比企谷八幡の幻想縁起 (虚園の神)
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7月下旬

頑張って書きました。
可愛がってください。


チリン、と風鈴が鳴く。耳に響くその音は頭にスッと入る。感覚的に涼しくなり、今の季節を意識せざるを得ない。あくまで感覚的に、だが。

夏で在る現在、うだる様な暑さが続いていた。所謂酷暑である。横の扇風機がカタカタと首を忙しなく動かしている。だが、たいして涼しくなる訳もなく、「焼け石に水」というか「焼け俺に風」といった感じである。

濁った目で目の前にいる奴を睨みつける。俺は過去に無い程の苦戦を強いられているのだ。というのも前述の奴こと、夏季休暇の宿題それも数学だ。

くっ!分からん!恒等式も二項定理も数列の和もマジ意味不明。なんなの?rとかnとかアルファベット使うのは英語だけで充分だわ。数学など欠片ほども理解できん。もういやっ!ハチーチカお家に帰る!何て事を口走りそうになるくらいにはやる気が無くなる。

 

「マッカンでも飲むか」

 

独り言(特技)を呟き、冷蔵庫を開ける。周りがこんなに暑いから冷蔵庫の温度差が際立つ。マックスコーヒーは上段にあった。取り出し、タブを開け、中のものを一気に呷る。

この粘りつくような甘み・・・。流石俺のマッカンだ。そんじょそこらのコーヒーとは絶望的に違うぜ!(甘さが)。ふぅ、と息を一つつく。

机の方を見やれば、半分も終わっていないノートが寝そべっている。眉間に汗が流れる。コーヒーもまた、気温差で汗をかいてた。

面倒くさいなーまた今度やろうかなーまだ夏休み始まったばかりだしなー。そう思い、そっとノートを閉じた。そのままうつ伏せになり、床に倒れ込んだ。DIVE!!したからなのか、段々と睡魔に襲われる。まぁ俺はそれ程泳ぎは得意ではないのだが。

突然ガチャとリビングの扉が開く音がする。音源に目を向ければ、黄色のシャツと水色のスカートを履いた小町がいた。二階から降りてきたのだろう。

「どったの?お兄ちゃん。そんなとこに寝そべって。死んだ魚の真似?」

「ちょっと、酷くない?確かに俺は死んだ魚のような目をしてるが、身体まで腐ってるとは言われたことないぞ。」

「前者は肯定しちゃうんだね。お兄ちゃん・・・。」

「俺は賢いからな。もう諦めた。」

はは、と苦笑いの小町。ゴメンねこんなお兄ちゃんで。

それからはたと思い出したように、顔を上げた。

 

「小町ちょっと出かけるから 」

「何処へ?」

「ムー大」

 

ムー大かぁ。ムー大とは総合デパートの様なもので、服屋、雑貨屋は勿論のことゲームセンターから映画まで揃っている場所であり、遊びには事欠かない。つまり一人で行くようなところでもない。俺なんかは専ら本屋に用があるから一人で行くが、アホの小町が本屋に行くわけがない。

 

「誰かと買い物か?まさか大志か?大志なのか?」

 

大志とか言った日にはぶっ殺すぞ。大志を。

 

「何その食いつき方……。キモい、キモいよお兄ちゃん。」

 

そう言ってフルフルと首を振る小町。さながら赤べこのようであるが、そんなことはどうでもいい。

俺が答えを待っていると小町は少し嫌そうな顔をしてから口を開く。

 

「別に大志君じゃないから。クラスの娘達だよ」

 

良かった。この手を血で濡らさずに済みそうだ。

一人安堵してると小町は既に荷物を纏め、出る準備を終えていた。

 

「じゃ、小町行ってくるから。留守番よろしくね〜」

 

リビングを出て、一拍して玄関から扉を閉める音がする。

家には俺一人。暇すぎる。

特にやることもない俺は床をお掃除ローラーよろしくゴロゴロ転がるだけ。

チリン、と風を受け風鈴がまた響く。すると心地よい風が通り抜けていった。髪は流され、気力も流れる。

ーーー寝るか。そう思い、俺はゆっくりと意識を闇の中に落としていった。




次回から幻想入りします。
お楽しみに〜。



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比企谷八幡in紅魔館

2話目


一瞬の浮遊感。

衝撃、そして痛み。

目を覚し一番最初に目に映ったのは、眼前に広がる湖。そして背後には数多の木、木、木、ぶっちゃけ森がある。木が3本で森とかそんな寒いことを言っているのではない。森の中を覗き見ようとすれば、目が緑で埋め尽くされる、そんな感じだ。広葉樹が多く存在しているのか、土の感触が柔らかい。

しかし何故俺はこんなところに・・・。いや、本当に何でだ?俺は家のリビングで寝ていたはずなんだが。アイエエッ!?モリッ!?モリナンデ⁉︎お、落ち着け、そう素数を数えるんだ2.4.6.8.10・・・これ偶数だわ。

だが偶数でも結構落ち着けるものだ。数字を数えること自体に意味があるのだろう。しかし中々冷静に行動できる俺はやはり優秀。これがリア充なんかだと先ず頼れる人を探すだろう。だがボッチには元々周りに誰も頼る人間がいないから、突然の状況にもすぐに落ち着けるのだ。

そう、焦っても仕様がない。するべき事は持ち物の確認。そして、状況判断。

先ず持ち物だ。I♡千葉T-シャツ、7分丈のズボン、圏外のスマホ、家の鍵と伸びるキーホルダー、シャーペンとボールペン。・・・これでどうしろっつーんだよ。

まぁいい、次は状況だ。置かれている状況を理解しなければ何も始まらない。

この状況考えられることは4つ。

1つ目は此れは夢であること。

2つ目、俺が寝ている間に旅行に連れて行かれた。

3つ目、誘拐

最後に、全く知らない場所。俗に言う異世界。

2つ目と4つ目は限りなく可能性が低いから除外すると、実質2つか。

「だが、痛みがあったということはこれは夢ではない?となると誘拐か?」

声に出して整理しながら確認する。

「それでも、周りに誰もいない。誘拐の可能性も低そうだな」

・・・全部低いじゃねぇか。別のところから考えるか。

そういえば夏真っ只中だというのにいやに涼しいのは何でだ?湖があるからという理由だけではない気がする。避暑地?そうなると旅行か?いや待て、それだと・・・ 。うーんうーんアンノウーンと考えていると、視界の端に巨大な物を捉えた。よくよく見やれば赤い館が立っていた。距離にして300メートルといったところか。

背に腹は変えられん。行ってみるか。

立ち上がり、ズボンについた砂をぱっぱと払い、歩を進める。

段々と館と門が近づき、細かい部分まで明瞭に見えてくる。見れば見る程デカイと思わざるを得ない。

ふと、門の側に女性がいる事に気付いた。今の今まで館の方に気を取られ、全くと言っていいほどに気がつかなかった。その女性は赤身の混じった茶髪を背中まで流し、チャイナドレスに身を包んでいた。服から太ももがチラリと覗き、正直なところエロい。ハ、ハレンチなっ!

そのふと間違えたそのひとを見ながらも、声を掛けあぐねていると向こうが気付いたのか、声をかけられた。

「誰でしょうか?この紅魔館に何か用向きでも?」

物腰は丁寧だが、声に多少の鋭さを感じる。恐らくこの館の門番、若しくは衛士だろう。

「えーとですね。そのーまぁなんというか。そのですね・・・。」

なんとも要領を得ない返事を不審に思ったのか、苛立ちと警戒を強めた語調になる。

「用向きを言えないのならお引き取り願いますか?私も暇ではないので。」

この門番さっきから突っ立ているだけにしか見えなかったんだが・・・。しかも暇じゃない門番ってどういう事だよ。敵がいつもくるのん?という突っ込みは呑み込み、代わりに用を話すことにした。

「ええまぁ、信じてもらえないかもしれませんが、気付いたらこの湖の近くにいて、右も左もわからないものだから人の気配のあるこの立派なお屋敷に行き、知ってることなどないかと話を聞きに来た所存で御座います。」

なるべく丁寧な態度を意識し、かつ相手を褒めることも忘れない。中々の高等テクニックだ、と思う。

「へへ、立派なお屋敷だなんてそんな・・・。」

そう言ってはにかみ笑いを浮かべている。警戒のされ方が結構緩和された様だ。流石俺だ。敗北を知りたいぜ…。

「分かりました。少々お待ちを。」

そう言って、敷地内に入り、戸を叩く。少しの間も開けずに扉が開くと中からメイド服をピシッと着たミニスカメイドが現れた。銀色の髪、幼さの残る顔だがそれを振り払うかのような凜とした佇まい。美しいと可愛いの中間に位置するような人だった。そして2人して多少の言葉を交わすと、銀髪メイドが突然消えた。

・・・え?ニンジャ?

そしてものの数十秒で元の位置に戻って来た。そしてこちらに近づき、人3人分の間を開けて、目の前で止まる。

「美鈴から伺いました。外の世界から来たそうですね。申し遅れました、私、この紅魔館にてメイド長を務めさせていただいております、十六夜咲夜と申します。彼方にいる門番が紅美鈴です。」

そう言うと、両の手を腹の位置で重ね、一礼をする。

そして顔を上げ、視線を合わせてくる。つまり、名乗れ ということだろう。その真意を悟った俺は簡潔に自己紹介をする。

「比企谷八幡です。先程、紅 め、めーりん?さんに事情を話したのですが、」

「存じております。先程も言いましたが外の世界から来たとのことですね。」

ほーん、外の世界ねぇ・・・。んん?外の世界?

「外の世界とはどういうことでしょうか?ここは異世界かなんかですか?」

「この世界は、貴方のいた世界とは結界により、隔絶されているのです。ある面、貴方にとって異世界の様なものですね。」

結界ねぇ。あちゃー、材木座と同じタイプの人間かー。異世界だったら俺のチーレム無双でも始まるんですかねぇ。そんな訳あるかです。はい。

 

「信じるか信じないかはご自由ですが、貴方が今、路頭に迷っているのは純然たる事実。なので宜しければ、紅魔館でお世話致しましょうか?」

「いや、まだ日も高いですし、お気持ちだけ受け取っておきます。」

「そう仰らずに、お嬢様も歓迎するとおっしっていますので。どうぞ中へ。」

そう言って門を開き、中へ通そうとする。ニコニコ笑顔だがそれを有無を言わさぬ迫力がある。それに逆らえるはずも無く、門をくぐる。その時に紅さんに礼を言おうと思い、すれ違い様に顔を上げると、申し訳そうな顔が目に映った。それを疑問に思いながらも、十六夜咲夜について行き、紅魔館にの中へ足を踏み入れた。

 




誤字、おかしい文章があれば教えてください


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悪魔の妹、フランドール・スカーレット

主人公視点って難しい。


紅魔館に入れば、成る程、紅魔館と云う名だけあって床や壁、果ては天井、装飾品色々なところに紅が散りばめられている。ここまで紅いと気味が悪くなるが、泊まる身で贅沢は言えまい。半ば強制的にだが。

「此処が食堂です。」

金縁の飾りがついた大きな木の扉の前に立ち、手のひらで視線を促す。扉が閉まっていて、中の様子は確認出来ないが、かなり大きい食堂であることは間違い無いだろう。

「ところで、貴方は人間ですか?」

「は?」

彼女はなんといったんだろうか……。ニンゲンデスカ?what?

唐突にそんなことを言うものだから軽く思考放棄してしまった。

「いや、当たり前でしょう。人間以外の何に見えるんですか。」

ごく当然のことを言ったつもりだが、彼女の目はやはり懐疑の色を消さなかった。

「いえ、なんと言いますか・・・。目に生気が宿っていないので、人外かと思いまして。」

「はは・・・。」

どこに行っても目の話か・・・。俺の目が人外ってどういうことだってばよ。

「しかし、人で良かったです。」

「はぁ、まるで人外が存在しているかのような言い方ですね」

「人外がいますからね。」

「へー。・・・はぁ!? 」

「先程申し上げたでしょう。ここは隔絶された世界だと。因みに美鈴も人外ですよ。」

「いや、あの人明らかに人間でしょう。腕も脚も普通でしたよ。」

「そうですね、美鈴は人と大差ない容姿をしてますからね。解り辛いでしょう。て言うか脚フェチですか」

「いや、だから人でしょ?あと脚フェチじゃないです」

「信じてもらえないのなら……ふむ、そうですね。少し私の能力をお見せしましょう」

そう言うと、最初に見た時と同じ様にパッと消えてしまった。リアクションできずにいると 後ろですよ と涼やかな声が掛かる。後ろを向けば、真顔でこちらを見据えてる彼女がいた。

絶句とはこのことを言うのだろう。疑問を口にしようとしても言葉が出てこない。

あまりの事に目を丸くしてると、彼女の種明かしが始まった。

「時間を止め、その間に動きました。」

そんな馬鹿な、と一笑したいところだが、先のことを見るに強ち嘘ではない気がする。となると、さっきの結界、人外の話も真実味が出てきた。

「じゃあ、ここは本当に異世界なんでしょうか?」

一番最初に切り捨てた4番が答えということか。

「厳密には違いますが、そういう解釈でいいです。ここは幻想郷。外界を追われた妖怪、妖精、鬼、天狗、神まで受け容れる世界です。勿論、人間もいますよ。人里というところで固まって暮らしています。私も人間ですが、レミリア・スカーレットお嬢様に仕え、この紅魔館にいます。」

「成る程、因みにその妖怪とかは人を襲うのですか?」

「人喰い妖怪は多いですね。そこらの森に行けば会えますよ」

マジか。あっぶねー、あのまま行ってたら早々に喰われるところだった。紅魔館に入って良かったー。ホントもうマジ感謝感激。

「有難う御座います。」

だから一言礼を言う。

なんのことか。と、首をかしげる十六夜さんだが、合点がいったのか、 いえ、お気になさらず と首を振った

「こちらとしてもありがたかったので」

「え?」

「お部屋を案内します」

そう言って歩みを進めていく。最後にありがたいと聞こえたが、気のせいだろうか?疑問は残るが彼女の半歩後を追った。

 

♢♢♢

 

「話は変わりますが、さっきの『時間を止める』と言うのは何ですか?特殊能力ですかね。」

廊下を歩くが音はしない。薄くマットが敷かれてあるからだ。だから声がよく通る。

「ああ、私達のそれは『程度の能力』と言いまして、私のは時を止める程度の能力ですね。」

「なんともまぁ無茶苦茶な・・・。」

その後はもう話は続かなかった。互いに無言。

いやしょうがないでしょ。元々コミュ障が少し入ってんだから。俺から話題出しただけでも大殊勲だと思うよ?

不意に彼女が一つの扉の前で立ち止まり、振り向く。

「此処が貴方の部屋になります。お手洗いは廊下の突き当たりを左に曲がったところにある、使用人用のをお使い下さい。お食事は6時半を予定していますので、それまでゆっくり部屋でお寛ぎください。食事の場につきましては、先程の食堂にお越しください。貴方の紹介もその場を持って致します。」

何、こんだけ喋って一回も噛まないだと……。

それでは と言うと一礼をし、部屋から出て行った。

スマホも圏外、やる事もないので寝転がる。今更になって外の世界を思い出す。今は夏休みだが、たった2ヶ月しか無い。2ヶ月間あると思うな2ヶ月間。その二ヶ月間に帰れる保証はないし、さらに言えばそもそも帰れるという保証すらない。さっきの十六夜さんの口からは、外界に帰る方法という言葉が一回も出てこなかった。もし、帰る方法があるなら見知らぬ人間なぞ泊める前にさっさと帰してしまうだろう。それをしないのは、彼女たちにはどう仕様もないという事。

俺帰れなかったらどうしよ。小町元気かな、俺がいなくて寂しくなるだろうけど泣くなよ小町!・・・おかしいな鼻で笑う声が聞こえた気が。

しかし、思い返せば不思議だ。随分と簡単に泊めてもらった上に、この屋敷の主に会っていない。前者は屋敷が広く、部屋に空きがあるからということで理由付けができるが、後者はなぜだ?来訪者が来たからには、屋敷の持ち主が顔を見せないのは不自然ではないだろうか。

そもそも俺はあったこともない人の親切心など信じることはできない性なのだ。結果的には助かってるが裏があるかもしれないと思ってしまう。まさか、泊める代わりにここで一生働け、何てことは無いだろうな……。

思考の渦に巻き込まれ暫く考える。次から次へと湧いてくる疑問に頭を悩ませていると、尿意が迫ってきた。ここで思考を中断し、少し前に教えられた便所に行く。しかし、便所というのは男と女で言い方に随分差があるように思える。男は便所。女はお手洗い、又は化粧室。女性は便所に行くのにも『ちょっと花を摘みに』という隠語を使うらしい。これは男も隠語を考えるべきではないだろうか。『ちょっと鹿を撃ちに』何て良いと思う。やべぇちょっとカッコいい。次から使おうかな・・・。

おっと、突き当たりか。えーっと左だったかな?

そう思い左に行けば、あったあったありました。まぁ、便所にかかる時間なんて20秒もない。とっとと済ませるか。どこぞの太郎君よろしくとっとことっとこ便所に入り、用をたす。

 

 

 

便所から出て、部屋へ戻ろうとする途中、階段を見つけた。

ふむ。ゆっくり部屋でお寛ぎください、つまり遠回しに用がなければ部屋から出るな と、言われた訳だが、別に勝手に歩くなとハッキリ明言された訳でも無し。言葉の意図に気づきませんでしたー、ってことでいいだろ。ちょっと探索でもしますかね。そう思い階段を降りる。

見知らぬ場所を歩くと感情が徐々に昂ぶってきて、さながら奇妙な冒険気分である。俺のスタンドはステルスヒッキー・・・。

そんなこんなで階段を降り続けていると、窓が全くない場所に行き着いた。元々どこも窓は少なかったが、此処は全くない。と、なると此処は地下という事になる。

こんなにでかいのに更に地下まである屋敷とか、ホントスゲェな。

少し薄暗く、涼しい空気がこの、日のない廊下を支配していた。

しばらく歩くと一つ、重厚なドでかい扉を発見した。

人の部屋を勝手に見るなんて気がひけるが、そこそこ好奇心もある。まぁ、少し見てすぐに出れば問題ないだろう。俺が部屋から出たのが5時20分くらい。だから今は30分といったところか。6時半に食堂に入ればいいのだから、楽勝だ。さてさて、地下室はどんな感じかなーっと。

板の取っ手を持ち、開く。一歩、中に入る。中は多少の明かりが灯っていて、ベッドや人形の影がくっきりと映っている。

二歩、三歩と部屋の中へと進み、思わず止まった。何も靴紐がほどけたとか、何かを踏んだという訳ではない。俺の視線の先にはただ少女がベッドに腰掛けていただけ。そう、ただの少女ならどんなにいいか。金髪をサイドテールに纏め、ナイトキャップを被っている。そして最も目を引くもの、背中から棒の様なものが2本生え、それらの下に宝石のような物を垂らしている。普通は飾りか何かだと思うだろう。現に東京の某電気街に行けばコスプレをした人が大勢でレッツパーリーやらニャンニャンやら言ってる。

だが、彼女は違う。絶対に。棒の様なものーー恐らく羽であろう両翼は彼女の背でゆっくりと動いていた。そのことが既に人外というのを物語っている。俺の頭には「人喰い」の言葉が閃光の様にパッ通った。ーー出よう。そう思い、つま先を180度回転させる。だが

「誰?」

そのたった一言で足は止まり、思考も停止した。

「誰かそこにいるの?」

再度問われて、仕方なく言葉を返す。

「・・・比企谷八幡。」

「・・・誰?」

「いや俺」

「ふーん。どこから来たの?」

「外の世界、だな」

「なんで紅魔館(ここ)にいるの?」

「突然この世界に来ちまってな。困ってたらここに案内された」

「今日入ったんだ」

「そうだな、今日入ってきた」

このぶつ切れの問答から少なくとも彼女は直ぐに俺を襲うなんて事は無さそうだ。そこまで分かると幾分か恐怖が和らいだ。しかしこんな少女にビビっていたとか情けねぇな。戸塚には絶対言えん。

「ねぇ」

「あん?」

不意に話しかけられ、多少口が悪くなった。だが、そんな事は気にしてないように少女は続ける。

「弾幕ごっこしようよ」

何その デュエルしろよ みたいな台詞。俺は今から命をかけてデュエルでもするのか?

しかし耳慣れない言葉だ。『弾幕ごっこ』。

「弾幕ごっこって、何?」

仕事で疑問に思ったことは人に聞く!あわよくば人に仕事をなすり付ける!これ常識。

「あ、そーか。今日幻想入りしたんだっけ?じゃあ知らないか。はぁ、つまんないなぁ。折角人が来たと思ったのに。」

「あー、その力になれなくて悪いな」

目に見えて落胆の色を示す彼女を見ると何とも心が痛い。だが中途半端にご機嫌取りの様な事をして更に彼女を傷つけるのは忍びない。

ここはまぁ、離れるのが正解だろう。

「じゃ、俺行くから」

「どこへ?」

「自分の部屋だよ。6時半から飯だと言われているからな。」

「食堂……、ああそういうこと」

後ろから何やら聞こえるが無視し、踵を返して扉へ向かう。

しかし、突如ボスン、という音がする。音のした方を見ると、多くの綿が転がっていた。近くに有る布を見るに、ぬいぐるみだろう。布がはち切れたのだろうか?

ぬいぐるみが壊れたの俺の所為にされるのやだなー。こういう小さい子は何事かあると近くの人の所為にしたりするからなぁ。と思いつつ、不機嫌な顔をしているであろうさっきの少女を流し目で見ると何故か口角を吊り上げ笑っていた。身体の芯がスーッと冷え、背中に鳥肌が立つ。ゾッと、底冷えのするような笑みを湛えた少女はクスッと一つ笑う。

「かわいそうね。あなた」

「……何が」

努めて冷静にそう返す。

「この幻想郷では妖怪は人里の人を襲っちゃダメなの。襲えるのはあなたの様な外来人か既に死んだ人間くらい」

流れる金髪を弄りながら話す彼女はどこか狂気じみてた。

「お姉様は死体なんか食べたりしない。もうわかったよね?私は吸血鬼、フランドール・スカーレット。私のお姉様、レミリア・スカーレットの妹よ。勿論、お姉様も吸血鬼。」

「なっ!」

驚きのあまり、一瞬言葉を忘れかけたが、同時に納得もした。それぞれの行動には意味があったのだ。主に合わせない理由。これは吸血鬼だとバラさず、警戒心を持たせないためだろう。紅魔館に引き込んだ理由。これは言わずもがな、今夜の晩御飯を逃さないため。そして、何よりも紅美鈴の最後に見た表情。全てに合点がいった。

注文の多い料理店かよ。

フランドールはなおも続ける

「だからね、食べられるのは可哀想だからね、私が壊シてあげル。」

いうが早いか、彼女から光弾がいくらか射出される。

「う、うおおぉぉ!?」

間一髪床にダイブし避けた。その後、床や壁に着弾した光弾は強烈な爆発音を伴って爆発した。床には傷一つ付いていないのが疑問だが、今はそれどころではない。

フランドールから逃げる。これが先決だ。しかしまともに逃げることは叶いそうにない。背を向けたならきっと次の瞬間には倒れてる。なら、俺に切れる手札はーーー

「待て、フランドール!勝負をしよう」

ーーー話術だけ。

動きが止まり、怪訝そうな顔をするフランドール。

「何するの?弾幕ごっこはできないんでしょ?」

酷く焦る頭を落ち着かせ言葉を選び最善を取る。

「いや、出来る。弾幕ごっこをしよう。」

勿論嘘だ。先ずは会話の糸口を探す。あわよくばごっこ遊びに持ち込む。弾幕ごっこと言うのだから遊びだろう。

「で、ルールはどうするんだ?」

さりげなく、弾幕ごっこのルールを聞く。ここでうまくいけば恐らく俺は助かる。

だが、予想外の言葉が返ってきた。

「いや、もういいや。弾幕ごっこじゃなくて、ただ貴方を壊シたくナッちゃっタ。」

やばい。そう思うが時すでに遅し。光弾がもう眼前に迫っていた。とっさに手を前に突き出し、身を守ろうとするが、少し外れて左腕に当たった光弾は俺の腕で爆発した。

「ッッ!痛ってええぇぇぇ!!」

柄にもなく大声を上げ、腕を抑える。

痛い。痛い。痛ぇ。

血が多く出ていないのは恐らく皮膚が焼けているからだろう。腕の皮は剥け、うっすらと広範囲に血が滲んでる。タンパク質の焼ける不快な臭いが鼻につき、あまりの痛みと臭いに目が潤んでくる。

「簡単に壊れないでね」

そう言うと、次弾を発射する構えを取る。

「ま、待ってくれ!」

痛みに逆らい、なんとか絞り出した声がこの台詞とは小物臭が半端じゃない。

だが今はどうでもいい。黒歴史になろうがいい。俺個人の歴史が無くなるのは一番ダメだ。

小町のためにも死ぬのはマズイ。

「何」

一言そう返すフランドール。

「せめて勝敗をつけてくれないか?俺が死んだらお前の勝ち。ただ俺が1分間逃げ切ったら俺の勝ちで、もうお前は俺に攻撃を加えない。どうだ?」

ズキンズキンと響く痛みに耐え、一息で言った。

「1分はダメ、10分」

「もう少し下げてくれ 、せめて2分」

「5分は?」

「3分で頼む」

「分かった、じゃあ3分ね」

それじゃあ行くよ〜。とスタートを宣言するフランドール。だがまだだ。まだ俺の言いたいことは終わっていない。

「ちょっと待て!」

スタートの宣言を中断させられたからか、あからさまに不機嫌そうな顔をするフランドール。

「今度は何?」

苛立ちの混じった声を投げ掛けられる。

……怒るなよ?

ここで怒らせれば一巻の終わりだ。

「勝負はお互い本気でやらないとダメだよな?」

「そうだね。勝負だからね。」

そう返すフランドールには酷薄な笑みが張り付いていた。

「私に全力を出せってこと?」

そう聞き、クスクス笑うフランドール。しかし俺の答えは違う。

「いいや、違う。」

じゃあどういうことだと、顔をしかめる。

一呼吸置いて、口にする。

 

「・・・鹿を撃ちに行ってくる」

 

 

「はぁ?」

フランドールの口の端がヒクッと動いた。意味わからないという顔をしていた。当たり前だろう。俺だってそんなこと言われたら意味わからん。

でもわかってもらわなきゃ困る。

「つまり便所に行くと言ってる」

ふざけてると思うかもしれないが至って大真面目だ。ここから起死回生を狙う。

「ほら、トイレ我慢しながら勝負しても全力を出せないだろ?全力で戦いたいなら行くべきだ。それしかない」

どうだ?結構畳み掛けたが。

「・・・この部屋の隅にあるから使えば?」

くっ!やはりと言うべきか便所はこの部屋にあった。あわよくばこの部屋から出られると思ったが、まぁこうして余裕ができたことだけでも良しとしよう。

因みにトイレに行きたいというのは嘘だ。老人なわけでも無し、そんなちょくちょく尿意はこない。

ドアを開けて中に入り、ドアを閉め、鍵をかける。

ふぃ〜。こ、怖かったぁ〜。

火傷した左腕を水で冷やす。流水が患部を刺激し水が染みる。

しかし本当に痛いし、怖かった。ここで助けが来るの待とうかな・・・。なんてことを考えていると、ふいにフランドールの まだ出ないの? という声が聞こえてきた。だからそれに ああ、まだだ。 とだけ答えとく。

しかし、このまま引きこもっても何も進展しないな。どうするか・・・。まぁどうするも何も、出来ることは会話ぐらい。場合によっては言葉こそが自身を守る盾にもなる。

「あー、えーっとフランドール。お前は何で地下にいるだ?」

「そんなの今関係あるの?」

「いや、時間は有意義に使うものだろ?だから話しておきたいと思ってな。」

少々回りくどいが、相手に話させないことには何も始まらない。なけなしのコミュ力を集めて言葉を紡ぐ。

「まぁ、いいよ。話してあげる。」

するとドアからゴスッという音がする。・・・ドアに寄りかかったのか。

「私はお姉様にこの地下室に495年間ずっと閉じ込められてるの。」

ドアを挟んだ会話。ドア越しにくぐもった声と会話をする。

「何でだ?」

「私の能力の所為」

「『程度の能力』ってやつか」

脳裏に銀髪メイドが横切る。

「そう、私の能力は『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』。だからお姉様はその能力を恐れて閉じ込めた。私が周りを、皆を傷つけるから。」

「能力使わなきゃいーんじゃねーの?」

「さっきの私見たでしょ?あんな風に時々狂っちゃって、周りのものを皆壊したくなっちゃうの。」

・・・破壊衝動の一種か。ん?『さっきの私』?

