用が前提の物ばかりだな。対個人用は?」

 

「え~、面倒臭い。って言うか個人用はミィが組んでるから作らなくていいもーん」

 

 そう言ってどこかへ去っていくミウに唖然としている隼人は、シュウの後ろに隠れている半猫族の少女に気付き、警戒しているのか、怖がっているのか、毛を立てている彼女に、どうしたものか、と考えていた。

 

 そうこうしていると、敵意が無いと見た彼女が、恐る恐る歩み寄ってくると、急激な動きで一礼する。

 

「え、えっと。私、ハナヨ・メルディウスと言いますっ。か、階級は特務少佐です! 部隊では主にクラッキングによる情報支援とドローンによる遠隔攻撃支援を担当しています! よ、よろしくね、イチジョウ君!」

 

「こ、こちらこそよろしく頼む。えっと、ハナヨ少佐」

 

「よ、呼び捨てで良いよぅ。私、部隊じゃ何の役職にもついてないから偉くないし」

 

「いや、でも……階級は少佐だろ? 今の所、ユニウス小隊じゃ一番階級が上だぞ?」

 

「と、特務だから。ほら、特別に少佐待遇なだけでね? それにうちの小隊実力主義だから小隊長とかも適材適所で決めてるの」

 

 そう言って笑うハナヨに頷いた隼人は、そっぽを向いている俊と、彼の後ろに隠れている人狼の少女に目を向ける。

 

「で? そこの槍使いとお供の犬の名前は?」

 

 襲撃された故に当たりを強くした隼人は、案の定イラついている俊が手にした槍を震わせるのに警戒しつつ、彼の出方を窺っていたが、業を煮やしたシュウが間に入って二人の紹介をする。

 

「すまん、紹介しておこう。この槍使いは皆沢俊。階級は准尉、元新京都戦闘教導院所属だ。一般生徒だが、腕は俺達の中でもトップだ。次に、人狼女の方はシグレ・リベラ。階級は中尉。大隊長の実妹で、まあ……うん、ブラコン気味の甘えん坊だ」

 

「ちょっと! 何言ってるんですか! 私は兄さんに甘えてなんかいませんからね!」

 

 そう言って苦笑するシュウに、牙を剥いて威嚇したくすんだ銀色のポニーテールを揺らす人狼少女、シグレは、他の面々共々呆れている隼人をキッと睨む。

 

「私は、ブラコンじゃありません!」

 

「じゃあ何でお前はさっき兄さん兄さんと大隊長を連呼してたんだ……」

 

「あ、あれは、その……名残惜しくて!」

 

 そう言って貧しい胸の前に、拳を握った腕二つをギュッと寄せたシグレに半目を向けた隼人は、納得した様な声を出す。

 

「つまり、ブラコンだな」

 

「ち、が、い、ま、す! 何なんですかあなたさっきからブラコンブラコンと、何です? そう言うのに憧れているんですか?! うーわやらしい男ですね隼人・イチジョウ!」

 

「違う、お腹いっぱいなだけだ。もう妹は足りてんだよ。姉も」

 

 そう言ってそっぽを向いた隼人は、目を点にするシグレとユニウスの面々に、苦々しい表情をしていると、聞き捨てならないキーワードを拾ったレンカが、身長差をカバーしながら詰め寄る。

 

「ちょっと隼人相変わらずあのクソ腐れ妹に詰め寄られてんの!? もうちょっと貞操を大事にしなさい! 学校卒業と同時に私が食ってやるから! ダブル卒業よ!」

 

「うっせえお前は黙ってろクソ猫! と言うか変態度ならテメエもあいつも変わらねえよクソが! 変態だらけか俺の周囲は!」

 

「あんですってこのドヘタレのクソッタレ味噌っかす! いい加減にしないと私のお尻にションベンさせるわよ! このイチジク浣腸!」

 

 そう言って刃を向いたレンカを他所に、下ネタ祭りの罵倒合戦をばっちり聞いていたユニウスが、さっと青ざめた表情で二人を交互に見ると、その視線に気付いた彼女がさっと隼人の後ろに隠れる。

 

 そして、尻尾をピンと伸ばし、警戒している彼女は、額を抑える隼人の上着に頭を突っ込んで隠れる。

 

「その子……ああ、レンカ・イザヨイは人見知りなのか?」

 

「まあな。と言うかなぜ彼女の名を?」

 

「資料をあらかじめ見ていたんだよ。君らの名前は大体把握している。ただ、履歴に関する資料は無かった。それはこれから、知っていこうと思っている」

 

 そう言って手を差し出したシュウに、レンカを抑えて前に歩み出した隼人は、その手を取ると、ぐっと握手をした。

 

「これから、よろしく頼む」

 

 そう言ってニッと笑った隼人に、シュウもまた、微笑で答えるが、その様子を俊は忌々しげに見ていた。



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第7話『蝕む殺意』

 それから数分後、隼人を目の敵にしている俊が一人離れていったのを、見計らった彼は、いつの間にやら集まっていたケリュケイオンと共に、ユニウスの方へ移動する。

 

「おい、シュウ。俺達、一つ聞きたい事があるんだが」

 

「何だ?」

 

「どうして俊は俺の事を目の敵にしてるんだ?」

 

「あー……それは、だな。ケリュケイオン雇用後、お前が俺達のリーダーになるって話が上がったからだ」

 

「……傭兵にリーダーを任せるのか?」

 

 そっちが気になった隼人がそう言うと、納得したようにシュウが頷く。

 

「得体の知れん傭兵がリーダーをやる。俊はそれが嫌だって言っててな、リーダーにしたいって言い張る大隊長にも逆らった。で、大隊長は俊に自己責任で隼人を奇襲し、実力を測っていいと言ったんだ」

 

「で、その通りに俺を攻撃してきた、と。よりによって実力を測る手段が奇襲なんだよ……」

 

「うちの大隊長はサプライズ好きだからな。それに、あの人もお前の対応力を図りたかったんだろ」

 

 そう言って呆れた表情を浮かべたシュウに追従して、同じ表情を浮かべた隼人は、どうした物か、と考えていた。

 

「流石に命を狙われ続けるのは辛いな。実力を認めさせるなら模擬戦の一つでもできればいいのだが」

 

「いや、アイツはそんなのじゃ満足しないだろう。実戦に近い環境で戦わなければ、お前を認める事は無いだろうな」

 

「チッ、面倒な……」

 

 そう言ってため息を落とした隼人は、そう言えば、と新関東高校の制服を着ているユニウスを見て、疑問を浮かべる。

 

「お前ら、その制服どうした?」

 

「ああ、これか。ここに来る為に大隊長が調達してくれた物だ。転校と言う名目でここに所属するからな」

 

「いや、まあ……。出所とか聞いてるか? 地方学院とかの制服ってまんま防弾服だから輸出制限かかってんだぞ? 非正規品だったら手続き段階でしょっ引かれるぞ」

 

「……そう言えば、これの出所を聞き忘れていたな。大丈夫だろうか」

 

「さあな、そこら辺は神のみぞ知るって事だ」

 

 そう言って肩を竦めた隼人は、シュウが身に着けている前衛科用の詰襟と少々厚手のズボンで構成された制服を見回す。

 

 そして、自身が身に着けている後方支援科用のブレザーとズボンで構成された制服とを見比べた。

 

 地方学院は、前衛系と後方支援系とで制服が異なり、基本的に戦闘時の防護性を重視して、インナーが露出しないデザインを採用しているのが前衛、戦闘を考慮しないのでインナーが露出しても構わないデザインが後衛となっている。

 

「デザイン傾向は、どこも同じか。隼人、お前はどうして後方支援系の制服なんだ?」

 

「所属がそこだからだよ。俺、いや俺達ケリュケイオンは、後方支援科所属だ。本来は後方での前線支援活動が主で、正規の戦闘員じゃない」

 

「戦闘するにしても雇用されてから、か。メリットも多いがデメリットも多い方法だな。まるで、学生版のPMSCの様だ」

 

 そう言ったシュウに頷いた隼人は、言っている事がよく分からない、と言った表情を向けてくるハナとレンカに気付き、捕捉を加えた。

 

「非正規戦闘員が戦闘するメリットは、手続きがいらない事、前線科の生徒を使わなくて済む事だ。前線科に所属する正規戦闘員は、生徒会が一括して指揮しているが彼らが普段所属している部活、委員会はバラバラだ。予め出撃する際にはそれら全てに出撃に際しての許可をもらわなければならないのさ。

一発で許可が取れればいいが、部活とかで許可が出ない場合もある。学生は学生らしい生活を優先するのが義務だからな。その点、非正規戦闘員はそもそも委員会活動の一環で戦う訳だからそこら辺の手続きが必要ないのさ」

 

「つまり、メリットの一つはすぐ動けますよ、って事?」

 

「そう言う事だ。正規戦闘員に比べて即応性が高く、それ故に緊急対応の先発にも使える。だが、これは同時にデメリットでもある。非正規と言う事は正規の戦闘員が受けられる保証を一切受けられないと言う事でもある。

万一重傷を負ったとしても、非正規要員は学院として業務中障害の保証は出ても戦闘障害保障や傷害治療保障などの手厚い福利厚生は出ない。それら保障の適応外の治療費については自腹で補うしかないのさ」

 

 そう言ってレンカの頭に手を置いた隼人は、PSCイチジョウでの契約時にも話したこの話を覚えていないらしい彼女にため息を落とし、頷くシュウやハナに話を続ける。

 

「加えて、装備面にも制限が出る。前衛科には戦場に出ることを想定して作られた前衛科用の制服があって、必要な武器や装備が優先的に配備される。後方支援科は戦闘する事が仕事じゃないから制服も防御力発揮できる最低限の厚さで、武器や装備の配備も後回しにされがちだ。

だから俺達は大抵の装備を自前で揃える。戦闘用の服や武器、装備を含めてな」

 

「ほえー、大変ですねぇ」

 

「まあ、その分前衛科の業務請負や校内警備の一部委託とかで稼がせてもらってるからな。黒字ではある」

 

 そう言った隼人は、ハナ達の手助けを得ながら、ボストンバッグにフレームを収めて、肩に担うと、彼らを連れて整備課のオフィスへ向かう。

 

「お前ら、これからどうする?」

 

「そうだな……」

 

「あ、ところでお前ら、転校すると言っていたが手続してるのか?」

 

 そう言ってポケットから端末を取り出し、学校のデータベースにアクセスした隼人は、シュウ達の名前を入力して検索を掛けるも、どれも未登録と表示された。

 

 まさか、とシュウ達の方を振り返った隼人は、首を傾げる彼らにため息を落とすと、連絡先から生徒会を呼び出す。

 

『はい、生徒会連合です』

 

「もしもし、流星か?」

 

『うん、そうだけど。どうしたの隼人君?』

 

「八人くらい転校手続きが完了していない生徒がいるんだが、書類とか用意できるか?」

 

『えっ……。えっと、ちょっと待って。八人分……あった。大丈夫だよ』

 

 流星の言葉に安堵を覚えた隼人が返事を返すと、何か思い出したらしい彼が、こう返してくる。

 

『手続するにあたって、風香先輩に話は通しておいた方が良いかな?』

 

「あー。いや、大丈夫だ。こっちの用が終わったら生徒会室に行くから、その時に話すよ」

 

『分かった。じゃあ書類は用意しておくから、後で来てね』

 

 そう言って通話を切った流星に端末を耳から離した隼人は、覗き込んでくるレンカに半目を向けると、シュウの方へ振り替える。

 

「お前ら、後でついて来い。転校届を書いてもらう」

 

 そう言って整備課に到着した隼人は、浩太郎と共に担いでいたボストンバッグを、カウンター脇の荷物置き場に預ける。

 

 重厚な音を立ててカウンターに置かれたバッグに、びっくりする受付へ、端末の契約書画面を出した隼人は、来るのを待っていたらしい男子生徒達へ、バッグを足で押し出した。

 

「気軽に出してくれるが重いんだぞ」

 

「知ってるさ、それよりも、メンテナンス頼む」

 

「ああ、任せろ。それにしても、お前のフレーム……モーター焼けてるんじゃないのか? 臭いぞ」

 

「……色々と、問題があるフレームだからな」

 

「性能一辺倒だよな、このフレーム」

 

 そう言って半目を向ける男子生徒に頷いた隼人は、開かれたバッグから匂う焦げた悪臭に表情を歪めると、激しい熱を帯びている関節のモータに少し息を吐いた。

 

「取り敢えずこれから用事があるから。後は宜しく」

 

 そう言って手を振った隼人は、その場にいる面々の人数を数えると、俊とシグレがいない事を確認し、シュウとハナを呼んで生徒会室に行こうとする。

 

 と、そのタイミングでレンカが隼人の背中に飛び付き、バランスを崩された彼の体が、たたらを踏んだ。

 

「私も行くっ」

 

「あ? 何でだよ」

 

「良いじゃないのよっ、アンタが行くところに行っても!」

 

 そう言って眉を立てたレンカは、不満そうな隼人の首をギュッと絞めるも、非力な彼女の腕力では苦しめる事すらできなかった。

 

 だがその意図は隼人に伝わっており、ため息を吐きながらシュウとハナに、サインを出して歩き出す。

 

「仲、良いんですね」

 

 そう言って笑うハナから隠れたレンカは、隼人の肩から恐る恐る様子を窺うと、ニコッと笑い返してきた彼女に頬を赤らめる。

 

 その様子に激しく萌えたハナは、やり取りを見ていた隼人とシュウの視線に気付いて、恥ずかしそうに俯いた。

 

「恥ずかしがる事も無いだろうに。それで隼人、何処に行くんだ?」

 

「生徒会室だ。お前には代表して転校についての書類を書いてもらう。印は無いだろうから指で良い」

 

「了解だ、ところで……」

 

 そう言ったシュウは、隼人に抱き付くレンカを見て、嬉しげに尻尾を振るハナを見下ろすと、ハートを飛ばす彼女の頭に手を置いた。

 

「どうしてハナはレンカに欲情してるんだ?」

 

「よっ……欲情してません!」

 

「それにしては、ハートが見えるが」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

 虚を突かれて呆けるシュウに驚くハナは、自分の周りを見回してハートを確認していた。

 

 それを呆れた表情で見ていた隼人は、背中に張り付いたままのレンカの胸の感触に硬直しており、ハナから隠れる彼女がうごめく度に、柔らかい胸が彼の背筋の上をなぞっていく。

 

「れ、レンカ。降りてくれないか」

 

「やだ。眠い」

 

「くっ……。この野郎」

 

 拳を震わせる隼人は、背中で眠り始めたレンカにため息を吐き、天然同士のやり取りをしているシュウとハナを待っていた。

 

 それを見ていた隼人は、ぴり、と痛んだ左腕に表情を歪ませて、脳裏に差し込んできた殺意を無理に抑えつけようと、アンプルを首筋に差した。

 

 荒い息を吐き、アンプルを懐に戻した隼人は、こみ上げてきた気持ち悪さを下して、一瞬歪んだ視界にバランスを崩すも、何とか踏み止まる。

 

『あはは。辛そうねぇ、隼人くぅん?』

 

「スレイ……」

 

『さっき、あなたはあの二人を殺したくて仕方ないって目をしてたわねぇ。ねぇ、どうして否定するの?』

 

 脳裏に声を響かせるスレイに舌打ちした隼人は、そんな事に気付かず歩み寄るシュウとハナから視線を逸らすと、脳裏にうごめく殺意と狂気を抑え込んだ。

 

 それらが収まり、一息ついた隼人は、心配そうな二人に笑顔を返すと、生徒会室へ向かう。

 

「大丈夫か、隼人」

 

「ああ、大丈夫だ。最近過労気味でな」

 

「それ不味いんじゃないのか?」

 

「いつもの事だ。うちには脳筋が多いからな、頭脳労働できる人は少ないから負担集中するのさ」

 

「なるほどな……」

 

 納得したように頷きながら歩くシュウに、隼人はほっと一息ついてピリピリと痛む狂気を抑えつけていた。



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第8話『生徒会』

 それからしばらくして生徒会室に到着した隼人は、レンカがずり落ちない様にしながらドアを開け、ぎゃあぎゃあと騒いでいる生徒会に遭遇。

 

 ちょうど飛んできた月刊の分厚い漫画雑誌を、片手で受け止める。

 

 それをおっかなびっくりと言った表情で見たシュウとハナは、武器を振り回して喧嘩しているらしいジェスとハルを見て身構えた。

 

「おーい、流星。来たぞー」

 

 そんな様子を他所に奥へ歩いていく隼人は、用事で出払っているらしい二年生の席を見回すと、雑誌を持ったまま流星を探しに歩き回る。

 

「えっ、おい、隼人」

 

 止めに行こうとしたシュウは、目の前を薙ぎ払ったナイフに慌ててバックステップをする。

 

 その目の前で、生徒会室をあさる隼人は、最早、刃物が振り回される事なぞ、日常茶飯事だと言わんばかりにうまく避けながら歩き回る。

 

 その間、身動きが取れなかったシュウ達は、ナイフを払い、ハルを取り押さえたジェスと目が合い、軽く挨拶すると、キレたハルが拘束を振り払って腰の拳銃を引き抜こうとする。

 

「ッ!」

 

 その直前、間に割り込んだシュウは、拳銃を払うとハルの腕を取って背中に回し、その状態で腰から『スプリングフィールドXD』9㎜自動拳銃を、脊髄に突き付けた。

 

「おい、シュウ止めてやれ」

 

「止めてやれって、拳銃まで引っ張り出す様な女を放せと?」

 

「こっちじゃ日常茶飯事だ。とにかく、放してやれ。そいつ、メンタル弱いからな」

 

 そう言う隼人に従って、ハルから手を離したシュウは、拘束の痛みと、拳銃を突きつけられた恐怖で、泣き出しそうな彼女を見ると、申し訳ない気分になった。

 

 そんな彼女を放置して、ジェスの方へ歩み寄った隼人は、漫画雑誌を彼に投げ渡すと、流星の所在を聞いた。

 

「ん? 奥の部屋にいないか?」

 

 そう言って漫画雑誌の持ち主の机に雑誌を置いたジェスは、明らかに隔離されている様な部屋のドアを開けると、業務をこなしていた二人の男子と、一人の女子が、揃って半目を向けてきた。

 

「あ、ジェス。喧嘩終わった?」

 

「ああ、終わったぞ。それよりも流星、客だ」

 

「お客さん?」

 

 そう言って立ち上がった流星は、隼人を連れてきたジェスに軽く手を上げ、そそくさと、用意していた書類を取り出す。

 

 書類を受け取った隼人は、背後に侍っていたシュウに書類を手渡すと、流星の方へ振り替える。

 

「流星、コイツが例の転校生の代表者だ。シュウ・ウラガミ・スミッソン、日系の元NAS0C隊員だ」

 

 そう言って流星に紹介した隼人は、確認途中ながらも一礼したシュウに続いて、彼の隣で書類の内容を見ていたハナを指した。

 

「彼女はハナ・メルディウス。シュウのパートナーだ」

 

 そう言ってハナを紹介した隼人は、慌てて一礼する彼女に流星共々苦笑すると、書類を纏めていた彼は、早速シュウと彼女に必要事項を説明しながら応接室に移動する。

 

 三人に置いて行かれた隼人は、眠っているレンカを揺さぶりつつ、退避先の部屋で作業をしていた男女の方へ移動する。

 

「隆平、セーレ、今日も仕事熱心だな。隣じゃ斬りあいしてるってのに」

 

「いつもの事だぜ隼人。それに、仕事しないとその分の手当が入らないしな。生活できなくなっちまう」

 

「……お前、生活に困るくらい課金やアニメグッズとかフィギュアとかプラモデル買うの止めたらどうだ。っていうかお前買う種類多過ぎだろう」

 

「げっへっへ。そう言うお前の嫁だって、アニメグッズやらフィギュアとかプラモ買ってんだろ? 今寝てるけど」

 

「それとこれとは別だろうが。と言うか何だ嫁って」

 

 そう言って半目になる隼人にニヤニヤ笑うエルフの少年、松田隆平は、自身の隣で冷静に仕事を続ける、胸の貧しいシルバーのボブカットが目立つ有翼族の少女、セーレ・ミッチェルの肩に手を回す。

 

「おーい、お前も隼人に絡んだらどうだよ」

 

「じゃけぇってなんでウチの肩に手ぇ回すん? キモイんじゃけど」

 

「辛辣な上に相変わらず何言ってんのか分かんねえなぁ……。その広島訛り直せよ」

 

「無理じゃ、三年経っても治らんのじゃけえ。まぁ、とにかく手ぇ放しんさい。ええ加減にせんと殴るよ?」

 

「へーいへい。お前の体術は星良仕込みだかんなぁ」

 

 そう言って手を離した隆平は、面倒くさそうにため息を落とすセーレに、ニヤニヤ笑うと、隼人の方へ振り返った。

 

「んで? 今日は何しに来てんだ?」

 

「知り合いの転校手続きだ。そう言うお前らは?」

 

「あー、俺は書記として、数多の生徒が起こした過失に対する謝罪文テンプレートの作成だ。コピって各所に配る」

 

「ちなみに何人いるんだ? 五人か?」

 

「えっと……二千人だな」

 

 そう言って名簿を見た隆平は、いつも通りか、と答えが外れた悔しさよりも、呆れの方が出ている隼人を見て笑い、その隣で、会計監査と今月生徒が出した損害の算出をしているセーレを見る。

 

「流石、破壊と傷害が有名な新関東高校じゃ。被害総額がバカにならん。後方支援委員会が献上した金の十分の一が吹っ飛んじょる……あー、嫌じゃ嫌じゃ」

 

 仕事に熱中しているセーレは、金が消える計算が心底嫌であるらしく、物凄くダウナーな顔をして、メカニカル方式のキーボードを叩いていた。

 

「アイツは相変わらずだな。そんなに金をケチってどこで使うんだよ」

 

「あ? 決まっとろうが。ライブとかグッズじゃ。ジャニューズ系アイドルとかの」

 

「そうか……お前、ナツキと同じアイドルオタだったな」

 

「チケット代が高いけえのぉ。ファンクラブの年会費もじゃけど。ちょこちょこ削らんと、楽しみがのうなるんじゃ」

 

「お、おう。ナツキも同じ事言ってたな、アイツはそんなに節約してないけど」

 

 そう言って頭の中で、ナツキにジャニューズアイドルの魅力を語られた時の事を思い出していた隼人は、愕然とするセーレに気付き、首を傾げた。

 

「何であの子そんなにお金の余裕あるん?!」

 

「ああ、リーヤが一部払ってたりとかしてるからなぁ。アイツそんなにお金使わないし」

 

「彼氏持ちかクッソォ、抜け駆けしおってからに」

 

 そう言ってエンターキーを叩いたセーレに、笑った隼人は、もぞもぞ動く背中に気付いて、顔をそちらへ向ける。

 

「ん……。ここどこ?」

 

「生徒会室」

 

「シュウ達は? 用事は終わったの?」

 

「お前が寝てる間にやってるよ。取り敢えず降りろ、話はそれからだ」

 

「ん、分かった」

 

 そう言って背中から降りたレンカは、ニヤニヤして見下ろしてくる隆平に怯えて、隼人の背後に隠れる。

 

 と、そのタイミングで、流星たちが戻ってくる。

 

「終わったよ」

 

「おう、お帰り。全員終わったのか?」

 

「八人分、全てね。まあ、後は先輩から承認をもらえば終わりさ」

 

 そう言って肩を竦めて見せた流星に笑った隼人は、シュウ達の方を見ている彼に、首を傾げた。

 

「どうした、流星」

 

「ううん、珍しいなってさ。国連の人がこんな学校に来るなんて思ってなかったからさ」

 

「確かにな……。こんな変人の集まり、誰が好んでくるんだか」

 

「あはは……。でもまあ、もうちょっとじっくり、話してみたくはあるかな」

 

「気になるのか?」

 

 そう言って首を傾げ、頭一つ低い流星を見下ろした隼人は、頷いた彼が、黙々とシュウを見ているのに違和感を感じ、興味と言うには少々詰まった表情を、不安な気持ちで見ていた。

 

 何か抱えている、直感でそう考えた隼人は、流星に話しかけようとしてぶつかってきたレンカに邪魔された。

 

「アンタ、何流星の事見つめてんのよ。キモいわね、このホモ」

 

「うるさい。また窓から投げるぞ貴様」

 

「やれるもんならやって見なさいよ!」

 

 そう言って胸を張ったレンカは、その瞬間窓から投げ出され、崩れた敬礼で送った隼人を、口汚く罵倒しながら三階から落ちていく。

 

 それを目で追った流星は、難なく着地して戻ってくるレンカに苦笑すると、内心肝を冷やしている隼人に視線を戻す。

 

「容赦ないね、隼人君」

 

「ま、まああれぐらいやらないと聞き分けないからな」

 

「分からなくもないけどさ……」

 

 そう言って苦笑する流星は、心配でそわそわしている隼人に、素直じゃないなぁと思いつつ、書類をまとめたファイルを生徒会長席に置く。

 

(……僕も、そうなんだろうけどね)

 

 内心そう呟いて目を伏せた流星は、神経接続で端末とリンクした視神経に、シュウ達の情報を映し出すと、それをチャット内のIMに添付してとあるグループに送った。

 

 そのチャットグループには『不信任決議決行組』と書かれており、グループのメンバー表には、和輝や大輝の名前が存在していた。

 

 学院における不信任決議とは、クーデターも同じ。

 

 武力、言論その全てで、今ある体制に異を唱える。

 

 自分が正しいと、声高らかに主張する為。

 

(本当なら、皆に真意を明かすべきなんだろうけど……)

 

 そして、そのデータの後に続けて、流星はメッセージを打ち込み、送信する。

 

《彼らの協力を得る》

 

 送信完了の表示の後、流星は、深く息を吐いて俯いた。

 

(それでも、僕は……この世界を変えなきゃいけないんだ。その一歩を、ここで踏む)

 

 そう決意し、顔を上げた流星は、偶然目が合った風香に驚き、無意識に触れていた机から慌てて手を放して後ずさった。

 

 奇妙な光景を見て目を白黒させている風香の背後から、アイスブルーの吊り目と、短く整った青い髪が特徴の人狼少女と、眠たげなワインレッドの垂れ目と、ブロンドの長髪が目立つ有翼族の少女が、それぞれ顔を覗かせる。

 

「流星、何をしてるのです?」

 

 そう言って半目を向けた人狼少女、柴村市子にたじろいた流星は、どう言い訳しようか考えて視線を彷徨わせる。

 

「まーまー、そんな怒りなさんな、いっちゃん。リューちゃんにも人には言えない事情があるんだからさぁ~」

 

「い、言いきらないで下さいよケルビ先輩っ!」

 

「ん~? じゃあ何か事情があるんだよねぇ~?」

 

 ニヤニヤ笑いつつそう言って流星に迫る有翼族の少女、ケルビ・ゼロールは、不気味な笑いを浮かべながら、あと数歩の間合いまで詰めた瞬間、突然首根っこを掴まれ、宙に浮かされた。

 

 唐突な浮遊感に背後を振り返ったケルビは、目の前で睨み顔を向けてくる巌の如き巨漢に、苦笑を浮かべて愛想を振りまくと、明後日の方向へと視線を逸らした。

 

「松川に、何をやっている。ケルビ」

 

「え、えーっと……あ、スキンシップ! ほら、後輩と先輩との間って溝あんじゃん? そう言うの埋めていきたいなぁって。えへへ~」

 

「俺はお前のスキンシップで仲良くなった奴を知らんのだがな。具体的にどうするのか聞かせてもらおうじゃないか」

 

「え、えっとね。股をまさぐったり、お尻を揉んだりするの!」

 

「よし、分かった。こっちにこい。俺流のスキンシップを持って貴様の性根を叩き直す」

 

 仏頂面のまま、そう言った巨漢は、暴れるケルビからの蹴りを抑え込むと、隼人達のいる方へ歩き出す。

 

「あ、ちょっと! 待ってください、瀬潟先輩!」

 

 それを見た流星が、慌てて呼び止めたのに、反応して止まった巨漢、瀬潟一郎は、仕置き部屋に使おうとしていた別室で待機していたらしい隼人達と目が合い、事情を察した。

 

「後輩に助けられたな、痴女めが」

 

 そう言ってケルビから手を離した一郎は、尻もちをついて着地した彼女に、背を向けると、苦笑顔の風香のいる方へ移動する。

 

 一郎から軽く謝罪を受けた風香は、軽く礼をする彼に苦笑を返すと、書類を抱えている方とは別の腕に抱き付いている市子へ放す様に、やんわりとアイコンタクトを送る。

 

 市子が離れたのを待って流星の方へ動いた風香は、抱えていた書類の一つを彼に手渡した。

 

「留守番ありがとう、松川君。これ、今日の展開内容ね。何かね、国連軍の人が来てるんだって」

 

「あ、そうですよ。ちょうど良かった。その国連軍の人達の転校届です」

 

「え……う、うん。ありがとう」

 

 戸惑いがちに届を受け取った風香から入れ替わりに展開内容が記載された書類を受け取った流星は、視神経にリンクした端末を、スキャンモードに切り替えると、内容を読み取らせた。

 

 瞬間、書類の縦横に光の線が走り、内容を認識した端末が、デジタル化した文面を端末のメモリーに保存し、更にオンラインのクラウドにバックアップを取る。

 

「国連の人が来る他は、長期的な重軍神の一斉点検くらいですかね大きな事と言えば。……風香先輩?」

 

 風香のいる背後へ振り返り、首を傾げた流星は、少し思い詰めた表情をしている風香に気付き、彼女に声をかけた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ、うん。大丈夫。それよりも松川君、国連軍の人達の代表って呼べるのかな?」

 

「はい、隣の部屋にいるはずなのですぐにでも。呼んできましょうか?」

 

「うん、お願い」

 

「分かりました」

 

 微笑を加えて頷いた流星は、隣の部屋で風香を除いた三年生の喧騒に巻き込まれているシュウとハナを、無理やり連れてくる。

 

 肩で息をする二人に苦笑し、風香に引き合わせた流星は、今まで見た事の無い表情を浮かべて書類を見下ろす彼女に驚き、思わず声を出しそうになった自分を止めた。

 

 そして、連れてきた二人に目を向けると予想外の展開だったらしく目を白黒させている彼らが救いを求める様に流星へ、アイコンタクトを取ってくるが、意図を掴めない彼は首を横に振って拒絶した。

 

「あなた達が、転入してきた国連軍の人の代表?」

 

「え、ええ。まあ、そうです」

 

「今回の転校。どういう意図でしたのか、教えてもらえないかな。あなた達がこの学校

にいると色々不都合があるから」

 

 そう言って二人を睨む風香に、背中に冷たいものが下る錯覚を覚えた流星は、張りつめた場の空気に少し怯む。

 

「我々が転校手続きをした理由は二つあります。一つはPSCイチジョウ第三小隊『ケリュケイオン』に聖遺物回収へ協力してもらう為。もう一つは彼らが回収した聖遺物『ダインスレイヴ』を本部へ送る為です。

協力が得られるまでの間、そして聖遺物が無事本部へ送られるまでの間、この学校にいる事に対してのトラブルが無い様今回の手続きに至ったと言う訳です」

 

「それは、自分達の所属を一時的に国連軍から新関東高校へ変える、と言う事?」

 

「いいえ、国連軍でありながら一時的に新関東高校の生徒であるという形を取るつもりです」

 

「なるほど、そう言う意図であるのならば、転校は許可できません」

 

「なっ……どうしてです?!」

 

 そう言って食って掛かったシュウは、慌てて抑えに来たハナを見て冷静になり、書類を傍らの机の上に置いた風香を睨んだ。

 

「理由は明確。この学校を危険に晒さない為です。あなた方国連軍がこの学校に在籍していると分かれば、私達は中立組織であるはずの国連軍を私物化していると言う口実を生んでしまう。条例違反だとして攻め込まれる口実がね。

そうなれば、この学院はいつ攻められてもおかしくない状態へ変わってしまう。一年前と同じ様に」

 

「そんな、我々はそんな意図で―――」

 

「あなた方がどう思っているかは関係が無いんです! あなた方がここにいる、それだけで十分な口実が出来上がる。地球侵攻に怯える政府との対立を警戒している現在、介入の口実を生めば見せしめを必要とする各国の軍や戦力を必要とする地方学院に攻め込まれます。

そうなれば少なからず、犠牲者が出ます。それを避ける為にも、あなた方の転校は認められません」

 

「だが、学院は侵攻に対し防衛権はあるはずだ。それを行使しようとは思わないのか、あなたは」

 

「防衛権はあくまでも最終手段です。肝心なのは攻め込ませない事、それを行わせるだけの口実を持たせない事です」

 

 きっぱりとそう言った風香に怯んだシュウは、差し出された転校届を忌々しげに見下ろす。

 

 その隣では、諦めた表情のハナがそれに手を伸ばし、受け取ろうとしていた。

 

 が、その直前、ハナの手を掴んだ流星は、風香から彼らを庇う様に立ちはだかると

転校届を彼女へ突き返す。

 

「風香先輩、ここで我々が転校を拒否すれば学院として生徒を選別していると取られかねません。それに、現状、侵攻する余力のある組織はほぼないと言っていいと思います。地球侵攻への備えが必要がある以上、

他の地域への侵攻に割くリソースを、規模を抑えられている他組織は有していない。先輩、あなたの判断はいささか早計に思えます」

 

「松川君は、私が戦争状態を避ける為の先手を打つ事に異論があると言うの?」

 

「いいえ、ですが先手を打つ必要が無いと言う事です。世界がまだ動きを見せていない、今は」

 

 そうはっきりと言い切った流星は、苦々しい表情を向けてくる風香を見据えると、書類を手渡そうと、彼女に向けて一歩踏み出した。

 

 その瞬間、腕を取られた流星は、腕を取られたまま地面に叩き伏せられる。

 

「何をしているのです、流星」

 

「市子、先輩……!」

 

「風香の決定は絶対です。いかにあなたが優秀であろうと、その決定に逆らう事は私が許しません」

 

 拘束の手を強めた市子は、目下でもがく流星をきつく締め上げ、冷淡な目を彼に向けると、彼が手にしていた書類をシュウ達へ突き出す。

 

「持ち帰りなさい。風香が認めない以上、あなた達は我々の仲間ではない」

 

 そう言ってカナに手渡そうとした市子は、彼女の代わりに書類を受け取ったジェスを睨むと、彼はその返礼に『Px4 Storm SD』45口径自動拳銃を彼女の額に突きつけた。

 

「何のつもりです、ジェス」

 

「流星の意見ぐらい聞いてやったらどうなんだ、先輩」

 

「あなたも、風香の決定に逆らうつもりですか?」

 

 そう言ってアイスブルーの目を鋭く尖らせた市子は、トリガーガードに指を掛けたままのジェスに怯む事無くそう言うと、その手に填めているナックルガードのスイッチを入れる。

 

「逆らう逆らわない以前の問題だ。意見を聞いてやれ、と言ってるだけだ」

 

「武器を突きつけてそう言われても、従う気は起きませんが」

 

「先にやったのはアンタだろ、先輩」

 

 そう言って睨みあう二人にあわあわと慌てている風香は、二人の間に割って入った黒髪短髪の少年、片桐隆介と隼人にあっと声を出した。

 

「お前ら止めろ。何だってんだ、全く……」

 

「ジェス、流石に拳銃出すのはまずいだろ」

 

 市子を止める隆介を背に、ジェスを抑えた隼人は、渋々と言った体で拳銃を収めた彼に一息つくと、風香の方を振り返る。

 

「悪いけど先輩、こいつ等の転校については一旦保留にしておいてくれないか? 部外者が校内闊歩するのも見分が悪いだろ」

 

「え、う、うん。そうだね。でも、どのくらい保留にすればいいのかな?」

 

「二週間ほどで良い」

 

 そう言って流星を立たせた隼人は、印が為された転校届を風香に手渡した。

 

 それを見下ろした風香は、うーんと悩ましい声を上げて受け取ると、人差し指で頬を軽く叩いて考え事をする。

 

「じゃあ、こっちからも条件があるんだけど、いいかな?」

 

「ああ、良いぞ」

 

「転校してきた人達の保証を、イチジョウ君がする。それでどうかな」

 

 そう言って書類を受け取った風香は、思わず固まった隼人にニヤリと笑って、書類をめくる。

 

「全部で八人。その内の誰かが問題行動を起こした場合、君は保証人と言う立場でもって何かしらの補てんをする。器物損壊なら弁償を、不用意な戦闘ならば、その身をもって鎮圧する。

あなたが望むのと望まないとに関わらずにね」

 

「俺が言い出しっぺだからって事か」

 

「うん、そう言う事だよ。だって私は、彼らをここに置く事を認めなかったんだもの」

 

 そう言って笑う風香に苦々しい表情を向けた隼人は、肩を押さえている流星が一歩前に出たのに驚き、慌てて彼を抑えた。

 

「松川君?」

 

「その保証人、僕も加えてください」

 

「それは、どう言う事かな?」

 

 そう言って半目を向ける風香に、締め上げられた痛みを堪える流星は答える。

 

「自分も、彼等の転校を推進する身です。保証するだけの責任はあります」

 

「そう、じゃあ君も保証人と言う事にしましょう。それで良い?」

 

「はい」

 

 そう言って頷いた流星に、ため息を吐いた風香は保証書を作成し、端末からプリンターへデータを送信する

 

「じゃ、この件はここまで。あ、そうそう。イチジョウ君、PMSC部創部おめでとう。これからも贔屓にするからよろしくね」

 

「そりゃどうも。アンタらのお陰で商売あがらなくて何よりだ。あいつらを路頭に迷わせる訳にもいかないからな」

 

「リーダーは大変だねぇ。うふふ」

 

 そう言って、プリントされた保証書二つを手に取った風香の笑みを見て、リアクションに困った隼人は、変に曲がった笑みを返してしまった。

 

 そして、流星と共に保証書を受け取った隼人は、変な感情表現に笑う彼と、その隣でため息を吐くジェスに軽く手を上げて笑い、レンカとシュウ、ハナを連れて生徒会室を後にした。



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第9話『深い溝』

 三人を連れて渡り廊下を歩いていた隼人は、懐に保証書を収め、申し訳なさそうに俯くシュウを慰めていた。

 

「すまない、隼人。こんな事になるなんて」

 

「良いさ、お前らがトラブルに巻き込まれるよりはいい。それに、年間雇用は初めての大口の仕事なんだ。こんな事で不意にしたくない」

 

「仕事熱心だな、お前は」

 

 そう言って苦笑したシュウに微笑を返した隼人は、やけにおとなしいレンカに気付き、背後を振り返る。

 

 見ればハナに支えられてうとうとしているレンカが、千鳥足で廊下を歩いており、当然かなり離れた位置で、隼人達の後を追っていた。

 

「シュウくぅーん、助けてぇええ。重いよぉ」

 

 半泣きのハナが寝入ったレンカに押し倒されたのを見て、シュウと共に慌てて引き返した隼人は、身長とは不釣り合いに大きいハナの胸を揉みながら、寝ているレンカを担ぎ上げた。

 

 一方、生まれて初めて胸を揉まれたらしいハナを慰めていたシュウは、泣いている彼女の胸元が乱れているのに気付き、慰めながら直していた。

 

「ふぇえええ」

 

「大丈夫か、ハナ。何も泣く事じゃないだろう?」

 

「だって、だって……。初めてで、びっくりして」

 

 そう言って泣きじゃくるハナにため息を吐いたシュウは、元箱入り娘の彼女を抱え上げると、丸太感覚でレンカを運ぶ隼人の後につく。

 

 顔を赤くしてシュウに抱く着いたハナを見て苦笑する隼人は、担いでいるド変態も、ああであればな、と思い余計に悲しくなっていた。

 

「どうした、そんな遠い目をして」

 

「いや、お前がうらやましいなって」

 

「どう言う事だ」

 

「そのままの意味さ」

 

「?」

 

 首を傾げ、胸元に顔を寄せるハナをそのままに歩くシュウは、哀愁漂う顔の隼人を、横目に見てそれ以上言えなくなった。

 

「話は変わるが、今日、お前らどうするんだ?」

 

「どうするんだ、とは?」

 

「寝床だよ。ホテルに泊まるのか?」

 

「いや、何も。恐らく安いホテルに泊まらされるだろうな」

 

「だったらウチに来い。寝床も飯もタダで用意してやる。狭いけど安くてちんけなホテルより幾分かマシだろ。まあ、嫌がる奴もいるとは思うが」

 

 そう言って皮肉る様に笑った隼人に苦笑したシュウは、違いない、と返すと、ずり落ちそうになったハナを抱え直した。

 

 軽く跳ねる様な動きで持ち上げたシュウは、その動きに連動して跳ね上がったハナの豊満な胸に頬を打たれ、一瞬の幸せと衝撃でバランスを崩し、壁に激突した。

 

「おいおい、大丈夫か?」

 

 壁に寄りかかるシュウから咄嗟に飛び降りたハナと共に、駆け寄った隼人は、若干頬が赤い彼に苦笑すると、レンカから離した手を差し伸べた。

 

「すまん」

 

 そう言って手を取ったシュウは、太い腕とは裏腹の弱い力で引っ張られた事に少し驚き、その表情を見て訝しんだ隼人へ誤魔化す様に笑った。

 

 と、そのタイミングで隼人の携帯端末が鳴り、ロック調の着メロを受けた隼人は、展開式補助バイザー付きのインカムの視線選択で、通話開始を選択。

 

 そのまま、発信主も確認せず、通話に出た。

 

「もしもし」

 

『あ、もしもし兄ちゃん?』

 

「誰かと思えばお前か、アキホ。で? どうした」

 

 インカムのずれを修正しながら通話主の義妹、アキホ・イチジョウへ応答した隼人は、シュウとハナを先に行かせると、ゆっくり歩きながら話を続ける。

 

『んー、一週間泊まっていいかなって聞きに』

 

「何?! 一週間?!」

 

 そう言って少し大きな声を出した隼人は、何事かと見てくる周囲の生徒に気まずくなり声の大きさを抑えて、話を続ける。

 

「まあ、いい。一週間泊まるのは良いが、今日は結構な人数が泊まるからそっちに人数いるならきついぞ」

 

『大丈夫大丈夫。泊まるの私とカミちゃんとアハトだけだから』

 

「親父やおふくろは……。そうか、今日の夜から新アメリカ行きか」

 

 そう言ってそう言えば、とカズヒサの事を思い出した隼人は、交渉について後で連絡しようと思い、頭の片隅で覚えて置いてアキホとの会話を続ける。

 

『そーだよ、ひどくない?! パパとママってば春休み中の私を置いて行っちゃうんだよ!?』

 

「ほう。お前、新関東高校に合格したからって随分と余裕だな。学校から出てる宿題はどうした?」

 

『うげっ、それは向こうでやろうかなって』

 

「観光気分で行くのに宿題出来る訳ねえだろうが馬鹿が。だから連れてってくれなかったんだよアホが」

 

『なんか兄ちゃん一言余計! まーいいや。偉大なる兄姉ズに教えてもーらお』

 

 そう言って、ルンルンと鼻歌を通話に乗せるアキホに、ため息を吐いた隼人は、アホ臭く思いながら話を続ける。

 

「何が偉大な兄姉ズだ、自力でやれ自力で。大体あの宿題そこまで難しくないだろうが」

 

『え、代行してもらおうかなって』

 

「お前、うちに来たとき覚えてろよ。じゃあ、何時に来るんだ?」

 

『んー? そっちもう学校終わるっしょ? だから今から三十分後に家出て先に入ってるね』

 

「ああ、わかった。くれぐれも家具家電を壊すなよ。特に、ゲーム機とか趣味の物はな」

 

 そう釘を刺して通話を切った隼人は、その流れで名刺のバーコード経由で、カズヒサに通話を繋いだ。

 

 三コールした後にようやく出たカズヒサは、何だか気だるげな声色であり、通話を繋いだ隼人は、少し不安になりながら話を切り出した。

 

「お疲れ様です、カズヒサさん」

 

 開口一番そう言った隼人は、イヤホンに流れるカズヒサの気怠いあくびに、若干半目になった。

 

『お、おー、誰かと思やぁイチジョウか。お疲れちゃん。で、どうしたよ』

 

「いえ、少しほどお話したい事がありまして。今お時間大丈夫ですか?」

 

『ん? ああ、大丈夫大丈夫。今しがたホテルに着いて寝ててな。シュウ達に勝手に部屋取れって連絡しようとしてたんだが』

 

「じゃあちょうど良かった。カズヒサさん、今日うちの寮にシュウ達を泊めます。良いですよね?」

 

『んー、おう。良いぞ、大歓迎だ。その分、他に予算を回せるしな』

 

 そう言って薄い笑い声を漏らしたカズヒサの側から遠い話し声が響き、やれ飲みだのタバコだのと、女性2人と騒ぐ彼の声を待ちぼうけを食らいながら聞いていた隼人は、無性に通話を切りたくなっていた。

 

(会社にいる連中と変わんねえ……!)

 

 二十歳過ぎれば皆こうか、と落胆しつつ次の話を切り出した。

 

「カズヒサさん、次の話なんですが。年間雇用の件、どうなりましたか?」

 

『あー、あれか。お前さんとこの社長さん、俺らが付く直前に新アメリカのショットショーに出ちまったみたいでな。秘書の人に話を付けて、明日ビデオ通話で話をする事にした。お前も来い』

 

「分かりました、うちの副隊長……岬浩太郎も連れていきます」

 

『おう、了解だ。んで? 何だってお前んとこの社長さんはショットショーなんぞに勇んで行っちまってんだよ」

 

「ああ、それは……。うちの共用装備の更新が近いんで。どうせなら次世代の銃を導入したいって言ってショットショーに」

 

 そう言って歩く隼人は、すれ違う知り合いに笑みを返しつつ、カズヒサとの会話を続ける。

 

「正直今の銃でも十分なんですけどね、俺達は」

 

『そりゃお前さん方、自前の武装使うからだろ? 組織じゃそうはいかねえよ』

 

 そう言ってケラケラ笑うカズヒサに微妙な返答を返した隼人は、現在進行形で担いでいるレンカの腰に下がった『ベレッタ・Px4』9㎜自動拳銃を横目に見る。

 

 硝煙嫌いの彼女が下げているその拳銃は、会社から共用装備として貸与されているもので、バレル、マガジン、スライドの交換で9㎜、40口径(10㎜)、45口径(11㎜)の三つの弾薬を使用できる。

 

 内、PSCイチジョウでは所属する女性隊員でも持ちやすい様に、小口径の9㎜弾対応型が選択されており、レンカが下げているのがそれだった。

 

『で? 話は終わりか?』

 

「え、ええ。はい。以上です」

 

『じゃ、俺らはのんびり新横須賀観光に乗り出すわ。じゃ、また明日な』

 

「はい。また明日」

 

『じゃあな』

 

 そう言って通話を切ったカズヒサにどっと疲れを感じた隼人は、器用に肩を落とすと、先行しているシュウ達に笑われた。

 

 笑い顔に引き攣った表情で答えた隼人は、同じ寮で暮らす仲間に連絡を入れようと、通話を繋ごうとして武からの連絡が入り、即座に繋いだ。

 

「どうした武、お前から連絡入れて来るなんて」

 

『だってよぉさっきのえーっと俊だっけかが浩太郎と武器ぶん回しての喧嘩してんだから連絡ぐれぇ入れるだろ』

 

「何?! 喧嘩!?」

 

『おー、何かなぁ、カナともう一人女の子も参戦して大変だぜ、室内』

 

「……分かった、今から行く」

 

 もう何度目かもわからないため息を落とした隼人は、首を傾げるシュウとハナに事情を話すと、理解した彼らはなるほどと首肯し、腰に下げていたライフルを手に取る。

 

 レンカを落とさないように担ぎ、臨戦態勢の彼らと共に部室へと急ぐ隼人は、部室の騒ぎに気付いて出てきているサービス事業課の面々に、ドアから離れる様に指示する。

 

「ちょ、ちょっと後輩君創部初日から何なのさ!」

 

「良いからそこから離れて元の部屋に戻れ先輩! 死にたいのか!」

 

「わ、分かってるけどさぁ!」

 

 そう言って叫ぶ隼人に慌てて引っ込んだ課長の生徒と、その仲間達を他所にライフルを入り口に向けたシュウとハナは、中から聞こえる物凄い物音に眉をひそめていた。

 

 直後、ドアを突き破ってきた俊がショートに変更した槍を巻き込む様にして転がると、その隣に叩き付けられたシグレが一回転し、苦悶を漏らす。

 

「くっそォ、強ぇ……!」

 

 そう言って膝立ちになる俊を追う様に引き戸を破壊された部室の入口から、『HK・Mk23』45口径大型拳銃を覗かせながら出てきた浩太郎は、ククリナイフ二振りを構えるカナと共に、彼らを見下ろす。

 

「まだやるかい?」

 

 そう言って『C.A.R.System』と呼ばれる構え方でMk23を構えた浩太郎は、斜め45度に傾けた銃の照準に、槍を右手に握る俊の頭を捉えていた。

 

 歯を噛む俊が飛び出そうになるより、前に両者の間に割り入った隼人は、視線で浩太郎を押さえると、俊の槍を足で抑えつけた。

 

「止めろお前ら、何が原因でこんなことを」

 

 そう言って槍を弾き、拳銃を下ろさせた隼人は、そっぽを向いた俊から視線を逸らし、冷静を装っている浩太郎を睨むと、彼はため息交じりに理由を話す。

 

「そこの彼が、挑発してきたからさ」

 

 そう言って拳銃で指さした浩太郎へ同調する様に頷くカナを見て、その言葉を信じた隼人は、ねぎらう様に肩を叩くと俊の方へ視線を変える。

 

 シュウにたしなめられて不機嫌な俊は、八つ当たり気味に地団太を踏むと、ため息を吐く隼人を睨むと、手にした槍の穂先を突きつける。

 

「俺はただ、コイツの事を認めねえって言っただけじゃねえか! そしたらこいつが斬りかかってきて!」

 

「うちの部隊長を侮辱しておいてその言い方は無いんじゃないかな。それに、君だってやる気だったじゃないか。負けたけどさ」

 

「テメエ!」

 

 そう言って突きかかろうとする俊と浩太郎との間に割り込んだ隼人は、迫る穂先から右側のレンカを守ろうと、左腕を盾に突き出す。

 

 それを見てあっとなった全員は、その瞬間鳴り響いた金属音の後、動く筈の無い隼人の左腕が、手刀の形で振り上げられているのに気付く。

 

 直後、天井に激突して落下した俊の槍が重々しい音を上げて床を砕きながら落下、呆気に取られる彼の喉目がけて手刀が伸びる。

 

「あんた何してんの!」

 

 刹那、隼人の首を絞めたレンカは、俊の喉元数センチの所で止まった手刀に、安堵の息を漏らす。

 

 一方の隼人は自分が何をしたのか理解できずに困惑し、そんな彼を嘲笑う様に、ゆら、とワインレッドの魔力が左腕から揺らめいて、彼の耳元に流れる。

 

『殺しちゃえばよかったのに』

 

 魔力はそう言って宙に消え、忌々しい表情を浮かべた隼人は、手刀を拳に戻った左手が力を無くした様に落ちたのに驚いて一歩退く。

 

 それを見て肩から飛び降りたレンカは、突然左目を抑えてよろけ、ドアに体を叩き付けた隼人に気付き、慌てて支えに行く。

 

「くそっ」

 

 物音を立てながらずるずると寄りかかり、しゃがんでいく隼人に担いだ所から引っ張られたレンカは、怯えている俊達に気付き、そちらへ視線を動かした。

 

 レンカの視線の先、危うく喉を突き抜かれかけた俊が未だに首を押さえ、はぁはぁと荒く息を吐いて隼人を見る。

 

「何なんだよ、そいつは……」

 

 粘る汗を掻き、槍を拾い上げる手を震わせる俊は、恐怖で浮ついた目を隼人に向ける。

 

「何で、人を殺すのに何も思わねえんだよ! どうして、そんなに、事務的に人が殺せるんだよ!」

 

 ハナやシグレ、シュウが心配そうに見るのも忘れ、ただただ恐怖を喚く様に吐き出し、言葉を刃にして俊は隼人を罵る。

 

 目の前に立つ隼人が見せた一瞬だけの技、人を殺せると示しながらも、その技に殺意の一切が無かった。

 

 その恐怖に、生まれて初めて、俊は晒された。

 

「落ち着け俊! 恐怖に呑まれるな!」

 

 慌てて抑えにかかるシュウが暴れる俊を羽交い絞めにし、ハナとシグレが足を押さえる。

 

 それを見てレンカに腰から注射を引き抜かせた隼人は、壁を支えに右手に取ると、それをシュウに投げ渡した。

 

「俊に、それを打て。余程薬物に弱くなければ、依存性は無い筈だ」

 

「分かった」

 

 荒く息を吐く隼人にそう言ったシュウは、暴れる俊の首筋に注射を指すと、ガスで自動的に薬物が送り込まれ、半ば強制的に鎮静化させられた俊が、落ち着きを取り戻し始める。

 

 かしゅ、と音を立て、ガス圧を排出した注射を引き抜いたシュウは、使い捨てであるそれの針を折って懐に収めると、力を失い膝を突いた俊を抱え上げる。

 

 それを見て気まずそうにしながら、浩太郎の方を振り返った隼人は、無表情の彼へこう言う。

 

「今日、アイツら泊めるから」

 

 そう言って立ち上がった隼人は、案の定嫌そうな浩太郎とカナに、憂鬱そうな顔でため息を落とし、それを見ていたレンカに頬を舐められ慰められた。



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第10話『日常+妹』

 それから一時間後、バスを使ってケリュケイオンと共に寮にやって来たユニウスは、リビングでのんびりしているエルフの少女と、有翼族の少女、そして狼型の魔獣と遭遇した。

 

 侵入者か、と身構える俊達の横を素通りした隼人達は、何の警戒も無く彼女達に近寄る。

 

 それを見て恐る恐る警戒を解いた彼らは、持ってきた荷物を一か所にまとめて置くと、隼人達がいるリビングへ移動する。

 

「隼人、彼女達は誰だ?」

 

 そう尋ねたシュウは、ああ、と仏頂面の隼人が、クッキーを食べているエルフの少女に、ヘッドロックを仕掛ける。

 

「俺の愚妹だ。名前はアキホ、アキホ・イチジョウ。ったく勝手に菓子を食うなと何度も言ってるだろうが馬鹿が」

 

「い、痛い痛い! 頭割れちゃう!」

 

「宿題はしたのか!?」

 

「え、ああ、持ってきてるよ」

 

「やったのかって聞いてんだよ!」

 

 そう言って締め上げる隼人に、暴れる青く短いポニーテールが目立つエルフ族の少女、アキホは、食べかけのミルククッキーを左手に、右手で隼人の腕を何度も叩いていた。

 

 その光景を見て苦笑するシュウは、彼女の隣で心配そうに見つめる有翼族の少女に気付き、軽く会釈した。

 

「ひぅ」

 

 それを見て少し引いた少女に傷ついたシュウは、それを表に出さない様にしながら、誰に紹介を頼もうか迷っていた。

 

 と、それを見ていたリーヤが、シュウの隣に歩み寄り、少女と彼のとの間を保つように紹介を始める。

 

「彼女は、香美・トツカ。アキホちゃんの親友だよ。彼女と秋穂ちゃんは来月、新関東高校に入学する事になってるんだ」

 

「なるほど、そうなのか」

 

「ごめんね、隼人君の説明が雑で。彼、身内には結構雑になるからさ」

 

 そう言って苦笑し、肩を竦めたリーヤに首を横に振って苦笑したシュウは、怯えている香美に笑みを向けると、左手を差し出した。

 

「俺はシュウ・ウラガミ・スミッソン。こちらの、リーヤ達と共に仕事をさせてもらう関係だ。よろしくな」

 

「え、えっと……よろしく、お願いします」

 

「ああ、よろしく」

 

 そう言って握手をしたシュウは、柔和な笑みを浮かべる彼女に思わず頬が緩み、隣に立つハナに、手の甲をつねられた。

 

「痛いじゃないか」

 

「シュウ君は年下の子が好みなんですね」

 

「いや、そうじゃないが」

 

 そう言ってつねられた個所をさするシュウとハナが、痴話喧嘩を始めたのを見て、そそくさと離れたリーヤは、伏せている魔獣の方へ移動する。

 

 魔獣の方は、シュウやハナを除いたユニウスが囲っており、興味津々の彼らは、大柄な見た目に反して大人しいそれを撫で回していた。

 

「大きな魔獣ね、体長2.5mほどはあるわ。シグ、あなた襲われたら食われるわよ。犬なのに」

 

「よっ、余計なお世話ですっ。それに犬じゃありません! この子よりは理性的である自信があります!」

 

 ニヤニヤ笑う美月にそう言って胸を張ったシグレは、言葉を理解しているのか、軽く吼えた魔獣から素早く逃げ、俊の背中に隠れた。

 

 フルフル震える彼女から興味を失ったらしい魔獣は、また伏せ、撫でられるのも構わず、そのまま目を閉じた。

 

「大人しい子ね」

 

「どこがですか! 威嚇してきましたよ今!」

 

「それはあなたが変な事言うからでしょ。相当賢いわよこの子」

 

 そう言って魔獣の頭を撫でる美月は、俊の後ろに隠れたままのシグレに苦笑すると、その隣で笑っているリーヤと目が合う。

 

「あら、リーヤ君、だったかしら。ねえ、あなたこの子の飼い主知らない?」

 

「ああ、それなら隼人君だよ。彼がその子の世話をしてたんだよ、しつけも含めて」

 

「へぇ、良い調教師ね、彼」

 

 そう言って笑った美月に苦笑して頷いたリーヤは、妹とのじゃれつきが終わったらしい隼人が、レンカを背負って来たのに気付き、彼に後を譲った。

 

 俊に一瞬睨まれた隼人は、それを気に留めない様にしながら、魔獣を呼ぶ。

 

「ヘイ、カム。アハト」

 

 そう言って狼型の魔獣、アハトを呼んだ隼人は、ゆっくりとした動きで寄って来たそれにしゃがみ込み、首元を撫でる。

 

 相当懐いているのか、なされるがままになっているアハトは、おもむろに腹を見せ、従順であることを、主である隼人に示した。

 

「ちゃんと躾けているのね、偉いわ」

 

 そう言って歩み寄ってきた美月に苦笑した隼人は、アハトの腹から手を放すと、そう言えば、と彼女に左手を見る。

 

「そう言えば、お前の左手、何で手袋しているんだ?」

 

「ああ、これ? これは……義手である事を隠す為よ。ほら」

 

 そう言って隼人に、コンバットグローブを外した左手を見せた美月は、機械関節が見えるそれを外へと晒すと、肩口まで袖を捲った。

 

「ね?」

 

「ねって言われてもな。反応に困るんだが、だが初めて見るな機械式の義手とは」

 

「私としても使い始めたのは小学四年生くらいの時なんだけどね」

 

「だが、どうして義手なんかつけているんだ? あ、聞いてはまずいか」

 

「いいわよ別に。そうね、私は五行って言う疑似術式を使うって言ったわよね? 一族の技術。その弊害もあるって言う事なの」

 

 そう言って左腕をギュッと掴んだ美月に、なるほどな、と納得がいった隼人は、呆けるレンカやリーヤを他所に、その推理を話す。

 

「魔力による、細胞異常か」

 

「そう。幾ら疑似とは言えど活性化した魔力を扱う以上、細胞は大きく損傷する。胎児も例外ではない。これは一族が引き継いできた呪いでもあるの。私は生まれた時から左腕が無かった。

でもそれは、一族ではまだ幸運な方。父には右足が無く、叔母になるはずだった人には、頭が無かった。私は、足がある状態でこの世に生まれた事が幸運だったの」

 

「だが、世の人はそれを幸運と言わない」

 

 そうきっぱりと言った隼人に、諦めた様な表情で美月は頷く。

 

 そんな彼女の傍に寄ったアハトは、ピスピスと鳴きながら頬を摺り寄せる。

 

「そうね、だから義手をつけた。まあ、エミッタ―があるから発動が楽になって結果オーライなんだけど、それ以上に、私は好奇の目で見られることが嫌だった。和馬みたいな人にね」

 

「あ、あんときゃ悪かったって。お前のその、嫌だって気持ちに気付けなかったから」

 

「分かってるわよ。それに、お互い子どもだったんだから。でもあなたが言った言葉、それが私を変えたのは事実よ」

 

 そう言って頬を染めた美月に首を傾げた和馬は、周囲からジト目で見られているのに気付き、オーバーリアクションに驚いた。

 

「なっ、何だよおめぇら!」

 

 そう言った和馬は、しばらく嬉しそうに騒いでいたが、半目になっている美月に睨まれ、うっと詰まって黙りこくった。

「で、まあ肝心なとこまとめると、家系の遺伝子異常で左腕が無くて、義手付けてるって訳。それでオッケー?」

 

「ああ。まあ、それでいい。じゃあ、まあ取り敢えず部屋割りしとくか。それから飯にしよう」

 

「ええ、そうしましょう」

 

 美月に呼びかけを任せ、自分はダイニングテーブルの天板に仕込まれたタッチパネルを操作して、部屋割り用の見取り図を表示させる。

 

 そうだ、と思い出した隼人は、リビングでパーティゲームを始めたアキホと香美を呼ぶ。

 

「なーに~兄ちゃん」

 

「ついでだ、お前らに部屋割りについて説明するから」

 

「ほいほーい。って、お客さん達も一緒かぁ」

 

 そう言って俊達を見回すアキホの首根っこを掴んだ隼人は、部屋の見取り図を元に、話し始める。

 

「じゃあ部屋割りだが基本ウチは2人部屋になっている。で、空き部屋にはユニウスを当て、うちの妹たちはケリュケイオンのメンバーがいる部屋に分けて置く事にする」

 

「えーっ、待ってよぉ何でそんな事に!?」

 

「お前、前泊まった時、空き部屋で妙な事してたろ」

 

 ぞっとするほど冷たい声を出す隼人に、固まったアキホは、修羅をも震え上がらせんばかりの殺気を放つ彼から目を逸らし、誤魔化し笑いを浮かべる。

 

「な、何の事かなぁー」

 

「夜食を取りに行ったリーヤが聞いてたんだぞ、お前らの、その……喘ぎ声を」

 

「ふぐっ」

 

 詰まった変な声を出したアキホは、顔を真っ赤にする隼人達と、何の事かわからないシグレ、平然としているレンカを見回すと、顔を赤くして俯く。

 

「……えーっと、要するにこの子達は何してたんです?」

 

『え……っ』

 

「え、何でみんなしてそんな顔をするんです!? 何か不味い事でも?!」

 

 そう言って驚愕する周囲を見回すシグレへ、ふふん、と得意げに胸を張ったレンカが、自信満々に言い放つ。

 

「それは女の子同士によるセッ――」

 

「言うんじゃねえよ!」

 

 破裂音を伴うほどの速度でレンカの口を塞いだ隼人は、もごもごともがく彼女を、覗き込む様に見るシグレから離す様に動かす。

 

「せ? せ、何ですって? ハナは分かります?」

 

「え、あえ、ええっと、せ、接待プレイ! じゃ、ないかな」

 

 シグレにそう言ってから周囲の、やりやがった、と言う視線に気付いたハナは、ムッツリスケベのシュウが、顔を赤くして視線を逸らしているのにショックを受け、その場にしゃがみ込んだ。

 

「せ、接待プレイ、ですか。何の接待でしょうか、ゲーム? 遊び?」

 

「ん~? ベットの上の接待ってそれはもちろんソー、ふがもご」

 

 考えているシグレに、のんびりした口調で教えようするミウは、慌てて抑えにかかったヒュウガに口を塞がれ、シグレから離された。

 

「シグレ、この話は後にしてやってくれ、隼人が困ってるから」

 

 そう言うヒュウガに、渋々頷いたシグレは、一人悶々とした表情で考えていた。

 

 そんな彼女を他所に、レンカを大人しくさせた隼人は、図面を操作して、ユニウスに見えやすい様に動かす。

 

「さて、話を戻そう。開いている部屋は四つあるから、お前らで選んでくれ。アキホ、香美、お前らは……」

 

「一緒の部屋が良いでーす」

 

「じゃあ俺の部屋で寝ろ。布団は敷いてやるから」

 

「一緒の布団が良いでーす」

 

「それについては却下だ! ロクな事無いだろうが」

 

 そう言って睨む隼人に萎縮したアキホは、隣で冷や汗を掻いている香美に抱き付くと、彼女に頬擦りして慰めてもらう。

 

 そのまま押し倒しにかかろうとする妹の襟首を掴んだ隼人は、部屋決めが終わったらしいユニウスが、ぞろぞろと移動するのを見送って、妹をソファーに投げ飛ばした。

 

「ギャー!」

 

 投げ飛ばした先、寝そべってゲームをしていたらしい楓が、アキホに押し潰され、悲鳴を上げる。

 

 それを追って、喜々としてソファーに跳躍したレンカと、心配そうに駆け寄る香美を見送って、台所に移動した隼人は、とてとて寄ってきたカナを見下ろす。

 

「どうしたカナ」

 

「花嫁修業の一環として見学を」

 

「見学じゃなくて実習をしろ。後今のタイミングかよ」

 

 そう言って半目になる隼人に、ムッとなるカナは、冷蔵庫を探る隼人の傍に寄る。

 

「今日は何作るの?」

 

「それ以前に材料が無い。買い出しに行くか……。飯の仕込みとかもあるってのに」

 

「じゃあ、私が行く」

 

「大丈夫か?」

 

「私はもう子どもじゃない」

 

「あ、いや、そこは心配してない。袋引きずるなよって意味だ」

 

「あ、そう」

 

 どよん、と肩を落として落ち込むカナに、悪い事を言ったな、と反省した隼人は、テレビ画面を見て頃合いと見ると、リビングに移動してソファーの背もたれに寄りかかった。

 

 ゲームを見ていた浩太郎が、話を切り出そうとする隼人にいち早く気付き、切り出しやすい様に話しかけた。

 

「どうしたの、隼人君」

 

「え、あ、ああ。ゲームしてる所すまんが、誰か買い出しに行ってくれないか?」

 

「買い出し? 冷蔵庫の中何もないの?」

 

「キャベツ、白菜、ニンジン、ピーマン、それと……アイスしかない。数も少ないしな」

 

「肉が無いね」

 

 そう言ってレンカの方を見た浩太郎と隼人は、楓とじゃれている彼女を見て、ため息を落とす。

 

「それで、今日のご飯はどうするつもりだい?」

 

「今日は少し冷えるから、鍋にしようと思う。量も作れるしな」

 

「分かった。あ、ユニウスも来たよ」

 

 そう言って階段の方を指さした浩太郎につられて、振り返った隼人は、早速部屋着に着替えている彼らに先程の話を振る。

 

「買い出しか、別に構わないが」

 

「そっちのメンバーは六人で良い。後の二人は俺の手伝いを。片手じゃ、満足に作業も出来んからな」

 

「了解だ。じゃあ、俺とハナが残ろう。後のメンバーは買い出しに」

 

 そう指示を出したシュウにソファーの背もたれに腰かけた隼人は、レンカを除くケリュケイオンのメンバーと、ユニウス側の買い出しメンバーに、買い物鞄と予算一万円ずつ、手渡した。

 

「買うものは……待て今書くから」

 

 そう言って固定式電話の隣に置いているメモ用紙に、買う物を思い浮かべながら書いた隼人は、それぞれのリーダーに手渡した。

 

 四つ折りにしたそれを懐に入れたリーダーの浩太郎と、美月の耳元に顔を寄せた隼人は、憂鬱そうな声色でこう呟く。

 

「頼むから、無駄遣いだけはやめてくれよ」

 

 そう言って二人の肩を交互に叩いた隼人は、買い出しメンバーを見送ると、二台ある炊飯器の炊飯釜を取り出し、足元の米ひつをしゃがんで空ける。

 

「何合炊くかなぁ。六合かな……人数いるし」

 

 そうぶつぶつ呟く隼人の隣にしゃがんだレンカは、計量カップに米を入れる彼の肩に凭れかかると、うっとおしがった彼に吹っ飛ばされた。

 

 嬉しげに吹っ飛ぶレンカを他所に、手伝いに来たシュウとハナに、やり方を教える。

 

「カップ摺り切りが一合、これを六回計ってこの窯に入れる。で、水道水で数回洗い、釜の線の6と書いてある部分まで水を入れて炊飯器に入れて寝かし30分でスイッチを入れる。これをやってくれ」

 

「たまに祖母がやってたが、実際にやるとなると心配だな」

 

「まあ、分からなければ俺に聞いてくれ。ハナもな」

 

 そう言って隼人は、シュウ達の傍を離れ、レンカと共に野菜の仕込みを始めた。



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第11話『買い出し』

 一方その頃、買い出しに出ていた面々は、ユニウスとケリュケイオンで別れ、なし崩し的に付いて来ていたアキホと香美は、それぞれに分かれていた。

 

 ユニウスの後を付いて行くアキホは、買い物メモを読みながら歩く美月の後ろを付いて行く。

 

「そう言えば、自己紹介してなかったわね。私は大宮美月。あなたのお兄さんと一緒に仕事をする仲よ」

 

「ん~? 一緒に仕事ってパパの会社の新人さん?」

 

「そうじゃないわ。あなたのお兄さんを雇った上で、一緒に仕事をするって意味よ」

 

「ふーん、そうなんだ。じゃあ他の人達と同じだね」

 

「ええ、そうね」

 

 そう言ってアキホの方を振り返った美月は、少し心配そうに見てくる彼女に微笑み、頭を撫でると、抱き寄せた。

 

「そんな顔しないで。後ろめたくなっちゃうじゃない」

 

「ゴメンね、えっと……みづ姉ぇ」

 

「勝手にあだ名付けるのねあなた」

 

 そう言って半目になった美月に、誤魔化し笑いを浮かべたアキホは、肩に押し付けられた巨乳に一瞬頬を緩ませる。

 

 それを見て背筋を凍らせた美月だったが、気にせず話を続ける。

 

「ところで、あなたのお兄さんについて教えてくれないかしら。どんなお兄さんなのか」

 

「ああ、それは俺も気になっていた」

 

「俺もだ」

 

 そう言って覗き込んでくる美月に追従して、疲れてダレているミウをおぶった日向と、カートを押している和馬も、アキホの周囲を囲む様に立つ。

 

「えーっとね、ツンデレドS暴力兄貴」

 

「もうちょっと膨らませられない? って言うか一言で表せと言ってないわよ」

 

「えー、長話苦手なんだもん」

 

 そう言って頬を膨らませるアキホに、ため息を落とした美月に、苦笑する男子二人は、話しやすいような話題を考える。

 

「君のご両親はどちらかが人間なのか?」

 

「へ? 二人とも純血のエルフだけど?」

 

「ん? じゃあなんで隼人は人間なんだ?」

 

「え、あ、ああ。兄ちゃんはねぇ、貰われてきたんだ」

 

「もら……養子って事か?」

 

 そう言ってアキホを覗き込んだ日向は、気味の悪い笑みを浮かべる彼女から視線を逸らすと、話を膨らませる。

 

「彼が君のお兄さんになったのはいつから何だ?」

 

「ん~……兄ちゃんが来たのはえっと……八年前だから……んー、私が七歳の時かな。その頃の兄ちゃんは何か荒んでたね。学校でも喧嘩ばっかだったし」

 

「何でかは、分からなかったのか?」

 

「うん、パパもママもお兄ちゃんの事そんなに言わなかったし、兄ちゃんもすっごい怖かったし。お姉ちゃんは平気で弄ってたけど」

 

「八年前、か」

 

 そう言って上の空になる日向を見上げたアキホは、周りの事が見えなくなったらしい彼に、頬を膨らませる。

 

 そんな彼女らを見ていた和馬と美月が、苦笑交じりにアキホを撫でる。

 

「よぉし、じゃあ兄ちゃんと姉ちゃんと他の事喋るか。何喋るよ美月」

 

「私に振らないで。アキホちゃんと喋るとか、和馬が言い出したんでしょ」

 

「だってよぉ、女の子との会話とか不慣れだぜ、俺」

 

 そう言ってニヤッと笑う和馬にため息を吐いた美月は、巨乳に顔の半分を隠されつつも、あからさま嫌な顔をしているアキホに気付き、顔から胸を離した。

 

「おっぱいはそのままで良いよ。ナツ姉並にデカくて柔らかくて気持ちいいおっぱいソムリエ一押しのおっぱいだから」

 

「何、この子……。って言うか、何で嫌な顔してたのよ」

 

「えー、だってぇ、砂糖吐く様なイチャコラとか私求めてないしぃ。私がぁ、求めてるのはぁ、おっぱいと女の子」

 

「あなた男の子じゃないわよね。和馬みたいな汚い男の子じゃないわよね」

 

「大丈夫、おちんちんついてないよ。おちんちんランドはたまに見るけど」

 

 わぁい、と言いながら目を引くくらいの大きさの美月巨乳に顔を寄せるアキホは、尻を突き出した方で、若干引き気味の和馬に眼光を向ける。

 

「和兄は何フェチ?」

 

「待て、落ち着け、ここはスーパーマーケットだ」

 

「私を見てから目が泳いでるから……あー、これはケツだねケツ」

 

「ケツって言うな尻って言え! 後何で分かるんだよ!」

 

「そりゃあ、ツンデレの兄貴がいますから。でーも案外普通だなぁお尻フェチかぁ。もっとアブノーマルかと思った」

 

 露骨にがっかりするアキホに、青筋が浮かんだ和馬は拳を震わせる。

 

「お前、人を何だと……」

 

「変態性の塊。火にくべたら亡者から復活できるよ!」

 

「それゲームの話だし、くべるのは変態性じゃなくて人間性じゃねーか!」

 

「えー、くべないのかぁ。じゃあ、ニンゲンヤメマスカ」

 

「止めねえよ!」

 

 怒涛の様なボケに突っ込む和馬を感動の目で見るアキホは、肩で息をする彼の背中をバシバシ叩く。

 

「やるねえ。これが兄ちゃんだと一発目からガン無視されるんだけど」

 

「引き出し凄まじ過ぎてやりたくなくなるわよ普通」

 

「じゃあみづ姉もやって見ようか。突込み千本ノック」

 

 そう言ってちら、と美月の方を見たアキホは、日向に買い物メモを手渡す彼女を見ると、ニヤニヤ笑いながら話を切り出す。

 

「お、やる気ですなぁ。うむ、良い巨乳」

 

「関係無い事喋るの止めなさい。あと揉まないの。公共の場よ」

 

「胸揉まれてローテンションな人初めて見たよ」

 

 そう言って片胸を押し潰しながら頬擦りをするアキホを、悲哀に満ちた目で見降ろした美月は、日向から降りてきたミウに抱き付かれた。

 

「ミィのおっぱいはぁ、私が育てたんだよぉ」

 

「自然成長よ」

 

「気持ちいいでしょぉ」

 

 アキホとは反対の方から押し潰しにかかったミウが、気持ちよさそうに抱き付いてくるのを適当にあやした美月は、若干距離を取る日向と和馬を交互に睨んだ。

 

 そんな視線なぞどこ吹く風、と視線を逸らす二人にため息を落とした美月は、すれ違うおばさま方のニコニコとした笑顔に、いたたまれなくなっていた。

 

「ねえ、二人ともいい加減離れてほしいんだけど。歩きにくいし」

 

「お菓子買ってくれたら離れる」

 

「あのねぇ、子どもじゃないんだから……」

 

 そう言って額に手を当てる美月に、揃って笑うミウとアキホは、困り顔の彼女の頬を突っつく。

 

「やめ、やめなさい。止めなさいって」

 

「うりうり」

 

 いちゃつく女子には目もくれず、黙々と買い物をこなす日向と和馬は、遠い売り場から、買う物を確保してきた俊とシグレと合流する。

 

「持ってきたぜー」

 

「ご苦労。って、何ドサクサに紛れて菓子を入れている」

 

「ギクゥっ、良いじゃねえか。シグだって食べたいって言ってたぜ。なっ」

 

 そう言ってシグレを方を見る俊に、半目を向けた日向は、買い物かごにぶっ込まれた菓子類を取り上げる。

 

「なっ、そんな事言ってないです!」

 

「言ってないと言ってるぞ俊、返して来い」

 

「えっ、あっ、ちょっと……」

 

「何だ」

 

「トルポはその、残してほしいなぁって」

 

 そう言ってもじもじするシグレに、めんどくさそうにため息を吐いた日向は、シグレに件の品を投げ渡す。

 

「ダメだ」

 

「えええええ」

 

「駄々をこねるな16歳児。ほら、とっとと返して来い」

 

 そう言って追い散らす様に手を振った日向は、名残惜しそうにチラチラ見てくるシグレと俊に、指で作ったピストルを向けて威嚇する。

 

 三回目の振り返りで、腰に下げた本物をこっそり引き抜いて銃口を向け、グズグズしている彼らを追い散らす。

 

「ったく、成長しないな。あいつらも」

 

 そう言って『スプリングフィールドXD』9㎜自動拳銃を、ホルスターに収めた日向は、両腰に二丁下げているそれを、不思議そうに見てくるアキホに指を唇に当てる。

 

 秘密だ、とメッセージを送った日向は、ときめいている彼女とミウに頭を抱えると、ため息を吐いて気分をリセットした。

 

「やれやれ、平和な国でよもやこれを引き抜く日が来るとはな」

 

 そう言って私服の上着で拳銃を隠した日向は、苦笑する新日本出身の二人の、のほほんとした顔に、表情を曇らせる。

 

「気にしなくていいのに。日常茶飯事だから」

 

「そうだぜ、日常茶飯事だから」

 

 二人してそう言う美月と和馬に、大きくため息を吐いた日向は、憂鬱そうな顔をする。

 

「そう言う所が嫌だな、新日本は。銀行強盗とか起きたらどうするんだ」

 

「んー、言ってもなぁ。自衛目的で武装するのは法令で許可されてるしなぁ。それに、犯罪起こそうものならばそれを上回る武装を持ってる治安組織がすっ飛んでくるしな」

 

「暴力による解決か」

 

 気分悪げにそう言った日向に頷いた和馬は、気にする事も無く話を続ける。

 

「まあ、暴力っつっても最終手段だけどよ。でもこの国じゃ基本的に自分の身は自分で守るのが常識なんだよ」

 

「軍隊の無い国。自ら進んで裸になった所で、周りは棘の王ばかりと言う訳か」

 

「お前の発言、時折詩的になるよな。中二病か?」

 

「何だその病は。初めて聞いたが」

 

「病気じゃねえよ。伊集院何とかってタレントが作った造語だ。ラジオとかから広まったってよ。まあ、ある種精神病だがな」

 

 そう言って話題が変わった事に内心安堵する和馬は、悩ましい声を上げる日向の肩を叩いて誤魔化すと、メモを元に買う物を確認する。

 

「よし、粗方揃ったな。じゃ、帰るか」

 

「ええ、そうしましょう」

 

 和馬の気さくな声に頷いた美月は、すっかり居ついた二人を引っ張る様に連れて、レジへ移動した。



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第12話『兄と妹』

 一方、場所は戻って寮。

 

 粗方仕込みを終え、のんびりとお茶やらコーヒーやらを飲んでいた隼人達は、買い物終了の連絡を受けていた。

 

「後は、帰ってくるのを待つだけだな……。おかわりいるか?」

 

「ああ、頼む。所で隼人、夕方に見たお前の左腕の動きについて何だが……」

 

「……ああ、あれか。あれがどうかしたのか?」

 

 若干イラついた声で返答する隼人を怪しんだシュウは、邪険な雰囲気を気に止めない様にして、話を進める。

 

「あれは、どう見ても人間の動きじゃなかった。一体、お前に何があると言うんだ」

 

「話さなきゃ駄目か?」

 

「なるべくなら、話してほしい。それに、お前の左腕は俊を殺そうとしていた。身を守る為にも、知っておく必要がある」

 

 そう言って隼人からコーヒーを受け取ったシュウは、少し怯えるハナを無視して、彼をじっと見つめる。

 

 無言の意志に圧されたのか、気まずげに頬を掻いた隼人は、彷徨わせていた視線をレンカに向け、買い置きの大判焼きをもぐもぐしている彼女が、咀嚼したまま頷く。

 

「……分かった。話す。俺の左腕と左目は、ダインスレイヴに侵食され、神経回路が滅茶苦茶に荒らされている。触覚も無ければ俺の意志で動く事も無い」

 

「ダインスレイヴ……。新横須賀でのテロ事件の折、お前らが回収した魔剣、いや、聖遺物だったか」

 

「ああ。その事件でダインスレイヴが操るアーマードと対峙した俺は、左肩に剣を受け、侵食された。まるで、俺を罰するかの様に魔力は俺を蝕んでいる」

 

 そう言って俯いた隼人は、足元に寄ってきたアハトを撫でると、腑に落ちないと言った表情を浮かべながらも、頷きを返したシュウから目を逸らす。

 

「罰……とは、どう言う事だ隼人」

 

 そう問いかけたシュウに一つ息を吐いた隼人は、左腕を抑え付ける様に握ると、ポツリと話し始める。

 

「俺は、多くの人を殺した。テロリスト、暴徒、そして、心中しようとした家族。俺は、世界から刃を向けられ、その度に人を殺して生き残って来た。恨みも悲しみも何もかもを燻らせたまま、生きてきた。

俺は、世界を憎んだ。のうのうと生きている人間が憎かった。俺の祖父母を、心中と言う間違った選択肢に誘った世間が、素知らぬ顔で回る事が許せなかった」

 

 ビリビリと痛む左腕と左目に、一度歯を噛んだ隼人は、深呼吸をして話を続ける。

 

「だが、俺は……ここにきて人並みの幸せを得た。家族や会社の同僚、友人達に恵まれ、いつしか抱いていた苦しみや怒り、恨み、悲しみを忘れていった」

 

「それは、良い事じゃないか。どうして……」

 

「だけどな、俺はそんな事を忘れちゃいけない人間だった。戦地での自爆攻撃、二年前の新新宿テロ。そして、二週間前の新横須賀テロ。俺は地獄から逃れられない人間だった。

心のどこかで燻った怒りや恨み、悲しみが、地獄を見るたび俺を苦しめた。俺に巣食う殺意が、思いの捌け口を求めて人を食らった。そして、二週間前からの侵食でその思いは膨れ上がっている。

俺が得た幸せを壊し、得た物を全て無に帰そうとしている。お前は、幸せであってはならないと言ってる様に」

 

 そう言って俯く隼人から目を逸らしたシュウは、彼が背負う過去や運命の重さを知ると軽薄な事をした物だと、遅い後悔をしていた。

 

「そうか、お前は、自分が犯した罪を忘れたが故に今の有様になっていると、そう考えているのか」

 

「ああ。そうだ」

 

「なら、掛ける言葉が、俺には無い。生憎だが、俺は俊ほど鈍感に熱くなれない。どうしようもできない事であれば、なおさらな」

 

 そう言ってコーヒーを啜ったシュウは、目を伏せると、机の上にコップを置いた。

 

「俺に、人を否定する事は出来ない。お前の抱えた思いを知ればなおさらな。だが、それでもお前は一人じゃない。抱えた思いの少しでも、分けてしまうくらい良いんじゃないのか?」

 

「そうか……。すまない、お前のお陰で思い出せたよ。俺には、支えてくれる仲間がいる。忘れていたよ」

 

 そう言って笑い、コップに手を伸ばそうとした隼人は宙を掻いたそれを見つめると、ピントが合わず、ぼけたり結んだりを繰り返す視界に舌打ちする。

 

 二回の空振りから取っ手を掴んだ隼人は、遠近感に苦労しながら、ブラックコーヒーを啜る。

 

「大丈夫か?」

 

「遠近感が掴めてないだけだ。心配しなくていい」

 

「そうか、なら良いんだが」

 

 そう言ってお茶請けのチョコレートに手を伸ばしたシュウは、ばきりと音を立てて砕け散った隼人のコップの持ち手に驚き、太ももに落下したそれが殴打しながら、中身をぶちまける。

 

 突然の事に驚いたシュウは、うつらうつらと舟を漕いでいたレンカとハナを起こすほどの大声を出して驚き、慌ててタオルケットを取りに行った。

 

「なぁに? うわ、隼人の膝にコーヒーが。なーめよ」

 

「ぎゃあああああ!」

 

「うぇえ、にっがーい」

 

 そう言って下を出すレンカが這い寄るのを股間の辺りで抑えつけた隼人は、そのタイミングで帰って来た浩太郎達と、タオルを持ってきたシュウと、寝ぼけ眼を合わせてきたハナと目が合った。

 

「まっ、待て……これは、その、お前らが思っている状況とは違う!」

 

「分かってる、お掃除だよね」

 

「違う!」

 

 笑いながら怒る隼人を無視して頷く楓は、どん引きしている周囲を見回すと、マイペースに買い物袋を抱えて、台所に移動する。

 

「さー、ご飯だご飯だぁ」

 

「え、あの空間を無視するの!?」

 

「いつもの事だよぉ。それよりもご飯だぁ。お腹減ったぁ」

 

 そう言って冷蔵庫に買った物を入れていく楓にショックを受けた美月は、諦めムードで移動を始めるケリュケイオンの面々に続く形で、冷蔵庫の方へ移動する。

 

「くっそぉ、ズボン変えて来るか……」

 

 そう言って立ち上がった隼人は、その後ろをついてくる楓とレンカに、心底嫌そうな顔をしながら、吹き抜けがある二階へつながる階段を上がる。

 

 狭い廊下しかない二階を歩く隼人は、ちょろちょろついてくる二人に、一度視線を向けると、部屋のドアを開ける。

 

「何でついてきたお前ら」

 

「えー、お着換えの手伝いしようと思ってぇ」

 

「幼稚園児じゃねえんだから必要ねえよ。ほらとっととリビングに戻ってゲームでもしてろ」

 

 そう言って邪険に手を振る隼人に、揃って頬を膨らませる二人は、コーヒーの匂いがするカーゴパンツを見下ろすと、その視線を彼に戻した。

 

「な、何だよお前ら」

 

 そう言って一歩下がった隼人は、いきなり飛び付いてきた彼女らに、野太い悲鳴を上げ、勢いそのままに廊下を滑走した。

 

 何とか起き上がった隼人は、腰に抱き付く二人を何とか持ち上げると、一階の何も無い所を狙ってぶん投げ、逃げる様に部屋に入った。

 

 身軽に着地したレンカと、叩き付ける様に着地した楓は、揃って不機嫌そうな顔をして、隼人が逃げた部屋を見上げる。

 

「チィッ、ヘタレの野郎……」

 

「いや、あれは流石に引きますよぉ」

 

「何て言ったの、ナツキ」

 

「ひぃっ、何でも……無いですぅ」

 

「あ、そう」

 

 ギロ、と修羅の如き目を向けるレンカに怯えて視線を逸らしたナツキは、その先で変態に屈服した情けない彼女を詰ってくるカナと目が合い、二重ばさみになって台所へと逃げた。

 

 それから十数分後、ジャージに着替えてきた隼人は、濡れたカーゴパンツを脱衣場に持って行って、台所へ戻って来た。

 

「手伝うぞ」

 

 そう言って腕まくりをした隼人は、調理をしている面子に、女の子がナツキと美月とハナしかいない事に気付いた。

 

「何か、あれだな。こういう風景見ると将来が不安になるな」

 

「え、どう言う事です?」

 

「いや、まあ……」

 

 視線を逸らし、言葉を濁す隼人に首を傾げるナツキ達女子陣は、同情の悲嘆にくれる男子達を見回した。

 

「レンカちゃんがこのままご飯を作ってくれないかもって心配する気持ちは分かるよ隼人君。でもさ、今この瞬間、餌付けしてるって考えると何か心が高揚しないかい?」

 

「いや……しないが……」

 

「じゃあどうしてニヤつく顔を押さえているのかな?」

 

 そう言ってニコニコ笑う浩太郎から、ニヤついている顔を逸らした隼人は、脳裏で幼い頃のレンカが浮かんできていた。

 

「イチジョウ君って意外と……」

 

「変人、よね」

 

「オブラートに包もうよぅ!」

 

 ショックを受けるハナを他所にため息を落とす美月は、ニンジンを洗う手を見てくるリーヤに、首を傾げて見せた。

 

「何?」

 

「ああ、ごめん。その義手、防水なんだなってね」

 

「ああそう言う事? お風呂入るのに困るから防水にしてもらってるのよ。まあ、その分端末のパネルは反応しないんだけどね」

 

 そう言って水に濡れた手を動かす美月は、目を輝かせてみてくるリーヤに苦笑すると、洗ったニンジンを皮むきしているハナへ手渡す。

 

「あなたは、こういう機械が好きで、それなりに弄る腕があるの?」

 

 そう言って手を拭いた美月は、素直に肯定したリーヤへ、そうね、と前置きを置いて話し始める。

 

「じゃあ、お願いと言うか少し頼み事があるんだけど」

 

 そう言って圧縮空気とコイルが停止する音の後に少し捻って義手を外した美月は、突然の事に驚く全員を他所に、ダイニングテーブルの上へ義手を置いた。

 

「最近調子が悪くて、点検をしてもらえないかしら。ある程度のマニュアルデータは渡すから」

 

「でも、良いのかい? 僕の様なよそ者が、君の体の一部を預かっても」

 

「よそ者じゃなくなるから、預けるのよ。それに、ウチはソフトウェアに強いのが二人いるのにハードウェアに強い人が一人もいないんだもの」

 

「和馬君はそうじゃないの?」

 

「和馬は作るのが得意なだけだから。調整とか整備はからっきしよ。刀は違うけどね」

 

 そう言ってニヤニヤ笑う美月に微笑を返したリーヤは、二の腕の先端にある基部に気付くと、戸棚に入れてある救急箱から包帯を取ってきて、基部を隠す様に巻きつけた。

 

「よし」

 

 満足そうにそう言って包帯を片付けているリーヤは、それを不思議そうに見ている隼人と、浩太郎を除いた面々からの視線に気付き、途端に顔を真っ赤にした。

 

「な、何さ皆して」

 

「いや、何で包帯巻いてるんだろうなって。怪我してねーのに」

 

「え、何でって……。基部の保護は整備の基本でしょ?」

 

 そう言って周囲を見回したリーヤは、整備に詳しくない面々の呆け顔にうっと詰まるが、気にしない事にして整備作業用のマットをリビングの床に敷き、一旦自室へ戻って工具を取ってくる。

 

 そして、義手を作業台の中央に置いて分解を始めたリーヤは、興味本位でやって来た美月に、症状や使用時の感覚などを聞きながら分解していく。

 

「あ、ナツキちゃんちょっと」

 

 整備で何か不都合があったらしいリーヤの呼びかけに応じたナツキは、隼人達に調理の後を任せて、彼の元へ急ぎ、整備の手伝いを始める。

 

 若干慌ただしいリビングを一度振り返った隼人達は、調理組唯一の女子となったハナが、自分達を見回して嬉しそうにしているのに気付き、揃って苦笑する。

 

「ふぇ?! 何、何で皆笑うんですか!?」

 

「いや何。男子に囲まれて嬉しそうにしてるから、可愛らしいなって」

 

「あ、あう……。ごめんなさい」

 

「いいさ、そう言う笑みは新鮮だからな」

 

「え、新……鮮……?」

 

 もきゅ、と首を傾げたハナの純粋無垢な疑問の視線から目を逸らした隼人は、見た目の方向性が同じなのに、中身が対の存在となってしまっている自らの彼女(保留)の日常的な笑みを思い出して悲哀に暮れた。

 

 そんな彼の心情を察し、慰めのオーラを放ちながら作業する日向もまた、残念な彼女(予定)を持っている身だった。

 

「あれ? 何で二人はそんなに落ち込んでるんです?」

 

「止めてやれ、いろいろあるんだろう」

 

「う、うん」

 

 無自覚に抉りかけていたハナに、内心冷や冷やしながら止めたシュウは、着々と進む準備と、料理の完成に少し喜びを感じていた。

 

 シュウはあまり料理が上手くない。

 

 生まれもあるが、あまり料理をする必要も無かったからだ。

 

「よしっ」

 

 我ながらうまくできた、と小さくガッツポーズを取るシュウを見上げたハナは、柔和な笑みでそれを称える。

 

 儚げな笑い声に気付いたシュウは、恥ずかしさから視線を逸らし、決まり悪げに頬を掻くと、それでも、と彼女の方を振り返った。

 

「え、いない?」

 

 いつの間にかいないハナに己の覚悟を踏みにじられた気分のシュウは、日向が指さす先、顔を華やがせてリーヤの方へ歩み寄る彼女に気付いた。

 

「ぬ」

 

 思わず声が出たシュウを他所に、片づけをしている日向は、ある程度加熱調理をしている隼人達に後を任せてリビングへ移動すると、ソファーでゲームをしている女子達の隣に座った。

 

 パーティ系格闘ゲームで遊ぶ女子達を横目に、両腰からスプリングフィールドXD一丁ずつを引き抜いて、机の上に置く。

 

「日向、リビングじゃ銃禁止だ」

 

 そう言って鍋敷きを置きに来た隼人は、マガジンを引き抜いた拳銃のスライドを引く日向が、無言で頷いてチャンバー内の一発を弾き抜いたのを見た。

 

 宙を舞うそれをキャッチした日向は、火薬入りのそれを、緩慢な動きで這い寄ってくるミウに投げ渡す。

 

「隼人、銃の整備がしたいんだが」

 

「あーそれなら、そこのカウンターを使ってくれ。工具一式置いてある」

 

「それはありがたいが……。何だここは。工具が密集し過ぎて作業場みたいになってるんだが」

 

 そう言いながら作業マットの上に銃を置いた日向は、夕食の準備を進めている隼人達に気付いて、そちらを優先した。

 

「武、机拭いてくれ。女子連中はゲームしっ放しで良いから皿回しててくれ。シュウ、火の通りはどうだ」

 

 テキパキと指示しながら動く隼人に感心していた日向は、離れた位置で不貞腐れている俊と、シグレに気付き、おぶったミウ共々彼らの方へ移動した。

 

「俊、シグ、飯だぞ」

 

「知ってるよ」

 

「じゃあ、こっちに来い。すぐに無くなるかもしれんぞ」

 

 そう言って笑う日向から顔を逸らした俊は、磨いていたらしい得物の槍を立て掛けると、シグレを先に行かせる。

 

 脇を過ぎていく彼女を見送った日向は、一人残った俊の困った様な顔を見て苦笑し、隣に座る。

 

「何か、思う事があるのか?」

 

「ちょっとな。アイツの事、なんだけどな」

 

「ああ、隼人の事か。彼がどうかしたのか?」

 

 そう言って俊を覗き込んだ日向は、少し恐怖が滲み出た表情を浮かべている彼に、違和感を感じていた。

 

「あいつに殺されかけた時、あいつには何の感情も無かった。ただ、殺すだけの目で、俺を見ていた。どうして、あんな目を、どうして、何の思いも抱かずに人が殺せるんだ」

 

「それは俺にも分からないな、今は」

 

 膝を抱え寄せる俊に、そう言ってフッと笑った日向は、とてとてと歩み寄って来たアハトの頭を撫でる。

 

「だが、これだけは言える。俊、お前の考えているほど世界は甘くない。お前が思う以上に世界は複雑で、混沌とした闇に満ちている。隼人が踏み込んでいるのも、恐らくその領域だ」

 

「ん~、なんだかよく分かんねえけど、気を付けるよ」

 

「分かんねえけどって、お前……」

 

 呆れる日向に苦笑した俊は、いつの間にか這い寄ってきていたミウに気付いて、驚いた。

 

 その様子からいる事を察知した日向は、ミウが肩にのしかかって来たのに、半目になりながら肩越しに彼女と話す。

 

「ミウ、何しに来た。ご飯食べてたんじゃないのか」

 

「うん。だけど、シグがミィの巨乳クッションで悶死しそうだから俊を呼びに来た」

 

 そう言って、ぐりぐりと日向の側頭部に頬擦りするミウは、事情を察した俊を間延びした声と共に見送る。

 

「さて、飯食いに行くか。ミウ、降りてくれ」

 

「えぇー、やだ。このまま運んで~」

 

「断る。ほら、降りろ。しっかり歩け」

 

「もうちょっと労わるくらい良いじゃんよ~」

 

「一本背負いを所望するのか?」

 

 そう言って立ち上がった日向は、肩からぶら下がるミウにそう言うと、がっちり腰をホールドしている彼女にため息を吐いて、テーブルの方へ移動する。

 

 移動先で真っ青なシグレを介抱していた俊は、ぶつぶつと呪詛を呻く彼女に、若干引いていた。

 

「巨乳巨乳、おっぱい大きい。私小さい。牛乳、効かない。揉むしか、無い」

 

「お、おう」

 

「俊君は、おっぱいの大きさはどの程度が好みですか」

 

「んー、考えた事ねえなぁ。まあ、普通が一番かな」

 

「普通……」

 

 そう言って胸を見下ろすシグレから目を逸らした俊は、胡坐をかいた自分の足に乗る、彼女の尻の感触に、少し頬を緩ませる。

 

 そんな彼に取り皿を持ってきた和馬は、そっと皿を置いて退散すると、片手で難儀している美月の隣に座る。

 

「よぉ姉ちゃん、食わせてやろうか? ォオン?」

 

「変な言い方しないでよ和馬。目に割りばし刺すわよ」

 

「お前、いつになく凶暴だな」

 

 そう言って半目になる和馬から目を逸らした美月は、おもむろに差し出された豚肉に気付いて、一口頬張った。

 

「素直になれよ。恥ずかしがるこたぁねえんだからさ」

 

「え、ええ。そうね。じゃあ、甘えさせてもらうかしら」

 

 そう言って和馬に食べさせてもらう美月の対岸、同じ事を隼人に実践しているレンカは、彼から物凄い不評を買っていた。

 

「何で食べないのよ!」

 

「掴む量が多いんだよ馬鹿! いっぺんにこんな食えるか!」

 

「男でしょ!」

 

「その前に人間だ!」

 

「うっさい食え!」

 

 そう言って押し込みにかかるレンカから逃げる隼人は、カウンターの頭突きを打ち込むと、痛む額に耐えながら片手で鍋を食べる。

 

 一方、直撃を食らったレンカは、額を押さえてぐったりしており、一度流し見た隼人は、チラチラ見ている彼女に気付いて、ガン無視を決め込んだ。

 

「え、あ、あの隼人君」

 

 そんな様子に気付いて声をかけたナツキは、狸寝入りのレンカに気付き、あっ、と声を出して、リーヤの隣に戻っていった。

 

 腫れ物に触れる様な扱いに気付いたレンカは、周囲を見回すと、のっそり起き上がり、何事も無かったかのように隼人へ飛び付いてじゃれつく。

 

「ねぇ、この後どうする?」

 

「くっつくな鬱陶しい。まだお前の皿、白菜とねぎと……。鍋に入れてた野菜が残ってるだろうが」

 

「えー、美味しくないもん」

 

 そう言って頬を膨らませるレンカが抱き付いてくるのを、振り解いた隼人は、自分の隣でニヤニヤ笑うアキホに気付いた。

 

「えー、レン姉ってば、まだ野菜食べられないのぉ?」

 

「何ようっさいわね! ちょっと私より背が高くなったからって調子に乗るんじゃないわよ!」

 

「んん~? おっかしいですなぁ」

 

 そう言って膝立ちで移動し、レンカの頭上で手刀を横に振ったアキホは、歯を噛んで悔しがる彼女に、心底ムカつく顔で煽った。

 

「デュフフ、レンカ殿、拙者より遥かに身長が足りませんぞぉ~。デュフフ~デュフフ~デュフフのフ~」

 

「きぃいいいい! ムカつくぅううう! 余裕ぶりやがって、余裕ぶりやがって! ぶっ殺すわよ!」

 

「来いよ、レン姉! 兄ちゃんなんか捨てて、かかってこい!」

 

 アキホの煽りに反応して顔を赤くしたレンカが飛びかかり、隼人の周囲で喧嘩手前のじゃれ合いが始まる。

 

「このクソ義妹ぉおお!」

 

 そう言いながら不慣れな関節技を極めようとしたレンカは、返してきたアキホに腕を取られ、締め上げられる。

 

「ぬはははは、我が兄の嫁、恐るるに足らず! まー華奢でかわゆいねぇ」

 

「アキホ」

 

「なぁに、兄ちゃん」

 

 言いながらレンカを締め上げるアキホが、隼人の顔を覗き込む。

 

「うるせえ」

 

 そこには飯時を邪魔されて怒る修羅の顔があった。

 

「ぴぃっ、ご、ごめんなしゃい!」

 

 顔を青くして後退ったアキホはレンカを手放すと、そそくさと自分の席に戻る。

 

 それを追おうとしたレンカも、隼人の睨み目に気付いて萎縮し、大人しく彼の隣で野菜を口にしようと試みていた。

 

「何だかんだで、結局隼人君が主導権握ってるんですねぇ」

 

 その様子を見て微笑むナツキにリーヤ、カエデ、武の三人は、揃って明後日の方向を向いた。



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第13話『目の前の終』

 夕食から二時間後、深夜十一時近い時刻、左目と左腕の事情から、最後にレンカと二人で入る事になった隼人は、極力見ない様にしながら湯船に浸かっていた。

 

 一方の彼女はと言うと、真っ赤な彼の二の腕に頬を当てながら、湯船に大きな胸を浮かばせていた。

 

「なぁ、ちょっと離れてくれ」

 

「やだ」

 

 そう言って隼人にふくれっ面を見せるレンカは、タオルで隠してすらいない胸を隼人に向けようとして、彼に止められた。

 

「待て、こっちを向くな」

 

「おっぱいの全貌ぐらい見ても死なないわよ!」

 

「……お前には羞恥心はねえのか」

 

 なるべくローテンションを心掛ける隼人に対して不満そうなレンカは、両腕で抱えた胸を押し上げてみせるが、すでに他所を向いていた隼人の視界には入っていなかった。

 

「なぁああ、このヘタレ! このおっぱいを見なさいよ!」

 

「言われて見るかバカ!」

 

 詰め寄るレンカに恥ずかしさが頂点に達した隼人は押し退けようと、胸に手を当ててしまう。

 

 もにょん、とか聞こえてきそうな柔らかい感触に、口から心臓が飛び出そうになった隼人は、慌てて放そうとした手を押さえてきたレンカに悲鳴を上げそうになった。

 

「お、お前……何のつもりだ」

 

「ん? このまま、モナピーしようかと」

 

「ああ、なるほどな。ぶっ殺すぞクソ猫」

 

 ぎゅう、と青筋を浮かべながら胸を掴んだ隼人は、痛がる彼女が手を離したのを見て平手に戻すと、深く息を吐く。

 

 どこにいても疲れる運命なのか、と半ば憂鬱な気分の隼人は、湯船に沈みかけているレンカに気付くと、慌てて引き上げた。

 

「おい、寝るな死ぬぞ!」

 

 右脇に肘を当て、腕を胴体に巻き付ける形で引き上げた隼人は、抱えられた猫の如く腕を上げる姿勢のレンカの胸の感触に、少し赤くなった。

 

「んえ~?」

 

「お前、眠いなら眠いって言えよ……」

 

「眠くないよぉ」

 

 半分起きたレンカを膝に乗せた隼人は、そこで自分がした事に気付き、膝の上に感じる尻の感触にどぎまぎしていた。

 

 そんな気持ちにも気づかず、こてん、と彼の胸に凭れかかったレンカは、眠気眼を閉じ、静かな寝息を立てていた。

 

「まぁ、仕方ないか」

 

 そう呟いて彼女の頭を撫でた隼人は、波乱の一日を共に過ごしたパートナーの寝顔に、優しい笑みを向ける。

 

 同い年とは思えないほど幼い寝顔を見ていた隼人は、不意に来た頭痛に顔をしかめると、真っ赤に変わった湯船に驚愕し、目を覚ましているレンカに気付く。

 

「レンカ、お前……起きて――――」

 

 そう言いかけた瞬間、彼の胸に強い痛みが走る。

 

 何だ、と呆然となる隼人は、ニヤリと口元を歪める彼女に気付き、そして彼女がナイフを手に、自身の胸へ突きこんでいるのに気付いた。

 

「これは、一体……。何で、俺を……」

 

『だって、隼人が、私を殺さないからじゃない』

 

「違う、お前は、レンカは、そんな事……」

 

 動揺する隼人を他所にレンカは、にっこりと笑ってナイフを引き抜くと、こびり付いた血を舌で舐め取る。

 

『するかもしれなかったわよ? だって、私には隼人が全てだもの』

 

「だとしても、こんな……!」

 

『あなたが死ねば、あなたはあのクソ妹に奪われない。ずっと、私の物』

 

 そう言って刃を湯船に捨てたレンカは、真っ黒く濁った眼で、隼人を見上げる。

 

『それとも、あなたが、私を殺すの? ふふっ、本当のあなたが望んでいた様に』

 

「違う、俺はお前を!」

 

『なぁんだ。殺さないんだ。それじゃあ生きてる意味ないじゃない。じゃ、死んでね』

 

 そう言って笑い、顔面に張り付かせた手から光を迸らせる。

 

 その瞬間、彼の奥底で何かが起き上がった。

 

 瞬間、レンカの細く華奢な腕を手刀で折った隼人は、不思議そうに見ている彼女の首を掴む。

 

『あっはは、そうそう。隼人はそうでなくちゃ。何もかもを壊して一人になって、そして喪った私を想って生きていく』

 

 狂った笑い声を上げるレンカに、一筋の涙を流した隼人は、彼女の首を折った。

 

 そこで我に返った隼人は、透明な湯船を見下ろして正気に返ったと、荒い呼吸を押さえながら思った。

 

「幻覚か……」

 

 息を整えながらそう呟いた隼人は、すーすーと静かな寝息を立てて眠っているレンカを見下ろすと、生きている彼女に安堵した。

 

 幻覚とは言えど、恋慕する女の子を殺害してしまうのは、隼人に取って精神的に一番苦しいものだ。

 

「もう、長くないのかもな」

 

 諦めた様にそう言って、左腕を見た隼人は、突然の耳鳴りに苦しげな声を漏らす。

 

『ねぇ、隼人はどうして生きてるの?』

 

『どうして死ななかったの?』

 

『どうして、死のうとしなかったの?』

 

『何で、生きてるの?』

 

『どうして生きようとしていたの?』

 

 耳鳴りはレンカの声になって、呪詛の言葉を紡ぎ、言い放ってくる。

 

 自分を追いつめ、破れかぶれの破壊衝動に走らせる様に、自暴自棄になって破滅する様に。

 

 言葉が止んで、大きく息をした隼人は、深く寝入ったらしいレンカを抱えて湯船から出る。

 

(コイツは、レンカは俺を否定しない。一緒にいたいって言ってくれた。だから俺は……惑ったりしない。それが、精一杯の答えだから)

 

 そう思いながら脱衣場に出た隼人は、着替えを漁っているアキホに気付き、暫しの間、固まった。

 

「ハ、ハロォウ。お兄様」

 

「何してる」

 

「お、お着換えをお持ちしましたぁ」

 

「お前、フリーハンドだよな?」

 

「は、裸の王様仕様ですぅ」

 

「それ、無いって事だよな?」

 

「し、質量と実体が無いだけでちゃんとあります! 霊体化してるだけで!」

 

「どこのサーヴァントだその着替え」

 

 そう言って半目になった隼人は、下半身を見て赤面しているアキホへ、牽制の蹴りを繰り出す。

 

「ひゃー、暴力よ~。バイオレンスお兄さんよ~」

 

「棒読みで変な事言うな。それより、お前に頼みたい事がある」

 

「何?」

 

「レンカの体拭くのを手伝ってほしい」

 

「えー、何でぇ?」

 

 そう言って頬を膨らませるアキホに、びしょ濡れのままレンカを下ろして寝かせた隼人は、早々に諦め、片手で彼女の体を拭き始める。

 

「ちょっ、兄ちゃん何してんの!?」

 

「お前が嫌がるから一人で拭いてる」

 

「そんな事してたら湯冷めしちゃうよ?!」

 

「別に良い」

 

「別に良いって……。ああ、もう! やる! やるから自分の体拭きなよ!」

 

 苛立ちながらそう言ったアキホは、隼人と代わると、小柄ながらある所はある彼女の体を吟味しながら、丁寧に拭いていく。

 

(む。脱がせてみると結構胸あるなぁ。こりゃあ兄ちゃんもメロメロになる訳だ)

 

 そう思い、もにゅもにゅと胸を揉んだアキホは頭を拭きながら、半目で見ている隼人に驚く。

 

 そんな彼女に呆れ果てながらバスタオルを洗濯機に投げ込んだ隼人は、置いてあったレンカの着替えをアキホに渡すと、自身も寝巻に着替える。

 

「ブラジャー、デカいなぁ……」

 

「早く着せろ。手伝うから」

 

「あ、ごめん」

 

 そう言ってそそくさと下着を着せていくアキホは、慣れた様子でレンカを抱えている隼人をちらちら見ながら作業していた。

 

「集中しろ」

 

 そう言って睨んだ隼人に萎縮したアキホは、寝ているレンカを着替えさせると、頭二つ分低い姉貴分を抱きかかえて、隼人が着替え終わるまで待った。

 

「よし、すまんなアキホ」

 

 そう言ってレンカを受け取った隼人は、子どもの様に愚図る彼女をあやすと、アキホは物凄い複雑な表情をしていた。

 

「どうした、アキホ」

 

「いや、パイパイデカいだけのおちびな女の子が私のお姉ちゃんかと思うと何か複雑」

 

「パ……。まあいい、そう言うお前も中身はこいつと変わらんだろうが」

 

「だから嫌なのー! キャラ被りするじゃんかぁああ!」

 

「どういうダダのこね方だ」

 

 そう言って呆れた隼人は、アキホ共々脱衣場を出てリビングの空いているソファーにレンカを寝かせると、夜更かしをしているカミがリビングの大型テレビで深夜アニメを見ていた。

 

 彼女が見ていたのは七年前にやっていたロボットアニメのリマスター版で、懐かしさを感じながら台所へ引っ込んだ隼人は、不慣れな片手だけの作業でココアを準備する。

 

(あのアニメ、武達と見てたっけな)

 

 八歳の時の荒んでた時期、若干不貞腐れ気味に武の家に通ってはアニメを見せられて、感想を求められていた。

 

 今でもそうだが、隼人はとんとアニメに疎い。

 

 特に孤児から養子になったばかりで、アニメどころか周囲への関心も薄かった八歳の頃となれば、なおさらだった。

 

(まあ、そのおかげで少しは明るくなれたしな。それに、同級生との付き合い方も学べた)

 

 そうしみじみ思いながらココアを入れた隼人は、真剣に見ている二人の前にそれを置くと、一人リーヤとナツキの部屋へ移動した。

 

「来たかい。遅かったね。って言うか下で何してるの? 爆発音とかビームの音とかするけど」

 

「武が前にブルーレイボックス買ってたロボットアニメをアキホ達が見てんだよ」

 

「懐かしいねぇ。プラモデル作ってなぁ。あ、ごめんごめん。じゃあ早速検査、始めようか」

 

 そう言って、手錠の様にも見えるセンサーを取り出したリーヤに、隼人は無言で頷く。

 

 鉄輪を手首にはめ、検査の準備を始める隼人の背後、壁に張り付いた一見小さいサイズの茶色いアレに見えるバグドローンが、その様子を離れた部屋で監視しているハナ達へ映像を届けていた。

 

「何か、してるね」

 

「侵食率の検査だろうな。さて、ハナ、画面をズームアップしてくれ」

 

「え? あ、うん」

 

 シュウに促されるまま、ドローンを操作したハナは、狭いノートパソコンの画面の周囲に密集する面々に、かなり動きづらそうにしていた。

 

 今、画面を見ているのはシュウ、ハナ、美月、日向、和馬の五人だ。

 

 俊とシグレは早々に寝てしまい、ミウは書きかけの同人誌を、持ち込んだタブレットで描いていた。

 

「あ、あのさ、皆。も、もうちょっと離れてくれない?」

 

「あら、ごめんなさい。あ、映ったわよ……。えっ」

 

「この数値……。侵食率76パーセント……。左腕はもう、ダメなんだ……」

 

 そう言って写真を撮ったハナは、侵食の度合いに驚く全員を見回す。

 

「左腕だけとは言え、こんなに高い数値を弾きだしているのか。危険だな」

 

「ええ、これだけ高い数値だと、多分転移が始まってるはず」

 

「だろうな。そして多分、侵食され始めているのは」

 

「頭脳、ね」

 

「ああ。夕方俊に見せた、あの異常な反応速度と殺しの動きは恐らく侵食による物だろうな。聞くよりも厄介だな……。聖遺物、ダインスレイヴは」

 

 そう言って端末から一枚の写真を取り出したシュウは、そこに映し出されたワインレッドの刀身を持つ長剣、ダインスレイヴを見つめていた。

 

「彼の誘いを、受ける必要があるかもしれないな」

 

 そう言って流星の連絡先を表示させたシュウは、頷く周囲に追従して首肯した。



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第14話『不穏』

 場所は変わって新関東高校。

 

 併設された寮の一室、コミュニティルームに流星、和輝、大輝、そしてもう一人、半狐族の少年、新原浩二がいた。

 

 寝間着姿でありながら武器を携行した物々しい風体の彼らは、リラックスした態度とは裏腹の話題で話し合っていた。

 

「それで、今日来た国連軍の人達……チームユニウスには、聖遺物の速やかな譲渡の取り付けを条件に協力を打診しておいたよ」

 

「根回しが早いな流星。流石の先見性と言った所か」

 

「いや、今回は運が良かっただけさ。正直実力が分からないから不安ではあるけど、その肩書に偽りの無い人材である事は調べたから」

 

「これで、ケリュケイオンを押さえられるカードが出来た訳だが、本当に向こうはそんな条件で良いと言ったのか?」

 

「うん。恐らく風香先輩はダインスレイヴを引き渡す気は無い筈だから」

 

 そう言って炭酸飲料を飲んだ流星は、ダインスレイヴと書かれたアイコンを現行生徒会の方へ移動させる。

 

 それを見た和輝達は目を丸くし、流星の方を見る。

 

「どうしてそんな事を?」

 

「簡単さ。保有戦力で守り切れなくなった時の交渉カードにする為。要は取引材料にする為だね」

 

「取引か、あの先輩の得意とするところだな。それで、お目当ての聖遺物が不確実な存在となる可能性を見た国連の連中は条件を飲んだ、と」

 

「後、もう一つ。ダインスレイヴで懸念事項がある。隼人君の事だ。保健委員会からの情報によれば隼人君は左腕と左目をダインスレイヴに侵食されている。

それに応ずるようにダインスレイヴ本体は起動しないまま、PSCイチジョウからこちらへに移送されている」

 

「……つまり、ダインスレイヴが持っている機能は現在隼人の体の中にあって、本体は単なる抜け殻、と。そうなれば、先輩以上に厄介かもな」

 

 そう言って前屈みになった和輝に頷いた流星は、先ほどから黙っている大輝と浩二の方を見る。

 

「さっきから元気ないね、二人共」

 

「当たり前だぜ、流星。大体なぁお前ら、そんな落ち着いているけど何の話をしてるのか自覚出来てんのかよ」

 

「あはは。まあ、緊張したり沈み込めばそれだけ視野が狭くなるし、それにばれちゃうかもしれないからね」

 

 そう言って苦笑する流星に呆れている大輝は、同じ顔をしている浩二の横に現れた奈々美に軽く手を上げると、枕を抱えて眠そうに眼を擦っている彼女が彼らを見回す。

 

「皆、寝ないの……? もう、一時だよぉ……?」

 

 ふわぁ、とあくびをする彼女に揃って苦笑した流星達は、テーブルに置いていた飲み物を一気に飲み干すと、解散の動きを取った。

 

「それじゃあ、明日。皆よろしくね」

 

 そう言って奈々美を抱えて笑う流星に

 

「ああ、任せろ」

 

 胸を張る和輝。

 

「ここまで来たんなら仕方ねえな。任せろよ」

 

 多少迷いながらも覚悟は決まっている大輝。

 

「何で俺だけ今までセリフ無いねん!」

 

 オチ要員としてメタに走る浩二。空気読んでくれ。

 

「もう寝ようよぉ……」

 

 更に被せる奈々美。

 

 何とも締まらない決意表明を終えた彼らは、それぞれの部屋に戻る。

 

 その道途中で、半分寝ている奈々美を抱える流星は、おもむろに端末を開いて先程の画像を開く。

 

「クーデター……か」

 

 その画像には、詳細な日程や行動予定が掛かれた表が映し出されていた。

 

「ここから世界を変えるんだ、僕は。あの子の為に」

 

 決意を固めた流星の顔には、柔和な笑みなど無く、そこには覚悟を決めた少年の顔があった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 翌日、新関東高校へ登校した隼人達は、いつの間にか付いてきたアキホ達を連れて、探偵部の部室に向かっていた。

 

「ったく、何でお前らまで」

 

「えへへ~良いじゃん良いじゃんどうせあと二週間で来る事になるんだしぃ」

 

「それはそうだがな、このタイミングで来る事も無いだろうに」

 

「家にいたら暇なんだもん。それに、ちゃんと宿題も持ってきたし」

 

「お前の事だ、どうせやらないんだろ」

 

 ぶっきらぼうにそう言った隼人に、アキホは頬を膨らませる。

 

「えー、信用無いなぁ。そんな事してないっしょ?」

 

「実績あるから信用してねぇんだよバカ。後、お前らの所属だとそれに加えて入学当日に実技試験があるぞ」

 

「実技?」

 

「まあ、模擬戦だな。白兵、射撃、何でも良い。入った頃の実力を測る為の物で、ランダム選抜で戦う」

 

「うっへぇ実技かぁ……」

 

 そう言って嫌そうな顔をするアキホは、同じ様に嫌そうにしている香美に抱き付くと、頬擦りする。

 

「裸の実技ならイケイケだけどね!」

 

 そう言ってニコッと笑うアキホの頭を掴んだ隼人は、ギリギリと力を込める。

 

「あーだだだだ!」

 

「何がイケイケだバカが。自信を持つなら身になるものにしろ」

 

「ぷぅー。ま、私は実技関連なら兄ちゃん達仕込みだし、香美ちゃんもそこそこ戦えるしね」

 

 そう言ってニヤニヤ笑うアキホは、同意する様に笑顔を向けてくる香美に笑い返す。

 

「そう言えばお前ら。入学祝いの武器、父さん達に頼んだのか?」

 

「あ、やっべ。忘れてた」

 

「やはりか……。どうする? 俺らで渡すか?」

 

「え、マジで!? 兄ちゃん達からくれるの!?」

 

「学校から払い下げられた中古で良いなら」

 

 そう言ってニヤッと笑う隼人に、少し困惑したアキホは、やれやれとため息を吐いているリーヤに救いを求める。

 

「ま、中古って言ってもこっちでリファインするから安心して。いつもの事だし」

 

「リー兄までそんな事言うの!? 中古だよ中古! 新品の方がお祝い間出ていいじゃん! 何で中古!?」

 

「あー、うん。お金の事もあるけど何より重要なのがね……」

 

 そう言って溜めるリーヤに生唾を飲んだアキホと香美は、その空気を読むケリュケイオンの面々をちらちら見る。

 

『武器が大抵被る』

 

 そう言って声をそろえたケリュケイオンに、ずるっとずっこけた二人は、まじめな顔をしているリーヤに食って掛かる。

 

「何それ、オリジナリティ出したい中学生の発想じゃん!」

 

「いやいや、まじめな話だってば。初心者向けの装備なんて売ってる会社一ケタくらいしかなくてさ、対応パーツ作る会社も無くて拡張性も乏しいし出力も据え置き。どうせ買い替える事になるんだよ」

 

「だったら最初から調整した武器使おうって事?」

 

「そう言う事。まあ、払い下げならコネで銃もおまけしてもらう事もできるし、悪くはないと思うよ」

 

「むー、そう言うなら納得しない事も無いかなぁ」

 

 そう言ってバスの座席に戻るアキホに苦笑したリーヤは、小さくサムズアップした隼人に、ウィンクをして見せる。

 

 そうこうしている内に到着し、隼人達はそれぞれの武装を置く為に、部室へと移動する。

 

 基本、地方学院では槍やライフルと言った、全長の長い武器の常時携行は認められていない。

 

 いつも持ち運ばず、必要だと思った時に持ち出すのが、この学校におけるルールだ。

 

「よー、おはようさん」

 

 部室に入った隼人達は、部室の机でコーヒーを飲みながら、新聞を読んでいるカズヒサに目を丸くし、その対岸で机に突っ伏している女性二人に、全員が青い表情を浮かべた。

 

「あー、悪いな。昨日飲ませ過ぎちまってよ。御覧の通りさ」

 

「……何でアンタは無事なんだ?」

 

「ん? ああ、俺は酒強いし、そんなに飲んでねえから」

 

 そう言ってにかっと笑うカズヒサに、半目を向けた隼人は、おんなじ表情をしている俊のつぶやきを聞く。

 

「相変わらずのナチュラル畜生かよ」

 

 そう言った俊は、腰からシングルアクションリボルバー『スタームルガー・スーパーブラックホーク』を引き抜いて、ゆっくりとスピンさせているカズヒサに気付き、口を噤んだ。

 

 そんな彼を他所に、今時珍しいシングルアクションのリボルバーに興味津々のリーヤは、キラキラ輝いている目に苦笑したカズヒサからスピン状態のブラックホークを投げ渡される。

 

 慌てるリーヤに、間に入った浩太郎が宙を舞う銃の銃身を掴んでキャッチ、びっくりしている彼にグリップを差し出す。

 

「やるな」

 

 そう言ってニヤニヤ笑うカズヒサに笑い返した浩太郎は、銃を受け取ったリーヤを他所に、隼人をカズヒサの方へ移動させる。

 

「カズヒサさん、バカ話はここまででいいだろう。そろそろ本題に入ってくれ」

 

「あいよ、お前さんは相変わらずまじめだなぁ。さて、お前の親父さんと通話を繋ぎますかね」

 

 そう言ってタブレットを操作したカズヒサの対岸に座った隼人は、スタンドに建てられたそれに映る義父に、視線を変える。

 

「もしもし、初めまして社長」

 

『おお、秘書から連絡があったよ。君がカズヒサ君だね。何でもうちの第三小隊を長期に雇用したいとか』

 

「ええ、その許可と……雇用費用の交渉をしたく第三小隊の面々にも立ち会ってもらってます」

 

 そう言って若干垂れていた目尻を吊り上げたカズヒサは、対岸で不貞腐れ気味だった隼人を見る。

 

 すらりと抜身の刃の様な眼を見た隼人は、何か考えているのかと内心で身構える。

 

『うむ、国連軍との契約は第三小隊にもきっとプラスになるはずだ。許可は出そう。では、値段についてだが相場でそうだなぁ、基本料金七千万円とさせていただこうか』

 

「なるほど……。確かにPMSCの長期派遣の値段としては妥当です。ですが、こちらとしてはそんな額は出せない。学生となればなおさらだ」

 

 そう言って画面の社長を睨んだカズヒサに、そう言う事かと納得した隼人は、机を叩いて反発する。

 

「ふざけるな。学生とは言え俺達も社員だ。それ相応の支払いを受ける権利がある」

 

「だったら世間にリークしても良いんだぜ? 坊ちゃん、お前ら学生の身分でありながら社員でもある奴らがいるって事をよ」

 

 そう言って隼人に眼光を向けてくるカズヒサは、困惑する周囲の面々に、やりにくさを感じつつ、そのまま押し切る。

 

「……カズさん、何でいきなりあんな強気なのぉ?」

 

「……うち、最低限の人件費しか予算おりない貧乏師団だからねぇ」

 

「……ああ~、そう言うこと~」

 

 ひそひそ話すミウと美月の会話は、隼人自身が発する怒号にかき消され、彼らの耳には届かなかった。

 

『分かった、割り引いて三千万にしよう。それ以上は値引きできない』

 

「社長!」

 

『これも会社を、ひいては社員を守る為なのだ、許してくれ』

 

 そう言って通話が切れたのを見た隼人は、ニヤッと笑うカズヒサに、本気で殺意が湧いていた。

 

 が、殺す訳にもいかないのでグッと堪え、着席した。

 

 直後、背後にいた武やレンカ達から抗議の声が飛ぶ。

 

「お前ら……」

 

 少し感動した隼人だったが、その内容を聞いて一気に冷めた。

 

「代引き料金払えねえじゃんよ! それにバイトの数増やさねえとならねえし!」

 

「おやつの数とかゲームの時間激減するじゃんどうしてくれんの!」

 

 完全に我欲の為だった。

 

「うるせえ! もっと別の心配をしろ! 明日からの生活とか他の事を考えろ!」

 

 そう言って黙らせた隼人は、かなり現実的な怒号に沈黙するユニウスの面々を他所に、リーヤから返却されたブラックホークを回すカズヒサを睨むと、悔しさを下して席に付く。

 

「それで、何をすればいい」

 

「聞き分けが良いねぇ。お兄さん嬉しいぜ。で、仕事についてだが、主に俺らの支援だ。一緒に行動してもらう。基本料金こそ値切らせてもらったが作戦参加時の手当ては出す」

 

「つまり金が欲しけりゃ死ぬ気で働け、って事か」

 

「そう言う事だ。ま、お仕事頑張ってくれや」

 

 そう言ってケラケラ笑うカズヒサに俯いた隼人は、明日からの生活費用の切り詰めと、繋ぎの仕事の有無を計算していた。

 

 その様子が大分ヤバかったらしく、気にしていないカズヒサ以外の面々が、隼人から距離を取っていた。

 

「うぅ……気持ち悪い」

 

 そんな彼らを他所に二日酔いでダウンしている三笠が、吐き気をもよおしており、それを見て気付いた日向が、トイレへ連れていく為に担いで離席する。

 

 青い三笠に心配になるユニウスの面々を他所に、発狂寸前の隼人から目を逸らした浩太郎は、そう言えば、とカズヒサに話を切り出す。

 

「聖遺物回収の話はどうなったんですか?」

 

「あ、わり。すっかり忘れてた。回収の話だな、えっと……ダインスレイヴってどこにあんだ?」

 

「今はうちの倉庫に入れてありますよ。いつでも引き渡せます」

 

「おう、そりゃ良いな。じゃ、今度持ってきてもらうとしようかね」

 

「あ、あの……それと、もう一つ」

 

 珍しく戸惑った様子の浩太郎は、隣で怯え隠れたカナをあやしつつ、カズヒサの隣を指さす。

 

「アキナさんが限界っぽいです」

 

 指さす浩太郎の先、プルプル震えているアキナに、全員が気付いた。

 

「お姉ちゃん!?」

 

「あー、窓開けても限界だったかぁ」

 

「乗り物酔いじゃないんですよ! た、大変どうしよう」

 

「おう、こんなもんはな、吐かせればいいんだよ。おら、吐け吐け」

 

「ひぃいいいい、お姉ちゃぁあああん!」

 

 青い顔のハナを他所に、窓の外へゲロらせたカズヒサは、崩れ落ちるアキナを抱え上げる。

 

「ゴメンね、ハナ。こんな酒の弱いお姉ちゃんで……」

 

 ネガティブ思考のアキナにどん引きしたシュウは、三笠を抱えて帰ってきた日向から香る悪臭に、鼻を摘まんだ。

 

「日向、どうしたその臭い! ドブに落ちたか!?」

 

「廊下にドブがあるか。三笠姉さんが吐いてしまったんだよ。そこらにいた人に頼んで処理してもらってる」

 

「お、おう。で、どうすんだよ制服。代わりに何か着るか?」

 

 そう言って視線を彷徨わせた和馬と日向は、何処からともなく出てきたコスプレ衣装を抱えるオタク女子四名から、そっと目を逸らした。

 

「ジャージ借りればいいじゃない?」

 

 そう提案してくる美月に頷いた日向は、口端に吐いたものを垂らす三笠を、和馬に預けると、保健室に移動する。

 

「まあ、取り敢えず、今後の事を話そうじゃねえか、部屋ン中ゲロくせえけどよ」

 

 部屋に立ち込める悪臭に思わず窓を開け、消臭剤を撒いている面々を見ながら、カズヒサはそう言った。



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第15話『雇用問題』

 それから三十分後、一旦落ち着いたカズヒサ達は物凄く暗い表情の隼人が、涙声で切り出すのに傾注していた。

 

「値切り、何とかならないか……」

 

「切実な感じで言われてもお兄さん困るぜ。それにもう履行されちゃったみたいだしなぁ」

 

「だとしても四千万も値引くのはやり過ぎだ!」

 

「仕方ねえだろー。うちだって火の車なんだから。そんな中、三千万も出してんだぜ? 無いよかマシだと思って――」

 

「アンタらと違ってこっちは能力給なんだよ! 仕事取れなきゃ給料が減るだけだ! 長期雇用だぞ? その間、俺らは他の仕事が出来ねえんだよ!」

 

 そう言って、机を叩く隼人に気圧されたカズヒサは、どうしようか悩んだ挙句、こう言った。

 

「が、学校の仕事貰えば良いじゃねえか」

 

 そう言って苦笑いをした彼だったが、それが隼人の怒りに火をつけた。

 

「学校の仕事も出来るか分かんねえから撤回してくれと……言って……」

 

 がっくり膝を突いた隼人が、言葉に詰まったのに、全員が凄く微妙な空気になり、カズヒサを責める様な視線を向ける。

 

「なっ、何だよ! 言っとくけどなぁ、七千万円とかうちの予算の最大値だっつの! 所費払えなくなるぞ!」

 

「まぁ、そうなるわね……」

 

「だろ?! 三千万円が限界なんだよ。悪いけどそれで納得してくれ」

 

 そう言って手を合わせて拝むカズヒサを視線で詰った美月は、深いため息を吐いた隼人の手に、自身のそれをそっと重ねる。

 

「ごめんなさいね、うちもうちで火の車なのよ」

 

 そう言ってにこっと笑った美月は、カズヒサの方に振り返ると、一つ息を吐いて切り出す。

 

「その他にも、何かあるんじゃないかしら? 例えば、今回の回収の経緯についてとか」

 

 そう言って、カズヒサを苦笑顔で見つめた美月は、やりにくそうに後頭部を掻いた彼に傾注する。

 

「あー、そうだったな。一応話しとくか。ユニウスの連中も含めて聞いてくれ。今回、俺達がここに来たのには新日本政府からの打診による物だ」

 

 そう言って小型のホロジェネレーターを近場に投げたカズヒサは、腕のバンドから外した端末を操作して、プレゼン用のファイルを展開する。

 

「これは新日本政府から秘密裏に伝えられた事だが、一週間前ダインスレイヴの存在が確認されたと同時に日本政府より引き渡しの要求が来た。理由については研究用として接収したいとの事だったが

地球側での動きに付いては各国家から収集した情報で知ってたんだが、どうやら聖遺物を軍事目的に使おうって動きがあるようでな。新日本政府は要求を受け入れつつも接収より早く回収してくれと俺らに要請した」

 

「それで、俺らを雇用ついでに回収するって訳か」

 

「そう言うこったよ。まあ、聖遺物回収の話に着いちゃここに限った話じゃねえ。世界各地で、国連主導による聖遺物回収の動きが出始めている。地球側へ渡さない為にな。

まあ、おめえらには分かってるとは思うがそこできょとんとしている初々しい女の子達の為に聖遺物の戦略的価値について説明しとこうかね」

 

 そう言ってホログラムの画面を切り替えたカズヒサは、説明用に用意していたらしいスライドを取りだす。

 

「聖遺物って言うのは昔作られた大魔術式武装みたいな代物の事だ。物によるが大体一つで戦術核クラスの価値がある代物だ」

 

「せ、戦術核?」

 

「あー、こういっても分かんねえか。えーっとな、ヒーローもんの通常モード必殺技みたいなもんだ」

 

 そう言ってスライドを操作するカズヒサに、少し納得しているアキホを見た全員は、内心で突っ込む。

 

(あれ、戦術核ってそんなに威力弱いっけ)

 

 若干ずれてる気がしないでもないツッコミをする彼らを他所に、説明は進む。

 

「んでな、核とは違った点として何度でも使えるって事がまた恐ろしいんだなこれが」

 

「完全に人事みたいですね……。それで、何度も使えると言う事はメリットなのですか?」

 

「ああ、そうだぜ。メガネっこちゃん。核は一発だが聖遺物はチャージさえあれば連発だってできる。町一つを薙ぎ払えるだけの威力を何回もな」

 

 スライドにやたらファンシーなイメージ画像を表示させたカズヒサに、香美はいまいち実感できない恐ろしさを何とかイメージする。

 

「それを地球側が手に入れれば土地にトドメを刺す事になるし、その後予想できるであろうこっちの占領に持ち出されれば被害は甚大だ。それとまだ重要な事がある」

 

「それは?」

 

「地球側の連中は、魔力の怖さを何一つとして理解していないと言う事、そして連中は地球がどうなっても良いと考えていると言う事だ」

 

 ニヤッと笑いながらも目は笑っていないカズヒサに少し怯えた香美とアキホは、黙々としているケリュケイオンと、少し驚いているユニウスを交互に見て、その違いに気付いた。

 

「まあ、分かってる奴もいれば分かってない奴もいるだろうけどこれは事実だ。つまり近いうち全面戦争が待ってるってこった」

 

 そう言ってケラケラ笑うカズヒサに、全員が黙りこくる。

 

「辛気臭い顔するなよ。要は生き残って、聖遺物を回収していけばいいんだ。難しい事じゃねえ、皆協力して信頼し合えば出来ねえ事じゃねえ」

 

「ん~、でもぉ、すでに会話のドッヂボールが繰り広げられているんだけどぉ。それについてはぁ?」

 

「……どう言う事だ?」

 

 困惑するカズヒサにマイペースを維持するミウは、ケリュケイオンを指さすと、ビクッとなっている彼らに垂れ目を向ける。

 

「仲良くねえとあんな会話しねえよ!」

 

「そーだよ、スケベ話とか仲良くないと『あ、うん、そうだね』って微妙な空気になるしかないよ普通!」

 

「女がそう言う話題振るなよ!」

 

 ツッコミを返した武と、返されて嬉しそうな楓になるほどな、と納得したカズヒサは、ミウの方を見る。

 

「うん、これはこれでありだな。まあ、お前らもお前らで雰囲気合わせられる様になれよな」

 

「えー……面倒臭いなぁ……」

 

「ミウはミウで、もうケリュケイオンのノリに近いと思うぞ」

 

 そう言って腕を組むカズヒサにだらしなく笑ったミウは、日向に抱き付こうとして、ふわっと香ったゲロの残り香に、鼻をつまみながら距離を取った。

 

「っと、もう一つ大事な事を忘れてた。あー……すまん、そこのエルフの子とメガネの有翼族の子はちょいと席外しててくんねえか? ちょっとした機密事項だからよ」

 

「だ、そうだ。アキホ、香美、席を外しててくれ」

 

 カズヒサの発言を受けて二人に指示を出した隼人は、隣の部屋に移動していく彼女らを見送ると、アハトに構っているレンカとカナに一瞥やる。

 

「さてと、話しましょうかね。数日前、新アメリカで銃撃戦があった。国連軍と、ある依頼を引き受けた傭兵集団との、だ。国連側はきっちり装備を整えた特殊精鋭部隊。対し傭兵側は軽装、装備も拳銃のみ。

普通なら国連側が全滅する筈のないカードだ。だが、国連側が全滅した。分かった事は二つ。傭兵は、地球での戦役を生き延びた相当な手練れであると言う事。もう一つは連中が地球製パワードスーツ、通称AASを運用していると言う事だ。

これは、現場に残された死体の写真だ。銃撃で死んだ連中の写真がこれで、こっちはナイフで頭を刺された写真、で、問題はこいつだ」

 

 そう言って二枚のスライドを出したカズヒサに、全員が息を呑んで傾注する。

 

「一つは大質量の斬撃武装で斬り潰された死体、もう一つは粒子ビーム兵器で心臓を打ち抜かれた写真だ」

 

「斬撃武装の斬り痕、大剣や斧の切れ方じゃないな……。思い当たる武器と言えば……大鎌か」

 

「あたりだ、隼人。検視官の見解も同様の予測をしている。あと、司法解剖でそれに加えて高周波が使用された形跡が認められた」

 

「大鎌型のソニックブレードか……。それで、国連を全滅させた連中と俺達、何の関係がある?」

 

「まあ、それについてこれから話すから。国連の部隊がこいつらを鎮圧しに行ったのはある情報がリークされたからだ」

 

 そう言って、その情報を表示したカズヒサに、全員が息を呑む。

 

「数日前、新横須賀のPSCイチジョウに回収された聖遺物、ダインスレイヴを奪取しようとしている傭兵部隊がおり、新アメリカで奪取依頼に関する取引をしようとしている、と言う情報が匿名で国連新アメリカ駐在所に寄せられた。

この情報が出回った時、俺は裏を取ろうと情報屋を使ったが上層部はそれを待たず精鋭部隊を動かした。功を焦っていた、と言えばそうなるが実際には初動解決をしたかったんだろうな」

 

「で、結果精鋭部隊を失うだけで何の効果も無かった、と」

 

「そうだ。いや、むしろ状況としては相手に警戒する余地を与えた分、こっちに不利だ。戦闘をする際に、こちらの戦力に対して対策をしてくるかもしれないからな」

 

「なるほど。で、一つ質問なんだが、その情報主、誰だったんだ?」

 

「こっちで分かってる内じゃ取引相手だって事くらいか。この情報は闇社会じゃとっくに広まってたらしくてな。一部じゃ独占を狙った無謀な騙し討ちだって話もある。まあ、確定した情報がねえから特定はできないんだけどよ。

相手の大元は恐らく地球人だろうな。今一番聖遺物を欲しがってるのは地球人だからな」

 

 そう言ってプロジェクターを収めたカズヒサは、うーん、と思い悩むケリュケイオンの面々と、どうしようか迷っているユニウスの面々を見比べてため息を吐いた。

 

(こればっかりはしゃーねえか。俊達ゃ実戦経験ねえもんなぁ……。こう言う話題出ても想像とか想定できねえよなそりゃ)

 

 横でダウンしている副官二人を流し見つつ、そう思ったカズヒサは、手持無沙汰になって、ブラックホークをくるくると回し始める。

 

「何か質問はあるか?」

 

「一つある。襲撃が予測される連中、どう考えても人間が使える武器ではないものを使用している。クラスとしては、軽軍神クラスだ。だが、こちらでまだ粒子ビームは軍用化されていない。

だとすれば、だ。相手は一体どんな兵器を持ち込んできている? そこら辺の情報、アンタは持っている筈だ」

 

「……良い質問だ、隼人。相手が持ち込んできた兵器、それはな、地球製のパワードスーツ、通称AASだ。六年前、地球で起きた大規模紛争において主力兵器となっていた代物でな。第六世代型まで開発された所で、国力が続かなくなり何処も開発を止めちまった。

地球産の軽軍神と言っても良い代物だが、こっちのそれと違うのは動力源であるユニゴロス反応炉の恩恵で活動時間に制限が無い事だ。平均的な出力こそ軽軍神には劣るが、活動時間が長いお陰で戦闘では優位に立てる。

加えて、兵器自体の研究や戦闘経験による構造の最適化が進んでいるおかげで兵装選択の自由度や信頼性も高い。つまり兵器としては向こうの方が完成度が高いってこったよ」

 

「なるほどな。だが、何でそんな物が地球からこちらへ来ている? 輸出はともかく私的な事情での兵器持ち込みは禁止している筈だぞ?」

 

「それについては、わからねえ。だが最近無差別にゲートが開いてるって報告が国連の各支部からあってな、そのドサクサで持ち込まれたのかもしれん。ただまあ、こちらへの恭順を示しているAASパイロットもいない訳じゃねえから、違法であっても咎めようって動きゃ今んとこねえらしい。

だが、今回の奴らはそう言う姿勢じゃないんでな。それに、ビームライフルの装備が確認できる世代ってのは第五から第六。つまり相手様は最新鋭機を保有してるって事になる」

 

 そう言ってブラックホークを宙に投げたカズヒサは、暗く成る隼人達の中で挙手したリーヤに、視線を変える。

 

「あの、AASについての資料って無いんですか? 基礎構造や研究されていた兵器の解析さえできれば幾分か対抗できると思うんですけど」

 

「あー、悪いなメガネ君。AASの資料ってのは特A級でな、そう簡単に見せる訳にゃいかねえんだよ」

 

「そうですか……。うーん、粒子ビーム兵器かぁ……。微粒子とかで撹乱幕とか形成できれば威力を減らせるとは思うんだけどなぁ」

 

 ぶつぶつ呟くリーヤに苦笑したカズヒサは、頃合いと見て手を叩いた。

 

「ほい、この話は終わり。解散解散、あ、後しばらく俺らここの臨時顧問だからよろしく」

 

 そう言って手を上げたカズヒサに、全員が驚愕しつつ、そそくさと退室していった。



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第16話『宣戦布告』

 教室に向かおうとした隼人達は、ここでアキホ達の事を思い出し、元来た道を引き返して隣のサービス事業部の事務所に向かった。

 

「失礼します」

 

「あ、兄ちゃん」

 

「ああ、やっぱりここにいたのか……。って、何してるんだ?」

 

 そう言って半目になった隼人の視線の先、事務所の一角にある休憩室でゲームをしていたアキホ達が、部長達、三年生や二年生にちやほやされていた。

 

 初々しい二人が可愛くてしょうがないのか、凄くへらへらしていた部長を睨んだ隼人は、二人がやっているゲーム機の見て固まった。

 

「スーファミかよ……」

 

「違うよ! PC○ンジンだよ! ソフトはゼロヨンチャン○!」

 

「ぴ……?」

 

 困惑する隼人を他所にずかずかと割って入ったレンカと楓は、目的を忘れて茶菓子をむさぼっていた。

 

 一方の武とリーヤは、往年のゲーム機、PC○ンジンに目を輝かせており、それを残りの面々が苦笑顔で見ていた。

 

「何て言うか、ケリュケイオンの人達ってマニアックだよね」

 

「ハナも、人の事言えないと思うぞ」

 

「えー? そうかなぁ」

 

 そう言って首を傾げるハナに苦笑したシュウは、茶菓子のまんじゅうを口に頬張っている、レンカ達2人を隔離した隼人が、物凄く疲れた顔をしているのに哀愁を感じた。

 

 ドサクサに紛れてゲームをし始める武達に乗っかって、ギャーギャーと騒ぎ出した事業部の上級生達は、そう言えば、と隼人に視線を向ける。

 

『何しに来たの?』

 

 全員声をそろえてそう言ったのに、女子2人を抑えたまま、大きなため息を吐いた隼人は、アキホと香美に視線を向ける。

 

「用事が済んだから俺達は教室に戻るが、お前らはどうする?」

 

「んー……、どうしよっかな。学校の敷地ウロウロしようかな」

 

「あー、うん。迂闊に散歩すると迷うぞこの学校。広いからな。生徒が学校で行方不明とかしょっちゅうだ」

 

「入学案内でやたら詳しい地図と学校の連絡先があったのって……」

 

「入学式の前に迷う奴が毎年十人以上いるからだ。で、大抵模擬戦場に迷い込んで大怪我を負う奴が出て来る」

 

 やたら広い学校の地図を端末で開いた隼人がそう説明するのに、青い表情を浮かべた二人は、散歩できると思っていた自分達の認識の甘さを反省していた。

 

「じゃあ、散歩は無理だね……。あーあ、大人しくここでゲームしてよっかなぁ」

 

 諦めムードでソファーに凭れたアキホはさぞつまらなさそうに足を遊ばせる。

 

「あれ? 宿題は?」

 

 そんなアキホを見てすらっと言い放った香美は、うっと詰まった彼女にやんわりと睨まれて、視線を逸らした。

 

 香美がいれば大丈夫だな、と安心していた隼人はイチャイチャ絡んでいる彼女らを見て、安堵が曇るのを感じていた。

 

「じゃあ、お前らそこにいろよ。俺達は授業受けに行くから」

 

「ほーい、じゃあねぇ」

 

「宿題終わらせとけよ。戻ってきたら特訓だからな」

 

 そう言って指さした隼人は、舌を出したアキホに人差し指を立てて見せる。

 

 軽いやり取りを済ませた隼人は、レンカのふくれっ面と浩太郎達の苦笑に迎えられて、教室に向かおうとしていた。

 

 その時だった。

 

 隼人の端末から着信音が鳴り、少し進んでいた全員を止めると、通話に出た。

 

『もしもし、イチジョウ君?』

 

 電話の相手は、風香だった。

 

「会長? どうしたんだ?」

 

『あー、うん。ちょっと生徒会室まで来てほしいの。少し面倒な事になっちゃって」

 

「面倒な、事?」

 

 そう言って視線を浩太郎達に向けた隼人は、その中で何かに気付いたのか、表情を曇らせるシュウ達に気付いた。

 

 だが、それ所では無いと判断した隼人は、曇った表情への言及は止めて風香との会話に戻る。

 

『詳しい事は後で説明するから、取り敢えず生徒会室に来てもらってもいいかしら?』

 

「了解だ。今連れてる国連の連中も連れて行ってもいいか?」

 

『戦力になるなら、お願い』

 

 そう言って通話が切れた端末を、ポケットに収めた隼人は何事かと見てくる面々に向き直ると、子細を話し、それぞれ武器を持ち出して移動を開始する。

 

 物々しい雰囲気の彼らにざわつく生徒達の視線を浴びながら、生徒会室に入った隼人達は、そこで対立している流星と風香を見つける。

 

「あ、イチジョウ君。来てくれたんだね」

 

 そう言って笑う風香とは対照的に、隼人を見つけた流星は、苦々しい表情を浮かべて視線を逸らした。

 

 一方の隼人達は、いまいち自体が飲み込めずにいた。

 

「一体、何事なんです? 流星も、何してるんだよ?」

 

 そう言って二人を交互に見た隼人は、言いにくそうに口を開いた流星の方に、視線を向ける。

 

「今日、午前十一時を持って、僕、松川流星は、現行生徒会に対して不信任を宣言します。風香先輩、あなたの考えはこれからの世の中に通用しない。

この学校を守り、そして世界を守る為に、僕はあなたを倒します。風香先輩」

 

 そう言い放った流星は、困惑する隼人を敢えて無視し、その向こうで残念そうな悲しげな表情をする風香を見据える。

 

「分かったよ、松川君。でも、私だってこの学校を守りたい。私の方法で、私の最善で。だから、抗うよ。君に、君が思う最善に」

 

「では、これは決議へ持ち越しと言う事ですね。先輩」

 

「うん。そうなるね。残念だけど、君は私の敵なのだから」

 

 そう言って寂しそうに笑った風香に、頷いた流星はその間に割って入った隼人を見た。

 

「ま、待ってくれ流星。どうしてそんな事になっているんだ?! お前は、風香先輩の下で一緒に学院を守ると言ってたじゃないか」

 

「風香先輩といて分かったんだ。これからの世界で、風香先輩のやり方では通用しないと」

 

「だからって、こんな時期にクーデターなんて」

 

「こんな時期だからさ。新入生が入学する時期に起こす訳にはいかない。これは、決めた事だから」

 

「その決意は、揺るがないのか」

 

 そう問いかけた隼人は、無言で頷いた流星に、突き飛ばされた様な感覚を抱き、もう駄目だと諦めた。

 

 膝を突いてうなだれる彼を他所に、流星は風香を見据えて宣言する。

 

「風香先輩。僕、松川流星は、あなたと、現生徒会に対して不信任決議を宣言します」

 

「こちらも、決議に異存はありません。あなたと私、正しいのがどちらか、決めましょう。その方式は、校則に乗っ取り、松川君に選択権を譲ります」

 

「分かりました。決議方式は、言論、戦闘、両方を用いた交渉方式を。言論は僕と風香先輩が、戦闘は……」

 

「我々はイチジョウ君達を出します。本戦力を消耗する訳にはいかないから」

 

「分かりました。じゃあ、僕らはチーム・ユニウスを出します。僕らも事情は同じです。消耗は避けるべきですから」

 

 そう言って隼人達を見た流星は、突然の事に戸惑う彼らから視線を外して、風香達と向き直る。

 

 流星から対立する立場を告げられ、戸惑うシュウを一度見た隼人は、止める余地が無いのか、と後ろで話を聞いている和輝と大輝に、止める様に言えないかと考えていた。

 

(いや……。待て、今までの事は……この為か!?)

