ポケットモンスターSPECIAL 光示す者 (ワークス)
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第一章 カントー編
第一話 VSマタドガス 始まりは森の中


 

初めに感じたのは浮遊感。

力の入らない身体がぶくぶくと、沈んでいく。

 

何も出来ないまま、少年の周りは深い蒼をたたえている。

 

薄れていく意識の中で不意に思い出した。

自分の大切な家族。

彼らは、どこに行ったのだろう。

 

そんな空虚な思考が泡のように浮かび。

 

 

そして。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「ん、ん………」

 

少年は唐突に意識を取り戻した。

 

起き上がることも出来ず数十秒が流れ、指が動くことをゆっくり頭が認識した後、少年はようやく動き出した。

 

まず少年は起き上がり、自分の身体を見た。何故かずぶ濡れであり、服が身体に引っ付いている。だがどうやら少し乾き始めているらしく、袖のあたりや前髪あたりはそこまで湿り気を感じなかった。

次に周囲を確認する。そこには、視界を埋め尽くすほどの緑、緑、緑。見たこともない深い森が広がっていた。

そして最後に、自分の情報を思い出すように口にする。

 

「俺は、ヒカル、マサゴタウンのヒカル。ポケモントレーナ―博士の手伝いをしている。…確か家族旅行でカントーに来て、甲板でライと……」

 

一言ひとこと噛み締めるように呟いて、ようやく大切なことに気付いた。

居ないのだ。自分と一緒に居たはずの家族が。

 

「ライ! アート! …父さん…、母さん……っ!」

 

少年―――ヒカルは、がばりと立ち上がり、叫んだ。いきなり立ち上がったためバランスを崩して転んでしまったが、それを無視して更に叫ぶ。

だがいくら待ってもその声に聞こえてくる言葉はなく、ただ静かな風がヒカルの横を吹き抜けた。

 

いない。みんないない。

 

ヒカルの心に空っぽになってしまったかのような寂しさとやるせなさが満ちた。音もなくその場に崩れ落ちるが、それすらにも気付くことは出来なかった。

 

なのに、涙も出ない。凄く、悲しいのに。

 

そもそも、何故このような事になってしまったのか。

ヒカルは必死に思い出そうとしたが、頭の中にもやがかかったみたいにはっきりせず何一つ思い出せない。その中にどうして今こうなったのかが分かる決定的な証拠があるはずなのに。歯痒さに少し唇を噛んでしまった。

 

 

その時、不意に音がした。

 

「……?」

 

ヒカルは顔を上げた。訝しむような顔で辺りを見回すが、物陰一つ見当たらない。

では一体何の音なのか?

はやる気持ちを抑え、じっと耳を澄ましてみる。

 

 

……………カタカタ。

 

 

何かが震える音が、自分の腰辺りから聞こえた。

そこでようやく音の正体に気付く。

慌てて腰につけているモンスターボールを見ると、そのうちの一つが必死になって揺れていた。そして、中にいるのは、間違いなく。

 

「ライ!」

 

ヒカルはそのボールを放ち、中のポケモンが姿を現した。小さなそのポケモンはヒカル目掛けて

 

「リン、リンク!」

 

文字通り体当たりをするように飛び込んだ。その勢いに逆らうこともせず全身で受け止め、地面に背中を叩き付けた。だがジンジンする背中を無視して腕の中にいる小さな身体を抱き締める。

 

「おぅふ…!…ライ、大丈夫か?どこも怪我ないか?」

 

そういって小さなポケモン―――コリンクの頭を撫でた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

ヒカルはシンオウ地方の片隅、マサゴタウンの生まれである。父と母、そしてポケモンたちと平穏に暮らしていた。

その街の外れにあるナナカマド博士の研究所で、ヒカルは昔から簡単な手伝いをしていた。

幼い頃よりポケモンの知識が豊富であり、且つ発想も大人びていた。それもあってか研究所内でも将来を期待されるほどに頼られていた。ヒカル自身も、そうして期待を持たれる事に誇りを持っていた。

ヒカルのパートナーであるコリンクの《ライ》は、かつてナナカマド博士より送られたポケモンだ。出会ってすぐ仲良くなった二人は、自他ともに認める絆を持つことになった。

 

 

 

「ともかく、ここはどこなんだろう?」

 

しばらく互いの頬をつねったり戯れたりして無事を確かめ合い、落ち着いた頃にようやく向き合った形で座り直した。未だにヒカルの手はライの頭を撫でているがそれは特段気にする事でもない。

ヒカルは改めて周りを見渡した。以前として広がるのは、先が見えない程の深い森。もう昼を過ぎた頃なのか、影が少し斜めに伸びているのが分かる。早めに移動しないとこのまま野宿になってしまうのだろうかと思わず眉を顰めた。一方のライは腕の中ですんすん、とヒカルの服を嗅いでいる。かと思えば少し顰めっ面をしてみせた。つられてヒカルも自分の身体を嗅いでみると、未だ濡れた服から僅かに潮の香りがした。と言うことはきっと海に落ちたのだろう。現状周囲の状況から分かる事はそれぐらいしかない。

海にいたならば、シンオウ地方を離れカントー地方に船で向かっていたこともちゃんと事実であると分かる。一緒にいた父と母、それにもう一匹のパートナーは見当たらないが、きっと無事だろうと信じて探すしかない。

 

ふと、そこまで思い至ったところで、カントー地方の森というキーワードで思い当たるものがあった。

 

 

永遠をたたえる緑、《トキワの森》。

 

 

トキワシティとニビシティの間に広がる広大な森。

カントーにある深い森は、トキワの森以外に殆ど聞かない。消去法でつまり自分たちはそこにいるのだろう。仮定ではあるものの、ヒカルはやっと自分の現在地を把握することが出来たことになる。

しかし、同時に疑問も浮かんでくる。

身体からは潮の香りがするというのに、何故森の中に倒れていたのか。

 

そんなことを考えようとしたその時。

 

「っ…! 何かいる!」

 

ガサリ、と周囲の草むらが揺れたと気付いたのも束の間、茂みの中からミニリュウとマタドガスが現れた。座り込んでいたヒカルたちを見つけるや敵意を露わにしてくる。明らかに敵対している様子だった。

 

「こんなのが森にいるなんて…。とにかく応戦だ!」

 

ヒカルは素早く立ち上がって身を翻し、戦闘モードに頭を切り替える。腕の中にいたライも地面へと降り立ちバチバチと火花を散らせた。

まず先に動いたのは彼らだった。マタドガスが毒ガスを吐き出し視界を奪ってくる。それを避けようと動くと死角からミニリュウが“ずつき”を繰り出してきた。そちらも躱せば今度はマタドガスの“ヘドロこうげき“が飛んでくる。野生とは思えないほどの連携だ。

 

「ライ、マタドガスに“10まんボルト”!」

 

その連携を崩すべく指示を飛ばす。素早く答えたライは強力な電撃を一閃、マタドガスに直撃させた。不意を突かれたのだろう、まひ状態を起こし続いていたガス噴射が止まった。

そんなマタドガスには目もくれず、ミニリュウが再び突っ込んでくる。

 

「躱して“かみつく”!」

 

ライがぎりぎりまでミニリュウを引き付けて、上へジャンプして見事に躱した。そのまま尻尾へとかみつき、マタドガス目掛けて叩きつけるように投げつけた。勢いよく吹き飛んだミニリュウがその反動でマタドガスに絡まる。驚いたらしいマタドガスは闇雲に“ヘドロこうげき“を放って密接していたミニリュウへと直撃し更に締め付けを強くさせた。互いにダメージを蓄積させた2匹はこれで完全に動きを止め、同時に戦闘不能に陥った。

2匹が倒れて少しじっと様子を見る。やがて本当に倒したのだと確信してから、ようやくヒカルは戦闘体勢を解いた。

 

「よし。…お疲れさん、ライ」

 

無事に戦闘を終えたライを労い頭を撫でる。突然の戦闘だったが上手くいってよかったと内心胸を撫で下ろしていた。ライも気持ちよさそうに頭を撫でられてくるくると鳴いている。すっかり毛並みがボサボサになってしまっていて、これは後でブラッシングだなぁなんて思いなが少し強めに撫で付けてやる。さてここからどうしようか、と思案に耽りながら。

 

だからこそ、二人とも注意が欠けていた。

後ろから迫るもう一体の影に気付くことが出来なかったのだ。

 

 

 

 

「ンフフフ………“サイコキネシス”」

 

 

 

 

次の瞬間、ヒカルとライは意識を失った。

 




いかがでしたでしょうか。

ワークスにございます。


実はずっとポケモンの構想はあったんです。でも別の連載をしていたし、迷っていたのですが、この度こうして開示することが出来ました。


ヒカル君は私自身がポケスペの世界に入ったらこんな感じにしたいなー、というか私自身の分身です。こういう夢小説的なもの、ありますよね?そんな感じです。私がトレーナーになってみたかったんです。

主人公のパートナーがコリンクなのは私の好みです。
誤字脱字がありましたらご連絡ください。
では。


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第二話 VSコリンク 旅立ちの序章

見てくれてる方々、ありがとうございます。

お気に入りに入れてくださった方々、本当にありがとうございます。


もっともっと、頑張ります!


「ん、ん……」

 

再びヒカルは唐突に意識を取り戻した。

 

そこは、意識が途切れる直前まで見えていた深い森ではなく、微かに黄ばんだ白い天井だった。

何度か瞬きを繰り返し呆然とする。

そこに縋りつくようにヒカルを見つめる影が一つ。

 

「ああ…大丈夫だったか、ライ」

「リン、リンっ!」

 

涙目で頬を摺り寄せてくるライの頭を優しく撫でた。

どうやらあの後気を失っていたらしい。ここが病院であると、着ていた病衣と病室を見て察した。

ライの頭にも小さな絆創膏が貼ってあった。小さな怪我だったようなので安心するが、今最も安心しているのはライの方だろう。何せ、トレーナーが病院のベッドで寝ているのだから。

取り敢えずライが甘えたいだけ甘えさせよう。そう思って更にベッドへ体重を預けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、気が付いたようじゃの」

 

突如として開いたドアから、そんな声が聞こえてきた。

 

ノックもなしで入ってくるとはどこのどいつだ、などと考えていると、声の主はそのままヒカルの前まで歩みを進めた。そしてその姿を見てヒカルは

 

「お、おっ、オーキド博士ェ!?」

 

思いっ切り叫んだ。

 

ライが思わぬ攻撃にびっくりして文字通り飛び上がった。オーキド博士も少なからず驚いたようで、多少腰が引けている。

 

「これ、公共施設でいきなり叫ぶんじゃない!」

「申し訳ありません」

「うむ、素直でよろしい」

 

全然腰引けてなかった。むしろどっしり構えられた。

こんなにストレートに怒られたの久しぶりかも。

 

なんて考える暇はすぐになくなった。改めて今目の前にいる人物に話しかける。

 

「とところで、あなたは、おオーキド博士、ですよね?」

「何をそんなに怯えとるんじゃ。間違いなくわしはオーキドじゃ」

「えと、何故、博士がこんなところにいらっしゃるんですか?」

「ほう、ずいぶんと冷静じゃのう。もう少し慌てると思ったのじゃがな」

 

ヒカル自身は全く冷静ではなくむしろ激しく動揺しているのだが、オーキド博士には間違った伝わり方をしているようだ。

 

「いや、最近トキワの森の生態系に異変があるとかで調べに来てみたんじゃが、代わりにお前さんたちを見つけたというわけなんじゃ」

「トキワの森……」

 

やはりヒカルたちがいたあの場所はトキワの森だったらしい。

記憶が途切れる前に起きた、ポケモンたちが襲ってきたことは間違いないらしい。

 

(それにしても、森の生態系に異変…?)

 

なんだか思い当たる節があるような気がして考えを巡らせようとしていた時。

 

「正確にはお前を見つけたのはわしではなかったのじゃがの。わしはお前さんたちのことを頼まれただけじゃ」

「へ? ……そうなんですか」

 

思考を中断され、近くまで思い出しかけていたものは消えてしまった。

ヒカルは特に気にもせず、今博士が言った言葉の方に意識を持って行った。

 

(つまり、助けてくれた人がいるってことなのかな)

 

博士の言い方ならきっとそういう事なのだろう。

 

「じゃあ、もしまたその人に会ったらお礼言わないとな…博士、その人どんな人ですか」

「ああ、それはの」

「あ、でもお礼できるものとかないや。どうしよう」

「おい、あのなあ」

「うーん、どうしよう。ライどう思う?」

「リン?」

「君、ちょっと」

「博士は何か思いつきませんか?お礼」

「………はあ。もう好きにせい」

 

博士が何かを言おうとしていたようだが、向こうが言うのを諦めたので深追いはしなかった。

とても大きなため息をついていたので、いったい何を言おうとしていたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどのぅ。船の上から森の中へか……それは確かに変じゃの」

 

数分後。オーキド博士にこれまでの経緯を事細かく(覚えている範囲で)話した。話している最中は全く表情を変化させないので、ナナカマド博士とある意味違った怖さがあった。ナナカマド博士は普段から目つきが悪いので、怒っていなくても起こっているように見えてしまう時がある。

 

(博士って似たり寄ったりなのかな)

 

そんな考えが浮かんだ。もちろん口に出したりはしない。

 

「何を考えておるんじゃ?」

「いいえ、何も!」

 

話を聞き終えた博士は疑るような目で見てきたのでとっさに誤魔化した。幸いばれてはいないようだ。

 

「それで、お前さんはわしにこの話をして何をして欲しいんじゃ?」

 

ため息とともに改まって聞いてきた。まあ今までのことを話しただけであってこれからのことを話したわけではない。もっと言えば、博士に話す必要はない。

しかし、ヒカルにとっては博士に知ってもらいたかったのだ。

何せ今は、家族と離れ離れになってしまい、手掛かりが一つもないのだから。

 

 

 

「これから、父と母、それともう一匹の仲間を探しに行きたいんです。でも、今の状況じゃ俺一人で出来ることなんて限られてるから、博士にも手伝ってもらいたいんです」

 

 

 

だから、ヒカルは正直に言った。

偽る必要はないと思った。ヒカルの本心を、博士に分かってもらうのだ。

 

 

 

 

 

やがて、

 

 

「いいだろう。ここ最近は物騒なことが続いておるが、お前さんとそのポケモンとなら大丈夫じゃろう」

 

 

オーキド博士の口から出てきた言葉はそれだった。

 

「あ、ありがとうございます!」

「うむ、ならこれを渡しておこうか」

 

そういって差し出してきたのは、小さな赤い箱。

 

「これって…ポケモン図鑑?」

「そうじゃ。まあこれは一個盗ま、あいや、新しく作ったものじゃ。これからの旅にきっと役立つじゃろう」

「博士……」

 

思わずその度を越したといってもよいほどの優しさに目が潤んだ。少し瞬かせていると、博士の視線がさっきから一点を集中していることにようやく気付いた。

 

「はかせ?」

「ん? 何じゃ」

「こいつのこと気になりますか?」

「んグんっ! まあ、本物を見たことはないしのぉ」

 

やっぱりライのことが気になっていたらしい。

 

「少しぐらいなら観察しても大丈夫ですよ。ライも慣れてますし。…その代わり、それを」

「おお! そうか! では見させてもらう分も兼ねてじゃ。うけとれぃ!」

 

こうしてヒカルは、《四人目の図鑑所有者》となった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「改めてみると、大きいな…」

 

オーキド博士より図鑑を受け取った数時間後。博士の観察タイムからようやく解放されたライと横に並んで立ち、トキワの森を見つめていた。

海水でずぶ濡れになっていた服はすっかり乾き、首には出てくる前に買った二つのスカーフの片方ーーー黄色のスカーフを巻いていた。

ちなみにもう片方は、助けてくれた人に対する"お礼"ということでオーキド博士に託してある。

その博士の話によると、すでにマサラタウンのトレーナーがポケモン図鑑を受け取り旅に出ているらしい。それならば、何かしらの情報を持っているはずだ。

そのトレーナーに会って話を聞くことを第一目標として、再び広大な大地へと歩を進めた。

 




あまり話が進みませんでした。申し訳ありません。
もうちょっといくはずだったんだけどなあ…。

ヒカル君は図鑑所有者になりました。
図鑑所有者になってみたい。


さて,原作だと赤・緑です。御三家はもちろん出ます。ピカチュウは出ません。ライがいるので。
次回辺りに出せると思うのでお待ちください。レッドたちはもう少し後になると思います。

では。

追記:今後の活動について報告を書きます。


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第三話 VSイーブイ 悪との出会い

活動報告って大事ですね。



気が付けばびしょ濡れで森の中に倒れていて。

気が付けば病室でオーキド博士と出会って。

気が付けばもう後戻りできないほどの状況までことが進んでいて。

《四人目の図鑑所有者》は今、大きくため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

カントー地方最大の大自然《トキワの森》。天然の迷路と呼ばれるその森は、文字通り人の手が入っていない自然の防壁を有しており、新たな図鑑所有者ことヒカルはその防壁相手に苦戦を強いられている真っ最中だった。

 

「んー。………迷った」

 

詰まる所、お巡りさん出番ですよ状態。

離れることなく付いて歩くライも全くのお手上げ状態であり、二人は完全にその先の道が見えていなかった。

 

そもそも、どうして迷ってしまったのか。

 

途中までは転々と建てられていた看板を目印にして歩いていた。

しかし、そこで思わぬ障害が現れることになった。

ヒカルはもともとシンオウ地方の出身である。シンオウにもカントーに生息しているポケモンはいくらか出現することは確認されているが、それでもまだ未発見の奴らもいる。

従って、シンオウでは珍しいいもむしポケモン《キャタピー》に興味をそそられ道を外れ探索していたところ。

見事に迷ってしまったのである。

 

「してやられた…。甘く見てたぜ、トキワの森…」

 

自業自得とはこのことである。トレーナーに付いて来たが故一緒に迷ってしまったライは半ば諦めたというような表情をしている。

元の道に戻ろうと先ほどより歩いているのだが,むしろ逆にどんどん奥に進んでいるような気がする。

実際陽の光が届きにくくなるほど濃い緑が茂った場所まで来ているのだが、今の彼らには知る由もない。

 

「どうしよう。このままじゃ他の図鑑所有者を追っかけるどころじゃない。でも現在地が分からないし…」

 

思考は堂々巡りを繰り返すばかり。ヒカルの中には少しずつ焦りが蓄積されていた。

 

(野宿なんかの心配よりもこの森には危険なことがあるのに)

 

そんな考えと共に深いため息をついたと同時に。

 

 

「…………ィっ!」

 

何かの声が聞こえた。

反射的に足を止め、気配を消し辺りに耳を澄ませる。ヒカルの様子に気付いたライも静かに索敵を開始する。

やがてほぼ同時に気付く。

もう一度聞こえたその声に。

 

「………ブイっ!」

「っ…!行くぞ!」

 

ヒカルは咄嗟に走り出した。

うっそうと生い茂る草木には目もくれず突き抜け、ひたすら声のした方を目指す。

 

 

先ほど頭をよぎった野宿よりも危険な事。それは、ヒカルがこの森に初めて来た時の状況に由来する。

目が覚めて暫くすると、森で住むとは考えられないポケモンたちに遭遇したのだ。しかも、普通より遥かに凶暴な状態の。

オーキド博士からもこの森の生態系が少しずつ崩れ始めていると聞いた。つまり、あの時襲われたのはそれを表しているのだ。

間違いなくこの森は、今とても危険な状態にある。

 

そしてもう一つ気掛かりなのは、ヒカルに走り出す要因を作った鳴き声の持ち主。

ヒカルの予想が正しければ、大事に至る前に急いで駆けつけねばなるまい。焦る気持ちをなんとか抑えつつも、走るスピードを上げる。

 

 

 

そして、少し開けた場所に出る。

そこには、

 

「ちっ、面倒なことになってきやがった」

 

こちらに気付き、舌打ちをして、通常より一回り大きくて青白い炎を尻尾に宿したヒトカゲを従えた黒ずくめの男と。

 

「ブ、ブイっ!!」

 

全身傷だらけになりながらこちらを嬉しそうに見つめるイーブイがいた。

 

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

 

気が付けば、森の中に倒れていた。

 

イーブイは自分の今の状況に困惑しながらも、頭の片隅で冷静に考えをまとめていた。

 

イーブイはそもそも野生のポケモンではない。二年前、傷付き当てもなく彷徨っていた彼女を介抱してくれた男の子の手持ちである。

そんな彼は、久しぶりだという家族旅行に出かけていた。勿論、手持ちであり家族でもあるイーブイと、彼女よりずっと前から男の子と暮らしているパートナーのコリンクも一緒だった。

船の上で、いつもとは違い年相応の無邪気っぷりを見せる男の子と一緒に遊んでいる、そんな時だった。

 

 

突然船が揺れた。

 

 

まるで地震に遭ったかのように激しく揺れ、イーブイは表現できぬほどの恐怖を体験した。そんな彼女を必死に守っていた男の子は、まずコリンクをボールに戻した。揺れから二体を守る、それだけに気を取られていたのだろう。

そのあとからの記憶はぷっつり途切れ何も覚えてはいないが、イーブイは結局ボールに戻らず、男の子ともはぐれてしまった。

その事実だけが残り、イーブイは二年ぶりに一人ぼっちになっていた。

 

その時、不意に近くの草むらが激しく揺れた。

普段より模擬戦を行い鍛えていたイーブイは、それに気付くや否や身を翻し臨戦態勢を取った。

暫しの間揺れ続けた後、一人の人間が姿を見せた。

それはイーブイを《アート》と呼ぶ男の子ではなく、胸に《R》の文字を大きくプリントした黒ずくめの男だった。

 

 

 

 

 

 

 

男がイーブイを見つけたのは単なる偶然だった。

たまたまゲットした炎の色が違うヒトカゲのついでに、珍しいポケモンがいないかと入ってみたトキワの森でうごめく小さな影を見つけたのだ。

イーブイは個体数がとても少なく、希少価値も高い。捕まえれば一夜にして出世できることは間違いないだろう。

そして、野生であれば負けるわけがない。

そう思って正面から挑んだのが間違いであった。

 

男は見事に痛手を食らった。

 

そのイーブイが野生ではなくトレーナー付きで、尚且つ高度な戦闘訓練を行ってきたポケモンであるという事を知らなかったからというのは言うまでもなく。

 

しかし、時間が経つにつれ形勢は逆転していった。

トレーナー自らが指示を出すのと、ポケモン自らが判断して動くのとではやはり差が出てしまう。指示を出してくれるトレーナーがいないイーブイは徐々に追い詰められ、全身傷だらけとなっていた。

 

(最初は油断したが、これで捕獲できる…)

 

そう判断した直後。

 

「アート!!大丈夫か!?」

 

猛烈な勢いで突っ込んできた子供に邪魔をされる。

 

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

 

(ひどいやけどだ…。あいつ、いったい何者なんだ?)

 

ヒカルは全身に傷を負い、やけどの跡が残るイーブイ―――《アート》を抱きしめながら、ヒトカゲを従えた男を睨んだ。

アートは体を震わせながらも、ヒカルに再会できたことを喜び頬をすりつけてきた。そんなアートに笑みをこぼしながらも、同時にこんな風にした男に敵対心を剥き出しにした。

やがて、男が口を開く。

 

「…トレーナー付きだったとはな。だが関係ない。…そのイーブイを寄越せ」

 

決して遊びやごっこではない、本当の殺気を漂わせた声を放つ。それに合わせヒトカゲも火を吹き出し威嚇してくる。

 

「寄越せって、そう言われて素直にはいそうですかって渡すかよ」

 

だが今のヒカルにはそんなことは眼中になかった。

大切な家族を傷付けた。それだけで彼は目の前の悪に抗う目的は生まれていた。

元来より悪いことを許せない性分であることもプラスされ、ヒカルは男に向けて同等の敵意を放った。

 

「なら仕方ねぇな……ヒトカゲ!!」

 

戦闘状態に入ったヒトカゲは、男の声に従いヒカルへと突っ込んでくる。口を閉じ炎をぎりぎりまでため込んだ状態で飛び上がり、放とうとしたその瞬間。

 

「ライ、‘かみつく’」

 

ヒトカゲの後ろから音もなくライが現れ、その尻尾に噛みついた。

 

「なっ!?」

 

男は驚愕の表情を見せる。それに反し、ヒカルの表情は至って冷静だった。

いや、冷酷なほど怒りに満ちていた。

純粋な、仲間を傷付けた敵に対しての怒り。

そしてさらに指示を出す。

 

「投げつけて‘10まんボルト’」

 

ライは噛みついたままのヒトカゲを地面に叩き付け、その頭上で稲妻のような電撃を浴びせた。

ヒトカゲはそれでも戦闘不能には陥らなかったが、まだ抗おうと両手を付きながらゆらりと立ち上がる。

 

「くそっ、思ったよりも使えないな。こんな雑魚ならゲットすんじゃなかった」

 

黒ずくめの男は、バトルで傷付いた自分の手持ちをねぎらわず悪態を浴びせた。その声はヒトカゲは勿論、対立するヒカルの耳にまで届いた。それでも尚トレーナーのためにヒトカゲは立ち上がろうとする。

 

その姿を見て、ヒカルの怒りは最高潮に達した。

そしてヒカルはヒトカゲに向けてつぶやく。

 

「ヒトカゲ…ごめんな」

 

続いて、ずっと抱き続けていたもう一人の家族へ。

 

「アート、こんな状態のお前に頼むのはすごく嫌なんだけど…、いいか?」

「ブイ!」

 

しっかりとした返事を返し、アートは自ら地面に降り立った。

 

「よし、‘あまごい’!」

 

アートは自らの口元に水の力を十二分に収束させ、空へと一気に解き放った。その力がもたらす効果は、《雨》。

 

「なんだと…!?」

「ライ、最大パワーで‘かみなり’!!」

 

男が再度の驚きを見せる中、小さな電気ポケモンの生み出した、強烈で必中の‘かみなり’がヒトカゲを襲った。

 

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんな、アート。道に迷っちまったせいで回復させれなくて」

 

 

 

 

黒ずくめの男との戦闘の後。

ヒカルは静かな寝息を立てるアートを抱きながら森の出口を目指していた。

 

 

 

ヒカルは、アートの使った‘あまごい’の効果により必中になった‘かみなり’を放った。ヒトカゲを確実に戦闘不能に追いやることに成功したのだ。その後‘かみなり’の影響で巻き起こった煙に巻かれて男は姿を消していた。同時にヒトカゲもいなくなってしまっていたので、先に謝罪しておいて正解だったと安堵していた。だが、同時に別の思いが湧き上がっていた。

ヒカルから見てとんでもない外道であった男の手持ちとして出会ったヒトカゲのことを、ヒカルは頭の片隅から離すことが出来なくなっていた。

 

根はとてもいい奴なのだ。しかし、出会ったトレーナーがいけなかった。

 

もし違うトレーナーと出会っていたら、あのヒトカゲはあんな風にして戦うこともなかったのだろう。

そう思うと、ヒカルの胸は少し傷んだ。だが同時に仕方ないと割り切ってもいた。

悪いことをする人は、手持ちにも勿論悪いことをさせる。ポケモンもそのトレーナーに似て、悪いことをすることが正しいと思っていってしまうのだ。こうなるともう、そのトレーナーから更生させていかなければならないので、一般トレーナーが手を出すべきところではない。

 

思わぬところで出会った後悔と、傷だらけのアートを見つめ,ヒカルは複雑な感情に捕らわれた。

 

 

 

 

 

(いけない、それより早くニビシティに着かないと)

 

散々考えを巡らせていた思考回路を無理やり切断し、アートを助けることだけを念頭に置く。走るスピードを速め、木々の間を潜り抜けていく。

少しして、緑の隙間から人工的な明かりが見えた。

 

「ニビシティ、やっと着いた」

 

足を止めずに安堵し、ポケモンセンターを目指して気持ちを新たにした、

 

 

そんなタイミングで。

 

 

 

「……お前」

 

 

 

かみなりに打たれたようなやけどを負った、青白い炎を灯すヒトカゲがヒカルの目の前に立っていた。

 




やっとヒトカゲ出せた…!

これが伏線を貼るってことなんですね。
すっごい大変だ…。回収できなかった時が。

絶対に回収してやる。



そして今回から本文が長くなっていくでしょう。
本音を言えばもっと文字数多くしたいので、もっと長くなると思います。
気長に読んでいただければ幸いです。

追記:今回から改まってサブタイトルに「VS~」としていくことになりました。それと、ヒトカゲの尻尾の炎の色間違ってました。大変申し訳ありません。


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第四話 VSヒトカゲ 別れた先の道

少し遅くなってしまいました。

何とかいいところまで仕上げるのに手間取ってしまい…。


ああ,ヒトカゲ可愛い…。


「お前、何でここにいるんだ?」

 

ヒカルは目の前に立つヒトカゲに向かってそう問いかけた。

勿論だが、ヒカルにはポケモンの言葉は分からない。

しかしヒカルはそんなことは求めていない。

ただ何故傷だらけのその状態でここにいるのか、ただそれだけを聞いたのだ。

ヒカルが持ち合わせる、ポケモンを想う気持ちだけをもって。

 

 

 

そして。

 

 

ヒトカゲはそっと歩み寄ってくると、ヒカルの腕に抱かれたアートを心配そうに見つめた。

 

「もしかして、気にしてくれてるのか?」

 

ヒカルの問いかけにヒトカゲは頷く。

 

「…そっか。やっぱお前いい奴なんだな」

 

先の戦いの際にも、ヒトカゲは悪い奴のポケモンだが優しさをちゃんと持っていると感じていた。そうでなければ,自らに悪態をつくようなトレーナーのために立ち上がろうとはしないだろう。

敵ながらヒトカゲの優しさに改めて暖かさを感じ,ヒカルは思わず微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

「ところでさお前、あいつはどうしたんだ」

 

ポケモンセンターまでの道のり。既に町の敷地には入っているが、ヒトカゲはどこに行くでもなくヒカルの隣を付いて来た。その際ちらちらとこちらを見るが、ヒカルの顔を見ずアートの方を見ていた。まだ完全に心を許したわけではないのだろう。それでも、大切な家族を気にしてくれているのがヒカルには嬉しかった。そして同時に気になった。

 

そんなヒトカゲのトレーナーであるあの《R》服の男はどうしたのか、と。

 

それに対してヒトカゲの反応は、

 

「……………」

 

全くの無反応だった。

鉄壁の守りの如く急に無言を貫き始めた。

つられてこっちまで黙り出しそうになる。

 

(まあ今はアートを気にしてくれる気持ちだけがあるって分かったし良いんだけど)

 

不完全燃焼ではあるが、仕方あるまい。

話したくないことを根掘り葉掘り聞くわけにもいかないだろう。

 

 

 

 

 

 

そうこうしている内に、ポケモンセンターの前まで来ていた。まだ夕方になりかけたところなので、早めに治療にあたってくれるかもしれない。

改めてヒトカゲに何か言おうと下を向いて、

 

「いない…」

 

見事に姿が消えていた。

 

(どういうこっちゃ。あの男についても、今にしても、何か訳ありなんだろうけどなぁ。俺が聞いても答えてくれないし、どうしたもんかな)

 

複雑だった感情がより複雑になった。このまま考えていても更に絡まるだけになりそうだったので、一旦忘れてアートを治療してもらうためセンターへと足を踏み入れる。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

家の明かりが一つ、また一つと消えていく頃。

ヒトカゲは夜のニビを歩いていた。

 

 

 

ヒトカゲが元々住んでいたのは、ここから遥か離れた山の中である。強者ぞろいが生息するというその山で、ヒトカゲは親であるリザードンと静かに暮らしていた。

リザードンはその辺りでは敵なしであった。更に子供を持ってからは、守る意識が強くなり近づく者もいなくなっていった。

そこに、彼らがやってきた。

 

彼らはリザードンを捕まえに来ていた。母親は当然子を守るために彼らに抗った。だが彼らはリザードンを殺してしまった。彼らにとって、弱いポケモンだと判断されたためだ。勿論子供もその認識に入ってしまう。

だが、そのうちの一人が気付いた。そのヒトカゲが他とは違う炎を持っていることに。男はそのヒトカゲをいつか母親と合わせると約束し、捕獲した。任務に同行していた者たちには、ヒトカゲを取り逃がした、と説明して。

 

そうしてヒトカゲはその男の元で暮らすようになった。

 

 

 

 

だが、ヒトカゲはその約束が嘘であるという事を知らなかった。

 

 

男はヒトカゲを捨てた。先の戦いで戦力外と判断したが故に。

珍しい青白い尻尾の炎を持ったヒトカゲを手放すことに多少の惜しさを感じたようだが、それでも戦力にならないのであれば切り捨てる。それが男の所属する集団のやり方である。

ヒトカゲの目の前でボールを粉々に踏みつぶしながら吐き捨てた。

 

 

『お前なんか捕まえるんじゃなかったぜ。こんな奴のせいで足引っ張られるのは御免だしな。せいぜい自分で何とかするんだな』

 

 

ヒトカゲには何を言っているのか、最初は理解できなかった。だが男が姿を消し時間が経つにつれ、その意味がやっと分かった。

つまりは、見放されたのだと。

そして、親を探す気などなかったのだと。

ようやくそこで、ヒトカゲは果てしない絶望を感じた。

そんな時、自分が元主人と戦ったトレーナーの姿が目に入った。腕には、自分がやけどを負わせた相手が大事そうに抱えられていた。

ヒトカゲはただ自分が傷付けた相手が、自分たちを退けた人間がどんなものなのか気になり、その男の子に近付いた。

そんな彼は、ヒトカゲが傷付けたポケモンを見るや『いい奴だ』と言った。

ヒトカゲは疑問を持った。自分が仲間を傷付けたのに、不快に思わないのだろうかと。だが、そんな様子は微塵も見せず、ただついて歩く自分を払い除けようともしなかった。

 

 

ヒトカゲの中に迷いが生じた。

 

 

 

彼は一体何者なのだろうかと。

自分は、これからどうするべきなのかを。

 

 

 

そして、もう一度あの少年と会ってみるべきかと。

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

町の中から小さな叫び声が聞こえて、ヒカルは半開きの目をこすった。

時刻は真夜中。ヒカルは絶賛爆睡中であった。そんなヒカルを添い寝していたライが急かすように見つめてくる。事実,叫び声を聞いて起きたのはライであり、彼は気付かず寝続けるパートナーを起こしたところだった。

 

(何だってんだ、こんな夜中に…。睡眠妨害なんてただじゃ済まされないぞ…)

 

寝ぼけながら上着に袖を通し、ライをボールに戻す。アートはまだ治療中であるので連れていくことは出来ない。

部屋を出てロビーに向かうと、消灯されているはずのそこは煌々と明かりがついており、ポケモンを抱えたトレーナーたちが群れを作っていた。

 

「な、何があったんだ?」

 

驚きの色を隠せないヒカルの声が聞こえたのか、そのうちの一人が丁寧に話してくれた。

 

「商店街の方を歩いてたら、突然襲われたんだ。尻尾が青白い炎のヒトカゲで、滅茶苦茶強いんだ」

「青白い炎のヒトカゲ!?」

 

ヒカルに更なる驚きを与えたそのトレーナーは自分のポケモンが心配になったのか、それ以上こちらを見ることはなかった。だがヒカルにはそんなことも眼中になかった。

そして次の瞬間、彼は走り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(あいつが、無差別に人を襲うなんて、そんなのあり得ない!)

 

ポケモンセンターから全力疾走で商店街まで走ってきたが、ヒトカゲの姿を見つけられないまま十分ほどが過ぎた。あちこちに焼け焦げた跡が残り、商品を台無しにされた店主が頭を抱えて唸っていた。

何処も彼処も酷い有様だった。これを全て、あのヒトカゲがやったというのだろうか。

 

 

 

 

―――いや、きっと理由があるはず。

 

(考えるんだ、きっと、これまでのあいつの行動の中にそれが分かる事がきっとあるはず…!考えるんだ……!)

