遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々― (masamune)
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前書き

 

初めまして、『masamune』です。

最近、遊戯王に復帰したのですが……なんか凄いですね。

 

「サイコショッカーは最強(キリッ」なところまでしか知らなかったので、色々と驚きです。アニメは見ていたんですが……記憶が随分とあいまいで。

 

そんな中、友人から「小説書こうぜ」なる無茶振りを受けてのこの作品。

基本、モンスターや戦略などは友人頼みですが、間違っていたら教えてください。

 

ど素人な上にうろ覚えの原作知識で書いておりますので、読み辛いかもですが……楽しんで頂けたらと思います。

 

基本的に原作準拠ですが、途中、オリジナルの展開を挟んでいくかもです。

アドバイスなど、頂けると幸いです。

 

ではでは、どうぞよろしくお願いします。

 

 

……ちなみに私は最新のパックを買ってデッキを作り、『幻獣機』なるデッキを使用中。



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プロローグ

 

 

 

 手に小さな優勝カップを持ち、僕は親友と一緒に歩いていた。最後だからと、一緒に出た小さなタッグデュエルの大会……そこで、二人で勝ち取った優勝カップだ。

 手に持ったカップの重量感が、優勝したという実感を与えてくれる。僕はデュエルは下手糞だ。親友に比べれば、本当に弱い。

 だけど、そんな僕でも勝つことができた。一人ではないけれど……ううん、一人じゃなくて親友と一緒に勝ち取った優勝だからこそ、僕は本当に嬉しかった。

 

「そんなに嬉しかったん?」

 

 両手で大事そうにカップを抱える僕に、呆れた調子で親友が聞いてくる。僕は、勿論、と頷いた。

 

「優勝するのって初めてだから。それは嬉しいよ」

「さよか。……ウチはそうでもないんやけどなぁ。まあ、確かにタッグデュエルの優勝は初めてやけど……」

「出る大会出る大会で優勝して、ジュニア大会でも優勝してる人には確かにそうかもしれないけど……」

 

 言いながら、思う。どうしてこの親友は自分などといつもデュエルしてくれるのだろうかと。僕なんて、大会に出てる人たちに比べれば笑われたっておかしくないくらいに弱いはずなのに。

 だけど親友は、いつも笑って僕とデュエルして、真剣にデッキ構築を一緒に考えてくれる。今回の大会も、足を引っ張ってばっかりだったのに何度も何度も助けてくれた。

 

「まあ、ウチも新鮮やったよ。……それも今日までやけどな」

「……うん」

 

 頷く。そう、こうして一緒に大会に出られる日は今日が最後だ。彼女はもう、一般の大会には参加できなくなるから。

 

「阿呆」

 

 知らず、沈んだ表情をしていたからだろう。親友が苦笑しながら僕の頭を軽く叩いた。

 

「別にいなくなるわけやあれへんし、学校かて中学は一緒やんか。……まあ、確かにあんまし通えへんくはなるやろうけど」

「そう、だよね。……学校は一緒だもんね」

 

 そう、別にこれまでと変わらない。ただ変わってしまったのは、自分は彼女の背中さえ見れなくなるということ。

 追い続けたその背中が、もう――霞んで見えなくなっただけ。

 

「……ド阿呆」

 

 ポコンと、もう一度頭を叩かれた。親友は、ため息を吐きながら僕を見る。

 

「ウチは待っとるよ。アカデミア、行くんやろ? ウチはずっとプロで待ってるから、今度は大観衆の前でやろうや」

「……うん。そうだね。僕も、必ずそこに行く」

「よー言うた。それでこそ男の子や」

 

 ころころと、楽しそうに親友が笑う。そして親友は、それなら、と一枚のカードを取り出した。

 

「大会の商品は祇園(ぎおん)に譲るよ。ええカードや。上手く使いこなさなアカンよ?」

「えっ、でも……」

「ええから。……そのカード持って、早く来てや?」

 

 待ってるで、という親友の言葉に。

 うんっ、と精一杯頷いた。

 

 それは……僕たちが中学生になる前日の、小さな小さな約束。

 僕がずっと抱えてきた、たった一つの理由だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『次は、森羅ー、次は、森羅ー……お降りの方は――』

 

 電車内にアナウンスが響き渡る。そのアナウンスを聞き、夢見心地にいた少年――夢神祇園(ゆめがみぎおん)はゆっくりと目を開けた。まだ随分と眠いらしく、目が泳いでいる。

 

「あと……二駅か」

 

 ポツリと呟く。今日は受験日だ。その手にはデッキと受験票――『81番』と書かれた札が握られている。自分にとって、これは約束への大事な一歩だ。

 

 

『――やから、ここでは先にサーチカード……まあ、今回の場合は『融合賢者』かな? これを使ってから『名推理』を使った方がええんですよ。そうしたらホラ、『融合』が墓地に行く可能性が減らせるでしょう?』

『成程、そうすることで余計なカードが墓地に行かないように配慮したということですね?』

『場合によりけりなんですけどね、これ。ただ、確率的には数%の違いしかなくても、デュエルではそれで勝敗を分けたりしますから――』

 

 

 不意に、耳に声が届いた。見上げてみると、電車内に設置されたテレビが朝の番組――『初心者のためのデュエル講座』を映しているようだった。時間的にはサラリーマンの通勤時間であり、学生にとっては……いや、受験シーズンなので登校する学生はいないが、受験生にとっては試験に向かう大事な時間なのだが、それを鬱陶しがっている姿はあまりない。当然だ。世間一般の常識として『DM』の知識と実力は何よりも大事なのである。

 実はI₂社の現会長たるペガサスの手によって『DM』が発表された当時よりこの『初心者のためのデュエル講座』は放送されており、元は深夜放送だったのが朝の定番番組になるほどの人気を誇っている。

 元々は様々なプロデュエリストが週替わりで出演する番組だったのだが、一年前から出演するプロが固定化されつつある。『史上最年少プロデュエリスト』――愛想のいいキャラクターとそのデュエルスタイルからプロデビューしてすぐ人気を集めた〝彼女〟が、都合が合わない時を除いてこの番組に出演しているのだ。

 その〝彼女〟はそれどころか全国、世界中のイベントにゲストとして、あるいはメインとして参加しているらしい。KC社とI₂社――世界でも有数の二社をスポンサーに持つからこその激務なのだろう。

 

「…………」

 

 知らず、口元から笑みが零れた。彼女は今も頑張っている。それが、とても嬉しい。

 覚えていてくれるかどうかはわからない。いや、きっと覚えてはいないだろう。彼女にとって、自分はそこまで大きな人間ではないのだから。

 でも――……

 

「頑張るよ」

 

 目的の駅に着き、そのプラットホームへと降り立ちながら。

 小さく、呟く。

 

「必ず、行くから。だから、また一緒に――……」

 

 吐き出した、その言葉は。

 冬の外気に触れ……霧散した。




というわけで、はーじまーるよー!!


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第一話 入学試験、黒鎧の竜

 デュエルアカデミア。あの決闘王武藤遊戯永遠のライバルにして、世界に三枚しかない『青眼の白龍』を全て有する伝説のデュエリスト、海馬瀬人がオーナーを務める学校だ。

 昨今、就職するにしても進学するにしてもデュエルの腕が重要となっており、それに伴ったデュエリストの育成とレベルを底上げするために創設された機関だ。

 そして、アカデミアで結果を残すと誰もが憧れる夢の職業――プロデュエリストになることさえ夢ではない。それ故に、毎年凄まじい数の受験生が訪れる。

 試験内容は筆記と実技。実技が優先されるとはいえ、筆記が全く駄目というのは問題だ。まあ、大半がDMに関する基礎知識の問題なので全く解けないというわけではないのだが――

 

(……81番、か)

 

 筆記の順位がそのまま受験番号の数値になるとは『彼女』から聞いたことだ。流石にあのKC社をスポンサーに持つだけはあり、その辺の情報は詳しい。

 彼女によると筆記は一応の足切りで、本命はこの実技試験だという。だが、実技だって自分は自信がない。

 

(勝ったのだって、数える程だもんなぁ……)

 

 昔から、彼女に勝てた試しがなかった自分としては不安で仕方がない。一応、カードショップの仲間内ではそれなりに勝率が良いが……そんなものは井の中の蛙だ。現に、さっきの受験番号一番のデュエルは見事だった。隙のないプレイングは素直に凄いと思ってしまったほどだ。

 その後のデュエルは一気に緊張してきて見ていないが、それでもきっとここにいる人たちは自分よりも遥かに強いのだろう。だって81番だ。少なくとも80人、自分より強い人がいるということになる。

 だけど――黙っていても、蹲っていても何もできない。怖いけど、約束したから。必ず、辿り着くって。

 

『受験番号81番、試験会場へ』

 

 ――呼ばれた。そう思ったのと同時に、肩が震えた。

 緊張する。本当に怖い。こんな大勢の前でデュエルするのは、初めてなのだ。

 だけど、と自分に言い聞かせる。彼女は、毎日のようにこれ以上の人の前で戦っている。それに追いつくために、ずっと追いかけてきたあの背中に並ぶために、ここへ来たのだ。

 だから。

 だから、僕は――

 

「……頑張るよ」

 

 呟いて。

 試験場へと、足を踏み入れた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 足を踏み入れ、試験官と向かい合う。会場全てが自分を見ているように感じる。いや、実際は五組くらい同時に行われているので自分になど視線は向いていないのだろうが……。

 

「私が試験官の鴨沂(おうき)だ。緊張せず、実力を出し切ってくれ」

「は、はい。よ、よろひくお願いします」

 

 ……噛んだ。思いっ切り噛んでしまった。

 思わず祇園は顔を背けてしまう。それを見てだろう、鴨沂は苦笑を零すと、さあ、とデュエルディスクを構えてこちらへ掌を差し出した。

 

「存分にかかってきたまえ。では――決闘」

「デュ、決闘」

 

 こちらも慌ててデュエルディスクを構え、カードを五枚ドローする。LPが表示されるのを確認し、次いで手札を確認。悪くない手札だ。……ミスさえなければ、それなりに勝ちに行けると思う。

 先攻後攻はランダムだ。デュエルディスクに表示されるのだが……相手になったらしい。まあ、どちらかというと後攻の方が回し易いのでありがたい。

 

「では、私のターンからだ。ドロー。……ふむ、まずは『ブラッド・ヴォルス』を攻撃表示で召喚」

 

 ブラッド・ヴォルス闇☆4 攻/守1900/1200

 

 ソリッドビジョンにより、斧を持った筋骨隆々の悪魔がまるで実体化したかのように出現する。……本当に凄い技術だ。デュエルディスクは高くて買えなかったので、祇園は今まで数えるほどしかデュエルディスクでデュエルをしたことがない。今回も受験生用のディスクを借りている状態だ。

 ブラッド・ヴォルス。攻撃力1900と四ツ星モンスターの中では最高クラスの攻撃力を持つモンスターだ。おそらく、試験官――鴨沂のデッキは単純なビートダウンなのだろう。

 だが、ブラッド・ヴォルスのみならどうにかできる。幸い、打ち破るための手札は揃っているし――

 

「そして私は『悪魔の口づけ』をブラッド・ヴォルスに装備。これにより、攻撃力が700ポイントアップする」

「ええっ!?」

 

 ブラッド・ヴォルス 攻1900→2600

 装備魔法によりブラッド・ヴォルスの攻撃力が上がったのを見て、思わず声を漏らしてしまう。鴨沂が首を傾げた。

 

「何かね?」

「い、いえ、すみません……」

「? そうかね。では、私はカードを一枚セットしてターンエンドだ」

 

 鴨沂がターンエンドを宣告する。後ろの観客席から「2600か……」、「厳しいな……」、「アイツ終わったな……」などという声が聞こえてきた。

 

「え、えっと、ドロー」

 

 それを振り払うように声を出し、カードをドローする。一応、祇園のデッキには攻撃力2800のモンスターがいるのだが、それはまだ手札にないし……そもそもあのモンスターは特殊な条件下でしか召喚できないモンスターだ。今はどうしようもない。

 普段なら諦めモードに入る状況。しかし、今日は諦めてはいけない。諦めは、最悪の結果を生む。

 

「すぅー……はぁー……」

 

 深呼吸をする。これも教えてもらったことだ。落ち着くにはこれが一番いい。

 手札を確認する。とにかく、やれるところまでやるしかない。

 

「僕は手札から『バイス・ドラゴン』を守備表示で特殊召喚します」

 

 バイス・ドラゴン闇☆5 攻/守2000→1000/2400→1200

 現れたのは、紫色の体躯をしたドラゴンだった。しかし、ドラゴンという名に反して体が小さい。……効果の所為だろう。

 鴨沂がバイス・ドラゴンをみて、む、と眉をひそめた。そのままこちらへ言葉を飛ばしてくる。

 

「五ツ星モンスターを生贄なしで召喚……成程、効果モンスターか。サイバードラゴンと似たような効果かな?」

「そ、そうです。相手フィールド上にモンスターが存在して、自分フィールド上にモンスターが存在しない時、手札から特殊召喚できます。その代わり、攻撃力と守備力が半分になってしまいますが……」

「成程、デメリット付きか。あまり使用者を見たことがないカードで驚いた。続けてくれ」

「は、はい」

 

 頷き、手札を見る。後ろの方から、嘲笑するような笑い声が聞こえてきた。

 

『折角の上級モンスターを攻守半分にして召喚?』

『ただの雑魚じゃねぇか』

『レベル低いなぁ』

 

 その言葉に、思わず俯きそうになる。だが、寸でのところで思い留まった。……このデッキは、『彼女』が手伝ってくれたデッキだ。忙しい中、自分からのメールにきっちり答えてくれて、教えてくれて。

 負けてばかりの自分。大会に出たことはほとんどないが、自分の実力は把握している。きっと場違いなのだろう。だが、それでも諦めてはいけない理由がある。彼女が信じろと言い、自分はそれに頷いた。なら、自分ではなく彼女の言葉を信じる。

 今でも言葉を交わす『彼女』が約束を覚えていてくれるかどうかはわからない。だが、それでもいい。それでも、約束を縁に頑張ってきたのだ。

 ――故に。

 ここで退くことは――できない。

 

「僕は更に、ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―を守備表示で召喚します」

 

 ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―闇☆4 攻/守1500/1100

 続いて現れたのは、黄色の髪をポニーテールにした女性だった。魔法使いの衣装で身を包んだその女性は片膝をつき、腕を組んだ状態で現れる。祇園のフェイバリットカードであり、キーカードである。

 

「僕はカードを一枚伏せ、ターンエンドです」

 

 伏せたカードはモンスターゲート。手札にトラップカードがないので、まあ……要はブラフだ。

 一応、ウイッチの効果で時間は稼げるはずだが……相手は試験官だ。予想外の手を打ってくる可能性がある。

 

「成程、ちゃんと特殊召喚と通常召喚については理解しているようだ。私のターン。ドロー。……私はジェネティック・ワーウルフを攻撃表示で召喚」

 

 ジェネティック・ワーウルフ地☆4 攻/守2000/100

 また鬼畜なモンスターが出てきた。四つ星で攻撃力2000のモンスター……中々に厄介なカードだ。というか試験官。ブラッドヴォルスやジェネティック・ワーウルフのカードって結構高いと思うのだが……。

 現在の遊戯王における主流は『ステータス至上主義』である。先程バイス・ドラゴンのデメリットに対して嘲笑が漏れていたように、多少優秀な効果があってもステータスが低ければ使われることが少なくなる。ブラッド・ヴォルスはあの海馬瀬人が使っていたカードということもあってかなり高価なカードだ。

 ちなみにこの現状に対して祇園は『まあそうだよね』といった感覚だが、プロデュエリストの親友――『彼女』によると『頭おかしいよみんな』とのことらしい。何でも、十円カードコーナーに『魔導雑貨商人』は有り得ないのだとか。

 ――それはともかく、ジェネティック・ワーウルフは厄介だ。祇園がどうしようかと思考を巡らせていると、攻撃の宣言が行われた。

 

「試験であるからといって、容赦はしないぞ。――ブラッド・ヴォルスでバイス・ドラゴンに攻撃!」

 

 試験官、鴨沂の宣言。祇園はすかさず叫んだ。

 

「無駄です! ドラゴン・ウイッチがいる時、相手プレイヤーはドラゴン族モンスターを攻撃できません!」

「ならばドラゴン・ウイッチに攻撃だ!」

「ドラゴン・ウイッチの効果発動! フィールド上のこのカードが戦闘及びカードの効果で破壊される時、手札からドラゴン族モンスターを捨てることでその破壊を無効にします! ハウンド・ドラゴンを捨てる!」

 

 手札からハウンド・ドラゴン――闇☆3・ドラゴン族――を捨てると、ドラゴン・ウイッチを突如現れた結界のようなものが守った。鴨沂はそれを受け、更に追撃を仕掛けてくる。

 

「ならばジェネティック・ワーウルフで攻撃だ!」

「手札からエクリプス・ワイバーンを捨てます!」

 

 再び、ドラゴン・ウイッチは守られる。その様子を見て、ほう、と鴨沂が声を漏らした。

 

「エクリプス・ワイバーンか……良いカードを入れているな」

 

 感嘆の言葉が聞こえるが、こっちにそれに応じている余裕はない。祇園はすぐさまエクリプス・ワイバーン(光☆4・ドラゴン族)の効果を発動する。

 

「エクリプス・ワイバーンの効果発動! このカードが墓地へ送られた時、デッキから光または闇属性のレベル7以上のドラゴン族モンスターを一体、ゲームから除外する! そして墓地のこのカードがゲームから除外された時、この効果で除外したモンスターを手札に加えることができる! 僕は――」

 

 デッキを取り出し、確認。とはいっても、このデッキに候補はそう多くない。

 そう――あのカードを。

 

「――僕は、〝ダーク・アームド・ドラゴン〟をゲームから除外します!」

「ダーク・アームド・ドラゴンだと!?」

 

 鴨沂が驚きの声を上げた。だが、緊張で心臓がすでに限界の祇園にその言葉は届いていない。大きく息を吸い、深呼吸をする。

 ――ゲームから除外された、黒き鎧持つ竜が咆哮した……そんな、気がした。

 

「くっ、私はターンエンドだ。……ダーク・アームド・ドラゴンとはまた厄介なカードを……」

 

 落ち着いてきたためか、試験官の言葉が耳に入る。……よし、大丈夫だ。ようやくいつもの調子に戻ってきた。

 祇園は凛とした表情でフィールドを見据える。手札は一枚、そしてこれは逆転が打てるようなカードではない。ならば、どうするか。

 ――答えは、一つ。ここで引くしかない。

 

「僕のターン、ドロー!……ッ!」

 

 引いたカードを確認。――よし、これなら!

 

「リバースカードオープン! 『モンスターゲート』! モンスター一体を生贄に捧げ、デッキから通常召喚可能なモンスターが出るまでカードを捲り、そのモンスターを特殊召喚します! バイス・ドラゴンを生贄に!」

 

 カードをドローする。運の要素が強いが……きっと、どうにかなる。

 引いたカードは――死者蘇生、神の宣告、融合、聖なるバリア―ミラーフォース―……ヤバい、普段なら泣いてる。心なしか試験官も憐れんでいるようだ。

 だが、五枚目――

 

「――僕は『ロード・オブ・ドラゴン―ドラゴンの支配者―』を召喚します! そして墓地の光属性と闇属性のモンスター、『ハウンド・ドラゴン』と『エクリプス・ワイバーン』をゲームから除外し、手札から『ライトパルサー・ドラゴン』を特殊召喚! そして除外されたエクリプス・ワイバーンの効果により、『ダーク・アームド・ドラゴン』を手札に加えます!」

 

 竜の骨のようなものを被った男が現れ、更に胸に輝く装置のようなものから光を撒き散らす白銀のドラゴンが現れる。これで場にはモンスターが三体並んだ。

 ドラゴン・ウイッチ――ドラゴンの守護者-闇☆4 攻/守1500/1100

 ロード・オブ・ドラゴン―ドラゴンの支配者―闇☆4 攻/守1200/1100

 ライトパルサー・ドラゴン光☆6 攻/守2500/1500

 会場はいつの間にか静かになっている。いや、耳に入っていないだけか。

 ――いずれにせよ。

 

「更にロード・オブ・ドラゴンとドラゴン・ウイッチを生贄に捧げ――『真紅眼の黒竜』を召喚!」

「なっ、レッドアイズだと!?」

 

 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)闇☆7 攻/守2400/2000

 試験官が驚く。それもそうだろう。あの究極に至った凡骨、城之内克也が使用した時価数十万円もするレアカードが登場したのだから。

 だがこれは、自分が尊敬するとある人から貰った――否、期待と共に託されたカードだ。だから自分は、期待に恥じないデュエルをしなければならない。

 

『おいおい、マジか……』

『どうしてあんな奴がレッドアイズを……』

『一瞬で上級モンスターが二体並んだぞ……』

 

 試験官はしばらくレッドアイズに見惚れていたらしいが――気持ちはわかる。初めてソリッドビジョンで見た時は、自分も固まってしまった――場の状況を確認すると、だが、と言葉を紡いだ。

 

「確かに見事なタクティクスだが、その二体では悪魔の口づけが装備されたブラッド・ヴォルスを破壊は出来んぞ」

「わかっています。だから――最後のこのカードです。今墓地にはバイス・ドラゴン、ロード・オブ・ドラゴン、ドラゴン・ウイッチの三体の闇属性モンスターがいます。そして墓地に闇属性が三体のみの時、このモンスターを召喚できる」

 

 そのカードを、デュエルディスクに置く。

 あの日、最後に共に戦った大会で商品として手に入れた、このカードを。

 

 

「――ダーク・アームド・ドラゴン特殊召喚!!」

 

 ――――――――!!

 

 迅雷が墜ち、漆黒の竜が現れる。底なしの闇のような体躯を包む、漆黒の鎧。圧倒的な威圧感。会場全てを制圧するような力を纏い、その竜は絶対的強者として君臨する。

 ダーク・アームド・ドラゴン闇☆8 攻/守2800/1000

 

「そして、ダーク・アームド・ドラゴンの効果発動! 墓地の闇属性モンスターを一体ゲームから除外することで、フィールド上のカードを一枚破壊できる! ロード・オブ・ドラゴンを除外し、伏せカードを破壊!」

「ぐっ、ミラーフォースが……!」

「更にドラゴン・ウイッチとバイス・ドラゴンを除外し、ジェネティック・ワーウルフとブラッドヴォルスを破壊!」

 

 瞬く間にフィールドががら空きになる。……どうやら、これで終わりそうだ。

 

「全モンスターで攻撃!!」

 

 試験官・鴨沂 LP4000→-3700

 相手のライフが〇になり、デュエルが終了する。祇園はカードをデッキに戻すと、鴨沂に頭を下げた。鴨沂はふっ、と小さく微笑む。

 

「見事なデュエルだったよ。合否は期待していなさい」

「あ、ありがとうございました!」

 

 もう一度頭を下げ、逃げるように会場を後にする。

 心臓が高鳴る。気が付けば無傷で勝利だ。出来過ぎだが……気持ちいい。モンスターゲートで闇属性モンスターを出せなければどうしようと思っていたが、成功して良かった。

 PDAを取り出し、メールを打つ。――一言だけだ。

 

「――〝勝ったよ〟」

 

 たったそれだけのメール。

 だけど……それで良かった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 KC社アメリカ支部。そのデュエルルームに、携帯の着信音が響いた。携帯電話の持ち主はすぐに携帯を取り出すと、表示された文面を見て笑顔になる。

 

「なぁなぁ社長、祇園勝ったって!」

「フン、この俺様が直々にカードを渡したのだ。敗北など許されるはずがない」

 

 少女――それこそ『美少女』と呼ぶにふさわしい容姿をした一人の少女が発した言葉に、向かい合う位置に立つ男は鼻を鳴らして素っ気なく応じた。少女が、えー、と頬を膨らませる。

 

「何なんですかー、その反応。もっとあるでしょ、社長がカードを渡した相手なんですし」

「フン、貴様があの雑魚をどれだけ評価しているかは知らんが、俺にとってはあんな小僧興味もない。アカデミアで頂点にでもなるというのなら話は別だがな」

「……今ちょっとカチン来ましたよ社長。覚悟してくださいね?」

「いいだろう、かかって来い。貴様の使う脆弱な神の使いなど、我がブルーアイズの前には雑魚も同然!」

「ウチの子らまで馬鹿にしますか……わかりました、きっちり正面から叩き潰しますよって」

 

 殺気が漲り、互いが互いを睨み付ける。

 ――そして。

 

「「――決闘(デュエル)!!」」

 

 戦いが、始まる。

 

「俺のターン、ドロー!――フン、やはり勝利の女神はこの俺に微笑みかけているようだ。俺は手札より、永続魔法『未来融合―フューチャー・フュージョン―』を発動! 『F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)』を相手に見せ、デッキから『伝説の白石』二枚と『仮面竜』三枚を墓地に送る!」

「え、伝説の白石って――」

「そして墓地へ送られた伝説の白石の効果により、デッキから二枚の『青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)』を手札に加える! 更に――」

「ちょい待ち社長! タイム! タイムや!」

「……ふん、どうした。手短に話せ」

「どうしたも何もあれへんよ! 伝説の白石て! それ会長が開発中のカードやんか! まだ市場に出回ってないカードのはずやで!?」

 

 当然といえば当然の抗議である。伝説の白石――墓地に送られると『青眼の白龍』を手札に加えるというサーチカードだが、それはこの際どうでもいい。問題なのは、その効果欄に記された『チューナー』の文字だ。

 現在、不動博士という天才が研究中のモーメントという装置を利用してI社の社長にしてデュエルモンスターズの生みの親たるペガサスがここにいる二人と共に開発中の新たなる枠組みのカード。それが生まれれば環境が大きく変わるだろうとまで言われるそれらにおいて、『チューナー』というのは非常に重要になってくるのだ。

 そんな、まだ極秘のカードをこの男――海馬瀬人は何の躊躇もなく使っている。それが少女には驚きだった。

 

「まさか『例のカード』まで使う気やないやろな……?」

「安心しろ。『例のカード』までは持ってきていない。……どの道、発表は早くとも今年の冬になる。それまでは俺もおおっぴらには使えん」

「さいでっか」

 

 はぁ、と少女がため息を零す。そうしてから、ほな、と呟いた。

 

「続きやろか、社長。そういうことならウチも容赦はせんよ」

「ふん、来るがいい」

 

 海馬が応じ、更なる手を進める。それを見つめながら、ふと、少女は思った。

 

(多分、DMの環境は大きく変わる)

 

 混乱が生まれるかもしれないし、多くの変化が訪れるだろう。

 だが、大丈夫。きっと、大丈夫だ。

 これは、未来のために必要なこと。

 

(――なぁ、祇園)

 

 小さな頃からずっと一緒にいた、あの少年のことを思い出す。

 強いくせに自信がなくて、いつも必死に頑張っていた彼を。

 そんな彼を見てきたから……だから、私は。

 

(待ってるよ)

 

 この世界で、ずっと。

 あの日交わした約束を、彼が果たしてくれるのを。

 ずっと、ずっと――……






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第二話 新たな出会いと青の洗礼

 太陽が容赦なく照らしつけてくる船の上で、一人の少年がのんびりと海を眺めていた。周囲では同じ学校の生徒となる者同士の会話が行われているが、少年がそこに加わろうとしている様子はない。

 いや……加われない、というのが正しい表現なのかもしれない。何故なら――

 

(……し、初対面の人にどうやって話しかけたらいいんだろう……?)

 

 傍目からはただぼぉっ、と海を眺めているだけのようにしか見えないが、そんなことを思っている本人は冷や汗で一杯である。

 夢神祇園。筆記試験は81番と決して良好な成績ではなかったが、その後の実技試験でLPを一ポイントを削られることなく、上級ドラゴンを一気に複数体召喚して勝利した少年だ。

 ステータス至上主義が跋扈する現在、彼のように上級モンスターを大量展開することは素直な評価の対象となる。また、超が付くようなレアカードである『真紅目の黒竜』を所有していることも彼を注目の的にする要因としては十分だ。

 ……もっとも、本人はそんなことを望んでいない上に別のとある新入生がよりインパクトのあることをやらかしているので、まだそこまで注目はされていないのだが。

 ――まあ、いずれにせよ。

 

(うう、頑張れとは言われたけど……)

 

 アカデミアは全寮制の学校だ。三年間、長期の休みで家に帰ること以外はずっと陸の孤島で過ごすことになる。そんな場所で友達がいないというのは……正直、かなり辛い。

 頑張ろう、と小さく呟く。その時だった。

 

「あー! いたいた! なあなあ、お前だろ!? 『真紅の黒竜』を使った奴って!?」

 

 いきなり茶髪の少年が大声でこちらへと駆け寄ってきた。何事かと視線を向けると、酷く興奮した様子でこちらを見ている。

 

「いやー、探したぜ! 数十万円もするレアカードなんてそうそう見れねぇしな! くー、俺もあの場に居たかったぜ!」

 

 ……えっと、何事だろう。

 おそらく、この少年は自分が持つ『真紅の黒竜』に興味があるのだろう。それについては気持ちもわかる。正直、今でも自分が持つのは気が引けるほどのレアカードなのだ。

 だが、それはともかくとして祇園としては何をどうしたらいいのかがわからない。少年の服装を見るに、自分と同じオシリスレッドの生徒らしいが……。

 

「じゅ、十代くん。相手も困惑してるッスよ?」

「そうだな、十代。とりあえず落ち着け」

 

 十代というらしいその少年の背後から、そんな言葉を紡ぎながら二つの人影が現れた。片方は気弱そうな眼鏡をかけた少年で、こちらはオシリスレッドの制服。もう一人は見るからに真面目そうな雰囲気を持つ、ラーイエローの青年だ。

 そんな二人の言葉を受け、十代は悪ぃ悪ぃ、と苦笑しながら謝る。そして、祇園へと視線を向けてきた。

 

「なぁ、デュエルしようぜ!」

「……いや、ええっと…………ええっ?」

 

 意味がわからず困惑する。確かに今の世の中困った時はデュエルは当たり前だが、それにしたって順序というものがある。祇園としては名も知らぬ相手にいきなりそんなことを言われては困惑するだけだ。

 そんな祇園の様子に気付いたのだろう。ラーイエローの青年が呆れ混じりに言葉を紡いだ。

 

「十代、まずは自己紹介くらいしたらどうだ? 初めまして、81番くん。俺は三沢大地だ」

 

 そう言って、三沢が自己紹介をしてきた。つられて、祇園も軽く頭を下げる。

 

「えっと、夢神祇園です。81番っていうのは……受験番号?」

「ああ。名前を知らなかったからな」

「俺は遊城十代! よろしく頼むぜ祇園!」

「ぼ、僕は丸藤翔ッス」

 

 三沢の言葉を切るように自己紹介をする十代と、それに追随する形で自己紹介をする翔。祇園は、えっと、と三人を見回しながら言葉を紡いだ。

 

「三沢君と遊城君と丸藤君……だね。うん、覚えた」

「十代で良いぜ祇園」

「僕も翔で良いッスよ。お兄さんがいるし……」

 

 早速祇園のことを呼び捨てにしながら言う十代と、苦笑しながら言う翔。祇園は、うん、ともう一度頷いた。

 

「それで、その……デュエル、だよね?」

「おう! 早速やろうぜ!」

 

 満面の笑み――まさしくそうとしか表現できない笑顔でそんなことを言う十代。そのままデュエルディスクを構えようとするが、そんな十代に祇園がごめんね、と謝った。

 

「その……僕、デュエルディスクを持ってないんだ」

「え、そうなのか?」

「うん。試験の時も貸出し用のを借りてて……アカデミアに行けば支給されるはずなんだけど。だから今はちょっとできないかな?」

 

 ごめんね、ともう一度軽く頭を下げる。デュエル自体は好きだし、この人懐っこい同僚とデュエルをしたいとも思う。だが、自分はデュエルディスクを持っていないのだ。ディスクなしでもデュエルはできるが、それでは少し味気ないだろう。

 十代はそっか、と頷くと、じゃあ、と言葉を作った。

 

「向こうに着いたらすぐやろうぜ!」

「うん。楽しみにしてる」

 

 頷く。丁度その時だった。

 船の汽笛が鳴り響く。――到着の音。

 

 ――デュエルアカデミアに、着いたのだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 学校に着くと、ほとんど間を開けることなく入学式が始まった。十代は祇園とデュエルできる時間がないことを残念がっていたが、デュエル自体はいつでもできる。同じ寮生なのだし、これからは関わることも多くなるだろうからだ。

 祇園としても十代とデュエルできないのは残念だったが……まあ、それは仕方ないだろう。

 そして校長先生のある意味恒例とも呼べる長いありがたいお話。ほとんどの生徒が聞いておらず、十代などは舟を漕いでいるそれが終わると同時に、中等部からの持ち上がり組だという青い制服のメンバーが行動を出て行き始める。どうやら終わりのようだ。

 祇園もその人の波に逆らうことはせず、校舎内へと向かう。入学式のある今日は授業がないのでほとんどの生徒が寮へ向かうのだが、祇園は中に用事がある。

 

「ええと……食堂は……」

 

 校内案内図を見ながら、祇園はそこへ辿り着く。校舎内に設置されたその食堂は、普段は昼食時に使われるものなのだろう。初日である今日は、関係者の姿しかない。

 祇園は周囲を見回すと、賞品を並べている女性を見つけた。その女性の傍まで歩み寄り、すみません、と声をかける。

 

「こちらの、トメさんという方は……」

「ん? おや、新入生かい。トメ、というのは私だよ。悪いけど販売は明日からでねぇ。今日は何も売ることができないよ?」

「あ、いえ。そうではなくて……あの、僕は夢神祇園といいます。こちらで働かせてもらうために来たのですが

……」

 

 緊張が先に立ってしまい、少し声のトーンが落ちた状態で言葉を紡ぐ。すると、トメはああ、と頷いた。

 

「あんたが祇園ちゃんか。鮫島校長から聞いてるよ。学費のためにここで働くんだって? 感心だねぇ」

「は、はい。よろしくお願いします」

 

 祇園は頭を下げる。良かった。どうやらちゃんと話は通っていたらしい。

 祇園は諸々の事情のこともあり、奨学金以外にアカデミアの食堂でアルバイトをすることで学費を稼ぐ許可を特別に貰っている。合格通知が来た際に添付されていた資料――そこにあった『購買部でのアルバイト』に応募したのだ。アカデミアの校長である鮫島とは一度その関係で面接も受けている。その時聞いたことによると、アルバイトを希望する生徒は今年は祇園だけ。ここ数年は誰もいなかったらしい。

 まあ、そもそもの対象が高校生である上に資料の端の方に小さく書かれているだけの事項だ。気付かない人も多いだろうし、祇園のようにお金に困っているのでもなければ応募はしないだろう。

 トメは祇園の緊張した様子を見ると、あはは、と笑い声を上げた。

 

「そんな緊張しなくてもいいよ。鮫島校長からは良い子だって聞いてるしね」

「あ、ありがとうございます。それで、その……業務内容は?」

「基本的には購買の販売、その手伝いをしてもらうことになるね。といってもお昼休みと、放課後の二時間ぐらいが中心になるとは思うけどね。ああ、お給料については心配しないでおくれ」

「……わかりました。朝などはどうすれば……?」

「基本的に前日に準備は終わらせるし、朝方は子供たちも来ないから大丈夫だよ。ただ、一番多いお昼時に来てもらうことになるから、昼食の時間は遅くなってしまうけど……」

 

 大丈夫かい、とトメが聞いてくるが、それぐらい問題ない。多くの事情により、十三歳の頃から多くの苦労をしてきた祇園としては昼食の時間がずれることなど気にもならない。

 

(……そもそも、昼食を食べることのできる日もそう多くなかったし)

 

 今更のことだ。彼女と会うことが少なくなってから、より一層そういう日が増えたとも思う。……本当に、今更だ。

 

「はい。大丈夫です」

「そうかい。それなら安心だ。明日から、午前中の授業の最後の十分くらいになったら来ておくれ。先生方には話を通してあるはずだからね」

「わかりました。よろしくお願いします」

 

 頭を下げる。人と関わるのは苦手だが、こうして相手と自分の立場がはっきりしている場合は話が別だ。祇園が苦手なのは、人との距離である。仕事、という状況なら立場が明確になるため、やり易い。

 

「まあ、今日のところは特にやることもないから……明日から、よろしく頼むよ?」

 

 はい、と祇園は頷き。

 最後にもう一度だけ頭を下げ、部屋を出た。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 そうして、今日一番の懸念事項をどうにか終えた祇園は、何やら大きなドームに来ていた。レッド寮に向かっていたのだが……どうも、道を間違えたらしい。

 幸い人通りのない場所ではないようなので、最悪道行く人に聞けばいい。そんなことを思い、ドームに入ろうとする祇園。その背に、声がかけられた。

 

「ちょっと待ちなさい」

「…………!?」

 

 いきなり声をかけられたため、驚きで身が竦んでしまう。振り返ると、オベリスク・ブルーの制服を着た女生徒が二人、背後に立っていた。

 

「えっと……」

 

 周囲を見回し、祇園は確認する。人違いではない。どうやら相手は自分のようだ。

 それを確認すると、改めて祇園は二人を見た。一人は茶髪の、背の高い気の強そうな女生徒だ。どことなく〝彼女〟と雰囲気が似ている。

 もう一人は、蒼い髪をツインテールにした……どことなく、妖艶な雰囲気を纏う女生徒だ。険しい表情をしている茶髪の女生徒に対し、こちらは微笑を浮かべている。

 

「あの、何か……?」

「あなた、新入生ね? 上級生ならここに近付かないはずだし……」

 

 険しい表情のまま、そんなことを言う茶髪の女生徒。祇園としてはどうしたらいいかわからない。そんな祇園の様子を見かねてか、ツインテールの女生徒が口を開いた。

 

「ふふ、明日香? そこの坊やが困ってるわよ?」

「雪乃……。まあ、とにかくここへは近付かない方がいいわ。あなたも余計なトラブルに巻き込まれたくないでしょう?」

 

 明日香、というらしい茶髪の女生徒の言葉に、祇園は頷く。確かにトラブルは御免だ。ここは言う通りにした方がいいだろう。

 ならば、レッド寮へはどう行けばいいのか――そんなことを祇園が聞こうとした時。

 

「――――!!」

 

 中から大声が響いてきた。明日香の表情が険しくなる。

 

「……本当に、ろくでもない……!」

 

 吐き捨てるような調子でそう言うと、明日香がスタジアムへと入っていく。雪乃、というらしい女性が、祇園の方へと視線を向けた。

 

「折角だし、坊や。アナタも来なさい?」

「え、ですけど……」

「ふふ」

 

 逡巡する祇園に、どこか妖艶な笑みだけを残す雪乃。そのまま、彼女は明日香を追って行ってしまう。

 祇園はそんな雪乃の背を見送り、次いで、迷いと共にその背を追いかけた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 中に入ると、祇園にとって見覚えのある二人――遊戯十代と丸藤翔が三人のブルー生に絡まれている光景が目に入った。翔はその状況にオロオロしているが、十代は祇園の姿を見ると気さくに声をかけてくる。

 

「おっ、祇園じゃないか。どうしたんだこんなところで?」

「僕はレッド寮に向かう途中で……それより、十代くんたちはどうしたの?」

「ああ、何かここはオベリスク・ブルー専用の場所だとか万丈目に言われてさ」

「さん、だ! ドロップアウト!」

 

 三人の中心にいるブルー生が、怒りも露わに十代へ訂正を迫る。どことなく嫌な雰囲気だ。こちらを見下しているというか、何というか……。

 

「万丈目くん、これはどういうことかしら?」

「天上院くんか。何、ドロップアウトに礼儀を教えていただけだよ。……おい、行くぞお前たち」

 

 取り巻き二人に指示を出し、スタジアムを出て行く万丈目。それを見送ってから、明日香が吐き捨てるように言った。

 

「関わらない方がいいわよ。あいつら、本当に碌でもないんだから……!」

「ふふっ、確かにあまり気持ちのいいものでもないわねぇ……」

 

 明日香の言葉に、どこまで本気かわからない口調で頷く雪乃。明日香の言っていたトラブルの意味がよくわかった。成程、確かに面倒事だ。

 ここにはあまりちかづかないようにしよう――そう決める祇園。そんな祇園の耳に、ふーん、と十代があまり興味なさそうにあげる声が届いた。

 

「ま、いっか。サンキューな。ええと……」

「明日香よ。天上院明日香」

「雪乃。藤原雪乃よ、坊やたち」

「俺は遊城十代! よろしくな!」

「ま、丸藤翔ッス……」

「……夢神祇園です」

 

 それぞれの自己紹介。それを終えると、明日香と雪乃もドームを出て行った。歓迎会の時間が近いのだとか。

 それを聞き、祇園たちもドームを出る。その帰り道、十代からデュエルの申し出を受けたが……時間がないので断った。本当に、どうもタイミングが悪いものである。

 苦笑と共にそんなことを呟き、祇園は歩き出した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 必要単位数が少なく、それ故に劣悪とされるレッド寮。それは誇張でもなんでもなく、事実そのものだった。

 プレハブ小屋のような寮に、質素な食事。食事については祇園にとってむしろ豪勢とも呼べるレベルだったのだが、他の生徒たちは違うらしい。

 改めて、自分の生活が色々とおかしかったのだとぼんやりと納得する。……別に不幸とも思っていないから、どうでもいいのだが。

 そして、祇園の部屋は一人部屋だった。正確には二人部屋なのだそうだが、会い方となる人物は寮長である大徳寺先生によると事情があっていないということらしい。大徳寺の言い回しから別に深刻なことではないということはわかったし、いずれ帰ってくるだろうという判断だ。

 まあ、十代たちの部屋は三人部屋だというし、祇園は幸運なのだろう。そんなことを一人で納得し、明日のことを考えて早く寝ようとした時だった。

 

「なぁ祇園! これを見てくれ!」

「――――ッ!?」

 

 十代がノックもせず、いきなり部屋に入って来た。驚きで、身が竦む。

 

「じゅ、十代くん? どうしたの?」

「見てくれよこれ!」

 

 そう言って十代が差し出してきたのはPDAだ。見れば、そこには差出人不明の文面が載っている。

 ちなみに祇園はPDAを持っていない。本当の意味でメール機能と通話機能があるだけの簡易携帯しか持っていないのだ。基本使用料0円。冗談抜きでお金のない祇園にはありがたいアイテムである。

 

「えっと、『ドロップアウトボーイ、午前零時に決闘場で待っている。お互いのベストカードを懸けたアンティルールでデュエルだ。勇気があるなら来い。ははははははははははははははっ!!』……って、これ、誰からなの?」

「多分万丈目からだ」

「……行くの?」

「おう! 売られたデュエルは買うのがデュエリストだぜ!」

 

 当然、とばかりに言う十代。そのまま、十代は祇園にその輝くような視線を向けた。

 

「祇園も一緒に行こうぜ!」

「え、いや、僕は……」

「いいからさ! お前も強いデュエリストなんだろ!? だったら大丈夫だって!」

 

 何が大丈夫なのかが一切わからないが、祇園はそのまま十代に引っ張り出される。夜間の外出は禁止であるし、その上デュエルなど以ての外。余計な火種になりかねないというのに。

 だが、そもそもから気が強くない祇園に十代に逆らう気概があるはずもない。そのまま引っ張られて行く。

 

「待ってろ万丈目!」

 

 意気揚々と走り出す十代の横で、祇園はこっそりとため息を吐くのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 指定された場所に十代、翔と共に祇園が赴くと、すでに向こうはその場で待ち構えていた。昼間、ドームで十代と翔の二人に絡んでいた三人組だ。

 

「ふん、臆せずに来たようだなドロップアウトボーイ」

「売られたデュエルは買うのが俺の主義だからな」

 

 万丈目の言葉に、そう返す十代。やる気があるのはいいことだが……祇園としては、正直関わり合いになりたくない。

 

「はぁ……」

「夢神くん、どうしたッスか?」

「僕は別に、デュエルが強いわけでもないから……まあ、見てるだけでいいならそれでもいいけど……。丸藤くんは、怖くないの?」

 

 まだ気後れはあるが、歓迎会の際にレッド寮のメンバーに対しては祇園もある程度距離が測れるようになっているため、翔に対して普通に言葉を返す。特に十代などは人懐っこく話しかけてくれるので、ありがたかった。

 ……まあ、それでも不安は多くあるのだが。やはり、人と関わることは苦手だ。

 

「翔でいいッスよ? 僕もデュエルはまだ未熟ッスけど……十代のアニキなら大丈夫ッスよ!」

「……そっか。確かにそうかもしれないね」

 

 歓迎会の際に聞いた、入学式における十代のタクティクス。実技の最高責任者を入学試験で倒したのだから、その実力はかなりのものだろう。

 まあ、今回自分は見ているだけだろう。なので、実はあんまり心配することはないのかもしれない。

 そんなことを思いながら、祇園は万丈目たちの方を見る。すると、ふん、と万丈目が鼻を鳴らした。

 

「やはりドロップアウトだな。自分の実力も理解していないのか。この俺は未来のデュエルキングになる男だぞ? 貴様ら如きが勝てるわけがなかろう」

「デュエルキング……?」

 

 思わず、といった調子で祇園が呟く。その言葉に反応し、万丈目が鷹揚に頷いた。

 

「巷では最年少プロデュエリストなどと呼ばれている女がいるが、あんなものはただのお飾りだ。見た目だけで大した実力もないプロデュエリストなど、この俺の足下にも及ばん。あの程度の実力でプロになれるのなら、この俺がデュエルキングになるのも道理だ」

「…………」

 

 高々と笑う万丈目に対し、祇園の表情が硬くなっていく。そのまま、祇園は無意識に一歩を踏み出した。最年少プロデュエリスト――そう呼ばれる人物は、一人しかいない。そしてその一人は、祇園にとって大切な人だ。

 万丈目がどれだけの実力を有しているのかは知らない。しかし、そんなことはもうどうでも良かった。

 デュエルディスクを構える。支給品であるそれは、真新しい新品のものだ。それを携え、十代の前に出る。

 

「おい、祇園?」

「……ごめん、十代くん。僕に任せてくれないかな?」

 

 祇園は万丈目を見据える。すると、取り巻きの一人が声を上げた。

 

「万丈目さん! そいつは俺にやらせてください!」

「ふん。いいだろう」

 

 万丈目が一歩下がり、取り巻きが前に出てくる。祇園は、静かな瞳でその取り巻きを見据えた。

 

「……別に、僕のことについてなら何と言われようと構わない。カード一枚、まともに買えないような人間なんだから。でも、〝彼女〟を馬鹿にすることは……許さない」

「ふん、吠えるなドロップアウト!」

「いいよ、もう。……やろう」

 

 互いにデュエルディスクを構え、そして正面から向き合う。

 

「「決闘(デュエル)!!」」

 

 宣言が行われ、二人がそれぞれの手札を引く。先行は……祇園。

 

「僕のターン、ドロー。……僕は『ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―』を守備表示で召喚。更にリバースカードを三枚セット。ターンエンド」

 

 ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―☆4・闇 攻/守1500/1100

 

 祇園が信頼を置くカードの一枚である、金髪の髪をポニーテールにした女性が片膝をついた状態で現れる。取巻

が馬鹿にしたような声を上げた。

 

「ふん、何かと思えばそんな雑魚モンスターを召喚するだけとはな。俺は『ゴブリン突撃部隊』を召喚!」

 

 ゴブリン突撃部隊☆4・地 功/守2300/0

 

 下級モンスターの中では最高クラスの攻撃力を持つモンスターが現れる。後ろで翔がマズい、などという声を上げているが……祇園の表情に変化はない。

 

「バトル! ゴブリン突撃部隊で攻撃!」

 

 攻撃を受け、ドラゴン・ウイッチが破壊される。リバースカードの発動は……ない。

 

「それだけのカードを伏せておいて、何もないとはな。俺はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ! エンドフェイズ時にゴブリン突撃部隊は守備表示になる!」

 

 かかって来い――そんな表情でこちらを見てくる取巻。そして祇園がカードをドローした瞬間、一人の女生徒の声が響き渡った。

 

「あなたたち、何をしているの!?」

 

 現れたのは、天上院明日香だった。彼女の登場を受け、万丈目が自慢するように言葉を紡ぐ。

 

「天上院くんか。なに、ドロップアウト共に現実を教えてやっているだけだよ」

「時間外の外出は禁止されているはずよ! 今すぐ止めなさい!」

「――大丈夫です、天上院さん」

 

 呟くように、祇園が言った。えっ、と明日香が声を上げる。

 

「もう、終わりますから」

 

 そしてそのまま、祇園はディスクにカードを差し込む。

 

「相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない時、攻守を半分にして特殊召喚できる。『バイス・ドラゴン』を守備表示で特殊召喚」

 

 バイス・ドラゴン☆5・闇 功/守2000/2400→1000/1200

 

「ははっ! トラップカード発動! 『最終突撃命令』! これにより、その雑魚と俺のゴブリン突撃部隊を攻撃表示にする!」

 

 攻撃表示になるそれぞれのモンスター。その様子を見て、万丈目が嘲笑交じりの声を上げた。

 

「上級モンスターをわざわざ弱くして召喚とは。やはりドロップアウトか」

 

 オベリスク・ブルーの三人が笑い声を上げ、十代が「祇園!」と心配そうな声を上げる。しかし、こんなものはピンチでもなんでもない。

 

「……僕はバイス・ドラゴンを生贄に捧げ――『ヘルカイザー・ドラゴン』を召喚!」

 

 灼熱の溶岩が出現し、その全てを突き破りながら、一体の竜が現れる。

 

 ヘルカイザー・ドラゴン☆炎6攻/守2400/2000

 

 現れたドラゴンに、取巻きが目に見えて動揺する。それも当然だろう。現れたのは、彼が絶対の信頼を以て召喚したゴブリン突撃部隊を上回る攻撃力を持ったモンスターなのだから。

 

「凄ぇ! 何だあの格好いいドラゴン!」

 

 十代が興奮した声を上げる。その声で調子を取り戻したのか、取巻が声を上げた。

 

「ふ、ふん! それがどうした! そんなドラゴン、すぐに破壊して――」

「悪いけど、次のターンは来ないよ。リバースカードオープン、装備魔法『スーペルヴィス』。これはデュアルモンスターにのみ装備できる。装備したモンスターをデュアル状態にする。ヘルカイザー・ドラゴンのデュアル効果は、『一度のバトルフェイズに二回攻撃ができる』こと」

「な、何だと!?」

 

 デュアルモンスター……既に場に存在するモンスターをもう一度召喚権を使って召喚し直すことで、特殊な効果を得るモンスター群だ。二度手間がかかると言われたり、下級のモンスターの場合は攻撃力が低いこともあって採用され辛いモンスターだが、一度嵌れば強力な効果を発揮する。

 更に言えば再度召喚する前と墓地に存在する時は通常モンスター扱いとなるので、通常モンスター用のサポートカードの恩恵も受けられる。そういう意味で、十分に強力なカードだと祇園は思っている。

 もっとも、祇園のデッキに入っているデュアルモンスターはこのヘルカイザー・ドラゴンともう一枚ぐらいなのだが。

 

「くっ……だが、それでも俺のライフは残る!」

「……リバースカードオープン、永続罠『リビングデッドの呼び声』。この効果により、ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―を蘇生」

 

 攻撃力1500のドラゴン・ウイッチが特殊召喚される。ヘルカイザー・ドラゴンの二回攻撃と、ドラゴン・ウイッチの攻撃。これで丁度ライフを削り切れる。

 

「バトル! ヘルカイザー・ドラゴンで攻撃! ゴブリン突撃部隊を粉砕し、もう一度攻撃! ドラゴン・ウイッチでトドメ!」

「ぐっ、くそっ、くそっ、くそっ! この俺がドロップアウトにィィィッ!!」

 

 取巻が叫ぶが、祇園は気にしない。

 

 取巻 LP4000→3900→1500→0

 

 ライフが0になり、取巻が項垂れる。祇園はその姿を一瞥すると、背を向けて十代たちの方へと歩み寄った。翔と明日香は驚愕の表情を浮かべ、十代は表情を輝かせている。

 

「わ、ワンターンキル……」

「まさか、あんな一瞬で……」

「凄ぇ! お前強いな祇園!」

「……たまたまだよ。手札も良かったから。普通はこうもいかない」

 

 苦笑を零し、そう応じる。最後に伏せていた一枚は『王宮のお触れ』。『聖なるバリア―ミラーフォース―』等が伏せられていた時の保険だったが……上手くいって良かった。

 

「お前ともデュエルしてみたいぜ!」

「うん。だけど、十代くん。その前に……」

「ああ! デュエルだ、万丈目!」

 

 祇園の言葉に頷くと、すぐさま十代は万丈目と相対する。本当に元気な少年だ。

 

「さん、だ! ドロップアウト!」

 

 万丈目がそう怒鳴り、二人がデュエルを始める。先程のデュエルのおかげで大分感情が落ち着いてきた。正直、今更だが良くあんな攻撃的な台詞を吐いていたものだと思う。

 

「……あなた、凄いわね」

「……偶然です。僕なんて、まだまだですから」

 

 明日香の言葉に苦笑を返す。そう、自分など本当にまだまだだ。〝彼女〟には、全くと言っていいほど及ばない。

 明日香はそんな祇園の言葉をどう受け取ったのか、微笑を浮かべて言葉を紡ぐ。

 

「明日香でいいわよ。敬語も無し。同じ学年なんだから」

「え、あ、はい」

 

 頷く。しかし、改めて見ると本当に美人な人だな……などと、呑気なことを思う。だがまあ、今はそんなことよりも二人のデュエルだ。

 二人へ視線を向ける。そして――

 

 

 ――結論から言えば、十代と万丈目の決着は着かなかった。

 

 

 万丈目の場に『地獄将軍メフィスト』が召喚され、最後のドローを十代が行ったところで、明日香が警備員の気配に気付く。全員でその場から逃げ出した。

 その帰り道、十代に最後のカードは何だったのかと問う。すると、笑みを浮かべて十代はそのカードを見せてきた。

 

「『ミラクル・フュージョン』……?」

「墓地には『E・HEROフレイム・ウイングマン』と『E・HEROスパークマン』がいたからな。これで俺の勝ちだぜ!」

 

 楽しげに言う十代。そんな姿を見て、祇園も思わず笑みを零す。

 あの状況でこんなカードを引くとは……本当に、凄まじいドローである。

 

「……十代。面白い男ね」

 

 別れ際、明日香がそんなことを呟いていたのが……妙に、印象に残った。



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第三話 英雄VS黒竜、……覗きという名の青春?

「ドローパン二つお願い!」

「はい、二つで210円です!……丁度お預かりします、ありがとうございました!」

「Aセット頼むわ!」

「はいっ! Aセット一つ入りました!」

「カードパック欲しいんだけど……」

「はい、こちらになります! どれになさいますか!?」

 

 デュエルアカデミアの昼食時における食堂は、最早戦場と呼んで差支えない場所だ。流石に育ち盛りの学生、そのほとんどが訪れるだけのことはある。食堂はいつも大賑わいだ。

 そんな中、本来ならばその喧騒に参加している立場であるオシリス・レッドの新入生――夢神祇園は、逆に学生たちの対応に追われる立場にあった。

 怒涛のような時間が過ぎていく。人見知りがどうなどという台詞は吐いていられない。

 

「次の方、どうぞ!」

 

 声を張り上げ、必死に業務に専念する。今日で始まってから二週間ほどだが、未だ目の回る忙しさだ。

 でも、それも全て食べていくためである。そう思い、祇園は力を込める。

 

 ――空腹を我慢することは、最早いつものことだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 昼食時のラッシュも終わり、ようやく落ち着いた頃。祇園は食堂の隅で遅まきながらの昼食に勤しんでいた。食堂ではテーブルを使ったデュエルが行われてたり、雑談に興じている者たちがいたりと如何にも『学食』といった雰囲気を醸し出している。

 そんな中、ようやく昼の業務を終えた祇園の昼食はおにぎりと牛乳パックが一つずつ。購買で余ったものを無料でもらい、それを食べている状態だ。高校生としてはあまりにも少ない量に思えるが、彼としてはこれが日常である。

 ちなみに祇園は普段から一人で食事をしていたのだが、それに気付いた十代、翔、その二人と同室である隼人、三沢などが食事中の雑談相手になってくれている。

 祇園としては申し訳ないと思う反面、嬉しくもあるため……どうにも微妙な気持ちになるのだが。

 

「しかし、前から思っていたが祇園。本当にそれで足りるのか?」

「え? う、うん。十分だけど……」

 

 食事時間、僅か五分。『食事=エネルギー補給』としか思っていない上に、それ以上のものを求めることができない祇園としてはこれで十分だ。そんな意図も込めて三沢の問いに答えたのだが、彼を含めた四人は微妙な表情をしている。

 

「いや、流石に俺はそれじゃ足りないぜ……」

「ぼ、僕もちょっと……」

「俺もなんだな……」

 

 ……そう言われても。祇園としては昼食など食べれない日の方が多かったのだから、これぐらいで十分なのだが。

 まあ、考え方の違いは仕方ない。どう考えても祇園の方が『異常』なのは明白なので、苦笑を零す。

 そうしていつもの雑談に興じる四人。基本的にはデュエルの理論を三沢が持ち出し、他の四人が好き勝手なことを言うという形が多い。もしくは十代主導のデュエル話。

 まあ、結局デュエルが多いのはご愛嬌というべきか。アカデミアがそういう機関である以上、仕方ないのだが。

 

「そういえば。十代、祇園。掲示板は見たか?」

「掲示板?」

「えっと、見てないけど……」

 

 何か重大な連絡事項があっただろうか? そんな意味も込めて翔と隼人にも視線を向けるが、二人も知らないと首を左右に振る。

 三沢は笑みを浮かべると、いや、と楽しげに言葉を紡いだ。

 

「実技デュエルが授業で行われるのは知っているな? ランダムでデュエルの組み合わせが毎時間決められるヤツだ」

「うん。僕はまだ出たことないけど……」

「僕もないッス」

「俺は……前にあったんだな」

「俺は結構組まれる数が多いからあの授業好きだぜ!」

 

 快活に笑う十代。十代が選ばれる回数が多いのは、おそらくクロノス教諭が関係しているのだろうが……正直、そこについてはいちいち考えても仕方がない。十代自身は楽しそうだし、未だ無敗なのだから尚更だ。

 

「ああ。その授業だが、次回の組み合わせを見てみろ」

「へぇ、どれどれ……」

 

 三沢がプリントアウトされた紙を机の上に広げ、十代がそれを覗き込む。本当に三沢は準備のいい男だ。

 記されているのは三組。今回はオベリスク、ラー、オシリスがそれぞれの寮の生徒同士で戦うことになるようだ。まあ、普段の十代のようにオベリスク・ブルーの生徒とばかりデュエルしている方がおかしいのだが。

 ちなみに、組み合わせは。

 

『 オベリスク・ブルー 一年 藤原雪乃 VS オベリスク・ブルー 一年 原麗華

 

  ラー・イエロー 一年 扇隆正 VS ラー・イエロー 一年 神楽坂      』

 

 藤原雪乃、という名に祇園は目を引かれる。前に会った……天上院明日香と一緒にいた女生徒だ。雰囲気から年上、若しくは先輩と思っていたのだが違うらしい。

 そんな妙なところに感心していると、おい、と十代が祇園の背中を叩いてきた。見れば、十代は満面の笑みを浮かべている。

 

「こりゃ午後が楽しみだぜ!」

 

 立ち上がり、両の拳で大げさにガッツポーズをして見せる十代。祇園はプリントの一番下へ視線を送り、うん、と頷いた。

 

「そういえば、結局できていなかったもんね。……よろしく、十代くん」

 

 プリントに記された対戦表。

 それを見、祇園も微笑む。

 

『 オシリス・レッド 一年 遊城十代 VS オシリス・レッド 一年 夢神祇園』

 

 英雄と竜。数多の物語で描かれてきた戦いが、決闘という形で新たに記される。

 祇園は、そっと腰のデッキケースを優しく撫でた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「それで~は、実技を始めるノ~ネ」

 

 今日の担当であるクロノスの言葉を受け、祇園はデュエルリングに上がる。個人的にはプロデュエリストを弟に持つ響緑(ひびきみどり)先生の方が良かったのだが――クロノスは贔屓が多く、どうもやり辛い――それは言っても仕方がないだろう。

 それに、今回は外野など気にしていられる相手ではない。

 

「へへっ、やっとお前とやれるなんてな。ワクワクするぜ!」

 

 満面の笑みでデュエルディスクを構える十代。その笑顔を見ると、こちらもついつい笑顔になる。

 

「うん。僕もだよ。――手加減はなしだ。いくよ、十代くん」

「おう! 来い、祇園!」

 

 すでに他の二組は終わっており、これが本日最後の授業だ。それもあってか、観客は多い。

 しかし、既にそんなものは意識の外。目の前の相手を見据えなければ、できることなどない。

 

「それでは、開始でス~ノ!」

「「決闘!!」」

 

 デュエルディスクが先攻後攻を決める。先行は――十代!

 

「俺のターン、ドロー! へへっ、行くぜ祇園! 俺は『E・HEROクレイマン』を守備表示で召喚!」

 

 E・HEROクレイマン ☆4・地 攻/守800/2000

 

「さらにカードを一枚伏せ、ターンエンドだ!」

「僕のターン、ドロー」

 

 十代のフィールドには、守備力2000のモンスターが一体と伏せカード。……ドラゴンデッキであるならば、超えられないわけではない。しかし、手札のカードにあれを突破するカードがないのも事実。

 ならばどうするか――答えは、『デッキから持ってくる』こと!

 

「伏せカードを警戒していても始まらない……! 相手フィールドにモンスターが存在し、自分フィールドにモンスターが存在しない時、このカードは攻守を半分にして手札から特殊召喚できる! 『バイス・ドラゴン』を特殊召喚! 更に手札から『エクリプス・ワイバーン』を召喚!」

 

 バイス・ドラゴン ☆5・闇 攻/守2000/2400 → 1000/1200

 エクリプス・ワイバーン ☆4・光 攻/守1600/1000

 

「凄ぇ! 一気にドラゴン二体かよ! けど祇園、その二体じゃ俺のクレイマンの守備力は超えられないぜ!?」

「うん。だから、今から呼び出すよ。僕は手札から、魔法カード『ドラゴニック・タクティクス』を発動!」

 

 直後、フィールドにチェス盤のような文様が現れた。その中心に存在していたバイス・ドラゴンとエクリプス・ワイバーンが吸い込まれ、一個の巨大なチェスの駒になる。

 

「このカードは自分フィールド上のドラゴン族モンスター二体を生贄に捧げ、デッキからレベル8のドラゴン族モンスターを特殊召喚する魔法カード。僕はデッキから――『ダーク・ホルス・ドラゴン』を特殊召喚!」

 

 ダーク・ホルス・ドラゴン ☆8・闇 攻/守3000/1800

 

 チェスの駒が割れ、そこから漆黒の竜が現れる。攻撃力3000という、かの『ブルーアイズ・ホワイトドラゴン』と並ぶその破壊的な攻撃力に観客がざわめき出す。

 

「攻撃力3000!? 凄ぇな祇園! そんなドラゴンも持ってたのか!」

「『レッドアイズ』と合わせて僕のデッキに四体いる最上級ドラゴンの一角だよ。効果モンスターなんだけど……いまは発動できないし、置いておくね。その前に墓地へ送られたエクリプス・ワイバーンの効果発動。デッキからレベル7以上の闇か光属性のドラゴン族モンスターをゲームから除外し、墓地のエクリプス・ワイバーンが除外された時、そのカードを手札に加える。僕はデッキから『ダーク・アームド・ドラゴン』をゲームから除外する」

 

 これで準備が整った。祇園は、クレイマンに狙いを定める。

 

「いけ、ダーク・ホルス・ドラゴン!」

 

 叫び声を上げ、敵を粉砕するダーク・ホルス・ドラゴン。下級ヒーローでは随一の守備力を持つクレイマンも、3000という数字は耐え切れない。

 

「ぐうっ!? けど、この瞬間トラップカード発動! 『ヒーローシグナル』! デッキからレベル4以下のE・HEROを特殊召喚! 俺はデッキから『E・HEROスパークマン』を特殊召喚するぜ!」

 

 E・HEROスパークマン ☆4・光 攻/守1600/1000

 

 紫電を纏ったHEROが現れる。それを見て、んー、と祇園は考え込む仕草を見せた。

 

「『攻撃の無力化』とかかと思ったんだけどな……。まあ、仕方ないか。僕はリバースカードを二枚セット。ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー! へへっ、祇園。やっぱり凄ぇなお前。まさか一ターン目から攻撃力3000のモンスターが出てくるとは思わなかったぜ」

「そういうコンセプトのデッキだから。……それに、十代くんならすぐにこの状況をひっくり返すよね?」

「ああ、行くぜ! 俺は手札から装備魔法『スパークガン』をスパークマンに装備! このカードは三回まで相手フィールド上のモンスターの表示形式を変更できる! ダーク・ホルス・ドラゴンを守備表示に!」

「しまった……!」

 

 ダーク・ホルス・ドラゴンが守備表示となり、翼を折りたたんだ状態になる。その攻撃力こそ3000と強大だが、守備力は1800とやや低い。そして、祇園が思っている通りなのだとしたら――

 

「更に『融合』を発動! 手札の『E・HEROフェザーマン』と『E・HEROバーストレディ』を融合! 現れろ、マイフェイバリットヒーロー! 『E・HEROフレイム・ウイングマン』!」

 

 E・HEROフレイム・ウイングマン ☆6・風 攻守2100/1200

 

 竜の腕を持つHEROが現れる。破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与えるという凶悪極まりない効果を持つ、入学試験でクロノスを倒したHEROだ。

 

「行くぜ祇園! 俺はスパークマンを攻撃表示にし、バトル! フレイム・ウイングマンで――」

「させない! トラップカード発動、『和睦の使者』! このターン僕のモンスターは戦闘では破壊されず、また、戦闘ダメージも受けない!」

「なっ!?」

 

 トラップカードを発動すると共に現れた使者たちが、フレイム・ウイングマンの攻撃を受け止める。危ないところだった。これがなければ、正直負けていた。

 

「くっ、俺はターンエンドだ」

 

 悔しげにターンエンドを宣言する十代。それはそうだろう。こちらには健全な状態のダーク・ホルス・ドラゴンが残ってしまったのだから。

 

「僕のターン、ドロー。……ダーク・ホルス・ドラゴンを攻撃表示に。――バトル! スパークマンへ攻撃!」

「何だって!? ぐっ!?」

 

 十代 LP4000→2600

 

 スパークマンが破壊され、攻撃力の差分のダメージが十代のLPから引かれる。周囲から疑問の声が上がった。

 

『……おいおい、何で弱い方を攻撃したんだ?』

『プレイミスだろ、間違いなく』

『流石オシリス・レッドだな』

 

 主にオベリスク・ブルーの方から嘲笑するような声が響いてくる。だが、祇園は澄ました表情のままだ。そして、そんな彼の内診を代弁するように三沢が口を開く。

 

「いや、今の祇園の選択肢に間違いはない」

「えっ、どういうことッスか三沢くん? アニキのフレイム・ウイングマンを破壊した方が良かったんじゃ……」

「いや、この場合は『スパークガン』を装備したスパークマンの方が厄介だ。ダーク・ホルス・ドラゴンはその攻撃力こそ強大だが、守備力は1800。下手をすれば下級モンスターに破壊される守備力しかない。祇園の伏せカードにもよるが、それこそいつでも破壊できる上にスパークガンなしで現状ダーク・ホルス・ドラゴンをどうにかする方法のないフレイム・ウイングマンより、スパークガンを装備したスパークマンの方が危険。当たり前のタクティクスだよ」

 

 当たり前、という三沢の言葉に、周囲のブルー生たちが表情を厳しいものにする。祇園は、ふう、と息を吐いた。

 

「僕はターンエンドだよ、十代くん」

「へへっ、流石だな祇園。だが、ヒーローはまだ死んじゃいないぜ。俺のターン、ドロー!……くっ、俺はリバースカードを一枚セット、フレイムウイングマンを守備表示にしてターンエンド!」

「僕のターン、ドロー」

 

 祇園の手札はこれで三枚。場にはダーク・ホルス・ドラゴンと、伏せカード。対し、十代の手札は一枚。フィールドのカードはフレイム・ウイングマンと伏せカードが一枚。

 状況的にはこちらが明らかに有利だ。だが、油断はできない。相手は凄まじいドロー力を誇る、ある意味では『天才』と呼べる相手。ならば――

 

(――全力で、叩きに行く!)

 

「僕は手札から『ハウンド・ドラゴン』を攻撃表示で召喚!」

 

 ハウンド・ドラゴン ☆3・闇 攻守1700/300

 

 闇属性、レベル3の通常モンスターとしてはおそらく最高レベルの攻撃力を持つドラゴンだ。祇園は更に手札のカードをデュエルディスクに差し込む。

 

「魔法カード『古のルール』を発動! 手札からレベル5以上の通常モンスターを特殊召喚する! いくよ、十代くん!――『真紅眼の黒竜』を特殊召喚!」

 

 真紅眼の黒竜 ☆7・闇 攻守2400/2000

 

 咆哮を上げる、伝説に最も近い位置にいたデュエリストの相棒としても有名なカード。その存在感に、周囲の者たちから純粋な賞賛の声が上がる。

 だが、誰よりもその姿に興奮していたのはおそらく目の前のデュエリストだ。

 

「くーっ! 凄ぇ! 凄ぇぜ祇園! お前とのデュエル、めちゃくちゃ楽しいぜ!」

 

 普通なら絶望さえしてもおかしくないこの状況。しかし、十代は笑っている。祇園はそんな彼に対し、思わず微笑を零した。

 

「うん。僕も、本当に楽しいよ。だから、手加減はしない。――リバースカード、オープン! 『黒炎弾』! このカードはフィールド上に『真紅眼の黒竜』がいる時のみに発動でき、このターンレッドアイズが攻撃できなくなる代わりに攻撃力分のダメージを与える!」

「なっ!? ぐわっ!」

 

 十代LP2600→200

 

 十代のLPが、一気に危険域にまで落ち込む。祇園は、更に追撃の指示を出した。

 

「バトル! ハウンド・ドラゴンでフレイム・ウイングマンに攻撃!」

「くっ、だがフレイム・ウイングマンが戦闘で破壊された時、トラップカード発動! 『ヒーロー・シグナル』! デッキからレベル4以下のE・HERO一体を特殊召喚する! 俺は『E・HEROバブルマン』を守備表示で特殊召喚!」

 

 E・HEROバブルマン ☆4・水 攻/守800/1200

 

「そしてバブルマンの効果発動! フィールド上にこのカード以外のカードが存在しない時に召喚・特殊召喚に成功した時、カードを二枚ドローできる! 二枚ドロー!」

「なら、バブルマンをダーク・ホルス・ドラゴンで攻撃!」

「くううっ……!」

 

 二枚のドローを許したが、これで十代の場はがら空き。対し、祇園は手札こそないもののフィールドにはモンスターが三体。どう考えても圧倒的に有利なのは祇園である。

 ――しかし。

 

(……どうしてだろう。何となく、負ける気がする)

 

 本当に、これはただの勘だ。自分にできる上で最高のプレイングをした。しかしそれでも、遊戯十代というデュエリストはそれを超えてくる。そんな気がするのだ。

 そしてそれは――間違いではない。

 

「へへっ、楽しいぜ祇園。本当に楽しい。けどな、勝つのは俺だ! 俺のターン、ドロー!」

 

 十代 手札3→4

 

「行くぜ! 俺は手札から『強欲な壺』を発動! デッキから二枚ドローする!」

 

 ここでドローカードを引くところは、流石というべきか。祇園としては『必須』と言われるが故に値段が高く、持っていないカードである『強欲な壺』が羨ましいところだ。

 

 十代 手札3→5

 

「更に『融合回収』を発動! 墓地から『融合』と『フェザーマン』を手札に加える! 更に『天使の施し』! 三枚ドローし、二枚捨てるぜ!」

 

 十代 手札4→6

 

 手札が一気に六枚にまで増え、その上できっちりとキーカードである『融合』を手札に加え、更には墓地肥やしまで行う姿には祇園としても呆然とするしかない。おそろしいドロー力だ。サーチ関係のカードを一枚も使っていないというのに。

 

「そして墓地の『E・HEROネクロダークマン』の効果発動! このカードが墓地に存在する時、一度だけ生贄なしでE・HEROを特殊召喚できる! 来い、『E・HEROエッジマン』!」

 

 E・HEROエッジマン ☆7・地 攻/守2600/1800

 

 所謂『貫通効果』を持つ、現行のE・HEROの中では融合以外で最大の攻撃力を誇るHEROだ。光り輝く身体が、その身に秘めた破壊力を物語っている。

 

「更に、手札から『ミラクル・フュージョン』を発動! 墓地のフレイム・ウイングマンとスパークマンを除外し――現れろ、『E・HEROシャイニング・フレア・ウイングマン』!」

 

 現れたのは、白銀の身体と白銀の翼をもつHERO。そしてその効果を知っている祇園は、誰もがそのHEROを凝視する中、一人苦笑を零す。

 

「……惜しかった、なぁ」

 

 そう、ポツリと呟いた瞬間。十代がその視線をこちらへ向けてくる。

 

「シャイニング・フレア・ウイングマンの効果! このカードは墓地のHEROたちの数×300ポイント攻撃力を上昇させる! 墓地のHEROは五体! よって攻撃力が1500ポイントアップ!」

 

 E・HEROシャイニング・フレア・ウイングマン ☆8・光 攻/守2500→4000/2100

 

 その攻撃力はダーク・ホルス・ドラゴンを悠々と越え、更にはかの『神』と同等にまでパワーアップする。

 その姿を見て、嗚呼、と祇園は呟いた。

 

「――やっぱり、凄いな」

 

 何度も実技の度に見てきた、逆転のドロー。身を以て体感すれば、その凄さはよくわかる。

 

「行くぜ、祇園!」

 

 楽しそうな十代の笑顔。それを見ると、こちらも思わず笑ってしまうから不思議だ。

 

「バトル! エッジマンでレッドアイズに攻撃! 更にシャイニング・フレア・ウイングマンでダーク・ホルス・ドラゴンに攻撃だ!」

 

 逆らう術はなく、破壊される二体。そして、ここで終わらないのがHEROの恐ろしいところである。

 

「シャイニング・フレア・ウイングマンの効果発動! 破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える!」

「ぐううっ……!?」

 

 祇園 LP4000→3800→2800→-200

 

 一気にライフが削り取られ、ソリッドヴィジョンが消滅する。何となくデッキトップのカードを捲ってみると、次のカードは『ブラック・ホール』だった。

 もう一ターン……いや、十代の手札はまだ残っていた。結局、実力不足ということだろう。

 そんなことを思っていると、十代が腕を突き出し、本当に楽しそうに言葉を紡いできた。

 

「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ、祇園!」

「うん。僕も楽しかったよ」

 

 次は勝つ――そう言葉を紡げない自分に僅かに苦笑し、十代と握手を交わす。

 こうして、英雄と竜の戦いは――終わった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 夜。昼間のこともあり、祇園は改めて自分のデッキと睨めっこをしていた。本来ならここで調整なり何なりをするべきなのだろうが、祇園はそのためのカードを持っていない。いや、持ってはいても調整に仕えるようなカードがないといった方が正しいだろうか。

 所持カード枚数、約100枚。いや、下手をすれば三桁もないかもしれない。

 ずっと昔に使っていて、もうカードたちがボロボロになってしまったデッキと、ある人物の協力のおかげで組み上げることができたドラゴンデッキ。その二つに加え、それこそ『拾った』カードを二十枚ほどしか祇園は持っていない。

 故に、結局自身のデッキと睨み合いをするくらいしかないのだ。

 

「……今思えば、シナジーしてるのかしてないのかよくわからないカードがたくさんある……。『思い出のブランコ』とか、対応してるカードは四枚しかないのに……。でも、うーん……」

 

 頭を悩ませたところでどうにもならないのだが、だからといって悩むことが止められるわけではない。結局、延々と悩み続けるようになるだけだ。

 その時、不意に視界の中で光が弾けた。

 

「ん……?」

 

 見れば、一枚のカードが光っていた……ように見えた。ずっと昔から大切にしてきた、初めて手にしたカード。そのカードを手に取り、祇園は苦笑を零す。

 

「もう少し、生かして上げられればいいんだけどな……」

 

 呟き、デッキをケースにしまう。その時だった。

 

「祇園! 助けてくれ!」

「――――ッ!?」

 

 いきなり扉を開けて入って来た十代に、心臓の音が跳ね上がる。同時に、なんかデジャヴ、とも祇園は思う。

 

「えっと、どうしたの?」

「翔が攫われた!」

「ええっ!?」

 

 衝撃の言葉に、思わず声を上げてしまう。十代は焦った調子で頷いた。

 

「頼む! 一緒に来てくれ!」

「う、うん。わかった」

 

 立ち上がり、走り出す十代の背中を祇園は追う。

 一体どうして――そんなことを、思いながら。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

「……心配したのに、これはないと思うよ翔くん」

「僕は無実ッスよ~!?」

 

 視線の先、文字通り『簀巻き』にされた翔へ半目を向けながら祇園は呟いた。それに対し、翔は必死の弁明をしている。

 

「お前ら、翔を返せ!」

 

 そして、事態を本当に呑み込めているのか疑いたくなる十代の台詞。……正直、ここは強く出られる場面ではないだろう。

 視線の先にいるのは四人の女生徒だ。明日香と雪乃、そして……よく明日香と一緒にいるところを見かける女子二人。明日香と雪乃はともかく、その二人は相当ご立腹のようだ。

 

「十代くん、落ち着いて。言い分は向こうにあるよ」

「何言ってんだよ祇園。翔はやってないって言ってるんだぜ?」

「えっとね、セクハラとか痴漢とかと一緒で、この手の犯罪は被害者の主観によるところが大きいんだよ。特に翔くんの場合、現行犯だから……」

「ええっと、つまりどういうことだ?」

「弁明の余地がないってこと」

「酷くないッスか!?」

 

 翔が抗議の声を上げるが、正直仕方がない。昔色々かじったせいで妙に詳しくなった法律知識。こんなところで生かされるとは。

 

「そうよ、覗きなんて最低よ!」

「然るべき処分を受けてもらいますわ」

 

 ご立腹のお二方の言葉。……被告人の弁明は、証拠能力あっただろうか?

 しかし、祇園としても翔を見捨てるという選択肢は無しだ。さて、どうしたものか――そんなことを思っていると。

 

「まあ、落ち着きなさい二人共。この坊やを突き出したところで、私たちにメリットはないわよ?」

 

 雪乃が二人の仲裁に入った。その言葉を受け、二人はでも、と呟く。その二人へ視線を送り、明日香がそうね、と頷いた。

 

「私とデュエルよ十代。私に勝てたら彼を解放するわ。今回の覗きも目をつぶってあげる」

「お、デュエルか。いいぜ、挑まれたデュエルからは逃げない主義だ!」

「そうこなくちゃ」

 

 とんとん拍子で進む会話。祇園は二人から距離を取ると、簀巻きにされている翔に声をかけた。

 

「……本当にやってないよね?」

「やってないッス! 神に誓うッス!」

 

 この場合、どの神様に祈るのだろう――そんな益体もないことをふと思ったが、すぐに思考から追い出した。祇園は、ふう、とため息を吐く。

 

「そもそも、どうして女子寮に来たの? 男子禁制だよ?」

「ラブレターを貰ったんスよ……」

「ラブレター?」

 

 差し出されたものを受け取る。何というか、まぁ……。

 

「字が汚すぎるし、下品だよこれ。天上院さんが書いたものには見えない。……大体、宛名が十代くんになってるよ?」

「ううっ……」

「まあ、浮かれた気持ちもわからなくはないけど……」

 

 呟く、それと同時に、十代と明日香のデュエルが始まった。

 

 ――結果は、十代の勝利。

 何というか、知っていたがHEROは融合先が豊富で変幻自在の戦い方ができる。強いなー、と祇園が思っていると、明日香がこちらへ視線を合わせてきた。

 

「ねぇ、あなたもデュエルしない?」

「……嬉しい申し出だけど、その……デッキ持ってきてなくて」

 

 苦笑を零す。慌てて出てきたせいでデッキを置いてきてしまったのだ。実は内心ハラハラ状態だったりする。

 

「……そう。ならいいわ。また今度、私ともデュエルしてもらうわよ?」

「こちらこそ、お願いします天上院さん」

「明日香でいいわ。十代もそう呼んでるしね」

 

 視線を向けた先の十代は、こちらに向かっていつの間にか移動した翔と共にボート上で手を振っている。祇園もそれに応じ、一礼だけしてボートに乗り込んだ。

 それを静かに見送る明日香。その背に、雪乃が声をかける。

 

「面白い男ね、あの二人」

「雪乃……どう思う?」

「私としては、祇園……あの坊やが気になるわ。〝彼〟と同室に校長がするぐらいだから、何かあるとは思ったけど……楽しみね」

 

 フフッ、と妖艶な笑みを残し、女子寮へ戻っていく雪乃。それを見送り、明日香はポツリと呟いた。

 

「……十代、か……」








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第四話 月一試験、終わる世界と竜の咆哮

 デュエル・アカデミアでは世間一般の高等学校が行う中間・期末テストとは別に、月一で試験が行われる。それは勿論成績に直結する試験であると同時に、優秀な成績を修めれば寮のランクアップも狙えるというものだ。

 とはいっても今回の試験は入学してから最初のもの。いきなりランクアップはまずあり得ないし、そもそも相手は同じ寮から実力が拮抗するように選ばれる。そこまで気追う必要はないだろう。

 ――もっとも。

 

「流石に『死者蘇生』に祈るだけじゃ成績は上がらないと思うよ翔くん……」

 

 隣室の友人たちと一緒に勉強でもしようと隣の部屋を訪れた夢神祇園は、目の前の光景に思わず苦笑を漏らした。何やら祀られている『死者蘇生』に一心不乱に祈りを捧げる翔。勉強もせず一体何をしているのか。

 

「よぉ、祇園。どうしたんだ?」

「いや、一緒に試験勉強しようかなって……」

 

 言いつつ、祇園は翔の方へと視線を送る。どうやら十代も翔の奇行には若干引いているらしく、苦笑していた。

 

「翔の奴さっきからずっとああなんだよ。別に試験程度そんなに気にすることないだろうにさ」

「いや、十代くんの場合はもう少し気にしようよ。小テスト毎回最下位だよね?」

「あー、聞こえない聞こえない」

 

 耳を塞ぎながらそんなことを言う十代。案の定というか、やはり十代は勉強が苦手のようだ。

 

「そう言わずに。隼人くんも一緒に勉強しようよ。翔くんも祈ってないで」

「うう、どうせ無理なんだな……」

 

 祇園が呼びかけると、ある意味翔よりも沈んだ空気を纏っている男子生徒がそう応じた。前田隼人。一年留年しているということもあり、どうも自分に自信が持てないでいるらしい生徒だ。

 自信が持てないという気持ちについては祇園もわからなくはない。祇園自身、未だ自分の実力には自信が持てないでいる。

 だが、同時にこうも思うのだ。自信がないという言葉は『甘え』であると。

 

「いいからやろう? やらない後悔よりもやる後悔だよ」

 

 言うと、渋々隼人と翔が机の側に座る。十代も流石に自分だけ何もしないというのは問題だと思ったのか、素直に席に着いた。

 教科書を広げる。月一試験はデュエルモンスターズのことについてのみ。そして最初の試験である以上、そこまで難しい問題は出ないはずだ。

 

「とりあえずクロノス先生と響先生の授業のおさらいからやろう。あの二人がデュエルモンスターズの担当教員だし」

「おう」

「だな」

「はいッス……」

 

 ノートを広げ、互いに言葉を交わし合いながら勉強を進めていく。翔に元気がないのが気になったが、気にしないことにした。

 そして、夜が更けていく――……

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 翌朝。昨日遅くまで勉強会をしていたせいではっきりしない目を擦りつつ、祇園はアカデミアへの道を歩いていた。ただただ純粋に眠い。

 

「ちょっと寝坊したけど……まだ間に合う、かな」

 

 時間を確認するが、まだまだ余裕だ。焦る必要もないのでのんびりと歩いていく。

 すると、不意に肩を叩かれた。

 

「よっす。おはよう祇園」

「あ、十代くんおはよう。翔くんと隼人くんは?」

「二人共早くから学校行って勉強するってさ」

「へぇ……」

 

 凄いなぁ、と素直に感心する。二人共昨日の勉強会では随分必死にやっていたようだし、これは期待できるかもしれない。

 今日の試験について色々と言葉を交わしながら歩いていく祇園と十代。同じ寮の者同士が対戦するとなれば、十代と対戦するかもしれない――などと適当なことを祇園が言い、それを聞いた十代が楽しみだ、と笑う。どうにも対人恐怖症のきらいがある祇園としては、十代たちと一緒にいるのが凄く楽だ。個性はあるが悪い人間ではないし、信用できる。

 そんなことを思いながら歩いていると、前方に見覚えのある人影があることに気付いた。あれは――

 

「……トメさん?」

「ん? 誰だ?」

「購買部の責任者さん。いつも世話になってる人だよ」

「へぇ。でもなんかトラブルみたいだな」

「うん。ちょっと行ってみる」

「俺も行くぜ」

 

 祇園の言葉に十代が頷き、トメさんのところまで二人で走り寄る。どうしたんですか、と祇園が声をかけるとトメは困ったような表情を二人に向けた。

 

「ああ、祇園ちゃんかい。ええと、そっちは……」

「遊戯十代だ。どうしたんだおばちゃん?」

「あなたが十代ちゃんかい? 祇園ちゃんから話は聞いてるよ。良い子だって」

 

 トメが笑いながら十代にそう言うと、十代が照れたように笑う。そんな二人を見ながら、それで、と祇園が言葉を紡いだ。

 

「どうしたんですか? 何かトラブルみたいですけど……」

「それがねぇ、祇園ちゃん。エンジンが止まっちゃったんだよ」

「成程……」

 

 困ったように言うトメに、祇園は頷く。車のエンジンについては知識もない。そうなると――

 

「トメさん、僕が後ろから押してみますのでハンドルをお願いしてもいいですか?」

「大丈夫かい?」

「大丈夫です。普段お世話になっていますし、これくらいは」

 

 言いつつ腕時計を見る。……このままでは遅刻だ。だがそれは仕方がないことでもある。普段お世話になっている人を見捨ててまで試験に急ぐ程薄情ではない。

 

(次があるしね)

 

 それに月一試験のメインは筆記よりも実技だ。挽回のチャンスはある。自信はないが……。

 

「十代くん、とりあえず――」

「よっし、行くぜトメさん!」

 

 先に行って、という言葉を言い終わる前に十代はすでに行動を起こしていた。彼はすでに車を後ろから押す準備をしている。

 その様子に祇園が驚いていると、十代はいつもの快活な笑顔を向けながら言葉を紡いだ。

 

「へへっ、水臭いぜ祇園。二人でさっさとやっちまおうぜ!」

「十代くん……ありがとう」

「おうっ!」

 

 祇園と十代が車をゆっくりと押し出す。しばらく進むと、エンジンが大きな音を立てて動き出した。

 それを確認するとトメさんに礼を言われながら、二人は校舎に向かって走り出す。

 

 ――時間は、完全に遅刻だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 結局、筆記試験は残り三十分という本来の三分の一の時間で必死に問題を解くという状況に追い込まれた。結局八割ほどしか解けず、現在祇園は机に突っ伏して撃沈中である。

 

「うう~……」

「だ、大丈夫か祇園?」

「祇園がこんなに落ち込んでるなんて珍しいんだな」

「でも、アニキも祇園くんも人助けをしてたんスよね?」

「そうだけど……でも、やっぱり落ち込む……」

 

 最後の方の問題が時間さえあれば解ける問題だったのが余計に辛い。まあ、言っても仕方がないのだが。

 祇園は顔を上げると、教室を見た。実技試験は午後からであるため今は昼食の時間のはずだが、教室内には祇園たち以外にはほとんど人影がない。

 

「あれ? 皆食堂に行ったのかな? 随分早い気がするけど……」

「今日入荷の新パックを買いに行ったんだろう」

 

 不意に聞こえてきた声に反応し、そちらを見る。そこにいたのは学年でおそらく一番の頭脳を持つ人物、三沢大地だった。

 

「三沢くん。試験はどうだった?」

「完璧、と答えたいところだが今見直していたら一つケアレスミスがあった。悔しいな」

「一つって……」

 

 相変わらず凄いというか、なんというか。祇園など一つどころか毎回二桁以上のケアレスミスを連発するのに。

 土壇場に弱いというか、いざという時に実力を発揮し切れないのが祇園の弱点である。デュエルでは問題ないが、日常ではその手のミスが多い。

 

「み、三沢くん。新しいパックってどういうことッスか?」

「知らなかったのか? 今日の購買部に入荷するという話だが」

「ええ~っ!? 知らないッスよぉ~!」

 

 絶叫するような声を上げ、翔は全力で教室を出て行く。今から行っても遅いと思うが……まあ仕方ない。

 翔の姿を見送る四人。そんな四人に、一人の女生徒が声をかけた。

 

「今丸藤くんが走って行ったみたいだけど……どうしたの?」

「あ、明日香さん」

 

 そこにいたのは天上院明日香だった。祇園は明日香に対し、翔の行動の理由を説明する。

 

「新しいパックが入荷したっていう話を聞いて、走って行っちゃった」

「ああ、成程……あなたたちはいいの?」

「興味はあるけど、どうせもうないだろうしな」

「俺は俺のデッキを信頼している。調整も無しに新しいカードを入れるつもりはないからな」

「俺も新しいパックにはシナジーするカードがなさそうだから……やめておくんだな」

 

 それぞれ十代、三沢、隼人の台詞だ。明日香が夢神くんはどう? と問いかけてくる。祇園は苦笑しながら頷いた。

 

「僕はその……買うお金がないから」

 

 えっ、という誰が発したかもわからない言葉で空気が凍る。遊戯王のパックはいくつも買えばそれは値も張るが、一つ二つなら大した値段ではないはずだ。

 それが買えない――特に普段祇園と共に昼食を摂る機会の多い十代たち三人は彼の昼食がいつも購買の残り物である事実に気付き、僅かに声を漏らす。だが、そんな中で最初に立ち直ったのは三沢だった。

 

「だ、だが祇園。DPがあるだろう? あれを使えばいいんじゃないか?」

 

 DP――デュエリスト・ポイント。授業などでデュエルをする度に僅かずつとはいえ加算されていく、アカデミア内専用の通貨だ。これはアカデミアにおいてはパックを買ったり日用品を買うことに使用でき、非常に重宝するしシステムである。

 だが、祇園は三沢の言葉に苦笑を更に深くする。

 

「どうしても日用品の方に使っちゃって……カードが後回しになっちゃうんだよね」

 

 貧乏生活が染みついており、そもそもカードを買うことが当人にとって凄まじく勇気のいる行為であったという過去を持つ祇園にしてみると、カードパックを買うのはどうしても後回しになる。デュエリストとしてそれはどうなのかという意見が飛んできそうだが、生きていくための必要なのだから仕方がない。

 微妙な表情になる四人。祇園は苦笑を深くすると、その空気を変えるために口を開いた。

 

「とりあえず、食堂に行こうよ。午後からは実技試験だしね」

「ん、ああそうだな。明日香も来るか?」

「私は他の子と約束があるから……じゃあね、四人共」

「おう、またな!」

 

 またなも何も、この後実技試験なのだからすぐに顔を合わせることになるのだが……まあ、そこが十代らしいところだろう。

 四人で適当な会話をしながら食堂に向かう。すると、購買部の前で項垂れている翔を見つけた。

 

「翔、お前どうしたんだよ?」

「やっぱり買えなかったの?」

 

 予想通りといえば予想通りだが一応聞いてみる。翔はアニキ~、と力ない声を出した。

 

「なんか、発売してすぐ買い占めた人がいるって……」

「買い占め?」

 

 その言葉に祇園は眉をひそめる。そんなことをした人がいたのか。

 翔はもう駄目だ~、などとこの世の終わりのような言葉を吐いている。祇園も実技は不安だが、翔の子の姿を見ていると安心するから不思議だ。

 とにかく何か食べよう――そんなことを祇園が提案した時、不意に購買の奥から声が聞こえてきた。トメだ。

 

「二人共、今朝のお礼だよ。本当にありがとうね」

 

 そう言ってトメが差し出したのは二つのパックだった。トメによると、自分用にとっておいたものらしい。

 礼を言い、祇園と十代はそれを受け取る。十代は早速パックを開けていた。

 

「おっ、『ハネクリボー』のサポートカード! やったぜ!」

 

 無邪気に喜ぶ十代と、それを羨ましそうに眺める翔。その光景を見た時、ふと祇園の中でデジャヴが起こった。

 カードパックを買って喜んでいる子供と、それを見ているだけの自分。そんな光景を。

 ――故に。

 

「翔くん、上げようか?」

「えっ……い、いいんスか!?」

「うん。欲しいなら」

 

 未開封のパックを差し出しながら、祇園は微笑む。翔はそれを受け取ろうとして、しかし、寸でのところで思いとどまった。

 

「いや、やっぱりそれは祇園くんのものッス」

「いいの?」

「アニキと祇園くんは人助けをしてそれを貰ったんスから……やっぱり二人が受け取るべきッスよ」

「そっか」

 

 その言葉に思わず笑みが零れてしまう。翔の言葉――いつもこんな風に立ち振る舞うことができれば、彼も変わるだろうに。

 パックを開ける。そして目に入ったカードに、祇園は思わず目を見開いた。

 

「『アレキサンドライドラゴン』……?」

「これは……祇園のデッキにはピッタリなカードじゃないか。光属性、攻撃力2000の四つ星通常モンスター。『ジェネティック・ワーウルフ』と同じステータスだが、こちらの方が遥かにサポートが多い」

 

 三沢の解説通り、祇園のデッキにぴったりなカードが入っていた。祇園のデッキには同じ攻撃力2000の四つ星ドラゴンとして『アックス・ドラゴニュート』がいるが、あれにはデメリットがある。更にこっちは光属性。十分採用圏内だ。

 翔はそのカードを見て、やっぱり祇園くんに相応しいッス、と言ってくる。本当に嬉しい。

 さて、このカードを入れる代わりに抜くモノをどうするか……そんなことを思いながら移動していると、もう一枚見落としていたカードに気付く。

 ――そこに描かれていたのは、祇園のデッキにおいて切り札の一枚となっているドラゴン。

 その、最終形態。

 

「――『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』……」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 実技最高責任者たるクロノス・デ・メディチは上機嫌だった。大量に購入したカードを万丈目に渡し、彼のデッキを大幅に強化。これであの遊戯十代を叩き潰す準備ができた。

 ドロップアウトボーイのくせに何度も楯突き、あろうことか入学試験で自分を倒した目の上のタンコブ。ここいらでその立場をわからせる必要がある。

 そんなことを思いつつ、鼻歌まで歌いながら廊下を歩くクロノス。そのクロノスを一人の女生徒が呼び止めた。

 

「ああ、クロノス先生。少しよろしいでしょうか?」

「ん~? これはこれはセニョール藤原。どうしたノーネ?」

 

 そこにいたのは、蒼い髪をツインテールにした妖艶な女生徒だった。高等部に上がってからはあまり聞かなくなったもののその行動が度々問題となり、よく職員会議に名が挙がる生徒だ。女優の娘ということもあって端麗な容姿をしており、それもまた理由の一つなのだろうが。

 とはいえブルー寮では一年生の中で一、二を争う実力者であり、今はアカデミアにいないが彼女と共によく名が挙げられる生徒の実力も申し分ないため、クロノスとしては悪いイメージを持っていない。

 ……ただ、中等部に在籍していた頃によくとある男子生徒を自室に連れ込んでいたのはどうかと思うが。

 

「試験が始まりまスーノ。急いだ方がよろしいノーネ」

「ええ、その試験で一つ『オネガイ』がありまして」

 

 妖艶に微笑む女生徒――藤原雪乃。

 彼女はその形の良い唇から、クロノスへ一つの提案をする。

 

「――私、一人戦いたい相手がおりまして。オネガイ、聞いていただけますか?」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 最初の頃は無茶苦茶緊張していたが、時間が経つにつれて大分落ち着いてきた。何より翔が勝った姿を見れたのが大きい。途中危ない場面がいくつもあってハラハラしたが、最終的に勝利を収めた。翔のガッツポーズは印象に残っている。

 そして隼人と三沢だが、二人とも無事勝利。隼人は本当にギリギリだったが、個人的に獣族デッキは面白いと祇園は思う。色々と面白いコンボができそうだ。三沢は三沢で相変わらずそつのない勝利。『妖怪デッキ』と言っていたが、あれだけ自在に墓地から手札からデッキからとモンスターが湧いて来ては相手もやり辛いだろう。

 ……まあ、特殊召喚の連打については祇園も人のことは言えないのだが。

 そして試験も後半に差し掛かり、そろそろ終わりが近づいた頃。

 

『オシリス・レッド一年遊城十代、第一フィールドへ。オシリス・レッド一年夢神祇園、第二フィールドへ』

 

 ようやく名前をコールされた。しかし、同時に疑問が浮かぶ。もうオシリス・レッドには祇園と十代しか残っておらず、それ故に二人でデュエルするものだと思っていたのだが……。

 

「なあ、祇園。相手は誰だろうな?」

「うん……僕は十代くんとデュエルするって思ってただけど……」

 

 途中、十代と合流しながらそんなことを話す。一体誰が相手なのだろうか?

 デュエルフィールドに降りると、祇園は第二フィールドへ向かおうとする。四つあるフィールドの一つ――そこへ向かおうとした時。

 

「さっさと上がって来い、ドロップアウト!」

「ま、万丈目!? 相手は万丈目なのか!?」

 

 隣のフィールドからそんな声が聞こえてきた。見れば、十代の相手は万丈目らしい。

 相手はオベリスク・ブルーか……とはいえ十代は実技授業において未だ無敗を誇っている。普段のデュエルでも祇園は十代に負け越しており、確かにオシリス・レッドでは相手にならないだろうと判断できた。

 では自分の相手は? この間PDAで戦績を確認すると、ギリギリ勝率七割だった。全部のカードがピン差しというデッキなので手札事故も起こりやすいのだ。

 そんな自分の相手は一体誰か――

 

「――私が相手よ、ボウヤ?」

 

 眼前、そこにいたのはオベリスク・ブルーの『女帝』と呼ばれる人物。

 ――藤原雪乃。

 怪しげな笑みと共に、その人物がそこにいた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「えっ、な、なんで藤原さんが……?」

「ふふっ、少しボウヤのことが気になってね。クロノス先生にお願いしたの。……さあ、楽しみましょう……?」

 

 妖艶な笑みを向けられ、思わず一歩後ずさってしまう。どうもこういうタイプの人は苦手だ。

 だが、言っても仕方がない。どんな相手だろうと全力を尽くすしかないのだ。

 互いにデュエルディスクを起動。先行は――祇園!

 

「遊んであげるわ。おいで、ボウヤ」

 

 必要以上に妖艶な動きで手招きをしてくる雪乃。周囲から男子生徒の歓声が上がっているが、祇園は真剣な表情のままだ。

 そして五枚のカードをドローし、互いに宣言する。

 

「「決闘!!」」

 

 まずは祇園は手札を確認――正直手札は良くない。あまり初手からやりたくはないが、これは仕方がないだろう。

 

「僕のターン、ドロー! 僕はカードを一枚伏せ、モンスターをセット。そして魔法カード『手札抹殺』を発動! 互いのプレイヤーは手札を全て捨て、捨てた枚数と同じ数だけカードをドローする!」

「あらあら、その辺の子たちなら手札交換かと思うけれど……あなたは違うわね。墓地肥やし、かしら」

「……僕は三枚カードを捨て、三枚ドロー」

 

 図星を当てられ、祇園は雪乃の言葉に応じないまま処理を進める。雪乃は初期手札を全て捨て、カードを五枚ドローした。

 

「僕はもう一枚カードをセット。ターンエンド」

「私のターン、ドロー。……ありがとう、ボウヤ。あなたのおかげで私はいきなり私の切り札を召喚できるわ」

「えっ?」

「『墓地とは第二の手札』――私が尊敬する数少ない男の台詞よ。あなたならその意味が理解できるでしょう、ボウヤ?」

「そう、だね。僕のデッキは墓地に依存してる。墓地にカードが多ければ多いほど展開力が上がっていく。『墓地肥やし』は重要だよ」

 

 墓地というのは重要だ。祇園の場合『ダーク・アームド・ドラゴン』や『ライトパルサー・ドラゴン』を中心に墓地があってこそ活躍するカードが多い。そういう意味で『墓地肥やし』と呼ばれる行為の重要性は理解しているし、だからこそ皆が『使えない』と評価する『おろかな埋葬』なども採用している。

 雪乃はそんな祇園の言葉に満足したのか、楽しそうに頷いた。

 

「その『墓地肥やし』という言葉の必要性をここにいる人間のうちどれだけが理解しているのかしらねぇ……。ふふっ、いいわぁ、ボウヤ……♪ 久し振りにゾクゾクしちゃう……♪」

 

 頬を赤らめ、そんなことを言う雪乃。……見ているこっちが恥ずかしくなってくる人だ。

 そんなこちらの反応を楽しんでいるのか、雪乃は楽しそうな笑みと共にいくわよ、と言葉を紡いだ。

 

「私は手札から魔法カード『儀式の準備』を発動するわ。デッキからレベル7以下の儀式モンスターを手札に加え、墓地から儀式カードを一枚手札に加えることができる。私はデッキから『サクリファイス』を手札に加え、墓地から『高等儀式魔術』を手札に加えるわ」

「手札抹殺で……それに、『サクリファイス』……!」

 

 厄介だ。心の底からそう思う。それに気付いたのか、雪乃は楽しそうに目を細めた。

 

「ふふっ、『サクリファイス』の名前だけで警戒するあなたはやっぱり素敵ねぇ……♪ けれど、今回は『サクリファイス』に出番はない……私のエースは別にいるの。――手札から『マンジュ・ゴッド』を召喚! 効果発動! デッキから儀式モンスター一体か儀式カードを手札に加えることができる! 私は『終焉の王デミス』を手札に加える!」

 

 終焉の王デミス。その名を聞いた瞬間、祇園は自身の心臓の鼓動が跳ねあがるのを感じた。

 レベル8の儀式モンスター。その効果は強力無比の一言に尽きる。もしも彼女のデッキが祇園の考えているものと同じ種類なら、このターンに潰される可能性さえ存在している。

 

「ふふっ、その顔だと恐ろしさはわかっているみたいねぇ……? 嗚呼、いいわその顔、ゾクゾクしちゃう……♪ 手札から『高等儀式魔術』を発動、デッキから『昆虫装甲騎士』を二体、墓地に送るわ。そして『終焉の王デミス』を特殊召喚!」

 

 現れたのは、その誕生と共に世界を滅ぼす終焉の王。

 その圧倒的な威容に、見守っていた者たちも一瞬、言葉を失う。

 

 終焉の王デミス☆8闇 ATK/DEF2400/2000

 

 レベル8のモンスターとしては決して高くないステータス。だが、その本領はその能力にこそある。その能力の前には、どんなモンスターも抵抗は許されない。

 そして、墓地に送られた二枚の『昆虫装甲騎士』のカード。攻撃力1900の通常モンスター。これだけでも優秀なのだが、更に厄介なのはこのモンスターが『昆虫族』であるということと、一気に二枚も墓地に送られたということだ。

 

「『デミス・ドーザー』……!」

「あら、知っているのね? ふふっ、ますます興味が湧いたわ。――デミスの効果発動! ライフポイントを2000ポイント支払い、このカード以外のフィールド上のカードを全て破壊する! エンド・オブ・ザ・ワールド!」

「――――ッ、くううっ……!?」

 

 終焉の王が振るった斧による一撃が、世界を蹂躙した。三枚のカードが破壊され、墓地へ送られる。

 世界を終わらせる王は、終焉の名に相応しい結果だけを場に残す。

 

「セットモンスターは……『ライトロードハンター・ライコウ』。ふふっ、こちらのカードを破壊しつつ墓地を肥やすつもりだったみたいだけれど、当てが外れたようねぇ?」

 

 クスクスと雪乃が笑う。セットカードの二つは『聖なるバリア―ミラーフォース―』と『王宮のお触れ』だ。これは本当に不味い展開になってきた。

 もしも雪乃の手札に『あのカード』があれば、このまま狩り取られる……!

 

「ふふっ、そう怯えなくても私の手札にあなたが恐れているカードはないわ。けれど――ダメージは受けてもらう。――『終焉の王デミス』でダイレクトアタック!」

「ぐううっ!?」

 

 祇園 LP4000→1600

 

 ボードアドバンテージとライフアドバンテージを一気に持っていかれた。このままでは本当に終わる。

 

「私はカードを二枚セット。……さあ、ボウヤ? 見せて頂戴。あなたの実力を」

 

 こちらへ手を差し出してくる雪乃。……正直、状況は最悪だ。

 デミスの効果によって一瞬でこちらのフィールドは更地にされ、更に相手はあのモンスター――『デビルドーザー』の準備も整えてきた。このままでは……負ける。

 

「僕のターン、ドロー……ッ! 僕はモンスターをセット、リバースカードを一枚セットしてターンエンド……ッ!」

 

 起死回生の手がない。ここは耐える場面だ。

 

「消極的ねぇ……期待し過ぎたかしら。私のターン、ドロー。手札から『センジュ・ゴッド』を召喚。効果発動。デッキから二枚目の『終焉の王デミス』を手札に加えるわ」

 

 センジュ・ゴッド☆4光 ATK/DEF1400/1000

 

 ここに来て二体目のデミスが手札に加わる。……このままでは本当にマズイ。

 

「ふう……楽しめると思ったのだけれど。デミスで攻撃」

「リバースカードオープン! 『和睦の使者』! このターン僕のモンスターは戦闘では破壊されず、戦闘ダメージも〇になる!」

「それでも攻撃を止められるわけじゃないわ」

 

 デミスがセットモンスターに攻撃を仕掛ける。すると、巨大な一つ目が入った瓶のようなモンスターが姿を現した。

 

「セットモンスターは『メタモル・ポット』! 互いのプレイヤーは手札を全て捨て、カードを五枚ドローする!」

「あらあら、折角の『デミス』が。……ふふっ、けれどあなたはミスをしたわ。私は手札から『儀式の準備』を二枚発動。デッキから『サクリファイス』を二枚と、墓地から『高等儀式魔術』と『イリュージョンの儀式』を手札に加える。更に手札を一枚捨て、『死者転生』を発動。墓地の『終焉の王デミス』を手札に加えるわ」

 

 これでもう猶予はほとんどなくなったと言ってもいい。次のターンには、確実に終わる。

 

「まだ終わらないわよ、ボウヤ? 手札から『恵みの雨』を発動。互いのプレイヤーはライフポイントを1000ポイントずつ回復する。……この意味、わかるかしら?」

 

 雪乃LP2000→3000

 祇園LP1600→2600

 

 互いのLPが回復する。通常ならLPの回復は喜ぶべきところだが、祇園にとってそれは悪夢でしかない。

 

「次のターン、また『デミス』の全体破壊が来る……!」

「その通りよ。良い顔をするじゃない、ボウヤ。そっちの方が私は好きよ? 自分に自信がないいつもの表情ではなくて……デュエリストのその表情が。――けれど」

 

 雪乃は、更に一枚のカードをデュエルディスクに差し込む。

 

「このフィールドを前に、まだ戦意抱けるかしら?――墓地の『昆虫装甲騎士』二体をゲームから除外し、『デビルドーザー』を特殊召喚!」

 

 現れたのは、悪魔の名を持つ巨大な昆虫。二体の昆虫族モンスターを喰らい、その威容を顕現させる。

 

 デビルドーザー☆8地 ATK/DEF2800/2600

 

『デミス・ドーザー』の中核の担うモンスターの出現に、祇園は息を呑む。先程の全体破壊の後、このモンスターを出されていたらほとんどそれで『詰み』という強力なデッキだが、『デビルドーザー』と『終焉の王デミス』を中心に高価なカードが多いため、造るのが難しいデッキ。

 また、同時に儀式が中心であるために操ることも難しいこのデッキを、雪乃は一切の淀みなく操っている。凄まじいタクティクスだ。

 

「さあボウヤ。この布陣を突破できるかしら。――ターンエンド」

 

 雪乃がターンエンドを宣言する。いつの間にか十代は万丈目とのデュエルを終えており、こちらを見ていた。おそらく勝ったのだろうが、その表情はこちらを心配したものとなっている。

 周囲の視線を感じる。そしてその全てがこちらの負けを確信したものだった。当然だろう。このまま相手にターンを譲れば『デミス』に全てを砕かれて終了。デミスを倒したとしても後続はすでに準備されている。

 

「祇園!」

 

 十代の声が聞こえた。見ると、十代が笑みを浮かべてこちらにいつものガッチャのポーズをしてきた。そして同時に、彼は言う。

 

「笑えよ祇園! 最高のデュエルだろ!? そんなに楽しそうなデュエルなのにそんな顔をしてたら勿体ないぜ!」

 

 十代の言葉に、思わず顔に手を触れた。今の自分は、どんな表情をしているのだろうか。

 だが、十代の言う通りだ。今の自分はこんなに凄い相手と戦っている。それなのに、怯えてどうする?

 

 ――楽しめ、夢神祇園。

 今のお前は、昔のように弱くない。信じるデッキがある。

 そうだろう?

 

「……表情が変わった。何を見せてくれるのかしら?」

「逆転劇を」

 

 相手の場に並ぶ三体のモンスター、そのうち二体は最上級モンスターであることに加え、伏せカードも二枚ある。おそらくあの二つはこちらの妨害カードだろう。

 対し、こちらには表側守備表示になったメタモルポットが一体のみ。だが、手札は五枚。ドローをすれば六枚だ。

 ならば――打てる手はまだ残されている!

 

「いいわ。来なさい、ボウヤ。――返り討ちにしてあげる」

「僕のターン、ドローッ!――僕は手札から魔法カード『闇の誘惑』を発動! カードを二枚ドローし、その後手札から闇属性モンスターを除外する!」

 

 来てくれ、と祈る。待っているのは――あのカード!

 

「――――ッ!?」

 

 ドローしたカードを見て、祇園は自身の口元が緩んだのを感じた。

 デッキが……応えてくれた。

 ありがとう、と小さく呟く。そして。

 

「僕は手札から闇属性モンスター『アックス・ドラゴニュート』を除外! そして魔法カード『融合賢者』を発動! デッキから融合を手札に加え、そして『サイクロン』を発動! 右の伏せカードを破壊する!」

「チェーン発動よボウヤ。『強制脱出装置』。そうね……『メタモル・ポッド』を手札に戻しなさい。生贄召喚でもされると面倒だわ」

 

 手札に戻る『メタモル・ポッド』。だがそれは構わない。大事なのは伏せカードを一枚破壊したことだ。

 

「僕は手札から『融合』を発動! 手札の『ロード・オブ・ドラゴン―ドラゴンの支配者―』と『神竜ラグナロク』を融合! 来い、『竜魔人キングドラグーン』!」

 

 現れる、ドラゴンを従える一人の魔人。ドラゴン族モンスターを効果の対象とすることを不可能とし、また、一ターンに一度手札からドラゴン族モンスターを特殊召喚できるという能力を持った強力な融合モンスターだ。

 

 竜魔人キングドラグーン☆7闇 ATK/DEF2400/1100

 

 このモンスターの強力な点はノーコストで毎ターン一回ずつ手札からドラゴン族モンスターを特殊召喚できることだ。強力なドラゴンを何度も出せるのである。その効果は強力無比。

 しかし、雪乃はそんな魔人の登場にも一歩も怯えた様子を見せない。

 

「甘いわよ、ボウヤ! トラップカード発動、『奈落の落とし穴』! 相手が攻撃力1500以上のモンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚した時に発動可能! そのモンスターを破壊し、ゲームから除外するわ!……『竜魔人キングドラグーン』は効果の対象されることからドラゴン族を守る効果を持つ。けれど、『奈落の落とし穴』は対象を取っていないわ」

 

 ふふっ、と楽しげに笑う雪乃。そのまま彼女は祇園に向かって小さく拍手をした。

 

「見事よ、ボウヤ。何を特殊召喚するつもりだったかは知らないけれど……そのモンスターと上級ドラゴンで『デミス』を倒し、ダメージを通せば『デミス』の効果は使えなくなる。けれど、ここまでよ。よくやったけれど……」

「――まだ、僕のターンは終了していない」

 

 残り手札は四枚。更にそのうちの一枚は『メタモル・ポッド』だとわかっている。その中で紡いだ祇園の言葉に、雪乃が形の良い眉をひそめた。そのまま彼女はボウヤ、と静かに言葉を紡ぐ。

 

「潔く散るのも一つの美しさよ。この状況を打破できるとしたらボウヤの切り札である『ダーク・アームド・ドラゴン』しかない。けれど、ボウヤの墓地には闇属性モンスターが五体。これを三体に減らす必要がある。更に墓地には墓地の闇属性モンスターの数を調節できる特殊召喚条件を持つモンスター『ダークフレア・ドラゴン』と『カオス・ソーサラー』があってそれは回収できない。そんな状態でどうやって勝つつもり?」

「……それでも、勝つよ。ううん」

 

 息を吸い、誰もが祇園の敗北が決まったものだと確信する中で。

 祇園は、凛と通る声で宣言した。

 

「――勝つんだ!」

 

 そして、祇園は動き出す。手札のカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

「墓地の闇属性モンスター『ダークフレア・ドラゴン』と光属性モンスター『ライトロードハンター・ライコウ』を除外し、『ライトパルサー・ドラゴン』を特殊召喚!」

 

 現れたのは、胸元の装置から流星を吐き出す白きドラゴン。墓地の光と闇属性のモンスターを除外することで特殊召喚され、更に破壊された時に墓地の闇属性レベル5以上のドラゴン族モンスターを特殊召喚するという強力なカードだ。

 

 ライトパルサー・ドラゴン☆6光 ATK/DEF2500/2000

 

 だが、それでは『終焉の王デミス』は倒せても『デビルドーザー』は倒せない。その上――

 

「……強力なカードだけど、それじゃあ足りないわよボウヤ。ボウヤの墓地にいるレベル5以上のドラゴン族モンスターで一番強力なのは『真紅眼の黒竜』だけれど、そのカードじゃ届かない。たとえ自爆特攻を行って墓地の闇を三体揃えて『ダーク・アームド・ドラゴン』を特殊召喚しても、バトルフェイズは終了した後。返しのターンで終わりよ?」

「確かにそうだよ。だから、こうする。――自分フィールド上のドラゴン族モンスター一体をゲームから除外し、特殊召喚! 来い、『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』!」

 

 

 ――ギャオオォォォォオオオオオオッッッ!!――

 

 

 漆黒の金属をその身に纏うレッドアイズの究極形態が、その咆哮と共に姿を現した。

 伝説のレアカード『真紅眼の黒竜』。それが更に強力になり、同時に圧倒的な気配を纏うその姿に、会場の者たちが息を呑む。

 

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇 ATK/DEF2800/2400

 

「レベル……10……?」

 

 神と同レベルのランク付けをされたそのモンスターを前に、雪乃が呆然と呟く。だが、このモンスターの本領はここではない。

 流石にPDAがないのは問題ということで祇園にも支給された簡易PDA。そこに書かれていた制限カードリストにも記載されるこのカードはそのレア度の高さ故にほとんど知られていないが、その能力は確かに圧倒的だ。

 

「『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』の効果発動! 一ターンに一度、手札・墓地からドラゴン族モンスターを特殊召喚できる!」

「そんな……墓地って……!」

「僕は墓地から『真紅眼の黒竜』を特殊召喚!」

 

 そして現れる、『真紅眼の黒竜』。勝利をもたらすブルーアイズの対極、可能性を持つとされるレッドアイズが、自身の究極体の横に並び立つ。

 

「……ッ、けれどボウヤ! その二体では私には――」

「――これで墓地の闇属性モンスターは三体になった」

 

 雪乃の言葉を遮るように、祇園は言い。

 そして、彼のエースが降臨する。

 

「墓地に闇属性モンスターが三体のみの時、このカードは手札から特殊召喚できる! 来い! 『ダーク・アームド・ドラゴン』!」

 

 ダーク・アームド・ドラゴン☆8闇 ATK/DEF2800/1000

 

 漆黒の竜が三体、フィールドに並び立つ。壮観な光景だ。……相手からすれば悪夢だろうが。

 

「僕は墓地の『ロード・オブ・ドラゴン―ドラゴンの支配者―』と『ハウンド・ドラゴン』、『カオス・ソーサラー』をゲームから除外し、相手モンスターを全て破壊する!」

 

 がら空きになるフィールド。そして、祇園は宣言した。

 

「――攻撃!!」

 

 雪乃LP3000→-5000

 

 決着が着き、ソリッドヴィジョンが消えていく。……凄いデュエルだった。終わってみれば楽しいデュエルだったが、本当にギリギリの勝負だ。

 息を吐く祇園。その彼の視線の先で、雪乃が崩れ落ちるように座り込んだ。

 

「そんな……私が負けるなんて……」

 

 呆然と雪乃は呟く。そのまま彼女は俯いてしまい、そして、静寂だけが残った。

 ――ポタリと、滴が床に落ちた音が響く。

 まさか、と祇園が雪乃の側に駆け寄ろうとした瞬間。

 

 

「――『女帝』が人の前で涙を見せるもんじゃない」

 

 

 静かな声が、会場内に響き渡った。同時に一人のコートを着た男子生徒がフィールドに飛び降りてくる。その男子生徒は雪乃の傍まで歩み寄ると、俯いたままの彼女に自身のコートを被せた。

 

「良いデュエルだったぞ、雪乃」

 

 微笑と共にその男子生徒は雪乃に言い、そして雪乃の頭を軽く撫でた。そのままその男子生徒は祇園の方へと視線を向けてくる。

 

「一部始終は見てたが、やるなぁオマエ。万丈目のボンボンがXYZ使い出した時は何事かと思ったが、へぇ……活きの良い新入生が入ってんじゃねぇか」

 

 楽しそうに笑いながら、全身を黒い服装で統一したその男子生徒は言う。祇園としては突然現れたこの人物が何者かがわからない。十代に視線を送ると、彼も知らないと首を左右に振った。

 いったい何者なのか――そんな疑問を伝える前に、一人の男子生徒がその正体を口にする。

 

「貴様、如月! 如月宗達(きさらぎそうたつ)! 帰っていたのか!?」

 

 声を荒げたのは万丈目だ。その彼の言葉に、会場内が一気にざわめく。

 

「おい、如月って……」

「もうアメリカアカデミアから帰ってきたのかよ……」

「『帝王』に最も近い男が……」

 

 ひそひそ話が聞こえてくる。だが、祇園にはそれでも目の前の人物が何もかはわからない。聞こえてくる言葉から察するに実力者のようだが――

 

「――如月宗達。本来ならアカデミア中等部を文句なしの首席で卒業するはずだった男だ」

「三沢くん?」

「少し前にデータベースで見つけてね。気になっていた。――『帝王に最も近いデュエリスト』と異名をとるデュエリストがいると」

 

 三沢のその言葉を聞き、宗達が笑みを濃くした。そのまま、くっく、と楽しそうに三沢に対して言葉を紡ぐ。

 

「話わかる奴がいんじゃねぇか。一年空けてる間に新入生も入って楽しみにしてたんだよ」

「……キミはアメリカ・アカデミアに留学し、そのデュエルの腕を磨いていたんじゃなかったのかな? 最近の成績では全米オープン五位入賞というものがあったはずだが」

「ああ、あのプロに負けたやつか。表彰台乗れなかったのが心残りだったがやり残したことはなかったし、こっちに帰ってくる条件の『全米オープン入賞』もやったしな。今日の朝着いたとこだ」

 

 快活に笑いながら言う宗達。悪い人には見えない――祇園がそんなこと思うと同時、十代が目を輝かせて言葉を紡ぐ。

 

「全米オープン入賞!? マジかよ! お前めちゃくちゃ強いんじゃないのか!?」

「お、元気いいなオマエ。そりゃもー強いぞ俺は。なんせ強過ぎてアメリカに行かされたぐらいだしな」

「マジかよ! なあ俺とデュエルしようぜ!」

「待つんだ十代!」

 

 いつものノリでデュエルに入ろうとする十代。しかし、三沢がそれを止めた。

 

「止めておいた方がいい。あの男と何も知らないままデュエルするのは危険だ」

「ええ、どういうことだよ三沢?」

「どういうこと?」

 

 十代と祇園の疑問。ある種当然のそれに、三沢は厳しい表情で頷いた。

 

「彼は巷では『侍大将』と呼ばれている。それは彼の使用するデッキが理由だろうが……そんなことじゃないんだ。重要なのはもう一つの異名。中学時代、アカデミアで彼が呼ばれていた名前。当時圧倒的なその強さ故に、彼と戦った者の何人かはデュエリストとして再起不能になったと言われている」

 

 その言葉に中等部からの持ち上がり組であるブルー生たちが一様に苦い顔をした。彼らはその当時の宗達を知っているのだろう。そしてそれは宗達にプライドの高いブルー生たちがそんな表情をせざるを得ないほどの実力があるということを示している。

 批判は起きない。陰口さえ聞こえない。ある種アカデミアの『帝王』と呼ばれる人物と同じ場所に立つ天才。

 

「――『デュエリスト・キラー』。それがキミの呼び名だろう?」

 

 その、言葉に。

 如月宗達は、静かに笑みを浮かべた。



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第五話 強さの意味、勝利への誇り

 デュエリスト・キラー。三沢が口にしたあまりにも不穏当なその呼び名に、祇園も十代も戸惑いを隠せなかった。如月宗達。デュエリスト・キラーなどと呼ばれている彼自身は目つきこそ悪いが悪い人間には見えず、それが余計に疑問を生む。

 会場内もざわめいたままだ。祇園たちが最後の組であったために試験そのものは終了しており、それもあって周囲の視線がこちらに集中している。

 そんな中、祇園は改めて宗達を見た。彼は三沢の言葉を否定することはせず、口元には笑みを浮かべている。それだけを見ると三沢の言葉を肯定しているようにも見えるが、しかし、祇園はその目が気になった。

 

(……あの目……)

 

 どこか寂しげな、そんな瞳。口元の笑みとは対照的なその瞳を見て、祇園は『違う』のだと確信する。

 しかし、祇園が何かを口にする前に宗達は一度目を閉じると大仰に肩を竦めてみせた。

 

「いきなりご挨拶だな、おい。まあ否定はしねぇけど。俺は所謂『良い生徒』じゃねぇことは確かだし、アメリカに行ってた理由の半分もそれだしな。……ま、とはいえ今日は試験日みたいだし大人しく退散するよ」

 

 そんなことを言い放つと、宗達は未だ座り込んだままの雪乃の下へと歩み寄った。そのまま彼は、雪乃に向かって手を差し出す。

 

「ほれ、雪乃。手ェ貸せ」

「…………」

 

 無言のまま雪乃は宗達の手を取ると、その手を支えにして立ち上がった。どうやら二人は知り合いらしい。まあ、宗達の態度からして想像はできたが。

 ただ、雪乃は俯いたまま顔を上げようとしない。その雪乃に向かって、宗達が言葉を紡ぐ。

 

「いやー、島に戻ってきたのなんざ久し振りだから迷っちまった。広いなこの島。よくわかんねぇ施設とかもあるしよ」

「……いつ、帰って来たのかしら?」

 

 静かな問いかけ。決して大きい声ではないのに、その声は嫌に響き渡った。一部の男子生徒からは小さな悲鳴さえ上がっている。

 だが、宗達はそんな雪乃の様子に気付いていないのか、声の調子を変えることなく言葉を紡ぐ。

 

「着いたのは今日の朝だな」

「……何故、私に『帰る』と連絡がなかったのかしら?」

「ん? そりゃオマエ、驚かそうと思ってだな。驚いただろ?」

 

 鈍感である十代でさえも雪乃から発せられる謎のオーラによって後ずさっている状況。しかし、当事者である宗達には気付く気配がない。

 ――そして。

 

 パシンッ、という乾いた音が響いた。

 

 宗達の頬を、雪乃が思い切り叩いた音だ。

 

「ええ、驚いたわ。……ばか」

 

 目に涙を溜めた状態で、雪乃は言い。

 足早に、この場を立ち去って行く。

 その背中を見送った、『デュエリスト・キラー』と呼ばれる男は。

 

「……あー、悪ぃ。誰か校長室まで案内してくんねぇ?」

 

 叩かれた頬を掻きながら、苦笑と共にそう言った。祇園と十代が、小さく頷く。

 

 ――試験は、ここで終了を迎えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 校長室前の廊下。そこで祇園は十代と共に宗達を待っていた。鮫島校長に用があるのは宗達一人であり、同席する意味もないとしてのことだ。

 ちなみに先程まで翔や隼人、三沢もいたのだが三人は先に戻っている。それぞれ今日の試験で疲れたとのことだ。

 とはいえ、ここに来る途中で三人を含めた六人で様々なことを話した。特に三沢は別に宗達のことを嫌っているわけではなく、厳しいことを言ってしまったことを宗達に詫びていた。宗達自身、自分がそう言われていることは知っているとのことで特に怒ることもなかったため、問題も起こっていない。

 ただ、祇園としてはアカデミア中等部で『デュエリスト・キラー』と呼ばれていたことについて話す彼の表情が暗かったのが妙に気になったのだが……。

 

「遅ぇなあ、宗達の奴。何話してるんだろ?」

「一年近くアメリカに行ってて、今日いきなり帰って来たって言ってたから……色々と報告とかがあるんじゃないかな?」

 

 来る途中に聞いた話によると、宗達は中等部で優秀な成績を修めていたために海外にあるアメリカ・アカデミアに短期留学していたらしい。卒業の少し前からで、向こうにいた期間は大体九ヶ月くらいになるとか。

 その九ヶ月の間にアメリカ・アカデミアでは上位に入り、プロも参加する全米オープンで入賞まで果たすのだからその実力は相当なものだろう。本人はふざけていたが、祇園にはそれもある種の『ポーズ』に見える。

 祇園にデュエルの楽しさを教えてくれた『彼女』もそうだ。本気を出せばそれこそもっと上に行けるだろうに、そうしようとしない。

 かといって、自信がないわけではない。むしろ逆だ。自信があるからこそ本気を出さないのだ。

 自分の力は自分自身が一番理解している。そしてそれに誇りを持っているからこそ、ああも余裕を持って振る舞えるのだ。

 

「あー、早くデュエルしたいぜ~!」

 

 体を震わせながらそんなことを言う十代。その姿に苦笑しつつ、祇園は校長室の扉へ視線を送った。

 如月宗達――寂しげに笑う彼の目を、思い出しながら。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

「つーわけで、戻りました」

 

 頭を掻きながら、九ヶ月の短期留学より帰って来た少年――如月宗達が面倒臭そうに校長である鮫島とその隣に控えている技術指導最高責任者、クロノスへと報告する。そんな彼の態度に、クロノスが憤慨した様子で言葉を紡いだ。

 

「何なノーネその態度ーワ!? 中学時代に優秀だからといって、ここで通用するとは限りませンーノ!」

「そう言われても。向こうじゃ敬語なんてありませんでしたし、完全に実力主義の場所だったんで。いきなりこっちの流儀に適応しろっつっても無理ッスよ。むしろ敬語を忘れてなかった自分に驚いてるくらいなんですから」

「ムキー!」

「まあまあ、クロノス先生。それくらいに」

 

 挑発するような宗達の物言いに対して怒りを見せたクロノスを鮫島が窘める。そのまま、鮫島は宗達に向かってにこやかな笑みを向けてきた。

 

「それで、如月くん。向こうはどうでしたか?」

「どうもこうも、こっちと変わらな……いや、向こうの方が感覚的には手強かった気がしますね。流石にペガサス会長の生まれ故郷、デュエルモンスターズの本場だとは思いました」

「ふむ、成程。キミの目から見て、やはり本校の生徒のデュエリストレベルは低いと?」

「今日雪乃――藤原とデュエルしてた夢神祇園と、万丈目のボンボンを倒してた遊戯十代。あとはあの、み、み……三沢? だったかな? この三人は強いんじゃないスかねー。あ、藤原と天上院は中学時代からそれなりに強かったんで別枠で」

 

 受け取り方によっては傲慢そのものとも取れる宗達の台詞。だが、鮫島に不快に思った様子はない。中学時代に鮫島が宗達と会話をした時もこんな感じだったのだ。

 だが、クロノスは黙っていられない。自分が担当するブルーの生徒から名前が出てこなかったこともあり、祇園に向かって言葉を紡ぐ。

 

「ふん、シニョーラの噂は私も聞いておりまスーノ。ドロップアウト同士庇い合うとは、やはり所詮――」

「――さっきからうっせぇなグダグダと。何がドロップアウトだ。今日の試験見た限りじゃ、ブルー生なんざ向こうじゃ入学さえさせて貰えねぇレベルだよ、技術指導最高責任者」

「な、なな……!」

 

 明らかな侮蔑の言葉に、クロノスがわなわなと肩を震わせる。そのまま、顔を赤くして言葉を紡いだ。

 

「ふんっ! シニョーラこそ調子に乗り過ぎでスーノ! 退学を免除する代わりに海外へ追放された分際で……!」

「見解の相違だな。俺はそこの鮫島校長に『残ってくれ』って言われたから残ったんだぜ? 当時の俺には雇ってくれる企業もあったし、プロデュエリストになることはできた。むしろなるつもりだった。だってのに、『退学になった者がプロデュエリストになるなどアカデミアの風聞に関わる』って泣きついてくるから武者修行って名目で手ェ打ったんじゃねぇか」

「むぎぎ……!」

 

 そのことは聞いているのだろう。クロノスが悔しそうに唸る。鮫島を見ると、こちらも困った表情をしていた。

 ――如月宗達。デュエルタクティクスは『帝王(カイザー)』とまで呼ばれる三年生、丸藤亮に並ぶ才能があるとされながら、その素行の悪さ故に彼とは違いその評価が芳しくない。

 特に宗達とカイザーの違いは、カイザーの操る流派が掲げる『リスペクトデュエル』に対しての意見だろう。カイザーの語るリスペクトデュエルとは、相手の全力を見極めた上でそれを更なる力で叩き潰すというもの。それ故にカウンタートラップを代表とする妨害系のカードは邪道とされ、卑怯と謗ることさえある。

 対し、宗達は違う。相手の全力をそれよりも上の力で叩き潰す――そんなものはリスペクトではなく、ただの傲慢だと当時彼の目の前にたったカイザーとは別のサイバー流の使い手に言い放ち、その上で勝利してみせた。だが、彼の勝ち方はサイバー流にとっては許し難いもの……即ち、相手を妨害しながら勝利を得るというものであり、当時すでに神格化されていたカイザーの人気もあって彼は一気に卑怯者扱いされることとなる。

 だが、それでも宗達が敗北することはなかった。彼がサイバー流の者と問題を起こしたのはアカデミア中等部入学のほとんど直後。それからカイザーが卒業するまで……否、卒業してからも彼は学内において公式・非公式問わず無敗を誇っている。

 期待されたカイザー・丸藤亮とのデュエルは行われることはなく、また、知る者は少ないが三年生の頃に彼が起こした決定的な事件を切っ掛けに宗達はアメリカへと留学することになった。

 

「で、校長先生。いつになったら俺はカイザーと戦えるんですか?」

 

 未だ呻いているクロノスを無視し、鋭い視線を宗達は鮫島へと向ける。そう、宗達はずっとその時を待っているのだ。雪乃のことを除けばアカデミアに対して抱く感情としてこれ以上のものはない。

 一部では宗達がカイザーとのデュエルを避けていたという噂があるが……アレは逆だ。むしろ宗達はずっとカイザーと戦いたいと思ってきた。

 だが、叶わなかった。理由はわかっている。鮫島だ。カイザー流の師範も務めていたこの男が、自分とカイザーを戦わせないようにしているのだ。

 案の定――

 

「キミたち二人のデュエルには私も興味があるが……丸藤くんとのデュエルには予約が――」

「九ヶ月待ってまだ、ね。いや、三年以上か。――そんなにサイバー流が負けるのを見たくねぇのかよ」

 

 吐き捨てるように言い、肩を竦める。そのまま祇園は二人に背を向けた。もう話すようなことはない。

 背後で鮫島が何かを言っているが、無視した。耳に入れる価値もない。

 ――ただ、一つだけ。

 

「ああ、そうです。忘れてました。……俺、I²社からプロの内定貰いました。ペガサス会長が向こうで俺のことを気に入ってくれましてね。ありがたい話です。随分、同情していただきました」

 

 今度こそ扉を閉める。それと同時に大きく息を吐いた。どうもあの鮫島は好きになれない。悪い人間ではないことはわかっているつもりだが……やはり、中学時代のことが尾を引いているのだろう。

 サイバー流。個人的には果てしなくどうでもいいと思っていた流派。関わるつもりも、関わることもなかったはずの流派。しかし、現実の自分は今もこうして振り回されている。

 思い出すのは、叩き潰した同学年のサイバー流を名乗っていた男。リスペクトがどうだの、力がどうだの……当時自分が考え、実践していたタクティクスを真っ向から否定してきたあの男にデュエルを挑み、勝利。その後、あの男に言われた。

 

〝卑怯者!!〟

 

 別にバーン重視のカードを使ったわけでもなければ、禁止カードを使ったわけでもない。そもそもバーンとて立派な戦略だ。だというのに、あの男は敗北した身でありながらこちらの戦術をすべて否定してきた。

 だから、許せなかった。もう一度徹底的に叩き潰した。心が折れるほどに。

 勝利を目指した結果がこれであり、そこに間違いはないはずだ。なのに、どうして。

 どうして、カイザーと呼ばれる男がいる中で。

 如月宗達は、『卑怯者』と謗られるのか――……

 

「――なあ、宗達!」

 

 不意に自分を呼ぶ声が聞こえてきた。見れば、十代が目を輝かせてこちらを見ている。

 

「話は終わったのか?」

「おう、どうにかなー。偉い人の前ってのは緊張するねー」

 

 あっはっは、と笑って見せる。そうだ、これでいい。これがいつも自分だ。

 如月宗達は、どんな時でも笑っている――そんな男だ。

 

「…………」

 

 不意に、もう一人の方と視線が合った。夢神祇園。どこか頼りない雰囲気を纏う少年だが、その実力については宗達も認めている。あの雪乃を相手にあの状況から逆転勝ちしてみせたのだ。興味はある。

 ただ、普通ならそれだけだった。本来ならそこまで興味を持つことはない相手だ。雪乃を倒したというだけであり、実力はあるだろうがその他大勢に埋もれただろう。

 ――しかし。

 こちらを見る、目。

 その目に、宗達は興味を持った。

 見覚えのある、どこか暗い瞳。それは、『心折れた記憶』がある者のそれだったから。

 

「なぁ、デュエルしようぜ宗達!」

「おお、そりゃ構わないぞ。けどな、十代。その前に祇園とやらせてくれねーかな?」

「えっ?」

 

 祇園が驚きの声を上げる。十代も首を傾げた。

 

「僕と?」

「祇園と?」

「おう。いや、さっきのやり取りを見てもらったらわかると思うが……俺と雪乃は知り合いだ」

「……知り合いなんて浅い感じじゃなかったけど」

「意外と言うなオマエ。……まあとにかく、知り合いを倒したデュエリストだ。興味持つのは当然だろ?」

 

 適当なことを口走ってみる。こういう技術もまた、あの日々の中で得たものだ。

 十代は成程、と頷くと俺ともデュエルしてくれよ、と言葉を紡いだ。祇園はそれにサムズアップで応じる。

 

「無論だ。万丈目のボンボンに勝った奴だし、本気で相手してやるよ。その前に祇園、オマエだな」

「う、うん。僕はいいけど……どこで? そもそも、宗達君の寮は……」

「俺の寮はレッドだ。ブルーは肌に合わんし、どうせならああいうところの方が面倒事も少なくていい。……よし、んじゃ行くぞ」

 

 二人を伴い、歩き出そうとする。その背に対して当然のように疑問が投げかけられた。

 

「どこでやるの?」

「そりゃオマエ、デュエルっつったら――決闘場だろ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 正直なことを言うと、祇園に決闘場に対する良い印象はない。初日のブルー生とのトラブルもあるし、ここでのデュエルは月一試験、それもつい先程のもののみ。デュエル自体は楽しかったとしても『試験』という単語に良い印象を抱く学生は相違ないだろう。

 実際、決闘場に入ろうとしたらまたもブルー生に絡まれた。また厄介事――そう思って少し怯えていたのだが、それはたった一人の人間によって振り払われることになる。

 

「どけ」

 

 簡潔な一言だった。それだけでブルー生たちが俯きながら道を開け、三人で決闘場に入ることになる。

 そして、今。夢神祇園と如月宗達がデュエルフィールドで向かい合い、それを十代といつの間に来たのか明日香とジュンコ、ももえが観戦するという形になった。

 

「驚いたか?」

 

 互いのデュエルをシャッフルしている途中で、苦笑と共に宗達が聞いてきた。祇園は返答に困ってしまう。

 

「え、ええと……」

「まあ、普通は驚くわな。聞いたところじゃアカデミアのブルー生はとんでもねぇ高慢野郎の巣窟だっていうし。けど、実力を伴わないプライドなんざ俺にとっちゃ無意味も同然。ブルーの奴らは中学からの持ち上がりだ。その全員、俺が一度は叩き潰してる」

「だから宗達くんを見て退いたんだ……」

「基本的に瞬☆殺してきたからなー。しかもほとんどが再戦から逃げるっていう。根性なしだよな」

 

 苦笑しながら言う宗達。祇園はその言葉に曖昧に笑うしかない。だが、内心では改めて気を引き締め直していた。

 ――如月宗達。彼の実力は、あの高慢なブルー生たちを黙らせるほどのものがある。

 どれだけの実力か――油断はできない。

 

「ま、楽しくいこうや。んなこと言ってるとこっちが狩られそうだけどよ」

「そ、そんなこと……でも、意外と見学者が多いね」

 

 距離をとりつつ、周囲を見る。観客席には多いというわけではないがいくつか人影があった。今まで気付かなかったが、三沢も来ていたらしい。十代の側には明日香たちの他に翔と隼人の姿もある。おそらく、PDAで十代が呼んだのだろう。

 それだけではない。イエロー生の姿が何人か見えるし、レッド生も僅かだが観戦している。そして何より驚くのはブルー生だ。彼らは不機嫌そうな顔をしながらも、こちらを睨むようにして見ている。

 

「レッド同士のデュエル、それもただの野良デュエルなのに」

「ブルー共は俺が負けることを祈ってんだろうよ。いつものことだ。他は……どうだろうな。偶然見かけたから来たってだけだと思うぞ?」

 

 んじゃ、やるぞ――そう宗達が言うのと同時に、祇園も意識を引き戻した。一度深呼吸をし、前を見る。

 

「「デュエル!!」」

 

 デュエルディスクが決める先行は――宗達。

 

「俺の先行か。ドロー……お、幸先良いね。まずは手堅くいきますか。手札から魔法カード『増援』を発動。デッキからレベル4以下の戦士族モンスターを一体、手札に加える。手札に加えるのは『切り込み隊長』だ」

 

 こちらにカードを見せながら宗達がそう告げる。『切り込み隊長』――強力な効果を持つモンスターだ。戦士族のカードであり、戦士族のサポート能力を持っているが、有名な方の能力の使い勝手の良さから戦士族デッキ以外でも見かけるカード。

 

「そんじゃま、行くぜ。――『切り込み隊長』を召喚、効果発動。このカードの召喚成功時、レベル4以下のモンスターを一体、手札から特殊召喚できる。俺は二枚目の『切り込み隊長』を特殊召喚」

 

 切り込み隊長☆3・地 ATK/DEF1200/400 ×2

 

「えっ、ちょっ……いきなり『切り込みロック』!?」

「幸先良いだろ? これを突破できるか、祇園? カードを二枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 笑みを浮かべながら宗達がターンエンドを宣言する。祇園は唸りながら、デッキトップに手をかけた。

 

「僕のターン、ドロー」

 

 フィールドを見る。並び立つのは、歴戦の勇士のような風貌をした二人の戦士。『切り込み隊長』――その効果は二つあり、一つは先程宗達が使用したもの。もう一つは、『切り込み隊長以外の戦士族モンスターを攻撃できなくさせる』という効果だ。

 これは実は二体並ぶと互いが互いを守るように効果が作用し、結果、相手プレイヤーが攻撃できなくなる。似たようなロック方法で『マジシャンズ・ヴァルキュリア』や『プロヴィデンスドラゴン』をそれぞれ二体並べることでできるものがある。

 片方を破壊できれば攻撃は可能になるが――……

 

「……考えても仕方がない。僕は手札から魔法カード『地砕き』を発動。相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターの中で一番守備力が高いモンスターを一体、破壊する」

「二体とも守備力は同じだから、片方が死ぬな。――ッツ、一瞬で破ってくるとは」

 

 祇園のプレイングに宗達が軽く両手で拍手をする。祇園は苦笑しながら次のカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

「『ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―』を召喚」

 

 ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―☆4・闇 ATK/DEF1500/1200

 

 金髪をポニーテールにした女性の魔導師が現れる。祇園にとってはずっと昔から持っているカードであり、思い入れの強いカードだ。

 

「ちっ、破壊耐性持ちか……仕方ねぇ。――リバースカード、オープン。『奈落の落とし穴』。攻撃力1500以上のモンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚された時、そのモンスターを破壊して除外する」

「ッ、なら僕は手札から『ヘルカイザー・ドラゴン』を捨ててドラゴン・ウイッチを破壊から守る!」

 

 手札からドラゴン族モンスターを捨てることにより、ドラゴン・ウイッチは破壊を無効にできる。視線の先では宗達が肩を竦めた。

 

「ま、当然だわな。――よし、来い」

「いくよ、ドラゴン・ウイッチで切り込み隊長に攻撃! ドラゴン・ソング!」

 

 魔術師と戦士が激突する。一瞬拮抗したように見えたが、すぐに結果は現れた。切り込み隊長が押し負け、爆散する。それと同時に宗達のライフポイントが減った。

 

 宗達 LP4000→3700

 

「僕はリバースカードを二枚セット、ターンを――」

「――そのエンドフェイズ、伏せていた『サイクロン』を発動だ。右側のカードを破壊」

「…………ッ!」

 

 発生した竜巻により、伏せカードが破壊される。エンドサイク、と呼ばれるテクニックだ。トラップカードは伏せたターンには発動できない。相手のターンに伏せカードを発動させずに破壊するための技術だ。フリーチェーンカードを発動させずに破壊することもできるテクニックで、プロの間では広く使われる技術である。

 

「破壊したのは……『和睦の使者』か。フリーチェーン、それも厄介なのを破壊できたから良しとしようか」

「……ターンエンド」

「んじゃ、ドロー」

 

 宗達の手札は今のドローで三枚。対し、祇園は手札が二枚。ただ宗達の場には何もなく、祇園の場にはモンスターとリバースカードが一枚ずつ。現在は祇園が優勢だが……。

 

「ふーむ、どうしたもんかね。ま、守備固めで行くか。『コマンドナイト』を召喚。――バトル」

 

 コマンド・ナイト☆4・炎 ATK/DEF1200→1600/1900

 

 炎属性らしい、赤の衣装。どことなくチェスの駒を思わせる衣装をした戦士が現れる。その戦士は剣を構えると、真っ直ぐにドラゴン・ウイッチへと攻撃を仕掛けた。

 激突。一時は持ち堪えるものの、ドラゴン・ウイッチの細腕では戦士の一撃には耐えられない。祇園はすかさずドラゴンウイッチの効果を発動する。

 

「ッ、ドラゴン・ウイッチの効果発動! 手札の『神竜―ラグナロク―』を捨て、破壊を無効にする!」

「だがダメージは受けて貰うぞ」

「ぐっ!」

 

 祇園 LP4000→3900

 

 たかが百ポイント。だが、正直旗色が悪い。手札もあまりよくない以上、このままではコマンド・ナイトを突破できない。

 

「俺はターンエンド。さ、来い」

「僕のターン、ドロー。……手札から『ロード・オブ・ドラゴン―ドラゴンの支配者―』を召喚」

 

 ロード・オブ・ドラゴン―ドラゴンの支配者―☆4・闇 ATK/DEF1200/1100

 

 あの伝説のデュエリストにして海馬コーポレーション社長、海馬瀬人も使っている竜人が姿を見せる。その姿を見て、ほう、と宗達が声を漏らした。

 

「ソイツじゃコマンド・ナイトを超えられないが……どうするつもりだ?」

「こうするよ。――ロード・オブ・ドラゴンを生贄に、『モンスターゲート』を発動!」

「何だと?」

 

 宗達が眉をひそめた。だが、これが現状で打てる最上の一手だ。

 

「デッキから一枚ずつカードを墓地に送り、その中に通常召喚可能なカードがいればそのモンスターを特殊召喚する。――ッ、『メタモルポット』を守備表示で特殊召喚!」

 

 メタモルポット☆3・地 ATK/DEF700/600

 

 瓶の中に巨大な目のある不可思議なモンスターが現れる。祇園としては唇を噛むしかない。祇園のデッキには強力なパワーを持つモンスターが多い。そのうちの一体が出ればと思ったら、よりによってこのモンスターが現れるとは。

 

「ドラゴン・ウイッチを守備表示に。……ターンエンド」

「当てが外れたか。まあ、モンスターゲートは凶悪だが博打性が強い。そんなもんだろ。……俺のターン、ドロー。ふむ、成程。俺も手札が厳しいな。となると……」

 

 宗達はチラリとメタモルポットを見る。そして、楽しげな笑みを浮かべた。

 

「カードを一枚セットし、手札から『クイーンズ・ナイト』召喚!」

 

 クイーンズ・ナイト☆4・光 ATK/DEF1500→1900/1600

 

 チェスのクイーンをイメージしたのであろう、一人の女性騎士が現れる。そのモンスターの登場で、観客席から小さなざわめきが飛んできた。

 

「あれはデュエルキングの……!」

「『絵札の三剣士』だと!?」

「あんなレアカードをどこで……!」

 

 伝説のデュエルキング、武藤遊戯。彼が神への布石として利用した三剣士。元々販売枚数が少なかったうえに武藤遊戯が使ったとして有名になったカード群だ。祇園としても驚きである。

 それに、もう一つ。

 

「そのカード、表記が……」

「お、気付いたか? そ、英語だ。向こうの全米オープン五位入賞の賞品としてもらってなー。折角だから組んでみた」

「賞品?」

 

 その言葉に祇園は引っ掛かりを覚える。それに気付いたのだろう、宗達は楽しげに笑った。

 

「別にこのデッキも弱いつもりはねぇが……俺の本気ではないことも確かだ。ま、気ィ悪くしないでくれ。手ェ抜いてるわけじゃないし」

「いや、別にそこは気にしてないんだけど……」

「そうか?――そんじゃあいくぜ、クイーンズ・ナイトでメタモルポットに攻撃!」

 

 宗達の指示を受け、動き出す絵札の騎士。破壊される――そう思った瞬間。

 

「――手札より速攻魔法発動! 『月の書』! モンスター一体を裏側守備表示にする! 指定すのはメタモルポットだ!」

「なっ!?」

 

 裏側守備表示になるメタモルポット。しかし、すぐさまクイーンズナイトによって表側にされ、切り裂かれる。

 だが、そんなことよりも――

 

「メタモルポットのリバース効果発動……! お互いのプレイヤーは手札を全て捨て、デッキからカードを五枚ドローする……!」

 

 言いながら祇園は手札を墓地に送り、デッキからカードを引く。宗達の伏せカード。アレはこれを見越してのことだったのだ。

 これで宗達は手札を五枚に補充した。まさかこんな方法で利用してくるとは……!

 

「更にコマンド・ナイトでドラゴン・ウイッチを攻撃!」

「手札の『ダーク・ホルス・ドラゴン』を捨てて破壊を無効に!」

「ま、そうだろうな。カードを二枚セット。ターンエンドだ」

 

 増えた手札から、おそらく万全だろう手を打ってきた。祇園は歯噛みしながらも、デッキトップに手をかける。

 

「僕のターン、ドロー!……僕は手札から『アックス・ドラゴニュート』を召喚!」

 

 アックス・ドラゴニュート☆4・闇 ATK/DEF2000/1200

 

 ☆4モンスターの中では最高峰の攻撃力を持つモンスターが召喚される。攻撃後に守備表示となる弱点があるが、それでも優秀なモンスターだ。

 宗達の方を見る。伏せカードの発動はない。ならばアレはおそらく攻撃型反応トラップか別の何かだ。

 

「僕は更に手札から『竜の鏡《ドラゴンズ・ミラー》』を発動! 自分フィールド上及び墓地から必要な素材となるモンスターをゲームから除外し、ドラゴン族の融合モンスターを融合召喚扱いで特殊召喚する! 墓地の『神竜―ラグナロク―』と『ロード・オブ・ドラゴン―ドラゴンの支配者―』をゲームから除外し――『竜魔人キングドラグーン』を融合召喚!」

 

 竜魔人キングドラグーン☆7・闇 ATK/DEF2400/1100

 

 一体の竜神が現れる。そしてドラゴンデッキでこのモンスターが出たならばここから一気にモンスターたちが展開される。

 

「竜魔人キングドラグーンの効果発動! 一ターンに一度、手札からドラゴン族モンスター一体を特殊召喚できる! 降臨せよ、『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』!」

 

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10・闇 ATK/DEF2800/2400

 

 レベル10という破格のレベルを持つ、レッドアイズの究極系。その竜は降臨と共に大きく咆哮を上げた。

 そしてレッドアイズの効果は協力無比。ここで――押し切る!