 

 心当たりを思い出した隼人は、複雑な表情を浮かべる隆介達の中で、一人分かっていた様な表情を浮かべるジェスを見る。

 

 フレームを受け取る前、ジェスが話していた、月末が忙しくなる事。

 

 そして、流星や奈々美が持っていた書類、和輝が口止めしていたその中身。

 

(全部計算ずくと言う事か、流星!)

 

 準備は進めていた。

 

 自分にも少しだけ分かる様に。

 

 だが、自分はその可能性を否定していた。

 

 そんな事はあり得ないと。

 

「……こうなる事は決まってたんだな」

 

 そう呟いた隼人は、ジェスに視線を向けると、やりにくそうに目を伏せた彼は、整備途中のライフルと向き直った。

 

「決議内容については明日展開します。では、失礼します」

 

 そう言って一礼した流星は、シュウに視線を流すと、頷きを返した彼が、ユニウスを連れて付いて行く。

 

 それを無言で見送った隼人は、周囲も見えず悔しげに歯を噛む。

 

「リューちゃん、本当にウチらの事、敵だって認めたんだね……」

 

「だったら、俺達は俺達で出来る事をするだけだ。それに、アイツをここで失うのは惜しい」

 

「リュウ君……」

 

 落ち込むケルビへ強い意志の目を向けた隆介は、目の前で泣き崩れた風香を支えると、泣き止めない彼女の代わりに、居場所に迷う隼人達を中へ招き入れる。

 

 彼に言われるまま中へ入った隼人達は、物置として使っている机の上に安全装置をかけた武器を置くと、話し合いに入る。

 

「しかしだ、まさか松川が敵に回るとはな」

 

「リューちゃん優秀だかんねぇ。戦術論、言論、とか戦闘職なのにウチ等より優秀だよね。でも、攻撃系技能はからっきしなんだよね」

 

「それは今関係ない。警戒すべきは、言論だ。周囲との関わりを絶ちつつ身動きを封じる風香のやり方に、松川は反発している。恐らくそれが通じないと証明するだけの証拠は揃えている筈だ。

あいつは元々生徒会だ。資料を揃えるには困らない立場であり、内部事情も知っている」

 

 そう言って腕を組む隆介に、頷きを返したケルビ達は悔しそうな隼人に視線を移す。

 

「すまない先輩、俺が気付けないばかりに」

 

「全くです。あなた達のせいで風香がいらぬ涙を流す事になりました」

 

 強く責められて俯く隼人は、叱責する市子に頭を下げ続ける。

 

 そんな様子を見て庇おうと動くレンカに気付いた隼人は、小さなハンドサインで彼女を押さえる。

 

「まあまあ、イチコ。怒るのはそこらへんにしておいてさ、建設的な話をしようよ。ね? 皆もさ」

 

「レオンの言う通りだ。今俺達がすべきは、風香が松川との交渉に勝利し、そしてあいつがまた戻ってこれる様な材料を探す事。そして、イチジョウ達が国連の派遣部隊に勝てる様にする事だ」

 

「前者は、風香に任せられるけど、後者は……難しいね」

 

 そう言って問題提起をするレオンと一郎の視線を浴びた隼人は、対策を出してくれようとしている生徒会の面々を見回して、首を横に振った。

 

「良いよ、先輩。これは、この戦いは俺達が決着をつけるべき事でもあるから」

 

「これは強制だイチジョウ。何の責任感からかは知らんが、こちらとしてもお前達の変な意地で負けられては困る。戦術分析の方、残りの日数で進めていこうじゃないか」

 

「……分かった。じゃあ、協力してくれ」

 

 そう言って、礼をした隼人に苦笑した一郎は、礼儀正しい後輩の肩を叩くと、ケリュケイオンの女子メンバーの方へ突貫するケルビの、首根っこを掴んで引き戻す。

 

 吊り上げられた体勢で暴れるケルビを睨んだ一郎は、手招きするレオンに向けて放り、投げ渡す。

 

 間抜けた声を上げて宙を舞ったケルビは、レオンにお姫様抱っこの体勢でキャッチされ、そのまま乱暴に風香と市子がいるソファーへ投げ飛ばされた。

 

「中継からの送球! にゃーはっはっは!」

 

 大声で騒ぐケルビに薙ぎ倒された二人は、追加で飛んできたレンカと楓に、押し潰された。

 

「さて、じゃれてる奴らは放っておくとして、取り敢えず可能な範囲での相手の分析を開始しようじゃないか」

 

「使用している武装からして、戦力配分は近距離3、中距離2、遠距離3か。遠距離に高火力術式を扱う術士と電子戦要員がいる。ここから予想できる基本戦術としては、術士を中心に陣形を展開。

電子戦要員が近中距離の戦闘状況から戦場の情報を収集し、それを元に術士が高火力の術式を戦場へぶち込む。考え得る戦術だと、まずこれだろうな」

 

「ふむ、その戦術だと、最優先対象二つを攻めるには近距離がまず壁となっている。それを突破するとしても、ネックは中距離の二人と術式、そして時間だな。お前達の基本戦術は一点集中の速攻型、時間をかけ過ぎると包囲され、全滅する可能性が高い。

加えて中距離の二人は恐らく遊撃。お前達が近距離でもたつけば、それだけ後ろを狙う余裕も出て来る。狙撃、スポッター潰しを第一としてマシンガンナーを第二としようか。それらを潰せば向こうにとって有利になる。

お前らの編成に、メインで銃火器を扱う奴は少ないからな。真っ先に狙われるだろう」

 

「分隊単位で動けば楓がガードに着く分、幾分かマシにはなるがそうなれば前線火力が落ちる。だが、対策としては悪くはないと思うが」

 

「なるほどな、堅実な考え方だ。だが……そうだな、前衛の内、誰かを足止めに使うと言うのはどうなんだ?」

 

 そう言って戦術指南用のプログラムを起動し、動かした一郎は、食い入る様に見つめる隼人達に、何だか恥ずかしくなっていた。

 

「取り敢えず、だ。基本戦術に関する考察はここまでとして、今日の所は解散にしよう」

 

 そう言って手を叩いた一郎に、頷いた隼人はケリュケイオンに撤収準備をさせる。

 

 フレームが入ったカバンを背負った隼人が、カバンのストラップを手に掴んだ瞬間、左腕に走った痛みに、彼は思わず跪いた。

 

「ッ、くっ……」

 

 侵食箇所が痛み、堪らず机に凭れかかった隼人は、ペンスタンドやファイルケースを薙ぎ倒して崩れ落ちる。

 

 それを見ていた全員が慌て、すぐに動いたジェスと一郎が抱え上げて支える。

 

 その間にも、隼人は左目を押さえて呻いていた。

 

「大丈夫か、イチジョウ」

 

 そう言って背中に触れた一郎は、接触個所を針に刺された様に体をのけ反らせた隼人が叫び、床に倒れたのを見て困惑した。

 

 片膝をつき、荒く息を吐いた隼人は赤く明滅する目を自覚する事無く懐から、侵食抑制用と精神安定剤を兼ねたアンプルを取り出し、首筋に打ち込んだ。

 

「おい、本当に大丈夫か」

 

 そう言って恐る恐る近寄ろうとした一郎は、ふら付きながら立ち上がった隼人が、一瞬狂気的な笑みを浮かべたのに気付いたが、瞬きの間に消えたそれを、自身の気のせいだと断じた。

 

 深い吐息の後に、アンプルをポケットに隠した隼人は、心配そうな生徒会の面々に強がった笑みを向けた。

 

「大丈夫だ、先輩」

 

 そう言って精一杯の力を使って、隼人は生徒会室を後にした。



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第17話『裏切りの意味』

 一方その頃、模擬戦場の管理プレハブを拠点としていた流星達は、隼人達『ケリュケイオン』から離反したユニウスの面々と対面し、少し険悪なムードになっていた。

 

 少し動揺するユニウスの面々を庇う様に、シュウは俊と共に先頭に立ち、流星達の視線を浴びていた。

 

「それで、松川流星。君の考えを聞こうじゃないか。転入手続きに乗じて引き抜きを試みた君の目的を」

 

「目的は単純さ。今の生徒会を倒す。その為の戦力として君たちが欲しかった」

 

 眉をひそめるシュウににこやかに笑った流星は、まるで講義をする様にそう語ると、次の質問を促す。

 

「戦力ならば、ケリュケイオンがいるじゃないか。どうして俺達を?」

 

「そうだね、ケリュケイオンは確かに即戦力になり得る。だけど、僕らが使うには少々リスクが伴う」

 

「例えば?」

 

「うーん、一番大きいのはお金で雇われてるって事かな。僕と隼人君は親しいけどそれとこれとは別だ。彼は仕事で戦うから、それなりの報酬を要求してくる。だけど、僕らにはそれが無い」

 

「友情よりも実利って事かよ。はん、気に入らねえ」

 

 そう言って悪態を吐く俊に苦笑した流星は、そんな彼を嗜めたシュウに視線を向ける。

 

「だけど、君たちは違う。君たちは明確な目的があってここへ来た。そうだろう? 聖遺物回収を専門とする、『セクターエクスレイ』のチームユニウス」

 

「どうして、それを……」

 

「調べれば出る事さ。最も、権限がいる事だけど」

 

「なるほどな、生徒会権限で国連のデータベースにアクセスしたのか。それで俺達の事を」

 

「それだけじゃないけど、これ以上はちょっと言えないかな」

 

 そう言って笑った流星に、シュウは冷たいものが背中を伝うのを感じた。

 

「で、だ。僕は君達にある事を確約すると、君に言ったんだよね。君達の立場を知った上で」

 

「あの時すでに知っていたのか……?」

 

「もちろん。君達の目的の品、ダインスレイヴが回収された瞬間から、調べていたのさ。君達が来ると予想した上でね」

 

 そう言ってホロジェネレーターにダインスレイヴの立体データを表示した流星は、イラついた俊の声を聴く。

 

「それで、もったいぶらずに言えよ。お前が、お前らクーデター側が、俺らに何してくれるのかを」

 

「そうだね、権限奪取後、ダインスレイヴの委譲を速やかに行う。それじゃあダメかな?」

 

「何だと? そんなもん何時でも出来る事じゃねえか。兄貴だって言ってたぜ」

 

「それは、どうかな」

 

「何?」

 

 本気で疑った俊に、深刻な表情を浮かべた流星は状況が分かっていない彼に、諭す様な口調で話し始める。

 

「今、ダインスレイヴの管理はPSCイチジョウが担当している。だけどそれは、新関東高校からの依頼だ。隼人君がどう言ってたのかは知らないけど、譲渡には新関東高校の首脳の考えが挟み込まれる。

要は今の生徒会の考えだ。そして、これはあくまでも僕の予想だから、違うかもしれないけど、風香先輩……いや、生徒会長はダインスレイヴを防衛材料として手元に残しておくはずだ」

 

「は? そんな事、許されるのかよ。だって国連命令だぜ?」

 

「国連命令を聞く義務があるのは、各国政府とそこに属する民間組織だけだ。学院機関は違う。命令に対して拒否は認められているし、無理強いすれば条例違反で君達は処罰される」

 

「正気かよ。ここの生徒会長さんは、聖遺物の怖さを知らねえのか……?」

 

「分かってるさ。分かった上で手元に残すのさ。強力な取引材料だし、いざとなれば使用する事だってできるしね」

 

 そう言って、驚愕する俊へ、ホロジェネレータを使って簡略図を表示した流星は、驚く全員を見回す。

 

「そんな……分かってて使うってのかよ!」

 

「聖遺物相当の武装なら僕ら学院機関だって所有している。形骸武装って言うカテゴリの、『雷牙』と言う武器をね。それは去年の内戦で各学院が奪っては使用していたって言う履歴があるし、ダインスレイヴに限ってやらないとも限らない。

それに、ダインスレイヴには特別『魔剣』と言うブランドが付いている。威嚇効果もてきめんだろうね」

 

「そんな、そんな事は悪人のする事だろうが! どうして学生がそんな事を!」

 

 そう言って壁を強く叩いた俊に、呆れ半分の流星は、納得がいった表情で彼を見た。

 

(……なるほど。通りで隼人君達と衝突する訳だ)

 

 そう思い、苦笑した流星は、不思議そうに見てくる俊に慌てて誤魔化すと、秘書として少し離れた位置にいた奈々美に、資料を渡す様、促した。

 

「取り敢えず、僕が君達に依頼するのはケリュケイオンが出てきた場合の対処。要は、交渉戦闘の場で彼らを潰してほしい。ただそれだけさ」

 

「外野は外野と、か。妥当な判断だな。で、ルールはどうするんだ?」

 

「取り敢えずは……一騎打ちかなぁ。華があるし、分かりやすいし」

 

 そう言ってうーん、と声を出してシュウと共にアイデアを考える流星の背後、ぽへっとしていた奈々美の胸を揉む、金の四枚羽根を持つ有翼族の少女、ヒィロ・ユーグナントは、頭一つ低い彼女を撫で回していた。

 

「んにゃあ、止めてよヒィロ……。仕事中だよ?」

 

「うっへっへ。良いじゃあねえかお姉ちゃんよぉ。ふへ、ふへへへへ」

 

「ぴぃっ、おっぱい撫でないでよぉ……」

 

 赤面し、涙目になる奈々美を見て下種びた笑みを浮かべるヒィロは、間に割り込んできた青髪が特徴の人狼族の少女、エクスシア・フェルツシュタットに疑問の目を向ける。

 

「エクスたそ、どったの?」

 

「リューに言われて注意しに来ました」

 

「なるほどなるほど。そう言われて止まるヒィロ様ではなぁああい!」

 

 そう言ってエクスシアに襲い掛かろうとしたヒィロは、うるさいのが鼻についたのか、背後に立っていた流星に気付き、彼にアームロックされた。

 

「あーだだだだ! いけない! それ以上はいけない! う、腕、腕折れる!」

 

「うるさいよヒィロ。また星良のお仕置きがいるのかな。あの子は喜ぶけど」

 

「やーめーろーよー! 星良のお仕置きマジシャレになんないもん!」

 

 そう言って涙目になるヒィロを見てニコニコ笑った流星は、ドン引きしているユニウス達に気付いた。

 

「ああ、皆気にしないで。いつもの事だから」

 

「い、いつもの事……?」

 

「うん。いつもの事」

 

 そう言って、ヒィロの背中をポンポンと叩いた流星に、呆れかえったシュウは、涙目の奈々美が、こちらを見ているのに気付き、軽く笑う。

 

「ひぅ……」

 

 引き攣った声を上げ、流星の背中に隠れた奈々美に軽く傷ついたシュウは、自身に隠れながらも、奈々美をじっと見ているハナに気付いた。

 

「話してくるか?」

 

 そう言ってハナを見下ろしたシュウは、人見知りする彼女の頭を軽く撫でて、流星と向き直る。

 

「悪いな、俺も彼女もまだお前らに慣れなくて」

 

「大丈夫さ。最初はそんなものだよ。ね、奈々美ちゃん」

 

 温厚な笑みを浮かべるシュウと共に、柔和な笑みを浮かべた流星は、恥ずかしそうに制服の裾を掴む奈々美の頭を撫でる。

 

「あー、ズルい! 私も奈々美の頭なでなですりゅうううう!」

 

「分かった、分かった。なるべく優しくね……」

 

「わっほぉおおおい」

 

 解放され、ハイテンションで奈々美にハグをしたヒィロは、頬擦りしながら、優しく頭を撫で回す。

 

 その流れにエクスシアも加わり、人外二人に抱き付かれた奈々美はあわあわと慌てながら、なされるがままになる。

 

「さて、取り敢えずこれでおしまいにしとこうか。後は……」

 

「家探し、だな」

 

「え?」

 

 そう言ってぽかんとした流星に、青い表情を浮かべたシュウは、あっと声を上げたハナ達の方を振り返る。

 

「ケリュケイオンと別れたから宿が無い」

 

「あ、うん。そうだよ……。どうしよう。って、あれ?」

 

 そう言ってシュウを見上げたハナは、若干潔癖症の気があるシグレを除いて、割と平然としている面々に間抜けた声を上げた。

 

「皆、困ってないの?」

 

「いや……別に。ホテル探せばあるし、それに最悪野宿でも構わないけど」

 

「そ、そうだよね」

 

 そう言って引き攣った笑みを浮かべたハナに、後ろの和馬共々平然としている美月は、胸を撫で下ろす彼女の背後で冷や汗を掻いているシュウを見る。

 

「あ、あのな、ハナ」

 

「どうしたの? 物凄く汗を掻いてるけど」

 

「その……。言いにくいんだが、宿代が、無いんだ」

 

「ふぇ?」

 

「大隊長が、昨日どんちゃん騒ぎで予算使い潰したらしいんだ」

 

 そう言って虚ろな目を向けたシュウに、シグレ共々ぴしりと固まったハナは、机の上に置いていた『HK417A2』口径7.62㎜バトルライフルを手に取る。

 

 そして、ククリナイフと『G18C』9㎜マシンピストルを引き抜いたシグレと共に、外に出ようとする。

「おい、待て待て」

 

「待った、待ったぁ~」

 

 直前で自身よりも背の高い、日向とミウに止められた二人は、文字通り抱き締めた二人に、駄々をこねる子どもの様にじたばたと暴れる。

 

「何する気だお前ら」

 

「酒とタバコに現を抜かす兄さんを殺します」

 

「殺しても、どんちゃん騒ぎの金は戻らんぞ。それに、良いじゃないか、野宿くらい」

 

「絶対に嫌です! 外で寝るとか、む、虫がいっぱい湧くじゃないですか! それに、お風呂や、トイレはどうするんです!?」

 

「あー、風呂やトイレは川とかその辺の施設を使えば良いし、虫くらいなら別に構わんだろ。困るとすれば電子機器くらいか」

 

 手慣れた様子でそう答えた日向に、追従して頷いたミウは、心底嫌そうなシグレに、ほんわかした笑みを浮かべていた。

 

「まー、シグちゃんはまーだまだ、子どもだかんねぇ。ちゃんとした環境無いと不安なんしょー」

 

「そ、そんな事はありません!」

 

「えー? だったらさっきの文句は何だったのさー。本心じゃないのぉ?」

 

「ち、違います! 私はただ、国ごとに求められる環境について……」

 

「私は、環境なんて人それぞれだと思うけどなぁー」

 

 そう言ってのんびりと笑ったミウに、ムッとしたシグレは、奈々美と似てぽわっとしている彼女の巨乳に顔を埋めて自身のそれを隠した。

 

 抱き付くのも抱き付かれるのも大好きなミウは、シグレの抱っこを見て、嬉しげに笑い、ギュッと抱き返した。

 

「えっへっへー、シグちゃんは甘えんぼだなぁ~」

 

「甘えん坊じゃないです。子どもじゃあるまいし」

 

 にへー、と笑うミウに恥ずかしそうな表情を浮かべたシグレは、腕を組んだままニコニコ笑う俊と日向に気付き、顔を真っ赤にした。

 

「続けてて良いぞ」

 

 そう言ってカメラを構える日向の横、妹を見つめる兄の様な顔をしている俊に、少し寂しさを感じていた。

 

「皆、仲良いんだね」

 

 そう言って一息つく流星は、そのタイミングで部屋に入ってきた長身の少女、自分に似た顔を持つ双子の妹の松川星良に、軽く手を上げて出迎える。

 

「やあ、星良。待ってたよ」

 

「いきなり呼び出しておいて、随分と嬉しそうにしてるじゃないのよ流星。それで? 先輩達に言ってきたの?」

 

「ああ、ちゃんと、ね」

 

「そう。なら良かったわ。優しいあなたの事だから、言いきれなくなったかと思って心配してたの」

 

「大丈夫だよ。僕はもう、あの頃よりも強いから」

 

 そう言って笑った流星に、落ち着いた雰囲気を放った星良は仕方ないな、と言う様に、深呼吸交じりの微笑を浮かべる。

 

 そんな彼女らのやり取りを遠目に見ていたシュウは、真っ暗い表情のハナを慰めながら、先程の自信が消えている流星を見つめていた。

 

(あの頃……?)

 

 引っかかる単語を脳内で反芻しながら、宿の算段をつけようとしているシュウは、数名を集めて話し合っている流星達に、さらに疑問を浮かべる。

 

 流星の方へ移動しようと体を動かしたシュウは、そのタイミングで着信音を鳴らした端末に気付き、足を止めた。

 

 そして、耳にかけていた神経接続対応のマルチデバイスのスイッチを入れ、視界に割り込ませる様に、受信したメールを開いた。

 

『シュウヘ:事情を聴きたい。寮にて飯を作って待つ。:隼人より。

 追伸:寮に荷物があるが今後どうする? その話もしたい』

 

 しっかりしているな、と感心しながら、おそらく寮で待ち受けているであろうケリュケイオンの刃の様な視線を想像したシュウは、少し胃が痛くなっていた。

 

 青くなる彼を不思議そうに見上げたハナは、一息入れて戻った彼の表情に、少し笑うと気合を入れてあげようと軽く背中を叩いた。

 

「ぬ、すまん」

 

 不機嫌と勘違いされ、彼に謝られた。

 

 どうしよう、と罪悪感に囚われたハナを他所に、自分で気合を入れたシュウは、ユニウス全員に向けて集合のサインを送る。

 

「全員、集まったな。さて、これから一旦寮に戻る」

 

「戻んのかよ」

 

「ああ、荷物もあるし、それに……。目的も話していない。俺達はあくまでも任務の為に彼らと敵対する。その事を伝えなければ今後に関わるからな」

 

「何でだよ。どうしてあんな傭兵共を味方につける必要があるってんだよ。俺達は俺達のままで良いじゃねえか」

 

「編入自体は俺が提案したんじゃない。大隊長の命令だ。だけど、あの人が言うからこそ、何かあるのかもしれない」

 

 そう言って俯くシュウに、鼻を鳴らした俊は肩に担った、巻布包みの槍を軽く鳴らす。

 

「傭兵を雇った所で、何か変わるとは思えねえんだけどよ」

 

「だが、大隊長も言っていた通り、これからの戦闘は激しいものになる。彼らの助けは必要不可欠だ」

 

「だから、俺らと組む必要ないだろっての。あいつらだけで良いじゃねえか」

 

 そう言ってツンとした俊に、ため息を落としたシュウは、彼とシグレを除く面々へ、アイコンタクトを送ると、全員が諦めた様に首を横に振る。

 

 それを見て説得を諦めたシュウは、取り敢えず、と前置きを置く。

 

「ケリュケイオンのいる寮に戻る。これは確定事項だ。俊、向こうに行っても、騒ぎは起こすなよ」

 

「わーってるよ。そんぐらい。姐御にシメられるのは、勘弁だからな」

 

 そう言われ、ため息を返事にしたシュウは、不貞腐れる俊を流し見ると、流星に退室を告げてその場を後にした。



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第18話『決意の二人』

 一方その頃、後方支援委員会のサービス課にアキホ達を迎えに行っていた隼人は、付き添いのレンカと共に前を歩く彼女らを一人見守っていた。

 

 夕焼けに照らされた少女達の笑顔に、少し眩しさを感じていた隼人は、白黒が暗転した視界に驚愕し、直後、締め付けられるような痛みに苦悶を上げた。

 

「兄ちゃん!?」

 

 その様子に気付いたのか、慌てて引き返したアキホは、隼人から走った殺気に針で刺された様な錯覚を覚えて無意識にバックステップした。

 

「悪いな、アキホ……。ちょっと、一人にさせてくれないか」

 

「兄ちゃん……」

 

「心配しなくて良いから、レンカと先に行っててくれ」

 

 精一杯の元気を振り絞ってそう言った隼人に戸惑ったアキホは、黙々と頷いてレンカの後を付いて行く。

 

 三人が見えなくなったのを確認した隼人は、苦悶を口から吐き出し廊下の上で、体をくの字に折る。

 

 全身の神経が掻き毟られ、激痛を発し、痛みに屈しそうな意識に狂気が刷り込まれていく。

 

『あっはは、苦しそうね』

 

 ピントのずれた視界に、鮮明に割り込んだスレイを、忌々しげに見つめた隼人は、宙を掻いた右手で手すりを掴む。

 

 だが、滅茶苦茶になった神経が力を発揮できず、弱々しい力で体を引き上げた隼人は、何とか立ち上がった。

 

『いつまでこんな無意味な事をしているつもりなの? ねぇ、狂気に堕ちないの?』

 

「そんな事をすれば……俺は、俺に課した事を成せなくなる。俺が、俺でなくなる。お前の操り人形など、ごめんだ」

 

『操り人形ねぇ、そんな事が出来るほど、私も万能じゃないんだけど』

 

「じゃあ、お前は、どうして俺にそう付きまとう。何が目的だ」

 

『あなたを死なせない為。どんな形であれね』

 

 そう言って、ニコニコと笑うスレイに背筋を凍らせた隼人は、向精神薬と鎮痛剤を打ち込むと、一息入れ、直後に襲ってきた気持ち悪さと倦怠感を堪えた。

 

 症状が落ち着いた隼人は日が傾き、暗がりが広がって来た校舎を一人歩いていた。

 

 と、誰もいない、静かな道路に自分が一人である事を自覚した隼人は、限界に近い自分の体の苦しみと孤独感に少し、恐怖を覚えた。

 

 誰とも分かち合えない、死への恐怖。

 

 それは、幼い頃の彼が幾度も経験した恐怖であり、親友にも近いほど身近な物だったが、この時ばかりは事情が違った。

 

(俺が、いなくなれば……レンカは……)

 

 彼の脳裏にはレンカの姿があり、そして、彼女が自分への渇望から狂い、そして自分の代わりとして、殺戮を繰り返す狂気へと落ちる事を考えていた。

 

(俺がずっと一人だったら、あいつにとって、良かったのかもな)

 

 そう思い、寂しそうに笑った隼人はレンカの恋慕が、自分のせいで中途半端に終わる事に怯え、その気持ちを吐息にして吐き出した。

 

「どうしたの、イチジョウ君?」

 

 突然かけられた声に顔を上げた隼人は、心配そうにしゃがみ込んできた流星と目が合って、驚愕の表情を浮かべた。

 

「流星……。こんな時間に、どうしたんだ」

 

「それはこっちのセリフさ。変な物音が聞こえるから、心配になって来たんだよ。どうしたの、こんな時間に」

 

「いや、ちょっとな。持病が出てしまって、少し体の感覚が狂ってた」

 

 そう言って、ふら付きながら立ち上がった隼人に、心配そうに距離を取った流星は、辛そうな彼を支えて出入り口まで連れていく。

 

 数瞬、気まずい雰囲気が流れ、お互いに話し出せない時間があった後、流星が話題を切り出す。

 

「イチジョウ君はさ、やっぱり風香先輩の方につくんだよね」

 

「ああ、まあ。仕事だからな」

 

「そうか、そうだよね。君は、そう言う立場の人間だから、ね」

 

「一度交わした契約は守る。俺が生きる上で絶対としてきた事だ、今更曲げる訳にもいかない。例え、お前が頼み込んだとしても」

 

「そんな事はしないさ。ただ、さ。時々イチジョウ君の話を聞いていて、君のそう言う所、凄いなって、思うんだ。一度決めた事は曲げない、そう言う所が」

 

 そう言って、フッと寂しそうに笑った流星を見下ろした隼人は、それに苦笑を返した。

 

「そんなんじゃないさ。PMSCの一人として生きていく為に、一番最初に身に着けた事さ。人は信じる前に疑え。そして契約を交わした以上、悪辣でもない限り依頼人は裏切らない。信念じゃない、必要だから守るのさ。善悪は関係ない」

 

「それでも、凄い事さ。僕からしてみれば。僕は、昔した約束すら、守れてないんだから」

 

「昔の約束か……。子どもが交わした事だ、まあ、そう言うもんだろう。比べる事でもないさ」

 

 そう言って苦笑した隼人を、表情を消した流星は、深刻な面持ちで見返す。

 

「……例えそれが、死んだ子との、約束でもかい?」

 

 そう言って、隼人に問いかけた流星は、言うつもりの無かった事だったのか、諦めた様な吐息を吐いて話を続ける。

 

「僕は、死んだあの子との約束を守る為に、この学校に入り、生徒会に加入した。だけど、僕はその中で約束を果たせずにいた」

 

「なるほどな、お前が……クーデターを起こした意味、理解したよ。約束ってのを、果たす為か」

 

「うん、そう。だから、僕は、先輩達を倒す。そして、僕は僕の信念を、あの子との約束を、果たしに行く。新日本に、そして、世界に」

 

「世界に……。お前、世界征服でもするつもりか?

 

「ううん。でも、似た様な事は、するつもりだけどね」

 

 そう言って悪戯っぽい笑みを浮かべる流星に、やれやれと息を吐いた隼人は、下駄箱にたどり着くと、校舎前で光ったまばゆい光に目を細めた。

 

 反射的に自前の『G18』9㎜マシンピストルを引き抜いた流星は、バタン、とドアの締まる音に、若干銃口を下げた。

 

「迎えにきたよ、隼人君」

 

 そう言って、Mk23をルーフに置きながら言った浩太郎の声に、警戒を解いた隼人達は、周囲を警戒している彼らの方へ移動する。

 

 後部座席に座った隼人は、不満そうなレンカと目が合い、気まずそうに顔を逸らした。

 

「手伝ってもらってごめん、松川君」

 

「良いよ、見回りしてたついでだから。まあ、帰り道、気を付けてね」

 

「ありがとう、じゃあまた。明日」

 

 そう言ってホルスターに拳銃を収めた浩太郎と流星は、それぞれの場所に戻ると、迎えに使ったインプレッサが一旦バックし、そして学校への出口に向けて発進する。

 

 遠ざかるエンジン音に、時折インタークーラーの音が混じり、鋭い給気音が夜空に響き渡った。

 

 真っ赤なバックアップランプを見送り、帰り支度の為に校舎へ引き返した流星は、薄暗い校舎内を歩きながら、自身の過去を思い返していた。

 

 血だらけのショッピングモール、レイプされた女性の死体、父親らしい中年の男性に穿たれた無数の刺し傷、そして、自分の目の前で虫の息になった少女。

 

『ねぇ、約束して……。私みたいな、子が、いなくなる世界を……。作ってくれるって』

 

 虚ろになって行く目に、涙を流した日系の少女は、幼い流星の、小さな手を取る。

 

 小学校に入って間もない年頃の二人は、ショッピングモールで虐殺事件を起こした日系のテロリスト集団を皆殺しにしていた。

 

 血と腐臭でむせ返る大広間で、流星共々朝日を浴びる少女は、仲間の反撃から流星を庇い、致命傷を負っていた。

 

『あなたになら、出来るから。私みたいな、流されるような人じゃない、あなたなら』

 

 仲間の銃弾に腹を破られていた少女は、返り血を浴びて、赤黒くなった流星の頬を撫でる。

 

『だから、さようなら。そして、ありがとう、流星君。先に、向こうで、待ってるね』

 

 弱々しく撫でてきた手を取ろうとした流星は、するりと抜けていったそれを掴み損ね、流星の腕の中で、少女は死に絶える。

 

「木実……」

 

 未熟で、無力だったあの頃を思い出し、拳に握った右手を見下ろした流星は、腕の中で死んだ少女の名を呟く。

 

 自分がもっと強ければ、あの手の力は無くならなかったかもしれない。

 

 だが、それが救いなのかは、自分が決める事ではなかった。

 

 だけど、彼女にはもっと生きていてほしかった。

 

 例え、彼女がテロリストだったとしても。

 

(僕は……君との約束を守るよ。君の様な子どもが、この世からいなくなれる様に。僕は、世界を、戦争を、潰して見せる。その為に、先輩を倒す。だから、見守っててくれ。木実)

 

 心に誓う少年の顔は、あどけなさなど微塵も無く、ただただ、静かな熱意だけが渦巻いていた。



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第19話『上辺の正義』

 場所は変わり、寮へと帰宅した隼人を待っていたのは、食卓に蔓延するギスギスした雰囲気と、それとは裏腹においしそうな夕飯だった。

 

「ただいま」

 

 そう言って、苦笑した隼人は、荷物を持っていくレンカを待たず、こたつ机に座り込むと邪険そうな雰囲気の武達と居心地の悪そうなシュウ達を交互に見る。

 

 無理もないか、と思いつつそわそわしているアキホ達二人に、待っている様にアイコンタクトを送った隼人は、シュウに一瞥向ける。

 

「話してもらおうか、シュウ。お前らが流星達の味方になった、その意図を」

 

「……そうだな、分かった」

 

 何か言いかけたケリュケイオンの面々を、視線で黙らせた隼人に感謝しつつ、シュウは口を開く。

 

「俺達が、彼の味方になったのには理由がある。それは、ダインスレイヴを確実に渡してもらう為だ」

 

 そう言ってケリュケイオンを見回したシュウは、揃って驚愕する彼らが、一様に隼人を見るのを確認して、一呼吸置いた。

 

「彼が、言っていたよ。今の生徒会長は恐らくダインスレイヴを手元に置いておく意図があるだろうと。そうなれば俺達はお払い箱だ。恐らく今後の活動にも支障が出るだろう。

だがそんな事よりも、被害を出した実績のある聖遺物を手元に置く行為を、一人の兵士として、許容する訳にはいかない。だから、彼に協力した」

 

「……そうか、なるほどな」

 

「だから、お前らとは戦う事になるだろう。現生徒会に雇われている、お前達と」

 

 そう言って、拳を震わせるシュウに無表情のまま、淡々と答えた隼人はもう堪え切れないと、立ち上がった俊に胸ぐらを掴まれた。

 

「テメエが……金に目を晦ませたお陰で、俺達がこんな板挟みにあってんだよ。なのにその態度か!? お前も、ダインスレイヴにやられたんだろ!? だったら何で逆らわねえ! 何で意見を出そうとしねえ!」

 

 そう言って隼人を叱咤した俊は、眉間にしわを寄せ始めるケリュケイオンの姿など見ず、ただまっすぐに隼人を見ていた。

 

「答えろ、隼人・イチジョウ! お前は何で、あんな連中の味方になる!? あんな、聖遺物を誰かとの取引材料にしようとしている連中に!」

 

 そう言った俊に険しい顔になった隼人は、彼の鳩尾に拳を打ち込んで、くの字に体を折らせる。

 

「がっ……は」

 

「黙れよゴミクズが。上辺だけを知っただけの青二才が、有識者ぶった口を聞くな」

 

「な、ん……だと、テ、メェ」

 

「それにな、俺達は味方になっているんじゃない。雇われているんだ。お前らみたいな、コロコロと立場を変えられる身分じゃない。交わした契約は守る。それが俺が望まない事だとしても、利益があるのであればな」

 

「そんな契約、破れば―――」

 

 そう言いかけた俊は、顔を上げた顎に蹴りを食らい、脳震盪を起こしながら、リビングの床を転がる。

 

 そんな彼を追い、胸ぐらを掴み上げた隼人は、あっとなる全員を他所に、彼を持ち上げる。

 

「破れば、だと? お前は、誰かと交わした約束を破るのか? そう言う風な事が平然と出来る人間か?」

 

「それとこれとは―――」

 

「違わねえんだよ、バカが。そうやって都合の良い事を言って、人を裏切る事。それが、どれだけ人間関係に響くか分かっているのか?」

 

 そう言って首を絞める隼人の目は赤黒く染まっていき、それを見た俊は、反論する余裕すら失うほどに怯えていた。

 

「そこまでにしときなさいよ隼人」

 

 野生の勘でやばいと思ったのか、そう声をかけたレンカは、俊から手を離して振り返った隼人の目が、一瞬赤黒かったのに気付いた。

 

 少し声を出したレンカに、目の色を戻した隼人は、首を傾げて見せる。

 

「さて、飯にしよう。アキホ、香美、待たせたな」

 

 そう明るく言った隼人とは裏腹に、沈み込んだ雰囲気の彼女らは、結局無言で夕飯を終える事となった。

 

 それから、三時間後の午後十一時。風呂上がりの隼人とレンカは、いつも通りとは少し違う静かな混浴の終えて、アキホ達と入れ替わった後にリビングのソファーでくつろいでいた。

 

「何か飲むか?」

 

「ミル○ーク」

 

「ねえよそんなもん」

 

「じゃあココア」

 

「はいはい」

 

 軽いやり取りの後に、ジンジャエールの缶と、ミルクココアの入ったコップを持ってきた隼人は、レンカにココアを渡すとジンジャエールを開けた。

 

 可愛らしくココアを一気飲みしたレンカに苦笑していた隼人は、ちびちびとジンジャエールを飲む。

 

「あれ、アンタ炭酸駄目だっけ?」

 

「そうじゃねえよ。だけどな、今日はちょっと、しんみりと飲みたい気分なんだ」

 

「ふーん、あっそ」

 

 そっけない態度でそう言ったレンカに優しく笑う隼人は、徐に置かれたジンジャエールの缶二本に目を丸くし、顔を上げた。

 

「奇遇だな。俺もだよ、隼人」

 

 顔を上げた先、コップを四つ持って笑うシュウが、気まずそうなハナを連れて隣のソファーに座った。

 

「お前、どこからこれを……」

 

「本場の味だ。まあ、味が強くないものを選んで持ってきた」

 

「俺は別に構わんが……レンカ、どうする?」

 

 そう言ってレンカの方を見た隼人に苦笑したシュウは、取り敢えず、と三人分注ぐと、ハナとシュウにそれぞれ回した。

 

「わ、私も、飲む」

 

「辛いぞ」

 

「大丈夫、な、はず」

 

「はん。期待しとくよ、お子様舌に」

 

「ベー」

 

 可愛く舌を出すレンカに嘲笑を向けた隼人は、楽しそうなシュウとハナに向き直る。

 

「それで、本題は何だよ。お二人さん」

 

「夕飯の時の事の謝罪と、それともう一つ。俊の事なんだが」

 

「ああ、そう言う事か。まず謝罪についちゃやらんで良い。時間の無駄だ、それに俺にも非があるしな」

 

「すまないな、じゃあ……本題だ。今度の不信任決議での戦闘、分隊単位での戦闘を行いたい。その上で、お前達二人と俊、シグで決着をつけてほしい」

 

「そう言う事なら、了解だ。だが……問題は、その形式に都合良くなるのか?」

 

 そう言って辛口のジンジャエールを机の上に置いた隼人は、苦笑を返したシュウに首を傾げる。

 

「それについては、彼と交渉済みだ。交渉戦闘の形式決定権は仕掛けた側にあるからな」

 

「なら、安心だ。正式な発表は明日、だったか」

 

「普通通りならな。そちらの生徒会長が何してくるかはわからんが、流星はそうするつもりでいる」

 

 そう言ってジンジャエールの二本目を開けたシュウは、隼人と自分の分を注いで、そう言えば、とハナとレンカの方を見る。

 

「……二人共、無理しなくていいんだぞ」

 

「だっ、大丈夫。飲めるから……うぇ」

 

「いや、無理してるんじゃないか。隼人、牛乳は無いか?」

 

 隼人が牛乳を取りに行くのを見送る間にハナのグラスを手に取り、飲み干したシュウは、顔を真っ赤にした彼女に首を傾げた。

 

「どうしたハナ」

 

「え、あ、いや……その、間接、キス、だなって」

 

「……そうか」

 

 ドライな対応に不満そうなハナを前に、はぁ、と息を吐いたシュウは、そっぽを向いてジンジャエールを飲んだ。

 

「どうしてそんなにドライなんですぅううう!」

 

 涙目で牛乳をヤケ飲みするハナは、口の端から白いものをこぼすと、机が揺れるほどの勢いでグラスを叩き付けた。

 

「……割るなよ?」

 

「らっでえぇええ、シュウ君がァああああ、間接キスで反応しなかったんでずぅうううう」

 

「すまん、何て言ってるんだ?」

 

 物凄く青い表情の隼人に、牛乳と涙と涎とその他もろもろで、ぐっしゃぐしゃになったハナは、ベロベロの言葉遣いで愚痴を漏らす。

 

 誰も聞き取れないレベルのろれつの回って無さに、間違えて甘酒を出したのかと、自身を疑った隼人は、可愛らしく同じものを飲んでいるレンカを見て少し安心していた。

 

「お前のドライさに泣いてるぞ、シュウ」

 

「いや、まあ……その、すまん」

 

「謝るなら俺じゃなくてハナにしろ。さて、と寝るか」

 

 そう言って立ち上がった隼人は、リビングと廊下を隔てるドアに、びしょびしょの全裸で立っているアキホに気付き、何かを吹いた。

 

「兄ちゃん、タオル」

 

「だったら風呂のインナーホンで呼べ!」

 

 顔を赤くしながらアキホへそう叫んだ隼人は、どすどすと共用ダンスの方へ移動すると、バスタオルを二枚取って来て手渡した。

 

「ったく、お前本当に女か?」

 

「へっ、おっぱい有りますけど何かぁ?」

 

「だったらさっさと戻れ痴女が」

 

 そう言って、頭にチョップを入れた隼人は打撃個所を押さえて逃げるアキホが、廊下を濡らしながら走るのを見送ると、大きなため息を吐きながらリビングに戻ってくる。

 

「すまんな、ハプニングに合わせて」

 

「良いじゃないか、仲睦まじい様子を見せるのも」

 

「仲睦まじかろうが、アイツが全体的にだらしないから見せたくないんだがな」

 

 そう言ってため息を落とす隼人に、苦笑したシュウは、どすどすと腹に響く足音にドアの方を振り向くと、ドロップキック体勢で突っ込んできたアキホが彼のいるソファーに飛び込む。

 

 いつの間にかハナに膝枕をさせられていたシュウは、彼女に当たらない様にしながら太ももに両踵落としを食らった。

 

「ぐっ……?!」

 

 太ももを強打されたシュウは、アキホの足を抱える様に蹲り、寝起きのハナに頬を踏んずける様に蹴られた。

 

「およ、シュウ兄ちゃん。いたんだ」

 

「あ、ああ。隼人と話していた」

 

「ふぅん、そうなんだぁ。あ、ごめんごめん。すぐどくね」

 

 そう言って器用に後方ロールし、ハンドスプリングで跳躍したアキホは、軽やかな動きで着地する。

 

 その後、隼人に首根っこを掴まれて説教された。

 

「ったく、夜中に暴れるな馬鹿が」

 

「ふあい」

 

「とっとと寝るぞボケ。明日も早いんだからな」

 

 そう言って乱暴にアキホを引きずった隼人は、苦笑する香美とシュウと共に洗面台に向かい、眠っているレンカとハナはそのままソファーに放置された。




【予告】

次回第20話で日刊連載は終了となります。

第21話からは、毎週水曜日18:00の投稿になります。

また、作者の都合により投稿をお休みさせていただく場合もあるのでご了承ください。


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第20話『迫る影』

 同時刻、新横須賀埠頭。深夜も稼働している新関東地方最大の貿易港であるここは、夜中である事から、明かりの強さを自粛して稼働していた。

 

「あーあ、ねみい」

 

 地元の中規模PSC、『中山警備会社』の社員である一人の男が、あくびをしながら、肩に自衛用の『HK・G36C』5.56mmアサルトカービンを下げて、深夜の見回りをしていた。

 

 支給品のタクティカルライトを左右に振りながら、不審者や密航者がいないか探していた彼は、コンテナから鳴ったゴトン、と言う音に気付き、腰から『HK45』45口径自動拳銃を引き抜いた。

 

「こちら、ブラボー1。セキュリティポスト、応答願う」

 

『こちらセキュリティポスト。ゴー、ブラボー1』

 

「警備エリアC4B5にて不審音確認。念の為、バックアップを要請する」

 

『了解、ブラボー1。該当エリアにエコーチームを送る。警備を続行せよ』

 

「いや、俺が先行して様子を見る」

 

 そう言いながら、HK45のマウントレールに着けたライトを点けた警備員は、コンテナの間に出来た通路を歩いていく。

 

 銃口と共に明かりを向け、周囲を照らして確認しながら、コンテナ内部を進んでいく。

 

「気のせいか……?」

 

 そう言いながら、奥へ進む男は急に陰った足元にハッとなり、上に注意を向ける。

 

 その後、隣で二段に積まれたコンテナから無視できないが小さな軋みの音が鳴り、銃口を上げた彼は、応援が来るまで待とうと思考を切り替え、元の場所へ戻ろうと振り返る。

 

「ハロー、お兄さん」

 

 その視線の先、コウモリの様な翼を折り畳んだ白い死神の様なシルバーブロンドの少女が、ぼんやりと見えるだけの姿で立っていた。

 

「な、何だお前!?」

 

 引き攣り気味の声でそう叫び、HK45の銃口を向けた男は、左腕のバックラーからマチェットを引き抜いた死神が、一歩ずつ歩み寄ってくるのに合わせて後退していく。

 

「く、来るな、来れば撃つぞ!」

 

「撃ってみなさいな、お兄さん。もっとも、効けば良いけどねぇ」

 

「な、何!?」

 

 その発言に、軽軍神装着状態であることを確信した男は、腰から鎮圧用のガスグレネードを投擲し、狭い倉庫群から逃亡して仲間の目につきやすい車両通行路へ出ようとした。

 

 だが、出る直前、彼の腹部に鋭い痛みが走り、その直後、破れた腹部から、胃液と血液が混じって漏れ出した。

 

「一体、何が……」

 

 それを断末魔に、地面に倒れた男の死体を見下ろした透明な影は、全身を覆わせていた光学迷彩を解除する。

 

 すると、破片の様に散る迷彩の中から新アメリカで国連軍を壊滅させた青年が、フレームむき出しのパワードスーツ姿で露わになり、彼は大型のコンバットナイフを血振りして鞘に収めた。

 

 直後、一瞬で死体に近づいた少女は、同じく、国連軍の一兵士を大鎌で薙ぎ払った少女の姿を月光の元に晒しながら、つまらなさそうに口を尖らせる。

 

「もう賢人、私の楽しみを取らないでよ」

 

「すまんな、ヴァイス。少し焦ってしまった」

 

「ふふっ、せっかちなのは相変わらずね」

 

 そう言って笑いあう二人は、割り込む様に入った通信に、意識を移す。

 

『お姉ちゃん、賢人、新手。多分そいつが呼んだ援軍。こっち来てる』

 

「数は?」

 

『四。奈津美も一緒に狙ってるからやろうと思えばやれるけど』

 

「ドローンを使って暗い場所に誘い込め。それから殺すんだ」

 

『了解』

 

 コンテナの上で待機している少女達との短いやり取りの後、光学迷彩でシルバーブロンドの少女、ヴァイス共々隠れた青年、賢人は、センサーリンクで同期したドローン映像を見た。

 

 内蔵された重力制御機構でふわふわと浮いている円盤型のドローンは、コンテナの隙間から、四人並んで迫る警備員の姿を捉え、うち一人に指向性の雑音を鳴らした。

 

「ん?」

 

 案の定、足が止まった男を、隊の面々は不審そうに振り返る。

 

「どうした中田」

 

「あ、いや、変な音が。ちょっと様子を見てくる」

 

「待て、一人で動くな。エコー4も連れていけ」

 

「りょ、了解」

 

「何エコー4のおっぱいにドギマギしてんだよスケベ野郎。とっとと確認して、ブラボー1の援護に来い。先に行く」

 

 そう言って、もう一人とツーマンセルを組み、G36Cを手に移動した隊長格のエコー1に、中指を立たエコー2は、同僚らしいエルフ族のエコー4と共に、コンテナの間に入った。

 

 お互いに背後をカバーしながら、G36Cのタクティカルライトで周囲を捜索する二人の後方を捉えていたドローンの映像を見つめた賢人は、その周囲に浮かぶ羽根状の砲台を映像に捉える。

 

「撃て」

 

 そう通信機に呟いた賢人は、砲台から放たれた粒子ビームが、警備員の体を貫くのを確認し、ヴァイスと共にドローンとの同期を解除する。

 

『ブラック、タンゴツーダウン。待機する』

 

「了解。命令を待て」

 

『ブラック、待機了解。アウト』

 

 上のコンテナで待機したブラックと呼んだ少女が、そう返したのを確認した賢人は、通信バンドを新アメリカで一緒にいた少女、奈津美のものに切り替える。

 

「奈津美、そこからビームマシンガンで二人を狙えるか?」

 

『駄目、コンテナに隠れてて狙えない』

 

「分かった。奈津美はそのまま光学迷彩で隠れつつ、ブラックを護衛してくれ。緊急時は迎撃弾の使用を許可する」

 

『奈津美、了解。迷彩起動状態で、ブラックの護衛を行います』

 

「ヴァイス、出番だ。数分で片をつけるぞ」

 

 そう言って、腰からマット加工がなされたナイフを引き抜いた賢人に、ニヤリと暴力的な笑みを浮かべたヴァイスは、赤い目を月光で光らせると、その姿をブレさせる程の動きで飛び上がった。

 

「零式、ディメンジョンパッシブ(次元移相式迷彩)メタマテリアルアクティブ(偏光疑似透過式光学迷彩)起動」

 

 対する賢人は、静かに姿を消し、シリコンカバーと相まった静穏性で足音を抑えたまま、ターゲットに向かっていく。

 

「さあ、ショウタイムの始まりよ!」

 

 月光を背に、逆光効果で姿をあいまいにしたヴァイスは、空力制御の為に広げたコウモリ状の推進翼を起動し、衝撃波の出ないギリギリの亜音速で、目下のターゲット二人に迫る。

 

 流石に気付いているのか、銃を向けてくる二人を前に、左右に動き回って照準を撹乱したヴァイスは、両側の推進翼の基部に取り付けられた超高出力パルスジェット推進器を起動させる。

 

「行くわよ、賢人」

 

『ああ、合わせる』

 

 短いやり取り、だがそこには、確実な信頼と意思の伝達があった。

 

 腕部のバックラーで弾丸を弾くヴァイスの一閃が、敵の首を刈る瞬間、光学迷彩を解除した賢人が、エコー1の目の前に現れ、いきなりの事に狙いがブレてしまう。

 

「これで」

 

「終わりね」

 

 そう声を合わせた賢人の刺突、そしてヴァイスの一閃が、エコーチームを襲う。

 

 エコー1を腹、喉、心臓の順で刺した賢人と、高周波ブレードであるマチェットの切れ味に任せてエコー3の首を斬り落としたヴァイスは、それぞれ血振りすると鞘に納めた。

 

「案外楽な物ね」

 

「それだけ平和だと言う事だ、羨ましい」

 

「私にとってはつまらない事だけどねぇ」

 

 そう言ったヴァイスに苦笑した賢人は、通信機にクリア、と呟くと元のコンテナに引き返し、内部に収めていたキャリアーを運び出してどこかへ消えていった。



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第21話『動き出す不穏』

 翌日、流星から不信任決議についての内容展開があるとの知らせを受け、全校集会代わりの放送がテレビ、ラジオ問わず校内全域に流れた。

 

『我々クーデター軍は、決議を三日後の三月二十五日に決行すると決め、そしてその方式を言論・戦闘の両方式で行うと決定しました。合わせ、生徒会側の先輩方には、それに対応していただきたいと思います』

 

「様になってるねぇリューちゃん」

 

 凛々しい流星の演説姿に皮肉る様にそう言ったケルビは、静かにしろ、とジェスチャーを返してきた一郎に肩を竦めて黙りこくった。

 

『開催場所は、第五演習場。戦闘方式は分隊同士の戦闘、殲滅戦です。出場生徒については当日の展開とし、期間中の偵察、情報交換は禁止とします。以上、決議戦の展開を終了します』

 

 流星がそう言ったのを最後に放送が終了し、合わせて校内テレビを消した風香は、ケリュケイオンの面々を見回す。

 

「分隊での殲滅戦だって、どうするの?」

 

 そう言って首を傾げる風香に、昨日シュウに言われていた事を隠して相槌を打った隼人は、浩太郎達の方を振り返る。

 

「一応ではあるが、アルファ小隊での参戦を考えている。俺と浩太郎が、一番戦闘経験が長いからな。実力未知数を相手取るには、ちょうど良いだろうし」

 

「でも、イチジョウ君、今左腕が……」

 

「これくらいならハンデだ。構う事は無い。それに、俺と浩太郎だけで戦う訳じゃないんだ」

 

 そう言ってレンカの頭を撫でた隼人に、全員が少し違和感を感じており、それ故に隼人の表情から、無理をしている事を感じ取れていた。

 

「それで、良いだろ。生徒会長」

 

「え、う、うん。良いよ、戦うのは君達だから。私達の代わりだって事を忘れなければ、私は大丈夫」

 

「分かった。他の先輩達や、ジェス、ハルも、それでいいか?」

 

 そう言って、全員を見回した隼人は、首肯する全員から遠慮を読み取ると、内心申し訳ない気持ちになってしまう。

 

 心配させまいとしていたが、結局か、と情けない自分を嘲笑した隼人は、突然の電話に驚き、生徒会室から出て廊下で応答する。

 

「こちら隼人」

 

『ああ、やっと繋がりました。イチジョウ君、私城嶋です。今、時間大丈夫ですか?』

 

「あ、いや、もう少し待ってください。今、生徒会と打ち合わせ中なので」

 

『生徒会と……ああ、対クーデターの事ですね。分かりました。終わったら一度連絡をください』

 

「申し訳ない。では」

 

 そう言って通話を切った隼人は、気になっているのか覗き込んできたレンカ達に気にするな、とサインを送ると、生徒会室へ戻ってくる。

 

 改めて、依頼を確認しようと生徒会長の方を見た隼人は、突然襲って来た痛みに足をもつれさせる。

 

「イチジョウ!?」

 

 慌てて支えに入った隆介が、痛みから鈍い汗を掻いている隼人に気付き、机を支えにした彼が立ち上がるのを、離れた位置で見守る。

 

 ばれない様に太ももへ注射した隼人は、ドクンと体を巡った薬物に強い不快感を発し、体から拒絶反応が出る。

 

「大丈夫か……?」

 

 それでも、周囲への破壊衝動や殺戮衝動が出ない事だけを救いに、何度打ったか分からない薬物の拒否反応を受け入れる。

 

 こみ上げた吐き気を下し、荒く息を吐いた隼人は、アンプルをそっと隠すと左肩の力で体を起こす。

 

「大、丈夫だ」

 

 そう言って立ち上がった隼人は、キンキンと鳴る耳鳴りを無視してそう言い返す。

 

 それに気圧された全員は曖昧な返事を返しながら、話題を別の物へと変える。

 

「じゃあ、改めて。私達生徒会・副生都会連合は、あなた達PMSC部第一小隊『ケリュケイオン』にクーデター戦の代理出場を依頼します。報酬は五百万+契約継続。これでどう?」

 

「ああ、それで構わない。俺達は、俺達の仕事をやる。それで良いだろ?」

 

「うん、大丈夫。私も、頑張るね」

 

 そう言って笑う風香に頷き返した隼人は、少し心配そうな表情を浮かべた彼女から契約書をもらうと、ケリュケイオンを連れて生徒会室を後にする。

 

 と、そのタイミングで通信端末を起動した隼人は、視界の端に現れたウィンドウを切り替えて三笠との通話画面に変える。

 

 そして、起動待機状態になったインカムのスイッチを入れた。

 

「もしもし、城嶋中佐ですか?」

 

『はい、そうですよイチジョウ君。打ち合わせは終わりましたか?』

 

「はい、おかげさまで。これからは時間も空いているので伺いましょうか」

 

『ぜひ、お願いしますね。あ、そうです。今いる場所のデータを送信します。この地図通りに来てくださいね。ルートを飛ばさない様に』

 

「へ? あ、はい。了解です。と言っても地図なんて出さなくても」

 

 そう言いかけた隼人は突然切れた通話に驚いた後、不貞腐れながらポケットの端末を操作して転送されたデータを開く。

 

「地図通りに来いって……ここは俺達の庭だぞ」

 

「何かあったの?」

 

「ああ、ちょうどいい。これからこの地図のルート通りに目的地に向かうぞ」

 

「何それ。何か意味あるの?」

 

「分からん。取り敢えず、転送する」

 

 そう言って端末を弄ってデータを飛ばした隼人は、奇妙な回り道をしているルートを見た全員の表情を確認すると、ため息交じりに歩き出す。

 

 ルートは、終点を模擬戦場の総合指令室に設定しており、隼人達がいる本棟からは、直接歩いて一時間はかからない場所にある。

 

 だが、ナビゲーションルートは、そこへの道を二時間近く使うように設定してあり、しかも通行路に模擬戦場を突っ切る様に設定してあった。

 

(何か仕掛けて来るのか?)

 

 そう思い、全員に武器を持たせて移動する様に指示した隼人は、突然鳴り出した耳鳴りに一瞬足元がふらつかせる。

 

 全員が振り返る前に立て直した隼人は、薬の効きが悪くなっている事を確信し、首筋に一本、追加で太ももに一本のアンプルを差して全員の後を付いて行く。

 

「しっかし隼人、何でこんな重武装で移動しなきゃなんねえんだよ」

 

「つべこべ言うな。ルートを見ろ。ポイントデルタ、エコーの間。模擬戦場内を突っ切る形だ。何か仕掛けてくるかもしれんだろうが」

 

「そ、そうだけどよぉ。でもここ学校だぜ? 普通、何の断りも無く仕掛けるかぁ?」

 

「普通が通じる学校じゃないのはお前も分かり切っているだろうが馬鹿!」

 

「うっ、そうでした」

 

 縮こまる武にため息を吐きながら、強化外骨格を装着して歩く隼人は、その隣を歩くレンカの曇った表情を見下ろすと無言で前を見る。

 

 いつもなら元気にじゃれつく彼女が、今日は黙々と黙りこくって付かず離れずでいる事に負い目を感じた隼人は、気になっている全員が振り返ってくるのに申し訳ない気持ちになって顔を俯けた。

 

「ポイントブラボー通過」

 

 淡々とそう告げる浩太郎に、ハッとなった全員が隼人の方から前を向いて歩き始める。

 

 それを見ていた隼人は、ハンドサインで気にしないで、と返した浩太郎に柔らかく笑って周囲を警戒した。

 

 ポイントチャーリーを過ぎ、件のデルタに迫ろうとしている道の途中、海沿いの防波堤に青年一人とあどけなさが僅かに残る少女が海を見ながら何か話しているのに気付いた。

 

(見た事無い生徒だな。上級生か?)

 

 生徒にしてはやけに落ち着いた雰囲気だな、と不審に思っていた隼人は、学園の見取り図を広げて話し合っている二人を怪しみ、声をかけた。

 

「おい、そこのアンタら。ここで何やってる?」

 

「ん? あ、俺達か。いや、知り合いを探していてな。迷子になったらしい」

 

「迷子か……アンタら見た限り三年生だな? だったら言わなくても分かるだろうが、単独捜索は二次災害の元になる。後方支援委員会の方で捜索手配を出してくれ。良いな?」

 

「お、おう。すまんな」

 

「それじゃあ、良いデートを」

 

 そう言って隼人は二人から離れて、レンカ達を追ってポイントデルタへと向かっていくのだった。



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第22話『間近の脅威』

 防波堤に背を預け、それを見送った二人は年不相応にませている隼人に苦笑を向けると海面にステルス状態で浮かんでいる少女二人に話しかける。

 

「良いデートを、だと。どうだ? 妬けているか? ヴァイス、ブラック」

 

『それほどでも? あなた達は夫婦なのだし。そうなって当然って感じかしら』

 

「そう言う意見か。人間らしくは無いな。さて、ブラック、索敵を始めろ。俺と奈津美は徒歩で調査する」

 

 端末を見ながらそう言った賢人は、腰のホルスターからUSPを引き抜いて安全装置を外すと、元のホルスターに戻した。

 

「今日はあくまでも偵察だ。戦闘するなよ。無用な犠牲は出したくはない」

 

『はいはい、了解了解。ブラックは私が守っておくから、あなた達はここの景色を楽しんできなさいな』

 

「ふっ、無論だ。久しぶりの休息なんだしな」

 

 そう言って奈津美の腕に自身のそれを絡ませた賢人は、揺らめく影の状態で茶化す様なジェスチャーをしたヴァイスを見送る。

 

 からかう様な笑い声を宙に放った彼女は、ドローンをばら撒くブラックと共に上昇していった。

 

 それを見送った賢人達二人は、のどかな海を、キラキラした目で見まわす奈津美に苦笑し、エスコ―トする。

 

「何だか私達だけでここに来ちゃうって何か悪いなぁ」

 

「仕方ないだろう、舞達を連れてくれば、生徒としてここに潜り込めなかったんだ。あの子達には悪いが、今回は二人きりだ」

 

「うん、二人きり。私的には、デートに舞達がいても良かったけど、ね」

 

 そう言ってべったりとくっつく奈津美の頭を撫でた賢人は、先ほど会合した隼人の事を思い出していた。

 

(さっきの学生、アイツが隼人・イチジョウか。戦場に慣れた、良い目をしていた。だが、あの姿は一体……)

 

 まさか隼人が確保対象に侵食されているとは思ってもいない賢人は、立ちふさがるであろうPSCイチジョウの学生部隊の隊長である隼人のデータを思い出しながら、海沿いの道を歩いた。

 

 そして、後方支援科棟に入った彼らは、整備設備が整っているそこに少し驚き、そして、行きかう生徒のうわさ話に耳を傾けていた。

 

「ねえ聞いた、今度のクーデターの話」

 

「え、何の事?」

 

「聞いてないの? 松川君達が、今の生徒会に反抗するって話よ! 朝の放送で言ってたじゃない」

 

「あ、ごめーん。私その時寝てた」

 

「アンタねぇ……」

 

 半目になるシルバーブロンドの髪が特徴の有翼族の少女に、誤魔化し笑いを浮かべた茶髪の少女を見て、クーデターと言う言葉を反芻する。

 

(この時期にクーデターとは、僥倖だな。混乱に乗じて攻め込めれば)

 

 そう思いながら通り過ぎようとした賢人は、少女達を見て目を輝かせている奈津美に腕を引かれ、彼女らの元へ引っ張られていく。

 

「ねえ、何の話してるの?」

 

 混ざりたかったらしい彼女がそう言うと、フレンドリーな笑顔で、二人は彼らを迎え入れる。

 

「おはようございます、先輩方。今朝のクーデターの日程の話をしていた所です」

 

「松川君と生徒会の戦い! いやーこれは良いエンタメになるね!」

 

 嗜める有翼族の少女に身をちぢ込めた茶髪の少女は、苦笑する賢人に首を傾げる。

 

「どうかしたんですかー?」

 

「あ、いや。仲良さそうだなってな」

 

「んへへ、そうですかぁ」

 

 無邪気に笑う少女に、誤魔化し気味の笑みを返した賢人は、内心、非戦地と戦地のギャップに戸惑っていた。

 

(戦いですらエンターテイメントか。のん気な物だな)

 

 そう思いながら施設を見回した賢人は、きゃいきゃいと姦しく喋っている奈津美を置いて、一人埠頭の方へ歩き、海を眺めた。

 

 胸のポケットから煙草を取り出そうとした賢人は、今の自分が学生の身分である事を思い出して、その手を止めた。

 

「不便な物だ、学生と言うのも」

 

 そう呟いて紙タバコ代わりの噛みタバコを口に入れた賢人は、ガムを噛んでいる様に見せながら、ニコチンを体に取り入れていた。

 

「だが、そろそろ……禁煙するか」

 

 そう言って端末を起動した賢人は、ホーム画面に映る愛娘三人の姿に、少し頬を緩ませて画面を消した。

 

 と、そのタイミングで戻ってきた奈津美が、喜々とした表情で賢人の腕に抱き付く。

 

「えへへ、賢人。さっきの子からいっぱい話聞けたよ」

 

 そう言って満面の笑みを浮かべた彼女に頷いた賢人は、人目につかない位置に移動して話を聞いた。

 

「なるほどな、今この学院は不信任決議と言う名のクーデターを起こされているのか」

 

「そう。それでね、クーデターで議論される話題の一つにダインスレイヴが上がってるみたい」

 

「ロックウェルから頼まれた品か」

 

「うん。あとね、クーデター起こした側は権限を奪った後、ここにきている国連軍に引き渡すつもりらしいの」

 

「すでに来ているのか? チッ、ここの生徒と連携されると面倒だな」

 

 そう言って舌打ちした賢人は頭の中で作戦を考えながら、じゃれついてくる奈津美の頭を撫でる。

 

(国連軍がいるとなると、新アメリカの件は知れている筈。だとすれば、迂闊な動きは避けるべきか。大人しく校内を回って、盗み聞きか、手に入る範囲の情報を得るとするか)

 

 そう考えて、凭れていた防波堤から体を起こした賢人は、その動きで奈津美を抱き締めると、二人の実年齢からすれば遅い学生気分で、銃声響き渡る学園の中を捜索し始めた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 一方その頃、エコーを目指していたケリュケイオンだったが、予想していた通り、襲撃に遭い、全員が同じ建物に隠れていた。

 

「おうおうおう、読み通りだな隼人」

 

「そう言われても、嬉しくないがな」

 

「で、どーすんだよ。撃たれっ放しだぞ、やべえだろ」

 

 そう言いながらシールドでライフルを弾く武は、窓際にグリポッドを立てての依託射撃で、射撃方向への牽制を繰り返す。

 

 そうしている間にも、模擬店のガラスをライフル弾が撃ち抜き、ガンガンと跳弾の音をがなり立てさせていた。

 

「武、相手は見えるか?」

 

「ああ、大体だけど見えてらぁ。奴さんビルの中から撃ちまくってる。一人だけだろうな」

 

「分かった。と、なればリーヤ、出番だ。追っ払うだけで良い。狙撃開始だ」

 

 そう言ってリーヤに射撃を指示した隼人は、武から離れた位置で、狙撃準備に入った彼から距離を置く。

 

 そして、店舗内を回って警戒していた隼人は、堂々と裏口から侵入してきたローブ姿の女にギョッとなり、瞬間、刀で斬りかかってきた彼女の一閃を受け止めた。

 

「チェストぉおお!」

 

 女の気合一閃と共に、ポリマー製の窓まで吹き飛ばされた隼人は、フレームによって守られた体に火を入れると、追撃に動いてきた彼女の一閃をロールで回避する。

 

「クソ、アルファチーム来い! もう一人来たぞ!」

 

『こっちもこっちで手いっぱいだ。代わりに暇そうな楓ちゃんを向かわせるよ』

 

「了解。しかし全く、趣味が悪いな。俺達をここに誘い込んで、試すつもりか?」

 

 刀を手に歩み寄る女へそう言った隼人は、ニヤリと僅かにのぞける口元を歪めた彼女の背後から迫ったレンカを見て、笑い返した。

 

「読めるのよねぇ、不意打ちしてるってのがさぁ」

 

 聞き覚えのある声でそう言った女は、レンカの薙刀を刀で受け止めると、柄を掴んで振り回し、隼人の方へ投げ飛ばした。

 

 体重の軽いレンカを受け止めた隼人は、斬りかかって来た女の一閃を、コンバットブーツの蹴り上げで迎撃すると、返す動きでレンカを投げつける。

 

「喰らえ!」

 

 跳躍の勢いで、回し蹴りの体勢に入ったレンカがそう叫び、女に打ち下ろし軌道の蹴りを浴びせる。

 

「甘いッ!」

 

 刀を振り上げ、迎撃に動いた女に、レンカはニヤリと笑って、足のブレードと刀を打ち合わせる。

 

 直後、至近で立っていた隼人が、合流してきた楓を伴い、掌底を構えて女へと迫る。

 

「楓、行け!」

 

「うー、ラジャー!」

 

 そう叫び、若干速度を落とした隼人の前に出た楓は、手にした『威綱』に魔力を込めて、机に引っかけない様、コンパクトな振りで女へ斬りかかる。

 

 楓の一閃に、レンカから刃を引いて滑らせる様な振り抜きで打ち合わせた女は、そのまま、壁際へ逃げる。

 

 そして、腰から『スプリングフィールドXD』9㎜自動拳銃を引き抜いて発砲する。

 

「ッ!」

 

 慌ててロールし、弾丸から逃れた隼人は、そのまま逃走する女に舌打ちしながら、レンカと楓を追撃に出し、自身もその後を追う。

 

 窓ガラスを割って逃げようとする女は、出る直前、店に広がる様にスモークを炊いて飛び出し、煙に巻かれた2人が、煙の匂いにおっさん臭い咳をして足を止める。

 

「クソ、待て!」

 

 残ったガラスを蹴破り、道路に出た隼人は煙を抜けたと同時の剣戟を、サイドスラストとワイヤードブレードで回避し、着地と同時に腰のアークセイバーを引き抜いて投擲した。

 

 術式武装であるらしい刀でアークセイバーを弾いた女は片手で拳銃を構えると、急軌道で体を揺さぶられて息を荒げる隼人目がけ、連射する。

 

「くっ」

 

 背後に両腕のワイヤードブレードを打ち込んだ隼人は、巻き上げの動きでバックステップすると、自分を追って放たれる拳銃を回避する。

 

「やるじゃないのよ傭兵!」

 

「チィッ、俺にここまでさせるとは!」

 

「だけどその動きでいつまで保つのかしら、ね!」

 

 猛然と迫る女の振り下ろしをフレームで受け止めた隼人は、衝撃波でめくれ上がったフードから顔を覗かせた彼女、三笠にニヤリと笑う。

 

「やっぱりアンタか、城嶋中佐!」

 

 そう言いながら蹴り出した隼人は、常人離れした反射神経で回避した彼女に舌打ちし、散々揺さぶられた体を休めていた。

 

(クソ、流石にアサルトの機動性は身体強化有りでもきついな)

 

 フレームでもトップクラスの瞬発力を誇るアサルトフレームだが、その高すぎる機動性が身体強化の限度を一瞬でも超えてしまい、逆に隼人の負担になっていた。

 

「隙有り!」

 

 瞬間、距離を詰めてきた三笠が、術式武装を起動させて斬りかかる。

 

「撃ち切れ、『菊一文字』!」

 

 瞬間、空間に衝撃波が走り、急激に加速した剣戟の速度に対応し切れなかった隼人は、左肩のフレーム関節を打ち切った一撃に、一瞬左肩の感覚を失う。

 

 咄嗟に右手で刃を抑えた隼人は、柄を掴んでいる手に膝蹴りを打ち込もうとするも、鈍った動きを読まれて回避され、蹴り上げた柄を打撃した彼女に膝の皿を強打した。

 

「ッ!」

 

 激痛で思わず刃から手を離した隼人は、バウンドで宙に浮いた菊一文字を掴んだ三笠が、柔和な普段からは想像もつかないほど凶暴な笑みを浮かべて切っ先を向ける。

 

「撃ち抜け、『菊一文字』」

 

 瞬間、ライフル弾で撃ち抜かれた様な衝撃が隼人の正中線を穿ち、心臓の位置を貫かれた彼は、路上に引きずられるように倒れる。

 

「インファイトなら勝てると思ったのぉ? だったら残念賞ねぇ」

 

 そう言ってサディスティックな笑みを浮かべる三笠に、血反吐を吐きながら咳き込んだ隼人は、振り上げられた刀を視界に捉えると、それを認識した左腕がむき出しの手で刃を掴み取る。

 

「何?!」

 

 隼人の目が赤黒く光り、素手で刃を掴んだ彼を驚愕の目で見た三笠は、直後に飛び込んできたレンカと楓を振り返ると、腰から拳銃を引き抜いて乱射した。

 

 宙を走る弾丸をものともせず、三笠へ斬りかかった二人は、人外じみた反射神経で回避した彼女に驚かず、そのまま受け身を加えて着地する。

 

「背中ががら空きなのよ!」

 

「だから頼むわよ、カナ!」

 

「なっ?!」

 

 がら空きの背中に、拳銃を向けていた三笠は、背後から迫った大戦斧を回避し、まるで大型のヨーヨーの様な風体のそれが宙を舞ったのを見届ける。

 

 その後、憔悴した隼人から菊一文字を取り返して構え直すと、両手にそれぞれ大型の斧を手にしたカナが、分厚い刃で地面を砕きながら着地する。

 

「物騒な武器ね」

 

「見た目だけ。中身はそれと同じ」

 

「言えてるわね。さて、これで状況は三対一ねぇ。勝てるかしら」

 

「自信無いの?」

 

「正直に言えばね。ただ、彼が何時までやるかでも決まるから」

 

 そう言ってビルを見上げた三笠は、納得がいった様な声を出すカナに苦笑すると、リロードした拳銃を構えて発砲する。

 

 瞬間、斧を盾にしたカナは、その間に距離を詰めてきた三笠目がけて斧を振り下ろす。

 

 が、大振りのモーションはかなり読みやすく、三笠は直撃するより早く真横に回避して逃げた。

 

「ちょっ、危なっ!」

 

 そして、回避した自分を追っていたカナとレンカが、斧の攻撃範囲に入りかけて、慌てて逃げる様を見て笑っていた。

 

「あはは、味方殺ししない様にねぇ」

 

 そう言って着地した彼女は、ゆるふわな笑みとは裏腹の高速ステップでカナに接近し、刀を横薙ぎに叩き付けようとするが、それより早くレーザーを放ったレンカに追い散らされる。

 

 流石に慌てて距離を取った三笠は、追撃の銃撃にニヤリと笑い、高周波モードを起動した彼女は刃で弾丸を弾くと、牽制射撃が止んで自由になったらしい武達目がけて射撃する。

 

「あらら」

 

「余裕じゃねえか中佐さんよ!」

 

「だって、もうすぐ来るもの」

 

 瞬間、ビルの隙間からライフル弾が放たれ、追おうとした武と浩太郎が慌てて飛び退く。

 

「ガチンコ勝負と行くかね、少年達」

 

「もちのろんだぜ、兄貴」

 

「じゃあ、来いよ。二対四だ」

 

 そう言ってライフルを構えたカズヒサに武器を構えた武達は、体調不良で離脱した隼人と、介抱するレンカとナツキ、リーヤを他所に模擬戦を続行した。



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第23話「大人の悩み」

 あれから三十分近く戦っていた武達は、体調が戻った隼人に呆れられながらぐったりとしていた。

 

「いやー、若い奴ぁ元気合って良いねぇ。良い汗掻いたよ」

 

「武達の鍛えが足りないって言うには、アンタらが翻弄してたな」

 

「はっはっは、経験経験。若い奴はぶんまわしゃ疲れて動けねえだろうしな」

 

 そう言ってゲラゲラ笑うカズヒサは、隠していたクーラーボックスからチューハイを取り出して一気飲みすると三笠にも缶を投げ渡す。

 

「ありがとう、カズ君」

 

「仕事中にあだ名はよせよ」

 

「えへへ、ゴメン」

 

 そう言って肩を竦めて見せた三笠に、微笑み返したカズヒサは、ポカンとしている隼人達にボックスから取り出した飲料を投げ渡す。

 

「それで、何の用で?」

 

「ああ、忘れてた忘れてた。そうだ、お前さん方に連絡事項だ。この前言ってたアメリカの国連軍全滅の件、あれの追加情報だ」

 

「また何かあったのか?」

 

 そう言って飲料を一口飲んだ隼人は、左肩のアクチュエータを破壊されたアサルトフレームを回し見ると背中のバックパックからタブレットを引き抜いたカズヒサに視線を戻す。

 

「ああ。それもちょっとまずい方向に向いちまった。昨夜、新横須賀埠頭で地元のPSCに所属する警備員五名が殺害された。その写真がこいつだ」

 

「切断、刺殺、ビームによる射撃。前者は分からないとして後者は明らかに新アメリカの時の手口と同じ」

 

「だろう? それと、もう一つ。こいつは本来なら機密事項なんだが、この際だから見せて置く。これだ」

 

 そう言ってタブレットの画面を切り替えたカズヒサは、現場写真らしいそれに被せる様に加工された波形線を見た隼人達が一様に首を傾げたのに苦笑した。

 

「これは?」

 

「駐屯してる新アメリカ軍が観測した、例のパワードスーツ、AASの動力源から発せられる特殊粒子の名残だ。ユニゴロス特殊粒子。地球からの亡命技術者から入手した資料によれば、そう言う名称らしい。

んで、現場にそいつがまき散らされてたってのが、例の敵がいる何よりの証拠って訳だ」

 

「それで、その……粒子には何か効果が?」

 

「んー、まだ研究段階でよく分かってねえが、若干のジャミング能力とかはあるらしい。だけど基本的に害はないぞ。まあ、粕だな。うん、排ガスみたいなもんだ」

 

「なるほど、害が無いなら別に気にする必要はない。だが、迎撃時のネックは……」

 

 そう呟き、基本機能の表を見た隼人は、排出物質であるユニゴロス特殊粒子よりも重要な物を指でなぞった。

 

「バリア、だな。この前も言ったがAASの強みは信頼性と稼働時間だ。当然バリアを展開できる時間も長い」

 

「だとすればお手上げだ。フレームにはバリアを破れる武器は無いし、そもそも生身が勝てる兵器じゃない」

 

「この前のバリア破りも二人がかりで、それも持久力の無い軽軍神だからこそできた芸当って事か」

 

「そう言う事だ。いくら相手が少数精鋭だろうと、パワードスーツを出してくるのであれば、最低でも2人必要になる」

 

「人員面じゃ現実的じゃない、か。じゃあどうするんだ?」

 

 そう言うカズヒサに少し悩んだ隼人は、新関東高校の基本データバンクにアクセスすると、後方支援委員会のページへ移動、後方支援委員会が整備している軽軍神の総数を調べる。

 

「量産型だが、静流が十機、ファルカの軍用モデルが五機、月光が七機。内、整備中なのが静流三機、ファルカ四機、月光四機。静流だけでも戦力になる。それに、時間がかかればそれだけ切り札も出しやすくなる」

 

「ああ、なるほど。重軍神か」

 

「ゲリラ戦を仕掛けてくる相手はその装備に大きな制限が出る。ましてや18mクラスの重軍神となれば破壊するのに人数も必要になる。つまり重軍神が出るまでが相手の作戦時間になる」

 

「良い作戦だ。その時間以内なら軽軍神も稼働時間以内に動けるって事か」

 

「その通り。だが、問題は……」

 

 そう言って端末を閉じた隼人は、その事も察したのか頷くカズヒサに肩を竦めつつ言い放つ。

 

「こちらの思う通りに、学院の連中が動いてくれるか」

 

「なるほどな……。そう言う懸念か。そこらに関して何か対策は無いか?」

 

「流石にそれは。行政的な事が絡むので一生徒である俺にはどうにもできない。アドバイスすれば何とかなるだろうとは思いますが」

 

「あー、流石にアドバイス止まりだろうな。まあ良いさ。動きはそれほど変わらねえだろ、時間がネックになるだろうけどさ」

 

「だと、良いんですがね」

 

 手にした缶の中身を一気飲みした隼人は、チューハイをあおるカズヒサから視線を逸らしてそう言った。

 

 視線を変えた先、心配そうに見てくるレンカ達に軽く手を振って答えた隼人は、頬が真っ赤な三笠に気付き、また吐くのか、と若干青くなっていた。

 

「みっちゃん酒回って来たかぁ?」

 

 先ほどの発言はどこへやら、あだ名でそう呼んだカズヒサが酒が回ってきている三笠の方へ移動しながらノールックでクーラーボックスに空き缶を投げこむ。

 

「うぇへへぇ、可愛い女の子ー」

 

「ぎにゃあああああ!」

 

「ほーら、暴れないのぉー」

 

 フラフラとおぼつかない足取りの三笠は、人見知りを発揮して暴れるレンカを捕縛してしきりに撫でまわすのを見たカズヒサは、追う姿勢を止めてそのまま二本目を取りに向かう。

 

「ふひひっ、幼女幼女~」

 

「ひぃっ、隼人助けて! 変態! 変態よ!」

 

 涎を垂らし、頬擦りしてくる三笠から身長差もあって逃れられず、ただただジタバタしているレンカは、しれっとした表情で飲んでいる隼人に助けを求める。

 

「あ? 素面で変態なお前よりは城嶋中佐の方が遥かにマシだ」

 

「何よー! 私の事が大事じゃないってのぉ!?」

 

「こんな時だけ大事にしても意味ないだろうが。まあ、吐かれても洗濯してやるから」

 

「全裸洗濯機!? そんなプレイ確立しようとしてるの!?」

 

「お前……」

 

 半目になる隼人を他所に目を輝かせるレンカは、抱き付いて離れない三笠の表情が真っ青なのに絶望し、直後洗礼を受けた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 夕方、吐いた後に気絶してしまった三笠は、病院と遜色無い医療棟の病室で目を覚まし、傍らで資料を確認していたカズヒサと目が合う。

 

「よう、おはようさん。よく寝れたか?」

 

「カズく……あっ」

 

「良いさ、もう勤務時間じゃねえし。な、あっちゃん」

 

 そう言ってカーテンの向こう側に呼び掛けたカズヒサは、首を傾げる三笠に苦笑しながらカーテンを開けた。

 

「お、おはよう三笠」

 

「お……おはよう、あっちゃん」

 

「あなた、飲酒したのね。酒弱いのに」

 

「え、えへへ。ごめんなさい」

 

「はぁ、勤務中だったはずよ。そうよね、大隊長」

 

 ため息を吐いたアキナは、ほえっとしている三笠を他所に、誤魔化し笑いを浮かべるカズヒサを視線でなじった。

 

「お、おっしゃる通りで」

 

「はぁ、ユニウスの子たちが来る前から三笠は酒が弱いとあれほど言ったでしょうに。どうしてそうすぐポンポン酒を飲むんですか!」

 

「だーってよぉ、校内タバコ禁止だぜ? そりゃあ酒ぐらい飲むさ」

 

「それでも! 今は! 私達公務員で、教員ですからね!? そこら辺の分別をつけてください!」

 

「あー、はいはい。すいませんねぇ。そんで、データ集まったのか、あっちゃんよ」

 

 そう言って懐から電子タバコを取り出したカズヒサに、半目になりながら応対したアキナは、手にしたタブレットPCを操作して昼間から集めていたデータを表示して彼に見せた。

 

「んーっと、今ん所、動きのある組織は無し、と。で、学院の方でユニゴロス特殊粒子の波形が見えたって事か、まあ、狙ってくるわなぁ」

 

「ええ、狙ってきてますね。イチジョウ君達が回収した、魔剣『ダインスレイヴ』を」

 

「ま、今一番無防備な聖遺物だからなぁ。仕方ねぇな。さぁて、お兄ちゃん達ゃどうすっかねぇ。俺らも俺らで何とかしてやりてぇけどなぁ」

 

「ええ、任務の達成も兼ねて、彼らの支援が出来ればいいのですが……あら?」

 

「お? どうした、みっちゃん。浮かねえ顔をして。まだ気持ち悪いか?」

 

 そう言って覗き込んだカズヒサは、首を傾げながらタブレットを弄るアキナと共に深刻な面持ちで三笠を見た。

 

 その視線にようやく気付いた三笠が跳ね上がって驚き、立て掛けていた菊一文字がガシャンと横倒しになる。

 

「あーあー、和馬に怒られるぞぉ。せっかく整備してんのに関係ねえ事でぶっ壊しやがってって」

 

「そ、そんな事……。今関係ないじゃん! それよりも、イチジョウ君の事、気になって」

 

「ああ、なるほど。浮気か? 俺は別に良いけどな、お前の自由にしてもらって―――」

 

「ち、違う! そうじゃなくて! 戦ってて、様子がおかしくなった瞬間があったの」

 

「え、マジか。何時だそりゃ」

 

 そう言って体を起こしたカズヒサは、うーん、と悩ましそうな声を出す三笠を見上げるとアキナに記録する様にアイコンタクトを送る。

 

「あ、そうだ。私が菊一文字でイチジョウ君の脳天をかち割ろうとした時だ」

 

「お前、それ一歩間違うと真っ二つだぞ……。んで、具体的に何があった」

 

「左手で刀を掴んだ」

 

「へ?」

 

「だから、振り下ろした刀を左手で掴んで止めてきたの」

 

 そう言って、床に倒れた菊一文字を見下ろした三笠に、真っ青になったカズヒサとアキナは、暫し固まった後、もう一度聞いた。

 

「ふ、振り下ろした刀か? お前の?」

 

「うん。しかも衝撃波でブーストした奴。多分亜音速出てたと思う」

 

「んなもん受け止めたらすっぱ切れなくても腕砕けるぞ普通……」

 

「でしょ? なのにイチジョウ君は、素手で受け止めた。おかしくない? それも動かない筈の、左手でさ」

 

「うーん、確かになぁ。イチジョウの左腕……報告にあったよな、何だっけか」

 

 そう言ったカズヒサと三笠が揃ってアキナの方を向く。

 

「イチジョウ君の左腕、国際医療ネットワーク経由で取得したカルテによれば、魔力侵食を受けている様です」

 

「魔力侵食……。嫌な予感がするな、あっちゃん、イチジョウの治療履歴は?」

 

「魔力吸引が一回。後は侵食抑制の薬剤治療にシフトしてます。吸引を一回で止めるなんて、治す気が無いのかしら……?」

 

「んー、ちょっとまずいかねぇ。あっちゃんよ、カルテに侵食してる魔力の性質とか書いてあるか?」

 

「ちょっと、待って。あ、うん。これね。でも、これは……」

 

 そう言ってタブレットを差し出したアキナの表情を見上げたカズヒサは、予想通りの結果に舌打ちして電子カルテのページをめくった。

 

「やっぱり侵食してる術式はダインスレイヴのもんか。なるほどな、からくりが読めたぜ」

 

「え、どう言う事?」

 

「みっちゃんが見たのはイチジョウを侵食してるダインスレイヴの防衛反応だ。適合者保護の為のな」

 

「つまり……」

 

「刀掴んだ現象はイチジョウの意図する事じゃなかったってこった。要は左手がダインスレイヴになっちまった弊害って事だろうよ」

 

 軽い口調でそう言ったカズヒサは、タブレットを返すと心配そうな三笠の頭を撫で回す。

 

「大丈夫だって。イチジョウなら全力出しても死にはしねぇから」

 

「そうじゃないよっ!」

 

「じゃあ何だよ」

 

「え、えっと……」

 

「トイレか」

 

「違うよっ!」

 

「じゃあ何だ」

 

「考えさせてよ!?」

 

「早くしてくれ。はい、じゅう、いち、ぜろ」

 

「何でそんな数え方なの!?」

 

「十進法」

 

「意味が違うよ!?」

 

「冗談冗談。で、何だよ」

 

「あ、あれ……? 何だっけ」

 

「え、忘れたのか。何してんだよ全く」

 

「カズ君のせいでしょ!?」

 

「あーあー、聞こえなーい」

 

 ぎゃあぎゃあと保健室に響く二人のやり取りをため息交じりに見ていたアキナは、カズヒサが敢えて無視していた事に違和感を覚えた。

 

(カズ、何で治療の事に言及しないの?)

 

 そう思い、タブレットをスワイプしてカルテに書かれたレポートを読んでいたアキナは、そこに書かれた事に戦慄した。

 

(一日目の魔力吸引、止めたんじゃなくて施術中に過負荷で吸引器具が大破していたの?!)

 

 一日目の治療レポートによればダインスレイヴの魔力によって魔力吸引治療の器具が破壊されてしまったと書かれており、破損寸前、器具から凄まじいノイズが走って回路が焼き切れたとあった。

 

(吸引治療は無意味と判断して、投薬に変更したって訳なのね。でも、効果は無い。症状が収まらずに悪化の一途を辿っているのね)

 

 そう内心で呟きながらスワイプしたアキナは、日に日に悪化している隼人の症状を読み取るとため息交じりに画面を閉じた。

 

 そして、ぎゃあぎゃあとふざけ合っている二人に苦笑すると、その中に混ざる。

 

「何してるのあなた達。ミカも、もう元気になったんだったら帰るわよ。カズも」

 

「あ、ああ。悪い。おい、どうしたあっちゃんよ。変に不安そうな顔して」

 

「え? ああ、ちょっとね。三日後でしょ、あの子達のデビュー戦。ちょっと不安になっちゃって」

 

「今まではずっと訓練ばっかりだったしなぁ。不安になるのも……。って、そう言う事じゃねえか。何が心配なんだよ」

 

「無事に、ダインスレイヴが回収できればいいなって。あの子達が、何の傷も無く、誰も欠けずに、戻ってこれれば」

 

 そう言ってタブレットを抱えたアキナに苦笑したカズヒサは、落ち込む彼女の頭を軽く叩いて慰める。

 

「姉ちゃんらしい心配だな、あっちゃん。でも、運命を決めるのはあっちゃんじゃねえ、あいつ等の実力だ。酷だけど、そう言うもんなんだよ」

 

「そうだけど、イチジョウ君達の事も含めて心配で……」

 

「今更足掻こうがどうにかなるって問題じゃあねぇ。むしろ俺らのせいで動けなくなる可能性だってあり得る。年長もんは、どっしり構えるのが仕事だ。なっ?」

 

 そう言ってアキナの頭に手を置いたカズヒサは、微笑を口に含んだ彼女に笑いかける。

 

「うん……分かった」

 

「よっしゃ、そうとなりゃ今日も新横須賀の街に繰り出すとしますかね!」

 

「は!? また?!」

 

「気分転換にゃ飲むのが一番だ。さあさあ動いた動いた!」

 

「あっ、ちょっと! また怒られるわよ!」

 

 そう言いながらカズヒサの後を追うアキナを見送った三笠はクスリと笑いながら、横倒しになった菊一文字を手に取るとコンバットベルトに取り付ける。

 

 ベルトに取り付けられたハードポイントに食いついた菊一文字の具合を確かめた彼女は、それぞれの武器を手に取ったカズヒサ達の後を追って新横須賀の街へと繰り出した。



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第24話『暗黙のメッセージ』

 繁華街のネオンが輝きを増す夜10時。

 

 眩しい明かりから隔離する様な路地裏に立つビジネスホテルに、賢人達は宿泊していた。

 

「さて、手短に行こう」

 

 幾分か手狭な部屋に集まった彼らは、昼の偵察結果をまとめて作戦会議を始める。

 

「生徒から得た情報によれば、当日使用される模擬戦場は第五模擬戦場。フィールドステータスは市街地。本棟からはかなり離れた位置にある」

 

「で、件の品は? どうするつもりなの?」

 

「ダインスレイヴがフィールドに持ち込まれる確率は少ない。恐らく、本棟の方にあるだろう。だが直接乗り込むわけにもいくまい」

 

 そう言って地図を拡大した賢人にヴァイスは相槌を打つ。

 

「それもそうねぇ。じゃあ、どうやって攻めるつもり?」

 

「俺と奈津美が揚陸で敷地に侵入。森林フィールドに侵入し、モータボットとセムテックスを設置する。そして、模擬戦場へ砲撃し、セムテックスでボヤを起こす。当然警備部隊の一部が森林フィールドへ来るはずだ。

奈津美は森林で待機し、そのタイミングでブラックとヴァイスは降下。暴れ回れ。だが、人は殺すな」

 

「つまらないわねぇ。どうして?」

 

「死体が残ると後が面倒だからだ。それに、あまり若い子を殺したくはない。舞達の未来を、殺しているようでな」

 

「子持ちになって甘さに拍車がかかったわね、賢人。前のあなたなら、そんな事は言わないけど。まぁ、良いわ。殺せなくても、腕を斬り落とすくらいなら良いわよねぇ」

 

 そう言って凶暴な笑みを浮かべるヴァイスに俯いた賢人は、ベットに腰かけて話しを聞いていた奈津美の傍に視線を移す。

 

 そして、そこで眠っている娘三人の姿を見ると、そうかもな、と呟いてヴァイスの方を見た。

 

「俺に甘さがある事は分かっている。だが、仕事をこなす上で子どもを殺す必要はないと言うだけだ。そう言う事で、納得してくれ、ヴァイス」

 

「はいはい、そう言う事にしておいてあげるわ。私だって、舞達が可愛くない訳じゃないしね」

 

 そう言って賢人に苦笑するヴァイスは、ベットで寝ている栗毛色の髪をした幼女、舞の頬を撫でる。

 

「だから、言う事は聞くわ、賢人。あの時、あなたが私を一人の女にしたのだから」

 

 そう言って艶めかしい笑みを浮かべたヴァイスは、サイドボードに寄りかかる賢人を見上げる。

 

 ピクリとも笑わない彼に、白いネグリジェの前面を曝け出したヴァイスは、真っ白いレースの下着からこぼれ出る巨乳を彼の体に密着させる。

 

「キスぐらいなら、良いでしょ?」

 

「お前が自制できるならな。ここには、舞達がいる。それ以上は出来ないぞ」

 

「あん、いじわる。私をただ高ぶらせるだけでお預けなの?」

 

 そう言って左の人差し指で唇をなぞったヴァイスは、むっとなる奈津美に気付いて賢人から体を剥がした。

 

「良いわ、そう言う昇華前提のお預けは性に合わないの。だから今日は、奈津美に譲ってあげるわ。ふふっ、行きましょう、ブラック」

 

 そう言ったヴァイスはネグリジェを直し、対になる黒いネグリジェに、黒いパーカーを羽織る双子の妹、ブラックを連れてドアに向かう。

 

 ドアノブに手を掛けた彼女は、とてとてと後ろから付いてくるブラック越しに、スウェットパンツとパーカーで構成した寝間着を羽織っている奈津美にウィンクすると、そのまま部屋から出て行った。

 

「さて、寝るか」

 

 そう言って凭れていたサイドボードから起き上がった賢人は、ベットに寝転がると不安そうな顔の奈津美が彼の隣に腰かける。

 

「眠れないのか?」

 

「ううん、そうじゃないけど……。ヴァイスが譲ってくれたから」

 

「ははっ、奥手な所は変わらないな、お前は」

 

 そう言って苦笑した賢人は、頬を染めながら体の上に寝転がってきた彼女を受け止めると、そっと頭を撫でる。

 

「だけど、それがお前の良い所だ。辛抱強くて、優しい」

 

「ううん。今は違うよ、昔より、我が侭になった。こうやって、賢人の事、独り占めしたくなるんだもん」

 

「そう思ってくれるのは、俺にとってありがたい事だ。だけど、良いのか、奈津美」

 

「何が?」

 

「俺は、お前の妹を……奈月を、犠牲にして生き残った。あの日、俺は守り抜くと誓ったはずなのに。俺は……」

 

 そう言って自重する賢人は、自分自身を罵る口を、奈津美の唇で塞がれ、咄嗟に黙りこくった。

 

 数秒の間の後にそっと話した奈津美は、艶めかしい息遣いの後に微笑を浮かべる賢人を見下ろす。

 

「もう。その事は言わないって、約束したでしょ?」

 

 そう言って笑う奈津美は、少し悲しそうな顔をして賢人の上で、体を横にする。

 

「だから、今は、あの子達の事は忘れて、私だけを見て。二人一緒なら、辛さも、半分になるから」

 

「ああ、そうだな……。ありがとう、奈津美」

 

「どういたしまして、賢人。だからちょっとだけ……エッチしよ?」

 

 そう言ってパーカーを脱いだ奈津美は、下着だけの上半身を賢人に晒し、彼の了承を得るとその下着すらも傍らに脱ぎ捨てた。

 

 そして、彼に染められた体を重ね合わせ、深く、噛みつく様なキスを交わし、何度目か分からない快楽へと落ちていった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 日を経て信任決議前夜。

 

 明日に迫った決戦を前に一人リビングで状況を整理していた隼人は、チューハイを相方に作戦を整理していた。

 

「ケリュケイオンから出すメンバーはアルファチーム、必要な道具については後方新委員会に提出済み。作戦は奇襲と強襲を組み合わせて戦闘を行う方針、と」

 

 そう言ってタブレットを置いた隼人は、ビリビリと痛む左腕に歯を噛むと鎮痛剤のアンプルを左肩に打ち込む。

 

「っ、く」

 

 じわりと広がる薬物の感触。

 

 だが、それでもなお痛みが治まる事は無かった。

 

「侵食限界が近いのか……」

 

 そう思い、大きく息を吐いた隼人は、階段を降りる音に気付いて振り返る。

 

 そこには、眠気眼を擦って降りてくるレンカの姿があった。

 

「隼人……? 寝ないの……?」

 

「え、あ、ああ。寝るよ、だけど……ちょっと左肩が痛む。それで、寝れない」

 

「そうなんだぁ……。ふあ、喉乾いた」

 

 寝ぼけていてぼへっとしているレンカが、おぼつかない足取りで隣へやって来るのに笑った隼人は、水を取りに台所へ戻る。

 

 コップ一杯にミネラルウォーターを注いで帰って来た隼人は、置いていた感の酒を一気飲みしているレンカに口から何か飛び出るくらいに驚き、慌ててひったくった。

 

「お、お前、何呑んだのかわかってるのか!?」

 

 そう言ってレンカを見下ろした隼人は、案の定真っ赤になっている彼女に激しく落ち込み、酔い覚ましとして水を置いた。

 

 そして、装備の再確認に入ろうと腰掛けた彼は、膝の上に胴を乗せる様に寝てくるレンカを見下ろした。

 

「寝るなら自分の部屋に行けレンカ」

 

「やーだー、隼人が寝るまでいる」

 

「だったら退けろ。邪魔くせえ」

 

 そう言って仰向けになったレンカと目を合わせた隼人は、涙目になっている彼女に首を傾げた。

 

「ねぇ、隼人……。死んじゃうの?」

 

「分からない。だけど、死ぬって事が早まるか、遅くなるか。変わるのはそれだけだ」

 

「意地悪。弱虫。どうして否定してくれないの? ねぇ、言ってよ。俺は死なないって、私が生きてる内は、先に死んだりしないって」

 

「レンカ……」

 

「そうじゃなきゃ、好きになった意味が無いじゃない……。アンタがいなくなったら……私は何を好きになればいいの? 誰を好きになればいいの?」

 

 抱き付いて涙を流し、嗚咽交じりにそう言うレンカを困惑しながらそっと抱き締めた隼人は、急にフラッシュバックした過去の記憶に頭を押さえる。

 

「隼人?」

 

 そう言って顔を上げたレンカと目を合わせた隼人は、ワインレッドに染まった彼女の瞳に戦慄した。

 

「レンカ……?」

 

「さっきの隼人の顔、自分には、分からないって顔してたね。あははっ。そうだよね、私と隼人じゃ、喪った物が違うよね」

 

「待て、お前……どうして、俺の心を……」

 

「何を言ってるの? 私は、隼人と繋がってるんだよ?」

 

(くそっ、またあの時と同じ幻覚か!)

 

 舌打ちし、アンプルに手を伸ばした隼人は、その手を掴んだレンカに驚愕し、幻覚じゃないと悟ると激しい動悸に襲われた。

 

「何でだ、どうしてお前が……」

 

「ピエロの男の時と同じだよ、隼人。私は、ダインスレイヴを受け入れたの。ううん、一緒になろうって言われたの」

 

「一体いつからだ!? いつから……だ?」

 

「隼人への侵食が始まった時から。近いうちに隼人が死ぬって分かった時から、私は狂気を受け入れた。そうすれば、ずっと隼人と一緒にいられるから。ねぇ、喜んでよ、私もあなたと一緒の場所にいるのよ?」

 

「ッ!」

 

 暫し固まる隼人の首に腕を絡ませたレンカは、普段の彼女からは想像もつかないほどの凶悪な笑みを浮かべて彼の肩に頬を当てる。

 

「お前、レンカじゃないな?」

 

 言葉の一端でそう見抜いた隼人は、少しの冷静さを取り戻してレンカの体を借りた誰かにそう問いかける。

 

「あはは、ばれちゃった。よく分かったわねぇ」

 

「レンカは、あなたなんて言わない。騙すなら騙すなりにしろ」

 

「ふふっ、そうね。でも、さっき言っていた事は本当の事よ、隼人君」

 

「何?」

 

「あなたに最も触っているのは、レンカちゃんでしょう? 狂気は、接触感染する。つまり知らぬ間に彼女も侵されてたって訳」

 

 そう言ってレンカの姿のまま、嘲笑を浮かべるスレイに苛立ちを浮かべた隼人は突然の痛みに蹲る。

 

「あはは、もう限界近いじゃない。それで、明日、生きていられるの? でも、安心して、あなたが死んでもレンカちゃんの面倒はちゃんと見てあげるからさぁ、あっは、あははは!」

 

 高らかな嘲笑を浴びせるスレイを睨み上げつつ、激痛に歯を噛んで耐えた隼人はアンプルを突き刺して薬剤を打ち込む。

 

「悪あがきね、それで何になるって言うの?」

 

「何になるか? は、そんなの分かる訳が無い。でも……俺には、もう……」

 

「意地で、生きているしかないって事?」

 

「多分な……」

 

「ふぅん、面倒ね。まあ、良いわ。戻してあげようか? レンカちゃんに」

 

 そう言ってくすくす笑うスレイに、舌打ちした隼人は了承の頷きを見せ、それと同時にレンカからスレイの意識が抜け落ちる。

 

 そうして寝顔を浮かべながら、ぱた、と隼人の体に凭れかかった彼女は、すぐに目を覚まし、彼と目を合わせる。

 

「ふぇ……隼人?」

 

「やっと起きたか。ったく、いきなり寝やがって。酒なんか飲むからだろ」

 

「あ、そっか……私、間違えて飲んじゃったんだ」

 

 そう言って、えへへと笑うレンカに内心で安堵を吐いた隼人は、彼女に水を差し出すと残ったチューハイを飲み干す。

 

 そうして、眠気が来る事を祈った彼は、腕に抱き付き、猫の様な甘え声を上げるレンカに苦笑すると寝入った彼女の頭をそっと撫でる。

 

 こうする事が最後である事を自覚した隼人は、もの悲しげにレンカを見下ろす。

 

 さよならと、先んじて伝えながら。



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第25話『最悪の前触れ』

 翌日、フレームを装着したまま、風香の後ろに付いて行く隼人は、その背後で周辺警戒をしているレンカ達を流し見るとクスリと笑う彼女を見返す。

 

「どうかしましたか、先輩」

 

「ううん、何でも無いよ。でもイチジョウ君達の顔が見れるだけで、少し元気が出るから」

 

「そうですか」

 

 そっけなく返事をしながら内面で暴れ狂う狂気を抑えていた隼人は、無差別に湧き上がる狂気を向けない様に周囲から目を逸らしていた。

 

 そうこうしている内に会場に到着した隼人達は、先んじて通行し安全を確保すると風香を通し、背後を浩太郎達が固めて隼人は風香と共に議席の傍へ歩く。

 

 対岸では流星が、俊を連れて議席へと歩み寄っていた。

 

「来たんだね、松川君」

 

「はい、風香先輩」

 

「じゃあ、始めようか」

 

「はい」

 

「それでは、討議を、始めます」

 

 そう宣言し、隼人を下がらせた風香は、書記と進行役にアイコンタクトを送ると彼女と同様に俊を下がらせた流星が議席につく。

 

 そんな彼らが話を始めたのを背中に浴びていた隼人は、浩太郎達の元へ戻るとレンカと浩太郎に挟まれる位置へ立った。

 

「今更だけどさ、話し合う事に意味があるのかな」

 

「ああ、あるぞ。ここは、お互いの主義主張を話し合う場だ。そして、彼らがいる位置は今バリアフィールドで保護されている。つまりあそこでは純粋な話し合いだけが許される場所だ。

外野からの攻撃や警護部隊に攻撃させない様に配慮されている。新イギリスの議会にはソードラインと言う概念がある。あれを模したシステムだ」

 

「でも、結局は武力なんだろう?」

 

「大体はな、だがそれもお互いの主義主張を知り、引かないと分かった上で実行する事だ。そうじゃなきゃやらないのがルールだ」

 

「つまり僕らはあくまでも剣って事かい?」

 

 そう言って隼人の方をちらと見た浩太郎は無言で頷く彼に視線を戻す。

 

「剣なら剣で、早く戦わせてほしいもんだけどね」

 

 そう言って槍を置き、待機している俊を睨んだ浩太郎にレンカとカナも追従して頷く。

 

 それを呆れた表情で見た隼人は、いつも以上に喧嘩っ早い三人を抑える。

 

「落ち着け三人とも、俺らが先に手を出してどうする。それに、この討議はあくまでも風香先輩がメインだ。俺達はその後釜に過ぎない」

 

「分かってるよ。でもさ、向こうもやる気じゃしょうがないよね、ほら」

 

「あ?」

 

 そう言った浩太郎が指さす先、シュウに羽交い絞めにされている俊が暴れているのを見た隼人は、呆れた表情で彼らを見ると銃口を上げた浩太郎に一瞬殺意が湧き上がるも何とか抑えて銃口を下ろさせた。

 

 その事に気付いた浩太郎は、レンカやカナ共々これ以上敵意を募らせるのは不味いと思ったのか、急に大人しくなり、討議を黙って見ていた。

 

「続いて第二議題、ダインスレイヴの処遇について討議を開始してください」

 

 そう進行役が言うと、先攻であるらしい流星が意見を切り出す。

 

「自分は、危険な武装であるダインスレイヴを国連軍へ速やかに譲渡し、その上で国連との協力関係を深めていきます。理由として、ダインスレイヴは聖遺物であり、新たな戦争の引き金となり得る危険な代物であるからです。

そして、それと引き換えに国連との協力関係を取り付けられるのであれば、武器以上の戦力になります。自分は以上です」

 

「では後攻、安登風香」

 

「はい。自分は、ダインスレイヴを所有すべきと判断します。理由はこれから起こり得る戦闘を回避する為の交渉材料とする為です」

 

 その発言に驚愕する流星と進行役を含めた全員は、涼しげな顔をする風香を凝視し、その空気の中で彼が動いた。

 

「先輩、正気ですか。あなたはまた、去年と同じ事を繰り返す気ですか」

 

「繰り返さない為のダインスレイヴです。もしもの時は、これを譲り渡す事も厭いません」

 

「それの危険性を知っている筈だ、あなたは……! イチジョウ君達の交戦記録を見なかったんですか!?」

 

「見た上で判断したんだよ、松川君。私は、この剣の影響力は絶大だと確信した。戦いにおける抑止力として使うの。核抑止論の様なね」

 

「危険ですよ、そんな考えは……。抑止力だって行使すれば武力になるんですよ、分かっていますよね!?」

 

 そう言って机を叩いた流星は、それ以上は風香への暴力行為とみなす、と進行係から警告されて席に付いた。

 

「松川君が心配するのも無理はありません。ですが、私はここに宣言します。私がこの新関東高校で生徒会長を続ける限り、周辺学院へこちらから攻撃する事は一切しない、と。

私は、あくまでも武力を行使せず、話し合いによって解決する事を基本とし、武力行使はその最終手段、または話し合いの席に付くまでの策とします」

 

 そう言ってカメラにブイサインを向けた風香に、少し唸った隼人は、心配そうに見て来る三人に少し肩を竦めた。

 

「何だよ、お前ら」

 

「僕らは政治に疎いから聞きたいなってさ。隼人先生」

 

「茶化すな浩太郎。あー、っとだな。それぞれがダインスレイヴに対してどう扱うかについてだが、流星は国連へ譲渡、風香先輩は抑止力として保管する。それぞれの主張はこうだ。

で、その上で流星は国連とのつながりを強める方針、風香先輩はあくまで抑止力と位置付け、周囲を牽制する方針でいる。流星の策は、聖遺物と言うハイリスク・ハイリターンを放棄して国際的な影響力を持つ国連とパイプが作れるが、

反面、癒着を理由に多方面から武力、経済と種類を問わない政治介入を受ける恐れがある。逆に風香先輩の策は、政治介入を受けにくい反面、孤立化してしまうので戦力、政治的に一方的な状態になるとほぼアウトだ」

 

「お互い、逆の方針でいるって事だよね?」

 

「そうだ。そして、二人とも学校の事を優先している。だが、そのアプローチが違う。流星は基本的に攻めの姿勢だ。国際的につながりを持つ事で、攻撃されにくくし、そして積極的に攻める事で攻撃の目を潰す。

攻性防御って概念だな。対して風香先輩は逆だ。繋がりを絶ち、基本的に国内だけのマクロな繋がりだけにして攻撃に備える。基本的な防御の姿勢だ。二人の主張は真っ向から食い違っているんだよ」

 

 そう言って、中央にある二人の方を見た隼人は、静かに、それでいて、白熱した討論を繰り広げる二人を見ながら、建物の屋上で監視待機しているリーヤ達ブラボーチームとジェス達と連絡を取る。

 

「ブラボーリード、外で異常はあったか?」

 

『こちらブラボーリード、監視視界内での異常は認められず。監視を続行する。あ、こら楓ちゃん暑いからってスカート脱がないで! まだ仕事中だよ!?』

 

「……シエラリード、異常は?」

 

『こちらシエラリード、異常はない。のどかなもんだよ、相変わらずな』

 

「アルファリード了解だ。両チーム、監視続行せよ。アルファ、アウト」

 

 そう言って通信を切った隼人は、監視状況の取得の為にフレームの左腕裏に取り付いた操作パネルへ右人差し指を当てた。

 

 すると視界の端にメニューが開き、指の動きに合わせて選択項目が動いていく。

 

「現在の監視状況は……。五分前の定時報告で全てグリーン、沖に出ているイージス、ミサイル艦、重軍神部隊からも異常なしと出ている、か。このまま何も無けりゃいいんだがな。唯一の懸念点と言えば、海中か」

 

「あれ? ソナーで探してんじゃないの?」

 

「アホか、こんな近海でソナー打ったら海中の生態系全滅だ。それにな、ここらへんじゃダイビングとか観光遊覧とかしてんだ。万一の事があったらいかんだろうが」

 

「そんなに強いの?」

 

「ああ、大体ソナーをまともに浴びるとクジラが死ぬ。デカい奴がな。死んだ魚みたいに浮き上がってくるんだよ、腹見せながら」

 

「うっげぇ、そんなのやったら人なんか死んじゃうね」

 

「海中でもみくちゃにされた挙句、飛んできた石でミンチだろうなぁ」

 

 そう言って操作パネルを閉じた隼人は、青い表情のレンカに苦笑するとそろそろ終わりそうな討論に目を向ける。

 

 お互いに譲らないとそう言う意思を見せた二人はお互いに背を向けて席を立ち、警護に入った隼人が風香の背後に立ってその後ろを浩太郎達が固める。

 

 そして、C.A.R.Systemで構えたMk23を後ろに向ける浩太郎は、スプリングフィールドXDを構えた俊に銃口を動かし、数瞬睨みあった。

 

『早く来いファントム。次は俺達の出番だぞ』

 

 隼人からの通信を受けて銃口を向けつつ移動した浩太郎は、ざわつく会場に背を向けて準備室へと走って行った。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 それから浩太郎が合流し、準備室で装備の最終確認を行っていた隼人は、ブレザーの下に着こんだ防弾チョッキの感触を確かめ、動きに影響が無いかをしきりに動いて試していた。

 

 同じくレンカも、薙刀へのカートリッジ挿入を終え、一度コッキングして一撃目を装填し終えると両手にファタリテート・ケイルを装着し、新たに支給されたグローブとの間隙を図っていた。

 

「それにしても不思議よね。こんなグローブを着けるだけで魔法無しで壁に登れるなんて」

 

「人類の英知って奴だな。まあ、それも自然がヒントを与えたもうたお陰ってとこだろうけどな」

 

「自然からのヒント?」

 

 そう言って隼人を見上げたレンカは、ファタリテート越しにグローブを壁にくっつけると掌部分の素材が壁との間に分子レベルの摩擦を生み出し、それ故に彼女は自身の軽い体を非力な力でも持ち上げられていた。

 

 天井ギリギリまで登った彼女は、足元の隼人を見下ろし、グローブの性能に子どもの様にはしゃいでいた。

 

「壁から手を離すなよ、落ちるぞ」

 

 そう言った隼人は、それが分かった上で落ちてきたレンカを片腕で受け止めると、悪戯っぽい笑みを浮かべた彼女に苦笑する。

 

「仲に良いね、二人共。じゃあ僕も準備が済んだらカナちゃんの所へ行こうかな」

 

 そんなやり取りを見ながら笑った浩太郎は、Mk23にマガジンを込め、一度スライドを引いて初弾を装填するとストックを折り畳んだヴェクターにロングマガジンを装填してスライドを引く。

 

 金属音が鳴り、装填された事を確認した浩太郎は、部屋の奥の方で準備を進めているカナの方へ三つあるククリナイフとナイフマウントと、そして自分用のトマホークを持って移動した。

 

「カナちゃん」

 

 優しい声色でそう問いかけた浩太郎は、びっくりしている彼女に苦笑し、ククリナイフとマウント二つを彼女に差し出す。

 

 バツが悪そうにしながらナイフを腰へ取り付けたカナは、曇天に傾き始めた空を見上げ、腰と太もものマグポーチへ予備マガジンを入れている浩太郎を振り返る。

 

「曇り空」

 

「本当だね、三月なのに。降ってくるのかな?」

 

「分からない。けど、空気が少し湿ってるから、もしかしたら」

 

 隣に来た浩太郎は、見上げてくるカナにそう言うとコンバットバイザーを手渡して微笑を彼女に向ける。

 

 その笑顔に恥ずかしさを感じたのか、フードを被って視線から隠れたカナの頭を浩太郎は苦笑に変え、しきりに撫で回した。

 

「どうかしたの、カナちゃん」

 

「えう、あの、その、隼人の事」

 

「ああ、隼人君なら心配しなくて良いさ。それに、僕らが不安がると隼人君に負担が出る。極力気にしないのが吉さ」

 

 そう言って頭を撫でて来る浩太郎に少し不満そうなカナは、頭に乗っている彼の手を掴むとそっと下した。

 

「どうかしたの、カナちゃん」

 

「あんまり、撫でないで」

 

「どうして?」

 

「恥ずかしい、から」

 

「ふふっ、分かってたよ」

 

 そう言って笑う浩太郎は、顔を真っ赤にするカナに悪戯っぽく笑うと肩に手を回し、首をくすぐった。

 

「んにゅっ……ふぇっ」

 

「ふふっ、相変わらず良い顔で喘ぐね……カナちゃん。まぁ、この続きは家に帰ってからで良いよね」

 

「ふえっ……何で?」

 

「隼人君達が見てるからさ。まあ、続きの時は本番までやっても良いからさ」

 

「ホント?」

 

 そう言って上目遣いに聞いてくるカナに頷いた浩太郎は、話を聞いていたのか半目になる隼人に苦笑すると顔を真っ赤にした彼女に噴き出す。

 

「あんまりいじめるなよ、浩太郎。あと、やるならシーツの処理は自分でやれ。上手い言い訳も加えてな」

 

「はいはい、了解。それで、君の方は? 大丈夫なの?」

 

「準備は出来てるよ。装備の使用方法も確認済みだ」

 

「そう言う事じゃなくてさ。レンカちゃんの事」

 

「あぁ?」

 

 そう言ってレンカの方へ振り返った隼人に、苦笑を交えて話す浩太郎は、雰囲気を察して移動したカナとじゃれ合うレンカを見ながら話を続ける。

 

「体の事とか、ちゃんと話してあげた?」

 

「ちゃんと話したさ」

 

「だったら何で後ろめたそうなんだい?」

 

 曇天を見上げ、ベランダに凭れかかった浩太郎に、図星を突かれて無言で俯いた隼人は、言い返す言葉も見つからず手すりを握り締める。

 

「レンカちゃんは、全部受け止める気でいるよ。なのに君は、彼女を突き放すのかい?」

 

「真実の全てが受け切れるほど丸いものじゃない。お前は、分かってる筈だ」

 

「分かってるさ。だけど、優しさとそれは別物じゃないかな。お互いの腹をぶつけなきゃ、信頼される事は無い。君はよくよく分かってると思ったんだけどな」

 

「それでも、俺は……レンカを傷つけたくはない」

 

「案外君は、臆病者だね」

 

 そう言って苦笑した浩太郎は、激昂する事も、頑なに否定する事も無い隼人の肩を叩く。

 

「ああ、よく分かってるよ。俺は、手に入れた愛情を喪う事が怖いだけだって。それが俺のエゴだとしても、俺は誰かのエゴで失った愛情が何よりも大切なんだ。自分で、壊したくはない」

 

「そうか……」

 

「別れが惜しいって思った事は無い。ただ、俺は、あいつが壊れてしまうのが嫌なんだ」

 

「エゴだね」

 

「ああ、エゴだよ。それも、性質の悪いな」

 

 そう言って苦笑した二人は、喧嘩に発展しているじゃれ合いを諌めようと彼女らの元に移動した。



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第26話『交渉戦闘・開始』

 それから数十分後、後方支援科からもらった装備を含めていつもより五割増しの装備を持った隼人達は、雲行きが怪しくなってきた市街地戦用の模擬戦場、開始地点ブラボーに立っていた。

 

 事前展開された情報ではすでにユニウスの準備が終わっている事、そしてお互いに場所を知らないと言う事だった。

 

「どうする?」

 

「取り敢えず建物に隠れるか。それから策を練ろう」

 

「そうしようか」

 

 そう言って近場の模擬店の中に入った彼らは、ぽつぽつと降り出した雨に不安になりつつも薄暗い模擬店の中に入って雨を凌いだ。

 

 湿度が高くなるのに合わせて毛並が立ってきたレンカとカナは、そんな感触が嫌なのかむくれつつ、今回の戦闘着として使用する強化ジャンパーのフードを被っていた。

 

「さて、現在位置はここだ。そして、普通の模擬戦で使うスタート地点は残り三か所。開始時刻は今から十分前、まあレンカ達が手間取ったせいで遅刻したんだが……」

 

「ごめんてばぁ」

 

「もういい、もう既に二回聞いた。それで、市街地フィールドは中央に貧民街を模した建物が密集している区画がある。この区画には背の高い建物があり、ここから狙撃されると爆破物の無いこちらの装備からして一方的になる可能性が非常に高い。

そこで、だ。作戦目標をここに立て、ここを確保してから次の作戦に動くとする」

 

 そう言って、背中のバックパックから、ラぺリングロープを取り出して見せると、左腕のコンソールを操作して情報を得る。

 

「さて、シュウ達の武装や装備は、悪いが未知数だ。何を使って、何をして来るか、見えない以上、いつも通りに行くか」

 

「そうしよう。新しい装備もあるしね」

 

「正直役立つか分からんが、無いよりはましと思おう。よし、動くか」

 

 そう言って裏口から出て行った隼人達は、建物の隙間から攻撃目標を確認すると、広い道路に向けて走り出す。

 

 開けた場所に出た瞬間、ビルの上から連続した閃光が放たれ、案の定と思い、そのまま全力で走った隼人達は、シャッターに体を叩き付けて様子を窺った。

 

 そして、攻撃が止まない事を確認しつつ、浩太郎とカナにハンドサインで分断を指示する。

 

 そのサインに頷いた二人は、腰のポシェットから引き抜いた、ポンチョ状のシート(光学迷彩)を被ると、そのまま空間に溶け込んで見えなくなった。

 

シグナルトラッカー(音波探査機)起動」

 

 隼人の言葉と同時、彼と共にコンバットバイザーを起動したレンカは、シグナルを発信する浩太郎とカナを拡張された視界に捉えつつ、密集地区の小道に入っていく。

 

「レンカ、気をつけろよ。どこにいるか分からないからな」

 

「う、うん」

 

 周囲を確認しつつ、そう言った隼人は、雨脚が強まり始めた空を見上げると、雨が宙に浮かぶ何かへ当たっているのに気付き、そのシルエットを凝視した。

 

 赤い光が僅かに見えたのに、レンカを伏せさせた隼人は、頭上を掠めた弾丸に舌打ちし、直後に浴びせられた亜音速の拳銃弾(.45ACP)が、彼らを周囲を叩きまくる。

 

「クソ、ドローンからの射撃か!」

 

「きゃああ!」

 

「動くぞレンカ、行け!」

 

 先にレンカを行かせた隼人は、ビルの外壁にたどり着いたらしい浩太郎からの短いメッセージを受け取ると、弾雨を抜けて大通りに出る。

 

 レンカを抱えてのブーストドライブで横っ飛びに飛んだ隼人は、抜けたと同時に出てきた槍の切っ先を回避して、後方ロールで槍の持ち主である俊から距離を取ると、レンカを下ろした。

 

「待ってたぜ、イチジョウ隼人」

 

 そう言って槍を肩に担った俊に、苦笑を向けた隼人は、薙刀を構えるレンカと並んで立ちあがると、頭を突き抜けた狂気によって頭痛を抱える。

 

「俺は、お前みたいな奴をリーダーとは認めねえ。仲間を見捨て、正義に背く事をいとわない奴なんかにな」

 

 そう言って穂先を向けた俊は、腰のラックに手を伸ばした隼人に歯噛みをすると、腰から拳銃を引き抜いて構えた。

 

「どうして兄貴がお前なんかを選んだのか分からねえ。だから教えろ、お前がリーダーにふさわしいかどうかを!」

 

 そう言って発砲した俊は、瞬間、飛び出した二人に照準をぶれさせ、闇雲に撃ちまくって牽制射撃を繰り出す。

 

「速攻で決めさせてもらうわよ!」

 

「させる物ですか!」

 

「ッ!?」

 

 真横からの声に、咄嗟にガードを上げたレンカは、飛び蹴りの体勢で突っ込んできたシグレと、揉みくちゃになりながら道路を転がる。

 

 その間に距離を詰め、俊と打ち合った隼人は、穂先とぶつかり合って火花を散らすアークセイバーに舌打ちし、質量差で振り落とされたそれを切ると、目の前に迫った切っ先をのけ反りで回避した。

 

「な……!?」

 

 必中の位置故に回避されると思ってなかった俊は、追い散らしの蹴り上げをバックステップで回避すると、アークセイバーを収めた隼人に槍を構え直す。

 

 一方の隼人は、鋭敏化する身体感覚とは裏腹に、敵味方の判別が曖昧になりつつある思考回路を必死に押さえつけ、拳を握りしめた。

 

「貰った!」

 

 その一瞬を狙いすまし、槍の先端に仕込まれたブーストで接近した俊は、その瞬間、確実に槍を捉え、回避した隼人に驚愕し、横殴りに吹き飛ばされた。

 

「俊君!」

 

 斬り結んだレンカから離れ、俊の元へ急いだシグレは、いつの間にかいなくなった隼人達に違和感を覚えつつも、彼の治療を優先した。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 一方その頃、隼人達と別れて行動している浩太郎とカナは、光学迷彩を起動したポンチョを被り、上方からの観察を凌ぎつつ目的であるタワーを目指していた。

 

 そして、その道すがら、サプレッサー(消音器)を銃口に装着したMk23自動拳銃を構えた彼は、マルチインカムに流れるある違和感に気付いていた。

 

「カナちゃん。さっきから通信、使える?」

 

「ううん、使えない。ノイズばかり。それに、何だかピリピリする」

 

「やっぱりか……」

 

 そう言ってインカムとフレームのパネルを弄る浩太郎は、透明に見えるポンチョから顔を覗かせてもじもじしているカナに、インカムのノイズの傾向とフレームが受信した電波を合わせた情報を流す。

 

「多分、ジャミングだ。それも一定周期で抜け道の周波数を変えてる。ある程度のパターン出しは出来るけど、僕らが抜け道を使える確率は無い」

 

「でも、どこから?」

 

「電波は……上から出てるね。ここの空間を、ドーム状に覆ってる」

 

「上? 空を飛んでるの?」

 

「電波の発信源はね。でも、使用者が飛ぶ必要はないさ。便利な物が、ここにはあるから、ね!」

 

 そう言ってカナの方へ銃口を向けた浩太郎は、咄嗟に伏せた彼女越しに射撃し、射撃体勢にあったドローンのローターと電源を撃ち落とす。

 

 出力と動力源を失ったドローンが、生気の抜けた虫の様にフラフラと墜落し、おもちゃが壊れる様なポリマーの砕ける音を立てて、雨の降る道の上を転がった。

 

「これ、ドローン?」

 

「ああ、それも光学迷彩付きだね。軍事用の、最新型じゃないかな」

 

「どうしよう」

 

 そう言ってツンツンとドローンを弄っていたカナは、周囲を警戒していた浩太郎を見上げて、そう言った。

 

「うん、どうしようかな。多分二人一緒だとバレちゃうよね」

 

「うん」

 

「じゃあ、こうしようか」

 

 そう言ってカナの耳元に顔を近づけた浩太郎は、くすぐったさでピコピコ動く彼女の耳に作戦を吹き込むと、寂しげな表情で頷いた彼女をしきりに撫でてあげた。

 

 前払いのスキンシップを終え、雨の降るアーケードの下にカナを置いて浩太郎は、一人路地裏へと移動した。

 

 十字路で左右を警戒し、クリアリングをした彼は、店舗裏の壁を軽く触ると、グローブをくっ付けた。

 

 分子同士でくっついたグローブの引っ掛かりを確認した浩太郎は、そのまま壁をよじ登り、商店街の屋上に出ると店舗の間を跳躍し、距離を詰めていく。

 

「隼人君達、どうしてるんだろう」

 

 激しい激突音がぴたりとやんだ事に心配しつつも、足を止めない浩太郎は、一瞬見えた反射光に舌打ちし、その場で伏せた。

 

 恐らくこちらが見えても、相手は撃たない。

 

 逃げ道が限られたこの状況下でもし発砲でもすれば、運良く浩太郎を仕留められたとしても、隼人達やカナに居場所がバレるからだ。

 

 とすれば、取る行動は一つ。

 

(確保した逃走手段で逃げる!)