 

ヒカルはひたすら考える。

森の中で出会ったときの事。

敵として戦ったときの事。

町の入り口で再会したときの事。

 

 

 

 

 

そして一つの答えを導き出す。

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

「とうとう追い詰めたぜ……観念しろっ!」

 

少年は、不思議な色の炎を灯したヒトカゲを路地の行き止まりに追い込んでいた。三面は高い壁に囲まれ、残る一面は少年が塞いでいる。

これまで何匹ものポケモンに勝負を挑み、既に体には傷がたくさん付いていた。まだまだ弱い少年のコラッタでも勝てるかもしれない。

 

「いざ、しょうぶっ…!?」

 

と思った矢先、急に後ろに引っ張られた。

尻餅をつき思わず顔をしかめながら、引っ張った原因である少年を見た。

 

「何すんだよ!僕は」

「こいつは俺に用があるんだ。悪いけど黙っててくれないか」

 

男の子の顔を見ずそう言うと、少年は一歩前へ出た。調子を崩された男の子は渋々路地から退散していく。そして少年は不敵な笑みを浮かべる。

 

「よう、ヒトカゲ。町の人たちに迷惑かけて、さぞ楽しいんだろうな。だったら俺とも勝負しようぜ。昼間のときとどう違うのか見せてくれよ」

 

そういってヒカルはボールを構えた。

ヒトカゲは警戒し、けん制のための‘ひのこ’を放った。それはヒカルの頬を掠め、小さな焦げ跡を作った。

だがヒカルは動じない。

 

「何だよ、そんなもんか?もっと全力で来いよ」

 

ヒカルはさらにヒトカゲを挑発した。ヒトカゲも‘ひのこ’を次々に放ち、ヒカルの足元や顔の横を掠めていく。

 

「どうしたんだ、俺に当てないのか。そうだな、弱いんだったら、そんなことも出来ないか」

 

その言葉はヒトカゲの心にとげを刺した。力をため込んだヒトカゲは、'ひのこ‘を放つつもりで高温の‘かえんほうしゃ’をヒカルに打ち込んだ。

 

「ぐぅっ!!」

 

ヒカルが吹き飛ばされ、地面にうずくまった。

その姿を見て、ヒトカゲはようやく気が付いた。

自分が‘かえんほうしゃ’を覚えたということを。

ヒカルがボールを構えながらも、ポケモンを出していないということを。

 

 

 

 

 

 

 

「…っへへ。やっと気付いたか。お前は弱くなんかない。お前は十分強いんだよ。あいつが、尻尾の炎が違うってことに気を取られて、お前の本当の強さに気付かなかっただけなんだ」

 

 

 

 

 

 

それは、ヒトカゲが自覚していなかった、《強さ》の証明。

その結晶が、今しがた自分が使った"かえんほうしゃ"。

 

「お前は強い、でも、悪いことには使うな。お前は優しいんだ。お前は捨てられたのかもしれない。でも、お前は一人じゃない。俺たちがいる。俺がいる」

 

ヒカルの体は"かえんほうしゃ"によってダメージを負い、服が焼け焦げていた。しかしそんなことは気にしない。

ヒカルはただ、一匹のポケモンを助けるために体を張っている。同じ目線に立とうとしている。

それはかつて、傷付いて彷徨っていたイーブイを助けたときのように。

大切に思う気持ちを示すため、空のモンスターボールを差し出した。

 

「お前がもし、俺を受け入れてくれるなら…。俺がお前が強いってこと、ちゃんとあの男に分からせてやるから…。友達になってくれないか?」

 

 

 

少し前まで敵だった彼ら。

しかしそこには、確かに《何か》が生まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

「クゥ…」

 

暫く静寂が続いた後。

ヒトカゲは、差し出されたボールに手を付けた。

淡い光に包まれながら吸い込まれ、数回揺れた後確かにその中に納まった。

 

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

 

「っていう訳で、これから一緒に旅をすることになったんだ。ライ、アート、色々あったけど、仲良くしてやってくれ」

 

ヒカルの言葉にライとアートは多少疑いながらも、受け入れる旨の言葉を発した。

 

「それと、お前もな。二人と仲良くしてくれ。……《ルドラ》」

「……クルゥ…」

 

《ルドラ》と呼ばれたヒトカゲは、静かに頷きながら尻尾の炎を揺らした。

 




四千字越えか…。もうちょい書けるようにしたいな(読者の方々の負担を増やすだけですが)。


という訳でやっとヒトカゲもといルドラがパーティインしました。

ヒトカゲってどういう風に鳴くんだろうと十分ほど迷ったのは秘密です。


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第五話 VSイワーク 進化とジムリーダー

修行ってどんな感じなんでしょうかね。
やったことないんで分かりませんが…。



「ルドラ、かえんほうしゃ!」

 

 

もう少しで陽が真上に昇る頃、ヒカルは額に浮かんだ汗を拭いながら目の前の戦いに集中した。

その目線の先で、青白い炎を揺らめかせるヒトカゲがヒカルの指示を聞き炎を吐き出した。

 

 

ヒカルは今バトルをしている。

ニビシティでヒトカゲもとい《ルドラ》をゲットした後、オツキミ山を目指して出発した。その後何度か今と同じようにポケモンバトルを挑まれ、ことごとく返り討ちにしている。

そして今。短パン小僧の手持ちであるニドラン♂を相手に、ルドラと共に一歩も引かない戦いを繰り広げていた。

 

 

「ニドラン、かわせ!」

「逃がすな!」

 

短パン小僧の指示を受け、ニドラン♂は右に大きくジャンプする。が、それを予測したルドラの炎が着地したその場所を狙い撃つ。高温のかえんほうしゃをまともに食らったニドラン♂は、その場で立ち上がろうとしたがそのままダウン。勝負は決着がついた。

 

「ニドラン……よくやったな、戻ってくれ」

「なかなかいい動きしてたよ、君のニドラン」

 

バトルで体力を消耗したニドラン♂をねぎらいながらボールに戻し立ち上がった彼に声をかけた。

 

「それより、君のヒトカゲの方がすごいよ。さっきのかえんほうしゃも。良く育てられてるね」

「まあ、な」

 

彼の正直な感想に、多少のつまりを見せながら返した。

元々ルドラにはトレーナーがいたのでもとより十分強かった。そこにヒカルという“友達”の実力が合わさり、今のルドラはそこらのポケモンより遥かに強力なポケモンとなっていた。

勿論そんなことを目の前の少年は知らないし、ヒカルも話す気はない。

 

 

またバトルしてくれよ、などというありきたりな会話を交わしたのち、ヒカルは再びオツキミ山に向かって歩き出していた。

先ほどバトルをしたルドラはボールにしまっているが、ライとアートは出しっぱなしだ。

理由は勿論、ルドラにはさっきのバトルで消耗した体力を回復してもらうためだ。

ヒカル自身はバトルをしていないときは基本ボールの外に出しておきたかった。まだ仲間になりたてのルドラを早く二人と馴染ませたかったからであるが、これが意外と苦戦している。

ルドラはヒカルには心を開いている、らしい。

バトルの際にきちんと指示を聞いてくれるのはそう思ってくれているからだと信じている。のだが。

 

(どうして二人には馴染んでくれないんだろう?アートのことを気にしていたことがあったし、きっとすぐに心を開いてくれると思ったんだけどなぁ)

 

そう。ルドラがライとアートにあまり友好的な態度を示さないのだ。

これがまた理由が分からない。つっけんどんに対抗するようなことはしてないが、一定の距離を置いて接しているような気がする。

ライたちも少しずつ仲良くなろうとアプローチをかけているようだが、結果はいまだ出ていない。

ヒカルはトレーナーであるが、ポケモンではない。よってポケモンたちがどんな会話をしているのかも分からないし,どんなことを思っているかも分からない。

トレーナーとして出来ることは、見守ることのみ。

そう割り切っているが、やっぱり何とかしたいと思ってしまうのは,ヒカルの持つ優しさ故である。

 

陽がちょうど真上に昇り切った頃、延々と悩みながら歩いていたヒカルはトンネル近くのポケモンセンターに辿り着いた。

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

(………物足りない)

 

山籠もりして二週間。毎日を修行に費やしているが、それでも実力が付かないと思う。

あの日、赤い帽子を被ったあの少年と戦って以来、こうして山に籠っている。

それでも、足りない。

小さく息を吐き頭を振る。乱れた集中を整えるため、そのトレーナー――――ニビジムのジムリーダー・タケシは胡坐をかき瞑想を始めた。

 

 

タケシが山籠もりを始めたのは、もっと力をつけるためだ。

二週間前にジムに挑んできた、赤い帽子を被ったあの威勢のいい少年。

自慢のイワークを前に少年はなんとピカチュウで挑んできた。

イワークとピカチュウの相性は最悪。それなのに、タケシは負けた。通じるはずがないと思っていた電気技をもろに食らい、イワークは粉々に砕けた。

そして、実力不足を思い知った。

タケシは、そのピカチュウが捕まえたばかりで言うことを聞かないポケモンだということを勿論知らない。しかし、そのピカチュウは力量が野生のそれとは比べ物にならないほど高かった。そしてそれがタケシを上回っていたのだ。その事実だけが残り、タケシは今以上に強くなることを決めた。

そしてニビシティからほど近い、この山に修行をしにやってきた。

のだが。

 

そもそもここに住むポケモンたちはレベルが低い。それは知っているが、とある事情によりあまり遠出が出来ないタケシは、ここに来るしかなかった。結果、想像以上に伸び悩んでいる。

たまに通りかかるトレーナーにバトルを挑もうにも、大概はジムリーダーである彼の方が勝ってしまう。もしくは、逃げ出されてしまう。

これでは修業が続けられない。タケシはある種、危機に瀕していた。

そんなとき、彼は救いに出会う。

 

 

 

 

 

「思ってたより明るいんだな……これならルドラ出してる意味ないかな」

 

ヒカルはオツキミ山を突き抜ける洞窟を通っていた。ここを通り隣町のハナダシティに向かうためである。

ルドラをゲットした次の日、前日の夜に迷惑をかけてしまった店やトレーナーに謝罪をしながら,それとなく情報収集をしていた。話題は勿論,《図鑑所有者》について。

そして、暴れ者のピカチュウを捕まえた少年がそれを持っていた、と。

その情報をくれた八百屋の店主に話を聞いてみると、その少年はこの町のジムに挑んだ後、ハナダシティに向かって旅だったと教えてくれた。この町にいないのなら滞在する必要もない。ヒカルはその日旅の準備を整え、今日ハナダに向けて出発した。

正直、ジムに行ってみたいという衝動が沸き上がったが、ジムリーダーが不在だという情報を得たため諦めた。

ヒカルにとって実力をつけるのも、この旅の目的の一つだと思っている。行方不明の両親を探すのだ。きっと危険なところにもいくことになるだろうと考えている。

本心では、そんなことを望んでいない。それを認めるということは、両親が危険なことになっているということを認めるも同然だからだ。

 

―――――早く会いたい。

そんなことをふと考えたとき。

 

 

「そこの君、トレーナーかい?」

 

頭の上からそんな声が聞こえてきた。立ち止まりその場を見回すが声の主を見つけられない。

 

「右だ」

 

また聞こえてきた声に従い右を向くと、仄かに浮き出たシルエットが視認できた。シルエットは立っていた岩の上から飛び降りヒカルに向かって歩き出す。

やがてルドラの尻尾の明かりに照らされてようやく顔がはっきりと見えた。

 

「目、細いですね」

「いきなりそれか…」

 

まるで閉じてるのではないかと疑うほど細い。しかしちゃんと見えているらしく、更には言われ慣れているようでそれ以上はツッコんでこなかった。

 

「ところで君、トレーナーだよね」

「ええ、そうですけど」

「………君、俺のことを知らないのかい?」

「???」

 

いきなり自分は有名人ですとか言い出したのだろうか。ヒカルの中で警戒レベルが少し上がる。

 

「警戒しないでくれよ…。俺はタケシ。ニビジムのタケシだ」

 

少し傷付いた様子の男はそう言って自己紹介した。

 

「ってジムリーダー!?」

「俺はそんなつっこみ役じゃないんだけどな…」

「ああはい、すみません取り乱しました」

「ほんとに俺つっこみ役にならないとダメか?」

 

自己紹介しただけでこれだけ色々かましてくれる人は中々いないだろう。

これと似たようなやり取りがあったような気がして軽く脳内を探ってみたが、合致しなかったので無視する。

 

「というか自己紹介ですよね。俺はヒカルです、よろしくお願いします、タケシさん」

「いや、敬語はもういいよ。あと“タケシ”でいい。……それでなんだが、ヒカル、俺と勝負してくれないか?」

「え、ここジムじゃないですし、っていうかジム外でジムリーダーとバトルって」

 

ヒカルが心配するのはもっともだ。だが、

 

「大丈夫だ。やって欲しいのは公式戦じゃなくてただの野良バトルさ。勿論バッジはあげられないけどね」

「……なるほど。分かりました」

 

数舜迷った後、ヒカルは肯定の意を示した。それを見たタケシは嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

「ありがとう!じゃあさっそく始めようか。使用ポケモンは一匹ずつだ、いいかい?」

「ええ、それじゃあ…!」

 

双方すぐさま距離を取り、タケシはボールを構えた。ヒカルはその場にいたポケモンに目配せする。

 

「行け、ルドラ!」

「行くぞ、イワーク!」

 

タケシの放ったボールから飛び出したのは、

 

(何だ、あのイワーク…体が少し変なような…)

 

ヒカルの考えの通り、イワークはそれと知られている容姿とは違い歪な形をしていた。大きさも少し小さめでところどころにヒビも見える。

 

「君からどうぞ!」

「っ、余計なこと考えてる場合じゃないか。ルドラ‘かえんほうしゃ’!!」

 

灼熱の炎がイワークを襲う。効果はいまひとつであるが、実力がケタ違いなルドラのかえんほうしゃはイワークに確実にダメージを与えていた。だがそれでもやはり岩タイプ、かなり頑丈ならしくすぐに倒れる様子はない。

次にタケシが動く。

 

「‘たいあたり’」

「っ、かわせ!」

 

炎を蹴散らしながら突進してくるイワークを紙一重で避ける。体当たりとは言えないレベルのタックルが、ぶつかった地面にクレータを作る。その威力にヒカルは思わず冷や汗をかいた。

次なる手を考える前にイワークはどんどん迫りくる。

 

「右に避けて‘ひっかく’!」

「迎え撃て!」

 

ジャンプしたルドラと向き直ったイワークが正面からぶつかり合い、―――――パワー負けしたのはルドラ。

 

「ルドラ!」

「‘すてみタックル’!」

 

回避不能な姿勢のルドラにより強力な攻撃が迫る。

 

(どうしたらいい――――っ!!?)

 

とっさの判断も浮かばす、ヒカルの頭が真っ白になる。

迫りくるイワークとルドラを見つめ、ヒカルは何も発しなかった。

ただ、体は真っ直ぐルドラへと向かって走っていた。

 

(!!?)

 

タケシが驚愕の表情を見せたその瞬間、“岩肌”にぶつかりイワークの周囲に煙が巻き上がり、“ヒカルに抱きかかえられた”ルドラも同じような表情をしていた。

 

「……大丈夫か?」

 

ヒカルの足には切り傷が出来ており、少量ながらも血が出ている。それでも、自分のことよりルドラのことが心配だった。幸いけがはどこにもない。ルドラが心配そうにこちらを見つめ返していた。

 

「お前もそんな顔が出来るんだな……なら、あいつらともすぐ仲良くできそうだな…」

 

ルドラが本気で心配していることをよそに自分の気持ちを正直に呟いてしまった。

それを聞いて、ルドラはバトル最中ながら呆れ返り,トレーナーの肩に軽く噛みついた。

 

「いででででっ!?ちょ、ルドラ今やめっ!?」

 

 

 

そんな傍から見れば微笑ましいような光景を見ながら、なおタケシの顔は驚きを隠していなかった。

 

(似ている、あの少年と)

 

あの時も、イワークのすてみタックルを受けそうになったピカチュウをかばい、イワークの眼前に飛び出した。そして、バトル最中ながらも話をし出し、挙句負けた。

 

(似ている、あのときと)

 

タケシの中で、あの少年と目の前の少年が重なった。

そして同時に思う。

この少年も、きっと、希望なのだと。

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

「すみません、バトルの最中だったのに」

「いいや、俺にとってもいい経験になった。――――ヒカル、君にこれを」

 

そう言って差し出されたのは、ジムリーダーに認められた証。

 

「これは…」

「《グレーバッジ》。君に受け取って欲しい」

「でも、公式戦じゃないからバッジは…それにあのバトルは俺たちが負けてたし」

 

ヒカルの言葉を遮るようにタケシは首を振った。

 

「あのバトルで大事なことに気付くことが出来たんだ。これはそのお礼。それに,君には実力が十分備わっている。気付いてないかもしれないけど、最初の"かえんほうしゃ"、結構効いてたんだ」

「え…ほんとですか」

 

まさかと思ったが、タケシの方は過大評価しているわけではないらしく頷き返してきた。

自分の育てたポケモンがジムリーダーに褒められたことに素直に嬉しく思う。その功績を作ったルドラを見下ろすと、わずかに胸を張っているのが分かった。

 

「…よくやってくれたよ、ありがとう」

 

そう言ってルドラの頭を撫でる。

 

手を放したところにすかさずジムバッジが置かれ驚くが、してやったりの顔をするタケシに、仕方なく苦笑いを返した。掌に乗ったジムバッジは、その大きさからはかけ離れた重みを感じ、ヒカルはしっかりとその感触を握りしめた。

そしてもう一度ルドラに褒め言葉をかけようかと下を向いて。

 

 

 

変化が訪れる。

 

 

「これは…!」

 

ルドラの体が震え出したと同時に光り出し、ひときわ大きな輝きを生んだ後その変化を露わにした。

体格がより逞しくなり、身長が伸び、目つきがより鋭くなったその姿。

つまりは進化。

 

「《リザード》に進化、おめでとう」

「…ありがとう、タケシ」

 

ルドラも少し野太くなった声で返事をした。よくよく見ると、青白かった尻尾の炎がより青くなっている。これも進化の影響なのだろうか。

 

 

そんなことをふと考えたとき。

 

「……これからきっと、激しい戦いが待ってる」

 

タケシがぽつりと呟いた。

思わず顔を上げタケシを見やる。タケシもヒカルを真っ直ぐに見据え、更に言葉を紡ぐ。

 

「ヒトカゲの進化は、きっとヒカルを更に強くしてくれるはずだ。――――だから、君に会ってほしい奴らがいる。俺と同じ、《正義のジムリーダー》に」

 




はい、長くなりました。
どうしても、正義のジムリーダーさんたちに会ってほしいんです。
そのため,タケシのキャラが多分ぶれました。すみません。

ルドラの進化はこのタイミングで大丈夫だと信じてます。
ゲームでも育てる人によってはもう進化してるかもしれませんが。


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第六話 VSスターミー 初めてのゲット

少し時間が空いてしまいました。

どうもうまくまとまらず…

その分頑張りましたよ。


暗い洞窟を、ヒカルは歩いていく。

途中気にかけるように振り返ってくるリザードの《ルドラ》に、軽く手を振って答えてやる。

中に進めば進むほど光を吸収してしまう洞窟。

そんなオツキミ山内部を進んでいた。

 

不意に、ごつごつした岩場に出た。天井の岩には大きな穴が穿たれており、大小さまざまな岩が転がっていた。

そして、かすかに残る戦闘の痕跡。

 

「ここがタケシの言ってた《謎の崩落事故》跡か」

 

二週間ほど前に突如として起きた崩落事故。一週間ほど前にようやく通れるようになったと聞き、ヒカルはどうしてそんなことが起きたのか気になったので聞いてみた。すると、

 

「さあな。ただ、何らかのバトルがあったらしいって話を聞いたよ」

 

タケシはそれ以上に何かを言おうとしていたようだが、何も言わなかったので結局スルーした。

 

確かに激しい戦いだったのだろう。それは岩場の様子を見て容易に想像できた。

これがもし、タケシが言っていた《敵》に関わることなら、ヒカルとて放ってはおけない。その敵はもしかしたら、ルドラとも関係があるかもしれないから。

ハナダに着いたらあの人に聞いてみようと決めたところで、視線の先に太陽の光が見えた。

 

 

 

 

「さてと、早いとこ町に着かないとな」

 

洞窟を抜けルドラをボールに戻して、ヒカルはなだらかな斜面を下っていた。既に町は視界に入っている。

途中バトルを申し込まれたりして体力がなくなってきているライたちも早く回復させねばならない。

そう思って足を速めたとき、

 

ビュルンっ、と目の前を何かが通り過ぎた。

 

「――っ!」

 

ヒカルは咄嗟に回避行動をとり、ボールを構えながら先ほどの正体を捉えようとした。

再び戻ってきた何かはヒカルの目の前で立ち止まり、中心のコアを点滅させた。

その姿を見てヒカルは、

 

「…ヒトデマン? こんなところに住んでるのか?」

 

きょとんと目を丸くさせた。

確かに近くに水場はあったが、こんな山の方にヒトデマンが果たして住んでいるのか。

シンオウで見に付けた知識とはかけ離れており、故に戦闘モードであった意識はそこで中断された。

そんなことも露知らず、ヒトデマンは右側の突起をくいっ、くいっと動かした。

 

「……挑発してんなこいつ。バトルがしたくて飛び出してきたってところかな……いいぜ、その勝負乗った!」

 

ヒカルは満面の笑みでヒトデマンに応えるべく、ライのボールを投げた。

ライが地に足を付けた瞬間、ヒトデマンは突進するように向かってきた。

 

「かわせ!」

 

真っ直ぐ突っ込んできたヒトデマンを余裕でかわす――――とはいかなかった。

突進の勢いを殺さず器用に方向転換をし、ライの身体にクリーンヒットさせる。

 

「っ、結構やるな」

 

すぐさま立ち上がった様子を見るとライもまだまだ余裕があるようだ。だが、早期決着をすることに決め指示を飛ばす。

 

「“かみなり”」

 

丁度上空に浮遊していた厚めの雲。それを最大限利用した電気タイプ最大級のわざをぶつけた。途端にかなりのインパクトが辺りを襲い、土煙が視界を奪う。

その場を動かず防御の指示を出しながら、ヒトデマンの様子を窺う。あれだけの攻撃だから耐えてる、なんてことはないと思うが。

 

と思ったのが間違いだった。

 

「ライ!?」

 

煙の中から縫うように、姿の見えないライ目掛けて襲い来る影が一つ。

もちろんそれは対峙しているヒトデマンであり。

その身体には確かに“かみなり”がヒットした焦げ跡がある。

 

(まさか、あの攻撃を耐えた…!? 水タイプに効果抜群なのに!)

 

ヒカルが驚愕している合間もヒトデマンは襲い来る。何とかギリギリでかわしているが、決定打を受けるのは時間の問題だろう。

かと言って、ここまでの防御力を見せられればポケモン交代をするわけにもいかない。アートではパワーで負け、ルドラでは相性の面で危ういかもしれない。それに何より、闘争心に火が付いたライを引っ込めては後で痛い目を見るのはヒカル自身だ。

 

早期決着をする、その意味合いをヒカルの中で少し変える。

目的はバトルの決着ではなく、

 

「ライ、“かみつく”から叩き付けろ!」

 

何度目かの攻撃をかわし交差した瞬間、ヒトデマンの突起の一つに食らいつく。その勢いのまま飛び上がり、上空から叩き付けた。

ここまで攻め続けていたヒトデマンの動きが一瞬止まる。

その機を逃さず、

 

「“10万ボルト”!!」

 

至近距離からの電撃を浴びせ、余波を受けた地面から再び土煙が巻き上がる。

今度はすぐに煙が晴れ、のろのろと立ち上がろうとしているヒトデマンが見えた。

 

「今だあっ!!」

 

ここぞとばかりにヒカルは大声を出す。

そして行うは、変更された目的の実行。モンスターボールを構え、投げる。つまり――――捕獲。

 

緩やかな曲線を描きながらボールは投擲され、ヒトデマンへと吸い込まれる。

ボールから飛び出す様子はなく、その中に確かに納まっている様子がその場からでも見えた。

 

「――――――っはぁ~~」

 

それが認識できた途端、ヒカルとライは揃ってその場に座り込んだ。深いため息が二人から漏れ、ようやく終わったのだと実感できた。

のろのろと立ち上がりながら先ほど投げたボールへと歩み寄り、そこにいるポケモンを外に出した。

 

「…まだ元気じゃん……どんだけタフなんだよお前…」

 

ヒトデマンはチカチカとコアを点滅させる。そのまだまだ余裕綽々な様子にげんなりとするが、それも過ぎたこと。

頭を切り替え、ヒカルはヒトデマンに向かって話しかける。

 

「まあゲットしちゃったけど、お前が行きたくないならまだ野生に戻れるよ……どうする?」

 

そう問いかけてみる。

対するヒトデマンの反応は、

 

(ぷるぷる)

「なら一緒に来るってことでいいかな」

(こくこく)

 

どうやら一緒に来てくれるらしい。ヒカルは、改めて仲間が増えたことに不思議な感慨を覚える。

カントーに来るまでに二匹、こちらに来てから一匹と仲間を持つヒカルだが、野生のポケモンをゲットしたことは一度もない。ルドラのケースを”野生のポケモン”として捉えられないのもあるが。

 

つまり、これがヒカルにとっての”初ゲット”となる。

 

まあそんなことはさておき、さてどんな名前を付けようかと、参考までにと思い図鑑を開いた。傍にはライが歩み寄り、ヒトデマンが何故か戦闘に備えるかのように構えだした。

 

「お前、ひょっとしてライとバトルがしたいから付いて来るのか…? まあいいけど…って、お前図鑑の説明よりでっかいんだな」

 

画面に表示された数値と目の前にいる実物の予想数値がかなり違う。一回りと言わず二回りほど大きい。

実物を始めてみたヒカルにはそれがどういう理由で大きくなったのかは分からないが。

なので気にしないことにした。

 

「お前は防御がかなり高いんだな…よし、決めた!」

 

図鑑を勢いよく閉じながら、大きい声で宣言する。

 

「お前の名前は、今日から《ロンド》だ!」

 

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

 

「久しぶりじゃのう、ヒカルよ。元気にしとったか?」

「ええまあ色々ありましたが元気でしたよ、オーキド博士」

 

ハナダシティのポケモンセンター。ライたちの回復を頼んだ後、真っ直ぐ通信機の前まで直行し予め決めてあった相手―――オーキド博士へと通信を繋いだ。

理由はもちろん、タケシから聞いたことの真偽。

挨拶をほどほどに交わし、ヒカルは躊躇いもなく本題を切り出す。

 

「博士、《ロケット団》って知ってますか?」

「……………」

 

オーキドはしばらく押し黙る。

難しい顔をしながら通信機越しにこちらの顔を見つめて、やがて大きなため息をついた。

 

「お前さん…どこでその名を聞いたんじゃ?」

「タケシに会ってそれで。それに一度奴らに会った事があったので」

「何っ!? その話詳しく聞かせるんじゃ!」

 

 

 

ヒカルは博士と別れた後、トキワの森やニビシティであったことを全て話した。

難しい顔だった博士はより険しい顔に変わっていった。

 

ややあって、

 

「はあ……あいつも大概じゃと思っておったが、お前さんもとはな…。全くお前さんたちは何かに憑かれとるんか」

「憑かれてるってどういうことですか?」

「そこはあまりつっこまなくてよろしい」

 

何故か博士に拒まれた。

 

「…結局、ロケット団って何なんですか?」

 

これが、ヒカルの聞きたかったこと。

アートを狙い、自らの手持ちであったルドラに罵声を浴びせ捨てた、そんな奴らとはいったい何者なのか。

自らのポケモンを想う気持ちと相反する信念を持った彼らについて、ヒカルはどうしても知りたかった。

 

「――――あいつらはポケモンを使い悪事を働く秘密結社じゃ。商売としてポケモンたちを捕らえ、実験体として扱い、時として殺してしまうとも聞く……決して許されない奴らじゃよ」

 

 

そこまで話したところで、オーキドはヒカルの表情が変わっていることに気付いた。

敵意に満ちた、険しい顔。

 

この少年はとても純粋だ。そして無垢。

ポケモンたちを真摯に思いやる心を持つ、とても真っ直ぐな少年だと。

だが同時に脆いものだと思った。

初めて会ったときは抱かなかった、この少年を大切に思う気持ちがオーキドの中で芽吹いた。

 

 

 

だからこそ、歯止めをかけるために言葉を続ける。

 

「じゃが、焦ってはいかんぞ。今のお前さんじゃ対抗するのは難しいだろう。それに、ジムリーダーに会うように言われておるのだろう?」

 

やや間があって

 

「……はい」

「なら、そっちを優先すべきじゃ。決して一人で挑んではならん」

「……はい、でも」

「手持ちはまだ六体集まってはおらんだろう……仲間をもっと増やすんじゃ。たくさんの仲間とともに挑むのならば、わしは止めはせん」

 

たくさんの仲間――――それはポケモンに限らず、トレーナーの数でもある。ヒカルは既にタケシという強力な助っ人を味方につけている。

そういう人をもっと増やす。そして、全員で挑む。

それが、ヒカルにとって一番の方法であるということはよく理解できた。だが同時に、今もロケット団によって虐げられているポケモンたちがいると思うと、黙っていられなかった。

 

「ヒカル」

「っ…!」

 

博士が名前を呼ぶ。

ヒカルのことを思って言ってくれている。それはヒカル自身にも分かる。

 

(今は、待たなきゃ……何より、ライたちに無理をさせれない)

 

今のライたちでは実力的に及ばないだろう。

だからヒカルは堪えることに決めた。

必死に心の中で渦巻く敵意を鎮めて、ずっと待っていてくれたオーキド博士に笑みを見せる。

 

「分かりました。ありがとうございました」

 

そう言って頭を下げる。

オーキドは分かってくれたことを察し、小さく頷いた。

 

「うむ、これからも頑張りたまえ。わしも応援しとるからの」

「はい!」

 

このときのヒカルの瞳は、真っ直ぐな光を宿していた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「さあ、試合を始めましょ!」

「ほんとどうしてこうなったんだろう」

 

オーキドとの会話から一時間後。

ヒカルはハナダジムのジムリーダー・カスミと試合を始めようとしていた。

 

 

 

 

自分の考えを改め、この町に来た目的を果たすためジムに向かったところ、カスミに挑戦者と勘違いされ有無を言わせず「勝負よ!」と言われ退路も断たれてしまった。

なし崩し的にバトルに応じることとなったが、ヒカルはこの状況に全くもって納得はしていない。

おまけに正式に定められた一対一というルールを無視し、二対二で戦うと言い出したのだ。

もう何が何だか分からない。

 

「スタちゃん!」

「ライ!」

 

ボールから放たれた二体は互いに臨戦態勢を取り、動くタイミングを計っている。

じりじりと時間が流れ、ライが足を少し動かしたとき。

 

「“バブルこうせん”!」

 

カスミが指示を飛ばした。大量の泡がライに向かって飛来する。

指示を受けずともライがそれをかわし、前進する。

 

「“10万ボルト”!」

 

スターミーまであと二メートルのところまで迫り、ライは電撃を放った。当たればもちろん効果は抜群だが、

 

「当たらなければ効かないわよ!」

「くっ!」

 

いとも簡単に攻撃をかわすスターミー。想像より素早い動きに驚くが、すぐに思考を切り替え攻撃の手を考える。

 

「“こうそくスピン”!」

 

だが、カスミの手はまだ続いていた。

ものすごい速度で回転を始めたスターミーはライ目掛けて突進してくる。

 

「地面に“かみなり”!」

(えっ!?)

 

ヒカルの指示はスターミーを攻撃するものではない。だが地面にかみなりを打ち込むことで何が出来るというのか。

そもそも、雲などない室内では打てないのではないか。

そんなカスミの疑問は次の瞬間答えを見せる。

 

強力な電撃が地面に当たり、そこに溜まっていた水たまりに通電して《水と電気の壁》が生まれた。既に近くまで接近していたスターミーはブレーキを掛けられず、壁に激突した。途端“かみなり”の余波がスターミーを襲う。

 

「くっ、スタちゃん、上昇して“バブルこうせん”!」

 

奇抜な防御に度肝を抜かれながらも、すぐさま反撃に出る。指示に素早く応えたスターミーは、壁にある穴、真上から攻撃を放った。

壁により突進じみた攻撃を防ぐことは出来たものの、二手目を防ぐことは出来ず、ライは攻撃をもろに受け吹き飛ぶ。

ライは地面に倒れるも、すぐに立ち上がりまだ動けることをパートナーに伝えた。それを見てヒカルは胸を撫で下ろす。

 

(さすがジムリーダー…タケシもそうだったけど、やっぱり強い)

 

なし崩しとはいえ、バトルはバトルだ。やってよかったと認識を改める。

 

「ふう…驚いたわ。まさか“かみなりに匹敵する電撃”を放つなんてね」

「室内でかみなりを使えないのは雲がないからだ。でも、ポケモン自身はかみなりを放てるほどの電気を持ってる。雲越しでやってることをすっ飛ばしただけさ」

「……ますます面白いわねあんた……まるであいつみたい。次はどんな奇策を披露してくれるのかしら?」

「じゃあ、これならどうかな」

 

カスミの期待に応え、ヒカルはたった今考え付いた作戦を実行する。

 

「走れ、ライ!」

「逃がさないわよ、スタちゃん!」

 

スターミーを中心として走るライを“バブルこうせん”が迫る。しかしライのスピードには追い付けず次々と攻撃が外れる。そのままライはスターミーを中心として走り続ける。

 

「(攪乱しようってことかしら…でも)スタちゃん、“こうそくスピン”!」

 

その場で回転を始めたスターミーは、体を縦にしたまま走るライへと突撃する。

 

「っ、車輪みたいに転がるなんて!」

「ふふふ、このスタちゃんからは逃げられないわよ!」

「―――なんて、この時を待ってたぜ、ライ!」

 

後三メートル。

ライはそこで急ブレーキをかけた。

 

「え!?」

 

カスミに驚愕の色が浮かぶ。

後一メートル。

ライはブレーキの勢いを殺さぬまま、後ろを振り向き

 

「かみつく!」

 

すぐ目の前まで迫っていたスターミーに噛みついた。

勢いを完全に相殺はできず、しかし確実にそのスピードを削ることに成功し。

 

「10万ボルトオォォォォオ!」

 

ゼロ距離から放たれた“10万ボルト”が、スターミーを襲った。

その電撃は目も眩むほどの光を放ち、瞬く間に二人から視界を奪った。

 

やがて光が収束する。

かみつくと電撃から解放されたスターミーは、コアを弱々しく点滅させた後ばたりと倒れた。

 

「スタちゃん!!」

「よっし!」

 

まずは一体。ジムリーダーのポケモンを倒せたことに思わずグッと握り拳を作る。ライも嬉しそうに鳴いている。

 

「なかなかやるわね。でも、この子に勝てるかしらね」

 

そう言って取り出したモンスターボールから感じる気配に、ヒカルは戦慄した。

 

(この感じ、今までのポケモンとは何か違う…!)

 

果たして、その予想が正しいのかどうか分からないまま、

 

 

 

「さあ、出番よ《ギャラちゃん》!」

 

 

 

かつてロケット団に実験体とされ、一人の少年によってカスミのもとに戻ってきたポケモンが放たれる。

 




え、初ゲットはヒトカゲさんじゃないのかい?
いいえ、こちらが初なんです。
野生をゲットするという明確な意思をもって行ったのはこちらなんで。


という訳で、ようこそロンド!
ここではレッドへのフラグ立てれないからねカスミさん!


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第七話 VSギャラドス 戦う意志

遅くなりました!

さて、前回ちょこっと出てきたギャラドスさんは、一体どんなギャラドスさんでしょうか?



「ゴアァァァァアアッ!!」

「ギャラドス!?」

 

ヒカルはただ驚く。

コイキングから進化するギャラドスは研究対象となりやすく、進化を調べるナナカマド博士も一時期研究していた。よって、ヒカルも触れあったことがあるポケモンだ。

ただそれは、バトルのために鍛えられたポケモンではない。

 

「このコはね、色々あってわたしの元を一時離れていたの。その時とっても強くなったんだけど…さらに磨きをかけたわ。さあ、どう戦うのかしら?」

 

図鑑などで見たり、テレビで放映されたりするギャラドスは、基本気性が荒い。甘えたいが故の荒さというのも聞いたことがあるが、これはまた別種だ。

そんなこととは比べてはいけない。

戦闘に対する気迫、などではなく。

 

―――その奥に秘められた真っ黒な《何か》が、

 

(このギャラドスはまずい…!)

 

ヒカルの中で警鐘が鳴る。

しかし、始まったバトルはもう止められない。

 

カスミのボールから飛び出した脅威が、フィールドを支配するまで、あと数十秒。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っああ!!?」

 

ヒカルとライに何度目かの激流が襲い来る。既に弱り切ってしまったライにかわすことは出来ず直撃を受けてしまう。

もう立っているのもやっとだったのだろう、遂にライがその場に崩れた。

 

「ありがとう、ライ。よくやってくれた」

 

ボールに仕舞いながら誠意を込めて感謝を伝える。前のスターミー戦のダメージが残っていたにも関わらず、ここまで戦い抜いてくれたのだ。

ここでヒカルが折れることは出来ない。

だが、現実はそうはいかない。

 

「さて、次はどんなコが出てきてくれるのかしら?」

「くっ…!」

 

ギャラドスを従えたままカスミは余裕の表情を見せる。当然だ、ライがまともに攻撃を当てられたのは一回もない。わずかに掠るだけで、向こうの攻撃はことごとくヒットするのだ。

《蹂躙》という言葉がここまで似合う戦闘はないだろう。

ギャラドス自体のレベルが高いのはよく分かったのだが、いかんせん攻撃が当たらない。隙を見つけるにも相手の攻撃を受けることは必至だ。

 

(どうしたらいい…! どうしたら相手の懐に飛び込める!? あの攻撃をかわしながらどうやって…!?)

 

ヒカルの中で焦りが渦を巻く。

じりじりと迫りくる恐怖がさらに恐怖を駆り立てる。

頭の中が真っ白になりそうになる。

 

 

(どうする……どうする……!)

 

ぐるぐると頭の中で渦を巻き――――

 

 

 

カタリ、と腰ベルトから音がした。

 

無意識のうちに音の発生源を掴み、眼前まで持ってきて、

 

「――――!!」

 

一つの作戦を思いつく。

 

 

(思い当たったら即実行!!)

 

勢いよく立ち上がってボールを構えたヒカルの目にはもう恐怖はなかった。

あのギャラドスに対抗するために、自ら立候補したポケモンの名を叫ぶ。

 

「頼むぜ―――《ロンド》!!」

 

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

 

「ヒトデマン…あんたも持ってたのね。というかかなり大きいわね」

「ええ、でかすぎます。でも、こいつであなたたちを倒します!!」

「言い切ったわね。本当にそれが出来るかしら? ――――わたしのギャラちゃん相手に」

 

カスミの言葉に合わせるようにギャラドスが前に出る。しかしロンドもまた前へと出る。臆することないその姿に、ヒカルも背中を押された気分になった。ますます負けないという気が強くなる。

 

 

数瞬の後、

 

「ギャラちゃん、“ハイドロポンプ”」

 

素早い技の発動によりあっという間に目の前まで水流が迫りくる。

それに対してヒカルは、真っ向から迎え撃つ。

 

「ロンド、“かたくなる”」

 

きらりとコアが光った後、ロンドの全身が硬化した。

防御を上げたその全身で“ハイドロポンプ”を真正面から受け―――平然としていた。

 

「うそぉ!?」

 

これにはカスミも仰天した。

カスミの手持ちの中で最強と言ってもいいほどの実力を有したギャラドスの“ハイドロポンプ”は、まともに食らえばかなりのダメージとなる。防御しても体力は削られるはず、なのだが。

どう見てもあのヒトデマンには効いてない。

いくらタイプによる威力の減少があったとしても、さすがにこれは‘あり得ない’。

 

「でも‘あり得る’んだ。このロンドなら!」

「くっ! ギャラちゃん、ストップ!」

 

カスミは威力任せの攻撃を諦め、戦略を練って倒すために次なる手を考える。

しかしヒカルはそれを既に終えている。

 

「“ハイドロポンプ”が切れた! 今だ、ロンド!!」

 

一瞬の隙を見せた、それを逃すわけにはいかない。

力を溜めたロンドは猛スピードで回転を始め、ギャラドス目掛けて突撃した。

 

「“すてみタックル”!」

 

どっ、と鈍い音を立てて、ロンドの攻撃が命中した。直撃を受けたギャラドスが苦しそうに呻き声をあげる。

 

「耐えてギャラちゃん、“かみつく”のよ!」

「“かたくなる”」

 

ギャラドスは暫しもがいた後、身体にめり込んだままのロンドを放り上げかみついた。しかし、二度の“かたくなる”で防御がさらに上がり、攻撃をしたギャラドスが逆に顔を歪める。

 

「“かたくなる”は単なる防御技じゃない。使い方によっては立派な攻撃技さ。それに、また密接してくれたね」

「何を…!」

「とっておきを見せるよ! ロンド!」

 

未だ噛みつかれたままで平然としているロンドは、コアを勢いよく光らせた。それはまるで“フラッシュ”のように視界を染め、隙を強制的に作り出す。

僅かに喰いつく歯が緩んだとき、

 

「10万ボルトォ!!」

 

水タイプから放たれた電撃は、効果が抜群であるギャラドスをあっという間に包み、爆発した。

 

 

「電気技が使えるなんてっ…!」

「ここに来る前に偶然拾った技マシンで覚えさせたんだけど、早速役に立ったぜ…! てか見えねぇ!」

 

爆発は未だ続いている。巻き上がった煙のせいで、ヒカルはポケモンたちがどこにいるか分からない。

しかし、カスミは攻撃を仕掛けた。

 

「終わりね―――“はかいこうせん”!!」

 

指示を受けたギャラドスは、その口にエネルギーを溜め、放った。

その光線は煙の中を突き抜け、命中し、ロンドをヒカルの前まで吹き飛ばした。

 

「ロンド!!」

 

ヒカルは叫びながら駆け寄る。ロンドはまだ動けるとコアを光らせるが、明らかにダメージが大きい。“ハイドロポンプ”より強力である“はかいこうせん”をまともに食らってしまったのだ。ライたちなら一発で戦闘不能だが、それに耐えているのはロンドの防御力の高さ故である。

だが無理はさせられない。

ゼロ距離からの10万ボルトを受けて尚あれほどの攻撃を放ってきたのだ。

いくらかダメージは与えているはずだが、あれは異常だろう。

 

「ヒトデマンやスターミーってのはね、コアの僅かな点滅で居場所を知らせることが出来るのよ」

 

煙の向こうから聞こえてきたカスミの声。それはスターミーのトレーナーだからこそ出来る戦術。

あの煙の中で光を見つけることはヒカルには出来なかった。それは単にヒカルの実力不足もあるだろうが、ヒトデマンとの触れ合いが短いことも関係している。

 

ヒカルは小さく歯を食いしばった。

気付けなかったことに、自らを責めるように。

 

 

やがて、煙が晴れる。

ギャラドスは確かにダメージを負っていた。

しかしそれに耐えながら、まだ戦意を剥き出しにしている。

 

(どんだけタフなんだ…)

 

ヒカルは驚くが、絶望はしない。

ただ勝つために次の戦術を考える。

 

「……正直、これほどやってくれるとは思ってなかったわ。ギャラちゃんの“はかいこうせん”を受けてもまだ立ってられるなんて、よく育てられているわね」

「正確に言えば、今日ゲットしたばっかりなんだけど」

 

ヒカルが何気なく付け足した言葉にカスミは再び驚く。

 

「それでそこまで指示を聞いてくれるなんて、あんた、ポケモンたちによっぽど好かれてんのね」

「……そうだといいな」

「ええ、羨ましいくらいに」

「……でも、カスミも十分凄いと思う。ポケモンたちのことをしっかり理解して、戦術を立てて…ジムリーダーって本当に凄い」

 

 

 

バトル中に交わされる、本音をさらけ出した会話。

互いにポケモンを想う気持ちは同じ。

そんなヒカルが放つ言葉に、カスミは確かなものを見つけた。

 

(なるほど…これがタケシの言ってた《ヒカル》か)

 

数時間前に届いた連絡。久しぶりに言葉を交わした同僚の声は、何だか弾んでいた。

 

(全力で戦ってみて、ちゃんと分かった。タケシが思うのも分かる)

 

カスミはこのバトルの中で、微かに《彼》のことを重ねていた。

 

(あいつに………《レッド》に似てる)

 

ポケモンたちを大切に想い、ポケモンたちの潜在的な力を引き出す能力の高さ。

 

これなら、あの役を任せられるかもしれない。

カスミは言葉を交わしながらそう確信した。

 

 

 

「そろそろ、決着をつけましょう」

「そうだね。―――次の一撃で、決める」

 

楽しげに話していた二人は、そのままの状態で攻撃に移る。

ポケモンたちもそれに合わせて構えを取る。

 

「“はかいこうせん”!!」

「“10万ボルト”!!」

 

二体のポケモンが同時に放った技は、暫く拮抗したかと思えたが、やがて片方の勢いが衰え、‘ギャラドスの身体’が電撃に包まれた。

 

「ギャラちゃん!!」

 

カスミの叫びも虚しく、青い竜はその場に倒れた。

 

「はぁっ…はぁっ…! 勝った…!」

 

肩を大きく上下させながら笑みを浮かべる。

ぽてりと倒れたロンドを抱え上げ、ねぎらってからボールへと戻す。

 

「…っはあ~! 長かった…」

 

二対二というのはこんなに疲れるバトルだとは思わなかった。というか聞いていたものより激しすぎた。

因みにそれは二人のトレーナーの実力が高かったせいであるが、ヒカルにそれは分からない。

 

「確かに、普段やる二対二より時間かかったわね…。さすがに疲れた…」

 

見るとカスミもお疲れのようだ。ジムリーダーと言えただの人間である。これほどの激戦を終えて疲れないほどあほではない。

 

「まあ、休む前にやることはやらないと……ヒカル」

「はい…」

「しゃきっとなさい、ほらこれ、《ブルーバッジ》よ。このジムに勝った証」

 

ホラ、と無理矢理手に握らされたものは、涙滴型の綺麗なバッジ。

タケシから貰ったグレーバッジとはまた違った感慨があり、思わず「ほお…」と声が出た。

 

「綺麗でしょ?」

「うん、とっても綺麗だよ」

「…ストレートねあんた…」

「ん、何が?」

「これも聞いてたとおりね…天然なの?」

 

何故かカスミが呆れている。しかしヒカルには意味がイマイチ分からず首をかしげるだけだった。

 

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

 

試合が終わり、カスミの呆れ顔が元に戻ってから。

ヒカルはカスミに事の真実を聞いていた。

 

「じゃあ、俺のことを試すためにわざと公式戦ルールを替えて挑んだってこと?」

「そう言うこと。タケシに聞いただけじゃ分からないことだもの、実力っていうのは」

「…まあそうだね。そう、うん」

「意外と素直なのね……あなたの性格って一体何? 統一されてる?」

「だからそれって何?」

 

オツキミ山でタケシから頼まれ、カスミから詳しく説明を受けた、とある事柄。

 

それは、カントー地方に暗躍する組織《ロケット団》の捕縛と解体。

タケシにバトルの腕とポケモン愛を見込まれ、その協力を頼まれたのだ。

 

カスミから聞けば、そのロケット団はもうすぐ大きな戦いを始めるかもしれないらしい。そうなれば周辺の町のみならず、カントー全体に影響が及んでしまうかもしれない。

それは何としても避けなければならない。

だからこそ、戦力が欲しい。

 

そうして白羽の矢が立てられた。

しかし、こんなことは簡単にイエスと答えられるものではない。

下手をすれば命にかかわるような戦いに赴かねばならないのだ。それにヒカルには、両親を探すという重要な目的がある。それを後回しにして最悪の結果が招かれる、なんてのは御免だ。

だがポケモンたちを道具としかとらえないロケット団のやり方に敵意を持っているのもまた事実。

 

『決して一人で挑んではならん』

 

オーキド博士の言葉が脳裏で蘇る。

 

『仲間をもっと増やすんじゃ。たくさんの仲間とともに―――』

 

数時間前に聞いたその言葉は、まさしくこのことを指していたのではないか。

ジムリーダーという《仲間》と共に、新しく加わったポケモンたちと共に、悪を討つ。

そしてそれが、もうすぐ起こってしまうというのなら。

 

「――――戦い、か…」

 

ヒカルの目にはいつも意志が宿っている。

しかし、今はいつものそれとは違う。

 

「カスミ」

 

目の前で答えを待っている仲間に対して、

 

「俺は、ロケット団と戦うよ」

 

確固たる《戦う意志》を宿して、そう宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

「わたしとタケシはOKしたけど、最後の一人のエリカがなんて言うか分からないわ。だから、タマムシに向かって。エリカにはわたしから話しておくから、きっとすぐに会わせてくれると思うわ」

 

先の試合で傷付いたポケモンたちを癒すため、二人してポケモンセンターに向かう道すがら。

カスミはそう切り出て、更に言葉を続ける。

 

「取り巻きの人たちが頑なに突っぱねても…たぶん大丈夫だと思う」

「取り巻き?」

「ごめん失言だったわ」

「あ、そなの」

 

カスミが失言するほどだから相当だろうなぁ、などと考えてしまう。

エリカというジムリーダーの話は聞いたことがある。名家のお嬢様であり、バトルの腕も一流。さらには容姿端麗、という言葉も付いていた。ヒカルはそっちのことには疎く、あまりよく分からなかったのだが。

 

「でもごめん、先に行くところがあるんだ」

「え?」

 

ヒカルの言葉にカスミは思わず聞き返す。

 

「行くところって…」

「…どうしても確認したいことがあるんだ。実際に見てみないと、分からないことを」

 

ヒカルのその言葉に思わずどきりとした。

ジムの中で見せた真っ直ぐな目ではなく、縋るような、いや―――悲しい目に。

それはタケシも見たことがなかったものであるが、カスミにその心中を察することは出来ない。

よって引き留めることも出来なかった。

 

そんなカスミの中の疑問に気付くことなく、ヒカルは次なる目的のために行動する。

 

 

(ライたちを回復させたら、すぐに向かわなきゃ。―――父さんと母さんを探すために)

 

 

 

 

目指す町は、クチバシティ。カントー最大の港町。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして彼は、運命に出遭う。

 




回答と行きましょう。

あのギャラドスは、レッドが捕まえて、カスミが暫く育てて、そして後に《ギャラ》と呼ばれるレッドのポケモンです。

って分かる人は分かりますよね、ハイ。


一応これも伏線のつもり…です。
レッドのところに行く前にトレーニングを重ねたギャラちゃんは、実はヒカル君と戦っていたのです!
そのギャラちゃんがどんな活躍をするのかは、原作読んでれば一目瞭然ですので書きません。

てかギャラドス動かしにくい!!
カスミさんごめん女の子としてあんまり書けなかった!
それもこれもヒカル君のせいです。きっと。


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第八話 VSレアコイル 偶然の邂逅

テストがあるから無理って言ってなかったっけ?