「お前、今はもう狂ってないんじゃない?」

「・・・あ、ホントだ。もう大丈夫だ」

ふぅ、と一旦安心するが、まだ出ていいのかどうか思い悩む。結局話を続けることにした。

ドアは依然閉じたまま。

「あー、それとさっきお前は『姉に自分が周りを傷つけるから閉じ込められた』って言ったよな?」

トイレのドア越しに頷くような衣擦れの音がする。

「多分そりゃ逆だ。」

「逆って?」

「お前が周りを傷つけた時、周りの連中に恨まれて、お前が傷つくのを恐れたんだ。」

「なんでそんなことわかるの?お姉様に会ったの?」

「いや、会ってない。だけどな俺にも妹がいる。それこそ目に入れても痛くないくらいのな。」

「シスコンなんだ。」

「ほっとけ。だから兄弟の上の立場から言わせてもらえば、俺は妹には先ず悲しい思いをさせたくない。だからお前の姉もきっと同じだ。」

しばらく無言の状態が続くが、そのうちフランドールが再び口を開いた。

「でも、私はいつ狂気に犯されるか分からないから、地下にいた方がいいよ・・・。お姉様の気持ちが分かってもきっといつか私は台無しにする。」

「あー、何かこう、自責の念に駆られているところ悪いんだが、狂気についてはだいたい見当がついてる。」

「・・・え?」

「問題はお前がこの地下室から出たいかどうかだな。で、どうなんだ?」

「…たい」

「や、悪い。聞こえねぇ。もっかい言ってくれ。」

「出たいっ!私は外に出たい‼︎」

「・・・分かった」

彼女の心の内は聞いた。

彼女に、彼女自身にその意思があるんだったら。俺は手助けをしなければいけないだろう。俺は奉仕部だから。

扉を開く。俺から、フランドールに向かう。

………おかしいな。開かないぞ?

「あーそっか。フランドール、ちょっとドアから離れてくれないか?」

そう言うとたったっ、とドアから離れる音がする。再びドアを開けようとする。だが開かない。 何故だ・・・。

「どうしたの?」

「いや、ドアが開かなくて、・・・あっ。鍵掛かってた。」

 

♢ ♢ ♢

 

トイレに入っていたからか、異様にすっきりした気分だ。

未だ火傷した腕が痛むが、冷やしたお陰で当初よりは幾分かましだ。

「あ、その・・・腕、」

気付いたのか、フランドールがもうしわけなさそうに目を伏せる。

「まぁ、気にすんな。もう痛くねーし」

怪我をさせられた相手に気を使うなんて、おかしな話だが、彼女に関しては仕方のないことと言えよう。

「さて、どうやってこの部屋から出るかな。」

さっき、普通に出ようとしたらドアにかけた手が弾かれた。フランドール曰く、内側から開けられない結界があるらしい。能力を使えば、強行突破出来ないこともないようだが、後がうるさいらしい。

「まぁ、任せて」

そう言うとフランドールは巨大な光弾を作りだし、壁に向かって放った。

雷の様な轟音と、暴力的な爆風が部屋を支配した。だが、壁は以前傷一つ付いていない。

なんの意味があったんだ・・・。と思ったら直ぐに答えが現れた。十六夜咲夜である。

「い、妹様!如何されましたっ!?」

慌ただしく部屋に入って来た彼女は、フランドールの姿を確認し、目立った傷はないと一安心。そして次の瞬間目を見開いた。まぁ十中八九俺が目に入ったからだろう。

そして俺に目を向ける。

「予定の時刻を20分過ぎても食堂に現れないから何をしているのかと思えば、ここに居たのですか。それにしても妹様。よくこの方を壊しませんでしたね。」

十六夜さんが驚き混じりの声音で言う。

「この人とはたくさんお話ししたからね。」

「そうですか。」

そう言って意外そうな顔をする。

「まぁ、妹様に何もないので良かったです。では、比企谷様、食堂へお連れします。」

そう言って扉から出て行く十六夜さん、その後に続く俺、そしてフランドール。

「妹様!?な、何故部屋からっ!?」

再び驚き、少し慌てる。その慌てん坊のメイド長にフランドールが一言。

「咲夜、お姉様のところに。」

「え、しかし……」

そう言い淀むが彼女に見つめられ、頭を垂れる。

「しょ、承知しました」

疑問符を浮かべながらも案内をするメイド長。

やがて食堂に着き、 お嬢様はこちらです。 とだけ言って、扉を開く。

食堂の内側に足を踏み入れると、得も言えぬ香りが漂ってきた。腹が減っていたのか、空腹感が俺を襲う。

次に長テーブルを見る白のテーブルクロスが掛けられ、2人が食事を摂っている。最奥の上座に座り、目を丸くしている少女がこの屋敷の主だろうか。とてもそんな風には思えないが、楚々とした所作にはどこか気品がある。

その少女ーーレミリア・スカーレットは入って来た俺たち、というよりもフランドールに驚いた様な声をかけた。

「部屋から出てどうしたの?フラン。何かあった?」

そして次に俺に目を向けると、 貴方がヒキタニさんね? と言い、微笑んだ。

「お嬢様、比企谷です。ヒキガヤさんです。」

そっと十六夜さんが耳打ちする。コホンと咳払いを一つする。

「比企谷さん。ようこそ紅魔館へ。」

だが事情を知ってしまった俺としては、「はぁ」と曖昧な返事しかできなかった。

「お食事されては如何?」とレミリアが言えば、十六夜さんが俺の椅子を引く。まぁこの状況で座らないのも不自然なので、一応座る。

フランドールはどうするのだろうと思い、周囲を伺えば、あのお嬢様の近くにいる。

「お姉様、後で話があるから。」

それだけ言い、今度は

「咲夜」とメイド長を呼んだ。すると瞬時に十六夜咲夜が現れる。

「なんでしょう妹様」

「彼の食事に入ってる睡眠薬全部抜いて。」

「ま、待ってください妹様!それは、その何故・・・?」

何故解ったのか、解ったとしても何故それをいうのか。色々な意味を含む問いかけだった。

そして十六夜咲夜の動揺の仕方、お嬢様の固まり様を見るに食事に睡眠薬が入っていたのは明白である。

しかしまぁ、予想していたこととはいえ、本当に入っていたと知らされるのは中々恐ろしいものがある。

いやー、手つけなくて良かった。こえーこえー。

「お、お嬢様・・・。」

どうすれば、と主に尋ねるような視線を向けるメイド長。当のお嬢様は、はぁ と溜息を吐くと、新しい食事を出して と言った。

「で、ですが・・・。」

本当にそれで良いのかと確かめるような声音で、レミリアを見る。それに対し、レミリアはコクリ、と一つ頷く。

「・・・承知しました。」

という言葉と共に目の前から料理が消え、次の瞬間には、湯気を立てる料理が並んでいた。まぁ、それでも心配だ。俺が手をつけないでいると、それを察したのか十六夜さんが

「御心配なく、それには睡眠薬など入っていません。毒味しましょうか?」

と聞く。

流石に女性が手をつけたものを食うのは気がひけるから、「いえ」と一言断りを入れ、スプーンを取り、コーンスープを口に流し込んだ。液体だから、シャッキリポンという食感は出ないが、それでも、トウモロコシの甘さみと胡椒の辛味が舌の上に広がり、美味いと思わざるを得ない。その勢いのまま主菜、副菜と箸を進めていく。まぁ、箸じゃなくてスプーンとフォークなんだけどな。

全てのものを食い終わってから、少し時間が経ったのを見計らい、フランドールが口を開く。

「お姉様、今日は話したいことがあって来たの。」

言われたレミリアは訝しげに視線を向ける。

「分かった、聞くわ。さっきの理由も一緒にね。」

さっきの、とは睡眠薬の件だろう。

「私、少し前にそこの人と会ったの。彼が私の部屋に入って来てね。最初は狂って彼を破壊しようとしたわ。」

「ああ、その腕はそれの所為ね。」

そんな言葉と共に俺の左腕に目を向ける。

「そう、彼を傷つけたけど、彼は私を恐れずに私に話しかけたの。」

・・・まぁ、滅茶苦茶怖かったし、ビビりましたけどね。

「だから私は私の事を話した。地下室に居たことも、狂気のことも。私は最初、お姉様は私の事嫌いなのかと思ってた。だけど彼はそれを違うと言ったの。お姉様は私の事を思って、私を閉じ込めたって。」

「信じたの?誰かも分からないようなそんな目の腐った男を」

・・・目が腐ったは余計じゃないですかねぇ。ええ。

話は続く。

「信じた訳じゃ無いわ。ただ、信じたいと思った。それに彼は私を外に出せると言っもの。」

レミリアは目を見開いたと思ったら、きっ、と俺を睨んだ。

「どういうこと・・・?他人の貴方が無責任なこと言わないでもらえるかしら。」

ここで俺に振ってくるのか。なら返そう、俺の答えを。にしてもプレッシャー凄いな。

「ええ。もちろん出せます。それに別に無責任な事を言ったつもりはありません。彼女が、フランドールが出たいと言ったから、俺はその為の手助けをしようと思っただけです。」

「必ず出せる訳でもないのに、フランの心に希望を作らないでもらえるかしら。」

「何故?」

「それが裏切られた時、一番傷つくのはあの子だからよ。」

未だ鋭い視線を向けたまま、続けて口を開く。

「それに、狂気のこと聞いたんでしょ?外に出せばあの子は絶対に傷つく。」

「だが、今は閉じ込められて、彼女は不満を持っている。本末転倒だと思わないか?」

「・・・それがあの子のためなのよ。」

「そんな言葉で逃げてたんじゃ、妹の心は開かないぞ。」

「・・・あんた一体、何なのよ。勝手なこと言って、」

「別に。ただの奉仕部の部員だ。それにな、狂気を抑える方法はある。」

「嘘よ。パチュリーも知らないんだもの。あなたが知ってるわけがない。」

その言葉を聞き、さらに続ける。

「当たり前だ。パチュリーが誰だか知らないが、お前達は順序を間違えている。狂気を抑えてから、外に出そうとしたのがそもそも間違いだ。」

何時の間にか、紫色の寝間着を着た女性もこちらを見ていた。

・・・誰だあれ。

「どういう事?」

その言葉で視線をレミリアに戻す。

「お前達はフランドールがそういう能力を持っていると知った時から地下でないにしても、外に出さないようにしただろ?」

「・・・そうね。」

「狂気が始まったのは、恐らくその後だ。俺の居た世界だとな、フランドールの狂気は『破壊衝動』って呼ばれている。精神のストレスが主な原因でな、治療法としては身内と話す、とか体を動かすとかを常日頃からやっていれば良い」

「仮にそれが正しいとして、もし突然狂ったらどうするのよ」

「数秒間目と耳を塞いでろ。それで収まる。」

「根拠は?」

「俺が視界から外れて数秒したら、狂気がおさまったからな。だから俺は生きてる」

「……」

「お姉様……」

まだ、難しい顔をしているお嬢様。

すると意外なところから救いの手が差し伸べられた。

「お嬢様、私からもお願いします」

十六夜咲夜はそう言うと、頭を下げた。

あと一押しといったところか。

「一つ言っておく。姉だったら妹の近くにいて構ってやれよ。それだけでもフランドールの為になる」

暫しの沈黙。そして

「・・・解ったわ。」

レミリア・スカーレットはそう言うと 「フラン」と妹を呼び寄せた。

「あなた達の言い分も分かったわ。だから、フランを少し自由にさせようと思う。

フラン、さっき言っていたこと出来る?」

狂気の対処法の事だろう。

フランドールは頷くと

「うん、できる。」と言った。

そして「有難う、お姉様っ!」と姉に抱き着く。それを微笑ましげに見る従者と紫色。

俺はこの場に要らないな。そう思い、食堂の扉に手を掛ける。

「ねぇ。」

姉に抱き着いたままのフランドールが振り向き、声を掛ける。

「貴方、名前何だっけ?」

「奉仕部の比企谷八幡だ。・・・あれ?最初に言わなかったか?」

「うん、忘れてた」

マジか。八幡ちょっとショックだよ・・・。1時間も2人でいたのに。

「だから、だからもう忘れないよ八幡」

そう言って笑うフランドール。その笑顔は最初に見た酷薄な笑みでは無く、無邪気な明るい笑顔だった。

全く、やめてくれフランドール。そんな笑顔を見せられたら、なんて言えばいいか分からなくなるだろ。

つい照れ臭くなり、俺は「ん」と手を上げ、「じゃーな、『フラン』」とだけ言って食堂から出て、扉を閉めた。扉越しからだがまだ姉妹の姿が見える。

閉じたままだったの扉はきっと薄かった。彼女らが厚いと錯覚していただけ。それが崩れた今、あの姉妹には距離はあっても壁はない。

最後に重厚な木の扉を一瞥し、静かな、紅い廊下を足早に歩いた。

 

 

 

 

つ、疲れた。ストレスが溜まりすぎて俺まで破壊衝動が出そうだ。階段を降り、ホール、玄関と駆け抜ける。そして、外に出て門を開けて敷地内から脱する。門を抜ける時、紅さんの驚いた顔が見え。お世話になりました。 と言って森に向かって駆けた。

何故紅魔館を出たかなんていうまでも無いだろう。幾ら空気が軟化したとはいえ、自分を喰おうとした連中の所に泊まるなんて馬鹿のすることだ。別にフランが信じられないわけじゃないが、それでも不安なものは不安なのだ。時刻は7時半。あんなに明るかった森を今は暗闇が支配し、前がよく見えない。スマホのライトを点け、枝をかき分け前に進む。

森には人喰い妖怪がいる。

まぁ大丈夫!多分会わないって!絶対‼︎と考えていると正面から音がした。

・・・あーこれフラグ立てちゃいましたかー。何処ぞのラノベ主人公みたくフラグをバキバキ折れればいいが、生憎俺にはそんなことはできない。

案の定、目の前にぬっ、と巨大な影が現れる。

戦う、なんて選択肢は最初から存在しない。ただ逃げる。ひたすら逃げる。

ガサガサと背後から追ってくるような音がする。

走って、走って、走って行き着いたのが目の前にそびえ立つ岩壁。疲労で頭が朦朧とする。運がねぇなぁ。と思い、背後に目を向ける。蛙と鰐が合体し、巨大化したような生物がそこに居た。

くそっここで終わりか。もう諦めた。

空を見上げる。都会では見ることのできない星空が広がっていた。あー夏の大三角形だー。うふふふふ。

吹っ切れた俺の視界に何かが写った。シルエット的には人っぽい。この際人がなんで飛んでるのかはどうでもいい。この機を逃してはならない。

「おい!あんた!助けてくれ!」

その声を皮切りに、目の前妖怪が襲ってきた。とっさに腕をクロスし、目を瞑ったが、変化がない。見れば妖怪は目の前で倒れ、代わりに人形が浮いていた。

「大丈夫?」

そんな言葉と共に地に降り立つ誰か。それを確認する間も無く、疲労と安心感からか、俺の意識は黒に染まった。

 




フランを無事切り抜けた・・・。


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ようやく比企谷八幡は帰

2週間と言ったのに1週間で戻った俺をお許しください。


夏休みの課題

 

日記

 

2年3組 比企谷八幡

8月8日 曇

 

8月8日である今日、俺にとってとても素晴らしい日である。俺こと、永久欠神『名も無き神』が生誕した日であるからだ。

だが、この素晴らしき日に曇とは。これは組織の者の仕業に違いない。何故か。雲から強大な力を感じるからだ。奴ら、俺の力を封じる為、雲の中に結界を忍ばせたな。他の奴らも気づく頃だろう。決戦の時は近い。

 

クラスメイトに大声で読まれる日記。机に入れていたのに何故か見つかってしまい、この現状である。

教室中は爆笑の渦に包まれている。ある者は他人の目を憚ることなく大笑いをし、またある者は机に突っ伏して肩を震わせる。

み、みんなが笑ってる、お日様も笑ってる。る、るーるるるっるー!俺の心はいい天気どころか大雨だ馬鹿野郎。

 

「うあぁぁぁぁっ!」

 

そんな自分の声で目が覚めればあら不思議。全く知らない部屋にいる。寝具もベッドでは無く布団。

それにしても中学時代の黒歴史の夢を見るとは・・・。

 

「こ、小町〜・・・。」

 

妹の名前を呼ぶが、誰も出てこない。

しかし、めっちゃいい匂いするなこの部屋・・・。

白を基調とした部屋に人形が多く存在し、いかにも女子の部屋という感じだ。

 

「あら、起きたの?」

 

そんな声と共にドアから現れたのは、ショートカットの金髪美少女。一瞬見惚れたが、直ぐに大事なことに気付く。

そう、俺は彼女を知らないのだ。

 

「だ、だべだ、お前っ!」

 

噛んだ。盛大に噛んでしまった。だべだって何処の方言だよ・・・。ところで女の子の使う広島弁の可愛さは異常。

一人落ち込んでる俺を余所に、金髪美少女は俺の問いかけた質問に答える。

 

「私は七色の人形遣い、アリス・マーガトロイド。魔法使いよ。貴方は気絶したから知らないでしょうけど、昨日の夜、私が倒れた貴方をここまで連れてきたのよ。」

 

魔法使い?僕と契約して魔法少女になってよ!とか言う白い生き物でもいるんだろうか。魔法少女が可愛くて僕、どぎマギしちゃいますっ!

しかし、俺が倒れた?はて?俺はずっと家にいたと思うのだが。

そこまで考えてようやく思い出す。

 

「そういやここは幻想郷だったか・・・。」

 

と、なると目の前にいる人は昨日、妖怪から助けてくれた人でまず間違い無いだろう。そうなれば必然的に此処は彼女の家であるという事が推測できる。成る程、道理で小町がいないわけだ。小町がいないとお兄ちゃんこまっちゃう。(小町だけに)

俺の呟きにマーガトロイドは意外そうな顔をする。

 

「あら、貴方外来人?」

 

「がいらいじん?ああ、外来人、つまり外の人間っつーことか。まぁそうだ、俺は外来人であってる。」

 

「そう。その様子だと結構最近幻想入りしたようね。で、名前は?」

 

「比企谷八幡。幻想郷に来たのは昨日の夕方だ。あー、その今更だが、助けてくれてありがとな。」

 

幻想入りという知らない言葉が出てくるが、この際無視する。字面で大体予想はつくしな。

 

「その事は気にしなくていいわ。それよりも随分うなされてたみたいだけど、大丈夫?まぁ、来たばっかりであんなのに襲わせたら悪い夢を見ても仕方ないかもしれないけど。」

 

「あーいや、大丈夫だけど、大丈夫じゃないっつーか・・・。」

 

うーん、黒歴史の夢を見てたなんて言えねーからなぁ。

彼女は眉をハの字にして首をひねる。

 

「はっきりしないわね。」

 

まぁ、いいわ。 と彼女は一言そう言い、何故か指を動かし始めた。

すると部屋のドアから人形が食膳を運び、入ってきた。

 

「ああ、人形遣いってそういう事か。」

 

「そんなに驚かないのね。外来人ならもっといい反応すると思うんだけど。」

 

「紅魔館っつーところで、時間止める奴見たからな。今更驚かん。」

 

「あそこに行って無事に帰ったのは中々居ないわよ・・・。どうやって逃げたのよ。」

 

「まぁ、色々あったんだよ。」

説明するのも億劫なので言葉を濁す。

 

「色々、ね。」

 

それだけ言うと彼女は食事を勧めてきた。

 

「食べなさい。朝食よ。」

 

「あ、どーも。有難く頂きます。」

 

そう言い、箸を手に取り、味噌汁から手をつける。うーまーいーぞー、と目と口から光を放つ様な感覚を覚える。

 

「それと、この薬飲んどきなさい。」

そう言って薬を渡してくる。

 

「なんの薬だ?」

 

「この家が建っている森は魔法の森と言ってね、瘴気が漂ってるの。この薬はその瘴気の対抗薬よ。私なんかは飲まなくても大丈夫だけど、貴方は只の人間だからね。」

 

「へー。じゃあなんで俺は今無事なんだ?」

 

瘴気の漂うこの森に昨夜からいるのに、俺に何もないってことは何かあるのだろう。

「それは昨日、私が飲ませたからよ。」

 

「・・・は?」

 

俺は昨日、起きた記憶はない。つまり俺が寝ている間にそれは起こったということだ。更に「飲ました」と言っている。と、いうことはそういう事だろうか。俺、初めてを取られちゃったよ戸塚……。

 

「何考えてるのか知らないけど、水に溶かして管で直接飲ませただけよ?」

 

「ああ、そう・・・。」

 

なんだ、口移しじゃ無いのか。残念な様な、残念な様な。それでいてちょっと残念な様な複雑な気分だ。まぁ、どうせそんな事だろうとは思ってたけどね。

 

「それから腕の火傷は応急処置だけならしたわ。」

 

そう言われ、腕を見れば成る程、火傷の痕は残っているが、痛みはない。

 

「手間かけさせて悪いな。」

 

「そこは礼を言うべきだと思うけど。素直じゃないわね。」

 

そう言われるとなんとももどかしい気分になる。だから少し強引に話題を逸らした。

 

「そう言えば、さっきの七色の人形遣いって何なんだ?」

 

前の話を思い出し、何となく気になった事を聞いてみる。

 

「それは私の二つ名よ。魔法使いである私のね。」

 

「魔法、ね。んーっとどうやって魔法使うんだ?俺も魔法使いたいんだけど。」

 

昨夜の様な目は御免だ。なるべく自分の身は自分で守りたいしな。

俺がそう言うと、彼女は

「無理よ。」と言った。

 

「私は人間じゃなくて、魔法使いと言う種族なの。例外はいるけど、人間には魔法を使うことは出来ないわ。」

 

「マジか・・・。ってゆーか魔法使いって、種族だったのか。」

 

例外はいる、と言っていたが、最初から「自分は例外かもしれない。」なんて淡い希望は持たない。そんな都合のいい話があるわけ無いからな。

皿を全て空にして、箸を置いたところで声がかかる。

 

「食べ終わった?それじゃ今から霊夢の所に行くわよ。」

 

「霊夢って誰だよ。」

いきなり固有名詞出されても困るんですけど。

 

「幻想郷の管理者の一人で、異変って言う大きい事件の解決者よ。兎に角、彼女は貴方を外の世界に出せるから。」

 

「え?マジで?帰れんの?」

 

「そうよ。ほら、さっさと行くわよ。」

 

「あ、ああ」

 

マーガトロイドの後に続き、部屋を出て、玄関で靴を履き、家を出る。

それにしてもこんなに早く帰れるとは思わなかった。何が『2ヶ月間あると思うな2ヶ月間』、だ。1日も経たずに帰れんじゃねぇか。

 

「神社までそこそこ距離あるから飛んで行くわ」

 

さも当たり前のことのように言うが、俺にとっては非現実的な移動手段だ。

 

「なぁ、俺飛べないんだけど。」

 

俺がそう言うと、

 

「知ってるわ。大丈夫。人形達が貴方を運ぶから。」

 

彼女はそう言い、人形達を操る。5体のがそれぞれ、両足、両腕、服の襟を持つ。そして浮き上がった。

すげぇ。ちっこいくせにやるなこいつら。

心の中で一人驚嘆の声を上げていると、体が、いや、人形達が前に進んでいく。

前を行くアリス・マーガトロイドと後ろの俺。互いに口を開くことなく、ただただ青が広がる空の旅を楽しみながら、飛んで行く。

 

 

空の旅は思いの外、短かった。時間で言えば40分くらいだが、楽しい時間とは早くすぎるもので、体感的には10分やそこらといった具合だ。

地に降り立ち、神社の前に着く。・・・鳥居潜らなくて良かったのかしら。

しかしボロい神社だ。此処が幻想郷の管理者の一人が住む神社ねぇ。そう言えばその人は人間なのだろうか。聞いとけばよかったな。

そんな事を考えといると、マーガトロイドを見失ってしまった。どこだどこだー。と、探していると神社の裏手に入る彼女を見つけた。急いで追いかける。

彼女は縁側に着くと、部屋の奥に向かって声を投げた。

 

「霊夢ー!いるー!?」

 

すると少しして、人がやって来た。端正な顔立ち、腋の開いた赤と白の服、ーー恐らく巫女装束を纏い、赤く、大きな目立つリボンをしている。俺の知ってる巫女とは大分かけ離れてるな……。それにしてもこんな少女が幻想郷の管理者とは……。相当な実力者ということだろうか。

その目の前の巫女は俺たちに目を配ると、不遜な態度で声をかけてきた。

 

「何よ、アリスじゃない。なんか用?」

 

「ええ、貴方に用があるの。ここにいる人は外来人でね、外に帰して欲しいの。」

マーガトロイドがそう言うと巫女は苦い顔をし、

 

「あー、それ。うん、まぁそのね。」と歯切れの悪い返事を返す。それを訝しみ、マーガトロイドが更に聞く。

 

「どうしたのよ?結界開いて帰すだけでしょ?」

 

「それがね、少し前結界が少し崩れちゃってね。慌てて、直そうと思って紫と一緒に固めたら固めすぎちゃって。だから開けなくなっちゃった。だからその人返すのには時間がかかるわね。」

 

そう言って、たはは と気まずそうに笑みを浮かべる。

 

「えー、何それ。俺、帰れると思ってたんだけど・・・。」

 

「う、恨むんだったら紫を恨んでよね。どうせあんたを連れてきたの紫なんでしょ!?」

 

「失礼ね。違うわよ。」

 

突然後ろから声が聞こえてきた。振り向けば、目玉のある変な空間から身を乗り出し、如何にも『私怒ってます。ぷんぷん』と言いたげなムスッとした表情の女性がいた。

しかし、それが日常なのか驚いてるのは俺だけで後の三人は会話を続ける。

しかし、胡散臭そうな人だ。一番近い人物は陽乃さんか。

 

「あんたじゃ無かったら他に誰がいるのよ。」

 

「知りませんわ。そんな事。何でもかんでも私に押し付けないでくれるかしら?彼が外の世界で忘れられたんじゃないんですの?」

 

「あー確かにそうね。そういう人最近いなかったから忘れてた。」

 

「そういえば彼、昨日の夕方幻想入りしたって言ってたわよ?」

 

マーガトロイドがそう言うと、二人が固まった。

ザ・ワールドでもかかったのかな?

 

「・・・なに?どうしたのよ。」

 

何かマズイ事を言ったかと彼女は顔を伺う。

やがて固まっていた二人の間の時間が動き出した。

 

「夕方って言えばあれ、ね。」

 

博麗がそう言えば、

 

「ええ、あれね。」

 

紫と呼ばれた彼女もそう返す。

 

「何よ、あれって。」

 

二人だけで会話をする故においてけぼりのマーガトロイドがそう聞く。

・・・ていうか俺、忘れられてね?大丈夫?

おーい。と、心の中で声をかけるが、三人はどうやら俺のことなどアウト・オブ・ガンチュー。

俺の呼びかけ虚しく、話は続く。

 

「昨日、紫が幽々子の所に行ったのよ。そしたら、紫が幽々子のお菓子取っちゃって、大ゲンカしたの。」

 

「そしたら、私達の力に当てられちゃって、一部の妖怪達が暴れ出したのよ。」

 

「そしたら異変だと思うじゃない?だから私が二人を止めに行ったのよ。」

 

「成る程。それで三つ巴になり、結界の管理者の二人が管理の目を離した隙に結界が弱まって、そこの人が入ってきたと。そういうことね?」

 

「そうよ。多分。」

 

「でも、目を離したのは10分位ですわ。その間に迷い込んだその人の自業自得ってことで・・・。」

 

「流石に無理があるわよ。」

 

そこで三人は一旦話を区切り、俺を見た。

なに、なんか怖いんですけど・・・。

 

「暫く結界が開かないと思うから、貴方には少しの間幻想郷に住んでもらうことになると思うわ。だけど、こっちに非があったのは事実。だから最低限の生活資金は出すわ。紫が。」

 

「何で私だけなのよ。貴方と幽々子もでしょ。」

 

「私に金を出せって言うの⁉︎私が昨日何食べたか知ってる‼︎?玄米一杯よ⁉︎異変解決する巫女が玄米しか食わないなんてどういう事よ!」

 

「あーはいはい分かったわよ私が負担するわよ。」

 

働けど働けど我が暮らし楽にならず。とは、これの事を言うのか・・・。やっぱり働いたら負けだな。

少し離れたところで騒がしい二人を見ながら自己完結していると、空から此方に近ずく影が目に入った。その影はどんどん距離を詰めて行き、肉眼でもハッキリ見えるようになったかと思うと、もう地面に着き、まだワーワー言ってる二人と一人に声を投げる。

 

「よう霊夢、如何してんだ?」

 

「あら、魔理沙。おはよう。いやね、そこの人をどう処分するか話し合ってたところよ。」

 

処分ってなんだよ。怖えよ。何俺、殺されちゃうのん?