 

 ポンチョが翻るのも構わず全力で走った浩太郎は、目標の建物の六階部分の窓枠目がけて、左腕のワイヤーを射出。

 

 手応えで引っ掛かりを確信した浩太郎は、ブーストと巻き上げの勢いで、そのまま窓へ突入し、運よく降りてきたシュウとハナに消音器付きの銃口を向けた。

 

「下がれ!」

 

 ハナを庇い、エグゾスケルトンを装着した左腕を突き出したシュウは、そこに仕込まれた折り畳みのシールドで銃撃を防いだ。

 

「ッ!」

 

 銃撃が効かないと分かった浩太郎は、拳銃で牽制しつつ、窓から飛び降りて屋根を走って逃走する。

 

 それを手にしたACOGスコープとグリポッドを装備したM249軽機関銃で追ったシュウは、ドローンにトラッキングさせたカナに諌められ、大人しく移動する事にした。

 

(くそっ、防弾性のネットシールドなんて意外な物を……)

 

 内心毒づき、屋上をパルクールの要領で駆け抜ける浩太郎は、サブマシンガンを発砲しながら付いてくるドローン二機に舌打ちし、ノイズばかり迸らせる通信機のバンドを手動で切り替えていた。

 

 屋根を穿つ拳銃弾(.45ACP)の雨あられを回避しつつ、マントの様にポンチョを翻らせた浩太郎は、ブーストと組み合わせてのスイングでドローンを翻弄し、振り返り様の射撃で一台の飛行機能を破壊する。

 

「一つ」

 

 ワイヤーを回収し、そう呟いた浩太郎は、そのまま距離を置いてしまったカナのいる場所へと、引き返すルートを辿って行った。

 

 一方のカナはと言うと、建物から出てきたシュウ達の道を阻む様に、彼らと対峙していた。

 

「そこをどいてくれないか、カナ」

 

 そう言って軽機関銃を構えたシュウは、その隣で『HK・HK417』7.62㎜バトルライフルを構えたハナに、アイコンタクトを送る。

 

「そう言うなら、どかない。あなた達は……そう、ここで倒すから」

 

 そう言ったカナは、背中に追っていた二振りの大戦斧、『R.I.P.アックス』を振り上げ、地面に叩きつけた。

 

 そして、動くのに邪魔なポンチョを脱ぎ捨てると、その下に着こんでいたゴスロリアレンジの入った制服を露出させる。

 

 そして、袖口から延ばされた術式ワイヤーが斧の後部に接続、それによってコントロールを得たカナは、一度斧の刃を解放してチェーンソーを露出させる。

 

「当たると痛そう」

 

「痛いで済むのか……?」

 

「どうだろ」

 

 そう言って銃を構えた二人は、チェーンソーで地面を削りながら迫るカナに、射撃を開始するが、直前で弾道を予測したカナは、射線から逃げる様に横へ走る。

 

 あまり早いとは言えない速度に銃口を合わせた二人は、それを阻む様に横回転で投擲された大戦斧を回避し、カナへ射撃を集中させる。

 

「甘い」

 

 言い様、ワイヤーを引いたカナは、強制的に回転を止めると、宙に浮かせた斧をブースターで位置調整しつつ、ハナに向けて落下させる。

 

「避けろハナ!」

 

 言いながらマシンガンの射撃で斧を叩き、ハナへの落下を防いだシュウは、その隙に接近したカナに斧で殴り飛ばされる。

 

 地面へ引きずられる様に吹き飛んだシュウは、マシンガンをカナに構え、ハナとの十字砲火で仕留めようとした。

 

 が、ハナの射線を斧で塞がれてしまい、自身のタイミングも、雷撃で潰され、追い散らされた。

 

「くそっ、上手く行かないな!」

 

 そう言ってマシンガンを連射したシュウは、投擲した斧で銃弾を弾くカナに舌打ちし、直前で回避して構え直す。

 

 HMDと連動した簡易照準器の範囲内に、カナを捉えたシュウがトリガーを引く直前、背後から軽い破砕音が聞こえ、直後ドローンとのリンクが断たれた連絡が入る。

 

「何!?」

 

 背後を振り返ったシュウは、空中で側転しながらMk23を構える浩太郎と目が合い、咄嗟にシールドを展開、牽制射撃を盾で受けた。

 

「悪いね、カナちゃんの相手してもらってさ!」

 

 そう言って、着地と同時にトマホークを引き抜いた浩太郎は、ニヤリと笑うシュウに違和感を覚えた。

 

「何、礼には及ばんさ。そこにいる以上、な」

 

 直後、トマホークを振り上げた浩太郎の背後に銃撃が加えられ、痛みと驚きでバランスを崩した彼は、前傾姿勢からのハンドスプリングで立て直し、遮蔽物に隠れて銃撃のあった場所を振り返る。

 

(建物……。ターレット(自動砲台)かな)

 

 そう思った一瞬、マシンガンから放たれたライフル弾が遮蔽物を撃ち抜き、慌てて退避した浩太郎は、コンパクトな構えで拳銃を発砲する。

 

 牽制射撃をしながら逃げ込んだ彼は、シールドで防ぎながら近づいてくるシュウに違和感を覚えていた。

 

(おかしい、ベルト給弾式とはいってももう弾が切れても良い頃だ)

 

 そう思いながら拳銃のマガジンを交換した浩太郎は、薄い金属板で出来た遮蔽物の傾斜で、ライフル弾を弾き、至近に掠めさせながら、拳銃からヴェクターへ武器を交換。

 

 手にしたトマホークの牽制として発砲しつつ、戦闘を再開した。



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第27話『反撃開始』

 一方反対側のエリアでは、俊達から逃走した隼人とレンカが体勢を立て直すべく裏路地で呼吸を整えていた。

 

「嫌な雨ね、隼人。匂いも分からないし、音も聞こえないし、獣人にはキツイわ」

 

「がっ……ごほっ」

 

「隼人?! ちょっと!?」

 

 装備の確認をするレンカを他所に壁に背を当て、ずるずるとしゃがみ込んだ隼人は、口からおびただしい量の血を吐き出して苦しそうに息をした。

 

 慌てて首筋にアンプルを突き刺したレンカは、ぐったりとしている隼人が立ち上がろうとするのを助け、それを見て中止を進言しようと通信機に手を掛けた。

 

「よせ……。こんな事で勝ちを諦めたくはない……」

 

「でも……」

 

「まだ、俺は立てる。だから……頼む、レンカ」

 

 そう言って力を取り戻し、立ち上がった隼人は、一過性だったらしいそれに安堵しつつ心配そうなレンカの頭を撫でようとする。

 

 が、直前、全身に激痛が走り、雨に濡れた路地に倒れ込んで蹲った。

 

「隼人!?」

 

 がくがくと震える体を押さえつけたレンカは、恐怖に負けそうな体に内心で叱咤して隼人の傍に駆け寄る。

 

「く、そっ!」

 

 そう言って息を荒げる隼人は、路地に紛れていた虫型の探査ドローンに気付くと同時、ぞわりと走った殺気に舌打ちしてレンカの位置を確認する。

 

 そして、咄嗟にドローンを潰した彼は、奇行に驚くレンカを支えに立ち上がると、移動すべく彼女を前に出そうとした。

 

 その時だった。

 

 鉄筋コンクリート製の壁からオレンジ色の火花が散り、円形状に壁をくり抜いていく。

 

「壁が……?」

 

 振り返り、呆然となるレンカの手を引いた隼人は直後爆発した壁から彼女を庇うと、

拳銃を手に突入してきた俊とシグレに気付き、その場にあった室外機を引き剥がして投擲した。

 

 瞬間、連射された拳銃弾が直撃し、ガンガンと喧しい音をがなり立て、ばらばらになった室外機を俊とシグレは回避する。

 

「何て馬力…!」

 

「だからってビビる訳にゃいかねえんだよ!」

 

「はい!」

 

 そう言って、逃げる隼人達に拳銃を向けながら走った二人は、体のブレで揺れる射線を修正しつつ、隼人達を追う。

 

 背後からその弾幕を浴びながら逃げる隼人は、反撃しようとするレンカを止めて持って来ていたワイヤーガンで屋根の上に上がる様、指示する。

 

「待ちやがれ!」

 

 堂々と中央に陣取った俊がスプリングフィールドXDを射撃し、それに追従したシグレがロングマガジンを装填しているグロック18Cをフルオートで放つ。

 

「くそっ!」

 

 下手であるが故に、逆に鬱陶しい弾幕に舌打ちした隼人は、オブジェクトとして置いてあった木箱を蹴り飛ばして二人を牽制する。

 

 同時に、レンカがワイヤーを打ち上げ、屋上に上がり、薙刀から術式ビームを、連射モードで放って二人を牽制する。

 

 その間に跳躍から屋根に上がった隼人は、痛みが酷くなる左腕を抑え、アンプルを追加で打ち込む。

 

「逃げるぞ……!」

 

 雨が降りしきる中、ジャンパーを濡らした隼人は、頷くレンカを先に行かせて屋根伝いに逃走を図ろうとした。

 

 が、レンカが跳躍する直前、重力ビームが跳躍しようとした建物を薙ぎ払い、慌てて止まろうとしたレンカの体が頭から落ちかける。

 

 慌ててフードを掴んだ隼人は、シグレの放った術式によるものと判断して、建物に入ってきた彼らへの策を練る。

 

「どちらへ逃げた物か……」

 

 破壊された方とは反対へ逃げる手もあるが、そちらは、遮蔽物が無い上に、ガソリンスタンドを避ける様にコの字型になったフェンスで行き止まりになっており、逃げ切れる地形ではなく、おまけに屋根には階段も無い。

 

 飛び降りれば何とかなるが、三階くらいの高さがある為、下手すれば足の骨が折れるか、肩を脱臼するか、それとも頭部打撃で死ぬかの三択になってしまう。

 

(強化外骨格だって万能じゃないからな……。それに、裏路地の路面状態はかなり悪い。さっきもコンバットブーツで三回ぬかるみで滑った。さて、どうしようか)

 

 そう思い、階段の出入り口に待ち伏せた隼人は、後ろで待機しているレンカを振り返ると、彼女の小さな手が目に入った。

 

「……そうだ、その手があったか」

 

「へ? 手? 私の? フェチなの?」

 

「喧しい。グローブだ、お前がさんざん遊びに使ってたグローブだよ。それで壁にくっついて奇襲の機会を待つ。あいつらも俺達が壁にくっついてるとは思うまいし、それならアドバンテージが取れる。今までの借りを返す時だ」

 

「オッケー、任せなさい! ボコボコにしてやるんだから」

 

「よし、その意気だ。じゃあ、お前から移動しろ」

 

 そう言ってレンカを移動させた隼人は、僅かに開けたドアから遠い足音を聞いて警戒すると、壁にぶら下がれた彼女のサインで移動し、壁際へと貼り付いた。

 

 そして、アイコンタクトを交わした二人は、静かに獲物が来るのを待った。

 

「残ってんのはここか」

 

 そう言って扉を蹴破った俊の声が聞こえ、雨に撃たれながら周囲を見て回っているらしい彼らは、二つ分の足音を鳴らしながら屋上を歩いて回る。

 

「誰も、いませんねぇ」

 

 シグレの変に緊張した声と、近付く足音を聞き取った隼人は、警戒しているレンカにハンドカウントを送り、ゼロのタイミングでブーツを撃発させた彼女が高く跳躍し、シグレに膝蹴りを打ち込む。

 

 鈍い音を上げてよろけたシグレが倒れていくのを、スローモーションで捉えたレンカは、落下する自身に銃を向ける俊を見た瞬間、ブーツからの撃発でサイドステップし、射線から逃れた。

 

 直後、跳躍した隼人は、倒れているシグレを踏まない様に着地点を調整しながら、ワイヤーを射出し、俊の拳銃を弾き飛ばすと、ブーストダッシュで距離を詰め、戦闘を開始した。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 一方、反対側では、シュウと浩太郎が激しい撃ち合いを繰り広げており、軽機関銃の濃密な弾幕を掻い潜る浩太郎が、手にしたヴェクターで応射していた。

 

(くそっ。拳銃弾じゃあのシールドを破壊できない)

 

 そう言ってロングマグを落とした浩太郎は、マグキャッチに、代わりの弾倉を突っ込むと、腰に下げていたR.I.P.トマホークの柄に触れる。

 

(だけど格闘武器なら……勝機はある)

 

 そう思い、逆手でトマホークを引き抜いた浩太郎は、手の中で回転させると、順手から刃を回転させて再び逆手に戻した。

 

 呼吸を整え、ヴェクターを向けた浩太郎は、雨で僅かに白んでいる視界にこちらを向いた銃口を捉えた瞬間、ヴェクターを放ちつつ突貫した。

 

「何!?」

 

 その行動に驚いたのか、銃口がブレたシュウに、逆手持ちのトマホークを振り上げた浩太郎は、初撃を回避した彼に至近でのヴェクターの射撃を叩きこむ。

 

「接近戦とはな!」

 

 意外だったのか、太ももからマチェットナイフを引き抜いたシュウは、順手に直ったトマホークと真っ向から打ち合うと、懸架アームとアシストで持ち上げた軽機関銃を乱射した。

 

 元々、命中を狙わず弾幕を張って味方への攻勢を削ぐ武器である軽機関銃は、今の状況には不向きだった。

 

 だが、今更小回りの利く拳銃へ持ち替えようにも、接近戦ではその隙が無い以上、普通よりも遥かに多い装填弾数に任せて、撃ちまくっていた。

 

(持ち替え無しで保ったのは、アイアンマンシステムのお陰か。たまには新アメリカ陸軍の研究も役立つものだ。まあ、強化外骨格必須だがな)

 

 そう思いつつ、マチェットを逆手に持ち替え、サイドレールに装着したアングルグリップを掴んだシュウは、安定した姿勢で連射を継続、接近戦を狙う浩太郎との距離を放していく。

 

 一方の浩太郎は、弾幕から逃れつつ徐々に距離を話すシュウに舌打ちし、ライフル弾が着弾する道路を弧を描く様に駆け抜けると、アーケードの屋根に跳躍した。

 

「無駄な事を!」

 

 そう言ってトタン製の屋根にマシンガンを向けたシュウは、着地の寸前にワイヤーを放ってきた浩太郎に驚き、咄嗟に軽機関銃で往なしてしまった彼は、地面にブレードアンカーが食い込んだそれに舌打ちし、振り返った。

 

 振り返り様に捉えたヴェクターの銃口にシールドを展開したシュウは、それこそが浩太郎の狙いだったのだとトマホークが見えた所で察した。

 

「貰った!」

 

 体重がのせられる近接武器には、単なる目の細かい金網でしかないシールドを切り裂いた浩太郎は、ヴェクターのマグポート前部でM249を押さえつけると、トマホークと打ち合ったマチェットに重力倍加を加えて圧力をかけていく。

 

 瞬間、上がった足を踏みつけて抑えた浩太郎は、膝蹴りで脇を打つと、マチェットを弾いてからの横薙ぎを放つ。

 

「ッ!」

 

 回避され、すぐに離脱した浩太郎は、軽機関銃の銃口が上がるよりも早く、ヴェクターを放って牽制すると、シールドをパージしたシュウがロールを行う。

 

 水たまりを跳ね上げ、体を起こしたシュウは、マシンガンを乱射して距離を取らせると、アイアンマンシステムを内蔵したバックパックから、XM25グレネードランチャーをアームで引き出し、中距離戦へと移行した。

 

 一方、近場でハナと戦闘を繰り広げていたカナは、引きつつHK417バトルライフルを乱射する彼女に、雷撃を向けつつ大戦斧を投擲した。

 

「ひゃあ!」

 

 正確に当てつつも、傍らを掠めた斧から逃げたハナは、ワイヤーを巻き上げながら、上方から叩き付けてきたカナから逃れて、腰から球形のグレネードを取り出して投擲する。

 

 落下と同時に起動したグレネードがカナ目がけて猪突し、至近への跳躍と同時に爆発した。

 

「ッ!?」

 

 吹き飛び、受け身で起き上がったカナは、消耗してきている体を鑑みつつ、今まで見た事の無い追尾式のハンドグレネードに軽く歯を噛んだ。

 

「それも、ドローン?」

 

「う、うん。画像ロックオン式の新型グレネード。ドッググレネード」

 

「猟犬であり、忠犬。まさに犬って事?」

 

 そう言ってハナを睨んだカナは、オロオロと戸惑う彼女に斧の切っ先を向けると、術式で構成された鋸刃を解放した。

 

「だったら私も、奥の手。当たれば痛い、少なくとも。十秒は」

 

「な、生身で当てませんよね!?」

 

「私の気分次第」

 

「ひぃっ!」

 

「驚き過ぎ。冗談」

 

 そう言って半目になるカナに、引き攣り気味に苦笑したハナは、回転数が上がった大戦斧に、真っ青になる。

 

(い、生きて帰れるかなぁ……)

 

 何しろ、彼女にとってたった一人で戦うのは今日が初めてなのだ。

 

 その相手が無口で口数少なく、おまけにゴスロリ趣味で若干サイケが入ったカナと言うのが、何とも運が悪かったと言える。

 

「お、お手柔らかに」

 

「うん、大丈夫。ぶっ殺すから」

 

「ひぇえええ」

 

「ミンチじゃないから」

 

「安心できませんよぅ!」

 

 そう言って涙目のハナに、内心舌打ちしたカナは、苛められっ子体質で、浩太郎がかなり気に入りそうな女子だ、と思って無性に腹が立っていた。

 

(キャラ被り、いや、むしろ私を食いつぶす被虐性。殺すべし)

 

 どんなキャラであろうと被虐性満点な点だけが気に入らないカナは、そう思うと、じりじりと後ずさりする彼女に、両手の斧を投擲した。

 

 大車輪よろしく地面を掻き上げて突き進む斧に、失禁寸前までいったハナは、尿意を押さえる内股の足と、上半身の染みついた動きのアンバランスさを見せながら、コンカッショングレネードも併用して斧を迎撃する。

 

「なっ……」

 

 流石に予想外だったのか、驚くカナは、プルプル震えるハナに、何故か持っていた空のペットボトルを一つ投擲する。

 

「出そうなら、それにおしっこしたら?」

 

「ぴぇっ!? どう言う事です!? 何で持って……」

 

「試合前に喧嘩した罰で水と利尿剤と日本茶飲まされたから。うん、私もそろそろやばい」

 

「え、ちょ、ちょっとどこに行くんですか?!」

 

「黄色い聖水の採取。うん、漏れそう」

 

 そう言って内股に走り去っていくカナの言ってる意味が理解できなかったハナは、空きのペットボトルの口を見つめると、ようやく理解した。

 

(か、カナちゃんって、変態さんなのかな)

 

 そう思って、どうしようかな、とペットボトルの口を捻ったハナは、いけない誘惑を感じて、慌てて口を捻った。

 

「だ、ダメ。こんなのに入れて、どうするの」

 

 そう言ってペットボトルから顔を背けたハナは、ぶるりと震えた総身に息を呑むと、周囲を警戒しながらキャップをゆっくりと捻っていく。

 

 かちゃん、とアスファルト舗装の地面にキャップが落ち、道路の真ん中で、歩けないくらいの尿意を感じながら、少しレースの入った水色のパンティーを下ろしたカナは、そのタイミングで突っ込んできたシュウと浩太郎にばっちり見抜かれた。

 

 かこん、とペットボトルが落ち、真っ青になったハナは、戦闘の手が止まって目が合う二人に震え上がる。

 

「は、ハナ……? 何故、お前、パンツを……」

 

「あ、あの……これは、その、おしっこを……しようと」

 

「ここでか?!」

 

 そう言って周囲を見回したシュウに、武装を解除して手出ししないとした浩太郎は、周囲を見回してカナを探す。

 

「あっはっは、利尿剤が聞いたかなぁ。カナちゃーん、どこー?」

 

 カナがいないのをお花摘みと見た浩太郎は、休戦中の暇潰しに見に行こうと彼女を探しに行った。

 

 それから数分後、結局お花摘みをシュウにガン見されたハナは、泣きながら元の場所に戻ると、すっかり姿が見えなくなった浩太郎達を探すべく、腕に着けた携帯端末経由でドローンを起動する。

 

「無事なのは三号機と四号機だけかぁ」

 

「気をつけろ、奇襲してくるかもしれないぞ」

 

「う、うん」

 

 そう言って物陰に隠れたハナをカバーしているシュウは、高台を警戒しつつ、周囲にマシンガンとグレネードランチャーを向ける。

 

 空を飛ぶドローンで、探知しようとしていたハナは、肌に感じたピリピリとした感触に違和感を覚えた直後、水に濡れたアスファルトから湧き上がる様に紫電が走り、二人の体に突っ走る。

 

「きゃああああ!?」

 

 激しいスパークと共に焼ける様な衝撃、そして一瞬止まる呼吸と、継続する激しい痺れに悲鳴を上げたハナは同じく感電したシュウの動きが苦しいのに気付いた。

 

「シュウ君! エグゾが……」

 

「クソッ、感電してシステムダウンした! 」

 

「何て出力……。待って、すぐに復旧するから!」

 

 そう言ってエグゾスケルトンの制御ユニットにブックレットサイズのコンピューターを有線接続で差し込み、システムを復旧させたハナは、雨を跳ね上げる足音に腰から『IMI・デザートイーグル』50口径マグナム拳銃を引き抜いて構える。

 

 小さなハナの手からすれば不相応なほど大きな拳銃を、しっかりと両手で構えた彼女は、接近するカナに向けてマグナム弾を放った。

 

 ガツンと殴られた様な衝撃を両腕で流したハナは、斧に向けて飛んでいくマグナム弾が斧を大きく弾いた直後、構え直しからの第二射を放った。

 

「雷よ鎧と成せ! グローム・ドスペーヒ!」

 

 短く、日本語対応にした詠唱文の後、グローム・ドスペーヒを行使したカナは、雷の鎧が放つフィールドに偏向されたマグナム弾を頬に掠めさせながら、ハナとシュウに迫る。

 

 ターレットの操作でハナをカバーしようとしたシュウは、シグナルが繋がらないそれに驚き、直後鹵獲防止モードの誤作動で爆炎を上げたターレットに舌打ちした。

 

「さっきの雷撃で……!」

 

 そう言って軽機関銃を構えたシュウは、派手に雷を放つカナと、挟み打つ様に現れた浩太郎に、銃口を構え直し、戦闘を続行した。



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第28話『暴走』

 同時刻、市街地フィールドの隣にある森林フィールドにて、雨の中、AASを身に着けた賢人は木の上に上がって戦況を監視していた。

 

「派手にやるな。これはエンターテイメント性があるってもんだな。なぁ?」

 

 そう足元の奈津美に問いかけた賢人は、頬を膨らませながら自動迫撃砲を組み立てる彼女の傍へ降り立った。

 

「まだ、拗ねてるのか?」

 

「だって、寸止めだし。中じゃなかったし」

 

「持ち合わせがなかったんだよ、すまんすまん」

 

「そう言う謝り方するの?!」

 

「五年もこうじゃなかったか?」

 

 そう言って苦笑する賢人は、拗ねたまま作業を進める彼女の背を見ながら、通信回線を開く。

 

「こちら賢人、定時報告」

 

『ホワイト了解。ゴー』

 

「依然として模擬戦は続行中。ツーマンセルでの対決だがあれは長引く。今が仕掛け時と見た」

 

『そう、じゃあどうするの?』

 

「俺が先行して建物に入る。お前らは引き続き待機だ」

 

 そう言って森の中を歩く賢人は、装備の確認をしながら奈津美の元へ移動し、最後の迫撃砲を設置した彼女の肩に手を乗せる。

 

 装甲分幾分か背が高くなっている奈津美と、機体の仕様上、背丈があまり変わらない賢人の背は、彼女がしゃがんでいると同じくらいに見える。

 

 しゃがんで作業していた彼女の額に軽くキスをした賢人は、どこからともなく大型拳銃サイズのアサルトライフル(パトリオットカスタム)を取り出して銃口にサプレッサーを取り付けた。

 

「桐嶋賢人、行動を開始する」

 

 そう言って光学迷彩を纏い、森の中を歩いていった賢人は表面に展開した特殊コートと光学迷彩の効果で電子上にも、視覚的にも、見えなくなった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 一方、俊と打ち合う隼人は、奇襲でアドバンテージを取ったものの、片手と言う重たいハンデと、全身を蝕んでくるダインスレイヴと言う二つの枷を受けて、終始圧倒されていた。

 

「おらおらどうした?! 奇襲してきた時の威勢はよォ!」

 

 そう言って隼人に槍を振り下ろした俊は、アサルトフレームの骨格と激突した柄越しに、雨と汗の混じった滴を滴らせる隼人を睨む。

 

「あれだけ偉そうに言っておいてこれか!」

 

 フレームのパワーと合わせ、素手で柄を掴んできた隼人を、槍で押した俊は、はぁはぁと息を荒げる彼に苛立ちを浮かべ、石突で殴り飛ばした。

 

「ぐはっ!」

 

 呆気無く倒れる隼人に、穂先を向けた俊は、右のラックから、アークセイバーを引き抜いて攻めかかってくる彼に、バックステップして距離を取る。

 

 そして、振り子運動で前に突き出ると、切れの無い動きでセイバーを振るった彼の腹に、鋭い突きを打ち込む。

 

「隼人!」

 

 胃液を吐き出し、蝕んでくる魔力と合わせて悶え苦しんだ隼人に、そう叫んだレンカは、駆けだそうとする自身目がけて、拳銃弾と重力フィールドを放ったシグレへレーザーを放つ。

 

 身軽な動きで回避し、距離を詰めてくるシグレへ薙刀を振るったレンカは、インレンジに入った彼女を、顔面狙いの回し蹴りで蹴り飛ばす。

 

「邪魔なのよクソ犬!」

 

 重々しい金属音を鳴らし、シグレを罵倒したレンカは、それに怒ったらしい彼女が右のレッグホルスターから引き抜いた、青と金色のカラーリングでまとめられた鉄扇に眉をひそめ、薙刀を構えた。

 

「踊れ、ダンシングリーパー!」

 

 そう言って鉄扇を広げたシグレは、直後に放たれたレーザーを切り裂くと、そのまま踊る様な動きで、ククリナイフとのコンビネーションをレンカに放つ。

 

「俊君の、邪魔はさせませんよ! このクソ猫!」

 

 そう行って鉄扇を振り下ろしたシグレは、薙刀でガードしようとしてくるレンカに、ニヤリと笑って薙刀を切り裂いた。

 

「なっ……!」

 

 すっぱりと切れた薙刀に驚くレンカは、丸ごと切断されたカートリッジから漏れる魔力越しに、得意げなシグレを捉えると、無性に腹が立って踵のランチャー撃発からの膝蹴りで、彼女の鳩尾を打撃する。

 

 呼吸困難に陥ったシグレは、踵落としの体勢に移行しているレンカに、目を見開いた直後、ハンマーで殴られた様な鈍い打撃音と共に地面に沈められた。

 

「ドヤ顔してんじゃないわよ、クソ犬が」

 

 そう罵ったレンカは、気絶すらしていないらしく、ぷるぷる震えるシグレを見下ろすと、直後足払いしてきた彼女に可愛い悲鳴を上げる。

 

「誰が、犬ですってぇ……?!」

 

 怒りの表情でそう凄んで見せたシグレは、尻もちをついているレンカに、ククリナイフの切っ先を向ける。

 

「俊だか何だか知らないけどあの暑苦しい奴にわんわんくっついてんだから犬よ犬!」

 

「あっ、あなただって、あの斜に構えた態度の男に擦り寄ってるだけの淫売猫じゃないですか!」

 

「擦り寄る事の何が悪いのよこのヘタレ犬! 男のタマタマも見た事の無い初心な処女が! 純血気取って鬱陶しいのよ!」

 

「たっ……あなたは少しくらい慎み深さを持ちなさい! 何ですかそんな淫語を平然と!」

 

「タマタマの何が悪いのよタマタマの! それともストレートに言った方が良いの!? チ○ポって!」

 

 そう言ってニヤッと笑ったレンカは、恥ずかしそうにしてるシグレに得意そうな表情を浮かべると、胸についた二つの山を押し上げて見せる。

 

「ま、いくらエロそうにしてもアンタの体はエロくない物ねぇ。関東平野さん」

 

 そう言って多少のふくらみはあるものの、誤差の範囲と切り捨てられそうな大きさのシグレの胸を指さしたレンカは、青筋を浮かべた彼女にニヤニヤと笑う。

 

「口を慎みなさい、この駄肉。デブって言われた事無いですか?」

 

「生憎胸以外は痩せてんのよねぇええええ! ひゃーひゃっひゃっひゃ! ねぇねぇ、どんな気持ち? 関東平野って言われた気持ち、どんな気持ち?!」

 

「きっ、ちっ、チビ! 黙りなさいこのチビ! 本屋の最上段に届かなさそうなチビ!」

 

 ギャーギャーと言いあう二人は、ついに打ち合いからの殴り合いに発展した後、はぁはぁと肩で息をする。

 

「ぶっ殺すわ、このまな板ババァが」

 

「私とあなたは同い年ですよこのアホチビ」

 

 罵り合いながら噎せこむ二人は、割り込む様に飛び込んできた隼人に驚愕してお互いバックステップする。

 

 そんな事も目の前の俊の攻撃で目に入らない隼人は、足を狙った槍の一撃を低空ジャンプで回避し、そのまま空中蹴りで彼を牽制。

 

 後ろ向きの回転受け身で立ち上がりつつ、左手に掴ませたアークセイバーを鈍い動きで振るわせる。

 

「おせえ!」

 

 そう言って左腕を弾いた俊は、右足の蹴りを左脇に受けて一瞬呼吸が止まる。

 

 苦しい息遣いと共に槍を薙ぎ払った彼は、それをしゃがみながらの回転で地を滑った隼人に驚愕し、そして回転の勢いを使った回し蹴りを背中に受けた。

 

「ぐっ!」

 

 槍を回転させ、背後へ牽制した俊は、のけ反った直後、左腕からワイヤーを打ち出した隼人に、得物を絡め取られた。

 

 ギリギリと機械の馬力で引き摺られていた俊は、援護に回ったシグレの射撃に、隼人が飛び退いたのを見計らって、ワイヤーが緩んだ槍を引き抜いて構え直した。

 

「サンキューな、シグ!」

 

 そう言ってスラスターを炊いて突貫した俊は、ワイヤーを鞭にして叩き付けてきた隼人に慌てて回避すると、『EMPTY』マークが神経接続で浮かんだのを見てフォアグリップを引き、カートリッジを排莢した。

 

 かしゃん、と白煙を上げるリム型カートリッジが雨に濡れた道路に落ちると、水蒸気を上げて爆ぜた。

 

(突撃使おうにもコイツ相手で通じるかどうか……。残り六発、リロード出来るっちゃできるが乱発できねぇしな)

 

 そう言って槍を構えた俊は、カートリッジ残量の表示を一度見る。

 

 スラスター用のリムカートリッジの残数と、障壁術式展開用のボックスマガジン型カートリッジの残量を確認した俊は一度槍を回して構え直す。

 

(カートリッジは残り六割か……。少しは無茶できるな)

 

 そう思い、切っ先を隼人に向けた俊は、ワイヤーとアークセイバーを構える彼に、ニヤリと笑って槍を引いた。

 

 直後、前方へ重心を集中させた瞬発と共に、障壁術式で間合いを広げた穂先を突き出した俊は、隼人の背後から現れたレンカに気付き、踵落としの体勢で降下してくる彼女に目を見開いた。

 

「爆ぜろ、ジャッジメント・ハンマー!」

 

 光を踵に集中させ、振り下ろしたレンカは、着地の動きに合わせて、俊の槍に叩き付けた。

 

「龍翔、リアクティブモード!」

 

 そう言って障壁に接触したレンカが爆発の光と共に吹き飛び、その反動で動きが止まったのを狙ってワイヤーを振るった隼人は、グロック18Cを連射してくるシグレが庇ったのに舌打ちし、右のアークセイバーを振るった。

 

 アークの刃が迫る中、難なく屈んで回避した俊は、石突でセイバーを払い落とすと、そのまま離脱し、振り返った。

 

「シィイイグ!」

 

 ワイヤーに嬲られ、吹き飛ぶシグレに叫んだ俊は、槍のスラスターを展開し、無理矢理隼人へと突っ込んだ。

 

 そして、同タイミングで振り返っていた隼人がのけ反って回避する瞬間、彼の左目にあった眼帯に穂先が擦過。

 

 摩擦で切断されたそれが隠していたワインレッドの目が露呈する。

 

「クソ、外し……」

 

 悔しがりながら振り返った俊は、蹲る隼人を目にして言葉を失った。

 

 目を切ったのか、と心配になった俊は、痛みに苦しみ、叫んだ隼人の目に、それ以上の危険を感じた。

 

「何、だ?!」

 

 しゅるりとほどける左腕の封印用の布、そして、露呈する赤黒い腕。

 

 そこから悍ましい魔力量と殺気が迸って見る者を怯えさせる。

 

『あはは、あっはははは! ああ、解けちゃったのね。さあ、私を楽しませてちょうだいな、は、や、と、君っ』

 

 左腕腕から現れたスレイにそう囁かれた隼人を見たレンカは、自分の奥底からふつふつと湧き上がる狂気に、自然と口元を歪ませていた。

 

 一緒に笑おう、と彼女の脳裏で誰かが呼びかけ、それに応答する間もなく笑っていたレンカは、痛み、苦しんでいたシグレにケタケタと奇妙な笑みを浮かべて、その場で座り込んでいた。

 

「な、何だお前、何なんだよォ!」

 

 恐怖に負けて激昂し、猪突した俊は、ニヤッと笑った隼人の左腕に突き出した槍を掴まれたのに、引き攣った声を上げる。

 

「く、クソッ、放せ!」

 

 空中で固定されたようにびくともしない槍を闇雲に動かす俊は、槍を掴む左腕から立ち上ったオーラに怯え、スレイの姿となったそれに後退った。

 

『あはは、良い顔。もっと、もっと怯えて。もっともっと、恐怖してねぇ……あっはははは!』

 

 瞳孔を開き、狂気じみた笑みを放つスレイに呼応する隼人が、槍を引き寄せ、右手で俊の胸ぐらを掴むと、槍ごと彼を投げ飛ばした。

 

 地面に引きずられ、苦悶を上げた俊に駆け寄ったシグレは、グロックを発砲し、隼人を牽制しようとするも、放出された魔力がバリアとなって弾丸を弾き飛ばす。

 

「くっ、一体何が……」

 

 そう言ってマガジンを外したシグレは、瞬間飛び込んできたレンカに飛び退くと、隼人と似た様な笑みを浮かべる彼女にリロードした銃口を向ける。

 

「あなたもですか、レンカ・イザヨイ!」

 

 そう叫んだシグレは、ハッとなって正気に戻ったレンカに驚き、周囲を見回す彼女は、様子のおかしくなっていた隼人に気付くと、怯えた様に後退った。

 

「隼人……」

 

 こうなった理由を知っているそぶりを見せるレンカに、詰め寄ろうとしたシグレは、それを阻む様に突っ走った魔力の塊に目を見開き、銃口を向けた。

 

「人間が、術式を!?」

 

 そう言って隼人に銃を向けたシグレは、手刀で振り上げられている彼の左腕から、螺旋を描く様に魔力が伸びていくのを見た。

 

 そして、魔力は空間にどす黒い穴を穿ち、そして描き出すように穴から一振りの長剣を呼び出した。

 

「あれは……ダインスレイヴ!? 空間転移で召喚したの!?」

 

 そう叫んだ直後、グロックの引き金を引いたシグレは、平然と弾丸を弾く隼人に歯を噛む。

 

 そして、横薙ぎに剣を振り被った彼に気付いて、動揺しているレンカの手を引いてしゃがませた。

 

 宙を走った魔力が莫大量のエネルギーを撒き散らし、ビリビリと体を叩く衝撃波に耐えたシグレは、覆い被さる様にして庇ったレンカの、動揺し浮ついた目を見下ろす。

 

「何で……? 隼人、大丈夫って、言ったじゃん……。嘘、吐き……」

 

 涙を流すレンカが、嗚咽を漏らすのを黙って聞いていたシグレは、いてもたってもいられなくなって、体を起こした。

 

 お人好しな自分が嫌だと思いながらも、レンカの泣き顔に正義感が湧き上がってきたシグレは、隣に歩み寄ってきた俊と、一瞬視線を合わせて得物を構えた。

 

「言っておきますが、別にそこの子の為ではないんですからね」

 

 そう言ってふい、と顔を逸らしたシグレにニヤッと笑った俊は、剣を振り上げて突っ込んできた隼人に舌打ちし、飛び退いて槍を構えた。

 

 隼人の姿に動揺しているレンカを抱え上げたシグレは、魔力を飛ばしてきた彼に目を見開いて、丸ごと吹き飛ばされた。

 

「くっ、仲間ごと!?」

 

 痛みに泣き喚くレンカを庇いつつ、ハンドガンを発砲するシグレは、全身に走った痛みに力が抜けていった。

 

「この、痛みは一体……?!」

 

 そう言って倒れ伏したシグレは、迫る隼人の長剣に拳銃を上げる。

 

 が、震える腕が照準を阻害し、その間に長剣に殴られたシグレは、ゴロゴロとアスファルトの大地を転がると、プラスチック製の拳銃を取り落す。

 

「シグ!」

 

 叫び、駆けつけようとした俊は、瞬間移動の様に目の前に現れた隼人に驚愕し、振り下ろしの体勢にあった彼の腹を蹴り飛ばした。

 

 よろめく隼人に後退って槍を構え直した俊は、ダインスレイヴを肩に担い、飢えた獣のような唸り声を上げる彼の背後で、レンカが立ち上がるのを見た。

 

「こんの……」

 

 じりじりと歩み寄る隼人に、涙目で体を震わせたレンカは、右足に光を溜めると、ボールでも蹴る様に助走をつけて、隼人の脇腹目がけて蹴り上げた。

 

 だが、それを読んでいた彼が剣で受け止めて弾き飛ばすと、宙に浮いた彼女を剣の腹で叩き付けた。

 

「がふっ……!」

 

 吐血し、バウンドしたレンカの体に蹴りを食らわせた隼人は、ぐったりとして動かない彼女に長剣を振り被る。

 

「死ね」

 

 冷たい声色と高エネルギーを保った魔力の塊を放った直後、間に割り込んできた俊とシグレが、それぞれの防御策を展開してレンカを庇う。

 

 俊は槍の障壁で、シグレは重力フィールドによる偏向で防御を行うが、魔力のエネルギーは凄まじく、消滅させるまで数百メートル滑走し、レンカの傍まで押し出されていた。

 

「クソッ、なんて威力だよ!」

 

 悪態を吐いた俊は、穂先の根本、処理機器が内蔵されたユニットからボックスマガジン型のカートリッジを引き抜くと、残量少ないそれの予備を挿入して殴る様にハッチを閉じた。

 

 神経接続の表示が最大まで上昇し、補給完了を知らせる。

 

「一撃でこれじゃ長く持たねえぞ」

 

「分かってますよそんな事!」

 

「言ってみただけじゃねえか……。まあ良いや、シュウ達を呼ぼう。それまでの辛抱だぜ、シグ」

 

 そう言って槍を構えた俊は、通信機でシュウを呼び出しつつ、隼人を睨んだ。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 一方のシュウ達は、美月達オペレート担当からの連絡で、隼人達の方の様子がおかしい事に早くから気付いており、通信を受ける以前から行動を始めていた。

 

「俊から連絡があった。今交戦中だそうだ」

 

 そう言って裏路地に隠れる浩太郎に、そう言ったシュウは、リロードを終えた軽機関銃(M249)を片手に構えると、黙ったままの彼をちらと見た。

 

 先程まで争っていた関係でいきなり親しくしろと言う方が無理がある、と思い、彼の態度を流したシュウは、後ろで『HK417』バトルライフルの確認を行うハナへ、待機維持のサインを送る。

 

『ターゲット視認。俊と交戦中、隼人は気づいてないみたい』

 

 偵察に出ていたカナの声に、頷いた浩太郎を見たシュウは、タップからのハンドサインで移動する事を伝えてきた彼に、了解の応答を打つ。

 

 そして、射撃位置に移動すべく、ハナと共に移動したシュウは、建物越しに聞こえてくる轟音に舌打ちしつつ、状況を整理していた。

 

(隼人が侵食限界により暴走。レンカは彼から重大なダメージを喰らって行動不能。俊とシグが彼女を守りながら戦闘を継続中、か。二人は防衛の為に恐らく足を使えなくなっている筈だ。となれば優先すべきはレンカの回収か。

浩太郎達が何をするのかは分からない。故に、勘定に入れずに動くか)

 

 そう結論付けたシュウは、射撃ポイントに設定していた三階建てのテナントビルに上がると、目立ちにくい二階にハナと共に上がり、窓をそっと開けて銃口を預けた。

 

「俊、聞こえるか」

 

『お、おう。聞こえてるぜ』

 

「今から制圧射撃を掛ける。カウントがゼロになったらレンカを抱えて離脱しろ。合流ポイントはB2。良いか?」

 

『オーライ』

 

「じゃあ、カウント5から。4、3、2、1、0、ファイア」

 

 瞬間、引き金を引き絞った俊は、同タイミングでセミオートの連射を始めたハナが、隼人の足元へ正確に射撃するのを、スコープに見ながら連射を続ける。

 

 その間にレンカを担いだ俊が、シグレをカバーに置きつつ逃げ、距離が離れた事で、隼人の注意がシュウ達に向く。

 

「離れるぞ!」

 

 攻撃される前に離脱したシュウは、遅れて破砕されたビルの壁に冷や汗を掻き、頭を抱えて震えるハナを立たせると、壁丸ごと砕かれた二階から、隼人目がけて牽制射撃を行いつつ、ハナを先に行かせた。

 

 直後、魔力の塊が爆発し、オフィスを模した二階の内装が滅茶苦茶に破壊される。

 

 その振動を感じつつ階段を下りていたシュウは、離脱完了の連絡を受けると、美月の方へ通信を切り替えた。

 

 最初の時は、ダインスレイヴが消えた事に騒然となっていたバックグラウンドが、少しばかり大人しくなっているのに、少し安心したシュウは、機関銃の残弾を確認しながら通信を始める。

 

「そっちはどうだ」

 

『ええ、まあ一応落ち着いてきてはいるわ。糾弾の動きもね。外で騒いでるバカな大人達も、爆音にビビって漏らしながら逃げ惑っていったらしいわ』

 

「はっはっは、狙撃で威嚇する必要は無くなったって訳か。それで?」

 

『皆落ち着いて来てて、生徒会長主導で制圧部隊が準備始めてる。十分までには確実な準備が終わってるわね』

 

「了解だ、こっちも撤収出来る様に動いてる。ただ、浩太郎達がな」

 

 そう言って残弾少ない背中のアイアンマンシステムをパージしたシュウは、機関銃のベルトを外すと、腰から予備のマガジンを装填してスライドを引いた。

 

『彼らが何か?』

 

「こっちとは別の動きをしている。もしかすれば、彼らはまだ交戦しているかもしれない」

 

『撤収に合わせられない可能性があると?』

 

 そう問いかけて来る美月にシュウは肯定の返答を打つ。

 

「恐らくはな」

 

『彼らくらいの場数を踏んでいれば察せるはずよ。それに、偵察もしていない筈がない。なのにどうして……』

 

「責任感だろうな、恐らくは。隊長を止めるのは自分達でなければ、と言う思いが彼らにはある筈だ」

 

 シュウは、黙りこくる美月にそう言って、ハナと共にクリアリングを済ませると、合流地点に急ぐ。

 

 通信を聞いていたハナが心配そうな顔をするのを無視したシュウは、合流地点ですすり泣くレンカに戸惑っている俊達と合流する。

 

「早いな」

 

「急ぐもんじゃねえけどな」

 

「よし、このまま回収部隊が来るまで待機」

 

 そう言ったシュウは、複雑な表情を浮かべる俊と、悲しげな顔をするシグレとハナに吊られて、傷だらけで身動きが出来ないまますすり泣いているレンカを見下ろす。

 

 雨に打たれ、涙か雨粒かも見分けがつかない状態の彼女を見たシュウは、アームで釣られた機関銃をバックパックに移動させると、レンカの傍にしゃがみ込んだ。

 

「少し、触るぞ」

 

 そう言ってレンカに触れたシュウは、四肢に触れて全身の状態を確かめると、痛みで泣いている彼女にいたたまれない気持ちになった。

 

 そして、効き目の弱い鎮痛剤を打って痛みを緩和してあげると、女子2人の方を振り返る。

 

「ハナ、一つ聞いて良いか」

 

「う、うん。何?」

 

「お前が取得してる術式治療と応急救護の資格、確か二つとも二級だったな?」

 

「そ、そうだね。二級なら、出力の強い術式を行使しても良いから早く治癒できるけど……」

 

「よし、ハナ、お前主導でシグと共にレンカの治療を始めろ。戦闘できるレベルまでなくても良い、動けるレベルまでだ」

 

 そう言ったシュウは、表情を華やがせるハナの頭を軽く叩くと、少し恥ずかしがっているシグに苦笑した。

 

「俊、俺と来い。引き返して隼人を押さえるぞ。レンカが来るまで」

 

 そう言って肩に手を置いたシュウは、戸惑う俊に視線を向けた。

 

「シュウ、俺……。隼人の事、分かって無かったんだな」

 

「俊?」

 

「俺は、ずっとあいつが手を抜いていると思った。何の信念も無いと思ってた。だけど、違った。アイツは、仲間の為に自分を犠牲にできる奴だ。

どんな状況でも、どんなに自分が追いつめられても」

 

「俊……」

「俺が、アイツの事を上辺だけで分かった振りしてなけりゃ……。こんな事には……。その子も、泣かなくて済んだはずだ」

 

 そう言って俯く俊の肩を叩いたシュウは、顔を上げた彼の頬に拳を打ち込んだ。

 

 雨に濡れた道路に倒れ込む俊を見下ろすシュウは、慌てて庇いに動くシグレに、ハンドサインで退く様に言うと、言葉を繋げる。

 

「自惚れるな、俊。確かに、お前の見識が広ければ隼人も幾分か楽だっただろう。だがな、お前が背負う責任はそれだけだ。後は違う」

 

「だけど……」

 

「後は、俺達の責任だ。ケリュケイオンの責任だ。負うべきはお前じゃない、お前だけの、責任じゃない。だから、手伝ってくれ、俊。行くぞ」

 

 そう言って手を伸ばしたシュウは、黙々と頷いて手を取った俊にニヤリと笑うと、笑い返してきた彼と、ハンドシェイクをする。

 

「……相変わらず仲いーですねー。早く行ったらどーですかー」

 

 半分棒読みでそう言ったシグレに、ハッとなった二人は慌てて走り出し、それを呆れた表情で見送った彼女は、周囲を見回して警戒しつつぼやく。

 

「私達より仲良いですよね、あの二人」

 

「って言うより、二人ともお人好しですよね」

 

「もうちょっと私だけに甘くしても良いのに」

 

 そう言ってぷく、と頬を膨らませたシグレは、苦笑しながら治療を行うハナが頷くのを見て、恥ずかしそうに俯く。

 

 何だか子どもみたい、と少し気にしている事を自覚しつつ、雨雲を見上げる。

 

「このまま、何も無ければ、良いんですけどね」

 

 そう言って、シグレは周辺警戒を再開した。



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第29話『混沌』

 本棟屋上、会議の会場に潜入していた筈の賢人が光学迷彩を纏った状態で伏せており、遠方をカメラセンサーをズーム機能で観察していた。

 

「ダインスレイヴ確認。無くなったと思ったら向こうにあったのか……。転送って奴か」

 

『随分ファンタジーね』

 

「一応、ファンタジーにつきものの魔法が、向こうにはあるんだがな」

 

 そう言って狙撃用のスナイパーライフルを長刀を背負っている背中にマウントした賢人は、太もものホルスターからUSPを引き抜くと、マズルアタッチメントを介して取り付けたサプレッサーを調整する。

 

 近場である会場の屋上に遠方観察担当のチーム、リーヤ達ブラボーとジェス達シエラを確認済みだった賢人は、反応や妙な揺らぎが出にくいアナクロな移動方法を選択した。

 

 姿勢を低くした賢人は、光学迷彩を展開したまま屋上の手すりにロープをセット、引っ張って具合を確かめた彼は手慣れた動きで懸垂降下を開始する。

 

(しかし、雨が降ったのは幸いだったな。雨の匂いで獣人系の鼻を幾分か封じる事が出来ている筈だ)

 

 時折、下を確認しつつ、降下を終えた賢人は、迷彩が解除されたロープをそのままに移動を開始する。

 

 空いていた手にククリナイフを引き抜き、拳銃と合わせて構えた賢人は、周囲に人がいない事を確認すると森の方へ移動する。

 

「プラン変更だ。強行突入する。お前らが先行しろ。但し、非殺傷は変わらずだ、繰り返す、子どもを殺すな」

 

『了解。迫撃砲のコントロールを渡すね』

 

「コントロール受領、攻撃タイミングはお前らに任せる」

 

 そう言って端末を操作してコントロール画面を呼び出した賢人は、データリンクで表示される奈津美達の姿を見ながら模擬戦場の傍まで移動する。

 

 茂みの中で伏せた彼は、模擬戦場の外で待機している生徒達を視認すると、彼らを避ける様に茂みに隠れた。

 

「ん?」

 

 ガサガサと言う音に、違和感を感じた獣人系の生徒達が振り返るのに、慌てず、その場で伏せた賢人は、茂みを掻き分けて様子を見てきた彼らにじっと動かずにいた。

 

「何やってんだ、お前ら」

 

 隊長格らしい少年が、三点スリングで下げたAK102を背中に回して、下級生らしい生徒たちの元へ歩み寄ってくる。

 

「あ、先輩……。その、怪しい音がしたので」

 

「今は待機だと言っただろうが。それで?」

 

「え?」

 

「物音だ。どこから物音がした。こんな状況で、無視する訳にもいかないだろうが」

 

「えっと、茂みから……」

 

 そう言って、賢人がいる場所を指さす半猫族の女子生徒に頷いた少年は、通信機に手を当てる。

 

「デルタCP、デルタCP。応答せよ」

 

『こちらデルタCP、どうぞ』

 

「待機地点で不審音確認。増援を求む」

 

『デルタCP了解。増援を送ります』

 

「了解、こちらは待機を続行する」

 

 そう言って下級生を連れて行った少年の背に照準していた賢人は、自分には気づかなかった彼から銃口を逸らすと、横ロール二回からの起き上がりで、移動を開始する。

 

 脚部装甲の底部には軟性の強いラバーが張られており、高い静穏性を発揮するがそれでも抑えられる音には限界がある。

 

「どうにか進入できれば良いんだがな」

 

 そう呟き、茂みで囲われた模擬戦場を見た賢人は、指向音声で送信された電子音に足を止め、姿勢を低くすると、行動開始の合図を打ってきた三人にニヤリと笑って、その場で待機を始めた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 同時刻、周囲の警戒に当たっていたシグレは、二本目の栄養バーを咥えた時に感じた異音に耳をぴくぴく巡らせる。

 

 金切り音にも似た不快音に、渋い表情を浮かべながらグロックの銃口を巡らせたシグレは、同様の音を感じているらしいレンカとハナに待機を指示する。

 

「迂闊に動かないで。私が、様子を見る」

 

 そう言って音源を辿って聞こえてくる方を正確に辿って行ったシグレは、円盤状の物体と鉢合わせする。

 

 そして、それが随伴させている羽根状の砲台が光を溜めているのに、顔をひきつらせたシグレはその場でのけ反った。

 

 ばしゅ、と言う音を鳴らしてグロックに粒子ビームが掠め、ポリカーポネート製のフレームごと銃身がドロドロに溶けて使い物にならなくなった。

 

「この攻撃……! 新横須賀湾の手口と同じ手合い!? まさか、本当に……!」

 

 冷や水を浴びせられ、内心パニックに陥ったシグレは慌ててハナ達の元へ戻ると、ひっ迫した表情に驚く二人の腕を取って走り出そうとする。

 

「い、痛っ」

 

 治りかけのレンカが悲鳴を上げ、それを聞いて幾らか冷静になったシグレはバトルライフルを構えたハナに後ろを指さして、自身はレンカのホルスターからPx4を借用する。

 

「音の正体、何だったの?」

 

「探知ドローンです。それと、ビームを放つ遠隔端末(ターミナルユニット)も。相手は、私を音で誘い込んで腕を撃ち切る魂胆でした」

 

「ビーム……?! それって……」

 

「恐らくは、新横須賀の犯人です」

 

「ど、どうしよう。生身じゃ……勝てないんだよね?!」

 

 弱気になって銃口を下ろすハナに、不安になり、くじけそうになったシグレは、そんな雰囲気を察して立ち上がろうとするレンカに目を向けた。

 

「だったらどうするか考えなさいよ……! 頭あるんでしょアンタら、私より賢いね」

 

 そう言ってシグレに凭れかかったレンカは、その言葉でスイッチが入ったハナが唸るのにニヤッと笑う。

 

「シグちゃん。考えがあるの」

 

「な、何ですか?」

 

「ここのポイントを放棄して、このままシュウ君達がいる交戦ポイントに突っ込もう」

 

「えっ、な……何を言ってるんですか!? レンカもまだ動けないこの状況で、交戦な

んて……」

 

「だけどこのまま孤立してたらやられる。それよりは、移動した方がまだ良いと思うの」

 

 そう言ってHK417のハンドガードを握りしめたハナに、ため息交じりに折れたシグレは肯定の頷きを返すとレンカにアイコンタクトを取る。

 

 同じ様に肯定を返したレンカに、覚悟を決めたシグレは、表情を華やがせるハナに後ろを任せると、レンカが庇える位置に体を向けつつ移動を始めた。

 

 一方のシュウ達は、違和感に気付いているカナを他所に無言のコンビネーションで隼人を抑え込んでいた。

 

「残りマグ、二! リロード!」

 

 そう叫んで弾帯を叩き込んだシュウは、隼人を囲みながら拳銃を射撃する二人が離れたタイミングを見計らって軽機関銃を撃ち込む。

 

 だが、最早人外の域にあるらしい彼の反射神経が払い落とし、そして致命箇所に到達しない弾丸も全て天球状に張られた魔力で弾き飛ばされていた。

 

「くそっ、こんなにも応用が利くのか!?」

 

 毒づき、離脱したシュウは、元いた場所を薙ぎ払う魔力の塊に冷や汗を掻きつつ、寮の寝室で術式を構築していたハナの言葉を思い出す。

 

(魔力のコントロールさえ得ていれば魔力を操る事は人間でも出来る、だったか)

 

 術式に変換するにはそれ専用の技術がいるが、魔力そのものを動かすのは難しいものではないと彼女は言っていた。

 

 恐らく隼人にも、その心得はあるのだろう。魔剣が操るとは言え宿主の技術はそれなりに反映される筈だ。

 

「敵に回ると面倒だな!」

 

 思わずそう叫んでいたシュウは、苦笑を返す二人を無視して隼人に銃口を向けるとおもむろに離脱したカナに気付いてその背中に叫ぶ。

 

「どこに行く!?」

 

 彼女の後を追おうとしたシュウは、それを止めた浩太郎に疑いを目を向けた瞬間に攻撃され舌打ちしながらローリングする。

 

「くっ……。浩太郎、何故止めたんだ」

 

「カナちゃんが意味も無く離脱する訳が無いからね。それに、君がカナちゃんを追えば無駄な戦力低下を招く。今は隼人君を押さえるのが先決だ」

 

「なるほど、すまないな」

 

 そう言うと、暴走が止まる気配の無い隼人に嫌な予感を感じてどうやって止めるかを思案する。

 

 その間に突撃した俊が、ダインスレイヴと斬り結び、一瞬鍔迫り合いをする。

 

「近接も射撃も、そしておそらく魔法も駄目。打つ手無しだな……」

 

 そう呟いた瞬間、風切り音が彼の耳朶を打った。

 

(この音……。どこかで……)

 

 花火でも打ち上げた様な音、そして、それが近づいてくる音。

 

(訓練……。何の訓練だ……?)

 

 そして、一瞬音が消えた後、爆発音が轟く。

 

「迫撃砲!?」

 

 ようやく思い出し、何故だ、と空を見上げたシュウは着弾コースにある迫撃砲弾を回

避すると今度は空から降ってきた青白い光と轟音に目を見開いた。

 

「あれ、レールガンじゃねえのか?!」

 

 隼人に吹っ飛ばされていた俊がそう叫んだ直後、第三波が彼らの周囲に着弾し土砂が視界を遮る。

 

「レンカ……。どこだ、レンカ!」

 

 轟音で何かスイッチが入ったらしい隼人が、周囲を見回すのに驚いた三人は、狂気に交じり始めた恐怖心と孤独感、そして悲壮感に戸惑い、得物を向ける手を止めかけていた。

 

「お前ら、レンカを……。アイツをどこにやった! 答えろ、早く、答えろぉおおお!」

 

 癇癪を起こした隼人が振り下ろしたダインスレイヴから、魔力が迸り、大地を抉って模擬店の一つを破壊する。

 

「ま、待て、落ち着け隼人! レンカは無事だ!」

 

「何だよ、お前! 自分で傷つけたのに、覚えてねえのかよ!」

 

「おい、俊!」

 

 迂闊に口走った彼を叱責したシュウは、動揺する隼人に浴びせられる警報のけたたましい音に空を見上げる。

 

「俺が、レンカを……」

 

 ダインスレイヴを取り落とし膝を突いた隼人を見たシュウは、しまった、と口を押さえている俊を視線で詰ると、動揺している彼に一歩近づく。

 

「落ち着け隼人。彼女はまだ死んでいない。無事だったんだ。お前が手加減をしたおかげで」

 

「嫌だ……」

 

「何?」

 

「レンカがいないのは、嫌だ。俺は、一人になりたくない。俺は、俺を一人にしたくない……。嫌だ、嫌なんだ……」

 

「隼人……」

 

 歩みを止めてしまったシュウは、嗚咽を漏らしながら蹲る隼人が酷く小さく見えた。

 

 それは哀れみでも、落胆でもない、たった一人の人間として、彼が抱えた孤独を垣間見ているだけだった。

 

 失望でも、何でも無い、彼をただの人間として見れるその事にシュウは安堵を覚えると同時に、抱え込んだ奈落の様な孤独にただただ同情するしかなかった。

 

「どこにいるんだよ、レンカ……」

 

 消えそうなほど弱々しい声。それを掻き消さんばかりに、一層勢いを増した豪雨が、隼人の涙を肩代わりしている様だった。



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第30話『介入』

 同時刻、周囲の警戒に当たっていたシグレは二本目の栄養バーを咥えた時に感じた異音に耳をぴくぴく巡らせる。

 

 金切り音にも似た不快音に、渋い表情を浮かべながらグロックの銃口を巡らせたシグレは、同様の音を感じているらしいレンカとハナに待機を指示する。

 

「迂闊に動かないで。私が、様子を見る」

 

 そう言って音源を辿って聞こえてくる方を正確に辿って行ったシグレは、円盤状の物体と鉢合わせし、そしてそれが随伴させている羽根状の砲台が光を溜めているのに顔をひきつらせたシグレはその場でのけ反った。

 

 ばしゅ、と言う音を鳴らしてグロックにビームが掠め、ポリカーポネート製のフレームごと銃身がドロドロに溶けて使い物にならなくなった。

 

「この攻撃……! 新横須賀湾の手口と同じ手合い!? まさか、本当に……!」

 

 冷や水を浴びせられ、内心パニックに陥ったシグレは慌ててハナ達の元へ戻ると、ひっ迫した表情に驚く二人の腕を取って走り出そうとする。

 

「い、痛っ」

 

 治りかけのレンカが悲鳴を上げ、それを聞いて幾らか冷静になったシグレはバトルライフルを構えたハナに後ろを指さして、自身はレンカのホルスターからPx4を借用する。

 

「音の正体、何だったの?」

 

「探知ドローンです。それと、ビームを放つ遠隔端末(ターミナルユニット)も。相手は、私を音で誘い込んで腕を撃ち切る魂胆でした」

 

「ビーム……?! それって……」

 

「恐らくは、新横須賀の犯人です」

 

「ど、どうしよう。生身じゃ……勝てないんだよね?!」

 

 弱気になって銃口を下ろすハナに、不安になり、くじけそうになったシグレは、そんな雰囲気を察して立ち上がろうとするレンカに目を向けた。

 

「だったらどうするか考えなさいよ……! 頭あるんでしょアンタら、私より賢いね」

 

 そう言ってシグレに凭れかかったレンカは、その言葉でスイッチが入ったハナが唸るのにニヤッと笑う。

 

「シグちゃん。考えがあるの」

 

「な、何ですか?」

 

「ここのポイントを放棄して、このままシュウ君達がいる交戦ポイントに突っ込もう」

 

「えっ、な……何を言ってるんですか!? レンカもまだ動けないこの状況で、交戦なんて……」

 

「だけどこのまま孤立してたらやられる。それよりは、移動した方がまだ良いと思うの」

 

 そう言ってHK417のハンドガードを握りしめたハナに、ため息交じりに折れたシグレは肯定の頷きを返すとレンカにアイコンタクトを取る。

 

 同じ様に肯定を返したレンカに、覚悟を決めたシグレは、表情を華やがせるハナに後ろを任せると、レンカが庇える位置に体を向けつつ移動を始めた。

 

 一方のシュウ達は、違和感に気付いているカナを他所に無言のコンビネーションで隼人を抑え込んでいた。

 

「残りマグ、二! リロード!」

 

 そう叫んで弾帯を叩き込んだシュウは、隼人を囲みながら拳銃を射撃する二人が離れたタイミングを見計らって軽機関銃を撃ち込む。

 

 だが、最早人外の域にあるらしい彼の反射神経が払い落とし、そして致命箇所に到達しない弾丸も全て天球状に張られた魔力で弾き飛ばされていた。

 

「くそっ、こんなにも応用が利くのか!?」

 

 毒づき、離脱したシュウは、元いた場所を薙ぎ払う魔力の塊に冷や汗を掻きつつ、寮の寝室で術式を構築していたハナの言葉を思い出す。

 

(魔力のコントロールさえ得ていれば魔力を操る事は人間でも出来る、だったか)

 

 術式に変換するにはそれ専用の技術がいるが、魔力そのものを動かすのは難しいものではないと彼女は言っていた。

 

 恐らく隼人にも、その心得はあるのだろう。

 

 魔剣が操るとは言え宿主の技術はそれなりに反映される筈だ。

 

「敵に回ると面倒だな!」

 

 思わずそう叫んでいたシュウは、苦笑を返す二人を無視して隼人に銃口を向けるとおもむろに離脱したカナに気付いてその背中に叫ぶ。

 

「どこに行く!?」

 

 彼女の後を追おうとしたシュウは、それを止めた浩太郎に疑いを目を向けた瞬間に攻撃され舌打ちしながらローリングする。

 

「くっ……。浩太郎、何故止めたんだ」

 

「カナちゃんが意味も無く離脱する訳が無いからね。それに、君がカナちゃんを追えば無駄な戦力低下を招く。今は隼人君を押さえるのが先決だ」

 

「なるほど、すまないな」

 

 そう言うと、暴走が止まる気配の無い隼人に嫌な予感を感じてどうやって止めるかを思案する。

 

 その間に突撃した俊が、ダインスレイヴと斬り結び、一瞬鍔迫り合いをする。

 

「近接も射撃も、そしておそらく魔法も駄目。打つ手無しだな……」

 

 そう呟いた瞬間、風切り音が彼の耳朶を打った。

 

(この音……。どこかで……)

 

 花火でも打ち上げた様な音、そして、それが近づいてくる音。

 

(訓練……。何の訓練だ……?)

 

 そして、一瞬音が消えた後、爆発音が轟く。

 

「迫撃砲!?」

 

 ようやく思い出し、何故だ、と空を見上げたシュウは着弾コースにある迫撃砲弾を回避すると今度は空から降ってきた青白い光と轟音に目を見開いた。

 

「あれ、レールガンじゃねえのか?!」

 

 隼人に吹っ飛ばされていた俊がそう叫んだ直後、第三波が彼らの周囲に着弾し土砂が視界を遮る。

 

「レンカ……。どこだ、レンカ!」

 

 轟音で何かスイッチが入ったらしい隼人が、周囲を見回すのに驚いた三人は、狂気に交じり始めた恐怖心と孤独感、そして悲壮感に戸惑い、得物を向ける手を止めかけていた。

 

「お前ら、レンカを……。アイツをどこにやった! 答えろ、早く、答えろぉおおお!」

 

 癇癪を起こした隼人が振り下ろしたダインスレイヴから、魔力が迸り、大地を抉って模擬店の一つを破壊する。

 

「ま、待て、落ち着け隼人! レンカは無事だ!」

 

「何だよ、お前! 自分で傷つけたのに、覚えてねえのかよ!」

 

「おい、俊!」

 

 迂闊に口走った彼を叱責したシュウは、動揺する隼人に浴びせられる警報のけたたましい音に空を見上げる。

 

「俺が、レンカを……」

 

 ダインスレイヴを取り落とし膝を突いた隼人を見たシュウは、しまった、と口を押さえている俊を視線で詰ると、動揺している彼に一歩近づく。

 

「落ち着け隼人。彼女はまだ死んでいない。無事だったんだ。お前が手加減をしたおかげで」

 

「嫌だ……」

 

「何?」

 

「レンカがいないのは、嫌だ。俺は、一人になりたくない。俺は、俺を一人にしたくない……。嫌だ、嫌なんだ……」

 

「隼人……」

 

 歩みを止めてしまったシュウは、嗚咽を漏らしながら蹲る隼人が酷く小さく見えた。

 

 それは哀れみでも、落胆でもない、たった一人の人間として、彼が抱えた孤独を垣間見ているだけだった。

 

 失望でも、何でも無い、彼をただの人間として見れるその事にシュウは安堵を覚えると同時に、抱え込んだ奈落の様な孤独にただただ同情するしかなかった。

 

「どこにいるんだよ、レンカ……」

 

 消えそうなほど弱々しい声。それを掻き消さんばかりに、一層勢いを増した豪雨が、隼人の涙を肩代わりしている様だった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 迫撃砲の攻撃を感知していた警備部隊の総本部は、それから数分遅れて現れた重軍神部隊の存在を沖で警戒していたイージスのデータリンクで確認すると、状況を整理して優先事項を各部署に発令した。

 

 三機からなる重軍神部隊の迎撃を命じられたイージス一隻、ミサイル艦二隻、駆逐二隻からなる警護艦隊は艦載機として置いていた重軍神、雷電にスクランブルを掛けつつ、迎撃準備に入った。

 

「全艦対空戦闘用意! 繰り返す、全艦対空戦闘用意!」

 

 旗艦であるイージス艦艦長の号令で、戦闘準備に入った艦隊は、目視できない距離から接近中の重軍神、スーパーホーネット三機に指定番号(トラックナンバー)を振り分ける。

 

 その間に、後部のヘリパットに駐機していた雷電が起動し、誘導員の指示に従ってゆっくりとホバリングしながら離陸する。

 

「既に攻撃許可が下りている。本艦とDDG-106、107は対空ミサイル発射、DD-11、12は対潜警戒態勢。ライトニング隊は4、5を対潜哨戒に当たらせろ。1、2、3は本艦、106、107の直掩に付け」

 

『了解。106、ミサイル発射!』

 

『了解。107、ミサイル発射』

 

 そう言ってミサイル艦二隻の垂直発射装置(VLS)から対空ミサイルがそれぞれ放たれ、一機ずつに猪突していく。

 

 だが。

 

「ターゲット、フレア放出! 命中ならず!」

 

 ミサイルの命中より早く、赤外線誘導を誤魔化すフレアと呼ばれる妨害装置を放出していた三機は、擦れに捕捉されていると悟り複雑な軌道を描きつつ距離を詰めていく。

 

 そして、肩部のハードポイントに懸架していたロングショット用の対艦ミサイル各四発を三機がそれぞれ学院と艦を捕捉した状態で放たれる。

 

「目標ミサイル発射! 内、五発が艦隊への機動を取っています!」

 

「残りは!?」

 

「学院への直撃コースです!」

 

「よし、迎撃開始だ。ありったけ撃て!」

 

「了解、ミサイル迎撃開始! 全艦、CIWS、主砲、VLS起動。迎撃弾発射!」

 

 コントロール権を得ての操作でデータリンク中の艦からミサイルを発射したイージス艦は、猪突してくるミサイルを全弾迎撃し、空中で爆発させる。

 

 そして、その間を、三機のスーパーホーネットが潜り抜け、イージス艦の艦橋から一瞬、肩にマーキングされたイーグルマークと掠れたSEALsのバクロニウムが見え、監視員の目が開かれる。

 

「アメリカ海軍の、特殊作戦コマンド?!」

 

「あのライン、見覚えがある。チーム9……対魔力次元用部隊だったか。本部に連絡! 相手は恐らく強襲制圧戦を取ってくるはずだと伝えろ!」

 

「りょ、了解!」

 

 通信手にそう伝えた艦長は、敵が本部に向かっているが故に流れ弾を警戒して攻撃できなくなり、艦橋の壁を叩きながらホームへ向かう敵を見送った。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 海軍のスーパーホーネットが至近へ現れた事で、新関東高校は恐慌に見舞われた。

 

 鳴りやまぬ最大レベル警戒の警報と、放送委員の怒号、その声は、砲撃成果を見守っていた賢人にも届いていた。

 

「アメリカ海軍だと?」

 

 予想外の事態に、舌打ちした賢人は、空中旋回しながら手にした30㎜大型アサルトライフルを掃射するスーパーホーネットに舌打ちし、射線から逃れる。

 

 何をする気だ、とホーネットを見守っていた賢人は、三機が背中に背負ったバックパックを下ろすのを見ていると、降車口らしきハッチからぞろぞろと兵士が降りてきた。

 

「制圧部隊か……?!」

 

 ざっと見ただけでもう18分隊はいる規模の内、3分隊が隼人達の方へ向かい、残りが校舎の方へ向かったのに舌打ちした賢人は、光学迷彩をつけたまま草むらから飛び出して通信バンドを米海軍標準の物に切り替えた。

 

「展開中のSEALs、応答しろ! 作戦指揮官と話がしたい」

 

『こちらSEALsチーム9、作戦指揮官のオスカー6だ。そちらの所属と名前を知りたい』

 

「極秘作戦部隊『セルブレイド』。コードネームはキーンエッジ。そちらの任務内容と依頼主を教えろ」

 

『セルブレイド……』

 

「どうした、早く応答しろ」

 

 そう言って、パトリオットライフルを構えた賢人は、沈黙を通すSEALsに嫌な予感を感じ、こちらに向かってきたユニットを素通りさせる。

 

「周辺を探せ。殺害対象がこの周辺にいる」

 

「了解」

 

 そう言って散開した彼らに舌打ちした賢人は、通信機を起動させる。

 

「各員報告」

 

エイル(奈津美)、増援確認につき森林地帯にて待機中』

 

ゲイルドリヴル(ブラック)、砲撃体勢で待機』

 

サングリズル(ヴァイス)、屋上にて待機。指示を乞う』

 

「よし、聞け。少し不味い事態になった。米軍が学院に展開、狙いはダインスレイヴだ」

 

 そう言ってARに作戦考案用のフィールドマップを展開、それぞれの待機地点を示させつつ、賢人は話を始める。

 

「恐らく、排除にかかる敵に対し学院は抵抗する筈だ。すでに重軍神も動いて撃退を始めている。だが、敷地内に展開した歩兵を、重軍神は撃退できない。被害が拡大するからだ。恐らく歩兵戦で膠着させつつ、軽軍神の投入で打破するだろう。

 

ここで問題が発生する。同じものを狙う以上、奴らが俺達に協力するか、だ。答えは否、そして、今俺達も殺そうと、奴らは二分隊を動かして捜索を開始した。当初の目的である学生の被害を最小限に抑える為にもこれから米軍への強襲及び排除を開始。

 

そのついでにダインスレイヴを回収、その後戦域を離脱する。この手筈で、作戦を変更する。ヴァイス、米兵なら思い切り殺しても構わんぞ」

 

『あっは、本当? 良いのかしら、そんなお楽しみをいただいても』

 

「ああ、構わん。むしろ全滅させてもらいたいくらいだ。連中を見ると、反吐が出る。それはお前達も、俺達も、変わらない筈だ。あの頃からな」

 

『ええ、米軍には散々お世話になったものねぇ』

 

「お礼参りだ。存分にぶち殺せ」

 

 そう言って市街地の奥へと進んでいった賢人は、隼人達の制圧に向かった三分隊に先回りするルートで侵攻を開始した。



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第31話『見失った何か』

 警報から10分、砲撃で怪我を負ったシグレとレンカを店の中でかくまっていたハナは、悲鳴を聞いて駆けつけてくれたカナと共に外を見守っていた。

 

「シュウ君達、来ないね」

 

「うん」

 

「無線、出したのにな」

 

 そう言って端末を開いたハナは、ククリナイフを構えるカナをちらと見ると、激しく雨を降らす空を見上げた。

 

 と、突然、銃声が鳴り、窓ガラスに血だらけの兵士が張り付く。

 

「ひぃっ!?」

 

 喉を掻き切られた兵士はかすれた断末魔を漏らしながら、ずるずると窓に赤色を塗りたくり、それを見て失禁したハナを庇ったカナは、外の音を拾おうと耳を動かす。

 

「止めろ、止めてくれ! あ、あああああああッ!」

 

 誰かの悲鳴が聞こえた後、雨の音以外聞こえなくなる。

 

 外に誰かいる。

 

 だが、浩太郎達では無い。

 

 そこまで断じて、ナイフをシースに収めたカナは、がくがく震えるハナにしゃがみ込む。

 

「ハナ、シグレ達を。ハナ!」

 

 そう言って揺さぶったカナは、悲鳴を上げながら銃口を上げた彼女と、目を合わせる。

 

「私は味方。大丈夫、まだこっちに来ないから」

 

「でも、でも……」

 

「良いから。逃げる準備、するよ」

 

 そう言って、ハナを立ち上がらせたカナは突然ガラスに突き刺さった刃に驚き、背後を振り返る。

 

 刃は、高周波の不快音を鳴らしながらガラスをやすやすと切断し、ナイフを引き抜いて構える。

 

 その隣でパニックになったハナがHK417の銃口を上げたのにギョッとなり、直後、セミオートで放たれた7.62mm弾が窓ガラスを穿ち、過負荷でガラスは砕け散った。

 

「あら、こんにちわ」

 

 そう言って吸血鬼の様な牙を剥いたヴァイスは、薙鎌状にしていた大鎌を戻すと怯えて銃を震わせているハナに恍惚とした目を向ける。

 

兵士(おもちゃ)で遊んでいたらかわいい女の子がいるじゃないの。ねぇ、あなた達、私と遊びましょう?」

 

 そう言ってマチェットシースから一本引き抜いたヴァイスは、一歩ずつ歩み寄ると、ハナの頬に刃の腹を当てる。

 

「私、あなたみたいな顔をする子が大好きなの。苛めがいがあってねぇ……。そこの子犬ちゃんも、表情を崩すと面白そうね」

 

 そう言って笑ったヴァイスは、背後から現れた米兵に舌打ちすると、奇しくも庇う形になったハナ達に見せつける様に腕のバックラーを兵士に向ける。

 

 そして、そこに仕込まれたライトマシンガンを発砲して、滅多打ちにすると、二人の眼前に硝煙を香らせた。

 

 濃い刺激臭に咳き込んだ二人は、あっという間に死体に変わった兵士を見て、圧倒的な力の差を感じ取り、怯えた表情を浮かべて後退った。

 

「うふふ、安心して。殺さないから。でもねぇ、腕や足が無くなっちゃうかも、しれないわねぇ」

 

 そう言って歩み寄ってくるヴァイスに悲鳴を上げた二人は、不意に足を止めた彼女につぶっていた涙目を開ける。

 

「サングリズル、児戯はそれまでにして。殺さなければ何しても良いと言う訳ではないのよ」

 

 見た事も無い形状の銃をヴァイスの頭に向けた奈津美が、つまらなさそうな表情を浮かべてどこかへ去っていく彼女にため息を吐くと怯えたままの二人にしゃがみ込む。

 

「怖がらせてごめんなさい。お詫びに携帯食料、あげるから。警報が止むまで、ここで隠れててね」

 

 そう言って子どもにする様に二人の頭を撫でた奈津美は、自分も甘いものだ、とため息を吐きながら浮遊し、隼人達を中心に激戦が繰り広げられている戦場へ戻っていく。

 

「ゲイヴドリヴル、さっきの地点。近づいた米兵は殺していいわ。但し、間違えない様にね」

 

『うん……分かってる』

 

「後、ターミナルユニットは近づけないで。お願いね」

 

 そう言って降下した奈津美は、一撃で米兵を磨り潰すと、襲い掛かってきた隼人の一撃をシールドで受け流す。

 

 そして、ビームマシンガンを構えた彼女は、バースト射撃で邪魔してくる米兵に苛立ち、彼らに向けて粒子ビームを薙ぎ払った。

 

「こんな状況で、子ども殺しなどと……!」

 

 そう言う奈津美は、三人単位で射撃を繰り返す米兵に身にまとった重装甲のハッチを解放した。

 

 そこに仕込まれていたのは、対ミサイル用のハードキル弾、迎撃用散(キャニスター)弾だった。

 

「いつまでもゴミ以下のクズなんですか、あなた達は!」

 

 そう言って散弾を放った彼女は、対人用散弾の三倍以上の大きさの散弾で兵士の体をズタズタにする。

 

 その間に、格闘戦で切り刻んでいたヴァイスは、敵と認識して発砲してくるシュウ達を見て鬱陶しそうにすると、先程の苛立ちを機関銃に託して発砲する。

 

「クソッ!」

 

 防御に回った俊が、穂先の障壁で弾丸を弾き、シュウと浩太郎が牽制射撃を放つ。

 

 だが……。

 

「クソ、弾切れか! XDも、さっき使い切った。もう、撃てる弾が無いぞ」

 

「こっちもだ。ヴェクターも、Mk23も、もう、撃ち切りだ」

 

 そう言って持ち弾を使い切った二人は、それぞれの得物を気力ごと投げ捨ててしまう。

 

 だが、それを見ていた俊だけは諦めていなかった。

 

「シュウ、俺のXDを使え! 浩太郎、お前、まだ武器あるだろうが! 諦めるな、ここを切り抜けりゃ何とかなる!」

 

 穂先の障壁が砕け散りそうな状況で俊がそう言った瞬間だった。

 

「ぉおおおおっ!」

 

 雨を切り裂き、半ば狂った状態になった隼人が、ヴァイス目がけて猪突し、フルスイングでダインスレイヴを叩きつける。

 

 直前にバックラーで防いでいたヴァイスは、高出力の重力制御式推進翼を用いて空中で制動し、大鎌を展開してニヤッと笑うと左肩に刃を担いだ隼人を見る。

 

「あはは、それがダインスレイヴねぇ……。ま、あなたも楽しめそうだし、殺さない程度にいたぶってあげる」

 

 そう言って挑発したヴァイスは、アサルトフレームのスラスターも併用して突進してきた隼人に笑うと、一瞬姿を見失うほどの速度で一閃を回避。

 

 見失った事に動揺した隼人がヴァイスの気配を悟った瞬間、彼女の一撃で地面に叩きつけられた。

 

「あっは、遅い遅い。止まって見えるわぁ」

 

 地面に倒れ伏す隼人にそう言って歯を剥いたヴァイスは、起き上がり様に剣を振り上げた彼の一撃をスウェーで避けると踵に展開したナイフで隼人の左腕を突き刺す。

 

 苦悶を上げる彼にくすくす笑ったヴァイスは、引き抜いたナイフを格納しながら一回転し、修復している彼の左腕を脛のコールドブレードで切断した。

 

「ッ!」

 

 切断されたショックを狂わされた事で苦悶も上げない隼人は、右腕のワイヤーでヴァイスを牽制すると、黒く染まった腕を拾い上げて元の場所にくっつけ、瞬時に修復した。

 

 それを見ていた全員が驚く間に、ヴァイスへ突きを繰り出した隼人は、不意打ち気味のそれに、吹き飛ばされた彼女へ追撃の魔力を飛ばす。

 

「サングリズル!」

 

 そう叫んだ奈津美は、自分に標的を変えた隼人に気付き、大型のシールドを構えて隠れているSEALs狙撃手が『マクミラン・Tac-338』を発砲する。

 

 慎重な動きで放った射撃は、瞬時に狙撃を悟った彼の手で防がれ、返礼の一閃で隠れていた建物ごと狙撃手と観測手が吹き飛ばされ、落下した道路に肉片が散る。

 

「な……」

 

 唖然となった奈津美は、振り返って来た隼人と目が合うと同時、斬りかかって来た彼にシールドを上げる。

 

 バリアフィールドでコーティングされたシールドと激突した剣が術式に代わっている魔力を介してバリアを徐々に侵食し、溶断寸前まで持ち込もうとした刹那、隼人の体が真横から蹴り飛ばされた。

 

 道路を転がる隼人に、シールドのコンディションを図りつつビームマシンガンを向けた奈津美は、隼人を蹴り飛ばした体勢のまま、光の粒子を放ちながら現れた賢人の背後に下がる。

 

「奈津美、始末を頼む。ここは俺と、ヴァイスでやる」

 

「りょ、了解。無理はしないでね」

 

「ふっ、いつも通りなら無理な相談だぞ?」

 

 そう軽口を叩いて彼女のAASに触れた賢人は、脚部側面に取り付けていたマウントアームから先程持っていたアサルトライフルを引き抜くと隼人に向ける。

 

 それを恨めしげに見ながら立ち上がった隼人は、狂気で狂った目でサブマシンガンの銃口を見つめる。

 

「俺を、殺す気か」

 

 そう言って剣を持った左手を前に出した隼人は、単発に変えた賢人がトリガーに指を掛けた瞬間、斬りかかった。

 

 瞬間、剣を振り下ろしてきた腕を掴んだ彼が、合気の動きで隼人を地面に引き倒す。

 

 受け身で致命傷は避けた隼人は、アスファルトに叩き付けられた事で一瞬呼吸が出来なくなり、その間に銃を構えた賢人は、動けない筈の隼人が無理やり剣を振るって来たのに舌打ちして組み合いを解除した。

 

「お前も……俺から大切な物を奪うのか」

 

「大切な物? その剣か?」

 

「違う、俺を……俺を想ってくれる人をだ! お前は、いや……お前達は奪いに来たのか? 答えろ、お前もあの男と同じ様に俺から愛を、恋を、慈しみの何もかもを奪い去っていくのか!?」

 

 そう言って泣き喚く隼人に動揺した賢人は、斬りかかってくる彼の一閃を背中にマウントしていた長刀で受け止める。

 

 何故か侵食する力が弱くなっており、高周波ブレードでもある対AA用の長刀はダインスレイヴの1.5倍近い質量でもってその一撃を受け止めていた。

 

「お前は……怯えているのか……?」

 

 鍔競り合う長刀越しに隼人を見た賢人は、その眼に浮かぶ幼い子供の様な表情にそう呟いていた。

 

 奪われた苦しみに怯えた目、まるで大切な物を奪われた子どもが最後の宝物にしがみつく様な、そんな表情。

 

「お前らは、俺から奪った。何もかもを。だから殺す! 壊してやる。俺の人生を、ささやかな幸せも、将来の夢も何もかもを壊して、のうのうと生きている、お前ら人を!」

 

 怯えた目は狂気となって心の奥底に眠っていた殺意を励起させる。

 

「まさか、お前も……。俺と同じ……」

 

「俺の両親の死を無視し、惨劇を生き残った俺と親族を遺族の怒りの供物にし、その死を見世物にしたこの世界を……俺は破壊する!」

 

「……世界に全てを奪われたのか」

 

 そう言いきった刹那、弾き飛ばされた賢人は、ニタニタと笑っている隼人に同情しながらも銃口を向け続けた。

 

「同じ境遇だとしても俺は自分自身を曲げない。だが、同情はしてやる、イチジョウ隼人」

 

 そう言って賢人は、トリガーを引き絞った。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 賢人と隼人が戦い始めた頃、重軍神の戦いの余波を回避しつつレンカ達の元へと急いでいたシュウ達は、目の前に現れた小隊からの射撃に晒された。

 

「くそっ」

 拳銃で反撃しつつ、建物に隠れたシュウ達は、隊列を組んで迫る軍人達に近接戦用の得物を構えて息を潜めていた。

 

 ポイントマンが隠れている角に接近したその瞬間、戦闘にいた浩太郎が上がって来た銃を払い落とし、ククリナイフの峰で喉笛を殴り潰す。

 

「ごっ」

 

 息が止まりそうな兵士が苦しんでいる一瞬、ナイフを引いた浩太郎は、ヘルメットを叩き割ったトマホークをそのまま脳髄へぶち込んだ。

 

 慌てて発砲してくる兵士に死体を盾にすると落ちていたライフルをシュウに蹴り渡す。

 

 ショートバレル型SCAR-Lを単発射撃で構えたシュウは、浩太郎の脇から太ももと首に二発発砲して射殺すると激しい弾雨に晒された。

 

「数が多すぎる!」

 

 マガジンを捨てたシュウがそう叫んだ瞬間、隊列がビームに薙ぎ払われ、直後、大粒の弾丸が雨霰と降り注いだ。

 

 それに驚いた彼らは、ゆっくりと降下してきた奈津美に警戒する。

 

 武器を向けてきた浩太郎達へ、秘匿用のバイザーを装着したまま、視線を向けてきた彼女が武装を下ろしたのに、警戒を続けながら、彼らは通過する。

 

「カナちゃん、レンカちゃん!」

 

 そう言って店に飛び込んだ浩太郎は、今にも泣き出しそうなカナを抱き締める。

 

 すると、嬉しさと緊張感の解放からかおもらしをした彼女が恍惚とした表情を浮かべるのに首筋にナイフを当てた。

 

 そんなやり取りを素通りしたシュウと俊は、濡れた痕跡があるパンツとHK417を握り締めて座り込むハナと、応急処置が済んで動ける様になっているシグレとレンカを迎える。

 

「すまん、遅くなった」

 

「本当ですよぅ……。もう」

 

「ところでそのパンツは……」

 

 そう言って地雷を踏んだシュウは、ブルブル震える彼女から視線を逸らすと、誤魔化す様に頭を撫でて外に誘導した。

 

 その間に、シグレの傍にしゃがみ込んだ俊は、泣き出しそうな彼女に謝りながら頭を撫でた。

 

 それでタカが外れたのか泣き喚いたシグレが俊に縋りつくように泣き出したのを、レンカは一人、寂しげに見ていた。

 

「ねぇ、隼人は?」

 

 そう呟いたレンカは、揃って俯く浩太郎達を見回して涙を浮かべる。

 

「何で、隼人がいないの?」

 

「レンカちゃん、隼人君は」

 

「どうして、アイツはここにいないの?」

 

 頑ななレンカの言葉に黙りこくった浩太郎は、涙を浮かべて走った彼女に驚愕し、その後を追った。

 

「隼人!」

 

 そう叫んだレンカは、それを阻もうと降下した奈津美を蹴り飛ばそうとするも、跳躍の瞬間、変に力が抜けて足を挫いた。

 

 道路に倒れたレンカは、自分を抱え上げようと、しゃがみ込んだ奈津美に怯えて後退る。

 

「い、いや……来ないで!」

 

 そう言って体を震わせたレンカは、悲しげな顔で一歩引いた奈津美に涙目を見開くと、彼女の背後から迫る隼人の殺意を抱いた表情に怯えを戻した。

 

 振り返った奈津美のシールドと激突したダインスレイヴが衝撃波を発し、思わず顔を背けていたレンカは、その間に駆け寄ってきたハナとシグレに引きずられた。

 

「待て!」

 

 そう言ってシールド越しに奈津美を蹴り飛ばした隼人は、進路を塞ぐ様に降下してきた賢人とヴァイスの攻撃を全て捌き、一歩後退する。

 

「退け! アイツが、レンカがそこにいるんだ! 邪魔をするな!」

 

「そう言われて離脱されても困るのでな。大人しくその剣を渡せ」

 

「退かないなら排除するだけだ!」

 

 そう言って斬りかかった隼人に、舌打ちした賢人は、刀を振って牽制すると、ダッキングで回避した彼にノールックで射撃する。

 

 瞬時にそれを回避していた隼人は、向き直って射撃を繰り返す賢人に迫るが、その直前、割り込んだヴァイスが一撃離脱の横薙ぎを放つ。

 

「あっは」

 

 笑いながら放たれたヴァイスの一撃を受けて、減速させられた隼人は、上方を取った奈津美の射撃で視界を塞がれ、その間に接近した賢人に蹴り飛ばされた。

 

 地面を滑走し、失速して転がった隼人は、無理矢理かけられた治療術式に、悶え苦しみながら立ち上がり、眼前に迫ったヴァイスの大鎌をスラスター併用で受け止めた。

 

「ふふっ、遊んであげる」

 

 そう言った刹那、亜音速のバックステップで距離を取ったヴァイスに、つんのめった隼人は、踵落としで地面に叩きつけられ、一瞬バウンドした体に、大鎌の柄がフルスイングで打ち込まれる。

 

 鈍い音が隼人を駆け巡り、内臓を潰されたショックを受けた彼は、瞬時に回復してヴァイスに斬りかかる。

 

「あっは、鈍ぅい」

 

 くすりと笑い、8の字に振り回していた刃の後ろで側頭部を殴られた隼人は、くるくると風車の様に回るそれを、体に這わせながら振り回すヴァイスが、おもむろに腕を上げたのを見た。

 

 瞬間、バックラーのマシンガンから放たれたライフル弾が、隼人を追って猪突、それを横回転しながら避けた彼は、横薙ぎ体勢でダインスレイヴを縦に振るった。

 

「あら、危ない」

 

 そう言って笑った彼女は割り込んだ賢人に蹴り飛ばされ、奈津美と共に銃を構えた彼から追撃の弾雨を浴びる。

 

 周囲に張った魔力で弾丸を弾いた賢人は、荒く息を吐くと突然走った頭痛に頭を押さえて膝を突いた。

 

「あっは、どうしたの? 戦わないのかしら?」

 

 そう言って鎌を刃を下ろしたヴァイスは、左手を突き出すと同時に、構えた賢人達と共に射撃を放つ。

 

 咄嗟に飛び退いた隼人は、着地と同時に走った頭痛に呼応してフラッシュバックするピエロマスクの男に、表情を歪めた。

 

『君も私になる。いや、私を超える』

 

 男の声が幾重にもハウリングし、耳鳴りとなって隼人の耳朶を打つ。

 

 その間に放たれた銃撃を回避した隼人の視界から徐々に色と景色が無くなっていく。

 

『ワシらを殺し』

 

 斬殺した痕を遺した祖父の声が銃声よりも大きく響く。

 

『俺を見捨て』

 

 蜂の巣になり、首の無い父親の声が弾丸の擦過と重なる。

 

『あんたは生まれ変わる』

 

 額に銃痕を穿った祖母の声が大鎌の風切り音と共に響く。

 

『道化ではない、鬼として。復讐と奪われた痛みに焼かれる悪魔として』

 

 上半身の無い母親の声が刀を咄嗟に弾いた剣の共振に響く。

 

「お、俺、は……」

 

 目の焦点を失い、最早身体機能が狂い始めた隼人は、自分自身の幻を見始めていた。

 

『お前は、何だ?』

 

「俺は……」

 

『お前は』

 

 ぼんやりとした視界に手を伸ばした隼人は、その様子に攻撃の手を止めさせた賢人の前を、おぼつかない足取りで歩く。

 

 その先には、様子がおかしい事に振り返ったレンカがいた。

 

「俺は……」

 

 制止しようとする浩太郎達を振り切って、駆け寄ってくる彼女に隼人は歩み寄る。

 

『生きるのが苦しいなら、殺してあげる』

 

 真っ暗になった景色に、いつの間にか手にした薙刀を構えて間近に寄って来た彼女を捉える。

 

 そして、急に白ばんだ景色で何も持たずにいる彼女と目が合った彼は、幻想に踊らされるがままに剣を振り上げ、唖然とした彼女目がけ、最期の殺意を込めて振り下ろした。

 

『悪魔だ』

 

 瞬間、レンカとの間に割り込んだ賢人が振り下ろされる直前のダインスレイヴを叩き落とした。

 

 そして、無茶な軌道でかかった負担を息にして発散していた彼は、道路に倒れ込んだ隼人の様子がおかしい事に気付いた。

 

「隼人……?」

 

 起き上がりもしなければ、呻きも上げない隼人に尻もちをついた体勢から這い寄ったレンカは、勢いの強まる雨に打たれながら隼人の首に指をあてる。

 

 魔力侵食の影響でショック死し、脈も無く、そして呼吸も無い、その事実に動悸を起こした彼女は、冷たいアスファルトの上で屍となった彼に声を失った。

 

「あ、あ……」

 

 受け入れがたい事実に彼の体を揺さぶったレンカを見下ろしていた賢人は、フラッシュバックした記憶に一歩後退る。

 

 戦場で見た両親だったものを揺さぶる幼い子ども、自分の養子である舞との出会いを思い出した彼は、泣きじゃくるレンカを見下ろし、声を掛けようとして諦めた。

 

「起き、てよ。隼人……起きてよ。風邪、ひいちゃうよ……ねぇ、隼人……」

 

 そう言って体を揺さぶったレンカに隼人はもう何も返さない。

 

「死なないって、言ったじゃん。隼人……何で、死んじゃうのよぉ……」

 

 そう言って隼人の死体に縋りつき、泣き喚くレンカを見ながら、ダインスレイヴを拾い上げた賢人は泣いている彼女の隣に立っているヴァイスに気付いた。

 

 何をする気だ、とそう賢人が思った直後、ヴァイスはバックラーから引き抜いたマチェットをレンカの顎に当てた。

 

「サングリズル! 何のつもりだ」

 

「うるさいから黙らせてるだけよぉ? このクソ猫を」

 

「余計な危害を加えるな」

 

「何よ、殺さなきゃ良いんじゃないのぉ?」

 

「何しても良い訳じゃない。だから止めろ」

 

 そう言って手にしたライフルの銃口を向けた賢人に不満そうなヴァイスは、ガチガチと震えるレンカの表情を見て震えあがるほどの快楽を味わった。

 

「あっはは、良い顔ねぇ。ねえ、キーンエッジ。私、アンタの言う事聞く気が無くなっちゃった。だってこの子、こんなに良い顔で震えるのよ? 虐めたくなっちゃう」

 

「目的は達成した。お前の趣味に付き合う気はない」

 

「あらそう、じゃあこの子を連れて帰るとしましょう。ゆっくり味わってあげる」

 

 そう言ってレンカの体を抱え上げようとしたヴァイスは、抵抗するレンカが隼人を掴んだのに眉を吊り上げる。

 

「その子の事が好きなのね、あなた。じゃあ、それを切り刻んであげましょう。あなたに見える様にねぇ」

 

 そう言って大鎌を腰から引き抜いたヴァイスに腕を押さえて抵抗するレンカは、それすらも弄ぶ彼女に悔しそうな表情を浮かべる。

 

「良いわ! 良い……その表情。堪らない」

 

「ダメ……」

 

「あっはは、何ができるって言うのかしら。体重も軽いあなたに」

 

 そう言って隼人に歩み寄るヴァイスは、フルフルと震えるレンカを乱暴に掴み上げると、隼人が見える様に吊り上げる。

 

 そして、薙鎌モードに切り替えた鎌を隼人に向ける。

 

「よぉく見てなさいな。今日、あなたの好きな人は切り刻まれます。そして新しく私があなたが愛すべき人になりますってね」

 

 そう言ってニヤリと笑ったヴァイスに、レンカは声も出せずに震えあがっていた。

 

「い、嫌……」

 

 そう言って暴れるレンカを、嘲笑いながらヴァイスは隼人の死体を踏みつけ、鎌を振り上げた。

 

「では、一刀両だーん」

 

 そう言って振り下ろした瞬間、ヴァイスは横方向へのブーストを視認し、直後離脱した隼人が立ち上がったのに驚愕した。

 

「何?」

 

 そう言って振り向くヴァイスを振り返った隼人は、赤い目を光らせ、腰からアークセイバーを引き抜くと過負荷から吐血してしまう。

 

 だが、それよりも、ヴァイス達には生き返った事に驚愕していた。



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第32話『狂戦士の再誕』

 術式でいきなり蘇生させられた隼人は、大量の毒素が流れ込んだ事により、吐血し、咳き込んでいた。

 

 そんな彼の脳内で、スレイの声が響く。

 

『あっはは、おはよう隼人君』

 

「お前、俺に何をした」

 

『んふふ、忘れたの? 私は言った筈よ。どんな手を使っても生きてもらうって』

 

「蘇生術式か」

 

『そうそう。まあ、正確には心臓に衝撃を与えて動かしただけだけどねぇ。電気ショックみたいな感じかしら』

 

 そう言ってくすくすと笑うスレイに、舌打ちした隼人は、一度死んだ体を触ると感覚的に魔力を感じ取って舌打ちした。

 

「この感じ、ダインスレイヴの術式か」

 

 そう言った隼人は、ご名答とばかりに笑うスレイに嫌な表情を浮かべるも狂気を感じないそれに少し驚いていた。

 

「全身に転移しているのに、術式に力を感じない……何故だ」

 

『当然、術式で活性化していた魔力を転用したんですもの。つまりあなたの全身はダインスレイヴと化した、だけど起動はしていないって事よ』

 

 そう言ってニヤリと笑うスレイに忌々しげに顔を歪めた隼人は、レンカを投げ捨てたヴァイスに明確な殺意を抱くと逆手持ちにしたアークセイバーを発振した。

 

 青白い光が雨を蒸発させ、白煙を上げる中、ブースト全開でヴァイスに迫った隼人は、大鎌を回避すると、全身転移で動く様になった左腕のセイバーをバリアに叩き付ける。

 

「ッ、死にぞこないが!」

 

 激昂し、鎌を振り上げたヴァイスは、バリア越しに彼に蹴り飛ばされる。

 

 そして、その反力で賢人に迫った隼人は、驚く彼からダインスレイヴを取り返して振り向きざまに構えた。

 

『使うの?』

 

 顔の横に幻影を移したスレイがそう問いかけるのに、一瞬迷った隼人は、歓喜と恐怖が織り交ざったレンカの表情を見て発動をイメージした。

 

 瞬間、全身に潜伏していたダインスレイヴの術式が起動し、彼の全身からワインレッドの魔力が放たれる。

 

「隼人ぉ!」

 

 二の舞を恐れて叫んでいたレンカは、放たれた魔力が制御され隼人に収束していくのを見ていた。

 

 放った魔力全てを受け止め、荒く息を吐いて片膝を突いた隼人は狂いもしない自分自身の意識に驚き、そして手にした剣を逆手に持ち替えた。

 

 自分自身を犯す感触も無い術式に、微笑を浮かべた隼人は、確信を持ってレンカへと話しかける。

 

「大丈夫だ、レンカ。俺はもう一人で死なない。お前と共に、生きて死ねる。だから、待ってろ」

 

 そう言って剣を構えた隼人は、銃を構えた賢人と奈津美がトリガーに指をかけているのをスローモーションで捉えていた。

 

 瞬間、サイドステップの体勢に移った隼人は、トリガーを引いた二人より早く飛び退いて弾幕を回避、二人目がけて剣を振るった。

 

「チィッ!」

 

 空気の流れと気配で察知していた賢人は、引き抜いた刀で攻撃を受け止めると腰溜めに銃を構える。

 

 トリガーを引く直前、まるで予知していた様に回避運動を取った隼人は、そのまま連射を回避すると背後から迫るヴァイスの一閃をダインスレイヴで受け止める。

 

「動きを読んでいるのか……?!」

 

 そう呟き、リロードしたライフルを構えた賢人は、同調射撃で隼人に粒子ビームを浴びせた奈津美に散開を指示する。

 

 アークセイバーとの二刀流でヴァイスの攻撃を捌いていた隼人は、残存していたチーム9が腰が抜けて動けないレンカを狙っているのに気付き、ヴァイスを蹴り飛ばして彼女を庇った。

 

「……ッ!」

 

 それを見て、暴走していないと確信した賢人は、上空を取っていた奈津美と、高空から狙撃していたブラックとの同調射撃でチーム9を射殺する。

 

「な……。アンタら……」

 

 驚愕する隼人の反応で会話ができる事を確認した賢人は、奈津美達に待機を命じるとレンカを庇っている彼に銃口を向ける。

 

「勘違いするな、米兵は俺達の敵だ。そして、目的は一つだ。イチジョウ隼人、お前の持っているそれを、俺達に渡せ」

 

「ダインスレイヴを……?! 何のつもりだ」

 

「俺達は傭兵だ。そんな事に意識を向ける気はない。お前はただ俺達にそれを渡すだけで良い」

 

「こいつの力を知っていて他人に渡すつもりは毛頭無い」

 

「そうか、残念だ」

 

 そう言って手を振った賢人が射撃を命じると上空からレールガンと羽根型の攻撃端末からの粒子ビームが降り注ぐ。

 

 脇道へ咄嗟にレンカを投げた隼人は、魔力をバリアにして展開すると攻め込んできたヴァイスの横薙ぎを、後ろに回転しながらのステップで回避する。

 

「隼人!」

 

「お前は、浩太郎達と合流しろ! 俺が戻った事も伝えておいてくれ!」

 

「わ、分かった!」

 

 そう言って裏口から離脱するレンカを追おうとしたヴァイスに飛び蹴りを打ち込んだ隼人は、苛立ちと共に斬りかかってくる彼女の一撃を受け止める。

 

「私のおもちゃを、よくも!」

 

「俺の女を、お前みたいな快楽主義者に渡すか!」

 

 そう言って全力のストレートをヴァイスにぶち込んだ隼人は、空中で制動した彼女がつま先に展開させたナイフを踵落としの要領で振るって来たのをパーリングする。

 

 その勢いでサイドステップした彼は、回避先でビームマシンガンを構えていた奈津美に気付き、剣を構えて防御した。

 

 長時間の照射を受け止め切れず、吹き飛んだ隼人は周囲を囲む攻撃端末のビームを、一定のルートへ誘われる様に回避してその先で刀を構えていた賢人と激突した。

 

「逃すか」

 

 そう言って隼人を叩き落とした賢人は、追撃の蹴りを打ち込んだヴァイスに一度視線を流すと通信機を起動する。

 

「ブラック、降りて来い。ターゲットを仕留めるぞ」

 

『了解。撃ち殺してもいいの?』

 

「……いや、重傷だけにしろ。殺すな」

 

 そう言ってライフルで隼人を牽制した賢人は、彼に怒りを覚えているヴァイスが積極的に攻めかかるのを見つつ、ステルスシステムを起動した。

 

 フレームから送信された情報で賢人が消えた事を知った隼人は、高周波を発する鎌を弾きつつ、消えた彼の姿を探す。

 

「どこ見てるのかしらぁ」

 

 そう言って斬りかかってきたヴァイスから逃れた隼人は、シールドを構えつつビームを放って攻めてきた奈津美にシールドバッシュで弾き飛ばされた。

 

「くっ!」

 

 吹き飛びながら、突きの形で反撃の斬撃波を飛ばした隼人は、ブーストと体重移動で着地すると背後に現れた賢人の反応に咄嗟に振り返った。

 

 瞬間、人外じみた反応速度で縦薙ぎの賢人の刀を受け止めた隼人は、突然耳朶を打った指向性の高周波に脳を揺らされる。

 

「がっ……?! あ、ぐぁああ……」

 

 脳が揺さぶられた事で剣を握る手が震え、押し切られそうな事を察した隼人は、ダインスレイヴに力を込め、出力を一時的に強化。

 

 狂化を強める事で感覚障害を無理矢理克服、そしてリミッターが外れる事により使える力の上限が大幅に向上し、その状態で隼人は押し切った。

 

「ッ!」

 

 吹き飛ぶ賢人が照準する直前、その場から真横に飛び退いた隼人はアサルトライフルから逃れるも直後、それを超える衝撃を背面に受け、燃料タンクを破損させながら吹き飛んだ。

 

 地面に引き倒され、アスファルトの凹凸で体の前面を擦り上げられた隼人は、抉られた頬から大量の血を流しつつ、起き上がると激痛と共に傷が治っていく。

 

「今度は何だッ!」

 

 そう言って、苛立ちを浮かべた隼人はふわりと降下してくる漆黒の翼を持った機体を駆るブラックに目を見開くと、舞い散る羽根の様に周囲に放出され、集まってきた攻撃端末を見ながら一歩後退る。

 

「その剣、ちょうだい」

 

 鴉の様な羽根を負ったブラックの、大人びた顔立ちから幼い語調が放たれた事に一瞬気を抜いた隼人は、上げられた60㎜レールガンの砲口を捉えてバリアを展開した。

 

 瞬間、腕を狙った射撃が隼人を襲い、寸での所で弾頭を反らした彼は、連射されたレールガンとそれに合わせて照射を始めた攻撃端末の弾幕に晒された。

 

(クソッ!)

 

 ガリガリと削れていくバリアに悪態を吐いた隼人は、弾幕を払おうと大振りからの斬撃波を放ってブラックを狙った。

 

 だが、そこに割り込んだ奈津美が、高出力に設定したバリアとシールドで斬撃波を防ぎ切り、ブラック、ヴァイスと共に一斉射撃を放つ。

 

(不味い!)

 

 咄嗟に飛び退いた隼人は、砕かれた障壁に冷や汗を掻き、直後隠れていた賢人に蹴り飛ばされた。

 

「ぐはっ……!」

 

 バウンドし、地面を転がった隼人は、その際にダインスレイヴを取り落とし、身体強化で守られた体に鈍痛が走る。

 

 雨脚は変わらず冷たい雨に打たれた隼人は、ダインスレイヴが離れた事で供給源を失ったフレームがタンクからの出力に切り替えたのを神経接続の表示で理解する。

 

「クソッ……タレェ」

 

 悪態を吐いて立ち上がった隼人は、着地した奈津美達を横目に見ると痛む体を動かして、ダインスレイヴへ歩み寄り、倒れ込む様な形で剣の柄を手に取ろうとする。

 

 だが、それよりも早く剣は蹴り弾かれてしまい、それと同時に、燃料を失ったフレームが稼働停止する。

 

「終わりだ、お前の負けだよ」

 

 そう言って見下ろしてくる賢人に、重いフレームと体に縛られた隼人は、地面に縫い付けられたまま、目線と顔を上げて彼の姿を捉える。

 

 射撃に使用していたライフルを足のマウントに装着し、背中の鞘に刀を収めていた賢人は、腰のホルスターから『HK・USP』口径9㎜自動拳銃を引き抜くと、隼人の眼前に突き付けた。

 

「俺を、殺すのか……?」

 

「殺すには惜しいがな、お前は危険だ。だが、最期に教え合っておこうじゃないか。お互いの名を。俺は、賢人。桐嶋賢人。お前は」

 

「隼人。イチジョウ、隼人」

 

「そうか、良い名前だ」

 

 そう言ってハンマーを下ろした賢人に、目を閉じた隼人は瞬間、上空を擦過する対物弾の弾幕を音として認知した。

 

 地面を穿った対物ライフル弾が弾痕と地面の逆瀑布を巻き上げて賢人達を牽制する。

 

「くっ、増援か」

 

 そう言って隼人に拳銃を照準した賢人は、増援らしい青と白のツートンで塗装された軽軍神を中心としたファルカ、静流の混成四機に銃撃を阻まれてしまい、ダインスレイヴを回収する。

 

 隼人を囲む様に着地した四機の軽軍神の背中から飛び降りてきたアルファ小隊の面々は、ダインスレイヴを手に逃走する賢人達を他所に隼人へ手当てをしていた。

 

「く、そ……待て……ッ! 桐嶋、賢人……!」

 

 そう言って手を伸ばした隼人は、空中に溶ける様に消えていく彼らに悔しげに歯を噛むと地面に拳を叩き付けた。

 

 そんな彼を見下ろしたアルファチームは、強制解除したアサルトフレームを回収すると、もう体力が無くなっている彼の体を担ぎ上げる。

 

「無事で良かったわ、イチジョウ君」

 

 そう言って振り返った青と白の軽軍神を纏う咲耶が、憔悴した顔に驚愕を浮かべた彼に微笑を向けた。

 

「咲耶……! どうして……。それにアンタ、その軽軍神は……?」

 

「まあまあ、ゆっくり話しましょうよ。ここじゃ雨が降って冷えちゃうわ。ね?」

 

「アンタが、そう言うなら」

 

 そう言った隼人が微笑む咲耶から目を逸らすと、軽軍神を駆っていたカズヒサ達があまり明るくない表情でその場を去って行った。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 場所を移し、銃撃戦でボロボロになった後方支援科棟に運び込まれた隼人は、簡易検査を受けた後、待合室で待っていた咲耶と合流する。

 

「あら、お帰りなさい」

 

 そう言って出迎えた咲耶は、悔しげな表情の隼人に気付いて少し驚いていた。

 

「負けて悔しかった?」

 

 そうストレートに言った咲耶は、カウンター席についた彼に予め買っておいたコーヒーを差し入れた。

 

 缶を握り潰さんばかりに掴んだ隼人は、歯を噛んで俯いており、それを楽しげに見た咲耶は、笑い声を漏らしながら一口飲んだ。

 

「そんな顔が出来るなら、良かったわ」

 

「何がだ」

 

「あなたが無事だって事によ」

 

 そう言って缶をテーブルに置いた咲耶は、涙を流しながら隼人の方を見る。

 

 その表情にうっ、と詰まった隼人は、気まずそうにコーヒーを飲むと抱き付いてきた彼女に驚き、そしてゆっくりと抱き締めた。

 

「ごめんなさい、イチジョウ君。だけど、今だけは……」

 

「良いさ、別にな。この位じゃレンカは怒らないさ。それに、アンタは強くないって事を、俺は知ってる。だから、言わせてくれ。すまなかった」

 

「本当よ……。あなたがいなくなったら、どうしたら良いの? 毎晩見る悪夢を、どう乗り越えたら良いの?」

 

 そう言って泣く咲耶に、動く様になった左腕も動かしてしっかりと抱き締めた隼人は、自分を守る為に来たのだと悟った。

 

「なぁ、咲耶。アンタは、俺を守る為にここに来たんだろ?」

 

「え、ええ。そうよ」

 

「だったら、もう一つ言わなきゃな。ありがとう」

 

 そう言って笑った隼人は、涙を拭い、いつもの顔に戻った咲耶の頭に手を伸ばしかけて誤魔化し笑いと共に手を下ろした。

 

「すまん、女相手だとすぐこれだ」

 

「全く、淑女の扱いにも慣れてほしいわね」

 

「俺の周囲には淑女が少ないもんでな。まだまだ時間がかかりそうだ」

 

「そうみたいね」

 

 そう言って隼人に苦笑した咲耶は、さて、と話題を変える。

 

「あなただけに展開する内容じゃないんだけど、先ほどの機体のデータと、とっておきのデータ二つの計三つを見せようと思ってね」

 

「ああ、あの機体か」

 

 そう言って歩き出す咲耶の後ろを付いて行った隼人は、銃撃戦の跡が見える廊下を歩くと弾痕処理や血痕処理に追われる生徒達をすれ違う。

 

 米海軍特殊部隊のチーム9が攻めてきていた筈だ、と思い出していた隼人は、警戒態勢にある生徒の小隊ともすれ違った。

 

 心配そうに見送った隼人に振り返った咲耶は、苦笑を浮かべると話を始める。

 

「あなたが戦っている間、ここじゃ米軍と生徒の銃撃戦があった。最初は奇襲と連携で追い込んでいた米軍だけど、装備と練度で追い込んだ生徒が押し返して何とか撃退したわ。チーム9は全滅、重軍神もね。

こちら側は十数名のKIAと百人規模の重軽傷で済んだわ」

 

「そうか……。俺もこちら側へ来れていれば」

 

「変わらなかったと思うわ。いえ、むしろ悪化していた筈。この程度の犠牲で済んだのは、あなたがあの四人組と戦っていたおかげよ」

 

 そう言って人気の無くなった廊下を歩く二人は、おびただしい空薬莢とそれに浸される生乾きの血の跡を踏みながら階段を上がる。

 

「そうだとしても」

 

「こうなる事は避けられなかったわ。ダインスレイヴが、この新横須賀に現れた時点でね」

 

 そう言ってうなだれた隼人の方を見た咲耶は、無事だった部室に集まったケリュケイオンとユニウスの面々と隼人を対面させる。

 

「隼人!」

 

 そう言って全員が湧き上がり、それを見て少し後ろめたくなった隼人は、逃すまいと抱き付いてきたレンカに硬直する。

 

「お帰り、隼人」

 

 そう言ってにこっと笑った彼女に、笑い返した隼人は、務めて明るく振る舞おうとしている武達の怪我を見て少し気分を落ち込ませた。

 

「大丈夫だったか?」

 

「おうよ。いつも通りだ。お前らがいるべきポジションに、和馬達が変わったってだけだったぜ」

 

「そうか、良かった」

 

「だけどよ……俊がな……」

 

「俊が、どうかしたのか?」

 

 そう言って俊の方を見た隼人は、血だらけの制服を身にまとった俊に気付き、動揺した様子の彼ががくがくと体を震わせていた。

 

 それを心配そうに見つめるシグレとハナを遠くに置いて、彼の傍で慰めていたシュウが、歩み寄って来た隼人に気付いてその場を退いた。

 

「何があった、俊。その血は、どうしたんだ」

 

「隼人、俺……人を、殺しちまった。米兵を、俺が、槍で」

 

「俊、それは人じゃない、敵だ。殺しても仕方がない相手だ」

 

 そう言って俊の腕を取った隼人は、出会った頃とは対照的な、怯えた表情の彼を優しく見下ろす。

 

 実戦に出たばかりの武達もこんな顔をしていたと思い、懐かしさを感じながら彼と目を合わせる。

 

「お前が、手を汚したおかげで、生き延びられた奴がいるはずだ。そして、お前が殺さなければ、死んでいた奴はたくさんいる」

 

「それでも、命を奪っちまった」

 

「ああ。だから、その事は許すな。お前が殺すのは敵だ。お前の仲間を殺す敵だ」

「仲間の為に、敵を、殺す……。」

 

「そう、お前がするのは、仲間を生かす為の戦いだ。仲間が生き延びられる戦いを、お前はするんだ。その為に、敵を倒せ」

 

 そう言って傍らに置いてあった槍を俊に手渡した隼人は、一種の洗脳の様にも聞こえるそれを内心蔑みつつ、彼に背を向けた。

 

「は、隼人……」

 

 そんな彼の背中に、俊の声が投げかけられる。

 

「何だ、俊」

 

「その、悪かった。お前の事、何も分かって無くて。お前は、俺達のリーダーであるべき、男だ」

 

「そうか……。ありがとう」

 

 そう言って、元の居場所に戻った隼人は、笑いかけてくるシュウに首を横に振って称賛を拒否すると武達の目の前に立つ。

 

 この激戦を生き延びたが故に、労いの一つ、掛けねば、と言う気持ちを持って。

 

「皆、よくやってくれた。この惨劇を、この激闘を、よく生き延びてくれた。誰も欠けずここにいる事が、何よりも嬉しい」

 

 そう言って、全員を見回した隼人は嬉しそうな彼らに、内心頬を緩ませつつちょうど良い、と話を続ける。

 

「だがな、俺は負けた。手も足も出せず、襲撃者達に、ダインスレイヴを奪われた。だからこそお前達とは違って、俺がここにいる事、それその物が、勝利にならない。いずれあの剣は、世界に破滅をもたらす。

俺はそれを世に放った、意図しない形でな。だから俺は、その為に戦う。平和や、自由の為じゃない。そんな物に興味は無い。俺は野に放った破滅の一部を、自らの手に取り戻したいだけだ」

 

 そう言って、俯く全員を見回した隼人は、だから、と前置きを置く。

 

「俺に、力を貸してくれ。俺のけじめに、付き合ってくれ」

 

 そう言って頭を下げた隼人は、静かに応えてくれた武達に、顔を上げると、咲耶も同意する様に微笑む。

 

 それは、単に隼人がリーダーだからと言う訳でも無く、ケリュケイオン、ユニウス共に目的が一致している事も理由だった。

 

「さて、話はそれまでにして。イチジョウ君、岬君、二人に見てもらいたいデータがあるの。ついでに皆も知っておいて」

 

 そう言って中心まで出てきた咲耶は、ポケットから取り出したホロジェネレータを地面に投げ落とすとジャージの下に着こんでいるらしいスパルタンフレームのウェラブル端末で資料を表示した。

 

「まず初めに、私が使っていたパワードスーツについてだけど」

 

「ああ、あれの事ですか。アーマチュラシリーズとは違って見えましたけど、開発切り替えたんですか?」

 

「切り替えていないわ。まあ、開発方針が固まったのは事実だけど」

 

 そう言って資料をめくった咲耶に、リーヤと共に内心ガッツポーズをした隼人と浩太郎は、スライドに移り込んだ半身装甲型パワードスーツを見た。

 

「新型パワードスーツ、『JA-018S アーマチュラチェーロ・ストラトフェアー』。空戦射撃型の高機動仕様にコンセプトを変更、軽量化と重心移動の簡易化の為にアーマーを減らして分散させてるの。

ええ、エロ目的じゃないわよ。パイロットスーツが全身を覆うタイプな時点で察して頂戴ね」

 

「それでもエロい時はエロいんですがそれは……。エロイムエッサイム」

 

「そう。じゃあムスリムに三顧の礼をしてきなさいな」

 

 そう言って詰る様な視線を浴びせた咲耶は、腰から『ベレッタ・M93R』を引き抜いて楓に突き付けながら話を続ける。

 

「まあ格好とか見た目はどうでも良いわ。どうせ高い空を飛びながら戦うのだから見えないし。で、話を戻しましょう。チェーロについてはこの位にするわ。後は後日、編入が正式に決まったらするわね」

 

「編入?」

 

「あら、聞いてないの? 私も国連の部隊に組み込まれるのよ。ケリュケイオン側として」

 

「初耳だな、いつからそんな話をしていたんだ?」

 

「さっきよ」

 

 満面の笑みでしれっと言った咲耶に、ドン引きした隼人は、ため息交じりに後で人事の確認をしようと心の中で思い、話を続けさせた。

 

「さて、お待ちかねの二人の専用機よ。と言ってもまだロールアウトしてないから3Dデータで我慢してちょうだいな」

 

 そう言ってデータを引き出した咲耶は、電子上のコンテナボックスから、引っ張り出されるように組み上がっていくアーマー。

 

 やがて、アーマーは、引き締まった肉体美を誇るアスリートを思わせる様な意匠へと組み上がっていき、ほんのり逆三角形を描く装甲形状を見た隼人達は、凄まじい趣味を感じる造形に咲耶の方を一斉に見た。

 

「言っとくけどデザイナーは私じゃないわよ」

 

「いや、何でこのスタイルで許可出したんだってな」

 

「あなたの体型に合わせたのよ、イチジョウ君。さて、説明に入るわ。この機体はラテラの改良型、『JA-015A アーマチュララテラ・アナイアレイタ』よ。各内部構造の見直しと新型パーツ導入によって燃費と耐熱性が向上。

以前より稼働時間が増してるけど、冷却効率の悪さは変わらないわ。それは良いとして、もう一つの改修点として、機体各所のハードポイントに武装を増設したわ。リストはこれよ」

 

 そう言ってリストを転送した咲耶は、シンプルだったラテラの武装と比較して倍以上に増えたアナイアレイタの武器を見た隼人の満足そうな顔に苦笑する。

 

「武装はラテラに搭載されていたパイルバンカー、ブラストランチャー、グラビコンセイバーに新しくアークストリングブレード、スタンバトン、ブレードトンファー、R.I.P.トマホーク、飛び出し式バヨネット、アークブレード、展開式ヒートナイフか。

配置位置は腕、太もも、腰、ふくらはぎ側面、膝、脛、足裏か。まあ、見てみなければ全容は分からないが随分と増えたな」

 

「ええ。近接戦で武装が壊れやすいのは国連が開示している累計データから読み取れたし、それにあなたの戦闘記録を解析するとバンカーとランチャー、セイバーでは対応し切れるシチュエーションに限りがあった。

幸いラテラのパワーならペイロード確保は容易だし、いっそ増やしてしまおうって考えが出てきたのね」

 

「なるほどな。確かにこれだけの武装があれば、攻撃手段と戦術バリエーションが一気に増える。それに、緊急時は武装を貸す事も出来る」

 

 そう言って頷いた隼人は、次のページにある機体をホロジェネレーターに表示させる。

 

 表示されたのは、全身に装甲を取り付けたイルマーレで、原型に比べてマスクデザインが険しいものになっており、後ろに流す様に配置された二本のヴァーチカルブレードアンテナも相まって、鎧に身を固めた悪魔の様だった。

 

「随分とごついイルマーレだな」

 

「『JA-020T アーマチュライルマーレ・テサーク』。改造を担当したのはカナちゃんの実家、ヴォーク・スメルーチ社で、娘婿の為にと社長さんが名乗りを上げて下さったのよ。それで、向こうが提出してきたのは正面戦闘能力の増加。

正確には装甲性能と火力の改善を行うって事ね。それで、見ての通り、全身にステルス形状で設計され、表面にステルス塗装と術式処置を施した追加装甲を備えてるの」

 

「だが、装甲の干渉と重量で可動範囲と行動が狭まらないか? イルマーレの特徴は高い運動性能だろう?」

 

「そこらへんは、装甲の関節に外装モーターを取り付ける事で解決してるわ。重量増加分の取り回しに加えて、追加する武装に必要なトルクを稼ぐ事も目的みたいよ」

 

「武装?」

 

 そう言って疑問を浮かべた隼人に、一人合点が入っている浩太郎は、咲耶が開示した武装データを見てニヤッと笑った。

 

「やっぱり、高トルク型のコンポジットボウかぁ」

 

「そう。静穏射撃による暗殺をリクエストしていた浩太郎君のニーズに合わせた結果、専用の弓を作ってくれたのよ」

 

「で、それを使う為のトルクをモーターで稼いでると?」

 

「厳密には違うらしいけど、一応そうなってるわ。あと、標準装備品にもう一つ、バックラーがあるわ。これはP90を内蔵したもので、サプレッサー付きの代物。まあ、平時の牽制手段と考えてもらえればいいわ。

後はイルマーレと同じ。さて、取り敢えずこれらを今度持ってくるわ」

 

「了解です」

 

 そう言ってデータを閉じた咲耶は、頷く浩太郎達を見回すとどっと疲れた体を椅子に沈みこませる。

 

 と、そこへカズヒサ達が帰って来た。

 

「よぉ、お疲れお前ら。ほい、こいつは俺からのおごり。迎撃成功おめでとさんってな」

 

「ああ、ありがとうございます。ちょうど良かったです、私の方の話は終わりましたので、今度はそちらの」

 

「オッケーオッケー。んじゃ、この場を借りて話しましょうかね。あっちゃん、データ出してくれ」

 

 そう言って、アキナにデータを引き出させたカズヒサは、咲耶達に情報を展開する。

 

「さて、お前さん方。初仕事お疲れ。失敗に終わっちまったが、まあ仕方ねえ。次の仕事がある」

 

「次の仕事? もう来ているのか?」

 

「もちろん、国連のお偉方は今回の事で大パニックだ。なんせ聖遺物の一つが地球に渡ったかもしれねえからな」

 

「しれない……? 確定情報じゃないのか?」

 

「いんや、今回の襲撃は非公式任務。それもDARPAの独断専行に加えて海兵隊の名誉回復の為の襲撃だったんだと。まあ、よくある事だな」

 

 そう言ってケラケラ笑ってリンゴ酒を煽ったカズヒサは、納得いかない顔で俯く隼人達を前に、アキナ達から職務中飲酒を咎められながら一息つく。

 

「さてと、ボウズ共。奪われた事を気にしたいのは分かるがな、もうこうなったらどうしようもねえんだよ。こっからは政治屋の出番だ、俺ら兵士の出番じゃねえ。切り替えろ。

で、だ、次の仕事についてだが、ここに行くことになる」

 

「新ヨーロッパ? だが、ここは……北部だな、ロシア寄りの」

 

「まあ、詳しくなきゃ分かんねえよなぁ。ほい、日向、ミウ、言ってやれ」

 

 そう言って、新ヨーロッパ圏出身の日向達に話題を振ったカズヒサは、地図を見下ろす隼人の隣で露骨に面倒臭そうにしている二人に睨まれた。

 

 言いたくないと言うよりも他に聞けと言いたげな二人にため息を吐いたカズヒサは、そのまま押し切った。

 

「あー、えっとだな。ここにあるのは、ライトエルフの独自国家、エルフランド王国だ」

 

「エルフランドって言うと、あの……」

 

「ああ、そうだ。新ヨーロッパダントツの選民主義国家だ。居住資格の第一事項にライトエルフであるかどうかが存在する様な国だからな」

 

 そう言ってため息を落とした日向は、新ヨーロッパでもあまり好かれていないらしいそこの情報を隼人に転送すると、カズヒサの方を見た。

 

「で、カズヒサさん。エルフランドへは何をしに行くんです?」

 

「おう、王国が保管している聖遺物の回収だ」

 

「聖遺物……。ああ、『聖槍・ロンゴミアント』か。だが、あれは王家の秘宝だと聞くが大丈夫なのか?」

 

「上の言い分にゃ、国王様から戦闘への武力介入ついでに回収してくれって依頼されたんだとよ。何でも今オーガの連中と紛争状態らしいからな」

 

「妙だな、今までに紛争は何度もあったはずだ。何故今になって介入依頼を出す?」

 

 そう言って腕を組む日向に、端末からデータを送ったカズヒサは、同時に見ている隼人にも聞こえる様に説明する。

 

「まずは、その画像を見てくれ」

 

「これは……オーガ族の上級兵士?」

 

「そうだ。二月末、国連軍の新ヨーロッパ駐留軍が交戦した際に撮影した画像だ。持ってる武器をよく見てみろ」

 

「……ッ! これは、ガトリング?!」

 

「そうだ、『M61《バルカン》』20㎜六連装ガトリング砲。その他にも下級兵士にMAC10やらVz61やら、装備してる。どうやらオーガ族の連中、どっかからか銃器を入手したらしい」

 

 そう言ってスライドを動かすカズヒサは、そのどれもに写っている銃火器を見て納得した二人を見てデータを閉じる。

 

「要は、銃火器で以ってエルフランドに侵攻するオーガの連中を、同じ銃器を持っている俺達に撃退しろって言ってる訳だ。んで、その見返りにロンゴミアントを渡すってな訳よ」

 

「随分と傲慢な交渉だな」

 

「いんや、そうとも限らねえ。向こうさんどういう先見を持ってるかは知らねえが、こっちとしちゃ戦争の引き金になるようなもん剣や盾しかねえ古臭い連中に何時までも持たれてると困るんでね。

さっきはああ言ったが、裏じゃ半ば脅しに近い形で、条件取り付けたらしいぜ」

 

「なるほどな。それで、俺達が出るのか」

 

「そう言う事よ。まあ向こうの戦況は膠着状態でさほど苦戦もないし、入学式終わってからで良いらしい。その位になったら出るから、準備はしとけよ」

 

 そう言って、了解、と返され、苦笑したカズヒサは、説明を終えて頃合いと見たのか、副官二人を連れてその場を後にする。

 

「さて、エルフランドか。詳しく調べないとかないとな」

 

 そう言って苦笑した隼人は、頷いてきた日向の肩を叩くと、いつものテンションでわいのわいのと騒ぐレンカ達の方へ移動し、帰宅準備に入らせる。

 

 家に帰ればまた日常だ、とそんな淡い幸せを抱きながら。



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エピローグ『鏡写し』

 それから三日後、深夜二時。

 

 新アメリカ・ニューバージニア州、移設されたDARPAの研究施設があるそこの一角、隔離される様に立てられた魔力兵器研究の専門施設があった。

 

 深夜にも関わらず、夜空に響き渡るほどの音量で、警報を鳴り響かせるそこは、賢人が率いる傭兵部隊『セルブレイド』の襲撃を受けていた。

 

 研究員と警備員の死体が廊下と部屋に倒れており、おびただしい血の塗装が壁を赤黒く染め、その中心でケタケタと笑うヴァイスとブラックが、生き残りを射殺していた。

 

「吐け、ロックウェル。どうしてアメリカ軍を、チーム9を介入させた」

 

 所属研究員が皆殺しにされ、血だらけになった施設の一角、ダインスレイヴが納入され、解析されていた場所で主任である老人、ロックウェルは、ある目的で施設を強襲した賢人に拘束され、拷問を受けていた。

 

 失禁したズボンから不快なアンモニア臭が漂う中、入り口を固める奈津美に助けを求めたロックウェルは、敢え無く無視され、拷問は続行される。

 

「喋らないのか? だったら……次は、左の親指か。アンタの左手の指、全て無くなるぞ?」

 

 そう言って、USPを親指にあてがった賢人は、がたがたと震えるロックウェルを一度見ると無表情で指を撃ち飛ばした。

 

「ああああ、あ、あああ! うぅううううう、ぅあ、あああ!」

 

 止血器をした上で、指を撃ち飛ばした賢人は、指を全て無くしたロックウェルの左手を見ると、唯一残った第一関節を暴れさせるロックウェルに、哀れだと思った。

 

「俺は言った筈だ。邪魔はするな、と。邪魔をすればどうなるか保証はしないと」

 

 うめき声を上げる老人にそう言った賢人は、黙らせる為にロックウェルの顎を銃口で突き上げる。

 

「だが、アンタは邪魔をした。俺達を潰そうとな」

 

「ち、違う、あれはアメリカ軍の……」

 

「ではなぜ連中が俺達の名前を知っていた。バーの臨検もそうだ。誰かが故意にリークしたとしか思えない状況だった。それをするなら、アンタだ、ロックウェル。アンタの立場が一番密告の旨みがある。

俺達が消えてしまえば、アンタは悟られる事無く聖遺物を入手できる。俺達を囮としてな、違うか?」

 

 そう言って銃口を泳がせたロックウェルは、どうにかして助かろうと視線を彷徨わせると机の上にあるモニターを見つけ、残った指で必死に指した。

 

「ま、待て! 殺さないでくれ! あの情報! あれを見てから、考え直してほしい!」

 

 そう言ってがたがたと椅子を鳴らすロックウェルを訝しんだ賢人は、モニターに映るダインスレイヴの情報を見ると、起動しなかったらしいそれの解析データが映し出されていた。

 

「起動条件に権限を有する資格者を必要とする、か」

 

「そ、そうだ! だが、これから私はその剣の解析を進め、資格とは何かを暴いてみせる! だから、この通りだ助けてくれ!」

 

「そうか、そうだな……」

 

 そう言ってニヤリと笑った賢人は、心当たりのある資格者、隼人を思い出しながらロックウェルの眉間に銃口を突きつける。

 

「ひ!?」

 

「それが分かれば用済みだ」

 

「待っ―――」

 

 言い切る前に脳漿をぶちまけたロックウェルはその反動で倒れた椅子諸共地面に叩きつけられ、赤黒い血の海を広げた。

 

 そして、ニヤリと笑った賢人は、始末が済んだ頃合いを見て歩み寄って来た奈津美に首を傾げられた。

 

「どうかしたの?」

 

「いや、嬉しくてたまらないんだ。俺は、アイツを殺さなくて良かったとな」

 

「アイツ?」

 

「イチジョウ隼人。アイツが、このダインスレイヴの資格者だったんだ」

 

「それって、あの時賢人が殺そうとしていた男の子の事?」

 

 そう言って歩み寄った奈津美は、目の前に立つ賢人から感じたすさまじい殺気に一歩後退る。

 

「賢人……」

 

「俺には分かる。アイツは世界を壊したがっていた。俺達と同じ、何もかも奪われた奴の目をしていた」

 

「仲間にするの?」

 

「いや、アイツは仲間にならない。だが、この剣は持っていく。あいつが俺達を必要とした時、力を振るえる様に」

 

「優しいね」

 

 そう言ってビームマシンガンを下ろした奈津美は、黙々と頷いた彼に苦笑すると、彼を持ち上げたダインスレイヴの赤黒い刀身を見て取る。

 

「それにしても、不気味な剣だね。まるで血を吸って赤くなったみたい」

 

「あながち間違いでも無いかもな。この剣、データによれば魔力を帯びる金属物質、オリハルコニウムとミスリウムの合金製らしい。オリハルコン・ミスリル合金と言った所か。それで、今までに切った人間の血液を刀身に取り込んでおり、ヘモグロビンと魔力が反応して赤みを帯びているらしいな。

そして、魔力物質が異常を引き起こしている、と。なるほど、伝承通りに血に塗れた魔剣と言う訳だ」

 

「また暴走しそうで、ちょっと怖いけど。それで、ここでの用事は済んだの?」

 

「ああ、ロックウェルの始末は完了。ここの警報器もカメラも全て切ってある。増援が来るまで時間がかかるだろうな。よし。セルブレイド、撤収だ」

 

「了解」

 

 そう言って笑う奈津美と共に、ダインスレイヴを回収した賢人は、力を失った赤黒い剣を見てほくそ笑む。

 

(お前と俺は敵。だが、お前と俺は同類だ。だからこそ、分かる。お前はいずれ俺と同じ道を歩む。お前が拒もうと、道は勝手についてくる。それがこの剣だろう? イチジョウ隼人)

 

 そう心の中で問いかけた賢人は、剣を逆手に持つと、奈津美達共々光学迷彩で消え、そのままどこかへと去って行った。



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設定集その2
設定その4『ユニウス・プロフィール/使用武装』


名前:皆沢 俊《みなざわ・しゅん》

 

階級:准尉

 

種族:人間

 

出身:新京都府・新京都市

 

年齢:16歳

 

性別:男

 

身長:178cm

 

性格:熱血漢、気さく、頑固、朴念仁

 

外見:細身だが筋肉質、黒の短髪

 

所属:新関東高校二年A組/国連軍X師団第一小隊・チーム『ユニウス』

 

趣味:トレーニング、観光、ゲーム

 

得意な事:槍術・棒術、人付き合い

 

苦手な事:射撃、家事全般、戦術

 

イメージカラー:黄色

 

家族構成:父、母、妹

 

好みのタイプ:小柄な子

 

性癖:自覚無し

 

好きな食べ物:何でも食べる

 

嫌いな食べ物:まずい料理

 

得意科目:体育、現代文

 

苦手科目:上記以外

 

使用武装:重槍型術式武装『龍翔』

 

     『スプリングフィールド・XD』口径9mm自動拳銃

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

名前:シグレ・リベラ《時雨・―――》

 

階級:中尉

 

種族:人狼族

 

出身:新京都府・新京都市

 

年齢:16歳

 

性別:女

 

身長:150cm

 

性格:真面目・人見知り・ツンデレ

 

外見:小柄貧乳、くすんだ銀のポニーテール

 

所属:新関東高校二年A組/国連軍X師団第一小隊・チーム『ユニウス』

 

趣味:ゲーム、漫画集め、ダンス

 

得意な事:高速機動、悪路突破

 

苦手な事:人付き合い、勉強

 

イメージカラー:ワインレッド

 

家族構成:父、母、兄

 

好みのタイプ:俊

 

性癖:自覚無し

 

好きな食べ物:お好み焼き(関西風)

 

嫌いな食べ物:ピーマン、納豆

 

得意科目:体育、家庭科、数学

 

苦手科目:上記以外

 

使用武装:ククリナイフ、

 

     戦扇型術式武装『ダンシングリーパー』

 

     『グロック18C』口径9㎜機関拳銃(マシンピストル)

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

名前:シュウ・ウラガミ・スミッソン《―――・浦上・―――》

 

階級:少尉

 

種族:人間

 

出身:新アメリカ・新カリフォルニア

 

年齢:16歳

 

性別:男

 

身長:179cm

 

性格:冷静、ドライ

 

外見:細身、茶色のラフカット

 

所属:新関東高校二年A組/国連軍X師団第一小隊・チーム『ユニウス』

 

趣味:トレーニング、ハンティング、射撃競技

 

得意な事:銃撃、戦術、格闘

 

苦手な事:人付き合い

 

イメージカラー:灰色

 

家族構成:父、母、妹

 

好みのタイプ:半猫族の女の子

 

性癖:自覚無し

 

好きな食べ物:何でも食べる

 

嫌いな食べ物:ヘビ

 

得意科目:体育、語学、数学

 

苦手科目:家庭科

 

使用武装:『HK・HK416A5』口径5.56mmアサルトライフル

 

     『FN・M249』口径5.56mm軽機関銃

 

     『スプリングフィールド・XD』口径9mm自動拳銃

 

     『HK・XM25』口径25㎜エアバースト・グレネードランチャー

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

名前:ハナヨ・メルディウス《花代・―――》

 

階級:特務少佐

 

種族:半猫族

 

出身:新アメリカ・新ワシントンDC

 

年齢:16歳

 

性別:女

 

身長:155cm

 

性格:弱気・引っ込み思案・人見知り

 

外見:小柄巨乳、茶色のセミロング

 

所属:新関東高校二年A組/国連軍X師団第一小隊・チーム『ユニウス』

 

趣味:射撃競技、ハンティング、読書、プログラミング

 

得意な事:銃撃、クラッキング、ドローン操作、リプログラミング

 

苦手な事:格闘戦、高速走破、運動

 

イメージカラー:水色

 

家族構成:父、母、姉

 

好みのタイプ:シュウ

 

性癖:自覚無し

 

好きな食べ物:ハンバーガー、トゥウィンキー

 

嫌いな食べ物:特になし

 

得意科目:電子工学、物理、数学

 

苦手科目:語学、家庭科

 

使用武装:『HK417A2』口径7.62mmバトルライフル

 

     『IMI・デザートイーグル』50口径マグナム自動拳銃

 

     マチェットナイフ

 

     自動追尾・操縦切り替え式アサルトドローン『AQ-10A/B/C』

 

     オートターレット《QG-09A》

 

     ドッググレネード《XM19》

 

     アンブレラジャマー《EQ-08A2》

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

名前:佐本 和馬《さもと・かずま》

 

階級:准尉

 

種族:人間

 

出身:新千葉・新千葉市

 

年齢:16歳

 

性別:男

 

身長:176cm

 

性格:気さく、楽天的

 

外見:筋肉質、黒の短髪

 

所属:新関東高校二年A組/国連軍X師団第一小隊・チーム『ユニウス』

 

趣味:ゲーム、アニメ、刀鍛冶

 

得意な事:武装修理、剣術、近接戦闘

 

苦手な事:射撃、家事全般

 

イメージカラー:群青色

 

家族構成:父、母、弟

 

好みのタイプ:巨乳美女

 

性癖:巨乳派

 

好きな食べ物:魚

 

嫌いな食べ物:特になし

 

得意科目:体育、数学、物理、機械工学

 

苦手科目:家庭科

 

使用武装:大太刀型術式武装『雷切』

 

     『スプリングフィールド・XD』口径9mm自動拳銃

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

名前:大宮 美月《おおみや・みづき》

 

階級:少尉

 

種族:人間

 

出身:新千葉・新千葉市

 

年齢:16歳

 

性別:女

 

身長:170cm

 

性格:真面目・沈着冷静・ドライ

 

外見:巨乳、こげ茶色のロングヘア

 

所属:新関東高校二年A組/国連軍X師団第一小隊・チーム『ユニウス』

 

趣味:読書、術式研究

 

得意な事:戦術、居合い、料理

 

苦手な事:ジョーク

 

イメージカラー:灰色

 

家族構成:父、母

 

好みのタイプ:無し

 

性癖:自覚無し

 

好きな食べ物:魚

 

嫌いな食べ物:特になし

 

得意科目:数学、物理

 

苦手科目:特になし

 

使用武装:長刀型術式武装『杖刀・五式』

 

     『スプリングフィールド・XD』口径9mm自動拳銃

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

名前:日向・ツルギ・フェルディナンド《ヒュウガ・剣・―――》

 

階級:少尉

 

種族:人狼族

 

出身:新ドイツ・新ニュルブルクリンク

 

年齢:16歳

 

性別:男

 

身長:178cm

 

性格:冷静、ドライ、貧乏くじ

 

外見:細マッチョ、銀のショートポニーテール

 

所属:新関東高校二年A組/国連軍X師団第一小隊・チーム『ユニウス』

 

趣味:射撃競技、ハンティング、観光、パルクール

 

得意な事:剣術、銃撃、格闘、高速走破

 

苦手な事:術式行使

 

イメージカラー:シルバー

 

家族構成:父、母

 

好みのタイプ:今の所、無し

 

性癖:自覚無し

 

好きな食べ物:ソーセージ、ジャガイモ料理

 

嫌いな食べ物:フィンランド料理、イギリス料理

 

得意科目:語学、物理

 

苦手科目:家庭科、術式科

 

使用武装:長剣型術式武装『ルーインズブレード』

 

     長剣型術式武装『ファントムキラー』

 

『スプリングフィールド・XD』口径9mm自動拳銃×2

 

ワイヤーブレード

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

名前:ミウ・ヴェジマーヴァ《美羽・―――》

 

階級:准尉

 

種族:人狼族

 

出身:新フィンランド

 

年齢:16歳

 

性別:女

 

身長:160cm

 

性格:マイペース・好戦的

 

外見:巨乳、金髪ロング

 

所属:新関東高校二年A組/国連軍X師団第一小隊・チーム『ユニウス』

 

趣味:読書、昼寝

 

得意な事:術式行使

 

苦手な事:運動

 

イメージカラー:藍色

 

家族構成:父、母

 

好みのタイプ:好き勝手させてくれる人

 

性癖:自覚無し

 

好きな食べ物:サルミアッキ、アメ

 

嫌いな食べ物:特になし

 

得意科目:術式科

 

苦手科目:数学

 

使用武装:長杖術式砲『カドゥケウス』

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

各使用武器の設定

 

 

《銃》

 

スプリングフィールドアーモリー『スプリングフィールドXD』

 

アメリカ・スプリングフィールドアーモリー社が、クロアチア・HSプロダクトより販売委託を受けてリリースしている自動拳銃である。

魔力次元においては新アメリカの大型企業『ATELD』社の銃器専門部署より製造・販売されている。

ユニウスに置いての共用武装であり、自前の拳銃を有するシグレ、ハナヨ、火薬が苦手なミウを除き全員が所持している。

なおXDはケリュケイオン共用装備であるPx4と同じく複数の拳銃弾に対応したモデルが用意されているが、反動制御と握りやすさ、発砲可能弾数の観点から9㎜パラベラム弾を使用するモデルを採用している。

※余談だが、ブラックブレットの里見蓮太郎が使用しているのもこの拳銃である。

 

FNハースタル『M249』

 

シュウが主に使用するP90やF2000で有名なFNハースタル社が設計した軽機関銃、『MINIMI』のアメリカ国産バージョン。

分隊における火力支援を主とした軽機関銃であり、武装カテゴリーでは『SAW』と呼ばれる。

ユニウスにおける火力支援を担い、濃密な弾幕を持って敵を牽制する。

装着しているカスタムパーツはリフレックスサイト、三倍率ブースター、フォールディンググリップ、アンダーバレルグリポッド。

 

H&K『HK417A2』

 

ハナヨが主に使用するM4のHKカスタム、『HK416』の7.62mm弾対応モデル。

中口径のライフル弾を使用する分隊支援狙撃を主としたバトルライフルであり、セミオートでの使用が好ましいが近接戦などに対応する為、セレクターにはフルオートが残されている。

装着しているカスタムパーツは『ACOG』4倍率サイト、アングルアイアンサイト、アングルフォアグリップ

 

 

《術式武装》

 

大槍型術式武装『龍翔』

 

俊が使用する術式武装。穂先から円錐型のフィールドを展開する術式を有し、攻撃リーチの延長と自身の防御を同時にこなす事が可能である。

また、鍔の部分はユニット化されており、左右展開式のスラスターを使用する事が可能となっている。その分燃費は非常に悪く、同時併用時の稼働時間は非常に短い。

この欠点を緩和する為にショットリム型カートリッジとボックスマガジン型カートリッジを併用する方式が採用されているがそれでもなお解消し切れていない。

 

 

戦扇型術式武装『ダンシング・リーパー』

 

シグレが使用する術式武装。接触した対象の分子構造に干渉し、一切の抵抗なく切断できる術式を有する。これに踊る様に切り裂く事が出来、使用者に攻撃の隙を与えない。

が、機能の切り替えができず常時起動している為、燃費が非常に悪い。加えて、そのコンパクトさからカートリッジユニットが内蔵されていない為、人間は扱えず、現住種族のみが扱える。

その特性上、長時間使用は危険であり、シグレのスタミナ切れの原因の一つ。

 

 

大太刀型準大術式武装『雷切』

 

和馬が使用する術式武装で、中隊の仲間の協力を得て彼が作った特別な一振り。限りなく大魔術武装に近い性能を有すが故に本来なら禁じられている史実上の武装の名を冠する。

その名の通り、雷をも切り裂くほどの速度で振り抜け、内包する魔力槽の中身を解放する事で刃に雷を纏わせる事が可能。和馬がその能力を駆使する事で、音速で弱点を攻撃し、電撃で無効化する事も可能。

弱点としては長い刀身故に扱いが難しく、振り抜きに隙が出来る事と術式行使が武器、魔力の両方に非常に激しい消耗を強いる事。その為、和馬にしか扱えない。

 

 

長剣型術式武装『ルーインズブレード』

 

日向が使用する術式武装の内の一つでフェルディナンド家の家宝を元に製造された聖剣の模造品。刀身に精霊の力を有し、状況によって使用する術式を切り替えれるのが特徴。

形状は両刃のロングソード型で携行用の鞘は腰に備えている。模造品であるが故に多重属性の同時展開は出来ない。

展開する術式は三分間しか安定使用できず、最大で五分間使用できるが安定時間を超過した場合、一定時間冷却する必要がある。

 

 

長剣型術式武装『ファントムキラー』

 

日向が使用する術式武装の内の一つで、ミウから譲ってもらった魔剣の模造品。刃に精霊、術式の力を弱らせる力を持っており、斬撃と同時に魔力を吸収する。

形状は両刃のロングソード型で携行用の鞘は腰に備えている。模造品故に力が弱く、連続して攻撃しないと無効化できない。

味方の術式まで無効化する為、使用には注意する必要がある。

 

 

長杖砲『カドゥケウス』

 

ミウが使用する術式武装。新ヨーロッパの武装開発企業が新規に開発した可変式装甲で構成された試作型の術式武装。装甲内部にプロセッサを組み込んだ杖型の本体を有する。

携行形態及び低出力形態時は装甲で構成された杖の形をとっているが、高出力形態時はトップグリップタイプの大型砲へ変形し、装甲の一つ一つが術式を連鎖的に作動させる事で高い出力を発揮する。

ミウが有する術式適正故に放たれる術式の威力も高いが、元々精密攻撃を前提としていない為、大雑把な狙いしかつけられず、味方撃ちが起こりやすい危険な武器でもある。

 

 

長刀型術式武装『杖刀・五式』

 

美月が使用する術式武装。元々実家で使用していた武装であり、市販品を五行抜刀術用に改造しただけの物だったがユニウス内で和馬が中心となって手を加え続けられ、五度目の改良が加えられた代物。

術式処理速度及び展開速度を重視した専用のプロセッサに変更され、出力一定であると言う五行の特性を考慮し、魔力槽を撤廃。適切な位置にバランサーを入れる事で重心位置と装備の重量を改善している。

重量配分や発動速度などは美月の使用を前提としてカスタムしている。



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第三章『新ヨーロッパ・エルフランド紛争編』
第1話『闇の町』


 四月上旬、新ヨーロッパ某所。

 

 未だ伝統的な街並みが残る貧民街の一角に、薄暗い雰囲気を纏った市場があった。

 

 俗にいう闇市であるそこは、量販店から横流しされた日用品から、酒やたばこ、違反ドラッグと言った過激な嗜好品までを扱う表向きの部分と銃火器や防弾ベストなどの武装や防具を扱う裏の部分の二つが存在する。

 

 そして、その裏の部分に面する市場を歩く少女は、通りすがる男達のぎらついた目を見て辟易していた。

 

(どこの男も本質は変わらないのね)

 

 修道女の如くローブを頭から被り、自分の姿を隠す少女は市場に並ぶ過激な銃器の数々を見て、幾度と感じたか知れない人間の愚かさを垣間見ていた。

 

「そこの嬢ちゃん、俺のとこの銃、見てかないか? 安くしとくよ!」

 

「そこの銃、どうせ新ヨーロッパ軍の横流し品でしょ? おじさん」

 

「ああ、そうだとも! 良いだろう、このG36! フルオート機能付きのミリタリーモデルだ!」

 

「私、ライフル嫌いなの。かさばるから」

 

「そうかい、残念だな」

 

 そう言って肩を落とす店主に背を向けた少女は、とある依頼を受けて依頼者がいる場所へ合流を目指していた。

 

 依頼主が合流に設定したのは裏側の奥にある酒場、銃を買い付けに来た様々なクズ共が溜まり場にしているそこは新ヨーロッパ地方での彼女の滞在場所でもあった。

 

「ようやく戻ったか。お客様が待ってるぞ」

 

 そう言う酒場のマスターに小さく頷いた少女は、酔っ払い共の間を抜けて店の奥へ進んでいく。

 

 闇仕事の仲介も受け持つ酒場にしつらえられた、VIP席に神経質そうな男がロック割の酒と、『ワルサー・PPK』を机の上に置いてイライラしながら座っていた。

 

「あなたが、依頼者?」

 

 そう言って少女は、ムスッとした表情の男が目が合うなり舌打ちしたのを聞いて、腰に手を伸ばした。

 

「ああ、そうだ。逆に聞くがお前が請負人か? この店の看板娘ではないのか?」

 

「違う。私が請負人」

 

「チッ、あのモウロクジジイめ。腕の立つ奴がいるだと? こんなクソガキを寄越しやがって!」

 

「クソガキ……」

 

「ああ、そうだ! お前なんかちんちくりんのガキじゃないか! 畜生、仕事は上手く行かねえし! この依頼の仲介元は分からねえ! おまけに依頼しようとしたのがガキと来た!