残念、テストがあっても書いちゃうんだな。



「ここがクチバシティ…」

 

カスミとの試合から2日。

ジムリーダーたちからの要請を受けつつも、それを後回しにしてヒカルは旅立った。

その目的地が何故クチバなのかと言うと、そこがカントー最大の港町だからだ。

 

思い返せば不思議なものである。

ヒカルは元々船でシンオウ地方からやって来たのだ。ならば船の上で何かあったにしても港がある町に辿り着くはずた。

 

だがヒカルが目覚めたのは内陸にある森だ。

これは明らかにおかしい。

 

ヒカルは後々そのことに気付き、暫く理由を考えた。

それで出した答えは、

 

『何が助けてくれたんだろうな』

 

もちろん海のどこかから遠い場所にあるトキワの森まで運ぶのは容易ではあるまい。

 

だからヒカルは、それを人がやったとは考えない。人が指示を出し、それに従ったポケモンだとも思わない。

 

もっと別の、強大な“何か”が助けてくれた。

 

ヒカルはそう思っている。

 

 

そのせいで両親とは逸れてしまったのだが。しかし、二人はヒカルとは違い港まで着いているかもしれない。

そこでヒカルを待っているかもしれない。

 

だからこそ、こちらを優先した。

 

両親に会うため。

そして、自分自身が戦うための覚悟を決めるために。

 

 

 

運命の地へと足を踏み入れる。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「……て言って、すぐに何か見つかる訳ないよな」

 

 

時刻は昼。

目の前に広がる海から風が吹きつけ、決して長くはない髪を揺らす。快晴の今日は、遮るもののないヒカルの肌を容赦なく焼いていた。

 

あれから数時間。ヒカルは町の中でひたすら聞き込みを行い、二人の影を捜した。

しかし、結果は出なかった。

二人はこの町にはいない。

だが同時に別の場所にいるということである。

選択肢が一つ減ったことは、ヒカルにとって喜ばしいことである。

そんな中で、早く会いたいという気持ちも膨れ上がっているのも事実ではあるが。

 

 

いい加減直射日光が嫌になり、首に巻くスカーフを取って頭の上にかざした。これからまたやらねばならないことが沢山あるため、悠長に日陰でのんびりしていられないのだ。

ほんの少し緩和された日差しを受けながら、今側にいない二人に向けて、複雑な想いを馳せていた。

 

 

 

 

 

 

「ちょいとキミ」

「はい?」

「そのポケットからちょこんと飛び出ているのは、もしやポケモン図鑑ではないか?」

「ええ、って何で知ってるの!?」

 

ボンヤリとさざ波を見ていたヒカルにそう声をかけてきたのは、立派なヒゲをたくわえた老人であった。

老人はヒカルの返答にサングラス越しの目を輝かせ、

 

「さらに、その腰にあるのはモンスターボールではないか!」

「ええもうそうですよ、何ですか!」

 

ヒカルはやけくそになって叫び返す。

いきなり話しかけられて、しかもポケモン図鑑を知っているちっこいおじいさんと早く離れたい一心で。

 

「今ワシの背について」

「気のせいですよきっと」

 

何だか心を読まれた。

最近こういうのが多いなぁと思ったヒカルだが、その理由はヒカル自身にあることに気付いていない。だからこうして睨まれるのはヒカルの自業自得である。

 

「まあいい、とにかくその中身を拝見!」

「へっ? ちょ何を!?」

 

でんこうせっかさながらの動きでヒカルのボールに手を回し素早くスイッチオン。

老人の強引かつ素晴らしい技に呆気に取られている間に、ライたちはその姿を見せていた。

 

「おおおおお!!?」

 

老人がさらに喜びの声を上げる。

じっくりと眺められたライたちもジト目で見つめているが、そんなことはお構いなし。

老人はサッと手を高々と掲げ、

 

「決定! キミを我がクラブ名誉会員とする!」

 

そう宣言した。

 

 

 

 

「………………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然話掛けてきた老人は、《ポケモン大好きクラブ》と称される愛好会の会長らしい。

クラブの集会所に案内される間、ひたすら自分のポケモンの自慢話をされ、酷く滅入った。

段々と足取りが重くなるパートナーを気遣い、ライが時々見上げながら進んでいく。アートたちもヒカルを気にしながら歩いている。

それに引き換え、目の前を歩く会長殿はそれに全く気付く様子はなく、どんどん進んでいく。

だが、辿り着いた集会所の中も似たり寄ったりであった。

私のポッポはこんなに可愛い、私のドククラゲなんか何たらかんたら………などと話している人混みをかき分け、ようやく落ち着い座れるところまで来れた。

 

「ささ、座りなされ」

「やっと、座れるぜ……はは」

 

勢いよくソファに座り込み、さほど強くないスプリングがヒカルの体を少し持ち上げた。それを見て、ライとアートが本気で心配そうな顔をする。

 

「大丈夫だって……うん」

 

にっこりと笑って見せ、二人の頭を撫でてやる。目を細めて気持ち良さそうにしてくれたので、先ほど感じた疲れが少し抜ける。

その際ルドラがこちらを睨んだような気がしたが、良く分からなかったのでスルーする。

 

「さて、さっきはどこまで話したかの」

「もういいですお腹イッパイです」

「むう、ワシとしては話し足りないのじゃが……」

「か、勘弁してくれ……」

 

ヒカルはもう涙目だ。

もう逃げようかと考えたところで、先ほど気になったことがあったのを思い出し、口にする。というか、それを聞くためにここまでついてきたのだ。

 

「会長」

「ん?」

「何でポケモン図鑑を知ってたんですか?」

「それは、レッドくんが持っとったからの」

「レッド!?」

「ちょい待ち! あんた今レッド言うたか!?」

「誰!?」

 

さっきから何だかてんやわんやだ。

今度はちょっと癖のある髪の青年が食いついて来た。と言うかレッドを知っていた。

 

 

レッド。

マサラタウンのレッド。

オーキド博士からポケモン図鑑を託され、

カスミが教えてくれた、素質を持った有望なトレーナー。

 

 

その人物の名が、たまたま出くわした老人から出たのだ。そして、レッドを知る別の人物までも現れた。

これは確かな収穫だ。

 

「ああ、つい熱くなってしもたわ。わいはマサキ、ポケモンの転送システムを作ったのも、このわいや!」

「って本当!?」

「嘘なんかつくかいな」

 

とんだところで本当に凄い人と出会ってしまった。

転送システムはカントーのみならず他の地方でも流用されている画期的なシステムである。研究者たちが研究室から出ず研究が出来るのは、偏にこのシステムのお陰と言っても過言ではない。

そんなものを作った人とこうして会えたのは、もしかしたらレッドのお陰か。

 

「マサキさんは、どうしてレッドを知ってるんですか?」

「マサキでええよ。いやな、アイツに以前助けられてな。文字通り、命の恩人や」

「………わぁ…」

「お前さん信じとらんやろ」

 

出会ったのはだいぶ前のようだ。ならこの近辺にいるかも、という考えはなくなる。

 

「ワシも大切なポケモンを助けてくれたからのぉ」

「アイツこんなとこでもなんかしとったんやな、まあレッドらしいけど。クチバ湾の生態調査しよう思うて来たけど、偶然っちゅうのは凄いな、ホンマ」

 

マサキと会長はそのまま会話を続けようとした。

しかし、ヒカルは聞き捨てならない言葉を聞いていた。

 

「会長」

「何じゃ? ワシはこのマサキくんを我がクラブに入れようと」

「今助けてもらった、って言いましたよね? それって、誰に何をされたんですか?」

「………それは、のぉ」

 

饒舌なまでに喋り倒していた会長が言葉を濁す。

そして出てきたものは―――

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「こんなところで、会えるなんてな」

 

 

ヒカルは再びクチバ湾に来ていた。

しかし、場所は先ほどとは違う。

ロンドに乗って、海の上を漂っていた。

目的は一つ。

 

 

「《ロケット団》………許さない…!」

 

レッドの足跡を辿り、ロケット団という《悪》を見つけた。

かつて敗れたというロケット団幹部は未だ行方知れずの《クチバジムリーダー》らしい。

その情報だけでもヒカルの正義感に火をつける。

さらにその影が関わっているのかいないのか、クチバ湾で最近ロケット団が目撃されているらしい。

ここまで来れば、ヒカルはもう放っておけない。必ず探し出し、警察に突き出すのだ。

だが、

 

「…………でも、いない……」

 

そう、先ほどからずっと捜索を続けているのだが、一向に見つからない。

今日は何もしてないのだろうか―――と思った、その時。

 

 

 

キラリ、と光るものが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間。

 

 

 

 

 

「っ、回避!!」

 

ヒカルの指示に即座に反応したロンドがその場で緊急回避を行う。

ほぼ同時にロンドがいた場所に“ソニックブーム”が当たり、高々と水飛沫を上げる。

 

「っ……あれは………!」

 

水飛沫を掻い潜り攻撃をしてきた方向を睨む。

そこには、四体のレアコイルと‘宙に立つ’男がいた。

 

 

金髪のトンガリ頭、鍛え上げられた身体と厳つい風貌。

 

 

その男は音もなくヒカルたちへと真っ直ぐ向かって来た。

近くなってさらに先ほど聞いた容姿と合致することを確認する。

ヒカルの手が無意識のうちに拳を作り、睨みつける目が鋭くなる。

 

そんなことを気にもせず、男はサングラスを外す。手に持ったそれで目の前にいる子供を指しながら、

 

 

 

「ガキ……こんなところで何してんだァ?」

 

 

 

クチバジムのリーダーにしてロケット団幹部、マチスが立ちはだかった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

「マチス……お前が」

「ガキのクセにオレ様のことを知ってんのか。なら、オレ様はお前をぶっ潰せばいいんだな?」

 

そう言って指をパチン! と鳴らした。

すかさずレアコイルが“ソニックブーム”を繰り出す。

 

「ロンド!」

 

細かく指示を出さずとも意図を汲み取り、ロンドは次々と攻撃をかわしていく。

 

「ケッ、やっぱ普通のガキじゃねぇな。‘あの小僧’と同じか。まあいい、さっさとぶちのめしてやるぜ!」

 

レアコイルの攻撃がより激しくなる。

ロンドも完全にはかわし切れなくなり、徐々に被弾していく。

 

「あの小僧…!?」

「そうだよ、あの《レッド》とか言うガキだ」

「レッド…!」

 

ここでもまたレッドの名が出た。

どうやらレッドは敵にも有名らしい。尤も、今対峙しているマチスはそのレッドに敗れたらしいが。

 

「っ…負けられ、るかよ!」

 

だがヒカルはレッドではない。勝算がある訳でもない。

だが勝たねばならない。

それがヒカルの決めたことだから。

ロケット団を倒すと決めた、その意志を示すのだ。

 

「ロンド、ジャンプ!」

 

敵の攻撃を掻い潜り、マチスの目線まで飛び上がる。その高さ、約六メートル。

驚異的なジャンプ力を見せたロンドは、ヒカルを乗せてマチスへと近づく。

そして並行に並んだ両者の間に見えない火花が飛び交い、

 

「てりゃあっ!!」

 

マチス目掛けて飛びかかった。

 

が、

 

「ぶあっ!?」

 

見えない壁にぶつかり、そのまま弾き飛ばされる。

 

「電磁のバリアー。あのガキにゃ閉じ込めてやったが、オレ様が乗れば強固な壁になるって訳さ」

 

落下するヒカルの耳に届く言葉。しかし、今はそれに構っている暇はない。

ロンドに助けて貰おうと目線を向けるが、バリアーの一部を解いたレアコイルが再び攻撃をしている。ロンドは回避するのに精一杯でこちらには手が回らない。ヒカルには他の水ポケモンはいないので交代も出来ない。

つまり、絶体絶命。

 

 

 

 

 

「―――諦めるかよっ!」

 

水面へと近づく中、ヒカルがとった行動は、別のポケモンを繰り出すこと。

 

それはヒカルにとって賭けであり、

 

 

 

「頼む……助けてくれ…!」

 

 

 

ヒカルからの信頼の証。

 

 

 

「ルドラああああっ!!」

 

 

真下へと放たれた光はヒカルの声に同調し、膨張する。

その光の中心にいる影は、対になる翼を広げ大きく羽ばたき―――ヒカルを見事にキャッチした。

 

「はは…ナイス、ルドラ」

 

 

ハナダから来るまでの成果が実り、新たな姿を得たルドラは一際大きく吠えた。

 

 

 

 

 

 

その一瞬の隙を突いて、ヒカルの耳に届いた声。

 

 

 

 

 

 

 

「エレブー、“かみなり”」

 




おり? 思ってたより短いぞ?
でも多分次は長くなる。


さて、マチスが登場しました。
やっとやりたい話の一つが出来ました。
個人的に電気タイプ大好きなのですが、ポケスペの印象強くてゲームとかのマチスあまり好きじゃないです。シトロン派です。

このオレ様マチス様には色々頑張って貰いましょうか。


あれ? ルドラいつの間に進化するレベルまで上がったんだい?
ごめんなさい、作者が下手くそなんです。


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第九話 VSエレブー 示された道

大変お待たせいたしました!

マチス戦・後編です。

では、ごゆるりと…。



意識が戻る。

クチバの砂浜に、満身創痍のヒカルが打ち上げられていた。

 

 

 

土壇場の進化を果たしたルドラをねぎらったその瞬間、ヒカルの視界が真っ白になった。

その原因はたった一つ。

 

海の上で遭遇してしまったロケット団幹部・マチスの手持ちによって、海の中へと叩き落されたからである。

 

突如として全身に襲った衝撃と痺れ。

それはヒカルが海に落ち暫くの間漂っていた中でも変わらず続いていた。

そして、今も。

 

 

 

「が、……はぁっ」

 

全身が痛い。

悲鳴も上げられずその場にうずくまる。

痛みは一向に引かない。

 

「っあ、くぅ……!」

 

これが、カスミたちの言っていた《戦う》ということ。

 

なんて恐ろしいものなんだろう。

 

頭の中で戦いに対する恐怖が湧き上がる。

ここから逃げ出したいと本能が叫ぶ。

 

 

しかし、

 

「う、ぐっ、はぁっ…!」

 

ヒカルは立ち上がる。

 

傍らには激戦によって傷ついたルドラが横たわっている。これほどまで頑張ってくれた仲間の想いを無下には出来ない。

それに、ルドラを捨てたトレーナーの仲間となれば、もう引き退がることなど許されない。ヒカルのポケモンを想う気持ちは、断固として揺らがないものだから。

 

不安定に揺れる身体にムチを打ち、ヒカルは顔を上げた。見据えた先にマチスの姿を捉えた。

未だ起き上がらないルドラをゆっくりと撫で、両手で拳を作る。

 

「絶対に、勝つんだ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前に広がる海へと叩き落した相手が、砂浜で立ち上がっているのを見たとき、マチスは初めて驚きを見せた。

これだけ力の差がある相手にやられたというのに、あの少年はまだ抗っている。

 

(気に入らねぇな)

 

マチスは舌打ちをする。

 

絶対的な力の差を見せつけてもまだ抗うなど、マチスの記憶にあるのはあの赤い帽子の子供ぐらいだ。

こちらを睨むように見上げる少年の身体はボロボロ。立つのもやっとのはずだ。

それなのに、

 

(まだオレ様とやろうってのか。よっぽど死にてぇらしいな)

 

こうなればやることは一つ。

 

完膚なきまでに叩き潰す。

 

それがロケット団幹部マチスの、ひいてはロケット団のやり方だ。

 

 

 

 

 

 

レアコイルの電磁ポッドに乗って、マチスは再びヒカルの前に現れた。

ヒカルはすぐさま指示を出す。

 

「ロンド、“スピードスター”!」

 

傷だらけの身体であったが、それを微塵にも感じさせない動きで先制を仕掛ける。

しかし、その攻撃は空を切る。上昇して攻撃をかわしたマチスは、レアコイルに下部のバリアを解かせ地面へと降下する。元々は軍人であった彼は二メートル以上の高さを難なくクリアし着地する。

 

 

 

「あれだけやったってのに立ち上がるたぁ、その根性だけは認めてやるよ。だが、オレ様には勝てない」

 

そうマチスは言い放つ。

ヒカルの胸に確かに刺さる言葉だが、それを無視して攻撃を続ける。

 

「“みずでっぽう”!」

「“10まんボルト”」

 

ロンドとレアコイルのわざがぶつかり合い、辺りに衝撃波を散らす。

拮抗した競り合いは、少しずつ押し返され“レアコイル”へと命中した。

 

「とどめっ」

 

落下してきた一体のレアコイルに向かって“すてみタックル”を打ち込み、戦闘不能へと追い込む。

 

これで空を飛ぶ手段を奪った。

ヒカルの飛行手段であるルドラは既に倒れてしまっているため、ようやくフェアに持ってくることが出来た。

しかし、実力でフェアとは言えない。

 

 

「フッ、こいつも暴れたがってたっけなぁ――――エレブー!!」

 

 

マチスが出したポケモンは、

 

「っ、ロンド!!」

 

飛び出したと同時に“かみなりパンチ”を打ち込みロンドを吹き飛ばした。

砂煙を盛大に巻き上げつつも何とか踏ん張ることが出来たようで、コアを点滅させ無事を示した。どうやら土壇場で“かたくなる”を使い防御力を上げたようだ。

 

「だからどうしたってんだ?」

 

安心したのも束の間、エレブーが懐に飛び入り追撃を食らわす。さすがに防御力が高いといっても水ポケモン、ロンドはそのまま戦闘不能になってしまった。

 

「っ、ルドラ!!」

 

傷を負ったもう一人の仲間を呼ぶ。

ルドラはそれに答え巨大な火球を飛ばした。それは進化して新しく覚え、仲間を傷付けられた怒りを込めた新技“りゅうのいかり”であった。

しかし、マチスには届かない。

 

「所詮はその程度だ」

 

エレブーの“10まんボルト”によって火球はあっけなく四散されてしまう。

 

「“10まんボルト”」

「“かえんほうしゃ”!!」

 

続けて繰り出された電撃に対して精一杯の対抗。

その炎は今までとは違い、

 

「っな!? 青い炎だと!?」

 

尻尾だけに及ばず技として放つ炎までも青く変化したルドラの技。それは通常よりも遥かに高温であり、エレブーと対抗出来るまでの威力を持っていた。

 

「“りゅうのいかり”は次の技に繋ぐための振り。今のルドラなら、お前のエレブーにだって負けない!」

 

ヒカルの叫びに答えルドラの火力が上がる。

 

「ケッ、なわけねぇだろうが!」

 

しかしそれを上回る電撃が“かえんほうしゃ”を襲う。

押し返された炎と共にルドラへと直撃し、ルドラまでも戦闘不能に陥ってしまう。

 

「ルドラっ!」

 

倒れこんだその巨体に駆け寄る。ルドラは辛そうな声を漏らしつつ、こちらを真っ直ぐ見つめ返す。

 

負けるな。

 

そう言っているように感じた。

 

「負けないよ、ルドラや、ロンドのためにも」

 

先に倒れてしまったロンドと共にボールに戻す。

主力を失ってしまった今、戦い抜くにはもうあの二人に任せるしかない。

 

ヒカルの信じる心に答えるかのように、まだボールの中にいる相棒たちはその中から音を出す。カタリ、と揺れヒカルの決意を後押しした。

 

「頼んだぞ、ライ、アート!!」

「リンっ!」

「ブイっ!」

 

ボールから飛び出したヒカルの古きパートナーたちは、臆することなくフィールドに立った。

 

 

しかし、

 

 

「ハッ! ハハハハハハ!! 何だそのチビどもは! そんなモンでオレ様に勝てるとでも思ったのか!?」

 

マチスは笑う。

 

「そんなチビどもじゃあ無理だぜ! この、マチス様にはなァ!!」

 

マチスの声と同時にエレブーの“かみなり”が三人を襲う。ライとアートは咄嗟にもつれ足のヒカルに体当たりをして無理やり下がらせ、同時に自分たちも下がる。

そのとき、

 

「ふぎゅ」

 

変な声が聞こえたようだが、二人は無視した。

 

「トレーナーに対してやるようなことじゃねぇなァ…?」

「……………お前に言われたくない」

「オラァ、さっさとやっちまえ! エレブー!!」

 

休む間もなくエレブーの電撃が襲い来る。もう言及されたくないのでヒカル自身は素早く下がり、ライたちに回避の指示を出す。

先ほどルドラごと叩き落した“かみなり”も相当な威力であったが、ワンランク下の“10まんボルト”でさえ脅威だ。今の状況がずっと続けば勝機はないだろう。

かと言って攻めなければ何も変わらない。

 

攻撃が僅かに緩んだ隙を狙い、必死にチャンスを待つ。

 

「ライ“10まんボルト”!!」

「ムダだァ!!」

 

二体の攻撃がぶつかり合い、盛大に火花を散らす。だが互いに戦意はそがれず、むしろ強くなっていく。

 

 

「オレ様に勝てるわけねぇだろおおおッ!!」

「―――っ、今だ!!」

 

 

 

二人の叫び声が重なった、瞬間――――

 

 

 

 

「ブイっ!?」

 

ライを囮にしてマチス本人を狙っていたアートが、エレブーの尻尾に捕らえられていた。

 

「アート!!?」

 

ヒカルは驚愕した。

決して気付かないと思ったわけではない。それでも、ライすらも凌駕するスピードを持つ“でんこうせっか”を止められるはずがない。

 

「なのに、どうして…」

 

うわごとのように呟いた言葉に、答える声があった。

 

 

 

「こんだけ周囲が帯電してりゃ、エレブーにだって探知できる。お仲間が捕まって動けなくなるってのは予想できなかったか?」

 

 

それは、絶対的勝利の宣言。

 

 

ヒカルには、どうしようもなくなってしまったという証であり、

 

 

「かみなり」

 

 

絶望的に覆らない敗北の宣言でもあった。

 

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

全身が痛い。

 

 

息をするのも嫌になってしまうほど。

 

 

反射的に庇ったライも小さく震えていて、立ち上がる様子はない。

 

 

 

――――――――負けたのか。

 

 

 

 

―――――――俺は。

 

 

 

 

――――――許されざる悪に。

 

 

 

 

 

―――成す術もなく。

 

 

 

 

負けたのか。

 

 

 

 

 

 

 

――――――。

 

 

 

 

――――――いや。

 

 

違う。

 

 

 

 

負けてない。

 

 

俺たちは、負けてない。

 

 

だって、俺は、ライは、

 

 

 

 

「諦めてなんか……いないッ!!!」

 

 

 

ガタガタに震える足も、まだもやがかかったかのような視界も、関係ない。

 

 

 

 

絶望的な状況から、少年は勝つための道を己に示す。

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

「……何なんだ」

 

マチスは呟く。

 

「何なんだよ」

 

ふらつきながらも立ち上がる少年を睨んで。

 

「テメェは一体何なんだ」

 

敗北したはずの敵は、まだ自分に歯向かってくる。

 

「俺は、ヒカルだ」

 

その敵に、相手と同じ電気タイプの相棒と並び立って。

 

「お前を、絶対に倒す!!」

 

 

ヒカルの叫びが木霊する。

 

 

 

 

 

「クソがあァァァァァァアッ!!」

「うおおおおおおおっ!!」

 

ヒカルとマチス、ライとエレブーの声と技がぶつかり合う。

二体の技は拮抗し、互いに退こうとはしない。

 

「ガキが、オレ様に勝てるわけねェだろうがッ!!」

「勝つか負けるかじゃない! 戦うこと、そしてお前らに奪われるポケモンたちを、その自由を救うんだ!!」

 

ヒカルは叫ぶ。

残り僅かな体力を全て使ってでも、この戦いを終わらせるために。

 

「ヒカルゥゥゥゥゥゥッ!!」

「マチス――――――――ッ!!!」

 

 

 

いつの間にか降り出した雨。

そこで戦う者たちを等しく濡らしながら。

 

 

 

「―――――っ」

 

 

 

ライの“かみなり”が、マチスを撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

 

 

 

唐突に意識を取り戻す。

 

「―――――ここは…」

 

ぼんやりと視線の先に移るものを理解しようとする。

 

見えるものは、白い天井と、仄かに揺れるレースカーテン。

 

そして片目を覆う、包帯の影。

 

 

「おお! やっと気が付いたんやな!? ホンマ心配したんやで!」

 

そう言いながら現れたのは、癖の強い髪を持った青年。

 

「……マサキ?」

「せやせや! 意識もちゃんとしとるみたいやな、はぁ~ホンマ良かったで…」

 

両手に鮮やかな花を抱えたマサキは、暫く安堵の息を漏らし続けた。

 

 

 

 

 

ヒカルが目を覚ましたのは、クチバにある病院、その個室。つまりは病室。

では何故そんなところで寝ていたのかというと、

 

「クチバ湾でなんかごっつー戦いがあったっちゅう話でな、爆発があったらしいから見に行った奴がおったんや」

 

そのとき、浜辺で倒れているヒカルやポケモンたちを発見した、ということらしい。

 

「因みに、どれくらい経った?」

「二日、かな。全く、見つかった直後にたまたますれ違わんかったら、身元がはっきりせえへんって警察のお世話になっとったかもしれんのやで?」

 

つまりほんの数分しか話をしていない人に助けてもらったらしい。

さらに自分の都合を後回しにしてヒカルの看病をしてくれていたとか。

 

「…本当に、迷惑かけっちゃったんだな、俺」

「迷惑とかやない、困っとる奴がおんのに放っておけるかっちゅうの」

「……本当に、ごめん」

 

ヒカルはただ謝るばかりである。

一緒に倒れていたライたちも今は治療を受けているらしい。ヒカルほどではなく、もうすぐ傷は癒えるとのことだった。

 

「謝ってほしいんやない、ただ何があったんか、教えてほしいんや」

 

それは助けてくれた人にとっては当然聞きたいこと。

そしてヒカルにもそれが分かっている。

それにここまでしてくれたマサキに何も話さない、ということは出来ない。それはヒカルの心が許さなかった。

 

「……うん、話すよ。実は――――」

 

 

 

 

 

 

「――――って訳なんだけど…」

「オイ」

「何でしょう」

「お前さん、何でレッドみたいなことしとるんや!?」

「いや、だからそれはジムリーダーたちに頼まれて」

「そういう話やない!」

 

マサキは声を荒げた。

その姿に思わずヒカルは口をつぐむ。

 

「何でアイツみたいにそんな無茶やってまうんや。そんなことして、周りにいる奴がどんな気持ちになるか、分かっとんのか?」

 

ヒカルは黙ってしまう。

周りにいる人の気持ち―――それはつまり、戦う仲間ではなく、目の前にいるマサキやオーキド博士のこと。

博士は仲間と共に戦うことを許してくれた。でも、それで命を脅かすことは許していない。

この戦いがそれだけ危険なものだということは分かっているだろうが、それでも口に出して止めることはしていない。

それはつまり、博士がヒカルを信じているから。

自分の命を無下にするようなことはしないと。

そしてそれはマサキも同じである。

 

「………分かってる、つもり。だけど、戦うって決めたんだ。ポケモンたちを悪いことに使う奴らなんて、俺は許せない」

 

だから、ヒカルは思ったことを正直に言う。

 

「自分の命は大切にするよ。それで悲しむ人がいるってことも知ってる――――何より、会いたい人がいるから、俺はこんなところで死んだりしないよ」

 

真っ直ぐとマサキの目を見ながら、そう伝える。

 

果たして、マサキは一つため息をついた。

 

「――――分かった。やったら、わいももう何も言わん。自分の決めた通りのことをやったらええ」

「ありがとう」

 

ヒカルは自然と礼を述べていた。

すると突然ビシッと指をさして、

 

「それや!」

「はい?」

「わいはさっきから聞きたかったんはその言葉や! 謝るんやなくて、お礼を言って欲しかったんや。ほんの少ししか喋ってないけど、それでもわいらは無関係やないんやから」

 

ヒカルの顔に小さく笑みがこぼれた。

そして思った。

全くその通りであると。

 

「…ありがとう、マサキ。これから友人として、よろしく」

「おう! よろしくな」

 

互いに手を差し出し、その手を握る。

そして、ヒカルは決意を新たにする。

 

 

 

「ん? 何を決めたんや」

「あいつは……マチスは強かった。でも、あんな奴に負けたくないんだ。だから俺はライともっと強くなって、負けないようになってやるって」

「お、おう。ええんやないか? 闘争心は向上心になるかもしれへんし」

 

 

 

 

最も信頼する相棒のライ。

同じタイプのポケモンを多く持つマチス。

 

 

 

 

電気タイプに対する闘争心がヒカルの中で火を灯す。

 

 

 

 

 

 

 

 

これが、ヒカルの運命を示す灯火であるとは、まだ誰も知らない。

 

 





マサキの立ち位置が途中から分かんなくなった…。
一体何がしたいんだろう…。
でも、マサキってお兄さん的な存在だと思うんですよね。原作じゃあ突拍子もないキャラクターたちに振り回される存在ですが。
個人的にオーキド博士より好きです。


マチスさん強いですね。強すぎます。
書いててよく分かんなくなるほど。
さすがはジムリーダー(笑)

久しぶりすぎて誤字があるかも…あったらご報告いただけると幸いです。
ぜひ感想を添えて。
では。


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第十話 VSモンジャラ 正義に連なる者

初めて予約投稿というものをやってみました。



「つ、着いた………」

 

頬に絆創膏を張り、黄色いスカーフをはためかせている少年。

いつもは元気で、でもどこか感慨深げな表情をしている彼だが、今日はとてもげんなりしている。

 

その理由は一つ。

 

「いやーすっかり世話になってしもたな!」

 

数秒遅れて現れた声の主―――マサキの仕業であった。

 

 

 

 

 

クチバ湾での戦いから数日。

ようやく退院を許してもらえたため、だいぶ先送りしてしまった《ジムリーダーに会う》という役割を果たすために旅を再開することにした。

まだ会っていない正義のジムリーダー、タマムシシティのエリカに会うべく、こうしてやってきたのだが。

 

 

『わいもタマムシ大学に用があってな。何をゆーてもついていくからな』

 

 

無理矢理、というか有無を言わさずにヒカルを一蹴し、マサキが同行してきた。

本人は無理をしないように見張るつもりでもいるらしい。ヒカル自身も約束をしてしまったので断ることも出来ず、こうして共にいる。

それがヒカルの疲れの一つでもあるが、問題はもう一つ。

 

それは、マサキの実力。

 

(ま、まさかあんなに使えないなんて…!)

 

そう、調査だの何だのをして暮らしている彼が、バトルが出来ると考えること自体がいけなかったのだ。野生のポケモンに会うたびにマサキはただの足手まといと化していた。

そのうえ予期せ方向へと逃げるものだから、ヒカルは庇うので精一杯だったのだ。

 

その結果が今のヒカルである。

 

 

「さあ、早よセンターに行こや!」

「ちょ、ここで少し休ませて…」

「何や、あっちでソファに座って休んだ方がええやろ。すぐそこなんやし!」

「………マサキィ~」

 

ヒカルの目に段々と怒りの色が宿る。それに気付いたマサキは、両手を上げ降参のポーズをとりながら謝罪する。

 

「冗談やて…さすがに無理させてしもたな」

「無理…というか、マサキが戦ってくれないから…」

「いやぁ、番犬用に育てた奴がおるんやけど、家に置いて来とるから他に強い奴がおらんくて」

「………もういいや」

 

マサキに戦力を求めるのは間違っていたらしい。

でも休むことは了承してくれたので、その場に腰を下ろす。

 

ことは出来なかった。

 

 

「うわっ!?」

「どあっ!?」

 

突然現れたツルに驚くのも束の間、あっという間に体中にツルが伸ばされている。同時に思いきり引っ張られたのでマサキを見失ってしまう。

必死に引き剥がそうとするが一向に緩まず。近くで躍起になる声が聞こえるので、マサキも同じ状況だと分かった。

 

「くっ、ここはルドラに――――わあっ!?」

 

ヒカルの声が途切れ悲鳴が上がる。それに反応し、今までヒカルをずっと無視してツルはがしをしていたマサキが、

 

「おい! どないしたんや……って」

 

叫んで、フリーズした。

その理由は、マサキの視線の先。

 

「ま、マサキは、まだ大丈夫みたいだね…」

 

空中に持ち上げられ、逆さまになっているヒカル。

その状態だけでも十分に驚きだが、ヒカルに巻き付いているツルが二人を引き離そうとしているように動いていることに何より驚いた。

というか、すぐにマサキのツルは解け、全てのツルがヒカルへと向かっていく。

 

(何なんや…このツル…)

 

ヒカルが懇願するような目でマサキを見つめる。

 

「……………ヒカル、わいは助けへんで」

「ちょっと!? この状況でどうやって一人で抜け出せって言ってるの!?」

「やー、ロケット団とやりあうより簡単やて…きっと」

「マサキイィィィィィイ!!」

 

薄情なのか臆病なのか、マサキはあっという間に茂みに隠れ見えなくなった。

 

(俺、大ピンチ…)

 

両手もツルで縛られているため動かせず、しかも空中にいる。

腰のボールは被害を受けていないようだが、手が届かない。

このまま野生ポケモンの餌になってしまうのか……と思ったとき、

 

 

ボボボボンっ!!

 

 

と言う破裂音が響き、右手に巻き付くツルが緩んだ。

それと同時に、ヒカルの目が蠢く影を捉えた。

 

「っ!!」

 

バランスを崩した状態で即座に動く。

 

緩んだツルから右手を引き抜き、腰から一つのボールを掴む。そしてそのまま影の見えた方へと投げた。

ちょうど、影の真上に。

そしてボールから飛び出した巨体は、勢いを殺さずそのまま影にのしかかった。

 

攻撃が決まり、緩んでいくツルから抜け出し、ヒカルはようやく一息ついた。

 

「…終わるかと思った」

「そんなアホな」

「お前が言うな」

 

さっさと身を隠した男がツッコんできたが、ヒカルは突っぱね返した。

むしろ怒りを覚えた。

 

「……まあでも、フォローはしてくれたし、ありがと」

「お!? おう……」

 

ぎょっと目を剥いて驚いているが、ヒカルにはちゃんと礼を言う意味がある。

 

「にしても、タマタマって…」

 

お礼の意味、マサキの足元にいるポケモンを見やる。

たまごポケモン、タマタマ。

先ほどの破裂音はタマタマの“たまごばくだん”によるものであったらしい。

技を使った瞬間などは見えていなかったが、マサキの近くにいるのできっと彼の指示によるものだろう。

だからヒカルは礼を言った。

あくまでタマタマに。

 

 

「さて、問題はこっちだけど…」

 

ヒカルは目線を変える。

 

巨体にのしかかられたままの襲撃者―――モンジャラは、ヒカルが近づくまでの間も大人しく捕まってくれていた。

 

「よくやったな、偉いぞ、《ララ》」

 

見事モンジャラの動きを封じたヒカルの新しい仲間―――ラプラスの《ララ》を優しく撫でて労う。ララも気持ちよさそうに目を細めた。

ヒカルに小さな笑みが零れるが、改めてモンジャラを睨む。

 

「さて…なんであんなことをしたんだ? …またツルで何かする気なら、“れいとうビーム”を浴びる気でいてくれよ」

 

ヒカルは本気で脅しをかける。

割にもあれだけ危機に陥れてくれたのだ。それ相応の礼をしなければならない。

いつもより冷たい光を宿す瞳に、マサキも背筋を凍らせる。

 

しかし、その光はマサキでもモンジャラにでもなく、別のものに向けてだった。

 

 

「いつまでかくれんぼしているつもり?」

 

 

ヒカルは言い放つ。

 

 

その言葉にマサキは驚く。

何を言っているのだと問い詰めようとして、

 

 

 

「――――さすが、あの二人が認めただけのことはありますのね……ヒカルさん?」

 

 

 

茂みから現れた現れたもう一つの影―――タマムシジムのジムリーダー・エリカは、不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうつもり?」

 

ヒカルはエリカを睨む。

純粋に疑問を聞いているのではなく、その意図を問い質そうとしている。

しかしエリカはそれを受け流してしまう。

 

「今はお答えすることは出来ませんわ。ただ、少しやり過ぎてしまったかもしれませんね。わたくしのモンちゃんが失礼をいたしました」

「そういうことじゃない…そういうことじゃないよ、エリカ。俺のことはタケシやカスミから聞いてるんだろ。だったら何でこんなことしたんだ?」

「お答え出来ません」

 

ヒカルがいくら聞いても、エリカの返答は同じであった。

双方の間に静かに火花が散る。

 

「お…おい、ヒカル、これはどないなっとるんや…?」

「マサキちょっと黙ってて」

「むぐっ…」

 

マサキが入る隙もない。先ほどから消えない疑いの目も合わさり、すっかり手が付けられなくなってしまった。

 

「おや、マサキさんまでおられたんですね……ヒカルさん、この続きは場所を変えて。ポケモンセンターに向かってからで構いませんわ。わたくしは、ちゃんとお待ちしておりますので」

 

そう言ってエリカはモンジャラを連れてその場を去ってしまった。

微かに浮かべた意味深な笑みを残して。

 

 

 

「……………エリカ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

 

 

エリカと遭遇してから、ヒカルたちは言われた通りポケモンセンターに向かった。その道中全くヒカルが喋らなかったことで空気が重たかったのは言うまでもない。

センターに入ってから、ヒカルはマサキと別れた。

彼もこの町に用があって来たのだ。ヒカルとエリカの関係に入る義理はない。だがそれでも放っておけなかったのだろう、別れ際に連絡先を渡してきた。

きっと彼なりのフォローの仕方なのだろう。

直接的には無理でも、間接的に誰かの手助けをする。ポケモン転送システムというトレーナーの手助けを間接的に行う彼らしいやり方だ。マサキには悪いことをしたと後になって反省してしまった。

 

そして、ポケモンたちをセンターに預けている間。

ヒカルは一人で考えていた。

 

正義のジムリーダーと呼ばれるエリカが、何故あんなことをしたのか。

何故、あんな‘悪人のような’手法を用いてヒカルを試そうとしたのか。

 

(分からない)

 

ヒカルには分からなかった。

何故悪人のように振る舞っていたのか、ヒカルの敵のように言葉を選んでいたのか。

 

「………分からない……」

 

正義のジムリーダーと言えど、根底にあるものは善良な気持ちではないということなのか。

それとももっと別なもの――――?