 

「お、誰だこいつ。妖怪か?」

 

「妖力が無いから人間よ。多分」

 

「魔理沙、人を見た目で判断しちゃいけないのよ」

 

「人間じゃないアリスに言われてもなぁ。」と、ちょっと納得がいかないように呟く。

しかし、初対面でいきなり妖怪とかもう何なんだよ、ホント。いや、分かってますよ?どうせ目なんでしょ。ええ、もう慣れましたよ。おっと目から汗が。

 

「この人は比企谷八幡さんって言って、外来人よ。昨日来たみたい」

 

「ふ〜ん、そうか。私は霧雨魔理沙、普通の魔法使いだぜ!」

 

「お、おう。」

 

馴れ馴れしいなこいつ・・・。学校にいた金髪お調子者カチューシャを彷彿とさせる馴れ馴れしさだ。だがあいつほどウザくないし、可愛いから戸部の上位互換、いや下位互換か?どっちだか分からん。何にせよ戸部よりは好感が持てる。かわいいは正義だよねっ!

 

「うーん、お前のことなんて呼べは良いんだ?まぁ八幡でいいか。宜しくな八幡!」

 

えー、家族以外で人に名前で呼ばれたの初めてなんですけど。やだ、八幡嬉しい!・・・いや待て、戸塚がいた。つまり二人目だ。え、材木座?そんな人聞いたこともありませんねぇ。

 

「あー、此方こそ宜しくな霧雨。」

 

「霧雨って呼ばれるの慣れてないから魔理沙って呼んでくれ。」

 

「ああ、考えておくよ霧雨。」

 

「言う気無いだろ・・・。」

 

いや、だって女子を下の名前で呼ぶのなんか恥ずかしいじゃん・・・。

おっとそう言えば

 

「マーガトロイド、あの金髪の女の人は誰だ?」

あまりに自然にいるので聞きそびれたが、思い切って聞いてみる。

 

「だから魔理沙よ。聞いてなかったの?人間の身で魔法が使えるの。前に言った例外よ。」

 

「ああ、あいつが・・・、じゃなくて、霧雨の後ろにいるもう一人の金髪の方だ。」

 

そう言って指をさすと、彼女はああ、と納得した様に呟いて話し出す。

 

「彼女は八雲紫。霊夢と同じ幻想郷の管理者よ。因みに妖怪。よく知らないけど千年は生きてるんじゃないかしら。」

 

「はぁ?千年?ババ・・・」ァじゃねぇか。と、言いかけたところで鋭い視線が飛んできた。怖っ。しかし結構小さい声で話してたのによく聞こえるな。年の話に敏感なのか。

 

「嘘を教えないでくれるかしら人形遣い。私は17歳よ。」

 

「誰にでも分かるような嘘、つかないほうがいいと思うわよ・・・。」

 

そう言って呆れ混じりのため息を吐く。そしてこの話はもうお終い、とばかりに目を外す。

ふと、博麗が思い出したように急に聞いてきた。

 

「此処で生活するにあたって聞くことがあるわ。先ずあんた幻想郷のルールは知ってる?」

 

「いや、知らないな。」

 

「じゃあ教えておくから覚えておきなさい。此処では人間や妖怪、互いの主張がぶつかった時、特別な決闘法を用いて戦うの。その特別な決闘法というのが『弾幕ごっこ』よ。まぁ、主張と言っても大体は異変絡みなんだけどね。」

 

弾幕ごっこ、フランが言ってたのはこれか。

 

「簡単に説明すれば互いに弾幕を撃つってだけよ。スペルカードを使って弾幕を出すんだけど、そのスペルカードが全部切れる、弾幕にあたり、体力を消耗仕切るとかをしたら負けといった具合よ。あとはまぁ、避けられない弾幕を張らない、死ぬような攻撃をしないって感じかしら。」

成る程分かった。分かったが、

「俺、弾幕撃てないんだけど・・・。」

問題はここである。

 

「知ってるわ。だから暫く私の家に泊めて、修行をつけてあげる。ある程度出来るようになったら、人里に送ってあげるから。」

 

うーん、こんな短い期間で女子の家に二回も泊まることになるとは・・・。なんか緊張するな・・・。

緊張する俺とは対照的に博麗は面倒くさそうな顔をしている。

 

「じゃあ早速やるわよ。」

 

「今からかよ・・・」

 

帰れると思ったのに帰れなかった。もうこの時点で精神的に少し疲れてるのに、修行とか出来るかまじギルギルギルティ。だが、それも仕方のないことだろう。やらなきゃ俺はこの幻想郷で生き残ることはかなり難しくなる。

諦めの混じったため息を一つし、空を観る。空は薄い雲がかかっているが、晴れ。

面倒だけどやるしかねぇなぁ。




帰るとは言ってない。

余談
この前、友人とサイクリングしている最中に下ネタ談義になった。
以下、会話の一部。

友「二次元でイケる?。」
俺「二次元でもイケる」
友「まじかよお前オタクかよww。あんなの絵じゃん。物でイケるとか消しゴムでイッテルのと同じだぞ。」
俺「写真も物だろ」
友「あれは人間写ってるから」
俺「絵も人間描いてるだろ」
友「いや、でも絵ってなんでもできるじゃん。お前、腕6本ある奴でイケるの?」
俺「今は、手術で胸を3つに増やした人もいるからそのうち腕も6本になる人も出るかもしれん。それがAVに出てたらイケるの?」
友「いや、そんな奴監督が映さないから」
俺「絵師だってそんな奴描かねーよ。」
友「・・・」


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彼の非日常は日常になり得るのか? あ、お風呂回あるよ

タイトルにある通りお風呂回あります。


 日常に帰りてぇなぁと常々思う。

 非日常は辛いのだ。生物というのは環境が違えばストレスがたまる。無意識にでも。その点から言えば、やはり非日常は迎え入れられるものではないし、日常というものの有り難みを忘れがちな今日、俺の様な状況に立てば益々帰りたいと思うものなのだ。

 

 

 

 

 

 ジャリ、と土を踏む音がする。コンクリートで覆われた都会などではこんな音は出ないであろう。だが此処は幻想郷。俺の知ってる土地ではないのだ。

 ちら、と左にいる彼女を見る。その彼女こと博麗霊夢はお茶をすすりながら、まるで品定めをするかの様な視線を俺に投げ続けている。

 

「……なんだよ」

「別に。修行するにあたってあんたがどういう奴か見てるだけよ」

「で、なんか分かったのか?」

「霊力が物凄く低い。半端じゃないわね。」

 

 それから少し小馬鹿にした様な口調になる。

 

「霊力ってのは人の持つ力なの。でもそれが極端に低い。貴方、影薄いとか言われたり、誰にも気付かれないなんてことあったでしょ」

「うぐっ……」

 

 当たってるから言い返せねぇ……。しかし霊力が低いから影が薄いという事は、葉山は結構霊力が高いという事になる。……いかんいかん。嫌な奴の顔を思い出しちまった。

 頭を振り、爽やかな笑顔を浮かべている隼人葉山隼人(いけすかない奴)を追い出す。

 

「まぁ、だからと言って弾幕が撃てないって訳じゃないから」

 

 そう言うと、彼女は立ち上がり俺の前に立つ。

 

「先ずは精神を集中させるところから始めるわ。力の流れを掴むの。」

「抽象的すぎてわかんねぇんだけど……」

「いいから胡座かきなさい」

 

 座禅って言わなくていいのかよ……。まぁここ寺じゃないけど。そう思いつつも、脚を組み、地べたに座り、目を瞑る。

 はぁ、なんかもう俺の知ってる巫女じゃない。巫女ってもっと清楚で物腰が丁寧なイメージだったんだけど……、なんていうか俺の中の巫女像がガラガラと音を立てて崩れていくんですけど。

 ザッザッと足音が聞こえる。どうやら背後に回っているようだ。

 

「雑念が多い。ちゃんと集中しなさい」

 

 そんな言葉と共にスパァァンと気持ちのいい音が響いた。俺の頭から。全く気持ちよくねぇよ。

 恨みがましい視線を向けるといつの間に持っていたのか彼女の手にはハリセンが握られていた

 

「彼、あなたの事を巫女っぽくないって思ってたみたいよ。でしょ?」

 八雲紫が扇子で口元を隠しながら確認する様な口調で聞いてくる。

「なんでわかんだよ……」

「紫は『境界を操る程度の能力』を持ってるからな。人の考えてる事ぐらい解るんだぜ。」

 

 霧雨がそう説明する。

 ほーん成る程ね。つまり最初に見たあの変な空間は境界を広げた時に出来た隙間ってところか。てか、普通にチートじゃね?キバオウさんもびっくりや!

 

「しかしなぁ霊夢が巫女っぽくないって……。クク……クッ」

 

 突如笑い出し、ニヤニヤと博麗を見る霧雨。

 

「何笑ってるのよ魔理沙」

「確かに霊夢はガサツだから清楚な巫女って感じはしないな、と思ってな。どっかの守矢の方がよっぽど巫女らしいぜ」

「ガサツさについては貴方に言われたくはないわね。」

「私は巫女じゃないからいいんだぜ」

 

 ワイワイと言い争う二人を流し目に見ながら、八雲が口を開く。

 

「仲が良いのはいいんだけど、続けなくていいの?彼集中切らしてるみたいよ」

「ギャラリーがそんなにいるんじゃ集中できねぇよ……。」

 

 そう、全く以ってそうなのだ。元来俺は、というかボッチは人に見られることに慣れていない。ボッチはデリケートな生き物だ。野蛮なリア充共とは違うのだ。

 

「しょうがないわね。ま、ここに居てもやる事ないし帰るわ」

 

 そう言ったマーガトロイドに続き八雲も立ち上がる。

 

「私は残るぜ。もう少し見ていく」

 

 そう言って霧雨は縁側に座り直した。

 

 

「じゃあ私は帰りますわ。比企谷さん、お金は後で渡しておくので」

 

 八雲そう言って来た時と同じように空間を開けて中に入り、この場から去った。

 

「じゃあね霊夢、魔理沙」

 

 マーガトロイドも空を飛び、帰っていく。……ん?俺は?なんで俺、挨拶されなかったのん?挨拶する価値もないってことなのん?いや、全然寂しくないですけどね。ホントダヨ?

 そんな事を考えている俺に博麗が口を開く。

 

「じゃあ続きをするから目を瞑りなさい。心を落ち着けて。ギャラリーがいなくなったんだからできるでしょ。」

 

 霧雨がいますけどね。まぁさっきよりは遥かにマシだ。

 再び胡座をかき、目を瞑る。心落ち着け〜落ち着け〜餅つけ〜。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてから30分くらい経った頃だろうか博麗に声をかけられた。

 

「もういいわよ。随分飲み込み早いわね。二時間はかかると思ってたんだけど」

「ふ、俺はボッチだからな。周りの奴らと違って自分自身に常に集中して生きてるからこの手の類いは朝飯前だ」

「なんか今凄い悲しい言葉が聞こえた気がするんだけど……」

「おいおい、同情なんてすんなよ。俺は友達がいないんじゃない、友達を作らないだけだ」

「いないことには変わらないでしょ」

 

 いや、まぁそうなんですけどね……。そうはっきり言わなくてもいいじゃないですか……。

 

「下らないこと言ってないで次やるわよ」

「へいへい」

「手に意識を集中しなさい。今は精神が安定してるから、霊力のコントロールがやりやすいと思うわ。」

 

 言われた通り手に目を向け、意識を集中させる。暫く見続ける。まだ見続ける。手を力ませる。……………シカシナニモオコラナカッタ。

 

「何も起こらねぇよ。どうなってんの?SPが足りないの?」

「SPが何か知らないけど、そんなに早く出来るわけ無いじゃない。暫くはそれを続けるわよ」

 

 じ、地味だ……。何時まで続ければいいんだ教えてピーコ。

 

 

 

 

 続けること暫し、やっと球体状のものが出来た時には既に夕方近くになっていた。初めてできた弾幕は出来たと思ったら直ぐに消滅してしまった。

 

「今日はこんなものでいいわ。家に入りましょ」

「ああ」

「後はさっきのを持続できればいいから」

「分かった」

 

 言葉を交わしつつ、神社の中に入る。因みに魔理沙は昼過ぎに 明日も来るぜー と言いながら去っていった。

 神社の中は日本家屋風な内装になっており、板張りの床、畳の部屋が幾らかあるかんじだ。

 ふと、一つの部屋を覗き見れば卓袱台の上に白い封筒が手に取れと言わんばかりに置いてある。少しばかり気になったので封筒を持ってみれば、比企谷殿と明記されているのが確認できた。

 

「俺宛か」

 

 十中八九、八雲さんだろう。開けてみると手紙と金が出てきた。先ずは手紙に目を通す。

 

『この度は多大な迷惑をおかけしたことを申し訳なく思っております。これは僅かですが、謝罪の意を込めたものです』

 

 僅かって……。結構な量入ってるんですが。しかも1円札が50枚。1円を1万円換算で50万だ。

だがまぁ、いつまでここにいるか分からないのだから妥当なところか。しかしこんなに持っていると心なしか自分が金持ちになった感覚に陥る。

 札束を手に持ち、その質量感に感嘆していると突然札束が軽くなった。右を見れば幾らかの札を持った博麗が。

 何……………………だと…………?まさかあの一瞬で盗った盗ったとったというのか。

 迅速にして神速。どんだけこいつ金に飢えてんだよ。

 

「なあ、その金俺のか「あんた暫くここに泊まるんだからお金は共有よ。それにここは神社なの。本来ならお賽銭を入れるべきなのよ?それをチャラにしてるんだから感謝しなさい。」

 

 ……すげえ。俺は未だ嘗てこんな強引な理屈を聞いたことがない。いや、言ってること自体は正しい。(ただし前者のみ)だが賽銭をチャラにするとか何だよ。そんな大金賽銭箱に突っ込まねぇよ。もうその強引さでどこまでもgoinggoingして壁にぶち当たって欲しいものだ。

 博麗を見れば非常にいい、ともすればこの野郎とついつい思ってしまう笑顔を浮かべていた。まぁこいつ女だから野郎じゃないけど。

 こいつ最初っから金の為に俺の修行つけてんじゃねぇの?と、疑いの眼差しを向ける。

 

「ふふ、久しぶりにちゃんとした物が食べれるわ」

 

 あ、これ確定ですわ。

 でもまぁ言ってることがなんか可哀想だから怒りっつーよりも同情の念の方が強くなってしまう。社畜って大変だなぁ。巫女だけど。

 

「じゃあ私、夕飯の買い物行ってくるからその間お風呂沸かして入りなさい」

「買い物なら俺が行くぞ。道と場所さえ教えてくれれば」

「あんたじゃ無理よ。妖怪に食べられてチャンチャンよ」

 

 呆れ顔でそう言ってチャンチャンのところで小さく手を振る。可愛いなこいつ。

 

「分かった。ただ手伝えることがあったら言ってくれ」

 

 俺は働くのは嫌だが、一方的に施しを受けるのはもっと嫌なのだ。ツンデレじゃないんだからねっ!

 

「帰ってきてから考えるわ」

 

 そう言って神社から出て行く。

 ……さて、風呂沸かすかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大体予想はしてた。ただ、目の前でこうも見せつけられると中々凄いものだと思う。レトロ?な感じで趣があるのだ。

 え、何の話か?風呂だよ風呂。

 デデン!と効果音が付きそうなほどに自己主張の激しい楕円形の浴槽。しかも板張り。下には釜戸っぽいものがあるから、火を焚いて沸かすのだろう。もうなぞなぞが出せるレベル。 家は大火事、涙は洪水、これな〜んだ?

 知識としては知ってるが、こんな風呂初めて見たぜ。

 因みにさっきの問題の答えはただの火事だよ!

 兎に角、眺めるだけでは風呂は沸かない。近くにあった薪と紙を適当に丸めた物を並べ、マッチに火をつける。

 1本目、失敗。木に近づけると火が消えてしまった。

 2本目、これも失敗。紙は燃えたが木に火が移らなかった。

 中々点かねぇな……。

 もうしょうがない。このまま同じことを続けても意味がないだろう。別の方法を模索せねば。一度風呂場から離れ、着火剤になりそうな物を探す。探す場所としては先ず、台所だろう。そう思い台所に行けば、酒があった。それも日本酒、アルコール度数が高いやつである。あいつ未成年じゃねぇのかよ……。

 しかしこれは良い収穫だ。

 風呂場に戻り、紙に火を点け、酒を撒く。すると、燃える燃えるよく燃える。さっきまでの停滞が嘘のようだ。流石アルコールといったところだろうか。

 水の温度を手で計りながら火の調整をすることしばし。良い温度になったところで、風呂の底にスノコを敷き、薪を出して弱火にする。

 さて入りますかね。昨日は風呂に入ってないから1日ぶりの風呂だ。

 服を脱ぎ、身体を石鹸で洗い、湯で流す。湯船に浸かれば暖かさが身体に染みて、何とも極楽な気分になる。疲労と安寧感からか、このまま寝落ちしそうになるだが、このままゆっくりと浸かっているわけにもいかない。博麗が帰ってくるからな。

 のんびりするのもソコソコにして、早々に切り上げることにした。

 風呂から出て、服を着ようとしたところで手が止まった。

 着替えどうすりゃいいんだ………。やべぇよ。何がヤバイってマジヤバイ。下着もねぇ、ズボンもねぇ、T-シャツYシャツ一つもねぇ、おら全裸だけは嫌だぁ〜。

 もうさっきの服を着るしかない。なんというか、少し抵抗があるんだよな………。

 そう思い、パンツに手を伸ばす。その時、カラッとドアが開く音がした。

 

「あんたの衣服色々買ってきてあげたから、これ着なさ」

「 」

 

 沈黙。時が凍る。まるでこの世界には俺と彼女しかいないのではないかと錯覚するような空気がこの場を支配した。HAHAHAそうかー霊夢ちゃん帰ってたのかー。なんて現実逃避する余裕もない。

 先に動いたのは彼女だった。彼女こと、博麗霊夢はターンッと勢い良くドアを閉めると 服、置いてくから。 と言って足音を立てて、去っていった。

 ヤバイ。今回はホントにヤバイ。さっきの服問題なんか比にならないくらいヤバイ。このままでは

『比企谷に変なもの見せられた〜(泣)』

『うわー変態だぜ』

『きもーい』

『妖怪の餌だな』

 何てことになり兼ねない。精神的にも社会的にも肉体的にも死ぬ自信がある。自信しかないまである。全力で土下座するしかない。

 そこまで考えが至ったところで急いで博麗の買ってきた服を着始める。

 ていうか、何で俺が見られるの?普通逆でしょ?お約束の展開と全然違うんだけど。ちくしょうラブコメとか爆発しろよ。

 ドアを開け、走って居間に行く。果たしてそこに彼女はいた。彼女の前に行き、大袈裟な、だが決してわざとらしくない緊迫した表情を意識しながら地に頭をつけ、謝罪の言葉を紡いだ。

 

「変なものをお見せしてすいませんでしたっっ‼︎」

 

 

 

 

 リアクションがない。恐る恐る顔を上げると恥ずかしそうな、馬鹿にした様なそして少し驚愕した様な表情をした博麗の顔があった。比率で表すと4:4:2ぐらい。

 

「まぁ、うん私もちょっと不注意だったわ。次は気をつける」

 

 どうやら言いふらされるなんてコトはなさそうだ。ふぅ、と安堵の息を吐く。正に九死に一生。危機一髪。覆水盆に返らず。おっと最後のは違うな。the endだし。

 博麗はコホンと可愛らしい咳を一つすると、顔を上げた。

 

「さっきのコトはナニも見なかったし、ナニも無かった。こうしましょう」

「ナニはあるけどな」

「黙りなさい」

「ひゃ、ひゃいっ」

 

 こっわ。何今の目こっわ。殺意を凝縮した様な視線が飛んできたんですけど。もう濃縮シジミとか目じゃないくらい凝縮されてる。絶対何人か殺ってるだろ。あ、妖怪退治専門でしたね。これは失敬。

 

「次変なこと言ったらお金だけ貰って外に出すから」

 

 金は忘れねぇのかよ。なんて金に卑しいんだ。山賊かよ。ドーラ一家だってこんな事しねぇよ。ドーラ一家空賊だけど。

 

「まぁいいわ。ご飯作るから、手伝ってくれない?」

「あ、ああ分かった。ナニげふん何作るんだ?」

「お米、焼き魚、おひたし、味噌汁ってところかしらね。あとは適当に一品」

 

 一汁三菜揃った模範的な料理、素晴らしいな。

 

「あんたは魚焼いて。そこに七輪あるから。」

「七輪かよ……」

「そう、七輪よ。分かってるとは思うけど、外で焼きなさいよね」

 

 匂いがつくからという事か。しかし七輪なんて初めて使うぞ。ここに来てから初めてな物が多い。初めてのお使いをする子はみんなこんな心境なのだろうか。

 観念し、外に魚と七輪を持って行く。

 どうやって焼くんだっけか。記憶を探りながら作業を進める。紙を丸めて七輪の底に置き、火を点ける。そのあと細かい炭を焼いて段々炭のサイズを大きくしていく。すると見事にいい感じの炭火ができた。ふ、流石と言うほかないな。流石俺!略してさすおれ!誰にも褒めてもらえないので自分で自分を褒める。……なんか悲しくなってきた。

 魚を出し、七輪に載せ、団扇で扇ぐ。アジの開きか。パチパチと音を立てて魚の焼ける匂いが漂ってくる。

 そろそろいい頃合いだろう。

 魚を焼き網から外し、博麗のところへ持って行く。

 

「おーい。魚焼けたぞ」

「そこ置いといて。手が空いてるんだったら味噌汁作ってくれない?」

「おう」

 

 まな板を引き寄せ、玉ねぎ、ジャガイモ、エンドウと切っていく。出汁をとって全部鍋にin。釜戸で火にかける。

 

「手際がいいわね」

「将来の夢が専業主夫だからな。このぐらいできないと婿にいけん。」

「ヒモ?」

「ヒモじゃない。専業主夫だ」

「そんなに変わってないような……」

「いや違う。絶対に違う。俺は施しを受けたいんじゃない。養われたいんだ」

「益々違いが分からない……」

 

 そこでお湯が沸いたので、この話はこれまでとなった。

 

 

 

 

 

 

 夕食後風呂に入った彼女は巫女服ではなく浴衣で登場した。

 こいつ和服似合うな。

 絶対に口には出せない事を思いつつ、博麗を見る。

 

「じゃあ私は寝るわ。布団は押入れから出しなさい。じゃあおやすみ〜」

 

 時刻は8時半。寝るには少々早いが巫女は朝が早いのだろう。彼女にとっては普通のことのようだ。

 

「ああ、おやすみ」

 

 そう返してから、布団を引っ張り出す。

 布団に横になるが、当然寝付けない。だから思いや考えがビュンビュンと頭を走り、通り過ぎていく。

 今日の修行や風呂、夕飯。新しいことしかなかった。日常ならこんな事はなかったはずだ。

 明日もまた修行だ。恐らく明後日も。まだ非日常は始まったばかりなのだ。だけどこんな経験するのもいいと思ってる俺がいる。今日はそれなりに楽しかった。

 非日常だって継続すれば日常になる。

 非日常も悪くない。

 明日また非日常という『日常』におはようと言う事になる。だからおやすみ俺の非日常。

 




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彼は人里に行く

学校の試験が色んな意味で終わった。特に古典。今時いとおかしとかいうやついねーだろ。古典って何のために勉強するの?


修行を始めてから7日が経ち、俺は既に弾幕を作り、放つまでに至った。更に空まで飛ぶことにも成功した。当初はいつ墜落するか分からない様な不恰好な飛び方をしていたが、今では決して早くはないが、自在に飛ぶことができる。

弾幕に関しては今のところ最高で20発が限界だ。だから弾幕、というよりも弾を連射している様な感じである。それしか撃てなくても、スペルカードを作れるようなのでつい昨日、三枚のスペルカードを作った。

 当初、スペルカードとは何ぞ?と思ったが何てことはない。弾幕の動きをカードにコピーし、何時でもそれが発動できるカードだ。うん、充分すごいね。

 どうやら個人の能力や性格などがカードに現れるらしい。だからか俺も性格が弾幕に反映されたものとなっている。

 そして今日この日、唐突ながらも霧雨と弾幕ごっこすることになった。

 霧雨はあれから毎日神社に通い続け、何が面白いのかただ縁側で茶を啜りながら修行を見ているだけだった。忠犬かと思うくらいに通い詰めてるので、いつか銅像でも建てられるんじゃないの?と思ったほどだ。

 そして今日も例に漏れず来たところ、博麗に『比企谷と弾幕ごっこしてみて』と言われたのだ。まいっちゃうね!

 

「ルールはどうするんだぜ、霊夢」

「そうね…比企谷が三枚しか持ってないから三枚勝負ね。あと魔理沙は比企谷に三発、比企谷は魔理沙に一発でも当てたら勝ちよ。比企谷とあんたじゃ実力差があり過ぎるからハンデが必要だしね。」

 

 それでも負ける気しかしない俺は如何すればいいんでしょう……。

 

「私はそれでいいぜ。さぁ始めようぜ八幡!」

 

 何その少年漫画的なセリフ。これはあれだな、調子に乗ってかっこいいセリフ吐いたけど後から恥ずかしくなって布団の中で身悶えるパターンだ。現にホラ顔を見れば…………、笑ってる。何こいつ?羞恥心がないのか?俺だったら絶対うずくまって叫んでるよ。あれ。

 

「ん?私の顔ジロジロ見てどうしたんだ?顔になんか付いてるか?それともこの魔理沙さんに惚れちゃったか?」

「べべ、別に惚れてねねねぇし」

そう返すと腕を持ち上げ、やれやれといった雰囲気で言葉を返す。

「おいおい、こんなに女の魅力が詰まった私に惚れないなんて罪だぜ」

「へっ、女の魅力ねぇ……」

 

 関東平野を常時装備した奴に魅力とか言われても説得力ねぇよ。おっと誰も胸の事なんて言ってませんよ?

 馬鹿にした様な笑いを零し、上半身の一部を意味深に見る。

 

「なんだよ。私に魅力が無いって言いたいのか?流石に私も傷つくぜ?」

「傷つく様な乙女心持ってなさそうだけどな」

 

 その言葉が気に入らなかったのか、こめかみがピクッと動く。

 少し言い過ぎたか……。

 

「いや、悪いな。霧雨は女の子(・・・)だからな。そのうち魅力的になるよ」

 

 俺にしては少しキザったらしくなってしまったかな。まぁ、それなりにフォローしといたし機嫌も直っただろう。流石、できる男(俺)は違うぜ。

 霧雨を見れば顔を赤くして俯いてる。おっとこれはフラグ立てちゃったかな?

 驚き半分、期待半分で霧雨を見ていると彼女の口から注意しなければ聞き逃してしまう位に小さな声が聞こえてくる。

 

「それは……お……くが…って…とか」

 

 やべぇ注意しても全然聞こえねぇ。

 

「悪いな。聞こえんからもう一回言ってくれ」

「それは私に……くが……ってことか」

「も、もう少しボリューム上げてくれ」

「それは私に大人な魅力が無いってことかっ‼︎」

 

 そう言うと彼女は箒に乗って上空へ飛び、紙、いやカードを掲げた。

 

「魔符『スターダストレヴァリエ』!」

 

 え、えぇ〜。いきなり開始かよ。どうやら俺は彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。

 おかしいな……。俺フォローしたつもりだったんだけど。うーん女の子発言と将来を示唆したのがマズかったか。

 考えてる間にとてつもない数の七色の星が円を描きながら俺に迫ってくる。それをステップで右に左に時には身を屈めて避ける。避ければ当然地面に当たる。見れば弾幕が当たったところの地面が陥没していた。背中にツーッと嫌な汗が流れる。

 あれ?弾幕ごっこって殺しちゃダメなんだよね?あれ死なない?大丈夫?