 

「レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンの効果発動! 一ターンに一度、手札・墓地からドラゴン族モンスターを一体特殊召喚できる! 僕は手札から――現れろ、『ライトパルサー・ドラゴン』ッ!」

 

 ライトパルサー・ドラゴン☆6・光 ATK/DEF2500/1500

 

 純白の竜が降臨し、大きく嘶く。怒涛の展開ラッシュに会場は呆気にとられていた。

 

「何という展開力だ……! これが祇園の実力……!」

「うう、僕これにやられたことあるッス……」

「くぅーっ! 凄ぇ! 凄ぇぜ祇園!」

 

 三沢と翔、そして十代の声がそれぞれ届く。祇園としては苦笑するばかりだ。

 今の祇園の場には、

 

 ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―☆4・闇 ATK/DEF1500/1200

 アックス・ドラゴニュート☆4・闇 ATK/DEF2000/1200

 竜魔人キングドラグーン☆7・闇 ATK/DEF2400/1100

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10・闇 ATK/DEF2800/2400

 ライトパルサー・ドラゴン☆6・光 ATK/DEF2500/1500

 

 この五体のモンスターが並んでいる。圧倒的な展開力。これこそが本人は知らないが夢神祇園がデュエル・アカデミア一年生の中で十代、三沢と並んで『最強』の一角と噂される理由である。

 そしてそれを目にしている対戦相手――宗達は、ヒュウ、と口笛を鳴らした。

 

「おっそろしい展開力だなオイ。成程、雪乃を倒したのはまぐれじゃねぇわけか」

「そう言ってもらえて嬉しいよ。――いくよ、バトル! レッドアイズでコマンド・ナイトに攻撃! 続けてライトパルサー・ドラゴンでクイーンズ・ナイトに攻撃!」

「ぐうっ!」

 

 宗達LP3700→2500→1500

 

 一瞬で宗達の場が空になる。祇園は更に言葉を紡いだ。

 

「キングドラグーンで攻撃!」

「おっとそれは通さん! 手札より『バトルフェーダー』を特殊召喚! 相手モンスターの直接攻撃を無効にし、バトルフェイズを強制終了する!」

「なっ!」

 

 バトルフェーダー☆1・闇 ATK/DEF0/0

 

 突如現れた機械のようなものに遮られ、キングドラグーンが攻撃を諦める。決めきれなかった――その後悔と共に、祇園は呟くように告げた。

 

「……僕はこれでターンエンド」

「んじゃ俺のターンだな、ドロー。――良いもん見せてもらったぜ祇園。今の展開、レダメとライパルが揃っちまえば相当面倒なことになるのは俺も知ってる。突破できる奴なんざそうそういねぇだろ。できるとしたらカイザーと……そうだな、ここにいる俺ぐらいか?」

 

 自信満々に言ってのける宗達。そして彼は、宣言するように言い放った。

 

「オマエは強い。認める。アメリカでも通用するんじゃねぇかと思うくらいだ。――だが、俺にもプライドがあるんでな。負けてはやらねぇ」

「……うん。僕も負ける気はないよ」

「上等だ」

 

 頷き、そして宗達が楽しそうに笑う。その表情に、祇園は見覚えがあった。

 そう、これは。

 十代が逆転を演じる時のような、勝利を確信した時の笑顔。

 

「リバースカードオープン! 『リビングデッドの呼び声』! これにより墓地のクイーンズ・ナイトを攻撃表示で特殊召喚! 更に『キングス・ナイト』を召喚! 効果発動! クイーンズ・ナイトがいる時に召喚に成功したため、デッキから『ジャックス・ナイト』を特殊召喚だ!」

 

 クイーンズ・ナイト☆4・光 ATK/DEF1500/1600

 キングス・ナイト☆4・光 ATK/DEF1400/1600

 ジャックス・ナイト☆5・光 ATK/DEF1900/1500

 

 並び立つ絵札の三剣士。実に壮観だ。

 そしてこの三体が並ぶということは、イコールであのモンスターの登場ということでもある。

 

「リバースカードオープン! 『融合』! 絵札の三剣士を融合し――現れろ、『アルカナ・ナイト・ジョーカー』!」

 

 無数のトランプが宙を舞い、その中心に二振りの剣を持った騎士が現れる。デュエルキング武藤遊戯も使ったとされる伝説の騎士、アルカナ・ナイト・ジョーカーだ。

 

 アルカナ・ナイト・ジョーカー☆9光 ATK/DEF3800/2500

 

 その圧倒的な威圧感に、観客たちも息を呑む。宗達が楽しげに更にカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

「俺は手札から永続魔法、『一族の結束』を発動。墓地にいるモンスターの種族が一種類のみの時、自分フィールド上のモンスターはその攻撃力を800ポイント上昇させる」

 

 これでアルカナ・ナイト・ジョーカーの攻撃力は4600。かの究極竜さえも超えてしまった。

 だが、一体だけなら耐え切れる。そう思ったのだが――

 

「戦士族デッキでこのカードもどうかと思うが、仕方ないわな。強いし。――装備魔法『魔導師の力』をアルカナ・ナイト・ジョーカーに装備。俺の魔法・罠ゾーンのカードの数×500ポイント装備モンスターの攻撃力を上げる。さて、俺の場には一族の結束と伏せカード、更に魔導師の力。攻撃力は1500ポイントアップ」

 

 アルカナ・ナイト・ジョーカー ATK3800→4600→6100

 

 最早攻撃力は圧倒的の一言だ。祇園は、ふう、と息を吐く。

 

「負け、かぁ……」

「強かったぜ祇園。またやろう」

「うん。今度は負けないよ」

「おうよ。――アルカナ・ナイト・ジョーカーでアックス・ドラゴニュートに攻撃!」

 

 攻撃力6000オーバーの騎士に、流石のドラゴンといえど敵うわけがない。一刀の下に切り捨てられる。

 

 祇園LP3900→-200

 

 そして、同時に決着の音が鳴り響いた。

 ふう、ともう一度息を吐く。あと少しだったのだが……。

 

「流石に、世界レベルの相手は格が違うか……」

「凄ぇな祇園! めちゃくちゃ面白かったぜ! なぁ宗達! 次は俺とやろうぜ!」

 

 十代がフィールドに上がりながらそんなことを言ってくる。宗達も楽しそうに頷いた。

 

「お、いいぞ来い。ボンボンは雑魚だがブルーの中では一番らしいしな。オマエさんにも期待してる」

「よっしゃー! デュエルだ!」

「おう! デュエル!」

 

 デュエルディスクを構え、十代と宗達が向かい合う。それに苦笑しながら祇園はフィールドを降りると、ふと観客席を見た。

 隠れるようにして見えるのは、見覚えのあるツインテールの少女。

 ――藤原雪乃がこちらを見ていることに、気が付いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 夜。レッド寮における宗達の部屋は祇園と同室だったらしく、二人は自室で台所を借りて祇園が適当に作った料理を挟んで談笑していた。つい先程まで十代や翔、隼人もおり、デュエル談議に花を咲かせていたのだが流石に時間が時間ということで部屋に戻っていった。

 ちなみに十代と翔にはそれぞれ宗達が海外で手に入れたというカードを何枚か渡していた。宗達としては隼人にも渡したかったようだが、シナジーするカードがなくデッキのアドバイスなどをしている。

 また、祇園も十代には一枚だけ『HERO』のカードを渡した。持っていても使えないし、十代なら大事にしてくれるだろうと思ってこのことだ。代わりに一枚、ドラゴン族モンスターを貰った。その能力を見た翔は何やら渋い顔をしていたが、祇園としてはとても嬉しい。今は早速デッキ構成を考えている状態だ。

 

「……ありがとうな」

 

 祇園の持っているカードは僅か百枚程度だ。なので選択肢は多くないのだが……それでもこうしてデッキを弄ることには意味がある。それと睨み合いをするようにしている祇園へ、宗達がいきなりそんなことを言い出した。

 

「正直、不安はあったんだ。俺ァあれだ、俗に言う『不良』みてぇなもんだし……昔住んでた童見野町じゃそういう方向で知ってる奴も多い。別に一人でいることは慣れてるが、それでも信用できる人間がいねぇのは本当に辛い」

「……宗達くんは僕たちに何か悪いことをするつもりなの?」

 

 問いかける。すると宗達は少し驚いた表情を見せ、すぐに首を左右に振った。

 

「いや、そんなつもりはねぇよ。オマエらはその……『友達(ダチ)』だって思いてぇし」

「だったらそれで充分。デュエルにはその人の性格が出る――僕の知り合いがよくそんなことを言ってた。宗達くんは強いし、真っ直ぐだったよ。悪い人じゃないと思う」

「……そうかい」

 

 祇園の言葉に、呟くように宗達は応じる。そのまま彼は鞄からカードの束を取り出すと、祇園の方へと投げ渡してきた。それを受け取り、祇園は首を傾げる。

 

「これは……?」

「礼と、お近付きの印って奴かな? その束は俺が個人的に『使える』って判断した凡庸の魔法・トラップカードとモンスターを集めたもんだ。オマエ見たところ持ってるカードが少ない口だろ? やるよ」

「い、いいよこんなに! 高いでしょ!?」

 

 祇園は思わずカードを返そうとする。そんな祇園に対し、くっく、と楽しそうに宗達は笑った。

 

「それは全部一枚十円だの五円だのガキでも見向きもしねぇようなストレージから漁って来たもんだ。『サイバー流』だかなんだか知らねぇが、リスペクトがどうたらと講釈垂れる流派のおかげでアホみてぇに安く手に入る。使ってくれよ。礼だ、それは。この飯のな」

 

 笑ったまま、宗達は祇園が作った軽食を指し示す。祇園はしかし、それでも悩む。

 もともとカードパックを買うことさえも難しい程に困窮しているのが夢神祇園という少年だ。そんな彼にしてみれば、『安い』と言われても受け取るのには躊躇してしまう。

 それに宗達はこのカード群を『使える』と評価している。つまり、これらのカードを彼は使うつもりだったはずなのだ。それを受け取るのは――

 

「――受け取り辛いなら、『借り』だって思ってくれればいい」

 

 そんな祇園の態度に何か思うことがあったのか、楽しげに宗達は言った。

 

「俺はあれだ、ここ卒業したら……もしかしたら卒業前にプロデュエリストになるかもしれねぇが、どっちにせよプロリーグに行くことが決定されてる。俺としても望むところだ。無理して奨学金貰ってここに来てんのも、俺を育ててくれた孤児院のためだしな。

 だから、俺はそこで待ってる。オマエより先にそこに行って、待ってる。

 倒しに来い。いや、在学中でも構いやしねぇ。さっき十代にも言ったが、張り合いのない学校生活なんざクソだ。そんで俺を倒したら……その時にオマエが俺にアドバイスなり何なりしてくれりゃあいい」

 

 聞き覚えのある台詞に、祇園はハッとなった。プロの世界――そこで待つと言ってくれた無二の親友のことを思い出す。

 彼女もまた、言っていた。

 

〝ウチを倒してくれたらええ。それが『借りを返す』や〟

 

 強者だからこそ紡げる、『待つ』というその台詞。祇園は知らず笑みを浮かべていた。

 そこまで言ってもらって黙っているほど、器は狭くない。

 

「うん。――ありがとう」

「おうよ」

 

 宗達の返事を聞き、祇園はカードを見ていく。成程、確かに優秀なカードが多い。『魔宮の賄賂』や『威嚇する咆哮』、『天罰』……『地砕き』に『地割れ』、モンスターでは場合に寄るが優秀な生贄要因に成り得る『レベル・スティーラ』などがある。

 確かに強力なカード群だ。本当に十円ストレージにあったのかを疑ってしまう。まあ、確かにカードの状態はあまりよくないのだが……。

 

「でも、こんなにあるならどうしてさっき十代くんたちがいる時に出さなかったの?」

「ん? ああそりゃあれだ。あんまり言いたくねぇが……あのメガネ、丸藤ってのはカイザーの弟だろ?」

「翔くんのこと? お兄さんがいるっていうのは聞いたことあるけど……」

「雰囲気は似ても似つかないけどな。だが、ありゃ間違いなく『サイバー流』を修めてる。気付いたか? さっき俺がオマエや十代と『カウンター罠』やら『モンスター除去』なんて相手の妨害系カードの話してた時、俺のこと睨んでたぞ。無視してたけど」

「ええ? まさか……」

 

 翔は常に自信がなく、落ち込むことも多いどちらかというと後ろ向きな性格だ。そんな翔が宗達を睨むようなことはないと思うのだが……。

 

「まあ、気持ちもわかる。だが、サイバー流を修めてる連中ってのは皆そんなもんだ。リスペクトデュエル、なんて俺からしてみりゃ相手を侮ってるとしか思えねぇ主義を通すような連中だしな。そいつらによると、デュエルってのは『相手の全力を見極め、出させた後にそれを更なる力で叩き潰すもの』なんだとよ」

「相手の全力を、更なる力で……?」

「な、馬鹿にしてるだろ?――自分たちは『パワー・ボンド』なんていう超パワーカードを握ってるくせに、それを例えば『魔宮の賄賂』で打ち消そうもんなら『卑怯』だの『外道』だの相手を罵る。妙だとは思わないか、プロでのカウンタートラップを中心とするカードの使用率の低さが。ありゃサイバー流のせいだ」

 

 湯呑で茶を啜りつつ、宗達は言う。祇園としてはそのサイバー流というものの考え方には疑問を抱くしかない。

 いつでも強力なモンスターを出せるわけではない以上相手のモンスターを除去していく手段は必要だし、妨害とて然りだ。通せば負ける場面でそれを通すのはただのバカがやることである。

 祇園の表情を見、宗達はその考えを感じ取ったのだろう。笑みを浮かべて言葉を紡いだ。

 

「――だからオマエにそれを渡したんだよ。ついでにこいつもやる」

 

 そうして宗達が寄越してきたのは、一枚のカード。闇属性の上級ドラゴンだ。

 だが、このモンスターの効果。それは先程の『サイバー流』の理念に真っ向から反している。

 

「俺はサイバー流が嫌いだし、あんなふざけた考え方は滅びればいいと思ってる。人のデッキを卑怯だの外道だのと声高に叫んで、自分たちの切り札『パワー・ボンド』を通しやすくする。負けりゃあこれまた相手を『外道』呼ばわり。そんなもんの教えを信じてるクソガキにまで優しくするほど、俺の根は優しくない」

 

 立ち上がり、宗達が部屋を出て行こうとする。消灯時間はとっくに過ぎているというのに何処へ行くつもりか――そう思ったが、口に出す前にその答えに思い至った。

 

「そういえば藤原さん、見に来てたよ? 決闘場の観客席にいた」

「……ありがとよ。ホント、オマエには借りができてくなぁ」

 

 宗達が部屋を出て行く。祇園はそれを見送ると、十代と宗達からそれぞれ受け取ったカードに視線を落とした。

 二体の竜。その名を思わず口にする。

 

「――『光と闇の竜』と『冥王竜ヴァンダルギオン』……」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 夜の女子寮に忍び込むことは難儀だが、不可能ということではない。覚悟と注意力、そして体力があればどうにかなる。

 もっとも、だからといって実行する者は皆無だが。

 音を殺し、一人の青年が女子寮へと入っていく。セキュリティは確かに強力だが、それはイコールで侵入不可能を意味することはない。

 そして、青年は目的の部屋へと辿り着く。

 

 ――コンコン。

 

 酷く静かなノックの音が響き渡った。時間は深夜に差し掛かっているというのに、ノックの音が嫌に響く。

 

「――どちら様かしら?」

 

 ドアの向こうから、そんな声が届いた。わかっているだろうに、その問いかけ。青年は僅かに苦笑する。

 

「ただいま」

 

 紡いだ言葉は、それだけだった。相手が息を呑んだのが伝わってくる。

 

「……随分、遅い帰宅ね」

「ああ。……帰って来るかどうか、迷ってたからな」

「…………」

「俺はどんだけ取り繕っても不良生徒の札付きだ。俺自身がどう思っても、オマエがどう思ってくれても……それはどうしようもない。だから、迷った。帰って来るべきじゃないんじゃないかって。オマエにまた、辛い想いをさせちまうんじゃないかって」

 

 紡がれた言葉は、偽りのない想い。

 だからこそ――ゆっくりと、少しずつ、告げていく。

 

「ここに来る前、オマエの家に行ってきたよ」

「…………ッ!?」

「思いっ切り殴られた。当然だわな。オマエを泣かせて、傷物にして……逃げたようなもんだったしな。でもさ、それでもそうすることがケジメだって思ったんだ。追い出されたけど一週間くらい粘って、それでまた殴られて……でもな、俺は。俺はそれでも――オマエを諦めることができなかった」

 

 生まれも定かではない、路傍のクソガキだった自分。

 全てを敵に回し、孤立していた自分。

 そんな自分に声をかけてくれたのは、彼女だけだったから。

 

「俺は強くなったぞ、雪乃。昔、オマエは俺を助けてくれた。その時のオマエに比べりゃ本当にちっぽけで、いつ折れちまうかわかんねぇほど頼りないけど……それでも、少しは強くなった」

 

 言う。口にする。

 想いを、ただ。

 

「――迎えに来たぞ」

 

 扉が、開いた。そのまま青年は部屋へと連れ込まれる。

 

「私を待たせる男なんて、アナタぐらいよ?」

 

 部屋が暗いせいでその表情はよく見えない。だが、それでも。

 彼女が震えていることは、わかったから。

 

「ただいま」

 

 ゆっくりと、その体を抱き締めた。

 ――もう一度、思い切り頬を叩かれて。

 

 二つの唇が、当たり前のように重なった。



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第六話 闇のゲーム、悪魔の進軍

 深夜。レッド寮の食堂で、小さな明かりが灯っていた。

 静かな夜。時計の針が動く音が嫌に響く中、静かな語り声が部屋の中に響き渡る。

 

「……その人は、幼いころから一つのぬいぐるみを大事にしていたんだって。もうボロボロになっていて、微妙に綿がはみ出している部分があったりもしたんだけど……それでも、枕元にずっと置いていたんだ。でも、ある日から急に悪夢を見るようになってしまった」

 

 語り部の言葉を聞くのは四人。誰もが真剣な表情をしており、一人に至っては本気で震えている。

 

「気味が悪くなったその人は、友達の家に逃げ込んだんだ。そしたら、ぴたりと悪夢は見なくなった。

 それからしばらくは、何もない日々が続いたんだ。けれど、ある日。偶然目にしたテレビで、こんなことを言ってたんだ。

『子供の頃に枕元に置かれた人形は、子供の夢を食べる守り神。しかし、大人になると悪夢を食べきれなくなって、今までずっと溜め込んできた悪夢が外に出てしまう。だから、そうなる前に捨てなければいけないんだ』って。

 それは心霊番組の話だから、半信半疑だったんだけど……思い出したんだ。所々ほつれていた人形を。ずっと見続けていた悪夢は、そこから零れ出たモノなんじゃないかって思ってしまった。

 一度疑えば、もう忘れることはできない。その人は裁縫セットを持って自分の家に走った。久し振りに自分の家は、変わっていないようで……明らかに、何かが変わっていた。

 重い空気の中、逃げ込むように寝室へと入って――そして、人形を見る。

 今にも弾けだしそうな人形は、けれどまだ裂けてはいなかった。その人は息を切らしながら人形に手を伸ばして――

 

 ぶちっ

 

 手を触れるその瞬間に、人形は裂けた。

 ……後日、その人のことが気になって友人が訪ねてみると、鍵は開けっ放しで……寝室には、中身がなくなった人形だけが落ちていたそうだよ」

 

 これで終わりだよ――語り部であった夢神祇園がそう締めて視線を上げると、話を聞いていたメンバーが一様に渋い顔をしていた。楽しそうな表情をしているのは遊戯十代だけである。

 

「うわー! 怖ぇー!」

「怖いってのはそんな楽しそうに言うもんじゃないと思うんだがな」

 

 呆れた調子で十代に冷静な言葉を投げかけるのは如月宗達だ。いつもはどうやって忍びこんでいるのか女子寮の藤原雪乃の部屋で過ごす彼だが、今日はレッド寮にいる。その宗達は今のところ怖がっている様子はない。

 

「うう、僕の家の人形は大丈夫ッスかね……?」

「怖いんだな、怖いんだな……」

 

 そんな二人とは対照的に、本気で震えているのは丸藤翔と前田隼人の二人だ。そんな二人に対し、祇園が苦笑を浮かべる。

 

「まあ、あくまでお話だし。それに五つ星の話だしね」

 

 祇園は自身が山札からとったカード、『雷帝ザボルグ』を示しながら苦笑する。この遊びは山札からカードを一枚ずつ引いていき、引いたカードの星の数に応じた話をするという企画だ。

 

「五つ星でそれなら期待できるな。もっと上のを聞いてみたい」

「そういやさ、宗達。『帝』シリーズってかなりのレアカードだろ? 何で持ってるんだ?」

「パックで当てた。つっても持ってんのはこのザボルグだけだけどな。……何でこいつだけ他の帝と違う五つ星なんだろうな?」

 

 ザボルグのカードを見ながらそんなことを呟く宗達。『帝』シリーズはそのモンスター全てが生贄召喚の際に効果を発動し、また、攻撃力2400という共通点を持つことで有名なモンスターたちだ。しかし、強力かつ単純であるが故に重宝され、数も少ないために大変高価なカード群である。

 その中でザボルグは唯一☆5のモンスターだったりする。理由があるらしいが……まあ、それは正直どうでもいいことだ。

 

「ま、いいや。次は俺だな。……『バニーラ』かよ。☆1とか」

「前から思ってたけど、宗達ってドロー運あんまりないよな」

「黙れチートドロー。オマエみたいなのがおかしいんだよ」

「あはは……」

 

 宗達と十代のやり取りには苦笑するしかない。十代のチートドローもそうだが、宗達のドロー力の低さにも思い当たる部分が多いからだ。それについては本人も理解しているようなので、今更なのだが。

 

「んー? 何してるんだにゃー?」

 

 宗達が話を始めようとした瞬間、背後から声が聞こえてきて全員で体を震わせる。見ると、猫のファラオを抱いたレッド寮の寮長である大徳寺先生が立っていた。細身の教師で、『錬金術』なる授業を担当する教師だ。

 

「だ、大徳寺先生かよ……。驚かせないでくれよ、先生」

「びっくりした……本当に出たのかと思っちゃった」

 

 息を吐く。気配がなかったせいで本当に驚いた。大徳寺はそんな祇園たちを見ると、全く、と口を開いた。

 

「消灯時間はとっくに過ぎてるんだにゃー。五人とも、早く寝るんだにゃ」

「すみません……」

「それと如月くん。響先生から罪状は聞いてるにゃ。しばらくは大人しくしておいた方がいいと思うにゃー」

「ういッス。まあ、大徳寺さんには逆らいませんよ」

「先生、だにゃ」

「うーい」

 

 机に突っ伏しながら、だらりとした口調で言う宗達。態度はこんなだが、宗達は大徳寺に対して祇園から見て大分敬意を持っているように思える。校長である鮫島や、技術指導最高責任者であるクロノスには真っ向から対立するようなことも多いのだが、大徳寺を始め響など宗達に対して普通に接してくる教師には一定以上の敬意を表している。

 その大徳寺は机を見ると、何をしていたのかを問いかけてきた。十代が怪談のことを説明すると、大徳寺はおもむろにカードを一枚引く。

『F・G・D』――☆12の、基本攻撃力においては神すらも上回るカード。

 

「ふむ、じゃあこの話をしようかにゃ――」

 

 そうして大徳寺が語り出したのは、この島にある『廃寮』についてだった。

 元々は特待生のために作られた寮なのだが、そこでは何度も何度も生徒が行方不明になるという事件が起こったらしい。その原因も結局は不明で、最終的に廃寮となったとのことだ。

 

 ……それ、本当ならかなり危ない事件なんじゃ……。

 

 世間に公表されていない事件――下手をすればアカデミアの是非を問われるような問題だ。後で彼女に聞いてみよう、と祇園は内心で頷く。

 そしてそのことを語り終えると、大徳寺は「早く寝るように」という言葉を残して立ち去って行った。

 夜も遅い。本来ならここで解散すべきなのだが――

 

「廃寮かぁ……」

 

 声色に好奇心を一杯に滲ませた声が聞こえる。ああ、と祇園が思った瞬間。

 

「よっし! その廃寮に探検に行こうぜ!」

 

 予想通りの台詞を、十代が口にした。

 ……やっぱり。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 十代の好奇心に連れ回される形で廃寮に出向くのは、祇園、十代、宗達、翔、隼人の四人だ。島の外れにあるという情報を頼りに、薄暗い森の中を進んでいく。

 昼間は情緒のある森も、夜となれば一気にその様相を変える。隼人や翔などは、物音がする度に悲鳴を上げている始末だ。

 

「つーか、行方不明とか普通に大事件だろ。色々と暗い部分が見えるのは気のせいかねぇ……」

「あ、宗達くんもやっぱりそう思う?」

 

 懐中電灯を持って先頭を進む十代の後を追いながら宗達が呟いた言葉に、祇園がそう言葉を紡ぐ。十代たちは疑問に思っていなかったようだが、やはりあの話はおかしい。

 

「義務教育が終わってるっていっても、学生だ。それが行方不明って……妙だよなぁ」

「うーん。校長先生は知ってるのかな?」

「さぁな。あのクソジジイなんざどうでもいい」

 

 吐き捨てるように宗達が言う。祇園は思わず問いかけていた。

 

「宗達くんって、校長先生が嫌いなの?」

「嫌いだよ。口ばっかの奴なんて好きになれるはずがない。そもそもサイバー流自体が嫌いだしな、俺」

 

 宗達が視線を僅かに翔の方に向けるが、翔はこちらに気を向ける余裕はないらしい。隼人と共におっかなびっくりついて来ている。

 

「ま、俺の身の上話なんてどうでもいい。……大徳寺さんのほら話ならいいんだけどな」

「その可能性の方が高いと思うけどね」

「まーな」

 

 宗達が頷く。そんな風に二人で会話をしていると、前方から十代が声を張り上げてきた。

 

「おーい! 着いたぜー!」

 

 その声のする方へと歩を進め、森を出る。視界に入ったのは、ある意味想像通りの建物だった。

 古ぼけたレンガ造りの門。その奥にある洋館の周囲には雑草が覆い茂り、建物も壁は剥がれ、窓は割れ、これ以上ないくらいに酷い様相を呈していた。

 

「何でこれを撤去しないんだろう……?」

「果てしなく同感だ。どんだけ怠慢なんだ」

 

 祇園の言葉に、呆れた調子で宗達が言葉を紡ぐ。その隣では、翔と隼人がそれぞれの感想を漏らしていた。

 

「うわー……いかにもって感じッス……」

「ああ、面白そうなんだな」

「……オマエさん、怖がりのくせにホラー好きとか妙な嗜好してんな」

「ワクワクするなぁ。早速入ってみようぜ!」

 

 十代がそう促し、全員で一度目線を合わせてから一歩を踏み出す。『立ち入り禁止』と書かれたテープをくぐり、中と――

 

 

「――そこにいるのは誰ッ!?」

 

 

 いきなり聞こえてきた声に、その場にいた全員が身を竦ませた。翔と隼人は勢い余って転倒しており、祇園が「大丈夫!?」と声を上げる。

 

「誰だ!?」

 

 そんな中、十代が声のした方へと懐中電灯を向けた。草むらが揺れる音が響き、その奥から人の姿が浮かび上がる。

 そして、現れた人物に全員が安堵の息を吐いた。現れたのはこちらが良く知る人物だったからだ。

 

「あなたたち……どうしてここに?」

「それはこっちの台詞だぜ、明日香」

「というよりは両方の台詞だな」

 

 驚きで目を丸くしているのは――天上院明日香だ。その彼女に対する十代の台詞に、宗達が冷静な言葉を紡ぐ。

 とりあえず知り合いで良かった……そんな風に祇園がホッとするのもつかの間、明日香は必死の様子で声を上げる。

 

「ここは危険よ! この廃寮で過去に何人も生徒が行方不明になっているのを知らないの!?」

 

 その言葉の調子を見るに、嘘ではないのだろう。祇園は思わず宗達へ視線を送るが、宗達は何かを考え込んでいるのか腕を組んでいるだけだ。

 

「へへっ、そんな迷信信じないね」

 

 明日香の言葉に応じる十代。確かに十代の言う通り、普通は迷信だと思うものだ。しかし、明日香の様子は――

 

「迷信なんかじゃないわ! 本当にここは危険なのよ!」

「ど、どうしたんだよ明日香。らしくないぜ?」

 

 十代の問いかけ。それに対する明日香の答えは、あまりにも重いものだった。

 

「――私の兄が……ここで行方不明になったのよ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 明日香からもたらされた忠告――本来なら受け入れるべきなのだとは思うし、実際祇園は帰ることも選択肢に入れた。しかし、明日香が中に入っていくのを見、その考えを改める。

 

 ……何か、手がかりでもあれば。

 

 本当にここで行方不明者が出ていて、それが公になっていないのであれば大問題だ。出来ることは多くないだろうが、それでも動くだけの価値はあるように思う。

 

「埃っぽいなぁ……仕方ないんだろうけど……」

「薄暗いねぇ……それにしても。よくわからんもんが書かれてるし」

「『千年アイテム』って何だ?」

「オカルトチックな感じッスね……」

「うう、この目の紋様が怖いんだな……」

 

 廃寮の中を、五者五用の感想を口にしながら進んでいく。周囲には怪しげなものがいくつも転がっており、本当にここが学生寮だったのかを疑いたくなるような状態だった。

 

「七つの千年アイテム?……って何だろう。ん? これ……ねぇ、十代くん。これって」

「ん? どうした――って、何だこれ。写真か?」

「『10JOIN』ってなんだろうね?」

「んー、でもこの写真に写ってる人、明日香に――」

 

 

 ――――――――ッ!!

 

 

 響き渡ったのは、女性の悲鳴だった。その場の全員は視線を合わせると、一世に走り出す。

 

「明日香さんの声だ……!」

「明日香!!」

 

 声のした方へと走っていくと、随分と広いホールへ出た。その床には、ボロボロになったカード群が散らばっている。見覚えのあるカードたち――『サイバー・ガール』のシリーズは、明日香が好んで使うカードだ。

 カードを拾い始める。祇園たち。その途中で、祇園の視界に『それ』が映った。

 

 ――人影……!?

 

 咄嗟に走り出す。そして、曲がり角に入った瞬間。

 視界が、黒に染まった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「待っていたぞぉ、遊城十代、如月宗達ぅ……!」

「何者だ! 祇園と明日香を離しやがれ!」

「……部外者か。セキュリティがなってないねー、アカデミアも」

 

 タイタン、と名乗った男の背後で気を失った状態の明日香と共に、祇園は二人のそんな言葉を聞いていた。

 先程、人影を追って行った祇園はタイタンに待ち伏せされ、捕まってしまった。情けない話だが、自力ではどうにもならない。

 

「お前たち二人を叩き潰すのが私の目的……さぁ、デュエルだぁ……!」

「二人に何もしていないだろうな!?」

「安心しろぉ……眠っているだけだぁ……」

「そりゃ安心だ」

 

 タイタンの言葉に宗達が頷く。余裕そうに見えるが、地面を何度も足で叩いているところを見ると相当苛ついていることが見て取れた。

 

「で、俺たちが標的ってのは?」

「それは話せん」

「さいでっか。……何となく裏が見えるが、どうでもいいか。十代、俺が行きたいがどうする?」

「俺が明日香と祇園を取り戻す!」

「ならじゃんけんだな。じゃんけん、ホイッ! ホイッ! あいこで……よっし俺の勝ちー!」

「ちぇっ……じゃあ宗達、任せたぜ!」

「あいよ」

 

 友人が二人も捕まっているのに何と呑気なことか。二人はじゃんけんでどちらがデュエルするかを決めると、宗達がタイタンと向き合う位置でデュエルディスクを構えた。

 

「私は闇のデュエリストだぁ……! 降参するのなら今の内だぞ……!」

「やかましい。勝ったら吐いてもらうぜ、あんたの雇い主が誰かを」

「いいだろぉ……! 闇のゲーム……!」

 

 二人のデュエルディスクが展開され、宣言が行われる。

 

「「決闘(デュエル)!!」」

 

 二人が五枚のカードを引く。先行は――タイタン。

 

「先行は私だぁ……ドローぉ。私は手札より、『インフェルノ・クインデーモン』を召喚するぅ……!」

 

 インフェルノクインデーモン☆4炎ATK/DEF900/1500

 

 クイン、というだけはあって豪奢な居住まいをした悪魔が現れる。まあ、骸骨のようなその容姿はどちらかというとアンデットに近いのだが。

 

「ひっ、何スかあの強そうなモンスター!?」

「が、ガイコツ……」

「『デーモン』のカテゴリに入るモンスターだ。維持コストが必要な代わりに面白い効果を持ってる。珍しいっちゃ珍しいな」

 

 翔と隼人の言葉に宗達がそう解説を加える。それを聞いた十代が、へぇ、と言葉を紡いだ。

 

「ならタイタン! お前のライフは勝手に減っていくって事だな!」

「……そう上手くいけば苦労しないんだよ、十代」

「その通り、甘いなぁ遊城十代。――私は手札よりフィールド魔法カード『万魔殿パンディモニウム―悪魔の巣窟―』を発動ぉ! このカードの効果によって、デーモンたちはライフを払わずに済む。加えて、デーモンが破壊された時に、そのデーモンよりレベルが低い「デーモン」と名のつくモンスターを手札に加えることができるのだぁ。……私はカードを一枚伏せ、ターンエンドぉ」

 

 周囲が黒魔術のミサ会場のような様相になり果てる。立ち位置を考えると、まるで宗達が生贄のようにもめるのだから不気味だ。

 

「ライフだけじゃなくリカバリーもする。優秀っちゃ優秀なカードだな。――ドロー」

 

 言いながら、宗達がカードをドローした。その表情は渋い。相変わらず手札が噛み合っていないのだろう。

 宗達は本人も言うようにどうもドロー運が悪い傾向がある。それをリカバリーするためにサーチカードとドローソースが多いとあるテーマを使っているのだが……表情から察するに、やはり初手は酷いようだ。

 

「これでもマシな方ってのが泣けるな……タイタン、スタンバイフェイズだ。効果発動だろう?」

「なにぃ、知っているのかぁ? インフェルノクインデーモンの効果発動! デーモンと名のつくモンスター一体の攻撃力を1000ポイントアップさせるぅ!」

 

 インフェルノクインデーモンATK900→1900

 

 一気に攻撃力が下級アタッカーの中でもかなり優秀な部類にまで跳ね上がるインフェルノクインデーモン。翔が驚きの声を上げるが、宗達は気にした様子もない。

 

「デーモンシリーズの特徴はその攻撃力の高さ。……面倒臭いな。モンスターをセット、カードを2枚伏せてターンエンドだ」

 

 本来、宗達が使うデッキは凄まじい展開力と即効性を併せ持つデッキだ。祇園も一度、何もできずにやられたことがある。

 しかし、彼の持つ天性の運の悪さがそんなことを滅多に起こさせない。

 

「消極的だなぁ、ドローぉ。スタンバイフェイズ、インフェルノクインデーモンの効果発動ぉ。更に手札から『インターセプト・デーモン』を召喚!」

 

 インターセプト・デーモン☆4闇ATK/DEF1400/1600

 

 新たに姿を見せるのは、6本腕のアメフト選手のような姿をした悪魔だ。……腕が二本ならば、まともな悪魔にも見えるのだが。

 

「バトルぅ! インフェルノクインデーモンでセットモンスターに攻撃ぃ!」

「無駄だろうがやっとくか……リバースカードオープン、『次元幽閉』。攻撃してきたモンスター一体を除外する」

「無駄だぁ! インフェルノクインデーモンの効果発動ぅ! このカードが相手のコントロールするカードの効果の対象になった時、ダイスを振るぅ! 2・5が出た場合、その効果を無効にして破壊だぁ!」

 

 六つの珠に火が灯り、回転していく。現れた数字は――5.

 

「次元幽閉の効果を無効にし、破壊するぅ!」

「むっ……」

 

 次元幽閉が破壊され、衝撃が宗達の身体を薙ぐ。だが、攻撃は終わらない。セットモンスターへとインフェルノクインデーモンの攻撃が襲い掛かる。

 ――果たして現れたのは、蒼い鎧で身を包んだ武士だった。二つの棍棒を持つその武士はしかし、悪魔の攻撃に耐えられず爆散する。

 

 真六武衆-シナイ☆3水ATK/DEF1500/1500

 

「更にインターセプトデーモンで攻撃ぃ!」

「うおっ……!」

 

 宗達LP4000→2600

 

 追撃を喰らい、宗達のLPが削られる。そしてその瞬間、タイタンが何やら黄金の三角錐を取り抱いた。

 

「これは闇のゲームだぁ……! 敗北した時、その命を失うぞぉ……!」

「そ、宗達! お前身体が!」

「わーお、凄いなコレ」

 

 宗達の右脚と右腕の型から肘にかけてが消滅していた。

 闇のゲーム――タイタンの言葉が本当ならば、宗達のLPが〇になった時……宗達の身体が消滅する。

 

「…………手品もここまで来ると尊敬するねぇ」

 

 ボソリと宗達が何かを呟く。祇園が心配した声を上げると、軽く手を振って応じてきた。どうやら痛みなどはないらしい。

 

「まあいいや、ドロー。――一気にいくぜ? 手札から魔法カード『増援』を発動する! この効果により、デッキから『真六武衆―キザン』を手札に! そして召喚! 更にこのカードは場に『六武衆』と名のついたモンスターが存在する時、手札から特殊召喚できる!――『六武衆の師範』を特殊召喚!」

 

 真六武衆―キザン☆4地ATK/DEF1800/500

 六武衆の師範☆5地ATK/DEF2100/800

 

 現れたのは、黒い鎧を纏う長髪の侍と袴を纏う白髪の老人だ。共に武人と呼ぶのにふさわしい覇気を纏っており、見る者を圧倒する。

 

「上級モンスターをこうも容易く特殊召喚するだとぉ!?」

「その代わり六武衆の師範はフィールド上に一枚しか存在できないなんて制約があるがな。――行くぞ、キザンでインターセプト・デーモンに攻撃!」

「くっ、この瞬間インターセプトデーモンの効果発動! このカードが攻撃表示で存在する限り、相手の攻撃宣言ごとに相手は500ポイントのダメージを受ける!」

「地味に面倒だな」

 

 宗達LP2600→2100

 タイタンLP4000→3600

 

 二人のライフポイントが削られる。それを見て、翔と隼人が声を上げた。

 

「ああっ! 宗達くんの右腕とお腹がが完全に消えちゃった!」

「何言ってるんだな。消えているのは両足なんだな」

「…………え?」

「…………え?」

「……何それ?」

 

 消えている本人から、二人に対して冷静なツッコミが入る。それを聞き、そうか、と祇園が言葉を紡いだ。

 

「催眠術だ! 体が消えているのはインチキなんだ!」

「……ふん、何を言っているぅ?」

 

 タイタンが振り返ってくる。祇園は縛られた状態で、真っ直ぐにタイタンを見据えた。

 

「あなたの言っていることは嘘だ。あなたはおそらくマジシャンか何かで、体が消えていると錯覚させる催眠術を僕たちにかけていた。だから僕たちはそれぞれ消えて見えた部分が違う」

「なにをぉ、私は正真正銘の闇のデュエリストだぁ!」

「なら千年アイテムがいくつあるか言ってみろ!」

 

 十代が怒鳴るように問う。タイタンはその言葉をぶつけられると、一瞬呻いた。

 

「ぬ、うぅ……」

「――答えられないのなら、ペテン師ってこと……だなっ!」

 

 どもるタイタンに向かって宗達がそう言葉を紡ぎ、足元の意志を蹴り飛ばした。それは見事に偽物の千年パズルに直撃し、甲高い音を立てて粉砕する。

 

「ふん……バレた以上、貴様とデュエルする意味もなぁい!」

 

 そう叫ぶと、タイタンはすぐさま懐から煙幕弾を地面に叩き付けた。そのまま踵を返して逃げようとする。

 

「待て!!」

 

 十代が追おうとする声が響く。宗達はこちらへと走り寄ってくると、取り出したナイフで縄を外してくれた。

 

「ありがとう」

「礼はいい。とにかく――」

 

 追うぞ、宗達がそう言おうとした瞬間、異変が訪れた。

 

 ――巨大な一つ目。

 

 部屋の中央に突如それが現れ、光を放ち始めた。ここに来る途中に何度か見たものと同じ紋様――ウジャト眼、と記載されていたのを思い出す。

 

「タイタン! お前また性懲りもなくこんなことを!」

「ち、違う! 私ではなぁい!」

 

 直後、景色が一変した。

 四方上下全てが闇に閉ざされる。しかし、漆黒の闇の中にありながら互いの姿は確認できた。

 

「十代! 下がれ!」

 

 宗達が叫ぶ。瞬間、祇園と十代、タイタンの視界にもそれが映った。

 ――黒い魔物。

 まさしくそう表現するに相応しい。大きさは決して巨大ではないが、漆黒の牙を持つ生物が何体も湧いて来ていた。

 

「な、なんだこれは!?」

『クリクリ~!』

 

 驚くと同時、こちらへと飛びかかってくる魔物たち。しかし、突如十代のデッキから姿を見せた眩く輝く一体のモンスターがそれを振り払った。

 ――ハネクリボー。

 天使の翼を持つクリボーが、魔物を打ち払っていく。

 

「助かったぜ相棒!」

『クリクリ~!』

 

 いきなりのことに理解の追いつかない祇園と宗達の前で、当然のようにハネクリボーへと声をかける十代。どういうことか問いかけようとしたが、別の叫び声がそれを遮った。

 

「く、来るなぁ!」

 

 タイタンへと迫る無数の魔物。その姿を見、思わず祇園は叫ぶ。

 

「こっちへ逃げて!」

「く、くぅ……!」

 

 必死の形相でタイタンがこちらへと逃げてくる。魔物たちはどんどんどん増えていき、ハネクリボーだけでは追いつかない数になっていく。

 思考を回転させる。だが、この特異な状況ではどうしたらいいかがわからない。

 

「ぬ、う、ぶるあああああああああっ!?」

 

 タイタンの叫び声が響き、そして、その体が完全に呑み込まれた。

 光り輝く朱の瞳。デュエルディスクを身に着けたその姿はまさしく……闇のデュエリスト。

 

「何が起こってるんだ?」

「……何が起こっているかは、見ればわかるよ」

 

 十代の言葉に対し、厳しい声色で祇園は応じながら前を見据える。異常な空間。異常な状況。その中で、相手はデュエルディスクを構えている。

 導き出される答えは――一つ。

 

「精霊にわけのわからん空間に不思議生物に……挙句の果てにはデュエルね。成程、闇のゲームってのはマジで存在したらしい」

 

 苦笑しながら言う宗達。そして、それを合図とするようにソリッドヴィジョンが展開された。

 デュエルが、再開されたのだ。

 

「続きをやろうってのか?」

『……そうだぁ、如月宗達ぅ』

 

 宗達の問いかけに対し、相手はそう応じた。どこか生気がないその姿は、まるで操り人形のようだ。その宗達に対し、十代が不安げに声をかけた。

 

「大丈夫なのか、宗達?」

「馬鹿野郎。俺に勝てるようになってからそういうことは言え。――師範でインフェルノクインデーモンに攻撃!」

 

 十代の言葉にそう応じると、宗達はすぐさま動いた。インフェルノクインデーモンが破壊され、相手のLPが削られる。更に、相手は二枚のカードをデッキから手札に加えた。フィールド魔法のサーチ効果だろう。

 

 タイタン?LP3600→3400

 

「ま、こんなもんだろ。ターンエンド」

『……私のターン、ドローぉ』

 

 相手はカードをドローすると、そのまま伏せカードを発動させた。『リビングデッドの呼び声』――これにより、墓地のインフェルノクインデーモンが攻撃表示で復活する。

 更に相手は手札のカードを手に取ると、それをデュエルディスクに置いた。

 

『……私はインフェルノクインデーモンを生贄に捧げ、『迅雷の魔王―スカル・デーモン』を召喚するぅ』

 

 インフェルノクインデーモンが生贄に捧げられ、迅雷と共に魔王が降臨する。

 

 迅雷の魔王―スカル・デーモン☆6闇ATK/DEF2500/1200

 

 かの『キング・オブ・デュエリスト』武藤遊戯も使用したカード、『デーモンの召喚』のリメイクカードだ。ガイコツの悪魔――そう呼ぶに相応しい外見をした魔王は、そのまま六武衆の師範へと攻撃を仕掛ける。

 

『……六武衆の師範へと攻撃ぃ』

「むっ……」

 

 宗達LP2100→1700

 

 宗達のLPが削られる。十代と祇園が心配した声を上げるが、宗達は軽く手を振るだけだ。

 そして相手は更に伏せカードを一枚セットすると、ターンを寄越してきた。宗達は、静かにデッキトップのカードを引く。

 

「ドロー。……状況はよくわからんけど、そろそろ俺も眠いんでな。終わらせるぜ、バケモン。――永続魔法『六武の門』を発動! このカードは『六武衆』と名のついたモンスターが召喚・特殊召喚される度にカウンターが二つずつ乗り、カウンターを取り除くことで効果を発動する! 見せてやるよ、侍の力をな!」

 

 巨大な門が出現し、宗達の背後に聳え立つ。宗達は更に言葉を続ける。

 

「リバースカードオープン! 『六武衆推参』! 墓地の六武衆一体を特殊召喚し、エンドフェイズに破壊! 俺は真六武衆―シナイを特殊召喚! カウンターが乗る!」

 

 真六武衆-シナイ☆3水ATK/DEF1500/1500

 六武の門0→2

 

「更にシナイがいる時、このカードは手札から特殊召喚できる! 『真六武衆―ミズホ』を特殊召喚! カウンターが乗る!」

 

 真六武衆―ミズホ☆3炎ATK/DEF1600/1000

 六武の門2→4

 

「更にミズホの効果発動! 一ターンに一度、『六武衆』と名のついたモンスターをリリースすることでフィールド上に存在するカードを一枚破壊する! 伏せカードを破壊! 更にリリースされたシナイの効果発動! このカードがリリースされた時、墓地の『六武衆』と名のついたカードを一枚手札に加える! 師範を手札に加え、そのまま特殊召喚!」

 

 伏せカードは『聖なるバリア―ミラーフォース―』だった。これで宗達の行く手を阻むものはない。

 

 六武衆の師範☆5地ATK/DEF2100/800

 六武の門4→6

 

「更に、自分フィールド上に『六武衆』と名のつくモンスターが二体以上いる時、このカードは特殊召喚できる! 見せてやるよ、人の身で魔王にまで上り詰めた究極の侍の姿を!――『大将軍 紫炎』を特殊召喚!」

 

 大将軍 紫炎☆7炎ATK/DEF2500/2400

 

 現れたのは、紅蓮の甲冑を身に纏う一人の侍。しかし、その身に纏う覇気は他の侍たちとは一線を画している。

 宗達の切り札であり、十代と祇園が何度となく苦汁を味わわされているモンスターだ。

 

「けど、宗達。そいつじゃ相討ちだぜ?」

「安心しろよ。――六武の門の一つ目の効果を発動! カウンターを二つ取り除くことで、『六武衆』または『紫炎』と名のつくモンスターの攻撃力をエンドフェイズまで500ポイント上げることができる! 六つ取り除き、1500ポイントアップ!」

 

 大将軍 紫炎☆7炎ATK2500→4000

 

「終わりだ!――出陣!」

 

 その号令と共に、モンスターたちが一斉に進軍を開始する。大将軍が迅雷の魔王を切り裂き、それに続く形で三人の侍が敵へと迫る。

 疾風が通り過ぎた時、敵の命は尽きていた。

 

 ――しかし。

 

「なっ!?」

 

 相手はそれで終わらなかった。突如震えたかと思うと、いきなりその口から大量のバケモノを吐き出したのだ。

 迫り来るバケモノたち。

 危ない――そう思った瞬間、祇園たちの前に一つの人影が訪れる。

 

 黄色い髪をポニーテールにし、魔術師の姿をした一人の女性。

 その姿と背中は、祇園にとって酷く見覚えがあるもので――

 

『ご安心を、マスター』

 

 その声が聞こえると共に。

 ――閃光が、周囲を支配した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……終わった、のか……?」

 

 十代が警戒した調子で言葉を紡ぐ。周囲を見ると、廃寮の景色に戻っていた。宗達は周囲を見回すと、倒れているタイタンを見つける。

 

「終わったみたいだぜ。……起きろオラ!」

 

 割と容赦のない一撃が叩き込まれ、がふっ、という掠れた音が響いた。呻き声を上げ、タイタンがゆっくりと目を開ける。

 

「う、ここはぁ……?」

 

 タイタンがゆっくりと体を起こす。宗達は、目ェ覚めたか、と言葉を紡いだ。

 

「お前、よくわからんバケモンに体を乗っ取られてたけど……大丈夫か?」

「む、少し頭がぼやけているが……大丈夫だぁ」

「ならいい。さて、きっちり落とし前を――と言いたいとこだけど、もう今日は面倒臭い。帰っていいぞ、おっさん」

 

 

 立ち上がり、追い払うような仕草をする宗達。タイタンは状況が呑み込めず、首を傾げた。

 

「祇園もそれでいいか? あ、でもお前捕まってたしな……」

「ううん、いいよ。怪我もないし……明日香さんも無事みたいだし」

 

 十代が運んできている棺桶の方を見ながら言う祇園。タイタンは、いいのか、と立ち上がりながら言葉を紡いだ。祇園は苦笑し、頷きを返す。

 

「結果論だけど……何も起こらなかったから」

「……そうかぁ」

「おっ、目が覚めたのか?」

 

 十代がこちらへと駆け寄ってくる。タイタンは、すまん、と三人に向けて頭を下げた。

 

「詳しくは覚えていないがぁ……私は、深い闇の中にいた気がするぅ……。それも、二度と出れないくらいに深い闇だぁ……そこから救い出してくれたことに、礼を言うぅ……」

「結果論結果論。……ただ、悪いと思ってるんなら一つだけ。あんたにその依頼をした奴の名前教えてくれねーかな?」

 

 宗達にそう言われ、タイタンは宗達へと雇い主の名を耳打ちする。宗達は、サンキュ、とタイタンに礼を言った。

 

「それじゃ、あんたはさっさと消えた方がいいぞ。ぶっちゃけ不審者だしな」

「……そうさせてもらおうぅ。さらばだぁ」

 

 タイタンが立ち去っていく。十代が、その背に声を張り上げた。

 

「じゃあなー! 今度は俺ともデュエルしてくれよなー!」

 

 インチキ催眠術を使っていたというのに、十代の中にはそんな考えは欠片もないらしい。そのことに苦笑しながら、祇園は後ろを振り返る。

 ――すると。

 

「アニキー!」

「皆、無事なんだな!?」

 

 翔と隼人の二人がこちらへと駆け寄ってきた。翔が周囲を見回し、こちらへと問いかけてくる。

 

「あれ、あのインチキデュエリストはどうしたッスか?」

「どこかへ逃げちゃった。……さ、とりあえず場所を移動しよう。あんまり長居したくないし……」

 

 そう二人へ言葉を紡ぎ、祇園は一度廃寮を振り返った。

 ……朝日の中に見る廃寮は、夜とはまた別の不気味さを演出していた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 そして、本来なら祇園たちが急いで寮に戻らなければならないのだが、森の中で適当に時間を潰していた。明日香がまだ目を覚まさないためだ。

 そんな中、祇園に対して翔が疑問の声を上げる。

 

「でも、本当に良かったッスか? 祇園くん、あんな目に遭ったのに……」

「うーん、でも怪我もなかったし……気にするほどの事じゃないと思うんだけど」

「いや、普通は気にするッスよ。ねぇ、アニキ?」

「ん、そうか? 俺は怪我もねぇんだったら気にしないぜ。隼人と宗達はどうだ?」

「まあ、祇園が良いって言ってるんなら……」

「拉致られることぐらいデュエリストなら普通だぞ」

「普通じゃないッスよ!」

 

 翔が反論するが、宗達は意外と真面目な調子でいやいや、と言葉を紡いだ。

 

「アメリカの時なんて一年も行ってないのに二回拉致られたぞ。両方どうにかしたけど。崖からも落ちたりしたし、グランドキャニオンでも遭難したし」

「……どんな生活してたッスか……?」

「楽しかったのは楽しかったけどな。知り合いいっぱいできたし」

 

 楽しそうに言う宗達。本当にどんな生活をしていたのだろうか。……そんなことを思った時。

 

「……う……ここは――」

 

 明日香が目を覚ましたらしい。その顔を覗き込むように、十代が近付いていく。

 

「起きたか。お前を襲った奴なら追っ払っておいたぜ、明日香」

「十代……?」

「あと、これを拾ったんだけど……」

 

 正確にはタイタンは自発的に帰っていったのだが、その辺りをいちいち説明すると面倒なだけなので十代はその辺をはぐらかす。この辺りについては話し合っていたので、特に疑問はない。

 明日香自身もその辺りに疑問はないらしく、十代が差し出した写真を受け取った。そして、それを見た瞬間表情を変える。

 

「――――ッ!? これ間違いない! 兄さんの写真!」

「あの廃寮で見つけたんだ」

 

 驚いて十代を見る明日香へ、十代が頷きながらそう応じる。それを見ながら、祇園はやっぱり、と内心で頷いた。

 やはり明日香の兄はあの廃寮で行方不明になったのだろう。……どこまで力になれるかはわからないが、できることがあれば協力しようと思う。

 肉親のいない自分には、その気持ちを想像することしかできないけれど――……

 

「それにしても、吹雪さんは相変わらずみたいだな。俺が知ってんのは三年前のあの人だけだけど」

「ええ、兄さんの癖だったのよ。天上院をふざけて『10JOIN』って書くのはね」

 

 宗達の言葉に、苦笑しながら明日香が頷く。だが、その笑顔は慈愛に満ちたものだった。本当に大切に想っていることが伺える。

 

「げ、もう夜が明けるぜ」

 

 ふと十代が空を見上げて声を上げる。見れば、僅かに空が白んできているところだった。

 ……そろそろ時間が本格的に拙くなってきたらしい。

 

「早く帰るぞ皆! おっと、明日香! またなー!」

「待ってよアニキー!」

「待ってほしいんだな十代!」

 

 言うか早いか駆け出していく十代と、それを追って行く翔と隼人の二人。その三人に苦笑し、それじゃあ、と祇園は明日香へと視線を向ける。

 

「僕も協力できることがあればいくらでも協力するよ」

「右に同じ。まあ、十代の奴は勝手に手を貸してくるんだろうが」

「本当に……お節介な奴」

 

 明日香が呟く。その相手が誰なのかはなんとなくわかった。故に、祇園は頷きながら言葉を紡ぐ。

 

「でも、それが良いところだよ」

「……ええ」

 

 微笑む明日香。その明日香に背を向け、祇園は寮に向かって歩いていく。その途中で。

 

「さて、俺も帰るか」

「……何で私と同じ方向なのかしら?」

「理由聞く?」

 

 明日香の盛大なため息が聞こえた気がしたが、無視した。

 ――ただ、一つだけ。

 

「……ちょっと一つ、気になることがあるんでな」

 

 宗達が呟いた言葉だけは、聞き取れなかった。



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第七話 〝最強〟という壁、弱者の意地

 

「退学ぅぅぅぅぅっっっ!?」

 

 廃寮から帰って来た日の朝、気になることがあったために早くから学校へと登校し、共有端末で夢神祇園は色々なことを調べていた。その後、朝方の購買部の手伝いをしていたのだが、校長室に呼び出され……そして、先に来ていた遊城十代と丸藤翔の二人と共に聞かされた言葉に言葉を失ってしまう。

 

「廃寮は立ち入り禁止区域なノーネ。そこに入ったシニョーラたちは倫理委員会で退学が決定されたノーネ」

「ちょっと待ってくれよ先生! そもそもあそこには明日香だっていたし、不審者もいたんだぜ!?」

「ふん。証拠もないことを言っても仕方がないノーネ」

「けどさ……!」

 

 十代が喰ってかかるが、クロノス教諭に譲る気はないらしい。祇園はあの、と手を僅かに挙げながら言葉を紡いだ。

 

「それは即時、ということなんでしょうか……?」

「いえ、制裁デュエルという形になります。タッグデュエルとシングルデュエル。それに勝利すれば、今回の件は不問という形になりますね」

「もし、負けたら……」

「残念ながら……」

 

 鮫島校長がゆっくりと頭を振る。それを見た翔が青い顔をし、祇園も苦い表情になった。それを見て、ふん、とクロノスが言い捨てるように言葉を紡ぐ。

 

「制裁デュエルは一週間後に行われるノーネ。それまで、精々頑張るが宜しい」

 

 ぴしゃりとクロノスが言い放ち、三人で視線を合わせる。

 ……選択肢は、ないようだった。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 祇園たちが出て行ったしばらくした後、校長室の扉がノックされた。鮫島がどうぞ、と言おうとするが、その前に激しい音を立てて扉が開け放たれる。

 

「邪魔と失礼をしに来たぜ、ジジイ共」

「ちょっと宗達! 失礼よ!」

「扉を開ける時の音はこんなに激しかったかしら……?」

「うう、いきなり印象悪い感じなんだな」

 

 入って来たのは四人の生徒だった。その先頭に立つ人物に、鮫島が務めて平静を装いながら言葉を紡ぐ。

 

「どうしました、如月くん?」

「どうしたもこうしたもねーよ、クソジジイ。朝っぱらから寮を爆破するだの退学だの……常識がねぇのかあんたらには」

「ふん、それはこちらの台詞なノーネ。そもそもドロップアウトボーイたちが校則に違反したのがいけなイーノ」

「爆破なんて校則どころか法律違反だろうが。オーナーは知ってんのか、海馬社長は?」

 

 ピクリと鮫島の眉が跳ねあがった。それを一瞥し、そもそも、と宗達は言葉を紡ぐ。

 

「俺たちも廃寮には行ってたんだ。制裁デュエルってんなら、俺たちも受けるのが筋ってもんだろ。堂々と差別してんじゃねぇぞ教育者」

「アタシはイッてないけれど……」

「黙れ無駄にエロい声出すな。……というか、どうして付いて来たんだよ」

「あら、語る必要があるのかしら……?」

「……とにかくだ。俺も明日香も隼人も現場にいた。制裁デュエルがあるんなら、俺たちも受ける」

 

 鋭い視線を二人へ向ける宗達。その隣に歩み出ると、明日香も言葉を紡いだ。

 

「私も同じ考えです。十代たちだけというのは、あまりにも不公平です」

 

 宗達の言葉に明日香の言葉も加わり、鮫島は僅かに唸り声を漏らす。隼人が、俺も、と遠慮がちに言葉を紡いだ。

 

「俺、自分のこと駄目な奴だって思ってました。でも、十代に会って、翔に会って、祇園に会って……特に祇園なんか、毎日寮の食事まで作ってくれて、購買部でもアルバイトして……それなのに、いつも誰よりも努力してて……俺、こんなんじゃ駄目だって思って。みんなのデュエルを見て、俺、ようやく夢が見つかりそうなんです」

「正直なことを言えば、私もこの学校がとてもつまらなかった。くだらない男ばかりで、つまならい日常が続いていくだけど。けれど……あのボウヤたちに出会って、少し考えが変わったの。私だけじゃないわ。ここにいる皆、ボウヤたちに影響を受けてる。宗達なんて、その典型だものねぇ……?」

「うっせぇ」

「照れ隠しも可愛いわよ……♪ フフッ♪」

「ええい話が進まん。……つーわけでだ、実際、俺はアイツらに救われた。アイツらがいなけりゃ、俺はアカデミアに最悪な印象を持ったままだったと思う。ここに残ってなかったかもしれない。だから、俺たちにも罰を寄越せ。もしくは、三人の罰を軽くしてはくれねぇか。――頼む」

 

 宗達はそこで頭を下げた。その場の全員が驚きの表情を浮かべる。

 宗達が鮫島やクロノスのことを嫌っているのは周知の事実だ。その彼が頭を下げる――その事実に、校長もクロノスも一瞬息を詰まらせる。

 

「……キミたちの気持ちはよくわかった。私としても、そうまで言ってくれる友人を持つ彼らを助けたい気持ちはある。特に祇園くんはその成績のこともあってラーイエローへの昇格が間近だった。……だが、これは倫理委員会で決まったことなのだ。私ではどうにもできんのだよ」

 

 そう言うと、鮫島は腕を組んで押し黙ってしまった。宗達が、拳を強く握り締める。

 ……できることは、もうないようだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 宗達たちがレッド寮に行ってみると、悲痛な声が聞こえてきた。翔が『この世の終わり』とでも言いたげな表情で絶叫している。

 

「おしまいだぁ~~~!! 退学になるんだぁ~~~!!」

「大丈夫だって翔! 何とかなる!」

「……二人と僕だとシナジーが全くないし、下手をすれば邪魔をしそうだから僕がシングルに出るべきだと思うんだけど、三沢くんはどう思う?」

「それが一番だろうな」

 

 騒ぐ翔とそれを宥める十代とは対照的に祇園はラーイエローのエース、三沢大地と真剣に討論をしていた。祇園がアドバイスのために呼んだのである。

 

「しかし、祇園……キミのデッキには『ミラーフォース』が入っていないようだが」

「デッキを削って墓地肥やしをするから、墓地に落ちることが多くて……。それに攻撃反応型は何となくだけど遅い気がするんだよね」

「遅い?」

「僕の使ってる『ライトロードマジシャン・ライラ』とか『魔導戦士ブレイカー』は、攻撃する前に魔法トラップを破壊できるでしょ? そういうのもあって、攻撃反応型よりも召喚反応型の方がいい気がするんだ」

「成程、そういう考え方もあるのか……攻撃に対処するのではなく、攻撃そのものをさせない。そういうことか」

「うん。でも、それも落ちちゃったら意味がないから……トラップカードは極端に少ないんだけどね」

「六枚か……ふむ、だがこのデッキが結果を残しているのも事実。面白い発想をするな、祇園」

「いっそ相手の『サイクロン』を腐らせるためにトラップ〇もありかな、と思ったんだけどね。こういうカードもあるから」

「……何だこのカードは。何、墓地から発動できるトラップだと!?」

 

 真剣な表情で三沢と議論を交わす祇園。祇園はこちらへと歩いてくる宗達たちに気付くと、あっ、と声を上げた。

 

「宗達くんに、隼人くん。それに……明日香さん、藤原さん」

「落ち込んでるかと思ったら、意外と前向きだな」

「うん。落ち込んでも仕方ないから。それに、勝てば無罪放免らしいし……」

「翔にも見習って欲しいんだな」

「でも、大丈夫なの?」

「ボウヤなら大丈夫よ。私に勝ったんだもの」

 

 口々に言う宗達たちに、祇園も頷く。自信があるとは言い難いが、色々な人が応援してくれている。そのことを考えれば、落ち込んではいられない。

 そんな風に、祇園が内心で決意を固めた瞬間。

 

「おい翔! どこに行くんだよ!」

 

 十代の声が聞こえ、そちらの方へと視線を向ける。すると、翔が十代に背を向けて走り去って行った。

 その背を十代が追いかけていくが、翔はすぐに見えなくなってしまう。

 

「翔くん……」

「……まあ、豆腐メンタルにはキツいかもな」

 

 ポツリと宗達が呟く。それを見て、うん、と祇園は一度頷いた。

 

「僕、翔くんのこと探してくる」

 

 立ち上がり、歩き出す。十代が声を上げた。

 

「俺も探すぜ」

「なら皆で探すか。……策を練れば、どうとでもなる。とりあえず根性付けるところからだな」

「フフッ、それじゃあ手分けして探しましょうか」

 

 それぞれの方向へと歩き出す。そんな中、祇園は迷いなく一つの場所を目指していた。

 ……きっと、あそこだ。

 彼自身、何度も訪れたその場所へ……祇園は歩いていく。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 海岸に辿り着くと、不恰好な筏を翔が造っているところだった。その背に、何してるの、と宗達は問いかける。

 

「そんな筏じゃ、遭難しちゃうよ?」

「ぎ、祇園くん……」

「そんなに怯えないで。……どうして逃げるの? このままじゃ、退学だよ?」

「ぼ、僕のせいでアニキが……負けちゃうッスから……」

 

 翔は泣きそうな声で言う。祇園は、そっか、と小さく頷いた。そのまま、でも、と言葉を続ける。

 

「デュエルはやってみなくちゃわからない。そうだよね?」

「わ、わかってるッスよ。僕は弱いし……」

「僕よりも強いよ。僕に勝ったじゃないか」

「たったの二回ッスよ!」

「それでも、勝ちは勝ち。それに片方は授業でのことだし、翔くんは弱くないよ」

 

 実際、祇園の目から見て翔は弱くないと思う。迂闊な部分が多過ぎるだけで、それさえどうにかできれば十二分に化ける可能性があると見ていた。

 事実、祇園に勝った時は慎重に慎重を重ねたプレイングをした結果であり、その時のデュエルについては十代を始め三沢にさえも全力でダメ出しをする宗達も褒めていたくらいだ。

 

「でも、タッグデュエルッスから……やっぱり、足を引っ張っちゃうッス。あの、祇園くんがアニキと……」

「僕と十代くんじゃ、互いが互いのいいところを潰しちゃうよ。噛み合わなさ過ぎる。……翔くんは、十代くんの足を引っ張るのが怖いんだよね?」

 

 丸太に腰掛けつつ、祇園が言う。翔はその隣に座りつつ、小さく頷いた。

 

「……僕もね、同じことを思ったことがある」

「えっ?」

「三年くらい前にね、僕にとって唯一『友達』って呼べる人がいて……その人と一緒に大会に出ることになって。その人は凄く強い人でね。逆に僕は凄く弱くて。一度もデュエルに勝ったことがなかったくらいなんだ」

 

 そう言うと、祇園は一つのデッキを翔に差し出した。それを受け取った翔は疑問符を浮かべながら言葉を紡ぐ。

 

「ボロボロッスね、このカードたち……」

「うん。そのデッキ、どう思う?」

「……その、言い難いッスけど……無茶苦茶、ッスよね?」

「うん。シナジーなんて何もない。攻撃力の最高は1500ポイント。使い難いカードばかりの『紙束』だよ」

 

 祇園は苦笑を零しながら翔に渡したデッキを受け取る。それを優しく撫で、でも、と祇園は言葉を紡いだ。

 

「僕の持っているカードは、これが全てだったんだ。拾ったり、譲ってもらったり……あまりにも弱過ぎて、その内誰もデュエルしてくれなくなって。友達なんていなかった。いつも一人ぼっちで……でも、そんな僕と一緒に大会に出てくれた人がいて。このデッキに比べたら、翔くんのデッキは遥かに強いよ」

「で、でも今の祇園くんとは……」

「……弱かったから、僕には考えるしかなかった」

 

 勝てないデッキで勝つために。

 どうすれば、勝てるかを。

 考えて、考えて……考えた。

 

「その結果が、今のデッキ。宗達くんは『カオスドラゴン』なんて呼んでるけど、ドラゴンを選んだのはずっと弱いカードばかり使ってた反動だね。……考えるしかないんだよ、弱いなら」

 

 勝つために。勝てるようになるために。

 たったの一度も勝てなくても、祇園はそれを止めなかった。

 

「翔くんにできることを、考えるんだ。僕の考えたそのデッキの結果は、総リクルーターの耐久デッキ。リクルーターで僕は場を繋いで、もう一人に戦ってもらう……情けないけど、僕にはそれしかなかったんだよ」

 

 だから、勝てた。

 自分自身の力じゃ、なかったかもしれないけど。

 

「翔くんは違う。翔くんは翔くん自身で勝つことのできるだけの力がある。僕とは……違うよ」

 

 だから、と祇園は言葉を紡ぐ。

 

「頑張ってみようよ。大丈夫、もし負けても……きっと、手段はあるから」

「……前向き、ッスね」

「後ろ向きだよ、僕は。今だって最悪の状況の事ばっかり考えてる。でも、それでも進むしかないなら……進む。それだけ」

 

 言って、祇園は視線を森の方へと向けた。そこには、こちらへと走り寄ってくる十代たちの姿がある。

 

「翔! 探したぜ!」

「あ、アニキ……」

「頑張ろうぜ翔! 俺の弟分なんだろ!? 信頼してるんだからさ!」

 

 信頼……その言葉に、翔が一度顔を俯かせた。そして意を決したように顔を上げると、わかったよ、と十代の言葉に頷く。

 

「僕、頑張るッス! アニキの足を引っ張っちゃうかもしれないけど……」

「それはお互い様。勝とうぜ!」

「うん! アニキ!」

 

 翔の表情に笑顔が戻る。それを見届けると、よかった、と祇園は小さく呟いた。翔はこちらへ視線を向けると、軽く頭を下げてくる。気にしないで、と手を振って返答を返した瞬間。

 

「――カイザー……」

 

 不意に、宗達が真剣な表情で呟いた。全員の視線がそちらを向く。……そこにいたのは。

『デュエルアカデミアの帝王』――『カイザー』丸藤亮。

 その男が、こちらを見ていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 カイザーと呼ばれるアカデミア最強のデュエリスト、丸藤亮。その実力はその噂に違わぬものだった。

 十代がデュエルを挑み、それに応じたカイザー。

 決着は――十代の完敗。

 攻撃力8000などという破格のモンスターによる攻撃を受けて負けた十代。しかし、彼が伝えたかったことはしっかりと翔へと伝えられたようだ。

 一週間、制裁デュエルの対策のためにできる限りのことをした。一度、退学のことを話したら購買部のトメさんが他の職員を巻き込んで鮫島へと抗議してくれたこともあったが……結局、決定が覆ることはなかった。

 そして、迎えた制裁デュエル当日――

 

「行くぜ、翔!」

「はいッス! アニキ!」

 

 並び立つ二人と、それに対抗するのは……かつて『キング・オブ・デュエリスト』武藤遊戯とも戦ったことのある二人組。――迷宮兄弟。

 

「頑張れ、二人共」

 

 控室で、モニターに対してそう呟く。個のデュエルの後、祇園も制裁デュエルが待っている。相手はいまだ不明だが、誰が相手でも全力でやるだけだ。

 そんな風に、腹を括る祇園。モニター内では遊戯王OCG屈指の召喚かが難しいカードである『ゲート・ガーディアン』が特殊召喚されたところで、会場では大歓声が上がっていた。

 もう一度頑張れ、と呟く祇園。すると不意に、部屋をノックする音が聞こえた。

 

「はい?」

 

 返事を返す。すると、扉が開き――

 

「――久し振りやね、こうして直接会うんは」

 

 一人の少女が、入って来た。

 黒髪をポニーテールにし、前髪に二房ほど白い髪の混じったスタイルの良い少女。テレビでも良く見かけるその少女は、世間でこう呼ばれている。

 

〝史上最年少プロデュエリスト〟

 

 十三歳の時からプロの世界の門を叩き、ずっと第一線で活躍してきたデュエリスト。アイドルであるがその実力に偽りはなく、今期の個人リーグではランキング30位、団体では所属する『横浜スプラッシャーズ』での先鋒を務め、チームは優勝争いをしている。

 男女問わず人気を集め、この間行われた全米オープンでも準優勝を果たしたその少女の名は――

 

「……美咲(みさき)」

 

 ――桐生美咲(きりゅうみさき)。世界ランクにも名を刻む、プロデュエリスト。

 

「うん。びっくりしたで? いきなり制裁デュエルを受けるー、なんてメールが来たし」

「まあ、それは校則を破った僕たちが悪いから」

「ま、確かにそれは悪いことやけど……それがあったとしても、ちょっとやり過ぎやな。社長も珍しくキレてたし」

「社長って……」

「今日の結果次第でどうするかは決めるゆーてたけどな。……さて、どうやら終わったみたいやね」

「……みたいだ」

 

 モニターから聞こえてきた結果。十代と翔が力を合わせて召喚した、『ユーフォロイド・ファイター』が相手の切り札を打ち破る。

 無事に、勝てたようだ。

 

「そろそろ、行かなくちゃ」

「……なぁ、祇園。こう見えて、ウチ、期待してるんやで?」

 

 部屋を出ようとする祇園へ、美咲がそう言葉を紡ぐ。祇園はうん、と頷いた。

 

「勝って来るよ」

「……成長したね」

「どうして?」

「勝つ、っていう言葉を祇園が言うなんて……ちょっと、驚き」

 

 頑張って、と彼女が言った。

 祇園にとって一番最初の友達であり、ずっと目標にしてきた少女の言葉。

 

「うん」

 

 頷き、部屋を出る。美咲は、ふぅ、と小さく息を吐いた。

 

「……祇園、相手は〝伝説〟や。生半可な覚悟やと叩き潰される」

 

 会場のモニターへと視線を向けながら。

 美咲は、憂いを帯びた言葉を紡ぐ。

 

「頑張って」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 クロノスに呼ばれ、祇園は会場へと足を踏み入れる。相手はまだ来ていないらしい。

 迷宮兄弟のように、何かしら実績のある人が来るのだろうか――そう思った時。

 

「では、シニョール夢神の相手は私が――」

「――ふぅん。久し振りに訪れたが、そう簡単には変わらないようだな」

 

 クロノスの言葉を遮り、反対側から一人の男が現れた。

 スーツケースを持ち、ロングコートを身に纏う人物。日本どころか、世界においても『彼』を知らない人物などいないだろう。

 

「制裁デュエルだったな。この俺が直々に相手をしてやろう。――貴様の実力が美咲の言う通りのものか、見定めてやる」

 

 キング・オブ・デュエリスト――武藤遊戯。

 伝説と共に語られる彼にとって永遠のライバルにして、世界に三枚しかない究極のレアカード『青眼の白龍』の唯一の所持者。

 

 海馬――瀬人。

 

 世界最強に最も近いデュエリストが、祇園の前に立ちはだかる。

 

「……ッ、そ、そんな、海馬さんと……!?」

「お、オーナー!? 何故ここに……!」

「ふぅん。少々気になる報告が上がったから見に来た、そのついでだ。――ゆくぞッ!!」

 

 拒否権はないらしい。会場は海馬瀬人の登場に驚き、未だにざわついている。

 そんな中、海馬の宣言が響き渡った。

 

「――決闘(デュエル)!!」



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第八話 〝伝説〟の力、約束への想い

 

 決闘王と語られる、最早世界に知らぬ者なき最強のデュエリスト――武藤遊戯。

 そんな彼と並び称されるのが、今祇園の前に立つ人物――海馬瀬人だ。

 世界に三枚しか現存していない、伝説のレアカード『青眼の白龍』。その所有者であり、幾度となく武藤遊戯との死闘を演じてきたデュエリスト。

 世界に名だたるKC社の社長でもあるその人物とデュエルすることなど、普通は有り得ない。それも制裁デュエルでなど余計にありえないことだ。

 しかし、現実としてこうして向き合うことになっている。

 

「ふぅん、先行はくれてやる」

「ど、ドロー……ッ」

 

 鳴り響く心臓の音をどうにか黙らせようと何度も深呼吸を繰り返すが、効果はない。ただただ鳴り響くだけ。

 本来なら、向かい合うことさえ許されていないほどの格上。勝つことなど、夢想さえしてはいけない。

 ――けれど。

 

「……モンスターを一体セットして、ターンエンドです」

 

 勝たなければ、何もできない。

 何も……成すことはできない。

 

「ふぅん、消極的だな。勝つ気がないのか?」

「…………」

「期待外れだな。俺のターン、ドロー!……ふぅん、貴様程度には勿体ないが――冥途の土産に見せてやろう。俺は魔法カード『召喚士のスキル』を発動! デッキからレベル5以上の通常モンスターを手札に加える! 俺が加えるのは勿論『青眼の白龍』だ!」

 

 会場がざわめき、緊張が高まる。伝説のレアカードを見ることができるかもしれない……そんな緊張が、自然と会場を黙らせる。

 

「更に俺は手札より『正義の味方カイバーマン』を召喚!」

 

 正義の味方カイバーマン☆3光ATK/DEF200/700

 

 現れたのは、海馬によく似た姿に加えて頭に仮面を被ったモンスターだった。その低いステータスに会場が僅かにざわめくが、海馬は欠片も気にした様子もなく続ける。

 

「正義の味方カイバーマンの効果発動! このカードを生贄に捧げることで、手札より『青眼の白龍』を特殊召喚する!――伝説を見せてやる。現れよ、ブルーアイズ・ホワイトドラゴン!!」

 

 轟音が轟き、静謐な空気が会場を支配した。

 唾を呑み込む音さえも聞き取れそうなほどに静まり返った会場。そこへ、一体の白龍が降臨する。

 

 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)☆8光ATK/DEF3000/2500

 

 咆哮を上げる白龍。その威容に、会場の観客は魅了され。

 ――一気に、大歓声を上げた。

 

「凄ぇ!! アレが伝説のブルーアイズか!!」

「この目で見れる日が来るなんて……!!」

「ヤバい!! 感動で泣きそうだ……!?」

 

 口々に感動の声を上げる生徒たち。だが、向かい合う祇園としてはたまったものではない。こちらを射抜くようにして見据える海馬の視線と、青眼の白龍の威圧感を前に呑まれてしまいそうだ。

 

「これこそがこの俺の最強の僕!! 何が来ようと粉砕してくれるわ!! ブルーアイズで攻撃!! 滅びのバーストストリーム!!」

「――――ッ!!」

 

 吹き飛ばされるセットモンスター。その姿は背中の翅の部分に星を宿した一匹の昆虫だ。

 レベル・スティーラー。守備力0のそのモンスターは、何の抵抗もできずに破壊される。

 

「ふぅん、その程度の雑魚モンスターで我がブルーアイズをどうにかできると思ったか? 俺はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ!」

「……僕のターン、ドロー」

 

 自然と声が小さくなる。気圧されているのだということは理解できるが、それに対してどうしろというのか。

 

「ふぅん、戦意喪失か。くだらんな。美咲の言葉も信用できん」

「……戦意は、喪失してません」

 

 ――気圧されているのはわかっている。

 今の自分では勝てないこともわかっている。

 

「僕は、僕のできることをやるだけです……!」

 

 それでも、諦めることはしない。ずっと諦め、俯き続けてきたから。

 アカデミアに入る時、決めたのだ。

 

 ――みっともなくとも無様でも、最後まで足掻くって。

 

「ならば見せてみろ!」

「――僕は手札から『バイス・ドラゴン』を特殊召喚します! このカードは相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない時、手札から特殊召喚できます! ただしその際、攻守は半分になります!」

「そんな雑魚モンスター一体でどうするつもりだ?」

「墓地の『レベル・スティーラー』の効果発動! バイス・ドラゴンのレベルを一つ下げ、フィールド上に特殊召喚します!」

 

 バイス・ドラゴン☆5→4闇ATK/DEF2000/2400→1000/1200

 レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0

 

 二体のモンスターがフィールド上に並ぶ。ほう、と海馬が感心したような声を漏らした。

 

「生贄を二体並べたか」

「僕は二体のモンスターを生贄に捧げ――『ダーク・ホルス・ドラゴン』を召喚します!!」

 

 ダーク・ホルス・ドラゴン☆8闇ATK/DEF3000/1800

 

 現れたのは、黒煙を纏う漆黒のドラゴンだった。その攻撃力を見、海馬が驚きの表情を見せる。

 

「ブルーアイズと同じ攻撃力だと……!」

「ダーク・ホルス・ドラゴンでブルーアイズに攻撃! 相討ちです!」

 

 二体の龍がそれぞれの口から炎と光線を吐き出し、互いに破壊し合う。大歓声が轟いた。

 そんな中、ブルーアイズを破壊された海馬はそれこそ殺意のこもった視線を祇園に向けている。

 

「おのれぇ、この俺のブルーアイズを……!」

「………………カードを一枚伏せて、ターンエンドです」

 

 嫌な汗とストレスからくる腹痛を感じつつ、努めて冷静に祇園はそう言葉を紡ぐ。海馬はカードを引くと、デュエルディスクを操作した。

 

「俺のターン、ドロー!……我がブルーアイズを破壊したことは褒めてやる。だが、無駄だったということを教えてやろう! リバースカードオープン! 『リビングデッドの呼び声』! 蘇れ……ブルーアイズ!!」

 

 再び復活する伝説の龍。海馬はそのまま、ブルーアイズへ攻撃の宣言をした。

 

「行けブルーアイズ! 滅びのバーストストリーム!」

「リバースカードオープン! 『リビングデッドの呼び声』! これにより、墓地のダーク・ホルス・ドラゴンを蘇生します!」

「何だと!? クッ……おのれぇ、バトルは中止だ! 俺はモンスターを一体セットし、更にカードを一枚伏せてターンエンドだ!」

 

 互いの場には、攻撃力3000のモンスター。

 そして、LPへのダメージは、0。

 海馬が現れた時、すぐに決着が着くと思われていたこのデュエル。いつしか、会場の全てが見入るようにして二人のデュエルを見つめていた。

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 いつしか……怯えるようだった少年が、震える体でその歩を一歩、前に進めていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……海馬社長は、結局のところ最強のファンデッキ使いや。『青眼の白龍』のカードを使い、生かし、それで勝つためにデッキを構築しとる。そら憧れる人もおるやろうね。ファンデッキで最強に最も近い場所に居続けることがどれほど難しいか、普通のデュエリストならよー知っとる」

「確かにな。始まりは好きなカードを使いたい、ってところからDMの世界に入り込む。けれど、気が付いたら『勝つため』にデッキを組むようになってるなんてのはざらだ」

 

 会場のロビー。設置されたテレビで観戦する桐生美咲の言葉にそう追従するのは、一人の青年だ。如月宗達。その青年に向け、美咲はひらひらと手を振る。

 

「久し振りやねぇ、『侍大将』」

「そのよくわからないあだ名は止めてくれ。向こうで勝手につけられた名前だ」

「ええやん、格好良くて。ウチなんて『アイドルデュエリスト』やで?」

「それが売りだろ。……全米オープンの時は世話になったな」

「リベンジでもしに来た?」

「やめとくよ。今は牙を研ぎ直してる最中だ」

「さよか」

 

 宗達の言葉へ、美咲はそう返事を返す。二人は一度、全米オープンで戦ったことがある。宗達の言う『プロに負けた』のプロとは、美咲のことだ。

 美咲は椅子に座って、宗達は壁にもたれかかって。

 ぼんやりと、試合を見る。

 

「会場へは行かないのか?」

「こんな可愛いのが行ったら大騒ぎになるやろ?」

「…………ああ、そう」

「冗談やんか。……邪魔したくないんよ、祇園の」

 

 そう言った美咲の瞳は、慈愛に満ち溢れていた。宗達は、思わずといった調子で問いかける。

 

「知り合いなのか?」

「うん。小さい頃から知ってる。そもそも、今祇園が使ってるカードの大半を上げたんはウチやで?」

「……成程、『カオスドラゴン』の発想はあんたのものか。道理で――」

「なんや勘違いしてるみたいやけど、あのデッキを考えたんは全部祇園やで? ウチはただ、カードを少し分けただけ」

 

 微笑みながら言う美咲。それを聞き、宗達も驚きの表情を見せる。

 

「おいおい、持ってないカードからあんなデッキ考えられるのか?」

「さあ? ただ、一つだけウチが知っとるんは……祇園は、誰よりも『考える』っていうことをしてるってことだけや」

 

 そう、美咲が言った瞬間。

 会場が、大きく歓声を上げた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 聳え立つは、伝説の龍。臆してはいけない。臆したら――負ける。

 未熟なことはわかっている。いつだってそうだ。実力が足りないままに、目の前の現実と戦わせられる。

 ――けれど、それは仕方がない。

 万全の状態で立ち向かえることなどない。いつだって今ある手札で戦い続けるしかない。

 

 ――だから!!

 

「僕のターン、ドロー!……ッ、僕は魔法カード『光の援軍』を発動! デッキトップのカードを三枚墓地に送り、デッキから『ライトロード』と名のついたレベル4以下のモンスター一体を手札に加えます! 僕は『ライトロード・ハンター ライコウ』を手札へ!」

 

 宣言し、デッキトップを落とす。落ちたカードは……『D・D・R』、『真紅眼の黒竜』、そして――『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』!

 そのカードを見、祇園は手札と見比べる。――攻めるなら、ここだ!

 

「ほう、凡骨と同じカードか」

 

 海馬の感心したような声。祇園は更に魔法カードを差し込んだ。

 

「魔法カード発動!! 『死者蘇生』! これにより、墓地のレッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンを蘇生します!」

「――甘いな。トラップカード発動、『奈落の落とし穴』! 除外されてもらおうか!」

「――――ッ!?」

 

 破格の能力を持つ黒竜、レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン。その黒竜はしかし、奈落の底へと落ちていく。

 

「そのモンスターの凶悪さは知っている。除外させてもらうぞ。帰還するにも『D・D・R』が墓地へ行った以上、とれる手段は多くないだろうがな」

「……僕は墓地のレベル・スティーラーの効果を発動します。ダーク・ホルス・ドラゴンのレベルを一つ下げ、特殊召喚。更にレベルスティーラーを生贄に捧げ――『ヘルカイザー・ドラゴン』を召喚! 更にもう一度ダーク・ホルス・ドラゴンのレベルを下げ、レベル・スティーラーを守備表示で蘇生!」

 

 ダーク・ホルス・ドラゴン☆8→6闇ATK/DEF3000/1800

 ヘルカイザー・ドラゴン☆6炎ATK/DEF2400/2000

 レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0

 

 祇園のフィールドに、三体のモンスターが並び立つ。ふぅん、と海馬が鼻を鳴らした。

 

「それで、どうするつもりだ?」

「こうします。――装備魔法『スーペルヴィス』を発動! デュアルモンスターにのみ装備でき、このカードを装備したデュアルモンスターはデュアル状態になる! ヘルカイザー・ドラゴンに装備! そしてヘルカイザードラゴンのデュアル効果は二回攻撃です!」

 

 会場が歓声を上げる。祇園はバトル、と気合を入れる意味でも強く叫んだ。

 

「ダーク・ホルス・ドラゴンでブルーアイズへ攻撃! 相討ちです!」

「ぐっ……! おのれぇ、一度ならず二度までも……!」

 

 海馬が呻くが、気にしない。意識の外へ追いやる。

 続けて狙うは――あのセットモンスターだ!

 

「ヘルカイザー・ドラゴンでセットモンスターに攻撃!」

「……破壊されたのは『ドル・ドラ』だ」

 

 ドル・ドラ――厄介なモンスターが破壊された。だが、祇園はそれで止まることはできない。

 

「――ヘルカイザー・ドラゴンでダイレクトアタック!!」

「ぐおおっ……!?」

 

 海馬LP4000→1600

 

 海馬のLPが大きく削られる。その現実に、再び歓声が上がった。

 一方的に祇園が負けるだけだと誰もが予測していた中、現実として海馬が圧されているという事実。あのブルーアイズを相討ちとはいえ二度も倒すその実力は凄まじいものがある。

 

「……ターンエンドです」

「その瞬間、『ドル・ドラ』の効果を発動。デュエル中一度だけ、破壊されたターンのエンドフェイズに蘇生できる。その際、攻激力と守備力は1000になるがな」

 

 ドル・ドラ☆3風ATK/DEF1500/1200→1000/1000

 

 ドラゴンが蘇生される。一度だけの上にタイムラグがあるとはいえ、自身の効果で帰還するモンスターは強力だ。

 そしてこれで祇園の手札は一枚。フィールドは祇園が絶対的に有利。しかし、その表情は優れない。

 わかっている。この程度で押し切れるほど、伝説のデュエリストは甘くないのだと。

 

「俺のターン、ドロー。……ふぅん、貴様、名は何だ?」

「……夢神、祇園です」

「成程、貴様を凡骨程度のデュエリストとは認めてやる。故に……もう一体の伝説を見せてやろう。――俺は手札より魔法カード『クロス・ソウル』を発動する! このカードの効果により、貴様のヘルカイザー・ドラゴンと俺の場のドル・ドラを生贄に捧げ――降臨せよ、『青眼の白龍』!!」

 

 現れる二体目の最強。その姿を見て、再び体が震えた。

 やはり……強い。

 ――だが。

 

「墓地に送られた『スーペルヴィス』の効果発動! このカードが墓地へ送られた時、墓地から通常モンスターを一体蘇生する! 甦れ――『真紅眼の黒竜』!」

 

 真紅眼の黒竜☆7闇ATK/DEF2400/2000

 

 現れたのは、ブルーアイズと並び称されることもある黒き龍――レッドアイズ・ブラックドラゴン。

 しかし、ブルーアイズには及ばない。

 

「ふん、レッドアイズさえも我がブルーアイズの前にはただの雑魚も同然。……だが、クロス・ソウルを使ったターンはバトルフェイズを行えん。ターンエンドだ」

「僕のターン、ドロー。……僕はモンスターをセットし、ターンエンドです」

 

 読まれているだろうが、先程手札に加えた『ライコウ』をセットする。これで破壊できれば勝利も見えてくるが……。

 

「俺のターン、ドロー。……ふぅん、そういえば鬱陶しい駄犬を手札に加えていたな。退場してもらおうか。魔法カード発動! 『シールドクラッシュ』! 守備表示のモンスター一体を破壊する!」

「……ッ、そんな……!?」

 

 ライコウのリバース効果は、『フィールド上のカードを一枚破壊し、その後デッキトップから三枚墓地へ送る』というもの。だが、リバース効果は表にならなければ発動しない。

 破壊され、墓地へ送られるライコウ。……これで、ブルーアイズを破壊する手段は失われた。

 

「ふぅん、ではまずその鬱陶しい真紅眼の龍から破壊させてもらおうか! ブルーアイズで攻撃! 滅びのバーストストリーム!!」

「…………ッ、レッドアイズ……!!」

 

『可能性を持つ』とされるモンスターも、ブルーアイズには歯が立たない。これで祇園の場はレベルスティーラーのみが残る形となる。

 

「俺はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

「僕のターン、ドロー……ッ」

 

 諦めない。諦めたくない。

 だが……打つ手が、ない。

 

「……ッ、『ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―』を守備表示で召喚します……」

 

 ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―☆4闇ATK/DEF1500/1200

 

 ずっと昔から持っているカード。ある意味フェイバリットとも呼べるカードを召喚する。

 手札は一枚。このままでは……負ける。

 

「防戦一方か。つまらん。――俺のターン、ドロー。ブルーアイズでその虫へ攻撃!」

「…………ッ!!」

 

 レベルスティーラーが破壊される。確実に減っていく壁。あの攻撃がこちらに届く時、それはきっと……敗北の時だ。

 

「僕のターン、ドロー……ッ、僕はモンスターをセット、ターンエンドです」

「くだらんな。……ふぅん、貴様に引導を渡してやる。俺は手札より魔法カード『古のルール』を発動! 手札よりレベル5以上の通常モンスターを特殊召喚する! 現れよ――『青眼の白龍』!」

 

 降臨する、二体目のブルーアイズ。

 それが、祇園には絶望が襲い来るようにさえ……視えた。

 

「ブルーアイズでセットモンスターに攻撃!」

「……ッ、セットモンスターは『メタモルポット』です! 互いのプレイヤーは手札を全て捨て、カードを五枚ドローします!」

 

 祇園は一枚、海馬は〇。互いに手札が一度リセットされ、五枚引く。

 それを見て、海馬が笑みを浮かべた。

 

「ふん、それがどうした。――もう一体のブルーアイズでドラゴン・ウイッチへ攻撃だ!」

「ドラゴン・ウイッチの効果発動! 手札のドラゴン族モンスターを捨て、破壊を無効にします! 『ライトパルサー・ドラゴン』を捨てます!」

 

 破壊を免れる魔術師の女性。それを見て、海馬は鼻を鳴らす。

 

「随分と粘るな。――俺はカードを二枚伏せ、ターンエンドだ!」

「僕のターン、ドロー……ッ!」

 

 引いたカードを、恐る恐る見る。この状況を打破できるカードは、もうあのカードしか――

 

「――来たッ!! 僕は魔法カード『ブラックホール』を発動!! フィールド上のモンスターを全て破壊します!!」

「ふん! そんな反撃は読めているわ! リバースカードオープン、『神の宣告』! LPを半分支払い、発動を無効にして破壊する!!」

 

 海馬LP1600→800

 

 全てを呑み込む黒穴は、しかし、何も呑み込まずに霧散する。そんな、と祇園が呟きを漏らした。その祇園に、海馬が言葉を向けてくる。

 

「このタイミングで引いてきたのは見事だ。だが……その程度では足りん」

「……ッ、まだです! 墓地の闇属性モンスターは『バイス・ドラゴン』、『レベル・スティーラー』、『真紅眼の黒竜』の三体!! 墓地の闇属性モンスターが三体のみの時、このモンスターは特殊召喚できる!!――『ダーク・アームド・ドラゴン』を特殊召喚!!」

 

 迅雷を纏い、一体のドラゴンが現れた。漆黒の鎧を纏う黒竜。祇園が持つモンスターの中でも破格の能力を有する切り札だ。

 

 ダーク・アームド・ドラゴン☆7闇ATK/DEF2800/1000

 

 黒竜が咆哮を上げる。そしてそのまま、祇園は叫ぶようにその効果を発動した。

 

「ダーク・アームド・ドラゴンの効果発動! 墓地の闇属性モンスターを除外し、フィールド上のカードを一枚破壊できる! バイス・ドラゴンを除外し、ブルーアイズを破壊!!」

「その程度で俺のブルーアイズを超えられると思ったか!! リバースカードオープン!! 『天罰』!! 手札を一枚捨て、相手モンスターの効果の発動を無効にし破壊する!!」

 

 吹き飛ぶダーク・アームド・ドラゴン。

 起死回生の切り札さえ……届かなかった。

 

「…………ッ、僕は……!」

 

 手札を見る。しかし、打てる手はない。

 三枚の手札はそれぞれ、『王宮のお触れ』、『バイス・ドラゴン』、『愚かな埋葬』だ。この状況では、何もできない。

 

「……僕は……!」

 

 考える。考え続ける。方法はないかと、必死に考える。

 だが……何も、ない。

 

「……僕は、ターンエンドです……ッ!」

 

 逆転の手段は、残されていない。

 どれだけ考えようと……もう、残されていなかった。

 

「ふぅん、貴様はよくやった……俺がそう保障してやろう」

 

 カードをドローしながら、不意に海馬がそんなことを言い出した。そのまま、鋭い視線を祇園に向ける。

 

「貴様を一人のデュエリストとして認めてやろう。そしてだからこそ、全力を以て叩き潰す。――俺は魔法カード『龍の鏡』を発動! フィールド・墓地から指定されたモンスターを除外し、ドラゴン族の融合モンスターを特殊召喚する!!――現れろ、我が究極の僕!! 『青眼の究極竜』!!」

 

 ――天より舞い降りたのは、目を離せないほどの力を持つ究極の龍。

 三つ首を持ち、事実上海馬にしか召喚することが許されない――最強のモンスター。

 

 青眼の究極竜☆12光ATK/DEF4500/3800

 

 圧倒的な存在感を持つそのモンスターを従える、海馬瀬人の姿は。

 確かに……〝伝説〟そのものだった。

 

「――更にリバースカードオープン!! 『異次元からの帰還』!! LPを半分支払い、除外されたモンスターを可能な限り特殊召喚する!! 甦れ、三体のブルーアイズ!!」

 

 青眼の白龍☆8光ATK/DEF3000/2500

 青眼の白龍☆8光ATK/DEF3000/2500

 青眼の白龍☆8光ATK/DEF3000/2500

 

 そして襲い来る、絶望という名の〝伝説〟。

 究極の龍の側に三体の白龍が控えるその姿に……会場は、ただただ黙して見守るしかなかった。

 

「終わらせてやろう。ブルーアイズで攻撃!!」

「……ッ、バイス・ドラゴンを捨てて破壊を無効に……ッ!!」

「まだ抗うか! 二体目のブルーアイズで攻撃!」

「………………ッ、破壊、されます……ッ!!」

 

 ドラゴン・ウイッチが破壊される。

 ……祇園のフィールドには、一枚のカードも残っていなかった。

 

 

「引導を渡してやる。――ブルーアイズ・アルティメットドラゴンでダイレクトアタック!! アルティメット・バースト!!」

 

 

 ――光が、会場を薙ぎ払った。

 少年のLPが、0を刻む音がした。

 

 敗北者が決まった、瞬間だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ソリッドヴィジョンが消えていく。祇園は思わず自身の手札を取り落としそうになり、それを堪えた。

 その代わり、足がゆっくりと床へと――

 

 

「――膝を折るなッ!! 祇園!!」

 

 

 轟いた、その一喝は。

 会場に、大きく響き渡った。

 

「貴様にデュエリストとしての誇りが欠片でもあるのなら!! 膝を折らずこの俺を見据えてみろ!!」

「――――ッ!!」

 

 だんっ、という鈍い音が響き渡った。

 踏み止まった、一人の少年。その顔が、ゆっくりと〝伝説〟へと向けられる。

 傷つき、折れそうなその瞳は。

 しかし……逃げることなく、目の前の〝伝説〟を映していた。

 

「――それでいい」

 

 一言、海馬は頷くと、祇園へと背を向ける。

 

「貴様がもう一度俺の前に立つ日を、楽しみにしているぞ」

 

 そう言い放ち、立ち去って行く海馬。祇園はその背が見えなくなるまでずっとその背中を見据えていた。

 ――そして。

 爆音のような歓声と拍手が響く中、祇園は海馬が消えた方とは逆の方向へと足を向けた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「やっぱり凄いぜ祇園は!! あの海馬さんとあんなに凄ぇデュエルをするなんて!!」

「僕、感動したッス! 絶望的な状況なのに、最後まで諦めないで……!」

「早く声をかけに行くんだな!」

「急ごう!」

 

 十代、翔、隼人、三沢……祇園が特に仲良くしているメンバーが足早に観客席から控室の方へと走っていく。そんな中、明日香や雪乃、ジュンコやももえといったメンバーは動けずにいた。

 

「凄いデュエルでしたわね……」

「うん、本当に……」

 

 放心した状態でそんなことを呟くのは、ジュンコとももえの二人だ。その二人の隣で、雪乃が厳しい表情を浮かべている。

 

「ええ、確かにボウヤは凄かった。あの海馬瀬人とここまで戦えるデュエリストが、このアカデミアにどれだけいるのか……そう思ってしまうくらいには」

「……でも、このデュエルは」

 

 明日香がポツリと呟く。雪乃も頷いた。

 

「ボウヤは頑張ったわ。それは誰もが認めるコト。ブルーのボウヤたちでさえ、あまりのことに興奮シテるみたいだし……」

「けれど、祇園は負けたわ」

「そう……そして敗北は、ボウヤの退学を意味する」

 

 その言葉に、ジュンコとももえが表情を変えた。雪乃は、つまらないわ、と呟いた。

 

「こんなことで、ボウヤは本当に退学にさせられるというの?」

 

 その言葉に、何かを言える者は。

 ここには、いなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 十代たちが控室に辿り着くと、扉の前に宗達が立っていた。その表情は厳しく、十代たちを見るとまるで立ちはだかるように体を前に出してくる。

 

「宗達? お前、どこに行ってたんだ?」

「飲み物買って、そこのロビーで見てた。……祇園に会いに来たのか?」

「はいッス!」

「凄かったんだな! 本当に!」

「ああ。あれは誇るべきデュエルだった。是非――」

「――後にしてやってくれよ」

 

 どこか寂しげな表情で、宗達は言った。十代が、えっ、と声を上げる。

 

「どうしてだよ? 祇園はそこにいるんだろ? なら――」

「十代。お前たちは何のために、何を賭けてデュエルをした?」

 

 その言葉に、全員がハッとなった。宗達は、静かに続ける。

 

「凄いデュエルだったさ。手加減もあったろうし、侮りもあっただろう。だが、祇園は海馬瀬人をあそこまで追い詰めたんだ。それはきっと、称賛されるべき事柄なんだろうと思う。けど、負けたんだ。アイツは。負けたら退学になるデュエルで、全身全霊を懸けて、必死になって……それでも、負けたんだよ」

 

 静かな言葉だからこそ、あまりにも重く告げられる言葉。

〝現実〟を前に、彼らは何もできない。

 

「け、けどさ! 祇園はあの海馬さんとここまで戦ったんだぜ!? なのに退学になるってのか!?」

「相手が誰だろうと、負けることは許されなかった。十代、翔。お前たちもそういう覚悟で迷宮兄弟に挑んだはずだ。相手が誰であるかも、どんなデュエルだったかも結局は関係ない。負ければ失う戦いで、夢神祇園は敗北した。それだけなんだよ」

 

 本当に、それだけなんだ――宗達は、拳を強く握り締めながらそう言った。

 そんな、と翔が声を上げる。

 

「何とかならないッスか!? ねぇ!? 祇園くんがいなくなるなんて……!」

「――オーナーが直々に出て来てんだぞ!? なるわけねぇだろうが考えろよ!! オーナーが!! 海馬瀬人が来たって事はそういうことなんだよ!! そういう話で!! そういう決着で!! それだけなんだよ!! 覆る可能性なんざ残ってねぇんだよ!!」

 

 耐えかねたように叫ぶ宗達。きっと、彼は何度も何度も考えたのだろう。

 夢神祇園を救う術を。何度も、何度も。

 ……けれど。

 彼を救う術は、ない。

 

「一人に、してやってくれ」

 

 宗達は、頼むよ、と両の拳を握りながらそう言った。

 

「あの海馬瀬人の前で、あんなに気合入れて気を張ってたんだ。きっと、見られたくないだろうから」

 

 その、言葉に。

 十代たちは、何も言えなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 控室。その中で、祇園は一人床へと座り込んでいた。その周囲には、彼のデッキが散らばっている。

 部屋に入り、椅子に座ろうとして……足をもつれさせ、転倒してしまったのだ。

 そのせいで散らばってしまったカードを拾おうとしたのだが、座り込んだまま立てないでいる自分に気付いた。

 

「あれ、なんで」

 

 ポタリと、瞳から滴が零れた。

 一度零れた涙は、止まることなく溢れ出す。

 

「……ああ、そっか……」

 

 涙を拭うことをせず、天上を見上げる。

 滲んだその視界は、正しく心を映している。

 

「……僕、負けたんだ……」

 

 相手は〝伝説〟。容易く勝てる相手とは思っていなかったし、実際、ほとんど防戦だった。攻めに行けたのは一度だけである。

 けれど、負けてはならなかった。

 ここにいるために、夢神祇園は敗北してはならなかったのに。

 

「十代くんと翔くんが勝って、僕も……って、そう……思ってた、のに」

 

 心が、叫ぶ。

 慟哭する。

 約束があった。

 強くなると。

 待っていてくれる場所へ、辿り着くと。

 なのに。

 なのに――……

 

 

「――――――――、」

 

 

 ――夢が崩れた音が、聞こえた。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 校長室。そこへ訪れた人物に、校長である鮫島はぎこちない笑みを浮かべていた。

 

「鮫島、夢神祇園の退学は決定事項でいいのだな?」

「え、ええ。倫理委員会で決まっていたことですから……」

「つまり、その決定を覆してでも留めるほどの価値がないと……そう判断した、ということだな?」

 

 眼前の男――海馬瀬人の言葉に、鮫島は小さく頷く。倫理委員会の決定を覆すこと自体は鮫島にも可能だ。だが、それをすると立場的に色々と面倒事が増える。

 今日のデュエルは凄まじいものだったが、普段の彼は精々が中の上。安定感がなく、その上あの如月宗達と仲良くしている生徒だ。そこまでする義理はないと鮫島は思っていた。

 そんな鮫島を冷めた目で一睨みすると、ふん、と海馬は鼻を鳴らした。

 

「ふん、いいだろう。つまり、アカデミアには夢神祇園よりも遥かに強い生徒が――いや、夢神祇園が最底辺に思えるレベルのデュエリストが大勢いるということだな?」

「そ、それは……」

「違うのか? 夢神祇園が優秀なら、何があっても留めておくべきだと考えるのが普通だと思うが」

「い、いえ……」

 

 鮫島は口ごもる。それを一瞥すると、海馬は美咲、と部屋の端に控えていた少女へ声を発した。

 

「以前話したように、貴様がここで非常勤の講師をして生徒の実力を見定めろ。必要とあれば退学者を出しても構わん」

「はいな。せやけどしゃちょー、ウチ、他に仕事抱えてますよ?」

「本土とここの往復ぐらいこなしてみせろ。我が社員ならな」

「うあー……ブラック企業やー……」

 

 美咲がげんなりした様子を見せる。鮫島が、お待ちを、と声を上げた。

 

「そのような話は聞いていないのですが……」

「何だ? この俺の命令が聞けないのか? 美咲には俺と同程度の権限を与えておく。重要な決定の際には俺と貴様の承認が必要にはしてあるが……」

「そんな変なことはしませんよ。退学も必要ないやろし。あ、寮の移動はあるかな?」

「定期連絡は欠かすな。以上だ。――美咲、付いて来い。他の職員のところへ行く」

「はいな」

 

 驚きから状況について来れていない鮫島を置き去りに、二人は部屋を出る。そして廊下を進んでいると、美咲が一人の男子生徒にぶつかった。

 

「おっと、ごめんなー」

「気を付けろ!……って、あなたたちは……!」

 

 その男子生徒は苛々した調子で美咲へと言葉をぶつけたが、海馬と美咲の姿を確認すると表情を変えた。どことなく鳥のような髪型をした、鋭い目つきの生徒である。

 

「ふぅん、ブルー生か。美咲、丁度いい機会だ。実力を測ってみろ」

「えー、社長。時間大丈夫なんですか? 会議間に合いませんよ?」

「十五分以内に終わらせろ」

「はいはい、っと。……ごめんなー、ちょっとウチとデュエルしてくれへんかな? あ、デュエルディスクはあるみたいやね」

 

 目の前の男子生徒にそう申し入れを行う美咲。男子生徒は戸惑っていたようだったが、ああ、とどこか呆けた様子で頷いた。

 そして、二人が海馬瀬人の見守る中でデュエルディスクを構える。

 

「あ、そうそう。名前教えてくれへんか」

「万丈目だ。万丈目準」

「万丈目くんか。ごめんなぁ、手間取らせて」

 

 デッキをセットし、美咲が微笑む。

 

「――すぐ終わるから、堪忍な?」

 

 

 …………。

 ……………………。

 …………………………。

 

 

「ふぅん、この程度か。これならばあの小僧の方が遥かに上だな」

「まあまあ。あれですよ、彼、ブルーでも弱い方やったかもしれませんし」

「まあいい。五分か……時間を無駄にした」

「辛辣ですねー」

 

 立ち去って行く二人の声を聞き、一人の青年は床へ膝をつく。

 今起こったこと、見せつけられたこと……それが、受け入れられなかった。

 

「くそっ、くそっ、くそぉっ……!」

 

 青年は、静かに歯を食い縛る。

 

「この俺が、どうしてこんなっ……!」

 

 

 この日、敗北者は二人いた。

 しかし、その二人はその在り方が大きく違う。

 

 どちらが正しいかは……誰にもわからない。









夢神祇園、敗北!!
退学決定!! 夢はここに潰えるのか……!?





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第九話 抗えぬ現実、新たな約束

 

 

 デュエルアカデミア本島海岸。早朝だというのに、そこに多くの人影があった。

 その中心にいるのは、気弱そうな一人の少年。その少年を取り囲むようにして、主に赤と黄の制服に身を包んだ生徒たちが立っている。

 

「本当に行っちまうのかよ、祇園!?」

「……仕方ないよ。そういう、約束だったんだから」

 

 名残惜しむような遊城十代の言葉に、少年――夢神祇園は首を左右に振って応じる。彼の肩に下げられているのは、小さなバッグが一つだけ。私物も碌に持たない彼は、この程度の荷物しかない。

 海馬瀬人と夢神祇園の二人で行われた制裁デュエルより、二日。

 祇園が敗北したその日に、PDAで祇園の退学が決定されたことが連絡された。しかし、それをアカデミアの生徒は黙って見ていたわけではない。いつも寮の食事を作ってくれていた祇園を助けようと、レッド寮の生徒を中心に署名活動まで行われた。

 伝説のデュエリストを相手に折れることなく立ち向かい、それどころか切り札である『青眼の究極竜』まで出させた祇園。更にほとんどの生徒は彼が生活費のために毎日購買部でアルバイトをしていることも知っている。人畜無害という言葉が誰より似合う彼が嫌いな者など、そういない。

 一部ではブルー生でさえ参加したという署名活動。しかし、決定は覆らなかった。

 それどころか、倫理委員会の者はその署名を一瞥するだけでまともにとり合うことさえしなかったという。

 ……けれど、祇園は皆に礼を言うだけで。

 最後まで、たった一つの恨み言さえ口にしなかった。

 

「負けちゃったから。だから、退学。それだけだよ」

「け、けどさ! 廃寮に入ったくらいで……!」

「ありがとう、十代くん。でも……もう、仕方ないんだ」

 

 その言葉は、誰かに伝えるものではなく。

 自らに言い聞かせているように……聞こえた。

 

「祇園くん、本当に言っちゃうッスか!?」

「どうして祇園が退学になるんだな!?」

 

 翔と隼人がそれぞれの言葉を口にする。祇園は、ごめんね、とだけ呟いた。謝るようなことではないし、謝るべきことでもない。けれど、祇園にはそれ以外の言葉が出なかった。

 二人が泣きそうな顔になる。祇園は、もう一度ごめんね、と呟いた。

 

「……祇園。キミの対策を用意していたんだが、無駄になってしまったな」

 

 そんなことを口にするのは、三沢だ。彼がアンチデッキを用意する――それはつまり、三沢が対策する必要があると認めたということ。

 素直に嬉しい。主席入学であり、イエローのトップ。結局、正式な場でのデュエルはなかったけれど。

 

「僕の対策をしてくれてたんだ」

「ああ、だが折角のこのデッキが無駄になるのも忍びない。祇園、餞別だ。受け取ってくれ」

「えっ? でも……」

「キミには何度か世話になっている。受け取ってくれ」

 

 差し出されるデッキ。祇園は遠慮がちにそれを受け取ると、ありがとう、と頷いた。

 

「必ず、お礼はするよ」

「待っているさ」

 

 三沢が頷く。それに続くように、明日香たちが祇園へと声をかけた。

 

「ごめんなさい。あなたの退学を取り消せなくて……」

「僕の責任だよ。全部ね」

「……つまらないわね、本当に。ボウヤ、私に勝ち逃げするつもり?」

「藤原さんのほうが強いよ、僕なんかよりも」

 

 苦笑を零す。……背後の定期便の、汽笛が鳴った。

 もう、出発する時間だ。

 

「……もう、行くよ。みんな、ありがとう」

 

 集まってくれた全員へと頭を下げて。

 祇園は、船へと乗り込む。その祇園に。

 

「祇園! 帰って来いよ! そんでまたデュエルしようぜ! 楽しいデュエルを!」

 

 十代が拳を突き上げ、そんな言葉を紡いでくれた。祇園も拳を突き出し、うん、と頷く。

 

「――約束だ」

 

 そして、船が動き出す。

 決して長い時間そこにいたわけではない。けれど、楽しい思い出はいっぱいあって。

 涙が零れそうになるのを、必死で堪えた。

 

「…………うん、そうだよ、約束……」

 

 鼻を啜り、壁に背を預ける。

 夢があった。目標があった。

 自分なんかじゃ、目指すことさえおこがましいような夢だった。

 ――隣に立ちたい。

 胸を張って、親友の隣に立ちたかったのに。

 なのに――……

 

「……今度は、約束、果たさないと……」

 

 上着のポケットの中。そこに入っている二通の手紙を手に取る。

 ――『推薦状』。

 共にそう書かれたものの中にあるのは、アカデミア・ウエスト校の推薦状。

 まだ、夢への道は閉ざされていない。

 躓いてしまって、折られそうにはなったけれど。

 

「……頑張るよ、頑張る」

 

 推薦状に書かれている名前は、二つ。

 桐生美咲。

 如月宗達。

 退学を免れることができないとわかった祇園へ、それぞれが伝手を使って用意してくれたもの。

 その二つと、たった一つのデッキだけを携えて。

 険しい夢へと、向かっていく。

 

「必ず、そこへ……行くから」

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 祇園を乗せた船が出港し、見えなくなった頃。港に、一人の少女の声が響いた。

 

「はいはーい、皆授業の時間やでー。急いで教室に向かいやー」

 

 パンパンと手を叩きながら言う少女。その姿を見て、その場の全員が驚きの表情を見せる。

 

「ん、誰だあんた――」

「ええっ!? なんでこんなところにいるッスか!?」

 

 十代の声を遮り、翔が奇声を発さんばかりの勢いでそう言葉を紡いだ。周囲の者たちも、その少女の姿に驚き困惑している。

 

「な、なんだよ翔。知り合いか?」

「知らないッスかアニキ!? ありえないッスよ!」

「十代、テレビとか見てないんだな?」

「十代らしいというか、何というか……」

 

 呆れた調子の三沢の声。それを受けてか、その少女はコホン、と一つ咳払いをする。

 途端――周囲が、静まり返った。

 

「知っとる子もおるみたいやけど、一応自己紹介しよか。――桐生美咲。KC社とI²社にスポンサーになってもらって、『横浜スプラッシャーズ』にも所属しとります。一応、職業はプロデュエリストや。今日から週二回、非常勤講師としてここで授業しますんで。――どうぞよろしゅう」

 

 微笑ながら、その少女は言う。

 ――〝史上最年少プロデュエリスト〟。

 おそらくは現在活躍しているプロの中でも屈指の人気を誇るアイドルの登場に、その場の全員が――

 

「「「えええええええぇぇぇぇぇっっっ!!!!!!??????」」」

 

 ――驚きの叫びを打ち上げた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 そして、授業の開始時間。教壇に立つのはいつもならクロノスであるこの時間、時間割の変更が行われたということで美咲が教壇に立っていた。

 簡単な自己紹介を美咲が行うと、教室内ではざわめきが起こる。当然だ。『アイドル』でもあるプロデュエリストがこんなところへ来たのだから。

 

「おいおい、何で美咲ちゃんがこんなところに……?」

「本物かよ?」

「サイン欲しいな~……」

「…………ふん」

 

 一部を除き、浮足立つような妙な雰囲気になる教室。美咲が、ほな、と声を上げた。

 

「質問の時間をとりたいとことやけど、時間もないしさっさと進めるよ~♪ ウチ個人のことは置いといて、授業について質問ある人~?」

「――一つ聞きたい」

 

 真っ先に手を挙げたのは宗達だった。凄い視線を一人の女生徒が宗達に向けているが……宗達はそれを務めて意識の外に追いやり、美咲に質問を飛ばす。

 

「非常勤講師としてここに来た理由を教えて欲しいね。忙しいはずのあんたがわざわざ教鞭執る理由なんて相当なことだと思うんだけどな?」

「お、いい質問やね~♪ 理由は単純、社長――自分らにとってはオーナーやね、その人の命令や。『アカデミアの実力調査』と『実力の底上げ』が目的になるんかな?」

 

 クスクスと笑いながら言う美咲。彼女は鞄からプリントの束を取り出しながら、楽しそうに告げる。

 

「二日前の社長と祇園のデュエルは見とったな? あの後、社長が鮫島校長に聞いたんよ。『アカデミアの生徒の実力はどれほどのものか』、ってな。そしたら、祇園は『強引に留めるほどの実力ではない』って返答が返って来た。つまり、ここにいる皆は祇園よりも遥かに強い――そういうことやろ?」

 

 その時、彼女の笑みに違和感を覚えた人間がどれだけいたか。

 口元は笑っていても、目が欠片も笑っていない。そんな彼女に、背筋を凍らせた者は……数人。

 

「せやけど、記録見たら祇園は悪く見積もっても成績は中の上。良く見積もったら十分上位陣に食い込んでる。品行方正、廃寮への侵入があったらしいけど、それ以外は問題を一つも起こしてへん。それどころか毎朝毎晩寮の食事を作り、購買部でも仕事をしとると。

 流石にこれで底辺ゆーんはちょっとウチも社長も信じられんくてなー。それで、実力確認や。今からテストするさかい、三十分で解いてもらうよ。ほな用紙配るで~♪」

 

 美咲が前列の生徒へテスト用紙を配る。一部からえー、という不満の声が上がった。

 

「筆記かよー」

「あっはっは。DMのルールテストや。ルール把握してへん奴がまともに勝てるわけがあらへん。……ああそうそう。ウチの授業やけど、ナメとったら退学になるから覚悟しときや?」

 

 その言葉に、教室の空気が変わる。美咲は、何がおかしい、と首を傾げた。

 

「祇園はデュエルに負けて退学になったんやで? おかしいかな?」

「ちょっ、ちょっと待ってくれよ! えーっと……」

「美咲先生、もしくは美咲ちゃん☆と呼ぶように。……遊城十代くんやね? どうぞ」

 

 席順から名前を確認し、先を促す美咲。十代は立ち上がると、焦った調子で言葉を紡いだ。

 

「美咲先生! デュエルの実力はテストじゃ測れねぇって!」

「十代くんは筆記が苦手か? 安心するとええよ、実技もやるから。筆記と実技、それぞれ百点ずつ。合計二百点で成績は付ける。それに十代くんも、筆記は存在せんでもええとは思ってないやろ?」

「う、それはそうだけどさ……」

「ならそれで終了や♪ さて、テスト配った後に言うのもなんやけど、腹括ってそのテストに解答しなアカンよ? そのテストの点数が、自分らの所持点数や」

 

 所持点数――その言葉に、教室がざわめく。美咲は手を叩くと、注目を自分に向けた。

 

「所持点数、っていうのは言葉の通りや。今から受けるテストの点数。それがそのまま自分らの持ち点になる。授業態度、テストの結果でそれが変動していくことになるね。で、終了時期に持ってた点数がそのまま成績になる。わかりやすいやろ~?」

「つまり、今回のテストの点数を基礎に積み上げたり引き下げたりする、と。細かくはどういう風になる?」

「お、ええ質問やね『侍大将』。たとえば、今回50点を取ったとする。そしたらそれが基礎点やな。で、授業態度が悪かった――例えば寝てたりすると、-5点とかしていくわけや。無論、上げる方法もあるよ? 授業態度と出席点。出てたら一応、毎時間0.5点ずつはあげるよ。

 で、テストや。これは五十点をラインにする。毎時間、前回の授業を含めたルールテストをする。そこで50点以上を取れたら、÷10の端数切り捨て分の点数をプラス。逆に50点より下の場合、逆の形――10点台ならマイナス4点、っていう形でマイナスしていく」

「持ち点が〇になったら?」

「次のテストの点数を次の持ち点にする。そんで、三回自分の点数を0にした子は……悪いけど、退学や。まあ、実技もダメなら、っていう前提条件はあるけどな」

 

 以上、質問はー? そんな風に美咲は聞いてくる。教室内はざわめいているだけで、質問はない。

 

「あ、ちなみにウチの授業は先に言うたように週二回やけど、単位落としたら留年やから逃げたらアカンよー? 実技についてはその時に説明するわ。……ああ、そうそう」

 

 ポン、と思い出したように美咲は言う。

 

「そのテスト、昨日祇園にも受けてもらったら祇園は76点やったよ。いくつかケアレスミスがあっただけ。――皆なら……余裕やんな?」

 

 にっこり。そんな表現が何よりも似合いそうな笑顔を浮かべ。

 美咲が、ほな、と宣言する。

 

「――試験、開始や。今回の内容は『召喚時の処理』。レッツ、スタート♪」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 船旅は思ったよりも長くなかった。礼を言い、船を降りると……久し振りの本当に足を着ける。

 感慨深さはない。そもそも今回降りたのは関西の港だ。関東で生まれ育った祇園に覚えがあるはずがないというのが現実だ。

 

「ええと、駅は……」

 

 地図を取り出し、駅を探す。正直な話、今日の宿さえもない身だ。推薦状があるとはいえ、楽観視はできない。最悪公園で寝泊まりする覚悟を決めて、祇園は歩き出す。

 

 ――ここが最底辺だ。後は、どうにかして昇っていく。

 

 駅を目指し、歩いていく。その途中、子供たちが走っていく姿を見かけた。皆、デッキを持っている。おそらくどこかのカードショップにでも向かうのだろう。

 何となく、心を惹かれた。ゆっくりと、子供たちの後を追って行く。

 辿り着いたのは……一つの、古ぼけたカードショップだった。

 

「ししょー!」

「今日も来たでししょー!」

「デッキ見てー!」

 

 子供たちが我も我もと言わんばかりに店内へと突撃していく。それを追い、店内に入った祇園は、思わずその場で足を止めた。

 複数の子供たちに群がられるようにして店の奥に座る、一人の女性。

 凛とした雰囲気を纏い、同時にどこか慈愛に満ちた表情を浮かべるその女性に、見惚れてしまった。

 

「おや、珍しいな。こんな場末の店にお客さんか」

 

 不意に声をかけられた。見れば、髭を生やした中年の男性がにこやかな笑みを浮かべてこちらを見ている。

 

「あ、ど、どうも……」

「大したものは置いていないが、ゆっくりしていってくれ。デュエルスペースはデュエル教室をやっているから、少し手狭かもしれないけどね」

「デュエル教室、ですか?」

「近所の子供たちを集めて、あそこの女の子がやってくれているんだよ。情けない話だけど、経営は苦しくてね。子供たちの授業料でどうにか持っているぐらいだ」

「成程……」

 

 視線を再び店内へと向ける。子供たちに囲まれている女性は、一人一人に何やら言葉をかけているようだった。

 ――不意に、女性の視線がこちらを向く。女性がどこか驚いたような表情を見せると、ほう、とその雰囲気に似つかわしい凛とした声色で言葉を紡いだ。

 

「珍しいな、この店に客が来るとは。少年、どうだ? 折角だからデュエルして行っては?」

 

 女性が手招きしてくる。店長の方を見ると、軽く頷いていた。祇園も頷くと、えっと、と声を上げる。

 

「僕が参加してもいいんですか……?」

「遠慮するな、少年。キミが悪い人間ならば即座にお帰り願うところだが、見たところ人畜無害そうじゃないか。カードショップに来てただ帰るだけというのも味気ないだろう?」

「え、えっと、じゃあ一度だけ……お手合わせ、お願いします」

「うん。素直な人間が好きだよ、私は」

 

 女性が言い、祇園は席に着く。女性は周囲を見回すと、紅里くん、と声を上げた。

 

「お客さんだ。相手をしてやってくれ」

「……うにゅう……?」

 

 布の塊が声を上げた――祇園は一瞬、本気でそう思った。

 紅里(あかり)、と呼ばれた物体――布団をいくつも重ねがけしたような状態の塊――から腕が生えてくると、ゆっくりと人が這い出てくる。

 

「……う~、あれ、みーちゃん……?」

「全く、相変わらずだな。ほら、こっちへ来るといい」

「……うにゅう」

 

 目を擦りながら現れたのは、一人の女の子だった。年の頃は祇園と同じくらいに思える。紅里、と呼ばれたその少女は祇園と向かい合う位置に座ると、デッキを取り出した。

 

「えっと、ちょっと待ってくださいね……ん~……」

 

 紅里はそう言うと、一度大きく深呼吸をした。――そして。

 

「それじゃあ、始めましょうか~」

 

 先程までの雰囲気はどこへやら。鋭利な雰囲気さえ携え、紅里は祇園と向き合う。

 祇園もデッキを取り出すと、一度深呼吸をした。デュエルディスクなしのデュエルというのも久し振りだ――そんなことを思いつつ、デッキをシャッフルする。

 

「頑張れお姉ちゃーん!」

「なぁなぁ、お兄ちゃんってどんなデッキ使うん?」

「お姉ちゃんのデュエル見るの、久し振りや~」

 

 子供たちの口調が美咲と似ているのは、やはりここが関西だからか。そういえば美咲も関西出身だといっていたな――そんなことに少し微笑みつつ、祇園はカードを引く。

 

「「決闘」」

 

 背負うものが何もない、ただの……デュエル。

 それが随分、久し振りのように感じた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 テストが終了し、美咲がそれをすべて回収する。それをパラパラと眺めると、んー、と美咲は少し考え込むような仕草を見せた。

 

「さて、早速採点したいんやけど……人数多いなぁ。ほな、三十分休憩。次の時間までにここで採点するから、それまで自由にしててええよー」

 

 ひらひらと手を振りながら美咲は言う。一気に教室内が騒がしくなった。

 美咲はPDAを取り出すと、どこかへ連絡を付ける。更に、近くで美咲の護衛として立っていたKC社の護衛たちにも声をかけた。

 

「井上さん、石橋さん、採点手伝ってくれませんか?」

「は? しかし……」

「解答はありますし、お願いします。人手が足りひんのですよー」

 

 お願いします、と小さく拝みながら言う美咲。ボディーガードの二人は一度目を合わせると、美咲の側で採点を手伝い始める。

 そんな中、教室に一人の女性が入って来た。――響緑。プロデュエリスト響紅葉の姉であり、アカデミアでも教師を務める女性だ。その女性は美咲の傍まで歩み寄ると、久し振りね、と声をかける。

 

「いきなりメールが来たからどうしたかと思ったけど……」

「お久し振りです、緑さん。いきなりですみませんけど、採点手伝ってもらえません?」

「採点?」

「今さっき、テストしたんですよー。で、今採点中です」

「成程……いいわよ、手伝ってあげる。弟も世話になってるみたいだしね」

「次鋒には迷惑かけっぱなしです」

 

 美咲の隣に座り、採点を始める緑。ペンを取り出し、採点を始めようとして――緑の手が止まった。

 

「美咲、あなたこのテスト……」

「何やおかしいとこありますかー?」

 

 言いつつも、美咲の手は止まっていない。次々とテストを消化していく。

 緑は、いくらなんでも、と言葉を紡いだ。

 

「一年生にこの問題は無茶よ。あなたの採点方式と授業方針は聞いたけど、これじゃあ本当にブルー生が誰もいなくなるわ」

「そう言われましても、大分甘いんですよ? そもそも、『退学になった夢神祇園が最底辺』っていう大前提で授業しろって社長に言われましたし。ウチには逆らえませんよー」

「……確か、持ち点が0になったら寮の格下げだったかしら?」

「それについてはこの後言うつもりでしたけどねー」

 

 あっけらかんと言う美咲。緑はふぅ、と息を吐いた。

 

「無茶をするわね」

「社長に言うてください。オッケー出したん社長ですし」

「……怒ってる?」

「怒るも何も、そんなことする理由がありませんよ?」

 

 テストの採点をしながら、美咲は言う。

 

「どっちにせよ、いずれはてこ入れも必要やったんです。それが今なだけですよ。緑さんも聞いてるでしょ、冬休みの件」

「……ええ」

「井の中の蛙でいられたら困ります。せめて、人様の前で無様晒さん程度の力は見せてもらいませんとね」

 

 そう言った、美咲の表情は。

 どこか、寂しげだった。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ……………………………。

 

 

 採点が終わり、再開される授業。教壇に立つ美咲はしかし、かなり厳しい表情をしていた。

 

「さて、採点が終わったわけやけど……んー、まず、ちょっと名前呼ぶよ?

 ――三沢大地、如月宗達、藤原雪乃、天上院明日香……この四人、今日の授業出なくてええよ。出ても意味ないやろし」

 

 教室内がざわめく。それを受け、ああ、と美咲は手を左右に振った。

 

「悪い意味やないよ。この四人は80点以上取ったメンバーや。いやまぁ、受けてくれるんやったら受けてくれてもええんやけど……多分退屈やで、って話」

「具体的な内訳は?」

 

 宗達が手を挙げて問いかけてくる。美咲がうん、と頷いた。

 

「三沢くんが92点、侍大将は90点、藤原さんは84点、天上院さんも同じく84点やね。……他のメンバーについては、正直期待外れもええとこや。何やコレ? 八割以上が50点以下? やる気あるんか自分ら? 過大評価しとったみたいやな、どうも」

「――ふざけるな!!」

 

 罵倒するような言葉を紡ぐ美咲。その彼女に対して声を荒げたのはブルー生――万丈目だった。

 

「プロデュエリストか何か知らないが、こんなテストで何を測れる!? 俺たちはエリートだぞ!!」

「プロ試験にはもちろん筆記試験もあるんやで、万丈目くん。このテストはその試験にさえ出てこないような超が付くほどの初級問題や。それさえできひんのやったら、そもそもプロになんてなれへんよ」

「何だと……!?」

「ほな、早速今日の授業いこか。……万丈目くん、今日のテストの第一問。召喚――表側の召喚と、手札からの召喚条件における特殊召喚の処理手順は全部でいくつある?」

「何?……そもそも召喚とはメインフェイズに行われるもので――」

「ああ、ちゃうちゃう。そんなん必要あらへんよ。人の言葉聞いてたか?……答えは8、もしくは10。七番目の手順を三つに分けた場合は10になる。さて、これの正答者がほとんどおらんのはどういうことやろな?」

 

 ルールブックぐらい読んどくものやで――美咲は言いつつ、言葉を続ける。

 

「そして第二問。これを詳しくかけ、と。今日のテストはこの二つだけやったんやけど、もう無茶苦茶やね皆。おかげで採点すぐに終わったけど。

 まず一つ目、『召喚宣言』。これはわかり易いね。召喚する、って行動を示すわけや。

 その二、『召喚条件を満たす』。生贄召喚の場合やったらここで生贄に捧げる処理が入る。このタイミングで発動するカードやったら『死霊の誘い』があるな。

 その三、『召喚モンスターの公開』。どの表示形式で出すかはここで宣言する。ただし裏側の場合は公開せーへんよー。

 その四、『各種召喚を無効化する効果の発動』。有名どころなら『神の宣告』とか『神の警告』とかはこのタイミングやね。

 その五、『召喚成功』。ここでようやく、『召喚できた』という状況になる。

 その六、『永続効果の適応』。永続魔法、永続トラップ、フィールド魔法、モンスター……その他諸々、既に発動してるカードの効果を適用するのがこのタイミング。

 その七の一、『モンスターが召喚される前に発動が確定している効果の発動』。任意も強制も関係なく、ここで発動や。例としては『クリッター』や『ハーピィ・ダンサー』の効果で風属性モンスターを召喚した時の『霞の谷の神風』なんかはこのタイミングになるね。

 その七の二、『召喚したことにより誘発する効果の発動』。このタイミングは、まず強制効果。『帝』シリーズや『ブラック・ガーデン』のトークン召喚、あと――『スクラップ・コング』はここで死ぬ。

 で、七の三。『任意発動系の誘発効果の発動』。テキストに『召喚時~できる』って書いてある、要は任意の効果やね。最近出てきたカテゴリ、『水精鱗』の『水精鱗―アビスパイク』の効果タイミングがここや。

 で、その八。『召喚に対してクイックエフェクトの発動』。『激流葬』やら『落とし穴』やら、『連鎖除外』なんかがここ。一応、召喚とは無関係なクイックエフェクトも発動可能や」

 

 スラスラと教科書も見ずに語る美咲に、その場の全員が呆然としている。そんな様子を見て、ふう、と美咲がため息を吐いた。

 

「……で? どうして誰もノートを取ってへんのや? 三沢くんだけか、ノート取ってるの。言うたはずやけどな。来週またここテストに出るで、って」

 

 その言葉を聞き、一斉にノートを取り始める生徒たち。十代でさえも例外ではない。祇園が退学になった――その現実を見ている彼は、本当に何もしなければ退学になると理解している。

 

「ちなみに今日のテスト結果は掲示板に名前付きで全員分張り出しとくさかい、確認しとくように。ああ、そうそう。持ち点が三回0になったら退学やけど、一回0になるごとに寮の格下げやから」

 

 再び教室内がざわめく。そんな中、ただし、と美咲は続けた。

 

「100点超えたら格上げや。――以上。質問は?」

 

 質問はないらしい。全員が黙ったままだ。

 それを見届けると、それじゃあ、と笑みと共に美咲は言った。

 

「今日の授業や」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 デュエルは、非常に静かだった。

 

「僕の先行です、ドロー。えっと……モンスターをセットしてターンエンドです」

「私のターンですね、ドロー。うーん、メインフェイズに入りますけど、何かありますか~?」

「いえ、何も」

「それでは、『イービル・ソーン』を召喚します。効果発動まで行きますけど、何かありますか~?」

「いえ、大丈夫です」

「では、イービル・ソーンの効果発動。このモンスターを生贄に捧げて、相手ライフに300ポイントダメージ。そしてデッキから『イービル・ソーン』を二体まで攻撃表示で特殊召喚します~。ただし、この方法で出したイービルソーンはこの効果を発動できません」

 

 祇園LP4000→3700

 

 イービル・ソーン☆1闇ATK/DEF100/300

 イービル・ソーン☆1闇ATK/DEF100/300

 

 ライフが削られ、更に相手の場に弱いとはいえ二体のモンスターが並ぶ。

 

「永続魔法『超栄養太陽』を発動します~。超栄養太陽の効果、レベル2以下の植物族モンスターを一体生贄に捧げて、デッキから生贄に捧げたモンスターのレベル+3以下の植物族モンスターを特殊召喚します。イービル・ソーンを一体リリースして、『ローンファイア・ブロッサム』を守備表示で特殊召喚~。更にローンファイア・ブロッサムの効果発動、一ターンに一度、植物族モンスターを生贄に捧げてデッキから植物族モンスターを特殊召喚します。……セットモンスターが少し怖いけど、『ギガプラント』を特殊召喚します~」

 

 怒涛の特殊召喚連打。恐ろしいことに、これだけ回しておいても消費手札は『イービル・ソーン』と『超栄養太陽』の二枚だけだったりするから恐ろしい。

 

 ローンファイア・ブロッサム☆3炎ATK/DEF500/1400

 ギガプラント☆6地ATK/DEF2400/1200

 

 並ぶのは二体のモンスター。紅里は迷った様子を見せつつも、うん、と頷く。

 

「ギガプラントで攻撃~」

「セットモンスターは『ライトロード・ハンター ライコウ』です。……リバース効果でギガプラントを破壊します」

「うにゅう!?」

 

 リバース効果によって破壊されるギガプラント。祇園は更に、ライコウのもう一つの効果を発動する。

 

「デッキトップを三枚墓地へ」

 

 落ちたカード→死者蘇生、レベル・スティーラー、D・D・R。

 

 あまり良い落ちとは言えない……レベル・スティーラーぐらいだろうか。

 

「ほう、ライトロードか……? 切り札がかなり高価なデッキだが……いや、D・D・R……?」

 

 デュエルを見守っている女性がぼそりとそんなことを呟いていた。……これだけで予測を立ててくるとは。まあ、別に知られても問題ないのだが。

 対し、子供たちもそれぞれの意見を口にする。

 

「あー、ライコウ踏んでしもたなー」

「でも仕方ないんちゃう? デッキわからんし」

「ライロかな、お兄ちゃんの? せやったら急がんとヤバいね」

 

 子供たちの意見に、紅里は苦笑。カードを二枚セットすると、ターンエンドを宣言した。

 

「えっと、それじゃあ僕のターン。ドロー。……メインまで、何か?」

「ないよ~」

「それじゃあ、魔法カード『光の援軍』を発動します。デッキトップを三枚落として……」

 

 落ちたカード→禁じられた聖杯、ダークフレア・ドラゴン、エクリプス・ワイバーン

 

「……『ライトロード・マジシャン ライラ』を手札に。更に『エクリプス・ワイバーン』の効果でデッキから『ダーク・アームド・ドラゴン』を除外します」

 

 その一連の流れ。それを受けて、ほう、と女性が感嘆に似た吐息を漏らした。

 

「『カオスドラゴン』か。珍しいデッキを使うな、少年」

「ししょー、『カオスドラゴン』ってなにー?」

 

 子供が手を挙げて質問する。女性はああ、と頷きながら答えた。

 

「光と闇の属性を利用し、立ち回るデッキだ。正直、爆発力は相当なものがある。ただし、その分運の要素も混じるため扱いが難しい。……まあ、見ていればわかるさ」

「「「はーい」」」

 

 子供たちは返事をすると、真剣な表情でデスクを見つめ始めた。祇園は、ここで少し考え込む。

 相手のデッキの動きを考えると、おそらく『植物デュアル』。ギガプラントと制限カードであるローンファイア・ブロッサムを中心に展開するデッキだ。

 一気に回されると押し潰される。今は守備表示で存在しているローンファイア・ブロッサムをどうにかして排除したいが、さてどうしたものか。『大嵐』……いやせめて『サイクロン』でもあるとありがたいのだが。

 

「……『魔導戦士ブレイカー』を召喚します。カウンターが乗り、攻撃力がアップします」

 

 魔導戦士ブレイカー☆4闇ATK/DEF1600→1900/1000

 

 剣と盾を持つ魔法使いを召喚する。召喚時に魔力カウンターが乗り、それを取り外すことで相手の魔法・トラップカードを破壊できるのだが……。

 

「うにゅう~……それは困るかも~。『奈落の落とし穴』です」

「……はい」

 

 これでがら空き。……本格的にまずくなってきた。

 

「カードを一枚伏せて、ターンエンドで――」

「エンドフェイズ、『サイクロン』を発動です~」

 

 エンドサイク、と呼ばれる方法だ。それにより、『リビングデッドの呼び声』が破壊される。

 正真正銘の……がら空き。

 

「私のターンです、ドロー。……メインフェイズまでに、何かありますか~?」

「……ないです」

「では、ローンファイア・ブロッサムの効果で、二体目のギガプラントを特殊召喚です。更に、召喚権を使ってギガプラントを再度召喚。これで、効果を得ます。一ターンに一度、墓地から植物族モンスターを蘇生します。ローンファイア・ブロッサムを蘇生。効果発動、デッキから『椿姫ティタニアル』を特殊召喚します~」

 

 ギガプラント☆6地ATK/DEF2400/1200

 椿姫ティタニアル☆8ATK/DEF2800/2600

 

 植物族の数少ない大型モンスターが二体も並ぶ。それを見ると、ため息さえ漏れた。

 

「二体で攻撃~」

「僕の負け、です」

 

 あっさりとした敗北。けれど、楽しかった。

 格上のデュエリストは数多くいる……そんなことを、ふと思った。

 

「ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました~」

 

 頭を下げる。すると、少年、と女性が声をかけてきた。

 

「打つ手は本当になかったのか?」

「えっと、はい。……手札は、これで」

 

 祇園最後の手札→ヘルカイザー・ドラゴン、レベル・スティーラー、ライトロード・マジシャン ライラ、ダーク・ホルス・ドラゴン。

 これ以上ないくらいの事故である。女性も、ああ、と苦笑した。

 

「これでは確かにどうしようもない。運が悪かったか」

「でも、相手の……紅里さん、のタクティクスも凄かったですから」

「私なんてみーちゃんに比べたらまだまだだよ~」

 

 紅里が手を左右に振りながらそんなことを言う。少年、と女性が肩を叩きながら問いかけてきた。

 

「見たところ地元の人間ではないようだが……旅行か?」

「あ、いえ。こっちのデュエルアカデミア・ウエスト校に用がありまして」

「……何? どんな用だ?」

「その、転入をお願いしたいと……」

 

 ポケットから二つの推薦状を取り出しつつ、祇園は言う。それを見て、ほう、と女性が頷いた。

 

「見ても構わないかな?」

「あ、はい。どうぞ」

「ふむ……」

 

 女性が推薦状を開く。ピクリと、その眉が一度跳ね上がり……そして、了解した、と頷いた。

 

「だが、少年。今日のウエスト校は開校記念日で休校だぞ?」

「えっ? そうなんですか?」

「ああ。事務などは開いているだろうが……手続きができるかというと、微妙なところだ。どうする? 案内してもいいが」

「あっ、その……学生寮とかはどうなってるんでしょうか? 宿が決まってなくて……」

「紅里くん、男子寮に空きはあったかな?」

「う~ん、なかったかもです~。そもそも寮自体、広くないので~」

「えっ……そんな……」

 

 眩暈を感じた。休校の上、学生寮も空いていないなど……本当に、どうしたらいいのか。

 そんな祇園を見かねたのか、女性は紅里くん、と紅里に向かって言葉を紡いだ。

 

「私は少しこの少年の話を聞いてみよう。すまないが、教室を頼まれてくれるか?」

「は~い、皆行くよ~」

 

 紅里が子供たちを伴って移動する。女性は祇園の正面に座ると、さて、と呟くように言葉を紡いだ。

 

「何やら込み入った事情があるようだな、少年。よければ私に話してはくれないか?」

「え、でも……」

「こう見えて、私はウエスト校の三年生だ。学校主席の立場にも置かせてもらっている。力になれると思うよ。……ああ、自己紹介がまだだったか。私の名は澪。烏丸澪(からすまみお)だ。末席ながら……学生プロデュエリストを名乗らせてもらっている」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 DM界には、日本と世界でそれぞれいくつかの『タイトル』が存在している。

 決闘王武藤遊戯――彼が遺した伝説を追うようにして行われた大会。その中で、いくつかの『王者』としての称号が生まれたのだ。

 日本に存在するタイトルは、五つ。

〝壱龍〟、〝弐武〟、〝参魔〟、〝伍天〟、〝祿王〟。

 それぞれ決められた大会で実力を示し、一週間にも渡るタイトル戦で勝利しなければ名乗れない称号だ。

 海外タイトルは九つ存在しているが……今は置いておこう。

 この五つのタイトル、現在〝壱龍〟、〝参魔〟、〝伍天〟は一人のプロデュエリストが所有している。『DD』――十年連続ランキング一位を誇る破格のデュエリストである人物だ。

 対し、残る二つは別の人物が所有している。〝弐武〟は現在の世界ランク三位にして世界タイトルも一つ所有する歴戦のデュエリストが所持している。

 ――そして、〝祿王〟。

 これを所有するデュエリストはほとんど表舞台へ出てこない。タイトル戦にのみ姿を見せ、それ故に〝幻の王〟とも呼ばれている。

 そして、その人物こそが。

 今、祇園の目の前にいる人物。

 

 ――烏丸〝祿王〟澪。

 

 桐生美咲を史上最年少でプロデュエリストになった人物とするならば、彼女は別。

 史上最速でタイトルを手にした――デュエリスト。

 

「……成程。辛い目に遭ったな、少年」

 

 そのタイトル保持者は祇園の話を聞き終えると、心配そうな目を祇園に向けた。祇園はいえ、と首を左右に振る。

 

「僕が負けたのが……理由ですから」

「だがあの海馬瀬人が相手だろう? そう勝てる人間もいないと思うが」

「それでも、です。……勝負に、絶対はありませんから」

「成程。気持ちのいい言葉を吐くな、少年」

「僕なんて」

 

 もう一度首を左右に振る。澪は、面白い、と頷いた。

 

「気に入ったよ、少年。夢神祇園、といったな。転入自体は何の問題もなく行えるだろう。それは私が保証する。まさか美咲くんだけでなく『侍大将』の推薦状まで見れるとは思わなかったが。ウエスト校に私がいると思って書いたのだろう」

「あ、ありがとうございます……!!」

 

 頭を下げる。いくら推薦状があるとはいえ、断られればそこで路頭に迷うところだったのだ。本当に助かった。

 しかし、入学が上手くいっても別の問題が残る。

 

「だが、宿がないか。手持ちはどうだ?」

「そ、そんなには……」

「まあ、雰囲気でわかるよ。そうなると……ふむ」

 

 そこで澪はじっと祇園の顔を見つめてきた。そして。

 

「………………顔はそこそこ好みだな」

 

 ボソリと何事かを呟くと、仕方ない、と腕を組みながら言葉を紡いだ。

 

「私の家に来るといい。多少散らかっているが、それは容赦してくれ」

「え、ええっ!? そんな、いくらなんでも……!」

「困っている者がいるなら見捨てるわけにはいかないのでな。それとも、いかがわしい気持でもあるのか?」

「あ、あるわけないです!」

「ならば問題ない。美咲くんはともかくあの『侍大将』が信を置く人間だ。人格者であるのだろう。……さて、それでは少年、少し手伝ってくれ。キミもDMの知識はあるだろう?」

 

 そう言って、こちらへと手を差し伸べてくる澪。

 その手を、ゆっくりと握り返して。

 

 不意に、涙が溢れそうになった。

 先行きも、何もかもが不安な中で。

 差しのべられた手が……あまりにも、暖かかった。

 

 故に……頭を、下げた。

 

「ありがとう、ございます……!!」

 

 

 新たに刻む、一歩は。

 こうして……始まった。













捨てる神あらば、拾う神あり。
プロデュエリスト関係とタイトル、アカデミア設定はオリジナルです。適当に流して頂けると幸いですね。




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第十話 終わらぬ夢、頂点の力

 ……正直、朝は嫌いだ。微睡みの中、ぼんやりとそんなことを思った。

 冬に向かって進み始めている今の季節。肌寒さが嫌いだ。

 ――何より。

 目を覚ます度に、思ってしまう。嗚呼、一人なのだ、と。

 夢に見るような日々はもう、どこにもなくて。

 自分は……一人きりなのだ、と。

 

「…栓のないことだな」

 

 体を起こし、ポツリと呟く。肌寒さが、体を襲った。

 立ち上がり、制服を手に取る。……不意に、空腹を刺激するような香りが鼻腔を刺激した。

 

「何だ……?」

 

 制服に身を包むと、リビングに出た。そして、驚愕する。

 机の上に置かれた、朝食。……こんなものを見るのは、一体何年ぶりになるのだろうか。

 

「おはようございます」

 

 女性用のエプロン――買うには買ったが、結局使わなかったもの――を身に着けた一人の少年が、そんなことを言いながら軽く頭を下げてきた。思わずああ、と生返事をしてしまう。

 それをどう受け取ったのか。少年はすまなさそうな表情を浮かべ、すみません、とこちらへ頭を下げてきた。

 

「勝手に冷蔵庫の中身を使ってしまいました……あの、洋食の方が良かったですか?」

 

 見れば、机に並んでいるのは純然たる和食だ。焼き魚とみそ汁とご飯……いつ振りに見るかもわからないものが並んでいる。

 

「いや……私は和食の方が好きだからいいが、キッチンを使ったのか?」

「あ、す、すみません……! 勝手に……」

「いや、そうではないよ少年。『あの』キッチンを使ったのか?」

 

 委縮する少年へ、そんな言葉を返す。記憶が正しければ、やったこともない料理に何度か挑戦し、挫折し……その結果としてキッチンは人の使える場所ではなくなったはずなのだが。

 

「あ、はい。その、勝手に片づけさせてもらいましたが……」

「……成程」

 

 頷くと、椅子に座った。手を合わせ、味噌汁を軽く啜る。

 

 ……美味しい。

 

 素直にそう思った。見れば、少年が伺うようにこちらを見ている。

 

「あの、どうですか……?」

「……美味しいよ。正直、驚いた。少年、キミにはこんな特技があったのか」

「向こうの寮でも、朝食と夕食は作らせてもらっていたので……」

「何? 確か、購買部でもアルバイトをしていたのだろう?」

「その、あまり料理の質が良くなくて……自炊するなら良い、と聞いたものですから」

「……本当に、苦労しているようだ」

 

 昨日聞いた、少年の過去――ここに来る前にどんな風に過ごし、どんな風に生きてきたか。全てを聞いたわけではないが、やはり大したものだと思う。

 こんな少年を追い出すというのだから、やはり世の中というのは……ままならない。

 

「キミも座るといい。一緒に食べよう」

「あ、はい」

 

 エプロンを外し、対面に座る少年。軽く手を合わせると、少年も朝食を口にし始めた。

 誰かと共に食べる朝食。……随分、久し振りだ。

 

「エプロン、似合っていたよ」

「あっ……す、すみません。勝手に……」

「構わんよ。どうせ私は使わない。だが、女物をいつまでも使い続けるというのも問題か……男物のエプロンでも買うとしよう」

「えっ、そ、そんな」

「そう言うな。この美味しい朝食への礼だよ、少年」

「……すみません」

 

 恐縮したように縮こまる少年。流石に苦笑を返すしかない。

 

「謝ってばかりだな、キミは」

「……すみません」

「ほら、まただ。どうせなら、別の言葉をくれないか?」

 

 そう、別の言葉。

 からかうようにして告げたその言葉へ、えっと、と少年は言葉を探すように視線を彷徨わせ。

 

「……ありがとう、ございます」

 

 そう、口にした。

 口元が微笑んでいるのがわかる。頷くと、ああ、とその言葉に返答を返した。

 

「どういたしまして、だな」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 学校へは二人並んで登校した。とはいえ、少年――夢神祇園はまだ制服を受け取っていないので、今回は私服だ。その隣を制服で身を包んだ烏丸澪が歩く形になる。

 流石に日本五大タイトルの一つである〝祿王〟の称号を持つだけのことがあり、その容姿の端麗さも相まって登校時に澪に向けられる視線はかなり多い。

 もっとも、その視線のほとんどが好奇のものであるのは隣の少年のせいだろうが。

 

「昨日はよく眠れたか、少年?」

「あ、はい。すみません何から何まで――」

「ほら、また謝る」

「……ありがとうございます。寝床を頂いて」

「何、どうせ部屋は余っていたのだ。あのまま腐らせるよりは遥かに良い。『間違い』が起こったわけでもないのだからな」

 

 楽しそうにそんなことを言う澪。祇園は、はぁ、と生返事を返すしかない。

 

「でも、いいんですか? やっぱりその、一つ屋根の下というのは……」

「何だ? 不満でもあるのか、少年?」

「そんな、不満なんかはないですけど」

「……安心するといい。世間のマスコミは私に限ってはそう簡単に手は出さん。余程のことがない限り、キミが私の家に泊まっていることは漏れんよ」

 

 どこか寂しげに言う澪。そんな表情をされては、祇園としては何も言えない。

 実際、住む場所がないというのも厳然たる事実なのだ。昨日の一晩助かったのは事実であるし、それに今日の転入手続きが住めば寮に入れるだろう。それで問題はない。

 澪には大きな借りができたが、それは少しずつでも返していくしかない。

 

「まあ、まずは校長室へ行く必要があるな。付いてくるといい」

「は、はい。よろしくお願いします」

「そう固くなるな、少年。安心するといい。どうにかなるよ」

 

 微笑みながらそう言う澪の後を追って。

 祇園は、アカデミア・ウエスト校へと足を踏み入れた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 デュエル・アカデミア高等学校は日本に四つ存在している。

 まずは、海馬瀬人がオーナーを務める、デュエル・アカデミア本校。この学校が一番最初に建てられた学校であり、一番の権威を有している。

 次いで、この本校を『イースト校』とした場合に北・西・南にそれぞれ建てられている学校が三つ存在している。

 これらは大本として『KC社』と『I²社』の二つをバックに抱えていることを基本としている以外、ほとんど繋がりはない。あるとすればアカデミア本校とノース校が定期的に交流戦を行っているのと、ウエスト校とサウス校が同じように交流戦を行っているくらいだろうか。

 それ故か、それぞれの学校には独自の教育方針が打ち立てられている。本校は月一試験と三つの寮のランク分けがそうであるし、ノース校は徹底したランキングによる実力主義――それこそ学年など関係ない、実力の世界であるという特色を有している。

 サウス校は本校のように寮を分けているものの、実力順に分けているわけではない。入寮はランダムで、以後三年に渡って各寮ごとの対抗戦などを行うことで各寮の結束や切磋琢磨を促すという形式をとっている。

 ――そして、祇園が改めて転入しようとするウエスト校。ここは他の三校に比べると、『学校』という側面が強いことで知られている。

 他の三校がプロデュエリストの輩出を基本路線とし、デュエリストとしての能力を第一としているのに比べ、ウエスト校は『通常授業にデュエルが加わった学校』という形式をとっているのだ。

 入学時、進級時に本人の望む進路でコースを選択でき、それこそプロデュエリストを目指したり進学を目指したり就職を目指したりと、それぞれの望む形で授業を受けることができる。それ故、デュエル以外の能力も必要となってくるため、四校の中では一番偏差値が高い学校である。

 ただ、その反動というべきか……島で一年を過ごす本校はともかく、本土にあるノース・ウエスト・サウス校の生徒が出場するような大会では後塵に廃することも多い。

 そんな、ある意味で文武両道を目指す学校――それがアカデミア・ウエスト校だ。

 

 

「成程、アカデミア本校の生徒さんですか……」

 

 校長室。澪と共にそこへ入った祇園の正面で執務机に座っているのは、一人の柔和そうな笑顔を浮かべた老人だ。眼鏡の奥の細い目は、静かに祇園を見据えている。

 

「は、はい。その、本校を退学になった身で厚かましいお願いだとは存じています。ですが、よろしければ自分を転入させていただけないでしょうか」

「ふむ……まあ、おかけください。烏丸さん、お茶を淹れてくれませんか?」

「龍剛寺校長、秘書の一人でも雇っては如何です?」

 

 水を向けられ、慣れた様子で茶器を用意しながら澪が言う。その口調には呆れが混じっていたが、校長はいえいえ、と首を左右に振った。

 

「補佐が必要なほどに偉い身分でもありませんのでね」

「どの口が言うのでしょうね。……お茶の淹れ方など知りませんので適当になりますが、よろしいですか?」

「構いませんよ」

 

 頷く校長。澪は手早くお茶を淹れると、ソファーの前に置いてある机の上に二つのカップを並べた。更に校長の執務机にもカップを置く。

 

「どうぞ、お座りください」

「……失礼します」

 

 一礼し、ソファーに座る祇園。その隣へと澪も腰かけた。

 

「……さて、転入の件ですが。私個人としてはあなたのことを歓迎します」

「あ、ありがとうございます!」

 

 頭を下げる。校長は、いえいえ、と笑みを浮かべたまま言葉を紡いだ。

 

「烏丸さんがわざわざここまで連れてくるほどです。キミには何か光るものがあるのでしょう」

「さて、それはどうでしょう。学校というシステムこそがその才能を見出し、研磨するものでは?」

「キミには適いませんね。……ただ、転入していただくにあたっていくつかクリアして頂かなければならない問題があります。我が校は『ランキング制』というものを導入しておりまして。キミがどの立ち位置にいるのか、今日一日で測らせていただきます」

「ランキング制、ですか」

 

 祇園が首を傾げる。校長はええ、と相変わらず人の良さそうな微笑を浮かべたまま頷いた。

 

「ノース校のような徹底したものではありません。定期的に塗り替わるランキングというものを教育のための指針として我々は利用しているのです。闇雲に努力しても効率が悪い……ならば、自身がどこにいるか。どこを目指すべきか――それを明確にしようというものです」

「デュエルの場合は座学と実技でそれぞれ別に。その他、教養においても全教科でランキング化がされている。PDAで見ることができるから、後で確認するといい」

「……あの、言い難いんですが……」

 

 澪の言葉に、祇園はおずおずといった調子で手を挙げる。そのまま、実は、と言葉を切り出した。

 

「PDA、持ってないんです……」

「……何? 本校にいた時はどうしていたんだ、少年?」

「その、支給品を……持っているのはこれだけで……」

 

 祇園はボロボロになった携帯端末を差し出す。簡単なメール機能と通話機能しか持たないそれは、破格の安さで利用できるツールだった。

 

「……本当に、苦労していたのだな」

 

 祇園の端末を見ながら、絞り出すように澪はそんなことを言う。祇園としては苦笑するしかない。

 苦労、と思ったことはない。祇園としてはこれが当然のことだったし、これ以上のことはそれこそ本校にいた時ぐらいだ。その時だってPDAを頻繁に使うことはなかったから、正直何処までが『苦労』なのかは祇園にはわからない。

 そんな祇園の姿を見て何を思ったのか。校長は成程、と頷くと祇園に向かって一つの提案をした。

 

「どうでしょう、奨学金の申請をしてみては?」

「奨学金、ですか」

「二通の推薦状からキミの身分は保証できています。資格は十分にありますよ」

「その代わり、通常よりもクリアしなければならないラインは高いぞ、少年。……元々本校在籍の時に申請していた奨学金もあるようだが、今回のこれはいわば『支援』という意味での奨学金だ。奨学金そのものは就職してからゆっくり返していけばいい。私も利用している。さて、どうする?」

 

 澪の問いかけ。それに対し、祇園は迷い……そして、頷きを返した。

 そんな祇園を見、ほう、と澪は頷きを返す。

 

「良い目だな、少年。そういう目をしている方が私は好きだよ。……そう、デュエリストならば自身の力で掴み取らなければならない。キミは何もかもを失った。ならば今度は掴み取る番だ。――そうだろう、少年?」

 

 その、言葉に。

 静かに、夢神祇園はもう一度頷きを返した。

 

「改めて、歓迎しましょう」

 

 机の上の資料。それに何やら、判子を押しながら。

 龍剛寺校長が、笑みと共に頷いた。

 

「――アカデミア・ウエスト校へようこそ、夢神祇園くん」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 転入試験は文字通りの一日仕事だった。一般教養の試験を受け、体力測定も行い、最後にDMの筆記テストと実技テストだ。

 正直、そこまで悪い出来ではなかったように思う。いくつかケアレスミスをしたように思えるが……それはいつものことだ。毎日、予習と復習をしっかりしていたのが役に立った。

 実技でも、どうにかLPを減らさずに勝つことができた。『真紅眼の黒竜』のカードを見せて欲しいと試験官である先生に言われた時は驚いたが、凄くいい人だったと記憶している。

 とにかく、もう時間は放課後だ。授業が行われている校舎とは別の教室で受けていたので生徒と話すことはなかった。実技試験の時は観客が何人もいて、正直かなり緊張したが……どうにか乗り越えることができたと思う。

 校門に向かって歩いていく。遠巻きにこちらを見る視線をいくつも感じるが、話しかけてくる気配はない。……正直、初対面の人と何を話せばいいのかわからないのでその辺はかなりありがたいのだが。

 その途中、一人の女性を見つけた。ベンチに座り、脚を組んで本を読むその姿は……どこか、深窓の令嬢を思わせる。

 

「…………」

 

 声をかけるべきか迷い、立ち止まる祇園。そんな祇園へ、本を畳みながら女性――澪が笑みを浮かべて言葉を紡いだ。

 

「待ち侘びたぞ、少年。試験は……上手くいったようだ」

「はい。どうにか」

「奨学金はどうなるかはわからないが、入学が消えることはなかろう。それにもし消えたとして……少年はそれで終わりでもないようだからな」

「もしそうなら、来年もう一度受験します」

「良い言葉だ。……ああ、そうだ。弁当は美味しかったぞ。量も丁度良かった。ありがとう」

 

 微笑みながらそんなことを言う澪。その様子に少しどきりとしながら、いえ、と祇園は首を左右に振る。

 

「お口に合って良かったです」

「ふむ、明日も作ってくれるか?」

「え、でも……」

「寮は満杯。そう言われたのだろう?」

「……お世話になります」

「素直な少年は好きだよ」

 

 笑いながらそんなことを言う澪。そんな彼女と並びながら、でも、と祇園は言葉を紡いだ。

 

「流石にいつまでもお世話になるわけには……」

「私なら気にする必要はない。それに、今のキミは外に一人で放り出されて生きていける程の力はないだろう?」

 

 そう言われると反論できない。それを受け、気にするな、と澪は微笑んだ。

 

「いずれ借りは返してくれればいい。美咲くんとも約束しているのだろう? ならば、私とも約束してくれ。これを恩と思っているのならば。――いずれ、プロの舞台で私を倒すと」

 

 微笑みながら言う彼女。しかし、その目がさっきまでとは大きく違った。

 どこか濁った、淀んだ瞳。

 違和感を覚える。しかし、祇園はそれを意識の外へ追いやると、はい、と頷いた。

 

「いつか、必ず」

「良い返事だ」

 

 先程までの違和感が消え、澪の笑顔が元に戻る。僅かに先へと進む澪。その背に向かい、祇園はただ、と言葉を紡いだ。

 

「タイトルホルダーが相手となると……いつまでかかるか、わかりませんが」

「――ならば、試してみるか?」

 

 振り返り、澪は言った。

 その表情は……笑み。

 

「実を言うと、デュエルにおいて私はウエスト校において『圏外』という扱いになっている。まあ、流石に私がトップに居座るのもどうかという話だ。それ故に実戦の機会があまりないのが悩みの種でな。実技は見せてもらったよ、少年。――どうだ、ここで一つ挫折を知っておくのは?」

 

 その言葉に込められているのは、絶対的な自信。

『最強』の称号であるタイトル――〝祿王〟を有するが故の、絶対的なまでの誇り。

 

「……挫折は、何度も味わいました」

 

 一度も勝てなかった、幼少時代に。

 カード一つ買えなかった、あの頃に。

 友に敗北した、あの日に。

 全てを懸けた〝伝説〟との戦いで敗れた――あの時に。

 

「でも、諦めません」

 

 デッキを取り出しながら、祇園は言う。澪は鞄からデュエルディスクを取り出すと、一つを祇園に投げて渡してきた。本校でも使っていた標準的なタイプだ。

 対し、澪が取り出したもう一つのデュエルディスクは随分とコンパクトだった。それこそ収納時は掌二つ分くらいのものだ。しかし、展開するとサイズは通常のものと変わらなくなる。全体的に鋭角的なデザインが、彼女の雰囲気には似合っていた。

 

「よく言った。それでこそ、デュエリストだ」

 

 澪もデッキを構える。いつの間にか下校途中の生徒たちが何人も集まり、人垣ができていた。

 その人数はどんどん増えていく。DM以外にも力を入れているとはいえ、流石は専門学校の生徒たちだ。

 

「おい、姐さんがデュエルするってよ!」

「マジかよ! 相手誰だ!?」

「あの人転入生の人よ! お姉様の彼氏って噂の!」

「えっ!? 彼氏!?」

「嘘だろ!?」

「水島先生をノーダメージで倒してた人よ!」

 

 いくつか根も葉もない噂が流れているようだが、無視。

 正面を見る。

 

 ――ゾクリと、全身が総毛立った。

 

 澪は笑っている。だが、その瞳が――先程感じた、濁り、淀んだものになっていた。

 

「さあ、いくぞ」

 

 ゆっくりと澪が手招きする。宗達は頷くと、一度深呼吸をした。――そして。

 

「「――決闘(デュエル)!!」」

 

 目指すべき〝頂点〟へと、挑みかかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「僕の先行! ドロー!」

 

 手札を見る。正直、相手のデッキの情報がないのが辛い。〝祿王〟である彼女は滅多に表舞台に出てこないこともあって出回っている情報が少ないのだ。去年のタイトル戦では確か『悪魔族』のデッキを使っていたが……変わっている可能性が高い。この間『クリッター』も禁止になったばかりで、その影響もあるだろう。

 ――ならば、こちらは打てる全力を持ってデュエルする!

 

「僕は『ライトロード・マジシャン ライラ』を召喚!」

 

 ライトロード・マジシャン ライラ☆4光ATK/DEF1700/200

 

 まずは墓地を肥やす手段が必要だ。一瞬の爆発力が凄まじいと澪は『カオスドラゴン』のことを評価していたが、そのためには準備がいる。

 

「あいつのデッキ、『ライトロード』か? 確かランキング三位がそうだったよな?」

「ああ、そうなると姐さんに勝つのは難しいぞ。運の要素が強過ぎる」

「あんたたち知らないの? あの人のデッキはライトロードじゃないわよ」

 

 外野の声が聞こえる。祇園はそれを務めて記憶から追い出すと、更に手を進めた。

 

「カードを二枚セットして、ターンエンドです。エンドフェイズ、デッキトップを三枚墓地へ送ります」

 

 落ちたカード→カオス・ソーサラー、エクリプス・ワイバーン、サイクロン

 

 理想的な落ち方だ。祇園は墓地に落ちたカードの効果を発動する。

 

「『エクリプス・ワイバーン』の効果発動! このカードが墓地へ送られた時、デッキからレベル7以上の光もしくは闇属性のドラゴン族モンスターを除外し、墓地のこのカードが除外された時そのカードを手札に加える! デッキから『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を除外します!」

 

 その一連の動きに、周囲がざわめいた。澪がカードを引きつつ、良く通る声で言葉を紡ぐ。

 

「――『カオスドラゴン』。準備こそ必要なものの、一瞬の爆発力ととある型が決まった後の安定感は抜群であるデッキだ。はっきり言おう。強いぞ。使い手もデッキもな」

 

 周囲がざわめく。タイトルホルダーに褒められ、祇園は少し照れくさい気分になるが……その気持ちは押し留めた。

 相手は明らかに格上なのだ。ならば、気を抜けるはずがない。

 

「では、私のターンか。……ふっ、成程。そういう形か。いいだろう。――一ターン時間をやろう、少年。次のターンで私を殺してみせろ」

 

 ターンエンド――何もせず、澪はそう宣言する。『バトル・フェーダー』か『速攻のかかし』か――一撃で殺されない手があるのだろう。

 ならば、このターンは場を整えることを優先する。――幸い、必要なパーツはほとんど揃った。

 後は、一枚だけ。

 

「僕は手札から『光の援軍』を発動します。コストとしてデッキトップのカードを三枚墓地へ送り、『ライトロード・ハンター ライコウ』を手札に」

 

 落ちたカード→レベル・スティーラー、リビングデッドの呼び声、ライトパルサー・ドラゴン

 

 最高の落ちだ。このまま相手を追い詰める。

 

「僕は手札から装備魔法『D・D・R』を発動! 手札を一枚捨て、除外されたモンスター一体を特殊召喚します! 来い――レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン!!」

 

 その呼び声と共に、最強の真紅眼が降臨する。

 

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇ATK/DEF2800/2400

 

 破格の能力を持つが故に制限カード入りしたモンスター。祇園は更に手を進める。

 

「更に墓地の『ライトパルサー・ドラゴン』の効果発動! 墓地にこのカードが存在する時、手札から光と闇のモンスターを一体ずつ墓地に送ることで特殊召喚できる! 手札の『ダーク・ホルス・ドラゴン』と『ライトロード・ハンター ライコウ』を捨て、特殊召喚! 更にレッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンの効果発動! 一ターンに一度、手札・墓地からドラゴン族モンスターを特殊召喚できる! ダーク・ホルス・ドラゴンを蘇生!」

 

 ライトパルサー・ドラゴン☆6光ATK/DEF2500/2000

 ダーク・ホルス・ドラゴン☆8闇ATK/DEF3000/1800

 

 並び立つ三体の上級ドラゴン。、それを見て、観客が沸いた。

 

「凄ぇ!! 何だアイツ!! 通常召喚なしで上級ドラゴン三体並べやがったぞ!!」

「マジかよ……攻撃力3000!?」

「姐さんをマジで倒しちまうのか!?」

 

 絶対的な威圧感を伴い、並ぶ三体の龍。先程召喚していたライラも合わせれば、四体ものモンスターが並んでいる。

 代償として手札は0になったが――ここは攻める時だ!