 

 

 

「……だめだ、考えても分かんない」

 

ヒカルにはお手上げである。

そもそも人の真意を探るということは、ヒカルの苦手分野である。

ましてや一人で延々と悩み続けるのはもっと苦手だ。

 

「オーキド博士に聞いてみる…? それともタケシたちに聞いてみるとか…? でもそれじゃあ、だめな気がするんだよな…」

 

散々考え、頭を抱え、時間が流れ――――

 

結局ヒカルには何も分からなかった。

ただ一つ言えるのは、エリカが何らかの意図をもってヒカルにあのような攻撃を仕掛けてきたということ。

その理由の一つが、ヒカルの実力を図るためであるということ。

 

「ん~~~~~はぁ……」

 

ヒカルは盛大にため息をついた。

もう考えるのはやめよう、そう決めたとき、ポケモンたちの回復を知らせるアナウンスが流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフフ…お待ちしておりましたわ、ヒカルさん」

 

タマムシジム。

ジムリーダーのエリカが待ち構えるそのバトルフィールドに、ヒカルは立っていた。

 

「待たせたかな」

「いいえ、こちらも準備がございましたので。丁度良かったですわ」

「そう、ならいいや――――聞かせてくれる? 自分のポケモンに何で俺を襲わせたのか」

 

ヒカルは率直に尋ねる。

 

「あのときはマサキがいた。だから答えられなかったんでしょう?」

「あら…もうそこまでお分かりなのですね」

「そして俺たちもあのときは準備不足だった。野生のポケモンとの連戦があったしね」

 

 

沈黙。

何十分にも感じられる緊張状態、それが二人の周囲に漂いヒカルに襲い掛かる。

これほど気分が悪い状態は味わったことがない。

早く終わらせてしまいたい。

ヒカルは段々と焦燥に駆られていた。

 

「そうですね…お約束しましたし、お話致しましょう。何故、あなたたちを襲ったのか」

 

エリカがようやく口を開いた。

ヒカルが固唾を飲んで続きを待つ。

 

「理由は複数あります。一つは、あなたの実力をこの目で見るため。カスミたちから聞いているだけではやはり詳しく分かりませんから。二つは、あなたのポケモンたちが見てみたかったから」

 

淡々と言葉が紡がれてゆく。

まるで手品の種明かしをするように、エリカはゆっくりと話していく。

だがそれは、ヒカルを余計に焦らせた。

 

(違う、そんなことじゃない…そういう答えを求めてるんじゃない)

 

胸が苦しくなるような気まずさ、いや不愉快さ。

言い表せない不快な感覚がヒカルの中に蓄積され、それが段々と何かに変化していく。

拳を作り硬く震わせていることにも、気付いていなかった。

 

「三つ……それは――――今のあなたにはお話し出来ませんわね」

 

エリカの言葉はそうして途切れた。

 

「っ! 何で!」

「‘今のあなたには’、ですよ。この先のあなたになら、お話しても良いかもしれません――――どうですか、わたくしと勝負いたしませんこと?」

「―――――エリカ」

 

この勝負を受けなければ、この先には進めない。

ロケット団を倒すということも、両親を探すということも。

両方出来ずに終わってしまう。

 

そんな気がした。

 

「……勝負形式は」

「二対二、で如何でしょうか。カスミともその形式で行ったのでしょう?」

「分かった……その勝負、受けるよ」

 

冷静に状況の分析を行っている反面、何故こんなにも不安な気持ちに満ちているのか。

ヒカルは自分の気持ちが分からなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

 

 

タマムシジムは、草系のジムだ。

初めて会ったときに連れていたモンジャラを始め、エリカのポケモンは一筋縄ではいかないだろう。

 

 

でも勝たなきゃいけない。

 

 

両者がフィールドの両端に立ち、戦いの準備は整った。

 

「お願いしますわ、モンちゃん」

「ライ、頼んだ」

 

同時にポケモンを放つ。

ヒカルが選んだのは、電気タイプのライ。草タイプに効果はいま一つだが、仲間にしたばかりのララやアートには荷が重いだろうと判断したためだ。

対するエリカは、一度手合わせしたモンジャラ。全身のツルを伸ばし、鞭のようにしならせている。

 

(一度戦ったし、上手く不意を突けば何とかなる)

 

「先行はお譲りしますわ」

「じゃあ遠慮なく…“10まんボルト”!」

 

ライの強力な電撃がモンジャラを襲う。

しかし、相性の関係上やはり効果は薄いらしく平然としている。

 

「フフフ、その程度ですの?」

 

エリカの指示に答え、モンジャラがツルを伸ばす。

 

「かわせ!」

 

ライが全力で回避行動に移る。

が、ツルは一本ではなかった。

 

全方向から、全身のツルを伸ばしてきたのだ。

 

「っ!?」

「無駄ですわ。モンちゃんのツルはあらゆる方向から攻撃を仕掛けられます。単調な回避では絶対に避けられません」

 

エリカが話す合間にもツルはライへと迫り、その身体に絡みついた。

抵抗するために電撃を放つが、またしても相性の優位がそれを拒んでしまう。

 

「ライ、かみつけ!」

 

ヒカルが必死で叫ぶ。ライも目の前にあるツルに無我夢中で噛みつき、ダメージを与える。

だが、それでも拘束を解くまでには至らない。

 

「“たたきつける”!」

 

高々と持ち上げられたライを、モンジャラはものすごい力で叩き付けた。反動でフィールドに窪みが生じる。

 

「ライっ!!」

 

ヒカルは叩き付けられた勢いで飛ばされるライを追いかけ、空中でキャッチ。勢いを殺せずそのまま床を転がるが、すぐに起き上がった。

自分のことを気にせず、今腕に抱えたライを見やる。

ダメージが大きいらしく動きが弱まっているが、目にはまだ闘志の火が付いている。

 

「この技を耐えきるのですね、よく育っています」

「……どうも」

「ですが、少し残念ですね。カスミたちから聞いていたものを、今のあなたからは感じません」

「聞いていた…もの?」

 

一体何のことを言っているのだろう。

カスミたちは一体何を話したのだろうか。

 

「分からないようですね。出来ればわたくしも、それを見てみたかったのですが」

「見て、みたかった…」

 

ヒカルの思考が激しく回転する。

 

 

タケシやカスミとのバトルのときはあって、エリカとのバトルにはないもの…?

 

 

 

戦略、実力、ポケモンを想う気持ち――――?

 

 

 

 

――――分からない。

 

 

何故だろう。

いつもなら気付いているような気がするのに、今日は全く分からない。

何故?

なんで?

 

 

今日の俺は、一体何なんだろう?

 

 

 

 

 

 

「――――あなたは、わたくしにどのような感情を抱いておられるのですか?」

 

 

エリカの問いかけに、ヒカルの思考が一瞬フリーズする。

反射的にその答えを考え、述べる。

 

「……悪人のような手段で戦う、人を、焦らせる、俺のあまり好きじゃない人」

 

 

ヒカルの声がジムの中に響く。

そして僅かな静寂の後、

 

 

「それは、間違っていますわ」

 

エリカがヒカルの答えを一蹴した。

 

「え…?」

「あなたはわたくしに対して、‘怒っている’。理由も分からず、人を弄ぶようなことばかり言って自分を怒らせる、《敵》だと思っている」

「て、《敵》って…」

「どうなんですか? ヒカルさん。あなたの心は、どんな答えを言っているのですか?」

 

 

エリカの言葉がヒカルの胸に刺さる。

 

 

(敵だと、思ってる…?)

 

 

戦う前に感じていた気持ち、焦燥に駆られたあの不快な気持ち。

でもそれがもし、焦りなんかじゃなくて《怒り》だったら…?

 

ポケモンを使って悪いことをする―――‘ロケット団のような’人だと思っていたのだとしたら…?

 

 

ヒカルの中で記憶と共に声が反響する。

 

 

森の中で、陰に潜んでヒカルたちを試そうとしたエリカ。

ヒカルの正義に反するような物言いをして挑発した、エリカ。

 

『少しやり過ぎてしまったかもしれませんね』

 

やり過ぎた、何をやり過ぎた―――?

 

 

 

 

考え、考えて、考えた先で。

 

 

 

ヒカルは顔を上げた。

 

 

 

「やっとお気づきになりましたか?」

「―――うん。俺、マチスと戦って焦ってたんだ。実力不足だって。それが分かってたから、わざと煽るようなことをして、俺を試したんだ―――俺のために、悪役ぶってくれてたんだ」

 

森で会ったとき、まるで闇討ちするかのように襲い掛かったのは、ヒカルの悪に対する気持ちを見定めるため。

一度決めた決意が揺らいでいないか、マチスと出会ったことで間違った方向に向いていないか。

ヒカルのためを想ってこそ、あの方法を取ったのだ。

そしてそれは、ヒカルを間違った道から引き戻してくれた。

 

「ありがとう…エリカ。本当にありがとう」

「わたくしはあなたのことを『ポケモンを何より大切に想う、悪を疎み、真っ直ぐな正義を持つ少年』だと聞いていただけですわ」

「ははは…誰だろそんなふうに誇張したの」

 

ヒカルは笑う。

張りつめていた表情が緩み、腕に抱くライもほっとした様子を見せた。

ライたちにも心配をかけていたのか、とようやく気付き、ごめんと謝った。

 

「その笑顔、ですわ。わたくしに見せてくださらなかった、戦うときの笑顔。それが何より大切だということを、あなたはご存じのはずでしょう?」

「ああ、そうだった。バトルは楽しいものなのに、さっきのは全然楽しくなかった。笑えなかった」

「でも、その様子ならもう大丈夫そうですわね―――お教え出来なかった最後の理由、あなたの正義を見せてもらいたかった、というのは問題ないようですね」

 

《正義》。

《正義のジムリーダー》。

自らの正義を貫く人たち。

 

 

(俺も、その正義を一緒に貫くんだ)

 

 

ヒカルは立ち上がる。

もう道を間違えたりしないと、心に誓いながら。

 




思ったより長くなった…というか最長です。
七千字超えましたよ! ヤッタネ。

マサキの手持ちっていつからいるのかとか、どの時期にどれだけ強いのかってことが全く分からないんで、勝手に設定を決めちゃいました。
この時期に既にロコンは番犬として活躍しています。タマタマも所持しています。

エリカって、なんでこんなに悪者演技が好きなんだろう…。
書いてて楽しいぞ?




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第十一話 VSラフレシア そして戦いへ

大変長らくお待たせいたしました!

ようやく諸事情に一段落つきまして、こうして投稿と相成りました。


…といっても、大層なもんじゃありません。
大層なもんじゃないけど、どうぞごゆるりと。



「さて、勝負を仕切り直しましょうか」

「そうだな、すっかり中断してたし」

 

ヒカルは今、タマムシシティのジムに挑戦している。

 

その言い方では少し語弊があるかもしれないが、とにかくジムリーダーであるエリカと戦っていた。

 

しかしその戦いは、ヒカルの中に埋もれてしまった《勝負の楽しさ》を思い出させるためのエリカなりの策であった。

ロケット団のことで前が見えなくなっていたヒカルは、エリカのお陰で本来の少年に戻ることが出来たのだ。

そのために対話を行う必要があり、バトルを無意識のうちに中断してしまっていた。

だがこんなことで始まったバトルを終わらせるわけがない。むしろこれからが本当の勝負だ。

 

「それでは、お互いの最も信頼するポケモンで決着をつけませんか?」

「ああ、いいよ―――決めよう」

 

互いに新たなボールを握り、二人の間に緊張が走る。

しかしそこに先程まであった険悪さはなく。

 

純粋に勝負を楽しむポケモントレーナーがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はなびらのまい!」

「かえんほうしゃ!」

 

試合を開始して十分。

ボールから放たれたルドラとラフレシアは拮抗した実力を見せていた。

どちらも譲る気など全くなく、全力をぶつけ合っていた。

 

「つるぎのまい!」

 

ラフレシアの大きな花から竜巻のような風が巻き起こり、辺りに漂っていた花弁が巻き込まれながらルドラへと迫る。

 

「受けて立つぜ! “だいもんじ”!!」

 

それに対しヒカルは怯むことなく真っ向からぶつかっていく。

ルドラの蒼い炎が花の渦とせめぎ合い、相性の壁などを全く感じさせず互いの技を削り合う。

ルドラとラフレシアの実力がそれだけ並んでいるという証である。

ヒカルはそれには気付かず、ただ自分の出せる全力を出している。ルドラも同じくそれに答えるために自身のポテンシャルを遥かに上回った動きを見せている。

 

それに気付いたエリカは、まるで自分のことのように嬉しく思った。

思わず自分の気持ちも熱くなってくる。

それほどに今、エリカはこの勝負を楽しんでいるのだ。

ジムリーダーという立場さえも忘れられるほどの勝負を。

 

「ヒカルさん! どうですか、今は、どんな気持ちでいらっしゃいますか?」

 

エリカの声を聞き、彼女の顔を見る。汗を流し、笑みを浮かべる彼女に心の底からの笑顔で返す。

 

「楽しいよ! とっても、楽しい! 勝負って、こんなに楽しかったんだね!!」

「ええ! そうですわ! わたくしも、楽しいです――――それに全力で答えてみせますわ!!」

 

ラフレシアとルドラの技が再びぶつかり合う。どちらが隙を見せれば負けてしまう、そんな戦いに発展している。

そんな中でも二人は楽しそうに笑っていた。

 

「ソーラービーム発射!」

「きりさけぇっ!」

 

極太の光線を輝く爪で受け止め、その真ん中を断ち切っていく。それでも避けきれないビームの破片がルドラを襲いダメージを与えていく。

光線をかき分け、根元まで接近したルドラはそのまま鋭い爪を剥いた。

ラフレシアは反動で吹き飛ばされながらも、“はなびらのまい”を再び使いルドラを攻撃する。

 

「かえんほうしゃ!」

「かわして“ようかいえき”!」

「かわせ!」

 

ヒカルの指示でルドラが炎を噴き、エリカの指示でそれをかわしたラフレシアが毒を浴びせる。

 

一進一退の攻防が続く中、ついにヒカルが動いた。

 

「つっこめ、ルドラ!」

 

ヒカルの指示を聞くや、弾丸のように突撃した。

その行動に一瞬驚きつつも、エリカはすぐさま反応した。

 

「向かいうちますわ! “ソーラービーム”!」

 

天井から差し込む日光を急速に取り込み、時間のかかるパワー充填を最速で達成する。

真正面から向かってくるルドラに照準を合わせ、そのエネルギーを解き放った。

ジムリーダーの全力を捧げた大技は、先程の比ではないほどの太さと威力を持ったものになった。打ち合えばこちらが勝つ、そう言い切れる威力を持った攻撃だ。

 

 

しかし、ヒカルの指示はまだ終わっていない。

 

「まわれ!」

 

“ソーラービーム”とぶつかる刹那、滑るように右に体を傾け《まわる》ようにかわした。

 

「え!?」

 

威力を内包したが故にその余波を受けルドラのスピードが上がる。

急速接近を見事に果たし、ラフレシアが目の前になる。

そして、

 

 

「だいもんじ!!」

 

至近距離からの炎がラフレシアを襲った。

 

「おおおおおおおっ!!」

 

ヒカルの雄叫びが蒼炎と重なり勢いが増す。

 

「っ、ラフレシア!!」

 

エリカの叫びがかき消される。

 

 

 

 

そして――――

 

突如起きた爆発により視界が遮られるが、それもやがて晴れ、勝負の決着を明らかにさせた。

 

そこには、巨大な花を焦げ付かせながら倒れるラフレシアがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「参りました。あなたの本気、確かに見せていただきました」

 

白熱した勝負がようやく終結し、二人は互いの手を強く握った。

勝ったヒカルも、負けたエリカも晴れ晴れとした表情をしている。ヒカルにおいては憑き物が落ちたかのようである。

 

「俺も、エリカのお陰で目が覚めた。改めて言うよ――――エリカ、ありがとう」

 

真っ直ぐ目を見て言うヒカルに対し、慌てて視線を逸らすエリカ。

 

「…………はい」

「?」

 

ヒカルはその言動が分からずきょとんとする。エリカはというと、視線に加えて何故か頬も仄赤く染まっている。

 

「どうしたの?」

「………いいえ。何でもありませんわ」

「そっか。あ、今更だけど呼び捨てにしてたね、ごめん」

「え!? あ、いえ、構いませんわ―――――こちらも聞いていた通りですわね」

「エリカ?」

 

……重ねて憐みの目を向けられたのは何故だろうか。

 

 

「コホン……では改めて、タマムシジムジムリーダーに勝利した証、《レインボーバッジ》をお受け取りください」

 

差し出されたそれを受け取って見つめる。

七色に輝く花形のバッジ。

その光が、ヒカルにはまるで自分を祝福しているように感じた。

 

「これでバッジが三つか…」

「実力も確かですわ。それだけバッジがあるのなら自信を持って戦えるでしょう――――これからの戦いにもきっと勝てます」

 

これから。

 

そう、これからロケット団との戦いが始まるのだ。

いつ、どこで始まるのかは分からないが、絶対に勝って見せる。

 

ポケモンたちを信じながら。

 

仲間を信じながら。

 

ヒカルはそう思うことが出来ていた。

 

「それではセンターに参りませんか? ポケモンたちの回復をしなくては」

 

とん、と背中を押すエリカにどこか懐かしい、温かさを感じながら揃ってジムを出た。

 

 

この温かさは何だろう、とどこかで思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一つ聞きたいことがあるんだ」

 

ポケモンセンターに二人のポケモンを預け、一画のソファに並んで座っていたとき。

ヒカルはそんなふうに切り出した。

 

因みに、エリカはハナダのカスミと並んで《美人ジムリーダー》などと呼ばれるほどの容姿の持ち主だ。そんな彼女が見知らぬ男と並んで座っているという事実を大っぴらにしていることで、一つ問題が起きてしまっている。

それは野次馬という儚い嫉妬の嵐。

 

それに気付かずエリカに親し気に話しかけるヒカルは、彼らにとって敵以外の何でもない。

――――ヒカルは全く気付かないが。

鈍感ではないエリカは気付いているが、そんなふうに見られていることがちょっと誇らしくも思ってしまい、色んな意味でドキドキしている。

そんなエリカの内心を知ってか知らずか話しかけられ、少しぼんやりしていた頭を軽く振ってヒカルに向き直る。

 

「はい、何でしょう?」

「ジムでポケモンたちの回復って出来ないの?」

「え!? あ…えと…出来ますが、その…こちらの方が専門なのでいいのですよ!」

「草系専門なのはむしろエリカなんじゃ」

「それでも! こちらで良いのですっ!」

 

半ば強引に押し切られヒカルは口をつぐむ。

それが少しむくれた子供のように見えて、エリカも視線を逸らしてしまう。

 

「えと、本題入っていい?」

「…わたくしのことをからかおうとしたのですか?」

「ど、どうしてそう思うんだ…? ただエリカの反応が不思議だったから…」

「あ、そ、そうですわね…」

 

エリカは再び視線を逸らした。

ヒカルは割と本気で何かしてしまったのかと焦るが、それを抑えて話し出す。

 

「あいつらのこと…どこまで知ってる?」

「……」

「タケシやカスミよりエリカの方が情報を持っているのは分かってる。二人はあまり教えてくれなかったからね」

「………そうでしょうね、わたくしたちのみしか知らぬこともあります。でもそれは、ここではお話出来ません」

 

先程までの反応は全く無くなり、芯のこもった言葉を放つ。

その言葉から、エリカの持つ情報がどれほど大切なものか察することは出来た。

 

「でも、それだけじゃ今までと変わらない。せめてもう少しだけ、何か教えてくれないか?」

 

今は話せない。

それじゃ前に進めないのだ。

強くなるためにも、勝つためにも。

 

エリカもきっと分かっているはずだ。

だがこんな公共施設で情報が洩れる、なんて馬鹿な真似は決して出来ない。

それを最も恐れているはずだ。

タケシたちに情報を全て明かしていない理由にはそれも含まれるのだろう。

 

「エリカ」

 

ヒカルは真っ直ぐエリカを見つめる。

エリカに信じてもらえるように。

 

「――――はぁ」

 

しばしの沈黙の後、エリカは大きく溜め息をついた。

 

「全く、あなたには敵う気がしませんわ。わたくしとの勝負でどれだけ強くなってしまったんでしょうか」

 

どこか自嘲気味のエリカの言葉にヒカルが不思議そうな顔をする。

 

「ふふ、分かりましたわ。あなたの心に免じて、お教えします―――――これからはヤマブキシティをよく見ているといいと思いますわ」

 

それと、と言って今度はエリカがヒカルを真っ直ぐ見つめた。

 

 

「しばらくでいいです…一緒にいても構いませんか?」

 

 

 

 

その発言は大きく二つに捉えられることとなった。

 

 

一つはヒカル。

 

「(一緒に動いてくれるなら心強いや)うん、分かった」

 

 

一つは野次馬。

 

「「「(あのクソガキイイィィィィィィイ!!)」」」

 

 

 

 

どちらが正解だったかを知るものは、まだ一人しかいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして。

 

 

 

「よーし! 久しぶりのマサラタウンだし、博士に挨拶しに行こう! ピカ!」

 

 

 

 

運命は、もうすぐ訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

 

 

ジムに戻ったヒカルがエリカから改めて伝えられた情報は大きく分けて三つ。

 

「本拠地が隣にあるヤマブキシティ…確かにハナダから向かったときも通れなくて地下通路を通ったっけ」

 

「しばらく前から戦力や研究者たちを町に集めている…つまり近いうちに何かを起こすつもりってことか」

 

「―――――幹部の中には、ジムリーダーが複数名いると確認されている、か」

 

 

エリカは大きく肩を落とす。

 

「ジムリーダーとは挑戦してくるトレーナーの実力を見極め、その本質を最大限にまで引き出すことが務め。なのに彼らはそれを放棄し、あろうことか道具や材料としてポケモンたちに取り返しのつかないことをしてしまっている――――同じ勤めを担う者として、やるせない気持ちです」

 

肩を震わせながらそう嘆くエリカに、ヒカルは励ましの言葉をかけようとした。

しかし、言葉が出てこなかった。

彼女たちはジムリーダー。そして敵もジムリーダー。

同じ立場に立っていた者として複雑な感情を抱くのは不思議ではないし、それを分かることは難しい。

 

何とかひねり出した言葉は、

 

「………ごめん」

 

エリカに対する謝罪だった。

 

「何故……何故謝るのですか?」

「だって…俺は一度そのジムリーダーの一人と戦っている。こちら側に引き戻そうとも考えず、ただ《悪》だって…《敵》だって…」

「それは! ………ヒカルさんのせいじゃありません。ヒカルさんは悪くありません」

 

無意識にヒカルの手を掴み、強く握る。

そこから伝わる温かさからエリカの気持ちを何となく感じられた。

 

「本当はわたくしたちが何とかしなければならないのかもしれません。ですが、それはもう叶わぬことなのです。ヒカルさんが戦ったとき、相手はヒカルを敵としか捕らえなかったでしょう? 逆らうものを潰す、それがロケット団であり、幹部とまで呼ばれる彼らの心なのでしょうから。―――だから、ヒカルさんは、何も悪くありません」

 

ヒカルを見つめる双眸が微かに潤んでいるのが分かった。

しかしそれを外に出すことはなく、気丈なまでに凛とした表情で笑って見せた。

 

「……俺が励まそうと思ったのに、だめだなぁ、俺」

「…ふふ、わたくしも、自分で答えを見つけられたような気がします。ヒカルさんのお陰ですよ」

「そう? …なら、よかった。でも無理だけはしないでほしい。俺たちは《仲間》なんだから」

 

エリカの無理をしている姿を見ていられず、逆にヒカルがエリカの手を握る。

 

「………………………」

「エリカ?」

「…………………………ぅ」

 

途端にエリカの表情が変わった。

具体的には前髪で顔を隠そうとし、視線を下へと逸らせ、どこか頬が赤くなっている。

さらに名前を呼ぶとよく聞こえない声で呟きを発した。

ポケモンセンターでもそうだったのだが、ジム戦が終わってから一体どうしたのだろうか。

 

「エリカ、熱あるの?」

「…………………いいえ」

「えと、大丈夫?」

「………………………はい、個人的な問題ですので」

「…そう」

 

これ以上会話をすることは出来ないと直感で判断し、ヒカルはエリカの手を放した。

ロケット団の情報も聞いて特にすることもなくなったので、町をぶらついてみるとエリカに一言いい残しジムの扉へと向かった。

 

 

 

 

 

 

(何なのでしょうか…これは)

 

ヒカルが外に出ていったジムの中。

広い部屋に一人で座っているエリカは不思議な気持ちに捕らわれていた。

 

ジム戦を終え、改めてお礼を言われたとき。

 

(あのときの…あの笑顔)

 

あの顔を見た後からどうしても真っ直ぐ向き直られると、言葉に詰まってしまうのだ。

 

カスミたちから、

 

「無邪気な笑顔を自然に使いこなし、びっくりするような言葉を平然と使う天然の塊のような奴だよ、ヒカルは」

 

などと評されるほどの抜けっぷりは聞いていた。

だが、エリカにはそれに加えまた別の感情が付随していた。

 

それが何なのかは、いくら考えても分からない。

 

ただどこか熱くなるような気持ちを抱いてしまうということだけ。

 

(こういうことはきっとカスミに聞くと早いのでしょうが…)

 

エリカの本能がそれを止めるように叫んでいる。

自分ではどうしても分からないこの気持ちを、どうにか理解しなければならない、そんな使命感にも似た思いが湧き上がっている。

 

決戦の時は近い。

 

それなのにこんなことをしていていいのだろうか。

 

その気持ちを理解すべく、意を決して同行の許可を求めたというのに。

 

 

「…こんな気持ちで、ちゃんと戦うことは出来るのでしょうか……」

 

 

延々と繰り返される自問自答はジムトレーナーが声をかけてくるまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー、何だったんだろう…」

 

そんなエリカの心情はつゆ知らず、ヒカルは至って呑気にそんなことを呟いた。

 

タマムシシティはカントー有数のデパートやゲームコーナーなどの施設を備えた町である。ヒカルが暮らしていたマサゴとは雲泥の差。同じ大型デパートのあるトバリシティといい勝負だろうか。

 

町に住む人も穏やかな人ばかりで、それだけエリカやエリカの作った自警団の頑張りが顕著に表れていることが分かった。

 

そんな街のすぐ隣で危険なことが行われているなど、許すことは決して出来ない。

他地方から来たとはいえ、ヒカルも善良なるトレーナーである。ジムリーダーに協力を依頼され、色々な壁や叱咤激励を受け、もう後戻りすることも、立ち止まることも出来ない。

 

エリカたちが守ってきた、この町を守る。

 

町を見ながらそう決意を新たにしていたとき。

 

「…ん? そこにおるんは、ヒカルやないか!」

 

そんな言葉が後ろから聞こえてきた。

振り返って、声の主を視認して、

 

「マサキ!」

「ヒカル! まだこの町におったんやな、また会えるとは驚きやで!」

 

そう言って友の手を握るマサキと再会した。

 

 

 

 

「この辺にわいの卒業した大学があってな、そこに用があるってのは言っとったやろ? んで、用が終わって町をちょいとぶらぶらしとったら! 何やお前がおるやないか!」

「マサキも、用はとっくに済んでもう帰ってると思ってたよ。っていうか忘れてた」

「なんやてぇ!!」

 

デパート近くの公園に設けられたベンチに座り、雑談を交わしている二人。

 

何故町をぶらついていたのかは説明しないでおこうとしたのだが、

 

「何や気になるわぁ! ホレ言うてみ」

「そ、そんな軽く…っていうか本当に言いづらいんだけど」

「照れるなって。わいもそんなほいほいと他言せえへんから」

「……なんか変な期待してない?」

 

しつこくしつこく聞かれ、いなすことに段々と疲れ、とうとう折れた。

 

「……分かった。話すから」

「おう! 早よ早よ!」

 

……ノリノリなマサキに何故かいらつきを覚えながら、ジムで起きたことを話した。

途中ものすごい驚いたような顔をしたのがとても気になったが。

 

そして話し終わり、マサキがいきなりがしっとヒカルの両肩を掴んだ。

物凄い勢いと握力に驚き、酷く嫌そうな顔をする。

 

「マサキ、痛いって」

「ヒカルそんなことはどうでもええ」

「いやそんなことって」

「ヒカル、お前ホンマに何も分からんのか?」

「だから分からないから困ってたんだって」

「ホンマにか?」

 

マサキが鋭い視線を向ける。

それに思わず唾を飲み込み、自然ともう一度頭の中で考える。

 

「………分からないよ。俺には」

 

しかし答えは変わらなかった。

その様子にとてつもなく大きい溜め息をつきながら両手を離した。

 

「はあ…………、もうええわ。お前クチバで話したときからあれやと思っとったけど、度を越しとるな」

「あれって何」

「あー!! 期待したわいがアホやったわ!」

 

荷物をもって立ち上がり、そのままどこかへ向けて足を進める。

 

「ちょ、マサキ!?」

 

何が何だかさっぱりなヒカルは慌てて呼び止めた。マサキは立ち止まり小さく振り返って、何も分かっていないヒカルに向けて、

 

「その、エリカっちゅうジムリーダーのこと、ちゃんと守ってやるんやで」

 

そう残して去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

 

 

「……エリカー。いる?」

 

訳が分からぬままマサキと別れ、タマムシジムに戻ってきたヒカル。

だが、いくら呼び掛けても返ってくる声はなかった。

 

「エリカー? 誰かいないんですかー!」

 

改めて叫ぶ。

しかし声は返って来ず、いよいよ心配になったその時。

 

 

 

 

 

 

 

「――――ヒカルさん! 先ほどヤマブキシティへの侵入を試みた者がいるようです! 私たちの動くときが、遂に来たんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同刻、マサラを飛び立つプテラと‘赤い帽子の少年’がいた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――オレだってマサラのトレーナーだ! 向かうぞ、ヤマブキシティへ!」

 




はい、ようやく《彼》が喋り出しましたね。
私大感激です。ようやく喋った!ってかようやく出てきた!
今まで空気のように名前しか出てこなかった存在がようやく確認できました!
自分で書いててアレですが、レッドは主人公じゃなくなってますね。


エリカのあの感じはなんか流れというか,ノリというか…。

エリカファンの方、今作はこうなりました。ご理解ください。


PS.次はもっと早く出せるようにします!
…………たぶん難しいけど。


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第十二話 VSギャロップ 発狂の使徒

長らくお待たせ致しました!

一か月ぶりくらい…?
色々忙しすぎて、長くなってしまったけど、読んでくださると幸いです。


「ヤマブキに侵入!?」

 

ジムに戻ったヒカルに告げられたのは衝撃の事実だった。

 

四方のゲートを通行止めにし、上空までも“バリアー”で覆われた町。

そんな敵の本拠地、ヤマブキシティに侵入するもの現れるとは。

 

「いえ、“バリアー”ではじかれ、侵入までには至っていません」

「じゃあ、ただ入ろうとして拒まれた・・・ってこと?

「ええ、ただわたくちたちにとっては別です。侵入を試みた者の情報から、彼―――マサラタウンのレッドが動く可能性があります」

 

エリカの言葉に目を見開く。

 

オーキド博士からの後押しを受け旅だった時の目的。

 

 

 

「レッド――――――やっと会える」

 

 

 

運命の歯車が回り出す。

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

「ヤマブキシティ…やっと着いた」

 

先にこの町へと向かったグリーンを追い、レッドが南側ゲートに到着した。

グリーンから聞いていた町を覆うバリアーもプテラの音波で攻撃したがびくともしなかった。

ゲートにいる警備員に話してもきっと通してもらえないだろう。

 

でも、行かなければならない。

 

「この町のどこかにマサラの人がいるんだ。諦めてたまるか!」

 

レッドは再びプテラに掴まり空へと昇り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「―――お待ちください! 焦ってはなりません」

 

エリカの声が響く。

今すぐにでも飛び出しそうなヒカルを止めようと、その腕を掴んだ。

ヒカルは視線をエリカにやりながらも、足は外への扉に向かって動こうとしている。

 

「何でだよ。レッドが来るかもしれないんだろ、だったら早く合流しないと!」

「わたくしたちが動くのはまだ先のことです。レッドが動き、敵の目をそちらに向けている隙に,我々が四方を抑えるのです」

「そんな悠長なこと言って、仮にレッド一人で敵陣に突っ込むなんてことになったら…」

 

負けるぞ、そう言いかけて、

 

「大丈夫です。レッドならきっと」

 

エリカの真っ直ぐな目に口がつぐんだ。

同時に急かしていた気持ちが鎮まっていく。

 

「それに、恐らくグリーンもやって来るでしょう。あの二人なら任せて大丈夫です」

「グリーン?」

「オーキド博士から聞いていませんの? 博士のお孫さんです」

「うわぁ、多分気が合わないだろうな、俺と」

 

ヒカルの苦笑いがその場の空気を和ませ、エリカを始め数名から笑みが零れた。

それに対してヒカルは言い返そうとしたが、和んだからいいやと自己解決し止めた。

 

「……でも、様子を見に行くくらいはいい? ちょっと気になるし」

 

途端エリカは呆れ顔になった。

 

「…恐らくそうおっしゃるだろうと思ってました。連絡係は既におりますが…そうですね、条件が一つ」

「条件?」

 

すんなり行かせてくれると思ったのだが、そうでもないらしい。

何を言い出すのか、その場にいる全員が固唾を飲み、

 

 

「わたくしも同行させていただきますわ」

 

 

数秒後、ジムの外にまで叫び声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び上空へと飛んだレッドは、そこでグリーンと再会していた。

そして、お互いに言い争いを始めた二人を離れて見つめる少女、ブルーの姿もそこにあった。

 

「アラ、あの二人……知り合いだったのね」

 

くすっ、と含みのある笑いをし、そのやり取りから一瞬目を逸らした。

その時に、視界に不思議な光景を捉えた。

 

「ん? ………あれは」

 

もう一度確認しようと目を凝らす。

そこには、ジムリーダーを茂みに隠す同年代の男の子の姿が映っていた。

 

 

 

 

 

 

「……ジムリーダーという立場が今ほど疎ましく思ったことはありませんわ」

「そんなこと言わないでよ、立派な仕事だから」

 

頬を膨らませるエリカを何とかなだめようと言葉を紡ぐが、全く効かない。

元々このタイミングで町の近くまで来る予定ではなかったらしいのでエリカには隠れてもらったわけだが、どうも気に入らないようだ。

共に戦う仲間になったとはいえ、ジムリーダーという立場を除けばエリカも普通の女性だ。ヒカルには、怒っている女性のなだめ方など到底知っているわけもなく。

 

「怒っているのではありませんわ」

「今心を読んだ?」

 

怒っていないとなると、何なのだろうか。

 

(―――拗ねてる、とかかな……ますます分かんないんだけど)

 

もうこれ以上手には負えない、そう本能で判断しエリカから距離をあけた。

 

「じゃあ、ちょっと見てくる。何かあったら戻ってくるから」

「ええ、お気をつけて」

 

エリカの見送りを背に受けながら、茂みの外へと顔を出す。

辺りに見張りの影はなく、今なら近付いても問題はなさそうだった。

 

「でも、レッドとかはどこにいるんだろ…よっと」

 

足元の茂みを飛び越え、小走りでゲートから離れた場所を目指す。

 

(確かにこれは、町を完全に閉め切ることは出来るな。普通出入りするのは四方のゲートだけだろうし、上空から入ろうなんてことも考えないだろうし)

 

だからこそ、気が付けばこんなことになっていたのだろう。

誰かの故意を感じる。明確に悪意を持った者の。

 

(気が付けば、俺ってすごいことに巻き込まれてるよな。始めはただの旅行だったのに、みんなとはぐれて、探す旅を始めて、悪と戦うことになるなんて。考えてもいなかった)

 

想像も出来なかっただろう、シンオウで研究の手伝いをしている時は。

でも、今は何故かしっくり来ていた。

むしろ、戦うためにこの地に来たかのような、そんな感覚が心のどこかに生まれていた。

 

「ねえ、あなた」

 

突如かけられた声で我に返り、声が聞こえた上空を振り向く。

そこには、自分と同じ年頃の女の子がポケモンに乗って浮いていた。

 

「浮いてる」

「最初に言うのがそれなのね、ふふっ。面白いわね!」

「からかわれたような気がする…というか、ここ最近本当にこういうの多いな。――で、そのポケモンはプリンだよね?」

「そうよ。プリンにはこういうことも出来るのよ。…そんなことより、ねえ、さっきジムリーダーと一緒にいなかった?」

 

唐突に聞かれ、ヒカルは一瞬押し黙った。

少女にはそれだけで十分だったらしく、ふふっ、と笑いながら再び上空へと浮き上がった。

 

「ふーん、ジムリーダーまで動いてるのね…これならいけるかも、ぐふふ」

「??」

 

全く女性にはついてないのか何なのか。

プリンの上で変な笑い方を始めた少女をどうすべきか、その場で考えようとしたとき、

 

「ふう、まあいいわ。ありがと、アタシはブルーよ」

「へ? ああ、俺はヒカル。よ、よろしく」

「ふふ、本当に面白いわ。また会いましょ? ヒカル」

 

あっという間に飛んで行ってしまった。

 

「………何だったんだ?」

 

未だにヒカルの頭にはハテナが浮かぶが、それはさておくことにした。

辿り着いたバリアーに手を当ててみるが、ものの見事に弾き返された。危うく転ぶところだったが何とか踏みとどまった。

 

「随分と強力だな…これは普通のトレーナーには出来ない。きっと、ジムリーダーくらいの力がないと…」

 

そこまで考えて、頭を振った。

ヒカルはすべてのジムの得意タイプを知っているわけではない。ましてや、ロケット団に組するジムリーダーが何タイプを得意としているかは知る由もない。

恐らく、エスパータイプのエキスパートはいるだろうと仮定できるが、そこからこのバリアーを解く手がかりが浮かんだわけではない。

 

「どうしよう…」

 

今の自分で出来ることは何か。

再び考え出そうとしたところで、少し離れた先に何かが地に降り立った。それに少し遅れて降り立つ別の影も捉えた。

その後からやってきた影に、目を見張った。

 

「頼んだぜ、ピカ」

 

赤い帽子に赤い服、そしてピカチュウを連れた、その少年。

 

あれが――――

 

 

「レッド」

 

 

手掛かりをようやく掴んだ瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒカルが近づいても、レッドは気付いていない様子だった。

今が緊急事態だということは分かっている。だが、どうしても話しておかなければと思った。

しかし何を話すべきか。

 

(まさか家族のことを知ってるわけないし)

 

ここは無難にバリアーについてか。

意を決して、ヒカルは声をかけた。

 

「…あのさ」

「ん? お前は? オレ今ちょっと忙しいんだけど」

「ああ、分かってる。で、何してるの?」

 

そう言って腕に抱えるピカチュウを指さした。先ほど何か技を使っていたようだが、一体何をするつもりなのだろうか。

 

「こいつ、ピカってんだけど、ピカの“みがわり”でバリアーの壁をすり抜けられんじゃないかって思ってさ! まあ成功したんだけど、肝心の敵がどこにいるのか分かんなくて」

 

そう言って頭をかくレッドを驚きの目で見た。

 

「“みがわり”ってそんな使い方があるんだ」

「物は試しって言うだろ? やってみなきゃ分かんないさ」

 

どうやらレッドは聞いていた以上にむちゃくちゃな人物らしい。

発想の柔軟さが羨ましいと思わず言いそうになり、何とか堪えた。

 

「……騒がしいぞ」

「何だよ! グリーンこそなんかいい方法思いついたのか」

「敵の位置は捉えた。町の中央だ。後はどう攻撃するか…」

 

先に降り立った少年がグリーンらしい。落ち着いた態度がレッドとは正反対であり、博士の孫と言っていたことも頷けると思った。

グリーンの少し前にはゴルダックが腕を伸ばし何かをしている。

 

「何をしてるんだ?」

「お前に答える意味はない」

「教えてくれたっていいじゃん!」

「…チッ、ゴルダックの“ねんりき”でバリアーの中を探ってる」

「すげー!」

 

レッドは目を輝かせた。ヒカルもグリーンの発想はすごいと素直に思った。

だがそれでは中の敵はどうすることも出来ない。あくまでグリーンの策は中の敵を探ることだけだ。

 

その時、ふとひらめいた。

 

「なあ、二人が協力すれば何とかなるんじゃないか?」

「へ?」

「…何」

 

レッドは中を自由に行動できるが位置が分からない。

グリーンは敵の位置は分かるが行動できない。

なら、グリーンがレッドに敵の位置を教えれば、攻撃が可能ではないか。

 

「……」

「な、なんでそんなに睨むんだよ。攻撃できないからって」

「いがみ合ってちゃ解決しないよ。お互いのできることをすればいいんだ」

 

バリアーが解ければレッドたちはこの中に突入する。そうなればエリカたちも行動しやすくなるだろう。勿論ヒカル自身も動けるようになる。

何とかするには二人に協力してもらうしかないのだ。

 

暫く二人の間で火花が散っていたが、ようやくグリーンが動いた。

 

「…ゴルダック、ピカチュウに敵の居場所を教えてやれ」

「グリーン…! よーしピカ! いっちょやるぞ!」

 

ようやく許してくれたらしい、レッドとグリーンの二人が互いにポケモン図鑑を開き、同じ敵へと向き直った。

 

「次の角を右だ、その路地にいるバリヤードを狙え!」

「了解! ピカ!」

 

二人はいがみ合っていたとは思えない連携を見せていた。

これにはヒカルの出る幕もなく、“バリアー”を張っていたポケモン、バリヤードを順調に追い詰めていた。

 

「ああ、逃げる!」

「慌てるなゴルダック! よく感じろ!」

「っ、そっちか! ピカ、“10まんボルト”!!」

 

少し離れたところへの指示が飛び、数瞬の沈黙が流れる。

微かに爆発音が聞こえたとともに、目の前にそびえ立つバリアーが見事に消え去った。

 

「やった! バリアーが消えたぞ!」

「フッ…」

 

対照的だが二人とも喜んでいる。そしてヒカルも喜んでいた。

 

「やった! すごいよ二人とも!」

「ううん、あんたのお陰だよ! …って、えっと…」

 

突然言葉を切って頭を抱え出したレッドに、右手を差し出しながら告げた。

 

「俺はヒカル。よろしく」

「おう! オレはレッドだ! そっちは」

「グリーン…貸しが出来たな」

「貸しだなんて思ってないさ。俺もこの町に入りたかったし、二人ともありがとう」

 

へへっ、と得意げに鼻の下をこすってみせるレッドをよそに、グリーンはそのまま振り返って町の中へ突入した。

 

「あ、おい! 待てって! じゃあな、ヒカル!」

「あっ」

 

ヒカルが制止する間もなくレッドもグリーンを追って町の中に入って行ってしまった。

一人置き去りにされたヒカルは仕方なしに頭をかきため息をついた。

その場にいてもやることは限られているので、取り敢えずエリカのところに戻ることにした。

 

 

そんなヒカルを影より見つめるブルーの姿があった。

 

「ふふふ、何もしなくても入れるわ。ヒカルのお陰ね、ありがと」

 

傍から見れば小悪魔と言われそうな顔で微笑んでから、ブルーも町の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうですか、バリアーを」

「うん。二人なら出来そうだなって思って」

「さすがあの二人ですわ。わたくしたちの期待通り」

 

両手を合わせて喜ぶエリカ。それを見て、二人に提案し突入させたことは間違いではなかったと安心した。

だが問題はここからである。ヒカルとしてはレッドたちを追って町に入りたいのだが、エリカが付いてきている以上それは出来ないだろう。

となるとここで待機するか、タマムシまで戻るかのどちらかになるが、正直言ってヒカルには判断できないところであった。

 

「なあエリカ。これからどうしよう?」

「…ヒカルはどうなさりたいのかしら」

 

選択肢は二つ。だが、レッドたちを思い出すとどうしても言う気になれなかった。

 

「…突入したい」

 

ヒカルはエリカを見据えて言う。

だが、いくら何でもこのわがままは通らないだろう。見つかるかもしれないというリスクを抱えながらやって来ているが、これではジムリーダーズが立てていた計画が水の泡になる可能性がはるかに高い。そんなことにほいほいと突っ込んでいけるわけがなかった。

だからこの意見は通らない。

 

と思っていた。

 

「よろしいでしょう」

 

エリカの返答は至ってシンプルだった。

 

「へ?」

「但し、わたくしも参ります。自警団のかたに町を探ってきてもらうことは今は難しいでしょうし、わたくし自らが見てみようと思います」

「ちょ、エリカ、それじゃあ計画が」

「大丈夫です」

 

エリカの強い口調がヒカルの言葉を押し返す。

 

「大丈夫ですわ。それに、貴重な戦力であるあなたが万一にでも負傷してしまわぬよう見張りがいるでしょう?」

「見張りって、本当にいいのか? 早々と敵に気付かれたら色々まずいと思うけど」

「わたくしはそんなヘマは致しません」

 

二言三言とさらに何かを言おうとしたが、もう無駄だと思った。

ヒカルは大きなため息をついた。もう女性にかなう気がしなかった。

 

「……分かった、一緒に行こう。お互い気を付けて、ね」

「ええ、勿論!」

 

お互いの目を見て頷き、今度はエリカを連れ添ってヒカルはヤマブキシティ――――決戦の地へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤマブキシティは正方形の大きな町だ。

その多くはビルがそびえており、今まで訪れた町のどこよりも重苦しい空気が流れていた。

その原因の一つはビル街だが、今はロケット団という悪がいるせいである。

既に町のいたるところにロケット団員がおり、外を出歩く人影も見当たらない。どこかに閉じ込められているか、あるいは怖がって家から出てこないか。

人混みに紛れて行動することは出来ないが、お陰でロケット団員にのみ怪しまれなければ自由に動き回ることが出来た。

 

「そろそろ、かな…」

「本当にこちらですの?」

 

ヒカルとエリカはしばらく狭い路地を歩いていた。

後ろからエリカが付いてきていることを確認しながらその問いに頷いた。

 

「うん。グリーンが町の中央って言ってたから、間違いない。きっと、あそこに見える大きなビル…」

 

そう言って路地の隙間からひときわ大きなビルを見やる。

そのビルだけ突出して大きく高かった。

 

「あれは《シルフカンパニー》ですわね。よもやあのビルを乗っ取っていたとは…」

「《シルフ…カンパニー》?」

「トレーナーに役立つ道具やポケモンの為の研究などを行っている会社ですわ。モンスターボールなどもこの会社が主に作っていますわ」

「そんなすごい会社を乗っ取ってるのか、奴らは」

 

改めて戦う意志が明確になった気がする。

気を引き締め直して目的地へと進もうとした、その時。

 

 

 

「こんなところで何してんだァ、テメェら」

 

 

 

不意に響いた声。

 

エリカはすぐさま反応し身構えた。

だが、それもすぐに解いてしまった。

何故なら、目の前にいるヒカルが尋常ではないと感じたから。

その手が強く握られ震えている。後姿から感じられるものが怒りであるような気がした。

対峙する男の目が怪しく光った。その目にはヒカルしか映っていないようだった。

 

「お前は……」

 

ヒカルがようやく口を開いた。

微かに震える声にも怒りを感じ、エリカは動けなくなった。

 

(一体、何が起きているのでしょうか…!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は……あの時の」

 

ヒカルがいるこの町は、最早ロケット団の本拠地と言っても過言ではない。そこでロケット団員と遭遇しても不思議ではないが。

 

 

目の前にいる男だけは違う。

 

 

異様なまでに目をぎらつかせ、髪を乱し、狡猾な笑みを見せている。

まるで、絶好の獲物を見つけた獣のような。

 

 

「また会ったなァ、ガキ…!」

 

じりじりと距離を詰めてくる。一歩、また一歩と足を運ぶ。不規則に体を揺らし、笑みを浮かべながら。

その姿にヒカルは段々と恐怖を感じた。

 

 

あの時出会ってしまったときとは何もかも違う。

 

 

 

かつて《ヒトカゲ》のトレーナーであった男は、すでに狂気と化していた。

 

 

 

 

 

 

悦びと虚ろをその目に宿し、男はただヒカルへと向かってくる。

 

「そういや、まだ名乗ってなかったなァ……なあ、《ヒカル》さんよォ!」

「!!」

 

 

 

――――名前を、知られている!?