 そんな俺の心配なんかお構い無しに次々星達が降ってくる。流れ星として見るのであったら綺麗だっただろうが、生憎なことに観賞するなんて余裕はない。

 上に開いた隙間を縫って、空へ我が身を踊らせる。地上よりも空中の方が避けやすいのだ。

 避け続けていると時間が切れたのか弾幕が途切れた。その隙をすかさず狙い、俺もスペルカードを発動させる。

 

「独符『黒歴史』!」

 

 もうこの名前の時点で黒歴史。何でこんな名前にしちゃったんだろう……。

 弾幕が霧雨に向かっていく。

 俺は一度に20発しか弾幕が撃てない。だがこの弾幕は弾数が少ないことを補うため、追尾型になっている。因みに色は灰色だ!美しさのかけらもねぇな。

 三列で構成され、一列目が6発の通常追尾弾幕。二列目がゆっくりめの追尾弾幕3発。三列目が緩急をつけた上下左右に激しい動きをする弾幕11発で、列ごとに黒歴史の心境を表した弾幕だ。

 だがまぁ流石と言うべきかやはりと言うべきか、その悉くは全て避けられ、カウンターを仕掛けられる。

 

「そんなんじゃ、私には勝てないぜ!魔符『ミルキーウェイ』!」

 

 そう言って二枚目を出してくる。

 またも星型弾幕が全方向に散りばめられる。今度はでかい星の隙間に小さい星が走る弾幕のようで、敵を討たんと迫ってくる。

 ていうかミルキーウェイでなんで全方向に弾幕放ってんだよ。天の川なんだから一直線にしろよ。

 心中突っ込みを入れていたからだろうか、何時の間にか弾幕が目の前にあった。何とか半身をずらそうとするが避けられるはずもなく、見事に胸にクリーンヒットした。

 こひゅっと息が漏れ、動きが止まる。

 ただ俺には2回まで当たっていいというハンデがある。そのため弾幕ごっこは続いているのだ。そんなに休憩していられない。

 しかしこのまま攻められ続けられたらおそらく負ける。そして前のスペルカードの様に少ない弾数ではまず当たらない。スペルカードは残り2枚。どう使うか……。

 そうしてる間にも相手の弾幕達はどんどん自身の間隔をせばめていく。……迷ってる時間はなしか。

 カードを一枚左手に持ち、宣言する。

 

「独符『比企谷菌(トラウマ)』!」

 

 すると彼女の両脇から8発ずつ弾幕が出て、残る4発は正面から攻撃を仕掛ける追尾型。三方を囲まれた状態だ。

 霧雨は開いた上空へ素早く回避。だがそれは読んでいた。

 上、下、後ろが開いていたら普通は次に攻撃を仕掛けやすい上に逃げるだろう。

 だから先回りをして霧雨の正面で宣言する。

 

「独符『虚偽欺瞞』!」

 

 全て正面に真っ直ぐ、20発全てをばら撒く。

 

「おいおい。もう三枚目かよ。これ避け切ったら私の勝ちだぜ?」

 

 そう余裕の笑みを湛え、ひょいひょい避けていく。

 そして霧雨が帽子のつばを直したときには、俺の光弾は彼女の後ろへ飛んで行き、見えなくなった。

 

「これで私の勝ちか。スペルカード切れなんて案外呆気なかったぜ」

 

 そうドヤ顔でこちらに近づく彼女。

 だがこの時俺は凄く嫌な笑顔をしていただろう。

ちらっと博麗を見る。彼女は気付いたか。終了の合図を出さないのと、苦笑いを浮かべているのがその証拠だ。

それを確認してから霧雨に向き直る。

 

「ああそうだ霧雨、一つ言い忘れてたことがあった」

「うん?」

 

 左手に隠し持ってたスペルカード(・・・・・・)を霧雨の目の前、ほぼゼロ距離で発動させる。

 

「独符『奉仕部』」

「え?」

 

 咄嗟のことについていけなかったのか暫く固まるが、その硬直からもすぐに脱する。だけどもう遅い。この距離だ。当たらないはずがない。

 箒を駆使し、右へ左へ避けるが2発彼女の背中と足に当たった。勝敗は決した。俺の勝ちだ。

 

「どういう事だよ‼︎3枚じゃ無かったのか⁉︎」

 

 霧雨の叫び声が聞こえる。怒りと驚きが混じったような声音だ。

 だが生憎なことに俺はルールは破ってない。

 

「ちゃんと3枚しか使ってないぞ」

「4枚使っただろ‼︎」

 

 そんなに怒鳴るなよ。怖いから。

 

「いいか?黒歴史、比企谷菌、奉仕部。この3枚だ」

「もう一つ虚偽欺瞞があっただろ!」

「ああ、あれは名前の通り虚偽欺瞞だ。嘘だよ。あれはスペルカードじゃなくて宣言した後ただの弾幕を撃っただけだ。『スペルカードを使う時は宣言する』、っていうルールがあったが『ただの弾幕を撃つ時にスペルカード宣言をしない』ってルールは無かったはずだ」

「ず、ずっるー!セコイぞ!」

「ルールには則ってる」

 

 まぁ怒るのも分かる。ほとんど騙し討ちに近いからな。

 

「霊夢!これってズルだよな!霊夢も気付かなかったよな‼︎」

「私は気づいてたわ」

「え……」

「彼、私にだけ見えるようにワザと最後の一枚体の後ろから見せてきたから」

 

 そう言って湯呑みを縁側に置くと俺に少々ジトッとした視線を向けてきた。

 

「今回はあんたの勝ちでいいわ。だけどあれは次から禁止。もし鬼相手にあんな事やったら絶対に殺されるわよ。あいつら嘘が嫌いだから」

「……気をつける」

「気をつけるんじゃなくてやらない事。いい?」

「りょーかい」

 

 騙し討ちは今後禁止か……。次からどうやって勝とうかな。

 思案してると後ろから肩を突かれた。振り返ると博麗が小声で話しかけてきた。ふぇぇ顔が近いよう……。

 

「あと魔理沙に一応謝っておきなさい」

「ん。分かった」

 

 言われ、少し離れたところでふくれっ面をしてる霧雨のところへ行く。俺が視界に入るとムッとした表情を作った。

 

「あー霧雨、騙し討ちみたいなことして悪かったな」

 

 同時に軽く頭を下げる。

 

「む、まぁ気付かないで不用心に近づいた私も悪いしもう良いよ」

 

 すると今度は打って変わってニッと笑う。

 

「それに弾幕ごっこした後は仲直りだ。そんなにいつまでもひきずる魔理沙さんじゃないぜ!」

「……ありがとな」

「いいって、それなりに楽しかったしな」

 

 ちょうど一陣の風がふいた。彼女の金髪はそれに流れ、たゆたう。

 

「お昼にしましょ」

 

その博麗の声を皮切りに俺も霧雨も神社に入った。

 

 

♢♢♢

 

 

5日が経った。つまり、博麗神社に来てから12日。幻想郷に来てから13日だ。

あれから更に修行した。霧雨とも勝負したがあれから一度も勝ってない。

だが弾幕の数は30に増えた。中々の進歩だ。スペルカードも2枚増やした。

そして今日は博麗神社を後にする日だ。

 

「じゃああんたを人里に送ってくから。その後の事は人里にいるハクタクにでも聞きなさい。あと、幻想郷では弾幕ごっこで雌雄を決するって言ったけど、主に異変解決のときぐらいだから。そこらの野良妖怪に『弾幕ごっこで勝負しよう』なんて言っても相手にされないわ。普通に倒すか、逃げるか、ね。あんただったら逃げるくらいはできるだろうけど。」

「覚えとく」

「結構短かったわね。はぁ、暫く備蓄があるからいいけど、そのうちまた雑草食べることになるのかしら」

 

この12日間使った金は10円(約10万)と結構多い。これ以上使いたくないところだが、こいつを見るとどうもな……。

賽銭箱の前に行き、1円札を3枚突っ込む。

 

「……賽銭入れといたぞ」

「……へー、あなた結構優しいのね」

「なんだ、今頃気づいたのか。そうだ俺は優しいんだ。メチャクチャぶん殴りたいほどにウザい奴がいても恨んで呪詛唱えるだけで我慢してやってんだ。俺が優しくなかったら二桁の人間はこの世にいないな」

 

特にクリスマスなんかはデスビームを放ちたくなる。あのカップル共はなんなの?非リアへの当てつけか?公然でイチャイチャしやがって。サイゼはお前らの愛を育む場所じゃねーんだよ。

博麗は疲れたようなため息をついた。

 

「はいはい、あなたが優しいことは分かったから。くだらないこと言ってないで人里に行くわよ。」

 

そう言って青空へ飛び出していった。

広い青に吸われる赤。

見失わぬように、彼女を視界に収めながら後を追った。

 

 

♢♢♢

 

 

出張!比企谷八幡、in人里ー‼︎

というわけで人里到着。そこ、どういうわけだとか言わない。

人里、その名の通り人の住む里である。妖怪は通常、この里は襲わない、そうだ。通常ということは時々襲ってくるのがいるのだろう。

この人里、中々広い。店が豊富にあるし、人も多く行き交っている。

だが何よりも印象深いのは映画のセットの様な街並み自体だろう。まるでタイムスリップした様な感覚に陥るほどの江戸時代然とした風景がそこには広がっていた。

コンクリートはないし、街灯もない。カルチャーショックっていうか、エラショックって感じのものをを受ける。

「何してるの。早く行くわよ」

その言葉を受け、慌てて付いていく。

「俺の住んでたところとは全然違うな。木造住宅なんてほとんど見たことないぞ」

「これぐらい普通でしょ。私の神社も木張りだし。そもそも木以外に何使うのよ」

「神社と寺はいいんだよ。何?こう、長屋っていうの?それを見たことがないって言ってんだ。それにこっちは木じゃなくてコンクリート使ってるしな」

「こんくりいと?何かしら……」

「固まると石みたいになる液体だ」

「ふーん、便利なものがあるのね」

そっけない返事。彼女の性格がよくわかる。

歩く度に巫女装束がひらひらと舞う。邪魔そうだがそれを気にも留めず歩いていく。

一つ道を曲がったその時、

「お」

気になるものがあったのでつい、足を止めてしまった。刃物屋の前、包丁や鎌が並ぶ中で小刀を見つけたのだ。

40円か……。高いな。

刃渡り一尺(約30cm)ほど。刃がかなり厚い。

「何道草食ってるのよ」

後ろから声をかけられた。

わざわざ戻ってきたのか。

「ああ、悪いな。護身用に小刀欲しくてな」

「どれどれ……40円⁉︎高いわよ!無理無理、諦めなさい」

「そうだよなぁ」

何か商売でもできればいいんだが。

「買えないものを見ててもどうしようもないわ。行くわよ」

その言葉を最後にして俺たちは刃物屋を後にした。

 

 

♢♢♢

 

 

人里の守護者は生憎家にいなかった。今は寺子屋で授業をしているらしい。と言っても家からそれほど離れていないらしく、5分と経たず寺子屋に着いた。

寺子屋に入り、一つの教室のドアを無造作に開ける。

ガラッと音がし、教室中の視線が俺と博麗に集まる。

「なんだ、博麗の巫女か。悪いが今は見ての通り授業中でな。用があるなら後でにしてくれないか?」

教卓に立つ白く、長い髪が特徴的な女性、もしかしなくても教師だろう。おそらく彼女が人里の守護者、上白沢慧音。

しかしこの寺子屋、人間の生徒は勿論いるのだが、それらに混じって明らかに人間じゃねーだろって感じの生徒までいる。羽生えてるし。

「すぐ終わるから。用件だけ説明するとここにいるぬぼーってした人が外来人の比企谷八幡。冴えないし、目腐ってるけど悪い奴じゃないわ」

「ねえ、俺のこと貶しすぎじゃない?色々余計だから」

「冴えない目の腐ってる奴」

「悪い奴じゃない、を省くんじゃねーよ…」

博麗は面倒くさそうに首を振る。

「余計と言うなら今の会話の方が余計よ。私だって早く終わらせたいんだから」

そう言うと俺から目を外し、女教師の方に向き直る。

「こんなやつだけど、人里に置いとける?」

「ああ、いいぞ。だが詳しいことは授業が終わってからだな。比企谷と言ったか?しばらく時間がかかるから授業でも見ていったらどうだ」

確かに何もせずにただぼーっと待っているのも暇だ。ならここは言葉に甘えとくべきか。

「じゃあちょっと見学させてもらいます」

うむ、と一つ頷いた彼女は席を案内しようとする。

「私は帰るわ。何かあったら博麗神社に来なさい」

博麗はそう言って背を向けた。

「博麗」

その背を無意識に呼び止めたのは社交辞令として身についているからなのか、それとも本心なのか。

「ありがとな。世話になった」

歩き始めていた背は止まり、目が片方だけこちらを向いてる。

「あっそ」

そう言うと再び歩き始める。

「……私も楽しかったから礼なんていらないわよ」

ボソッと呟かれた声。聞こえてしまったが、あえて聞こえてないふりをする。

巫女装束はもう見えない。

「授業を再開する」

その声で教室に目を戻し、席に向かった。

 




以上、第6話でした。
お昼ご飯おいちい


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やはりイケメンが振られるのを見ると飯がうまくなる。

オリキャラでますが、話の主軸になることはないです。


「改めて名乗ろう、上白沢慧音だ。この通り寺子屋で教師をしているが、人里の責任者の一人だ」

 博麗が去ったあの後、上白沢さんの授業を見学した。そして授業が終わり、今は今後のことについて話してる状態である。

「さて、君についてだが先ず住む場所を考えなければな。何しろ家は注文してから作ってるから空いてる場所を使ってもらうしかないのだが……、おお!そうだちょうど空いてる長屋があったんだった。そこを使ってくれ」

 彼女は手を打ち、思い出したかの様に大声をあげる。

「分かりましたが、家賃とかどうするんです?一応それなりに金はあるんですけど」

 その言葉にうーんと一つ唸り、多少申し訳なさそうにしながら口を開く。

「外から不本意で来てしまった人にこんなことを言うのは心苦しいんだが………そうだなぁ、本来は一月7円だが特別だ。3円と50銭(約3万5千)にしとこう」

「いいんすか?」

「なに、このくらいは大丈夫だ。それにお金がなくなったら働けばいい。その時は私が紹介してやろう」

 そう言ってニコリと微笑む上白沢さん。

 それとは対照に俺は小さくため息を零した。勿論感謝していないわけではない。ただ、ただ……

「働く、ですか……」

 やだなぁ、働きたくないなぁ。だってもし中間管理職なんかになった暁には各方面から仕事や雑用を押し付けられるに決まってる。もう未来が見える。上司に頼みごとされたら嫌な顔をして、反感買って給料下げられて辞めるとこまで見えてる。

「?どうした。働くことに後ろめたいことでもあるのか?」

「いえ、まぁそのことはお気になさらず」

 彼女の親切心を踏みにじるわけにはいかない。

 何でもないという風に手を振る。

 しばらく不思議そうな顔をしていたが、やがて顔を上げ耳にかかった髪を払いながら口を開いた。

「そうか。なら聞かないが、悩みがあるんだったら聞いてもいいぞ。私は先生だからな」

 そう言ってから立ち上がった。

 面倒見の良さそうな人だ。……なんか平塚先生みたいだな。

「では、君の住む家に案内しよう」

 その言葉を受け、俺たちは寺子屋を後にした。

 

 ♢♢♢

 

「そういえば」

 長屋へ移動する途中、俺と彼女には半歩ほど距離が空いてる。呟く様な俺の声に反応し、上白沢さんは首だけこちらを見た。

「なんだ?」

「授業で気になることがあってですね」

「質問か!いいぞ、何でも言ってくれ!最近は質問してくる子が全くいないから教師として寂しかったんだ!」

 そう興奮気味に話す彼女だが、申し訳ない。授業の質問じゃないのだ。

「そうじゃなくてですね、生徒のことです」

「ああ、なんだ……」

 目に見えて落胆の色を濃くするが、それも直ぐ収まり、質問し返してきた。教師という職業柄か人を不安にさせまいという気遣いだろう。

「私の生徒がどうかしたか?」

「ええ、なんか明らかに人外が混ざってたんですけど」

「あの子達は妖精さ。妖怪もいるがね。長く生きてはいるが、精神年齢が幼いからな、私が面倒を見ているんだ。………ああ分かるぞ、人を襲わないか、ということだろう?大丈夫さ彼女たちも人里のルールくらいわかってる。もし破れば博麗の巫女が来るしな」

 それに怖い先生もいる。そう言ってフフッと笑った。

「ちゃんと共存出来てるんすね」

「そう、上手く出来てるんだ」

 話を区切り、前を行く上白沢さんが脚を止めた。

「よし!着いたぞ。今日からここが君の家だ‼︎」

 そう言われ、彼女の視線の先を追うと小綺麗な家、ーーー集合住宅だから長屋と言うべきかーーーがあった。

「ある程度の物はもう部屋にある。それ以外に必要なものがあったら買い揃えてくれ」

「分かりました」

「私から言うことはこれくらいだ。ではな」

 そう言って背を向け、帰ろうとする彼女を俺は呼び止めた。

「もう一つ聞いていいすか?」

「何かな?」

「幻想郷の筆記具は鉛筆ぐらいしかないんですか?」

 授業の様子を見て気付いたことだ。皆が皆、鉛筆と消しゴムしか使ってなかった。

「前までは筆を使っていたが今は鉛筆が主流だな。それがどうかしたのか?」

「いえ、ありがとうございました」

「ん?ああ……」

 未だ疑問符をうかべつつも長屋を後にする彼女。

 さて、これで金の心配は大幅に減った。こっちは明日やろう。

 これからは恐らくここが生活の拠点になるだろうから先ずは生活必需品を揃えねば。

 思い立ったが吉日。金を持ち、最初に金物店へと脚を運んだ。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 陽の光が瞼越しに入ってくる。

 翌日、布団で目を覚ました。まだ新しい布の匂いが鼻をくすぐる。

 簡単に朝食を摂り、外に出る。金を稼ぐためだ。と言っても俺が働くのではない。

 行き先は文具店。確か寺子屋の横にあった筈だ。

 まだ陽が東にあり、涼しい。少し早く出すぎたかと思ったが、店は既に開いていた。

 店に入り、奥に声をかけると手拭いを頭にまいた30後半くらいのおっさんが現れ、こちらを見ると少し驚いた様な声をあげた。

「おっ!妖怪の客とは珍しい。早朝から何のようだい?」

 言われ、後ろを振り返っても誰もいない。

 おかしいなー、妖怪なんていないよー。もしかして透明人間でもいるのかな?ハハハハハ………ふぅ。

「俺のことを言ってるんだったら人間っすよ」

 こうやって現実逃避でもしないと俺のハートがいくらダイヤモンド並みの強度を持っていたとしても壊れますわ。ダイヤモンド打撃に弱いけど。

「ああ、じゃああんたが慧音先生の言ってた外来人か。名前は確か……比企、ひけ?いや、……比企ガエル?」

 おぅ、散々迷った挙句たどり着いた答えがそれかよ。今のところ俺まだ人間認定されてないんだけどどういうことよ。

「比企谷八幡です」

 そう答えると、ああ!と言い、頭を掻いた。

「そういやそんな名前だったな。比企谷。うん、比企谷だった」

 ひとしきり、比企谷比企谷呟くと悪いな、と謝ってきた。

「いえ、俺の名前覚えにくいみたいでよく間違われるんでいいすよ」

 比企谷とちゃんと呼ばれていたの小4と中3の時ぐらいじゃない?今でもヒキタニ呼ばれてるんだし。

「で、一体何のようなんだ?買い物かい?最近は鉛筆が流行っててねぇ、……これなんかどうだ、反対っ側に消しゴムが付いてるんだ」

 木のようなゴツゴツした手に鉛筆を乗せ、商品自慢をしてくる。だが申し訳ないことに買いに来たのではない。売りに来たのだ。

「すいませんが、買い目的じゃないんで」

 そう断りをいれると、どんぐり眼が怪訝そうに細められた。そして目線だけで話の続きを促す。

 それに応じて俺はポケットに手を突っ込み、中のものを出した。

「こいつを売りに来たんです」

 取り出したものはシャーペン。幻想入りする前に使っていたやつだ。

 因みにボールペンは恐らく材料が揃わないだろうから止めた。

「なんだこりゃ?」

「これは外の世界の筆記具でしてね。鉛筆より使い勝手が良いんですよ」

「それで、これを売りにきたと」

 目の前に見せられた物体をまじまじと見て、時折カチカチとシャー芯を出したり引っ込めたりする。

「正確にはこれを製造して売る権利を売ります。もしこれを店頭に置いたら間違いなく当たります。多分」

「間違いなくなのか多分なのか分かんねぇが、値段次第だな。これの権利、何円で売るつもりだ?」

「月20円でどうすか」

「20か……良いな。買いだ、それ」

「いいんすか、そんな簡単に決めて。製造方法だって教えてないのに。材料費もわからないでしょ」

「幻想郷の住人は新しいものには大体飛びつく。だからある程度利益も出るだろう。製造は河童に依頼するから問題無い。キュウリ出しとけば安くしてくれるしな」

 そう言ってニッ、と笑った。

 その後は契約書を作り、正式に彼に権利を渡した。

 クックック……ふはははは!これで収入源ができたぞ!働かずして金を得る!外来人のアドバンテージ‼︎素晴らしい‼︎

「ところで河童って何者なんです?」

 さっきの会話でつい気になり、聞いてみる。

「おや、河童は外でも有名だと思ったがそうでもないのかな?」

「河童自体は知ってます。河童に依頼する、って言ってたんで気になって。技術者ですか?」

「そんなところだ。河城にとりという河童はいつも訳の分からんものを作ってるしね。技術者と言えるんじゃないか?」

「へぇ」

 なんともお値段以上の仕事をしてくれそうな名前だ。

 しかし河童の技術者ねぇ。脳内には甲羅を背負い、頭に皿を乗せた口ばしを持つ人型がドライバーを持って立っていた。

「つくづく、常識が通用しねぇなぁ」

 感慨深げにそう呟く。

「そうなのです!この幻想郷では常識に囚われてはいけないのです‼︎」

 突然後ろから少女特有の高い声が聞こえた。音楽は知らんけど多分アルト。

 そちらを見遣ると緑がかった黒髪を携え、蛇と蛙の髪留めをした高校生くらいの女の子が目をキラキラさせながら立っていた。

「おや、早苗ちゃんじゃないか。どうしたんだい?」

「買い物です。あとなんか呼ばれた気がしたので!」

「誰も呼んでねぇだろ……」

 ついつい突っ込みが口に出てしまった。だがそれは聞こえなかったのか、自分のペースで話を進める。

「おや、見ない顔ですね。誰でしょうか?」

「え、待って何その『今初めて存在に気付きました』みたいな顔。さっき俺に話しかけてたんじゃないの?」

「……そういえばそうですね」

 大丈夫か、この子。ちょっとアホの子入ってるっぽいぞ。お前は何ヶ浜さんだよ。

「……まぁ小さいことは気にしなくてもいいんです!そんな些細なことよりも貴方、外来人ですね‼︎」

 なにぃ!何故分かった!いや、さっきの台詞の所為だな。むしろそれ以外に特定できる要素が無い。

「ふふふ、『何故分かったか』そう言いたいような顔をしてますね。いいでしょう、特別に教えて差し上げましょう!さっき言っていた台詞、幻想郷は外来人から見たら常識がずれてますから来た人の多くはそう言う……だから私には分かったのです‼︎」

「お、おう。そうだな……。大体予想ついてたけど」

 怒涛の勢いでまくしたてる彼女に少々ゲンナリしつつも答えを返す。

 しかし今の問答で分かったことがある。

「そう言うあんたも外来人か」

 すると彼女は目をパチクリとさせた。何故分かったかのか、ってところか。わかりやすいなこいつ。

「『幻想郷は外来人から見たら常識がずれている』ってのはお前が外来人だからそう思うんだろ?」

 ふっ、どうだこの名推理。国語学年3位は伊達じゃないんだぜ?麻酔銃の力が無くてもこのくらいは分かる。

「やりますね。この現人神である私の正体を当てるとは」

「ああ、まぁな。…………現人神?」

「ええ!私は現人神、東風谷早苗!そして諏訪子様と神奈子様に仕える守谷の風祝(かぜほうり)‼︎」

 そう自慢げに言い、胸を張ると二つの果実が揺れた。けしからん。

「長野から来たのか」

「はい。知ってたんですか?風祝」

 風祝は確か諏訪大社の神職名だったはず。殆ど巫女と同じだ。

「知識としてかじってた程度だ」

「へー、学があるんですね。ところであなたは何処から?」

「私は喉から」

「ベンザブロックネタはいいです」

 そんなあなたには銀のベンザって言って欲しかったなぁ。やべぇ超どうでもいい。

「俺は千葉だ」

「千葉ですか!いいですよね千葉。東京に近くて」

「待て、何で千葉褒めるのに東京が出てくんの?千葉だっていいとこいっぱいあるよ?」

 マッカンとか観覧車とかマッカンとかマッカンとかマッカン。あとマッカン。

「東京の横ってだけであんまりイメージないんですよね〜」

「なんだと、んなこと言ったら長野だって山ぐらいしかイメージねぇよ」

「知らないんですか?長野には磁場がゼロのところがあるんですよ。あと温泉にスキー場これだけ観光資源があるところ中々ありませんよ?」

効果音にドヤァとつきそうな程に笑みを湛えている。

 くっ!長野強ぇ。俺に残されたのは観覧車とマッカンしかない!いや待て、ディスティニーランドがあった!これで勝つる!

「聞いて驚け、なんと千葉にはディスティニーランドがあるんだ。これの経済効果はかなりある。つまりディスティニーランドが国の経済を左右してると言っても過言じゃない」

「でも東京って銘打ってありますが」

「場所が千葉だから良いんだよ」

 言い争っていると、突然肩が重くなった。

「地元自慢はいいからよ、他の客が入りにくくなるからやめてくれねぇか?商売ができねぇ」

 俺の後ろには疲れたような顔をした店主の顔があった。

 確かにこれでは邪魔だっただろう。

「すいません。じゃあ俺帰ります」

「あぁ待ちな。今月分の金を渡しとく」

 そう言ってその手に持っていた封筒を俺の前に出してきた。

「先払いですか」

「契約結んでもらった方だからな。誠意だよ」

「じゃあ、ありがたく……」

 受け取り、店から出て行った。

 

♢♢♢

 

 来た時にはあまりいなかった人里の人間が今は道を多く行き交い、活気にあふれている。その道を進む二つの足音。

「で、何でお前ついてきてんの?」

 後ろに声をかけると付いてきていた人物ーー東風谷早苗は小走りで俺の横に並び、歩く。

「いえ、同じ外来人として興味があってですね」

「お前が興味引くような話題は出せねぇぞ」

「口下手そうですもんね」

 こ、こいつ……。

 恐らく悪気は無いんだろうがそれだけに傷つく。

「しかしさっきの地元自慢、面白かったですよ。外来人同士じゃないとできませんからね」

 そう言って彼女は薄く微笑む。

 ……同じ境遇の人間がいなかったから一抹の寂しさがあったのだろうか。

 他人から見て彼女は充分、美少女と呼べるだろう。つまり外の世界ではリア充グループにいたことは想像に(かた)くない。そんな人間が自ら望んだにせよ、望まなかったにせよこんな世界に放り込まれたら突然の孤独に戸惑うはずだ。

 だから彼女の孤独が俺へのマシンガントークという形で表れた。正確には外来人への、だが。

「ああ、そのなんだ……機会があれば、また話をしてもいいかもな」

「そうですね。あ、じゃあ守谷神社にいらしてください。妖怪の山の上にあるので」

「ああ」

 そうやって会話しながら二人で歩き続ける。

 暫くそのままの状態でいると、前方に人影を見た。その影はだんだん近づいてきた。

「早苗さん」

 影は中々の好青年だった。東風谷に笑みを向けつつ話しかける。

 それに対し東風谷もまた彼に笑いかけた。

「こんにちは、国川さん」

 国川と呼ばれた青年は少し照れたように頭を掻いた。

「買い物に来たのかい?良かったら付き合うよ」

「大丈夫ですよ、気持ちだけ受け取っときます」

「そんな遠慮しなくていいからさ」

 ……ははぁん。こいつはあれだな。こいつは東風谷が好きだが、それを見事に躱されてるって感じだな、可哀想に。ざまぁ。

 憐れみと嘲笑の表情を浮かべているとそれに気づいたか、青年はちろりと俺を睨む。だがその視線も直ぐに東風谷に戻された。

「早苗さん、結構前からずっといる目がアレな人は一体誰だい?」

 目がアレってなんだよ。なにこいつボキャ貧なの?……ん?こいつ今変なこと言わなかったか?

 一人妙な違和感と戦っていると、彼女の声がかかる。

「この人は外来人です。名前は………そういえば私もまだ名前を聞いてませんでした。あなた、名前は?」

「比企谷八幡だ」

 答えると今度は青年の声。

「外来人?一体いつ入ってきたんだ?」

「2週間以上前だ。人里は昨日だがな」

「八幡……なんか八幡宮を彷彿とさせる名前ですね。私も巫女ですし運命的なものを感じますね!」

 そう言って顔を覗き込んでくるが国川がそれを遮るように口を開いた。

「早苗さんにはこんな人きっと合わないって。変な目だし、性格悪そうだし」

 言われなくても俺が一番分かってるから、言うんじゃねぇよ。

 しかし、わざわざ東風谷の目の前に来て、更に本人が目の前にいるにも関わらずそれを言うってことは余程彼女にお熱なのか。愛が熱い!熱すぎるよぉぉぉ!