ああっ、クソ! 何でこんなに上手く行かねえんだ!」

 

 ヒステリックに喚き散らす男に、むっとなった少女は、頭を抱え込んだ彼が酒に酔ったのか怒りの声を上げながら歩み寄ってくるのに一歩引いた。

 

「いい加減顔を見せろ! 品のないガキが!」

 

 そう言ってローブをはぎ取った男は、翻る布が視界から消えた瞬間に突きつけられたカランビットナイフに酔いを醒ました。

 

「ガキガキうるさいのよ、オッサン。アンタはただの仲介人。そんなに嫌ならとっとと依頼書を手渡して去ればいいのよ」

 

「こ、こんの……!」

 

 ナイフの刃先を動脈の上に置いた少女は、逆上した男が拳銃を取って向けようとしたのに舌打ちし、腕で払おうとした。

 

 その直前。

 

「お客さん、ここの銃は困る」

 

 そう言って銃を取り上げ、分解した店主が少女の方にも視線を向ける。

 

「お前も、依頼人に何て態度だ」

 

 そう言ってナイフをしまわせた店主は、手首を掴まれ続けている事に喚く男を引き寄せて睨み付けた。

 

「お兄さん、騒ぐのは構わねえ。だがな、この子の実力を外見だけで判断している様じゃアンタの実力も知れている。それにな、俺の目はまだ曇っているつもりはねえ。嫌なら他所の連中を雇うこったな。

だが、そうなったらウチに踏み入る事は許さねえ。覚えとくんだな」

 

「ッ……。クソッ! これが依頼書だ!」

 

「毎度有り」

 

 そう言って叩き付けられた依頼書を手に取った店主は、ずかずかと立ち去って行く男に苦笑を浮かべると依頼書の中身は見ずに人が減ってきた店内のカウンターへ少女を招いた。

 

 少しむくれつつカウンター席に着いた少女は、目の前に出された食事とそのついでと置かれた依頼書を目に入れると、カウンターで洗い物を始めた店主を見上げる。

 

「食べな。今日も色々あったんだろう。ろくに飯も食ってねえ筈だ」

 

「うん、ありがと」

 

「良いって事よ。それに、お前と居ると、娘がいた時の事を思い出す」

 

 そう言って苦笑した店主に、顔を上げた少女は、追加で出されたコーラを口にする。

 

「生きてりゃお前より少し年上だろうなぁ。まあ娘の面影感じるには、お前は少し幼いな」

 

 そう言って苦笑する店主を不機嫌そうに見上げた少女は、置かれた依頼書を手に取ってその内容を見て固まった。

 

「どうした?」

 

「これ……」

 

「ああん?」

 

 グラスを拭きながら依頼書を覗き込んだ店主は、少女が見せた依頼内容を見て驚愕した。

 

「おいおい、どこのバカだこんな依頼出すのは」

 

「……内紛状態の、エルフランドに介入して聖遺物を強奪する」

 

「おまけに見せしめに次期候補である王女を殺せと来た。ったく、リスキーとかってレベルじゃねえ」

 

 そう言ってグラスを棚に置いた店主は、内心心配になりながら少女の方を見る。

 

「それで、どうするんだよ」

 

「受ける」

 

「正気か? そんな依頼、お前に死んで来いって言っている様なものだぞ」

 

「でも、受けなきゃ、マスターの評判が」

 

「あのなぁ、俺の事は良いんだよ。もう先も長くねえクソ親父だ」

 

 そう言って振り返った店主は強い意志を持った少女の目にほとほと困り果て、ため息と共に禿頭を掻いた。

 

 そんな彼らのやり取りを、テーブル席から見ていた家族連れがいた。

 

 ダインスレイヴを強奪し、DARPAの一部門を壊滅させた青年、桐嶋賢人とその妻である奈津美、そして三人の子ども。

 

「なぁ、ケント。お前さんからも何とか言ってやってくれ」

 

「アンタの顔を立てたいんだ。良い娘さんじゃないか」

 

 呼びかけてきた店主に苦笑しつつ、そう言って立ち上がった賢人は、子どもの面倒を奈津美に任せて、少女の方へ歩み寄る。

 

「あなた……。誰」

 

 そう言って銃を抜きかけた少女は、それよりも早く拳銃を抜いていた賢人に目を見開き、ホルスターから手を放す。

 

 諌めようとする店主にアイコンタクトで発砲の意志が無い事を伝えると、少女に視線を直す。

 

「話を聞いてほしい。きっとお前の得になるはずだ」

 

 そう言って、銃を下ろした賢人は、腰からナイフを引き抜いた少女の横薙ぎを回避。

 

 そして返す突きを止めた賢人は、立ち上がりかけた奈津美を片手で制すると、いともたやすく武装を解除する。

 

 呆気に取られ、隙を生んだ少女は、我に返ると同時に、腰のホルスターから中古の『ベレッタ・90-Two』を引き抜いて突き出す。

 

 それを予測していた賢人は、銃を持つ手を取って少女を床に叩き付けると、捻り取った銃を彼女に向け、彼女の至近の床へダブルタップを撃ち込んだ。

 

「俺達もエルフランドへ出向く。無論、お前と同じ依頼内容で、だ」

 

 そう言ってスライドを外し、銃を分解した賢人は、圧倒された事に硬直した少女を見下ろすと、抱え起こした。

 

「どうやら捨て駒の数が欲しいらしい。だが、生憎俺は仲間諸共無駄死にする気はない。お前もそうだろう?」

 

「わ、私は……」

 

「何かなすべき事がある筈だ、お前には。生きて成さねばならない事が」

 

 服の埃を払われながらの言葉に、戸惑った少女の目を指さした賢人は、きょとんとなる彼女に子どもにする様な笑みを向ける。

 

「目を見れば分かる。だが、それでもお前は親父さんの顔を立てる事を選んだ。その意思も尊重する」

 

「……そう言うアンタには、勝算があるの?」

 

「ああ、ある。俺が奪い、隠し持っている地球製のパワードスーツ、AAS『NXS-121 ネフティス』をお前に提供する。協力の証としてな」

 

「AAS……。地球独自制作の中では最大の戦力でしょ? そんな物を私に?」

 

「どうせ使わない物なんだ。一台ぐらい預けたってどうともならん。それに、あれは元々クセが強い。乗った事の無いお前なら慣れてくれるはずだ」

 

 件の機体データを表示させた賢人は、訝しんでくる少女に苦笑して彼女が持つ端末へデータを送信する。

 

「親父さん、前に預けた鍵はあるか」

 

 スペックデータを送り終え、鍵を受け取った賢人は、奈津美達の面倒を見始めた店主に後を任せ、少女を連れて路地へと出て行く。

 

 人気の無くなった路地に出た二人は、狂気のほとぼりが冷めつつある市場を通り、おおよそ人が来ないであろう雰囲気や明るさ共に暗い倉庫街に到着する。

 

「カバー」

 

 そう呟いた賢人に驚いた少女は、突然感じ、ふわりと舞い降りた気配に振り返りながら腰から予備のナイフを引き抜く。

 

 すると、路地を塞ぐ様に降り立った二つの翼、ヴァイスとブラックの二人が、少女を見つめる。

 

 そして、少女の放つ緊張感を持った殺気にくすくす笑ったヴァイスは、パワードスーツを身に着けた恩恵からか、少女へするりと近寄ると、予備のナイフを装甲で弾いた。

 

「うふふ、丸腰でも大丈夫よ。賢人がいるし、私達が、守ってあげる」

 

「ッ、バカにしないで」

 

「あはは、でもねぇ、私達から見たらあなたの強さなんて赤ん坊みたいなものよぉ? うふふっ」

 

 そう言って笑うヴァイスを睨んだ少女は、USPを手に引き抜いて先行する賢人の後ろを付いて行き、その背後からカバーリングに動くヴァイス達の金属音が僅かに混じった歩行音を聞く。

 

 守られるだけの少女は、実力の劣っている事を嫌でも感じさせられ、屈辱に唇を噛んだ。

 

「さて、着いたぞ」

 

 そう言った賢人は倉庫の前にたどり着くと、アナログな物理錠を解除してガレージの中へと入っていく。

 

 その後ろを付いて行った少女は、倉庫内に散逸している部品や工具を退ける賢人の傍にある埃避けのブルーシートを被せられたハンガーに気付いた。

 

「これ……駐機ハンガー?」

 

「そうだ。シートを取ってみろ」

 

「う、うん」

 

 そう言って促されるままシートを掴んだ少女は、一度賢人へ視線を向けると一気に剥ぎ取った。

 

 ばさ、と翻るシートから巻き上がった埃に口元を覆って顔を背けた少女は、小さなケージの様な駐機ハンガーに収まったダークブラウンと黒で染められた機体を目に入れた。

 

「アフリカ連盟製試作AAS『NXS-121 ネフティス』。俺が強奪し、その後、調整を加えて完成させた機体だ。乗れる機体がある俺達にとっては、手に余るものだ。埃をかぶらせるよりは、使ってもらえた方が良い」

 

「本当に、良いの? こんな、今見知ったばかりの私に」

 

「協力すると言っただろう? さあ、乗ってくれ」

 

 そう言って駐機ハンガー側面のスイッチを押した賢人は、装着形態に移行したそれに驚いた少女に搭乗を促す。

 

 着の身着のまま、両足を脚部装甲に入れた少女は、パイロットスーツ無しなど気にも留めない機体がそのまま防刃用のニーハイソックスを履いた足を靴ごと包み込む。

 

 そして、戸惑う彼女の腕に装甲が取り付けられ、肩から胸部にかけてを被せる様に降りてきた装甲が、腕部の装甲へ動力供給と操作伝達を兼ねたケーブルを接続しながら胸部を胸の大きさに合わせて調整。

 

 調整を終えた後に、装甲の前面部をハーネスの様に、背面部は腰と脊髄の様に繋がって固定させると頭部装甲としてヘットギアとバイザーが装着された。

 

《搭乗者確認:ユーザー未登録:最適化と操縦者登録を行いますか?:はい・いいえ》

 

 UIも書き換えられているのか、日本語表記で示された登録案内を見た少女は、視線選択で『はい』を選択。

 

 瞬間、機体の装甲が少女を圧迫し、サイズを測ると最適化を開始、外見では少女の視線を覆うバイザーに赤色の線が走って彼女の目の位置にバイザーを動かし、網膜投影用に位置を調整する。

 

《装甲:装着サイズ計測:最適化完了》

 

《高機動・秘匿モード用バイザー:位置調整完了:網膜投影開始》

 

《操縦者補助用インターフェイス:最適化を同時開始》

 

 指向音声で案内される少女は、真っ暗だった目の前に突然表示された周囲の風景に驚き、外見では少女が付けていたバイザーのラインアイが疑似的な双眼を表示していた。

 

《最適化完了:システム登録完了》

 

 登録の完了を示すと同時に機関部であるユニゴロス反応炉が本格的に起動し、少女は力を得た。

 

「よし、後は名前を登録するだけだ。お前、名前は?」

 

「私の、名前は―――」

 

 小さく呟いた少女の名は、闇市に響く駆動音にかき消された。それが、少女にとって長く続く戦いの幕開けであった。

 

 そして、ある人物にとって少女と共に長く続く、贖罪の戦いの幕開けでもあった。



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第2話『その後』

 賢人達との戦いから三日後の四月上旬。全身が動く様になった隼人はレンカを連れて地元の病院に来ていた。

 

 新横須賀テロ事件の折、崩壊しかけていた病院だったが、隼人達の尽力で被害は最小限に留まり、何とか運営を再開していた。

 

「ん~、やはり術式が全身に転移してますね」

 

 そう言ってカルテを隼人に見せた医師は、全身に見える術式反応に表情を歪ませた彼をちらと見た。

 

「ですが、侵食率、活性率ともにかなり低い状態ではあります。任意に起動するが魔力を浴びなければ、起動する事は無いでしょう」

 

 そう言って次のカルテを見せた医師は、症例として珍しい隼人の体を見ていた。

 

 術式が体に定着する事自体は珍しい事ではないが、それが人間に起きる事は、かなり珍しい事だった。

 

「さて。次に、君が蘇生した事についてですが、これも体に異常はきたしていません。と言うのも、魔力侵食における死因と言うのは毒素が回る事による心停止なんです。

蘇生されたのも、単に心臓が強制的に動かされた事による物で、要はAEDと同じ事を何かしらの要因で起こしたと考えられます」

 

 そう言って隼人の方を見た医師は、何かしら心当たりがあるらしい彼へ深く追求せずに診察を終えた。

 

 話が終わったと立ち上がった隼人は、何か思い出したらしい医師に呼び止められ、後ろを振り返った。

 

「アンプルについては今後も処方しますが、使い過ぎない様に」

 

「分かってます、先生」

 

「なら、宜しい。お大事に」

 

 そう言われて隼人は診察室を後にした。

 

 診察室前のベンチには、エルフの老人夫婦が縮こまっているレンカと楽しげに喋っていた。

 

「あ、隼人」

 

 そう言ってベンチから降りたレンカが駆け寄ってくるのを受け止めた隼人は、微笑を浮かべる夫婦に戸惑いながら軽く頭を下げるとその場を後にする。

 

 無愛想だったか、と後悔していた隼人は、まだ弾痕や血痕などの戦闘の跡が残る病院の廊下を歩いて進む。

 

「ここも酷くやられたのね」

 

「階が浅いからな」

 

「……何とか、出来なかったのかな」

 

 そう言って俯くレンカの頭に手を置いた隼人は、頭の中で渦巻くテロの記憶を吐息にして吐きながら言葉を紡いだ。

 

「物事の全てを出来るほど、人は完成してはいない。増してや、人を救う事を、人は上手く出来ない。だから、出来る事が出来たなら、それでも十分だと思うけどな」

 

 そう言って頭を撫でた隼人は、それでも落ち込んでいるレンカに一息ついて受付窓口で診察料を支払い、一階のエントランスから駐車場へ出て行く。

 

 駐車場で代金を支払った隼人は、近くに合った自動販売機で500mlのリンゴジュースを買ってくると、レンカに投げ渡した。

 

「二人で飲む分だ」

 

 そう言って駐車場に止めていた『スバル・インプレッサ』ハッチバックの方まで移動した隼人は、キーレスで開錠からエンジン始動までを行うと、日差しで蒸し暑くなっていた車内に顔を歪めながらエアコンを入れる。

 

 四月になった今日は急に日が強くなっており、ドアを開けたまま、風を通した隼人は、いつの間にか飲んでいるレンカに乗る様に促した。

 

「シートベルト締めろ」

 

 セミバケットタイプの座席についた隼人は、同じ様にシートが交換してある助手席にスポッと収まったレンカを流し見ると、固定性を重視した四点留めのシートベルトを留めてやる。

 

 続いて自分の分も留めた隼人は、ライトチューンが施されたケリュケイオンの共用車であるインプレッサのアクセルをクラッチを切ったまま、軽く吹かして調子を確かめると回転を合わせて一速に入れながらステアリングを切った。

 

「ぴっ」

 

 タイヤを空転させながらのクォータースピンに、引き吊り声を上げてリンゴジュースを口端から漏らしたレンカは、駐車場から車を出した彼が何時もに比べて随分と大人しい運転をしているのに安堵していた。

 

「きょ、今日は大人しいのね」

 

「朝早いからな。バイクならともかくインプで突っ走るのは厳しいな」

 

「あ、そ、そうなんだ」

 

「何か急ぐんだったら無理するが」

 

「あ、ううん! 大丈夫! 今日は大人しいなって思っただけだから!」

 

 そう言って全力否定するレンカに苦笑した隼人は、ギアを上段に入れると、車間距離を取りながらアクアフロントへの道を走る。

 

 新横須賀中心部までは通勤の車で混雑するのがその道の特徴であり、電車の本数が少ない地域なりの特徴だった。

 

「今日は比較的混雑してないな」

 

 そう言いながらハンドルを握っている隼人は、アクアフロントへ行く連絡橋に進路を取り、螺旋状の上り道を進んでいく。

 

「あ、そう言えば、今日はアキホ達の入学準備、だったわよね」

 

「そう言う体の訓練だ。あいつらが入学しても十分戦力になる様にする為のな」

 

「訓練かぁ、懐かしいわね。アンタと私、マンツーマンでやってた頃」

 

 そう言ってニコニコ笑うレンカからジュースを受け取った隼人は、間接キスなどお構いなしに口をつけて一口飲む。

 

「そうだな。あの頃に比べれば、お前は成長したよ」

 

「えへへ、そう?」

 

「ああ。知能は別だがな」

 

 そう言って、すらっと言った隼人は、不満そうなレンカへ呆れた顔を浮かべた。

 

「ったく、アニメやらエロやらはすぐ覚えるのになぁ」

 

「しょうがないでしょ、面白くないんだし」

 

「お前も、武や楓みたいな事を言うんだな……」

 

 そう言って、ため息を吐いた隼人は、ムスッとしたレンカにペットボトルを返すと、車線を変えて学校への道に入る。

 

 スロープ状の道を下るインプレッサは、学院の敷地前にあるゲートで一旦停止すると、警備係の生徒へ生徒証を見せる。

 

「通っても良いですよ」

 

 そう言って通してくれた生徒に手を振った隼人は、駐車場に車を停めるとリアハッチからフレームの入ったボストンバッグと通学用の鞄を取り出して下ろした。

 

 そして、遅れて降りてきたレンカへ、彼女の鞄と武装を込めたケースを渡す。

 

「さて、遅れてるんだ。急いで行くぞ」

 

 そう言って隼人とレンカは、荷物を手に教練科棟へと走って行った。



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第3話『訓練開始・射撃訓練』

 それから十分後、教練科棟に制服姿で集まったケリュケイオンとユニウスの面々は、前に立つ隼人の隣でレンタルの防護ジャージを身に着けているアキホと香美を流し見た。

 

「よーし、今日はこいつ等の入学準備として、訓練を行う。指導されるのはこいつ等だが、今後の為に、俺達も指導のノウハウを積んでおく必要がある。今日は双方とも己の訓練だと思って望んでくれ」

 

 そう言って端末を取り出す隼人に返事を返した全員は、前方に表示されたホログラムに注目した。

 

「今日の日程だが、六つの時間割り制で行う。一時間当たり五十分で十分の休憩と移動時間を設ける。一時間目が射撃訓練、二時間目が格闘訓練、三時間目が術式訓練、四時間目が突破訓練。

昼休憩を挟んで五時間目が基礎戦術、六時間目が応用戦術。以上が本日の時間割になる。アキホ、香美、質問はあるか?」

 

「あ、はいはい! 教官って誰がやんの?」

 

「秘密だ。よし、一時間目はここで行う。教官はここに残って指導を始めてくれ。後は各施設で準備を始めろ」

 

 そう言って解散させた隼人に不満そうに頬を膨らませたアキホは、その場に居残った指導教官らしいリーヤ、武、シュウ、ハナの四人に表情を一変させた。

 

「あはは。嬉しそうだね、アキちゃん」

 

「えへへ~、だって優しいお兄ちゃんお姉ちゃんばっかりだもん」

 

「うーん、そう言う事かぁ」

 

 そう言って苦笑に変えたリーヤに満面の笑みを浮かべるアキホは、まじめに考え始めた彼に慌てて止めに入る。

 

 それに戸惑ったリーヤは、ハナに縋りついた彼女を他所に苦笑しっ放しの香美の方へ歩み寄る。

 

「それじゃあ、射撃訓練始めようか。まずはハンドガン(拳銃)から、撃ってみようか」

 

 二人にコンテナから取り出した『PX4』を手渡したリーヤは、セイフティを掛け、マガジンを外したままのそれに渡した後で気付き、慌てたがそれより早くフォローに回ったハナとシュウが扱い方を教えた。

 

 その間にマガジン二つを机の上に置いていた武は、胸を撫で下ろすリーヤにサムズアップを向ける。

 

「じゃあ、マガジンを装填して一発撃ってみようか」

 

 そう言って二人の後ろに回ったリーヤは、教わった手順で初弾を装填した二人の射撃姿勢(シュートフォーム)を後ろから観察した。

 

 しっかりと体の中央に銃を持ってくる香美に対し、崩れた姿勢と傾けた顔で照準している秋穂は、発砲の度に反動で暴れる銃口を御し切れず構え直していた。

 

「あうっ、拳銃ってこんな反動デカいっけ?」

 

 そう言ってショックを受けて後退った秋穂は、五発射撃の所でいったん止めたリーヤに促され、綺麗なグルービング(集弾性)を残した香美と共にPX4のマガジンを外した。

 

 薬室に一発残している事に気付いたシュウとハナが、それぞれの拳銃のスライドを引いて一発弾丸を抜くと宙を舞うそれが地面に落ちる。

 

「うん、じゃあ二人の撃ち方は分かった。次は、そうだね。矯正を入れながら撃ってもらおうか」

 

 そう言って二人の後ろに回ったリーヤは、構え方から二人が無意識に想定している距離の違いを感じ取ると香美は中遠距離でのバックアップ、アキホは近接での牽制と見て射撃を続けさせる。

 

 効率よく種族特性も相まって遠距離を穿つ香美に対し、手本が悪いのかかなり雑な構えのアキホは香美と同じ距離にあるターゲットに対して彼女の三割ほどしか当てられていなかった。

 

「アキちゃん、近接戦向けの構えだよね」

 

「うん、お姉ちゃんとかレン姉が使ってるから」

 

「うーん、そう言う撃ち方ならもうちょっと腕を体に引き寄せて、そうそう。銃を支えてる腕を固定する様に撃つんだよ」

 

 抱き寄せる様な力の掛け方で腕を固定したアキホは、リーヤのアドバイスを受けて次第に当てられる様になって行った。

 

「当たってる当たってる。良いよ、アキちゃん」

 

「えへへ~」

 

「じゃあ、後は任せたよ。ハナちゃん」

 

 そう言ってその場を後にしたリーヤは、すでにシュウの指導が入っている香美の射撃を脇から見ていた。

 

「当てられる腕があるのは良いが、一発ごとの間隔を意識して撃ってみてくれ。実戦とターゲットシュートじゃ勝手が違う。間隔を短く置きながら、射撃をするんだ」

 

 そう言い、香美に連射を強いるシュウは、集弾性が乱れてきた射撃を見ながら首を傾けている彼女の射撃を矯正する。

 

「目の前に照準を置く様にして構えろ。首を傾ける構えは近接戦で不利になる」

 

「はい!」

 

 そう言って香美から離れたシュウは、段々と改善されていく彼女の姿勢に満足そうに頷いた。

 

 が、その向こうで秋穂を指導しながら頬を膨らませていたハナに気付いた彼は、指導が難しいのか、と思って彼女の元へ移動した。

 

「変わろうか?」

 

「良いよっ。アキちゃん少し問題あるけど出来て来てるからっ!」

 

「変に不機嫌だから難しいのかと思ったんだが、違うのか?」

 

「違うよっ!」

 

「ん? 何を怒っているんだ?」

 

 そう言って首を傾げるシュウに、そっぽを向いたハナは、うんざりした様子で見てくるアキホと苦笑している香美に気付いて頬を赤く染めた。

 

 見かねたリーヤが、二人に助け舟を出し、次のカテゴリーへと移らせる。

 

「次はサブマシンガン(短機関銃)を撃ってみようか」

 

 そう言って二人に『H&K・MP7A1』を手渡したリーヤは、操作が分からない二人にチャージングハンドルを引く動作をしてみせる。

 

 彼の動きを再現して引いた二人は、薬室に送り込まれた4.6mm弾の感触を手首に感じると先程の感覚を使い、フロントとリアの照星で的を捉えた。

 

「ファイア」

 

 リーヤの号令一下、発砲した二人は、拳銃とは異なり、重量が増し、反動を制御しやすくなったMP7での射撃に少し驚きつつ、射撃を続ける。

 

 銃の性能もあってか二人とも連射してもそこまでばらつく事無く射撃をする事が出来、まとまった当たりを付けられた。

 

「二人ともなかなか良い当たりだね」

 

「まあね、この銃使う姿勢固定されるし、それに大きくて重たい」

 

「まあ、サブマシンガンだしね」

 

 そう言って苦笑するリーヤにMP7の重さに対して不満そうなアキホは、ハナが持っているデザートイーグルとほぼ変わらない大きさのMP7を持ち上げる。

 

「重い銃って嫌。それに私、兄ちゃんやレン姉みたいに接近戦したい」

 

「んー、ってなるとアキちゃんは射撃訓練拳銃だけにして、香美ちゃんは他の武器を撃ってもらおうか。だけど、アキちゃんは早く正確に当てられる様になる事。良いね?」

 

「ん、了解了解。香美ちゃん、頑張ってね」

 

 そう言ってPX4を手にその場を後にしたアキホを微笑で送り出したリーヤは、次に撃つ銃を準備する。

 

「次はショットガン(散弾銃)かな。元々のメイン装備だったから新関東高校にあるショットガンは結構多いんだよね」

 

「だからこの場に四丁もあるのか」

 

「そう言う事かな。まあ、値段も手頃だし、ゲームみたいに散弾の拡散が激しい訳じゃないから、初心者向けかな」

 

 言いつつ、ガンロッカーの立て掛けられた一丁のショットガン、『レミントン・M870』12ケージショットガンを取り出したリーヤは、ショットシェルを一発込めると、ターゲットに向けて射撃する。

 

 直撃した散弾は、ターゲットをまだら模様に変え、残弾を撃ち切ったM870を肩に担わせたリーヤは、安全装置を掛けたそれを香美に手渡した。

 

「好きなので撃って良いよ。セミオート(SAIGA-12)ポンプアクション(M870)ブルパップ(KSG)フルオート(AA-12)。四種類あるからね」

 

「じゃあ、最初は……ポンプアクションで」

 

「ん、はい」

 

 M870を手渡したリーヤは、手慣れた動きで装填している香美を、シュウと共に見守る。

 

 チューブマガジンへの手込め装弾を終え、コッキングした香美は、M870の有って無い様な小さな照星で新品の木製ターゲットを照準する。

 

「ッ!」

 

 照準し、短く鋭い息と共に引き金を引いた香美は、強烈な反動を肩に受けながら散弾を放つ。

 

 一度コッキングし、再び照準した香美はもう一度散弾を放つと砕け散ったターゲットを見て射撃の手を止めた。

 

「凄い威力ですねぇ」

 

「まあ、ソフトターゲット相手ならね。ハードターゲット相手になると固い表皮に弾かれて威力は無くなるし、エネルギー減衰激しいから、距離が離れると鬼人族とか、人狼族の筋肉なら弾かれるんだよね。

二年前ぐらいにそれが問題化したらしくてさ。それでメイン武器がアサルトライフルに切り替わったんだよ。まあ接近戦で使えない事も無いし、そこそこ距離有れば通じるしね」

 

「接近戦用の銃って事ですか?」

 

「ううん、中距離用。スラッグって言う一発だけの弾なら接近戦は出来るけど散弾だと跳弾して味方に被害が出るからね。室内での使用は控える様に」

 

「分かりました。うーん、と。セミオートから残りを撃ってみても良いですか?」

 

 そう言って『イジェマッシュ・SAIGA-12』を手に取った香美は、AKベースに改造されたそれを見回すとボックスマガジンに収められた散弾を装填し、フックに指を引っかけてスライドを引いた。

 

 じゃきん、と音を立てて送り込まれた一発の感触を感じた彼女は、浅い頬付け前提の照準で狙うと、トリガーを引いて散弾を連続で放ち、マガジンを排除してリロードした。

 

「操作の感じは、アサルトライフルに近いですね」

 

「まあね、AKベースの散弾銃だから。リロードも、マガジン型だから便利でしょ?」

 

「はい、でもストックよりも照準が高くて、凄く狙いにくいですね」

 

「そこもAK譲りかな。ストックと照準が一直線じゃないから、慣れてないと咄嗟に構えた時に照準が見えなくなってしまうんだ」

 

「ああ、なるほど」

 

 そう言って、何度も構え直す香美に苦笑したリーヤは、手持ち無沙汰になって自主練習を始めたシュウの方を見た。

 

 彼が今使っているのは、ブルパップ式のショットガン、『ケル・テック・KSG』ポンプアクション式ショットガン。

 カスタマイズはアンダーレイルにアングルド(傾斜)フォアグリップ、アッパーレイルにレッドドットサイト、バックアップの折り畳み式アイアンサイトを備え付けている。

 

「どう? シュウ君」

 

「なかなか面白い銃だな、これは」

 

 香美に休憩させているリーヤにそう言って装填スイッチを切り替えたシュウは、KSG独特の装填方法に苦戦していた。

 

 KSGは並列チューブマガジン式で、各チューブに7発ずつ装填可能であり、それぞれに違う弾種を込める事も可能となっている。

 

 それらを切り替えるのがスイッチであり、それを切り替えたシュウは、装填していたスラッグ弾を放った。

 

「やっぱり反動が大きいから当たりにくいね」

 

「一点弾は拡散しないから尚更だな。まあ、スラッグなんぞ、ブリーチングくらいにしか使わないだろうな」

 

「まあ、そうだよね……」

 

 そう言って、シュウや武と共に次の準備を進めたリーヤは、本命であるアサルトライフルを用意するとスタンダードなM4A1、AK-12、G36、G3、FALの五つを机の上に並べる。

 

 大元のカテゴリーは同じだが、呼称でアサルトライフルと呼ばれるのは前者三種、バトルライフルと呼ばれるのは後者二種だ。

 

「さて、撃ち分けてもらおうかな。あ、アキちゃんが帰って来た」

 

「ただいまぁ。あー、撃った撃った。手がしびれてるよぉ」

 

「あはは、頑張ったね。さっそくで悪いけど。これ、使えるくらいには訓練してもらおうかな」

 

アサルトライフル(突撃銃)?」

 

「うん、そう。地方学院の正式装備でもあるよ。扱いやすくて、威力も高いから、皆使ってるんだよ。だからまあ、借りて使える程度にはしてもらおうってね」

 

 そう言ってM4A1を手に取ったリーヤは、レールに何もアクセサリーを搭載していないそれをアキホに投げ渡す。

「M4A1。うちにあるアサルトライフルじゃ一番使用率が高いライフルで、改造用部品の点数の多さと、ある程度の狙いやすさを持ったライフルだよ。それが撃てればまず困らないかな」

 

「うい、了解。マグは?」

 

「五つ」

 

 そう言いながらマガジンをレーンに置いたリーヤは、最初のマグを装填したアキホの背後で、射撃姿勢を見ていた。

 

 一方、好物の大口径ライフルを前に興奮気味のハナは、G36を手に取って待っているシュンを他所に、香美へG3とFALを持たせて熱弁していた。

 

「香美ちゃん、G3とFALはね、M4よりも口径が大きくて、銃も大きいの! こういう事を言うとみんな嫌がるんだけど私はそうは思わないの! だってね? 口径が大きければ、その分弾丸は重たくなるし、火薬の量だって増える、つまりはちゃんと姿勢を保って遠くまで飛ぶんだよ?

それに、銃が大きければ、その分銃身も大きくなってより遠くまで飛ぶの! だから、中遠距離戦までもカバーできるんだよ! ね、良いでしょ!? これにしようよう」

 

「え、えっと……」

 

「大丈夫! 古い銃が嫌なら、私のHK417を貸すから! ね、撃ってみようよ!」

 

 そういって興奮気味に詰め寄るハナに、気圧された香美は、苦笑を浮かべるシュウに助けを求める。

 

「ほら、ハナ。香美を困らせるな。彼女が撃ちたい銃を選べばいいじゃないか。何もそこまで強く推さなくても」

 

「だって、香美ちゃんの腕なら扱えるって思ったんだもん」

 

「へそを曲げるな。ほら、香美、取り敢えず前準備だ。G36を撃ってみろ。マグはアキホと同じ五つだ」

 

 そう言ってストックが折りたたまれた状態のG36Cを手渡したシュウは、ポリマーが多用された近代的な造形のそれを受け取った香美が、ストックを展開しアクセサリーの無い銃を構えた。

 

「行きます」

 

 そう言ってセミオートで発砲を始めた香美は、アイアンサイトを照準に種族特性の視力でもって遠距離の的に当てていた。

 

 だが、無風とは言えど軽い5.56mmの弾丸の遠距離直進性の低さと、元々人間用が使用することを前提に調整されている照準の相乗効果もあってか、彼女の狙いよりも逸れて弾丸は直撃する。

 

「やるな」

 

「ありがとうございます。ですけど……アイアンサイトだと、狙えて中距離でしょうか」

 

「まあ、元々アサルトライフルは中距離以遠では使わないからな。何でもできる銃ではあるが、それぞれの交戦距離となると一歩譲るといった感じだ」

 

 そう言い、G36を受け取ったシュウに、相槌を打った香美は、自身の周囲をちょろちょろ回るハナに苦笑すると、彼女が持っている口径7.62mmのバトルライフル『H&K G3』を受け取る。

 

 やる気満々のハナの手で周到にマガジン五つを用意されており、その隣でマガジンが残っているG36を解除しているシュウは、重たいG3のスライドに難儀している彼女を見て苦笑していた。

 

「何でこんなに固いんですかこれ!?」

 

「まあ古い銃だしな、頑張ってくれ」

 

「ふんっ」

 

 気合と共に力を込めた香美は、バキンと言うと共にスライドを引くと壊したと思い、シュウの方に向いて顔面蒼白になった。

 

 それを見て苦笑したシュウとハナは、大丈夫、と涙目になる彼女を宥めて、最後までスライドを引かせた。

 

「よし、これで装弾完了だ。早速撃ってみろ」

 

 そう言って射撃を促したシュウは隣でワクワクしているハナを抑え、G3を構えた香美をじっと見守った。

 

 ばん、と言う大きな音と共に香美の方に強烈な反動が送られ、ほぼ同時に弾丸が宙に飛翔、先ほどの射撃ではまっすぐ当たらなかった的の真ん中を射抜いた。

 

「当たった」

 

「おお、いい当たりだ。続けて撃ってみろ」

 

「はい!」

 

 満面の笑みで返事をし、単発での連射を行った香美は、弾切れを起こしたライフルのリロードに困り、こと大口径ライフルの扱いはシュウより詳しい、ハナに助けを求めた。

 

「えっとね、スライドをセーフティポジション……そう、そこの窪みに入れて……うん、それでね、その状態でリロードするの。で、終わったらレバーを下ろして装弾」

 

「レバーを……下ろす!」

 

「オッケー、これでリロード完了。射撃続行ね。次は、フルオートで撃ってみて」

 

 そう言ってセレクターを動かさせたハナは、綺麗な構えで照準した香美がトリガーを引いた瞬間後ろにバランスを崩した。

 

 慌てて支えに入った二人は、強烈な反動にびっくりしている彼女の顔を見て苦笑する。

 

「大丈夫か?」

 

「は、はい。少し肩が。でも回復させているので、痕は残らないと思います」

 

「そうか、なら良かった。大分強烈だろう? 大口径のフルオートは」

 

「はい……。殴られたかと思うくらいには。でもあんなのどうやって使うんです?」

 

「使わないぞ? 反動が大きいからな。まあ、保険程度に考えておけば良いさ」

 

 そう言って苦笑したシュウは、セレクターをセミオートに戻した彼女から、G3を受け取ると代わりにFALを手渡した。

 

「まあ、FALも似たようなもんだが、照準とかの相性もある。好きな様に撃ってみろ。どうやらお前はバトルライフルの方が向いているらしい」

 

 そう言ってFALを手渡したシュウは、アイアンサイトで狙いをつけて射撃する香美を見ながら、M4A1を撃ち終えたアキホとリーヤが帰ってくる。

 

「お帰り、二人共」

 

「ただいま。まあ取り敢えず困らない程度には教えておいたから」

 

「そうか。こっちは香美は、バトルライフル向きだって事が分かった。さて、次の銃に移るとするか。まあ、香美だけだろうな」

 

 そう言ってガンラックにスナイパーライフル三丁を立てかけたシュウは、リーヤと頷き合った後にアキホに抱き着かれている香美の方を見る。

 

「香美、次はスナイパーライフル(狙撃銃)を撃ってもらう。『レミントン・MSR』、『AI AWM』、『DTA SRS』の三種類。弾種は全部.338ラプアマグナム。使うのは二マグだけだ」

 

「分かりました」

 

 香美にそう告げて準備を始めるシュウは、その間に彼女の方へ歩み寄ったリーヤに苦笑しつつ武と共に作業を続ける。

 

「一つ、アドバイスを送るとすればスナイパーライフルは基本狙って当てるものだから当たらないと思ったら、射撃しない事」

 

「え、どうしてです?」

 

「スナイパーの仕事は敵の観察、及び重要ターゲットの暗殺。真っ向から撃ち合う事じゃないからね。相手に姿を晒さない事が第一条件。だから、トリガーを引くのは、必中するって判断できた時だけ」

 

「必中すると思った時だけ……」

 

「そう。だから最初からじっくり的を狙って撃つんだよ」

 

 そう言ったリーヤは、シュウからバイポットとスコープが装着されたMSRを受け取った香美が銃を見下ろしながらしばし何か考えているのに苦笑すると、どこからともなく取り出した観測用のスコープを覗き込んだ。

 

 観測スコープには銃に搭載されるそれよりも大きな視界で拡大された的が映り込み、最新型のそれは神経接続式の疑似HMDに対応したスポッティング同期用のトリガーが取り付けられていた。

 

「ターゲットはあそこ。距離、600mに……あれ、弾痕がある」

 

「あ、もしかしてさっきバトルライフルで撃った弾かもしれないです……」

 

「ああ、流れ弾かぁ。じゃあノーカウントで、始めようか」

 

「はいっ。準備できました」

 

射手(シューター)準備(レディ)。距離600m、無風、ゼロイン(照準調整)、プラス3」

 

 そう言って香美の方を見たリーヤは、背中の羽に挑発を隠す様に寝そべる彼女がスコープに難儀しているのに苦笑すると、スコープ調整用のダイヤルを指さして調整させる。

 

 リーヤの指示通りにかちかちと回して、照準を調整した香美は、視界の狭いスコープに拡大されて映り込むターゲットへ狙いを絞ると、十字で表示されたレティクルで人型になっている的の頭を狙う。

 

「オンターゲット」

 

「ファイア」

 

 予め学習していた発砲許可の符号を受けた香美が発砲し、バイポットを置いた依託射撃で安定した銃から狙撃専用弾であるラプアマグナム弾が放たれる。

 

 スコープでそれを観測していたリーヤは、頭部、左目がある位置を撃ち抜いたそれにふむ、と一声出すと、ボルトアクションで装填動作を取った香美に次の指示を飛ばす。

 

「次、ターゲットが保有する武装」

 

「りょ、了解。オンターゲット」

 

「ファイア」

 

 鋭くつんざいた銃声と共に弾丸が放たれ、武装を狙った射撃がターゲットに描かれた拳銃を撃ち抜く。

 

 やはりすごい、と感心しながら、リーヤは自然とほくそ笑んで次のターゲットをかなり離れた距離にある人型の的に定めた。

 

「次、ターゲット右肩。距離800m、風、右3m。ゼロイン、プラス5。照準を右に三目盛りずらして狙って」

 

「りょ、了解です。照準をずらして……あうっ、失敗した」

 

 狙いは逸れて白いエリアに直撃し、慌ててボルトアクションをしようとする彼女の手を止めさせたリーヤは、若干の焦りがにじみ出る彼女の顔を見つめる。

 

「慌てないで。落ち着いて撃って良いから」

 

「は、はい……。すみません」

 

「大丈夫。十分優秀だよ。初見でここまで当てられるのは、中々いないからね。さ、もう一度」

 

 そう言ってスコープを覗いたリーヤに満面の笑みを浮かべた香美は、落ち着いた気持ちを持ってスコープを覗きこむ。

 

 その後ろで、リーヤの私物らしい残り二丁のライフルをまじまじと観察する女子二人のお守りをしていたシュウは、持ち込まれたスナイパーライフルに感じた入念なカスタマイズとメンテナンス、そしてチューニングに感心していた。

 

(ボルトの重さとトリガーレスポンス、スコープの調整。その全てに高い理解が加わっていた。リーヤはなかなか優秀なシューターだな)

 

 そう思いながらAWMをガンラックに立てかけたシュウは、ブルパップ式のスナイパーライフルが珍しいらしいハナがやや興奮気味にSRSを操作していた。

 

「へぇー、面白いねこの銃! ボルトがストックにあるんだぁ」

 

「SRSはAMPテクニカルサービスが開発していたスナイパーライフル……。DSR-1だったか、を設計のベースとしているからな。個人的には、DSR-1の方が見た目は好みだが、軽量かつ使い勝手が良いのはSRSだな」

 

「良いなぁ、私も買おうかなぁ」

 

 そう言いながらSRSを構えたハナは、二マグ分撃ち終えたらしい香美とリーヤと目が合う。

 

「あ、使う?」

 

「うん、ブルパップ式の銃は一度撃たせておかないとね。メリット、デメリットが分からないから」

 

「え、そっちなの?」

 

 そう言って目を丸くするハナに苦笑したリーヤは、彼女から受け取った黒いカスタム仕様のSRSを香美に手渡す。

 

 マガジンを含めて機関部がストックに集中している為に、銃身もそこに集まっているブルパップ式のSRSを構えた香美は、レールに備えられたバイポットを展開した。

 

「あ、待って。最初は立射で撃ってみて」

 

 そう言って香美を立ち上がらせたリーヤは、バイポットを折りたたんだハンドガードを腕を伸ばした態勢で掴んだ彼女の姿勢を見ながら発砲させた。

 

 しっかりとした射撃姿勢から、元々何かやっていたんじゃないか、と思いながら上の空で射撃を続ける香美を見つめていたリーヤは、撃ち切って指示を待つ彼女のきょとんとした顔に気付いて慌てて思考を切り替えた。

 

「どうかしましたか?」

 

「ううん、何でも」

 

 そう言って誤魔化したリーヤに首を傾げた香美は、誤魔化す様に頭を撫でてくる彼の肩越しに、アキホがニヤニヤ笑っているのに首を傾げた。

 

「んもー、リー兄ったら、香美ちゃんのおっぱいに見とれてたんでしょ?」

 

「見てないよ……。ちょっと考え事してただけだから。それに、アキちゃんから彼女を奪うなんて事、やりたくないしね」

 

「うへへ、ありがとぉ」

 

 そう言ってニマニマ笑うアキホが抱き着いてきたのを軽く往なしたリーヤは、リロードに入った彼女がやり難そうに重い銃を上に上げていた。

 

「無理しないで、地面に置いたら?」

 

「は、はい……。うぅ、重たい……、リロードしにくいですぅ」

 

「それが欠点の一つだよ、香美ちゃん。ブルパップ式は体の内部にマガジンがあるから構えたままではリロードしにくい」

 

 そう言ってマガジンを手渡したリーヤは、地面にSRSを立ててリロードしている香美の苦しそうな顔に苦笑した。

 

 そのまま持ち上げた香美は、グリップを支点に90度回して水平に構えると射撃を継続する。

 

「そう言えばリーヤ君、この銃どこで買ったの?」

 

「ああ、これ? 全部学校から買った中古品だよ。調整とか整備とか自腹でやるって約束で格安で譲ってもらってね。元々は、レンタル用装備の選定用に買った銃らしいんだけど、持て余したみたい」

 

「よく買う気になれるねぇ、私なんか基本新品だよぉ」

 

 そう言って笑うハナに、引きつった笑みを浮かべるリーヤは、その隣で苦笑している武とシュウと顔を合わせて返事をアイコンタクトで相談する。

 

「何か、悪い事言っちゃったかな……?」

 

 そう言ってオロオロと涙目になるハナに、余計返し辛くなった三人は、誤魔化す様に抱き着いたアキホに安堵の息を漏らす。

 

 目を引くお胸をまさぐるアキホに、硬直し悲鳴を上げたハナは、耳の中に指を入れてくる彼女に頭の毛を総立たせた。

 

「ぐぇへへへ、ハナ姉の頭、良い匂いするぅ。ふぇっへっへっへっへぇ……んぅ~ふっふ」

 

 そう言って頭に頬ずりしたアキホから逃れようと軽く暴れたハナは、眼前でSRSを構えた香美に気付き、顔が笑っている彼女の殺意に満ちた目を見て息を呑んだ。

 

「アキちゃん、先輩にそんな事しちゃ、ダメだよ?」

 

「い、いやね、これはその」

 

 後を続けさせず、引き金を引いたハナは、アキホの至近に着弾した.338ラプアマグナムの弾痕ににっこりと笑うと、腰だめのボルトアクションで装弾した。

 

「なぁに?」

 

「な、何でもありましぇん!」

 

 殺意に満ちた笑みを浮かべる彼女に、背筋を伸ばしてそう答えたアキホは、レーンで発砲した事に驚く四人を見回すと反射的にグリップへ手をかけていたのに気付いた。

 

「はぁ、ビックリした。香美ちゃん、ここで撃つのはダメだよ。反射で撃ち殺されても文句言えないからね」

 

「えぅ……ごめん、なさい」

 

「よし、、まあ頃合いも良いし、射撃の科目は終了。次は、格闘訓練だね」

 

 そう言って二人の端末に完了の証明書を送信したリーヤは、少し嫌そうな香美を他所に嬉しそうなアキホの顔を見てくすくす笑っていた。

 

 そして、リーヤは、武達と共に二人を次の訓練場へ送り届けると、どこかに移動していった。



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第4話『訓練開始・格闘訓練』

 次の訓練である格闘訓練の部隊となる第一模擬戦場は、スタンダードなアリーナタイプの模擬戦場で、特定環境に関わらない基礎を教え込む為に作られた施設だ。

 

「さて、次の訓練へようこそ。お二人さん、ここの教官は私達が務めさせてもらうわ」

 

 そう言って微笑んだ美月の背後、武器を収めたコンテナを背負って来た楓と和馬、日向が負っていたそれを地面に叩きつける様に下ろし、それと同時に解放式のそれが観音開きに開かれた。

 

「武器を用意したわ。槍から剣、ナイフまで。好きな物を使ってちょうだいな」

 

 そう言って、レンタル用の武器を両腕で指した美月は、我先にとコンテナにある長刀二つを手にしたアキホに苦笑する。

 

 腰のマウントシステムに長刀の鞘をマウントしたアキホは、サイドアームの短刀を背面側の腰にマウントして軽く動き、装着の調子を見る。

 

 一方の香美は、コンバットナイフ、マチェットとトンファーを選択し、ナイフは腰にマウントしてトンファーを手に持っていた。

 

「トンファー? 珍しいものを選ぶわね」

 

「え、えっと……使い慣れてますので」

 

「使い、慣れてる? 香美ちゃん、あなたご実家の家業は?」

 

「実家は……要人警護兼従者を、やってます」

 

「なるほどねぇ、それならその武器の方が使いやすいわね」

 

 そう言って腕を組んだ美月は、おどおどとした香美に、クスリと笑うと、手にした杖刀をくるっと回して和馬達が待つ場所へ移動する。

 

「さて、この訓練じゃ二つのコースがあるわ。まずは、基本的な動き方を学んでから私達の誰かと模擬戦をする基礎コース。もう一つは最初から本気の模擬戦闘をしてその後アドバイスを受ける上級コース」

 

 そう言って仮想現実に二つの選択肢を投影させた美月は、それを携帯端末の神経接続で見ているであろう二人の反応を待つ。

 

「はいはいはい! 私、上級コース!」

 

「じゃ、じゃあ、私も上級コースで」

 

 そう言って二人ともが上級コースを選んだ事に驚いた美月は、後ろで闘志を燃やす楓と、心配になっている日向と和馬の方を振り返る。

 

「じゃあ二人共、準備してちょうだいな」

 

 そう言ってその場を後にした美月は、楓達を巻き込んで対戦カードを相談する。

 

「最初、誰が出る?」

 

「出るって言うかどうやってやんだよ、一人ずつか?」

 

「うーん、そうねぇ。一人ずつやりましょうか。最初は、アキちゃんと……」

 

 そう言った美月は和馬達を見回してやる気満々の楓と目が合った。

 

「楓、あなたがやる?」

 

「うんっ! 暴れたい!」

 

「そう、なら良いわ。一番手は楓、次は香美ちゃんの相手、誰がやる?」

 

 そう言って見回した美月は、手を上げた和馬に意外そうな顔をするとやや不満げな彼に苦笑気味に謝った。

 

「和馬、やるの?」

 

「香美って子の戦闘スタイル、気になるんでな。それに、やり合うのに二刀流続きじゃ、飽きちまうだろ?」

 

「ええ、見せてあげなさいな。佐本一刀流の実力をね」

 

 そう言って和馬に微笑んだ美月は、苦笑する日向とその様子を見て不思議そうにしている楓に頬を染めると俯いた。

 

「と、とにかく、始めるわよ」

 

 そう言って楓を送り出した美月は、一歩早く位置についていたアキホと彼女の間に立つ。

 

「じゃあ、二人共、準備は良いわね?」

 

 そう言った美月は、ニヤリと笑いながら腰に手を回す二人が放つ殺気を肌に感じつつ、開始の号令を放つ。

 

「始め」

 

 そう言うと同時にバックステップした美月は、真っ向から激突した二人からの余波を防ぎつつ和馬達の元へ走って戻った。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 美月達が見守る中、戦闘を開始したアキホは両手に引き抜いた長刀二振りに伝わる衝撃のノックバックから瞬間的に戦術を切り替え、パーリング主体で立ち回った。

 

 一方の楓はそう来る事は容易に分かっていたので、弾き逸らしを利用ながらすれ違い様の斬撃を浴びせてアキホを吹き飛ばしていた。

 

「ッ!」

 

「は―君の真似してちゃ勝てないよ!」

 

「なら!」

 

 瞬間、加速したアキホの腕に驚愕した楓は、宙に走った剣閃を正確に捉えて防ぐとその中で光を纏わせた右の刀身を捉えた。

 

「切り裂け、セイクリッド・ブレイド!」

 

 目の前にいるアキホがレンカの術式を行使した事に驚き、一瞬反応が遅れてしまった楓は身体強化を併用してその場を離脱する。

 

 そして、その隙を逃さんとばかりにアキホが距離を詰めにかかり、逆手に変えた左の長刀をガードにした彼女にニヤッと笑った楓は、両刀に炎を纏わせながら振り回す。

 

 炎の色に一瞬怯んだアキホは、目の前を振り薙ぐ炎刀に歯を噛んで距離を取ると、ムラサメマルを突き出して突っ込んできた楓にパーリングを放つ。

 

 それこそが、失敗であったとは夢にも思わずに。

 

「爆ぜろ、村雨」

 

 瞬間、水蒸気爆発に吹き飛ばされたアキホは、ノックバックで横に軌道をずらした楓が着地すると同時に村雨丸を一度回して鞘に納めた。

 

 刃にこびり付いた魔力を削り、刃を研ぐ鞘に村雨丸を収めた楓は、咳き込むアキホにニヤニヤ笑い、一刀残した威綱を構えた。

 

「アキちゃん、どったのさ、最初の威勢は」

 

「ぅ……。カエ姉遠慮無さすぎ……。げほっ」

 

「まー、遠慮なくやって良いって言ってたからねっ」

 

 そう言って挑発した楓に、ムッとしながら立ち上がったアキホは、一刀流で攻めかかって来た彼女の速度に引き気味に受け止める。

 

 その後に刀の軋みと共に激しい共振を手首に受ける。

 

 刃越しに戦闘狂の笑みを浮かべる楓を睨み返したアキホは、膝蹴りを放とうとするもそれよりも早く片手を掌底に変えた彼女に殴り飛ばされた。

 

「ぶへ!」

 

 鼻血を流しながら転がったアキホは、下段に溜めながら斬りかかってくる楓の一閃を左の一刀で流す。

 

 そして、彼女の腹を蹴り飛ばし、右の刀に光を纏わせて突きの動きで放った。

 

「貫け、セイクリッド・アロー!」

 

 牽制目的で放った一撃を回避した楓が、手にした威綱で捉えがたいほどの連打を繰り出し、アキホは寸での所で弾き逸らした。

 

 その時、彼女は、楓が持っている威綱に光が宿っているのに気が付いた。

 

「解き放て、威綱」

 

 ニヤッと笑った楓がそう唱えた瞬間、音速の振り抜きと同時に凄まじいインパクトが放たれ、アキホが構えていた両手の刀が、斬り砕かれる。

 

 刃を失った柄を手放したアキホは、腰の短刀を逆手で掴むと、交差の動きで両刀切りを放とうとする。

 

「ちぇいさァ!」

 

 それを食らう前に蹴り飛ばした楓は、右に構えていた威綱を振り回し、曲芸の様に左に持ち替えて構え直して、空いた右手で挑発する。

 

 右だけ順手に直して挑みかかったアキホは、刀の間合いに入る直前、左腰に手を回した彼女に舌打ち。

 

 スイングも加えた居合切りを跳躍して回避すると楓の背中を足場に離脱する。

 

「エンチャント!」

 

 そう唱え、足場を蹴ったアキホは、身体強化で加速した体を疾駆させてがら空きの背中を晒す楓に短刀を突き出す。

 

 ポイントアーマーに直撃し、数値化された体力が削れ、舌打ちした楓が肘打ちでアキホの側頭部を打撃して脳を揺らす。

 

 引き抜いていた村雨丸の強烈な突きでアキホを吹き飛ばした。

 

「ッ!」

 

 滑空からの空中転回で着地したアキホは、ポイントアーマー越しの痛みでスイッチが入ったらしい楓の狂気に満ちた笑みの目を見て怖気づいた。

 

 恐らく楽しんでいるのであろう楓だったが、戦い慣れていない秋穂からすれば、彼女が見せる技の本気ぶりは恐怖でしかなった。

 

「来ないの? アキちゃん」

 

 そう言って笑う楓に歯を噛んで頭の中で整理をしたアキホは、頭から消え去った戦闘技術に戸惑い、必死に思い返そうとしていた。

 

「ボーっとしちゃ駄目だよ!」

 

 そう言いながら攻めかかった楓に邪魔され、慌ててバックステップしたアキホは、捻りつつの回転切りを回避する。

 

 そして、叩き付けられた左を抑えた状態からの蹴りを、顔面にぶち込んだ。

 

 鞭で叩かれた様な快音が走ると同時に、足場にしていた手が無理矢理に振り上げられてバランスを崩してしまい、空中でくるくると回転して蹴り飛ばされる。

 

「ッ!」

 

 地面でバウンドし、リングギリギリまで飛ばされたアキホは、自由が利かなくなった体目がけて投擲された刀に弾き飛ばされ、ポイントアーマーを全損しながら場外負けを迎えた。



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第5話『訓練開始・格闘訓練その2』

 その様子を全て見ていた美月は、記録映像を保存すると緊張している香美に苦笑しながら肩を叩いて励ました。

 

「頑張りなさいな、これは別に勝ち負けが大事な訳じゃないから」

 

「は、はい……」

 

「自分に自信を持ちなさいな。ちゃんとやる事に意義があるんだから」

 

 そう言って香美を送り出した美月は、休憩所にあった紙パックのジュースを飲みながら見ていた日向に視線を動かす。

 

「何?」

 

「姐御肌が板についてきたな」

 

「ええ、おかげさまでね」

 

 そう言ってため息を吐く美月に缶の紅茶を投げ渡した日向は、和馬達と入れ替わりに戻って来たアキホと楓の二人に常温のスポーツドリンクを手渡す。

 

 水分補給をしている間に汗だくの彼女らの体を触って様子を確かめた美月は、筋肉痛で硬直した二人に苦笑して筋肉痛緩和の為の術符を用意した。

 

「日向、術符扱える?」

 

「ああ、問題ない。他には?」

 

「そうね……うん、自分でやるからいいわ。あなたは二人に術符を張ってあげなさいな」

 

 そう言って毛布を床に敷いた美月は、審判役を呼ぶ和馬の声に応じて休憩所からフィールドへ走って行った。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 美月が到着し、鞘込めの刀型の術式武装を腰から引き抜いた和馬は、引け腰で対面している香美に好戦的な笑みを浮かべると内心では冷静に彼女を分析していた。

 

(見た目からはあまり鍛えてる様には見えない。いや、鍛えてないな。だが、その状態で戦えるというのなら、興味はある)

 

 そう思い、両手で術式武装『雷切』を構えた和馬は、くるくると回したトンファーを構えた香美を見据えつつ、美月にアイコンタクトを送る。

 

「じゃあ、開始」

 

 そう言うと同時に上段に斬りかかった和馬は、長い方を拳の延長に回した香美が刀を受け流したのにニヤリと笑うとそのまま脇を狙って真横に打ち据えた。

 

 殴り飛ばされ、吹き飛んだ香美は、トンファーをバトンの様に持ち変えると、まっすぐに振り下ろした刀を受けた。

 

「やるな、香美ちゃん!」

 

「あ、ありがとう、ございますぅ……っ!」

 

「だけどなぁ、詰めが甘いぜ!」

 

 そう言って押し込んだ和馬は、対抗して身体強化を行使した香美に手を放しての掌底を打ち込んだ。

 

 くぐもった炸裂音に口から体液を吐き出した香美は、ぐわん、と揺れた視界に気を失いそうになるもその瞬間に作動した治癒術式が気絶を寸での所で食い止める。

 

「隙あり!」

 

 雷切での突きを繰り出そうとした和馬は、その瞬間、光の無いオレンジ色に目の色を変えた香美に何かを感じて雷切に込めた力を僅かに引きのベクトルへ変えた。

 

「……ロックオン」

 

 掠れた呟きが和馬へ僅かに聞こえた瞬間、香美の右腕が雷切を捉え、直撃軌道だったそれがまるで固定されたシャフトに直撃した様に食い止められた。

 

 手応えの固さに一歩引いた和馬は、咳き込みながら腕を下した香美に違和感を覚えつつ、ニヤッと笑った。

 

「自動追尾術式か、珍しいな」

 

 構え直した和馬がそう言うのに呼吸を戻しながら頷いた香美は、トンファーを持ち帰ると長柄を腕に沿わせる様に構えた。

 

 それに対し、右肩を上げ、雷切の切っ先を香美に向けて構えた和馬は、刀身から術式を開放しながら迫ると翼の羽ばたきを利用して逃げた香美に横薙ぎを放つ。

 

「佐本一刀流、連斬・一文字!」

 

「ッ!」

 

「逃がさねえ! 連斬・谷斬り!」

 

 フルスイングで吹き飛ばす横一線からのV字軌道で左膝と手を狙った和馬は、追尾回避で軌道から逃れていた香美に全て空ぶる。

 

 それに笑った彼は、脇を狙ってきた彼女に肘、膝を軌道に集めてガードすると、激痛に顔を歪めた彼だったが、筋肉の薄い脇に喰らうよりも低いダメージで済ませた。

 

「やるな!」

 

 よろけつつ着地した和馬は、香美の軸足に蹴りを打ち込んで姿勢を崩すと彼女の首目がけて刀を振り下ろす。

 

 瞬間、トンファーを犠牲に回避した香美は和馬の懐に飛び込むと、そのまま抱き込む様に投げ転がして顎を狙って蹴り上げる。

 

 鈍い音を上げて倒れた和馬から距離を取り、腰のナイフとマチェットを逆手に引き抜いて構えた香美は、ふら付きながら立ち上がった彼に構えを強める。

 

(ジョー)打ちかよ、思ったよりエグいな」

 

「実家で習ったので」

 

「結構実践的だな、期待できるぜ」

 

 そう言って一回転させた雷切を構えた和馬は、呼吸を整えると防御に使った足の痛みに表情を歪めながら構えを切り替える。

 

(きっちりこっちの攻撃に対処できてるな。ここまでは及第点。だが、ここからは本気で行こうかね)

 

 そう内心で宣言して、下段に構えを変えた和馬は、片足で距離を詰めると稲妻を溜めた刃を逆袈裟に振り上げて斬撃を放つ。

 

「佐本古流一刀術・奧伝《雷爆》」

 

 そう呟き、フェイントの一閃を回避させた和馬は踏み込みと同時の袈裟切りを香美に浴びせると、それと同時に雷撃を解放した彼が押し潰す様に振り下ろす。

 

 瞬間、雷が爆発し、高電圧の雷撃が地面を這い、和馬に走るも感電より先に雷切がカウンターで電撃を相殺する。

 

「ッ、あ!」

 

 雷の圧で地面に叩きつけられた香美は、全身に迸った強烈な痺れに痙攣し、一瞬気を失いかける。

 

 その隙を逃さず攻めかかった和馬は、直前のオートカウンターで自立して動いたマチェットで刀を弾き逸らされ、舌打ちしながら刃を引く。

 

(意識が曖昧な時、脅威対象から守る様に設定してあるのか……。厄介だが、攻略出来ない訳じゃねえ)

 

 そう思い、雷切を回した和馬は、意識が戻りつつある香美への攻め手を考えていた。

 

「こちらからも、行きます」

 

 そう言って羽ばたきも加えてブーストで迫った香美に一刀で対処した和馬は、逆手と順手のスイッチングを使い分けての二刀流で、致命箇所を追う彼女に蹴りや距離を詰めての掌底も織り交ぜながら対処する。

 

 そして、足技を交え、踏み込みを潰すと彼女の襟首を掴んで引き倒し、距離を取って構えを直す。

 

「香美ちゃん、攻めあんま得意じゃねえな?」

 

 そう言いながら苦笑した和馬は、息を乱している香美がだんまりを決め込むのに頭を掻きながら刀を緩く回す。

 

 神経接続から時間を確認した和馬は、勝負をかけようと距離を詰める。

 

「佐本一刀流・奧伝《嵐山》!」

 

 瞬間、術式武装の高速剣戟補助の効果もあって無数の剣閃が走り、それに惑わされた香美は、オートロックの効果で一閃一閃に引っ張られて和馬の姿を見失った。

 

(どこ!?)

 

 周囲を見回した香美は、真っ向から突きで攻めてきた和馬に引き攣らせながらのけ反るとそのまま振り下ろしてきた彼に叩き潰された。

 

「ッ!」

 

 目を閉じ、地面に叩き付けられた香美は、順手に直したマチェットで追撃の雷切を受け止めると、ナイフの柄尻から術式を射出して和馬を牽制した。

 

「おっと!」

 

 ニヤリと笑い、体を捻って回避した和馬は、その間に起き上がった香美に揃えた指で挑発する。

 

 それを見ても乗らず、ナイフを前にマチェットを引いて構えた香美は、待ちの姿勢で和馬を見据えた。

 

(攻めには来ねえか)

 

 そう思い、飛び込んだ和馬は、するすると受け流される刃を連続で当てに動かしながら香美との距離を詰めていく。

 

「ッ、くぅっ!」

 

 勢いを抜きながら和馬の一刀を受け流した香美は、斬り返しが来るより早く前に出る。

 

 その瞬間、香美の襟を掴んだ和馬はそのまま彼女を引き倒すと雷切を突き立て、至近で術式を開放した。

 

「ぅああああっ!」

 

 全身を痙攣させた香美は、そのままアーマーポイントを失ってその場に倒れた。

 

 体の自由が利かない香美に苦笑した和馬は、雑に肩へ彼女を担ぎ上げると太ももを抱える様にして休憩所へ運んだ。

 

「ふぇっ!?」

 

「ごめんなぁ、雑な運び方でよぉ。まあ、暴れなきゃ大丈夫だから」

 

「え、そ、そう言う事なんですか!?」

 

 狼狽する香美にケタケタ笑う和馬は、休憩所で待っていたらしい美月のムッとした表情に引き攣った笑みを浮かべる。

 

「ちょっと和馬、女の子を雑に扱わないで」

 

「あー、はっはっは。すまんすまん、雑じゃねえ運び方って言うと……ああ、お姫様抱っことかか」

 

「まともに運ぶ気は無いの?」

 

「じゃあ対面して抱えて、俺の胸筋に香美ちゃんのおっぱい密着させろってか?」

 

「ぶっ殺すわよ」

 

 そう言って目くじらを立てる美月にゲラゲラ笑った和馬は、香美をお姫様抱っこの体勢にして抱えると休憩所の御座に彼女を寝かせた。

 

 そして、腰の刀を外した和馬は、机の上に置いてあったスポーツドリンクを一気に飲み干すとゴミ箱に投げ入れた。

 

「それで? この後はどうすんだ? 美月先生よ」

 

「各模擬戦からの個人評価よ」

 

 クーラーボックスから二本目を取り出す和馬に、流し目を向けつつそう言った美月は、復帰しつつあるアキホ達の方を振り返ってデブリーフィングを行う。

 

「さて、二人の戦闘傾向を見ての評価ね。まずアキちゃん。あなた、身軽で良い動きをするのね。でも、刀の重量に引っ張られがちで、足が止まる事が多かった。あなたは動き回りながら相手を撹乱するやり方が向いているのに、それじゃ勿体ないわ。

それと下手に搦め手を使い過ぎ。バレバレな上に大して効果が出ないから極力使わない事」

 

「はぁーい……。ちぇっ、何でだろ。兄ちゃんやレン姉に教わったのになぁ」

 

「それよそれ。イチジョウ君や、イザヨイさんから教わっても、彼らとあなたじゃ根本的な適正が違うのよ。そのまま真似しても上手く戦える訳が無いわ」

 

「じゃあ如何すればいいの?」

 

「そうねぇ、取り敢えず言える事と言えば間合いの取り方が徒手のそれだから、それを改善するのが先決ね」

 

 タブレットを片手にそう言って、苦笑した美月に不満そうなアキホは、笑いかけていた和馬や日向を牽制すると冷静な分析にぐうの根も出なかった。

 

 剣の間合いに対して拳の間合いで戦っていた事を鑑みたアキホは、積極的に動きつつも攻撃の際、勢いを殺す様に足を止めていた事を思い出していた。

 

「さてアキちゃんの事はここまでにして、次は香美ちゃんね。あなたは、攻めの体術ではないわね。守り、または補助の体術。だから和馬も削り切るまでに時間がかかった。だからこそ、あなたは格闘武器だけで戦ってはダメよ。

拳銃や射撃武器をメインに格闘武器を補助に使って戦う事。真っ向からの格闘戦では体力的にも技術的にもあなたがジリ貧になるだけよ」

 

「はい……分かりました」

 

「それはともかくとして、あなたのご実家の技術、気になるわね。あなたの戦闘技術、単なる護身術と言うには、やけに攻撃的ね」

 

「えーっと、私もあまり知らないです。隼人さんから聞かれた後にお父さんに質問しても、はぐらかされてばっかりで……。何か、妙なんですよね」

 

「まあ、分からないなら良いわ。個人的な興味だから。じゃあ、この科目は終わり。じゃ、次の科目に行ってちょうだいな」

 

 そう言って終了した美月は、二人の端末に修了書を転送した。



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第6話『訓練開始・術式訓練』

 アシスタントに徹していた日向に送られたアキホと香美は、次の訓練科目である術式用の訓練場へ移動した。

 

「わぁー、ひゅーがだぁ」

 

 開口一番そう言ってヘロヘロと寄ってきたミウが、心底嫌そうな日向に抱き付く。

 

「ミウ、お前教官だろ。俺は戻るから」

 

「やだ、一緒にいて」

 

「お前な……」

 

 ため息を落とす日向に、にへっと笑ったミウは手持無沙汰になっているアキホ達の背を押して、彼女達待ちになっているレンカの元へ移動させる。

 

 ミウを放置したレンカは、アキホと香美を連れてくると、教官役のナツキとカナと共に二人の指導を始める。

 

「じゃ、第三科目、術式指導を始めるわよ」

 

「レン姉が指導教官って不安しかないんだけど」

 

「ぶっ殺して生コンにするわよ、クソ妹」

 

 青筋を浮かべるレンカに舌を出したアキホは、苦笑するナツキを盾にして立っていた。

 

「あ、えっと。術式の指導の方を始めよっか」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

「ふふふっ、固くならなくて良いよ。指導って言っても二人の術式特性と係数を見るだけだから」

 

 そう言って計測用のコンピューターを起動したナツキへ、戸惑い気味に頷いた香美は、彼女から受け取った腕輪を左腕に付けた。

 

 アキホにも渡した香美は、ミウを背負って帰ってきた日向に苦笑する。

 

「ミウさん、寝ちゃったんですか?」

 

「いや、起きてる。グズグズしてるだけだ」

 

「あはは」

 

 そう言って笑う香美の頭を撫でた日向は、起きているミウに首を絞められる。

 

 筋力の差から対してダメージを受けていない日向は、そのまま香美をレーンに移動させる。

 

「何で日向がいるの?」

 

「後輩二人の送り迎えだけだったんだがな」

 

「ああ、ミウ?」

 

 見上げてくるカナに頷いた日向は、お人好しな性分から懐かれている香美を送り出す。

 

 それを流し見た人狼女子2人に見つめられた日向は、ため息を吐きながら2人を練習場へ連れていく。

 

「じゃあ、始めよっか」

 

 そう言うナツキの後ろで待機しているレンカは、カナ達を連れてきた日向にそそくさと隠れる。

 

 それを無視して二人を下ろした日向は、休憩所に戻ろうとするもミウにしがみつかれて足を止めてしまい、ため息を吐いて美月に連絡を入れた。

 

「ああ、美月か? すまん、合流が送れる。ああ、そうだ。ミウがな。ああ、一時間ぐらいな。すまん、じゃあな」

 

 そう言って通話を切った日向は、ミウを抱え上げる。

 

 そして、手に水流を生み出しているアキホと、先程和馬との戦闘で見せた様にオレンジ色に目の色を変えている香美を交互に見る。

 

「得意な術式は水か。エルフじゃメジャーな方だな。だが、お前、模擬戦じゃ光属性の術式も使ってたよな」

 

「うん、でもあれは適正外の術式だから。そんな得意じゃないんだ~」

 

「適正外か。それでも術式が使えるのは羨ましいよ」

 

「あれ? ヒュー兄って術式使えないの?」

 

「ああ、体質でな。身体強化と自己加速くらいしか使えない。まあ、戦うにあたって、それで困った事は無いがな」

 

 そう言って腰の剣に手を置いた日向は、それを見ながら掌の水流を操るアキホに少し嫉妬しながら昔の事を思い出してそう思ってしまった自分を恥じた。

 

(今更求めたって、遅いのにな)

 

 そう思い、背中のミウに視線を向けた日向は、不思議そうに見てくるアキホの頭を撫でる。

 

「それで、香美の方の術式は……和馬に使った術式か」

 

「はい。と言っても、一般的な術式ではないんです」

 

「独自開発の術式、と言う事か。まあ、今日日珍しい事じゃないが、発揮する効果は面白い術式だな」

 

「一定対象へのロックオン、または指定範囲内に侵入した脅威対象への自動攻撃を可能とする術式です。通称、『ロックオン』術式。ですが、私はまだ未熟なので、お父さんやお母さんみたいに使いこなせていません。

簡単に、見破られてしまいましたし」

 

「そうだろうな、近接戦を得意とする連中は、動体視力と瞬間的な判断ができる奴が殆どだ。そんな搦め手が通じる連中じゃない。純粋に挑めばいかに奇天烈な術式だろうが、負けるだろうな」

 

 冷静にそう告げた日向は、単純な軌道を描いていた『ロックオン』の迎撃を思い出すと、意気消沈する香美の頭に手を置いた。

 

「要は使い方だ。そこは、これから学んでいけば良い。学校はそう言う所だ」

 

 そう言って、香美の頭を撫でた日向は、不満そうなミウにサムズダウンを見せて鼻で笑った。

 

「むっ、ひゅーがの意地悪。どーして意地悪するのぉ?」

 

「後輩の指導の邪魔をするな。そうじゃなきゃ意地悪はしない」

 

「だって、私以外の子と仲良くしてるんだもん」

 

「お前が仕事をしないからだろう。ミウ先生」

 

「えへへ~」

 

 そう言ってだらしなく笑うミウを下した日向は、ミウに香美の面倒を見させると離れた位置でポケットから取り出した紙巻きタバコに火をつけた。

 

 そして、副流煙の匂いを嗅いだ彼は、燃焼を強める様に先端に息を吹きかけて匂いを嗅いだ。

 

「おいおい、タバコかよ日向。ここの風紀委員に怒られんぜ」

 

 そう言って歩み寄ってきたのはオーバーヒート寸前だった雷切を下げた和馬だった。

 

「分かってる。すぐ消す」

 

「まあ、別に良いけどよ。口止め料、払ってくれりゃな」

 

「どうせ、酒だろう? 飲酒の趣味は無いからな、払う気は無い」

 

「へっ、そうかよ。あーあー、呑みそびれちまった」

 

 そう言ってフェンスに凭れた和馬に携帯灰皿にタバコを突っ込んだ日向は、楽天的な態度の彼に半目を向ける。

 

「それで、何の用だ」

 

「……エルフランドの件だよ」

 

「ああ、それがどうした?」

 

「ちょっとな、不安になっちまった。ちゃんと戦えるかってな」

 

「今更何言ってる。俺達はすでに、血を浴びてるんだぞ」

 

 そう言って微笑を浮かべた日向に、首を横に振った和馬は、苦笑しながら言葉を続ける。

 

「ありゃなし崩しだからだろ。まあ、もう出来るんだろうけどさ。それでも、味方の血を浴びんのは、もう嫌だぜ」

 

「ああ、それは俺も同じだ。どんな状況でもな」

 

「だから、うまくやろうぜ。相棒」

 

 そう言ってニヤッと笑う和馬に頷きを返した日向は、お互いに抱えた過去を認め合いながらその場を後にする。



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第7話『訓練開始・突破訓練』

 それから数十分後、四時間目の訓練の方に移動したアキホ達は、案内役のシュウ達に通された迷路の入り口のような場所に、二人して首を傾げていた。

 

「あー、えっと。シュウ兄、私ら何すればいいの?」

 

「ん? ああ、この迷路を突破してもらう。ああ、武装していけ」

 

「何で!?」

 

「待ち伏せしてるからな、お前らに会ってないメンバーが」

 

「会って無いメンバー……げっ、兄ちゃん」

 

 そう言って肩を大きく落とすアキホに、何かを考え始めた香美は、覚悟を決めて準備を始める。

 

 メイン武器にMP7サブマシンガンを装備し、サイドアームにPx4を選択し、ツールとしてピッキングツールとナイフ、そして破壊用爆弾(ブリーチングボム)三種類。

 

「はれ、アキちゃん爆弾持ってくの?」

 

「うん、今地図貰ってみてるけど使う場面が出て来ると思うから」

 

「ほぇー、じゃあ私どうしようかな。入り口見る限り、ポン刀持ってくスペース無いもんねぇ。持ってくなら短刀かな」

 

 そう言って短刀二振り、コンバットナイフとPx4を腰につけると、太ももと腰に予備弾倉を装着する。

 

「何か狭いねぇ」

 

「うん、多分近接戦闘(CQB)フィールドだと思う」

 

「やだねぇ、狭い所。のびのびと戦いたいなぁ」

 

「そうしたいけど、たぶん、この科目は狭い所を抜ける訓練だと思うから。あ、アキちゃん移動の時、あんまり大きな音立てない様にしてね」

 

「へ? 何で?」

 

 きょとんとして首を傾げたアキホに、香美の地図を広げて持って来ていたボールペンで移動ルートを引いていた香美が、丸しているポイントを指さしながら言葉を続ける。

 

「隼人さん達は多分、音で奇襲してくるから。足音抑えないとすぐばれるよ」

 

「あー、確かに兄ちゃん達って耳とかやったら鋭いんだよねぇ。抜き足差し足で歩いてもすーぐ気付いちゃうし」

 

「うん、だから多少は仕方ないけどなるべくね」

 

 そう言って地図の確認を終えた香美が畳むのに合わせて一回バク宙したアキホは、個人的な気合を入れると、腰から左手にコンバットナイフを引き抜いて構える。

 

 右手に拳銃を抜いて左手と交差させる様に構えると、肩に手を置いた香美に視線をやり、頷いて前進を開始する。

 

「クリア」

 

 入り口から伸びた先のT字路で左に誘導されたアキホは、背後をカバーする香美にそう告げると、後ろを警戒する香美と背中合わせになりながら移動をし、分岐路を右に曲がる。

 

 行き止まりが見える道でアキホを一旦止めた香美は、壁を叩いて厚みと向こうの様子を確認すると、一歩離れて銃を構えた状態で目を緑色に変えて術式を発動する。

 

「『エリアスキャニング』」

 

 すると、壁の向こうが透過して香美の視線に映り、誰もいない事を確認した彼女は、壁に小型のブリーチングボムを仕掛ける。

 

「アキちゃん、離れて。爆破するから」

 

 そう言ってアキホを離した香美は、腕につけたインターフェイスを操作して壁を爆破する。

 

 瞬間、音に気付いたらしい誰かが動くのを気配で察したアキホが、遠い曲がり角に見えた人影に発砲して香美の背中を叩いて走らせる。

 

「ゴーゴーゴー!」

 

 前に銃口を向けながら走った香美は、目の前に現れた小柄な人影に発砲し、狭い通路に無数の弾痕を穿ちながら、距離を詰めていく。

 

 姿勢を落としながらマガジンを落とした香美は、スライディングで減速しながらリロード。

 

「貰いましたよ香美っ!」

 

 そう言ってG18を構えたシグレに、香美の背後から捻りを加えながらのバク宙で庇ったアキホが、発砲しながらシグレとの距離を詰める。

 

 角から現れた隼人に横ロールして発砲した香美は、同じ様に出てきた俊も牽制すると、腰からスモークグレネードを引き抜いて二人の目の前に投擲する。

 

 両脇の壁にブリーチングボムを仕掛けて、シグレと格闘戦を行っているアキホの端末へ下がる様にメッセージを送って、単発でシグレを牽制してスモークを投擲する。

 

「爆破!」

 

 仕掛けた地点を同時に爆破し、アキホと共に逃げた香美は、二手に分かれたらしいシグレと遭遇してフルオート射撃を浴びせる。

 

 その間にボムを仕掛けたアキホは、香美の肩を叩いて援護する様に伝えると、香美はセミオートに切り替えて発砲して、素早くリロードする。

 

「ブリーチング!」

 

 壁を吹き飛ばした香美は、破った先で待っていた浩太郎に振り返って発砲して牽制するとアキホの状況を確かめる。

 

 体格差で圧倒し、シグレを投げ飛ばしていたアキホの状況を確認した香美は、彼女にフラッシュグレネードを使用し、合流する様に指示して浩太郎の攻撃を撃ち落とす。

 

「やるね、香美ちゃん!」

 

 そう言って笑いながら、トマホークを構えた浩太郎に、ストックを展開したMP7を構えた香美はセミオートに切り替えたそれで、振り下ろす瞬間のトマホークを迎撃していた。

 

 その間に合流したアキホが、指示通りの合流方法で拳銃を収めた腕で、香美をかっさらうと、出口に向けて全力で逃げ出す。

 

 だが。

 

「あっれ、地図と違くね!?」

 

 逃げ込んだ先は、地図に無い、広々としたホールだった。

 

 突然の事に戸惑うアキホに止まらない様に叱咤した香美は、直後放たれたライフル弾の掃射に頭を引っ込めると、軽機関銃の物であるらしい発砲音から隠れながら、出口を探していた。

 

「げっ、香美ちゃん!」

 

 慌てて香美の背中を引いたアキホは、引いた位置に撃ち込まれたライフル弾に血の気を引かせると、追ってこない隼人達に違和感を覚えていた。

 

(このホール内だと何処にいてもスナイパーライフルの射程内に入っちゃう……)

 

 そう思いながらMP7を構えた香美は、出入り口で待機している隼人達を見つけると、そちらに向けて牽制射撃を加える。

 

「うっひぃ、万事休すかぁ」

 

 そう言って茶化すアキホに苦笑した香美は、そう言えばと何かを思い出してうつ伏せに寝ている彼女にサインを送る。

 

 がばっと顔を上げたアキホに、大型のブリーチングボムを見せた香美は、意図を察した彼女が、ハンドスプリングの体勢に移っているのを見てボムを投擲した。

 

「爆弾を、相手にシュゥウウッ!」

 

 ハンドスプリングからの超エキサイティングなオーバーヘッドシュートを決めたアキホは、ギョッとなっているシュウ達にピースサインを送ると、空中で大爆発を起こしたそれが三人を吹き飛ばす。

 

 その間に着地したアキホを連れて出口へと駆け抜けるアキホは、あっ、となって出てきた隼人達へ、最後のスモークグレネードを投擲してかく乱すると、アキホを背中で押す様に移動させてドアを開けさせた。

 

 瞬間。

 

《キル判定:アキホ・イチジョウ:香美・トツカ》

 

「へ?」

 

 無慈悲なアナウンスに二人してぽかんとしていると、馬鹿にした様な間抜けな音を立てて開いたドアに、模擬戦用のトラップボムが仕掛けられていた。

 

 センサー感応式のそれが、赤いLEDライトをピカピカと明滅させており、作動している事を二人に示していた。

 

「だぁーっはっはっは!」

 

 大きな笑い声が背後から聞こえ、そちらを振り返ったアキホと香美は、槍を担いで歩いてきた俊がゲラゲラ笑っているのを見て、二人してすごく嫌そうな顔をしていた。

 

 そんな二人を見て俊の脇を肘で軽く突いたシグレは、悶絶する彼に慌てて介抱に移り、それを横目に見た浩太郎と隼人が、二人を詰りながら歩み寄ってくる。

 

「案の定引っかかったな」

 

「え、何そのリアクション」

 

「お前らの性格からすれば、上から撃たれて挟まれてりゃ焦ってクリアリングミスするだろう、って大方の予想でそこに爆弾をつけた。儲けにもならん賭けだったがな」

 

「えっ、賭けてたの?!」

 

「20対1だ。お前らに期待してた城嶋中佐に感謝しろよ」

 

 そう言って二人の頭を軽く叩いた隼人は、後ろで微笑を浮かべている浩太郎の方を振り返る。

 

「さて、今回の動きについての評価だが、香美、お前の働きが大きい。あの戦術は予想外だった」

 

「え、壁ぶっ飛ばしてくるって予想できなかったの?」

 

「ああ、そうだ。悔しいがな。普通やらないし、香美が逃げの一手でルートを組んでいるとは考えていなかったからだ」

 

 そう言って苦笑気味に腕を組んだ隼人へ、意外そうな顔をしたアキホは、その隣で照れくさそうに笑っている香美の頭を撫でた。

 

「要は逃げ切り勝ちだ。ここは突破すればいいだけだからな」

 

「あー、なるほど。無駄に戦って消耗するよりとっとと逃げてしまった方が良いもんね」

 

「そうだ。そして、彼我の戦力を見た上で退くと言う事は、これから戦う上で非常に重要になる。退くのが上手い奴は一番戦いが上手い。俺はそう思っている」

 

「戦上手って事かぁ。よかったね香美ちゃん」

 

「だが、それ以上に評価すべきはアキホ、お前の能力だ」

 

 そう言って指さしてきた隼人に、首を傾げたアキホは、恥ずかしそうな彼に半目を向けると言葉を待った。

 

「お前は、この科目の中で香美とのコンビネーションを見せてくれた。そして、狙撃を察知した勘と動体視力。お前にも評価すべき点はある。香美だけじゃないぞ」

 

「えっへへ~。それほどでも~」

 

「さて、ここからは、二人が反省すべき点だ」

 

 そう言って話題を変えた隼人は、ぴしりと固まったアキホ達に苦笑すると、映像記録を呼び出した。

 

「まず第一は、ブリーチングを使いすぎだ。今回は二人だけだったから良かったものの、味方と連携を組んでいる状況で多用すると誤爆のリスクが高まるぞ」

 

「あっ、確かに……。最初はスキャニングで確認していましたが、途中からはあまり……」

 

「それと、二つ目になるが、香美、お前はスキャニングをあまり使わなかったな?」

 

「あ、はい……。あれは使うのに慣れてなくて」

 

「ああ、それはわかっている。だが、もったいないと思わないか? スキャニングを使用すれば壁の向こうで待ち伏せている相手を一方的に狙撃できる。圧倒的なアドバンテージになるぞ」

 

 そう言って熱弁する隼人に目を輝かせた香美は、隣で白けた目をしているアキホに気付いて体をちぢ込めた。

 

「さて、次だが。アキホ、お前についてだ。お前は香美に依存しすぎているきらいがある。あまり良い傾向じゃない。戦うだけじゃない事についてもできる限りでやるのが戦場での動き方だ」

 

「えー、時間稼ぎとかしてたんだけど」

 

「それは別に良い。それしかしてない事の方が問題だ」

 

 そう言って半目になる隼人にぶー垂れるアキホは、苦笑している浩太郎に救いを求める目を向けた。

 

 が、あまり何もしていなかった彼は、手持ち無沙汰にトマホークをジャグリングして遊んでいた。

 

 むやみに突っ込むと何されるか分からなかったアキホは、浩太郎の周囲を跳ね回るトマホークを見つめていた。

 

「さて、後の時間は格闘訓練でもするか。お前らにみっちり叩き込んでやる」

 

 そう言って笑った隼人に負けじと、笑って見せたアキホは、その瞬間、参加チームの目が輝いているのを見逃さなかった。



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第8話『課外訓練:格闘訓練』

 せっかくだから、と広いフィールドに移動させられたアキホは、マイペースに護身用の格闘訓練を行う香美とシグレを他所に、丸腰で男三人に取り囲まれていた。

 

「あー。えっと、何で私だけこんな囲まれてんの?」

 

「期待の高さが成した結果だ。嬉しく思え」

 

「乙女ゲー的イケメンだったら諸手上げて喜んだんだけどなぁ……」

 

「不満か?」

 

「皆彼女持ちじゃん」

 

 そう言って頬を膨らませるアキホに、はぁとため息をついた隼人は、きょとんとしている俊に気付いた。

 

「どうした俊」

 

「いや、何で彼女持ちだって言われたんだろうなって」

 

「シグレといちゃついてるからだろう。それよりも俊、アキホと手合わせしてやってくれ」

 

「え、何で俺!?」

 

「お前もお前でかなり課題がある。それに、槍を使う上でもインファイトレンジの戦闘訓練は経験になるはずだ」

 

 そう言って、槍を預かった隼人は、不満そうな俊の肩を叩いて送り出すと、リングの外で待機した。

 

 横目に、手を止めているシグレ達を見た俊は、構えを取っているアキホを見て腹を括り、自身も構えを取った。

 

「よし、始めろ」

 

 そう淡々と告げた隼人に応じて飛び出したアキホの膝蹴りを叩き落とした俊は、上段からの打ち下ろしを腕のスナップも加えたガードで弾く。

 

 そして、返す左のジャブを減速させつつ掴んで引き倒した。

 

 前回り受け身で距離を取りながら、立ち上がったアキホは、攻めに来た俊にサマーソルトキックを打ち込む。

 

 そして、180度ひっくり返った状態で着地し、そのままカポエラキックを放ってけん制するとその状態でのハンドスプリングで踵落としを放つ。

 

 そして、ひねりを加えたスピンキックを打ち下ろし、それを受けた俊の体が一瞬後退する。

 

「攻撃スピードが速くてやり難いな!」

 

 そう言いながら、踏ん張った俊は追撃の拳を構えながら迫るアキホに一瞬だけ笑みを見せる。

 

「まあ、その分ぶちかましがいもあるんだけどな」

 

 そう言ってカウンターを打ち込んだ俊は、ひっくり返ったアキホに肘打ちを打つと、仰向けに倒れた彼女の方へ振り返りながら軸足を中心に回転する。

 

 先生前に手を打ったアキホは、バク転からの蹴り落としを放つと押し返された勢いを使って立ち上がり、そのまま回し蹴りを放つ。

 

「っ!」

 

 鞭の様な快音を発した蹴りを受け止めた俊は、軸足に蹴りを打ち込んでそのまま一本背負いで投げ飛ばした。

 

 地面に叩きつけられ、一瞬呼吸が止まったアキホは、咳込みながらゆっくり起き上がると、荒い息を整えながら構えた。

 

(俊兄、格闘じゃ投げ主体なんだ……。じゃあ、あれ、出来るか分からないけど……。こっちも投げ技、使おうかな……)

 

 そう思い、構えたアキホは、掌底を構えて攻めに来た俊に瞬発力を発揮して、勢いをつけると掌底を突き出す腕に組み付いて、そのまま彼の周囲をぐるぐると回転し、その勢いを使って彼の体を引き倒した。

 

 ばん、と強い音の後に俊の体がバウンドし、呼吸が出来なくなった彼は、止めに入った隼人に安堵の息を吐くと激痛を発する体を立ち上がらせた。

 

「俊、大丈夫か?」

 

「おう。何とかな」

 

 隼人にそう言って強がりを見せた俊は、頃合いが良いのか、中断のサインを出した彼にそそくさと舞台から降りる。

 

 痛がりながら降りていく俊に追従しようとしたアキホは、呼び止めた隼人と目が合い、いやな予感を感じて、その場でしばし固まった。

 

「まさか」

 

「まさかだ馬鹿妹。構えろ」

 

「うっへぇ、マジでぇ?」

 

 そう言いながらステージに上がったアキホは、鞘に入ったコンバットナイフを投げ渡される。

 

 きょとんとなるアキホに、ナイフを指さして手招きした隼人は、意図を読んだ彼女が得意満面の笑みを浮かべてナイフを引き抜き、逆手に構えた。

 

「ナイフ一本、ちょうど良いハンデだ」

 

 そう言って構えた隼人は、じりじりと距離を詰めるアキホを見据えつつ、彼女が攻撃に出てくるまで待った。

 

 一歩後ずさり、一瞬体勢を崩した様に見せかけた隼人は、飛び込んできたアキホにニヤリと笑いながら右足を引くと、ナイフを薙ぎ払ってきた彼女の懐に飛び込む。

 

(な、突っ込んできた?!)

 

 元いた地点でナイフの威力が最高点になる振り方をしていたアキホは、その瞬間、隼人の意図を悟った。

 

(ナイフに当たらない様にする為に……!?)

 

 そして、腕を取った隼人は、そのままアキホを引き倒すとそのまま止めを刺さずに距離を取って構え直した。

 

「今ので一キル」

 

 そう言って手招きして挑発した隼人は、ハンドスプリングで跳ね上がったアキホの踵落としを両腕で受け止める。

 

 そのまま隼人の体を足場にして宙返りを決めたアキホは、コンパクトな突きを繰り返して隼人をけん制するとレンカ直伝のしなる様な回し蹴りを放つ。

 

「ッ!」

 破裂音に近い打音が鳴り響き、それを聞いて驚く俊、シグレ、香美は、それを見て苦笑している浩太郎に揃って睨みを向ける。

 その間に、攻撃を捌く隼人を圧すアキホは、持ち前の瞬発力からくる手数で圧倒しつつも、その全てにおいて致命傷を抜かれている事に焦っていた。

「どうした、精度が落ちているぞ!」

 そう言って甘い一撃を弾いた隼人が関節を決めた一瞬の後にアキホを突き飛ばす。

 その事に驚いたアキホは、また挑発してくる隼人に疑いの目を向けると順手にナイフを構えなおす。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「隼人、遊んでいるのか?」

 

 そう言って観戦席の手摺りにもたれながら言ったのは、デブリーフィングを終えた日向で、彼は同じ様に観戦しているレンカ達教官組と共に目下で行われている模擬戦を観戦していた。

 

「いや、ありゃあ舐めてる訳じゃねえだろ。単純に決着先延ばしにしてるだけだ」

 

「アキホの指導の為か」

 

「そう言うこった。まあ、趣旨を理解してりゃ当然だわな」

 

 そう返した和馬は、同意の相槌を打つ日向の隣で考えている美月に視線を向けると、くすりと笑った。

 

「ミィは何考えてんだ?」

 

「え? ああ、そうね。隼人に勝つ方法、かしら」

 

「ああ、そうかい。ま、今までの動きでアキホは二回は死んでるな。いや、もっとか」

 

 そう言いながら手にしたコーラを煽る和馬は、驚いている美月にもう一本差し出すと試合を見守る。

 

「意外そうな顔してるが事実だぜ、ミィ。そもそもアキホが初っ端見せた選択が隼人を相手取るならまずいのさ」

 

「ただの薙ぎ払いが?」

 

「ああ、そうだぜ。よくよく考えてもみろよ。隼人が得意としてんのは懐に飛び込んでの戦術だ。大振りの攻撃なんぞ死にに行くようなもんだ」

 

「隙あらば飛び込むって事?」

 

「そうだな、それに、刃物よりも腕が当たる方が外傷的にはダメージが少ない。ダメコンも兼ねた突っ込みは、インファイトじゃ正解だぜ」

 

 そう言って一本を飲み切った和馬は、二本目を出すと炭酸が少し苦手な美月に笑いつつ、他の面々にも飲み物を回しつつ解説を続ける。

 

「和馬、そう言えばあなたさっき隼人を相手取るならって言ってたけど、俊だったら良いの?」

 

「ああ、それについちゃ問題はねえ。隼人と俊じゃそもそもの戦い方が違うからな」

 

「って言うと?」

 

「そうだな、隼人は元々がインファイトスタイル、距離を詰めて相手の出だしそのものを潰しながら攻撃を打ち込む戦い方だ。対し俊はアウトファイトスタイル、距離を取って相手の攻撃を逸らしながら攻め込む戦い方だ。

武器無しが前提の隼人に対して俊は武器がある事が前提の戦い方で、尚且つ、受けてから攻撃に転じるから変則的な間合いの詰め方に弱い。アキホはそう言う戦い方をする。だから、俊は一方的にやられていた」

 

「逆に隼人相手ならば、変則的になる前に間合いを支配されるからアキホは手が出せない……。そう言う事?」

 

「そう言うこった。戦い慣れてるぜ、隼人は。そして、あいつは相手をよく見る。個々人の癖を見出した上で自分の戦いをするから厄介だ」

 

「そう、なら手合わせしてみたいものね。一度でも」

 

 そう言って腰に下げた居合刀型術式武装を鳴らした美月の、真剣な表情にくすりと笑った和馬は、ボロボロになっているアキホを笑っている隼人に目を向ける。

 

「……俺もだよ、美月」

 

 ただ一言、真剣に呟いた、和馬は空き缶をゴミ袋に投げ入れた。



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第9話『昼食』

 ボロボロになったアキホに苦笑した隼人は、額の汗を拭うといつの間にか集まっていた面々を見上げて時計を確認する。

 

「少し早いが、昼食にするか?」

 

 そう呼びかけた隼人は、頷く面々が見える中で二人だけ拒否の姿勢を見せた美月と和馬に目を丸くし、スタンドから降りてきた彼らに俊達共々、顔を見合わせた。

 

「もう少し時間があるじゃない。ちょっと、模擬戦をしないかしら、隼人」

 

 そう言って笑う美月にその場にいた三人が驚愕し、アキホの介抱をしていた香美が状況を掴めずに目をぱちくりさせていた。

 

「俺は別に構わないが……和馬もか?」

 

「え、あ、ああ。俺もなんだが、まあ、ミィ優先で。様子見てからやらせてもらうよ」

 

「そうか、じゃあ、美月からだな。ハンデは?」

 

 そう言いながらボストンバッグの方へ歩み寄った隼人は、少し嫌そうな和馬の隣で首を横に振った美月に苦笑しつつ頷きを返す。

 

 そして、バッグからアサルトフレームを取り出した隼人は、美月の目の前で装着すると、久しぶりの起動をしたそれを動かして調子を確かめる。

 

「こっちの準備はいいぞ、美月」

 

 そう言って壇上に上がった隼人は、ヒノキでしつらえられた様に見える居合刀を手に、舞台へ上がってきた美月に少し気を引き締める。

 

「やりましょう、隼人。和馬、合図お願い」

 

 そう言って腰の柄に手を添えた美月は、フレームに包まれた隼人の体を見据えると和馬の合図と共に飛び出してきた彼に腰の一刀を振るった。

 

 瞬間、鋭い斬撃と衝撃がアサルトフレームを襲い、それを予見していた隼人はその衝撃を利用して飛び退くと、踏み込みつつの斬り返しを弾いて一度距離を取った。

 

「……なるほどな」

 

 そう呟きながら、構えた隼人に対し、鞘に刀を収めて居合いの準備をした美月は牽制代わりの二撃でそう呟かれた事に警戒しつつ、常に勢いを溜めていた。

 

 迂闊に放つと不味いのは隼人に限った話ではないが、彼に限っては特に警戒すべきだと美月は内心で呟く。

 

「どうした、来ないのか?」

 

 そう言って挑発する隼人に美月は涼しい顔を続けるが、瞬間、飛び込んできた彼に度肝を抜かれ、一瞬の躊躇の後に刀を抜いた。

 

「ブースト!」

 

 一気に距離を詰めた隼人は、無意識にバックステップしていた美月の鳩尾に肘打ちを打ち込む。

 

 吹き飛ぶ彼女にサイドステップに移った隼人は、袈裟掛けの居合いを回避すると、振り子運動のステップで美月に迫る。

 

「金行、放射!」

 

 そう言い放ち、左手から拡散した光を放出した美月は、散弾の如く散らばったそれを大きく回避する隼人に居合いを構えて弾き飛ばした。

 

 フレームで受けて吹き飛んだ隼人は、空中で姿勢を制御して着地すると、両手にアークセイバーを引き抜いて逆手に構えた。

 

「やるな」

 

 そう呟いて、ニヤリと笑った隼人はスラスターで距離を詰めつつ、術式をアークセイバーで受け止めながら迫る。

 

 逆流で焼き付く寸前のセイバーの出力を、コントロールしながら接近した隼人は、引き寄せる様に縦斬りを放つと抜き身の状態の刀と打ち合う。

 

「剣術なら!」

 

 そう言って圧しに来た美月に即座にパーリングした隼人は、そのまま彼女の脇を潜ると、右のセイバーを投擲して美月の追撃を阻む。

 

 そのまま、彼女目がけて低空の飛び蹴りを繰り出す。

 

「ッ!」

 

 両腕で受け止めた美月は、重く響く蹴りに表情を歪めると、左腕から術式を放出して弾き飛ばした。

 

 スラスターで相殺した隼人は、相殺の勢いそのままに膝蹴りを繰り出す。

 

 そして、ハンマーブロウからの打ち下ろしで美月を地面に叩きつけた。

 

「ぐッ!」

 

 ポイントアーマーの作用で顔面強打せずバウンドした美月は、顎を狙って蹴り上げてきた隼人に脳を揺らされ、地面に沈んだ。

 

「ヴおー……えっぐ」

 

 流石に顎狙いは引いたのか、外野で引いていた和馬は気絶した美月を担ぐと、申し訳なさそうな隼人に苦笑しつつ、運んでいく。

 

「あ、和馬、やるか?」

 

「いや、良いよ。それにそろそろ良い時間だ。早いとこ飯にしねえと女子連中がやかましいぜ?」

 

「ああ、それもそうだな。飯にするか」

 

 そう言って、模擬戦場を後にした隼人は、和馬達と共に部室の方に戻ると、上官三人がそれぞれノートパソコンと面向かって作業していた。

 

「あ、おかえりなさい。ああ、邪魔ですよね、すぐどきますから」

 

「あ、ああ。ありがとうございます、城嶋さん」

 

「いえいえ、どういたしまして。あ、お昼ご飯にするの? じゃあお茶煎れるね」

 

 そう言ってパソコンを片付けるついでに電気ケトルの方へ歩いて行った三笠に、弁当箱を置いていた隼人があっとなる。

 

「大丈夫だ、三笠姐さん。俺が煎れるから。アンタは上司なんだ、しっかり座って待っててくれ」

 

「え、う、うん。ありがとう、日向君」

 

「俺らの隊長が、そこらへんうるさいからな。な、隼人」

 

 そう言って隼人の方を見た日向は、三笠を席に戻すと少し照れくさそうな彼に微笑を向けてケトルからポットに湯を注ぐ。

 

 その間に机や椅子の用意の指示を出した隼人は、喧嘩しているシグレとレンカを摘み上げて邪魔にならない位置に投げると二人からの反撃を背中に受けながら作業をしていた。

 

「さ、食うかね」

 

 そう言っておにぎりを手に取ったカズヒサは、隼人からインスタントの味噌汁を受け取り、上機嫌で一口頬張った。

 

 その様子を隣で見ていたアキナに気付いたカズヒサは、おにぎりにしどろもどろしている彼女の口に軽く押し込んだ。

 

「食ってみな、不味いもんじゃねえからよ」

 

 そう言ってアキナに食べさせたカズヒサは、マイペースに食べている年下のメンツを見回すと警戒心が強い彼女の性分に苦笑した。

 

「お前は相変わらず都会っ子気質だなぁ。あっはっは」

 

「それ、どう言う意味」

 

「極端じゃねーにしろ、潔癖症だってこったよ。見てみろこいつらを。もぐもぐ未知の食いもん食ってるじゃねえか」

 

 そう言って俊たちを指さしたカズヒサは半目で返してくる彼らにうっと詰まる。

 

「あのよ、兄貴。ユニウスは半数が新日本出身だぞ流石におにぎりぐらい食わせてるっつの」

 

「約一名凄まじいのを作ろうとした奴がいたがな」

 

「ああ、そうだな」

 

 そう言ってミウの方を見た和馬とシュウは、ぽえっとした様子でおにぎりを食べている彼女が彼らを見て首を傾げているのを見て揃ってため息をついた。

 

「そんなに美味しくなかった~?」

 

「塩味強すぎるんだよ」

 

「えー、だって薄いんだもん」

 

「死海の水食ってる気分だったぞあのおにぎり」

 

「って言うか和食って全部味薄いよね。パンチがない」

 

「和食にパンチ求めてどうすんだ」

 

 冷静に突っ込んだ和馬に悪びれない様子のミウは、もしゃもしゃおにぎりを食べていた。

 

「さてと、食いながらで良いから聞いてくれ。午後からは応用編になる。最初は個々人に向けた基礎戦術指導、後半は実践的な模擬戦闘になる。アキホは俺、浩太郎、美月、和馬が担当。香美はリーヤ、ナツキ、シュウ、ハナが担当だ。

まあ、ここで呼んでいない連中も、あくまでも主担当の教官ではないだけで出番はある。指導に関わる積極的な発言も歓迎する。二人の為に、良い指導をしてやってくれ」

 

 そう言って穏やかにしめた隼人は、拍手も何もない面々に若干の哀愁を漂わせつつ着席した。

 

「取り敢えず午後からは午前の比じゃねえぐらい動くからな」

 

「ふあい」

 

「食いながら返事するな。じゃあ、教官組、聞いてくれ。午後のメニューだが、アキホに白兵と格闘戦の技術指導と近接射撃も織り交ぜた総合的な戦闘訓練を、香美には情報戦と中遠距離での射撃戦、ショットガンなどを用いた室内戦などの射撃武器を使った戦闘訓練を行う」

 

「香美ちゃんにだけ詰め込み過ぎじゃない?」

 

「当たり前だ、お前は純粋なアタッカー、香美はお前との連携を想定しつつ、色んな事をこなすマルチタスクとして育成しようと思っている。香美の方が科目は多いが、その代わりお前には集中講義を受けてもらう」

 

 そう言って訓練メニューを表示した隼人は、時間数の変わらない予定表を見て愕然とするアキホの頭を軽く叩くと、その場にいる全員に予定表を送信する。

 

 と、同時、窓の方が騒がしくなり、ガタガタと物音を立てる。

 

「あん?」

 

 窓際の武が、Mk48を手に取って様子を見に行くとグラウンドに一機のティルトローター機が着陸しようとしていた。

 

「何だあれ……。今日なんか来るのか?」

 

「ああ? 何だ、見せてみろ。あれは……立花グループのロゴマークか」

 

「ってことは姐御が?」

 

 そう言って隼人の方を振り返った武は、ティルトローター機に視線を戻そうとして目の前に現れた咲耶に仰天した。

 

「うぉお!? 姐御!?」

 

「うふふ。びっくりした?」

 

「あ、当たり前だろ!? 普通空から人は来ねえよ!」

 

 そう言って、上げていた銃口を下ろした武は、頭部にヘッドギアを装備し、装甲を包まれて空中浮遊をしている咲耶の姿を見る。

 

 ニコニコ笑っている彼女は一週間前の救援時に装着していたアーマチュラを装備しており、操縦者の一部が露出する様な設計の機体には白色と青色のツートンにスカイブルーをアクセントに使ったカラーリングで染められていた。

 

 背面には、青色の装甲でカバーされたウィングスラスターとアームが装備され、アーム先端にはシールドコンテナが装備されており、その広大な投射面積はウィングスラスター共々制動翼として利用するような設計となっている様だった。

 

「皆、ちょっと時間をもらえないかしら? 下に来て頂戴な」

 

 そう言って下へと降りていく咲耶に呆気に取られていた隼人達は、彼女に言われるがままに下に降りると、私服であるらしいジーンズと七分袖のTシャツを身に着けた咲耶がアーマチュラで低空ホバリングしながら近寄ってくる。

 

「ふふっ、皆お久しぶり」

 

「何の連絡も無しに来るとは言うつもりだアンタ」

 

「届け物よ、二人とも、そして、ユニウスの三人。隼人君、浩太郎君フレームは持ってるわね?」

 

「まさか……」

 

「ええ、そうよ。新型アーマチュラのプレゼント。隼人君達だけじゃなく、俊達にもね」

 

 そう言って、手にしていたボストンバッグ三つを下ろした咲耶は、隼人と浩太郎にデータチップを投擲する。

 

「前に言っていた最新型か。だが、俊達にもあるのは予想外だったぞ」

 

「ええ、まあ前の段階じゃ供与するって決まってなかったから。ね、カズヒサさん」

 

 意外そうな顔で驚く隼人越しにそう言って、ニコッと笑った咲耶は、笑い返してきたカズヒサに注目する全員を見回す。

 

「戦力供与、助かるぜお嬢さん。アンタらのとこの新装備は、この前の模擬戦で見る限りかなり有用だからな」

 

「こちらとしても、国連軍にテストをしていただけるのを光栄に思ってます」

 

「良いビジネスチャンスだろ? お嬢さん。良い広告にもなるしな」

 

「ええ。そうですね、ケリュケイオン共々」

 

「はっはっは。素直だなぁ。嫌いじゃねえぜ、そう言う奴は」

 

 そう言ってゲラゲラ笑ったカズヒサは、彼を前にやり難そうな咲耶を他所にボストンバッグを担ぐ俊達の輝いた眼を見回す。

 

「さ、お嬢さん。こいつらをそのアーマチュラとやらの場所まで連れて行ってやってくれ。俺らはまだ仕事があるんでな」

 

「分かりました。じゃあ、皆。必要なものを持って付いてきてちょうだいな」

 

「おう、行ってらっしゃいだ」

 

 そう言って部室に戻っていくカズヒサ達を見送った咲耶達は、後方支援科棟の方へ移動して行った。



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第10話『第二のアーマチュラ』

 それから隼人は、地下の模擬戦場の方へ部屋を取っていたらしい咲耶の先導で歩いていた

 

 後ろからついてくる浩太郎達を他所に、データチップ内のデータを携帯端末へインストールして説明書を読んでいた。

 

(前評判通り、俺専用機になっているのか。全身の近接戦用武装、補助用に搭載してくれたのか。内部性能としては冷却性能の改善のみか。まあ、妥当だな)

 

 そう思い、画面上のデータを確認し終えた隼人は、模擬戦場に置かれた五つのコンテナに声を漏らす。

 

「さ、着いたわよ」

 

 そう言ってコンテナの前に隼人、浩太郎、俊、シュウ、和馬の五人を案内した咲耶は、それぞれに対応するコンテナの中身をARモード上で確認する。

 

「ん、間違いないわね。じゃあ皆、フレームを装着してコンテナに接続してちょうだいな」

 

 そう促し、フレームを装着した彼らがケーブル接続でコンテナ情報をフレームにインストールしている間にカズヒサからもらった美月のデータを呼び出す。

 

(あの子が話に聞く五行使い。五行の概念自体はうちの術式部門のメンバーから聞いてはいたけれど、本当にいるなんてね)

 

 そう思いつつ、データを閲覧していく咲耶は、読み進める内に面白いと思っていた。

 

(ハンデキャップこそあるけれど確かに強力な要素ね。なるほど、彼女専用機を作る価値はあるって事ね)

 

 結論付けた咲耶は、装着プロセスに入っている隼人達を見つめた。

 

 フレームを起点に装甲を装着していく彼らは、古い形式を使う隼人達と新しいフレームを使う俊達でそれぞれ形の違うそれに装甲をくっつけていく。

 

 レール嵌合式の装甲は、各部位を包み込むと同時に疑似モノコック構造としての装甲ロック措置を取り、それぞれの装甲を密接に寄せる事で強度を保つ様にすると、それぞれ素体の状態でコンテナから出てくる。

 

「ん? 武装は?」

 

「武装ならそれぞれ別のコンテナにしてるわ。量が多いし、特殊なものもあるしね」

 

「まあ良い。どうだ、変な所は無いか?」

 

 そう言って金属音を鳴らしながら、咲耶の元に歩み寄ってきた隼人は、以前よりもより引き締められ、体型が出ている新しいラテラ、『アーマチュラ・ラテラ・アナイアレイタ(殲滅者)』の手足を眺める。

 

 そうしている彼の背後、一回りシルエットが膨れている新型のイルマーレ、『アーマチュラ・イルマーレ・テサーク(切り裂き魔)』の調子を確かめている浩太郎は、動きに影響が出にくい様になっているそれに少し満足していた。

 

「スゲーな、これ」

 

 そう言って初めて着るアーマチュラに興奮気味の俊達は、神経接続を利用したカメラリンクと誤差ゼロの操縦感覚を味わっていた。

 

 一方の外野はと言うと、ラテラのダークヒーロー然としたスタイリングに目が輝くレンカが近寄ってペタペタ装甲を触っていた。

 

「ふわあああ。カッコいいよ、隼人! ヒーローみたい!」

 

「あんまりそう言う柄じゃないんだけどな。まあ、ありがとう、レンカ」

 

「早く武器見せて!」

 

 そう言って急かすレンカに、装甲の中で笑った隼人は、もう一つあるコンテナの前に立って認証を行う。

 

 すると、開かれたコンテナからロボットアームがレーザービーコンを発射、全身のレイルラッチを認識する。

 

 瞬間、武装全てに対応した数のアームが武器を持って隼人の周囲を囲み、爆砕ボルト止めで装備させていく。

 

「うっ」

 

 物々しい音を立てて一瞬沈み込みかけた隼人は、全身に取り付けられた武装分、出力を上げて立ち上がると、改修前と比較して物々しさを感じるほどの充実ぶりに内心満足していた。

 

「すっげえ……何だそのえげつない武器の数は」

 

「俺がオーダーを出した。前回の機体では武装が少なすぎたんでな」

 

「にしても多すぎねえ? 使い分けられんのかよ」

 

「まあ、ほぼ使い捨てだな。これだけ手持ち武器が多いと投擲にも使える」

 

「使い捨てかぁ、何かもったいねえなぁ」

 

 そう言う武に苦笑しつつ、両太ももに差していたスタンバトンを引き抜いた隼人は、最大長まで伸ばしたそれをくるくる回して差し直す。

 

 そして、両ふくらはぎ側面にフレキシブルレールを介して差さっているR.I.P.トマホークを両手に引き抜く。

 

 重量打撃武器を中心に補助武器として手持ち武器を装備した隼人は、脚部に備えた新しい固定武器のアークエッジとつま先、かかとに展開するヒートナイフ、膝の前側からネイルガンよろしく飛び出るバヨネットを確認。

 

「良い装備だ。戦いに幅が出る」

 

 そう言って装備を収めた隼人は、武装を装備したらしい俊達の元へ武達と共に移動する。

 

「そっちはどうだ?」

 

 そう言って三人の装備を見た隼人は、堅実そのものと言った装備構成を見てコメントに困っていた。

 

「さて、各アーマチュラの説明に入るわね。皆沢君達が付けているのは私達が使っていた第1世代型アーマチュラをベースとし、フレーム、そして、機体の動力源たるコンデンサ装甲に複数の改良を加えた第2世代型に当たる機体よ。因みに他に第2世代に当たるのは私の使ってるストラトフェアーだけ。

隼人君達のは第1世代型を第2世代型の技術で改修した第1.5世代型よ。さて、明確な世代分けの基準なんだけど、内部フレームが違うの。通称セカンドタイプと呼ばれる新型の高剛性フレームを採用している機体が、第二世代型。フレームの剛性が上がっている分、無茶も効くし、操縦の即応性も上がってるわ」

 

「内部性能では第二世代の方が上、と言う事か?」

 

「いいえ、むしろあなた達の方が特化している分、発揮し得る内部性能は上よ。ただ、剛性が低い分、操縦追従の限界を迎えるまでが早いのよ」

 

「なるほどな、スペックには影響が無いが酷使する分には影響がある、と」

 

 そう言って頷いた隼人に、咲耶は俊達の方へ歩み寄ると各自の装甲をつつきながら説明を始める。

 

「そう言う事。さて、皆沢君達の機体について、説明しましょうか。皆沢君達、ユニウスに提供した第二世代型アーマチュラは、量産試験型(プロト・マスプロダクトタイプ)の機体よ。第一世代の運用データを基に、量産性を意識した調整とコストダウンを加えた機体がこれら三機よ。

じゃあ、詳細ね。皆沢君と佐本君が使っている近接戦用の『アーマチュラ・ラテラバージョン・セカンド(V2)』、その名の通り、イチジョウ君が使っているラテラの量産型。だけど、ベースは量産性の問題から私が使っていたチェーロよ。

だから後継機と言うよりは、チェーロにラテラのパーツを組み込んだ派生機、と言ったところかしらね。だから、ラテラの様にアンバランスな高性能さは持っていないけど、近接戦で必要な要素はしっかり引き継いでいるわ。

それで、この機体は徒手空拳での戦闘は想定せずに武器を使って戦うことを前提として作ってあるわ。皆沢君のは槍、佐本君のは刀を使って戦う様に調整してあるわ。追加の武器とかは各自で確認してね」

 

「槍に、バックラーか。バックラーにはサブマシンガン……こりゃP90か。お、和馬も同じの付けてんのか」

 

「バックラーは共用装備。浩太郎君の機体のと同じものを使っていて、サプレッサーもついてる。右腕を見てごらんなさい」

 

「ん? 銃口……?」

 

「近接戦で使うスラッグガン。質量圧縮弾を放射して衝撃で相手を固める武器よ。まあ、牽制兼隙作り用の武器と言ったところね。装弾数は五発。ハイショートバレル(極短銃身)だから、接近戦での使用に留めておく事。間違ってもライフルの様な扱い方はしない事ね」

 

「大丈夫だって、要はショットガンだろこれ? 近接戦(CQB)以外じゃ使わねえよ」

 

 そう言って、軽軍神用の外殻を装着した龍翔を背中にマウントした俊の笑顔に、心配そうにしていた咲耶は、彼の隣で軽軍神用の軽機関銃『M31A1』を調整しているシュウの方へ話題を変える。

 

「さて、次はスミッソン君のアーマチュラね。あなたの機体は『アーマチュラ・チェーロV2』、私が使用していたチェーロの量産試験機。但し、こちらは特殊部隊向けの機体だからチェーロをベースにイルマーレのパーツを組み込んでステルス性を付与しているわ。

と言っても、量産性との兼ね合いもあるから感知しにくい程度に抑えてあるわ。頭部のセンサーユニットも、イルマーレの物に、装甲を被せた物に換装してる。だから、チェーロにあった狙撃機構は丸ごとオミット、狙撃能力は低下してるけど、索敵能力は向上しているわ。

これらに加えて新しい拡張装備としてパッケージシステムを搭載、背面や手足に追加装備を搭載する事で機能を追加したり変更したりすることができるわ。デフォルトは、私と同じコンテナシールドを装備したシールドパックを使用しているわ」

 

「シールドコンテナ……。なるほど、バックアップにライフルが持てるのか、ありがたい事だ」

 

「それと腰のホルスターにXM92対物拳銃とコンバットナイフを装備してあるわ。こちらはパッケージが無い状態でも使えるから、有効活用してちょうだいね」

 

 そう言って腰を指さす咲耶に頷いたシュウは、手にしていたM31A1を背面マウントに移すと腰のホルスターからXM92を引き抜く。

 

「アッパーレール付きか。咲耶さん、サイトをつけてもホルスターには入るか?」

 

「サイトによるけど、入るわよ。何かつけたいの?」

 

「近接戦を考慮してレッドドットをな。対人にはオーバーキルだが、対軽軍神となると、これを使う機会は多いだろうからな」

 

 そう言って大口径の拳銃のスライドを引いたシュウは、目を輝かせているハナへマスク越しに苦笑し、彼女へ拳銃を手渡す。

 

 デザートイーグルと同口径でありながら、.50BMG弾を改良した専用のライフル弾を使用する為に拳銃としてはあまりにもバランスを欠いたそれに、ハナは手元を狂わせてしまう。

 

「ひゃあ!?」

 

 思わず取り落としたハナに慌てて銃をキャッチした咲耶は、セーフティを掛けてあったそれに安堵してシュウへ投げ渡した。

 

「50口径でもライフルカート。安易に渡してはダメよ」

 

 そう言って目くじらを立てた咲耶は、ホルスターに納めて肩をすくめたシュウと、その隣で不満そうにしているハナに苦笑する。

 

 そして、最後に持ってきた浩太郎の方へ移動した彼女は、ソフトアーマーの部分がよく見えた前型機と比較してハードアーマーの割合が広がっており、戦闘服と言うよりも現代風にアレンジされた甲冑に近い見た目だった。

 

「次は……」

 

「俺の機体ですよね。確か、カナちゃんの実家が改修を担当してくれた……」

 

「もう、言葉を奪わないでよ。『アーマチュラ・イルマーレ・テサーク』、より浩太郎君専用に改修したイルマーレ。向こうから提出された企画書と設計図から読み解いた限りじゃ、正面戦闘能力の強化が主なコンセプトの様よ。

新しい武装として、手首にブレード、膝にバヨネット、脛にコールドエッジアーマーが、足のかかととつま先に高周波ブレードが追加、こちらからも武装提供をしてサブマシンガンとサプレッサー内臓のバックラーが両腕部に装備されているわ。

そして、一番大きな追加武装は、そうね、背面部の二つ。R.I.P.シリーズの新作二つね。一つは斬馬刀型の術式武装『R.I.P.|バスタードシミター』。もう一つは短弓型術式武装『R.I.P.ボウ』。本来なら選択式なんだけど今回は無理して二つ装備させたわ」

 

「短弓に斬馬刀、前者は僕が要求しましたけど、後者は何故?」

 

「現行開発している武装の中で一番あなたに合った大型兵器だったかららしいわ。抜いて見てご覧なさいな」

 

 そう言って促した咲耶は、自身の目前で柄に手をかけた浩太郎の背から、反射対策でマットブラックに染められた斬馬刀が現れたのを見た。

 

「装甲稼働分のカバーも含めてアシストモーターを外装で追加していて、内臓モーターも改良されているからかなりトルクアップしているわ。そのトルクなら、取り回すにも楽でしょ?」

 

「ええ、まあ。片手でも違和感がないくらいには……。ですけど、正直扱いきれる自信はありませんよ」

 

「初めはそう言うものよ。さて、もう一つの方も展開してみて頂戴な」

 

 腕を組み、その上に目を引く大きさの胸を乗せた咲耶に促され、バスタードシミターを収めた浩太郎は空いた手に弓を掴むと手首のスナップで展開した。

 

 バタフライナイフの様に展開した弓は、自動展張で展開した弦を渡し、調律をオートで行って発射可能状態へと移行した。

 

「高トルク型のショートボウ……。パワードスーツ用に強めに設定してくれてるんだ。矢筒は座標固定式の空間固定追従型、今あるのは徹甲矢、榴弾矢、消音術式矢かぁ……」

「矢って言うより槍じゃねえかその長さ……」

 

「こっちの矢は対軽軍神用だしね。元々暗殺用だから飛翔速度は出てもせいぜい亜音速(サブソニック)だし、それ位の速度帯なら、これ位の大きさがバリアに負担をかけやすいから」

 

「それでもこんなもんにぶち抜かれりゃ体真っ二つだぞ……」

 

「そう言う武器だから。射程は……ライフリング術式込でも、せいぜいが1㎞かなぁ。イルマーレのセンサーは精密狙撃向きじゃない広域偵察用だし、狙いつけるにも結構辛いんだよね」

 

 そう言って同期している照準を虚空に向けた浩太郎は、宙に浮かんでいるロックオンサイトの端にライフリング術式の待機を確認する。

 

「一撃、放っても良いかな咲耶さん」

 

「ええ、良いわよ」

 

「ありがとう。じゃあ、一撃だけ」

 

 そう言って手のコネクタと弓のコネクタを接続させた浩太郎は、本格的な接続に伴い再起動した火器管制システム(FCS)と弓のセンサーユニットが同調し、軽く速度を上げたターゲットサイトが宙を走る。

 

 腰の矢筒から徹甲矢を引き抜いた彼は、弦に矢尻を引っかけると一気に弓を引き絞り、矢の先端から術式陣が展開、絞り形状を模る段階的な陣はまるでバレルの様に伸び、浅く回転を始める。

 

《ライフリング術式:低強度:起動完了》

 

「ッ!」

 

 鋭く尖った呼吸の後に矢を放った浩太郎は、陣を潜り抜けた矢が浅く回転し、ジャイロ効果で直進性を保ちながら直進して抉る様に的をぶち抜いた。

 

 薄いベニヤ板製の的を撃ち抜いた矢は、板を真っ二つに割って宙へ抉り飛ばすと、クッション材の金属板に数センチ突き刺さった。

 

「凄い……」

 

「まあ、向こうには600mで鬼人族の筋肉を撃ち抜ける威力ってオーダー出してたからね。それでも、使える場面は限定的だ」

 

「使える場面?」

 

 そう言って武達と共に弾痕を見ていたカナに苦笑しながら、弓を折りたたんで背中に回した浩太郎は、改造前から使用していた武装の点検を行う。

 

「うん。これは所謂スナイパーライフルみたいな物だからね。不意打ちで使用するのが前提、見つかった状態で使うには不利な武器だよ」

 

「リーヤと同じ?」

 

「そうだね。だから、それさえあれば良いって訳じゃないかな」

 

 そう言ってXM92のボルトを落としてホルスターに納めた浩太郎は、ヴェクターを手に取ると、全身に装備した予備マガジンを確認して初期弾倉を込め、側面のボルトリリーサーを叩いた。

 

 カチンと言う音と共に、一発が込められ、それを聞いてビクンと体を跳ね上げたカナに苦笑した浩太郎は、ワイのワイのと盛り上がっている隼人達を見ながら準備を進めていく。

 

「皆、楽しそう」

 

「ここの所、忙しかったからね。こう言う日には皆、羽を伸ばすさ」

 

「うん……」

 

 そう言って、俯きながら一か月間の間に二件も大きな仕事があった事を思い返したカナは、準備が終わった浩太郎に頭を撫でられる。

 

「頑張ってたよね、カナちゃんも」

 

 そう言って彼女を抱えて歩き出した浩太郎は、嬉しそうな彼女に自然を笑みを零していた。

 

「お待たせ、隼人君」

 

「バカ騒ぎしてただけだ、気にするな。さて、時間も来た事だ。そろそろ始めるぞ」

 

 クルクルとククリナイフを弄ぶ浩太郎にそう言って金属音を鳴らしながら歩いた隼人は、それぞれの班に分けて指導を開始させた。



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第11話『基礎戦術:アキホ-1』

 場所は動かず、そのままアキホの指導に入った隼人は、うんざりしているアキホに呆れつつ、彼女の訓練データをラテラのインターフェイスで確認していた。

 

「今日のお前はダメダメだな。二週間前の自信はどこへ行った」

 

「だって皆大人げないんだもん」

 

「当たり前だ。相手が格下と分かったら舐めてかかる様な奴は三流だ。それに、俺達に勝てない様じゃ今後の見込みが無いぞ」

 

「兄ちゃん達最強だから、勝てる訳無いじゃん!」

 

「相手が強いからと諦めるのか? そんな根性じゃ現場に出たら即死だぞ」

 

 厳しい言葉をかけながら、アキホのデータを見ていた隼人は、なるほどなと内心頷いて半分へそを曲げているアキホと向き合う。

 

「アキホ、本題に入るぞ。今回の訓練を通して、自分に何が無いか、自覚できたか?」

 

「自分の戦い方が無い?」

 

「そうだ。俺も今、データを見てそう確信した。だが、それは当然だ。お前は元々戦う事を学んでいないからな。そこでだ、俺達からは、お前が自分の戦い方を見つける手助けをする。無論、その為の近接系のメニューだ」

 

 そう言って、レンカに拳銃とコンバットナイフを渡させた隼人はそれを受け取ったアキホが、手慣れた動きで回すのを見つつ、浩太郎に後を譲った。

 

「僕らが思うアキちゃんの基本的な戦い方としては、味方の位置を中心に常に動きながら戦う事。要は味方周辺に限定した遊撃だね。そうなってくると、アキちゃんは近接距離での戦闘能力が必要になる。アキちゃん、近距離戦闘で大切な事って何だと思う?」

 

「武器を扱う事?」

 

「ううん、違うよ。突発的な事に冷静に対応する事さ。武器の扱いはその為の手段に過ぎない」

 

 そう言ってセイフティをかけたMk23でガンプレイしていた浩太郎は、アキホの眼前でぴたりと銃口を向ける。

 

「仮に、近接戦でこう言った状況になった場合、君はどうする?」

 

「え、えっと。避ける?」

 

「うん、良いね。でもそれは、正解の一つだね。選択肢としてはナイフがあれば峰で銃を抑え込んで胸部を撃つ、足を蹴って姿勢を崩させる、とかね。まあ、曲がり角の鉢合わせした時にやる事だから」

 

「ううーん、えげつないね」

 

「うーん、まあ、やらなきゃ死ぬからね。で、もしナイフが無い時は空いた手で相手の銃を持っている手を弾いて腹部にダブルタップ」

 

 そう言ってMk23をアキホの腹部に腰だめで向けた浩太郎は、感嘆の声を上げる彼女に苦笑して銃をホルスターに納めた。

 

「じゃあちょっとやってみようか」

 

 そう言っていきなりMk23を引き抜いた浩太郎に、瞬時に反応したアキホは、ナイフの峰で銃を押さえつけると浩太郎の頭部に銃口を合わせた。

 

「うん、オッケーオッケー。でもちょっと惜しいのは、頭に照準している事かな」

 

「え? ダメなの?」

 

「ダメって言うか、あんまり良くないかな。ちょっと一発抜いて見て」

 

 そう言ってアキホにスライドを引かせ、9㎜弾を出させた浩太郎は、弾の先端を彼女に見せる。

 

「拳銃弾の先端は丸いんだ。そして、人の頭も曲面で構成されている。もし掠ったら反撃されるのはアキちゃんだ。で、相手が体格のいい人物なら、抑え込みを剥がされてお陀仏、って事になる。

だから胸や腹を狙うんだ。弾丸の侵入に対して滑る事はないし、被弾面積は広いからね」

 

「でも一発で殺せないじゃん」

 

「胸を撃ち抜かれれは、呼吸が難しくなるし、腹を撃ち抜かれれば胃液でいずれ死ぬから大丈夫。上か下かなんて早いか遅いかの違いだから」

 

 そう言って笑う浩太郎に背筋が冷えたアキホは、彼からの指示で手に持っている武器をホルスターに納める。

 

「さて、次は別のシチュエーションだ。僕と君は援護がない状況で、お互いに近接武器を持って、真っ向から打ち合う事になった。こうなった場合、君はどう言う方針で戦えばいいかな?」

 

「えーっと、速度で翻弄してじわじわダメージを与える……かな?」

 

「うーん、不正解。確かに、一撃離脱でじわじわとダメージを与えるのは良いけど、それは仕留めてくれる味方がいないとやっちゃダメ。それに、他の状況が分かってないのになぶり殺しの持久戦はハイリスクだよ。敵がどこかで増援要請をしたり戦闘の音で気づかれて集まられたら、アウト。

それに、体格が上の相手は時間をかけすぎるとジリ貧になるよ」

 

「体格が上の相手って言うと……」

 

「人間の男性、鬼人族、人狼族、オーガ族とかだね。とくに後者の三種族に置いては切り傷がすぐに塞がりやすいから、出血によるダメージも期待できないよ」

 

 そう言って苦笑する浩太郎に頬を膨らませたアキホは、やれやれといった表情の隼人にさらに不機嫌になった。

 

「近接戦において体格差は圧倒的に勝敗を決する要素だ。漫画やアニメみたいな技術力や機動力で翻弄できるもんじゃない。それに、体格差で負けている相手に技術的に負けていたらお前どうする気だ。ぶっ殺されるぞ」

 

「えー、魔法は?」

 

「近接の彼我距離なんて、詠唱時間の間に詰めようと思えば詰められるぞ」

 

「詰みかぁ……」

 

「そうじゃねえよ。体格差のある相手にはまず隙を作らせ、そして一撃で仕留める。こ

れだけで倒せる。手順は簡単だろうが。あとはその方法を俺達から学べばいい」

 

 そう言って装甲服のままアキホを見下ろした隼人は、ものすごく複雑な表情をしているアキホにイラつきながら浩太郎達と共に指導を始める。

 

「んで、明確に聞きたいんだけど、隙ってどんなのを言うの?」

 

「単純に言えば、確実に攻撃を当てられる時間の事だ。例えばだ、生身の人間は正中線にある体の部位が急所だ。フリーの状態からここに当てるには大体数秒かかる」

 

「で、隙を作るわけかぁ」

 

 納得がいったといった風に頷く彼女に鉄仮面の下で苦笑した隼人は、背中のナイフシースからナイフを引き抜いて和馬に手招きした。

 

「そう言う事だ。隙を作るのもやり方はいくらでもある。が、ここでは基本的なやり方を教えておく。まず、攻撃にはナイフを使う。そして足裏を蹴って、のどを刺す」

 

「おお~」

 

「姿勢を崩す基本は相手の足元を狙う事だ。普通、人間は必ず二足で立つ。手で立っている人間はいない。だから足を狙うのは鉄則だ」

 

 そう言って実験台の和馬を元の体勢に戻した隼人は、戸惑っているアキホを見てため息を落とした。

 

「どうした、そんな顔をして」

 

「うーん、とね。具体的にどうやればいいのかなぁって」

 

「じゃあ取り敢えず実践だな。美月、頼む」

 

 そう言って美月を呼び寄せた隼人は、トレーニングナイフを持ったアキホと彼女を向き合わせた。

 

「やれやれ、仮想敵になるなんてね」

 

「まあ、我慢してくれ。そのまま、術式併用の近接戦闘術の指導も頼む」

 

「はいはい、了解よ。じゃあ、アキホちゃん。さっきお兄さんが見せてくれたやり方、試してみて」

 

 そう言って軽く構えた美月は、隼人のアシストを受けているアキホを見据えて軽い手招きをした。

 

「取り敢えず危ないからゆっくりやりましょう。まず、私が突きを放つわよね? そうしたら、右に逸らして、そう。そうしたら、勢いが乗っていた私は背中が見えるくらいにまで外してしまう。で、ここではまだ攻撃しない。

足の裏を蹴って、姿勢を崩して、そして、喉に突き込む。そう。その流れよ」

 

 そう言って体を起こした美月は、隼人とアイコンタクトを取ると軽く構えた掌底をアキホに繰り出す。

 

「ッ!」

 

 瞬時に受け流し、美月の背後を取ったアキホは足裏を踏みつけて姿勢を落とさせると喉元にトレーニングナイフを突きつけた。

 

「完璧よ」

 

 そう言って体を起こした美月は、嬉しそうなアキホの頭を撫でるとスケジュールを確認して次の訓練へ移った。

 

「じゃあ、本命の術式併用の格闘戦術を教えるわね」

 

 そう言って左腕のカバーを外してスイッチを切り替えた美月に、のんびり返事をしたアキホは、掌にエネルギー球を形成している彼女を見てギョッとなった。

 

 『某王道から逸れた戦闘ロボットの赤いフレーム』を思い出したアキホは、エネルギーの塊を宙で遊ばせている彼女に若干引き気味になりながら歩み寄る。

 

「何そのエグそうな玉」

 

「術式球弾。まぁ、私のは似非なんだけどね。これはエーテル変換した魔力の塊で、直撃すると溜め込んだエネルギーを開放して爆破現象を起こすの。これ、近接戦で使えるわよ」

 

「え? 爆発するのに?」

 

「コツさえつかめば何とかなるわよ。それに、ある程度指向性を持たせられるから接触しなければいいだけよ」

 

「簡単に言うなぁ。そんな何とか神拳じゃないんだから」

 

 半目で言ったアキホは、自身の眼前でエネルギー球をくるくる回す美月を見ながらおもむろに掌底の形でそれを構えた彼女に首を傾げた。

 

「和馬、その装甲頑丈?」

 

「お、おい待てお前まさか」

 

「そ、実験台」

 

 そう言ってエネルギー球を投擲した美月は、至近での爆発を受けて吹き飛んだ和馬から顔を背け、アキホににこやかな笑みを向けながら説明を始める。

 

「この攻撃のメリットは圧倒的な衝撃力。直撃すれば、いかに装甲されている相手でも衝撃が貫通してダメージを与える」

 

 そう言って一応威力は抑えていたらしい美月は、装甲を損傷せず埋まっている和馬の惨状を見せると、アキホの胸に手を当てる。

 

「もちろん、圧縮しなくてもこの距離なら衝撃は飛ばせる。分かる? 十分なストローク無しでも術式なら威力は出せるのよ」

 

「う、うん」

 

「これにプラスして、術式なら属性を加えて攻撃できる。単なる衝撃だけでは無く、火炎、水圧、真空、重力。これらの属性を使う事で相手を翻弄できる。無論あなたの場合は光と水。これらを分けるだけでも十分戦えるわ」

 

 そう言って、微笑んだ美月に戸惑いがちに頷いたアキホは、頭を掻く素振りを見せつつ起き上がった和馬に視線を動かした。

 

「いってえなぁ。いきなりぶっ放すなんざ酷ぇぜ美月」

 

「ふふっ、ごめんね。それに、あなたも冗談は止めなさい。そんなに痛くなかったんでしょ?」

 

「へっ、バレてたか。にしてもすげえぜ軽軍神の特殊装甲は。術式を装甲の表面で滑らせやがった」

 

「ああ、標準装備されてるって言う術式処置ね」

 

「みたいだぜ。な、隼人、浩太郎」

 

 そう言って二人の方を見た和馬と美月は、首肯する二人の内、隼人に詳しい解説を頼んだ。

 

「そうだな、軽軍神は、標準で術式処置が施された特殊装甲を装備している。仮にバリアが抜けたとて、装甲に術式が直撃すれば装甲の表面で術式効果が滑って周囲に拡散する。化学現象で言う蒸発燃焼と同じだ」

 

「それって、攻撃が利かないって事?」

 

「端的に言えばな。まあ、多少効果は発揮するが、それでも狙ったほどの威力は出ない。一応使えば使うほど稼働用の魔力は減少するが、発動に要する魔力と比較して微々たる物だ」

 

「何それ、チートじゃん」

 

「馬鹿を言うな、現実にチートなぞ無い。ここだけ聞けば、確かに軽軍神に術式は通じないだけに聞こえるが、実はこれは欠点でもある」

 

「そうなの?」

 

「ああ、この術式処置は本来機体に術式効果を浸透させる為に施されるものだ。だから、術式無効化が作動すると本来の効果を発揮できなくなる。また、作動後は一定時間元に戻らない。その間に術式を食らえば、お陀仏だ」

 

 そう言って和馬の機体表面を指さした隼人は、相槌を打つアキホに言葉を続ける。

 

「加えて、防げる出力は面積に依存する。一般的な術式は面積=出力だが、腕のいい術士は面積を絞って撃ち込んでくるからな。そうなると、術式の先端だけを無効化して後の威力が到達、装甲に被害が入ると言う訳だ」

 

「なるほど、やりようはあるんだね」

 

「そう言う事だ。あと、照射系にも弱いから、和馬、気をつけろよ」

 

 そう言って締めくくった隼人は、アキホの訓練に戻らせるために美月に後を譲る。

 

「さて、続きね。術式併用の格闘戦のメリットはわかってもらえたと思うけど、ではデメリットは何だと思う?」

 

「え、デメリット? えーっと、発動時間が長い、とか?」

 

「それは大したデメリットじゃないわねぇ。対人用の小威力術式なら剣を振る時間くらいで発動できるし、それに、高出力をぶっ放せば良いってもんじゃないのよ」

 

「うーん、分かんない」

 

「はい、じゃあ正解は、スタミナ切れしやすいって事よ」

 

 そう言って苦笑した美月は、呆けるアキホの額を指で小突いた。

 

「スタミナ切れ?」

 

「ええ、そう。現住種族は体調維持に魔力を使っているから、スタミナ維持に魔力も使ってるのよ。で、術式は魔力を使うから使えば使うほどスタミナ切れしやすくなる。術式併用の欠点はこれよ。どうしてもスタミナの元を使うから短期決戦にならざるを得ないの」

 

「あーそっか、そうだね」

 

「それともう一つ、否が応でも発動に意識が割かれるって事もあるわ。これらに注意して、戦闘を行う様に。じゃ、ちょっと実践してみましょうか」

 

「え、マジ? 誰とやんの?」

 

 驚愕しているアキホを他所に苦笑した咲耶は、和馬を指さすと面食らっているらしい彼が戸惑いがちに美月に問い返す。

 

「え、マジで言ってんのかよお前。俺軽軍神だぞ」

 

「大マジよ。大丈夫、アキホちゃん一人でやらせる気は無いから。私も入るわ」

 

「二対一でもよぉ……。二人共、何の強化装備も無しじゃねえか大丈夫か?」

 

 そう言って腰の刀型外殻を鳴らした和馬に苦笑した美月は、不安そうなアキホに横目を一度向けると好戦的な笑みを彼に向けた。

 

「言っとくけど、ハンデなら不要よ。それに、術式使用の現住種族二人に対して軽軍神一機って言うコンバットレシオを知らないのかしら?」

 

「戦術白書見てっから知ってるけどよぉ……。こんなゴツイ鎧来て女の子二人ぶちのめすって、何か見分が悪いって言うか、何つーか」

 

「安心しなさいな、セクハラ紛いの事してる時点で見分悪いから」

 

 そう言って苦笑した美月に、悔しげな顔をした和馬は、アキホに追加の武装を投げ渡した彼女を見据えると隼人達が空気を読んで少し離れた。

 

 その中に、暇そうなレンカとカナの姿もあり、予備戦力として数えた美月は、腰から拳銃を引き抜く。

 

 刀も術式もある美月が通常なら効かないであろう拳銃を選んだのを、訝しげに見た和馬へ彼女は不敵に笑って見せた。

 

「え、マジ?」

 

「ご不満?」

 

「いや、これ以上言ったらメンタルボコボコにされっから良いや」

 

「ふふっ、意気地なし」

 

「言わなくてもこれだ。困ったもんだねぇ、うちの姫さんにゃ」

 

 そう言ってケラケラ笑う和馬は、腰の一刀に手をかけつつ冷静に二人の武装を確認する。

 

(美月は9mmモデルのXDに杖刀、あといつも通りならサイドアームに杖刀と同じ機能を持った小太刀を一本吊り下げているはずだ。んで、アキホちゃんの武器は、と)

 

 視線をアキホの方へ移した和馬は、彼女が持っている双刃の太刀とも、薙刀とも取れる形状の武装を目にして驚愕していた。

 

「何だよそれ?!」

 

「あら? ふふっ、さっきそこで見つけたのよ。良いでしょ? ここの後方支援委員会が作成した新型武装、双刃刀。結構便利に使えるんですって」

 

 そう言って和馬に笑ってきた美月に、冷静にアキホの武装を分析していた彼は彼女が追加で背面側の腰に下げた三節棍を見て取る。

 

 そして、防具にグローブをはめたアキホに頃合いと見た隼人が合図を出しに来る。

 

「準備は良いか? じゃあ、始めるぞ」

 

 そう言って指を鳴らした隼人は、双刃を振り回して迫ったアキホにバックステップして下がりつつ、彼女の初撃を見送った。

 

 まるで風車の様に振り回された刃が鞘から抜ける途中の雷切と打ち合い、激しい火花を散らした。

 

「意外と重てぇな!」

 

 そう言って一刀を抜き切った和馬は、軽軍神の馬力でアキホを押し切ると掌底の構えから左のバックラーに仕込まれたサブマシンガン(P90)を発砲する。

 

 それを片手のバク転で回避したアキホは、追撃してくる和馬に振り回した刀で突っ込みを牽制する。

 

 そして、スイッチングした左の手の平に水流をかき集める。

 

「穿て、スプラッシュスパイカー!」

 

 拡散気味に水の槍を放ったアキホは、水の膜で和馬の視界を塞ぎつつ、後退する。

 

 装甲の耐圧性能に任せて、水流をそのまま突進してきた和馬は、そこにいるであろうアキホ目がけて一文字を振るった。

 

「甘いわ」

 

 だが、抜けた先にいたのはアキホを庇って立つ美月だった。

 

 動揺の隙を見逃さず、顔面装甲へ拳銃を発砲した美月は、跳弾の火花で視界を奪った。

 

(くそっ、見えねえ!)

 

 実体へのダメージが無いとは言えど、跳弾音と火花で感覚を塞がれている和馬が受けた精神的なダメージは激しく、それ故に本来なら命中させられたであろう一閃を大きく外す事となった。

 

 大振りの一撃を回避し、側頭部を蹴った美月は、割れ金の様な鈍い音と共に吹っ飛ぶ彼に、拳銃による追撃を放ち、アキホを突撃させる。

 

「うりゃああ!」

 

 風車の如く、回転する刃を叩きつけたアキホは体制を整えた和馬と何合も撃ち合い、不意に連撃が途切れた瞬間に背後に叫ぶ。

 

「ミヅ姉ぇ!」

 

 瞬間、アキホの脇をすり抜けた美月が溜め込んだ魔力を刃に乗せながら柄を掴んでいた。

 

「金行・一閃!」

 

 一節と共にオーラを纏った刃が柄から解き放たれ、それを腰のスイングと共に放った美月は、ガードを上げた和馬を吹き飛ばし光のバーストフレアを周囲にまき散らした。

 

 そのあまりのノックバックにフレーム、モノコック構造の装甲を貫通して手首にダメージが入った和馬は、警告が走った外殻を見て戦慄する。

 

(相っ変わらずやべえ威力だなァ、おい!)

 

 マスクの下で戦慄しながら、大きなひびの入った外殻を見下ろした和馬は、鞘ごと刀をパージすると腰からサイドアームの脇差しを引き抜いて構える。

 

 片手で構え、リーチの差を埋めた和馬は、切り抜けつつ刀を鞘に納めている美月に苦笑する。

 

 そして、右腕の銃口を向けつつターゲットサイトに美月を捉えた瞬間、それを阻む様にアキホが切りかかってきた。

 

「ッ!」

 

 咄嗟に横にした厚刃の短刀と縦薙ぎの双刃刀が打ち合い、宙に火花を散らす。

 

 刀と言うより打撃武器の様な扱い方をするアキホに対し苦笑しながら捌く和馬は、突進気味に斬りかかってきた彼女を往なす。

 

 振り返った瞬間、オーバーヒートした刀を収めていた美月の銃撃を顔面に喰らい、火花で視界を塞がれる。

 

「ッ!」

 

 隙を埋める様な援護に苦戦した和馬は、眼前に迫ったアキホの刃を回避すると、美月にサブマシンガンの銃口を向けて発砲する。

 

 闇雲な射撃を回避し、五行でバリアを張った美月は、手首のスナップでグリップマガジンを振り落としてのリロードを行うと、限界近いバリアから離れて射撃する。

 

「くそっ、弾切れか!」

 

 そう叫びながら手動で水平挿入式のボックスマガジンを排除した和馬は、リロードを終えて左腕を構え直そうとした。

 

「させるかァッ!」

 

 気を引く為に叫びながら飛び込んできたアキホが、刀で腕を弾いて逸らす。

 

 電子トリガーで発砲していたP90が数発あらぬ方へ放たれ、待機していた隼人達の至近に着弾する。

 

「さぁて、どうすんだアキホちゃん。俺の武器を弾いたのは良いが、ノープランじゃ」

 

「私の指示よ」

 

「なッ!?」

 

 振り上げられた右腕を狙撃した美月の存在に驚愕した和馬は、一瞬注意が逸れたのに気付いた。

 

「切り裂け、シャイニングブレイド!」

 

 左腕に刺していた刃をそのままに分割した刀へ術式を乗せて右脇に叩きつけてきたアキホに吹き飛ばされた和馬は、峰打ちだった事に冷や汗を掻きつつ、ブーストで勢いを殺す。

 

 一方のアキホは、連結した刀を頭上で風車の如く振り回して薙刀の様に構え直した。

 

「固いなぁ」

 

「普通なら今ので決着ついてるから、良い線よ」

 

「でへへ~」

 

「でも、装甲兵器ならもう一撃ね。あと、相手が和馬だってのもあるわ。油断せず、慎重にね」

 

「あい!」

 

 そう答え、刀を振りかぶりつつ和馬へ猪突したアキホは、美月からの牽制射撃を背後から通しつつ、逆手持ちに切り替えた彼に横薙ぎを放つ。

 

 刃と刃をぶつけ合い、火花と共振音を感じたアキホは、片手を掌底に構えている和馬に気付き、フック軌道のスイングを屈めつつ回避する。

 

 そして、金属製のブーツプロテクタで踵蹴りを脳天に叩きこむ。

 

「ッ!」

 

 激しい共振音と地面に叩きつけられた激痛、その両方を受けた和馬はバウンドの勢いを利用して立ち上がり、HPを確認する。

 

(チィッ、残り3割切ったか……。あんだけ揺さぶられりゃ装甲兵器って言ったって、そんぐらい行くだろうな。まあ良いさ、コイツぁ俺の戦いじゃない。でもな!)