 

 

あの時は言わなかったはず。つまり…

 

「色々調べたんだぜ、お前のこと。どこ出身で、どんな奴だったとかな……その上でいたぶってやるよ!あの時散々やってくれた分をそれ以上にして返してやるよォ!!」

 

そこまで聞いてヒカルはようやく気付いた。男がヒカルに向けているのは、

 

「ただの逆恨みじゃないか」

「煩い!! お前は俺をコケにしやがったんだ!! この《アギト》の名、脳裏に焼き付けて一生消えない後悔にさせてやるゥッ!!」

 

 

ロケット団であった男は、衝動のままに襲い掛かってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ出てこいギャロップ!」

「っ、ロンド!!」

 

ボールから飛び出した二体はそのまま鍔迫り合いの形に入った。

ギャロップのたてがみからものすごい熱が発せられ、タイプ相性で優っているロンドを少しずつ押していた。

 

「こいつ…前より強くなってやがる」

 

ヒカルの苦い言葉にすら歓喜を覚えるのか、嘗め回すような視線を送った。

 

「そうさ、テメェに負けてからというもの、テメェをぶっ潰すために力を手に入れたんだ。あの時の屈辱…晴らさせてもらうぜ!!」

 

アギトの声に呼応しギャロップの熱量がさらに上がった。

 

「ヒカル…何が一体、どうなっているのですか?」

 

エリカがヒカルの腕を掴む。

 

「こいつは、俺の、ルドラの…敵だ」

 

ヒカルの手に握られたボールの中で、かつての手持ちであるルドラも憤っていた。

何故、ここにいるのか。

何故、こんなに変貌した姿で現れたのか。

唯一変わりのない、敵であるということ以外すべてが変わったこの男。

 

 

「さあ、俺に倒されろ! ヒカルゥ!!」

 

 

狂気を纏った男との再戦が始まる。

 

 




はい、タイトル詐欺ですね。ごめんなさい。
ギャロップの活躍は次回のお楽しみと言うことで。


……次を乗せるのはいつになるんだろう。


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第十三話 VSニドキング 対極する者たち

「ロンド“ハイドロポンプ”!」

「ギャロップ“だいもんじ”!」

 

両者の大技が激突する。

双方に強烈な風が襲い掛かり、視界を奪ってしまう。

それは大きな隙を生む。

 

「“つのドリル”」

「っ、“ひかりのかべ”!」

 

ロンドの急所であるコアを的確に狙い打った攻撃は薄く輝く障壁に阻まれた。

しかしトレーナーはそれを何とも思わず、恍惚な笑みを浮かべたままだった。

 

その姿はまるで、

 

「あ、悪魔…」

 

物陰から見ているエリカは知らずうちに呟いた。

 

そう、まるで悪魔のような奴だと。

こんな人間が存在していようとは、いくらエリカとて思わない。

そしてそれは、ヒカルだって。

 

「どうして…お前はそんなに変わったんだ」

 

敵―――アギトを睨みながら唇をかむ。

その顔はアギトとは反対に苦痛に耐えるように歪んでいた。

 

「どうしてだァ…? テメェが俺をコケにしやがったからに決まってんじゃねぇか! テメェが!! トキワの森でェ!!」

「あれはお前がアートを狙ったからじゃないか! あの森で、あの場所でアートを狙わなかったら、こうして争うこともなかった!!」

「黙れェ!! テメェの存在全てを否定する! この世から、消してやるゥウッ!!」

 

アギトの叫び声がビルの町に木霊する。

そこには言い表せぬほどの狂気を纏わせていて、戦っているヒカルですら足がすくんでしまうほどだった。

 

だが、ヒカルにだって引くことは出来ない。

自分の後ろにはエリカがいるから。

ロケット団を倒すと決めたから。

何より―――共に戦う仲間を守るため、ルドラたちの想いを守るため。

 

 

「お前を、倒す!!」

 

 

激闘は始まったばかり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あんな戦い、見たことない。

戦う者の、心も。

 

エリカの胸に巡るのは恐怖。

ヒカルが戦う相手の狂気は、これから戦う相手よりも遥かに強大で脅威だと感じた。

そんな相手とヒカルは戦っている。

 

(わたくしに出来ることは、ないのでしょうか…)

 

しかしすぐに頭を横に振る。

 

(いいえ、ここで出て行けば返ってヒカルの動きを制限してしまいかねません。わたくしの意地であの戦いをうやむやにしてしまってはいけない)

 

だがエリカはまだ煮え切らなかった。

ただ見ていることしか出来ないのがとても悔しいと思った。

隣に立って励まし、一緒に戦いたいと強く思った。

しかしそれをすれば、二人きりだからこそ成り立っている戦いを崩してしまいかねない。ヒカルの足を引っ張ってしまう。

それだけは嫌だった。

 

不意に、エリカの耳に細々と声が聞こえた。

 

「……つら、こんなとこで暴れ……」

「逃げ……それとも、不意打ちを……」

 

途切れ途切れに聞こえてきた声を頭の中で整理して、ふうっと息を吐いた。

 

 

やれることは、まだある。

 

 

ジムリーダーの本気を持ってヒカルの道を切り開く。

それが今のエリカに出来ることだった。

 

 

 

 

 

 

 

「つぅ、ロンド!」

 

ヒカルの声に意図を汲み取り、ロンドが即座に“ひかりのかべ”を展開した。

トレーナーまで巻き込んできた“ほのおのうず”をギリギリで遮り、ダメージを限りなく減らす。

 

(反撃のチャンスが…ない)

 

焦りから守りに入ってしまっていることもヒカルは自覚していた。

それほどまでにこの男の気迫が凄まじいということだ。

いつまでもこうしていられる訳はないが、まだ動くことが出来ない。

一方のアギトは攻撃の手を緩めることはなく次々と技を繰り出してきた。

 

「オラオラァ! “だいもんじ”だ!!」

「くっ!」

 

攻撃が遮られていることも気にせずひたすらヒカルを‘潰そうと’してくる。

それが何より恐怖を感じさせた。

燃え盛る炎がヒカルの横を掠めていった。

 

ピコーンピコーン! とロンドのコアが点滅しだした。ロンドのHPが減ってきているのだ。

いくら防御に秀でているとしてもロンドにだって限界はある。

むしろここまでよく耐えてくれたと褒めるべきだ。

 

「もう守りはきっついか…! なら一発決めてから!」

 

辺りの炎が収まる一瞬を狙って、叫ぶ。

 

「“サイコキネシス”!」

 

強力な念波が放たれ、真正面からギャロップを捉えた。

ギャロップは足や首を動かそうともがくが、ロンドの“サイコキネシス”はそれを拒んだ。勢いをつけてビルの壁に叩き付ける。打ち付けられた壁にはひびが生まれ、ギャロップの動きを更に止めた。

 

「“ハイドロポンプ”!!」

 

その一瞬を逃さず追撃を出す。

効果抜群の技を食らわせギャロップを戦闘不能にまで持ち込んだ。

そこまでで精一杯だったのだろう、ロンドがその場に崩れた。

 

よくやってくれた、とボディを撫でて労ってやりたいところだが今はその隙すらも許されない。

ボールに戻し手元に帰って来た時に小さく声をかけるだけに留め、アギトの次の出方を窺った。

 

「エスパー技に掴まるとは使えないな。突進してくしか脳のないやつめ」

 

アギトが吐き捨てた言葉にヒカルは一瞬怒りで我を忘れ突っ込みそうになった。

ギリギリのところで冷静を保ち、しかしあからさまな怒りの視線をアギトに送った。

 

「――へへっ、その目だ。もっと俺が満足するほど怒れ、ヒカルゥ!!」

 

ギャロップをボールに戻すことすらせず次のボールを手に取る。

繰り出されたポケモンは、その後行う攻撃の音をビルに突入したグリーンにまで届かせるほど暴れることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(右に二人)、モンちゃん“つるのムチ”!」

 

逃げ惑う団員二人をモンジャラのツルが締め上げ、動きと戦意を喪失させた。

 

(数はだいぶ減りましたが、いささか厄介ですね)

 

本拠地ビルの襲撃、その周囲での乱闘。それだけでも気弱な団員たちにとっては脅威だろう。

そこに正義のジムリーダーまで現れ団員たちを次々狩り出した。

図鑑所有者やジムリーダーほどの実力を持ち合わせていない一般団員たちは、その一方的な排除に恐怖を感じていた。

 

「くそっ、やられっぱなしってのは」

「“はっぱカッター”!」

「うぎゃああああ!」

 

歯向かってくる者もいたが喋り終わる前に倒されていた。

 

「くそっ、ビルではガキが暴れまわってやがるし、あっちじゃなんか変な奴らが変な戦いしてやがるし、こっちじゃジムリーダーが無双してやがる!」

「どうなってんだこの町は!」

 

そもそも町を変えてしまった連中が叫びながら逃げ惑う。

そんな奴らも速攻で叩きのめす。

 

「ここから先へは行かせません。そして、この町から逃がしもしませんわ!!」

 

群がる団員を前にエリカは宣言した。

 

(そして、ヒカルの助けになります!)

 

一人の女性が熱い闘志を燃やした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ、あああああっ!?」

 

ヒカルから思わず悲鳴が漏れた。

対抗するララも回避しきれず共に吹き飛ばされる。

 

「ぐうっ…!」

 

起き上がりながら、攻撃の主を睨む。

 

「俺のニドキングには勝てっこねぇよ。テメェにはな」

 

ニドキングの“あばれる”が再開される。

 

 

 

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

 

 

 

強い、強すぎる。

 

ヒカルの中でそんな感情が沸き立ってきた。

勝てないのではないか、そう思いかけることが何より怖いと感じた。

 

「へへっ……!」

 

両目が怪しく光る。不気味に口から笑いが零れる。

 

恐らく、このアギトはトキワの森で遭遇してから強くなろうとしたのだ。

どんな方法を使っても、どんな風になってしまったとしても。

―――俺を倒すために。

 

(変な形だけど、答えないわけにはいかない。勝ってアギトの正気を取り戻せないか考えるくらいは出来る)

 

救う、なんてことは一切考えていない。

ただこんな形で人が壊れてしまうのが嫌だった。

 

だから全力で戦う。

シルフカンパニー突入に備えて温存しておきたかった戦力を使ってでも、勝ってみせる。

 

「俺たちは絶対に勝つ。そこまでの道を俺が‘示して’やる!!」

 

恐らく、‘こいつ’もそれを望んでいるから。

 

「出てこい、ルドラ!!」

 

本当の戦いが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりじゃねぇの、《ヒトカゲ》。随分とでかくなりやがって」

 

アギトが皮肉たっぷりに言葉を吐く。

正面からそれをしっかり受け止め、それでなお闘志の叫びを上げた。

周囲の熱気が跳ね上がる。

 

「生意気叩くようになったじゃねぇか」

「生意気じゃない。俺たちの意志だ」

 

ヒカルはアギトの言葉を否定する。

 

「意志だァ? そんなもんで、俺を倒せると思うなよなァ!!」

「“だいもんじ”!」

 

灼熱の炎がニドキング目掛けて放たれた。

対してニドキングは“きあいパンチ”でそれを相殺した。

 

「あばれろォ!」

「かわせ!」

 

再び辺り構わず暴れ出したニドキングを紙一重でかわす。そのまま上空へと飛んだ。

重量のある体からは想像も出来ないほどのジャンプ力を見せつけながら、ニドキングは空中に逃げようとしたルドラを追随してくる。

これほどの執念はもう筆舌出来ない。

一瞬でも隙を作れば負ける。

 

「反撃だ!」

 

ジャンプしたニドキングが両の手を大きく振りかぶった。

そのときがら空きになった体に尻尾を叩き付けた。

上昇力と反発し合い、盛大な土煙を上げながら地面へと落とすことに成功した。

 

だがまだ終わりではない。

 

「“かえんほうしゃ”!」

「“はかいこうせん”!」

 

両者の攻撃がぶつかり合った。

足を取られるほどの衝撃が生まれ、耐え切れず空中に投げ出されそうになるが何とか堪える。

 

「もう一度!」

 

煙で互いの姿は見えないがそれでも指示を出した。

遮るものを貫くように“かえんほうしゃ”が放たれ、ポケモンの悲鳴が聞こえた。

 

「舐めるなァ!」

 

アギトの叫びが届くと同時に下から“はかいこうせん”が放たれた。

それをかわし切ることが出来ずルドラの右翼に命中した。

 

「ルドラっ!!」

 

翼を撃たれ落下しかけていたルドラはその声に反応した。

何とか落下は免れたが上空からという優勢が使えなくなってしまった。

それでもルドラは戦意を喪失しているようには見えなかった。ヒカルはそれを信じて戦うしかない。

隣に降り立ったルドラの肩を軽く叩き鼓舞する。

 

「ヒカルゥ……ヒカルゥ…!」

 

煙の晴れた中からアギトが姿を見せる。

もうどうしようもなく狂ってしまった男。

 

ヒカルはどうしても知りたかった。

 

「お前、何で俺をそんなに倒そうとするんだ」

 

戦いの最中にそんなことを聞くなんて、この場においては自殺行為かも知れない。

でも知っておきたかったのだ。

 

「決まってんだろ。テメェをぶっ潰して俺の雪辱を晴らし、この地方を、この世界を俺が征服してやる!!」

 

しかし、返ってきた答えはそれだった。

 

「…そうか」

 

その答えを聞いてヒカルの中で意志が固まった。

 

「お前は、もうどうしようもなく《悪》なんだな」

 

悪は倒すべき存在。

ヒカルにとっての、明確な敵対する存在。

何より仲間を傷付けた《悪》という敵をヒカルは許すことは出来ない。

 

そういう性分なのだ。

 

「次で決めるぞ、ルドラ」

 

仲間からの声にルドラも小さく「クルゥ」と答えた。

出会った頃によく聞いた声。

いよいよ、決着の時が来たのだ。

 

「面白れぇ、テメェのその意志砕いてやるよ!!」

 

野生的な叫びが辺りに広がった。

 

「“だいもんじ”!!」

「“はかいこうせん”!!」

 

ぶつかり合った攻撃はまた余波を生んだ。

だが煽られるようなことにはならず、互いの技を削り合っていた。

全力と全力。

気を抜けば競り負ける勝負の中で、ヒカルは叫ぶ。

 

「お前のしてきたことは、この世界に生きる者全てに対しての《悪》でしかない。俺は――――俺たちは、お前を許しはしない!!」

 

ルドラの炎が勢いを増した。

激しくぶつかり合う技に劣勢が生まれていく。

 

 

負けられない。

負けたくない。

 

 

 

 

――――――みんなのために!!

 

 

 

「ヒカルウウウゥゥゥゥウウ!!」

「うおおおおおぉぉぉぉおお!!」

 

均衡が崩れ、ルドラの炎がニドキングもろともアギトに襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ……はぁっ!」

 

ヒカルは激しく息を切らしながら、戦いの爪痕を見た。

きれいに整備されていたであろうビル前の一帯は大きくひび割れ、崩れていた。

瓦礫が辺りに散乱し最早見る影もない。

そんなことを自分がやってしまったと思うと罪悪感が遅れてやってきた。

 

(でもこうするしかなかったんだ。ヤマブキの人、ごめんなさい!)

 

内心で全力で謝る。

許されるかは五分五分だろうが。

 

そこで、ようやく男が体を起こした。

 

「動くなよ」

 

アギトの動きが止まる。

その視界には、ヒカルが出したララが“れいとうビーム”の構えを取っているのが映った。

威嚇などではなく、本当に何かすれば撃つ、と言っていることは誰が見ても判断できた。

アギトはようやく悟る。

 

「俺が………負けただと?」

 

愕然とした表情を浮かべる。

肩を震わせ怒りを露わにしながらアギトがヒカルを睨む。

遠くで逃げ出したロケット団員の悲鳴が聞こえてきた。それほど静寂だった空間で。

アギトはお構いなしに叫び出した。

 

「テメェらのせいで狂っちまったってのに、まだ俺を貶めんのか!? テメェらなんかのせいで、俺は一生負け続けるってのか!?」

「…負け続けるってことはよく分からないけど、でも、それは俺たちのせいじゃない」

「うるせぇ!! テメェらのせいだ!!」

 

何を言っても無駄だ。

そう思い、ともかくアギトの身動きを封じるためにララに指示を出そうとした。

 

その時。

 

 

 

 

「―――――――テメェが消えればいいんだ」

 

 

 

 

一瞬の出来事だった。

 

辺りにあった瓦礫を無造作に掴み取り、そのままヒカル目掛けて突っ込んできた。

全身から滲む殺気に気付いた時はもう遅く。

鋭く尖った瓦礫がヒカルに突き刺さろうと服に触れた。

そして、

 

「―――“ソーラービーム”!!」

 

アギト目掛けて放たれた極太の光線が、スローモーションのようだったヒカルの思考を加速させた。

 

「“れいとうビーム”!!」

 

今度こそ指示を出し吹き飛ばされたアギトの身体を見事に凍らせた。

生身の人間にそれがどうこう出来るわけもなく、動きを完全に封じた。

 

「はぁ…はぁ…、危なかったですわね」

「え、いや、そうなんだけど…エリカ、どうして」

 

突然のことにヒカルは頭がついていけていない。

激しい戦いの後ということもあって空回りしているような感じである。

対するエリカは完全ではないにせよすまし顔で、

 

「言いましたでしょ? 怪我でもされたら堪らないって」

 

見事に言ってのけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一つの戦いが終わった。

 

しかしまだ戦いは始まったばかり。

 

そして決戦の地で始まろうとしている新たな戦い。

 

 

 

 

「じゃあ、アギトのこと頼んだよ。エリカ」

「…本当に大丈夫ですの? あなた一人では」

「一人じゃないよ、ルドラもライも、みんないる。さすがに傷ついたみんなに無理はさせられないけど」

 

戦いの跡地で二人は言葉を交わしていた。アギトは氷漬けのまま口を封じられ、傷ついた彼のポケモンたちはエリカに預けた。

 

自らの役割を果たすため、ヒカルは別行動を選んだ。

本拠地への突入と退路の断絶。

ヒカルにはヒカルの、エリカにはエリカのやるべきことがあるのだ。

そしてそれはエリカも理解している。むしろこれはエリカたちから頼んだことなのだ。

なのにそれがどうしてもいけないことのように感じてしまう。

 

 

しかしヒカルはにっこり笑って返した。

 

 

「大丈夫だよ、きっと戻るから」

 

 

その笑顔にエリカは何も言えなくなった。

だから精一杯の気持ちを込めて、

 

「………お待ちしてます」

 

戦いが始まってから、ようやくヒカルに心からの笑顔が生まれた。

 

 

最大級の信頼を胸に、ヒカルはシルフカンパニーへと向かっていった。

 

 





頑張ればバトルも凝れるもんですね。てか凝りたい。

もうちょい長くなるかと思ってたんですが、6000字ちょいか…。
欲を言えば1万字超えるぐらい書きたいなって思ってます。

これからそういうのが出てくるかもしれません。
…お楽しみに。

P.S. 活動報告を更新しますorしました。


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第十四話 VSサンダー 再び出会う者

トレーナー自身も動くのがポケスペのバトルです。

……難しいです。



「はあ・・・はあ・・・」

 

息を切らしながら階段を上る。

先の戦いの余波で中にいた団員たちは減っているものの、気は抜けない。

息を潜めながら足を運ぶが、まだ体が万全ではないため、どうしてもこうなってしまう。

 

(でも、早くレッドたちに追いつかないと・・・!)

 

足を速めると、ようやく二階が見えてきた。

そのまま飛び出すようなことはせず、慎重に中を窺う。

すると、

 

「っ!」

 

荒かった呼吸が一気に鋭くなった。

理由は一つ。

 

(あれは・・・グリーン!? 捕まってるのか!?)

 

忍者風の出で立ちの男と、側でグリーンを締め上げているベトベトンが視線の先に止まった。

男はグリーンに対して何か話をしているようだがこの距離では聞こえない。

 

(どうやってフォローしたらいいんだ…)

 

グリーンの側でベトベトンに捕まっているストライクがちらりとトレーナーを見上げている。恐らく何らかの意図があるのだろう。

バリアーの内部を念力で探るという考えが浮かぶようなやつだ。少なくともヒカルよりグリーンの方が頭の回転が速いだろう。下手に手を出して作戦を失敗させるわけにいかない。

かと言って何もしないというのはヒカルの意志に反するものだ。

 

(……ん? あの腕についてるのって、アーボか?)

 

不意に気付き目を凝らす。

よく見てみると男の両腕にポケモンが張り付いていた。

右腕にはゴルバット。左手にはアーボ。

更には頭から肩にかけてベトベターが乗っかているようだ。

 

「まるで鎧だな…」

 

自分にしか聞こえない声で呟いた。これでは余計に手出しできない。

だが、武装ポケモンたちも皆グリーンに視線を取られているようだ。これなら、ほんの僅かな隙を作ることが出来るかもしれない。

短く深呼吸し、気持ちを整えて。

 

「いち、にの……さんっ!!」

 

一気に飛び出した。

ボールに手を掛けつつ生身で敵に突っ込んでいく。

相手が忍びだと言うこともありなるべく足音を立てないようにしたが、完全に殺すことは出来ず僅か数メートルで気付かれてしまった。

 

「何者っ」

「ッ!!」

 

敵が振り向き攻撃を仕掛けてくる。

右腕に張り付くゴルバットが翼を尖らせこちらに向かってくる、それがスローモーションに見えていた。

しかし攻撃は空を切る。

 

「うわっ!?」

 

ヒカルが落とし穴によって姿を消したからだ。

 

「ばっ、てめぇ! 何しにきやがったんだぁー・・・・・・!」

 

落ちながらそんな罵声が降ってきたが、どうすることもできず。

 

「いて、って痺れる!?」

 

よく分からない悲鳴を上げることとなった。

 

「っ、ヒカル!?」

 

その耳に叫ぶ声が聞こえてきた。

それに反応向き直る。

 

「what・・・こんなとこまでくるとはな」

 

コイルに両手を塞がれたレッドと、

 

 

「―――――マチス」

 

新たな過去がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ、てめえとまた会うことになるとはな。運命ってのは本当に気まぐれだぜ!」

「そんな運命いらないんだけどな」

 

ヒカルは実に嫌そうな顔をする。

まさかこのタイミングで遭遇してしまうなんて思ってもみなかった。

だが、出会ってしまったからにはやるしかない。

 

「アート“でんこうせっか”!」

 

すぐさまボールに手をかけ、飛び出したアートがレッドを拘束するコイルを攻撃した。

見事にクリーンヒットし、拘束を解くことに成功する。

 

「レッド! 早く上に戻れ!」

「な、助けてもらっておいてそんなこと出来るかよ!?」

「グリーンが劣勢だって言っても?」

「何ぃ!? そういうことは早く言えよヒカル!」

 

名残惜しそうなんてことは全然なく、傷ついたポケモンたちを素早く戻し風のように去っていった。

 

「ちっ、オレ様にとってレッドとも因縁はかなーりあるはずなんだがなあ・・・But、おまえとも因縁ってのはあるからな!」

 

マチスがパチンと指を鳴らす。側に控えていたエレブーがそれだけで反応し、拳に電気を集中させ始めた。

ヒカルもすぐさま応対する。

 

「アート、“でんこうせっか”!」

 

助走なしでマックススピードに達したアートは、部屋全体を駆け回る。

ヒカルの指示は攻撃ではなく‘攪乱’である。アートもそれを理解している。

しかしただの攪乱なのに辛そうな顔をしていることに気付いた。

そして思い出す。

 

(そういえば、落ちてきたときビリビリした。あれってまさか・・・!)

 

必要以上の電気が流れているこの部屋で、目の前のエレブー以外の強力な電気ポケモンがいる。

その事実に気付いたときには、もう遅かった。

 

「エレブーに電気をもっと送ってやれ! 《サンダー》!!」

 

部屋の陰から現れた伝説、でんげきポケモンのサンダーがマチスのポケモンの力を底上げした。

 

「まずい、逃げろ!!」

「無駄だ、やれ、エレブー!!」

 

“でんこうせっか”で加速していたアートに、数十倍の“かみなりパンチ”が襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「みなさん、お待たせ致しました!」

「おおエリカ様!」

「ご無事でしたか!」

 

ロケット団で溢れかえった町からようやく抜け出し、エリカは自分の持ち場に戻ってきた。

早速目の前に一般団員が現れたので締め上げる。

 

「中ではすでに激戦地と化しています。ここで残党を一人残らず押さえてください!」

『とか言っておきながら遅れてくるってどういうことよ! エリカ!!』

 

ポケットに入っていた通信機から突っ込みと怒声が入り交じったような声が飛んできた。

 

「カスミ! そちらの状況は」

『問題なしよ、当たり前でしょ。タケシの方も大丈夫らしいわ』

『あー、一応オレもいるんだがな』

「そうですか。では順調なんですね」

『エリカー!』

 

どこかの黄色スカーフさんを連想させるようなスルー会話に思わずタケシがツッコんだ。

 

「持ち場を離れてしまっていてすみません、ヒカルと共に中にいましたので」

『な、中って!? てかヒカルと!? ヒカルってばあん中に突っ込んじゃったの!? どうして止めなかったのよ! エリカいたんでしょ!?』

「止めても聞いてくださいませんわ。それよりもレッドたちの助けになるのならいいと思ったのです」

 

それに、あんなヒカルを見てしまっては。

エリカには止めろと言えるはずもなかった。

そんな心中を僅かにでも察したのか、

 

『……分かったわ。せめて相談くらいしてほしかったけどね』

「そうですわね、申し訳ありませんカスミ」

『いいわよ、もう』

『おーい、二人共ぉ……』

 

二人が敵と戦う黄色いスカーフの持ち主を連想する中、タケシが弱々しい声を上げた。

タケシと違い全力で彼と戦っているカスミとエリカは、その性格の影響をしっかりと受けていたのだが気付くはずもなく。

珍しくツッコみキャラとなったタケシもその影響をちゃっかり受けていたりする。

 

激しい戦いが起きている中、そんな場違いなズレ具合が三人の間に生まれていた。

 

 

(ですが、戦いはもうすぐ終わるはず――――ヒカル、どうか無事に…)

 

残党たちは確実に捕縛しつつある。

未だ戦地で戦うトレーナーを想い、エリカは一人空を見上げた。

薄闇に浮かぶ小さな星が一つ、黄色く瞬いた。

 

 

 

 

 

 

 

シルフカンパニー一階。

再びまみえた二人は、戦いをさらに激化させていた。

 

「“10まんボルト”と“こうそくいどう”!」

 

アートの素早い動きで動きを封じつつ、新たに出したライが攻撃を命中させる。

しかし相手も電気タイプ、効果はいまひとつでありむしろエネルギーを与えてしまう。

 

「ハハハ! “かみなり”!」

 

エレブーが大量の雷を振り落とす。

サンダーによって生み出された雷雲が天井を所狭しと埋め尽くし、逆にヒカルたちの逃げ場をなくしていた。

視線で追える限りのものや、はたまたカンだけで雷をかわし続ける。雷は容赦なくヒカル自身も襲ってくるため常に移動していなければならなかった。

 

「アート、スピー…ッ!?」

 

雷がヒカルの脇腹を掠める。

通常の数十倍の威力を秘めたそれから電気が容赦なく迫り、動きを拘束する。

奥歯を強く噛みしめそれに何とか抗いながら指示を続ける。

 

「“スピードスター”!!」

 

ヒカルの声を聞きアートが幾つもの星を放つ。帯電しているせいでその星にも電気が纏わりつき、火花を散らしていく。

 

「んなもん効くかよォ!!」

 

だが必中の攻撃もこの場においては効果がない。

電気を含むものはすべて奴らの力となってしまうのだ。

 

「くそっ!」

 

大きく悪態をつく。

互いに電気タイプを出しての攻防だが分が悪すぎる。

ライにとっても内容量以上の電気が漂うこの空間で戦うのは辛いだろう。そしてアートも。

 

(何とか打開策を練らないと…。ロンドは戦闘不能だし、ルドラやララだと相性が悪すぎる!)

 

おまけにヒカル自身も危険な状態にある。

数ボルトの電気が常に体を這い回っているのだ。

そこでようやく気が付く。

 

「…じゃあ何でマチスは、痺れてないんだ…!?」

 

それを聞いてハハハ! と大声で笑った。

 

「ロケット団特製のアンダースーツ! 電気なんかオレ様にゃあ効かねぇよ」

 

電気で対抗することは出来ない。

マチスの宣言が頭の中で木霊する。

 

(でも、それじゃあ…!)

 

あのとき誓ったことを果たせない。

 

 

 

 

 

「――――倒してみせる」

 

笑うマチスの耳に言葉が届く。

 

 

「俺が電気タイプでお前に勝ってやる! それが俺の答えだ! ほかのどのタイプでもなく、お前のエキスパートで、お前を超えてみせる!!」

 

 

初めてマチスと戦ったとき。

あのときも最後はライとアートで決着をつけた。

 

あのときの気持ちを二人もきっと分かっている。持っている。

強くなりたい。

強く。

もっと、守れる力を―――!!

 

 

 

ヒカルの意志は道を示す。

己自身にも、ポケモンたちにも。

 

今一つの意志が示された。

 

ずっと一緒に過ごしてきた相棒(パートナー)たちは、大きく光を纏い、やがて収束させ――――

 

 

 

「行くぞ、ライ、アート!!」

「グルゥ!!」

「サンッ!!」

 

 

 

 

 

新たな姿―――――《ルクシオ》と《サンダース》へと進化した。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

「イーブイが石も使わずに進化だと!?」

 

マチスに初めて驚愕が浮かぶ。

 

「別に不思議じゃないさ。進化させるための‘かみなりのいし’ってのはそもそも‘大量の電気を閉じ込めた石’なんだから」

 

進化できるほどの膨大な電気、サンダーによってその条件が整ったのだ。

 

「それに何だ、そのポケモンは!?」

 

ヒカルは図鑑を開く。

 

「こいつは‘ルクシオ’。新しいライだ!」

 

この時のマチスには知る由もない、シンオウのポケモン。

コリンクのときは気にも留めなかったのかもしれないが、進化を果たし体が二回りも大きくなった。

その姿からは燃え盛るような闘志を感じさせた。

 

(新しい技も覚えてる。俺の気持ちに答えてくれた二人とで、勝って見せる!)

 

 

 

「クソがあああああっ!!」

 

マチスが叫んだ。

エレブーの“かみなりパンチ”がヒカルたちに飛んでくる。

それに対抗するは、

 

「アート、“ミサイルばり”だ!」

 

アートは首元の毛を鋭く尖らせると勢いよく飛ばしまくった。

弾幕のようにミサイルばりが押し寄せ、エレブーの動きを鈍くしてしまう。

その隙を逃さず指示を飛ばす。

 

「ライ“とっしん”!」

 

ミサイルの弾幕の僅か逸れたところから姿を見せ、助走なしで懐に潜り込み吹き飛ばした。

 

「chi! レアコイル“トライアタック”!」

 

今まで指示を出されていなかったレアコイルが動き、死角からライに攻撃を命中させた。

 

「方向を見失うな! アート“にどげり”!」

 

すかさず反撃の指示を出す。素早さで優るアートがに連撃を見事にヒットさせる。それだけでレアコイルの体力をほとんど削った。

 

「急所に当たった! いいぞアート!」

 

褒められたアートは嬉しそうに鳴きこちらをちらっと見る。

ライに視線を変えると、次は決めてやるという意志をひしひしと感じた。

 

二人ともやる気に満ちており、ヒカル自身も言い表せぬ高揚感を感じていた。

因縁の相手と戦っているというのに、何だかとても楽しいのだ。

まるで、エリカと戦っている時のような。

 

 

 

「舐めんじゃねぇッ!!」

 

しかし、事はそう上手く運ばない。

部屋の脇に置いていたランチャーを無造作に掴み取り、ヒカル目掛けて撃ち出した。

ものすごいスピードで飛び出したのはビリリダマ。

突然のことに反応出来ず、その攻撃をモロに食らってしまった。

 

「があああぁぁッ!!?」

 

勢いのまま壁まで吹き飛ばされ、同時に背中に衝撃が走る。

途端に息が詰まり、一瞬目の前が真っ白になった。そのまま床に崩れ落ちる。

 

「っツ…ぐうッ…!」

 

ライとアートが同時にヒカルに駆け寄ろうとする。が、無慈悲にもエレブーたちがそれを遮って来る。

結果攻撃の的となってしまったヒカルに容赦なくビリリダマやマルマインの砲撃を浴びせてくる。

 

「ぐうぁ…ッ、ああッ!」

 

ビリリダマがぶつかる度に数十倍の電気が体中を駆け巡る。それは電気に耐性を持たないヒカルにかなりのダメージを与えていた。

 

「オレが、テメェなんかに負けるわけねえだろうが!!」

 

薄れる視線の先で、マチスが叫んでいる。

狂気が入り混じったその目が、さっき戦ったあいつを連想させて。

 

(俺は…何も出来ないのか…また…何も―――)

 

諦めという感情が渦巻き、その瞼を閉じてしまおうとしたとき。

 

 

 

『――――お待ちしています』

 

 

 

一人の女性の言葉が反復した。

 

 

 

 

同時に。

 

「グルゥウ!」

 

マチスの放ったマルマインをライの‘みがわり’が受け止めた。

 

「何っ」

 

マチスに隙が生まれる。

 

ヒカルの中にさっきまであった感情は消えていた。

 

「まだ、負けないんだああああッ!!!」

 

 

ヒカルの絶叫と共にライがマチスに向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「つあッ!?」

 

幾度目かの電撃がヒカルを襲う。

意識をその度に失いそうになるが堪え、もはや意地だけで保っている状態だった。

ただ決して諦めることなく立ち上がる。

それが今、ヒカルをこの場所に奮い立たせている理由だった。

 

だがマチスにとっては神経を逆撫でするものでしかない。

 

「かみつけぇっ!!」

「蹴散らせェ!!」

 

エレブーが腕を振るい、ライがその腕に噛みつき、逆に攻撃の起点とする。

そのまま全身を使ってエレブーを投げ飛ばした。

すかさずアートが“でんこうせっか”を決め、体力を確実に削る。

 

「サンダーァ!!」

 

マチスの声にサンダーが反応し幾つもの雷を落とす。

ヒカルは素早く指示を出し思いついたままの対抗策を実行する。

 

「“みがわり”!」

 

ライの体力を削って生み出された身代わりは、ヒカルたちに直撃せんとしていた雷撃を見事に防ぎ切った。身代わりはまだ消えていない。

 

「“10まんボルト”!!」

 

二体のライが繰り出す電撃が竜のように唸りマチスを襲う。

しかしそれでもまだ効かない。

電撃を全て遮ってしまうロケット団の技術によって、ヒカルの攻撃は全く効いていなかった。

だが、ヒカルはさっきから隙あらば同じ攻撃を繰り返している。

きっと勝機があると信じ、またトレーナーを信じるポケモンたちもそれを信じていた。

 

「効かねぇって言ってんのが分かんねぇのか!?」

「そんなことない! お前に絶対勝つ!」

 

ライを前線から少し下げアートで対抗する。“みがわり”の使用で減ってしまった体力を回復させるための時間を少しでも稼ぐのだ。

 

「“ミサイルばり”を拡散させるんだ!」

 

初めて出した指示にアートは惑うことなく挑戦する。

ヒカルの考えた通り、ミサイルが‘壁のように’撃ち出された。

今のアートにそこまでの技術はないが、極限の状態における火事場の馬鹿力というべきものでそれをこなしていた。ヒカルの思考も同様で、普段より遥かに頭を回転させその場を乗り切り反撃する術を探し出す。

奇跡が重なった攻撃によって僅かな隙が生まれ、ライが回復する時間を得る。

 

「おおおおおああっ!!」

 

しかし長くは持たない。

サンダーの咆哮でミサイルの壁はあっという間に崩されてしまった。

 

「“でんきショック”!!」

 

崩れた壁の隙間から細い電撃がアートを襲う。たとえ“でんきショック”と言えど、伝説のポケモンが放つ技だ、威力は桁違いである。

 

「アート、大丈夫か!?」

 

ヒカルの声に遅れながらも返事をし、まだ戦えるとアピールしてきた。

ライも数瞬の回復を完了させ前線に戻る。

 

二人ともまだまだ戦える、闘志の火は消えていない。

ヒカルも気持ちを切り替え再び対峙する。

 

 

 

そんな光景を目の前で見せられて。

 

マチスはギリっと歯を軋ませた。

 

 

「……気に食わねぇ」

 

何度も挫こうとしているのに。

 

力で優っているのに。

 

「どうしてテメェは折れない!?」

 

力を前にしてなお、正義(ヒカル)は消えなかった。

 

 

 

 

「――――消えないよ。俺は戦うって決めたから、仲間たちの声に応えるって決めたから!」

 

何より、自分を信じてくれる友達がいるから。

 