 だがそれに反して彼女の返答は冷たいものだった。

「私、人を見かけで判断してその人を非難する人、嫌いですから」

 じゃあ私失礼します。そう言い残してフワリと飛び去ってしまった。冷たい!冷たすぎるよぉぉぉ!

「え…ちょっと、早苗さん⁉︎」

 その声は届くはずもなく、宙に霧散した。後にはただ突っ立ってる俺と呆然と空を見つめる国川青年しかなかった。

 いやぁ、今夜は飯がうまくなりそうだ。これをおかずにご飯3杯は行けそう。まったく、イケメンが振られる様はいつ見てもいいものだな。

 内心せせら笑い、今にも灰になりそうな青年に目を向けると未だにぼう、と雲に目を配っている。

 こいつは一体何を待ってるんだ……。あれか?お前は太宰なのか?駅のベンチに座り続けるのか?そのうち人間嫌いになりそう。

 なんかもうやること無いし帰ろうかな……。

 くるりと背を向け、家路につくべく歩を進めんとする。

「待ちたまえ」

 突如なんの脈絡もなしに話しかけられた。

 振り返れば既に国川はその目に光を宿し、こちらを見据えていた。

「……なんだよ」

 早くしろよ。俺早く帰りたいんだけど。

「全くお前のおかげで早苗さんが怒ってしまったじゃないか。これから買い物に付き合おうとしていたのにこれじゃ台無しだ。どうしてくれる」

 ……ナニイッテンダコイツ。言いがかりも甚だしい。頭のネジが抜けてるとしか思えない。

「俺には関係ねぇよ。それに自業自得だろうが。勝手に俺の所為にすんな」

「いや、君の所為だね、君が早苗さんといなければこうならなかった」

「いや、話しかけてきたのあっちだし。おまえ頭大丈夫か?ちょっと試しに頭振ってみろよ。カラカラ音がするんじゃねぇの」

 脳が乾きすぎて。

 こういう奴の相手はホント疲れる。大した理由もなくおまえが悪いって……小さい子なら可愛くて許せるが、成長した奴がやってもキモいだけなんだが。

「おまえ、俺にそんな口聞いてどうなっても知らんぞ。今なら謝れば許してやらないこともないかも知れないぞ?」

 その言い回し、許す気さらさらねぇじゃん。回りくどいなおい。

 流石に面倒くさくなったので、早々にこの稚拙な言い合いに決着をつけることにした。

「謝らねぇよ。お前が振られただけじゃん。嫌われてやんのブークスクス(棒)」

 それだけ言い残し、その場を離れた。

 背中に怒号が当たるが、んなもん知るか。

 足早に歩き、家までの道程を急いだ。

 




国川は葉山の2ランク下位に考えて下さい。
因みに作者は葉山は嫌いではありません。


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やはり人と関わるのは疲れる

遅れてすいません。言い訳なんて女々しいことは言いません。
単純にサボってました。今回長めだから許して下さい。


 青年に啖呵を切った翌朝、そこそこ遅めに目が覚めた。特に今日この一日に予定もなく惰眠を貪り続けた結果、瞼を開けると既に暑い空気が部屋に充満していた。朝の爽やかで涼しい空気を味わうことなく今日を迎えた。太陽は真上をとうに通り過ぎている。このことから時刻はおそらく1時か2時といったところだろう。通算15時間以上寝ている計算になる。

 未だにぼうっとする頭を携えながら桶を持ち、外に出る。人が大勢行き交い、活気のある商人の声などが通りによく響いている。

 家を出て、少し右に曲がると小さめの広場がある。その端には公共の井戸があり、生活用水はだいたいここから持っていくようになっている。

 桶に井戸水を注ぎ、ついでだからその場で顔を洗う。ヒヤリとした水の感触で霞のようだった意識が一気に覚醒した。こうまで冷たいと顔の筋肉が引き締まる様に感じ、自然意識も引き締まる。このままいっそ目も引き締まってくれないかしら……。

 気持ちだけキリッと決め、立ち上がる。俺は比企谷八幡だ、キリッ。

 重みのある桶を横に持ち、さして遠くもない家に向かってゆっくりめに歩く。

 夏の太陽は自己主張が激しい。我を見よと言わんばかりに首筋を鋭く、熱く刺してくる。人を太陽のようだ、という風に太陽には明るくて目立つ人の例えとしてよく使われる。口説き文句として「あなたは太陽のようだ」というのもある。つまり太陽とはリア充の象徴と言えるだろう。だが待ってほしい。太陽は必ずしも素晴らしいものではないのだ。例えば中東。砂漠の多いあの地域では太陽のよう、というのは酷い侮辱だと聞く。なら何が彼ら彼女らにとっての賞賛なのかというと月である。月は孤高の存在である。月が出ると近くの星は消える。星々に囲まれることなくただ光り続ける存在。それとは別に日本の詩でも太陽より月の方が多く句を詠まれており、つまり月とは万人が美しく思うものである。よって月=孤高、月=美しいとなり、孤高=美しいということになる。そう、ぼっちは美しいQ.E.D証明終了。隠れた真のリア充、それがぼっち。

 などと取り留めもないことを考えつつ家に入り、台所に桶を置く。埃が入らないよう上に布をかけることも忘れない。

 この世界は不思議なことが多々ある。妖怪や魔法使いなんかが居る時点で今更だが、ここでいう不思議とは文明のことだ。水道が通ってないから井戸から水を組むしかないし、火だってガスがないから薪を使って燃やすしかない。技術が外の世界と大きな差がある、かと思えば人里の少し離れたところには名状しがたきロープウェイのようなものが放置されていた。そういうの作る前にインフラ整備しとけよ。水道ないとホント不便。

 にじみ出てきた欠伸をかみ殺す。と同時にぐぅ、と腹の虫が鳴いた。……昼飯にするか。

 考えてみれば昼まで寝てたからここまで何も食べていない。いくらあまり動かない低燃費小型車の俺でも一応は男子高校生である。減るもんは減る。世の中には変化のないもの、減らないものなどないのだ。ところでよくおっさんの言う減るもんじゃないだろの卑猥感は異常。あれ絶対減るだろ主に精神力がゴリゴリと。

 飯を作るのも億劫なので外へ食べに行くことにした。ラーメンあるかな……。

 

 ♢♢♢

 

 この人里の中心には川が流れていて、飲食店の多くは川沿いに存在する。店という店に視線を流し続けていると店員が奇異なものを見るような目つきで見てきた。とっさに視線を外し目線から逃げるように歩みを早める。

 ああいう目で見るのは本当にやめてほしい。様々なトラウマが蘇りちょっぴり傷ついてしまう。

 歩き続けること10分、どこからかだしのやわらかい匂いがふわりと漂ってきた。自然と口の中に唾液が溜まる。右を見れば紫の布に白文字で大きくそばと書かれた暖簾が目に入った。

 ここにするかと引き戸を開け、中へと入る。

「お」

「げ」

「おいおい、げってなんだよ、げって」

「いや、こんなところで知り合いに会うと思ってなかったからつい、な」

 微苦笑を浮かべて文句を言ってくるのは長い金髪を背中に流した魔法少女霧雨魔理沙である。特徴的な黒い帽子を椅子の下に置いて蕎麦をすすっていた。

「昼飯か?」

「ああ、私は料理って言ったら鍋物しかできないからな。基本外食だぜ」

「ほーん」

 たいして興味もないので適当に返事をして、霧雨から二席離れたカウンター席に座る。肉そばを注文してぼーっと待っていると背後の方からひそひそと外来人だの外の人間だの妖怪だのと聞こえてきた。妖怪っつった奴ちょっと表でろ。耳をすませばあまり外来人は歓迎されていないように感じた。バイオリンの音色も青春の透き通るような青い音も聞こえず、ひそっとしたざらつく音だ。耳をすませばいいよね。ハウルの次くらいに好き。

 周囲の音を耳に入れ続けていると隣の椅子が引かれ、木でできた椅子の脚と床が擦れ、チューバを引き延ばしたようなでかい音を立てる。なんだようるせぇなと思い来訪者を半目でねめつけるとニッ、と笑ってこちらを見る霧雨が目にはいった。

「……どうした」

 折角気を使って席を空けて座ったのにわざわざ隣に来るとか俺のこと好きなのん?

「いやなに、大した理由じゃない。飯は話ながら食べた方がおいしい気がするしな。一緒に食おうぜ」

「蕎麦、話ながら食うと伸びるし、美味くなくなると思うぞ」

「私は柔らかめの方が好きだから問題ないぜ。それにおいしさと美味さは別物だぜ」

 話に区切りがついたところで肉そばがごとりと目の前に置かれる。食う前にいただきますと小さく手を合わせてぞぞぞっとすする。

 美味い。カツオ出汁の豊潤な香りとひき肉から出る油が舌の上でレッツパーリーしてる。蕎麦自体もコシがあっていて肉と非常に絡む。肉に少し臭みがあるが、七味で消える程度のものだ。

「しかしなんの肉だこれ。牛じゃねぇよな」

 独り言のように呟くとそれを聞いていたらしい霧雨が答える。

「そいつは鹿だな。牛なんて高級すぎてとてもじゃないが食えないぜ」

「こっちだと牛は貴重なのか。それより鹿は初めて食ったな」

「外の世界じゃ鹿は食わないのか?」

「猟師くらいじゃねぇか?一般人は食わんだろ」

「へー」

 へーってお前……。話振ってきたのお前だろうに。何?タモさんなの?トリビアの泉なの?それはへぇだな。

 そのあとは特筆すべきこともなく、他愛もない会話をし、時々蕎麦を咀嚼する時間を過ごした。

 少し伸びた蕎麦は彼女との会話の時間を言葉なく伝えてきて、決して美味くはなかったが、少し、おいしい気がした。

 

 ♢♢♢

 

「これからどうするんだ?」

 二人一緒に店を出て、出し抜けに霧雨が問う。

「どうって言われてもな……。お前はなんか予定とかないのか?」

 質問に質問で返してしまって悪いが、答えのない俺よりも彼女の方が何かあるだろうと思い会話の矛先を彼女へと向ける。すると何を勘違いしたかちょっと予想とは違う答えが返ってきた。

「なんだ、私とどっか行きたいのか?デートのお誘いならオーケーと答えておくぜ。おっと、付き合う訳じゃないから勘違いするなよ?」

「いや、明らかに違うでしょ……。ただ聞いただけだっつーの」

「なんだ。つまんない奴だな」

「俺に面白さを求める方が間違ってる。いいか?もし俺がウィットに富んだ面白い話ができれば今頃友達100人ぐらい余裕だっつーの。それがどうだ100から1とって何も残らないまである」

 一息でそこまで言い切ると霧雨は何か難しい顔をして口を開く。

「ん?私は友達にカウントされてないのか?」

「……え?友達なの?」

 トモダチッテナーニ?

 霧雨とは少し話すだけの間柄である。共に何かやったわけでも、磯野遊ぼーぜー、と声をかける訳でもない。なら俺と彼女はただの知り合いまたは隣人といったところではないだろうか。……それに、今まで得ようとしてきたものがこうもあっさり手に入るかもしれないことに少なくない疑心と言い表しようのない不安が心の内から流れ出てくるようだった。

「そんな難しいことじゃないと思うぜ?」

 こちらの考えを見透かすように霧雨が笑う。

「八幡は過去に何かあったのかもしれないけど今の私とお前には関係ないことだぜ。それに私から友達になって欲しいって言ってんだから、お前は頷くなり愛してるなり言って欲しいぜ。断られたみたいで嫌だからな」

 俺の過去を関係ないと言い張るこの少女に俺は一体どう対応すればいいのだろうか。

 ボッチは周りに人がいない。当たり前だ。じゃなきゃボッチじゃない。常に一人の空間を守り続けている孤独の守り人なのだ。この空間だって色々なことが積み重なってできたものでもある。それを彼女はやすやすと壊してくる。自分の居場所を。

 霧雨が視線だけで返事を求めてくる。上等な毛皮を思わせる柔らかい茶の瞳と2秒間たっぷり見つめ合う。

 勿論のこと、先に根負けしたのは俺で、ため息を吐くついでに瞼をゆっくり閉じる。暗闇の中には頼りなげな光が仄かに明滅していた。それらを振り払うように顔を上げた。

「悪いな、俺はまだ友達を持つ勇気……って言い方は変か。覚悟だな。覚悟が足りねぇ。だから無理だ」

 言うと、彼女は不満そうに眉尻を下げて深く息をつき、

「そっか。ま、仕方ないか。残念だが無理強いはせんよ」

「……そのうち、な」

 気休めだ。なんとなく霧雨の顔を直視できずに、つい零れてしまった言葉。実現できるか判らない卑怯な台詞だ。だが、

「そのうち……。そうだな、そのうちな!でも私的にはできるだけ早い方がいいぜ」

「あ、ああ」

 太陽のような少女だ。厚い雲を溶かし、冷えた空気すら問答無用で切り裂き、熱する。月なんか霞んで見える。唇は弓の様に緩やかに弧を描き、眼は少し嬉しそうに細められている。

 返事が予想外で碌なことが言えない。もしかしたらキョドっていたかもしれない。

「俺が、こんな性格じゃなかったら絶対にお前と友達になりたがっただろうな」

「その仮定は要らないぜ。なにせ近い内に友達になるからな!」

 魔女の帽子のつばを少し上げて親指を立て、パチッとウィンクを送ってくる。明るい金髪と黒い帽子がよく似合っているな、と今更ながら思う。

「それじゃあ、今の俺たちの関係は隣人ってとこか?」

「いや、『良き』隣人だ。だから色々借りてくと思うが寛大な心で許してくれよな」

「盗んでいくの間違いじゃないのか?」

「死ぬまで借りるだけだぜ!」

 呆れた物言いだが、彼女の潔さは気持ちがいい。裏表がないのか、それとも区別をつけるのが極端に上手いのか。恐らく前者だ。この性格じゃ、外の世界ではやっていけないだろう。ついでにオセロもできない。

 だが、彼女は幻想郷で力強く生きている。この幻想郷という世界の異質さ

 あってのものだ。本当に、いい場所だ。

 知らず、笑いが芯からこみ上げてきて、自然、ニィっと唇がニヒルな笑みを形作った。

「ああ、仕方ないな。『良き』隣人だからな」

 本当、しょうがない。

 

 ♢♢♢

 

「なぁ、悪かったって」

 早足で歩く俺の後ろをパタパタと忙しない足音が追いかけてくる。

 決め台詞的なことを言ったあの瞬間、霧雨は少し引き気味に「うわっ……」と言ったのだ。油断していたところにこの仕打ち。あまりにあんまりなので泣きかけた。ていうか一雫落ちたまである。

「でもな、八幡。あれを見たら誰でも同じ反応すると思うぜ?何せその目とあの笑い方がちょっとこう…悪い意味でマッチしていてな、控えめに言って不審者にしか見えなかった。私でも一瞬身の危険を感じたぜ」

「控えるんだったらもうちょっと控えろよ」

「えー、でもあれは完全に犯罪者の顔だぜ」

「まさかの追い討ち……!」

 彼女の感情がだだ漏れ。こちらの涙もだだ流れである。

 裏表がないことも考えものだなと思いましたまる。

「で、これどこに向かってるんだ?」

 今までの話の流れを牛刀よろしくバッサリ切っていくスタイルの霧雨はやはり笑顔のまま聞いてきた。

「貸本屋だよ。あるんだろ?」

「お、鈴奈庵に行くのか。そこと知り合いだから任せとけ!」

「お前、顔広いな」

「なんだと!私は小顔だ!」

「そうじゃねぇよ……」

 意味を履き違えてる霧雨は放っておいて、本屋の位置を記憶と照らし合わせながら歩みを進める。

 途中、ちらほらと粉雪よりもささやかで、払えば直ぐにでも落ちてしまいそうな視線に晒されたが、恐らく後ろで騒ぎ続ける霧雨の所為だろう。ただ、どこか粘っこいものが混ざっているのが奇妙であったことを除けばたいして気にならなかった。

 そうこうしているうちに少し古ぼけた家屋に到着した。入り口には暖簾がかかっており、鈴、奈、庵と一文字づつ、三つに分けられた暖簾が風に弄ばれていた。

 視界にうるさいほどに映るそれらを軽く手で押さえて引き戸に力を入れると、カラッと軽く、乾いた木の音がして、水に流されているかの様に容易く横へと流れていった。

「いらっしゃい」

 上等のレコードを思わせる落ち着いた声音が鼓膜を震わせた。

 店の奥、音源に目を向けると丸眼鏡に茶髪を二つ、サイドに纏めた女の子がテーブルを挟んだ状態で読みかけの本から目を離し、こちらを何気ない瞳で眺めていた。椅子に座っているからか小柄なーーリスのような印象を受けた。

 ふいにそのドングリ色の瞳と目が合う。

「ひっ……、よ、よよよ妖怪ぃ⁉︎襲われる⁉︎霊夢さーん、魔理沙さーん‼︎」

 はいはいテンプレテンプレ。もう慣れた。因みに誤解を解くことには慣れていない。人と話すの苦手だしね!

 あたふたと忙しく目を動かしながら、何故か文鎮を右手に持つ彼女。それを微笑ましい気持ちで見つめていると、突如、右肘を突き出し、そのまま手を頭の後ろに持っていき、

「えいっ」

 気の抜けるような可愛らしい声で全くもって、可愛らしさの欠片もない無骨な文鎮が投げられた。

「危ねえっ!」

 首を右に傾けて何とか回避する。左耳に若干掠ったような気がする。え?なにこの子?怖すぎる。

 突然のことに未だに激しく踊る胸を押さえつつ戦々恐々としていると、背後から「うおおっ⁉︎」と霧雨の声が響いた。おいおいまさか当たっちまったか?

 だが、そんな心配は杞憂だったようで俺が体制を立て直す頃には、霧雨は扉を潜っていた。ちょっとかなり心配してしまった。ちょっとなのかかなりなのかどっちだよ。

「ったく、いきなりなんだ?危うく当たるとこだったぜ」

 片眉の頭を上げながら腕を組み、開口一番に不満を垂らした。

「状況を見れば……小鈴か」

「まっままま魔理沙さんっ!」

 フローリングを走るウチのカマクラみたいにダダダダーンと床を踏み鳴らして俺を素通りし、俺の背後に控える魔理沙へ、ひしっと抱きつく。そして身振り手振りでまくし立てる様に話し出した。

「妖怪です!魔理沙さん!妖怪!わたしの店に妖怪が!あの目は人を喰った目です!人喰い妖怪ですよ!」

「残念だったな。俺は確かに人を喰ったような発言はするがマジもんの人は喰ったことがない」

「えぇ……」

 ふふん、ちょっとうまいことを言ってしまった。と思ったのだが、霧雨が僅かににうめいた。どうやら彼女的には微妙だったようで言いにくそうな苦笑いを浮かべている。そんなにダメかな……、渾身の返しだったんだけど。

「う、うんまぁちょっと……お、面白い妖怪さんですね!」

「おいやめろ言うことないからってなんでもかんでも面白いっていうなよ。その気遣い結構傷つく。ついでに妖怪じゃねぇ」

「ついででいいのか」

 ボソリと霧雨が呟く。いいんじゃないかな?頭の隅にでも置いといてくれればそれで。

「八幡がいいなら私は別にいいんだが……。ま、いいやそれより紹介だな!こいつは小鈴。本居こーー」

「ま、魔理沙さんっ!言わないで下さい!」

 彼女のフルネームを言おうとして、口を開きかけた霧雨を本居が急いて遮った。その拍子に茶髪がピョコリとはねる。

 彼女はストップをかけられたことに幾ばくかの驚きを感じたようで、琥珀色のの双眸を見開いた。

 彼女は無言で理由を問う様に元に視線を投げた。

「もしそこの妖怪が巷で噂の名前を食う妖怪だったら……」

「ああ、あれか」

 何か納得したらしい様子で霧雨は深く頷いた。しかし俺は全く話しに着いて行けず、途方に暮れてしまった。

「なぁ、お前らだけで話し進められても置いてけぼり食うだけだからそろそろ俺にも説明をくれねぇ?」

「悪い悪い。名前を食う妖怪ってのはな、結構最近から人里を騒がせているヤツだぜ。名前の食われて何日か経つとたちまちひとに憎まれ始め、最後に消えてしまう……、そういう妖怪だぜ」

 霧雨がそう締めくくると、その背後にいる本居がひゃー、と小さく悲鳴をあげて桃色の柔らかな口元を両手で押さえた。

「消える?」俺は言った。

「ああ、消える」霧雨は答える。

「今は霊夢と早苗で解決にあたってるが、尻尾どころか名前すら掴めない。私はともかく、妖怪退治の専門家の霊夢でも分からないのは厄介だぜ」

「じゃあ」と俺は言い、書庫を視界に収める。定期的に掃除しているのか色褪せている本などはあまり見受けられない。

「本もな、調べて見たけど、一部だけ不自然に破られてたんだぜ」

 視線の意味を理解した霧雨が答える。

「だけどな、何も手掛かりがないわけじゃないんだぜ。人が消える理由については予想ついてるんだ」

「えぇ!そうなんですか⁉︎」

 喜色を混じらせた声が狭い鈴奈庵の中を跳ねる。それもハッとした表情になると、微かに頬に熱を持たせ伏目になるとすっかり静かになった。

 その反応を見て俺と霧雨は少し笑った。

「ははっ、人が消える理由はな、恐らく、幻想郷の人間だからっていう風に考えてる。だって名前を取るだけで消えるなんて一妖怪が持っていい能力じゃないんだ。つまり、その妖怪は別の能力を持っていてそれが幻想郷の人間の性質と噛み合ってしまった、と考えてる」

「それで、その性質っつーのは?」

「幻想郷がどういうところか知ってるか?」

「なんだよ急に……、確か忘れ去られたモノ、人や妖怪、物体に限らず集まるところじゃなかったか?」

「そうだ。忘れ去られ、存在が希薄になったから流れ着く。そういったモノ達が幻想郷で存在できるのはそいつらが互いを認識しあってるからなんだ。なら、幻想郷で存在が忘れられたら、どうなる?」

「……消える、のか?」

「多分な。それが私たちの見解だ」

「つまり、そいつに名前を食われると周りから忘れられるってことか」

 結構ありがちな展開だ。なんだよS・カルマ氏かよ。俺も砂漠に行っちゃいそう。

「あのー」

 水の中で囁くようなおずおずとした調子の控えめな声が俺と霧雨の間に割り込んだ。

「名前取られないようにするには……」

 声の主はもちろん今まで沈黙を守っていた本居で、眉尻の下がった不安そうな顔で霧雨に問うた。

「いや、そこまではな」

「そうですか……」

 目に見えて下がる肩。それを何の気なしに見つつ、軽くため息を吐く。

 別にこの世界も平和というわけじゃねぇんだな。敵がいるからいつも不安が渦巻いてるように思う。

 しかしそんなセンチメンタルを吹き飛ばすように本居が叫ぶ。

「おおっと!そういえば魔理沙さん、目の前に妖怪がいますよ!チャンスですっ!」

 流石に呆れてきた。まだ言ってんのかこいつは。失礼を通り越してホントに自分が妖怪なのかと思っちゃうじゃん。そうです、私が変な妖怪です。

 軽く洗脳されかけてて危ないので、霧雨に助け船を求める。が、

「ああ!本当だ!妖怪がいるぞー」

 は、計ったな!シャア!

 そんな霧雨の悪ノリに付き合わされ、妖怪じゃないんだと弁解するのに時間がかかってしまった。おかげで精神にかなりの疲労を来したように思える。憂いで肩に重しでも乗っかったみたいにちょっぴり下がる。

 やはり人と関わるのは疲れると思いました。まる。

 

 

 

 

 

 




今まではほのぼの短編でいこうと思って話しをつくってましたが、しっかりとストーリー性のある話しにしようと思います。こっから急になので当初と矛盾が生じるところも出てくると思いますが、その寛大な心で私を許して下さい。みんな広い心持ってるよね?大丈夫だよね?


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私家版百鬼夜行絵巻最終章補遺

眠い


一通りやかましく騒ぎあって、その反動か、今はやや落ち着いてる。これでゆっくりと本来の自分の目的に取りかかれるというものだ。

霧雨と本居は椅子に座って何やら世間話をして、時々小さく笑い合ってる。陽は一段一段空の階段を降りて行く。西窓から入る光が少し眩しい。ほんの僅かばかり目を細めた。

彼女らを目の端に固定したまま少し厚めの本を取ろう、と思ったのだが本の上部が本棚の内側の何処かにひっかかってうまく取れない。たちまち、胸の内に黒い靄が去来したように思えて、たまらなく、少し強めに本を引っ張った。その途端本棚が揺れて、周りの本、本棚の上に放置されていた巻物の様なものが鈍い音を立てて木の床に次々に落ちた。突然発生したデカイ音に霧雨達が振り返る。

「本を落としちまった」

悪い、と本居にひとつ謝罪をいれて落ちた本を拾う。そのうちの一つ、巻物を手に取ったその瞬間、何か懐かしい感覚に襲われた。懐かしいといっても帰郷の喜びや旧い友人との再会のようなものではない。非難、憎悪といった感触がありありと降り注いできたことに懐かしさを感じたのだ。そもそも俺友人いないし。

鉛を溶かしたようなドロリとした濃密な怨念にも似たそれを纏わりつかせる巻物に少なからず興味が湧いた。自然、指が巻物の紐を解き、中身を広げ見る。その時、堪え切れなくなったように重い圧がドッと溢れ出してきて、負の感情のオーラとでもいうべきものの存在がより一層強く感じられるようになった。

見えない煙のようにそれらは纏わり付いてきて、耳元で何かと囁き始める。

 

ーー我らを封じたアレが憎い

ーー皮を剥いでその皮で首を括らせてやろう

ーー奴自身の血を肺に流し込むのも良い

ーー殺そう、殺そうよ

ーーここから出してくれれば奴を殺せるのになぁ

ーー愚図め、早く我らを出せ

ーー早く早く早く

 

 

静かな砂嵐が耳の中で渦巻いては止み、渦巻いては止みを繰り返し俺の鼓膜を細部まで犯し切っていた。

……なんじゃこりゃ。

心の中でそう呟き、巻物をそっ閉じする。

「八幡!大丈夫か?」

遅れ馳せながら霧雨が登場し、そう声をかけてくる。

「大丈夫だ。問題ない」

某イーなんとかさん風に少しいい声で答える。

「そうか……。気分、悪くなったりしていないか?」

「ああ、全然なんともない」

彼女もこちらを心配して聞いているのが分かっているので、今度は普通に答える。

というかさっきのは羽虫が耳元をしつこく飛び回るのに似た、不快な音。そうとしか思わなかった。

「それは良かった。私がそれ見たとき、なんか凄い嫌な気分になってな……。なんで八幡は平気なんだ?」

「いや、俺昔こういうの結構あったから。だからまぁ、耐性がついてるんじゃねぇの?で、これ何?」

今はもう閉じて、怨嗟を振りまかなくなった浅葱色の巻物を指して霧雨に問う。けれどそれに答えたのは栗色の少女だった。

「それは百鬼夜行絵巻ですね〜。正確には私家版百鬼夜行絵巻最終章補遺」

「私家ば……は?」

「だから、私家版百鬼夜行絵巻最終章補遺ですよ。百鬼夜行絵巻の最終章、隠された妖魔本です!」

物凄いキラッキラした目で力説する彼女に若干押され気味になる。だがその中に気になる言葉を耳が拾いあげた。

「おい霧雨、妖魔本ってなんだ」

「妖怪とか魔術の本だぜ」

「説明雑すぎない?もうちょい詳しく」

「妖怪が携わった、つまり妖怪が誰かに宛てて書いたもの、妖怪について書かれたもの、それと本自体に魔法がかかったものだな。希少本だぜ」

「ここの妖魔本は私が集めたんです」

「これ結構危ないモンじゃねぇの?」

「え、ええと……まぁそれは」

目線があっちへふらふら、こっちへふらふらと頼るものを探すような感じで泳いでる。

「まぁ、危ないモンだな。見ての通りこいつには妖怪が封印されている。しかもかなり強力な、大妖怪レベルも沢山だぜ。だからそんな気安く扱っていいもんじゃないな」

俺の疑問に片目を瞑りながら霧雨が答える。その霧雨を本居はじぃっとじと目見ていた。

「魔理沙さんこの前邪竜復活させませんでしたっけ」

「そんなこともあったかな」

悪びれもせずに飄々としたあくまで気楽な態度で彼女は答える。

「そんな簡単に封印解けるのか?」

「さぁ?」

サーってお前。何?俺に敬称付けてるの?サー・ハチマン、主の呼びかけに応え参上仕っちゃうの?