 

 内心で呟き、アキホの蹴りを左腕で弾いた和馬は、飛び込んでくる美月を逆手の短刀でけん制すると、そのまま横薙ぎで起き上がったアキホの側頭部を打つ。

 

 ポイントバリアの作用で血こそ出なかったが、頭を揺さぶられたアキホは、平衡感覚と共に一瞬だが意識を失い、暗転していた視界に地面を入れた。

 

 直後、彼女は、身体強化を入れつつのハンドスプリングで激突を回避する。

 

 そして、そのまま回転蹴りを和馬の側頭部に打ち込み、揺さぶりつつ跳躍。

 

「チッ!」

 

 よろけつつ、短刀を振り上げた和馬は、腕を軸に回転するアキホのブーツと打ち合ったそれを引いて、左腕のバックラーを向ける。

 

 5.7㎜を発砲した和馬は、ポイントバリアを穿つそれに嫌気が生じ、それをくみ取ったのか銃口がブレて銃撃があらぬ方向へ飛んでいく。

 

「くそっ!」

 

 悪態をつく和馬を他所に、擦過した弾丸のダメージから体勢を立て直したアキホは、片手に持っていた双刃刀を分割すると左を逆手、右を順手に構えた。

 

「やっぱ苦手だなぁ射撃は」

 

 そう呟きつつ、予備マグを入れていた和馬は、不意打ち気味の火炎をバックラーに仕込まれた障壁術式で防ぐ。

 

 その間にアキホを見失った和馬は、舌打ちしつつ美月の姿を探すと、加速術式を行使したらしいアキホの高速攻撃を脇差しで往なして流す。

 

「隙ありよ」

 

「そっちもな」

 

 そう言ってお互いに攻撃を繰り出した美月と和馬は、交錯した弾丸とビームに吹き飛ばされ、立ち直りが早かった美月が、P90を向けられるより早く水圧と風圧の二層構造の防壁を作って弾丸を防いだ。

 

 抵抗の違う二つの壁に捕らえられた弾丸に驚いた和馬の側面から攻めかかったアキホは、牽制の一振りを落とすと逆手の左を叩きつけた。

 

「無駄だぜ!?」

 

「穿て、『シャイニングブレイド』!」

 

「ッ!?」

 

 まばゆい光と共に装甲を切り裂いたアキホは、過負荷に負けて砕けた刀を手放すと柄を連結させて長巻の様な形態で刀を振り上げて脇差しと打ち合う。

 

 一瞬鍔迫り合いを繰り広げた二人は、横合いから割り込んできた美月の攻撃で迫り合いを終え、そのまま和馬の損傷負けで終わった。

 

「やっとか」

 

 そう言って舞台に上がってきた隼人は、ボロボロの和馬を助け起こすと、消耗している二人に苦笑しながら全員を集めた。

 

「まあ、物理メインだったがアキホ、やり合ってみてどうだった」

 

「んー……とね、魔法剣が使いやすかったかなぁ。でも咄嗟の魔法はあんまり威力出せなかったなぁ。牽制止まりだったし」

 

「咄嗟とはいえ、あそこまで使えるのは良い線だと思うぞ。他には?」

 

「やっぱり数の有利を感じたかな。二対一だと攻めやすいのなんの」

 

「だろうな。例え卑怯と罵られようが何だろうが数が多い方が有利に事を運べる。手数だけじゃない、相手の意識外からの攻撃も、人数が上回っていれば可能だ」

 

 そう言った隼人は、地面に座るアキホにタオルを手渡すと話を続ける。

 

「人間は意識の外からの攻撃に対し、防御姿勢を取れない。カウンターと同じ理論だ。身構えられないからこそ大ダメージを受ける。それに、目の良い奴はどうしても目からの情報に頼りがちで、それを基に戦う」

 

「そっか。和兄、見えてない状態のみづ姉の攻撃避けられなかったもんね」

 

「ああ、和馬や美月もそこらへんは分かってる。だが、和馬にはアーマチュラって言うハンデがあったからな。軽軍神の操縦には一定の慣れがいる。その分集中力は落ちるだろうな」

 

「えーっと、それって慣れてないから集中できなかったって事?」

 

「一概にそうとは言えないが、原因の一つではある。軽軍神は神経接続で体の動きは同期できるが、それ以外の操作は意識を割く必要がある。操作に時間をかけるとその分集中力は落ちる」

 

 そう言って武装を動かして見せた隼人は、小さく声を出すアキホに苦笑する。

 

「まあ、和馬の場合はこうだが、お前の場合は術式だな。接近戦でいかに早く撃てるかが勝負だ」

 

「そうなんだよねぇ……。私、一応高速詠唱できるけどレン姉ほど早くないんだよねぇ。かといってお姉ちゃんとか兄ちゃんほど格闘戦得意って訳でもないし」

 

「だが、お前には機動力がある。全身のバネを駆使した機動力がお前の武器だ」

 

「でもアドバンテージにならないんじゃないの? 兄ちゃんさっき言ってたじゃん」

 

「あー……。ああ、言ったな。だが、真っ向勝負をするならって話だ。戦いはな、スポーツじゃない。ルールは無いんだ。だから、機動力が生きる。正面から戦う必要はないからな」

 

 そう言った隼人は、若干引き気味のアキホから目を逸らすと、話を無理矢理止めた。

 

「休憩が終わり次第、訓練を続けるぞ」

 

 そう告げて、隼人はその場を後にする。

 

 その背中を見たアキホは、急に感じた悪寒に体を抱き寄せる。

 

「アキホ……? 大丈夫?」

 

「え、う、うん。大丈夫だよ、レン姉。ちょっと、怖かっただけ。人を、殺す事を覚えてるんだなって、気付いちゃったから」

 

「なるほどね、そう言う事が怖いのは仕方ないわよ。私だってそうだったから」

 

 そう言って、アキホの隣にしゃがんだレンカは、アキホを囲む全員を見回すと浩太郎と共にどこかへ移動する隼人の背を見送る。

 

「でも、アイツと一緒に戦いたいなら。アンタはそれを受け入れなきゃダメよ」

 

「人を殺す事に、慣れろって事?」

 

「違うわよ。むしろ慣れたなんて言ったらアイツは怒るわよ。そんな奴はいずれ虐殺を犯すってね。自分がそうなのに、さ」

 

「それって……」

 

「ダインスレイヴの後遺症、そして……アイツの根っこの感情。その全てが、アイツを殺しの罪悪感から解き放っている。あいつを、人殺しの化け物に変えてる。今でも苦しんでるわよ、アイツは。体の侵食が無くなっただけで心は蝕まれたまま」

 

 そう言って物悲し気にうつむいたレンカに、全員が黙りこくる。

 

「だから、アンタはちゃんと自分が何をして、何をしなきゃいけないのか考えて戦いなさい。私が教えられるのはそれだけよ」

 

「……うん」

 

 雑に頭を撫でてくるレンカに、俯いて涙を流したアキホの様子は年相応の幼い感情を抱いた少女のそれだった。



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第12話『基礎戦術:香美-1』

 一方、フィールドを移動して香美の訓練をしていたシュウ達は、シュウ、ハナ、リーヤ、ナツキ、香美の五人対楓、武、俊、シグレの四人で分けた模擬戦を行っていた。

 

 香美の能力を図り、育てるためのルールとして、五人チームの方には以下の制限があった。

 

 ハナとナツキは戦闘管制を行わない。

 

 やるとしてもアドバイスを送るのみで、彼女らが別で請け負う無人機による電子戦と索敵、術式による補助のみを行うとして、取得した情報の処理から判断まではすべて香美が行うとするという内容である。

 

「それで、どうする管制官」

 

 背後にそう言ってシールドを構えつつ、様子を伺ったシュウは、開始から数分経って情報処理が追い付いていない香美にハナ共々護衛としてついていた。

 

 シュウが手に携行している武装は、模擬戦に使っている近接戦闘(CQB)フィールドに合わせて選択した『HK416C』口径5.56㎜カービンライフルだ。

 

「えーっと……。索敵情報取得、俊さんが前、その後方に武さん、楓さんシグレさんと続く一直線のフォーメーション……。索敵しつつこちらへ接近中だから……」

 

 縦を構えたまま、考え込むアキホを見ていたシュウは、索敵データを送信しているハナの苦笑顔を見て待機を続ける。

 

「データリンク更新します。ターゲット排除順序を付与しました。これより戦闘管制、開始します」

 

「了解。総員傾注」

 

「ナツキさん、C-07へ雷属性の罠術式準備をお願いします。リーヤさん、ポイントA-09にて伏せ撃ち体制で狙撃準備を。牽制射で構いません。シュウさんはC-07への誘導も兼ねた囮をお願いします。

ハナさんはこのまま私と共に行動して、索敵情報をリアルタイムで送ってください」

 

 そう言って腕のモニターを閉じた香美は、腰に下げていたHK416Cのセレクターを単発に変えると、ハナのカバーを受けつつ移動を開始した。

 

『リーヤ、配置完了』

 

『ナツキ、準備完了。効果消滅まで120秒』

 

 通信から二人の報告を受けた香美は、身軽さと素早さから優先順位を一番高く設定したシグレの位置を捕捉するとそこへ移動しつつあるシュウに指示を出す。

 

「シュウさん、初手は40㎜グレネードでお願いします」

 

『40㎜? ランチャーか? 弾種は? 榴弾(HE)か? 徹甲焼夷弾(API)か?』

 

「HEでお願いします。APIは影響範囲が必要以上に広い事と爆炎で視認性を阻害する可能性があります」

 

『了解した。こちらは射撃戦闘メイン。敵が見えにくい事は致命的だからな。HEで第一優先ターゲットを攻撃。その後、他の優先ターゲットを引き付ける』

 

「了解しました。指定ポイント到達後、砲撃開始してください」

 

 そう言って指示を出した香美は、チェーロV2のセンサーから取得した映像を見ながら作戦を組み立てていた。

 

(初撃が決まれば、電撃戦の案は潰せる。あとの問題は……楓さん)

 

 内心で呟き、サイドアームとして選択していた『キンバー・カスタムTLE/RLⅡ』に手をかける。

 

「香美ちゃん、良い銃を持ってるね」

 

「え? あ、キンバーの事ですか?」

 

「うん。キンバーのカスタムガンは向こうじゃ有名だからねぇ。NLAPD SWATが正式採用してるって有名だし」

 

「そうなんですか……」

 

「知らなかったの?」

 

「はい……。この銃は、うちの姉達が使っている銃ってだけなので」

 

 そう言って銃のグリップに軽く触れた香美は、頭に触れたハナの優しさに少し驚き、強張っていた力を緩めた。

 

「思い入れ、あるんだ」

 

「はい。そうなりたいって思うと、この銃がなんだか気になって」

 

「そっか。じゃあ、訓練頑張らなきゃね」

 

 そう言って笑うハナに、笑い返した香美は爆発音に気持ちを切り替え、シュウとの通信を開いた。

 

「効果確認を」

 

『すまん、何故か砲撃を察知された。対象への効果無し』

 

「そっ、そんな……」

 

『ッ! 気付かれた! 誘導を開始する!』

 

「りょっ、了解!」

 

 予想外の事態に焦る香美は、移動するシュウの光点をトラッキングするが次にすべき事が思いつかなくなっていた。

 

「香美ちゃん、どうしたの?」

 

「えっと……次、どうしたら、良いんでしょう」

 

「えっ」

 

 突然の事に目を丸くしたハナは、パニックになり涙目を浮かべ始めた香美に慌てた。

 

「なっ、泣いちゃダメだって! ほらほら、落ち着いて、ね?」

 

 付け焼刃の様なフォローに、内心心が挫けたハナは、泣き出しそうな香美にどうしようか逆にパニックになっていた。

 

『香美ちゃん、突然の物事に対処するにはまず落ち着く事が必要だよ』

 

『それに、初手でつまずいたのならばまだ修正が利くから、大丈夫』

 

 見かねたのか通信越しにフォローに入ったリーヤとナツキが、パニックの元を掴み、落ち着かせる様にそう話す。

 

『メルディウスさん。香美ちゃんが落ち着くまでの間、任せていいかな』

 

「え、でもルールじゃ戦闘管制はダメじゃ……」

 

『分かってる。だから、戦闘管制じゃなくて、スミッソン君と敵位置の観測をお願いしたいんだ。狙撃タイミングの位置合わせの為に』

 

「え、あ、うん。了解!』

 

『スミッソン君、C-07まで持ちそうかい?』

 

 そう言ってシュウとの会話に切り替え始めたリーヤにリアルタイムの索敵情報を送っていたハナは、すがる様にキンバーを抱えている香美を見下ろす。

 

 まるでキリストの十字架の様だ、と思っていたハナは戦闘の爆音を聞きながらショートバレル仕様のHK417からデザートイーグルにスイッチングし、香美を庇える位置まで連れてきた。

 

「ッ!」

 

 周囲に銃口を巡らせながら位置についた瞬間、横合いからの連射が宙を走る。

 

 バリケードに叩きつけられた9㎜パラベラム弾に悲鳴を上げる香美の頭を押さえつけ、姿勢を落とさせたハナは、角から見えたG18Cに身体強化を併用しての応戦射撃を撃ち込む。

 

「このままじゃ……」

 

 凄まじい威力と着弾音でシグレを抑えつつ、香美の様子を見ていたハナは、背面のバックパックからドローンを取り出して宙へ放った。

 

 自動索敵を起動したハナは、シグレへ牽制射撃を繰り返すそれを囮に移動する。

 

「ごめん、リーヤ君、ナツキちゃん、そっちに移動する!」

 

『了解。香美ちゃんは?』

 

「まだ落ち着かないかな……。あ、それと、多分向こうの陣形崩してきてる。近くにシグちゃんがいたから」

 

『まずいね、遭遇戦になったら僕らが不利だ。メルディウスさん、データリンク索敵情報の更新は続けてもらって良いかな。それだけで幾分か対処は出来る』

 

「シュウ君の方はどうなんでしょう……」

 

 そう呟いて、ナツキに香美を預けたハナは、ちらと顔を見せたシグレに50口径弾を撃ち込んで牽制する。

 

『くそっ、こちらシュウ! 三人に包囲された! 身動きが! ぐぉっ』

 

 通信機にノイズを走らせながら、救援を求めたシュウにリロードしていたハナが真っ先に反応する。

 

「シュウ君!?」

 

『予想外の展開だ……。向こうはスミッソン君を潰しに来てる』

 

「それって……」

 

『軽軍神の装甲、機動力、攻撃能力を警戒してだろうね』

 

「早く助けに……!」

 

『それは、ちょっと待って。今動けば巻き込まれる可能性がある。それに、リベラさんがこっちの抑えで動かされてる可能性も、無きにしも非ずだよ』

 

「じゃあ、どうすれば……」

 

 そう言って困惑していたハナは、震えていた香美が一連のやり取りを聞いて何か言っているのに気付いた。

 

「私が……抑えます」

 

「え?!」

 

「私がやらなきゃ……負けます。お姉ちゃんにも、お兄ちゃんにも、追いつけない。隼人さんの背中も、追えない。アキちゃんとも、並べられない」

 

「でも、大丈夫なの?」

 

「怖い、です。でも……やらなきゃ、いけない筈です。私が、ここで」

 

 そう言ってキンバーを構えた香美は、戸惑うハナとナツキに膝を笑わせながら立ち上がって見せる。

 

『香美ちゃん』

 

「は、はい」

 

『リベラさんを、任せていいかな。バックアップにはナツキちゃんをつける。君が自分に必要な指示をするんだ。良いね?』

 

「……はい。分かりました」

 

『よし。じゃあ、メルディウスさん。僕と合流してスミッソン君の救援へ。香美ちゃん、救援完了後の指示は、おいおいちょうだいね』

 

 そう言って通信を切ったリーヤに自然と緊張がほぐれた香美は、苦笑するナツキとハナに恥ずかしそうに俯く。

 

「じゃあ、頑張ってね」

 

 そう言ってリーヤとの合流を目指して走り出したハナを見送った香美は、かすめた弾丸に悲鳴を上げつつ壁に隠れて様子を窺った。

 

 撃ち合いであればライフルが有利なのはわかっていた香美だったが、相手が接近戦型であると言う事が冷静になり始めた頭の中にあったが故にキンバーをそのまま使っていた。

 

「ッ! いた!」

 

 そう叫んだ香美の目の前をG18Cを持って駆けていくシグレが、ハナ達にマシンピストルを照準する。

 

 その瞬間、オレンジ色に目の色を変えた香美はキンバーを構えるとシグレが持っているG18Cをロックオンする。

 

照準固定(ロックオン)

 

 安定した両手構え(ウェイバースタンス)で、射撃した香美は拳銃を穿ち、そのまま連射でシグレを追い散らす。

 

 素早い動きで逃れたシグレに、警戒しつつ、腰からナイフを引き抜いた香美は、背中のハーネスにライフルを引っ掛けて固定する。

 

「ナツキさん、援護お願いします」

 

『了解。ん、いつでも大丈夫』

 

「タイミングは指示します。それまで待機で」

 

 そう言って周囲を探った香美は、右側からバリケードを避けて迫るシグレに気付き、ロックオン術式を起動して連射した。

 

 あらかじめ撃ってくる事を予測していたシグレは薄く展開していた重力場で弾丸を逸らすと、一撃離脱でククリナイフを振るった。

 

「リフレクト!」

 

 寸前で反射場を展開した香美に、キックバックで回転しながら距離を取ったシグレは、ステップを踏みながら予備用のスプリングフィールドXDを引き抜いて発砲する。

 

 それも力場で弾いた香美は、驚く彼女へ牽制射撃を撃ち込んでバリケードへ隠れる。

 

 荒く息を吐く香美は、スライドオープンしていた拳銃の弾倉(マグ)を落とし、腰のマグポーチから引き抜いた予備マグを装填してストップを解除する。

 

『香美ちゃん今のって術式? 練習時使ってなかったよね……?』

 

「えっと、その……ロックオンよりも得意な術式だったので、使わなくて良いかなって」

 

『えぇ~……。ん~、もやっとするけど気にしないでおくね』

 

 苦笑気味のナツキの声に罪悪感を感じた香美は言い辛そうに話を続ける。

 

「あ、あと……」

 

『ふえ?』

 

「もう一つ……使ってなかった術式が」

 

 そう言ってバリケードに手を触れた香美は、一瞬緑色に光った目を閉じ、自分自身の集中力を上げて術式を作動させ、壁越しに魔力を射出した。

 

 放たれた魔力は、地面を通して信号として走り、魔力に触れた物体全てが視界に浮かび上がる。

 

 そして、その中から香美が設定していた『人型の種族』を魔力が選び取り、味方と認識している全員にその情報を送り込む。

 

「『エリアスキャニング:セレクトチョイス』……」

 

 広範囲に及ぶ対象限定探知でシグレの位置と状態を察知した香美は、振り返りざまにキンバーの銃口を向けると、横っ飛びにちょうど銃口を向けてきたシグレと目が合う。

 

 驚く彼女だったが引き金を引くことは躊躇しなかった。

 

 同時に引き金を引いた香美は、直撃コースにあった9㎜弾を回避すると、体勢を崩していたシグレの脳天に照準し射撃する。

 

「ッ!」

 

 横ロールからのブレイクスピンで逆立ちしたシグレは、カポエラキックで牽制すると、そのまま立ち上がってナイフとハンドガンを構える。

 

 いったん距離を取った香美は、腰からトンファーを引き抜いて構えるとハンドル越しに拳銃を支えて発砲する。

 

「無駄です!」

 

 拳銃弾を回避しながら接近したシグレにトンファーを振るった香美は、振り子運動で抑え込んだ彼女に銃口を向けられる。

 

 瞬間、肘で銃口を弾いた香美が応じる様に銃口を向けると、ナイフで銃口を弾いたシグレががら空きの香美の喉に向けてナイフを薙ぎ払う。

 

「ッ!」

 

 寸での所で回避した香美は、トンファーでナイフを弾きつつシグレを巻き込む形で体勢を立て直した。

 

 投げ飛ばされたシグレは、側転で体勢を保って立ち上がった後、.45ACPの銃撃を回避する。

 

「ッ、の!」

 

 返す腕で銃口を向けたシグレは横ロールでの回避からトンファーで銃を弾いてきた香美に舌打ちすると、返す腕でダンシングリーパーを引き抜いた。

 

 束ねられた刃に数か所切り傷を作りながら殴られた香美は、突きの動きで迫るククリナイフをリフレクトで防ぐと、キンバーを牽制に距離を取る。

 

 その間にXDを回収したシグレは、ダメージが軽かった拳銃のマガジンを落としてリロードすると隠れている香美を探しに慎重な足取りで移動を始める。

 

「どこへ、行ったのです……」

 

 慎重に角を警戒して動くシグレは、周囲でがなり立てる銃撃と剣戟の爆音に舌打ちしつつ、クリアリングを進める。

 

 そんな彼女を壁越しに探知しながら無線機を起動した香美は、離れた位置で照準しているナツキへシグレの座標を送信し続ける。

 

 そして。

 

「撃て」

 

 香美がそう吹き込んだ瞬間、声に気付いて銃を動かしたシグレの首筋に雷撃が直撃し、一瞬で気を失った彼女の体が地面に倒れる。

 

 予めクッションとなる術式を敷いておいた香美は、その上に倒れ込んだシグレに銃を向けつつ、脈と呼吸を確認し、彼女の腕を拘束して無線機を起動する。

 

「お見事です、ナツキさん」

 

『えへへ。ありがとう。でも、あの一瞬によく考え付いたね』

 

「お姉ちゃんがやった事あって、それを思い出したんです」

 

 そう言ってちょっと照れくさそうに言った香美は、感心しているナツキに逆に驚いていた。

 

(でもすぐに実行してくれるナツキさんも凄いんだけどなぁ)

 

 自分が咄嗟に指示した『座標を使って壁越しに術式攻撃を行ってほしい』と言う無茶をナツキは咄嗟に実行してくれた。

 

(追い付かなきゃ。私も、この人達に)

 

 そう思いながらシグレにキル判定を出してもらった香美は、そのままナツキと共にリーヤ達の元へと向かっていった。



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第13話『基礎戦術:アキホ-2』

 一方その頃、隼人対女子四人で戦っているアキホは、寄ってたかって叩いても大してダメージが通っていない隼人に息を荒げていた。

 

「どうしたお前ら。だらしが無いぞ」

 

「そのアーマチュラ堅いのよ! アンタもアンタで大人げないし!」

 

「本気でやらないと訓練にならないだろ」

 

 そう言って両手のトマホークを器用に回す隼人に、突っ伏していたレンカが噛みつく様に吠えた。

 

 そんな彼を見た美月がニヤッと笑い、自分と浩太郎を入れ替える為に呼び寄せると、ちょうど練習を見に来ていたらしい咲耶に気付く。

 

「イチジョウ君、ちょっと美月ちゃんを借りるわよ」

 

「え? あ、ああ。良いぞ。何するんだ?」

 

「ふふっ、秘密」

 

 そう言ってウィンクして連れ去っていった咲耶に呆気に取られた隼人は、苦笑しているらしい浩太郎と目が合う。

 

 本気でやるならこっちはこうだ、とでも言いたそうだった美月の顔を思い出して、鼻で笑った隼人は、トマホークを収めて腕を組む。

 

「やるか? 浩太郎」

 

「レンカちゃん達が良いのなら」

 

「だとよ。どうだ?」

 

 そう言ってレンカ達の方を見た隼人は、サムズアップを返したカナを見て了承と受け取り、出力を戦闘モードに切り替え、構えた。

 

 それを見て腰からベクターとトマホークを引き抜いた浩太郎は、グズグズのレンカ達をアーマーの出力を使って運ぶと準備完了の合図を出した。

 

《試合開始》

 

 瞬間、高トルクの蹴りを持って接近した隼人が迎撃射撃を打ち込む浩太郎目がけて突進する。

 

「散開!」

 

 浩太郎の号令と共に跳躍して散開したレンカ達が術式で側面から隼人を攻撃する。

 

 だが、装甲表面の障壁術式が彼女らの術式の貫通を阻み、その間に浩太郎に接近した隼人は逆手持ちでスタンバトンを引き抜くとトマホークと打ち合わせて押し込む。

 

「うっ、ぐぅっ!」

 

 肘を折った変則的な構えで顔面に発砲した浩太郎は、膝蹴りで蹴飛ばされ、その間に接近していたアキホの援護に移る。

 

 それに気づいていた隼人は、着弾の衝撃を吸収しつつ、左のバトンをアキホへ投擲する。

 

「にゃあっ!?」

 

 殴り飛ばされたアキホが吹き飛ぶのと入れ替わりに、大剣二本がロケット推進で接近する。

 

「ッ、ちぃっ!」

 

 咄嗟に両手で受け止めた隼人は、背後から迫る浩太郎に大剣を逸らしてからの肘打ちでトマホークを迎撃する。

 

 そして、踵蹴りで浩太郎の足を払うと、腕の裏に装備していたヨーヨー型ユニットを射出する。

 

 瞬間、のけぞって回避した浩太郎はサマーソルトキックと組み合わせたエッジの刺突を放つが予想していた隼人はスウェーで回避。

 

 引き戻しの動きで動かしたユニットで側面を打撃する。

 

「くぅッ」

 

 吹き飛ぶ浩太郎に掌の方向を向けた隼人は、大ジャンプから斬りかかってきたアキホとレンカの攻撃を回避すると、脛のアークブレードを展開して回し蹴りを繰り出す。

 

 咄嗟のスパイカーで相殺したレンカは、アキホに攻撃させると吹き飛んだ隼人に歓喜の声を上げた。

 

「やっと通った!」

 

 そう言って無邪気に喜ぶレンカが飛んできたスタンバトンに吹っ飛ばされ、アキホが慌ててカバーする。

 

 それを見てほくそ笑んでいた隼人は、入れ替わる様に接近してきたカナの一撃を回避して踵落としからのヒートエッジで右の一振りを抑える。

 

グローム()!」

 

「何の!」

 

 大剣からの雷に耐えた隼人は至近で光をため込んでいた掌をかざし、カナ目がけて術式砲撃を打ち込む。

 

グローム・シチート(雷の盾)!」

 

 カナの詠唱と共に大剣から放っていた雷が円形に収束し、高密度のエネルギーがバリアーとなって光学レーザーを拡散させる。

 

 光の粉が宙に散る中、大剣から重量が消えたのを見計らってバックステップしたカナは、眼前に迫っていた隼人の拳に目を見開いた。

 

「グローム!」

 

 苦し紛れに雷を放ったカナは、ある程度の衝撃があるらしい雷と真っ向から打ち合った隼人が無理矢理突き破ってくるのに、ダメージを覚悟した。

 

 が、直前に隼人の体が吹き飛び、カウンタースラスターで衝撃を殺した彼が、何かに気付いて両手にトマホークを引き抜いた。

 

光学迷彩(メタマテリアルカモフ)……。浩太郎か」

 

 姿が見えない事に警戒しているらしい隼人に、大剣を向けたカナは神経接続で繋げている歩兵用インターフェイス上の更新情報のウィンドウに攻撃の手を止めた。

 

 更新の許可を出した彼女は、更新完了と同時にシルエットで見えた浩太郎の位置に少し驚き、そしてハンドサインで指示を出す彼に合わせて攻撃を始めた。

 

「ッ!」

 

 意識の外だったらしいカナからの攻撃に慌ててパーリングした隼人は、レンカとアキホの連携を相手取ると背後に殺気を感じて不意に伏せた。

 

 瞬間、元いた位置を斬馬刀の風圧が駆け抜け、反撃で肘打ちを放った隼人は、直撃の金属音を聞き、直後剥がれ落ちた術式からイルマーレの悪魔的な衣装のマスクが現れ、索敵情報の更新をしたのかセンサーマスクの双眼が瞬いた。

 

「やはり奇襲か! お前らしい!」

 

「正面戦闘ができる戦力が揃ってれば当然だと思うけど、ね!」

 

 マスクの下で笑った隼人に、斬りかかった浩太郎は、交差したトマホークと打ち合った斬馬刀を押し込む。

 

 カウンタースラスターが遅れた隼人が一瞬体制を崩しかけ、その隙を見逃さなかった浩太郎が、つま先に展開した高周波エッジを彼の脇腹に叩きこむ。

 

「させるか!」

 

 瞬間、肘打ちで足を落とした隼人は、側転気味の噴射で横回転してエッジを回避すると両腕からユニットを射出した。

 

「つぅッ!」

 

 咄嗟にバックラーから防護障壁を展開した浩太郎は、アークエッジで抉られた衝撃を受けて仰け反るも完全にこちらへ隼人の意識が向いている事にニヤリと笑った。

 

 瞬間、背後に攻撃を食らった隼人は、体を捻りながら着地するとトマホークとユニットを収めて構えた。

 

「子の射撃……咲耶か!?」

 

「私も混ぜてちょうだいな。もちろん、レンカちゃんの方にね」

 

 そう言って空中浮遊している咲耶は手にした20㎜セミオートカノン『XM28A3』をサイドグリップで構えると隼人に照準する。

 

「チィッ!」

 

 前方への低姿勢ダッシュで狙撃を回避した隼人は、一斉に射撃してくるレンカ達を掻い潜ると、ハイジャンプで咲耶に向けて突進する。

 

「無駄よ!」

 

 垂直グリップを掴んでの二連射で隼人の勢いを殺した咲耶は、飛び蹴りで叩き落とす。

 

 その間に接近していたレンカとアキホが抜群の連携で、光学レーザーを放ち、直撃をもらった隼人は稼働限界を確認しながら弾幕を潜り抜けると、目の前に現れたカナの振り下ろしをレーザーで減速させながら受け止める。

 

「流石に大人げないぞお前ら!」

 

 言いながら蹴り飛ばした隼人は、斬馬刀を振り薙いできた浩太郎の一閃を回避するとエッジを出した脛で脇腹を蹴り飛ばす。

 

 バチバチと音を上げる装甲に防がれた隼人は、そのまま脇を蹴ってダメージを与える。

 

「ぐッ」

 

 苦悶を上げた浩太郎が斬馬刀を振り上げた瞬間に高速のカウンターを打ち込んだ隼人は、そのまま吹き込んだ彼に内心詫びつつ、背後から迫る女子二人の一閃を裏拳で受け止める。

 

「あんたも十分大人げないわよ!」

 

 得物を受け止められたレンカとアキホは、そのままターンしつつ彼の顔面に膝蹴りを打ち込もうとするがその前に避けていた隼人は、着地した二人の刺突を回避し、バク転と共に脚部のアークエッジを振るうと引けつつも追従してくる彼女らに苦笑する。

 

 三度目の着地を決めた瞬間、上空に向けてレーザーを放った隼人は、肩部シールドで防ぎつつも衝撃で嬲られた咲耶にニヤリと笑う。

 

「前言撤回かもな、これは」

 

 そう言って全員のポイント表示を見た隼人は、お互い高いHP設定でなぶり殺しを演じていたが故にここでようやく軒並み3割ほどになっていた。

 

 と、その隣に残りの燃料残数が表示されており、ゲージが一割ほどの位置で赤いビビットカラーを表示していた。

 

『あらあら、稼働限界近そうねぇ。リチャージング入れるのかしら?』

 

「いや、止めておこう。今の状態で起動させるとシャレにならん」

 

『それもそうねぇ。じゃ、このままね?』

 

「いや、被害が無い程度に吸引しろ」

 

『りょうかぁい、あははっ』

 

 そう言ってフレームとアーマチュラのUIとなっているスレイの笑い声を聞きながら、レンカ達に被害が出ない程度に緩やかに魔力吸引をさせた隼人は、5パーセント回復した所で打ち切った。

 

 その間に対軽軍神用の大型サーベルを手に降下してきた咲耶と、レンカ、そしてアキホが同時に攻めかかってくる。

 

 それをトマホークで捌いた隼人は、レンカとアキホにトマホークを投擲して牽制。

 

「もらったわよ!」

 

「こちらのセリフだ!」

 

「!?」

 

 瞬間、白刃取りの体勢でサーベルを受けた隼人が至近で光学術式を作動。

 

 相殺の衝撃波で刃を折った隼人は、咄嗟に柄を手放していた咲耶にアッパーカットを構える。

 

「くっ!」

 

 左腕からせり出た折り畳み式の仕込みナイフを掴んだ咲耶は、突きの動きでアッパーとかち合わせる。

 

「うまい手を!」

 

 コンパクトさを優先した小型のナイフとは言えど、突きの動きで出されたものを素直に破壊は出来ない。

 

 そうして時間を稼ぎ、増援を待つのだろう咲耶の手に、狂気じみた笑みを浮かべた隼人は、ハイキックで咲耶を蹴り飛ばし、増援としてきた浩太郎とカナを弾き飛ばす。

 

『燃料残り10パーセント』

 

 そう呟くスレイに、内心焦りを持ちつつ二人に止めを刺した隼人はポイントアーマー喪失でリング外へ強制転送された彼らも見ず、レンカの攻撃を受け止める。

 

 薙刀を弾き飛ばした隼人は、蹴り技で攻めに来たレンカの飛び回し蹴りを潜って避け、顎狙いのハイキックを回避すると叩き付ける様なチョッピングブローを打ち込む。

 

『残り8パーセント』

 

 カウントが過ぎる中、熱量限界間際の警告がウィンドウ端に現れ、それと同時に体力を消耗している自分を自覚した隼人は、ふらつく体を戻そうとした刹那に振り下ろされた踵の鉄槌に地面に叩きつけられた。

 

 一瞬バウンドした隼人は、脳震盪を起こしかけるが気合で持ち応え、体前面部からの噴射で起き上がると刃の様な蹴り上げを回避し、アキホと咲耶にも意識を向けつつ拳を構える。

 

『残り7パーセント』

 

 カウントを聞きながらレンカの攻撃を捌いた隼人は、アキホの一閃を回避するとジャブを顎に撃ち込んでよろけさせ、姿勢を落とした彼女に膝蹴りを入れようとしたがその瞬間、背中を通ってロールを決めたレンカの打ち下ろしを回避する。

 

 大きく距離を取り、リーチの短さを露呈させようとした隼人はそれを見越していた咲耶の援護射撃に打ちのめされ、体制を大きく崩される。

 

『残り5パーセント』

 

 その表示を見た隼人は背中に手を回すとスラスター側面にシースごとレールに搭載されていたナイフを掴み、咲耶に向けて投擲した。

 

 シールドに直撃したそれが激しい火花と共振音を鳴らし、シールドを懸架していたアームから激しい軋みが鳴る。

 

「くっ、なんて威力なの!」

 

 衝撃をカウンタースラストで殺した咲耶は、その間にナイフを手に接近していた隼人に腰のマチェットナイフを引き抜いて対応するが、薄い刃はナイフの厚刃で砕かれ、逆手に持ち替えたナイフがアームに直撃してシールドが落下する。

 

「ッ!」

 

 浮遊できることを生かした回し蹴りを放った咲耶だったが、反射的に防いでいた隼人が回転しながらの斬撃でシールドを斬り落とす。

 

 同時にバリアの数値も削れ、舌打ちした咲耶はそのまま回転してアームを掴み、殺意に満ちた目で放たれた隼人の横薙ぎを寸での所で防ぐ。

 

「くっ……」

 

 返す腕でグラビティサーベルを振るった隼人はナイフが食い込んだシールドを弾き飛ばすと、返す刃をアキホに投擲、反対の手にもう一つの柄を掴んで咲耶を薙ぎ払う。

 

 その間に接近してきていたアキホに蹴り上げを放った隼人は、着地兼用の踏み込みからパイルバンカーを加えたカウンターを刀に撃ち込んだ。

 

 刀を回転させていたアキホは激しいノックバックを手首に受けつつ、砕かれた刃に片柄を排除して一刀で挑みかかる。

 

『残り2パーセント』

 

 刀を膝のバヨネットで受け止めた隼人は、そのまま踏み込んで拳を叩きつけようとしたが、それよりも前に叩きつけられた3点バーストの射撃に視界を塞がれ、狙いが逸れた。

 

 何事だ、と振り返った隼人は、空中でバレルロールをしながらM93Rを射撃して来る咲耶に舌打ちし、掌を向けようとしたが残量を見て躊躇した。

 

「アキホちゃん!」

 

 1マガジン分を撃ち尽くした咲耶がそう叫ぶのに振り返った隼人は、右手に水流を掻き集めていたアキホの姿を捉え、左手を犠牲に迎撃しようとした。

 

 が、それよりも早く懐に入ったアキホが隼人の胸部に高圧水流を叩き付け、防御の為に残量全てを使いつくしたラテラが機能停止を起こす。

 

《試合終了:勝者:アキホ・イチジョウ》

 

 アナウンスと同時に強制冷却に入ったラテラがラジエータ兼用のインテークを開放。

 

 機体に滴っていた水がすべて蒸発し、吸引と熱を含ませての放出を繰り返しての強制冷却が完了する。

 

 動けるだけの燃料を吸引し、再起動したラテラに若干引きつつ、刀を収めたアキホは、しんどそうに立ち上がる兄に苦笑する。

 

「大丈夫? 兄ちゃん」

 

「疲れた」

 

「珍しいねぇ。戦闘の後に兄ちゃんがそんな事言うなんて」

 

「バカ野郎、このアーマー、平均機内温度30度だぞ。サウナで戦ってる様なもんだ」

 

「えぇ……何でそんなの着れるのさ……」

 

 ドン引きのアキホを他所に、フェイスアーマーのロックを解除した隼人は汗だくの顔を露呈させつつリング外へ移動する。

 

 水分補給をした隼人は、不機嫌そうな咲耶に気付き、肩にあったシールド無しのかなりシンプルな格好になった彼女に思い当たる事があった隼人は、ペットボトルを置いた。

 

「すまん」

 

「分かってるなら良いわ。全く、アーム破壊されるなんて思ってもみなかったわ」

 

「切りやすかったんでね。そう言えば、アンタ美月と何の話してたんだ?」

 

「聞いたら面白くなくなるわよ」

 

「そう言う類なら別に話しても構わん。別に聞かれても困らないんだろう?」

 

「はぁ、つまらないわね。まあ良いわ。美月ちゃん専用機の開発の件でね、第二世代型のバリエーションとして術式対応の機体を作りたくて彼女に協力を依頼したの」

 

 そう言って美月の方を見た咲耶に、なるほどな、と返した隼人は、嬉しそうな彼女の表情から返事は良好だったのだろうと思い、苦笑する。

 

「人間の使用が大前提のアーマチュラで術式対応と言う事は……なるほど、五行ベースか」

 

「ええ、でも彼女曰く五行を使用する事による弊害は潜伏期間が長期化するだけで術式と変わらないらしいから、そこの解消が問題になるみたいよ」

 

「安全な術式の使用を補助する為のフレームか。実用化すれば戦術が変わるな」

 

 そう言って苦笑する隼人に同意して頷いた咲耶は、神経接続上にデータを表示させつつ、その場を後にした。



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第14話『基礎戦術:香美-2』

 一方の香美達は、俊達を相手に分断戦術を取り、香美とナツキが武達の斜めに陣取る様に移動していた。

 

「ナツキさん、ポイントD-8に弱威力雷撃術式の罠を仕掛けておいてください」

 

『了解』

 

「リーヤさん、ハナさん、シュウさんの状態は?」

 

 そう言って腕のウェラブルコンピューターを起動した香美は、手持ちのセンサーユニットを投擲し、コンピューターと同期させる。

 

『五割削れてる。けどそれ以上にスミッソン君の消耗が激しい』

 

「了解です。俊さん達の位置は見えますか?」

 

『大体はね。だけど射線が開いてないからちょっと攻撃できないかな』

 

「分かりました。では、そこから移動をお願いします」

 

『了解。アイムーブ』

 

 そう言って一時的に通信が切れたリーヤの移動方向を確認した香美は、ナツキを先導する様に移動。

 

 座標D-8付近のバリケードに隠れている武達の頭上に照準する。

 

 ナツキに発砲するとの旨を合図し、三点バーストを三回繰り返し射撃した香美は、案の定驚いている彼らの方へスモークを投擲。

 

 そこからフルオートで、装甲を過信している俊を罠へ誘導する。

 

「ぬおおおおお!?」

 

 術式が作動した床から紫電が走り、膝をがくがくと痙攣させた俊をセンサーからのシルエット情報で確認した香美は、移動前に指示していた通り、ナツキと共にリーヤ達の元へ全速力で移動する。

 

 足音を聞きつけて移動しているらしい楓の声を聴いていたナツキが、牽制目的で炎の幻覚術式を仕掛け、時間を稼ぐ。

 

「無駄ァ!」

 

 炎を切り払いながら突っ切り、珍しく拳銃を手にしている楓が、闇雲な発砲を繰り返す。

 

「この発砲音9㎜じゃない!?」

 

『あ、もしかして楓ちゃんの個人持ちの拳銃かな。FNハースタルの『Five-Seven(5-7)』だよ』

 

「珍しいものを……」

 

 後ろ手に撃ち返しながら呟いた香美は、ナツキと真反対に合流地点の近くで横っ飛びに逃げた。

 

 瞬間、射線を通ったリーヤとハナが同時に発砲し、7.62㎜を放つ。

 

「おわっちょ!」

 

 咄嗟に避けた楓は、その後ろで盾を構えていた武が二発とも弾いたのに安堵し、窓からナツキを射撃した。

 

 その間にバリケードへ制圧射撃を仕掛けた武は、とっくの昔に逃げていた彼らの存在を手ごたえから直感で感じ取り、射撃を止めて楓を後ろに移動を開始した。

 

「こちらリーヤ、現在移動中。狙撃は武君に弾かれた」

 

 そう言いながら分隊支援狙撃仕様のショートバレルに換装した『DTA・SRS』を手動装填しているリーヤは、その隣で残弾確認をしているカナを先に行かせる。

 

 そして、殿をしているシュウのカバーに入る。

 

 壁越しに移動してくる武を見つけたリーヤは、一撃放って牽制するとシュウに後ろを任せて前進する。

 

「ナツキちゃん、香美ちゃん、合流できそう?」

 

『こちらナツキ、問題無いよ』

 

『こちら香美、こちらも大丈夫です』

 

 相互確認しつつ集合したリーヤ達は、香美を中心に状況を整理し始める。

 

「俊さんはおそらく再起動中です。あれだけ電撃を食らえばシステムがシャットダウンしてる筈なんで」

 

「あ、それで電撃を」

 

「はい。それと武さんと楓さんですが、多分こちらの位置は分かっていない筈です。野生の勘で来る事は加えてないので確定事項では無いですけど」

 

 そう言って、ごもごと俯きながら喋る香美に苦笑したナツキ達は、最初の失敗を気にしてるんだな、と初々しさに笑いつつ時折後方を警戒する。

 

「それで、この後はどうするんだ?」

 

「あ、はい……。えっと、端的に言えばぶち抜き十字砲火作戦です」

 

「ほう。具体的には?」

 

「貫通力のある7.62㎜での壁越し狙撃で仕留める作戦で、5.56㎜を持っている私とシュウさんが基本的には囮もしくは牽制。.338ラプアマグナムを持っているリーヤさん、次点で7.62㎜を持っているハナさんが射撃手です。

ナツキさんは、貫通力強化の術式による援護、もしくは狙える時に術式で直接狙ってください。ハナさん、展開していたドローン含め、全機上げてください。各機自動索敵で外周部を警邏、裏取りを阻止してください」

 

「もしも俊が動いた時は俺が相手する。それで良いか?」

 

 そう問いかけたシュウに首肯した香美は、彼と共に移動を開始し、リーヤ達もまた、状況整理の為、一度固まっていた。

 

「前に出る」

 

 そう言ってシールドを構えつつ移動したシュウの後ろにつきながら、後方を警戒している香美は、定期的なスキャニングで周囲を索敵し、武達を探す。

 

 と、曲がり角に差し掛かった所でシュウが一旦停止、香美に待機を命じて角から銃を構えて顔を出す。

 

交戦(コンタクト)!」

 

 運悪く武達と遭遇してしまい、シュウからのハンドサインで移動を指示された香美が走りながらリーヤ達と連絡を取る。

 

 その間に武のシールド目がけて1マガジン分叩き込んだシュウは、衝撃で彼らを固めつつ撤退の動きを取る。

 

リロード(再装填)!」

 

 走りながらリロードしたシュウは、前でもたついている香美を体で庇いつつ側面のボルトリリーサーを叩いて初弾を送り込む。

 

 どうしてももたつく香美に仕方ないと振り返って発砲したシュウは、応戦で放たれた7.62mmを肩部のシールドコンテナで弾きつつ、徐々に後退していく。

 

 一応いつでもナイフが使えるように備えつつ、香美が角を曲がるまで持ちこたえたシュウは、彼女の移動完了と同時に走り出す。

 

「あっ、畜生! 待て!」

 

 そう言って追いかけてくる武だったが、装備の重さから発砲は出来ないらしく、後ろの楓も盾での跳弾を恐れて迂闊に撃てなかった。

 

 その間にアシストの効果もあって速く走れているシュウは、足裏に仕込まれたシリコンカバーの恩恵もあって足音を抑えたまま、香美とは反対側の角に逃げ込めた。

 

「牽制射!」

 

 角に隠れた状態からバースト連射で武達を抑え込むシュウと香美は、壁から走った光線状の射線が武が持っているシールドのガンポートに伸びているのを確認。

 

 火花が視界を遮り、その瞬間に狙いすまされた二連撃に吹き飛ばされ、倒れた武は、反撃に使おうと上げたMk48の銃身が破壊されたのに驚愕した。

 

「どっから狙い撃ってる!?」

 

 流石に壁から狙撃してくるとは思っていなかったらしい武が体勢を立て直す。

 

 それと同時に撤収した香美は、リロードしつつ生半可な攻撃では通じない武達に次の手を考えていた。

 

『うわ、撃ってきた!』

 

 断続的な発砲音と共にオープン回線に飛び込むハナ達の余裕も含んだ悲鳴に苦笑しながら、曲がり角でクリアリングをした香美は、武達の後ろを取る様に移動する。

 

 そして、腰からコンカッショングレネードを引き抜いて下手に投擲する。

 

「げっ! グレグレグレ! にょわぁああああ!?」

 

 爆圧で吹っ飛んだ楓がバリケードに突っ込み、それで半身後方に振り返った武が片手構えで軽機関銃を発砲する。

 

 咄嗟に飛び退いた香美は、頭を低くして弾幕をやり過ごすとそのまま走って逃げる。

 

『香美ちゃんそのままダッシュ』

 

 そう言ったリーヤの声に従って走る香美は、後ろを追う銃撃が止んだのに疑問を抱きつつ、そのままリーヤ達がいる地点へ向かう。

 

 瞬間、目の前のバリケードが爆裂し、白煙を纏ってラテラV2が姿を現す。

 

「あ……」

 

『しまッ! 香美ちゃん!』

 

 呆然としていた香美の眼前、ノーマークだったらしいハナの焦りを聞いていた彼女は、本気の俊が槍を振り上げたのに目を閉じる。

 

「させるか!」

 

 間一髪で防いだシュウが、シールドで槍を防ぐとそのままアームを軋ませながら押し込んでいく。

 

 そして、不意打ち気味に右ストレートを打ち込んだ彼は、そのままコンテナから対軽軍神用のショットガンを引き出して発砲する。

 

「ッ!?」

 

 大粒の散弾が装甲を穿ち、堪らず仰け反った俊は、その間に逃げた香美と入れ替わりに相手になるらしいシュウにニヤリと笑う。

 

 その間にコッキングしたショートバレルショットガンを構えるシュウは、シグナル上で撃破判定が出た武を確認し、その近くを逃げる香美の距離を測る。

 

「よそ見してんじゃねえ!」

 

 伸縮機能がある外殻をショートスピアにした龍翔を振り下ろす俊に、シールドで直撃を防いだシュウは至近でショットガンを構える。

 

 が、引き金を引くより早く身を引いた俊がバックラーから障壁を展開して散弾を弾き飛ばした。

 

「くっ、さすがにキツイな!」

 

 大きく仰け反った俊は、槍の突きで牽制しつつ、バリケードに身を隠す。

 

 その後を追って角まで移動したシュウは、P90を連射してきた俊に舌打ちしてバリケードに隠れ、腰のバインダーからショットリムを引き出してリロードしていた。

 

(チッ、何て強度だ。徹甲散弾二発に耐えきるとは……。やはり障壁に物理ダメージは無駄か。榴散弾で突破できれば……)

 

 装填を終え、コッキングしたシュウは角から躍り出ると障壁を展開しながら接近する俊へ発砲する。

 

 散弾が障壁に直撃した瞬間、障壁をぶち抜いたメタルジェットが装甲を焼き焦がし、凄まじい衝撃が俊の腕を襲う。

 

「くっそ、榴弾か!?」

 

 焼け焦げた装甲を見てそう叫んだ俊は、榴散弾二連射で障壁を過負荷で破壊したシュウにリロードしていたP90を向ける。

 

 だが、第二世代型コンデンサ装甲を重ねた軽軍神用シールドには5.7㎜など目くらましにしかならなかった。

 

 そのまま徹甲散弾を連射して突っ込んできたシュウに、バリケードを切り裂きながら槍を振るった俊は、ショットガンを投げ捨てた彼に驚愕し、その隙にナイフで左脇の装甲を切り裂かれた。

 

 切断個所を庇いつつ引いた俊は、右腕のショットガンを発砲。

 

 大質量を叩きつけられたシールドが若干軋み、表面に浅い弾痕が残る中、腰のホルスターから対物ハンドガンを引き抜いていたシュウは、タイミングを見計らって反撃する。

 

「っぶね!」

 

 間一髪で回避していた俊は、槍で拳銃を狙うがシールドに弾かれてバリケードに突き刺さる。

 

 その間に真横に拳銃を構えて盾に添えた俊は、拳銃のセンサーに任せて射撃すると左のナイフを逆手に持ち替え、太ももの装甲を狙って切り裂く。

 

「っのぉ!」

 

 槍の柄で殴られたシュウは、太ももを穿って俊の体勢を崩させると彼のフェイスアーマーを縦に切り裂く。

 

 火花と共に片側の視界を失った俊は、腕を引きながら照準しているシュウの頭部目がけて槍を叩きつける。

 

 そして、闇雲な刺突攻撃で左肩のアクチュエーターを破壊され、機能不全に陥る。

 

 装甲に食い込んだナイフから手を放したシュウは、予備の折り畳みナイフを引き出すと片手で槍を振るってきた俊の一撃を盾で受け止める。

 

「くそっ!」

 

 ついに盾が破壊され、内蔵していたサブマシンガンが予備マガジンごと露呈する。

 

 堪らずパージしたシュウは、右のシールドを回転の勢いで付け替えるとガンスピンで対物拳銃のマガジンを排除してリロード、そのままホルスターに納めた。

 

「何する気だ!」

 

 そう言いながら槍を振り下ろした俊は、シールドのグリップを掴んで防いできたシュウに舌打ちしてショットガンの銃口を向ける。

 

 そのままシールドにスラッグを叩きつけた俊は、後退するシュウが踵でサブマシンガンを跳ね上げたのに驚愕し、その間にショットガンの銃口をナイフで潰された。

 

 そして、空中でグリップを掴んだシュウは対軽軍神用12.7mmサブマシンガン(EsSMG-7)を至近で発砲。

 

 対物弾に薙ぎ払われた俊の体が吹き飛んで、床に叩きつけられる。

 

「ち、くしょぉ……」

 

 起き上がろうとする俊に銃口を向けたシュウは、SMG-7の残弾全てをフルオートで撃ち尽くして撃破するとホールドオープンのショックを受けた。

 

 空のマガジンを落とし、グリップに新しい弾倉を収めたシュウは、庇った際に投げていたHK416Cを拾い上げて動作確認をし、問題ないと確認してサブマシンガンをコンテナに納めて移動する。

 

「こちらシュウ、俊を排除。移動を開始する」

 

『こちら香美、排除了解。移動については中断してその場にて待機してください。指示を出します』

 

「了解した。なるべく早く頼む」

 

 そう言って角に隠れたシュウは、神経接続のインターフェイスで残りメンバーを確認すると周囲を索敵しながら香美の指示を待つ。

 

(向こうの残りはあと一人。こっちはフルメンバーだが、香美が倒されるとルール上指揮系統が瓦解する。狙うなら恐らくは……)

 

 そう思い、角から顔を出したシュウは目の前に迫っていた楓に一閃浴びせられ、センサーを破壊されて視界を失う。

 

「くそっ、こちらだと!?」

 

 そう毒づいて頭部装甲を投げ捨てたシュウは、オートで作動したポイントアーマーを確認しながら銃口を上げて発砲する。

 

 だが、それよりも早く逃げていた楓の姿を見失い、リロードしたシュウは、左手をホルスターに伸ばしつつ、左膝でボルトリリースを叩いて装填する。

 

「こちらシュウ、楓がこちらに来た。救援求む」

 

 そう言って退きの動きを見せたシュウは、壁を破って現れた楓の連射に怯みつつも銃口を上げる。

 

 が、発砲直前に銃身を切断され、発砲できなくなったHK416Cを投棄したシュウは、腰からフォールディングナイフを引き抜いて刀と打ち合わせる。

 

「無駄無駄!」

 

 威綱の高周波ブレードがナイフの刃を侵食し、慌てて投棄したシュウは左足を蹴り上げて牽制するとレッグホルスターからXDを引き抜いて発砲。

 

 ナイフを切り裂いた楓は、拳銃の発砲に合わせて刃を寝かせ、弾丸を弾き逸らすとそのまま距離を詰めて斬りかかる。

 

「くっ」

 

 ガントレットで刃を受けたシュウは、そのまま腕をくの字に曲げて拳銃を構え、楓の腕を狙って射撃する。

 

 ファインセラミックス・ミスリウム合金複合製のガントレットを引き切って刃に拳銃弾を当てた楓は、至近で水飛沫を放って目くらましをすると水霧に向けて熱エネルギーを放った。

 

「爆ぜろ叢雨!」

 

 炎を纏わせた刃からの熱エネルギーで、急激に膨張した水飛沫の衝撃に弾き飛ばされたシュウは、迫る楓に射撃を浴びせるとスラスターで跳躍し、二つほどバリケードを超えて逃走した。

 

 それを見た楓は、心底つまらなさそうに回した刀を収めると口笛を吹きながら『FNハースタル・Five-seveN』を引き抜き、周囲の音を探る。

 

(気分乗ってたから仕留められそうだったのになぁ。まあ、向こうの方が機動力上だししょうがないか。さてさてどうしよっか。こっちのチームはあと私だけだし、まあ一泡吹かせてみよっか)

 

 そう思ってマガジンを交換した楓は、身に感じた殺意に足を止め、より正確に捉えた殺意がある壁に、銃口を向けて三連射する。

 

「ひゃー」

 

 応戦射撃が壁を貫き、棒読み気味に叫びながら逃げた楓は、目の前に現れたハナに発砲しつつ接近。

 

 壁蹴りジャンプからハナの背後に回った楓は腰から短刀を引き抜いて、脊椎の辺りを突き刺し、ポイントアーマーを奪い取った。

 

「ほい一人」

 

 そう言って右隣の角からブラインドファイアで攻撃してきたシュウに、側転からのバレルロールジャンプで逃げた楓は、体を露呈した彼に短刀を投擲すると、そのままバリケードの迷路に逃げる。

 

 不意打ちだった短刀の直撃で、左肩のアクチュエータ回路と対応フレームを破壊されたシュウは、片腕でライフルを構えると楓が逃げた曲がり角へ移動する。

 

 曲がり角を大回りに移動した彼は、人影のないそれに違和感を感じ、一歩を踏み出した。

 

 その瞬間。

 

「な!?」

 

 驚愕するシュウの手から香美から受け取っていたHK416Cが跳ね飛ばされ、ハンドガードごと貫かれた銃身に、刀身が映り込む。

 

 そして、上下に動かして切り裂かれた銃身にグリップから手を放していたシュウは、腰に手を回してXD拳銃を引き抜く。

 

(ナイフはさっきの戦闘で使い切ってしまった。それに、魔力残量2割で格闘戦が演じられるとは思えない)

 

 そう判断しながら銃口を壁の向こうに巡らせたシュウの眼前で、バリケードがX字状に切り裂かれた。

 

 瞬間、発砲したシュウは、捻じ曲がった様な共振音と共に突っ込んできた楓の一閃を浴び、倒れ込みながら発砲。

 

 そのまま体を引きずる様にスラスターを焚いて無理矢理距離を取ると、火花を散らしながらコンクリートに穴をあけた楓の追撃を、蹴りで往なす。

 

「あっは!」

 

 狂気的な笑みを浮かべ、引き戻しの動きを取りながら片手で村雨丸を引き抜いた楓は、交差の袈裟で胸部装甲を切り裂いて二刀で左袈裟を振り下ろし、蹴り二連の連続攻撃を浴びせる。

 

 よろけて後ずさりしたシュウは、スラスターも併用して体勢を整えながら射撃するが、一発耐えた楓の一閃を浴びて大きく体勢を崩す。

 

「ッ!」

 

 カウンタースラスターを噴射しようとしたシュウは、意識の外にあった警告のUIと共に燃料切れを示すEMPTYマークに舌打ちし、そのまま倒れ込む。

 

 そして、一突きされて止めを刺されたシュウの体が転送され、潤滑油にまみれた刀を血振りした楓は、壁を突き抜けてきたライフル弾を弾くとそのままその場を離れる。

 

(あと残ってるのはリーやんとナツ吉と香美にゃんかぁ。接近すれば何とかなるけど、接近するまでがなぁ)

 

 そう思いつつ、トラップを感知してウォールランで駆け抜けた楓は、残り少ないアーマーポイントを確認して拳銃のマガジンを交換する。

 

「予備は最大装填があと一個。ちょっと減ってるのが一個かぁ。使い切っちゃおうかな」

 

 そう呟きながら角を曲がった楓は、つんざいてきた殺気に伏せて銃撃をやり過ごすと、闇雲に射撃して牽制。

 

 その間に角に隠れた楓は、腰のフラッシュバングレネードを引き抜いて投擲、爆発と同時に攻め込み、失明している香美に向けて威綱を引き抜く。

 

「もらったぁああああ!」

 

 単純明快に香美を狙いに着た楓はその瞬間、挟み込む様に放たれたライフル弾と氷結術式に進路を遮られる。

 

 単なる牽制と取って刀を振り上げた楓はその瞬間、虚ろなオレンジ色の目に捉えられ、ワンテンポ遅れてキンバーカスタムの銃口が楓の体を捉える。

 

「くっ、ロックされた?!」

 

 そう言って突っ込もうとした楓に自動照準が追従し、機械的な三連射が防弾制服の肩を正確に穿つ。

 

 ミシミシと音を上げる肩に苦痛を浮かべた楓は、決定打を欠いているはずの彼女に迫ると、刀を振り上げる。

 

「これで!」

 

「終わりです」

 

 そう呟いた香美に、顔を上げた楓は空中旋回しているドローンに気付くと同時に、銃撃を三方向から同時に受けた。

 

 流石に防ぎきれず、そのままなぶり殺しにされた楓は退場し、その場に残った香美とリーヤ、ナツキの三人は、その場にへたり込んでお互いの健闘を称えた。



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第15話『応用戦術-1』

 整備補給を済ませた彼らは、六時間目の科目である応用戦術の準備を始め、あらかじめ申請していた市街地フィールドの方へ移動していた。

 

 予備コンテナから新品の装甲を充填した隼人達は、武装も新しいものに装着し直していた。

 

「さて、応用戦術だがこれまでで培った物を生かしてもらう為に、男子対女子での模擬戦を行ってもらう」

 

「え、マジ? うち等不利じゃない?」

 

「話を最後まで聞け。男女でやり合ってもポジションの関係上、男子が有利になりやすいのは目に見えている。そこで、特別ルールだ。男子は二人までしかチームを組めないとする。

女子はフルメンバーでこれを迎撃する。ただし、女子にも制限がある。女子は指揮官をキルされた時点で終了となる」

 

 唖然となるアキホ達にそう言った隼人は、持って来ていたコンテナから指揮官の文字が書かれた腕章を取り出す。

 

「武装の制限は無し。トラップ、オブジェクト、何でも使っていい。判定はヒットポイント式で、全員一律5000ポイント、ヒール系を使ってもポイントの回復はしない設定となっている。

ここまでで何か質問はあるか?」

 

 そう言って見回した隼人は、誰も手を上げていない事を確認すると準備に移った。

 

「よし、男子集まれ。これからチーム選定に移る。誰が行く?」

 

「俺は隼人と浩太郎を推薦する」

 

「何?」

 

「安心しろ、面倒だからではない。俺達ユニウスのアーマチュラ組はまだ操作に慣れていない。かと言って、現住種族ではいささか耐久力に不安が残る。ここは、操作に慣れていて尚且つ多彩な戦術が取れるお前ら二人が適任だと判断して推薦したい」

 

「なるほどな。そこまで理詰めにされると反論できないな。立候補が無ければそれでいこう。良いな、浩太郎?」

 

 そう言って腕の装甲の調子を確かめた隼人は、シュウの後ろで着々と準備していた浩太郎に呼びかける。

 

「ああ、良いよ。君にボコボコにされた分のストレスを解消しないといけなかったしさ。ま、今回は女の子を脅かせて遊ぼうかな」

 

「仕事はしろよ」

 

「もちろん。脅かすって言ったってこれで脅かそうと思ってるからね」

 

 そう言ってガンケースから一丁の銃を跳ね上げた浩太郎は、驚いている隼人達に銃を見せた。

 

「『VSS』消音狙撃銃。カナちゃんの実家に取り寄せてもらった暗殺用の半自動装填式狙撃銃。これで脅かすのさ」

 

「なるほど、ヴィントレス(VSS)か。その弾丸重量なら直撃すればポイントアーマー越しでも体勢が崩せるし、サプレッサー内蔵の狙撃銃だから距離さえあれば音は抑えられる。俺と組めばなおさらだな」

 

「そう言う事さ。まあ、両腕に短機関銃はあるけど、どっちかと言うと両手が塞がりやすい格闘戦の時に使う銃だからね。普段使いで使うと格闘時にジリ貧になるから、なるたけ温存するのさ」

 

 そう言って背面部にバスタードシミターをマウントした浩太郎は、腰部前面のウェポンキャッチに対応アタッチメントをつけていたVSSをひっかけると、たすき掛けしていた一点式スリングをスイルベイルにかけた。

 

「男子側は準備完了。女子側は」

 

『こちらも準備完了よ。初期位置にしたい場所にもついたし。始めても良いわよ?』

 

「了解した。俊達は管制塔で見学でもしててくれ。浩太郎、行動開始するぞ」

 

 そう言ってハンドサインを出して移動を開始した隼人は、咲耶との通信で開始を告げた。

 

 VSSを手に取った浩太郎は、隼人の後ろに追従しつつ、通過しているアパートメントの方に銃口を巡らせて警戒していた。

 

「一応警戒してるけど、流石に来ないよね」

 

「ああ、アイツらはどうか知らんが一般的に隊で行動すると進撃速度は極端に低下する。スカウトでもいない限り会敵はしないだろう」

 

「あるとすれば……」

 

「ドローンだな。ハナが制御している。あれはスキャニング機能もついている厄介な代物だ。見つけ次第破壊したいところだがそれではこちらの居場所がばれる。そこでだ」

 

「分断行動するって事かい?」

 

 曲がり角で止まった隼人にそう言って笑った浩太郎は、妙な羽音を響かせながらショッピングモールの天井すれすれを巡っているらしいドローンの存在を検知する。

 

 リアルタイムのデータリンクで繋いだ浩太郎は、隼人のアーマチュラへデータを送信。

 

 AR空間に投影された情報を基に、ハンドサインで指示を出した隼人に頷いた浩太郎は一度警戒しながら曲がり角の対岸へ移動、そして、迷彩起動のサインを送って空間に溶け込む。

 

「移動する」

 

『了解。背後からカバーする』

 

 壁沿いに移動する隼人の後ろからシルエットで表示された浩太郎が追従する。

 

 アウトレットエリアの二階に上がった隼人は、僅かに聞こえる話し声に気付き、角に隠れて足を止めた。

 

「回り込んで偵察しろ」

 

 最小限の指示とハンドサインで浩太郎を動かした隼人は、サムズアップで肯定を返した彼のシルエットが移動するのを確認すると従業員用の出入り口に気付き、背中のナイフでドアノブを切り抜いた。

 

 その間によく見える位置に移動した浩太郎から、固まって動いているらしいレンカ達の情報が映し出され、障害物で見えない分、壁越しのシルエットで補われる。

 

ファントム(浩太郎)、第一ターゲットをヴァンガード(レンカ)に設定、第二ターゲットをフォワード()に」

 

『了解、照準中』

 

「待て、向こうの動きが妙だ。……! しまった! 浩太郎、香美を狙撃しろ!」

 

 そう叫んだ瞬間、壁をぶち抜いたヘヴィライフルの狙撃が隼人に直撃する。

 

 防御が間に合った為に、体勢を崩すだけで済んだ隼人は、壁越しにこちらをバイザーで照準している咲耶に気付き、急いでその場から離れた。

 

『くっ、ダメだ。ナツキちゃんに弾かれた。狙撃する事を読まれてる』

 

「分かった、こっちは三階に移動する」

 

『了解。……ッ! ストライカー(隼人)、右前方!』

 

 浩太郎の叫びに反応して該当方向を向いた隼人は、空中で大口径ヘヴィライフルを構えた咲耶の銃撃を回避した。

 

「くそッ!」

 

 反撃のアークストリングを飛ばした隼人は、その間に追い付いてきたレンカ達に右手の方向から拡散気味のレーザーを地面に向けて放つ。

 

 粉塵を舞わせて目くらましをした隼人は、その間に咲耶へ砲撃を敢行しようとしたが、左のカメラセンサーぎりぎりを掠めた銃撃にユニットを手首に納めて移動した。

 

「ファントム!」

 

 叫んだ瞬間、咲耶目がけてセミオートの銃撃が走り、浮遊しているが故に安定感に欠けていた彼女の体が一瞬体勢を崩す。

 

 一方で、香美とハナが放つセミオートの的確な銃撃を真っ向から銃撃を受けていた隼人は、ナツキと美月が展開した陣の補助を受けて威力を底上げしたミウの砲撃を食らう。

 

「ぐぁああッ!」

 

 引き摺られる様に吹き飛び、一気に四割削られた隼人は、背後から迫るレンカ達に背面から順手でナイフを引き抜いて対応。

 

 薙刀と威綱の刀身をナイフの刃で滑らせると逆手に持ち替えて、二人に迫る。

 

「まだいるよ!」

 

 元気な叫び声に背後を振り返った隼人は、双刃刀を振り上げていたアキホに左のナイフで刃を受け止める。

 

 順手に持ち替えた右のナイフを内側に回す様に振るい、脇を狙った隼人は咄嗟に飛び退いた彼女への追撃は止め、背後から迫っていたカナへの対処を優先した。

 

「くそッ! 流石にこの人数差は厄介だな!」

 

「厄介なのは隼人も同じ」

 

「お褒め戴き感謝する!」

 

 ナイフを収めつつ大剣を脚で弾いた隼人は、左の裏拳でカナを牽制すると、強烈な右フックを叩き込む。

 

 高速のバックステップで回避し、空を掻いたそれに安堵していたカナは、フックの反動で一歩踏み出してきた隼人に驚愕、明確な隙を彼に晒した。

 

「もらったぞ」

 

 掻き寄せる動きでカナの襟を掴んだ隼人は、そのまま一本背負いに地面へ叩き付けて動きを止める。

 

 受け身を取っていたが故に大ダメージは受けなかったカナだったが、突き抜けた衝撃は到底堪える事は出来なかった。

 

「まず一人」

 

「させないよ!」

 

 大剣を取り落としたカナに拳を向けた隼人は、背後からアキホに蹴り飛ばされ、前ロールで体勢を直した。

 

 立ち上がりと同時に、脚部レールからトマホークを引き抜いた隼人は、背後から迫る二人へ薙ぎ払いを放つと、眼前に迫る砲撃の盾として重力術式を展開したまま一本投擲した。

 

「ッ!」

 

 至近で炸裂した爆炎術式に視界を塞がれた隼人は、跳ね返ってきたトマホークをキャッチし、焼け焦げたそれを後方へ振るい、楓の威綱を受け流すと、レンカの薙刀を膝蹴りで跳ね上げる。

 

 装甲を掠める薙刀を潜りつつ、レンカの懐に潜り込んだ隼人は、強烈なタックルを鳩尾に見舞う。

 

「ごふっ」

 

 吹き飛ぶレンカに見向きもせず楓の連撃をトマホークで捌いた隼人は、入れ替わりに空中連撃を放ってきたアキホの高速スピンを無理矢理に止める。

 

 トマホークに刃が引っ掛かり、回転が停止したアキホは柔軟に動いて衝撃を緩和し、引っかかりが緩んだ刀を引き寄せながら反対の刃を振るう。

 

「刺し抜け、『タイダルスティンガー』!」

 

 装甲を貫かんばかりに放たれた一撃だったが、あらかじめ予見していた隼人が、ギリギリを掠めさせながら回避し、トマホークで殴り飛ばして収めた。

 

 吹き飛ぶアキホと入れ替わったカナが大振りに右の大剣を叩きつけ、ガードの腕を弾かれた隼人は、そのまま壁ごと破断されたショーウィンドウに好戦的な笑みを浮かべて左のハイキックを放つ。

 

グローム・シチート(雷の盾)!」

 

 電磁バリアの磁力と莫大なエネルギー量で装甲を滑らされた隼人は、蹴りを受け流されて有効打を与えられなかった事に舌打ちした。

 

「危ない」

 

 左の大剣を返す動きを取りながらそう呟いたカナに、ブーストで無理矢理ジャンプして回避した隼人は、側転からの復帰で右の大剣に合わせたカウンターパイルを放つ。

 

 まともに打ち合った刃と杭に激しいノックバックを手首に感じたカナは、瞬間、身体強化で相殺して剣を振り切った。

 

「ッ!」

 

 腕を引いてショックを吸収していた隼人は、そのまま回転しながら距離を取ると、拳を銃に見立てて構えたカナに両手を突き出した。

 

「グローム・ストリェラー《雷の矢》」

 

「セイクリッド・グレイヴ」

 

 真っ向からぶつかったレーザーと雷が激しいスパークを放ち、激しい衝撃波を空間に放った。

 

 廊下を真っ二つに斬る様に走ったそれに、足場を崩された隼人はそのまま二階へ滑り落ちると、ハナ達から銃撃を受けているらしい浩太郎との合流に動く。

 

「ファントム、タンゴ・シックス(敵の指揮官)は誰だ」

 

「香美ちゃんだね。ま、こっちからは狙えないけどさ! どうするの?!」

 

「乱戦に持ち込むしか勝機は無い。クロークを使えるか?」

 

「今は無理だけどね。咲耶さんが的確に潰してくるからさ」

 

 そう言ってくる浩太郎に苦笑しつつ、空を飛びながら射撃している咲耶の方を見た隼人は模擬店の中に隠れて通信を続ける。

 

「逃げれるか?」

 

「ああ、大丈夫。何とかするさ。それより、そっちはどうなの?」

 

「何とか撒いた。と、思いたいが長続きはしないだろうな」

 

「ああ、何となく理由は分かるよ」

 

「移動し、そっちに合流する」

 

 そう言って追ってきたレンカ達から壁を破って階段の踊場へに逃げた隼人は、一階から上がってきた浩太郎と合流し、対岸の店の壁をバンカーで破って飛び込む。

 

 ロールで上がった隼人に続いた浩太郎は、破った穴から降りてきたレンカ達へ、ヴィントレスのフルオートを見舞った後にスモークを投擲してかく乱。

 

「店を突っ切って、外に出るぞ。開所の方が俺達は戦いやすくなる」

 

「ああ、そうだね。っと、左側、お客さんだよストライカー」

 

「捕捉している。このまま突っ切るぞ!」

 

 咲耶からの射撃を無視して走る隼人の後ろに着いて走る浩太郎は、隼人が開ける大穴を抜けながら応戦し、咲耶の体勢を崩して隙を作り続ける。

 

 そして、最後の壁を破った隼人は、浩太郎共々モールの広場に出た。

 

「迷彩起動」

 

「了解、こちらは囮として立ち回る」

 

 そう言ってフィールドを移動し、木の陰に隠れた隼人はシルエット表示された浩太郎にハンドサインを送ると、低空域に降下してきた咲耶の射撃を回避する。

 

 酷使してボロボロのトマホークを引き抜いた隼人は、刃の表面で弾丸を弾くと、鈍器として咲耶目がけて投擲する。

 

「ッ!」

 

 バイザーを下ろした精密射撃モードで迎撃した咲耶は、バイザーからの警告で等倍センサーモードへ切り替わった視界に迫る隼人を認識。

 

 高度を下げての回避からバイザーを解除し、背泳ぎする様な体勢で地面すれすれを飛行した咲耶は、回り込んでいた浩太郎の反応に上下反転状態で機体を起こしてシールド裏に仕込まれたショットカノンを放つ。

 

「迷彩は削げた!」

 

「それも想定内です!」

 

 驚愕する咲耶から塗膜剥がし目的で放たれた散弾で迷彩が削げ落ちる中、浩太郎は応戦射撃を両足それぞれに放って転倒させた。

 

 姿勢制御にもたついている間に、隼人が距離を詰め、掌底をシールドで受け止めた咲耶は、そのまま押し出されるようにして宙に弾き飛ばされる。

 

「くっ、この!」

 

 体勢を立て直してライフルを構えようとした咲耶は、光学迷彩を剥がし、目の前に現れた浩太郎に驚愕した。

 

(なんて連携精度!)

 

 フルオートに切り替えたヴィントレスを浴びて弾かれた咲耶は、そのタイミングで表示されたインターフェイスにほくそ笑んだ。

 

「良いタイミングね」

 

 そう言って高度を変則的に変えながら移動した咲耶は、光輝いたショッピングモールの屋上に微笑を浮かべた。

 

 瞬間、何かを察知した浩太郎が振り返り様にバックラーの障壁を起動。

 

「狙撃!?」

 

 障壁に干渉した対物弾があらぬ方向へ跳弾し、その反動で吹き飛んだ浩太郎はちょうど良く合流してきたレンカ達に気付いて森へ隠れた。

 

 それと入れ替わりに飛び出してきた隼人は、自分達のポイントを確認すると浩太郎に指示を飛ばす。

 

「ファントム、建物に入れ。モールから広場までの距離で精密な援護射撃は対物狙撃銃以外に出来ない筈だ」

 

「分かった。なるべく早くやる」

 

「ああ。だがそれ以上に正確にな。しくじられると、目も当てられなくなる」

 

 皮肉を飛ばしながら、レンカとアキホのスパイカーを相殺した隼人は、バーストフレアに紛れて飛んできた大剣に吹き飛ばされ、地面に引き摺られた。

 

 警告と同時のカウンターショックで、失いかけた意識を強制的に戻された隼人は、飛び上がりからの突きを構えている楓に気付き、両足で白羽取りして減速させる。

 

 そして、ハンドスプリングも併用したくの字曲げのドロップキックで蹴飛ばして立ち上がった。

 

「もらったわ!」

 

 バーチカルグリップを握り締め、バイザーのセンサーも併用して構えた咲耶は、常軌を逸した反応速度で右の掌を向けてきた隼人にほくそ笑んでトリガーを引いた。

 

 瞬間、隼人の右腕に口径12.7㎜の対物弾が直撃、直線軌道を描くレーザーの方向がわずかに逸れ、バイザーの至近を掠める。

 

「くっ!?」

 

 強烈な光の影響からセンサーが狂ったが為に狙撃を外した咲耶は、インターフェイス左下に走った『残弾低下』の表示に高度を下げてのリロードを行う。

 

 センサーのリセットをかけつつリロードを行う咲耶は、動揺したままレンカ達の波状攻撃を受ける隼人を見ながら先ほどの狙撃のからくりを思い出していた。

 

(香美ちゃんに狙撃を任せているけど、彼女はそんなに狙撃能力がある訳じゃない。けど、あの子はそれを十分に補える能力を持っている)

 

 望遠スコープで香美の姿を捉えた咲耶は内心の言葉を続ける。

 

(『ロングレンジ・ロックオン』。疑似的な精密狙撃を可能とする補助術式。単一対象にのみ、的を絞る事で捕捉距離を伸ばしている。だけど、逆にそれこそが弱点でもある。

通常の狙撃とは違って照準維持そのものに集中力を要する為に、長時間の維持ができない。それと、すぐに射撃対象を切り替えられない)

 

 リロードした20㎜カノンで隼人の四肢を正確に穿って攻撃を封じた咲耶は、なぶり殺しの体で隼人を追い詰めるレンカ達を上空から観測しながら通信を繋げる。

 

フィアンマ(咲耶)より、スカウト(ハナ)ウィッチ(ミウ)の砲撃を要請。前衛部隊の残りポイントから危険域と判断する」

 

『スカウト、了解しました。チェーロ・ストラトフェアーの光学センサーより情報受信。ウィッチへ転送。砲撃準備』

 

「それと、恐らくそっちにテサークが行ったわ。迎撃を」

 

『大丈夫です。そちらへはソーサラーが先行しています。自分も後から合流しますけどね』

 

「そう。なら安心だわ。こちらはアナイアレイタへの攻撃を続行する。フィアンマ、アウト」

 

 無線動作を解いた咲耶は、しぶとく戦っている隼人が珍しく迷っている様な素振りを垣間見せているのに苦笑した。



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第16話『応用戦術-2』

 一方の隼人は、攻め込んできた楓の二刀流をスタンバトンで捌くと、鳩尾に先端を突き付けて電撃を放って一瞬だけ気を失わせる。

 

 白目を剥きかけた楓が復帰するより早く、回し蹴りで顎を穿った隼人は、意識を失った彼女が地面に倒れる前に担ぎ上げてホバー移動。

 

 気を失った彼女を壁に凭れ掛らせて戦闘に復帰する。

 

「もらった!」

 

 開幕一番に術式を放ってきたレンカにバトンを盾にした隼人は、爆光に紛れて迫るシグレとアキホの攻撃を回避。

 

 回避で生じた隙を狙うカナの一撃をサマーソルトキックで迎撃した隼人は、レンカの薙刀を白羽取りすると両手から放った拡散式レーザーで刃を破壊した。

 

「ッのぉおおお!」

 

 白羽取りされていた反動を利用して踵落としを放ったレンカは、無詠唱での『ジャッジメント・ハンマー』を繰り出す。

 

 が、予備動作で読んでいた隼人は光の鎚へカウンターパイルを打ち込む。

 

 ギリギリ相殺した隼人は、芯材破損の警告が出ているパイルバンカーをパージして地面に落とす。

 

 地面に叩きつけられたタングステン製の芯材はまるでガラスの様に破片となって散らばり、レンカの術式がもたらした破壊の程がよく理解できた。

 

「凄まじい威力だな……」

 

 そう呟いた隼人は、レンカをカバーする様に挑みかかってきたシグレのククリナイフを回避すると、背中からナイフを引き抜いて返す一刀を迎撃。

 

 圧倒的膂力に弾かれたナイフが宙を舞う中、ダンシングリーパーを掴んだシグレは、刃を展開させながら斬りかかる。

 

「ブースト……ッ!」

 

 武器の効果を知っているが故に緊急回避した隼人は、身体強化からのダッシュで追いついてきたアキホの一閃をバンカーで受け止める。

 

 仰向け体勢で受け止めた隼人は、そのまま地面に引きずられながらもアキホを真上に弾き飛ばし、寝た体勢のまま、ナイフを背中に納めた。

 

 そして、片手でハンドスプリングを決めると、追う様に叩き付けられた大剣に冷や汗を掻いた。

 

「む、外した」

 

「そう簡単に当たってやれないんでね!」

 

 不機嫌そうなカナにニヤリと笑った隼人は、飛んできた大剣にバンカーを合わせて弾き飛ばすと、警告と共にバンカーユニットをパージ。

 

 その間にユニットを飛ばした彼は、ユニットを掠らせたカナから走った電撃を装甲表面に浴び、全身からスパークを連鎖させながら大きく仰け反った。

 

「もらったぁあああ!」

 

 二度目の叫び声に顔を上げた隼人は、スパイカーを構えるレンカに拳を放った。

 

 真っ向から打ち合った拳部装甲表面の障壁と掌の方向から放たれたレーザーが干渉しあい、バリバリと激しいスパーク、腕を振るわせる衝撃、そして爆音を響かせる。

 

「ッ!」

 

 お互いに弾かれ、仰け反った隼人は大出力をコントロールした緻密なスラスター制御で最小限の時間で姿勢を整える。

 

 それと同時に機内温度の警告が発せられ、ぼんやりと歪み始めた神経接続の映像に、危険域を悟った隼人は、ノイズの様に走った血にまみれた悪夢の様な世界のビジョンに歯を噛んで立ち上がる。

 

「くそっ! スレイ、ふざけるのもいい加減にしろ」

 

『あっは、ごめんねぇ。でもユーモアも必要じゃない?』

 

「笑えんユーモアなぞいらん。きっちり仕事しろ」

 

 そう言ってラジエーターの一部を開放して熱を逃がさせた隼人は、排熱の中に術式攻撃で蓄積していた余剰魔力も含ませて放出する。

 

 ラジエーターから光の粒子となって、宙に舞う活性化状態の魔力は、放熱の熱エネルギーに反応して、一部が火の粉に変わる。

 

「タイムアップも近い。そろそろ本気で行かせてもらう」

 

 そう言って、ラテラのインターフェイスに視線誘導で解除コードを打ち込んだ隼人は、出力比率のリミッターを解除するモード、通称『マックスモード』を起動する。

 

 それに呼応して全身の装甲が解放され、ラジエーター兼リチャージングインテークが露出して身体強化用の魔力を吸引。

 

 それと同時に、過負荷のかかった内部機構から出てきた熱を排出。

 

 一回り膨れ上がったようなシルエットと、悪魔の口の様な意匠で開いたフェイスラジエーターが、ヒロイックだったラテラの印象を一変させていた。

 

《マックスモード:起動:残り時間293s》

 

 インターフェイス端にそう記載され、横目に見ながらマスクの中で、ニヤリと笑った隼人は、たじろくレンカ達に手招きして挑発した。

 

「まとめて来い、5分間だけだがな」

 

 そう言ってセンサー取得情報のリセットをかけ、センサーユニットの光を強めさせた隼人は、いの一番に挑みかかってきたアキホの攻撃を亜音速で回避する。

 

 あまりの速度に驚愕したアキホの背後に回った隼人は、脚部ブレードを振りかぶりながら迫るレンカの動きを高出力化された身体強化の副次効果で感じ取る。

 

 そして、ピンポイントに絞って出力した掌で足を受け止めた。

 

「なぁ!?」

 

「なるほど、予想以上の面白い機構だ。アンケートに書いたかいがある!」

 

「隙あり!」

 

 動きを止めた隼人に向けて掌を向けたレンカは、拡散したレーザーに驚愕し、放出した出力の1.5倍以上の光量をまともに浴びて目がくらんだ。

 

 隼人の方も予想外の事態に光の壁を凝視してしまったがシステムが許容外光量を感知。

 

 一時的にセンサーシステムをシャットダウンして隼人の視神経と期待センサーを保護する。

 

「ッ!」

 

 無理矢理瞼を閉じさせられたかの様な錯覚を得た隼人は、身体強化で強化された気配感知で背後に迫っていたアキホの位置を正確に捉えて両刃刀を受け止める。

 

 その間に咲耶がいる位置目がけてレンカを投げ捨てた隼人は、振り返りながら復旧した視界の中にアキホを捉えると左に掌底を構えた。

 

「まずっ!」

 

 咄嗟に水圧を放出したアキホは、隼人の周囲に変換式のパルスパターンが乗った水圧カッターが接触した瞬間に莫大量の水霧に変わったのに驚愕した。

 

「へ!?」

 

 一気に姿が見えなくなった事と突然の現象に一瞬動きが止まったアキホは、その間に迫った掌底を回避。

 

 腕を蹴り上げてバランスを崩させながら距離を取り、拳銃を抜いて射撃する。

 

「拳銃も何か弾かれてるし、バリアでも張ってんのぉ?」

 

『いいえ、あれは高密度の魔力よ。ラテラのマックスモードは元々の高い燃料消費率から稼働時間確保の為に外部から身体強化用の魔力を強制的に吸引している。吸引の為に寄せられた魔力が分厚い壁となって機体の周辺に展開。

術式処置によるコンパ―ジョン現象。隼人君から習ったでしょう? あれが大規模で起こる様なもの。だから、術式攻撃は無効化される。入力パルスからの共振で威力が増幅された上でね』

 

「じゃあ拳銃が利かないのは……?」

 

『弾丸の軽さと運動エネルギーからでしょうね。吸引される魔力はすぐに使用されるから半活性化状態で引き寄せられる。単純計算で7.5倍のエネルギーと弾丸は激突するから弾かれるのよ』

 

 そう言いながら降下し、遠距離での攻撃手段を失ったアキホを庇った咲耶は、困惑する彼女にウィンクした上で言葉を続ける。

 

「だけど周囲に展開しているエネルギーは排気に反応した熱エネルギーで展開されている。つまり、大口径ライフルと近接武器は弾かれずに突破できる」

 

 そう言ってXM28A3を構えた咲耶は、一射目を牽制に二射目で回避地点へ射撃する連続射撃で攻撃を当て、大質量と音速に達する直進速度のエネルギーでもって仰け反らせる。

 

「今よ!」

 

 そう叫んだ咲耶に、突貫したアキホは同時に攻めてきたレンカと攻撃を合わせ、むき出しのラジエーターに刃を突き刺す。

 

 ラジエーターも装甲化されているが故に蛇腹状のインテークに刃が噛みこまれた瞬間、しなりが限界に達した刀が破砕音を鳴らして砕け散る。

 

「至近距離なら防げないでしょ!?」

 

 そう言って回転も加えた飛び蹴りを打ち込んだレンカは、抑え込もうと振り返りの動きを見せる隼人の背に向けて至近距離で術式を作動する。

 

「『インパクトスパイク』!」

 

 至近距離で作動した術式が衝撃波を生み、自らも吹き飛んだレンカは、咄嗟に避けたアキホのいた地点に吹き飛んで行った隼人を見る。

 

 視線の先、背中のラジエーターを損傷したらしい機体が紫電を走らせながら起き上がっていた。

 

「どんだけタフなのよ……」

 

 荒く息を吐きながら足を掴んだレンカは、少し痛むそれに術式をかけて治療する。

 

 一方、インテーク破損により、排熱がうまく循環しなくなってきたらしいラテラはUIのスレイを介して隼人に警告文を送り、機体は熱暴走寸前で性能が大幅に落ちていた。

 

《警告:熱量限界:インテーク破損:身体強化機能維持不能:通常モードに移行します》

 

 隼人への警告文送信と同時に破損したものも無事なものも全てまとめて塞ぐ様に、インテークカバー兼用の全身装甲が閉鎖され、マックスモードが強制解除される。

 

「くそッ!」

 

 排熱口も兼ねていたインテークが破損した為にうまく熱が逃がせず、オーバーヒートを起こした機体がシステムダウンを起こした。

 

 かろうじて破損していない口のインテークから排熱が迸り、赤熱化したラジエーターが陽炎を生み出す。

 

「今よ!」

 

 その間に射撃を加えた咲耶は、システムが落ちたのみのラテラの装甲が、弾丸を弾くのに舌打ちし、残弾を撃ち切る。

 

 そして、腰部スカートアーマーからマガジンを引き抜いてリロードする。

 

 障壁が削られたラテラに接近したアキホは、ミスリウム鋼製ブーツに魔力を込めて両足蹴りを繰り出した。

 

「でぃいいやああああ!」

 

 掛け声とともに蹴り出したアキホは、再起動が完了し、立ち上がった隼人目がけて突っ込み、障壁で多少相殺されつつもテナント建造物の外壁を砕くほどの威力で蹴り飛ばした。

 

 そのまま一回転して着地したアキホは、流石に耐えきれなかった隼人の撃墜判定を確認すると足を痛めたらしいレンカを背負い、一連の流れを傍観していたカナやシグレと共に浩太郎の元へと移動した。



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第17話『応用戦術-3』

 一方、浩太郎の方はと言うと、先読みしていた美月とハナ、そしてミウに足止めされ、突破口が開けずにいた。

 

(くっ、光学迷彩を使ってもここら辺に巻かれたセンサーチップで空間の歪みを感知される。これじゃ有視界以外に降下が無い)

 

 そう内心で思いつつ、ハナを狙って斬馬刀を振り薙いだ浩太郎は、一刀目を回避され、返す刀を庇いに動いた美月に受け止められた。

 

 一瞬の鍔迫り合いから、至近距離での術式をバックラーで防ぐと、そのままバク転の連続で距離を取り、ホルスターからヴェクターを引き抜いて発砲する。

 

「水行・開門」

 

 美月がそう唱えた瞬間、空間の魔力が水へ変わり、重い水圧の壁が弾丸を減速させ、貫通した弾丸は全て美月が弾いていた。

 

 悔しげに舌打ちする浩太郎だったが、そんな暇もなく、間髪入れずに莫大量の風圧をセンサーが検知した。

 

「ッ!」

 

 咄嗟にバックラーで防いだ浩太郎は、隼人撃墜の表示を見て分の悪さを悟り、頭部のセンサーで周辺状況をスキャン。

 

 香美の位置を下の階層だと特定すると、腰から苦無型のセムテックダガーを引き抜いてハナ達との間に投擲し、爆炎で紛れさせながら降下した。

 

(隼人君がダウンしたのならこれ以上長引かせるのはまずい。幸い香美ちゃんのガードはナツキちゃんだけだ。今しかない)

 

 そう思い、迷彩を作動させた状態で移動した浩太郎は、斬馬刀からヴィントレスに持ち替えて移動。

 

 吹き抜けの手すりを使って下に降りると、ナツキと共に逃げている香美を捕捉、彼女に照準を合わせて連続して発砲する。

 

「きゃあ!?」

 

 香美に直撃した9㎜ライフル弾がその弾の重さでバランスを崩させ、ナツキの目の前で香美が転倒する。

 

(仕留められなかった。集中力が落ちてる)

 

 舌打ちし、ヴィントレスをフルオートに変更した浩太郎は、接近戦で仕留めようと、バリアを張って庇うナツキに射撃を撃ち込みながら接近、迷彩を解除しながらのブーストで迫る。

 

「させるかぁああっ!」

 

 それを阻む様に大剣に乗って迫ったアキホに驚愕した浩太郎は、咄嗟に飛び退いて突進を回避しながら、射撃を浴びせる。

 

 空中で身を捻って回避したアキホは、シグレと咲耶から、それぞれ借りたG18CとM93Rを発砲して弾幕を形成、足止めしながら接近して蹴りを打ち込む。

 

「甘い!」

 

 受け流しながら投げ飛ばした浩太郎は、ヴィントレスをがら空きの背中に照準する。

 

 無理に空中で捻って姿勢制御したアキホは、脚からスパイカーを地面に放射、スラスター代わりに跳躍して、9㎜ライフル弾を回避した。

 

「うわっ?!」

 

 流石にそんな事をやるとは思っていなかったらしい浩太郎は、その間に迫ってきたカナの一振りを回避すると、最後のマガジンをリロードしたヴィントレスのセミオートを浴びせる。

 

 盾代わりとして背中にソードを背負っていたカナは屈む様な動きで弾丸を弾くと、両手で構えた大剣を袈裟軌道で振り下ろした。

 

「くっ!」

 

 人狼の膂力で振り抜かれたフルスイングに、堪らずバックステップした浩太郎は、爆裂した地面から散った破片に、香美への照準を諦めて腰の背中のポーチ側面からフラッシュバンを引き抜いて投擲した。

 

 爆発と同時に眩い閃光と強烈な炸裂音が周囲にばら撒かれ、まともに食らったカナがショックで気絶し、直立不動のまま大剣を手から滑らせる。

 

「ッ!」

 

 その隙を逃さず、制動をかけながら照準した浩太郎は、背中に叩きつけられた9㎜パラベラム弾に姿勢と照準を狂わされた。

 

「アキちゃんか!」

 

 腰のククリナイフに手を回した浩太郎は、順手に持ち替えながら振り返ると、蹴りを繰り出すアキホを峰打ちで迎撃し、吹き飛ぶ彼女に銃口を向ける。

 

 脚部からの放射で空中を移動したアキホは、両手の機関拳銃を発砲して、浩太郎を牽制。

 

 接近戦に持ち込み、術式を併用しながらの蹴りを初撃に放ち、浩太郎のガードを弾くと、片足での跳躍から膝蹴りを打ち込んで、カメラセンサーにひびを入れる。

 

「くっ!」

 

 カメラの一部に、ノイズが入ったイルマーレに歯を噛んだ浩太郎は、刃を反転させるとM93Rを投棄したアキホの短刀と打ち合った。

 

 火花を散らすそれをアシスト出力任せで弾いた浩太郎は、G18を撃ち尽くして投げ捨てたアキホが、短刀二振りを構えて挑みかかって来たのに、ニヤリと笑った。

 

「良いノリだね、アキちゃん!」

 

 そう言いながらヴィントレスを上に構えた浩太郎は、咲耶に抱えられている美月達を狙って、残弾全てをぶち撒いた。

 

 咄嗟に反応した美月が金行のエーテルでバリアを張って防御し、自ら足場にしていた咲耶のシールドから飛び降りた。

 

「わ、ちょっとミィちゃん!?」

 

 慌てるハナに苦笑しながら地面へと落ちていく美月は、脚から激突する直前で、制服に隠していたフレームのスラスターを噴射して勢いを殺すと、膝をつく様に着地する。

 

 そして、腰の杖刀に手をかけた美月は、弾き飛ばされたアキホと入れ替わりに、浩太郎へ挑みかかると、居合いからの一閃をスリーブブレードで受け流される。

 

「何の!」

 

 返す刀で浩太郎のセンサーマスクに切断痕を刻み込んだ美月は、刀を中心に体を回して相対すると、トマホークの一閃を受け流す。

 

 コンパクトな振りで脇腹に刃を当てた美月は、火花を散らす刃を装甲の隙間に噛ませながら、腰のXDを引き抜いて至近で発砲。

 

 ピンポイントに浩太郎を痛めつけた彼女は、ホルスターに拳銃を戻して刀を構え直す。

 

「似てるね、和馬君と」

 

「ええ、彼の家元から分化したのがうちの流派だもの。それを私が少しアレンジしてるって訳」

 

「確かに拳銃使う流派なんて聞かないな!」

 

 そう言い、トマホークを構えながら接近する浩太郎を、下段の構えで迎え撃った美月は、逆袈裟の軌道で刃を振るって牽制。

 

 ロールで回避しつつ、軸足のふくらはぎを狙おうとトマホークを振るった浩太郎は、柄での打撃に移った彼女の牽制を見て、スラストからの強制回避で距離を取る。

 

「流石に引っかからなかったわね」

 

 そう言いながら鞘に刀を収めた美月に、太もものホルスターからヴェクターを引き抜いた浩太郎は、ニヤリと笑う彼女に上げかけた銃口を止めて気配を感じた方へ発砲する。

 

 フルオートを受けて進路変更したアキホは、体を捻りながらのアクトバットで着地すると、中庭のオブジェクトに隠れて拳銃弾をやり過ごす。

 

「ハナ、香美ちゃん、援護!」

 

 そう言って、腰からXDを引き抜いて発砲した美月は、腕のP90を向けてきた浩太郎に、咄嗟に飛びすがって遮蔽物に隠れる。

 

 オブジェクトの半分を砕く衝撃を壁越しに感じていた美月は、上半身を起こす様に伏せ撃ち体勢を取り、低い射点から浩太郎を射撃した。

 

「ッ!」

 

 援護射撃にハナと香美も加わり、さらにドローンからの銃撃も入り始めた事で、分の悪さを悟った浩太郎は、二人を牽制しつつ、ブレードワイヤーで移動しようとしたが、直前でハナに銃撃される。

 

 のけぞり、よろけた浩太郎は、片手で銃撃しながら義手で何か術式を起動しているらしい美月に、咄嗟に抜いたMk23の銃口を向けるが、アキホの強襲に阻まれる。

 

「させないよ!」

 

「くっ!」

 

 短刀で抑え込みにきたアキホを、サポートハンドの掌底で弾き飛ばした浩太郎は、胸に銃を寄せたC.A.R.Systemの構えで、彼女に三連射を加える。

 

 着弾の勢いで吹き飛んだアキホにニヤリと笑った浩太郎は、バク転して下がっていく彼女の背後で術式を展開し、終えたらしい美月を目に入れて驚愕する。

 

「特撮番組ばりのド派手な技を出させてあげるわ、アキちゃん」

 

 そう言って光り輝く術式陣を前に、莫大なエネルギーを湛えたエーテルの干渉で吹いている風に、髪をなびかせた美月は、隣に立つアキホに笑うと、掌を向けた左手を指鉄砲に変えて親指で浩太郎を照準する。

 

 複合させていた土行の重力式ロックオンが作動し、浩太郎の体が固定される。

 

「『金行・開門』」

 

 美月が唱えた一節と共に陣が作動し、力強い発光と共に、エーテルの流れが停止する。

 

 だが、何も放たれず、一瞬呆気に取られた浩太郎は直後、陣に向けて突進するアキホに気付いた。

 

「『エーテルストライク』! うぉりゃああ!」

 

 飛び蹴りの体勢で足先から陣に突っ込み、自らを光の砲弾に変えたアキホは、そのまま浩太郎と激突する。

 

《ポイント全損及び致命箇所大破《クラッシュ》:岬浩太郎:撃墜》

 

 大破しているイルマーレを見ながら着地したアキホは、過負荷で砕け散ったブーツを足首の調子を確かめながら回収。

 

 ほぼ破片と化しているそれに嫌な顔をしたアキホは、苦笑しながら寄ってきた美月の背中に負われると、ちょうど降下してきた咲耶達と合流する。

 

「お疲れ様、美月ちゃん。レンタル品だったけど、どうだったかしら」

 

「発動レスポンスは調整が利いてて文句無し。けれど、今一つ出力に無駄が出ますね、もう少し大型のエミッタ―が必要になるかも」

 

「なるほどね、他には?」

 

「五行行使には少し、貯蔵燃料が少ないかと」

 

「フレーム内蔵タンクだけじゃなくて、追加の増槽が必要なのね。分かったわ。その意見は、開発部の方に送るとして。体調の方はどう?」

 

 そう言ってフレームを回収した咲耶は、きょとんとしている美月に苦笑して、アーマチュラのセンサーで体をスキャニングする。

 

「うん、毒性の方は基準値よりも下ね。良かったわ、無茶してくれないで」

 

 そう言って微笑んだ咲耶に恥ずかしそうにそっぽを向く美月は、撤収作業に来たらしい和馬に気付き、視線から隠れる様に抱き着いた。

 

「何だよ、邪魔くせえなぁ。抱き着くなら後にしてくれよ」

 

「バカ。今が良い」

 

「っと、はいはい。じゃあ背中に頼むな。んで、シュウ、俊、そっちはどうだ。いけそうか?」

 

 そう言って通信動作で通話している和馬が、背中に移動した美月をあやしながら浩太郎の方に視線を移す。

 

『こちらは二人で行けそうだ。そちらこそ、大丈夫か?』

 

「ああ、ラテラと違ってイルマーレは軽いし、それに何かありゃ立花の姉さんに頼むさ」

 

『そうか。分かった』

 

 そう言ってシュウとの通話を切った和馬は、イルマーレを装着した浩太郎に触れると、内部チェックを行った。

 

 浩太郎自身もダメージがあるらしく、思うように立ち上がれない様子で、それを見た和馬は、美月を適当にあしらいつつ、イルマーレを抱え上げた。

 

「あら、動かないの?」

 

「まあ、それもあるだろうけど浩太郎自身も動けねえっぽい」

 

「一人で大丈夫?」

 

「大丈夫……あ、いや、ダメだな。悪い姉さん、本部まで浩太郎を連れて行ってくれねぇか。美月がこれじゃ安定して運べねえ」

 

「はいはい了解よ。ま、美月ちゃんがそうなった原因なのは私だものね」

 

 そう言って苦笑しながらイルマーレを抱え上げた咲耶は、先に行っていたハナ達を追う様にホバリングして、本部へと戻っていった。



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第18話『撤収』

 咲耶を見送った和馬は、腕に抱き付いた美月を連れて本部へと歩いていく。

 

「ったく、面倒だなお前。今日はどうした」

 

「ちょっと、甘えたくなった」

 

「へいへい欲望に忠実なこって。今日はこのまま帰ってベッドインか?」

 

「そこまでしなくて良いわよ……。ただこうしたかっただけだし」

 

「そうかい。それなら安心だ」

 

 皮肉めいた口調でそう言った和馬は、恨みがましげに見上げてくる美月に苦笑する。

 

 こうされるのも久しぶりだ、と思いながら、夕暮れの空の下を歩く和馬は、美月の左腕に目を落とす。

 

「今日は腕の調子は良いのか?」

 

「え? ええ、まぁ。いつも通りね。……どうかしたの?」

 

「あ、いや。ちょっとな。気になっただけだ」

 

「また心配してくれてるの? ふふっ、ありがとう」

 

「あ、ああ。どういたしまして」

 

 照れくさく感じて頬の装甲を掻きながら歩く和馬は、苦笑する美月の艶やかな表情にどきりとした。

 

 随分綺麗になったな、と今更の様に思いながら空を見上げた和馬は、突然入った通信に応答動作を取った。

 

「こちら和馬だ、どうした隼人?」

 

『ラブロマンスの所、すまんが早く戻ってきてくれ。咲耶が機体の運用データログと装甲を回収したいそうだ』

 

「あー、はいはい了解だ。じゃ、とっとと行こうか」

 

 そう言って美月を抱え上げた和馬は、驚く彼女に笑いながら助走からのロングジャンプを行う。

 

 艶のある美月の長髪が揺れ、大空へと跳躍した和馬は、若干引いている彼女に大笑いし、金網の縁を足場に着地する。

 

「よっと」

 

 ブーストも加えてジャンプしようとした和馬は、縁のパイプが捻じ曲がったのに少しバランスを崩しながら高く飛ぶ。

 

 跳躍の最高点から新横須賀の海原が望め、夕焼けを浴びながらそれを見た和馬は、市街地フィールドのビル壁に着地する。

 

「ちょ、ちょっと! 大丈夫なの!?」

 

 クレーター状になった壁を前にして顔を青ざめさせる美月は、笑っているのであろう和馬の顔を見上げる。

 

 壁に足を食い込ませていた和馬は、片腕で美月を抱え直し、短刀を引き抜いていた彼が短刀と足で突っ張りながら落下していく。

 

「破片当たんねえか!?」

 

「そ、それより血の気が……」

 

「あ、そっか」

 

 今更の様に身体強化での補助がある事に気付いた和馬は、スラスターも併用して原則をかけるがそのかけ方が急だった為に美月は気を失った。

 

「あ、やっべ!」

 

 ぐったりとしている美月に手ごろな高度の屋根に着地した和馬は、筋弛緩から失禁している彼女を寝かせると白目を閉じさせて通信動作をする。

 

「あー、和馬より隼人へ」

 

『こちら隼人、どうした?』

 

「美月がブラックアウトした。スラスタ制御ミスって気絶してる」

 

『……分かった、ゆっくり帰ってこい』

 

「了解」

 

 そう言って美月を抱え上げた和馬は、小刻みなジャンプで建物を飛び越えていくと仕切りの金網を越えて着地した。

 

 お姫様抱っこの体勢で、スラスター負荷の関係から徒歩で走っている和馬は、その振動で目を覚ました美月に苦笑する。

 

「え、あれ……。和馬?」

 

「おう、おはようさん。ブラックアウトから熟睡できたか?」

 

「ブラックアウト……? ひっ、あ、あ……」

 

「まあ、漏らした事についちゃ仕方ねえし、言いふらしても面白くねえから黙っとくし、そこら辺は安心しろよ」

 

「できる訳無いでしょ馬鹿!」

 

 そう言って頭部装甲を殴った美月に、大爆笑した和馬はもじもじしている彼女を見下ろしながら徐々に本部へと近づいていく。

 

「あんまもじもじしてるとバレんぞ。あいつ等そう言う仕草には鋭いからな」

 

「わ、分かってるわよ」

 

「なら良いけどよ。さて、到着だ、お姫様」

 

 そう言って和馬は美月を下ろすとコンテナの前でステータスチェックをしていたらしい咲耶に軽く手を上げて合流。

 

 自身の後ろに隠れている美月をそのままにして、V2用のコンテナの前に移動した和馬は、美月の目の前で装甲を外されていき、元のエグゾスケルトンを装着した状態に戻った。

 

「これで全部のアーマチュラの回収完了。あとは、佐本君のフレームからデータをもらうだけね。携帯端末を貸してくれない?」

 

「あいよ、姉さん。腕のユニットじゃなくて良いのか? ん、ほいよ」

 

「ん、オッケー。ありがと。データの摘出が終わったら返すから、もうちょっと待ってて」

 

 そう言ってハイブリッドタイプのタブレットPCを操作している咲耶の背を見た和馬は、若干湿った自身の制服の裾を握る美月を見下ろす。

 

「あーもーバレねえって。あんまくっつくなよ」

 

「でも」

 

「何かあっても、フォローしてやるって。そうなったのは俺のせいなんだしさ。俺に責任押しつけてくれよ」

 

 そう言って頭を撫でてくる和馬に、恥ずかしくなった美月は、いつの間にか作業が終わっていたらしく端末を持ってきた咲耶に気付いた。

 

 驚く彼女に苦笑する咲耶は、その様子で気づいた和馬に運用データを取り出した端末を手渡す。

 

「ご協力ありがとう、佐本君。フレームは持ってていいからね。さて、ちょっと美月ちゃんと話していいかしら?」

 

「ああ、良いぜ。席外した方が良いか?」

 

「いえ、一応いて頂戴な。多分佐本君にも手伝ってもらうから」

 

 そう言った咲耶は、面食らう二人に端末からホログラフィックで半身装甲型の軽軍神を見せる。

 

「これは?」

 

「今開発中の新型アーマチュラ。コンセプトは戦術レベルでの術式行使。この機体を、美月ちゃんに任せようってね。ちょっと前に開発部と連絡を取って合意は取れたから。

これからしばらく、空いたスケジュールで慣熟操縦とエミッタ―の調整をお願いしようと思ってるの。良いかしら?」

 

「それは……構いませんが、私で良いんですか?」

 

「良いわよ。それに、私はこの機体には五行行使に慣れているパイロットが適任だと思うんだけど、美月ちゃんはどうかしら?」

 

「そう言うのであれば、大宮美月、謹んで引き受けさせていただきます」

 

 そう言って握手をした美月と咲耶は、その様子をニヤニヤ笑って見守っていた和馬に揃ってムッとなる。

 

 似た様な姿の二人に睨まれ、苦笑しながら宥めた和馬は、腰に下げたケースがバイブレーションを発したのに気付き、二人を宥めつつ耳にかけていた通信機のスイッチを入れた。

 

「はいはい、こちら和馬」

 

『何バカやってる。帰るぞ』

 

「へーいへい。すぐ行くよ」

 気だるげにそう言って、駐車場へ向かった和馬は、後を追ってくる二人にニヤリと笑う。

 

「今日の授業は終わりだ」

 

 そう言った和馬は、同じ様に笑う二人へサムズアップを向けた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 駐車場に移動した和馬は、インプレッサを中心に話し込んでいた隼人達と合流する。

 

「揃ったな、じゃあ、インプに乗る奴とバスで帰る組で別れるとしよう」

 

 そう言ってポケットからキーを取り出した隼人が、スイッチを押してロックを開錠するとハザードランプの点滅と共に解除音が鳴る。

 

 運転席に回った隼人は、キーを差し込んでイグニッションを起動させると、力強いエンジン音と共に機関部からうなり声をあげ、そしてたちまちアイドリングへと移行する。

 

「荷物預かるぞ。ただし、晩の買い物して帰るから貴重品は手持ちでな」

 

「あ、じゃあ私乗る。武と楓もだって」

 

「分かった。じゃあ、後の連中はバスでって……。カズヒサさん?」

 

 そう言ってドライバーシートから体を出した隼人は、その声に反応して振り返ったレンカ達と共に、カズヒサ達の方を向く。

 

「どうかしたんですか?

 

「あ、いや、様子見に来ただけだ。ま、残業残ってる俺らは後で合流するから、先に帰っておいてくれや。その頃になったら、話もあるしな」

 

「了解です。じゃ、帰るか」

 

 そう言って運転席についた隼人は、クラッチを切ったままアクセルを入れて回転数を上げていた。

 

 その間に乗り込んだ武達は、バス停に向かっているリーヤ達に手を上げた瞬間、景色が吹き飛ぶのを体感した。

 

「ちょ、何も無しかよ!」

 

 そう言う武の眼前、悪い笑みを浮かべてハンドルを切っていた隼人は、エンジンを吹かしたインプレッサの軌道をコントロールしてドリフト姿勢で駐車場を出ていく。

 

 タイヤを痛めそうな無茶苦茶に、武達は揃って揺さぶられ、バス停に向かっていたリーヤ達はその勢いに気圧されていた。

 

「うわー……」

 

 ドン引きしているリーヤ達の眼前で、シフトアップしたインプレッサからターボ冷却の吸気音が放たれ、高速走行の車体が出口のスロープに突入する。

 

 瞬く間に合流路に到着したインプレッサは、買い物の為に新横須賀市街に向けて走り出した。

 

 それから数時間後、買い物から戻ってきた武達は、すっかり共同の寮と化したシェアハウスで既に夕飯を摂っていた。

 

「いやー食った食った。ごちそうさん」

 

「食い終わったらとっとと流し台に持ってけ」

 

「へーいへい。了解ですよぉ」

 

 軽口を叩く和馬に苦笑しながら、残り物の処理にかかる隼人は、一応祝う対象のアキホや香美を差し置いて出した料理の尽くを食べ尽していた武達に一瞥くれる。

 

 彼らに拳骨をくれてやった後、物足りなさそうだった二人に追加の野菜炒めを出した隼人は、嬉しそうな彼女らを見つめながらほうじ茶を飲む。

 

「懐かしいね、こう言う光景」

 

「ああ、そうだな」

 

「小学生の頃とか、お姉ちゃんの代わりにご飯作ってくれたよね」

 

「義姉さんは家事出来ねえからな」

 

「でも最近やってるみたいだよ。ヘタクソみたいだけど」

 

 そう言ってキャベツを頬張るアキホに、半目になった隼人は苦笑する香美の茶碗が開いているのに気付いて手を差し出す。

 

「おかわりいるか?」

 

「あ、はい。お願いします」

 

 炊飯器からおかわりを入れてきた隼人は、野菜炒めの味が気に入っているらしい香美に苦笑しながら茶碗を置く。

 

 まだ食べている二人の後ろでゲームを始める武達に、時計を見て先に風呂に入る様に怒声を浴びせた隼人は、びっくりしている二人に謝りつつ席に着く。

 

「大声出してすまんな」

 

「ううん、大丈夫」

 

 片膝を立てた胡坐で座った隼人にそう取り繕った二人は、ふくれっ面のレンカに気付き、揃って苦笑する。

 

 その表情を見ていた隼人は、二年前のアキホ達を無意識に振った時の事を思い出して表情を曇らせていた。

 

「兄ちゃん?」

 

 視線に気付いたのか、困り顔の二人の目が隼人を見る。

 

 その眼を、隼人は直視できずに俯いて反らし、偽る様に苦笑を浮かべる。

 

「いや、何でも無い」

 

 そう言った隼人は、二人とレンカに話を続けさせる。

 

 仏頂面の隼人を見て気にしない事にした三人は、会計簿をつけている彼をチラチラ見ていた。

 

「今週もやばいな……。仕事のシフト、少し考えて回さないと……」

 

 そう呟きながら投影式のキーボードを叩いた隼人は、思考している自身の左から徐々に変化しつつある視界に舌打ちして手を止めた。

 

 赤色の世界に変わった空間に、目つきを尖らせた隼人は、正面に座っている銀色の髪を腰に当たる位置にあるであろう場所で結わえた少女に気付いた。

 

(スレイか)

 

「そうよ、隼人君」

 

(お前、俺の思考を……?!)

 

「いいえ、この世界はあなたの心の世界。思考が言葉となる世界よ。便利でしょ?」

 

(なるほどな、俺の思考はお前に筒抜けと言う訳か)

 

 そう言ってスレイと向き合った隼人は、ケラケラと笑う彼女の姿に疑問を抱く。

 

「あっは、大方こう思ってるのね? 私のこの姿が何なのかって」

 

 そう言って、固まっている隼人の頬に手を触れたスレイは、魔力の渦を短剣に変え、動脈に当てた。

 

「これは私の本来の姿。あなたにダインスレイヴの全てを与えた為に、本来の私を取り戻せた。そして、今あなたは自分自身を嫌悪し殺意を抱いた。だから、目覚めたの」

 

(殺意の化身らしい回答だな、醜女が)

 

「あっはは、お褒め頂き感謝するわ。殺意の従者さん、あなたが私を嫌悪し、殺意を抱く度に私は強くなる。あなたと私は一体なの、宣言するわ。あなたは私の力を借りなきゃ戦えなくなるわ」

 

(だがそれは同時にお前も俺がいなければ、力を失う)

 

「そうねぇ、だからあなたには必要な時に力を上げる。その代わり、あなたはあり続けなさい。それが代価よ」

 

 そう言ってクスリと笑うスレイに、目を見開いた隼人は不思議そうな目で見てくる彼女らから視線を逸らす。

 

「新しい玩具は楽しかったわよ。隼人君、じゃあまた戦う時にね」

 

 そう言って赤い世界が萎んでいくと同時に、スレイの姿も空間に溶けて消えていく。

 

「……隼人、隼人!」

 

 それと同時に消えていた音も戻り、レンカに呼びかけられた隼人は、リビングの入り口に立っているカズヒサ達に気付いた。

 

「あ、お疲れ様です」

 

「おう、お疲れさん。あ、これ、差し入れな、ケーキ」

 

「どうも」

 

 ケーキを受け取った隼人は、カズヒサからは視線を逸らさず真っ先に動いたナツキにそれを渡す。

 

 ナツキを見送った彼らからの視線で話す内容に気付いた隼人は、ダイニングテーブルのパネルで浩太郎とシュウを呼び、リビングから美月を呼ぶ。

 

「準備が良いな、小隊長さん」

 

「大方新ヨーロッパの件だろうとは思ってたので。それで?」

 

「揃ってからの方が良いだろ。おい、みっちゃんナツキの手伝いしなくて良いから座っててくれ。話できねえだろうが」

 

 ベンチに座ったまま、そう言ってブラックホークをガンスピンしていたカズヒサは、副官二人と共に集まった四人と向き合う。

 

「さって、そんじゃ新ヨーロッパの事について話そうかね」

 

 そう言ってデータコアをダイニングの上に置いたカズヒサは、接触接続で必要なデータを引き出す。

 

「予定としちゃ二週間後、新関東高校の入学式が終わった頃に向こうに行く事になりそうだ。移動スケジュールは二日、新フィンランド経由、陸路で移動する。各自の武装は可能な限り携行して、無理なもんだけトラックで運ぶって感じだ。

現地情報は移動前に連絡する。何かあるか?」

 

「向こうの地形、環境情報が欲しいな」

 

「あいよ。未開拓地域で、典型的な新ヨーロッパの寒冷地環境、手入れされてない森林地帯多め、一部地域で高原が広がってる感じだ」

 

「なるほどな、だとすれば射撃武器はショートバレルのバトルライフルが良いだろうな……」

 

「だろうな、樹木は5.56㎜じゃぶち抜けねぇ。地球のベトナム戦争で起きた事例だ。そして、おそらくオークが使ってくるのは7.62mmR弾、容易に木材ぶち抜いてくる」

 

 そう言って森林地帯を色付けで分かりやすく表示したカズヒサは、隼人の判断に異議を唱えたシュウの方を見る。

 

「多少でも5.56mmのライフルは必要になる。特に、侵攻を目的としない個人防衛用には有用だろう」

 

「確かにな。個人防衛にライフルを使うと考えられるのは……ナツキと美月か」

 

「美月はともかくとして、ナツキもなのか?」

 

「ナツキは銃も使うぞ。リーヤのバックアップが主だがな」

 

「なるほど、珍しい術士だな」

 

 そう言って苦笑するシュウは、隼人の後ろで笑っているナツキに気付いてやりにくそうにする。

 

「すまん、ナツキ」

 

「いえ、大丈夫ですよ。よく言われるので」

 

「半狐族で銃を使うとなると、総本山派から何か言われないか?」

 

「ええ、まあ。うちの学校にも大なり小なりいますから。言われる事はありますよ」

 

「やはりか。まあつきもののネタではあるな」

 

 そう言ったシュウは、後ろに侍るナツキに苦笑すると、頃合いを見た隼人の指示で移動していく。

 

 それから、打ち合わせを続けた七人は、22時過ぎに終わらせ、リビングでだらしなく寝ているアキホと香美、レンカとカナに気付いた。

 

「あらあら。仲良いわね」

 

「大方俺らを待ってたのか……。ったく、先に入って寝ればいいものを」

 

「そう言う事言わないのよ。さて、シュウ、あなた先にお風呂入る?」

 

 苦笑しながらそう言う美月にやりにくそうな表情を浮かべる隼人は、肯定し着替えを取りに行くシュウにため息を吐く。

 

「諦めなよ隼人君、美月ちゃんには何言ってもからかわれるから」

 

「ふふっ、からかってはいないわよ。思った事を言ってるだけ」

 

「ぶれないね。まあ良いけどさ。ほらカナちゃん、起きなよ」

 

 カナを起こす浩太郎に、ソファーへ腰掛けて端末を弄る美月は、頃合いと見て部屋から出てきた和馬に嫌そうな顔をする。

 

「何だよその嫌そうな顔は」

 

「本当に嫌なんですもの。ねえ、和馬、早く寝てくれない?」

 

「姫さん待つくらい良いだろうがよぉ。風呂入ってるし」

 

「だから皆の前で姫って言うの止めなさい。殴るわよ」

 

「言わなかったら親父にぶっ殺されるから仕方ねえだろうがよ」

 

 そう言って降りてきた和馬の苦笑顔に、拗ねた顔をする美月は苦笑しながら風呂へ移動したシュウに指鉄砲を向ける。

 

 子どもがする様な反撃を、ニヤッと笑って受け流したシュウに不満タラタラの美月は、和馬に連れられて個室へと戻っていく。

 

「アイツらが来てから毎日が嵐のようだな……」

 

「でも楽しいでしょ?」

 

「それはそうだがな。まあ良い、シュウが出るまで話そうか」

 

 ソファーの背もたれにもたれ掛った隼人は、隣に来た浩太郎と天井を見上げながら話を始める。

 

「今回の新ヨーロッパ、お前はどう見る」

 

「ああ、ヤバいだろうね。新ヨーロッパは恐らくゲリラ戦メイン、それも至近での生死を目の当たりにする事になる。ショックも大きくなるだろうね」

 

「同感だ。俺達はともかくとして、な。それと、俺自身気になっている事がある」

 

「気になっている事?」

 

「ああ、オーク共の使ってる武器とバックアップの出所だ。誰が連中に銃器を譲渡したのかってな」

 

 エルフランドの地図を開いてそう言った隼人は、先ほどのミーティングで聞いていた情報を重ね合わせ、土地の半数を掌握している事実を確認する。

 

「恐らくバックは強大だ。そうでも無きゃ、連中が人間相手にこんなに領土を奪える訳が無い。連中の行動のどれもが、野性的でありながら、要所要所に違和感を覚える」

 

「ピンポイントな戦術性って事かい?」

 

「ああ、連中はエルフの村を荒らしながらも拠点は押さえている。それも短時間の内にだ」

 

 そう言って制圧されている砦をピックアップした隼人は、入手した写真に写る外套姿の人影の群れをズームアップさせる。

 

「こいつら、オークだと思うか」

 

「いや、違うね。背が低い。こっちの分隊規模は背が高いけど、手足のバランスが生物学的におかしい」

 

「俺も同意見だ」

 

「と言う事は……」

 

「ああ、敵のバックアップは人間だ。それも、軍隊規模のな」

 

 そう言って写真で確認できる限りの武装をピックアップした隼人は、そのリストを浩太郎に送信する。

 

「もう一つ懸念がある。東側銃器を中心としてはいるが、外套の連中が使用しているのはNATO規格のライフル弾を使用する西側銃器。そして、制圧の手早さ。

オークについている人間は恐らく特殊部隊の出だろうと予測している」

 

「だろうね。僕も同意見だ」

 

「波乱が起きるな、新ヨーロッパで」

 

「間違いないね」

 

 そう言って天井を見上げた二人は、目を覚ました四人に揃って睨まれていた。



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第19話『入学前日』

 入学式前日、一大イベントにてんやわんやとなる学校の屋上、ちょうど入り口が見えるエリアに固まっているPMSC部一同は、間食のおにぎりを頬張りながら検問所監視のカバーをしていた。

 

 隼人の指揮の元にある彼らの配置は、検問所前でデモを行っている市民団体と、過激な平和主義者が検問所を突破しようとすれば、いつでも射撃出来る様にしていた。

 

『オーダー6よりマーセナリ6、定時報告をせよ』

 

「マーセナリ6よりオーダー6。異常なし、市民団体もガンラインを維持している。監視を続行する」

 

『オーダー6了解、現状を維持せよ』

 

 オーダー6(中央監視指揮所)への報告を終えた隼人は、腰に下げたモノキュラーで遠方を監視しながら検問所の様子を見る。

 

 検問所の前には、白線で示された発砲可能領域(ガンライン)の前で横断幕を掲げて抗議している市民団体が拡声器を使用して声明を発している。

 

「今日はいつにも増してうるさいな」

 

「入学式前だからな。っと、ジェス、休憩入れろ。ハナ、交代だ」

 

「了解」

 

 M700を肩に下げて交代に入ったジェスを下げ、ハナを入れた隼人は、草むらにも視線を巡らせて怪しい者が無いか探す。

 

 と、検問所に回り込む草むらが不自然に揺れているのを見つけ、射撃指示を出す。

 

「マーセナリ6よりオーダー6」

 

『オーダー6、ゴー』

 

「ゲートポイント右側に不審者確認。射撃後、確保を頼む」

 

『オーダー6、了解』

 

「リーヤ、ハナ、右側だ。やれ」

 

 草むらから上半身を起こし、AK74を構えた男に警告する様に牽制射撃を加えたハナは、退路を塞いだ上でリーヤのAWMを直撃させた。

 

 血飛沫が散り、抗議団体が慌てる中、冷静に指示を出す隼人は、乱れた団体の中で武器を持っている者がいないか探す。

 

「ナツキ、美月。武装持ち二名、ハンドガンとサブマシンガン。撃て」

 

 隼人の指示に従い、MASADAとHK416A5でそれぞれ武装したナツキと美月は倍率の入った照準器の視界で、走り回る抗議団体に舌打ちする。

 

 それを感じ取った隼人は、軽機関銃を構えるシュウに威嚇目的の射撃指示を出す。

 

「非武装要員を追い散らすだけで良い」

 

「了解」

 

「ナツキ、美月牽制しろ。リーヤ、ハナ、撃てるなら撃て」

 

 銃撃戦が展開され始めるのをヘッドホン越しに聞いていた隼人は、射撃を始めるシュウ達のターゲットを調整する。

 

「シュウ、分断成功、他の連中のカバーに入れ。リーヤ、ターゲットを殺すな、足だけ撃て。ハナ、ナツキ、美月、射撃中止。リロードしておけ」

 

『こちらオーダー6、全ターゲット確保。これより移送する』

 

「マーセナリ6了解。警戒状態で待機する」

 

 そう言って全員に射撃を止めさせた隼人は、警備担当である戦闘科の生徒達に引きずられていく襲撃犯を見ながら、警戒を解く。

 

 戦いや襲撃が日常茶飯事だった一年前の経験から、新関東高校の生徒は学校前での銃撃戦にすっかり慣れていた。

 

「過激な素人相手とは言え、銃撃戦は疲れるな」

 

「ああ、俺もだ」

 

「そう言えば、流星達はどうなったんだ?」

 

 コーラを飲みながらそう問いかけたシュウは、麦茶を飲んでいる隼人のやりにくそうな表情に笑う。

 

「え? あ、ああ。風香先輩達と政権交代したよ。だからうちにジェス達が移籍してる」

 

「なるほどな。俺達の勝敗は結局意味がなかったと言う訳か」

 

「うやむやになったからな。まあ、あの戦いからして風香先輩の考えは否定された様な物だからな。その事に、誰でもない……先輩自身が気付いてくれたのは、良かったよ」

 

 そう言って潮風に吹かれた隼人は、弾倉を取り換えているシュウのきょとんとした顔にきまりが悪そうにする。

 

「ねえー、隼人ぉ暇~暇暇暇! ひーま!」

 

「うるせえ、屋上から投げ落とすぞ」

 

「何よ、シュウと私で態度違うじゃないのよホモ野郎!」

 

「業務連絡なんだから当たり前だボケナス。大体暇になるって分かってんのに何でこっち来た」

 

「隼人がいるから」

 

 そう言ってうへへと笑うレンカは、隼人の腰に抱き付くと彼を邪魔する様に振り回す。

 

 見かねたナツキと美月がライフルを下げたまま、剥がしにかかるが腹を抱えていたが為に、隼人の胃を圧迫して吐きそうになっていた。

 

「くっそ、離れろ! おい!」

 

「やーだー!」

 

「邪魔だボケ! ッの!」

 

 背中に軽めの肘打ちを打ち込む隼人は、貼りついたまま離れないレンカへ触れたカナに気付いた。

 

 ナツキ達を離し、軽く力を込めたカナは電流を放出すると感電したレンカが痙攣を起こし、隼人の体から滑り落ちる。

 

「仕事中。邪魔はダメ」

 

「だからって電流は止めろ、シャレにならん」

 

「む、ダメ?」

 

「ダメだ。後始末が面倒臭くなる」

 

「むぅ、隼人の為なのに」

 

 そう言って頬を膨らませ、電撃の残滓を耳から放つカナにため息を吐いた隼人は、痙攣しているレンカを寝かせて監視を続ける。

 

 バックアップで待機していた浩太郎が、不満タラタラのカナを抑え、頭を撫でて慰めていた。

 

「でも、まあ、近接職はバックアップ役だからってこのままなのもあんまり面白くないけどね」

 

「我慢しろ。明日は入学式だ。お前らにとっての面白い事があっては困る」

 

「あはは、分かってるよ」

 

 笑う浩太郎に、ため息を落とした隼人はヴェクターを下げて周囲を探っている彼から視線を逸らす。

 

 すると、検問所の方から連絡が入る。

 

『ゲートポイントより、マーセナリ6』

 

「マーセナリ6、ゴー」

 

『トラック一両接近中、カバー求む』

 

「マーセナリ6、了解」

 

『二名出ます』

 

 検問所から、二名がライフルを下げて出て来るのを観察していた隼人達は、トラックの運転手への検問を開始した彼らの周囲を観察する。

 

 観察している内に検問が終わり、トラックが敷地内に通される。

 

『ゲートポイントよりマーセナリ6』

 

「マーセナリ6、ゴー」

 

『先ほどの荷物はマーセナリ6と5宛てでしたよ』

 

「俺達宛て? 分かった、確認する。運び先は」

 

『後支委員車両整備課の整備場ですよ。ミノヤモータースとか言う業者さんだった様な』

 

 そう言うゲートポイントのリーダーに、思い当たる節があった隼人は、浩太郎の方に視線をやる。

 

 その視線に気付いた和馬は、隼人からモノキュラーをひったくる。

 

「ここは見といてやっから、荷物確認して来いよ」

 

「あ、ああ。すまん、頼む」

 

「あいよ、何かあったら端末に連絡入れる。スイッチは切るなよ」

 

 そう言って見送る和馬に、頷いた隼人は浩太郎と共に屋上から駆け降りていく。

 

 それに気づいて慌てて追ったレンカとカナは、先攻する二人が、身に着けているフレームの効果で凄まじい運動能力を発揮しているのに舌打ちしながら後を追う。

 

 三階の窓から跳躍した隼人達は、壁蹴りの要領で壁にワイヤードブレードを突き立ててベクトルコントロールしながら降下。

 

「久しぶりだねこう言うの!」

 

 そう言う浩太郎に頷いて壁走りを敢行し、着地した隼人は後について来ようとしている二人に気付いて、浩太郎共々、後ろに引き返して二人を受け止めた。

 

 恥ずかしそうに笑う二人を下ろした隼人達は、整備場に向かうとちょうどトラックが荷卸しをしている段階だった。

 

「やっぱりバイクか。義父さんも変に気を利かす」

 

「あはは、まあまあ。どんなバイクか見に行こうよ」

 

「ああ、そうだな」

 

 整備場へ歩く隼人と浩太郎は、馴染みの店主たちと目が合う。

 

「よう、隼人。お前の親父さんからお前さん方にプレゼントだ」

 

「プレゼント?」

 

「ああ、それもカワサキの超最新型だぜ。俺が羨ましいくらいだ」

 

「キーは?」

 

「あるぜ、おらよ」

 

 そう言って店主が投げてきたキーを受け取った隼人は、カワサキと記されたキーと、ホンダと書かれたキーの内、後者を浩太郎に投げ渡す。

 

 それを確認した店主は、まだ出していないバイクを連れてきたドライバーに出す様に指示した。

 

 バイクハンガーのロック解除音と共に、周囲に稼働を示すサイレンが鳴り響く。

 

 グレーの車体と、ライムグリーンのフレームカラーのツートンが目を引くバイクと、純白で染められたホンダ・CBR1000RRがそれぞれ並ぶ様に搬出される。

 

「あのバイクは……。まさか、ニンジャH2か?!」

 

「その通りだ。超最新型だって言ったろ? はっはっは。親父さんにはちゃんとお礼を言っておけよ」

 

「え、あ、はい。って、そうじゃない。何を思って義父さんはこんな高額なバイクを?」

 

「……ニンジャがぶっ壊れたのはお前さんの責任じゃないから備品として補填するって事らしいぜ。それにな、俺達地元の人間もお前さん方のお陰で生きていけてる。

 

その感謝の気持ちもあるんだよ。だからまあ、受け取ってやってくれや」

 

「そう言うのなら、まあ、受け取らない訳にもいかないな」

 

 そう言い、それぞれハンガーからバイクを受け取った隼人と浩太郎は、ストッパーを掛けた状態でエンジンを始動させた。

 

 イグニッションキーを捻ると同時に隼人はH2の、浩太郎はCBR1000RRの太く響くアイドリング音を聞き、二人して感嘆の声を上げた。

 

「ねぇ隼人、これって新しいバイク?」

 

「ああ、そうだ。前のは新横須賀テロでぶっ壊れて鉄屑になったからな」

 

「あーあの時ね……。んで、コイツあのバイクと何か違うの?」

 

「見た目もあるが、エンジンとか出力、何よりも設計が違う。前のよりも早く走れる」

 

「えぇ……」

 

 若干引いているレンカは、目を輝かせている隼人が空ぶかししているH2を見て若干引いていた。

 

 また隼人の無茶苦茶に付き合わされる、と考えていたレンカは、目の前にある鉄の騎馬が忌々しく思えていた。

 

「不機嫌だな、レンカ」

 

「うぇっ!? そ、そう?」

 

「いや、まあ……俺にはそう見えるってだけだが」

 

「ふ、不機嫌な訳無いじゃない! アンタの気のせいよ! 気のせい!」

 

「……おう、そうか」

 

 引いている事などとっくに察していた隼人は、誤魔化し気味に笑う彼女を見てため息を落とす。

 

 CBRの方で調子を見ている浩太郎の方は、バイク導入に前向きなカナがわくわくした表情を垣間見せており、キラキラ輝いた目で彼を見上げていた。

 

「おい、ほら、カナを見てみろ。不満そうな貴様と違って良い顔をしているぞ」

 

「アンタと浩太郎じゃ運転方針違うでしょうが! あの顔、バイクデートの妄想してる顔よ! 処女ビッチが!」

 

「……ああ。生憎だが、アイツはもう処女じゃないぞ」

 

「え……?!」

 

 隼人の衝撃発言に呆然としたレンカは、かっ開いた目で恥ずかしそうなカナの方を一度見ると、彼の方に視線を戻す。

 

「クーデター戦後に性交渉した」

 

「……あ! キモデブ親父と!?」

 

「ンな訳あるか、浩太郎だ! ったく、援交系エロ同人誌の読み過ぎだボケナス。焼くぞ、いい加減にしないと」

 

「止めてよ、風香義姉様から借りてるのもあるんだから!」

 

「あのクソ姉貴……。まあ良い。そう言う訳だから、お前はカナに一歩負けていると言う事だ。ハッ、盛った処女ネコが」

 

 愉悦に歪んだ顔を向けてくる隼人に悔しげな表情を浮かべたレンカは、的確に脛を狙う。

 

「大体アンタのせいでしょうが!」

 

 怒号と共にローキックを放つレンカは、狙いを読んでいた隼人が回避するのに苛立ちを浮かべて地団太を踏む。

 

 そんなやり取りに飽き飽きしていた隼人は、バイクのエンジン音に気付いて出てきた整備課の面々に嫌そうな顔をする。

 

「おい、おやっさん、まさかコイツ」

 

「ああ、大急ぎで用意したから納入後点検送りだ。まだ乗れねえぞ」

 

「クソッ」

 

 悪態を吐く隼人に苦笑した店主は、大人しく整備課にバイクを引き渡した二人に手を振ってトラックに乗り込む。

 

「何かあったら連絡くれや!」

 

「ああ、分かってる」

 

「じゃあな!」

 

 店主のトラックが走り去っていくのを見送った隼人達は、二輪専用の整備台に持っていかれる新たなバイクも見送った。

 

 若干落ち込んだ隼人は、苦笑する浩太郎に慰められながら振り返ると、R.I.P.アックス二振りを背負ったカナに全く効果の無いチョーキングをしているレンカが目に入った。

 

「何やってる」

 

「抜け駆けしたから締めてんのよ!」

 

「首の筋肉強いから通用してないぞ」

 

 間抜けな顔で呆けるレンカに、ため息を落とした隼人は、ケロッとしているカナが投げ飛ばすのを受け止めて抱えた。

 

 変にドギマギしているレンカを見下ろした隼人は、首絞めが鬱陶しかったのかムッとしているカナに謝った。

 

「別に気にしてない。平気」

 

「あはは、じゃれてるみたいだったけどね。今度やったげようか」

 

「流石にそれは止めて。嬉しくないし、興奮しない」

 

 尻尾を丸めて怯えるカナに、ニコニコと真っ黒い笑みを浮かべた浩太郎はしきりに撫でまわしながら隼人の方を見る。

 

「そろそろ戻ろうか」

 

「ああ、持ち場を離れてしまっているしな」

 

「肩貸してくれる?」

 

 渡り廊下を見上げながら位置を調整した浩太郎は、カナを抱えたまま助走距離を取る。

 

 その間に、レンカを庇う様に抱え、腰を落とした隼人は、背中を足場に跳躍した浩太郎を屈伸の動きで跳ね上げる。

 

「さて、こちらも跳ぶか。レンカ、歯を食い縛れ。舌を噛むぞ」

 

「わ、分かってるわよ」

 

「じゃあ行くぞ。3、2、1!」

 

 垂直跳躍と共にスラスターを焚いた隼人は、レンカを抱えた腕の力を調整しつつ渡り廊下のヘリを掴んで体を引き上げる。

 

 先にレンカを入れて、後に続いた隼人は、ぐにゃっと曲がっている手すりに気付き、敢えて無視して屋上へと急いだ。

 

「浩太郎、先行しろ」

 

 後ろについた隼人は、拳銃を持っている浩太郎を先行させ、カナ、レンカの順で続かせると階段を上がっていく。

 

 ノックしてからドアを開けた浩太郎は、ドアを警戒していた俊とシグレに拳銃の銃口を向けられ、反射でMk23を向けてしまった。

 

「あ、すまん」

 

「気を付けてよ。俺も向けちゃったけどさ」

 

 謝りながら銃を下ろした俊の肩を叩いた浩太郎は、ムッとしているシグレに微笑を向けると後の三人を通す。

 

 時計を確認しながら和馬の元へ移動した隼人は、笑みを浮かべて迎える彼からモノキュラーを受け取る。

 

「お帰り、小隊長」

 

「ああ、ただいま。変わった事は?」

 

「無いよ。何もな、ポイントに来た車もさっき来たトラックだけだし、抗議団体のジジィババァもこっちの銃火器にビビって出てこねえし」

 

「なるほどな。引き継ごうか。っと、すまん、通信だ」

 

「あいよ、カバーカバー」

 

 そう言って監視を続行する和馬にしばらく任せ、通信に出た隼人は、いきなりのノイズに思わずミュートにした。

 

『あ、もしもし~? 聞こえる~?』

 

「誰だ」

 

『ああん、そんな言い方しなくていいじゃん。元身内なんだしぃ~。あ、ごめんごめん私私!』

 

「新手の詐欺か?」

 

『ちーがーう! ケルビ! ケルビ・ゼロールだって!』

 

 ようやく名を名乗った通信相手に、ため息を落とした隼人は、遅れて飛んできた映像で彼女の姿を確認する。

 

「ああ、アンタか……何だよ」

 

『うへへ、後輩君達の状況確認』

 

「本当は?」

 

『追い出されて暇だから構って』

 

「フリーコールじゃないんだぞこっちは。そんなに暇ならハルに電話しろ」

 

 そう言ってその場に座った隼人は、画面のケルビが不満そうなのに舌打ちした。

 

「大体、何やってて追い出された」

 

『んえ? ふうちゃんのシャツめくって下着丸出し』

 

憲兵(MP)飛んでこないだけましと思え、痴女が」

 

『ええー、先輩相手にひどくなぁい!?』

 

「犯罪行為に年功序列は関係ない。それよりもバイト先でやらかすな、痴女先輩」

 

 そう言って通信を切ろうとした隼人は、ケルビが同時通信でつなげたらしいPMSC部の面々に嫌な顔をした。

 

「何のつもりだ先輩」

 

『だって冷たい後輩君が切ろうとするんだもーん』

 

 額を抑えた隼人は、不満そうなケルビの映像を見て苦笑する面々を見回した。

 

「先輩、一郎先輩に通報しますね」

 

『ま、待って待って! じぇ、ジェス君は何か欲しいものある!?』

 

「仕事をする時間。はい、通報しました」

 

『うわぁああああ! 薄情者! ヘタレ! 粗チン!』

 

「いい加減にしないと会った時に射殺しますよ、先輩」

 

 若干キレ気味のジェスが、座った眼でボルトアクションをするのにケルビは背筋を凍らせる。

 

 そんな様子を映像で見ていた隼人は、共有設定で繋がった一郎のウィンドウを見て、あ、と声を出した。

 

『ケルビ、貴様どこにいる』

 

『え、えっと……第三小隊オフィス……?』

 

『またキーブレイカーを使ったのか貴様……。後輩の部屋で何をやっている』

 

『マンガ読んでる』

 

『……今すぐ戻ってこい』

 

 怒りを抑えてそう言った一郎に、のん気に答えたケルビは、ウィンドウに割り込んできたレンカと楓、ナツキに気圧された。

 

「ちょっと先輩、私の漫画開いてないでしょうね!?」

 

「春画、春画見た!?」

 

「私の、秘蔵の、写真集……」

 

「テメエら職場から持って帰れ……」

 

 職場に何かしら持ち込んでいる三人に怒りを覚えた隼人は、ケルビに代わって通信に出てきた風香に何かを吹いた。

 

「先輩、何やってる」

 

『え、あ……うん。その……』

 

「そこは俺達のオフィスだ、あんまり荒らさないでくれ」

 

 そう言ってウィンドウを閉じようとした隼人は、絶叫を発し、大きくのけ反っているレンカに気付いた。

 

「何だ、ヤク中にでもなったか」

 

「やられた」

 

「はあ? 何をだ」

 

「エロゲ」

 

「何でだ」

 

「インストールしてそのままにしてたのよぉおお! 楽しみにしてたのにぃいいいい!」

 

「……お前、クビにするぞ」

 

 半分切れかけている隼人を他所に、ゴロゴロと転がるレンカは、まんざらでもない風香を見て彼女にレビューを聞き始める。

 

 彼女を横目に見ながら通信を切った隼人は、和馬からモノキュラーを受け取って監視を続行した。



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第20話『入れ替わった後』

 それから十数分後、PSCイチジョウの方では風香達元生徒会メンバーが、臨時の治安部隊として訓練を受けている最中だった。

 

ムーブメント(移動)

 

 その一言と共に移動した隆介は、護衛役として、後ろに連れている風香を守る様に移動し、その後に一郎達も続く。

 

 想定する状況としては要人の救出であり、たまに依頼が飛んでくる仕事でありながらかなりの難度を誇る状況だった。

 

「一郎、レオン、先行しろ。市子、ケルビ、風香を連れて二人に続け」

 

『了解』

 

「俺が殿につく。移動」

 

 手にしたKeyModレールのカスタムHK416を周囲に向けつつ、移動させた隆介は、通って来た道からの気配を感じ取り、単発射撃で牽制する。

 

 広い倉庫に移動した彼らは、隆介の牽制射撃で追跡を抑え込みながら出口へ向かう。

 

「くっ、会敵《コンタクト》!」

 

 レオン達の目の前から、進路を塞ぐ様に教導部隊の面々が、各々の武器を持って攻め込んでくる。

 

 『FNH・P90』口径5.7mm短機関銃で、反撃するレオンは、バリケードに隠れながら接近すると腰からサーベル型の術式武装を引き抜いて接近する。

 

「行け行け行け!」

 

 シールドを構え、風香を護衛する女子を庇う様に円運動で動きながら、『Z-Mウェポンズ・ストライクガン』を発砲、三人を入口へと近づける。

 

 その間に追いついた隆介は、素早い近接戦で数を減らすレオンの援護を行いつつ、四人の元へと急ぐ。

 

「レオン、離れすぎるな! 合流できなくなる! 一郎、俺は良い。女子を優先して防御!」

 

 フルオートに切り替え、バーストで敵を牽制しながら移動する隆介は、一郎から離れ、弾幕に対してバリアを張っているケルビの元へ急がせる。

 

 ケルビ達の方は、半透明のバリアを盾に応射する市子と共に移動していた。

 

「やっべ、もう保たないよぉ!」

 

「ちょっと! 男子は何やってるんですか!」

 

「知らないよぉ!」

 

 傾斜付けて銃撃を受けるケルビは、限界近いバリアに魔力を送り込みながら後ろで震えている風香に触れる。

 

「ふうちゃん怖くても漏らしちゃ駄目だよ!」

 

「ペットボトルありますよ!」

 

「いっちゃん、そのフォローはどうかなぁ……」

 

 苦笑しながら風香を片腕で抱えたケルビは、『グロック・G22』をリロードしている市子と歩調を合わせつつ移動する。

 

 その間にマチェットナイフを持って迫る敵兵士に気付き、市子はそちらに連続して発砲する。

 

「くっ、避けられた! ケルビ、風香を頼みます!」

 

「了解だよん。ほれ、ふうちゃん、動くよ~」

 

「一郎達は何してるんですか!」

 

 走りながら通信機に叫ぶ市子は、手にはめているグローブ型の術式武装を起動すると、バリケードに隠れたケルビからの援護射撃を受ける。

 

 怒号を受けて移動している一郎と隆介は、組打ちで一人処理した市子を回収して移動する。

 

「下がれレオン! 撤退するぞ!」

 

 駆け戻ってくるレオンに通信機でそう呼びかけながら、フルオートで制圧射撃を掛けた隆介はシールドの後ろでリロードをする。

 

 そして、至近で炸裂した爆炎術式に慌てて隠れてやり過ごし、レオンを通しながら射撃を放って撤退する。

 

《状況終了》

 

 押しボタンにより風香の撤収が確認され、アナウンスが鳴り響く。

 

「くは、何とかなったか……」

 

「みたいだな。相変わらず良い指示だったぞ、隆介」

 

「後輩にゃ負けらんねえからな……。しかし、イチジョウ達はこんな事してたのか。そりゃ学園最強の傭兵部隊にもなる」

 

 そう言ってその場に座り込んだ隆介は、シールドを背負った一郎に手を借りて立ち上がる。

 

 ワンポイントスリングで吊ったHK416を肩に預けた隆介は、ぞろぞろ戻ってくる風香達と合流する。

 

「お疲れ」

 

「お疲れ様~。えへへ、かっこよかったよ」

 

「そ、そうか? ああ、それより、お前は大丈夫なのか?」

 

「え? あ、うん。大丈夫……かな」

 

「何だその微妙な返事……」

 

 苦笑する隆介が見下ろしてくるのにもじもじと体をくねらせる風香は、気に入らないとばかりに間に入ってくる市子に驚いた。

 

「何です? あの援護の仕方は、風香を守っていたのは私とケルビだけじゃなかったですか!」

 

「集中砲火浴びるかもしれんから、べったりつく訳にもいかんだろうが。それに、俺はお前とケルビを信用して任せていた」

 

「それで、もし風香に怪我でもあればどうするつもりで?」

 

「そんなのお前が許すとは思えんな」

 

「それは……そうですが」

 

 頬を膨らませる市子にめんどくさそうにため息を落とした隆介は、マガジンを外してスライドを引く。

 

「ま、まあまあ! ちゃんと出来たんだし、良いでしょ? ね?」

 

「俺は別に文句はないぜ? 市子が気に入ってないだけで」

 

「もう、そう言う事言わないの!」

 

 頬を膨らませる風香を苦笑交じりにあしらった隆介は、ますます不機嫌になる市子に額を抑える。

 

 見かねたレオンが、掴みかかろうとした市子を羽交い絞めにして連れていき、そのまま一郎達と共に撤収していく。

 

 気付いた時には練習場に二人きりと言う状態だった。

 

「……デブリーフィングに行くか。風香?」

 

「ふぇっ!? う、うん」

 

 弾を抜きながら先導する隆介は、恥ずかしそうにちょこちょこ歩いてくる風香に苦笑し、彼女の手を取った。

 

 真っ赤になる風香を敢えて無視し、手を引いて歩く隆介は追いついてきた彼女がバランスを崩しながら腕に抱き付いたのに硬直した。

 

「あ、ご、ごめんね!」

 

「いや、大丈夫だ! ……怪我無いか?」

 

「う、うん」

 

 腕に抱き付く力が強まったのに変な汗が出始める隆介は、鍛え抜かれた腕に顔を埋める風香にどうする事も出来なかった。

 

 そんな二人を遠くから見ている一郎達は、揃いも揃って初心な二人のやり取りを静かに見守っていた。

 

「うわー、早く付き合っちゃえば良いのに」

 

「あいつ等にはあいつ等なりのペースがある。強要するな、ケルビ」

 

「んでもさぁ、あそこまで言ってたらラブホ行きじゃない?」

 

「そんな度胸があると思うか?」

 

「無いね、うん、無い。そう言う意味じゃ隆ちゃん一郎より劣ってるよね」

 

 辛口コメントをぶっ飛ばすケルビは、ため息を吐いている一郎にニコニコ笑いながら抱き着く。

 

 その隣で尻尾を縦に振りながら不満そうにしている市子は、レオンに宥められつつも漏らさずにはいられなかった。

 

「どうしていつもいつも、風香の隣に隆介がいるんですか!」

 

「いや、まあ、二人とも一方通行的両思いだし……。ああでもして機会増やさないと」

 

「むぅ……。レオンは、私と風香が一緒に過ごす時間が減るのを好ましく思うのですか!?」

 

「え、あ、ううん。そうじゃなけどさ……」

 

「じゃあ邪魔しに行きましょう!」

 

 そう言って出口へ走ろうとする市子に慌てて腕を掴んだレオンは、内心複雑な心持になっていた。

 

(うーん、俺も本心を言った方が良いのかな)

 

 ヘタレているというよりも、市子が聞く耳を持ってくれないが故に告白すらできていないレオンは、終始不機嫌な彼女に仄かな苛立ちを浮かべていた。

 

 このまま強引に行くのも良いが、大穴に等しい。

 

「レオン? そろそろ手を放してくれませんか」

 

「あ、ごめん。痛かった?」

 

「いえ、動いてはいけない様な殺気を感じたので」

 

「あ、ごめん」

 

「私、何かレオンを怒らせるような事、言いましたか?」

 

 純粋そのものと言ったあどけない表情で見上げてくる市子にどう言うべきかと迷うレオンは、胸筋に触れる巨乳を見て少し赤面した。

 

 そんな事にも気づかずに詰め寄る市子は、戻って来た隆介と風香に気付いて頬を膨らませながら二人の間に割って入る。

 

「……レオっち」

 

「うん、臆病だなって思うよ自分でも」

 

「うーん? でもさ、ありゃしゃーないよ。フラグ立って無いもん」

 

「フラ……? ケルビはいつも不思議な言葉を使うね」

 

「えへへ~。レオっちは優しいから好きだよ私ぃ」

 

 そう言ってニコニコ笑うケルビに、疲れた様な笑みを浮かべるレオンは、隆介と揉めている市子を流し見た。

 

 つくづく恋愛とはわからない物だと、そう思いながら。



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第21話『デブリーフィング』

「じゃあ、デブリーフィングを行うぞ。今回は撤退までに二十三分かかった。まずまずだそうだ」

 

「内容に不服が」

 

「後にしろ。それでだ、これで俺達の採用試験は終了。合格をもらったから明日から第四小隊として、治安維持に移る。部隊長は風香、お前だ。お前には交渉を担当してもらう。

副隊長は俺だ。男女で班を分け、女子には基本的に風香のバックアップを担当、男子は俺と共に前線に出る」

 

 手元のタブレットを見ながらそう告げる隆介は、市子を抑えてもらいながら今後について話し始める。

 

「さて、俺らがこの仕事についたのは、生徒会業務が松川達の手に移った事により、イチジョウ達もアイツらに付いて行くだろうからって事だ。

要は第三小隊の抜けた穴を俺らが埋めるって話だ」

 

「仕事無いと暇だし、ちょうど良いよねぇ」

 

「いや、俺ら受験生」

 

「あ、そっか」

 

「あ、そっか、ってお前なぁ……」

 

 タブレットを肩に預け、そう言った隆介に、愛嬌を湛えた笑みで笑った風香は、恥ずかしそうに頬を掻く彼に噴き出す。

 

「隆ちゃん続けてよ~。私、もう砂糖吐きそうだよぉ。オェエエエ」

 

「吐き真似をするんじゃねえ。んで、契約期間は今から三か月、三か月後に更新通知が来る予定だ。それまではPSCイチジョウの社員として、俺達は働く事になる」

 

「ほえ? 契約社員て事?」

 

「そうなるな。まあ、今の時期、3年生がやってる事なんて引継ぎ位だしな。時間も余るからそう言う形式にした」

 

「へぇー。断りも無く?」

 

 腰のサーベル型の術式武装を立て、半目になるケルビに詰まった隆介は、慌ててフォローに入る風香に心配になった。

 

「んまー、大体分かったけどさぁ。相談してよ、私だって暇じゃないんだよ? 漫研経由で新刊出したりするんだしぃ」

 

「同人活動は趣味の領域だろうが」

 

「ニーズがあれば仕事だよッッ!」

 

 カッ、と目を見開くケルビに額を抑えた隆介は、その隣で頷く風香に目を丸くした。

「そうだよ、需要があるんだから供給しなきゃ」

 

「お前は、何を、言ってるんだ……?」

 

「じゅ、需要、あるから、供給」

 

 顔を真っ赤にしながら言う風香に、意味を理解して若干引いた隆介は、ニマニマ笑うケルビを睨んだ。

 

「お前、また何か仕込んだか!?」

 

「へぇええええ!? 仕込んでませんけどぉおおおお!?」

 

「いちいち挑発してくるんじゃねぇ! そうか、疑って悪かったな」

 

「過去作全3冊と、新作のプロットとストーリーライン見せたけどね!」

 

「テメエ……」

 

 手にしたタブレットで殴ろうとした隆介は、白目を剥いて挑発しているケルビを庇う風香に、振り上げた腕を止めた。

 

 ふるふる小動物の様に震える風香に、ゆっくり腕を下ろした隆介は、ほっとしている彼女に若干萌えていた。

 

「さて、デブリーフィングは良いか、隆介」

 

「え、ああ。悪いな、変なやり取り見せてしまって」

 

「いや、構わん。それよりもケルビ、あれほど汚染するなと言っただろう」

 

 そう言ってケルビをつまみ上げた一郎に、胸を撫で下ろした隆介は、するっと入り込んだ市子に半目になった。

 

 ハートを浮かばせながら抱き着く市子は、隆介と目が合うなり睨み目で舌を出していた。

 

「相っ変わらず可愛くねえなお前」

 

「あなたの評価はどうでも良いです。私には風香からの評価さえあれば良いので」

 

「本ッ当、男殺しだなお前……」

 

 ため息と共に青い表情を浮かべた隆介に、ムッとした市子は、その隣で悲しそうな顔をしているレオンに首を傾げた。

 

「レオンはどうしたんです?」

 

「……いや、何でもないよ」

 

「何でも無い感じでは無いのですが?」

 

「いや、まあ、俺の問題だし、君に言ってもね……」

 

「はあ……。そうですか、なら深掘りは止めましょう」

 

 そう言って風香へのスキンシップを続行する市子に、若干泣きそうなレオンは隆介に慰められていた。

 

「何、この光景……」

 

「知らん」

 

 ペアの片方同士がくっ付いている光景に、若干引き気味のケルビと一郎は、もう何も言わない事にして早々にその場を去っていった。



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第22話『後悔の夕暮れ』

 数時間後、日の傾く場所は戻って、海原に沈む夕日に照らされる新関東高校。

 

 その屋上では仕事を終えた隼人達が、撤収準備を進めており、各々展開していた機材を片付けていた。

 

「お疲れちゃんー」

 

 間延びした声でそう言いながら歩いてくるのは、セーレと隆平の二人で、ジェスや小春共々PMSC部に移籍した生徒会メンバーだった。

 

 書類整理に片が付いたらしい彼らは、同じ様に契約の時間を過ぎて撤収に入ろうとしている隼人達に顔を見せに来ていたのだった。

 

「一応、出さにゃならん分は終わらせたけんね。明日まとめて流星んとこ出してくるわ」

 

「ああ。すまんな、書類の代行を頼んで」

 

「ええよ。それがうちらの仕事じゃけん。行く当てものうて後支委員にも入れんうちらを拾ってくれとんじゃ。これぐらいはせんとね。のぉ、サボり魔」

 

 そう言って隆介の方を振り返ったセーレは、苦笑する隆介に指鉄砲を向けた。

 

「初日からサボるって何考えとんじゃ石潰し。うちら二人は戦闘系技能無いんじゃけ、事務仕事で貢献せえと言うとるじゃろうが」

 

「だけどよ、あの量を二人でやったら早く終わっちまうじゃねえか。仕事調整、仕事調整」

 

「調子のええ事言いやがって、しばくぞワレ」

 

「へいへい、やれるもんならやってみろよ」

 

「何じゃと!?」

 

 歯噛みしながら詰め寄るセーレに苦笑した隆介は、ため息を落としている隼人に業務報告書を提出する。

 

「確かに受け取った。じゃあ今日は上りか」

 

「おうよ。セーレはともかく俺は明日から本気出す。まあ、後方支援委員会から仕事もらえるだろうしな」

 

「そう言う派遣をする気は無いんだがな。まあ、自主的に仕事を持ってきてくれるのであれば、部費も潤う」

 

「……大変なのな、お前ら」

 

「ああ、申し訳ないがな。わりと火の車だ」

 

 そう言って、端末を閉じて腰のホルダーに入れた隼人は、同情気味に引きつった笑みを浮かべる隆介がその場を去るのを見送った。

 

 腰から引き抜いたライトを使い、撤収準備の確認に入った隼人の隣、ナツキが手持無沙汰のセーレの元へとやってくる。

 

 セイフティをかけた『レイヴァーン』補助ロッドをハードポイントで腰に下げ、一点スリングでHK416Cを吊り下げたナツキは、マガジンを取り外し、スライドを引いて薬室の弾丸を弾き飛ばした。

 

そう言うの(銃の動き)に慣れとらんけん、ヒヤッとするわ。ナツキもよう扱うわ、そんな物騒なもん」

 

「えへへ、リーヤ君に教えてもらったんだ」

 

「ええのう、彼氏がおって。って言うかアンタ半狐なのに銃使うんか、珍しいのぉ。うちの知り合いの半狐の子は魔法剣士(マギセイバー)じゃが、両親からの教育で銃は使わんのと」

 