輝きは一層強くなり、《悪》との激闘は続いていく。

 

 

 

 

 

 

 

バリバリバリッ! と電撃が床を這う。

下で行われている戦いがそれほど激しいものなのだろう。

だが助力に行くことは最早できない。

 

「ぐ、ううう…!」

「ハ、苦しいだろう?」

「くっ…そぉ!!」

 

レッドは下での戦いをヒカルに任せ苦戦しているというグリーンの手助けに向かった。

辿り着くとグリーンは床に倒れており、何とかしようと突撃した。しかし、マチスと同じ三幹部の一人キョウによって逆に拘束され身動きが取れなくなってしまった。

レッドを締め上げるベトベターの力が増す。

 

「ククク、マチスのやつがここまで熱くなってしまうとは、あの子供もなかなかにやるようだな」

 

だが、と突きつけられたゴルバットの刃がさらに鋭くなった。その様に思わず唾を飲み込む。

 

「私はそんな楽しみなど与えん。すぐに終わらせてやろう――――まずは、こいつからだ」

 

レッドの首からゴルバットを放し、ゆっくりとグリーンに向かっていく。

 

「ま、待て! くっそ、グリーン! 起きろ! 起きてくれ!」

「ムダだ,こいつはさっき “かまいたち”の一撃を食らったばかり。すでに動けぬ状況よ!」

 

キョウがグリーンの隣で歩みを止め、腕に張り付くゴルバットを構える。

レッドが叫ぶ間もなく、キョウが動いた。

 

「今度こそ、死ね―――ッ!!」

「ッ!!?」

 

ゴルバットがグリーンの首目掛けて振り下ろされる。

 

その瞬間、レッドの目には僅かに動くグリーンが見えた。

そして同時に、キョウに攻撃を決めるピジョットが映った。

 

 

 

 

 

 

 

「うふふ、ロケット団さんったら随分と儲かっちゃってるのね」

 

その頃。

ヒカルがアギトと戦っている隙に裏口へと回り込み進入を果たしたブルーは、三階へと足を踏み入れていた。

レッドやグリーンが派手に暴れているおかげで、ブルーは無傷でここまで来られていた。

 

「さて、早く例のモノを見つけないと・・・アラ?」

 

通りがかった部屋に何かが見えたような気がした。

ブルーは数瞬考え、誰もいないことを確認してからその部屋に侵入した。

 

部屋はモニタールームと言うべきか、大小様々な画面に色々な映像が映し出されていた。いくつかは戦いの影響で壊れているようで何も見えない。

ブルーは見えないものを無視し、いくつかの画面に目線を配った。

 

そして、

 

 

「あれは・・・!?」

 

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

 

「「オオオオオオオオオオッ!!」」

 

二人の咆哮が重なる。

激しい攻防は衰えることなく続いていた。

 

「マチス・・・お前は、ジムリーダーとしての誇りを、本当に捨てたのか!?」

「誇りだぁ? ンもん持ってるわけねぇだろうがッ!!」

「じゃあ何で、お前はトレーナーになったんだ!!」

 

ポケモンは道具じゃない。

最初はみんな、心に持っていることだ。

でもそれは、今のマチスにはない。

 

彼のポケモンは、彼を慕っているのに。

 

「ポケモンは戦う道具だ! どう使おうがオレの勝手だろうがッ!」

 

そしてついに、マチスが動いた。

 

「サンダー! 最大出力!!」

 

背負った装置のレバーを引き下げ、サンダーにかせられていたリミッターを解き放つ。

 

言葉通り、最大の攻撃。

 

 

それが最後のチャンス。

 

二人の仲間が構える中、ヒカルが一人飛び出した。

 

「フハハハ! 血迷ったか! なら終わらせてやるよ!!」

 

サンダーがエネルギーを溜め始める。それまでと比にならない感覚は全身で感じた。

なら。

 

「これで、決める!」

 

数メートルを駆け、一人マチスの前に躍り出て。

 

「ふっ!」

「何ィ!!」

 

そのままタックルした。さながら‘たいあたり’のように。

軍人であったマチスに子供の体当たりが効くはずもないが、大事なことはそこではない。

不意を突かれたマチスをそのまま全身で拘束した。

 

「エレブーに“でんこうせっか”! ライ、俺ごと“かみつく”!!」

 

聞くやいなや、アートがエレブーに足止めをかけ,フリーになったライがヒカルごとマチスの腕に噛みついた。

 

「チッ! テメェ、最初からこれを狙って・・・!」

「お前を倒すのに強い技がいるんじゃない、仲間を信じて、その力をちゃんと使えば勝れるんだ!」

 

ヒカルが示したのは、マチスに勝つための道筋。

そして絶対にそれを決めるためにヒカル自身がそこまで導いた。

 

それがヒカル自身も気付いていない、ヒカルだけの力。

目指すもののために自分の持てる全てで、そこまでの道を示したのだ。

ポケモンたちが信じてくれることを信じて。

 

ライが噛みついた部分を引きちぎる。

ヒカルの左手のリストバンド。そしてマチスのアンダースーツが破られた。

 

サンダーのエネルギー充填が完了し、撃ち出される。

迫り来る雷撃がヒカルとマチスを襲う瞬間。

 

「ラアアアァァァアィッ!!!」

 

ライの“みがわり”がヒカルを包み、電気を遮る盾となった。

 

 

光が爆発的に膨らみ、収束し―――――

 

 

 

 

「ガアアァァァッ!!?」

 

 

マチスの体を稲妻が走り、長き因縁の戦いが終結した。

 

 

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

 

「ハァ・・・ハア・・・・・・っ!」

 

激しく肩を上下させる。

蔓延っていた電気は消え去り、電気を放っていたサンダーもトレーナーが倒れたことにより攻撃を止めている。

 

「ハァ・・・っ、・・・マチス・・・」

 

ヒカルは敗者を見つめる。

大の字に寝転がり、所々から煙が立っている。

 

「っ・・・た、かった・・・!!」

 

ヒカルの中にこみ上げる熱いものが一気に溢れるようだ。

まだそんなことをいえる状況ではないが、それでもこらえきれなかったのだ。

 

 

「・・・チ、負けたか・・・」

 

マチスが呟いた。

 

その声に、悔しさとは違う感情が込められているように感じて、ふと思考を巡らせた。

 

同じ《悪》であるマチスとアギト。

だが本質は違っているように見えた。

もしかしたら、マチスにはまだ‘あれ’が消えていないのかもしれない。

 

「こんなことしなくたって、もっとちゃんと真っ直ぐ向き合っていれば、俺たちはこうならなかったかもな」

 

ヒカルは気付けば言葉を発していた。

 

「…あァン?」

 

マチスが息を切らしながら聞き返す。

 

「戦って、人生を変えてしまったやつがいた」

 

ポケモンを巡る争いから、その心すらも歪めてしまった。

それに気付かず、ただの《悪》としか考えていなくて。

ただ、敵対する者としか見られなくて。

 

「戦ってるあいつらは、みんな悪者だって思ってた」

 

ポケモンに対する思いやりを持っていなくても、トレーナーとしての情熱を忘れていないのなら。

 

 

――――マチスと、最初からあのときの言葉のように接し、関わっていたなら。

あんな状態では難しかったかもしれないけど。

 

もう少し、違った未来になっていたかもしれない。

 

もっと違う関わりが生まれていたかもしれない。

 

もっと―――――。

 

 

 

「――――違いなんてねぇ」

 

マチスの声が思考を遮った。

 

「お前が《悪》を嫌ってんなら、オレたちは戦う運命だ。そんなの変わりゃしねぇ」

 

けどよ、と言葉を区切った。

 

「トレーナーとしてお前がオレを超えるってんなら、もっと強くなってみやがれ。そんときゃまたオレが相手してやるよ――――ジムリーダーとしてでも、な」

 

マチスがふっと笑った。

 

心を許した友に向けるような顔で。

 

「ほらよ、くれてやる」

 

そう言って二つのものを投げてきた。慌てて手を伸ばしキャッチする。

それは太陽の形を模したバッジとマチスが使っていたグローブ。

 

渡されたものの意味を汲み取った瞬間、ヒカルは顔を上げた。

マチスはそっぽを向いている。

もう興味がないと言いたげに。

 

 

 

『―――――ジムリーダーとしての誇りを―――――』

 

 

 

その時初めて、彼がジムリーダーに見えた。

 

 

ジムリーダーからたくさんのことを教わった。

ならば、ちゃんと返そう。

 

 

 

それまでは、また。

 

 

 

 

 

「ありがとうございました」

 

 




今回は短かったですね。
…毎度毎度あとがきとか書くと読みづらいでしょうか。
読みやすいってことはないんだろうけど…。


あのランチャーはマルマインだけを撃ってるんじゃないと自己解釈して書きました。
かみなりのいしについても同様です。

p.s. 十五話と合わせました。勝手ながら申し訳ありません。


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第十五話 VSサイドン 結末は突然に

 

「…やっぱり、このビルって大きいな…」

 

シルフカンパニーを上り続けて一時間ほど。

ヒカルは一人敵陣の中を進んでいた。

 

 

 

マチスとの戦いが終わった後、ヒカルは先行したレッドを追って二階へと戻った。そこで行われていた戦いも既に終わっていた。

忍―――三幹部、キョウは二人によって倒されていた。そこに伝説のフリーザーまでいたのだから、ヒカルは初めて見た瞬間驚きを隠せなかった。サンダー同様トレーナーが倒されフリーザーも攻撃しようとしてこなかったが。

二人の無事な姿を見て―――まあ黒焦げだったのが気になったが―――ほっとしたのも束の間、女性の悲鳴が聞こえてきた。

囚われていたというオーキド博士たちの居場所も突き止めてあるらしく、救助をグリーンに任せ、悲鳴の主を救出に向かうためにレッドとヒカルが上階へと向かった。

その前に、グリーンが一つのものをレッドに投げてよこした。

 

「それは、バッジ…?」

 

ハート形のバッジ、キョウがジムリーダーを務めていたセキチクシティのジムバッジだった。

 

「キョウが言ってたろ、そいつはポケモンの能力を高めるんだ。―――お前が持ってろ」

「…グリーン」

 

能力を高めるバッジ。それをレッドに渡したということは、グリーンがレッドに‘託した’ということなのだろうか。

レッドの足元にいるピカがトレーナーを見上げる。その姿に、さっきまでの自分たちの姿を重ねた。

 

「レッド」

 

レッドの名を呼んだ。

 

「ん?」

「俺も…お前に、これを」

 

ヒカルが差し出したのは、太陽の形のバッジ、オレンジバッジとグローブ。

マチスに勝ったその証をヒカルも託そうと思ったのだ。それに、きっとヒカルよりレッドの方がよく使ってくれる気がした。

 

「行こう」

 

ヒカルの言葉に頷き、二人で階段に向かって歩き出す。ヒカルが階段を登り始めたとき、不意に後ろで声がした。

 

「また後で…必ず会おう」

 

それがレッドに向けられているものだとすぐに分かった。レッドの方を一瞥すると、彼も真剣な眼差しをしていた。

先に見据えるものを見ているような、そんな気がしてヒカルの中にもやる気が沸いてきた。

今はやるべきことをやるのみ。

三階へと上がったヒカルたちは別々に行動することにし―――今に至る。

 

 

 

「さすがに迷いやすいな…。さっきの悲鳴もこんな上から聞こえてきたのじゃないはずだし」

 

久しぶりに道に迷いながら通路を進む。

レッドがいる階を既に通り越し、最上階付近まで登ってきていたヒカルは、違うと思いながらも声の主を探していた。

大手のビルなだけあって高さも内部の入り組みようも相当なものだ。敵の本陣とするにはいいのかもしれない。

だが今更そんなことに怖気ついてもいられない。

 

「誰もいないって言うのがなんか不安なんだけど…」

 

警備の者すらいないこのフロアに辿り着いてから数十分は経っている。

不吉な予感がひしひしと感じられ、それが余計にヒカルを駆り立てた。

 

ぺしぺしっ、と両手で頬を叩き気合を入れ直す。

急にそんなことをやり出したので、隣を歩いていたアートが怪訝な顔でこちらを見た。

 

「仕方ないだろ、気が緩んでてもまずいだろ」

 

アートに小さく言い返す。戦いの中の僅かな会話がヒカルの焦りを少し解きほぐしてくれた気がした。

 

 

だが、それは長くは続かない。

 

 

辿り着いた最奥の部屋の前で、ふと足を止めた。

どういう訳でもないが、この部屋がとても気になったのだ。

その部屋はひと際大きな扉で閉ざされ、‘社長室’と書かれたプレートが上に飾られていた。

 

「…アート、戦闘準備」

 

ヒカルが静かに告げる。

何も言わずアートもそれに従う。アート自身もこの先に何かあることを感づいているのだ。

 

口に溜まった唾を飲み込み、数瞬の間をあけて、ヒカルは勢いよく扉を開け放った。

 

 

そこには。

 

 

「ほう、ここまで来る者がいたか」

 

そこには奴がいた。

 

「――――お前は」

 

黒いジャケットに《R》のマークを入れた、短髪の男が振り返る。

 

「マチスから聞いていた‘もう一人’の小僧とはお前のことか」

 

ロケット団の首領(ボス)。

――――サカキが、そこにいた。

 

 

 

「さて、少し遊んでやろうか」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

その頃。

ヒカルとグリーンから貰ったバッジを見に付け、絶縁グローブをはめたレッドがビルの中を走り回っていた。

 

「くっそ、迷路かよこのビルは!」

 

探し人、ブルーを探しずっと走っているが、その影は全く見えない。それどころか広すぎるこのビルに迷子になりそうだ。

隣を走るピカもだいぶ疲れが溜まってきているようだ。いい加減に見つけなくては。

 

「っ、隠れろ!」

 

頭を振って切れかけていた集中を元に戻したとき、視界の端に人影を捉えた。素早くピカと共に物陰に逃げ込み、その様子を窺う。

それでも一瞬しか聞き取れず、姿を見ることは出来なかった。

だが、彼の耳にはしっかりと聞こえていた。

 

 

「ンフフフ…面白くなりそうだ」

 

 

不気味に笑う、一人の女性の声が。

 

 

 

 

 

 

 

「っ、お前は!」

 

シルフカンパニーの社長室。

そこでヒカルが対峙するのは、一人の男。

 

「名を聞いてはいなかったな…レッドほど興味が湧かなかったものでな。さて、名を教えてやろうか」

 

男はボールを片手に一歩前へ踏み出した。

 

「私の名はサカキ。このロケット団を束ねる者だ」

「ロケット団を束ねる…!」

 

ヒカルは驚愕した。まさかこんなタイミングでボスと出遭ってしまうなんて思ってもみなかった。

倒したいことは山々だが、今のヒカルの手持ちは殆どがダメージを抱えている。長期戦も、いや勝負を挑むことも避けるべきだとは理解している。

 

「ここまでレッドたちと共に歯向かってきたということは、私を倒しに来た、ということか」

 

でも、やっぱりそうは出来そうもなかった。

ヒカルの信念がそれを断固として許そうとはしない。

 

(みんな、俺の気持ちに応えてくれる。だから、引いたりしない!)

 

ヒカルはサカキを睨み返した。

 

「そうだ! 俺はヒカル。俺たちは今、ここでお前を倒す!」

 

アートが前へ躍り出て威嚇する。

だがそれに動じることもなく、一つのボールを放った。

 

「行け、サイドン」

 

現れたのはヒカルたちよりも遥かに大きいサイドン。その目は凶暴さに満ちており、まともな相手ではないと肌身で感じた。

相性では最悪、でも逃げる選択肢は選べない。

 

「“でんこうせっか”!」

 

助走なしのマックススピードがサイドンを襲う。

しかしそれをあざ笑うかのようにサイドンが笑みをこぼす。アートの攻撃は全く効いていないようだった。

 

「“メガトンパンチ”」

 

サカキの指示が飛ぶ。

瞬間、サイドンの姿が掻き消えた。

 

「なっ!?」

 

ヒカルが驚くのも束の間、サイドンの攻撃は既にアートにめり込んでおり、小柄なアートを反対側の壁まで吹き飛ばした。勢いのまま叩き付けられたアートはその場に崩れ落ちる。

 

「アート!?」

 

思考が追い付かないままアートに駆け寄る。ぐったりしたその様子にもう負担を掛けさせることは考えられずすぐさまボールに戻した。

アートがほんの一瞬でやられた。それでようやく気付いた。

自身が思っている以上に敵との力が違い過ぎるということに。

 

手が震え、足が竦む。

動けるような気がまるでしなかった。それどころか勝てるとも思えなかった。

どれだけ力の格差を見せつけられても決して折れなかった心が途端に挫かれた気分だった。

今まで抱いたことのない感情がヒカルの中を駆け巡っていく。

 

それを打ち破るかのように腰が一瞬震え、ボールが勝手に開いた。

 

「……ルドラ…」

 

自分を鼓舞するかのように目を見る。

小さな反逆の意志がその目に燃え盛っているように見えた。

 

(一体、俺は何回こいつに叱咤されたんだろう)

 

最初出会ったときは敵だった。

でも仲間になって、家族であるライやアートとも仲良くなっていって。

かけがえのない家族の一人になったと思ったとき、ルドラはヒカルの新たな相棒となった。

相棒がやる気を見せている。

ヒカルも負けてはいられない。

 

(そうだ、前だって言ったじゃないか)

 

勝つか負けるかじゃない。

そうマチスに宣言したあの時のこと。

ヒカルは覚えている。そしてあの気持ちを忘れていない。

 

「たとえ力の差が歴然でも、俺たちはお前に負けない。ポケモンたちの自由を守ってみせる!」

 

今日何度も焚き付けられた心の火が爆発した。

 

「行くぞ、ルドラ!!」

 

最高の相棒と共に、最終決戦へと向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

 

戦いは激化する。

 

シルフカンパニー中層で伝説の三体とマサラのトレーナーが対峙しているその時。

 

最上階で二人のトレーナーがぶつかり合っていた。

 

 

「っ!!」

 

ルドラと共に吹き飛ばされる。

相手の攻撃がはるかに強く、こちらの攻撃が殆ど効いていないのがよく分かった。

だがそこで諦めることはもうしない。

 

「“かえんほうしゃ”!」

 

体勢を崩しながらも蒼炎を放つルドラ。一直線にそれはサイドンへと向かっていく。

 

「メガトンパンチ」

 

サカキの短い指示で繰り出された技は、ルドラの炎をあっさりと打ち消した。

炎が途切れた隙間にさらに炎を打ち込む。

 

「もう一度“かえんほうしゃ”!!」

 

再びサイドンに炎が襲う。

サカキはそれを鼻で笑った。

 

「効かんと分からないのか―――“メガトンパンチ”」

 

拳を構えたサイドンは向かってくる蒼炎に再びその一撃を叩き込んだ。あっという間に炎は四散していき、サイドンには当たらない。

 

「効いてないなら、効くまで!」

 

だがそれだけではなかった。

炎が切れた隙間に今度はルドラの姿を近距離で捉えた。

 

「“きりさく”!」

 

ルドラの爪がサイドンの拳を捉えた。

激しくせめぎ合い、猛烈なエネルギーと火花が走る。

 

「ほう……」

 

先程までの余裕の表情から少し変化が現れた。

対して強くもない少年が、自分に抗うために食らいつこうとしている。たとえ力の差が歴然であっても。

それがサカキの中で何らかの変化をもたらした。

 

その変化が何なのかはサカキにも分からない。

戦っていけば、分かるだろう。

 

「もっと来い、私に抗ってみろ」

 

サカキの声が部屋に響く。

ルドラと、その奥で構えるヒカルに届いた。

 

「ったり前だ!!」

 

その目に灯る闘志を見て、トレーナーは次の手を打つ。

 

「“いわなだれ”」

 

途端に天井が崩れ、数々の‘岩’となって降り注いできた。

 

「っ、ルドラ!」

 

すかさずルドラの背に乗って崩れた天井から上空へと昇った。

天井はすっかり消え去り吹き抜けの部屋と化した。瓦礫が散乱した社長室からサカキがこちらを見上げている。

 

(攻撃を止めちゃだめだ!)

 

ヒカルは腰から新たなボールを握る。

 

「頼むぞ、ララ!」

 

放たれた光から大きな影が姿を現し、瓦礫の床へと着地した。

ラプラスのララ―――この戦いであまり出番が少ないヒカルの仲間。

 

そもそもララは戦いが好きではない。むしろ怖がっていた。

だが、ヒカルと出会って彼女も変わったのだ。

戦いから逃げるのではなく、仲間といるために戦う。

ララとの出会いを思い出しながら、ヒカルはララの気持ちを微かに感じ取った。

 

「ラプラス…確か殆どを我々が捕獲したはずだが」

「そうだ、こいつもお前らに追われてた。ロケット団って言う《悪》に」

 

ララにロケット団と戦わせるのは気乗りしなかったが、それでもいつかは乗り越えなくてはならない。

そして今は目の前にいる《悪》を倒すために。

 

「行くぞ! “なみのり”!」

 

ヒカルの声に鼓舞され、ララの目の色が変わった。

突如として巨大な波が全方位から現れ、部屋全体を襲う。

 

「フッ、効くか」

 

それでもサカキには届かない。

サイドンが尻尾の一振りで自分に襲い掛かる波を弾き飛ばした。

僅かに水を被ったが、たとえ弱点でも大した効果は得られなかった。

 

「“れいとうビーム”!」

 

体制を戻そうとしているサイドンに向かって水色の光線が放たれる。

回避をすることなくその攻撃が直撃し、微量でもダメージを蓄積させる。

 

「力の差をいい加減身に染みたろう?」

「それでも…っ!」

 

サカキの誘惑にもヒカルは惑わされない。

ただ目の前の戦いに集中し続ける。

 

「ならば、“つのドリル”」

 

ララの攻撃を受けながら、サイドンはララへと突進してきた。頭のドリルを回転させララの身体に直撃させる。

もろに攻撃を食らったララはそのまま壁へ吹き飛ばされた。

 

「ララ!!」

 

ルドラから身を乗り出し、地上へと飛び降りた。

駆け寄ったヒカルは傷付いたララの身体にそっと手を当てた。

まだ体力は尽きていないが、まともに戦えるとは思えない。それほどの傷だった。

 

「ララ…無茶させてごめんな。好きじゃないバトルさせて」

 

ヒカルの言葉にララは首を振る。

そんなことはないと、自分が望んだのだと。

そう言っているように感じた。いや、聞こえた。

 

「ならば終わらせてやろう」

 

サカキが背後から迫り来る。

今ここで指示を間違えれば、それで終わり。

なら、自分が今一番信じることをするだけだ。

 

 

「――――“ふぶき”!!」

 

恐らくルドラに指示を出させるだろう。

その予測を立てた上で、なおヒカルが信じたララの闘志に賭けて。

 

案の定、サカキの予測は外れた。

 

「っ、サイドン!」

 

まさかここまで抗ってくるとは思っていなかった。

そろそろ心が折れると思っていたのに、むしろ強くなっている。

折れることのない心。

手持ちのポケモンを傷付けてなお抗おうとしている。

 

勝負の初めに感じた変化。

それが今感じているものなのかもしれない。

ヒカルに対する――――嫌悪の感情。

光を排し、悪を求めるサカキにとっての、《敵》。

 

(こいつは、レッドと同じなのか…?)

 

あの少年も同じだ。

レッドに抱いた感情と同じものを目の前の少年にも抱いている。

 

だからこそ。

 

「“いわなだれ”!」

 

この敵を排しなければ。

 

 

「っ、ルドラ!」

 

何処からか新たな瓦礫が現れヒカルとララに降り注ぐ。ヒカルの声に素早く反応したルドラが咄嗟に炎でそれを防いだ。

粉塵が舞う中、それまで堪えていたララが倒れた。

最後の力であれほどの攻撃をしてくれたのだ。

 

「ありがとう」

 

ボールの中に戻ったララを胸の前で抱き、腰に戻す。

すぐに目の前の戦いに意識を切り替える。

ルドラの先に見える、サカキ。

 

「俺の、俺たちの」

 

ヒカルが一歩を踏み出す。

 

「全部を乗せて――」

 

ルドラの尻尾の炎がさらに勢いを増す。

口から漏れ出す火の粉が煌めく。

 

「これで、終わらせる!」

 

ヒカルの声と同時にルドラの炎が爆発的に膨れ上がった。

圧倒的な熱量が辺りを襲い、距離があるはずのサカキのところまでその熱が届いた。

 

「―――訂正しよう、ヒカル。貴様は、私の《敵》だ」

 

サカキもそれを迎え撃つ。

 

「“だいもんじ”!!」

 

ルドラの炎が一気に解き放たれた。

大の字に象られた炎は一直線にサイドンへと向かう。

 

「“つのドリル”!」

 

その炎をかき消さんとサイドンがドリルを回転させる。

だが先程までと違い、炎をかき消すことが出来ない。

 

「絶対に勝てないことなんてない! 勝つ方法があるその場所まで、俺がそこまでの道を‘示して’やる! だから!!」

 

ルドラの炎は、まだ増大していた。

 

「信じて放て! ルドラ―――!!!」

 

爆発が噴き出されたかの如く蒼炎がサカキたちを飲み込んだ。

 

それは“だいもんじ”を越えたさらに強力な炎の技。

 

‘オーバーヒート’せんとばかりの技―――さらにその先、炎の究極技へと。

《示す者》と後に称されるその少年の力によって引き出された、“ブラストバーン”と呼ばれることになる、その技を解き放った。

 

 

 

 

爆発が起こった。

炎がまだあちこちに残り、部屋を焦がし続けている。

その中で揺らぐ影を目に捉えた。

 

「きりさけぇッ!!」

 

ルドラの爪が辺りの炎を纏い影へと向かっていく。

 

 

だが。

 

突如として地面が揺れた。

 

瓦礫が散乱する床が嫌な音を立て、次の瞬間。ばっくりと割れた。

 

「――――え」

 

途端に無重力の中に投げ出される。

ルドラがその進行先を変え、こちらに向かって飛んでくるのが分かった。

 

煙が晴れる。

 

その切れ間から影の主が現れた。

やけどを負っているもののその足をしっかりと地につけ、見下したかのような目線を向けるサイドン。

そして、哀れなものを見るような視線を向ける―――サカキ。

 

瓦礫と落下のせいで視界がどんどんぼやけていき、それは見えなくなった。

だが、同時に理解していった。

 

自分は、負けたのだと。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

ヒカルは唐突に意識を取り戻した。

 

急激に入ってきた光に思わず目を細め、わずかな視界で現状を捉えようとする。

 

「―――…カルさん、ヒカルさん!」

 

そんな声が耳に届いた。

出会ってからそれほど経っていないのに、すっかり耳慣れてしまった声。

 

細めた目をゆっくりと開けた。

 

目の前には綺麗な黒髪の女性がヒカルを覗き込んでいた。

 

「ヒカルさん!」

 

目を少し潤ませたエリカがそこにいた。

 

 

 

 

「あの…これってどういう状況…」

「あ、えっと…わたくしの勝手にしたことでして…」

 

目が覚めたヒカルはその後、エリカが見える位置が少しおかしいことに気が付いた。

何というか、とても近いのだ。顔のすぐ近くにいるというか。

そして、頭の下には何やら暖かい感触。

 

「エリカが…エリカが、膝枕してる…!?」

「一体何があったんだ…いや! 何をしたんだあいつ!?」

 

離れた物陰からその様子を見ていたカスミとタケシが複雑な感情に挟まれていた。

まさかあの二人は、そういう関係に至ったのだろうか。

 

そんな二人の葛藤はつゆ知らず、ヒカルたちも戸惑いを隠せなかった。

 

(な、何でこんな感じになってるんだろ…。エリカも何か慌ててるし…)

(どうしましょう…勢いで膝枕しちゃってますが、ヒカルさん怒ってないでしょうか…)

 

傍から見れば恋人に見られるかもしれない。いや現に見られている。

それに気付くはずもなく二人だけで顔を赤らめていた。

 

「だ、あのとき…ヒカルさんが傷だらけで、わたくし動転してしまって…」

 

エリカが呟いたその言葉で、ヒカルは何となく理解することが出来た。

 

ビルの外で戦いが一段落したと思ったその時、爆発が起こった。それはレッドたちと伝説のポケモンによる戦闘の結果によるものであり、グリーンのリザードンの”かえんほうしゃ”による影響も合わさってビルに多大なダメージを与えた。

次の瞬間にはビルは倒壊をはじめ、エリカたちはビル内にいるレッドたちを探しに向かった。

レッド、グリーン、ブルーはすぐに見つかった。ビルのすぐ近くでこちらに向かって脱出しているところで合流出来たのだ。

だが、ヒカルの姿がそこになかった。

タケシたちが止めるのも聞かずエリカはビルに乗り込んだ。そして、傷ついたルドラが傷付き気を失っているヒカルを乗せて飛んでいるのを見つけたのだ。

 

「あのとき、ヒカルさんが倒れているのを見て悲しかったんです。ヒカルさんは倒れることはないって思ってましたから…。でも、そんなことはないですよね。ヒカルさんだって負けることはあるはずです。あなたと戦ってそれは分かっていたはずです。絶対に負けない人なんて、どこにもいませんから」

 

エリカは俯きながら言葉を紡ぐ。

 

「傷だらけになるほど戦ってくれたのに、わたくしたちはそれに見合うほどの戦いが出来たのか、わたくしには分かりません。ヒカルさんたちだけに背負わせてしまったのではないかと…今は、後悔してるんです」

 

エリカの潤んだ目を見て、ヒカルは体を震わせた。

 

(違う…)

 

手を強く握りしめた。

 

(違う……)

 

強く口を閉ざし、歯を軋ませた。

 

(俺は、そんなに強くない)

 

目が覚めれば戦いは終わっていて、レッドたちは戦いに勝利して、自分は負けて。

 

自分がやるべきことだった戦いは、結局は負けているのだ。

それなのに、エリカに後悔をさせてしまった。

追わなくていい責任を自らに負わせてしまった。

 

(俺のことなのに、エリカがこんなに考えなくていいのに)

 

それがとても許せなかった。

そう思わせてしまった自分が、許せないと思った。

 

 

ゆっくりと体を起こす。

エリカが支えようと手を差し出したが、それを反射的にはね除ける。

 

(これ以上ここに居てはいけない)

 

エリカの顔を見ていられなかった。

これ以上いては、悲しい思いを増やしてしまいそうで嫌だった。

 

「ヒカルさん…」

 

エリカが自分の名を呼ぶ。

振り返ることはしなかった。

 

「エリカ」

 

背を向けて立ち上がる。

 

 

「後のことはお願い――――ごめん」

 

 

それだけ呟いて、ヒカルはルドラを出しその背に乗った。

エリカが何かを言ったような気がしたが、それも耳に入ってこなかった。

ほんの僅かな涙を残し、足早にヒカルはそこから立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時が経った。

 

風の噂でレッドがポケモンリーグで優勝したと聞いた。

僅かな時間しか会っていないが、彼が後々強者と呼ばれるだろうとは分かっていた。

 

自分も、その強さに置いてかれてはいけない。

その強さに追いつかなければ、あの時と同じなのだから。

 

 

「さあ、修行を再開しよう。みんな」

 

ヒカルは、五体の仲間たちと今やるべきことを成すために振り返った。

 

 

 

それから新たな物語が始まるまで、もう少し――――。

 




さて、カントー編最終回です。
長らくお待たせいたしました。そしてようやく一区切りです。

ヒカルとポケスペキャラの絡みをこうしてかけたことにとても喜びを感じています。
物語はまだまだ続くつもりですが、ここまで読んでくれた方にとにかくお礼を。ありがとうございます。

カントー編は終了ですが、番外編をこれから載せていけたらいいなと思っています。いつになるかは不明ですが。
そしてカントー編の次と言えば何編になるか、もう分かりますよね。あの子出せるのすごい楽しみです。

これ以上のことは活動報告にでも。
また読んでください! それでは。


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番外編① VSラプラス 響き合う気持ち

ヒカルが修行を始めるその前に。
彼と一人の仲間の物語を開示しよう。
これは、決戦の前日談。



「ここで、あんな戦いをやっただなんてな…」

 

まだ傷が完全に癒えておらず、包帯がまかれたまま。そんな状態で、ヒカルはかつての激戦地を見つめていた。

 

マチスとの邂逅から三日。ポケモンとともに負傷したヒカルは、クチバの病院に入院していた。

そこから気を失ってしまい気が付くまでに二日、病室を抜け出すのに一日を要したが、ヒカルはそうして敵と対峙した砂浜に戻ってきていた。

ただ、戻ってきたのは何となくである。

何となく、もう一度この場所で何かを感じたかったのかもしれない。

 

時間は夜、普段から人が来ないという砂浜の片隅でヒカルは風に当たっている。そのとき、マサキたちが血眼でヒカルを探しているのは知る由もないが。

 

ヒカルが呟いた言葉には、確かな重み。

面と向かって《悪》と戦ったのは初めてだった。

普段は平和であろうこのクチバのビーチも、あのときは危険な戦場だったのだ。

マサキから、一般人は巻き込まれていないと聞いたときは、思わず全身の力が抜けてしまった。

 

「でもあれだけのことがあったのに・・・」

 

ビーチには未だ所々穴が開いてしまっているものの、静寂がその場を包んでいる。

きっと日中は活気に溢れていることだろう。

人々の逞しさに、ヒカルは素直に凄いと思えた。

 

 

 

 

「―――さて、みんな出てこい!」

 

ヒカルは腰についたボールを一斉に投げた。

同時に出てきたポケモンたちの内の二匹――ライとアートがヒカルに飛びついた。

 

「おいこら! あんま暴れんなって!」

 

そう言いながら二人を退けようとするが、その顔は笑っている。二匹もそれが分かっているのでお構いなしにじゃれつく。

その光景は、傍から見ればただ少年とポケモンがじゃれ合って遊んでいるようにしか映らないだろう。

ヒカル自身もそのつもりでいたが、どうしても別のことが頭に残り、何とか二人を引き剥がした。

 

四匹を並べて座らせる。

ヒカルはいつもより真剣な顔つきで彼らを見つめた。

 

「あの時の戦いは、本当にありがとう。お前らだったから、俺は戦えた」

 

ポケモンたちはヒカルの言葉を黙って聞く。

 

「でもこれからきっと…もっと強い敵と戦う気がするんだ。あいつとは比べ物にならないくらいのと。だから…」

 

ヒカルは言葉を区切った。

 

「これからも俺を信じてほしい」

 

それが、ヒカルの気持ち。

仲間に対する、今出来る精一杯のことだ。

 

少しの沈黙の後、ライがそっとヒカルに歩み寄った。

信じていると。

その瞳が言っていた。

 

「―――ありがとう」

 

ヒカルの笑顔が花咲くように広がった。それにつられてかライたちも笑っている。

 

「よし、遊ぶか!」

 

ヒカルの笑顔が花咲くように広がった。それにつられてかライたちも笑っている。

せっかくビーチに来たのだ。疲れを吹き飛ばすほど遊んだって誰も文句は言うまい。

ヒカルたちは海に向かって全力で走り出した。

 

 

 

 

「ヒィカルウウウウ!! どこやああああああ!!」

 

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

 

遊び始めて一時間ほど。

足元をつつくロンドに呼ばれ、ヒカルは遠くの海を見つめていた。

 

「どうしたんだ? 何も見つかんないじゃないか」

 

足場代わりになってくれているロンドに問うが、以前コアを点滅させるのみ。

遊び疲れたのか、ライたちは既にボール内で休んでおり、ルドラもゆったりと飛行を楽しんでいる。そして見える海は規則的な波を生み出し模様を作る。

何かあるようには見えないのだが。

 

改めてもう一度目を凝らしてみる。

左から右へ、ゆっくりと首を動かして。

 

「―――!!」

 

それを見つけた。

 

 

「でかしたロンド――――ルドラ!」

 

上空にいたルドラを呼び、その背に乗る。

ヒカルが指示した方角へ向けてそのまま加速した。

 

 

 

 

 

 

 

彼女は元々群れで暮らしていた。

親がいて、仲間がいて。

皆で仲良く生きていたのだ。

 

だが、その平穏が突然破壊された。

 

彼女たちはこの世界でも希少な存在だった。

そこを偶然見つけた奴ら―――ロケット団が彼女たちを捕獲し始めたのだ。

戦うことをあまり好まない彼女たちは瞬く間に捕らえられ、その数を減らしていった。

群れはやがて散り散りになり、難を逃れた彼女も独りとなった。

だが、他の場所を知らぬ彼女は同じ海に暮らし続けた。彼女の仲間を捕らえた人間を信じず、心にぽっかりと穴を開けたまま。

 

そして再び、奴らが現れた。

 

 

 

 

 

 

「おい、まだラプラスが残ってたぜ!」

「まだこの辺にいたとはな、ついてるぜ俺ら!」

 

黒ずくめの男たち―――ロケット団がこのクチバ湾に来ていたのはつい先日だ。

彼らは豪華客船と名高いサント・アンヌ号でポケモンの密輸・運搬をしていた。それを‘赤い帽子のガキ’に邪魔され、一度は撤退した。

しかしラプラスの情報を手に入れ、マチスが部下を引き連れ戻ってきたのだ。

 

だが、それもまた邪魔された。

マチスが敗れたという‘黄色いスカーフのガキ’によって、ロケット団は撤退を余儀なくされた。

その最中で偶然見つけたのだ。一匹で彷徨うラプラスの姿を。

 

「おい、そっちを塞げ! 逃がすなよ!」

「任せときな! いけ、メノクラゲ!」

 

ボールから放たれたメノクラゲが毒針をチラつかせ、ラプラスの足を止める。後ろに振り向きそちらに逃げようとするが、そちらにも新たに現れたメノクラゲによって阻まれる。

身動きの取れなくなってしまったラプラスにじわりじわりとにじり寄る。

その様にすっかり怯え、ラプラスは動こうとしない。相方と頷き合い、一斉に襲い掛かろうとした、その瞬間。

 

 

「――――“かえんほうしゃ”!」

 

またも現れた‘黄色いスカーフのガキ’に阻まれた。

 

 

 

 

 

 

「ぐあっ!」

「うわぁ!」

 

ルドラの“かえんほうしゃ”の直撃を受け、ロケット団が後退する。

その隙に狙われていたのりものポケモン、ラプラスに近づく。

 

「大丈夫か?」

 

そっと手を伸ばし頭を撫でようとする。

だが警戒の声を上げ、ヒカルから距離を取った。

ヒカルはその行動で今のラプラスの心理状態を何となく理解することが出来た。

ラプラスは元々希少なポケモンだ。それを執拗に狙われ家族も恐らく奪われてしまっただろう。そのせいで人間不信に陥っているのだ。

ポケモンにそんな思いをさせていると頭で分かった時点で、もう我慢は効かなかった。

 

「お前ら、覚悟はいいな?」

 

先のマチスとの戦いのような鋭い目つきで睨む。

その気迫に思わず怖気づいたロケット団だったが、ぶるるとかぶりを振った。

 

「ガキなんかに負けるわけねぇだろが! やっちまえメノクラゲ!」

 

トレーナーの指示に従い、ヒカル目掛けて二体のメノクラゲが突進してくる。

一方のヒカルは至って冷静に、口を開いた。

 

「ロンド“すてみタックル”」

 

突如水中から現れたロンドによってメノクラゲは宙へと投げ出される。

 

「“りゅうのいかり”」

 

ヒカルの怒りを乗せた技が炸裂し、二体のメノクラゲをあっという間に戦闘不能にさせた。

 

「なっ…!!?」

「何なんだ…このガキ…!?」

 

みるみる青ざめていくロケット団にもう一度“りゅうのいかり”を浴びせる。

その時のヒカルの冷たい目で我に返り、ラプラスには目もくれず遁走していった。

 

 

 

 

「……ふう、ありがとな二人とも」

 

戦闘時の覇気が嘘かのような穏やかな声音でルドラたちをねぎらう。二体もそれに応え返事をした。

 

「っと、大丈夫だったか、ラプラ、ス…」

 

そしてもう一体、振り向いてラプラスに声を掛け――ようとして、そこにいないことに初めて気づいた。慌てて辺りを見回すと、少し離れたところに泳いでいるラプラスを見つけた。

ヒカルはロンドに飛び降り、ラプラスへと再び近づいていった。

 

「おーい! ラプラース! 待てって!」

 

大声で呼び止めようとしたが、ビクッとしたかと思うと逆にさらに遠くへ行ってしまった。

そんな様子のラプラスを放っておくわけにもいかず、さらに追随し声を掛けた。しかしまた逃げてしまう。そんな追いかけっこをしばし続けた。

途中ボールを投げて止めるという方法を思いついたが、それでは人間不信は直らないと首を振った。何より、奴らのやり方と相違ないではないか。

 

「ラプラス! いい加減止まってくれ!」

 

必死に叫ぶが、ラプラスは怯えた表情で逃げてしまう。

が、突然その身体がぐらりと揺れる。

 

「っ、ラプラス!?」

 

慌ててラプラスの側に寄ろうとして、

 

「ッ、止まれ!」

 

真逆の指示を出した。

その視界には、巨大な渦潮があった。

 

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

 

「ラプラス! 早くこっちに来るんだ!」

 

ヒカルが声を荒げる。

だがもう大分渦に巻き込まれてしまったらしく、小さく首を動かすだけ。かく言うヒカルもこれ以上は近づけない。

 

ラプラスが心を開いてくれるまで、ボールは使わない。

そう決めたはいいものの、これでは事態は変化しない。悪くなる一方だ。

だがそれでもしたくないと思った。ここまで積み上げたものを崩してしまうような気がしたから。

何とかして、ラプラスに信じてもらう。

 

そう考えている間にも、ラプラスはどんどんと渦潮に引き込まれる。

 

「ラプラス!」

 

何も出来ないことに焦燥し、辺りを見回す。

すると、足元から光が見えた。

そこにはコアを点滅させるロンドの姿。

 

数秒押し黙って――――

 

 

「閃いた!」

 

叫ぶが同時か、ポケモン図鑑を開く。

仲間のコンディションを確認し、躊躇いなくヒカルは次の行動に移った。

 

「ロンド“こうそくスピン”!」

 