「ていうかなんで復活させたんだよ」

「アレは騙させてたんだ!蛇が金儲けになるっていうから協力したらその蛇が邪竜だったなんて想像できるわけないだろ!」

「少なくとも裏があるってことぐらいは想像できるだろ」

蛇の甘言とは正にこのことか。人の行動の裏を読もうとする俺からすればそんな見え見えの罠に引っかかる方が悪いような気がしないでもない。

ふと、そういえば、と疑問が出てきた

「蛇、喋ったのか?」

「ん?ああ、それは聞き耳頭巾っていうマジックアイテムだ。その頭巾を被れば動物や植物の声を聴けるってやつだぜ」

「なんか聞いたことあんな。日本昔話にあったかな。確か商家の娘をそれで助けて結婚してハッピーエンド、って感じだったか」

そんなんで結婚できるとか羨ましすぎる。平塚先生にあげれば嬉々として被りそう。頭巾の色は知らないが、それを被って獣の様な目で困ってる人を探す平塚先生を幻視して思わず身震いする。

「やっぱり便利そうだよな、それ」

俺はそういったが、霧雨は片眉を静かに歪め苦い表情である。

「そうでもないんだよな。動物なんかはいいんだけど植物や虫の声まで聞こえてくるとなるとダルくてな。ずっと付けていられる代物じゃないぜ」

ほう、結構ちゃんとデメリットがあるのか。いかなマジックアイテムといってもメリットだけを提供してくれるわけではないらしい。

「欲しかったら阿求のところへ行け。多分貰えると思うぜ」

「あん?そんな貴重でもないのか?」

「なんでだ?」

「お前が価値のあるものって知ってたら大体お前の懐に入ってるだろ」

「私を盗人みたいに言うなよ!」

「……似たようなものでしょうに」

憤慨する霧雨の声を受け取ったのは、鈴奈庵にいる3つの口どれからも発せられたものでは無かった。

きっとそこにいるのだろう。少しばかり首を廻らせ、鈴奈庵の扉を見る。やはりそこには風に揺蕩う暖簾があって、そしてやっぱり彼女がその暖簾の手前にいた。目に鮮やかな朱が目立つ巫女服か袖の白い生地と同じく白磁器のように滑らかで色素の薄い肌を際立たせてる。いつもは静かな落ち着いた瞳をしているが、今はどこか呆れている様な笑っている様な、綯い交ぜになった色が漂っていた。

「よお、霊夢!」

右手を持ち上げて大きな笑顔を作る。そんな霧雨を見届けるとズカズカと勝手知ったる風に中へと歩みを進めた。

「こんにちは、小鈴ちゃん。あと比企谷」

「こんにちは!霊夢さん!」

「俺は小物かよ。……よお博麗」

「小物って言ったら小物っぽいわよね。ほら、漫画に出てきたら罠を張って主人公を倒そうとしたけど二話目くらいで簡単にやられちゃうような」

「何故そんなに具体的……」

一応俺の言った小物のニュアンスはアクセサリーっていう意味だが、まぁモノにくっ付いてるという意味では大差ない。やだ俺コバンザメみたい。因みにコバンザメは巨大な魚の腹にくっ付き、そいつが食べ漏らしたものを食べるといったヒモの鏡みたいなやつだ。だが残念、俺の夢はヒモじゃなく専業主夫だ。つまり、オレ、コバンザメ、チガウ。

脳内でようやく自分はコバンザメではないと確証を得て、一人悦に浸る。

「霊夢さん、どうしたんですか?」

「さっき若干妖気を感じてね」

「百鬼夜行絵巻だぜ」

本居が尋ねると、博麗はどこか気怠げに答えたのだが、霧雨の答えを聞いてすぐ、その態度が訝しげなものに変化した。

「百鬼夜行絵巻?前開いたときはそんなに妖気は出ていなかった筈よ」

「あ、やっぱり霊夢もそう思うか」

聞けば彼女らは過去に何度かこれを開いたことはあるが、その時は微量な妖力しか感じなかったようだ。

「もうすぐ満月だからかしら」

どうやら妖怪とは満月の時ほど活発らしい。博麗はそう予想を立てるが

「本が満月に反応するのかぁ?」

霧雨は語尾をあげる調子で真っ向から疑問を呈す。それに幾らかムッとした博麗は軽く睨みつけるようにして霧雨を見つめる。

「じゃあ他に何があるのよ」

「それは知らん!」

「おい」余りに自信満々に言うものだからつい口を突いて突っ込みがでてしまった。突いて突っ込むとか超エロい。

「まぁ何にせよ絵巻は要注意よ。何かの拍子に封印が解けたら溜まったもんじゃないわ。比企谷、それ小鈴ちゃんに渡しといて」

言われ、手に持ったままだったそれを本居の小さな掌の上にぽんと乗せる。しっかり握ったのを見届け、そっと手を離した、とおもったのだが指先が感じた僅かな気配、そして

ーーいいな

低く、ひどく嗄れた声が吐息のかかりそうな程に近くに感じた。きっとひっそりと立っている醜い老木のような翁だと思った。当然、背後を見ても談笑する博麗と霧雨しか映らず、声の持ち主は見当たらなかった。

「空耳、じゃねぇよな」

一人そうごちると目の前の本居が不思議そうな顔で突っ立っていた。何でもないと短く言い、鈴奈庵の天井を見る。ぼっちの習性か、自然と視線をスライドさせ、とりわけ隅っこの暗い部分、何か見えるかもと注視するが部屋を形作る三辺しか見えない。

……面倒くせぇことになりそうだな。

既にフラグは立っている。あの『いいな』にどんな意味が込められてるかは謎だが、感覚的に一つの事件の渦中に入ってしまったという自覚ができた。

「はぁ」

つい嘆くような溜息が出た。

俺はやっぱりひどく窮屈そうな部屋の隅を見る。

願わくば、楽な事件でありますように。

 

 

♢♢♢

 

 

風呂敷を袋のように手に下げて、家路に就く。

あの後、鈴奈庵で本を数冊見繕い、霧雨と博麗の二人と別れた。

腕の筋を伸ばす若干の重みを持った本に心なしかわくわくしている。もしかしたら本に対する期待の重みかもしれない。などと考え、この気持ちの冷めることない内にと足早に駆ける。

借家が見える。木の屋根は風雨に撫ぜられ端の方は腐食している。他は知らないが、俺の住む長屋は玄関の石が磨滅されていて勢いをつけて家の中に入ると滑ってしまう。受験生にはオススメできない仕様だ。

で、あるからして家に近づくにつれ徐々に足を運ぶスピードを落としていく。次から次へと流れていき、輪郭がぼやけるようだった景色はだんだん細部を取り戻し、緩慢とした動きでやはり後方へ去っていく。

さぁそろそろ玄関だ。注意しなければ。

その時ふと目でじぃっと見られている気配を感じた。なんだろう。やぁもしかしたら俺のファンかもしれん。んな訳ねーな。

見るとそこには昨日の国山青年が立っていた。国枝青年はどうやらこっそりと見ていた訳ではないらしく俺が気付いたということに気付くと直ぐに動き出し、草履裏で砂を撒き、此方へと近づいてきた。表面の微細な嫌悪感を隠すことなくーーむしろ見せつけるような印象さえもった。

「なんだ」

「なに、君に用があってね。ヒキ……」

名前を覚えていないのはどうやら向こうも同じ様で苗字半ばで吃るように言葉に詰まった。

「比企谷だ」

「人に名前を教えるときはフルネームで名乗れ」

「……比企谷八幡だ」

ああん?んだこいつ偉っそうな口聞きやがって。

こちらの苛立ちを表すべく眉間に力を入れ、眼を更に濁らせて相手の眼を睨みつける。きっと絵面だけ見れば好青年を脅してる不審者に見えることだろう。

「そうか、ああそうだ用件を済まそう」

だが、彼はその一切を受け流し淡々と自分の用件とやらに取り掛かろうと初春の風に吹かれて調子乗っちゃってる高校生みたいな気軽さで話し出す。

「イコボウって知ってるかい?」

「はぁ?」

「いや、知らないならいい。用件はそれだけだ」

「お、おう」

え、何これは。お役に立てなくて済まんねぇとでも言えばいいの?

「おい」

既に無効をを向いている青年の猫背気味の背にそう声をぶつけた。

一瞬肩が跳ね、そして再び視線が絡んだ。

「イコボウが何か知らねぇけど、それ、何で俺に聞いた?」

息を呑む気配を感じた。ここで刹那の逡巡をする様な素振りを見せると

「外来人、だからかな」

と言った。

その後、彼はもう話は終わりだと言わんばかりに踵を返すと足早にこの場を後にした。

何だったんだ、一体。しかし前回は全く話が通じなさげだったのに今回は会話ができている。良かった良かったあの子はちゃんとした人だったようだ。このまま今日も会話できてなかったら進化し損ねた猿人かと思ってたところだ。猿の惑星をオススメしちゃうまである。

辺りはすっかり明かりを忘れたように暗くなっている。西には無限の中に埋もれていようとしている静かな太陽。グラデーションを纏っている陽光と共にやがてはすっかり見えなくなるのだろう。

東は藍染めを絡ませたみたいに色の強弱が分かれている。しかしこれも全て黒一色に塗りつぶされるとだろう。

さぁ夕餉の準備に取り掛からねば。

もうじき夜だ。

 




文章の指摘などしてくれるとありがたいです。


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七不思議異変
異なる足音


オリジナル異変スタート
評価、感想、お気に入りつけてくださった方々、遅れましたがありがとうございます。おかげで200件を突破しました。これからもよろしくお願いします


 幻想入りから数十日が過ぎ、もうすぐ葉も完全に燃えようかという時期で、気の早い雪に枝が嬲られ、赤と白のコントラストに想いを馳せる。そんな頃だった。それは突如として起きた。

 いつ現れたのか、どうやって建ったのか見たものは居らず、意識の外から一羽の烏のように急に捻じ込まれた異物は人里の住人をおおいに驚かせた。

 アレを知っているのは外来人である俺と東風谷ぐらいか。知らない者が多いこの世界ではこんな巨大な物は充分怪しく見えるだろう。更にそれが一晩で現れたとなると必然、不安の気持ちも底上げである。

 そんな感じの怪しさ満点な形状が人里の中心から北に少し外れたところに建っていた。その肝心の建造物とはーー学校の校舎である。もう一度言おう、校舎だ。

「……ちょっと、これあんたの所為よね」

 苦々しい声で右隣の赤リボンの巫女が言う。少しの不機嫌さを表すかのように腕組みをしている。

「ま、まぁ幻想郷の仕組みを知らなかったんですし……仕方ない、ですかね?」

 そう困ったような微笑みと共に擁護してくれるのは、青を基調とした白の水玉模様のスカートを履いているもう一人の巫女。

 どちらの言葉も耳に痛い。実際、右耳は博麗に引っ張られてるからマジで痛い。てかそろそろ本気で止めてくんないかな……。耳取れそう。

「……悪いな」

 どこか申し訳なく、博麗と東風谷に一言そう言う。

 ホント、どうしてこうなったんだか。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 校舎が出現する十日ほど前、俺は寺子屋にて上白沢さんと話をしていたのだが、そこを子供達に見つかってしまい興味を持たれた。私はやることがあるから暫く子供達の相手をしてくれないかと言われ、彼女はこの場を俺に任せた。

 小さい子の相手は小町で散々やってきたからお手の物、というわけではないが、ある程度はできる。ここはやはり外来人のアドバンテージを活かし、何かしらの話をしようと思った。そこで怪談噺を披露することにしたのだ。

「これは本当にあったこわい話なんだが……」

 怪談噺に於いて常套句ともいうべき言葉から始める。

「それは乾燥した風が吹く、寒い秋後半の頃だった。俺は外で夕ご飯を食ったから家の飯は要らなかった。だが俺の妹は飯を作っていたんだ。勿論食えない俺は味噌汁だけ食ってオカズは明日食うために保存した。その翌朝のことだ」

 ここで一旦間を置いてゴクリと唾を飲む。日も高い真昼間だというのに冷たい汗が背中をなぞっていく。

「俺は昨日のオカズを取り出し、即席の味噌汁を作って朝食を済ませようとした。だがな、そこで思い出した。昨日、米をしまい忘れたと。俺は炊飯器、まぁここで言えば釜のことだ。そこから米を茶碗につけようとしたんだが、ふと違和に気付いた。米がつけられない。そう、炊いて一晩経った米は……」

 そうたっぷり溜めてから、

(こわ)かったんだよ」

 締めくくった。

「怖い話じゃなくて『強い』話かよ〜」

 期待を裏切ってしまったため、子供達からのブーイングがすごい。おかしい、これは絶対ウケると思ったのに。何となく悔しくなったので本当に怖い話をすることにした。それが

「じゃあ本当に怖い話をするぞ。これは俺のいた世界では有名な話なんだがな、題は、『学校の七不思議』だ」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「いやでも予想出来るわけねーだろ。噂が現実化するなんて」

 俺はそう言って前の人垣越しに校舎を見つめる。

 俺の話した『学校の七不思議』が予想以上に受けが良く、尾ひれがつきながらも瞬く間に子供達の間で話題となり、それを聞いた大人も世間話程度には出すようになった。ただ、誰が流したかこの噂を三人に話さないと呪われるなどと嘯いたことにより人々の間に不安が蔓延ってしまった。

 俺は校舎に向けていた視線を周囲に移す。校舎を見物する人は多く、そんなに広くない人里の端まで学校の話が到達するのに時間はかからなかった。子供達は好奇心に任せ校舎に入ろうとするが、勿論大人はそれをとめる。

幻想郷(ここ)じゃあるのよ」

 博麗によると幻想郷を形作る結界の一つである現実と幻を分ける結界が関係しているとのこと。

 噂とは詳しい話として多くの人の共通の考えになるのに、誰も実物を見たことない一種の幻である。それがとんでも話や必要以上に装飾された話ならなおさらである。外の世界ではこんなことにはならない、だがここでは幻という噂が人々の心を不安や恐怖で覆えば現実となるのだ。これを阻止するには元ある噂に適当な話を上乗せするか、人々に安心感を持たせる様な噂を流せばいいのだが……、

「こうなったら手遅れね」

 博麗は眉間を抑え、重い溜息を吐いた。

 そう、今回は行動に移すのが遅かった。博麗がいつも人里にいるわけではないから気付かないのはしょうがない。この噂に気付いたのもつい先日のことだ。

「それにしても学校の怪談で学校自体が出てくるとは驚きですね」

 東風谷もまた苦笑いを浮かべている。

「まぁでも今回は建物で助かったわ。壊すだけでいいし」

 そう言って博麗は人の隙間を手刀で割って縫い進んでいった。俺もそれに付いていこうとするが、

「危ないから、あんたは下がっていなさい」

 彼女は俺と一緒に人里の人々を下がらせると、一人校舎へと向かっていった。そして校舎の数歩前で立ち止まると袖から一枚、紙切れを出した。あれは俺もよく知ってる。スペルカードである。それを頭上に鋭く挙げ、宣言する。

「夢想封印!」

 スペルカードは光輝くと巨大な霊力弾を生み出した。それは神獣の口腔の様な破壊力と神聖を湛えているかに思えた。それは校舎を遥かに超える大きさにまで成長すると、屋上を齧り、壁を食い破り、玄関を飲み干した。コンクリートで出来ているはずなのに焼き菓子の様にぼろぼろと崩れ落ちて、激しい轟音と共に霊力弾諸共弾け散った。

「すげぇ……」

 初めて見る彼女の大技。そう呟かずにはいられなかった。それと同時に少しなんとも言えない思いがむくむくと芽生える。

 ……なんか戦闘とかじゃなくて建造物を壊すためにこの技を使ったって知るとどこか神聖さみたいなものが薄れるなぁ、と。

「はい、終わり」

 手に埃なんかついていないだろうが、ぱんぱんと手を払いながら疲れをにじみだすこともしない声音で言った。

「流石ですねー、霊夢さん」

 東風谷はそう言って博麗を労う。

 いやしかし複雑な気持ちだ。あの懐かしさを感じる慣れ親しんだフォルムが破壊の限りを受け取って、見るも無残な姿になってしまった。

 一人感傷の海に浸かっているとどよっ、と人垣の前方が騒がしくなった。

 それを不審に思い、先程まで校舎のあった場所へと視線を移動させる。

 信じられないものを見た。覆水が盆に返ったのだ。

「建物が……戻ってる?」

 誰が言ったか分からない。分からないがその声はそこにいる全員の気持ちを代弁しているように感じた。

 まるでカメラの逆再生。それをコンマ一区切りずつ流してみているようであった。鉄筋は吸い込まれるように骨格を形作り、瓦礫は何事もないかのように隙間をしっかり埋めた。ガラスも一欠片も残すことなく窓や調度品を完成させた。

「……」

 博麗は目を見開いてその光景を凝視していた。ただ、驚きというよりも観察といった類の色だった。夜空の色の瞳に見つめられながらも校舎は止まることなく再生を続けている。そしてすっかり元通りになった頃に

「夢想封印!」

 張りのある声が人の間を縫って響き、本日二度目の夢想封印が放たれた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 傷一つない窓、ヒビのない真白な壁。のっぺりとしたそれらを漠然と視界に入れながら俺はついつい出てしまう長い長い溜息に思考を意味なく彷徨わせてしまう。

 校舎周りは結界が敷いてあり、人が勝手に入れないようになっている。

「なんで再生するんでしょうか……?」

 そう疑問を呈すのは東風谷早苗。唇に軽く指を当てて考え込む幼い仕草は彼女の体の起伏とのギャップがあり、そこに更に豊かな表情が相まってドキリとさせられる。

「しゃ、うっんん!……さぁな」

 いかん。噛んだ。ここに来てコミュ障を発揮するとは。努めて冷静に何事もなかったかのように振舞ってみるが、東風谷の困り笑顔で全てを察した。

「比企谷、アンタ子供達に話したのは学校じゃなくて学校の怪談よね」

「いや、学校の七不思議……」

「どっちでもいいわよ」

 語尾を切断される。ギロチンの切り口。

 一人瞑目して考え込んでいた博麗だが、やがて確信を得たようにうっすらと目を開いた。

「……噂の根幹が怪談だから、ね」

「いや、さっきからそう言ってんじゃん。ボケてんなら突っ込まんぞ」

「いいから聞きなさい。まぁ勘だけど、あの学校はただの外殻よ」

 そのふわっとした要領を得ない言葉に俺も東風谷も首を傾げる。

「外殻ってなんの外殻ですか?」

「噂の」

 はぁ?といったような台詞が似合いそうな程に眉をハの字にして眉根を寄せる。いや意味わからん。

 言葉をそのまま取れば『噂の外殻』が学校ということである。ここで言う噂とは怪談のことであり、つまり物理を伴わないということである。表現で言葉などを外殻と称することこそあれど、マジモンの概念に外殻が存在するとかあり得ない。それこそ、概念が現実に干渉しない限りーー

「……あ」

「分かった?」

 博麗は首を傾けて、こちらの瞳を覗き込むようにして言った。白い首筋が僅かに曲線を描き、その幼い艶かしさが俺の脳を軽く揺すった。

「あ、ああ。つまりあれだろ?あそこにあるのは校舎じゃなくて七不思議だっつーことだろ」

「どういう意味でしょうか」と東風谷が思案する顔つきになったので、それに「えーっとな」と前置きする。

「幻想郷じゃ広まり過ぎた噂が現実化する。ここまではわかるだろ?それでだ、今回の話の中心は学校の七不思議。学校がないと成り立たないものだ。っつーことは、だ。学校を存在させているのは噂じゃなくて七不思議の現象なんだよ。多分。知らんけど」

 事実が確定していない案件はお茶を濁すに限る。うちの社畜が言ってた。こうすれば後で上司に何か言われた時、「だから確証はありませんがって言ったじゃないですかぁ!」と言い訳できると。この屑っぷり、流石親父だぜ!そこに痺れる、憧れるぅ!

「ほとんど合ってるわ」と博麗は続けて「だから校舎の破壊じゃなくて、怪談を攻略しないと無理ね」

 その言葉に俺は咄嗟に顔を顰めることとなった。そんな直ぐ終わるような問題ではない上に、下手したら巻き込まれてしまう恐れがある。ここは先手を打たねばならぬと思い、彼女らにさっさと背を向ける。

「いやー、原因が分かって良かったなぁ。じゃ、俺はこれで……」

 敷いてある結界から一歩。とその時右肩に五指による強烈な圧力が襲いかかった。博麗だということは見ないでもわかる。

「おいおい可愛い巫女さんよ。指にそんなに力をいれてどうしたんだ?女の子はもっとお淑やかに……痛い痛いマ、マジでちょっとやめてくんない?手加減って言葉知らないの?肩が砕ける!ホント!マジで!マジで‼︎」

 涙声混じりの必死の呼びかけ。それが功を奏したのか、博麗の方へ身体が引っ張られると勢い殺さぬままパッと手を離した。途中までは歩き慣れていない、生まれたての醜いダチョウの歩きをしてバランスをとっていたのだが、どうやら無駄なことだったらしく、あえなく尻餅をついた。

 一息吐くいとまも無いままに少女の金木犀の強い香りと少し柑橘の色が混じったのが俺の仰向けの体に覆い被さった。

 なんだっけこれ。床ドンってやつ?確か小町の持ってる頭の悪そうな雑誌に載ってた。でもおかしいぞ、これ男が上に乗るんじゃなかったっけ?

「あのねぇ、あんたが撒いた種なんだからあんたも手伝いなさい」

「いや、俺働きたくないな〜、なんて……」

「あ?」

「い、いやー最近体なまってるからなぁ久しぶりに仕事するかな!よーし頑張っちゃうぞ〜!」

 ふぇぇ……。この巫女さん怖いよぅ。

 よく女子に迫られたいという人を聞くが、アレだ。本気で迫られた奴にしかこの恐怖は分からん。背中に壁で逃げられなくて前門に虎と狼のハッピーセットで襲われる感じの恐怖だ。

 俺の返事を聞くと博麗は一応納得したようでするっと立ち上がり、泥のように濁りきった禍々しい気をちょうど俺たちを包み込むようにして発してくる校舎の下駄箱を注視した。

「じゃ、ちゃっちゃと攻略するわよ」とどこか怠惰の混じる声音で呟いた。

「よーし、じゃ行っちゃいましょー!」

 東風谷の快活な声に少し場違いな印象を受けるが、彼女の性格だろう。一々何かを言う必要もない。

 この日、学校の七不思議攻略組が結成された。

「つーか俺が一番場違いじゃね?」

 ふと思ったことを唇をすぼめて言ってみたが、誰にも拾われることなく地面に虚しくコロリと転がった。

 




評価、感想まだまだ待ってます


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一歩目

この前、マラソン大会があったのですが帰宅部の俺がなんと運動部をごぼう抜きにして表彰台に立ちました。運動部はもっと精進して、どうぞ。
今回短めです。


 薄暗い廊下を恐々と歩く。がらんどうの学校にリノリウムの床を叩く硬質な音が行ったり来たりの繰り返し。学校とは賑々しいものではなかっただろうか。閑古鳥が鳴く、などと言うがこうも寥々としているとその閑古鳥ですら気を使い、鳴くのを躊躇ってしまいそうである。それ程の静けさに一抹の淋しさを覚えるのは学生である故か。

「不思議なところね。これがこんくりいとってやつ?」

 水銀質の重ったるい声は廊下の一番奥まで届くとたちまち散らばって木霊した。

「まぁ、そうだな」

 壁を手のひらで叩きつつそう答える。ぺちり、と気の抜けた音がした。

「不思議といえば噂で現実化した建物っていうのもそうですよね〜。何でできてるんでしょう?」

「あん?だからコンクリートじゃねぇのか?」

「いえ、ですからそのコンクリートはどこから来たのかなぁ、と」

「ああ、なるほど」

 東風谷の疑問も尤もである。どっかから転移でもしたのだろうかと思い描く。

「妖気と神気と霊気を感じるわね……。幻想郷にある気という気を集めて固めたのかしらね」

 博麗は壁から手を離すと今度は三毛猫を想わせる眠たそうな目で窓ガラスに映る無限を見つめて、彼女と空の境界を軽く人差し指で弾いた。

「それより比企谷、あんたが話した七不思議ってどういう内容?」

「ん?ああえっとな一つ目が定番のトイレの花子さん、そんで終わらない廊下、夜中になるピアノ、歩く人体模型、開かずの扉、誰も知らない六つ目、最後が六つ目を知ると世にも恐ろしいことが起こる、ってとこか」

「最後から二つすっごいふわっふわしてるわね」

 何が出てくるかわからないわ、と独言する。

「でもよ、こういうの大体夜中に起こるもんだ。今行く意味あるか?」

 時刻は午前。窓から漏れる光の切っ先を右手で遮りつつ口を開いた。

「あれですよ。何処にどの部屋があるか下調べしないとって。比企谷さんに言いませんでしたっけ?」

「なにそれ全然聞いてない」

 二人で話してたのかな?それとも俺がただ聞いてなかっただけか。

「早苗の言う通り下調べよ。いきなり本番だと対応できないこともあるし」

「今の話だと女子トイレ、音楽室、理科室といったところでしょうか?開かずの扉ってどこでしょうね」

「ああそれは三階の東側だと思うぞ。夜中になると開くんだったかな」

「だったかな、ってあんたの話でしょ。しっかりしなさいよ」

 げしっと尻を軽く蹴られる。それと同時に赤いスカートの端が誘うように舞っているので自然、目を惹きつけられる。ああっ!太ももまで見えた!ちぃっ!惜しい‼︎もう少しだったのに!

「何かしら……凄い寒気が走ったんだけど」

「気のせいだろ。行こうぜ」

 なに食わぬ顔を意識してそう言ったが、博麗にちろりと睨まれた。博麗さんはエスパータイプなのかな?