「まあ、使うか否かは、個々の環境の差だよね。私は、リーヤ君の家族やお父さんお母さんの影響もあって銃は使う物だったし、それに今はケリュケイオンがあるし」

 

「隼人の合理主義か。まあ、アイツらしいのぉ……」

 

 呆れ半分のセーレは、苦笑しているナツキを他所にアイドル関連のまとめサイトを開く。

 

「何にせよ、うちらは働いて給料をもらうだけじゃ。分かりやすいのぉ」

 

「えへへ、アイドルライブに向けてね」

 

「リフレッシュがそれってアンタ凄いわ……」

 

 若干呆れ気味のセーレに、きょとんとしているナツキは、ガンケースにライフルを収め終えたリーヤの呼びかけに応じてそちらへ移動する。

 

 ため息交じりに何時帰ろうか算段しているセーレは、長大なケースを背負ってちょこちょこと寄ってきたハナに気付いた。

 

「ん? どしたん? 私に何か用?」

 

「ふえ?! あ、うん。何してるのかなぁって」

 

「あー、まあ、何じゃ。アイドル関連のサイトを見よった」

 

「アイドル……? どんな人達? あ、この人達、朝のニュースに出てた」

 

「ほうか。アンタは純粋じゃのう」

 

 そう言ってハナの頭を撫でたセーレは、純粋無垢な彼女の目を見て自らの心の汚れぶりに涙が出そうになっていた。

 

 物悲し気なセーレにきょとんとしているハナは、大体を察した美月に呼び出され、その場を後にした。

 

「よし、撤収準備完了だな。帰れる奴からとっとと帰るぞ」

 

 そう言ってライトを収めた隼人は、ぞろぞろと帰っていくPMSC部の面々を屋上から出しつつ、浩太郎と共に最終確認を行って施錠した。

 

 薄暗い校舎を騒ぎながら降りていく部員達にため息を落とした隼人は、憂鬱そうな浩太郎に気付き、彼の方を振り返った。

 

「どうした、浩太郎」

 

「え? ああ、ごめん。嫌な事を思い出しちゃって」

 

「新新宿テロの事か?」

 

「ううん、それよりももっと昔の事さ。君と知り合う以前の、ね」

 

「ああ、そっちか。十年前の事だっただろう? どうして急に」

 

 階段をゆっくり下りながら、日が落ち始めている新横須賀港を見た隼人は、極力目を合わせないでいる浩太郎に背を向けて一歩先を行く。

 

「たまにさ、思い出すんだ。こんな日暮れに、殺しに行ったなって。母さんと、加賀美の仇を、討ちに行ったんだなって。仲の良かった従姉を殺しに行ったんだなって、さ」

 

「……お前、まだ、従姉を殺した事を後悔してるのか?」

 

「ああ、後悔してる。怒りに任せて、取り返しのつかない事をした事も。あの子、美沙里(従妹)から美南(従姉)を奪った事も。何もかも」

 

「そうか。そんなお前が、羨ましいよ。美南さんには、不謹慎だけどな」

 

「いつも言ってるよね。まあ、そうなんだろうけどさ。本当は、どうしたら良かったんだろうね、俺は」

 

 そう言って一歩一歩、ゆっくりとしたペースで降りる浩太郎に、振り返った隼人は、目に怒りを宿しながら言葉を紡ぐ。

 

「人間、皆賢者じゃない。怒りも、痛みも、絶望も、苦しみも、喪失も、吐き出せなきゃ消えずに膨らませながら抱え続けるだけだ。誰も消せない。自分自身でさえもな。

そう言う意味じゃ、お前はどうしようもなくなるほど膨らむ前に吐き出せたんだ。だから、後悔できる」

 

 そう言って窓から見える海の景色に目を向けた隼人は、くすぶり始めた殺意を抑えて吐息にする。

 

「すまん、八つ当たりだな」

 

「気にしないで。俺も、少し我がままになり過ぎた」

 

「いいさ。なら、お互いまだ子どもだな」

 

 そう言って苦笑した隼人は、苦笑を返す浩太郎と共に階段を下り切ると、下駄箱で待っていたレンカ達と合流して駐車場に向かった。



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第23話『買い物』

 インプレッサが停めてある駐車場に到着した隼人達は、それぞれ不要な荷物をハッチバックの荷台に載せていた。

 

 その中で、一人何か考え事をしていたミウが、おもむろに手を上げた。

 

「どうした、ミウ」

 

 彼女の方へ振り返った日向は、たれ目を少し上げている彼女に嫌な予感を感じた。

 

「新横須賀のアニメショップに行きたい」

 

「行ってどうする」

 

「漫画と雑誌買う」

 

 しれっと言うミウにため息を落とした日向は、乗り気のレンカに舌打ちしている隼人に視線をやる。

 

 大体を察した隼人は、インプレッサのイグニッションを入れる。

 

「行くか」

 

 そう言って運転席に乗り込んだ隼人は、浩太郎達に先に帰る様に伝えると、日向達を乗せて発進させる。

 

 バックからのハーフスピンを決めて車庫出しをした隼人は、そのまま出口のゲートに進め、出場許可を得て急発進した。

 

「ちょっと飛ばすぞ」

 

 そう言いながら道幅ギリギリのドリフトをしながら駆け上がったインプレッサは、十数分のドライブの後に目的地へと到着した。

 

「もうちょっとまともに運転しないのアンタは!」

 

 店内に怒号を響かせたレンカは、どこ吹く風とそっぽを向く隼人に軽くキレながら店内を進む。

 

 ウキウキ顔の彼女の後ろをついていく隼人は、心底嫌そうな顔で棚の物を見る。

 

「何よ隼人。私といるの嫌なの?」

 

「ああ、そうだ。正確に言えば、今この場にいるのが嫌だ」

 

「何で!?」

 

「当たり前だバカ。何が悲しくて女性向けコーナーにいなきゃいけない」

 

「え? 付き添いなら別に良くない?」

 

 そう言って首を傾げるレンカに、深いため息を落とした隼人は、ふと目についた本を手に取った。

 

「この本……」

 

「あ、それ!? 興味あるの?! 私買ってるよ! 読む?!」

 

「え? ああ、いや、義姉さんが持ってたなってだけだ。って言うかここのコーナーの本、大体は義姉さんが持ってるな」

 

「流石、お義姉様ね!」

 

「オタとしては良いんだろうが、一高校男子の姉貴としてどうなんだろうな……」

 

 青ざめつつ、本を戻した隼人は、ミウの買い物に付き合っている日向の方に視線を移す。

 

「ミウもミウで本気だなぁ。……日向に同情するぜ」

 

 最後だけわざと聞き取りづらい様に呟いた隼人は、買い物を続けるレンカの後をついていく。

 

 いろいろ新刊を買い漁った女性向けコミックのコーナーから、男性向けコミックの方に移動したレンカに、事情に詳しくない隼人は意外そうな顔をする。

 

「お前、こっちも読むのか?」

 

「え? うん。そうだよ」

 

「ふーん、そうか」

 

 適当な会話をしつつ、携帯端末を開いた隼人は、今日の予定を再確認する。

 

(アキホ達の入学祝までは時間がある。余裕を持って帰りたいがな)

 

 そう思いながら、店内を見回した隼人は店内の大半を占める新関東高校の女子生徒を目に入れて頭が痛くなっていた。

 

「あ、イチジョウ君。こんにちわ、どうしたの? ここに来るなんて珍しいね」

 

 額を抑えていた隼人は、声をかけてきた黒翼の女有翼族と茶色いボブカットの女エルフ二人に挨拶を返すと、はぐれたレンカを探すべく周囲を見回す。

 

「イチジョウ君?」

 

「あ、いや、すまん。今日はレンカと同じ部の奴らの付き添いで来てるんだ。買いたい物があるってな」

 

「同じ部の人? あ、そっか、イチジョウ君、PMSC部っての作ったんだよね。国連からの転校生も入ってるって言う」

 

「ああ、そうだ。よく知ってるな」

 

「えへへ、私、これでも新聞部だからね。先輩情報!」

 

 そう言って隼人の同級生である二人組の内、エルフが少々ある胸を張るのに、苦笑した隼人は、同じくはぐれたらしく合流しに着た日向に手を上げる。

 

 アンニュイな表情で歩いてきた彼は、自分を見て目を輝かせる二人にたじろく。

 

「お、俺に何か?」

 

「イケメン!」

 

「え?」

 

「すっごい、何で私、今まで彼の事マークしなかったんだろ!? うっわー、栄えるわー」

 

「いや、待ってくれ。何の話をしてる。おい、隼人、助けてくれ」

 

 そう言って隼人の方を見た日向は、その言葉に更に反応した二人に表情を引きつらせる。

 

「イチジョウ君の知り合い!? 何者!?」

 

「あ、いや、俺は」

 

「待って! ここはイチジョウ君ご本人に!」

 

 そう言って矛先を日向から隼人に向けた女子エルフは、ギョッとなる彼に握り拳を向ける。

 

「どう言う関係?!」

 

「同僚。仕事仲間。部員の一人だ。お前らが考えてる様な親密な関係じゃない。まだ、な」

 

「ええー、つまんないなぁ。って、え? まだ?」

 

「ああ、まだ知り合って日も浅いしな。背中を預けられる関係でもない」

 

「おおー、新路線」

 

 そう言ってメモを取るエルフを軽く小突いた隼人は、皮肉に苦笑を返す日向へ笑い返す。

 

「あ、それで君はオタクなの?! 何の作品好き!?」

 

「あ、いや、俺はこう言う物には疎くてな。幼馴染なら、こう言うのは好きなんだがな」

 

「へぇー、じゃあイチジョウ君と同じく付き添いなんだ?」

 

「まあ、そんな所で」

 

「んで、その子は?」

 

「今来た。あの子だ」

 

「うぉわー、可愛い!」

 

 目を輝かせる女子二人を他所に、ミウが持ってきた買い物の量を見下ろした日向は、のんびりした笑みを浮かべる彼女に青筋を浮かべる。

 

「何だその量は。お前の薄っぺらい貯金で、買いきれるのか?」

 

「えへへ。日向、お金貸して」

 

「またか、いい加減にしろ。撃ち殺されたいか、お前」

 

「え~? だって日向お金貯めてばかりで使わないじゃん。ちょっとぐらいさぁ」

 

「俺の貯金は、バイクを買う為の物だ。お前に貸す為じゃない」

 

 そう言ってミウの頭にチョップを打ち込んだ日向は、不満そうな彼女の額に指鉄砲を向ける。

 

 どこまでもマイペースな彼女に、ため息を落とした日向は、女子に気付いて駆け寄ってきた有翼の少女に気付く。

 

「あ、君は……」

 

「おわー、久しぶりぃ。っても二週間だっけ?」

 

「あ、ああ。そうだな」

 

 予想外のローテンションに戸惑いがちに返した日向は、ミウを見て少しテンションを上げた少女から半身離れた。

 

「ミウっちもお久ー。覚えてる? 私、ヒィロ・ユーグナント」

 

「うん、覚えてる~。新生徒会の~、えっと~会長と仲良い子だよね~?」

 

「そうそう! リューの彼女!」

 

 微妙に噛み合ってない会話をする少女、ヒィロは、のんびりした笑みを浮かべるミウに次第にテンションが上がっていっていた。

 

 そんな彼女らを隼人と共に見ていた日向は、女子エルフ達が誰か来るのに気付き、合わせてそちらへ振り返った。

 

「ん? 君は、四葉奈々美、だったか。それとそちらの人狼はエクスシア・フェルツシュタット。二人ともどうしてここに?」

 

「へぅ!? え、えっと、ヒィロを連れ戻しに……」

 

「ああ、彼女か」

 

「あ、無理に呼ばなくて大丈夫! キリの良い所で連れ帰るから」

 

「そうか。所で、二人は付き添いか?」

 

 そう言って、背の低い奈々美達を見下ろした日向はあがり症で真っ赤になる彼女に少し会話の速度を抑えようと思った。

 

「え、う、うん。そうなの。ヒィロの付き添いで」

 

「生徒会の仕事は良いのか?」

 

「うん、今日は流星君達だけで良いって言ってたから。時間もできたし、買い物にね」

 

 そう言って微笑む奈々美に、少しドキッとした日向は、多少増えた女子に挟まれて右往左往している隼人の方を見た。

 

「モテるな、隼人」

 

「レンカもいるし、それ絡みで、失恋させた奴がいるから、モテたくないんだがな」

 

「そう言えるのはモテてる証拠だ、隼人。お前がどうだろうとな」

 

 そう言って苦笑した日向は、唐突に何かを思い出した隼人に少し驚く。

 

「ど、どうした?」

 

「いや、少し用事を思い出した。日向、お前、車運転できるか?」

 

「できるが?」

 

「あいつ等がごねたら先に帰っててくれ。俺はバスで帰るから。すまん」

 

「分かった。行ってこい」

 

 投げられたイグニッションキーを受け取った日向は、下りエスカレーターに急ぐ隼人を微笑で見送った。

 

 そして、不思議そうにしている女子達を笑みのまま追い散らした。

 

 渋々と言った体で、解散していく女子達の中を、駆け寄ってきたレンカは、隼人がいない事に気付いた。

 

「あれ? 隼人は?」

 

「ああ、何か用があるとかで、外に出て行ったぞ。この近辺にモールがあったな……。多分、買い物じゃないか?」

 

「ええ?! 何で私を呼ばないのよぉ! あ、もしかして私へのサプライズ?」

 

「いや、そう言うお前が喜ぶ物じゃないと思うぞ……。さて、隼人は先に帰ってて良いと言っていたから帰るか?」

 

「んー、まあそうしよっか。私に関係ない隼人の用事なんて、関わらない方が良いし」

 

 そう言ってレジに行くレンカに、信用しているな、と感心しながら日向は帰り道のルートを検索し始めた。



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第24話『準備』

 二時間後、バスからの徒歩で帰宅した隼人は、玄関から騒がしいリビングに入ると入学祝のパーティーの準備が進んでいた。

 

「あ、おかえり」

 

「ただいま。準備はどうだ?」

 

「アキちゃん達が来る頃にはできてるよ。プレゼントも、ラッピングをナツキちゃんがやってるし」

 

「武器をラッピングってシュールだな」

 

「あはは」

 

 そう言って笑うリーヤの隣で手を洗っている隼人は、調理の手伝いに入る。

 

 シュウも加わって三人で準備していた隼人達は、数十分くらいで調理を終え、ダイニングテーブルに並べていく。

 

「アキホ呼ぶか」

 

「まだ良いんじゃない? それに、スペシャルゲストもいるしさ」

 

「は? 誰だそいつ。聞いてないぞ。まあ、大体察せるが」

 

 ため息交じりにそう言った隼人はカバンの中から紙袋を取り出してダイニングの椅子に置いた。

 

 それに気づいたリーヤは、大切そうに中身を確認している彼に話を向けた。

 

「それは?」

 

「義妹達への個人的なプレゼントだ」

 

「プレゼントねぇ……。レンカちゃんが怒るよ」

 

「アイツに構ってる分のプレゼントだ。怒ろうが怒るまいが渡す」

 

「律儀だね、そう言うところ」

 

 そう言って苦笑したリーヤは、鼻で笑っていた隼人を睨み上げているレンカに気付いて目を逸らした。

 

 その様子に気付いた隼人は、袋を取り上げてひったくられない様にすると飛びついてくる彼女を追い散らす。

 

「邪魔するなバカ」

 

「何よー! 私置いてそんなもの買いに行ってたの!?」

 

「ああ、そうだ。そんな物を買いに行ってたんだよボケナス。お前よりも大切なものだ」

 

「何で私には無いのよ!」

 

「お前は今まで、俺といただろうが。あいつらはそうじゃなかった。だから、その分のプレゼントだ」

 

 そう言って追い払った隼人は、不満タラタラなレンカにため息を落とすと紙袋を置いた。

 

「今度で良いから、そう言うプレゼント、私にもちょうだい」

 

「ああ、分かった。お前の誕生日にな」

 

「ケチ」

 

「やかましい。文句を言うなら四年に一度にするぞ」

 

「何でオリンピック形式なのよ!」

 

 ギャーギャーと喧嘩する二人を見ていたリーヤは、あげない訳じゃないんだ、と内心呟いて苦笑していた。

 

 十数分揉めていた二人は、不意になったインターホンで喧嘩を中断した。

 

「こんばんわー」

 

 夜に出すにしてはバカでかい声でそう言うアキホに、出迎えに言った楓がどすどすとやかましい足音を鳴らす。

 

「いらっしゃーい。待ってたよん、ほら入って入って」

 

「あれ? 他の兄ちゃん姉ちゃんは?」

 

「中で待ってるよ~ん」

 

 そう言って先導する楓の後をついて行った二人は、ドアを潜ると同時にわっと沸いたリビングに驚いた。

 

「アキホ、香美」

 

「あ、兄ちゃん」

 

「よく来たな。まあ座ってろ。お、アハトも連れてきたのか」

 

「うん。今日パパとママはどっか行くみたいだし。お留守番もかわいそうだしね」

 

「そうか。じゃあその分も用意しないとな。カム、アハト」

 

 そう言って足元のアハトを呼び、タオルで彼の足を拭いた隼人は、アキホ達をソファーに着かせた。

 

「おらお前ら、運べ」

 

「あいよ。あ、アキホ達は座っててくれよな。今日の主役だし」

 

 そう言って配膳を始める隼人達に、座って待つアキホ達は、つまみ食いしようとするアハトやレンカに切れる彼を振り返って笑っていた。

 

 それからしばらくして、配膳が終わり全員が集まる。

 

「よし、それじゃあアキホと香美の入学前祝を始めるぞ。それじゃあ、先に乾杯だ。皆グラスを持て」

 

「うい」

 

「よし、じゃあ、クソ妹と可愛い後輩の活躍を祈って乾杯!」

 

 そう言ってグラスを掲げた隼人に武達が追従する中、不満タラタラのアキホが香美のグラスと合わせて共振音を鳴らす。

 

「むぅ、兄ちゃんってば、ほんと身内の扱い雑だよね」

 

「身内だからな」

 

「もうちょっと大切にしてよぉ。身内なんだから」

 

 そう言って頬を膨らませるアキホは、うっとうしそうにする隼人に頬ずりする。

 

 それをニコニコ笑いながら見ていた香美は、一歩離れた様子を見て不満そうなアキホに引き込まれた。

 

「きゃあ?!」

 

「香美ちゃんも兄ちゃんに甘えようよ」

 

「え、でも隼人さんに迷惑が」

 

 そう言って、アキホの胸を枕に戸惑う香美は、少し嫌そうな隼人を見上げる。

 

 舌打ちを一つかまし、後頭部を掻いて手にしていたグラスの中身を煽った彼は、アキホと香美を抱え込んだ。

 

「ほら、これで良いんだろ」

 

「えへへ、うん」

 

「今日だけだぞ。過度に甘やかすとレンカがやかましいからな」

 

 そう言って、もたれかかってくる二人を撫でた隼人は、現在進行形で不機嫌なレンカを流し見ると、深くため息を吐いた。

 

 アキホが移動した事で、両脇にそれぞれを抱える体勢になった隼人は、しきりに甘えるアキホと戸惑いがちに引っ付いてくる香美を撫でていた。

 

「はっはっは、モテるなぁ隼人」

 

「そう言うのは止めてくれ。本当に」

 

「いやぁ、この光景見てそう言わねえのは不自然ってもんだぜ」

 

 そう言ってゲラゲラ笑う和馬は、心底嫌そうな隼人を他所にグラスを傾けていた。

 

 その隣、きれいな正座で座っている美月は、汚い胡坐を掻く和馬の膝を一発叩いて諫めた。

 

「何だよ姫さん」

 

「はぁ……。皆がいる時にその呼び方は止めなさい。それより、隼人にダル絡みしないの。射殺するわよ」

 

「おー怖い怖い。酒の席に銃持ち込むのかよお前」

 

「酒? あなたまさか」

 

「おう、飲んでるぜ。もちろん、俺の自腹でな」

 

 そう言ってグラスに入った透明な液体を見せた和馬は、呆れている美月にニタニタ笑う。

 

 酔いが回っているのか、ほんのり頬が赤い和馬は、美月のグラスに少しだけ酒を入れた。

 

「ちょっと!」

 

「だーいじょうぶだって。少しだけ少しだけ」

 

「あなた、私が酒弱いからってわざと言ってるでしょ」

 

「酔ったお前を久々に見たくてなぁ。ちょっと好みだぜ、ああいうお前も」

 

「この……言わせておけば……」

 

 そう言って真っ赤になる美月にゲラゲラ笑った和馬は、隣で若干引き気味になりながらノンアルコールのビールを飲む日向にも絡んだ。

 

「お前、今日は飲まねえのかよ」

 

「ああ、そうだ。今日の主役に、迷惑はかけられないからな」

 

「まじめだなぁ、お前は。見てみろ、ミウとカナを。水の様に酒を飲む」

 

「新ロシアと新フィンランドの強さは知ってるだろう。一緒にするな、比較するな」

 

「はっ、そりゃそうだ。じゃ、俺は姫様と二人で晩酌すっかね」

 

「好きにしろ、酔っ払い」

 

「へーいよ」

 

 そう言って追加を注いだ和馬に、憂鬱そうにため息を落とした日向は、ぎゃあぎゃあと騒ぐ隼人達を横目に、浩太郎達と飲んだ。

 

「よくもまあ騒げるもんだ」

 

「活発ですものね、レンカ達は」

 

「シグレは良いのか?」

 

「何がです?」

 

「混ざらなくて」

 

 そう言って、レンカと楓も加わった四人に圧迫されている隼人の方を指さした日向は、一瞬反応したシグレに苦笑する。

 

 それを見て俊とナツキ、ハナの三人が笑うのに顔を赤くしたシグレは、しれっとしている日向を睨んで毛を逆立てる。

 

「な、何でそんな事聞くんですか!」

 

「聞いては悪いか?」

 

「そんな事は無いですけど……」

 

 そう言ってもごもごと口ごもるシグレにニタニタ笑った日向は、考え込んでいた彼女にからかわれていると気づかれ、鋭い視線を向けられた。

 

 刺す様な視線も慣れっこになった日向は、楽しくなりそうだ、と思いながらグラスを傾けた。



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第25話『プレゼント』

 それから二時間後、パーティは泥沼と化していた。

 

 美月は完全に酔っ払い、和馬も理性的な考えが期待できない様子で俊に絡んでいた。

 

 女子四人に揉まれていた隼人は、疲労感からぐったりしていた。

 

「あらあら、久々に来てみれば随分と楽しそうね」

 

「あ、咲耶さん、こんばんわ。あれ? どうやってうちの中に……」

 

「合鍵。もらってたのよ。それよりも、遅れてごめんなさいね、せっかくのお祝いなのに」

 

「いえ、そんな。お忙しいのに来ていただけただけでも幸いですよ」

 

「うふふ。うれしい事言ってくれるわね。さて、アキちゃん達は?」

 

 そう言って、重量があるらしいボストンバッグを置いた咲耶は、リーヤが指さしたソファーで眠りこけているアキホ達に頬を引きつり上げた。

 

「何なのよこの空間は」

 

「ああ、咲耶か。良いだろう、宴会後の雰囲気で」

 

「良くないわよ……」

 

 眠そうな隼人の冗談に疲れ気味に返した咲耶は、リーヤの隣に座ると、空腹なのか残り物を食べ始める。

 

 もぐもぐと咀嚼する咲耶の隣、リーヤの反対でゲームを観戦していた日向が、空いたグラスにジュースを注ぎ、彼女に手渡した。

 

「ありがとう。まあ、別にお酒でも良かったのだけど」

 

「一財閥の党首が未成年飲酒? 良くないんじゃないのか?」

 

「あら、私だって飲みたい時くらいあるし、少し嗜みもするのよ?」

 

「少し、か。それなら良いんだが……。アイツ《和馬》みたいになるなよ、咲耶姐さん」

 

「……ああまではいかないから。安心して」

 

 そう言って、一杯飲んだ咲耶は、膝枕にミウを乗せている日向に苦笑する。

 

「しかし皆おねんねなんて、せっかく新入生二人に向けた新装備を持ってきてあげたのに」

 

「新装備?」

 

「ええ、新装備。アキちゃんは格闘武器、香美ちゃんは電子戦用のウェラブルコンピューター、まあそのどれもがちょっとした隠しギミックがついててね」

 

「ギミックか……ろくでもなさそうだな」

 

「ええ、普通の人にはね」

 

 そう言って、笑う咲耶に半目を向けた日向は、むくりと体を起こした香美に気付いた。

 

「起きたぞ、姐さん」

 

「ふえ?」

 

「おはよう、香美。お前宛のプレゼントが来てるぞ」

 

 そう言って咲耶を指さした日向は、香美用に用意された腕に装着するタイプのウェラブルコンピューターを彼女から受け取った。

 

 折り畳み式になっているそれは、一見すれば腕に取り付ける小さなノートパソコンの様だった。

 

「ハナが使っているのとは少し違うな。腕に取り付くタイプか」

 

「ええ、そうよ。それも試作型の術式対応タイプ。両手のオープンフィンガーグローブから内蔵のセンサーを介して情報を取得、その後は無線送信でセンサー情報を左腕のコンピューターに転送。

装着者の判断で取得したスキャニング情報を戦術データリンクにアップロードできるようになっているわ。加えて、ロックオン術式も左腕のコンピューターが自動起動で一部演算処理の補助を行う。

副次的な効果でしかないけれど、スキャン対象の距離が遠距離、複数になるほど負担軽減のうまみは出るわ」

 

「ハナが持っている能力の補助を行うコンピューターか。地味だが、良い物だな」

 

「それともう一つ、このコンピューターの隠しギミックとして個人間の演算処理をリンクさせる機能がついている。やり方は簡単、リンク対象と一度手を繋ぐだけ。それだけでコンピューターがリンク対象へ演算処理を委託するわ。

但し、負担軽減の為に一リンクにつき委託は一度だけ。種族も人間にはリンクできない様になっているわ」

 

「なるほどな。おい香美、聞いていたか? 起きろ、寝れなくなるぞ」

 

 そう言って揺さぶる日向を見て苦笑していた咲耶は、寝ぼけている香美の左腕にアームガードと一体になったコンピューターを装着すると、先端部に位置するグローブを固定した。

 

 舟を漕ぐ香美の左腕を大きく広げ、装着されたコンピューターを開いた咲耶は、興味本位で近づいてきたハナと共にコンピューターのセットアップを開始する。

 

「時刻設定、新グリニッジ標準時、新日本標準時を設定。GPS、初期設定から変更無し。戦術データリンクは、国連軍と新関東高校、PMSCSの三種。これは私の端末から設定を転送、マッチング。各リンク接続用パスワード入力、完了。

咲耶さん、端末設定完了しました。後は?」

 

「後は、神経接続だけね。こればっかりは香美ちゃんに起きてもらわないと」

 

「だって、香美ちゃん」

 

 そう言って苦笑したハナを他所に、神経接続の準備を進めた咲耶はもう一つの武装、アキホ用に用意していた物をカバンから取り出した。

 

 机の上に置かれた一式を見たシュウ達は、その見た目に言葉を奪われた。

 

「これは……」

 

「全部アークセイバーか? にしちゃブーツにガントレットみたいな物もあるが……」

 

「それに、アークセイバーって出力の問題から、TMDが無いとじゃないと使えないんじゃないか?」

 

 ガントレットタイプを持ち上げてそう言った日向は、同意する様に頷くシュウが手にしているラック懸架の手持ちタイプを流し見た。

 

 武器を観察している二人に苦笑しながら、香美の神経接続の設定をした咲耶は、神経接続による視覚情報への割り込みを確認している彼女の様子を見ていた。

 

「香美ちゃん、気持ち悪い所とか、違和感を感じる事はない? あれば再調整するから」

 

「えっと、少し、ウィンドウが大きいかな、と。あと、手の感覚が少し」

 

「痺れる感じ? それなら、手の神経をセンサー代わりにしてるからかしらね。少しセンサー感度を下げましょうか。それで緩和できるはず。他には?」

 

「あ、片目での表示に違和感が……」

 

「半表示状態ね。調整する。これで全部? よし、なら、外しても大丈夫よ」

 

 そう言って、ウェラブルコンピューターからコネクターを取り外した咲耶は、調整に使用していたブックPCを折り畳んでバッグに戻した。

 

「それで、そのアークセイバーが気になる? そこのお二人さん」

 

「え? まあ、はい」

 

「じゃあ説明しましょうか。それをあげる子は寝てるけどね」

 

 そう言って苦笑した咲耶は、手持ち式のうちの一つを取り外し、日向達の目の前に掲げた。

 

「これは歩兵携行用新型アークセイバー。試作名称は『ブロッサム』。そしてこっちがその改良型の『ブロッサムⅡ』、別称バンシー(泣き女)。これらは全て、うちの部署が開発していた超小型TMD内蔵式武装の研究品」

 

「TMDを内蔵した武装……。隼人が使用している物よりも大型なのはそのせいですか?」

 

「ええ。でも、その分変換した電力をアークセイバーだけに注ぎ込める。全体の割合から供給量が決まっていたフレーム付属品(オプション)とは出力が違う。このガントレットタイプとブーツタイプも同様よ」

 

「それを今回提供する訳ですか? どうしてまた」

 

「それを用いた時の運用・実戦データが欲しいの」

 

 深刻そうな顔でそう言った咲耶に首を傾げた日向は、手にしていたガントレットを机の上に置く。

 

「運用と実戦データ? 実戦データはともかく、運用データは試作段階で取れていたのでは?」

 

「えっとね、この武装、主武装にするにはバランス悪すぎるみたいなの。で、うちに所属してる試験使用者(テスター)全員がまともに扱いきれなくてきちんと動いているデータが無いの」

 

「要するに起動試験データはあっても、試験戦闘データ自体が無い、と。全員扱えないって、そんなにバランス悪いんですか?」

 

「テスター曰く、普通の武器の感覚で扱うと、ブレード収束フィールドのジャイロモーメントとアークで自滅するらしいわ」

 

「実体刃と違って重量が無いから振り回すだけでも一苦労なのか……。シュウ、振ってみるか?」

 

 そう言ってニヤリと笑う日向のやり取りに、苦笑した咲耶は、起き上がって手に取っているアキホに気付いた。

 

「あら、おはようアキちゃん。どう? あなた向けの入学祝いは」

 

「何て言うか……凄いね。って、これ全部私の?」

 

「ええ、そうよ。着けてみる?」

 

「マジ!? 着ける着ける!」

 

「うふふ。はいはい。じゃあブーツ。うん、素足で良いわ」

 

 そう言ってブーツ型のアークセイバーを履かせた咲耶は、目を輝かせてはしゃぐアキホを宥めた。

 

「おおー、何かレン姉の脚武器みたい」

 

「ベースモデル一緒だからね。着け心地は?」

 

「良いねぇ。思ったほど重くないよ!」

 

 そう言ってアクロバットを決めるアキホに、驚いた咲耶はガントレットを手に取る。

 

「じゃあ次はガントレット。これは着けたらユニットを起動してみてくれる?」

 

「んと、こう?」

 

 咲耶の案内に従って、神経接続を介し武装を起動させたアキホは、ガントレット中央に浮かんだ薄い板が手の甲の上に口を向けるのに軽く感動していた。

 

「ちゃんと起動できているわね。じゃあ、今身に着けている装備の説明ね。脚のはレッグアークセイバー『エオス』。アナイアレイタの武装データを基に開発した武器よ。

その通り、相手を蹴り切るのが目的の武器よ。どうかした?」

 

「あれ? 刃が出ないよ?」

 

「ああ、それは武装側でセイフティかけてるからよ。アーク刃は出してると危ないから」

 

 そう言って苦笑した咲耶に、不満そうな顔のアキホは、ため息を吐く隼人に小さく舌を出す。

 

「さて、次。ガントレットね。これはアークセイバートンファー『ニュクス』。トンファーって言ってるけど、あくまでもニュアンスね。腕の基部を中心に柄がクルクル回るのが特徴。この柄は取り外しできるわ。

だけど、出力は低くなっちゃうから、あくまでも手持ちのアークセイバーのカバーに使うのが、こちらが想定している使い方よ」

 

「で、最後が手持ち式なんだ。あれ、これって、どうやってつけるの?」

 

「ああ。アキちゃん、アクセサリベルトは持ってる?」

 

「ううん、持ってない」

 

「じゃああげるわ。これを腰につけて。そう。オートフィットしてくれるから。よし、装着できたわね。じゃあ、このアクセサリベルトにバンシー用の腰部ユニットをつけましょうか」

 

 そう言って、ベルトの両腰に、青いラインが入ったアークセイバーを装着したアキホは、腰に手を回して抜刀のイメージを作る。

 

「最後にブロッサムを、背中側につけましょうか。はい、これでアークセイバーはフル装備。どう? 動きにくくないかしら?」

 

「んー、まあ、許容範囲だね。これに拳銃付けても大丈夫」

 

「良いわね。じゃあ、ちょっとセイバーを二本抜いて見て」

 

「ブレード出せないんでしょ? 良いの?」

 

「大丈夫。柄の事を少し話したいだけだから」

 

 そう言って歩み寄った咲耶は、アキホが腰から二本引き抜いていたセイバーの柄を受け取って柄尻同士を連結させた。

 

 一見すればバトンの様になったそれの中央を掴んだアキホは、棒術の如く手で勢いをつけ、そこから体中で器用に回し始める。

 

「良いね良いねこれ! カッコいいし、楽しい!」

 

 連結された柄を高速で振り回すアキホは、手から浅く宙に投げたそれを脚で蹴り止め、ワンバウンドからつま先でトラップする。

 

 器用な一連の流れに拍手を送った咲耶達は、アキホが照れているのに苦笑する。

 

「使い心地はどう?」

 

「んー、軽くて良いね。刀とか長剣使ってみたけど、やっぱり重量あって、動き回りながらじゃ使いにくかったんだよね」

 

「まあ、普通動き回りながら戦うって事を誰もしないからね。なるほど、そう言う機動戦闘にはもってこいなのね」

 

 そう言ってメモを取る咲耶に答えながら、腕のセイバーをクルクルと回すアキホは、脚のセイバーを持ち上げて右手に取った。

 

 再びバトンの様に体中に這わせながら回したアキホは、投擲した柄を天井に激突させ、急速に落ちてきたそれをキャッチした。

 

 そして、柄を分割しながら装着すると、すぐさま隼人の鉄拳が飛んできた。

 

「いったぁ! 何すんのさ!」

 

「こっちのセリフだ馬鹿! 天井に傷でも入ったらどうする!?」

 

「ちぇー、気分良かったのに」

 

 そう言って口を尖らせるアキホに、ため息を落とした隼人は、天井を見上げると軽い衝突痕が見えたのにもう一度ため息を落とした。

 

「クソッ、面倒な位置に……。業者を呼ぶか。まあ、良い。咲耶、これでお前からのプレゼント全部か」

 

「ええ、そうよ。じゃあ次はあなた達の番ね」

 

「ああ。ナツキ、ハナ、持って来てくれ」

 

 そう言って、プレゼントを持ってきてもらった隼人は、まず小さなケースを二人の前に差し出した。

 

 それを受け取り、ケースを開けたアキホと香美は、そこに収められていたPx4を手に取った。

 

「俺達の制式拳銃だ。ホルスターもおまけしておく」

 

「ありがとうございます」

 

「香美は、キンバーが欲しかったらしいが、それはご家族に頼んでくれ。俺達から渡せるのはその一丁と、もう二つだけだ」

 

 そう言って中くらいのケースと少し長めのケースを目の前に出された香美は、その隣で布に包まれた細長い物を受け取っているアキホを横目に見る。

 

「まず、アキホから。お前が模擬戦で使っていた両刃刀を実戦投入の報酬として開発部からもらった。アークセイバーをもらったが、状況に応じて、使い分けてくれ。

次に香美だが、突撃騎銃(アサルトカービン)短機関銃(サブマシンガン)を提供する。中古品だが、こちらで整備、調整してある」

 

 そう隼人に言われ、ケースを開けた香美は、それぞれに収まっていた物の内、アサルトカービンの方を手に取った。

 

「『H&K・HK416C』口径5.56㎜コンパクトカービン。お前が模擬戦で使っていた物をそのままプレゼントにさせてもらった。一緒につけている光学照準器は『トリジコン・ACOG』4倍率サイト。

射撃支援を主としたセットアップとして、サイト上面にバックアップレッドドットを装着。アンダーバレルはバーティカルタイプ、サイドレールは右側にタクティカルライトを装備している」

 

「こんなにいっぱいアクセサリーを……良いんですか?」

 

「全部あまり物とか中古品だ。まあ、『ACOG』はリーヤの私物だし、グリップとタクティカルライトは学校の掘り出し物だしな」

 

 そう言って整備担当だったリーヤの方を見た隼人は、香美が持っている416Cの詳細を彼に聞いた。

 

「内部機構は無調整だけど、一応軽く分解整備はしておいたよ。『ACOG』については、まあ僕からのプレゼント。まあ、予備は4つほどあるし」

 

「そんな、ありがとうございます! こんな高価な物を」

 

「あはは。良いよ、気にしなくて。これからに期待してるよ」

 

 深々と頭を下げる香美に、苦笑したリーヤは、騒然としている一部に首を傾げた。

 

「皆どうしたの?」

 

「あ、いや……。その、な、ACOGって高いのか?」

 

「うーん、まあね。大体M4カービンの二倍くらいだから、1300ドル、1ドル100円として……13万円くらいかな」

 

「じゅっ、13万!? 給料と同じくらいじゃねえか! よくそんなもんあげられるな!?」

 

「まあ、無駄遣いしないからお金あるしねぇ……」

 

 そう言って半目になるリーヤに、うっと詰まった武は隣で苦笑しているシュウに慰められる。

 

「さて、次の装備だが、これも模擬戦で使ってもらった銃だ。『H&K・MP7A1』4.6㎜サブマシンガン。H&K続きだな。さて、こいつはCQB、主に建物や車両移動での任務の際に使ってもらおうと思っている。

PSCであるうちは警備任務が多い。携行負担を下げる目的でも、416Cよりこちらを使用する機会が多いだろうな。リーヤ、後は頼む」

 

 そう言って隼人は、後を任せる。

 

「はいはい。じゃ、説明するね。内部機構は416Cと同じくノーマル、無調整だよ。MP7A1の特徴であるフォールディンググリップはそのままで、アッパーレールにオープンタイプのドットサイトを装備。

CQBでの使用を前提に軽くして、横幅もかさばらない様にしてあるよ。護衛対象について使う事が前提だから、サプレッサーの使用は考慮してない」

 

 そう言って、私物であるらしいアタッチメントタイプのサプレッサーを見せたリーヤは、ショートとロング両方のマガジンも見せた。

 

「MP7には二つマガジンがあって、ショートとロング。ショートは20発、ロングは40発装填する。取り廻しに何が出るから、警護の時はショートを使った方が良いね。ロングは真っ向からの撃ち合いに使用する。

おすすめはロング3にショート5かな。ショートが切れたらロングって感じで。リロード回数は増えちゃうけど」

 

「取り回しとのトレードオフですしリロードについては仕方ないですよ。所で、このMP7って民間仕様(シヴィリアンモデル)じゃないんですね」

 

「学校からの払い下げの改良品だからだよ。まあ、新日本じゃ許可証あれば法執行機関用の銃は持てるし、武力行使が許可されている学生ならなおさら許可が下りやすい。

一般生徒とかでも普通にフルオート付き持ってるしね」

 

 そう言って、MP7をしまわせたリーヤは、続いてPx4を確認させた。

 

「Px4については、ノーマルだし機能について話しておくよ。この拳銃はバレル交換で9㎜パラベラム、9㎜ルガー、.40S&W、.45ACPの4種類の弾丸に対応する事が出来るんだ」

 

「んー、じゃあ、いただいたものは9㎜パラベラムタイプですか?」

 

「うん。9㎜パラベラムなら女の子でも撃ちやすいし、弾丸がちっちゃいから携行弾数も多くなるからね」

 

「でも、口径が大きい方が良いのでは? ストッピングパワーも上がりますし」

 

「うーん、ストッピングパワーは45口径と9㎜パラじゃそんなに変わらないんだよね。違いがあるとすれば45口径の方が亜音速弾だからサプレッサーとの相性がいい。けど、普通に使うなら弾を多く持てる9㎜の方が有利さ。

人狼族や鬼人族の筋肉に拳銃弾は通じないからね。弾が多ければそれだけ牽制で多くの弾をばら撒けるって一般論があるからさ」

 

 そう言って9㎜パラベラム弾を見せたリーヤは、不思議そうな顔をしている香美とアキホに説明を始める。

 

「拳銃弾は主に筋密度の低い種族に対してストッピングパワーを発揮するんだ。逆に筋密度の高い種族相手だと拳銃弾が弾かれて衝撃力しか生まない。けど、受けて平然としていられる様な衝撃じゃないから、相手は怯む。

その隙に近接攻撃を叩きこむか、逃げるか。拳銃を扱うなら、この二つの内、一つを実行しなければならないんだ」

 

「いわゆる、衝撃で固める、と言うものですか?」

 

「うん、そう。最近はそう言う使い方をする様になってきたのさ。威力不足から不要論が上がっていたけれど、用途を変えた事で評価が覆った。まあ、弾の無駄と言えばそうなんだけど、無くしてしまうと困るのが現状だね。

アキちゃんはよく使う様になるかも。逆に香美ちゃんは、使う状況になると不味いって考えた方が良いね」

 

 そう言って、9㎜パラベラム弾をケースにしまったリーヤは、実戦前提の話に唖然としている二人を隼人に任せた。

 

「さて、これらのプレゼントだが、当然お前らが使う事になる武器だ。早ければ、4月末にな」

 

「え? 嘘!? 実戦出んの!?」

 

「ああ。だが、実戦と言ってもお前ら新一年生は後方支援の警備だ。前に出る俺達とは違う」

 

「ええー、何で?」

 

「当たり前だ。実戦経験もクソもないお前らが前線に出た所で何の役にも立たないだろうが。それに、戦闘でパニック症状を起こされても困る」

 

 そう言って睨んだ隼人に、若干引いたアキホは、とことこと寄ってきたアハトの頭を撫でた。

 

「行きたくないなら、早めに言えよ」

 

 そう言って隼人はアキホ達との話を打ち切り、片づけを始めた。



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第26話『浩太郎』

 その夜、自室にて眠れなかった浩太郎は一人、携帯端末で一枚の写真を見ていた。一人の少女と、二人の幼女、そして幼い彼が写った写真。

 

「加賀美……」

 

 自身の隣に恥ずかしそうに立つ幼女、彼の亡くした妹である、加賀美に触れた浩太郎は、写真より幾分か成長した彼女を母親共々失った夜を思い出していた。

 

 致命傷を受け、血だらけになって事切れた母と妹、そして片腕を無くし無力感に落ちる父親と、使用人すら亡くなった自分の家。

 

『コウちゃん』

 

 幻聴に顔を上げた浩太郎は、そう呼びかけてきた黒ずくめの少女と向き合う幼い自分を客観視していた。

 

 殺害に使ったであろうサプレッサー付きの拳銃を向ける彼女と、目の前の事実を受け入れきれず呆然とした自分。

 

『ごめん、ね』

 

 贖罪の言葉と共に彼自身を掠めた弾丸は、浩太郎自身の背後にあった暗闇に消え、自失していた自分の目の前から、少女は消えた。

 

「美南……」

 

 母親と妹、そして父の片腕と使用人たちの仇であり、幼馴染だった少女、そして、自分が初めて殺した最愛の女。

 

 その事を思い出し、その頃の自分自身の怒りに恐怖した浩太郎は、血だらけになった自分自身の手を幻視した。

 

『ごめんね、コウちゃん。加賀美と、おばさまを殺して』

 

 復讐に燃え、彼女の両親と祖父母を殺した自分自身の目の前で、彼女は言った。その背後には恐怖で失禁しながら震えている彼女の妹、美沙里の姿があった。

 

 だが、彼は彼女らに向けた拳銃を震わせなかった。

 

『怒ってるよね、家族を奪ったんだから。でも、仕方なかった。コウちゃんの家族を、コウちゃんを殺さなきゃ、私の家は、お父さんも、お母さんも、ミサも……路頭に迷ってた、死んじゃうかもしれなかった!』

 

 涙ながらの訴えに、目を見開き、ついに彼の照準が揺らいだ。

 

『コウちゃんに罪は無かった、加賀美も、二人共。でも、おじさまとおばさまは違う。私の家族を殺そうとした。何もかもを奪い取ろうとした、家名も、存在意義も、何もかも。許される事じゃないって分かってる。あなたの心を変えると分かってた。

でも、私にも家族がある。守らなきゃいけない事だってある。だから、お父さんの命令で、殺したの。それが、私がやらなきゃいけない事だから』

 

 罪を吐露する彼女の瞳には、あふれる涙と共に決意があり、だからこそ、浩太郎は許せなかった。銃を下ろせなかった。

 

『コウちゃんの怒りは分かってる。私の事を殺したいって言うのも。もう、お父さんもお母さんも殺したんでしょう? お手伝いさん達も、執事の野中さんも、全員』

 

『ああ、後は君達だけだ』

 

『そう、分かった』

 

 そう言って美南は一歩前に出る。

 

『動くなミナ! 近づくんじゃない、撃つぞ!』

 

 戸惑いを怒声に変え、引きながら銃を構える浩太郎は、ポロポロと涙を流す彼女に抱き付かれた。

 

『み、ミナ……?!』

 

『最後に、二つお願いがあるの』

 

『お、おねが、い?』

 

『一つは、ミサを見逃してほしいの。あの子には、何の罪も無い。私が加賀美にしたような事、したくないでしょう?』

 

『……分かった、だけど』

 

『最期にもう一つ、聞いてほしい事があるの。大好きだよ、コウちゃん。あなたを、恋してた、愛してた。だから、殺せなかった。家族の為だって分かっても、あなただけは、殺せなかった。だから、殺されるんだって、今はそう、割り切ってる』

 

『ミナ……』

 

『さ、コウちゃん言いたい事は言ったから。早く殺して?』

 

 そう言って両手を横に広げた美南に、一筋涙を流した浩太郎は機械の様な正確さで彼女の胸に照準する。

 

『ああ、死んでくれ。ミナ。俺と、死んだ母さんと加賀美の為に』

 

『うん、バイバイ』

 

 別れの言葉と共に浩太郎は容赦なく三連射を撃ち込み、そして止めに頭部に一撃撃ち込んだ。

 

 そして、泣きわめく美沙里を置いて、彼は死人だらけの屋敷を後にした。そこまでを思い出して、ふと浩太郎は思う。

 

「ミサは……どうなったんだろう」

 

 伏目がちにそう言った浩太郎は、背後からの物音に気付き、ポケットからG26を引き抜いて振り返った。

 

「んぅ……浩太郎?」

 

「あ、ごめんカナちゃん。起こしちゃった?」

 

「……浩太郎は、寝ないの?」

 

「え? あ、ううん。寝るよ。けどちょっと、寝つきが悪くて」

 

「じゃあ、一緒に寝る?」

 

 そう言ってくるカナに苦笑しながら、拳銃を隠した浩太郎は、自分のベットに腰掛けると枕元に置いていたデジタル写真立てを見た。

 

 写真立てには、カナの家族と撮った写真が表示されており、それを見て苦笑した彼は、眠ったカナに気付いて噴出した。

 

『バイバイ』

 

 笑い出した浩太郎の脳裏に殺す瞬間の美南の笑顔が過ぎる。

 

 目を見開いた浩太郎は、震える手から顔を上げると爆発した後の発表会場が目の前に広がっていた。

 

『父さん、母さん、そんな、嫌ァあああああっ!』

 

 拳銃を手に呆然としていた自分の隣で、泣き叫ぶ咲耶が爆発の破片で傷だらけの隼人に押さえつけられていた。

 

『コウちゃん、また、殺すんだね』

 

 トリガーにかかった指が強張った拳銃を見下ろしていた浩太郎の目の前で、拳銃を構えていた美南に歯を噛んだ彼は躊躇を感じつつ照準した。

 

 引き金を引こうとする直前、声をかけられた浩太郎は、照準の先で驚くカナに、慌ててサイドボードへ拳銃を置いた。

 

「……一緒に、寝る?」

 

 震える手の向こうで、少し怯えているカナがそう呼びかける。

 

 もう一人では寝れそうにない、そう考えた浩太郎は、カナの布団に潜り込み、彼女を壊さない様に、大切に、抱える様に、眠った。



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第27話『雷切』

 翌日、入学式が始まった新関東高校の屋上。警備業務にあたっていた隼人達PMSC部は、ガンラインを維持する抗議団体を観察していた。

 

「まーた来てんのかよジジババ共は。鬱陶しいぜ」

 

「そう言うな、和馬。向こうはまだ何もしていないんだ、こちらからは何もできない。っと、あと5分。準備しろ」

 

「とっくに出来てんぜ。リード、ナイト(和馬)フェンサー(日向)出ていいか?」

 

 そう言って、建物の裏に隠れて通信機にそう呼びかけた和馬は、その隣で二丁のXDを準備している日向に待機のサインを出す。

 

『リードよりナイト、フェンサー両名へ、規定時刻超過。抗議団体を帰らせろ』

 

「あいよ、了解」

 

『手荒な真似はするなよ。向こうがしない限りな』

 

 そう言って念を押す隼人に苦笑した和馬は、日向と共に抗議団体の方へ歩み寄っていく。

 

「おーい、おっさんおばさん、規定時刻だ帰んな」

 

「何? 規定時刻だと? そんなもの関係ない! 我々は君たちの為に抗議活動を」

 

「俺らの邪魔だから帰れって言ってんだよ」

 

「こ、このッ。生意気なガキが!」

 

「はい、一名ご案内」

 

 そう言って居合い切りで拳銃を切断した和馬は、驚愕する中年が殴ろうとしてくるのを、峰打ちで逆に殴り倒した。

 

 頭から血を流して倒れた中年を回収した日向は警備係へ雑に投げ渡す。

 

「さて、聞き分けのねえジジィとババァはまだいるか?」

 

「この人殺し! あなた達は何をやっているか分かってるの!?」

 

「ああ? 決まってんだろ、話し合いじゃどうしようもねえ奴殺しだよ。はっ、何だよババァ、アンタ話し合いで全部解決できると思ってんのか? 笑えるぜ、最高のジョークだ」

 

「だからと言って暴力なんて! 野蛮な!」

 

「あのなぁ、力がねえと言葉なんて意味ねえんだよ、誰も聞きやしねえんだ。アンタらみたいなお脳の固いクソ野郎共は特にな」

 

 そう言って刀を収めた和馬は、腰の引けている中年女をひと睨みすると、彼女のアイコンタクトを読み取り、背後からの襲撃を受けた。

 

 頭部に警棒が当たる直前、拳銃のアンダーバレルで受けた日向は、力が緩んだ瞬間に腹に膝蹴りを撃ち込み、両肩に三連射を浴びせると、周囲に銃口を巡らせる。

 

「さて、今日はもう帰りな。これ以上怪我人出したくねえだろ。自滅でな」

 

 そう言って、一歩引いた和馬達は詰め寄ろうとした女との間に放たれたライフル弾にニヤリと笑う。

 

「やろうと思えばあんたら全員弾痕塗れにできるぜ? さっさと帰ればそうしねえけどさ」

 

 そう言って抗議団体を帰した和馬は、安堵の息を漏らしながらホルスターに拳銃を収めた日向に苦笑を返した。

 

「どうした? 緊張でもしたか?」

 

「多少な。危うく回りの人間も撃ちそうになった」

 

「それで多少かよ。緊張感ねぇなぁ」

 

 そう言って腰のフレームに下げた雷切の柄に肘を置いた和馬は、右手を長剣型術式武装の柄にかけながら背後へ振り返った日向に身構えた。

 

 吊り目が鋭き研ぎ澄まされ、その目から殺気を放つ日向の隣に並んだ和馬は、人気の失せた周囲に目配せすると、そこに充満した殺気を感じ取る。

 

「二人、いや三人か?」

 

 そう言って、雷切の柄に手をかけた和馬は、腰から一振り引き抜いて構えた日向に、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべる。

 

 援護は頼まず、実力で排除する、そう呼びかけていた視線にため息を落とした日向は、両手の術式武装を回しながら上段に持ち替えた。

 

「やるか」

 

「おう」

 

 もう一振り術式武装を引き抜いてそう言った日向に、一刀の上段構えで応じた和馬は道路の中央に移動すると草むらから襲撃してきた人狼族の一閃を突きの様な構えから鍔で受け流す。

 

 その勢いで回転しながら背中を浅く切った和馬は、そのまま襲撃者の背を押して突き飛ばすと、上段に構え直して次の一撃を弾き流した。

 

「おっとっと!」

 

 弾き流しと共にサイドステップした和馬は、立て続けに迫る襲撃者の攻撃を流した。

 

「日向!」

 

 そう叫び、上着を投げ捨てた和馬は、戦闘状態に移行したフレームを駆動させ、日向と挟み撃ちする形で挑みかかる。

 

 和馬に一人が、二刀流の日向に二人が挑みかかる。

 

「ほう、買いかぶられたものだ」

 

 そう言って下段に下ろしていた剣を振り上げ、カウンター気味に相手の得物を打ち上げた日向は、回避しようとする相手の脇腹を狙って切っ先を掠らせた。

 

「ブレイジング!」

 

 振り向き様、そう叫んだ日向は、分断する様に長剣型術式武装『ルーインズブレード』に纏わせた炎を叩き付ける。

 

 道路を抉る一撃で牽制した日向は、動きの鈍い相手を見切って横一線を叩き付けて吹き飛ばす。

 

「この!」

 

 若い声でそう叫び、逆襲してきた対岸の襲撃者の一撃を回避した日向は、袖から隠し武器のワイヤードブレードを射出する。

 

 肩に当たった一撃に怯んだ襲撃者は、接近してきた日向に蹴り飛ばされた。

 

「ッ!」

 

 吹き飛ぶ襲撃者に、視線を向けていた日向は、ニヤリと笑うと背面に剣を回して、一撃を受け止める。

 

 一撃を止められた事に驚愕するもう一人の襲撃者は、背中回しのパーリングから、回し蹴りで怯まされた。

 

「キリング! フリージング!」

 

 双剣の術式をそれぞれ起動させた日向は、起動寸前だった術式を右の術式武装『ファントムキラー』で切り裂くと、左の剣で相手の武装を凍結させて、急激な凍結で脆くなったそれを蹴り砕いた。

 

 舌打ちし、バックステップしながら、サイドアームの拳銃を引き抜こうとする相手を見据えつつ、体の触覚でもう一人の動向を察知した日向は、左の剣を突きの形に構える。

 

「ライトニング」

 

 日向がそう唱えたと同時、相手の腰から『G17』拳銃が引き抜かれ、9㎜パラベラム弾が放たれる。

 

 高出力の電撃に触れたパラベラム弾は急激に軌道を乱し、安定飛翔する筈だった弾丸はあらぬ方向へ吹っ飛んでいく。

 

「な……!?」

 

「残念だったな」

 

「だが!」

 

 そう言って牽制射撃を続ける相手の攻撃を電撃で弾き続ける日向は、背後から迫ってくる気配に期を見計らって構えを解除した。

 

「グライディング!」

 

 そう叫び、質量を倍加した一撃を叩き付けた日向は、ミシミシと悲鳴を上げている相手の得物にニヤリと笑う。

 

 倍増した重量がじわじわと攻めていくのを手応えで感じつつ、右の剣を収めて拳銃を引き抜き、応戦射撃を繰り出す。

 

「……! 限界か」

 

 そう呟き、剣の術式を解除した日向は牽制射二発からの回し蹴りで蹴飛ばす。

 

 なぶり殺しの体を演じる日向は、同じ様にじわじわと無力化していく和馬を一瞬見ると、目の前に迫った襲撃者の一閃を後方転回で回避して射撃を撃ち込む。

 

(ルーインズはオーバーヒート、持ち替えるか)

 

 そう内心で呟き、射撃しながら右の鞘に納めた日向は左手に拳銃を引き抜きつつ、右手に剣を引き抜く。

 

 踏み込もうとする相手の足元へ、牽制射撃を置きつつ迫った日向は、得物を砕きつつ剣を振り下ろして浅く胸部を切り裂く。

 

 そのまま払う様に足を切り裂いて顎に蹴りをぶち込み、その場に沈めた。

 

「一人無力化」

 

 そう言って攻めかかってきた襲撃者を投げ飛ばした日向の隣、雷切を駆使している和馬は、相手取っていた人狼族へ音速の峰打ちを振るった。

 

 寸での所で回避した人狼族は、好戦的な笑みを浮かべる和馬から一歩距離を取ると、得物であるハンドメイスを構え直した。

 

「なかなかしぶてぇなぁ」

 

 そう言って峰を前に刀を回す和馬は、距離を取る相手に苦笑し、刀身から電撃を放って牽制する。

 

『和馬、相手で遊ばないの。見えてるのよ?』

 

「あー、すまんすまん。さっさと片した方が良いかぁ?」

 

『別にそうじゃないけど、長引かせるのも酷じゃないかしらってね』

 

 そう言う美月に苦笑しつつ、メイスをパーリングする和馬は、刀身から放った電撃で相手を感電させた。

 

 しびれと共に筋弛緩を起こしている相手は、メイスから離れそうになる握り手に、力を込めていた。

 

「くっ……」

 

「辛そうだなぁ。ここでくたばれば楽だぜぇ?」

 

「ふざけるな! 我々は生徒会長から……ッ!」

 

「おうおう間抜けだなぁ。口割ってくれるなんざ。んで? 生徒会長? お前、どっかの地方学院生か?」

 

「それ以上話すものか!」

 

 そう叫び、メイスを振り下ろした襲撃者は、一歩引いた和馬を睨みつけると、叩き付けた地点から火柱を迸らせる。

 

 突然の術式に驚愕した和馬は、慌てて引きつつ刀を構え直す。

 

「っぶねぇ。もうちょいで焼肉だったぜ」

 

『油断してるからよ馬鹿。たまにはやられてみなさい』

 

「おうおう。相変わらず姫さんは厳しいねぇ……。あまりの優しさで涙が出るぜ」

 

『うるさいわよ。いい加減にしないと、撃つわよ』

 

「へいへい、集中しますよっと」

 

 軽口を叩きながらパーリングした和馬は、視界の端に出た美月からのIMに、援護射撃可能である事を確認する。

 

 だが、それでも、面白くない、と射撃指示を出さなかった和馬は、眼前に迫る敵に、一突きを牽制に繰り出す。

 

「長引かすとめんどくせえから、見せてやるよ。奥義って奴を」

 

 鞘で飛び込みを牽制しつつ、一回転しながら鞘に刀を収めた和馬は、鞘内で過充電している雷切を一定のタイミングで撃ち出した。

 

 電磁投射砲の如く射出された刀を、空中でキャッチした和馬は、その勢いをベクトル操作しつつ、刀身に蓄電していた電撃全てを放出しながら地面へと叩き付けた。

 

「『佐本古流剣術奥義・爆雷閃』ッ!」

 

 わざと直撃を外し、至近距離に叩きつけた和馬は、爆裂した電撃を相手に浴びせ、続く衝撃波でメイスをへし折った。

 

 空中放電が続き、一気に白煙を上げていた道路へ、雷撃で感電していた相手は倒れる。

 

 それを確認した和馬は、手に着けたグローブで、残留していた魔力をぬぐい取り、一回転させて鞘へ納めた。

 

「ほい、一丁上がり。日向、どうだ?」

 

「今始末した。全員拘束だ」

 

「へいよ、こちらナイト。侵入者を全員拘束した。回収員を求む」

 

 そう言って通信を繋いだ和馬は、まだ意識のある侵入者へ拳銃を向けている日向にハンドサインで指示を出した。

 

 回収要員である風紀委員と文化委員が、手錠と拘束用の結束バンドを持って歩み寄ってくる。

 

「こいつら三人だ。多分、他の地方学院生だと思う。まあ、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

 

「ああ、久しぶりの生贄だ。楽しませてもらうとしよう」

 

「はっ、良い趣味だ」

 

 軽口を叩いて笑った日向は、拘束した襲撃者を連れていく文化委員を見送ると、リロードしながら持ち場へ戻る。

 

 その隣についた和馬は、整備工場から轟く爆音に苦笑すると通信機を起動させた。

 

「整備工場でうっせえのは隼人と浩太郎かぁ?」

 

『ええ、整備完了の連絡と共に飛び出していったわ』

 

「今指揮してんのは?」

 

『私よ。シュウは今射撃監視してるし、他の皆も忙しそうだしね』

 

「そうかぁ、お前かぁ。あ、日向が工場の方行った。ま、俺は引き続き下で見とくから。寂しくなったら連絡しろよ~? お話してやるからさ」

 

『仕事中にする訳無いでしょ、馬鹿。良いから監視、続けて頂戴な』

 

「へいほー」

 

 そう言って監視所に入った和馬は、傍らに分隊支援仕様のSCAR-Hを置いて、コーヒーを飲んでいる有翼族の生徒を見つけた。

 

「おっ、お疲れ。休憩か?」

 

「まあ、そんな所だ。お前は?」

 

「俺もだよ。まあ、俺は実働までの待機なんだがな。上で仲間が監視してるし、それから連絡受けて動くって感じだ」

 

「なるほどなぁ。にしても、今日は入学式だというのに外が騒がしいもんだ」

 

「まったくだなぁ」

 

 そう言って外に目を向けた和馬は、勧誘準備を始めている部活動の面々を遠巻きに、監視していた。

 

「ラノベにありがちだなぁこう言うの」

 

「ああ、そうだな」

 

「あいつら射撃されなきゃいいが」

 

 そう言って生徒手帳の規定を読んでいた和馬は、過剰な勧誘を禁じる項目を見ると、めんどくさそうにしている生徒が腰の拳銃に手を回す。

 

 規定違反は無論処罰の対象だが、大体面倒だから、と大目に見られるのが現状だった。

 

「つーかこう言うの風紀委員の仕事じゃねえのかよ」

 

「いや、うちじゃ生徒の逮捕も警備業務についてる生徒の仕事だ。その分給料が良い」

 

「じゃあ風紀委員は何してんだよ」

 

「捕まった奴の取り調べと調書作成だ。お前らも連れて行ったろ? あの後の事をやるのさ」

 

「あー、そう言う事か。まあ確かにこんな学校で起きる事にいちいち委員会単位で対処してたら人足りねえもんなぁ」

 

 そう言って、自販機から買った飲み物を手に取った和馬は、背中に回していた刀を腰に持ってくる。

 

「ところでお前のそれ、強化外骨格か? 見た事無いフレーム構成だが」

 

「ん? ああ、これか? こいつは企業からのもらいもんだ。テスター品って奴だな。どうかしたのか?」

 

「個人的に、興味があってな。テスター品と言う事は非公開品か。通りで見た事無い訳だ」

 

 そう言って横目に見た生徒は、柄に腕を置いた和馬が一歩前に出ていくのを見送りつつ、監視を続けた。



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第28話『知らなくて良いこと』

 一方その頃、ガレージにてバイクの受け取りを行っていた隼人と浩太郎は、見学に来た日向と共にスロットルを開け閉めしてレスポンスを確認していた。

 

「ターボチャージャーと違って全回転域で良いトルクが絞れる。流石スーパ-チャージャー搭載車両だ。多少乗りづらくはあるが」

 

「車体も重いしね。そんな事言ったらCBRもそうだけどさ」

 

「その分排気量が大きいんだ。多少は目をつぶれ、浩太郎」

 

 そう言ってハンガーに固定されているバイクのイグニッションを切った隼人は、相槌を打ち、整備士からもらった整備説明書を読んでいる浩太郎に苦笑する。

 

「改めてみるとデカいわね、このバイク」

 

「まあな、1000㏄オーバーのバイクだからな。早く乗って帰りたいものだ」

 

「乗せられる身にもなりなさいよ」

 

 そう言って不満そうな顔をするレンカに、苦笑を返した隼人はレンカの隣でボーっとしているカナに気付いた。

 

「カナ? どうかしたか?」

 

「……ふえっ?」

 

「お前、大丈夫か? 今朝からボーっとしているけど」

 

「え……うん。大丈夫」

 

「いや、前言撤回だ。変だぞお前。風邪か?」

 

 そう言ってカナの目線までしゃがんだ隼人は、声を上げるレンカを一瞥して黙らせると、驚くカナに一言告げて、額に手を当てた。

 

「よし、熱は無いな。さて、一体どうした? 元気も無いし、変に上の空だが」

 

「えっと……浩太郎がね……」

 

「浩太郎?」

 

「うん。昨日の夜、何か見てたの。携帯端末で、何かを。それで、凄く、見た事のない顔をしていた」

 

「どんな顔だ?」

 

 そう言って質問した隼人は、俯いていた顔を上げ、じっと自分を見つめるカナに目を見開く。

 

「ダインスレイヴと同化した隼人と同じ顔……。狂気に取り付かれた様な、たぶん自分でも分かってない顔をしていた」

 

「そうか……。分かった」

 

「え? 分かったって……心当たり、あるの?」

 

「ああ、ある。だけどな、それは……知って良い事じゃない。知らなくて、良い事だ」

 

「知らなくて良い事って……私たちが入る前の事?」

 

 そう問いかけてくるカナに、無言で頷いた隼人は詳細を問い詰めたがる彼女の表情を見て苦笑とため息を落とす。

 

「八年以上前の話だって事だけ、言っておく。多分お前と浩太郎が、出会う前の事だ。それとカナ。浩太郎について余計な事は探るなよ。

あいつが話す事だけ信じればいいんだ。それ以外は、何も信じるな。そうじゃなきゃ、お前はあいつを信じられなくなる。

アイツと言う存在を、直視できなくなる」

 

「……どうして?」

 

「お前や、お前の家族が考えているほど、アイツは明るい場所にはいない。アイツがたどった道を見れば、誰もが疑う。アイツは本当に人間なのか、と。

そして、こう思うのさ。目の前の岬浩太郎は、本物なのか、とな」

 

「分かった様な口を利かないで!」

 

 ばん、と床をへこませるほどの地団太を踏み、カナは拳を震わせる。

 

 その勢いを見て口をつぐんだ隼人は、息を荒げる彼女に少し反省しつつ、音に驚いて歩み寄ろうとする浩太郎にハンドサインを出して待機させる。

 

「分かってないのはどっちだろうな。分かってるって俺も自分を肯定できねえよ、カナ。でもな、お前がアイツの過去を知った時の事は手に取る様に分かるんだよ」

 

「どうして……?」

 

「それは、言えないな。まあ何にせよ、もうこれ以上アイツの事に探りを入れようとするな。レンカ、お前もな」

 

 そう言って、整備課の事務所に向かった隼人は、呆然としているカナ達を振り返ると、そのまま黙って向かっていった。



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第29話『いつもの日常』

 それから30分後、入学式が終わり、H2の受け取りのサインをした隼人は手押しで駐輪場にバイクを移動させている途中、両親、義姉夫婦とアキホと香美にあった。

 

「あ、兄ちゃん」

 

「もう入学式終わったのか」

 

「うん、今から家に帰ってご飯食べに行く所」

 

「そうか。気を付けてな。俺はまだ仕事があるから」

 

「え……うん」

 

 しょぼんとなるアキホに苦笑した隼人は、オープンフィンガーのグローブ越しに彼女を撫でると苦笑していた香美も撫でて駐輪場にH2を駐車した。

 

 両親と義姉夫婦には軽く手を上げて見送り、校舎へ引き返す隼人は通信機を起動して各員と通信を始める。

 

「全ユニット撤収まで30分だ。何もないと思うが、最後まで気を抜くな」

 

『了解。所で、行かなくて良かったの?』

 

「ああ」

 

『家族と話す良い機会じゃないか。レンカちゃんも連れて、行ってきなよ』

 

「良いよ。レンカ連れてったってぎくしゃくするだけだし、俺一人で行ったって、話もできないしな」

 

 そう言ってレンカと合流した隼人は、くすくす笑うリーヤに苦笑を返すと階段に入った。

 

『まだ気にしてるの? 二人を振った事』

 

「ちょっとだけだがな。それよりも二人を新ヨーロッパに連れて行くって義父さん達に言った事が気になってる」

 

『ああ、そっか。反対されたんだっけ?』

 

「義母さんと義姉さんからだけどな。義父さんは何も言わなかったよ。賛成も反対もしないって感じだった」

 

『君の仕事内容を知ってるからだろうね。まあ、アキちゃん達に関しては、反対されてもおかしくは無いよ。去年と違って今年は特に何もないし、今回はわざわざ危険に飛び込ませるって感じだしね』

 

「それでも押し切って連れてくってなっちまったからな。まあ、行きたくないんだよ」

 

『あはは、それは気まずいね』

 

 通信の中で笑うリーヤに応じながら階段を上がる隼人は、慌ただしく通り過ぎる生徒に手を上げつつ、生徒会室に移動する。

 

 階段を上がろうとしていたレンカは、道を外れて歩く隼人を慌てて追いかける。

 

「どこ行くのよ!」

 

 そう言いながらドロップキックを放ったレンカは、軽く避けた隼人に受け流され、廊下をスカート丸出して滑走した。

 

 そんな彼女を放置して素通りした隼人は、スカートを直し、態度もきゃぴきゃぴした物に変えて抱き着いてきたレンカに鬱陶しさを感じた。

 

「おい、レンカ」

 

「何?」

 

「鬱陶しい。離れろ」

 

「えへへ、やだって言ったら?」

 

「締める」

 

 そう言って眉間を掴んだ隼人に、身の危険を感じたレンカは大暴れする。

 

 うるさかったのか眉間に青筋を浮かべてキュッと占めた隼人は、激痛に泣き叫ぶレンカの口を塞いで生徒会室前に立つ。

 

「よう、ヒィロ」

 

「え、誰その子」

 

「サイク○プス」

 

「ネズミの会社に訴えられるよ?」

 

「ああ、あの作品の版権あそこが持ってんだっけな。まあいい、流星は?」

 

 そう言って生徒会室に入った隼人は、レンカから手を放すと奥の方で事務仕事をしている流星に気付いた。

 

「ああ、隼人君。どうしたの?」

 

「いや、そろそろこっちの業務終了時刻なんでな。手続きをしに来た」

 

「ああ、そっか。君らの雇い主は僕らだもんね。執行内容と、かかった経費についてはセーレから送信されたIMから確認してるから。後は、書類を……あれ?」

 

「どうかしたのか?」

 

「いや、ここに置いてたんだけど……あれ? 無い?」

 

 がさがさと書類の山を漁る流星に心配になってきた隼人は、暴れるレンカに軽いビンタを打ち込んで黙らせた。

 

 案の定書類を崩した流星に、慌てて拾い上げに行った隼人は、新ヨーロッパと書かれた書類に気付いた。

 

「あ、それ見ちゃダメだよ」

 

「え? あ、悪い」

 

 手伝っていた奈々美の叱咤に驚いて突き返した隼人は、警戒している彼女に苦笑しつつその場から離れる。

 

「奈々美ちゃんそれ別に見せても大丈夫な奴だよ? ほら、隼人君達だって向こうに行くんだから」

 

「あ、そっか……」

 

「まあ、後で話すよ。あ、ごめん隼人君。書類、あったよ」

 

 そう言って、若干しわになっている書類を渡した流星は、少し不満そうな隼人に苦笑した。

 

「また隠し事か?」

 

「うん、まただよ。まあ、おいおい話すから、安心して」

 

「分かった。サインはしたから、勤務時間超過したらこちらは勝手に撤収するぞ。いいな?」

 

「うん、了解だよ。お疲れ様」

 

「ああ、じゃあまた明日」

 

 そう言って机の上に書類を置いた隼人は、レンカを連れて生徒会室を後にする。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 屋上に戻ってきた隼人とレンカは、勤務時間を過ぎて撤収準備を始めるシュウ達を遠目に見ていた。

 

「何黄昏てるんだよお前等」

 

 そんな彼らの方へ歩み寄ってきたのは、手持無沙汰になっていた俊とシグレだった。

 

「いや、まあ。新ヨーロッパの事を考えていてな」

 

「緊張してんのか? お前らしくねえな」

 

「緊張はしてるな。まあ、自分の事じゃなくて、お前等や、アキホ達の事だが」

 

「俺らの事?」

 

「ああ。お前ら、実戦慣れしてないだろ。戦場での人の生き死にに触れてなければ、恐らく、パニックになるだろうな」

 

 そう言って三人を見回して俯いた隼人は、屋上の床に石突を叩き付けた俊に顔を上げた。

 

「舐めんじゃねえ。俺らがそんな事で動けなくなる訳無いだろ」

 

「舐めてるのはお前だ俊。実際の戦場の血生臭さは新関東騒乱の比じゃないぞ」

 

「そうだとしても、俺は大丈夫だ」

 

「じゃあお前、四肢を即席爆破装置(IED)に吹き飛ばされた人間を見ても平気か?」

 

「それは……」

 

 そう言って目を逸らす俊に、ため息を落とした隼人は想像して気持ち悪くなっているシグレに気付き、話を終わらせようとした。

 

「とにかく、出来もしない事をできると言って何とかなる世界じゃない。だから心配なんだよ」

 

「あ、ああ……」

 

「でもな、出来なきゃいけないんだ。死人を見る事も、人を殺す事も。俺達は戦う兵士だ。その現実と向き合う必要がある」

 

「分かってる。分かってるさ。覚悟は決まってる」

 

「その覚悟が、生半可じゃない事を祈るさ」

 

 そう言って立ち上がった隼人は、俯きがちな俊の頭を撫でて撤収準備を終えたシュウたちの方へ移動する。

 

 それぞれガンケースに銃を収めているシュウ達は、監視で使った周辺機器もまとめて持ち上げ、その一部を隼人が背負った。

 

「よし、帰るぞ」

 

 異様なほどの大荷物を抱えて撤収した隼人達は、レンタルしていた周辺機器を後方支援委員会へ返却しに行った。

 

 返却担当になった隼人と俊は、レンカとシグレを連れて機材管理担当の課へ足を運んでいた。

 

「こんにちわー。誰かいないかぁ」

 

「あーい、ちょい待ちちょい待ち」

 

 俊の声に応じてカウンターの奥から、どう見てもやる気のない格好の女子生徒がのそのそ歩き出てきた。

 

 靴は、学校で広く使われるトレッキングシューズやタクティカルブーツではなく、くたびれたサンダル履きだ。

 

「あーい、どったの」

 

「あ、機材の返却を」

 

「へいほー。おーい、お客さんよー」

 

 そう言って、奥の方へ引っ込んでいった生徒に唖然としていた俊は、やり取りを無視してカウンターに機材を置いた隼人に追従する。

 

 そんな二人の後ろから見ていたレンカ達は、返却書類を書いている隼人の隣で口笛を吹きながらスマホを弄る俊を交互に見た。

 

「俊」

 

「何だ?」

 

「うるせえ」

 

「あ、悪い。つい癖で」

 

「癖なら直せ。それと、お前変な事呟いてないだろうな。仕事の事とか」

 

「え? あ、違う違う。地元の友達とのIMだよ。仕事の事も言ってないし」

 

「そうか。なら良いが」

 

 そう言ってペンをクリップに挟んだ隼人は、誤魔化し笑いを浮かべる俊にそっぽを向いて受け取りを待つ。

 

 その後ろで、むすっとしている二人は、お互いの表情に気付いて慌ててそっぽを向いた。

 

「何よシグレ、拗ねてるの?」

 

「そう言うレンカこそ、何だかつまらなさそうですね。まるで子どもの様に」

 

「子どもはアンタでしょ、シグレ」

 

 そう言って皮肉る様に笑い合う二人は、カチンと来たのか青筋を浮かべてお互いに掌底を構える。

 

 掌に術式を展開し、バチバチと魔力を収束させる二人は、不意に感じた視線に身を竦めた。

 

「お前ら何してんだ? ケンカか?」

 

「え? あ、いえ……えっと……」

 

「おいおいシグ、ケンカっ早いのはガキくせえって散々言ってたじゃねえか。自分は子どもですって宣言する気か?」

 

「あ、う……」

 

「寂しいなら甘えて来い。大丈夫、レンカだってそうすっからさ」

 

 そう言ってシグレを抱き締めた俊は、感動しているレンカに苦笑すると手続きを進める隼人の方を振り返る。

 

「おい隼人、レンカを甘やかさなくて良いのか?」

 

「甘やかす以上の事しているから良い」

 

 きょとんとなる俊へ、しれっとそう言って書類にサインをした隼人は、何故か得意げなレンカの脳天にチョップを打ち込みながらその場を去る。

 

 シグレを背負い、慌てて後を追った俊は、同様に追うレンカと並んで走る。

 

「おいおい、甘やかす以上の事ってなんだよ」

 

「混浴、半裸で添い寝、強制SMプレイ、露出プレイデート(深夜)、まだあるぞ」

 

「何だよその企画ものAVみたいな行為……」

 

「良いか、俊。間違ってもシグレを目覚めさせるなよ。女は振り切れるとやばいからな、取り返しがつかんぞ」

 

「お、おう」

 

 若干引いている俊に、そう言った隼人は嬉し気なレンカにイラっと来ていた。

 

「何で嬉しそうなんだお前」

 

「えぇ~、覚えててくれたんだもん。うへへ、お尻叩く?」

 

「黙れ、撲殺するぞ発情猫」

 

 そう言ってハンマーブローを見せつけた隼人は、背中によじ登ってきたレンカをそのままにして合流地点を目指す。

 

 めっきり大人しくなったシグレはと言うと、監視時に周囲の警戒で集中力を使っていたせいか、眠気を催していた。

 

「お? シグ、眠いのか?」

 

「はい……ちょっと」

 

「そうかそうか。じゃ、寝てて良いぞ」

 

 そう言って笑う俊は重めの頭突きを打ち込んできたシグレに軽くつんのめった。

 

「いってぇなぁ。何すんだよ」

 

「どうしてそんな事言うんですか」

 

「あ? 寝たけりゃ寝れば良いじゃねえか」

 

「恥ずかしいじゃないですか。え、俊君はそう思わない、と?」

 

「おう」

 

 しれっと言う俊に、頭突きを打ち込んだシグレは、苦笑する彼の首に浅く抱きつく。

 

 そのまま締めようと思っていた彼女は、ふんわり香る俊の体臭に動きを止めた。

 

「やっぱり、寝ます」

 

「なんじゃそりゃ。まあ良いけどさ、このまま帰るかもしんねえぞ?」

 

「別に……良いです。このままでも。恥ずかしがってるのが、馬鹿みたいに思えるので」

 

「へいへい。じゃあお休みよ、シグ」

 

「はい」

 

 そう言って寝入ったシグレは、抱き着いた背中に感じるフレームの形状とスピアケースの感触に苛立ちつつも、寝息を立てた。

 

 寝入った事に苦笑した俊は、目の前で隼人とレンカのプロレスが始まっている事に若干引いていた。

 

「離れろクソアマ!」

 

「やだ!」

 

「鬱陶しいんだよ体の周りをぐるぐると!」

 

 怒号を発する隼人の体をくるくると回って逃げているレンカは、胸を密着させているのに無反応な彼に不機嫌になっていた。

 

「そっちこそなんで私の胸に無反応なのよ!」

 

「四六時中感じてれば無反応にもなる」

 

「えっ、不感症!?」

 

「違う。殺すぞクソが」

 

「あん、乱暴!」

 

 掴みかかろうとする隼人から逃げるレンカは、巨乳の谷間で彼の顔面を挟んだ。

 

「えへへー、こう言うの好きでしょ」

 

「前が見えないんだが」

 

「え、胸の感触嬉しくないの?」

 

「散々挟んでおいて今更喜ぶかよ馬鹿が。とっとと退け」

 

「ちぇっつまんないの」

 

 そう言って一段下りて大人しくしがみついたレンカは、疲れ気味の隼人のうなじに鼻を寄せて匂いを嗅いでいた。

 

「何してるクソアマ」

 

「匂いを嗅いでるのよ」

 

「見れば分かる。俺が聞きたいのは、匂いを嗅いで何をしているんだ」

 

「ん? 発奮して汁出してマーキング」

 

「お前ホント降りろ頼むから」

 

「ん? 今何でも」

 

「言ってない」

 

「早く汁で濡れるのよ早くしなさいよ」

 

「なぁ、今お前の言ってる事分かる自分が凄い嫌なんだが」

 

「良いじゃない。嫁色に染まってるって事で」

 

 そう言って笑うレンカに嫌そうな顔をした隼人は、くすくす笑う俊を一睨みすると階段を下りる。

 

 階段を下りた先、玄関で待っていた武達が、カズヒサ達を囲む様に立っていた。

 

「遅いよ、隊長さん」

 

「すまんな。返却に手間取ってな」

 

「言い訳は良いからさ。ほら、カズヒサさん達、待ってるよ」

 

 そう言って先に通した浩太郎に、皮肉めいた笑みを返した隼人は、リボルバーをスピンさせているカズヒサの元へ行った。



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第30話『美月と和馬』

 まるで曲芸の様に縦横無尽に拳銃を投げているカズヒサは、空中でキャッチした二丁拳銃をホルスターに納めると、腰から煙草を取り出し、話す姿勢に移った。

 

「じゃ、まあ揃った事だし話すかね。新ヨーロッパ行きの日程が決まった。今週の土曜日。日程的には一か月かけて向こうの紛争に介入、オークランド軍兵士を撃退する。

一応向こうに国連新ヨーロッパ駐留軍と新ヨーロッパ連合軍、新フィンランド軍が派遣されている。向こうにいる同僚によれば新ドイツやら新イギリス、新フランスとかから軍が派遣されているらしい。

研修がてらだから特殊精鋭部隊揃いなんだと。KSKとかSASとかCOSとかな。まあ、戦闘面じゃ俺らの仕事無いかもなぁ」

 

「連携できれば良いんですがね。対立の片手間で相手されても困りますし。まあ、今の俺らは戦闘が仕事じゃないんで」

 

「お、そうだなぁ。まあ、向こうの連中曰く子どもに戦争はさせられないって言ってるし、新ヨーロッパの学院連合の派遣はまず無いだろうな」

 

 そう言って情報を引き出しているカズヒサに頷いた隼人は、地方学院の参考書類の内容を思い出していた。

 

「新ヨーロッパは世界的には直接戦闘が苦手な学院連合ですからね。豊富な人的資源と、電子機材の投入で情報戦には長けていますが、その分、実働部隊の数が圧倒的に不足している。

今回は情報戦を仕掛ける相手がいない。彼らが活躍できる舞台は無いでしょうね」

 

「そうとも限らねえんだけどな。ま、俺ら国連の立場じゃ国際条例上学生に無理強いできねえから期待できねえなぁ」

 

「確かに。俺達は学生だが、向こうに要請を出す権限が無い。うちの生徒会長(流星)クラスなら何とかなるかもしれませんが」

 

「生徒会長ねえ……そう言えば職員室に詰めてた時、俺らんとこ来たなぁ」

 

「え? 何でです?」

 

 そう問いかけた隼人に、カズヒサはぼんやりと思い出しながら言葉を続ける。

 

「うちの遠征日程について聞いてきたんだよ。何でも新ヨーロッパに行く用事があるんだと」

 

「新ヨーロッパ? 確かアイツの従妹が新イギリスにいるとは聞きましたが……まさかこの期に及んで観光って訳でもないでしょうし」

 

「だろうな。今、世界のお友達は新日本の地方学院を過剰なほど警戒している。一年前の代表校騒乱のせいでな」

 

「かなり尾を引いてるんですね、あれ」

 

「まあな。あれは学院連合制の設置以降、もっとも大規模な内紛だったからな。俺達国連軍も、介入する一歩手前だったんだぜ?」

 

 そう言って苦笑するカズヒサに、相槌を打ち、ポケットに手を突っ込んだ隼人は、一年前に介入した事件を思い返した。

 

「確かに、あれは酷い戦いでした。対人戦のみならず、対軽軍神、重軍神戦、果ては艦隊戦まで起こった。人も死んだし、犯罪率も上がった。誰も彼もがピリピリして犯罪者を殺した」

 

「だから世界はお前らを警戒している。最強である事を示した新関東高校と言う存在を。あの混迷の中で、唯一人として勝ち残れたお前達を」

 

「迷惑な物ですよ、あれほど漁夫の利を狙っていたと言うのに」

 

「そう言うもんさ、世界ってのはな」

 

「知ってます」

 

 そう言って苦笑した隼人は、ガンスピンを続けるカズヒサが苦笑しながら話を続けるのに傾注した。

 

「まあそんな事はどうだって良い。仕事の方はよろしくな。しっかり準備しとけよ」

 

「分かってますよ。実戦を舐めるほど素人じゃありませんし」

 

「そいつは安心だ。んじゃ、集合場所は新横須賀の新アメリカ軍駐屯基地。移動は向こうさんが持ってる強襲揚陸艦で行く。集合時間は830だ。遅れるんじゃないぞ」

 

 そう言って微笑を浮かべたカズヒサは、了承の返事を返す隼人達に頷き、仕事へ戻っていった。

 

 寮へ帰宅した隼人達は、いつも通りに夕飯の準備を始めた。

 

「今日は何にする?」

 

 そんな会話を始めるリーヤ達を他所に、リビングのソファーに座って対戦ゲームの準備を始めていた楓とレンカは、ソファーで丸まっているシグレとハナに気付いた。

 

「シグちんハナにゃんどったのさー」

 

 そう言って二人に覆い被さった楓は、驚く二人に頬ずりするとフレンチキスを連発した。

 

「なっ、何してんですか!?」

 

「えー? 二人が辛気くっさい顔してるからキスしてんだよ~ん。ん~まっ」

 

「ちょっ、待っ、止め!」

 

「うへへぇ、こうして見ると二人とも可愛いねぇ。食べよっかなぁ……」

 

「え? 食べるって……え?」

 

 困惑するシグレ達を他所に、目を細め、狙いを定めていた楓は、不意に持ち上げられる。

 

「止めとけ止めとけ。後が怖いぞー、楓。はっはっは」

 

「うにゅーん。じゃあ今晩相手してよね、武ちゃん」

 

「へいへい。じゃあ、寝る時な。俺は上でPCゲーしてくっから」

 

 そう言って頭を撫でた武に嬉しそうに笑った楓は、話していた内容を呑み込めないシグレ達に視線を戻す。

 

「んで、どったの二人共」

 

「えっと、その……」

 

「あ、分かった。新しい快楽に目覚めたいんだね!?」

 

「え?」

 

「あ、ごめん冗談冗談。ああっ、はーくん?! 包丁はまずいですよ! 死ぬって!」

 

 台所の方を見て大慌ての楓を見上げた二人は、呆れた表情のレンカが覗き込んでいるのに気づいた。

 

「レンカ、私たちに何か?」

 

「辛気臭い顔してるなって思ってただけよ」

 

「あなたもそんな事を言うんですね」

 

「だってあんた達ほど、エルフランドでの事に悩んでないもの。血を見るのも、人が死ぬのを見るのも初めてじゃないし。けど……。気分が良いもんじゃないわ」

 

「だったら……」

 

「だからって悩んだってどうにかなる訳じゃないわ。なる様になるしかないわよ」

 

「レンカ……」

 

「だから隼人! 今日こそセッ○スしてよ!」

 

「えぇ……幻滅です……」

 

 ドン引きしているシグレを他所に隼人の方へアピールに向かったレンカは、キレ気味の彼にネギで殴られ、ソファーに戻らされた。

 

 ネギ臭いレンカに閉口しつつ、ソファーに座ってゲームを見ていたシグレとハナは、鼻歌を歌いながら敵を抹殺していく楓のプレイを見ていた。

 

「あ~、エッチしたい」

 

 唐突に呟いた楓の一言に何かを吹いた二人は、欲求不満になりながらゲームをしている彼女の不満げな横顔を見て若干引いた。

 

 そうしていると何も知らない美月が、ホットパンツ姿で楓の隣に座り、生足を組みながら読書を始めた。

 

「ぬ、ミィちゃん誘ってんの?」

 

「は? 何で女の子相手に誘わなきゃいけないのよ」

 

「だってそんなに足出して」

 

「外じゃこう言う服を着れないから着てるだけよ。欲求不満なのは分かるけど、なりふり構わないのは嫌われるわよ」

 

「えぇー……」

 

 不満を垂れる楓に、軽めのチョップを打ち込んだ美月は、そのまま頭を撫でた。

 

「寂しいのは分かるけどね」

 

「えへへ、ミィちゃんやっさしぃー」

 

「そうかしら?」

 

 そう言ってツンと突っぱねる美月に苦笑した楓は、そのまま読書を始める彼女の膝を枕にしてゲームを続行する。

 

 そんな彼女らのやり取りを遠めに見ていたシグレは、楓の邪魔にならない様にしゃがんで美月の隣に移動する。

 

「あら、シグ。どうかしたの?」

 

「いえ、その……新ヨーロッパの件で」

 

「不安?」

 

「えっと、その……」

 

「分かったわ。うん、無理に言わなくて良いから」

 

 そう言って空いた手で頭を撫でた美月に、体を寄せたシグレは、すんすんと彼女の匂いを嗅ぐと巨乳を枕に目を閉じる。

 

 そんな彼女に苦笑して読書を続行する美月は、耳に指を突っ込んで撫でていた。

 

「おうおうモテてんなぁ姫さん」

 

「和馬? からかってるの?」

 

「そうじゃなきゃこう言う言い方しねえよ、美月。それに、今日はずいぶん大胆じゃねえか。誘ってんのか?」

 

「あなた、楓と同じ事言うのね。盛った獣なの?」

 

「人間だって動物だぜ? 盛っても良いだろうよ」

 

 そう言ってゲラゲラ笑う和馬は、不機嫌な美月の頭をポンポン叩くと手元の携帯端末を彼女に見せる。

 

 そこにはベビードールを纏った巨乳美女のセミヌード写真があり、それを目に入れて何かを吹いた美月は、顔を真っ赤にして和馬を睨んだ。

 

「何、着ろって言うの?」

 

「おう、そうだ。いやー、美月は長身巨乳、ケツもそこそこって良いバランスだから似合うと思うんだがなぁ」

 

「着ないわよ、そんなはしたない服。今のこの格好で精いっぱいだから」

 

「ほーん、そうかぁ。いやぁ残念だなぁ。せっかく買ってたってのに着てくんねえのかぁ」

 

 大仰にそう言いながらランジェリーサイトのページを開く和馬に、若干動揺しつつ本に視線を戻す美月は引きつった苦笑を浮かべる。

 

「は、はいはい残念ね。どうせサイズ合ってないんでしょ?」

 

「いんや、ぴったし。ほれ」

 

「え、はぁっ!? 何でサイズ知ってるのよあなた!?」

 

「おお? 一緒の部屋で暮らしてて何言ってんだよお前。それになぁ、お前の机の上にこんなもん置いてあったんだしなぁ。当たり前だよなぁ?」

 

「そ、それっ、身体測定の!? 無くなったと思ったらあなたが持ってたの!?」

 

 顔を赤くして振り返る美月の目の前で、測定結果を閲覧した和馬はニコニコ笑顔だ。

 

「いやー、育ってんなぁ。一年で1サイズアップか。前戯してた甲斐あんなぁ」

 

「返しなさい!」

 

「嫌だね。それにアドバンテージは俺にあんだ。お前じゃねえんだよーん。ま、そうさなぁ、このランジェリーを着て一緒に寝てくれれば、返してやらん事もねぇなぁ」

 

「ッ……。分かったわ……着るわよ。着てあげるわよ!」

 

「よぉっし。交渉成立だ。じゃ、今日の所はコイツを大事にしまっておいて、明日返すな」

 

 そう言って尻のポケットに用紙をしまった和馬は、フルフル震える美月にニコニコ笑顔を向ける。

 

 同時に、夕食の準備が終わり、食事を始めた。



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第31話『新ヨーロッパまでの日(その1)』

 夕食後、美月と共に風呂に入った和馬は、先に湯船に入って彼女を待っていた。

 

「か、和馬……、入るわよ」

 

「おう、待ってたぜ」

 

「ね、ねぇ、毎度思うけど別に一緒に入らなくて良いんじゃないの?」

 

「逆に入っても良いんじゃねえか? ま、今日は後から日向達も来るし、水入らずって訳じゃねえんだから。それに、一人でお風呂は寂しいんだろ? 美月ちゃん?」

 

「う、それは……そうだけど。でもやっぱり、胸が……。恥ずかしい」

 

 そう言って深く体を抱く美月は、豊満な胸を隠す様に体を捩ると、顔を真っ赤にした。

 

 それを見て豪快に笑う和馬は、右腕で彼女を抱き寄せると、突然の事に驚く彼女の頭を軽く叩いた。

 

「仕方ねえよ。お前が選べる訳でもねえし。それに、俺は巨乳派だぜ」

 

「そう言えばそうだったわね。最悪」

 

「へっ、言ってろ」

 

 苦笑する和馬は、何かに気付いた美月が自分の胸筋に触れている左腕を庇う様にしているのに気付いた。

 

 気にしているのだろうと思った和馬は、彼女の右腕を掴んだ。

 

「気にしなくて良いぜ。慣れた感触だからな」

 

「……でも、やっぱり気持ち悪いでしょ? 生まれつき片腕だけしかない人間なんて」

 

「まーだ気にしてんのかよ。8年前にも言ったと思うんだけどよ」

 

「でも、あの時のあなたは……」

 

「ああ、気持ち悪いって言ったよ。あんなクソガキの頃の俺は。お前の事なんて考えずに。けど、今の俺は、そんな所もお前だって思ってる。信じなくて良い。けど、俺はお前を、否定したりはしない。

それだけは絶対に、破らないさ。俺はお前の、騎士だからな」

 

 そう言ってはにかむ和馬は、身を寄せてくる美月をそっと抱き締めた。

 

「ずっと信じてるわよ、和馬」

 

「ああ、ありがとう。美月」

 

 身をゆだねる美月に、そう言って笑った和馬は、顔を上げた先、全裸の日向とミウと目が合う。

 

「よう、野暮カップル。俺らのイチャコラどうだった?」

 

「誤魔化そうとするな馬鹿が」

 

「へいへい。あーあ、かっこ悪いなぁ」

 

 そう言って、美月と共に湯船から上がった和馬は、赤面しながらくすくす笑う彼女に苦笑いを浮かべる。

 

「ま、それはそうとお楽しみの時間だ」

 

「雰囲気ぶち壊しよこの変態」

 

「何とでも言え何とでも言え。俺は動じねえからなぁ?」

 

 そう言ってケタケタ笑う和馬は、生地の薄いベビードールを手にしている美月に指でフレームを作った。

 

「やっぱ様になんなぁ。俺の見立てに狂いはなかった」

 

「何決め顔で言ってんのよ」

 

「言いたくなるもんなんだよ。さ、着てみてくれ」

 

「……向こう向いててよ」

 

「裸見た中なのになんでそう言うとこだけ気にするかね」

 

 そう言って視線を逸らした和馬は、わくわくした表情で着替え終わるのを待った。

 

「お、終わったわよ」

 

 震えた声でそう言う美月に、ニヤニヤ笑いながら振り返った和馬は、凄まじい色気に思わずサムズアップをした。

 

 それを見て少し嬉しく思う美月だったが、この後興奮した和馬に酷い目に遭わされる事となった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 翌日、生徒会室に呼び出された隼人は、授業に出ているのか人気が少ないそこで一人待っていた流星と会談を始める。

 

「ごめんね、出席日に呼び出して」

 

「いや、構わんさ。俺達はコンストラクター優先だからな」

 

「ありがとう。じゃあ、話を始めさせてもらうよ。君達、ケリュケイオン及びX師団の新ヨーロッパ行きに合わせ、僕たち新関東高校も新イギリスに同盟交渉に行く事にしたんだ」

 

「同盟交渉、だと……?」

 

「そう。僕の推測だけど、地球側の侵攻は今、秒読み段階に入っていると思ってる。それに対抗する為には、世界が協力しなければならない。その一歩として学生同士による共同防衛のネットワークを築こうと思ってね。

その為の、同盟交渉を行おうと思っていたんだ。それで、僕自身のコネがある新イギリスから始めようと思ってる」

 

 そう言ってホロジェネレーターに構想案を表示した流星は、それを見て腕を組んだ隼人が端末を弄る。

 

「ああ、前言っていた従妹の事か。それで、それとうちとで何の関係がある」

 

「向こうに行く時に、ジェス達を派遣してもらいたいんだ。多分、少々いざこざがありそうだからね」

 

「……そう言う事か。なら分かった。ジェスとハルのエコーチームを派遣しよう。二人しか出せないが、良いか?」

 

「うん、大丈夫。戦闘要員はこっちにも何人かいるし、二人いれば大丈夫だよ」

 

「了解だ。じゃあ調整しておく。話は以上か?」

 

「うん、まあ、交渉次第じゃそっちの援護に行くからね」

 

 そう言って笑う流星に、頷き返した隼人は、生徒会室を後にする。

 

 基本的に介入はしないとは言えど久しぶりの大規模戦闘であるが為に、隼人も若干の緊張と興奮を覚えていた。

 

「あ、兄ちゃん」

 

「おはようございます」

 

 入学初日から友達が出来たらしいアキホと香美に出会った隼人は、異種族の兄弟に驚く友人たちに苦笑した。

 

「え、この人、アキホちゃんのお兄さん?」

 

「うん。そだよ」

 

「何か意外。アキホちゃんは普通科なのにお兄さんは後方支援科なんだね。私らだとミサもそうだけど」

 

 そう言うエルフ族の少女に、何故か得意げなアキホは隼人と指さして話し始める。

 

「んっふっふー。確かに兄ちゃんは後方支援科だけど、ミサちんとは違って傭兵をやってるんだよ」

 

「傭兵じゃなくてPMSC部だ。似てはいるがやってる事が違う」

 

「え? そうなの?」

 

「ああ。基本的に俺達は戦闘行為はしない。教導、警備、治安維持活動のみだ。まあ、人手が無ければ鎮圧任務に駆り出される事はあるが」

 

「ふーん、そうなんだ」

 

 そう言って相槌を打つアキホに、苦笑した隼人は興味の目で見てくる有翼族の下級生に同様の笑みを向ける。

 

「え、教導って事は何か教えてくれるんですか?!」

 

「金さえ払えばな。後は何を学びたいかにもよるが」

 

「じゃ、じゃあ、お兄さんの得意分野で!」

 

「俺の得意分野? 総合格闘か。君は格闘術得意なのか?」

 

 そう問いかけた隼人はきゅっと口をすぼめた彼女に深いため息を吐いた。

 

「参考に聞くが……君の兵科は?」

 

「えっと、インファントリー(歩兵)です」

 

「インファントリー……。教官に据えるならリーヤかシュウか……」

 

「教官は何人いるんですか?」

 

「一応17人いる。予備講師1人も含めればだがな。さて、どうする?」

 

 そう言って苦笑顔で下級生を見た隼人は、財布と相談しているらしい彼女の返事を待つ。

 

「しょ、初心者講習でおいくらですか」

 

「2、3万かな。まあ、新入生応援フェアで1万でも良いが」

 

「んー、じゃあお願いします!」

 

「決まりだな、他に入るか?」

 

「あ、もう二人追加で!」

 

 そう言ってハイテンションになる下級生に苦笑しながら業務連絡のメールを作成する隼人は、若干不機嫌そうなアキホに気付いた。

 

「それで、お前はもう一回講習受けたいのか?」

 

「えー、めんどい。まあ、付き添いで香美ちゃんと行くけどさぁ」

 

「そうか。じゃあ、新しい武器も忘れずに持って来い。俊達に頼んでおく。香美もだ。ハナからドローンの使い方を教えてもらえ」

 

「えへへ、兄ちゃん優しい」

 

「いつも通りだ。まあ、君達へは放課後、行使との引き合わせを行う。期間限定になるからスケジュールがタイトになるがそこは勘弁してくれ」

 

 説明を終えた隼人は、レンカからの怒涛のコールに気付いて舌打ちし、小走りで教室へ向かった。



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第32話『新ヨーロッパまでの日常(その2)』

放課後、昼休みにした打ち合わせ通り、講師として招集されたシュウ、リーヤ、浩太郎は、早速講習を始め、銃の撃ち方やクリアリングの仕方などを教えていく。

 

 一方、咲耶から預かったラテラV2の慣熟操縦も兼ねてアキホの特訓に付き合わされる事になった俊は、シグレと共に立っているアキホに軽く頭を掻いた。

 

「じゃあ、まあ、突っ立ってるのもなんだし模擬戦するか」

 

「俊君もうちょっと訓練メニュー考えてきてくださいよ!」

 

「時間短かったんだから仕方ねえだろ。ま、やってりゃ慣れるよ、武器の扱いなんざ」

 

 アーマー越しにケラケラ笑う俊は、不満そうなシグレにそう言えば、と灰色のカメラセンサーを向ける。

 

「あ、そう言えば何でシグがここにいるんだ? お前、教官じゃないだろ? 補佐か?」

 

「私は、兄さんに言われてきたんです。新装備のテストも兼ねて、俊と模擬戦をしろ、と。まさか、アキホも一緒だとは思いませんでしたが」

 

「そうかい。じゃあ2対1かねぇ……。ま、アーマチュラ分加味すりゃちょうど良いかね」

 

「ち、チーム戦ですか?」

 

「そりゃそうだろ。複数人いるのに何で一人ずつやんだよ」

 

「え、えと……あ、アキホも私と一緒は嫌ですよね!?」

 

 外殻をつけた龍翔を後ろに回して待っている俊は、引きつった表情で振り向いたシグレに呆れていた。

 

 当のアキホは、満面の笑みで首を横に振ると、ショックを受けている彼女に抱き付いた。

 

「つれない事言わないでよシグ姉ぇ~。一緒にやろうよぉ」

 

「ひぃっ」

 

「あ、もしかして人見知りしてるんだ? えへへ、可愛い」

 

「わ、私は、しゅ、俊君がいないと連携取れないんです!」

 

「えへへ、じゃあ私と頑張ろう!」

 

 そう言って抱き締めるアキホは、恥ずかしそうなシグレに頬ずりする。

 

「あー仲良いとこ悪いがそろそろやるぞ。ルールはポイントアーマー制、二人とも付けてるよな? 1000ポイントを失ったらそいつはキルされる。最終的に生き残ってた方が勝ちだ。

ポイントの消費量は、攻撃力と防御力に影響される。まあ、俺はアーマーがあるからその分消費量は少ない。その分はハンデだ。じゃ、二人共準備してくれ」

 

「はーい。シグ姉どうする?」

 

「俺に聞こえねえ程度に話せよー」

 

 そう言ってサウンドセンサーをミュートにした俊を他所に、装備を選んでいるアキホは、レッグホルスターにPx4とマガジンを、全身にアークセイバーを装備した。

 

 隣で装備を身に着けているシグレは、G18Cにロングマガジンを装填し、予備マガジンに通常型を選んだ。

 

 そして、ククリナイフにバトルファン、新たな装備である藍色の刀身のククリナイフを装備した。

 

「準備オッケー!」

 

「っし、じゃあ指定の場所に移動しろー、着いたら始めるからなー」

 

「はーい」

 

 槍を片手に移動する俊は、所定の位置についたアキホ達二人を確認するとラテラV2のUIから試合開始の合図を出した。

 

 と同時、身体強化をかけたアキホが二刀に分割したアークセイバーを手に突っ込んできた。

 

「はぁああッ!」

 

 右を順手、左を逆手に持って斬りかかるアキホは、少し焦りつつ、槍を回して牽制した俊につま先を付けて接近軌道を変更。

 

 着地と同時に掌底からレーザーを放つアキホの背後、苛立ち気味にG18を構えていたシグレが、バースト射撃で俊の頭部を穿つ。

 

「うっぜえ!」

 

 眼前を火花が遮り、共振音が装甲内部に響き渡る事に苛立った俊は、身軽な動きで回避するアキホを狙って槍を繰り出す。

 

 引きの動きを見て足のアークブレードを展開したアキホは、突き出された穂先をバク転で蹴り上げると両手のセイバーを連結させてクルクルと振り回す。

 

「シグ姉! カバー!」

 

「分かってますよ!」

 

 アキホの怒号に苛立ちつつ応じたシグレは、通常マガジン17発を撃ち切るとスライドオープンと同時に排除してリロードする。

 

「行きなさいアキホ!」

 

「アイアイマーム!」

 

 ロングマグに切り替えたシグレが発砲しながら叫ぶのに、笑いながら走ったアキホはP90を構える俊にアークセイバーを向けて高速回転させる。

 

 瞬間、ブレードで偏向したアキホは、たじろく俊に迫るも突きを穂先で受け止められ、収束フィールドが激しく干渉する。

 

「突き抜け、龍翔!」

 

 そう唱えた俊に呼応して槍からスラスターが解放され、噴射の勢いを使って無理矢理突き破った。

 

 本体に到達するより早く回避したアキホは、足のアークブレードと腕のアークトンファーを使って俊を弾き飛ばす。

 

 たたらを踏んだ俊は、前面部スラスター噴射で勢いを殺すと同時に斬りかかってきたシグレの一撃を柄で受け止めようとした。

 

 が、彼の直感がその判断を止め、スラスター制御をうまく使い、90度スピンからのバックステップで距離を取る。

 

「浅いッ!」

 

 悔し気に叫ぶシグレが握るククリナイフは、それまで使っていた金属色の物ではなく、コーティングとして薄めのブルーメタリックで塗装されていた。

 

「あぶねー、それ、新しい術式武装だよな」

 

「よく分かりましたね。正解です。私の新しい武器、『ダンシングリーパーⅡ“ニーヴェルング”』です」

 

「ダンシングリーパーって時点でもうやべえな。柄で受け止めてりゃ、危うくすっぱ切れるとこだったって訳だよなぁ」

 

 そう言いながら槍を構え直した俊は、応じる様にニーヴェルングとG18を構えたシグレに突貫する。

 

 その速度に一瞬戸惑った彼女だったが、すぐに冷静さを取り戻し、拳銃を照準する。

 

「シグ姉!」

 

 そう叫び、間に割って入ったアキホが急制動から飛び出した穂先を弾き逸らす。

 

 間合いを見誤らせる魂胆だった俊は、アキホの観察眼と動体視力の良さに舌打ちしつつ槍を引き戻して距離を取る。

 

「よく分かりましたねアキホ」

 

「武道やってる人がああ言う搦め手使うの何度も見てるから、多少はね?」

 

「なるほど……」

 

 確かに、と頷くシグレを見て苦笑するアキホは、じっとこちらを見ているラテラV2のマスクにやり難さを感じつつダブルセイバーを軽く回す。

 

 穂先を下げて構える俊に、長巻モードに切り替えたセイバーを掲げて構えるアキホは、突撃してくる俊に長巻を振るう。

 

 直撃コースを避け、ホバリングからの滑り込みで回避した俊は、すくい上げる様な軌道で槍を振るうと、側転で回避した彼女が足のスラスターカバーを狙ってレーザーを放つ。

 

「ッ!?」

 

 掠って吹き飛んだカバーにバランスを崩された俊は、右腕のスラッグガンを発砲。

 

「危な!」

 

 素早く回避したアキホは、トンファーによる薙ぎ払いで顔面の装甲を切り裂いて蹴り飛ばす。

 

 よろけた俊は、カバーに動くシグレの一撃をバックラーの障壁でパーリングし、槍で薙ぎ払った。

 

「ッ!」

 

 吹き飛ぶシグレは、追撃しに来る俊に床の構造材を壁にして突っ込ませる。

 

 衝撃で減速し、怯んだ俊はツインブレードモードに切り替えられていたアークセイバーの投擲を上方へ弾く。

 

 その間に重力制御で無数に作った足場を飛び移っていたシグレは、アキホと斬り結ぶ俊の背後を取って迫る。

 

《背面接近検知:自動照準モード》

 

 秋穂を正面に捉えていた俊は、UIからの案内にニヤリと笑うと左腕の力を抜いて、ラテラに委任した。

 

 瞬間、バックラーが背後を向き、銃口がシグレを捉える。

 

「な!?」

 

 まさかそんな機能があるとは思っていなかったシグレは、弾丸を頬に掠めさせると横ロールで右に逃げる。

 

「こっちなら!」

 

「惜しいな! ラテラ、リミッターカット!」

 

「え!?」

 

 外部スピーカーから聞こえる俊の声に一瞬動きを止めてしまったシグレは、槍で固められつつ投げ飛ばされたアキホと激突する。

 

 揃って吹っ飛ぶ二人へ追撃を仕掛けようとした俊は、いきなり乱入してきた半身装甲の機体と激突する。

 

 鍔の無い外殻に包まれた対軽軍神用の刀で槍を流した乱入者は、偽装と高速戦闘に対応したフェイスマスクを当て、結い髪以外の特徴を隠していた。

 

「何もんだお前!」

 

 アラートが鳴っていないと言う事は外部の乱入者ではない。

 

 学内の者とはいえ、模擬戦をやっている最中に乱入されるのは、俊にとって気分の良い事ではない。

 

「随分と、有利に見えたから。それとも、一方的に嬲るのがご趣味?」

 

 ボイスチェンジャーを介してそう言う乱入者は、手にしていた鞘を腰のアタッチメントに取り付けると口元を抑えて笑う。

 

「こんの……」

 

 そう言って構えを上げる俊は、露出した体つきから女と見てシグレ達の方を見る。

 

 シグレから後でガミガミ言われたくない俊は、幾分か冷静な頭で相手への手加減を考えていた。

 

「どこの誰だか知らねえが、覚悟しやがれ」

 

「とっくの昔に終わらせてるわよ。それと、手加減しようとは考えないでね、俊」

 

「え……?!」

 

 いきなりの一言に不意を撃たれた俊は、斬りかかってきた相手の一閃を受け止めるとそのまま逸らす。

 

「どうして俺の名前を!?」

 

「だって、私だからよ、俊」

 

「え、お前!」

 

 そう言って唖然としている俊の目の前、フェイスマスクを外した乱入者の正体は美月だった。

 

「ゴメンね、驚かしちゃって。近くでちょうどテストしてたから」

 

「お前いつも和馬の事グズグズ言ってっけど、お前も大概アイツと似た様な事するんだな……」

 

「一緒にしないでくれる?」

 

「えぇ……。俺、お前の事よく分かんねえわ」

 

「私と和馬はあくまでも知り合いの関係よ。恋愛感情は、な、無いわ」

 

 詰まった言い方をする美月に、有るんじゃん、と返しかけた俊は、悪化する事が目に見えていたので大人しく口を閉じた。

 

「んで、どうすんだ?」

 

「一戦付き合ってくれる? シグやアキちゃん達には悪いけど。対軽軍神のデータが欲しいのよ」

 

「俺で良いのかよ?」

 

「あなたが良いのよ。和馬達だと大人げなく勝ちに来るから」

 

「なーんか褒められた気がしねえなぁ。まあ、良いや。やるか」

 

 そう言って肩に担いでいた槍の穂先を向けた俊は、くすっと笑う美月が刀を構えるのにマスクの中で笑う。

 

「ルールはどうすんだ」

 

「ポイントアーマー制で良いわ。この機体ならどうせ途中で止まるんでしょうし」

 

「じゃあこのままやるか。来いよ、美月」

 

 そう言って槍を構えた俊は、ブーストで迫る美月を横薙ぎで牽制すると右腕のスラッグガンを連発。

 

 反動を腕で吸収する俊は、マズルジャンプを押さえ付けつつ放つ。

 

 宙に放出されたスラッグ弾が、美月の肩に備えられた草刷り型装甲に直撃する。

 

 高質量の弾丸が直撃するたびに彼女の体を吹き飛ばしていき、弾切れになるまでの間に刀使いには致命的な距離を開けた。

 

「ブースト!」

 

 一説を唱えると同時に突進した俊は、腰からXM92を引き抜いていた美月の銃撃で減速し、顔面を蹴り飛ばされる。

 

 打撃された事で、一瞬視界がブレ、美月を見失った俊は、上方からの一閃を回避すると槍を振り回し、彼女の側面を打撃する。

 

「ッ!」

 

 吹き飛ぶ美月は、コンマの遅れでXM92を発砲し、連射する。

 

 だが、それを予見していた俊は、穂先の障壁を展開して弾き逸らすとランス状になった穂先を突き出して牽制しながら踏み込む。

 

 バックステップしつつ、下げていた一刀を振り上げた美月は、下げの動きで抑え込んできた俊に、拳銃を収めた左手から術式を放つ。

 

「ぐっ!」

 

 頭部に直撃するが、障壁が重度化を防ぎ、そのまま突っ込んだ俊は、鞘に刀を収めた美月が離脱しながら術式陣を展開しているのに気付いた。

 

「火行・開門放射!」

 

 美月の左腕から一部プラズマを巻き込んで放たれた大火球をバックラーから障壁で受け止めた俊は、爆発の勢いで吹き飛ばされ地面を転がった。

 

 爆炎が壁の様に広がり、美月の姿を覆い隠しながら炎が走る。

 

「クソッ!」

 

 辛うじて防いだバックラー表面が焼け焦げ、障壁展開機能が20%近く低下する。

 

 優先使用設定にしていたリムカートリッジをポンプアクションでリロードした俊は、バックラーの魔力残量を確認しながら槍を腰だめに構える。

 

「ビックリしたぜ、何だよその威力」

 

「ふふっ、術式用に作ってもらったからかしらね。使える魔力量も上がって威力も上がってるの。それに、命中精度もね」

 

「術式用の機体か。試作段階にしてはよくやるじゃねえか」

 

 そう言いながらUIを介して機体のコンディションを確かめる俊は、P90の電子トリガーシステムに異常が出ている事を知り、右腕のスラッグガンにリムを装填する。

 

 対する美月は、白煙を上げる左腕の装甲に舌打ちしつつ、冷却系統がうまく機能していない機体の熱量に撃てる術式の出力を計算していた。

 

(これは冷却系統の改修が必要ね。この熱量では保って一撃かしら、ちょっと熱いわ)

 

 そう思いながら、左腕を上げた美月は、右腕を刀に掛けながら機体のUIで術式の照準を付ける。

 

 確定と同時に俊の足元から水柱を打ち上げた美月は、水の塊にバランスを崩す彼に笑うと左手を鞘に添える。

 

「無茶に付き合ってね、ソーサラー」

 

 そう呟くと同時、莫大量の風圧とエーテルに包まれた刃が高速戦闘補助で起動したスローモーションの中で引き抜かれる。

 

 暴風と眩い光の中で、一刀を振るった美月は、姿勢制御で手いっぱいだった俊の左腕部装甲をバックラーごと破壊すると、槍を防御陣を作動させた左腕で受け止めた。

 

「これで!」

 

 そう叫び、押し込んだ美月だったがその瞬間に走った警告に目を見開き、それと同時に左手を刺し貫かれた。

 

 突然の事に驚く俊は、慌てて槍を戻すとしれっとしている美月に駆け寄る。

 

「わ、悪い美月! 大丈夫か!?」

 

「え? ああ、大丈夫よ。今つけてるの暴発対策で訓練用の予備品だし、痛覚連携してないから痛くないし」

 

「え、いや、でもぶっ壊したのは事実だし」

 

「それはそうだけど、ぶっ壊れても良いものなんだから。気にしなくていいのよ」

 

「そ、そうか。なら、良いんだが」

 

 そう言って背中に槍を回した俊は、データリンクから美月の機体コンディションを読み取る。

 

 オーバーヒートで動けなくなったらしい美月の機体に苦笑した俊は、遠くから鳴った金属音に身構えた。

 

「おいおい、俺だよ俊。槍抜こうとしてんじゃねえよ」

 

「ビビったぜ、和馬か……。それで? どうしたんだよ」

 

「訓練メニュー途中で放り出したやんちゃなお姫様をお迎えに来たんだよ。ったく、データリンクでステータスはバレバレなんだっつーのっと!

んで、俊、お前左手ぶち抜いちまったなぁ? そこで見てたぜぇ?」

 

「悪い……」

 

「いや、まあ別に責めてねえよ。訓練用だったし、我が侭にトドメ刺してくれたようなもんだし。ま、下半身で刺し貫いたってんなら切り殺してたな、ハッハッハ!」

 

 そう言って美月を乱暴に抱え上げた和馬は、俊と同じマスクの下でゲラゲラ笑いながら引き返していく。

 

「あ、そうだ。あの二人、休憩所に逃がしたから、後で会いに行けよ。待ってるぜ?」

 

「え、あ、ああ。悪い和馬。何から何まで」

 

「気にすんな。俺も美月が迷惑かけたんだ。そこまでやんねえとな」

 

 そう言って、サムズアップを向けた和馬は、雑に担がれて不満な美月を持って別の模擬戦場へと戻る。

 

 彼らを見送った所で、破壊された左腕の痛みに気付いた俊は、破壊され、露出している感触にため息を落としながら目的地へ向かう。

 

「シーグ達はっと。お、いたいた。おーい、シグ、アキホ」

 

 そう言って休憩所に足を入れた俊は、他の模擬戦場を利用していたらしい女子達の中心でもまれているシグレに歩み寄る。

 

 全身装甲の軽軍神を見て騒然となる女子達に、苦笑した俊は、抱き疲れているシグレに気付いて右手で掴み上げる。

 

「大丈夫か、シグ」

 

「新京都に帰りたい……」

 

「今更ホームシックになってんじゃねーよ」

 

 そう言ってくすくす笑う俊は、シグレを抱きかかえると、ぐったりしているアキホの背を左手で叩く。

 

「うわー、左手だけ生身の軽軍神だ……痛そー」

 

「何あれエ○ァ? それともそう言う機体?」

 

「いや、ぶっ壊されたんでしょ。全身装甲型って大抵バリア無いから。大出力攻撃受けると壊れるんだよ」

 

「へぇー」

 

「へぇーってアンタねぇ……。軽軍神科所属でしょ整備士さん」

 

 一つ離れた位置でひそひそ話をしている女子達のやり取りを聞き、左腕を見下ろした俊は、腕が腫れているのに気付いた。

 

(やっべ、通りで何か痛いと思ったら腫れてんじゃねえか……)

 

「あれ? 俊兄、その左腕……」

 

「え? あ、ああ。ちょっと模擬戦しててな。ぶっ壊された勢いで打撲しちまった」

 

「え、それ大丈夫なの? 折れてない?」

 

「いや、折れてないけど。まあ、ちょっとこのまま保険棟行くわ」

 

 そう言って進路を保険棟へ向けようとした俊を慌てて引き留めたアキホは、ざわつく周囲を他所に彼へ話をする。

 

「そのカッコで保険棟行くの!?」

 

「え? あ、やべ、そうだった。アーマチュラつけっぱだった」

 

「何で分かんないのー!?」

 

「いや、まあ、神経接続してっから着てるのかどうかよく分かんねえんだよなぁ……」

 

「え? いや、知らないけど、どうすんの? 外してくる?」

 

 そう言って疲れ切っているシグレを預かったアキホは、フェイスマスクを指で掻く俊に呆れていた。

 

「まあ、外してくるよ。もう模擬戦やらねえし。そう言えばアキホはどうだ? 新しい武器、慣れたか?」

 

「うん。そこそこ」

 

「そうか、そこそこか。ま、それくらいで良いんじゃねえの?」

 

「えぇ……。適当だなぁ、兄ちゃんだったらそんな事言わないよ?」

 

「隼人はきっちりしてるからなぁ。ま、俺からすればこれから慣れてけば良いって感じだな」

 

 そう言って頭を撫でた俊は、嫌がるアキホに苦笑するとその場を後にした。



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第33話『新ヨーロッパまでの日常(その3)』

 その夜、夕食後のリビングで左腕の湿布を張り替えてもらっていた俊は、謝る美月を苦笑しながら宥めていた。

 

「腫れが引きやすい奴貰ったから大丈夫だって」

 

「いえ、でも怪我させてしまったし……」

 

「全身装甲型着てる時点で覚悟してっから。俺もお前にやっちゃったし、お互い様だって」

 

 そう言ってケラケラ笑う俊に、申し訳なさそうにしている美月は彼の隣で不満そうなシグレと、自身の隣で下品な半目を向ける和馬を交互に見た。

 

「和馬、それ以上その眼で見たら殺すわよ」

 

「あぁ? 良いじゃねえかよォ~、何だよ、俊は良くて俺はダメなのかぁ?」

 

「ええ、そう。あなたは駄目よ」

 

 そう言って横目を向けた美月は、不満そうな和馬に睨みを利かせると、腫れた所をシグレに殴られている俊を見下ろす。

 

「シグ、患部を殴らないの悪化するでしょ。そんな事したらあなた俊と一緒に出れなくなるわよ。良いの?」

 

「……良くない、です」

 

「だったら止めなさい。仲間の怪我を攻めるのは味方ではやっちゃいけない事よ」

 

 そう言ってシグレの頭を掴んだ美月は、怯える彼女に微笑みながら彼女の頭を撫でる。

 

 その後ろでは、同人誌を読んでいるミウに膝枕させられている日向が、気だるげにアクション映画を見ていた。

 

「ミウ」

 

「なぁにぃ」

 

「重い」

 

「えぇ~、酷くない?」

 

「酷いもクソもあるか。さっさと降りろ」

 

「首痛くなるんだもん」

 

「座って読めバカ」

 

 淡々と応対しつつ、彼女の額を叩く日向は、不満そうなミウを睨み下ろす。

 

 退こうともしない彼女を見ていて呆れた彼は、深いため息を落としつつ、テレビに視線を戻す。

 

「相変わらず仲良いですねぇ」

 

 そう言って、ミウを挟んだ先、座って漫画を読んでいるナツキが苦笑する。

 

「腐れ縁なだけだナツキ。仲が良い訳じゃない」

 

「でも、そう言うやり取りができるのは仲が良い証拠ですよぉ」

 

 不機嫌そうな日向に、クスクス笑うナツキはムスッとした表情の彼から視線を外しながら問いかける。

 

「腐れ縁って、ミウちゃんとはどう言う関係ですか?」

 

「一族で仕えてる家系の跡取り兼許嫁。それ以上でも以下でもない。ロマンチックも何も無い」

 

「良いじゃないですか、漫画にありがちな関係って、私憧れます!」

 

「リーヤの事は蔑ろか? お前にだって幼馴染はいるだろうに」

 

「それとこれとは別ですよ、日向君」

 

 皮肉を流したナツキに、やり難さを感じた日向は分解整備をしながら苦笑しているリーヤを睨む。

 

 分かってないな、と言わんばかりの笑みを浮かべながら、支給品買取で私物化したACRを組み立てたリーヤは、交換したグリップやアクセサリの感触を確かめながら話を切り出す。

 

「女の子の願望って限りが無いからねぇ。一つ叶えたら終わり! って訳じゃないからさ」

 

「なるほどな。そう言うお前は、無数の願望の中に入れられて不満じゃないのか?」

 

「最終的に戻ってきてくれるなら、何でも良いよ」

 

 そう言って胡坐の上に銃を寝かせたリーヤに、少し驚いた顔をした日向は苦笑する彼に気まずくなって顔を逸らした。

 

「話は戻るけど、日向君達は許嫁の関係だよね? 住んでる所って結構離れてる筈なのに」

 

「何でも、曾祖父の代からの関係だそうでな。親父の代で警備の仕事をする為に新フィンランドから新ドイツに引っ越したから変な事になってる。

主従関係なのに許嫁って事になったのも、家が没落してきてどうでも良くなったからとっとと結婚しろと言う事らしい」

 

「えぇー……適当だなぁ」

 

 若干呆れているリーヤに、鼻を鳴らしながらそっぽを向いた日向は家の事をバカにされて不機嫌なミウを見下ろす。

 

「日向の意地悪」

 

「意地悪で結構だ」

 

 同人誌から顔を上げてふくれっ面を見せるミウは、ぴしゃりと額を叩いた日向を少し睨む。

 

 睨まれるのにも慣れているのか、涼しげな顔で流した日向は、日常シーンに入ったアクション映画から顔を逸らし、リーヤに話しかける。

 

「そう言えばリーヤ、頼んでおいた物は用意してくれるのか?」

 

「頼んだ物って……ああ、MP7の事? うん、用意してもらえるって。中古のA1モデル2丁で良いんだよね?」

 

「ああ。しかし光学サイト無しとは言え、よくも急場で2丁も用意してもらえたな」

 

「何か偶然余ってたんだって。春は買い替える人多いし、良いタイミングだったよ。はい、振込先と請求額。個人調達だから団体割引効かないってさ」

 

「覚悟の上だ。しかし、マグとホルスター付きでこの値段は良い方だな、明日払ってくる」

 

 伝票を見て確認した日向は、微笑を浮かべているリーヤに一礼する。

 

 そのやり取りを見ていたナツキは、ふと疑問に思った事を口に出す。

 

「そう言えば、日向君はサブマシンガンも2丁で扱うんですか?」

 

「ああ、格闘戦の他に中近距離から瞬間的に弾幕を張るのも俺の役割だからな。そうなると短機関銃も両手2丁の方が都合が良い」

 

「瞬間的な弾幕ならソードオフのショットガンでも良い様な……」

 

「別に良いが、片手撃ちできるくらいのソードオフだと遠距離に対応できないからな。ある程度遠くまで届く短機関銃が良い」

 

「あ、そう言う事ですか」

 

 納得がいったナツキは、アクション映画に戻った日向に会話を打ち切った。

 

 そして、目の前で私物のKSGを弄っているリーヤと話し始める。

 

「あれ、KSGを引っ張り出すって珍しいですね」

 

「そうかな。まあ、あげちゃうから、それに向けて整備しようと思って」

 

「上げるって誰にですか? シュウ君? それともハナちゃん?」

 

「どちらでも無いな~。正解は香美ちゃんです」

 

「……リーヤ君、香美ちゃんに甘くないですか?」

 

 漫画で顔を隠し、半目になるナツキに気付いたリーヤは慌てて取り繕う。

 

「いやいや、隼人君から頼まれたんだって! ちょうど要らなかったし、ブリーチャーにも使えるからさ」

 

「だとしても、香美ちゃんばかりズルい。私も何か欲しいです」

 

「えぇ~。今日のナツキちゃんは強気だなぁ。あ、じゃあナツキちゃんにSRSあげるよ」

 

「銃じゃないですか! せめて武器じゃない物を……」

 

「そう言われてもなぁ……。そもそも僕の趣味は収集系じゃないし」

 

 頭を掻きつつそう言って苦笑したリーヤは、ふくれっ面のナツキに何かを思いついて彼女の隣に座った。

 

「じゃあ、今夜は一緒に寝よっか」

 

 そう言って、KSGをソファーに立てかけたリーヤは、嬉しそうなナツキの瞳孔の開いた眼を見て覚悟を決めた。

 

(お互いの為にも貞操だけは守ろう)



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第34話『出発』

 新ヨーロッパ出発の日8時30分前、新アメリカ海軍・新横須賀駐屯地――――

 

 航空戦闘艦などの船を多く擁す、新日本に点在する新アメリカ基地でも最大規模の軍事基地の内部、航空戦闘艦のドライドック。

 

 見る者を圧倒するそこに車とバイクで来ていた隼人達は、遅れてYZR-1でやってきた咲耶と合流した。

 

「あら、お揃いね。あら? 大隊長さんは?」

 

「まだ来てない。そう言えばバイク、直ったんだな」

 

「テロ事件が終わってからすぐにね。フレーム折れてなかったし、部品とカウルの交換で元通りだったわ。ついでにチューンもしたけどね」

 

「そうか、そいつは羨ましい限りだ。俺達はフレーム損傷だったからな。新車を買うしかなかった」

 

「でも、最新型手に入って良かったじゃない。乗りたくないけど」

 

 YZR-1のエンジンを止めた咲耶は、隼人のH2を見ると小馬鹿にした様な笑みを浮かべながらヘルメットを取った。

 

「そう言えば、皆には言ってなかったけど今回の新ヨーロッパでアーマチュラと新武装のデータを取らせてもらうわ。

アーマチュラの対象者は七人、美月ちゃんも含めてね。それと新武装について何だけど、対象者は三人。アキちゃん、香美ちゃん、それと、レンカちゃんよ」

 

「へ? 私?」

 

「そう、向こうで渡すけどレンカちゃん用の新しい装備一式。アナイアレイタのデータから作ったアッパータイプを評価試験用に提供するわ」

 

 携帯端末にデータを送りながらそう言う咲耶は、データ取りの対象であるレンカ達10人の相槌を聞きながら話を続ける。

 

「アーマチュラ組には立花重工からアーマチュラの予備3セットを提供。それと電磁射出システムの試験運用も行うわ。システムの詳細は追って話すけど、

簡潔に言えば装着者の元へレールガンでアーマーの予備コンテナを射出するシステム。まだ実戦での運用はしていないから、今回行わせてもらうわ」

 

「ああ、軽軍神の電磁射出システムか、新アメリカの企業が軍と共同で研究していると聞いた事があるが、もう実用化レベルまでにしてあるのか」

 

「軽軍神飛ばす新アメリカと違ってこちらはコンテナ飛ばすだけだから。危険性も負荷も少ないのよ」

 

 そう言って笑う咲耶は、データを受け取り終わって暇な隼人の方へ歩み寄り、新車のH2を見ていた。

 

「これがカワサキの最新型ねぇ……。スーパーチャージャー付きの」

 

「思っているほど乗りにくくは無いぞ。前のと違って中身に手は入れてないからな。ただ、剛性不足な感は否めないな」

 

「へぇ、それじゃあラテラと一緒で随分と手のかかる子なのね」

 

 そう言って苦笑する咲耶に、頷いた隼人は、周囲を見回し、武達が固まって話し込んでいるのを確認して話題を変えた。

 

「……今更だが。良いのか、咲耶」

 

「あら、それは立花グループのトップが戦場へ出ていくのがって意味? それとも」

 

「新新宿で心に傷を負った立花咲耶が、本格的な戦場に出て良いのか、と俺は聞いている」

 

「だったら答えは……イエスよ。私は大丈夫、あの時みたいに弱くはないわ」

 

「それは、実力の事か、それとも精神の事か? まあ、どちらも期待はしておく」

 

 皮肉る様にそう言って頭を撫でた隼人は、少しムッとした顔で不満そうにしている咲耶に苦笑を返す。

 

「期待じゃ困るわ。信じてもらわないと」

 

「それはお前次第だ。ほら、この話は終わりだ。それよりも、早く戻らないとお前のYZR、アイツらに破損させられるぞ」

 

「え? あ、こら! バイクに寄り掛からないの! スタンドが壊れるでしょ!」

 

 慌てて戻っていく咲耶に、含み笑いを浮かべながら遠目に喧騒を見ていた隼人は、手持無沙汰になり、携帯端末でデータの再確認に入っていた。

 

「新オプション……。多節棍に、鞭剣、それとこれは……対城兵器か」

 

 そう言って情報を見た隼人は、対城兵器と表示された項目をタップする。

 

 3Dモデルで表示されたそれは一般的な対城兵器である、野砲と言うよりもむしろ長大なランスに近かった。

 

「何だ、コイツは……」

 

 総重量は約3t。人どころか鬼人や人狼ですら携行に難色を示す非常に重い重量、そして、火薬と電磁投射のハイブリッド推進。

 

 専用武器、と言うよりも候補が絞られ過ぎてアナイアレイタに回ってきたと言うべき武器だった。

 

(恐らく攻城戦はあるが扱いきれるか……?)