図鑑を閉じ指示を飛ばす。ロンドも躊躇わず指示を実行する。

回転を始めたロンドは、ヒカルを乗せたままどんどんと加速していく。周りの水が引き込まれ、ロンドの周囲にも小さな渦が作り出されていた。だが目的はそれではない。

加速に耐えながら身をかがめ、そして、

 

「今だ!!」

 

掛け声と同時にヒカルは宙を舞った。

ロンドの回転の勢いを利用して大ジャンプをやってのけたヒカルは、危なげにラプラスの背に着地した。

 

「うわっとと!?」

 

バランスを崩しかけるが何とか踏みとどまる。ラプラスの背に掴まり体を安定させてから、顔の方へと近づいて行った。その様に驚いたラプラスがこちらを振り向く。

 

「落ち着けラプラス! 大丈夫だ!」

 

暴れようとするラプラスの頭にそっと触れ優しく撫でる。だが伝わり切らないのか、ヒカルの手を振り除ける。

ヒカルもそれに構わずラプラスに抱きついた。そのままラプラスに精一杯語りかける。

 

「ラプラス! 俺のことは嫌いでもいい! でも俺はお前を助けるためにここにいるんだ! だから、俺のことを信じてくれ!!」

 

ごうごうと渦はさらに大きくなり、二人を中心へと呑み込んでいく。

 

「いいか、お前はただ後ろを向いて俺の合図で“みずでっぽう”だ。それだけでいい」

 

ヒカルは必死に語りかけた。

少しでもいい。ラプラスが俺をほんの少し信じてくれるだけで、この場を切り抜けられるはず。

ヒカルはその気持ちすらも信じていた。

 

「頼む、ラプラス――。俺はお前を助けたいんだ」

 

そう言って頭を下げた。

今のヒカルにはこれしか出来ない。

ラプラスを信じていると。

それだけを真っ直ぐに伝えた。

 

 

 

やがて、

 

 

「フゥ…」

 

初めて、ラプラスの優しい声が聞こえた。

ソプラノの美しく響く綺麗な声。

 

ヒカルは顔を上げ頷くと、上空にいるルドラに合図した。

 

「ラプラス、後ろを向いてくれ!」

 

ヒカルの言葉に小さく頷き、ラプラスは何とか後ろに向き直った。

その背には、高熱を発する一体の仲間。

 

「ルドラ! 渦の中心に“かえんほうしゃ”!!」

 

翼を広げググッと力を溜めたルドラは、勢いよく蒼炎を放った。

そして――――思った通り、水が蒸発し渦の勢いが弱まった。

 

他のリザードンと出会ったことはないが、恐らくルドラはどの個体よりも高温の炎をはくことが出来る。

以前、火は赤より青の方が熱いというのをナナカマド博士が言っていた。

そして高温であればあるほど、炎は水を蒸発させる。

そのため渦潮の勢いが弱まったのだ。

だが、それだけではまだ脱出できない。

 

「ラプラス! “みずでっぽう”!!」

 

精一杯の気持ちを込めて叫んだ。

ラプラスもそれに応えるかのように技を放った。

放たれた“みずでっぽう”は弱まった渦にぶつかり、ラプラスの身体を少しずつ外側へと押しやった。

 

「いいぞ、その調子だ!」

 

渦の勢いを“かえんほうしゃ”で弱め、“みずでっぽう”で流れに乗りながら外へと出ていく。

これがヒカルの思いついた作戦だ。

そしてそれは見事に成功した。

ラプラスの巨体はゆっくりと渦の外へと押し出されていく。

 

あと二メートルほどまで押しやったが、そこで外に出る勢いが急に弱くなった。

理由は簡単だ。

 

「大丈夫かラプラス!?」

 

それはラプラスの疲労によるものだ。

元々トレーナーがいたわけではないラプラスは、鍛えられたルドラとは違い体力に大きな差があったのだ。それがあと少しのところで表面に出てきてしまった。

ラプラスの“みずでっぽう”の勢いがみるみる弱くなっていく。

 

「くっそ…!」

 

ヒカルは強く歯を噛みしめ、必死に策を考えるがそれすらもままならない。

焦りが段々と募っていき、ラプラスの“みずでっぽう”が途切れたのと同時に。

 

「…っ!?」

 

ラプラスごとヒカルの身体が持ち上がった。

そのまま残りの距離を空中で進み、穏やかな波の上に着水した。

ホッと胸を撫で下ろし、ラプラスの様子も確認する。疲れてはいるが目立った外傷もなさそうだった。ヒカルの視線に気付き、ラプラスも小さく返事をした。

そして、二人の窮地を救ってくれたポケモンを見やる。

 

「お前、いつの間に新しい技覚えたんだ? …でもありがとな、ロンド」

 

ヒカルの手にある図鑑の画面には新しく“サイコキネシス”という技習得の文字が。

それに胸を張るかのように、ロンドは一際強く綺麗な光を一回だけ発した。

 

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

 

真夜中。

こっそりと抜け出た道を戻り病室へと戻ると、待ち伏せしていたマサキに見つかり説教されることとなった。

 

「全く、レッドとホンマそっくりや。無茶したばっかですぐこんな事しよって!」

「だから悪いって…」

「わ・る・いィィ?」

「………スミマセンでした」

 

何故かマサキの説教に勝てる気がしなかった。それはオーキド博士に初めて会ったときにも感じたなぁとふと思い返していて、すぐ思考を止めた。きっとまた何か起きると直感で感じ取った。

 

「あ、そうだ。マサキ」

「なんや」

「こいつ、センターに預けに行ってくれないか?」

 

そう言って一つのモンスターポールを差し出した。

 

「んん?」

 

反射的に出した手に乗ったボールをまじまじと眺め、中にいるポケモンに気付いて、

 

「おまっ、これっ、どないしたんや!!」

「これって言うなよ。疲れてるはずだから休ませたいんだ。頼まれてくれるよな?」

 

ヒカルのニッコリスマイルに先程までの態度で接することも出来ず、「んぐぐ…」と妙な唸り声を上げた。

 

「…しゃーない、せやけど! ヒカルはベッドに入れ! 寝ろ!」

「分かったって。――――おやすみ」

 

素直にベッドに潜り毛布を被る。その様子をきちんと確認してからマサキは病室の戸を開けた。

扉が閉まるその直前、ボールの中と視線があった。気がした。

 

 

 

 

「――――これからよろしくな、ララ」

 



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番外編② VSリザードン 導かれた地

久々のヒカルいじりは楽しいです。



ヤマブキの決戦から二週間が過ぎた。

ヒカルは今、とある険しい山に篭っている。

理由は明快、修行のためだ。

 

 

 

最後の戦いで、ヒカルは負けた。

勝ち進んできたという実績から慢心してしまったのだ。そのせいで、あと一歩のところで逆転を許してしまった。

いや、そもそもあの勝負は勝てなかっただろう。実力が違い過ぎるのは最初から分かっていたことだ。

それでも、背くことが出来なかった。

背いては、己の正義に反してしまうから。

 

だから、一人でも守り切れるほどに強くなる。

 

そのためにここに来たのだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「修行、始めるぞ。ルドラ」

 

簡素な朝食を終え、ゆっくりと立ち上がる。

隣で同じくポケモンフーズを食べていた《ルドラ》も、のっしりとした様子で起き上がった。

 

風の噂でレッドがポケモンリーグで優勝したと聞いた。

出会ったときにも感じた才能の片鱗は間違ってなかったらしい。あのグリーンと白熱する大激闘を繰り広げたという。

出来ることなら自分もそこに加わりたかった。

だが実力が足りないだろう。きっと彼らには敵わない。

 

そのためにも、強くなりたい。

 

グルゥ、とルドラが小さく鳴く。

励ましてくれたと思い、頭を撫でて答える。

 

「……ありがとう」

 

こうして一日が始まる。

 

 

 

 

 

 

「“かえんほうしゃ”!!」

 

ヒカルの指示を受け蒼炎が放たれる。

炎は真っ直ぐ的である大岩に向かい、中心から粉々に砕いた。

修行を始めてかなり日も経ち、ルドラや他のポケモンたちも調子が良くなっているのが見て取れた。

思えばちゃんとした訓練をしたことは、カントーに来てから一度もなかった。ジムリーダーたちに出会うたびにバトルをこなし、必然的に強くなっていったが、それでも付け焼刃に変わりない。

ヒカルたちが得てきた経験は無駄ではないだろう。だがそれだけでは越えられぬこともあるのだ。

 

「ライ」

 

振り返って名を呼ぶ。

アートと共にコンビネーションの練習をしていたらしいが、ヒカルの声に気付き二人揃って駆け寄ってきた。

 

「次は二人の番だ。スタンバイしてくれ」

 

頭を撫でながら二人を見やる。以前より引き締まった体は、この短期間での成果を物語っていた。

二人が定位置につく間にルドラを労い休憩するよう告げる。するとこれ幸いとルドラは真っ直ぐロンドの方へと飛んでいき勝負を申し込んだ。挑発とも取れるその申し込みに、ロンドはコアを強く点滅させて応えた。

どちらも向上心があるのはいいのだが、暇があればすぐにバトルを始めてしまう。本人たちは力比べのつもりのようだが、ヒカルの手持ちでも一、二を争う強さの二人が本気でやり合えば周りにかなりの被害が生まれる。既に何度か巻き込まれている故、出来る限りそれは避けたい。

 

(…ライたちの次はルドラたちの模擬戦かな…)

 

不安はまだ幾つか残っているが、今日はまだ始まったばかり。

ヒカルは思考を切り替えてライたちに向き直った。

 

 

 

 

 

太陽が高く昇った頃、ヒカルたちは昼休憩に入っていた。

と言っても山籠もり中なので大したものは並ばない。最寄りの町で買い溜めした食料と、僅かに自生している果物なんかを軽く調理しただけの実に簡素なものだ。それでも飢えない程度に食べられているからヒカルは大して気にしていなかった。

当然ポケモンたちにはちゃんとしたご飯を出せない。修行であるということを皆が理解してくれたのだが、ヒカルにはそれが心苦しかった。だが何も言わず頷いてくれた皆に同時に感謝している。

とは言え、育ち盛りの少年が食べる量にしてはあまりに少なく、

 

「――――腹、減った」

 

ぽつりと零しては項垂れていた。

山籠もりを決めたときは強く意気込んでいたが、正直食事までは頭が回っていなかった。

 

「こんなに減るもんなのか、成長期ってやつは…」

 

かつて「成長期なんだからしっかり食べなさい」とか母親に言われていたのを今更ながら思い出す。

どうしてそこまで落ち込んでいるのか分からないルドラたちは、きょとんと首を傾げていた。理由を知っているライとアートは「ドンマイ」と言いたげに背中をポンと叩いた。

 

その時。

 

 

ドオオオォォン!! と巨大な爆発音と共に地面が抉れた。

 

「なっ…!?」

 

僅か数メートル先で起きた異変に驚愕し飛び退いた。咄嗟のことに上手く判断出来ず不格好に尻餅をついてしまう。

その隙をつくかのように複数の影が巻き上がる土煙の中から飛び出した。それらは食事中であったヒカルたちに一斉に襲い掛かってきた。

 

「っ、応戦だ!」

 

奇襲とも言えるそれらにも臆せず、ライたちは素早く戦闘態勢に入った。

大きく振りかぶられた影にライが身を翻して躱し、アートが“でんこうせっか”で吹き飛ばす。

一方で正面に突進してきたところを、ロンドが絶妙のタイミングで“ひかりのかべ”を使い、威力と勢いを相殺する。

また一方でララが“なみのり”で全方位を覆う壁を作り出し、敵の進行を阻害した。

その中でただ一人、ルドラだけが何故か動くことが出来なかった。

 

「ルドラっ!!」

 

ルドラに迫り来る鉤爪をヒカルが咄嗟に庇う。両手を広げて立ち塞がるも、あと僅かにまでそれが迫ったとき思わず目を瞑る。

しかし、その爪はヒカルに触れることなく眼前を切っただけだった。

恐る恐る右目を開くと――――翼を大きく広げ雄大さを示すかの如く一度咆哮を上げた。その者を中心に残りの襲撃者が左右に並ぶ。

そして、中央で悠然とこちらを見つめ返す‘リザードン’と目が合った。

 

 

「――――どういう、ことだ」

 

状況の変化にあまり頭が追い付かず、ひたすらに立ち尽くす。

だが相手はそんな間も与える気はないらしく、リザードンの取り巻き――三体のハクリューが再び迫ってきた。

未だルドラが動く様子はなく、相手が好戦的という不利な状況のせいか逆にヒカルは冷静になっていった。とにかく、この状況を何とかせねば。

 

「行くぞライ、“10まんボルト”!」

 

ルドラの前に躍り出たライが電撃を放った。扇状に広がった変則的な電撃は三体を捉えたが、効果がいまひとつなことも重なり完全に動きを止めることが出来なかった。だがそれがヒカルの狙いである。

 

「“でんこうせっか”から“にどげり”!」

 

アートの助走なしのトップスピードから繰り出された体当たりで一体のハクリューが大きく仰け反る。反動で宙に浮いた状態から二体のハクリューに向けて一発ずつの蹴りを放った。強烈な攻撃に二体も大きく仰け反り、ハクリューたちの動きが止まった。

すかさずそこに追い打ちをかける。

 

「“ふぶき”!」

 

一カ所に集まったハクリューたちに向けて極寒の吹雪が放たれる。効果抜群の攻撃にハクリューは一撃で体力を削り切った。

 

「ルドラどうしたんだ! お前も手伝ってくれ!」

 

背中越しに叫ぶが、そこから動く気配は感じられない。一体何がルドラをここまで無力化させたのか。

 

(っ…考えても今は分からない。だったら…!)

 

起き上がって再び攻撃してくるハクリューたちに向け、アートに“でんこうせっか”を指示する。真っ直ぐに突っ込んだアートは一体の前で方向を急激に変化させ、別のハクリューへと向かう。

釣られたハクリューはアートを追おうとするがそこをライに阻まれる。僅かに生まれた隙を突いて噛み付き、叩き付けるように投げ飛ばした。

その間にもアートは‘攪乱’の役をこなし、ロンドとララが動きを封じた。ララの“れいとうビーム”がクリーンヒットしたとき、ヒカルとルドラを残しリザードンとの一騎打ちの形が出来上がった。

 

「さあ来い、リザードン!」

 

再びルドラの前に立つヒカル。ここまでは順調に進めることが出来た。

 

(最初にルドラを攻撃しようとしたとき、あいつは攻撃を止めた。俺には攻撃を当てないって気持ちがあるんなら、きっと何か理由がある)

 

そうでなければルドラが襲ってきた野生のポケモンに対してここまで戦えなくなる訳がない。

初めてリザードンと会ったから、と言う理由が当てはまるのかも知れない。だがきっとそれだけでは無いはずだ。

 

(応えてくれ、ルドラ…)

 

少し意識を背の方に向ける。

変化は感じない。

 

なら、後は信じるだけ。

 

「グルウゥゥゥ!!」

 

リザードンがヒカル目掛けて突っ込んでくる。もう攻撃の手を緩める気はないらしく、先程までとは纏う雰囲気が違っていた。

 

ポケモンに攻撃を行う手段を持たぬヒカルは、反撃することもなくリザードンの爪を正面から受けた。

皮膚が裂け腹から血が噴き出す。溢れた血は服やスカーフに飛び散り、多くは地面へと流れ落ちた。決して少なくはない量だ。その光景にライたちは目を見開いている。

よろめきながらも何とか膝を付くことはしなかった。口の中に溜まった血を吐き出し、再び距離を取ったリザードンを睨み付ける。

 

「……そんなもんか。もっと全力で来い!」

 

 

 

 

 

 

ルドラには皆に言っていなかったことが一つあった。

それは、この山に見覚えがあるということ。

この山から懐かしい匂いがするということ。

 

だが、気のせいだと思った。

まだ幼い子供であったときに住処を離れた。周りのこともよく知らない子供が、ほんのちょっとの好奇心に任せて、嘘に乗ってしまった。それが家族との別れになるとも知らず、いつか会えると信じて。

 

暫くしてかつてのトレーナーの変貌により家族の存命が分からなくなった時、最初は受け入れることを拒否していた。失ってしまったのだと思った。

だが、既に隣には家族と同等の存在がいた。

たった一人の家族を失ったけど、沢山の家族を得ることが出来たのだ。

 

なら、家族のために生きよう。戦おう。

 

ルドラはそう誓った。

 

 

 

しかし、本当の現実はまだルドラを陥れた。

 

襲ってきた連中に見覚えがあったのだ。そう、かつての家族と暮らしているとき、ルドラは何度か彼らと会っていた。

その内の一体のリザードンが母親に親しくしていたことも覚えている。そして今、泣き出しそうなほど悲しい目をしている。

その事実が何より告げていた。

母親は、死んだのだと。

あの時、ここで、奴らに殺されたのだと。

 

 

戦うという意志すら凌駕した事実に打ちのめされ、ルドラの意識は宙に浮いているようだった。

仲間が自分を庇うように立ち回っているのが見える。

だが何もする気が起きない。

何も、何も――――

 

 

 

「そんなもんか。もっと全力で来い!」

 

その言葉には聞き覚えがあった。

かつて、トレーナーに見放され野生に戻っていた頃、ヒカルがルドラに向けた言葉だ。

周りを信じられなくなって、ただ闇雲になって暴れていたとき。ヒカルはそうしてルドラを叱咤した。

結果“かえんほうしゃ”という新技の体現と言う形で‘己の強さ’を証明した。

自らの怪我おも顧みず、他者であった自分を光へと導いてくれた。

信じる心を蘇らせてくれた。

 

ルドラは顔を上げる。

足元には小さな血溜まりが出来ており、体は微かに震えている。

でも、目の前に立つ《家族》は、前を向いていた。

大きく見えるその背の奥から、大きな爪が襲い来る。

 

ルドラの目に光が戻る。

 

 

 

 

 

今度こそ腹を抉れる角度で爪は振るわれた。

無力であるヒカルには、それでも信じることを止めなかった。これで変わらなければ、まだ抗うのみ。

そうして攻撃を受け入れようとした。

 

 

突然体が宙に浮いた。

 

(え……!?)

 

最初は体が吹っ飛んだのかと思った。

だが衝撃は前からではなく後ろから来たことに気付いた。

ヒカルがルドラの背に落ち、ルドラが“きりさく”を決めたのはほぼ同時であった。

 

強烈な一撃を喰らったリザードンはその場に崩れ落ちる。

そして、ルドラは勝者の咆哮を高々と上げた。

 

意識はそこで暗転する。

 

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

 

唐突に意識が戻った。

 

心配そうに顔を覗き込むルドラが最初に映った。

 

「……よくやった」

 

重たい腕を上げルドラの頭を撫でる。

目を細めて喉で小さく鳴くその姿は、初めて他人に見せた甘えの仕草だった。

 

それを皮切りにライやアートがヒカルに飛び乗って来た。

 

「ちょっ、痛たたたっ!? お前らちょっとストップ! あ、ララ? おま、止めろ! お前が乗っかったら俺死ぬってば!?」

 

腹に出来た傷が猛烈な痛みを発しているが、それに構うことなくライたちはヒカルの無事を噛み締めていた。

それで痛い目に遭うのは後先を考えなかったヒカルの自業自得である。いつもは乗ってこないロンドまで覆い被さろうとしてくるあたり、かなり心配させていたのは明白だった。

 

 

 

それなりの時間が流れた後、ヒカルはようやく解放された。

傷口はまだ完全に塞がっておらず、血がジワリと染み出している。

 

「いっつつ……ルドラ、そこのリュック取ってくれる?」

 

手渡されたリュックから人間用の傷薬と包帯を取り出し、慣れない手つきで傷口に処置を施した。途中ライに手伝ってもらいながら包帯を巻き、ついでに皆の治療も行った。

 

傷の手当てを終わらせてから、待たせていた彼らの方へと向き直る。

律儀にじっと待っていてくれたリザードンたちは、暫しの沈黙を破って頭を下げた。

 

「……何で謝ってるのか、俺には分からない。だから、何を伝えたいのかはっきりさせてくれ」

 

その言葉にリザードンは顔を上げた。きっと罵られると思っていたのだろう。

 

「ちゃんとした理由があるんだって思ってたから。――――教えてくれるよな?」

 

ヒカルの真っ直ぐな目に、リザードンは頷いた。

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

「ここは…お墓?」

 

リザードンたちに連れられ辿り着いたのは、大きめの洞穴と、その前にある小さな土の山だった。

 

リザードンがルドラに向けて何かを告げる。

その時のルドラの目はとても悲しそうで、とてもよく知ってる気がした。

 

「ルドラ、ここを知ってるのか?」

 

ヒカルの問いかけにルドラは応えない。いや、ほんの小さく頷くだけでずっと俯いてしまっている。

今にも泣きだしそうなその姿に、ヒカルは以前の自分を重ねた。森の中で目覚め、たった一人になってしまったと思ったその時の自分と。

同時にヒカルは何となく察することが出来た。

 

「お前、ここに住んでたのか?」

 

 

――――ルドラはまた小さく頷いた。

 

ヒカルがルドラと出会ったのはまだヒトカゲであった頃、ロケット団の《あいつ》の手持ちとしてだ。

当然あいつと出会ったときのことをヒカルは知らない。ポケモンの声を聞くことが出来ないヒカルには知ることは不可能だ。

しかしルドラの悲しみに満ちた目を見て、ここでとても悲しいことがあったことは明確であった。この山に住んでいたのならほぼ確定的だ。

同時にさっきの感慨は間違っていないと思った。

 

なら答えは一つだ。

 

ルドラの目がかつてのヒカルと同じなら、彼の家族が出来事に関わっているはず。

そして、目の前にあるのはお墓。

 

恐らくあいつの手持ちとなるとき、家族は殺されたのだ――――ロケット団に。

そしてあいつの手持ちとなることでルドラは生き残った。あいつの言葉を信じて旅立ったが故に。

 

 

ルドラの背中を優しく撫でる。

 

「お前は生きてる。生きてるんだ。だから――胸を張れ」

 

家族と生き別れたルドラ。

離れ離れになってしまったその境遇は、まるで自分の過去を見ているかのようだった。

 

(父さんと母さんはいないけど、きっと生きてる。でもルドラにはもういない。それでも、親ってこういうことを言ってくれると思うから)

 

 

「家族の分まで、幸せになるんだ」

 

 

涙に濡れる咆哮は、山の中で木霊し溶けてゆく。

ぎゅっと抱き締めたルドラの背中は、陽だまりのように暖かかった。

 

 

 

 

 

 

暫し手を合わせ家族の冥福を祈った後、ヒカルたちはその場を後にした。

ヒカルの傍らには一匹のハクリューがいる。

彼が自ら付いて行きたいと申し出てきたのだ。

 

「……いいのか?」

 

リザードンに問いかけると、黙って頷いた。

ハクリューも感謝を述べるように頭を下げる。

 

「またここに来るよ。ルドラの家族にかっこ悪いところ見せらんないからな」

 

そう言って墓の方を見やる。

暖かい光を放つリザードンが静かに微笑んだ、気がした。

 

 

「よし、修行を始めよう!」

 

ベースキャンプに戻ったヒカルたちは再びトレーニングを始める。

ルドラの前には、仲間になったばかりのハクリュー。かつての知り合いが《家族》という仲間になったこともあり、ルドラに一層のやる気が漲っていた。

 

「ん……と、そうだ!」

 

不意にヒカルが大声を上げる。

全員が驚いてヒカルに注目する中、びしっとハクリューを指さして宣言した。

 

「お前の名前は《リース》にしよう! よろしくな、リース!」

 

ニックネームが決まった仲間に、改めて挨拶する。

ふとルドラがそんなヒカルに目をやった。

 

腹の傷はまだ癒えていない。心の傷も、まだ。でもこれからもっと無茶をするかも知れない。

自分を鼓舞するためだけに流した血が脳裏を過ぎった。

 

 

もしかしたら、いつか――――

 

 

ルドラの想いが伝わったのか、ヒカルは不意に空を見上げた。

 

 

キラキラと光を零し飛ぶ小さな生き物が、虹のように放物線を描き翔けて行った。

 

 




だいぶ遅くなりましたが、これでカントー編は本当に完結です。
次からはイエロー編が始まりますので、気長にお待ちください。


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第二章 イエロー編
第十六話 VSドードー 再訪と予感


ヤマブキの決戦。

そして、ポケモンリーグセキエイ大会から二年。

 

かつてカントーを支配すべく悪行を重ねたロケット団は、頭領の不在により姿を消し、鎮圧された。

 

その戦いの際に活躍し、セキエイ大会でも名声を残したトレーナーがいた。

 

ブルー。

グリーン。

そしてレッド。

 

特にレッドはリーグ優勝者として名を馳せ、各地から毎日挑戦者を相手するほどの人気を誇った。

 

だが、ロケット団との決戦に尽力したトレーナーはもう一人いる。

 

 

《彼》がマサラの地を訪れるまで、あと少し。

 

 

 

 

 

 

  ***

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、全く忙しいのぉ」

 

下がってきていた裾を捲り直し、オーキド博士は大きなため息をついた。

 

レッドとグリーンの激闘から早二年。

レッドはリーグ優勝者として毎日のように各地を飛び回りあらゆる挑戦を受けている。

グリーンもグリーンで修行の旅に出ており、時折来る手紙には充実した日々を送っていることが綴られていた。

惜しくもベスト三になった‘マサラの図鑑所有者’ブルーもこの地を離れており、今マサラにいるのはオーキドのみである。

たまにカスミたちが連絡を寄越してきたりと気を使われているようだが、元々一人で研究を続けてきたのだ。むしろ元の静かな田舎町に戻ったことを喜んでいたりもする。

 

ただ一つの気がかりを残して。

 

 

 

 

 

「え、博士! オーキド博士!! ちょっと今なんて言ったんですか!?」

 

久しぶりに掛かってきたカスミからの連絡に応じ、オーキドは作業を続けながら他愛もない会話をしていた。レッドの近況を聞かれ「一ヶ月前に挑戦状を受けて飛び出した」と答え、今に至る。

 

「なんだ大声出すのは止めんか!」

「だって全然連絡付かないんだもの!」

「しかしカスミよ、珍しいことでもなかろう?」

 

オーキドの目が遠くを見つめる。

ポケモンリーグ優勝という大挙を成し遂げたのだ。何より本人もバトルを好んでいる。だからこそ毎日やってくるトレーナーたちの相手を受けていたのだ。

そのことはカスミだって知っている。

 

「そうだけど…何か納得いかない」

「その気持ちも分かるわい。あいつは力量(レベル)上げや試合ばかりやって、図鑑の完成に全く貢献しとらん! 全く困ったもんじゃ」

「あはは…まあ、レッドはそんな奴だって分かってるけど、博士だって昔はレッドと同じだったんでしょう?」

「まぁの」

 

この一ヶ月レッドからの連絡はない。だが心配もしていない。

今やレッドに敵う実力者はいない。その事実がオーキドたちに信頼を与えていた。

 

しかし、

 

「あやつよりも心配な奴がおるからの」

 

瞬間二人の間に沈黙が生まれる。

 

「…………情報ナシよ。全くどこほっつき歩いてんだか」

 

カスミはぶっきらぼうに吐き捨てた。

だがその言葉の裏には、何も告げず去ってしまった友人への苛立ちと、何も出来ずにいる自身への罪悪感が含まれている。

そしてそれは、オーキド自身も抱えている想いであった。

 

 

(一体、何をしておるんじゃ――――ヒカルよ)

 

 

黄色いスカーフをはためかせた少年が脳裏に浮かぶ。

同時にドアノブに流れた大量の静電気の音によって、その姿は掻き消えた。

 

 

 

 

 

 

「――――ここまでは来たことはなかったな」

 

空飛ぶ一つの影から、そんな声が聞こえた。

幼く、でもどこか大人びた声。

 

「ちゃんと博士には謝っとこう。何も言わず飛び出したんだし──怖いけど」

 

声の主に返事をするように別の声が聞こえた。

 

黄色いスカーフを揺らす少年を乗せたポケモンは、オーキド研究所へと航路を切った。

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

「もしレッドさんが捕らわれているというのなら、このボクが助ける!」

 

傷だらけでオーキド研究所に帰ってきたレッドのピカチュウ(ピカ)

そしてピカを伴って旅立とうとする黄色い麦わら帽子の少年。

 

突如現れオーキドの目の前でそう言い切って見せた少年は、オーキドが仕掛けたバトルを‘互いに無傷で終わらせる’という形で乗り切った。

そしてオーキドの心を動かした。

 

ポケモンを想い、戦う少年。

 

素性は一切話そうとはせず、だが不思議な魅力を持っていた。

その姿にあの少年の面影を重ねた。

同時にこの少年の言葉と想いを信じてみたくなった。

 

そうしてオーキドはレッドの残したポケモン図鑑を託し、その旅立ちを見送ろうとした。

その時だった。

 

 

「あれ、あれは…?」

 

不意に少年が空の端に影を見つけた。釣られてオーキドも空を見上げる。

大きな鳥ポケモンだろうか、力強く羽ばたきながらこちらへと向かってきていた。そのスピードは途轍もなく速く、かなりの力を持っていることが予想出来た。

すぐに影は二人の頭上に到達した。鳥ポケモンと思っていたのは、なんとリザードンであった。

この地でリザードンを持っているトレーナーは、オーキドの知る限りではたった二人。

孫であるグリーンと、ヒカルのみ。

そしてそのリザードンの尻尾は蒼白い炎を灯していた。

 

オーキドは反射的に叫ぶ。

 

 

「――――ヒカル!?」

 

 

リザードンが急停止する。

ゆっくりと高度を下げ、搭乗者の顔がはっきり見える位置にまでなった。

 

「――……あ、オーキド博士」

 

少し伸びた前髪の間から漆黒の瞳が覗く。

二年の月日が経ち、以前の子供ぽっさをあまり感じなくなったが、オーキドから図鑑を託された《四人目の図鑑所有者》ヒカルが、確かにそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

(……どうしよう、すっごく気まずい。というかこれは完全にまずい)

 

ヒカルの心臓はさっきから急加速しまくっている。

何せ、二年間も連絡をしなかったのだ。一年でもまずいことをヒカルはやってのけてしまっていた。

さっきからワナワナと拳を震わせるオーキドの様子が更に危機感をひしひしと与えていた。

普段ならオーキドと一緒にいる麦わら帽子の少年が一体誰なのかと尋ねるところだが、今はそんなことも気にしていられない。寧ろ一刻も早く逃げ出せとヒカルの中で警鐘が鳴り響いている。

 

「え、えーっと、それじゃあ俺、まだちょっと用事があるんで…」

「ほう、二年間もまーったく連絡を寄越さんような奴に一体どんな用があるんじゃ?」

「それは…その、えーと…」

 

段々と額の辺りに怒りマークが増殖していくのがありありと分かった。

ヒカルの顔が引きつった、瞬間。

 

「一言くらい連絡を寄越さんか、この大馬鹿もんがぁぁあああっ!!」

「ぴひゃいっ!? す、すみませんごめんなさいィっ!!?」

 

予期していても驚くときは驚くもの。約一名と二匹がびくりとなり、一人は委縮し震え上がった。

 

「全く、いくら事情があったとしてもせめて一言くらい寄越すとか考えんのか! わしらがどれだけ探し回ったと思っとるんじゃ!!」

「し、修行に出ようと…、連絡は…頭になくて」

「ヒィカァルウゥゥゥウ!!」

「わああぁぁぁァァ…!?」

 

修行で身に付けたはずの成長は微塵も発揮出来ず、言われるがままに怒声を受けることとなった。勿論連絡をすることをすっかり忘れていたヒカルの自業自得であることは言わずもがな。親の立場になって怒鳴り散らすオーキドの気持ちが大きいこともあるが、ヒカルには察することなど出来るはずもなく。

怒られているトレーナーが誰なのか、何故博士はこれほどまでに激昂しているのか理解出来ていない少年だけが、その行く末をオロオロしながら見ていた。――その足元にいるピカが何故呆れているのかも考えながら。

 

「今回のことを反省させるためにも、お前には罰をやらんとな」

「ふ、ふひゃい……二年振りに怒られた…あれ、もっと前だっけ…」

「(ギロリ)」

「ひっ!?」

 

余計なことを考える暇などなく、有無を言わせぬ眼差しにすっかり縮こまったヒカル。二年前の彼を知っている者なら、この姿に間違いなく大笑いするだろう。

さながら水やりを忘れた植物のようにすっかり萎れていた。

 

「ヒカル、彼の手伝いをしなさい」

「えっ」

 

突然話を振られた少年はビクッと後退る。

だがオーキドの声色が変わったこと、そしてその少年の傍らにピカがいることに気付いたヒカルもまた険しい表情になる。

 

「――――レッドに何かあったんですか」

 

それは先程までと全く異なり、真剣な眼差しを伴っていた。

その様子はかつてより成長したレッドたちを彷彿とさせ、オーキドですら身震いを覚えた。

 

「一ヶ月前、志覇(シバ)という者からの挑戦状を受け飛び出していった。そして今日このピカだけが傷だらけで帰ってきた」

「つまり、行方不明であると」

「そうじゃ。そして彼が代表して探しに出る。お前さんはそれを手伝ってやって欲しいのじゃ。わしが彼の実力を認めて決めたことじゃ」

 

ちらりと、少年の方を見た。

 

「彼のことを信じていないのではない。じゃが、お前さんが加わることでレッドの発見がより早まるじゃろう」

 

オーキドの言葉をヒカルの中で吟味する。

確かに人手が多い方がいいだろう。そしてきっとレッドに親しい者たちはこの調査に加わるはずだ。タケシやカスミ――エリカだって。

だがそれ以前にヒカルは許すことが出来なかった。‘行方不明’という単語が出てきた時点でヒカルの答えは決まっている。

断る理由などなかった。

 

「もちろん、協力します。俺に出来ることなら何だって」

 

未だ情報を得られない両親の面影。

違った形ではあるが、レッドもまた消えてしまった。

もう誰にも、自分と同じ悲しみを抱いて欲しくない。

 

ヒカルはゆっくりと少年に歩み寄った。

警戒心が働いたようでサッと半身を引かれるが気に留めない。正面に立って、自分よりも小柄なその少年を見る。

本当の《おや》ではない彼に寄り添うピカと鞍を身に付けたドードー。彼の手持ちであろうドードーを見ただけでは実力を推し量ることは出来ない。

だが柔和な眼差しの中に確かな決意を感じた。決して猛者たちが放つような威圧感ではない。ただレッドを見つけたいという意志を感じ取れた。

そんな少年に、ヒカルも少し不思議な感慨を持った。

 

それが何なのかは分からない。

それをこれから確かめていくためにも、ヒカルは右手を差し出す。

 

 

 

「改めて、俺はヒカル。――――よろしく」

 

 

 

 

ヒカルの新たな旅立ちはこうして始まろうとしていた。

 

 




はい短いですね。
そしてようやく第二章に入ることが出来ました。

ヒカルが怒鳴り散らされるのはやっぱり必要かなぁと思いまして。
だって真正面から怒ってくれる人って、ここだと博士かマサキくらいなもんで(マサキ美化説)。
でも安心してください。マサキはマサキです。


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第十七話 VSジュゴン 新たな敵

大変長らく…
長───っいのが出来上がりました。



「ふああ……」

 

呑気な欠伸が空に響いた。

それに呆れるようにヒカルが苦笑いした。

 

「まだ昼前だ、寝るのは早いんじゃないか?」

「むにゃ…いや、大丈夫です……すぅ」

「大丈夫じゃないな」

 

喋りながら寝こけてしまった麦わら帽子の少年に毛布を掛けてやる。ピカも呆れているようで「やれやれ」と言わんばかりに首を振っている。

 

 

場所はトキワの森。

レッドを探す旅に出たヒカルと少年は、川辺りから少し離れた開けた場所で休憩を取っていた。

ヒカルは一度旅をしていたが少年は未経験らしく、そんな相手を急かすこともないと、ヒカルは少年に旅のペースを任せていた。

どうやらトキワの森は馴染みがあるらしく、森に入った途端に彼のペースが上がった。かと思いきや、その流れはとある事件で停滞する。

 

「はっくしょんッ!」

「…ルドラに頼む?」

「ズズ…いや大丈夫や。んな事よりも大事なことがあるさかい」

「うっ……」

 

偶然通りかかった川で出くわしたのは、色んな機材を背負ったマサキであった。

が、何かに気を取られてたらしくマサキが居たのは水の中だった。知り合いに遭遇したことで軽く回避行動に走りそうになったのは記憶に新しいが、勿論溺れてる人をスルーすることなど出来ず、少年が濁流を起こしていたシードラを止める間に引き上げた、のだが。

 

『ふいー…た、助かった……、ん? ──ああっ!? ヒカルやないか!? っておい待てどこに行くんや!!』

『……ヒカルさん一体何したんですか』

 

即座に離脱するという戦法は見事に失敗し、ヒカルは呆気なく捕まった。逃れるという術が見出せず無抵抗にしていると、今度は少年の無垢な軽蔑の眼差しを向けられた。もう散々である。

 

「何でマサキなんかと会っちゃうかなぁ」

「わいなんかとは何や! お前、二年も連絡寄越さへんで! わいらがどんだけ心配しとったか!」

「あー、もう怒られたくない…」

 

既にオーキド博士に大層しばかれているが、それも連絡を入れなかったヒカルが悪い。ぐでーっと項垂れたとしても、反省してないと勘違いされマサキの説教はヒートアップしていく。

 

「ごめんなさい、もう怒られるのはマジで勘弁だから許してください」

「何言っとるんや! そもそもどこに行くとかそういうことを予め伝えておらんから皆困ってもうて……」

「マーサーキィ……」

 

ヒカルは瀕死の状態である。

それでも容赦なくマサキの説教は続き、五分ほど経ってようやく終わった。

運動したかのように額の汗を拭うと、未だ寝こけている少年の傍らにいるピカチュウ(ピカ)に興味を向けた。

 

「にしても、ほんまピカと似とるなぁ」

「だってピカだから」

「はぁーん? 何言うとるんや。ピカはレッドのポケモンやで」

 

マサキが訝しげな目でヒカルを見た。

そこでようやく、レッドの失踪はあまり広まっていないことに気付いた。

 

(そう言えば、どれだけの人が知ってるんだろう。オーキド博士はともかく、もうジムリーダーの皆には伝わってるかな)

 

ふとそんな考えを巡らす。

マサキも追求する気はないのか、それ以上の質問はなかった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「────見つけたわ」

 

不意に遠くでそんな声が呟かれた。

 

次の瞬間、強烈な冷気がヒカルたちを襲った。

 

「な、なんやっくしゅッ! さ、寒うっ!!」

「これは…!」

 

突然のことにヒカルとマサキは構えようとするが、あまりの寒さに身動きが取れない。

ヒカルは咄嗟に地面に寝転がる麦わら帽子を見やるが、この寒さでも動じず未だ寝こけている。

 

「よく寝てられるなっ……!」

 

歯噛みでもしたくなる気分だったが、再び襲ってきた冷気に阻まれる。

どうやらこの攻撃はピカを狙ったものらしく、小さい体に薄く氷が張りかけていた。今のトレーナーである少年が動かないので、代わりにヒカルがピカを抱え直撃を防ぐ。

と、少年がようやくもぞもぞと動いたかと思えば。

 

「ふわっくしゅっ! うわっ寒い!」

「起きるの遅いでお前! いきなり襲われとんのやぞ!」

「喧嘩は後にしろ!」

 

二人の言葉を区切り、ヒカルは素早くボールに手を回した。

それと同時に冷気の嵐が止む。

ボールに掛けた手を離さないまま、周囲の気配に神経を尖らせる。ようやく起きた少年も眠気はすっ飛んでいるのか、ヒカルの手を離れたピカに寄り添い辺りを警戒している。

 

「そのピカチュウ…渡してくださらない?」

 

唐突に頭上から声が降ってきた。

 

「「っ!!」」

 

ヒカルと少年がその方向を向く。

そこにいたのは、黒いワンピースを纏った眼鏡の女性。その傍らにはジュゴンが寄り添っている。恐らく吹雪はジュゴンのせいだろう。

ふと、妙にピリピリとした緊張感を感じた。それは少年とピカから発せられるものであり、同時に二人の表情からもそれは一目で分かった。

 

「かつて行われたレッドと四天王の戦いにおいて、レッドの手持ちの中、たった一匹逃げ延びたポケモン」

 

女性から発せられた言葉でヒカルも遂に目を見開きかけた。

こいつは────知っているのだ。

 

「逃げ延びたって……どういうことや!? あのレッドが……負けたっちゅうんか!?」

 

唯一事を知らないマサキが叫び返す。

その反応が新鮮だったのか、女性は小さく笑った。

 

「ええ、負けたわ。いくらリーグ優勝を果たしても四天王に適うはずなどないもの」

 

知っている。レッドと志覇という者の間で行われたバトルの全てを。その結末を。

そのきっかけを。

目の前の‘敵’は、知っている。

少年が帽子を深く被る。彼も動揺しているのだろう。

 

「まさか、本当にお前は、レッドのピカ……!」

 

マサキの呟きに釣られピカを見下ろす。全身が治癒してなお右耳に残る傷跡が嫌に目に映った。

 

「そして、‘我ら’四天王の戦いには一点の汚れも許されないわ。名折れになってしまうもの。そのために私はそのピカチュウを追ってきたの」

 

その言葉に少年とマサキは愕然とする。

 

「我ら…って…!」

 

先程受けた冷気の威力を肌身で知ったからこそ、その事実はあまりにも残酷なものとなった。

ただ一人を除いて。

 

「────お前らが、レッドを倒したのか」

 

鋭く放たれた言葉に女性は笑みすら浮かべながら答える。

 

「そのように言ったつもりだけど」

「そうか。お前らが‘俺の仲間’を倒したのか」

 

ヒカルの眼から一瞬光が消えたのを少年は見逃さなかった。同時に宿った炎のような怒りの色も。

その姿に、女性の動きは一瞬止まる。

やがて、フフフと笑い出した。

 

「そういえば話に聞いていたわ。あのシルフでの戦いの際、彼らと共に戦った《もう一人の図鑑所有者》のこと」

 

ヒカルの眉がピクリと動いた。

 