「それじゃあ、最初は何処に行きます?」

「とりあえず廊下と開かずの扉は保留で先ずは便所だな。一番近いし。それから理科室、音楽室だな」

「そうね。そうしましょ」

 三人それぞれ意見の交換をしてから再び歩き始めると迷いない二つと躊躇いがちな一つの足音が閑散とした廊下に響いて、消えていった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「夜の十一時に集合ね」とは別れた後の博麗が言ったものだ。何が起こるわけでもなく、昼の探索は順当に終わった。

 壁掛けの時計を見る。時刻は十時半。そろそろ準備をしないといけない時間だ。いそいそと上着を羽織る。秋とはいえ、幻想郷の夜は非常に寒い。人里に川が流れているのも理由の一つであるが、アスファルトがない上に空気が澄んでいるのが一番の要因だろう。おかげで放射熱による気温の低下が激しく、背中を冷気の舌に撫ぜられて身体が震える。しかし今日は一段と冷える。この調子だと朝靄が凄そうだ。

 ドアのノックの音。若干の湿っぽさを残したくぐもった音が二度鳴らされた。

「はい」

 閉まったままの扉に声を投げる。

「東風谷です」

「入っていいぞ」

「お邪魔します」

 スッと引き戸が引かれた。

「いやー、寒いですね〜」

「なら先ずその格好をどうにかしろ」

 脇を出したままの巫女服。申し訳程度に巻かれたマフラーに顔を半分埋めている。そんな彼女を見ているとこっちまで震えてくるようだった。

「これ着てろ」

 俺はそう言って、衣紋掛けから一着の上着を彼女へ放る。

「わ、ありがとうございます。……でもそういうのって男性は自分の着ているものを渡しますよね」

「なんだそりゃ、恋愛マンガの読みすぎだ。メンヘラか。そもそも俺の着ていたものなんかお前だって着たくないだろ」

「別に気にしませんよ?」

「……」

 あっ、あっぶねー。なんだこの破壊力は。今のが並みの男子だったら即陥落してるレベル。だが惜しかったな、俺にはその手は通用しないぜ。なにせ同じ様なことやられてその度に失敗してるからな。人は学ぶ生き物なのだ。あの時みたいに勝手な期待を押し付けて、勝手な勘違いをして、そして勝手に裏切られた気になるのはもう卒業した。

「でも比企谷さんが優しくて良かったです。ずっと寒い中震えていないといけませんからね」

「別に……、お前の格好見てるとこっちまで寒くなるから渡しただけだ。あと俺のことをそんなにポンポン褒めるな。うっかり惚れそうになる」

「惚れるだけなら人の自由ですよ。……恋占い、やります?一回十銭」

「いい、要らん、結構だ」

「残念です」

 ふふっ、と小さく笑う。

 うーん、ここに好意が含まれていないことは分かるのだがこうも思わせぶりなことをするのはやめて頂きたい。これ俺じゃなかったら絶対惚れてるよ。

「それじゃ、行きましょうか」

 そんな彼女の声に腕を引かれるようにして長屋を後にした。よく冷えた風が顔を撫ぜていって、心なしか火照って少し血の通っていた頬が逃げるようにしてすぅっと隠れていった。

 それらを心地良く感じながら東風谷の後を追った。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 校舎に着くと博麗が見えた。胡座をかいた状態で船を漕いでいる彼女を見ると育ち盛りの女の子なんだな、とつい当たり前のことを思ってしまう。そんなことを本人の前でいうと烈火の如く怒りそうだから心の内で呟いておくに留めるが。

「おい、起きろ」

「んにゃ?……ああ、あんた来たのね」

「おい止めろよ、お前から誘ったんだろ。何その学校行事の打ち上げの際に『ああ、こいつ呼んでないのに来ちゃったか〜』って雰囲気醸し出す女子みたいな反応」

「そんなつもりないわよ。ただ、働くのが嫌だとか言ってたあんたが素直に来たのに驚いただけ」

「東風谷が迎えに来たからな」

 俺はそう言って親指で上着の前襟をアライグマみたいに合わせている東風谷を指した。一緒に向けられた博麗の視線に気づいたか、東風谷もまた輪の中に入ってきた。

「でもですねー、私が迎えに行く前に比企谷さん上着着てましたよ。あんなこと言っていましたけど結構行く気満々だったんですよ」

「へぇ、素直じゃないわね。この捻デレ」

「おいちょっと待て、なんだその捻デレっつーのは。うちの妹と知り合いなの?それともその言葉流行ってんの?」

「驚いた。あんたそれよく言われてるの?」

「主に妹がな……。ってそうじゃねぇよ。そもそも俺デレてねぇし」

「そういうことにしといてあげるわ」

 さて、と仕切り直しの文句を言って博麗は校舎正面玄関を見つめた。

 夜、それも指先が凍える様な時節に見る学校はどこか不気味だ。ぽっかりと空いた扉は悪魔の口腔のようで深く、暗い。一度手を伸ばしたら吸い込まれてそのまま咀嚼されてしまうのではないだろうか。俺はそう思って寒さとは別の感覚に身を小刻みに震わせた。

「それじゃあ、さっさと異変解決するわよ」

「おー!」

「……おー」

 気が進まないながらも一歩踏み出す。

 博麗、東風谷そして俺といった具合に闇への扉を潜ろうとしたそのとき、

「あ?」

 何か物音を聞いた気がして立ち止まる。

「どうしたの?」

「いや、何でもない」

 砂利をこすり合わせる鈍い苦味のある音。きっと気の所為だろう。人里の人間には近ずくなと話を通してある。子供達が近づかないよう結界も張ってある。俺たち以外の霊力の持った人間は入れないのだ。つまり人間には不可能。

 そこまで考えて、更に穴が無いかを確認する。……うん、ない。大丈夫だ。

「ちょっと、比企谷?」

「ん、ああ悪い」

 そして俺は手に握る汗と共に完全に玄関を通り過ぎた。胸の中心から聞こえる鼓動がうるさいほどに脈打っている。

 初めての、異変だ。

 後ろで扉が静かに閉まった。カチリ、と小さく鍵の閉まる音と同時に不気味なくらいに朗らかな機械的な鐘の音がスピーカー越しに響いた。始業のチャイムが俺たちの鼓膜を震わせた。

 

 

 



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1歩と半歩

カオスチャイルドの世莉架ちゃんが可愛ええんじゃ〜


昼のときと同じ廊下を歩いているというのに全く違う場所を進んでいるかに思える。右手には窓の連なり、左手にはちょっとした赤い花弁を開く花の絵画がある。窓を叩く風もない。俺たち以外の全てが押し黙った空間。ただでさえしぃんとしているのに、暗さも合わさって本当に音のない世界に迷い込んでしまったと錯覚してもおかしくない。

俺たち三人は駄弁りながら気楽な感じで歩いていた。いや、俺は結構びびってるから本当に気楽なのは二人か。博麗と東風谷の仲は悪くないようで、時々、お互い小さい笑顔を交換し合っている。周囲はこんなに黒々しいのに二人がいる周りは薄く色付いている。

突然二人が止まった。一歩半後ろを歩いていた俺はそれに対応しきれず、思わずぶつかる。その時に漂う鈴蘭の香りの所為で二人を余計意識してしまうのは仕様のないことだろう。

「わ、悪い。……どうした?」

「もう始まってるわ」

「『終わらない廊下』ですね」

言われてみれば確かに、と頷いた。廊下の景色が全く変わっていないように思う。特徴のない窓は良いとしても、壁掛けの絵なんかは既に四回ほどみたような気がする。

「戻ってみますか」

東風谷の言葉に従って来た道を戻ってみるが、床を鳴らす音が十なったところで、

「……これ詰んでね?」と言わざる得なくなった。

「前に行っても後ろに行っても戻るのね」

ある程度は予想していたが、いざこうなるととても楽観できる状況ではない。当然、俺は困惑し、狼狽えてしまう。

「最初から難易度高すぎだろ……。無理だろ。もう諦めようぜ」

「それはちょっと早すぎると思いますけど」

東風谷はそう言って窓を開けにかかった。

鍵を開け、取手に力をかけて窓をスライドさせようとするが

「開かないです」と力なく言った。

「どきなさい」

若干強い語調で博麗が一歩前に出た。いつの間に持ったのか、手には神主が持つようなお祓い棒が握られている。そしてそれを振り上げて力任せに窓に叩きつけた。持ち手が木でできているから折れそうなものだが全くそんなことはない。彼女のお祓い棒は聞くところによると陰陽玉と共に強力な武器の一つであるという。これを聞いた当初、ただでさえ強い彼女に武器まであるのか、と予想外の事実を驚いたものだ。ただ、これで窓が割れる、という俺の期待が裏切られたのはそれこそ、予想の外だったが。

お祓い棒の先と窓ガラスが接触したその瞬間、耳から耳へと一直線に何かが貫いた。

いや、そう錯覚しただけだ。

細く長いマチ針の鋭さを持った音の矢が周りを震わせつつ、耳に飛び込んできたのだ。ワイングラスの縁を指でなぞった音をもっと細かく千切りにしたような音。

不快さに耳を塞ぐ。

二つ大きな深呼吸をしている内に、やがて音は止み、再び辺りに静寂がかかり始めた。

「参ったわね、これ。いっそ校舎ごと壊して外に出ようかしら」

「おいやめろ瓦礫に潰されて俺が死ぬ」

「私と早苗は大丈夫だけど?」

「そこで『何か問題が?』みたいな表情すんのやめようぜ。命は一つしかないんだぞ」

「比企谷さん霊力使えるんですよね?身に纏わせておけば大怪我はしないと思いますけど」

「俺の霊力とかたかが知れてるんだけど。防ぎきる自信がねぇよ」

本当、そんな簡単に言わないで欲しいものだ。こっちはついこの間まで一般的な男子高校生だったというのに。いやごめん、一般的な男子高校生はボッチじゃないね。八幡だけに嘘八百って感じだね!

「暗い中でもあんたの目が急激に腐り始めているのがよくわかるのはなんでなのかしら……」

博麗が何か呟いているが、取り合わないことにした。あんまり目のことに触れてやるな、そいつは俺に効く。

「しかしこれは一体どう攻略するんでしょうか」

東風谷は俺たちから一歩、二歩、三歩と離れて行くが突如としてその姿を消した。そして俺たちの後ろから自然な動作で歩いてきた。

この通り進んでも進んでも定位置に戻されてしまうのが非常に厄介である。

砕けないガラスによって外に出られず、廊下は見えない壁に押し戻されて進めない。校舎は壊せば俺が死ぬ。八方ふさがりとはこのことを言うのではなかろうか。全てが壁に阻まれているという事実は俺をひどく息苦しくさせた。

せめてもっと空間が広ければ……、

「ん?」

「どうしたのよ」

気付いたとき、こんな簡単なことを直ぐに思いつかなかった自分を情けなく思った。いや全く、きっと緊張で頭がパニクってたんだな。

「ちょっと比企谷、大丈夫?」

心配そうにこちらの瞳を覗きこんでくる彼女を躱して軽く笑みを浮かべた。

「攻略の仕方、思いついたんだよ」

そう言うと、二人は興味の色を向けてきた。まぁ、そこまで期待して貰ってるとこ悪いが、本当に簡単な話なのだ。

「天井を壊せばいい。そうすりゃ校舎破壊しなくてもこの廊下からは抜けられんだろ」

廊下は攻略したい。けどどうしようもない。外に出たい。弾かれる。強行突破。死ぬ。なら、内側はどうか。校舎の内側は壊せるのではないか。そうすれは廊下は攻略できるし、二階の女子トイレに直行できる。

それを話すと二人は丁寧に話を咀嚼して飲み込んだ。

そして博麗はおもむろに通常弾幕を三つ、ポンと浮かべると天井に向けて押し上げた。

鈍い音と破砕音が同時に響き、砕けた拳大の破片がボロボロと降った。後には穴がぽっかりと口を開けていてそれを見たとき自分の目論見が成功したことに少なくない喜びを得た。

「あんた結構頭の回転早いわね」

博麗から意外そうな声音で賞賛を貰う。

「ええ、少し驚きました」と東風谷まで続けて言うものだから

「んな大したことじゃねぇだろ。もっと早く思いつかなかったのが不思議なくらいだ」

と慣れない謙虚さを発揮してしまった。しかし、慣れないことはするものではない。現に、

「その言い方だとまるで私たちを馬鹿と言っているようでならないんだけど」

彼女の不評を買ってしまった。

ムッとした表情に可愛げがあるのは幼さを滲ませる顔立ち故か。それでも立腹しているのは間違いないようだ。

刺さるジト目を器用に払いつつ「そういう意味じゃねぇよ」と弁解すると思いの外簡単に引っ込めてくれた。

君は物分かりのいいフレンズなんだね!

「あ、修復し始めてます」

東風谷の目線に促されて見渡してみれば床に落ちた破片がカタカタ震えだして、浮いたかと思うと先ほど空いた穴に吸い込まれて空間を塞いでいく。

「さっさといきましょ」と言って博麗はふわりと浮いて穴を潜った。俺たちもそれに続いて二階の廊下へと降り立った。試しに何歩か歩いてみる。

キュッキュッキュッとゴムが廊下を擦る音が連続して響く。

戻ることは、なかった。

「『終わらない廊下』クリア、か」

結構楽勝だな。

安堵が俺の緊張を引き下ろしてくれたのか頭から熱がすぅっと引いた気がした。ふぅっと一息つく。 

「飛び方、上手くなったじゃない」

博麗が薄く微笑みながら言った。

面と向かって言われると少し照れる。博麗の後ろに見える未だ修復を続ける床にそっと目を移した。

「人里いてもやることつったら本読むくらいしかなかったからな。それ以外の時間は結構練習してた」

「……努力してたのね、意外だわ。人が見てないと直ぐサボる人間かと思ってたもの」

「天才じゃない奴は努力することでしか能力を高めることができないからそうするしかないだろ。それに幻想郷だと空を飛べないと生存確率がぐっと下がるし。流石に死にたくはないからな。努力は惜しまない」

「でも多くの人はそうでも無いんですよね。人里では飛べる人が非常に少ないんです。恐らく妖怪が人里にこないという安心感から来るのだと思いますが……」

「そうね。でも周りの人は気づいてないだけで、変化して人里に入ってくる妖怪もいるのよね。でもしょうがないわよ。例え妖怪に喰われても努力しなかった人自身が悪いんだから」

「それを止めるのが霊夢さんの役目だと思うんですが……、私の役目でもありますけど」

冷たい態度をとる博麗に東風谷が苦笑いで返す。

「何にせよ力が足りないことを自覚して努力するのはいいことよ。見直したわ」

「……ありがとよ」

素直に礼を言うと博麗はうん、と一つ頷いて俺から目を離し、廊下の先を見つめた。

「次はトイレの花子って奴ね」

「なんかお前これからカツアゲしに行く番長みてぇだな」

勇ましいのはやはり彼女らしい。いつもは無気力な印象を受けるのに時々、自信に満ち溢れている行動をされると滅茶苦茶カッコよく見える。

そんな彼女に少しだけ、憧れに似た感情を持った。

 

 

♢♢♢

 

 

二分も歩かないうちに女子トイレに着いた。

この学校は正面玄関が北を向いている。面白いことに神社とは真逆の方向を向いているのだ。いや、全ての神社が南を向いているわけではなく、もちろん北を向く神社もある。だがそれは大体の場合『北向き神社』と称され、その存在は稀である。

そんな神社にそっぽを向くようなこの学校の西側に問題の女子トイレはある。

博麗、東風谷はなんの躊躇いなく中に入って行くが、俺は踏み止まってしまった。

いやだってさ、女子と一緒に女子トイレに入るとかアレじゃん?なんかこう、ダメな感じするじゃん?それだよそれ。だから決して夜の学校のトイレが不気味でビビってる訳ではない。ホントだよ?

「ほら早く」

伸びてきた手に服の袖を掴まれて引っ張られる。一二とたたらを踏んで成されるがままにしていると、ツンと鼻の奥を刺す懐かしい掃除用の薬品の臭いがした。

「左から二番目ですよね?」

その確認に肯定すると東風谷は早速個室のドアをノックした。それと同時に「はーなーこさーん、あーそびましょー」というお約束とも言える呪文も一緒だ。

この後の展開としてはおかっぱの小学生が出てきてトイレに引き摺り込むといったものだ。だがこの面子であれば心配は要らんだろう。異変解決のスペシャリストが二人いれば花子だろうが太郎だろうが一撃で沈む気がする。

コン、コン、コン。

一定のリズムを刻む。その直ぐ後に「はぁーい」の声。

返事だ。

三人顔を見合わせる。東風谷がドアに手を掛けた。博麗が弾幕の準備をする。開けた瞬間、中に叩き込むためだ。俺は二人の後ろで観戦する姿勢だ。同年代の女子二人に守られる俺氏。かっこ悪すぎる。笑いたきゃ笑え。

東風谷が息を短く、素早く吸った。

 

そしてドアを一息に押しやった。

すかさず博麗が弾幕を叩きつける。複数個の薄青い霊弾は流星のように光の尾を引いて、次々に個室を蹂躙していく。響き渡る鋭い破砕音が脳に響いて、目眩がするようだった。暗さをかき消すように連続して炸裂して辺りを照らす白い光、眩しい。ちょびっと目を細める。何処かに当たっては小さい爆発を起こしている。

「やりすぎたかしら」

終わった頃には、現場は便器の形を持っていなかった。所々壁に穴が開いたり、凹んでいたり。哀れ、花子は原型も留めず消えてしまったのだろうか。

「拍子抜けね」

「そうですね」

「次は『動く人体模型』ね」

一仕事終えた風に二人はこの場を出ようと、出口へ歩く。俺もそれに続こうとするべく、新しい破壊の跡を残すそれから目線を切った。だが、映ってしまった。

切った視線、目尻の端。真っ白い、関節を感じさせないぬらりとした手が無数に何本も何本も、便器の中から伸びるのを。目を見開くのを自覚した。

ぞっと、腰から後頭部にかけて蟻走感を覚えた。恐怖と不快に身を震わせた。手はゆらゆら揺れて、未だ気づいていない二人を嘲笑っているように見えた。

喉が鉛を流したように張り付いて、呼吸を思い出すのに時間がかかった。そしてやっと息を吸ったその時、

「博麗、東風谷!」

そう叫んで二人を突き飛ばした。

先のことの仕返しだろうか。白い手は真っ直ぐ、駆けるような速さで彼女たちを狙って迫っていき、さっきまで博麗たちの首があった空をを力強く握りしめていた。握力は分からないが、婦女子の細い首などは簡単に捻じ切られるのではないかと思われた。

「いった……くはないけどなにすんの、ッ!」

綺麗に受け身をとって立ち上がった博麗が声を荒げるが、直ぐに状況を理解したようだ。

東風谷は受け身を取れず、いそいそと立ち上がり、振り返って同じように目の前の光景に息を呑んだ。

「……ったくどこのペテルギウスさんだよ」

違うのは皆んなに見えてることと、色が黒じゃなくて血の通ってなさそうな白だということぐらいか。

腕の群れは獲物を掴み損ねたのが予想外だったのかぼんやりと宙を彷徨っていたが、ぶるり、と毛を確認させない白腕を跳ねさせると指先を俺たちの胸の直線上に置いた。

「一時撤退するわよ」

その提案に異を唱える者は居ない。俺たち三人は腕を睨みつけたまじりっと後ろに下がりつつあった。

あと少し……。

出口までは一メートルもない。それを確認して心に安堵が浮上した。

その時だった。

多量の腕はその心の間隙を縫って降ってきた。覆い被さるようにして、質量と力強さを纏わせながら、急に、呼吸の間も無く。それを視認した時、俺の胸は死の匂いでいっぱいに満たされた。

途端に自らの脚が小鹿のものの様に弱々しく感じられた。

「何やってんの!走りなさい‼︎」

後ろ襟を引かれ、ハッとする。

急いで駆ける。

後ろを振り返る余裕などない。

服に汗がベッタリと張り付いていた。気持ちが悪い。脂汗というやつか。

博麗は後ろ向きに飛行しながら、通常弾幕を数発撃ち放った。

だが結果はあまり思わしくないようで小さく舌打ちをした。

俺も助走をつけて低空飛行して、息切れを起こしつつ博麗に問う。

「ハァッ、ハァ、けほっ……どうだった?」

口呼吸の所為で器官が傷んで、僅かに血を混ぜた息が咳と一緒に鼻から抜けていった。

博麗はくいっと顎で俺の背後を促した。

若干の余裕ができた俺は、窮屈な肩越しに映る世界を視界に収めた。

恐怖した。

ほんの数十秒前よりも更に多くの腕が、白い津波となって、狭い廊下目一杯に互いの腕を押し付け合いながら迫ってくるのである。

カチカチと音がした。暫く音源を探してみた。だが何のことはない、灯台下暗し、自身の歯の根がかみ合わなかったのである。幻想郷に行く前、オカルトを見てビビってた小町を昔の俺はよく笑っていたものだが、これはダメだ。到底笑えたものではない。自分の部位と同形のものが多量に掴みかかってくるのを誰が怖がらないと言うのだ。

博麗がまた弾幕を数発撃った。腕の幾らかがちぎれ飛ぶ。豆腐よりは抵抗がある、言うなれば熟したトマト。飛び散る紅も相まってより一層トマト然としていた。

腕の軍勢は同族から漏れた赤いカーテンをその身に纏わせ、一心に追ってくる。猟奇的な絵面。足がすくみそうだから前を見た。

「これじゃ埒が明かないわよ!」

博麗が叫ぶ。

しかしこのままでは埒どころか道が開けない。もうすぐ廊下も終わりだ。東側階段を使うしかない。

「上か⁉︎下か⁉︎」

「上!」

階段は踏まずに飛んで三階へ行き、今度は三階の廊下を西側へ走る。あのトイレからもうかなりの距離はあるだろうに、腕たちは何か渇望するように、しなやかに過ぎる指先をこちらに伸ばし続けいた。

「結構しつこいですね」

東風谷が困ったように言う。余裕なのか、気楽なのかは分からない。多分後者だろう。

また長い廊下を駆け抜けて次は四階へ。更にそこから東に走って東階段に行く。この学校は屋上を除けば五階が最高所の筈だ。五階の廊下を西側へ行き、俺たちは一気に一階まで降下した。

腕はまだ追ってくる。距離は開き始めたようだが、このままじゃジリ貧だ。

一階の廊下を走る。東側昇降口を抜け、中央玄関を過ぎる。そこでふと、何か重大なことを忘れている気持ちが俺を覆った。

霊力の問題?違う。俺の言った七不思議と現状の齟齬?違う。もっと最近にあった。

突然、腕と俺たちとの間隔が近くなった。

「はぁ⁉︎どういう……」

そこまできて、思い出した。そう、ここは、一階の廊下はーー

 

 

ーー『終わらない廊下』だった。

 

 

腕が近くなったんじゃない。俺たちが()()()()()

「博麗!」

「分かってるわよ!」

東風谷と俺が通常弾幕で牽制して、博麗が天井に大穴を空けるため弾幕を上に放つ。

「東風谷、お前先に行け!」

空いた穴に視線を向けて東風谷にそう言う。

「え⁉︎無理ですよ比企谷さん!ここは私が食い止めますから比企谷さんこそ先に行って下さい!」

「駄目だ、お前が行け!女子残してすごすご逃げたら俺が小町に怒られるんだよ!あがっ」

「比企谷さん!」

「比企谷!」

撃ち漏らした一葉の掌に首を鷲掴みにされた。万力のような力でギリギリと締め付けられ、更に次々と伸びてきた他の腕も俺の背中に手を回して抱き締めるように波の中に取り込んで行く。

視界に靄がかかり始めた。冷静になるのとは違う、血が冷えて行く感触。意識が遠のく。

瞼を閉じた。

 

だが暗い、闇の時間はその一瞬で消え去った。

瞼を焼く光。太陽か?

俺を包んでいた腕から力が失われ、重力に従ってボトボト落ちていった。

俺の目の前には、

「よう、危機一髪って感じだな」

「霧雨……」

星を操る太陽の少女が箒を片手に立っていた。

 

 




やっとフラグの芽みたいのが出始めたよ……。
八幡はフラグを立てづらい。


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二歩の終わり

前回、十二話に於いて。
華琳9200様、細かいところの誤字指摘ありがとうございました。多くの人に無様を晒す前に教えてくれて助かりました。
ウサギとカメ様、文章のおかしい点の添削非常に嬉しかったです。今の今まで人に文章を直されたり、評価されたことが無かったので自分の文章のおかしい所に気づけました。できればこれからもお願いします。

お気に入り登録者も沢山いて、作者としては嬉しい限りです。
また、評価も高くつけていただき書いた甲斐あるなぁ、と思うばかりです。
これからもどうぞよろしくお願い致します。


「霧雨……」

「どうした?そんな狐につままれたような顔して」

 彼女はニッと笑いかけながら聞き返す。

 彼女の周辺は光のベールを纏ってるみたいにいやに明るかった。幻視じゃない、実際に明るいのだ。

 霧雨の頭頂部から先に向かって一直線上を見上げる。そこには天井や廊下を貫いて、一階と空とを繋ぐ、ぽっかりと開いた巨大なトンネルが出来上がっていた。そこから降り注ぐ月の光がちょうどスポットライトの様になって彼女に当たっているのだ。

「悪い。助かった」

「なに、気にすんな。その代わり貸し一つな」

「しょうがねぇな、って言える立場じゃねぇんだよな」

 命を救ってもらったんだ。無茶な要求にも答えてやろうという気持ちにもなるだろう。

 そうして短い言葉のやり取りをしていると、霧雨の背後から再び、腕の群れが質量を持つ風となって猛攻した。そのときに生じる白い指たちが風を引っ掻く音が今にも死に絶えそうな老犬の呻きを思わせ、見た目と相まって生理的嫌悪を俺に与えた。

 だが、そんな中でも彼女はひるまなかった。

 霧雨は余裕たっぷりに笑みを浮かべながら八卦炉を構える。

「恋符『マスタースパーク』」

 極大の光の奔流が廊下を満たし、破壊の流星が真っ直ぐに駆け抜け、迫る障害を消しとばしていった。

 ほんの少し前、瞼越しに入ってきた光の正体はこれだろう。

 さっきまで俺たちを追っていたはずの、壁のように襲いかかる腕たちは、一瞬のうちにして血も残さずさっぱりと無くなってしまった。

「魔理沙、どうしてここに、って聞くのは意味ないわよね」

 霧雨に近付いて声をかけた博麗だったが、答えをあらかじめ予想しているのか、聞くのが無駄なことのように諦観の籠った目と共に言った。

「ああ、人里に変なものが現れたって風の噂で聞いたんだ。そんで霊夢達が夜中に異変解決するっていうもんだから、行かない手は無いと思ってな。だけど何時か詳しい時間まで分からなかったから適当な時間に来たんだ」

 それを聞くと博麗はやっぱり、と呟いた。

「ちょっと待って下さい。魔理沙さん壁を破壊して外から入ってきたんですよね。私たちが壊そうとした窓は何ともないのに、どうして魔理沙さんは壁を壊せたんですか」

 東風谷がそう問いかけるが、それに霧雨ではなく博麗が答えた。

「早苗、よく見なさい」とだけ言った。

 何をよく見るのか漠然としすぎてよく分からず、右隣を見るが東風谷も同じ様に首を捻ってむむ、と唸っていた。

「さっき、魔理沙が廊下にマスパ撃ったでしょ。廊下壊れてる?」

「……傷一つありませんね。外からの攻撃は通して、内側からのは通さないんでしょうか」

「お?おお!ホントだぜ。私のマスパに耐えるのか」

「自分で撃っといて気づかないのかよ」

 まぁ、俺も気づかなかったけど。

 霧雨はへーとかほーとか言いながら興味深そうに壁を叩いたり、弾幕を当ててみたりを繰り返している。その彼女の行動に、好奇心の多さを見て取った。

 一通り観察すると、霧雨は結界の類いかなぁ、とぼんやりしたようすで一人ごちた。

「あれ、そういえば結界で思い出したが、博麗が結界張ってた筈なのにお前どうやって入ってきたんだ?」

「そんなもんあったか?」

 質問に質問で返すなよ……。先生に習わなかったの?