 

「ダーク・ホルス・ドラゴンでダイレクトアタック!」

 

 澪LP4000→1000

 

 攻撃力3000のモンスターによる直接攻撃。吐き出された黒炎に巻き込まれ、澪のライフが大きく削られる。

 祇園は更なる追撃を仕掛けようとして――それを見た。

 

「――相手の場ががら空きならば、気を付けなければならないモンスターがいるということを教えておこうかな、少年?」

 

 冥府の使者ゴーズ☆7闇ATK/DEF2700/2500

 冥府の使者カイエントークン☆7光ATK/DEF3000/3000

 

 澪の場に、それぞれ守備表示と攻撃表示で二体のモンスターが出現していた。

 ――『冥府の使者ゴーズ』。

 場に何もカードが存在しない時に戦闘ダメージ、もしくは効果ダメージを受けた時に特殊召喚できるという効果を持った強力なモンスターだ。その効果の強力さにより制限カードとなっており、あの『決闘王』武藤遊戯も使っていたとされる。

 

「ゴーズ……!」

「驚くようなことか、少年? まあ、キミが予測していたのであろう『バトルフェーダー』で止めても良かったのだが……私の想像以上の回転を見せてくれた礼だ。まさか『ダーク・ホルス・ドラゴン』まで特殊召喚してくるとは」

 

 手札から『バトル・フェーダー』のカードを見せつつ、澪が笑う。祇園はぐっ、と一度歯を食い縛ると、追撃の指示を出した。

 

「レッドアイズでゴーズに攻撃!」

「破壊される……が、ダメージはない。終わりかな、少年?」

「……ターンエンドです」

 

 祇園がターンの終了を宣言する。ライラの効果が発動し、祇園はデッキトップを三枚墓地へ送った。

 

 落ちたカード→死者蘇生、禁じられた聖杯、闇次元の解放

 

 先程までとは打って変わって悪い落ち。それが、祇園の結末を暗示しているように見えた。

 

「私のターン、ドロー。……では、一気に行こうか。まずは『大嵐』を発動させてもらう」

 

 破壊されるのは、『リビングデッドの呼び声』と『サイクロン』、そして『D・D・R』。

 

「D・D・Rが破壊されたことにより、レッドアイズが破壊されます……!」

 

 除外されたモンスターを特殊召喚する装備魔法、『D・D・R』。しかし、破壊されてしまうとそのまま装備モンスターも破壊される。

 これで二体のモンスターたち以外に止める術はない。

 

「見事だったよ、少年。故にチャンスをやろう。……魔法カード『一時休戦』を発動。互いのプレイヤーはカードを一枚ドローし、その後、次の相手のターンのエンドフェイズまで互いが受けるダメージは〇になる」

 

 優秀なドローソースであると同時に、防御カードでもある『一時休戦』。『カウントダウン』や『エクゾディア』で見かけるカードだが――

 

「……ほう、これを引くか。面白い。魔法カード、『手札抹殺』を発動だ。私は四枚、少年は一枚を捨てて捨てた枚数だけドローする」

 

 祇園も利用する、手札交換兼墓地肥やしのカードだ。一体何をする気か――そう思った瞬間。

 

「――カードの効果で捨てられたことにより、バトルフェーダー以外の三枚のカードの効果が発動する」

「捨てられたら、って……まさか……!」

「そうだ。発動するカードは、『暗黒界の狩人ブラウ』、『暗黒界の術師スノウ』、そして――最強の暗黒界、『暗黒界の竜神グラファ』だ。それぞれ一枚ドロー、暗黒界と名の付いたカードをサーチ、相手フィールドのカードを一枚破壊する効果を持つ。まずはグラファの効果で……ダーク・ホルス・ドラゴンを破壊だ」

「……ッ」

 

 やられた――そんなことを思う祇園。澪は更に続けてくる。

 

「スノウの効果で二枚目のグラファを手札へ。ブラウの効果でドロー。……妙な話だな、相手のカードを破壊しておいて手札が増えている。さて、次だ。フィールド魔法『暗黒界の門』を発動。悪魔族の攻守を300ポイント上昇させ、更に一ターンに一度墓地の悪魔族を除外することで悪魔族モンスター一体を手札から捨てる。その後、一枚カードをドローで切る。スノウを除外し、グラファを捨てる。……ライトパルサー・ドラゴンを破壊。一枚ドロー」

「その瞬間、ライトパルサー・ドラゴンの効果発動! このカードが破壊された時、墓地からレベル5以上の闇属性ドラゴン族モンスターを蘇生します! 甦れ、レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン!!」

 

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンとライトパルサー・ドラゴン。互いが互いを補い合うとされる理由は、ここだ。

 レッドアイズはライトパルサーを蘇生し、ライトパルサーは破壊されるというトリガーが必要なものの、レッドアイズを蘇生できる。この布陣を突破するには、一ターンに二度レッドアイズを倒す必要があるのだ。

 

「更に『暗黒界の取引』を発動。互いのプレイヤーはカードを一枚引き、一枚捨てる。……三枚目のグラファだ。レッドアイズは破壊させてもらう」

 

 本来なら突破も難しい布陣が、こうも容易く処理された。

 これでライラを残してがら空き。手札も……よくはない。

 

「更に『暗黒界の尖兵ベージ』を召喚。墓地のグラファの効果を発動。フィールド上、表側表示の暗黒界と名のつくモンスターを手札に戻すことで特殊召喚できる。甦れ、最強の暗黒界――龍神グラファ」

 

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100

 冥府の使者カイエントークン☆7光ATK/DEF3000/3000

 

 並び立つ二体の上級モンスター。対し、こちらは逆。まるで先程と逆の光景だ。

 条件付きとはいえ除去効果を持ち、同時に安易な特殊召喚を行えるモンスター――『暗黒界の龍神グラファ』。理不尽この上ないモンスターだ。

 その効果の凶悪さとステータスの優秀さ故にレア度が高く、持っている人間などほとんどいないと聞いていたが……流石に〝祿王〟、こんなものを三枚も有しているとは。

 

「グラファでライラへ攻撃。破壊。……さて、ターンエンドだ。少年、覆せるか?」

「……ッ、ドロー!」

 

 カードを引く。先程の『暗黒界の取引』で捨てたのは『愚かな埋葬』だった。この場面では役に立たない。

 故に、このカードに懸けたのだが――

 

「……『ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―』を守備表示で召喚、ターンエンドです」

 

 ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―☆4闇ATK/DEF1500/1200

 

 黄色い髪をポニーテールにした女性が膝をついた現れる。そして、澪がカードをドローした。

 

「……見事だったよ、少年。本当に見事だった。学生としては十分過ぎるほどのタクティクスだ。だが、哀しいかな。――〝王〟には、届かんよ」

 

 そして、澪が宣言する。

 

「暗黒界の門の効果を発動。ブラウを除外し、ベージを捨てて一枚ドロー。そして暗黒界の尖兵ベージは手札からカードの効果で捨てられた時、特殊召喚できる。そのベージを戻し、二体目のグラファを特殊召喚。ベージを召喚し、戻すことで三対目のグラファを特殊召喚する」

 

 

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100

 冥府の使者カイエントークン☆7光ATK/DEF3000/3000

 

 

 絶対的な威圧感がこちらへと向けられる。三体の龍神と、冥府の使者。

 その攻撃力は、等しく3000。

 耐えられる道理は――ない。

 

「グラファでウイッチへ攻撃だ」

「……ッ、『ヘルカイザー・ドラゴン』を捨てて破壊を無効に……ッ!」

「その場凌ぎだな、少年。……二体目のグラファで攻撃」

「……破壊、されます」

「三対目のグラファとカイエンでダイレクトアタックだ」

 

 祇園LP4000→-2000

 

 決着が訪れる。ソリッドヴィジョンが消えると、澪がこちらへと歩み寄ってきた。その表情は……苦笑。

 

「少年、どうだ? 頂きの高さは見えたか?」

「……高過ぎて、見えませんでした」

「そうか。だが、私も容易く敗れるわけにはいかないのでな。容赦がないのも勘弁してくれると嬉しいよ」

 

 周囲は静まり返っている。祇園は真っ直ぐに澪を見つめ。

 ――それでも、とその言葉を口にした。

 

「いつか、いつかきっと……辿り着きます」

 

 その言葉に、周囲は一度驚きの雰囲気を共有し。

 次いで――拍手を以て褒め称えた。

 澪は、ああ、と頷く。

 

「待っているよ、少年」

 

 口ではそう言いながらも。

 どこか……寂しげに。



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第十一話 その背に背負った、譲れないモノ

 朝。オベリスクブルーの女子寮では昨日から開講された〝アイドルプロデュエリスト〟桐生美咲の授業の話題でいっぱいだった。

 男子に比べると女生徒は数が少なく、それ故に女生徒はアカデミアにおいて誰一人の例外なくオベリスクブルーへと入寮することになり、どれだけ成績が悪かろうと男子と違って寮の格上げ・格下げは存在しない。

 ――そう、なっていたはずだった。

 昨日より非常勤講師として週二日の授業を受け持つことになった前述のプロデュエリスト――桐生美咲が、その前提条件を覆してしまったのだ。

 ある意味で至極単純な点数式の授業。そこで成績を落とせば、女生徒であろうとラーイエロー、更にはオシリスレッドにまで格下げされることもあるという。

 冬休みには女子寮が新たにラーイエロー、オシリスレッドの分も増築されるという話もあり……女生徒たちは学年問わず騒然としていた。

 

「はぁ……」

 

 女子寮大食堂。その片隅で、枕田ジュンコが大きくため息を吐いた。その彼女へ、どうしたの、と正面に座る天上院明日香が問いかける。すると、どうしたもこうしたもありませんわ、とジュンコの隣に座っていた女生徒――浜口ももえもため息を吐いた。

 

「昨日のテストが散々でして……このままでは寮を格下げされてしまいますわ」

「ああ、桐生プロの……確かに難しかったわね」

「明日香様と違って、私たちはデュエルの実技もそこまでよくないですから。……正直、今日の授業も憂鬱です」

「様は止めて。……でも、二人共上の方ではあったはずじゃなかったかしら?」

「40点台では胸は張れませんわ」

 

 ももえがため息を零す。昨日のテストの結果は掲示板に張り出されており、それこそ上級・下級生問わずに凄まじい精神的ダメージを負わせたと明日香も聞いている。

 40点台、というのは昨日のテストの平均よりも若干上といったラインだ。ブルー生でさえも大抵が30点台であった例のテストでその成績は立派にも思えるが、美咲の言いようでは50点は取れて当然というもの。確かに三沢大地や如月宗達、藤原雪乃に天上院明日香といったトップメンバーは80点以上を取っているので、ある意味その言葉は間違ってはいないのだろう。

 本来なら首席で中等部を卒業している万丈目なども上位に食い込んでいてもおかしくはないのだが……彼はどうも最近調子が悪いらしく成績を落としている。

 

「……おはようさん」

「フフッ、おはよう」

 

 と、そんな風に暗い空気を纏い始めた席に二人の来客が訪れる。如月宗達と藤原雪乃だ。宗達はかなり眠そうにしているが、雪乃はいつも通り余裕たっぷりの雰囲気を纏っている。

 

「ええ、おはよう二人共」

「……おー、眠……」

 

 明日香が挨拶を返すと、そんな気の抜けた返事が宗達から帰って来た。雪乃から聞いていたが、本当に朝が弱いようである。

 そんな宗達のことをどこか優しげな目で見つつ、雪乃はジュンコとももえの二人へと視線を送る。

 

「それで、どうしたのかしら? 随分と暗いようだけれど……」

「ええ、それが昨日のテストの出来が良くなかったらしくて」

「ああ、あのテスト……。あなたたち、そんなに駄目だったの?」

 

 雪乃が問いかけると、二人はまたため息を零した。流石の雪乃も、そんな二人の様子に苦笑する。

 

「ため息を吐くと、幸福が逃げるらしいわよ? 幸福の神様は浮気性みたいだから、しっかり捕まえておきなさい」

「そう言われても……」

 

 二人の暗い雰囲気は改善されない。そんな中、チラリと明日香は食堂に設置されているテレビへと視線を向けた。そこでは、件の桐生美咲が出演している番組――『初心者のためのデュエル講座』が流れている。

 

『今日のお便りです。東京都にお住いの、PNユウキくん十歳からのお便りです。『美咲ちゃん、こんにちは~』』

『はいな、こんにちは~♪』

『『僕は昨日、初めて近くのお店で大会に出ました。色んな人とデュエルできて、とても楽しかったです』』

『ええ経験したんやね~♪ ウチも大会に出るんは好きやよ~♪』

『『ただ、その途中で僕の使ったカードが【タイミングを逃す】と言われました。親切なお兄ちゃんが説明してくれたのですが、よくわかりませんでした。美咲ちゃん、どうか教えてください』……とのことです』

『それは良いお兄ちゃんに出会えたんやねー♪ ええ話や♪……でも、【タイミングを逃す】はちょっとややこしいルールやからね……。覚えてしまったら簡単なんやけど、初心者には確かに難しいなぁ。ルールブックではわかりにくいかな? 宝生(ほうしょう)アナはどうですか?』

『私もあまり自信はありませんね……『時』と『場合』、という言葉は聞いたことがありますが……』

『んー、それも間違ってないんですけど……実際にやって説明した方がいいですかねー。ちょっと準備しますんで、CM入りまーす』

『えっ、ちょっ、桐生プロ!?』

 

 テレビの画面の中、美咲の言葉に焦り出す宝生アナウンサー。彼女の焦りを置き去りに、番組は本当にCMへと入った。

 それを眺めていたジュンコが、はぁ、と憂鬱そうなため息を吐く。

 

「……授業で出されたら、また答えれないかも……」

「私も自信がありませんわ……」

「あらあら、暗いわねぇ……。昨日の授業内容を把握していれば次のテストで60点は取れると説明があったのだから、そう悲観することもないと思うけれど。……宗達、ご飯粒がついてるわ。ん、美味し♪」

「まあ、難しいと思うがルール把握は大事だぞ。大舞台でルール間違えてましたじゃ洒落にならねぇし。一度覚えりゃ後は楽なんだから。……オマエさ、ありがたいけども妙にエロい食い方すんなよ」

「あら、タったのかしら?」

「昨日あんなに搾り取っといて何言ってんのオマエ」

「あんなに愉しんでたじゃない」

「否定はしない」

「あなたたち、朝から何の話をしてるのかしら……?」

 

 二人の会話に、明日香が冷たい視線を送りながらそんな言葉を口にする。宗達は、気にすんな、と言葉を紡いだ。

 

「大人の事情だ」

「へぇ、大人、ね」

「顔紅いぞオマエさん。ムッツリか」

「なっ……!?」

「…………」

「ぐおっ!? 雪乃、オマエ、小指踏み抜くのは反則……!」

 

 机に突っ伏すようにして、宗達は唸り声を上げる。雪乃は冷たい視線を宗達に向けた。

 

「あら、ごめんなさい。偶然当たってしまったわ」

「おまっ、これは……!」

「ぐ・う・ぜ・ん・よ?」

「………………はい」

 

 宗達は小さく頷くと、そのまま机に突っ伏してしまった。そんな二人の様子を見て、明日香が呆れたように呟く。

 

「変わらないわね、二人共。中等部の時から」

「フフッ、どうかしら? 変わらないものなんてないわよ、明日香。どんなものも変わっていく。その変わり方が違うだけ……それが良く変わるか悪く変わるかの違いはあれど、ね」

「今は楽しいの?」

「ええ、モチロン♪」

 

 宗達の頭を撫でつつ、そんなことを言う雪乃。はぁ、とももえが息を吐いた。

 

「私も素敵な殿方にお会いしたいですわ……」

「見つかるわよ、きっと」

 

 クスクスと笑う雪乃。そんな雪乃を見て、ジュンコや明日香も知らず微笑を零していた。

 少し前までの雪乃は女王然としていて――老若男女問わずそういう態度をとるところは変わらないのだが――近寄り難く、同時に人を遠ざけているような雰囲気があった。実際、彼女に近付けたのは明日香ぐらいなのだ。ジュンコやももえは雪乃に近付くことさえできていなかった。

 その彼女が他者と関わるようになったのは、やはり宗達のおかげだ。互いが互いを本当に大切に想っているのだと、二人を見ているとそう思う。

 

『――さて、準備完了。とりあえず例として『暗黒魔族ギルファー・デーモン』のカードを持ってきました~♪』

『では、【タイミングを逃す】というルール効果の説明をお願いします』

『はいな。とはゆーても、そんなに別に難しいわけやないんです、まず注視する必要があるのは、ここ。テキストの『~時、できる』と『~時、する』のどちらであるかという点ですね。前者は任意、後者は強制。これがポイントです』

『えっと、以前にも任意効果と強制効果については窺いましたね』

『まあ、字面以上の意味はないんですけどね、その二つには。……ギルファー・デーモンの場合、『できる』という任意効果なんですが……これが曲者なんです。できる、ってゆーんは要するにタイミングが合えばやってもいいよー、っていうこと。逆に言えば、『できるタイミング』に発動できなければ発動しないわけです』

『え、ええと……?』

『ああ、かみ砕いて説明しますんで大丈夫ですよ。……例えば、宝生アナのモンスターがギルファー・デーモンを破壊したとします。そしたら発動タイミングも条件もばっちりで、攻撃力を下げることができるわけですね』

『はい、そうですね』

『でも、ギルファーデーモンを生贄にしてモンスターを召喚するとそれができないんです。墓地に送られて『発動できる』というタイミングで召喚が行われているので……『可能ではない』形になってるんですね。それがタイミングを逃す。『~時、できる』という効果は要するにそういうものなんです。時、というのはそのタイミングの直後のみ発動できるということ。そのタイミングで別の処理が挟まってるなら、発動が『できない』んです』

『…………何となくですが、わかった気がします』

『要するに、『する』と『できる』で処理の仕方が違うということです。ほな、次は『時』と『場合』ですが――』

 

 テレビから聞こえてくる説明を、食堂の者たちは真剣に聞いている。だが、全体的な雰囲気として理解している者は少ないようだ。ジュンコとももえも必死で考えている。

 

「え、ええっと、どういうこと……?」

「するとできるが違う、ということはわかりましたが……」

 

 思考がオーバーヒートしそうな二人。その二人へ、宗達が机に突っ伏しながら言葉を紡いだ。

 

「……要するに、『~時、できる』のタイミングで別の処理が挟まってたら発動できねぇってことだよ。ギルファー・デーモンなら例えば『愚かな埋葬』で墓地に叩き込むなら効果は発動する。別に墓地に行った後にすることなんざねぇからな。けど、例えば祇園が使ってた『光の援軍』で落ちた場合は別だ。ギルファー・デーモンのタイミングでサーチが入るから、発動できない。『相手モンスターを選択して発動できる』のタイミングで『ライトロードと名のついたモンスター一体を手札に加える』って処理が挟まってるわけだ。同時に処理できねぇから、『できる』効果は『できない』ことになる」

「逆にボウヤの場合、『エクリプス・ワイバーン』がタイミングを逃さないのはその効果が『~時、する』という効果だからよ。強制だから、タイミングを逃すも何も『必ずやらなければならない』の」

「そして、『時』と『場合』。……結論から言えば、『場合』は一連の処理が終わってから処理することになるから、そもそも他とタイミングが被るということがあり得ないのよ。『時』と『場合』についてはそういう覚え方をすればいいと思うわ」

 

 それぞれ宗達、雪乃、明日香の言葉である。いつの間にか食堂中の視線が集まってきていた。

 

「デュエルディスクはその辺の処理を自動でやってくれるから【タイミングを逃す】処理も覚えにくい。経験あるんじゃねぇか? 効果が発動しなくて、故障とか思ったりとか」

「うっ……」

 

 食堂内の女生徒が何人か気まずげな表情を浮かべる。宗達は体を起こすと、まあ、と言葉を紡いだ。

 

「この処理はミスると致命傷になりかねねぇからな……自分の使うカードの効果は把握しておけよー。それで負けたら泣けるぞ、本気で」

 

 宗達の口調は適当だが、彼らの説明を必死でメモしている生徒が何人もいる。テレビの方でも宗達と同じような説明を画像付きでやっており、そちらの方へも視線が釘付けだ。

 

「ただ、なーんか例外あった気がするんだよなぁ……『場合』って書いてんのに逃す奴……なんだったかな……?」

「――『墓守の長』やね。ま、ゆーてもこれは初期のカードやし、エラッタされた再録カードがないから便宜上『例外』になっとるだけやけど」

 

 考え込む宗達。その後ろから、彼の言葉を補足する声が届いた。振り返れば、そこにいたのは一人の少女。

 ――桐生美咲。

 宗達も出場した全米オープンで準優勝を果たした、正真正銘の強者だ。

 

「んー?……桐生か」

「あはは。授業の外やったらなんて呼んでくれてもええけど、授業の時はちゃんと先生、もしくは美咲ちゃん☆と呼ぶようになー?」

「はいはい。……何だ、朝飯?」

「仕事のせいで食べる時間ないから、携帯食やな。この後職員会議やし。……ああ、そうそう。ウチは今日の六時にここを出て、帰ってくるのは来週や。せやから、もし質問とかあったら職員室に来たら受け付けるよ。出来る範囲でアドバイスをするし」

 

 ほななー、美咲はパックの流動食――文字通りの携帯食を片手に、食堂を出て行く。その際、ああ、と思い出したように振り返った。

 

「そういえば、ここ女子寮やんな?」

「おう」

「……何で自分、ここにおるん?」

 

 ピシッ、という空気が固まった音がした。

 宗達の反省文が、また一枚増えた瞬間だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 美咲の行う実技の授業は、ある意味筆記試験よりも単純なルールだった。毎時間、必ず一人五度以上はデュエルを行い、勝敗数を重ねていく。一月区切りでその勝敗数を計算し、勝率を出す。それが成績の点数となるとのことだ。

 つまり、勝率が七割ならば70点。2割なら20点という形になる。

 このルールだと、余程のことがない限り――基本的に一人につき一月で最低三十回は授業でデュエルを行うようにするため――0点というのは有り得ない。故に、必然として重要なのは筆記となる。

 退学、降格を避けるだけならば実技で勝てばいい。一月勝利なしという結果にでもならない限り、これらのことは起こらない。

 逆に、これで100点――つまりは昇格を手にするには全勝しなければならず、まず不可能だ。故に上を目指す者にとっては必然、筆記が重要になる。

 とはいえ、両方重要であることも確かだ。初回の授業を終え、それぞれのデュエルディスクから送られてくる情報を整理していく美咲。別に勝ち星だけで評価するわけではない。目についた生徒や、面白いコンボを使っている生徒にはちゃんと点数を渡すつもりだ。

 そうして、もうすぐ授業も終わりという時間。携帯端末を使ってデータを処理している美咲は、うーん、と唸り声を上げた。

 

「やっぱり『侍大将』が飛び抜けてるか……三年生やと『カイザー』とかゆーんも無茶苦茶やな。他には三沢くん、天上院さん、藤原さん……そして、遊城くん。この辺が全勝組、と。んー、思てたよりは実力があるなぁ。これやったら例の大会、無様を晒すようなことはなさそうやけど」

 

 データを処理していく美咲。彼女の周囲――授業を行っているのはグラウンドだ――では、生徒たちが何人もデュエルをしている。随分騒がしいが……活気があっていいと思う。

 と、そんなことを思いながらデータの整理とこの後のスケジュールの確認をする美咲。その美咲へ、一人の教師が声をかけてきた。

 

「少しよろしいでスーノ?」

 

 声をかけてきたのはクロノスだ。アカデミアの技術指導最高責任者である彼は、美咲の目から見ても十分プロに通用するだけの実力を有している。

 少々教育者としてどうかと思う部分もあるが、美咲はクロノスの手腕自体は評価していた。実際、彼の教え子でプロになった者は何人もいる。

 

「ありゃ、クロノス教諭。どないしはったんです?」

「いえいえ、大したことではありませンーノ。シニョール万丈目とシニョール三沢はおりますノーネ?」

「ええ、おりますよー。呼びますか?」

「お願いしまスーノ」

「はいな。……万丈目くん、三沢くん! ちょっと来てくれへんか~!?」

 

 声を張り上げる。すると、人垣から目的の二人が歩み出てきた。

 一人は、周囲から――主にブルーの男子生徒から嘲笑を受けながら歩み出てきており、もう一人は十代たちと共に連れ立って歩み出てきている。

 

 ……対照的やねー。

 

 万丈目のことについては美咲も覚えている。海馬の指示で実力を測るように言われ、デュエルしたのだ。光るものがあったが……どうも凝り固まっているように思えた。それが彼の弱点なのだろう。

 逆に、三沢は実に柔軟な思考をしているように思う。一番最初に職員室へ押しかけてきたのは彼と十代だ。十代はデュエルしたいといってきたが、三沢は所謂『メタ』についてこちらを質問攻めにしてきた。原罪の風潮の中で彼のようなタイプは珍しい。

 そんな二人がこちらへ向かってくるのを確認すると、クロノスへと美咲は視線を送った。クロノスに気付いた十代が声を上げる。

 

「あーっ、クロノス先生。何してんだよこんなとこで」

「キーッ! 敬語を使うノーネドロップアウトボーイ!」

 

 いつものやり取りが展開される。だがクロノスはすぐさま咳払いをして調子を取り戻すと、万丈目と三沢の二人に向かって言葉を紡いだ。

 

「シニョーラたち二人で寮の入れ替え戦を行うことが決定されたノーネ。三日後、決闘場で行う予定なノーデしっかり準備しておくノーネ」

 

 その言葉を聞き、万丈目が愕然とした表情を浮かべ、三沢が笑みを浮かべた。十代たちも我がことのように喜んでいる。

 

「それでは、お邪魔したでスーノ。……桐生プロ、海馬社長とペガサス会長へこのクロノス・デ・メディチの宣伝をよろしくお願いしますノーネ」

「あはは」

 

 きっちり最後に宣伝を挟んでいくクロノスに苦笑する。悪い人間ではないのだろうが、こういうところがへんに誤解されている部分なのだろう。

 

「おおっ! 凄ぇな三沢! 遂にオベリスクブルーかよ!」

「凄いッスよ三沢くん!」

「頑張るんだな!」

「ああ、全力を尽くすよ」

 

 応援してくれる十代たちに、三沢は笑顔で応じる。宗達も三沢の肩を叩くと、頑張れよ、と言葉を紡いだ。

 

「もっとも、オマエの場合は遅過ぎるって気もするけどな。もっと早くても良かったろうに」

「それは買い被りだ。キミこそオベリスクブルーの器じゃないのか、宗達?」

「あー、俺は無理。興味ないし」

 

 好き勝手なことを口にしている三沢たち。その光景を微笑ましげに見ながら、美咲は俯いている万丈目へと視線を向けた。

 

「……俺はエリートだ、負けるわけがない。俺はエリートだ、負けるわけがない。俺は――……」

 

 ブツブツと何事かを呟いている万丈目。その姿が非常に危うく見えたが……美咲は、敢えて何も言わなかった。

 プライドというのは必要なものだ。だが、度合いというものがある。必要以上に膨れ上がったプライドなど、本人にとっては邪魔にしかならない。

 ならば、これは万丈目にとってのチャンスだ。記録に伺える、彼の最近の不調。それはきっと、彼の中で歯車が噛み合わなくなっただけ。

 化けるか、潰れるか――そんなことを思いながら、美咲は端末を閉じた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ――万丈目準。彼の経歴は、実を言うとかなり輝かしい。

 アカデミア中等部を首席で卒業し、入学試験の成績も抜群。人に慕われる才能も有り、ジュニア大会では高成績を残している。

 更に実家は万丈目グループという超が付く大グループで、将来を嘱望されていた。

 アカデミア本校でも、カイザーの後継者となると自他共に思われていた、ある種の天才。それが万丈目準という少年だった。

 

 しかし、この数か月で彼の立場は大きく変化する。

 

 始まりは、深夜のアンティデュエルだ。格下と見下していたオシリスレッドの『ドロップアウトボーイ』にあわや敗北というところまで追い詰められ、そのリベンジと自らの立場を十代へ教え込むためにクロノスの協力を得て月一試験で遊戯十代と戦い……敗北。

 それをきっかけに、どんどん噛み合わなくなっていく『万丈目準』というデュエリストのピース。勝てたはずの相手に敗北し、筆記試験もふるわなくなる毎日。見下していた側から見下される側へと坂を転げ落ちるように転落していく。

 何よりも、『ドロップアウトに敗けた』――その評価は、彼をブルー生からも孤立させた。

 元々、他者を見下し蔑んでいたのが万丈目準という少年である。因果応報といえばそれまでだが、今まで積み上げてきたモノ、手にしていたモノが全て失われるというのはどういう気持ちなのか……それは、彼にしかわからない。

 

「…………」

 

 教室へ入る万丈目。いつもなら取巻きを引き連れていた彼も、今はもう近くに誰もいない。

 いつも通り、彼の特等席でもあった場所へ向かう万丈目。しかし、そこにはすでに数人のブルー生が座っていた。

 

「……おい、そこは俺の席だ」

「ん? ああ、万丈目か。お前みたいなドロップアウトにも負けるような奴にこんな良い席は勿体ねぇよ。ほら、あそこの端の席が空いてるだろ?」

「…………ッ」

 

 言い返そうとするが、言い返す言葉が見つけられない自分に気付く。

 ――当然だ。

 彼に向けられたその言葉は、かつて彼が幾人もの人間に向けてきた言葉であり、反論を許さなかった言葉なのだから。

 教室の奥、一番端の席。そこには先客が一人いる。

 如月宗達。

 その実力では『カイザー』に届く唯一のデュエリストとされ、相応の実績を残す人物だ。彼がアメリカに留学せず、日本にいれば万丈目は中等部で主席ではなかったとも言われており、否定できない自分がいることに万丈目は酷く惨めな気分になった。

 

「んー? 何だ、ボンボンか」

 

 眠そうな視線をこちらへ向けてくる宗達。彼と藤原雪乃が恋仲であることは周知の事実だ。しかし、行動こそ共にするものの授業において二人が近い席に座ることはない。それどころか宗達は基本的にいつも端の方で何をするでもなく呆けているかそもそも授業に出ていない。

 雪乃も素行が良いとは言い難いが、宗達よりは遥かにマシである。もっとも、それでも宗達の成績は十分なものがあるのだから性質が悪い。

 万丈目はそんな宗達を見ると、忌々しげに舌打ちを零した。そのまま、乱暴に椅子へと座り込む。

 

「…………この俺が、何故こんな奴の隣に……!」

「んー? ああ、オマエ、取り巻きにも見捨てられたのか?」

 

 万丈目の様子を見、そんなことを宗達が笑いながら口にする。万丈目の体が震えた。

 

「つーか、まだお山の大将なんてやってたんだなオマエ。驚きだよ」

「黙れ……! 貴様に何がわかる……!」

 

 地を這うような低い声。そこに万丈目の感情が全て込められているように感じた。

 だが、宗達は気にした様子もない。

 

「わかるわけねぇだろ阿呆が。他人を理解しようとしない奴が理解してもらえるわけがねぇんだよお坊ちゃん」

「何だと……!」

「大体オマエさ、どうしてここに来たんだよ?」

 

 ここ、というのはアカデミアの事だろう。無論、ここへ来たのはプロデュエリストになるためだ。それ以外の目的は万丈目には存在しない。

 しかし、宗達はそうは思わなかったようで。

 

「オマエ、甘え過ぎ。待ってるだけで夢叶うわけねぇだろ阿呆が。夢なんてのはな、いつか覚めるもんだ。だったら覚める前に『夢』を『目標』にするしかねぇ。オマエ、夢すら見れてねぇじゃねぇか」

 

 辛辣な台詞。万丈目は、黙れッ、と大喝した。

 その大声に、教室の視線が集まる。一部のブルー生は万丈目を指差して嘲笑していた。

 

「図星を指されたら人はキレるんだそうだ。オマエ、自分でもわかってるんだろ?」

「黙れッ!! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れッ!! 貴様に!! 貴様なんぞに何がわかる!?」

「だからわからねーよオマエのことなんざ。だがな、ボンボン。今のオマエを俺は名前で呼ぶことはできねぇ。中等部の時の方がずっと根性あったぞ、オマエ」

 

 宗達は冷静だ。酷く冷めた目でこちらを見ている。

 それが……どうしようもなく、万丈目は腹が立った。

 中等部から挑み続け、勝てなかった――カイザー以外では万丈目がほとんど唯一その実力を認めているといってもいいデュエリスト。嫌っていても、それでも認めざるを得ない相手。

 そんな男が、自分をこんな目で見ている――それが、万丈目には許せなかった。

 

「毎日俺に挑んできて、毎回ぶっ潰して……それでも諦めなかった馬鹿。それがオマエだったろ。俺がアメリカに行く時、『勝ち逃げするのか!』なんて言ってたオマエはどこに行ったんだよ」

「お、俺は……ッ!」

「……ま、いいや。面倒臭くなったから一限サボるわ。じゃあな」

 

 宗達が立ち上がり、授業が始まろうという時間なのに教室を出て行く。万丈目は、その背中を見送ることしかできなかった。

 かつての自分なら、すぐにでもその肩を掴んで挑んだのに。

 ――なのに。

 今の万丈目準は、その背を追うことさえもできなかった――……

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

『ほい、これで俺の通算百連勝。おー、遂に三桁か』

『くそっ、くそっ、くそっ! 俺はジュニア大会でも優勝したことがあるんだぞ!? 何故勝てんのだ!』

『俺が強いから』

『ふざけるなよ貴様! 宗達! 明日こそは貴様を這い蹲らせてやる!』

『あ、悪い。明日雪乃とデート。学校サボるから』

『ふざけるなァ!!』

『男とデュエルするぐらいなら女とデート選ぶわ阿呆。……ま、明日一日俺に勝てるようデッキ練って来いよ。片手間で相手してやるから』

『貴様ァ……! どこまで俺を馬鹿にするつもりだ!』

『馬鹿になんざしてねーよ。むしろ評価してるぜ? サイバー流(笑)とかいう流派の奴らは二、三回叩き潰したら陰でコソコソ陰口叩くだけで近付いて来なくなったってのに、オマエは事あるごとに向かってくるし』

『ふん! この俺をあんな陰湿な者たちと一緒にするな! 貴様はこの俺が必ず這い蹲らせてやる!』

『……雪乃以外だと、オマエと明日香ぐらいだよ。俺に真正面から向かってくる奴は』

『何?』

『なぁ、万丈目。……オマエは、変わるなよ。そのままで、戦い続けろよ?』

 

 その時、宗達はどんな表情をしていたのか。

 霞がかかったその表情は……見ることができなかった。

 

『――俺は、いつでも挑戦を受けてやるからさ』

 

 

 

 

「はっ!?」

 

 目を覚ますと、滝のような汗を掻いていた。随分と懐かしい夢だ。中等部の頃の自分と宗達。

 そう、入学式の日にサイバー流を名乗る生徒と問題を起こし、デュエルに勝利し……相手に二度とカードに触れられなくなるようなトラウマを植え付けた『デュエリスト・キラー』に挑み続けた記憶。

 彼が『卑怯者』と謗られ、同時に避けられ続ける中、万丈目だけは文字通り彼に毎日挑みかかっていた。

 それでも、一度も勝つことはできなかったのだが――……

 

「……俺は、何のためにここへ来た」

 

 ポツリと、呟く。目的など決まっている。『最強』になるためだ。

『万丈目』において必要な存在であるために。兄たちに認めてもらうために。

 

「……くそっ」

 

 呟いた、その言葉は。

 酷く、苦渋に満ちていて。

 

 ……どうしようもなく、苦いものだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ブルーの制服を脱ぎ捨て、黒のコートを身に纏う。……これが、覚悟の印だ。

 自分はぬるま湯につかり過ぎていた。そうだ、こんな状態で強くなれるはずがない。もう一度、刃を研ぎ直す必要がある。

 

「……何か、らしくなってきたなオマエ」

「…………如月、宗達」

 

 定期便を待っていると、背後から声をかけられた。見れば、宗達がこっちを見ている。

 

「貴様、授業はどうした?」

「それ、俺の台詞じゃねー?……いいのか? ブルーの地位を捨てて」

「ふん。そもそも俺が間違っていたのだ。群れたところで強くなどなれはしない。そう、俺は強くなる。強くならねばならんのだ……!」

 

 言葉にすると、覚悟が決まっていくのがわかる。そうだ、何を勘違いしていたのか。初めからこうすれば良かったのだ。

 目指すモノは、目指す形は……ずっと、それだけだったのに。

 

「……安心したよ、万丈目。オマエは根っこのとこは変わってねぇ」

 

 デュエルディスクを構えつつ、宗達は言う。万丈目もデュエルディスクを取り出すと、構えた。

 

「オマエが何を背負うかなんて知らねぇし、興味もねぇよ。だが……餞別はくれてやる」

「ほざけ! この場で貴様を倒してくれる!」

「やってみな」

 

 そして、宣言。

 

「「――決闘(デュエル)!!」」

 

 二人の目に、闘志が宿る。

 先行は――万丈目だ。

 

「先行は俺だ! ドローッ! 俺は永続魔法『異次元格納庫』を発動! デッキからレベル4以下のユニオンモンスター三体を選択してゲームから除外する! そして自分フィールド上にモンスターが召喚された時、そのモンスターがこのカードの効果で除外したユニオンモンスターに記されている場合、そのユニオンモンスターを特殊召喚する! 俺は『W―ウイング・カタパルト』、『Y―ドラゴン・ヘッド』、『Z―メタル・キャタピラー』を選択して除外する!」

 

 ユニオンモンスター――特定の条件を満たすことでモンスターの装備カードとなり、ステータスの増強や破壊耐性などを付けることができるカード群だ。装備できるモンスター、といったところだろうか。

 とはいえ、モンスターを装備するというカテゴリでは販売売数が少なく、使うデュエリストが数えるほどしかいなかったというのに二枚のカードが制限へと叩き込まれた『昆虫装機(インゼクター)』のカテゴリがあるので、使い処が難しいのだが。

 

 除外されたモンスター→W―ウイング・カタパルト、Y―ドラゴン・ヘッド、Z―メタル・キャタピラー

 

「『XYZ』か。上手く回せりゃ確かに強いよな」

 

 かつてあの海馬瀬人も使ったことのあるテーマ『XYZ』。癖は強いがその切り札は『融合』を必要としていない上に強力な効果を有している。

 

「俺は更に『X―ヘッド・キャノン』を召喚! 異次元格納庫の効果によりY―ドラゴン・ヘッドとZ―メタル・キャタピラーを特殊召喚する!」

 

 X―ヘッド・キャノン☆4光ATK/DEF1800/1500

 Y―ドラゴン・ヘッド☆4ATK/DEF1500/1600

 Z―メタル・キャタピラー☆4ATK/DEF1500/1300

 

 並ぶのは三体のモンスター。普通に考えれば、これだけでも十分凄い。

 

「更に魔法カード『二重召喚』を発動! これにより、俺はこのターンもう一度召喚を行える! 『V―タイガー・ジェット』を召喚! 異次元格納庫の効果によってW―ウイング・カタパルトを特殊召喚!」

 

 V―タイガー・ジェット☆4ATK/DEF1600/1800

 W―ウイング・カタパルト☆4ATK/DEF1300/1500

 

「更に、X―ヘッド・キャノン、Y―ドラゴン・ヘッド、Z―メタル・キャタピラーの三体を除外することで『XYZ―ドラゴン・キャノン』を融合デッキより特殊召喚! 更にV―タイガー・ジェットとW―ウイング・カタパルトの二体を除外することで『VW―タイガー・カタパルト』を癒合デッキより特殊召喚だ!!」

 

 XYZ―ドラゴン・キャノン☆8光ATK/DEF2800/2600

 VW―タイガー・カタパルト☆6光ATK/DEF2000/2100

 

 並び立つ二体の大型融合モンスター。……並のデュエリストでは、こうもいかない。

 そして、まだここでは終わらない。

 

「さらにこの二体を除外し、『VWXYZ―ドラゴン・カタパルトキャノン』を特殊召喚!!」

 

 VWXYZ―ドラゴン・カタパルトキャノン☆8光ATK/DEF3000/2800

 

 この複雑な過程と特殊召喚条件の厳しさにより、滅多に出すことのできないモンスターが姿を現す。アカデミアのデュエリストに、一ターンでここまで繋げられる生徒がどれだけいるのか。

 しかし、だからこそ惜しいと……宗達は思ってしまう。

 

「これが俺の全力だ!! 如月宗達!!」

「――見届けたよ」

 

 ドロー。そう宣言し、宗達はカードを引く。

 手札は、普段の彼では信じられないくらいに良かった。

 

「オマエ、やっぱりその方がらしいぞ。……だが、俺のデッキもオマエに餞別をやりたいらしい。覚悟しろよ、万丈目。――一瞬で終わらせてやる!!」

 

 ドロー運が極端に悪いのが、如月宗達という少年の特徴だ。だが、今回だけは。

 何か、別の力が働いたかのように……絶対的な手札をしていた。

 

「永続魔法『六武衆の結束』を二枚と『六武の門』を発動! それぞれ『六武衆』と名のついたモンスターが召喚・特殊召喚される度に結束は一つ、門は二つずつ乗る! そして手札より『真六武衆―カゲキ』を召喚! 効果発動! このカードが召喚に成功した時、手札からレベル4以下の『六武衆』と名のついたモンスターを一体特殊召喚できる! 『真六武衆-ミズホ』を特殊召喚! カウンターが乗る! 更にカゲキは他に六武衆がいる時攻撃力1500ポイントアップ!」

 

 真六武衆―カゲキ☆3風ATK/DEF200/2000→1700/2000

 真六武衆―ミズホ☆3炎ATK/DEF1600/1000

 六武衆の結束0→2

 六武衆の結束0→2

 六武の門0→4

 

「…………ッ、くそっ!! 俺は何故勝てんのだ!?」

 

 その二体のモンスターを見、万丈目が叫ぶ。宗達はその言葉には答えず、デュエルこそをその答えとした。

 

「ミズホの効果発動! 一ターンに一度、『六武衆』一体を生贄に捧げることでフィールド上のカードを一枚破壊する! カゲキを生贄にVWXYZ―ドラゴン・カタパルトキャノンを破壊! 更に六武の門第二の効果発動! フィールド上のカウンターを四つ取り除くことで『六武衆』を一体手札へくわえることができる! 八つ使用することで『真六武衆―キザン』と『六武衆の師範』を手札へ! そしてそのまま特殊召喚!」

 

 真六武衆―キザン☆4地ATK/DEF1800/500→2100/500

 六武衆の師範☆5地ATK/DEF2100/800

 六武衆の結束2→0→2

 六武衆の結束2→0→2

 六武の門4→0→4

 

「更に六武衆の結束の効果を発動! 最大二つまでの武士道カウンターが乗ったこのカードを墓地へ送ることで、カウンターの数だけカードをドローできる! 二つを送って四枚ドロー!――往くぞ、万丈目! これが手向けだ! 自分フィールド上に『六武衆』と名のつくモンスターが二体以上いる時、特殊召喚できる!――『大将軍 紫炎』を特殊召喚!!」

 

 大将軍 紫炎☆7炎ATK/DEF2500/2400

 

 並び立つ四体のモンスター。くそっ、ともう一度万丈目が悪態を吐いた。

 

「如月宗達!! 次こそは必ず貴様を倒す!! 貴様だけではない!! 遊戯十代も!! 三沢大地もだ!! 俺は必ず最強のデュエリストとなる!!」

「期待してるぜ。それと、一人忘れてる。――夢神祇園。最強になるには、避けて通れねぇ道だ」

 

 出陣、と宗達が指示を出した。

 万丈目は、侍たちの刃を……ただ、静かに受け入れた。

 

 万丈目LP4000→-4300

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……とりあえず、代表戦は行わんとアカンと思います」

「ふむ、枠は二つなのですね?」

「ええ。本校、ノース、サウス、ウエストで二つずつ。そこへ若手プロと一般参加で十六人の予定です」

「成程……」

「方法は任せますけど、気合入れて決めた方がええと思いますよ? ここで無様を晒すようなら、来年から入学者激減でしょうし」

「……そうですね。公正に決めさせて頂きましょう」

「一応言っときますけど、社長の心証は相当悪いですよ? ここらで挽回した方がええかと」

「……開催は冬休みでしたね?」

 

 その問いかけに、少女ははい、と頷いた。

 

「――〝第一回ルーキーズ杯〟。お祭騒ぎの大会です。新時代のカードをお披露目するため、才能を発掘するための……ね」



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第十二話 新しい、〝居場所〟

 新しい制服に身を包む。真新しく着慣れない制服に、少し違和感を覚えた。

 本校の時とはまた違ったデザイン。そもそも本校の時は色が赤だったが、こっちの制服は黒に近い紺色だ。こういう服をほとんど気ない自分としては、正直違和感がある。

 

「これが、キミの新しい一歩だな」

 

 学校へと向かう途中。隣を歩く女性――烏丸澪が不意にそんなことを口にした。視線を送ると、少年、と澪は静かに言葉を紡ぎ始める。

 

「キミの目指す場所への道程は酷く遠く、険しいだろう。ただでさえキミは所謂一般の人間よりも険しい道を歩んできている。これから先、絶望も挫折も星の数ほどあるだろう。それでも尚、諦めるつもりはないのだな?」

「……はい。諦めるわけにはいきません」

 

 諦めることは、できない。

 これだけが、夢神祇園という存在が唯一抱くことのできた『夢』だから。

 

「今まで、何度も挫折はしてきました。それでも、どうにか……やってこれましたから」

「強いな、キミは。…………故に、惜しい」

「えっ?」

「何でもないさ。いずれにせよ、キミが目指す場所に辿り着くにはまずウエスト校でランキング一位になる必要がある。キミの暫定ランキングは今何位だ?」

「えっと、37位と伺いました」

「ほう、転入したてでそこまで評価されるか。やはり面白いな、キミは」

 

 澪が微笑む。澪は、まあ、と言葉を紡いだ。

 

「ウエスト校でプロを目指す者はそう多くはないから……せめて10位以内には入る必要があるだろうな。ちなみに現行の一位はキミも良く知る紅里くんだぞ」

「二条紅里さん、ですか」

「去年の半ばから当時の最上級生を押しのけてずっとトップを維持している。ウエスト校ではキミがいた本校のように毎年プロのスカウトが目を光らせているからな。紅里くんはプロ入りの筆頭候補だよ」

「そうだったんですか……」

「不遇種族と呼ばれることもあった『植物族』をあそこまで見事に使いこなすのだから、その評価も妥当なものだとは思うがな」

 

 クスクスと微笑みながら言う澪。その上で、だが、と澪は言葉を紡いだ。

 

「紅里くんはプロに進む気がないと聞いている。本心かどうかは知らないがな」

「そうなんですか……」

「いずれにせよ、キミが目指すべき領域が二条紅里というデュエリストだ。精々精進したまえよ、少年」

 

 はっは、と快活に笑う澪。祇園としては言われるまでもないことだ。目指す領域がわかったのは正直かなりありがたい。

 一度退学になり、それでもどうにか夢を諦めることなくここへ来れた。

 ならば、諦めない。

 諦める必要は……ない。

 

「そういえば、今日の昼から美咲くんの試合があるのだったな」

「『横浜スプラッシャーズ』と『明神ブラスターズ』ですね。予告オーダーだと美咲はいつも通り先鋒だったはずですけど……」

「横浜は先鋒・次鋒が安定している分、他のところに比べると強い印象を受けるな。もっとも、中堅・副将・大将が固定されていないのは問題だろうが……」

「若いチームですよね、横浜って」

「その分、隙も多い。そのせいで毎年優勝争いをしていながら勝ちきれないな。……まあ、三年前に美咲くんが入団した時は色物に走ったかなどと言われていたが、気が付けば彼女がエースだ。元全日本チャンプ響紅葉との二枚看板なのだから恐れ入る」

 

 澪が肩を竦める。……丁度そのタイミングで、校門へと辿り着いた。

 その門をくぐろうとして――一度、祇園は立ち止まる。

 

「どうした、少年?」

 

 澪が振り返ってこちらを見てくる。祇園は一度大きく深呼吸して、いえ、と首を左右に振った。

 

「こんなことになるなんて、想像もしていなかったので……」

「人生などそんなものだ。終わる時までどうなるかはわからない。ただ、キミは選んでここへ来た。――そうだろう?」

「――はい」

 

 ゆっくりと、足を踏み出す。その先で、『最強』が。

 目指すべき頂きに立つ存在が、諸手を上げてこう言った。

 

「ようこそ、デュエルアカデミア・ウエスト校へ。――歓迎するよ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 現代における花形の職業――プロデュエリスト。それには大きく分けて二つの形がある。

 まずは、ライセンスを持ち個人で世界中で行われている大会に出場し、その賞金で生活している者たちだ。彼らは基本的に『スポンサー』を獲得し、そのスポンサー料で生計を立てている者が多い。各種イベントにも参加し、人によってはかなりの知名度を誇る。

 個人で活躍している者で有名なのは十年連続日本ランキング一位を誇り、三つの日本タイトルを所有する『DD』や、同じくタイトルである〝弐武〟を有する皇清心(すめらぎせいしん)、〝祿王〟の烏丸澪などが有名だろう。

 個人専門の利点はその行動の自由さだ。定期的な試合というものがないので、融通が利き易い。しかし、その反面自分自身の実力によってはスポンサーに契約を切られることもあるし、大会で勝てなければ生活さえもままならない。故に個人専門のプロは世界中でもほんの一握りのトッププロだけしかなれない存在だ。

 そんな『個人』に対して存在しているのが『チームプロ』である。プロライセンスを持つデュエリストが日本ならば全国で16チームあるプロチームのいずれかに所属し、他のチームと基本的に五人の勝ち抜き戦でリーグ戦を行っていくというものだ。

 これはプロ野球やプロサッカーと同じ経営方式であり、同時にデュエルこそが至上とされる現代では前者二つの競技よりも年棒が高い傾向がある。このプロチームに所属する方法は二つあり、一つはライセンスを持つ者が入団テストに合格すること。しかし、これはほとんどないことと言ってもいい。いきなり入団テストを受けて合格できる者など数えるほどしかいないのだ。

 それ故に必然、もう一つの方法こそが主題となる。『ドラフト』――高卒、大卒、社会人卒の学生が指名を受けるというシステムである。毎年、ドラフトの時期になると誰が指名されるかで紙面が賑わうのは日常だ。

 このドラフトで指名されるには、高校生なら春と夏に行われるIHや国民決闘大会、大学生や社会人ならそれぞれのリーグなどといった大会で結果を残す必要がある。アカデミア生もここで指名される者が出ることは珍しいことではない。

 ここでの利点は何よりも安定性だ。チームに所属し、二期に分かれて行われるリーグ戦で戦うことが基本となるために目的がはっきりとしており、実力の世界といっても個人で活動するよりは遥かに敷居が低い。その反面、シーズン中は毎日試合があるわけではないとはいえ拘束されることも多く、試合日が被ると大会などに参加できないことも多いという点ぐらいか。

 まあ、それについては桐生美咲のように毎日どこかの番組に出たり大会に参加したりイベントに参加したりと激務をこなす者もいるので、やり方次第なのだろうが。

 チーム所属で有名どころといえば、日本ランキング30位〝アイドルプロ〟桐生美咲や最近長期療養より復帰したかつての全日本チャンプ〝ヒーロー・マスター〟響紅葉、桐生美咲の同期であり、年上ではあるが彼女のライバルとされる〝爆炎の申し子〟本郷イリアなどがいる。

 こちらの特徴は個人に比べると試合の放送やニュース番組で結果の報道がされることも多いために名前を知られている者が多いことだろう。それほどまでに、『DM』というものは生活に密着している。

 そう、昼休みの時間。食堂にいつもの倍近い生徒がテレビで試合を見るために集まるくらいには。

 

『さあ、もうすぐ今シーズンの折り返しに入ろうという大事な時期! 現在リーグ2位の『横浜スプラッシャーズ』と3位の『明神ブラスターズ』の試合です!』

 

 テレビから実況のそんな言葉が聞こえてくると、食堂の者たちの視線が一斉にテレビへ向いた。大画面であるため遠目からも見えるのだが、必死で前列をキープしている者も多い。

 

『本日の先鋒は『ブラスターズ』からは大八木孝樹(おおやぎたかき)プロ! そして『スプラッシャーズ』からは桐生美咲プロとなっております!』

 

 実況の言葉に合わせ、二人の顔が画面に映し出される。「美咲ちゃーん」、という合唱が響いた。

 

『本日の解説は昨年の新人王、現在リーグトップの『東京アロウズ』より神崎アヤメプロにお越しいただいております!』

『よろしくお願いします』

『『アロウズ』では副将を務められておられる神崎プロですが、本日の試合はどう見ますか?』

『はい。横浜も明神も僅差ですので、勝った方が2位となる微妙な試合ですので……やはり、先鋒・次鋒が注目と思います』

『ほう、スプラッシャーズは桐生プロと響プロ、ブラスターズは大八木プロとレピュセルプロですが……』

『横浜は先鋒、次鋒の安定感が高いですから……どれだけ早くその二人を乗り切れるか、あるいは乗り切らせないかがポイントだと思います』

『成程、桐生プロは先日全米オープンで準優勝をしたと記録があります。それについては?』

『桐生プロは世界ランクでも常に100位圏内におられる人ですし、不思議ではないかと。ただ、個人的にはあの大会で〝祿王〟が優勝している方が気になるのですが』

『『幻の王』ですね。その辺りは――おおっと、どうやら両者準備は整ったようです! 一度そちらへカメラを移しましょう!』

 

 画面が切り替わる。そこでは、美咲が先行になったところが映されていた。

 試合の経過は単純だ。LPが0になった時点で次へと移行、場と墓地、相手のLPは引き継ぎ、次の者がLP4000で参戦し、初期手札5枚からスタートするという仕様だ。

 要するに勝ち抜き戦であり、この時に何人倒したか、どれだけLPを削ったか、などが個人成績となる。こういうルールであるために重要なのはやはり先鋒で、基本的にエースポジションとされている。

 ちなみにこれは美咲が所属するリーグのルールであり、もう一つの方は勝ち抜きではなく点取り方式となっている。

 

『さて、本日の桐生プロのデッキは何なのか! 注目です!』

『基本的に1ターン目が終わってから説明ですから、桐生プロ。前回は『ワイト』でしたか』

『それで3人抜きしていましたね』

『『ワイトキング』の攻撃力が7000までいきましたから。あれは突破するのも難しいですよ』

 

 食堂で笑いが漏れる。前回の試合で『ワイト』と説明した美咲に対して観客席からヤジが飛んだのだが、それを美咲は全て黙らせる結果を見せた。そのことを思い出しているのだろう。

 そうこうしているうちに、美咲が動きを見せた。最初のカードは――『死皇帝の陵墓』だ。

 

『おおっと、ここでLPを生贄の代わりとするフィールド魔法『死皇帝の陵墓』だ~! 生贄召喚を行う際、一体に着き1000ポイント支払うことで代用とします! 如何ですか神崎プロ!?』

『上級モンスターを多用するデッキなのでしょうか? 飯田プロのような……』

『おおっと、早速効果を発動! これは――なんとぉ、『大皇帝ペンギン』だ~!!』

『……まさか、『ペンギン』?』

『おっと、効果発動ですね。大皇帝ペンギンは生贄に捧げることでデッキから『大皇帝ペンギン』以外のペンギンを2体特殊召喚する効果を持っていますが――出てきたのは、あれ、ええと……? 鞭を持ったペンギン……?』

『……『ボルト・ペンギン』ですね』

 

 ボルト・ペンギン☆3水ATK/DEF1100/800

 ボルト・ペンギン☆3水ATK/DEF1100/800

 

 美咲のフィールドに現れる2体のペンギン。それを、どうにかという様子で神崎が解説する。

 

『その、本当に初期のカードだったはずです……。私、見たの初めてかも』

『お、おお、成程……しかし、何故……。――ここで桐生プロの方へ音声が繋がります。どうぞ』

 

 画面が切り替わる。見れば、美咲がマイクをカメラへと目線を向けていた。

 

『は~い、桐生美咲です~♪ さあ、会場の皆さ~ん♪』

『『『美咲ちゃーん!!!!!!』』』

『おおきに~♪ 今日勝ったら会場前で握手会やりますんで、応援よろしくです~♪』

『『『おおおおっ!! 頑張れ~!!』』』

『……とりあえず、さっさと進めて欲しいのだが』

『ああ、ごめんなさい大八木プロ。――今日のデッキは『ペンギンデッキ』です♪ 栃木県にお住いの、PNペンギン大好き12歳さんからのリクエストで作りました~♪ 応援よろしゅう♪』

 

 美咲のウインクがアップで映し出され、一部の男子生徒が歓声を上げる。……伊達に〝アイドル〟は名乗っていない。

 後方――食堂の端の方からそんな美咲のことを眺めながら、そんなことを祇園は思う。祇園の正面に座る女生徒、二条紅里がへぇ~、と声を漏らした。

 

「ペンギンかぁ~。可愛いよね~」

「でも、実用的にはどうなんでしょう。美咲のことだから弱いわけではないと思いますけど……」

「あ、『テラフォーミング』……成程~、『ウォーターワールド』を使うんだ~」

「これで攻撃力1600が2体……強い、のでしょうか?」

「う~ん、どうなんだろ~?」

 

 流石に学内ランキング1位の紅里も美咲の考えは読めないらしい。苦笑を浮かべ、首を傾げている。

 ――桐生美咲。彼女のプロとしてのデュエルの特徴を上げるとすれば、この点が一番だろう。

 毎試合、一般より公募しているリクエストを受け、デッキを構築する。それこそ『ワイト』だろうが『ペンギン』だろうが『魔法使い』だろうが何でもござれだ。

 基本的にプロデュエリストは固定したデッキを使うことが多い。飯の種である以上、信頼できないデッキなど使えるはずがないからだ。そういう意味において、毎回違うデッキを組み上げてくる桐生美咲というプロデュエリストはやはり特殊なのだろう。

 そもそも彼女はKC社とI²社をスポンサーとしている。『販促』という側面もあってのことで、理由がないわけではないのだ。

 しかし、そうであったとしても彼女が次はどんなデッキを使うのかについては興味があるし、彼女自身が人目を引く容姿をしていることもある。人気があるというのもわかろうものだ。

 

「あ、『ペンギン・ソルジャー』だね~」

「……大八木プロ、上級モンスターを二体とも戻されましたね」

「ペンギン強いね~」

 

 のほほんといった調子で紅里がそんなことを口にするが、それはどうなのだろうか。単純に美咲のタクティクスが凄まじいのだと思うが……。

 

「そういえば、澪さんは食堂に来られないんですね」

 

 盛り上がる食堂を見回しながら、祇園はそんなことを呟く。紅里が微笑みながら、それはねー、と言葉を紡いだ。

 

「みーちゃん、人が多いところ嫌いだからね~」

「そうなんですか?」

「タイトル持ちだと嫌でも注目されちゃうから~。昼休みとか放課後とか、基本的に誰もいないところで過ごしてるよ~」

「……成程」

「気になる~?」

 

 どこか悪戯じみた笑みを浮かべる紅里。だが、祇園はそれに気付かないままええ、と頷く。

 

「折角ですし、お昼をご一緒したかったんですが」

「ああ、そっか。みーちゃんのお弁当、ぎんちゃんが作ってるんだもんね~」

「はい。せめてものお礼に……というより、ギンちゃん……?」

「ぎおん、だからぎんちゃん!」

「……成程」

 

 反論はできない。満面の笑みでこんなことを言われては、反論などできようはずがない。

 

「あ、お昼の時間も終わりだね~」

「試合は……あ、二人目に負けてますね」

「それでもLPを半分ぐらい削ってるから、流石だね~」

 

 美咲が退場し、美咲コールがテレビの中では巻き起こっている。そして、彼女と入れ替わるようにして現れた青年――響紅葉に、会場は更なる熱気に包まれていく。

 元全日本チャンプであり、『HERO』という当初はマイナーだったカテゴリを一気に全国区へ押し上げ、その強さを証明した人物。あの遊城十代も憧れていると言っていた人で、実際知り合いでもあるらしい。

 

「やっぱり、プロの世界は凄いなぁ……」

「雲の上だからね~」

 

 このウエスト校のランキングトップであり、プロ入りの筆頭候補である紅里がそんなことを言う。毎年プロ入りする新人は多くとも、その大半は大成することなく消えていく。

 本当に、目指す世界は厳しい場所だ――そんなことを、ふと思った。

 

「午後からは合同授業だから、よろしくね~」

 

 立ち上がりながら、紅里が祇園にそんな言葉を遺して行く。祇園も頷くと、何世代も前のPDAを取り出した。時間割の確認をする。次の授業は午後から三時間使ってのデュエルの実技だ。

 これは三学年合同の授業で、PDAに相手が次々とランダムで場所と共に指定され、デュエルを行っていくというものらしい。最終的にその結果でランキングが変動していくのだそうだ。転入生として入って来たばかりの自分に、クラスメートたちが親切に教えてくれた。

 

「……頑張るよ。頑張る」

 

 言い聞かせるように、呟く。

 目指す領域は、ここでのトップ。

 険しくとも――やるしいかない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 転入初日の感想としては、正直かなり疲れたというのが一番だった。

 質問攻めなど当たり前だったし、特に本校から来たということで色々聞かれた。アカデミアの中で一番DMの色が薄いといっても、専門学校であることには変わりない。中には本校の試験に落ちてウエスト校に来ている者もいて、様々なことを聞かれた。

 基本的に初対面の相手には人見知りするのが夢神祇園という少年の特徴である。相手と自分の立ち位置がはっきりしていたら――それこそ教師や対戦相手など、どういった振る舞いをすればいいかがある程度固定されている状態ならば対応できるが、クラスメイトという相手にどう接したらいいかはわからない。

 ……それに、そもそもだ。

 桐生美咲に出会うまでまともな友人などいなかった祇園は、『クラスメイト』という存在に対して恐怖心のようなものさえ抱いていた時期がある。

 しどろもどろになりながら対応していたのだが……嬉しかったのは、誰も嫌な顔をしなかったこと。

 一部では『退学になった』という噂も流れていると澪から聞いていた身としては少し怯えていた部分があったのだが、嫌な気分になることはなかった。

 そして、現在。提出する書類などの関係で一人校舎内を歩いている祇園。どうにか書類提出を終え、後は帰るだけとなった頃。

 

 ――――――――、

 

 不意に、何かのメロディを耳にした。吹奏楽部などの練習だろうか、とも思ったが、音楽室は別の校舎だ。職員棟であるこの校舎で部活動をする者はほとんどいない。

 ならば、誰だろうか。音源が近いこともあり、何となしに歩いていく祇園。

 音を頼りに歩いていくと、月当たりの教室に辿り着いた。『第三音楽室』――どこかくたびれた表記がされたその部屋の扉が少しだけ開いており、そこから音が漏れ出している。

 静かに、扉を開ける。そして――その場で、硬直してしまった。

 

 そこにいたのは、一人の女性。

 バイオリンを片手に両目を閉じ、静謐な旋律を奏でる姿。

 夕焼けの日差しが教室へと指し込む中。

 その姿は、あまりにも幻想的だった――……

 

 響く音色は、どこか寂しく、そして……悲しい。

 決して暗い曲調なわけではない、と祇園は思う。しかし、奏でられるその音はどうしようもないほどに……寂しかった。

 たった一人で過ごした、あの日々。

 他人と違う――そのことに憎悪さえ抱いていた頃。

 あの頃に、戻ってしまったような。

 そんな気が、した――……

 

 

「……やぁ、少年」

 

 バイオリンを下げ、その女性――烏丸美緒はクスリと微笑を零した。祇園は、そこでようやく我を取り戻す。

 

「すまないな、見苦しいものを聞かせてしまった」

「……え、あ、いえ。凄く、綺麗で、その……」

「――少年。キミは何故、泣いている?」

 

 えっ、という言葉を漏らす祇園。顔に手をやると、右の瞳から一粒だけ……涙が零れていた。

 

「あれ、何で……」

「……まあ、いい。それにしても、ここを見つける者がいるとはな。授業でも使われない教室で、職員でさえも入らない場所なのだが」

「あ、その……扉が少しだけ開いていて、音が聞こえたので……」

「何?……私としたことが、らしくないミスだな。私の演奏など、人に聞かせるようなものではないというのに」

 

 澪が苦笑を零す。祇園は、そんな、と言葉を紡いだ。

 

「凄い演奏だったと思います」

「夢を壊すようで悪いが……こんなものは見よう見真似だ。正式に学んだわけではないし、私も気分で弾いているに過ぎない。自分で弾いておいて曲名も知らないしな」

「そうなんですか?」

「うむ。幼い頃に聞いた旋律だけを頼りに、な。……誰が弾いていたかも知らないというのに」

 

 微笑む澪。彼女はバイオリンをケースにしまうと、無造作に壁へと立てかけた。そのまま、少年、と祇園に対して言葉を紡ぐ。

 

「今日の午後の授業はどうだった?」

「あ、はい。えっと……十戦して、七勝です」

「ほう。……ふむ、ランキングが26位になっているな。格上を倒したか」

「ただ、紅里さんには勝てませんでしたが……」

「そう容易く勝たれては、ウエスト校の沽券に関わるよ」

 

 クスクスと微笑む澪。澪は近くに置いてあった自身の鞄を手に取ると、では、と祇園に向かって言葉を紡いだ。

 

「帰るとしようか。今日はデュエル教室もない。……帰りに夕食の買い物をしていくのだろう?」

「はい。そのつもりです」

「キミの作る食事は私のささやかな楽しみだよ、少年」

 

 微笑む澪。その彼女と並び、祇園は教室から出て行く。

 澪が教室に鍵をかけると、では、と澪が言葉を紡いだ。

 

「帰ろうか、少年」

「はい」

 

 帰る、という言葉。

 共に歩いている誰かがいるということ。

 それが随分――久し振りのことに思えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 翌日。澪は朝早くからプロデュエリストの仕事があるとして学校には行かずにスーツを着て電車に乗っていた。

 祇園にその旨を前日に伝えると、朝早くからしっかりと朝食と弁当を用意してくれた。……将来、いいお嫁さんになれそうである。

 出勤するサラリーマンと同じ電車に乗る。幸い、時間が早いこともあって満員ということはない。それでも人ごみが嫌いな澪にしてみれば多い方に映るのだが……まあ、我慢するしかないだろう。

 全ての我儘が通ることなど、ありえないのだから。

 

「……着いたか」

 

 アナウンスを聞き、呟く。駅が停車し、駅を降りる人の流れに乗って下車する。

 流石に早いとはいえ朝の時間だ。結構な人数が歩いている。

 

「さて、迎えがあると聞いていたが」

 

 駅を出ると、澪は周囲を見回した。昨日の電話によると、ここに迎えを用意するとのことだったのだが――

 

「お待ちしておりました、烏丸プロ」

「むっ……磯野さんですか」

「はっ。私などのお名前を憶えて頂き、恐縮です」

「いえ、お世話になっておりますので。……あなたが迎えですか?」

「はい。……どうぞ、こちらへ」

 

 磯野――KC社の社長である海馬瀬人の信頼も厚い人物の先導を受け、歩を進める。そこに停まっていたのは、一台のリムジンだった。

 どう考えても日本の公道で走らせることには向いていない車だ。通行人たちは何事かといった様子でリムジンを見ている。

 だが、澪は気にした様子もなく中へと乗り込んだ。すると、既に中に一人の少女が待ち受けていた。

 

「お久し振りです~♪ 澪さん♪」

「……美咲くんか。キミは横浜にいるはずだろう? 試合はどうした」

「ナイターですから、これが終わったらそのまま向かいます」

「それで、朝食は携帯食か」

「食べる時間ないんですよー」

 

 そんな風に言葉を紡ぐ美咲の側には、カロリーバーの箱が置いてある。それと彼女が持っているミネラルウォーターが彼女の朝食なのだろう。

 

「相変わらず忙しいようだな」

「澪さんが手伝ってくれたら少しはマシになるんですけどねー」

「生憎、私にそのつもりはない。キミと違って私は愛想よく振る舞うことなどできないよ」

「むー」

「それに……私の場合、あまり表に出過ぎると無用な厄を引き寄せる。縁を切ったとはいえ、未だ私が『烏丸』であることは変わらん」

 

 自嘲するように言う澪。美咲はカロリーバーを口にしながら、そうですかね、と言葉を紡いだ。

 

「気にし過ぎやと思いますけど」

「キミのように強い人間ならば、多少の厄もどうにかできるのだろう。だが、今の私には少々守りたいものが多くできてしまった。チームに所属しないのもそれが理由だよ」

「それ、ウチに守る相手がいないってゆーてます?」

「まさか。ただ、不必要に私が抱え込み過ぎた――それだけの話だよ。真似事も行き過ぎると鎖になる」

「……後悔してます?」

「後悔、という概念が私には理解できないよ、美咲くん」

 

 澪は苦笑を零す。美咲はそんな澪をしばらく眺めた後、まあええです、と言葉を紡いだ。

 

「とりあえず、頼んでた分はどうです?」

「済んでいるよ。大会のシステムはあれで問題ないだろう。まあ、順当に考えればキミが優勝しそうだが」

「紅葉さんも出ますよ?」

「響紅葉か……確かに強いが、彼はかつての全日本チャンプで合った分対策がされやすい。警戒する者も多いからな。その点、キミはそもそもから使うデッキがわからない」

「一応、今度の大会はウチの本気で行きますよ?」

「それは楽しみだ。……さて、大会の方はそれでいい。わざわざ私のところまで連絡してきたということは、もう一つの案件だろう?」

 

 鞄から資料を取り出し、それを美咲に渡しながら澪は言う。美咲はそれを受け取ると、はいな、と頷いた。

 

「詳しい話は向こうに着いてからの予定ですけど、〝祿王〟の目から見てどうですか?」

「……どれだけのレアリティで手に入るかにもよるが、環境は大きく変化するだろうな。ただ、いくつか問題のあるカードがあったぞ」

「何です?」

「まずは『メンタルマスター』だな。『サイキック族』という新たな種族は私も賛成だが、このモンスターだけは頂けない。その資料にもある新カテゴリ『ガスタ』の『ガスタの静寂カーム』と組み合わせれば無限ドローができるぞ」

「あー……成程、確かに。これはエグいですねー……」

「とりあえず気になったのはそこだな。後はやはり『フィッシュボーグ―ガンナー』か。これについてはイリアくんがすでに気付いているのだろう?」

「ええ。やっぱり新しいシステム導入すると問題も多くて……。ウチの方でも『グローアップ・バルブ』をどないしよか考えてますし」

「だが、面白い試みであることも事実だ。ステータス至上主義……その概念に真っ向から立ち向かうシステム。興味があるよ」

「ええ、それが『シンクロ』ですから」

 

 美咲が微笑む。澪はまあ、と言葉を紡いだ。

 

「それをより多くのデュエリストにも感じてもらうための仕事だ。精々頑張らせてもらうよ」

「はい、よろしゅうお願いします」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 リムジンで途中の休憩を含めて約三時間。澪は美咲と共に話し合いを続けていた。現在I²社とKC社を中心に行われているプロジェクト――DMの世界に新たな風を呼び込むその取り組みの中心に、この二人も加わっているのだ。

 

「とりあえず、まず言い訳を聞きたいのはこの『ダーク・ダイブ・ボンバー』だな。考えた奴を締め上げたい」

「澪さんが考えた呪文、『サモサモキャットベルンベルン』は楽しかったですねー」

「地獄絵図だったがな。……後は、やはりこの『氷結界』か」

「二体目はともかく、一体目と三体目が問題ですよねー」

「……『ダーク・ダイブ・ボンバー』はともかくとして、『ゴヨウ・ガーディアン』は警察関係者専用のカードにするのだろう? できればいきなり禁止カードなど出したくはないのだが……」

「『ダーク・ダイブ・ボンバー』は生産しない予定です。ただ、『氷結界』の四体はそもそもからレアリティを最高クラスに設定しとるんで……環境を壊すようなこともないように思いますが」

「ならばいいか。どちらにせよ、制限カード行きは確実だ。……と、言っている間に着いたようだな」

 

 窓の外を眺め、澪が呟く。それを合図とするように車が止まり、磯野が言葉を紡いだ。

 

「お二方、到着いたしました」

「ありがとうございますー、磯野さん」

「いつもすみません」

「これが私の役目ですので……こちらへ」

 

 扉を開け、二人を誘導する磯野。磯野に付き従い、二人は建物の中へと入っていく。

 ――I²社名古屋支部。それが二人の目的としていた建物だ。

 中に入るともう一度磯野に礼を言い、二人はエレベーターに乗り込む。今日の会議は『第七会議室』で行われているはずだ。

 目的の階へ着き、二人は迷うことなく会議室へと向かっていく。そして、扉を開けると――

 

「桐生美咲、到着しました~♪」

「右に同じく、烏丸澪」

 

 名乗りつつ、中へ入る。すると、既に中には二人の人物がいた。

 一人は銀髪の外人だ。世界では知らぬ者などいない人物――ペガサス・J・クロフォード。世界でも有数の大企業I²社の会長であると同時に、DMをこの世に解き放った生きる伝説。

 

「OH! 美咲ガール澪ガール、よく来てくれましたネ」

「会長の呼び出しとあればいつでもどこでもですよ~♪」

「私自身はそこまで忙しい身ではありませんので」

 

 それぞれの返答。それを受け、ペガサスは笑みを浮かべる。

 

「そう言ってもらえると嬉しいデース。……今日呼んだ理由デスが、例のプロジェクトがいよいよ大詰めに入って来たのでその確認と……澪ガールにドクター不動を紹介するためデース」

「不動です。どうかよろしくお願いします」

 

 これまでずっと黙っていた白衣を着た、どこか特徴的な髪形の男性がそう言って軽く頭を下げてきた。その姿を見て、ほう、と澪が吐息を零す。

 

「あなたが不動博士ですか。〝モーメント〟開発最高責任者の」

「ええ。私としても、〝祿王〟とお会いできて光栄ですよ」

「言葉が上手いですね。私のような小娘に会ったところで益などないでしょうに」

 

 言いつつ、澪は不動と握手を交わす。不動はそれを終えると、会長、とペガサスへと言葉を紡いだ。

 

「私は研究に戻りたいのですが……」

「ハイ、ありがとうございマース。屋上にヘリがありますので、そちらで戻ってくだサーイ」

「はい。ありがとうございます。お二方も、申し訳ありませんが失礼します」

 

 不動はそれだけを言うと、足早に出て行った。それを見送り、相変わらずやなぁ、と美咲が言葉を紡ぐ。

 

「忙しそうやけど、目が輝いてる」

「〝モーメント〟は〝シンクロ〟において大変重要な力になるでショウ。ドクター不動には期待してマース」

「ふむ……それで、会長。今日の会議の他のメンバーはどうしているのです?」

「こちらへ向かっているはずデスが……全員がトッププレイヤーたちデース。集まるまではもう少しかかると連絡が入ってマース」

「ほな、お昼御飯が先かな?」

「イエス、お弁当は用意してありマース」

「やった、ご飯食べれる~♪」

 

 ペガサスの言葉に喜びの様子を見せる美咲。そんな二人へ、ああ、と澪が思い出したように言葉を紡いだ。

 

「私は必要ありません」

「ホワッツ? 体調でも悪いのデスか?」

「いえ、今日は弁当を持ってきているので……」

 

 そう言うと、澪は鞄から弁当を取り出した。朝に祇園が用意してくれたものだ。

 しかし、澪が弁当を用意していることが予想外だったらしく美咲が驚きの声を上げた。

 

「ええ~!? 澪さんが弁当!? 会長マズいで! 明日世界が滅びる!」

「ほう、美咲くん。詳しく聞こうか?」

「や、やって澪さん料理ダメダメやないですか」

「キミに言われたくはないな」

「Oh、澪ガール。手作りデスか?」

「はい。私の手作りではありませんが」

 

 微笑むと、適当に椅子に座る。美咲は首を傾げるが、まあいいか、とすぐに思考するのをやめた。

 

「とりあえず、食べましょか」

「私はすでに頂いているので……おっと、誰か到着したようデース」

 

 ペガサスが用意していた弁当を広げる美咲と、内線で誰かが来たという知らせを受け取るペガサス。それとほぼ同時に、その来客者が扉を開けて入って来た。

 

「す、すみません! 遅れました!」

 

 部屋に入って来たのは、赤髪の女性だった。スーツを着ているが澪のようなズボンではなく、スカートである。

 

「あ、イリアちゃんや~♪」

「ほう、イリアくんか」

「……って、美咲に〝祿王〟!?」

 

 本郷イリア。アメリカからの帰国子女であり、美咲の同期である女性だ。大学生リーグ出身であるため二人よりも年上なのだが……二人共、彼女に敬語を使う様子はない。

 ちなみに現日本ランキング36位で、世界ランキングでももうすぐ百位を突破できるという位置にいる。そのデッキタイプから〝爆炎の申し子〟とも呼ばれているプロデュエリストだ。

 

「あんたたちも来てたんだ……っていうか、美咲。あんた私より年下なんだから敬語使いなさいよ」

「それ何度目~? 無理やて、無理無理」

「まあ、美咲くんには無理だろうな。イリアくんも座ったらどうだ?」

「は、はぁ……」

 

 実はプロとしての活動年数としては美咲もイリアも澪よりも長い。しかし、〝祿王〟というタイトルはそれを黙らせるだけのものを有している。

 ……もっとも、澪はそんなことは気にしていないようだが。

 

「とりあえず、お座りくだサイ。ミス・イリア」

「わかりました。……今のところ、集まっているのはこのメンバーだけですか?」

「そうデスね。あと一時間以内には七人ほどが集まれる予定デース」

「そういえば紅葉氏は来ていないのか、美咲くん?」

「紅葉さん、他のメンバーと一緒に地元で子供たち相手にイベント中です。ちなみにウチは明日の予定。そういうイリアちゃんも、宗二郎さんは?」

「知ってるでしょ、今日あっちはデーゲーム。兄さんは先鋒だから今頃試合中ね。それより、DDさんと皇さんは?」

「DDさんはオーストラリア大会、皇さんは中国大会やな」

「ハイ、二人共世界へ挑んでいる最中デース。なので、今回は呼んでいまセン」

 

 プロデュエリスト――その中でも有名な若手やトッププロたちで行われる会話。この『プロジェクト』には彼女たちだけではなく、かなりの数のトッププロや企業が関わっている。そのため、KC社とI²社をスポンサーに持たぬプロであってもプロジェクトには別の企業から関わっている場合が多い。イリアなどはそのパターンだ。彼女の所属するチームもスポンサーもKC社やI²社ではない。

 

「これは雑談デスが……年末に〝ルーキーズ杯〟を行うのは知っていマスね?」

「そらまあ、メインですし」

「私は参加しますし……」

「できれば遠慮したいですが、解説の仕事を任されましたから」

 

 ペガサスの言葉に、それぞれ美咲、イリア、澪が応じる。ペガサスは頷くと、実は、と言葉を紡いだ。

 

「そこで一つ問題が発生したのデース。ノース校が出場を辞退したいと申し出てきました」

「出場辞退、ですか」

「イエス。それで、一般枠を新たに一つ増やすことになったのデース。ガールたちの中に、誰かいい人材は知りまセンか?」

「一般枠……うーん、例のあの子はもう決まってるんですよね?」

「ハイ。ミラクルガールは決定してマース」

「私の方はあまり……。サウス校は出身ですから色々と知ってはいますが、一般となると……。ジュニア大会の優勝者だけでなく、準優勝者も参加させてみては?」

「私もあまり知りませんね。強いて言うなら、『侍大将』くらいでしょうか」

「あれは本校の生徒ですやん」

「だから無理だな」

「そうデスか……確か、美咲ガールの幼馴染は……」

「今はウエスト校ですから、無理ですねー」

「いっそ、プロを増やしてはどうです?」

「やはりそれが一番でショウか」

 

 ペガサスが考え込む。しかししばらくすると、わかりました、とペガサスは大きく頷いた。

 

「方法は考えておきマース。……そうデス、澪ガール。美咲ガールの幼馴染はどうデスか?」

 

 水を向けられ、澪は一度箸を置いた。そして、微笑を浮かべる。

 

「強いですよ。私を相手に、最後まで足掻いていましたので」

「〝祿王〟相手にって……うわぁ……」

「まあ、慣れとるからなぁ祇園はそういうの。社長にも捻じ伏せられてたし」

「どうデスか? 彼はこの大会に出られるマスか?」

「さあ、どうでしょう?」

 

 微笑を浮かべたまま、澪は言葉を紡いだ。

 

「ただ……彼が諦めないのであれば、可能性はあるでしょうね」 1














 まずは、皆様にお詫びを。(ちょっと長いんで読み飛ばして頂いても……)



 元々は友人と私の展望を考えない「書いてみようぜ!」という軽いノリで書き始めたこの作品ですが、それ故に設定などが甘い部分が多々あり、何人かの読者様方に不愉快な思いをさせてしまったようです。
 本当に申し訳ありませんでした。

 内容としては主に「リスペクトデュエル」と「アカデミア分校」についてです。

 前者は友人の皆さん(何度か後書きに書いているカードショップの方々です)に聞いたところあまり良い話は聞かなかったのと、「お互いが全力を出せるならば勝敗は関係ない」という理論であるという記述があったので、作品的に面白くなるかなー、と思って作品内ではああいう扱いにしました。それを不愉快に思われた方がおられるようで、アドバイスに従い「アンチ・ヘイト」のタグを付けさせていただきました。重ね重ね、申し訳ありません。
 ただ、私個人としては「カイザー」である「丸藤亮」が手を抜いているなどとはつゆほども思っておりません。「ヘルカイザー」の方が好きなのは事実ではありますが……。
 ただ、「勝敗は関係ない」というのは念頭に置くものではなく、結果としてそう感じられるのであれば一番、というものではないのかなー、と思ったわけです。間違っているかもしれませんし、多分そうなのでしょうと思います。同時に「互いに全力を出す」というのも解釈次第で、その辺は作中では宗達とカイザーの二人で(というよりは今作における「サイバー流」で)対比出来たらな、と浅はかにも考えておりました。
 以上の事は作者である私がしっかりと原作を理解し、作品を練っていれば起こり得なかったことです。本当に申し訳ありませんでした。
 ただ、ここまで来ると修正しようとすれば一度作品そのものを消して書き直す必要まで出てくるのでそれはご勘弁願いたい……ということで、「そういうものだ」認識していただけると嬉しいです。

 そして後者ですが、「アモンがいるのはイースト校なのにイースト校ないけど?」ということです。これは単純に、ちょっと勘違いもあって私が三年目の彼らは「海外組」だと思ったんです。漫画版みたいな感じで。その結果、「ややこしい」という意見もいただきました。しかし、今更変えるのもちょっとあれだし……ということで、ややこしいかもですがそういう認識でお願いしたいです。
 アモンなどは「アメリカアカデミア・イースト校」みたいな感覚で出すつもりです。……そこまで続けられるかどうかは作者である私の根性次第ですが。
 重ね重ね、申し訳ありませんでした。

 謝罪を書くのはどうか、とも思ったのですが、間違えていたのは私ですし、折角読んで頂いているのに説明もないままというのも不誠実との考えでこのような形を取らせていただきました。
 端っこの方で特に日の目を見ることもなくひっそりやっていこうと思っていたこの作品が「日刊一位」に偶然とはいえ掲載されるに至ってお気に入りが増え、ここらで少し気を入れ直そうかと思っての所存です。
 鬱陶しい長文ですが、読んで頂いた方、ありがとうございます。

 それと、一応ですが私はGXにおいて嫌いなキャラクターも思想もないつもりです。上記の(私解釈の)「リスペクトデュエル」も考え方としてはありだと思いますし、要は受け取り方なのではないかと考えています。未熟者ですが「エンターテイメント」として楽しんで頂けるよう努力する所存ですので、お付き合いいただけるとありがたいです。
 サイバー流のことも含め、今後の展開にちょっと修正が必要になって来たので次回の更新はちょっと遅れるかもです。なるべく早く出すつもりなので、見捨てないでくださると嬉しいです。

 重ね重ね、私の未熟と無知、不勉強故をお詫びします。
 申し訳ありませんでした。





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第十三話 平和な一日、リスペクトの意味

 万丈目と三沢の二人で行うことが予定されていた寮の入れ替え戦。ある意味で注目を集めていたそのデュエルは、行われることがなかった。

 前日に万丈目が退学届を提出し、そのまま姿を消したのだ。万丈目がどこへ行ったかを知る者はおらず、見送った者もいないとされている。

 ただ、実際には見送った者は一人だけいたのだが。

 

「……いや、だからさ、金なら払うって」

 

 その万丈目を見送った者――如月宗達は、携帯端末を使って森の中でどこぞへと連絡を取っていた。ノート型の端末の画面に映っているのは、帽子を被った金髪の青年である。

 

『そうは言うがサムライ、そう簡単に手に入るものでもないのはわかっているだろう? それに、後数か月もすればそちらでも発売されるだろうに』

「それじゃ遅ぇんだよ。あと一週間以内、最悪二週間以内に必要なんだ」

 

 相手も宗達も口にしているのは英語である。それも当然といえば当然だろう。宗達は九ヶ月に渡ってアメリカへ留学し、アメリカ・アカデミアイースト校で上位にまで食い込んだ実績がある。更にプロアマ合同の全米オープンでも五位に入賞しているのだから、英語ぐらいは容易く話せる。

 

『一週間!? 流石にそれは無理だ、まだほとんど出回っていないんだぞ!?』

「そこを何とか頼むよディビット。お前さんならできるだろ?」

『まあ、儀式召喚など時代遅れと考えている者も多い。サムライの頼みとあれば協力してくれる人間も多いだろうが……』

「マジか!? 頼む!」

『しかし、ユーはどういうつもりだ? デッキを変えるのか? 『シックス・サムライ』は強力だったと思うが』

「ああ、俺じゃねぇよ。俺の連れに儀式使いがいてな。その関係だ」

『ワッツ? ユーが他人のためにここまでするのか?』

「おかしいか?」

『いや、面白いな。よし、わかった。可能な限りやってみよう。期待せず待っててくれ』

「サンキュー。頼むわ。他の面子にもよろしく言っといてくれ」

『わかった。またいずれこっちに来いよ、サムライ。オマエにリベンジしたがっている奴が大勢いる』

「あいよ」

 

 じゃあな――そう締めくくると、通話を切る宗達。集まるかどうかはわからないが、相手はあれで責任感の強い男だ。どうにかしてくれるだろう。

 

「……にしても、〝ルーキーズ杯〟ねぇ……」

 

 端末をしまいつつ、空を見上げる。交流のあるプロデュエリストから入って来た話だ。I²社とKC社という二大企業を中心に行われる準備が進められているという。

 別に大会そのものは珍しいことではない。特に本校の生徒は長期休暇でもなければ大会出場の機会がないし、そういう若手発掘の大会はチャンスになる。実際、長期休暇毎に大会は数多く催されており、『カイザー』なども確実に結果を残している。

 この〝ルーキーズ杯〟はアカデミアの生徒と若手プロ、一般参加などで『若さ』を中心に催すらしい。そうなると、本校からは誰が出るかだが……。

 

「カイザーは本命で、俺と十代、三沢、雪乃、明日香あたりの誰が出るかってとこか。……まあ、あんまり興味はないけど」

 

 そもそも情報が少ないのだ。その時になったら考えればいい。

 ――ただ、一つだけ。

 もしかしたら、『カイザー』と戦うチャンスがあるかもしれない。それが唯一の楽しみだった。

 

「ま、なるようになるか。……って、ん?」

 

 不意にPDAが鳴った。相手は……雪乃。

 

「『至急来るように』って……何が起こったかを書けよ。場所は……」

 

 立ち上がり、雪乃が指定してきた場所を目指す。

 

 ……しかし、雪乃がこんな呼び出し方すんのも珍しいな。

 

 そんなことを、ふと思いながら。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 雪乃が指定してきた場所は、森の奥だった。元々森の中にいたということもあり、宗達は大して時間もかけずに目的の場所に辿り着く。

 森の奥にある崖の場所。そこで、宗達は何とも言えない気分になった。

 

「ジュンコを返しやがれ!」

「キキーッ!」

 

 崖から覗くようにして生えた一本の木の側にいる、猿と枕田ジュンコ。人質をとった犯人といった構図に見えるが、正直意味不明だ。

 ……しかも何か猿はデュエルディスク着けてるし。

 

「なぁ、これ何してるんだ? 新手の遊びか? 駄目だぞ、健全な遊びをしないと」

「遊びなわけないでしょーっ! 助けてよーっ!」

 

 思わず口にしてしまった言葉に、ジュンコが吠えるようにして応じてくる。……どうやら本気で困っているらしい。

 そこで宗達に気付いた雪乃が、あら、と声を上げた。

 

「早かったのね。フフッ、そんなに私に会いたかった?」

「そういうことにしとこう。で、何この状況?」

「明日香と十代のボウヤが行方不明の万丈目のボウヤを探してて、そしたらあの子がお猿さんに連れて行かれたのよ。あの黒服たちも追って行ったから、私たちも追ってきた」

「……すまん、意味わかんねぇ。話飛び過ぎじゃね?」

「でも、事実よ」

「ふーん。要するに、あの連中が何なのかとか何で猿がデュエルディスク着けてるかとかは不明なわけだ」

「あっ、ホントッス!」

 

 宗達の言葉に、今頃気付いたとでも言いたげに声を上げる翔。宗達は思わずため息を吐いた。

 

「オマエ、注意力散漫とかのレベルじゃねぇぞ。これ見よがしだろあれ」

「ふむ、キミたちはアカデミアの生徒かね?」

「あぁ?」

 

 いきなり黒服と一緒にいた老人が声をかけてきたので、とりあえず宗達は威嚇する。……すぐさま雪乃に頭を叩かれたが。

 

「アレは我々が調節し、デュエルできるようにした被検体なのだ」

「ええっ!? 猿がデュエルするのかよ!?」

「うむ。そしてその名前は頭文字を取り、『SAL』だ」

「捻れよ。馬鹿かよ」

 

 思わずツッコミを入れてしまった。直球過ぎて正直笑えない。

 

「ちょっと~! 助けてよ~!」

 

 そんな馬鹿げた会話をしているうちに、ジュンコの声がいよいよ切羽詰まってきた。崖の上という立ち位置に加えて命綱を握っているのは猿。……確かに、女子には厳しい状況だ。

 それを受けてなのか、麻酔銃を構えようとする黒服たち。ジュンコが短い悲鳴を上げた。

 

「待てよ、おっさんたち。ジュンコに当たったらどうするんだ。女の傷は一生モノだぞ」

「あら、経験者は語るわねぇ?」

「やかましい。……とにかくだ、あの猿はデュエルできるんだろ? だったらデュエルで倒す。それでジュンコを助けるから、物騒なもんはしまっとけ」

「キミがか?」

「いや、十代が」

 

 そう言うと、宗達は親指で十代を指し示した。十代が、俺かよ、と声を上げる。

 

「だってオマエ、あの猿がデュエルできるって聞いた瞬間目ェ輝かせてたじゃねぇか。任せた」

「まあ、いいけどさ。――よし、デュエルだ!」

 

 十代はすぐさま思考を切り替える。本当に単純な男だ。

 そしてそんな十代へ、背中から明日香が声をかけた。

 

「ちょっと十代、大丈夫なの? 相手は猿なのよ?」

 

 明日香が言いたいのは、言葉が通じない相手にどうするかということだろう。……まあ、普通はそう考える。だが、十代だ。相手はあの遊城十代なのだ。

 

「大丈夫だって、明日香。――デュエルをすれば、お互いの心がわかる!」

「出たよ超理論」

「どうでもいいから助けてよー!」

 

 ……とりあえず、ジュンコが哀れだと思った。

 

「なあ、聞いてたろ? デュエルしようぜ。俺が勝ったらジュンコを離すんだ」

「あ、あんたが負けたら」

「何か一つ願いを叶えてやる。……でいいだろ、十代?」

「おう!」

 

 宗達の言葉に十代が肯定の頷きを返す。猿もその言葉を了承したらしく、ジュンコの傍を離れてこちらへと近付いてきた。そして、見せつけるようにディスクを構える。

 

「いくぜ、決闘(デュエル)!」

『決闘(デュエル)!』

 

 そうして、戦いが始まった。

 

 …………平和だなー、とふと思った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 世にも奇妙なデュエルが始まる。……まさか猿とデュエルする日が来ることになろうとは。

 とはいっても、十代は先にも言ったようにデュエルをすればお互いの気持ちがわかると本気で思っている。ならば、全力でデュエルするだけだ。

 

「先行は俺だ! ドロー!――俺は手札から『E・HERO エアーマン』を召喚するぜ! そして効果発動! このカードが召喚、特殊召喚された時、デッキからレベル4以下の『E・HERO』を手札に加えることができる! 俺は『E・HERO フェザーマン』を手札に加える!」

 

 E・HERO エアーマン☆4風ATK/DEF1800/300

 

 現れるのは、現行の『HERO』において唯一の制限カード。無制限時代には『強化版ガジェット』などと呼ばれて大暴れしていたヒーローだ。

 十代は所有していなかったカードだが、少し前に祇園から譲ってもらったという背景がある。

 

「……出たよ、エアーマンのくせに空気読まないヒーローが」

「ボウヤの引きでサーチ機能内蔵のモンスターはちょっと恐怖ねぇ……」

「攻撃力も高いし……確か、魔法・罠を破壊する効果も持っているのよね?」

「いけーっ! アニキーッ!」

「頑張るんだな十代!」

「ファイトですわ!」

 

 背後からの応援。それに笑顔で頷きを返し、十代は手を進める。

 

「祇園から貰った友情のカードだ! 俺はカードを一枚伏せ、ターンエンド!」

『私のターン、ドロー!』

「凄ぇ! 本当に猿が喋ってるぜ!」

「いや、さっきデュエルっつってたじゃねーか。確かに凄いけども」

 

 目をキラキラさせて振り返る十代へ、宗達が冷静に言葉を返す。猿はそんな二人を機にした様子もなく、デュエルディスクへとカードを差し込んだ。

 

『私は手札より『怒れる類人猿』を召喚!』

 

 怒れる類人猿(バーサークゴリラ)☆4地ATK/DEF2000/1000

 

 現れたのは一頭のゴリラだ。目は血走っており、全身に怒りを溜めこんでいるような雰囲気を纏っている。

 デメリットはあるが軽いもので、攻撃力2000という優秀なアタッカーだ。

 

「げげっ!? 攻撃力2000ッスか!?」

「猿なのにゴリラとはこれ如何に……。似合ってるけど」

 

 おそらく猿のデッキは『獣族』なのだろう。獣族デッキといえば隼人もそうなのだが、それとは随分形が違うように見えた。

 

『怒れる類人猿は攻撃可能ならば攻撃しなければならず、守備表示になると自壊する! バトル! エアーマンに攻撃だ!』

「くっ……! エアーマン!」

 

 十代4000→3800

 

 如何に下級HEROの中では最高クラスの攻撃力を持つとはいえ、2000のゴリラには勝てない。容赦なく破壊される。

 ――だが、黙ってやられる十代ではない。笑みを浮かべると、伏せカードを発動する。

 

「リバースカードオープン! 『ヒーロー・シグナル』! 自分フィールド上のモンスターが破壊された時、デッキからレベル4以下の『HERO』を一体特殊召喚する! 俺は『E・HERO バブルマン』を守備表示で特殊召喚! 更にバブルマンの効果発動! このカードの特殊召喚に成功した時、自分フィールド上にこのカード以外のカードが存在していなければカードを二枚ドローできる!」

『ウキッ!?』

 

 E・HERO バブルマン☆4水ATK/DEF800/1200

 

 十代のタクティクスに猿が驚きの表情を見せる。だが、宗達たちにとっては見慣れた光景なので特に思うようなことはない。

 

『私はカードを一枚伏せてターンエンド!』

「俺のターン、ドロー!」

 

 十代がカードをドローする。一見すると一進一退の攻防だが、その手札の数は十代の方が遥かに上。美咲の授業でも聞かされた『アドバンテージ』は十代の方が勝っている。

 

「俺は魔法カード『戦士の生還』を発動するぜ! 墓地の戦士族モンスターを一体、手札に加える! 手札に加えるのは勿論『E・HERO エアーマン』だ! そしてそのまま召喚し、デッキから『E・HERO バーストレディ』を手札に加えるぜ!」

「うわー……何アレ。空気読み過ぎだろ空気男のくせに。相棒の『オーシャン』もいないのに」

 

 後ろで宗達が何か言っているが、とりあえず無視。

 だが、それにしても本当に『エアーマン』は強い。祇園には感謝してもしきれない。

 

「いくぜ、俺は手札から魔法カード『融合』を発動! 手札のバーストレディとフェザーマンを融合! 来い、マイフェイバリットヒーロー!――『E・HERO フレイム・ウイングマン』!!」

 

 E・HERO フレイム・ウイングマン☆6風ATK/DEF2100/1200

 

 龍頭の右腕を持った、十代が絶大な信を置くヒーローが現れる。強力なバーン効果を持つモンスターだ。

 

「いくぜ! フレイム・ウイングマンでバーサークゴリラへ攻撃! フレイム・シュート!」

『キキッ! リバースカードオープン、速攻魔法『突進』! これによりバーサークゴリラの攻撃力を700ポイントアップさせる!』

「げっ!?」

『迎撃せよ!』

 

 その体を肥大化させたバーサークゴリラがフレイム・ウイングマンを迎撃し、粉砕する。『突進』――シンプルだが、それ故に強力なカードである。

 

 十代LP3800→3200

 

 再び十代のLPが削られる。十代はへへっ、と笑みを零した。

 

「やるなぁお前! 楽しいぜ!」

「楽しんでる場合じゃないでしょー!?」

 

 ジュンコが叫ぶ。十代はすまん、と大声で叫ぶと、ターンを進めた。

 

「カードを一枚伏せて、ターンエンドだ」

『私のターン、『激昂のミノタウルス』を召喚!』

 

 激昂のミノタウルス☆4地ATK/DEF1700/1000

 

 次いで現れたのは、紅い鎧を着た牛頭の戦士だった。『ミノタウルス』というバニラモンスターのリメイクカードなのだが、これが中々強力な効果を有している。

 

『激昂のミノタウロスがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分フィールド上の獣族・獣戦士族・鳥獣族モンスターは貫通効果を得る!』

「何だって!?」

『激昂のミノタウロスでバブルマンへ攻撃!』

「くっ、バブルマン!」

 

 十代LP3200→2700

 

 本来なら守備表示のモンスターを破壊してもダメージは通らないのだが、今回の場合は話が別だ。『貫通効果』とはその言葉通り、守備力を超過した分のダメージをこちらへと与えてくるのである。

 

「ちょっ、しっかりしなさいよ!?」

『バーサークゴリラでエアーマンへ攻撃!』

「それはさせないぜ! リバースカードオープン、『ヒーロー・バリア』! HEROへの攻撃を一度だけ無効にする!」

 

 ジュンコの言葉を遮るようにして猿が宣言したが、十代はそれをどうにか躱す。ホッ、とジュンコが息を吐いた。

 十代はジュンコに向かって笑みを向けると、大丈夫だって、と言葉を紡ぐ。

 

「俺は負けないから!」

「いいから急いで~!」

「そろそろジュンコもヤバそうだな」

「流石にあの状態で放置はねぇ、そういうプレイなら興奮スルけれど……」

「はいアウトー。……十代、そろそろ決めろ!」

「おう!」

 

 後ろから聞こえてくる宗達の声に応じ、猿を見る。猿は伏せカードを伏せることなくターンエンドした。

 

「俺のターン、ドロー!――俺は手札から魔法カード『融合回収』を発動! 墓地の『融合』と融合素材となったモンスター一体を手札に加える! 俺はバーストレディを手札に! そして魔法カード『融合』を発動! 宗達、オマエから貰ったカードを使わせてもらうぜ!」

「んー? どれだ?」

「エアーマンとバーストレディを融合! 風属性モンスターとHEROの融合によってこのHEROは融合召喚できる! 暴風を纏いて現れろ! 『E・HERO Great TORNADO』!!」

 

 E・HERO Great TORNADO☆8ATK/DEF2800/2200

 

 暴風を纏った一体のヒーローが姿を現す。あの〝ヒーロー・マスター〟響紅葉も使用しているモンスターだ。

『属性ヒーロー』と呼ばれるモンスターで、融合素材に明確なモンスター名が記載されていないという特殊なモンスターである。強力な効果を持つモンスターも多く、その分レアリティも高い。

 宗達が十代に渡した『属性ヒーロー』は全部で四体。全てアメリカで手に入れたのだが使う余地がなかったために譲った格好だ。

 

「トルネードの効果発動! このカードの融合召喚に成功した時、相手フィールド上のモンスターの攻撃力は半分になる!」

『ウキイッ!?』

 

 怒れる類人猿(バーサークゴリラ)☆4地ATK/DEF2000/1000→1000/1000

 激昂のミノタウルス☆4地ATK/DEF1700/1000→850/1000

 

 攻撃力が一気に下がり、驚きの反応を見せる。猿。十代は更に続けた。

 

「そして魔法カード『ミラクル・フュージョン』を発動! フィールド上、及び墓地からHEROを除外してHEROの融合召喚を行う! 墓地のバブルマンとフェザーマンを除外し、現れろ極寒のヒーロー!――『E・HERO アブソルートZero』!!」

 

 E・HERO アブソルートZero☆8ATK/DEF2500/2000

 

 次いで現れたのは、氷の結晶を纏った青きヒーロー。弱小カテゴリと呼ばれていた『HERO』を一気にトップクラスへと押し上げた強力なヒーローであり、名実共に最強のヒーローだ。響紅葉のエースでもある。

 怒涛の融合召喚。だが、まだ十代の手札は尽きていない。

 

「更に手札から『E・HERO ワイルドマン』を召喚!」

 

 E・HERO ワイルドマン☆4地ATK/DEF1500/1600

 

 名前の通り、体に入れ墨を彫るなどをしたワイルドな外見のヒーローが召喚される。十代は、バトル、と言葉を紡いだ。

 

「いくぜ、トルネードでミノタウロスへ! ワイルドマンでバーサークゴリラへ攻撃だ!」

『キキーッ!?』

 

 猿LP4000→1550

 

 トルネードの効果によって弱体化している二体のモンスターが、容赦なく破壊される。そして道を開いた二体のHEROの後を追うように、極寒のヒーローが猿へと突き進む。

 

「いくぜ! アブソリュートzeroでダイレクトアタック!――『瞬間氷結―Freezing at Moment―』!」

『ウキキキキキ――――ッ!?』

 

 猿LP1550→-950

 

 猿のLPが0になり、決着が訪れる。ソリッドヴィジョンが消えると、十代はその腕を猿へと突き出した。

 

「ガッチャ! 良いデュエルだったぜ!」

『キキィ……』

 

 猿は肩を落としているが、すぐに動き出すとジュンコのところへと走っていった。そのままジュンコを抱え上げ、こちらまで走ってくると優しく地面に降ろす。

 

「意外と紳士だなオイ」

「大丈夫、ジュンコ?」

 

 明日香たちがジュンコの下へと駆け寄っていく。ジュンコは明日香に抱きつくと泣き出してしまった。腰が抜けたせいで立てなくなっているようである。

 そんな光景を十代が眺めていると、宗達がこちらへと歩み寄ってきた。そのまま、やったな、と十代に拳を突き出してくる。

 

「オマエ、ますます強くなったんじゃねぇか?」

「へへっ、宗達にも勝たなくちゃいけないからな!」

「勝ち越せるように頑張ってくれ」

 

 拳を打ち合わせながらそんな言葉を交わす。それを終えると、で、と宗達は猿へと視線を向けた。

 

「オマエ、十代に勝ったら何を望むつもりだったんだ?」

『キキィ……』

 

 チラリと、猿が背後を振り返る。少し離れた場所――そこにいたのは、何頭もの猿たちだった。おそらく、群れの仲間だろう。

 

「いつの間に……ってか数多いな」

「仲間のところへ帰りたかったのか?」

 

 驚いている宗達の隣で、十代は猿へと問いかける。猿は静かに頷いた。

 

 ……きっと、必死で逃げてきたんだな。

 

 実験動物などというのは人間の勝手な行動の結果だ。見れば、ジュンコも猿の様子を見て哀しげな表情を浮かべている。あんな目に遭っても、同情は隠せないらしい。

 ――だが、老人たちにはそんなことは関係ない。

 

「よくやってくれた。さあ、SALを引き渡してもらおうか」

「……嫌だね」

 

 にやりとした笑みを浮かべながらこちらへと歩いてくる老人。その老人に対し、十代は即座にそう応じた。

 

「俺は確かにジュンコを返してくれって約束はしたけど、あんたたちに渡すなんて約束はしてないぜ!」

「そっ、そうッスよ! アニキの言う通りッス!」

「動物は自然の中にいるのが一番なんだな!」

 

 次々と老人たちへ向けられる言葉。だが老人は一つ舌打ちを零すと、黒服の二人組へと指示を出した。

 

「構わん。捕まえろ。ついでにあの群れもだ。実験動物は多い方がいい」

「お前!」

 

 猿たちの前に立ち塞がろうとする十代たち。だが、その表情が一瞬変わった。

 

「あっ」

 

 それは、誰が呟いたセリフだったのか。

 直後、妙にハツラツとした声が響き渡る。

 

「唸れ俺のハリケーンシュート!!」

「ぐあっ!?」

 

 黒服の横へと回り込んでいた宗達が、黒服の片方へと全力の蹴りを叩き込んだのだ。元々ガタイが良い上に運動神経もいい宗達の全力の蹴りである。流石に耐え切れず、地面に転がる。

 

「貴様っ!」

 

 黒服が宗達へと麻酔銃を向けるが、宗達は自身が蹴り飛ばした黒服が持っていた麻酔銃をすぐさま向け返した。

 

「鬱陶しいなぁオイ、撃つぞコラ」

「ふん、貴様のような高校生の子供が銃など撃てるか!」

「撃てるぜ」

 

 ――直後、発砲音が鳴り響いた。

 放たれた弾丸は黒服にも老人にも当たらず、木の幹に直撃する。その場の全員が唖然とした表情をした。

 

「んー、難しいなコレ。……ってなわけで、総員退避!!」

 

 言いつつ、宗達は全力で踵を返してダッシュを始めた。その途中、座り込んでいるジュンコを抱き上げる。

 

「ちょっ、おい、宗達!?」

「『三十六計逃げるに如かず』って知らねぇのかオマエらは! やり合ってる余裕なんてねぇっての!」

「きゃあああっ!? ちょっ、いきなり何~!?」

「とにかく逃げるわよボウヤたち!」

「ああもう! 無茶苦茶ね!」

「ま、待って欲しいですわ~!」

「置いてかないで欲しいッス~!」

「いきなり過ぎるんだな!」

 

 宗達の後を追い、走り出す十代たち。後ろから追ってくる声が聞こえるが、それを無視して走り抜ける。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 森を抜けるところまでやってくると、十代たちはようやく人心地をついた。宗達は十代と共に猿に付けられた装置を外そうとしており、他のメンバーは息を切らして座り込んでいる。

 

「とりあえず、これでいいのか?」

「着けられてるだけだったから外すのも楽だったな。……よし、デュエルディスクは気に入ってるみたいだし、着けたままにしてやるよ。それじゃあな」

『キキッ!』

 

 猿は頷くと、そのまま群れの方へと走っていった。十代が声を上げる。

 

「じゃあなーっ!」

 

 猿の群れはそんな十代の言葉に応じるように一斉に鳴くと、そのまま森の中へと消えていった。それを見送り、それにしても、と明日香が声を上げる。

 

「宗達、あなた無茶をし過ぎよ。当たったらどうするつもりだったの?」

「わざと外したに決まってんだろ。まあ、猿の境遇には思うところもあったしな」

「でも、大丈夫ッスかね……。あの人達、追ってくるかも」

「――その心配はないんだにゃー」

 

 翔が不安げな声を上げた瞬間、別方向からそんな声が聞こえてきた。見れば、そこには猫を抱えた白衣の男が立っている。

 ――大徳寺先生だ。

 

「大徳寺先生!? どうしてここに……」

「キミたちを探していたんだにゃー。万丈目くんを探しているようだけど、彼は退学届けを出してすでに島を去っているんだにゃー」

「ああ、ボンボンなら俺が見送ったぞ」

「そうなのか!? なんだよ、宗達に電話しておけば良かったのかー」

 

 十代が苦笑しながらそんなことを言う。大徳寺が言葉を紡いだ。

 

「そうそう、キミたちを追っていた彼らには私が事情を聴き、きっちりと処分が下されることになったにゃー。安心するといいにゃ」

「マジかよ!? 流石は大徳寺先生!」

「て、照れるんだにゃー」

 

 十代に褒められ、照れくさそうに言う大徳寺。それを眺めていた宗達に、ねぇ、と雪乃が言葉を紡いだ。

 

「万丈目のボウヤは何て言っていたの?」

「んー? ああ、俺と十代に勝つってさ。強くなる、っつってたよ」

「あら、意外。今のボウヤからそんな台詞が聞けるなんて」

「そうでもないさ。……根っこのとこは変わってないんだ。中等部の時からな」

「宗達の数少ない友達だものねぇ?」

「向こうはそんなことは欠片も思ってねぇだろうがな」

 

 肩を竦める。だが、雪乃の言葉は実に的を得ていた。

 敵だらけだった中学時代。宗達に敵意を向けながらもそれは実に真っ直ぐで、愚直で、しかし唯一万丈目だけは負の感情からのものではなかった。そんな彼を、『友』と……そう、思っていたのは宗達だけなのかもしれないが。

 

「ああ、そうそう」

「ん、どしたー?」

「さっきのお姫様抱っこについては、この後じっくり話し合いましょうか……?」

「…………お手柔らかにお願いします」

 

 言い知れぬ雪乃の迫力に。

 宗達は、どうにかそう返事を返した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 夜。月明かりの下を、一人の青年が歩いていた。宗達だ。

 普段の彼なら女子寮に忍び込んで何食わぬ顔で雪乃の部屋に泊まり、そのまま食堂で朝食を食べるということまでやらかしているのだが……桐生美咲に突っ込まれた一件のせいで少々女子寮の警戒レベルが上がってしまった。少し間を置く必要がある。

 とはいえ、彼がそれを公の意味で問題視されることはない。そこには微妙な危うい天秤があるのだが……それはまた、別の話だ。

 

「にしても、祇園が退学になって目に見えてレッド寮の食事がグレード下がったんだよな……」

 

 呟く。元々食事のグレードが低いレッド寮だったのだが、自炊するなら改善は認められていた。とはいえ、男やもめの集団である。料理できる者などそうはいない。宗達も最低限のことはできるが、それだけだ。

 そこを祇園は購買分で余ったモノを貰い、寮生全員分の朝食と夕食を毎日作ってくれていた。元々飲食店でアルバイトしていたこともあったと言っていたが、義務教育の中学生がどうしてアルバイトなどしていたのだろうか。

 まあ、いずれにせよそういうこともあったために祇園の人気は高かった。人見知りする上に肝心なところで細かいミスをする性格だが、嫌味なところはないし努力家だ。レッド寮の生徒に食堂で一緒になって勉強を教えたりしていた光景も日常だった。

 だが……その夢神祇園はもういない。

 たった一人の生徒が消えただけだ。文句も不条理もあるが一応、理由はある。だから、受け入れていかなければならないのに。

 

「どうにも、調子が出ないよなぁ」

 

 呟く。友と呼べる数少ない相手――折角、〝友達〟になれたのに。

 どうしてこう、上手くいかないのだろうか――?

 

「……ん? 誰だ?」

 

 散歩を終え、レッド寮に着く宗達。ちなみに夕食の時間は過ぎており、先程まで宗達は何食わぬ顔でイエロー寮で食事をし、三沢を中心にイエロー生たちと適当なデュエル談議をしていた。ブルー生には中等部のこともあって敵視してくる人間も多いが、他の寮だとそうでもない。

 そもそも、宗達は高慢なブルー生たちを正面から捻じ伏せることのできる数少ない生徒である。本人も自覚しているが、一種の〝憧れ〟が向けられているのだ。

 その宗達の部屋――正確には祇園と宗達の部屋だった――の前に人影があった。その人影は息を吐く仕草をすると、踵を返してこちらへと向かってくる。

 祇園がいた頃は彼の人の良さもあって人が訪ねてくることもあったが、宗達に自分から近付いてくる生徒はそう多くない。ブルー生の目がない場所ならともかくとして、ブルー生の目がある場所だとブルー生から嫌われている宗達と必要以上に関わると無用な厄介を呼ぶことになりかねないのだ。

 その辺は宗達も自覚しているので、雪乃や十代たち以外と行動を共にすることはほとんどない。

 そして、そんな宗達の部屋にわざわざ出向いて来ていた人影は――……

 

「……カイザー……」

 

 デュエル・アカデミアの頂点――『帝王』と呼ばれる男が、そこにいた。

 

「……如月宗達だな? 少し、話があって来た」

「話、ね。……場所移しましょうか。見られたら変な噂立つだろうし」

「ああ」

 

 カイザー――丸藤亮が頷く。宗達は彼を先導しながら、さて、と内心で呟いた。

 

(何の話かねぇ……俺は話すようなことは別にないんだけど)

 

 彼が修める流派である『サイバー流』に思うところはあるし、宗達自身も向こうも敵視しているであろう鮫島校長はカイザーの師範だという話だ。因縁があるといえば存在している。

 しかし、正直『カイザー』については宗達も敵意は持っていない。デュエリストとしての戦意や闘志はあれど、特に丸藤亮という個人には恨みもなければ何もない。向こうが敵意を向けてきたことはないし、かつて中学時代で僅かに会話した時も特に敵意は感じなかった。……取巻きからは凄まじい悪意と敵意を感じたが。

 

(ま、いっか。適当にやり過ごそう)

 

 そんなことを思い、宗達は歩を進める。

 ――その気持ちをすぐに後悔することになるとは……知らずに。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 宗達が選んだのは、かつての退学騒動で十代とカイザーが戦った場所だった。海岸も伺えるその場所からは実に綺麗な満月が見える。

 微かに聞こえる波の音以外、特に聞こえる音はない。動物もすでに眠りについているのだろう。

 そういえばあの猿どうしたのかなー、などと呑気なことを考えていた宗達だが、適当な岩に腰掛けるとカイザーへと向き直った。互いに敵よりも近く、友よりも遠い距離で向かい合う。

 

「で、わざわざ俺のとこまで単身出向いてくるんだからそれなりの理由があるんでしょう? えーと……」

「呼び易い名で呼んでくれればいい。敬語も使わなくてもいい。対等に話がしたいからな。その代わり、俺もキミのことを如月と呼ばせてもらっても構わないか?」

「名字でも名前でもご自由に、カイザー。それで、理由は? デュエルしろってんなら受けて立つぞ。ディスクないから取りに戻らにゃならんけど」

「いや、できるならばそれも頼みたいが……それよりも、一度話をしておきたかった」

 

 カイザーの歯切れは悪い。宗達は、ふーん、と言葉を紡いだ。

 

「俺と会話しても別にメリットなんてないと思うけどねー」

「いや、キミは素晴らしいデュエリストだ。デュエルについて語り合えるのであれば、それは益になる」

「……真面目な返答どうも。でも、それはまた今度にしましょうや。今日はそうじゃねーんでしょ?」

「ああ。……俺はキミのことを尊敬している。だからこそ聞きたい。如月宗達――キミは、『サイバー流』を恨んでいるか?」

「……いきなりだなオイ。何て答えりゃ満足だよ?」

 

 宗達は明らかに不愉快な表情を見せる。翔などは宗達がこの表情を見せると怯えて縮こまるのだが、カイザーには関係ないらしい。特に表情は変えず――それでも悩んだままだが――言葉を紡いだ。

 

「今日、鮫島校長から――いや、この状況なら師範と呼んだ方がいいのか。師範より言われたんだ。如月宗達にデュエルで勝て、とな」

「……対戦するってことか?」

「ああ。……今度の冬休み、I²社とKC社を中心に〝ルーキーズ杯〟という大会が開かれるらしい。そこへアカデミアから二人の代表が出ることになっているのだが、その代表戦で俺とキミを戦わせるつもりのようだ」

「ふーん。……要するにあれか。衆人環視の中で俺を『サイバー流』が叩き潰すところを見せたいって事ね」

「……認めたくはないが、その通りだ」

 

 重々しい口調でカイザーは頷く。宗達は月を見上げながら、成程、と思った。

 代表決めが行われることは予測していたし、その椅子を争う上で宗達とカイザーが筆頭候補なのは間違いない。その場を利用するつもりだということか。

 

「ご苦労なことで。それで、あんたはなんでわざわざ俺にこのことを伝えに?」

「俺が信じるのはリスペクト・デュエルだ。相手を叩き潰せなど……そんなものはリスペクトでも何でもない」

「真面目だねぇ、あんた。……つーかさ、一つ聞いていいかな?」

「何だ?」

 

 カイザーが眉をひそめる。宗達はその瞳を真っ直ぐに見据え、問いを発した。

 

「あんたが信じてるリスペクトデュエルってさ、何だ?」

「決まっている。互いが全力を出し合い、楽しむデュエルをすることだ。そこに至れれば勝敗など関係ない」

「勝敗なんて関係ない、ねぇ。じゃあ、カウンターやら妨害やらを批判してんのは?」

「『相手のデュエルを妨げるのは卑怯者のすることだ』と師範は仰っている」

「あんたはどうなんだ?」

「……俺は」

 

 そこで、カイザーは一度大きく息を吸い込んだ。そのまま、俺は、と言葉を続ける。

 

「俺は、その意見には賛同できない」

「へぇ」

「昔は師範の言う通りなのだと思っていた。だが、アカデミアの中等部へ入学し、多くのデュエリストと出会い……俺は知った。師範が『卑怯』と謗るカードや戦術を使っていても、俺たちと何ら変わらないカードへの愛やリスペクトがあるのだと」

「当たり前だろ。カード憎んで相手憎んでデュエルするなんてよっぽどだ。俺みたいなのがレアケースなんだよ」

 

 自身を否定された憎悪を始まりに、相手の心を折るようなデュエルをしていた過去を持つ宗達。

『デュエリスト・キラー』がその台詞を吐くからこそ……その言葉は、重く響く。

 

「で、だからなんだ? 俺に何か悟らせるつもりか? 残念だが無理だよ。あんた個人のことは嫌いじゃねぇし尊敬もしてる。実際強いし、それに何よりあんたは他人を批判しない。だが、『サイバー流』は駄目だ。人が必死こいて集めて考えて、分身っつっても過言じゃねぇデッキを馬鹿にしたことは許さねぇ」

 

 それは、宗達個人のことだけではない。

 彼が見た、彼と同じような目に遭い……そして、折れた者たちのことも示していた。

 

「キミに押し付けるつもりはない。だが、リスペクト・デュエルの究極は互いの向上と満足だ。それにとって勝敗は結果でしかなく、大事なのは内容だ。そうだろう?」

 

 ドクン、と宗達の心臓が大きく高鳴った。

 頭に血が昇るのを……止められなかった。

 

「互いが互いの全力を出す。それこそがデュエルの目的だ。キミは勘違いをしている、如月。『サイバー流』とは――」

「――それ以上言わないでくれ」

 

 宗達は、静かな声でカイザーの言葉を遮った。

 その声は……僅かに、震えている。

 

「それ以上言われると、あんたのことを憎んじまう」

「何? どうしてだ?」

「…………ッ、あんた、わかってねぇのか? あんたの言ってることはな、俺の友達を――祇園を馬鹿にしてるんだよ!!」

 

 溢れ出た想いは、叫びとなって響き渡った。

 

「リスペクト!? ああ結構なことだよ勝手にしろ! 大体な! そんなこといちいち声高に叫ばなくてもまともなデュエリストなら誰だってしてるんだよ! 相手認めて『決闘』って口にしてんだよ! できてねぇのはここのブルー共ぐらいだろうが!」

「いや、俺はただ、勝敗は――」

「それが馬鹿にしてるってことにまだ気付かねぇのか!?」

 

 思い切り、宗達はカイザーへと怒鳴りつけた。

 八つ当たりとわかっていても。それでも。

 

「言ってることはわかるさ! アホみたいに全力出し合えば確かに勝敗なんてどうでもよくなることはある! けど! それはあくまで結果論だ! 最後の最後に! 終わってから感じることだ! 最初から『勝ち負けなんてどうでもいい』なんてリスペクトどころか相手馬鹿にしてんだよ!」

「――――ッ、違う! 俺は手を抜いてなどいない! 無論勝つためにデュエルしている!」

「ああそうだろうさ! あんたが手を抜いたことなんざねぇだろう! けど――あんたのその言葉は傲慢にしか聞こえねぇんだよ!」

 

『帝王』と呼ばれる男が手を抜くはずがないし、実際そんなことをしている場面など見たことはない。

 しかし、今の物言いは。

〝勝利することが当たり前〟である人間の、物言いで。

 

「勝つために俺たちはデュエルしてんだよ! 必死こいてカード集めて! 頭ひねってコンボ考えて! そうやって戦ってんだよ! あんたの言葉はそれを全部否定してるんだよ!」

 

 勝つためにデュエルをし、その最中でどう思うかは個人の自由だ。最終的に勝ち負けなどどうでもいいデュエルとなることもあるだろう。それこそスポーツの試合でもあるようなことだ。

 ――けれど。

 初めから、戦う前から『勝敗などどうでもいい』と考えているのは……論理が破綻している。

 負けて悔しいから、勝ってうれしいから――戦うはずなのに。

 

「俺は……ッ、勝つしかなかった」

 

 絞り出すように、宗達はそう言葉を口にした。

 

「俺は親の面も知らねぇ孤児院の出身だ。勝って、勝ち抜いて。俺の存在を証明しなくちゃ生きていけなかったんだよ。それに、あんたの台詞は何よりも……俺の友達のデュエルを、馬鹿にしてる」

「友……」

「――祇園は! あいつは! 理不尽に退学を言い渡されて! 負ければ退学になるデュエルで〝伝説〟を相手にして! それでも最初から最後まで勝つことだけを目指してた! 諦めなかった! 勝たなければ全部奪われるからだ! 失っちまうからだ! だからこそ海馬瀬人も祇園を認めた! あの海馬瀬人が名前を呼んだんだぞ!? 最後まで勝利だけを目指したあの二人のデュエルを! あんたは〝リスペクトの欠片もない〟と切って捨てるってのか!?」

 

 最後まで、臆しながらも、圧されながらも諦めなかった夢神祇園というデュエリスト。

 そんな彼だからこそ、海馬瀬人は認めたはずだから。

 

「――〝勝敗なんてどうでもいい〟なんてのはな、恵まれた人間が恵まれてねぇ他人を見下す言葉だ」

 

 勝利しなければ生きていけない人間にとって。

 その言葉は、あまりにも傲慢な言葉だ。

 

「俺も祇園も勝たなきゃ生きていけねぇ。そして祇園は負けて、学園を追い出された。勝敗なんざどうでもいい?――テメェの言う『師範』がそれを否定したんだろうが!! あれだけのデュエルを見て!! それでも祇園を追い出したんだろうが!!」

 

 やっぱりやめだ、と宗達はカイザーに背を向けながら言葉を紡いだ。

 

「あんたは〝敵〟だ。俺の友達を馬鹿にした奴を、俺は許せねぇ」

「俺はそんなつもり言ったわけではない。キミの友――夢神祇園は確かにすばらしいデュエルをしていた」

「受け取り方なんて人の自由だ。否定したいなら俺にそのリスペクト・デュエルを認めさせてみろよ。――舞台は用意されてんだろ?」

 

 その場を立ち去ろうとする宗達。その背に、ならば、とカイザーは問いかけた。

 

「如月宗達。キミがリスペクトするのは……何だ?」

「――〝勝利〟だ」

 

 振り返り、鋭い視線をカイザーへと向けながら。

 静かに、宗達は言い放った。

 

「相手を認めるから、だから……そんな相手に勝ちたいって思うんだろうが」

 

 そして、今度こそ宗達はその場を立ち去っていく。

 その背を、『帝王』は静かに見送るだけだった。












まあ、ぶっちゃけカイザーがなにを言おうと宗達が受け入れられるわけがないという。カイザーに八つ当たりする形になっても、彼にはそうするしかないわけで。
しかし、どんどん鮫島校長が下衆く……おかしいな~? 無能とは思ってますが、嫌いというわけでもないのですが。
まあいいや。


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第十四話 約束のために、目指すもの

 ウエスト校に通うようになって、しばらくした頃。

 夢神祇園が登校すると、全校生徒は講堂へ集合するようにという連絡が入った。澪は朝早く出て行ってしまったようで、授業が始まる前に弁当を渡そうと思っていたのだが……。

 

「いきなりなんやろな?」

「うん、何だろう……?」

 

 クラスメイトの言葉に首を傾げる。全校生徒を集めるということは、相応の何かがあるはずだ。ただの連絡事項であるならPDAなどで連絡を回せばそれで事足りる。

 ざわめきながらも集まる生徒たち。そして全校生徒が集合すると、壇上に一人の少女が姿を見せた。

 ――二条紅里。

 三年生の学年主席であり、同時に生徒会長も務める少女だ。

 

「はい、皆さん。まずはおはようございます~」

 

 相変わらずの口調で紅里が一礼する。状況が呑み込めないままに、生徒たちも挨拶を返した。

 紅里はそれを受けると、マイクを手にした。そのまま続きを口にし始める。

 

「では、今日の全校集会ですが……龍剛寺校長、お願いします~」

「はい。……おはようございます。多忙な中、よく集まってくれましたね。本日は皆さんに重要な連絡があります。実は今年の冬休み、童見野町にてI²社とKC社を中心に一つの大会が開かれることが決定されました。その名も〝ルーキーズ杯〟。目的は若手デュエリストの発掘と、デュエル界の活性化。

 ――そして、その大会へ我が校から二人のデュエリストを送り出すことが決定されました」

 

 ざわっ、と講堂内が一気にざわめく。それを制止することなく、龍剛寺校長は言葉を続けた。

 

「我々だけではなく、本校やサウス校からもアカデミアの生徒が出場するようです。そして代表となる二人の選手ですが……明日一日を使い、代表選考を行いたいと考えています」

 

 ざわめきが増していく。デュエル界における二大会社――I²社とKC社。それが主催する大会で結果を残せれば、プロとなることも夢ではない。

 全員が自身の今の立ち位置――ランキングを思い浮かべる。出場できる代表者は二人だけ。ならば――

 

「では、詳しいことは烏丸さんから話して頂きましょう。お願いします」

「――諸君。気持ちはわかるが、まあ落ち着くといい」

 

 龍剛寺からマイクを受け取り、烏丸澪が凛とした声色で言い放った。彼女の言葉に、ざわめきがぴたりと止む。

 

「そうだ、それでいい。急いて聞き逃せば後悔するのは世の常だ。……さて、まず第一にこの大会――〝ルーキーズ杯〟は全国放送もされる大規模なものだ。第一回ということもあって、スポンサー各社も相当気合を入れている。諸君らも思うように、ここで結果を残せればプロとしての道も十分開けるだろう。

 そして出場選手だが、現時点でアカデミア・ノース校が出場を辞退しているためアカデミア勢は総勢六名。我らがウエスト校からは二人が出場することになっている。更にこの大会はプロ・アマの交流という側面も抱えているため、若手プロも参加する。

 現在プロで決まっているのは、『横浜スプラッシャーズ』より響紅葉プロ、桐生美咲プロ。『スターナイト福岡』より本郷イリアプロ、『東京アロウズ』より神崎アヤメプロの四名だ」

 

 ざわっ、と会場内が再びざわめく。澪は更に言葉を進めた。

 

「その他、現在開催中の日本ジュニアの優勝者と準優勝者。アカデミア中等部より一名、一般参加が二名だ。残り一枠は現在適切な若手プロを探している」

 

 今挙げられた四人は確かに若手と呼ばれるプロたちだが、その実力は確かなメンバーばかりだ。そのことに、講堂内の熱気が上がる。

 

「そして、諸君らが一番気にしているのであろう点を言っておこう。――私は当日、解説者として参加する。故に代表選考はとりまとめこそさせてもらうが、参加はしない。

 ――諸君らで、二つの枠を争ってもらうつもりだ」

 

 澪は鋭い視線を全体に向け、更に言葉を続ける。

 

「諸君らの中にはこう思う者もいるだろう。『相手はプロ。学生では勝てない』――そうだ、確かに『プロのルールならば』諸君らに勝ち目などないだろう。それは私も同意する。年間何千という数の試合をする者たちに勝率や勝ち星で上回れというのは不可能だ。

 ――しかし、この大会は出会い頭の一発勝負。諸君らにもチャンスは十二分にある。

 プロというのは長いスパンで勝利数を競い、勝率を競うものだ。その領域で戦えば勝てないのは道理だろう。しかし、一回きりの勝負ならば十二分にチャンスはある。

 諸君らも憧れたことがあるだろう? テレビの中で戦うプロの背中に。

 夢に見たことがあるだろう? 夢を与える側に立つ自分を。

 ここがそのチャンスだ。明日の代表選考は強制参加ではなく、この後PDAにて参加申請をしてもらうことになる。故に出たくないという者はそれでもよかろう。

 私は二本の細い糸を垂らすだけだ。それを掴めるかどうかは、諸君ら次第。

 ――デュエリストならば、自らの手で勝ち取って見せろ!」

 

 澪の言葉に、生徒たちが声を上げた。澪はそれを満足げに見回すと、以上、と言葉を紡ぐ。

 

「烏丸〝祿王〟澪。諸君らの健闘を期待する」

 

 澪はそれだけを言うと、控えていた紅里へとマイクを渡した。マイクを受け取った紅里は頷くと、全校生徒に向けて言葉を紡ぐ。

 

「参加については、この後皆さんのPDAにメールさせてもらいます~。今日の夜十時までに、参加する人は連絡を。私も出ますので、お互い頑張りましょう~!」

「「「おおおおっ!!」」」

 

 最高潮の盛り上がりを見せる講堂内。その中で、祇園は静かに拳を握り締めた。

 

 

〝ウチはずっとプロで待ってるから、今度は大観衆の前でやろうや〟

 

 

 まだ、プロデュエリストにはなれていない。それどころか、躓いてばかりだ。

 アカデミアでは、『落第者の寮』とされるレッド寮に入ることになって。

 友とのデュエルの度に、自身の未熟さを思い知らされて。

 勝たなければならなかったデュエルで、〝伝説〟に敗北して。

 この場所でも、上には上がいることを教え込まれて。

 

 ――それでも、挑むんだ。

 

 静かに、心に誓う。

 失うだけ、失った。後は昇っていくだけだ。まだ道は外れていない。随分と後退して、置いていかれて、いつの間にか一人で置き去りになっているけれど。

 それでもまだ、道は閉ざされていないから。

 

「……頑張るよ。頑張る」

 

 だから。

 もう二度と、諦めないから。

 

「――そこで、待ってて」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 放課後。街の片隅にあるカードショップで、祇園は澪から明日のことについて話を聞いていた。

 

「代表選考の基本ルールは、予選が少々特殊だ。明日一日を使い、それこそ手当たり次第にデュエルをしてもらう。最低で五十戦だ。その上で勝ち星、LPの得損失、勝率を中心にランキングを付ける」

「成程……ただ勝つだけではダメ、と」

「まあ、勝っていれば普通は上位に入るが。……そのランキングにおける上位四名。一位と四位、二位と三位で試合を行い、勝者を代表者とする。単純だよ」

 

 微笑みながら祇園へとそう言葉を紡ぐ澪。四人、という言葉で祇園は難しい表情を浮かべた。

 現在の祇園のランキングは、どうにかこうにか20位にまで上げることができている。しかし、ここから先が鬼門だとも聞いているし、未だ紅里には一度も勝てていない。

 そんな状態で上位四名に入り、その上で勝利する……正直、かなり厳しい。

 だが、そんなことは澪にはお見通しのようだ。微笑ながら、少年、と彼女は言葉を紡ぐ。

 

「不利なのはキミにとってはいつもの事だろう? 望むものでは到底ないのだろうが、キミが不利な状況で――言い換えよう、〝挑戦者〟であるのはいつものことだ」

 

 違うか、と澪は問いかけてきた。祇園は僅かに迷い……そして、頷く。

 

「はい。そうでした。今更、何を怖気づいているんでしょう」

「……優勝賞金は300万。アカデミアの学費を支払って尚余りが出る金額だ。キミにとってはそれも重要だろう?」

「そう、ですね。……まずは、出場できるかですが」

「出場し、プロの一人でも倒せば――もしくは善戦でもすれば、十分にスカウトの目に留まるだろう。キミの目指す場所にずっと近付ける」

「……頑張ります」

 

 拳を握り締め、祇園は言った。

 

「頑張るって、決めたんです。何があっても、諦めることだけはしないって。それだけは……しないって」

「良い心がけだ。それでこそデュエリスト。欲しいものは自らの手で、勝利によって掴み取る――それはいつの時代も変わらない摂理だよ。勝利は全てを許す。手に入れたいものがあるならば、勝て。それだけだ」

「勝ちますよ。勝ちたいって……思います」

 

 澪の言葉に、祇園は頷いた。

 自信はないし、明日のことを考えると震えが先に立つけれど。

 それでも、この言葉を紡ぐことには意味がある。

 

「だって、約束、しましたから」

 

 いつの間にか増えた、いくつもの約束と。

 数えきれない、誓い。

 ボロボロになって、今にも崩れそうな夢だけど。

 それでも、傷だらけになってでも……守って来たものだから。

 

「そうか。ならば、期待しているよ」

「期待に応えられるよう、全力で頑張ります」

「ああ、それでいい」

 

 澪が頷く。その笑みは酷く満足気なものだった。

 そして、祇園が言葉を紡ごうとした瞬間。

 

「お兄ちゃ~ん!」

「うぐっ!?」

 

 椅子に座っている祇園へ、強烈なタックルが叩き込まれた。たまらず床へ倒れ込む祇園だが、そんな祇園へ子供たちが群がってくる。

 

「お兄ちゃんデュエルしよ~!」

「ししょーばっかり独占してズルいで!」

「お兄ちゃんデッキ見て~!」

 

 ここ数週間のうちに、澪のデュエル教室へ通う子供たちに祇園は随分と懐かれてしまった。元々面倒見がいい上にお人好し。その上人畜無害を地で行くような人間だ。子供に懐かれるのも道理である。

 

「くっく……モテモテだな、少年?」

「いたた……ちょっと待って、順番に。えっと、デュエルからかな?」

「今日は勝つで兄ちゃん!」

「ズルい! 今日はアタシの番やよ!」

「僕の番や~!」

「皆順番に、ね。じゃんけんしよっか?」

 

 子供たちをあやしながら立ち上がり、デッキを準備する祇園。その背に、澪がいきなり抱きついてきた。

 

「わぷっ!? って澪さん!?」

「うさぎは放っておかれると死んでしまうんだぞ、少年?」

「誰がうさぎですか……」

「どちらかというと虎とかライオンだよね~」

 

 遠くで別の子供たちを相手にしていた紅里がそんなことを言いながらこっちへとやってくる。ライオン――その表現に、祇園はどこか納得してしまった。

 

「む、どういう意味だ紅里くん?」

「だってみーちゃん、人を食べたような態度取るから~」

「人を喰う、か。ふむ。言い得て妙だな」

 

 紅里の言葉に納得して頷く澪。……ちなみに、体は抱きついたままである。

 

「えーと、澪さん。離れて欲しいんですが……」

「ほう、嬉しくないのか?」

「えっとですね、当たって……」

「当てているんだ、当然だろうに」

 

 澪の言葉に、祇園は肩を落とす。その様子を見て、澪が満足したように微笑んだ。

 

「やはり面白いなぁ、少年」

「……勘弁してください」

「健全な青少年なら発情するのは当たり前だぞ?」

「発情?」

「子供の前で何言ってるんですか……」

 

 ツッコミにもパワーがない。澪はまあいい、というと、祇園から離れた。そのまま、近くの席へと腰かける。

 

「気負い過ぎてもいい結果は出ないぞ。楽に行くといい」

「……そう、ですね」

「うむ。私が実証済みだ」

 

 どこまで信じていいかはわからないが、確かに明日のことは考え過ぎても仕方がないのも事実だ。祇園は頷くと、子供たちの方へと体を向ける。

 挑みかかってくる子供たちの、真っ直ぐな瞳。

 それが、とても綺麗に見えて。

 ――同時に、とても懐かしかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 翌日。再び講堂に集められた全校生徒は、一日を使って代表選考を行うことが通達された。

 結局、不参加の者は烏丸澪――流石に〝祿王〟は大会に出られないと昨日言っていた通りに――を除いて誰もおらず、全学年問わず全員参加となった。

 午後三時までデュエルをこなし、その勝利数や勝率、LPのダメージとポイントで集計するらしい。

 ポイントというのは倒した相手によって与えられるボーナスポイントであり、ランキング上位の者を倒すほど多くもらえるのだとか。

 この四つの合計値で上位四名を出し、講堂で代表戦を行うとのことだ。ちなみに同一人物とのデュエルは二度目は加算されない。

 開始は9時30分。祇園は支給品のデュエルディスクを嵌め、中庭にいた。周囲には祇園と同じようにデュエルディスクを付けている生徒たちが何人もおり、今か今かと開戦を待っている。

 

「地力は必要だが、逆にある程度の実力を有してさえいればチャンスがあるのがこの代表選考だ。誰も彼も目の色を変えていて、実に面白い」

「はい」

「頑張れ、少年」

 

 木陰になっているベンチに座る澪が、背後からそう声をかけてくれる。

 はい、と祇園がもう一度頷いた瞬間。

 

 

『それでは、開始です!』

 

 

 開始の合図が放送で流された。早速、周囲ではいくつもの掛け声が上がる。

 そして、祇園の前には――

 

「夢神祇園、やな。俺は柴村や。――デュエルを申し込む」

「はい。よろしくお願いします」

 

 腕章を見る限り、三年生であることが確認できる。その申し出に頷くと、祇園もデュエルディスクを構えた。

 

「「決闘(デュエル)!!」」

 

 互いの五枚のカードを引く。先行は――相手だ。

 

「俺の先行だ! ドローッ!――俺は手札より『E・HERO クレイマン』を守備表示で召喚! 更にカードを一枚伏せ、ターンエンドや!」

 

 E・HERO クレイマン☆4地ATK/DEF800/2000

 

『E・HERO』――本当で何度も見、そして数少ない勝利と数多い敗北を味わわされたモンスターが召喚される。

『HERO』そのものは有名なカテゴリーだ。〝ヒーロー・マスター〟響紅葉を中心に、プロの世界でも愛用する者は数多く存在している。

 しかし、祇園の思い描くHERO使いは一人だけだ。

 ――遊城十代。

 大切な友達であり、ライバル。

 ふと、その姿を思い出して。

 

「僕のターン! ドロー!」

 

 それを振り払うように、祇園は手札を引いた。

 

「僕は手札から魔法カード『サイクロン』を発動します! これにより、相手の伏せカードを一枚破壊!」

「くっ、『ヒーロー・シグナル』が……!」

 

 破壊したのは十代もよく使用していたトラップカード。後続を断てたのは大きい。特に『E・HERO エアーマン』などを出されると厄介だった。

 

「僕は更に魔法カード『闇の誘惑』を発動! デッキからカードを二枚ドローし、闇属性モンスター一体を除外する! 二枚ドロー!――僕は『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を除外します!」

 

 除外される、その能力において他の追随を許さない最強のレッドアイズ。相手が眉をひそめた。

 

「お前の切り札やないんか?」

「はい、切り札ですよ。――僕は装備魔法『D・D・R』を発動! 手札からコストとして『ライトパルサー・ドラゴン』を捨て、除外されているレッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンを特殊召喚!」

「なにぃ!?」

「更にレッドアイズの効果発動! 一ターンに一度、手札または墓地からドラゴン族モンスターを特殊召喚できる! 甦れ――ライトパルサー・ドラゴン!」

 

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇ATK/DEF2800/2400

 ライトパルサー・ドラゴン☆6光ATK/DEF2500/2000

 

 並び立つ光と闇のドラゴン。ほう、と後ろで澪が感心したような声を上げた。

 

「更に手札から『アレキサンドライドラゴン』を召喚!」

 

 アレキサンドライドラゴン☆4光ATK/DEF2000/100

 

 現れるのは、四つ星以下の効果なしモンスターでは最高の攻撃力を持つ光のドラゴン。本校でトメさんに貰ったパックから当てたモンスターだ。

 

「バトルフェイズ! ライトパルサー・ドラゴンでクレイマンへ攻撃!」

「ぐうっ……!」

「更にアレキサンドライドラゴンでダイレクトアタック!――トドメです、レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンでダイレクトアタック!!」

「ぐおおおおっ!?」

 

 柴村LP4000→-800

 

 相手のLPが0になり、決着が訪れる。祇園が一礼すると、柴村は手を差し出してきた。

 

「強いなぁ、面白かったで」

「ありがとうございます」

「お互い頑張ろな」

 

 握手をしながらそう言葉を遺すと、柴村はすぐに移動を始めてしまった。次の相手を探しに行ったのだろう。

 とりあえず、これで一勝。次は――

 

「私とデュエルよ、夢神君!」

 

 クラスメイトの女子がそう言って肩を叩いてきた。祇園は頷き、デュエルディスクを構える。

 とにかく勝ち星を稼ぐ必要がある。昼休みである12時になるまで、全力で動かなければ。

 

「「決闘(デュエル)!!」」

 

 そんな風にして、デュエルをする祇園を。

 澪は、微笑を浮かべて見守っていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「さて、現在のところはどうですか?」

 

 校長室。昼休みに入って一旦中断中の代表選考について、龍剛寺がそう問いかけてきた。問いを向けられた相手――烏丸澪は、例によって祇園が作った弁当を口にしつつ言葉を紡ぐ。

 

「順当なところは順当、というところでしょうか。紅里くんは34戦32勝でトップ。次いで菅原雄太が37戦31勝で二位。この二人は鉄板でしょう」

「二条さんはランキング一位、菅原くんも最近ようやくランキングを二位に上げてきましたからねぇ」

「ええ。中々三位から上がれずにいましたが。……後は混戦ですね。個人的に面白いのは、ランキング一桁台の者があまりいないという点でしょうか。予想外に苦戦しているようで」

「元々、キミを除けば生徒たちの実力の差などあってないようなものですよ。だから面白い」

「ええ、同感です。……後残り二時間。その間に、誰が入り込んでくるか」

 

 楽しみですよ、と澪は微笑んだ。その澪に、そういえば、と龍剛寺校長が言葉を紡ぐ。

 

「キミが気にしている例の彼はどうですか?」

「……喰らいついてはいますね。上手くいけば代表選考に上がって来るでしょう」

「ほう、それは楽しみです」

「ええ、楽しみです」

 

 言いつつ、澪は弁当箱のふたを閉める。……今日も実に美味しかった。彼は本当に良いお嫁さんになれる。

 

「さて、どう転ぶか。個人的には頑張って欲しいが……な」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『タイムアップです! 現在行われているデュエルを最後として予選を終了いたします!』

 

 その放送とほとんど同時に、祇園は何度目かの勝利を得た。対戦相手に礼を言い、握手を交わしてから教室へと向かう。

 集計が終了次第、上位四名は放送で告知される。祇園は疲れた、と小さく呟いた。その祇園の肩を、クラスメイトが軽く叩く。

 

「よう、夢神。どうやった?」

「やれるだけのことはやったつもりだけど……」

「夢神は強いからなー。可能性あるんちゃうか?」

「うーん、どうだろ……?」

 

 自信があるかというと、正直微妙だ。数はこなした記憶はあるがそれなりに負けはしたし、どうなるかは正直わからない。

 クラスメイトと雑談を始める祇園。だが、基本的に祇園は聞く側だ。いつの間にか集まってきたクラスメイト達と、とりとめのない言葉を交わす。

 

「こいつさー、いきなり二条先輩にケンカ売っとったんやで?」

「デュエルや。……負けたけどな」

「フルボッコやったもんな!」

「やかましいわ! お前かて次に挑んで同じ目に遭ってたやろが!」

「生徒会長はもう、強過ぎてよくわからへん」

「私、菅原先輩に負けたー」

「あの人も大概やからばぁ。絶望感が半端やないで」

「あはは……」

 

 今日の予選のことを語るクラスメイト達。しかし、彼らの表情に不満はない。

 やはりみんな、デュエルが好きなんだな――そんなことを祇園が思った時。

 

『さて、諸君。本日の予選を通過した四名をここで発表しよう』

 

 スピーカーから澪の声が聞こえてきた。教室を含め、学校内が一気に静まり返る。

 

『今から呼ぶ四名は、発表後すぐに講堂へ来るように。では、一人目。――第一位。77戦70勝、3―A所属二条紅里くん』

 

 三年棟から歓声が上がった。おそらく紅里の教室の者たちからだろう。

 

『続いて、第二位。――同じく3―A所属、80戦66勝。菅原雄太』

 

 再び歓声。共にランキング一位と二位の二人だ。順当だったといえる。

 

『第三位。――1―E所属、79戦58勝。夢神祇園』

 

 えっ、という言葉が口から洩れた。

 周囲も、いきなりのことに反応できなかった。

 

『第四位。――2―B所属、68戦48勝。沢村幸平。以上だ。おめでとう』

 

 第四位の発表が終わり。

 教室で――爆発するような歓声が沸き上がった。

 

「凄いやないか祇園! マジかお前!」

「夢神くん凄いやん! 頑張れ!」

「やったなおい! 凄いで自分! ホンマに凄いわ!」

 

 クラスメイト達が我がことのように喜んでくれる。祇園はそれらに頷き、微笑を浮かべた。

 

「やった……!」

 

 それは、小さなガッツポーズで。

 だからこそ――祇園の心を何よりも物語っていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 講堂にて、相手と向かい合う。

 約束の相手が待つその場所へ行くために、避けては通れない相手だ。

 

「よろしく」

 

 デュエルランキング第二位、菅原雄太。

 クラスメイトに聞いたところによると、プロ入りも確実視されているデュエリストだという。

 

「よろしくお願いします」

 

 相手は格上だ。ならば、こちらも全力で挑めばいい。

 それだけで……十分だ。

 

「「――決闘(デュエル)!!」」

 

 格上に挑むのは、初めてではない。

 ただ、己の全てを懸ければいい。

 

 ――全てを失った少年が、勝利へと手を伸ばす。











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第十五話〝Judgement Zero〟――希望を砕く、絶望の光

 ずっと、〝約束〟だけを心に抱いていた。

 一人ぼっちだった僕に、声をかけてくれて。

 この手を引いてくれた、優しいその手。

 

 憧れた。感謝した。

 けれど――何も返せなかった。

 

 あの日、一緒に優勝したあの大会で。

 隣を歩くキミは、初めて僕に一つの〝願い〟を告げた。

 

〝――ウチはずっと、プロで待ってるから〟

〝今度は、大観衆の前でやろうや〟

 

 ただ手を引かれているだけだった僕に、初めてできた――一つの夢。

 手を引かれるのではなく、その背をただ追いかけるのでもなく。

 対等な相手として、向かい合う。

 あの日からずっと憧れている、キミの〝強さ〟に。

 ――挑むことが、僕の夢。

 そしてその夢は、今、手の届くところにある。

 だから――

 

「――決闘(デュエル)!!」

 

 決意の意味を込めて、宣言する。

 自分自身を、奮い立たせるように。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 代表戦。片方の試合はすでに終わり、二条紅里がウエスト校代表として〝ルーキーズ杯〟に出場することが決定した。そしてもう一枠は、これから行われるデュエルの勝者のものとなる。

 一人は、アカデミア本校を退学になりながらもどうにかウエスト校に編入を果たした転校生――夢神祇園。

 一人は、ウエスト校においてデュエルランキング二位を誇り、プロ入りも確実視されている最上級生――菅原雄太。

 その二人が向かい合い、宣誓が行われた。先行は――菅原。

 

「俺の先行や。ドロー。……俺は手札から魔法カード『ソーラー・エクスチェンジ』を発動。手札から『ライトロード』と名のつくモンスターを墓地に送り、二枚ドロー。その後、デッキトップから二枚を墓地に送る」

「ライトロード……」

 

 菅原の最初の一手に、思わず祇園は呻く。彼自身、『ライトロード』の名を冠するモンスターを一部とはいえ使用している身だ。故にその戦術の形は知っているし、同時にその恐ろしさも理解している。

 

「そういえば、キミもライトロードのカードを使っているんやったな。……なら、一応言わせてもらおか。墓地肥やしの速さで競う気なんやったら、純正には適わへんぞ」

「……はい。わかっています」

「さよか。ほな、俺は手札から『ライトロード・ビースト ウォルフ』を捨て、二枚ドロー。更にデッキトップからカードを二枚墓地へ」

 

 落ちたカード→死者転生、ライトロード・エンジェル ケルビム

 

 コストと合わせて早速二枚のライトロードが墓地へと送られた。こうしてみるとソーラー・エクスチェンジは優秀なカードだ。条件があるとはいえ、手札交換を行いつつ墓地を肥やせる。

 墓地が肥えていくスピードでは、流石に本家には適わない。

 

「ふむ、ええ落ちやな。……俺は更に、『ライトロード・サモナー ルミナス』を守備表示で召喚!」

 

 ライトロード・サモナー ルミナス☆3ATK/DEF1000/1000

 

 両手に光の珠を宿した褐色肌の女性が現れる。攻撃力・守備力共に1000と低いモンスターだが、宿している効果は凶悪そのものである。

 

「そしてルミナスの効果発動! 一ターンに一度、手札を一枚捨てて発動できる! 墓地の『ライトロード』を一体特殊召喚や! 俺は手札から『ライトロード・パラディン ジェイン』を捨て、ジェインを蘇生!」

 

 ライトロード・パラディン ジェイン☆4ATK/DEF1800/1200

 

 手札から捨てられたはずのモンスターが蘇生される。ルミナスの効果の発動条件は『墓地にライトロードと名のつくモンスターが存在していること』で、手札を一枚捨てることはコストであるたに効果処理時に手札から切ったモンスターが墓地にいる扱いになる。故に、こういう手段が取れるのだ。

 

「俺はこれでターンエンドやけど、その際に二体のライトロードの効果発動や。ルミナスは三枚、ジェインは二枚、デッキトップからカードを墓地に送るで」

 

 落ちたカード、裁きの龍、死者蘇生、ライトロード・パラディン ジェイン、ネクロ・ガードナー、サイクロン

 

「あらら、あんまええ落ちやないな……まあええ。準備は整いつつある。そっちのターンやで」

「僕のターン、ドロー!」

 

 カードを引き、手札を確認する。既に相手のフィールド・墓地に四種類のライトロードが姿を見せている。のんびりしていると殺されるのは自明の理だ。

 

「僕は手札から魔法カード『光の援軍』を発動します! デッキトップから三枚のカードを墓地に送り、デッキから『ライトロード・ハンター ライコウ』を手札に!」

 

 落ちたカード→アックス・ドラゴニュート、エクリプス・ワイバーン、冥王竜ヴァンダルギオン

 

 落ちたカードは全てモンスターカード。理想的な落ち方だ。

 

「更に、墓地に送られた『エクリプス・ワイバーン』の効果発動! このカードが墓地に送られた時、デッキからレベル7以上の光または闇属性のドラゴン族モンスターを一体ゲームから除外し、墓地のこのカードが除外された時にそのカードを手札に加える! 『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』をゲームから除外する!」

 

 ここまではいつも通りの動きだ。普段ならこれで十分だが……今日はそうもいかない。

 

(手札断札は正直怖い。手札交換はしたいけど、向こうは手札が四枚。ここで『裁きの龍』でも引かれてしまったら、そのままゲームエンドになる)

 

 墓地を肥やされ、その上で切り札まで出されたら立て直しどころの話ではない。ならば……ここはまず、展開を止めに行く。

 

「相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない時、このモンスターは特殊召喚できる! 『バイス・ドラゴン』を特殊召喚!」

 

 バイス・ドラゴン☆5闇ATK/DEF2000/2400→1000/1200

 

 現れたのは、紫色の皮膚を持つドラゴンだ。本来の力を発揮できない状態で特殊召喚されたバイス・ドラゴンは、二回りほど小さい身体で鎮座する。

 

「更にバイス・ドラゴンを生贄に――『ヘルカイザー・ドラゴン』を召喚!」

 

 ヘルカイザー・ドラゴン☆6炎ATK/DEF2400/2000

 

 火柱が迸り、その炎を突き破って一体の竜が出現した。灼熱のドラゴンの咆哮に、会場が湧く。

 

「そして装備魔法『スーペルヴィス』を発動! このカードはデュアルモンスターにのみ装備でき、装備モンスターをデュアル状態にする! ヘルカイザードラゴンのデュアル効果は『二回攻撃』です!」

「へぇ……」

「バトル! ヘルカイザー・ドラゴンでルミナスへ攻撃!」

「甘いわ! 墓地の『ネクロ・ガードナー』をゲームから除外し、モンスター一体の攻撃を無効にする!」

 

 墓地より出現した闇の影に阻まれ、ヘルカイザー・ドラゴンの攻撃はルミナスへ届かなかった。だが――

 

「もう一度です! ルミナスへ攻撃!」

「ぐっ……!」

 

 ルミナスが破壊される。本当ならば二体共破壊しておきたかったが……ネクロ・ガードナーを使わせただけで良しとする。

 

「僕はこれでターンエンド」

 

 伏せカードは特にない。下手に伏せても『サイクロン』や『ライラ』に割られるだけだ。

 

「俺のターン、ドロー。……成程、面白いやないか。俺は手札から『ライトロード・マジシャン ライラ』を召喚! 効果発動! このカードを守備表示にすることで、相手フィールド上の魔法・罠を一枚破壊できる! スーペルヴィスを破壊や!」

「う……!」

「スーペルヴィスは墓地に送られた時、墓地の通常モンスターを蘇生する効果を持っとる。ヘルカイザー・ドラゴンが破壊されたんやったらそのまま蘇生してくるけど、墓地に何もおらん状態やったら問題はあらへん。……当てが外れたな」

 

 菅原の言う通りだ。しかも、これでヘルカイザー・ドラゴンは通常召喚権を使って再召喚しなければ二回攻撃ができない。的確な対処は、流石に格上のデュエリストか。

 

「とはゆーても、そのドラゴンを潰す手段はあらへん。……しゃあないな。ジェインを守備表示にして、ターンエンドや。エンドフェイズ、合計で五枚のカードが墓地へ行く」

 

 落ちたカード→月の書、サイクロン、ライトロード・ウォリアー ガロス、ライトロード・ハンター ライコウ、裁きの龍

 

 ライラとジェイン。その効果により、合計五枚のカードが墓地へ行く。二枚目の『裁きの龍』――だが、ライトロードデッキならば回収手段などいくらでもあるだろう。それを引かれるだけで、一気に状況は厳しくなる。

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 墓地が肥えていく――普段自分がしていることだが、相手にされるとこれほどまでに絶望感を感じるとは思わなかった。相手の墓地が増える度に、こちらの足下からじわじわと水位が上がっていくような感覚さえ受ける。

 ならば――ここで決めに行く!

 

「僕は召喚権を使ってヘルカイザー・ドラゴンを再度召喚! デュアル効果を得ます! 更に墓地の光属性モンスター『エクリプス・ワイバーン』と闇属性モンスター『バイス・ドラゴン』をゲームから除外し、『ダークフレア・ドラゴン』を特殊召喚!」

 

 ダークフレア・ドラゴン☆5闇ATK/DEF2400/1200

 

 二色の炎を纏う、漆黒の竜が姿を現す。二体目の上級ドラゴンに会場が湧くが、これだけではない。

 

「更に除外されたエクリプス・ワイバーンの効果発動! レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンを手札に! そしてダークフレア・ドラゴンを除外し、レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンを特殊召喚! 更に効果発動! 墓地から『冥王竜ヴァンダルギオン』を蘇生する!」

 

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆闇10ATK/DEF2800/2400

 冥王竜ヴァンダルギオン☆8闇ATK/DEF2800/2500

 

 並び立つ、二体の最上級ドラゴン。ヘルカイザーを含めると、三体もの上級ドラゴンが並んでいることになる。

 

「凄ぇ! なんやあのドラゴン連打!」

「かっこええなあの転校生!」

「菅原先輩を倒してまうんか!?」

 

 祇園は一度、大きく深呼吸をする。時間はかけられない。相手の墓地にネクロ・ガードナーはいない。

 ならば――攻めるのはここだ!