 

 そう考えた隼人は、目の前に止まったハンヴィーに顔を上げた。

 

「よう、悪い悪い! 遅くなっちまった。みっちゃん達が寝坊しちまったせいで早めにする予定だったんだが、追加の手続きとか何やら大変でなぁ」

 

「うっぷ……寝坊って……昨日深夜まで飲んでたじゃないですか……」

 

「さぁ、知らねぇなぁ?」

 

「この……」

 

「ま、何にせよもう乗って良いぜ? 車とバイク持ってきた奴は地下の格納庫へ移動させろ。車もだ」

 

 そう言って、バイク3台とインプレッサを見たカズヒサは、二日酔いの二人を担ぐとドン引きのシグレ達に自分たちの手荷物を任せる。

 

 武達の分の荷物を下ろし、格納庫に車両を移動させた隼人は、突然の一般車両に興味を惹かれる兵士たちの視線に晒される。

 

「ここら辺に駐輪していいですか?」

 

「え、あ、ああ。構わない。しかし、何だってこんな物を」

 

「向こうでの移動用に使うんですよ」

 

 そう言いながらH2から降りた隼人は、呆気に取られている兵士を他所に後続へ駐車を指示する。

 

「民間の車両をか? 君は学生か民間軍事組織の一員のどちらかなのか?」

 

「両方ですよ。ただ、今回は国連軍の一員として、乗船します。よろしくお願いしますよ」

 

「国連軍……。そうか君達が例のゲストか。なるほど、よろしく」

 

 そう言って笑う兵士に笑い返した隼人は、後続の浩太郎達がガンケースなどを取り外すのを後ろ目に確認していた。

 

「さて、取り敢えずその荷物を検査させてもらいたいんだが。良いか?」

 

「ええ、分解さえしなければ」

 

「そこまではしないさ。さ、渡してくれ。ジャクソン、マイク、ミレイア、荷物を受け取ってくれ」

 

 部隊長であるらしい兵士の指示で警備係の兵士が荷物を受け取りに来る。

 

 携行している武器も併せて手渡した隼人達は、格納庫にある重軍神、そして軽軍神を見回す。

 

「流石強襲揚陸艦だ。巨大兵器が並ぶこの光景、壮観だな」

 

「この艦は、まだストライクイーグルを搭載してるのね。てっきりラプターがあると思ってたわ」

 

「ラプターは最新型だからまだ回ってこないんだろ。ラプターは製造コストが高くて台数確保が難しいらしいからな」

 

「へぇ、随分のん気なのね」

 

「今、何か起きている訳でもないからな。軍事力拡大に否定的な今の世界情勢から、ラプターは過剰性能とさえ言われている」

 

 垂直式の駐機ハンガーに収まる新アメリカ製の重軍神『FM-15E ストライクイーグル』を見上げた隼人は、あまりそう言う事情に詳しくないらしい咲耶の、微妙に理解できていない顔を見て少し笑う。

 

 笑われた事に気付いてムッとなる咲耶は、後ろで様子を見ていた浩太郎とリーヤにも笑われ、二人も睨んだ。

 

「少年達! 荷物検査が終わったぞ。取りに来てくれ」

 

 兵士に呼びかけられ、隼人達は荷物置き場へ引き返す。

 

 それぞれの荷物を受け取り、甲板上のブリッジを目指して移動した隼人達は、慣れない艦内で迷いまくり、実に30分かけてブリッジへ上がった。

 

「よう、遅かったな」

 

「中が広かったもので……」

 

「ハッハッハ。そりゃそうだ。さて、遅れてきたお前らに、紹介しておこう。このワスプ級強襲揚陸艦『フリント』の艦長、ジム・ホーキンズ大佐だ。今回の作戦の為に船を出して下さる」

 

 後ろにいる初老の男性、ジムを紹介したカズヒサは、訝しげな顔をしている隼人達を見回している彼に笑みを向ける。

 

「すいませんね、こいつら警戒心強いんで」

 

「いやいや、そこは気にしていないとも。力強い目をした良い子達じゃないか。特に真ん中の彼は小隊長だそうじゃないか。若いのにしっかりしている」

 

「ありがとうございます。じゃあ、紹介はここでいったん切り上げて。早速今後のスケジュールについて、話し合いましょうや」

 

 そう言って一升瓶を取り出すカズヒサに、ニヤッと笑った艦長は後を副長に任せ、奥の艦長席に引っ込んでいった。

 

「大丈夫なのか、この船は……」

 

 呆れた口調でそう言った隼人に、その場に居合わせた三人は揃って頷いた。



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第35話『新ヨーロッパ入り』

 出航から一週間後、隼人達は、寄港地である新イタリア国連基地から陸路で北上して目的地のエルフランド領内仮設基地に到着した。

 

「随分と山奥なんだな。もう日が暮れている」

 

「港からこちとら7時間ツーリングよ、馬鹿じゃないのこの旅」

 

「馬鹿を言うなレンカ、陸路の移動は普通それくらいかかる。それに、SAでカズヒサさん達ゲロ吐いてたしな」

 

「周りのお客さん凄い嫌そうだったわよ」

 

「むしろ喜ぶ奴の方がいないだろう」

 

 言いながら、国連基地で借りて運転しているアウディ・A3から通信でそう言った日向は、H2の後部座席から話すレンカを後ろから見て苦笑する。

 

 駐車誘導待ちのX師団の車列は、交通整理の兵士に従って車を移動させる。

 

「まあ何にせよ、しばらくはここで過ごすんだ。今日の疲れば明日取ればいい」

 

「それもそうね」

 

 楽観的に返した日向は、気楽な口調のレンカと会話を止め、バックミラーを見る。

 

 後部座席では、暇そうに端末を見ている和馬を挟む様にして、美月とミウが寝ており、視線を動かした助手席ではナビゲートに疲れた三笠が寝ていた。

 

「和馬、もうすぐ着くから二人を起こしてくれ」

 

「お? ああ、はいよ。それよりも腹減ったぜ。飯何だろうなぁ……」

 

「配給なら新ハワイ基地で出てたものさほどは変わらんぞ」

 

「マジかよぉ……。あのよく分かんねぇラインナップ?」

 

「贅沢を言うな馬鹿。ここは新日本じゃない。日本食が恋しいなら隼人に頼むんだな」

 

 誘導に従って駐車した日向は、ナイスアイデアと言わんばかりに声を上げた和馬に、三笠を起こしながら半目を向ける。

 

「言っとくが、旅行じゃないんだ。お前のわがままで隼人の負荷を上げるな」

 

「違ぇよ、俺らで作るってこったよ!」

 

「俺らって、戦場に出るのに俺達が作れる訳ないだろう」

 

「アキナ姐さんが」

 

「事務仕事とオペレーションと料理とで姐さんを忙殺する気か貴様は」

 

 そう言って運転席から出た日向は、荷物を下ろすとばつの悪そうな和馬に雷切を投げ渡す。

 

「おいおい、大事に扱えよ」

 

「宝刀でもあるまいに、簡単に壊れないだろう?」

 

「そうだけどさぁ。武器を雑に扱われて良い顔する剣士なんざいねえだろうが」

 

 そう言いながら腰に刀を付けた和馬は、同じ様に武器を装備する日向に苛立った顔を見せる。

 

「だったら人も大事にしろ。雷切と同じくらいにな」

 

「分かったよ」

 

 日向から顔を逸らしつつ、腰に刀を回した和馬はアタッチメントに雷切をひっかけると寝起きの二人の方へ振り返った。

 

「ほら、起きろよ二人共。三笠姐さんも」

 

 柄を車に当てないようにしながら近寄った和馬は、発注したMP7も含めた武器を装備し、荷物を持っている日向からフレームの入ったバッグを受け取る。

 

 シュウ達が仮設テントへ移動するのを見送りながら、周囲の深い森を見回していた和馬は、日向を戦闘にミウ達を連れてテントへ向かった。

 

「テント暮らしなんか合同訓練以来だな。なぁ、ミィ」

 

「そうね。二度目とはいってもどうも慣れないわ」

 

「都会っ子だもんなぁ、ミィは」

 

「和馬もでしょ。同じ新千葉出身なんだから」

 

「へっへっへ。俺は爺ちゃんちがあるからな、こう言う場所は慣れてんだぜぇ」

 

 そう言いながらニヤニヤ笑う和馬は、悔しそうな美月が腰に手を回したのを見てからかいの手を止める。

 

「銃は止めとけ、仮設って言ったって軍基地だぜ」

 

「だったら余計な事言わないでよ」

 

「悪かったよ」

 

 周囲を見回した和馬は、笑顔を張りつかせながら怒っている美月がXDから手を放したのに安堵する。

 

 寝起きなのもあってか判断力が鈍い彼女が狙われているのに気づいていた和馬は、監視のスナイパーがいるであろう方向へ視線を向ける。

 

(流石に特殊部隊も詰めてるだけあって警戒網も濃いな……300m間隔で監視がいる)

 

 見回りの兵士に気付いて踵を返した和馬は、KSK所属らしい兵士に部隊章を確認されるとそのまま奥へ通された。

 

 国連軍の組織体系は、加盟国から派遣された兵士と自ら所属を選んだ兵士の半々で構成され、前者は主に戦闘と兵站部隊のみに所属を許されており、その他、雑多な用途や特殊案件を扱う部署は全て後者で構成されている。

 

 無論、セクターエクスレイ(X師団)の構成メンバーは後者になる。

 

「聞いていた通りの光景だな。まるで新ヨーロッパ特殊部隊の見本市だ」

 

 最新装備を携行した特殊部隊員を見た日向に合流した和馬は、奥の方で待っている隼人達の元へ急ぐ。

 

「悪ぃ、待たせた兄貴」

 

「おっけー、じゃあ各部隊でテントを振り分ける。ケリュケイオンとユニウスはそれぞれこの隣のテントを使ってくれ。

俺らはここのテント使うから」

 

「おう、了解だぜ」

 

 カズヒサからの雑な振り分けに応答した和馬達は、それぞれ移動を始める。

 

 武器やら何やらの搬入がある中、手持ち武器がない為に早々に荷物を置き終えた隼人は、レンカを伴って基地の散策に出ていた。

 

「大きな基地ね」

 

「仮設だからこれでも小さい方だ。ここは世界各国の部隊が集まっているんだ。余計な事をするなよ」

 

「分かってるわよ。にしても、こう人が多いのに何の娯楽施設も無いのはつまらないわね」

 

「別に、遊びに来てる訳じゃないからな。娯楽と言えば観光か食事かキャッチボールくらいか」

 

「えぇ……。だったら、ご飯美味しいと良いんだけど」

 

 そう言いながら、簡易食堂らしい大きなプレハブの前にやってきた二人は基地の向こうにある大きな城の影を見た。

 

「あそこって、確か……」

 

「ああ、あそこがエルフランドだ。明日行くぞ」

 

「どんな所かなぁ……」

 

「まあ、最も。楽しい所じゃないのは確かだろうな」

 

「えぇ……」

 

 意気消沈するレンカに苦笑した隼人は、プレハブで配給を受け取って夕食を取ると元のテントに戻っていく。

 

 その道すがら、フェンス沿いに帰っていた隼人は、周囲を見回してそわそわしているレンカに気付いた。

 

「どうした、便意か?」

 

「え、マジ? ここでおしっこして良いの?」

 

「基地敷地内でして良い訳無いだろうが馬鹿が。野原でやらずに仮設トイレでやれ。それで、何きょろきょろしてる」

 

「えへへ、エッチしたくって」

 

「俺さっき言ったろうが覚えてねえのか」

 

 呆れる隼人がそっぽを向くと、息の荒いレンカが抱き着いてくる。

 

 ぞわっと身の毛をよだたせた隼人は、荒い息のまま汗臭い服の匂いを嗅いでいるレンカに鳥肌が立ち始めていた。

 

「な、何してる」

 

「んふぅ、セルフ前戯」

 

「やらんと言ったろうがボケナス」

 

「えぇ~やろうよ。青でも良いし」

 

「青が良いならその辺の野ッ原に投げ捨ててやる」

 

 そう言った隼人は、発情しているレンカの襟首を掴んでテントへ戻る。

 

 テントの奥、仕切りが一応ある二人共用のベッドにレンカを叩き落とした隼人は、弾込めをしている香美に抱き付いているアキホを見て渋い顔をする。

 

「兄ちゃんなんつー顔してんのさ」

 

「新ヨーロッパに来てまで不純交遊は止めろ、クソ妹」

 

「良いじゃんスキンシップ位。それに兄ちゃんがやる訳じゃないんだし良いじゃん」

 

「隣でやられる身にもなってみろボケ。落ち着かねえんだよ」

 

「うっへっへ。一緒にやっても良いんだよ?」

 

 そう言ってニヤニヤ笑うアキホは、鼻で笑った隼人に詰まらなさそうに口をとがらせるとその場でふて寝する。

 

「アキちゃん」

 

「ん~? どしたの香美ちゃん」

 

「弾込めの邪魔しないで」

 

 あんまりにもうるさかったのかむすっとした顔の香美に睨まれたアキホは、真っ白になってベッドに突っ伏した。

 

 ウソ泣きするアキホの声がテントに広がり、顔を出した女子が二人の様子を見て苦笑する。

 

「いやー。キレた時の香美ちゃんは恐ろしいですなぁ」

 

「あれは不機嫌なだけだと思う」

 

「そっとしておきましょうよ、ね?」

 

 煽る様な言葉を放つ楓とカナを慌てて諫めたナツキは、弾込めを終えた香美が落ち着かなさそうにしているのに気づいた。

 

 三人を見てくる彼女は、ちらちらと隼人の方を見ており、何か様子を窺っているようだった。

 

「ちょ、ちょっと二人共」

 

「ほいほーい」

 

 ハンドサインも交えて伝えたナツキに頷いた二人は、それぞれのエリアに引っ込む。

 

 端末で周辺地形を確認していた隼人は、静かになった空間に、顔を上げると目の前で明日の準備を進めていた香美と目が合った。

 

「あ……」

 

 気まずいのか、恥ずかしいのか、視線を逸らした彼女に端末に目を落としながら苦笑した隼人は、話を切り出した。

 

「寝れないか?」

 

「いえ……。眠れると思います。けど、不安で」

 

「明日の事か? それとももっと先か?」

 

 そう言って枕元に端末を置いた隼人は、顔を上げた香美に苦笑すると目を覗かせる楓達に気付いてため息を落とす。

 

「まあ、いい。アキホの事ばかりで、お前の事はほったらかしだったからな。少し外に出るか。時間、良いか?」

 

「あ、はい。大丈夫です」

 

「じゃあ、少し散歩に行こう。ここじゃ落ち着いて話せないからな」

 

 そう言ってカーテンを睨んだ隼人は、空気を察した相方に引っ張られた楓達に苦笑して香美の手をそっと握った。

 

 突然の事に驚く彼女をエスコートして、隼人は夜空の下へ出た。

 

「く、空気が冷たくていいですね」

 

「言うに事欠いてそれか? 男の心配を引くだけだぞ、香美。ほら、俺の上着。かけておけ」

 

「え、あ、はい。ありがとう、ございます」

 

 そう言って、受け取った上着を被った香美は、手を放そうと力を緩めた隼人の手を強く握った。

 

「……香美? どうした?」

 

「あ、そ、その……隼人さんは、レンカさんの事、今どう思ってるんですか」

 

「え?」

 

「あ、いえ! すいません、突然! でも、気になってしまうんです。明日死んじゃうかもしれないからって思うと……」

 

「なるほどな。ふっ、お前も案外バカだな」

 

 そう言って苦笑した隼人は、キョトンとなっている香美をそっと抱き締める。

 

「俺はてっきり、死ぬ事を恐れているのかと思っていたが、そうじゃなかったんだな」

 

「死ぬ事が怖いなんて、思ってません。あんな所に住んでれば、いつでも覚悟してます。でも」

 

「俺の気持ちを聞かなきゃ死にきれない、か。何だかんだで、お前も女だな。あいつ等と同じ様な事を言う」

 

 そう言って、表情を見られない様に抱き締めた隼人は少し歪んだ顔で、香美を見下ろす。

 

「答えて、もらえませんか?」

 

「ああ、答えるよ。俺はあいつを、大切に思ってる。それは、あの時から変わらない。ずっと、な。お前を、お前らを失恋させたあの日から変わる事は無い」

 

「そう、ですか。分かりました。ありがとうございます。こんな、私の質問に答えて戴いて」

 

 胸を押して離れ、一礼した香美を追いかけた隼人は、やんわりと距離を取りつつ、彼女の表情を見ない様にして元のテントまで送り届けた。



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第36話『エルフランド』

 その夜、消灯したテントの中で一人天井を睨んでいた隼人は隣のエリアから聞こえる話し声に無意識に耳を傾けていた。

 

「ねぇ、アキちゃん。私、またフラれちゃったんだ」

 

「え、またって、兄ちゃんに?」

 

「うん。レンカさんの事、どう思ってるかって聞いて」

 

 そう言って、すすり泣いた香美を抱き締めたアキホの影を見た隼人は、どろりと鈍い感覚を抱くと赤黒く変わった空間に気付いた。

 

(スレイか)

 

『ご名答。もう慣れてきたかしら、私との共存は』

 

(おかげさまでな。それで、人の安眠を妨害してまで何をする気だ。スレイ)

 

『あら、まだ何もしないわよ。でも戦うんでしょう? 血もいっぱい浴びれるじゃない? うふふっ』

 

(俺達は後方支援だ。直接戦闘はしない)

 

 そう言って仰向けになった隼人は、つまらなさそうに天井に移動するスレイを睨む。

 

『あら、残念。あのおもちゃから美味しく頂けると思ったんだけど』

 

(はっ。そんな機会があればいいな)

 

『皮肉も上手くなったわね。私のお陰かしら?』

 

 そう言って、クスクス笑うスレイが宙を泳ぐのを見上げた隼人はくるんと体を丸めた彼女が顔を近づけるのに顔をしかめる。

 

(何だ、スレイ)

 

『ねぇ、あなたはどう思ってるの?』

 

(何をだ)

 

『あなたを想ってくれる子たちの事』

 

(そう言う事なら、こうだ。殺したいとは思わない)

 

 吐き捨てる様にそう言って視線を逸らした隼人は、クスクス笑うスレイの声を聴きながら深い眠りに落ちていった。

 

 翌日、早朝の寒さと喧騒で目が覚めた隼人は、慌ただしく出ていく装甲車のリアを見ると時刻を確認する。

 

「午前4時……。そんな早くから作戦行動を起こすのか……」

 

「作戦地域が遠いからな。ま、出てった奴らは増援だが」

 

「カズヒサさん、おはようございます」

 

「おう。おはようさん。早速だが、午前10時くらいにエルフランドに行くぞ。午前8時までに全員武装してゲート前に集合。ランド城へ徒歩で行くぞ」

 

「了解」

 

 気だるげにタバコをふかしたカズヒサに頷いた隼人は、浩太郎以外まだ眠っているテントに引き返すと早速準備を始める。

 

 それに合わせて浩太郎も、カナを起こさない様に必要なものを準備しながら通信を開く。

 

「何だ、浩太郎」

 

『ただ黙って作業するのも何だからさ、何か話そうよ』

 

「……お互い、話せる趣味も無いのにか?」

 

『趣味の事じゃなくても良いじゃないか。まあ、話そうよ』

 

「まあ、良いだろう」

 

 そう言って隼人と浩太郎は何気ない会話をしながら準備を始める。

 

 今までの事や、新ヨーロッパの印象、これから起こりそうな事。

 

 共有しやすい趣味が無い二人らしい事務的な会話を続け、準備を終えたのは一時間後だった。

 

 その時間になると起きるものも出て来、朝食を摂っていた二人は、寝起きの面々に任務を伝えて時刻まで備えた。

 

「んで、この有り様か」

 

 ライフルを背負い、そう言ったカズヒサは寝ぐせでぼさぼさのシグレとレンカを交互に見るとパートナーに髪を整えてもらっている彼女らを睨む。

 

「お前ら何時起きだよ」

 

「く、九時半」

 

「ったく、学校行くんじゃねえんだぞ。マガジン、装備、諸々自分で持ってねえじゃねえか!」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「ったく、良い仲間がいてよかったな二人共。装備着けて行きながら飯を食え」

 

 そう言って時刻を確認したカズヒサは、綺麗なポニーテールに結ってもらったシグレが、美月達に装備を着けてもらっているのを見ていた。

 

 むすっとしているシグレは、不満があるのか尾を縦に振りながら装備を付けてもらっていた。

 

「別に一人でできます」

 

「そう言うなら早起きしなさい、シグ。寝坊してる時点で大人扱いできないわよ」

 

「むぅ……」

 

 頬を膨らませながらそっぽを向くシグレは、美月の前で全身に取り付いた装備の感触を確かめ、整えた。

 

 隣のレンカも同様に整えており、お互いに目が合った彼女らは睨み合う。

 

「珍しいわね、“大人の”アンタが寝坊なんて」

 

「たまたまですよ、レンカ。子どものあなたみたいにいつも寝坊している訳ではないので」

 

「ふぅん、たまたまねぇ。それにしては、俊のリアクション、だいぶ慣れた感じだったけど?」

 

 そう言って詰る様に見たレンカに、うっと詰まったシグレは、櫛をしまいながら苦笑している俊を睨む。

 

「たまたまですよね俊君」

 

「え? シグの寝坊って3日ぶり今年に入って24回目だよな」

 

「いいえ、“たまたま”ですよねぇ……?」

 

「いや、見栄張るなよ。ユニウスの連中は皆知ってんだから」

 

「たまたまだと言ってください……」

 

 涙をにじませ始めたシグレに困惑した俊は、彼女越しにニヤニヤ笑うレンカを見る。

 

 やる事が子どもっぽいんだよなぁと思いながら、後頭部を掻いた俊は、頭頂部を思い切り殴られているレンカが隼人に叱られているのを見た。

 

「ほら、レンカがマジで叱られてっから、変な見栄はもうどうでも良いだろ? ほら、飯。食堂でもらってきたから」

 

「フィッシュアンドチップス……朝から油もの……」

 

「サンドイッチ無かったんだよ。おいしかったからお前に食わせたかったのに」

 

 そう言って悔しがる俊から包みを受け取ったシグレは、どう考えてもやっつけ仕事で作ったに違いない油でテッカテカの衣を見下ろして露骨に嫌な顔をした。

 

 隣で好き嫌いを主張して殴られているレンカを見たシグレは、対抗意識からフリッターを一つまみすると、口に入れた。

 

「俊君……」

 

「お? どうした?」

 

「このフリッター、味しないです」

 

「え? マジで?」

 

「凄い、脂っぽくて……胸やけが……」

 

 脂っぽいげっぷを出したシグレは、青ざめる俊にフィッシュアンドチップスを突き出す。

 

「シグちゃん焼ける胸も無いのにね」

 

 気分が悪くなっているシグレにしれっと毒を吐いたミウは、それどころじゃない、と頭を叩いた日向に諫められる。

 

 見かねて携帯食料と牛乳を朝食代わりに出した美月は、照れているシグレの頭を軽く叩いて諫める。

 

「ほら、早く食べなさい」

 

「あ、ありがとう……ミィ」

 

 XD自動拳銃をチェックしながら歩く美月にお礼を言いつつ、もそもそ食べているシグレは最後尾でレンカと並び未舗装路を歩いていた。

 

 のどかな道でエルフ族の農家とすれ違うシグレ達は、武器を手に周辺を警戒しつつ城下町を目指す。

 

「レンカちゃん、リベラさん、列の真ん中へ。二人が後ろなのはちょっとまずいから」

 

 そう言って入れ替わったリーヤ達ブラボーチームに導かれて真ん中へ来た二人はいつもより5割増しで殺気立っている面々に気付く。

 

 とてつもない殺意に晒されて味も感じられない二人は、そのまま城下町へとたどり着く。

 

 門番に手続しているカズヒサ達を他所に、周辺警戒を行う隼人達は、奇怪な目で見てくる通行人の仕草に警戒を向けていた。

 

「良いかぁ、タマをスラれんなよ?」

 

「笑えない冗談は止めろ馬鹿」

 

「良いじゃねえか、緊張ほぐれてさぁ」

 

 ゲラゲラ笑う和馬を睨む日向は、マイペースなミウがいなくならない様に服を掴んでいた。

 

 一方、門の壁に寄り掛かって周囲を見回していた美月は、警戒をしている隼人達の表情が僅かに曇っているのに気づいた。

 

(あの二人、どうかしたのかしら)

 

 心配しながら腰に手を回している美月は、視線に気付いて警戒のハンドサインを出してきた隼人にバツが悪そうに視線を逸らした。

 

 それから手続きを終えたカズヒサの先導で城下町へ入った隼人達は、いかにも中世ファンタジーに出てきそうな街並みを見回す。

 

「随分と前時代的だね」

 

「だからこそ観光資源になっている。こんな情勢じゃなければ観光客で賑わってるだろうさ」

 

「襲撃警戒からか街道には屋台も何もないね。まあ、当然か」

 

 黙々と喋りながら辺りを見回す隼人と浩太郎は、ぽつぽつといる通行人を流し見ながらカズヒサの先導に付いて行く。

 

 武装して歩いている為か、巡回の下級兵士に睨まれつつ、城門前まで移動した隼人達はビル8階相当の大きさの城を見上げる。

 

「超デカいわね」

 

「当然だ、権力者の象徴なんだからな」

 

「お城が大きいのってそう言う理由なの?」

 

「大体はな」

 

「ふぅん、変なの」

 

 無邪気にそう言うレンカに、苦笑した隼人はカズヒサ達と共に城内に入ると出迎えの侍女に謁見の間へと案内される。

 

 その途中、広々とした中庭と演説用のバルコニーが窺えた。

 

「わりと城に対して城壁が低いね。向こうの時計塔からなら狙撃できるかな」

 

「簡単そうに言うが700mはあるぞ……」

 

「あはは、ごめんごめん。いつもの癖でさ」

 

 誤魔化し笑いをするリーヤに、呆れた顔のシュウは先頭で笑っている隼人を軽く睨む。

 

 フレームを身に着け、軽い金属音を鳴らしながら歩く隼人はその隣でひょこひょこ歩くレンカがきょろきょろしているのを諫める。

 

「怪しまれるからあんまり周囲を見るな」

 

「はーい……」

 

 気楽に言うレンカの頭を抑えた隼人は、しばらく歩くと巨大な扉が目を引く謁見の間へたどり着いた。

 

 案内役の侍女に一礼したカズヒサが前に出ると、隼人はハンドサインで警戒と緊急時の迎撃指示を出し、その後に続いた。

 

「お待ちしておりました、国連軍の皆様。奥へどうぞ、国王が間もなく参ります」

 

「これはこれはご丁寧にどうも」

 

 老エルフの執事に案内され、赤絨毯の上を歩いて進む隼人達は王座の前で待つ様言われ、その間に隼人と美月を除いた面々は指示通り、脇へ動いた。

 

 そして、すぐに構えられる様に武器を持ち、対岸に並ぶ兵士を睨む彼らは近衛兵の大声に意識が逸れた。

 

「王の御なぁりぃいい」

 

 ステンドグラスを背景に入場してきたエルフの王と女王は、エルフの特徴に漏れぬ高身長の痩躯に豪奢な衣装をまとった中年で、権力者に相応しい威厳を感じられた。

 

 すぐさまかしずき、頭を垂れたカズヒサ達は、傍に武器を置き、すぐに抜き放てる様にしておいた。

 

「お初にお目にかかります。エルフ王。師団長は出回らぬ主義故、私が代理と言う形をとらせて頂きます。第一大隊大隊長のカズヒサ・リベラと申します」

 

「代理を差し許す。遠路はるばるご苦労だった、カズヒサ殿。面を上げよ」

 

「ありがとうございます。では、早速ですがこの場にてロンゴミアンタ引き渡しの件を」

 

「う、うむ……それなのだがな……」

 

 口ごもる国王に違和感を覚えたカズヒサは、そのタイミングで開け放たれた扉に後ろを振り返る。

 

「父上、一体どう言う事ですか!」

 

 大声を放ち、ずかずかと歩み寄るエルフ族の青年は、カズヒサ達を無視して王座の前へ出る。

 

「私はこの様な下種びた異種族に国宝を譲るのは反対だと申し上げたはずです! なのにどうして!」

 

「許せ、ランスロー。争いを収めるにはこうする他無いのだ」

 

「では私が、この争いを止めて見せましょう! さすれば父上も……」

 

「お主は大局が見えておらん。お主に、任せる事は出来ん」

 

「な……」

 

 絶句する王子から目を逸らす国王は呆れ顔のカズヒサに視線を戻す。

 

 その隣を通り過ぎていく王子は、脇に並ぶ浩太郎達を目に入れると、少しおびえているナツキに向けてずかずかと近づく。

 

「貴様らさえ来なければ!」

 

 拳を振り上げた王子は、瞬時に割り込んだ隼人に拳を掴まれる。

 

「不敬な、人間の分際で!」

 

「八つ当たりが王族のする事か、王子様」

 

「こ、この!」

 

 自由になった拳を隼人に振り下ろそうとした王子は、容易く回避し、関節を決めた彼に捕縛され、地面に押し付けられた。

 

 それを見て親衛隊が動こうとしたが、それを牽制する様に浩太郎達が銃を構える。

 

「ナツキ、無事か」

 

「え、ええ。でも良かったんですか?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 そう言って王子にかける力を強めた隼人は、心配するナツキに見せつける様に笑いながらカズヒサ達と国王を見る。

 

「黙れ、反逆者め! 不敬罪で貴様は死刑だ!」

 

「威勢が良いな王子様。だが、先にやってきたのはそちらだ。客人に暴力を振るう国家に、協力する必要はないな。大隊長、国王。いかがします?」

 

 わめく王子を離さず二人を見た隼人に、調子を崩し、苦笑したカズヒサは、国王の方を見る。

 

「さて、国王。我々国連軍は、要請があれば応じるのがルールとして定められております。しかし、応じた後の対応は派遣された部隊の判断に委ねられております。

今ここで、王子の行為を見逃し、うちの部隊員のみ処罰する対応を取られるのであれば、我々はそれ相応の対応を取らせていただきます」

 

 そう言いながら立ち上がったカズヒサは、突然の事に呆気に取られている面々を他所に、踵を返して帰ろうとする。

 

「リベラ大隊長!? まだ話はまとまって」

 

「こんな場を設けずとも答えはとっくの昔に出てる。これ以上俺から話す必要はないさ。後はあっちゃんがちゃちゃっとやっといてくれ」

 

 そう言って、その場を去っていくカズヒサに慌てるアキナは、国王の方へ向き直ると、深々と頭を下げる。

 

「私は政治高官兼オペレーターであって事務方の便利屋じゃないんですよ! ったく、申し訳ありません国王。この正式な契約は、後程」

 

「良い。こちらこそ、息子が無礼を働いた。すまぬ」

 

「いえ、お気になさらず。さあ、イチジョウ臨時中尉、王子を開放してください」

 

 そう命じ、顔を上げたアキナは、国王の眼前でいきなり剣を抜いた王子に驚愕すると、隣で親衛隊も抜剣したのに気付く。

 

 一色触発の状況を前にして三笠に庇われたアキナは、拳銃に手をかけている美月に後ろをカバーされる。

 

「ただで帰れると思うなよ無礼者共が……貴様らをここで殺してやる!」

 

 そう言い、振りかぶった王子は、振り下ろした剣に走った衝撃に目を見開き、遅れて走った痛みに手首を抑えた。

 

 吹き飛んだ剣が二つに折れ、むなしい金属音を立てながら浩太郎の足元へと転がり、彼の足に止められた。

 

「な……」

 

「帰りてえのに誰も来ねえから戻ってみりゃ、随分とおイタが過ぎるんじゃねえか、王子様よ」

 

 ブラックホークから硝煙を立ち上らせ、澄んだ殺意を視線に乗せるカズヒサは、呆気に取られる王子に撃鉄を起こす。

 

 それを見て激高したのか、親衛隊が剣を手にアキナへ迫る。

 

「下がって」

 

 抑揚を押さえつけた声に身をすくませたアキナは、一歩前へ出た三笠が撃ち抜きの勢いをつけた居合い切りを宙に放ち、振り下ろしの軌道と重ねた。

 

 鈍い金属音と共に宙を舞う刃に舌打ちした三笠はトリガーを引き、高周波機構を停止させる。

 

「ナマクラが。所詮この程度か」

 

 血振りする様に刀を振り、一刀を収めた三笠は、呆気に取られるエルフ達を見回すと、アキナに視線を向ける。

 

 どうにか収めろ、とそう言っている視線にため息を吐いたアキナは、腰の蛇腹剣に手を置いて、腰から電子ロール紙を取り出す。

 

「では、契約書にサインをお願いします国王」

 

「う、うむ。では執務室へご案内しよう」

 

「はい。デルタ、フォロー」

 

 そう言って国王の後を付いて行くアキナは、その流れに自然と付いて行く美月と和馬達に、護衛を任せる。

 

 残った面々は、王子がその場を後にするまで警戒し、緊張を解いた。

 

「全く、何なんだこの出迎えは」

 

「随分友好的な挨拶だったね」

 

「ああ。さて、俺達はいったん町へ―――」

 

 そう言いかけた隼人は、携帯端末に走ったアラートに動きを止め、浩太郎達と共に状況を確認した。

 

 前線と知らされた地点から離れた農村が、駐在していた治安維持部隊ごと襲撃されているとの一報が表示に走る。

 

 それを見て、慌ただしく動き始めた隼人は、準備に時間がかかる者を先に行かせる。

 

襲撃警報(レッドアラート)だ、高校生達。急いで基地に戻って準備すんぞ。ま、お兄ちゃんたちはここにいるから、おめーら頑張ってこい」

 

「了解、各員急いで基地に戻るぞ。アーマチュラ装着要員は到着次第装着。その他の兵員は、各自戦闘用装備を装着の上、待機。俺が指示を出すまで動くな」

 

「んじゃ、頑張れよー」

 

 気楽な物言いで三笠と共にその場を離れるカズヒサは、テキパキと指示を出しながら歩く隼人に、後を任せる。

 

 それからしばらく、戻った基地にて準備を進めた隼人達は、移動用に調達したハンヴィー3台と、乗って来ていたインプレッサに分乗して出発した。

 

 スピードが出せるインプレッサが先行し、その後ろをハンヴィーの車列が追う形で未舗装路を爆走していく。

 

「グラベル(土むき出しの道)は慣れないから走り辛いな」

 

 そう言いながら、カウンターステア(当て舵)を当ててドリフトを決める隼人は、真横に吹き飛ぶ森林の景色をフロントガラスに流しながら加速し、シフトレバーを操作する。

 

 ギアを上げ、増速させた隼人は、バックミラーを見て若干ドリフト気味のハンヴィーを確認すると、浩太郎のナビを受けて左に舵を切り、減速しながらシフトダウンした。

 

 深い森にある曲道へ突っ込む直前、左足でクラッチを切り、右のつま先でブレーキを踏みつつ、踵で回転数調整をするヒール・アンド・トゥと呼ばれるテクニックで素早くギアを変える。

 

 そして、真横に車体を向けた隼人は、後輪から土煙を巻き上げながら曲道を抜けていく。

 

『流石、ラリーカーのベースになっただけあって速いな』

 

 車載無線から響く日向の声に苦笑しながら、コーナリングする隼人は、車の姿勢を直しつつ答える。

 

「こう悪路続きだと共用車両にしたかいがある。まるで、ラリーの気分だ」

 

『新ヨーロッパは、古い道が多いせいで悪路続きだからな。俺も、慣れてはいるが……な!』

 

「調子に乗って路肩に突っ込むなよ、日向。今は一分一秒でも惜しいんだ。運転ミスだけは避けろ」

 

 そう言ってまた一つコーナーを抜けた隼人は黒煙が上がっているのを確認すると、浩太郎と後部座席でもみくちゃになっていたレンカとカナに臨戦態勢を指示。

 

 アクセルを踏み、インプレッサを疾駆させた隼人は、次第に大きくなる銃声に向けて突っ込んでいくと、逃げ遅れの親子に襲い掛かろうとしていたゴブリンを側面で轢き飛ばす。

 

接敵(コンタクト)!」

 

 助手席をから降りた浩太郎がテサークを装着したまま、親子の元へ駆け寄り、引き抜いたヴェクターでゴブリンに止めを刺した。

 

 インプレッサに親子を乗せ、ルーフに飛び乗った浩太郎は、そのまま走らせる隼人と無線で通話する。

 

「大分攻められてるね」

 

『無理も無いだろう。駐在してるのは小隊規模だ。対処にも限界がある』

 

「教会前に無線反応。そっちに避難しているみたいだ」

 

『了解。敵の反応は?』

 

「生体反応が教会周辺に多数。多分オークとゴブリンだろうね」

 

 そう言ってヴェクターを周囲に巡らせる浩太郎は、後続のハンヴィーにハンドサインで追従させると教会へ向かう。



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第37話『交戦開始』

「クソ! 残りマグ一!」

 

「こちらは拳銃しかないです!」

 

 怒号を発しつつ、教会の二階から銃撃を撃ち込む国連軍S師団第13大隊第3小隊の隊員は、かれこれ3時間近い籠城戦により激しく消耗していた。

 

「各自応戦を継続しろ、直に応援が来る!ジェイムズ! 機銃弾は!」

 

「あと1マグ! くそ、小隊長、連中も機銃を撃ってきてます! AKだ!」

 

「クソッ! デルタチーム、そこから移動しろ! 壁抜かれるぞ!」

 

 小隊長の指示に移動する4人は、瞬間石造りの壁を貫通した7.62mmに戦慄する間もなく撃ち返す。

 

 教会の一階はアルファ、ブラボーの2チームが避難民を防御しており、時折奇襲してくるゴブリンを射殺していた。

 

 どの隊員も弾薬類と同じく消耗しきっており、荒い息を吐きながら銃撃を繰り返していた。

 

(このままでは叩き潰される……)

 

 出せる限りの指示を出していた小隊長は、不利を悟っており、神経をすり減らしていた。

 

「隊長! オークが突破してきた!」

 

 すでに破られた入口からRPK機関銃を構えたオークが姿を現した、その時だった。

 

 上空から降り注いだ爆音と共に、トリガーを引こうとしていたオークが縦に真っ二つになり、そのまま血飛沫を上げながら倒れ込んだ。

 

「な、何だ……?!」

 

 そう呟いた小隊長は立て続けの銃声を聞いた後、あれほどうるさかった銃声やゴブリンの鳴き声が聞こえなくなっていたのに気づいた。

 

『援軍ですよ、小隊長殿』

 

 無線で隼人がそう言うと同時にインプレッサが教会に突っ込み、それを塞ぐ様にハンヴィーが停車する。

 

 飛び降りた浩太郎が助手席を開け、親子を下ろすとレンカやカナと共に外へ走っていく。

 

「ありがたい! こちらも消耗しきっていてな。これ以上攻められればどうなっていたか」

 

「では我々への援護は不可能ですね……。了解です、敵部隊はこちらで対処します。貴隊は、避難民の護衛をお願いします」

 

「了解した。頼んだぞ」

 

 そう言って敬礼する小隊長に頷き、外へと走っていった隼人は、突然の事に混乱しているオークを屠るレンカ達と合流する。

 

「状況は!」

 

「教会周辺は粗方片付けてる! 問題は……」

 

「町の内部か!」

 

 言いながら、手に取ったR.I.P.トマホークでゴブリンの頭を薙ぎ払った隼人は、薙刀を手に降り立ったレンカにアイコンタクトを送る。

 

 瞬間、巨大な戦斧を手に挑みかかってきたオークの一撃をレンカと共に回避した隼人は、両肩目がけてトマホークを投擲する。

 

 勢いよく骨まで食い込んだ片手斧に獣の叫び声をあげたオークは、顔を上げた先に見えた小柄な足裏に眼球を蹴り潰された。

 

「グォオオオ!」

 

 咆哮を上げるオークの頬に追撃の回し蹴りを打ち込んだレンカは赤黒い口腔を切り裂いて着地し、隼人と入れ替わる。

 

 肩に突き刺さったトマホークを引き抜き、神経を切り裂いた隼人は、血振りしながら振り被るとハサミの様に組み合わせて太い首を斬り飛ばした。

 

「クソ、一体にこれじゃ、埒が明かない!」

 

 そう言って血に塗れたトマホークを収めた隼人は、レンカと背中合わせに周囲を見回すとオークがピンポイントに撃ち抜かれているのに気付く。

 

『ヘヴィライフルなら撃ち抜けるわ。オークはライフル持ちに任せて、あなた達はゴブリンを』

 

「よし、分かった。援護は任せるぞ」

 

『ふふっ、任されて』

 

 通信にそう返した咲耶は、上空に佇むと同時セミオートに切り替えた飛行モードで安定させつつ、額のコンバットバイザーを目元に下ろし、内蔵された受信レドーム兼用のカメラセンサーを起動する。

 

 等倍視界カバー用のツインアイが瞬くと共に、中央のレンズがスコープレス時対応の為にピントを調整。

 

 それと並行して、手にした20㎜セミオートカノン『XM28A3』を構え、スコープセンサーの有効内にターゲットを捉える。

 

「風は微風、この感じだと調節は無し。距離200m。ファイア」

 

 人の使用を考慮していない重めのトリガーを引き絞った咲耶は、迸る閃光と爆音をセンサーに緩和してもらいつつ着弾を観測する。

 

 音速弾の直撃で、真っ二つに引き裂かれたオークの体は、鮮血と臓物を吹き出しながらその場に崩れ落ち、赤黒い血だまりを形成する。

 

「残りは……12人」

 

 農村全域へセンサーを展開したハナと香美が形成する広域データリンクからオークの情報を拾い上げた咲耶は、狙撃用に精査した香美から優先順位も受け取って狙撃を開始する。

 

 20㎜の貫通、破壊力は対物狙撃銃や重機関銃に使用される12.7㎜BMG弾をも凌ぎ、例え遮蔽物があろうと、それが鉄の塊でもない限り、障子紙の如く撃ち抜ける。

 

「隠れても無駄よ」

 

 石造りの家であっても、貫通時のズレこそあれど撃ち抜けない事は無い。

 

 それを証明する様に、家屋に隠れて武達と撃ち合っていたオークの頭部を撃ち抜いた咲耶は、オーグメント表示で示されていたオークのシルエットから頭が霧散しているのを見て手応えとした。

 

 と、何かを感知した広域センサーが警報を発し、そちらへ注意を向けた咲耶は、自身に向けて放たれたRPGに視線選択からショットカノンを起動する。

 

「ファイア」

 

 一つ一つが炸裂弾の子弾となっているショットカノンのシェルを射出した咲耶は、RPGを取り囲んで炸裂したそれに安堵し、応射を撃ち込んで上半身をズタズタにした。

 

 真っ二つになったシルエットが消えうせ、死んだ事を知らせると視線を逸らして別のターゲットを狙う。

 

「残り6人……」

 

 残弾数をHMDで確認しつつ、空に走り始めた弾幕を回避していく咲耶は、地上に走る味方の火線を見下ろしながら素早い射撃で処理していく。

 

 巻き添えでゴブリンも殺害しつつ、重火器を持っているシュウと美月に合わせて射撃を放つ咲耶は、落下でケガさせない様に低空でマガジンを交換する。

 

「オーク排除、そっちはどうイチジョウ君」

 

『コールサインで呼べ、咲耶《フィアンマ》! ゴブリンは排除した!』

 

「と言う事は周辺クリアね」

 

 そう言いながら周囲をセンサーで精査させた咲耶は、息絶え絶えの隼人に苦笑しながら降り立つ。

 

 足裏から金属音を鳴らしながら教会へ歩いていく咲耶は、XM28を右のアームに懸架すると集まりつつある面々と合流して無事を確認する。

 

「クリアか?」

 

「ええ、オールクリア」

 

「よし。五分後に、護送部隊が到着する。それまで待機だ」

 

 そう言う隼人に従った咲耶達は、町中に転がるオークやゴブリン、そして村民らしいエルフの姿を見回す。

 

 その中にはAK-47やRPKと言った東欧系銃器が最小でも部品の単位で散乱しており、また、空薬莢も、家屋に穿たれた数以上に転がっていた。

 

「粗方コピー品だな……。だが、この数は一体……」

 

「ゴブリンもそうだが、一人に一丁行き渡らせているな。闇市で買うにしろ、大規模な量だ。普通はすぐに足がつく」

 

「ああ。それに連中、多少の扱いは心得ていた。普通ならあり得ない事だ」

 

 隼人にそう返しながら装甲越しに木製ストックのRPKを手にしたシュウは、粗末なスチール製マガジンを外すと本体をストンプで叩き壊した。

 

 木片と金属パーツが飛散し、血溜まりに沈み込んでいく。

 

 無数の死体が散逸する凄惨な場に居合わせ、堪らず恐怖するシグレ達を他所に、息がある敵がいないか探って回る隼人と浩太郎は、下半身を失ってもなお生きているオークに遭遇する。

 

「せっかくの狩りを邪魔したな……異人共が……」

 

 呪詛を吐きつつ、ゴブリンが使っていた『Vz61 スコーピオン』サブマシンガンを手に取ろうとしたオークは、直前で手に打ち込まれたナイフに戦慄し、引き抜こうと柄に手をかける。

 

 その間にゆっくりと歩み寄った隼人達を見上げたオークは、逆光の中で煌々と光る双眼に戦慄する。

 

「し、死神と、悪魔……」

 

 そう呟いたオークは、眼前に向けられたXM92の銃口に顔を引きつらせ、直後、対物弾に顔面を真っ二つに割られた。

 

 最後の一発だったらしいXM92は、ボルトオープンさせ、排莢口を大きく開けていた。

 

「お似合いのニックネームだったな」

 

 そう言って突き刺したナイフを掴み上げ、背中のシースに投げ入れた隼人は浩太郎の様子がおかしい事に気付く。

 

 声をかけようとした瞬間、浩太郎は突然その場に崩れ落ち、慌てて抱え上げようとした隼人は、胸部をスリーブブレードで斬撃された。

 

「こ、浩太郎!?」

 

「アンタ、隼人に何してんのよ!」

 

 驚愕と怒号の声に隼人が振り向けば、武器を収めたまま驚いているカナとレンカが今にも駆け寄ろうとしていた。

 

 その声に、反射神経でホルスターからヴェクターを引き抜いた浩太郎に、舌打ちした隼人は、蹴り上げで腕を弾き逸らす。

 

「……ッ!」

 

 数発のACP弾を宙に放ち、正気に戻った浩太郎は仰向けに倒れている隼人に気付くと自分が何をしたのか、理解した。

 

「ゴメン、隼人君」

 

「良いさ。それよりも、目が覚めたか」

 

「ああ。短い悪夢だったけどね」

 

 そう言って、見下ろした浩太郎は、モーターの音を響かせながら起き上がる隼人にマスクの中で笑う。

 

 ふと、視線を感じた彼は、怯えるレンカとカナに気付き、目を合わせられずそっぽを向いた。

 

「浩太郎、大丈夫……?」

 

「え、あ、うん。大丈夫だよ、カナちゃん」

 

「本当?」

 

 覗き込もうとしてくるカナから逃げる様に顔を背けた浩太郎は、発砲したばかりのヴェクターを太もものホルスターに納め、教会に向けて歩き出す。

 

 その後ろをとことこ付いて行くカナは、R.I.P.ボウをマウントしている背中を見上げるとこちらを機にしたらしい浩太郎と一瞬目が合う。

 

 無機質な目がこちらを一瞬見ると、そのまま気にした素振りも見せず、また前に視線を戻す。

 

「何か、隠してるの?」

 

 敢えて聞こえる様に呟き、俯いたカナは、動揺して足を止めた浩太郎を涙を浮かべながら睨み上げる。

 

 彼女からの視線に耐えながら、教会へ歩いて言った浩太郎は、ノイズの様にフラッシュバックする従妹の顔を頭を振って追い出した。

 

 それから数百メートルの森林の中、様子を観察していた一機のAASが監視を打ち切る様に、センサーバイザーを額に跳ね上げていた。

 

「オーク共の襲撃部隊は全滅、か。にしてもあの連中、識別信号じゃ国連だけど何者なの……?」

 

 そう呟いた少女は、身に着けたダークブラウンのAAS、ネフティスが記録したログを確認していく。

 

(賢人から頼まれてた仕事は終わったけど……。これに何か意味はあるのかな……)

 

 ネフティスを提供した傭兵、賢人から依頼された内容を頭の中で反芻していた少女は、やたらと楽しそうだった彼の横顔も思い出していた。

 

「ま、良いや。帰ろ」

 

 そう声に出し、少女はネフティスの光学迷彩を起動して宙に消えていった。



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第38話『軋轢』

 後続の国連部隊と共に村民の避難を終えた隼人達は、回収の契約が完了したとカズヒサから連絡を受け、正式な手順の説明を受けに城へ向かった。

 

 そして、謁見の間にて、襲撃の一軒を巡って騎士団と衝突を起こしていた。

 

「貴様らよくもおめおめと戻ってこれたな! 王子を侮辱したまでならず、我ら騎士団の任務すら奪うとは!」

 

 先頭にいた隼人に掴みかかった騎士団長は、見かねて止めに入った俊を睨みつける。

 

 その視線に、嫌な予感を感じた俊は殴られると直感し、身構えかけた。

 

「お止めなさい!」

 

 強く響いた叱咤に、身を竦ませた団長と俊は、人形の様な、見る者を惹き付ける整った体つきの女エルフと目が合う。

 

 ドレスに身を包んだ彼女は、その場の誰もが一目見ただけで、王族であると判断できるほど品格にあふれていた。

 

「シルフィード王女……」

 

「我らの客人に、騎士団が手を出すとは何事ですか!」

 

「しかし、この者達は外様の分際で我ら騎士団の任務を奪い、王国の名誉に傷をつけたのです!」

 

「あなた方の任務は国民を守る事。我ら王家、ましてや王国のみを守る事ではありません。それを代行して下さったと、どうして考えられないのです!

国も、王家も、国民あってこそ。それを履き違えた上に、客人に手出しをするとは無礼千万! もう良い、下がりなさい」

 

「は、はっ、申し訳ありません! では、失礼いたします」

 

 そう言って、王女、シルフィードに謝罪し、その場を去る騎士団長を見送った彼女は嘆息と共に俊達の方へ振り向く。

 

「皆様、どうか騎士団の無礼をお許しください。彼らに代わり、謝罪いたします」

 

「いえ、お気になさらず。こう言った歓迎は多少覚悟しておりましたので」

 

 王女の謝罪に、皮肉で返した隼人は諫める様に小突いてきたリーヤ達の方へ視線を流し、苦笑した。

 

「しかし、皆様……お見受けした所、学生でしょうか?」

 

「ええ、平時は新日本は新関東の地方学院の2学年に所属しております」

 

「そうでしたか。では、国は違えど同じ学院に通う級友と言う事になるのですね!」

 

 そう言って満面を笑みを浮かべるシルフィードに、全員が驚愕する。

 

「あー、えっと、すいません。シルフィード王女。あなたはもしや」

 

「ええ、新ヨーロッパは、新フィンランドの地方学院、2学年に所属しております。ですので皆様、私の事はシルフィとお呼びくださいね」

 

「は、はぁ。いや、えっと、その……」

 

 シルフィードに対して立場上呼び辛い愛称に、俊をはじめとした全員が困惑していた。

 

「一国の王女だからと、私の事をそう呼べませんか?」

 

「え?! あ、いや、よ、呼べますよ?!」

 

「では、お願いしますね」

 

 そう言って微笑むシルフィードに、引きつった笑みを浮かべた俊は、両脇から隼人とシグレに小突かれていた。

 

 隼人からは面倒事を増やされた事から、シグレからは単純な嫉妬から叩かれた俊は、そう呼ばれる事があまりないらしく目を輝かせている姫の視線に晒された。

 

「し、シルフィ……王女」

 

「はいっ、ではあなたの事は何とお呼びすれば」

 

「しゅ、俊でお願いします」

 

「はい、分かりました。シュンさん」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 そう言って引きつり笑いを浮かべたまま、手を取られた俊は、ニコニコ笑顔のシルフィードとは対照的に物凄く不機嫌なシグレに鈍い汗を掻く。

 

「あら、こちらの方は」

 

「え、あ、幼馴染です」

 

「まあ! 人形みたいで可愛らしい子ですね」

 

 目を輝かせるシルフィードに照れて隠れたシグレを見て苦笑していた俊は、いつの間にかいなくなっていた隼人達に驚いた。

 

 だが、先にデブリーフィングするとのIMを見ると、安心して二人のやり取りに挟まれていた。

 

「ねぇあなた、お名前は?」

 

 そう言ってシグレをのぞき込むシルフィードは、俊に隠れ続ける彼女に微笑む。

 

「すいません、人見知りで」

 

「いえ、気にしないでください。ですけど、こんな可愛らしい子が国連軍だなんて。ふふっ、意外です」

 

「俺もです。まさか、この子と一緒に戦うなんて、加入するまで俺も思ってませんでしたから」

 

 そう言って苦笑した俊は、少し驚いた顔をするシルフィードから目線を逸らす。

 

「まだ言ってるんですか俊君」

 

「だってさ……」

 

「俊君と同じで、これは私が決めた事ですから。責任くらい取れます」

 

 そう言って裾を強く握るシグレは、苦笑した俊とシルフィードに気付き、顔を赤くしながら縮こまる。

 

「素晴らしい考えです」

 

「……ありがとう、ございます」

 

「何だか、羨ましいです。私は、自分の事を自分で選んだことはありませんでしたから」

 

 そう言って、寂しそうな顔をするシルフィードは、俊から顔をのぞかせたシグレを見つめながら心中を吐露した。

 

 彼女は、話すと長くなる、と前置きを置きながら応接室の一つに仮設されたデブリーフィングルームへと歩き出す。

 

「私は生まれから何かを選ぶと言う事が困難な身分でした」

 

「王女であるのに、ですか?」

 

「ええ。皆さんが思うほど、私は自由ではありません。血筋と権力は、私を縛ります。出歩く事も、級友と談笑する事も許されませんでした」

 

 悲し気な口調で話しながら、前を歩く王女を見つめていたシグレはふと周囲を見回す俊の視線が険しくなっているのに気づいた。

 

「だから、羨ましく感じるのです。あなた方が」

 

 シルフィードが振り返りながらそう言った瞬間、俊は驚く彼女へ飛びかかった。

 

 瞬間、弾丸が彼女の頭があった位置を走り、俊の髪と擦過して枝毛を飛ばす。

 

「狙撃か!?」

 

 背中に手を回し、マウントアームから槍を引き抜いた俊は押し倒す形になったシルフィードを下に周囲を探る。

 

 一撃を外した事で相手が諦めた事のを、気配を通して感じ取った俊は、顔を赤くするシルフィードと、むすっとしているシグレを交互に見た。

 

「俊君」

 

「いや、スナイパーが」

 

「分かってます。早く退いてあげてください。王女も辛そうですよ」

 

 グロックのグリップに手をかけつつ、白い目を向けるシグレに、冷や汗を掻いた俊は下敷きにしていた王女から退いて手を差し伸べる。

 

「申し訳ありません王女、不躾な真似を」

 

「いえ。こちらこそ狙撃手からお守りくださり、ありがとうございます」

 

「いえいえ、そんな」

 

 照れる俊は、深々と頭を下げるシルフィードに頬を緩ませた瞬間にふくらはぎを蹴られた。

 

 苛立ちつつ振り返った俊は、子どもの様に拗ねるシグレにため息を落とす。

 

「こんな事で拗ねるなよ……」

 

「拗ねてません」

 

「拗ねてんだろその顔は」

 

 そう言って槍を背中に回した俊は、ムッとしているシグレから呆れた表情で顔を逸らす。

 

 それを見てくすくす笑うシルフィードは、騒ぎを聞きつけてきた騎士団に護送され、俊達と別れた。

 

「ったく、警護対象に嫉妬するんじゃねえよシグ」

 

「ごめんなさい……」

 

「あー……まあ、別に凄い怒ってる訳じゃないから」

 

「え、少し怒ってるんですか」

 

「当たり前だろ? 仕事にならなくなる所だったんだから」

 

 そう言って少し目くじらを立てている俊は、それを見て少し怯えたシグレに吹き出し、笑いながら頭を撫でた。

 

 子ども扱いされていると自覚出来た瞬間、内心不機嫌になったシグレだったが、スキンシップされる嬉しさが勝った。

 

「えへへ」

 

 嬉しげに笑うシグレに、ドキッとした俊は口笛を吹いて茶化しに来た和馬とシュウ達を見るなり、恥ずかしそうに顔を逸らした。

 

「俊、王女が狙撃未遂に遭ったというのは本当か?」

 

「ああ、分かりやすくご丁寧にレーザーサイトで狙ってた」

 

 そう言って弾痕を指さした俊は、眉をひそめるシュウとは対照的に合点がいった様子のシグレに苦笑する。

 

「狙撃にレーザーサイト、ですか。普通ならあり得ない組み合わせですねぇ」

 

「ああ、そうだな。普通狙撃と言うのは相手にバレない様に狙う物だ。だが、これは」

 

「狙っているのを教えている。脅しているんでしょうか」

 

「さぁな、さっぱりだ。脅すなら普通はレーザーなんか使わずに足元に撃ち込むし、それに狙撃自体、狙いがぶれて外している」

 

「殺しに来たとしては結構稚拙ですね。腕が伴っていないって言うか……」

 

 そう言って苦笑したハナは、笑い返すシュウと共に弾痕を検査しながら狙撃位置を割り出す。

 

「ところで大丈夫なの? 王女様を狙撃も経験した事無い様な素人集団に引き渡して」

 

「いやぁ、流石に二回目来るとは思えねえし、やるとしても様子見位じゃねえか?」

 

「様子見ねぇ……」

 

 そう言って昼間の空を見た美月は、手摺りにもたれ掛った和馬共々現実離れした庭園を見下ろす。

 

「一体こんな見やすい所のどこから監視しているのかしらね」

 

 美しい庭園は、そのどれもが低い背の草花が連ねられ、凡そ隠れると言う事が出来そうにない場所だった。

 

 だからこそ、美月は不思議に思っていた。狙撃をしてきたのは、果たして普通の人間なのだろうか、と。

 

「光学迷彩持ちなら、日中でもこんな所に狙撃できるわね」

 

 そう言ってくすっと笑った美月は、パタパタと駆けてくる足音に気付いて体を起こした。

 

「皆様、お揃いでどうなされました?」

 

「先ほどの狙撃について調べていたところです。王女様、お体の方は大丈夫ですか?」

 

「ええ、大事ありません。それよりも、皆様、町へ散策に行きませんか?」

 

「今から散策、ですか……。我々は構いませんが、王女様は」

 

「ご心配なく。護衛に侍女を伴ってまいります。では、皆様で参りましょう」

 

 そう言って微笑む彼女に気圧され、美月を先頭にユニウスとケリュケイオンは城下町の散策に出る羽目になった。



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第39話『散策』

 午後2時半―――エルフランド首都、ゼフィール城下町。

 

 観光気分でも無ければ周囲を見回す余裕すらない男子達を他所に、何だかんだで楽しんでいる女子達は、同性の友人を喜ぶシルフィードとショッピングやらを楽しんでいた。

 

「のん気なもんだなぁ。狙撃されたってのに」

 

「国民の為に、一々怯えてられないんだろう。見かけによらず、気丈な人だ」

 

「にしても、朝に比べてこの賑わい様は異常だぜ。倍以上の人がいらぁ」

 

「それも昼の内だろうよ。夜になれば、また人が減る。皆、明るい内に備えて夜は外出しないんだろう。戦時中だしな」

 

 フライフィッシュを食べ歩きする和馬にそう言った日向は、道を過ぎる人外達に軽く会釈しつつ女子達の後を追う。

 

 この手の地域は無駄に女性を低く見る風習が多く、その分突っかかる馬鹿がたまにいる。

 

「どこ見てんだアマァ!」

 

 荒くれらしいエルフが吠える先、ウサギ系獣人の親子が怯えていた。

 

 どうやら軽く接触しただけらしい彼らのやり取りを遠めに見ていた日向は、率先して止めに行こうと歩み寄るシルフィードに賞賛と驚愕を胸に抱いた。

 

「お止めなさい。エルフ族に泥を塗るおつもりですか」

 

「ああん? こちとらこの地域を見守って、無礼な外様に礼儀を教えてやろうと思ってるんだ邪魔するんじゃねえ」

 

「無礼なのはあなたです。すぐにお止めなさい」

 

 ぴしゃりと言う王女に嫌な予感を感じた日向は、薬で狂っているのか、逆上し手にしたナイフを振り上げるエルフに踏み込もうとした。

 

 その瞬間、エルフの体が吹き飛び、遅れて宙を舞っていたナイフがレンガで舗装された道路に落ちて砕け散る。

 

「止めろと言われて止められないんですか、あなたは」

 

 ニーヴェルングを手に蹴り足を戻したシグレは、目を輝かせるシルフィードに恥ずかしそうに俯く。

 

「何すんだこのクソ犬ゥ!」

 

 それでもなお殴りかかろうとしたエルフは、割り込んだ俊に腕を掴まれ、締め上げられた。

 

「引けよおっさん。じゃねえとこの腕握り砕くぞ」

 

 アシスト出力を上げて締め上げた俊は、手にした龍翔の穂先を見せつけると怯える男を睨む。

 

「それとも片足、槍でぶち抜かれたいか」

 

 そう言いながら腕を離した俊は、失禁しながら逃げていくエルフから視線を逸らし、獣人の親子を助けているシルフィードとシグレの元へ歩み寄った。

 

「あ、ありがとうございました俊さん」

 

「二人とも無茶し過ぎだぜ。気負う事は無いのによ」

 

「いえ、王女たるもの、こう言った部分からしっかりとやって行かないと」

 

 そう言って眉を吊り上げるシルフィードに苦笑した俊は、睨んでくるシグレと侍女に気付いて顔を逸らした。

 

 その様子を遠目に見ていたシュウは、呆れながらアップルパイを頬張っていた。

 

「俊君と王女様、仲良いですねぇ」

 

「ああ、そうだな。見ていて胃が痛くなる」

 

「あわわ、朝食が当たりましたか?!」

 

「いや、そうじゃないんだ……」

 

「?」

 

 首を傾げるハナに、引きつった笑みを浮かべたシュウは、良い雰囲気を察してか別行動をとり始めた隼人達に内心怒りを覚えていた。

 

 呆れ半分に俊の元へ歩いて行ったシュウは、能天気な彼の顔に軽めの手刀を打ち込むと先へと歩かせる。

 

「何すんだよシュウ」

 

「馬鹿、お前は要人と幼馴染で二股かける気か」

 

「ぁあ?! そんな気ねえよ! それにそもそも俺はまだ恋人なんてだな!」

 

 強めの語気でそう言った俊は、呆れ気味の半目を向けるシュウに首を傾げると彼に指差された方を見る。

 

 そこでは涙目のシグレがフルフル震えており、泣くまいとしている彼女は驚いている俊から逃げる様に路地へ走っていく。

 

「あ、おいシグ!」

 

 アイドリングモードのフレームの出力も加えて走った俊は、脇目も振らず裏路地に逃

げ込んだ彼女にぶつかった。

 

 前のめりに倒れそうになったシグレを抱えた俊は、先ほどのエルフと、その後ろで下品な笑いを浮かべているオークとオーガに気付いた。

 

「よお、人間の兄ちゃん。さっきはよくもやってくれたなぁ?」

 

「お礼参りか、エルフのおっさん。ダサい真似しやがる」

 

「勝手にほざけクソガキ。よし、お前ら、やっちまえ」

 

 そう言って、オーガとオークに命じたエルフは、下品によだれを垂らすオークに唐突に頭を掴まれた。

 

「ま、待てっ、おいッ! 殺すのはこいつらだ! 俺じゃない!」

 

「お前も殺せとお頭の命令でなぁ。ゴーラ、食って良いぞ」

 

「ま、待てっ、殺さないでくれ! そこのガキ!助けろ! 仲間だろ!? あ、あガっ! ギャあアアああああ!」

 

 脇腹から貪られたエルフは、大量に出血し、裏路地を赤黒い血で染める。

 

 ぼりぼりと骨まで貪られる音を鳴らし、俊達の目の前で喰らい尽くされたエルフは、断末魔の一瞬で固定された頭を残し、オークの腹の中に納まった。

 

「ぅ……うぇええ」

 

 体を折り、堪らず吐いたシグレを他所に背中の槍を引き抜いた俊は、オーガの腰から引き抜かれた両刃剣を前に構えた。

 

 体格の大きい彼らにとってはナイフ程度でしかないそれを見据えた俊は、斬りかかってきた彼の一閃を穂先でパーリングする。

 

「ぐっ!」

 

「良い筋だな人間。この俺の一撃を逸らすとは」

 

「チィッ!」

 

 シグレを抱えたまま、一歩距離を取った俊は大斧を引き抜いたオーガとオークに舌打ちして退路をちらと見る。

 

 逃げれなくはない距離だが、果たしてうまく行くかどうか。

 

「お前、これで、ミンチにする」

 

 そう言って腰の後ろからVz61を引き抜いたオークに目を見開いた俊は、スラスターを展開し全速力で逃げる。

 

 シグレが過負荷でブラックアウトする可能性があったが、それよりも被弾のリスクを選んだ俊は、背後から飛んでくる.32ACP弾から逃れる。

 

「待てぇええ!」

 

 路地の荷物をなぎ倒し、木箱を俊の方へ吹き飛ばしたオークは、木箱を回避した俊の横薙ぎを太ももに受けるも鈍い痛みしか感じなかった。

 

 麻酔を打たれた様な鈍感に怯みすらしないオークへ、浅いホバリングでステップした俊は大騒ぎを始めるエルフ達を他所に片手構えの槍を手繰った。

 

「お前ら、食う! 絶対!」

 

 そう言って重い大斧を振り下ろして牽制したオークは、冷や汗を掻いている俊にじりじりと歩み寄っていく。

 

「俊!」

 

 オークの背後から叫び、ハナと共に拳銃を構えたシュウが警告無しで発砲する。

 

 殴る程度の威力しかない9㎜弾が的確に頭蓋を穿って脳を揺らす。

 

「いでぇええ!」

 

 叫び、斧を振り回したオークは庇ったシュウ諸共ハナを殴り飛ばし、軒下の木箱に突っ込ませた。

 

 フレームで威力を相殺しきれず吐血するシュウに、泣きそうになったハナは、シグレ諸共なぎ倒された俊の方を振り返る。

 

「俊君!」

 

「クソッ、ハナ……シグを連れてシルフィ王女の所へ逃げろ。彼女も連れて……隼人の所へ」

 

「わ、私が!? む、無理だよぉ……」

 

 我慢しきれず泣き出すハナに地面に槍を突いて立ち上がった俊は、口端の血を拭う。

 

「無理だろうが、今頼れんのお前しかいねえだろ」

 

 そう言ってふらつきながら両手で槍を構えた俊は、瞬間打ち下ろされた対物拳銃弾に目を見開き、光学迷彩を解きながら降下してきた何者かに一歩下がった。

 

「何もんだお前」

 

「勘違いしないで。あなた達に死なれたら、困るから」

 

「はぁ?」

 

 首を傾げた俊の目の前で、纏っていた外套のフードを剥いだ何者か、AASか軽軍神か判別しにくいパワードスーツを身に纏った少女がアヌビスを彷彿とさせるセンサーマスクを彼に向ける。

 

 敵なのか、味方なのか。少なくとも、今この場では敵ではない事は確かだった。

 

「荒くれ者のゴーラ。あなた里から追放されたそうね、同類食いの罪で」

 

「腹減ってたんだァ、良いだろうがよネフティス!」

 

「私をその名前で呼ばないでよ。私じゃなくてこの子の名前なんだから」

 

 気だるげに言いながら、腰に下げていた対パワードスーツ用の長剣をラッチから取り外した少女は、下品によだれを垂らすオークに切っ先を向ける。

 

「恨まないでよ。キーンエッジからの命令だから」

 

 そう言って高周波機構を起動した少女は、殺気を放ちながらオークへ迫る。

 

 本能的な恐怖心から斧を振り下ろしたオークは、左膝を切り裂きながら脇へ逃げた少女に、地面を砕きながら袈裟気味の振り上げを繰り出す。

 

「ふぅん、やっぱ単調。ハンデなきゃ余裕ね」

 

 そう言いながら俊の方を見た少女は、続く振り下ろしを回避すると装甲の左袖に隠していた刃で右手首を浅く切りつける。

 

 浅く切り付けられた手首から鮮血が噴出し、握力が弱まったオークは、斧を持っていられなくなり、取り落とす。

 

「思っているより弱かったのね、ゴーガ」

 

「う、うるせえクソガキぃい!」

 

「子ども扱いしないで」

 

 殴り掛かってくるゴーガの拳を回避し、左足を蹴り折った少女は姿勢を崩した彼の顎から長剣を突き込む。

 

 生気を失うまで目を見続けた少女は、絶命を確認して長剣を引き抜いてアタッチメントに取り付けた。

 

「お前ら無事か!」

 

 シルフィードを伴い、ちょうど良く駆け寄って来た和馬達に視線を向けた少女は、口端をキュッと吊り上げ、彼らを指さす。

 

「あなた達、国連の人でしょ? そこの王女から聖槍を手に入れるまで、死なないでよ」

 

「それはどう言う意味だ。それに、君……俺達よりも、若いじゃないか。君は一体……」

 

「その問い、答える必要は無いでしょ? じゃあ、私が言った事守ってよ?」

 

 路地裏へ立ち去った少女に、呆然となった俊達は動揺しているシルフィードの震え声に現実に戻された。

 

 初めて死体を見たのであろう彼女は、口を抑え、吐き気をこらえていた。

 

「シルフィード王女、大丈夫ですか?」

 

「はい……。何とか」

 

「無理はなさらないでください、彼らとあなたでは立場が違うのですから」

 

 侍女に支えられて立ち上がったシルフィードは、食べられたエルフの頭を見つけて堪えていた物を吐き出した。

 

「姫様!」

 

 路肩に吐き出す彼女を支えた侍女は、一応手袋をして死体を検分している美月達を信じられない物を見る目で見ていた。

 

 杖砲を抱えているミウが二人が見ない様に庇い、それを横目に見た日向が連絡していた。

 

「HQ、こちらオークの死体処理を頼む。ああ、数は一体。それとエルフの男性の頭部もある」

 

『HQ了解。こちらからスイーパーを派遣します』

 

 通信を切った日向は、二人にじゃれついているミウを剥がした。

 

「要人にじゃれつくな馬鹿」

 

「えぇ~、良いじゃん、慰めるくらいさぁ」

 

「そうだとしても加減しろ」

 

 そう言って睨みつけた日向は、委縮するミウを掴み上げて連れて行くと見えない位置へ死体を動かしていた美月と和馬と合流する。

 

「スイーパーは要請した。俊、大丈夫か」

 

「何とかな。シグがゲロ吐いたから窒息しない様に残りも吐かせたけど」

 

「お前凄いな……」

 

 呆れる日向に苦笑した俊は、泣いているシグレを抱え上げる。

 

「それで、どうする?」

 

「申し訳ないが、王女殿下との遊歩はここまでだな。隼人達とも合流して殿下をお送りしよう」

 

「そうだな」

 

 そう言って周囲を見回した俊は、屋根の淵に立っている少女に気付くも日向に説明する間に彼女の姿は見えなくなっていた。

 

 胡乱げに見てくる日向に首を傾げていた俊は、走って合流しにきた隼人達と共にシルフィードを城まで送った。



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第40話『移動準備』

 シルフィードを送り、城の一室を借り、昼間の襲撃も含め今後の事を改めて確認していた。

 

「さてと、もう城下町にオークとかオーガが潜伏できるって考えると俺らに残された猶予は結構短いって事になる。

そこで、だ。予定を変更する。あと、俊とシグが前回いなかったから今回の回収対象についても説明する。

今回の回収対象は、聖槍ロンゴミアント。かの有名なアーサー王の所有していた槍だ」

 

「あれぇ? エクスカリバーじゃないのぉ?」

 

「おいおい、何聞いてたんだミウ……。さっきのデブリーフィングで言ったろ? エクスカリバーは魔力世界大戦(WWW)でエルフランドから離れ、戦後に新ヨーロッパ側で回収されてんだよ。

そんで今じゃ時間操作の能力も付与されてんだ」

 

「そうだっけ?」

 

「お前の地元の事だろ……?」

 

 呆れるカズヒサに、誤魔化し笑いを浮かべるミウは、いまいち分かっていない俊達の方を見る。

 

「説明した方が良~い?」

 

「お、おう」

 

「んー、日向ぁ~。お願いしていい~?」

 

 そう言って自身の隣を見たミウは、えっ、と詰まった俊を他所に呆れた顔をしている日向を見上げる。

 

「言い出しっぺだろうがお前」

 

「めんどくさい」

 

「どんだけものぐさなんだお前……。ったく、仕方ないな。かの有名な、聖剣エクスカリバーはエルフランドと新ヨーロッパ共同体との契約により、譲渡された聖遺物だ。

現在は新ヨーロッパの地流行術式である時間操作術式を付与された上で神王邸にて保管されている」

 

「あぁ~、エリーの家だっけぇ?」

 

「愛称で呼ぶな。本人もいないのに。まあ良い、新ヨーロッパの神王はエリーゼ・フォン・エルスタル陛下。俺とミウの顔馴染だ」

 

 そう言って、国連データベースから資料を持ってきた日向は、のんびり笑うミウと自分を交互に見る俊に苦笑する。

 

「初耳だぞ俺」

 

「そりゃそうだ。大隊長達以外、誰にも言ってないんだからな。言ってもしょうがないし」

 

「神王と友達って結構凄い事だと思うけどな。どう言う経緯だ?」

 

「単に俺達の元同級生ってだけだ。ジュニアハイスクール時代のな」

 

「いや、それでも凄いんだけど」

 

 そう言いながら壁にもたれる俊は、ミウの頭を小突く日向に思い出した事を話し始める。

 

「新京都時代の話だけど、知り合いに神王様の親衛隊に所属してる奴がいたなぁ」

 

「お前も人の事言えないじゃないか」

 

「いや、直接知り合ってる奴よりは凄くないだろ」

 

 そう言って肩を竦める俊に半目を向けた日向は、こっちを見ているカズヒサに気付いて話題を止めた。

 

「よし、じゃあ話を戻すぞ。今回ロンゴミアントを回収するにあたり、王女殿下に同行していただく。そして、目的地はここ。キャメロット旧市街だ」

 

「キャメロット? かのアーサー王が拠点としていた……。しかし、現神王が在住している地域もキャメロットだった筈では?」

 

「元々はこっちがキャメロットだったんだが、エクスカリバーの移譲に伴ってキャメロットの名前も移された。ま、それでこっちは旧市街って名乗ってんだが。

そんで、旧市街に行く訳だがここで問題がある」

 

「問題?」

 

「ああ、単純で無茶苦茶大事な問題だ。ここ、キャメロット旧市街北門から数キロ先が現在の前線。つまりだ、強襲される可能性が非常に高い。

そして、西門から3㎞先がロンゴミアントが保管されているカタコンペだ。俺達はここへ向かう事になる」

 

 今日日珍しい紙の地図を広げ、説明するカズヒサは顎に手を当てて考えている隼人に視線を向ける。

 

「この距離だとキャメロットまで半日はかかるな。車で移動して、だが」

 

「滞在時間を短くしようにもこの地域での深夜行動は夜襲警戒の観点から厳禁。陛下が危険に晒される可能性もある事だしな」

 

「良いか、政治的観点からも要人の保護は絶対だ。特にエルフの連中は血統と伝統を大事にする。王女陛下がどんな形であれ、殺されたとなれば奴らは俺達に刃を向ける」

 

 そう言って全員を見回した隼人は、頷くカズヒサに続きを委ねる。

 

「さて、お前らもすでに遭っていると思うが、親衛隊の連中が何やら俺達の行動を妨害しようとしてこそこそ嗅ぎまわっている。多分、王子様の策略だろうな。ま、詳しい事は俺とみっちゃん達で探ってみる。

聖遺物回収についてはお前らに任せた。シュウ、隼人、うまくやってくれ」

 

 そう言ってカズヒサはその場を後にする。

 

 後を任された隼人は、紙の地図はそのままに、全員を見回しながら話を始める。

 

「それじゃあ向こうでの活動について、話を始めるか。地形データを表示する。今回の中継点となるキャメロット旧市街は、ある程度背の高いアパートメントが立つエリアだ。

周囲を囲む砦には四か所の入り口があり、門は跳ね橋で管理され基本ここを通って移動する様になる」

 

「中世期の建物としてはスタンダードな作りだな。さて、今回の装備についてだが射撃班は長中射程武器とCQB装備の二つを用意した方が良いな。前者はもしも襲撃された際に防衛戦で使用。

後者は、町中に入り込まれた時や、カタコンペでの襲撃。車両で取り廻す際に使用する。移動車両にはそれらと予備弾薬を詰めるだけのキャパシティはあるはずだ。

加えて近接班も、使える奴は射撃武器を持っていくと良いだろうな。相手の種族がオーク、オーガとなると体格、筋密度の差から近接戦は不利になる。よほど技量が無ければな」

 

「なら、俺と和馬以外だな。接近戦についてだが、武装の取り回しには十分注意しろ。とくに狭い路地での戦闘はな。さて、後は日程だが大まかに明日出発し、二日かけて回収する、と言う手筈で行こう。

車両についてはインプレッサ、A3、追加でハンヴィー2台を使おう。ドライバーは村へ行った時と同じ奴がやる。準備は今日中に済ませろよ」

 

 そう言って会議を終わらせた隼人は、俊、シグレ、レンカを連れて王女の元へと向かっていった。



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第41話『一夜を経て』

「明日向かうのですか?」

 

 特別に通された王女の部屋にて、彼女の驚いた顔を見た隼人は護衛らしいメイドと女性騎士に注意を向けつつ頷いた。

 

「ええ、急である事は承知です。しかし、我々の任務を進める上で残された時間はあまりない事も事実です」

 

「昼間の、オークの件ですね」

 

「はい。奴らがこの城下町を闊歩できた事。経緯は不明にしろその事実はかなり重大だと思っております。王女自身の身の安全の為にもどうか、承諾を頂きたく」

 

「分かりました。支度を急ぎましょう。それに合わせて、私からもお願いがあるのです」

 

「ええ、何でしょうか」

 

「二つありまして。差し支えなければ私付きの護衛として何名かを城に置いていただきたいのです。あ、いえ、性別は問いません。女性でも、男性でも、4名お願いしたいのです。

それと、もう一つ。護身用に、銃を調達していただきたいのです」

 

「前者については了承しました。しかし、後者については宜しいので?」

 

「鍛え抜かれた剣と魔法を誉とするエルフランドの王女として、銃を手にする事は誇りを捨てる事であると分かっています。ですが、私は外の世界に出ていかにその誇りが脆い物かを知りました。

だから、銃を手にする事を、私はためらいません。ですから、お願いします」

 

「分かりました。明日、予備の銃を持ってきます。それを使用してください」

 

 そう言って内容を記したIMを部隊員に送った隼人は、シルフィに一礼すると了承を送り返してきたシュウのIMを見て俊とシグレを止めた。

 

「何だよ」

 

「お前とシグレは残れ。追加でアキホと香美が来る」

 

「は? まさか」

 

「ああ、お前等が護衛だ。拳銃の弾薬には余裕があるだろう? 一応香美が追加武器を持ってくるらしいが」

 

「はぁ……。了解だ。IM見たけど、シュウが言ってんだったら仕方ねえ。従うか」

 

 後頭部を掻きつつ、手に持っていた槍を縮めて背中に回した俊は、マウントアームに固定させると太ももに配置していたホルスターから拳銃を引き抜いて装弾を確認する。

 

 予備マグも併せて確認し、問題ない事を隼人に伝えるとシグレにも確認を取らせる。

 

「ガンは予備、プリセット共に問題無し。ナイフとファンも異常無し。十分に使えます」

 

 通常マガジンを装填したG18Cのスライドを少し引き、チャンバーへの装弾を確認したシグレは、腰のホルスターへ納める。

 

「よし、了解だ。じゃあ二人は香美達が来るまで待機だ。俺とレンカはシュウ達と基地へ戻る。何かあれば、連絡を」

 

「了解だ。小隊長」

 

 レンカを連れて退室していく隼人達に、軽く手を上げて見送った俊は、不機嫌な顔をしているシグレともじもじしているシルフィードの方を振り返ってため息を吐いた。

 

 シルフィードを窓から離れさせ、シグレを付けた俊はどたどたとうるさい足音にホルスターに手を伸ばしながらドアの方を見た。

 

「おっはー! 来たよ俊兄! シグ姉も!」

 

「んだよ。お前かよ、びっくりさせやがって……」

 

「え? 何の事?」

 

「足音だよ。ったく、緊張感ねえなぁ。昼間襲撃されたってのに」

 

「えっ、マジ?」

 

 キョトンとしているアキホにため息をつきながら頭を掻いた俊は、そそくさと戻ってくるシグレに二度目のため息を吐いた。

 

「マジだよ。そう言えば香美は?」

 

「あれ? 置いて来ちゃったかな」

 

「何してんだ……まあ良い、迎えに行ってくるから待ってろ」

 

「へいほー」

 

「ったく、世話の焼ける……」

 

 そう言いながらドアから外へ出た俊は、腰から拳銃を引き抜いて周囲を見回す。

 

 探すとは言っても当てがない事に今更気付いた俊は、怪しまれない程度に探りつつ、香美の姿を探す。

 

「いたか?」

 

「いや、逃げられた。見た目によらず、すばしっこい」

 

「有翼の分際で我々から逃れられると思っているとはな」

 

 曲がり角でそんな会話を聞いた俊は、拳銃から槍に持ち替えると香美へ秘匿通信を飛ばした。

 

「ランサーよりスティル。応答しろ、今どこだ」

 

『ひっ、え、えっと中庭です。でも、何故か追われてて……」

 

「分かってる。多分お前を人質に取ろうとしてたんだろ。大丈夫、俺が助ける。そこを動くなよ」

 

『りょ、了解』

 

「……隼人の気持ちがよく分かるぜ」

 

 そう言いながら様子を窺っていた俊は、かけていたバイザーセンサーで周囲を精査し、大方の人数を算出すると二階から庭へ飛び降りる。

 

 フレームの強度で着地の衝撃を緩和し、その音で周囲の目を引いた俊は武器を手に近づいてくるエルフの服装を見て所属を予想した。

 

(この感じ親衛隊か? 誰の命令で動いてる……?)

 

 剣を手に近寄ってくるエルフ達を前に槍を握り締めた俊は、警告無しに斬りかかって来た彼らにスラスターの噴射で目くらましを食らわせる。

 

 噴射跳躍からの振り下ろしで正面のエルフの脳天を殴ると前ロール着地から振り返る。

 

「随分な挨拶だな。一体、何のつもりだ」

 

 そう言って槍を回して牽制した俊は、周囲を囲むエルフを見回す。

 

「貴様に語る口などない。外様め、あの有翼の雌共々貴様も連れて行ってくれる!」

 

 そう言って剣を振るい、命令を出した隊長格に、迫ってくる左側の敵へ牽制の一突きを繰り出した俊は、背後に迫る相手へ石突を打ち込む。

 

 絞られた様な声を出して崩れ落ちるエルフを蹴り飛ばした俊は、槍を薙ぎ払って三人牽制。

 

 中央の一人に狙いを定めると左右に槍を振って二人を追い散らし、一人へまっすぐ突き込む。

 

「ぐッ!」

 

 腱を狙って肩に穂先を打ち込んだ俊は、捻り切って抜き取るとブーストタックルで吹き飛ばす。

 

 振り返りざま、ブレードワイヤーを射出し、一人を牽制。

 

「無駄だ!」

 

 刃先を弾いたエルフは、瞬間ワイヤーを収めながら飛び込んできた俊に驚愕し、タックルを食らって吹き飛ぶ。

 

「動きが止まったな!」

 

 言い様斬りかかって来た相手に槍で受け止めた俊はフレームの膂力で跳ね上げると、掌底で弾き飛ばす。

 

 その隙を狙う相手に姿勢を落とし、ベクタリングを併用しての高速ターンで足を刈った俊は、柄で打ち据えてエルフの左足を折ると、そのまま脇へ打ち下ろした。

 

「まだやるか? 俺はまだ誰も殺してないぜ?」

 

 起き上がりつつ、槍を構えた俊は、このタイミングで見つかった香美に背後を振り返る。

 

「動くな! 動けばこの雌の首が落ちるぞ!」

 

 そう言って長剣を首筋に付きつけたエルフに歯噛みした俊は、舌打ちを一度して拳銃を引き抜いて発砲した。

 

 威嚇射撃で驚かせた俊は、中庭に響き渡る銃声に紛れて槍を投擲し、手首ごと剣を弾き飛ばした。

 

「逃げろ香美!」

 

 そう叫んだ俊は、背後から迫るエルフの足を連続で撃ち抜く。

 

 一応射撃の腕はある彼は、格闘と射撃を織り交ぜてエルフを無力化していく。

 

「ッ!」

 

 殺さない様に利き腕を撃ち抜き、無力化してその場に引き倒した俊は人が集まってくる気配を感じ、槍を回収しつつ香美がいる地点まで走っていく。

 

 泣きそうな彼女の頭を雑に撫でた俊は、近寄ってきたエルフの足を撃ち抜くと剣の範囲から逃れつつ、上へ上がる道を走る。

 

「香美、武器無いのか!?」

 

「ふぇ?」

 

「あ、いや。悪い、何でもない」

 

 内心自分に悪態をつきつつ階段を上がる俊は、涙でぐしゃぐしゃの香美の手を引いて逃げる。

 

 階段を上がった先、騒ぎを聞きつけて出てきた王女と侍女、そしてアキホとシグレと合流すると王女を庇いつつ、拳銃を構えた。

 

「止まりなさい! 誰の許可を得てこの様な行為をしているのです!」

 

「お、王女殿下」

 

「客人に手を出すな、とお父様もおっしゃっておりました。聞いておりませんか?」

 

 戸惑うエルフを睨む王女は、顔を見合わせる彼らが立ち去っていくのに安堵の息を吐く。

 

 ホルスターに拳銃を収めた俊は、殿から押しつつ、四人を部屋に戻していく。

 

「香美ちゃん大丈夫?」

 

「ひっく、う、うん」

 

 苦笑するアキホは、泣いている香美を慰めながら彼女が持っていた銃火器の入ったカバンを俊に渡す。

 

 そこそこ大きいカバンの中にはバックアップの超小型拳銃(サブコンパクトハンドガン)、『スプリングフィールド・XD-S』四丁と

グロックとXD用の9㎜パラ通常マガジン、XD-S用のナイロンホルスターが収められていた。

 

「ほれ、シグ。グロックの予備マグ」

 

「ありがとう、俊君」

 

「あとこれも付けとけ。XD-S」

 

「うん」

 

「着けれるか?」

 

 そう言って立ち上がった俊は、シグレのスカートのベルトを緩ませてベルクロ式のループを止めた。

 

 スカートを止め、シグレの腰を軽く叩いた俊は、むすっとしている彼女の顔を見て呆れ気味の驚愕を浮かべた。

 

「どうしたシグ」

 

「何で女の子の腰を触って何もないんですか……」

 

「いや、別に何かあるって訳じゃないだろ。十年くらいこんな感じだし」

 

「それは……そうですが……もっと何かありません?」

 

「何かって言われてもなぁ……体細いなってくらいしか」

 

 そう言い、カバンの中を探ってマガジンを補給していた俊は、不機嫌なシグレに誤魔化し笑いを浮かべる。

 

 補給を終え、XD-S二丁をアキホとシグレに渡した俊は、残った一丁をシルフィに手渡す。

 

「単身で何かあれば」

 

「分かりました」

 

「じゃあ、お付きの侍女さんには、俺のを」

 

「いえ、それは不要です」

 

「え、何故?」

 

 ホルスターをユニバーサル仕様のアダプターに付け替えて渡そうとした俊は、装填を確認しながらそれを制止したシルフィに呆然とした。

 

「彼女はすでに拳銃とナイフを装備しております。私付きの侍女隊は皆そうです。とは言え、秘匿性や補給の観点から回転式拳銃や自動拳銃がせいぜいですが」

 

 そう言って、ホルスターに拳銃を収めたシルフィは、太ももの拳銃を見せる様にスカートをまくり上げていた侍女に気付き、顔を赤くした。

 

「メイ、何をしているのです!」

 

「殿方ですが、どこに武器を持っているかくらいはお見せしてもよろしいと思いまして」

 

「だとしてもはしたないと思いませんか!?」

 

 そう言って真っ赤になって怒るシルフィに苦笑した俊は、フレーム経由で時刻を確認するとその場にいる全員へ寝る準備をする様に促す。

 

 侍女の案内でシルフィと共に風呂へ通されたシグレ達は脱衣場で侵入者を監視しているであろう俊を意識していた。

 

「俊兄って、お風呂覗かないよね?」

 

「ええ。よっぽどの事が無い限りは」

 

「信頼してるねぇ」

 

 そう言ってニマニマ笑うアキホは、からかわれていると自覚してむすっとしたシグレに抱き付く。

 

 突然の事に暴れたシグレは、湯船を波打たせながらアキホの抱き着きを振りほどこうとする。

 

「いや~ん、抱き着いても良いじゃんシグ姉。ケチケチしないでぇ」

 

「なっ、何どさくさ紛れに胸を触っているんですか!」

 

「こう言うつつまし~い貧乳も私好きだよ~ん?」

 

 そう言って胸をまさぐるアキホが頬を舐めるのに寒気がしたシグレは、こうなるなら俊と入ればよかったと今更後悔していた。

 

「アキホさんは女の子がお好きなんですね」

 

「そうですよー。そしてそこにいる香美ちゃんは彼女!」

 

「あら、そうなんですね。大分イラついてらっしゃいますけど……」

 

 若干表情を引きつらせているシルフィが、アキホと共に見ている先では香美が青筋と笑みを浮かべていた。

 

 嫉妬しているのだろう、と苦笑したシルフィは香美を抱き締めると優しく撫でた。

 

「私に甘えても良いのですよ」

 

「え、あう……」

 

「ふふっ、私に妹がいればこんな感じでしょうか」

 

 そう言いながら微笑むシルフィは、恥ずかしそうな香美に体を預けつつ湯船に浸かった。



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第42話『キャメロット入り』

 深夜、侍女と交互に監視についていた俊は、ちょうど重なった休憩時間に彼女と話していた。

 

「外の世界は、どんな所なの?」

 

 茶を受け取りつつ、年の近い彼女にそう問われた俊は答えに困っていた。

 

 隼人達に会う前の自分なら、迷わず素晴らしい世界だとそう返せただろう。

 

 だが、今はどうだろうか。

 

「そうだな……」

 

 一呼吸おいて、考えた俊は窓の外にある深い森を見回す。

 

 自分が見ていたのはこんな森の様に真実を隠された世界だったのかもしれない。

 

「よく分からねえな。案外、ここと変わらないかもな」

 

「背の高い建物とか、電話とか、ここには無い物があるのに?」

 

「そんな物があったとしても、人の根っこは変わらねえさ。戦争は終わらないし、人は対立するし。豊かになっても、肝心な所は結局変えられないのが、人なんだろうさ」

 

 そう言って一口飲んだ俊は少し残念そうな彼女に気付き、苦笑する。

 

「外の世界って奴に期待してたのか?」

 

「うん。ここよりももっと、良い所なのかなって」

 

 そう言って俊から外を見た彼女は、からん、と槍を鳴らす彼に暗い笑みを向ける。

 

「私の居場所はずっと、ここだったから」

 

 ぽつりとそう言う侍女に黙ったまま、茶をすすった俊は一言返す。

 

「孤児なのか?」

 

「うん。お父さんも、お母さんも、病気で死んだ。食べていくだけのお金しかなくて、治すお金が無かったから」

 

「そうか……」

 

「姫様に拾ってもらって、そのおかげで今の生活があるから。でも……」

 

「でも?」

 

「貧しかったころ、王様達はお父さん達みたいな人達をどうにかしてくれなかったのかって。そう思う時があるの」

 

 そう呟き、俯く侍女に返す言葉を失って外を見た俊は左手首を見る動作をして時刻を確認する。

 

「そろそろ交代だ。良い話をありがとうな」

 

「うん」

 

「どうにかしたいって気持ちは誰にでもあると思うぜ。事実を知っているか知らないか、その違いだけだと思う」

 

 そう言って侍女の頭を撫で、槍を背中にマウントした俊は、部屋の外へと歩いていった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 翌日、キャメロットに向け出発した俊達は、先導する隼人達と無線を使って会話をしていた。

 

『王女様、昨晩は俊ちんに変な事されなかった?』

 

「え?あ、いえ。そんな事はありませんでした。むしろ守っていただいておりましたし」

 

『ちぇーつまんないの』

 

「ふふっ、楓さんの言う変な事、とは起これば面白い事なのですね。興味あります」

 

『えっ、マジ!? だったら教えてあげるよ今端末からそっちのディスプレイにデータを―――』

 

 話途中で楓が乗っている隼人のインプレッサから通信が途絶えた。

 

 目を白黒させたシルフィは、後ろのトランクに増設された席へ座っているハナに話しかける。

 

「ハナさん、通信が途絶えてしまいました」

 

「え?! あ、ホントだ」

 

「電波が悪いのでしょうか……」

 

「うーん、違うと思う」

 

「あら? 向こうの電源が切られてますね。どうしてかしら」

 

 そう言って首を傾げあう二人をバックミラーで確認していたシュウは、隣で地図を睨んでいる俊にも視線を向けた。

 

「あまり見ていると酔うぞ」

 

「分かってるって。あ、次右な」

 

「ああ。それで、昨日はどうだった。一日とは言え城暮らしは。楽しかったか?」

 

 そう言ってニヤニヤ笑ったシュウは、不機嫌な顔の俊に半目を向けた。

 

「楽しい訳ねえだろ。殺気に晒されて飯の味も分からない上におちおち風呂にも入れなかった」

 

「不潔ですね俊君」

 

「お前らを風呂に入れる為だっつの」

 

 カーナビの設定をし、迎撃用のG26を収めたダッシュボードに地図を突っ込んだ俊は、バックミラー越しにシグレを睨む。

 

 そんなやり取りを横目に見ていたシュウは、苦笑しながら苦労を労う。

 

「そう言えばお話を聞きたかったのですが、今回回収するロンゴミアントとはどう言う槍なんですか?」

 

「本来は、お話すべきではないのですが特別にお話します。聖槍ロンゴミアントとはエクスカリバーに並ぶエルフ族の秘宝です。ひとたび振り薙げば一面を光が焼き払う無双の槍。

かの英雄アーサー・ペンドラゴンの武勇を支えた貴重な武器。ですが、その力はあまりの有名さから多種族にも轟きました」

 

「轟いた……。その割には、私達にとって馴染みがあまりないのですが」

 

「当然です。王家の歴史では魔力次元大戦(WWW)の終結後、エクスカリバーの譲渡を条件にロンゴミアントの一切を抹消する様に取り付けた、とありました。

この契約により、世代を重ねるごとに人間と手を組んでいる周辺諸国から狙われる事は無くなりました。ですが」

 

「人間と手を組んでいない国からは狙われ続けていた、と?」

 

「はい。特に、エルフの天敵であるオーガ、オーク族からは」

 

 そう言って俯くシルフィに気まずくなったハナは、端末経由で上方警戒をしているドローンのリンクを見る。

 

 会話が続かなくなった彼女を見かねたシュウは、話題を変える。

 

「王女殿下は、キャメロットに行った事がありますか?」

 

「え、ええ。何度か。ですがこの様な速さで行った事はありませんね。専らの移動は自動車ではなく馬車でしたから」

 

「なるほど。では、どの様な街並みなのか教えていただけませんか?」

 

「古き良き町、と言えばいいのでしょうか。石造りの家で出来た住宅街を城壁が囲んで守る。そんな作りの町ですね。大きさとしては中規模かと」

 

「クラシカルなヨーロッパの町並み、興味をもてますよ」

 

 そう言って苦笑するシュウに、シルフィもつられて笑う。

 

 それからしばらくして、目的地のキャメロットに到着したシュウ達は、前線らしい避難所と簡易拠点が点在する街並みを見ながら駐車場を探していた。

 

『A2停泊所に停めるぞ』

 

「了解」

 

 隼人の声に応答し、車を止めたシュウは無理矢理七人乗っていたSUVから降りると日向達が乗っている車からM249とカバンを下ろした。

 

 トランクからぞろぞろと武器を下ろしていくシュウは、ハードケースに収まった武器の数々を見て目を丸くしているシルフィに苦笑した。

 

「一度の戦いで、こんなに武器を使うんですか?」

 

「いえいえ。一度には使いませんよ王女殿下。状況に応じて使い分けるだけです」

 

「なるほど」

 

 感心して頷くシルフィに、苦笑したシュウはHK416Cと荷物をハナに任せてM249とHK416A5を運んだ。

 

 往復でボックスマガジンと5.56mmのM4対応型PMAGが入ったカバンを持ってきた彼は、興味津々のシルフィへ護身用のHK416Cを持たせた。

 

「M4カービンよりも小さいですね」

 

「本来は護衛、近距離戦用の銃ですからね」

 

「王女殿下は、アサルトライフル(AR)を撃った事がお有りで?」

 

「ええ、授業の一環でMR223を。民生仕様なので、単発しかありませんでしたが」

 

「では緊急時も単発で使用してください。変にフルオートを使うと当てられなくなる可能性がありますから」

 

 そう言って、HK416Cを回収したシュウは、ハンドガードを掴んで停めた彼女を訝しむと彼女はにっこり微笑んだ。

 

「ぜひ一度、撃たせていただけないかしら。シュウさん。私の命を預ける銃ですもの」

 

「分かりました。仮設基地ですので、どこか撃てる場所へ行きましょう」

 

「ありがとうございます」

 

 適当な所へカバンを置き、三マガジンを持ったシュウは後についてくるシルフィを見て慌てて駆け寄ってきたハナに目を白黒させた。

 

「どうしたハナ。そんなに慌てて」

 

「どうしたって、要人をそんな無防備に連れ出す気なの!? 私も連れて行って!」

 

「え? あ、いや、流石に壁の外には出ないさ。そこまで馬鹿じゃない。近くで射撃訓練の音がしてるから、レンジがあると思ってな。そこへ行こうかと」

 

「え、あ、そ、そうなんだ。あ、あはは。てっきり外で射撃訓練するのかなって。二人きりで」

 

「外に行くなら二人きりでやらないさ。危ないからな」

 

 しれっとそう言って、頭を撫でたシュウは、安心しているハナに苦笑するとつられて微笑を浮かべたシルフィに視線を流す。

 

「では、三人で行きましょうか。教官は多い方が上達しますから」

 

「はい! よろしくお願いしますね」

 

 ふっと微笑を浮かべ、シルフィを連れて歩き出したシュウはすれ違い様、ぼそりと呟く。

 

「……安心しろ、ハナ。俺も俊と同じで、浮気なんかしない」

 

 そう言って頭を軽く叩いたシュウは、HK417を背中に担いで後を追うハナに後ろを任せ、避難所と隣接する関係上暗殺者を警戒しながら歩いていた。

 

 警備の兵士にIDを見せ、ゲートをパスしていくシュウ達は、別の警備兵と揉めている避難民達を見ていた。

 

「こんな時に、どうして争うのでしょう」

 

「それは、こんな時だからですよ。住んでいる所から離れ、いつ殺されるか分からない日を送る。そんな環境に晒されれば、気も立ちます」

 

 そう言いながら先導するシュウは、シルフィとハナが二人して表情を曇らせているのに小さくため息を吐いているとシューティングレンジに到着した。

 

「よし、到着です」

 

 そう言ってシルフィの方を振り返ったシュウは、ざわつく周囲の声にそう言えば、と、彼女の恰好を見た。

 

 一点スリングと合わせてHK416Cを持つシルフィは凡そ射撃場に来る様な、軍服やシャツにジーンズなどと言った動きやすく汚れても良い恰好ではなく、

ハイウェストスカートに革製のブーツと言った汚れてはいけなさそうな私服姿だった。

 

「今更こう言うのもあれですが、戦闘向きの恰好では無いですね」

 

「ええ、まあ……自覚してます」

 

 マガジンを並べるシュウに、そう言いながら落ち込むシルフィは、HK416Cのワイヤーストックを展開。

 

 ストック長を自分の体に合わせ、ホロサイトの電源を付けてから初弾を装填した。

 

「撃ちます」

 

 セレクターを単発に切り替え、薄い襟付きのシャツにストックをつけ、ホロサイトで狙いを定めてトリガーを引いた。

 

 発砲と同時、強烈なリコイルが迸り、軽量故の強さでシルフィの体を突き飛ばす。

 

「ッ!」

 

 あまりの強さに表情が歪んだシルフィは、有翼族に劣りながらもある程度高い視力で直撃点を見る。

 

 円形の的よりわずかにズレて着弾した一射目を確認したシルフィは、狙いの癖を見る為に身体強化も加えつつ連続して射撃する。

 

「僅かに左寄り、でしょうか。あ、照準を弄っても?」

 

「どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 一礼し、ホロサイトの照準を調整していたシルフィは、城門の方へ歩いていく俊とシグレに気付いた。

 

「あら? 俊さんとシグレさんですね」

 

「え? あ、ホントだ。俊君とシグちゃんだ」

 

「お二人とも、城門の外へ出るみたいですね」

 

 のんびり語りあう二人を他所に、外に出る事情に心当たりがないシュウは、一人首を傾げていた。



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第43話『混沌の始まり』

 そう言い合う二人の声を聞いた俊は、振り返りかけてシグレに引っ張られた。

 

「あ、お、おいおいあぶねえって」

 

「早く行きましょう。外は危ないそうなので!」

 

「いや、急ぐ方があぶねえって!」

 

 慌てる俊を城門まで引っ張るシグレは、兄から受けた外回りの任務に内心うきうきしていた。

 

 前線基地とは言え、実質歩き回ってセンサーを置くだけで済む任務で俊と二人きりになれるとあればワクワクしない訳が無かった。

 

 城門の外に出た俊とシグレは、まるでファンタジー小説の世界の様な世界を見回しながら城壁周辺を回っていた。

 

「さて、最初はっと」

 

 フレーム越しにリュックサックを背負い、携帯端末からの地図情報をARに表示させた俊は目を輝かせているシグレを頭を叩いて興奮を諫める。

 

「城壁周辺って言ったって散発的に襲ってくるんだ。用心しろよ」

 

「はい……」

 

「ま、そうそう無いとは思うけどな」

 

 そう言って、歩き出した俊は興奮がにじみ出ているシグレを見下ろしつつ第一ポイントにセンサーを敷設する。

 

 端末操作で起動させた俊は、カズヒサ達から聞いていた任務の目的を思い出していた。

 

(エルフ共の動きが怪しいって兄貴は言ってたな……)

 

 事後承認で隼人達には詳細を送ると言っていたが、それ以上にこの行動そのものが意味する事を考えた俊は二つ目を地面に置いた。

 

「しかし、兄さん達は何でこんな事をさせるのでしょうか」

 

「さぁな……でも、何か気にしてるのは間違いない」

 

 センサーを置きながらそう呟くシグレに、若干はぐらかすような答え方でそう言った俊は森の方で見えた人影に腰の拳銃に手をかけた。

 

 張り詰めた空気に顔を上げたシグレを抑え、応戦できる様に拳銃を引き抜きながら森の方へ歩み寄っていく。

 

「誰かいるのか!?」

 

 そう言って木の裏へ飛び込んだ俊は、何もないそこに表情を歪ませると一歩ずつ引きながら元の進路へ戻っていく。

 

 引き返す俊は、センサーを起動させると木が合った位置へ出てきた反応にやはりな、と拳銃をホルスターに納める。

 

(誰か知らねえけど、ここを見ている奴がいる。目的は国連軍(俺達)か? それとも……)

 

 そう言って城壁をちらと見た俊は、残りポイントを確認しつつ、前線に面する北側へ差し掛かる。

 

 散発的な襲撃を警戒してか、警備は厳重で任務票を見せ、敷設している間も二人の様子は監視されていた。

 

「北はだいたい敷けたかな」

 

 そう言って立ち上がった俊は、おもむろに立ち上がっているシグレに気付き、彼女が北道を見つめているのに立ち上がる。

 

「どうかしたのか?」

 

 HK416を下げた警備兵が歩み寄ってくるのを止めた俊は、僅かに聞こえてくる甲高い音に眉をひそめた。

 

「この音……」

 

「銃声……」

 

「AKの銃声か?」

 

 

「近づいて……近づいてます!」

 

「クソッこんな時にか!?」

 

 悪態をつきながら拳銃を引き抜いた俊は、シグレと共に仮設のバリケードに隠れ、警備兵共々周囲に銃口を巡らせる。

 

 数十秒後、地面にライフル弾が着弾し、土の瀑布をぶち上げる。

 

 迸る弾幕の中をウサギ系の幼い獣人二人とその母親らしき女獣人が走り抜け、それを見た警備兵がチームメンバーと共に姿を現したオーク達へ射撃を開始する。

 

「こっちに来い!」

 

 三人を呼び寄せた俊は、シグレに子どもの先導を任せ、自分はふくらはぎに擦過の傷がある母親を担ぎ、拳銃を乱射しながら門まで連れていく。

 

 その間に警備兵の一人が本部に襲撃を連絡し、前線基地は騒然となった。

 

「何があったんです!? どうして撃たれて」

 

「村が……村が奴らに襲われて……前線基地にするとか、そう言って。ここから北西の村なんです! 前まではこんな事、無かったのに」

 

「……事情は分かりました。避難施設へ連れていきますので、あなたはそこで手当てを受けてください」

 

 そう言って、慌ただしくなるキャメロット市街を抜け、避難所へ連れて行った俊は、各軍に割り当てられたブリーフィングルームのうちの国連軍用に入った。

 

「俊、シグ、何があった?」

 

「詳しくは分からねえ。女性から聞いた話だと何でもオークとゴブの群れが村を襲ったって」

 

「俺らで何とか出来るっちゃできるが後を考えるとめんどくせえな。ま、良いか。立花の令嬢、アーマチュラを用意させてくれ。おい、ケリュケイオン、ユニウス。全ユニット集合だ。

めんどくせえが、奪還作戦を組む。ブリーフィングルームに今から15分後、装備を持って集合」

 

「え、ちょっと待ってくれ兄貴。俺達で村を取り返しに行くのか!?」

 

「あ? 初動を俺らでやるだけだよ。軍の連中には後から来てもらう」

 

「えぇ……大丈夫なのかよ」

 

「正直大丈夫じゃねえけどな。こんな早くから戦闘に関わるなんか思ってなかったし」

 

 そう言って煙草を咥えたカズヒサは、表情を曇らせる俊を前にライターを点火して先端に近づける。

 

「あ、ちょっと、カズ君。ここ禁煙!」

 

「え? あ、そうだった。いけねえいけねえ」

 

 三笠からの指摘で口から煙草を離し、苦笑しながら無煙アダプターを付けてタバコを吸ったカズヒサは、天板にタッチパネルを配した机の地図データを確認する。

 

「北西っつってたな……。あ、ここか結構近いな」

 

 タバコを吸い、メントール臭を吐き出すカズヒサは、咳込むシグレに一瞬視線をやると手持ちのタッチペンで書き込む。

 

 彼につられて北西400mの辺りにある村の地図を見た俊は、頭の片隅に残る王女が狙われている、と言う事を思い出して表情を曇らせる。

 

「俊君?」

 

 顔を見上げ、声をかけたシグレは、不意打ち気味のそれに肩を竦ませた俊へ逆に驚かされた。

 

(何か、怪しい)

 

 そう呟き、半目になったシグレはそのままブリーフィングに参加し、作戦へと従事した。



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第44話『キャメロット占拠拠点壊滅戦・第1』

 それから15分後、襲撃を撃退したキャメロット市街の西門より俊達は出発した。

 

 斥候部隊として先行する、と言う名目で出発した19人は、俊達人間はアーマチュラ着用の元、狙撃ポイント確保の為に村の近くにある丘を目指して歩き続けていた。

 

『今回の作戦について、改めて説明する。今回は村の奪還、と言いたい所だが恐らく村民は全滅しているだろう。だから、その村に陣取ろうとしている連中の殲滅が目的になる。

但し、村民が全滅していると確認できていないから確認できるまでは範囲攻撃は避けろ。ナツキ、リーヤ、ミウの3人はこれから向かってもらう丘で遠距離支援を行ってもらう。

咲耶はそのバックアップとカバーを。他の連中は直接乗り込んで殲滅しろ。それともう一つ。今回は襲撃拠点確保が連中の目的だ。場合によっては地球側の軍人がいるかもしれない。

連中は練度が高い。戦闘時は気をつけろ。以上だ』

 

 そう言って仕事モードのアキナとの通信ウィンドウが閉じられるのを見た俊は、先導する隼人の背中を見ながら戦闘の緊張感に心拍数を上げていた。

 

 深い森の中、がさがさと物音を立てながら一列に歩き、周囲を警戒、それだけでも、いつ襲われるか分からない恐怖で頭が真っ白になる。

 

「全員、そろそろ予定ポイントに着くぞ」

 

 通信機でそう言った隼人に、頷いた俊は僅かに開けている丘に上がり、煙が上がっている村を観察する。

 

「あそこか?」

 

「ああ。あそこだ。よし、シューター達はここで準備を。俺達はこのまま直接村に向かう」

 

「了解」

 

 そう返答して持ち運んできたバッグを下ろした俊は、手早く準備を始めるリーヤにハンドサインで会話するとそのまま隼人達の列へ付いて行った。

 

 それから5分後、もう少しで村に近づくと言う所で隼人が隊列を止めた。

 

「ファントム、周辺を偵察しろ。対人センサーがある可能性がある」

 

「了解」

 

 短く応答し、隼人を足場にして跳躍した浩太郎は木の上に登って周辺をスキャンする。

 

 スキャンでセンサーの存在が無い事を確認した彼は、安全である、とハンドサインを送って隊列を進ませた。

 

レイダー(シュウ)、お前はユニウスを率いて左から。俺達は右から行く」

 

了解(コピー)

 

「全ユニット、行くぞ」

 

 隼人の号令の下、シュウの後を追って姿勢を落とし、ばれない様に進む俊達ユニウスは突然開いたオープン回線に足を止めた。

 

「どうしました、メルディウス少佐」

 

『あの、俊さん』

 

「シルフィ王女……」

 

『今、戦場におられるんですよね?』

 

「はい。そうです」

 

『では、生きて帰ってきてください。隊長さんからお話は聞きました。これは、私の為の戦いになる、と』

 

 音声限定のウィンドウからの声に、淡々と返答した俊は目の前でムッとしているシグレに気付いた。

 

 アーマチュラを着ていなければ、ゴメンな、と目で返事が出来るのに、とそう思っていた矢先、目の前を火線が過ぎていった。

 

「伏せろ!」

 

 通信にそう叫び、引きつった顔のシグレに覆い被さった俊は直後に当たったライフル弾の連射に弾き飛ばされた。

 

 装甲に直撃するライフル弾が火花を咲かせ、ガンガンと揺さぶられる俊は、体の内で怯えているシグレが抱き寄せる。

 

「俊! シグ! 生きてる!?」

 

 HK416A5で応戦射撃しながら駆け寄って来た美月に、頷いた俊は、青ざめた表情で震えるシグレを彼女に引き渡す。

 

 失禁までしている彼女をバリアに隠した美月は、RPKをばら撒いてくるオークにセミオートの三連射を撃ち込む。

 

「シュウ! レイダー! 聞こえる?!」

 

『ああ、聞こえてる』

 

ダンサー(シグレ)保護。ランサー()が復帰する」

 

『様子は?』

 

「ランサーは装甲が削れただけで中身は無事。だけど、ダンサーは……駄目ね、シェルショックで動けそうにないわ」

 

『分かった。お前はそのままダンサーを保護しろ。増援でコマンド(ハナ)を送る』

 

了解(コピー)。男共で暴れてきて。」

 

 無線応答用の声帯マイクでそう言った美月は、周辺を警戒しながら一歩下がった。

 

 そこで瞳孔を見開き、がくがく震えるシグレにそっと触れた。

 

「あああっ!?」

 

 反射的にG18Cを引き抜き、射撃したシグレはバリアで弾かれたそれに呼吸を荒げ、しばらくして美月に撃ったと理解した。

 

「み、ミィ……」

 

「しっかりしなさい、シグ。ここから動くわよ」

 

「う、うん……」

 

 戸惑いがちに頷いたシグレを立たせ、後ろを警戒していた美月は、背後から迸った火線に舌打ちして応戦射撃する。

 

 ゴブリン2体とオーク1体を黙らせた美月は、大声で叫び、蹲っているシグレの方へ振り返る。

 

「シグ! シグ! 立ちなさい! 撃たれるわよ!」

 

 シグレを庇う様にしゃがみ、バリアと肩部装甲で弾丸を弾く美月は蹴散らす様にフルオートを撃ち込む。

 

「俊君、俊君……」

 

 バチバチと着弾の音に紛れさせる様に呟くシグレを背に銃撃戦を繰り広げる美月は、サイドアームのXM92に手をかける。

 

 同時、別方向からの射撃が民家を盾にするオーク達を襲い、壁に弾痕を叩き付けるそれにすかさずリロードに入る。

 

「ミィちゃん!」

 

 叫びながら、単発連射を繰り返すハナは、ボルトリリースまで終えた美月にカバーを任せつつ、シグレの元へ動く。

 

 オークを牽制し、森の奥へと逃げようとした美月は、森林から襲い掛かって来たゴブリンに蹴りを打ち込み、トドメに一射頭へ撃ち込む。

 

「ハナ、周辺警戒! ゴブが襲ってくるかもしれないわよ!」

 

「りょ、了解!」

 

 木を盾に身を隠した美月達は、シュウ達への対処に回されて移動したらしいオーク達に安堵しながら周辺を警戒する。

 

 ようやく、バクバクと高鳴る心臓に気付いた美月は、装填していたPマグを一度外すと残弾を確認し、再装填した。

 

「ミィちゃん、HMDに残弾表示されないの?」

 

「ソーサラーは試験機だから。そこら辺の装備、まだ積んでないのよ」

 

「へぇ……そうなんだ……」

 

 平常心を保とうと話しかけてくるハナに、そう答えて苦笑した美月は近い位置から聞こえる銃声に再び警戒を始めた。



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第45話『キャメロット占拠拠点壊滅戦・第2』

 俊達から開戦した戦いは、隼人達の方へも波及しており、徐々に中央部へと詰めていた彼らだったが元々の装備から不利を強いられていた。

 

 特に、格闘戦装備しかない隼人は、燃費の悪いラテラの経戦性能維持の為にパワーリミットを低めに設定しており、オークと互角のパワーしか発揮できなかった。

 

「ックソ!」

 

 飛び出してきたオークにRPKで壁に押さえ付けられた隼人は、膝から射出したバヨネットでオークの肝臓を何度も突き刺すとフックで側頭部にに一撃打ち込んだ。

 

 内臓を損傷し、脳を揺らされたオークは、力を緩ませて崩れ落ちるとそのまま隼人のストレートを食らった。

 

 スラスターで加速させた一撃は頭部を破裂させ、脳漿が一面にぶちまけられた。

 

「クソッ……」

 

 血だらけの拳を見下ろし、潰れたカエルの様に痙攣するオークの死体を見た隼人は、装甲に吸収される血液に反応するダインスレイヴの術式に頭痛がし始めていた。

 

 アーマーそのものを刃と解釈した術式が、隼人の体内にある魔力を活性化させ、蝕む。

 

(一々素手でやってるとキリが無いし、このままじゃ不味い……使うか、アレを……!)

 

 膝を突いて神経接続のウィンドウを開いた隼人は、射出武装項目にある対城兵器である『バンカーランス』を選択し、詳細を見た。

 

 見た目は大型ランスのそれは地殻貫通爆弾(バンカーバスター)を射出する為の巨大な砲。

 

 貫通爆弾そのものの強度の高さ、そして信管作動条件の低さに目をつけ、槍に転用した武装であり、無茶苦茶な兵器であった。

 

 だが。

 

(これだけの質量とがあれば、オークやオーガでもまとめて叩き潰せる)

 

 質量兵器としてはこの上ない大質量と、そのリーチ。

 

 穂先に最大級のモーメントが乗る事も加味すればその威力は絶大なものとなる。

 

フィアンマ(咲耶)、装備換装を要請する。認証コード『XARA-01-BBS』だ」

 

『了解。現座標に射出させるわ』

 

「頼む」

 

 そう短く答えた隼人は、腰のブレードトンファーを取り外し、剣の様に構えると周囲の様子を探ろうと角から顔を出す。

 

 その瞬間、ライフル弾が弾痕を生み、頭部装甲前面を擦過したそれが火花を散らす。

 

「いたぞ! あそこだ!」

 

 そう叫ぶオークが闇雲に乱射するのに舌打ちした隼人は、レンカ達の位置をレーダーで感知する。

 

 開戦と同時に突っ込み過ぎたせいで、森から徐々に進軍する予定のレンカ達とはかなり離れてしまっており、援軍も望める状態では無かった。

 

 あるとすれば、リーヤのスナイピングだが、被弾回避を優先して開けた場所を避けた為にそれも受けられない状態だった。

 

(クソッ、面倒だ……)

 

 自分のまいた種とは言え、ここまで囲まれるとも思ってなかった隼人は民家の窓を突き破って来たゴブリン2体にトンファーを構える。

 

 飛び掛かりつつ、躊躇なく手にした棍棒を振り下ろしてきた二体に、L字のハンドルを掴み直した隼人はそのまま鋭い突きを繰り出してゴブリンの心臓を穿つ。

 

 深く刺さり過ぎたそれに、舌打ちした隼人は、地面に死体を叩き付け、足を踏んで軽くトンファーを捻る。

 

 ブチブチと肉が千切れる音を立てながらゆっくり、油と血を刃に張りつかせてトンファーは引き抜かれる。

 

 瞬間、隼人の背後に銃撃が叩きつけられ、手放しつつ前転した隼人は、腰後ろからグラビティセイバーをダガーモードで一本引き抜き、投擲。

 

 胸部に直撃したそれは、柄が肉に引っかかり、そのまま自由落下で死体の分子をめちゃくちゃにし、内臓や体液がボタボタと落ちる。

 

《警告:熱量》

 

「スレイ、脚部カバー展開。魔力も冷媒に使って冷却しろ」

 

『ふふっ、了解』

 

 警告文から瞬時にそう判断した隼人は、スレイを介してふくらはぎのフィンスラスターのカバーを開放させ、全身の熱を吸収した高熱の魔力を放出した。

 

 その凄まじい熱量に吹き付けられた地面がガラス化し、40度に達しようかと言う機内温度が28度まで下がった。

 

ストライカー(隼人)、あと5秒で物資が来るわ』

 

「了解。そちらはどうだ」

 

『あなたの所に行くまで、まだかかりそうね。リーヤ君達も手伝ってくれてるんだけど』

 

「そうか……。そちらは引き続き、援護を頼む。ここは俺が維持しておく」

 

 隼人がそう言った直後、背後に衝撃が走り、抉れた地面が砂煙を上げる。

 

 弾道軌道で打ち上がっていたのか、白煙も上がっているそれは隼人の接近を検知すると、中に納めていたコンテナを重そうに排出する。

 

 地面に落ちると、重厚な音を上げ、強化ポリマーと鋼材の複合製コンテナが軋みを上げる。

 

《認証コード受信:型式番号『JA-015A』:承認:コンテナ開放》

 

 コンテナが開錠され、中身を空けた隼人は2発ずつ大型のクリップで斜め付けに括られた予備の弾薬4発とすでに一発装填されている本体を確認する。

 

 本体のグリップを掴むと同時、機体に装備用プログラムが送信され、両腰部のトンファー懸架ユニットが強制パージされる。

 

(手動でクリップを腰につけろ、か。弾の重さを考えれば俺がやるのは当然だな)

 

 片側で約4tもの重量があるそれを装着し、固定感覚とアシスト出力を調整した隼人は、一歩を踏み、地面にひびを入れると横たわらせていた本体を手に取った。

 

 七割で持ち上がらないそれに最大出力を開放させた隼人は、パワーバンドが過負荷域に近いモーターに軋んだ駆動音を上げさせながら勢いよく持ち上げた。

 

 2、3度振り回してようやく手繰れたそれを構え、無理せずゆっくり歩きながら索敵をする隼人はグラビティセイバーの柄を回収する。

 

「ぬぉおおお!」

 

 その隙を狙ったオーガが大剣を振り下ろしてくるのを穂先を起点に回避するとそのまま蹴り上げた。

 

 オーガには当たらなかったが、それを持ち直して構えた隼人は大剣を回避し、地面を削りながら穂先で回し打ちした。

 

「――――ッ!?」

 

 声にならない叫びをあげ、足を砕かれたオーガはモーメントを抑え込みつつ横殴りを繰り出してきた隼人に吹き飛ばされた。

 

 ラジエーターを開放し、熱を放出した隼人は、残心の動きで呼吸を整え、次の敵であるオークとゴブリンの攻撃を脚で裁いた。

 

 引き戻しの動きで穂先を叩き付け、ゴブリンをすり潰した隼人は、柄尻を脚で抑え、再び持ち上げると穂先をオークに突き出す。

 

点火(ファイア)!」

 

 突き出しと同時の短距離加速で、亜音速まで速度を出した隼人は一種の弾丸となってオークのどてっ腹をぶち抜いた。

 

 超大口径に貫かれ、真っ二つになったオークを無表情で流した隼人は、まだ息のあるオーガをボールを蹴る様に蹴り殺した。

 

「グゲゲ! 人間!」

 

 ゴブリンの下品な声に振り返った隼人は、振り回しを直撃させると、続く一匹の顎をつま先のヒートナイフで突き刺す。

 

 ショック死したゴブリンを振り外し、壁に叩きつけると、そのまま穂先を地面に突き刺して体を待ちあげる。

 

「ぬ!?」

 

 オークの振り下ろしを回避し、ブレイクダンスをする様に柄の周囲をくるくると回る隼人はモーメントを集中させた蹴りを打ち込む。

 

 鼻が折れ、大量の血が流れる中、手にした大剣を振り上げるオークは、着地の勢いで横薙ぎに払われたランスを食らい、脊椎を折られながら吹き飛んだ。

 

「あそこなら撃てるか」

 

 ランスのモーメントを抑えながら一角を見てそう呟いた隼人は、鍔に当たる部分にあるセイフティレバーを起こした。

 

 そのまま押し込み、発砲可能位置に動かしてレバーを倒した。

 

《ランチャーモード》

 

 UIへ邪魔にならない程度の大きさで表示されたモードチェンジと同時に発砲用の保持グリップが屹立。

 

 ランチャー下部から照準用センサーが露出し、そして、FCSが起動し、センサーが捉えている範囲を表示する。

 

「ターゲット、マニュアルロック。射線上に味方反応無し。加害半径、把握。バンカーバスターランチャー、発射(ファイア)!」

 

 叫び、長方形のトリガーユニットを引き絞った隼人は強烈な反動と共にバンカーバスターを放つと背面側のスラスターが最大出力で反動を相殺する。

 

 衝撃とスラスター放熱の過負荷からシステムが一瞬シャットダウンし、その間に片膝を突き、背面から放熱した隼人は、再起動と同時に顔を上げ、攻撃成果を評価した。

 

「予想に対し、七割くらいか……まあ、まずまずだな」

 

 そう呟いた隼人は、セイフティレバーを戻すとその状態で再装填を開始。

 

 保持レバーを操作して跳ね上げたイジェクトロッドを操作、ボルトアクションの動きで空薬莢を排出。

 

 クリップから取り外した予備弾薬を爪にはめ込み、ロッドを引き戻して再装填を終えた。

 

 ロッドを折り畳み、保持グリップを持って構えた隼人は発砲で生じた強烈な電磁波から復旧しつつあるレーダーを確認する。

 

「こっちに来てるのは……浩太郎だけか。まあ、当然だな」

 

 発砲時の電磁波からの影響で感覚器が敏感な獣人系はあまり来たがらないだろう、とそう思った隼人は突然入った咲耶からの通信に応答した。

 

「どうした?」

 

『そっちに―――ユニゴロスの反応が―――』

 

「何?」

 

 疑問を浮かべ、通信動作を解除した隼人は、空を轟音と共に走った青白い燐光に空を見上げる。

 

 音速のそれは衝撃波を伴って空中狙撃をしていた咲耶に直撃し、隼人の至近へ墜落させた。。

 

「咲耶!」

 

 ランスを置いて抱え起こし、バイタルを確かめた隼人は、墜落の衝撃で気絶しているだけの彼女に安堵すると空を見回した。

 

 射線から今の一撃が空からの物であると見た隼人は、彼女を無人の民家に隠すとランスを持って索敵を始める。

 

『ストライカー』

 

 そう呼びかけられ、識別表示のシルエットがある方を向いた隼人は、悟られない様に前を向いて話を続ける。

 

「ファントムか。案外早かったな」

 

『オークに手間取ってね。案外分厚かった』

 

「向こうはどうなった」

 

『元気に突っ込んでいったよ。取り敢えずランサー達と合流する様に言っておいた』

 

「そうか……。分かった」

 

 村の外まで歩き、そう言った隼人は背後にいるであろう浩太郎に意識を向けた。

 

 その瞬間、森の中から青白い光が迸り、隼人に直撃した。

 

『ストライカー!?』

 

 引き摺られる様に吹っ飛ぶ隼人に驚愕した浩太郎は、民家に隠れつつ持って来ていたVSSを周囲に巡らせる。

 

 カウンターショックで復帰した隼人は、気だるげに体を起こすと、迸った発砲光に向けて手を向けた。

 

「『セイクリッドスパイカー』」

 

 そう唱え、電磁加速弾を若干引き摺られつつ光学レーザーで受け止めた隼人は、跳ね起きるとランスを掴んでその場を離れる。

 

 立て続けに着弾したレールガンが大地を抉り、民家に飛び込んで狙いを外した隼人は、宙に浮いた円盤状の子機に気付くと同時、民家を貫通してきた一撃に吹き飛ばされた。

 

「索敵された……!」

 

『カバーに』

 

「来るな……。お前は砲撃手を潰せ!」

 

 そう叫んだ直後、着弾し吹き飛ばされた隼人は執拗な砲撃に一軒家を貫通して路地を転がった。

 

「クソ……三連射はキツイな……」

 

 ランスを掴み、ふらつきながら立ち上がった隼人は、センサーからの警告に空を見上げる。

 

 変に揺らぐ空の景色から弾丸の雨が降り注ぎ、咄嗟に回避した隼人は降下してくる機影からの大鎌をバンカーで受け止める。

 

 その見覚えのあるシルエットに、隼人は動揺した。

 

(こいつ、クーデター襲撃(あの時)の!)

 

 腕の膂力で軽量な機体を弾き飛ばした隼人は、怒りの感情に反応し始めたダインスレイヴの術式に片膝を突く。

 

「ふぅん、まさかとは思ってたけど。あなたとはねぇ」

 

 そう言って鎌を振り下ろした白いコウモリ翼のAAS、ヴァイスに術式の反応を収めつつ立ち上がった隼人は、ランスを構える。

 

「まさか、だと? どうやって俺達の存在を」

 

「前に、襲われてた村を奪還してたじゃない? あの様子、見てたのよねぇ。そして、うちの優秀な隊長が突き止めたのよ」

 

「桐嶋賢人か……」

 

 ランスを握る手を少し震わせた隼人は、バイザーをつけたままのAASを見据える。

 

「ちょうど良い。奴に用がある」

 

「あら、偶然ね。あいつも用があるって言ってたわ。話してみたらどうかしら。倒された後でね」

 

「ッ!?」

 

 冷たい殺気を感じ、咄嗟に身を屈めた隼人は、真上を擦過する剣線に冷や汗を掻きつつその場を離れた。

 

「バラシをするな、サングリズル」

 

「あっはは。ごめんなさいねぇ。私、獲物を取られるのは嫌いなの」

 

「そうか。なら、今は矜持を捨てろ」

 

「ええ、分かってるわ。殺されるのはもっと嫌いだもの」

 

「なら良い。行くぞ」

 

 光学迷彩を解除し、刀を構えた賢人に追従したヴァイスは、ランスを振り回し、牽制してきた隼人にクスリと笑い、視認速度を超える速さで飛び上がった。

 

 賢人を追い散らした隼人は、別方向からの攻撃に対応しきれず頭部装甲を浅く切り裂かれる。

 

「くっ!」

 

 左拳で反撃の一撃を放った隼人は、あっさり躱されてしまい、横から割り込んできた賢人の突きで大きく弾かれる。

 

 その勢いを使ってランスを振り回した隼人は、大回転を回避されてからの射撃によろけ、体勢を崩す。

 

「クソッ!」

 

 悪態をつき、反撃のレーザーを賢人に放つが、バリアで弾かれる。

 

 チャージから『セイクリッドスピア』を放とうとした隼人は、降下してくるヴァイスに咄嗟に反応し、スピアで迎撃した。

 

 光の槍を切り裂き、白煙を上げて減速した刃を掴み取った隼人は、即座に刃をパージしたヴァイスに舌打ちして投げ捨てた。

 

「やるわね!」

 

 そう言いながら、バックラーに仕込んだ軽機関銃を連射するヴァイスは、大鎌に予備のブレードを装填した。

 

 スラスター制御で無理矢理立て直しながら接近した隼人は、ランスの突きを繰り出す。

 

「あら、危ない」

 

 ひらり、と宙を舞ったヴァイスの笑みを見上げた隼人は、真横から蹴飛ばしてきた賢人によろける。

 

 舌打ちし、横薙ぎでランスを振ろうとした隼人は、宙を舞うインパクトグレネードに気付いた。

 

「ぐはっ……」

 

 空中炸裂の衝撃をもろに受け、倒れた隼人は、危険域に突入した魔力の残量を見て内心舌打ちする。

 

 内部温度はすでに40度近くなり、アドレナリンの相乗効果もあって息が荒くなっていた。

 

「あっははは! どうしたの? やらないの?」

 

 そう言って軽機関銃の銃口を向けてくるヴァイスを見上げ、ランスを掴んだ隼人は、視線の武装選択からナイフを選び、立ち上がった。

 

 背中のインテークを開いた隼人は、屹立したナイフを掴み、ヴァイス目がけて投擲するが、当たる直前、降り注いだ粒子ビームがナイフを射抜く。

 

(な……!? 撃ち落とされた?!)

 

 嗤うヴァイスの反撃を受けながら、賢人の方を振り向いた隼人は、そのままセイフティを解除すると、賢人目がけてバンカーバスターを放った。

 

 一応射線上に味方がいない事を確認して放った隼人は、上空から照射された粒子ビームに切り裂かれたそれに、手動起爆を指示する。

 

(浅い!)

 

 そう思いつつ、ヴァイスの一撃を右のナイフで受け止めた隼人は、鎌を弾き、牽制の蹴りを空ぶらせて賢人の方を向く。

 

「助かった、エイル」

 

「どういたしまして」

 

 賢人と奈津美の声がすると共に爆炎が晴れ、重厚な機体が大型シールドをスライドさせていた。

 

 効果無し。その一節が頭をよぎると同時、浩太郎からの通信回線が開く。

 

『ごめん、逃げられた。そっちに行ってる!』

 

 必死な浩太郎に思わず動揺の声が漏れたその瞬間、強い衝撃が隼人を襲う。

 

『ストライカー! くっ!』

 

 通信が切れ、うめいた隼人は、宙を舞っている黒い鳥翼のAAS、ブラックに気付いた。

 

 4対1。新関東高校襲撃事件の再来だ、と内心笑った隼人は、あの時とは違う重い体を起こす。

 

「最期に聞かせろ、桐嶋賢人。お前、あの剣は持っているのか?」

 

「ああ、持っている」

 

「そうか。なら良い」

 

 そう言ってナイフを収めた隼人は、スラスター併用でその場から逃走する。

 

 それを見て即射撃した賢人達は、逃げながらリロードしている彼に数発着弾させる。

 

「クソッ!」

 

 バランスを崩し、倒れ込んだ隼人は、腰のクリップから弾薬を外して装填。

 

 レバーを動かしてはめ込んだ彼は、そのまま飛び込もうとしたが宙を舞うブラックからの『M61』20㎜多銃身式機関砲(ガトリングガン)の掃射を受けて足が止まった。

 

「はぁっ!」

 

 その間に飛び込んできたヴァイスの振り薙ぎをナイフで捌く。

 

 ヒートナイフを展開し、蹴り上げた隼人は、滑り込む様な軌道で軸足を刈った彼女に転倒させられる。

 

「終わりね!」

 

 そう叫んだヴァイスに、光を放射した隼人は目くらましと同時、彼女へ着弾した狙撃に驚愕し、動揺しつつも跳ね起きた。

 

「狙撃!?」

 

(そうか、リーヤか!)

 

 驚くヴァイスにつま先からヒートナイフを、脛にアークエッジを展開した蹴りを放った隼人は、身軽な動きで回避したヴァイスにチャージした砲口を向ける。

 

 光槍を放つ直前、全身を穿つ銃弾の飽和射撃に晒され、拡散気味の砲撃に切り替えた隼人は、光波シールドの如く広がったそれで弾丸を逸らした。

 

「シューター! 前方三機、牽制射!」

 

『了解!』

 

 弾丸を浴びながら、そう叫んだ隼人は姿勢を崩す様に放たれた12.7㎜の対物ライフル弾を見上げる。

 

 ダメージは無くとも動揺する賢人達に隙を見た隼人だったが、飛び込む直前に割り込んだヴァイスに斬り結ばされる。

 

「あなたはこっちを見てればいいのよ!」

 

「くっ!」

 

「最初の威勢はどうしたの? そんな事じゃ、斬り刻むわよ?」

 

 ランスを弾き、軽機関銃を連射するヴァイスに舌打ちした隼人はランスを手放すと背中からナイフを投擲した。

 

 続けて、ヴァイスが弾き飛ばすより早く、ふくらはぎのトマホークを、リーヤに狙いを絞りつつある賢人達に投じる。

 

「無駄な事を!」

 

 計3つ、投擲した全てが弾かれ、空虚な共振音を響かせたそれが宙を舞う中、再びターゲットが隼人に変わる。

 

 その間、リーヤ達は狙撃のポイントを変更しており、支援は打ち切りとなった。

 

(万事休すか……)

 

 そう思い、苦笑した隼人はその直後、宙を走ったライフル弾の火線に何度浮かべたか分からない笑みを作った。

 

 セミオートの断続的な射撃。

 

 正確だが、リーヤとは違った精密性の無い闇雲にも感じられる射撃は宙に浮いていた賢人達を牽制し、ヴァイスを動揺させた。

 

 その間に距離を取った隼人は、ようやく追いつけた射手、浩太郎が姿を晒した元へ移動する。

 

「遅かったな」

 

「いや、待ってたのさ。VSSを撃てる時をね」

 

「今がその時、か。じゃあ、援護任せるぞ」

 

「ああ」

 

 振り返り、アイコンタクトを送る隼人に、肩を竦めて見せた浩太郎は、突撃する彼を援護しようとVSSを構えた。

 

 その瞬間だった。

 

「ッ!?」

 

 撃発寸前のVSSが、マズルアダプターの付け根から切り裂かれ、慌てて手放した浩太郎は、虚空から突然走った銀閃を見て、咄嗟に回避した。

 

「別働隊か。用意が良いね、向こうの部隊長も」

 

 軽口を飛ばしつつ、背中に手を回した浩太郎は、木の上から鳴った物音に反応し、抜刀一閃で装甲を切り付けた。

 

 弾き飛ばされる透明な影は、装甲に受けた衝撃で膜状になっていた光学迷彩を剥離させ、その姿を露わにした。

 

 俊がいれば、ダークブラウンを基調とした装甲に身を包むその姿を、ネフティスと呼ばれていた少女だ、と答えただろうが、生憎と彼は今いなかった。

 

「攻撃の感じからして、君は暗殺者かな」

 

 小馬鹿にする様な口調でそう言った浩太郎に、少女は何も返さなかった。



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第46話『キャメロット占拠拠点壊滅戦・第3』

 高周波機構が内応された対軽軍神用の長剣を手に、浩太郎と相対した少女は聞き覚えのある口調に内心衝撃を受けていた。

 

『ミサ、その軽軍神、抑えられるか』

 

 事後承認の如く通信を飛ばしてきた賢人の声が遠く聞こえる。

 

『ミサ、どうした、返事をしろ。ミサ!』

 

 賢人の叱咤で、冷静になった少女、ミサは歯を噛みながら通信に応答する。

 

「頑張る」

 

 自信の無さからそう答えた彼女は、腰のホルスターからマシンピストルを引き抜き、構えた。

 

 ゆっくりと、意識を尖らせた彼女は鋭く息を吐きながら構え、発砲した。

 

 50口径の対物拳銃弾を放つそれは、距離を詰める浩太郎のバックラーに弾かれ、火花を生む。

 

「ッ!」

 

 抜身の大太刀を袈裟に切り上げた浩太郎に、身を躱したミサは、長剣で突きを放ち、二撃目を踏み込もうとした彼を牽制する。

 

 引きから、足狩りを狙ったミサだが、回避され、足元に振るった刃を打ち払われる。

 

「強い……」

 

 自分が試して出来てきた事が通用しない。

 

 その事実はミサにとって衝撃だった。

 

「来ないのかい?」

 

 その一瞬、呆けていたらしく浩太郎の呼びかけでミサは我に戻った。

 

 直後に感じ取った殺気に、身を引いた彼女は、目の前を擦過する脚部に冷や汗を感じ、2、3歩、後退って剣を構えた。

 

 脛のコールドエッジアーマーとつま先と踵の高周波ブレードで剣そのものと化していた脚を引き戻した浩太郎は、呼吸を整えつつ大太刀を構える。

 

「はッ!」

 

 その隙を逃さず、一気に距離を詰めたミサは、すくい上げの動きで浩太郎の左肩を狙う。

 

 支え手を放し、バックラーで迎撃した浩太郎は、そのまま、スリーブブレードで剣を持つ手首を狙い刺す。

 

「ッ!」

 

 手首を返し、剣の腹で腕を払ったミサは肘を曲げた体勢でマシンピストルを連射する。

 

 マズルジャンプを抑え、浩太郎の体にばら撒いたミサは、増設装甲に弾かれた事に舌打ちし、弾切れになったそれからマガジンを排出する。

 

「もらった!」

 

「何の!」

 

 体のスイングを乗せる浩太郎の一撃を、跳躍からの蹴り飛ばしで相殺したミサはそのままバックステップする。

 

 対物弾を弾けるだけの装甲を剥がすべく、跳躍しつつ、拳銃を収め、腰からセムテックダーツを投擲したミサは、着弾と同時に炸裂したそれが左腕の増設装甲を吹き飛ばす。

 

(剥がした!)