「……四天王に知られてるなら、結構まずいかな」

 

自嘲気味に呟くと、ヒカルは振り返らず口を開いた。

 

「……少年くん、今すぐマサキを連れて逃げろ」

「っ、そんな!」

 

少年は首を横に振るがヒカルはそれを認めないほどの威圧感を出した。

いくら修行を積んだと言ってもまだまだレッドたちには遠く及ばないだろう。そんなやつが、四天王と名乗るこの途轍もない迫力を見せるトレーナーに勝てるとは到底思えなかった。

 

「そんなことはさせないわ」

 

しかし敵は止まらない。

僅かに見せた隙をつくかのように、傍らのジュゴンに乗り岩場の高台から飛び降りた──否、滑り降りてきた。

 

「うわああああ!? す、滑ってきたぁ!?」

「さっきのは岩場に氷のレーンを作るためだったか」

 

たった二回の攻撃で辺りの岩肌は凍結されて眩い光を反射していた。それが意味するところを今理解したところでどうにもならない。今はどうにか逃げることを考えねば。

 

「逃がさないわ!」

「っ、ルドラ!!」

 

間近にまで迫ったジュゴンが牙を剥く直前に、ヒカルの手から放たれたボールより飛び出したルドラが辺りの氷に蒼炎を放った。

途端爆発にも似た勢いで水蒸気が周囲を包み、彼らの視界を隠した。

女性は舌打ちをしながらも、ジュゴンの攻撃によって素早く水蒸気を払った。あっという間の早業であったが────そこにヒカルたちの姿はなかった。

 

「隠れたか……でもそんなに遠くへは行けないはず。フフフ、まさかこんな所で会えるなんて────必ず仕留める」

 

 

 

 

「全く、今日はなんちゅう日や。川で溺れかけるわ、いきなり襲われるわ。オイヒカル! 一体どないなっとるんや!」

「気持ちは分かるけど落ち着いてくれマサキ。集中したいんだ」

「んぐぅ……」

 

ヒカルの機転で何とか近くの洞窟に身を隠すことが出来た三人だが、その表情に安堵の色はなかった。

僅かでも生まれたこの時間で敵を倒す算段を立てなければならない。ヒカルとて焦りを感じているが、マサキのように騒ぐだけではどうにもならないのだ。

熟考し始めていたヒカルは、ふと様子が違うものに気付く。

 

「どうした?」

 

声を掛けられた少年は、傷ついたピカを見つめなながら呟く。

 

「…………あの人たちが、レッドさんを……」

 

その声色に震えが混じっているのをヒカルは見逃さなかった。

 

「そ、そうや! あのレッドがやられたってどういうことや!? あんだけの強さを持っとるっちゅーやつが」

 

思い出したかのようにマサキが捲し立てる。当然だ、元々彼は溺れかけていたところを助けられ、少し休んでいただけなのだ。明確な目的があって戦いに望むヒカルたちと違って、マサキは巻き込まれただけの被害者に過ぎない。

それでもレッドが絡んでいる以上放ってもおけないのだろう。ありがたいことだが、巻き込まれ体質に同情を感じてしまう。

 

「……詳しくは分かりません。ただレッドさんは彼らと戦い、そしてこのピカだけが帰ってきた」

「そんな…レッドでも勝てない敵…」

 

要約した内容だったがマサキは納得したようだ。まああれだけの実力を見せられては頷かざるを得ない。

恐らくヒカルの全力を持ってしても対抗し切れるとは考えにくい。少年にはピカがいるが狙われている以上戦いに出しづらい。残った二匹のレベルではどうしようもないだろう。マサキは──思い出して後悔した。

洞窟に逃げ込んで十分ほど経つ。そろそろ行動しなければ戦力で勝る敵に蹂躙されるだけだ。

一つの決意と共に地面に向いていた顔を上げ、宙を睨む。

 

「でも倒せないわけじゃない」

「えっ!?」

 

この場の空気を壊さん言葉に二人が目を見開く。

 

「ちょ、ヒカル!? お前なんか勝機でもあるんか!?」

「いやない」

 

ばっさりと言い切り、思わずマサキはずっこける。

 

「だからこれは賭け。俺が注意を引き付けておくから、二人はその間に何か対策を考えてくれ。逃げるでも何でもいい」

 

これが今出た最良の答え。最悪ヒカルはかなりの怪我、いや死ぬかもしれないが。

それでもマサキが付いているからこそ出た答えだ。彼がいるなら、少年とピカを守ることは出来る。

 

「オイヒカル、それはなぁ…」

 

そんな考えが浮かんでいるはずもないマサキは、堂々と言い切ったヒカルに詰め寄った。

しかしそれは少年の声により中断される。

 

「っ、待って! 何か変な音が…」

 

叫んだ瞬間、天井を突き破ってくるものがあった。

 

「うわああああ!? ドリル!?」

「くっ!」

 

咄嗟に崩れかけた天井から飛び退き、少年たちとは反対の方向に向かって走り出す。

 

「ヒカルさん!?」

「ヒカルどこに行くんや!?」

 

後ろから聞こえる仲間の声は、落石によって掻き消えていった。

 

 

 

***

 

 

 

「フフフ、やっと出てきてくれたわね」

 

誘いに乗っかりまんまと出てきたヒカルに敵は追撃をせず、高みからこちらを見下ろしていた。傍らには先程いなかった巨大な二枚貝──パルシェンの姿もある。

 

「お前は俺のことを知ってるのか?」

「ええ。──シルフの戦いにおいて最後‘逃げ出した’臆病なトレーナー」

 

最後を強調して言い切られる。

その事実はヒカルの心を確実に抉るが、変えようのない真実であることも確かだった。

 

「……ああ、そうさ」

 

だからその言葉は肯定する。

しかし、瞳に宿るものは抗う意思。

相反するものを持ち合わせたヒカルに、女性は初めて興味を示す。その中心にあるものまでは分からないが、他のトレーナーとは違う何かを感じた。

それはヒカルに言わせれば何でもないただの自嘲だったが。

女性は笑う。

 

「その態度を評して名乗ってあげる。──私はカンナ。四天王、司る力は《(ひょう)》!」

 

 

 

 

四天王カンナ。

そう名乗った瞬間二人は動き出した。

片方はジュゴンとパルシェンに指示を出し、片方はそれをかわしつつ蒼炎を宿すリザードンを繰り出した。

登場と同時に放った“かえんほうしゃ”は“オーロラビーム”によって相殺され、迫り来る“ふぶき”を“だいもんじ”が蒸発させる。

一進一退の攻防に見えるが、技を打ち消した余波で煽られているのはヒカルの方である。それでも顔を逸らさずキッとカンナを睨みつける。

 

「勇ましく仲間を庇っても無駄よ。あなた一人で何が出来るのかしら」

 

カンナは軽く鼻で笑う。遊ばれているのは百も承知だ。その上でヒカルは賭けに出たのだから。

 

「……さあね、自分で確かめたらどうだ」

 

だから敢えて挑発とも取れる発言をする。少しでも奴の気がヒカルだけに向くように。

 

「とことん面白い。なら、そうするわ!」

「っ!!」

 

乗っかってくれたのか、今までより感じる覇気に真正面からぶつかっていった。

 

 

 

 

一方、洞窟内では。

 

「あああなんか外でドンパチやり出してしもたで!?」

「ヒカルさん…」

 

恐らく囮となったのであろう、ヒカルが単独で戦闘を開始してしまったことで更に混乱を極めていた。

洞窟が崩れる直前に言っていた《対抗策》を考えるにも、入口が氷塊で閉ざされてしまい冷気の篭ったこの場では頭も上手く働かない。

 

「うう…寒い……。わいらも早よ何とかせんと凍え死んでまうで」

 

口では言うもののそう簡単にはいかない。

 

「……何か、何か作戦は…」

 

少年が呟きながら必死に思考を巡らせる。

会って間もない彼が命を張って時間を稼いでいるのだ。

何故彼がそれほど必死になるのか少年には分からないが、何もせず見殺しにするようなことは出来ない。それに動かなければピカは奴らに連れ去られてしまうだろう。

それが何より許せなかった。

 

「! また何か来たで!」

 

思考を遮るように洞窟の近くが削られる音が響く。先程襲ってきたドリル、“とげキャノン”に間違いない。

そこで少年はふと気が付いた。

 

「あの“とげキャノン”、どう見ても威力が大き過ぎる。ヒカルさんが気を引いてくれてる今なら……!」

 

少年は素早くピカに向き直る。

両手でその体を抱え、数瞬の後、突如二人を強い光が包み込んだ。かと思えばそれはすぐに収まる

 

「っ…! い、今何を……」

 

突然のことに驚いたマサキは目を覆っていた腕を下げて、再び驚いた。さっきまで全身に傷を負っていたピカがまるで‘完璧な治療’を受けたかのようにすっかり消えていた。

マサキが唖然とする中、少年は元気になったピカに指示を出す。

 

「ピカ、ボールに戻って!」

「お、おい!」

 

すっかり置いてけぼりを食らっているマサキを尻目に、少年は常時携帯している釣竿を手に立ち上がった。

 

「ボールに入れてしまえばポケットにだって入っちゃう。だから…ポケットモンスター!」

 

釣竿の先にピカのモンスターボールを付け、振る。

 

「……せーの!」

 

狙いは一点。崩れた岩の隙間。

 

 

 

***

 

 

 

外ではアートも繰り出し、四対四の熾烈を極めたバトルが続いていた。

しかし力量も経験も不足するヒカルはじりじりと後退しつつあった。

 

(さすがに四天王と正面からやり合うのはキツイ……おまけにあっちは殺る気で来てる)

「どうしたのかしら。まさかここまで来て怖気付いたとか? ……パルシェン、ジュゴン!」

「っ、かわせ!」

 

二体の強力な氷攻撃が迫り来り、紙一重のところで身を翻す。同時にヒカルも動き、トレーナーをも巻き込まん攻撃をどうにか掻い潜る。

 

「いつまでそうしていられるかしらね」

 

狩る側であるカンナは薄く笑みを浮かべる。まだ本気を出していないことは明白だった。

 

(このままじゃやられる! けどあいつら全っ然動かないし!)

 

万事休すか。

ヒカルは奥歯をぎりっと噛み締めた。

しかし、

 

「フフフ…ん? あれは…!」

 

敵の狙いであるピカを敢えて送り出すという、仲間の奇策によって敵の一瞬の隙を垣間見ることが出来た。

 

 

 

 

マサキはただ不思議だった。

 

「ハァ……ハァ……っ」

 

少年は竿を引き戻しただけとは思えないほど息を切らしていた。まるで激しい戦いの直後のような感覚だ。

 

「お、おい……?」

 

心配する言葉もたどたどしく声をかけてみるが、かけられた少年は気付かなかったのか返答はない。

と突然、少年の手元が淡く輝きだした。手の中にあったピカのボールがふわりと宙に浮く。

 

「……パルシェンとジュゴンの合体技だったのか。なら、どちらか一方を封じれば……」

 

ぶつぶつと言葉を零す少年にマサキは眉根を寄せる。

まるで外の様子をたった今覗き見たかのような呟きに疑いを持つことは必然的であった。

 

「……さっきから何なんや、君は。ピカの傷を治したり、今は外の様子が見えとるかのように話しとる。それに、何でヒカルとおったんや」

 

今戦いにいる中で唯一事情を知らないからこそ、単刀直入に聞く。短い期間ではあったが、ヒカルとは中々の腐れ縁の関係になった。身分の証明まで行ったことだってあるのだ。

そんな彼が、マサキの友人であるレッドのピカと共にいる少年と旅をしている。

本人からは聞けなかったが、きっと訳があるはずだ。

 

暫しの沈黙を破って、細く確かな声が洞窟に響いた。

 

「────ボクはただ、ポケモンの気持ちがほんの少し分かるだけです。ヒカルさんは、このピカと一緒にレッドさんを探す…‘仲間’です」

 

敵と相対したとき、ヒカルから感じたものは悲しみと怒り。皆はきっとそれだけだっただろう。

だが、少年は別なものも感じていた。

それはまるで、後悔とでも言うべき暗く深いもの。

何故そんなものを感じたのか、ヒカルの過去を知らない少年には分からない。しかしそれだけ何かを背負っていることは分かる。何かを守ろうとしているのは分かる。

 

「オーキド博士に言われてヒカルさんと一緒にいました。けど、今は、ボクはあの人を信じています」

 

強い意志と仲間を信じる心。

それを見せられて、無視することなど出来ない。

だって、同じものを守ろうとしている‘仲間’なのだから。

 

「だから、助けに行きます」

 

 

 

 

「“オーロラビーム”!」

「っあ、しまっ!?」

 

ジュゴンの放った攻撃がルドラの翼に直撃し、その翼を凍らせてしまった。片翼を封じられ、完全に逃げ場はなくなる。

相性で優位に立つアートも既に力尽き、ボールに仕舞われている。

 

「これで空は飛べないわね。フフフ…終わりよ」

「っ……!」

 

先程生まれたスキを狙い仕掛けたものの、流石の対処であっさりと受け流されてしまった。

 

(……一かバチかに賭けてみるか)

 

少年たちが行った行動の意図は未だ理解し切れていない。しかし起点となるのは分かっている。

意を決し、口を開きかけた、その時。

 

「! あのボールはっ」

 

願ってもみないチャンスがやってきた。

もうここしかない。

 

「──ロンド、フルパワー!!」

 

ヒカルはこの場に出していないはずの仲間の名を呼ぶ。そして、その声に応え‘氷の岩場に変化’していたロンドがコアから強烈な“フラッシュ”を放った。

 

「くっ」

 

完璧なタイミングで放たれた不意の一撃は、確実にカンナの視界を遮る。突然の光に驚きながらも、カンナは反撃のため攻撃の指示を出そうとした。

だが、彼らの攻撃は続いている。

 

「今だああああっ!!」

 

ドゴオオォッ! とカンナの後ろの岩が吹き飛ばされ、一つの影が飛び出す。

 

「“でんきショック”!!」

 

ドードーの背に乗った少年は竿を大きく振りかぶる。先端に付けられたボールはパルシェン目掛けて投げられ、登場と同時にピカの電撃が放たれた。

 

「“からにこもる”!」

 

回避されることなく、パルシェンの動きが止まる。“からにこもる”のお陰でダメージは抑えられてしまったようだが、麻痺状態になったパルシェンは暫く攻撃出来ないだろう。

と、突然肩を強く掴まれ揺さぶられる。振り返るとそこには焦った表情のマサキ。

何かを言おうとしたヒカルの返答を待たず、ヒカルの手を掴みそのまま引っ張っていった。慌ててルドラとロンドをボールに戻す。

連れて行かれた先は少年とピカの元。

 

「ヒカルを連れてきたで!」

「ドドすけ、お願い!」

 

問答無用でヒカルをドードーの上に乗せ、助走なしで走り出した。流石地上を翔る鳥ポケモンだ、そのスピードとパワーはあっという間にヒカルたちをカンナから引き離した。

と、マサキがヒカルの腕を引っ張って耳打ちをしてくる。その内容に驚き、少し体勢を崩してしまう。

 

「おっとっと」

「気を付けてください。重量オーバーでドドすけが走れなくなっちゃいます」

 

掴んだままだった腕を引っ張られ体勢を戻す。ダメ押しで告げられたプレッシャーを頭を振って払拭しようとする。

 

「分かってる! おい、この作戦上手くいくのか!?」

 

八つ当たり気味に叫ぶ。

マサキから伝えられた、現状を打開する策。それはヒカルが考えていたよりもずっと難しいことだった。

 

「……分かりません。でも…!」

 

ひたすらに逃げ道を見つける。

逃走する中、その張り詰めた言葉の中に、少年は奮い立たせるような怒気を孕ませていた。

 

「どこへ行くのかしら?」

 

しかし、それすらも相手には通じない。

重量オーバーでスピードが落ちているが、途轍もない馬力を誇るドードー。そのすぐ後ろから冷酷な声が届く。

振り返ると、ジュゴンに乗ったカンナがそこまで迫って来ていた。

 

「あ、アカン! “れいとうビーム”で道を作って来よるで!」

 

水系のポケモンだが同時に氷タイプも併せ持つジュゴンは、マサキの言った通り“れいとうビーム”によって地形の差をカバーしてしまった。滑るのも得意らしく、地上を走るドードーと大差ない。

と、不意に“オーロラビーム”が飛んできた。

 

「ちいっ!」

「うわぁっ!?」

 

ヒカルとマサキが振り落とされないようにしがみつき、少年が必死に手綱を操る。

直撃は免れたものの、いつ次の手が来るか。

 

 

そんな極限状態の中、カンナが声を上げる。

今までの攻防が、どうしても引っかかるのだ。そして不思議と興味を惹かれた。

ただの攻撃対象ではなく、それなりの敬意を持つべきかもしれない。

そう、ほんの少し思ったのだ。

 

「────ただ逃げ回っているようには見えないわね。──名を聞いておこう」

 

そんなカンナの心情などヒカルたちには分からない。

だが、自然と断る気にはならなかった。

 

「……ヒカルだ」

 

名乗ってからちらりと振り返る。

今まで一回も言おうとしなかったその名を、少年は果たして口にするのか。

 

 

「ボクは…ボクは────」

 

麦わら帽子の奥から声がして。

 

 

 

「イエロー・デ・トキワグローブ」

 

 

少年────イエローの瞳が眩く光った。

 




言い訳はしません。
サボってました。
イエロー可愛いよ可愛いよ。


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第十八話 VSパルシェン 危うい心

結局宣言から一ヶ月待たせてしまいましたね…



 

一対一の戦いから一転、追う者と追われる者の構図でヒカルたちの戦いは続いていた。

 

カンナの乗るジュゴンは、器用にも“れいとうビーム”で道を作りながら攻撃を仕掛け続けてくる。それらを紙一重のところで何とかドードーが掻い潜り、トキワの森を駆け抜けてゆく。

ヒカルはちらりとドードーの手綱を握る麦わら帽子の少年を見た。

《イエロー》と名乗った少年は必死にドードーを操り、ジュゴンの猛攻を凌いでいる。戦いは得意ではないと言っていたが、かなりの度胸を持っているのかも知れない。ヒカルやマサキを乗せながらのこの状況は精神的にも重荷であるはずだが、被弾は一度もしていない。

しかしそろそろ限界だ。横に並ばれてはいないものの、不利なことに変化はない。

 

「ヒカルさん!」

 

不意に呼びかけられ、思考を一時中止する。

 

「何だ!」

「もう限界です! お願いします!」

「っ……!」

 

迷っている時間は終わってしまったようだ。

半ばやけくそになりながらカンナの方に向き直った。

ニヤリ、と笑った気がした。

 

「ジュゴン!」

 

予感が的中し、“れいとうビーム”が曲線を描きドードーの進行方向に飛んできた。途端に目の前に氷の棘が作られ、イエローが急ブレーキをかける。

 

「くっ!」

 

くるりと向きを変え、走り出した方向はなんとカンナのいる真後ろ。

 

「血迷ったか! わざわざこちらに来てくれるとはね!」

 

双方共にスピードは緩めない。

衝突まであと僅か、カンナが目と鼻の先になり、勝利を確信した顔が驚愕に変わる。

ぶつかり合う直前にドードーが九十度向きを変え、背に乗るヒカルがカンナ目掛けてタックルをかましたのだ。

想定外の行動に判断が遅れ、カンナはヒカルもろとも吹き飛び地面に叩きつけられる。

 

「ぐっ!」

「がっ!」

 

痛みに顔を顰めながらカンナは素早く体を起こし、ドードーの向かった方向を見た。ヒカルを囮にしたのか、一瞬の隙にその姿は既に眩んでいた。

 

「ちっ……。こんなことしてくるトレーナーは会ったことがないわ」

 

同じように顔を顰めながらヒカルが睨みつける。

 

「こんなことでもしなきゃ、お前から逃げられそうになかったからな。あいつらも納得してくれた最良の策さ」

「フフフ…全く。面白くて、つくづく腹が立つわ」

 

ゆらりとカンナが一歩踏み出す。

たらりと汗を流しながらヒカルが一歩後退する。

地面に落ちたとき打ち付けた左肩が鈍い痛みを放っている。カンナは特に怪我もないようで、足取りは先程と代わりないように見えた。

 

(っ……頭がガンガンする。これは長引かせられないか)

 

カンナの指示と同時にヒカルは再びボールを投げた。

 

「“れいとうビーム”!」

「“10まんボルト”!」

 

ボールから飛び出したライがジュゴンの攻撃と真っ向からぶつかる。互いに相殺し合い、四散した“れいとうビーム”が辺りに白い霧を発生させる。周りの景色が遮られ視界が狭くなったことに舌打ちする。

 

「うおおおおおっ!!」

 

ヒカルの雄叫びが木霊し、ライが呼応するように電撃を放つ。

しかし、

 

「──いい加減腹が立つから、黙ってちょうだい」

 

無慈悲で冷徹な声と共に繰り出されたパルシェンの棘がこちらを向いた。音もなくジュゴンが近付いていたことに気付いたときには遅かった。

 

「“とげキャノン”」

 

再び襲来した氷のミサイルがヒカルとライを容赦なく撃ち抜き、爆発が起きた。

 

 

 

 

 

 

「────さて、ピカを追わなくては」

「させない!!」

 

カンナの真後ろから声が聞こえた。それと同時に訪れたのは地鳴りにも似た音。

 

「やあああああっ!!」

 

霧が少し晴れた隙間から、イエローはジュゴンとパルシェン目掛けて竿を降る。

ボールから飛び出したピカが二体に今度こそ容赦のない“10まんボルト”を撃ち落とした。爆風が押し寄せ、それがカンナの足止めとなる。

その隙にカンナたちの脇を駆け抜けヒカルの側へ。

 

「ヒカルさん! 大丈夫ですか!?」

 

ドードーから飛び降り駆け寄る。ポケモン、トレーナー共にかなりのダメージだが、意識はまだ失っていなかった。

 

「……ぁあ、少年…くん。悪い、もうちょっと時間稼ぐつもりだったんだけど」

「何言ってるんですか! ボクらはそんな……!」

 

反論しようとしたイエローの言葉を遮り、肩を借りながら上体を起こす。

シルフカンパニーの時より今の状態は酷いかもしれない。無意識に苦笑いが零れた。

 

「何やっとんのや! 早よ行くで!」

 

ドードーに跨ったままのマサキが叫ぶ。

その声に我に返ったのか、イエローはヒカルの腕を引っ張りドードーに乗ろうとした。

だが、ヒカルは動こうとしなかった。

 

「ヒカルさん!?」

 

ここまでの動きは、多少想定とは違ったもののイエローの立てた作戦通りだった。

ヒカルが敵の注意を引き、一瞬の隙に更に痛打を与え少しでも敵の体力を削ってから逃走する。

上手くいくとは思ってない、正直無理だと思っていた。何故なら、ヒカルを危険に晒す必要があったからだ。

幾らピカを連れているといっても、イエローにはバトルの経験は殆どなかった。マサキもあまり得意ではないと言うため、実質可能性はヒカルにしかなかった。

だが、分断される前に「まずい」とヒカルは言っていた。つまり、彼でも勝てる見込みはかなり低いと言うことだ。

それでも打開策はもうこれしか思いつかなかった。だから無理を承知で彼に伝えたのだ。

 

でも、

 

「ここでもうちょっと粘らないと、完全に逃げ切れない。二人は先に行くんだ」

 

ヒカルは無理どころか、無茶をし出した。

戦闘前に感じた深い負の感情がヒカルを突き動かしているように見えた。

 

「だめだ…そんなの…」

 

無意識に呟きが零れたことにも気付かない。

そして、せっかく作った隙が終わり、カンナは体勢と整え終えていた。

 

「“とげキャノン”!!」

 

氷のミサイルではなく、大量のキャノンが雨のように降り注いでくる。ジュゴンの“ふぶき”が全てのキャノンに纏われ、威力を増大させる。

 

逃げ場は、なかった。

 

突如。

 

「ラアアァァアアイっ!!」

 

絶叫にも似たヒカルの声が轟いた。

同時に震えながらも立ち上がったライが“かみなり”を放った。

地面を穿ちながら“とげキャノン”に迫り、爆発に似た衝撃と煙が周囲を包んだ。

 

 

薄らと煙が晴れる。

そこに追っていた少年たちはいなかった。

ちっ、と舌打ちをする。

 

「────逃がしたか」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…。な、何とか逃げ切れた……」

 

その頃、煙に紛れて逃走を果たしたヒカルたちは、道もない森の中をドードーで走っていた。

 

「しっかし、ホンマ駄目かと思ったで……。寿命が縮むわ」

「そうですよ」

 

大きく安堵の息をついたマサキがごくりと唾を飲んだ。続けて発せられた言葉から憤怒の感情を出しまくりながら、一番後ろに乗るヒカルを睨み付けた。

 

「ボクらを逃がすためだからって、あんな自分を傷付けるようなこと、しないでください」

 

何故あんな自己犠牲のような行動を取ったのか。

何故あんな暗い感情を滲み出させていたのか。

イエローには分からない。だから、イエローが言える範囲で自分が嫌だと思ったことを言う。ヒカルには傷付いて欲しくないと、心のどこかで思い始めていたからこそ、会ってまだ間もない仲間にこれほど怒っているのだ。

 

あまり後ろを向いていられないので前に視線を戻す。ヒカルの反省を聞くために耳は傾けたままにして。

しかし、いくら待ってもヒカルから返答はなかった。

 

「……ヒカルさん?」

「おい、ヒカル? どないしたんや?」

 

マサキも訝しげに問うが、返答はない。

首を傾げながら後ろを向こうとしたとき、マサキの背中に寄りかかるようにヒカルの顔が倒れてきた。

同時に聞こえた荒い呼吸に、一瞬体が硬直する。

 

「……悪い。でも、俺は……守り、たくて……」

 

ずるり、とヒカルの体が滑り落ちかけた。

マサキが慌てて受け止め、ようやく後ろに向き直る。

先程まで痛む左肩に置かれていたはずの手はそこになく、右の脇腹を抑えていた。そしてそこには、“とげキャノン”の破片と思しき氷と────真っ赤な血。

イエローが攻撃を仕掛ける前に食らった“とげキャノン”からライを守るため、被弾した際にヒカルが庇ったのだ。それは決して大きくはないが小さくもない。しかし逃走を確実なものとするため、イエローが駆け寄った際は見えないように隠していた。

だがそんなことはイエローたちには分からない。

 

「ヒカル…さん!? ヒカルさん!!?」

 

突然の事実にイエローがドードーに急ブレーキをかける。

反動で仰け反ったマサキと入れ替わるようにヒカルに飛びつき、体を揺さぶった。

 

「どうして……! どうして、ヒカルさんが!」

「と、ともかく病院や! こっちの方ならタマムシが一番近い!」

「っ、はい!」

 

未だ動揺する頭を無理矢理切り替え、再びドードーを走らせた。

レッドのことも頭から抜け落ちるくらいごちゃごちゃしていたが、まずはヒカルを手当しなければ。

目指すはヒカルが最も行くことを渋るであろうタマムシシティ。

焦る心を沈めながら、イエローはドードーの足を早めた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「お前さんが取り逃がすとはのぉ……フェッフェッフエッ」

「確かに、甘く見ていたわ」

 

戦いの痕跡が残る森の中。

僅かに地面に染み込んだ血を睨み付けながら、通信型コンパクトの画面に呟いた。光に反射する画面の向こうでは老婆が笑いを零しながらこちらをじっと見つめていた。その手には石で出来たと思しき装置を抱えている。

 

「イエローと名乗ったあの少年も厄介だけど、もう一人、面倒なのがいたわ」

「ほう? レッドのピカ以外にアタシらに噛み付けるやつがおるのかえ?」

 

老婆は面白そうに問う。

リーグ優勝したトレーナーのポケモンが面倒なのはともかく、イエローはかなり未知であった。しかしパルシェンとジュゴンのコンビネーションを封じるかのような攻撃を仕掛けてきたことで、一つの可能性を連想させていた。即ち、あの時囮に使ったピカから記憶を読み取り、攻撃に転じたのでは、と。

そうなれば、レッドとシバの戦いに辿り着くのも時間の問題だ。それはかなり面倒なことである。

しかし、あの少年はまた別だった。

 

「ええ、危ういまでの意志とロケット団相手に戦うことの出来た実力。あれは臆病なんかじゃなかった」

 

カンナは唇を噛みながら顔を顰める。

先程叩きつけられた部分を撫でながら、コンパクトの向こうの相手に告げた。

 

「トキワの森のイエロー。そして、四人目の図鑑所有者ヒカル。彼らも標的に追加よ」

 

追う者と追われる者の構図は未だ崩れてはいない。

不敵な笑みを浮かべながら、カンナはコンパクトを閉じた。

 




今回は少し短い…かな?
次回をお楽しみに。あの人が出てきますよ(汗


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第十九話 VSガラガラ イエローの覚悟

リアルが忙しかったんです。マジです。
それ以上の言い訳はしません。
前回のお話を読んでから進まれることを推奨します。



タマムシシティとは、カントーのほぼ中心に位置している都市であり、デパートやゲームセンターなど豊富な商業施設が整っている都会でもある。

そんな町にジムがないと言われたら納得しない者の方が断然多いだろう。無論ジムはあるのだが、今どれだけの挑戦者がそこに行っても引き返すことになる。

何故なら、ジムリーダーのエリカは今、親友の行方不明と二年間音沙汰がなかった奇妙な関係の少年の大怪我という、二大びっくりイベントに巻き込まれているのだから。

 

 

 

 

 

ようやく人の出入りが落ち着き、イエローはたどたどしく部屋の隅に置いてあった椅子に腰掛けた。

視線を向けた先には、未だ血の気がないヒカルの姿。

 

 

カンナとの戦闘後、負傷したヒカルを超特急で最寄りの病院まで運び込んだ。

見るからに大怪我のヒカルと軽くボロボロになっているイエローたちを見て、看護師たちは一瞬驚いたもののすぐさま治療を始めてくれた。

 

「────こいつの身元? せやから、わいが証人になったるゆーとんねん! ……こいつの親御さんって、それが無理やからわいがなるってんのや! あーもう! 頭硬っいな!」

 

治療のためか、書類を持ってきた看護師とマサキが進展のない口論を続けている。ヒカルの両親について触れたとき、マサキが悲しそうな顔をしていたことに気付くが、今そんなことを聞く気にもなれなかった。

イエローの中にはただ、自責の念が渦巻いていた。

もっと自分が上手く立ち回れれば、こんな怪我をさせずに済んだのではないか。実力があれば、ヒカルに囮をさせずに済んだのではないか。

そんなことばかり考え、通路の壁にもたれかかって麦わら帽子を目深に被る。バタバタと聞こえてくる喧騒が、そんな感情に拍車を掛けていた。

 

「……せや! ジムリーダー! あいつ、確かこの町のジムリーダーと知り合いやったはずや! そいつにも証人になって貰えば、あんたらも信用するやろ!」

 

マサキの言葉にぴくりと顔を上げた。

道中、トキワの森に差し掛かったとき、ヒカルが話してくれたことを思い出した。

 

 

『ニビ、ハナダ、タマムシのジムリーダーは《正義のジムリーダー》って呼ばれてて、前に会ったことがあるんだ』

『へぇー。《正義》、ですか』

『レッドとも仲良かったみたいだから、これから会うこともあるかも、だけど……』

『? どうしたんですか?』

『いや、あの、その……。タマムシのジムリーダーとは、何ていうか、色々あって。出来れば事が落ち着いてから会いたいなーなんて……』

 

 

その時は乾いた笑みを零すだけでなんのことかさっぱりだったが、今にして思う。あれは、オーキド博士やマサキに怒られていたヒカルが見せていた、怯えの表情だと。そして同時に悟る。

ヒカルにとって、この上ない証人になると同時に、とんでもなく面倒なことになるのではと。

 

 

 

そんな経緯でヒカルのことを聞きつけたエリカが猛烈な勢いでやって来たのは、運び込まれてから僅か十分ほど経ったころだった。

 

「おお、来なはったなぁ…ぶふっ!」

「ヒカルさんは!? ヒカルさんはどこに!?」

「ちょ、タンマタンマ!? 落ち着いて!」

 

登場と同時にエリカはマサキに軽いタックルをかましていた。顔面蒼白で、明らかに冷静ではない。可憐で清楚でお淑やかと言われるエリカはそこにいなかった。

ただそれは純粋に、二年間連絡を寄越さず心配させ続けた挙句、怪我の治療のため身元の証人になって欲しいという理由で、帰還と無事と無事じゃないことを知って動揺しているだけだ。

 

「待ちぃや! ヒカルは逃げれへんから! どの道逃がさへんから取り敢えず落ち着いてくれや!」

 

マサキの説得にようやく落ち着きを見せ、自ら深呼吸をして冷静になろうとした。

その様子を見てやっと看護師が近付き、エリカにヒカルについての確認を取り出した。

少し離れた位置で一連の出来事を呆然と見ていたイエローは、病室への出入りが減ったことに気が付いた。そっとドアに近付いて恐る恐る中へと入っていって──今に至る。

 

 

 

服の隙間から覗く包帯が痛々しく思い、視線を逸らした。

すると、変えた視線でカタカタと揺れるモンスターボールを捉えた。

近付いて覗き込むと、戦闘で疲れているはずのリザードンとルクシオ、ルドラとライが真剣な眼差しを向けていた。

 

「どうしたの?」

 

カタカタとボールの中から必死に何かを叫んでいる。同じく戦闘に出たアートやロンドは二匹の様子に驚いているので、用があるのはこの二匹だけということか。

それにこんなはっきりと音を立てていたら出入りしていた人が気付くはずだ。でもそんな話はしていなかったように思う。

 

「……ボクに伝えたいことがあるの?」

 

ヒカルにはまだ力について話していない。勿論ヒカルの手持ちも知らないことだ。

だから自分たちをボールから出さず、ただ手を翳して来たことに驚いた。

イエローはそんなことは気にせず、トキワの森の力を行使する。

 

 

「────────」

 

 

永遠とも思える静寂が病室を包む。

目を瞑り、二匹の思い、そして記憶を読み取る。その光景が瞼の裏にありありと浮かんでくる。

 

険しい山の中で、自分の身の危険も厭わず腹を切り裂かれても仲間を信じたヒカル。

攻撃の一瞬、飛び退いた自分に覆い被さり盾となったヒカル。

 

自分のことなんて平気で投げ出して、誰かを守ろうとする主のことを。

 

 

『『友達を助けて』』

 

 

泣きそうな声で二匹の友達は言った。

 

 

 

「────……そっか。そういうことなんだ」

 

イエローの声が二匹に届く。

 

「任せて」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

イエローが決意を胸に抱きながら目を擦っていると、ガラリと引き戸が開けられた。

そこから姿を見せたのは、エリカ。

 

「あ、えっと、初めまして」

「初めまして。タマムシジム、ジムリーダーのエリカですわ」

 

何を話していいか分からず、取り敢えずペコリとお辞儀をする。先程見た姿とまるで違いお淑やかなその態度に正直驚いてしまう。

 

「先程はお見苦しいところをお見せしてしまって……」

「い、いえ! ボクも最初見たときはあんな感じだったので」

「ふふ、それは少し安心しました。──イエロー?」

「!!」

 

名を知られている。その事だけで息が詰まるような感覚に陥る。決して名乗ってはいけないと言われていた名をカンナに告げたのはイエロー自身だ。その時点で広まることは覚悟していたので、少しは注意するようにしていた。ヒカルが大丈夫と分かって気を緩め過ぎたのかも知れない。

イエローは少し後退しながらも警戒心を露わにして、エリカを見つめた。

 

「そんなに警戒なさらないで。カスミから聞いたのです。オーキド博士がとある少年にレッドの図鑑とピカを託した、と」

 

オーキド博士、その単語にぴくりと反応した。

 

「わたくしたちはレッドを必ず見つけます。そしてあなたは博士が認めたトレーナー。出来る限りフォローさせていただきますわ」

「…ありがとうございます」

「それに、あなたはヒカルさんと一緒にいた」

 

その言葉を言ったとき、まただとイエローは思った。

とても悲しそうな顔をするのだ。まるで両親のことを口にしたときのマサキのような。

 

「何で…そんな悲しそうなんですか」

「…………」

「マサキさんもそんな顔をしたんです。あなたも。何でですか?」

 

これはイエローだけが知らないこと。

レッドを助けたい一心でオーキドの元を訪れたイエローには、ヒカルのことなど知り得なかった。

だが、いつまでもそれではいけない。ちゃんと向き合わないと、いつかきっと後悔してしまう。そんな気がしていた。

 

「────彼の悲しみを知っているから、ですわ」

 

やがてエリカは呟いた。

 

「悲しみ……?」

「そうですわね。少しお話しましょう。大丈夫ですか?」

 

正直力を使ったのでかなり眠かった。これはどうしようもないことなので、じゃあと切り出す。

 

「ちょっと寝るので、起きてから聞かせてください」

 

 

 

 

 

 

二十分ほど睡眠を取れば、イエローの調子も元に戻っていた。

ヒカルに割り当てられた個室のソファでゆっくり伸びをし、被ったままの麦わら帽子を正す。

 

「よく眠れましたか?」

 

ずっと待っていたのか、ベッドの近くに丸椅子を寄せ座っていたエリカがこちらに微笑みかけた。

上体を起こし、ソファの端に腰を落ち着けて向き直る。

ヒカルの姿が見え、眠る前と変わりない様子に落胆する。だが覚悟は決まっている。

 

「はい、もう大丈夫です。お願いします」

 

その瞳を見つめ、エリカは口を開く。

ゆっくりとヒカルの経歴、そして二年前の戦いを語り始めた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

想像以上の出来事にイエローは暫し呆然とした。

 

「……これがわたくしの知っている全てですわ」

 

語り終えたエリカの表情もどことなく暗く見えた。

 

家族旅行の最中に起きた船の難破事故。両親の行方不明。

手がかりを探す中での、ロケット団との戦い。そして、首領サカキ戦の敗北。

 

責任感と正義感の強い彼が二年間ずっとそんな重みを背負っていたことが、どれだけ辛いものなのか。

全て理解出来なくとも想像は出来た。

 

その上でまた、気になることも浮上する。なぜそんな重みを二年間も抱え続けたのか。

エリカの話だけでは分からなかった。

 

「その、話しづらいかも知れませんが、ヒカルさんって、どういう人なんですか?」

 

遠慮がちにエリカに尋ねる。

ほんの僅かな関わりしかないイエローには、完全にはヒカルのことを図りかねていた。彼のポケモンたちから伝えられたことと、自分が思っている印象だけでは、ちゃんと理解出来ないと思ったのだ。

エリカはベッドに横たわり眠ったままのヒカルを見つめながら、暫しの沈黙が流れた。

 

やがて、小さな声がそれを破る。

 

「いい人ですよ、とても」

 

それはどこか儚げで、悲しげな声だった。

 

「でも、すぐに抱え込んでしまうんです。何でも自分一人で悩んで、でも解決出来るほど器用じゃなくて」

 

そして少し嬉しそうに微笑んだ。

 

「イエローは、ヒカルさんをどう思いましたか?」

 

エリカからの問に少し間をあけて答える。

 

「……いい人だと思います。すぐ無茶をして、こんな風になっちゃうんだと思うんですけど。戦いが好きじゃないボクがこうしていられるのは、きっとヒカルさんが無茶してくれたからなんです」

 

本来ならばそんなことを許してはいけないだろう。むしろ咎めるべきだ。

しかし、それをやめろと言ってしまっては、ヒカルを全否定してしまう気がしていた。

無茶をしてでも仲間を助ける。

その危うくも頑強な信念が、今回の戦果に繋がっている。ヒカル自身は負傷してしまったが特に気にはしないだろう。

 

 

「────だからこそ、なんですよね」

 

エリカが呟いた。

 

「え? 何ですか?」

「いいえ、何でもないですわ。──さあ、あなたもちゃんと休んでください。暫くはわたくしが見ていますわ」

 

まるで追い出すようにイエローを急かす。少し疑問を抱くも深追いせず、イエローはヒカルを一瞥してそのまま病室を後にした。

 

静かになったその部屋で。

二人のポケモンたちしか見ていない部屋で。

 

「────本当に、よかった」

 

エリカの瞳から一雫の涙が零れた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

外に出てみると、辺りはすっかり暗くなっていた。

マサキは寄る場所があると既に別れており、イエローは一人、夜のタマムシを歩いていた。

 

「……ヒカルさん」

 

四天王カンナとの戦い。

あんな戦いが続くのならば、今のままでは力不足だ。ロケット団とやり会えるヒカルですら及ばないのだから、イエローは今完全なお荷物となっている。

今にして思えば、ヒカルもそう思っていたからこそ危険な囮役を引き受けたのかもしれない。自分が背負えば、自分より弱いイエローたちを守れると。

 

「……いや、それはないかな」

 

ヒカルがそんな風に相手を見るような人ではない。それは何となく分かっている。

だったらあの時、ヒカルは本当に捨て身の覚悟でイエローたちを守ろうとしたのだ。自分がどうなろうと、構わないと思って。

 

だが、そんな人がなぜ二年前突然姿を消したのか。

 

「…………あ」

 

ふと、思い至った。

 

姿を消したのは、怒っていたのでも、悲しかったからでもない。

悔しかったからではないだろうか。

 

彼のポケモンたちが伝えてきた、彼の姿を思い浮かべる。体を張って誰かを守り戦おうとする彼が、ことごとく否定され伏したら。

伏してしまった自分に気付いたとき、きっと悔しさでいっぱいになるだろう。

 

もしそうなら、イエローに出来ることは限られる。

だが、やることも決められる。

 

「僕がヒカルさんを守る。……そう約束したんだ」

 

 

 

 

同じ時、覚悟を新たにしたイエローを物陰から見ている者がいた。

 

「イッヒッヒ。麦わら帽子のガキ、あいつだな。たーっぷりいたぶってやるぜ」

 

ガラガラとペルシアンとパラスを連れたその男は、闇に紛れ姿を消した。

 

 

 

 

 

その十分ほど経ったころ、街の外れで赤い少年の目撃情報がイエローたちに届いた。

 




今年中にもう一本上げます。絶対。


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