 

「ヘルカイザー・ドラゴンで攻撃! 二連打!」

「ぐっ……!」

 

 ライラとジェインが破壊される。LPへのダメージこそないが、これで相手の場はがら空きになった。

 

「ヴァンダルギオンでダイレクトアタック!!」

 

 菅原LP4000→1200

 

 菅原のLPが大きく減少し、歓声が上がった。祇園は追撃の指示を出そうとして――その姿に、気付く。

 

「――惜しかったなぁ、一年坊」

 

 冥府の使者ゴーズ☆7闇ATK/DEF2700/2500

 冥府の使者カイエントークン☆7光ATK/DEF2800/2800

 

 現れたのは、特殊条件下でのみ特殊召喚される二体の上級モンスター。

 かつて澪にもやられたことと同じことを……やられた。

 

「……ッ、レッドアイズでゴーズに攻撃!」

「守備表示やからダメージはなし、と。……終わりか?」

「……ターン、エンドです」

 

 予想外――いや、予想は出来た。しかし、アレは避けようがない。だが、最悪だ。相手には『一回分』、LPが残っている。

 

「俺のターンや、ドロー。……俺は『創世の預言者』を召喚」

 

 現れたのは、杖を持った一人の魔法使いだ。その姿は複服に隠されており、顔を窺うことはできない。

 

「効果発動。一ターンに一度、手札を捨てることで墓地からレベル7以上のモンスターを手札に加える。手札を一枚捨て――俺は、『裁きの龍』を手札に加える」

 

 ライトロード最強のカードが、菅原の手札に加わる。菅原は、静かに言葉を紡いだ。

 

「墓地にはジェイン、ルミナス、ケルビム、ライラ、ガロス、ライコウ、ウォルフ――確認するまでもなく四種類以上の『ライトロード』がおる。そして四種類以上のライトロードがおる時、このモンスターは特殊召喚できる。『裁きの龍』――『ジャッジメント・ドラグーン』を特殊召喚や!!」

 

 音が止み、静寂が訪れた。

 そして響き渡るは、荘厳な鐘の音。

 天より光が差し、一体の龍がゆっくりと舞い降りる。

 

 裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)☆8光ATK/DEF3000/2600

 

 ライトロードにおける最強の切り札であり、同時にその凶悪な効果は『終焉の王デミス』よりもコストの面で上回る。

 

「裁きの龍の効果発動!! LPを1000ポイント支払い、このカード以外のフィールド上のカードを全て破壊する!!――ジャッジメント・ゼロ!!」

「――――――――ッ!?」

 

 暴風が吹き荒れ、光が世界を支配した。

 三体の竜が並び立っていた、祇園のフィールド。しかし、目を開けるとそこには……何もいなかった。

 LPを1000支払うことによって発動する、全体破壊効果。あまりにも単純であるが故に、圧倒的な力を発揮する。

 

 菅原LP1200→200

 

「さあ、道は開けた。――裁きの龍でダイレクトアタック!!」

 

 祇園LP4000→1000

 

 再び光が世界を支配し、祇園のLPが大きく削り取られる。LPこそ祇園の方が上だが、目の前に屹立する光の龍はあまりにも強大過ぎた。

 

「ターンエンドや。ようやったで、一年坊。せやけど……これが限界や。流石に一年坊相手にそう簡単に負けるわけにはいかんのや」

 

 菅原の鋭い視線がこちらを射抜く。状況は最悪。手札は僅か。

 しかしそれでも――諦めない。

 

「僕のターン、ドロー!!」

 

 諦めるのは、全てが終わってから。

 可能性は、まだ残っている。

 

「僕は手札から魔法カード『闇の誘惑』を発動! デッキからカードを二枚ドローし、その後、闇属性モンスター一体を手札から除外する!――『召喚僧サモンプリースト』を除外!」

 

 手札を見る。――信じた想いは、いつか必ず形となる。

 

「魔法カード死者蘇生を発動! これにより、『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を特殊召喚!」

「それでは届かんぞ、一年坊」

「はい。だから――届くモンスターを特殊召喚します! レッドアイズの効果により、手札から『ダーク・ホルス・ドラゴン』を特殊召喚!!」

 

 幾度となく、折れ続けた想い。

 それでも、胸に抱き続けてきたから。

 

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇ATK/DEF2800/2400

 ダーク・ホルス・ドラゴン☆8闇ATK/DEF3000/1800

 

 信じる心に、デッキは応える。

 それが――祇園の手にしたもの。

 

「バトルです! ダーク・ホルス・ドラゴンで裁きの龍へ攻撃!!」

 

 相討ち――そして、レッドアイズによるトドメ。誰もがそう思った。これで祇園の勝利だと。

 誰もが食い入るようにその光景を見つめる。果たして、現れた現実は――

 

 祇園LP1000→-2000

 

 LPが0になる音が、鳴り響く。

 誰もが呆然とする中、祇園の目に映ったのは。

 

 背後に一人の天使を従え、威風堂々と立つ裁きの龍と。

 敗北し、地に堕ちた黒き龍。

 

「ダメージステップ時、『オネスト』の効果を発動させてもろたわ。光属性のモンスターが戦闘を行う時、そのダメージステップにこのカードを捨てることで相手の攻撃力をそのままこちらのモンスターへ加算する……単純やからこそ、強力」

 

 菅原が一枚のカードを見せつつ、そう言葉を紡ぐ。

 ソリッドヴィジョンが消え、モンスターたちの姿が消えた。

 残されたのは、勝者と敗者。

 

「強かったで、自分。本気で負けるかと思ったわ。せやけど……今回は俺の勝ちやな」

「……はい」

 

 可能性は考えるべきだった。相手の墓地に『オネスト』は落ちていなかったのだから、手札にある可能性を考慮すべきだった。

 手札にあった『手札断札』……これを上手く使えていれば、もう少し違ったのかもしれないけれど。

 

「ありがとうな。お疲れさん」

「ありがとう、ございました」

 

 握手を交わす。その時に見た相手の瞳は、酷く自信に満ち溢れていて。

 ――自分に足りなかったのはこれだったのだと、そんなことを思った。

 

 

 二条紅里、菅原雄太。

 アカデミア・ウエスト校代表として〝ルーキーズ杯〟出場決定。

 そして、同時に。

 夢神祇園……出場、ならず。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 放課後。いつも通りにデュエル教室の手伝いをしていた祇園に、烏丸澪がポツリと言葉を紡いだ。

 

「――悔しいか、少年?」

 

 今、子供たちはそれぞれでデュエルを行っている。その中でわからなかったことなどが発生した時に個別で応じるのが祇園の役目だ。普段なら紅里も一緒にやっているのだが、今日の彼女は〝ルーキーズ杯〟のことがあるせいでここへ来ていない。

 

「敗北した結果、キミは目標に手が届かなかった。それを情けなく思うか、少年?」

「……悔しいとは、思います」

 

 子供たちの方を見つめ、澪には背を向けながら。

 祇園は、静かにそう言った。

 

「何度考えても、僕は負けていました。ゴーズ、オネスト、裁きの龍……最善の手を考えても、どうしようもなかった。それはわかっています。どうしようもなかったって」

「……あそこまで順序良く墓地を肥やされては、確かに厳しいだろうな」

「でも――負けたくなかった」

 

 視線の先。そこにいる子供たちは、必死に自分に打てる手を考えている。どうやって勝つか――それを考え、楽しみにながらデュエルをしている。

 楽しいデュエルだった。渡り合えたとは思ったし、地力の差を見せつけられるようなデュエルでこそあったが……それでも、絶望は感じなかった。海馬瀬人とデュエルした時のような、『どうにもならない』という感覚はなかったのだ。

 ――故に、悔しい。

 勝てない、と思えなかったからこそ。

 勝てなかったことが、どうしようもなく……悔しかった。

 

「約束が、あったんです。小さな、本当に小さな……相手は覚えているかもわからないけれど。それでも……守りたかった約束が」

「約束……。聞いても構わないか、少年?」

「〝大観衆の前でデュエルをしよう〟って。……プロで待ってる、っていう約束の延長線上だから、きっと少し違うんだとは思うんです。でも、約束したから。僕を助けてくれた美咲と、約束してたから」

「大切なのだな、美咲くんが」

「はい。僕を助けてくれて、救い出してくれたのが美咲です。一生かかっても返せないくらいの恩があるかもしれません」

 

 祇園は苦笑する。澪はそんな祇園をしばらく眺めた後、少年、と祇園に問いかけた。

 

「聞いても構わないか? キミたちの関係を」

「友達以上のことはないですよ。僕にとって美咲は恩人だけど、それは僕がそう思っているっていうだけですから」

「キミたちの出会いは、どんなものだったんだ?」

「……出会ったのは、小さなカードショップです。そのお店は近くに大きなカードショップができたせいで誰も近寄らなくなって、今にも潰れそうなお店でした。……僕にとって、誰も来ないそのお店は都合が良かったんです。放課後はいつも一人でそのお店でカードを眺めている毎日でした」

 

 カードを買うお金なんてなかったから。

 ただ、色々なカードを眺めているだけだった。

 

「その、小さい頃に両親が死んでしまって……親戚の家に預けられたんです。でも、僕、こんな性格ですから。上手く馴染めなくて……今思えば、虐待を受けていました」

「…………」

「家に帰るのが怖くて、嫌で。学校にも友達はいなくて、ずっと一人で。そのお店の店長さんにはよくしてもらいましたけど……僕にとって、世界はどうしようもないくらいに怖い場所だったんです」

 

 味方が誰もいなくて、一人きりで過ごすしかない日々。

 両親を失った哀しさも合わさって、どうしようもないほどに――世界が怖かった。

 

「そんな時、美咲がカードショップに来たんです。そして、『デュエルしよう』って僕を見つけてそう言って。……カードを買うお金もなくて、拾ったカードしか持ってなかった僕はどうしようもないくらいに弱かった。その頃、親戚の人たちも学校の人たちも僕のことを無視し始めて。『いない』みたいに扱っていたんです。まあ、わざわざ僕を気に掛ける必要なんてないですよね」

 

 食事以外で親戚の人たちと顔を合わせることはなく。

 誰かと言葉を交わすことさえ、ほとんどなくなっていった。

 

「カードショップの店長さんは優しかったけど……寡黙な人でしたから。美咲に話しかけられた時、随分と久し振りに『人』と出会った気がしました。もう、本当に何を話したらいいかわからなくて。紙束そのもののデッキを以て、デュエルして……。

 美咲は強くて、ボロボロに負けましたよ。そして、気付いたら泣いてて。

 ああ、悔しかったんじゃないんです。手も足も出なかったけど、デュエルは楽しくて。久し振りにデュエルをして、本当に嬉しかった。

 ……その後は、美咲と放課後にカードショップで会うことだけが楽しみだった」

 

 初めてできた、『友達』。

 その優しさと温かさは、まるで物語の〝ヒーロー〟のようだった。

 

「けど、そんな日々も長く続かなかった。とうとうカードショップが経営難で潰れそうになったんです。そして、それをどうにかするために……美咲は、全日本ジュニアに出場した。

 事実上不可能、って言われている予選を突破して。いきなり優勝してみせた。多分、澪さんも知っておられるんじゃないですか?」

「桐生美咲のデビュー戦だな。今からもう、五年近く前になるのか。当時の有力選手を全て叩き潰し、圧倒的な力で優勝してみせたのを覚えているよ」

「それをきっかけにして、カードショップの知名度も上がって。……けれど、そのせいで僕は居場所がなくなった。美咲のしたことは正しいことで、僕はそれを応援してたけど。それは覆せない事実だったんです」

 

 一人になるための場所ではもう、一人ではいられなくなった。

 夢神祇園の居場所は、その瞬間に消えてしまった。

 

「そしたら、美咲が……また、助けてくれて。

 ……情けないです。助けられてばっかりだ、僕。このデッキだって、美咲にカードを貰って組んで……だから、せめて……約束を果たしたいって、そう、思ったんだけどな……」

 

 祇園の声は震えている。その様子を見て、子供たちが祇園の側に寄ってきた。

 

「お兄ちゃん、泣いとるん?」

「大丈夫?」

「どないしたん? ししょーに苛められたん?」

「……大丈夫だよ」

 

 苦笑を零し、祇園は子供たちの頭を撫でる。

 そうしてから、祇園は以上です、と澪に向かって言葉を紡いだ。

 

「僕たちの出会いは、一方的に僕が助けてもらってばかりなだけの物語。いつか必ず、恩を返したい。だからせめて、約束ぐらいは果たしたかったんですが……どうにも、それは無理だったみたいです」

 

 祇園は苦笑を浮かべている。そんな祇園の表情を、澪はしばらく眺め――

 

「――思っていたよりも、深い覚悟があるようだ」

 

 澪は静かにそう口にした。そして、少年、と真剣な表情で言葉を紡ぐ。

 

「キミが望むのであれば、本当に最後の可能性を私はキミに提示できる。だが、そこで敗北すればもう可能性はないだろう。諦めて〝ルーキーズ杯〟を眺めているしかない。――どうする、挑んでみるか?」

「方法が……あるんですか?」

「険しい道であることには違いないが、方法はある。辿り着けるかどうかはキミ次第だがな」

 

 澪は頷く。そして、静かにその〝可能性〟の内容を告げた。

 

「――〝一般参加枠〟。前日に行われる予選を突破できれば、最後の一人に滑り込める可能性がある」

 

 その、言葉に。

 祇園は、知らず拳を握り締めていた。

 

 ――希望は、まだ消えていない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 自分の試合を終え、ロッカールームへ向かう一つの影。鼻歌を歌いながら歩いていくのは、〝アイドルプロ〟桐生美咲だ。

 二人抜きをしたところで敗北した美咲は、響紅葉にバトンを引き継いだところで退場している。今日の活躍も十分過ぎるものだ。故にご機嫌だったのだが――

 

「あや? 電話やねー?」

 

 携帯端末が鳴り響き、美咲はそれを取り出しつつそう呟く。そして、画面に記されている相手の名前を見ると、笑みを浮かべた。

 

「はーい☆ みんなのアイドル・桐生美咲やでっ♪」

 

 電話の向こうで相手が苦笑したのがわかった。自分でもこれはどうかと思っているが、仕方がない。スポンサーの意向だ。それに正直、楽しいし。

 

「とまあ、冗談は置いといて。……久し振りやね、祇園。どう、ウエスト校は?」

 

 幼き日より知り合い、友と呼び合う仲である相手へそう言葉を紡いだ。相手が頷く気配が伝わってくる。

 

『うん。楽しいよ。ありがとう。美咲のおかげだ』

「ウチだけやない。祇園の人徳や。……せやけど、いきなりどないしたん? こんな時間に」

『うん。――僕、代表選で負けたよ。ウエスト校代表としては、大会に出られない』

 

 その言葉からは、思ったよりも衝撃は来なかった。仕方ない、と思う心が自分の中にある。

 祇園は強いが、各校のトップクラスに比べると流石に劣る部分が目立つ。チャンスはあったかもしれないが、それは本当に僅かな可能性だっただろう。

 

「そっか。ちょっと……残念やね」

『うん。でも……諦めないから』

 

 次いで紡がれた言葉に、少し驚いた。祇園は、言葉を続ける。

 

『一般参加枠、っていうのがあるんだよね? それで、出場するよ』

「一般参加枠、って……前日にやるあれか? あんなんただの運やで? 地力はいるやろうけど、運の要素が強過ぎる。あのルールやと、ウチかて勝てるかわからへんよ?」

『でも、可能性はあるよ』

 

 そう言った祇園の言葉は、力強くて。

 思わず、二の句が継げなくなった。

 

『だから、待ってて』

「え……?」

『まだ、半分だけだけど。約束……果たしに行くから』

 

 約束、と祇園は言った。

 何のこと、と美咲は問う。祇園はどこか照れくさそうに、しかしどこか誇らしげに言葉を紡いだ。

 

『〝今度は大観衆の前でやろう〟って、約束したでしょ? プロにはなれてないし、僕はまだまだ弱いままだけど……必ず、約束は果たすから』

 

 かつて紡いだ、小さな約束。

 それを、夢神祇園は覚えていてくれた。

 

「そんなん……覚えてて、くれたん?」

『うん。美咲こそ。覚えてて、くれたんだ』

「当たり前やんか。……そっか。うん。わかった。待ってる。ウチは先に、待ってるよ」

『……あの時と同じだね。美咲が先に行って、僕がその後を追う』

「早く来んと、置いていくよ?」

『大丈夫。――追いつくから』

 

 かつての彼らしからぬ、しかし、今の彼だからこそ紡げる言葉を紡ぎ。

 別れの言葉を交わし、祇園が電話を切った。

 美咲は携帯をしまうと、再び歩き出す。その視線の先には、美咲の身辺警護をするSPがいた。

 

「美咲様、どうされました?」

「ん、何がですかー?」

「いえ、笑顔でおられるので。何か、良いことでもあったのかと」

 

 普段そこまで離しかけて来ないSPがわざわざ言ってくるくらいだ。今の自分は、本当にご機嫌な表情をしているのだろう。

 美咲は微笑むと、うん、と頷いた。

 

「恋する乙女は無敵やからね♪」

 

 その言葉に、二人のSPは顔を見合わせ。

 美咲は、微笑んでいた。



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第十六話 英雄VS妖怪、好敵手への矜持

 予鈴が鳴り、授業が終わる。通算三度目の桐生美咲による授業だが、今日もほとんどの生徒が終わると同時に机へと突っ伏している。

 

「はいは~い♪ 今日はこれでしゅ~りょ~♪ ややこしいから前回と今回で二つに分けたけど、『ダメージステップの処理手順』は重要なルールやで。次回もテストはあるから、頑張りや~♪」

 

 その言葉に、教室中からゾンビのような悲鳴が上がる。だが、ここはデュエルアカデミアだ。DMの専門学校なのだから、その生徒たちはルールぐらい全て把握しなければならない。

 

「宗達~! 助けてくれよ~!」

「僕はもう無理ッス~!」

「お、俺ももう駄目なんだな……」

「ダメージステップについては正直俺も怪しい部分があるしなぁ……。三沢はどうよ?」

 

 授業が終わると共にそう声をかけてきた十代、翔、隼人へと如月宗達はそう言葉を返すと、隣の三沢へと視線を向けた。学力においては学年主席である男、三沢もしかし、渋い表情をしている。

 

「俺も厳しいな……。正直、次のテストは苦戦しそうだ」

「三沢でもヤバいのかよ~。難し過ぎるぜ……」

 

 十代が机に突っ伏す。DMのこととはいえ、勉強が苦手な十代としてはこの授業は相当辛いのだろう。

 正直、宗達としても完全に把握しているわけではないので厳しい部分である。

 

「ああ、そうや。侍大将、十代くん、三沢くん」

 

 授業後の質問時間――二回目の授業の後から必死になって質問する生徒は増えた。相変わらず変なプライドでブルー生はいないようだが――を終え、職員室に戻る準備をしていた美咲がこちらへと声をかけてきた。何だ、と十代が問いかけると、美咲は頷いて応じる。

 

「今の三名は校長室に今すぐ出頭するようにやて。後、十代くんは私のことを美咲先生、もしくは美咲ちゃん☆と呼ぶこと」

「はーい、美咲先生」

「ん、よろしい。……ほな、校長室に行くようにな~。特に侍大将、逃げたらアカンで?」

「……チッ」

 

 指まで刺されてそう言われ、舌打ちを零す宗達。全力で逃げよう思っていたのに……。

 立ち上がる宗達。翔たちに別れだけを述べると、三人で職員室に向かって歩き出す。

 

「でも、俺と三沢と宗達って何で呼び出されるんだろうな?」

「俺と十代だけなら授業態度の事とかいろいろありそうだけど、三沢もいるしなぁ」

「……キミたちはもう少し真面目に授業を受けるべきじゃないか?」

 

 三沢が呆れたように言うが、宗達にも十代にも改善するつもりはない。元々単位が緩いレッド生である上、宗達などは成績も十分いい。いちいち出る理由がないのだ。

 まあ、一部の尊敬する教師人の授業は真面目に受けているのだが。

 

「……ま、十中八九あの件だろうなぁ」

 

 ボソリと呟く。冬休みも近付いているこのタイミングで、この三人が呼ばれる……理由はおそらく、一つだけだ。

 あの日の夜、カイザーと一悶着があってからずっと頭から離れなかった『あの話』だろう。

 正直大会にはそこまで興味はないが……目的がある以上、断る道理もない。

 

「失礼します」

 

 三沢が先頭になり、礼儀正しく入室する。宗達も十代も無礼というわけではないが前者は敵意から、後者は無頓着故に難しい部分があるので妥当な判断だ。

 

「ふむ、来ましたか」

 

 部屋に入ると、三人の人間が待っていた。鮫島校長、クロノス教諭、そして――『帝王』丸藤亮。

 

「お、クロノス先生にカイザーもいるのかよ」

「ドロップアウトボーイ! 敬語を使うノーネ!」

 

 このやり取りは最早お約束だ。三沢と共に苦笑を零すと、宗達はそれで、と鮫島校長に向かって言葉を紡いだ。

 

「話ってのは?」

「ええ、キミたちを本校が誇るデュエリストと見込んで提案です。――今冬に行われる〝ルーキーズ杯〟という大会に出場してみませんか?」

「大会?」

 

 十代と三沢がほとんど同時にそう言葉を紡いだ。事情を知っている宗達とカイザーは特に反応は見せていない。

 

「ええ、そうです。I²社とKC社という二大会社を中心に、プロ・アマ合同で行われる大会です。その大会にアカデミアより二名のデュエリストを派遣することが決まっていましてね。キミたちはその候補です」

「マジかよ!? プロアマ合同って事はプロデュエリストも出るのか!?」

「ええ。その予定です」

「く~っ! 燃えてきたぁ! なぁ校長先生! それってどうやったら出られるんだ!?」

 

 十代が身を乗り出して鮫島校長へと迫る。三沢は苦笑しているが、落ち着きがないのは一目瞭然だった。妙にそわそわしている。

 

「お、落ち着いてください遊城くん。今言ったように、参加できるのは二名だけです。――よって、明日。代表決定戦を行いと思います。この中で二人ずつデュエルを行い、その勝者が出場するという形を取ります」

「対戦相手はどうやって決める?」

 

 宗達が問いかける。すると、鮫島は頷いて言葉を続けた。

 

「明日、ランダムに決めさせてもらいます。他には何かありますか?」

「何故自分たちが選ばれたのでしょうか?」

 

 挙手しつつ、三沢が問う。その問いにはクロノスが答えた。

 

「職員会議でシニョーラたちの推薦があったノーネ。この大会は他のアカデミアからも生徒が参加するイベント。我が校こそが大本であるということを証明する必要がありまスーノ。故にシニョーラたちのウチの二人を送り出すという形になったノーネ」

「実力的には雪乃とか明日香とかは?」

「その二人も候補には挙がりましたが、やはり実力についてはキミたちこそが適任と思いましたので。特にキミたちは桐生プロの授業で未だ全勝を維持している唯一の四人ですし」

「……ん、了解」

 

 特に反論する理由はない。差など僅かなものであるとは思うが、それでも差があるのは事実だ。確かにこの四人は現アカデミアのトップ4だろう。

 

「では、明日の放課後に試合を行います。皆さん、健闘を祈ります」

 

 鮫島のその言葉で、この場は解散となった。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 廊下に出ると、カイザーがこちらへと視線を向けてきた。無視することも考えたが、それは問題を先送りにしているに過ぎない。故に、こちらも視線を向ける。

 

「……如月」

 

 カイザーは何かを言おうとしたが、言葉にする前に思い留まったらしい。ただ一言、静かに告げてくる。

 

「明日の決闘、楽しみにしている」

 

 それだけを言うと、カイザーは立ち去って行った。それを見送り、宗達は吐息を零す。

 

「難儀な性格なことで。別にどうでもいいけど、そのうち折れるんじゃねーか?」

「宗達、どうしたんだ?」

「べっつにー。それよりも十代、やっぱり出てみたいか?」

「おう、当たり前だぜ! プロと戦えるんだろ!? めちゃくちゃ楽しみだぜ!」

 

 瞳を爛々と輝かせて言う十代。宗達は三沢は、と問いかけた。三沢も頷く。

 

「ああ。勝てるかどうかはわからないが、興味はある。出られるのなら是非出てみたい」

「ま、普通はそうだな」

 

 頷く。確かに生のプロデュエリストを知らない二人からしてみたら興味があるだろう。美咲がいるが、アレは色々と例外だ。……負けた宗達が言えることではないが。

 まあともかく、全米オープンに出場した宗達としては生のプロというものを知っている。故に正直、そこはモチベーションにはならないが――

 

 ……祇園が出てるかも知れねーし。

 

 流石に〝祿王〟は参加しないと思われるので、ウエスト校にいるはずの祇園が代表になっている可能性は十分ある。荒削りであっても、祇園の実力は確かだ。

 しかしまあ、そんなことは今考えても仕方がないことである。

 

「とりあえず、明日はお互い頑張ろうや。誰と当たるかは知らんけども」

「ああ、手加減なしだぜ」

「無論だ。全力を尽くそう」

 

 三人で頷き合い、歩き出す。

 その途中で。

 

 ……カイザー、か。

 

 明日戦うことになるのであろう男のことを、宗達は思い浮かべた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 翌日。アカデミアの生徒たちはそのほとんどが決闘場に集合していた。放課後であり、観戦は自由参加なのだが……今日の一戦は見逃せないとして彼らは集まっている。

 すでに〝ルーキーズ杯〟のことは知れ渡っている。大会そのものは全国放送されるということもあり、代表となった者は文字通り『アカデミア本校』の看板を背負って戦うことになる。

 ――だが、そんなことよりも。

 アカデミア最強のデュエリスト、『カイザー』丸藤亮。

 そのカイザーに最も近い位置にいると謳われる、『侍大将』如月宗達。

 レッド生でありながら文字通りの『ヒーロー』の如き活躍をする遊城十代。

 名実共に学年主席であり、教師陣からの期待も高い『博士』三沢大地。

 紛れもないアカデミアにおけるトップデュエリストたちであり、どのような組み合わせになっても楽しめるデュエルとなることは間違いなかった。

 

「それで~ワ、始めるノーネ」

 

 デュエルフィールドの中心に立つクロノスが宣言し、大画面に電源が灯る。そこに表示された二人が最初にデュエルを行うことになる。

 その光景を職員用の席から見ながら、桐生美咲は小さく欠伸を零した。正直、彼女の予測では出場選手は決まっている。

 まず、『カイザー流』の正統継承者である丸藤亮。これは鉄板だ。宗達とやり合うことになっても6対4くらいの割合で彼に分があるだろう。

 だが、普通ならば宗達とカイザーがやり合うことはない。二人がトップ2であることは疑いようもなく、〝ルーキーズ杯〟はノース校が棄権しているものの他の二校は参加してくる。本家本元たるアカデミア本校が負ければメディアの的にされるし、一度付いた評価というものは中々覆らない。負けてしまえば来年の入学者は他のアカデミアに奪われることとなるだろう。

 それを避けるためにただでさえ激務な美咲を非常勤講師としてアカデミア本校へと海馬社長は配属したのであり、ここで最高のカードを出場させないのはありえない。

 まあ、十代と宗達が当たったりした場合、十代の引き如何によっては番狂わせが起こるかもしれないが……現時点の実力として、十代と三沢はトップ2に劣っている。

 ランダムとはいえそんなものはいくらでも弄ることができる。故に美咲はそう考えたのだが――

 

 

『第一試合 オシリスレッド所属 遊城十代 VS ラーイエロー所属 三沢大地』

 

 

 それが画面に映し出され、一瞬目を疑った。

 

「な……」

 

 この二人が戦い、勝者が〝ルーキーズ杯〟に出る。それは、つまり。

 ――アカデミアのトップ2が、潰し合うということ。

 

『おい、アレ……!』

『まさか、まさかだよコレ……! 本気であの二人のデュエルが見れるのか……!?』

『中等部から一度もなかった、カイザーと如月宗達のデュエル……!』

 

 周囲からざわめきが聞こえてくる。クロノスに呼ばれ、十代と三沢が決闘場へと上がっていく。教師陣を見ているとほとんどの者たちが戸惑っており、隣に座っている響緑も困惑した表情を美咲へと向けてきた。

 カイザーと宗達を送り出すのが最善だというのは職員会議で満場一致に決まったことだ。クロノスは何か言いたげだったが、彼とて馬鹿ではない。気に入らない生徒であったとしても宗達の実力そのものは理解している。

 だが、生徒の納得を得るためとアカデミアの結束を促すために、そして可能性と将来性を考えて十代と三沢も候補に挙げられ、デュエルが行われることになったはずだ。

 故に、組み合わせは最初から決まっていたのだ。――丸藤亮VS如月宗達だけはありえないという、形で。

 

「鮫島校長……!」

 

 誰が口にした言葉だったのか。

 決闘場の上でクロノスでさえも戸惑っている中、教師陣の中で『唯一』動じることのなかった男へと教師たちの視線が向く。

 

「どうかしましたか、皆さん?」

 

 鮫島はいつもと変わらない笑みを浮かべている。その鮫島に、美咲は酷く冷たい視線を向けた。

 

「見た目だけかと思ったら、中身もどす黒い狸やったとは思いませんでしたわ」

「おや、それは酷いですね。あれはランダムに決められた結果です。そうでしょう?」

「ええ、そうですね。その通りです。アレは偶然。偶然の結果、アカデミアのトップ2を送り出すことができなくなってしまいました」

 

 互いに、表情は笑み。しかし、その瞳はどうしようもないほどに……冷たい。

 

「不幸なことです」

「ええ、不幸なことでしょうね。――クズな教師に人生を狂わされてる如月宗達が可哀想すぎて、泣けてきますわ」

 

 ピクリと、鮫島の眉が跳ねあがった。美咲は、静かに告げる。

 

「社長への報告は間を置きます。結果が正義や。もし、この結果としてアカデミアの評判が落ちるようなことがあれば……覚悟、したほうがええですよ」

「ふむ、何のことかわかりませんね」

「経営者が経営のことをわかっていない時点で首切られる理由は十分って理解しといた方がええですよ」

 

 美咲の視線は微動だにしない。鮫島を捉え、離さない。

 周囲の教師たちは何も言えず、ただ黙して二人を見守っている。

 

「別に、ウチも清廉潔白な人生を送ってきてるわけやありません。せやけど、他人の人生を台無しにした経験はない。それだけはあらへん。――あんた、祇園だけじゃ飽き足らず侍大将の人生まで潰す気か?」

「……仰る意味がわかりませんね」

「一つだけ言うとくで、鮫島校長。あんただけやない。この場にいない倫理委員会にもや。あんたに伝えとけば伝わるやろうからな。――生徒は、あんたらの玩具やない」

 

 言い切り、美咲は席を立つ。その彼女を制止する声が上がったが、美咲は振り返りもせずに言い放った。

 

「気分悪いわ。サイバー流?――これ以上勝手するようやったら、ウチが直々に潰したる」

 

 帰る――そう言い残し、立ち去っていく美咲。鮫島は、呟くように言葉を紡いだ。

 

「……若いですねぇ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 決闘場に立ち、十代は一度大きく周囲を見回した。ほとんど全校生徒と呼んでいい数の生徒が集まっている現状。これだけの人の前でデュエルをするのは、初めてだ。

 

「十代。手加減はしないぞ」

 

 そして、そんな十代の前に立つのは三沢だ。彼は笑みを浮かべ、自信満々にそう言い放ってくる。十代も笑みを零すと、勿論、と腕を突き出した。

 

「俺も全力だ!」

「そうか。ならば、遠慮は不要だな」

 

 そして、二人はデュエルディスクを起動する。

 

「「――決闘(デュエル)!!」」

 

 ……かつての入学試験において、十代は三沢に対し『二番目に強い』という評価を下した。その際、三沢は後に行われた十代とクロノスの決闘を見てそれを冗談を込めて肯定。十代を『一番』と呼称する。

 それはその場の流れや冗談による言葉であり、互いに心の底からそう思っているわけではなかった。当たり前だ。互いが互いを『ライバル』と認めている以上、優劣など二人の中には存在していない。

 そして、今。

 ここで、一つの答えが出る。

 技術指導最高責任者であるクロノスを倒した遊城十代と。

 入学試験をトップで合格した三沢大地。

 一体どちらの方が強いのかという問いの、答えが。

 

「先行は俺だ! ドローッ!」

 

 先行は十代だ。三沢はデッキをいくつも持っているうえ、珍しい『メタ』の概念を利用とするデュエリストだ。ならば、先行のこのタイミングで動けるだけ動いておいた方がいい。

 

「俺は手札より、魔法カード『E―エマージェンシーコール』を発動! これにより、デッキからレベル4以下の『E・HERO』と名のつくモンスターを一体、手札に加える! 俺が手札に加えるのは勿論『E・HERO エアーマン』だ! そしてそのまま召喚!」

 

 E・HERO エアーマン☆4風ATK/DEF1800/300

 

 両肩にファンを背負った風のヒーローが現れる。『E・HERO』において最重要キーカードとも呼べるモンスターであり、下級ヒーローの中では最高クラスの攻撃力と優秀な効果を持っている。

 

「更にエアーマンの効果を発動! 召喚・特殊召喚に成功した時、デッキから『HERO』と名のつくモンスターを一体手札に加えることができる! 俺は『E・HERO スパークマン』を手札に! 更に手札から『沼地の魔神王』を捨て、効果発動! このカードを捨てることでデッキから『融合』を手札に加える!」

 

 融合素材の代用となると同時に、『融合』のサーチ効果も併せ持つ優秀なモンスター『沼地の魔神王』。特に『E・HERO』には『ミラクル・フュージョン』などといった墓地利用のカードも存在するので、非常に相性がいい。

 

「俺はカードを二枚伏せ、ターンエンドだ!」

 

 連続サーチを終え、デッキ圧縮を加速させる十代。フィールド上には攻撃力1800のエアーマンがおり、滑り出しは上々と言えた。

 

「成程。流石だな十代。俺のターン、ドロー!」

 

 対し、三沢がカードをドローする。三沢は引いたカードを確認すると、ふむ、と小さく頷いた。

 

「このターンで攻略するのは無理か。……ならば、俺は手札より『召喚僧サモンプリースト』を召喚! このカードは召喚・反転召喚に成功した時守備表示になる!」

 

 召喚僧サモンプリースト☆4闇ATK/DEF800/1600

 

 長い白髭を生やした老人が現れる。その衣装はどこか黒魔術を連想させた。

 

「そして召喚僧サモンプリーストの効果発動! 一ターンに一度、手札から魔法カードを一枚捨てることでデッキからレベル4以下のモンスターを攻撃表示で特殊召喚できる! 俺は魔法カード『リロード』を捨て、デッキから『馬頭鬼』を特殊召喚!」

 

 馬頭鬼☆4地ATK/DEF1700/800

 

 次いで現れたのは、馬の頭を持つ一体の鬼だった。巨大な斧を筋骨隆々な腕で軽々と持ち上げている。

 馬頭鬼――その単純でありながら強力な効果により、制限カードに指定されているモンスターだ。その効果は『墓地のこのカードを除外することで墓地からアンデット族モンスターを一体蘇生する』というもの。この類の効果には『一ターンに一度』や『デュエル中一度』という制約がつくことが多いのだが、馬頭鬼にはそれがない。故に墓地へ戻すギミックさえあれば何度でも使用できるのだ。

 

「俺はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

「へへっ、やっぱり凄ぇな三沢は! 俺のターン、ドロー!――俺は手札より魔法カード『融合』を発動! 手札の『E・HERO バーストレディ』とフィールド上の『E・HERO エアーマン』を融合! 炎属性モンスターとHEROの融合により、灼熱のHEROが降臨する! 宗達から貰った四属性HEROの一角! 来い、『E・HERO ノヴァマスター』!」

 

 E・HERO ノヴァマスター☆8炎ATK/DEF2600/2100

 

 紅蓮の炎を纏ったHEROが現れる。十代は、バトル、と指示を出した。

 

「ノヴァマスターで馬頭鬼へ攻撃だ!」

「くっ……! リバースカードオープン! 『ガード・ブロック』! 相手ターンの戦闘ダメージ計算時のみ発動可能なカードで、戦闘ダメージを0にしてカードを一枚ドローする! ドローッ!」

「けど戦闘破壊は防げないぜ! そしてノヴァマスターの効果! 相手モンスターを戦闘で破壊した時、カードを一枚ドローできる! ドローッ!」

 

 十代の手札が増える。十代の使う『HERO』もサイバー流も、融合主体のデッキはそれだけ手札の消費が激しい。そういう意味で、条件付きだが手札を補充できるノヴァマスターはかなり優秀なカードだ。

 

「俺はターンエンドだ!」

「俺のターン、ドロー!」

 

 これで三沢の手札はガード・ブロックの分を合わせて五枚。『決闘王』武藤遊戯も語っている。『手札の数だけ可能性がある』と。今の三沢はまさしくそれだ。

 十代も感付いている。三沢が攻めてくるのは、ここだと。

 

「俺は手札より魔法カード『大嵐』を発動! フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する!」

「げっ!? 俺の『ヒーロー・シグナル』と『攻撃の無力化』が!?」

 

 制限カードと禁止カードの間を行き来し続ける『大嵐』。そのカード単体のパワーはやはり凄まじい。

 互いに伏せカードが消えた状況。攻め込むにはこれ以上ない状況だ。

 

「俺は手札から魔法カード『生者の書―禁断の呪術―』を発動! 相手の墓地のモンスターを一体除外することで、墓地のアンデット族モンスターを蘇生する! エアーマンを除外し、馬頭鬼を蘇生!」

「げっ!? エアーマンが!」

 

 相手の墓地のカードに依存するとはいえ、強力な蘇生カードである『生者の書―禁断の呪術―』。これにより、三沢の場に二体のモンスターが並ぶ。

 

「いくぞ、十代! 俺はサモンプリーストと馬頭鬼を生贄に捧げ――『赤鬼』を召喚!」

 

 赤鬼☆7地ATK/DEF2800/2100

 

 巨大な棍棒を持つ、全身が赤色の肌をした鬼が降臨する。絵本やおとぎ話に出てくる鬼そのものの姿に、会場の者たちは皆一様に息を呑んだ。

 

「攻撃力2800!?」

「それだけじゃないぞ十代! 赤鬼の効果発動! このカードの召喚に成功した時、手札を任意の枚数捨てることでフィールド上のカードを持主の手札に戻す! 俺は手札を一枚捨て、ノヴァマスターを手札へ!」

「ぐっ……! ノヴァマスターは融合デッキに戻るぜ……!」

「往くぞ十代! 赤鬼でダイレクトアタック!」

「うあああっ!」

 

 十代LP4000→1200

 

 十代のLPが一気に減らされる。会場が大きく湧いた。

 

「俺はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 これで三沢の手札は0。ノヴァマスターを残しておくと厄介なことになることはわかりきっていた。故に三沢のこの選択に間違いはないはずだが――

 

「俺のターン、ドロー! へへっ、やっぱ強ぇな三沢! 楽しいぜ!」

「ああ、俺もだ。だが、勝つのは――」

「「俺だ!」」

 

 互いの言葉が重なる。十代は、手札のカードをデュエルディスクへと指し込んだ。

 

「俺は魔法カード『サイクロン』を発動! 三沢の伏せカードを破壊する!」

「ぐっ、俺の『リビングデッドの呼び声』が……!」

 

 三沢の伏せカードが破壊される。赤鬼が破壊されたとしても巻き返すために伏せておいたカードだったのだが――

 

「更に手札から『E・HERO ワイルドマン』を召喚!」

 

 E・HERO ワイルドマン☆4地ATK/DEF1500/1600

 

 全身に入れ墨をした、ゲリラ戦士のようなHEROが現れる。『トラップカードの効果を受けない』という、中々に強力な効果を持ったモンスターだ。

 だが、赤鬼の攻撃力は2800。ワイルドマンでは届かない。

 

「そのモンスターでは届かないぞ十代。どうするつもりだ?」

「こうするのさ! 俺は手札より魔法カード『ミラクル・フュージョン』を発動! フィールド・墓地より融合素材となるモンスターを除外し、『E・HERO』を融合召喚する! 俺はフィールド上のワイルドマンと墓地のバーストレディを除外! HEROと地属性モンスターの融合により、大地の力を宿すHEROが姿を現す! 来い、『E・HERO ガイア』!」

 

 E・HERO ガイア☆6地ATK/DEF2200/2600

 

 地面を割るようにして、黒い鎧を身に纏うHEROが姿を現す。十代は、へへっ、と笑みを浮かべた。

 

「ガイアの効果発動! このカードの融合召喚に成功した時、相手フィールド上のモンスター一体の攻撃力の半分をエンドフェイズまで半分にし、その数値分ガイアの攻撃力を上げる!」

「何だと!? それは『フォース』の効果と同じ……!」

「バトル! ガイアで赤鬼に攻撃だ!」

「ぐううっ!?」

 

 三沢LP4000→1800

 

 三沢のLPが削られる。ガイアの効果は、決まってしまえばそのままガイアの攻撃力である2200ポイントが相手ライフに届くことを意味する。四属性HERO……その全てが、確かに強力なモンスターたちだ。

 

「俺はターンエンドだ!」

「俺のターン、ドロー!……ぐっ……!?」

 

 三沢の引いたカードは『愚かな埋葬』だった。この場面では効果はない。

 十代ほどのドロー運はない。それはわかっていても、これは――

 

「いや、まだだ! 俺は墓地の『馬頭鬼』の効果発動! このカードを除外することにより、墓地のアンデット族モンスターを一体特殊召喚する! 甦れ、『赤鬼』!」

「げっ!?」

「バトルだ! 赤鬼でガイアへ攻撃!」

 

 十代LP1200→600

 

 十代のLPがとうとう危険域に突入する。十代の手札は一枚。だが、アレは最初のターンでエアーマンの効果を使って手札に加えた『E・HERO スパークマン』だということがわかっている。ならば、次のドローで全てが決まる。

 

「俺はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

「へへっ、ゾクゾクするぜ……! 俺のターン、ドローッ!!――来たッ! 俺は手札から魔法カード『平行世界融合』を発動! 融合モンスターの素材に指定されているゲームから除外された状態のモンスターをデッキに戻し、『E・HERO』の融合召喚を行う! ただしこのカードを使うターン、他に特殊召喚を行うことはできない!

 俺はエアーマンとバーストレディをデッキに戻し――風属性モンスターとHEROによる融合! 来い、『E・HERO Great TORNADO』!」

 

 E・HERO Great TORNADO☆8風ATK/DEF2800/2200

 

 竜巻を纏った暴風のHEROが姿を現す。一見すると赤鬼と同じ攻撃力のモンスターだが、その攻撃力の凶悪さにこそその効果の真骨頂はある。

 

「トルネードの効果発動! このカードの融合召喚に成功した時、相手フィールド上の表側表示モンスターの攻撃力・守備力を半分にする! 赤鬼の攻撃力・守備力を半分に! 更に『E・HERO スパークマン』を召喚!」

 

 赤鬼☆7地ATK/DEF2800/2100→1400/1050

 E・HERO スパークマン☆4光1600/1000

 

「バトル! スパークマンで赤鬼に攻撃! 更にトルネードでダイレクトアタック!」

「ぐおおおおおっ!?」

 

 三沢LP1800→1600→-1200

 

 決着が訪れる。三沢はふう、と息を吐くと、負けたよ、と頷いた。

 

「やはり強いな、キミは」

「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ!」

 

 満面の笑みを浮かべる十代。三沢も頷き、二人は握手を交わす。

 周囲から、万雷の拍手が降り注いだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 英雄と妖怪。数多の物語で描かれるその戦いは、ひとまず英雄の勝利で幕を閉じた。

 だが、彼らは互いをライバルと認め合う間柄である。今日の戦いが全てではなく、これからも競い合い、高め合っていくことだろう。

 ――しかし。

 彼らとは違い、今日この戦いこそが全てとする二人がいる。

 

 一人は、『帝王』と呼ばれ、サイバー流の正統継承者として栄光の道を歩み続けてきた者。

 一人は、『侍大将』と呼ばれ、己の主義故に卑怯者と謗られ、孤独の中で栄光に手を伸ばし続けてきた者。

 

 どちらの主義が正しかろうが、間違っていようが。そんなことは今更関係ない。

 ただ、二人は……譲れない想いを抱いてこの場に立つ。

 片や、己の流派の正しさを証明するために。

 片や、己の人生に深く影響を与えた流派と決着を着けるために。

 向かい合うは、帝王と侍。

 望まれ続け、それでも実現しなかった戦いが――遂に始まる。

 

 

「……如月」

「あん?」

「キミに対し、俺から謝罪の言葉を述べたところで意味などないのだろう。それはキミへの侮辱だ。キミに対し、サイバー流はあまりにもリスペクトを欠く行為を行い過ぎた」

「……それで?」

「だが、それでも俺はキミを全力で叩き潰しに行かせてもらう。それが俺の信じるリスペクトであり、同時に唯一キミに報えることであると考えるからだ」

「どうでもいいさ、あんた個人の考えなんて」

 

 大歓声の中心で。

 二人のデュエリストが、向かい合う。

 

「俺はサイバー流を許さない。それだけだ。許すなんて言葉を吐くには、あまりにも憎み過ぎた」

「そうだろうな。キミに今更許してもらおうなどとは考えていない」

「観客席を見る限り、俺とあんたのデュエルは教師陣も予想外だったらしい。……あんたの師範はさ、そんなにも俺のことが憎いのか?」

「……そうなのだろう。俺には理解できないが」

「自分の考えと全く違う人間がいるのが許せない――子供かよ、いい歳したジジイが。たださ、俺ももうそろそろ本気で疲れてきた。――今日のデュエルで、俺は俺自身の過去に決着を着ける」

 

 全ては、アカデミア中等部の入学式の日だった。あの日、同学年のサイバー流を名乗る男とトラブルになり、それが全ての引き金となる。

 勝利しても卑怯と蔑まれ、敗北こそしなかったが一度でも敗北すれば文字通り居場所を失っていただろう。

 如月宗達が――侍が生き残れたのは、全て〝勝利〟という理由があったからこそだったのだから。

 

「勝ちたい、とかじゃないんだよ俺のデュエルは。『勝たなければならなかった』んだ。つまんねぇ中学時代だったよ。雪乃がいなければ、明日香や万丈目がいなければ――俺は、本当の意味で道を踏み外してた。その全てはサイバー流のせいだ。誰がどう弁護しようと、言い訳しようと、俺の中でそれだけは変わらない」

「勝利のみをリスペクトする、とキミは言ったな」

「勝たなければ生き残れなかった。俺は勝っていたからこそ、勝ち続けていたからこそどうにか自分自身を保つことができていたんだ。勝利以外、何を信じて戦えばいいってんだ。勝利が正義で勝者が絶対だ。そうだろうがよ」

「……一つだけ、問わせて欲しい」

 

 互いに距離を取り、向かい合う中で。

 最後に、カイザーと呼ばれる男がそう言った。

 

「キミは、デュエルを楽しんでいるのか?」

「……どこぞの流派のせいで、そんなもんは忘れちまったよ」

 

 開始の声が響き。

 二人が、デュエルディスクを構える。

 

「「決闘(デュエル)」」

 

 互いに、静かな宣誓。

 片や、自分自身の証明のために勝利を求める者と。

 片や、自らの流派の正しさを証明するために戦う者。

 互いに、退く理由はない。

 

「俺の先行。ドロー。……カードを二枚伏せ、ターンエンド」

 

 侍の立ち上がりは静かだ。彼のデッキ――『六武衆』は本来、速攻の展開力の凄まじさが目立つデッキである。しかし、彼のドロー運の無さは中々速攻を許してくれない。

 故に、立ち上がりの静かさはいつものことだ。それを受け、カイザーもデッキトップへ手を伸ばす。

 

「俺のターン、ドロー。……手加減はしないぞ、如月。俺は手札より魔法カード『パワー・ボンド』を発動! 手札またはフィールドから、融合モンスターによって決められたモンスターを墓地に送り、機械族の融合モンスターを特殊召喚する! 更にこのカードで特殊召喚したモンスターは、攻撃力が二倍になる! 手札の『サイバー・ドラゴン』二体を融合! 来い、『サイバー・ツイン・ドラゴン』ッ!!」

 

 サイバー・ツイン・ドラゴン☆8光ATK/DEF2800/2100→5600/2100

 

 現れるのは、二頭の頭を持つサイバー・ドラゴンだ。だが、その威容は圧倒的な大きさを誇り、攻撃力は完全にオーバーキルである。

 会場が大きく湧く。これが決まればそれで決着だ。宗達は、ただただ無表情にカイザーを見つめている。

 

「いくぞ、サイバー・ツイン・ドラゴンで攻撃! 二連打ァ!」

「――リバースカード、オープン」

 

 カイザーの掛け声とは対照的に。

 酷く静かな、宗達の声。

 

「『デモンズ・チェーン』」

 

 その言葉が紡がれた瞬間、無数の鎖がサイバー・ツイン・ドラゴンを拘束した。これにより、サイバー・ツインが動きを止める。

 

「永続罠、デモンズ・チェーン。相手の効果モンスター一体の効果を無効とし、攻撃宣言および表示形式の変更を不可能とする。サイバー・ツインは攻撃不可だ」

「くっ、ならばバトルフェイズは終了だ」

 

 縛られたサイバー・ツインを見、悔しげに唸るカイザー。周囲から――主にブルー生から――宗達へと非難の声が飛んだ。

 

『卑怯だぞ如月!』

『そんなカードでカイザーの邪魔をするなど……!』

『お前はそれでもデュエリストか!』

 

 あんまりといえばあんまりな罵倒の数々。だが、宗達とカイザーの立場を考えればある種当然とも言える状況だった。

 一時期は相手にトラウマを植えつけるような勝ち方を続け、何人ものデュエリストを再起不能にまで追いやった『デュエリスト・キラー』と呼ばれ、当時から神格化されていたカイザーの掲げるリスペクトとは程遠い、悪く言えば『勝つために手段を択ばない』宗達と。

 互いをリスペクトし、楽しむデュエルをしようと語り、同時にプロにも名を通す『サイバー流』の正統継承者でもあるカイザー。

 どちらが好かれ、嫌われているのか。

 それはもう、今更語る必要などないことだ。

 

「……俺はメインフェイズ2へ入る」

 

 だが、それらの野次で動揺しているのは宗達ではなくカイザーだった。宗達のカードは、確かに『曲解された』サイバー流においては外道と呼ばれる類のカードだ。『互いが全力を出す=相手を妨害しない=相手を妨害することは卑怯である』という論理へすり替わってしまっているのはカイザーも知っている。しかし、これほどまでに如月宗達という少年は非難されなければならないのか。

 彼は、こちらの手を読んで。

 その上で、全力なだけだというのに。

 ――そして、何より。

 これほどの非難の中、表情一つ変えず――それどころか、当たり前のように振る舞っている宗達の姿に、カイザーは唇を噛み締めた。

 

「俺は手札より『サイバー・ジラフ』を召喚。このカードを生贄に捧げることで、このターンのエンドフェイズまで俺の受ける効果ダメージは0になる――」

「リバースカードオープン、カウンタートラップ『神の警告』。LPを2000ポイント支払い、召喚・反転召喚・特殊召喚及びそれらの効果を含むカードの発動を無効にし、破壊する。……サイバー・ジラフには消えてもらう」

 

 宗達LP4000→2000

 

 宗達のカードの効果により、サイバー・ジラフが消える。コストこそ重いが、召喚に関しては『神の宣告』をも上回るカバー範囲を誇るカードだ。

 

「くっ……俺はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 カイザーが呻きながらターンエンドを宣言する。再びブルー生から宗達への非難が飛ぶが、宗達はその全てを無視し、静かに言葉を紡いだ。

 

「『パワー・ボンド』は確かに強力なカードだ。一度決まればそのままゲームエンドに持っていける可能性も高い。だが、カイザー。――俺を誰だと思ってやがる?」

 

 鋭く、静謐な気配を携えて。

 如月宗達は、カイザーへと言葉を紡ぐ。

 

「俺は常にサイバー流と戦ってきた。ずっと、勝つことだけを考えてきた。他の奴ならいざ知らず、俺にその程度の策が通じると思ってんじゃねぇ。……強力な力には、相応のリスクが付きまとう。さあ、ダメージを受けてもらうぞ……!」

「――――ッ!」

 

 亮LP4000→1200

 

 カイザーのLPが一気に削られる。パワー・ボンドのデメリット効果――エンドフェイズ時、融合モンスターの元々の攻撃力分のダメージを受けるというものが発動したせいだ。

 普段のカイザーならばものともしなかったそのデメリット。しかし、如月宗達というデュエリストは今まで数多くの『サイバー流』と戦ってきたデュエリストであり、勝利し続けてきたデュエリストだ。彼のデッキは、サイバー流と戦うことに関しては圧倒的な力を有する。

 それもまた、一種の歪みだということに……気付いていて、カイザーは気付かない振りをした。

 

「こっちは命懸けで戦ってんだ。そっちも覚悟を見せやがれ」

 

 侍と帝王の戦い。

 アカデミアにおける頂点のデュエルが、加速する。










……うん、もう仕方ないね
鮫島校長がド外道の下衆になりつつあるけど、うん、しょうがない
………………どうしてこうなったんだか。


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第十七話 帝王VSサムライ、〝勝利〟へと懸けた想い

 会場の空気に、遊城十代は戸惑いを隠せなかった。彼の視線の先――決闘場では、如月宗達が主にブルー生から一方的なブーイングを浴びている。

 宗達は卑怯な手段を使ったわけではない。ルールの中で、ルールに則って。彼は彼なりの戦い方をしているだけだ。

 先程宗達が使った『デモンズ・チェーン』や『神の警告』には十代自身、何度も苦渋を味わわされている。一発逆転を狙って『トルネード』や『ガイア』といった融合を行っても無効化されたり、そもそも『融合』を止められることも多い。

 だが、それは自分自身のタクティクスの問題だと十代は思っている。伏せカードがある以上、相手が何かをしてくる可能性は0ではない。むしろ逆だ。伏せカードとは相手の妨害をするための者なのだから。故に十代は宗達のアドバイスや彼とのデュエルの中で『サイクロン』を三枚積んだり、自身の融合召喚を通しやすくする手段を考えるようになった。

 それが当たり前だし、最近ではその駆け引きが楽しくて仕方がない。ドロー運が悪い宗達は序盤を伏せカードで凌ぎ、少しずつ手札を溜めて行く手段をとる。そんな彼の罠をどうかいくぐるかが楽しく……それでようやく、最近は勝てるようにもなってきた。それでも勝率は悪いが。

 

 ――如月宗達は、卑怯者ではない。

 

 彼は彼なりの戦い方をしているだけだ。その上で、自分たちとデュエルする時はこちらを鍛えるようなデュエルをしてくれる。言動から素っ気ない印象を受けるが、アレで結構面倒見がいい。実際、制裁デュエルの時は自分や翔のデッキについて真剣に考えて議論をしてくれた。

 十代たちだけではない。レッド生やイエロー生のほとんどは必ず一度は彼の世話になっている。高慢なブルー生に絡まれているところを助けてもらった者もいるし、アドバイスを貰った者もいる。特に彼と授業でデュエルした者は必ずといっていいほどアドバイスを貰っている。

 だから、十代は思っていた。

 ――宗達とカイザーのデュエルは、全員が両方を応援するものだと。

 そう、思っていたのに――

 

「何だよ、これ……。何で宗達がブーイングを受けてるんだ……?」

 

 ブーイングをしているのはブルー生だけだ。そして、彼に対する応援はない。

 その全てが、十代には異常に見えた。

 

「……宗達くんの使った『デモンズ・チェーン』と『神の警告』は、『サイバー流』にとって卑怯者が使うカードなんス……」

 

 十代の側で、翔が俯きながらそんなことを呟いた。どういうことだよ、と十代が問いかけると、俯きながら翔は言葉を紡ぐ。

 

「サイバー流の『リスペクト・デュエル』は、『互いが全力を出せれば勝敗なんて関係ない』っていう考え方なんス……だから、相手に全力を出させない――相手の動きを潰すカウンタートラップや妨害札は卑怯なカードって言われてるんスよ……」

「ひ、卑怯って……なんだよそれ。翔、お前も同じ意見なのか? 宗達が卑怯者だと思ってるのか?」

「そ、そんなことないッス! 最初は、その……そう思ってたけど……宗達くんは僕やアニキや隼人くんをいつも助けてくれて、祇園くんの退学に誰よりも反対してた人ッス。良い人だってわかってる。けれど……アニキ、サイバー流はアカデミアにも浸透しちゃってるんスよ」

 

 翔の声が小さくなる。翔は更に続けた。

 

「僕、今も弱いッスけど……昔、もっと弱くて……。どうしても勝てなかった時があって、どうしても勝ちたくて、『卑怯』って呼ばれてたカウンタートラップや妨害カードに手を出したことがあるッス。……勝てたッスよ。けど、その後色んな人に怒られた」

「怒られた? 勝っただけで?」

「『お前には相手をリスペクトする気持ちがないのか』って、当時の師範に怒られて……それ以来、デュエルが怖くなったこともあって。サイバー流って、そういう流派なんスよ。昔は、もっと楽しい場所だったのに……」

「――宗達が言っていたわ。『曲解された教えと、それを信じている信者ほど性質の悪いものはない』って」

 

 不意に聞こえてきた声に、十代と翔が振り返る。そこに立っていたのは、藤原雪乃。そして、明日香やジュンコ、ももえといったメンバーだった。

 

「どういうことだ?」

「宗達は、中等部の頃からずっとああしてサイバー流やそれを崇拝するボウヤたちの目の仇にされてきた。だから、調べたのよ。サイバー流という流派がどういうものなのか。本当に自分がおかしいのか、ってね。……確か、明日香も手を貸してくれたはずだけれど」

「ええ。兄さんが亮とは同じ学年で、その縁もあったから……少しだけね」

 

 歯切れ悪そうに明日香はそう言葉を紡ぐ。その明日香から視線を外すと、雪乃は静かに言葉を紡いだ。

 

「サイバー流は、眼鏡のボウヤが語ってくれたみたいに『リスペクト・デュエル』を崇拝してる流派よ。別にそれ自体は宗達も私もどうでもいいわ。けれど、彼らのしていることはリスペクトでも何でもない。ただの自己満足。そういう流派に、成り下がってしまった」

「…………」

 

 翔は無言。ただ俯き、黙って雪乃の言葉を聞いている。

 雪乃はそんな翔へと視線を軽く向けると、言葉を続けた。

 

「サイバー流にはね、十代のボウヤ。『禁じ手』っていうものがあるの」

「禁じ手? 禁止制限みたいなもんか?」

「いいえ、勝手に彼らが『リスペクトに反する』と決めつけているカードたちよ。『裏サイバー』と呼ばれるカードがそうだし、さっき眼鏡のボウヤが言ったようにカウンターや妨害札の類もそこに含まれる。理由は、『相手が全力を出せない』から。……ナメた話よ、本当に」

 

 形の良い眉を歪ませ、言い捨てる雪乃。彼女はカイザーと向かい合う想い人の姿を見つめながら、静かに言葉を紡ぐ。

 

「全力の形なんて人それぞれ。そこに卑怯も汚いもない。……別に、彼らの中で勝手に自己完結してる論理ならどうでもいいの。問題は、それを相手にも押し付けようとしていること」

 

 それが一番卑怯なのよ――雪乃は、怒りさえ滲ませて言い切った。

 

「リスペクト、っていう言葉には良いイメージが湧くわ。ボウヤたちも、リスペクト・デュエルに対して悪いイメージはないでしょう?」

「あ、ああ。そりゃ、えーと……」

「『尊敬』だ、十代」

 

 こちらへと歩み寄って来つつ、三沢がそう言葉を紡いだ。その隣では隼人も真剣な表情を浮かべている。

 雪乃は頷きつつ、言葉を続けた。

 

「そう、リスペクト――その言葉の魔力が何よりも面倒なの。リスペクトがない、ということは相手を尊重していないということ。そんな烙印を押されるのは、誰だって嫌でしょう?」

「そりゃあ、まあ……」

「……誰彼かまわず尊敬なんて、ただの愚か者がすることだけれど。でも、それがまかり通っているのが現実で、そして、『自分も相手をリスペクトをしている』と証明する上でこれ以上ないくらいに適切な的がある」

 

 雪乃の瞳は憂いを帯びていた。その視線は、孤独に戦う想い人に向けられている。

 

「それが、宗達。彼を認めなければ、それがそのままリスペクト・デュエルを信じていることになる。……くだらないわ、誰も彼も」

 

 本当に、くだらない――腕を組み、震える声で雪乃はそう呟いた。

 会場では変わらず宗達にブーイングを浴びせるブルー生と、彼らに目を付けられたくないがために黙りこくっているレッド生やイエロー生。そして、この光景を前にして何も言わない教師陣がいる。

 リスペクト、と雪乃は語った。そしてカイザーも、以前十代が戦った時に同じことを口にしている。

 

「……なあ、翔」

 

 ポツリと、この異常でありながら誰も異常と言わない光景を前に。

 十代は、呟いた。

 

「これが、リスペクトって奴なのか……?」

 

 ただ全力で戦っているだけの人間に、四方より罵声を浴びせ続け。

 どう考えても間違っているその光景を前に、反論する者が誰もいないという現実。

 これが。

 こんなものが、〝リスペクト〟だというのか――……?

 

「……こんなの、こんなのリスペクトじゃないッス……!」

 

 涙声で、翔は呟き。

 しかし、彼の言葉は誰にも届かない。

 

「――宗達は、サイバー流を憎んでる」

 

 雪乃は、静かにそう言った。その言葉に反論できる者は……いない。

 

「口では何て言っても、それはもう仕方がないこと。……けれど、それは間違っているのかしら? こうまでされて、こんな状況に追い込まれて……! 中等部の頃からずっと一人で戦ってきた宗達に! それでもサイバー流は〝リスペクト〟なんてものを押し付けるの!?」

「……雪乃」

 

 叫ぶ雪乃を、明日香が優しく抱き締める。

 誰も、何も言ない。

 

 ――聞こえてくる罵倒の声が、どこか遠い世界の言葉のように聞こえた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

(なんつーか、この感じも久し振りだねー……)

 

 周囲より降り注ぐブーイングの嵐。中等部にいた頃は日常だった光景だが、長くアメリカへ渡っていたこと――本校へ来てから一度も大勢の前でデュエルをしていないことから、随分と久し振りのように感じる。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 手札を引きつつ、宗達は思う。こういう状況には慣れたものだ、と。

 アメリカに渡った時、『日本人』ということで随分と侮られた。それを宗達は今までそうしてきたように力で捻じ伏せたのだが……色々とストレスが溜まっていたこともあり、随分と暴れたものだと思う。

 ――けれど、こっちとは違って勝てば勝つほど向こうでは〝友達〟が増えていった。

 

(ディビットには毎日挑まれたし、マッケンジーはアドバイスを求めてきたし、セインはアイドルカードについて語ってきやがったなー……)

 

 正直、アメリカに渡ったばかりの自分は本当に情けなくて、八つ当たりを繰り返す子供のような状態だったと思う。

 けれど、彼らはそんな自分を〝友達〟と呼んでくれて。

 全米オープンの予選を突破したことをクラスの連中に伝えると、皆が我がことのように喜んでくれて。

 

(こっちじゃ俺が勝って舌打ちする奴はいても、喜んでくれるのは雪乃ぐらいだったしなー。雪乃も素直じゃないし、俺の勝ちを喜んでくれる奴なんて……孤児院の時以来で)

 

 勝ち進めば進むほど、色んな奴らが笑顔で喜んでくれた。

 ニューヨークで決勝トーナメントが行われることになって、一人でホテルをとって会場に向かったら。

 

(応援席で、俺のことを応援してるアイツらがいて。……嬉しくて、本気で泣きそうになった)

 

 誰かに応援されることなんて、中等部に上がってからは初めてで。

 勝って喜んでもらえることも……初めてだったから。

 

「俺は手札からカードを二枚セットする。そして、『カードカー・D』を召喚」

 

 カードカー・D☆2地ATK/DEF800/400

 

 文字通りカードのような車が現れる。低ステータスのこのモンスターをブルー生たちが馬鹿にするが、宗達は欠片も気にしていない。

 

「カードカー・Dの効果発動。メイン1にのみ発動でき、召喚に成功したターンにこのカードを生贄に捧げて発動。デッキからカードを二枚ドローし、ターンを終了する。二枚ドロー」

 

 デメリットはあるが、二枚ドローは十分に強力なカードだ。それに、多少の事ならば伏せカードでカバーは利く。

 

(さて、相変わらず手札は悪いが……まあ、どうとでもなる)

 

 相手はカイザー。そのドロー力では適うはずもない。なら、戦い方を考えるしかない。

 思考停止はそこで死ぬ。考えろ。考え続けろ。

 それだけで、ここまで勝ち上がってきたのだから。

 

(俺は、間違ってなんてない。あの時、ベスト8で桐生に負けて。応援してくれてたアイツらに顔向けできないと思った。けど、桐生は俺のデッキを肯定してくれて)

 

 否定され続けたデッキと、信念と、戦い方。

 それを初めて、あのプロデュエリストは肯定してくれた。

 

(応援席のアイツらのとこに行った時、責められることを覚悟してた。応援にまで来てくれたのに、俺は準決勝にさえ上がれなかったから。……けど、アイツらは俺のことを褒めてくれて。俺が負けたことに本気で泣いてくれてる奴もいて)

 

 こんな自分に、そうまでしてくれた〝友達〟に。

 呆然と、何も言えなくなって。

 ただ、「ありがとう」と頭を下げたことを……覚えてる。

 

(だから、死ぬ気で5位をとった。俺のことを――俺なんかを応援してくれた奴らに、それぐらいでしか恩返しは出来なかったから。そしたら、皆はやっぱり喜んでくれて。あいつらのおかげで俺は、DMを嫌いにならずに済んだ)

 

 潰れ、消えていくはずだった自分を最初に救い出してくれたのは……雪乃。

 けれど、彼女との居場所さえも失い、どうしようもなくなっていた自分を救ってくれたのは……アメリカの連中だったから。

 

「さあ、あんたのターンだぞ。――カイザー」

 

 雪乃が肯定してくれて、アメリカの〝友達〟が救い出してくれて。

 十代や祇園、三沢といったメンバーが目指してくれている……『如月宗達』という〝強さ〟を。

 ――嘘にはしない。

 そうは、させない。

 

 だって、それだけが。

 勝つことだけが――今の自分を証明する手段だから。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「俺のターン、ドロー」

 

 宗達の宣言を受け、カイザーはデッキからカードをドローする。状況は正直、そこまで良くはない。宗達のフィールドには伏せカードが二枚と『デモンズ・チェーン』があり、特にデモンズ・チェーンはこちらの『サイバー・ツイン・ドラゴン』を縛っている。

 こちらの場には『パワー・ボンド』で攻撃力が二倍となっているサイバー・ツイン・ドラゴンと伏せカードが一枚。モンスターの攻撃力的にはこちらが優勢だが、そんなものは如月宗達には通用しないだろう。

 

(その上、向こうは手札が五枚あるのに対し俺は手札が二枚……聞いていた通り、彼には『巧者』という言葉が良く似合う)

 

 如月宗達の弱点として『ドロー運の無さ』が挙げられる。これはカイザーたる丸藤亮が師範から聞いた言葉だが、手札0からの逆転というものを如月宗達は今まで一度も行ったことがないのだとか。

 元々手札を全て消費するようなデュエルをしないというのもあるのだろうが、彼が操る『六武衆』というカテゴリはその圧倒的な展開力こそが持ち味だ。それがこうも鳴りを潜めているということは、やはり手札が悪いのだろう。

 故に防御札や妨害札を入れるしかなく、それによってまた手札の事故が増える。

 

(外野がうるさいが……俺はキミのことを卑怯だとは思わない。キミは俺を最大限に警戒し、全力で向かってきている。慎重に手を進めているのもそれが理由だろう。全米オープン五位入賞……それは卑怯者が辿り着けるような領域ではない)

 

 全米オープンはプロも参加する大規模な大会だ。彼が出場したのはU―25部門でこそあるが、あの大会には日本より桐生プロが出場していたし、その他にも本郷プロや何よりも〝祿王〟が参戦していた。そんな中で五位を獲ることが如何に難しいか……想像は難しくない。

 

(ならば、こちらも全力で向かわせてもらおう)

 

 相手はこちらと同等――それぐらいの覚悟で挑む。

 

「俺は手札から魔法カード『大嵐』を発動! フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する!」

 

 これが通れば、そのまま戒めを解かれたサイバー・ツイン・ドラゴンでゲームエンドだが――

 

「リバースカード、オープン。カウンタートラップ『魔宮の賄賂』。相手はカードを一枚ドローし、魔法・罠の発動を無効にして破壊する」

「む、成程……ドロー」

 

 カウンタートラップの中ではかなりスタンダートなカードである『魔宮の賄賂』により、カイザーの『大嵐』が無効にされ、カイザーがカードをドローする。宗達の表情を見る限り、この程度は想定内だというところか。

 

『今度はカウンタートラップ……!』

『どこまで卑怯なんだよ……!』

 

 再び聞こえてくる罵声。宗達は表情を変えない。まるでこれが当たり前のことであるかのように、涼しい表情をしてこちらを見ている。

 この状況は、言ってしまえばカイザーがホームといった状態だ。それでも普通、ここまでのブーイングは有り得ないものだが……。

 

(気を取られるな。俺は俺の全力を以て戦えばいい)

 

 一度静かに深呼吸をすると、カイザーは前を見た。

 罠を張るならばそれでもいい。その全てを――超えるだけだ。

 

「俺は手札から『サイバー・フェニックス』を召喚!」

 

 サイバー・フェニックス☆4炎ATK/DEF1200/1600

 

 炎の中から、一機の鳥が現れる。サイバーの名に相応しい機械仕掛けの鳥は、宗達を見て大きく嘶いた。

 

「バトルだ! サイバー・フェニックスでダイレクトアタック!」

「…………」

 

 宗達LP2000→800

 

 宗達のLPが1000を切る。周囲から歓声が上がったが、カイザーは難しい表情をしていた。今の攻撃、あの伏せカードで迎撃されると思っていたのだが……。

 

「……俺はターンエンドだ」

 

 とはいえ、できることはこれ以上存在しない。カイザーはターンエンドを宣言する。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 高火力のカイザーと、展開力の宗達。一瞬で決まると思われていたデュエルは、長期戦の様相を呈していた――

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

『ねぇ、あなたが強いと聞いたのだけれど……本当?』

『いきなりだな、オイ。誰だよ』

『あら、クラスメイトである私のことを覚えていてくれないなんて……少し、ショックね。傷ついたわ』

『興味ねぇからな。で、何だ? 校舎裏で一人惨めに弁当食ってる俺を笑いに来たのか?』

『まさか。……どうして食堂へ行かないのかしら?』

『陰口叩かれんのわかっててそんなとこ行くわけがねー。クラスメイトならわかってんだろ。俺がどんだけ嫌われてるかくらい』

『醜い嫉妬ねぇ……。女のそれは華になることはあっても、男のそれは惨めなだけよ』

『それには同意するが、数の暴力ってのがあってな。数が多い方が正義なんだよ、今の世の中』

『なら、あなたは悪なのかしら?』

『悪じゃねーの? 何人か再起不能にしてっし、素行不良だし』

『……フフッ、面白いわねアナタ……♪』

 

 

 最初に出会った時は、変な女だと思った。同時に、またか、とも。

 学校中から嫌われる人間がどんな奴なのか。もう入学式が終わって三か月も経つのに、一人で飯を食べている人間を面白がっているのだろうと。

 そんな風に思ったのを……覚えてる。

 

 

『……こんなもんでいいか?』

『あぁん、もっとぉ……♪』

『デュエルするだけで無駄にエロい声出すな! オマエ本当に中学生かよ!?』

『あら、スタイルと容姿は抜群だけれど、確かに私は中学生よ?』

『自分で言うのかよ。……で、満足か? つーか、授業サボって良かったのかよ』

『フフッ、その言葉はそのままお返しするわ』

『俺はいーんだよ。学年トップだし。授業なんざ出なくても成績とれてるし』

『……私もね、少し退屈だったのよ。つまらないオトコばかりで、毎日がブルー……』

『何かオマエ、ため息がエロい』

『オ・マ・エなんて他人行儀ねぇ……雪乃、って呼んで頂戴?』

『あん?』

『私はね、強いオトコが好きなの。――気に入ったわ』

『アア、ソウデスカ』

『あら、もっと喜んだら? 私に褒められると、他のオトコは泣いて喜んで「踏んでください」って言うわよ?』

『それオマエの周囲の奴がおかしいだけだからな!? それが男のスタンダートじゃねぇからな!?』

『ほら、またオマエ。雪乃、って呼んで?』

『……雪乃』

『フフッ、ありがとう♪ 私も、宗達、って呼ばせてもらうわね?』

『ご自由に』

『ねぇ、宗達?』

『何だよ、雪乃』

『フフッ♪ 何でもないわ♪』

『……よくわかんねぇ奴だな』

 

 

 その時は、正直『わけのわからない女に絡まれた』程度にしか考えていなかった。

 けれど、後に気付く。

 ……悪意以外の感情を他人から向けられたのは、中等部に入ってそれが初めてだったんだって。

 

 

『今日も大活躍だったな』

『ええ、もう少しで宗達と同じ一桁台に上がれるわ』

『俺は学年一位だけどな』

『そのあなたに校舎裏でこうして特訓してもらったから勝てているのよ。感謝してるわ』

『……なあ、雪乃。オマエ、ここに来るのやめろ』

『……どうしてかしら?』

『自覚してるんだろ。オマエ、俺と一緒にいるせいで変な目で見られてるぞ』

『…………』

『他人が関わろうとしない人間には、自分の関わるべきじゃねぇ。世の中ってのはそういうもんだ』

『悟ったようなことを言うのね』

『こんな経験してるとな。世の中なんてどうしようもねぇって……そんな風に思うんだよ』

『……わかったわ。サヨナラ、宗達』

 

 

 こうすることが一番だと思った。雪乃にまで、自分と同じ思いはさせたくない。

 そんなくだらないことを、思っていて――

 

 

『今日の相手は……っと。……雪乃』

『久し振りね』

『ああ。遂に、トップ4に入って来たのか』

『ええ。時間はかかったけれど、ね』

『一ヶ月も経ってねぇじゃねぇか。……まあいいや、やろうか』

『その前に、一つだけいいかしら?』

『何だ?』

『私が勝ったら、私と付き合いなさい』

『…………は?』

『あなたの隣に立つために、私は努力をした。そしてようやく、ここまで来た。……どうかしら?』

『……俺は――』

 

 

 あの日のことを、一生忘れないと思う。

 一人だったのが、二人になった日。

 それが、この日だったから。

 

 彼女が〝強い〟といってくれ、目指してくれた自分。

 それを、嘘にしないために。

 ――必ず、勝つ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 引いたカードを確認する。手札はこれで六枚。……状況は悪くないが、このままだと面倒なことになりそうだ。何より『サイクロン』を引かれてしまうだけで攻撃力5600の二回攻撃が暴れ出す。

 ならば、ここで動いておくことに――意味はある。

 

「俺は手札から永続魔法、『六武衆の結束』を発動。このカードには最大二つまで、『六武衆』と名のついたモンスターの召喚・特殊召喚成功時にカウンターが乗っていく。そしてこのカードを墓地に送ることで、乗っているカウンターの数だけカードをドローできる。そして俺は『六武衆―ザンジ』を召喚。更に場に『六武衆』と名のついたモンスターがいる時、このモンスターを特殊召喚できる。『六武衆の師範』を特殊召喚」

 

 六武衆―ザンジ☆4光ATK/DEF1800/1300

 六武衆の師範☆5地ATK/DEF2100/800

 六武衆の結束 0→2

 

 場に二体のモンスターが一瞬で並ぶ。宗達は更に手を進めた。

 

「六武衆の結束を墓地に送り、二枚ドロー。……バトルフェイズ。師範でサイバー・フェニックスへ攻撃」

「リバースカード、オープン! 『ガード・ブロック』! 戦闘ダメージを受けた時に発動でき、そのダメージを0にすると同時にカードを一枚ドローする! そして破壊されたサイバー・フェニックスの効果発動! 攻撃表示のこのモンスターが戦闘で破壊された時、カードを一枚ドローする!」

「……手札を補充されたか。一筋縄じゃいかないなー、やっぱり。俺はカードを一枚伏せて、ターンエンド」

 

 カイザーのドローに会場が湧く中、小さく呟く。戦うこと自体は出来ているが、それだけだ。

 どうにも攻め手が足りない。

 

(つーかさ、やっぱ……強いな)

 

 アカデミアの頂点であり、絶対的なカリスマを誇る帝王――丸藤亮。弱いとは思っていなかったが、やはり……強い。

 

(……ジュニアで優勝してるような実力者だ。弱いわけがねぇのもわかってた。それに、やっぱさ……憧れてた俺もいるわけで)

 

 勝利することでしか自分自身の居場所も、立場も守ることができなかった宗達にとって。

 誰にも敗北しない〝最強〟とは、誰よりも憧れる存在だ。

 

(けど、ここで勝てば……俺が〝最強〟だ)

 

 相変わらず手札は悪く、どうにも攻めに行けないけれど。

 それでも、やれることはある。

 

「俺のターン、ドロー。――手札から魔法カード『サイクロン』を発動! これにより、デモンズ・チェーンを破壊する!」

「…………む」

 

 序盤からずっと二頭の機械竜を縛り続けていた鎖が破壊される。戒めを解かれた龍が、歓喜するように咆哮した。

 会場が大いに湧く。宗達が圧されている状況になった瞬間に湧くのだから……本当にわかり易い。

 

「バトルだ! サイバー・ツイン・ドラゴンで六武衆―ザンジへ攻撃!」

「させるか! リバースカード、オープン! 『次元幽閉』! サイバー・ツインを除外する!」

 

 ザンジへと襲い掛かろうとしたサイバー・ツイン・ドラゴン。しかし、ザンジの目の前に現れた次元の穴に吸い込まれ、消滅する。

 次元幽閉――攻撃してきたモンスターを問答無用でゲームから除外する強力なカードだ。

 

「成程、突破するのは本当に骨が折れる。……俺は『サイバー・ヴァリー』を召喚し、カードを一枚伏せてターンエンドだ」

 

 サイバー・ヴァリー☆1ATK/DEF0/0

 

「また面倒臭いカードを……。俺のターン、ドロー」

 

 小さく呟く。サイバー・ヴァリー。複数の効果を持つモンスターだが、この場合厄介なのは攻撃した場合だ。サイバー・ヴァリーは攻撃対象になった時、このカードを除外することでバトルフェイズを強制終了させるという効果を持っている。更に一枚ドローのおまけつきだ。

 面倒なカードだ。しかもそろそろ防御の種が切れてきた。そうなると――

 

「自分フィールド上に二体以上の『六武衆』と名のつくモンスターがいる時、このモンスターは特殊召喚できる。――『大将軍 紫炎』を特殊召喚!」

 

 大将軍 紫炎☆7炎ATK/DEF2500/2400

 

 紅い甲冑を身に纏う将軍が現れる。侍たちの長であり、宗達の切り札であるモンスターだ。

 

「ザンジでサイバー・ヴァリーに攻撃!」

「サイバー・ヴァリーの効果発動! このカードが攻撃対象になった時、このカードを除外してバトルフェイズを強制終了する! そして一枚ドロー!」

「面倒臭い……くっそ、下手なもんだしても的になるだけだしな……ターンエンド」

 

 放置も考えたが、居座られるのはそれはそれで面倒だ。故に攻撃したのだが……やはり、ドロー能力は面倒臭い。

 

「俺のターン、ドロー。……相手フィールド上にモンスターが存在し、こちらにモンスターがいない時、このカードは特殊召喚できる。『サイバー・ドラゴン』を特殊召喚!」

「ま、そうくるよな」

 

 サイバー・ドラゴン☆5光ATK/DEF2100/800

 

 カイザーのフィールドに現れる、一体の機械竜。サイバー流を象徴するモンスターであり、その汎用性の高さ故にかなりの高額で取引きされているカードだ。

 だが、単体では紫炎には勝てない。このままでは宗達が返しのターンで決めてしまうが――

 

「リバースカード、オープン! 永続罠『DNA改造手術』! このカードが存在する限り、フィールド上に存在するモンスターは全て宣言した種族となる! 俺は『機械族』を宣言する!」

「機械……?――ってまさか……!」

「そう――この融合モンスターはサイバー・ドラゴンとフィールド上に存在する機械族モンスターを墓地に送り、『融合』のカードを必要とせず特殊召喚できる。俺の場のサイバー・ドラゴンと相手モンスター三体を墓地に送り――『キメラティック・フォートレス・ドラゴン』を特殊召喚!!」

 

 キメラティック・フォートレス・ドラゴン☆8ATK/DEF0/0→4000/0

 

 現れたのは、巨大な機械の蛇。サイバー・ドラゴンの面影こそあるものの、その輝きはどことなく鈍い。

 相手のモンスターを条件さえ合えば巻き込むという凶悪な効果を持つモンスター。その効果の性質上避けることは困難なモンスターだ。それを見て、宗達は苦い顔をする。その攻撃力は素材にしたモンスターの数×1000ポイント――最早、圧倒的だ。

 

「バトルだ! キメラティック・フォートレス・ドラゴンで攻撃!」

「リバースカードオープン! 『和睦の使者』! このターンの戦闘ダメージを0にし、モンスターを戦闘破壊から防ぐ!」

「この場合はダメージだけか。……俺はターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー……!」

 

 サイバー流の特徴の一つはその高火力だ。それはわかっていたが……この手札では、碌なことができない。

 今の宗達の手札は、『六武衆推参』、『真六武衆―シナイ』、『真六武衆―カゲキ』、『諸刃の活人剣術』、『六武衆の結束』だ。この手札でできることは……本当に限られている。

 六武衆の結束を使い、カードを二枚引くことは可能だ。だが、それは逆に何も引くことができなかった時に終わることを意味している。

 

「…………ッ」

 

 デッキを見つめる。この状況を打破できるカードは、最早宗達のデッキには三種類だけ。ここでどうにかしなければ、カイザーのことだ。次のターンで殺しにくる。

 まだ引けていない『ブラック・ホール』と『六武衆の荒行』、『真六武衆―ミズホ』を引ければ、あるいは可能性があるのかもしれないが――

 

『何だよ、打つ手がないのか?』

『ははっ、所詮は卑怯者だな。こんなことだろうと思ったぜ』

『今までの勝ちも全部イカサマだったんじゃねぇか?』

 

 聞こえてくる、嘲笑の声。普段なら気にもならないはずなのに、酷く、耳に響く。

 打つ手はある。けれど、それは不確定なドローに賭けるしかなくて。

 如月宗達には、そんな力はなくて――

 

 

「――いい加減にしろ!!」

 

 

 響き渡った、一喝に。

 会場の全てが……動きを止めた。

 

「お前たちは俺たちのデュエルの何を見ていた!? 卑怯者!? 如月のどこが卑怯者だ!! 彼は俺を最大限に警戒し、その上で全力で向かってきている!! 真の卑怯者は集団で如月を貶めようとするお前たちだ!!」

 

 声を発したのは、宗達の眼前にいる男。

 帝王――丸藤亮。

 

「お前たちのどこにリスペクトがある!? 如月が何も言わずにいたからこそ俺も黙っていたが……これ以上は容認できん!! 真の恥知らずは!! リスペクトを汚しているのはお前たちだ!! 俺も如月も全力で向かい合っている!! そこに卑怯も汚いもない!! 俺たちのデュエルをこれ以上汚すつもりならば俺が相手になろう!! 今すぐ降りてくるといい!!」

 

 放たれたその言葉に、応じる者はいない。

 静まり返った会場は、二人を見つめている。

 

「邪魔をしたな、如月。ターンを続けてくれ」

「……どうも」

 

 言われるが、どうしようもない。耐えようと思えばモンスターを並べて二ターン……否、一ターンなら耐えることができるだろう。

 だが、それならば六武衆の結束によるドローに期待すべきだ。このままではじり貧には違いない。

 ……けれど。

 ドロー運のない自分が、目的のカードを引ける確率など――……

 

「何やってんだよ宗達!!」

 

 不意に聞こえてきたのは、背後からの応援の声。

 振り返ると、十代たちがこちらを見ていた。

 

「宗達ならまだ打つ手があるんだろ!? 俯くなよ!! お前らしくないだろそんなの!!」

 

 安く物を言ってくれる。相手はカイザーだ。そう簡単に事が運べば苦労しない。

 けれど。

 

(……雪乃)

 

 祈るようにして額の前で両手を合わせ、瞳を閉じる少女の姿。

 その姿を見て、ああ、と宗達は納得した。

 ――どの道、打つ手なんて一つじゃないか。

 

「……待たせたな、カイザー」

「いや、問題ない」

「腹は、決まったよ」

「そうか。――来い」

「ああ」

 

 頷き、そして。

 宗達は、可能性へと手をかける。

 

「俺は手札より永続魔法『六武衆の結束』を発動! そして手札より『真六武衆―カゲキ』を召喚! 更にカゲキの効果発動! 召喚成功時、手札からレベル4以下の六武衆を特殊召喚できる! この効果により、『真六武衆―シナイ』を特殊召喚!」

 

 真六武衆―カゲキ☆3風ATK/DEF200/2000→1700/2000

 真六武衆―シナイ☆3水ATK/DEF1500/1600

 六武衆の結束0→2

 

「そして六武衆の結束の効果を発動! このカードを墓地に送り、カードを二枚ドローする! 俺は、俺は――……ッ!!」

 

 引けなければ、敗北。

 そして、如月宗達にはドロー運がない。

 博打にもならない賭けだ。普通に考えて、いつもの流れを考えれば――

 

 ――でも、ここしかねぇ……!!

 ここで勝つしか、俺には生き残る道はねぇんだよ……!!

 

 勝たなければ、強くなければ。

 如月宗達は、生き残ることさえ……できないから――

 

「二枚、ドローッ!!」

 

 手札を、見る。

 引いた、カードは。

 

『六武の門』

『紫煙の道場』

 

 ――引けなかった。

 望んでいたカードは、手札に来なかった。

 

(まあ、そうだよな……ああ、ちくしょうが)

 

 勝ちたかった。どうしても。

 ここで勝つことが、できなければ。

 如月宗達は、また黄昏の日々に落ちていくというのに――

 

「俺は……ターンエンドだ」

 

 ターンの終了を宣言する。防ぐカードがない上、元々カイザーは伏せカードがあっても踏み込んでくるタイプだ。ブラフに意味はない。

 それに……このデュエルではもう、そんな足掻きをすることさえ億劫だった。

 

「俺のターン、ドロー。……いいデュエルだった。故に、俺もお前に一つの覚悟を見せよう。――俺は手札から魔法カード『オーバーロード・フュージョン』を発動!! フィールド・墓地から融合素材となるモンスターを除外し、機械族の融合モンスターを特殊召喚する! 俺はフィールド・墓地より合計五体のサイバー・ドラゴンを含むモンスターを除外し――『キメラティック・オーバー・ドラゴン』を特殊召喚!!」

 

 キメラティック・オーバー・ドラゴン☆9闇ATK/DEF?/?→4000/4000

 

 現れたのは、五つの頭を持つ混成の機械竜だった。素材モンスターの数×800ポイントの攻守を持ち、同時に素材の数だけモンスターに攻撃できるという能力を持つモンスター。

 その姿を見、鮫島校長が立ち上がる。

 

「い、いけません! そのカードはリスペクトに反した――」

「――ならば師範! 相手の戦術を批判し! あり方を批判し! あまつさえ俺に如月を倒せと指示を出すあなたのどこにリスペクトがあるのですか!?」

 

 鮫島校長に、凄まじい怒気を込めた言葉を返すカイザー。そのまま、カイザーは鋭い視線を鮫島へと向ける。

 

「俺はもうあなたを『師範』などとは呼ばない! 俺の信じるリスペクト・デュエルはここにある!――往くぞ、如月!! キメラテック・オーバー・ドラゴンで攻撃!! エヴォリューション・レザルト・バースト!! 五連打ァ!!」

「――――ッ!!」

 

 宗達LP800→0

 

 宗達のLPが、0を通過し。

 長い長いデュエルが、これで幕を閉じた。

 静まり返る会場。その中央で。

 

「見事!! 素晴らしいデュエルだったノーネ!!」

 

 一番最初に声を上げ、拍手をしたのはクロノスだった。それにつられるように、周囲からも歓声が上がる。

 そして、カイザーと宗達は互いに歩み寄ると、握手を交わした。

 

 ――それが、このデュエルの結末だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 森の中、一人の少年の背中を見つける。

 幾度となく憧れて、そして……いつの間にか恋した、その背中を。

 

「こんなところにいたのね」

「……雪乃か」

 

 宗達は振り返らない。ただ、虚空を見つめている。

 その背に向かい、お疲れ様、と雪乃は言葉を紡いだ。

 

「頑張ったわ、あなたは。本当に……頑張った」

「珍しいな、雪乃がそんな風に言うなんて。明日は雨か?」

「そうかもしれないわね」

 

 二人の距離は、近くて遠い。

 視線を交わさぬままに、二人は言葉を交わし合う。

 

「……ごめん」

 

 ポツリと、呟くように宗達はそう言った。

 

「俺……負けちまったよ」

 

 勝たなければならなかったのに。

 どうしても――勝ちたかったのに。

 

「情けない姿を見せて……本当にごめん」

「……情けなくなんて、ないわ」

 

 宗達と背中合わせになる位置へ、雪乃が座り込む。

 軽く体重を預けると、温かさが背中に伝わってきた。

 

「格好良かったわ」

「……そう、か」

「ええ。あなたは私が認めたオトコだもの。私が認めて、憧れて……人生で初めて、想いを寄せた人。勝たなければ終わりってあなたは言うけれど。それは間違いよ。何があっても、私はあなたを裏切らない。あなたは私を守ってくれた。だから今度は、私の番」

「いいのか。こんな……情けない、馬鹿野郎で」

「言ったはずよ。私はあなただから、如月宗達というオトコだからここでこうしているのよ。……初めて出会ったあの時から、私はずっとあなたに憧れていた。あなたの強さと優しさに――恋をした」

 

 そんなあなたが格好悪いはずがない、と。

 雪乃は、宗達の手に自身の手を重ねながら言葉を紡いだ。

 

「あなたはいつだって……私の〝ヒーロー〟なんだから」

 

 たった一人で、ボロボロになって。

 一人きりでいるのが、誰よりも怖いくせに。

 それでも、その怖さを押し殺してまで……私を守ろうとしてくれた最愛の人。

 

「――ありがとう」

 

 宗達が、そう言葉を紡ぎ。

 小さく、頷きを返す。

 そこから先はもう……互いに言葉はなかった。

 必要――なかった。

 

 

 居場所を守り続けるため、勝ち続けることを自らに課していた一人の少年。

 彼は、目指し続けた〝最強〟に敗北する。

 ――けれど、それでも。

 彼には、帰るべき居場所が……あった。

 

 

 丸藤亮、遊城十代。

 アカデミア本校代表として、〝ルーキーズ杯〟出場決定。














代表戦、決着!!
勝者は、『帝王』ッ!!


というか宗達くんのドロー運ではチートドロー相手は厳しい。
十分善戦しましたが……。



さーて、これでようやく〝ルーキーズ杯〟だー!!


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第十八話 迫る決戦、始まりの場所

 冬休み。例年なら実家に戻ることなく、アカデミア本島でその期間を過ごす者は多い。大会などに出場する者は別だが、この時期は大会自体が多くないためそれも稀だ。

 しかし、今年は違った。

 例年とは逆――ほとんどの者がアカデミア本島から離れ、本土へと向かっている。

 

「それデ~ハ、シニョール丸藤の健闘を祈って乾杯ナノーネ!」

 

 本土へと向かうフェリーの中にある食堂に、クロノスのそんな声が響き渡った。彼の側にはアカデミアの『帝王』こと丸藤亮が立っており、その後ろの横断幕には『丸藤亮 壮行会』と書かれた横断幕が掛けられている。

 丸藤亮の名前の下に、それこそ目を凝らさなければわからない程度に『遊城十代』と書かれているのがクロノスらしい。

 

「かんぱ~い!!」

 

 その場にいる者のほとんどはレッド生やイエロー生が中心だ。ブルー生もいるにはいるが、微妙に気まずそうな表情をしている。

 それはそうだろう。先日行われた代表選考デュエル。その場で集団になってカイザーの相手となっていた『侍大将』如月宗達のことを罵倒し、嘲り……その結果、カイザーの怒りを買うことになったのだから。

 その後、カイザーとレッド生やイエロー生、女生徒を中心としたブルー生とブルー男子の間で一つの衝突が起こり、今のブルー生は相当肩身が狭いことになっている。とはいえ、ブルー男子全員がそうというわけではなく、一部の者はカイザーや宗達の側に付き、そういう者はこの場にいるのだが……それでも気まずい思いはあるのだろう。端の方で静かにしている。

 

「そんな端っこにいないで一緒に騒ごうぜ!」

 

 そんな彼らへ何の躊躇もなく絡んでいくのは、亮と同じくアカデミア本校代表として〝ルーキーズ杯〟へ出場する十代だ。彼に対してブルー生は相当酷いことを言ってきたはずだが、彼自身そんなことは微塵も気にしていない。そんな彼の言葉を受け、戸惑いながらもブルー生たちは輪の中に入っていく。

 そんな光景を眺めながら、天上院明日香は苦笑を零した。やはり、十代は変わった人間だ。普通ならブルー生に自分から関わりに行くなどということはしないだろうに……特に、宗達への仕打ちを見た後ならば。

 

「ホント、変な奴」

 

 苦笑を零す。入学試験の時から目を付けていたとはいえ、こうして見ると本当に不思議な少年だ。面白い、と思う。

 そんな風に、明日香が十代をぼんやりと眺めていると――

 

「おい、〝ルーキーズ杯〟のことをテレビでやってるぞ!」

 

 食堂に設置された大型テレビを指差し、誰かがそんなことを口にした。全員の視線がそちらを向く。

 その画面に映されていたのは、アカデミア本校の生徒ならばなじみ深いプロデュエリスト――〝アイドルプロ〟桐生美咲だった。人気番組である『初心者のためのデュエル講座』で、宝生アナウンサーと共に〝ルーキーズ杯〟について説明している。

 

『桐生プロ、三日後に行われる〝ルーキーズ杯〟ですが……』

『美咲ちゃん☆って呼んでくれてええんですよー? まあ、それは置いておいて。日程としては、初日にプロの有志による交流会と、一般参加枠の予選があります』

『まず、予選の方から窺ってもいいですか?』

『はい。事前申し込みでも当日飛び入りでも歓迎ですが、朝九時より開始します。目的は埋もれている人材を発掘することなんですけど……正直、凄まじい厳しさですよコレ。参加者全員でデュエルしていって、最後の二枠になるまでデュエルするんです』

『二枠ですか? 一枠と聞いていましたが……』

『当初の予定ではそうやったんですけど、アカデミア・ノース校の棄権で枠が空きまして。一般枠は二つになったんです。ルールは単純。ひたすらデュエルして、負けたら退場。残り二人になるまでそれを行い、残った二人が本選出場です』

『なんというか、過酷ですね。厳しくはありませんか?』

『でも、それぐらいやないと他の参加者とは釣り合いませんよ? プロに加えて、アカデミアのトップデュエリスト。日本ジュニアの優勝、準優勝者。ペガサス会長の秘蔵っ子もいますしねー』

『成程……』

『それに、これでも全日本ジュニアに無名選手が最初の予選から本選に行くよりも楽なんですよ? 何度か出場して実績残して、それで本選ゆーんが普通ですから』

『……実際にそれを成し遂げ、優勝までした桐生プロの言葉だと信憑性が低いですね』

『あっはっは。ウチの事なんてどーでもええんです。けど、逆にですね……こんな過酷な予選を突破できる人材なら、期待できると思いませんか?』

 

 冬休みに入ると同時に、桐生美咲は生徒たちに冬休み用の課題だけを渡して本土へ戻っていった。相変わらずテレビではよく見かけるし、試合でも活躍している。本当にあの体のどこにそんな体力があるのかを疑いたくなるくらいだ。

 鮫島校長と衝突したという話は聞いたが、特に彼女はそのことについて何も言っていない。気にはなるが……考えても仕方がないだろう。

 

「ジュンコとももえは予選に出ないの?」

「私はちょっと……勝てる気がしないので」

「私もですわ。カイザーと同列など……」

 

 明日香の問いに、二人は首を左右に振る。……正直、気持ちはわかる。一応出てみたいとは思っているが、明日香自身、勝ち上がれる自信はない。

 そもそも負けることが許されないということは、イコールで『手札事故さえ許されない』ということになる。一戦二戦ならともかく、数をこなすとなれば勝ち上がるのは難しい。

 

「成程……雪乃は――って、あれ?」

 

 隣にいると思っていた同級生が、いつの間にか姿を消していた。首を傾げていると、ジュンコがああ、と声を上げた。

 

「雪乃さんならさっき一人で出て行きましたよ」

「そう……。宗達がどこかへ行っちゃったみたいだから、心配したんだけど」

「ブルー生との争い事を更に加速させてから消えてしまいましたわね」

「真っ向から喧嘩を受けてたものね」

 

 ももえの言葉に苦笑を返す。そう――如月宗達、『侍大将』と呼ばれるデュエリストはアカデミアから姿を消した。

 逃げた、とブルー生の中には彼を嘲るようなことを言う者がいたが、それが再びカイザーを含める他の寮生たちの怒りを買い、アカデミアは一時期本当に比喩ではなく戦争状態だった。冬休みに入ったこと、クロノスや響といった教師陣が中心になって仲裁に入ったからどうにかなったものの、下手をすればアカデミアが崩壊していたことさえあり得る。

 アカデミア本校は陸の孤島だ。故に、閉鎖社会になり易い。こういったことが起こった時、外からの介入が行い難いのは……教育機関としてはどうなのだろうかと明日香は思う。

 まあ、とりあえずは冬休みだ。この間に熱が冷めればいいと明日香は思う。

 

『とりあえず、アカデミアの生徒がどこまでやれるかが個人的には注目ですねー』

『専門学校の生徒ですからね。アカデミア本校にはジュニア大会でも優勝経験のある丸藤亮選手がいますが』

『ま、その辺含めて注目です。特に本校は最古参ですし、他に負けたら島にまで建てた意味がないというか。ウチも非常勤で講師やってますから、頑張って欲しいですねー』

 

 笑いながらテレビの中でハードルを上げてくる美咲。クロノスが青い顔をしているが、挑発とも取れるその言葉に亮と十代はむしろ燃え上がっているようだ。

 その光景を見ながら、明日香は思う。

 ――楽しみだな、と。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 フェリーの看板で風を浴びながら、藤原雪乃は一人で佇んでいた。その手には、大事そうに握られている一つのデッキがある。

 

「……馬鹿ね。こんなものだけ残して行って」

 

 雪乃が持っているデッキのカードは、全てが英語表記のカードだ。こちらではまだ発売されておらず、海外で先行販売されているとある儀式テーマのカード群だ。

 名を、『リチュア』。

 アメリカに渡っていた時にこのカード群の話を聞いた宗達が、アメリカにいる友人たちに頼んで集めたとのことらしい。アカデミアから去る直前、宗達は雪乃にこれを渡したのだ。

 

『ちょっと、強くなってくる。オマエの両親にも認めてもらえるくらい、強く』

 

 丸藤亮に負けたこと自体は、そこまでショックは受けていないと宗達は語っていた。だが、同時にこれでは駄目だとも雪乃に告げた。

 宗達がアメリカに渡るきっかけとなった事件。その事件について、宗達は単身で雪乃の両親に会いに行ったらしい。結果は門前払いで、何日も粘ってそれでも殴られたとのことだ。

 宗達は詳しくは話さなかったが、雪乃は自身の妹よりいきさつは聞いている。

 

〝世間の全てを黙らせるほどの力を持ってからもう一度来てみろ〟

 

 雪乃の父親が宗達に告げた台詞がこれだ。同時に、彼が『孤児』であることについても相当罵倒したらしい。

 それを聞いた雪乃は父親と電話越しではあるが相当な大喧嘩をした。それもあって現在、父親とは口をきけずにいる。母と妹は味方なので、まあどうでもいいといえばどうでもいいが。

 ……いずれにせよ、宗達は目指すつもりなのだろう。

 父が語る、〝力〟を。雪乃の両親は二人共に有名な俳優だ。その娘である雪乃もその道に進むことを期待されている部分があるし、実際、雪乃も迷っている。

 そんな雪乃の相手になるのだ。マスコミはこぞって面白おかしく書き立てるだろうし、特に宗達は叩けば埃が出過ぎるほどに出る。半分ぐらいは彼自身のせいだが……もう半分は世間のせいだろう。

 

「……馬鹿ね、本当に」

 

 ポツリと、彼から貰ったデッキを優しく撫でながら。

 静かに……雪乃は告げる。

 

「あなたがいれば、私はそれだけで良かったのに……」

 

 その、呟きは。

 誰にも届かず……空へと溶けていく。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 アメリカ合衆国北部最大の都市、ラスベガス。

 そこへ向かう電車の中で、一人の少年が退屈そうに欠伸をしていた。

 

「よぉ、坊主。観光か?」

 

 向かい側に座る男性が、少年にそう問いかけてくる。少年は頷きを返すと、だったら、と問いかけた。

 

「何か問題でも?」

「忠告しておいてやる。精々、街のデュエリスト連中に絡まれないようにしな。あそこじゃデュエルの強さが全てだ。観光客でもお構いなしだぞ」

「ふーん。逆に言えば、勝てばいいんだろ?」

「はっはっは。言うじゃねぇか坊主。あの場所はプロデュエリストも裸足で逃げ出す地獄だぞ? お前みたいな子供じゃ無理無理」

「……そんぐらいで丁度いいんだよ」

 

 ポツリと、呟く。

 それと同時に、車内にアナウンスが流れた。

 

「忠告ありがとよ、おっさん」

「おお……って、荷物はそれだけか?」

「デュエリストに、ディスクとデッキ以外のものが必要かよ?」

 

 笑みを浮かべ、列車を降りる。

 地上で最も過酷な、デュエルが全てを決める戦場の地――ラスベガス。

 

「さぁて、一丁〝最強〟――獲りに行くか」

 

 笑みを浮かべ、一人の少年が。

 地獄へと、足を踏み入れた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「一番、菅原ッ!! 歌います!!」

「おっしゃいけー! 演歌祭りじゃー!」

「最近の歌うたえよ若者ー!」

「うっさいボケェ! 最近の歌なんざ知らへんのや!」

 

〝ルーキーズ杯〟の会場となる海馬ドームがある、世界で最も有名な日本の街――童見野町。

 そのホテルの宴会場に、賑やかな声が響き渡っていた。開催が明日に差し迫った〝ルーキーズ杯〟――もっとも、試合自体は明後日体が――の壮行会が開かれているのだ。少ない参加費でホテルへ応援に来れるということもあって、ウエスト校の生徒はそのほとんどが東京に来ている。

 

「それにしても、東京は何や狭苦しいっていうか、空気悪いなぁ」

「ゆーても大阪もそうやん。道頓堀凄いやんか」

「あー、まぁな。せやけど何となく冷たい印象があるっていうか……」

「イメージは確かにそうやねぇ。紅里はどう?」

「えっ? んー、でも、今日道聞いた人は凄い親切だったよ~?」

 

 友人に話を振られ、ウエスト校代表――二条紅里はそう言葉を返した。その様子を見て、まあ、と友人が言葉を紡ぐ。

 

「東京もんにも色々おるやろしな。ただ、『東京アロウズ』は許さん」

「うわ出た、せーこのアロウズアンチ」

「『阪急ジャッカルズ』永遠の敵やで? 友になんてなれへん!」

「でも、今年の阪急は折り返しで最下位だよね~?」

「がふっ!? 紅里、それは言うたらアカン……! FAで大久保が抜けたんがアカンのや! エースのくせに別リーグ行きおって~!」

「落ち着きて。それに今回の大会、東京から神崎プロが出とるやん。それはええの?」

「アヤメプロはええねん。あの人めっちゃいい人やし。実は三重出身やし」

「関係あるのかな、それ……?」

 

 紅里が苦笑を零すが、友人は聞いていない。『阪急ロードバッツ』は関西球団の中で一番の人気を誇る古参チームだ。インターハイや国民決闘大会の会場にもなる甲子園ドームを本拠地に持ち、熱狂的なファンに支えられていることで知られている。

 だが、ここ最近は成績も振るわず、去年大久保プロがFAでチームを抜けたこともあって今年は折り返しの時点で最下位という状態だ。

 そこから始まるプロチーム談義。それをぼんやり聞いていた紅里だったが、こちらへ歩いてくる影に気付いた。

 

「あ、みーちゃんだ」

「うむ。紅里くんが緊張していないかと気になって来てみたが……問題ないようで何よりだ」

「えへへ~」

 

 現れた人物――烏丸澪に、紅里は笑みで応じる。紅里にとって、澪とは尊敬する存在だ。褒められると素直に嬉しい。

 

「おっ、姐さん。仕事の方はいーんですかい?」

「ああ。一度抜けてきた。この後、もう一度戻ることになる」

「はぁー……忙しいッスねぇ」

「まあ、初めての大会だ。私の〝祿王〟という名も役に立つ部分があるのだろうさ。……それより、何故三下のような話し方なんだ?」

「いや、姐さん相手だとどうもこっちが気後れして」

「気を遣う必要はないよ。私も所詮はただの高校生だ。……っと、一つ頂いてもいいかな?」

 

 テーブルに乗っていた料理に澪が手を伸ばす。それを口にし、うむ、と頷くと澪は壇上――男子生徒を中心にいつの間にかカラオケ大会になっている光景へと目を向けた。

 

「それにしても、相変わらずだな。去年のインターハイや国民決闘大会の時も思ったが、この学校はプレッシャーとは実に無縁だ」

「仲良いからね~」

「うむ。仲良きことは美しきかな、だ」

「――そうだっ!!」

 

 紅里の言葉に頷く澪。その瞬間、いきなり立ち上がりながら女生徒が叫び出した。流石の澪も若干驚いている。

 

「いきなりどうした?」

「姉御に入ってもらえばいいんだ! 姉御! 是非阪急に入団を!」

「阪急? ああ、プロチームのことか。そういえば今年は現時点で最下位、今年駄目なら優勝から十年遠ざかっていることになるのだったか」

「姉御なら……! 姉御なら阪急を優勝に……!」

「悪いが、無理だ。そもそも私には興味がない。それに、〝祿王〟のタイトルを持ってしまった今となってはそう容易くチームに入るわけにはいかんのでな」

「ええー……」

「でも、みーちゃんどうしてチームに入らないの? 卒業だし……誘いは来てるよね~?」

「ほぼ全球団から、ドラフト一位で指名したいという話は来ている。全て断っているがな」

 

 澪が肩を竦める。それを見て、勿体ない、と女生徒が声を上げた。

 

「姐さんって、卒業したらどないするんですか?」

「今のところは進学だな。幸い、タイトルに挑戦しようとする者が大勢いるおかげで金には困っていない。その後どうするかは決めていないが」

「プロとして活動はしていかないんですか?」

「おいおい、私はプロだぞ。……ライセンスは家に置きっ放しだが」

「ええー……」

「まあ、〝祿王〟のタイトルを譲り渡すに相応しい相手が出てくるまではこのままだろうさ。……さて、時間も丁度いい頃合いだ。明日は自由行動なのだろう? 羽目を外さないようにな?」

 

 微笑みながらそう告げ、立ち去ろうとする澪。その際、思い出したように周囲を見回しながら紅里へと問いかけた。

 

「そういえば……少年はどうした?」

「ぎんちゃんなら見てないよ~? 今日、朝から用事があるって一人でどこかへ行っちゃってて……」

「ふむ。……ありがとう。それでは、さらばだ」

 

 立ち去っていく澪。その背を見送り、女生徒がポツリと言葉を零した。

 

「姉御ってさー、あの転校生に随分入れ込んどるよなー?」

「惚れとるんちゃうの?」

「マジで!?」

「うーん、多分違うと思うなぁ」

 

 二人の言葉に、苦笑しながら紅里は言った。次いで、多分、と言葉を紡ぐ。

 

「測ってるんだと思うよ? ぎんちゃんが、どういう人なのか。……みーちゃん、寂しがり屋だから」

 

 苦笑を零す、紅里の表情は。

 まるで、子供を見守る母親のようだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 童見野町の片隅に、その小さなカードショップは存在している。

 近くに大きなカードショップがありながら、少なくない人気を誇るカードショップ。現在、プロデュエリストの中でも上位の実力を持つ〝アイドルプロ〟桐生美咲を輩出したカードショップだ。

 決して広くない店内の奥にあるデュエルスペース。そこに、数人の少年の姿があった。

 

「しっかし、強くなったな祇園。前から結構強かったけど、やっぱアカデミアってすげーのな」

「勝てねー。ムリゲーだろこれ」

「うん。でも、僕より強い人はいっぱいいるよ?」

「うーわ、マジかよ。これでも結構自信あったんだけどなぁ」

「あははっ。あんたこの中で一番弱い癖に何言ってんのよ」

 

 和気藹々とした声が響く。少年たちの中心にいるのは、夢神祇園。彼の周囲には七人ほどの男女がおり、みんな笑顔を浮かべている。

 ――桐生美咲と出会うまで、夢神祇園に友人はいなかった。

 けれど、彼女に出会い……彼女がこのカードショップの知名度を上げ、立て直してから。祇園には初めての友人ができた。

 違う学校の、年齢もバラバラの友達だったけど。

 それでも、大切な友達。

 美咲とプロで戦うことを目指すため、アカデミアを受ける祇園をサポートしてくれたのも……ここで出会った友人たちだ。

 

「それに僕、入学した時は一番下のレッド寮だったしね」

「マジで? お前でそれとか、アカデミアは魔窟かよ」

「うわー、国大怖ぇー。俺ようやく三年でレギュラー獲ったのに」

「本校出てない分、関西とかよりマシだろここは。その分、学校の数クッソ多いけどな。……って手札事故ったー!」

「緑一色ね」

「これはキツい」

 

 談笑しながら、何度もデュエルを繰り返す。温かい感触。思い出の中に会ったこの光景は、少しも間違っていなかった。

 美咲のおかげで人が増えたカードショップ。だが、元々祇園は一人になるため――他者と関われないからこそここに来ていたのだ。故に、その瞬間から彼の居場所は失われた――はずだった。

 だが、美咲を中心に、一つのグループが出来上がり。

 学校も年齢も違う集団に、祇園は入ることになる。

 それが……ここだった。

 

「てかさ、祇園。こっち戻ってきたのって例の大会か?」

「アカデミア本校も出てるもんな。応援?」

「それもあるけど……明日の予選にも出ようかな、って」

「マジで? 祇園も出るのかー。予選突破厳しそうだなー」

「元々無理でしょあんたじゃ」

 

 笑いが零れる。こんな時間がいつまでも続けばいいのに――そんなことを、祇園は何度も思った。

 だが、時が過ぎていく毎に一人ずつ、自分の家に帰っていく。アカデミアに入学した時、帰ることのできる場所を失った祇園にとって……それは、酷く羨ましかった。

 

「じゃあな。明日はお互い頑張ろうぜ!」

 

 最後の一人がそう言って出て行くのを見送り、祇園は一度息を吐く。すると、店長である男性が祇園の側にコーヒーカップを置いてくれた。

 

「あの、飲食は禁止なんじゃ……」

「客が増えた時に対応できんから増やしたルールだ。……お前さんなら構わん。今日はもう閉店だしな」

「……ありがとうございます」

 

 礼を言い、コーヒーカップを手に取る。一口、口にすると……甘さが口の中に広がった。

 

「お前さん、ココアが好きだったろう?」

「……覚えてて、くれたんですね」

「毎日一人でカードリストと睨めっこしてた子供を、そう簡単に忘れはせんよ」

 

 そう言うと、店長は祇園の正面に自身のコーヒーカップを用意しながら腰掛けた。そのまま、それで、と祇園に言葉を投げかけてくる。

 

「何があった?」

「……何の、ことですか?」

「お前のような子供の嘘を見抜けないと思ったか? 伊達にお前の三倍近くは生きていない。……アカデミアのことを話す時、お前さん、辛そうな表情をしてたろう?」

 

 言い当てられ、祇園は一瞬目を見開く。そして、続いて苦笑を零した。

 

「見破られちゃいましたか」

「あの連中は気付いとらんようだがな。まあ、上手く隠していたとは思うぞ。本当に微妙な違和感だ」

「よく、気付きましたね?」

「うちの常連の中でも、最古参の客だ。気付かんわけがない」

 

 その言葉に、祇園は表情を変えた。でも、と言葉を紡ぐ。

 

「僕、カードを買ったことなんて……」

「いてくれるだけで、嬉しいこともある。客のいない店の番ほど、無意味なもんもない」

 

 相変わらず、表情が硬い人だ。だが、この人はいつも一人でいた自分に何も言わなかったし、ただただ見守ってくれていた。

 この人もまた……恩人の一人だ。

 

「…………色々……ありました」

 

 静かに、祇園は語る。自分に――何があったのかを。

 

 両親が死に、一人ぼっちになったこと。

 逃げるようにして、この店に来たこと。

 美咲と出会い、初めて〝友達〟ができたこと。

 共に出た大会で優勝し、そこで一つの約束をしたこと。

 アカデミアを目指し、この場所で努力をしたこと。

 入学はしたものの、最底辺の寮だったこと。

 多くの友達に出会い、学んだこと。

 海馬瀬人に敗北し――退学になったこと。

 二人の〝友達〟のおかげで、どうにかウエスト校に入れたこと。

 約束のために大会出場を目指し、しかし、また敗北したこと。

 明日の予選が、最後の可能性であること――

 

「……これで、全部です」

 

 歩んできた道を語ると、存外受け止めるのは楽だった。

 そういう道を歩んできたのだと……今更ながらに納得する。

 

「そうか」

 

 それに対する返答は、その一言。

 そして――

 

「……頑張ったな」

 

 じわりと、涙が浮かんだ。涙を拭う。しかし、溢れ出して止まらない。

 必死になっていただけだった。そうしなければどうなっていたかもわからないから。

 けれど、辛かったのは事実で。

 今までを認めてもらえたようで……嬉しかった。

 

「昨日な、美咲が店に来た」

 

 不意に、店長がポツリと呟いた。寡黙なこの人物がこうして話しかけてくること自体が珍しいというのに、こうして話を切り出してくることに驚いた。

 

「サングラスだけの変装でな。案の定、大混乱。その場でサイン会と握手会だ。……だが、それが全て終わってから……あの小娘、お前さんのことを話していたよ」

 

 どこか楽しげに、同時に、厳しく。

 男は、語る。

 

「元々、隙を見てはここに愚痴を言いにくる小娘だったが……あそこまで怒っていたことは初めてだ。お前さんを退学にした校長と、倫理委員会……だったか? 許さない、と言っていた。あの小娘があそこまで怒る姿なんて、本当に珍しい」

「美咲がそんなことを……」

「何でも、お前さんだけじゃなく別の生徒の人生も壊そうとしたらしい。……俺が聞いたのは小娘の主観からの話だけだから、中立的ではないが。そんな人間が教師なんて仕事をするもんじゃあない」

 

 俺が言えることでもないが、と苦笑を零し。店長は、言葉を続ける。

 

「だが、世の中なんてのはそんなもんだ。お前は、誰も恨んじゃいないんだろう?」

「……はい」

「なら、それでいい。それに、小娘は言っていたぞ。――〝祇園が本選に来るのが楽しみだ〟、とな」

 

 本選――〝ルーキーズ杯〟。

 そこで、美咲は待っていてくれている。

 

「女は待たせるもんじゃない。いい加減、追いついてやれ」

「……はい」

「俺も応援している。頑張れ、祇園」

「……はい……!」

 

 頷きながら、来て良かった、と祇園は思った。

 ここが夢神祇園の原点だ。ここから全てが始まった。故に来た。

 そして、確認した。

 

 夢神祇園が、何を目指していたのか。

 そして、どこへ向かおうとしていたのか。

 

 明日の予選は、最後の機会。

 必ず勝つと……そう、誓った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ホテルに向かって歩いていると、ベンチに座る人影を見つけた。こんな時間に、しかも寒空の下に誰だろう――そんなことを思っていると、向こうがこちらに気付いて片手を上げてきた。

 

「……やぁ、少年」

「澪さん? 何してるんですか、こんなところで……」

「うむ。少しな」

 

 祇園の問いに、頷く澪。彼女の身体は僅かに震えており、相当な時間ここにいたことが容易に想像できた。

 

「澪さん、今日は大会の件で仕事だったんじゃ……」

「それなら終わったよ。ここにいたのは、まぁ、気分だな」

「はぁ……」

 

 防寒着を着ているとはいえ、この寒空の下で一人ベンチに座っているなど……一体、どういうつもりなのだろうか?

 

「しかし、それにしても寒いな」

「……それ、この寒い中ベンチに座っていた人の台詞じゃないですよね?」

「うむ。故に温めさせてもらうぞ、少年」

「えっ、ちょっ……!?」

 

 いきなり抱きつかれ、動揺する祇園。その祇園へ、澪が静かに言葉を紡いだ。

 

「……私の運を分けてやろう」

「えっ?」

「明日は、頑張れ。今までキミは、必死に前へと進んできた。その悉くが阻まれてきたが……それでも、前へと進もうとしている。そうまでして前に進もうとする者に絶望を与えるほど、世界は残酷ではない」

「勝てる、でしょうか」

「さあ、それはわからんよ。私は神ではない。故に、予測することと信じることしかできない」

 

 祇園の正面に立ち。

 だが、と澪は告げた。

 

「努力する者が、前に進む者が必ず夢を叶えるとは限らない。だが、努力せず、前にも進まぬ者の前に奇跡は絶対に起こらない。――キミはいつだって挑戦者だった。ボロボロになりながら、それでも戦ってきた。あと、もう少しだ」

 

 頑張れ、少年。

 澪は、静かにそう告げて。

 

「――はい」

 

 祇園は、頷いた。














さてさて、小休止の回。

宗達くん強化フラグ
そして祇園くんは学校じゃぼっちだけどカードショップには友達がいたんだよ


そしてなんと……お気に入り400件突破!! え、マジすか?
こんな作品を読んでくださる皆さんに、感謝感謝です!!




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第十九話 開幕、ルーキーズ杯!!

 海馬ランド内に存在している大型のドーム会場――海馬ドーム。

 普段から様々なイベントが開催されている場所であるために人の出入りは基本的に多いのだが……今日のそれは、普段のそれを遥かに上回っていた。

 

『みんなぁ~!! 元気~!?』

『『『いぇーッ!!』』』

『今日は集まってくれてありがとう~!! 早速新曲、歌わせてもらいます!! 聞いてください!!』

『『『美咲ちゃーん!!』』』

 

 画面の中から聞こえてくる歌声と声援。現在、ドームの中心にいる少女――桐生美咲のステージはあくまで前座なのだが、最早それがメインであるかのような様相を呈してきている。流石に昨年末に行われたプロデュエリスト人気投票で二年連続首位を飾っただけのことはある。

 

「相変わらずのようだな、美咲くんは」

 

 その光景を控室で眺め、烏丸〝祿王〟澪は苦笑を零した。今日の彼女はスーツを着込んで眼鏡をかけており、キャリアウーマンのような恰好をしている。

 

「烏丸プロ、そろそろ時間ですので……」

「ん、ああ、ありがとう宝生さん。では、行きましょうか」

「はい」

 

 そんな澪に声をかけたのは、宝生アナウンサーだ。若いながらもフリーで活躍する優秀なアナウンサーで、特にその真面目な性格が幸いしてか災いしてか、現在会場で歌っている桐生美咲と番組で組まされることが多い。

『初心者のためのデュエル講座』における司会であり、インターハイや国民決闘大会でも美咲と共に実況を担当しているので知名度は高い。今回の〝ルーキーズ杯〟でも、澪と共に実況・解説を行うために呼ばれている。

 二人で並んで歩いていく。関係者用の通路だが、スタッフが慌ただしく駆け回っているせいで実に賑やかだ。

 しばらく歩くと、『第二会議室』とプレートの下げられた部屋に着いた。軽くノックをし、二人は部屋に入る。

 

「さて、待たせてしまったなら申し訳ない。ルーキーズ杯出場者の諸君」

 

 部屋の視線が一斉にこちらを向く。すでに十人以上の選手が集まっており、澪は一度全員の顔を見回すと、満足そうに頷いた。

 

「ふむ、流石に誰も彼も良い表情をしている。これは期待できそうだな。……さて、まずは自己紹介といこう。明日より三日かけて行われるルーキーズ杯の解説を務めさせてもらう、烏丸澪だ」

「実況を務めさせていただきます、宝生紗友莉です」

 

 二人で軽く一礼する。すると、ええっ、という声が上がった。

 

「烏丸って……タイトル持ちの烏丸プロかよ!?」

「うむ。キミは――遊城十代くんか。ほう、一年生で抜擢されるとは素晴らしい。期待しているよ」

「は、はいっ!」

 

 流石に〝祿王〟というタイトルは重いものがあるらしい。十代は緊張した面持ちで頷くと、頭を下げてきた。そんな彼に座るようにと促し、澪は言葉を続ける。

 

「さて、彼が言ったように私は〝祿王〟のタイトルを預かっている身だ。とはいえ、委縮する必要はない。この大会において私は解説者でしかなく、主役は諸君らだ。私も一人のデュエリストとして諸君らのデュエルを楽しみにしている。頑張ってくれ」

 

 微笑を零し、激励の言葉を送る澪。それを引き継ぐように、宝生が言葉を紡いだ。

 

「それでは、説明に移らせていただきます。事前にお配りした資料にありますように、当日――即ち、明日に組み合わせが決定されます。一日目は一回戦、二日目は二回戦と準決勝、三日目に決勝戦を行うという日程です。試合そのものは午後からであり、詳しい時間については資料の方をご確認ください。……何か質問はございますか?」

「一つ、よろしいでしょうか?」

 

 声を上げたのは背の高い青年だった。丸藤亮――資料に目を落とし、その青年の名を澪は確認する。

 

「この場に全員揃っていないようですが」

「うむ。一人は諸君らも知ってのとおりステージで熱唱中だ。そして、二人は今現在一般参加枠の予選を行っている。そして残る一人だが……少々トラブルがあったらしく、到着が遅れている。もっとも、今日中には着くようだが。以上で構わないかな?」

「いえ、ありがとうございます」

 

 亮が着席する。それを見て、宝生が言葉を紡いだ。

 

「質問等があれば、挙手でお願いします。……そして、午後からの試合とは別に、午前中――十時からのプログラムですが、強制参加ではありません。一般の方々との触れ合いイベントは、基本的に自由参加とさせていただきます」

「試合前に無理を強いるほどこちらも大人げなくはない、ということだ。まあ、そちらについては主に私が担当させてもらうから余裕があれば参加してくれる程度の認識でいい」

「続いて、控室ですが……この後ご案内させていただきますので、基本的にそちらでお過ごしください。観客席に入って頂いても構いませんが、その際はこちらからの連絡が必ず届くようにお願いします」

「何せ第一回の大会だ。どんな不測の事態が発生するかもわからないのでな」

 

 澪が苦笑しながらそう言葉を紡ぐ。それに全員が頷くのを確認すると、では、と宝生が言葉を紡いだ。

 

「何かご質問はありますか?」

「はい、質問よろしかとですか?」

 

 手を挙げたのは一人の少年だ。アカデミア・サウス校の猪熊義孝――澪は資料を見つつ名前を確認する。

 

「猪熊選手、どうぞ」

「ええと、十時からのプログラムはうちらは何をしたらよかとですか?」

「はい。まず、プロデュエリストの皆さんはペガサス会長との対談やデュエル教室などといったもののサポートをしていただきます。アカデミアの皆さんは専用のブースを設けておりますので、そちらでアシスタントをしていただければ」

「成程、了解です」

「では、他にはございますか?」

 

 宝生が問いかけるが、特に声は挙がらなかった。それを受け、では、と宝生は言葉を紡ぐ。

 

「私と烏丸プロは第一控室か、もしくは会場におりますので……何か御座いましたらお声かけをお願いします」

「では、以上だ。――健闘を祈る」

 

 澪がそう締め、その場は解散となる。プロメンバーは会場に向かう準備を始め――オープニングで美咲が歌っているが、この後にも色々とイベントがあるのだ――他の者たちはどうしようか相談を始めている。

 その光景に微笑を一つ零し、そうそう、と思い出したように澪は言葉を紡いだ。

 

「プログラム中でデュエルをするのは自由だが、参加者同士のデュエルは禁止だ。まあ、普通だがな。……以上」

 

 部屋を出る澪。その澪に、宝生が手元の資料を見つつ言葉を紡いだ。

 

「烏丸プロにはこの後、ペガサス会長との対談がありますが」

「私と会長の対談など需要があるのか?」

「勿論ですよ! 最年少のタイトルホルダーとDMの生みの親の対談です! みんな興味があるに決まっているじゃないですか!」

 

 どこか興奮気味に語る宝生。その姿を見、澪は苦笑を零す。

 

「そう言ってもらえると嬉しいがな。……さて、そういえば予選の方はどうなっている?」

「半分ぐらいは終了したと連絡は来ていますが、出場者はまだ決まっていないようですね」

「誰が出てくるのか、実に楽しみだ」

 

 微笑を浮かべ。

 澪は、肩で風を切りながら歩き出した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 第二会議室。参加者が集まっているその部屋では、様々な会話が飛び交っていた。

 プロ同士の会話や、そのプロに挨拶をするアカデミアの生徒やジュニアチャンプ及び準優勝者。中には面識がある者もおり、様々な会話が行われている。

 特に――

 

「お久し振りです、紅葉さん!」

「久し振りだね、十代。名前を見た時は驚いたよ」

「へへっ」

 

 紅葉の言葉に、十代は照れ臭そうに笑みを浮かべる。〝ヒーロー・マスター〟響紅葉。かつての全日本チャンプでもある彼は、十代にとっては憧れのデュエリストの一人だ。

 

「アカデミアにいることは姉さんから聞いていたが……本当に驚いた」

「へへっ、この大会では紅葉さんに勝たせてもらうぜ」

「それは楽しみだ」

 

 笑みを浮かべる紅葉。だが、その表情は『負ける気はない』と語っていた。そんな紅葉の様子に、ますますテンションを上げる十代。すると、不意に紅葉の肩を一人の女性が叩いた。

 

「響プロ、お知り合いですか?」

 

 そう問いかけてきたのは、年若い女性――神崎アヤメだ。昨年のプロリーグ新人王であり、大学リーグ出身でこそあるがアカデミア本校の卒業生でもある。

 紅葉は頷くと、前に話したことがあっただろう、とアヤメに言葉を紡いだ。

 

「遊城十代。長期療養で入院してた時に知り合った子だよ」

「成程、あの話の。……神崎アヤメです。よろしくお願いします」

「遊城十代です!」

 

 アヤメと握手を交わす十代。その笑顔はまさに純粋な子供そのものだ。

 

「遊城さんはアカデミア本校の出身ですか。後輩ですね」

「えっ、そうなの……ですか?」

「相変わらず敬語は苦手か、十代」

 

 十代の言葉に苦笑を零す紅葉。アヤメも微笑みつつ、ええ、と頷いた。

 

「私はアカデミア本校出身ですから。所属寮はラーイエローでしたが」

「そうなんですか? 俺はレッド寮です」

「レッド寮?……成程、珍しいですね。あなた以外の本校からの出場選手はどなたですか?」

「ああ、それなら……カイザー!」

「どうした、十代」

 

 別の場所でサウス校の生徒やサウス校出身である本郷イリアと話していたカイザー――丸藤亮が十代の声に反応してこちらへと歩いてくる。カイザーは紅葉とアヤメに気付くと、礼儀正しく頭を下げた。

 

「響プロ、神崎プロ。お会いできて光栄です。アカデミア本校三年、丸藤亮と申します」

「丸藤くん……聞いたことがあるね」

「ジュニア大会の優勝経験者ですよ、響プロ」

 

 紅葉の言葉にアヤメがそう冷静に言葉を紡ぐ。亮はいえ、と首を左右に振った。

 

「過去の話です。……今回は胸をお借りさせていただきます」

「目はそう言っていないね。楽しみにしている」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 紅葉が微笑み、アヤメは一礼する。そして、では、とアヤメは言葉を紡いだ。

 

「私は会場の方へ向かいます。チームの方から宣伝をしておけと言われていますので。……それと、これをお二人に」

 

 そう言ってアヤメが差し出したのは名刺だった。十代と亮は差し出されたそれを反射的に受け取と、亮がアヤメへと問いかけた。

 

「これは?」

「遊城さんは一年生ということなので先の話ですが、丸藤さんは三年生なので。有望なドラフト候補がいれば声をかけておけ、という監督命令です」

「えっ、じゃあこれスカウトかよ!?」

「先の話ですし、とりあえずはといった形ですが。……丸藤さんについてはすでに話が行っているかもしれませんね」

「いえ、光栄です。ありがとうございます」

「こちらこそ。……では、他のアカデミア生にも名刺を渡しておきましょう。それでは、また後で」

 

 そう言って立ち去っていくアヤメ。その背を見送りながら、紅葉は苦笑を零した。

 

「相変わらず真面目だな、神崎プロは。仕事人、というか」

「ですが、プロである以上はあのような人格の方が好まれるのでは?」

 

 紅葉の言葉に、亮が問いかける。紅葉はまあ、と曖昧に微笑んだ。

 

「それはチームやスポンサー次第だよ。適当というわけではないし、不真面目というわけでもないけど……美咲さんのようなプロもいるわけだから」

「成程……」

「プロというのはエンターテイメントを求められている職業だ。強いに越したことはないけど、強ければいいというものでもない。……丸藤くんはプロになる気かい?」

「そのつもりです」

「なら、覚えておくことだ。プロには多くの形がある。一つのことに囚われていては、後悔するだけだよ」

「……留めておきます」

「うん。プロになった時、どのチームに入るのかはわからないけど……楽しみにしているよ」

 

 微笑む紅葉。次いで紅葉は十代の方へと視線を向けた。

 

「十代もだ。時間があるんだから、色々なことを知り、体験し、決めればいい」

「んー、でも難しいな……紅葉さんと同じチームでもやってみたいし」

「僕自身、十代が卒業する頃に横浜にいるかどうかはわからないからね。トレードもFAもある。個人プロになっている可能性だってあるんだ。まあ、今は未来の事よりも目先のこと。楽しみにしてる」

「おう! あれから強くなったところを見せてやるぜ!」

 

 十代が笑みで応じる。紅葉もそれに頷き、彼もまた会場の方へと向かって行った。

 かつて、どうしようもないくらいに遠く見えた……その背中は。

 少しだけ、近くなったように――感じた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

〝ルーキーズ杯〟予選会。

 二百人近くが参加しているその予選会で勝ち上がり、本選に進むには6、7回の勝利を得なければならない。これだけを聞くとできそうな気がするが、実際にやってみるとこの難しさがわかるだろう。

 ルール上、敗北はそのまま敗退である。つまり、7連勝を飾らなければ本選には進めないのだ。

 これがマッチ戦を採用しているのなら話は別だが、残念ながらこれは出会い頭の一発勝負だ。それこそ手札事故の一つで敗退するという、運も絡んでくる予選となる。

 まあ、『運も実力のうち』という考え方でいくならばむしろ妥当なのかもしれないが。

 

「とりあえず、これで四勝したけれど……」

 

 その予選の会場で、藤原雪乃は一度息を吐いた。新しいデッキの試運転の意味も含めて参加したが、ここまでは順調にいっている。

 明日香や三沢などといったアカデミアのメンバーも何人か参加しているが、姿が見えない。負けたか、それともここからは窺えない場所にいるのか。

 

(まぁ、他のアカデミアからも結構な数が参加しているようだし)

 

 実力はまちまちだが、強い者は本当に強い。雪乃も先程のデュエルはかなり危なかった。これは本選に出るのは骨が折れそうである。

 

「3番と57番の選手は、Dテーブルへ!」

 

 息を吐いている間に、番号を呼ばれた。雪乃の番号は57番。指定されたテーブルにつき、デッキを置く。すでに相手が待っていた。

 

「よろしくお願いします」

「ええ、よろしく――」

 

 相手の言葉に応じるように、顔を上げ。

 雪乃は、驚きの表情を浮かべた。

 

「……ボウヤ……」

 

 そこにいたのは、〝伝説〟に敗北したことを理由にデュエル・アカデミア本校を退学させられた少年。

 ――夢神祇園。

 

「お久し振りです、雪乃さん」

 

 その少年は苦笑を零しながら、雪乃のデッキをシャッフルする。雪乃も祇園のデッキをシャッフルしながら、ええ、と頷いた。

 

「驚いたわ……この大会に参加していたのね、ボウヤ」

「はい。本当はウエスト校の先輩の応援なんですが……少し、慾が出て」

「成程。……アカデミアを退学になってから、苦労はしなかった?」

 

 気になっていたことを問いかける。宗達に聞いてもはぐらかされるだけだったので、実は結構気になっていたのだ。

 

「はい。運よく、いい人たちに出会えて……どうにか、やっていけています」

「そう……ならいいわ。ボウヤには一度負けているのもあるから、今日は勝たせてもらうわよ」

「全力でお相手させていただきます」

 

 祇園が放ったその言葉に、雪乃は小さな驚きを隠せなかった。祇園は自分の実力に自信を持てないでいたデュエリストだ。この手のことを言えば、大抵が苦笑しながら自身の強さの否定が返ってきていたのだが――

 

(……自信がついたのか、それとも別の理由か……楽しめそうね)

 

 おそらくは後者。自分は妹が本選に出ていることやデッキの試運転の意味があって参加しているだけだが、祇園にはきっと別の理由があるのだろう。

 強い言葉など吐けなかった少年が、これだけ強い瞳をするだけの理由が。

 

(……ちょっと、キちゃうわねぇ……まあ、折角の機会。楽しませてもらおうかしら)

 

 頷く雪乃。そして二人は一度視線を合わせ――

 

「「――決闘(デュエル)」」

 

 静かに、宣言をした。

 

「先行は私ね……ドロー」

 

 ダイス目の結果、先行は雪乃だった。正直、これはありがたい。手札にもよるが、妨害なしで動けることはこのデッキにとって大きなアドバンテージだ。

 

「私は手札より、『リチュア・アビス』を召喚するわ」

 

 リチュア・アビス☆2水ATK/DEF800/500

 

 サメの頭を持つ、異形の人間が現れる。ステータスこそ低いが、この手の低ステータスモンスターは総じて何らかの効果を持っている。リチュア・アビスもその例に漏れることはない。

 

「リチュア・アビスの効果発動。このモンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、デッキから守備力1000以下のリチュア・アビス以外の『リチュア』と名のついたモンスターを手札に加えることができる。……私はデッキから、『シャドウ・リチュア』を手札に加えるわ」

 

 召喚成功からのサーチ効果。正直、この手の能力はかなり便利だ。

 

「更に私はカードを二枚伏せ、ターンエンドよ」

「僕のターン、ドロー。……二枚のカードと、『リチュア』……知らないカテゴリーだなぁ……」

 

 祇園が小さく呟く。だが、それも当然といえば当然だ。勉強熱心な祇園であっても、流石に海外で先行販売されてそう時間も経っていないカテゴリまでは把握していないだろう。

 

「とりあえず、伏せカードが怖いけど……僕は手札から『フォトン・スラッシャー』を特殊召喚します」

 

 フォトン・スラッシャー☆4光ATK/DEF2100/0

 

 動く鎧、という表現が似合いそうな青と白を中心とした色合いのモンスターが現れる。攻撃力2100――その数字に、雪乃はへぇ、と感嘆の吐息を漏らした。

 

「『サイバー・ドラゴン』と同系統の効果かしら?」

「えっと、フォトン・スラッシャーは自分フィールド上にモンスターがいない時に特殊召喚できるモンスターです。ただ、自分フィールド上にフォトン・スラッシャー以外のモンスターがいると攻撃できず、またこのモンスターは通常召喚することもできません」

「成程、相手の場に依存しない代わりに制約がある……と。いいわ、来なさい」

「はい。――フォトン・スラッシャーでリチュア・アビスへ攻撃」

 

 攻撃力2100のモンスターが襲い掛かってくる。雪乃は伏せカードへと手をかけた。

 

「リバースカード、オープン。罠カード『強制脱出装置』。フィールド上のモンスターを一体、手札に戻す。ちょっともったいないけれど……フォトン・スラッシャーを手札に戻してちょうだい」

「はい。……バトルフェイズが終了しちゃったか……じゃあ、メインフェイズ2。改めてフォトン・スラッシャーを特殊召喚。そして、『ライトロード・マジシャン ライラ』を召喚します」

 

 フォトン・スラッシャー☆4光ATK/DEF2100/0

 ライトロード・マジシャン ライラ☆4ATK/DEF1700/200

 

 再び現れるフォトン・スラッシャー。雪乃が『勿体ない』と言ったのはこれが理由だ。あのモンスターにはターン内の回数制限がなく、ただ戻しただけでは無意味に終わる。『強制脱出装置』は大型モンスターや召喚権を使用して出したモンスターに対して一番効果を持っているのだ。

 そして、ライラ。祇園が使う姿は何度も見てきたモンスターだが、やはり面倒なのには変わりない。

 

「ライラの効果発動。守備表示にすることで、伏せカードを破壊します」

「チェーン発動よ、罠カード『水霊術―「葵」』。リチュア・アビスを生贄に捧げ、あなたの手札を確認して一枚捨ててもらうわ」

「う……どうぞ」

 

 コストは重いが、ピーピングハンデス――相手の手札を確認した上で捨てさせるという効果は強力だ。手札一枚はLP1000以上の価値がある――そんなことを言ったのはどのプロデュエリストだったか。実際、手札がなければ何もできないのがDMであり、そういう意味でハンデスは強力な戦術である。

 まあ、コストが重かったりハンデスだけでは勝てないという理由からあまり使われない戦術ではあるのだが。

 

 祇園の手札→真紅眼の黒竜、ライトロード・ハンター ライコウ、死者蘇生、ダーク・アームド・ドラゴン

 

 祇園の手札を確認する雪乃。そして、彼女は渋い表情を浮かべた。

 厄介なカードが二枚……どちらを落とすべきか一瞬迷うが、やはりカードパワーの高い方を選択した。

 

「『死者蘇生』を墓地に送りなさい」

「はい。……では、エンドフェイズにデッキトップからカードを三枚墓地へ」

 

 落ちたカード→アックス・ドラゴニュート、サイクロン、手札抹殺

 

 闇属性モンスターが一体墓地へと送られたが、まだ許容範囲だ。『ダーク・アームド・ドラゴン』を特殊召喚され、効果まで使われるとそのままゲームエンドへ持っていかれる可能性がある。

 ……ならば、出てくる前にどうにかするしかない。

 

「私のターン、ドロー」

 

 雪乃は、ゆっくりとデッキトップからカードを引いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 正直、状況は厳しいと言わざるを得ない。

 ピーピングハンデス――強力だが条件が厳しいためにあまり採用されることのない戦術だが、見たところ雪乃の『リチュア』にはこれが無理なく入るようだ。

 死者蘇生が落とされたのは正直辛い。更に雪乃は前のターンでサーチを行っていた。おそらく、ここで動いてくる――

 

「私のターン、ドロー。……私は手札から、『リチュア・チェイン』を召喚するわ」

 

 リチュア・チェイン☆4水ATK/DEF1800/1000

 

 チェイン、という名に相応しい鎖の先端に刃が付けられた武器を装備した魚人が召喚される。雪乃は更に手を進めた。

 

「チェインの効果発動。召喚成功時にデッキトップのカードを三枚確認し、その中に『リチュア』と名のついた儀式モンスターか儀式魔法が存在していた場合、相手に見せて手札に加えることができる。その後、確認したカードは好きな順番でデッキトップに戻すわ。……フフッ、運がいいわ。二枚目の『リチュアの儀水鏡』を相手に見せ、手札に加える」

 

 リチュアの儀水鏡――表記を見る限り、儀式魔法だ。雪乃は残る二枚をデッキトップに戻すと、それじゃあ、と言葉を紡いだ。

 

「早速『リチュアの儀水鏡』の効果を発動。手札のリチュアと名のついた儀式モンスターと同じレベルになるように手札と自分フィールドからモンスターを生贄に捧げることで儀式召喚を行うわ。そして、手札の『シャドウ・リチュア』は水属性の儀式召喚を行う時、このカード一枚で儀式召喚の生贄として使用できる。――『イビリチュア・ソウルオーガ』を儀式召喚」

 

 イビリチュア・ソウルオーガ☆8水ATK/DEF2800/2800

 

 現れたのは、チェインよりも遥かに大きく、同時に力強い体躯をした一体の魚人だった。攻撃力2800――祇園の持つ切り札、『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』と並ぶ数値である。

 

「バトルフェイズ。ソウルオーガでフォトン・スラッシャーへ。チェインでライラへ攻撃」

「……ッ」

 

 祇園LP4000→3300

 

 ダメージこそ微々たるものだが、場を空にされたのは辛い。雪乃はそのまま、ターンエンドよ、と言葉を紡ぐ。

 

「僕のターンです、ドロー」

 

 手札を確認する。このままではソウルオーガを突破することはできない。そうなると――

 

「僕は手札から魔法カード『闇の誘惑』を発動します。カードを二枚ドローし、手札から闇属性モンスターを除外……『真紅眼の黒竜』を除外します」

 

 一枚で数十万円もするほどのレアカードだが、この状況では事故要因だ。『黒竜の雛』でも来てくれれば使いようはあったのだが……。

 

「……モンスターをセット。ターンエンドです」

「私のターン、ドロー」

 

 雪乃がカードをドローする。正直、手札はかなり厳しい。伏せモンスターが『ライコウ』であることも、彼女はわかっているはずだ。

 手札を確認し、一つ頷く雪乃。そのまま、彼女はバトルフェイズ、と言葉を紡いだ。

 

「ソウルオーガでセットモンスターへ攻撃」

「セットモンスターは『ライトロード・ハンター ライコウ』です。ソウルオーガを破壊し、デッキトップから三枚を墓地へ」

 

 落ちたカード→大嵐、バイス・ドラゴン、ライトパルサー・ドラゴン

 

 落ちは悪くない。むしろいい。だが……これでは足りない。

 

「まあ、わかっていても回避できなかったことだものね。……チェインでダイレクトアタック」

「『バトル・フェーダー』です。ダイレクトアタックを無効にし、バトルフェイズを強制終了させます」

 

 バトル・フェーダー☆1闇ATK/DEF0/0

 

 鐘を模した悪魔により、攻撃が止まる。雪乃は微笑んだ。

 

「あら、残念ね。……メインフェイズ2。墓地の『リチュアの儀水鏡』の効果を発動。このカードをデッキに戻すことで、墓地からリチュアと名のついた儀式モンスターを手札に加えることができる。ソウルオーガを手札に」

「そんな効果まで……!」

「扱い辛いとされてきた儀式というカテゴリに変革をもたらすためにペガサス会長が考えたらしいわ。フフッ、儀式使いとしては本当に嬉しいわね。……カードを一枚伏せ、ターンエンド」

 

 雪乃がターンエンドを宣言する。祇園はデッキトップに指をかけた。

 

「僕のターン、ドロー。では――」

「そのスタンバイフェイズ、トラップカード発動。『マインドクラッシュ』。カード名を一枚宣言して発動。相手の手札を確認し、宣言したカードが存在していた場合、墓地に送る。無かった場合、私の手札をランダムに一枚、墓地へ送る。……宣言するのは『ダーク・アームド・ドラゴン』よ」

「う……はい」

 

 祇園の手札→ダーク・アームド・ドラゴン、ストロング・ウインド・ドラゴン、レベル・スティーラー、D・D・R

 

 雪乃が宣言した『ダーク・アームド・ドラゴン』は手札にある。当然だろう。先程確認していたのだから。

 そして当の雪乃は祇園の手札を見ると、表情を変えた。

 

「怖いボウヤねぇ、本当に。レベル・スティーラーをコストにレッドアイズを特殊召喚し、ダーク・アームド・ドラゴンを出す……それだけでワンショット・キル。本当に怖いわ」

「…………」

「けれど、残念ながらそれは失敗ね」

 

 微笑む雪乃。まさしく彼女が言った通りの方法を使おうとしていたのだが……当てが外れた。

 だが、この手札ではできることなど限られている。

 

「僕は手札から装備魔法『D・D・R』を発動。手札の『レベル・スティーラー』をコストに、除外されている『真紅眼の黒竜』を特殊召喚。そして、レベル・スティーラーの効果でレッドアイズのレベルを一つ下げ、レベル・スティーラーを……攻撃表示で特殊召喚」

「……攻撃表示、ねぇ?」

 

 真紅眼の黒竜☆7→6闇ATK/DEF2400/2000

 レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0

 

 攻撃表示で現れたそのモンスターに、雪乃は笑みを浮かべた。僅かでも削りにいく――その覚悟を以て、祇園は宣言する。

 

「バトルです。レッドアイズでチェインに。レベル・スティーラーでダイレクトアタック」

 

 雪乃LP4000→2800

 

 これでLPとフィールドは逆転したが……祇園の手札が一枚なのに対し、雪乃の手札は四枚ある。次のドローで五枚だ。儀式モンスターを回収しているし、一気に回転させてくる可能性が高い。

 しかもこちらの手札は☆6の上級ドラゴン……厳しいことこの上ない。

 

「フフッ、やっぱりボウヤは強いわね……♪ 本当に楽しいわ。――私のターン、ドロー」

 

 雪乃がカードを引く。そして、そのまま笑みを浮かべた。

 

「私は手札の『ヴィジョン・リチュア』の効果を発動。このカードを墓地に送ることで、デッキから『リチュア』と名のついた儀式モンスターを一体手札に加える。私は二枚目の『イビリチュア・ソウルオーガ』を手札に。そして、魔法カード『死者蘇生』を発動。私の墓地の『リチュア・アビス』を守備表示で蘇生し、効果発動。デッキから『シャドウ・リチュア』を手札へ」

 

 リチュア・アビス☆2水ATK/DEF800/500

 

 再び現れる、サメ頭の魚人。『E・HERO エアーマン』や『ガジェット』もそうだが、召喚時だけでなく特殊召喚時にも効果を発動するカードはやはり強力だ。

 

「そして『シャドウ・リチュア』の効果発動。このカードを捨てることで、デッキから『リチュア』と名のついた儀式魔法を一枚、手札に加えることができる。そして『リチュアの儀水鏡』の効果を発動。手札のソウルオーガを生贄に、イビリチュア・ソウルオーガを儀式召喚」

 

 イビリチュア・ソウルオーガ☆8ATK/DEF2800/2800

 

 同名モンスターであるなら、レベルが合うのも当たり前である。雪乃の手札は残り二枚だが、すぐにまた一枚増える。

 

「墓地の『リチュアの儀水鏡』の効果を発動。このカードをデッキに戻し、ソウルオーガを手札に回収。そして、ソウルオーガの効果を発動。一ターンに一度、手札から『リチュア』と名のついたモンスターを捨てることで相手フィールド上に表側表示で存在するカードを一枚、デッキに戻す」

「デッキに!?」

「フフッ、そうよ? レッドアイズにはデッキに戻ってもらうわ」

 

 レッドアイズがデッキへとバウンスされる。数あるバウンスも、そのほとんどが『手札へ戻す』ものだ。デッキに戻す――それは、最強のバウンスといっても過言ではない。

 手札や墓地から特殊召喚する手段は数あれど、デッキから特殊召喚する方法は本当に僅かなのだから。

 それに、儀水鏡の効果。あれと組み合わせれば、コストはすぐに補充できる。本当に凶悪な儀式カテゴリだ。『強化』というのも嘘ではない。

 

「バトルフェイズ。――ソウルオーガでレベル・スティーラーへ攻撃」

「うっ……!」

 

 祇園LP3300→1100

 

 LPが大きく削り取られる。これで祇園のフィールドにはバトル・フェーダーが残るのみだ。

 

「ボウヤの手札は一枚。しかもそれは上級モンスター。……どうするつもり?」

「……やれることを、やるだけです」

「そう。期待しているわ。――ターンエンド」

 

 雪乃のエンド宣言。それを受け、祇園はデッキトップに指をかける。

 相手の場、自分の手札、状況。その全てを計算し――

 

「僕のターン、ドロー……ッ!」

 

 ――手にした、カードは。

 

「僕はバトル・フェーダーを生贄に捧げ――『ストロング・ウインド・ドラゴン』を召喚!」

 

 ストロング・ウインド・ドラゴン☆6風ATK/DEF2400/1000

 

 現れたのは、疾風を纏ったドラゴンだ。その身に纏う威圧感は凄まじく、その体躯は正に竜と呼ぶに相応しい。

 

「ストロング・ウインド・ドラゴンは生贄にしたドラゴン族モンスターの攻撃力の半分を得る効果を持っていますが……この場合、バトル・フェーダーは悪魔族なので該当しません」

「攻撃力2400。それでは届かないわよ?」

「はい、なのでこれを使います。――速攻魔法『収縮』。これにより、ソウルオーガの元々の攻撃力を半分に!」

「……ッ!?」

 

 イビリチュア・ソウルオーガ☆8ATK/DEF2800/2800→1400/2800

 

 ソウルオーガの攻撃力が減少する。そのまま、バトル、と祇園は宣言した。

 

「ソウルオーガへ攻撃!」

「くっ……!」

 

 雪乃LP2800→1800

 

 雪乃のLPが減る。祇園がターンエンドを宣言すると、雪乃は、ドロー、と力を込めるように宣言した。

 

「…………ッ、私はターンエンドよ」

「僕のターン、ドロー。――リチュア・アビスへ攻撃! ストロング・ウインド・ドラゴンは貫通効果を持っています!」

「私の負け、ね」

 

 雪乃LP1800→-100

 

 雪乃のLPが潰える。雪乃は最後に持っていた三枚の手札を机の上に公開した。

 

 三枚の手札→強欲なウツボ、トレード・イン、サイクロン

 

「プレイングミス、ね。微妙なところだったけれど……アビスでバトル・フェーダーを攻撃していれば変わったかもしれないわ」

「でも、それをすると攻撃力800のアビスが棒立ちになっていましたし……」

「ストロング・ウインド・ドラゴンの効果を考えると、バイス・ドラゴンでも引かれたら逆転だと思って……ソウルオーガなら大丈夫と思ったけど、収縮を引かれちゃうなんて……」

 

 雪乃にしては珍しく、苦笑を零している。そして彼女はデッキを片付けると、まあいいわ、と呟いた。

 

「このデッキの弱点も見えてきたし、収穫は上々ということにしておきましょうか。……ねぇ、ボウヤ。一つだけ聞いてもいいかしら?」

「はい?」

「デュエルは、楽しい?」

 

 かつて、彼女の想い人は別の人間から同じ問いを投げかけられ、頷かなかった。

 忘れてしまった――それが、彼の答え。

 無論、祇園はそんなことは知らない。だが、彼と同じように辛い想いをした身である彼なら――

 

「楽しいですよ」

「……あなたはデュエルで敗北して、退学になったのに?」

「それは、その……僕が未熟だったからです。辛い時もありましたし、大変なことも多かったですけど……それでも、デュエルは好きですから」

 

 多くの失敗があったし、涙したことも一度や二度ではない。

 それでもこうしているのは、好きだから。大切だから。

 ただ……それだけだ。

 

「……そう」

 

 そう答える祇園に、雪乃は満足げに笑みを零し。

 

「本選には私の妹も出ているわ。気が向いたら、相手してあげて頂戴」

 

 予選の敗退者として、部屋を出て行く。

 その背を見送り、祇園は。

 

「ありがとう、ございました」

 

 静かに、頭を下げた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 海馬ドーム会場。そこの中央では、DMの生みの親たるペガサス・J・クロフォードと史上最年少タイトル保持者烏丸〝祿王〟澪の対談が行われていた。

 澪は当初、この対談に需要があるのか疑問に思っていたが、現実は大きく違う。記者や周囲の参加者からの質問を中心としてペガサスと言葉を交わしているうちに、凄まじい人だかりができていた。あまりのことにスクリーンに映像が映っているくらいだ。

 

「では、次の質問は何かありまセンか?」

『ペガサス会長、DMの新システムとは何ですか!?』

 

 ペガサスが問いかけると、記者の一人がそう声を上げた。それを受け、ペガサスはゆっくりと頷く。

 

「ここにいる澪ガールも参加してくれている一大プロジェクトのことデース。詳しくはこの大会が終わってからしか話せまセンが、多くの人々の常識を変えることになると思っていマース」

「『どんなカードにも可能性が存在する』。かつて、『決闘王』はそう言葉を遺しました。だが、現実は? ステータス至上主義が横行し、所謂低ステータスのカードは使われないのが現実です。新たな新システムは、その常識を全て覆すことになるでしょう」

「イエス、デスが全ては言い過ぎですよ澪ガール。私たちはより多くの人にDMを楽しんでもらいたいのデース」

「ちなみにその新システムの発表については事前に告知しているように丁度一週間後、この海馬ドームで行う予定です。その際、中心になるのはこの大会の優勝者と準優勝者の二人。同時に、新パックの発売も行います」

 

 その言葉に会場が大きく湧いた。新しいシステム、新パック――デュエリストの中に、これらのことを聞いて盛り上がらない者はいない。

 

「では、次に行きましょうか。何か質問は……ふむ、そこの少女」

 

 ビシッ、と何故か手に持っている扇子で手を挙げている小さな子供を示す澪。その少女は驚いた様子を見せると、立ち上がって言葉を紡いだ。

 

「あの、その……お二人が、大会で注目してる人は誰ですか……?」

 

 緊張からだろう。顔を真っ赤にしてそう言葉を紡ぐ少女。澪は微笑を零し、そうだな、と頷いた。

 

「ペガサス会長は如何ですか?」

「やはり私が注目するのは美咲ガールデース。普段の彼女は応募されたデッキばかりを使っていマスが、今回の大会は自分の全力を出すと言っていまシタ。美咲ガールの強さは私もよく知っていマース」

 

 ペガサスの言葉に、会場から声が上がる。成程、と澪は頷いた。

 

「私はその対抗馬として、響プロと本郷プロを推しておきましょう。共に若手では最強クラスのデュエリストです。残る二人、神崎プロと松山プロも弱くはありませんが……前者二人に比べると、僅かに劣る印象がありますので」

「成程、流石は澪ガールデース。では、アマチュアの方はどうデスか?」

「アカデミア本校の丸藤亮選手はダークホースの可能性があるかと。丸藤選手はアカデミア本校でトップの成績を持ち、ジュニア大会でも二度の優勝経験がありますので。他には二か月前の全日本ジュニアチャンプ、久・バーランド選手なども期待はしています」

「アカデミアの生徒はどうデスか?」

「これは身内贔屓になりますが、二条紅里選手と菅原雄太選手には頑張って欲しいですね。特に三年生は国民決闘大会も近いので、その前にできる貴重な真剣勝負の場ですから」

「オゥ、楽しみデース」

「ペガサス会長はどうなんですか? 一人、推薦枠で出ている選手がいますが」

「それは明日のお楽しみデース。ただ、一つだけ。ミラクル・ガールは面白いものを見せてくれるはずデース」

「期待しておきます。……おや、予選が終了したようですね。一般枠が決まったようです」

「誰が勝ちあがってきまシタか?」

「この二人ですね」

 

 スタッフから渡された資料を、澪はペガサスにも見せる。そうしながら、皆さん、と澪は言葉を紡いだ。

 

「一般参加枠の二つが埋まりました。予選通過者の二人を発表します」

 

 記者たちが一斉に動き始める。おそらく、名前を聞いたらすぐに取材に行けるようにするためだろう。

 

「まず、一人目。――新井智紀。関東大学リーグの前年度覇者である晴嵐大学のエースですね。今年のドラフト目玉の一人です。順当といえば順当でしょうか」

 

 一斉に記者たちがどこかへ連絡を取り始める。おそらく、取材の準備だ。

 忙しいことだ――微笑を零しながら内心でそんなことを呟き、澪は言葉を続ける。

 

「そして、もう一人。――夢神祇園。アカデミア・ウエスト校所属の一年生です。嬉しいことに、後輩が本選に出場してくれたようです」

 

 ざわめきが広がった。アカデミアの生徒――それが弱いわけがないことは誰もが知っている。だが、一年生で勝ち上がってくるのは想定外だったのだろう。実際、本選に出ているアカデミア生は遊城十代を除けば全員が三年生なのだ。

 あの桐生美咲でさえも『まず突破は無理』とまで言った予選。それを突破したのがどんな人物なのか――視線が澪へと集まる。

 澪は微笑むと、前言の訂正です、と言葉を紡いだ。

 

「先程挙げた注目選手ですが。そこへもう一人追加しましょう。

 ――夢神祇園。おそらく、今大会の台風の目になるはずです」












祇園くん、本選出場決定!!
わ~パチパチ

開幕とか言いつつ予選なのは突っ込んだら駄目です
ちなみに現時点の名前ありキャラクターとデッキは、

夢神祇園→カオスドラゴン
桐生美咲→?
遊城十代→融合HERO
丸藤亮→表サイバー
本郷イリア→?
神崎アヤメ→?
二条紅里→植物デュアル
菅原雄太→純ライロ

こんな感じですね


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第二十話 混沌の調べ、アイドルの力

 深呼吸を繰り返しながら通路を歩いていく。昨日、本選出場が決まってから様々な記者に囲まれた。正直何を答えたらいいのかわからず一杯一杯だったのだが、同時に取材を受けていた人に救われた。

 関東大学リーグ二連覇中の強豪校、晴嵐大学。そこでエースを張る、事実上最強の大学生――新井智紀(あらいともき)。

 その人はこちらが取材になれていないことを察してくれたのか、度々フォローしてくれた。本当に頭が上がらない。今も会場に向かっている中、深呼吸ばかり繰り返す自分と違って実に堂々としている。

 

「ははっ、こういう大会に出るのは初めてか?」

「こんな大規模な大会は初めてで……」

 

 その新井が苦笑しながら問いかけて来たのに対し、少年――夢神祇園は顔を青くしながらそう答えた。新井はまあ、と苦笑を浮かべたまま言葉を紡ぐ。

 

「俺も大学リーグのデビュー戦で緊張してすっ転んでな。誰だって緊張ぐらいするさ」

「うう……その、新井さん……は凄いですよね。緊張もせず……」

「いや? 緊張はしてるよ。今回はプロが出てるし、それに大学生は俺一人だ。ネットなんかじゃ俺が『大学生の誇りを背負ってる』なんて言われてる。……でも、楽しみなんだ。自分がどこまでプロに通用するのかが」

 

 そう言葉を紡ぐ新井の目には、自信が漲っている。凄いなぁ、と祇園は心からそう思った。

 

(僕は全部ギリギリだったけど、新井さんは予選でも圧倒的だったらしいし……)

 

 これが最強の大学生。こんな風に自信を持って語れる人には、正直祇園は憧れる。

 努力して、踏ん張って、しがみついて。

 それでようやく人の前に立つことができるのが……夢神祇園という人間だから。

 

「それに、お前はアカデミア生だろ。――胸張れよ」

 

 いきなり背中を叩かれた。驚いて見上げると、新井は笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。

 

「俺はアカデミアの試験に落ちててな。悔しくて悔しくて……それで、高校で必死になった。それでも芽が出なくて、大学に入ってようやくこんな風に活躍できたんだ。お前はさ、そのアカデミアに入ってんだろ? だったら胸を張れ。あの予選突破してきたんだ。強いはずだぜ」

 

 じゃあ、お先に――そう言って会場へと入っていく新井。その会場から大歓声が聞こえてきた。彼の登場に会場が湧いているのだろう。

 順番的に、自分が最後だ。前に進もうとして、祇園は一度躊躇する。

 

 ――この先にいるのは、自分よりも遥か上にいる人たちだ。

 かつての自分では参加さえできず、ただ応援するだけだった全日本ジュニアの優勝者と準優勝者。

 カイザーや紅里といった、各アカデミアのトップデュエリストたち。

 若手とは銘打たれているものの、美咲や響紅葉、本郷イリアといったランキングでも30位近くの位置にいるトッププロたち。

 そして、新井のような大学生最強を背負うアマチュアであっても最強クラスの実力を持つデュエリスト。

 

(あれ、どうして……? 何で、足が……?)