 

 内心、そう叫んだミサだったが喜ぶよりも早く飛んできたダーツを咄嗟に回避する。

 

 ホルスターに直撃したダーツが炸裂し、内包したマシンピストル諸共破壊する。

 

「ッ!」

 

 破片となったマシンピストルに舌打ちしかけたミサは、再びスイングを放ってくる浩太郎の一閃を剣で受け止めた。

 

 斬り結んだ一瞬、限定的にリミッターを開放したミサは、浩太郎を圧倒しようとするが、それよりも早く離脱される。

 

 浩太郎が取るパワーを封殺する戦い方に、翻弄され、ミサは姿勢を崩してしまう。

 

「もらった!」

 

 隙を晒したミサは、頭蓋を狙う大太刀に目を見開いて死を覚悟した。

 

 その瞬間、浩太郎の姿が吹き飛んだ。

 

「何!?」

 

 驚愕したミサは、突然開いた通信回線に応答する。

 

 通信の相手は、ブラックだった。

 

「ゲイヴドリヴル……」

 

『キーンエッジが助けろって言ってたから。大丈夫?』

 

「う、うん……」

 

 荒れた呼吸を整えながら起き上がったミサは、二重構造だった頭部装甲を破損させ、倒れている浩太郎の方へ近づいていく。

 

 頭部が露出しているのを確認した彼女は、バックアップで装備している対人用の『HK・USP』9mm自動拳銃を引き抜いた。

 

(バリアシステム無しでレールガンを受けても、無事だなんて……)

 

 辺りに散らばるポリカーポネートと液晶を見回し、踏み割り、跨ぎながら浩太郎へと近づいていく。

 

 10mほどまで近づいたミサは、拳銃を構え、顔が見える位置まで回り込む。

 

 自分の中でくすぶっていた、ある仮説を証明する為に。

 

「く、そッ!」

 

 2撃放たれていたらしく、へし折れた大太刀を投棄した浩太郎が上体を起こし、太もものホルスターに手を伸ばす。

 

 ヴェクターを掴んだ浩太郎は、両手で支え、銃口を向けてきたミサに返す様に銃口を向ける。

 

「やっぱり……」

 

 目を見開き、そして殺意を込めて睨んだミサに、事情が分からず首を傾げた浩太郎は、秘匿用のバイザーに手を掛けた彼女に下げかけた銃口を上げた。

 

「覚えてないんだ。ま、そうだよね、今分かる訳無いもん」

 

「まさか……」

 

「久しぶり、お兄ちゃん」

 

「美沙里……!」

 

「殺しに来たよ」

 

 にや、と笑ってUSPを構えたミサは、フィンガーガードに添えた指を震わせた浩太郎に躊躇なくトリガーを引いた。

 

 咄嗟に装甲で弾いた浩太郎は、撃ち続ける彼女を他所に、脳裏に過ぎるフラッシュバックに呼吸を荒げていく。

 

「止めろ、ミサ! 止めてくれ!」

 

「今さら命乞い……? あの時、お姉ちゃんを殺したくせに!」

 

「ミサ!」

 

「うるさい! 私はこの時を待ってたんだ、お姉ちゃんを、お父さんを、お母さんを、家族みたいだった人を殺したアンタをこの手で殺す為に!」

 

「俺を、殺しに……」

 

 真意を知り、愕然とした浩太郎を他所に、怒りのまま撃ち続ける美沙里は、スライドオープンしたのに舌打ちし、次弾を装填する。

 

 ストップレバーを下し、装填した彼女は、ボロボロの装甲を撃ち外す。

 

「だから死んでよ、お兄ちゃん」

 

 頭部を照準し、ニヤリと笑った美沙里は、警告と共に大地を走った電撃を回避。

 

 続けて、刃にチェーンソウと雷を展開し、回転して突っ込んでくる二振りの大戦斧に舌打ち。

 

 引き抜いた長剣でそれをパーリングする。

 

「ッ!?」

 

 大戦斧には重量倍加も掛けてあったのか、過負荷で砕け散った長剣に、美沙里が驚愕する中、軌道を逸れた斧がワイヤーに引かれ、ヨーヨーよろしく一点に戻っていく。

 

 空中に跳躍した影がそれを掴み取り、対軽軍神用ナイフを引き抜いていた美沙里に、左の一つを振り下ろした。

 

「その人に、手を出すな」

 

 地面を削り、唸る様に言葉を放ったカナは、殺意と共に電撃を飛ばす。

 

 バリアで電撃を受け止めた美沙里は、その間に接近してきたカナの斧で殴り飛ばされる。

 

「う……」

 

 成木の樹木を三本薙ぎ倒し、呻いた美沙里は、大戦斧から鳴り響くチェーンソウの爆音に怯える。

 

「あなたは、あなただけは、殺す」

 

 そう言いながら歩み寄るカナに、後退ちながらも、そうまで想われている事に怒りを覚えていた。

 

「どうして、アイツの事……そんなに庇うの!」

 

 恐怖を塗りつぶす様に怒りが勝り、碌に狙わず発砲した美沙里は、電撃からのローレンツ力場に弾かれる弾丸の行方に歯を噛んだ。

 

「どうして、あなたは浩太郎を憎むの」

 

 電撃で弾丸を弾き、脳裏の殺意を限界まで満たすカナは、大戦斧のリーチまで近づいた。

 

「それはあいつが、お兄ちゃんが私の家族を殺したから!」

 

 苦し紛れに叫んだ美沙里の一言に、目を開き、思わず得物を落としたカナは、駆け寄って来た浩太郎に庇われ、直後、ライフル弾の弾雨から守られた。

 

 突然の事に驚く美沙里は、自分を庇う様に降りてきた賢人達に戸惑い、ブラックとヴァイスに両脇を抱えられる。

 

「退くぞ、ミサ」

 

「……了解」

 

 パトリオットを下ろし、振り返った賢人に頷いた美沙里は、体を起こした浩太郎を見据えながら空中浮遊し、光学迷彩を展開して姿を消した。

 

 ヴェクターを構えたまま、それを見続けていた浩太郎は、その姿が見えなくなった直後に気を失った。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 何の夢も見ず、唐突に目が覚めた浩太郎は、夕焼けの空と、それを背景に俯いて眠りこけていたカナの顔が見えた。

 

 寝息を立てるたびに、少しだけ膨らんだカナの胸が揺れ、安堵を抱いた浩太郎は、顔を起こし、戦後処理に追われる周囲を見回す。

 

「そうか……終わったんだ」

 

 そう呟いて、起き上がった浩太郎は、物々しい音を立てて歩み寄って来た隼人に気付いた。

 

 彼の方を見上げた浩太郎は、頭部装甲の半分を露出させた隼人のひび割れた装甲に気付き、目を見開いた。

 

「隼人君、その姿は」

 

「やられたよ、奴らに」

 

 表情を曇らせる浩太郎へ、そう言って笑った隼人は、後を追ってきたレンカに振り返る。

 

「隼人、シュウが事後処理終わったって」

 

「そうか。シグレの容体は?」

 

「ハナと美月が言うには落ち着いてきてるって」

 

 端末からデータを送りつつ、そう言うレンカに頷いた隼人は、全域のステータスを確認すると、次の行動を考えた。

 

「分かった。後続部隊に任せて撤収しよう。浩太郎、ハナを起こして後で来い」

 

「……了解」

 

「俺の事は気にしなくて良い。俺も、お前をフォローできなかった訳だしな」

 

 肩に手を乗せ、その場を後にした隼人の方を振り返った浩太郎は、眠りこけているカナの方へしゃがみ込んだ。

 

「カナちゃん、起きて。撤収するよ」

 

「ん……。んぅ? まだ寝たい……おんぶ」

 

「……分かった。ほら」

 

 そう言ってしゃがんだ浩太郎は、ずるずると背中に乗ったカナを背負うと、最低限の装備しか身に着けていない彼女を、合流地点まで運んでいく。

 

 装甲に遮られて、ぬくもりを感じられない事に少し寂しさを感じた浩太郎は、うなじに潜り込む様に寄せてきたカナに微笑むと、夕焼け空を見上げる。

 

「浩太郎」

 

 うなじの匂いで目を覚ましたカナが、思い出した様に呼びかける。

 

「どうしたの、カナちゃん」

 

「浩太郎が戦ってた女の子って、知り合いなの?」

 

「……ううん。初めて会ったよ」

 

「嘘、吐いたね。あの子、浩太郎君の事、お兄ちゃんって言ってた。妹なの?」

 

「そっか、聞いてたんだ。でも、あの子は、美沙里は妹じゃないよ。従妹なんだ」

 

 そう言いながら歩みを緩めた浩太郎は、抱き付く力を強めるカナに頬も緩める。

 

「そう、なんだ……」

 

「唐突にどうしたの、カナちゃん。妙な事、言われた?」

 

「家族を、殺したって」

 

 周りに聞こえない様に、カナがそう言ったのを、浩太郎は聞き逃さなかった。

 

 歩みを止め、バクバクと暴れはじめる心臓の鼓動を聞きながら、浩太郎は影を見下ろす。

 

「本当、なの?」

 

 信じたくない、と腕から伝わる思いとは裏腹に、嘘を聞きたくないと言う感情も感じた浩太郎は、片手を彼女の腕に乗せた。

 

 牽制しよう。そう思って、浩太郎は、砕けそうな心から精一杯の言葉を紡いだ。

 

「俺が本当だって言ったら、君はどうするの?」

 

「それは……分からない」

 

「じゃあ、言えないな。逃げかもしれないけど、さ」

 

 自嘲気味に笑ってそう言った浩太郎は、締め付ける様に抱き付いてきたカナから、意識を逸らす様に歩き始める。

 

『逃げるの?』

 

 いつの間にか現れた美南の幻が、笑いながらそう問いかける。

 

 その声を無視した浩太郎は、合流地点に到着すると、カナを下ろした。

 

「ゴメン、遅くなっちゃった」

 

「いや、良いさ。さあ、撤収しよう」

 

「うん」

 

 頷いた浩太郎は、歩き出す隼人達の後ろから付いて行くと、振り出した手をカナに取られた。

 

 振り解こうと思えば出来る強さのそれに、思わず握り返そうとした浩太郎は、振り返った先で頑なな目を向ける彼女に気付き、視線と共に振り解いてしまった。

 

「あ……」

 

 名残惜しげな声を背に浴び、歯を噛んだ浩太郎は、太ももからヴェクターを引き抜くと、ストックを展開した。

 

 後ろからの足音に恐怖心を抱いた浩太郎は、基地に戻るまでの間、後ろを振り向く事は無かった。



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第47話『ホントのコト』

 深夜、ボロボロのアーマチュラを纏い、チーム交代で見回りに出ていた隼人は、大戦斧を背負ったカナが歩み寄ってくるのに気付いた。

 

「どうした、カナ。持ち場はここじゃないだろ」

 

「知ってる。ちょっとだけKSKの人に頼んだ」

 

「頼んでまで来るなら、浩太郎の所に行けよ」

 

 そう言って、振り返った隼人は涙目のカナに気付いた。

 

「あー……。悪い」

 

「別に、良い」

 

「良いって顔してねえよ。それで、何だよ」

 

「浩太郎の、事」

 

「ああ、言ってたな」

 

 手すりにもたれ掛る隼人は、拳を握って立つカナに深く息を吐いて目を逸らす。

 

「どうして知ってて黙って―――」

 

「お前が知った所で何になる。そんな事知ったって何も出来ないのに、教える訳が無いだろ」

 

「じゃあ、何か出来るなら教えてくれたの?!」

 

 意固地になり、涙目になって叫んだカナに足元に置いていたサイダーを煽って隼人は頷く。

 

「ああ。だがお前には無理だ」

 

「無理かどうかなんて」

 

「やって見なくても分かるんだよ。お前に、あいつの問題を解決する力は無い」

 

「どうして、そんな簡単に言えるの?」

 

「お前が、家族に愛されているからだ」

 

 そう言ってクーラーボックスからコーラを取り出した隼人は、ショックを受けているカナに手渡す。

 

「あいつに取って、家族は何時か斬り捨てるかもしれなかった物だ。母親だろうと、妹だろうと」

 

「家族を……」

 

「だからお前や、お前の家族に退け目が合った。愛し愛される輪の中に、自分がいて良いのか、と、そう思いながらな」

 

 軽く肩を叩いた隼人は、怯えるカナに缶を指さし、落ち着く様に促す。

 

 飲み干し、握り締めた缶を潰したカナは、自然とこぼれてくる涙を拭っていた。

 

「私は、騙されていたの? 許嫁だからって、自分の気持ちを押し隠してまで、私は」

 

「だったら、負い目なんて感じる訳無いだろうが」

 

「じゃあどうして私の事を!」

 

 そう叫び、泣き出すカナに、手をかざして制止した隼人は、唐突にその場を後にする。

 

「後は、お前らで話せ」

 

 そう言っていつの間にか来ていた浩太郎に隼人は後を託した。

 

「やあ……カナちゃん」

 

「浩太郎……」

 

「困るよね、隼人君もさ。不器用なのに、変に気を使わせて」

 

「あの、ね……隼人から、聞いた」

 

「……そう、なんだ」

 

 ボロボロの装甲を纏い、苦笑しながら背を向けて立った浩太郎は泣いているカナの声を背に浴び、沈黙する。

 

「浩太郎にとって、私は邪魔なのかな」

 

「そ、そんな事は無いよ。俺はカナちゃんの事を」

 

「知ってるんだよ。私や、私の家族といて辛いって……。だから、本当の事を言って」

 

 そう言って手を掴んだカナに俯いた浩太郎は、どくん、と跳ね上がった心臓を抑えた。

 

 

『大好きだよ、コウちゃん』

 

 俺は、愛してくれた人を殺した。

 

『だから、殺せなかった』

 

 大好きだから、見逃してくれた。

 

『だから殺されるんだって』

 

 だけど俺は、見逃さなかった。

 

『早く殺して?』

 

 迷わず、トリガーを引いた。

 

 

「カナちゃん……。俺は……」

 

 声が震える。

 

「俺は……」

 

 胸に当てていた手が震える。

 

「俺は……」

 

 

―――好きでいてくれた人を、殺した。

 

 

 恐怖心を抑え、小さく、そう呟いた浩太郎は驚きで力が入ったカナの手に歯を噛み、俯いた。

 

「だから、辛いんだ。カナちゃんや、カナちゃんの家族と一緒にいると。自分の傍にあった光景が、無くなっていたんだって、そう思って。

死んだ母さんや、加賀美や、殺した美南の事を、思い出すんだ」

 

「浩太郎……」

 

「だから……だからこそ俺は、カナちゃんや、家族の事を辛いって、邪魔だって思った事は無いよ」

 

 そう言って握り返した浩太郎は、静止しているカナに気付き、彼女の方へ振り返った。

 

「カナちゃん?」

 

 そう言って歩み寄ろうとした浩太郎は、ひっ迫した表情で引き寄せたカナに倒れ込む。

 

 その直後、彼の頭があった辺りを剣線が過ぎ、襲撃だと悟った浩太郎は揺らいだ陰に腰から拳銃を引き抜いて発砲する。

 

「コンタクト!」

 

 生体マイク式の通信機にそう叫んだ浩太郎は、光学迷彩を解いた美沙里を見て目を見開いた。

 

「ミサ……!」

 

「殺しに来たよ、お兄ちゃん」

 

「まさか、一人で……」

 

「そんな訳無いじゃん。キーンエッジ達も、オーク達《あいつら》もいるよ」

 

「な……」

 

 絶句する浩太郎は、庇っているカナに連絡をさせると腰からトマホークを引き抜きながら立ち上がった。

 

 直後、城壁と森林地帯で撃ち合いが始まり、アサルトライフルと軽機関銃を中心とした火閃が夜空を照らす。

 

「キーンエッジが程々に遊べって言ってたけど、遊ぶ気は無いから」

 

 そう言ってククリナイフを引き抜いた美沙里は、スナップを効かせて振り回すと激しい格闘戦を展開し始めた。



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第48話『キャメロット防衛戦1』

 一方その頃、銃が撃てない隼人と共に門の方で待機していた俊は、借用した『レミントン・M870』の装弾数を確認していた。

 

「思っていたより来るのが早い!」

 

 リムケースの固定を確かめている対岸で、センサーからの情報を確認している隼人は、戦闘管制に入ったナツキ、ハナ、香美の3人に情報提供を要請する。

 

 その間にも接近しているオーク達は城壁に向けてライフル弾を放ち、弾痕を穿っていく。

 

『くそ、攻撃が激しい!』

 

 通信機をがなり立てる着弾音を背景に、そう叫ぶシュウの声を聴いた俊は手にしたM870を持って移動しようとする。

 

「待て、俊。どこに行く気だ」

 

「どこって援護に」

 

「上に上がった所でライフルの距離じゃないだろうが。やるなら下でやれ」

 

「分かった」

 

「俺達は上陸された時の保険だ、そこの所を忘れるなよ」

 

 そう言った隼人に頷いた俊はガンポートからショットガンを放つ。

 

 射撃を続ける背中を見ていた隼人は、レンカにチャンネルを切り替え、通信する。

 

「ストライカーよりヴァンガード。ダンサーの様子はどうだ」

 

『こちらヴァンガード、ダンサーだけどまだ少し動揺してるみたい』

 

「分かった。避難所からは出すな。場合によっては王女殿下にも助けてもらえ」

 

 そう言って通信を切った隼人は、俊の近くにあった壁がRPGの直撃で吹き飛んだのを見た。

 

 崩落こそしなかった物の、人が屈んで通れるだけの穴が開き、そこからゴブリンが侵入しようとしていた。

 

「くそぉお!」

 

 質量圧縮の術式弾を装填したショットガンで吹き飛ばす俊は、支援に来たSASと共にゴブリンを排除する。

 

 カスタムM4を単発発砲し、正中線を的確に穿つ隊員は、堀の対岸で『M72 LAW』を構えるゴブリンに気付いた。

 

「RPG!」

 

 叫んだ直後、着弾し、民家の壁を吹き飛ばしたそれの余波を受けた隊員は、咳き込みながら射殺する。

 

 対岸から走る発砲炎と、弾丸に足止めを受けたSASと俊は、その間に再装填を行う。

 

「クソッ、何だってんだこんな真夜中に」

 

「真夜中だからだ、ジャック。ぼやかないで持ち場を守れ!」

 

「了解!」

 

 単発連射で、仕留めていく隊員は俊と場所を入れ代わる。

 

 ポンプアクションをしながら背中を守り、門の方を見た俊は、隼人の姿が無い事に気付いた。

 

「すいません、ここ頼みます!」

 

「え? お、おい! 坊主!」

 

 隊員の一人が慌てて止めるのも聞かず、隼人がいた方へ走った俊は、民家の壁を突き破った彼に気付き、慌ててカバーに入る。

 

 民家の向こうに立ち込めた白煙から翼の生えた人影が見えた瞬間、銃口を上げた。

 

「撃て!」

 

 隼人の号令に応じて射撃した俊は、バリアの表面に着弾して火花を散らしたそれに目を見開いた。

 

 直接効果無しと判断した俊は、術式弾を連射し、足止めしながら隼人を起こす。

 

「退け、ランサー! それ以上相手にするな!」

 

「へっ!?」

 

 隼人の方を振り返った俊は、バリアで防いでいたらしいヴァイスの強襲で殴り飛ばされ、木箱を薙ぎ倒す。

 

 衝撃でM870を取り落とし、P90とスラッグガンを発砲した俊は、目の前から消えたヴァイスに驚愕した。

 

「どこ行った!?」

 

「離脱しろ、ここは俺がやる!」

 

「お前ボロボロじゃねえか! 置いて行けるか!」

 

 そう言って槍を引き抜いた直後、俊は吹き飛ばされ、それを見てニヤリと笑ったヴァイスは、ボロボロの装甲を身に着けたまま立ち上がった隼人と目が合う。

 

 バンカーとブラストランチャー以外、武装を失っている隼人に、鎌を向ける。

 

「ボロボロねぇ。まともに動けてるのが奇跡って感じ?」

 

 そう言って笑ったヴァイスに、拳を構えた隼人は、警告を発するウィンドウを見ると殆ど危険な状態の機体を見た。

 

 内部の機構は殆ど破損しており、スラスターのレスポンス、出力は5割未満、パワーアシストの出力も3割しか発揮できない状況だった。

 

「舐められたものねぇ」

 

 スラスターでもある羽根が起き、直後、加速したヴァイスの一撃を展開したバンカーで受け止める。

 

 数秒も持たずに圧倒され、そのまま引きずられた隼人は、膝のバヨネットを展開して膝蹴りを繰り出すが、回避され、反撃の踵落としが繰り出される。

 

「ッ!」

 

 慌てて引いた隼人は、バチバチとスパーク音を上げる関節に舌打ちする。

 

 過負荷で漏電し始めている間接モーターから警告が鳴り響き、動きが若干鈍った。

 

「大人しく死んだらどうかしら?」

 

「クソッ」

 

 薙鎌にした大鎌を振り上げたヴァイスに、歯を噛んだ隼人は、横から割り込んできた俊に目を見開いた。

 

 槍の一撃をバックラーで受け止めたヴァイスは、肩で息をしている俊にくすくす笑う。

 

「震えてるわねぇ。素人かしら?」

 

「ストライカーが動けねえんだ、俺がやらなきゃな!」

 

「蛮勇って言うのよ、そう言うの!」

 

 そう言って斬りかかったヴァイスに、槍を突き出した俊は、一撃を牽制して横薙ぎを放った。

 

 柄同士が激突し、一瞬迫り合いを繰り広げた二人は、お互いの援軍によって押し返し、距離を取った。

 

「暇だから加勢に来たぜ、ランサー」

 

 そう言って刀を構えた和馬に、頷いた俊は、後ろで隼人を庇う美月に気付いた。

 

「援護と隼人は任せて。暴れて来なさいな」

 

 突撃する俊にそう言ってACOGスコープを乗せたヘヴィライフルを構えた美月は、空中浮遊している賢人達に向けて単発射撃を繰り出す。

 

 銃撃に反応して散開した賢人達は、ヴァイスに挑みかかる俊達へ射撃を開始する。

 

「エイル、射撃してくる奴を頼む。ゲイルドリヴル、お前はサングリズルの援護だ。攻撃を分断しろ」

 

 そう言いながら美月にパトリオットを放つ賢人は、ビームマシンガンをバリアに浴びせる奈津美に射撃を任せる。

 

 どこからともなく取り出した『ダネル・MGL140』からフラッシュ、テーザー、スモークの三種のグレネードを放つ。

 

「これでしばらく動けないだろう」

 

「大分、えげつないね」

 

「死なないだけましだ」

 

 そう言いながら弾種を変更している賢人は、ブラックの相手をしている俊に向けて発砲する。

 

 爆発で姿勢を崩された俊は、賢人と奈津美にも発砲すると降下してきた彼と斬り結ぶ。

 

「お前、新横須賀の……!」

 

 そう叫んだ俊は、賢人を圧倒すると、槍の切っ先を突き出す。

 

 スラスターの勢いも加えた槍をのけ反って回避した賢人は、MGL140を手放し、パトリオットを引き抜くと俊の左足目がけて連射した。

 

「ぐっ!?」

 

 足を正確に穿たれて膝を突いた俊は、空中から降下してきた奈津美に蹴り飛ばされる。

 

 5tの質量が顔面に激突し、一瞬気を失いかけた俊はカウンターショックで復帰するも、地面を滑った。

 

「クソッ、ソーサラー!」

 

 叫び、センサー情報を送った俊は視界が塞がっている筈の美月に煙の中から射撃をさせる。

 

 賢人を庇い、斜めに傾けたシールドで防いだ奈津美は、バリアに向けてビームマシンガンを放射する。

 

「止めろ!」

 

 飛びかかる俊は、横薙ぎを奈津美に直撃させるが、重量級の体を吹き飛ばすには至らず、スラッグガンで追撃を加えた。

 

 バックステップし、シールドからマチェットを引き抜いた奈津美は、トリガーを引いて高周波機構を起動する。

 

「何が目的だアンタら!」

 

 そう言って突きを繰り出した俊は、シールドで受け止められたそれを引き戻して賢人の一閃を受け流す。

 

 牽制で5.7mmをばら撒いた俊は、同時に斬りかかってきた二人を受け止める。

 

「王女殿下の暗殺。と言いたいが、今はまだ殺しはしない」

 

「じゃあ、どうして!」

 

「護衛の様子見と、野暮用だ!」

 

 そう言って圧倒した二人に、吹き飛ばされた俊は、スラスターで堪えるとそのままサイドステップでその場を逃れる。

 

 シールドを構えて突っ込んできた奈津美に側転で回避した俊は、賢人の跳び蹴りを食らう。

 

「がっ……」

 

 足裏に挟み込まれ、壁に叩きつけられた俊は、槍を手放し、バックラーからマチェットを引き抜いて斬り上げる。

 

 サマーソルトで回避した賢人は、素人じみた軌道を見て取ると、横から割り込んだ奈津美に弾かせる。

 

「しまった!」

 

 サイドアームを弾かれた俊は、奈津美の振り下ろしを受け止めるが側面から脇を蹴って来た賢人に再び壁に叩きつけられる。

 

 力が緩むと奈津美の振り下ろしを肩に受けて崩れ落ち、叩きつけの後に、掴み取った槍で反撃する。

 

「無駄な事を!」

 

 シールドで防がれ、殴られた俊は避難所の方まで吹き飛ばされる。

 

 並べられた物資コンテナを薙ぎ倒し、槍を手放していた俊は、弾切れになるまでP90とスラッグガンを放つ。

 

「クソがァああ!」

 

 『EMPUTY』の表示を見た俊はリロードするよりも前に殴りかかり、敢え無く受け流される。

 

 地面を転がった俊は、入れ替わる様に跳躍してきた美月が二人を相手に戦うのを見た。

 

「槍を取りに行きなさい、俊!」

 

「お前援護じゃないのかよ!」

 

「これも援護よ!」

 

 シールドへ一撃入れた美月に笑いながら槍を取った俊は、彼女と連携して賢人達に挑む。

 

 が、彼らにとっては取るに足らないらしく、攻撃は殆ど受け流され、有効打を与えられずにいた。

 

「シュンさん!」

 

 通信で苦戦を聞いていたらしいシルフィがHK416Cを手に飛び出してくる。

 

「駄目だ! 王女陛下!」

 

 吹き飛ばされた先で叫んだ俊は、引き抜いたパトリオットを向けた賢人に槍を投擲する。

 

 敢え無く弾かれたそれだったがその間に復旧した隼人が回収し、賢人へ殴りかかる。

 

「クソッ」

 

 関節部の不調から動作が鈍り、一撃は外してしまう。

 

 隙を晒す隼人へ、銃口を向けた賢人に違和感を覚えていた美月は、腰からXM92を引き抜いて発砲する。

 

「ふっ、目的は果たした。セルブレイド、撤収だ。ミサだけ置いていく」

 

 スモークグレネードをばら撒き、撤収した賢人達に舌打ちした隼人は、シルフィの方へ駆け寄っていく俊達を振り返る。

 

「早く避難所へ戻って、早く! オークやゴブはあなたを狙ってます」

 

「なおさらここへはいられ―――」

 

「見せしめに民間人を殺されるのをお望みですか!?」

 

 シルフィを押し戻す美月をカバーしていた俊と和馬は、RPGの直撃で粉砕された北門に気付いた。

 

「お、おいおい。やばくねえか門ぶち抜かれたぞ!?」

 

「間違いなく、ここに来るわね。死守するわよ!」

 

「おう!」

 

 そう答えた和馬は、前線へ走っていく。

 

 それを見送った美月は、ヘヴィライフルを取り出すと、唇を噛んでいるシルフィの方を振り返る。

 

「恐らく、ここを守るには人手が足りません。王女殿下、手伝っていただけませんか」

 

「それは……!」

 

「ただし、あなただけで戦わないで下さい。レンカでも、シグでも、誰でも構いません。一人で戦わない様に」

 

「分かりました。ミヅキさん」

 

「では、お願いします」

 

 そう言って和馬の後を追っていった美月は、シルフィに背を向け、俊の肩を叩きながら走っていく。

 

 シルフィの方へ走って行った俊は、侍女と合流する彼女の手を掴んだ。

 

「殿下、無理をしない様に」

 

 そう言って、走って行った俊は、装甲を外し、別方向へ走る隼人に気付いた。

 

「お、おい。ストライカー!?」

 

 そう言う俊は、北門で始まった戦闘に意識を戻し、走って行った。



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第49話『キャメロット防衛戦2』

 あの後、市街地に落下していた二人は、美沙里と格闘戦を繰り広げながらテントの方へ逃げようとしていた。

 

「止めろ、ミサ! カナちゃんも!」

 

「今更止めれる訳無いでしょ!? 家族を奪っておいて、自分だけ幸せになってるくせに!」

 

「ミサ!」

 

「うるさい!」

 

「くっ!」

 

 回し蹴りで吹き飛ばされた浩太郎は、ブーストで迫る美沙里と迫り合いを繰り広げ、パワー負けしていた。

 

 そんな彼から彼女を離そうとククリナイフを投げつけたカナは、弾丸の如き威力で、吹き飛ばしたそれを牽制に迫った。

 

「邪魔しないでよ! 関係の無い奴は!」

 

「私は浩太郎の許嫁だ! 私が彼を守る!」

 

「ッ! 忌々しいッ!」

 

 長剣で斧を弾いた美沙里は、カナの首を取ろうとするがそれよりも早く放たれた電撃で弾かれた。

 

「触れるな!」

 

 今まで以上に殺意の強いカナに、驚いている浩太郎は、斬りかかってくるミサを蹴り飛ばす。

 

 壁に叩きつけられた美沙里は、追撃の横薙ぎを回避すると、足の腱を狙ってスリーブブレードを繰り出す。

 

 が、数発の弾丸が直撃し、ブレードの軌道が逸れる。

 

「くっ!」

 

「君を傷つけたくはないけど……でも、俺は!」

 

「だったら死ね!」

 

 そう叫び、対物ダーツを投擲した美沙里だったが、『Mk23』自動拳銃と電撃に迎撃され、空中で爆散する。

 

 あまりの精度に驚愕した美沙里は、バチバチとスパークを散らす空間に気付き、真横を振り返った。

 

グローム・ストリェラー(雷の矢)

 

 合わさった斧の背からスパークが散り、直後、雷の矢がミサに直撃する。

 

 バリアで防がれたそれに吹き飛ばされた美沙里は、雷を散らし、歩み寄ってくるカナに心拍数を上げる。

 

「あなたは殺さない。けど、殺せない様にはする」

 

 そう言って歩み寄るカナに、長剣を握り締めた美沙里は、止めに入った浩太郎に張りつめていた緊張の糸が切れた。

 

「アンタだけはぁああああ!」

 

 錯乱し、斬りかかった美沙里は、カナを庇おうと背を向ける浩太郎に笑みをこぼす。

 

 その体勢であれば、殺せる。

 

「死ねよお兄ちゃぁあああんッ!」

 

 長剣を振り下ろし、浩太郎の体を袈裟に切り裂く。

 

 その筈だった。

 

「……えっ?」

 

 剣が切り裂いたのは、カナの背中。抉るだけの傷を負わせたそれは、自失した美沙里に呼応して高周波を停止する。

 

 傷口から散った鮮血が彼女が倒れた石畳の道路に散り、どくどくと池を広げる。

 

「どう、して……。何で、庇うの……?」

 

「だって、私の……家族、だから」

 

「かぞ、く……」

 

 剣を取り落とし、膝を突いた美沙里に力無く笑ったカナは、尻もちをつき、目の前の事実を受け入れられずにいる浩太郎に手を伸ばす。

 

 その手を見て、ようやく事実を認めた浩太郎は、彼女の手を掴む。

 

「カナちゃん!」

 

「えへ……浩太郎、生きてる?」

 

「あ、ああ。大丈夫」

 

「良かった……」

 

「カナちゃん、カナちゃん! 起きてくれ、死なないでくれ!」

 

 泣き叫び、体を抱え上げた浩太郎は、足を震わせながら立ち上がった美沙里に気付く。

 

「ミサ、どうしてだ。どうしてカナちゃんを!」

 

「あ、アンタが悪いのよ……。アンタがその人を巻き込んだから! 私は悪くない! アンタが悪いのよ! 人並みの幸せなんか、得ようとするから!」

 

 そう言って拳銃を引き抜く美沙里を睨む浩太郎は、震える手で拳銃を掴む。

 

「アンタだけ死ねば良かったのよ、アンタだけが戦場にいれば良かったのよ! 私は無関係な人間を巻き込む気は無かったのに!」

 

 激高し、射撃しようとしたミサは、拳銃に正確な飛び蹴りを打ち込んだ隼人に退きつつ、ナイフを引き抜いた。

 

「ファントム、リーパーを連れて退け! ヴァンガード、ダンサーはプリンセスに任せてこっちでカバーを頼む」

 

『え、何? カナどうかしたの!?』

 

「背中を切られて重傷だ! 良いから来い!」

 

 怒号を発しながらナイフをフレームで弾いた隼人は、亜音速のジャブで牽制する。

 

 バリアに直撃したそれが過負荷を与え、美沙里に警告を与える。

 

「構わないでよ! 私は、お兄ちゃんにだけ用があるから!」

 

「お前は浩太郎を殺すんだろう!? 尚更、放ってはおけん!」

 

 そう言ってストレートで吹き飛ばした隼人は、地面を削りながら下がった美沙里に構えを直す。

 

「皆、どうして、あんな奴を庇うの!?」

 

「昔がどうであれ、今のアイツは俺の仲間だ。見捨てる道理が無い」

 

 挑みかかる美沙里に、息を吐きながら無手を構えた隼人は、突き出されたナイフを受け流し、脇を打撃した。

 

 バリアで防がれたそれだったが、許容量を超えた衝撃が貫通し、肝臓打ちをされた美沙里は意識を失いかける。

 

「お前が引くなら、追撃はしない。お前の始末は、あいつが付けるべきだからな。だが、退かないならば、殺す」

 

 そう言って睨んだ隼人に、気圧された美沙里は一歩後退る。

 

 悩むその間にレンカが合流する。

 

「ストライカー!」

 

「ヴァンガード、リーパーの容体は?」

 

「分からない。送りはしたけど。今手当受けてる」

 

「そうか、分かった」

 

「それで、その子がリーパーをやった訳?」

 

 そう言って薙刀の切っ先を向けるレンカを制止した隼人は、即射位置に構えたままの彼女を待機させる。

 

「さあ、どうする」

 

「くっ……」

 

 隼人が一歩を踏んだ瞬間、上空からレーザーが降り注ぎ、レンカを抱えて退いた彼は、煙を裂いた黒い機影からの砲撃を回避する。

 

 喰らった覚えのある攻撃に、顔を上げた隼人とレンカは美沙里を庇う賢人と目が合う。

 

「その子の部隊長はアンタだったか、桐嶋賢人」

 

「ああ、成り行きでな。それよりも俺達に構っていて良いのか? 避難所の前にオークが来ているぞ」

 

「な……?!」

 

「ここは見逃してやる。俺達の撤退を見逃せばの話だが」

 

「分かった。退くぞ、ヴァンガード」

 

 そう言って引き返した隼人に、ニヤリと笑った賢人は暴れる美沙里に銃口を向ける。

 

「頭を冷やせ、ミサ。今日は引く」

 

 そう言った賢人は、興奮している美沙里を撫でると抱え上げて撤退した。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 あまりの猛攻に防衛ラインを突破されていた俊達は、避難所の入り口ギリギリで持ち応えていた。

 

「クソが、何なんだよこの数は!」

 

 ゴブリンとオークをまとめて切り裂いた和馬が叫ぶ。

 

「シュウ達ゃこっち来れねえのかよ!」

 

「向こうも足止めされてるのよ!? 来れる訳無いでしょうが!」

 

「こんな時に限って、畜生!」

 

 そう言ってP90をばら撒く和馬は、迫りくるゴブリンやオークの群れの中で大柄なオーガがいる事に気付いた。

 

 石畳にひびを入れながら歩み寄ってくるそれに、頬を引きつらせた和馬は、味方を踏みつぶしながら迫るそれに雷撃を放つ。

 

《警告:魔力残量:低下》

 

 魔力槽の容量を減らした雷切からの警告文を見た和馬は、眼前に迫ったオーガの一撃をパーリングした。

 

 そのまま距離を取り、武器を構えた和馬は、リチャージングから雷切へ魔力を供給する。

 

「人間どもがエルフの盾か。こいつは滑稽だ」

 

「笑いたきゃ笑ってろ。種族を理由に、無抵抗の連中が虐殺されんのはこちとら後免なんでね」

 

「ふん、このワシを前にしてもなお怖気づかんか。肝の座った戦士共だ。殺し甲斐がある」

 

 豪快に笑うオーガに、切っ先を向けた和馬は美月と俊と共に挑みかかった。

 

「ワシの名はヘジン! 高潔なるオーガ族の老戦士よ! 貴様も名を名乗れ、剣士」

 

「コールサイン、ナイト。そうとだけ名乗っておくぜ、爺さん」

 

「ほう、騎士か。偽名にしても、ひねりが無いな」

 

 そう言って笑うオーガ、ヘジンが一歩を踏み、和馬との距離を詰める。

 

「高潔ついでに聞いておくぜ爺さん。エルフを狙わないって事は出来ねえのか?」

 

「エルフ狩りは我が種族の伝統。止める事など出来ぬわ!」

 

「そうかい。じゃあ、仕方ねえ。狩られても文句言うなよ!」

 

 そう言って斬りかかった和馬は、ヘジンの大剣と打ち合い、鍔迫り合いを繰り広げる。

 

 激しい体格差故に圧倒された和馬は、まるで片手剣の様に振り回される大剣に吹き飛ばされ、コンテナに突っ込む。

 

「ナイト!」

 

 ヘヴィライフルでオークを始末しつつ、駆け寄った美月は、重厚な足音を上げて迫るヘジンに腰の刀を抜刀する。

 

 居合いで振り下ろしにカウンターを入れた美月は、避難所に殺到するオークに気付き、落としたヘヴィライフルを拾い上げた。

 

「よそ見をするか女剣士!」

 

 そう言って大剣を振り下ろそうとするヘジンに、ロールで潜り抜けた美月はセミオートで排除できるだけのオークを射殺する。

 

 側面からの射撃にオークも反撃を試みたが、俊の乱入と内部からの思わぬ反撃で瓦解させられていた。

 

「無事な者はなるべく奥へ! 女子どもを庇う様に!」

 

 HK416Cを手にそう指示したシルフィは、無断借用したM4を手繰る侍女と共にオークを迎撃していた。

 

 オークの目を撃ち抜き、脳漿を吹き飛ばした彼女は、入り口で詰まっている彼らを次々に射撃していく。

 

「直ちに退きなさいオーク達! これ以上犠牲を出したくはないでしょう!?」

 

「うるせえ! お前を獲れば俺達は平和なんだよぉ!」

 

 腰から鉈を引き抜き、シルフィに挑みかかるオークに歯を噛んだ彼女は咄嗟に銃口を上げる。

 

 だが、トリガーを引いて間に合う距離ではなく、無駄だと分かっていても引きの動きを取っていた。

 

 振り下ろされるよりも早く、オークの喉笛に刃が突き立てられ、獣の様な唸り声を上げたシグレが手にしたニーヴェルングを血で染める。

 

「大丈夫ですか、王女様……」

 

「シグレさん……大丈夫なのですか?」

 

「はい……。まだちょっと、怖いですけど、何とか」

 

 足を震わせるシグレを見て眉をひそめたシルフィは、シグレを押し倒し、オークへ発砲。

 

 まだ恐怖心が残っているシグレが身を竦ませるのも構わず、排除を優先したシルフィは手足を震わせる彼女の手を引いて、背中へ隠した。

 

「無理はなさらず」

 

 そう言ってオークに向けてセミオートの射撃を撃ち込んだシルフィは、PMAGを排除し、リロードすると侵攻が止まった事に安堵してその場にへたり込んだ。

 

 鈍い汗をかき、避難所に立ち込める死臭に吐き気を催した彼女は、壁を突き破ってきた俊に目を見開く。

 

「シュンさん!」

 

 もたつきながらシグレと共に駆け寄ったシルフィは、P90を発砲する彼に投げつけられた斧に足が止まった。

 

 弾かれ、ベットをなぎ倒したそれを流し見たシルフィは、薄暗い外に走る火花に気付いた。

 

「俺の事は良いから! 早く中へ!」

 

 そう言ってシルフィを押した俊は、背中に叩きつけられたライフル弾に倒れ込んだ。

 

「見つけたぞ、エルフの王女!」

 

 叫び、ストックを折り畳んだAKS-74U(クリンコフ)を照準したヘジンからシルフィを庇った俊は、あちこちに跳弾する弾丸に冷や汗を掻いていた。

 

 マガジンいっぱいまで撃ち尽くしたヘジンは、立ち上がった俊に挑みかかる。

 

「そこを退け、槍兵!」

 

 外殻をつけた龍翔と斬り結んだ大剣を押し込み、ヘジンは避難所に到達する。

 

 侍女とシグレに庇われ、後退るシルフィを見つけたヘジンが破顔し、俊を圧倒して弾き飛ばす。

 

「がっ……」

 

 ベットを薙ぎ倒し、沈黙した俊を振り返った三人は見る者を圧倒する老オーガを前に、気圧されていた。

 

 もう助けてくれる人はいない、そう理解した瞬間、味わった事のない絶望がシルフィを襲った。

 

「こちらに来るがいい、王女よ」

 

 そう言って巌のごとき手を広げたヘジンに、一歩を踏もうとした彼女は老オーガの体ががくんと揺れたのに気付いた。

 

 遅れて咆哮が轟き、激痛を訴えるその声に顔を上げたシルフィは、ヘジンの両胸を貫く二本の刃に気付いた。

 

「いい加減に!」

 

「くたばりやがれ!」

 

 得物を突き刺していた美月と和馬は、お互い持てるだけの武装を叩きこみ、大量の傷口を生み出す。

 

 振り落とそうと暴れるヘジンは、遅れて合流してきた隼人とレンカの蹴りを顎に喰らい、脳震盪を起こす。

 

 その間にサイドアームの短刀を引き抜いていた美月は、ヘジンの脳天へ刃を突き立てると全体重をかけて押し込んだ。

 

 白目を剥き、体液を垂れ流したヘジンが倒れ、ダラダラと流れたそれが床を濡らし、ようやく死んだと実感を沸かせた。

 

「クソッタレ、てこずらされたぜ……」

 

「ええ。ソーサラーも、もう限界よ……。そうだ、俊は!?」

 

「あ、忘れてた。生きてっかー?」

 

 そう言って俊がいた場所まで歩いていく和馬と美月は、モーターの軋みを上げながら起き上がる俊に揃って安堵した。

 

「無事だったのね」

 

「ラテラのお陰でな……」

 

「でももうボロボロね」

 

「何十発に喰らえばそりゃぶっ壊れもするさ。良く持ったよ」

 

「ええ。外も落ち着いたみたいね」

 

 そう言って死体を引きずり、外へ出た美月は警告を発するソーサラーに眉をひそめつつ、降りてきたシュウ達と合流した。

 

 無数の弾痕が刻まれたチェーロV2の装甲に、気付いた美月は、頭部装甲を脱ぎ捨てたシュウの肩を叩いて労った。

 

「お疲れ様」

 

「全くだ。早く寝たいものだ」

 

 苦笑する美月を他所に、ふらふらと歩いていくシュウはコンテナ群の所まで移動すると装甲を解除する。

 

 夜が明けつつあり、大きくあくびをしたシュウは、眠い目をこすりながら歩いてきたハナに気付く。

 

「スト……ハヤト君がしばらくしたら出るから寝て良いって」

 

「人使いの荒い奴だ……。まあ良い、そこら辺で寝るか」

 

 そう言って階段に座り、教会の壁にもたれかかったシュウは、体の間に潜り込んできたハナに半目を向ける。

 

「寝かせてくれ……」

 

「一緒に寝よ?」

 

「好きにしてくれ……」

 

 目を閉じるシュウは、首元に来た頭を抱き締めると数分も立たないうちに眠った。



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第50話『後悔と現在』

 数時間後、一人聖遺物回収に向けて準備を始めた隼人は、路端で寝ている面々を流し見ながら必要な物をリスト化する。

 

「武器や装備は使ってたやつで良いか……」

 

 日も頂点まで登ろうかという時間でも静まり返っている避難所で必要な物を探る隼人は、背後の足音に気付き、予備のナイフを手に取って振り返った。

 

 振り返った先、紙コップを二つ持った浩太郎が立っており、ため息と共に受け取る。

 

「お前、起きてたのか?」

 

「戦闘の間、ずっと付きっきりだったからね。目が冴えて、眠れもしなかったし」

 

「そうか。容体は?」

 

「止血は出来たよ、傷口も、獣人だから再生が早くて治り始めてる。けど、ブレードが神経まで切ってた上に出血量が多くてね。基地に戻して、再生術式治療を受ける予定だよ」

 

「そうか。じゃあ、しばらくは実働から外す事になるな。……ああ、もちろん、お前もな」

 

 そう言って、コーヒーを飲んだ隼人は目を白黒させる浩太郎に苦笑する。

 

「睡眠不足の奴を連れていくほど、人手不足でもないし、馬鹿でもない。カナと一緒に先に基地に戻っておけ」

 

「でも、俺は」

 

「許嫁のお前が、あいつを一人にするなよ」

 

 そう言って、コップを置いた隼人は浩太郎の肩を叩く。

 

「でも、俺は……。美南の事を忘れて……幸せに、なって……」

 

「あの子に何言われたかは知らんが、だからって簡単に手放して良いもんじゃないだろ」

 

「隼人君……」

 

 空のコップを手に苦笑した隼人は、戸惑う浩太郎に一つ息を吐く。

 

「手放した幸せは二度と帰っては来ない。戻ったとしても、それは似た様な何かだ。俺も、お前も、それはよく分かってる筈だ」

 

「だけど……」

 

「俺もお前も、所詮過去に縛られた男だ。だけど、今が無い訳じゃない。今、守れる幸せが掌にあるなら、守っても良いんじゃないか?」

 

「それを誰かに、恨まれてもかい?」

 

「俺達も恨んでいたんだ。恨まれるくらい、どうって事無いだろ?」

 

 そう言って笑う隼人は、曇った表情の浩太郎を見ると立ち上がった。

 

「まあ、何にしろ、お前は先に戻ってカナの看病をしろ。その間に仕事を終わらせて、お前に決着をつけさせてやる」

 

「決着って……。どうやって」

 

「あの子の所属している部隊は、新関高を襲った連中だった。そして、狙いはロンゴミアント。それも、俺達が入手してから強奪する気らしい。なら、話は簡単だ」

 

「聖遺物を餌に、引っ張り出す気? 正気かい?」

 

「ああ、正気だ。それに、俺もあいつらに話があるんでな」

 

「話……ああ、ダインスレイヴ」

 

「そうだ。あれを取り戻すためにも、俺は奴らを倒す必要がある。そのついでに、お前は決着をつけろ」

 

「無茶苦茶な話だね……」

 

 そう言って笑う浩太郎に笑い返した隼人は、早速1セット大破したラテラの予備を確認する。

 

 残り2セット、武装を含めての数を見た隼人はこの後の作戦を考え始めた。

 

「さて、俺は準備をしてくる。お前は輸送準備か、休むかしておけ」

 

「了解」

 

 コップを渡し、入り口に向かった隼人は、襲撃で殆ど大破したアーマチュラの状況を把握して、輸送作戦を考えていた。

 

(全員のアーマチュラを破棄した上で、再装着させるべきか……?)

 

 そう考え、端末を操作していた隼人は、現状使用できる車両を調べるとその必要が無い事に気付く。

 

(一応車両は全部使えるのか……オーク共の侵攻方向とは真逆に止めてたのが幸いしたな)

 

 安堵の息を吐いた隼人は、固まって寝ているレンカとアキホと香美の元へ移動する。

 

 団子になってすうすうと寝息を立てている三人の傍に座り込んだ隼人は、戦火の最中にいたとは思えない程に安らかな寝顔を見つめていた。

 

(あの時……)

 

 村の奪還作戦の時を思い出した隼人は、僅かに発動しかけていたダインスレイヴの術式を思い出していた。

 

(発動しかかったが、今回は起動しなかった……)

 

『教えてあげようか?』

 

(スレイ……!)

 

『ふふっ、今回は、大人しく見てたけど、そろそろ私が出てくる必要がありそうね』

 

(どう言う事だ)

 

 内心でそう返し、睨んだ隼人は、宙を泳ぐスレイに笑われる。

 

『極限状態と返り血であなたが宿してるダインスレイヴが抜剣しかかってるのよ。たまたま血を浴びなかったから、さっきの戦闘じゃ発動しなかっただけ。

ここから先、一滴でも血を浴びれば、ダインスレイヴは起動する』

 

(起動そのものをお前が制御する、と?)

 

『いいえ、それは出来ないわ。起動する事その物は止める事も、遅延させる事も出来ない。私が制御するのは起動後の出力。あなたが使いやすい様に出力を制御するわ。

バックファイアで苦しまない程度の力で、ね?』

 

 そう言ってクスクスと笑うスレイは、苦々しい表情の隼人の頬に触れる。

 

『でも、そうも言えないみたいね』

 

(……お前にも、因縁があるだろう。あいつには)

 

『ええ。でも、あなたほど深刻には考えてないわ』

 

(そうか。忌々しい)

 

『あっはは。お生憎様、精霊にとって、剣なんてただの器よ。依り代さえあればずっと生きていられるわ』

 

(つまりあの剣自体に力は無い、と?)

 

『ええ、ただ、長くいたせいかあれが一番馴染むんだけど、その程度の代物よ、あれは』

 

 そう言って中でくるりと身を回して見せたスレイは、額を押さえる隼人にまた笑った。

 

『あら、もしかしてがっかりさせちゃった?』

 

(うるさい、黙れ。お前の話を聞いた所で、目的を変える気は無い。剣を奪還し、お前を封印する)

 

『あら、怖い怖い。せっかくの自由も謳歌させてくれないなんて』

 

(立場を弁えろ魔剣妖精風情が。お前のせいで、どれだけ犠牲が出たと思っている)

 

『ええ、知ってるわ。その上で、自由を謳歌するの。それが今までしてきた事なんだから』

 

 そう言って傍らに座り込んだスレイに、睨み目を向ける隼人は、ノイズの様に走った赤い世界に歯を噛む。

 

『あなただって、私と変わらない筈よ? 他者の命と引き換えに自由を謳歌している。

死んだ人間の血で、自分が進む道を塗り潰して、ね?』

 

 そう言い、隼人の肩に身を預けたスレイは、嫌そうな顔をしている彼を見上げて微笑む。

 

 腕を浅く抱き、甘える様な仕草で引っ付くスレイから顔を背けた隼人は、同族であると自覚できる自分が嫌になっていた。

 

『じゃあ、戦いになったらまた出てくるわ。それまで、あなたの中で』

 

 そう言ってスレイの姿は消え、活性化が進んだ術式に苦悶を漏らした隼人は、また走る赤い世界に呼吸を荒げる。

 

 村の捜索で見た無数の死体、村人だったであろう人々が避難所の天井に吊り下げられ、一斉に隼人を見ていた。

 

 どうして助けてくれなかった、と呪詛を吐きながら。

 

「……ッ!」

 

 負荷を抑えるべく、アンプルを刺した隼人はすぐに晴れた視界に安堵した。

 

 救う気が無い、と言えばそうだ、と証明以外何もない天井を見上げた隼人は、広げた手を掲げた。

 

 自分が抱くのは世界から受けた仇だけだ。返すのもたったのそれだけ、それ以上も以下も無い。

 

 だから、救う必要もない。

 

「……そろそろ、準備をするか」

 

 誰ともなく呟いて、隼人は駐車場へと向かった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 それから1時間後、駐車場に集合した隼人達は、ロンゴミアント回収の為のブリーフィングを始めていた。

 

「良いか、これから向かうのはここから数キロ先にあるカタコンペだ。移動は後ろの車両三台で行く。

到着後だが、チャーリーチーム、お前達はプリンセスと共にロンゴミアント回収を行い、護衛を行え。昨日の今日だ、嗅ぎつかれないとも限らないからな。

残りは、カタコンペ入り口にてチャーリーの任務完了を待つ。兵装は自由とし、各人で最適と判断できる物を用意する様に」

 

 そう言って解散させた隼人は、シュウ達チャーリーチームの方へ移動する。

 

「チャーリーチーム、個別に言っておくことがある。カタコンペ内の構造についてだが」

 

「データ無し、だろう? 予想はついている。カタコンペ内の国連測量記録が無いからな」

 

「だから、十分警戒して捜査を行え」

 

「任せろ。ドローン戦のプロがいる。抜かりはない」

 

「そうか、なら安心だな」

 

 そう言って笑う隼人はシュウと共に、アサルトドローンの準備をしているハナの方を見る。

 

 見られている事に気付いて顔を赤くするハナは、ドローンを盾に隠れる。

 

「ハナ、誤作動が怖いから止めろ」

 

 半目になったシュウに指摘され、慌てて置いたハナに苦笑を浮かべた隼人は、彼の肩を叩いて移動する。

 

 今回同乗者になる咲耶と合流した隼人は、コンテナに納めていた対人用装備の確認をしている彼女と合流する。

 

 眠たそうにあくびをするレンカと共にいた咲耶は、ミドルマガジンを装填したM93Rをホルスターに納め、12インチバレルに換装していた中距離戦用セットアップのHK417を手

に取った。

 

「そろそろ行くの?」

 

「ああ、準備は?」

 

「出来てるわ。レンカちゃんへ装備を渡す事もお話済み」

 

 そう言い、スライドを引いてチャンバーに一発送り込んだ咲耶は、セレクターを切り替えて安全装置をかける。

 

 安全を確かめ、背中のユニットに引っかけた咲耶は、合わせて立ち上がったレンカと共にインプレッサの元へと歩いていく。

 

「待て、貴様ら!」

 

 そう叫ぶ声に得物を構えながら振り返った隼人達は避難所を過ぎる大仰な馬車に気付

いた。

 

 馬車から降りてきた甲冑姿のエルフに、ため息を吐いた隼人は、全員に構えを解かせる。

 

「これより我らが任務を引き継ぐ」

 

「何?」

 

「王子からの命だ。我々、王家親衛隊がロンゴミアントの回収を行う」

 

「知らんな。俺達は国連命令で動いている。王家が関わろうが関係ない」

 

「ッ……、ふざけるなよ外様め! 王家の秘宝を貴様らごときが」

 

 腰の剣に手をかけ、エルフがそう言いかけた瞬間、M93Rを引き抜いた咲耶が、ダブルタップで発砲する。

 

「行きましょう、イチジョウ君」

 

 そう言って隼人を運転席に乗せた咲耶は、銃口を向けつつ、インプレッサを走らせた。

 

 三台が走り出し、馬車が見えなくなって席に収まった咲耶は、M93Rをホルスターに納める。

 

「助かった、咲耶」

 

 そう言って加速する隼人に、バランスを崩しながらも苦笑する咲耶は、M93Rを収めるとカタコンペまでの一本道を進む。

 

 戦時中である、と言う事さえ忘れれば、綺麗な山々と、手つかずの自然を見る事が出来ただろう、と、HK417を握る咲耶はぼんやりと考えていた。

 

「この調子なら早く着けるな」

 

 マルチディスプレイを弄り、そう言った隼人は、アニメの予約だの、とギャーギャー騒ぐ無線にため息をつき、スイッチを切った。

 

「緊張感のない奴らめ」

 

「だから、気が楽で良いわ。変に張り詰めるより、楽ですもの」

 

「それもそうだがな、咲耶。さっきの連中、追ってくると思うか?」

 

「ええ、追ってくるでしょうね」

 

「そうか、なら……。警戒、怠るなよ」

 

 そう言って車を走らせた隼人は、1時間後、カタコンペの前に到着した。

 

 エンジン音を轟かせ、停車したインプレッサから降りた隼人は、順次停車する車を誘導し、丘の上にある入り口付近へ全員を集めた。

 

「よし、ここが入り口になる。この付近を野外指揮所とし、入り口を固める。捜索班、チャーリーチームはこれより王女殿下達と内部を捜索。

ロンゴミアントの回収に当たれ」

 

 解散、と締めた隼人は一斉に動き出す面々の中で、ハナとデータリンクをしている香美の元へ移動する。

 

「リンク18で接続するから、通信もそこに乗せる様にして。接続切れそうになったらチャンネルを切り替えて」

 

「はい」

 

 ブックレットサイズのノートパソコンを操作しながらそう言うハナに、頷きながらウェラブルコンピューターを操作した香美は、リンク対象の機器を確認する。

 

「調子はどうだ?」

 

「あ、隼人さん。良好ですよ」

 

「そうか。良かった」

 

 そう言って端末を操作し、接続を確認した隼人は覗き込んできた香美に苦笑した。

 

「心配か?」

 

「え?! あ、いえ。そんな事は」

 

「だったら、覗き見は感心しないぞ」

 

 そう言って香美の頭を優しく押さえた隼人は、不思議そうな顔をして笑うハナの方を振り返った。

 

「えへへ。ハヤト君、香美ちゃんには優しいんだね」

 

「まあ、あいつ等みたいな問題児でもないからな。厳しくする理由も無い」

 

「大人しいもんね、香美ちゃん」

 

 そう言って笑うハナは、いつの間にか両脇に立っていたレンカとアキホに気付き、肩を竦めた。

 

 不満そうな彼女らを見て半目になった隼人は、ため息をついて、香美を作業に戻らせた。

 

「何だお前等」

 

「待遇改善を要求しまーす!」

 

「何を言うかと思えば……グレードダウンされたいか馬鹿共。さっさと持ち場に戻れ」

 

「だったら何とかしてよ!」

 

「締め落とすぞ」

 

「どうしてそう暴力に訴えるの!?」

 

「さあな」

 

「理由のない暴力はいけないと思いまーす!」

 

 そう言ってピョンピョン飛び跳ねるアキホは、跳ね上がった体をホールドされ、小さく悲鳴を上げる。

 

 そのままベアハッグを仕掛けた隼人は、苦しみ悶える彼女のタップを受けて解放する。

 

「分かればいいんだよ分かれば」

 

「説得じゃなくて脅迫でしょこれ!?」

 

「うるせえ、ごちゃごちゃ言いやがって」

 

 そう言って、仮設テントに置いていたボストンバッグからフレームを取り出した隼人は、バッグからアークセイバーに加えてフレーム装着対応のコンバットナイフを両腕に装備した。

 

 それに加えて特殊ベルトへ装填されたおびただしい数の投擲用ナイフを太ももに装着した隼人は、薄刃になっているそれのリリースレバーを押しながら引き抜いた。

 

 ファイトナイフとして使用する際の使い方で引き抜いた隼人は、太ももを一周する様に配置された鞘を確認する。

 

「フレーム用の新装備だったな?」

 

「ええ、ラウンドシース・スローインダガー。ETCが特殊部隊向けに開発してたものを特別に発注したの」

 

「リボルバー構造、レバーのプッシュ無しで抜くとオートパージで鞘が排除されるのか」

 

 フレームから送信された説明書を読んだ隼人は、ナイフを戻すと出発準備が終わったシュウ達の方へ移動する。

 

「それじゃあ、チャーリーチーム、行ってこい」

 

 そう言って、隼人はカタコンペへと降りていく6人を見送った。



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第51話『カタコンペ調査』

 出発から数分、タクティカルライト装備のベネリM4を構え、先頭を進む俊は、フレームと連動した携帯端末からドローンが取得した地形データを一瞥する。

 

 3階目に達するそこを歩く彼は、後ろでタクティカルライト装着のG18Cを構えるシグレとの距離を見る。

 

「ダンサー、レイダー達との距離、離れてないか?」

 

「離れてますね、待ちましょう」

 

「ああ」

 

 その場で立ち止まり、姿勢を落とした二人は、後ろから近づいてくるライトの明かりに前進のハンドサインを見せる。

 

 周囲を見回し、何も無い、と安心している二人は不意に響いた叫び声に銃口を上げる。

 

「今のは?!」

 

 立ち上がり、ベネリM4の銃口を上げた俊は、合流したシュウに自分が前進するサイン

を出すと、シグレと共に前を進む。

 

 角で立ち止まり、シグレとアイコンタクトした俊は、ライトに映った人影に銃口を向ける。

 

「Uuuuua!」

 

 唸り声をあげ、突っ込んできた陰に発砲した俊は、あたりに充満する紫色の煙に気付き、それに中てられて次々に起き上がる死体に銃口を向け、発砲する。

 

 銃声に気付いて顔を覗かせたシグレは、初めて見るアンデットに引き攣った声を上げる。

 

「ランサー、何やってる! って、こいつらは……」

 

「あ、アンデットですね。エルフランドのカタコンペにはよくいますよ」

 

「そんな風におっしゃられましても」

 

 そう言って、俊の援護に回ったシュウは、揃って震えているシグレとハナを見つける。

 

 こう言うのに弱いよな、と呆れた彼は、前進しようとしている彼に気付き、二人の元へと駆け寄る。

 

「ほら、行くぞ」

 

「え、あの中に突っ込むんですか!?」

 

「行かなきゃ持って帰れないだろうが」

 

「嫌です!」

 

「じゃあ、ここに置いていくぞ」

 

 そう言って立ち去ろうとしたシュウは、必死の形相で駆け寄ってきた二人に掴まれる。

 

「待って! 行かないで!」

 

「じゃあついて来い」

 

「やだ! やだ! ここにいる!」

 

「小学生かお前らは! ああ、もう俊行ってるぞ!」

 

「やだぁあああ」

 

 泣き出すハナに困り果てたシュウは、引き返してきた俊が泣きじゃくるレンカを抱え上げて突っ込んでいくのを追う。

 

 それを見て、あやすのが馬鹿らしくなってきたシュウは、ハナを抱え上げて走っていく。

 

「ランサー、襲ってくる奴は何割だ」

 

『2割。前世が悪人の奴が、って感じだな』

 

「なるほどな」

 

 そう言いながら走るシュウは、先行していた俊達と合流して階層を進んでいく。

 

 めちゃくちゃ泣いている二人の鳴き声が反響し、アンデットが出るエリアを抜けようと最小限の射撃で迎撃して走るシュウ達は、アンデットの姿の無いエリアに二人を下ろして迎撃射撃をする。

 

 走り難そうなシルフィ達二人を庇いながらエリアに引き込んだ俊は、肩で息をしている二人に休憩を告げ、アンデット達の動向を確認していた。

 

「ここまでで半分くらいか。案外早く回収できそうですね」

 

「はい……ですが、この先はかなり危険なエリアの筈です」

 

「危険、とは?」

 

「墓ですからスカヴェンジャーがいるはずです」

 

「こんな奥深くに?」

 

「前に確認されたのが奥でしたから」

 

「アバウトですね」

 

 そう言いながら残弾確認を終えたシュウは、泣きゲロを吐いているハナの背をさする。

 

 哀愁漂うやり取りを他所に、膝を笑わせているシグレの強がりに付き合わされている俊は、ため息を吐きながらショットシェルを込める。

 

「はいはい、怖がってない怖がってない」

 

「ほ、本気にしてませんね!? あ、アンデットとか、怖がってないんですから!」

 

「分かった分かった」

 

 そう言いながらショットシェルを装填し、レバーを半分引いてチャンバー内部を見た俊は、装填を確認して閉じた。

 

 角から様子を窺った俊は、センサー代わりに装着していたコンバットバイザーの情報を更新する。

 

「そろそろ動くか」

 

 そう言うシュウに頷いた俊は、センサーとサイトを再同期させつつ前に出る。

 

 角まで移動した彼は、後ろにハンドサインを出して前進する。

 

チェックコーナー(角に注意)

 

 T字路でクリアリングしつつ前進する俊達は、唸り声が聞こえると同時に壁に隠れる。

 

 小さく悲鳴を上げたシグレとハナは、睨む暇もなく前を見ている彼らに息を呑む。

 

「スカヴェンジャーですか?」

 

「はい、この鳴き声は。力が強いのでなるべく交戦は避けた方が」

 

「一旦、曲がり角まで下がりましょう」

 

 そう言って王女達女子陣を先に下がらせたシュウは、殿を俊に任せつつ彼のカバーをする。

 

 交戦する事無く下がった彼らは、道幅の狭いそこを通りながら聖槍の間を目指す。

 

「データリンク強度低下。上との通信が安定しなくなってくるよ」

 

「了解。あまり通信しないが、それでもと言う事はあるからな」

 

「中継ドローン、出しておく?」

 

「いや、叩き落とされる心配がある。無暗に飛ばす必要はないだろう」

 

 そう言って周囲を見回したシュウは、震えが収まってきたハナに安心するとまた陣形を整えて歩き出す。

 

 それから十数分、複雑な迷路の様なカタコンペを歩いた六人は、運良くスカヴェンジャーに遭わずに目的地へとたどり着いた。

 

「到着です。ここが、ロンゴミアントが保管されている部屋です」

 

「うわぁ、並々ならぬ瘴気を感じます……」

 

「ええ、呪われてますから」

 

「えぇ……」

 

「大丈夫ですよ。即死の類ではありませんから」

 

 そう言って前に進むシルフィに恐る恐る付いて行ったシグレは、歩みが極端に遅くなったシュウと俊に気付いた。

 

「二人共、大丈夫ですか?」

 

 そう言って歩み寄るシグレは、変な汗を掻きだした二人をハナと共に先導する。

 

 時折、膝から崩れ落ちそうになる二人を支えようとした彼女らは、触れた瞬間に痛がった彼らに驚いた。

 

「ど、どうしたの?」

 

「いや、大丈夫。あ、悪い、あんまり触らないでくれるか?」

 

「え、あ……うん」

 

 そう言って一歩離れたハナは、真っ先に魔力汚染を思い出し、メディックバッグから二人分の中和アンプルを取り出した。

 

「二人共動かないで。中和用のアンプル打つよ」

 

 そう言って首筋にアンプルを刺したハナは、顔をしかめた二人から苦悶が抜けていくのを見てほっと一息ついた。

 

 マシな程度に中和された魔力に、深い息を吐きながら起き上がった二人は、手持ちのタクティカルライトで周囲を照らす。

 

「随分と埃っぽい所だな」

 

「数世紀ほど放置されてるそうですので……」

 

「手入れが成されてないせいで装飾の柱もボロボロだな」

 

 そう言って、崩落している柱を見たシュウは、奥にある台座へ向かうシルフィの後を追う。

 

「目的の物はこちらです」

 

「これが……聖槍。にしてはもの凄く―――」

 

「風化してしまってますね」

 

 台座に押されている一本の槍は、豪奢さや尊厳も感じられないほどに風化しており、表面に錆を浮かせていた。

 

「長期放置の弊害か。まあ、どうなってるかは回収してから確かめよう。俊、コンテナを」

 

「了解」

 

 シュウの指示で背面ユニットに引っかけていた折り畳み式のコンテナを下ろした俊は、恭しく手に取ったシルフィから槍を受け取る。

 

 その瞬間、体に電流が走った様な錯覚を覚えた。

 

「ッ!?」

 

 焼けつく様な痛みに手放してしまった俊は、空虚な音を立てて落下した槍を見下ろす。

 

 グローブ越しに痛みを感じた俊は、慌てて回収しているシグレを他所にオープンフィンガータイプのそれを外す。

 

「痛ッ」

 

 布地に張り付いた酷い火傷の跡が露出し、その場にいた全員が目を見開く。

 

「しゅ、俊君どうしたのその火傷!?」

 

「分からない、けど多分……その槍を持った時に、付いたと思う」

 

「槍……? これを持った時に、ですか?」

 

 そう言って両手に持った槍を見せたシグレは、槍に呼応する様に、俊の右目がうっすらと金色に染まっているのを見た。

 

「シグ?」

 

 見つめられている事に耐えられずそう呼びかけた俊は、慌ててしまう彼女に苦笑する。

 

 自動閉鎖式のコンテナが槍を包み込むと同時、カタコンペが軽く揺れた。

 

「地震?!」

 

 慌てるハナに冷静な俊は首を横に振る。

 

「だったらこんな小さくねえよ」

 

「だとすれば……」

 

「爆発、だな。急ごう」

 

 そう言ってコンテナを背負った俊は、背中から走った刺激に思わず足が止まった。

 

「俊君?」

 

 G18Cを手に振り返ったシグレは、固まっている俊に呼びかける。

 

「えっ? あ、いや。何でもない」

 

 ベネリを手に、首を振った俊は、彼女を追って保管庫を後にした。



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第52話『聖槍の目覚め』

 地上では、入り口を固めつつ警戒していた隼人達が案の定寝返っていたエルフ達と交戦していた。

 

 鎧甲冑のエルフを殴り飛ばした隼人は、思わぬ番狂わせ二つの方を振り向き、舌打ちした。

 

「ッくぅ! 鬱陶しいのよっ!」

 

 薙刀を振るい、番狂わせの一つであるダークエルフの暗殺者達を追い払ったレンカは、直感でライフル弾の掃射を回避する。

 

 車のホイール後ろに隠れたレンカは、番狂わせの一つ、恐らく地球軍であろう兵士達の銃撃に舌打ちしていた。

 

「カバー!」

 

 そう叫び、単発(セミオート)に切り替えたHK417を連射した咲耶は、倍以上撃ち返してきた相手に舌打ちして隠れた。

 

 声帯マイクを起動し、武にチャンネルを切り替える。

 

「フィアンマより、エリミネーター。北側森林地帯に向け、制圧射」

 

『エリミネーター了解だぜ!』

 

 指示を出しリロードする咲耶は、直後制圧射撃をかけた武に追従して発砲。

 

 機銃手含めた二人の射殺を確認する。

 

(タンゴ)二名(ツー)死亡(ダウン)

 

 今度は戦闘管制官の香美とナツキに向けてそう報告すると、車を飛び越えてきたダークエルフと目が合う。

 

 咄嗟に構えた咲耶は、発砲より早く迫ったダークエルフの一閃を回避し、しりもちをつきながらM93Rを引き抜く。

 

「ッ!」

 

 フレームのリコイルカウンターに任せて、3点バーストで放つ咲耶は、器用に回避するエルフに舌打ちしていた。

 

 その隙に迫る従士に、ナイフを引き抜こうとした咲耶は、カバーに入ったレンカに助けられた。

 

 警備前に、咲耶から受け取ったオリハルコニウム製のブーツで、エルフの顔面を蹴り、鼻の骨を折ったレンカは、着地の勢いで足を踏み砕く。

 

「鬱陶しいのよ!」

 

 命乞いをさせる間もなく、Px4で止めを刺したレンカは、余裕を失った顔で荒く息を吐く。

 

 戦闘開始から十分が立ち、接近戦主体の面々は素早い相手に対応する為、激しく動き回っていた。

 

「レンカちゃん。そろそろ下がりなさい。消耗しているはずよ」

 

 そう言って周囲を警戒した咲耶は、大人しく下がっていくレンカに、内心不安を募らせていた。

 

(まずいわね、こっちは所詮体が未完成な少年兵。対して向こうは体が出来上がったプロ。技量、経験で迫れても体力では負ける……)

 

 指揮管制用のウィンドウを開いた咲耶は、下がっている面々を確認すると、狙いを定められない様に物陰へ隠れる。

 

 フレーム連動の操作で、ウィンドウを動かす咲耶は、バイザーのセンサーで検知したフレームからの警告で顔を上げる。

 

「お前が指揮官か!」

 

 ナイフを構えたダークエルフに、フルオートに切り替えてHK417を発砲する。

 

 薙ぎ払う様に弾丸を受け、手足を千切らせて死んだエルフに荒く息を吐いた咲耶は、エルフ騎士の首を折った隼人と目が合う。

 

 

「大丈夫か?」

 

「大丈夫、とは言い難いわね。けど、今退く訳にもいかないわ」

 

 隼人の手を借りて姿勢を整えた咲耶は、会話を遮る様に放たれたライフル弾に慌てて伏せ、車の隙間から発砲する。

 

 咲耶の援護を受け、車から飛び出した隼人は、同時に飛び出した和馬と共に、兵士達へ突っ込んでいく。

 

「ソーサラー、援護射撃開始!」

 

「『水行・放射』! 爆氷弾!」

 

 咲耶に同調してライフルの銃口を起点に術式を放射した咲耶は、フレシェットの如く拡散した氷弾を、兵士達に浴びせる。

 

 氷と鉛が突き刺さり、絶叫する一人の兵士は、銃を持った自分達に構わず突っ込んできた少年二人に殺害される。

 

「クリア」

 

 淡々とそう告げた隼人は、血だらけの地面を見下ろすと、返り血を浴びている和馬に視線を向ける。

 

 視線を浴びつつ、得物を血振りした和馬は、鞘に刀を収める。

 

「兵隊はこれで最後か」

 

 そう言って死体を蹴った和馬は、森林から斬りかかってきたエルフに驚愕し、鞘ごと引き抜いて受け止めた。

 

 鍔迫り合いを避け、エルフを蹴り飛ばした和馬は、隼人と共に森林から離れる。

 

「フィアンマ、タンゴ・インファントリは全排除した。残りはダークエルフとエルフだけだ」

 

『フィアンマ了解。こっちに戻ってらっしゃい。開所戦闘で仕留めるから』

 

「了解。戻るぞ、ナイト」

 

『時間的にそろそろランサー達が戻ってくるはずよ。それまでになるべく数を減らして、スムーズに戻れるようにしないと』

 

「ああ、分かってる」

 

 そう言って、背後を振り返った隼人は、追ってきたエルフに太もものナイフを引き抜いて投擲する。

 

 素早く弾いたエルフは、腰のサーベルを振り上げる。

 

「もらった!」

 

 ナイフを引き抜いていた隼人に直撃する直前、横から割り込んだ刃が防いだ。

 

「俺の事、忘れてねえかぁ!?」

 

 そう言って、横薙ぎのスイングで吹き飛ばした和馬は、車に逃げ込んだエルフに、ニヤリと笑う。

 

「どうすんだストライカー」

 

「カウンターだ」

 

「あいよ」

 

 そう言って、下段に構え直した和馬は、ナイフを逆手に持ち直した隼人に、背を向ける。

 

 お互いの背中を守る姿勢で、集中した二人はそれぞれ感じ取った殺気に目を開ける。

 

「はっ!」

 

 隼人はエルフの下級騎士に、和馬はダークエルフにそれぞれ攻撃を放つ。

 

 初手を投げナイフで獲った隼人は、剣を弾き、迫るエルフの一閃をフレームで弾くと、眉間に一撃叩き込んで脳震盪を起こさせる。

 

 ふらり、と仰け反ったエルフは、たたらを踏むと同時に、飛び込んできた右足を脇に受け、内臓破裂を起こす。

 

「ぐはっ」

 

 胃液と共に吐血し、崩れ落ちたエルフは返り血を浴びた隼人に頭を叩き潰され、絶命した。

 

 血を浴び、起動しつつあるダインスレイヴに、呼吸が荒くなってきた隼人は、崩しから頭を切り落とした和馬から離れる。

 

「お、おい、ストライカー!?」

 

「来るな! お前は……他の奴らを排除しろ!」

 

「お、おう……」

 

 戸惑う和馬は、叫ぶ隼人が目を赤く光らせているのを見逃さなかった。

 

 数秒の後にダインスレイヴが起動し、全身から赤黒い光を迸らせた隼人は、すぐに収束したそれを体に納め、荒く息を吐く。

 

「この感覚……スレイか」

 

『言ったでしょ? コントロールさせてあげるって』

 

「そう言う事か。まあいい、行くぞ」

 

 拳と足に光を集中させ、構えた隼人は、上方から飛び降りてきたダークエルフの一閃を回避すると、追撃に対してカウンターを放つ。

 

 光を纏った拳の直撃と同時、爆裂したエルフの体から内臓が四散し、数瞬遅れて、爆発した様に赤黒い光が辺りに放出される。

 

 返り血を浴び、更に出力が向上したダインスレイヴに、激痛を感じた隼人は、挑みかかってきたエルフの上級騎士の一閃を回避する。

 

「もらった!」

 

 遅れて槍を突き出した従士の一閃を、蹴りで弾いた隼人は、フレームで不意を突きに来た上級騎士の一閃を弾くと、がら空きの顔面にストレートを打ち込む。

 

 ぐしゃり、と顔面が潰れ、大量の血液と体液を炸裂させた騎士は、眼球と脳漿をぶち撒いて絶命した。

 

「う、うわぁあああ!」

 

 その光景を見て、慌てて逃げようとした従士は、移動先を予測して狙撃したリーヤに脳天をぶち抜かれた。

 

 スコープで確認し、ミドルバレルのMSRをボルトアクションしたリーヤは、深呼吸すると香美からのデータリンク情報を確認する。

 

「今ので全部かな」

 

 そう言ってMSRを上げたリーヤは、ちょうど戻って来た俊達に笑みを向ける。

 

「お帰り」

 

「おう。って、何かあったのか?」

 

「襲撃だよ。撃退したけど」

 

 そう言ってチャンバークリアの作業を行っていたリーヤは、安堵した様子の俊に笑いながら、ガンケースにライフルを収める。

 

 その間に咲耶と隼人が駆け寄り、回収の確認を行う。

 

「レイダー、パッケージ(ロンゴミアント)は回収できたか?」

 

「ああ、このケースの中に」

 

「よし。じゃあ撤収しよう……と言いたいがインプ以外の車がボロボロだな」

 

「救援要請を出して待つしかないな、これは」

 

「そうだな。香美、アヴァロンキャンプに要請。お迎えを頼んでくれ」

 

 そう言って周囲を見回す隼人は、のどかな風景に散見される黒煙を見た。

 

「どこかしこも戦闘状態、か」

 

 そう呟くシュウの方を振り返り、頷いた隼人はレンカ、ハナ、シグレの三人がしきりに耳を動かしているのに気付く。

 

「どうした」

 

 そう呼びかけた隼人は、一斉に一点を見上げた三人に意図を読み取り、周囲に叫ぶ。

 

「散開しろ!」

 

 直後、隼人がいたあたりに何かが直撃し、爆煙が辺りにぶちまけられた。

 

「何だ!?」

 

 ロールしながら中心から距離を取った隼人は、晴れた煙から姿を現した、見た事のない不揃いな形状のAAS三機に目を見開く。

 

 秘匿用バイザーから光眼を光らせたAASに、我に返った隼人は、ミウ達が庇っている王女を守るべく挑みかかった。

 

「邪魔だ」

 

 蹴り足を突き出した、全身をブレードに包ませたAASの攻撃を回避した隼人は、甘い体重移動を見切って背中を蹴り飛ばす。

 

 その間に挑みかかってきたもう一人の攻撃を回避した彼は、その場から追い散らされ、舌打ちする。

 

「クソがッ!」

 

 そう叫んだ隼人は、カバーをリーヤに任せて一旦距離を取る。

 

 一方、接近しつつある、もう一機、スタンダードな見た目に通信機能強化用のロッドアンテナが目立つ青いAASから、王女を離そうと、シグレが果敢に攻撃していた。

 

 飛び退きと同時にG18Cをバリアに向けて発砲、同時にハナも発砲し、火花で視界を塞いだ二人は、ニーヴェルングでのバリア破壊を狙った。

 

 だが。

 

「出力が、足りない!?」

 

 消費軽減の為に抑えられた出力が仇となり、刃がバリアを貫通できなかった。

 

 故に表面を滑り、僅かに削るだけに留まって、そのまま滑り落ちたシグレは、AASの蹴りを回避すると、G18Cを乱射した。

 

「無駄だ、雌犬!」

 

 拳銃弾はバリアで弾かれ、あらぬ方向へと跳弾するそれが暴れまわる。

 

 バク転で距離を取るシグレは、腰のラックからビームサーベルを引き抜いた青いAASに舌打ちした。

 

「何者ですか、あなた方は!」

 

 庇う様に立つシグレ越しにそう叫ぶシルフィは、彼らにHK416Cを突きつける。

 

「これは失礼。我々はオルフェウス。地球連邦軍の少年義勇隊です。シルフィ王女、あなたをお迎えに上がりました」

 

「私、を……?」

 

「ええ。無理にでも、来ていただきますがね!」

 

 そう言って突進してきたAASに、シルフィを押し倒して回避させたシグレは、カバーに入るハナと共に発砲する。

 

 バリアで弾丸を弾きながらビームサーベルを再び発振させたAASは、シグレとハナを分断する様に振り下ろす。

 

「ッ!」

 

 地面を焼いたそれに、分かれて飛び退いた二人は、それを狙って突っ込んできた別の二機に吹き飛ばされた。

 

「シグ!」

 

「ハナ!」

 

 壁に叩きつけられ、気絶した二人を見た俊とシュウは、冷静さを欠いて駆け寄る。

 

 その間に、シルフィの元へと歩み寄る青いAASは、フルオートに切り替えた彼女の銃撃をバリアに喰らう。

 

 直撃した全弾を弾き、嘲笑を浮かべたAASのパイロットは、サーベルを収める。

 

「さあ、こちらへ」

 

 そう言い、手を伸ばしたパイロットは、バリアに走った衝撃によろめき、振り返る。

 

「姫様は、渡さない!」

 

 シグレが落としていたニーヴェルングを手に拳銃を構えた侍女、メイが果敢にAASへ挑みかかる。

 

 バリアに阻まれ、刃が滑るが、それを埋める様に繰り出す踵落としに、水属性の術式を付与し、叩き込む。

 

「ぐっ!」

 

 放出の圧と水圧とが加わり、ハンマーの様な衝撃がバリアに入り、過負荷で破壊される。

 

「しまった!」

 

 水を浴び、そう叫んだパイロットだったが、その表情は次の瞬間には笑みに変わっていた。

 

「何て、な」

 

 その一言に目を見開いたメイは、蹴り飛ばされ、追撃のタックルを受けて、シルフィの傍へ吹き飛んだ。

 

「メイ!」

 

 そう叫んだシルフィは、パイロットの傍に着地した三体目のAAS、全身に重火器を配したハリネズミの様な白銀の機体が、拳銃サイズのテーザーガンを向けてくるのに、目を開いた。

 

「こ……の!」

 

 意識混濁で青い機体しか認識できなかったメイは、拳銃を向けた瞬間、テーザーの電気ショックを受け、残されていた気力を失い、気絶した。

 

 倒れた勢いで手放された拳銃が暴発し、スライドが砕け、火薬の勢いに破壊された部品が四散する。

 

「そん……な」

 

 絶望に暮れ、体をちぢ込めたシルフィは、絶叫する。

 

 直後。

 

「クソッたれがぁあああ!」

 

 ライフル弾数発の直撃の後に、やけくそ気味に挑みかかった俊が、穂先を白銀のAASのバリアに叩きつける。

 

 表面を滑るそれに、スラストブーストからの石突の一撃を打ち込み、怯ませた。

 

「邪魔をするな!」

 

 冷静さを欠いていた俊は、青い機体の蹴りを回避しきれず、吹き飛ばされる。

 

「ランサー!」

 

 カバーに入ろうとしたシュウは、目の前に走った火線に足が止めてしまい、立て続けの銃撃をロールで回避する。

 

 セミオートのHK416を射撃し、その場を離れた彼は、カバーに入った武の陰に隠れてリロードすると俊の方を見る。

 

(クソ……ッ)

 

 シールドを嬲る銃撃に、二人がかりで耐えていたシュウと武は、物々しい雰囲気を纏い、起き上がった俊に気付いた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 激情に突き動かされ、立ち上がりながら荒く息を吐いていた俊は、脳裏に響く声を聞いていた。

 

『力が、欲しいか?』

 

 幻聴だ、とそう思いながらも、俊はその声を聞き逃せなかった。

 

『もう一度、問う。力が欲しいか?』

 

(ああ、欲しい)

 

 内心でそう答え、顔を上げた俊は、目を金色に輝かせ、全身から同色の光を放つ。

 

 それに応じる様にコンテナが破壊され、中に納められていた古びた槍が、一人でに浮いて俊の元へと飛んでいく。

 

「な……聖遺物?!」

 

 驚愕する全員を他所に、ひったくる様な動きで目の前に浮いた槍を手に取った俊は、焼ける様な熱さを手に感じた。

 

 それと共に、槍の錆が剥がれていき、その中にあった黄金色の輝きが、周囲の目をくらませる。

 

「うっ……ぐっ」

 

 呻き声を上げながらも、槍を構えた俊は、光を放ち続ける槍の穂先をAAS二機に向ける。

 

「何なんだ、情報になかったぞ!」

 

 そう喚き、後退る青いAASを見据えた俊は、背中のスラスターから、余剰魔力を放出する。

 

 そのタイミングでようやく俊は、手に収まった武器に気付いた。

 

「こいつは……ロンゴミアント?!」

 

(左様、我が名は聖槍ロンゴミアント。その大精霊じゃ)

 

「どうして俺なんかを」

 

(槍使いがお主しかおらんからのう。最近の若いのは皆剣やら何やらに走っておる。嘆かわしいの)

 

「いや、まあ、銃あるし……って、そんなのは良いんだよ。取り敢えず、俺に力を貸してくれんのか?」

 

 そう言った俊は、独り言を言っている光景に呆れた周囲も気にせず、純白のドレスを身にまとった、少女型の精霊と話す。

 

(まあ、そうじゃの。いい加減あんな埃っぽい所で寝るのも嫌じゃし。お主を資格者の儀につかせて外に出るのも乙じゃろうて)

 

「良いや、そう言う事なら……。借りるぜ、ロンゴミアント!」

 

 そう言って駆けだした俊は、割り込んできたブレードのAASに飛び退く。

 

「隊長、早くそいつらを! ここは俺が!」

 

 そう言って俊と打ち合い始めたAASに、隊長格らしい青い機体のパイロットは頷き、シルフィにテーザーを浴びせ、メイごと連れ去っていく。

 

「王女殿下! クソ! 邪魔すんじゃねえ!」

 

 そう言って光を纏った拳を叩き付けた俊は、バリアを砕かれ、吹き飛んだAASを他所に青い機体へ突進する。

 

 掠める様に跳躍したAASは、マントの様に、放出した余剰魔力を翻す俊を見下ろし、空いている手に、サブマシンガンを引き抜いて放った。

 

「効くかよ!」

 

 光を纏う左手からバリアを放出した俊は、右に持っている槍に光を溜め込むと、光線を放出する。

 

 長大なビームサーベルと化したそれを振るい、青い機体を薙ぎ払った俊は、バリアで防がれたそれに舌打ちする。

 

 放出限界に達し、途切れたそれに舌打ちした俊は、カバーに入るブレードの機体の大剣と打ち合い、一瞬圧倒される。

 

「邪魔はさせない!」

 

 スラスターを吹かし、押しにかかるAASに、アーマチュラモードへのリミッター解除を実行した俊は、押し返す。

 

 腕部ブレードを前面に動かし、大剣で抑えた俊に切りつけるが、マントの様に放出されていた光がバリアとなって防ぐ。

 

「退け!」

 

 そう叫び、AASを蹴り飛ばした俊は、白銀の機体共々離脱した青い機体を見上げ、舌打ちした。

 

 俊に続いて見上げ、笑ったブレードのAASは、岩壁に叩きつけられた際に、スラスターを損傷し、身動きが取れなくなっていた。

 

 それを囲む様に、武器を上げた俊達が迫る。

 

「お前ら、地球連邦軍とか言ってたな。何のつもりだ。何が目的で」

 

「言う訳無いだろ、下種な植民地の奴隷風情が!」

 

「何だとこの野郎!」

 

 激高し、掴みかかった俊は、相手のAASが自立しないのを怪しみつつも、フレームの膂力で持ち上げる。

 

「隊長は俺達の理想を実現してくれる。俺が、ここで散ったとしてもなぁ!」

 

 そう叫ぶAASから異音がするのに気付いた俊は、咄嗟に飛び退く全員を他所にAASを岩壁に投げつけ、ロンゴミアントから放出したレーザーで消滅させた。

 

 自爆を狙っていた機体は呆気なく消え、荒く息を吐いていた俊は、フレームからの警告と共に過負荷で倒れた。



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第53話『地獄の序章』

 それから一時間後、国連部隊に回収された俊達は、ブリーフィングルームでそれぞれ苦々しい表情を浮かべていた。

 

「ケリュケイオン、ユニウス。両部隊ともロンゴミアントの回収、ご苦労だった」

 

 そう言い、タブレットを掲げたアキナは、黙々としている全員にため息を落とすと、蒸しタバコをふかすカズヒサを見下ろす。

 

「ここは禁煙です、リベラ大隊長」

 

「おいおいあっちゃん、言うに事欠いてそれかぁ? まあ、いいや。これは俺の仕事だからな。おい、高校生共、何しけた顔してんだよ」

 

「ちょ、ちょっとカズヒサ!」

 

 予想外の言葉に思わず素が出たアキナは、それを横目に見て笑っているカズヒサにムッとした。

 

「聖遺物は回収した。それで俺達の仕事は完了だ。なのに何で、明るい顔できないかね?」

 

「だって、王女殿下が」

 

「そいつはNEUの連中に任せればいいだろ? それともなんだ? お前ら全員、私情に駆られて助けに行きたいのか?」

 

 そう言ったカズヒサは、一人達観した様子でそっぽを向く隼人を除き、言い淀む俊達を見回す。

 

「それは……」

 

「だったらそう言えよ、その為の俺だぜ?」

 

「兄貴……」

 

「それに、王族もお前らに助けに行けって言うだろうしな。ま、お前らは準備を進めとけ」

 

「お、おう」

 

 戸惑いがちな俊に、ニヤッと笑ったカズヒサは、眉をひそめるシュウと隼人の視線に気付いた。

 

「どうした、お前等」

 

「大隊長、どうしてそんな場所が分かっている前提で話をされているのです」

 

「お、気付いたかぁ。目ざといなお前らは」

 

「誤魔化さないでくれ。一体アンタはどうやって調べる気だ?」

 

「そいつに付いちゃ企業秘密だなぁ。ま、気にしない方が良いぜ?」

 

 そう言って、けらけら笑ったカズヒサは怪しむ二人に携帯端末を見せ、それを説得の理由とした。

 

「場所の特定にはしばらくかかる。早くて明日の夜だ。まあ、そっちの方が都合良いだろうけどな」

 

「そうとも言えないかもしれません。今の俺達にとっては時間こそが最大の障害だ」

 

「そりゃそうか。連中がジュネーヴ条約を守るとは思えんしな」

 

「ええ。それにオーク共が王女を捕虜とみなしているかすらも怪しい。つるし上げか、見せしめか、はたまた下衆共の玩具にされるか。

いずれにせよ、ろくでもない扱いをされるのは目に見えている以上、時間をかける訳にもいかない」

 

「そうだな、じゃあ俺の方も急ぎで特定する様にする。じゃあ、後よろしく」

 

 携帯端末を操作しながらその場を去るカズヒサを見送った隼人は、俊の方を振り返る。

 

「随分と面倒な事をぶち上げたな俊」

 

「あ、悪い」

 

「いや、良い。どうせやる事になるんだ。だったら早い方が良い。損はするがな」

 

 そう言ってテーブルに飲みかけのコーヒーを置いた隼人は、任務上がりの休憩として思い思いの飲み物を飲んでいる面々を見回す。

 

 リラックスしているとは程遠い表情を見て、一つ息を吐いた隼人は回収後に襲撃してきた地球連邦軍の存在を思い出していた。

 

(桐嶋賢人に続くAAS部隊……。あいつほどの動きではないとは言え、今の俺達には脅威だ)

 

 そう考えながらコーヒーを口に含んだ隼人は、激闘の疲れからか寝ているアキホと香美に気付く。

 

「まあ、考え込んでも仕方ない。各自、命令あるまで解散だ。自由にしろ」

 

 そう言って隼人はその場にいた面々を解散させた。

 

 それから十数分後、隼人達男子は避難所前の道路でキャッチボールをしていた。

 

「まだ運動する気とか、男子は元気だねぇ」

 

 タブレットで、同人即売会用の原稿を確認しながら、そう呟いたミウは、隣でシナリオを書いている美月を見上げた。

 

 腕で巨乳を持ち上げる様にしてタイプしている彼女は、一息入れる為に持ち込んだ紅茶を一口飲んだ。

 

「そうでもしないと、気分が晴れないんでしょ。私達のようにね」

 

 深く息を吐き、PCを置いた美月は、自身の周囲で思い思いの休憩を取っている少女達を見回す。

 

 プログラムの改良を終え、新型のアサルトドローンを飛ばしたハナは、自立駆動で周囲を精査しているそれのステータスを確認する。

 

「オートカバーモード良し、IFF認識問題無し、カウンターオーバーライド良し。ラジオコントロールモード、良し。えへへ」

 

 嬉しそうにドローンを見上げるハナを見ていた美月は、まるで新しいおもちゃを見せるように動かしてきた彼女に苦笑する。

 

「ミィちゃん、見て見て!」

 

「あら、新しいドローン?」

 

「うん、お姉ちゃんからもらったの」

 

 そう言って八の字軌道を取らせたハナは、感心している美月へ少し悲しげに笑う。

 

「少しでも戦力が増えれば王女様を助けるのも、楽になるのかなって」

 

「ハナ……」

 

「あの時、私気絶しちゃって。シュウ君達の足を、引っ張っちゃったから。今度こそは」

 

 そう言って、腰のDEに触れたハナは、表情を曇らせる美月に強がって見せる。

 

「私は、皆みたいに強くないから。頑張らないと」

 

「頑張ったら、死ぬよ」

 

 肩を竦ませたハナに、タブレットを傘にしていた楓がぴしゃりと言う。

 

「自分が出来る以上の事をしたら、死ぬ。戦場ってそう言うもんだよ」

 

「でも、私は」

 

「弱いって自覚できてるなら、それなりに戦えばいいんだよ。それで誰も責めないし」

 

「だけど……」

 

「弱いからって、シュウちんはハナにゃんを責めたの?」

 

 そう言ってニッと笑う楓は、戸惑うハナから目を逸らした。

 

「ハナにゃん以上に、シュウちんが一番分かってるよ。だから、責めたりしないし、必要以上に戦わせたりしない。だから、AAS戦とか、冷や冷や物だったと思うよ?

そんなに頑張らせるつもりもなかっただろうし、頑張っても欲しくなかったんだと思う」

 

 同意して黙っているレンカ達を流し見てコーラを一口飲んだ楓は、パス回しに興じる武達の方を見る。

 

 でもさ、と前置きを置いて。

 

「うちらも同じコンプレックス抱いてたから、気持ちは分かるんだよね」

 

 そう言って苦笑した楓は、少し暗い表情を浮かべて手元に目を落とす。

 

「守られてるばっかりが嫌なのは、みんなそうだよ。でもそれで無茶するのは、誰も望んでない。私もさ、1年前くらいに無茶やらかして、男子達にすんごい怒られたんだよね。

くだらない事で死ぬ気かって、さ」

 

 そう言って苦笑した楓は、ドローンを戻したハナに視線を向ける。

 

「だからうちらは迷惑かけない様に、生き残るだけだよ」

 

 そう言って楓は笑い、水分補給しに来た武にコーラを渡す。

 

「ま、暗い事言ってもしょうがないけどさ!」

 

 そう言って楓はゲラゲラ笑う。

 

 そんな彼女を見てため息を吐いたハナは、手に持ったドローンを握りしめる。

 

(私、どうしたらいいんだろう)

 

 そう思いながら、彼女はシュウの方を見つめていた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 同時刻・エルフランド領内某所

 

「う……」

 

 じめじめとした匂いと湿気を感じ、シルフィは目を覚ました。

「ここは……?」

 

 気だるく重い体を起こし、薄暗い岩づくりの部屋を見回した彼女は、記号の様に置かれた粗末な寝床と、簡易便所らしい木製のバケツを見て、ここが牢獄だと理解した。

 

 軽軍神とも取れない、あのパワードスーツの兵士に連れ去られた所まで思い出したシルフィは、傍らで気絶した侍女を思い出した。

 

「メイ!」

 

 届くとも思えぬ声だったが、言わずに入れず、立ち上がった彼女は、そこで自らの手足にかけられた手錠に気付いた。

 

 最低限動ける程度の間隔しか取れず、慣れない制限にバランスを崩した彼女は、木製のドアの向こうから聞こえる、小さな足音に身を竦めた。

 

 コンコン、とくぐもったノックの後に、覗き窓が開かれる。

 

「起きた?」

 

 そう言って木製のドアが開かれ、『HK・MP7』短機関銃と『HK・USP』自動拳銃を下げた美沙里と、三人の幼女が牢獄へ入ってくる。

 

「食事よ、お姫様」

 

 そう言って石造りの空間には似合わない金属製のトレーが、石を積んだだけの粗末な机に置かれる。

 

 固形食と牛乳のみが置かれたそれを見たシルフィは、自分の周りではしゃぐ二人の幼女を流し見る。

 

「お姉ちゃん、お父さん達に捕まったの?」

 

 純粋無垢な表情で見てくる彼女らに苦笑したシルフィは、目くじらを立てて諫める美沙里を見上げる。

 

「あなたは……」

 

「覚えてないでしょ。一昨日、あなたと国連軍の人を助けたパワードスーツのパイロット」

 

「はい。声に覚えがあります。岬さんを、殺そうとしていた方、ですよね」

 

 そう言って俯いたシルフィは、傍らで見守る少し背の高い幼女を撫でる美沙里に、微笑む。

 

「憎くないの? 私は、あなたの仲間を殺そうとしたんだよ。大怪我も負わせた、なのに……」

 

「では何故、あなたは私にそう言うのですか?」

 

「それは……」

 

 口ごもる美沙里に、笑いながらシルフィは、話を続ける。

 

「そんな人間を、恨めと言われて恨む事等、出来ません。例え、私の仲間を殺そうとしているとしても」

 

 言って、顔を上げた彼女は、少し泣いている美沙里に申し訳なく思いながら、食事に手を付ける。

 

 その時、空いていたドアからノックの音が鳴る。

 

「もしもし、お話が長くない?」

 

 そう言って入り口を塞ぐ様に、ヴァイスとブラックが立っていた。

 

「ヴァイス……。ブラックも」

 

「あんまりこんな所にいると、病気になるわよ。ほら、舞衣も、美波、美秋も。皆上に上がりましょう?」

 

「うん……」

 

 戸惑いがちに頷く美沙里に微笑んだヴァイスは、彼女とブラックに舞衣、美波、美秋と呼んだ幼女達を任せ、自身は牢に残った。

 

「随分と楽しそうだったじゃない? お姫様」

 

 そう言ってヴァイスはシルフィの髪を掴む。

 

「けどね、ここは修道院じゃないのよ。あなたはただの囚人。教えを説ける様な立場じゃないのよ?」

 

 そう言って手放したヴァイスは、くすくすと笑いながらシルフィを見下ろす。

 

「まあ良いわ、賢人からあなたへ伝言を頼まれたから」

 

「伝言……?」

 

「そう、伝言。じゃあ、早速教えるわね。まず一つ目。この戦争の裏であなたのお兄さんがオークと結託して戦争を終わらせようとしている。敵に交渉するとか、何を考えてるのかしらね、あのバカ王子」

 

「お兄様が……オークと……」

 

「呆然自失の所、悪いけど二つ目。賢人が国連の構成員にここの事をリークした。直に救助が来るでしょう。良かったわね」

 

 そう言って笑うヴァイスは、希望を目に宿らせたシルフィに、くすくすと笑いながら、顔を近づけた。

 

「そして、三つ目。これは私から。あなたのお付きの子だけど。死なせた方が、マシかもねぇ」

 

「どう言う……意味です?」

 

「それはあってのお楽しみ。私はあれ、立ち会ってて楽しかったけどね」

 

「まさか……」

 

「あっは、急かないの。まあ、救助される時のお楽しみ」

 

 そう言ってヴァイスは、不気味な笑みを浮かべ、シルフィの頭を撫でる。

 

「じゃあ、また会いましょう。哀れなお姫様」

 

 ケラケラと笑い、扉を閉めたヴァイスの笑い声は、シルフィを恐怖させ、絶望の底へ落とすには十分だった。



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第54話『道先案内』

 翌日、昼前に召集を受けた隼人達、ケリュケイオンとユニウスは机のパネルに表示されたエルフランドの地図を見た。

 

「ようし、全員揃ったな? そんじゃこれからミーティングを開始する。お姫様の居場所が分かったぞ」

 

「マジかよ兄貴!」

 

「と、言ってもはい救助、と言う訳にもいかねえんだなこれが。コイツを見ろ」

 

 そう言って画面の一角をダブルタップし、ズームさせたカズヒサは、覗き込む俊達を見回しながら話す。

 

「ジョルニエ要塞。元々エルフの連中が有していた要塞だが、開戦初期に地球軍が占拠。以降はオーク軍が監獄兼中衛拠点として使用していたようだな。

正規の出入り口は1か所。侵入口は正門に、ネズミ返しが付いた高い壁、肝心の要塞は岩の中だ。さて、お前さん方ならどうやって攻める?」

 

「侵入自体は易そうだな、城塞の崖下にサービスホールがある。ここから侵入し、牢獄の辺りでこれを使う」

 

「ん? 術符?」

 

「ああ、腐食術式を内包したナツキ製の術符。厚さ1mの岩壁まで対応できる。これで岩を腐敗させ、突き崩す。その間、俺達は上で暴れまわれば良い。

要塞奪還を計画している国連軍の手助けになるだろうし、注意も引けるだろう」

 

「上の対処に追われている隙に姫様たちはさようなら、と。良い作戦じゃねえか。んで? 決行は?」

 

「今日の21時。昨日から準備してれば、すぐに行ける」

 

 そう言って全員を見回した隼人は、彼らの目を見て頷くとカズヒサを見返す。

 

「よし、じゃあ準備しろ。決行時刻は遅らせない、良いな?」

 

 そう言って全員を見回したカズヒサは、解散した彼らに微笑みながら、その場を後にする。

 

 後を付いて行った隼人は、レンカと共に角に隠れる。

 

「それで? これで良いのか?」

 

「ああ、情報を流してくれてありがとう。カズヒサ・リベラ少佐」

 

「階級呼びは止めてくれんかね。ま、お前さんとはこれきりの付き合いだ。咎めても意味無いだろうけどな」

 

 カズヒサと相手の会話を聞いていた隼人は、聞き覚えのある相手の声に眉をひそめる。

 

「この声……」

 

 腰からナイフを引き抜いた隼人は、心配そうなレンカに待機を命じると、少しずつ近づいていく。

 

 見える位置まで動いた彼は、アクティブステルスでも使っているらしい相手が、ぼやけた輪郭だけで示されているのに、内心舌打ちする。

 

「にしても、一体何のつもりだ。お前さんが俺に情報を流すなんてな。味方を売る気か?」

 

「奴らは俺の味方ではない。信用のならない雇い主だ。それを裏切ろうがどうしようが、勝手だろう?」

 

「まあ良い、取り敢えず助かった。後は、二度と無い事を祈るかな」

 

「こちらも同感だ。それで、そこに隠している奴は誰だ?」

 

「あん?」

 

 首を傾げたカズヒサが振り向き、壁からわずかに顔を覗かせていた隼人と目が合う。

 

「ああ、お前のライバルだよ」

 

 そう言ったカズヒサは、驚いているらしい話し相手、賢人に苦笑する。

 

 その一言を受けた隼人は、口笛とハンドサインでレンカを呼ぶと、カズヒサの元へと動く。

 

「誰かに見られていたなら頃合いか」

 

「じゃあな、キーンエッジ。どこかでくたばりな」

 

「ふん、こちらのセリフだ」

 

 そう言って影は空へと消え、それを見上げた隼人は、レンカと共に武器を構えたまま歩み寄る。

 

「大隊長、何のつもりです。敵と取引など」

 

「おいおい、勘違いすんなよ。取引じゃねえ、向こうさんが勝手に押しかけて来たんだよ」

 

「桐嶋賢人が? 罠では?」

 

「それは俺も疑ったんだがな、奴さんそれも見越してきっちり航空写真やら証拠をきっちり用意してきやがった。

ありゃよっぽどだな」

 

「何のつもりだ、桐嶋賢人……」

 

 疑いの表情を浮かべ、空を見上げた隼人は、同様に頷くカズヒサが去るのを見送ると、自身も元来た道を引き返す。

 

「結局何だったのよ」

 

 トテトテと後ろをついてくるレンカが話しかけてくるのに、生返事した隼人は、ふくれっ面の彼女に小突かれる。

 

 ぺしぺし叩かれる隼人は、構って欲しそうなレンカに、ため息を吐いて頭を掴んだ。

 

「要塞の情報提供者が桐嶋賢人だったって事だ。まあ、罠では無さそうだからこのまま実行だ。変な事言うなよ?」

 

「分かってるわよ。そう言えば、最近ご無沙汰じゃない?」

 

「ご無沙汰も何も踏み越えてないだろうがボケナス。行きの道で投げ捨てるぞクソアマ」

 

「そうだとしてもキスすらやって無いじゃないのよ!」

 

「キスか……。お前ねちっこいからやりたくない」

 

「むぅ。じゃあ、何なら良いのよ!」

 

「何もするな」

 

 そう言ってそっぽを向く隼人は、よじ登ってきたレンカにため息を吐く。

 

 誘う様に胸を強く押し当てられつつ、歩く隼人は、不気味な笑いを漏らすレンカに辟易しつつ、武達と合流する。

 

「お帰り、どこ行ってたんだ?」

 

「ほら武ちゃん、男と女が野外でお散歩なんてアレしかないっしょぉ?」

 

「ああ、そう言う事か。何だよ水くせえな、俺達も誘えよ」

 

 そう言ってニタニタ笑う武と楓に、ため息を落とした隼人は、ノールックでナイフを投擲し、二人の間に割り込ませた。

 

 血の気を引かせる二人を睨んだ隼人は、地図を広げた机を囲み、苦笑するリーヤ達の方へ移動する。

 

「配置はどうなった?」

 

「チャーリーチームと和馬、美月が突入。後はかく乱だ。ミウには香美をつける。派手に砲撃してもらうさ」

 

「何だ? 花火大会でもやる気か?」

 

 そう言って笑う隼人に、苦笑したシュウは、狙撃ポイントを確認しているリーヤの方へ振り返る。

 

 二方を囲んでいる塀に、ポイントを設定している彼を見ていたシュウは、用意された狙撃銃を確認する。

 

「MSRか。中距離戦としては、微妙なチョイスだな」

 

「まあ、そんなに撃つ訳じゃないし、精度が欲しいからね」

 

 まじまじと見ているシュウに苦笑したリーヤは、マップデータのダウンロードを終える。

 

 端末をポケットに入れ、バックアップで用意していたショートバレルのACRを手に取って、稼働を確認する。

 

「よしよし、オッケー」

 

 そう言ってガンラックに立てかけたリーヤは、護身用のHK416Cを確認しているナツキに、目を向ける。

 

 問題ない、と笑顔交じりの視線で伝えてきた彼女に頷いたリーヤは、全員を集めつつある隼人に注意を向ける。

 

「全員、準備は良いか?」

 

 そう言った隼人はブリーフィングを開始した。



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第55話『王女奪還戦』

 午後8時―――エルフランド領・ジョルニエ要塞監獄

 

 あれから何時間たったか、反響し続ける悲鳴を聞き続ける内にシルフィは考えるのを止めていた。

 

 憔悴しきった心は冷え固まり、希望を見出す事すら諦めていた。

 

「あらオルゴン、お疲れ様」

 

 ドアの向こうからヴァイスの声が聞こえたのに、シルフィは体を起こした。

 

「白蝙蝠か、何の用だ」

 

「ちょっと囚人と話したいのだけど、良いかしら?」

 

「将軍からの許可はもらっているのか?」

 

 そう言っているオーガにクスクスと笑いを漏らしているヴァイスが足音を鳴らす。

 

「ええ、もらっているわ」

 

「そうか、なら入れ」

 

「ああ、それとちょっと席を外してもらえる?」

 

「……良いだろう」

 

「ありがとう」

 

 鍵を開け、中に入ったヴァイスは、部屋の隅で怯えているシルフィを見てくすくすと笑った。

 

「何を怯えているの?」

 

「分からない……けど……」

 

「イライラするわねぇ。まあ良いわ、今夜あの少年達が助けに来るわよ。楽しみねぇ」

 

 そう言ってナイフで遊ぶヴァイスは、毛布で体を隠す彼女を流し見る。

 

「まあ、それまで連中の玩具になっていればいいけどねぇ」

 

 そう言ってニタニタ笑ったヴァイスは、シルフィへウィンクを飛ばすとその場を後に

した。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 同時刻――――ジョルニエ要塞郊外

 

 予定通り、ジョルニエ要塞の下水に辿り着いた突入班は、ラテラV2を装着した俊を先頭に、はめ込まれた鉄格子を破壊して侵入。

 

 下水から作業通路を通り、エルフランド最大級の要塞地下を5分近く歩いていた。

 

「いやに広すぎねえか?」

 

「黙って歩きなさい和馬」

 

「いや、だってよ……」

 

 口ごもりながらも、周囲に拳銃を向ける和馬は、HK416A5を手に余裕のない表情を浮かべる美月の横顔を見て、ため息を落とした。

 

 不意に俊が隊列を止め、それに連なる様に、和馬達も足を止める。

 

「聞いたか、傭兵の連中が何か怪しい動きをしているらしい」

 

「人間共がか? はっ、まさか。人間風情が俺達オーガに策を講じる事が出来るとでも?」

 

「違いない。この話はダリウスから聞いた話でな。俺は杞憂だろうって言ったんだ」

 

 サボって話し込んでいるらしいオーガを見つけた俊は、シュウの方を振り返る。

 

 頷き、ハンドサインで美月を呼んだシュウは、サプレッサーをつけたHK416での同調射撃で頭を穿ち、始末すると、俊と和馬に死体を隠させた。

 

「ハナ、シグ、後ろをカバーしておいてくれ。俊、和馬、先行」

 

 そう言ってハンドサインを出したシュウは、アーマチュラのインターフェイスで、位置を確認する。

 

 中盤を過ぎ、人がいない筈の道を進む彼らは、地上から聞こえてきた激震に、身を竦めた。

 

「始まったか」

 

 時間としては予定通り、上での陽動が始まった。

 

 隼人達次第だが、ここにいる戦力の見極めが不十分である以上、陽動が長く続くかは分からない。

 

「急ごう」

 

 そう指示したシュウは、急ぎつつも丁寧なクリアリングで、目的地を目指す。

 

 数分進み、到着すると、屈んで通れるだけの範囲を指定させて、術符を張り付けた。

 

 張り付くと、同時に煙を立てて壁を腐食させていく術符が、溶けて失せる。

 

「ブリーチクリア」

 

 シュウの一言で、壁を突き崩した俊は、そのまま内部に突入、壁に背を当てて角を警戒する。

 

 探査用のバグドローンを出したハナは、まだ生きている反応二つ、うち一つに群がる様にしている4つを検知した。

 

「シュウ君!」

 

「了解だ、群がっている存在を敵と認定。ブリーチングクリアで排除、救助の後、もう一つを回収する」

 

「了解」

 

 足音を殺し、そちらへ急いだ六人は二人が外を警戒し、左右の部屋にブリーチングチャージをセットする。

 

 陽動用に威力を弱めたそれをセットし終え、正面に集まった6人は、中から聞こえる声でタイミングを計る。

 

「上がうるせえが、姫様を凌辱できるのは今だけなんでねぇ! 恨むなよぉ……!」

 

 完全に油断しきっているらしいオークに指示を出したシュウは、ハナに壁を爆破させると同時、和馬のスラッグガンでドアを破壊させ、俊とシグレを突入させた。

 

 槍に持ち替えてのスラッグガンの連射で重傷を負わせ、怯ませた俊は、ダンシングリーパー二つを持ったシグレと共に、オークを切り裂く。

 

「クリア」

 

「クリア」

 

「ルームクリア」

 

 止めを俊に任せ、部屋を見回したシグレは、服を破られ、裸になっているシルフィに気付いて、上着を被せた。

 

 動揺し、目が泳いでいる彼女を揺さぶったシグレは、縮こまる彼女を抱き締めた。

 

「……ここは任せる」

 

 その様子を見て、その場を離れたシュウは、ハナ達を引き連れてメイの救出に向かう。

 

 その途中で銃声に気付いたらしいオークが、間抜けにも階段を下りてくるのに先制したシュウはセミオートの連射で射殺すると、階段に陣取って和馬達を行かせる。

 

「クソ、侵入者だ!」

 

 騒ぎ始めた上の階に舌打ちしたシュウは、正面戦闘用に持って来ていた重機関銃に切り替え、シールドコンテナも使って銃撃戦を開始した。

 

 14.5mmの銃声が響く監獄の奥の部屋、人一人としていないそこにたどり着いた三人は、軽軍神の膂力で扉を破壊し、内部に突入した。

 

「メイドさん無事か!?」

 

 そう叫んだ和馬は、何かを踏んだことに気付き、足元を見下ろした。

 

 足を退けると、そこにあったのは二の腕を6割残した左腕だった。

 

「あー……無事じゃねえな」

 

 そう言って後ろを振り返った和馬は、美月達に止まる様にサインを出すと、他所を向いているように指示した。

 

 そして、同じ様に斬り落とされている手足を拾った和馬は、様子がおかしいと見てきた美月達に、それを見られた。

 

「和馬……それ……」

 

「あー、何も言うな何も言うな。それよりも、メイドさんの回収頼むわ。お前が持った方が良いだろ」

 

「……うん」

 

 ショックを受けているハナを置いて、俯いていた美月は、僅かな二の腕、太ももを残すのみのメイを前に、痛いくらいの鼓動を感じていた。

 

 現実離れした現実、目の前にいるのは紛れもない実物なんだ、と言い聞かせても、頭の理解が追い付かない。

 

「ミィちゃん……」

 

「ハナ、手伝ってもらえないかしら。一人じゃ、出来ない、から」

 

「……うん」

 

 ふくらはぎ側面のコンテナからフォールディングナイフを引き出した美月は、ハナと共に、拘束用のストラップを斬り外す。

 

 自由になったメイの体を抱え上げ、ナイフを収めた美月は、片手でHK416を構える。

 

「パッケージ確保。その……無事では、無いけど」

 

「よし、戻るぞ!」

 

「りょ、了解!」

 

 銃撃戦をしている事を思い出した美月は、慌てて部屋を出た。

 

 HK416を後ろのアタッチメントに引っかけると、追従するハナ達を後ろに置いて、銃撃戦を続けるシュウの方へ走る。

 

「俊、シグ! 動くぞ!」

 

 シュウの号令に被せる様に、ハナが417を二連射してカバーすると、スモークグレネードを投擲する。

 

 侵入口から離脱した6人は、後を追ってくるオーク達の足音を聞きながら、出口を目指す。

 

「和馬! 俊から姫様を引き継いで先に行け! 俊、シグ、ハナ! 相互カバーで足止めするぞ!」

 

 そう言って重機関銃を発砲したシュウは、頷く俊とシグレを先に行かせると、ハナと共に、射撃を続ける。

 

 先頭のオーク集団を排除したシュウは、サイドアームのDEを発砲しているハナの肩を叩き、先に行かせる。

 

「俊、ハナがそっちに行く」

 

『了解!』

 

「よし、俺も移動する」

 

 そう言って、後ろに下がるシュウは、FCSで残弾を確認する。

 

 離脱している間、ショットガンとG18で抑える二人にカバーを任せつつ、俊の隣へ回ったシュウは、後ろに回るハナをカバーする。

 

「リロード!」

 

 叫び、HK417のマガジンを交換した彼女は、屹立していたボルトストップを叩き、初弾を送り込んだ。

 

 銃を構えるシュウの脇を通す様に、HK417の銃身を向けるハナが、シュウの撃ち漏らしを始末する。

 

『シュウ、出口まで来たわよ!』

 

「了解! 俊、シグ! 下がるぞ!」

 

 そう言い、重機関銃を放つシュウは、頷く二人を下がらせると、それにハナも追従させる。

 

 スモークグレネードを投擲し、かく乱したシュウは、煙を突っ切ってくるオークに戦慄し、アームを使って重機関銃を収める。

 

 そして、シールドコンテナから単発装弾式の60mmグレネードランチャーを引き抜き、RPKを乱射しながら走るオークに向けて射出した。

 

「ブラスト」

 

 ランチャーの砲弾をFCSを介して空中起爆させたシュウは、破片でズタズタにされたオークが絶叫を発し、転倒する。

 

 ハナの援護射撃を受けながら次弾を装填したシュウは、角を曲がる寸前に射出。追撃の集団を爆撃する。

 

「行け!」

 

 おまけとばかりに破片手榴弾3つを投擲したシュウは、爆発に驚くハナ達を進ませる。

 

 血生臭い空間に吐きそうになっているハナとシグレは、装甲に阻まれてケロッとしているシュウと俊を睨んだ。

 

「良いから行け! 撃たれるぞ!」

 

「生命維持機能でそっちは平気かもしれませんけど、こっちは吐きそうなんだよ?!」

 

「そう言うなら抱えて行くぞ……?」

 

 戸惑うシュウを涙目で睨んだハナは、口元を抑え、無言で頷くシグレと視線を合わせる。

 

 そんなやり取りを呆れた様子で見ている俊は、後ろから迫るオークに気付き、3人を先行させると、ショットガンを連射した。

 

 散弾に打ちのめされ、怯むオークに、スラッグガンを撃ち込んで射殺する。

 

「どんだけ来るんだよ!」

 

 陽動の意味を成していない程に迫るオークに、舌打ちした俊は、ショットガンをリロードしながら走ると、後ろから撃たれて倒れた。

 

 ロールしながら立ち上がった俊は、カバーで引き返してきたシグレの援護を受けながら、ベネリを発砲。

 

「ブラストグラビティ!」

 

 業を煮やし、帯状の重力波を放射したシグレを下がらせた俊は、障壁を展開したバックラーで弾幕を防いで、2本目のスモークを焚く。

 

 一本道を抜け、広い下水道に出た2人は、先に行ってしまったらしいシュウ達に、内心不安になりつつ、先を急ぐ。

 

「後は俺達だけか?」

 

「みたい、ですね」

 

「じゃあ、急ぐか」

 

 そう言って走る二人は、天井を突き破って来たAASに気付き、足が止まる。

 

「クソッ!」

 

 シグレを抱え、脇道へ逃げた俊は、通信機を起動する。

 

「シュウ、道が塞がれた! 上と合流する!」

 

『了解した。こっちも上の援護をしている。なるべく早く来い』

 

「了解!」

 

 シグレを下ろし、彼女と並走した俊は、後ろを確認すると、上で暴れているであろう隼人達との合流を目指す。

 

 ドアの前で、G18を構えるシグレからのハンドサインに頷いた俊は、蝶番にスラッグガンを撃ち込み、蹴破った。

 

「クリア」

 

 ウェポンライトを照らし、薄暗い部屋を見回したシグレは、バックアップで待機している俊にカバーされながら出てくる。

 

 通って来た道はオークの体格でギリギリだからか、先ほどのAASが追ってくる様子は無かった。

 

「階段ってどこにあるんです……?」

 

 そう言って周囲を見回すシグレに、肩を竦めた俊は、不機嫌そうな顔を浮かべた彼女を他所に周囲をスキャンする。

 

 スキャンしながらリロードを並行する俊は、階段らしきワイヤーフレームを感知するとその方角をロック。

 

「シグ、見つけた。動くぞ」

 

 そう言ってボルトリリースを押した俊は、後ろにシグレをつけ、周囲を確認した後にそちらへ移動する。

 

 G18を構えるシグレと入れ替わり、後ろを見ていた俊は、装甲を叩いた彼女に頷いて階段を上がる。

 

「クリア。来ても良いぞ」

 

 そう言って一歩前へ出た俊は、ちょこちょこと階段を上がって来たシグレをちらと見る。

 

 前進のサインを出した彼は、頷いた彼女にカバーしてもらいつつ、上階を進む。

 

「待って」

 

 耳を動かすシグレの声に足を止めた俊は、角の向こうを指さし、敵が2人いる事を示した彼女に頷いた。

 

 腰からフラッシュバンを取り出し、ピンを引き抜いてシグレに見せた俊は、角の向こうへ投擲する。

 

「ん?」

 

 間抜けな声が聞こえた後、爆音が轟き、それに合わせて突入した2人は、サボっていたらしい兵士を射殺する。

 

 聞こえない筈の銃声に驚いたらしい兵士達の声に舌打ちした俊は、不安そうなシグレに平気だ、とサインを送ると、出てくる兵士を射殺する。

 

「行くぞシグ!」

 

 そう言いながら乱射する俊は、予備共々弾切れしたそれを投げつけると、スラッグガンで追い打ちする。

 

 腰につけていたシェルケースをパージし、落ちていたM4カービンを拾い上げた俊は、セミオートに切り替えたそれを連射する。

 

「行け!」

 

 ボーっとしていたシグレに叱咤した俊は、ボルトオープンしたそれを投げ捨て、同じく落ちていたMP7に持ち替える。

 

 走るシグレをカバーする様に弾幕を張った俊は、片手に掴んだ予備弾倉を叩きこみ、二人を牽制する。

 

「俊君!」

 

 角でG18を構えるシグレに頷いた俊は、撃ち切ったMP7を投棄すると、ガンラックから予備マグ込みでM4を拝借する。

 

 予備マグ2本を装備していたポーチに納めた俊は、取り付けられたホロサイトの電源をつけ、バーチカルグリップを掴む。

 

「ライフルは苦手だっつーのに……」

 

 そうぼやきながらも、シグレの先頭を行く俊は角から見えた銃口に反応し、シグレと共に、セミオートの連射で兵士を仕留めていく。

 

 時折後ろを警戒しているシグレは、軽機関銃を構えた兵士を、フルオートに切り替えたG18で仕留める。

 

「シグ、階段だ。上に上がれる」

 

 そう言って階段の真横に陣取った俊は、近接戦闘寄りのシグレに先陣を任せる。

 

 通信で連絡し、腰からニーヴェルングを取り出した彼女は、G18と合わせて構え、ゆっくり階段を上がっていく。

 

「ルーム、クリア」

 

 そう言って、部屋の出口へ移動したシグレは、後を追って階段を上るシュウの到着を待つ。

 

 その時だった。

 

「クソ野郎が!」

 

 オークが発する悪態が聞こえた後、ロケットモーターの爆音が下の階層から聞こえる。

 

 RPGだ、そう思い、引き返した彼女は、慌てて滑り込んだ彼が吹っ飛んだのを見た。

 

「俊君!」

 

 背中から落ちた俊が、呻きながらもM4を手に取ったのを見て安堵したシグレは、安全に登れない程に崩落した階段を見下ろし、荒く息を吐いた。

 

 咳込み、フェイスカバーを外した俊が吐血したのに、シグレは驚いた。

 

 脳震盪を起こしたらしい彼は、歩き出そうとしてバランスを崩す。

 

 それを見たシグレは、慌てて駆け寄ると、体調が戻るまで傍でカバーした。

 

「もう、地上か?」

 

「はい、多分。派手な爆発音が聞こえますから」

 

「そうか……。シグ、水、持ってるか?」

 

「持ってます」

 

「ちょっとくれ。脱水症状になりかけてるかもしれねえ」

 

 そう言ってシグレが持っていた水筒を傾けた俊は、荒く息を吐くと、M4を手に取った。

 

「行くか」

 

「はい」

 

 立ち上がり、入口の方まで移動した俊は、G18の確認を終えたシグレと共に、外へ出ていく。

 

 目に見える兵士も少ないそこを移動する二人は、伏兵を警戒しつつ、シュウ達と連絡を取る。

 

「地上に出た」

 

『了解。そのまま門まで来い。IFFは動いているよな?』

 

「二人ともグリーン。分かった。門を目指すよ」

 

 そう言って通信を切った俊は、角で待機しているシグレに前進を指示すると、M4を構えて彼女の援護に回る。

 

 主戦場らしい中庭に急いでいる兵士達の姿を見た2人は、こちらに気付いた兵士に撃たれる。

 

「チィッ!」

 

 セミオートで牽制した俊は、その間に接近するシグレに合わせて、距離を詰める。

 

 壁走りから首を刈ったシグレは、立て続けに迫る兵士にソバットを打ち込むと、G18で止めを刺す。

 

「クリア!」

 

 そう叫ぶシグレに頷き、角を確認した彼は、MP7の連射を浴びる。

 

 角から出てくると同時に、不意打ちで壁に叩きつけられた俊は、反撃の連射を放つと兵士を射殺する。

 

「シグ、待て」

 

 通信でそう言い、残る兵士を射殺した俊は、ハンドサインでシグレを前に出すと、彼女が待機していた壁の方まで移動する。

 

 角でM4を構えた俊は、ロックされたシグレが委縮するのを見て、射手を確認する。

 

「カバー!」

 

 そう叫び、射手に撃ち返した俊は狙いを外し、壁を穿って引っ込ませる。

 

 周囲を確認したシグレは、新手の兵士と目が合い、お互いに拳銃を撃ち合った。

 

 寝起きの格好だった兵士は、全身に拳銃弾を浴び、国際規格の防弾能力を有していた学生服に守られていたシグレは、数発防いだおかげで貫通は免れた。

 

「シグ!」

 

 だが、着弾の衝撃は到底無視できるものでは無く、音速で殴られた衝撃が彼女の体に走っていた。

 

 駆け寄る俊は、足音に気付いて出てきた射手にスライディングをして倒れると、セミオートの三連射を放って仕留める。

 

「動けるか?」

 

 咳込むシグレを見下ろした俊は、突然の爆発に驚き、彼女に覆い被さった。

 

 爆炎から火だるまになったオークやゴブリンがもがき苦しみながら逃げてくるのを射殺した俊は、爆炎を割いて駆け寄って来た隼人とレンカ、楓と武に安心してM4を放棄した。

 

「迎えに来たわよ」

 

 そう言って胸を張るレンカに苦笑した俊は、痛みが治まって来たらしいシグレを抱え起こす。

 

「遅かったですね、レンカ」

 

「うん、暴れてたからね。ところでシグレ、アンタ撃たれたの?」

 

「え、ええ。胸を数発。痛みはしますが何とか」

 

 そう言って撫でさするシグレは、ため息を吐くレンカにムッとなるが、それ以上の事は出来なかった。

 

「いたぞ!」

 

 量産機らしい統一された意匠のAAS数機と、兵士の混成部隊が、シグレ達目がけて殺到してきたからだ。

 

 慌てて動く6人は、武の軽機関銃を牽制に、強引に突破しようと突撃する。

 

「武そのまま撃ち続けろ!」

 

 そう言いながら弾幕の中を突っ走る隼人は、散開した混成部隊の内、AASの方へ突撃する。

 

 その後を追い、槍を構えて突撃した俊は、武にシグレ達のフォローを頼み、そのまま突っ込む。

 

「ぐッ!」

 

 ハヤトを囮に、一機、重機関銃を持っているAASに迫った俊は、彼我距離を高出力スラスターで詰め、穂先でナイフを弾いた。

 

 宙を舞うそれを追わず、手にした機関銃を構えたAASは、回転の動きで銃身を弾いた俊に受け流された。

 

「クソッ!」

 

 つんのめり、前へ出たAASは、腰に下げていた対物拳銃を向ける。

 

 爆発音に近い発砲音と共に重量弾が音速で射出される。

 

「ッ!」

 

 肩に受け、衝撃で体勢を崩された俊は、足を踏むと同時にP90を発砲、全身に叩き付けてバリアに火花を咲かせる。

 

 跳弾が四方に散り、オレンジ色の花弁が鬱陶しいほどに咲いてAASの視界を塞ぐ。

 

「障壁突貫!」

 

 槍の穂先から内蔵した龍翔の障壁術式を起動、円錐状のフィールドを穂先にして突撃する。

 

 激突の衝撃が増し、まともに食らったAASのバリアが破壊され、フィールドも砕け散る。

 

「もらった!」

 

 至近距離で重機関銃を構えたAASに、咄嗟にバックラーを向けた俊は、バックラーの障壁を砕きながらも直撃を免れた。

 

 その間に横薙ぎを繰り出し、パイロットの頭を吹き飛ばす。

 

 力を失い、擱座した機体を前に荒く息を吐いた俊は、残りを相手にしている隼人を見てそちらへ走っていった。

 

 一方、兵士を相手に、近接戦を繰り広げる女子三人は、銃口をかく乱して狙いを乱していた。

 

「遅い!」

 

 弾薬節約なのか、セミオートを繰り返す兵士の射撃を回避し、蹴り倒したレンカは、手にした薙刀で背後の兵士の足を折ると、そのまま顔面に刃を叩き付けた。

 

 鈍い切れ味のそれが頬を中心に深い切り傷をつけ、絶叫を発させる。

 

 その間に頭部を蹴り飛ばし、首の骨を折ったレンカは、着地と同時、SCAR-Lを構える兵士と目が合う。

 

「終わりだ、メス猫!」

 

 そう言って兵士がトリガーに指をかけた刹那、G18を構えたシグレが間に割り込む。

 

 ウェポンライトのスイッチを入れた彼女は、モード切替からストロボの光を浴びせる。

 

「うぉおお!?」

 

 光をまともに浴び、平衡感覚を失った兵士は、訓練の慣習からトリガーから離してしまい、その間にボディアーマーを穿たれた。

 

 衝撃で倒れ込んだ兵士は、顔面に3発喰らって絶命した。

 

「大丈夫ですか、レンカ」

 

「ええ。ありがと、シグレ」

 

「貸し1です」

 

「ホント、むかつくわねアンタ」

 

「お互い様です」

 

 そう言ってマガジンを換えたシグレは、むすっとしているレンカに背を向けて、別の標的へ向かう。

 

 そんな彼女を見送ったレンカは、ため息を吐きながら薙刀を背に預ける。

 

「色々しんどそうね、アンタも」

 

 そう言って薙刀を下ろしたレンカは、目の前を擦過したライフル弾に、その場を離れる。

 

 単発に切り替えているSCAR-Lを発砲する兵士は、照準し、素早い動きで逃げるレンカを追う。

 

「使ってみるか、ストリング・ケイル!」

 

 そう言ったレンカは、手の甲に取り付けられたヨーヨー型のユニットを射出、隼人と同じ武器であるそれを兵士へと猪突させる。

 

 アーク刃を展開して突っ込むそれは、あっさりと回避されてしまい、引き戻した彼女は、自分に向けられた照準に気付く。

 

「しまっ!」

 

 咄嗟に腕を上げたレンカは、自動で動いたユニットが、光属性の障壁を放つのに目を見開く。

 

 それは、隼人がスパイカーをバリアに使っていたのを見て編み出していた試作術式だった。

 

 ユニット側面から射出されたのと、自動作動したのを含めて、まさかここで使えるとは思ってもみなかった彼女は、展開を解除する。

 

「噂には聞いていたがそれが術式か……!」

 

 静かに驚く兵士は、立て続けに2連射すると、ロールして逃げた彼女の射撃を回避する。

 

 腰にPx4を収め、薙刀からレーザーを放出したレンカは、銃口を掠めたそれを牽制に、距離を詰める。

 

「ッ!」

 

 サイドアームであるM1911A1を引き抜いた兵士は、迫るレンカの防弾制服の胸部に2連射して、跳躍した彼女を叩き落とす。

 

 衝撃を受けて苦悶に歪んだ顔の彼女は、頭部に照準する兵士にバンカーを撃発させ、銃撃点をずらす。

 

「げほっ」

 

 胸部に喰らい、ろっ骨を損傷したレンカは、肺を圧迫されて一時的な呼吸困難に陥る。

 

 呻く彼女に銃口を向けた兵士は、不意に感じた殺気に身を引くと、目の前に太刀が突き出された。

 

「ごめんよお兄さん!」

 

 そう言って横薙ぎに払った楓は、切り裂いたボディアーマーに舌打ちすると、腰から引き抜いた『FNH・Five-seveN』5.7mm自動拳銃を連射する。

 

 刀身を支えにしつつも片手で放った射撃は、思う様に当たらず、単なる牽制となった。

 

「軍曹!」

 

 別方向からそう叫ぶもう一人の兵士に気付いた楓は、腕を巻きつける構えで拳銃を放つ。

 

 ボディアーマーを穿ったそれは、兵士の肺に潜り込み、倒れ込んだ彼に迫った楓は、息も絶え絶えの兵士の首を刈り取る。

 

「もらった」

 

 そう呟き、ずるりと落ちた首を振り返った楓は、放たれた拳銃弾を制服で防ぐと、拳銃を撃ち返す。

 

 乱射する楓は、弾幕から逃げる兵士を追うが、それを阻む様に現れたオークに舌打ちして斧を回避すると、手首を切り落とす。

 

「邪魔だ!」

 

 顔面に5.7mmを撃ち込んで射殺した楓は、柱から射撃する兵士に、弾丸を切り払って防ぐ。

 

 全弾撃ち切り、開いていたスライドを戻した『Five-seveN』をホルスターに納めた楓は、拳銃弾を弾き続けながら、物陰へと逃げる。

 

「ねー、誰か手が空いてる人いない?」

 

『個別で残敵掃討してんのにいないわよ!』

 

「ちぇー、連れないなぁ。男子はだんまりだしぃ」

 

 そう言いながらリロードした楓は、スライドを引くと、装填確認を行った。

 

 銃を出そうとした楓は、牽制する様に放たれた射撃に委縮し、一度陰に隠れる。

 

「けーっ、熟練してんねえ!」

 

 マイクの電源を点けたまま、悪態をついた楓は、角から銃だけ出してのブラインドファイアで牽制すると、そのまま走り出る。

 

 獣の速力を生かし、一気に接近した楓は、.45ACP弾を回避。サイドステップから勢いをつけて斬りかかる。

 

 ナイフに直撃し、共振音を鳴り響かせた村雨丸を引いた楓は、Five-seveNを牽制に兵士を斬殺し、拳銃で止めを刺した。

 

「クリア」

 

 血振りし、村雨丸を収めた楓は、拳銃の残弾を確認してホルスターに納めた。

 

 ホルスターから固定音を鳴らした楓は、律儀に合流しに来たシグレに気付き、彼女に抱擁した。

 

「ちょっ、なっ、何なんですか!」

 

「ちゃんと私のとこに来てくれるのはもうシグちゃんだけだよぅ」

 

「何気持ち悪い事言ってるんですか!」

 

「ああ、うっすい胸板が愛おしい」

 

「蹴倒しますよ!?」

 

 貧乳を指摘され、激怒するシグレを抱き締める楓は、ニヤニヤ笑いながら戻って来た武に気付いた。

 

「あ、お帰り」

 

「ただいま。あんまり人様の彼女に手を出すなよぉ? 人間関係由来のドンパチは勘弁だからなぁ」

 

「分かってるよん、上も下もノータッチだから」

 

「なら良し」

 

「えへへ~、偉いでしょ」

 

 尻尾を振りながら笑う彼女に笑い返す武は、スリングで吊っていたM249を背中に回すと、ボロボロになった対弾シールドを投げ捨てた。

 

 術式強化の鋼板で出来ているそれは、落下したと同時にがらん、と間抜けな音を上げ、地面を転がる。

 

『のんびりするな、エリミネーター!』

 

 そう叫ぶ隼人の言葉に、反応した武は、自分と楓達の間に割って入ったAASに驚き、ホルスターからPx4を引き抜いた。

 

 軽機関銃を出しながら拳銃弾で行動を牽制した武は、対AASライフルが向いてくるのに気付いて、慌てて後ろへ飛ぶ。

 

「ってぇ!」

 

 衝撃波で片足を引かれた武は、バランスを崩して倒れ、仰向けにAASを捉える。

 

 止めを刺そうと銃を向けるAASに、機関銃を乱射した武は、衝撃で怯んだ機体へ銃弾を浴びせ続ける。

 

「楓! シグレ!」

 

 そう叫んだ武は、弾切れになったと同時に身体強化を入れて、AASを蹴り飛ばす。

 

 吹っ飛ぶ機体がよろけながら着地したと同時、楓が斬りかかり、背面の衝撃で前に吹き飛んだ。

 

「やっぱ固いね!」

 

 そう言って返す刀でバリアを撫で切った楓は、銃を向けようとするAASの銃身を蹴り飛ばすと、遅れて撃発した対物弾が宙を突っ走る。

 

 高周波機構を起動し、太いバレルごとライフルを切断した楓は、サイドアームの対物拳銃を引き抜こうとした機体に、二刀目を引き抜いて横に払う。

 

「ッ!」

 

 ウィーピングで回避したAASを蹴り飛ばす楓は、バランスを崩させようとしたが、カウンタースラストで復帰され、逆襲のナイフを回避する。

 

 肉厚のナイフが掠り、蹴り飛ばして距離を取った楓は、空いた間合いに構えられた拳銃を見て、真横に飛ぶ動きを取る。

 

「カバー!」

 

 トリガーに指をかける直前、9㎜弾を浴びせたシグレが飛び込み、ニーヴェルングで拳銃を切り裂いた。

 

 スライド機構を破壊し、鋼鉄製ブーツの硬さも加えた蹴り上げで、グリップも砕いたシグレは、G18を収めながらダッキングでナイフを回避。

 

「ダンシングリーパー!」

 

 そう叫びながら戦扇を引き抜き、展開したシグレは術式を纏う外縁を突き出し、バリアを切り裂く。

 

 バリアを崩された事に動揺するパイロットは、視界に飛び込んできたシグレの蹴り足を回避する。

 

「ッ!」

 

 顎を掠めた亜音速の蹴りは、脳を揺さぶるには十分な威力で、パイロットは脳震盪を起こす。

 

 白目を剥きかけ、機体のカウンターショックで強制復帰させられたパイロットは、両刀を交差させて構える楓が目に入った。

 

「スラッシュ」

 

 ハサミの様に刀を動かし、首を撥ねた楓は、宙を舞ったそれから散った血に嫌そうな顔をすると、転がった生首を蹴り転がした。

 

「おいおい、敵とは言えそんな扱いはねえだろ」

 

 嫌そうな顔で生首を拾い上げ、AASを擱座させた死体の近くに置いた武に、楓は小さく舌を出す。

 

 それを見て若干引いているシグレは、ハヤト、レンカと共に戻って来た俊に気付き、小さく尾を動かしながら近づく。

 

「お疲れ様です」

 

「ああ、シグは大丈夫か?」

 

「はい。ご心配なく」

 

 そう言って小さく笑ったシグレは、ラテラを纏う俊の無機質な鉄仮面を見上げる。

 

「仲の良い所悪いがすぐに撤収だ。ウィッチ(ミウ)の砲撃が来る。跡形もなく吹き飛ぶぞ」

 

「了解」

 

 肩を叩き、そう促した隼人に、槍を収めた俊は、頷いて撤収する。

 

 楓、武、シグレ、レンカもそれに追従し、リーヤ達が制圧、維持していた門へと走っていく。

 

「ウィッチ、砲撃準備は?」

 

『諸元入力は終わってる~。後は術式をぶっぱするだけ。あ、後ねぇ、フィアンマが新装備の実験したいらしいよ~?』

 

「今か?」

 

『うん、戦術級の術式砲だって』

 

「何だって良い、こっちが退避してからやってくれ」

 

 そう言って門を潜った隼人は、タイマーが起動したのを確認すると、安全圏目指して走る。

 

 門の外では、シルフィ達を保護していたシュウ達が待機しており、門から出てくる敵を警戒していた。

 

「逃げるぞ!」

 

 そう叫んでシュウ達の前に出た隼人は、大通りに立つ一機のAASに気付いて、隊列を止めた。

 

 長刀とM4パトリオットを手に、空を見上げていたその機体を睨み据えた隼人は、戸惑う俊達の方を振り返る。

 

「お前だけに用がある、イチジョウ隼人。お前の隊の作戦妨害はしない」

 

「感謝はしてやる。だが、何のつもりだ、桐嶋賢人。依頼人を裏切るなど、傭兵として、組織諸共食いはぐれるつもりか?」

 

「食いはぐれる、か。考えてなかったな」

 

 そう言って長刀を回した賢人に、残ったレンカ以外を先に行かせた隼人は、彼女共々困惑する。

 

「雇い主が連中だと知って気が変わった。俺は……いや、俺達は、俺達なりのやり方をさせてもらうとな」

 

 そう言って長刀を向けてきた賢人に身構えた二人は、苦笑を浮かべる彼に眉をひそめる。

 

「お前らは少々無謀だな。戦力差があると思わないのか?」

 

 そう言ってパトリオットを向けた賢人は、スラスター点火と同時に突撃していた隼人へ、銃撃を浴びせる。

 

 レンカの盾になる様に走る隼人は、距離を詰めると同時に殴り掛かる。

 

「速度が乗りすぎたな」

 

 そう言って脇を浅く切った賢人は、レンカの飛び蹴りを回避して蹴り飛ばす。

 

 隼人の方に飛ばされたレンカは、うまく着地すると、そのまま逃走する。

 

「何?」

 

 身体強化を入れ、隼人に追従したレンカを見て、眉をひそめた賢人は、基地に着弾した爆炎術式に気付き、爆風から顔を庇った。

 

 燃え盛る基地を前にため息を吐いた賢人は、ふわりと現れたホワイトに視線を流す。

 

「よく燃えてるわね。それで? あの子達は?」

 

「逃げられたよ。砲撃を予定していたらしい」

 

「あら、そう。大方あなたの予想通りなのね、賢人」

 

「ここまで当たるとは、自分でも驚きだ。それよりも、舞衣達は」

 

「奈津美達が新ヨーロッパの親父さんの所に預けに行ったわ。それと、渡米の手続きもね」

 

 爆撃される基地を見ながら、大鎌を肩に預けるホワイトは、下らなさそうに笑う賢人を流し見る。

 

「そうか、じゃあ撤収しよう。あいつらとはまた会えば良い」

 

「ええ、そうね。嫌な感じもするし」

 

「そうだな」

 

 そう言った賢人とホワイトは、光学迷彩で姿を消した。



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第56話『浄化』

 見晴らしのいい丘の上、観測手に香美を置いたミウは、捕捉回避の為に光学迷彩シートを被っていた咲耶を見上げた。

 

 シートを脱ぎ捨て、同様に隠していた重火器用コンテナを露出させた彼女は、中身を解放すると、スナイパーライフルにも見えるそれを構えた。

 

「ロンゴミアンタ、起動」

 

 ナイトビジョンを起動しながら音声操作でそう呟き、屹立した側面のスライド型安全装置を前方に動かす。

 

《砲撃モードへ移行》

 

 操作を認識し、砲身に装着されていた小型端末(ターミナルユニット)がすり鉢状に展開し、宙に浮かぶ。

 

《ターミナルユニット、砲狙撃戦モードへシフト:属性・炎》

 

 マガジン型の術式プロセッサを確認し、読み込んだ属性をストラトフェアーが表示する。

 

《ユニット配置、ファンネルフォーメーションを維持》

 

 視線操作とスイッチ型の安全装置を解除し、スピンアップするターミナルユニットが魔力吸引を開始する。

 

《仮想チャンバー魔力充填開始》

 

 発砲可能時間とシチュエーションから逆算して、最大出力からリミッターで出力を40%に設定し直した咲耶は、発砲姿勢維持用のバーチカルグリップを掴む。

 

 ユニット間で光の幕が形成され、圧縮を続ける仮設の砲身から紫電がまき散らされる。

 

《圧縮臨界、発砲許可》

 

 発砲許可(グリーンライト)と同時に、基地に照準した咲耶は、トリガーを引き、魔力を術式に変換して放出した。

 

 カウンタースラストの点火と共に、砲身から夜空を真昼の様に照らす爆炎が迸り、火柱を真横に向けたかの様なそれが、基地に猪突する。

 

 直撃と同時、炎が掠めた地面がガラス状に変化し、直撃した建物は跡形もなく消え去る。

 

「オーバーキルね、この出力」

 

 破壊評価をしつつ、全力で吹かしたスラスターを冷やす咲耶は、呆然としている二人に苦笑する。

 

 冷却を始める砲身の白煙を見ながら、香美が持っている観測データと合わせて、破壊評価をしている咲耶は、ケースに砲を収める。

 

「後片付けは終わったわ。こちらも、撤収しましょう」

 

 そう言ってケースを背中のアタッチメントに引っかけた咲耶は、観測機材を回収した二人を抱えると、空中浮遊する。

 

 カウンターグラヴィティで、必要最小限の反重力を放出した機体をコントロールした咲耶は、突然の浮遊感に驚く二人を抱え、合流地点へ急ぐ。

 

「イチジョウ君、今どこ?」

 

『打ち合わせ通りのルートだ』

 

「見つけたわ。ハンヴィーのボンネットに乗る」

 

 急降下し、車速と同調した咲耶は、ターレットを介して二人を下ろす。

 

「上空警戒に移るわ」

 

『ああ、何も無いとは思うがな』

 

「そう言う時に限ってあるものよ」

 

 皮肉を返しながら空へ飛び立った咲耶は、肩のコンテナからライフルを取り出して、上空警戒を開始する。

 

 騒ぎで興奮していたモンスターが車列に群がり、空から見ていた咲耶は、ガンターレットと連携して始末していく。

 

 それから30分かけて基地に戻った。

 

 すぐさま医療室に移されたメイに美月達デルタチームが付き添い、チャーリーはシルフィに、ケリュケイオンは戦果を報告していた。

 

 シルフィにつきっきりの俊達は、暗い表情の彼女に何も言えず黙っていた。

 

「ちょっと! 見せ物じゃないのよ!」

 

 医務室の前で口喧嘩をしている美月が、何事かと集まる避難民を追い散らそうとしていた。

 

 拳銃を引き抜き、睨む美月に、ガラの悪そうな中年が数人群がっていた。

 

「良いじゃねえか、人間の医療ってもんに興味があんだよ」

 

「あらそう、だったら医学書でも読む事ね。とにかく、ここは邪魔だから早く帰りなさい」

 

「そうかい。ああ、俺達暇してんだよなぁ? 通してくれないなら相手してくれよ、姉ちゃん」

 

 そう言った避難民が、美月に掴みかかろうとした瞬間、横合いに割り込んだ手が、腕を掴んだ。

 

 パワーアシストで締め上げつつ、オレンジ色のセンサーアイを向けたラテラV2を纏う和馬に、避難民は委縮し、美月は安堵する。

 

「よう、おっさん。スパーリング相手なら、俺がしてやろうか?」

 

 嘲笑の語調でそう言った和馬は、こん棒で殴りかかって来た1人に気付き、小手で防ぐ。

 

「やんちゃだなぁ。そんなにやりたいのかよ」

 

 こん棒を払い、嘆息しながらねめつける様に、武器を取り出す避難民を見回した和馬は、戸惑う美月を下がらせる。

 

「ったく深夜だってのに」

 

 そう言いながら短刀を引き抜いた和馬は、人数を確認すると、交戦規定から先手を取らせる為に挑発した。

 

 殴り掛かって来たエルフに蹴りを入れた和馬は、コンテナに突っ込んだそれを見ず、別のエルフが振り下ろしてきた警棒を防ぐ。

 

「おいおい、どっから持って来てんだよそれ」

 

 そう言って警棒を払った和馬は、エルフの額を小突き、脳震盪を起こさせる。

 

 それを見た獣人が、ナイフを振りかざし和馬に斬りかかる。

 

「素人が」

 

 短刀で刃を切り落とした和馬は、掌底で吹き飛ばすと、同時に挑みかかる別の獣人達の一撃を両腕で受け止めた。

 

 膂力を受け止め、後退った和馬は、押し込まれる前に片方を蹴り飛ばした。

 

「悪いが、ここ数日でイラついてんのはお前等だけじゃないんだよ!」

 

 そう言って殴り飛ばした和馬は、瀕死のメイの姿を思い出す。

 

 メットの中で歯を噛み、拳を握り締めた和馬は、ナイフを突き出す獣人の腕を弾き、殴り飛ばした。

 

「どいつもこいつも疲労してんのにテメエらはよォおおお!」

 

 マウントを取り、拳を振り上げた和馬は、怯える獣人に振り下ろそうとした。

 

 その瞬間、拳銃弾の10連射が叩きつけられ、動きを止めた和馬の体が蹴り飛ばされる。

 

「やり過ぎだ馬鹿」

 

 XDMの銃口を向け、眉を浅く立てた日向は、獣人を牽制する様に射撃する。

 

「勘違いするな下衆が」

 

 そう言って撃たなかった方の拳銃を収めた日向は、獣人を蹴り倒して帰らせる。

 

「美月と共に頭でも冷やしてこい。それまで俺とミウが警護をやる」

 

 そう言って拳銃を収めた日向は、立ち上がった和馬の頭部装甲を軽く叩いて、その場を去る。

 

 日向を見送った和馬は、入れ替わりに出てきた美月に、頭部装甲を外しての苦笑を向ける。

 

「カッコ悪いとこ、見せちまったな」

 

 そう言って外へ出た和馬に、俯いたままの美月は付いて行く。

 

 襲撃から修復が間に合っていない、ボロボロの教会前に並んで座った二人は、お互い目を合わせられなかった。

 

「嫌な物、見ちまったな」

 

「ええ……」

 

「お前は大丈夫なのかよ、その……あんなもん見て」

 

「人殺ししてるのに、大丈夫も何も無いでしょ?」

 

「そうかよ……。お前、泣いてるぞ」

 

 笑いながら金属の手で涙をぬぐう和馬は、ボロボロと涙をこぼし続ける彼女をそっと抱き締めた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 一方、鎮静剤で落ち着き、シグレやハナと眠っているシルフィの傍で、監視を続けていた俊は、ぼんやりと光る武装ケースに気付いた。

 

 ロンゴミアントが収まっているそれに恐る恐る近づいた俊は、右手に強い刺激を感じ、思わず後ずさった。

 

「な、何だ?」

 

(何だ、とは何じゃ小僧。一度リンクしたくせに)

 

「あ、お前、あの時の、大精霊とか言ってた……」

 

(お前と言うで無い! ワシはロンゴミアントの大精霊じゃ無礼者め)

 

「それで、大精霊様は俺に何の用だよ。俺も俺でヘトヘトで今が精いっぱいなんだよ、あんまり余計な事しないでくれるか?」

 

 目くじらを立てつつ、ため息を吐いた俊は、ホログラム状に現れた精霊を睨む。

 

「それで?」

 

『改めて資格者の儀を行いたいのじゃ、小僧』

 

「なんか前に力を貸してもらった時に言ってたな。そんな事」

 

『まるでやる気が無い様な言い方じゃの』

 

「いや、別に必要じゃねえし。それに、ロンゴミアントは元々国連の回収品だからな、俺が使えるもんじゃない」

 

『よく分からんが、お主にやる気が無い事は分かった。今は止めておこう。ま、さすがに無理強いは出来ぬからの』

 

「変に物分かり良いなアンタ。まあ良いや、そう言う事だから、俺の事は諦めてくれ」

 

 そう言ってその場を去ろうとした俊は、リンクしているらしい右腕を固定され、たたらを踏む。

 

『まあ、待て。まだ話がある』

 

「何だよ……」

 

『お主、今回の黒幕を知っとるかや?』

 

「黒幕?」

 

『知らん様じゃなぁ。詳細についてはそこの姫に聞くが良いとして、姫から読み取った事柄から話すと、王家の人間が戦争を悪化させておると言う事じゃ』

 

 そう言って腕を組むロンゴミアントの精霊に、俊は眉をひそめ、その場に留まる。

 

「どう言う事だよ」

 

『記憶によれば戦争を止めようとしておる様じゃのう』

 

「止めようとしてんのに、何で悪化させてんだよ。と言うか、何で俺達に言わないんだ?」

 

 そう言って首を傾げた俊は、心当たりのある人物に思い至った。

 

「その王家の人間って……まさか」

 

『分かった様じゃの。此度の戦争、悪化させておるのは王子じゃ』

 

 唖然とする俊に、ため息を吐く精霊は、目に怒りを宿す彼を見上げる。

 

『のう、小僧。聞かせてほしい事がある』

 

「何だよ」

 

『お主等は何の為に戦っておるのじゃ?』

 

「弱者を守る為、戦争を終わらせる為だ。それ以外に、何もない」

 

『弱者を守る為、か。何時の時代も変わらんの。アーサーも言っておったわ』

 

 そう言って笑う精霊に、首を傾げた俊は我に返ると、端末を取り出してカズヒサとのSMSを開いた。

 

 画面を睨み、しばらく考えて、俊は画面を閉じた。

 

「話は終わったのかよ」

 

『あ、う、うむ。話は以上じゃ。もう行って良いぞ』

 

「お、おう」

 

 戸惑いがちに返事してシグレ達の元へ戻った俊は、寝起きのシグレと目が合った。

 

「……俊君」

 

 寝ぼけて涙目のシグレに苦笑を向けた俊は、寂しかったのかぐずっている彼女を抱き締めると、子どもにする様にあやした。

 

 マーキングで頬ずりするシグレにくすぐったく笑う俊は、スローペースに尻尾を振る彼女を見下ろす。

 

「どうしたんだ? シグ」

 

「……どこ行ってたんですか」

 

「トイレ」

 

「……何で行くんですか。寂しかったんですよ」

 

「え、トイレぐらい行かせてくれよ……」

 

「嫌です」

 

「漏らせってのかよ……」

 

「おむつを」

 

「斜め上だなおい」

 

 若干呆れ気味の俊に、眠気眼のまま頬を膨らませるシグレは、ベンチに座り、タブレットを手に取った彼の懐に潜り込む。

 

 鼻をひくひく動かしながら頬ずりしているシグレは、邪魔そうにしている彼に甘噛みする。

 

「俊君。寝たいです」

 

「寝れば良いじゃねえか」

 

「一緒に寝ましょう」

 

「監視があるから駄目だ。ハナやシルフィ王女と寝ろ」

 

「俊君が良い」

 

 ぷく、とふくれっ面を見せるシグレが、うとうとしているのに気付いた俊は、精一杯手を伸ばして毛布を手に取る。

 

 タブレットで作戦報告書を呼んでいる俊は、膝の上に座り、胸襟を枕にする彼女に、毛布を掛けてあやす。

 

「ぅ、うぅん……」

 

 悩ましげに身を捩るシグレの慎ましやかな胸の感触に気付いた俊は、突然尻尾を振り始めた彼女にふくらはぎを叩かれる。

 

 夢を見ているらしい彼女は尻尾を振りながら、だらしなく笑っていた。

 

「何の夢見てんだよシグ……」

 

 呆れ気味にそう言った俊は、冷めたコーヒーを飲むとうなされているシルフィに気付いた。

 

 伸ばされた手を掴み、せめて悪夢が和らぐ様に力を込めた俊は、寝ぼけたシグレに腕を噛まれた。

 

「痛ってぇ!」

 

 思わず叫んだ俊は、我に返って口をつぐみ、その場を見回した。

 

 寝ぼけるシグレが甘噛みする以外に何ともないその場に胸を撫で下ろした俊は、目を覚ましているシルフィと目が合い、手を放した。

 

「シュンさん?」

 

「あ、すいません」

 

「いえ。それよりも眠っている間、私の手を握ってくださったのですね」

 

「シルフィ王女の夢見が悪そうだったので、思わず」

 

「そう、ですか。偶然ですね、当たってました」

 

 そう言って手を掴んだシルフィが泣いているのに、俊は表情を曇らせる。

 

 ボロボロと涙を流す彼女が、毛布を跳ね除け、抱き着いてきたのを、俊は片腕で受け止める。

 

「私は……メイを、救えなかった。ただただ、無力に囚われているだけで、何も……」

 

「シルフィ王女……」

 

「恐怖に駆られて、足がすくんで、何も出来ないまま、私は親友が自由を奪われるのを受け入れるしか無かった」

 

 インナーだけの制服に顔をうずめ、泣きじゃくっているシルフィを軽く抱いた俊は、やるせない気持ちになって吐息を吐く。

 

「俺達だって、そうですよ。王女と一緒です。救えるだけの力があっても、お二人共を五体満足で救出できなかった。そもそも、王女の誘拐も、防げたはずです。

恐怖を抱かなくても、足が竦まなくても、俺達には何も出来なかった」

 

 王女を抱き寄せ、涙を流す顔を見せない様にしながら俊は声を震わせる。

 

「何かできていれば、俺は、俺達は、あなたにこんな思いをさせずに済んだかもしれないのに。それなのに」

 

「では、私達は、似た者同士ですね」

 

 涙を落とす俊を抱きしめたシルフィは、静かに泣く彼に微笑んだ。

 

 その様子を、温かいコーヒーを手にしていたシュウが見守っていた。



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第57話『帰還前』

 翌朝、ブリーフィングルームに集まった俊達は、眠れなかったのか舟を漕いでいるレンカを見て、その場にいない隼人を探す。

 

 しばらくして眠たげな眼をして入り口に現れた彼は、先に基地へ帰っている浩太郎とカナを除いた全員を見回すと、あくびをしながらタブテーブルを起動する。

 

「全員集まったな」

 

 そう言って手に持っていたタブレットを接触させ、データを移した隼人は、天板と一体化している画面を操作する。

 

「これから基地へ帰還する。王女殿下、侍女も一緒だ。侍女だが、生体修復は無理、代わりに義手、義足を手配した。基地で装着と調整を行うそうだ」

 

 そう言って、帰還プランを送信する隼人に、曇った表情を向けた俊は、首を傾げる彼を見た後、シルフィの方へ振り返る。

 

「俊、どうした」

 

「え、あ、いや……」

 

 睨む隼人に詰まった俊は、全員の目が集中している事に気付いた。

 

 一度深呼吸し、決心を固めた俊は、暗い表情で俯くシルフィの方へ振り返る。

 

「シルフィ王女、お願いがあります」

 

 そう言ってシルフィの手を掴んだ俊は、肩を竦めた彼女の顔を上げさせて、目を合わせる。

 

「俺達が知らない、この戦争の真実を、ここで話してください」

 

「え……」

 

「あなたは知っているはずです。この戦争を悪化させている人物を」

 

 そう告げた俊に、シルフィ共々、その場にいた全員が驚く。

 

「待て、俊。一体どういう事だ? 話が見えないが」

 

「ロンゴミアントから聞いた。この戦争を長引かせる元凶がいると」

 

「長引かせる元凶だと?」

 

 そう言って首を傾げたシュウに、頷いた俊は、怯えるシルフィを見据える。

 

「お前が言えば良いじゃないか。わざわざ、王女殿下に無理をさせる事は」

 

「王女に言ってもらわなきゃいけないんだ。俺が言っても、事実を伝えるだけで、何にもならない」

 

「何? どう言う意味だ?」

 

 スリングでHK416を下げ、詰め寄ったシュウと目を合わさず、シルフィを見続ける俊は、怯え続ける彼女を落ち着かせる。

 

「お願いです、シルフィ王女。話をしてください。その上で、決断を」

 

「決、断……?」

 

「黒幕を殺すか、生かして、罪を償わせるか。あなたが、決めてください」

 

「そ、そんなの……出来ません……」

 

「ではあなたはこのまま、無意味に罪の無い人の血が流れるのを見ているんですか!?」

 

「し……シュンさんこそ、私に身内を裁けと言うんですか!? 私にはお兄様を……ッ!」

 

 激高そのままに口走ったシルフィは、驚く周囲の目に気付いて黙り、顔を俯かせた。

 

 気まずそうに俯く彼女を見下ろす俊は、歩み寄って来たシグレに気付いて、彼女に道を譲った。

 

「王女様」

 

 そう言ってしゃがみ込んだシグレは、表情を緩ませたシルフィに平手打ちを見舞った。

 

 重く響く破裂音に、その場にいた全員が驚き、びりびりと痛む頬に、シルフィの目から涙がこぼれる。

 

 刃の様に尖り、それでいて泣きそうなシグレの目を見た俊は、咎めようとしたシュウとハナを目と手で制する。

 

「あなたは、守ると決めた国民を、戦争の犠牲にするつもりなんですか! たった一度の恐怖で、怯え竦むほど、あなたは脆いのですか。

やはりあなたにとって国の人々の命は、軽い物なんですね!」

 

 そう叱咤し、体を震わせるシグレにシルフィは俯く。

 

「家族を殺せと言われて、どうして首を縦に振らなくてはならないのですか……。半生を共にした家族をどうして断頭台に置けと!」

 

「これ以上、犠牲者を増やしたくないからです! あなたの侍女みたいに、手足を失った人や、それ以上のけがや傷を負った人々を増やしたくないからです!

それともあなたは、今の自分と同じ人をこれ以上増やすつもりなのですか?」

 

「わ、私……は……」

 

「決めれないなら、私達が裁きます。あなたはそれを黙って見ていてください。俊君は、それが嫌だからあなたに引き金を委ねました。けど、もう、待てません」

 

「待って、ください……」

 

 縋りつき、ぼろぼろと涙を流すシルフィに、つられてシグレも涙を流し始める。

 

「待てません」

 

「待ってくだ、さい」

 

「待てません」

 

「待ってください!」

 

 力強く、叫び、立ち上がったシルフィは、泣き腫らした目を強く細め、シグレを見下ろす。

 

 涙でぐしゃぐしゃになった顔を見上げるシグレと目を合わせたシルフィは、泣き笑いながら答える。

 

「お兄様を、殺します。それで、この戦争を終わらせます」

 

 そう言って、シグレの手を掴んだシルフィは、それを見守っていたレンカと目が合う。

 

「……だ、そうよ隼人」

 

 そう言った彼女は、黙して見守っていた隼人に判断を委ねる。

 

「王女からの要望とあれば、と言いたいがそれは主任務じゃない」

 

「何よ、ここまで聞いといてやんないの?」

 

「カズヒサ大隊長に許可を取ってからだ。俺達が勝手に動くのは違う」

 

 そう言って、シュウに視線を流した隼人は、首を傾げるレンカの頭に手を置く。

 

 仏頂面の隼人にサムズアップを向けたシュウは、いまいち状況が読めないレンカの視線を浴びる。

 

「仮で許可が取れたぞ、隼人。後々俺とお前のサインが必要になるらしいが」

 

「そうか。仮でも許可が取れたんなら良い」

 

 呆れた顔のシュウに苦笑を向けた隼人は、驚くレンカの頭を軽く叩き、全員を見回す。

 

「よし、全員聞け。たった今、仮だが、殺害許可が下りた。これから情報収集と作戦立案を行い、首都に向かう。

そして王子を殺害し、任務を終える。良いな? 王女殿下の意思は聞いたが、俺達の行動はあくまでも命令によるものだ。

そこを忘れるな」

 

 そう言って、見回した隼人は唾を飲む全員を睨むと、ブリーフィングを始めた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ブリーフィング後、崩落した噴水広場に武装した状態で訪れたシルフィは、後ろからの足音に振り返る。

 

「シグレさん」

 

 振り返られた事に驚き、立ち止まっているシグレに苦笑したシルフィは、ひび割れた噴水の縁に腰かける。

 

「どうされました?」

 

「あ、いえ、あの……先ほどはすいませんでした。その、手を出してしまって」

 

「ああ、気になさらないでください。私も、弱気で信念を曲げていたのです。戒められて当然です」

 

 そう言って、俯き、マガジンが入っていないHK416Cを見下ろすシルフィは、隣に座って来たシグレに視線を流す。

 

 もじもじしている彼女を見て苦笑したシルフィは、手持無沙汰になって、腰の『XDM』9㎜拳銃を手に取る。

 

 スライドを何度も動かし、装弾を確認する様に、チャンバーの半分を開いたシルフィは唐突に口を開く。

 

「あの、シグレさんは、シュンさんの事を、どう思ってらっしゃるのですか?」

 

「どう、とは?」

 

「そうですね。ストレートに言うと、恋慕していらっしゃるのかな、と」

 

「れ、恋慕……ですか……。は、はい。片思いは、してます」

 

「うふふ、やっぱりそうですか」

 

 そう言ってホルスターに拳銃を収めたシルフィは、頬を真っ赤に染めるシグレを見下ろす。

 

「片思いなら、私もしてますよ」

 

「え?」

 

「私も、シュンさんの事が好きです。優しくて、頼りになって、迷っても良い答えを見つけようと、必死に頑張ってるその姿が、好きです。

でも、私、思うんです。そんな彼と私じゃ、吊り合わないんだろうなって」

 

「そんな事、ありません。俊君は身分とか気にしたりなんか」

 

「いいえ、違います。彼が目指す場所に、私では立てないんだろうなって、そう思うんです」

 

 そう言って俯くシルフィに、目を見開くシグレは、力なく笑う彼女が自分を見てくるのに少し怯んだ。

 

「俊君が目指す、場所?」

 

「彼は、正義の味方を目指していると思うんです」

 

「正義の味方……。確かに昔からずっと言ってました。正義の味方になりたいって」

 

「そうなんですか……。でも、その正義とは、何を指しているのか、多分シュンさんも分かっていないと思います。だけど、行きつく先はきっと……」

 

「きっと?」

 

「きっと、シグレさんだけしか横に並べない場所だと、私は思うんです」

 

 そう言って、シグレの方を見たシルフィは、戸惑う彼女の頭を撫でる。

 

「私では、好きにはなれても理解はできない。彼がどんな事を思うよりも自分の事が出てしまう」

 

 そう言って立ち上がったシルフィは、時計を見ると、マグポーチが取り付けられたコルセットからPMAGを引き抜く。

 

「所詮私は王族の人間。王には成れても女にはなれない。他人に付いて行く生き方は、出来ない性分です。

だから、シグレさんが少し羨ましくあります」

 

「王女様……」

 

「そろそろ時間です。行きましょうか」

 

 そう言ってPMAGを叩きこみ、スライドを引いたシルフィは、黙りこくっているシグレの方を振り返る。

 

 金属音を鳴らし、腰のXDMにも装填をしたシルフィは、何も装填していないG18を手についてくるシグレと並び、隼人達の物へと移動していった。



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