 どういうことだと博麗に視線を投げる。

「言ったでしょ。『人間は通さない』って』

「そっか、霧雨は人じゃないのか」

「私はれっきとした人間だぜ!」

「あれ、でも魔法使いって種族じゃなかったっけか」

「私は『人間の魔法使い』なんだ。なろうと思えば『魔法使い』になれるけど、私はまだ人でいたいぜ」

「じゃあ何で人の霧雨が入れるんだよ」

 それを聞くと、博麗は「私の結界はね、」と前置きして「霊力の有無で人を弾いてるの。普通、人は霊力くらいしか持ってないから。でも、魔理沙は霊力よりも魔力の方を多く持ってるから弾かれなかったのよ」

「はーん、成る程ね」

 つまり霧雨は特殊な例ということか。

 そうやって肯首し、一度、霧雨の顔を見てみた。東風谷と閑話に勤しみ、わいわいと賑やかだ。

「ねぇ」

「なんだ?」

 肩を人差し指でつつく感覚に振り向く。当然、その正体は博麗である。

 博麗は少し考え込むように右手の第二関節辺りを顎に当てながら話し出した。

「あんたの言ってた話と今回の事象、凄い違かったんだけど」

「それに関しては俺は何も……」

「分かってるわよ。多分噂が一人歩きした影響ね。話がどんどん膨らんでいってるんだわ。その所為であんたの話とズレているんだって予想はついてる」

「まぁ、そうだよな。多分『引き摺り込む』っていうのがキーワードになって広まったんだろうな」

「この調子だと他も厄介なものになってそうね」

「あ、霊夢、八幡。その話なんだが」

 こちらの話を聞いていたようだ。霧雨は東風谷との会話を打ち切り、こちらに混ざってきた。東風谷も手持ち無沙汰を気にしたのか、同じく輪に加わった。

「えーっとな、七不思議の噂はつい最近聞いたばっかなんだが、そう、二日前位に」

「ならその情報をもとに残りを攻略すればいいわけね」

「そうじゃない、話は最後まで聞け。……二日前に聞いたのとさっき見たのとでちょっと比べてみたんだが、これが結構違う」

「そうなの?」

「ああ。私が聞いたのは『花子がどこまでも追いかけてきて捕まえにくる』って話だった。これで連想するのは普通は小さい女の子だ。だが、今夜来てみれば花子は居らず、あるのは無数の腕だった」

「……変ね」

「何がです?」

「噂の変化が早すぎるってことだろ。確かに噂っていうのは面白おかしくいくらでも装飾できるが、行きすぎた装飾は逆に否定されがちだ。特に今回みたいに色々な人たちが耳にした場合、片方の持っている情報ともう片方の持っている情報に差異があると特にそれが顕著に表れる筈だ」

「少なくとも噂の中心の『花子』がいないのが大きいわ」

「あー、なるほど。誰かが意図的に情報を操作しているんでしょうか?」

「何のために?」

 博麗にそう返され、東風谷は目を瞑りうん、と唸った。

「考えられるのは、俺たちを殺すため、とかか」

「無理ね。こんなチンケなもので私が死ぬわけないじゃない」

「さっき結構危なかっただろ」

「別に……」

 口を少し窄めて少し目線を外した。

 しかしそうと分かった以上、このまま他の七不思議の対処にあたるのはあまり賢くない。できれば、噂の今を知りたいところだ。

「ふわぁ」

 横で博麗が小さく欠伸した。それが合図となり、東風谷、霧雨、俺へと伝播する。

 それぞれの慵げじみた欠伸を聞いて、途端に時間を確認したくなった。

 確か、校舎に入ったのが十一時過ぎ。そこから廊下やら花子やらと遭遇して……。

「眠いわぁ、」

 普段の彼女らしくない、気の抜けた間延びした口調。

 博麗は小さく開けた口を手で隠しつつ再び、ふぁ、と声を漏らした。目の下にできた薄い涙の膜を巫女服の袖で乱暴に拭う。

 やはり眠そうだ。そこまで時間が経った覚えはないが、相当遅い時頃のはずだ。

「今、何時か分かるか?」

「私は一時半に家を出たから、多分今は二時半とかだと思うぜ」

「もうそんなになるのか」

 入ってから少なくとも三時間余り。俺自身、ここまで遅くまで起きているのは高校受験以来だ。

 小町はよく冗談で「夜更かしはお肌の天敵だよ、お兄ちゃんっ!」とかなんとか言ってきたものだが、確かに連続して不規則な生活をしているとニキビなどができやすくて肌が荒れたものだった。

「仮眠でもとるか?」

 俺もいい加減眠い。男の方からこんなことを言い出すのはなんとも情けない話だが、もともと大したことない俺の評価なんて気にする必要もない。いやー、俺イケメンじゃなくてマジで良かったわ。下手にカッコいいと「イケメンはこうでなくては!」みたいに周りの目を気にしないといけないからな。

「こんな何が起こるか分からない場所で寝ようとするなんて、あんた案外大物かもね」

「ハッ、冗談だろ」

「冗談に決まってるでしょ。あと皮肉」

「……」

 いやもちろん知ってたけどね?でもそんなハッキリ言わなくてもいいじゃなイカ。物事には言って良いことと悪いことがあるのを知らねぇのかよ。あ、でも『え……あ、うんそうだよねー』みたいに濁すようにして誤魔化されるよりはいいか。なんなんだろうね、あの気遣いにならない気遣い。相手の本心がわかる上に相手に気を使わせている申し訳なさが相乗効果を生んで二重にダメージを食らう。打ち上げの会場でこっそり泣きながら逃げ帰っちゃったじゃねぇか。

 過去の込み上げる辛酸を舐めつつ、苦笑いをする。

「ところでさっきの話に戻るんですが、仮に情報を操作している人がいるとして、何のためなのでしょうか?」

「この異変によって得をする勢力がある、とかかしら」

「本当にそうならこんな突然現れた異変を直ぐに利用することができるなんて中々の切れ者だぜ」

「月の連中かしらね」

 月の連中。

 そう呼ばれる奴らは人里を少し離れた竹林の奥にいるらしい。

 俺は直接会ったことはないが、少し前に博麗から特徴、というかそいつらの行動やら人物像を教えてもらった憶えがある。

 曰く、月の頭脳と立てて銘打たれるほどの天才がいるだとか。

 曰く、どんな薬でも調合し、作れるとか。

 曰く、その薬で不老不死であるとか。

 そして、極め付けが過去に八雲が攻め入った時に泣く泣く敗退させた実力者揃いだとか。

 つまりとんでもない連中である。これしか言いようがない。

 八雲は幻想郷の管理者だという。その実力は千葉県がすっぽり包まれる程巨大な結界を張っていることから相当なものだと予想がつく。その八雲に勝った。その事実に俺はまだ見ぬ月の住人を空恐ろしく思ったものだった。

「後で乗り込もうぜ!」

「そうね」

 一際、霧雨が元気に言うと、博麗も少しばかり好戦的な笑みを湛えて頷いた。

 どうやら彼女らは月の住人を犯人に絞ったようだ。

「そうと分かったら七不思議なんて攻略しないで優曇華とかに押し付けちゃおうかしら。勿論、報酬は私のもので」

「霊夢はつくづく巫女らしくないぜ。盗人といい勝負だ」

「自分を棚に上げるところは流石魔理沙さんですね」

「東風谷ってたまに毒舌だよな……」

 意識なく言葉を放ってくるからたちが悪い。わざとディスるのと無意識にディスるとでは破壊力が違うと思う。

 そんな風に四人で会話に花を咲かせてると、ジィっと短い電磁的な音がした。その直後

 

()の半身から 目を覚まし 牛が止まれば 床につく 世にも恐ろし 虎くる前に』

 

 七五調で刻まれるリズムに乗って聞こえる歌。

 日本人的感性から七五調は非常に気持ちの良い響きだそうだ。古典の授業でやった気がするーー、

「……時間か」

 ああ、そうだ。古典で思い出した。

 俺がそう呟くと博麗たちが疑問気にこちらを見た。

 それに答えるように俺はゆっくり説明を始めた。

「いいか、昔の時間は十二支で数えていたんだ。それに当てはめればこの学校は十時に始まり、三時に終わるっつーことだろ。ちょうど丑三つ時が終わる時間だ。でだ、このタイミングで放送が流れるってことは……」

 いうが早いか説明を終える前に霧雨が近くの窓に手をかけた。

 さっきまで開こうとしても、ピクリとも動かなかった窓はいとも容易く開け放たれ、初冬独特の透き通った張り付く冷気を廊下いっぱいに取り込んだ。

「外に、出られるわ」

 博麗はそう言って糸の切れた人形のようにガクリと身体を傾けた。

 俺はそれを地面に倒れないよう、慌てて支えた。心配になって顔を覗き込むがどうやら眠っているようで、ホッと胸を撫で下ろす。

 あんだけ欠伸してたしな。相当眠かったんだろう。

 博麗の前に背中を滑り込ませて彼女を負ぶうと髪の毛が首筋に当たってめっちゃくすぐったい。

 ふと、視線を感じ東風谷を見ると心なしかニヤニヤとからかう様な女子特有の笑みを浮かべていた。

「比企谷さん積極的ですね〜」

「アホか。これは俺の百八あるお兄ちゃんスキルの一つだ」

「なんか波動球打ちそうですね……」

「ああ、それはもう相手をコート外まで吹っ飛ばす位に、ってお前知ってんのかよ」

 そういやこいつ外から来たとか言ってたな。それなら知ってても不思議じゃないか。

 四人で窓から外に出て空気を肺に満たす。

 霧雨は帰るついでに博麗を神社に送るというので、そのまま博麗を彼女に預けた。東風谷も霧雨と共にまだ暗い空に消えていった。

 三人を見送ってから俺は大きく伸びをした。そして勢いよく息を吐き出すと、白い靄が目の前を覆い、やがて辺りを満たす朝靄の中に溶けていった。

 今日は一先ず終了だ。家に帰って毛布に包まって寝よう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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3歩と4歩

めっちゃ期間空いてすんません
マジですんません


深い、意識の底から浮上する。

 

怠くて起こすのも一苦労な身体で立ち上がると欠伸を交えて伸びをした。

 

午前から昼飯も食わずにただ眠り続け、ニートの卵略してニーたまヒキ太郎かよと思われるかも知れないが、これには訳がある。

 

あの濃厚な一夜から二日が経った。

 

博麗と霧雨はあの後永遠亭に行ったようだが結果はハズレ。月人らはこの異変に関わっておらず、それどころか初めて耳にしたようだった。

 

その報告を受けたのがほんの一日前。そして暗躍しているであろう人物の謎を残したまま今夜再び校舎に乗り込むというのだ。

 

そこで昼寝だ。今回は前回のように睡魔を気にしないようにたっぷりと睡眠をとり、備えている。だから決して俺がだらけまくって何やるのも面倒で夜に働くのを考えて鬱になり、そのまま寝落ちしたとかでは断じてないのだ。

 

散々ばら言い訳を構築してみるがいかんせん、未だ覚醒していない頭を覗いても碌な言葉が出てこない。寧ろ墓穴を掘ってる気さえする。このまま墓に入って一眠りしちゃおうかな……。

 

窓から空に目を向ける。西はすっかり燈に染まり、東は夜の顔をのぞかせていた。やはり冬は日の入りが早い。これから冬至に向かうのだから陽の当たる時間はもっと少なくなるだろう。

 

つまり冬という季節は闇の季節……。そう!それこそが!俺の能力『冬至(ワールド・オブ・アイシクル・ダークネス)

 

』なのだ!ふはははは‼︎……なんだこのテンション。材木座でも憑依したのか。そもそもなんで冬至なのにワールドなんだよ時期的に北半球だけじゃねぇか。あとダークネスとかつけるとTOLOVEる起こりそうでちょっとエロいです。

 

世界の支配者を気取った風に広げていた両腕を力無くだらんと下げ、自らの行動に自嘲した。

 

さて、と漏らしつつ作り置きの飯を食うために台所に向かおうとして、足を止めた。

 

「……」

 

「……」

 

人がいたのだ。

 

入り口の引き戸に背を預ける人物の顔は逆光で詳細に伺うことができない。だが特徴的なリボンや、時折年齢にそぐわぬ鋭さを見せる黒曜石の瞳が若干細められてるのを、密かに感じ取った。

 

お互い息を止めてじっと見つめ合うこと数秒。

 

「……あんた何やってたの?」

 

「今見ていたことは誰にも言わないで下さいお願いしますなんでもしますからなんでもするとは言っていない!」

 

「落ち着きなさい。言葉が滅茶苦茶よ」

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

 

とりあえず彼女を居間にあげるが、馬鹿にしくさった態度は続いたままだ。

 

「因みに何処から見てたのでしょうか?」

 

「あんたがぶつぶつ言いながら変な笑い声あげたところからかしら」

 

「穴があったら入りたい……」

 

どうやら博麗は暇を潰しにわざわざ俺の家に来たようで、異変解決の時間までここに居座るつもりらしかった。

 

「しかしあんたにあんな趣味があったなんて驚きね。ちょっと引いたわ」

 

「しゅっ、趣味じゃねぇよ。それはホラ、あれだよあれあれ。てかお前暇を潰しにきたんだろ?なんで俺のメンタル潰しにかかるの?うっかり自殺するよ?」

 

「ほら、妖怪って精神攻撃に弱いから」

 

「さりげなく俺を妖怪認定するなよ」

 

「そんな事よりここはお客が来てもお茶の一つも出さないの?気が利かない」

 

「お前は姑か。図々しいにも程ってもんがあるだろ。……ちょっと待ってろ」

 

もともと軽く食事を摂ろうとしていたのだ。ついでにお茶くらいだそうと思い、台所に立つ。それに専業主夫たる者、姑の精神攻撃に屈してはいけない。隙を見せれば次は埃が溜まってるだの味噌汁が濃いだの罵ってくるのが常なのだ。

 

湯を沸かして、急須に適当に茶葉を入れる傍で冷えて固まった米を用意する。熱い茶を客用の湯呑みと冷や飯の入った茶碗それぞれに注いだ。俺のは簡単に言えばお茶漬けだ。米は温まるわ美味いわでいいことづくめだし。

 

博麗にお茶を出して、俺ははふはふ言いながらお茶漬けを頬張る。ぶっちゃけ飲むって表現が正しいかもしれない。

 

「お茶、美味しいじゃない」

 

「一番茶だからな」

 

意外にもお褒めの言葉を戴いた。

 

茶碗には鶯色のお茶に米が数粒浮いている。

 

「お前もなんか食うか?」

 

「梅干しあったら貰えるかしら?」

 

「りょーかい」

 

梅干しを一粒皿に乗せてやると、一気に口に放り込む事なく一口丁寧に齧った。味わう様にして口を動かすと桃色を帯びた舌がちらと唇から覗いた。暮れなずむ人里。僅かに暗い部屋の中で彼女は一層明るく見えた。

 

「そういえば」

 

ぼうっとした調子で博麗が口を開く。

 

「あんた、外の世界にもうすぐ帰れると思うわよ」

 

「おおっ!マジか!」

 

「かかって三週間ってとこかしら」

 

「だが結構かかったな。かれこれ四ヶ月はいるぞ」

 

「……そうね。なんか、結界が安定しなかったのよ。特に現実と幻の境界がね。この調子だと『忘れさられたもの』という括りと関係無いものまで幻想郷に入ってきてもおかしくないわ。今はまた安定し始めているけどね」

 

「そうか、だけど漸く帰れるならそりゃ良かった」

 

向こうには置いてきているものが多すぎだ。小町、雪ノ下、由比ヶ浜、戸塚、おふくろ、ついでに親父。あとは……小町と戸塚と戸塚と小町だな!材なんとかがいたような気がするけど忘れちまったぜ。

 

染み染みと彼ら彼女らの顔を思い出していると、今更ながらに寂しくも懐かしい気持ちになった。いつの間にか俺にとって奉仕部の存在が大きなものとなっていたらしい。

 

「そういえばあんたって外の世界で何してたの?」

 

「学生、だな。あとは奉仕部部員か」

 

「奉仕部?何それ?」

 

「端的に言えば人の手助けする組織だな」

 

いや、組織と言うには小規模すぎるか。俺含めて三人しかいない訳だし。

 

「もうちょっと詳しく聞かせなさいよ」

 

「何?なんでそんな興味津々なの?ヒグマなの?」

 

ヒグマは好奇心旺盛だっていたくらおにいさんも言ってた。

 

「暇だからよ」

 

博麗はなんでもないように返事をしたようだった。そういえば暇とヒグマって言葉が似ているなーなどとどうでもいいことを考えつつ、そうかと返事をした。

 

それからは適当に話をした。途中から小町と千葉の話になった感は否めないがそれでも博麗は時々相槌を打ちながらしっかりと聞いてくれた。

 

ゆっくりと時間が流れる。あいつらも同じ様に時間を過ごしているのだろうか。

 

薄暗く、だんだんと冷えてきた一室に提灯の灯りと湯気を燻らせる一角だけが妙に暖かく感じられた。

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

 

夕飯を博麗と共にし、食休みにそれぞれ本を読んだりしているといい時間になりつつあった。

 

「そろそろ行くわよ」

 

「おう」

 

二人揃って外套を羽織る。博麗は懐からマフラーを取り出して首に巻いた。暖かいのか、安心したように目を細めた。

 

なんていうか……その、女の子の服から出されててなんだかエッチだと思います!いい匂いがしそう。

 

家を出て通りを歩いても人っ子ひとりいない。この時分に出かける物好きなど俺たちくらいしかいないようだ。

 

校舎が見えてくると同時に複数の影を認めた。合計四人。そのうち二人は霧雨と東風谷だろう。あとは誰だ?

 

明瞭になってゆくシルエット。予想通り黒いコートに金髪を流す霧雨と茶のコートを羽織る東風谷が見えた。てかそのコート俺のじゃん。返してもらうの忘れてた。

 

さて、もう二つの影は……。と思い、濁った目をよくよく凝らす。

 

一人は赤いカチューシャと肩にかかるかかからないかのところで切りそろえられた淡い金髪の少女。夜闇の中でもキラリと光る青い瞳には見覚えがあった。アリス・マーガトロイドだ。

 

もう一人は分からない。全く見覚えがない。なんか…頭から兎耳みたいなのを生やした女子高生だ。なにあれ、コスプレ?

 

彼女らの元に着くと軽く挨拶する。

 

「久しぶりね」

 

「そうだな」

 

マーガトロイドとはかれこれ四ヶ月ぶりに会う。そもそも会う機会が少ないしわざわざ会いに行くこともないから当たり前の事ではあるが、それでも俺がしっかり彼女のことを覚えていたのは中々に不思議なことのように感じられた。

 

しかし何故彼女がいるのだろうか。

 

「三つ目は人体模型が動くんでしょ?なら行かない手はないじゃない」

 

今更だが、彼女は人形遣いである。そして彼女の最終目標は完全自立人形の作成らしい。勝手に動く人形は彼女にとって素晴らしい程の研究対象なのだそうだ。

 

「ところであいつは誰だ?」

 

兎耳に目を向けながらマーガトロイドに問う。

 

「あれは鈴仙だぜ。このあいだ永遠亭に行った時に異変解決に協力させたんだ」

 

マーガトロイドに聞いたつもりだったのだが、会話を耳にした霧雨が答えた。

 

この様子だとどうやら無理矢理連れてこられたようだ。こんな遅くに駆り出されるとは哀れ鈴仙。残業代は出ないよ。

 

心の中でなーむーと拝みつつ揺れるウサ耳を見る。

 

いやーああいう獣人っているんだなぁ。材木座が見たらきっと『フヒッ』とか『デュフ』とか言うんだろうな。

 

彼女の姿形は耳と尻尾ぽいのを外せば完全に人間と相違ないものである。ていうかあれだなヒトの耳とウサ耳とで耳が四つあるのが一番気になるな。あ、突っ込んじゃダメですかそうですか。

 

ピクリとウサ耳が跳ね、こちらに向いた。視点を鮮少に下げると形の良い瞳とカチ合わせになった。

 

気まずくなってそそくさと目を逸らすが、土を踏む音が段々と近づくのが聞こえた。

 

「えっと……比企谷さん、ですよね?」

 

そう問われ、務めて冷静に簡潔に答えようと心がける。

 

「フヒッ、そ、そうですが」

 

おいフヒッってなんだよ。材木座馬鹿にできなくなってきた。

 

「鈴仙・優曇華院・イナバです。名前長いし周りの人は鈴仙って呼んでるから鈴仙って呼んでください」

 

しかし彼女はそんなことは気にせず先程と同じトーンで話し始めた。

 

おいなんだこのスルースキル。川なんとかさんばりのスルー力じゃねぇの?鈴仙君には川崎名誉賞をあげよう。そうだね、川崎さんだね。知ってた。

 

「俺の目には突っ込まないのか?」

 

気になってそう聞いてみた。

 

いやだって会う人会う人口を揃えて目のこと言うもんだから言ってくれないと逆に不安になっちゃう。あれ?言ってくれなきゃ不安とかこれMに目覚めたんじゃね?

 

「その程度でいちいち驚いてたら医者の助手なんてやってませんよ」

 

鈴仙はからからと陽気に笑ってやだなぁといった風に手を振った。

 

「医者の助手?」

 

「知りません?人里を少し離れた竹林に永遠亭っていうお屋敷があるんですが、そこで私の師匠が医者をやっているんですよ」

 

「人里に普通に医者いるけどそっちに人来るのか?」

 

「おっと、師匠を人間と一緒にしないでくださいよ。なんたって師匠は蓬莱の薬を作った八意永琳様その人なんですから!師匠に治せないものはありませんよ‼︎」

 

ふんすっと鼻息荒くして力説する彼女を見てなんでお前が偉そうなのと言いそうになったが寸でのところで押し留めた。

 

「機会があったら利用させてもらう」

 

まんま社交辞令の常套句を言ってからはたと気付く。

 

この受け答えすると結構嫌われるんだけどまぁ、この場限りの関係だし別にいいよね。基本人里から出ないから大怪我することはないと思うし。

 

しかし常識が通用しないのが幻想郷である。

 

彼女は特に気にした素振りを見せず

 

「はい、怪我した時などは是非!…あ、それとここだけの話ですが時々人里で薬を売り歩いているので贔屓してくれると助かります」

 

めっちゃ宣伝してきた。なんだこの兎、抜け目ねぇ。

 

「ウチも財政難でしてね〜。私達の食費だけじゃなく、他の兎たちの面倒を見たりしないといけませんから」

 

「永遠亭って兎屋敷なのか」

 

なにそれなんてシルバニアファミリー?若しくはラビットハウス。いやラビットハウス兎一羽しかいなかったわ。

 

くいっと服を引く感触に振り返る。

 

見れば博麗が少し不機嫌そうな顔で立っていた。

 

「なんだよ」

 

「いつまでくっちゃべってるつもりよ。私はさっさと終わらせて明日には宴会開きたいんだから」

 

「え、俺が悪いの?」

 

「あんたの長話のせいでしょ」

 

そんなに長く話をしていたつもりはないが、この様子を見るに切り上げた方が良さそうだな。経験から言ってこいつ怒らせると怖いし。

 

「それじゃあ行くか」

 

「なに仕切ってんのよ」

 

声をかけたところで腰の辺りを軽く蹴られた。

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

 

前回と同じように廊下を歩く、かと思っていたのだが本日は力こそパワーの霧雨がいたことにより最初から天井やら壁やらをぶち破って進むことになった。

 

壊れたところは直ぐに修復されるが直り切る前に新たな破壊痕が生み出されなんだか大変そうである。

 

 

 

そうやって直線距離でショートカットしまくり、俺たちは無事理科室に着いた。

 

「よし、じゃあ」

 

「いえ、ここは私が」

 

俺が扉に手をかけたところでマーガトロイドが制止した。

 

彼女は既に興奮を抑えきれない様子で鼻息荒く、だが慎重に戸を引いた。どうやら、魔法使いは往々にして変態の気があるようだ。

 

部屋の中は真っ暗だった。何台かの大きめの机、黒板と折れたチョーク、棚には鳥の標本やら何の生き物のものかわからない内臓が液体の中に浮いていた。

 

「うわぁ、懐かしい〜」

 

そうテンションを上げるのは東風谷だ。

 

「あ、アルコールランプじゃないですか!小学校のとき以来一度も使ったことないですよ」

 

好奇心に任せてどんどん物色していく様は犬に近い。

 

それに続いて霧雨まで物を漁り始めた。

 

「肝心の人体模型はどこかしら」

 

他には目もくれず模型を探すマーガトロイドと場はカオスの様を呈し始めた。

 

「はぁ……」

 

俺の横の博麗は眉間に皺を作り、手を当てて小さくため息を漏らした。そのポーズ雪ノ下を思い出すなぁ。万国共通のポーズだったりして。

 

「ちょっと、動く人形はどこよ」

 

辺りをあらかた探し終えたらしいがどうやら見つからないようだ。

 

「俺に言われたってなぁ」

 

「あそこのロッカーとかは?」

 

博麗はそう言って部屋の隅の、所々サビで禿げたようになっている、ーー恐らく掃除用具を入れるロッカーであろうーーを指差した。

 

「ああ…確かにまだ見てなかったわ」

 

そう呟くとロッカーの方へとさっさと歩いて行ってしまった。それを見届けてから博麗に向き直った。

 

「あれ、そういやあのウサ耳娘どうした」

 

すっかり忘れていた。ついでに名前もすっぽ抜けた。なんだっけ?そばとかそーめんみたいな。

 

「ウサ耳って……、鈴仙なら勝手にどっか行ったけど?」

 

……冷麺?ちげぇようどんだよ。鈴仙・優曇華・イナバだ。冷静に考えれば分かることだよ。鈴仙だけに。

 

つーか単独行動とかそれナニタニ君だよ。俺はこの世に二人と要らない。真の比企谷八幡はこの俺だ。

 

「ちょっと探しに行くわ」

 

別に心配してるわけじゃない。ここにいる時点で彼女が普通の人間なワケがなく、俺なんかよりもずっと強いことは必然。

 

なら何故行くか?

 

本人の前で言うことはないし博麗達の知り合いっぽいからあまり考えたくはないが……、俺は若干彼女を疑ってる。

 

集団の中で急に外れるなんて怪しいことこの上なし。俺じゃないんだから(二回目)。

 

「ダメよ」

 

光のない廊下を三歩程踏んだところに背後から静止される。

 

博麗はこちらを振り返らず、理科室に視線を向けたまま言葉を繋ぐ。

 

「弱いくせにふらふらしないで」

 

「なんだ?心配してるのか?」

 

「ええ、心配してるわ。私が付いていながらアンタが死んだら私の株が落ちるもの」

 

「俺の心配じゃなくて自分の心配とか人を護る巫女としてどうなの?」

 

この時点で俺からの株めっちゃ落ちてますよ?

 

しらっとした目で博麗の後ろ姿を見てると彼女の顔が突然こちらを向いた。

 

「私は人を護ってる訳じゃないわ」

 

今までの気怠げな表情は何処へやら、急に真面目な顔をしてこちらを真っ直ぐに見つめる。

 

「私は幻想郷を護ってるの。その過程に人がいるだけ」

 

現に妖怪も助けたりするしね、と囁くように言ってまた理科室に向き直った。

 

「……そうか」

 

年下の少女に気圧されてそれだけしか言えない自分が情けない、とは思わなかった。今の彼女は少女としてではなく管理者という役割を持ったヒトの顔つきだった。

 

それに、今の言葉は幻想郷を護る延長線上に人を護る行為が無ければ見捨てるということだ。

 

 

 

「幻想郷と向こうじゃ、価値観がちげえな……」

 

 

 

それとも彼女が特殊なだけか、今のところは分からない。

 

俺は普段より若干大股になって二歩で彼女の側に戻った。

 

だけど横に立ち、彼女の横顔が見えた途端、俺は初めてタイル二枚文にしかならない程度の距離を遠いと感じた。

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

 

十五分経ってようやく理科室を離れた。

 

あの後天井裏から出てきた人体模型をマーガトロイドがあっさり捕まえてはい終了。小さな人形たちに四肢を押さえつけられて、暫くもがいていたようだったが、マーガトロイドが嬉々として奴に手を触れるなり、突然糸が切れたように動かなくなった。

 

 

 

「とんだ無駄足だったわ」

 

「まぁまぁ、落ち着けって」

 

 

 

マーガトロイドの文句とそれを宥める霧雨の朗らかな声が聞こえる。

 

博麗や霧雨の見解ではあの人形は魔力や呪いのようなものでパターンをプログラミングしていたということだ。こういうタイプは自立人形には程遠いらしい。

 

「それにしても触っただけで動かなくなるなんて随分柔ですね〜。襲ってきてもうっかりでも触ってしまえば無問題じゃないですか。ノープロブレムですよ。略してノープロですよ」

 

「何故略したし……」

 

東風谷は緑がかった黒髪を弄びながら、軽い感じで疑問を呈すると同時になんだかよく分からないノリも口にする。

 

ノープロってなんかノーブラっぽくていいですね。東風谷さんは果実をなにで包んでるんでしょうねぇ?あすいません博麗さんそんな冷たい視線をこっちに寄越さないでください死んでしまいます。

 

「それについてはなんか妙なのよね。人形が動かなくなったのは人形を動かしてる力が消えたからなんだけど、消えたっていうより……」

 

「入ってきた、って感じだぜ」

 

挿入ってきた?いや這入ってきたか?

 

なんか今日の俺は下ネタばっかだな。これが深夜テンションという奴か、恐ろしい。

 

 

 

「つーかそれ危なくねぇか?呪いみたいなので動いてたらお前らに呪いが移ったってことじゃねぇの?」

 

「そうなった時はその時だぜ。今はまだなんともないしほっといても問題ないだろ」

 

「魔理沙……あんたねぇ、ずぼらにも程ってもんがあるわよ」

 

「そうかぁ?」

 

 

 

マーガトロイドが呆れたように言うが、霧雨は特に気にしたそぶりを見せない。

 

 

 

「まぁ今はまだ悪い気を感じないし大丈夫じゃない?」

 

「霊夢がそういうならいいけど……、あれ…ピアノの音しない?」

 

「ほんとだ聞こえるな」

 

 

 

耳を澄ませば微かに聞こえる鍵盤を叩く音。バイオリンじゃないよ。

 

 

 

「考えなくても四階の音楽室でしょうね」

 

 

 

東風谷の言葉に従って俺たちは上へと続く階段に足をかけた。音楽室に近づいているのだろう、音がはっきりと聞こえるようになった。

 

なんだろう、この音楽すごく違和感があるぞ。雰囲気に合ってないっつーか…。

 

そう思ったのは俺だけじゃなかったらしく、博麗と東風谷も微妙な顔をして呟いた

 

 

 

「…なんか、軽快な音楽ね」

 

 

 

「ていうかこれ子犬のワルツじゃないですか?」

 

 

 

ああ、なんか聞き覚えがあると思ったがそれか。

 

確かショパンだったはず。音楽に造詣が深くない俺でも耳にしたことくらいはある。

 

だが何故この選曲なんだ?もっとレクイエムみたいな暗い曲の方がいいんじゃないだろうか。

 

 

 

「お、曲がやんだぜ」

 

 

 

霧雨の言う通り、確かにピタリとピアノがやんだ。だが次の瞬間ーー

 

 

 

「また軽快な音楽…」

 

 

 

また始まった。

 

あれ?でもなんだこれ聞いたことあるぞ……、あっ

 

 

 

「ココロオドルじゃねぇかっ!」

 

「わっ!びっくりした…、急に大きな声出さないでよ!」

 

「あ、ああすまん博麗」

 

 

 

ヤベーヤベー知ってる曲すぎてつい突っ込んじまったぜ。

 

というか…これを弾いている奴は人を怖がらせる気があるのか?ちゃんと働けよ。

 

 

 

 

 

 

 




大筋は考えてるけど細かい設定までは考えきれてないの
適当な部分あるかも


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