 

 前に、進めない。

 それは恐怖からか、それとも別の理由からか。

 前へと進まぬ足が、夢神祇園の体を縛る。

 

(なんで)

 

 問いの答えが返ってくるはずがない。

 しかし、答えは自分自身で理解している。

 ただ、怖いのだ。

 至らぬと理解している身で、それでも挑む自身が。あまりにもみっともなくて、どうしようも――

 

〝キミはいつでも挑戦者だった〟

 

 不意に、その言葉が耳に届いた。

 あの日、澪がくれた言葉。

 

〝ボロボロになりながら、それでも戦ってきた〟

 

 決して望んだ形ではなかったけれど。

 いくつも、いくつも。

 知らぬうちに瑕が増えて。

 

〝努力する者が、前に進む者が必ず夢を叶えるとは限らない。だが、努力せず、前にも進まぬ者の前に奇跡は絶対に起こらない〟

 

 奇跡。そう……優しい、奇跡。

 今ここにこうして立っていること。立てていることが。

 夢神祇園という少年にとって、何よりの奇跡。

 

「そう、ですよね」

 

 一人で消えていくはずだった自分を救い出してくれた、一人の少女。

 堕ちるところまで堕ち、家さえなかった自分を受け入れてくれた、一人の女性。

 多くの、優しいクラスメイトと。

 昔と変わらず、優しく接してくれた友達。

 アカデミアで過ごした日々で見つけた、大切な戦友たち。

 その全てがあったからこそ――どうにか、夢神祇園はここにいる。

 

「恩を、返すんだ」

 

 一歩、足を踏み出す。

 それだけで、とんでもない力が必要だった。

 

「ありがとうって、伝えに行くんだ」

 

 踏み出す。

 支えてくれた多くの人に、その言葉を。

 こんな自分を支えてくれた、大切な人たちに。

 

「今、往くよ」

 

 

 踏み込んだ瞬間、凄まじい大歓声が体を叩いた。

 目に見える観客席には空きがないくらいに人が着席しており、その視線の多くがこちらを向いている。

 

 

『烏丸プロが『今大会の台風の目』と評価する注目選手――夢神祇園選手です!』

『彼の強さは、その心にこそある。……いいデュエルを見せてくれることを期待している』

 

 

 聞こえてくるアナウンスが、どこか遠くの声に聞こえて。

 祇園は、ゆっくりと中央に向かっていく。

 その、途中で。

 

「あっ」

 

 ぐしゃり。

 

 思いっ切り、こけてしまった。足が持ち上がらず、階段に足を引っかけてしまったらしい。

 笑い声が聞こえ、顔が赤くなるのがわかった。慌てて立ち上がろうとすると、目の前に手を差し伸べられた。

 

「緊張しとる? 大丈夫?」

「……うん、大丈夫」

 

 視線の先にいたのは、約束の相手。

 夢神祇園を救ってくれた――女の子。

 

「待たせて、ごめん」

「ええよ。十分や」

 

 紡いだ言葉に、彼女は苦笑し。

 そして、笑みと共に言葉を紡いだ。

 

「――ようこそ、約束の場所へ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『さあ、出場選手が出揃いました。ここで一人ずつ簡単にご紹介させていただきましょう』

『うむ。では一人ずつ、エントリーナンバー順にいってみようか』

 

 童見野町のスクリーンに映し出されるのは、実況を担当する宝生アナウンサーと解説を担当する烏丸〝祿王〟澪だ。元々プロの試合やインターハイなどの視聴率も良いのだが、今回のこれはそれを大きく撃回るであろうと予測されていた。

 

『まずはエントリーナンバー1、優勝の大本命! 『横浜スプラッシャーズ』所属、〝アイドルプロ〟桐生美咲選手!!』

『『横浜』においては三年間エースポジションとされる先鋒で結果を残し続ける強者だ。先の全米オープンで準優勝したのも記憶に新しいだろう』

 

 美咲の顔がアップで映し出され、街中でも歓声が上がった。本当に凄まじい人気である。

 

『続きましてエントリーナンバー2、こちらも本命! 『横浜スプラッシャーズ』所属、〝ヒーローマスター〟響紅葉選手!!』

『今期より『横浜』に復帰した、元全日本チャンプの実績を持つデュエリストだな。ブランクのせいで今季はチーム戦にしか出場していないが、その実力は十分過ぎる』

『エントリーナンバー3、『スターナイト福岡』所属! 〝爆炎の申し子〟本郷イリア選手!!』

『こちらも本命ではある。つい最近、ランキングも上げてきたしな。今期中に30位以内は射程圏内だろう。美咲くんとのライバル対決が楽しみだ』

『エントリーナンバー4、『東京アロウズ』所属! 〝玄人〟神崎アヤメ選手!!』

『昨年のプロリーグ新人王だな。『東京』という名門チームはオーダーの入れ替わりが激しいが、彼女だけは今シーズン一度も副将の位置を誰にも譲っていない。確かに強いな』

『エントリーナンバー5、『大宮フィッシャーズ』所属、松山源太郎選手!!』

『昨年、惜しくもアヤメくんとの新人王争いに敗れた有望株だ。今大会でのモチベーションも高いようだから期待している』

 

 ここまででプロの解説が終わる。その後、アカデミア出身の選手の紹介が始まり、学校の紹介と共に一気に紹介されていく。

 まあ、プロと違って語るべきところが少ないのだから仕方ないのだろうが。

 

『そして一般枠! まずはペガサス会長の推薦枠で出場している防人妖花(さきもりようか)選手!!』

『彼女については期待してもいいと私は思っている。多くは語らんがな。試合になればわかることだ』

『そしてダークホース候補筆頭! 晴嵐大学エース!! 新井智紀選手!!』

『今期ドラフトの目玉の一人だ。確実に争奪戦が起きる。プロの者たちも、油断をすると喰われるだろう』

『そして最後の一人! アカデミア本校の遊城十代選手と並んで一年生にしての出場! 夢神祇園選手!!』

『彼については、語るべきところは実はそう多くない。彼自身、語って欲しくもないだろう。だが、一言で彼を表現するなら……彼は、〝観客席にいる諸君ら〟だ』

 

 画面が切り替わり、祇園の姿が映し出される。緊張しているのか顔は青ざめており、微妙に震えている。

 

『その意味については彼の試合の中で触れることになるだろう。……さて、それでは宝生アナ。一回戦だ』

『はい、トーナメント表ですが、この場でくじによって決定させていただきます。中央の方をご覧ください』

 

 画面が切り替わり、会場の中央が映し出される。そこにあったのは、ブルーアイズを模したビンゴ機だった。

 

『海馬社長の趣味が全開だが……とりあえず、あそこに16個のボールが入っているのが見えるだろう? あれから出てきた者から順にデュエルをしていき、試合は決定されていく』

『成程……』

『さて、開幕戦だが……番号は――4番と10番だな』

 

 数字の書かれたボールが二つ、吐き出される。それを確認し、宝生アナが言葉を紡いだ。

 

『一回戦は神崎アヤメ選手とアカデミア・サウス校より出場している藤本謙介選手に決定しました!』

『開幕から新人王とアカデミア生か。……試合開始は十五分後からだ。楽しみに待っていて欲しい』

『それでは、実況は私宝生が』

『解説は烏丸が』

『『お送りさせていただきます』』

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「こちらが特別観戦室になります。客席の方へ行っていただくことも可能ですが、混乱を起こさないようにしてください。また、各自の控室は敗退したとしても最終日まで使用可能です。ここで過ごして頂いても、控室で過ごして頂いても結構です」

 

 試合を行う二人以外は一度特別観戦室に集められ、そのような内容の話をスタッフから説明された。スタッフは質問があるかどうかを確認し、ないことを確認すると一礼をして部屋を出て行く。

 そして、選手だけになった部屋に――

 

「祇園!! お前大会に出てたんだな!!」

 

 遊城十代が興奮も隠し切れない様子で祇園に駆け寄っていった。会場でもずっと祇園の方を窺っていたので、速く話しかけたかったのだろう。

 祇園はそのテンションに苦笑を零しつつ、うん、と頷く。

 

「その、どうにか……っていう感じだけどね」

「でも、そっかぁ……ウエスト校にいるんだよな? 良かった……正直、心配してたんだ。宗達は大丈夫だ、って言ってたけど、やっぱり気になっててさ」

「ご、ごめんね、連絡できなくて……アカデミア本校のPDAを返還しちゃって、アドレスとかわからなくなってて……」

「そうなのか? じゃあ改めて登録しとこうぜ。翔たちの分もさ」

「いいの?」

「当たり前だろ? 友達だもんな!」

 

 PDAを取り出しつつ言う十代。祇園は込み上げてくる涙を堪え、うん、と頷いた。

 

「ありがとう」

「おう!」

「――気持ちのええ友情やね」

 

 そんな二人の横手から、楽しそうな声が届いた。――桐生美咲。彼女はどこか慈愛に満ちた表情で二人を見つめている。

 

「あ、美咲先生! 先生と戦うことになっても負けないぜ!」

「あはは、十代くんはこの間のあれでも堪えへんかったか」

「うっ!? いやだって、あれは……」

「……あれって?」

「十代くんがウチとデュエルしたいー、ゆーから、してあげたんよ。で、完封」

「完封? 十代くんを?」

 

 素直に驚く。すると、十代は項垂れた様子で言葉を紡いだ。

 

「『禁止令』で『融合』を指定されて、そっから二枚目の『禁止令』で『サイクロン』指定されて……どん詰まりだったんだよ……」

「名付けて『封鎖デッキ』☆ 扱い難しいけど使えたら強いよ~♪」

「……また悪趣味な」

 

 祇園はため息を零す。美咲は笑うと、でもまあ、と言葉を紡いだ。

 

「今日は――というかこの大会、ウチは全力でやるからなー。かかってきいや?」

 

 ほなな――そう言って部屋を出ようとする美咲。その光景を見ていたイリアがどこ行くのよ、と問いかけると、美咲は笑いながら応じた。

 

「解説席~♪ 暇やし、澪さんとじゃれてくるわ~♪」

 

 そのまま本当に出て行ってしまう美咲。……相変わらず、どこまでも自由な人物である。

 

「全く、相変わらずね。……で、そこのあんた。美咲の幼馴染って聞いたけど」

 

 その姿を見送った本郷イリア――美咲のライバルと言われている女性プロだ――が、祇園へと視線を向けた。祇園は、僅かに上ずった声で返答する。

 

「は、はい。夢神祇園です」

「……そんな怯えないでよ。苛めてるみたいじゃない」

「す、すみません……」

 

 思わず委縮する。正直、初対面の――それも目上の相手との会話は苦手だ。

 イリアはそんな祇園をしばらく眺めていたが、まあいいわ、と肩を竦めた。

 

「どうせ試合になったらどれほどのものかはわかるし。……じゃあね、アタシは控室で休んでるわ」

「ああ、それなら俺もそうしようかね」

「俺もー」

 

 イリアに続き、何人かの選手が控室に向かっていく。まあ、これから戦う相手なのだ。そうそう仲良くなどしていられないだろう。

 そうして何人かが部屋に出て行ったのを見届けると、紅里と菅原の二人がこちらに歩み寄ってきた。ウエスト校の先輩である二人は、心の底からの笑みを浮かべている。

 

「ぎんちゃん、予選突破おめでとう~」

「驚いたで、正直」

 

 特に紅里は手を掴んでぶんぶんと揺さぶってくる。祇園はハイ、と頷いた。

 

「どうにか、という感じですが」

「それでも勝ち上がってきたぎんちゃんは凄いよ~」

「実力や。胸張り。まあ、当たったとしても負けへんけどな」

 

 そう言うと、菅原は部屋を出て行った。彼も控室に行くのだろう。

 そして。

 

「夢神祇園、だな」

 

 祇園に、長身の青年が声をかけてきた。

 ――丸藤亮。

 アカデミア本校において、『帝王』と呼ばれる人物。

 

「キミと海馬瀬人のデュエルは俺も見ていた。……キミとデュエルできるのを楽しみにしている」

 

 そして、カイザーもまた部屋を出て行く。それを見送り、紅里がへぇー、と言葉を零した。

 

「ぎんちゃん、色んな人に注目されてるんだねー」

「正直、驚いているんですが……というより、多分澪さんのせいです。僕のことを注目選手なんて……」

 

 周囲に視線を向ける。十代は響紅葉と話し込んでいるが、他に部屋に残っている二人――特にジュニア大会の準優勝者の女の子は睨むようにこちらを見ている。……視線が合うと慌てて逸らしてきたが。

 まあ、確かに実績も何もないポッと出の自分のような選手が注目されていたら面白くないだろう。特に烏丸澪といえば憧れる者も多いタイトルホルダーだ。そんな人物に注目されているとなると、まあ、普通は気に入らない。

 ……望んで注目されているわけではないが。

 

『サウス校の藤本選手はかなり厳しいですね。攻める手攻める手が潰されています』

『アレは不用意に突っ込み過ぎなだけだ。伏せカードが五枚あって警戒も無しというのがおかしい』

『舞い上がって緊張しとるんでしょうねー。正直、緊張なんてしてたらアヤメちゃんには勝てませんよ』

『……あの、桐生プロ? 本気で居座る気ですか?』

 

 画面から聞こえてくる声。察するに、神崎アヤメプロの勝ちが濃厚なのだろう。まあ、プロデュエリストだ。番狂わせはそうそう起きない。

 

「僕も、控室に行きますね」

 

 紅里にそう告げ、祇園は部屋を出る。そして、控室に歩いていく途中。

 

「あれ……?」

 

 周囲に忙しなく視線を送りながら、涙目になっている女の子を見つけた。見覚えのある少女だ。確か……防人妖花。あのペガサス会長の推薦枠で出場している少女。

 祇園は首を傾げる。何をしているのだろうか……。だが正直、楽しそうには見えない。

 

(……よし)

 

 少々怖いが、あのような女の子ならば何かしらのトラブルが発生することもないだろう。

 

「あの、大丈夫?」

 

 声を、かけると。

 その子は、嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『決着です! 勝者は神崎アヤメ選手!』

『まあ、妥当だな』

『藤本くんは前半の緊張が祟ったなー。でもまあ、面白かったのでオッケーやね』

『では、次の試合ですね。反対ブロックの一回戦です』

『さて、次は……』

 

 再び抽選が行われる。示された数字は――1と8。

 

『ほう、出番だぞ美咲くん』

『そうみたいですねー。相手は?』

『ウエスト校代表の、二条紅里選手ですね』

『私の後輩だな。ウエスト校のデュエルランキング一位だ』

『へぇ……楽しそうですねー』

 

 放送で聞こえてくる声。どうやら美咲が戦うらしい。

 見ておかないと――祇園がそう思うとほとんど同時に、目的の場所に着いた。

 

「あ、ここだね。着いたよ、防人さん」

「あ、ありがとうございます! 迷ってしまって私……」

 

『防人妖花』と書かれたプレートのある控室を示すと、妖花は必死で頭を下げてきた。何でも観戦室を出たのは良いが控室がわからなかったのだとか。

 

「気にしないで。困った時はお互い様だから。えっと、防人さん……でいいんだよね?」

「は、はい。夢神選手」

「選手、なんていいんだけど……僕の控室、向かい側だから。何かあったら言ってね。手を貸すから」

 

 妖花は見たところ十三、四歳ぐらいの少女だ。ペガサス会長の推薦があるということはデュエルの実力も十分なのだろうが、それがイコールで放置していいというわけでもない。

 ここに来る途中に聞いたが、東京には一人で初めて来たらしい。……こんな女の子が、とも思ったが、祇園自身が似たようなことをしていることに気付いたので何も言わなかった。

 妖花は祇園の言葉に感極まったらしく、目に大粒の涙を溜めだした。

 

「ありがとうございます!! 東京の人、怖いって村で聞いてたけど……、優しい人もいるんですね……」

「うん、まあ……。とにかく、お互い頑張ろう?」

「あ、あの、良かったら一緒に観戦しませんか? その……」

「控室で、ってこと?」

「はい! あ、だ、駄目ですか……?」

「いや、別に問題ない……よね、うん。わかった。僕の控室に来る?」

 

 問いかける。すると、妖花は顔を輝かせていえ、と言葉を紡いだ。

 

「お土産とかいっぱいあるので、私の部屋に! その、どうぞ!」

「そんなに緊張しなくても……」

 

 思わず苦笑を零す。そして妖花の控室に入ると、何やら段ボール箱がいくつも置いてあった。

 アレがお土産なのかな――そんなことを祇園が思う中、モニターを着ける妖花。

 ――そして目に入った光景に、思わず祇園は口を開けた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「いきなり桐生プロか~……」

 

 会場へと足を進めながら、二条紅里は大きくため息を吐いていた。そこまで拘っているつもりはなかったが、一度ぐらいは勝ちたいと思っていたのも事実だ。だというのに、いきなりの初戦で優勝候補筆頭とは。

 

(みーちゃんにも聞いたことがあるけど……桐生美咲、っていったら私たちの世代では〝伝説〟だもんね~……)

 

 三年前に12歳でプロになったこともそうだが、それよりも彼女が遺してきた偉業が圧倒的だ。

 事実上不可能とされる、一般参加からの全日本ジュニア本選出場――普通なら公認店での大会でいくつも優勝し、ランキングを上げてようやく本選の枠に入れる――だけでなく、そのまま優勝。これを二年連続で行い、I²社とKC社という二大会社のスポンサーを受ける。

 更にこれもまた事実上不可能とされているプロテストによる入団――『横浜スプラッシャーズ』の入団テストに合格し、ライセンスを取得。普通はドラフト前に筆記に合格してからドラフトで入団というのが通例なのに、彼女はそれを覆してみせた。

 その後はアイドルとして活動をしつつもプロとしても着実に結果を残し、現在日本ランキング30位。世界ランキングでも100位以内に名を刻むほどのデュエリストとなっている。

 しかもその成績は彼女のスタイルである『応募デッキ』によって成されたものだ。本気で戦うとなれば、一体どんなデッキが出てくるのか……。

 

「ん~、むうっ!」

 

 声を出し、気合を入れ直す。考えても仕方ない。それに、これはある意味チャンスだ。

 自分には見えなかった景色――烏丸澪という〝天才〟が見ている景色に、桐生美咲という天才を超えれば見ることができるかもしれない。

 会場に足を踏み入れる。大歓声が体を叩いた。だが、緊張はない。

 前を見ると、美咲はまだ到着していないようだった。実況席にいたから、当然かもしれないが――

 

 

「――――とうっ!!!!!!」

 

 

 そんなことを思っていると、いきなり観客席から一人の少女が飛んできた。――美咲だ。

 彼女は空中で回転すると、実に見事に着地を決める。観客席からステージへ飛び移って来たらしい。

 

『うむ。十点だ。パーフェクトだな』

『ちょっ、桐生プロ!? 烏丸プロあれはいいんですか!?』

『デュエリストならば当然だ』

 

 あの冷静な宝生アナでさえ慌てている中、冷静に澪が言ってのける。……またデタラメを。

 

「二条さんやね? よろしゅーな。澪さんの直弟子、って聞いとるよ?」

「は、はい。よろしくお願いします~」

 

 頭を下げる。……怪我はないらしい。一体、どういう身体をしているのか。

 

「ほな、よろしゅう」

「はい」

 

 紅里がデュエルディスクを構えると、美咲はポケットから小型のデュエルディスクを取り出した。澪が使っているものと同じもので、収納時は掌二つ分ほどのサイズをしたデュエルディスクだ。

 ただデザインは微妙に異なり、澪のものが鋭角的であるのに対して美咲のは丸みを帯びている。『アイドル』の使うものとして実に適したデザインだ。

 

「「――決闘(デュエル)」」

 

 静かな宣誓。それに反し、会場は大歓声を二人に送る。

 先行は――紅里だ。

 

「私のターン、ドロー。私は手札から、『ローンファイア・ブロッサム』を召喚します~!」

 

 ローンファイア・ブロッサム☆3炎ATK/DEF500/1400

 

 現れるのは、赤い色をした植物だ。その花の部分から花火を噴き出すという、何とも不思議な植物である。

 

「そしてローンファイア・ブロッサムの効果を発動~! 一ターンに一度、自分フィールド上の植物族モンスターを一体、生贄に捧げることでデッキから植物族モンスターを特殊召喚します! ローンファイア・ブロッサムを生贄に捧げ――『ギガプラント』を特殊召喚!」

 

 ギガプラント☆6地ATK/DEF2400/1200

 

 現れるのは、植物族の上級モンスターとしてはかなり有名な部類に入るモンスターだ。その威容を見て、会場が大きく湧いた。

 

 

『二条選手、一ターン目から大型モンスターを特殊召喚してきました! どうですか、烏丸プロ?』

『ローンファイア・ブロッサムは制限カードだが、それを一ターン目から引いてくるのは流石としか言いようがない。とりあえず言えることは、『デッキから特殊召喚する』というカードは総じて強力だということだ。手札一枚が上級モンスターに化けるということを考えれば、その強力さも納得だろう』

『成程……植物族は長らく不遇種族と言われていた種族ですが』

『上級モンスターが少ないため、ローンファイア・ブロッサムを生かせないでいたのが痛いな。……だが、今日その常識は崩れると断言しよう。ほら――紅里くんはまだ動くぞ』

 

 

 一瞬で上級モンスターを特殊召喚した紅里に歓声が上がる会場。その中心で、紅里は更に手を進めた。

 

「装備魔法『スーペルヴィス』を発動です~! このカードはデュアルモンスターにのみ装備でき、装備モンスターをデュアル状態にします! ギガプラントのデュアル効果は、『一ターンに一度、手札・墓地から植物族モンスターを特殊召喚できる』こと……ローンファイア・ブロッサムを蘇生です~! そしてローンファイア・ブロッサムの効果発動! もう一度ローンファイア・ブロッサムを生贄に捧げ――『椿姫ティタニアル』を特殊召喚!」

 

 椿姫ティタニアル☆8風ATK/DEF2800/2600

 

 次いで現れたのは、椿の姫君。現在の植物族モンスターにおいては最高クラスの攻撃力を持つモンスターだ。上級モンスターが二体並び、会場は一気にテンションを上げる。

 

 

『成程、烏丸プロが仰っていたのはこのモンスターですか』

『うむ。攻撃力2800というのは一つのラインだ。上級モンスターには意外とこのラインを突破するモンスターがが少ない。それを容易く召喚できるというのは大きいな』

『そういえば、『一ターンに一度』の効果を二条選手は二度使っているように見えるのですが……』

『ああ、確かにそう見えるかもしれないな。だが、ローンファイア・ブロッサムの効果はあくまで『フィールド上にいるならば』という前提があってのことだ。今回は一度墓地を経由しているため、使用することができる。使用した一度がリセットされているわけだ』

『成程……』

『ちなみに『~の効果は一ターンに一度だけ』と表記されている時、それがカード名を指している場合は例外だ。墓地だろうとどこだろうと一度しか使えない。初心者は間違えやすい部分なので、気を付けておくと良い』

『成程……ここで二条選手は伏せカードを一枚伏せて、ターンエンド宣言です』

『恐ろしいのはこれだけの動きをしても手札は二枚しか使っていない点だな。とんでもない回転力だ。放っておけばどんどん手が付けられなくなるが……さて、美咲くんはどうするのかな?』

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ウチのターン、ドローッ☆」

 

 決めポーズをとりつつ、ドローをする。正直不要な動作だとは思うが、その辺は一応〝アイドル〟だ。人の目というのは常に意識する必要がある。

 手札を見る。正直、そこまで悪くはない。

 なら……動いておこう。

 

「ウチは手札から『ヘカテリス』を捨て、『神の居城―ヴァルハラ』を手札に加えるよー」

 

 金色の天使が墓地へ送られ、それによって新たなカードが手札に加わる。この手のサーチカードは本当に便利だ。

 

「そしてそのまま発動! 永続魔法『神の居城―ヴァルハラ』!」

 

 瞬間、美咲の周囲の風景が大きく変わった。

 まさしく神の居城と呼ぶに相応しい風景。荘厳な音が鳴り響き、周囲に光が満ちる。

 

「天使デッキ……?」

「ウチのはちょっと特別製や。――ヴァルハラの効果発動、一ターンに一度、自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、手札から天使族モンスターを特殊召喚できる!――降臨せよ、『堕天使アスモディウス』!!」

 

 堕天使アスモディウス☆8闇ATK/DEF3000/2500

 

 現れたのは、漆黒の翅と黒き闇を纏う天使。

 神の居城に存在するにはあまりにも似つかわしくない――堕ちた天使が降臨する。

 

「『堕天使』……?」

「それはどうやろね?――アスモディウスの効果発動! 一ターンに一度、デッキから天使族モンスターを一体墓地に送ることができる! フォーリン・エンジェル! 『堕天使エデ・アーラエ』を墓地へ!」

 

 二体目の堕天使が墓地へ送られる。毎ターン墓地肥やしを行えるというのは、確かに驚異的だ。

 

「更に手札から『トレード・イン』を発動するよ。手札からレベル8のモンスターを墓地に送り、カードを二枚ドロー。『堕天使スペルピア』を墓地へ送り、二枚ドローや」

 

 手札交換――一見するとその程度の効果だが、実際は大きく違う。レベル8モンスターというのは通常召喚をするのが難しく、手間がかかる。それならいっそ墓地に送ってしまった方が特殊召喚の手段も増えるのだ。

 それに、今美咲が墓地へ送ったモンスターは共に蘇生してこそ真価を発揮する。

 

「うん、ええ手札や。魔法カード『サイクロン』。伏せカードを破壊するよ」

「……『リビングデッドの呼び声』です」

「おー、当たりやね。ギガプラント連打されたらたまらへんからなー」

 

 笑いながら言う美咲。だが、これで彼女の前に障害は消えた。美咲は更に手を進める。

 

「更にウチは手札から『ハネクリボー』を守備表示で召喚や!」

 

 ハネクリボー☆1光ATK/DEF300/200

 

 羽の生えたクリボーが姿を現し、会場から黄色い歓声が上がる。美咲は微笑みつつ、更に、と言葉を紡いだ。

 

「永続魔法『コート・オブ・ジャスティス』を発動! 自分フィールド上にレベル1の天使族モンスターがおる時、一ターンに一度天使族モンスターを特殊召喚できる! ええもん見せてくれたお礼や! さあ、おいでませ! 最強の天使!! 『The splendid VENUS』!!」

 

 The splendid VENUS☆8光ATK/DEF2800/2400

 

 堕天使とは違う、純粋な光を体現した天使が降臨する。

 天使と堕天使――相反するその二つが並び立つ姿は、一種の絵画のようにも見えた。

 

 

『こ、これは……世界に一枚ずつしか存在していないという『プラネット・シリーズ』ですか!?』

『美咲くんはプラネット・シリーズの所有者だ。覚えている者がどれだけ多いかわからんが……彼女は天使と堕天使。この力を従え、全日本ジュニアで優勝した。私自身、彼女のプラネットを見るのは随分久し振りだよ』

『……一回戦から、こんなレアカードを見れるなんて……』

『呆然とするのもわかるが、宝生アナ。それよりも美咲くんの展開力の方が異常だ。あれだけ見事に回してみせた紅里くんをこうも容易く上回って見せた。……聞こえてくるようだよ、『プロは甘くない』という言葉が』

 

 

 聞こえてくる声に僅かに笑みを零す。視線の先、対戦相手は呆然とした表情を浮かべていた。

 世界に一枚ずつしか存在しないとされる『プラネット・シリーズ』。美咲はその所有者だ。公式のデータバンクにもそのことは記載されている。

 だが、使う機会はそう多くなかった。そもそも、彼女本来のデッキであるこのデッキを持ち出してきたのも随分久し振りである。

 

(まあ、祇園見ててくれてるからなぁ……。それに、本気でいかんと失礼やし)

 

 最初は様子見していこうかとも思ったが、あれだけ見事な展開を見せられると応じないわけにはいかない。その結果がこれだ。

 

「ほな、『The splendid VENUS』の永続効果や。このカードがフィールド上に存在する限り、フィールド上に存在する天使族以外の全てのモンスターの攻撃力・守備力は500ポイントずつダウンする――まあ、天使の意向には逆らえへんっていうことやね」

「そんな……」

 

 椿姫ティタニアル☆8風ATK/DEF2800/2600→2300/2100

 ギガプラント☆6地ATK/DEF2400/1200→1900/700

 

 紅里の場にいるモンスターの攻撃力が下がる。美咲は微笑み、バトル、と宣言した。

 

「アスモディウスでギガプラントへ攻撃!」

「…………ッ!」

 

 紅里LP4000→2900

 

 堕天使の放った闇の力により、ギガプラントが破壊される。紅里はその衝撃を堪えながら、懸命に言葉を紡いだ。

 

「スーペルヴィスの効果発動! このカードが墓地へ送られた時、墓地の通常モンスターを一体特殊召喚できます~! デュアルモンスターは墓地にいる時、通常モンスターとして扱う――ギガプラントを守備表示で蘇生!」

 

 これが『スーペルヴィス』の厄介なところだ。ただ破壊するだけでは、容易く突破されてしまう。

 しかし、今の美咲には関係ない。

 

「椿姫よりはギガプラントの方が厄介やね。――VENUSで攻撃!」

「――ううっ……!」

 

 破壊されるギガプラント。紅里は僅かに呻き声を漏らした。

 

「さ、ウチはターンエンドやで」

「わ、私のターン……ドロー……ッ!」

 

 紅里がカードをドローする。だが、状況打破のカードは引けなかったらしい。

 

「私はティタニアルを守備表示にして、モンスターをセット。……ターンエンドです」

 

 防御の構えを獲る紅里。美咲は、ふむ、と小さく頷いた。

 

「ウチのターン、ドローッ☆」

 

 引いたカードに視線を送る。……成程、この場面でこのカードが姿を見せるか。

 どうやらしばらく使っていなかったことが、相当このデッキにはストレスになっていたらしい。

 

「ウチはアスモディウスの効果を発動! デッキから二枚目の『ハネクリボー』を墓地へ送る!――そして、墓地の『ハネクリボー』と『堕天使エデ・アーラエ』、即ち光と闇のモンスターをゲームから除外し――現れや、最強の混沌!! その刃で全てを蹂躙せよ!! 『カオス・ソルジャー―開闢の使者―』!!」

 

 カオス・ソルジャー―開闢の使者―☆8ATK/DEF3000/2500→2500/2000

 

 現れたのは、光と闇を纏う一人の戦士。

 おそらく、『カオス』という名を聞いて誰もが最初にその名を浮かべるモンスター。

 

「カオス・ソルジャー……」

 

 呆然と、紅里が呟く。

 それを合図とするように、会場で爆発的な大歓声が巻き起こった。

 

 

『わ、私は夢でも見ているのでしょうか? プラネットシリーズに引き続き、世界に四枚しか存在しない究極のレアカード……『カオス・ソルジャー―開闢の使者―』まで……』

『これは流石に私も驚いた。……無茶を通り越して呆れるぞ、美咲くん。いつ手に入れた?』

『確か、『決闘王』以外に所有者は確認されていないカードだったはずですが……』

『偽物ではないだろうな。しかし……これは流石に詰みか。紅里くんも弱くはなかった。だが、美咲くんがあまりにも強過ぎる』

『これが、全日本ジュニアの記録を皮切りに様々な記録を塗り替えてきた……桐生プロの本気』

『……まだ二試合目だぞ。次の選手のハードルをどこまで上げる気だ』

 

 

 聞こえてくる歓声。美咲は、ほな、と言葉を紡いだ。

 

「バトルフェイズや。――カオス・ソルジャーでティタニアルに攻撃!」

「ううっ……!」

 

 流石に攻撃力が下がっていても、椿姫では耐え切れない。問答無用で破壊される。

 

「開闢の使者の効果発動! モンスターを戦闘で破壊した時、もう一度続けて攻撃できる! セットモンスターを攻撃!」

「うにゅう!? セットモンスターは『ロード・ポイズン』です~! 戦闘で破壊された時、墓地からロード・ポイズン以外の植物族モンスターを蘇生できます! ティタニアルを蘇生!」

 

 ロード・ポイズン☆4水ATK/DEF1500/1000→1000/500

 

 蘇る椿姫。元々の紅里の予定としてはこの効果でギガプラントを蘇生し、展開していく予定だったのだろう。

 だが……その予定は一体のモンスターによって覆された。

 世界に四枚しか存在しないカードでありながら、制限カードに指定される――究極のパワーカードに。

 

「VENUSでティタニアルに攻撃!――これでトドメや! アスモディウスでダイレクトアタック!! ダーク・フォース!!」

「――――ッ!!」

 

 紅里LP2900→-100

 

 紅里のライフが潰える。

 歓声が、二人のデュエルを褒め称えた。

 

『しょ、勝者――桐生美咲選手!!』

 

 爆音のような大歓声に。

 美咲は、微笑みで応じていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 控室へ戻る途中の廊下。頼りない足取りで、紅里は歩を進めていた。

 プロに行く気はなかった。けれど、そこまで差があるとも思っていなかった。

 ――でも、現実は。

 何も、何一つ……できなかった。

 

「……うにゅう……」

 

 呻き声のようなものが零れる。情けないな、とそんなことを思った。

 自分は、ただ。

 澪の見ている世界を、景色を見たかっただけなのに――

 

「やぁ、紅里くん」

 

 不意に声をかけられた。見れば、澪が腕を組んだ状態でこちらを見ている。みーちゃん、と紅里は言葉を紡いだ。

 

「見事なデュエルだったよ。良いものを見せてもらった」

「……負けちゃった……」

「プロの壁は高い。そういうことだ。特に美咲くんの場合、本来なら日本でも10位以内にいてもおかしくない強さを持っている。その美咲くんと戦ったんだ。胸を張るといい」

「……でも、私はねー……もっとやれる、って、思ってたんだよー……」

 

 俯きながら、紅里は語る。ほう、と澪が吐息を零した。

 

「キミにしては珍しい言葉を紡ぐ」

「……私、みーちゃんの隣に、立てなかったから……」

 

 ポタリと、紅里の瞳から涙が零れた。

 

「私、みーちゃんに、期待、されてたのに……全部、裏切ってて……! せめて、同じ景色、見たいって、思ったのに……何も、何も見えなくて……」

「……紅里くん。キミはキミ自身だ。私の真似などしなくていい。3年前のことを言っているのなら、それはもう忘れるべきだ」

「で、でも……! みーちゃんの強さは、私の憧れで……! 私も、みーちゃんみたいに、強く、強くなりたいって……! みーちゃんが見てる景色を見てみたいって……! それも、駄目、なの……? 弱い私じゃ……駄目、で……できない、のかな……?」

「それは駄目ではない。私に憧れてくれているのは光栄だし、キミが私を目指してデュエル教室を手伝ってくれていたのも理解している。だが、それなら尚更わかるはずだ。私には『誰かを教える』ことなんてできないのだと。……私はな、〝異常〟なんだ。私のようになっても良いことなど一つもないし、むしろならない方がいい。それに……私のようになっても、私を超えることはできないぞ?」

 

 苦笑を零し、軽く頭を撫でてくれる澪。超える、と紅里は呟くように言葉を紡いだ。

 

「みーちゃんを……?」

「何をそんなに驚く? デュエリストなら当然だ。私を超えてみろ、二条紅里。それまで私は今いるこの場所でずっと待っている。3年前、誰もが私の前から消えていく中……それでもずっと私の背を追い続けたキミには、その権利と可能性があるよ」

 

 だから、と澪は言った。

 優しく、その胸に紅里を抱き寄せながら。

 

「今日は泣いておけ。挫折もまた、大きな財産だ」

「――――――――、」

 

 

 ずっと目指し続けている人は、孤独な人で。

 その強さに憧れて、ずっと目指し続けてきた。

 まだまだ、その背中はあまりにも遠くて。

 多くの時間が、かかりそうだけれど。

 諦める必要は……ないようだった。

 

 ――この日、プロ入りを望んでいなかった一人の少女が、プロに行くことを心に決めた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「お待たせして申し訳ない。どうぞ、宝生アナ」

「え、あ、すみません飲み物までわざわざ……!」

「気にしないでください。……さて、美咲くんのコンサートは終わったようだな」

「リクエストを受けてそのまま歌い始めましたからね……」

「気遣いのできる子だ、相変わらず」

 

 澪は苦笑を零す。宝生がどういうことですかと問いかけるが、澪は首を左右に振ってなんでもない、と言葉を紡いだ。

 

「さて、次の試合だが。再びプロVSアマのようだな」

「〝爆炎の申し子〟本郷イリア選手と、アカデミア・サウス校代表の猪熊義孝選手ですね」

「今のところ、アマチュアは全滅……ある意味仕方がないが、頑張って欲しいところだ」

「では、10分後に試合開始です!」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ふぅん。今のところ、アカデミア本校の生徒の出番はなしか」

「ええ、そのようですね」

 

 VIP観戦席――そこに、二人の男の声が響いた。他にも人影はいるのだが、彼らの会話には誰も口出ししていない。

 

「俺は結果こそを全てと考えている。貴様がどういうやり方をしようと、結果を残すのであればどうでもいい。口は出さん」

「はい。それは就任時にも伺ったことですね」

「だが、結果を残せなければ……どうなるか。わかっているのだろうな?」

 

 鋭い視線。それを向けられ、はい、と男は頷いた。

 

「――サイバー流は、どんな相手にも負けません」



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第二十一話 目指した背中、親友たちがくれたモノ

 

 ルーキーズ杯、二日目。本選が行われているその日は、現時点でプログラムの半分を消化した。

 現時点で行われた試合の勝者は、それぞれ神崎アヤメ、桐生美咲、本郷イリア、響紅葉の四人。

 前者三人の相手はアカデミアの生徒であり、響紅葉の相手はジュニアチャンプだったのだが……結果的にアマチュア勢は誰も一矢を報いることさえできなかった。

 

「これで四試合が終了したわけですが……」

「美咲くんが随分と派手なデュエルをした反面、イリアくんと紅葉氏は随分とスマートなデュエルだったな。特にイリアくんは敵のモンスターを除去しつつの下級モンスターによるビートダウン。理想的な勝ち方だ」

「響プロは早速、切り札の『E・HERO アブソルートZero』を融合召喚していましたが」

「まあ、奥の手は隠している状態だな。流石にプロの壁は厚い。アマチュア勢も勉強になったことだろう。……さて、次の試合だ。――ふむ、どうやら連続五試合でプロの試合を拝めそうだな」

 

 示された番号を見、烏丸澪が微笑む。宝生アナがはい、と頷いた。

 

「続いての試合は『大宮フィッシャーズ』所属の松山源太郎プロと、アカデミア本校所属、アカデミア推薦枠からは唯一の一年生。遊城十代選手です」

「遊城十代……面白い子だ。私が見たものが本物であるなら尚更興味深い。そして何より、アカデミア本校といえば週に二日、美咲くんが臨時講師をしている学校だ。その推薦枠――美咲くんも認める才能の持ち主ということだろう」

「成程、それは楽しみですね」

「うむ。さて、試合は十五分後からだ。ようやく折り返しといったところだが、まだまだ見どころは多い。楽しみにしていて欲しい」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 特別観戦席で、十代はガッツポーズをしていた。次々とプロが戦っていく中、ずっとそれを眺めていたのだ。特に響紅葉の時は自分ではなくがっかりした。

 しかし、このタイミングでプロとデュエルチャンスが巡ってくるとは……素直に嬉しい。

 祇園ともデュエルしてみたかったが、それはまた次の機会だ。それに、共に勝ち上がることができればいずれデュエルはできる。

 

「よっしゃー!」

 

 叫び、十代は控室を出て行く。その姿を見送り、試合後に特別観戦席へと戻ってきていた紅葉は苦笑を零した。

 

「相変わらず元気だな、十代は」

「昔からあのような子なのですか?」

 

 紅葉にそう問いかけるのは、神崎アヤメだ。現在特別観戦席にいるのは、出て行った十代を除けばこの二人だけである。先程までイリアもいたのだが、所要で出て行った。美咲は取材中だ。彼女の場合、試合が終わるたびにコメントを求められるほどの人気があるので、今頃質問攻めに遭っているだろう。

 それに、彼女にはもう一つ、マスコミにとっては大いに『ネタ』となる部分がある。

 

「十代は昔からあんな感じだよ。それにしても……夢神祇園くん、か」

「一般枠の彼ですね。彼がどうかしましたか?」

「神崎プロも気になっているだろう? あの〝祿王〟が注目すると公言したほどのデュエリストなんだから。……それに、美咲さんの幼馴染という話もある」

 

 ――夢神祇園。アカデミア・ウエスト校の一年生であり、あの予選を突破してきたデュエリスト。

 予選そのものはかなりシビアなルールということもあって、突破は容易くなかった。それを越えて来ただけでも十分に思えるが、彼の場合はそれだけではない。

 烏丸〝祿王〟澪。

 史上最年少タイトルホルダーであり、公式記録において未だ『無敗』を誇るデュエリストだ。本人の気質かそれとも別の理由か、タイトル戦以外で滅多に表に出てこないこともあって『幻の王』とも呼ばれる彼女だが、その存在はプロの中ではある意味で絶対視されている。

 何故なら、当時四冠を誇っていた現日本ランキング一位のプロデュエリスト――DD。

 タイトルトーナメントで突如現れた彼女は他の全てを圧倒し、DDからタイトルを奪取したのだ。DDの不敗神話を崩した天才。それこそが、烏丸澪というデュエリストである。

 

「彼女が個人名を指してああいった言い回しをする例はほとんどない。それは周知の事実だ。それは勿論、注目もするだろう」

「確かにそうですね。〝祿王〟は他人を褒めることも多い人ですが、選手紹介の時のような言い方をするのは珍しいです」

 

 澪は言うことははっきりと口にするタイプだ。その彼女がその場で語ることをせず、夢神祇園のデュエルの時にこそ彼については語ると口にした……正直、これはかなり珍しい。

 

「ただ、私個人としてはそこまで力を感じませんでしたが」

「それは僕もだ。強い、とは思う。けれど、それを言うなら新井くんや丸藤くんのほうが遥かに雰囲気がある」

「しかし、〝祿王〟は彼を『台風の目』と言い切りました」

「今のところ、試合そのものは大番狂わせはない。……美咲さんがとんでもないことをしているけど、それ以外にはプロ側の全勝だ。台風どころか風さえ吹いていない」

「ならば、ここから暴風が起こるということですか?」

「〝祿王〟の見解が正しいならば」

 

 紅葉は頷く。別に澪は絶対者でなければ神でもない。故にその予言が全て当たるというわけでもないのだ。

 しかし、だからといって。

 烏丸澪の言葉が外れたというには、少々不気味過ぎる。

 まるで、嵐の前の静けさのような――

 

「……響プロ。その夢神選手ですが、懇意にしている記者から連絡が入りました」

 

 携帯端末を取り出し、不意にアヤメがそんなことを言い出した。紅葉が視線を向けると、アヤメは端末へと視線を落としながら言葉を紡ぐ。

 

「大会における入賞暦は特になし。ジュニア大会には参加していても予選落ち。インターミドルには出場さえしていませんね。……ただ、気になる点が。彼はアカデミア本校の生徒のようです」

「本校? 彼はウエスト校の生徒だろう?」

「はい。しかし、以前は本校に在籍し、僅か二か月足らずで退学になっているようです」

「……退学とは穏やかじゃないね。問題を起こすような子には見えなかったけど……」

 

 大人しい、という言葉が何より似合うような雰囲気をしていた少年だった。本校といえば『侍大将』がいる。素行については彼の方が問題となっていそうだが……。

 

「はい。私もその点については私も同意します。ただ、退学になった際に『制裁デュエル』が行われたようですね」

「制裁デュエル?」

「アカデミアにおける生徒の救済措置です。退学が確定的になった生徒に最後のチャンスとしてデュエルを行わせ、勝利した場合退学を免除するというもの。とはいえ、基本的にそれは建前です。最終的にはよほど酷いデュエルをしない限りは理由を付けて停学になるものですが」

「そうか、神崎プロはアカデミアの出身だったね」

「はい。私の友人も問題を起こして制裁デュエルを受けて負けましたが、結局二週間の謹慎とレポート提出で退学は免れました。そもそも学校側としては自主退学ならともかく学校側からの勧告による退学処分は世間の印象も良くありません」

 

『自分から辞める』という自主退学ならばともかく、学校側から下される退学処分にするのはかなり難しい。そもそも問題がある生徒は入学させないはずで、世間にマイナスイメージを与えてしまうのだ。

 特にアカデミアはデュエルの専門学校。そういった風聞は致命傷になりかねない。孤島という閉鎖社会で問題が起こったことを知ったとして、子供の親がそこに通わせる気になるかというと、答えはノーだ。

 

「彼は自主退学ではないと?」

「はい。勧告を受けていますね。しかも、即日退学。……相当な問題児でも中々ない処分です」

「人は見かけによらないということかな?」

 

 あのような大人しそうな雰囲気をしていても、札付きの不良だったということだろうか。

 

「いえ、どうやらそれも違うようで」

「そうなのかい?」

「アカデミア本校の生徒……丁度応援に来ている生徒も多いですから、彼らに取材をしたようです。すると、彼に対しては好印象の言葉ばかりが返ってきていると書いてあります」

「人格者ということかな?」

「そこまではわかりませんが……彼の退学を取り消すための署名活動まで起こったとか。記者が取材したこの『F』という生徒によればですが」

「……妙な話だね」

 

 素行に問題がない生徒がいきなり制裁デュエルを受けさせられる。それどころか、彼の退学を取り消そうという動きまであった。

 その動きの規模はわからないが、それを覆してまで退学にするなど――

 

「一体、何があったんだろう?」

「わかりません。ただ、もう一つに気になる点が。――彼の制裁デュエルの相手は海馬瀬人。〝伝説〟のデュエリストです」

「海馬社長……? アカデミア生がデュエルしたのかい?」

「しかも大健闘だったと。……すみません響プロ。少し失礼します」

 

 立ち上がるアヤメ。どうしたんだい、と問いかけると、アヤメは頷きながら言葉を紡いだ。

 

「彼と会って来ます。記者は控室に入れませんので。ついでに名刺でも渡そうかと」

「彼は試合前だ。あまり刺激しては駄目だよ?」

「その辺は弁えています。では」

 

 部屋を出て行くアヤメ。記者と繋がりを持ち、更に人脈をしっかり繋いでいこうとする姿は本当に真面目だ。まあ、紅葉も仲良くしている記者やアナウンサーはいるし、人脈は広いに越したことはない。

 

「……アカデミア、か」

 

 妙に気になる。それは、十代が通っている学校だからか――

 

「…………」

 

 PDAを取り出し、電話をかける。確か、生徒の引率でこっちに来ていると聞いていたが――

 

『……もしもし? どうしたの?』

「あ、姉さん。時間大丈夫かな? 一つ、聞きたいことがあるんだけど――」

 

 紅葉の視線の先、特別観戦席から見えるフィールドでは。

 十代が、プロデュエリストと向かい合っていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 紅葉との電話を終え、響緑は応援席へと戻ろうとしていた。その表情には思案の色が浮かんでいる。

 

(いきなり電話をかけてきたと思ったら、『夢神くんについて教えて欲しい』なんて……何かあったのかしら)

 

 夢神祇園。彼が予選を突破してこの大会の本選に出場していると知った時、かなり安堵した。美咲からウエスト校に無事転入できたとは聞いていたが、それでも心配はしていたのだ。

 彼に落ち度が全くなかったわけではない。校則違反をしたのは事実であり、それを罰せられるのは当然だ。

 しかし、レッド生とは思えないほどに勤勉に努力し、教職員も利用する購買部で毎日アルバイトをしてまで学費を稼ぎ。そして少しずつ成績を上げていた彼が退学になったことは、教職員の中でもかなり話題になっていた。

 人との会話が少々苦手なだけで、基本的に人畜無害。周囲に気を配ることのできる優しさを持っていたし、レッド寮で毎日朝食と夕食を作っていると聞いた時は職員会議でレッド寮の待遇変更の話が持ち上がったくらいだ。彼自身、もう少しでイエローへの昇格の話もあった。

 最初の頃はドロップアウトとして見向きもしなかったクロノスでさえ、徐々に成績を上げていく祇園については期待していた素振りがある。だからこそ、制裁デュエルでは自分で相手をしようと思っていたのだ。もし祇園が負けても、内容さえ悪くなければ便宜を図るつもりで。

 

(けれど、オーナーが現れて……彼は退学になった)

 

 オーナーがどういうつもりだったかはわからないが、美咲の言うところによると祇園を退学にするつもりで来たわけではなかったらしい。しかし、結果として彼は退学になった。

 そもそも、名前を呼び、『待つ』とまで言った相手をあの海馬瀬人が退学にするとは正直思えない。

 

(そして、先日の丸藤くんと如月くんのデュエル)

 

 鮫島校長の独断により行われたトップ2のデュエル。そこで表面化した、アカデミア本校の問題。

 正直頭が痛い思いだ。クロノスたちと共に仲裁に入ったが、『冬休み』というクッションがなければ文字通りアカデミアは崩壊していただろう。本当に、鮫島校長は何を考えているのか。

 緑としては、『サイバー流』などどうでもいいと思っている。『リスペクト』というのは基本の行為であり、それをするのは至極当然なのだ。

 彼らの主義・主張については思うところはあるが……それは別にどうでもいい。自分に迷惑がないなら。

 それが如月宗達という生徒を追い詰めていたという事実を知った時は、本当に後悔したが――

 

「あら、緑先生」

 

 不意に名を呼ばれ、緑は振り返った。そこにいたのは、アカデミアにおいてある意味でかなりの有名人である少女――藤原雪乃。

 

「藤原さん。どうしたの?」

「フフッ、先生こそ。十代のボウヤの応援は良いのかしら?」

「少し席を離れていただけよ。そういう藤原さんは?」

「ちょっと取材を受けていただけよ」

 

 苦笑を零す雪乃。その彼女に、取材、と緑は首を傾げた。

 

「どうしてまた」

「アカデミア生に取材をしていたみたいね。歩いているところを捕まったわ。――何せ、本校からは〝三人〟もの生徒が出場しているんだもの」

 

 三人――その言葉に引っ掛かりを覚えたが、緑はすぐに納得した。

 夢神祇園。彼が加わるなら、確かに三人だ。

 

「何を聞かれたの?」

「アカデミアで何があったか、それだけよ」

「…………」

「そう怖い顔をしないで。……私が黙っていても無意味よ。ボウヤの退学について、記者はかなりのところまで調べてるわ。昨日、〝祿王〟がボウヤのことを注目選手と爆弾発言をしてたけど……それを理由に多くのマスコミがボウヤについて調べているみたい。私が知らないことまで教えてくれたわ」

 

 肩を竦める雪乃。緑は苦い表情を浮かべた。

 冷静に考えれば、祇園の退学にはおかしな点が多過ぎる。ただでさえアカデミアは今現在、厄介な問題を抱えているというのに――

 

「ねぇ、先生」

 

 不意に、雪乃が真剣な表情で言葉を紡いだ。何、と問いかけると、雪乃は睨み据えるようにしてこちらを見ているのに気付く。

 

「先生は、どちらの味方?」

 

 どちら、という言葉の意味がわからないわけではなかった。

 そして、自分の気持ちがどちら側にあるのかも。

 

「……教師は、中立よ」

 

 しかし、自らの立場を考えればこう答えるしかない。

 雪乃は、そんな緑に。

 

「そう、ご立派ね」

 

 そう呟きを残し、観客席へと向かって行った。

 背後の観客席から聞こえてくる声が……遠く聞こえた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 部屋をノックするが、しかし、反応はない。扉に手をかけてみると、鍵がかかっていた。

 灯りも点いていないところから考えると、別のところにいるのだろうか――神崎アヤメはそう判断した。

 

「困りました。お話を伺いたかったのですが」

 

 腕を組み、うーん、とアヤメは唸る。夢神祇園――彼に色々と話を聞いてみたかったのだが。

 普段から世話になっている記者から、彼の取材の予約を取り付けて欲しいという連絡があったので来てみたが……さて、どうしたものだろうか。個人的に興味もあったのだが。

 アカデミア本校を退学になり、ウエスト校に転入したという少年。

 しかも、あの桐生美咲の幼馴染。更に言えば、あの過酷な予選を突破してくるだけの才覚もある。

 

「……何故、退学になったのでしょうか」

 

 正直な話、アカデミア本校は理想の環境とは言い難い場所だ。中等部からの持ち上がり組であるオベリスク・ブルーの生徒たち。彼らの傲慢な態度を始めとし、本校は学校として協調をとれているとは言い難い状況になっているのである。

 ただ、流石に総本山問うこともあって推薦枠などはしっかりしているし、進学において有利なのは間違いない。アヤメもだからこそ大学に進学し、プロになった。

 

「アカデミアで退学になるなど、相当な理由がなければありえないと思うのですが」

 

 オシリス・レッドという救済措置もあるのだ。普通に考えて、退学になることは酷く難しいはずなのだが……。

 

「――とりあえず、飲み物を買ってくるよ」

 

 不意に背後からそんな声が聞こえてきた。振り返ると、そこには目的の人物。

 ――夢神祇園。

 

「あれ、ええと……神崎プロ、ですよね……?」

「はい。神崎アヤメです。以後お見知りおきを」

 

 ぺこりと頭を下げる。向こうも慌てて頭を下げてきた。どうやら、礼儀も弁えているらしい。

 ますます妙だ。何故、この少年が退学になったのだろうか。

 

「あの、僕に何か用でしょうか……その、控室の前に立っておられるので……」

「ええ、少々お話を伺いたく。よろしいですか?」

「は、はい」

 

 頷く祇園。緊張させてしまったか――そんなことをアヤメが思った瞬間。

 

「か、神崎プロですか!?」

 

 祇園の後ろから、一人の少女が姿を見せた。確か、防人妖花。あのペガサス会長が推薦し、烏丸澪も実力を認めている少女。

 

「はい。防人選手ですね」

「わわ、私の名前……! あ、あの、サインください!」

 

 サイン色紙を差し出しながら言ってくる妖花。アヤメはそれを受け取ると、わかりました、とペンを取り出しながら頷いた。

 サインを書く。まだまだ新人とはいえ、ありがたいことにそれなりのファンがいるおかげでサインの書き方について困ることはない。

 

「これでいいですか?」

「はい! ありがとうございます!」

 

 妖花は何度も頭を下げてくる。その彼女に微笑を返し、では、とアヤメは祇園の方へと視線を向けた。

 

「お時間はとらせません。よろしくお願いします」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 大歓声の中、逸る気持ち共にステージに立つ。すでに相手はそこで待っており、こちらの到着を見ると手を差し出してきた。

 

「良いデュエルにしよう」

「おうっ!」

 

 相手の言葉に対し、笑みを返す。放送の声が届いた。

 

 

『それでは、松山源太郎選手と遊城十代選手の試合を始めます』

『ここまでアマチュア側は四連敗。とはいえ、プロにも意地がある。面白いデュエルを期待させてもらおう』

『さあ、デュエル開始です。先行は……遊城選手!』

 

 

 歓声が聞こえる。その全てに応じるように、十代は声を張り上げた。

 

「いくぜ、俺の先行! ドローッ!」

 

 相手はプロデュエリスト。そして、憧れの相手――響紅葉はすでにベスト8進出を決めた。ならば、その背を追う。

 勝てばきっと、戦える。

 ずっと憧れてきた――あの人と!

 

「俺は手札から魔法カード『増援』を発動! デッキからレベル4以下の戦士族モンスター一体を手札に加える! 俺は『E・HERO エアーマン』を手札に加え、そのまま召喚! 効果発動! このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、デッキから『HERO』と名のつたモンスターを手札に加えることができる! 俺はデッキから『E・HERO バーストレディ』を手札に加えるぜ!」

 

 E・HERO エアーマン☆4風ATK/DEF1800/300

 

 現在発売されている『HERO』の中では唯一の制限カード。その効果は単純であるが故に強力だ。

 

「更に『沼地の魔神王』を捨て、『融合』を手札に! カードを一枚伏せてターンエンドだ!」

 

 一ターン目の動きとしては理想的な動きを見せる十代。それを見、解説席から声が飛んだ。

 

 

『制限カードを見事に引き当ててきましたね』

『引き当てた、というよりはサーチカードで手札に加えたという方が正しいがな。……ここで問題だ、宝生アナ。デッキが四十枚の時、特定のカードを三枚入れていた場合初手の五枚に引ける確率は何%だ?』

『え、ええっ……?』

『答えは39.5%。まあ、約4割だ。正直、これは確率が低いと思わないかな? コンボというのは一枚ではなく、数枚で組み合わされるからこそ『コンボ』だ。それが都合よく手札に来てくれる確率など微々たるものだぞ』

『確かに……。ですが、それは仕方ないのではないでしょうか?』

『そのためのサーチカードだ。例えば、遊城選手の使った『増援』。エアーマンも増援も制限カードだが、どちらかが手札に来ればいいと仮定すると、その確率は約26%。四回に一回だ。これがエアーマンのみになると、約13%になる。十度に一度だ。どうだ? 全く違うだろう?』

『な、成程……』

『更に『E・HERO』には専用のサーチカードとして『E―エマージェンシーコール』がある。これは準制限カードで、二枚デッキへ組み込める。これを前者二枚と合わせて計算すると、初手五枚にどれか一枚が来る確率は約52%。二分の一だ。サーチカードの重要性はこれだけで理解できると思う』

『凄いですね……二回に一回という確率なら、ああして召喚できたことはおかしくないと』

『うむ。まあ、それでも運の要素ももちろんある。一部では『引けばいい』などという戯けたことを言い、折角のサーチカードを積み込まない者もいるようだが……それでは勝てん。デッキ圧縮にも意味がある以上、サーチカードは必須とも言える。特に、美咲くんの『ヘカテリス』と『神の居城―ヴァルハラ』など合計で六枚積める。初手五枚で引く確率は約79%。まあ、まず引けるだろう』

『……凄いですね。そう言われると、サーチカードの重要さがよくわかります』

『まあ、エアーマンの場合は場にもエアーマンというモンスターが残るということもあって『ガジェット』のような動きをするからな……ただのサーチカードとは呼び辛いが。まあ、そういうことだ。――ちなみに、この計算式を知りたい者はいるか?』

『…………』

『ふむ、残念だ。希望があれば烏丸澪による高校数学講座が始まっていたのだが』

『えっと、ところで烏丸プロ。その計算はどこで……?』

『これぐらい暗算でできるだろう?』

『……いえ、失礼しました』

 

 

 解説席の言葉を耳に入れつつ、十代は前を見る。サーチカードを使用した際の確率については、宗達から何度も教えられた。相変わらず計算式については理解できないが、それでも重要性だけは理解したつもりだ。

 

「成程、流石は〝祿王〟。興味深い。そしてキミも、基礎はしっかりと学んでいるようだ」

「へへっ」

「なら、こちらも基本に忠実にいくとしよう。――手札から魔法カード『愚かな埋葬』を発動。デッキからモンスターを一体、墓地へ送る。……デッキから『黄泉ガエル』を墓地へ」

 

 アカデミアならば自分から墓地へモンスターを送ろうものなら嘲笑が待っているが……十代はそう感じない。墓地肥やしの恐ろしさは、夢神祇園とのデュエルで学んでいる。

 

「……普通ならここで嘲笑でも来るものだが、成程、面白い。墓地肥やしについてもしっかりと学んでいるようだ」

「俺の友達に墓地肥やしをされて酷い目に遭ったことがあるからな」

「ほう。良い友達を持ったな。――俺は手札からスピリットモンスター、『磨破羅魏』を召喚」

 

 磨破羅魏(マハラギ)☆4地ATK/DEF1200/1700

 

 現れたのは、何やら土偶のような姿をしたモンスターだった。不可思議な文様が刻まれている。

 

「効果発動。このカードが召喚・リバースしたターンの次のドローフェイズ、ドロー前にデッキトップのカードを確認し、デッキの一番上か下に置くことができる」

「このターンには何もしないのか?」

「ああ、そうだ。……俺はカードを一枚伏せ、ターンエンド。エンドフェイズ、スピリットモンスターは手札に戻る」

 

 磨破羅魏が松山の手札に戻る。解説席で今のプレイングについての言葉が紡がれた。

 

 

『スピリットモンスター、ですか』

『エンドフェイズ時に手札に戻る強制効果を共通して持つカテゴリだ。面白い効果を持つ者が多く、有名どころでは相手モンスター全体に攻撃できる『阿修羅』や、最近禁止カードの牢獄から出所し、準制限になった『月詠命』などが有名だろう』

『成程……しかし、手札に戻るというのはデメリット効果なのでは?』

『単体で考えれば、な。だが、松山プロが使った『魔破羅魏』のような召喚時効果を持つモンスターなら何度も再利用できるのが強みだし、他にもエンドフェイズ時に手札に戻るという効果を利用して『強制転移』などとも組み合わせることができる。全ては使い方次第だ』

『ふむふむ、勉強になります』

『ただ、『黄泉ガエル』が墓地へ行き、伏せカードが一枚。……私としてはこの先の展開についてあまりいい想像は出来んがな』

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 解説席の言葉を成程と思いつつ、十代はデッキからカードをドローする。確かに磨破羅魏の効果は要するに引きたいカードを引く確率を上げる効果だ。そういうものを連打できるとなると、確かに強い。

 ならば、こちらもいくつか準備をしていかなければ。

 

「俺は手札から『カードガンナー』を召喚!」

 

 カードガンナー☆3ATK/DEF400/400

 

 玩具のマシン。青と赤で彩られた、そんな表現が似合うモンスターが現れる。

 

「カードガンナーの効果発動! 一ターンに一度、三枚までカードをデッキトップから墓地へ送り、送った数×500ポイントの攻撃力を上げる! 俺は三枚のカードを墓地へ送るぜ!」

 

 カードガンナー☆3ATK/DEF400/400→1900/400

 落ちたカード→E・HERO スパークマン、E・HERO ネクロダークマン、E・HERO バブルマン

 

 運の良いことにモンスターが三体、墓地へ送られる。十代はよし、と頷いた。

 

「いくぜ、バトル! 手札に戻るってことは場ががら空きになるって事だ! エアーマンで――」

「――対策をしていないとでも? リバースカード、オープン! 罠カード『威嚇する咆哮』! このターン相手は攻撃宣言ができない!」

「なっ!?」

 

 空気を震わせる震動により、エアーマンが動きを止める。十代はくっ、と小さく呻いた。

 

「俺はカードを伏せて、ターンエンドだ!」

「俺のターン、ドローフェイズ。磨破羅魏の効果発動。デッキトップを確認する。……確認したカードをデッキの一番下へ戻し、ドロー。そしてスタンバイフェイズ、俺の魔法・罠ゾーンにカードが存在していないため、墓地から『黄泉ガエル』を特殊召喚する」

 

 黄泉ガエル☆1水ATK/DEF100/100

 

 条件付きではあるものの、スタンバイフェイズに蘇生を繰り返す効果を持つモンスター。かつては規制を受けていただけはあり、その効果は強力だ。

 

「そして黄泉ガエルを生贄に捧げ――『砂塵の悪霊』を召喚!」

 

 砂塵の悪霊☆6地ATK/DEF2200/1800

 

 現れたのは、砂嵐を纏った一体の幽鬼だった。浅黒い肌と白い髪。不気味に光る白い目を有している。

 

「砂塵の悪霊の効果発動! このカードの召喚成功時、このカード以外の表側表示のモンスターを全て破壊する! エアーマンとカードガンナーを破壊!」

「何だって!?」

 

 吹き荒れる砂塵により、二体のモンスターが破壊される。十代は呻くと共に、効果発動、と叫んだ。

 

「カードガンナーが破壊され墓地に送られた時、カードを一枚ドローできる! ドローッ!」

「それがどうした! 砂塵の悪霊でダイレクトアタック!」

「トラップ発動! 『攻撃の無力化』! 相手の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了するぜ!」

 

 十代の目の前に不可思議な渦が現れ、砂塵の悪霊の攻撃を吸い込んでいく。ほう、と松山が声を漏らした。

 

「耐えたか。……俺はこれでターンエンドだ。砂塵の悪霊は手札に戻る」

「俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引く。一気に二体のモンスターが破壊されたが、手札は五枚ある。

 

「…………ん?」

 

 相手の場を見る。伏せカードがない。これは、つまり。

 

「今なら攻撃が通る……! 墓地のネクロダークマンの効果発動! このカードが墓地にある時、一度だけ『E・HERO』を生贄なしで召喚できる! 『E・HERO エッジマン』を召喚!」

 

 E・HERO エッジマン☆7地ATK/DEF2600/1800

 

 現れたのは、金色の装甲を持つ戦士だ。十代は更に手を進める。

 

「更に手札から『融合』を発動! 手札の『バーストレディ』と『フェザーマン』を融合! 来い、マイフェイバリット・ヒーロー! 『E・HERO フレイム・ウイングマン』!!」

 

 E・HERO フレイム・ウイングマン☆6風ATK/DEF2100/1200

 

 現れたのは、竜頭の腕を持つHERO。十代が最も信頼し、大切にするヒーローだ。

 十代の連続召喚に会場が湧く。解説席からも声が聞こえてきた。

 

 

『遊城選手、怒涛の連続召喚! 大型モンスターを二体並べてきました!』

『それ自体は素直に凄いと言えるだろう。だが……』

 

 

 聞こえてくる声を意識の隅に追いやると、十代はバトル、と叫んだ。

 

「二体のモンスターでダイレクトアタックだ!!」

「――『バトルフェーダー』!! その攻撃を無効にし、バトルフェイズを強制終了させる!!」

「ッ、なあっ……!?」

 

 鐘の音が鳴り響くと共に、十代のモンスターたちが沈黙した。十代はくっ、と小さく呻くと手札からカードを一枚伏せた。

 

「カードを伏せ、ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー。スタンバイフェイズ、黄泉ガエルが蘇生する!」

 

 再び場に現れる一体のカエル。そのモンスターそのものは決してステータスにおいて強くないのに、今の十代には一つの絶望に見えた。

 

「そして手札から魔法カード『サイクロン』を発動! 今伏せたカードを破壊だ!」

「俺の『激流葬』が……!」

 

 吹き飛ばされるなら、いっそ巻き込もうと思っていたのに――それを阻まれた。

 

「ほう、良いカードを破壊した。――俺は黄泉ガエルを生贄に捧げ……『砂塵の悪霊』を召喚! 効果により、このカード以外の表側表示モンスターを全て破壊する!」

「くうっ……!?」

 

 再び砂嵐が吹き荒れ、十代のモンスターが全て破壊された。

 

 砂塵の悪霊☆6地ATK/DEF2200/1800

 

 目の前に立つ一体の幽鬼。それが、どうしようもないほど強く見えた。

 

「砂塵の悪霊でダイレクトアタック!」

「うわああっ!」

 

 十代LP4000→1800

 

 十代のLPが大きく減らされる。歓声が上がった。

 

 

『ここで松山選手の直接攻撃が決まりました!』

『これは遊城くんの不注意だな。少年の知り合いなら、『バトル・フェーダー』の可能性には思い至ったと思うが……』

 

 

 聞こえてくる声に、そういえばそうだった、と十代は呟く。バトル・フェーダーで攻撃を防ぎ、返しのターンで生贄にして攻撃――祇園がよく使っていた手ではないか。

 何故こんな簡単なことに思い至らなかったのか。十代はそれに対して反省しつつ、松山を見る。

 

「俺はカードを伏せ、ターンエンドだ。砂塵の悪霊は手札に戻る」

「俺のターン、ドロー!……くっ、モンスターをセットしてターンエンド!」

「それでは、ドローフェイズ。『和睦の使者』を発動させてもらう。このターン、俺のモンスターは戦闘では破壊されず、戦闘ダメージも受けないが……このタイミングでは特に意味はない」

 

 松山が苦笑する。そして、ドロー、と宣言した。

 

「スタンバイフェイズ、『黄泉ガエル』を蘇生する!」

 

 黄泉ガエル☆1水ATK/DEF100/100

 

 再び姿を見せるカエル。本当に厄介なモンスターだ。

 

「更に手札から魔法カード『サイクロン』を発動! 伏せカードを破壊!」

「くっ、『ヒーロー・シグナル』が……!」

 

 伏せカードが破壊される。ヒーロー・シグナルは戦闘破壊をトリガーに発動するカード。砂塵の悪霊の効果では発動しない。

 

「そして俺は黄泉ガエルを生贄に捧げ、『砂塵の悪霊』を召喚! だが、砂塵の悪霊の効果ではセットモンスターの破壊はできない。……バトル、砂塵の悪霊でセットモンスターに攻撃!」

「俺のセットモンスターは『E・HERO クレイマン』だ……!」

 

 砂塵の悪霊☆6地ATK/DEF2200/1800

 E・HERO クレイマン☆4ATK/DEF800/2000

 

 下級HEROでは最高の守備力を持つクレイマンでも、幽鬼の攻撃には耐え切れない。問答無用で破壊される。

 

「俺はカードを伏せ、ターンエンドだ。砂塵の悪霊は手札へ」

 

 これで十代のターン。だが、彼の場にはカードはなく、手札も0。LPは砂塵の悪霊に攻撃されれば尽きる程度であり、伏せカードは十中八九防御カード。

 八方塞、絶体絶命――正にその状況だ。

 

 

『これは……流石に松山選手の勝ちでしょうか』

『宝生アナ。まだ決まっていないうちにそういうことは言うものじゃない』

『ですが……』

『――前を向かぬ者に、奇跡は絶対に起こらない』

 

 

 歓声の中、澪の言葉が響き渡る。

 

 

『確かに状況は絶望的だ。十人中十人が彼の負けを確信しているだろう。だが、デュエルとは最後の一枚のドローまで勝負がわからない。――彼の表情を見てみろ』

 

 

 体が震える。ゾクゾクする。心臓が大きく高鳴る。

 顔を上げる。視線の先。

 ――特別観戦室からこちらを見る、一人の男。

 響、紅葉。

 ずっと憧れ、その背を追い続けた相手――!!

 

 

『彼は、敗北など欠片も考えていない。――勝つつもりだぞ』

 

 

 澪のその言葉に、背を押されるように。

 十代は、デッキトップに指をかける。

 

「楽しい、楽しいぜ! やっぱプロってめちゃくちゃ強ぇんだな!」

「そう言ってもらえると嬉しいが、俺などプロの中では下位のデュエリストだ。俺より強い奴は大勢いる」

「そうだよな……そうなんだよな……! くぅーっ、楽しいぜ! 最高だ!」

「俺も楽しいぞ。お前みたいな気持ちのいい奴は久し振りだ。――さあ、来い! 逆転してみせろ! 俺も全力で相手をしてやる!」

「勿論だ!!」

 

 そして、十代はカードを引く。

 

「俺のターン、ドローッ!!」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「お、お茶です」

「ありがとうございます」

 

 緊張した様子で妖花がアヤメへとお茶を出すと、アヤメは微笑んで礼を言った。妖花はそんなアヤメに対し、何度も頭を下げる。

 

「こ、こちらこそです! 神崎プロとこんなに近くで……!」

「そう緊張されずとも大丈夫です。私は所詮、ただの新人ですから」

「で、でもっ! テレビでずっと見てて! 大ファンです! サイン大事にします!」

「ありがとうございます」

 

 微笑むアヤメ。妖花は何度も頷くと、祇園の隣へ若干隠れるようにして座った。面白い子である。しかし、これでペガサス会長の推薦を受けているというのだから侮ることはできない。

 モニターから聞こえてくる声。どうやら勝負は中盤に差し掛かっているらしい。

 

「気になりますか?」

 

 真剣な表情でそれを見ている少年――祇園へとアヤメはそう言葉を紡いだ。祇園は苦笑し、はい、と頷く。

 

「十代くんは友達ですから」

「成程、友達。良い言葉です。元々は同じ本校の生徒、それも同じ寮だったのでしたか」

「……どこでそれを?」

 

 祇園が驚いた表情を見せる。アヤメはすみません、と軽く頭を下げた。

 

「少々調べさせてもらいました。〝祿王〟が注目する選手ということで、興味があったので」

「成程……でも、僕なんて注目されるような力がないですよ。大会で結果を残せたことなんてないですし、十代くんにだって全然勝てませんし……」

「しかし、予選を突破したのでしょう?」

「ギリギリです。その、ほとんどの試合でLPは1000近くまで削られていましたから……」

 

 祇園は苦笑している。妖花はというと、祇園に隠れるようにしながらもモニターの方に釘付けだ。先程小さい頃からテレビをずっと見ていた、と言っていたし、元々テレビが好きなのだろう。

 だが、アヤメにとっては妖花のことも気になるが今は祇園だ。この少年に対し、少々興味が出てきた。

 

(人格的には問題なし。多少内向的ですが、十分許容範囲ですね。それに、防人さんを助けたという話もあります。……ますます、人格的な問題で退学した線は薄くなってきましたね)

 

 これが彼の演技だという可能性もあるが、おそらくそれはないだろう。伊達にアヤメもプロデュエリストをやっているわけではない。これまで多くの人間を見てきたし、その中で様々な経験をしてきた。絶対とは言わないが、人を見る目はあるつもりだ。

 

(桐生プロや〝祿王〟ほど人のことを見抜くことはできませんが……彼に限っては、どうやらこれが素のようですね)

 

 内心で頷く。結論は勘だが、女の勘というのは結構当たるものだ。

 

「それで、ですね。夢神さん」

 

 最初は選手と呼んでいたが、妖花と合わせて固辞されたのでさん付けで呼んでいる。本人は呼び捨ての方がいいらしいが、この変は性格の問題だ。

 

「話し辛いことならば黙秘していただいて構いません。単刀直入に問います。あなたが退学になった経緯をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「え、ええっ?」

「半分ほどは興味ですので、話したくないのであればこれ以上はお聞きしません。如何でしょう?」

「いえ、その……話しても問題はないんですが……退屈ですよ……?」

「構いません」

 

 お茶を啜りつつ、アヤメは頷く。祇園は一度息を吐いてから、静かに話し始めた。

 

「その、退学になったのは……『制裁デュエル』で負けたからなんです」

「制裁デュエル、ですか」

「えっと、ご存知ですか? 神崎プロは、その……アカデミア出身ですよね?」

「一応は。よく知っておられますね」

「去年、試合を見ていたので……。えっと、ですね。元々は僕と、今デュエルをしている十代くんと、他に三人のメンバーで立ち入り禁止になっている廃寮に入ったことが原因なんです」

「廃寮?」

「生徒が行方不明になった、っていう噂があって……いえ、実際には噂じゃなくて事実だったんですが。その、そこを探検しようと十代が言い出して。それについていったんです」

「成程」

 

 廃寮――そんなものがあっただろうか、とアヤメは内心で首を傾げる。少なくとも自分がいた時にはなかったはずだが。

 

「そしたら、そこに不審者がいて……あ、別に問題はなかったんです。その人とは和解して、怪我人もなくて。ですが、その次の日に校則違反で呼び出されて……倫理委員会で退学が決定されたと通達されたんです」

「次の日? そんなに早くに決定が下りたんですか?」

「はい。匿名の情報提供があったって……」

「匿名? そんなものを信じて処分を?」

 

 思わず問いかける。そんなもの、証拠も何もないではないか。

 

「そう、みたいです。おかしいとは思ったんですけど……その、廃寮に入ったのは事実ですし、逆らえるわけがありませんから。受け入れて、僕と十代くんと……翔くん、っていう三人で制裁デュエルに挑むことになって。僕はシングル、二人はタッグという形になったんです」

「待ってください。三人だけですか? 残り二人はどうしました?」

「話にも挙がりませんでした。理由はわからないですけど……」

「……その二人の名前を聞いても?」

「えっと、前田隼人くんと如月宗達くんです。あと、廃寮で天上院明日香さんという人とも出会ったんですが……その三人はお咎めなしでした。僕はむしろ三人が無事で良かったと思いましたが……」

「…………」

 

 思わず黙り込む。――何だそれは。

 前田と天上院という生徒は知らないが、如月宗達の名はアヤメも知っている。『侍大将』――全米オープン五位入賞という経歴を持つ、プロ候補だ。

 実力者である彼が免除されていたというのは、まるで。

 ――レッド寮の落第生を排除しようとしているようではないか。

 

「それで、その……当日、制裁デュエルで海馬さんと戦うことになって……」

「……参考までに、海馬社長のLPをどこまで削ったかをお聞きしてもよろしいですか?」

「えっと、400ポイント……だったと思います」

「400!? 海馬社長を相手にですか!?」

「え、あ、でも、削れたのは一度だけです! 2400のダイレクトアタックだけで……後はコストで」

「……成程」

 

 考えを変える必要がある。いくら〝伝説〟が相手であっても、あまりにも無様なデュエルをしたが故に退学の処分を受けたのかと思っていたが……それはありえない。

 一体プロデュエリストの中にどれだけ、海馬瀬人という〝伝説〟とそこまでデュエルできる者がいる?

 

(これは……想像していた以上にスキャンダラスな話になりそうです)

 

 元々、孤島という閉鎖空間での教育は問題視されていたのだ。何が起こっているかが外部には判断し辛く、倫理委員会はそれを判断させるための組織だったが――

 

「ありがとうございます。辛いことをお話させてしまい、申し訳ありません」

「あ、いえ……僕が弱かったのが、理由ですから」

「……それは、海馬瀬人という〝伝説〟に勝つつもりだったということですか?」

 

 疑問符を浮かべる。自信過剰なだけか――そう思ったが、すぐにそれが間違いだとアヤメは悟ることになる。

 

「勝たなければ、ならなかったんです」

 

 拳を握り締め、静かに祇園はそう言った。

 その言葉は、あまりにも……弱々しい。

 

「相手が誰かなんて、関係なくて。勝たなければ残れないなら、勝たなければならなかった。そして僕は負けた……ただ、それだけだったんです」

「……強いですね」

 

 思わず、その言葉が漏れた。

 どうしようもない理不尽の中、退学を喰らったはずの少年。しかし、彼はその全てを自分の責任と言う。

 それが、どれほど難しいことか。

 

「弱かったから……負けたんですけどね」

 

 苦笑する祇園。その彼に、アヤメは思わず問いかけた。

 

「理不尽を、恨みはしませんでしたか?」

「えっ?」

「どうしてと、叫びはしませんでしたか?」

 

 彼の境遇はあまりにも理不尽だ。だというのに、彼の言葉からは何の憎悪も感じなかった。

 一体、何故――?

 

「理不尽も、不条理も。いつだって、どこにだって転がっています」

 

 苦笑する、彼の表情は。

 どうしようもなく、痛々しく。

 

「それに対して怒りをぶつけても、何にもならないです。でも、いつか。いつか、きっと……前を向いていたら、良いことがあるかもしれないじゃないですか」

 

 アヤメは知る由もないが、それが夢神祇園という少年がこの若さで到達した真理だ。

 たった一人の彼に、一人の少女が声をかけたように。

 世界は理不尽と不条理ばかりだけれど……それだけではない。

 優しい奇跡は、きっとある。

 だから、夢神祇園は前を向く。

 

「……〝祿王〟が気に入り、桐生プロが気にかける理由がわかりました」

 

 頷くアヤメ。彼女は、夢神さん、と静かに言葉を紡ぐ。

 

「今日が終わると、あなたはきっと取材攻めにあうでしょう」

「え、ええっ……?」

「勝てば、尚更です。負ける気もないのでしょう?」

「それは……もちろん」

 

 頷く祇園。ならば、とアヤメは言葉を紡いだ。

 

「もし何かあれば、私を頼ってください。全力で協力いたします」

「え、で、ですが……」

「これは私のアドレスと番号です。その代わり、試合が終わった後にこの方の取材を受けて頂けるとありがたいのですが……よろしいですか?」

「え、あ、は、はい」

 

 アヤメに押されるままに頷く祇園。その姿を見、苦笑を浮かべながら。

 

(まだ情報が足りませんが……少し、桐生プロが不機嫌な理由がわかった気がします)

 

 PDAを取り出す祇園。それを見て妖花もアドレスを交換して欲しそうに祇園を見つめ、祇園がそれを了承する。

 

(理不尽と不条理。大人になればそれに振り回されるのは常です。しかし、学生の身分でそれに振り回されるのは……少し違う)

 

 ふう、と一度息を吐き。

 アヤメは、内心で呟いた。

 

(この後、桐生プロに連絡しましょう。都合が合えば〝祿王〟も。宝生アナを巻き込んでもいいかもしれません。……知ってしまった以上、無視はちょっと……できません)

 

 モニターから、大歓声が響き渡った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 大歓声が響く。絶望的な状況。誰もが彼の敗北を予見する中、十代だけは笑みを浮かべていた。

 

(こんなの、絶望でもなんでもない。祇園なんて、俺の手札が0なのに大型ドラゴンを三体以上並べてくるなんて普通だった)

 

 十代は知っている。己の持てる全てを懸け、〝伝説〟を相手に己は牙を突き立てた友の背中を。

 

(宗達なんて、カウンタートラップで待ち構えて来てた)

 

 十代は知っている。己がドロー運の無さを自覚しながら、それでも可能性に手を伸ばした友の背中を。

 

(カイザーなんて、攻撃力8000なんてモンスターを出してきた)

 

 十代は知っている。己が信じる道のため、あれだけのブーイング、その全てを黙らせる信念を見せた先達の姿を。

 

(なら、俺にできることは?)

 

 十代は、問う。

 友とは違う、遊城十代の〝強さ〟は何かと。

 

 ――答えは、決まっている。

 

 そんなもの、考えるまでもない。

 遊城十代の、俺の強さは――!!

 

「俺のターン、ドロー!!」

 

 いつだって全力でデュエルを楽しんで。

 同時に、自分のデッキを誰よりも信じること!!

 

「俺は魔法カード、『ホープ・オブ・フィフス』を発動!! 墓地の『E・HERO』を五枚選択し、デッキに戻す!! その後カードを二枚ドロー!!」

「E・HERO専用の『貪欲な壺』か!」

「それだけじゃないぜ! このカードの発動時、手札・自分フィールド上に他のカードがない時、更に一枚ドローできる!! 俺はバーストレディ、ネクロダークマン、エアーマン、バブルマン、クレイマンを戻して三枚ドロー!!」

 

 引いたカードを見る。――これなら!!

 

「そして俺は『E・HERO バブルマン』を召喚! 効果発動! このカードの召喚・特殊召喚成功時、自分フィールド上にカードが存在しなければカードを二枚ドローできる!! 二枚ドロー!!」

 

 怒涛の連続ドロー。これで手札は四枚だ。会場で大歓声が上がった。

 

 

『これは……遊城選手、手札0から一気に四枚にまで増やしてきました!』

『まさかこれほどとはな。〝ミラクルドロー〟……この資料に書かれていることは事実のようだ』

 

 

 手札と場を見る。そして、十代は笑みを浮かべた。

 

(ありがとう、祇園、宗達。――二人のおかげで、俺はまだ戦える!!)

 

 親友たちがくれた、この手の力。

 それだけで――戦える。

 

「俺は手札から魔法カード『融合』を発動!! 手札のエアーマンとフィールド上のバブルマンで融合!! HEROと水属性モンスターの融合により、極寒のHEROが姿を現す!! 来い、最強のヒーロー!! 『E・HERO アブソルートZero』!!」

 

 E・HERO アブソルートZero☆8水ATK/DEF2500/2000

 

 氷の結晶が、無数に宙を舞う。

 世界が、割れ。

 絶対零度のHEROが、姿を現す。

 

「バトルだ!! アブソルートZeroで――」

「甘い!! リバースカードオープン、『威嚇する咆哮』!! 攻撃宣言は不可能だ!!」

「くっ! カードを二枚伏せ、ターンエンドだ!!」

 

 これで手札は0。次の十代のターン。そこで全てが決まる。

 

「俺のターン、ドロー! スタンバイフェイズ、黄泉ガエルを蘇生!」

 

 黄泉ガエル☆1水ATK/DEF100/100

 

 何度目かもわからないカエルの姿。松山が笑みを零した。

 

「強いなぁ……! これだからデュエルは楽しいんだ! お前みたいなのと出会える! だが、勝つのは俺だ! 俺は黄泉ガエルを生贄に、『砂塵の悪霊』を召喚!」

 

 砂塵の悪霊☆6地ATK/DEF2200/1800

 

 そして向かい合う、幽鬼とHERO。

 幽鬼の周囲で、風が舞う。

 

「アブソルートZeroの効果は知っている! 確かに砂塵の悪霊は破壊されるが、それだけだ! 所詮は時間稼ぎに過ぎん! 効果発動! 砂塵の悪霊以外の表側表示モンスターを破壊する!」

「――それはどうかな?」

 

 笑みを零す。そして、十代はトラップ発動、と宣言した。

 

「『亜空間物質転送装置』!! 自分フィールド上のモンスター一体をエンドフェイズまで除外する!!」

「何だと!? それでは……!!」

「そう、砂塵の悪霊の効果は不発だ!! そしてアブソルートZeroの効果発動!! このカードがフィールドから離れた時、相手フィールド上のモンスターを全て破壊する!!」

「ぐううっ!?」

 

 絶対零度が幽鬼を襲い、破壊する。十代は笑みを浮かべた。

 

(ありがとう祇園!! お前に貰ったカードのおかげだ!!)

 

 アブソルートZeroとのコンボができる、と宗達が来たあの日に祇園がくれたカード。それがここで役に立った。

 本当に、最高の親友だ。

 

「くうっ……! 俺はカードを伏せ、ターンエンドだ!」

「そのエンドフェイズ、アブソルートZeroが戻ってくる! そして、ドロー!!」

 

 引いたカードを見る。そして、十代は思わず笑みを浮かべた。

 

「魔法カード発動!! 『ミラクル・フュージョン』!! フィールド・墓地から融合素材となるモンスターを除外し、E・HEROの融合モンスターを融合召喚する!! 俺は墓地のスパークマンとフレイム・ウイングマンを融合!! 来い、『E・HERO シャイニング・フレア・ウイングマン』!!」

 

 E・HERO シャイニング・フレア・ウイングマン☆8光ATK/DEF2500/2100→3700/2100

 

「シャイニング・フレア・ウイングマンは墓地のE・HERO一体につき攻撃力が300ポイントアップする! 墓地のHEROは四体! 1200ポイントアップ! いくぜ、バトルだ! シャイニング・フレア・ウイングマンでダイレクトアタック!」

「ここを超えれば勝利が見えてくる! リバースカード、オープン! 『攻撃の無力化』!! その攻撃を無効に――」

「甘いぜ!! カウンタートラップ発動!! 『神の宣告』!! LPを半分支払い、相手の発動した魔法・罠カードを無効にして破壊する!!」

「何だと!?」

 

 十代LP1800→900

 

 宗達のデュエルの中、カウンタートラップの重要性を十代は学んだ。そして、その彼を超えるため、彼から貰って投入したカードだ。

 

(ありがとう宗達!! お前のおかげだ!!)

 

 サイバー流という流派に抗い続けた、一人の親友。

 彼が間違っていないということを、十代はこの場で証明する。

 ――何故なら。

 サイバー流の教えでは、決してあの防御の壁を超えることができなかったから――

 

「バトルだ!! 二体のHEROでダイレクトアタック!!」

「ぐあああああああっ!?」

 

 松山LP4000→-2200

 

 二体のHEROの攻撃が通り、松山のLPが0を通過する。

 十代は腕を突き出すと、満面の笑みを浮かべた。

 

「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ!」

 

 そして、爆発するような大歓声が響き渡る。

 解説席からも称賛の声が届いた。

 

『アマチュア勢で初めてプロを打ち破ったのは……遊城十代選手!! 一年生がやりました!!』

『見事だ。素直に称賛を送ろう。そのドロー運、そして最後のカウンタートラップによるタクティクス。全てが素晴らしい。見事なデュエルだった』

 

 割れんばかりの拍手が巻き起こる。松山は、負けたよ、と肩を竦めた。

 

「頑張れ。俺に勝ったんだ、優勝ぐらいしてみせろ」

「おうっ! ありがとな!」

 

 満面の笑みで、互いに握手を交わす。

 そんな二人を、万雷の拍手が包み込んだ。

 

 ――勝者、アカデミア本校所属、遊城十代。

 ベスト8進出。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 桐生美咲はようやく記者たちから解放され、人心地をついていた。『プラネット・シリーズ』だけならまだしも、『カオス・ソルジャー―開闢の使者―』まで使ったのだから当然といえば当然なのだが、かなり疲れたのというのが本音だ。

 それでもアイドルである。笑顔は絶やさなかったし、終始愛想よく振る舞っていた。祇園のことを聞かれたことについては適当に誤魔化したが……まあ、いいだろう。

 

「うー、疲れた~……」

 

 呟く。十代の試合は見ていたが、実に見事な試合だったと思う。互いに全力を出し合い、楽しんでいた。悔いはないだろう。

 ――ただ。

 目の前にいる男にとっては、そうではないのだろうが。

 

「何や、来とったんですね。アカデミアが大変やー、ゆーのに」

 

 相手は無言。何も言わない。

 美咲としても、長く会話をする気はない。正直、この男のことは嫌いなのだ。

 故に、一つだけ告げておく。

 

「記者さんたち、祇園のこと調べてるみたいでしたよ。あの様子やと、遠くないうちに退学の事実に辿り着くでしょうねー。心当たりあるでしょ?」

「…………」

「『倫理委員会と校長の癒着!! 倫理委員会のメンバーはその八割が校長の元教え子!!』――自分で言うといてあれやけど、しょーもないわ」

 

 足を止める。背後に感じる男の気配は、それでも何も言わなかった。

 

「ま、それもこれも祇園が勝ったらの話や。負けるようならマスコミも興味失うやろ。……精々、祇園の負けを祈ってればええんちゃうか?」

「ええ、そうさせてもらいますよ」

 

 靴の音を響かせ、男は立ち去っていく。

 美咲は、彼女にしては珍しく、大きく舌打ちを零した。

 

「子供の負けを祈るやと? 教育者の言葉とは思えんわ」

 

 吐き捨てるような、その言葉は。

 宙に溶けて、消えていった。












やっぱりGXの主人公は十代くんですね


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第二十二話 憧れた場所で

 

 解説席に再び戻ってきた桐生美咲を加え、会場には三人の声が響いていた。

 

『さて、これで第六試合が終了しました。アカデミア・ウエスト校代表の菅原選手と一般枠の新井選手。勝者は新井選手となりましたが』

『格が違う、というほどではないが、明確な実力の差があった戦いだったな』

『二人共プロ志望やし、楽しみやね~♪』

『現在残っているのは今年度ジュニア準優勝の藤原千夏選手、アカデミア本校代表丸藤亮選手、推薦枠の防人妖花選手、一般枠の夢神祇園選手ですが……』

『残り二試合か。随分と長く解説をしていた気分だ』

『でも、ここからも面白そうですよー。ジュニア準優勝、サイバー流正統継承者、ミラクル・ガール、そして澪さんが『台風の目』と呼ぶ一般人』

『少年については、キミも期待しているだろう?』

『ま、そらねー』

『では、最後の組み合わせの決定です。……決まりました、第七試合は藤原千夏選手と夢神祇園選手です!』

『トリを飾る、ということにならないのが少年らしい』

『全日本ジュニア準優勝……懐かしいなぁ。もう四年くらい前になるんやな~』

『では、試合開始は十五分後です!』

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 控室で自分の名前を呼ばれ、夢神祇園はゆっくりと立ち上がった。相手が今目の前にいる妖花ではなかったことに少し安堵しつつ、同時に少し重い気持ちになる。

 

(全日本ジュニア準優勝か……僕にとって、全日本ジュニアは見ているだけの世界だったから……)

 

 美咲がカードショップを立て直すと言い、ほとんど不可能とされた本選出場からの優勝を成し遂げた時。祇園は、ただそれを見ていることしかできなかった。

 弱い自分とは遥かに違う強さを持つ、同い年ぐらいの者たちが全力で戦う場所。

 テレビの中の遠い場所で、憧れることしかできない場所だった。

 

(美咲と戦えたら、って思ったことはあったけど……やっぱり、無理で)

 

 あの美咲でさえ、当時は「苦労した」と愚痴っていた場所だ。自分などが戦える場所ではない。

 今でも、全日本ジュニアの試合はテレビで見る。同時に、そこで戦える彼らを凄いと尊敬する。

 ――だって。

 その場所は、憧れることさえ許されない場所だったから。

 

「あの、が、頑張ってください!」

 

 少女――防人妖花が拳を握り締めながらそう言った。彼女の体は震えており、どうやら酷く緊張しているようだ。

 それはそうだろう。祇園の相手が決まった時点で、妖花の相手も確定する。そして妖花の相手は、日本ではかなりの知名度を誇る『サイバー流』の正統継承者だ。

 ただでさえ緊張するのに、相手は実力者。それは緊張もするだろう。

 

「うん。お互い頑張ろう」

 

 頷きつつ、努めて微笑を浮かべる。緊張はある。しかし、不思議と心は落ち着いていた。

 

「どのような結果になるにせよ、悔いのないように頑張ってください」

 

 こちらへ一礼しつつそんなことを言うのは神崎アヤメだ。結局、彼女もこの部屋で共に観戦することになった。

 そんな彼女の言葉にも頷き、祇園は部屋を出る。一度の深呼吸。そして、ゆっくりと歩き出す。

 

(やっぱり、不思議だなぁ……。僕がこんなところを歩いているなんて)

 

 本来、夢神祇園とは会場の観客席の隅にいるような人間だ。もしくは、テレビの前で試合を観戦しているぐらいの。

 親戚の者たちとの折り合いが悪く、常に孤立していた祇園。中学に上がった頃には、年齢を偽って様々な仕事をさせられた。同級生たちが遊びに行く中、一人、大人に交じって働く日々。カードショップに一度向かい、そこから仕事に行くというのが日常だった。

 そんな時、仕事をしながら見ていたものが……プロの試合。

 夢見ることさえ許されない、遠い場所。それが、今の祇園が歩いていく先。

 大観衆の前でする――決闘。

 

(目指した場所は、もう少しで)

 

 声が聞こえてくる。大歓声だ。

 

(だから、前に進む。そう、決めた)

 

 何もできないから。

 出来た記憶が、ないから。

 ならば、〝諦めない〟ことが、できる全て。

 

「――往こう」

 

 呟くように、そう告げて。

 最弱の挑戦者が、表舞台へとその生涯で初めて足を踏み入れた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 藤原千夏(ふじわらちなつ)は、全日本ジュニア準優勝の肩書きを持つデュエリストである。

 十五歳までしか出場できない全日本ジュニアだが、それ故に優勝者や準優勝者は総じて14、15歳の者となることが多い。経験、というものはやはり重要な意味を持つのだ。

 その点、今年で13歳になる千夏がジュニアで準優勝した時は大いに騒がれた。前年度は特に名前も挙がらず、本選に出場した程度だったのだから尚更だ。

 故に、彼女は自分自身の実力に絶対的な自信を持っている。同世代においては間違いなく最強だと。

 しかし――……

 

(お姉ちゃんは、私のことを認めてくれてない)

 

 アカデミア本校に通う、大好きな姉。ジュニア大会の報告をした時にはかなり褒められたが、同時に苦言も呈された。

 いつも堂々としており、優しさを併せ持つ姉。『女帝』と呼ばれていた姉は公式の大会にはほとんど姿を現さなかったが、それでも当時の同世代の者たちの中ではかなり名前が通っていたらしい。

 ……まあ、姉の彼氏である『侍大将』の存在も大きいのだろうが。

 

(だから、今度こそ認めてもらう)

 

 ずっと憧れて、追い続ける姉の背中に。

 少しでも、近付くために。

 

(如月宗達に勝てば、お姉ちゃんは認めてくれる。だから、これからの相手なんて正直どうでもいい。記者の人は何か言ってたけど、ただの一般参加なんて相手にならない)

 

 新井智紀――事実上アマチュア最強とされるあの大学生ならともかく、何の実績も持たずにただ予選を突破しただけの一般人など相手にならない。〝祿王〟の評価も、後輩というだけのリップサービスだろう。

 ならば、負ける道理はない。

 

「…………」

 

 無言のまま、大歓声の中を歩いていく。相手はすでに待っており、こちらを見るなり頭を下げてきた。

 

「よろしくお願いします」

「……よろしくお願いします」

 

 相手に合わせ、一礼する。穏やかな雰囲気を持つ青年だ。そういえば、姉と同じ年齢だったか。一度家に来たあの『侍大将』とは全く違う雰囲気だ。

 緊張はないらしい。こういう大規模な大会に出たことはないと聞いていたが……まあ、別にいい。どうせすぐ忘れる相手だ。

 

「「――決闘(デュエル)」」

 

 互いに静かな宣誓を行う。先行は――千夏。

 

「私のターン、ドロー!――私は手札から、『可変機獣ガンナードラゴン』を妥協召喚!」

 

 可変機獣ガンナードラゴン☆7闇ATK/DEF2800/2000→1400/1000

 

 現れたのは、一体の機械で造られたドラゴンだった。しかし、召喚された直後にその体が半分に縮み、小さくなる。

 

「ガンナードラゴンは生贄なしで召喚でき、その場合元々の攻撃力と守備力は半分になるわ。私はカードを二枚伏せて、ターンエンドよ」

 

 千夏がエンドフェイズの宣言をする。解説席から声が飛んだ。

 

 

『デメリットモンスター、ですか。どうなのでしょう、烏丸プロ、桐生プロ』

『むしろメリットだろう。最上級モンスターなど出せなければ手札で腐るだけだ。その点、相手に依存することもなく弱体化こそすれ通常召喚できるガンナードラゴンは優秀なカードだ』

『裏側守備表示でセットしたら『闇のデッキ破壊ウイルス』のコストにして打ち込めますしねー』

『しかし、折角の上級モンスターでもあれでは容易く突破されるのでは?』

『単体でいるならばその通りだ。しかし、彼女は全日本ジュニア準優勝者だぞ?』

『ま、単純に考えて二つの可能性がありますねー』

 

 

 解説の言葉を耳に入れながら、千夏は相手を見る。テレビでジュニア大会自体が放映されているということもあり、千夏の戦術は知られていることも多い。だが、世の中には『知っていてもどうにもできないこと』というのが確実に存在する。

 実際、中等部一年生である千夏自身、学校で相手にデッキが知られた状態であったとしても何度となく勝利している。

 

(突破できるのなら、してみなさいよ)

 

 挑戦的な目を向ける。だが、相手は静かにこちらへと視線を返しただけ。

 そこには普段の千夏が感じる、敵意もなければ殺意もない。

 ――覚悟。

 父に殴られながら、それでも一度たりとも目を逸らさなかったあの男の瞳と……重なった。

 

「僕のターン、ドロー」

 

 静かに、相手がドローする。相手は一度手札を確認すると、今度はこちらの場へと視線を寄越してきた。そして一つの頷きをつくり、宣言する。

 

「相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない時、このカードは特殊召喚できる!――『バイス・ドラゴン』を特殊召喚!」

 

 バイス・ドラゴン☆5闇ATK/DEF2000/2400→1000/1200

 

 現れたのは、紫色の体躯を持つドラゴンだ。しかし、こちらも現れると同時に体躯が縮み、小さくなる。

 

「バイス・ドラゴンはこの方法で特殊召喚した時、攻撃力と守備力が半分になります。――そして手札から魔法カード『巨竜の羽ばたき』を発動! 自分フィールド上に表側表示で存在するレベル5以上のドラゴン族モンスターを一体手札に戻し、フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する!」

「なっ……!? リバースカードオープン、速攻魔法『禁じられた聖杯』! モンスター一体の効果をエンドフェイズまで無効にし、攻撃力を400ポイントアップする! 対象はガンナードラゴンよ!」

 

 可変機獣ガンナードラゴン☆7闇ATK/DEF1400/1000→3200/2000

 

 相手のバイス・ドラゴンが手札に戻ると同時に突風が吹き荒れ、千夏の伏せカードを吹き飛ばした。破壊されたのは今の『禁じられた聖杯』と『次元幽閉』。正直、厄介だ。

 しかし、ガンナードラゴンの攻撃力は3200。一度能力がリセットされ、エンドフェイズを迎えても2800だ。そう容易く超えられるとは思わないが……。

 

「僕はもう一度、バイス・ドラゴンを特殊召喚します。そしてバイス・ドラゴンを生贄に捧げ――『ストロング・ウインド・ドラゴン』を召喚!」

 

 ストロング・ウインド・ドラゴン☆6風ATK/DEF2400/1000→3400/1000

 

 暴風を纏い、一体の竜が降臨する。翼の音を響かせ、その竜は大きく咆哮した。

 

「ストロング・ウインド・ドラゴンは生贄に捧げたドラゴン族モンスターの攻撃力の半分を得る。――バトル、ガンナードラゴンへ攻撃!」

「――――ッ!!」

 

 千夏LP4000→3800

 

 攻撃を受け、ガンナードラゴンが破壊される。相手はその結果を見ると、ターンエンド、と宣言した。

 こうも簡単に攻撃力で突破された――その事実を受けながら、千夏は思考を切り替える。思ったよりはやれるようだ、と。

 だが、所詮はそれだけだと認識する。――次のターンには、状況も変わる。

 

「私のターン、ドロー! 私はモンスターをセットし、カードを一枚セット! ターンエンド!」

 

 とはいえ、今はまだ動けない。少し待つ必要がある。

 

「僕のターン、ドロー」

 

 相手――千夏が名前を覚えようともしなかったそのデュエリストは、静かにカードをドローした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『烏丸プロ、桐生プロ。今の攻防は如何でしたか?』

『少年の上手さを感じたな。『バイス・ドラゴン』は条件さえ合えば何度でも特殊召喚できる。相手に依存こそするものの、『巨竜の羽ばたき』との相性はいい』

『バイス・ドラゴンに『奈落の落とし穴』は効きませんしねー。激流葬打つにしてもステータス下がって更に特殊召喚相手やから……まあ、微妙やなぁ』

『成程。それと、ガンナードラゴンなんですが、攻撃力が一気に跳ね上がりましたが……』

『ガンナードラゴンは妥協召喚という『効果で攻撃力が下がっている』状態なので、『禁じられた聖杯』で効果を無効にすれば元の攻撃力に戻る。少年が使用したバイス・ドラゴンにも言えることだがな』

『それを利用したデッキもあるし、むしろ藤原さんはそういうデッキな気がするなぁ』

『成程……対し、夢神選手ですが』

『少年についてはまあ、美咲くんと同じタイプだ。種族が違うということぐらいか? 相違点は』

『ライトロードのランダム墓地肥やしのあるなしもありますよー』

『ああ、成程。そこは確かに重要かもしれんな』

『ウチの場合、ピンポイントでできますから。その分遅いですけどね』

『成程、ありがとうございます。……では、夢神選手のターンです』

 

 

 解説席の声を聞きつつ、祇園はカードをドローした。

 ライトロードの墓地肥やしには不安定な部分が多いが、その分早い。それに美咲の場合、『堕天使アスモディウス』などが一枚ずつとはいえピンポイントで墓地へ落とせる効果を持っているし、その上祇園の『カオスドラゴン』ほど墓地に依存していない。

 

「僕は手札より、『ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―』を召喚します」

 

 ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―☆4闇ATK/DEF1500/1100

 

 現れたのは、金髪をポニーテールにした一人の魔術師だ。先にフィールドに出ていたストロング・ウインド・ドラゴンの少し前に現れ、まるで使役するような立ち位置に立つ。

 

「バトルです。――ストロング・ウインド・ドラゴンでセットモンスターへ攻撃! ストロング・ウインド・ドラゴンは貫通効果を持っています!」

「――――ッ! リバースカード・オープン! 二枚目の『禁じられた聖杯』よ! ストロング・ウインド・ドラゴンの効果を無効にし、攻撃力を400ポイントアップ!」

 

 ストロング・ウインド・ドラゴン☆6風ATK/DEF3400/1000→2800/1000

 

 攻撃力の変動が起こる。だが、暴風を纏う竜は何の躊躇もなくセットモンスターへと攻撃を仕掛けた。

 振るわれる鋭い爪。それによって現れたのは――一匹の黒い猫。

 

「セットモンスターは『不幸を告げる黒猫』よ! リバース効果によって、デッキのトラップカードを一枚デッキトップに置くことができる! 私は永続罠『スキルドレイン』をデッキトップに!」

 

 不幸を告げる黒猫☆2闇ATK/DEF500/300

 

 現れた猫の鳴き声と共に、千夏のデッキトップへと『スキルドレイン』が送られる。しかし、黒猫は竜の一撃に耐えることができず、破壊された。

 スキルドレイン――厄介なカードだと思うと同時、祇園は追撃の指示を出す。

 

「ドラゴン・ウイッチでダイレクトアタック!」

「くうっ……!」

 

 千夏LP3800→2300

 

 千夏のLPが削られる。祇園はカード一枚取り出すと、フィールド上にセットした。

 

「僕はカードを一枚伏せて、ターンエンドです」

 

 ストロング・ウインド・ドラゴン☆6風ATK/DEF2800/1000→2400/1000

 

 エンドフェイズ時、再び攻撃力の変動が起こる。一度効果が無効になったため、上昇効果が消えたのだ。

 

「私のターン、ドロー。――私は手札から、『神獣王バルバロス』を妥協召喚!」

 

 神獣王バルバロス☆8地ATK/DEF3000/1200→1900/1200

 

 現れたのは、槍と盾を持つライオンの頭をした神獣だった。『邪神』に最も近い存在としてデザインされ、『神』の名を一部に持つモンスター。

 強力な効果を持つと同時に、妥協召喚を行える上級モンスターとしてかなり有名なモンスターだ。

 

「バトルフェイズ、バルバロスでドラゴン・ウイッチに攻撃!」

「…………ッ、ドラゴン・ウイッチの効果発動! 手札のドラゴン族モンスターを捨てることで破壊をまぬがれることができる! 『ライトパルサー・ドラゴン』を墓地へ!」

「ダメージは受けてもらうわよ!」

「――――ッ!」

 

 祇園LP4000→3600

 

 僅かにLPを削られる祇園。千夏は更に、手札を一枚デュエルディスクにセットした。

 

「私はカードを一枚伏せて、ターンエンドよ!」

「僕のターン、ドロー!」

 

 手札を見る。相手の伏せカードは間違いなく『スキルドレイン』だ。発動時にLPを1000ポイント支払い、永続的にフィールド上のモンスター効果を無効にする永続罠。

 アレを使われるとバルバロスの攻撃力は3000となり、突破は一気に難しくなる。そうなると……。

 

「僕は墓地の『ライトパルサー・ドラゴン』の効果を発動! 手札から光属性と闇属性のモンスターを一体ずつ墓地に送ることでこのモンスターを蘇生できる! 僕は『ライトロード・ハンター ライコウ』と『ダーク・ホルス・ドラゴン』を墓地へ!――甦れ、ライトパルサー・ドラゴン!」

 

 ライトパルサー・ドラゴン☆6光ATK/DEF2500/2000

 

 現れたのは、純白の竜。胸の部分から無数の光を放出する竜は、静かに嘶く。

 だが、千夏の表情から余裕は消えない。それはそうだろう。あの伏せカードが『スキルドレイン』であるならば、バルバロスには勝てない。

 しかし、これで準備は整った。ライトパルサー・ドラゴンを召喚できた時点で、勝利は目前だ。

 

「――バトルフェイズ。ライトパルサー・ドラゴンでバルバロスへ攻撃!」

「私の伏せカードを忘れたのかしら?――リバースカード、オープン! 永続罠『スキルドレイン』! LPを千ポイント支払い、フィールド上のモンスターの効果を統べて無効にする!」

 

 千夏LP2300→1300

 神獣王バルバロス☆8地ATK/DEF1900/1200→3000/1200

 

 フィールド上に結界のようなものが張られ、それによってバルバロスが巨大化する。光の竜はそれでも果敢に攻撃しようと突撃するが、神獣王の槍によって貫かれ、破壊される。

 

 祇園LP3800→3300

 

「攻撃力3000なんて、そう簡単には――」

「――ライトパルサー・ドラゴンの効果発動。このカードが破壊された時、墓地からレベル5以上の闇属性ドラゴン族モンスターを一体蘇生することができる。蘇れ――『ダーク・ホルス・ドラゴン』!!」

 

 ダーク・ホルス・ドラゴン☆8闇ATK/DEF3000/1800

 

 千夏の言葉を遮るようにして宣言する祇園の言葉に従い、漆黒の竜が現れる。

 会場に、大歓声が轟いた。

 

 

『これは……夢神選手、攻撃力3000のモンスターを特殊召喚してきました!』

『スキルドレインはあくまでフィールド上の効果を無効にするカードだ。ライトパルサー・ドラゴンは墓地で発動する効果であるため、すり抜けてくる』

『正直な話、ダーク・ホルス・ドラゴンを捨ててライトパルサー・ドラゴンを蘇生した時点で祇園はこうしようって思ってたんやろねー。相変わらず、隙のないことしてくるなぁ』

『……スキルドレインに頼り切ったのが問題だった、というところだろうな』

『祇園の方が一枚上手やった、ってとこでしょうねー』

 

 

 聞こえてくる声。千夏を見ると、ダーク・ホルス・ドラゴンを見て呆然としている。当然だろう。攻撃力3000というのは一つのラインだ。祇園はそれをこうも容易く出してきたのだから。

 しかし、夢神祇園は〝伝説〟と戦ったデュエリストである。

 終始押されていたとはいえ、確かに一矢報いたのが夢神祇園というデュエリストだ。

 今更攻撃力3000のモンスターに臆することは、ありえない。

 

(――往こう)

 

 そう、心で呟き。

 祇園は、右手を振るう。

 

「ダーク・ホルス・ドラゴンで神獣王バルバロスに攻撃!」

「…………ッ、そんな……!」

 

 相討ちにより、二体のモンスターが消える。

 そして残るのは、二体のモンスターだけ。

 

「そんな、嘘……」

 

 呆然と呟く、千夏と。

 凛とした表情で彼女を見据える、祇園。

 

「――二体のモンスターでダイレクトアタック!!」

 

 千夏LP1300→-2600

 

 LPが0を超える音が響き。

 爆発的な歓声が、会場を支配した。

 

 

『勝者――夢神祇園選手!!』

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 藤原千夏は、逃げるようにして祇園に背を向けて会場を離れた。廊下の隅で蹲り、必死で目元を拭う。

 

「ひっぐ、うっ……なんで、なんでよぉ……っ……!」

 

 溢れ出す涙が止まらない。勝てるはずだった。少なくとも、あんな風に負けるはずはなかった。

 ――けれど。

 終わってみれば、完封されたに等しい内容。

 あんな大勢の前で、無様に負けてしまった。

 

「……こんな、じゃ……お姉ちゃんに、ひっ、嫌われ……っ……」

 

 姉――藤原雪乃。大好きで、誰よりも尊敬する人。

 そんな姉に認めてもらいたくて努力してきた。けれど、こんな結果ではまた笑われる。

 

 ――強くならないと。

 

 千夏の心に、ずっと残っている姉の言葉だ。一年前、酷く憔悴した様子で家に帰って来た雪乃が、自分に言い聞かせるようにして呟いた言葉。

 その意味を聞いても、教えてはくれなかった。ただ、その後雪乃の彼氏である如月宗達がアメリカへと留学したということを知った。

 アメリカといえばDMの本場だ。そんな場所に留学するというのは本来、喜ぶべきこと。

 なのに……その日からしばらく、雪乃が毎晩一人で泣いていたのを覚えている。

 あんなに強い姉が、どうしてと。

 そう、何度も思って。

 藤原千夏は、ずっと――

 

 

「――あら、こんなところで何をしているのかしら?」

 

 

 不意に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。顔を上げる。すると、そこにいたのは最愛の姉の姿。

 その顔には苦笑が浮かんでおり、ハンカチをこちらへと差し出してくる。

 

「折角の可愛い顔が台無しよ、千夏」

「……お姉、ちゃん……」

「ふふっ、私がここにいるのがそんなにおかしいかしら?」

 

 ハンカチを受け取り、涙を拭う。雪乃は、いいデュエルだったわ、と微笑みながらそう言った。

 

「ただ、ボウヤの方が上手だった。……それだけの話」

「で、でもお姉ちゃん。私は……」

「――夢神祇園。あのボウヤはね、海馬瀬人と渡り合ったほどのオトコよ」

 

 雪乃がどこか真面目な表情でそんなことを口にする。千夏がえっ、と言葉を漏らした。

 

「海馬瀬人、って……」

「『決闘王』永遠のライバルよ。……無論、ボウヤは敗北したけれど。千夏、あなたはそんな相手と戦っていたのよ?」

「でも、でもっ! 私は!」

 

 絞り出すように。

 千夏は、姉へと言葉を紡ぐ。

 

「私は、勝ちたかった!」

「その気持ちを忘れないこと。あなたはまだまだ、可能性があるんだから」

 

 微笑む雪乃。そして、そのまま彼女は優しく千夏の頭を撫でた。

 

「さあ、千夏。ご飯でも食べに行きましょう。お母さんも来ているわ」

「そうなの?」

「ええ。家族三人で食べに行きましょう。どこがいいかしら」

 

 家族の中に父がいないことに対して、千夏はツッコミを入れることをしない。現在、雪乃と父は大喧嘩中だ。流石に地雷とわかっているところへ飛び込むことは千夏もしようと思っていない。

 ただ、最後に一つだけ。

 千夏は、雪乃に問いかける。

 

「あの人、名前なんだっけ?」

「夢神祇園、よ。私に公式で二度も勝っているわ」

「お姉ちゃんに!?」

「ええ。私もあなたも、まだまだ未熟ね」

 

 クスクスと微笑む雪乃。千夏は、そっか、と小さく頷いた。

 

「……夢神祇園。覚えておくね」

 

 

 勝者、一般枠、デュエルアカデミア・ウエスト校所属、夢神祇園。

 ベスト8進出。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 控室に戻る途中、アヤメと共に会場に向かう妖花と出会った。妖花は祇園を見つけると、満面の笑みを浮かべてくる。

 

「おめでとうございます夢神さん!」

「うん、ありがとう。防人さんも頑張って。応援してる」

「はいっ! 精一杯頑張ります!」

 

 妖花はそう言うが、どこか表情がぎこちない。緊張しているのだろう。

 だが、それはもう仕方がないことだ。祇園も緊張はしていたし、妖花のようにこういったものにほとんど出たことのない人は当然だろう。

 その妖花は一度大きく深呼吸をすると、ここまで連れて来てくれたアヤメに礼を言い、会場に向かって行った。頑張れ、と声をかけると妖花は振り返り、大きく頷きを返してくれた。

 

「素晴らしいデュエルでした。おめでとうございます」

 

 アヤメがこちらへと一礼してくる。祇園はいえ、と苦笑した。

 

「運が良かっただけです。『Ur』が出てくれば本当にどうしようもなくなっていました。スキルドレインが中心のデッキならば、入っていたと思いますし」

「成程。確かに一理あります。ですが、勝利は勝利です。……そして、これはアドバイスです。外に出るのであればお気を付け下さい。おそらくマスコミはあなたを取材しようと躍起になっていますから」

「僕を、ですか?」

「自分自身で理解しているのではありませんか? マスコミというのは『スキャンダル』というものが大好きです。正直な話、あなたはあなた自身に非がなくとも、あまりにも多くの導火線を抱えています」

 

 その言葉に対して返答はできない。実際、自分でも理解している。

 アヤメが聞いてきた退学の経緯や、美咲との関係。確かにマスコミが喰いつく材料はいくつもある。

 

「とはいえ、あなた自身に非はないことも事実。もし何かあれば、お渡しした連絡先へ。……アドバイスとしては、自分自身を決して偽らないこと。それだけですね」

 

 それでは――そう言って、妖花が向かった方へと歩いていくアヤメ。その姿を見送り、逆方向へと祇園は歩いていく。

 控室へ戻ろう――歩きながら祇園がそんなことを思った瞬間。

 

「夢神選手!」

 

 いきなり大声で呼ばれ、思わず飛び上がりそうになった。見れば、数人の記者がこちらに向かって走って来ている。

 関係者は立ち入り禁止のはず――そう思ったが、すぐに思い直す。控室の場所はともかく、この辺りには記者も入れるのだ。実際、会場に入る時も見かけた。

 前の試合の二人を取材し終えてこちらを見つけたのだろう。逃げよう――そんなことを咄嗟に思ったが、すぐに思いとどまる。逃げる必要はないし、意味もない。

 

「一回戦突破おめでとうございます!」

「素晴らしい試合でしたね!」

「藤原選手はどうでしたか!?」

 

 矢継ぎ早に質問され、どうしたらいいかわからず困惑する。追い詰められるようにして壁に背を預けると、すみません、と前の方にいた記者の一人が声を上げた。

 

「質問はよろしいでしょうか?」

 

 最初の勢いはどこへやら。メモを取り出した記者たちが一斉にこちらを見てくる。二十人近くはいるのだろうか。人見知りする祇園にとっては最早拷問だった。

 

「は、はい……」

 

 上ずった声が出てしまったが、仕方がない。取材を受けた経験などないのだ。

 記者たちにはどうやら質問の順番が予め決められているらしく、一人ずつ言葉を紡ぎ始めた。

 

「ベスト8進出おめでどうございます。まずはご感想を」

「あ、ありがとうございます。その、勝てて嬉しい、です」

「烏丸プロから注目されておられますが、プライベートでもお知り合いですか?」

「は、はい。その……烏丸プロは先輩で……あの、えっと、カードショップでデュエル教室の、その、手伝いを……」

「桐生プロとは幼い頃からの知り合いと聞きましたが?」

「は、はい。桐生プロとは知り合いです……」

 

 知らない人達――それも大人からの質問に、どうにか答えていく祇園。正直一杯一杯だった。

 そんな中、一人の記者が静かにその質問を口にする。

 

「――アカデミア本校を、不当に退学にされたというのは事実ですか?」

 

 その質問に。

 祇園は、自身の身体が固まったのを感じた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「さて、そろそろ少年が記者たちに捕まっている頃か」

 

 次の試合までの休憩中。何となしに澪がそんな言葉を紡いだ。それを聞いた美咲が、でしょうねー、と頷く。

 

「でも、本当にこれでいいのかは疑問ですねー」

「おや、キミの企みだろう? だから私も乗ったのだがな」

「それは感謝しとりますけど、やっぱり祇園を巻き込むんはちょっと気が引けます」

「まあ、彼はアマチュアだからな。しかし、彼がこの話の中心にいるのもまた事実だ」

「あー、嫌やなぁ。お腹の中真っ黒な大人なんて」

「腹黒さならキミも大差なかろうに」

 

 笑いながら言う澪。そんな二人の話を聞いていた宝生アナウンサーが、あの、と言葉を紡いだ。

 

「お二人は何の話を……?」

「何、大した話ではないさ。何の非もなき一人の少年が理不尽な目に遭い、私たちはそれを知った。そして私も美咲くんもその少年のことを気に入っている。それだけの話に過ぎんよ」

「ま、要点纏めたらそうなりますかねー。本島のことはまた別やし」

「ええと、よくわからないのですが……?」

「そう焦る必要はない。明日になればマスコミが騒いでいるだろうさ。少年の返答次第だが……まあ、馬鹿正直な少年のことだ。全て話すだろう」

「あー、ありそうですねー」

 

 あはは、と笑う美咲。いずれにせよ、と澪が静かに言葉を紡いだ。

 

「今日の最終戦は、ある意味で焦点だ。……さて、そろそろ試合開始の時間だな」

 

 言いながらマイクのスイッチを入れる澪。宝生はまだ首を傾げていたが、とりあえず置いておくことにしたのだろう。マイクに向かって言葉を紡いだ。

 

「それでは本日の最終戦。アカデミア本校代表、丸藤亮選手と、推薦枠、防人妖花選手の試合です」











祇園くん、危なげなく勝利
珍しく、完勝に近い勝利です




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第二十三話 ミラクル・ガール、プライドの行き先

 

「――アカデミア本校を不当に退学にされたというのは、本当ですか?」

 

 記者が発したその質問に、祇園は自身の心臓が高鳴ったのを感じた。一瞬、えっ、という呟きが漏れ、そのせいでより一層脈拍が上がる。

 記者たちは真剣な表情でこちらを見ている。祇園は、絞り出すように言葉を紡いだ。

 

「退学に、なった……のは事実、です。でも、不当かどうかは……」

「あなたに非はなかったという話があるのですが」

 

 しどろもどろになって答える祇園に、記者は更なる質問を向けてくる。うう、と祇園は呻き声を漏らしつつ、どうにか言葉を紡いだ。

 

「せ、制裁デュエルも受けましたし……その、勝てなかった僕が悪くて……」

 

 そう、全てはそれが理由だ。負けてはならなかったデュエルで敗北した……ただ、それだけだ。

 祇園のその言葉をどう受け取ったのか。記者は軽く頭を下げていた。

 

「成程。……すみません、ありがとうございます」

「い、いえ」

 

 記者が質問を打ち切って頭を下げてきたので、祇園も反射的に頭を下げる。

 その後もしばらく質問攻めが続き、祇園はどうにかといった様子で答えていく。

 

「ありがとうございました」

 

 どれぐらいの時間、拘束されていたのか。記者たちのその言葉によって取材は終了を迎えた。

 祇園も頭を下げ、会場の方へと向かう。妖花とカイザーの試合はどうなったのか――そんな風に思い、会場の様子がモニターで見れるロビーへと足を踏み入れた瞬間。

 

「えっ……?」

 

 そこに展開されていた光景に、祇園は思わず呆けた声を口にした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 サイバー流、という流派がある。

 条件こそあるものの、特殊召喚効果を持つ上級モンスター『サイバー・ドラゴン』を中心とした戦術を使う流派だ。プロにもサイバー流に所属するデュエリストは何人もおり、その派手な戦術と彼らが掲げる教え故に一般からの受けはいい。

 リスペクト・デュエル――『互いが全力を出せるのであれば勝敗など関係ない』という考え方を信じる彼らは所謂除去カードやカウンタートラップといったものを『邪道』とし、禁じ手として否定している。

 禁止カードに指定されているわけでもないそれらのカードたちを否定することについては議論の余地があるだろうが……いずれにせよ、派手なデュエルになり易い彼らの戦い方にはファンが多い。

 しかし――大衆は一つの事実を知らずにいる。

 現在において、プロデュエリストとして何人も活躍する『サイバー流』。その知名度の反面、彼らは未だ誰一人としてタイトルを保有した者はおろか日本ランキング10位以内に名を刻んだ者さえいないということに。

 かつて〝マスター〟と呼ばれた男でさえ、最後のランキングは17位。それ以来、知名度はあれどサイバー流はプロの大会において『優勝』の文字を得たことがない。

 されど、名を知られ、人気があるのも事実。

 それがどういう意味を持っているのか……大衆は、知らない。

 

 

「…………」

 

 通路を歩きながら、『帝王』――丸藤亮は自身のデュエルディスクにある自身のデッキを見つめる。

 幼少の頃より親しんだ、『サイバー流』という流派。

 その教えを信じ、『リスペクト』という概念を信じ続けてきた。だが――

 

(俺は、何を信じればいい?)

 

 アカデミアで戦った、サイバー流とは真逆の考えを持つ男――如月宗達。彼に対する周囲の仕打ちや、『師範』として信じていた鮫島の言動。その全てが、カイザーに疑念を抱かせた。

 いや……もともと疑念はあったのだ。

 幼少期は疑うこともなかった『禁じ手』という概念。しかし、多くのデュエリストと出会うことでその考え方は変わっていく。

 卑怯も、汚いも存在しない。

 どんなデュエリストも、ただただ己のカードを愛しているだけなのだと。

 

(如月宗達……彼には、どれだけ謝罪しようと償うことはできない)

 

 あのデュエルの後、宗達はアカデミアを休学してラスベガスへ向かったと聞いた。弱肉強食――それこそプロデュエリストでさえ、生き残ることは難しいとされる場所。

 観光客にとっては行楽地でも、デュエリストにとっては一つの地獄。そんな場所へ、身一つで。

 自分にはできない。実力のほどは理解している。まだまだ、足りないと。

 

(俺は、どうすればいい?)

 

 何を信じ、戦えばいいのか。

 師範には決別の言葉をぶつけた。しかし、それで全てが割り切れるわけではない。

 彼を信じ続けていた自分は、確かにいたのだから。

 

「俺は……」

 

 会場へと、足を踏み入れる。

 大歓声が、体を叩いた。

 

『アカデミア本校代表、『帝王』と呼ばれるサイバー流正統継承者――丸藤亮選手です!』

 

 前を見る。対戦相手である少女は、既にそこに立っていた。

 

「良いデュエルにしよう」

「は、はいっ!」

 

 緊張した面持ちで頷く少女。それを見て、思う。

 サイバー流とは何なのだろうか、と。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 VIPルーム。各アカデミアの校長や、ルーキーズ杯のスポンサーのために設置された部屋だ。その部屋には数人の姿があり、一回戦最後の試合を見守っている。

 

「――失礼します」

 

 その部屋の扉を開け、一人の少女が室内へと足を踏み入れた。――桐生美咲。〝アイドルプロ〟であり、I²社とKC社をスポンサーに持つデュエリストだ。

 その少女の姿を見、何人かが軽く頭を下げてきた。美咲もそれに応じるが、そんな中で一人の男の声が響く。

 

「ふぅん、美咲か。解説席にいると思っていたがな」

「そのつもりやったんですけどねー。……こっちの方が、色々と都合が良さそうやったんで」

 

 白いコートを身に纏い、腕を組んで会場を見下ろす男――KC社社長、海馬瀬人の言葉に肩を竦めながら美咲は室内にいる海馬とは別の一人の男へと視線を向けた。しかし、美咲に視線を向けられた男は会場の方を真剣に見つめており、美咲の方を見ようとしない。

 それは集中しているからか、それとも別の理由からか。

 おそらく後者だろう――そんなことを思いつつ、美咲は視線を男から離す。すると、海馬が視線をこちらに向けながら言葉を紡いできた。

 

「まあ、貴様にはここに入る許可を与えている。問題はない。そしてもう一つ、一応は褒めておいてやろう。祇園を除けばアカデミア本校生徒が唯一の二回戦進出だ。貴様の指導の成果があったということになる」

「お褒めに預かり恐縮です♪ せやけど、まあ、本命は次ですよ?――サイバー流正統継承者、丸藤亮。聞けば鮫島校長は彼の師範らしいやないですか。つまり、彼の力は鮫島校長の指導の集大成ゆーことです」

「ほう。……鮫島、それは事実か?」

 

 海馬が声をかけると、鮫島はゆっくりとこちらを向いた。そして、はい、と頷きを返す。

 

「彼には私のもてる全てを教えたつもりです」

 

 何の臆面もなく言ってのける鮫島。美咲は内心でため息を吐いた。

 

(三行半を叩き付けられとる身でこの言い回し……ホンマ、人を馬鹿にした狸やな)

 

 如月宗達とのデュエルにおいて、丸藤亮は彼の『師範』である鮫島に決別の言葉を叩き付けている。それがきっかけで、アカデミア本島は大変なことになっているというのに……この男は、そんなことは欠片も口にしない。

 一応、アカデミアであったことは美咲自身が海馬に報告している。だが、海馬の出した答えは静観。仮定がどうであろうと、結果さえ出せば問題ないとのことだ。

 それについてはまあ、ある程度予想通りだったので美咲としては文句はない。

 ――ただ、一つだけ。

 これ以上勝手をするようならば、相応のことをするとは海馬に告げてある。

 

(まあ、ウチが動くかどうかはこの試合の結果次第や)

 

 丸藤亮という個人に対しては特に特別な感情はない。優秀な生徒、程度の認識だ。プロに入っても、どうにかやっていける程度の実力は有していると美咲は評価している。

 だが……サイバー流の正統継承者。

 この肩書きだけで、美咲はどうしても暗い気持ちが芽生えるのを自覚する。

 それほどまでに、美咲にとってサイバー流は良い印象のない流派なのだ。

 

「ふぅん。その言葉、しっかりと聞かせてもらったぞ」

「はい。ご期待ください」

 

 鮫島の真意は読めない。ただ、瞳が笑っていないことだけは美咲も理解していた。

 

(面倒な話やなぁ……ホンマに。けど、まあ。ウチはまだええか。問題は、澪さんやな)

 

 現在解説席に座っているタイトルホルダー。美咲の見立てでは、十年連続日本ランキング一位を誇るDDよりも格上であるデュエリスト。

 間違いなく『最強』の一人である彼女が、何を語るか。

 

(元々他人にそこまで興味を持たへん人やから大丈夫やと思うけど、サイバー流とは昔色々あったしなぁ……)

 

 澪だけでなくこの大会に参加しているイリアやアヤメなどといったプロもサイバー流については縁がある。いや、そもそもサイバー流と関わりのないプロなどいない。

 だからこそ厄介で、面倒だと美咲は思うのだ。

 

「始まったようだな」

 

 海馬のその言葉によって、美咲は一度思考を会場へと向ける。

 ――試合が、始まった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 大観衆の声援の中、デュエルが始まる。先行は――防人妖花。

 

「わ、私のターンです。ど、ドロー……ッ!」

 

 緊張のせいか、震える声で妖花はそう宣言する。亮は十三歳程度にしか見えない妖花へ、真剣な表情で視線を向ける。

 ――防人妖花。DMの生みの親であるI²社会長ペガサス・J・クロフォードの推薦によって〝ルーキーズ杯〟へ出場している少女だ。

 その経歴は不明であり、ペガサスが見つけてきたという話らしい。昨日のプログラムでは、ペガサスと共に〝祿王〟が彼女を見出したとも語られていた。

〝ミラクル・ガール〟――ペガサスがそう呼ぶ彼女の力は不明だ。故に、一瞬の油断もできない。

 

(相手を侮ることは、文字通りの『侮辱』だ)

 

 どんな相手であっても、対等だと思って全力でデュエルする。それこそが丸藤亮の信じる『リスペクト・デュエル』だ。

 そう……あの時、如月宗達に対してそうしたように。

 ありとあらゆる敬意を払い、挑まなければならない。

 

「わ、私は魔法カード『強欲で謙虚な壺』を発動します。デッキトップからカードを三枚めくり、その中からカードを一枚選んで手札へ加え、残り二枚をデッキに戻します。このカードを発動するターン、私は特殊召喚を行えません」

 

 フィールド上に『強欲な壺』と『謙虚な壺』の顔が表裏になるように掘られた壺が出現し、三枚のカードを出現させる。

 

 捲られたカード→速攻のかかし、ミスティック・パイパー、金華猫

 

 捲られたモンスターは、三体ともレベル1のモンスターだった。その事実に会場ではざわめきの声が広がった。

 弱小モンスターで何をする気か――そんな声が聞こえてくる。

 

「わ、私は『ミスティック・パイパー』を選択し、そのまま召喚です……ッ!」

 

 ミスティック・パイパー☆光1ATK/DEF0/0

 

 現れたのは、笛を持った一体のピエロだった。攻撃力、守備力共に0――その事実に、再び会場がざわめく。

 そんな中、緊張で顔を赤くしながら妖花は効果発動、と宣言した。

 

「このカードを生贄に捧げることでカードを一枚ドローし、それがレベル1モンスターだった時、カードをもう一枚ドロー出来ます。生贄に捧げ、一枚ドロー。……引いたカードは『金華猫』です。もう一枚ドロー」

 

 レベル1のみ――そんな厳しい条件でありながらも達成してくる妖花。亮はその事実に素直に感心したが、同時に背筋に悪寒が走ったのを感じた。

 

(なんだ、この得体の知れない感覚は……?)

 

 ローレベルデッキ、というものがあるのは亮も知っている。『ワイトキング』や『サクリファイス』、『カオス・ネクロマンサー』といったカードが主体になるデッキだ。しかし、そういったものとは違う……薄ら寒い違和感を感じる。

 

「わ、私は更に『成金ゴブリン』を発動します……。あ、相手のLPを1000ポイント回復し、一枚ドロー……」

 

 亮LP4000→5000

 

 更なるドローカード。相手のLPを1000回復するというのはデメリットだが、優秀なカードだ。

 コンボパーツが多いデッキなのか――亮がそう疑問を抱いた瞬間。

 

「カードを五枚伏せ、ターンエンドです……」

 

 縮こまりながらそう宣言する。だが、亮は思わず驚きに目を見開いた。

 ガン伏せ――一体、何を狙っているのか。

 

 

『五枚の伏せカード、ですか……。まるで神崎プロのようですね、烏丸プロ』

『…………』

『烏丸プロ? どうされましたか?』

『ん? ああ、すまない。何の話だったかな』

『ええと、五枚伏せとは神崎プロに似ているな、と』

『アヤメくんか。……確かに見た目にはそう感じるかもしれないが、本質は大きく違う』

『と、いいますと?』

『見ていればわかる。……相手である丸藤選手が気付くかどうかはわからんがな』

 

 

 聞こえてくる声。〝祿王〟には妖花の意図するところが読めているらしい。しかし、亮にはわからない。

 

(普通の戦術とは違う……のだろうか? だが、俺にできることは決まっている)

 

 相手がどんな戦術で来ようと、丸藤亮の戦術は変わらない。

 信じるものは、一つだけだ。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引く。手札は……悪くない。

 

「俺は手札から『サイバー・ドラゴン・ツヴァイ』を召喚!」

 

 サイバー・ドラゴン・ツヴァイ☆4光ATKDEF1500/1000

 

 現れたのは、どこか鋭角的なフォルムをしたモンスターだ。サイバー・ドラゴン――その名に、会場が大きく湧く。

 

「サイバー・ドラゴン・ツヴァイの効果発動! 手札の魔法カードを見せることで、このカードを『サイバー・ドラゴン』として扱う! 俺は『融合』を見せ、そのまま『融合』を発動! 手札のサイバー・ドラゴンと融合し――来い、サイバー・ツイン・ドラゴン!!」

 

 サイバー・ツイン・ドラゴン☆8光ATK/DEF2800/2100

 

 現れる、サイバー流を象徴するモンスター。二頭の頭を持つサイバー・ドラゴンだ。

 その光景に会場が大いに沸く。バトル、と亮は宣言した。

 

「サイバー・ツインでダイレクトアタック! 二連打ァ!」

「――リバースカード、オープンです! 罠カード『和睦の使者』! 私はこのターン戦闘ダメージを受けません!」

 

 宗達も用いていた、フリーチェーンの優秀な防御カードだ。これにより、サイバー・ツインの攻撃が事実上無効になる。

 ――だが、妖花はそれで終わらなかった。

 

「チェーン発動! 罠カード『活路への希望』! LPを1000ポイント支払って発動し、相手とのLPの差2000ポイントにつき一枚カードをドローします!」

 

 妖花LP4000→3000

 

 妖花のLPが減る。亮が眉をひそめた。

 

「差は2000……一枚ドローか?」

「いえ、まだです。チェーン発動、罠カード『ギフトカード』。相手のLPを3000ポイント回復します」

 

 亮LP5000→8000

 

 ドローカードが二枚に増える。しかし、その代償として亮のLPが増えてしまった。

 どういうつもりか――眉をひそめる中、妖花は更に続ける。

 

「そしてチェーン発動、『強欲な瓶』! カードを一枚ドロー!」

 

 これで四枚目。ここまで、チェーン発動が続いている。

 

「そして最後、『積み上げる幸福』! チェーン4以降に発動できるカードで、二枚ドロー出来ます! ただし同一チェーン上に同名カードがあると発動できません!」

 

 五枚目のカードがめくられる。そのほとんどが……ドローカード。

 チェーンの処理が行われる。最後に発動したものから順に処理していくのだが――

 

「二枚、一枚、二枚……合計、五枚のカードをドロー」

 

 妖花の手札が一気に増える。本当に何を狙っているのかが読めない。

 だが、いずれにせよこのターンで更なる追撃を行うことは不可能だ。亮は、自身の手札を確認する。

 

「俺は魔法カード『タイムカプセル』を発動。カードを一枚、裏側向きで除外し、二ターン後のスタンバイフェイズに手札に加える。このカードが破壊された時、除外されたカードを墓地へ送る」

 

 キーカードを一枚除外しておく。……打てるは打っておくべきだ。

 

「俺は更に一枚カードを伏せ、ターンエンドだ」

「わ、私のターン……ドローです」

 

 チェーン発動の時には威勢が良かったというのに、一気に声の調子が弱くなる妖花。だが、今の妖花の手札は八枚。動くことはいくらでも可能だ。

 

「わ、私は手札からスピリットモンスター『金華猫』を召喚します。このカードが召喚・リバースした時、墓地からレベル1のモンスターを特殊召喚します。……『ミスティック・パイパー』を特殊召喚です」

 

 金華猫☆1闇ATK/DEF400/200

 ミスティック・パイパー☆光ATK/DEF0/0

 

 再び現れるピエロ。亮には目的が読めない。

 

「金華猫で特殊召喚したモンスターはエンドフェイズに除外されます……ですが、エンドフェイズが来る前に墓地へ送ってしまえば問題ありません。ミスティック・パイパーの効果発動。生贄に捧げ、一枚ドロー……引いたのは『速攻のかかし』、レベル1モンスターです。もう一枚ドロー」

 

 速攻のかかし――面倒なモンスターを手札に加えられた。これではまた、直接攻撃を防がれる。

 

「えっと、『成金ゴブリン』を発動します。相手のLPを1000ポイント回復し、一枚ドロー。……もう一枚、『成金ゴブリン』を発動です。相手のLPを1000回復し、一枚ドロー」

 

 亮LP8000→10000

 

 LPが万の大台に乗る。だが、亮はそれを喜ぶことはできない。

 妖花の狙いがわからず、ざわめく会場。そして、同じように狙いが読めず、しかしただただ悪寒を感じる亮。

 一体、何が起こっているのか。

 

「私はカードを五枚伏せて、ターンエンドです。エンドフェイズ、金華猫は手札へ戻ります」

 

 再びの五伏せ――本当に、目的が読めない。

 

 

『凄まじい勢いでドローしていますね、防人選手は……』

『手札というのは、その数がそのまま可能性の数だ。だが、ここまでのものは中々ないぞ。……いつ、丸藤選手は妖花くんの狙いに気付くかな?』

『狙い、ですか?』

『少し考えればわかることだ。ただ、解へ至るためには常識を捨てる必要があるがな』

『すみません、わからないのですが……』

『妖花くんのデッキはすでに半分近くが削れている。……そろそろ、見えてくるはずだ』

 

 

 亮にも妖花の目的がわからない。確かに手札とは可能性だ。しかし、ただ増やすだけで勝てるものでもない。

 だが、亮のデュエリストとしての本能が告げている。『帝王』と呼ばれているのは伊達ではない。その経験が警鐘を鳴らしているのだ。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 どうにかしたい、する必要がある……それはわかっているのだが、この状態ではそれもできない。

 

「バトル! サイバー・ツイン・ドラゴンで――」

「罠カード発動『威嚇する咆哮』です! 攻撃宣言を不可に!」

「くっ……ターンエンドだ」

 

 流石に五枚もカードがあっては突破は難しい。地道にやるしかない。

 

「わ、私のターン、ドロー。……私は魔法カード『強欲で謙虚な壺』を発動します」

 

 準制限カードである『強欲で謙虚な壺』。特殊召喚できないというデメリットのせいで評価が低いが、臨時講師である美咲やアカデミア教員であるクロノスと響緑は高く評価している。コンボパーツを集める上で、確かにこのカードは強力なのだ。

 

 捲られたカード→無謀な欲張り、封印されしエクゾディア、八汰烏の骸

 

 表示されるカード。それを見て、会場がどよめきに包まれた。亮も、まさか、と驚きの言葉を紡ぐ。

 

「エクゾディアだと……!?」

 

 かつて『決闘王』が使用し、しかし、とある事件によって失われてしまった伝説の存在。世界中を探しても公式戦で揃えた者は十人もおらず、文字通りの『伝説』のカードだ。

 

「私は『封印されしエクゾディア』を手札に加えます」

 

 静かに宣言する妖花。会場が、大きく湧いた。

 

 

『まさか……エクゾディア!? 防人選手はエクゾディアを揃えるつもりなんですか!?』

『あのドローに全てを懸けた構成で、それ以外の何があり得る?』

『し、しかし、日本では公式戦でエクゾディアを揃えたのは『決闘王』を含めても四人しかいないほどのレアカードですよ?』

『私もその一人だが、その気になれば難しくはない。私の場合、『図書館エクゾ』というデッキだったが……妖花くんの場合、『レベル1エクゾ』と『活路エクゾ』の組み合わせのようだ。……さて、種が割れたのだから丸藤選手は対応を迫られる。どうするつもりだろうな?』

 

 

 封印されしエクゾディア――顔面、右腕、左腕、右足、左足。この五枚を手札に揃えることで勝利を得ることができるという特殊勝利カード。

 一見容易く思えるが、必要パーツ全てが制限カードであるために実現はほとんど不可能とされる幻の存在。

 それが、今。

 着々と、実現の時を待っている。

 

 

「私は手札から二枚目の『ミスティック・パイパー』を召喚し、効果を発動します。生贄に捧げ――一枚ドロー。……レベル1モンスター、『封印されし者の左足』です。もう一枚ドロー」

 

 悪寒の正体は、これだった。

 特殊〝勝利〟――その暴力が、亮へとその牙を剥く。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「え、エクゾディア……!? そんな、まさか!」

 

 会場の光景を見て、そんな声を上げたのは鮫島だ。かなり取り乱しており、見た目にも滑稽である。

 海馬はそんな鮫島に対してふん、と鼻を鳴らす。

 

「まさかも何も、これが現実だ」

「あんなものは卑怯者のカードです! DMとは相手のLPを0にするために戦うもの! あんなインチキのような――」

「――ほう?」

 

 それは一瞬だった。文字通り、瞬きの一瞬。

 一瞬で距離を詰めた海馬が、鮫島の襟を掴み上げていた。

 

「その台詞は、この俺に対する侮辱と考えてもいいのだな?」

 

 ――かつて、海馬瀬人は『決闘王』武藤遊戯に敗北した。

 その時に使用されたのが、『エクゾディア』だ。

 海馬はあの敗北を受け入れている。エクゾディアを侮辱することは、そのまま海馬と『決闘王』を侮辱するのと同義だった。

 

「図に乗るなよ、鮫島。かつて〝マスター〟と呼ばれ、サイバー流の道場から十人近い教え子をプロに輩出した実績を買って貴様をアカデミアの校長にしたに過ぎん。自らの領分を間違えるな」

「…………ッ」

「それに、防人妖花は無敵というわけではない。そうだな、美咲?」

「ん、まあそうですねー。澪さんなんか、初見で倒してましたし」

 

 冷めた目で鮫島を見つめていた美咲だったが、海馬にそう話を振られて頷きを返す。ふん、と海馬は鼻を鳴らした。

 

「真のデュエリストならば、相手が誰であろうと関係ない。己の全力を以て相対する敵を叩き潰すだけだ。少なくとも、貴様が退学にした夢神祇園は最後までこの俺を倒そうと足掻いていたぞ」

 

 海馬が鮫島から手を離すと、鮫島は床へと落下した。海馬は鮫島に背を向け、言い放つ。

 

「卑怯、汚い。明確なルール違反もしていない相手に対してそんな言葉を吐く時点で、その愚か者は敗者だ。愚かな上に敗北者であるというのだから救いがない。……その程度だから、貴様らサイバー流は頂点に立てんのだ」

 

 明確な侮蔑の言葉。それを受け、鮫島が何かを言い返そうとするが……それを遮るように、美咲が言い放った。

 

「主義主張なんて個人の自由。せやけど、それを他者に押し付けるんは傲慢以外の何物でもない。……そんなんやから、あんたはタイトル戦で手も足も出んと皇さんに負けるんや」

 

 皇〝弐武〟清心。〝マスター〟と呼ばれていた鮫島はかつて全日本ランク17位という立ち位置で彼に挑んだ。無論、タイトル奪取を目指してだ。当時からサイバー流は人気があり、タイトル戦もかなり期待されていた。

 しかし……結果は惨敗。

 サイバー流師範、〝マスター〟鮫島は皇清心に手も足も出なかった。

 

「…………ッ、私は! 私は負けてなどいません! あのデュエルはおかしかった! 徹底的なまでのメタカードの使用! 公正さなど欠片もなかった!」

 

 喚くように言う鮫島。周囲の者たちが戸惑いの表情を浮かべる中、海馬と美咲だけは冷たい視線を鮫島へと向けていた。

 

「だというのに! 世間は私を弱者と呼び! サイバー流を貶めた! 私の愛するサイバー流を! だから証明したのです! 我々の考えが間違っていないということを! そのために――」

「――いい加減にしてくれへんかなぁ、老害」

 

 吐き捨てるような、その台詞。

 そこには、侮蔑が満ちていた。

 

「私が愛したサイバー流? それを誰よりも貶めとるんは自分たちやって気付かへんのか?」

「……何を」

「サイバー流。その派手な戦い方故にファンが多い。それは事実や。せやけど、その逆にプロの間では全くと言っていいほどに人気があらへん。何でかわかる?」

 

 鮫島は何も言わない。ただ無言で美咲を睨み付ける。

 美咲はため息を一つ零し、阿呆やな、と呟いた。

 

「――自分の好きなカードを、戦術を。声高に叫んで否定するド阿呆をどうやって好きになれっていうんや。あんたらの主義主張なんてどうでもええ。せやけど、それを他人に押し付けるんやない。虫唾が走るわ」

「あなたに……あなたに何がわかるのですか!」

「わかるわけないやろ。わかろうとも思わへんよ。他人を理解しようともせん連中を、どう理解しろいうんや。……鬱陶しい」

 

 言い捨てる美咲。そのまま彼女は部屋を去ろうとするが、その背に海馬が言葉を紡いだ。

 

「ふぅん。貴様の言い分も理解できるが、もう少し待て美咲」

「……そこのクソ狸とこれ以上同じ空気吸いたくないんですけどねー」

「〝アイドル〟としての仮面はどうした?」

「メディアと人前でなら被りますよー。ウチの本性、知っとるでしょ?」

「ふぅん、まあいい。だが、美咲。プロの世界に身を置く貴様なら理解できるはずだ。――正義とは、即ち勝者だと」

 

 海馬は、そのまま会場の方へと視線を向けた。

 

「勝った方が正しい。俺はそう判断する。……ペガサスの推薦だか何だか知らんが、あの程度の小娘に負けるようならサイバー流の器も知れる」

 

 海馬が、そう言い放つと同時に。

 会場が、再び大きく湧いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 緊張で体が震えた。けれど、同時に楽しくもある。

 サイバー・ツイン・ドラゴン。テレビでプロが使っているのを何度も見て、その度に感動していた。あんな風に強いカードなど、自分は知らなかったから。

 

(やっぱり、誰かとデュエルするのは楽しい……!)

 

 村では子供は自分しかいなくて、外に出ることも制限されていたためにデュエルの機会はほとんどなかった。

 何枚かのカードと、テレビの中で戦うプロの姿だけが、全てで。

 防人妖花は、ただただデュエルができるということだけで……これほどまでに喜んでいる。

 

(緊張するし、頭真っ白だけど……でも、皆は応えてくれてる!)

 

 たった一人で、想像の中でしかできなかったデュエル。

 生身の人を相手にするのは、これが二度目だ。

 烏丸〝祿王〟澪は、防人妖花へこう言った。

 

〝世界は広いぞ。キミでは私には勝てんよ〟

 

 その言葉通り、澪には敗北した。

 悔しかったし、哀しかった。

 ……けれど。

 同時に、とても嬉しくて。

 

「リバースカード、オープン! 罠カード『活路への希望』! LPを1000支払い、2000ポイント差につき一枚ドローします! 更にチェーン発動! 罠カード『ギフトカード』相手のLPを3000ポイント回復です!」

 

 妖花LP3000→2000

 亮LP10000→13000

 

 差分は11000。五枚ドロー。

 そして、まだ終わらない。

 

「魔法カード『一時休戦』を発動! お互いに一枚ドローし、次の相手ターンまでダメージを0に! そして伏せカード、オープン! 罠カード『無謀な欲張り』と『八汰烏の骸』を発動! 前者は二ターンのドローをスキップし、二枚ドローする! 後者は一枚ドローです!」

 

 残りデッキ枚数は――9枚。

 

「私はカードを五枚伏せ、ターンエンドです! 手札が七枚以上あるので、六枚になるように捨てます」

 

 相手を要る。サイバー流正統継承者――丸藤亮はそれでも渋い表情を浮かべていた。

 

「俺のターン、ドロー! スタンバイフェイズ、『タイムカプセル』の効果で除外していたカードが手札へ加わる!」

「――その瞬間、リバースカードオープン! 罠カード『活路への希望』! LPを1000ポイント支払い、2000ポイント差につき一枚ドローします!」

 

 妖花LP2000→1000

 亮LP13000

 

 差分は12000。引けるカードは六枚。

 だが、これでは終わらない。

 

「更にチェーン発動! 罠カード『無謀な欲張り』! カードを二枚ドロー! 更にチェーンし、『強欲な瓶』を発動です!」

 

 これで、引けるカードの合計は九枚。

 全ては――ここで終わりを迎えた。

 

 全ての音が消え、妖花の周囲の空間が歪んだ。

 現れるのは、鎖に繋がれ、封印された究極の存在。

 

 

 封印されしエクゾディア☆?ATK/DEF?/?

 

 

 勝利をもたらす、絶対的な存在にして。

 あらゆる抵抗を許さない、究極体。

 

「エクゾード・フレイム!!」

 

 その宣言と共に。

 防人妖花の勝利が、決定した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 敗北。それは初めての経験ではない。しかし、こんな形での敗北は初めてだ。

 文字通り、何もできなかった。本当に、何も――

 

「あ、あのっ」

 

 呆けていると、声をかけられた。防人妖花――先程まで自分と戦っていたデュエリストが、こちらを見上げている。

 

「あ、ありがとうございましたっ!」

 

 礼儀正しく頭を下げ、そのまま逃げるように会場から立ち去っていく妖花。その背へ、『帝王』と呼ばれる男はああ、と頷きを返す。

 

「今度は、俺が勝つ」

 

 かつての、サイバー流の教えに疑問を持たなかった自分なら。

 こんな言葉は、吐かなかったのだろう。

 卑怯者と、彼女を嘲っていたかもしれない。

 

「ああ、そうか」

 

 けれど、今はそんなことは何も感じなくて。

 ただただ、彼女の戦いに対する称賛が浮かんで。

 ――同時に。

 

「これが、敗北か」

 

 どうしようもなく――悔しかった。

 

「忘れていたな、こんな気持ち」

 

 心地良い、敗北の余韻を引き連れて。

 アカデミアの『帝王』は、ステージから姿を消した。

 

 

 勝者、推薦枠、防人妖花。

 ベスト8進出。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「凄いデュエルでしたね……」

「確かにな。だが、正直なことを言えば勝機はあった。構築の問題の話にはなるが……」

 

 隣に座る宝生アナの言葉に、澪は静かにそう告げる。マイクの音声は入ったままだ。

 

「そうなんですか?」

「ああ。宝生アナ。『活路への希望』に一番有効なカードは何だと思う?」

「有効なカード、ですか?」

「時間もないから答えを言おう。――『神の宣告』だ」

「神の宣告……カウンタートラップですね」

「活路への希望は相手のLPに依存する。故にわざわざ『ギフトカード』などというカードを用いて相手のLPを増やすわけだ。だが、神の宣告はコストとしてLPを半分持っていく。活路への希望が機能しなくなれば、あのデッキのドロー力は一気に落ちることになる」

「な、成程……」

「まあ、不可能だろうがな。『サイバー流」とはそういう流派だ。『禁じ手』として除去カードやカウンタートラップを身勝手にも批判する流派。……言うは勝手だが、それは他人に押し付けるようなものじゃない」

 

 苦笑する澪。そのまま、彼女は静かに言葉を続けた。

 

「今日の敗北をどう受け取るかは彼次第だ。出来れば健全に進んでほしいものだがな。……さて、長かった一日目もようやく終わりだ」

「はい。明日も同じ時間から、今度はベスト8と準決勝を放送させていただきます」

「明日は今日よりも派手な試合が見れるだろう。楽しみにしているといい」

「ありがとうございました」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 控室の前。そこで、祇園は妖花を待っていた。

 正直、凄いデュエルだった。まさかエクゾディアが見れるとは想像もしていなかったし、それを操る彼女の姿にもかなりびっくりした。

 推薦枠……それはやはり、伊達ではない。

 

「お帰り、妖花さん」

「あ、た、ただいまです夢神さん!」

 

 帰って来た妖花にそういって微笑みかけると、驚きながらも返答してくれた。祇園は、凄かったね、と言葉を紡ぐ。

 

「エクゾディアなんて、生では初めて見たよ」

「でも、成功率はそんなに高くないんです、本当は。運が良かったんです。みんなも応えてくれましたから、みんなのおかげです」

「みんな?」

「はい、みんなです!」

 

 誰だろう、と首を傾げる祇園。どういうことか、と聞こうとした瞬間。

 

「カイザー……?」

 

 不意に、廊下の奥から人影がこちらへと歩いてきた。――丸藤亮。その人物はこちらに気付くと、軽く頭を下げてくる。

 

「お、お疲れ様です」

「はわわ……」

 

 何か言われると思ったのか、反射的に頭を下げた祇園の背後へと妖花は隠れてしまった。そんな妖花の姿を見、亮は苦笑を零す。

 

「そう怯えないでくれ。楽しいデュエルだった。また機会があれば、手合せをお願いしたい」

「え、あ、あの、こちらこそ! ありがとうございます!」

「ああ」

 

 微笑を浮かべる亮。しかし、すぐさまその表情を真剣なものに変え、祇園の方へと視線を向けた。

 

「夢神祇園、だな。頼みたいことがある」

「頼みたいこと、ですか……?」

「ああ。出来ればで構わない。――〝祿王〟に、会わせてくれないか?」

 

 頼む、と亮は祇園に向かって頭を下げた。

 

「強くなるために」

 

 そのために必要だと、亮は言って。

 

「――『サイバー流』とは何なのか。俺は、知らなければならない」

 

 あまりにも真剣で、切実なその姿に。

 祇園は、気押されながらも……頷いた。











帝王、敗北!!
勝者、奇跡の少女!!
……何が奇跡かは、多分次回に語られます




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第二十四話 サイバー流

 

 第一控室。この〝ルーキーズ杯〟の実況及び解説を務める烏丸〝祿王〟澪と、アナウンサーの宝生の二人に与えられた部屋だ。

 当初の予定では澪には個室をという話だったのだが、どの道控室にいる時間など知れているとして澪が断り、二人で一部屋という形になっている。

 まあ、部屋自体は広いので窮屈さなど全くないのだが。

 

「今日はお疲れ様でした」

「お互い様だ、宝生アナ。それに、実際にデュエルをしていた彼らに比べるとこの程度は疲労にならんさ」

「ですが、八試合も解説を行っていましたし……」

「楽しませてもらったのだから、大丈夫だよ」

 

 微笑を浮かべる澪。その澪に、そういえば、と宝生がお茶を用意しながら言葉を紡いだ。

 

「今日、エクゾディアを揃えた防人選手に烏丸プロは勝利されたと聞きましたが」

「ん? ああ、勝たせてもらったよ。特に何の問題もなく、な」

 

 頷きを返す。以前偶然からペガサスと共に辺境の村で妖花を見つけた時、一度だけデュエルをし、澪は彼女に勝利している。その際にペガサスと澪は彼女のその特異性に気付き、表舞台に連れて来たのだ。

 

「あの、どうやって勝たれたのですか? 私にはどうしてもあのデッキに対して勝つ方法が想像できず……」

「ただの相性だ。『マインドクラッシュ』、『墓穴の道連れ』。私が今使っている『暗黒界』には所謂『ハンデス』のカードがいくつもある。デッキの相性――というより、デッキコンセプトの相性というのは重要だぞ」

「相性、ですか」

「そういう意味で、丸藤亮……彼のデッキは非常に相性が悪かったといえるだろう。今のサイバー流の教えを忠実に守っているのなら、除去カードもカウンタートラップもデッキには入っていないだろうからな。それでは妖花くんには勝てん。……『神の宣告』一枚で大分変わるものであるし、『王宮のお触れ』や『トラップ・スタン』でも沈黙するだろうが……それさえ積んでいないのだろうな」

 

 サイバー流とはそういう流派だ。別に否定するつもりも肯定するつもりもないが、それを他者に押し付けるのだけは頂けない。

 ちなみに妖花も自身のデッキの弱点については理解している。だからこそ妖花のデッキは複合型なのだ。……その分、手札事故に遭った時は本当に悲惨だろうが。

 

「サイバー流、ですか……」

「何か気になることでも?」

 

 問いかける。すると、宝生は難しい表情をしながらも頷いた。

 

「こうしてアナウンサーになる前は、『サイバー流』という流派は人気があり、強い一派だと思っていました」

「まあ、実際に人気がある。『サイバー・ドラゴン』のカードは人気だし、『パワー・ボンド』や『リミッター解除』を中心とした効果力は見ていて楽しいだろう」

 

 頷きながら応じる。実際、サイバー流に対する世間一般の印象は決して悪くはない。

 リスペクト・デュエルという考え方や、派手な戦い方。同時に自分たちの考えが『正義』であるかのように声高に叫ぶという部分があるため、それを信じてしまっている一般大衆も多いのだ。

 

「はい。ですが……こうして報道する側に回ると、色々と……」

「……私はともかく、美咲くんやイリアくん、アヤメくんもサイバー流とは一悶着を起こしたことがある。特にイリアくんとアヤメくんは一歩間違えれば裁判沙汰になっていたし、彼女たちだけでなくサイバー流に良い感情を持たない者は多い」

 

 宝生が出してくれた茶を啜りつつ、澪は言う。はい、と宝生は頷いた。

 

「現場に行くと、その手の話ばかりを耳にします。上からは報道するなと言われますが……」

「結論を言ってしまえば、人気のある流派をそう簡単に消すわけにはいかないというくだらない理由だ。……少し考えればわかる話なのだがな。現在の『サイバー流』の門下には全日本ランク50位以内は一人もおらず、人気だけが先行している状態だと」

 

 かつては違った。〝マスター〟がいた頃は。

 しかし、DDに敗北し、皇清心に敗北し……その〝マスター〟が引退してから、徐々におかしくなっていった。

 リスペクト・デュエル。それを信じ、同時にだからこそ相手を批判することなどなかったサイバー流の者たちが、自分たちと主義の違う者を批判するようになってしまったのだ。

 そして、一度歪んだモノはそう簡単には元に戻らない。

 むしろより一層歪み、軋み……破滅へと突き進んでいくだけだ。

 

「プロにおいて、サイバー流の者たちは冗談ではなく嫌われている。当たり前だ。彼らにこちらが勝てば『卑怯だ』と罵られ、逆に負ければ『卑怯だから負けたのだ』などと声高に叫ぶ。……これでリスペクトというのだから聞いて呆れるレベルだな」

「……烏丸プロは、サイバー流については……」

「私の場合、『どうでもいい』が素直な気持ちだよ。もっとも、それもついこの間までの話だったがな」

 

 肩を竦め、澪は言い切る。正直、口だけで実力の伴わない――少なくとも澪にとっては――流派などどうでも良かった。澪の目的は、自分の『同種』を見つけることだったのだから。

 今のところ、候補はいても同種は見つかっていない。……まあ、それはいい。問題は『サイバー流』だ。

 澪が知ってしまった、一人の少年の物語。そして、全米オープンで出会った『侍大将』と呼ばれる少年の物語。

 その二つを知ってしまった今、無視をするのは難しい。

 

「主義主張を持つことは大切だ。宝生アナ、あなたにも好きなカードや大切なカードがあるはずだ。同時に、好きな戦術も。それを否定されたら、どう思う?」

「……嫌な気分になりますね」

「そう、普通はそういう反応を示すものだ。こちらを頭ごなしに非難してくる相手を、どうやって好きになればいい?」

 

 手元の資料に目を通しながら澪は言う。結局、問題はそこなのだ。

 持論を持つのは重要であるし、大切なことだ。だが、それを他人に押し付けてはならない。更に、あたかも自分の理論がすべて正しいかのように振る舞い、その上で他人を批判するなどあってはならない。

 本当の意味で『正しい論理』など、存在しないのだから。

 

「昔は、ここまで酷くはなかったらしいのだがな」

「そう……なんですか?」

「私自身が目にしたわけではなく、DD氏の言葉だが……〝マスター〟の時代――即ちサイバー流の創世記は本当に尊敬できる相手だったと聞いている。同時に、〝マスター〟が引退してからおかしくなったとも」

 

 プロの創世記、そして黎明期に活躍した〝マスター〟と呼ばれた人物。彼が引退してから、サイバー流は徐々におかしくなっていったらしい。もっとも、その頃のことを澪は知らないので何とも言えないのだが。

 

「まあ、要はそういうことだ。業界の裏側など知るものじゃない。……観察してみるといい。チームに所属しているサイバー流の門下生がチームメイトと共に何かをしている姿など滅多にないぞ。彼らは門下生同士でのみ行動している」

 

 どうでもいいがな――そんなことを言いつつ、資料を片付ける澪。その時、澪は自身の端末にメールが来ていたことに気付いた。

 

「む、メールか。相手は……アヤメくんか?」

 

 内容を確認しようと画面を開く澪。その彼女の耳に、ノックの音が届いた。

 

「はい?」

 

 宝生が応対に出る。澪もそちらへ視線をやるが、視界に入った人物に思わず笑みを零した。

 

「少年に、妖花くんか。今日は見事なデュエルだったよ」

「ありがとうございます、澪さん」

「ありがとうございます!」

 

 微笑を浮かべる一人の少年と、その隣で満面の笑みを浮かべる少女。

 夢神祇園と防人妖花。共に今日の試合で一回戦を突破した二人だ。二人共に澪とは縁がある相手である分、澪としても勝利は素直に嬉しい。

 

「うむ、この調子で明日も頑張って欲しい。だが、どうした? 私か宝生アナに何か用か?」

「あ、その……僕たちは直接じゃなくて、澪さんに会いたいという人がいて」

「私にか?」

 

 首を傾げる。確かにタイトルホルダーである自分は珍しいが、わざわざ二人を通して会いに来るとはまた変わっている。

 

「申し訳ありません、烏丸プロ。自分が頼みました」

 

 そう言って現れたのは、背の高い一人の青年だった。丸藤亮。サイバー流正統継承者にして、アカデミア本校では『帝王』とも呼ばれる青年。

 

「烏丸プロ」

 

 宝生がこちらに視線を送ってくる。それに手を軽く振ることで応じ、澪は亮を見た。

 精悍な顔つきをした青年だ。だが、その表情はどことなく暗い。

 

「丸藤亮くん……だったかな? 私に用があるようだが」

「はい。お忙しいところを申し訳ありません」

「そう堅くならないでくれると嬉しいよ。〝祿王〟などと名乗っているが、タイトル所有者の三人の中では私が一番格下だ。三年生ということは、年齢も同じだろう?」

「いえ。それでも尊敬すべき相手ですから」

「ふっ……成程」

 

 澪は頷く。ジュニア時代から名を轟かせる『帝王』丸藤亮。流石に礼儀面はしっかりしているらしい。

 とはいえ、彼もまたサイバー流の門下生だ。妖花が一緒にいるところから察するに、ガチガチに凝り固まった思想をしているわけではないようだが――エクゾディアなどの特殊勝利はサイバー流にとって邪道だ――正直、その辺りは話をしてみなければならない。

 

「だが、話をするならば個人で来れば良かっただろうに。私は逃げも隠れもせんよ」

「直接の面識がありませんでしたから。そしてもう一つ、お伺いしたい話にはこの二人も関係しているので……」

「――ほう?」

 

 口元に笑みが浮かんだのが自分でもよくわかった。それに気付いているのかいないのか、亮は静かに頭を下げてくる。

 そして、その言葉を口にした。

 

「サイバー流という流派について、教えてください」

「……私などより、キミの方が詳しいだろう? 正統継承者なのだから」

「身内の話では駄目なのです。サイバー流の教え、信念、大義……それを理由に、今アカデミア本校は荒れています。俺は、それを正さなければならない」

 

 頂点と呼ばれ、帝王と呼ばれるからこそと。

 亮は、そう言った。

 

「故に、知らなければならない。サイバー流とは、何なのか。そのために話を伺いたいのです」

「……世の中には、知らない方がいい事実というものもある。キミにはそれを知る覚悟があるか?」

「もう、知らぬままではいられません」

 

 亮は言う。

 無知であることは、罪であると。

 

「知っていれば、変えられたかもしれない。何かができたかもしれない。俺は何かができる立場にあった。だというのに、何も知らず……何もしなかった。全てを理解した振りをして、一人の男が孤独に戦っていることさえも知らなかった。俺はもう、二度とそんなことを繰り返さない」

 

 亮の目は真剣そのものだ。その目には、強い意志が宿っている。

 それを受け取り、澪は小さく息を吐いた。そして、頷く。

 

「断るのも道理に外れるか……。いいだろう。私の知る限りのことは話すとしようか」

「ありがとうございます」

「だが、その前に。キミを一度見極めたい。廊下に出るといい」

 

 小型のデュエルディスクを取り出しつつ、澪は言う。

 

「――キミの覚悟、見定めさせてもらう」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 試合結果は、驚きと共に受け入れられた。日本の公式戦では史上五人目のエクゾディアを揃えたことになる所属不明、経歴不明のデュエリスト――防人妖花。

 彼女は彼の『決闘王』武藤遊戯から始まる〝伝説〟をその手に紡いで見せたのだ。

 会場では各試合のダイジェストが流され、多くの観客が未だに歓声を上げている。まあ、それも当然だろう。今日は一日で凄まじいことがいくつも起こった。

 プロ勢の盤石な試合運びに始まり、美咲の『プラネット・シリーズ』と『カオス・ソルジャー』という超が付くほどのレアカードの使用。そして、そんな中での遊城十代という一年生の奇跡のドローに観客は魅せられ、澪の発言によって注目されていた、本来なら下馬評で最も低い評価であったはずの夢神祇園の勝利。しかも極めつけは『エクゾディア』である。これで興奮するなという方がおかしい。

 

「ふぅん。結局、アカデミア勢で生き残ったのはあの遊城十代という小僧一人か」

 

 会場の方を見下ろしながら、不意に海馬瀬人がそう言葉を紡いだ。そんな海馬に、社長、と桐生美咲が言葉を紡ぐ。

 

「祇園のこと忘れてますよー。今の祇園はウエスト校所属です」

「そういえばそうだったな。退学になって野垂れ死んでいるかと思えば、中々しぶとい」

「それが売りですからねー。祇園はしぶといですし、諦めは悪いですよ」

「知っている。あの状況で、勝ち目などないくせにそれでも抵抗しようとしていた小僧の散り際を見届けたのはこの俺だ。……どうやら、凡骨並には期待できそうだな」

 

 笑みを浮かべる海馬。そのまま彼は室内の方を振り返った。

 

「ウエスト校の校長は誰だ?」

「私です、海馬社長」

 

 名乗りを上げたのは、部屋の隅で湯呑で茶を啜っていた老人だった。ほう、と海馬が息を漏らす。

 

「龍剛寺か。一回戦を突破した生徒は本校とウエスト校者のみだ。褒めてやる」

「ありがとうございます」

 

 龍剛寺は笑みを浮かべて頭を下げてくる。アカデミア・ウエスト校は激戦区といわれる近畿地区で毎年上位に入り、国民決闘大会やインターハイでも確実に結果を残す学校だ。他校に比べて弱いとも言われるが、こういうところで確実に結果を出してくるのは流石だろう。

 まあ、団体戦の成績は優秀だが優勝経験は少ないので、やはり総合的には他の学校に劣っているのかもしれないが……。

 だが、今はそれよりも――

 

「ふぅん、鮫島。いつまで呆けている?」

「…………」

 

 会場を見下ろせるガラスの側で呆然としているのは、アカデミア本校校長である鮫島だ。

 丸藤亮。彼の青年が敗北してから、ずっとこの調子である。

 

「先に言ったように、俺は結果を以て評価を下す。一般枠の小僧を除けば、本校の小僧が推薦枠では唯一の勝ち星。それも、ルーキーとはいえプロを相手にだ。これは貴様の教育手腕によるものだと評価してやる」

 

 言い放つ海馬。そのまま彼は未だ呆然としている鮫島から視線を外し、美咲へと視線を向けた。

 

「美咲、俺の判断に何か問題はあるか?」

「いえ、ありませんよー? 十代くんが頑張ったのは事実、祇園が頑張ったのも事実。散々校長が勝つゆーてた丸藤くんが負けたんはまあ、アレやけど。下手すればプロも喰われるってことを十代くんは証明しましたしね」

「ふぅん、冷静だな。ごねるかと思ったが」

「十五歳ですけど、一応は社会人ですし」

「成程。我が社員に相応しい言葉だ」

「やったら給料上げてください。あと休みください」

「黙れ。貴様が一人前になれば考えてやる」

「うあー……、やっぱりブラック企業やー……」

 

 美咲が肩を落とす。ふん、と海馬がその様子を見て鼻を鳴らした瞬間、部屋の扉を誰かがノックした。

 

「入れ」

「――瀬人様、お耳に入れたいことが」

 

 入って来たのは、海馬の信頼厚い人物――磯野だった。その人物の姿を見て、おっ、と美咲も笑顔を浮かべる。

 

「磯野さんやー」

「ふぅん、磯野か。何があった?」

「……ええと……」

 

 海馬が問いかけるが、磯野は室内を見回して口ごもる。室内には海馬や美咲の他にノース校とサウス校の校長を除く二人のアカデミア校長がいる。そのためだろう。

 だが、海馬は構わん、と磯野に向かって言葉を紡ぐ。

 

「言え。何があった」

「はっ。それが……記者が鮫島校長に取材を行いたいと」

「鮫島に? 別に構わんだろう。何か問題があるのか?」

「――アカデミア本校で、生徒に対し不当な処分が下されたという情報が出回っています」

 

 その言葉に表情を変えたのは三人。海馬と、美咲と……鮫島だ。

 

「不当な処分だと? 具体的な話はどうなっている?」

「はっ。それが、全く非のない生徒を退学にしたとの話が。また、その決定を下した倫理委員会の過激な行動も問題になっており、同時に倫理委員会の構成員の八割が鮫島校長の元教え子であるという情報も出回っております」

「ふぅん。人事管理は一任していたが、それが仇になったようだな。……鮫島、申し開きはあるか?」

 

 問いかける。だが、鮫島は青い表情をしているだけで何も答えない。

 海馬は鼻を鳴らすと、磯野、と言葉を紡いだ。

 

「他には何か問題になっていることはあるか?」

「問題かどうかはわかりませんが……渦中の不当な退学を受けた生徒の名は、夢神祇園。この大会にも参加している少年です。また、アカデミア本校内で鮫島校長を中心とした一人の生徒に対する差別があったという話も持ち上がっています」

「その生徒の名は?」

「それについては調査中で……」

「――如月宗達」

 

 静かな声で、美咲が割り込むように言葉を紡いだ。海馬が視線を向けると、美咲は頷きながら言葉を紡ぐ。

 

「この間の全米オープンで五位入賞してた子です。『侍大将』の方が通りがええんとちゃいますかねー?」

「美咲、貴様は差別の内容は知っているのか?」

「差別というか、最早人格否定ですよあんなん。実際に見てもろたほうが早いと思いますけどねー。一応、報告書は上げてますよ」

 

 肩を竦めながら応じる美咲。海馬は頷きを返した。

 

「確認しよう。――磯野、今すぐ会場に来ているアカデミア本校の教員を呼べ。詳しい話を聞く。そして美咲、貴様は――」

「――火消しですね? 今から行ってきます。適当にマスコミの興味を逸らせばええですかね?」

「こちらからも情報操作は行うが、基本は貴様のやり方に準拠する。任せたぞ」

「はいはい、っと。早速行ってきます。――磯野さん、記者さんたちはどこにおりますか?」

 

 磯野に場所を聞き、早速行動を進める美咲。海馬は、鮫島、と静かに言葉を紡いだ。

 

「もう一度聞く。申し開き――いや、『言い訳』はあるか?」

「…………」

 

 鮫島は青い顔をしているだけで、反応を示さない。ふん、と海馬は鼻を鳴らした。

 

「何が真実で、何が虚偽か。見極める必要がある。貴様には数人のSPをつけてやる。記者に捕まらんようにホテルに戻れ。そして、もう一つ。これが一番重要なことだが――」

 

 鮫島の襟を掴み、射抜くように鋭い視線を海馬は鮫島へと向ける。

 

「――もし、貴様が使えない人間だと判断した場合。その場で貴様の首を切り捨てる」

 

 手を離す。そのまま、最後に言い捨てるように海馬は言葉を紡いだ。

 

「精々祈っておけ。明日の試合、例の遊城十代という小僧がベスト4へ進めるようであれば貴様の手腕を認めてやる。負けるようであれば、所詮はまぐれ。貴様の実力など高が知れているということだ」

 

 部屋を出て行こうとする海馬。そのまま彼は磯野へと指示を出そうとするが、その背にずっと黙っていた龍剛寺校長が声をかけた。

 

「海馬社長。我々の協力は必要ですかな?」

「状況が全て掴めていない現状では必要ない。だが、貴様らの手を借りる可能性は十分ある」

「わかりました。下の者にはそう伝えておきましょう」

「――行くぞ磯野」

「はっ」

 

 部屋を出て行く海馬。それを見送ると、龍剛寺が静かに鮫島へと言葉を紡いだ。

 

「……落ちぶれましたねぇ、鮫島さん。〝マスター〟と呼ばれていた頃のあなたは、もっと輝いていたというのに」

 

 茶を啜り、呑気な口調で語る龍剛寺とは対照的に呆然と座り込んでいる鮫島。龍剛寺は、そもそも、と言葉を紡いだ。

 

「ヒトとはどうしても〝業〟からは逃げられぬ生き物。あなたも譲れぬものがあったのでしょうし、信じていたものがあったのでしょう。しかし、あなたは間違えた。どうしようもないほどに、間違えてしまった」

 

 故に今、あななたは這い蹲っている――龍剛寺は静かに告げた。

 

「誇りを失った人間は、ただの畜生です。私は褒められた生き方をしてきたわけではありません。むしろ、知られれば万人が私を蔑むでしょう。しかし、今のあなたは私に見下ろされている。これが真実であり、結果であり、現実です」

 

 湯呑みを置き、龍剛寺は立ち上がる。

 

「あなたは教育者ではなかった。己が過ちを、何故教え子に繰り返させたのですか?」

 

 鮫島は、答えない。

 何も言わず、ただただ沈黙している。

 

「――〝サイバー流〟も、ここで終わりですね」

 

 扉が閉まる。一人、取り残された鮫島は。

 何も言えず……ただ、口を閉ざしていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 日本三強の一人、烏丸〝祿王〟澪。その強さは『圧倒的』――この一言に尽きる。

 三つのタイトルを保有する、事実上日本最強のデュエリストDDのような派手なデュエルでもなく、もう一人のタイトルホルダー、皇〝弐武〟清心のような一手一手が確実に相手を追い込んでいくようなものでもない。

 ただ、相手を圧倒する。力で、戦術で。

 押し潰すように、蹂躙する。

 それが、〝祿王〟のデュエル。

 

「――勝負は見えたな」

 

 何かを確認するように、澪は自身の相手である亮へと言葉を紡いだ。亮はその言葉に返答を返さない。

 だが、現実というのは無常だ。現在、澪の場には五枚のカードが表側表示で展開されている。

 

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100

 

 モンスターは、最強の暗黒界――龍神グラファが三体。そして、魔法・罠ゾーンには永続罠『スキルドレイン』が存在し、フィールド魔法として『暗黒界の門』が張られている。

 

「バトルフェイズだ。――グラファでダイレクトアタック」

 

 亮のLPが0を刻む音が鳴り響く。それを受け、ありがとうございました、と亮は頭を下げた。そんな亮に、ソリッドヴィジョンを消しながら澪は構わんさ、と言葉を紡ぐ。

 

「タイトル持ちの中では一番指導には向いていないが、それでも指導決闘は行っている。……私とのデュエルで何かを掴んでくれたなら、それは嬉しいことだ」

 

 デュエルディスクを片付ける。そうしながら、サイバー流だったな、と澪は亮に向かって言葉を紡いだ。

 

「こうして〝祿王〟などと名乗っているが、私は何も全てを知っているわけではない。故に、全ては私の主観となるが……構わないかな?」

「お願いします」

 

 亮が頭を下げてくる。祇園や妖花、宝生といったメンバーは黙して推移を見守っているだけだ。

 

(全く、妖花くんはともかく少年は全くの無関係ではないというのに)

 

 サイバー流師範、〝マスター〟鮫島。夢神祇園という少年は彼が決めたルールによって、外から見れば不条理な形で退学という状況に追い込まれた。

 

(それでも、少年の中に恨みも憎悪もない。裏側を知らない、というのも理由の一つだろうが……性格や考え方の部分もあるのだろうな)

 

 かつての自分がそうであったように。

 不条理と理不尽を受け入れ、その上で歩みを止めない力。

 本当に……面白い。

 

(とはいえ、今は目の前の彼か。……指導など、私の柄ではないが)

 

 誰かを教えるということが烏丸澪は致命的に苦手だ。それは気質からくるものだが、それは言っても仕方がない。なら、己の言葉を届けるだけ。

 どの道、それ以外の方法を知らないのだから仕方がない。

 

「まず、結論から言おうか。――サイバー流には、明確な『限界』が存在している」

「……限界、ですか」

「そうだ。キミ自身、気付いているのではないか? 除去カードやカウンタートラップを使わず、相手の全力をこちらの全力を以て叩き潰す……成程、面白い論理だ。だが、何故それを相手もまた実践してくれると考える?」

 

 現在のサイバー流を否定するような言葉を、澪は何の容赦もなく亮へと向ける。

 

「『サイバー・ドラゴン』も『パワー・ボンド』も強力なカードだ。後者に至っては、通せばその瞬間にゲームエンドが見えてしまうほどの力を持っている。そこまでわかっているのに、何故それがすんなり通ると確信できる?」

「…………」

「通してしまえば負けるなら、それは当然対策をする。『奈落の落とし穴』、『激流葬』、『次元幽閉』……召喚反応型だろうが攻撃反応型だろうが、対策などいくらでもできる。……サイバー流はな、それをされるのが怖いんだ。だからこそ、それらのカードを『卑怯』と呼び、相手に使わせないようにしようとした。何故なら、『使われれば負ける』からだ」

 

 無論、話はそう単純なものでは決してない。それらのカードがあったとしても使えなければ意味がないし、それで確実に勝てるというものでもない。

 しかし、融合戦術の弱点である手札消費の激しさは、そういうところで弱点を衝かれる。

 

「かつて、〝マスター〟が活躍していた頃はそれらの所謂妨害カードも手に入り難かった。しかし、上位の選手は必ずと言っていいほど使用していたし、だからこそ〝マスター〟は中々ランクを上げられずにいた。……その結果が、DD氏や清心氏に敗れた時の〝マスター〟に対する世間の評価だ。惨敗、即ち惨めな敗北。それはキミの方が詳しいだろう?」

「……はい」

「サイバー流がおかしくなったのはその時からだろうな。急に相手のことを否定し、禁止カードに指定されているわけでもないカードを否定し始めた。まるで親の仇でも……いや、実際に『仇』なのだろうな。自分たちが使わなかった。だが、相手は使った。違いなど、その程度だったのに」

 

 歪んでしまったのは、〝マスター〟のプライドだろうと澪は思う。使えば良かったのだ。除去カードもカウンタートラップも。教えを破ってでも、そうするべきだったのだ。

 だが、彼はそうしなかった。

 そうすることは、終ぞできなかった。

 

「自身が信じた信念に殉じ、最後まで自らが『禁じ手』としたカード群を使わなかったのはある意味で評価に値する。貫き通した信念は、確かに評価されるべきだろう。……だが、同時にそこで歪んでしまったのだとも私は思う。『自分は使わなかったのに、何故相手は使う?』――冷静に考えれば滑稽な言い分も、本人にとっては大真面目だ。そしてそれが肯定されてしまったのが、今の『サイバー流』だ」

 

 己が自身る信念と誇りのために戦ったその流派は。

 自らに課した制約を、他人にまで押し付けようとした。

 

「サイバー流は人気自体は確かにあった。故に、マスコミもそれを取り上げ……結果として、今の風潮は出来上がった。厳しいことを言うが、サイバー流の者に現状トップデュエリストと呼べる者は誰もいないというのにな」

 

 苦笑を零す。澪が興味を抱いていなかった理由はそこだ。結局、強さが全てである。プロとはそういう世界だ。

 

「私の知る話などこの程度だ。後は、プロの中でサイバー流は正直毛嫌いされているということぐらいか」

「そう……なのですか?」

「どこの世界に、他人を否定ばかりする者たちを好きになる者がいる? 大衆がサイバー流を受け入れているのは、あくまで自身に害はないからだ。害が及べば一瞬で掌を返すだろうな。……大衆などそんなものだ」

 

 以上だ――言い切り、澪は亮へと背を向ける。

 

「これ以上は本人にでも直接聞いた方がいい。〝マスター〟鮫島はキミの師範だろう? まあ、それどころではないかもしれんが」

 

 そのままこの場を立ち去ろうとする澪。その背に、烏丸プロ、と亮は言葉を紡いだ。

 

「あなたは、サイバー流についてはどうお考えですか?」

「最近になるまでは『興味がない』、この一点に尽きていたのだがな。残酷なことを言うが、私と戦える位置にまで上がって来れない者には興味はない。そういう意味でキミは例外だ。先程のデュエルは中々だった。限界を迎え、他のサイバー流の者たちのように潰れないことを祈るよ」

「それでは、今は?」

「少年……夢神祇園は、私の友人だ。防人妖花も、私の友だ」

 

 黙して推移を見守っていた二人へと視線を送りつつ、そう言葉を紡ぐ。二人が驚いた表情を浮かべたが、澪は気にせず言葉を続けた。

 

「サイバー流の人間が、少年を不当に退学へ追いやった。個人がやったことかどうかなど知らん。組織や派閥に属する者は、それを背負っているということを忘れてはならない。少年は友であり、私は短いながらも彼の人となりを見てきた。その彼を一方的に、理不尽に否定した者をどう思うかなど、語る必要があるか?」

 

 澪は亮の方へ視線を向けることをしない。だが、亮は自身の背筋に悪寒が走ったことを感じた。

 放たれているこれは――殺気。

 

「妖花くんについてもだ。サイバー流は『エクゾディア』を否定している。彼女は私の認めたデュエリスト。その彼女を否定することなど、許すはずがなかろう。……丸藤亮。キミが私にとって強敵と呼べる存在になることを祈る。間違っても、私が殺意を向けるような『敵』にはなってくれるなよ?」

 

 そのまま、澪は宝生を伴ってこの場から立ち去っていく。亮は一度強く拳を握り締め、くそっ、と小さく呟く。

 その呟きは、やるせない思いに満ちていた――……

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 澪が立ち去り、立ち尽くす亮。そんな彼に、祇園と妖花の二人は心配そうな表情を向ける。

 

「あの、大丈夫、ですか……?」

「……夢神祇園、か。キミは、俺たちのことを恨んでいるのか?」

 

 つい口を衝いて出てしまった言葉。答えなどわかり切っているのに――そんなことを亮は思ったが、祇園はそれを首を左右に振って否定した。

 

「澪さんはああ言ってくれましたが……恨んでなんて、ないです。全部、僕が悪かったんです。僕が負けたから……」

「だが、あの制裁デュエルはどう考えても不当な決定から下されたものだ。そうだろう?」

「決定は、決定です」

 

 苦笑する祇園。彼の制裁デュエルと退学については署名運動が行われたこともあり、亮もある程度は調べていた。その際に理不尽であることを感じたが……本人を目の前にすると、尚更強くそう思う。

 彼の努力も頑張りも、否定する者はアカデミアにいなかった。あのクロノスでさえ、祇園の退学については納得が行っていないという旨を校長に伝えたという。あの、レッド寮の生徒を見下しているクロノスでさえだ。

 恨んでいると思った。鮫島校長を、アカデミアを。

 けれど、彼の瞳からは。

 そんなものは、欠片も感じられなくて。

 

「――すまなかった」

 

 気付いた時には、亮は祇園へと頭を下げていた。

 

「気付いていれば、知っていれば。何かが変えられたかもしれないのに」

 

 如月宗達の時もそうだった。本当に、いつも遅い。

 どうしてだ。どうして。

 アカデミアの『帝王』などと呼ばれていながら、これほどまでに無知なのだ。

 

「……過ぎたことですし、僕の実力不足が原因ですから。顔を、上げてください。丸藤先輩には、何の責任もありません。責任は全部……僕にあります」

 

 弱かったことが罪だと、祇園は言う。

 ならば、無知であった自分は。

 何も知らなかった、丸藤亮という人間は――

 

「すまない。そして……ありがとう」

 

 顔を上げる。未だ迷いは多く、何もわかっていない自分がいる。

 だが、これからは無知でいてはならない。遅すぎたかもしれないが、無意味かもしれないが。

 それでも、丸藤亮は立ち上がらなければならない。

 

(師範。俺はもう、何も知らない子供ではいられない)

 

 自分が信じるもの。求めるもの。

 サイバー流という流派を愛し、信じ続けてきたからこそ。

 丸藤亮は、知らなければならない。

 

(あなたに問う。サイバー流とは、俺が確かに憧れた――あなたの背中とは何だったのかを)

 

 ――もう、誰も傷つけないために。

『帝王』は、己が誇りの始まりの場所へと歩を進める。

 

 

 

〝ルーキーズ杯〟、二日目終了。

 一回戦終了、ベスト8決定。










さーて、キナ臭くなって参りました
責任問題に発展すると、誰が責任取るんだろうね
そしてカイザーに対して語られたサイバー流の物語。とはいえ、あれは澪の視点からの物語。解釈の方法などいくらでもあります。
まあ、その辺は皆さんの中でどう受け取って頂けるかですね






そして、ふと気になった祇園くんの戦績
☆VS試験官(鴨沂)→序盤押されるも、一瞬の展開力で勝利☆
☆VSブルー生→相手の油断中にワンターンキル☆
★VS遊城十代→序盤は圧すものの、逆転のドローによる敗北★
☆VS藤原雪乃→終始押されながらも、最後の最後で逆転☆
★VS如月宗達→アルカナ・ナイト・ジョーカーに敗北★
★VS海馬瀬人→ブルーアイズを前に、終始押されながら一矢を報いるも敗北★
★VS二条紅里→植物族の展開力を前に、有効打を打てず敗北★
★VS烏丸澪→一撃を入れるも、それは全て相手の想定内。圧倒的な力の差に敗北★
☆代表戦、予選。成績は58勝21敗。三位通過☆
★VS菅原雄太→逆転の手は揃うものの、オネストの前に敗北★
☆VS藤原雪乃→ピーピングハンデスを喰らうものの、どうにか勝利。ただしかなり紙一重☆
☆VS藤原千夏→盤石の勝利☆

成績、5勝6敗。
……主人公とは思えないですね、負け越しとは
まあ、今の祇園くんならこんなものでしょう。負けてる相手は皆格上ですしね




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間章 力を振り翳す理由

 強くなりたいと、そう思った。

 絶対に負けず、そして折れない強さが欲しいと。

〝強さ〟は、正義だ。

 正しい者が勝者になるのではなく、勝者が正しいと認識される。

 そんな世界で生きてきたから、尚更強くそう思う。

 

 ――強くなりたい。

 

 もっと、もっと。

 俺はここにいるのだと証明するために。

 もう二度と、無力に嘆かないようにするために。

 強く、強く――……

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 夜の帳が落ちようとしている時間。空は曇り、星は見えなくなっている。

 もっとも、晴れていたところで星を見ることはできないだろう。汚れた空気と、夜の闇を打ち払うような街の灯。これでは星を拝むことなどできようはずがない。

 

(……普段気にもしねぇことを気にするってことは、俺にも余裕が出てきたのか。それとも逆、余裕がないから現実逃避してんのか。まあ、どっちでもいいか)

 

 突きも隠れたそんな空を見上げながら、少年――如月宗達は内心でそう呟いた。一雨来そうだ、とどこか他人事のように呟く。

 デュエリストの聖地にして、地獄の地――ラスベガス。

 世界タイトル戦や代表戦などが行われることで有名なこの地は、文字通り『デュエルが全てを決める場所』である。観光目的で訪れるならまだいいが、それ以外の目的で訪れた者は等しく地獄を見ることになるだろう。

 毎日どこかで賭けデュエルが行われ、それによって名を上げる者や破滅する者がいる。

 欲しいものは、力ずくで奪い取る――ここは、そういう場所だ。

 富も、名声も、誇りも、命さえも。

 ここでは、力ある者しか手にできない。

 そう……その日の寝床はおろか、食べ物さえも。力無き者は手にすることができない。

 

(ここへ来てから、一週間近く。……勝率は五%を切ってるだろうな)

 

 硬い小さなパンを齧りながら、宗達は内心で呟く。流石に世界で通用すると思っていたほど自惚れていたわけではない。負けることは予想していた。

 だが……これほどとは。

 みっともなく、這い蹲るようにして。それでどうにか、十度に一度――いや、二十回に一度しか勝てないほどに、世界との差があるとは思わなかった。

 

(飯食うのは……三日振りか。もう、腹減り過ぎて感覚がおかしいな)

 

 自嘲の笑みを零す。この場所でデュエリストとして生きるには、食事さえも勝って手に入れなければならない。今の宗達は、掌サイズのパン一つ手に入れるだけで命懸けだ。

 

「…………ッ、おっ、ゲホッ!?」

 

 急に腹の奥から痛みが走り、パンを吐きそうになった。だが、それだけはどうにか堪える。

 あまりにも『食べる』ということをしなさ過ぎて、胃が受け付けないのだ。だが、吐くことだけはしない。それだけは決してしない。

 

「……ッ、ぐ」

 

 どうにか胃の中へとパンを押し込む。異物を放り込まれ体が荒れているが、どうにかそれは堪えた。

 

「……やっぱ、日本人って恵まれてるんだな……」

 

 空を見上げる。右の頬に、冷たい滴が落ちてきたのがわかった。

 ……雨。

 どこかへ移動しなければならない。こんな状態で雨に降られれば、それこそ病気になる。

 しかし、どこへ行けばいいというのか?

 一人きりの自分が行ける場所など、どこにもない。

 

「……雪乃」

 

 ポツリと、最愛の少女の名を口にする。

 ラスベガスでは行き倒れの人間など珍しくない。宗達のように敗北し続け、それで死ぬ者などいくらでもいるのだ。

 そして、今の宗達は敗北者だ。

『聖地』にして、『地獄』。

 ここに来るデュエリストは、必ずどちらかの顔を目にする。宗達が目にしたのは後者。それだけだ。

 

「……ごめん」

 

 目を、閉じる。

 冷たい雨が、体を叩くのがわかった。

 

 

 ――薄れゆく、意識の中。

 雨が、上がった気がした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 温かさを感じた。ゆっくりと、目を開ける。

 視界に入ったのは、薄汚れた天井。思わず眉をひそめると、横手から声がした。

 

「Se despertó!!(目を覚ましたみたいだぞ!)」

 

 視線を横に向けると、そこにいたのは12、3歳くらいの子供だった。その言葉を聞き、今度は17、8くらいの女性が歩み寄ってくる。

 

「¿Cómo está la salud?(体の調子はどうですか?)」

 

 心配そうな視線を向けてくる女性。体を起こし、それに応じようとすると、近くにいた少年が声を上げた。

 

「Debido a que es un chino, ¿no comprende español?(中国人みたいだし、スペイン語がわからないんじゃないの?)」

「Soy japonés.(俺は日本人だ)」

 

 その少年に対し、宗達はそう言葉を紡いだ。少年と女性、更にこの状況を遠巻きに見守っていた子供たちが驚いた顔をする。女性も驚きながら言葉を紡いだ。

 

「¿Comprende español?(スペイン語がわかるのですか?)」

「Son solamente algunos. Si puede hacer, necesitaré su ayuda en inglés. (少しだけだよ。出来れば英語で頼みたいんだが……)」

「Lo siento.Aparte de mí, niños no pueden hablar inglés. (すみません。私はともかく子供たちは英語が話せないので……)」

「No, lo siento sólo aquí. Debido a que no está aprendiendo completamente, usted es español incómodo, pero ¿está bien?(いや、こちらこそ申し訳ない。本格的に勉強はしていないから拙いが、大丈夫か?)」

「Sí, está bien. (はい、大丈夫ですよ)」

 

 女性が微笑む。宗達は頷くと、周囲を見た。どうやら古い建物の一室らしい。床はむき出しのコンクリートで、おそらく寝床であろう宗達が今寝ている場所の周囲に敷かれている申し訳程度の布以外に目立ったものはない。

 

「¿Primero, puedo tener una situación dicho?(まず、状況を聞かせてもらっても構わないか?)

 

 宗達のその問いかけに。

 女性は、ゆっくりと頷いた。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

「まずは、感謝する。本当にありがとう」

 

 話を聞き終えた宗達は、女性――レイカ、と名乗った人物に深々と頭を下げた。雨の中で死んだように眠っている自分を見つけ、ここまで運んでくれたのは彼女らしい。

 あのまま放置されていたら冗談抜きで命に関わっていたので、大げさでもなんでもなく命の恩人だ。

 

「いえ、お気になさらないでください。私の祖母が日本人で、私自身も日系人ですから。アジアンの方を放っておけなかったんです」

「そう言ってもらえるとありがたいが、何か礼でも……そうだ、俺の鞄はあるか?」

「はい。ありますよ」

 

 レイカは頷くと、別の場所に置いてあった宗達の鞄を持ってきた。宗達はその鞄から、二つの缶詰を取り出す。

 

「本当にどうにもならなくなった時の非常食にって思ってたんだが……今の俺にはこれぐらいしかないから、受け取ってくれ」

「これは?」

「『乾パン』っていう、日本では非常食としても使われてるもんだ。食いもんだよ」

 

 苦笑しながら言う宗達。それを受け、レイカが驚いた表情を浮かべた。

 

「よろしいのですか?」

「命を救ってもらったしな。受け取ってくれないとむしろ困る」

 

 文字通り『非常食』として用いようとしていたものだが、礼を欠くよりは遥かにマシだ。いくらこのラスベガスが地獄であり、他者に構っていては命を落としかねない場所とはいえ……それで礼を忘れるほど愚かになった記憶はない。

 

「ありがとうございます。……ジン、皆にこれを配ってあげて」

「うん!」

 

 ずっと遠巻きにこちらを窺っていた子供たち――十人ほどいる――のうち、褐色肌の少年がこちらへ走り寄ってくると、乾パンの缶を二つとも持っていった。それを見送りつつ、宗達はレイカへと言葉を紡ぐ。

 

「ヒスパニック……いや、違うか。人種がバラバラだもんな」

「ヒスパニック、とはアイデンティティですよ。元々はラテン系のアメリカ人を指す言葉です。……ここにいる子供たちは、皆身寄りのない子ばかりでして」

「…………」

 

 身寄りがない――その言葉に宗達は眉をひそめた。その言葉は、宗達にとって他人事ではない。

 

「宗達さんはデュエリストですよね? なら、ここがどういう場所かはすでにお判りでしょう?」

「ああ、地獄を見て来たよ。こんなのは序の口だろうがな」

 

 理不尽とも思えるほどに、デュエルが全ての世界。敗者に人権はなく、宗達はギリギリのところで持ち堪えていただけで一歩間違えれば死んでいた。

 ここは、そういう場所だ。

 

「あの子たちは、この地獄で親を失った子ばかりなのです」

「賭けデュエルで命を落とす奴は珍しくねぇが……その類か」

「私が知らないだけで、きっともっと多くの子供たちが飢えて死んでいるのだと思います」

 

 頷きを返してくるレイカ。ラスベガスは弱者にとっては地獄だが、強者にとっては天国だ。勝つことができれば一攫千金も夢ではないし、それを目的に訪れる者は数多く存在する。

 もっとも、そのほとんどが夢破れて消えていくのだが――……

 

「ガキを残して死んでいくか。……胸くそ悪ぃ話だ」

「ええ、本当に。ですが……子供たちに罪はありません」

「それには同意するよ。けど、一つ疑問だ。あんた、一体――」

「――レイカお姉ちゃん!!」

 

 宗達が言葉を紡ぐより早く、一人の女の子が声を上げた。同時、鈍い音が響き渡る。

 音源は扉の場所。まるで叩き壊さんばかりの音が響いている。

 

「お姉ちゃん……」

 

 女の子が泣きそうな顔でレイカを見上げ、他の子供たちもみな一様に怯えた表情をしている。

 

「大丈夫よ。皆、奥の部屋から絶対に出てきちゃダメよ?」

 

 子供たちは頷くと、皆一目散に奥のドアの中へと入っていった。宗達はその光景をぼんやりと見守っていたのだが、レイカの声によって呼び戻される。

 

「宗達さんも奥の部屋に……」

「……厄介事か? 女一人だと危険だろ。別に口出しはしないから、万一の時のために待機しとくよ」

 

 ひらひらと手を振る。レイカは逡巡する表情を見せた後、未だ鳴り響く扉を叩く音に身を震わせ、小さく頷いた。

 

「ありがとう、ございます」

「それは終わってからだ。……お客さん、随分待ってるみたいだぞ」

 

 レイカが頷き、扉を開ける。すると、そこから入って来たのは二人の白人男性だった。サングラスをかけており、雰囲気から一目で真っ当な職に就いている人間ではないことが伺える。

 

「よぉ、レイカちゃん。例の話は考えてくれたか?」

「……あの話なら、お断りしたはずですが」

 

 自分よりも二回り以上は大きい体躯をした男の言葉に、レイカは平然と応じる。だが、その後ろ姿を見つめる宗達の目には彼女が無理しているのが丸わかりだった。

 

(……震えてんじゃねぇか。普段の俺ならあの馬鹿共殴り飛ばしに行くとこだが、そうすると面倒だな。マフィアのいざござに巻き込まれるなんて洒落にならねー)

 

 レイカの後方からその光景を見ながら、宗達は冷静にそう分析する。ラスベガスには様々なマフィアがおり、水面下で衝突があることなど日常なのだ。それに巻き込まれでもすれば、命がいくつあっても足りない。

 そもそも賭けデュエルやカジノを実質的に仕切っているのが彼らだ。事を荒立てることはすべきではない。

 

「そうは言うけどな、レイカちゃんよぉ。この建物の権利はウチのボスが持ってるんだぜ?」

「…………ッ、あんなものは不当です。ジンくんのお父さんを騙して手に入れた権利書なんて……!」

「あの男はデュエルで敗北した。それ以外の正統性がどこにある?」

 

 もう一人の男が静かにそう告げる。額に十字架の入れ墨――口調こそまともだが、相当イカレた雰囲気を持っている男だ。

 

(二人共英語に訛りがあるな……それもこっちの訛りじゃねぇ。現地民じゃねぇのか?)

 

 疑問符を浮かべる。外部からくるマフィアなど珍しいものでもないが、どことなく違和感がある。それに、最近どこかで聞いたような覚えが……。

 

「帰ってください。あなたたちの要求を受け入れるつもりはありません」

「おいおい、そうつれないことを言うなよ。なぁ?」

「や、やめてください! 触らないで……!」

 

 レイカに触れようとする大柄な男。宗達は思わず腰を浮かすと、そのまま即座に男の手を払いのけた。

 パシン、という乾いた音が響き、男の手が弾かれる。宗達はレイカを庇うように前に出た。

 

「痛ぇ! テメェ何しやがる!」

「嫌がる女に触れるとか、法治国家なら即御用だよ」

 

 英語で即座に言い返す。大柄な男が睨んでくるが、特に何とも思わない。この手の威勢だけは良い男は総じて大したことはないのだ。

 

「何だテメェ!? チャイニーズか、おぉ!? 黄色猿が粋がってんじゃねぇぞ!」

「俺は日本人だよ。喚くな。耳に響いて不快だ」

 

 大げさに耳を塞いで見せる。大柄な男が顔を真っ赤にして怒鳴ろうとしてきたが、それをもう一人の男――大柄な男に比べると細身で、どこか鋭い刃を思わせる――が押し留めた。

 

「落ち着け。ボスに怒られるぞ」

「け、けれどよ、こいつ――」

「――見覚えがあると思ったが、二日前に俺たちのところで賭けデュエルをした日本人か」

 

 言葉を遮り、男は言う。宗達は眉をひそめた。

 

「二日前?」

「ふん、所詮は日本人か。流石は自国を焼いた国に無様に尻尾を振ることしか出来ない国の人間なだけはある」

「あァ?」

「無様な敗北をしていながら、そのことを忘れているとは。愚かなものだ」

 

 言われ、気付く。目の前の男――それは二日前、宗達が敗北したデュエリストだった。

 だが、そんなことをいちいち覚えていても仕方がないのが宗達の現状だ。ここに来て味わった敗北は三桁を超える。一つ一つの敗北について反省はすれど、引きずっている余裕はない。

 だが、相手は宗達が黙り込んだ態度をどう受け取ったのか、大柄な男が笑い声を上げた。

 

「ぎゃはは! そうかお前あの日本人か! 無様に負けて放り出されてたくせに、まだ生きてやがったとはなぁ!」

 

 ちなみにそういう経験――敗北し、ボロ雑巾のようにされること――は一度や二度ではない。おかげで右目のところに切り傷が出てきてしまっている。

 

「しかし、これは都合が良い。どうだ、お嬢さん。我々と賭けデュエルをしようではないか」

「……賭けデュエル?」

「我々はお嬢さんたちに立ち退いてもらいたい。しかし、それをお嬢さんたちは拒否している。ならばデュエルで決めればいい。それがこの街のルールだ」

 

 頷きながら言う男。レイカが、そんな、と言葉を紡いだ。

 

「私は素人なのよ!? そんなのは不当だわ!」

「ならば、そこの男に任せればいい。見たところ、知らぬ仲でもないのだろう?」

 

 レイカの視線がこちらに向く。男は、では、と言葉を紡いだ。

 

「返事は明日また伺わせてもらう。……それでは、さらばだ。行くぞ、ゲルヴァス」

「逃げんじゃねぇぞ? いや、プライドもない日本人なら平気で逃げるのか? ぎゃははははっ!」

 

 男たちが出て行く。その姿が見えなくなってから、レイカがいきなり床へと座り込んだ。

 

「ッ、おい!」

 

 どうにかそれを支える。レイカの身体は震えていた。

 厄介なことになった――宗達は、内心でため息と共にそう呟いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 レイカの意識自体は問題なかった。だが、酷く憔悴した様子で、申し訳程度の寝床で上体を起こした状態になっている。

 子供たちはそんなレイカの側で不安げな表情をしているが、宗達は少し離れた場所でそれを眺めていた。

 

「……申し訳ありません。巻き込んでしまって……」

「いいよ、別に。怪我もなかったし。それに、大変なのはあんたの方だろ?」

「……はい。申し訳ありません」

 

 落ち込んだ様子で頷くレイカ。そんな彼女に、あの連中、と宗達は言葉を紡いだ。

 

「どこのマフィアだ? 訛りからして地元じゃないだろ」

「……イタリア・マフィアです。以前から、ここを立ち退くようにと言われていて……」

「成程、よくある話だ」

 

 地上げとは少し違うが、実際はそういう状態に等しい。しかも面倒なのは、正当性がおそらく向こうにあるということだ。

 真っ当な方法であろうとなかろうと、権利書を握っているのは向こうの者たち。対し、レイカたちはいわば不法占拠している者たちだ。

 倫理的にはどうか知らないが、法律的には相手方に分がある。

 ……まあ、マフィアに法というのも笑える話だが。

 

「日本じゃああいう連中を『やくざ』って呼ぶんだが、ああいうのとは関わるべきじゃないし、そういう風に生きることは不可能じゃない。てか実際可能だしな。あんたもわかってるんだろ?」

「……はい。ですが、私たちにはここ以外に行く場所なんて……」

「まあ、部外者の俺が言うのも何だけどよ。命よりも大事なモノ、命を懸けるほどのモノなんてそうあるもんじゃない。違うか?」

 

 レイカは応じない。宗達は、まあいい、と言葉を頷いた。

 

「命を救ってもらった恩はあるが、俺も命は惜しい。退散させてもらうよ。あんたも逃げた方がいい。ラスベガスじゃ、魚の餌が人間なんてのはよく聞く話だ。このままじゃ、沈められるか埋められるぞ」

「……それでも、ここが私たちの〝家〟ですから」

 

 首を振るレイカ。宗達はそれを見ると、今度こそ出て行こうとした。その目の前に、一人の少年が立ち塞がる。

 確か、ジンといったか。褐色肌の、宗達が目を覚ました時に一番に声を上げていた少年だ。

 

「なあ、兄ちゃんデュエリストなんだろ……?」

「一応はそうだな」

「だったらレイカ姉ちゃんの代わりに戦ってくれよ! 姉ちゃん、デュエル弱いんだ……、このままじゃ俺たち追い出されちまうよ!」

「……俺がやっても一緒だよ。つい先日、アイツらに負けたばかりだ」

 

 肩を竦めてそう言うと、宗達は出て行こうとする。待てよ、とその背に向かってジンが言葉を紡いだ。

 

「何だよ! 逃げんのかよ腰抜け!」

「弱い、ってのはそれだけで罪だ。俺をどう思おうと勝手だが、それでは何も解決しないぞ。お前も俺も、ここにいる連中は全員が〝弱者〟なんだ。弱者ってのは、強者に踏み潰されるもんなんだよ」

「何だよそれ! 兄ちゃん本気で言ってんのか!?」

「ヒーローが欲しけりゃ他を当たれ。俺はそんなもんには決してなれない。そういうもんからは縁遠い人生を送って来たからな。……命懸けることなんて、人生そう多くない。下手すりゃ一度もないくらいだ。逃げられるんなら、逃げんのが賢い選択だよ」

 

 ドアノブへと手を伸ばす宗達。その背に、レイカが静かに言葉を紡いだ。

 

「……ここが私たちの〝家〟であり、〝全て〟です。あなたにはわからないでしょう。恵まれた国で、恵まれた人生を生きてきたあなたのような人には」

「わからないさ。そんなの、わかるはずがない」

 

 扉を閉める。昨日の雨の影響か、外に出ると同時に独特の刺激臭が鼻を刺した。

 

「……恵まれた奴の気持ちなんざ、わかるかよ」

 

 小さく呟き、表通りへ出る。既に太陽は昇り切り、街は多種多様な人種で溢れていた。

 

(家、か)

 

 宗達は孤児院の出身だ。親の顔も、愛情も知らない。『家族愛』という言葉を知っていても、理解できないのが如月宗達という人間だ。

 だが、あそこにいる少年少女たちは……どうなのだろうか?

 親の愛情を、知っているのだろうか?

 家族の愛情を、知っているのだろうか?

 ならば、それを壊された悲しみは……初めから知らない自分よりも遥かに大きいのではないだろうか?

 

「……くだらん」

 

 言い捨て、空を見上げる。

 そして――

 

「恨むぞ、院長。――〝受けた恩は三倍返し〟なんて馬鹿げたことを俺に教えたあんたを、恨んでやる」

 

 視線の先。そこにあるのは、巨大なカードショップ。

 ラスベガスではデュエルが全てだ。故に、カード一枚の値段も相場に比べてかなり高い。

 今、宗達の手元にあるのは――

 

「……まあ、今更失うもんもなし。はあ、嫌だねぇ」

 

 そんな呟きを、零しながら。

 如月宗達が、店内へと足を踏み入れた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 レイカは、両手を合わせて祈りを捧げていた。その先にあるのは、一つのデッキ。

 

(叔父様、私に力を貸してください……!)

 

 敬愛する叔父から貰った大切なデッキ。未熟な自分では扱いきれないデッキだが、それでもどうにかしなければならない。

 ここで勝たなければ、大切なモノを奪われてしまうのだから。

 

「お、お姉ちゃん……」

 

 一人の少女が、震える声でそう言葉を紡いだ。レイカは頷き、入口へと向かう。

 そこでは、昨日来た二人がすでに待っていた。

 

「答えを聞かせてもらおう」

「……私が勝てば、もう私たちとは関わらないと約束してください」

 

 震える体を必死に黙らせ、どうにかそう言葉を紡ぐ。いいだろう、と細身の男が頷いた。

 

「だが、我々が勝った場合は覚悟してもらうぞ」

「……子供たちには、手を出さないでください」

 

 お願いします、とレイカは頭を下げた。そのまま、地面に膝をつく。

 

「どうか、お願いします。私はどうなっても構いません。ですから……」

「おいおい、何だぁ? プライドがねぇのかよ?」

 

 下品な笑い声を上げる、巨漢の男。それに対し、いいだろう、と細身の男が冷静に頷いた。

 

「だが、お前には覚悟を決めてもらう」

「……既に決まっています」

「ならばいい。来い」

 

 男の先導に従い、歩いていく。子供たちも、強制的に連れられていた。

 そんな中、巨漢の男がニタニタといやらしい笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。

 

「馬鹿な女だな。逃げれば良かったのによぉ」

「……あなたには、わかりません」

 

 震える体で、怯える心で。

 それでも、レイカはこう言った。

 

「あの場所が、私たちにとっての〝全て〟です」

「――奇跡など起こらん。諦めろ」

 

 それを切り捨てるように、先頭を歩く男が言う。レイカは、その男の背中を睨み付けた。

 俯きそうになるのを必死で堪え……前を、見続けた。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 連れて来られたのは、賭けデュエルの会場だった。観客も数多く入っており、子供たちも観客席から見守っている。

 

「頑張れお姉ちゃん!」

「頑張って!」

「そんな奴やっつけて!」

 

 聞こえてくる応援の言葉。レイカは震える体でどうにか頷きを返した。そんなレイカに、細身の男――フェイトと名乗った男が言葉を紡ぐ。

 

「美しい偽善だ。壊したくなる」

「偽善なんかじゃ、ありません。私たちは真実です」

 

 声が僅かに震えた。体も震えている。

 そんな中、フェイトの嘲笑じみた笑い声が響き渡った。

 

「くだらん。夢を見ているなら覚ましてやろう。――この俺の、絶望でな」

「勝ちます。絶対に、勝ちます……!」

 

 相手に届けるのではなく、自らに言い聞かせるようにそう言葉を紡ぎ。

 レイカは、デュエルディスクを持ち上げる。

 

「「――決闘(デュエル)!!」」

 

 全てを懸けた決闘が始まる。先行は――レイカ。

 

「私のターン、ドロー! 私は魔法カード『召集の聖刻印』を発動! デッキから『聖刻』と名のついたモンスターを一体、手札に加えます! 私は『聖刻龍―アセトドラゴン』を手札に! そして召喚! このカードは生贄なしで召喚でき、その時攻撃力が1000になります!」

 

 聖刻龍―アセトドラゴン☆5光ATK/DEF1900/1200→1000/1200

 

 現れたのは、聖なる刻印をその身に刻むドラゴン。フェイトがほう、と吐息を零した。

 

「希望の光を纏う龍か……面白い、絶望に染めてやろう」

 

 その言葉を無視し、レイカは更に手を進める。

 

「アセトドラゴンを生贄に捧げ、『聖刻龍―ネフテドラゴン』を特殊召喚! このカードは自分フィールド上の『聖刻』と名のついたモンスターを生贄に捧げて特殊召喚できる! そして生贄になったアセトドラゴンの効果! このカードが生贄に捧げられた時、デッキからドラゴン族の通常モンスターを攻守を0にして一体特殊召喚する! 『神龍の聖刻印』を守備表示で特殊召喚!」

 

 聖刻龍―ネフテドラゴン☆5光ATK/DEF2000/1600

 神龍の聖刻印☆8光ATK/DEF0/0

 

 現れる新たなドラゴンと、巨大な刻印が刻まれた球体。共に神々しさを放ち、フィールドを明るく照らす。

 

「更にネフテドラゴンを生贄に捧げ、『聖刻龍―シユウドラゴン』を特殊召喚! このカードは『聖刻』と名のついたモンスターを生贄に捧げて特殊召喚できる! そして生贄になったネフテドラゴンの効果により、二体目の『神龍の聖刻印』を特殊召喚!」

 

 聖刻龍―シユウドラゴン☆6光ATK/DEF2200/1000

 神龍の聖刻印☆8光ATK/DEF0/0

 神龍の聖刻印☆8光ATK/DEF0/0

 

 並ぶのは、三体の光持つ龍。そして、これではまだ終わらない。

 

「更に手札から魔法カード『ドラゴニック・タクティクス』を発動! ドラゴン族モンスター二体を生贄に捧げ、デッキからレベル8のドラゴン族モンスターを一体特殊召喚します! シユウドラゴンと神龍の聖刻印を生贄に捧げ、デッキから『聖刻龍―セテクドラゴン』を特殊召喚! 生贄になったシユウドラゴンの効果により、デッキから三枚目の『神竜の聖刻印』を特殊召喚です!」

 

 聖刻龍―セテクドラゴン☆8光ATK/DEF2800/2000

 神龍の聖刻印☆8光ATK/DEF0/0

 神龍の聖刻印☆8光ATK/DEF0/0

 

「そして二枚目の『ドラゴニック・タクティクス』です! 二体の神龍の聖刻印を生贄に捧げ、二体目の『聖刻龍セテクドラゴン』を特殊召喚!」

 

 聖刻龍―セテクドラゴン☆8光ATK/DEF2800/2000

 聖刻龍―セテクドラゴン☆8光ATK/DEF2800/2000

 

 並び立つ、二体の聖なる龍。そして、レイカは最後の一枚をディスクへと指し込んだ。

 

「最後の手札、魔法カード『超再生能力』を発動です。このカードを発動したターン、生贄・もしくは手札から捨てたドラゴン族モンスターの数だけエンドフェイズにドローします。生贄にしたドラゴン族モンスターは七体。七枚ドローし、手札が六枚より多いので一枚捨てます。……『エレキテルドラゴン』を墓地へ」

 

 これで手札は元に戻った。エンドフェイズに加えるために伏せカードにはできないが、アドバンテージの面で言えばかなりの数を稼いでいるはずだ。

 

「お姉ちゃん凄い!」

「レイカ姉ちゃんすげー!」

「そんな奴やっつけろー!」

 

 観客席が湧く中、子供たちの越えも混じって聞こえてくる。前を見ると、フェイトがその両手を叩いて拍手をしていた。思わず眉をひそめる。

 

「……どういうつもりですか」

「素晴らしい。実に見事だった。これは俺からの称賛だ。まさか、お前のような女がこれほどの力を見せるとはな」

 

 頷くフェイト。しかし、彼はため息を零した。

 

「その程度では俺には勝てない。――俺のターン、ドロー。俺は手札から、魔法カード『おろかな埋葬』を発動する。デッキからモンスターを一体、墓地へ。俺が墓地へ送るのは、『甲虫装機ホーネット』だ」

 

 その言葉をフェイトが紡いだ瞬間、会場から笑いが零れた。終わりだ、という言葉も聞こえてくる。

 だが、レイカには何のことかがわからない。一体、何が――

 

「聖なる刻印を持つ、光の龍……実に美しい。だが、その程度の力など簡単に沈めることができるんだよ。絶望を見せてやろう。――俺は手札より、『甲虫装機ダンセル』を召喚」

 

 甲虫装機ダンセル☆3闇ATK/DEF1000/1800

 

 現れたのは、一体の妙な衣装を着た男だった。レイカが眉をひそめる中、どうだ、とフェイトが言葉を紡ぐ。

 

「降参するならば今の内だ。貴様の終わりは決まっている」

「降参なんてしません!」

「そうか。――残念だ。ダンセルの効果発動。一ターンに一度、墓地の『甲虫装機』と名のついたモンスターを一体、装備できる。俺はホーネットを装備。ホーネットは装備されている時、装備モンスターのレベルを3上げ、攻撃力と守備力をそれぞれ500、200ずつ上げる」

 

 甲虫装機ダンセル☆3→6闇ATK/DEF1000/1800→1500/2000

 

 ダンセルの攻撃力が上がる。だが、これでは二体の聖刻龍は倒せないが――

 

「――ホーネットの効果発動。装備カードとなっているこのカードを墓地へ送ることで、フィールド上のカードを一枚破壊する。『聖刻龍―セテクドラゴン』を破壊」

「そ、そんな……!?」

 

 いとも簡単に破壊されるセテクドラゴン。そんな中、無情なフェイトの言葉がレイカの耳に届いた。

 

「ダンセルの効果発動。このカードに装備されているカードが墓地に送られた時、デッキからダンセル以外の『甲虫装機』と名のついたモンスターを一体、特殊召喚できる。――『甲虫装機センチピード』を特殊召喚」

 

 甲虫装機センチピード☆3闇ATK/DEF1600/1200

 

 現れる、別の『甲虫装機』。その意味を知った瞬間、レイカの表情が青くなった。

 

「え、あ、まさか……」

「そう。センチピードも墓地の『甲虫装機』を装備する効果を持っている。……ホーネットを装備し、ホーネットの効果発動。二体目のセテクドラゴンを破壊だ」

 

 レイカのフィールドががら空きになる。折角、高レベルのモンスターを二体も並べたというのに――

 

「そして、センチピードの効果。このカードに装備されている『甲虫装機』が墓地へ送られた時、デッキから『甲虫装機』を一枚手札に加えることができる。俺は『甲虫装機ギガマンティス』を手札に加え、ダンセルに装備する。このカードは自分フィールド上の『甲虫装機』に装備でき、このカードを装備しているモンスターは元々の攻撃力が2400となる」

 

 甲虫装機ダンセル☆3闇ATK/DEF1000/1800→2400/1800

 甲虫装機センチピード☆3闇ATK/DEF1600/1200

 

 攻撃力の合計は、丁度――4000。

 

「二体のモンスターでダイレクトアタックだ」

 

 レイカLP4000→0

 

 LPが0になる音が鳴り響く。レイカは思わず膝をついた。

 何もできなかった。本当に、何も。

 自分は、何をしていたのか――

 

「さあ、お前たちの負けだ。約束通り、お前には地獄を見てもらう」

「…………ッ!」

 

 覚悟していたこととはいえ、実際に言われると体が震える。だが、逃げてはならない。逃げてしまったら、子供たちに危害が及ぶ。

 だから――

 

「さあ、来い」

「…………」

 

 言われるまま、立ち上がる。背中越しに、子供たちの声が聞こえた。

 

「お姉ちゃん! 嘘だろ!?」

「行かないでお姉ちゃん!」

「レイカお姉ちゃん!」

 

 子供たちが泣いている。いつもならすぐに頭でも撫でてあやすのに、今日はそれすら許されない。

 彼らを泣かせているのは……自分なのだから。

 

「奇跡など起こらん。現実などこんなものだ。あの男は逃げたのだろう? 実に正しい判断だ」

 

 否定できない。それが悔しくて、惨めで。

 レイカの瞳からは、幾筋もの涙が溢れ出した。

 

「……ごめん、ごめんなさい、みんな……」

 

 振り返れない。情けなくて、どうしようもなくて。

 本当に、私は――

 

 

「――ちょっと待てよ、十字架野郎」

 

 

 その声は、大歓声の会場の中にやけに強く響き渡った。決して張り上げた声ではないというのに、酷く通った声。

 振り返る。そこにいたのは。

 ――如月宗達。

 自分たちの前から、立ち去ったはずの少年。

 

「……何をしに来た?」

「デュエルしにきたに決まってんだろタコ。テメェ自身が昨日、俺に喧嘩売ってたんじゃねぇか」

 

 彼はそういうと、観客席から会場へと飛び降りてきた。フェイトが、ふん、と鼻を鳴らす。

 

「何を言うかと思えば。貴様はもう関係ない。この女が敗北した時点で話は終わっている」

「おいおい、ふざけんな。俺がちょっと遅刻したからって、素人とデュエルして勝っただけでドヤ顔すんなよ。俺とのデュエルが本番だろうが」

 

 何の臆面もなく言ってのける宗達。レイカは何が何だかわからない。

 フェイトは眉をひそめると、貴様、と宗達に向かって言葉を紡いだ。

 

「名前と目的は何だ?」

「名前は、如月宗達。目的は――恩返し」

 

 デュエルディスクを構える宗達。フェイトが、ならば、と言葉を紡いだ。

 

「そうまでするならば貴様とのデュエル、受けてやる。だが、我々は一度勝利しているのだ。貴様とデュエルする上でメリットが何もないのでは話にならんぞ」

「メリットなら、これでどうよ?」

 

 言うと、宗達は六枚のカードを取り出した。英語で表記されたカードに一瞬フェイトは眉をひそめるが、そのカードの勝ちに気付くと表情を変える。

 

「貴様そのカードは……『絵札の三剣士』か!」

「全米オープンの商品だ。世界に三枚ずつしかねぇ仕様のレアカード。俺に勝ったらこれをくれてやる」

 

 あの『決闘王』武藤遊戯が使ったとして人気が高く、同時にレアリティの高さ故に手に入り難いカード……『絵札の三剣士』。しかも宗達が持っているのは大会の賞品仕様のレアカードだ。その価値はそうとうなものになる。

 

「いいだろう。貴様とのデュエル、受けてやる」

「話が早くて助かるね。――こっちに戻って来い、レイカ」

 

 声をかけられ、困惑しながらも宗達の側に戻るレイカ。宗達は、悪いな、と言葉を紡いだ。

 

「ちょっと道に迷ってた。まあ、ギリギリセーフって事にしといてくれ」

「……どうして」

「ん?」

 

 宗達が首を傾げる。レイカは、どうして、と言葉を紡いだ。

 

「どうして、あなたが……」

「恩を返しに来たのが第一の理由。恩知らずにはなりたくないんでな。で、もう一つは……ここで逃げるようじゃ、俺は俺の目指すもんに辿り着けねぇと思ったからだ」

 

 真っ直ぐにレイカを見据え。

 宗達は、言葉を紡ぐ。

 

「俺は〝最強〟になる。そしてその強さは、何もかもに認めさせ、何もかもを掬い上げるためのものだ。ここで逃げたら、俺は俺自身からも逃げることになる。それは勘弁だ」

「……命を懸けることなんてそう多くないと言っていたのは、あなたでしょう?」

「多くないだけで、存在はしている。俺はずっと、このことにだけは命を懸けてきた」

 

 そう、これだけはと。

 宗達は、相手に視線を向けながら言葉を紡ぐ。

 

「強くなる。その目的から、俺は絶対に逃げねぇよ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「――最期の会話は終わったか?」

 

 その言葉を受け、宗達は前を見た。フェイト――そう名乗る男が、こちらを見つめている。

 

「どういう意味だ?」

「言葉通りの意味だ。マフィアに楯突いたその女は奴隷として堕ちてもらう。貴様もだ。このデュエルで、もう二度とデュエルなどできないようにしてやろう」

「二度と、ね。それに人身売買ときたか。……どこの世界も、テメェらみたいなのはクズだねぇ」

 

 肩を竦めて見せる。その宗達へ、ふん、とフェイトは鼻を鳴らしてみせた。

 

「そのクズがいなければ世界が成り立たんのだ」

「別にそういう問答をする気はねぇよ。勝手にどうぞ、って感じだ。――さあ、やろうぜ」

 

 互いにデュエルディスクを構える。フェイトが笑みを浮かべた。

 

「三日前、俺に手も足も出なかったのを忘れたのか、日本人?」

「男児三日会わざれば括目して見よ――東洋の言葉だ。覚えとけ、祖国を追われた雑魚マフィア」

 

 宗達の挑発。それを受け、フェイトは不愉快そうに眉をひそめた。

 

「良いだろう、ならば直々に潰してやる……!」

 

 そして、二人が宣誓する。

 

「「――決闘(デュエル)!!」」

 

 デュエルディスクが先攻後攻を決める。先行は――フェイト。

 

「俺のターン、ドロー! 俺は手札から『終末の騎士』を召喚! 効果発動! このカードの召喚、特殊召喚成功時にデッキから闇属性モンスターを一体墓地に送ることができる! 俺は『甲虫装機ホーネット』を墓地へ送る!」

 

 終末の騎士☆4闇ATK/DEF1400/1200

 

 いきなりホーネットが墓地へ送られる。前回のデュエルでは、レイカがそうであったようにこれで全てを終わらされた。

 絶望とは、よく言ったものだ。

 

「さあ、終わりの時間が近付いているぞ。――俺はカードを二枚伏せ、ターンエンドだ!」

「俺のターン、ドロー!」

 

 手札を見る。……相変わらず、手札は悪い。本当にどうしようもない。

 ラスベガスに来てから少しはましになっている気もするが、本当のところはわからない。わかっているのは、いつも通りのデュエルをするしかないということだけ。

 

「俺は手札から、魔法カード『サイクロン』を発動! 右の伏せカードを破壊する!」

「ちっ、『強制脱出装置』が破壊されたか」

 

 舌打ちを零すフェイト。宗達は手札を確認し、頷きと共にモンスターを召喚した。

 

「俺は『六武衆―ザンジ』を召喚!」

 

 六武衆―ザンジ☆4光ATK/DEF1800/1300

 

 現れたのは、光り輝く薙刀を持った侍だった。フェイトが嘲笑の笑みを零す。

 

「ふん、馬鹿の一つ覚えの侍か」

「うるせぇよ。――ザンジで終末の騎士へ攻撃!」

 

 フェイトLP4000→3600

 

 終末の騎士が破壊され、フェイトのLPが僅かに減る。宗達は更に、と言葉を紡いだ。

 

「カードを二枚伏せ、ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー。……くくっ、どうやらお前はここで終わるようだぞ?」

「何だと?」

「俺は手札より、『甲虫装機グルフ』を召喚」

 

 甲虫装機グルフ☆2闇ATK/DEF500/100

 

 現れたのは、フリスビーのような武器を持ったモンスター。戦隊ものに出てくるキャラクターと似た姿をしている。

 

「グルフの効果を発動。一ターンに一度、墓地の『甲虫装機』と名のついたモンスターを墓地・手札から装備できる。ホーネットを装備。これによって攻撃力・守備力とレベルが上がるが……そんなことはどうでもいい。真の効果はこちらだ。俺は装備されたホーネットを外し、貴様の伏せカードを破壊する。右側のカードだ!」

「……チッ、『奈落の落とし穴』が」

 

 破壊された罠カード。ははっ、とフェイトが笑みを零した。

 

「その程度か。――俺は更に魔法カード『トランスターン』を発動! 一ターンに一度しか使えず、自分フィールド上のモンスターを墓地に送って発動! 墓地へ送ったモンスターと種族・属性が同じでレベルが1高いモンスターをデッキから特殊召喚する! 『甲虫装機ダンセル』を特殊召喚!」

 

 甲虫装機ダンセル☆3闇ATK/DEF1000/1800

 

 現れたのは、先程レイカを叩き潰したモンスター。その凶悪さ故に制限カードに指定され、しかし、それでも力を発揮し続けるモンスター。

 宗達が三日前に敗れたのも、このモンスターが理由だ。

 

「このモンスターの強さは知っているな?――ダンセルの効果発動! 墓地から――」

「――罠カード発動、『デモンズ・チェーン』。効果モンスター一体の効果を無効にし、攻撃宣言および表示形式の変更を不可とする」

「何だと? ふん、少しは学習したということか。ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー」

 

 手札を確認する。正直、そこまで悪くはない。このままゲームエンドまで持っていきたいが――

 

(あの顔。何かあるのは間違いねぇな。――まあ、それでもやるしかねぇんだが)

 

 決断してからの行動は早い。宗達は次の一手を打つ。

 

「俺は手札より、永続魔法『六武衆の結束』を発動! 『六武衆』と名のついたモンスターが召喚・特殊召喚される度にカウンターが乗り、最大二つまで乗る! そしてカウンターが乗ったこのカードを墓地に送ることで、そのカウンターの数だけカードをドローできる!」

「ふん、それがどうした」

「俺は手札から、『真六武衆―シナイ』を召喚! カウンターが乗る! 更に六武衆が場にいる時、このモンスターは特殊召喚できる! 『真六武衆―キザン』を特殊召喚! カウンターが乗る!」

 

 六武衆―ザンジ☆4光ATK/DEF1800/1300

 真六武衆―シナイ☆4水ATK/DEF1500/1600

 真六武衆―キザン☆4地ATK/DEF1800/500→2100/500

 六武衆の結束 0→2

 

 並び立つ三体の侍。宗達は、効果発動、と言葉を紡いだ。

 

「六武衆の結束を墓地に送り、二枚ドロー!――バトル、キザンでダンセルを攻撃!」

「ふ……」

 

 フェイトLP3600→2500

 

 ダンセルが破壊され、LPが削られる。追撃、と宗達は言葉を紡いだ。

 

「シナイでダイレクトアタック!」

「――『速攻のかかし』だ。ダイレクトアタックを無効にし、強制的にバトルフェイズを終了する」

 

 やはり持っていたか――表情を歪める宗達。そのまま宗達はメインフェイズに入った。

 

「俺はカードを二枚伏せ、ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー。……くくっ、これで貴様は終わりだ。リバースカードオープン、『リビングデッドの呼び声』! ダンセルを蘇生する!」

「させるか! カウンタートラップ『神の警告』! LPを2000支払い、召喚・反転召喚・特殊召喚及びそれらを含むカードの効果の発動を無効にして破壊する!」

 

 宗達LP4000→2000

 

 宗達のLPが減る。ははは、とフェイトは笑った。

 

「それぐらいは予想していた。だが、LPをコストで削ったのは悪手だったな。――俺は手札より魔法カード『死者蘇生』を発動! ダンセルを蘇生する!」

 

 甲虫装機ダンセル☆3闇ATK/DEF1000/1800

 

 再び蘇るダンセル。会場が大きく湧いた。

 もともとこの場所は宗達にとってはアウェーになる。当然といえば当然だ。

 

「終わりだよ、日本人。――ダンセルの効果発動!」

「――リバースカード、オープン」

 

 その声は。

 決して大きくはないというのに、やけに強く響き渡った。

 

「永続罠『暗闇を吸い込むマジックミラー』」

 

 発動されたのは、巨大な一つの鏡だった。ただの鏡ではない。その鏡には、幾筋もの闇が次々と吸い込まれていっている。

 

「な、何だと!? そのカードは……!」

「効果は知っているか? このカードが存在する限り、闇属性モンスターの効果は墓地・フィールド上では発動できない。ご存じの通り、闇属性モンスターへのメタカードだよ。これ一枚で、ダンセルどころか甲虫装機は紙切れになる」

 

 肩を竦める宗達。フェイトが眉を歪めた。

 

「ふざけるな貴様ァ! メタカードなど……!」

「一度負けてて、相手のデッキがわかってんなら対策すんのは当たり前だ。それをしねぇ奴はただのド阿呆か大間抜け。特にこちとら命が懸かってんだぞ? 当たり前だタコ」

「卑怯な……!」

 

 呻くように言うフェイト。それに呼応するように、周囲から野次が飛んだ。だが、宗達はその野次に対して怒るどころかむしろ笑顔を返す。

 

「向こうでも散々野次られてきたからな。むしろこっちの方がやり易い。――さあ、どうする? このまま指くわえて終了か?」

「ぐっ……お、俺はターンエンドだ……ッ!」

 

 フェイトが歯を食い縛るようにしてそう告げる。はっ、と宗達は笑みを浮かべた。

 

「俺のターン、ドロー。……いちいちモンスターを出す必要もねぇ。攻撃だ」

「ぐっ……ぐあああああああっ!」

 

 フェイトLP2500→-1900

 

 敗北者が決定される。膝をついたフェイトに、宗達はほれ、と手を差し出した。

 

「テメェは負けたんだ。出すもん出せよ」

「ぐっ……こんなものが認められるか! 卑怯者が!」

「オイオイ、天下のマフィア様がそんなことを言うのかよ。卑怯汚いはテメェらの得意技だろ?」

「黙れ!」

 

 拳銃を取り出し、構えるフェイト。宗達は、歩みを進めた。

 

「止まれ日本人!」

「…………」

「止まれ!」

「…………」

 

 宗達は歩みを止めない。そして、いつの間にか。

 額に銃口が押し付けられる位置まで、近付いていた。

 

「ここに来る時に覚悟は決めてんだよ。――〝神風〟なめんな外国人」

「くっ……!」

 

 呻くフェイト。そのまま、彼の指が引き金を引こうとして――

 

 

「――構わん。渡してやれ」

 

 

 不意に、酷く重い声が響き渡った。見上げると、杖をついた紳士風の男がこちらを見下ろしている。

 

「しっ、しかしファーザー!」

「聞こえなかったのか?」

 

 鋭い眼光――本物の修羅場をいくつもくぐってきた紳士の前に、フェイトは慌てて頭を下げる。そのまま取巻きに権利書を持ってこさせると、宗達に渡した。

 

「お、ありがとよー」

 

 礼を言うが、フェイトは何も言わずすぐに立ち去って行った。そんな彼を見て、肩を竦める。すると、紳士がこちらを見下ろしながら言葉を紡いできた。

 

「日本人。貴様、名は?」

「宗達。如月宗達だ」

「……ソウタツ・キサラギか。覚えておこう。我々は今後一切、あの建物には手を出さん。だが、ソウタツ。もしまた我々に歯向かうようなことがあれば、その時は……」

「お互い、関わらないまま生きるのが一番だ。だろ?」

「ああ、その通りだ」

 

 紳士が奥へと引っ込んでいく。宗達は肩を竦めると、一度大きく伸びをした。

 ――そして。

 

「……とりあえず、出るか」

 

 呆然としているレイカの手を引き。

 そう、言葉を紡いだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 あの後、数日様子を見たが相手は本当に手を引いたらしく関わって来なくなった。やけにあっさりしているのが不気味だが、平和であるのならば異論はない。

 一応警察にも連絡は入れてあるが……どうせ裏で繋がっているのだろうから期待はできない。レイカにもそのことを話すと、できるだけ早く別の場所に移るつもりとのことだ。

 まだ十八程度の女が何故ここまで、と思ったが聞かないことにした。聞いたところで意味はなく、知れば重荷になるだけだ。

 

「……私の両親は、戦地で亡くなったんです」

 

 ぼんやりと月を眺めていると、不意にレイカがそんなことを言い出した。聞かなかったことを語ろうとしてくれている――そんなことを思いながら、耳を傾ける。

 

「NGOの仕事で……正直、悲しかった。どうして、と何度も思いました。どうして私を残して、見ず知らずの人のために死んだのだと。けれど、ある日から……両親に助けてもらったという方や、救われたという方からの手紙が来るようになって。思ったんです。

 両親のことを、知りたい。

 何を守ろうとしていたのか。守りたかったのか。守ったのか。それを知れたら、って。

 ……偽善ですね。あの子たちとこうしているのも、そういう打算があるから。理解できるかもしれない、なんて。まるであの子たちを道具みたいに……」

 

 自嘲するように笑うレイカ。宗達は、どうかな、と呟いた。

 

「ガキ共はあんたのことが大好きみたいだぞ。無事だってわかって、全員あんたにしがみついて号泣してただろうが。……始まりなんざどうでもいいんだよ。打算だけでこれだけのことができるわけねぇだろ。あんたは十分、よくやってるよ」

「……そう、でしょうか」

「偽善ならそれでいいだろ。やらない偽善よりやる偽善、なんて言う気はねぇけどさ。そこらで寝転がって俯いてみて見ぬ振りする馬鹿共よりは遥かにマシ。他人の評価なんて気にするもんじゃない。人ってのは、基本的に他者を下に見たい生き物なんだから」

 

 くだらない、と肩を竦める。レイカが、なら、と言葉を紡いだ。

 

「どうして、助けてくれたのですか?」

「んー?」

「あなたが徹底したリアリストだということは、私にもわかります。そんなあなたが、何故……」

「……考えただけだ。ここで見捨てて、俺は向こうで待ってる奴らに胸張れんのかって」

 

 日本で今も頑張っているであろう、大切な友人たちと。

 最愛の少女に、胸を張れるのか。

 

「死ぬならそれまで。元々そういう覚悟でここに来たんだ。だったらまあ、助けない理由もない」

 

 理由など、そんなものだ。

 貫き通したい意志があり、意地があった。

 だから……こうしている。

 

「俺の理由は、強くなること。そしてその〝強さ〟は、胸張れるもんじゃないといけない。妥協した強さなんて無意味だ。それだけだよ」

 

 月を見上げる。ぼんやりと浮かぶその月は、酷く綺麗で。

 まるで、手が届かない〝最強〟を示しているようで。

 ――自然と、笑みが零れた。

 

「見えてきたぞ、〝最強〟」

 

 昨日勝てなかった敵に、今日勝利する。

 ただ、それを繰り返すこと。

 それだけが……最強へと至る道。

 手段を選ぶ必要などない。ここは、そういう場所だ。

 

「素敵ですね、その生き方は」

「オススメはしないけどな」

 

 笑って答え、目を閉じる。

 目を閉じればいつだって、始まりの理由はそこにある。

 

「――強くなるよ、雪乃」

 

 ずっと変わらない、その理由がある限り。

 歩みを止めることは、きっとない。







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第二十五話 〝夢神祇園〟という少年

 

〝ルーキーズ杯〟二日目は、特に問題が起こることなく無事に終了した。正確には少々厄介な問題が発生しているのだが……まあ、それは大会には直接関係ない。

 いずれにせよ、表面上は問題なく終わった。そう、表面上は。

 内面で何かが起こっているのなら、面倒であっても対応しなければならないのも現実である。

 

「御三方は何を飲まれますか?」

「ビールでお願いします」

「日本酒だな」

「梅酒ー」

「……神崎プロはともかく、お二方は未成年ですよね? 何を当然のようにお酒を頼んでいるんですか」

 

 呆れた様子でそう言葉を紡いだのは、ルーキーズ杯で実況アナウンサーを務める宝生だ。彼女以外には桐生美咲、烏丸澪、神崎アヤメの三人がおり、居酒屋の個室で言葉を交わし合っている。

 普通なら有名人である四人がこうして集まっていれば騒ぎが起きそうなものだが、この店は普段から美咲が利用している店で、色々と融通が利く。

 もっとも、ここに来るためにファンを撒くのは大変だったが。

 

「何、誰も口外しなければバレることもないよ」

 

 笑いながらそんなことを言うのは澪だ。宝生が烏丸プロ、と呆れた様子で言葉を紡ぐ。

 

「昨年、未成年で飲酒をした新人に厳しい苦言を呈しておられませんでしたか?」

「うむ。まあ、ポーズとしてだな。やるならバレないようにやれ――そういう意味で言ったつもりだったが、マスコミはそう受け取らなかったというだけだ」

「……その言葉はマスコミがいい仕事をした、という意味で受け取っておきます」

「まあ、何でも構わんさ。なあ、美咲くん?」

 

 話を振られ、疲れた様子でいた美咲ははい、と頷いた。そのまま笑みを浮かべ、言葉を続ける。

 

「バレてクビになったらそれはそれで色々できそうですもんねー」

「いっそ二人で世界中の大会を荒らしに行くか? 生活費ぐらいは稼げる気がするが」

「お、ええですねー。世界一周しながら賞金稼ぎなんて漫画かアニメみたいですやん。楽しそうや♪」

「お二人の場合、実際にできそうですね」

「……お願いですから勘弁してください」

 

 どこか疲れた様子で言う宝生。おいおい、と澪が苦笑を零した。

 

「疲れが溜まっているのではないか? 無理をするものではないぞ、宝生さん。折角の美人が台無しだ」

「誰のせいですか誰の!」

「そんなんやと眉間にしわ増えますよ~♪」

「ああもう!」

 

 行き場のない感情を抱え、悶絶する宝生。ずっと傍観していたアヤメが、それぐらいに、と言葉を紡いだ。

 

「お二方の悪ふざけが過ぎるかと」

「だって宝生さん反応がかわええし」

「うむ。少年もそうだが、真面目な人間というのは実にからかい甲斐がある」

「……やはり、お二方は敵に回したくないですね」

 

 アヤメが肩を竦める。まあ、と澪は言葉を紡いだ。

 

「宝生さんをからかうのはこの辺りにしておこう。――まずは、美咲くんにアヤメくん。一回戦突破は見事だったよ。改めてこの言葉を送らせてくれ。おめでとう」

 

 澪が称賛の言葉を送る。その言葉に、二人はそれぞれの反応を示した。

 

「ウチはまあ、チームメイト候補が見つかったから大満足です♪」

「私の方も、この大会の試みは非常に有意義だと思います。実力を測るにはやはり、直接が一番ですから」

 

 共に自身の勝利に対しては特にコメントはない。勝って当然だった、という雰囲気さえ漂わせている。

 一見、傲慢にも思えるが……それはある意味で仕方がない。それで飯を食べ、生活の一部としている人間と、究極的なことを言えばデュエルがなくとも生きていける学生とではそもそもの覚悟が違うのだ。

 

「それは良かった。……さて、それでは本題だ。アヤメくん、キミは我々と雑談をするためだけにここへ来たわけではあるまい?」

 

 澪が鋭い視線をアヤメへと向ける。アヤメはその視線を受け止め、頷きを返してきた。

 

「本来なら響プロにも来て頂こうと思っていたのですが……ご家族の方と約束があるそうで」

「そういえば、響プロの姉はアカデミア本校の教員でしたか」

「ウチの同僚やでー、宝生さん。……まあ、紅葉さんはしゃーなしとして、イリアちゃんと松山さんは?」

「本郷プロは傍観すると。松山プロは『興味がない』と仰っておられました」

「まあ、妥当だろうな。後ろ暗い話へ理由もなく自分から足を踏み入れるのは馬鹿のすることだ。イリアくんの性格上、放ってはおけないが関わるのもおかしい……そんなところだろう」

 

 アヤメの言葉に澪が頷く。そう、プロデュエリスト・本郷イリアは今回の話を聞いた時に色々考えたようだが、結局傍観を選んだ。『プロ』としては十分に正しい選択である。

 

「はい。ですが、本当に手が必要になれば言って欲しいとは」

「まあ、今のところは必要ないと思いますわ。しゃちょーが情報操作始めたし、色々と調整が難しくなっとるから動くに動けへん状況ですしねー」

 

 今回の〝ルーキーズ杯〟の裏側で問題になっている出来事。それは表沙汰にするには少々厄介な話だ。冗談抜きでプロの世界が荒れかねない。

 そのために美咲はマスコミの前に出、澪と共に話題を逸らした。所詮は時間稼ぎだが、やる意味はある。

 

「……その、先程聞いたお話は真実なのでしょうか?」

 

 不意に、宝生がそう言葉を紡いだ。それと同時に、飲み物が運ばれてくる。

 

「お待たせしましたー」

「ああ、注文いいかな? この刺身の盛り合わせと唐揚げと、串カツ盛り合わせを頼む。他には何かあるか?」

「んじゃ軟骨お願いしますー♪」

「焼き鳥もお願いします」

 

 宝生の言葉など聞いていなかったかのように注文する澪と、それに続く美咲とアヤメ。店員がそれを受付け、部屋から出て行く。

 それを見送ってから、宝生さんの質問だが、と運ばれてきた烏龍茶――結局これにした。ちなみに美咲はグレープフルーツジュースである――を口に含みながら澪が言葉を紡ぐ。

 

「結論から言えば、真実だ。だが、あくまで私や美咲くんの主観が入っているということは心に留めておいて欲しいが」

「……不当に退学にされた生徒と、差別を受けていた生徒……ですか」

「別に珍しい話でもないのだがな。こういった話は世間の学校でもありふれている。教師とて人間だ。気に入らない生徒もいるだろうし、その逆もある。今回もその例に漏れん。ある意味ではな」

 

 その言葉に、美咲とアヤメも頷く。そう、この手の話は表沙汰になっていないだけで世間にはありふれている。学校というのは閉鎖された空間で、外に情報が洩れ難い。そんな場所で教師と生徒が結託して情報を隠ぺいするのだから、明るみに出ることはほとんどないのだ。

 故に、今回の状況は異常とも言える。――生徒が、積極的に外へ情報を流そうとしている状況など。

 

「元々、以前からアカデミア本校は孤島にあるゆーことで問題視はされてたんです。ブルー生の評判とかもありましたしね。せやけど、確実に卒業生が結果を残してたからどうにでもなった。……今回の件は、その辺りの部分も関係してるんです。サイバー流やら鮫島校長なんてのは結局のところ問題の一部分。『アカデミア本校の体質』が問題なんですよ」

「私はアカデミア本校については聞いた話だけだが、色々と叩けば埃は出てくるぞ? 所属寮の格差については生徒のモチベーションの問題上、ありではある。だが、その決め方が問題だ。中等部からの持ち上がり組は問答無用で最上級の寮であるブルー寮に入り、余程のことがなければ下の寮の者たちはブルーには上がれない。これで今まで問題にならなかった方が不思議だ」

 

 美咲の言葉に追従するようにして澪が語る。アヤメが頷いた。

 

「私が学生の頃から問題ではありました。しかし、倫理委員会の存在がそれを包み隠していたのです。……下手を打てば、プロの世界にもひびが入りかねません」

「正直、ここまで後ろ暗いものが出てくるのは私も予想外だったというのが本音だ。海馬社長も大変だろう」

「火付け役は澪さんですやん。祇園のこと注目選手とかゆーて、記者に興味持たせたくせに」

「今まで歯を食い縛って不遇な中でも前を向いてきたのが少年だ。応援したいと思うのは人情だろう?」

「別に澪さんの発言を否定はしてませんよー。むしろウチとしてはお礼を言いたいくらいでしたし。……というか、今回の一番面倒臭いことは何って、祇園が自分の状況を理解してないことなんやねんなぁ……」

 

 美咲はため息を零す。今回の騒動における中心にいるのが祇園だ。被害者という立場でだが、彼の退学を入り口にしてマスコミは動き始めているのも事実。

 しかし、本人はそのことについて自覚していない。勘は悪くないので何かが起こっていることは理解しているのだろうが、今の状況については知らないだろう。

 そんな美咲の言葉に、ですが、とアヤメは言葉を紡いだ。

 

「夢神さんは退学も自分の責任と思っているようですから、知らないのも無理はないかと」

「ホンマやで、もう……。まあ、祇園がどう思うかと世論は別やから、問題ないといえば問題ないんやけど……」

「問題はどこまでやるかだな。KC社やI²社の名を落とすわけにもいかんだろう? 私としてもスポンサーを失うのは辛い。働かなくても金が入ってくるという素晴らしい状況なのに」

「……今の発言は聞かなかったことにします、烏丸プロ」

「うむ。そうしてくれると嬉しいよ、宝生さん。……先程、龍剛寺校長からも連絡があってな。動く準備はしているそうだ」

「動く、て……『昇龍会』ですか?」

「私の裏のスポンサーといえばそこしかない。大体、KC社とI²社だけでは表側を抑えつけることができても裏側のいざござまでは手が届かん。そういう意味で彼らにも動いてもらう予定だが……着地点、妥協点を先に見極める必要がある。そのためには少年が重要になるんだが……」

「まあ、当事者ですしねー」

 

 うんうんと美咲は頷く。結局のところ、一番無難な妥協点は『退学の問題』の決着だ。それ以上は触れれば面倒なだけであり、海馬を含め関係者も触れるつもりはないだろう。

 まあ、海馬のことだ。倫理委員会については教師陣から話を聞いてどうにかしようとしているだろう。寮についても、運の良いことに美咲が行っている寮の入れ替えのシステムがある。

 

「……夢神祇園、ですか。彼もまた、可哀想ですね。本人の知らないところでこんな目に遭って」

 

 ポツリと宝生が呟く。澪が、ああ、と頷いた。

 

「最終的な妥協点は、少年の今後にも関わってくる。……どういう結論を出すのだろうな」

 

 全てを自身のせいにし続けてきた、少年は。

 一体、どういう結論を出すのか――

 

「……そういえば、防人さんはどちらへ? 大会中は烏丸プロが保護者代わりと聞きましたが」

 

 不意にアヤメがそんなことを言い出した。ああ、と澪は持ってこられた唐揚げを口にしながら言葉を紡ぐ。

 

「妖花くんなら少年と共にウエスト校が泊まっているホテルだ。私もそこに泊まっていることもあって、彼女もそこに宿泊している。今頃は少年の一回戦突破祝いと、負けた二人の慰労会で盛り上がっているはずだ」

「明日試合やけど、大丈夫なんかな祇園……」

「我々も人のことは言えないかと」

「まあ、大丈夫だろう。少年はその経験からか体が随分と丈夫なようだからな。毎朝弁当を作ってくれるのには本当に感謝している。……むっ。この唐揚げ、少年が作ってくれたものの方が美味いな」

「へー、毎朝弁当を――って弁当!?」

 

 美咲が立ち上がらんばかりの調子で叫ぶ。どうした、と澪は眉をひそめた。

 

「食事中にはしたないぞ美咲くん。それでもアイドルか」

「いや、今はカメラないから気にせんでも……ってそうやない! 弁当!? 澪さん祇園に弁当作ってもらっとるん!?」

「うむ。何だ、知らなかったのか?」

「いや知るはずがない……って、何で作ってもらっとるんです? 澪さん、確かに料理グダグダやけど」

「キミに言われたくないな、美咲くん。いい勝負だろうに。……まあ、礼としてだ。少年の寝床を提供した礼にと家事をやってくれていてな。かなり助かっている」

「家事? って、まさか……一緒に暮らしてる、とかそんなファンタジーなことは……?」

「一つ屋根の下だぞ。マンションだが」

「嘘やろ!? ウチもそんな経験ないのに!?」

「桐生プロ、落ち着いてください」

「烏丸プロも、煽るのはその辺に。というより、流石に冗談ですよね? 同棲なんて……」

「いや、冗談ではないぞ? 残念ながらウエスト校の寮は今満室でな。私の部屋に少年が住んでいる状態だ」

 

 肩を竦める澪。驚く宝生の隣で、アヤメが冷静な調子で言葉を紡いだ。

 

「スキャンダルですね」

「うむ。広めてくれて構わんよ。少年のようなタイプは外堀から埋めていくに限る」

「ちょっ、何言うてるんですか澪さん!? アカンよアヤメちゃん!? そんな許さんからな!?」

「桐生プロ、落ち着いてください。烏丸プロも煽るのはそれぐらいに……」

「あの夜は熱かった……」

「浮気!? 祇園浮気したん!?」

「いえ、夢神さんは桐生プロのものではないと思いますが」

「燃え上がるようだったな」

「祇園んんんんんっっっ!? 嘘やろぉぉぉぉぉっっっ!?」

「……桐生プロが壊れました」

「とりあえず、烏丸プロ。煽るのはその辺でやめてください」

「楽しいじゃないか。恋する乙女というのは実に見ていて面白い」

 

 くっく、と笑みを零す澪。宝生が呆れた調子で言葉を紡いだ。

 

「プロであっても桐生プロは十五歳です。あまり煽り過ぎないでください」

「まあ、こうでもしないといつまでも『待つ』のが美咲くんだ。少年はどうもその辺りの感情が薄いように思える。焚き付けただけだよ。……そうでないと、こちらも張り合いがない」

 

 微笑ながら言う澪。視線の先では、部屋の隅で何やら呟いている美咲がいる。

 

「……問い詰める……? でも……浮気……いや……約束……」

 

 ブツブツと何かを呟いている美咲。アヤメも引いてしまっている。

 

「うむ」

 

 そんな彼女を眺め、澪は鷹揚に頷いた。

 

「煽り過ぎたか」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 アカデミア・ウエスト校の生徒たちが止まっているホテルの宴会場。そこでは食事を終えた生徒たちのほとんどが集まり、好き勝手に騒いでいた。

 

「菅原歌います! 今日の悔しさを歌に込めて!」

「縁起悪いで菅原~!」

「お前の歌で夢神が明日負けたらどうするんや~!」

「うっさいボケェ! 文句あるんやったらかかって来いやぁ!」

 

 壇上では今日、大学リーグMVPにして事実上アマチュア最強のデュエリストである新井智紀に一回戦で敗北した菅原雄太を中心に、男子生徒が大声で騒いでいる。一見すると危険そうだが、ウエスト校の気質を知った祇園にしてみれば特に気にすることもない。あの程度は日常茶飯事だ。

 だが、初めて目にする人にとってはやはり衝撃なのだろう。実際、祇園の側にいる少女――防人妖花はどこかびくびくして怯えている。

 

「あ、あの、大丈夫なんでしょうか……?」

「大丈夫。いつものことだから。それよりも、妖花さんは大丈夫? 知らない人ばかりのところで……」

「大丈夫です! こんなに大勢の人を見る機会なんてなかったから、少し驚いていますけど……」

 

 祇園の問いかけに、妖花は頷きながら応じる。障りの部分しか聞いていないが、妖花はずっと小さな村で同年代の子供がいない中過ごしてきたらしい。故に、友達などいないのだとか。

 ずっとテレビでプロや大会の様子を見てきたと言っていた。その話には、共感できる部分がある。

 

「ぎんちゃん~、よーちゃん~」

 

 不意に、間延びした口調でこちらに歩いてくる女生徒に気付いた。――二条紅里。今日プロ希望の旨を明言した、ウエスト校ランキング一位のデュエリストだ。

 

「紅里さん、お疲れ様です」

「あはは、ぎんちゃんたちもお疲れ様~。取材、大変だったでしょ~?」

 

 苦笑しながら聞いてくる紅里。祇園も苦笑を返した。

 

「僕はそこまでだったんですが……妖花さんが大変でした。澪さんに協力してもらって、どうにかここへ戻ってきたんですが……」

「うーん、そっか~。大変だったね~」

 

 妖花の頭を撫でる紅里。妖花は照れ臭そうにしながら、いえ、と首を左右に振った。

 

「凄く光栄でした! 取材なんてテレビの中のことだと思っていましたし……」

「そっか~。うー……可愛いっ!」

 

 いきなり妖花を抱き締める紅里。その表情はかなり緩んでいる。

 妖花は抱き締められたことに驚きつつも、しかし、抵抗はしない。

 

「あ、あのっ、二条選手?」

「んー、紅里さん、って呼んで~?」

「あ、紅里さん。いきなりどうしたんですか?」

「妖花ちゃんが凄く可愛かったから♪」

 

 楽しげに微笑む紅里。そんな紅里の様子を見てか、女生徒たちが集まってきて妖花を取り囲んだ。といっても乱暴するわけではなく、まるで可愛いものを愛でるように妖花に声をかけ始める。

 

「うわ、綺麗な黒髪やなぁ。羨ましいわ」

「近くで見ると小っちゃい……いくつなん?」

「ちょい紅里! うちにも抱かせて!」

「えー、やだー」

「あ、あの、これは――」

 

 人に埋もれて見えなくなってしまった妖花。その様子を苦笑しながら眺めていると、飲み物を持った青年がこちらへと歩み寄ってきた。

 菅原雄太。代表戦で祇園に勝った、尊敬できる先輩だ。

 

「よぉ、夢神。調子はどないや?」

「菅原先輩、お疲れ様です」

「お互い様やろ? むしろ俺なんか明日何もせんでええからお前より気楽やわ」

 

 苦笑し、肩を竦める菅原。祇園は、でも、と言葉を紡いだ。

 

「僕も、どうにか勝てただけで……」

「おいおい、正気か自分? 危なげない勝ちやったやないか」

「……運が良かったんです。少し巡り合わせが違えば、負けていました」

 

 藤原千夏――あの藤原雪乃の妹であり、ジュニア選手権での準優勝者。あのデッキと祇園のデッキの相性は実を言うとかなり悪い。序盤で『スキルドレイン』と『王家の眠る谷―ネクロバレー』が揃ってしまえば、そのまま完封されていたこともあり得た。

 そういう意味で、運が良かった。もう一度戦えば勝てるかどうかは正直わからない。

 そんな祇園の様子を見て、どう思ったのか。菅原は苦笑を零した。

 

「そういうところが自分のええところで、同時に悪いところなんやろな」

「悪い、ですか?」

 

 首を傾げる。祇園としても自分のマイナスに行きやすい考え方や性格は短所だと思っている。出来れば治したいとも思っているのだ。

 だが、菅原が言いたかったのはそういうことではないらしい。彼は苦笑の表情のまま、自分さ、と言葉を紡いだ。

 

「自分自身のこと、好きやないやろ?」

「……自分のことが、ですか」

「自分の立ち振る舞いとか言い回しとか聞いてるとな。そう思えるわ。図星やろ?」

 

 言われ、どうだろうかと祇園は自問する。夢神祇園という人間が、自分は嫌いなのだろうか。

 

(弱くて、一人じゃ何もできなくて。……変わりたい、って何度も思って)

 

 一人きりでいた時には、逃げることしかできなかった。

 友達ができた時は、その友達に手を引いてもらうことしかできなかった。

 一人で立ち向かった伝説には、太刀打ちすることさえ許されなかった。

 路頭に迷うところだったのを救ってくれたのは、やはり友人たちと……新たに出会った、優しい人たちだった。

 

(やっぱり、僕は一人じゃ何もできない)

 

 強くなりたいと、約束を果たすと息巻いても。

 結局、一人では何もできない弱者だった。

 

「……好きじゃない、と思います」

 

 頷きを返す。やろうな、と菅原は笑った。

 

「自分に足りんのはそこや。別に好きになれとは言わんし、そんなもんは強制するもんでもあらへん。ちなみに俺は自分が大好きや。一生付き合っていく『菅原雄太』ゆー人間を嫌いになったところでメリットなんてあらへんしなぁ」

「……ですが、僕は。自分を好きになんて……」

「別に好きになる必要はあらへん。――ただ、せめて〝自信〟くらいは持ったらどうや?」

 

 自信――夢神祇園からは縁遠い言葉だ。いつだって祇園は立ち向かう側であり、そしてその中で多くの敗北を経験してきた。

 自信など、持てようはずがない。

 自分を信じることなど、できるはずがないのだ。

 だが、そんな祇園を見、阿呆、と菅原は言葉を紡いだ。そのまま、軽く祇園の胸を拳で叩く。

 

「情けない話やけどな、俺と二条は一回戦で負けてしもた。せやけど、お前は勝った。一回戦を突破した。それは胸張るべきことやろ。違うんか?」

「で、ですが。僕の勝ちは運もあって……」

「――ならお前は、たった一度の出会いや人生さえも『運』や『偶然』で片付けるんか?」

 

 拳を祇園の胸に当てながら。

 菅原は、真っ直ぐな目でそう言った。

 

「お前が勝って、俺らは負けた。そら運もある。特に二条なんかあの美咲ちゃ――ゴホン、桐生プロの本気を相手にしたんや。勝てる可能性なんて0に等しかったやろ。いくらなんでもな。……でもな、俺はこうも思うんや。俺たちには『覚悟』が足りんかったんやって」

 

 覚悟。拳を引き戻しながら、菅原は苦笑を込めてそう言った。

 

「ナメとったんや、俺も二条も。他のアカデミアの連中も、丸藤亮――〝帝王〟でさえも。この大会に対する覚悟と、プロに対する認識が甘かった。……悪いとは思ったんやけど、姐さんから聞いたんや。お前がこの大会に出ることに拘った理由。代表戦で、何であんなに必死になってたんか」

「…………」

「桐生プロの幼馴染とは驚いたけど、まあそれはええ。……いや、良くない。めっちゃ羨ましい。サインもらっといて欲しいくらいや。ちゅうか頼む。この通りや」

 

 手を合わせて頭を下げ、拝むポーズを見せる菅原。祇園は苦笑した。

 

「はい。頼んでみます」

「マジか!? いやー、持つべきものはええ後輩やな! で、なんやったか……ああそうそう、覚悟や。そう、覚悟。自分、桐生プロと戦うために参加したんやて?」

「……はい」

 

 頷きを返す。別に隠すようなことではない。それを理由に、むしろそれだけを理由にここまでどうにかやってきたのだから。

 菅原はさよか、と頷くと、だからや、と言葉を続けた。

 

「自分は正直、まだまだやと思う。インターハイとかに参加しても、近畿大会に出られるかどうか……府予選の上位にどうにか食い込める程度やと思う。まあ、自分の学年でそれなら十分凄いんやけど、でも、やっぱり他の参加者に比べたら格下や。遊城十代とかゆーのみたいなドロー運もない自分は、実績の面から見ても一番下やろ?」

「……そうですね。妖花さんとデュエルしても、正直勝てるイメージが湧きません」

 

 相性の問題もあるが、それよりも祇園が危険視するのは妖花のドロー運だ。『帝王』とのデュエルにおいて、結局彼女は一度も『ミスティック・パイパー』におけるドローを外していない。十代ほどではないにしても、十分過ぎる強運である。

 そのことを妖花自身は『皆のおかげ』と語っていたが、皆とは誰なのかについては結局わからないままだ。

 結局のところ、夢神祇園はあの場所において一番の異端だ。ライオンの檻に迷い込んだウサギ――立ち向かう力はなく、同時に一人では何もできない、そんな存在。

 

「僕は、弱いです」

「けど、勝った。……結局な、気持ちなんやと俺は思う。俺はお祭の気分で参加して、負けた。新井にはプロでリベンジするつもりやけど、まあそれはええ。せやけど……お前は違う。本気で、勝つためにデュエルをした。多分、そういうもんなんやと思う」

 

 祇園が勝利し、菅原が負けた理由は。

 それが理由だと、菅原は語る。

 

「自分さ、インターミドルとかジュニア大会とか出たことあるか?」

「インターミドルは、その……出られませんでした。ジュニア大会は予選落ちで……」

「成程、応援する側やったんやな」

「……はい」

 

 そう、インターミドルもジュニア大会も、祇園にとってはテレビの前から応援するだけの世界だった。ジュニア大会では美咲の活躍を応援し、インターミドルに至っては中学校に友達がほとんどいなかった祇園にとっては出場さえできない世界だ。そもそもの代表選考にさえ出ていない。

 だからこそ、祇園は自分が〝ルーキーズ杯〟に出ていることに自分自身で違和感を感じている。どうしようもないほどの場違い感を覚えるのだ。

 

「せやけどな、夢神。――今はお前が応援される側なんやで」

「僕が……?」

「俺らはアカデミアの代表として出てるわけや。まあ、負けたけど。……せやけど、お前は一般参加の枠から上がってきて、しかも勝った。記者連中に聞いたけど、自分を応援する電話も結構多いみたいやで? それに、自分はウエスト校唯一の生き残りやからな。今こうして騒いどる連中も、俺含めて明日は全力で応援するつもりや」

 

 胸を張れ、と菅原は言った。

 

「今はお前がウエスト校の代表や。エースや。自分で自分のことを誇れへんなら、俺たちを誇れ。オマエを応援する俺たちをや。――任せたで、夢神」

 

 肩を叩き、菅原はステージに戻っていく。そのまま彼はマイクの取り合いをしていた男子生徒からマイクを奪い取ると、声を張り上げた。

 

「オラァ! 明日の試合、夢神の応援気合入れてくで!」

「当たり前や! 夢神! 頑張るんやで!」

「応援しとるで! 関西の根性見せたれや!」

「けど、夢神関東出身やなかったか?」

「かまへんかまへん! ウエストの生徒なら関西人や! 東京もんを叩き潰せ!」

「美咲ちゃんは関西出身やけどな」

 

 好き勝手なことを言い出し、そのままカラオケ大会が始まる。祇園は、はい、と頷いた。

 

「……ありがとうございます……!」

 

 大きく、深々と頭を下げる。周囲から、阿呆、と声がした。

 

「仲間応援すんのは当たり前やろ。頑張れや」

「菅原のド阿呆に生徒会長、そんで夢神か。今年のインハイと国大はええ結果残せそうやな」

「これで姐さんが出てくれたらなー」

「流石にタイトル持ちはなぁ。特別措置で出場禁止やったっけ?」

 

 祇園に応援の言葉を送りながらも、すぐに雑談に興じていくウエスト校の生徒たち。祇園は、自身の口元に笑みが浮かぶのを自覚した。

 転校生として入って来た自分に、ここまで優しくしてくれる。それが……嬉しかった。

 

「夢神さん!」

 

 そんな風に考えていると、いきなり名前を呼ばれた。見れば、妖花が満面の笑みを浮かべてこちらへと走り寄ってくる。

 彼女の背後の方では、何人かの生徒が机に突っ伏していた。

 

「ええと、あれはどうしたの?」

「えっと、デュエルをして欲しいといわれたのでデュエルをしました!」

 

 満面の笑みを浮かべる妖花。成程、どうやら『エクゾディア』の犠牲になったらしい。

 ……まあ、確かに妖花とデュエルをすればそのドロー加速にどんどん追い詰められるのは目に見えている。その上揃えられるのはエクゾディアだ。揃えることなどほぼ不可能とまで言われるそれを目の前でやられたら、ああなるのも必然だろう。

 そうして机に突っ伏している女生徒たちに、紅里が声をかけている。だが、流石に関西人。そしてウエスト校の生徒だ。顔を上げると、妖花へと言葉を紡いだ。

 

「いやアレや! 強いわ!」

「こんなんどないせーゆーねん。まあ、せやけど面白かったわ。明日応援しとるで妖花ちゃん!」

「ウチらに勝ったんやからサクッと優勝するんやで!」

「は、はい! ありがとうございます!」

 

 ぺこぺこと何度も頭を下げる妖花。その仕草も小動物じみていてどこか可愛い。

 

「楽しそうだね」

「はい。……今までデュエルは見るだけで、今日の丸藤選手との試合が二回目でしたから……。皆さんとのデュエルは凄く楽しいです!」

 

 元気良く頷く妖花。そっか、と祇園は頷いた。

 真っ直ぐに、純粋にデュエルを楽しむ防人妖花という少女。成程、こういう〝強さ〟もあるのだろう。

 ――ならば、自分は?

 夢神祇園の〝強さ〟とは、一体……何だ?

 

「明日は頑張りましょう!」

「……うん。お互い、頑張ろう」

 

 頷きを返す。周囲にいるのは、自分たちを応援してくれる人たちであり、仲間だといってくれる人たち。

 応援されることなど、祇園の人生では一度もなかったことだ。いつだって応援する側の人間であり、観客席から戦う人たちを見ているだけだったのが夢神祇園という少年である。

 目標があり、目指す場所と約束があっても。

 鼻で笑われ、夢は潰え……そうして消えていくはずの存在だった。

 ――けれど。

 今、自分はここにいて……。

 

「……頑張るよ。頑張る」

 

 頼りなさ気に、しかし、それでも言い聞かせ。

 夢神祇園は、微笑んでいた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 今日もまたチケットは早々に売り切れ、大盛り上がりを見せる〝ルーキーズ杯〟。午前中のプログラムには祇園も参加し、初心者教室をアカデミア・ウエスト校の教師陣と共に開いていた。

 昨日の試合を見てか、祇園のことを応援してくれる子供も多く、子供以外からも多くの激励の言葉を貰った。

 一般枠で参加した一年生――成程、菅原が言っていたように自分は『一般』の代表としても認識されているらしい。

 そんなプログラムが終わり、片付けを自主的に手伝っていると……解説席からの放送が響いた。

 

『さて、諸君。二回戦の組み合わせが決定されたので通達しよう。昼食後の第一試合は……宝生アナ。頼む』

『はい。一回戦は……プロデュエリスト、神崎アヤメ選手VS一般参加枠、夢神祇園選手』

 

 会場のあちこちから声が上がった。祇園は、小さく拳を握り締める。

 ――神崎アヤメ。今シーズンリーグ首位を走る『東京アロウズ』の不動の副将にして、昨シーズン新人王。

『玄人』と呼ばれるその実力は、決して侮っていいものではない。

 

「夢神祇園」

 

 不意に、名を呼ばれた。振り返ると、そこにいたのは昨日祇園が勝利した相手――藤原千夏。

 彼女は、頑張りなさい、と視線を合わさないままに言葉を紡いだ。

 

「私に勝ったんだから、絶対に勝ちなさい。……応援くらいは、してあげるわ」

 

 それだけを言うと、彼女はこの場を立ち去って行った。

 祇園はその背中を見つめ、うん、と小さく頷く。

 

「……応援される側、か」

 

 小さく、呟いて。

 祇園は、片付けの作業を続行した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ふぅん。あの小僧がプロにどこまで喰らいつけるか、楽しみだな」

「結局、期待しておられるのですね」

 

 VIPルームにそんな声が響く。現在、その部屋にいるのは二人だけだ。

 一人は、KC社社長にして〝伝説〟のデュエリスト――海馬瀬人。

 もう一人は、アカデミア・ウエスト校の校長――龍剛寺。

 

「諦めない、ということは存外難しい。あの小僧は俺とのデュエルにおいて、それこそLPが0になるその瞬間まで諦めなかった」

「それを評価したと?」

「腑抜けの凡骨の中ではマシに見えたというだけだ」

 

 海馬が言い切る。そのまま、だが、と言葉を続けた。

 

「ここで負けるようならば、所詮はそれまでだったということに過ぎん」

「一回戦を勝ち抜いただけでも、十分とは思いますが」

「デュエリストならば目指すのは頂点のみだ。過程などどうでもいい。……小僧は美咲と戦うためには決勝まで駒を進める必要がある。どこまでやれるか、見せてもらわねばな」

「それは、アカデミア本校の件も関係しているのですか?」

「最終的には小僧の立ち位置で妥協点が決まる。……それだけの話だ」

 

 物語の中心にいる、一人の少年。

 しかし、彼は何も知らぬまま……物語は進んでいく。

 

「そういえば、鮫島校長はどうされているのです?」

「ホテルで待機している。今日の結果でこちらのとる手段が決定される以上、奴には大人しくしてもらわなければならん」

「成程、それはそれは」

「さて、小僧。――貴様はここで潰えるか、それとも這い上がれるか?」

 

 海馬の、視線の先には。

 スクリーンに映し出された、緊張した面持ちの祇園の表情があった。














とりあえず、現在の問題がどういうものかであるという点の整理です
鮫島校長やら倫理委員会やらサイバー流やらはあくまで派生した問題であり、一番問題なのは『祇園の不当な退学』と『アカデミアの体質』なわけです。

まあ、ややこしくなっているからこそ情報操作もできるわけで。
海馬社長も大変ですね

そして相変わらず、自分が騒動の中心……どころかそもそも騒動にさえ気づいていない祇園くん。
彼はその立場から、応援する側であることが多かった。しかし、ほとんど初めて『応援される側』になったわけです。
成長したなぁ、祇園くん
あとウエスト校はやっぱり楽しいですね


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第二十六話 玄人VS凡人、……初めて背負う、その重荷

 

 ルーキーズ杯の会場である海馬ドーム。そのロビーを、二人の少年が歩いていた。

 一人は、どこか穏やかな雰囲気を纏う少年――夢神祇園。

 もう一人は、好奇心の塊のような視線をあちこちに向ける少年――遊城十代。

 元は同じアカデミア本校においてレッド寮の生徒として研鑽を積んだ親友同士である。祇園の退学によって一度繋がりは断たれたかに思えたが、再びこうして言葉を交わすことができている。

 

「やっぱプロって凄ぇ! 今日のデュエルも楽しみだぜ!」

「……僕は正直、楽しむ余裕はないけどね」

 

 体を震わせながら言う十代に、祇園は苦笑しながらそう言葉を紡ぐ。楽しみではある。だがそれ以上に……怖い。

 昨日は感じなかった、何か重いものを背負っている感覚。その不可思議な重さが、心にものしかかっているのだ。

 これがプレッシャーなのだろうか……そんなことを思うが、同時に何を気負うのだとも思う。夢神祇園は挑戦者であり、勝てば奇跡、負けて当然な立場のはずなのに。

 

「何だ、祇園? お前は楽しみじゃねぇのか?」

「楽しみではあるんだけどね。それよりも怖いというか……うーん、何て言ったらいいのかな?」

 

 自分でもよくわからない、もやもやした感覚。……自信がないというのはこういうことなのだろうな、と昨日の菅原の言葉を思い出して苦笑した。

 

「ふーん、よくわかんねぇけど……でも、祇園なら大丈夫だって! 昨日だって勝っただろ?」

「あはは、どうにかって感じだけどね……」

 

 苦笑する。はた目から見れば完勝でも、実際は紙一重だ。一つの歯車がズレていれば、敗北していたのは祇園の方である。

 

「けど、祇園も凄いよな。美咲先生と幼馴染なんだろ? そんで美咲先生と戦うために大会に出るとか、やっぱ凄いと思う」

「誰から聞いたの? 幼馴染の話なんて」

 

 首を傾げる。美咲との関係は別に隠しているつもりはないが、公にしているわけでもない。そもそも、今の自分と彼女では大きな差がある。本来なら言葉を交わすことさえ許されないほどの差が。

 そういう意味で、この大会では自分自身の立ち位置を祇園はしっかりと定めるつもりだ。……美咲がどういう反応を示すのかが、少し不安だが。

 

「美咲先生が言ってたぜ? 時々レッド寮に来るんだけど、その時に雑談で。祇園は親友だって言ったら色々話してくれたんだ」

 

 へへっ、と笑みを零す十代。親友――その言葉は素直に嬉しい。

 友達、と呼べる相手がどれだけ大切か……祇園はその身を以て知っているから。

 

「そっか。……美咲はね、僕にとっては恩人なんだ。だから、恩返しがしたい。小さい頃、約束をしててね。大観衆の前で、対等にデュエルをしよう――そんな、他愛もない約束で、果たせるかどうかもわからない約束だったけど。でも、どうにかここまで来れた」

 

 対等というには、余りにも差が大き過ぎるのが現実だけれど。

 それでも、ようやく辿り着けた場所。

 

「そっか……俺もさ、紅葉さんと戦いたいって目標があるんだ」

「響プロと?」

「おう。……紅葉さんが全日本チャンプになった時、テレビで見て憧れた。その後、俺がドジって怪我しちまったんだけど……病院で紅葉さんに出会って、デュエルを教えてもらったんだ。その時から、ずっと憧れてた」

 

 響紅葉。かつての全日本チャンプにして、〝ヒーローマスター〟と呼ばれる人物。

 十代の憧れる、〝ヒーロー〟の姿を体現した者。

 

「じゃあ、お互い頑張らないとね」

「おう! 祇園と戦うことになっても容赦しないぜ!」

「あはは、お手柔らかに」

 

 苦笑を返す。十代とデュエル――勝てるかといえば、勝てない可能性の方が高い。

 だが、格上が相手なのはいつものことだ。ただ、今回はもう負けることが許されないだけで。

 

「……ん? あれ、美咲先生か?」

「澪さんもいるね」

 

 雑談をしながら十代と歩いていると、視線の先で美咲と澪が何やら話しているのを見つけた。ロビーのところで机の上に何やら資料を広げ、言葉を交わし合っている。

 とはいっても、深刻な話ではないようだ。互いに微笑を浮かべている。

 

「おーい、美咲先生!」

 

 いきなり十代が声を張り上げた。その声に美咲と澪が気付き、こちらへと視線を向けてくる。

 十代が早足でそちらに向かうのに追従し、祇園もそちらへ行く。美咲が笑みを零した。

 

「おー、十代くんに祇園やんか。どないしたん?」

「祇園と話しながら歩いてたら、美咲先生を見かけたからさ」

「成程ー。でも、祇園は大丈夫なん? 試合もうすぐやろ?」

「じっとしていた方が落ち着かなくて……。気分転換」

「成程、少年らしい。だが、気負う必要はなかろう? 始まってしまえばどうせもう後戻りはできん。なるようになるだけだ」

 

 澪が微笑を浮かべながらそう言ってくる。確かにその通りだ。結局、始まってしまえば後はもう前に進むしかない。

 

「ただ、一応言わせてもらうならば、物事とはどう転ぼうが『なるようになる』ものだ。川の流れと同じで、身を任せるだけでも何らかの結論は出る。しかし、それが嫌ならば流れに逆らうしかない。……少年、キミはその流れに逆らう気なのだろう? ならば、精々足掻いてみることだ」

「はい。そのつもりです」

「良い返事だ。期待させてもらうよ」

 

 再び、肩に何かが圧しかかる感触。

 何も背負っていないはずなのに……酷く、重い。

 

「澪さんは相変わらずやなー。祇園、そんな固くなる必要はあらへんよ?」

「うん。でも、やっぱり……緊張するから」

「大丈夫だって! 祇園なら問題ない!」

 

 背中を叩きながら十代がそんなことを言ってくる。それに苦笑し、うん、と祇園は頷いた。

 持てる全てを尽くし、戦う――結局、自分にはそれしかできないのだ。

 

「ああ、そうそう祇園。一つ聞いておきたいんやけど……」

「うん。どうしたの?」

 

 美咲がいきなり手を叩き、そんなことを言い出した。首を傾げる祇園。その祇園に、美咲は満面の笑みで言葉を紡いだ。

 

「――澪さんと同棲してるって、どういうこと?」

 

 全身に悪寒が走った。長年の経験から培った防衛本能が悲鳴を上げる。

 

「ど、同棲!? いきなり何を……!?」

 

 美咲の言い知れぬ威圧感に圧され、思わず一歩後退りする祇園。ふーん、と美咲は鋭い視線を祇園に向けた。

 

「心当たりはあるんやね?」

「こ、心当たりというか……その、澪さんにはお世話になってて……」

「せやけど、一つ屋根の下ゆーんは……なあ?」

「うう……」

 

 祇園はどんどん縮こまっていく。それを傍観していた澪が、おいおい、と言葉を紡いだ。

 

「それぐらいにしておきたまえ、美咲くん。少年とて悪気があったわけではなかろう?」

「……澪さんがそれを言うのはちょいと納得いきませんが」

「私に害意はない。……悪戯心はあるがな」

「そういうところが問題なんですよ……!」

 

 澪を睨み付ける美咲と、それを平然と受け流す澪。祇園としてはどうしたらいいかわからずにおろおろするしかない。……十代は苦笑いを浮かべて傍観している。

 

「まあ、いずれにせよ、だ。少年は試合前だ。問い詰めるならばあとで良かろう」

「……まあ、そうですね。祇園、頑張ってな。アヤメちゃん、めっちゃ強いから」

「うん。頑張るよ」

 

 頷き、時間を確認する。……試合開始まで、そう時間は残っていなかった。

 そろそろ控室に行こうか――そんなことを考えていると、向こうから一人の女性が歩いてくるのが見えた。今大会の実況を担当する宝生アナウンサーだ。

 

「お待たせしました、烏丸プロ……と、桐生プロに、夢神選手と遊城選手」

「あ、初めまして……夢神祇園です」

 

 宝生に対し、祇園は頭を下げる。一般参加枠で上がってきた祇園は、実は宝生とは面識がないのだ。

 

「こちらこそ、初めまして。挨拶が遅れて申し訳ありません」

「あ、こ、こちらこそ。本来なら僕の方から行くべきなんですが……」

「いえ、夢神選手は学生ですから。ご自分のことに打ち込んでください」

 

 真面目な返答を返される。テレビで見ていた時から感じていたことだが、素の部分からかなり真面目な人なのだろう。

 

「宝生さん、打ち合わせー?」

「はい。先程終わりました。……そういえば、夢神選手は桐生プロの知り合いとお伺いしましたが」

 

 宝生が問いかけてくる。祇園は一瞬逡巡し、頷いた。

 

「はい。――『桐生プロ』とは、以前からの知り合いです」

 

 その言葉に、美咲が表情を変えた。澪もまた、ほう、と小さく言葉を漏らす。

 宝生は祇園のそんな態度に何を思ったのか、そうですか、と頷いた。

 

「試合の方、頑張ってください」

「はい、ありがとうございます。……失礼しますね」

 

 頭を下げ、立ち去る。十代も隣で同じように頭を下げていた。そんな十代へ、澪が思い出したように言葉を紡ぐ。

 

「そういえば、遊城十代くん」

「はい?」

「次の試合では、キミの相棒――〝ハネクリボー〟が見れることを期待しているよ」

「はいっ!」

 

 十代は頷き、そのまま祇園と共にこの場を立ち去っていく。そんな中、でも、と十代は首を傾げた。

 

「なあ、祇園。どうして美咲先生を『桐生プロ』なんて呼んだんだ? さっきまで呼び捨てにしてたよな?」

「……それが、僕と美咲の本来の距離だからだよ」

 

 どこか、寂しげに。

 苦笑を込めて、祇園は呟く。

 

「僕はアカデミアを退学になった劣等生。美咲は史上最年少のプロデュエリストで、アイドルで、トッププロ。……誰でもわかるぐらいに、どうしようもないくらいの差があるんだよ」

 

 そう、どうしようもない。

 それが、夢神祇園と桐生美咲の間に横たわる差だ。

 

「け、けどさ、友達なんだろ?」

「自惚れじゃないなら、お互いにそう思ってる。でもね、その差っていうのは僕や美咲が決めることじゃないんだ」

 

 二人の間にある隔たりは、祇園や美咲が定めたものではない。

 それを定めたのは、『世間』と呼ばれる存在だ。

 

「たとえ、美咲が許してくれても。世間が許さない。僕と美咲には、世間が決めた明確な差がある」

 

 だから、宝生の前では『桐生プロ』と呼んだのだ。……それが、世間が決めた差だからこそ。

 世間へ言葉を伝える、アナウンサーの前では。

 

「なんだよ、それ。そんなんでいいのかよ!?」

「……迷惑をかけたくないんだ。それにね、十代くん。僕はその差を詰めるためにこうしてるんだ。一度も隣に立てなかったけれど……いつか、隣に立つために」

 

 足を、会場に向ける。

 覚悟を口にすれば、自然と足に力が入った。

 

「――行ってくるね」

 

 僅かに震える体を、必死に抑え込み。

 夢神祇園は、会場へと足を踏み入れた。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

「……夢神祇園、ですか。十五歳の少年とはとても思えませんね」

 

 祇園と十代を見送り、開口一番宝生はそう言葉を紡いだ。当然だろう、と澪が頷く。

 

「少年は『そういう人生』を強制されてきた。そこらの『苦労』という文字を言葉の意味でしか知らんような子供とは、そもそもの基盤が違う」

「そのようですね。……あれが、十五歳の少年がする対応と目ですか。思わず身震いしましたよ」

「私が応援したいと言った気持ちを、少しは理解してもらえたかな?」

 

 澪の問いかけ。それに対し、はい、と宝生は頷いた。

 

「彼には頑張ってもらいたいですね」

「まあ、我々は中立を貫かなければならんがな」

「それは勿論です。ですが、今はそれよりも……」

「……美咲くん。大丈夫か?」

 

 二人の視線の先にいるのは、机に突っ伏した状態の美咲だ。その雰囲気はどんよりと曇っている。

 

「……祇園、どうしてなんよ……」

「キミとて少年の意図がわからんほどに愚かではなかろう?」

「……そら、そうですけど……」

「気持ちはわからんでもないがな。昨日の取材では焦っていたから私のことをいつも通りの名で呼んでいたようだが、あの分だと私のことも『烏丸プロ』と呼ぶだろう。……それは少し寂しいかもしれんな」

 

 うむむ、と唸る澪。宝生が、いずれにせよ、と言葉を紡いだ。

 

「彼のことは随分と知られつつあるようです。……今日の新聞ですが」

「ふむ。成程、『アカデミアで不当退学!? 現校長と倫理委員会の横暴!!』か。珍しく真実そのままを衝いているようだな」

「内容は薄いですが、このままだと問題が大きくなりますよ」

「……私としては、ここまでの状況になって理事長について名前さえ出ないのが疑問だがな」

 

 ポツリと澪が呟く。宝生が問いかけると、何でもない、と首を左右に振った。

 

「まあ、海馬社長がどうにかするだろう。今の我々にできることはないよ」

「そう、ですね」

「……いい加減気合を入れろ、美咲くん。キミも試合があるだろうに」

 

 呆れた様子で言う澪。美咲は、うー、と唸りながら体を起こした。

 

「……とりあえず、今は置いときます。で、後で問い詰める」

「程々にお願いしますよ、桐生プロ」

「はーい。……そういえば、澪さんも〝視えた〟んですね」

「前に話さなかったかな? まあ、とはいえ私にはいないがな。キミたちとは違い、私は選ばれなかったのだろう。興味もないが」

 

 澪が肩を竦める。宝生が、何のことですか、と問いかけた。澪はああ、とどうでも良さ気に頷く。

 

「選ばれた人間というのは大変だと、そういうことだ」

 

 その言葉に、宝生は首を傾げ。

 美咲は、苦笑していた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 試合開始の時間が訪れる。〝ルーキーズ杯〟二日目、第一試合。

 神崎アヤメVS夢神祇園。

 片や昨年の『新人王』であり、将来を期待されるプロデュエリスト。

 片や過去の実績など何もなく、どうにか予選を突破してきた一般人。

 勝敗は火を見るよりも明らかに思える組み合わせ。しかし、それでも一般人である少年を応援する声はいくつもある。

 

「気合入れろ夢神ー!」

「頑張れ夢神ー!」

「応援してるぞ坊主!」

 

 応援の中心はウエスト校の生徒や、アカデミア本校の生徒だ。昨日の試合の後、アカデミア本校から来ている生徒の何人かと話をした。雪乃に聞いたところ、宗達はいないらしい。それは残念だが、仕方がないことだ。

 いずれにせよ、応援されるというのは慣れない。しかも、応援はそういった『身内』だけではないのだ。

 大衆は物語を好む――以前、美咲がそんなことを言っていた。平凡で当たり前の人間よりも、劇的な人間を好むのだとか。そういう意味で、一般枠から出場し、実績も何もない無名な状態からジュニア大会の準優勝者を倒した祇園はかなり注目されている。

 もう一人の一般枠参加が『アマチュア最強』なのだから、余計に祇園が目立つのだろう。

 

「昨日はありがとうございました」

 

 対戦相手である神崎アヤメが、そう言って礼儀正しく頭を下げてきた。祇園も慌てて頭を下げる。

 

「い、いえ、こちらこそ。大したことは話せずに……」

「いえ、有意義なお話をお伺いできました。……正直なことを言えば、私はあなたの境遇に同情に近い感情を抱いています。あなたはそんなものを望んではいないことを承知の上で」

「…………」

 

 何と返答したらよいのかがわからず、黙り込む。アヤメは頷き、言葉を紡いだ。

 

「ですが、私もプロです。一時の感情に流され、敗北することを容認はできません。そんなことは誰も望んでいない。――故に、全力でお相手させていただきます」

「はい。……よろしくお願いします」

 

 頭を下げる。最後の一瞬、こちらを射抜くように放たれた視線から逃げるようにして。

 流石は『新人王』である。その威圧感は相当なものだ。

 

「〝祿王〟が期待し、桐生プロが信頼する力。私にも見せてください」

「全力です。僕は、いつでも」

 

 そう、いつだって。

 夢神祇園は、全力で相手に挑む。

 そうすることしか、やり方を知らない。

 

「それは重畳。――では、始めましょう」

 

 会場が湧き、中央にいる二人が宣誓を行う。

 

「「――決闘(デュエル)!!」」

 

 そして、戦いが始まった。

 先行は――神崎アヤメ。

 

「私のターン、ドロー。……私は手札から、魔法カード『強欲で謙虚な壺』を発動します。一ターンに一度だけ発動でき、デッキトップのカードを三枚捲ります。その中から一枚を選んで手札に加え、残りはデッキに戻します。このカードを使ったターンは特殊召喚を行うことができません」

 

 特殊召喚不可、というデメリットがあるものの、所謂『キーカード』を手札に揃える上でかなり有用なカードだ。美咲は『このカードを上手く使えるかどうかが指標になる』とも言っていた。

 祇園の場合、特殊召喚が主体なので使い辛いが……それでも採用圏内ではある。持っていないだけで。

 

 捲られたカード→剣闘訓練所、幻獣の角、魔宮の賄賂

 

 三枚のカードが示される。アヤメは一度顎に手を当てると、では、と言葉を紡いだ。

 

「魔法カード『剣闘訓練所』を手札に加え、そのまま発動します。デッキからレベル4以下の『剣闘獣』と名のついたモンスターを手札に加えます。……『剣闘獣ラクエル』を手札に加え、召喚」

 

 剣闘獣ラクエル☆4炎ATK/DEF1800/400

 

 現れたのは、鎧と炎を身に纏う一体の獣。剣闘獣――戦うために訓練され、鍛え上げられた獣の姿だ。

 

「私はカードを四枚伏せ、ターンエンドです」

 

 四枚の伏せカード――剣闘獣らしい動きだ。モンスターの戦闘を伏せカードでサポートし、動かす。

 

 

『神崎プロは早速モンスターを召喚してきましたね』

『『剣闘獣』というのはそういうカテゴリだ。モンスターの戦闘をサポートし、その効果で一つずつ丁寧にアドバンテージを奪っていく。あの壁を突破するのは容易ではないぞ』

『成程……』

『さて、少年はどう出るかな?』

 

 

 実況席の声を聞きながら、祇園はデッキトップに手をかける。

 

「……僕のターン、ドロー」

 

 まずは、状況の確認。相手の場には攻撃力1800のラクエルと、四枚の伏せカード。ただモンスターを出しただけでは容易く蹴散らされるだろう。

 ならば、と祇園は自身の手札からカードを一枚デュエルディスクへと指し込んだ。

 

「魔法カード、『サイクロン』を発動します。一番左側のカードを破壊」

「……『幻獣の角』が破壊されます」

 

 破壊したのは罠カード『幻獣の角』。発動後に装備カードとなり、装備モンスターの攻撃力を800ポイント上げるカードだ。更に装備モンスターが相手モンスターを破壊すると、カードを一枚ドロー出来るというおまけつきである。

 厄介なのを一枚破壊できた。これで終わりでもないだろうが……ひとつずつやっていくしかない。

 

「僕は手札から、『フォトン・スラッシャー』を特殊召喚します。このカードは自分フィールド上にモンスターが存在しない時に特殊召喚でき、また、自分フィールド上に他のモンスターがいると攻撃できません」

 

 フォトン・スラッシャー☆4光ATK/DEF2100/0

 

 現れる、青と白で彩られた機械のようなモンスター。祇園は、バトル、と言葉を紡いだ。

 

「フォトン・スラッシャーでラクエルに攻撃」

「――リバースカード、オープン。『和睦の使者』。このターン、私のモンスターは戦闘では破壊されず、ダメージも受けません」

 

 優秀な防御カードだ。よく同じフリーチェーンのカードとして『威嚇する咆哮』が挙げられるが、こっちにはあちらとは違うメリットがある。

 攻撃そのものは止まらない――つまりリバースモンスターや、攻撃を受けることで効果を発動するモンスターのトリガーを引くことができるのだ。

 そして『剣闘獣』というカテゴリは、『戦闘』をその効果のトリガーとしている。

 

「バトルフェイズ終了時、ラクエルの効果を発動します。このカードが戦闘を行ったターンのバトルフィズ終了時、このカードをデッキに戻すことでラクエル以外の『剣闘獣』を一体、特殊召喚します。――『剣闘獣ムルミロ』を特殊召喚」

 

 剣闘獣ムルミロ☆3水ATK/DEF800/400

 

 次にあらわれたのは、どこか魚を思わせるモンスターだった。アヤメが、効果発動、と宣言する。

 

「ムルミロが剣闘獣と名のついたモンスターの効果によって特殊召喚された時、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを一体、破壊します。……フォトン・スラッシャーを破壊」

 

 破壊されるフォトン・スラッシャー。これが剣闘獣の厄介なところだ。

 

「メインフェイズ2へ入ります。……『魔導戦士ブレイカー』を召喚。召喚成功時、魔力カウンターが乗ります」

「トラップカード『奈落の落とし穴』です。攻撃力1500以上のモンスターの召喚、反転召喚、特殊召喚時に発動でき、そのモンスターを破壊して除外します」

 

 ブレイカーが破壊される。効果による伏せカードの破壊と、壁の用意をと思ったのだが……仕方がない。

 

「僕はカードを一枚伏せ、ターンエンドです」

 

 どの道、このターンでできることはない。ターンを終了する。

 

「私のターン、ドロー。……ムルミロでダイレクトアタックです」

 

 祇園LP4000→3200

 

 LPが削られる。ダメージは少ないが……剣闘獣はここからが本番だ。

 

「ムルミロの効果発動。戦闘を行ったバトルフェイズ終了時にデッキに、戻し、別の剣闘獣を特殊召喚。……『剣闘獣ベストロウリィ』を特殊召喚。効果発動。このカードが剣闘獣と名のついたモンスターの効果によって特殊召喚された時、相手フィールド上の魔法・罠カードを一枚破壊できます。伏せカードを破壊」

「『使者転生』です。破壊されます」

 

 前のターンに使うかどうかを迷ったカードだが、そもそも手札が少ない。こうしてブラフに使うしかないだろう。

 

「では、私はカードを二枚伏せ、ターンエンドです」

「僕のターン、ドロー」

 

 相手の伏せカードは三枚。それが、どうしようもないほど固い壁に見えた。

 

「魔法カード『光の援軍』を発動します。デッキトップからカードを三枚墓地に送り、『ライトロード』と名のついたモンスターを一体、手札へ。……『ライトロード・マジシャン ライラ』を手札へ」

 

 落ちたカード→大嵐、アックス・ドラゴニュート、ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―

 

 制限カードである『大嵐』が落ちたのが痛い。どうせ防がれるだろうが、伏せカードを確実に一枚削れるカードだというのに。

 

「僕はモンスターをセットし、カードをセット。ターンエンドです」

「私のターン、ドロー。……私は手札から、『剣闘獣エクイテ』を召喚します。そして、ベストロウリィとエクイテをデッキに戻し、『剣闘獣カイザレス』を特殊召喚!」

 

 剣闘獣カイザレス☆6闇ATK/DEF2400/1500

 

 現れるのは、剣闘獣ではおそらくもっとも有名なモンスター。『融合』のカードを必要とせず、ベストロウリィと別の剣闘獣をデッキに戻すことで特殊召喚可能なモンスターだ。その効果は強力無比であり、ベストロウリィの制限カード入りに大きく影響を与えた。

 大きく会場が湧く。そんな中、効果発動、とアヤメが宣言した。

 

「カイザレスの特殊召喚成功時、相手フィールド上のカードを二枚まで選んで破壊できます! モンスターと伏せカードを破壊!」

「リバースカードオープン、速攻魔法『禁じられた聖杯』! カイザレスの効果を無効にし、攻撃力を400ポイントアップ!」

「カウンタートラップ『魔宮の賄賂』! 相手はカードを一枚ドローし、魔法・罠の発動を無効に!」

「…………ッ!」

 

 あるとは思っていたが、まさかこのタイミングで使ってくるとは。

 祇園の場のモンスターが破壊される。これでフィールドはがら空きだ。

 

「……ッ、ドロー……ッ!」

 

 引いたカードを見る。破壊されたセットモンスター、『ライトロード・ハンター ライコウ』がその力を発揮しないまま墓地へと送られた。

 

「カイザレスでダイレクトアタック!」

「つうっ……!」

 

 祇園LP3200→800

 

 祇園のLPが大きく削り取られる。会場が湧く中、アヤメは更なる手を進める。

 

「カイザレスの効果発動! バトルを行ったバトルフェイズ終了時にこのカードを融合デッキに戻し、ベストロウリィ以外の剣闘獣を二体特殊召喚できる! 『剣闘獣ラクエル』と『剣闘獣レティアリィ』を特殊召喚!」

 

 剣闘獣ラクエル☆4炎ATK/DEF1800/400→2100/400

 剣闘獣レティアリィ☆3水ATK/DEF1200/800

 

 現れる二体の剣闘獣。効果発動、とアヤメが言葉を紡いだ。

 

「ラクエルは剣闘獣と名のついたモンスターの効果で特殊召喚された時、元々の攻撃力が2100になります。レティアリィは剣闘獣と名のついたモンスターによって特殊召喚された時、相手の墓地のカードを一枚除外できます。……『アックス・ドラゴニュート』を除外」

 

 墓地のモンスターが減る。アヤメはターンエンド、と宣言した。

 

「見せてください。――ここからの、逆転劇を」

 

 その、言葉に。

 祇園は、何も答えられなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ふぅん。流石にプロ、といったところか。詰将棋のようなデュエルだ」

「一つ一つ、丁寧に彼の手を潰していますね。……この状況、どう覆すのか」

「墓地の闇属性モンスターも減らされた状態だ。逆転は難しいだろうな」

「かもしれませんね」

「……やはり、期待外れか」

 

 カツン、という靴の音が響いた。その音の主に対し、もう一人が声をかける。

 

「見届けられないのですか?」

「あの小僧がせめて凡骨ような目をしていたなら話は別だったがな。……諦めた者に、興味はない」

「辛辣ですねぇ」

「俺とデュエルをした時に比べ、弱くなったようだ。あの目を見ろ。――多少の荷を背負った程度で負けるなら、それは所詮その程度だということだ」

 

 靴の音が響く。部屋を出ようとする。

 ――会場が、大きく湧いた。

 

「何だ?」

 

 振り返る。そこでは。

 ――アカデミアの生徒たちが、一人の少年へと声援を送っていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 手が震える。負けたくない。負けたくないが、現実はただただ自分の負けへと近付いている。

 重い。背が、肩が。何かがのしかかってきているように……重い。

 

「…………ッ」

 

 一体、どうしたのか。昨日のデュエルでは、こんなことはなかったのに。

 ずっと、調子が出ないままだ。

 どうして――そんな、答えがない問いかけが頭の中を巡った瞬間。

 

 

「――踏ん張れ夢神ィ!! 俯いとる場合かボケェ!!」

「ウエスト校の生徒やろうが!! 根性見せろド阿呆!!」

「お前は俺らの代表やぞ!! 俯いとる暇があったら空元気でも笑わんか!!」

 

 

 聞こえてくる声に、思わず体が跳ねた。振り返れば、ウエスト校の生徒たちが必死で声援を送って来てくれている。

 昨日、応援すると言ってくれたことは……嘘ではなかったのだ。

 だが、彼らの言葉を聞く度にどんどん両肩に重みがかかってくる。どうしようもないほどに……辛い。

 

 

「頑張るッスよ祇園くん!!」

「祇園!! 前を見るんだな!!」

「ここで諦めるのはキミらしくないだろう!!」

 

 

 聞き覚えのある声が聞こえてきた。観客席にいる、丸藤翔、前田隼人、三沢大地――友人たちの声が聞こえてくる。

 アヤメに対する声援も勿論ある。しかし、祇園の耳にはそれが入らない。

 まるで周囲に押し潰されてしまうかのような感覚。逃げたい、という気持ちさえ湧いてくる。

 

(……どうして)

 

 そんな言葉が、何度も浮かぶ。

 

(どうして、こんな僕なんかを)

 

 弱くて、情けなくて、ちっぽけで。

 奇跡のような偶然で、ここにいる自分を。

 どうしてこんなにも、皆は応援してくれるのだ――?

 

「夢神さん」

 

 ふと、前から声が聞こえた。

 そこにいるのは、対戦相手である女性。

 

「あなたは、何のためにここに立っているのですか?」

 

 ここに立つ理由。

 歯を食い縛って、恥を晒して。

 それでも、ここに立つことに拘った理由。

 

「あなたにもまた、譲れない大切な理由があるのでしょう。しかし、今のあなたは最早あなただけのものではありません。応援するだけだった、と桐生プロのことについて語っておられましたね? 今、あなたを応援する人たちにとっては、あなた自身がかつてあなたが応援した『桐生美咲』というデュエリストなのです」

 

 応援するだけだった、遠く、憧れるしかなかった背中。

 あの時に感じた気持ちを、祇園に声援を送る者たちも感じている。

 

「力が足りなかろうが、自信が無かろうが。一度誰かの期待と信頼を背負ったならば、逃げることは許されません。――見せてください、あなたの力を。〝伝説〟に一矢報いた、その強さを」

 

 言われ、一度大きく深呼吸をする。――思い出すのは、昨日受け取った言葉。

 

(自分のことは、信じることができない)

 

 そんなことは、できやしない。

 でも、それでも。

 

(菅原先輩は、僕を応援してくれる人たちを信じろって……)

 

 みんなの事なら、信じられる。それなら、できる。

 ――ならば。

 諦めるには、早過ぎる。

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 手札を見る。――まだ、どうにか戦える!!

 

「僕は手札から『ライトロード・マジシャン ライラ』を召喚!」

 

 ライトロード・マジシャン ライラ☆4光ATK/DEF1700/200

 

 現れるのは、光の力を持つモンスター。

 まずは第一関門。この召喚が通るかどうか。

 アヤメは動きを見せない。――よし、通った!

 

「バトル! ライラでレティアリィに攻撃!」

「リバースカード、オープン! 速攻魔法『収縮』! 相手モンスターの元々の攻撃力を半分にします!」

 

 やはり迎撃用のカード。だが、そのカードなら――

 

「――手札から速攻魔法『収縮』を発動! レティアリィの攻撃力を半分に!」

「…………ッ!?」

 

 これを止められればアウトだが――アヤメの伏せカードは発動されない!

 

 ライトロード・マジシャン ライラ☆4光ATK/DEF1700/200→850/200

 剣闘獣レティアリィ☆3水ATK/DEF1200/800→600/200

 

 アヤメLP4000→3750

 

 初めてアヤメのLPが減る。微々たるものだが……これが第一歩だ!

 

「そしてメインフェイズ2、ライラの効果発動! このカードを守備表示にし、伏せカードを破壊します!」

 

 破壊されたアヤメのカードは……『幻獣の角』。レティアリィには使えないカードであるため発動できなかったのだろう。

 

「僕はターンエンドです。エンドフェイズ、ライラの効果でデッキトップからカードを三枚墓地へ」

 

 落ちたカード→ストロング・ウインド・ドラゴン、レベル・スティーラー、DDR

 

 いいカードが落ちた。祇園はターンエンド、と宣言する。

 会場が大きく湧き、アヤメも素晴らしい、と頷いた。

 

「そういう姿を見たかったのです。ですが、私も容易く敗れるつもりはありません」

「……はい」

 

 それはわかっている。そもそも、以前有利なのは向こうなのだ。

 モンスターを引かれれば、それでデュエルが終わってしまう。

 

「私のターン、ドロー。……ラクエルでライラへ攻撃」

「……破壊されます」

 

 モンスターを引かれることはなかったようだ。だが、効果発動、とアヤメが宣言する。

 

「ラクエルをデッキに戻し、『剣闘獣ダリウス』を特殊召喚。そしてダリウスの効果。剣闘獣と名のついたモンスターの効果で特殊召喚した時、墓地の剣闘獣を一体特殊召喚できます。ただしこの効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化され、このカードがフィールドから離れた時、デッキに戻します。――レティアリィを蘇生」

 

 剣闘獣ダリウス☆4地ATK/DEF1700/300

 剣闘獣レティアリィ☆3水ATK/DEF1200/800

 

 現れる二体のモンスター。アヤメは更に、と言葉を紡いだ。

 

「カードを伏せ、ターンエンドです」

「僕のターン、ドロー!」

 

 カードを引く。引いたのは――『メタモルポット』!

 もう一枚の手札を確認する。……これならどうにかできる可能性がある。

 

「僕はモンスターをセット、ターンエンドです!」

 

 残りLPは400だというのに、この一手。会場からざわめきの声が広がるが、祇園は無視した。

 

 

『夢神選手、勝負を諦めたのでしょうか』

『さて、私にはとてもそうは見えんがな』

『ですが、セットモンスターが一体だけというのは……』

『何か手があるのだろう。――少年は、まだ諦めていない』

 

 

 澪の言う通りだ。まだ、諦めない。

 そうだ。そうなのだ。才能も、運も、実力も足りない今の自分の〝強さ〟は。

 みっともなくても、恥知らずでも〝諦めない〟、それだけのはずだ!

 

「私のターン、ドロー。――バトル、レティアリィでセットモンスターへ攻撃!」

「セットモンスターは『メタモルポット』です! お互いに手札を全て捨て、カードを五枚ドローします!」

 

 メタモルポット☆2地ATK/DEF700/600

 

 互いに一枚ずつの手札を捨て、カードを五枚ドローする。ここからが賭けだ。あのカードを引けないと、負ける。

 果たして、答えは――

 

「――ダリウスでダイレクトアタック!」

「『バトルフェーダー』です! ダイレクトアタックを無効にし、バトルフェイズを終了します!」

 

 バトルフェーダー☆1闇ATK/DEF0/0

 

 引くことができた。これでまだ、戦える。

 対し、成程、とアヤメは頷いた。そして、一枚のカードをディスクに差し込む。

 

「成程。……私は手札から『剣闘獣ラクエル』を召喚します」

 

 剣闘獣レティアリィ☆3水ATK/DEF1200/800

 剣闘獣ラクエル☆4炎ATK/DEF1800/400

 剣闘獣ダリウス☆4地ATK/DEF1700/300

 

 並び立つ、三体の剣持つ獣。その威圧感は、やはり凄まじい。

 だが、同時に気付く。三体の剣闘獣――ラクエルを含む三体がフィールドに揃っているということは。

 

「まさか、これをお見せすることになるとは思いませんでした。――ラクエルと二体の剣闘獣をデッキに戻し、『剣闘獣ヘラクレイノス』を特殊召喚!」

 

 剣闘獣ヘラクレイノス☆8炎ATK/DEF3000/2800

 

 現れたのは、最強の剣闘獣。

 その圧倒的な威圧感が、フィールドを支配する。

 

 

『これは……昨シーズン、『東京アロウズ』が日本一を決めた時に召喚された神崎プロの切り札ですか!』

『手札を一枚捨てることで、相手の魔法・罠カードの発動を無効にする効果を有するモンスター。――強いぞ。その制圧力は圧倒的だ。少年、どう出る?』

 

 

 会場が大いに沸く。祇園も観戦する側だったら、素直に感動していただろう。

 だが、目の前でこうして相対すると思う。

 ――無理だ、と。

 そんな弱気な気持ちが、芽生えてきて――

 

(――折れるな!)

 

 だが、折れそうになる心を必死で繋ぎ止める。まだ、終わっていない。無様に見えても、どうであっても。

 LPが0になるその瞬間までは――諦めない!

 

「私はカードを二枚伏せ、ターンエンドです」

 

 伏せカードが三枚に、こちらの魔法・罠を手札を捨てることで無効にしてくるヘラクレイノス。アヤメの手札は二枚。即ち、二度防がれる。

 次のターンはないと思った方がいいだろう。防ぐ手段が見当たらない。

 ――ならば、ここで自分がすべきことは――

 

「僕のターン、ドロー! 僕はバトルフェーダーを生贄に、『ダークフレア・ドラゴン』を召喚!」

「罠カード発動、『奈落の落とし穴』です。ダークフレア・ドラゴンを破壊し、除外します」

 

 やはりあった、破壊カード。ここまでは予測通りだ。次の一手を打つ。

 

「相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない時、このカードは攻守を半分にして手札から特殊召喚できます! バイス・ドラゴンを特殊召喚!」

 

 バイス・ドラゴン☆5闇ATK/DEF2000/2400→1000/1200

 

 現れる紫のドラゴン。反応は――ない。

 

「更に墓地の『レベル・スティーラー』の効果発動! バイス・ドラゴンのレベルを一つ下げ、特殊召喚!」

 

 バイス・ドラゴン☆5→4闇ATK/DEF1000/1200

 レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0

 

 相手の伏せカードは残り二枚。今はこれで耐えるしかない。

 

「僕はターンエンドです」

「私のターン、ドロー。……バトル、ヘラクレイノスでバイス・ドラゴンを攻撃」

 

 破壊される紫の体躯を持つドラゴン。アヤメは、更に、と言葉を紡いだ。

 

「カードを一枚伏せ、ターンエンドです」

「僕のターン、ドロー!」

 

 四枚の手札。これでどうにか、突破しなければならない。

 

(ここからは賭けだ。その賭けに負ければ……僕の負け)

 

 心臓の音が高鳴る。そんな中で、祇園はそれでも必死に表情を取り繕った。

 ――全力で、立ち向かう!!

 

「僕はレベル・スティーラーを生贄に、ライトパルサー・ドラゴンを召喚!」

 

 ライトパルサー・ドラゴン☆6光ATK/DEF2500/2000

 

 現れる純白のドラゴン。アヤメは一瞬眉をひそめたが、伏せカードの発動はない。

 ならば――まだやれる!!

 

「――墓地の闇属性モンスターは、ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―、バイス・ドラゴン、レベルスティーラーの三体。墓地に闇属性モンスターが三体のみ存在する時、このモンスターは特殊召喚できます。来い――『ダーク・アームド・ドラゴン』!!」

 

 迅雷が舞い降り、世界が悲鳴に包まれた。

 漆黒の鎧を纏う、破壊の化身たる龍が――咆哮する。

 

 ダーク・アームド・ドラゴン☆7闇ATK/DEF2800/1000

 

 制限カードに指定される、特殊な条件下でのみ特殊召喚を許されたモンスター。そのモンスターの登場に、会場が大きく湧く。

 ――しかし。

 

「カウンタートラップ『神の警告』! モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚及びそれを含むカードの効果をLPを2000ポイント支払うことで無効にします!」

 

 アヤメLP3750→1750

 

 コストにより、アヤメのLPが大きく減る。会場から、悲嘆のため息が漏れた。

 誰もが、祇園の敗北を確信した。これで終わりだと。

 

(賭けは、僕の勝ちです……! 神の警告――ダーク・アームド・ドラゴンの効果を使わせなかったということは、あの伏せカードに『戦車』はない……!)

 

 剣闘獣と戦う際に最も気を付けなければならないカード。『剣闘獣の戦車』。自分フィールド上に剣闘獣がいる時にのみ発動でき、相手モンスターの効果の発動を無効にして破壊するという効果を持つ強力なカウンタートラップ。

 それが伏せられていれば、ここで終わっていた。だが――ないのなら!

 

(僕は、ずっとテレビの中で戦う美咲やプロの人たちに憧れるだけで……! 強い人と当たれば真っ先に負けて、笑い者になるような力しかなくて……!)

 

 手札を見る。残りは二枚。

 可能性は――繋がっている!!

 

「僕は、墓地の光属性モンスター『ライトロード・ハンター ライコウ』と闇属性モンスター『ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―』をゲームから除外します!」

 

 ずっと、憧れていた。

 テレビの中で戦う人たちに。エースと呼ばれ、天才と呼ばれる人たちに。

 その背に、羨望の眼差しだけを……向けていた。

 

(僕は弱い……ずっと、弱いままで……でも、今の僕を! こんな僕の背中を見てくれている人は確かにいるんだ!)

 

 きっとこの背中は、精一杯の虚勢が創り出したモノ。

 本来の夢神祇園という存在は、結局、観客席にいる『誰か』と変わらない。

 烏丸澪が評した、『観客席にいる諸君ら』という祇園に対する評価は、文字通りの意味なのだ。

 

「この条件で特殊召喚するのは――『カオス・ソーサラー』です!」

 

 カオス・ソーサラー☆6闇ATK/DEF2300/2000

 

 光属性と闇属性のモンスターを除外することで特殊召喚できる、強力無比なカオスモンスター。

 仮面の下に揺らめく瞳が、剣闘獣の英雄を静かに捉える。

 

(今は、どうしてか僕が強い人になってて……それは凄く怖くて、逃げたくなるけど……でも、わかるから。誰かに憧れる気持ちは、僕にだってわかるから!)

 

 友の背に、同世代のヒーローたちの背に。

 ずっと、憧れてきたから――

 

「カオス・ソーサラーの効果発動! 攻撃権を放棄する代わりに、一ターンに一度相手フィールド上の表側表示モンスターを除外できる! ヘラクレイノスを除外!」

 

 消え失せるは、剣闘獣の英雄。会場が大いに沸いた。

 

 

「行けぇ!! 夢神ィ!!」

「今や夢神くん!!」

「頑張れ祇園!!」

「そこだ坊主!!」

 

 

 声援を、その背に受けて。

 祇園は、静かに言葉を紡ぐ。

 

「墓地のレベルスティーラーの効果発動! ライトパルサー・ドラゴンのレベルを一つ下げ、守備表示で特殊召喚!」

 

 ライトパルサー・ドラゴン☆6→5光ATK/DEF2500/2000

 レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0

 

(ここで引いたら、意味はない! 相手の伏せカードは二枚……! ここで押し切れなければ、負ける!)

 

 アヤメの手札は二枚であり、対し、祇園は一枚。

 ここで押し切らなければ――

 

「バトル! ライトパルサー・ドラゴンでダイレクトアタック!」

「――罠カード発動、『聖なるバリア―ミラーフォース―』! 相手の攻撃宣言時に発動でき、相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊! カオス・ソーサラーとライトパルサー・ドラゴンを破壊です!」

 

 吹き飛ぶ二体のモンスター。――だが、まだ何も終わってはいない!!

 

「ライトパルサードラゴンの効果発動! このカードが破壊された時、墓地からレベル5以上の闇属性ドラゴン族モンスターを一体特殊召喚できる! バイス・ドラゴンを蘇生!!」

 

 バイス・ドラゴン☆5闇ATK/DEF2000/2400

 

 何度も何度も諦めかけた。でも、まだ。

 まだ――戦える!!

 

「バイス・ドラゴンでダイレクトアタック!!」

 

 宣言する。アヤメが一瞬、デュエルディスクに手をやり。

 ――一つ、吐息を零した。

 

「……見事でしたよ、夢神さん」

 

 竜の一撃が、アヤメへと振り下ろされる。

 

 アヤメLP1750→-250

 

 長い長いデュエルが、ようやくここで終わりを告げた。

 

 

『これは……勝者、夢神祇園選手!! 一般枠から参加した無名の選手が、プロを打ち破りました!!』

『紙一重のデュエルだったな。デュエルにたら、ればは厳禁だが……本当に僅かな違いで勝者は違っていただろう』

『夢神選手、準決勝へ一番乗りです!』

 

 

 会場が大いに湧く。その中でもアカデミア生たちからは祇園に次々と声援が送られてきた。

 

 

「よっしゃあああああああっ!! ようやったぞ夢神ィ!!」

「それでこそ俺らの代表や!! このまま準決も勝って決勝や!!」

「カッコ良かったで夢神くん!!」

「次も応援してるぞ!!」

「頑張れ!! 本当に頑張れ!!」

 

 

 次々と送られてくる声援に、何度も何度も頭を下げる祇園。その祇園に、失礼、と背後からアヤメが声をかけてきた。

 

「見事でした、夢神さん」

「こ、こちらこそ! ありがとうございました!」

「その実力ならば、冗談抜きで今すぐスカウトしたいくらいです。……準決勝、頑張ってください。応援させていただきます」

 

 ありがとうございました――そう言って立ち去っていくアヤメ。彼女にもまた、いくつもの惜しみない拍手が送られた。

 

「――ありがとうございます……!」

 

 その背に、祇園は深々と頭を下げた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 控室へ向かう廊下。そこで、神崎アヤメは一人の少女と遭遇する。

 ――桐生美咲。

 今大会の優勝候補筆頭とされる少女は、微笑を浮かべていた。

 

「負けてしまいました。強いですね、彼」

 

 苦笑を零す。すると、相手も微笑んでいた。

 

「同情はありましたが、その感情は置いてきたつもりだったのですがね」

「才能を視れた。それでええやろ、多分。ウチらは下の子らを育てるんもお仕事や」

「そう言ってもらえると、気が楽ですね」

 

 微笑む。そして、では、と言葉を紡いだ。

 

「自由な身となりましたので、応援に回ります」

「あはは、しっかり応援してやー?」

「桐生プロなら、問題はなさそうですがね」

 

 肩を竦める。そのまま、失礼します、とだけ言い残してアヤメは立ち去って行った。その背に、そうそう、と美咲は言葉を紡ぐ。

 

「最後、何で伏せカードを発動せーへんかったん?」

「見てみたいと思いました。彼の、デュエルを。……それだけです」

 

 今度こそ立ち去っていくアヤメ。一人残された美咲は、祇園、と小さく呟いた。

 

「……強くなったなぁ……」

 

 その言葉には、嬉しさと、寂しさと、その他多くの感情が。

 全て、込められていた――

 

 

 勝者、夢神祇園!!

 準決勝――進出!!













勝者、夢神祇園!!
背負ったものを放り投げることも無視することもなく、また一歩、成長してみせました!!




で、美咲に対する呼び方ですが、ああいうところが祇園くんのよく言えば大人、悪く言えば卑屈なところ。
世間から見た二人の『差』を冷静に感じられるからこうなるのです
いやー、面倒臭い主人公だなしかし……




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第二十七話 爆炎VS英雄、……愚者の狂想曲

〝ルーキーズ杯〟三日目は、一回戦から大波乱だった。

 二日目に行われた一回戦で、文字通りの『格の違い』を見せつけたプロデュエリストたち。今日も盤石の勝利を掴むものと思われた彼らの一角が、敗北したのだ。

 敗亡したのは、昨年の『新人王』――神崎アヤメ。

 勝利したのは、何の実績もも持たぬ『凡人』――夢神祇園。

 デュエル自体は、終始アヤメの優勢だった。ただ、最後の一手。本当に僅かな可能性に賭けた祇園が勝利したというだけで――

 

「素晴らしいデュエルでしたね。夢神選手の逆転劇は見事でした」

「あそこで決められなければ、その時点で敗北は確定的だった。結果的にはブラフになった伏せカードを目の前にしながら、それでも踏み込んだ少年の勇気の勝利だ」

 

 ルーキーズ杯の実況である宝生アナウンサーの言葉に、烏丸澪は頷きながら応じる。実際、あのまま決められなかったら祇園は敗北していただろう。

 アヤメの使う『剣闘獣』のデッキには、『炎星』というカテゴリのカードも一緒に組み込まれている。終ぞ出てこなかったが、それらのモンスターも並んでいれば洒落にならない状況になっていた。

 

「……全く、やはり面白いな。次々と他人を巻き込んでいく」

 

 飛び抜けた才能があるわけではない。彼自身は平凡な少年だ。だが、その心と強い意志には多くの者が惹かれていく。

 だからこそ、アヤメも最後に微笑を浮かべていたのだろう。

 

「さて、次の試合ですが……注目のプロ対決です」

「〝ヒーローマスター〟響紅葉と、〝爆炎の申し子〟本郷イリア。横浜と福岡はリーグが違うため、二人の対戦経験はないな。イリアくんがプロに入った年から紅葉氏は長期療養に入ったわけだから……」

「かつての全日本チャンプと、桐生プロと並び称され、俗に『桐生世代』と呼ばれる世代の代表的なプロである本郷プロ……」

「30歳以下の所謂『若手』では間違いなく上位の二人だ。特にイリアくんは現日本ランキング32位。今年中に30位以内に入るとも言われている」

「楽しみなデュエルですね」

「全くだ。……さて、興奮冷めやらぬ中、次の試合開始は20分後だ」

「それでは、今後も実況は私、宝生と」

「解説は烏丸でお送りさせてもらう」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 特別観戦席――選手のみが立ち入れる部屋に祇園が入ると、真っ先に遊城十代に声をかけられた。十代はまるでわがことのように喜び、興奮した様子で言葉を紡ぐ。

 

「凄かったぜ祇園! やっぱめちゃくちゃ凄ぇな!」

「あはは……本当にどうにか、だけどね……」

 

 苦笑を零す。危ない橋をいくつも渡り、どうにか渡り切れた。相手次第で終わっていた場面はいくつもいくつもあった。

 それを『幸運』と受け取るか、それとも『実力』と受け取るかは個人の考え方によって違うのだろうけれど……。

 

「今回の勝利は間違いなくあなたのものです。胸を張ってください。そうでないと、負けた私の立場がありません」

 

 振り返ると、そこには祇園の対戦相手であった神崎アヤメが立っていた。彼女は微笑し、今日はありがとうございました、と軽く一礼してくる。

 

「私の未熟の再確認となりました」

「あ、い、いえ! 僕の方こそ、その……勉強になりました。応援されることの意味、ようやくわかった気がします」

 

 応援する側だった頃には、ずっと気付かなかったこと。

 託されるということの意味。

 ……ようやく、一歩だけ彼女へと近付くことができた気がする。

 

「それならば良かったです。やはり後輩の成長を見るのは嬉しいですから」

「そっか、神崎プロはアカデミアの出身なんだもん……です?」

「ふふ、話し難いなら敬語でなくても大丈夫ですよ、遊城さん。……夢神さんは元々は本校の生徒だと伺いましたから。未熟ながらも先輩として、少しだけアドバイスを送らせていただきました。そこから何かを汲み取って頂けたなら、それは何よりです」

「はい。本当にありがとうございました」

 

 頭を下げる。本来なら試合中にわざわざ相手にアドバイスをする義理などないのだ。だが、アヤメは自分に声をかけ、気付かせてくれた。

 背負ったことのないプレッシャーで見失いそうになっていた、夢神祇園の〝強さ〟を。

 自分にできるたった一つの、〝諦めない〟ということを。

 

「そっか、成程な。でもやっぱ、プロって凄ぇなぁ……」

「うん。正直、『戦車』があったら最後の逆転もできなかったんだよね……」

「『戦車』?」

 

 十代が首を傾げる。祇園は頷きを返した。

 

「うん。『剣闘獣の戦車』っていうカードなんだけど……知らない?」

「いや、知らねぇ」

「そ、そう」

「――剣闘獣が場にいる時、相手モンスターの効果の発動を無効にして破壊することができるカウンタートラップです。ご存知でしたか」

「はい。剣闘獣と戦う時には気を付けるカードっていうことで覚えていました」

 

 頷く。祇園のデッキは効果モンスターが主体だ。故に、効果無効の類に関しては細心の注意を払っている。

 まあ、それでもどうしようもない時はどうしようもないが。

 

「って、ちょっと待てよ。ヘラクレイノスは魔法・罠を無効にするんだろ? そんなの無敵じゃねーか!」

「無限に使えるわけじゃないから完全無敵っていうわけじゃないけど……確かに強力だよ」

 

 しかも『剣闘獣の戦車』は『剣闘獣エクイテ』の効果で回収することもできる。故に真の意味で強力無比といえるだろう。『天罰』が似たような効果でありながら手札コストを要求する点からも、その強さはよくわかる。

 

「……そういえば、何故『戦車』がないとあの場面で判断されたのですか?」

 

 アヤメが問いかけてくる。祇園はえっと、と前置きしながら言葉を紡いだ。

 

「『ダーク・アームド・ドラゴン』を『神の警告』で破壊されたのを見て、そう判断しました。『戦車』があるなら効果に対して使った方が相手の墓地を減らせますし、警告も残ってLPを減らすこともないので」

「……成程、素晴らしい洞察力です。益々チームに欲しくなりました。如何ですか、学校を中退して今期ドラフトで『東京アロウズ』に入団するのは? 流石に下位指名になるとは思いますが、便宜を図ることはできますよ?」

 

 事実上のスカウトだ。しかもアヤメの目は本気である。

 プロデュエリスト――それも、『東京アロウズ』という名門チームからの誘いは素直に嬉しい。

 ――けれど。

 

「いえ……その、お誘いは嬉しいのですが……今はまだ、力が足りません」

 

 今日実感した。一度や二度、どうにか勝つことができたとしても、それを恒常的に行うことはできない。

 夢神祇園にとって、プロの世界はあまりに遠い。

 

「そうですか。……では、もし気が変わったならば昨日お渡しした番号にご一報ください。二年後のドラフトではお待ちしています」

「その時に見捨てられていないよう、頑張ります」

 

 苦笑する。二年後、自分が強くなれているかどうか……不安は常に付きまとう。

 だが、アヤメは首を左右に振った。

 

「大丈夫ですよ、あなたなら。……それでは、私はインタビューがありますので、これで。夢神さんも受けておいた方がよろしいと思いますよ。後で捕まりたくないのであれば」

 

 失礼します――そう言って、部屋を出て行くアヤメ。それを見送り、十代がもったいねぇなぁ、と祇園に向かって言葉を紡いだ。

 

「プロになるチャンスだったのにさ。祇園はプロを目指してるんだろ?」

「うん。でも、やっぱり力不足だから。今プロに入っても、活躍できずに引退するのが関の山だよ」

「そうか? 祇園なら大丈夫そうだけどな」

「大丈夫じゃないよ。……正直、勝てたのは奇跡だったんだから」

 

 正直、今でも実感が湧かないくらいだ。『新人王』に勝てたなど。

 ……まあ、次があれば確実に負けるのだろうが。

 

「ふーん。でも、控室も俺たちだけになったなぁ」

「他の人たちはどうしたの?」

「美咲先生は試合終わるとほとんど同時にどっか行っちまったぜ。紅葉さんと本郷プロは試合で、他の人たちは応援席で応援してるみたいだ」

「そっか……そういえば紅里さんと菅原先輩も応援席で見たもんね。じゃあ、僕も応援席に行こうかな?」

「俺もそうしようかな。なあ、祇園。折角だからアカデミアの皆のところに行こうぜ? レッド寮の皆、お前と会いたがっててさ」

 

 部屋を出ながらそんな言葉を交わす。えっ、と祇園は驚きの表情を浮かべた。

 

「いいのかな? 僕、退学になったのに……」

「退学なんて不当なもんだろ。誰も納得してないし、それに皆心配してたんだぜ、祇園のこと。だから行こうぜ」

「……うん。わかった」

 

 頷く。アカデミアの人たちには本当に迷惑をかけた。だから、負い目があったのだが――

 

「その、十代くん。……ありがとう」

「ん? 気にすんなって。友達だろ?」

 

 笑う十代。その背に、もう一度頭を下げた。

 本当に……自分は、恵まれている。

 多くの人に、助けられている。

 ――そして、観客席の方へと歩いていると。

 

「……クロノス先生?」

 

 十代が不意にそんな言葉を紡いだ。ほとんどの来場者が観客席にいるせいで、ロビーにはほとんど人がいない。一応、試合を見ることのできるモニターはあるが……そこにある椅子に一人座る人物は、俯いた状態でモニターから視線を外している。

 

「む……?」

 

 アカデミア本校技術最高責任者――クロノス・デ・メディチが十代の言葉に反応して顔を上げる。そして、祇園へ視線を向けると、勢いよく立ち上がった。

 驚く祇園と十代。クロノスは祇園の前にまで来ると、おお、と言葉を漏らした。

 

「シニョール夢神……本当に、嘘ではなかったノーネ……」

「え、ええと、お久し振りです、クロノス先生……」

 

 若干怯えながら言葉を紡ぐ祇園。正直、この先生に対してそこまでいい印象はない。レッド寮を見下しているし、十代のことを『ドロップアウトボーイ』と呼ぶ教師だ。祇園は直接会話したことがほとんどなかったが、良い評判は聞いていない。

 だが、今目の前にいるクロノスはアカデミア本校にいた頃のクロノスとは印象が全く違った。自信に満ち溢れたいつもの表情は消え、どこか悲しげな表情をしている。

 

「……私をまだ、『先生』とシニョールは呼んでくれるノーネ……?」

「それは……そう、です。だって、お世話になりましたし……」

 

 祇園が直接世話になったことは授業以外でほとんどないが、祇園にとって教師とは無条件で尊敬する相手だ。クロノスもその例に漏れることはない。

 そもそも、アヤメに聞かれた『退学』の一件においても祇園は誰一人として恨んでいない。自分が未熟で弱かった――ただそれだけなのだと認識しているのだ。

 だが、クロノスにとってはそんなことを言われるのは予想外だったらしく――

 

「……私は、シニョールに謝らなければならないことがあるノーネ」

 

 そして、クロノスは祇園に向かっていきなり頭を下げた。

 そのまま、クロノスは真剣な声色で言葉を紡ぐ。

 

「本当に……申し訳なかったノーネ……!!」

 

 いきなりのことに。

 祇園は、十代と顔を見合わせることしかできなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

〝爆炎の申し子〟――最初に彼女のことをそう呼んだのは誰だったのか。本郷イリアは、今更考えても仕方がないことに思いを馳せる。

 今でこそ多くの属性、種族のモンスターが増えて認識が変わったが、昔は『炎属性』といえば所謂『バーンカード』のイメージが強く、実際、そういうカードが多かった。

『バトルシティ』ではバーンカードが禁止とされた背景から、世間的にバーンカードに対する風当たりは強い。マシにはなったものの、イリアの学生時代はそういう方向から否定の言葉を投げかけてくる者が多かった。

 

(それが許せなくて、アタシは証明してきた)

 

 炎属性のモンスター。父がデザインし、生み出してきた数多くのモンスターたちの強さを。

 そして今、ここに立つことができている。

 

(この大会も裏で色々面倒なことになってるみたいだし、正直興味もなかったんだけど……この試合は別)

 

 ――響紅葉。〝ヒーロー・マスター〟と呼ばれる、最強のHERO使い。

 彼が全日本選手権で優勝した時のことは未だに覚えている。当時はまだ学生で、テレビの前から応援していた。

 当時弱小カテゴリと言われていた『HERO』の力を全国区に示し、認識させたデュエリスト。

 その姿は、奇しくも。

 イリアが目指すものに、酷く似ていたから。

 

「本郷プロ。こうしてデュエルをするのは初めてだね。よろしくお願いするよ。……お手柔らかに」

「こちらこそ。全日本チャンプと戦えるなんて光栄です」

「はは、所詮は『元』だよ。――さて、やろうか」

 

 その言葉に頷き、互いにデュエルディスクを構える。先行は――イリア。

 

「私のターン、ドロー。……私はモンスターをセット、カードを一枚伏せてターンエンドです」

 

 動き出しはこんなものでいい。解説席から澪と宝生の言葉が届いた。

 

 

『さて、響プロと本郷プロの試合が始まりました』

『イリアくんは無難な立ち上がりだな。とはいえ、互いに相手のデッキがどういうものかは理解している。……どう出るかな?』

 

 

 そう、こちらが紅葉のデッキが『HERO』であることを知っているように、相手もこちらのデッキのことについては知っている。

 とはいえ、プロのデュエルはエンターテイメント性を要求される。メタを張るつもりはない。普通にデュエルすればいいだけだ。

 

「僕のターン、ドロー。……僕は魔法カード『増援』を発動! デッキからレベル4以下の戦士族モンスターを一体、手札に加える! 『E・HERO エアーマン』を手札に加え、召喚! そしてエアーマンの効果により、デッキから『E・HERO オーシャン』を手札に加える!」

 

 E・HERO エアーマン☆4風ATK/DEF1800/300

 

 現れる風のHERO。『HERO』におけるエンジンであり、このカードがどのタイミングで出てくるかで状況は大きく変わる。

 

「バトル! エアーマンで攻撃!」

「セットモンスターは『フレムベル・パウン』です。このカードが戦闘によって破壊され、墓地に送られた時、デッキから守備力200のモンスターを一体手札に加えることができます。……『炎王獣キリン』を手札に」

 

 フレムベル・パウン☆1炎ATK/DEF200/200

 

 炎を纏う小型の猿が破壊され、その効果を発動する。戦闘破壊されるという受け身型のトリガーを必要とするものの、サーチ効果は強い。

 

「成程。……僕はカードを伏せ、ターンエンド――」

「――エンドフェイズ、リバースカードオープン! 罠カード『鳳翼の爆風』! 手札を一枚捨て、相手フィールド上のカードを一枚指定して発動できる! 選択した相手のカードを持主のデッキの一番上へ戻す! 手札から『ヴォルカニック・バレット』を捨て、伏せカードをデッキトップへ」

「……ッ、ドローロックされるか……」

 

 紅葉の伏せカードがデッキトップへ送られる。これで伏せカードはなくなった。

 

「私のターン、ドロー。……私は墓地の『ヴォルカニック・バレット』の効果を発動。墓地にこのカードが存在するメインフェイズにLPを500ポイント支払うことでデッキから『ヴォルカニック・バレット』を手札に加えることができる。『ヴォルカニック・バレット』を手札へ」

 

 ヴォルカニック・バレット☆1炎ATK/DEF100/0

 イリアLP4000→3500

 

 LPのコストを要求するものの、常に文字通りの『弾丸』を補充できる優秀なカードだ。イリアは手札を確認すると、更に、と言葉を紡いだ。

 

「手札より魔法カード『炎王の急襲』を発動! 一ターンに一枚のみ発動でき、相手フィールド上にモンスターが存在し、こちらにモンスターが存在しない時、デッキから炎属性の獣族・獣戦士族・鳥獣族モンスターを一体特殊召喚する!――来なさい、爆炎の王!! 『炎王神獣ガルドニクス』!!」

 

 爆炎がイリアの背後に火柱となって立ち昇り、徐々に鳥の形へと変化していく。

 そして、轟音が響いた時――そこに、紅蓮の怪鳥が姿を見せていた。

 

 炎王神獣ガルドニクス☆8炎ATK/DEF2700/1700

 

〝爆炎の申し子〟の切り札であり、レベル8の最上級モンスターだ。

 

「『炎王の急襲』で特殊召喚されたモンスターの効果は無効化され、エンドフェイズに破壊されるわ。――私は更に手札から『炎王獣キリン』を召喚!」

 

 炎王獣キリン☆3炎ATK/DEF1000/200

 

 次いで現れたのは、角を持つ炎の馬だ。炎をを纏う二体の獣を従え、バトル、とイリアは宣言する。

 

「ガルドニクスでエアーマンに攻撃! そしてキリンでダイレクトアタック!」

「――――ぐうっ!?」

 

 紅葉LP4000→2100

 

 一気にそのLPが半分近くまで削られる。アヤメは更に、と言葉を紡いだ。

 

「私はカードを一枚伏せ、ターンエンド。――エンドフェイズ、ガルドニクスは破壊される」

 

 吹き飛ぶ炎の怪鳥。だが、これでいい。

 ――ガルドニクスの本領は、ここから発揮される。

 

「僕のターン、ドロー!」

「――スタンバイフェイズ、墓地のガルドニクスの効果を発動! このカードがカードの効果によって破壊されたターンの次のスタンバイフェイズ、このカードを蘇生する!! 甦れ、『炎王神獣ガルドニクス』!!」

 

 炎王神獣ガルドニクス☆8炎ATK/DEF2700/1700

 

 再び蘇る炎の怪鳥。同時に、効果はここでは終わらない。

 

「ガルドニクスの効果発動! このカードがこのカード自身の効果で特殊召喚に成功した時、このカード以外のフィールド上のモンスターを全て破壊する!」

 

 モンスターリセット効果。単純故に強力無比な効果だ。

 だが、紅葉の場にはモンスターはいない。いるのはイリアの場のキリンのみだが――

 

「破壊されたキリンの効果を発動。このカードが破壊され墓地へ送られた時、デッキから炎属性モンスターを一体墓地へ送ることができる。――二体目の『炎王神獣ガルドニクス』を墓地へ」

 

 これで準備は完了。紅葉が、成程、と言葉を紡いだ。

 

「順調に墓地は肥えているようだね」

「本領発揮はこれからです、響プロ」

「なら、どうにかするしかない。――僕は魔法カード『戦士の生還』を発動! 墓地の戦士族モンスターを一体、手札に加える! エアーマンを手札に加え、召喚! そしてエアーマンの効果により、デッキから『E・HERO ザ・ヒート』を手札に! そして魔法カード『融合』を発動! 手札のザ・ヒートとエアーマンを融合! HEROと風のモンスターにより、暴風纏いしHEROが現れる!! 『E・HERO Great TORNADO』!!」

 

 E・HERO Great TORNADO☆8ATK/DEF2800/2200

 

 暴風を纏うHEROが姿を現す。その風が、ガルドニクスへと襲い掛かった。

 

「トルネードの効果発動! このカードの融合召喚成功時、相手フィールド上のモンスターの攻撃力を半分にする! ガルドニクスの攻撃力を半分に!」

 

 炎王神獣ガルドニクス☆8炎ATK/DEF2700/1700→1350/1700

 

 ガルドニクスの攻撃力が大きく減る。バトル、と紅葉は言葉を紡いだ。

 

「トルネードで攻撃!」

「――リバースカード、オープン! 速攻魔法『炎王円環』! 一ターンに一度のみ発動でき、自分フィールド上の炎属性モンスターを破壊し、墓地の炎属性モンスターを一体特殊召喚する! 自分フィールド上のガルドニクスを破壊し、墓地のガルドニクスを蘇生!」

 

 炎王神獣ガルドニクス☆8炎ATK/DEF2700/1700

 

 元の攻撃力となったガルドニクスが現れる。紅葉はくっ、と小さく呻いた。

 

「トルネードで攻撃だ!」

 

 イリアLP3500→3400

 

 ガルドニクスが破壊される。だが、紅葉の表情は浮かないままだ。

 

「ガルドニクスの効果発動! このカードが戦闘で破壊された時、デッキから『炎王』を一体特殊召喚できる! 『炎王獣バロン』を特殊召喚!」

 

 炎王獣バロン☆4炎ATK/DEF1800/200

 

 現れる後続のモンスター。くっ、と紅葉は呻いた。

 

「僕はカードを二枚伏せ、ターンエンドだ!」

「私のターン、ドロー。……スタンバイフェイズ、『炎王円環』で破壊されたガルドニクスを蘇生。効果により、トルネードを破壊!」

 

 炎王神獣ガルドニクス☆8炎ATK/DEF2700/1700

 

 まるで不死鳥の如く蘇るガルドニクス。これにより、紅葉の場が再び空く。

 

「ガルドニクスでダイレクトアタック!」

「リバースカード、オープン! 罠カード『ガード・ブロック』! 戦闘ダメージを一度だけ無効にし、カードを一枚ドローする!」

 

 攻撃は通らない。残念、とイリアは息を吐いた。

 

「墓地の『ヴォルカニック・バレット』の効果で、三枚目の『ヴォルカニック・バレット』を手札へ。……カードを二枚伏せ、ターンエンド。そしてバロンの効果により、効果で破壊された次のスタンバイフェイズに『炎王』を一体手札へ。……『炎王獣キリン』を手札へ」

 

 イリアLP3400→2900

 

 歓声が木霊する。そんな中、紅葉がドロー、と大声で宣言した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『今の攻防ですが、一瞬過ぎて何が何やら……』

『まあ、結論から言えばループ状態にしようとしたイリアくんのそれを、紅葉氏がどうにか止めたというところだな』

『ループ、ですか?』

『うむ。ガルドニクスは効果破壊された時、次のスタンバイフェイズ時に蘇ってフィールド上のモンスターを破壊する。『炎王円環』によってガルドニクスが破壊され、ガルドニクスが蘇った。……もし、紅葉氏がトルネードでガルドニクスを戦闘破壊しなかったらどうなっていたと思う?』

『効果破壊で蘇りますから……まさか、毎ターンスタンバイフェイズに全体破壊をするんですか!?』

『そうなる。それは免れたが、トルネードは食われた。そしてイリアくんの伏せカード……あれも十中八九、『鳳翼の爆風』のようなカードだろう。手札コストは揃っている』

『響プロは、今のドローで手札が四枚ですか……』

『そして伏せカードは一枚だな。……しかし、流石は互いに名を売るプロだ。これだけの動きを見せていながら、手札がしっかりと残っている。手札の重要性は二人とも理解しているようだな』

『ここから逆転……それもあの伏せカードを突破して、ですか』

『まあ、普通は難しい。だが、勘違いしないで欲しいのはあそこに立っているのはかつての全日本チャンプであるということだ。四年前、全日本選手権で無名の新人でありながらDD氏と清心氏を抑えて優勝した天才。――容易く終わるとは思えん』

『そうですね。――響プロが動きました!』

 

 

 モニターから聞こえてくる声から、一度意識を外す。十代は試合の経過がかなりに気になっているようだが、目の前のことの方が重要だと感じたらしい。それはそうだろう。あのクロノスが、もう生徒ではないとはいえ――いや、むしろ生徒でない相手に頭を下げる方が異常なのか――かつてのレッド生である祇園に頭を下げているのだから。

 

「えっ、あ、あのっ! 頭を上げてくださいクロノス先生!」

「しかし、私は……」

「事情がわからないです! どうして僕なんかに頭なんて……」

「そうだぜクロノス先生。どうしたってんだよ?」

 

 十代も困惑しながら言葉を紡ぐ。クロノスはゆっくりと顔を上げると、本当に申し訳ないノーネ、と言葉を紡いだ。

 

「私は……私たち教師陣は、我が身可愛さにシニョール夢神を見捨てたノーネ。教育者としてそれはあるまじきこと……本当に、申し訳なかったでスーノ……」

「見捨てた、って……どういうことですか?」

「シニョールの退学……あれは、どう考えてもおかしかったノーネ。……そこのドロップアウトボーイならいざ知らず、超優良生徒であるシニョールが退学になる道理などなかったのでスーノ。そもそもシニョールが廃寮に入ったぐらいで退学になるなら、シニョール如月などとっくに退学になってるノーネ」

 

 しっかりと十代と宗達を貶していることから、偽物ではないと判断する。……というか、この人の偽物なんて想像もできない。

 

「でも、制裁デュエルで僕は負けて……」

「……確かに、シニョールは制裁デュエルで負けたノーネ。しかし、本来あのデュエルは私が相手をする予定だったのでスーノ。急遽オーナーが来校してオーナーが行われることになったのでスーガ……私は、いや、私以外の教職員のほとんどはシニョールを退学にするつもりはなかったノーネ」

「えっ……?」

 

 どういうことだろうか。倫理員会で決定されたと校長から通達された退学の話……あれは、教師陣も納得してのことではなかったのか。

 

「元々、シニョールは入学当初の実技試験は優秀。しかし、筆記が悪いということで奮起を促すためにレッド寮に入れたノーネ。ほとんどのドロップアウトボーイは奮起せずにだらけるところを、しかし、シニョーラは他の寮の生徒と比べても一番に努力していたノーネ。アルバイトで学費を稼ぎ、レッド寮の食事を作り、最初は悪かった成績も徐々に上げ、月一試験ではシニョーラ藤原を倒したシニョールは、次の試験の結果次第ではラー・イエローへの昇格の話も持ち上がっていたのでスーノ。……廃寮侵入で一度見送ることになったのは、少し残念だったのでスーガ」

「……すみません」

 

 思わず謝ってしまう。だが、驚いた。自分のことをここまで評価してくれていたとは。

 正直、大した結果は残せていなかったのに――

 

「で、でもクロノス先生。あの時、俺たちに脅しかけてただろ? 退学にするぞ、って」

「ふん、ドロップアウトボーイが退学になったところで私は痛くも痒くもないでスーノ。あの言葉はドロップアウトボーイに向けたモノなノーネ。……それに、制裁デュエルはシニョールたちにとっていい機会だと思ったノーネ。シニョール夢神はともかく、ドロップアウトボーイたちはまともな努力もせずにだらける毎日。尻に火がつけば頑張るのではないかと思い、最初は賛成したのでスーノ」

 

 まあ、クロノスらしいといえばらしい。それに、祇園たちが校則違反をしたのも事実なのだ。

 

「……結局、何か理由をつけて退学にまではしないものだと思っていたノーネ……。そして私は、シニョール夢神の退学を止められなかったのでスーノ……」

「……退学は、僕が未熟だったからです。僕が弱かったから……」

「それは違うノーネ! そもそもオーナーに勝てる学生などいないでスーノ! シニョールは立派に戦った! デュエルとは青少年の希望であり光! そのデュエルで絶望を与えることはしてはいけないノーネ!」

 

 クロノスが言い切る。そして彼はもう一度、すまなかったノーネ、と言葉を紡いだ。

 

「シニョールの退学免除の署名、私も署名させてもらったのでスーガ、倫理委員会には受け取ってすらもらえなかったノーネ。……抗議しても、逆に脅されて……私は、逃げてしまったのでスーノ……」

 

 要は、保身のために祇園を見捨てたということだろう。……正直、そこまで気にするようなことでもないと思うが。

 

「大丈夫ですよ、クロノス先生。……最初は、退学になって途方に暮れましたが……どうにか、本当にどうにか望みを繋げることは出来ました。色んな人に助けてもらって……今は、大丈夫なんです」

「しかし、シニョールは私たちの所為で不要な苦労をしたノーネ。それは私たちの責任で……」

「……先輩に言われたんです。『お前はたった一度の人生も運や偶然で片付けるのか』、って。きっと僕が退学になったのは運命で、必然で、意味があることだったんです。苦労もしましたけど……でも、そこで出会って、手にしたものは確かにあるんです」

 

 多くの人に出会い、助けてもらって。

 夢神祇園は、こうして笑うことができているから。

 

「だから、もう気にしないでください。僕の退学は、僕自身のせいなんです。誰も悪くない。僕が弱かったのが、悪かったんです」

 

 結局、全てはそこに集約する。

 夢神祇園が弱かった――ただ、それだけなのだ。

 クロノスは祇園を見つめ、その瞳から涙を零す。

 

「本当に、本当に申し訳なかったノーネ……!」

「ええと……」

 

 おいおいと泣くクロノス。……正直、怖い。

 十代がそんなクロノスへ、へへっ、と笑いかけた。

 

「良かったじゃんか先生。祇園気にしてないってさ」

「ふん! 黙るノーネドロップアウトボーイ! そもそもシニョール夢神ではなくドロップアウトボーイが退学になれば良かったのでスーノ!」

 

 十代に対してはいつも通りの憎まれ口を叩くクロノス。本校にいた頃はよく見た光景なので、今更何かを思うことはない。十代も気にしていないようだし。

 クロノスはハンカチで涙を拭き、一度大きく鼻をかむと、祇園へと一枚の名刺を差し出した。

 

「もし何か困ったことがあれば、私に連絡すればいいノーネ。このクロノス・デ・メディチ、今度は絶対にシニョーラを見捨てることはしないノーネ」

「あ、ありがとうございます」

 

 名刺を受け取る。そこにはクロノスの連絡先がしっかりと書き込まれていた。

 

「それでは、シニョール夢神。影ながら応援してるノーネ。……悔いのないよう、全力で戦うのでスーノ」

「はい。ありがとうございます、クロノス先生」

「……やはり、先生と呼ばれるのは嬉しいでスーノ」

 

 クロノスは最後に一度だけこちらに頭を下げると、そのまま立ち去って行った。その背を見送ってから、そっか、と祇園の隣で十代が呟く。

 

「祇園の退学、クロノス先生も賛成してるもんだと思ってたんだけど……違うんだな」

「うん、そうみたいだね」

 

 校長室で鮫島校長と共に制裁デュエルの件を告げられた時はそう感じていたが……違ったらしい。まあ、クロノスの言い分もわかる。実際、十代たちはサボりまくっていたわけだし。

 おそらくだが、『見せしめ』の意味もあったのだろう。校則違反をする者や、だらけるレッド生に『制裁デュエル』というものを見せることで引き締めを図ったのだ。

 ……まあ、その結果として祇園は退学になったので、コメントはし辛いが。

 

「けど、だったらおかしいよな」

「おかしいって……何が?」

「だってさ、クロノス先生は祇園の退学について反対してたんだろ? 他の先生もそうだって言ってたし……なら、どうして祇園は退学になったんだ?」

「……倫理委員会の決定だから?」

 

 理由といわれても、正直それぐらいしか思いつかない。その決定の理由まではわからないが。

 

「そもそも倫理員会って何なんだ? 今まで疑問に思ってなかったけどさ」

「えっと、確か……『第三者の視点より学校運営を管理する』っていう名目で設置されてるはずだけど……」

「第三者かぁ……。でも、だったらますますおかしい気がするんだよな。廃寮に入ったからって即日で制裁デュエルを受けろー、だろ? いきなり過ぎないか?」

「うーん……」

 

 どうなのだろう、と思う。言われてみれば疑問に思う部分は確かに多い。

 だが、疑問に思っても仕方がないことだ。

 

「……まあ、過ぎたことだから。今更考えても仕方ないよ」

「そうかなー。って、紅葉さんの試合が!」

「あっ、待って十代くん!」

「先行ってるぜー!」

 

 走り去って行く十代。それに苦笑を零し、祇園はふと携帯端末を取り出した。

 クロノスの番号を登録しておこう――そんなことを思いながら操作する。

 ――不意に、その番号が目に入った。

 ほとんど反射的に、電話をかける。

 少しの呼び出し音の後、相手が出た。

 

『――はい、どうされましたか?』

「あ、夢神、です。今お時間大丈夫ですか、神崎さん……?」

『ええ。取材も終わりましたので。……どうされました?』

 

 電話の相手――神崎アヤメは頷いてくれた。祇園は躊躇しつつも、言葉を紡ぐ。

 

「あの、聞きたいことがあって……以前、僕の退学についてお話を聞きたいと仰って、その、話しましたよね……?」

『はい。どうかなさいましたか?』

「その、さっき……本校の先生と会いまして。ちょっと、わけがわからなくなって。……教えて欲しいんです。何が起こっていたのかを」

 

 アヤメが知っているかはわからない。だが、彼女はアカデミア本校の卒業生だ。何か知っているかもしれない。

 

「倫理委員会って、何なんですか……?」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 大歓声の中、響紅葉は自身の手札を見る。手札は四枚、伏せカードは一枚。対し、相手はガルドニクスと伏せカードが二枚に、手札は三枚。

 厄介な状況だ。……だが、この手札ならどうにかできる可能性はある。

 

(ガルドニクスを吹き飛ばすとなると、次のターンはないものと考えた方がいい。……スタンバイフェイズにモンスターを全て破壊されては、打てる手も打てない。そうなると――)

 

 このターンの速攻で、勝負を決める!!

 

「僕は手札より魔法カード『戦士の生還』を発動! 墓地の戦士族モンスターを一体手札に加える! 『E・HERO エアーマン』を加え、召喚! 効果によりデッキから『E・HERO フォレストマン』を手札に加える!!」

 

 E・HERO エアーマン☆4風ATK/DEF1800/300

 

 現れたのは、方に二つの風を巻き起こす装置を背負ったHEROだ。このモンスターの登場に対し、相手の伏せカードの発動は――ない。

 

「更に手札から『融合』を発動! 手札のフォレストマンとオーシャンを融合! HEROと水属性モンスターの融合により、極寒のHEROが姿を現す! 『E・HERO アブソルートZero』!!」

 

 E・HERO アブソルートZero☆8水ATK/DEF2500/2000

 

 現れるは、『最強のHERO』の名をほしいままにするモンスター。その能力は強力無比であり、イリアの表情が僅かに歪んだ。

 

「仕方ないわね……! リバースカード、オープン! 罠カード『サンダー・ブレイク』! 手札を一枚捨て、フィールド上のカードを一枚破壊する! アブソルートZeroを破壊!」

 

 これでZeroの効果によってガルドニクスが吹き飛ぶが、次のターンで復活する。壁として残っていられる方が面倒だということだろう。

 実際、その認識は間違っていない。このまま放置すればまた一ターン稼がれることになるのだ。

 紅葉の手札は一枚であり、それなら防げると思ってのことだったが――

 

「――リバースカード、オープン! 速攻魔法『マスク・チェンジ』! 自分フィールド上のE・HEROを墓地に送り、融合デッキから同属性の『M・HERO』を特殊召喚する! これによりサンダー・ブレイクは対象を失い、不発となる!――『M・HERO アシッド』を特殊召喚!」

 

 M・HERO アシッド☆8水ATK/DEF2600/2100

 

 現れたのは、仮面を被った銃を持つHEROだった。そのHEROの登場に、会場が湧く。

 

「アシッドの効果発動! 特殊召喚成功時、相手フィールド上の魔法・罠を全て破壊し、相手フィールド上のモンスターの攻撃力を300ポイントダウンさせる!――だが、フィールドから離れたアブソルートZeroの効果によってその効果も関係なく相手モンスターを破壊する!」

「――――ッ、『次元幽閉』が……!」

 

 残る一枚の伏せカードが破壊される。Zeroがモンスターを、アシッドが魔法・罠を。

 相手のフィールドを根こそぎ喰らい尽くす、凄まじいコンボだ。

 

 

『響プロ、ここで『マスク・チェンジ』です!』

『紅葉氏の切り札、『M・HERO』だな。『E・HERO』だけを警戒していたらこういったモンスターを出してくる。それが紅葉氏の強さだ。……正直、このコンボを耐え切れる者はそういないぞ』

『これで本郷プロの場はがら空きです! このままだとLPが残り300という状態になりますが……』

『いや、紅葉氏の目を見るといい。……ここで決めなければ次のターンでガルドニクスに粉砕される。ここで決めに来るはずだ』

 

 

 流石に〝祿王〟。よくわかっている。だが、イリアもそう容易く終わらない。

 

「自分フィールド上に表側表示で存在する『炎王』が破壊された時、このカードは特殊召喚できる! 『炎王獣キリン』を守備表示で特殊召喚!」

 

 炎王獣キリン☆3炎ATK/DEF1000/300

 

 現れる焔の獣。最後の壁。

 ここで決める――そうでなければ、負けるのはこちらだ!

 

「最後の一枚だ! 魔法カード『ミラクル・フュージョン』を発動! 場か墓地の融合素材を除外し、『E・HERO』の融合モンスターを融合召喚する! 墓地のオーシャンとフォレストマンを除外し――来い、『E・HERO ジ・アース』!!」

 

 E・HERO ジ・アース☆8地ATK/DEF2500/2000

 

 現れたのは、『地球』の名を持つHERO。

 世界に一枚ずつしか存在しない『プラネット・シリーズ』の一角。

 

 

『これは……昨日の桐生プロに引き続き、新たなプラネット・シリーズです!』

『大盤振る舞いだな、紅葉氏。……さては、誰かに向けたメッセージか』

 

 

 大歓声が背中を叩く。紅葉は笑みを浮かべ、バトル、と宣言した。

 

「エアーマンでキリンを攻撃!」

「くっ、破壊されたキリンの効果によって『ネフティスの鳳凰神』を墓地へ!」

 

 効果が発動する。――しかし、結果は変わらない。

 

 

「二体のモンスターでダイレクトアタック!!」

「――――ッ!!」

 

 イリアLP2900→-2200

 

 決着の音が鳴り響く。紅葉はイリアへと手を差し出した。

 

「ありがとう。危なかったよ」

「勝てると思っていましたが、やはり全日本チャンプはお強い。……日本シリーズでお待ちしています」

「その時もまた、勝たせてもらうよ」

 

 笑みを零し、握手を交わし合う。それを終えると、紅葉は観客席の方へと拳を突き上げた。

 視線の先にいるのは、こちらを観客席から見下ろす少年――遊城十代。

 

「――上がって来い、十代」

 

 その言葉が、届いたわけではないだろうが。

 十代は、満面の笑みでこちらへと拳を突き出してきた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 観客席に辿り着くと、皆が一斉にこちらを見た。そして、笑みを浮かべてくれる。

 

「おお! 夢神! よーやったで自分! 大金星やないか!」

「思わず座布団投げるところやったで!」

「お前のくっさい座布団なんて迷惑やろうが」

「そもそも座布団やないしな」

「一時はどうなるかと思ったけど、ようやった! 準決勝も頑張るんやで!」

 

 バシバシと体中を叩かれる。少し痛いが、心地良い痛みだ。

 そのまま席に座ると、おめでとうございます、という声が聞こえてきた。見れば、妖花が満面の笑みを浮かべている。女生徒に囲まれている姿を見ると、おそらくここに連れて来られて一緒に観戦していたのだろう。

 

「凄かったです! 感動しました!」

「あはは……ありがとう。妖花さんも頑張って」

「はい! 精一杯頑張ります!」

 

 満面の笑みで頷く少女。その笑みを見ていると、重い気持ちが少し和らぐ。

 ……こんな暗い感情、消えてしまえばいいのに。

 

「ギンちゃん、大丈夫~?」

 

 不意にそんな声をかけてきたのは、二条紅里だ。彼女の問いに、祇園ははい、と頷いた。

 

「大丈夫ですよ?」

「顔色悪いから……辛いなら、そう言わなくちゃ駄目だよ~?」

「ちょっと緊張して、疲れただけですよ」

 

 微笑と共にそう返す。紅里はまだ首を傾げていたが、受け入れてくれたようだ。

 ――思い出すのは、アヤメとの会話。

 彼女が語った、真実の一端。

 

 

 

〝退学になったことに不審点がある、と?〟

〝……はい〟

〝ですが、退学はご自身の責任と言っておられませんでしたか?〟

〝それは、今も変わらないです。でも、いきなり謝られたりして……何が起こっているのか、知りたくて〟

〝……聞けば後悔することになるかもしれませんよ?〟

〝それでも、知りたい……です〟

〝………………『見栄』ですね〟

〝見栄……?〟

〝おそらく、ですが。私の聞いた話と今お伺いした話を統合すると、そういうことなのではないかと。倫理委員会の決定は、学校内の事というだけならどうとでも誤魔化せたのでしょう。『退学にするつもりはなかった』というのは、そういう意味だと思います〟

〝…………〟

〝ですが、オーナーが現れ、撤回ができなくなった。一度決定を下したものをそう簡単に覆すことはできません。プライドのある者なら、特にです〟

〝それじゃあ……〟

〝思っておられる考えで間違いはないかと。……肥大化したプライドによって、決定は覆らなかった。面子を汚されるのを恐れるが故に。それが真相なのでしょう。問題はもっと根深そうですが〟

〝…………〟

〝大丈夫ですか?〟

〝あ、だ、大丈夫……です〟

〝無理はなさらないでください。私も微力ながら力になりますし、桐生プロや烏丸プロを始め、あなたの味方は大勢います。決して、それを忘れないでください〟

〝……ありがとう、ございます〟

 

 

 

 意味はわかる。海馬瀬人はオーナーだ。その人物の前で一度決めた決定を簡単に覆していれば信用に関わる。要はそういうことで、だから祇園の退学は取り決め通りに行われた。

 退学の条件に付いては納得していたし、それは仕方ないと思う。

 ――けれど。

 

(何だろう……このもやもやした気持ち……)

 

 受け入れ、認め、そうして前に進んできたはずなのに。

 何故か……それを受け入れられない。

 

(退学は……僕が弱かったから。それ以外の理由は、ないはずで……)

 

 勝っていればよかった。それが全てだ。

 なのに、今更。

 今更、何を考えているのか――

 

 

『第三試合の組み合わせは、アカデミア本校推薦枠、遊城十代選手VS一般枠、新井智紀選手です』

『〝ミラクルドロー〟と〝アマチュア最強〟、楽しみなデュエルだ』

『ベスト4進出はどちらか。試合開始は二十分後です』

 

 

 実況席の声と、歓声が。

 酷く、遠いものに思えた。










別に誰かが許されるわけでもなく、過ぎてしまったことである以上取り返すことはできない。
そういう意味において、『自己満足』だったかもしれない一つの謝罪。〝謝罪とは己のためにするもの〟――そう言ったのは誰だったのか。




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第二十八話 融合対決、純正の決闘者

 

 大学リーグ、と呼ばれるリーグ戦が存在する。

 年に二度、定められた地区内で行われる大学同士のリーグ戦だ。現在では第四部リーグまで存在し、毎年昇格・降格を巡って熾烈な争いが繰り広げられている。

 そんな中、『名門』と呼ばれ、同時に『最強』と呼ばれる大学がある。

 ――晴嵐大学。

 現在関東リーグ二連覇という実績を残し、同時に東西統一戦史上最多勝利数を誇る大学だ。

 東日本と西日本の代表で年に一度行われる東西統一戦での優勝は、全国の学生が憧れるものである。その優勝時のメンバーは、永遠に名を刻まれる。

 そしてその晴嵐大学において、二年生の時よりエースを張る男がいる。

 

 曰く、〝最強のアマチュア〟――新井智紀(あらいともき)。

 

 今期ドラフトの目玉であり、大学リーグにおける通算成績は勝率7割を記録する怪物だ。その実力にブレがあると言われながらも、即戦力としてプロの注目を集めるデュエリストである。

 その背中に憧れる者は数多く、現に今も、試合会場に向かう途中でアマチュアの身分でありながらサインをせがまれている。

 

「……『ヨウスケくんへ』、と。これでいいか?」

「はい! ありがとうございます!」

 

 渡された色紙に名前を入れてやると、少年は満面の笑みで頷いた。その頭を軽く撫で、坊主、と智紀は声をかける。

 

「好きなカードは何だ?」

「えっと、『サイバー・ドラゴン』です! 持ってないですけど……」

「おいおい、お世辞でも俺の使ってるカードを出してくれよ」

 

 苦笑を零すと、周囲から笑いが漏れた。その少年も笑っている。

 

「まあいいや。とにかく、今日も応援よろしくな。なんつーか、熱いデュエル見てテンション上がっててよ。全力でやりたいんだ。やっぱ、デュエルって楽しいもんな?」

 

 問いかけに、その少年は大きく頷いた。良い笑顔だ。この子たちが次の世代を担っていくのだと考えると、招来は安泰に思える。

 ……まあ、そういう智紀自身が今年で22になる若造に過ぎないので、次の世代について考えているのも妙な話だが。

 

「新井選手、準決勝への自信は!?」

 

 声が聞こえてきた。大学リーグでも世話になっている記者たちだ。智紀は彼らに対し、んー、と肩を竦めて応じる。

 

「負けるつもりはありません。けど、どうなるかはわかりませんね」

「しかし、相手はアカデミアの推薦を受けているとはいえ一年生ですよ?」

「若いことは理由になりませんよ。さっきの試合で同じ一年生、しかも何の実績もない夢神選手に神崎プロは負けたわけですし。遊城選手も昨日松山プロに勝っていますからね。……多分、百も試合すれば二人共十勝することも困難なのが現実でしょう。しかし、これは一発勝負です。何が起こるかは正直わかりません」

 

 肩を竦める。実際、荒い部分が目立つがあの遊城十代という一年生は相当なセンスを持っている。夢神祇園――彼も光る部分があると思うが、遊城十代に比べると劣ってしまう。

 圧倒的なドロー力と、ピンチでも臆するどころか笑える力。あの年齢で自分自身のデッキをあそこまで信じ切れる者を智紀は他に知らない。

 

(……どうしたってたら、れば、というものは考えてしまうもんだ。それは仕方ない。デッキを毎日弄ってデュエルでピンチになれば、『あのカードを入れておけば』なんてのは常に考える。だが、あの一年生にはそれがない。アイツは、自分自身とデッキを最後まで心の底から信じてやがった)

 

 人の心など弱いものだ。劣勢になり、ピンチになればマイナスのことを考えてしまう。それをどう抑え込むかが心の強さであり、先程試合していた夢神祇園――彼はそういう〝諦めない〟という〝強さ〟を持っているように見えた。

 だが、遊城十代は違う。諦めないという発想の前。そもそも『諦めるという発想がない』のだ。どういう精神力をしていればあんな風になれるのか。

 

(まあ、世間知らずのクソガキの可能性もあるが……アカデミアの総本山からの推薦だ。何かあるんだろ。〝ミラクルドロー〟――羨ましい才能だ)

 

 高校時代に芽の出なかった智紀にとって、ああいう高校時代から活躍できる人間というのは正直羨ましい。まあ、だからこそ手加減はしないつもりだが。

 一発勝負の真剣勝負。全力でやる以外の選択肢は存在しない。

 

「でも、だからこそ楽しみです。――そろそろ時間ですので、行きますね。皆さん、応援よろしくお願いします!」

 

 声を張り上げると、周囲から拍手の音が響いた。期待されるのも、応援されるのも、この四年間で何度も体験した。正直、未だ慣れない部分も多い。期待とプレッシャーに押し潰されそうな時は何度もある。

 だが、それでも自分は全国大学ランキング一位、晴嵐大学のエース――新井智紀だ。

 背負ったモノから逃げるほど、腑抜けになった記憶はない。

 

「では、行ってきます!」

 

 声援を受けながら廊下を進み、会場へと入り込む。それと同時に大歓声が体を叩き、多くの声が耳に届いた。

 

 

「新井先輩ー!! 頑張ってくださいー!!」

「〝アマチュア最強〟の力、世間を知らん小僧に教えてやれ!!」

「応援してます!! 頑張ってください!!」

 

 

 背負うことは、逃げ道を塞ぐこと。

 皆はこの小さな背中に『期待』という『夢』を込めてくれている。それを頂点まで運ぶのが、〝エース〟の役目だ。

 歓声の中、しばらく待つ。すると、反対側から対戦相手がやってきた。

 ――遊城十代。

 まるで子供のように目を輝かせ、こちらへと走ってくる。

 

「新井さん……です、よね! よろしくお願いします!」

「いやお前、敬語苦手過ぎるだろ。ま、よろしく頼むぜ」

 

 十代に対して苦笑で応じる。雰囲気通りの少年だ。良い意味で天真爛漫。悪く言えば馬鹿。

 だがまあ、こういう手合いの方が気持ちが良くて好印象を持てる。

 

「そういやお前、今日の午前中何してたんだ? いなかったよな? 夢神の方は片付けまで手伝ってたけど」

「あー……いや、昨日騒ぎ過ぎて寝坊しててさー……です」

「言い難いなら敬語はいいぞ? しっかし寝坊か。大物だなお前」

 

 思わず笑みが零れる。こっちなど緊張で朝早くに目が覚めて困っていたというのに。

 まあ、体調は悪くないので問題はないのだが。

 

「……さて、やるか」

「おう! いくぜ!」

「お互い楽しもうな」

 

 そして、宣誓が行われる。

 

「――決闘(デュエル)!!」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 東京都内にある、小さなカードショップ。決して規模は大きくないものの、都内では有数の人気を誇るカードショップだ。

 その理由は至極単純で、かつて無名だった〝アイドルプロ〟桐生美咲を見出し、世に送り出したのがこのカードショップであり、また、店長である人物の伝手から高価なカードは少ないものの品揃え自体はしっかりしているなどといった要因がいくつもあるが故にだ。

 そしてこのカードショップには、今日も様々な年齢層の常連客が集まっている。ただ、今日はいつもと違いデュエルをしている姿は少ない。

 ――夢神祇園。

 このカードショップの常連ならば間違いなく見覚えのある、一人の少年。

 その雄姿を、全員で応援しているのだ。

 

「祇園、凄かったな! 新人王に勝っちまったぞ!?」

「感動したよ! ヤベェ泣きそう……!」

「店長ー! 祝おうぜー!」

「飲食は禁止だバカタレ共」

 

 祇園の勝利からくる興奮から騒ぎまくる常連たちへ、店長は呆れた様子で言葉を紡ぐ。だが、いつも仏頂面を浮かべるその表情には僅かに笑みが浮かんでおり、それがわかるからこそ常連たちも騒いでいるのだ。

 

(……祇園。ようやく、そこまで辿り着けたか)

 

 テレビに映る少年の雄姿を思い出しながら、店長は内心で呟く。店の隅でいつも一人ぼっちだった少年。客のいない店で、彼の存在がどれだけ嬉しかったか。

 険しい道程だったはずだ。だが、それでも諦めずに。

 ようやく、彼はあの場所へと辿り着いた。

 

(もう少しだ。そうだろう、祇園)

 

 彼が目指した場所。

 約束の場所は、もう目の前にある。

 

 ――カランコロン。

 

 来店の音が鳴った。視線を向ければ、見覚えのない青年が入って来るところだった。精悍な顔つきをした青年だ。

 その青年に、いらっしゃい、と店長は言葉を紡ぐ。青年は頷きを返すと、迷いなくこちらへと歩いてきた。

 

「……〝碌王〟から話は聞いている」

 

 この大会が始まってから、〝祿王〟を筆頭に有名人が何人も店を訪れている。ありがたい話だが、面倒と思う自分は商売に向いていないのだろうか。

 

「だが、俺はデュエリストじゃない。所詮は小さな店の店長だ。カードを売ることと、多少のアドバイスしかできんぞ」

「十分です。よろしくお願いします」

 

 青年が礼儀正しく頭を下げてくる。店長はふん、と一度鼻を鳴らした。

 

「お前さんなら、俺に頼らずとも他にいくらでもいるだろうに。……サイバー流正統継承者、丸藤亮」

「だからこそです。俺は、俺自身の答えを見つけるためにここに来ました」

 

 大会の熱気で盛り上がる店内で。

 静かに、『帝王』と呼ばれる男はそう言った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 デュエルが始まる。先行は――〝アマチュア最強〟、新井智紀だ。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 手札を見、そして対戦相手である遊城十代を見る。目を輝かせる様は、まるで子供だ。

 

(デュエルを覚えたばかりのガキみたいな面してんな……。まあ、気持ちはわかるけど。こういう場所でのデュエルは、やっぱ色々とテンション上がるしな)

 

 大観衆の前でやるデュエルというのは、総じて楽しいものだ。智紀自身、世界大会やリーグ戦の佳境では毎回緊張と興奮が入り混じった心境でデュエルしている。

 故に、嬉しい。やはりデュエルとは楽しくなければならない。一回戦の相手――ウエスト校の菅原雄太もそうだったが、互いに全力で向かい合うのが一番なのだ。

 

「俺は手札より、『レスキューラビット』を召喚!」

 

 レスキューラビット☆4地ATK/DEF300/100

 

 智紀のフィールド上に現れたのは、黄色いヘルメットを被った一体の兎だった。その可愛らしい姿に、観客席から黄色い声援が飛ぶ。

 

「レスキューラビットの効果発動! 自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードをゲームから除外し、デッキから同名の通常モンスターを二体特殊召喚する!――『ジェムナイト・ガネット』を特殊召喚!」

 

 ジェムナイト・ガネット☆4炎ATK/DEF1900/0

 ジェムナイト・ガネット☆4炎ATK/DEF1900/0

 

 現れるのは、二体の宝石の力を宿す戦士。『ジェムナイト』――融合することによってその力を発揮するモンスターだ。

 

「おおっ! 凄ぇ! 格好良いな!」

「お、この格好良さがわかるか。見所あるなー、お前。――ま、本気出すのはこっからだけどな」

 

 笑みを浮かべる。『ジェムナイト』の本領発揮はここからだ。

 

「俺は手札より魔法カード『ジェムナイト・フュージョン』を発動! 手札・墓地から融合素材となるモンスターを墓地へ送り、『ジェムナイト』と名のついたモンスターを特殊召喚する! 俺はガネットと手札の『ジェムナイト・オブシディア』を融合! ジェムナイトと岩石族モンスターの融合により、降臨せよ! 『ジェムナイト・ジルコニア』!!」

 

 ジェムナイト・ジルコニア☆8ATK/DEF2900/2500

 

 現れたのは、両腕にダイヤモンドの力を宿すジェムナイト。その高攻撃力に、観客が沸く。

 

「更に墓地へ送られたジェムナイト・オブシディアの効果! このカードが手札から墓地へ送られた場合、自分の墓地に存在するレベル4以下の通常モンスターを一体特殊召喚できる! ジャムナイト・ガネットを特殊召喚!」

 

 ジェムナイト・ジルコニア☆8地ATK/DEF2900/2500

 ジェムナイト・ガネット☆4炎ATK/DEF1900/0

 ジェムナイト・ガネット☆4炎ATK/DEF1900/0

 

 並び立つ三体のモンスター。智紀は更に、と言葉を紡いだ。

 

「墓地の『ジェムナイト・フュージョン』の効果発動! 墓地のジェムナイトと名のついたモンスターをゲームから除外し、このカードを手札に加えることができる! オブシディアを除外し、手札に加えてそのまま発動! 二体のガネットで融合だ! ジェムナイトと炎族モンスターの融合により、降臨せよ! 『ジェムナイト・マディラ』!!」

 

 ジェムナイト・マディラ☆7地ATK/DEF2200/1950

 

 現れたのは、高温の両腕と巨大な高温の剣を持つジェムナイト。一瞬で二体の融合モンスター。その光景に観客が沸き、十代も目を輝かせる。

 

「すげぇ! 滅茶苦茶格好良いな!」

「だろ? それじゃあ、俺は墓地のガネットを除外してジェムナイト・フュージョンを回収。カードを一枚伏せてターンエンドだ」

 

 ジェムナイトの強さはその連続融合による展開力にある。その物量で押し潰すのがジェムナイトの強さだ。

 

 

『一ターン目から融合モンスターが二体ですか……凄まじいですね』

『墓地のモンスターを除外するというコストを要求するものの、専用の『融合』を毎回回収できるのが『ジェムナイト』の強みだ。融合戦術の性質上、手札消費が激しいのが難点だがな』

『それでも手札は三枚残っている、ですか』

『リカバリーも用意しているのだろうな。〝アマチュア最強〟は伊達ではない。『最強』などと呼ばれれば、対策をされてしまうのが世の常だ。特に彼は二年生の頃からエースを張っていたという。対策され、メタを張られることなど日常茶飯事だっただろう』

『実際に新井選手は三年生となった当初は成績を落としていますね』

『だが、それでも潰れることはなかった。多くの者が潰れる中、それでも未だエースとして君臨し続けている。――この壁は厚いぞ、一年生。〝ミラクルドロー〟はどこまで通用するかな?』

 

 

 聞こえてくる声。確かに三年生に上がった当初は厳しかった。高校時代は大して強くなかったこともあり、対策されるという経験がなかったために苦労したのだ。

 だが、それもどうにか乗り越えた。だからこそ、ここにいる。

 相手を見る。二体の上級モンスター。それを見て、十代は笑みを浮かべていた。楽しくて仕方がないのだろう。そういう表情だ。

 

「へへっ、やっぱ凄ぇな! 〝アマチュア最強〟は!」

「俺が最強と自惚れるつもりはないけどな。ただ、弱いつもりもないぞ」

「くぅーっ! いいな! 面白いぜ! 俺のターン、ドロー!――俺は手札から『E―エマージェンシーコール』を発動! デッキから『E・HERO』と名のついたモンスターを一体、手札に加えるぜ! 俺は『E・HERO エアーマン』を手札に加え、召喚! 効果により、『E・HERO アイスエッジ』を手札に加えるぜ!」

 

 E・HERO エアーマン☆4風ATK/DEF1800/300

 

 HEROにおけるエンジンと呼ぶべきモンスター、エアーマン。十代のドロー運があれば、必ず初手でこのカードを呼び込める。

 

「そして『沼地の魔神王』を捨て、『融合』を手札に!――そのまま発動、手札のアイスエッジとエアーマンで融合! 水属性モンスターとHEROの融合により、極寒のHEROが姿を現す!――来い、『E・HERO アブソルートZero』!!」

 

 E・HERO アブソルートZero☆水8ATK/DEF2500/2000

 

 現れるのは、極寒のHERO。一つ前の試合でかの〝ヒーロー・マスター〟響紅葉が使ったカードであるということもあり、会場が大いに盛り上がる。

 

「いくぜ! アブソルートZeroでマディラに攻撃!」

「――ッ、とぉっ!」

 

 智紀LP4000→3700

 

 ジェムナイト・マディラが破壊され、智紀のLPが削られる。会場が再び湧いた。

 

「俺はカードを一枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 十代が宣言する。解説席の方から声が聞こえてきた。

 

 

『先制したのは遊城選手です!』

『一回戦で見せたドロー力は伊達ではないということだな。まさかジェムナイトの融合戦術と渡り合うとは』

『とても一年生とは思えませんね。先程の夢神選手もそうでしたが……』

『少年はともかく、遊城くんはむしろ一年生らしいという印象を受けるがな。一年生であるが故に、怖さを知らない。だからああして踏み込むことができる。逆に少年は怖さを『知り過ぎている』印象か』

『成程……』

『勢いというのは恐ろしい。新井選手は一発勝負の怖さをその身で知っているはずだ。若さの勢いが勝つか、それとも盤石に大人が勝つか……楽しみだな』

 

 

 全くその通りだ、と智紀は内心で思った。自分は一発勝負の恐ろしさをよく知っている。

 高校生の時も、大学生になってからも、幾度となくそれで泣いたことがある。

 対し、対戦相手である遊城十代はそれを知らないのだろうと思う。知っていたらこうも無鉄砲に突き進んでくることはないし、だからこそ怖い部分は間違いなくある。

 

「――だが、そう簡単に負けるわけにはいかないんだよ。俺のターン、ドロー!」

 

 手札を見る。いずれにせよ、やれることは少ない。

 

「バトルだ! ジルコニアでアブソルートZeroを攻撃!」

「くっ……! リバースカード、オープン! 罠カード『ヒーロー・シグナル』! 自分フィールド上のモンスターが戦闘で破壊された時、デッキからレベル4以下の『E・HERO』を特殊召喚する! 俺はデッキから『E・HERO バブルマン』を特殊召喚! 更にバブルマンの効果! このカードの召喚・特殊召喚成功時に自分フィールド上にカードが他に存在しない時、カードを二枚ドローできる! 二枚ドロー!」

 

 十代LP4000→3600

 E・HERO バブルマン☆4ATK/DEF800/1200

 

 手札補充――少々想定外のそれに、思わず驚く。しかも、これで終わってはいないのだ。

 

「そしてアブソルートZeroの効果発動! このカードがフィールドから離れた時、相手フィールド上のモンスターを全て破壊する!」

 

 アブソルートZeroを『最強のHERO』たらしめる、全体破壊効果。禁止カードである『サンダー・ボルト』と同じ効果を持つだけはあり、やはり強力だ。

 吹き飛ぶジルコニア。それを見て、新井は思わず笑みを浮かべた。

 ジルコニアとZero。一対一の交換を要求したつもりが、蓋を開けてみれば相手はモンスターを残し、更に手札補充までやってきた。

 

(おいおい、マジか。ナメてたわけじゃあないが……やるじゃねぇか)

 

 笑っているのが自分でもわかる。堪え切れない。

 気付いた時には、腹を押さえて笑っていた。

 

「くくっ、面白ぇ……! いいなお前! 本当に一年坊主か!? こんな形で出し抜かれるとは思わなかったぞ!」

 

 笑いが止まらない。高校の一年生といえば、如何にアカデミア生でも『アドバンテージ』の概念すら理解していない者も多いのが現実だ。というより、それを理解できているならインターミドルやジュニア大会で上位に食い込めている。

 それについてはカードが手に入り難いことや戦術などの知識が不足しているという理由もあるのだろうが……それにしても、一年生がまさかこうも簡単にこちらを出し抜き、アドをとってくるとは。

 まあ、近畿大会や関東大会といったレベルになってくるとその辺の知識は最低条件となってくるのではあるが。いずれにせよ、一年生がこんな動きを見せてくるとは。

 十代はそんな智紀の言葉に笑みを浮かべると、楽しそうに笑みを浮かべた。

 

「へへっ。戦術については友達から教えてもらったんだ。滅茶苦茶強ぇ友達がいてさ。十回やって2、3回くらいしか勝てねぇんだけど……そいつに教えてもらったんだ。『アドバンテージ』、ってもんの大事さを」

「良い友達だな。……もしかして、夢神祇園とかいう一年坊か? 先に準決勝に進んでる」

「いや、違う。如月宗達ってヤツだ。後は美咲先生が色々教えてくれてる」

「如月宗達……? どっかで聞いた名だが……それよりも桐生プロに教えてもらってんのか。羨ましいな。色んな意味で」

 

 正直、そこまで期待はしていなかった。〝ミラクルドロー〟の名の通り、確かにドロー運は凄まじいようだが、それ以外は脆く見えていたのだ。

 ――だが、こういうことなら話は別。

 

「謝罪する。すまなかったな。――正直、ナメてたわ」

 

 これほどとは思わなかった。流石にアカデミア本校期待のルーキーというべきか。

 昨日試合したウエスト校の菅原雄太――彼はインターハイ上位陣の知識を持っていたし感覚もあった。だが、彼は三年だ。一年生である遊城十代が、これほどとは――……

 

「俺はモンスターをセットし、ターンエンドだ」

 

 とはいえ、ジルコニアが破壊された以上次の手を考える必要はある。それがどう出るかはわからないが……。

 

「俺のターン、ドロー! へへっ、一気に行くぜ! 俺は手札から『融合回収』を発動! 『融合』と融合素材になったモンスターを墓地から手札に加える! 俺はエアーマンと融合を手札に戻し、エアーマンを召喚! 効果でデッキから『E・HERO バーストレディ』を手札に加えるぜ!」

 

 E・HERO エアーマン☆4風ATK/DEF1800/300

 E・HERO バブルマン☆4水ATK/DEF800/1200

 

 これで十代の場にはモンスターが二体。そして手札は六枚。対し、智紀の場にはセットモンスターと伏せカードが一枚ずつと、手札は三枚。

 アドバンテージの話であれば、間違いなく負けている。

 

(大した一年だ。名門だ何だと言われても、高校の新入生共にはアドバンテージの話から教えなきゃならんのが普通だってのに……コイツも夢神も、きっちりアドを取りながら回してやがる。本気で一年かよ。ジュニアやインターミドルで活躍したってんならまだしも、コイツら無名だろ?)

 

 残念なのはアカデミア本校の生徒である十代はインターハイや国大に出て来ないことぐらいか。夢神の方はウエスト校の生徒なので出てきそうだが……実に楽しみである。

 

(才能ってのは眠ってるもんだな。誰が発掘した? アカデミア本校の教員か? 後で聞いておこう)

 

 内心で頷く。期待できる後輩というのは、いつの時代も楽しみなものだ。

 

「いくぜ! 俺は手札から魔法カード『融合』を発動! 場のバブルマンと手札のバーストレディで融合だ! HEROと炎属性のモンスターの融合により、灼熱のHEROが姿を現す! 来い、『E・HERO ノヴァマスター』!!」

 

 E・HERO ノヴァマスター☆8炎ATK/DEF2600/2100

 

 現れたのは、炎を纏う紅蓮のHERO。属性HEROの中では『炎』に当たるモンスターだ。

 

「バトル! ノヴァマスターでセットモンスターを攻撃!」

「――セットモンスターは『ライトロード・ハンター ライコウ』だ。リバース効果によりノヴァマスターを破壊し、デッキトップからカードを三枚墓地へ送る」

 

 ライトロードハンター ライコウ☆2光ATK/DEF200/100

 落ちたカード→ブラック・ホール、ジェムナイト・フュージョン、ジェムナイト・ラズリー

 

 白い体毛を持つ犬が姿を現し、ノヴァマスターが破壊される。くっ、と十代が呻いた。

 

「ノヴァマスターがモンスターを戦闘で破壊した時、一枚ドローできる! ドロー!」

「――墓地に送られた『ジェムナイト・ラズリー』の効果発動。このカードがカードの効果によって墓地へ送られた時、墓地の通常モンスターを一体、手札に加えることができる。『ジェムナイト・ガネット』を手札へ」

 

 とりあえず、これで問題は一つ解決だ。十代がくっ、と呻く。

 

「エアーマンでダイレクトアタック!」

「リバースカード、オープン! 永続罠『リビングデッドの呼び声』! 墓地のモンスターを一体、攻撃表示で特殊召喚だ! 『ジェムナイト・ジルコニア』を蘇生!」

 

 ジェムナイト・ジルコニア☆8地ATK/DEF2900/2500

 

 現れる、ダイヤモンドの両腕を持つジェムナイト。ぐっ、と十代は呻いた。

 

「攻撃は中止だ! 俺はカードを三枚伏せ、ターンエンド!」

「俺のターン、ドロー!」

 

 場の状況というのは、一手打つだけで一気に変化する。今の状況がそれだ。

 融合戦術はその性質上、手札を失い易い。それ故、『ライコウ』のように一枚で一対一の交換を要求するカードをまともに喰らうと一気に状況が厳しくなるのだ。

 

「俺は手札より魔法カード『サイクロン』を発動! 右の伏せカードを破壊する!」

「くっ、『攻撃の無力化』が……!」

 

 カウンタートラップ、『攻撃の無力化』――弱いとは言わないが、『威嚇する咆哮』や『和睦の使者』といったより使い易いフリーチェーンのカードがあるためあまり見かけないカードだ。とはいえ、発動さえできればカウンタートラップの性質上無効にし辛いので優秀ではある。

 まあ……破壊してしまったなら何も問題はない。

 

「俺は更に『ジェムレシス』を召喚! 効果発動! このカードの召喚成功時、デッキから『ジェムナイト』を一体手札に加えることができる! 俺は『ジェムナイト・ルマリン』を手札に加える!」

 

 ジェムレシス☆4地ATK/DEF1700/500

 

 残る二枚の伏せカード。アレが何かは気になるが……まあ、いいだろう。

 攻める時に、攻めておく。

 

「俺は手札から『ジェムナイト・フュージョン』を発動! 手札のガネットとルマリンを融合! ジェムナイトと雷族モンスターであるルマリンの融合により、このモンスターは降臨する! 来い、『ジェムナイト・プリズムオーラ』!!」

 

 ジェムナイト・プリズムオーラ☆7地ATK/DEF2450/1400

 

 現れたのは、槍を持つ騎士の如き風貌をしたジェムナイトだ。智紀は更に手を進める。

 

「墓地のジェムナイト・フュージョンの効果を発動! ジェムナイト・マディラを除外し、手札へ! そしてプリズムオーラの効果! 一ターンに一度、手札から『ジェムナイト』と名のついたカードを墓地に送ることで相手フィールド上に表側表示で存在するカード一枚、破壊する! ジェムナイト・フュージョンを捨て、エアーマンを破壊だ!」

「くっ、リバースカードオープン! 速攻魔法『神秘の中華鍋』! 自分フィールド上のモンスターを一体生贄に捧げ、その攻撃力か守備力分LPを回復! 1800ポイントを回復だ!」

 

 十代LP3600→5400

 

 十代のLPが回復する。それがどうした、と智紀は言葉を紡いだ。

 

「それでも俺のモンスターの総攻撃力はお前のLPより上だぞ」

 

 ジェムナイト・ジルコニア☆8地ATK/DEF2900/2500

 ジェムナイト・プリズムオーラ☆7地ATK/DEF2450/1400

 ジェムレシス☆4地ATK/DEF1700/500

 

 並び立つ三体のモンスター。それを見て、終わりだ、と智紀は言葉を紡いだ。

 

「ジルコニアでダイレクトアタック!」

「リバースカード、オープン! 罠カード『ガード・ブロック』! 戦闘ダメージを一度だけ0にし、カードを一枚ドローする!」

「何だ、耐えたのか。――だからどうしたって話だがな。プリズムオーラとジェムレシスでダイレクトアタック!!」

「うああっ!?」

 

 十代LP5400→1250

 

 LPが一気に削り取られる。智紀はカードを一枚伏せると、ターンエンドと宣言した。このカードは保険だ。使うことはないと思うが――

 

「手札は二枚。それでどうやって俺に勝つ?」

 

 問いかける。答えのわかっている問いを。

 果たして、十代は――

 

「俺は諦めないぜ!」

 

 満面の笑みで、そう言った。その表情にも瞳にも、翳りは一切存在しない。

 そんな表情を向けられ、新井も思わず笑みを零す。

 

(良い顔だ。――決めきれなかったのが、ちと辛いか……?)

 

 あの〝祿王〟が〝ミラクルドロー〟と評する豪運。それが牙を剥くのか――

 

「来い、一年坊!」

 

 ――楽しみだ、と。

 内心でそう呟きながら、智紀は笑った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「あ、アニキぃ……」

 

 弱々しい声が聞こえてきた。久し振りに聞く声だ。……応援の時は、あんなにも便りになる声色だったのに。

 

「大丈夫だよ、翔くん」

 

 その背中に、夢神祇園はそう声をかけた。相手は驚き、勢いよく振り返ってくる。

 

「ぎ、祇園くん!?」

「久し振り。さっきはありがとうね」

 

 驚く相手――丸藤翔に対し、頷きながら応じる。側にいた前田隼人もこちらを見るなり驚いた表情で歩み寄ってきた。

 

「祇園……本当に、本物なんだな……?」

「うん。本物だよ。隼人くんも、久し振り。……ごめんね、心配かけちゃったみたいで……」

「そんなことは気にする必要はないんだな。祇園が元気なのが一番なんだから!」

 

 隼人がこちらの手を掴み、嬉しそうに笑う。祇園も微笑を浮かべた。

 その二人の側へ、一人の男子生徒が歩み寄ってくる。

 

「祇園か……。藤原くんから聞いていたし、試合も見ていたが……やはりこうして直接会わないと確信できなかったよ」

「三沢くん……」

「心配したぞ。見てみろ。皆、お前のことを応援していたんだ」

 

 言われ、近くの客席を見る。――アカデミア本校の生徒たちの視線が、こちらを向いていた。

 

「あ……」

「本当に良かった。だが、どうしてすぐに来てくれなかったんだ? そのせいで本物かどうか疑ってしまったぞ」

「えっ、あ、ご、ごめん……。その、僕は退学になっちゃったから……近寄り辛かった、っていうか、その……」

 

 学校を追い出された身で、何を親しく近寄ろうというのか――そういう心理が働いたのだ。

 だが、それを生徒たちは次々と否定してくる。

 

「何言ってんだよ! 夢神!」

「お前もアカデミアの仲間だろうが!」

「準決勝頑張れよ!」

 

 次々と応援の言葉を投げかけてくれる本校の生徒たち。祇園は涙がこみ上げてくるのを感じ、それを誤魔化すようにうん、と頷いた。

 

「……ありがとう……」

「礼を言われるようなことじゃないさ」

「そうッスよ! 祇園くんは友達ッスから!」

「応援するのは当たり前なんだな!」

 

 退学で、切れてしまったと思っていた縁。それが繋がっていたことが、素直に嬉しくて。

 ――歓声が、そんな祇園たちの身体を叩く。

 

「ああ、アニキ!」

 

 翔が再び悲痛な声を出す。祇園は、大丈夫、とそんな翔に言葉を紡いだ。

 

「十代くんは、勝つよ」

 

 不思議と、確信に満ちた言葉を紡げた。翔が、でも、と言葉を紡ぐ。

 

「相手は大学リーグで活躍するような人ッスよ?」

「見てればわかるよ。だって十代くん、楽しそうでしょ?」

 

 遠目からでもわかる。十代は本当に楽しそうだ。

 ああいう表情をしている時の十代は……本当に強い。

 

「だから、応援しよう?」

 

 その言葉と共に、祇園は声を張り上げる。

 ――自分の中にあるモノを、吐き出すように。

 

 

「いくぜ! ドロー!!」

 

 

 大歓声を掻き消すように。

 十代の、そんな声が響き渡った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『やはり凄まじいですね、新井選手は……』

『伊達や酔狂で〝アマチュア最強〟とは呼ばれんよ。……遊城くんも悪くはない。むしろ素晴らしい試合運びと言えるだろう。だが、現時点では新井選手が上を行っている』

『次のドローで手札は三枚になりますが……』

『ふむ、どうなるのかな?……おっと、どうやらまた一波乱ありそうだ』

『どういうことですか?』

『面白いものが見れるぞ。――〝奇跡〟とは、よく言ったもの。信じる者は、最後まで可能性を諦めない。遊城十代。キミの相棒は、何を見せる?』

 

 

 解説席から聞こえてくる言葉通りだ。正直、状況はかなり悪い。このままだと次のターンに押し切られる。

 

『クリクリ~』

 

 不意にその声が聞こえてきた。相棒の声。思わずデッキトップを見る。

 

「そっか、そこにいるのか相棒」

『クリクリ~』

「へへっ、まだ諦めんのは早いって……そういうことだよな!」

 

 大切な相棒の声に、心を奮い立たせる。祇園だってそうだった。宗達だってそうだった。

 ――俺の親友たちは、いつだって最後まで諦めなかった!!

 

「いくぜ!! ドロー!!」

 

 手札を見る。引いたカードは『ハネクリボー』。

 そして――

 

「俺は手札より『貪欲な壺』を発動! 墓地のモンスターを五体デッキに戻し、カードを二枚ドローするぜ! 俺は『沼地の魔神王』、『E・HERO アブソルートZero』、『E・HERO ノヴァマスター』、『E・HERO バブルマン』、『E・HERO エアーマン』を戻し、二枚ドロー!」

 

 手札を見る。――これなら、行ける!

 

「俺は手札から『ハネクリボー』を守備表示で召喚! 更にカードを一枚伏せ、ターンエンドだ!」

『クリクリ~!』

 

 ハネクリボー☆1光ATK/DEF300/200

 

 羽の生えたクリボーが姿を現し、黄色い声援が飛ぶ。成程、と智紀が頷いた。

 

「破壊されたターン、あらゆるダメージを0にするんだったか? 一ターン稼がれるな。まあいい。――俺のターン、ドロー。……バトルだ、プリズムオーラでハネクリボーを攻撃!」

「――それを待ってたぜ! リバースカード、オープン! 速攻魔法『進化する翼』! 自分フィールド上の『ハネクリボー』と手札を二枚墓地へ送り、デッキ・手札から『ハネクリボーLV10』を特殊召喚する!」

「なっ……!?」

 

 ハネクリボーLV10☆10光ATK/DEF300/200

 

 現れたのは、巨大な翼と竜のような体躯を持つハネクリボー。その聖なる光が、全てを喰らわんと襲い掛かる。

 

「効果発動! 相手のバトルフェイズにのみ発動でき、表側表示で存在するこのカードを生贄に捧げ、相手フィールド上に表側攻撃表示で存在するカードを全て破壊する! その後、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与えるぜ!」

 

 ハネクリボーが光に包まれ、その光がジェムナイトを喰らう。

 終わった――誰もがそう思い、固唾を呑んで見守る中。

 

 智紀LP3700→6600→2450

 

 しかし、新井智紀のLPは0になっていなかった。

 

「な、何でだ!?」

「速攻魔法、『神秘の中華鍋』だ。自分フィールド上のモンスターを一体生贄に捧げ、その攻撃力分のLPを回復する。ジルコニアを生贄にさせてもらった。……危ない危ない。やられたことをやり返させてもらったぞ」

 

 ふう、と息をつく智紀。そのまま彼は更なる一手を紡いだ。

 

「メインフェイズ2。墓地のジルコニアとプリズムオーラを除外し、ジェムナイト・フュージョンを二枚手札へ。……魔法カード『一時休戦』を発動だ。お互いにカードを一枚ドローし、次の相手のエンドフェイズまで互いのダメージは0になる」

 

 ドロー、と互いに宣言しつつカードを引く。そのまま、更に、と智紀は言葉を紡いだ。

 

「魔法カード『手札抹殺』だ。お互いに手札を全て捨て、捨てた枚数ドローする。俺は二枚、お前は一枚だな」

「ドロー」

「ドローだ」

 

 互いにカードを引く。ふう、と智紀は息を吐いた。

 

「お前は強かったよ。俺が保証する。――だから、俺の切り札を見せてやる。『レスキューラビット』を召喚し、除外して効果を発動! デッキから『ジェムナイト・ルマリン』を二体特殊召喚!」

 

 ジェムナイト・ルマリン☆4地ATK/DEF1600/1800

 ジェムナイト・ルマリン☆4地ATK/DEF1600/1800

 

「そして墓地のガネットを除外し、ジェムナイト・フュージョンを手札へ。そして発動。――二体のルマリンと手札の『ジェムナイト・アンバー』を融合! 三体のジェムナイトの融合により、最強のジェムナイトが降臨する!! 来い、『ジェムナイトマスター・ダイヤ』!!」

 

 ジェムナイトマスター・ダイヤ☆9ATK/DEF2900/2500→3300/2500

 

「ダイヤは墓地のジェムナイト一体につき攻撃力が100ポイントアップする。――さあ、こいつが俺の切り札だ。どうにかしてみろ」

「くっ、俺のターン、ドロー!」

 

 手札を見る。正直、かなり厳しい。まさかハネクリボーを止められるとは……。

 

「俺はカードを一枚伏せて、ターンエンドだ!」

「俺のターン、ドロー。……ダイヤで攻撃!」

「墓地の『ネクロ・ガードナー』の効果! このカードを除外することで、攻撃を無効にするぜ!」

「はぁ!? そんなカードいつ……って、『進化する翼』の時か……! 抜け目のないヤツだな。……カードを伏せ、ターンエンドだ」

 

 デッキトップに指をかける。正直、このままでは――

 

『クリクリ~』

 

 聞こえてきたのは、相棒の声。その声は強く、自信に満ち溢れている。

 

(ハネクリボー……? けど、俺の伏せカードは『ヒーロー・シグナル』だ。もう一枚の手札は『サイクロン』。逆転なんて……)

(クリクリ~!)

(諦めるな、って……? へへっ、そうだよな……そうだよ、祇園も宗達も、諦めなかったじゃんか!)

 

 頭を大きく振る。そして一度深呼吸すると、十代は顔を天に向け、叫んだ。

 

 

「――――――――!!」

 

 

 大歓声を掻き消すような叫び声。思わず両手で耳を塞いだ智紀が、何の真似だ、と言葉を紡いだ。

 

「ヤケクソか?」

「いやぁ、逆さ。冷静にならないといけなかったからな」

「諦めてない、と?」

「ああ。祇園は、宗達は、俺の親友たちはどんな状況でも諦めなかった。俺はそれをさっき確認したばっかだってのにな。弱気になってた。――もう、弱音は吐かねぇ」

「ほお。じゃあ、見せてみろよ。――お前の強さを」

「ああ。――ドローッ!!」

 

 引いたカードを確認する。そうだ、まだこの可能性があった!!

 

「行くぜ相棒!!」

『クリクリ~!』

 

 相棒の応じる声。それに笑みを零しつつ、十代はカードをディスクに差し込んだ。

 

「俺は速攻魔法『サイクロン』を発動するぜ! その伏せカードを破壊だ!」

「――甘いな! リバースカード、オープン! 『鳳翼の爆風』! 手札を一枚捨て、お前の伏せカードをデッキトップに戻す!」

 

 ヒーロー・シグナルがデッキトップに戻される。智紀が笑った。

 

「伏せカードはフリーチェーンのカードではなく、ミラーフォースなどの類でもない。そうならさっき発動してるはずだからな。なら、ここで詰みだ。どんなドロー運持ってようが、ドローが決まった状態なら勝てねぇんだよ」

 

 諦めろ――智紀が言う。それに対し、十代は静かに言葉を返した。

 

「…………正直、最後は賭けだった」

「何だと?」

「『サイクロン』で破壊したカードがブラフだったら……もしくは、チェーン発動してこなかったら。それで俺が負けてた」

「……何を言っている?」

「――このモンスターは、チェーンが発生した時に特殊召喚することができる!!」

 

 智紀の問いかけに、応じるように。

 十代は、大声で宣言した。

 

 

「『ハネクリボーLV9』!!」

 

 

 ハネクリボーLV9☆9光ATK/DEF?/?→4000/4000

 

 現れたのは、紅蓮の鎧を持つハネクリボー。その姿に、なっ、と智紀は声を漏らす。

 

「攻撃力……4000だと!?」

「ハネクリボーLV9は相手の墓地にある魔法カード×500ポイントの攻守になる! あんたの墓地には最後にコストで捨てた三枚目の『ジェムナイト・フュージョン』も合わせて八枚の魔法カードがある! いくぜ! ハネクリボーでダイヤを攻撃!」

「う、ぐおおおおおっ!?」

 

 智紀LP2450→1750

 

 最強のジェムナイトも、攻撃力4000という数字まで攻撃力が跳ね上がったハネクリボーを超えることはできない。十代は、ターンエンド、と宣言した。

 

「くっ、俺のターン、ドロー!……っ、くそっ! 俺はカードを伏せる!」

「俺のターン、ドロー! いけ、ハネクリボー! ダイレクトアタックだ!!」

『クリクリ~!!』

 

 ハネクリボーの一撃が、智紀へと叩き込まれ。

 

 智紀LP1750→-2250

 

 そのLPが、遂に0を通過した。

 

 

『遊城選手! 再びの大金星です! 一体誰が予想したでしょうか! アカデミアの一年生が、プロに引き続き〝アマチュア最強〟とも呼ばれる大学生を打ち破りました!!』

『期待通り、彼の相棒の力を見ることができた。実に楽しいデュエルだったと言えるだろう。――見事だった』

『た、只今の勝利により、一年生が二人も準決勝へと駒を進めることになりました!!』

『大波乱だな。くっく、これだから一発勝負は面白い』

 

 

 聞こえてくる大歓声。その中で、ちくしょー、と智紀が声を上げるのが見えた。

 

「あー、くそっ! 負けたぜ! ジェムナイト・フュージョンを回収しとけば……、いや、たら、ればだな。ダイヤの打点が下がるし……いや、そうでもないか。二枚共回収しとけば勝てたのか!」

「あ、そっか。ハネクリボーの攻撃力は2500になって……」

「いや、3000だな。『鳳翼の爆風』のコストにしてる。けど、二枚除外なわけだからダイヤは3100……うお、何だこれ!? 無茶苦茶悔しいなぁオイ!」

 

 思い切り叫んでいる智紀。だが彼は、まあ、と肩を竦めてこちらへと笑みを向けてきた。

 

「俺の未熟の結果だ。あの時引いたのが『ジェムナイト・フュージョン』以外だったらコスト確保のために回収したんだろうが……まあ、言っても仕方ねぇ。ナメてたつもりはなかったけど、やっぱ甘かったか」

「俺も危なかったぜ……最後は心臓バクバクだった」

「俺もだよ。やっぱ緊張するよなぁ。でも驚いたぜ。まさか一度のデュエルでハネクリボーの進化系二つとも見ることになるとはな。……いやー、お前の年齢でそれなら先が楽しみだなマジで」

 

 快活に笑う智紀。そのまま智紀は右手を差し出し、十代は彼が差し出してきたその手を握り返した。

 

「頑張れよ一年坊。応援してるぜ。で、プロになったら……いや、んな悠長なことは言わん。今すぐにでもリベンジする。連絡先教えてくれよ。大会終わったらまたデュエルしようぜ」

「おう! じゃなくてはい!」

「敬語はいいよ。苦手だろ?……じゃあ、頑張れよ」

 

 立ち去ろうとする智紀。その背に、十代は腕を突き出しながら言葉を紡いだ。

 

「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ!」

「俺もだよ! またやろう!」

 

 こちらの言葉に、智紀も笑顔で応じる。

 ――決着は、ここに着いた。

 

 

 勝者、アカデミア本校推薦枠、遊城十代。

 ベスト4進出。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 準決勝の枠が三つ埋まった。残るは、一つ。

 

「先に祇園が行ってるっていうの、初めてかもしれんなぁ」

 

 VIPルーム。そこから試合を眺めていた少女は、ポツリとそう呟いた。その隣に立つ男が、ふん、と鼻を鳴らす。

 

「小僧共が勝ち上がるとはな。……美咲、まさか貴様も敗れたりはしないだろうな?」

「さて、それはどないでしょう。妖花ちゃんは強いですしねー」

 

 笑みを零す美咲。男が眉をひそめる中、彼女はまあ、と言葉を紡いだ。

 

「今観客は下剋上に湧いとります。けど、そんなん滅多に起こることやない。――プロの力、ウチが見せてきますよって」

 

 その言葉と共に、部屋を出る。会場には、次の試合のアナウンスが流れていた。

 

 

『大番狂わせが二連続で起こり、興奮冷めやらぬ中……次の試合です』

『今大会の大本命と、ペガサス会長が期待する〝ミラクル・ガール〟。さて、どうなるのか』

『まさか、このまま桐生プロも負けるという展開は……』

『可能性がないわけではない。勝負とは蓋を開けてみるまでわからないものだ』

『はい。――それでは、ベスト8最後の試合です。プロデュエリスト、桐生美咲選手VS推薦枠、防人妖花選手。――試合開始は二十分後です』

 

 

 ベスト4進出者、3名決定。

 残る椅子は、あと一つ――












DTには面白いテーマが多くて楽しいです。
……ヴェルズやらラヴァルやら凄まじいのもいますが。




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第二十九話 混沌の微笑、寵愛を受けし者

 

 防人妖花にとっての『世界』は、生まれ育った小さな村だけだった。

 同年代の子供はおらず、祖父や祖母を中心に老人ばかりの場所。学校というのも名前は知っていても通ったことはなく、勉強を教えてくれたのは一番年が近い女性――それでも二十の後半だったが――だが、東京に来て、あの村が本当に小さな世界だったと思い知らされた。

 そのことをこちらでの保護者であるペガサスと澪に言うと、二人共苦笑して「東京と比べるモノじゃない」と言っていたが……それでも凄いと思う。

 正直、この大会に出る話を貰った時は断るつもりだった。祖父や祖母、村の人たちは応援してくれたが、ルールこそ知っていてもまともにデュエルをしたことのない自分では活躍できないと思ったのだ。

 実際、初めてのデュエルでは烏丸澪に完敗し、余計に強くそう思った。

 ――けれど。

 

 

「頑張れ~、妖花ちゃん!」

「夢神くんに続いて準決勝進出や!」

「応援しとるで!」

 

 

 出会ったばかりの人たちが、応援してくれていて。

 勝ちたいと思う自分がいることに、気付いた。

 

「はいっ!」

 

 頭を下げ、会場に向かう。相手は〝アイドルプロ〟桐生美咲。テレビで何度も何度も見てきた。見ていない試合はないくらいに。

 毎試合違うデッキで戦う彼女の姿を楽しみにしていたし、『デュエル講座』も毎回見ている。

 雲の上の存在だった。テレビの前に座って、眺めているだけの自分には。

 

「桐生プロかぁ……」

 

 しかし、どういう偶然と幸運か。こうして向かい合うことになって。

 緊張もするし、委縮もする。しかし、こんなのは本当に奇跡のようなこと。

 ならば、楽しまなければ損だ。

 

〝妖花ガールには、精一杯楽しんで欲しいデース〟

 

 試合の前日、電話越しにペガサスから言われた言葉だ。残念ながら多忙故に初日と準決勝以降にしか来られないという話だが、ここに連れて来てもらった恩を返したい。

 返せる何かを持っているわけではない。ならば、彼が言ったように精一杯楽しむ。

 それが、一番の恩返しだ。

 

『…………』

 

 不意に何かが背中に触れた。振り返ると、そこにいたのは三つ目を持ったモンスター。

『クリッター』と呼ばれる、初期の頃からDMに存在していたモンスターだ。

 

「ごめんね、デッキに入れてあげられなくて」

 

 その体を持ち上げる。大きさから両手で抱え上げなければならないが、まあ問題ない。

 非常に柔らかい感触だ。久し振りの感触でもある。東京に――いや、ペガサスたちが来てからはあまり表に出て来てくれなくなったから。

 クリッターを抱えながら会場へと向かう。時々見かける人達は、自分の格好を見て首を傾げていた。村の時からわかっていたが、『皆』は普通の人には見えないらしいし触れないらしい。

 まあ、だからどうということでもないのだろうが――

 

「お、偶然やね」

 

 不意に横手の通路からそんな風に声をかけられた。見れば、美咲が笑みを浮かべて歩み寄ってくる。

 

「あ、き、桐生プロ!? あ、あの、その」

「あはは、そう緊張せんと。一緒に行こか?」

「は、はい!」

 

 頷く。美咲が微笑を零した。

 

「せやけど、面白い体勢やね」

「あ、す、すみません!…………ごめん、降ろすね?」

 

 小声で耳打ちする。三つ目が首を傾げるようにこちらを見た。

 それを頷きと受け取り、降ろそうとする。だが、美咲がそれを押し留めた。

 

「ああ、気にせんでええよ。ただ、普通は見えへんからそういう人の前では気を付けた方がええかもわからへんなぁ」

 

 クスクスと笑いながらそんなことを言う美咲。妖花は思わず問いかけた。

 

「え、あ、み、見えてるんですか……?」

 

 その問いかけに、美咲は静かな微笑を浮かべて言葉を紡ぐ。

 

「妖花ちゃんみたいに触れるわけやないけどな。十代くんも流石に普段は触れはせんみたいやし、やっぱり面白いなぁ。〝ミラクル・ガール〟――〝奇跡の少女〟。……ふふっ、お先に」

 

 楽しみにしとるで――そう言いつつ、美咲は先に会場へと入っていった。その傍らに、妖花は小柄な少女の姿を見つける。

 背中に白い翼を背負った、蒼い髪の幼い天使。

 だが、今まで妖花が見てきた『皆』とは大きく違い、その姿は曖昧でぼやけている。

 何故だろう、と首を傾げた瞬間、抱えていたクリッターが身をよじるようにして動いた。

 

『…………』

 

 三つの目が自分を見上げている。妖花は、うん、と頷いた。

 

「頑張るよ!」

 

 その表情に、満面の笑顔を宿し。

 防人妖花も、会場へと足を踏み入れた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 会場に足を踏み入れると、大歓声が体を叩いた。かつては心臓が裂けるのではないかと思うこともあったが、今では随分と慣れて緊張というものを覚えなくなった。三年間の経験値は、間違いなくこの身に染み込んでいる。

 

 

『今大会の大本命! 優勝候補筆頭、〝アイドルプロ〟桐生美咲選手です!』

『〝アイドル〟と名乗るデュエリストにはファッション感覚でデュエルをする者も多く、実力が伴っていない者も多いが……美咲くんの場合は別だ。その実力に偽りはない』

『〝ルーキーズ杯〟開催直前の時点で、全日本ランキング29位。世界ランクも100位以内に名を刻む一線級のデュエリストですからね』

『まともに勝ち星の一つも挙げられずに消えていくプロが多い中、『最年少』と『アイドル』という二つの看板を背負い続けてきたのが美咲くんだ。その精神力は伊達ではない』

『昨日の試合は印象が強いです。……また、先にベスト4進出を決めている夢神選手と桐生プロは古くからの知り合いという情報も来ていますね』

『そうらしいな。……きっと、互いに何か思うことはあるのだろう。その想いの一端でも、見ることができればいいが』

 

 

 解説席の言葉に耳を傾ける。好き勝手に言ってくれるものだ。まあ、間違っていないが。

 

(祇園とのことは澪さんも知っとるくせに)

 

 全国放送で言うようなことではないので仕方がないといえばそれまでだが。……まあ、祇園は先に準決勝進出を決めた。追いつかなければならない。

 祇園の後を追う――初めてかもしれないそれに、思わず笑みが零れる。本当に、強くなった。

 あの日、初めて見た時はこんな風に思わなかったのに――……

 

 

『そして今大会における超新星! 〝ミラクル・ガール〟とかのペガサス会長に言わしめる防人妖花選手です!』

『豪運もそうだが、エクゾディアをあそこまで使いこなす実力には驚きだな』

『昨日の試合により、防人選手は日本の公式戦においては五人目のエクゾディアを揃えた選手となりました』

『今日も見れるのか……期待したいところだ』

 

 

 妖花が会場へと入って来る。流石にもう抱えることはしていないようだ。

 

「あ、あの、先程はすみませんでした……」

「ええよー、そんなん。多分、寂しかったんちゃうかな? 禁止カードになってしもたし」

「はい……昔から、一緒にいたんですが……」

「あはは、成程なぁ。ウチもよー世話になったよ。……さて、そろそろ始めよか」

 

 デュエルディスクを構える。妖花も、はい、と頷いた。

 

「「――決闘(デュエル)!!」」

 

 大歓声の中、最後のベスト4の椅子を賭けたデュエルが始まった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 テレビから聞こえてくる歓声を聞きながら、しかし、画面へと視線を向けることはできなかった。

 ここはホテルの一室だ。ビジネスホテルではなく、シティホテル。一人部屋とは思えないほどの広さがあり、特に窮屈に思うことはない。十二分に快適だ。

 部屋から出ることができないことを除けば、特に問題はない。実際、その辺りで憂慮してはいないのが現状だ。

 

 

『準決勝への最後の椅子を手にするのはどちらでしょうか』

『しかし、驚きだな。準決勝は良くて一人、アマチュアから勝ち上がれる可能性がある程度と思っていたが……アカデミア本校とウエスト校から一人ずつ、しかも一年生が勝ち上がるとは』

『本当に驚きですね。特に夢神選手は一般枠。あの過酷な予選を勝ち抜いてきたわけですから』

『それを聞くと所謂〝天才〟の類にも思えるが、少年の場合はそう感じないのが面白いところだ。〝天才〟という呼称はむしろ、遊城くんに相応しい』

『素晴らしいドロー力でしたからね』

『才能の一言で片づけるの容易いが……それ以外にも理由があるのだろう。いずれにせよ、楽しみだ』

 

 

 アカデミア――その名称に、思わず体が震えた。そして、恐る恐る顔を上げる。

 画面の中心に映し出されているのは、試合を始めたばかりの桐生美咲と防人妖花の二人。だが、画面の端には準決勝進出を決めた三人の名前が載っている。

 響紅葉。

 遊城十代。

 そして――夢神祇園。

 自分が切り捨てた、アカデミア本校のレッド生。

 

「…………」

 

 無言で息を吐く。どうしてこんな事になってしまったのか。

 あの時の判断は間違っていなかったはずだ。今までと同じように判断を下したはずで、それで間違いは起こらなかった。

 退学者を出したこと自体、随分と久し振りのことだったのは間違いない。『制裁デュエル』といっても余程のことがなければ退学にする必要性もなく、結局退学は免除するようにしてきた。

 しかし、あの日は。

 

(オーナーが来られた時に、私は……)

 

 詰め寄られ、退学の決定を覆すことをしなかった。それはある意味で当然だ。倫理委員会で決まった決定をそう簡単に覆していては、信用に関わる。自分は結局、雇われた側の人間なのだ。

 ――しかし、その退学がきっかけでバッシングが始まった。

 今はまだ、KC社の影響力で週刊誌が取り上げている程度だが……いずれ大衆が知ることになるだろう。そうなった時、責任は全て自分に降りかかる。

 それは明らかな破滅の道。〝マスター〟の名も、〝サイバー流〟の名も地に堕ちる。

 今更自分の名誉など取り返せると思っていない。しかし、サイバー流だけは。愛し、大切に想うものだけは――

 

 コンコン。

 

 不意に、ノックの音が響き渡った。外ではSPが護衛の名目で自分を監視している。何か用だろうか――入っていい旨を伝えると、ドアがゆっくりと開いた。

 そして、そこから入って来た人物に、思わず呟きを漏らす。

 

「……亮」

「……お久し振りです、師範」

 

 元々からクールな性格ということもあり、あまり笑顔を浮かべることのない弟子――丸藤亮が、沈痛な面持ちでそう言葉を紡いだ。その亮に対し、どうしたのです、と言葉を紡ぐ。

 

「ルーキーズ杯……応援はよろしいのですか?」

「師範こそ、遊城十代はアカデミア本校の代表です。会場に行かなくてもいいのですか」

「行きたくとも、今の私は行くことが許されない身の上ですから」

 

 肩を竦める。そうですか、と亮は静かに頷いた。相変わらず笑みの一つもなく、表情は硬い。

 

「……夢神は、準決勝に進みましたね」

 

 少しの沈黙が流れた後、不意に亮がそう切り出した。ええ、と頷く。

 

「驚きました。まさか、ここまで活躍するとは」

「……夢神は強いです。確かにその戦術には未熟な部分が多く、負けることも多いでしょう。しかし、夢神には諦めない強さがあります。ここまでの二試合を見て、俺は思い出しました。師範、あなたがどうしようもないほどに弱かった昔の俺にくれた言葉を」

 

 その時の亮の表情は、複雑な感情を宿したものだった。

 尊敬と、嫌悪と、称賛と、侮蔑と……そして何より、捨てきれない『情』が込められている。

 

「――〝諦観の先に、未来はない〟」

 

 それは、かつて弟子たちへと紡いだ言葉。

 幾度となく敗北し、同時にそれ以上の数の勝利を得てきた〝マスター〟だからこそ紡げた言葉。

 

「俺はその言葉を理解しているつもりでした。最後まで諦めない――そんなものは当たり前だと。しかし、昨日、防人とのデュエルで俺は諦めた。諦めてしまった。勝てないと、抗うことさえしなかった」

 

 防人妖花――日本史上五人目の〝エクゾディア〟を揃えたデュエリスト。

 サイバー流にとってエクゾディアは邪道だ。そうなるよう、教えてきた。

 ――だが、それでも。

 丸藤亮が敗北し、サイバー流が敗北したのは……事実。

 

「しかし、夢神はあの海馬瀬人を相手に敗北が決定した中でも諦めることをしませんでした。それどころか、退学になり、身一つでウエスト校へ転入し……あの過酷な予選を突破して勝ち上がってきた。あの姿こそが、『諦めない』ということだと俺は知りました」

 

 不屈の心。諦めない心。

 傍目からは無様に見えても、それでも夢神祇園は諦めなかった。

 

「何故ですか、師範。何故、夢神を退学にしたのです? あなたの教えである『諦めない』ということを、誰よりも体現していたのは夢神だ。――あの言葉は、嘘だったのですか!?」

 

 耐えかねたように、亮は叫んだ。その瞳を、静かに見据える。

 

(……良い目です。少し見ないうちに、変わったようですね)

 

 その変化がいいものであるか、そうでないかはわからない。

 ただ……それを否定しようと思わない自分がいることも、確かだった。

 

「……亮。『信用』という言葉は、どうやって生まれると思いますか?」

 

 その問いかけに、亮は眉をひそめた。それを意識の隅に置きつつ、言葉を続ける。

 

「よく、信頼という言葉を耳にしますが……大人の世界では真の意味で信頼する相手などほとんどいません。信じ、頼る――どんな言葉で取り繕うとも結局は自身の力で道を切り開くしかない現実の前に、そんな世迷い事は許されません」

「…………」

「しかし、一人では限界があるのも事実です。そこで生まれるのが『信用』という言葉。信じ、用いられる――あるいは、用いる。結局のところ、それが全てです」

 

 誰かに頼るのではなく、誰かを用いる。あるいは、用いられる。

 人というのは脆弱な生き物だ。一人では何もできないのに、人を頼ることも満足にできない。否、できなくなっていると言うべきか。

 不用意に人に頼れば、痛い目に遭うのは自分だ。

 故に、信頼ではなく信用。

 そんなことしか、できない。

 

「とはいえ、信用さえあれば大抵のことはどうにかなります。私が校長を任されていたのも、その信用があったからこそですから」

「……師範」

「それももう終わりでしょうが……まあ、そういう運命だったとして諦めるつもりです」

 

 視線をテーブルへと向ける。そこにあるのは、一通の封筒。

『辞表』と書かれた、一つの答え。

 

「辞めるおつもりですか」

「信用を失った以上、続けることは難しいですから。オーナーは遊城くんが準決勝まで進むなら手腕を評価すると仰られましたが……信用を失ってしまった以上、長くは続きません」

「夢神の、件ですか」

「それが最大の失敗でした。他にも理由はありますが……彼を退学にしたこと。信用を得るためにしたそれが、結果として信用を失うことになった。ままらないものです」

 

 息を吐く。結局はそういうことだ。取り返しのつかないことであり、今更取り返そうとも思わない。

 

「信用とは、約束の履行を積み重ねることで生まれます。私はこれまで、『オーナーが望む結果をもたらす』という『約束』を果たし続けてきました。夢神くんを退学にしたのも、倫理委員会で定められた決定だったからこそ。一度取り決めたことを反古にしていては、信用を失いますから」

 

 結果として、その判断が全ての過ちだったということだ。……とはいえ、海馬もその辺りのことは理解している。だからこそのあの条件だった。

 しかし、状況はそれを許さない。

 ――夢神祇園。

 実力がないとして退学にしたその少年は、ルーキーズ杯で台風の目となりつつある。アカデミアの推薦を受ける生徒が強いのは当たり前であり、プロなど言わずもがな。ジュニア大会のトップ二人にペガサス会長の秘蔵っ子。一般枠という名目ながら、〝アマチュア最強〟を謳われる大学生。

 そんな者たちの中で、文字通りの『一般代表』として出場した少年。その少年は、誰もが予想しなかった結果を世に示す。

 ジュニア大会の準優勝者を倒し、昨年の『新人王』を倒した。ギリギリで、それこそどうにか掴んだ勝利ではあったが……そうであったとしても、勝利は勝利だ。

 

「あなたも、もう自由にしなさい。……先日の代表戦。あれは、決別の言葉だったのでしょう?」

「そのつもりです」

「ならば、自分の道を進みなさい。この大会が終われば、私と倫理委員会は大いにバッシングを受けることになるでしょう。アカデミアにできるだけ火の粉が飛ばないようにするつもりですが……プロを目指すあなたが、プロになる前に不要な傷を持つべきではありません」

 

 考えを違えたとはいえ、弟子だ。その将来を案じる気持ちはある。

 亮は、わかりました、と頷いた。そして。

 

「師範。――最後に、あなたに鍛え上げられた俺の力を見てください」

 

 デュエルディスクを取り出しながら、そんなことを言い出した。いいのですか、と問う。

 

「私のことを、師範などと呼んで」

「道は違えど、あなたを慕い、信じた俺は確かにいます」

 

 その言葉を受け、自身の口元に笑みが浮かんだのがわかった。デッキを取り出し、今はもう旧型になってしまった現役時代のデュエルディスクを取り出す。

 デッキもデュエルディスクも持ち歩いていることに、少し苦笑が漏れた。

 自分は、未だに未練があるのだろうか――……

 

「いいでしょう。――これが、最後の教えです」

 

 デュエルディスクを構える。正面に立つのは、酷く大きくなった……一人の弟子。

 決闘、と、互いに静かに言葉を紡ぎ。

 

 ――それと時を同じくして、テレビの中の試合が始まった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 大歓声が体を叩く。昨日も思ったが、やはり東京というのは人が凄く多い。テレビの中で行われていたプロの試合と、それを見守る大観衆。それは嘘でもなんでもなく、現実に存在していた。

 凄い、という感想しか出て来ない。貧相な感想だが、それ以外言葉が見つからないのだから仕方がない。

 

「さあ、妖花ちゃんのターンやで?」

「は、はい! ど、ドロー!」

 

 どうやら呆けていたらしく、美咲に促されるままカードをドローする。先行はこちらだ。正直、デッキのコンセプト的には先行であることはありがたい。

 手札を見る。……悪くはない。いつも通りの動き方をすれば、どうにかできる。

 

「手札より魔法カード『強欲で謙虚な壺』を発動します。デッキトップのカードを三枚捲り、そのうちの一枚を手札に加えます。一ターンに一度しか使えず、このカードを使用したターンは特殊召喚ができません」

 

 デメリットはあるが、そもそも特殊召喚は『金華猫』ぐらいしかないのが妖花のデッキである。そうでなくても多くのデッキに採用されることもあり、優秀なカードだ。

 

 捲れたカード→封印されし者の右腕、強欲で謙虚な壺、強欲な瓶

 

『エクゾディア』関連のカードが見えたことにより、歓声が上がる。澪が言っていたことはこれだったのだろうと昨日の試合で理解した。

 妖花としてはエクゾディアは珍しいものではない。逆に言うと『これしか知らない』のだから当然だ。故に会場が湧くことについては理解し難い部分があるのだが……それはまた別の話。

 

「私は『強欲で謙虚な壺』を手札に加えます。そして、『ミスティック・パイパー』を召喚」

 

 ミスティック・パイパー☆1ATK/DEF0/0

 

 笛を吹いたピエロが現れる。そのピエロはこちらへ振り向くと、ウインクをしてきた。それに頷きを返し、効果発動、と宣言する。

 

「このカードを生贄に捧げ、カードを一枚ドローします。そのカードがレベル1モンスターだった時、カードをもう一枚ドロー。……『ミスティック・パイパー』です、もう一枚ドロー」

 

 完璧な回転だ。今日は『皆』の機嫌がいいこともあって、良く回ってくれている。

 

「私はカードを五枚伏せて、ターンエンドです」

 

 フィールド上に現れる五枚の伏せカード。会場が再び湧いた。

 

 

『昨日に引き続き、防人選手は五伏せです』

『チェーンを組むことで真価を発揮する『積み上げる幸福』がある以上、当然だろう。先行でこれをやられると厳しいものがあるが……さて、美咲くんはどうするつもりだろうな』

『昨日の試合を見る限り、普通の方法では突破できませんからね……』

『だからこそ、期待もする。……さて、美咲くんのターンだ』

 

 

 聞こえてくる解説の声。全く以てその通りだ。昨日、ウエスト校の人たちには『勝つ方法がわからない』と言われたが、慣れられれば普通に負けるだろう。そもそも『初手にエクゾディアのパーツがあると事故になる』というデッキだ。負ける時は本当にどうにもならないままに負けてしまう。

 

「ほな、ウチのターンやね。――ドローッ☆」

 

 テレビで何度も見た、美咲のドローの仕草に思わず拳を握り締める。歳は三、四程度しか違わないはずなのに、纏う雰囲気が全く違う。

 

(やっぱり可愛いです……)

 

 思わず息を吐く。〝アイドル〟の名に恥じない可愛さ……本当に憧れる。

 

「むー、手札があんまり良くないなー……。昨日はっちゃけ過ぎたんか……まあええか。ウチは手札より永続魔法『神の居城―ヴァルハラ』を発動や。一ターンに一度、自分フィールド上にモンスターがいない時、天使族モンスターを手札から特殊召喚できる。――『堕天使アスモディウス』を特殊召喚!」

 

 堕天使アスモディウス☆8闇ATK/DEF3000/2500

 

 現れたのは、闇を纏う一体の堕天使。昨日の試合でも活躍した、美咲が誇る大型モンスターだ。

 

「アスモディウスの効果を発動するよ。一ターンに一度、デッキから天使族モンスターを一体墓地へ送ることができる。『堕天使スペルピア』を墓地へ送るで。――フォーリン、エンジェル!」

 

 毎ターン確実に墓地を肥やすことのできるアスモディウスはやはり優秀だ。しかも破壊したら破壊したで別の効果を持っているのが尚更性質が悪い。

 もっとも、妖花のデッキは相手の破壊を目的としていないので関係ないが。

 

「ほな、バトルフェイズや。――アスモディウスでダイレクトアタック」

「リバースカードオープン、罠カード『和睦の使者』! このターン私のモンスターは戦闘では破壊されず、ダメージを受けません!」

 

 五枚も伏せているのだから、当然防御カードはある。美咲が苦笑した。

 

「あはは、やっぱりか。しかも、まだ終わらへんのやろ?」

「はい。チェーン発動、罠カード『活路への希望』。LPを1000支払い、相手とのLP差2000ポイントにつき一枚ドローします。更にチェーンし、罠カード『ギフトカード』を発動。相手のLPを3000ポイント回復。更にチェーン、罠カード『強欲な瓶』、カードを一枚ドローです。最後に罠カード『積み上げる幸福』。チェーン四以降に発動でき、カードを二枚ドローします」

 

 妖花LP4000→3000

 美咲LP4000→7000

 

 昨日の試合と似た動きが決まる。使用したカードは五枚で、手札に加えるのも――五枚。

 

「合計で五枚ドローです」

 

 カードを引く。……十分良い手札だ。

 

「あはは、流石やなぁ。んー、ほな、魔法カード『テラ・フォーミング』を発動や。デッキからフィールド魔法カードを手札に加えるよ。『天空の聖域』を手札に加えて、発動。このカードがある限り、天使族モンスターは戦闘ダメージが発生しない。……更に魔法カード『トレード・イン』を発動。手札のレベル8モンスターを捨て、二枚ドローするで。『マスター・ヒュペリオン』を捨てて、二枚ドロー。……モンスターをセットして、ターンエンドや」

 

 美咲がターンをこちらへと譲ってくる。それに頷きを返し、ドロー、と妖花は宣言した。

 

「私は手札より魔法カード『強欲で謙虚な壺』を発動します。デッキトップを三枚捲り、そのうちの一枚を手札へ」

 

 捲れたカード→無謀な欲張り、成金ゴブリン、強欲な瓶

 

 カードを確認。少し迷った後、手札に加えるカードを決定する。

 

「『成金ゴブリン』を手札に加え、発動です。相手のLPを1000ポイント回復し、一枚ドローです。……更に『ミスティック・パイパー』を召喚、効果を発動してドロー。……『速攻のかかし』です。もう一枚ドロー」

 

 ミスティック・パイパー☆1光ATK/DEF0/0

 美咲LP7000→8000

 

 順調に手札が増える。妖花は更に、と言葉を紡いだ。

 

「カードを五枚伏せて、ターンエンドです」

 

 今のところ、理想的な回り方をしている。このままいけば、十分に勝てる可能性が見える。

 

 

『防人選手、再びの五伏せです』

『美しいと言えるほどの回転だな。こうまで回されると色々辛い。だが……どうしてだろうな? 美咲くんは笑っているぞ』

『防人選手の手札には『速攻のかかし』があり、更に防御カードもあるはずです。突破できるのでしょうか……』

『さて、な。――いずれにせよ、ここからだ』

 

 

 相手を見る。――桐生美咲。〝アイドルプロ〟と呼ばれる、一線級のデュエリスト。

 その人は、笑っていた。満面の笑顔。何故――そう思うと同時。

 

「ウチのターン、ドロー☆」

 

 その笑みを浮かべたまま、美咲がカードをドローした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 引いたカードを確認しつつ、さて、と美咲は呟いた。現在の状況はあまりよろしくはない。

 

(ウチのデッキはビートダウンが基本や。単純なパワーで押し潰すデッキ。正直な話、妖花ちゃんのデッキとはこれ以上ないくらいに相性が悪い)

 

 殴り合いを大前提としたデッキだ。そもそも戦闘をしないデッキとの相性は格段に悪いのである。

 

(せやけど、だからこそ効果モンスターを中心としたトリッキーな動きについては誰よりも対策をし、考えてるつもりや)

 

 弱点があることはわかっているのだ。ならば、するべきことは決まっている。

 

「アスモディウスの効果を発動や。デッキから『堕天使エデ・アーラエ』を墓地へ。そして、魔法カード『闇の誘惑』を発動。カードを二枚ドローし、その後、闇属性モンスターを一体ゲームから除外する。出来ない場合、手札を全て捨てる。――二枚ドローし、『堕天使ディザイア』を除外や」

 

 優秀なモンスター除去の効果を持つ『堕天使ディザイア』も、この状況では役に立たない。

 手札をもう一度確認。――どうやら、神様とやらは自分に勝てと言っているらしい。

 

(引けるかどうか、ピン差しのカードやから賭けやったけど……賭けはウチの勝ちやな)

 

 ペガサス会長が〝ミラクル・ガール〟と呼ぶ存在、防人妖花。彼女はきっと、『愛された者』だ。

 精霊のことといい、その豪運といい……流石にペガサスが見出しただけのことはある。遊城十代――彼もその類だが、彼はどちらかというと『選ばれた者』。

 羨ましいかと問われれば、羨ましい。だが――

 

(悪いけど、ウチにも譲れん理由があるんよ)

 

 約束をした。待っている、と。

 相手は必死になって、ボロボロになって、それでも約束を果たそうともがいてくれている。

 小さな、本当に小さな約束だったはずなのに――

 

「なぁ、妖花ちゃん」

 

 声をかける。妖花は首を傾げた。妙に可愛らしい仕草である。

 

「はい?」

「デュエル、楽しい?」

「はい! 楽しいです!」

 

 元気いっぱいの返事。美咲は笑みを浮かべ、そっか、と頷いた。

 

「ええなぁ、やっぱり。せやけど、ウチも簡単に負けるわけにはいかへんのや。だから、ここで勝負やで」

「勝負、ですか?」

「その伏せカード、ドローカードやろ? 今から出すモンスターで、ウチは妖花ちゃんのLPを全部削り取る。それを防げたら妖花ちゃんの勝ち。できなかったら妖花ちゃんの負けや」

 

 宣言する。会場が大いに沸いた。

 

 

『これは、勝利宣言でしょうか!』

『……成程、美咲くんのやろうとしたことがわかったよ。確かに、方法はそれしかないか』

『桐生プロは何をされるおつもりなんですか?』

『単純だ。攻撃してLPを削れないなら、攻撃しなければいい。――裁きの力が降り注ぐぞ』

 

 

 流石は〝祿王〟。こちらの意図を理解したらしい。口元に笑みを浮かべつつ、ほな、と美咲は言葉を紡いだ。

 

「――ウチはセットモンスターを生贄に捧げ、『裁きの代行者サターン』を召喚!!」

 

 裁きの代行者サターン☆6光ATK/DEF2400/0

 

 現れたのは、『裁き』の名を冠する代行者。蒼き体を持つその天使が、ゆっくりと地上に舞い降りる。

 

「サターンの効果は単純や。『天空の聖域』がある時、このカードを生贄に捧げることで相手のLPを超えている分のダメージを与える。ウチのLPは8000、妖花ちゃんは3000。つまりは5000ダメージや。これを喰らえば当然、妖花ちゃんは負け。でも逆に、その伏せカードでドローして『エクゾディア』を揃えることができれば、妖花ちゃんの勝ちや」

 

 ビートダウンをしているだけでは、互角の勝負さえできない。故に、引きずり出す。

 勝つか、負けるか。ギリギリの勝負のフィールドへと。

 

「…………ッ」

「そう怖い顔せんと、楽しまな。ギリギリの勝負や。どうなるかは蓋を開けてみるまでわからへん。――これが勝負や。さあ、いくで」

 

 会場の歓声が大きくなる。美咲は、効果発動、と叫んだ。

 

「サターンを生贄に捧げ、相手に5000ポイントダメージや!!」

「ッ、リバースカードオープン、罠カード『活路への希望』! LPを1000支払い、相手とのLP差2000ポイントにつき一枚カードをドロー! 更にチェーンし、罠カード『ギフトカード』を発動! 相手のLPを3000ポイント回復! 更に罠カード『無謀な欲張り』を発動し、カードを二枚ドロー! 最後に罠カード『強欲な瓶』! カードを一枚ドローです!」

 

 美咲LP8000→11000

 妖花LP3000→2000

 

 残る一枚は防御カードだったのだろう。妖花は発動させなかった。

 そして、処理が始まる。

 

「ドローするカードの枚数は、8枚です」

「ん、それで引けなかったら妖花ちゃんの負け……9000ポイントのダメージやね」

 

 もうダメージが凄まじいことになり過ぎているが、それは仕方がない。

 はい、と妖花は頷いた。

 

「引かせて、もらいます」

「どうぞ」

 

 デッキトップに手をかける妖花。彼女は大きく深呼吸をし。

 一枚、また一枚とカードを引いていく。

 ――そして。

 

「……桐生、プロ」

 

 全てのカードを引き終わり、妖花は朗らかに、しかし、悔しそうに微笑んだ。

 

 

「――楽しかったです!」

 

 

 その言葉に込められていた感情は、多過ぎて。

 きっと、一言では語れない。

 

「うん。ウチも楽しかったよ。また、やろな?」

「はい!」

 

 そして、そんな彼女の頷きに応じるように。

 裁きの代行者が、その力を発揮する。

 

 妖花LP2000→-7000

 

 奇跡の少女が光に包まれた時。

 試合は、終わりを告げていた。

 

 

『勝者――桐生美咲選手!!』

 

 

 アナウンサーである宝生のその言葉が、試合を締め括り。

 美咲は、妖花の方へと歩み寄った。

 

「ありがとうな」

「ありがとう、ございました!」

 

 勢い良く頭を下げてくる妖花。

 美咲は微笑し、うん、と頷いた。

 

 

 勝者、プロデュエリスト、桐生美咲。

 ベスト4、進出。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 テレビから、試合終了の声が聞こえてくる。勝者は桐生美咲――もしや、という考えはあったが、やはりプロは盤石だ。

 その勝利方法は条件こそ厳しいもののバーンカードによるものなので首を傾げたい気持ちもあるが……今は一観客に過ぎない自分にはどうでもいいことだ。

 ――それに、それどころではない現実が目の前にある。

 

「お別れです、師範」

 

 ソリッドヴィジョンが消える中、静かに『帝王』と呼ばれる男が言葉を紡ぐ。

 

「あなたはやはり、俺が憧れた強さそのものでした。しかし、師範。俺はあなたとは違う〝強さ〟を目指します」

「それが、答えなのですね?」

「はい。――お世話になりました」

 

 礼儀正しく頭を下げる弟子。決別の言葉を投げかけながら、それでもこうして礼儀正しくする彼はどうしようもなく甘いのだろう。

 だが、その甘さについて今更言葉を投げかける必要も意味もない。もう、自分は『師範』ではないのだから。

 ただ、一つだけ。

 誰よりも期待し、信頼した弟子にかけるべき言葉が残っている。

 

「世話になったと思うのなら……最後に一つだけ約束をしてください」

「……はい」

 

 多くの生徒を、弟子を見てきたからこそ。

 このことだけは、伝えなければならない。

 

「鬼にならねば、見えぬ地平があります。頂点とはそういう場所。何かを捨て、あるいは失わなければ立てない場所――それが〝最強〟という地平の果て」

 

 頂点に挑んだからこそわかる。あそこはそういう場所だ。

 

「だからこそ、あなたはあなたのままに戦いなさい、亮。何かを犠牲にして得た勝利は、あなたの道を閉ざすことになる。私とは違う強さを目指そうとも、〝破滅〟へと手を伸ばすことだけは止めなさい」

 

 ――あるいは、勝利を求めること以外の全てを捨て去れば自分も頂点に建てたのかもしれない。そんなことを考えたことがある。

 だが、できなかった。

 自らが信じた流派と、考え方。それを捨て去ることだけは……できなかった。

 それが答えで、全て。

 それ以上のことは、存在しない。

 

「心に、刻みます」

 

 そう言葉を残し、部屋を出て行く亮。それを見送り、ふう、と小さく息を吐いた。

 強くなることを望み、ただそれだけを追求した果てに待っているのは――破滅。

 弟子がそうならなかったことだけが、救いなのだろうか。

 

「……〝鬼〟、ですか」

 

 思い出すのは、サイバー流を正面から否定した一人の少年。

 あの少年の、目は――

 

「考えても、仕方がないことです」

 

 ベッドに腰掛け、テレビへと視線を向ける。

 そこでは、ベスト4に進んだ四人が映し出されていた――

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「お疲れ様」

 

 歩いていると、不意にそんな声をかけられた。顔を上げると、そこにいたのは見覚えのある人。

 夢神祇園。

 東京に出て来たばかりで、右も左もわからなかった自分を助けてくれた人。

 

「……負けちゃいました」

 

 苦笑を返す。勝てると思っていたが、甘かった。要はそういうことだ。

 相手は一線級のプロデュエリスト。容易くは勝てなかった。

 

「桐生プロは強いからね」

 

 桐生プロ――祇園のその呼び方に、少し違和感を覚えた。美咲のことを、彼はそんな風に呼んでいただろうか。

 だが、気になったのは一瞬。続いて彼が紡いだ言葉に、意識が揺れた。

 

「悔しい?」

 

 その言葉で、何かがこみ上げてくるのを感じた。目元に、熱い何かを感じる。

 頷き、そして気付く。

 試合が終わった時に感じた喪失感。それはきっと、そういうことだったのだろう。

 

「そっか。……やっぱり、悔しいよね。僕も負けると悔しいし、泣きたくなることも、泣いちゃうこともある」

 

 大丈夫だよ、と彼は言った。

 優しく、頭を撫でながら。

 

「それはおかしなことじゃない。ここなら、誰もいないから」

 

 その言葉と共に、涙が溢れた。

 悔しくて、情けなくて、申し訳なくて。

 

「…………ッ!!」

 

 応援してくれた、人がいた。

 それに頷きを返した、自分がいた。

 勝ちたいと思った、自分がいた。

 勝てなかった、自分がいた。

 

 昨日、初めて〝勝つ〟ということを知って。

 そして知ったからこそ、〝負ける〟ということを知った。

 初めて負けた時には、感じなかった気持ち。

 それが、〝悔しい〟ということ――……

 

「いっぱい泣いて、また頑張ればいい」

 

 静かで、優しいその言葉に。

 何度も、何度も頷いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「お疲れ様です」

「お疲れ様です、烏丸プロ。どうされたのですか? 試合が終わると同時に席を立たれましたが……」

「まあ、何というか。一応は保護者を任されている身としては放っておけるものではないということだ」

「はぁ……」

「とはいえ、私には敗北の気持ちがわからん。なので、私が信頼する人物に任せてきた。……少年は、誰よりも『敗北』という気持ちを知っている。私が知る中ではな」

「よくわかりませんが……問題は解決したということですか?」

「そういうことだ。――さて、準決勝だ」

「準決勝は二試合同時に行います。その組み合わせですが……決まったようです」

「……神様とやらがいるなら、実に残酷なことをする」

 

 思わず苦笑が漏れた。本当に、最後まで飽きさせないでいてくれる。

 

「四人とも、戦いたい相手がいた。しかし……」

 

 願った対戦は、一つしか叶わない。

 いや、その一つさえ……叶わない可能性がある。

 

「準決勝は、桐生美咲選手VS響紅葉選手、そして遊城十代選手VS夢神祇園選手です!」

「二試合同時に行い、勝者同士が明日に決勝戦だ。――試合開始は三十分後。見逃さないようにしてくれ」

「今後も、実況は私宝生と」

「解説は烏丸でお送りさせてもらう」

 

 

 

 準決勝の、組み合わせが決定された。

 

 プロデュエリスト、桐生美咲VSプロデュエリスト、響紅葉

 アカデミア本校推薦枠、遊城十代VS一般参加枠、夢神祇園

 

 ――試合開始まで、後三十分。

 勝者は、二人。







というわけで、盤石の美咲ちゃんの勝利です。
はてさて、決勝へは誰が勝ち上がるのやら。


勝利の意味を知るからこそ、敗北の怖さと辛さを知ることができる――今回の妖花ちゃんはその典型。頑張って欲しいものです。




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間章 〝最強〟への道標 前篇

 

 憤怒――その言葉の意味を、嫌というほど理解した日だった。どうしようもなく苛々し、同時に腹立たしい。

 悪意を向けられることは別にこれが初めてではない。だが、あれは。

 あんな風に悪意を向けられるのは……初めてだった。

 

「チッ……」

 

 舌打ちが零れてしまう。このまま寮に戻っても気分は悪いままだ。大分遅い時間になってきた以上、下手をすれば警察官に声をかけられる可能性もあるが……その時はその時だ。

 いずれにせよ、もう少し気分が落ち着かなければ帰っても寝れないままだ。折角目指していた学校に入学したというのに、初日から寝坊するのは頂けない。

 

「おっと」

「……ッ、悪ぃ」

 

 不意に誰かとぶつかってしまい、軽く謝罪する。そこまで強く接触したわけではないので、問題はないはずだ。

 だが――

 

「少し、待ってはくれないか?」

 

 呼び止められ、足を止めた。何か因縁でもつける気か――そう思いながら振り返る。まだ中等部に上がりたての子供とはいえ、体は同年代の者に比べて大きい。睨み付けると大抵が逃げていく。

 だが、振り返った視線の先にいた相手――自分よりもわずかに年上と思われる女――はこちらの視線に臆することなく、むしろ笑みを濃くした。

 

「ほう。もしやと思ったが、当たりか」

「……何だよ」

「濁り始めた目。くっく、なぁ、坊や。――どんな悪意をぶつけられた?」

 

 ざわり、と。全身の毛が逆立つような感覚が体を包んだ。

 相手が何かをしたわけではない。しかし、こちらを射抜くように見つめる視線に、体が震えた。

 何も言葉を返せず、黙り込む。それをどう受け取ったのか、相手は小首を傾げた。

 

「どうした? そんな顔をして。まるでバケモノでも見てしまったかのような顔だぞ」

「…………」

「だんまりか。一方的に言葉を紡ぐのは好きではないのだがな。キャッチボールが理想だが、残念ながら人にはそう器用なことはできない。精々が卓球か。いや、距離で言うならテニスの方が正しいのかもしれん」

 

 どうでもいいが、と女性は肩を竦める。そのまま、ふむ、と一つ頷いた。

 

「なりかけ、というところか。……なあ、坊や。時間はあるか?」

「……予定はねぇな」

「ほう。ようやく言葉を返してくれたな。嬉しいよ。……時間があるのならば、私とデュエルをしないか?」

「デュエル?」

「その鞄から見えているのはデュエルディスクだろう? 私も嗜む程度だがDMをやっている。交流としては悪くないと思うが」

 

 くっく、と笑みを零しながら言う女性。正直かなり怪しい上に今日はもうデュエルをするような気分ではなかったが……何故か、体は先に反応していた。

 

「ああ、いいぜ」

「それでこそデュエリストだ。……場所を移そうか。ここは人通りが多く、邪魔になる」

 

 その提案に頷き、女性の後をついていく。妙な女性だ。年の頃は自分よりも二、三歳上程度だろうが、纏う雰囲気があまりにも落ち着いている。

 いや、落ち着いているというのは少し違う。そう思いたいだけだ。

 得体の知れない、底の知れない霧のような感覚。それが、どうにも嫌なイメージを抱かせる。

 

「ああ、そうだ。先に言っておくことがあった」

 

 前を歩きながら、思い出すように女性が言った。眉をひそめる。相手はこちらの反応などお構いなしに、歩きながら言葉を続けた。

 

「私と出会ったことが幸運であるか否か。そんなことはどうでもいい。私にとってはな。キミにとってはどうかは知らんが……まあ、私には関係ない」

 

 いきなり何を言い出すのか――首を傾げてしまう。しかし、女性の言葉は止まらない。

 

「ただ、一つだけ。もしかしたら〝同類〟かもしれない相手だ。この言葉を送らせてもらおう」

 

 そこで、女性は僅かにこちらへと振り返った。

 こちらを射抜く、右の瞳。底の見えない漆黒の色を宿す、しかし、純粋ではなく濁ったそれが。

 

「――壊れてくれるなよ?」

 

 心を刺し貫くように――突き刺さった。

 

「いい天気だ」

 

 女性が空を見上げ、そんなことを呟く。

 ――ポツリと、鼻先に冷たい滴が触れた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ゆっくりと目を開けると、思わず表情をしかめてしまう異臭が鼻を貫いた。随分慣れたと思っていたが、やはりふとした時に日本との差異を思い知らされる。

 別に恵まれた人生を送ってきたとは思っていない。だがそれでも、『日本』という国自体に産まれたのが恵まれていたのだろう。

 

(……まあ、どうでもいいけどな)

 

 自分が不幸であるか、幸福であるか――そんなことを考えても意味はない。過去も未来も大切だが、結局は『今』がどうであるか。それを考えることが大切であり、それ以外に意識を向ける余裕はない。

 

(さて、最近は最初の頃に比べて勝てるようになってきた。今日はどうすっかな……)

 

 眠気を覚ますために背伸びをしながら、少年――如月宗達は人通りの少ない朝の大通りを歩いていく。賭けデュエルの勝率は、現在どうにか二割程度。最初の頃に比べると随分マシになってきた。

 まあ、その原因ははっきりしている。要は、拘り過ぎたのだ。

 強くなるためにここへ来た。手段を選んでいられる余裕などないはずで、手段を選ばず勝ちに行くのが当たり前だったはずなのだ。

 しかし、ここへ来た当初の宗達はそうしなかった。

 相手のデッキがわかっていても、自信が今まで信じてきたデッキの構成を変えることをせず、ただ正面からぶつかり合い、そして、負けていた。

 

(相手の方が強ぇことはわかってたってのに、アホだな俺も)

 

 サイバー流のことを笑えない。メタカードの使用――そんなものはここで格下である自分が生き残る上で必須だったというのに。

 まあ、とはいえ初見ではメタを張ることは不可能であるし、相変わらず黒星の方が多いのだが。

 

「……強くなれてんのかねー……」

 

 思わず、呟いてしまう。強くなるためにここへきて、冗談ではない命懸けの修羅場も何度か経験してきた。だが、強くなれているという実感があまり感じられない。

 勝率は上がった。負けた相手に勝つ、ということを繰り返してきた。

 しかし、それでも〝最強〟は遥か遠くにある。

 

「……まあ、死ぬ気でやるしかねーわけだが」

 

 結局、結論はそれだ。足掻くしかなく、それ以外の選択肢は存在しない。

 強くあること。そして、勝利し続けること。

 如月宗達という存在を証明する手段は、それしかないのだから。

 

 

「――すまない。少し良いかな?」

 

 

 どこでデュエルをするか――そんなことを考えながら歩いていると、不意に背後から声をかけられた。振り返ると、紺色のスーツを身に纏い、スーツと同じ色の帽子を被った紳士が立っている。

 

「んー?」

「道を聞きたいんだが、時間はあるかね?」

「別に大丈夫だけど?」

 

 特に害意は感じないので、頷きを返す。紳士はありがとう、と言葉を紡いだ。

 

「キミは日本人だろう? 海外で同郷の人間を見ると安心するよ」

「その割には英語上手いな、おっさん。……で、行きたい場所ってのは?」

「ああ、このホテルなんだが……」

 

 紳士がホテルの名前が書かれたメモを見せてくる。知らない場所であるならどうにもならなかったが、幸いにも名前を知っている場所だった。

 

「ああ、ここなら近いぞ。このままこの通りを北に上がって、三つ目の門で右に曲がればすぐだ。隣にでかいスーパーがあるからわかると思う」

「そうか、助かったよ。何度かラスベガスには来ているが、どうにも慣れなくてね」

「ふーん。観光か?」

「いや、ビジネスだ。……では、ありがとう。助かったよ」

 

 言い切ると、紳士はそのままこちらへ一度頭を下げて立ち去って行った。その後ろ姿を見送りながら、んー、と宗達は首を傾げる。

 

「なーんか、どっかで見た気がするんだが……気のせいか?」

 

 あのぐらいの年齢の知り合いなどほとんどいないので、気のせいだとは思う。そもそも、アメリカに知り合いはいてもラスベガスには日本人の知り合いなどいないのだ。

 まあいいや――そう呟き、紳士とは逆方向に歩き出す宗達。その視界に、見覚えのある人影が映った。こちらに気付いた相手も眉をしかめる。

 

「おー、十字架野郎か」

「……ふん、こんなところで何をしている日本人」

 

 そこにいたのは、おそらく部下なのであろう取巻きを従えたマフィアの男だった。確か、フェイトといったか。額に十字架の入れ墨をいれた、先日宗達と一つ揉め事を起こした人物である。

 

「今日の賭けデュエルの場所探しだけど?」

「ふん。噂は聞いている。相変わらず負け続きだそうだな」

「まーな。で、そっちは? 悪巧みか?」

「貴様に話すようなことはない」

「ごもっとも」

 

 肩を竦める。正直、互いに関わり合いにならないのが一番だとは思っているのだが、宗達は曲がりなりにも用心棒としても活動しているフェイトに勝っており、その際の揉め事のせいでマフィアたちから意識を向けられている。マフィアたちを無視しようにもできないのだ。

 フェイトもフェイトでファミリーの面子があり、宗達のことを放置はできないらしい。今のところ、互いに付かず離れずの距離をとっている。

 それに宗達としては恩人であるレイカという女性と彼女が匿っている子供たちの安全を結果的にフェイトたちのファミリーが守っていることもあり、特に嫌悪感などはない。

 まあ、それでもマフィアなどというものと関わり合いになるべきではないと思っているが……彼らの主導で賭けデュエルは行われているので、そうもいかない。

 全く、面倒臭いことである。

 

「あ、じゃあ都合いいな。なぁ、賭けデュエルやってるとこ教えてくれよ。いちいち表の興業から下に潜ってくのが面倒でよ」

「ふん、生憎と今日より数日は賭けデュエルは行われない。残念だったな」

「はぁ? 何でだよ」

「……FBIが、極秘裏にラスベガスに入り込んでいる」

 

 周囲に一度視線を送りつつ、フェイトは声を潜めてそう言った。宗達も眉をひそめる。

 

「極秘裏?」

「ああ。何かを探しているという話だが……詳しいことはわからん。基本的にラスベガスは治外法権の地域なんだがな。どうも、日本から大物が入ってきているという情報もある」

「大物ねぇ……。で、とりあえず大人しくしようってことか?」

「そういうことだ。しばらくは興業としての大会が開かれるだけになる。それに、近いうちに九大大会の一つも開かれるんだ。しばらくは波風を立てないように立ち回るという協定が成されている」

 

 行くぞ――部下たちにそう言葉を紡ぎ、フェイトが立ち去っていく。宗達は、面倒な、と呟いた。

 

「しっかし、どうもキナ臭いねぇ……」

 

 ラスベガスはマフィアが根付き、非合法なことも平気で行っている場所だ。だが、それを見逃す代わりに警察組織や政府にも金が流れており、それによって黙認されている。

 そうでなくても世界最大規模の娯楽都市であり、四年に一度行われる世界大会でもここが会場になる事も多いほどの場所だ。結果的にマフィアたちが牽制し合うことで水面下はともかく表面上はトラブルが少なく、それ故に上手く回っている。

 だが、そんなラスベガスへFBIが極秘裏に入り込んでいるという。一体、何が目的か。

 

「厄介なことにならなきゃいいけどな」

 

 ここ数日、どうにも機嫌の悪い空を見上げ。

 宗達は、呟いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 子供たちの笑い声が聞こえてくる。レイカはそれに微笑を浮かべながら、皆、と言葉を紡いだ。

 

「ご飯の準備ができたから手伝って」

「「「はーい!」」」

 

 声をかけると、子供たちが動き出す。その動きに迷いはない。

 テーブルに鍋を乗せる。今日の夕食はシチューだ。

 

「はい、皆手を合わせて。祈りよ」

 

 そう促すと、子供たちは一斉に手を合わせる。

 感謝の意を捧げる時間。気持ちだけのものではあるが、大切な時間だ。

 そして始まる食事の時間。この時間はいつも戦争だ。

 

「あー! 俺のとったー!」

「早いもん勝ちだろー!」

「美味しいー!」

「喧嘩しない」

 

 苦笑しながらそう窘めつつ、レイカもシチューを口にする。……今日は美味く作れたようだ。

 

(宗達さんにも、食べて欲しかったな……)

 

 偶然出会っただけの自分たちを助けてくれた、日本人の少年。少しでも恩返しがしたかったのだが。

 宗達はたまにここへ来るが、基本的には行方が把握できない。無事ではあると思うのだが……。

 

「レイカ姉ちゃん、元気ないねー」

「恋煩いだよ、恋煩い」

「宗達兄ちゃん格好いいもんなー」

「……そんなんじゃありません」

 

 ぴしゃりと切り捨てる。そもそも、宗達には恋人がいると聞いている。そんな人を好きになるわけにはいかない。

 

「でも、宗達兄ちゃん来て欲しいなー。デュエル教えて欲しい」

「お兄ちゃん強いもんね」

「俺もデュエル強くなりたいなー」

 

 口々にそんなことを言い出す子供たち。確かに、とレイカは思った。

 宗達は強い。自分の中で最も強い人物は大恩ある叔父だが、宗達もまた確かな強者だ。

 

「宗達さん……」

 

 彼のことだ。どうせまた無茶をしているのだろうと思う。

 どうして、あそこまで――

 

「レイカお姉ちゃん、お客さんだよー?」

 

 不意にそんな声が聞こえてきた。見れば、確かに来客が来ている。

 

「はい?」

 

 席を立ち、扉の所に向かう。ゆっくりと扉を開けると、一人の紳士が視界に入った。

 紺色のスーツを身に纏い、同じ色の帽子を被った人物。その人物の姿に、思わずレイカは表情を驚愕に変えた。

 

「叔父様!?」

「よぉ、レイカ。少し見ないうちに美人になったなぁ」

 

 予想外の人物の登場に驚くレイカと、快活に笑う紳士。子供たちがそんなレイカの様子を見て首を傾げた。

 

「お姉ちゃん、その人誰ー?」

「え、ああ、えっと……私の叔父よ」

「じゃあお姉ちゃんが使ってるデッキを作った人!?」

 

 子供たちが目を輝かせる。紳士は快活な笑みを零した。

 

「元気のいいガキ共だ。オメェが言ってた子供連中ってのはこいつらか?」

「はい。皆いい子です」

「見りゃわかる。……二人が死んで、それでもラスベガスに残るってオメェが言った時は大丈夫かと心配したが、元気にやってるみたいで何よりだ」

 

 頷きながら、紳士はそう微笑んだ。はい、とレイカは頷く。次いで、しかし、と言葉を紡いだ。

 

「どうされたのですか? 突然こちらへ来られるなんて……」

「ん、ああ。オメェにゃ悪いが、こっちに来たのが仕事だ。……オメェ、最近なんか変わったことはなかったか?」

 

 一瞬、どこか剣呑な雰囲気を漂わせながら紳士がそう問いかけてくる。レイカは、いえ、と首を左右に振った。

 

「特に変わったことはありませんが……」

「……いや、それならいいんだ。すまねぇな、いきなり」

 

 笑みを零し、レイカの頭を軽く撫でる紳士。そのまま彼は右手に持っていたモノをレイカに渡した。包みから察するに、ケーキだろう。

 

「とりあえず、土産だ。そんなに高くねぇもんだが」

「あ、ありがとうございます」

「気にすんな。……晩飯の時だってのに、邪魔して悪かったな」

 

 それじゃあな――そう言って出て行こうとする紳士。それをレイカが呼び止めようとすると同時に、扉が開いた。紳士はまだ扉に触れてはいない。

 誰か――そう思うと同時に、その人物が視界に入る。

 ――そこにいたのは、大恩ある日本人の少年。

 

「悪い、一日――って、あん?」

 

 その少年は紳士を見ると、怪訝そうな表情を向けた。ほう、と紳士も驚いた表情をする。

 

「あんた、昼間の……」

「あの時はありがとう。助かったよ」

「いや、役に立てたなら何よりなんだが……何だ、レイカの知り合いだったのか?」

 

 こちらへと視線を向けてくる宗達。レイカははい、と頷いた。

 

「私の叔父です。以前話した……」

「ああ、あれか。ふーん」

 

 納得する宗達。紳士は、何だ、と宗達に向かって言葉を紡いだ。

 

「レイカの知り合いか?」

「んー、まあ、色々あって」

「成程。……丁度いい。ちょっと話そうか」

 

 笑いながら宗達の肩を叩く紳士。何やら誤解しているらしい。レイカはそれを止めようとするが、宗達がその前に動きを見せた。

 

「いいぜー、別に。『聖刻龍』……あのカテゴリををあそこまで回転させる構築をするあんたにゃ興味もあるからな」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 結論から言うと、問題が起こることはなかった。むしろ宗達の話を聞いた紳士は、宗達へ感謝の意を伝え、深々と頭を下げたくらいだ。

 レイカの身に降りかかろうとしていた火の粉を振り払い、見ず知らずの相手を助けてくれた――そのことに、紳士は心の底から感謝の意を見せている。

 とはいえ、宗達にしてみれば感謝されるようなことでもない。あれには半分くらい『意地』という私怨が入っていたし、感謝されようとしてしたことでもないのだ。

 

「最近のガキは根性なしばかりだと思ってたが……考えを改める必要がありそうだな。身一つでラスベガスに入ってくるだぁ? いい根性じゃねぇか」

「強くなるにゃそれが一番だと思ったんだよ。命懸けてやってみなきゃ、見えねぇもんもある」

 

 何かを懸け、それでようやく見える景色。

 日本という場所ではきっと、永遠に見ることのできないモノがある。

 

「〝鬼にならねば、見えぬ地平がある〟――か」

「んー?」

「いや、何でもないやな。しかし、ここのマフィア相手に勝つなんざやるじゃねぇか。ラスベガスじゃトラブルが起こった際に銃撃戦で無駄な犠牲を出すのを嫌い、揉め事はデュエルで決めるってな暗黙のルールがある。用心棒はそれなりの奴が多いはずなんだがな」

「賭けデュエルじゃ基本負け越しだよ。あの時だってメタ張ってどうにか勝てただけだ」

「メタカードは立派な戦術だ。批判する馬鹿がいるが、そんな戯言に耳を貸す必要はねぇ。強いことが絶対であり、勝利が正義だ。敗者の言葉なんぞ戯言以下の家畜の囀りに過ぎん」

 

 酒を煽りながら言い放つ紳士。同意だ、と宗達は頷いた。

 

「勝てなきゃ意味はねぇ。全てにおいてな。……つーか、あんた昼の時と雰囲気違い過ぎねー?」

「赤の他人にまでこんな態度をとるわけがねぇだろう」

「ふーん。大人って面倒臭いんだな」

「オメェも大人になりゃわかる。まあ、俺なんざ楽な方だ。勝ち続けりゃいいだけで、実際それを続けてるわけだからな」

 

 笑いながら言う紳士。へぇ、と宗達も笑みを零した。

 

「言うなおっさん。そんなに強いのかよ?」

「オメェ如きなら秒殺できるぐらいにはな」

 

 あっさりと言い切る紳士。面白ぇ、と宗達は立ち上がった。

 

「――だったら俺に、世間の厳しさを教えてくれよ」

 

 見下ろしながらそう言い切る。離れた場所でレイカと共に自分たちを見守っていた子供たちが、一斉にこちらを見た。

 対し、紳士はどこかつまらなさそうにこちらを見上げ、言う。

 

「後悔するぞ、オメェ」

「させてみろよ」

 

 即座に切り返す。いいだろ、と紳士は立ち上がった。

 

「相手してやる。……レイカ、オメェに渡したデッキを貸してくれ」

「えっ、あ、はい!」

「おう、すまねぇな」

 

 レイカが差し出してきたデッキを受け取り、笑みを零す紳士。デュエルディスクを用意しながら、宗達は言葉を紡いだ。

 

「自分のデッキは使わないのか?」

「別にそれでもいいが、レイカの恩人をぶっ壊すわけにはいかねぇからな」

「……上等だクソジジイ。ぶっ潰してやる」

 

 低い声。普段宗達に懐いている子供たちも、流石に今の宗達には近寄れないらしい。遠目に見守っている。

 ラスベガスに来る前から、宗達は多くの野次や罵声に晒されてきた。故に、相手の長髪について激昂することはほとんどない。

 だが、流石にここまでナメられては黙ってはいられない。

 ……そもそも、激昂しないだけで仕返しはきっちりするというのが如月宗達という人間なのだから。

 

「ああ、そうだ。まだ名乗ってなかったな」

 

 デュエルディスクを構え、紳士がどこか獰猛な笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。

 

「――俺は、皇〝弐武〟清心。頼むから、そう簡単に壊れてくれるなよ?」

 

 日本が誇る『三強』が一角。

 世界ランキング三位にして、世界タイトルも手にしたことがあるほどの実力者。

 ――皇、清心(すめらぎ、せいしん)。

 正真正銘の〝最強〟が、その理不尽が如き力を振り翳す。

 

「決闘だ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 日本におけるタイトル取得の方法は、主に二つ。

 一つは、年に二度行われる五つのタイトルトーナメントに出場し、優勝。その後、現タイトルホルダーと最大で一週間にもわたる最大十五試合のマッチ戦で勝利するという方法だ。

 このトーナメントとその後のタイトル戦は大イベントであり、〝タイトルカーニバル〟として取り上げられる。

 そしてもう一つは、全日本ランキング10位以内の者が現タイトル保有者に挑戦を行い、それをタイトル保持者が受けた場合。これも十五試合のマッチ戦を行い、勝利すればタイトル奪取という形になる。

 とはいえ、後者の場合は結構長くの挑戦料が必要となる上、敗北した場合にバッシングが待ち受けているためにあまり選ばれない。よって多くは〝タイトルカーニバル〟による交代となるのだが……ここ数年、タイトル保持者の顔ぶれは変わっていない。

 現在三つのタイトルを保有する、全日本ランキング十年連続一位の〝怪物〟――DD。

 ライセンス取得とほぼ同時に本来ありえないタイトルトーナメントの最下予選から勝ち上がり、見事〝祿王〟のタイトルを手にした〝幻の王〟――烏丸澪。

 そして、常に世界の最前線で戦い続け、彼の〝決闘王〟や数多の〝伝説〟との対戦経験を持ち、現在は〝弐武〟のタイトルを預かる〝神兵〟――皇清心。

 この三人は、基本的に挑戦を拒むことはない。特に澪はタイトル取得後一年間でカーニバルを合わせて十回近くの挑戦を受けたこともある。

 しかし、負けない。

 澪だけではなく、DDも、清心も。それがさも当然であるかのように勝ち続ける。

 ――故に、〝最強〟。

 そう、即ち。

 目の前にいる男こそが、如月宗達の目指す領域に立つ者。

 

 

(……見覚えがあると思ったら、日本のタイトルホルダーか。そりゃ知ってるはずだ)

 

 日本の誇る怪物の一人だ。知っているのが当たり前である。とはいえ、流石に直接対面したことがなかったので気付かなかったわけだが。

 

(だが、好都合だ。俺と〝最強〟との距離を、ここで見極める)

 

 目指す領域に佇む怪物がこうして目の前に現れてくれたのだ。その力の差を知るいい機会である。

 ――そして、もう一つ。

 

 

〝鬼ならねば、見えぬ地平がある〟

 

 

 聞き覚えのある言葉だ。その言葉の意味と、真意。

 そして何より、〝強さ〟の理由を……ここで知らなければならない。

 

「先行は俺だな。ドロー!」

 

 先行は清心だ。デッキはわかっている。『聖刻龍』――型にはまってしまえば恐ろしい破壊力と爆発力を発揮するデッキである。

 今清心が使っているデッキを普段使用しているのはレイカだ。そして、そのデッキとのデュエルにおける勝率は宗達の方が圧倒的に良い。

 しかし、それはレイカのタクティクスの問題が大きい。故に、宗達も知らないのだ。

 聖なる刻印を持つ龍――その恐ろしさを。

 

「俺は手札から魔法カード『アームズ・ホール』を発動。デッキトップからカードを一枚墓地へ送って発動し、デッキ・墓地から装備魔法を一枚手札に加える。俺は『スーペルヴィス』を手札に加える」

 

 落ちたカード→聖刻龍―ドラゴンゲイヴ

 

 サーチカードというのは総じて強力なものが多い。実際、アームズ・ホールも『装備魔法』を手札に加える効果は強力だ。現在は禁止カードに指定されている『早過ぎた埋葬』という蘇生カードさえもサーチで切ることからその強力さはよくわかる。

 

「ただし、『アームズ・ホール』を使用したターン俺は通常召喚ができん。……カードを二枚セットし、ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー!」

 

 手札を見る。相変わらず、手札は悪い。

 

(……チッ、相変わらずだな。十代の奴が羨ましいぜ)

 

 手札が悪いのはいつものことだが、こうして続けられると来るものがある。

 

「…………」

「あん?」

 

 不意に、こちらを見つめる清心と目が合った。その表情はどことなく暗く、寂しげでさえある。

 

「……なんだ」

「いや。何でもねぇ。……オメェさんのターンだぞ」

「ん、ああ」

 

 頷きを返す。妙な感じだ。あの時の表情と視線――そこには敵意が含まれていなかった。別に敵対しているわけではないが、デュエルをしていれば相手の敵意とは常に向き合うことになる。だからこその『決闘』だ。

 しかし、清心からはそれを感じない。ナメられているのもあるだろう。だが――……

 

「俺は手札から速攻魔法『サイクロン』を発動! 右の伏せカードを破壊だ!」

「リバースカードオープン、永続罠『復活の聖刻印』。相手のターンに一度、デッキから『聖刻』と名のついたモンスターを一体、墓地へ送ることができる。俺はデッキから『龍王の聖刻印』を墓地へ。……そして、表側表示の『復活の聖刻印』が破壊されたことにより、墓地から『聖刻』と名のついたモンスターを蘇生する。――『龍王の聖刻印』を守備表示で蘇生する」

 

 龍王の聖刻印☆6光ATK/DEF0/0

 

 現れるのは、聖なる刻印が刻まれた球体だ。宗達は舌打ちを零しつつ、更に手を進める。

 

「俺は手札より、『真六武衆―シナイ』を召喚」

 

 真六武衆―シナイ☆3水ATK/DEF1500/1500

 

 現れるのは、蒼い鎧で身に包んだ二つの棍棒を持つ侍。宗達は、バトル、と宣言した。

 

「シナイで攻撃!」

「リバースカード、オープン。罠カード『和睦の使者』。このターン俺のモンスターは戦闘では破壊されず、戦闘ダメージも0になる」

「……俺はカードを二枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 やはりというべきか、防がれた。だが、こちらの伏せカードは『デモンズ・チェーン』と『次元幽閉』である。そう容易く突破されるとは思えないが――

 

「俺のターン、ドロー。……俺は手札から魔法カード『ナイト・ショット』を発動だ。相手の魔法・罠ゾーンにある伏せカードを一枚破壊する。このカードに対し、指定されたカードは発動できねぇ。右のカードだ」

「……『デモンズ・チェーン』が破壊される」

 

 破壊される、ある意味で万能とも言える効果封じの永続罠。だが、チェーン発動さえ許されずに破壊された。

 

「ふん……まあ、こんなもんか。俺は装備魔法『スーペルヴィス』を発動。デュアルモンスターにのみ装備でき、装備モンスターをデュアル状態にする。『龍王の聖刻印』はデュアルモンスターだ。そしてその効果は、このカードを生贄に捧げることで手札・デッキ・墓地から『龍王の聖刻印』以外の聖刻と名のついたモンスターを特殊召喚できるもんだ。――俺はデッキから『聖刻龍―アセトドラゴン』を特殊召喚する。そして墓地に送られた『スーペルヴィス』の効果により、墓地で通常モンスターとなっている『龍王の聖刻印』を蘇生」

 

 聖刻龍―アセトドラゴン☆5光1900/1200

 龍王の聖刻印☆6光ATK/DEF0/0

 

 二体のモンスターが展開される。清心は更に、と言葉を紡いだ。

 

「召喚権を使い、『龍王の聖刻印』を再度召喚。そして効果を発動。生贄に捧げ、『聖刻龍―シユウドラゴン』を特殊召喚」

 

 聖刻龍―アセトドラゴン☆5光ATK/DEF1900/1200

 聖刻龍―シユウドラゴン☆6光ATK/DEF2200/1000

 

 並ぶ二体のドラゴン。宗達は苦虫を噛み潰したような表情になった。

 何故なら――

 

「シユウドラゴンの効果だ。一ターンに一度、『聖刻』と名のついたモンスターを生贄に捧げ、相手の魔法・罠を破壊する」

「……『次元幽閉』だ」

「そして生贄となったアセトドラゴンの効果。このカードが生贄に捧げられたことにより、デッキからドラゴン族の通常モンスターを一体攻守を0にして特殊召喚する。――『神龍の聖刻印』を特殊召喚」

 

 聖刻龍―シユウドラゴン☆5光ATK/DEF1900/1200

 神龍の聖刻印☆8光ATK/DEF0/0

 

「更に魔法カード、『ドラゴニック・タクティクス』を発動だ。ドラゴン族モンスターを二体生贄に捧げ、デッキからレベル8のドラゴン族モンスターを特殊召喚する。――『聖刻龍-セテクドラゴン』を特殊召喚し、生贄になったシユウドラゴンの効果で攻守を0にして『エレキテルドラゴン』を守備表示で特殊召喚」

 

 聖刻龍―セテクドラゴン☆8光ATK/DEF2800/2000

 エレキテルドラゴン☆6ATK/DEF2500/1000→0/0

 

 連続の特殊召喚。それを終えると、バトル、と清心は宣言した。

 

「セテクドラゴンでシナイに攻撃!」

「ぐっ……!」

 

 宗達LP4000→2700

 

 宗達のLPが削り取られる。しかも、清心はこれで終わらない。

 

「カードを一枚伏せ、『超再生能力』を発動。このターン手札から捨てるか生贄に捧げられたドラゴン族モンスターの数だけエンドフェイズにドローする。このターン生贄に捧げたドラゴンの数は五体。故に、五枚ドローする」

 

 そして、ターンが宗達に譲られる。

 正直なことを言えば、何が起こっているかわからなかった。

 

(おい……ふざけんなよ。こっちはドローフェイズのドローを合わせても手札が三枚。なのに、相手は手札を五枚も抱えて、フィールド上に最上級モンスターだと……?)

 

 理不尽な展開など何度でも見てきたし、その度にどうにかしてきた。そうしなければ敗北してきたのであり、それは当然だ。

 だが、これは。

 アドバンテージの概念を破壊するかのような、この戦術は。

 

(何だよ、おい。これが、〝世界〟? これが、〝最強〟? ふざけんな……何だよ、何だよこの差は!)

 

 少しでも見えると思った、その頂は。

 見えるどころか、むしろ何もわからないほどの高みにあった。

 

「〝もしかしたら〟ってのは、俺たちに挑む連中が必ず思う幻想だ」

 

 懐から煙草を取り出し、火を点けずに咥えながら。

 清心は、静かに告げる。

 

「今回は、今回だけは〝もしかしたら〟勝てるかもしれない――そんな風に思うんだそうだ。馬鹿馬鹿しい。そんなわけがねぇだろう。自分のデッキじゃない? 時の運? そんなもんは二流が気にすることだ。俺たちは俺たちだからこそ勝つんだよ、小童」

 

 勝負、という概念ではない。

 そもそもから、〝勝者が決まった〟戦いであったということ。

 

「妙なもんに憑かれてるみてぇだが、そんなもんは言い訳だ。――さあ、足掻いてみな」

「――――ッ、俺のターン! ドロー!!」

 

 カードを引く。そうだ、まだ終わっていない。

 ここで逆転のドローで引っ繰り返せれば。

 そう、自分を友と呼んでくれた、十代のように――!!

 

 

(……何でだよ、ちくしょう)

 

 

 引いたカードは、永続魔法『紫炎の道場』。

 残る二枚の手札は、『六武衆―ザンジ』と『六武衆の荒行』。

 

(何で、引けねぇんだ……!)

 

 自分にドロー運がないことはわかっていた。ずっとそうだったのだ。今更、それを否定することはできない。

 だが、それでもどうにか戦ってきた。戦術で、戦略で。

 ……だが、それでは勝てない相手がいる。

 どれだけ戦略と戦術を磨こうと、届かない〝才能〟というものがある。

 

(勝てなきゃ……勝ち続けなければ! 俺は! 俺自身を証明できないのに!)

 

 目指し続ける〝最強〟は、あまりに遠く。

 その途方もない距離に……心が、軋む。

 

「くそっ……! 俺は永続魔法『紫煙の道場』を発動! 六武衆と名のついたモンスターが召喚・特殊召喚される度にカウンターが乗り、カウンターが乗ったこのカードを墓地に送ることでそのカウンターの数以下の『六武衆』と名のついたモンスターをデッキから特殊召喚できる! 更に俺は手札より『六武衆―ザンジ』を召喚! カウンターが乗る!」

 

 六武衆―ザンジ☆4光ATK/DEF1800/1300

 紫炎の道場 0→1

 

 現れる、光の薙刀を持つ侍。宗達は、更に続けた。

 

「更に俺は速攻魔法『六武衆の荒行』を発動! 自分フィールド上に表側表示で存在する六武衆を選択して発動し、選択したモンスターと同じ攻撃力を持つ同名以外の六武衆を特殊召喚する! ザンジを選択し、『真六武衆―キザン』を特殊召喚! そして選択したモンスターはエンドフェイズに破壊される!」

 

 真六武衆―キザン☆4地ATK/DEF1800/500

 紫炎の道場 1→2

 

(打てる手はこれで全部だ! 無様だろうが……意地ぐらいは見せてやる!)

 

 バトルだ、と宗達は宣言する。へぇ、と清心が笑った。

 

「破れかぶれの特攻か、小僧」

「一矢報いず……終われるか! ザンジでセテクドラゴンを攻撃! 他に六武衆がいる時に攻撃した時、ザンジが攻撃したモンスターはダメージステップ時に破壊される!」

「――リバースカード、オープン」

 

 せめて、という意味を込めた一撃は。

 いとも容易く、防がれる。

 

「罠カード、『聖なるバリア―ミラーフォース―』。相手の攻撃宣言時に発動でき、相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊する」

「…………ッ!?」

 

 二体の侍が、聖なる光に包まれて消滅する。

〝最強〟は、その身に触れることさえ許さない。

 

「………………ターン……エンド……」

 

 呆然と、宗達は呟く。

 何もできなかった。真の意味で、何も。

 まるで、あの時のように――

 

「俺のターン、ドロー。……終わりだ、小童」

 

 聖なる龍の咆哮が、響き渡り。

 デュエルは、ここで終わりを迎えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

〝どうやら外れだったようだな。壊れなかったのは素晴らしいが、それだけか〟

〝…………う、嘘……だろ……?〟

〝現実だよ、坊や。キミは弱い。キミは、何もできなかった〟

〝う、ああ……〟

〝無様なものだな。……覚悟なき者の戦いなど、所詮はそんなものだ〟

〝……かく、ご……?〟

〝私は捨てたぞ。何もかもをな。――キミに、その覚悟はあるか?〟

〝捨てる……〟

〝代価を支払わねば、何かを手にすることなどできはしない。――鬼にならねば、見えぬ地平がある〟

 

 

 何故、忘れていたのか。

 無様な敗北。何もできない無力感。打ちひしがれる絶望。

 そんなものは、あの雨の日にとっくに経験していたというのに。

 

「教えてくれ」

 

 多くの戦いの中で。

 勝つことが増えて、負けることが減って。

 

「強くなりたいんだ。どうしても。強くならなければ、いけないんだ」

 

 忘れていた。忘れ去ろうとしていた。

 ――如月宗達は、こんなにも弱いということを。

 

「俺は、どうすればいい……!?」

 

 目の前の男は、微かに笑った。

 笑って。こちらを一度、見下ろして。

 

「教えてやるのは構いやしねぇ。だが、その前にオメェがその器かどうかを見極める」

 

 ついて来い、と男は言った。

 その背を、無言で追いかける。

 

「先に言っておく。俺はオメェがぶっ壊れようと興味はねぇ。モノになるかどうかはオメェ次第だ」

「…………」

「良い目をしてやがるなぁ。面白ぇ。――壊されるなよ?」

 

 肯定も、否定も返さない。

 ただ……その後をついていく。

 

(――鬼にならねば、見えぬ地平がある)

 

 きっと、彼らはその〝鬼〟なのだ。

 ならば、その彼らと渡り合うにはどうすればいい?

 どうやって、その領域にまで行けばいい?

 

 決まっている。

 答えなど、一つしかない。

 

 

 ――――――俺も、鬼になる。







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間章 〝最強〟への道標 後篇

 

「フェイトさん、ファーザーがお呼びですよ」

「ん、ああ。わかった」

 

 いつも通り自分たちが管理している店からの集金を終えて戻ってくると、そんなことを言われた。それに頷きを返し、奥の部屋へと向かう。

 現行の組織において、フェイトは№2に近い扱いを受けている。祖国での抗争に敗れた際に多くの多くの幹部が殺された結果、最古参のメンバーである自分が取り立てられたのだ。

 祖国に戻りたいという気持ちはある。だが、そのためには力を手にしなければならない。

 ラスベガス――この地で再興を目指すのは、ある意味最後の賭けなのだ。

 

「お呼びですか、ファーザー」

 

 部屋に入ると、投了は椅子に座って待っていた。一礼し、室内に入ると、座れ、という指示が向けられる。

 

「……外の様子はどうだ」

「特に興業も問題なく。一時は荒れましたが、現在は沈静化しました」

「例の日本人……確か、ソウタツ・キサラギといったか」

「はい。相変わらず勝率は悪いものの、殺されるような状況にもならずしぶとく生き延びているようで」

「ふん……面白い男だ。日本人など、平和ボケした世間知らずしかいないと思っていたが」

 

 くっく、と笑みを零す頭領。それについてフェイトは特に意見を返すことをしない。あの日本人が他と比べて得意であるのは頷けるが、だからといって好意を抱けようはずがないのだ。

 あのような男に恥をかかされたのは、紛れもない事実なのだから。

 

「まあ、そのことはどうでもいい。……そこに置いてあるスーツケースを、スヴァル一家のところへ届けて欲しい」

「これですか?」

 

 壁に立てかけてあったスーツケースを手に取りつつ、フェイトは問いかける。頭領は頷いた。

 

「ああ。預かっておいてほしいと頼まれていたのだが、それを依頼してきた連中と連絡が取れん。前払いで金は貰っていたから損はないが、置いておいても邪魔になるだけだ。中身は知らんが、そのことをスヴァル一家に話すと欲しがってきた。渡してきてくれ」

「……わかりました。取引における金は……」

「それについては心配ない。前金はすでに貰っている。受け渡しと共に残りは支払われる契約だ。……任せたぞ」

「はい。……では、失礼します」

 

 スーツケースを持つと、そのまま部屋を出て行くフェイト。それを見送った後、頭領はポツリと呟いた。

 

「……〝力〟を手に入れるつもりだったが、アレは私の手には負えん。不要な厄を引き寄せる」

 

 ふう、と息を吐く。そして。

 

「歳なのかも、しれんな」

 

 どこか諦めたように、頭領は呟いた。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 通路を歩きながら、フェイトはスーツケースに視線を向ける。一体何が入っているのか、気にならないと言えば嘘だ。

 

(ファーザーは中身を知らないような口ぶりだったが、確認しない意味がない。おそらく知る必要はないということなのだろうが……)

 

 ファーザーは暗にそう告げて来ていたのだろう。故に、知らないまま通す方がいいに決まっている。

 しかし、これから取引に行く以上、中身を知らないというのは問題だ。

 

(十中八九、非合法のものだろうが……)

 

 薬か、それとも銃火器か。

 知らないでいた方がいいのかもしれないが――

 

(……開けてみるか?)

 

 好奇心と、取引のためという大義名分。

 それによって突き動かされ、フェイトはスーツケースの鍵を開ける。

 

 きっと、これが間違いだった。

 開けるべきではなかったのだ。決して。

 何故なら――

 

 

〝感謝するぞ……虫けら〟

 

 

 頭に、不可思議な声が鳴り響き。

 次いで、意識が大きく揺れた。

 

 

 

 

「フェイトさん、どうしたんです?」

「いや、何でもない。それより、今日の報告を貰っていないが」

「す、すみません。今用意します」

 

 走り去っていく部下の姿。それを見つめ、笑みを浮かべる。

 部下である男は気付いていない。フェイトの瞳――本来なら碧眼であるその瞳が、漆黒に染まっていることに。

 

「…………」

 

 口元に笑みを刻みながら。

 フェイトは、歩を進めた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 清心についていくと、何やら物々しい雰囲気の場所に着いた。往来でこそあるが、時間にしては妙に人が多い。しかも服装こそ堅気のそれだが、雰囲気が明らかに違う者たちが集まっている。

 マフィアかと思ったが、雰囲気が違うように感じる。一体、何なのだろうか。

 

「よぉ、待たせたな」

 

 怪訝に思っていると、清心が近くにいる男に声をかけた。男は振り返ると、先程までの厳しい表情を崩してこちらへ歩み寄ってくる。

 

「勘弁してくださいよ清心さん。急いでくださいって言ったじゃないですか」

「固ぇこと言うなって。……で、裏は取れたのか?」

「はい。例の運び屋の口を割らせました。運び込んだ先は、ここを根城にしているマフィアです」

「ふん。ゴロツキがアレを手に入れてどうするつもりなんだかな。あんなもんは劇薬と一緒だ。使い方もわからんようなガキにはどうにもできねぇよ」

 

 吐き捨てるように言う清心。一体何のことかはわからないが、宗達に口を挟むつもりはない。それくらいの空気は読める。

 だが、男の方が宗達に気付き、その表情をしかめた。

 

「清心さん、あの子は?」

「日本人のガキだ。使えると思って連れてきた」

「ええ? 何を言ってるんですか。民間人を巻き込むなんて……」

「大丈夫だよ。なぁ、小童」

「……ああ」

 

 頷きを返す。何に対しての『大丈夫』なのかはわからないが、多少の修羅場ぐらいならどうにでもできるはずだ。

 だが、男はどうも納得できないらしく渋い表情をしている。そんな男に、安心しな、と清心が言葉を紡いだ。

 

「中に入れるようなこたぁしねぇ。それに、このガキはマフィア連中との接触もある。見える場所に置いておいた方がいいぞ」

「……参りましたね。まあ、後でお話を伺うということにして……とりあえず、配置は完了しています」

 

 男が振り返り、とある建物の方へと視線を向ける。表向きはカジノだが、地下では賭けデュエルも行われている場所だ。宗達も何度か世話になっている。

 この場所は確か、この間一悶着あったイタリアマフィアの縄張りのはずだが……。

 

「その辺についてはプロのオメェさんたちに任せる。俺は口出しはしねぇやな。……だが、一つ確認させてくれ。本当にあそこにあるのか?」

「運び屋はそう吐きましたが……」

「……そうか。それじゃあ、後は任せたぞ」

「ええ」

 

 男がこの場を離れる。宗達は清心に言葉を投げかけた。

 

「あいつらはなんなんだ?」

「一言で言うなら国家権力だな」

「国家権力?」

「FBIと現地警察だよ、連中は。ちょっとばかしヤバいもんを追っててな。ラスベガスに入った」

 

 煙草を咥え、煙を吹かしながら清心が言う。成程、と宗達も頷いた。

 

「薬か何かか?」

「ある意味近いかもしれねぇなぁ。まあ、それよりも厄介なもんだが」

「何でもいいけど。……つーかさ、あんたタイトル持ちっつってもデュエリストだろ? 何でこんな荒事に首突っ込んでんだよ。FBIとか一般人が絡む相手じゃねぇだろ」

「薬だのなんだのの話なら俺も関わらねぇんだがな。生憎今回は俺も無関係じゃねぇ上に、無視できるもんでもねぇ。下手すりゃ世界が混乱する」

 

 深刻な口調で語る清心。どういうことだ、と宗達は問いかけた。

 

「世界が混乱って……いくら何でも規模が大き過ぎだろ」

「冗談ならどれだけ良かったか。……なぁ、オメェ。〝神のカード〟って知ってるか?」

 

 不意にそんなことを言い出す清心。宗達は眉をひそめつつも頷いた。

 

「そりゃ知ってるさ。『決闘王』が持ってるカードだろ?」

 

 神のカード――〝三幻神〟とも呼ばれる三枚のカードは、世界にそれぞれ一枚ずつしか存在しない伝説のカードだ。今や伝説となった『バトルシティ』で猛威を振るい、いくつもの伝説がある。

 曰く、『死者が出た』、『コピーカード使用者には罰が待っている』、『資格無き者は殺される』……等々。

 現在は『決闘王』武藤遊戯が三枚とも所有し、管理しているそれらのカードは生み出したペガサス会長でさえも『封印するしかない』と判断したほどの力を持っているという話だ。

 

「そう、〝三幻神〟。ありゃあ使い手を選ぶ」

「選ぶ? カードが?」

「俄には信じがたいだろうが、そういうモンだあれは。関わるべきじゃねぇし、関わったところでいいところなんざねぇ。『決闘王』はバケモンだよ。あんなもんを三枚も従えているなんざな」

 

 実際、神のカードにはその手のオカルトな話も数多い。『カードの精霊』などというものが本当にいるのかはわからないが、廃寮のこともある。否定はし切れない。

 特に神のカードはそのコピーカードを使用した者が誰一人の例外なく悲惨な末路を迎えたという噂もあるくらいで、その手の話には事欠かない。

 

「ペガサス会長もその力を恐れてな。抑え込むための〝力〟を生み出そうとした。力には力。毒を以て毒を制す――あのペガサス会長がそうせざるを得なかったほどの力だ。だが、その選択が最悪のモノを生み出した」

「…………」

「〝三邪神〟。単純な力で言えば〝三幻神〟以上の力を持つ存在だ。神に対抗するために紡がれた力の源泉は、『憎悪』と『悪意』。その暴力はあまりにも危険過ぎた」

「……それで?」

「封印しようにも、その力に取りつかれる馬鹿が後を絶たねぇ。そこで、ペガサス会長は『決闘王』のように〝三邪神〟を従えることができる人間を求めた。……面倒なことに、白羽の矢が立ったのが俺だ」

 

 言いつつ、清心が懐から一つのデッキを取り出した。そこから一枚のカードを抜き出す。

 ――瞬間。

 

 ドクン。

 

 心臓が大きく高鳴った。引き込まれるような感覚。一枚のカードから目が離せない。

 

(……あ……? 何だこれ……?)

 

 ゆらりと、体が揺れる。そして。

 

「落ち着け小童。呑み込まれるな」

 

 いつの間に手を出していたのか。カードを掴もうとしていた宗達の手を、清心が掴んで止めていた。

 

「…………あァ?」

「まあ、気持ちはわかる。俺も昔は気が狂いそうだったからな。……わかるか? 〝三邪神〟がどれほどの力を持っているかなんざ俺自身、よくわからん。だが、今のオメェみたいにこれを求める馬鹿はいくらでもいる。俺はそれを止めに来たんだよ」

「ッ、要件はわかった。で、どうしてそんな場所に俺を?」

 

 頭を揺らし、意識を揺り戻しながら問いかける。清心は頷いた。

 

「〝邪神〟を黙らせるには力が一番だ。……ついて来い。命を懸ける覚悟ぐらいはあるだろう?」

 

 その場で立ち上がる清心。その視線は建物に向いている。

 FBIが関わっているこの状況。普通に考えて、逃げるべき状況だ。首を突っ込んでもメリットなどない。

 ――だが。

 

「ああ。わかった」

 

 頷きを返し、立ち上がる。

 上等だ、と清心は笑った。

 

「――さぁ、〝邪神〟との対面といこうじゃねぇか」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ほ、本当にこれでいいんですか?」

「ファーザーの指示だ。疑うつもりか?」

「い、いえ、そんなことは……」

「ならば己の役目を全うしろ」

 

 迷いの表情を見せる部下に、フェイトはそう言い捨てる。部下は戸惑いの表情を見せていたが、結局それ以上の反論はしてこなかった。

 笑みを零し、その場を後にする。人間の身体に乗り移るのは久し振りだが……やはり、具合がいい。

 

(悪意の塊のような体だ……実にいい)

 

 人とは『悪意』から逃げることはできない。『善意』など必要ない。ただただ純粋に、黒く染まればいい。

 悪意が世界の全てとなれば、それが是となる。

 倫理も、常識も、正義も。

 ――この俺には、必要ない。

 

「さァ、行こうか」

 

 その呟きと共に。

 フェイトは、建物の奥へと足を踏み入れた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 裏口からは思いの他容易く入り込むことができた。元々こういう日陰者が建てる建物は万一の時を想定して出口をいくつも用意しているものである。その一つと考えれば、変ではないのかもしれない。

 

「不気味だなぁオイ。誘ってんのか、それとも余裕か……」

「トラブルなく入り込めんなら良いだろ。てか、警察連中には良いのかよ? 伝えなくて?」

「相手はDMのバケモノだ。最後は力勝負になるんだよ。それに、一応伝えてはある。追って来るだろ」

「ふーん」

 

 まあ、揉め事となればデュエルというのが常識だ。相手が銃火器を持ち出してきた場合に通用するかはわからないが、それでいいのだろう。

 

「とにかく急ぐぞ小童。逃がしたら元も子もねぇ」

「あいよ」

 

 建物の中へ入る。すると、異臭が鼻を突き刺した。ガスが漏れているのか、嫌な臭いが充満している。

 

「……なんか、ヤバくねぇ?」

「まあ、想定内だ。急ぐぞ。こっちだ」

「場所わかんのかよおっさん」

「何となくだがな。邪気に晒され続けると、そういうもんがわかるようになる」

 

 迷いなく歩いていく清心の背を追う。重い空気の中、不思議と誰にも出会わずに進んでいく。

 階段を降り、地下へと向かう。しばらく歩くと、道が二つに分かれている場所に出た。

 

「ふん、分かれ道か。別行動だな」

「二人で行動した方が良さそうな気がするけど、いいのか?」

「後から警官連中も来るとはいえ、逃がしたら洒落にならん。……俺は右に行く。オメェは左だ」

「あいよ」

 

 頷き、左の方へと歩き出そうとする。その背に、清心が言葉を投げかけてきた。

 

「小僧。〝邪神〟に出会ったら、決して呑まれるなよ」

「……さっきみたいな感覚か?」

「あんなもんは序の口だ。〝邪神〟は人の心の闇に入り込み、支配する。……オメェはどうも、そういう闇が強いように見えたからな。警戒するに越したことはねぇ」

「…………」

 

 心の闇――心当たりなど探すまでもない。憎悪も、憤怒も、悪意も。幾度となく向けられ、同時に向けてきた。

 如月宗達というデュエリストの源泉には、『憎悪』が少なからず存在している。

 

「そして、アドバイスだ。――〝強さ〟が欲しいなら、何かを捨てろ」

 

 こちらへと背を向け。

〝最強〟の名を持つ男が、そう告げる。

 

「頂点なんてのは、何かを捨てた異常者が立てる領域だ。……オメェに足りないものは、それでわかる」

 

 そのまま、清心は立ち去っていく。宗達はその言葉に対して言葉を返さず、歩を進めた。

 

(何かを……捨てる)

 

 まるでそれは『代償』だ。強さを求め、何かを犠牲にする。

 いや……だが、それが真実なのだろうか。

 強さとは、犠牲の下にのみ成り立つものなのだろうか。

 

(俺が、捨てるモノは……)

 

 歩みを進めながら、思い悩む。

 ――そして、不意に。

 

 

「面白い人間がいるなぁ、オイ?」

 

 

 前方より、嘲笑の声が届いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 前方に視線を向けると、そこにいたのは見覚えのある男だった。

 額に十字架を刻んだ男――フェイト。出来ることなら関わり合いになるべきではない相手であると同時に、しかし、そうすることもできない人物。

 

「……邪魔してるぜ」

 

 警戒を込めながらそう言葉を返す。往来ならともかく、この場所は向こうの本拠地だ。警戒し過ぎて損することはない。

 だが、フェイトはそんなこちらの考えを知ってか知らずか、諸手を挙げて笑みを浮かべる。

 

「いやぁ、退屈しなくて丁度いいさ。外の連中はお前の差し金か?」

「……何の話だ?」

「とぼけるなよ。外からこっちを窺ってる連中は、突入するタイミングを狙ってるんだろう?」

 

 おそらく、その言葉で表情を変えてしまったのだろう。フェイトはその笑みを更に濃くした。

 

「別に怒っちゃあいない。むしろ嬉しいくらいだ。――この俺の餌になりに来たんだからなぁ!!」

 

 直後、視界が歪んだ。

 周囲の景色が、軋みを上げる。

 

(この感覚は……!?)

 

 背筋から何かが這い上がってくるような、この感覚。

 どこかで覚えのある、この感覚は――

 

 

「――さあ、闇のゲームだ」

 

 

 周囲に、闇が満ちる。

 見覚えのあるこの景色は、あの時の。

 

(――闇の決闘……!?)

 

 眼前に立つフェイトが、デュエルディスクを構える。そこで気付いた。フェイトの瞳――本来なら碧眼であったはずのそれが、濁った黒になっていることに。

 

(おっさんが言う、〝邪神〟か……?)

 

 わからない。だが、この状況があまりに異常すぎるのも事実。

 いずれにせよ――

 

「テメェは、何だ?」

 

 デュエルディスクを取り出し、構える。まるでそうすることが当たり前のように。

 対し、フェイトは嘲笑を込めて言葉を紡いだ。

 

「知ってどうなる? 貴様はこの俺に殺されるというのに」

「何の目的があってこんなことをしてる? FBIも動いているんだ。逃げられないぞ」

「ははっ、FBI? そんなものがこの俺を止められるとでも? 俺を止められる者などいない」

「……随分な自信だな」

 

 嫌な汗が背中を伝う。何故だろうか。どうしようもなく、ここに立っているのが辛い。

 

「自信?」

 

 その元凶である男は、首を傾げてそう言った。

 

「貴様は、地を這う虫を潰すことにさえも自信が必要なのか?」

「…………」

「さあ、精々楽しませてくれ」

 

 闇が纏わりつく。重く、暗い空気が身を焦がす。

 

「――さあ、決闘だ」

 

〝強さ〟の意味も解らぬまま。

 如月宗達は、深淵へとその足を踏み入れる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 周囲は、先程までの景色から一変していた。

 漆黒に染まった空間。そこに、二人で対峙している。

 

「俺の先行だ……、ドロー!」

 

 先行はフェイト。だが、雰囲気があまりにも違い過ぎる。

 姿は同じでも、別人。そういうことか。

 

(これが、〝邪神〟……?)

 

 清心が見せてくれた二枚のカードから感じたあの感覚はない。しかし、この異常な空間がすでに常識の通じる状況ではないということを告げている。

 本当に、何が起こっているのか――

 

「俺はモンスターをセット、カードを一枚伏せてターンエンドだ」

 

 静かな立ち上がりだ。無難といえば無難だが……。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 いずれにせよ、宗達にできることは限られている。

 

「俺は手札より永続魔法『紫煙の道場』を発動! 『六武衆』と名のついたモンスターが召喚・特殊召喚される度にカウンターが乗り、このカードを墓地に送ることでその時乗っていたカウンター以下の『六武衆』を特殊召喚できる!」

「ほう、極東の侍のカードか。脆弱だな」

「言ってやがれ。俺は更に、『六武衆―ザンジ』を召喚! 道場にカウンターが乗る!」

 

 六武衆―ザンジ☆4光ATK/DEF1800/1300

 紫煙の道場 0→1

 

 金色の薙刀を振るう侍が姿を見せる。宗達は、バトル、と言葉を紡いだ。

 

「ザンジでセットモンスターに攻撃!」

「セットモンスターは『ピラミッド・タートル』だ。このカードが戦闘で破壊された時、デッキから守備力2000以下のアンデット族モンスターを特殊召喚できる。――俺は『茫漠の死者』を特殊召喚!」

 

 ピラミッド・タートル☆4地ATK/DEF1200/1400

 茫漠の死者☆5闇ATK/DEF?/0→2000/0

 

 ピラミッドを背負った亀が破壊され、代わりに現れたのは全身を包帯で包んだ一体の死者だった。その体から発せられる威圧感に、思わず息を呑む。

 

「『茫漠の死者』は召喚・特殊召喚に成功した時の相手のLPの半分の攻撃力となる。貴様のLPは4000。よって、茫漠の死者の攻撃力は2000だ」

「……チッ、俺はカードを二枚伏せてターンエンド――」

「おっと、エンドフェイズが終わる前にリバースカードを発動させてもらう。永続罠『心鎮壺』。フィールド上にセットされたカードを二枚選択して発動し、このカードがフィールド上に表側表示で存在する限りそのカードは発動できない。くっく、貴様が今伏せた二枚のカードは発動不可だ」

「なっ……!?」

 

 完全に動きを封じられた。まるでこちらの動き方がわかっているかのような展開。

 これは、まさか――

 

「メタ張ってきやがったか……!」

「この男の記憶では、貴様も似たような手段を使ったらしいからな。伏せカードでチマチマと相手の手を潰し、戦う――羽虫に相応しい戦い方だ」

 

 嘲笑いながら言うフェイト。くっ、と宗達は拳を握り締めた。

 一枚のカードで二枚もの伏せカードを封殺された。このままでは――

 

「くっく、いい顔だ。――俺のターン、ドロー! 俺は手札から二枚目の『ピラミッド・タートル』を召喚!」

 

 ピラミッド・タートル☆4地ATK/DEF1200/1400

 

 再び現れる、アンデット族のリクルーター。この類のモンスターは本当に厄介だ。しかもピラミッド・タートルはそのカバー範囲が広過ぎる。

 

「バトルだ! 茫漠の死者でザンジを攻撃!」

「――ッ!?」

 

 宗達LP4000→3800

 

 ダメージそのものは大したことはない。だが――

 

「う、づああああっ!?」

 

 いきなり全身を貫いた激痛に、思わず膝をついてしまった。嘲笑の声がここまで届く。

 

「これは闇のゲームだ。ダメージはそのまま苦痛となって貴様を襲うぞ」

「ん、だと……!?」

「この程度で根を上げてどうする。まだ貴様への攻撃は残っているぞ。――ピラミッド・タートルでダイレクトアタック!!」

「――――ああああああああああっっっっ!?」

 

 宗達LP3800→2600

 

 全身を激痛が駆け抜け、脳が沸騰したような感覚が頭に響く。

 苦痛――拷問のようなこれが、闇のゲームだというのか?

 

「良い悲鳴だ……殺してやりたくなる」

「ぐっ……」

「さあ、絶望するのは早いぞ?――俺は手札より魔法カード『大嵐』を発動! フィールド上の魔法・罠を全て破壊する!」

「――――ッ!?」

 

 破壊される二枚の伏せカードと、紫煙の道場。相手も心鎮壺が破壊されるが、関係ない。

 

「くくっ、俺はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

「……ッ、ぐ……俺のターン、ドロー……ッ!」

 

 体が悲鳴を上げ、軋んでいる。まだLPは半分も割っていないというのに、この痛みと疲労。

 苦痛を与え合う、闇の中に閉ざされたデュエル。

 これが――闇の決闘。

 

「どうした? この程度の苦痛でギブアップか?」

「……ッ、うるせぇ……!」

 

 大きく深呼吸をする。痛みはあり、視界も僅かに霞むが……まだ、倒れる程ではない!

 

「俺は手札より『六武衆-イロウ』を召喚! 更に場に『六武衆』と名のついたモンスターがいるため、このモンスターを特殊召喚する! 来い、『六武衆の師範』!」

 

 六武衆-イロウ☆4闇ATK/DEF1700/1200

 六武衆の師範☆5ATK/DEF2100/800

 

 長刀を背負った黒衣の侍と、白髪の筋骨隆々な老人が姿を現す。今のドローで師範を引けたのは大きい。まだ、諦める必要はない。

 

「バトルだ! 師範で茫漠の死者を攻撃!」

「ほう……!」

 

 フェイトLP4000→3900

 

 僅かに削られるLP。フェイトが恍惚の笑みを浮かべた。

 

「ああ、いい痛みだ……! これでこそ、殺し合いの場にいると実感できる……!」

「気持ち悪ぃんだよテメェ! イロウでピラミッド・タートルに攻撃だ!」

「――ピラミッド・タートルが戦闘で破壊されたことにより、デッキから『ダブルコストン』を特殊召喚する!」

「ダブルコストンだと!?」

 

 フェイトLP3900→3400

 ダブルコストン☆4闇ATK/DEF1700/1650

 

 現れたのは、闇属性モンスターを特殊召喚する際、二体分のコストになるという効果を持ったモンスター。くくっ、とフェイトは笑みを零した。

 

「さあ、絶望へのカウントダウンは近付いているぞ?」

「ッ、俺はターンエンドだ!」

「俺のターン、ドロー!……折角の機会だ、貴様に本当の〝絶望〟というものを教えてやる」

「何だと?」

「俺は手札から『堕天使アスモディウス』を捨て、手札から『ハードアームドラゴン』を特殊召喚する。このカードはレベル8以上のモンスターを捨てることで特殊召喚でき、また、このカードを生贄にして召喚したレベル7以上のモンスターはカードの効果では破壊されない」

 

 現れたのは、小型のドラゴンだ。一体、何を狙う気か――そう思った瞬間。

 

(待て、〝邪神〟? そしてダブルコストン。おい、まさか〝邪神〟の属性は――!?)

 

「くくっ、絶望を見せてやろう……! 俺はダブルコストンを二体分の生贄とし、ハードアームドラゴンと合わせて三体のモンスターを生贄に捧げる! 暗黒の権化よ、今ここに降臨しろ!! ――『邪神アバター』!!」

 

 漆黒の闇が、世界を包み。

 ゾクリと、全身の毛が総毛立った。

 まるで背後から忍び寄って来るかのような不気味さをその身に纏い。

 天より、漆黒の球体が現れる。

 

 邪神アバター【The Wicked Avatar】☆10闇ATK/DEF?/?→2200/2200

 

 かつてテレビで見たことがある。〝三幻神〟が一角、『ラーの翼神竜』。そのカードと似た姿をしていながら、しかし、絶対的に違う感覚。

 

「アバターの攻撃力と守備力は、フィールド上に存在するモンスターの中で最も攻撃力の高いモンスターより100ポイント高い数字になる。わかるか? 如何なる手段を使おうと、この俺を戦闘で超えることは不可能だということだ!」

 

 アバターの姿が変化していく。漆黒の球体から、六武衆の師範の姿へと。

 つまり、これがアバター……『もう一つの姿』の意味。

 

「そしてアバターが召喚されてから相手のターンで数えて二ターン。貴様は魔法・罠を使うことはできない」

「何だと!?」

「さあ、バトルだ! アバターでイロウに攻撃!!」

「――――ッ、ぐああああああああっっっ!?」

 

 宗達LP2600→2100

 

 先程までとは全然違う、絶望的なまでの苦痛が全身を焦がす。

 これが――〝邪神〟。

 圧倒的な、力の権化。

 

「あ……う……」

 

 体が堪え切れず、床に倒れ込んでしまう。嘲笑が耳に響いた。

 

「もう終わりか?」

 

 瞼が、沈む。

 体が、どうしようもなく……重かった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 初めてデュエルを見たのは、バトルシティの映像だった。

 決勝トーナメント準決勝。今や〝伝説〟の二人のデュエル。

 武藤遊戯。

 海馬瀬人。

 ルールも何もわからなかったが、一つだけ伝わって来たことがある。

 

 ――あんな風になりたい。

 

 それは純粋な憧れであり、夢だった。

 その日から、それまで関わらなかったDMに触れるようになった。ルールを覚え、デッキを組み、孤児院の皆と何度も何度もデュエルをした。

 そして……勝てなかった。

 大一番になればなるほど、良いカードが引けない。どうしようもないくらいにドロー運がない。

 子供心にそれを理解するのに時間を要しないほどに、絶望的でさえあった。

 けれど、それでも腐ることはなかった。

 考えて、考えて、考えて。

 手札が悪いなら、引けるまで粘ればいい。

 逆転のドローができないなら、そもそもそんな状況にしなければいい。

 そうやって、戦ってきて。

 

 デュエルが、DMが、大好きだった。

 負けることばかりの日々の中で、勝てるようになって。楽しくて仕方がなかった。

 ――いつからだろう?

 デュエルが、ただ楽しいだけのものではなくなったのは。

 ――いつからだろう?

 相手を憎悪しながらデュエルすることが増えたのは。

 

(……今の、フィールドは……?)

 

 薄れる意識で、フィールドを確認する。相手の手札は0。伏せカードが一枚。

 対し、こちらの場には六武衆の師範がおり、伏せカードは無し。手札は一枚。ドローすれば二枚になる。

 しかし、こちらはこのターンと次のターン魔法・罠を使えない。その上、相手の場には事実上戦闘破壊は不可能な〝邪神〟がいる。

 

(……絶望的だなぁ、オイ……)

 

 笑いが零れてきてしまう。そして、自分のドロー運だ。逆転のカードを引くことはできない。

 こっちに来てから何度デュエルをしても、それだけは変わらなかった。

 

(……何度、信じても……俺は、裏切られて……)

 

 信じ続けて、夢を見続けて。

 その度に、絶望を叩きつけられてきた。

 

(……どうすればいい。どうすれば、このバケモノに勝てる……?)

 

 ラスベガスで理解した。如月宗達の〝強さ〟は格下を黙らせることができても、格上には屈服するしかない強さに過ぎない。それでは駄目だ。〝最強〟には届かない。

 ならば、違う〝強さ〟を。

 何があろうと敗北しない、絶対的な〝強さ〟を――

 

 

〝鬼にならねば、見えぬ地平がある〟

 

 

 静かに響く、その言葉。

 

 

〝強さが欲しいなら、何かを捨てろ〟

 

 

 覚悟と、代償。

 今の自分に足りないもの。それは――

 

 

〝――キミは、デュエルを楽しめているのか?〟

 

 

 捨てるモノ。捨てるべきモノ。

 代償は軽くてはならない。どうしようもない程に重く、辛いものでなければならないのだ。

 そうだ、これだ。

 俺の、支払うモノは。

 強くなるために、捨てるべきモノは――

 

 

「…………ははっ。甘えてんじゃねぇよ、如月宗達」

 

 

 立ち上がる。痛みで体が震え、意識が大きく揺さぶられる。

 だが、倒れない。

 再び倒れることは……ない。

 

「いつまで、いつまで縋りついてるつもりだ馬鹿野郎が」

 

 覚悟を決めたはずだった。強くなる。そう決めたはずなのだ。

 

「楽しい時間は、敗北が許された時間はとっくに過ぎ去ったんだ!!」

 

 前を見る。

 決闘は――まだ終わっていない。

 

「ほう……五分の魂でも見せてくれるのか?」

「当たり前だ、クソ野郎。――俺のターン!」

 

 デッキトップに手をかける。引きたい、ではない。そんなことを祈っても、聞き入れられることはない。

 きっと自分は選ばれなかった人間で、愛されなかった人間なのだ。むしろ、嫌われているのだろう。

 DMの精霊の逸話なら聞いたことがある。気に入った存在に加護を与えるという話だが……おそらく、自分はその精霊とやらに徹底的に嫌われているのだろう。

 祈れば祈るほど、無碍にされ。

 願えば願うほど、その願いを踏み躙られるほどに。

 ――ならば、それでいい。

 嫌われているのなら……相応の応じ方がある!!

 

「ドロー!!」

 

 引いたカードを確認する。まずは第一関門突破だ。

 

「俺は六武衆の師範を守備表示にし、カードを一枚伏せてターンエンドだ」

「ふん、守りに入ったか。……俺のターン、ドロー!――俺は永続罠『最終突撃命令』を発動! このカードが表側表示で存在する限り、全ての表側表示のモンスターは攻撃表示になる! 師範は攻撃表示だ!」

「……ッ!?」

「アバターで師範を攻撃!」

「――――ッ、あああああああっっっ!?」

 

 宗達LP2100→2000

 

 僅か100ポイントのダメージだというのに、絶望的なまでの激痛が襲いかかる。

 これが……〝邪神〟の力。

 

「俺はターンエンドだ」

「俺の、ターン……! ドロー……ッ!」

 

 カードを見る。――いける。まだ、動ける!!

 

「俺はモンスターをセットし、ターンエンドだ……!」

「俺のターン、ドロー!――俺は手札より魔法カード『死者蘇生』を発動! 相手の墓地のモンスターを一体蘇生する! 俺は『ダブルコストン』を蘇生! そしてダブルコストンを生贄に捧げ、『闇の侯爵ベリアル』を召喚!!」

 

 闇の侯爵ベリアル☆8闇ATK/DEF2800/2400

 邪神アバター☆10闇ATK/DEF?/?→2900/2900

 

 アバターが再び姿を変え、闇の侯爵の姿を見せる。バトル、とフェイトが宣言した。

 

「アバターでセットモンスターへ攻撃!」

「セットモンスターは、『真六武衆―カゲキ』だ……!」

 

 真六武衆―カゲキ☆3風ATK/DEF200/2000

 

 切り込み隊長の役目を持つモンスターも、邪神の前には塵も同然だ。容易く破壊される。

 

「終わりだ……ベリアルでダイレクトアタック!」

「リバースカード、オープン! 罠カード『ガード・ブロック』! 戦闘ダメージを一度だけ0にし、カードを一枚ドローする! ドロー!」

 

 引いたカードを見る。キーカードはこれで二枚。

 後は、残る一枚を――

 

「くっく……随分と足掻くな。だが、アバターはカード効果では破壊できず、ベリアルがいる限り貴様はベリアル以外のモンスターを攻撃できず、魔法・罠の対象にもできない……。これが絶望だ、虫けら」

「その虫けらに、負けるのが、テメェだよ……!」

 

 息を切らしながら応じる。本格的に拙くなってきた。視界が揺れ、頭がクラクラする。

 それに……胸の奥の辺りが、異様に痛む。

 まるで、何かを拒絶するかのように――

 

「ほう、まだそんな強がりを吐けるか。いいだろう、もっと楽しませろ……!!」

 

 闇の気配が増す。宗達は一度、大きく深呼吸をし。

 

(もう、俺は祈らねぇ)

 

 引きたい、という言葉も。

 引かなければ、という言葉ももういらない。

 

(俺は、俺自身の力で捻じ伏せる)

 

 必要なのは、たった一つのこと。

 憎悪には、憎悪で。

 ――純然たる悪意を以て、逆らうモノを従わせる!!

 

「俺を嫌おうが憎もうが、構いやしねぇ。好きにしやがれ。だがな。――逆らうことは、許さねぇ」

 

 大好きだった、過去の想いを。

 大切だった、この気持ちを。

 

「俺の、ターン!!」

 

 ――ここへ、捨てていく。

 

「ドロー!!」

 

 愛ではなく、憎悪で。

 如月宗達は、〝最強〟になる!!

 

「俺は手札より、魔法カード『死者蘇生』を発動! 墓地の『真六武衆―カゲキ』を蘇生する!」

「ふん、そんな雑魚を今更どうするつもりだ?」

「雑魚だろうが何だろうが使い方次第で〝邪神〟だって倒せるんだよ!! 俺は更に、手札から『真六武衆―ミズホ』を召喚!! 場に他の六武衆がいるため、カゲキの攻撃力が1500ポイントアップする!!」

 

 真六武衆―カゲキ☆3風ATK/DEF200/2000→1700/2000

 真六武衆―ミズホ☆3炎ATK/DEF1600/1000

 

 並び立つ二体の侍。ふん、とフェイトが嘲笑うように鼻を鳴らした。

 

「それがどうした? その女侍の効果では、アバターを破壊は出来ん」

「――いつ、これで終わりと思った?」

「なんだと?」

「俺は手札より速攻魔法、『六武衆の荒行』を発動! 六武衆と名のついたモンスターを一体選択し、その攻撃力と同じ数字のモンスターを一体デッキから特殊召喚する! そして選択されたモンスターはエンドフェイズに破壊される! 俺はカゲキを選択し、来い、『真六武衆―エニシ』!!」

 

 真六武衆―エニシ☆4光ATK/DEF1700/700→2200/700

 

 現れたのは、一本の大刀を持つ侍。宗達は、効果発動、と宣言した。

 

「一ターンに一度、墓地の『六武衆』を二体ゲームから除外することでフィールドに表側表示で存在するモンスターを一体手札に戻す! 墓地の『イロウ』と『師範』を除外し、アバターを手札に!」

「何だと!?」

「更にミズホの効果! 一ターンに一度、このカード以外の六武衆を一体生贄に捧げることでフィールド上のカードを一枚破壊する! カゲキを生贄に捧げ、ベリアルを破壊だ!!」

「ぐううっ!?」

 

 これで相手の場はがら空き。宗達は、バトルだ、と宣言した。

 

「ミズホとエニシでダイレクトアタック!!」

「ぐううっ!?」

 

 フェイトLP3400→100

 

 残りLPが100にまで落ち込むフェイト。宗達は、ターンエンド、と宣言した。

 

「ナメんなよ、〝邪神〟!!」

「……ぐ、羽虫が……!! 図に乗るなよ!! 俺のターン、ドロー!! くっ、ハハハッ!! さあ、まだ楽しもうじゃないか!! 俺は手札より魔法カード『ブラック・ホール』を発動!! フィールド上のモンスターを全て破壊する!!」

「――エニシの効果発動!! 墓地の『カゲキ』と『ザンジ』を除外し、エニシを手札に戻す!!」

「なにぃ!?」

「エニシの効果は相手ターンでも使える。捲り合いにでもする気だったんだろうが、残念だったな」

「ぐっ……貴様ァ!!」

 

 憤怒と憎悪に染まった表情でこちらを睨むフェイト。宗達はそれを正面から見据え、高々と宣言した。

 

「俺のターン!! ドロー!! 俺は手札から『真六武衆―エニシ』を召喚!!」

 

 真六武衆-エニシ☆4光ATK/DEF1700/700

 

 現れる、最後の侍。宗達は、バトル、と言葉を紡いだ。

 

「トドメだ!! エニシでダイレクトアタック!!」

「ぐう、うああああああああっっっ!? この俺が、貴様のような小僧に……!!」

 

 フェイトLP100→-1600

 

 バトルが終局を迎える。終わりだよ、と宗達は言葉を紡いだ。

 

「テメェの負けだ、〝邪神〟!!」

 

 闇が、弾ける。

 次いで見えたのは、炎に包まれた廊下だった。

 

「…………!!」

 

 フェイトが床に倒れ込み、『邪神アバター』のカードが床に落ちる。それと同時に、宗達の視界が歪んだ。

 

(……ッ、嘘、だろ……?)

 

 視界が傾き、体が揺らぐ。

 ――そして。

 床に倒れ込んだと思った瞬間には、その意識が途絶えていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 目を覚ました場所は、病院だった。状況を確認しようと視線を動かす。すると、ベッドにもたれかかるようにしてレイカが眠っていた。

 

「……病院、か」

 

 体を起こそうとすると、左腕に激痛が走った。見れば、左腕には随分と厳重に包帯が巻かれている。

 

「目ェ覚めたか、小童」

 

 どうにか体を起こすと、横手からそんな声が聞こえてきた。見れば、そこにいたのは見覚えのある紳士。

 ――皇清心。

 

「あの後、連中のアジトで火災が発生してな。オメェはどうにか救出できた」

「……マフィア連中のことは、聞かねーほうが良いんだろうな」

「資格も持たずに〝邪神〟に関わった奴が、無事に済むはずもねぇ」

 

 予想通りの答えが返ってきた。宗達は、そうか、とだけ頷いた。

 天井を見上げる。白い天井。

 生きているのだと、ここでようやく実感する。

 そして、体に走る痛みが伝える。あのデュエルは、現実だったのだと。

 

「――何を捨てた?」

 

 不意に、そんなことを問いかけられた。宗達は、さぁな、と言葉を紡ぐ。

 

「失くしたと思ってたもんがあった。いつの間にか、無くなっちまってたって。けど、それは俺が誤魔化していただけで。憎悪と悪意の奥底に、女々しくも大事に隠してたんだ」

「…………」

「けど、もういらねぇ。持っていても仕方がねぇんだ。それだけの話だよ」

 

 あの日憧れ、愛し、求め続けた気持ち。

 それはもう、捨ててしまった。

 

「……オメェが納得してるなら、それでいい」

 

 それっきり、清心はこれ以上何も言わなかった。

 強くなるために、捨てたモノがあって。

 強くなるために、〝鬼〟となった。

 ただ、勝つために。

 勝ち続けるために。

 

(俺は、間違えてない)

 

 強くなければ、自分を証明できないならば。

 それ以外のモノは、全て捨てなければならない。

 

(けれど、どうして)

 

 修羅となると決めながら。

 

(どうして、胸の奥がこんなにも痛む?)

 

 何故、こうも心が曇る。

 

 

(――俺は、DMを憎んでいるはずなのに)

 

 

 その問いの、答えは。

 いつまで経っても、わからなかった――1














原作GXのヘルカイザーとはまた違う、『如月宗達』という人間だからこそ犠牲にしたもの。ヘルカイザーが『勝利以外へのリスペクト』を捨てたのであれば、彼は『DMを愛する』という想いを捨て去りました。

十代が『選ばれた者』、妖花が『愛された者』ならば、宗達は『憎悪された者』。
誰でも彼でも愛されるわけがない。生まれつき、どうしようもなく愛されない者もいる。そうであるならば、それでもいい。嫌われていようがなんであろうが、力ずくで従わせる。それが、『鬼』の選択。


………………祇園くんは多分、選ばれたわけでも、愛されているわけでも、憎悪されているわけでも、嫌われているわけでもない立場なんだろうなぁ……。


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第三十話 譲れぬ理由を、この手に抱いて

〝ルーキーズ杯〟三日目、準決勝。

 十六人のデュエリストから勝ち残ったのは、僅か四人。

 全日本ランキング29位、〝アイドルプロ〟桐生美咲。

 元全日本チャンプ、〝ヒーロー・マスター〟響紅葉。

 アカデミア本校推薦枠、〝ミラクルドロー〟遊城十代。

 そして、アカデミア・ウエスト校所属、一般参加――夢神祇園。

 当初の予想では上位陣は全てプロデュエリストとなると思われていたこの大会。しかし、蓋を開けてみれば残った半分はアマチュアだ。

 遊城十代はわかる。逆転のドローを連続してみせるその豪運は観客を魅了する。一年生でありながら学校を代表する二人のうちの一人として出場しているのも、そういう部分からだろう。アマチュアではあるが、彼のデュエルは人を惹き付ける『何か』があるのだ。

 だが、夢神祇園。彼は、本来なら一回戦で消えていてもおかしくないデュエリストのはずだった。

 しかし、現実として彼は勝ち上がり、遂に準決勝の舞台に立っている。

 それを〝奇跡〟と呼ぶ者もいるだろう。いや、むしろそう感じる者の方が多いのかもしれない。

 そしてそれは、過ちでもなんでもない。

 

〝奇跡〟とは、血の滲むような努力をした者のみが手にすることのできる、〝答え〟なのだから。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 歓声の声が、廊下にまで響き渡る。

 今から行われる準決勝への期待からくる歓声だろう。自分でもこの大会の準決勝の試合はどんな組み合わせでも期待する。

 ――そう、自分がその準決勝で戦う選手でなければ。

 

「大丈夫、ですか……?」

 

 不意に背後から声をかけられた。振り返ると、そこにいたのは一人の少女。

 この大会で出会ったエクゾディア使い――防人妖花。

 心配そうな表情でこちらを見るその少女に、少しね、と苦笑して少年――夢神祇園は頷いた。

 

「やっぱり、緊張するから」

「夢神さんも、緊張するんですね」

「こういう大会ではすぐに負けて、人目に触れるようなことはなかったから」

 

 苦笑を返す。ジュニア大会では初戦で敗北し、インターミドルには参加すらできなかった。

 そんな自分がこんな大会に出ていることに、改めて違和感を感じる。

 

「なら私と一緒ですね! 私も初めてでした!」

 

 楽しそうに言う妖花。先程まで悔しさで泣いていたのに、立ち直りの早い少女だ。

 祇園はそんな妖花に、うん、と頷きを返す。

 

「だから、ずっと憧れてたんだ」

 

 遠く、霞むようにしてあった場所。

 約束の場所は……もう、すぐそこにある。

 

「行ってくるね」

「応援してます!」

 

 その言葉に背を押され、祇園は会場へと足を踏み入れる。

 納得できないこと、割り切れないこと、未だ、胸の内に燻るものはある。

 ――けれど、今この瞬間は忘れよう。

 

 

『今大会の台風の目! 夢神祇園選手です!』

『この大会が始まった時、一体誰が予想した? アカデミアから推薦されたわけでもなく、それどころか代表選考で敗北し、一般参加枠でどうにか勝ち上がってきた少年が……こうして、勝ち上がってくるなどと』

 

 

 自分でさえも予想していなかったことだ。出来過ぎているとさえ思う。本来なら、夢神祇園はもっと早くに負けているはずで。

 応援席で試合を見ているのが、正しい姿のはずだから。

 ――けれど。

 自分自身でさえ信じていなかったこの結果を、信じてくれていた人がいる。

 

「信じてたよ、祇園」

 

 先に会場に入っていた少女が、微笑みながらそう言った。うん、と頷きを返す。

 

「ありがとう」

 

 その言葉に、多くの意味を込めて。

 それ以上の言葉は、紡ぐことをしなかった。

 

「――へへっ。祇園とデュエルするのは久し振りだな」

 

 会場へと歩を進めながらそんな言葉を口にするのは、奇跡の強運を持つ少年。

 ――遊城十代。

 友であり、最大のライバル。

 

「確か、通算では僕が大きく負け越していたよね」

 

 授業でも、遊びでも。祇園の勝利は圧倒的に少ない。

 だが、それでも。

『負ける』と思って戦うことは――ない。

 

「ああ。けど、デュエルはやってみなくちゃわからないだろ?」

「そうだね。うん、その通りだ」

「俺も、紅葉さんと戦いたい。全力で、悔いのないデュエルをしようぜ!」

「――勿論」

 

 言葉を交わす中、響紅葉も入場してくる。これで、準決勝の四人が揃った。

 同時に行われる二つのデュエル。勝者同士が、明日の決勝に出られるのだ。

 約束があり、理由があり、誓いがある。

 その両肩に、誰もが一つの想いを背負い。

 

「「「「――決闘(デュエル)!!」」」」

 

 戦いが、始まった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『デュエルが始まりましたね。烏丸プロ、如何ですか?』

『少年と遊城くんのデュエルも楽しみであるが、やはり注目度では美咲くんと紅葉氏の方が上だろうな。『横浜スプラッシャーズ』の先鋒と次鋒。共に手の内は知っていても、戦った経験は一度だけだ』

『対戦経験は……三年前ですか』

『ジュニア大会で優勝した美咲くんと長期療養に入る直前、全日本チャンプになった紅葉氏によるエキシビジョンマッチだな。あの時は流石に紅葉氏がプロの力を見せつけたが……』

『三年の月日でどう変わっているのか注目ですね』

『互いに一筋縄ではいかない実力者だ。期待しよう』

 

 

 一度瞳を閉じ、改めて目の前に立つ人物を見つめる。

 ――響紅葉。

 元全日本ジュニアチャンプにして、〝ヒーロー・マスター〟とも呼ばれる実力者。病気による長期療養に入る前は、タイトルも確実と言われていた人物。

 

「先行はウチですね。ドローッ☆」

 

 手札を見る。気合が入っているせいか、手札は十分良かった。

 

「……正直なことを言えば、最初は美咲さんに譲ろうと思ってたんだ」

 

 どう動くか――そんな風に考えていると、不意に紅葉がそんなことを口にした。思わず眉をひそめるが、紅葉は頷きつつ言葉を続ける。

 

「彼――夢神くんのことを聞いてね。協力したいとさえ思った。彼だろう? キミがいつも言っていた、〝大切な人〟というのは」

「ええ、そうですよ」

 

 微笑を返す。祇園は大切な人だ。本当に、心からそう思う。

 いつからこんな風に想うようになったのかは、わからないけれど――

 

「彼は凄いよ。この場所に、ボロボロになって、傷だらけになってでも辿り着いた。聞きかじった僕でさえそう思うんだ。きっと、逃げ出していてもおかしくなかったんだと思う」

「……そう、ですね」

「その強さには憧れさえ感じる。……けれど、僕にも譲れない理由ができた」

「十代くん、ですか」

「格好つけさせてもらうなら、師匠と弟子の関係だ。――だから、そう簡単に勝負を捨てるわけにはいかない」

 

 紅葉の纏う雰囲気が大きく変わる。流石に一度は頂点に立った男。容易く捻じ伏せられる相手ではない。

 

(せやけど、譲れん理由はウチにもある)

 

 だが、それで退くほど弱い覚悟は持っていない。

 祇園は必死になって約束を果たそうとしてくれている。なのに、ここで自分が躓くことはできない。

 約束は、果たすからこその〝約束〟だ。

 

「それ聞いて、ウチも覚悟が定まりました」

「それは良かった」

「けど、一つ勘違いしてませんか?」

「ん?」

「――『横浜スプラッシャーズ』の〝エース〟は、このウチや」

 

 三年もの間、ずっと先鋒で戦い続けてきた。その誇りは確かにある。

 たとえ相手が全日本チャンプであろうと、負ける気はない。

 いいだろう、と紅葉は挑戦的な笑みを浮かべて言葉を紡いだ。

 

「なら、その称号をここで貰うだけだ」

「上等や。――最初から全力や! ウチは手札から永続魔法『神の居城―ヴァルハラ』を発動! 一ターンに一度、自分フィールド上にモンスターがいない時、手札から天使族モンスターを特殊召喚できる! さあ、おいでませ! 最強の天使!! 『The splendid VENUS』を特殊召喚!!」

 

 The splendid VENUS☆8光ATK/DEF2800/2400

 

 現れるのは、世界に一枚ずつしか存在しない『プラネット・シリーズ』のカード。そのレアリティ、そして圧倒的な神聖さに、会場が大いに沸く。

 

「早速、最強の天使の登場か……!」

「言うたでしょ? 最初から全力やて。ウチは手札から『天空の使者ゼラディアス』を捨て、効果発動。デッキから『天空の聖域』を手札に加えます。そしてそのまま発動し、モンスターをセットしてターンエンドや」

 

 周囲の風景が天使たちの楽園へと変わり、美咲の背後には神々が住まう城が聳え立つ。

 天使を従え、その居城に住まうのが神ならば。

 ――その中心に立つ少女は、一体何者なのか。

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 紅葉がカードを引く。彼の強さはチームメイトである美咲が誰よりも知っている。長期療養でブランクこそあるものの、それでも復帰後すぐに最前線で戦える実力は相当なものだ。

 実際、横浜でも紅葉が控えていてくれることはかなりプラスになっている。

 

「僕は手札より魔法カード『増援』を発動! デッキからレベル4以下の戦士族モンスターを手札に加える! 僕は『E・HERO エアーマン』を手札に加え、召喚! 効果により、デッキから『E・HERO フォレストマン』を手札に加える!」

 

 E・HERO エアーマン☆4風ATK/DEF1800/300

 

 現れるのは、両肩に扇風機のようなものを背負ったヒーローだ。HEROにおけるエンジンであり、キーカード。

 

「更に『沼地の魔神王』を捨て、『融合』を手札に。そして魔法カード『融合』を発動! エアーマンと手札の『E・HERO フォレストマン』を融合! HEROと風属性モンスターの融合により、暴風纏いしHEROが姿を現す! 降臨せよ、『E・HERO Great TORNADO』!!」

 

 E・HERO Great TORNADO☆8風ATK/DEF2800/2200→2300/2200

 

 竜巻を纏い、一人のHEROが現れる。効果発動、と紅葉は言葉を紡いだ。

 

「このモンスターが融合召喚に成功した時、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターの攻守を半分にする!」

 

 The splendid VENUS☆8光ATK/DEF2800/2400→1400/1200

 

 ヴィーナスの永続効果によってトルネードの攻撃力も500ポイント減少しているが、半分にまでされてはどうしようもない。

 

「更に『ミラクル・フュージョン』を発動! フィールド・墓地から素材モンスターを除外し、『E・HERO』を特殊召喚する! 墓地のフォレストマンと沼地の魔神王を除外! HEROと水属性モンスターの融合により、極寒のHEROが姿を現す! 来い、『E・HERO アブソルートZero』!!」

 

 E・HERO アブソルートZero☆8水ATK/DEF2500/2000→2000/2000

 

 現れるは、名実ともに『最強のHERO』と呼ばれるヒーロー。紅葉は、バトル、と宣言した。

 

「トルネードでヴィーナスへ攻撃!」

「……ッ、破壊されます。せやけど、『天空の聖域』のフィールド効果で天使族モンスターは戦闘ダメージを受けません」

「わかってる。――アブソルートZeroでセットモンスターを攻撃!」

「セットモンスターは『マシュマロン』です! このカードが攻撃によってリバースした時、相手LPに1000ポイントダメージを与えます!」

 

 マシュマロン☆3光ATK/DEF300/500

 

 戦闘で破壊されず、一時期は制限カードにも指定された強力なモンスター『マシュマロン』。バーンダメージも強力なこのモンスターで耐えるつもりだったのだが――

 

「――手札より、速攻魔法『禁じられた聖杯』を発動! フィールド上のモンスターの攻撃力を400ポイントアップし、効果を無効にする!」

「なっ……!?」

 

 思わずそんな声を漏らしてしまう。効果を無効にされてしまったら――

 

「これでバーンダメージも、戦闘耐性も消える。……僕はこれでターンエンドだ」

 

 E・HERO アブソルートZero☆8水ATK/DEF2500/2000

 E・HERO Great TORNADO☆8風ATK/DEF2800/2200

 

 紅葉がターンエンドの宣言をする。互いに一ターンずつのターンが終わり、手札は二枚ずつ。だが、フィールドには大きく差が空いた。

 

(油断したつもりやなかったけど……流石に強いなぁ)

 

 マシュマロンをここまで容易く除去されるとは。厄介この上ない。

 ――だが、まあ。

 

(打つ手はまだいくらでもある。――さあ、いくで皆!!)

 

 デッキトップに手をかけ、そして、宣言する。

 

「ウチのターン、ドローッ☆」

 

 引いたカードは――『堕天使アスモディウス』。

 これなら、まだまだ戦える!

 

「ウチはヴァルハラの効果を使い、『堕天使アスモディウス』を特殊召喚や!」

 

 堕天使アスモディウス☆8闇ATK/DEF3000/2500

 

 現れる、闇の力を纏う堕天使。光に続き、闇――これが美咲の操る『混沌天使』だ。

 

「アスモディウスの効果を発動。デッキから『堕天使スペルピア』を墓地へ。そして、バトル。――アスモディウスでトルネードに攻撃!」

「くっ……!」

 

 紅葉LP4000→3800

 

 紅葉のLPが削り取られる。美咲はターンエンド、と言葉を紡いだ。

 

「アスモディウスか……厄介なカードを」

「相手が『厄介』と思うカードは、総じて強いカードですよ?」

「その通りだ。――僕のターン、ドロー!」

 

 紅葉がカードをドローする。そして、笑みを浮かべた。

 

「手札より『E・HERO プリズマー』を守備表示で召喚!」

 

 E・HERO プリズマー☆4光ATK/DEF1700/1100

 

 現れるのは、光を反射する身体を持つHEROだ。紅葉は、効果発動、と言葉を紡いだ。

 

「一ターンに一度、融合デッキの融合モンスターを見せることでそこに記載されるモンスターを一体デッキから墓地に送って発動。プリズマーはエンドフェイズまでそのモンスターとして扱う。僕は『E・HERO フレイムブラスト』を見せ、『E・HERO レディ・オブ・ファイア』を墓地へ」

 

 そして紅葉はZeroを守備表示にすると、ターンエンドと宣言した。時間を稼ぐつもりだろう。

 

「ウチのターン、ドローッ☆」

 

 手札を見る。……これなら、動ける。

 

「ウチは手札より魔法カード『トレード・イン』を発動や。レベル8モンスターを一体捨てて、カードを二枚ドローするで。ウチは『マスター・ヒュペリオン』を捨てて二枚ドローや」

 

 カードを引く。……十分な手札だ。これならまだまだ戦える。

 

「さあ、バトルフェイズや。――アスモディウスでZeroに攻撃!」

「ッ、Zeroの効果発動! このカードがフィールドから離れた時、相手フィールド上のモンスターを全て破壊する!」

「アスモディウスの効果発動!」

 

 戦闘破壊によってトリガーが引かれた、アブソルートZeroの効果。それに対し、真っ向から美咲は挑みかかる。

 

「このカードが破壊され墓地に送られた時、『アスモトークン』と『ディウストークン』を特殊召喚する! 二体とも攻撃表示で特殊召喚や!」

 

 アスモトークン☆5闇ATK/DEF1800/1300(カード効果では破壊されない)

 ディウストークン☆3闇ATKDEF1200/1200(戦闘では破壊されない)

 

 まるで怨念の残滓のように現れる二体のトークン。バトル、と美咲は言葉を紡いだ。

 

「バトルフェイズ中に特殊召喚したモンスターには攻撃権がある! ディウストークンでプリズマーを攻撃!」

「――ッ、トラップ発動! 『ヒーロー・シグナル』! 自分フィールド上のモンスターが破壊された時、デッキからレベル4以下の『E・HERO』を特殊召喚できる! 僕はデッキから『E・HERO バブルマン』を特殊召喚! そしてバブルマンの効果! 自分フィールド上にこのカード以外のカードが存在していないため、二枚ドロー!」

 

 紅葉が手札を補充する。だが、美咲には関係ない。

 

「バブルマンをアスモトークンで攻撃や!」

「破壊される……!」

 

 これで紅葉のフィールドは空だ。美咲はメインフェイズ2、と言葉を紡いだ。

 

「墓地の光属性モンスター、マシュマロンとゼラディアスを除外し、『神聖なる魂』を特殊召喚」

 

 アスモトークン☆5闇ATK/DEF1800/1300

 ディウストークン☆3闇ATKDEF1200/1200

 神聖なる魂☆6光ATK/DEF2000/1800

 

 フィールドに並ぶ三体のモンスター。それを示し、いきます、と美咲は言葉を紡いだ。

 

「アスモトークンとディウストークンを生贄に捧げ――『アテナ』を召喚!!」

 

 アテナ☆7光ATK/DEF2600/800

 

 現れたのは、盾を持つ美しい純白の天使だ。その神々しさに、会場が一瞬言葉を失う。

 ただ、紅葉だけが苦い表情をしていた。

 

「アテナの効果発動。一ターンに一度、アテナ以外の天使族モンスターを墓地に送ることで墓地から天使族モンスターを一体蘇生できる。ウチは『神聖なる魂』を墓地に送り、『堕天使スペルピア』を蘇生!」

 

 堕天使スペルピア☆8闇2900/2400

 

 現れる、新たな堕天使。禍々しき力が、地の底より闇となって溢れ出る。

 

「更にスペルピアの効果。このカードが墓地からの特殊召喚に成功した時、墓地の天使族モンスターを一体蘇生できる。――甦れ、最強の天使! 『The splendid VENUS』!!」

 

 The splendid VENUS☆8光ATK/DEF2800/2400

 

 再び蘇るは、最強の天使。会場が大いに沸いた。

 三体の最上級モンスター。しかも、これだけでは終わらないのだ。

 

「アテナの効果発動。天使族モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚される度、相手LPに600ポイントダメージを与える。今回は二体分――1200ポイントのダメージや!」

「くうっ……!?」

 

 紅葉LP3800→2600

 

 LPが削り取られる紅葉。アテナ――バーン効果と、それを任意で発動させることも可能な効果を同時に持つ強力な天使。長くフィールドに居座れば居座るほど、その力は猛威を振るう。

 そして、気付いているだろうか。美咲のLPは、未だ4000。

 その派手な攻撃力にばかり目が行くが、彼女の本質はそこではない。

 桐生美咲。彼女のデュエリストとしての本質とは――

 

 

『恐ろしいコンボですね。『アテナ』と『堕天使スペルピア』ですか……』

『放置すればスペルピアを生贄にまたスペルピアを蘇生し、更に天使を蘇生するという悪夢のようなことが行われる。恐ろしいことこの上ない』

『響プロはどう出るのでしょうか』

『紅葉氏も黙ってはいないだろうが……それよりも、美咲くんの性質が如実に出たデュエルと言える。派手な展開、上級モンスターの連続で気付き難いが、彼女の本質は何よりも『防御』にこそある』

『守り、ですか?』

『戦闘ダメージを消す『天空の聖域』に始まり、『マシュマロン』など天使族モンスターには戦闘耐性を持つモンスターが多い。そして、単純に強力な上級モンスターの連打……彼女のLPを削るのは至難の業だぞ』

 

 

 混沌天使の神髄は、展開でも破壊力でも攻撃力でもない。

 純粋な、容易くは突破し切れない防御力。

 

「ウチはこれでターンエンドです」

 

 三体の天使を従えて。

 桐生美咲は、凛とした声でそう告げた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 遊城十代。ドロップアウトボーイと呼ばれる彼は、アカデミア本校における『落第生』の寮――オシリス・レッドの寮に所属している。

 それだけを聞くと実力も大したことがないように思えるが、筆記はともかく実技における実力は凄まじい。

 技術指導最高責任者であり、プロ並の実力を持つとされるクロノス・デ・メディチに入学試験で勝利し、更にアカデミアにおける実技授業では驚異の勝率九割越えを記録している。

 その彼を支えるのは、〝ミラクルドロー〟と〝祿王〟が評するそのドロー力。

 どんな状況であろうと、たった一枚のドローから逆転にまで繋げてしまうその力こそが〝強さ〟の理由。

 

(そして……十代くんは、誰よりもデュエルを楽しんでる)

 

 常に笑顔を浮かべ、心の底からデュエルを楽しむ姿。

 神様という存在がいるのであれば、彼のそういう姿に心惹かれているのだろう。

 

(憧れるなぁ……十代くんにも、宗達くんにも)

 

 自分自身の力に自信が持てない祇園にとって、常に自身の力に誇りを持って戦う二人は憧れる存在だ。

 けれど、憧れるだけでは駄目だ。

 勝たなければならない。〝勝利〟の意味とその価値は、敗北の日々で学んだのだから。

 

「僕の先行、ドロー!」

 

 カードを引く。相手は十代だ。おそらく、常に最善の手を打ってくる。

 なら、こちらも最善の手を打つだけだ。

 

「僕はモンスターをセットし、カードを一枚伏せてターンエンドだよ」

「慎重だな祇園」

 

 笑みを浮かべ、十代が問いかけてきた。うん、と祇園は頷きを返す。

 

「細心の注意を払って、全力で突き進む。そうしないと十代くんには勝てないから」

「へへっ、そう言ってくれると嬉しいぜ。――俺のターン、ドロー!」

 

 十代が手札を引く。そしてそのまま、いくぜ、と言葉を紡いだ。

 

「俺は手札より『E・HERO エアーマン』を召喚! 効果発動! 召喚・特殊召喚成功時、デッキから『HERO』を一体手札に加える! 俺は『E・HERO フェザーマン』を手札に加えるぜ!」

 

 E・HERO エアーマン☆4風ATK/DEF1800/300

 

 HEROにおけるエンジンであり、唯一の制限カード。

 その制限カードをこうも容易く初手で引いてくるのだから、やはり十代の引きは凄まじい。

 

「いくぜ、バトル! エアーマンでセットモンスターに攻撃!」

「セットモンスターは『ライトロード・ハンター ライコウ』だ! リバース効果でフィールド上のカードを一枚破壊し、その後デッキトップからカードを三枚墓地へ送る! エアーマンを破壊!」

「くっ……!?」

 

 ライトロード・ハンター ライコウ☆2光ATK/DEF200/100

 落ちたカード→エクリプス・ワイバーン、大嵐、死者転生

 

 良いカードが落ちたとは言い切れないが……エクリプス・ワイバーンはありがたい。

 

「『エクリプス・ワイバーン』の効果発動! このカードが墓地へ送られた時、デッキからレベル7以上の光、もしくは闇属性のドラゴンを一体除外! そしてこのカードが除外された時、除外したカードを手札に加える! 僕は『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を除外!」

 

 エアーマンがHEROのエンジンなら、レッドアイズはドラゴンにおける起点だ。

 

「くっ……、俺はメインフェイズ2に入るぜ。手札から『沼地の魔神王』を捨て、デッキから『融合』を手札に加える。そして発動! 手札の『E・HERO ネクロダークマン』と『E・HERO アイスエッジ』で融合! HEROと水属性モンスターの融合により、極寒のHEROが姿を現す! 来い、『E・HERO アブソルートZero』!」

 

 E・HERO アブソルートZero☆8水ATK/DEF2500/2000

 

 現れたのは、極冷の力を纏うHEROだ。『最強』とも呼ばれるHEROの登場に、祇園は僅かに眉をひそめる。

 

「俺はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ!」

「僕のターン、ドロー!」

 

 アブソルートZero――迂闊に破壊すればこちらの被害が凄まじいことになる。だが、どうにかしなければ進むこともできない。

 ――ならば。

 

「僕は墓地の光属性モンスター『エクリプス・ワイバーン』を除外し、手札から『暗黒竜コラプサーペント』を特殊召喚!」

 

 暗黒竜コラプサーペント☆4闇ATK/DEF1800/1700

 

 現れたのは、一体の漆黒のドラゴンだ。おお、と十代が目を輝かせる。祇園は言葉を続けた。

 

「コラプサーペントは墓地の光属性モンスターを除外することでのみ特殊召喚でき、通常召喚はできない。更に、この効果での特殊召喚は一ターンに一度だけできる。そしてエクリプス・ワイバーンが除外されたことにより、『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を手札へ。そしてコプラサーペントを除外し――手札から『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を特殊召喚!!」

 

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇ATK/DEF2800/2400

 

 現れるは、漆黒の光を纏う真紅眼の黒竜。その威容に、会場が大きく湧いた。

 

「凄ぇ! やっぱり祇園は凄ぇな!」

「ありがとう。でも、まだおわりじゃないよ。――手札より魔法カード『愚かな埋葬』を発動。デッキからモンスターを一体、墓地へ送る。僕は『ライトパルサー・ドラゴン』を墓地へ送り、レッドアイズの効果を発動! 一ターンに一度、手札・墓地からドラゴンを特殊召喚する! 甦れ、『ライトパルサー・ドラゴン』!!」

 

 ライトパルサー・ドラゴン☆6光ATK/DEF2500/2000

 

 次いで現れるは、胸に球体を宿す純白の竜。十代が更に目を輝かせた。

 

「マジかよ! くぅーっ、やっぱ祇園とのデュエルは面白いぜ!」

「ありがとう。――バトルだ、レッドアイズでZeroを攻撃!」

「ぐっ、その瞬間罠カード発動! 『ヒーロー・シグナル』! モンスターが戦闘で破壊された時、デッキからレベル4以下のHEROを特殊召喚する! 俺は『E・HERO バブルマン』を特殊召喚し、効果発動! このカードの召喚・特殊召喚成功時に自分フィールド上にカードがない時、二枚ドロー出来る! 二枚ドロー!」

 

 E・HERO バブルマン☆4水ATK/DEF800/1200

 十代LP4000→3700

 

 LPこそ減ったものの、手札補充はきっちりとこなしてくる十代。しかも、ここではまだ終わらない。

 

「そしてアブソルートZeroの効果! このカードがフィールドから離れた時、相手フィールド上のモンスターを全て破壊する!」

 

 氷結し、二体のドラゴンが崩壊する。だが、これで終わるほど竜たちは弱くない。

 

「ライトパルサー・ドラゴンの効果! このカードが破壊され墓地へ送られた時、墓地からレベル5以上の闇属性ドラゴンを一体蘇生する! レッドアイズを蘇生!」

 

 同時に破壊するだけならば、レッドアイズが残ってしまう。二体が揃った時の圧倒的なスタミナと立て直しの早さ。それこそが『カオスドラゴン』の強さ。

 ――しかし。

 

「甘いぜ祇園! 俺は手札からライトパルサー・ドラゴンの効果にチェーンして『D.D.クロウ』を発動! このカードを捨て、相手の墓地のカードを一枚除外する! レッドアイズを除外だ!」

「…………ッ!」

 

 一羽の烏が飛翔し、祇園のデュエルディスクに一撃を加えた。その結果、レッドアイズが除外される。

 笑みを浮かべる十代。だが、その表情は次の瞬間に凍りつくこととなる。

 

 

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇ATK/DEF2800/2400

 

 

 祇園のフィールドにいたのは、除外したはずの漆黒の竜が咆哮を上げて降臨していた。

 どうして、という十代の言葉に、祇園はリバースカードを持って答える。

 

「永続罠『闇次元の開放』。ゲームから除外されている闇属性モンスターを一体、特殊召喚する。このカードが破壊された時、特殊召喚したそのモンスターを破壊して除外するけど……そんなことは関係ない」

 

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンは強力なカードだ。それ故に破壊されるどころか除外されるリスクは常にある。それを避けるための手段の一つが、これ。

 

「そして、バトルフェイズ中に特殊召喚したモンスターには攻撃権がある。――レッドアイズでバブルマンを攻撃!」

「ぐうっ……!?」

 

 LPにダメージはないが、十代の場はこれで空になった。祇園はカードを一枚伏せ、手を進める。

 

「レッドアイズの効果で、ライトパルサー・ドラゴンを蘇生。カードを一枚伏せ、ターンエンド」

 

 一瞬の攻防。それを制したのは、ひとまず祇園。

 

「……色々、考えたんだ。今のはその答えの一つ。勝つために考えた方法だよ」

 

 十代と自分の実力の差はわかっている。だが、それでも勝ちたいと――勝つと、そう決めたなら。

 自分に出来得る全てを懸け、挑むだけだ。

 

「へへっ、そっか。けどな、祇園。――勝ちたいのはお前だけじゃない! 俺のターン、ドロー!」

 

 十代の手札は今のドローで四枚。対し、祇園の手札は二枚。

 だが、十代のフィールドはがら空きだ。どうするつもりか――

 

「俺は手札より魔法カード『融合回収』を発動! 墓地から融合素材となったモンスターを一体と、『融合』を手札に加えるぜ! 俺は『E・HERO アイスエッジ』と『融合』を手札に加え、そのまま『融合』を発動! 『E・HERO フェザーマン』と『E・HERO バーストレディ』を融合し、来い、マイフェイバリット・ヒーロー!! 『E・HERO フレイム・ウイングマン』!!」

 

 E・HERO フレイム・ウイングマン☆6風ATK/DEF2100/1200

 

 現れるのは、十代が最も大切にする竜頭の腕を持つHEROだ。十代が笑みを浮かべる。

 

「更に魔法カード『貪欲な壺』を発動するぜ。墓地のエアーマン、バブルマン、アブソルートZero、沼地の魔神王、D.D.クロウをデッキに戻し、二枚ドロー!」

 

 そしてここタイミングでこのドロー加速。相変わらず凄まじい。

 

「そして墓地の『E・HERO ネクロダークマン』の効果! このカードが墓地にある時、一度だけ『E・HERO』を生贄なしで召喚できる! 『E・HERO エッジマン』を召喚!」

 

 E・HERO エッジマン☆7ATK/DEF2600/1800

 

 現れるは、金色の装甲を持つHERO。二体の大型HEROが、祇園の混沌の二竜と向かい合う。

 

「でも、エッジマンもフレイムウイングマンもレッドアイズには勝てないよ?」

「へへっ、焦るなよ祇園。HEROにはHEROの戦うべき舞台がある! フィールド魔法発動! 『摩天楼―スカイスクレイパー―』!!」

 

 紡がれるのは、アメコミの世界のようなビルに溢れた世界。その遥か上空に、二体のHEROが佇んでいる。

 

「スカイスクレイパーは、HEROが攻撃する時、相手の攻撃力よりも劣っていればダメージ計算時のみ攻撃力が1000ポイントアップさせる!」

「…………ッ!」

「いくぜ、エッジマンでライトパルサー・ドラゴンに攻撃!」

 

 祇園LP4000→3900

 

 エッジマンの方が攻撃力は上のため、スカイクレイパーの効果は発動しない。だが……本番はここからだ。

 

「いくぜ、フレイム・ウイングマンでレッドアイズに攻撃!」

「くっ、レッドアイズ……!」

 

 フレイム・ウイングマン☆6風ATK/DEF2100/1200→3100/2100

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇ATK/DEF2800/2400

 

 最強のレッドアイズも、攻撃力3100にまで跳ね上がったHEROには勝てない。その焔と蹴撃により、粉砕される。

 

「――そして、フレイム・ウイングマンの効果発動! 相手モンスターを戦闘で破壊した時、その攻撃力分のダメージを相手に与える! フレイム・シュート!!」

「――――ッ!!」

 

 祇園LP3900→3600→800

 

 一気に削り取られる祇園のLP。へへっ、と十代が笑った。

 

「どうだ祇園! これが俺のデュエルだぜ!」

「あはは、やっぱり強いなぁ……」

 

 思わず苦笑してしまう。引くべきカードを、引くべき時に引く。それこそが十代の強さ。

 本当に、凄まじいドロー運だ。

 

「俺はこれでターンエンドだ」

 

 ドロー運で十代に勝てるとは思っていない。そういうレベルの相手ではないのだ。

 だが、それで諦めはしない。戦うことは――まだできる!!

 

「僕のターン、ドロー!!」

 

 可能性のために。

 祇園は、力を込めて宣言した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ―デュエル途中経過―

 

 

・桐生美咲 LP4000

 手札:一枚

『フィールド』

 アテナ☆7光ATK/DEF2600/800

 堕天使スペルピア☆8闇2900/240

 The splendid VENUS☆8光ATK/DEF2800/24000

『魔法・罠』

 天空の聖域(フィールド魔法)、神の居城―ヴァルハラ

 

   VS

 

・響紅葉 LP2600

 手札:三枚

『フィールド』

 なし

『魔法・罠』

 なし

 

 

 夢神祇園 LP800

 手札:三枚

『フィールド』

 なし

『魔法・罠』

 伏せカード:一枚

 

 VS

 

 遊城十代 LP3700

 手札:二枚

『フィールド』

 E・HERO フレイム・ウイングマン☆6風ATK/DEF2100/1200

 E・HERO エッジマン☆7ATK/DEF2600/1800

『魔法・罠』

 摩天楼―スカイスクレイパー―(フィールド魔法)

 

 

 ルーキーズ杯、準決勝。

 勝者は、二人。

 それぞれの想いを乗せ、デュエルは更に加速する。











というわけで、気付けばお気に入りも凄く増えて、驚くやら何やらです。


準決勝は次回で終了。そして、いよいよ決勝です。
誰もが約束を抱く中、その約束を叶えるのは誰なのか。見守って頂けると幸いです




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第三十一話 想いが導く、一つの結末

 

〝ルーキーズ杯〟三日目、準決勝。

 冬休みであるとはいえ、世間一般の社会人にとっては平日だ。しかし、客席は完全に埋まっている。

 現在相対しているのは、二組のデュエリスト。

 

 桐生美咲VS響紅葉

 遊城十代VS夢神祇園

 

 奇しくもプロ同士とアマチュア同士といった組み合わせ。更には二組共が相手を良く知るという状況。

 会場の盛り上がりは最高潮に達し、当初は第一回ということもあって成功が不安視されていたのも今や笑い話にできるぐらいの盛り上がりを見せている。

 

「四人とも、実に楽しそうで何よりデース」

 

 VIPルーム。会場が全て見渡せるその部屋で、満足げに一人の男が頷いた。ペガサス・J・クロフォード。DMの生みの親であり、かつては『千年アイテム』の所有者でもあった人物だ。

 

「ふぅん。興業としてはこれ以上ないくらいに成功と言える。一先ず肩の荷が下りたといったところだな」

 

 そのペガサスの隣で、脚を組んで座っているのは海馬瀬人。KC社の社長であり、世界に三枚しかない『青眼の白龍』を全て所有する〝伝説〟のデュエリストだ。

 

「Yes、そしてこの大会は新たなDMの可能性を示すため、この二枚のカードを従える者を見極めるためのものデース。一体、彼らの内の誰が勝ち残るでショウか……」

 

 ペガサスが足下のスーツケースへと視線を落とす。厳重に閉ざされたその箱からは、確かに得体の知れない『何か』が溢れ出していた。

 しかし、それは決して邪悪なものではなく、むしろ逆。神秘的なものさえ感じさせる。

 

「ふぅん。カードが使い手を選ぶなど非ィ科学的なことだ。強い者が勝つ。それだけだろう」

「あなたがそれを言いますか、海馬ボーイ? 古代エジプトの因果をその身に宿し、戦ったのはあなた自身でショウ?」

「俺は俺の意志で、俺のやり方で戦ってきた。因果など知らん」

「フフッ、それでこそ海馬ボーイデース」

 

 ペガサスが笑みを浮かべる。それを受け、海馬が不機嫌そうに鼻を鳴らすが、ペガサスは気にした様子はない。

 

「では、海馬ボーイ。この中で勝ち残るのは誰だと思いマスか?」

「……響紅葉と美咲については、正直予測ができんな。共に一線級のデュエリストだ。今日この場で例えば響紅葉が勝ったとして、次もまた勝てるとは限らん。そういう次元の二人だ」

「Yes、共に若手のホープデスからネ。では、十代ボーイと祇園ボーイならば?」

「――遊城十代だろうな」

 

 何の迷いも見せず、海馬はきっぱりと言い切った。

 

「これまでのデュエルからすれば、あのドロー力は最早偶然でもなんでもないことがよくわかる。手札が0になろうと次のターンには相手を容易く捻じ伏せる……ああいう者を、貴様らの言うところの『選ばれた者』とでもいうのだろう。小僧では荷が重すぎる」

「確かに十代ボーイは輝くモノを持っていマース。いわばダイヤモンド……それも、原石。才能の塊のような少年デース」

 

 遊城十代――その姿に、『決闘王』が僅かに重なるのは何故だろうか。

 どんな状況でも覆し、勝利してきた……あの『王』の姿に。

 

「デスが……私は、祇園ボーイが勝つと考えマース」

「……小僧がか?」

「ハイ。確かに力という点であれば力不足……しかし、おそらく彼の〝想い〟は四人の中の誰よりも強いはずデース」

 

 栄光から程遠い人生を送ってきた、一人の少年。

 敗北し、挫折し、躓き続けたからこそ……抱く想いは、強くなる。

 

「大穴でも、私は祇園ボーイの勝利に賭けマース」

「……いいだろう。その賭け、乗らせてもらう。何を賭ける?」

「彼のアカデミア本校復帰、というのはどうでショウ?」

 

 その言葉に、海馬は眉をひそめた。ペガサスは頷きを一つ零すと、そのまま言葉を続ける。

 

「彼自身の意思も尊重したいと思いマスが……世間を納得させるには、最後はそういう『形』を取るのも一つの手段ではありまセンか?」

「確かにその方法は考えていたが……」

「いずれにせよ、これ以上は結果次第デース。……今は、見守りまショウ」

 

 視線を会場に向ける。そこでは、四人のデュエリストがそれぞれの想いを懸けて戦っていた。

 それが、あまりにも眩しく。

 知らず、ペガサスの口元にも笑みが宿る。

 

 ――スーツケースの中から、喜びに似た咆哮が聞こえた気がした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 現在、プロリーグ二位の位置にいるDMチーム『横浜スプラッシャーズ』。

 かつては弱小チームと呼ばれ、二リーグ十六チームの中でも最弱と言われ続けてきた過去がある。

 だが、三年前より一人の新人が入ったことにより変革が起こり始め、今年は更に元全日本チャンプである響紅葉が加わったことで優勝争いさえ行える位置にいる。

 そのチームにおいて一番人気を誇り、〝エース〟と呼ばれる者――桐生美咲。

〝アイドルプロ〟と呼ばれ、常に笑顔を浮かべ続ける彼女は……一体、何を想うのか。

 

 

 

・桐生美咲 LP4000

 手札:一枚

『フィールド』

 アテナ☆7光ATK/DEF2600/800

 堕天使スペルピア☆8闇2900/2400

 The splendid VENUS☆8光ATK/DEF2800/2400

『魔法・罠』

 天空の聖域(フィールド魔法)、神の居城―ヴァルハラ

 

   VS

 

・響紅葉 LP2600

 手札:三枚

『フィールド』

 なし

『魔法・罠』

 なし

 

 

 

 一見すると、響紅葉が不利な状況。しかし、彼はかつて全日本チャンプの座に立った男である。立て直す策は用意しているはずだ。

 

「僕のターン、ドロー」

 

 手札を引く紅葉。そして、紅葉はそのまま笑みを浮かべた。

 

「まずは、キミを守る聖域から破壊させてもらう」

「できますか?」

「やらなければ、ジリジリと追い詰められるだけだ。――僕は手札より『E・HERO オーシャン』を召喚!」

 

 E・HERO オーシャン☆4水ATK/DEF1500/1200→1000/1200

 

 現れたのは、水の力を身に纏うHEROだ。紅葉は、更に、と言葉を紡ぐ。

 

「そして速攻魔法発動、『マスク・チェンジ』! 自分フィールド上の『E・HERO』を一体墓地に送り、融合デッキから同属性の『M・HERO』を特殊召喚する! 『M・HERO アシッド』を守備表示で特殊召喚!!」

 

 M・HERO アシッド☆8水ATK/DEF2600/2100→2100/2100

 

 現れるのは、銃を持った水のHEROだ。紅葉は効果発動、と言葉を紡ぐ。

 

「アシッドの特殊召喚に成功した時、相手フィールド上の魔法・罠を全て破壊し、相手モンスターの攻撃力を300ポイントダウンする! 『天空の聖域』と『神の居城―ヴァルハラ』を破壊!」

「くうっ……!」

 

 美咲を守るようにして展開されていた空間が、一気に根こそぎ吹き飛ばされる。残ったのは、三体の天使のみ。

 

 アテナ☆7光ATK/DEF2600/800→2300/800

 堕天使スペルピア☆8闇2900/2400→2600/2400

 The splendid VENUS☆8光ATK/DEF2800/2400→2500/2400

 

 三体の天使たちも攻撃力がダウンする。だが、これではまだヴィーナスの効果もありアシッドの攻撃力は届かない。

 

「アシッドだけでは、どうにもなりませんよ?」

「それをどうにかするための手札だ。――魔法カード『ミラクル・フュージョン』を発動! 自分フィールド、墓地から融合素材となるモンスターを除外し、『E・HERO』の融合モンスターを特殊召喚する! 墓地の『E・HERO オーシャン』と『E・HERO プリズマー』を除外! 光属性のモンスターとHEROの融合により、光纏いしHEROが降臨する! 来い、『E・HERO The シャイニング』!!」

 

 E・HERO The シャイニング☆8光ATK/DEF2600/2100→3500/2100→3000/2100

 

 現れるのは、その背に金色の円環を背負った光のHERO。その姿に、会場が湧く。

 

「シャイニングは除外されている『E・HERO』の数×300ポイント攻撃力を上げる。除外されているのはフォレストマン、オーシャン、プリズマーの三体。よって900ポイントアップ」

「せやけど、ヴィーナスの分攻撃力を下げてもらいます」

「――それでも、攻撃力は3000。今のキミのモンスターたちと比べると、十分に高い」

 

 バトル、と紅葉はそう宣言した。

 

「シャイニングでアテナを攻撃!」

「つうっ……!」

 

 美咲LP4000→3300

 

 今まで聖域に守られていた美咲のLPに、初めてダメージが通る。紅葉は笑みを浮かべた。

 

「僕はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

「ウチのターン、ドローッ☆」

 

 手札を引く。シャイニングの攻撃力は現状で3000……高火力モンスターの多い美咲のデッキでも、そう容易くその数字を超えられるモンスターはいない。

 だが、何も無理をして超える必要はない。突破の方法は、いくつもある。

 

(約束がある。祇園は頑張ってる。三年間、ずっと、ずっと待ってたんや。こんなところで――負けられへん!!)

 

 果たしたい、願いがあり。

 誓った、想いがあるならば。

 ――どんな状況であろうとも、退くことだけは許されない。

 

「ウチは『堕天使スペルピア』を生贄に捧げ――『堕天使ディザイア』を召喚!!」

 

 堕天使ディザイア☆10闇ATK/DEF3000/2800

 

 同族の堕天使を糧とし、降臨したのは新たなる漆黒の堕天使。闇を纏いながら天より舞い降りるその威容に、会場が思わず息を呑む。

 

「ディザイアは特殊召喚できず、代わりに天使族モンスター一体の生贄で召喚できます。そして、ディザイアの効果。――一ターンに一度、攻撃力を1000ポイント下げることで相手モンスターを一体墓地に送ることができる! 攻撃力を1000ポイント下げ、シャイニングを墓地へ!」

 

 地面の底より這い寄るようにして現れた闇に引きずり込まれ、消滅する光のHERO。紅葉はくっ、と呻き声を漏らした。

 

「だが、その瞬間シャイニングの効果を発動! このカードが墓地へ送られた時、除外されている『E・HERO』を二体まで手札へ加える! 僕は『オーシャン』と『フォレストマン』を手札へ!」

 

 単純に言ってしまえば、『ミラクル・フュージョン』で素材として除外した分のモンスターを回収できるということである。その効果は十分に強力だ。

 ――まあ、この場では関係ないが。

 

「バトルフェイズや! ヴィーナスでアシッドを攻撃!」

「くっ、破壊される……!」

「ディザイアでダイレクトアタック!」

 

 ディザイアの攻撃力は2000。通れば紅葉のLPは文字通りの崖っぷちだが――

 

「――トラップ発動、『ガード・ブロック』!! 戦闘ダメージを一度だけ0にし、カードを一枚ドロー!」

 

 やはりというべきか、そう容易くは決まらない。むむ、と美咲は呻いた。

 

「通らへんかぁ……、ウチはターンエンドです」

「僕のターン、ドロー」

 

 互いに、ギリギリの綱渡りをしているかのような感覚。気を抜き、一瞬の隙を見せれば刈り取られる世界。

 故に、退かない。互いに今できる最善を常に選択し続ける。

 

「手札より魔法カード『融合』を発動! 手札のオーシャンとフォレストマンを融合し――来い、『E・HERO ジ・アース』!!」

 

 E・HERO ジアース☆8地ATK/DEF2500/2000→2000

 

 現れたのは、『地球』の名を持つ『プラネット・シリーズ』。響紅葉のみが持つカードであり、同時に持つことを許されたカードだ。

 そのHEROを従え、バトル、と紅葉は宣言する。

 

「ジアースでディザイアへ攻撃!」

「ッ、相討ちですよ!」

「承知の上だ!」

 

 効果を使ったことによって攻撃力の下がっていたディザイアと、ヴィーナスの効果によって攻撃力の下がっていたジ・アースは互いに潰し合い、消滅する。

 無意味に紅葉が相討ちに走ったとは美咲には思えない。確かに、現状では毎ターン確実に壁を消すことのできるディザイアの方が厄介ではあるのだろうが――

 

(どうするつもりや?)

 

 その一手を美咲が見守る中、紅葉はデュエルディスクへとカードを差し込んだ。

 

「メインフェイズ2、魔法カード『E―エマージェンシーコール』を発動だ。デッキから『E・HERO』を一体、手札へ。僕は二枚目の『E・HERO バブルマン』を手札に加える」

「バブルマン、って……」

「そう、バブルマンは手札がこのカードのみの時、特殊召喚できる。――守備表示で特殊召喚!」

 

 E・HERO バブルマン☆4水ATK/DEF800/1200

 

 現れるのは、水属性のアメリカン・コミックに出てくるようなHEROだ。だが、見た目と裏腹に強力な効果を有している。

 

「このカードの召喚・特殊召喚成功時に他にカードが存在しない時、カードを二枚ドローできる。二枚ドロー。……僕は『E・HERO ザ・ヒート』を召喚!」

 

 E・HERO ザ・ヒート☆4炎ATK/DEF1600/1200→2000/1200→1500

 

 次いで現れたのは、炎を纏ったHEROだ。紅葉は、そして、と言葉を紡ぐ。

 

「速攻魔法『マスク・チェンジ』! 『E・HERO』を一体墓地に送り、同属性の『M・HERO』を特殊召喚する! ヒートを墓地へ送り、来い、『M・HERO 剛火』!!」

 

 M・HERO 剛火☆6炎ATK/DEF2200/1800→3200/1800→2700/1800

 

 現れたのは、紅蓮の仮面を携えたHEROだ。特撮に出てくるような姿をしたそのHEROに、主に観客席の少年たちからの歓声が届く。

 

「『剛火』は墓地の『E・HERO』一体につき攻撃力100ポイント上げる。墓地には10体のHERO、その攻撃力はキミのヴィーナスの効果を合わせても2700……さっきのアシッドのことを含めれば、ヴィーナスを上回る」

 

 現在、美咲の場にいるヴィーナスの攻撃力は2500……確かに、このままでは届かない。

 

「とはいえ、バトルフェイズは終了している。僕はターンエンドだ」

「ウチのターン、ドローッ☆」

 

 手札を引く。現在、手札にあるカードは『神の居城―ヴァルハラ』。ここで何かを――

 

(そう都合よくはいかへんか……)

 

 引いたのは『天空の聖域』。だが、これならどうにかできる可能性がある。

 

「ウチはフィールド魔法、『天空の聖域』を発動や。これで天使族モンスターは戦闘ダメージが発生しなくなる。ウチはヴィーナスでバブルマンを攻撃してターンエンドや」

 

 バブルマンが倒されたことで、剛火の攻撃力が上がるが……現状、それは仕方がない。

 打てる手はここまで。さて、どうするか……。

 

「僕のターン、ドロー。……僕は手札より魔法カード『戦士の生還』を発動! 墓地の戦士族モンスターを一体、手札に加える! 『E・HERO エアーマン』を手札に加え、エアーマンを召喚! 効果により、デッキから『E・HERO ボルテック』を手札に!」

 

 E・HERO エアーマン☆4風ATK/DEF1800/300→1300/300

 M・HERO 剛火☆6炎ATK/DEF2200/1800→3200/1800→2700/1800

 

 並び立つ二体のHERO。このターンは耐えることができる。だが、次のターンは――

 

「バトル! 剛火でヴィーナスを攻撃し、エアーマンでダイレクトアタック!」

「つうぅ……!」

 

 美咲LP3300→1500

 

 ずっとLPでは優位に立ち続けていた美咲が、遂にそのLPが紅葉を下回る。そして同時にヴィーナスの呪縛から解かれ、二体のHEROが真の力を発揮する。

 

 E・HERO エアーマン☆4風ATK/DEF1800/300

 M・HERO 剛火☆6炎ATK/DEF2200/1800→3200/1800

 

「僕はターンエンドだ」

「つ、ウチのターン、ドローッ☆」

 

 笑顔を消すことはしない。そこは譲れぬ意地だ。

 果たして、引いたカードは――

 

(――ッ、これならまだ戦える!)

 

 希望はある。まだ――終わっていない!

 

「ウチは手札より、永続魔法『神の居城―ヴァルハラ』を発動! 自分フィールド上にモンスターがいない時、一ターンに一度手札から天使族モンスターを特殊召喚できる! 『コーリング・ノヴァ』を特殊召喚!」

 

 コーリング・ノヴァ☆4光ATK/DEF1400/800

 

 現れたのは、鐘を持つ一体の天使。バトル、と美咲は言葉を紡いだ。

 

「エアーマンに自爆特攻や!」

「……むっ、ダメージはなしか」

 

 天空の聖域によって戦闘ダメージはない。だが、天空の聖域の力はそれだけではない。

 ――コーリング・ノヴァ。このモンスターは、『天空の聖域』がある時にもう一つの効果を得る。

 

「コーリング・ノヴァは戦闘で破壊された時、デッキから攻撃力1500以下の天使族・光属性モンスターを特殊召喚するリクルーター。せやけど、天空の聖域がある時、その効果の範囲から外れた別のモンスターを特殊召喚できる!――おいでませ、『天空騎士パーシアス』!!」

 

 天空騎士パーシアス☆5光ATK/DEF1900/1400

 

 聖域の中を駆け抜けてきたのは、一体のケンタウロスのようなモンスター。清廉な雰囲気を纏うその騎士は、美咲の下へ首を垂れる。

 

「パーシアスは貫通効果を持ち、同時に相手にダメージを与えるとカードを一枚ドロー出来る効果があります」

「……そのドローに懸けるということかい? 『マシュマロン』で耐える選択肢もあっただろうに」

「ここで防御に逃げても、どうせ紅葉さんは超えてくるでしょう?」

 

 退けば、その瞬間に負け。これはそういうデュエルだ。

 自分も、響紅葉も。

 決勝の場所で、果たしたい〝約束〟がある。

 想いがあるなら、それが挫ける時こそが〝敗北〟の時。

 

「臆さば負け。それに、ここでウチは『横浜スプラッシャーズ』の〝エース〟の看板を背負ってるんや。〝エース〟が勝負所で逃げを打つなんて、笑い話にもなりません」

「成程、その通りだ。――さあ、来い!」

「言われなくても! パーシアスでエアーマンに攻撃!」

「くっ……!」

 

 紅葉LP2600→2500

 

 僅かに、紅葉のLPが削り取られる。だが、相手の場にはこれで攻撃力が3300にまで上がった『剛火』がいる。喜ぶことはできない。

 

「パーシアスの効果! 戦闘ダメージを与えたことにより、一枚ドローする!」

 

 デッキトップに手をかける。

 ずっと、ずっと、その時だけを待っていた。

 

(やっとや、やっとなんや……!)

 

 待ち続けて、恋い焦がれた相手。

 その約束だけを支えに、ここまで戦ってきた。

 

(祇園があんなになってまで頑張ってるんや……! ウチがここで負けるわけにはいかへん!)

 

 信じているのは、己と、己の相棒たち。

 疑うことは、有り得ない。

 

(夢を信じた日々は! 待ち焦がれた想いは! 絶対に誰にも負けへん!!)

 

 想いこそが、強さだというのなら。

 全ては、ここに――

 

「――〝約束〟のために! 力を貸して! ドローッ!!」

 

 カードを引く。果たして、姿を見せたのは――

 

「メインフェイズ2! 墓地の光属性モンスター『コーリング・ノヴァ』と、闇属性モンスター『堕天使アスモディウス』をゲームから除外し!!」

 

 世界を切り裂く、最強の混沌。

 次元すらも歪める、最強の戦士。

 

「『カオス・ソルジャー―開闢の使者―』を特殊召喚!!」

 

 カオス・ソルジャー―開闢の使者―☆8光ATK/DEF3000/2500

 

 ゆっくりと、混沌の鎧で身を包んだ戦士が戦場へと舞い降りる。

 静かな眼光が、一度会場を見回し。

 そして、指示を仰ぐように美咲を見た。

 

「カオス・ソルジャーの効果発動! 攻撃を放棄し、相手モンスターを一体除外できる! 剛火を除外や!」

「――――ッ!!」

 

 どれほどの攻撃力を有していようと。

 最強の混沌をその身に纏う戦士には――無意味。

 

「ウチは、ターンエンドです」

 

 天空の騎士と、混沌の戦士。

 聖域と神の居城の中心に立つ少女を守るように、その二体のモンスターが紅葉を見据える。

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 紅葉がカードを引く。だが、その表情は優れない。

 

「僕はモンスターをセットし、ターンエンドだ!」

「ウチのターン、ドローッ!!」

 

 もう、ドローカードを確認する必要さえない。

 

「カオス・ソルジャーでセットモンスターを攻撃!!」

「……セットモンスターは『E・HERO ボルテック』だ」

 

 E・HERO ボルテック☆4光ATK/DEF1000/1500

 

 先程エアーマンで手札に加えたモンスター。HEROの一角であろうと、最強の戦士たるカオス・ソルジャーには及ばない。

 

「カオス・ソルジャーの効果! このモンスターがモンスターを戦闘で破壊した時、続けて攻撃できる! ダイレクトアタックや!!」

 

 混沌の刃が、紅葉に向かって振り下ろされる。紅葉は、ふう、と息を吐いた。

 

「……想いの、差かな?」

「かも、しれません」

「なら、僕もまだまだ……修行が足りない」

 

 苦笑して、そう言葉を紡ぎ。

 けれど、と紅葉は言葉を紡いだ。

 

「――次があるなら、僕が勝つ」

 

 それは、負け惜しみでもなんでもない、〝デュエリスト〟としての言葉。

 それがわかるからこそ、美咲も頷きを返した。

 

「せやけど、今日のところは……勝たせてもらいます」

 

 その言葉と、同時に。

 

 紅葉LP2500→-500

 

 紅葉のLPが、0を刻んだ。

 

「うん。今回は、僕の負けだ」

 

 天を仰ぎ、悔しいな、と一言呟き。

 紅葉は、その手を美咲へと差し出した。

 

「決勝戦。応援してるよ」

「はい。――ありがとうございました!!」

 

 万雷の拍手が降り注ぐ。集中し過ぎていたためか、そこでようやく実況の声が耳に届いた。

 

 

『勝者、桐生美咲選手です!!』

『まさしく紙一重。先に決勝進出を決めたのは美咲くんだったか。――む、宝生アナ。こちらのデュエルも大詰めだぞ』

『残る枠を勝ち取るのはどちらか……注目です!』

 

 

 デュエルに集中していたせいで、隣の状況がわからなかった。

 そして、目に入った光景に。

 

「――祇園!!」

 

 美咲は、思わず少年の名を呼んだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 会場からは歓声が聞こえてくる。それに耳を傾けながら、ロビーには二人の男女がいた。

 クロノス・デ・メディチ。

 響緑。

 共にデュエルアカデミア本校の教師であり、その実力はプロにも届くと謳われる二人だ。

 

「十代くんと夢神くんは、本当に楽しそうにデュエルをしていますね」

 

 モニターに映る二人の表情を見ながら、不意にそんな言葉を紡いだのは緑だ。それに頷きを返し、クロノスが言葉を紡ぐ。

 

「デュエルとは、青少年に光をもたらすものなノーネ。むしろ、そうでなくては意味がありませンーノ」

「……私たちも、まだまだ未熟でしたね」

「本当に……悔やんでも、悔やみ切れませンーノ……」

 

 緑の言葉にクロノスも頷きを返す。そう、デュエルとは青少年にとっての希望であり、光でなければならない。それがわかっていたはずなのに、自分たちは一人の少年を見捨ててしまった。

 あんなにも必死に、ひたむきに。

 ただただ前を向こうとしている、あの少年を。

 

「……あら?」

 

 不意に、緑が何かに気付いたように言葉を漏らした。クロノスが視線を上げると、廊下の向こうから一人の女性と少女がこちらへと歩いてくるのが目に入る。

 そしてその女性の姿を見た瞬間、二人は思わず笑顔を浮かべた。

 

「神崎さん。久し振りね」

「おお、シニョーラ神崎! 久し振りなノーネ!」

「響教諭、クロノス教諭。お久し振りです」

 

 名を呼ばれ、女性――神崎アヤメは礼儀正しく頭を下げた。クロノスはうんうんと頷く。

 

「新人王、見事だったノーネ。教え子であるシニョーラが活躍するのは鼻が高いでスーノ」

「はい。ありがとうございます。これも、危うくオシリス・レッドに降格させられそうだった私に熱心に指導して下さったお二方のおかげです」

「あなたは私が新任教師だった頃、最初に教えた子だもの。活躍しているのを見るのは嬉しいわ」

 

 緑も微笑を零す。神崎アヤメ――現在首位を走り、リーグ優勝数最多を誇る名門チーム『東京アロウズ』の副将を務める昨年の『新人王』。彼女は大卒でプロ入りした人物だが、そのルーツとしてアカデミア本校のことは度々話題になっている。

 緑が新人教師として本校に訪れた際に最初に受け持ったクラスがアヤメのいるクラスだったということもあり、思い入れは強い。クロノスとしては、教え子がプロになり活躍しているというのが純粋に嬉しいのだ。

 

「む、そちらは……」

 

 そして、クロノスは気になっていた止めの側にいる少女へと視線を向ける。ある意味、今大会における話題の中心でもある少女。名を――

 

「さ、防人妖花です! 初めまして!」

 

 視線を向けられ、少女――防人妖花が勢いよく頭を下げてきた。クロノスも、頷きを返すことで応じる。

 

「ム、これは礼儀正しく……、クロノス・デ・メディチでスーノ。アカデミア本校で技術指導最高責任者に就いているノーネ」

「技術指導最高責任者……もしかして、アカデミアで一番強いんですか!?」

「ム? ふふん、そこに気付くトーワ中々物分りが良いようでスーノ。そう、何を隠そうこの私、クロノス・デ・メディチこそがアカデミア最強なノーネ!」

「うわぁ、うわぁ、凄いです!」

 

 目を輝かせ、尊敬の眼差しをクロノスに向ける妖花。クロノスはそれに気分を良くしたのか、高笑いを始めた。

 

「にょほほほほ! シニョーラ神崎を指導したのもこの私なノーネ!」

「凄いです! じゃ、じゃあ今デュエルしてる遊城さんもそうなんですか!?」

「――――ム」

 

 遊城――その名に、思わず固まってしまうクロノス。クロノスが一度視線を妖花に向けると、一点の曇りもない瞳がクロノスを射抜いてきた。

 

「……まあ、ドロッ――シニョール遊城はまだまだでスーガ? 私が指導し、鍛え上げたノーネ?」

「凄いです! 本当に凄い先生なんですね! アヤメさんの言う通りの先生です!」

「ええ、優秀な先生ですよ。どんな生徒にも分け隔てなく接し、誰からも慕われる素晴らしい先生です」

「わぁ……、テレビドラマに出てくる先生みたいです!」

「ム、ま、まあ、その……あまり褒められると照れ臭いノーネ。その辺りに……」

 

 にっこり。そんな表現が似合う笑顔を向けつつ言うアヤメの言葉に更に尊敬の色を増す妖花の瞳。クロノスは、自分の心臓の辺りがチクチクと痛む感覚を覚えた。

 

「……どうやら、クロノス教諭は相変わらずのようで」

「……憎めない人なんだけどね」

 

 小声で言葉を交わし合うアヤメと緑。クロノスは、うう、と小さく呻き声を漏らした。

 

「…………良心が痛むノーネ」

 

 ボソりと呟いたその言葉には、誰も何も言わなかった。そのクロノスの隣から、緑が妖花へと手を差し出した。

 

「初めまして、防人さん。私は響緑。アカデミア本校で教師をしているわ」

「は、はいっ! よろしくお願いします!」

 

 緊張しているのか、少し固い調子で言葉を返してくる妖花。ええ、と緑は頷いた。その緑に、あの、と妖花はどこか探るように言葉を紡ぐ。

 

「響、って……もしかして……」

「ええ。今デュエルをしている響紅葉は私の弟よ」

「ホントですか!? テレビで聞いたことがあります! 響プロには絶対にデュエルで勝てないお姉さんがいるって!」

 

 尊敬の眼差しを今度は緑へと向ける妖花。その瞳には、相変わらず一片の曇りもない。

 

「……眩しいわね……」

「純粋な子ですから。……如何です、防人さん? アカデミアは?」

「凄いです! こんなに凄い方達に教えてもらえるんですね!」

 

 アヤメの問いに、目を輝かせて頷く妖花。どういうこと、と緑が言葉を紡いだ。アヤメが頷く。

 

「折角の機会ですので、将来の選択肢としてアカデミア本校についても教えておこうかと思いまして」

「はい。お話を、って思ったんですが、それなら先生たちがいるとアヤメさんが言うので……」

「成程……」

「ム、ということはシニョーラ防人はアカデミアに入学したいノーネ?」

 

 クロノスが問いかける。妖花は遠慮勝ちに、しかしはっきりはい、と頷いた。

 

「三年後、受けれたらいいな、って……」

「ほう! それは素晴らしい心がけなノーネ! 期待していまスーノ!」

「は、はいっ!」

 

 クロノスに言われ、満面の笑みを浮かべる妖花。それに対して微笑を浮かべながら、それと、とアヤメは言葉を紡いだ。

 

「実は、アカデミアの教諭を探していたのにはもう一つ理由がありまして」

「あら、そうなの?」

「はい。――夢神祇園。彼と仲の良かった教諭はどなたですか?」

 

 ピクリと、二人の表情が僅かに変わった。緑は平静を装いながら言葉を紡ぐ。

 

「……それを聞いてどうするつもりかしら?」

「いえ、悪巧みをしているわけでは。ただ単純に、スカウトの一環で」

「スカウト?」

「はい。彼を『東京アロウズ』に是非引き入れたいと思いまして」

 

 その言葉に、二人の表情が変わった。アヤメは更に続ける。

 

「残念ながら本人には断られましたが……、先程事務所の方に連絡を入れると、調査できる分は調査してくれという指示がありまして。この大会が終わると、彼は間違いなく注目されるようになります。その前に、できるだけ好感度アップを図っておきたいのです」

「……彼は、現時点でどれぐらいの評価を?」

「私個人としては、育成契約か下位ドラフト……年棒400万、契約金1000万ぐらいが妥当かと。無名の選手ですし、実績もありませんから。ただ、二年間。しっかりと鍛え上げれば十分にプロでも通用するようになると確信しています。二年後に向けた種蒔きですね」

 

 言い切るアヤメ。むう、とクロノスが呻くように言葉を紡いだ。

 

「シニョール夢神をそこまで評価する根拠は……やはり、直接のデュエルでスーノ?」

「はい。素材としては遊城十代選手の方が上だとは思いますが……精神的な部分で夢神さんには光るものを感じました」

「……そういうことなら話しても構わないけれど、彼と親しい教員なんてそういないわよ?」

「そうなのですか?」

「ええ。人当たりは良いし、問題も起こさない子だったけど、だからこそ目を付けられることもなかったのよ。成績も評価されていたけど、それも飛び抜けてというわけでもないし。特別仲がいい教員はいないんじゃないかしら」

「ふむ、成程」

 

 頷きを零すアヤメ。そのまま、では、と言葉を紡いだ。

 

「彼の話は一旦保留ということで。アカデミア本校ではドラフト候補になり得る方はいますか?」

「ム、それなら――」

 

 クロノスが言葉を紡ごうとする。その瞬間。

 

 

『――――――――!!』

 

 

 テレビ画面と、会場から大歓声が轟いた。思わず、四人は視線をモニターへと向ける。

 

「……この先は、このデュエルの後にするノーネ」

 

 クロノスの言葉。四人の視線の先に映るのは、二人の若きデュエリストの戦い。

 それを拒否する者は、いなかった――

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 夢神祇園にとって、遊城十代とは一種の〝憧れ〟とも呼べる存在だ。

 絶対的な自信と、それを裏付ける強さ。それは、祇園にはないもの。

 敗北の中を突き進む祇園とは対極。それが、遊城十代という少年。

 ――強さで言えば、祇園は十代に遥かに劣る。

 それはこれまでの事実が証明していることであり、祇園自身、それを否定しようとは思わない。

 ただ、それでも。

 逃げることも、退くこともせず、夢神祇園は立っている。

 その背に、確かな〝想い〟を背負って――

 

 

・夢神祇園 LP800

 手札:三枚

『フィールド』

 なし

『魔法・罠』

 伏せカード:一枚

 

 VS

 

・遊城十代 LP3700

 手札:二枚

『フィールド』

 E・HERO フレイム・ウイングマン☆6風ATK/DEF2100/1200

 E・HERO エッジマン☆7ATK/DEF2600/1800

『魔法・罠』

 摩天楼―スカイスクレイパー―(フィールド魔法)

 

 

 フィールドの差は圧倒的。LPもギリギリだ。

 一瞬だった。こちらの一手に間違いはなかったはずなのに、こうも容易く覆されるとは思わなかった。

 本当に、強い。

 遊城十代の実力は、間違いなく本物だ。

 

(運がいい、ドロー運がある。それも確かに〝強さ〟だけれど……十代くんは、ただただ純粋に〝強い〟)

 

 その豪運は、あくまで彼の強さの一側面に過ぎない。

 遊城十代は、ただただ強い。

 

(……正直、手札はよくない。なら、動けるうちに動くべきだ)

 

 手札はドローを合わせて三枚。不利な状況だが、動けないわけではない。

 

「僕は手札より、魔法カード『手札抹殺』を発動! 互いのプレイヤーは手札全て捨て、捨てた枚数分カードをドローする!」

「手札交換か……」

「お互いに二枚ずつのドローだね」

 

 言いつつ、手札を墓地に送ってカードを引く。十代のドロー運を考えると、この手のカードは悪手になりかねないのだが……仕方がない。

 カードを二枚引く。――どうやら、まだ諦める必要はなさそうだ。

 

「僕は手札より、魔法カード『死者蘇生』を発動! 甦れ――『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』!! 更にレッドアイズの効果により、『ライトパルサー・ドラゴン』を蘇生!」

 

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇ATK/DEF2800/2400

 ライトパルサー・ドラゴン☆6光ATK/DEF2500/2000

 

 再び並び立つ、二体のドラゴン。この布陣の硬さこそが、『カオスドラゴン』の真骨頂だ。

 

「更に手札より魔法カード『光の援軍』を発動。デッキトップからカードを三枚墓地へ送り、『ライトロード』と名のついたモンスターを手札に加えるよ。『ライトロード・マジシャン ライラ』を手札に加え、召喚」

 

 落ちたカード→アックス・ドラゴニュート、ブラック・ホール、召喚僧サモンプリースト

 ライトロード・マジシャン ライラ☆4光ATK/DEF1700/200

 

 光の力を持つマジシャンが姿を現す。バトルだ、と祇園は宣言した。

 

「スカイスクレイパーはあくまで攻撃時に効果を発揮する。受け身の時は発動しない。――レッドアイズでエッジマンを、ライトパルサー・ドラゴンでフレイム・ウイングマンを攻撃だ!」

「くうっ……!?」

 

 十代LP3700→3100

 

 強力なフィールド魔法も、発動する状況が限定されているのであれば付け入る隙はある。

 

「そして、ライラでダイレクトアタック!」

「うおっ!?」

 

 十代LP3100→1400

 

 LPが大きく削り取られる十代。それでも祇園の方がLPは少ないが……。

 

「メインフェイズ2、ライラの効果を発動。ライラを守備表示にし、スカイクレイパーを破壊。……エンドフェイズ、デッキトップからカードを三枚墓地へ」

 

 落ちたカード→魔導戦士ブレイカー、DDR、竜の転生

 

 ターンエンドを宣言する祇園。十代は、勢いよくデッキトップに手をかけた。

 

「俺のターン、ドロー! へへっ、やっぱ祇園とのデュエルは楽しいぜ! ワクワクする!」

「そう言ってもらえると嬉しいな」

「けど、勝つのは俺だ!――俺は手札から魔法カード『融合回収』を発動! 墓地から『融合』と融合素材になったカードを手札に加える! 俺はフレイム・ウイングマンの素材になった『E・HERO フェザーマン』と『融合』を手札に!」

 

 これで十代の手札は四枚。動くには十分過ぎる手札だ。

 

「――手札より、魔法カード『融合』を発動! 手札の『E・HERO フェザーマン』と『フレンドッグ』を融合! HEROと地属性のモンスターの融合により、大地の力纏いしHEROが降臨する! 来い、『E・HERO ガイア』!」

 

 E・HERO ガイア☆6地2200/2600

 

 地の底より這い出るようにして現れたのは、大地の力を持つHERO。その巨大な体躯が、祇園を見下ろすように顕現する。

 

「ガイアの効果を発動! このカードの特殊召喚成功時、相手モンスター一体を選択、そのモンスターの攻撃力の半分を吸収するぜ! レッドアイズを選択だ!」

 

 ガイアより放たれたエネルギーがレッドアイズに向かっていく。ガイアの効果はどんなモンスターでもそのターンであれば戦闘破壊が可能となり、その性質上2200ポイントのダメージが確実に通るという強力なものだ。『フォース』の効果は単純であるが故に強力である。

 祇園のLPは残り800。通せば無論、耐えることはできないが――

 

「そうは、させない!」

 

 考え得る可能性の全てを考慮した。その中には、この状況も勿論含まれている。

 

「リバースカード、オープン! 罠カード『ブレイクスルー・スキル』! 相手モンスター一体を選択して発動! そのモンスターの効果をエンドフェイズまで無効にする! ガイアの効果を無効に!」

「なっ……!?」

 

 ガイアから放たれていたエネルギーが消える。墓地からでも効果を発動する力を持つカード、『ブレイクスルー・スキル』。それは十分な力だ。

 会場が湧く。そんな中、解説席からの声が届いた。

 

 

『効果を無効、ですか。『禁じられた聖杯』のようなカードですね』

『『禁じられた聖杯』はモンスターの攻撃力が上がってしまうのが時として難点だ。自分に使うなら良いが、相手となるとそれが命取りにもなりかねん』

『そうなんですか?』

『そもそも、本来なら少年のLPは現時点で100になっているはずだった。遊城くんのプレイングミスだな。フレイム・ウイングマンでライトパルサー・ドラゴンを倒し、エッジマンでレッドアイズを倒していればスカイスクレイパーのことも合わせてダメージは600+2500と800で3900になる』

『成程……』

『その状態で『ブレイクスルー・スキル』ではなく『禁じられた聖杯』を使っていたら、削り取られていたことになる。まあ、結果論であり仮定の話だが。棲み分けは可能だということだ。そもそも、ブレイクスルー・スキルの真骨頂は墓地に行ってからの意味合いが大きいのだから、これでいい。……おそらく、考えたのだろうな。あの豪運に正面から立ち向かう術を。これが少年なりの、『選ばれなかった者』が『選ばれた者』に挑む一つの〝答え〟なのだろう』

『挑む上での答え、ですか』

『『相手を止める』という考えを実行する手段は、大きく分けて二つ。『やる前に潰す』ことと『相手の一手そのものを潰す』こと。前者の方が簡単だし、実際そういう戦術は多い。所謂『ワンターン・キル』はその究極だ。相手が何かをする前に倒してしまう――それができるなら確かに理想だな。だが、真の強者は相手が何を画策しようとも正面から乗り越え、己を通す。少年はそれを理解し、通されることを仮定した上でそれでも抗う術を考えたのだろう』

『ですが、それはリスクが大き過ぎませんか? 相手はその『通したい一手』を通してきているわけですよね?』

『その通り。正直、下策だ。させないのが一番であることは間違いないのだからな。だが……止められないなら、たとえそれが茨の道であろうと最後はその手段をとるしかない。思考を止めず、抗い続けるしかな。――これだから〝挑戦者〟というのは面白い』

 

 

 聞こえてくる声を耳にしながら、一度大きく息を吐く。そう、祇園が考えた末の結論はそれだった。

 十代は、きっと真の意味での〝天才〟だ。どんな手段を講じようと、必ずそれを超えてくる。

 ならば、正面から向かい合うしかない。

『できない』という言葉も、『無理だ』という言葉も吐くことは許されない。通したい意志があるならば、あらゆる手段を講じるしかないのだ。

 

(対策、っていうほどじゃないけど……それこそ色々な状況について考えてきた。今のところは上手くいってる)

 

 LPでこそ負けているが、あれだけの豪運を連続されながらも潰されずに立っていられている以上、ひとまず上手くいっているといえるだろう。

 だが、油断はできない。想定の中でさえ、負ける可能性の方が高いのだから。

 

(十代くんなら、ここからでも間違いなく動いてくる。……どうするつもりだろう)

 

 正直、予測はできない。手札は一枚で、ガイアではライラはともかくこちらの二体は倒せないが――

 

「……やっぱ、凄ぇなぁ……」

 

 不意に、十代がそんなことを呟いた。思わず首を傾げてしまう。すると、十代は笑みのまま言葉を続けた。

 

「本当に、ワクワクする。やっぱデュエルは楽しいぜ!」

 

 けれど、と十代は言う。

 祇園が憧れさえ抱く、自信に満ちたその表情で。

 

「――勝つのは俺だ! 行くぜ、ガイアでライトパルサー・ドラゴンを攻撃!」

「えっ!?」

「これでガイアが破壊される……!」

 

 十代LP1400→1100

 

 ガイアが破壊され、十代のLPが減る。これで場はがら空き。十代の手札は、一枚。

 

「祇園。お前は多分、色々考えてここに立ってるんだろ?」

「……うん。多分、そうだね」

 

 考えられること、できること。

 自身にできる全てを込めて、祇園はここに立っている。

 

「正直さ、俺は考えるのが苦手だ。だから、これが正しいかどうかなんてわかんねぇ。さっきもプレミしちまったし。けど、信じてるんだ。俺は、俺の相棒たちを。それだけは確かなんだ」

 

 だから、という言葉と共に。

 遊城十代は、迷いなく突き進む。

 

「――いくぜ、魔法カード『ホープ・オブ・フィフス』を発動! 墓地の『E・HERO』を五体デッキに戻し、カードを二枚ドローする! 更にこのカードの発動時、自分フィールド上にカードが存在せず、手札が0の時もう一枚ドローする! 俺はフレイム・ウイングマン、フェザーマン、バーストレディ、エッジマン、ガイアの五体を戻し、三枚ドロー!!」

 

 この場面で、三枚の手札補充。これが、十代の十代たる所以なのだろう。

 絶対的なまでの豪運を持つ、『選ばれた者』。〝ミラクルドロー〟の持ち主。

 そのあまりにも華々しきデュエルは、多くの人を魅了する。

 

「へへっ、魔法カード『ブラック・ホール』だ! フィールド上のモンスターを全て破壊するぜ!」

「ライトパルサー・ドラゴンの効果発動! このカードが破壊された時、墓地からレベル5以上の闇属性ドラゴンを蘇生! 甦れ、レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン!」

 

 祇園のフィールドはこれでレッドアイズのみ。だが、ここまでは十代もわかっているはず。

 一体、何を――

 

「俺は更に魔法カード『一時休戦』を発動するぜ。互いのプレイヤーはカードを一枚ドローし、次の相手のエンドフェイズまであらゆるダメージが0になる」

「……ドロー」

 

 引いたカードは『ダーク・ホルス・ドラゴン』だ。この状況では正直、あまり役には立たない。

 

「俺はターンエンドだ」

「……僕のターン、ドロー。レッドアイズの効果で、ライトパルサー・ドラゴンを蘇生」

 

 ここまでは特に変える必要のない流れだ。だが、どうするか。

 

(ただターンを返すだけじゃ、十代くんは次のターンで仕掛けてくる。それは間違いない。けれど、いったいどうすれば――)

 

 考える。だが、取れる策など知れていた。

 

「魔法カード『闇の誘惑』を発動。カードを二枚ドローし、その後手札から闇属性モンスターを一体除外する。……『ダーク・ホルス・ドラゴン』を除外」

 

 手札を確認する。二枚のカード。動くことは不可能ではない。

 

(……十代くんの手札は、次のターンで三枚)

 

 十代のドロー力なら、手札が三枚もあればどうとでも動いてくる。そして、『動かれた』ということはそのまま敗北とイコールだ。

 なら――

 

(信じよう。十代くんの力を。それで――いいはずだ!)

 

 夢神祇園の力ではなく、遊城十代の力を信じる。

 十代ならば『動いてくる』。なら、それを仮定して――打って出る!!

 

「僕はレッドアイズとライトパルサー・ドラゴンを生贄に捧げ――『光と闇の竜』を召喚!!」

 

 光と闇の竜(ライトアンドダークネス・ドラゴン)☆8光ATK/DEF2800/2400

 

 現れたのは、文字通りの意味で光と闇を体に宿したドラゴン。その神々しき光が、会場を照らし出す。

 

「祇園、そのカードは……」

「うん。十代くんから貰ったカードだよ。効果は……説明した方がいい?」

「確か、効果モンスター・魔法・罠の発動を攻守を500下げて問答無用で無効にする……だったよな?」

「うん。正解。つまり、四回行動を止めることができる」

 

 強制効果であるため祇園の動きさえも阻害するが、その制圧力は最強クラスのカードだ。

 

「僕はカードを一枚伏せ、ターン――」

「――おっと、エンドフェイズ時に墓地の『ネクロ・ガードナー』の効果を発動だ! このカードを除外して発動し、このターン相手モンスターの攻撃を一度だけ無効にする!」

「なっ……!? そんなカード、いつの間に!?」

「『手札抹殺』の時だ。――さあ、攻守を500ずつ下げてもらうぜ!」

 

 光と闇の竜☆8光ATK/DEF2800/2400→2300/1900

 

 強制的に発動する無効効果により、攻守が500ポイントずつダウンする。ぐっ、と祇園は小さく呻いた。

 会場にざわめきが広がる。それを鎮めるように、解説席から声が響いた。

 

 

『あ、あれ? 『ネクロ・ガードナー』は相手モンスターの攻撃時に発動するのでは?』

『テキストをよく読んでみるといい。『相手ターンにのみ発動できる』という縛りがあるだけで、発動タイミングはほぼフリーチェーンだ。『このカードを除外して発動する』のであり、『相手モンスターの攻撃時にこのカードを除外して発動する』のではない。実を言うと、『D.D.クロウ』からもこの発動条件故に完全な形ではないとはいえ逃れることが可能だ』

『そうだったんですか……』

『テキストをよく読み込んでいる遊城くんの素晴らしい一手だ。だが、そうであったとしてもまだ三度の無効が残っている。……どうするつもりかな?』

 

 

 正直、誤算だった。墓地の確認を怠ったのが悔やまれる。

 だが、澪の言う通りまだ終わりではない。ターンが移行し、十代のターンになる。

 

「俺のターン、ドロー! 行くぜ祇園! 俺は手札より、『カードガンナー』を召喚!」

 

 現れたのは、まるで玩具のような姿をした機械。それを見た瞬間、祇園の表情にも焦りが浮かぶ。

 

(カードガンナー……まさか、そんな……!)

 

 まさしく、『依りによって』だ。このままでは下手をすると突破される。

 

「効果発動! 一ターンに一度、三枚までデッキトップからカードを墓地へ送り、一枚につき500ポイント攻撃力を上げる! 三枚墓地に送るぜ!」

「ライトアンドダークネスの効果により、無効に!」

 

 光と闇の竜(ライトアンドダークネス・ドラゴン)☆8光ATK/DEF2300/1900→1800/1400

 

 強制効果により、攻守が下がっていく光と闇の竜。残る無効回数は、二度。

 ――しかも。

 

「カードガンナーのデッキトップからカードを三枚墓地に送る効果はコストだ。三枚のカードを墓地へ」

 

 これを防ぐ方法はない。コストである以上『スキルドレイン』の下でも発動できるのだ。攻撃力が上がらないというだけで。

 墓地肥やしとしてはこれ以上ない程に優秀であり、同時に『機械複製術』で三体並べることも容易であることから準制限カードとなっている。

 そして、捲られたカードは。

 

 落ちたカード→E・HERO エアーマン、E・HERO バブルマン、ダンディライオン

 

 捲られた三枚のカードのうち、三枚目のカード。それを見た瞬間、祇園は思わずそんな、という声を漏らしていた。

 ――『ダンディライオン』。

 十代が幼少期にデザインし、気に入られたことで量産化されたという経緯を持つカード。祇園もそのことは十代から聞いたことがある。

 攻撃力・守備力は高くない。だが、その効果が強力であり、それ故に制限カードとされている。

 その、効果とは――

 

「『ダンディライオン』の効果発動! このカードが墓地に送られた時、『綿毛トークン』を二体特殊召喚するぜ!」

「――――ッ、ライトアンドダークネスの効果により、無効!」

 

 光と闇の竜☆8光ATK/DEF1800/1400→1300/900

 

 綿毛トークンは生まれることなく、消滅する。だが、その代わりに一体の竜をほぼ無効化してみせた。

 たった一枚のカードから、この状況を生み出す。それが、遊城十代の強さ。

 

「更に墓地の『スキル・サクセサー』の効果! このカードを除外し、カードガンナーの攻撃力を上げる!」

「ッ、ライトアンドダークネスで無効……! それも、手札抹殺で……!」

 

 光と闇の竜☆8光ATK/DEF1300/900→800/400

 

 その力を使い果たした光と闇の竜。十代が、更なる手を進める。

 

「いくぜ、俺は手札より『ミラクル・フュージョン』を発動! 墓地のバブルマンとエアーマンを除外し、再び現れろ! 極寒のHERO!! 『E・HERO アブソルートZero』!!」

 

 E・HERO アブソルートZero☆8水ATK/DEF2500/2000

 

 姿を現すは、最強のHERO。バトルだ、と十代は宣言した。

 

「ライトアンドダークネスを攻撃!」

 

 弱体化した竜に、その攻撃を受け止める力は残されていない。

 迫りくるHEROの拳。誰もが、祇園の敗北を確信したその瞬間。

 

 

「――祇園!!」

 

 

 声が聞こえた。約束の少女の声が。

 その声には、不安と、焦燥と、困惑と。

 ――けれど、確かな『信頼』が込められていて。

 

(大丈夫)

 

 届かぬことはわかっていても。

 祇園は、その声へと返事を返す。

 

(まだ――終わってない!!)

 

 これが最後だ。全てを懸けた、最後の一枚。

 あらゆるシュミレーションの中、一番ギリギリな状況。

 迫る敗北、それをここで覆す!!

 

「リバースカード、オープン!! 速攻魔法『禁じられた聖杯』!! モンスター一体の効果を無効にし、攻撃力をエンドフェイズまで400ポイントアップ!! 指定するのは――『光と闇の竜』!!」

 

 咆哮が、轟いた。

 弱り、今にも朽ち果てんとしていたその竜は。

 まるで、歓喜するように――天へと昇る。

 

 光と闇の竜☆8光ATK/DEF800/400→3200/2400

 

 最強のHEROの拳が唸り、竜を討たんと迫りくる。だが、それを捻じ伏せ、光と闇を宿した竜は伝説に語られる姿そのものに、英雄を粉砕した。

 

「ぐうっ……!?」

 

 十代LP1100→400

 

 Zeroが吹き飛び、十代のLPが削り取られる。十代は、効果発動、と叫んだ。

 

「アブソルートZeroがフィールドから離れた時、相手モンスターを全て破壊する!」

 

 無効効果を持てども、今は失った状態。光と闇の竜が、極冷に閉ざされ消滅する。

 だが、混沌の化身たる竜は、その身朽ちようともその咆哮で仲間を呼び起こす。

 

「『光と闇の竜』の効果! このカードが破壊された時、墓地のモンスターを一体選択して発動! 自分フィールド上のカードを全て破壊し、そのモンスターを蘇生する! 『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を指定!」

 

 光と闇の竜の咆哮により、最強のレッドアイズが歓喜の咆哮を上げる。だが、それも。

 

「甘いぜ祇園!! 最後の手札だ!! 『D.D.クロウ』を発動!! レッドアイズを除外するぜ!!」

「――――ッ!?」

 

 一羽の烏の襲撃により、混沌の竜の効果が不発となる。

 

「くっ……カードガンナーでダイレクトアタック!!」

 

 祇園LP800→400

 

 危険域に突入するLP。互いに、打てる手はほとんど出し尽くした。

 

「俺はターンエンドだ」

 

 十代がターンエンドの宣言をする。互いにLPは後僅か。下級モンスターに倒されるレベルだ。

 祇園はデッキトップに指をかける。ここでモンスターを引けなければ、十代のことだ。次には確実にモンスターを引き当ててくる。遊城十代というデュエリストはそういうデュエリストであり、それが許される存在なのだから。

 そうでなくても、『カードガンナー』がいる。

 対し、こちらはどうか。上級モンスターが多いデッキであるが故に、引けない確率がずっと高い。

 ――けれど、どうしてだろうか。

 この時、祇園は何の迷いもなく、躊躇うことなくカードを引いた。

 

「僕のターン、ドロー!!」

 

 それはきっと、己の出し得る全てを出し切れたから。

 己が信じる願いの中で、戦い続けたから。

 

 

「僕は手札より、『ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―』を召喚!!」

 

 

 ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―☆4闇ATK/DEF1500/1100

 

 信じた想いに、願う心に。

 世界は、微笑みかけてくれる。

 

「――――ッ、くそおっ!! 引かれたかァ!!」

 

 十代が、悔しそうに、嬉しそうに叫ぶ。

 自分も笑っていることに、そこで祇園はようやく気付いた。

 

「ドラゴン・ウイッチでカードガンナーを攻撃!! ドラゴン・ソング!!」

 

 努力が、必ず報われるとは限らない。

 ひたむきな心が、必ず祝福されるとは限らない。

 しかし、報われないとも限らない。

 

 十代LP400→-700

 

 一人のLPが0の数字を刻む、その瞬間。

 勝者が、決まる。

 

 

『勝者は……夢神祇園選手!! 桐生美咲選手と共に、決勝進出です!!』

 

 

 大歓声の中、そんな声が届き。

 溢れ出そうになる涙を、堪えながら。

 

 

「――――――――!!」

 

 

 少年は、高々とその拳を突き上げた。








勝者、桐生美咲、夢神祇園!!
二人は遂に、約束の場所へ――!!










というわけで、準決勝は終了です。次回、一話を挟んでいよいよ決勝。
ギリギリの中を勝ち残ってきた、〝祿王〟曰く『観客席の諸君ら自身』である祇園と、その対極とも言える美咲の戦い……楽しみにして頂けると幸いです。




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第三十二話 〝ヒーロー〟

 

 初めてその姿を見つけた時、私はただの興味から声をかけた。

 

「なぁ、一人なん?」

 

 近くにある大型カードショップではなく、こんな小さなお店で一人ファイルと睨めっこしているその姿。

 正直、良い印象を抱いたとは言い切れない。

 

「……え、あ、えっ……?」

 

 声をかけたその子は、周囲を見回しながら驚きの声を上げていた。まるで、話しかけられることが『初めて』であるかのように。

 

「デュエル、するん?」

 

 そう問いかけると、相手は遠慮がちに頷いた。だがすぐに、でも、と言葉を紡いでくる。

 

「……僕、その……弱いよ……?」

「ええよ、そんなん。気にせんで。まずはやってみんと」

 

 正直、ハズレだと思った。怯えるような瞳と、不安げな表情。全てに恐怖しているかのような雰囲気。

 自分とはあまりに違う、〝弱者〟だと。

 

「ウチは桐生美咲。趣味は歌と美味しいものの食べ歩き。特技はDM。好きなことは歌うことと人と話すこと。よろしゅう」

「え、あ……ゆ、夢神、祇園……です」

 

 いつも通りの軽い自己紹介をすると、相手は消え入るような声でそう言葉を紡いだ。それに頷き、じゃあ、とデッキを取り出しながらいつものように振る舞った。

 

「――決闘や」

 

 

 

 あの日のことは、気まぐれだったけど。

 でも、今はあの日の自分の気まぐれに感謝したいとさえ思う。

 

 全ては、あの場所から始まったのだから――

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 夜。昼間の熱気も消え去った海馬ドーム。

 誰もいないその場所の中心で、一人の少女が天を見上げる。

 

「…………」

 

 準決勝が終わると同時に、取材攻めにあった。別に隠していたわけではないが祇園とのことについては本当に色々と聞かれたし、色々なことを話したと思う。

 初めて出会った時は、こんなにも大きな存在になるとは思わなかった。

 一人になろうと思った場所で、独りきりだった少年。その少年と、多くの時間を過ごして。

 その存在に……救われて。

 

「〝――Amazing Grace, how sweet the sound

  That saved a wretch like me〟」

 

 歌を歌うこと。それを始めたのは、いつだったのか。

 もう思い出せないことで、同時に思い出す必要のないことなのだとも思う。

 

「〝I once was lost but now am found

  Was blind but now I see〟」

 

 ただ確かなのは、最初は〝逃げ〟の手段であったということ。

 どうしようもない現実から〝逃げる〟ために、私は歌い続けていた。

 

「〝'Twas Grace that taught my heart to fear

  And Grace, My fears relieved〟」

 

 多くの嘘を吐き続けた。歌が好きだと語り、歌を歌った。

 本当に歌が好きだったから……尚更、嫌いになっていった。

 

「〝How precious did that Grace appear

  The hour I first believed〟」

 

 どうしようもない、現実の中で。

 どうにもならない、限界を前に。

 

「〝Through many dangers, toils and snares

  We have already come〟」

 

 ただ歌い続け。

 逃げ続けた、あの日々。

 

「〝'Twas Grace that brought us safe thus far

  And Grace will lead us home〟」

 

 変えてくれたのは、一人の少年の、たった一つの言葉。

 それはきっと、ありふれた言葉で。

 

「〝When we've been here ten thousand years

  Bright shining as the sun〟」

 

 小さな拍手と、笑顔と。

 ――〝良かったよ〟という、言葉。

 

「〝We've no less days to sing God's praise

  Than when we've first begun〟」

 

 救いは、ある。 

 どうしようもない現実の中でも。

 

「〝Than when we've first begun〟」

 

 だから、私は――

 

 

 拍手の音が、響く。

 控え目で、でも、だからこそ温かい拍手。

 何度も聞いた、その音の主は。

 

「……美咲は、やっぱり歌が上手いね」

「えへへ、そうやろー?」

 

 冗談めかして、笑顔で応じる。

 胸に秘めた想いは、口にしない。

 ――〝あなたのおかげ〟とは、言わない。

 言って、あげない。

 

「どないしたん? こんな時間に。早く寝んと明日辛いよ?」

「その台詞はそのままお返しするよ。……十代くんが控室にPDAを忘れたらしくて。取りに来たんだ」

「あはは、十代くんはおっちょこちょいやなぁ」

 

 思わず笑ってしまう。デュエルではあれだけ素晴らしい冴えを見せるのに、こういうところはやはり十五歳の少年なのだろう。

 

「それに……ちょっと、今日は眠れそうになかったから」

 

 次いで、苦笑を浮かべながら相手はそんな言葉を紡いだ。その言葉に、思わず頷いてしまう。

 

「ウチもや。普段の試合ならこんなことはないんやけど……。気が付いたら、ここに来てた」

 

 理由など、考える必要もない。明日はそれだけ特別な日なのだ。

 ずっと待っていた、待ち続けていた約束が……叶う日。

 

「……明日のデュエルが終わったら、ウチ、祇園に謝らなアカンことがあるんよ」

 

 気が付いた時には、そんな台詞を口にしていた。相手は首を傾げている。

 

「謝ること?」

「うん。黙っててもええんやけど、それやと不誠実やから」

「よくわからないけど……、それは今じゃ駄目なの?」

「んー、ちょっとタイミングが悪いかなー?」

「そっか。じゃあ、待ってる」

「うん、待ってて」

 

 こういう時、無理に聞き出そうとしないのが彼のいいところだと思う。……物足りないところでもあるが。

 

(まあ、祇園やしなぁ……)

 

 良い意味でも、悪い意味でも純粋で、真っ直ぐな少年。それが夢神祇園という存在だ。

 悪意に揉まれ、晒され、その人生を翻弄されながらも決して周囲に悪意を向けようとしない。

 それを偽善と言う者もいる。だが、美咲はそうは思わない。偽善――そもそも、祇園は『善』というわけではない。善でも悪でもない、『純粋』。まあ、心の内で何を考えているかはわからないが。

 

(混沌、っていうのは言い得て妙やな。誰しも善意と悪意を抱えてる。祇園も例外やない)

 

 要はそれだけのことであり、表に出るか出ないかの違いがあるだけだ。

 

「……ふふっ」

 

 不意に、祇園が笑い声を漏らした。首を傾げると、ごめん、と笑みを浮かべたまま言葉を紡いでくる。

 

「少し、おかしくて」

「なにが?」

「美咲に『待ってる』って僕が言うなんて、珍しいから」

「ああ、そういうこと」

 

 言われ、頷く。確かにその通りだ。自分と祇園の関係は、『待つ側』と『追う側』。それは三年前からずっとそうで、自分はずっと待ち続けている。

 

「せやけど、昔はウチがよー祇園待たせてたやん」

「そうだったっけ……?」

「そうやよ。カードショップでも、デートでも。ずっと祇園は待っててくれたやんか」

「デート?」

「ウチが二時間盛大に寝坊したやつ」

「ああ……ってあれデートだったの?」

「……何やと思ってたん?」

「え、だって美咲が買い物に付き合って欲しいっていうから」

「この鈍感」

「……ごめんなさい」

 

 小さくなる祇園。本当に相変わらずだ。人の好意に鈍感で、己に向けられる気持ちを察することができない。

 

(ま、生い立ちもあるんやろうけど)

 

 愛情と好意を向けられることが極端に少なく、幼少期には逆に悪意や無関心といった感情を向けられてきたのが祇園だ。彼が他人の感情には敏感なのに気持ちには鈍感なのは、一種の防衛本能なのだろう。

 

「ま、ええよ。……でも、驚きや。祇園、強くなったなぁ」

 

 純粋にそう思う。本当に、強くなった。

 だが、祇園は首を左右に振ってそれを否定する。

 

「どうにかこうにか、騙し騙しで来れただけだよ」

「でも、決勝に来たのは事実や」

「うん。明日は、楽しもう」

「祇園との真剣勝負は三年振りくらいかな? 手加減せんよ~?」

「あはは……、お手柔らかに」

 

 苦笑する祇園。それに微笑を返し、さて、と会場の入口の方へと美咲は視線を向けた。

 

「覗きはええ趣味とは思えへんなぁ?」

「――何だ、折角なのだから楽しめばいいものを」

 

 声をかけると、靴の音を響かせながら一人の女性が歩み出てきた。――烏丸澪。〝祿王〟のタイトルを持つ、日本における〝最強〟の一角。

 

「澪さん」

 

 祇園が声をかける。すると、うむ、と澪は頷いた。

 

「少年の決勝進出祝いをホテルで行うそうで、呼びに来た。やはりここにいたか」

「え、そうなんですか? すみません、わざわざ……」

「気にするな。おかげで、面白いものを見ることができそうだ」

 

 笑みを零す澪。二人で首を傾げると、彼女の背後から二つの人影が出てきた。

 

「出ていいのかい、〝祿王〟?」

「バレてしまってはこれ以上面白いものは見れないでしょう」

「おっ、祇園! PDA見つかったぜ!」

 

 出て来たのは、響紅葉と遊城十代だった。二人はそのまま会場のステージ――今、美咲と祇園がいる場所に上がってくる。

 

「あ、見つかったんだ。良かった」

「おう。いやー、悪いな」

「ううん。いいよ、気にしないで」

 

 にこやかに言葉を交わす十代と祇園。その二人の隣で、美咲は呆れたように紅葉へと言葉を紡いだ。

 

「ええ歳して覗きですか?」

「それは心外だ。見られたくないならもっと人気のないところですべきだろう? ステージとは『見られる』ためにある場所だ」

「まあ、ウチも不注意でしたけど……どないしたんです? こんなところに」

「いや、ちょっとね。キミたちほどじゃないが、僕にも一つ、大事な『約束』があったんだ」

 

 言うと、紅葉は十代の方を振り返った。十代は挑戦的な笑みを浮かべ、頷く。

 

「〝ルーキーズ杯〟には三位決定戦はない。だから、非公式に……と思ってね」

「ああ、要するに私闘ですか」

「おう! 紅葉さん、早速始めようぜ!」

 

 デュエルディスクを取り出し、準備を始める十代。紅葉が苦笑した。

 

「まあ待て、十代。〝祿王〟、観客を呼んでいるんだろう?」

「うむ。妖花くんがもうすぐ到着する。悪いが、それからにしてもらいたい」

 

 うむ、と頷きながら言う澪。思わずため息を吐いてしまった。

 

「本当、みんなデュエルバカやなぁ……」

「でも、その方が楽しいでしょ?」

 

 祇園の言葉に、一瞬考え込む。だが、その必要がないことに気付いた。

 

「確かに、楽しいのが一番やな」

 

 そう、それが一番だ。

〝絶望〟ではなく、〝希望〟を。

 ――桐生美咲は、それを諦めないためにここにいるのだから。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 しばらくすると、防人妖花が到着した。彼女のだけではなく、本郷イリア、神崎アヤメ、松山源太郎といったプロ勢や、丸藤翔、前田隼人、天上院明日香、藤原雪乃、枕田ジュンコ、浜口ももえ、三沢大地といった十代や祇園と仲のいいアカデミア生たちも姿を見せている。

 観客の数は、合計で精々十人と少し。だが、戦う二人にはそのことに不満はない。

 そもそも、これは本来なら実現することのなかったデュエルだ。しかし、現実としてデュエルは行われようとしている。

 

「…………」

 

 一度、大きく深呼吸をする。応援の声。それに頷きを返し、十代はデュエルディスクを構える。

 眼前に立つのは、憧れ、追い続ける――〝ヒーロー〟。

 

「さあ、十代。――楽しいデュエルにしよう」

「おう! いくぜ、紅葉さん!」

「「――決闘(デュエル)!!」」

 

 幻の、三位決定戦が……始まる。

 先行は――響紅葉。

 

「僕のターン、ドロー!――手札より魔法カード『融合』を発動! 手札の『E・HERO オーシャン』と『E・HERO フォレストマン』を融合! 来い、『E・HERO ジ・アース』!!」

 

 E・HERO ジ・アース☆8地ATK/DEF2500/2000

 

 降臨するのは、世界に一枚ずつしか存在しない『プラネット・シリーズ』の一角。

『地球』の名を持つ、〝ヒーロー・マスター〟の相棒。

 

「いきなり『ジ・アース』とは、紅葉さん全力やね」

「思うところがあるのだろう。師匠と弟子の関係、と紅葉氏は言っていたからな」

「アニキー! 頑張れー!」

「十代くん、頑張れ!」

 

 聞こえてくる声。紅葉は笑みを浮かべると、二枚のカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

「僕はカードを二枚伏せ、ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー!」

 

 手札を引く。『E・HERO ジ・アース』――その効果を使えば、おおよそ突破できないモンスターはいない強力なHEROだ。だが、こちらから攻める時にはその効果も発動しない。

 

「俺は手札より速攻魔法『サイクロン』を発動! 右の伏せカードを破壊だ!」

「伏せカードは『次元幽閉』だ。破壊される」

 

 攻撃してきたモンスターを問答無用で除外する強力な罠カード、『次元幽閉』。良いカードを破壊できた。

 

「俺は更に、『E・HERO エアーマン』を召喚! 効果発動! このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、デッキから『HERO』と名のついたモンスターを手札に加えることができる! 俺は『E・HERO バーストレディ』を手札に!」

 

 E・HERO エアーマン☆4風ATK/DEF1800/300

 

『HERO』のエンジンが場に召喚される。いくぜ、と十代は宣言した。

 

「手札より『融合』を発動! 手札のバーストレディと場のエアーマンを融合! HEROと炎属性のモンスターの融合により、灼熱を纏いしHEROが降臨する! 来い、『E・HERO ノヴァマスター』!!」

 

 E・HERO ノヴァマスター☆8炎ATK/DEF2600/2100

 

 現れるは、灼熱の焔を纏う紅蓮のHERO。十代はバトル、と宣言した。

 

「ノヴァマスターでジ・アースを攻撃!」

 

 迫る炎の拳。紅葉が口元に笑みを浮かべた。

 

「十代。前に教えなかったか? 伏せカードには注意しろ、と。――リバースカード、オープン! 速攻魔法『マスク・チェンジ』! フィールド上の『E・HERO』を墓地に送り、同属性の『M・HERO』を特殊召喚する! ジ・アースを墓地に送り、『M・HERO ダイアン』を特殊召喚!!」

 

 M・HERO ダイアン☆8地ATK/DEF2800/3000

 

 現れたのは、まるで騎士のような姿をしたHEROだ。その攻撃力を前に、くっ、と十代は小さく呻く。

 

「攻撃は中止だ! 俺はカードを一枚伏せ、ターンエンド!」

「僕のターン、ドロー! バトル、ダイアンでノヴァマスターを攻撃!」

「くうっ……!」

 

 十代LP4000→3800

 

 ノヴァマスターが破壊され、十代のLPが削られる。そして、紅葉が効果発動、と宣言した。

 

「ダイアンの効果! このカードが相手モンスターを戦闘で破壊した時、デッキからレベル4以下の『HERO』を一体特殊召喚できる! 来い、『E・HERO エアーマン』!!」

 

 E・HERO エアーマン☆4風ATK/DEF1800/300

 

 現れる、紅葉のエアーマン。紅葉は効果発動、と宣言した。

 

「エアーマンは特殊召喚成功時にもサーチ効果を発動できる! 『E・HERO プリズマー』を手札へ! バトルだ、エアーマンでダイレクトアタック!」

「リバースカードオープン、速攻魔法『クリボーを呼ぶ笛』! デッキから『クリボー』または『ハネクリボー』を選択し、手札に加えるか自分フィールド上に特殊召喚できる! 俺は『ハネクリボー』を特殊召喚!」

『クリクリ~!』

 

 ハネクリボーが守備表示で場に現れる。ほう、と紅葉が楽しげに笑った。

 

「ハネクリボー……懐かしいカードだ。だが、容赦はしない。エアーマンでハネクリボーを攻撃!」

「くっ……、サンキュー相棒。助かったぜ」

『クリクリ~♪』

 

 ハネクリボーが墓地へと消えていく。これでひとまず大ダメージを受けることは避けれた。

 

「僕はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー!」

 

 手札は三枚。場には何もない。

 状況はピンチだ。だが、紅葉はいつも言っていた。

 

「ピンチの後にチャンスあり、だよな! 紅葉さん! 俺は手札より『融合回収』を発動! エアーマンと『融合』を回収! そしてエアーマンを召喚し、デッキから『E・HERO フェザーマン』を手札に加えるぜ!」

 

 E・HERO エアーマン☆4風ATK/DEF1800/300

 

 再び現れるエアーマン。だが、このままでは勝てない。

 

「俺は手札より、『戦士の生還』を発動! 墓地の『E・HERO バーストレディ』を手札に! そして『融合』を発動! 手札のフェザーマンとバーストレディを融合! 来い、マイフェイバリットヒーロー!! 『E・HERO フレイム・ウイングマン』!!」

 

 E・HERO フレイム・ウイングマン☆6風ATK/DEF2100/800

 

 現れるのは、竜の頭を持つHERO。十代が最も信頼するHEROであり、大切にするHEROだ。

 

「最後の手札だ! フィールド魔法、『摩天楼―スカイクレイパー―』を発動!! HEROが攻撃する時、相手モンスターより攻撃力が低ければ攻撃力が1000ポイントアップする!」

 

 周囲の風景が切り替わり、アメコミノ世界のようなビルが乱立する。ほう、と紅葉が感嘆の吐息を漏らした。

 

「やるな、十代」

「へへっ。行くぜ、紅葉さん。――フレイム・ウイングマンでダイアンを攻撃!」

「くっ……!!」

 

 紅葉LP4000→3700

 

 攻撃力が1000ポイント上がったことにより、3100となったフレイム・ウイングマン。ダイアンは耐え切れず、粉砕される。

 

「更にフレイム・ウイングマンの効果発動! 相手モンスターを戦闘で破壊した時、その攻撃力分のダメージを与える! いけ、フレイム・シュート!!」

「ぐううっ……!?」

 

 紅葉LP3700→900

 

 紅葉のLPが一気に吹き飛ぶ。へへっ、と十代が笑みを零した。

 

「けど、スカイクレイパーは攻撃力が同じ時は発動しない。エアーマンは攻撃せず、ターンエンドだ」

「……僕のターン、ドロー」

 

 紅葉がカードをドローする。紅葉の手札はこれで三枚。伏せカードは一枚。

 ここからどう巻き返すつもりか――

 

(油断しちゃダメだ。紅葉さんは、絶対に手を打ってくる。けど、紅葉さんのLPは残り少ない。耐えることさえできればチャンスはある!)

 

 心臓が高鳴る。向かい合う二人のデュエリスト。その姿を見て、周囲から言葉が漏れた。

 

 

「響プロを相手にここまで……何者よ、あの子」

「遊城十代くんやで、イリアちゃん」

「素晴らしいですね。やはり才能は超一流」

「恐ろしいドロー力だな。全てが無駄なく回転している。これでまだ一年生だというのだから恐ろしい」

「十代くん、凄いな……」

「頑張るッスアニキ!」

「うわぁ、うわぁ、遊城さん凄いです!」

「十代、また強くなってるわね」

「この大会を通じて、得るモノがあったのかしらね、ボウヤも」

「……根本から対策を見直す必要がありそうだ」

 

 言葉を失っている何人かを除き、好き勝手なことを言っている外野陣。その中で、まあ、と澪が静かに言葉を紡いだ。

 

「ここで終わらないからこその〝ヒーロー・マスター〟だ。あの表情、何か企んでいる目だぞ?」

 

 

 前を見る。その一瞬。

 

 ――ゾクッ。

 

 全身を悪寒が駆け抜けた。思わず身震いする。何だ――そう思い改めて紅葉を見ると、紅葉は口元に笑みを浮かべていた。

 

「強くなったな、十代。誇らしいよ」

「へへっ」

「――だが、まだ負けてやるわけにはいかない。これは餞別だ。僕が〝ヒーロー・マスター〟と呼ばれる所以を、見せてやる。僕は手札より、魔法カード『融合』を発動!」

 

 紅葉が融合のカードを発動させる。エアーマンを素材に、何を出す気か――そんな風に十代が思うと同時に、紅葉が紡いだ言葉に驚愕する。

 

「場のエアーマンと手札の『E・HERO プリズマー』、『E・HERO ザ・ヒート』の三体で融合!!」

「さ、三体融合!?」

「『HERO』と名のつくモンスター三体の融合により、降臨せよ!! 『V・HERO トリニティー』!!」

 

 V・HERO トリニティー☆8闇ATK/DEF2500/2000→5000/2000

 

 現れたのは、紅い体躯をしたHERO。その姿は『E・HERO』とも『M・HERO』とも大きく違う。

 だが、そんなことより――

 

「攻撃力――5000!?」

「トリニティーは三体のHEROの融合によって特殊召喚できる。このモンスターはその方法による融合召喚に成功した時、そのターンのみ攻撃力が二倍になる。更に、ダイレクトアタックができないという制約を持つ代わりに、三度の攻撃を行うことができる」

「さ、三回……って、それじゃあ!」

「この場合は二回だが……十分過ぎる。――いけ、トリニティー! フレイム・ウイングマンとエアーマンを攻撃!!」

「う、うああああああっ!?」

 

 十代LP3700→-2400

 

 十代のLPが一瞬で削り取られる。それと同時に、ソリッドヴィジョンも消えていった。

 E・M・V――三種のHEROを自在に操り、華々しき力を発揮する英雄。

 故に、彼は〝ヒーロー・マスター〟と呼ばれる。

 

「くっそーっ! もう少しだったのになぁ!」

 

 悔しそうに叫ぶ十代。紅葉が笑みを零し、十代はでも、と言葉を紡いだ。

 

「ありがとう紅葉さん! ガッチャ!」

「ああ、楽しいデュエルだった。……これは餞別だ」

 

 言いつつ、紅葉が差し出したのは『V・HERO トリニティー』のカードだった。えっ、という言葉を漏らす十代に、紅葉はトリニティーを手渡しながら言葉を紡ぐ。

 

「強くなったな、十代。本当に強くなった。プロの世界で待ってるぞ。そのカードは、僕に勝てるようになってから返しに来い」

「……わかった。すぐに返しに行くからな!」

「待ってるさ」

 

 握手を交わす、師匠と弟子。

 偶然に出会った二人のHERO使いは、その想いの変わらぬままに言葉を交わす。

 

(やっぱり、紅葉さんは俺の憧れだ)

 

 憧れ続け、尊敬し続けた背中は。

 何も変わらず――目指す道の先にあった。

 

(追いつく。絶対に)

 

 胸に誓った想いは、新たなる約束の標。

 いつかまた、戦うために。

 

 ――今日は、この敗北を受け入れる。

 

 

 非公式戦 響紅葉VS遊城十代

 勝者、響紅葉。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 夜。宴会も終わり、誰もが明日を待ち侘びながら眠る時間。

 ホテルの中庭に、一つの人影があった。

 

「――眠れないのか、少年?」

 

 その人影――夢神祇園に声をかけたのは、烏丸澪だ。祇園は、はい、と月を見上げながら頷く。

 

「どうしても……眠れなくて」

「キミにとって、明日の美咲くんとのデュエルはずっと願い続けたものなのだろう? ようやく願いが叶うんだ。興奮するのも当然だな」

「寝なきゃいけないとは思っているんですが……」

「無理に寝る必要はない。明日に影響が出ないのであればな」

 

 そう言うと、澪は祇園が座っているベンチへと腰かけた。そのまま、少年、と言葉を紡ぐ。

 

「キミは、今のキミ自身をどう思っている?」

「どう、って……」

「ああ、聞き方が悪かったか。そうだな、何というべきか。――キミは、どうしてここへ来た?」

 

 どうして、ここへ来たのか。

 その問いには、すぐに答えを出せそうで……出せなかった。

 

「こんな言い方をするのはどうかとも思うが……もっと楽な方法はあったはずだ。なのに、何故だ?」

 

 その問いの答えは、ふと、浮かんできた。

 それはきっと、自分の本心。

 だから……静かに、口にする。

 

「きっと……迷子になっていたんです」

「迷子?」

「はい。……暗い道で、ずっと一人で。要領が悪いから、すぐに暗い道にばっかり進んでて。きっと周囲を見回せば、いくらでも『誰か』を頼ることはできたはずなんです。でも、臆病で弱虫だった僕にはそんなことさえできなくて」

 

 泣きながら、暗闇を歩く日々。

 きっと、全てはそこからだった。

 

「道を間違えて、暗い道にばっかり入り込んで、どうしようもなくなって立ち止まって、蹲って泣いてたんです。進み方も、戻り方ももうわからなくなって。そんな時に、隣に立って手を引いてくれたのが……美咲で」

 

 一番暗くて、辛い場所にいた時に。

 手を引いてくれたのが、美咲だった。

 

「多分、僕にとって美咲は〝ヒーロー〟なんです。今も、昔も」

「……成程。美咲くんは〝ヒーロー〟か」

「はい。上手く、言えないんですけど……」

「いや、十分だよ。少年の想いは伝わってきた。……明日は頑張れ。ずっと夢見てきたのだろう?」

「多分、ボロボロに負けちゃいますけどね……」

「それでもいいだろう。それがまた、次の約束に繋がる。……だが、まあ」

 

 思わずドキリとしてしまうような微笑をこちらに向け。

 澪が、静かに言葉を紡ぐ。

 

「私との約束も忘れないでいてくれると嬉しいよ、少年」

「……澪さんに挑んで、勝つなんて……どれだけかかるか」

「なァに、構わんさ」

 

 微笑を浮かべ。

 月明かりの下で、澪は優しく言葉を紡ぐ。

 

「何年経とうと、私はキミを待っているよ。――少年」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 第一回〝ルーキーズ杯〟最終日。

 午後から行われる決勝戦を前に、観客席は満員となっていた。誰もが、決勝の舞台に立つ二人を待っている。

 一人は、〝アイドルプロ〟と呼ばれ、同時にトップ路としての実力を持つ人物――桐生美咲。

 一人は、実績も何もなく、一般参加枠から這い上がってきた人物――夢神祇園。

 二人が幼馴染であり、旧知の中であることはすでに周知の事実となりつつある。だが、だからこそ二人の差異が浮き彫りになる。

 片や、『天才』の名を欲しいままにし、プロチームで〝エース〟を名乗るような栄光の道を歩み続けてきた者と。

 片や、目ぼしい実績など何もなく、ただただ這い蹲り、這いずって勝ち上がってきた凡人。

 対極の二人。

 そして、往々にしてこういう時に注目が集まるのは、〝挑戦者〟の側だ。

 

 

「夢神選手は桐生選手とお知り合いとのことですが」

「はい。桐生プロとは知り合いです」

 

 会場に向かう途中の記者の質問に、祇園は何の淀みもなく答えた。桐生プロ――その言い方に疑問を覚えた一人の記者が、思わずといった調子で問いかけてくる。

 

「桐生選手とはご友人なんですよね? 何故そんな余所余所しく……」

「――彼女が許しても、僕と彼女の間には世間が決めた『格差』があります」

 

 奇跡のようにこの舞台に立っている自分と。

 立つべくしてこの場所に立っている彼女とでは、どうしようもないほどの差が存在している。

 

「それを無視できるほど……僕は強くありません」

 

 苦笑を零し、一礼する。その祇園に、記者が投げかけるように問いを発した。

 

「意気込みをお願いします!」

 

 足を止める。そして振り返らぬまま、祇園は言った。

 

「憧れ続ける、人がいます」

 

 静かに。静謐に。

 誰もが、思わず口を閉ざす中で。

 

「その人は、僕にとっての〝ヒーロー〟で。やっと、お礼を言えるんです。――行ってきます」

 

 そして、会場へと足を踏み入れる。同時に、大歓声が体を叩いた。

 

 

『夢神選手の入場です!』

『這い蹲り、地に伏し、それでもどうにか勝利を掴み続けてきた少年に拍手を送りたい気持ちだ』

 

 

 そして、向こうから入って来るのは――桐生美咲。

 憧れ、追い続け、ずっと夢見る……最高の〝ヒーロー〟。

 

 

『そしてやはり大本命、桐生選手です!』

『彼女もまた、譲れぬ想いを抱いてここに辿り着いた。ただただ、この結末を見届けよう』

 

 

 向かい合い、視線を交わす。美咲が、微笑を零した。

 

「変わったね、祇園」

「……そう、かな?」

「うん。初めて会った時は、目も合わせられへんかったやんか」

 

 クスクスと笑う美咲。その姿に、嗚呼、と祇園は思った。

 彼女と初めて会った日。あの日、自分は――

 

 

「――僕は、夢神祇園です」

 

 

 その、言葉に。

 美咲が、動きを止めた。

 

「趣味は節約と、読書。特技は……みんなは、家事を褒めてくれます。僕にとって、それが唯一誇れることです。好きなものは、DM。昔、一人の女の子が僕にその面白さを教えてくれて、僕はDMが大好きになりました」

 

 美咲は呆然としている。その美咲に、精一杯の笑顔を向けた。

 

「あの日、言えなかったから。キミが教えてくれたのに。僕は、返せなかったから」

 

 美咲は一瞬、泣きそうな表情をして。

 一度、その顔を俯けた。そして。

 

「ウチ、ウチは、桐生美咲。趣味は歌を歌うことと、美味しいものの食べ歩き。特技は、歌。昔、一人の男の子が『良かったよ』って言ってくれて、その時から、ウチにとっては誰よりも誇れるモノです」

 

 その内容は、あの時からは少し変わってしまったけれど。

 僕にとっての〝ヒーロー〟は、あの時よりもずっと……輝いていた。

 

「好きなものは、DM。昔、凄く弱い男の子がいて、その子が少しずつ、少しずつ強くなるのを間近で見ていて……嫌いになっていたかもしれないDMが、ずっとずっと好きになりました」

 

 二人が交わす、新たな挨拶。

 それは、新たに踏み出すために必要な、小さな儀式。

 

「やっと、背中が見えた」

 

 走って、走って、走り続けて。

 

「暗闇の中、霧の中で見失っていた背中を、やっと」

 

 それでも、追いつくどころか……引き離されてしまったその背中を。

 ようやく、見つけることができた。

 

「女の子を、待たせるもんやないよ?」

「ごめんね」

「ええよ。……追いついて、くれるんやろ?」

「うん。だからもう少し、待ってて」

「急いでな?」

「――うん」

 

 そして、二人はデュエルディスクを構え。

 

「「――決闘(デュエル)」」

 

 静かに、その始まりを宣言した。










あの日出会った、幼き二人は。
今、再び出会い直した。







……完結した雰囲気バリバリ。
アカン、これ最終話や。

とりあえず、ここまでで『第一部 完』みたいな感じでしょうかねー?
いやー、長かった。ここからまだ山場が残っていますが。




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第三十三話 〝Have a nice journey〟

 

 ――全日本ジュニア準優勝者、藤原千夏、一般参加枠、新井智紀インタビュー――

 

 

 ――〝ルーキーズ杯〟は如何でしたか?

 

「私は一回戦負けでしたが、とても有意義な経験をさせていただきました。今の私の限界を痛感することができ、今後成長する上で非常にいい経験となったと思います」

「楽しかったですね。いやまさか、アカデミア生とはいえ一年坊に足下掬われるとは。修行が足りないッス」

 

 ――今後の目標は?

 

「アカデミア本校への進学を考えていましたが……正直、悩んでいます。私には目標とする人がいて……それは姉のことなんですが、追いつくためにどうすればいいか、真剣に考えようと思います」

「へぇ、アカデミア目指すのか。まあ、ジュニア大会上位入賞者だもんなぁ……。推薦とかあるんじゃないのか?」

「ウエスト校とサウス校から話は貰っていますけど……」

「いいなー。……ん、ああ俺ですか? 勿論、プロですよ。とりあえずは新人王を目指します。ま、その前に大学リーグと、あとドラフトがありますけどね!」

 

 ――では、最後に。あなたにとって『DM』とは何ですか?

 

「……一言で説明するのは難しいです。最初は、姉から教わっただけのもので、勝てば褒められるから続けてきました。しかし、この大会で負けて、悔しくて、情けなくて……ただそれだけのものではないと認識しました。

 上手くは言えないんですが……その質問の〝答え〟を見つけるために、私はDMをしているのだと思います」

「え、何か凄ぇ考えてるな……。俺は……んー、そうだな……。元々、中学も高校も大して芽が出なくて、まあ、補欠以下だったんですよ。でも、辞めるって選択肢はなくて。ほら、誰でも経験あるでしょう? 自分より遥かに強い奴とか、上手い奴とかを見て、折れそうになる経験。けど、辞めようとは思わない。敵わないって心のどっかで理解してても、それでも辞めない。辞めたくない。……多分、そういうものかな?」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 大歓声が、まるで体を叩くように響き渡る。

 四方を見渡せば、満員の観客。そこから発せられる声援は、中心に立つ二人へと向けられている。

 

 

『さあ、開戦です。先行は、桐生美咲選手』

『この大会もこれが最後。悔いのないデュエルをして欲しいものだ』

 

 

 解説席の声が聞こえてくることに安堵する。どうやら、思ったよりは緊張していないらしい。

 

 

「頑張れ祇園!! このまま優勝だ!!」

「いけ夢神ィ!! 関西の誇り見せたれー!!」

「頑張って、ぎんちゃん!!」

「夢神さん、頑張ってください!!」

「夢神君、頑張れー!!」

「いけ祇園ー!!」

 

 

 対戦相手である桐生美咲に比べれば、遥かに少ない応援の声。だが、その言葉は何よりも心強い。

 今まで歩んできた道で手に入れたもの、手にしたものがあるという、何よりの証明だから。

 

「ウチのターン、ドローッ☆」

 

 美咲がカードをドローする。歓声がその興奮の度合いを上げた。

 

「ウチは手札から『ヘカテリス』を捨てて、永続魔法『神の居城―ヴァルハラ』を手札に加え、そのまま発動。一ターンに一度、自分フィールド上にモンスターがいない時、天使族モンスターを特殊召喚できる。――おいでませ、最強の天使!! 『The splendid VENUS』を特殊召喚!!」

 

 The splendid VENUS☆8光ATK/DEF2800/2400

 

 姿を現すのは、世界に一枚ずつしか存在しない『プラネット・シリーズ』の一角。

 正真正銘、『最強』の天使モンスター。

 

「手加減はせんよー? ウチはカードを一枚伏せて、ターンエンドや」

「僕のターン、ドロー!」

 

 カードを引く。美咲のデッキの性質上、こうして上級天使が出てくるのは予測できたことだ。

 昔から負け続けてきた美咲の『混沌天使』……やはり、相対すると絶望的な感覚を覚える。

 

(でも……僕だって、強くなれたはずだ)

 

 手を引いてもらうしかなかった、あの頃よりも。

 ずっと、強くなれたはずだから。

 

「相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しないため、『バイス・ドラゴン』を攻守を半分にして守備表示で特殊召喚!」

 

 バイス・ドラゴン☆5闇ATK/DEF2000/2400→1000/1200→500/700

 

 現れるのは、紫色の体躯をしたドラゴンだ。生贄素材としても優秀な効果を持つモンスターである。

 

「そしてバイス・ドラゴンを生贄に捧げ――『ストロング・ウインド・ドラゴン』を召喚!」

 

 ストロング・ウインド・ドラゴン☆6風ATK/DEF2400/1000→3400/1000→2900/1000

 

 現れるのは、暴風を纏うドラゴン。その咆哮が、会場内に響き渡る。

 

「バトルだ! ストロング・ウインド・ドラゴンでヴィーナスに攻撃!」

「ッ……!」

 

 美咲LP4000→3900

 

 攻撃が通り、竜の一撃によって天使が粉砕される。僅か100ポイント――しかし、先制したのは祇園。

 

「やるなぁ、祇園。すぐにヴィーナスが破壊されるとは思わんかったわ」

「店長さんに貰ったカードなんだ。頑張れ、って言われて」

「えー、いいなぁ。ウチ貰ったことないでそんなん」

 

 美咲が笑う。祇園も微笑を返し、カードを一枚セットした。

 

「僕はカードを一枚伏せて、ターンエンド」

「ウチのターンやな、ドローッ☆――魔法カード『トレード・イン』や。手札のレベル8モンスター、『光神機-轟龍』を捨てて二枚ドロー。更にフィールド魔法『天空の聖域』を発動!」

 

 フィールドが姿を変え、荘厳な楽園へと姿を変える。

 これで、天使族モンスターはその戦闘においてダメージを受けなくなった。

 

「そしてヴァルハラの効果を使い、『堕天使アスモディウス』を特殊召喚!」

 

 堕天使アスモディウス☆8闇ATK/DEF3000/2500

 

 現れるのは、漆黒の堕天使。攻撃力3000という力を持つ、破格のモンスターだ。

 だが、この数字ではヴィーナスの呪縛から解き放たれて攻撃力3400となっているストロング・ウインド・ドラゴンは超えられない。

 

「このままやと超えられんけど、まあ、その前にアスモディウスの効果や。デッキから『コーリング・ノヴァ』を墓地へ。そして、アスモディウスを生贄に捧げ――」

 

 最強クラスの堕天使が姿を消す。そして、現れたのは――

 

「――『堕天使ディザイア』を召喚!!」

 

 堕天使ディザイア☆10闇ATK/DEF3000/2800

 

 現れたのは、レベル10という数字を持つ強大な堕天使。特殊召喚こそできないが、その代わりに召喚する際に天使族一体の生贄で召喚できるという効果を有している。

 そして、何よりもその効果が強力無比だ。

 

「ディザイアの効果を発動。一ターンに一度、攻撃力を1000ポイント下げることで相手のモンスターを一体、墓地へ送る。悪いけど、ストロング・ウインド・ドラゴンには退場してもらうで」

「…………ッ」

 

 堕天使ディザイア☆10闇ATK/DEF3000/2800→2000/2800

 

 放たれた闇の力に引きずり込まれ、暴風を纏う竜が破壊される。美咲はバトル、と宣言した。

 

「ディザイアでダイレクトアタック」

「罠カード『ガード・ブロック』! 戦闘ダメージを0にし、一枚ドロー!」

 

 美咲の硬さはある意味で常軌を逸している。今は極力ダメージを減らしておきたい。

 

「んー、まあ、しゃーないか。カードを一枚伏せて、ターンエンドや」

 

 これで美咲の手札は0。ここからどうにか巻き返さなければならないが――

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 まだ、デュエルは始まったばかり。

 ここから――巻き返す。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ――アカデミア・ウエスト校代表、二条紅里、菅原雄太インタビュー――

 

 

 ――〝ルーキーズ杯〟は如何でしたか?

 

「楽しかったです~。国民決闘大会やインターハイと違って、色々な経験ができました~」

「悔しさは半端ないけど、ええ経験でしたわ。自分の力についても再確認できたしなぁ」

 

 ――今後の目標は?

 

「……プロには興味がなかったんですが、その考えが変わりました。私を受け入れてくれるチームがあるかはわかりませんが、プロを目指したいです。目標とする人に、追いつきたいので~……」

「お、プロ目指すんか? いやー、良かったで。お前、勿体ないと思てたんや」

「えへへ~、菅原くんは~?」

「俺は当然プロになるで! チームは阪急一択! 俺の力で関西を盛り上げるんや!」

「お互い頑張ろー!」

「勿論や!」

 

 ――では、最後に。あなたにとって『DM』とは何ですか?

 

「……私が、初めて目指したいものを見つけたもの。それが、DM。だから大切なものです」

「青春や。俺の全てを懸けとる。それが終わる時は、俺がもう走れなくなる時。それ以外の答えはあらへんなぁ」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 とりあえず、場は覆した。だが、状況がいいとは言えない。

 祇園の手札は五枚。それだけあれば、打てる手も多いだろうが――

 

「僕は手札より、魔法カード『光の援軍』を発動。デッキトップからカードを三枚墓地に送り、『ライトロード』と名のついたモンスターを手札に加える。……『ライトロード・ハンター ライコウ』を手札へ」

 

 落ちたカード→ライトパルサー・ドラゴン、竜の転生、冥王竜ヴァンダルギオン

 

 落ちた三枚のカードを改めて確認。……これなら、どうにかできるかもしれない。

 

「僕は墓地の『ライトパルサー・ドラゴン』の効果を発動。手札から光属性モンスターと闇属性モンスターを一体ずつ墓地に送ることで、墓地から特殊召喚する。『エクリプス・ワイバーン』と『レベル・スティーラー』を墓地に送り、蘇生!」

 

 ライトパルサー・ドラゴン☆6光ATK/DEF2500/2000

 

 現れるのは、胸の装置より無数の光を放出する純白の竜。レベル6の上級ドラゴンの中では最高峰の攻撃力を持つモンスターだ。

 

「そして墓地に送られた『エクリプス・ワイバーン』の効果により、デッキからレベル7以上の光または闇属性のドラゴン属性を除外! そして、墓地のこのカードが除外された時、除外したそのモンスターを手札に加える! 僕は『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を除外!」

 

 綺麗な流れだ。この一連の流れだけでも、十分祇園が強くなったことが伺える。

 

「そして、僕は手札より『ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―』を召喚!」

 

 ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―☆4闇ATK/DEF1500/1100

 

 次いで現れたのは、準決勝で遊城十代に競り勝ったフィニッシャーのモンスター。金髪をポニーテールにした、ドラゴン使いの魔術師。

 

「バトルフェイズ。ライトパルサー・ドラゴンでディザイアへ攻撃!」

「聖域があるため、ダメージはないよ」

「うん、わかってる。――ウイッチでダイレクトアタック!」

「リビングデットの呼び声や。『コーリング・ノヴァ』を攻撃表示で蘇生。……戦闘で破壊される」

 

 コーリング・ノヴァ☆4光ATK/DEF1400/800

 

 現れたのは、天使族専用のリクルーター。戦闘で破壊されたことにより、効果が発動する。

 

「『コーリング・ノヴァ』は戦闘で破壊された時、デッキから攻撃力1500以下の光属性、天使族モンスターを特殊召喚できる。せやけど、『天空の聖域』がある今、このカードを特殊召喚や。――さあ、おいで。『天空騎士パーシアス』!」

 

 天空騎士パーシアス☆5光ATK/DEF1900/1400

 

 現れたのは、ケンタウロスのような姿をした光の騎士。聖域を駆け抜け、その騎士は美咲へと首を垂れる。

 

「……僕はターンエンドだよ」

「ウチのターン、ドローッ☆」

 

 手札を引く。どうやら、デッキも本当に喜んでいるようだ。

 祇園とデュエルできること――それが、本当に嬉しいらしい。

 

「ウチは天空騎士パーシアスを生贄に捧げ――『天空勇士ネオパーシアス』を特殊召喚!!」

 

 天空勇士ネオパーシアス☆7光ATK/DEF2300/2000

 

 現れたのは、荘厳な気配を纏う天使。その体から放たれる威圧感に、会場が思わず息を呑む。

 

「ネオパーシアスは天空騎士パーシアスを生贄にして特殊召喚できる。貫通効果を持ち、相手に戦闘ダメージを与えるとカードを一枚ドローする。――ドラゴン・ウイッチに攻撃や」

「…………ッ、破壊される」

「ダメージが通るから、一枚ドロー」

 

 祇園LP4000→3200

 

 ここでようやく祇園のLPにもダメージが通る。会場が大いに沸いた。

 

「そして、ネオパーシアスの効果。『天空の聖域』がある時、ウチのLPが祇園のLPを上回っていればその分だけ攻撃力がアップする。差分は700……よって、700ポイントアップ」

 

 天空勇士ネオパーシアス☆7光ATK/DEF2300/2000→3000/2000

 

 攻撃力3000となったネオパーシアス。しかも、このモンスターはその攻撃力が貫通効果を持つ性質上、守備表示モンスターが相手でも上がり続ける。強力なモンスターだ。

 

「さあ、ウチはターンエンドやで?」

 

 笑みを零す。

 こんなにも楽しいデュエルは、本当に久し振りで。

 期待を込めて、祇園へと視線を向けた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ――プロデュエリスト、響紅葉、本郷イリア、インタビュー――

 

 

 ――〝ルーキーズ杯〟は如何でしたか?

 

「楽しめたし、いい経験になった大会でした。来年以降も是非続けてもらいたいですね。僕にとって弟子というか……気になっている子の実力も見ることができたので、満足しています」

「あまりプロとアマのこういう形での交流はありませんから、良い機会になったと思います。悔しさこそ残りましたが」

「リベンジならいつでも待っているよ?」

「日本シリーズでお返しします」

 

 ――今後の目標は?

 

「まずは、チームのリーグ優勝だね。七割方の試合を終えて今チームは二位だから、十分狙えると思ってるよ」

「同じく、チームのリーグ優勝です。後は、個人での成績ですね。海外大会にも出場しようと考えています」

「今のところ、僕は今年は個人での大会出場は考えていませんが……近いうちに必ず姿を見せると約束します」

 

 ――では、最後に。あなたにとって『DM』とはなんですか?

 

「昔は楽しいもの、っていうだけだったけど、今は仕事の面もあって、辛い部分もあります。でも、それでも捨てられないから……きっと、好きなのでしょう」

「私と私の父を証明するために必要なもので、パートナーです。それ以上の答えはありません。無論、大切なモノではありますが。最早私にとっては体の一部のようなものでもありますから」

「ああ、それなら僕もだ。今更捨てることはできないなぁ」

「それも含めて、大切な存在です」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ――プロデュエリスト、神崎アヤメ、推薦枠、防人妖花、インタビュー――

 

 

 ――〝ルーキーズ杯〟は如何でしたか?

 

「非常に有意義且つ、楽しめた大会でした。来年、再来年と続けて欲しい催しだと思います」

「その、初めは怖かった部分もあったんですが、凄く楽しくて……。来て良かった、って思いました。たくさんサインももらえて、嬉しかったです!」

「まだ貰っていない人はいるのですか?」

「その……海馬社長にサインをお願いしたいんですが、会えなくて……」

「……意外と怖いもの知らずですね」

 

 ――今後の目標は?

 

「知ってくださっているかもしれませんが、昨年は未熟ながら『新人王』の称号を頂くことができました。しかし、それはあくまでルーキーの中ではという評価です。これがピークと思われないように精進し、いずれはタイトルを、と考えております」

「えっと、私はアカデミアを目指したいと思って……ます。その、夢神さんにいろいろ助けてもらって、あんな風になりたいなぁ、って……」

「それはいいですね。彼は実にいい好青年です」

「はいっ!」

 

 ――では、最後に。あなたにとって『DM』とは何ですか?

 

「〝相棒〟、という表現が一番しっくりきそうな気がしますね。DMのおかげで手にしたものが多くあり、切っても切れない関係です」

「えっと……うー、どう説明したら……」

「あなたの言葉でいいと思いますよ」

「は、はいっ。えっと、私にとって、プロはテレビの中でしか起こっていないことで、憧れて、眺めているだけの世界でした。でも、ペガサスさんや、澪さんが私に声をかけてくれて……DMのおかげで、私はここに来れました。だから、〝恩人〟、っていうのが一番、かな? みんなのことは大好きで、凄くお世話になっているので……」

「成程。良いですね」

「はいっ!」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 一ターンを終えるだけで、こうも容易く攻守が逆転する。本当に、美咲は凄い。

 通常、巻き返されたら立て直すには時間がかかってしまうのが普通だ。だが、美咲はターンを返せば即座に巻き返してくる。

 

(やっぱり、強い。どうにか今は喰らいついていけてるけど……)

 

 今のままではじり貧になることはわかり切っている。だが、やれることは一つだけだ。

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 カードを引く。美咲のフィールドにある伏せカード……あれが気になるが、今まで使ってこなかったことから考えても攻撃反応の類ではないように思う。だったら何だと聞かれれば答えられないが、どの道考えても仕方がない。

 

「僕は手札より速攻魔法『月の書』を発動! モンスターを一体、裏側守備表示にする! ネオパーシアスを守備表示に!」

「む、ネオパーシアスの守備力は2000や。突破されるかぁ……」

「ライトパルサー・ドラゴンでネオパーシアスを攻撃!」

「あらら~」

 

 純白の竜の一撃により、天空の勇士が破壊される。祇園は更に、と言葉を紡いだ。

 

「モンスターをセットし、墓地の『レベル・スティーラー』の効果を発動! ライトパルサー・ドラゴンのレベルを一つ下げ、守備表示で特殊召喚!」

 

 ライトパルサー・ドラゴン☆6→5光ATK/DEF2500/2000

 レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0

 

 これでセットモンスターを合わせると場にはモンスターが三体。とりあえず、次のターンに倒されるようなことは避けられる。

 しかし、先のターンでレベル・スティーラーを出すか迷った時に出さなくて良かった。出していれば今頃、ネオパーシアスの一撃で甚大なダメージを受けていたはずである。

 

「僕はターンエンドだよ」

「ウチのターン、ドローッ☆」

 

 美咲の手札はこれで二枚。とはいえ、『神の居城―ヴァルハラ』がある。どうにでも動いてくるだろうが……。

 

「ウチはヴァルハラの効果を使い、手札より『マスター・ヒュペリオン』を特殊召喚!」

 

 マスター・ヒュペリオン☆8光ATK/DEF2700/2100

 

 現れたのは、聖域を守り、中心に座す絶対的な力を持つ大天使。

 神々の意向を実践する代行者たちを束ねる、天使の王。

 

「マスター・ヒュペリオンは一ターンに一度、墓地の光属性・天使族モンスターをゲームから除外することで相手フィールド上のカードを一枚破壊できる。せやけど、今ここには『天空の聖域』がある。天空の聖域がある時、マスター・ヒュペリオンはこの効果をもう一度使える。つまり、二枚まで破壊できるわけや」

 

 ただでさえ高い攻撃力と、手札・墓地の『代行者』を除外することで特殊召喚できるという安易な召喚条件を持っているのに、除去効果まで有しているマスター・ヒュペリオン。相変わらず、理不尽な力を有している。

 

「まずは墓地の『ヘカテリス』を除外して、ライトパルサー・ドラゴンを破壊や」

「ッ、ライトパルサー・ドラゴンが破壊されたことにより、墓地からレベル5以上の闇属性ドラゴンを特殊召喚できる! 『冥王竜ヴァンダルギオン』を蘇生!」

「残念やけど、『コーリング・ノヴァ』を除外してヴァンダルギオンを破壊や」

「…………ッ」

 

 冥界を統べる王さえも、天使たちの王には敵わない。容赦なく破壊される。

 

「更にウチは墓地の『天空騎士パーシアス』と『The splendid VENUS』の二体の光属性モンスターを除外し、『神聖なる魂』を特殊召喚!」

 

 神聖なる魂☆6光ATK/DEF2000/1800

 

 現れる、新たな天使族モンスター。本当に、美咲のデッキは次から次へと上級天使が現れる。

 

「神聖なる魂は相手ターンのバトルフェイズに相手モンスターの攻撃力を下げる効果を持ってるけど……まあ、関係あらへんか。まずは神聖なる魂でレベル・スティーラーを攻撃し、マスター・ヒュペリオンでセットモンスターを攻撃や」

「ッ、セットモンスターは『メタモルポット』! お互いのプレイヤーは手札を全て捨て、カードを五枚ドローする!」

「なんや、ライコウやと思ったけど。……五枚ドロー。ふむ、面白い手札やな。今、ウチの墓地には『光神機-轟龍』、『天空勇士ネオパーシアス』、『堕天使ディザイア』、『堕天使アスモディウス』の四体の天使モンスターがいるよ。そして墓地の天使族モンスターが四体のみの時、この天使が降臨する。――『大天使クリスティア』を特殊召喚!!」

 

 大天使クリスティア☆8光2800/2300

 

 現れたのは、光を背負う最強の天使。その威光に、祇園は思わず息を呑む。

 大天使クリスティア――特殊召喚の条件こそ面倒だが、それを補ってあまりある効果を持つ。

 

「大天使クリスティアがこの効果で特殊召喚に成功した時、墓地の天使を一体手札に加えることができる。ウチは『堕天使ディザイア』を手札に。そしてクリスティアがいる限り、お互いのプレイヤーは特殊召喚ができひんよ。……ウチはカードを一枚セット」

 

 そう、このどうしようもない程に強力な制圧力故に、あのカードは準制限カードに指定されている。

 

「さあ、ここからや。楽しませてや、祇園?」

 

 ターンエンド、と美咲が宣言する。祇園は一度、大きく深呼吸をし。

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 カードを、引いた。

 

 

 

◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 ――アカデミア本校代表、丸藤亮、遊城十代インタビュー――

 

 

 ――〝ルーキーズ杯〟は如何でしたか?

 

「非常に有意義且つ、勉強になりました。個人的に悩んでいたことがあったのですが、この大会で答えが出せたように思えます」

「滅茶苦茶楽しかったぜ! プロはやっぱ凄かったし、またやるなら是非出たいな!」

「それは俺もだな。リベンジしたい」

「カイザーとも戦ってみたいぜ!」

「ああ、いずれやろう」

 

 ――今後の目標は?

 

「自分の信じる信念を証明するという意味でも、プロに挑戦するつもりです。大きな声では言えませんが、ありがたいことにスカウトの話も来ているので」

「強くなること、かな。やっぱり。勝てたかもしれないデュエルもあったし、まだまだ遠くて勝てないって思えたこともあってさ。やっぱ、今度は勝ちたいって思うから。勿論、カイザーにだって勝つぜ?」

「期待している。俺個人としては、夢神ともデュエルしたいところだがな」

 

 ――では、最後に。あなたにとって『DM』とは何ですか?

 

「自分自身の成長のために欠かせないものであり、大切な存在だ。それ以上の言葉はない」

「最高に楽しくて、最高に燃えて、最高にワクワクするもの! だから俺はこれからもデュエルを続けるんだ。紅葉さんや遊戯さんみたいになるって目標があるから、諦めないぜ」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

『凄まじいデュエルですね……桐生プロの場には、上級天使が三体……』

『これだから美咲くんは恐ろしい。少年もよく喰らいついているが、防戦一方だ。ここらで巻き返せないと厳しいものがあるな』

『しかし、クリスティアは特殊召喚を封じる効果を持っていますよね?』

『その上、2800の高打点。正直、このカードを初手に出されると詰むデッキはそれなりに多いぞ』

『どうするつもりでしょうか……』

『このままゲームエンドか、それとも否か。……少年の真価が試される時だ』

 

 

 取り合えず、できることはやったつもりだ。『大天使クリスティア』――まさか、ここまで天使族モンスターを連打することになるとは。

 普通なら、ここで相手が『詰む』ということも珍しくない。一ターンで強力なモンスターを出そうとすれば、結局特殊召喚に頼るしか方法がないのだ。

 

(除去カードゆーても、クリスティアは破壊されたらデッキトップに戻る。ヴァルハラがある以上、その場凌ぎや)

 

 祇園はどうするつもりか――先程から、表情が悩ましげだ。真剣に手を考えているのだろう。

 祇園が一度目を閉じ、大きく深呼吸する。……どうやら、方針が決まったらしい。

 

「いくよ、美咲」

「はいな」

「まずはクリスティアを無効化する……! 手札より速攻魔法『禁じられた聖杯』を発動! モンスターの効果を無効にし、攻撃力を400ポイントアップする! 対象はクリスティアだ!」

 

 大天使クリスティア☆8光ATK/DEF2800/2300→3200/2300

 

 クリスティアの攻撃力が変化する代わりに、その効果が失われる。……まあ、これは予測できていたことだ。

 

「そして僕は、墓地の光属性モンスター『エクリプス・ワイバーン』と闇属性モンスター『バイス・ドラゴン』を除外し、『カオス・ソーサラー』を特殊召喚!」

 

 カオス・ソーサラー☆6闇ATK/DEF2300/2000

 

 現れたのは、混沌の魔術師。仮面の底から覗く闇が、小さく揺れる。

 

「除外されたエクリプス・ワイバーンの効果で『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を手札に。そして、カオス・ソーサラーの――」

「リバースカード、オープン。永続罠『デモンズ・チェーン』。モンスター一体の効果を無効にし、攻撃不可とする。対象はカオス・ソーサラーや」

「ッ、さっきのターンに伏せたカードか……」

「どうする祇園?」

「こうするよ。――墓地には『ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―』、『冥王竜ヴァンダルギオン』、『レベル・スティーラー』の丁度三体の闇属性モンスターがいる。墓地の闇属性モンスターが三体のみの時、このモンスターを特殊召喚! 来い、『ダーク・アームド・ドラゴン』!!」

 

 ダーク・アームド・ドラゴン☆7闇ATK/DEF2800/1000

 

 かつて、一度だけ共に出場したタッグデュエルの大会。

 そこで手にした、思い出のカード。漆黒のその竜が挙げる咆哮に、思わず微笑が漏れてしまう。

 

「……懐かしいカードやなぁ……」

「うん。覚えてる?」

「当たり前やろ。……楽しかったなぁ」

「……うん」

 

 大切な思い出があり。

 それは色褪せずに、心に残っている。

 

「じゃあ、ダーク・アームド・ドラゴンの効果だ。墓地の闇属性モンスターを除外し、フィールド上のカードを破壊できる。ドラゴン・ウイッチを除外し、デモンズ・チェーンを破壊」

「む……」

「これでカオス・ソーサラーは効果が使えるようになった。カオス・ソーサラーの効果で、クリスティアを除外」

 

 大天使が除外される。まさかこうもあっさり突破されるとは。

 

「更に、冥王竜ヴァンダルギオンを除外して、マスター・ヒュペリオンを破壊。……レベル・スティーラーを除外して、伏せカードを破壊」

 

 一瞬迷いながらも、三回目の効果を使う祇園。その瞬間、美咲は伏せカードの効果を発動した。

 

「リバースカード、オープン! 罠カード『光霊術―「聖」』! 自分フィールド上の光属性モンスターを生贄に、除外されているモンスターを特殊召喚する! 神聖なる魂を生贄や!」

 

 最初から伏せられていたカードはこれだった。正直、発動するタイミングがなかったと言える。

 

「せやけど、祇園は手札から罠カードを見せて無効にできるよ。どうや?」

「……ううん。ないよ」

「なら、効果が通る。――おいでませ、最強の天使!! 『The splendid VENUS』!!」

 

 The splendid VENUS☆8光ATK/DEF2800/2400

 

 再び姿を見せる、『プラネット』の一角。会場が湧き立った。

 

「さあ、どうする祇園?」

「――僕はダーク・アームド・ドラゴンを除外し、『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を特殊召喚!!」

 

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇2800/2400→2300/1900

 

 現れる、最強の黒竜。だが、天使の威光の前ではその力も霞んでしまう。

 

「レッドアイズの効果を発動。一ターンに一度、墓地からドラゴンを蘇生する。墓地から『ライトパルサー・ドラゴン』を蘇生!」

 

 ライトパルサー・ドラゴン☆6光ATK/DEF2500/2000→2000/1500

 

 並び立つ布陣。いつもの、というと妙だが、これが祇園のカオス・ドラゴンの強さだ。

 

「更に手札より魔法カード『死者転生』を発動! 手札の『真紅眼の黒竜』をコストに、墓地の『ストロング・ウインド・ドラゴン』を手札に! そして、ライトパルサー・ドラゴンを生贄に捧げ――『ストロング・ウインド・ドラゴン』を召喚!!」

 

 ストロング・ウインド・ドラゴン☆6風ATK/DEF2400/1000→3650/1000→3150/500

 

 暴風を纏うドラゴンが現れる。向かい合う天使と暴風の竜。それはまるで、試合序盤のやり直しのようにも見えた。

 

「バトル! ストロング・ウインド・ドラゴンでヴィーナスを攻撃し、レッドアイズでダイレクトアタック!!」

「――『速攻のかかし』や。レッドアイズの攻撃は遠さへんよ。バトルフェイズは終了や」

 

 相手の直接攻撃宣言時に手札から捨てることで相手のバトルフェイズを強制終了させる『速攻のかかし』。場が空いている方が都合のいい美咲にとっては、『バトル・フェーダー』よりも優先度が高い。

 

「……僕はターンエンド」

 

 祇園がターンエンドを宣言する。とはいえ、危ないのは危なかった。まあ、光霊術が通らずともかかしがいたのでそこまで心配はしていなかったが――

 

「ウチのターン、ドローッ☆」

 

 デュエルは終わりに近付いている。

 そんな風に感じながら、美咲はカードをドローした。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ――プロデュエリスト、桐生美咲、インタビュー――

 

 

 ――〝ルーキーズ杯〟は如何でしたか?

 

「楽しい大会でしたよ~。約束も果たせましたし。それが本当に……本当に、嬉しくて。

 まあ、とりあえず大成功ですね。個人的には、これ以上ないくらいに成功やと思います。来年以降も続ける気らしいですし、今後もよろしくお願いします♪」

 

 ――今後の目標は?

 

「とりあえず、『世界九大大会』の出場資格を狙おうかな、と。流石に本選シードは世界ランク12位以上の人だけやから、三部予選の世界ランク72位以内のとこから目指すつもりです。後は勿論、『横浜』のリーグ優勝! 応援よろしくお願いします☆」

 

 ――では、最後に。あなたにとって『DM』とは何ですか?

 

「……ウチにとっては、もう、切り離せないモノです。手に入れたモノも、失ったモノも多くあって。捨てれば今まで歩いてきた道を否定するようで、できそうにありません。

 好きか嫌いかでも語れませんねー……。そういう次元やないんですよ。まあ、自分でも何言うてるかわからないんですが……。

 まあ、とにかく。ウチにはやらなければならないことがあって。そのためにDMは絶対に必要で。

 それに……DMは〝絆〟の象徴なんです。ウチの世界と、ウチを繋げるための。それが、ウチの〝答え〟です」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 正直、予感はしていた。

 約束の場所で、こうして向かい合ってデュエルをして。

 楽しくて、必死で、いっぱいいっぱいだったけど。

 ――終わるんだな、と。

 心のどこかで、確かにそう思う自分がいた――……

 

 

「祇園」

 

 美咲が、微笑を零した。

 うん、と頷いて応じる。

 

「楽しかったよ」

「……うん」

 

 僕もだよ、と頷いた。

 ずっと、ずっと願っていた。

 

 ――彼女と、こうして向かい合う時を。

 

「不安だったんだ。昔から」

「…………」

「僕は弱いから。美咲は僕なんかとデュエルをしても楽しくないんじゃないかって。ずっと……思ってた」

 

 優しいから。

 文句の一つも言わずにデュエルをしてくれるのだと……そんな、不安がずっとあった。

 

「ねぇ、美咲」

「うん、祇園」

「僕、強く……なれたかな?」

 

 それは、ずっと聞きたくて。

 けれど――聞けなかったこと。

 

「……昨日、謝らなアカンことがあるって言ったやんな?」

「うん」

「それとは別に、今日の祇園を見て、謝らなアカンことがもう一つできたんよ」

 

 苦笑を浮かべて。

 誰よりも憧れ続けた〝ヒーロー〟は、真っ直ぐにこちらを見つめてきた。

 

「昨日、軽々しく『強くなったね』なんて言って、ごめんな」

 

 その、言葉は。

 

「改めて、今日デュエルをして、本当に心から言うよ」

 

 ずっと、言って欲しかった言葉で。

 

「――強くなったね、祇園」

 

 その、一言で。

 全てが、報われた気がした――……

 

「さあ、最後や。――墓地の光属性モンスター、『The splendid VENUS』と闇属性モンスター、『堕天使アスモディウス』をゲームから除外し。現れよ、最強の混沌。――『カオス・ソルジャー―開闢の使者―』を特殊召喚!!」

 

 カオス・ソルジャー―開闢の使者―☆8光ATK/DEF3000/2500

 

 現れるは、最強の混沌。

 その絶対的な、気配を前に。

 

「バトルや! カオス・ソルジャーでストロング・ウインド・ドラゴンを攻撃! 更にダメージステップに手札から『オネスト』の効果を発動!! このカードを捨てることで、エンドフェイズまで相手モンスターの攻撃力を得る!」

 

 カオス・ソルジャー―開闢の使者―☆8光ATK/DEF3000/2500→6650/2500

 

 倍以上の攻撃力にまで膨れ上がった混沌の戦士を前に、為す術もなく暴風の竜は破壊される。

 

「そして、カオス・ソルジャーは戦闘で相手モンスターを破壊した時、もう一度攻撃できる!」

 

 目指した背中、追いかけ続けた背中は、やはり、どうしようもないくらいに遠くにあって。

 

「レッドアイズへ攻撃!!」

 

 ようやく向かい合うことのできたその人は、やはり……輝いていて。

 

「終わりやな、祇園」

「うん」

「楽しかったよ」

「うん」

 

 直視できないくらいに、眩しい笑顔で。

 

「今日のところは――ウチの勝ちや!」

 

 あの日と変わらぬ、言葉をくれた。

 

「うん。……ああ、もう」

 

 あの頃のように、向かい合えたことが嬉しくて。

 でも、それとは違う気持ちもあって。

 

「……悔しいなぁ……」

 

 思わず、そう呟いた。

 

 祇園LP3200→200→-3650

 

 終幕の音が、鳴り響く。

 会場が、爆発するような拍手に包まれた。

 

 

『優勝は――桐生美咲選手です!!』

『素晴らしいデュエルだった。今一度、惜しみなき拍手を』

 

 

 第一回〝ルーキーズ杯〟、優勝者――桐生美咲。

 準優勝者――夢神祇園。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ――一般参加枠、夢神祇園、インタビュー――

 

 

 ――〝ルーキーズ杯〟は如何でしたか?

 

「本当に、楽しかったです。最初は、僕なんかが場違いかもしれないって思っていたんですが……色んな方に励まされて、背中を押されて……どうにかこうにか、決勝まで進めて。

 本当に、嬉しくて。テレビの中の世界を眺めているだけだった僕が、こんなところに立っているのが、夢じゃないかって思えるくらいで。

 今は、ただただ感謝の気持ちでいっぱいです。応援して下さった皆さん、本当にありがとうございます」

 

 ――今後の目標は?

 

「僕が決勝にまで行けたのは、ただの偶然が重なった〝奇跡〟のようなものだと思っています。実際に大会に出ておられる方は僕なんかよりも遥かに強い方ばかりですから。

 だから、今の僕の目標は少しでも強くなることです。いつか自分を誇れるくらいに、強く。

 ……とある先輩に言われたんです。『自分が嫌いだろう?』って。僕は、答えられませんでした。好きとも、嫌いとも答えられなくて。

 だから、胸を張れるようになりたいです。

 僕を信じてくれている人も、応援してくれている人も大勢いて。その方達の前で、虚勢であっても胸を張れるぐらいに強くなりたいです。

 自分自身を誇れるようになること。それが、僕の目標です」

 

 ――では、最後に。あなたにとって『DM』とは何ですか?

 

「――夢、です。

 憧れた人を追うために。

 目指した世界に立つために。

 ただただ追いかける、僕にとっては大切なモノ。

 それだけで、いいです。

 それだけで十分だって……最近、ようやく知りましたから」

 

 

 

 

 











――〝良き、旅路を〟
一人の少年は、再び歩き始める。大切な想いを、抱きながら――……







完全に最終回だよコレ。大丈夫かおい。





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第三十四話 祭の後に

 

 第一回、〝ルーキーズ杯〟は無事に終わりを迎えた。

 表彰式では人前に立つことに慣れるどころかむしろそれが仕事である桐生美咲とは対照的に、終始緊張した面持ちの夢神祇園が躓いて転んだりというハプニングこそあったが、問題は起こらずに済んだ。

 そして、現在。二人はKC社の本社、それも社長室にいる。他に部屋にいるのは、社長の席で睨み据えるようにいて資料を見ている海馬瀬人と、ソファーに座っているペガサス・J・クロフォードと数人の黒服だ。

 

「二人共、本当におめでとうございマース」

「あ、ありがとうございます」

「頑張った甲斐がありました♪」

 

 ペガサスの言葉に、それぞれの言葉で応じる。ペガサスは嬉しそうに微笑んだ。

 

「イエス、実に見事でシタ。美咲ガールも祇園ボーイも、実に素晴らしい可能性を提示してくれましたネ」

「ふぅん、まあ、凡骨は凡骨なりによくやったと褒めてやろう」

「素直やないなぁ、社長。褒めたいんやったら褒めてくれてええんですよー?」

「……美咲、後でデュエルルームに来い」

「今日疲れたんでパスでお願いします」

「社長命令だ。拒否は許さん」

「ちょっ!? 横暴やー!」

 

 美咲が言うが、海馬は鼻を鳴らすだけだ。祇園はどうしていいかわからずオロオロしている。

 ペガサスはそんな様子を見て微笑を浮かべていたが、一つ咳払いをすると真剣な表情を浮かべて言葉を紡ぎ始めた。

 

「では、本題に入りまショウ。美咲ガール、祇園ボーイ。二人には一週間後、海馬ドームでステージに立ってもらいたいのデース」

「ステージ、ですか……?」

「イエス。一週間後に発表する新たな概念。その発表における実演を、二人にお願いしたいのデース。如何でショウ?」

「え、ええと……」

 

 いきなりのことに戸惑う祇園。その隣に座る美咲が、要するに、と言葉を紡いだ。

 

「ウチらは実演担当ゆーことやな。ほら、会長と澪さんの対談でゆーてたやろ? 新しい概念が登場する、って」

「うん。一週間後に発表する、って聞いたけど……」

「そのイベントを海馬ドームで行うんよ。まあ、ぶっちゃけてまうと〝ルーキーズ杯〟はそのために『世間の注目を集める』っていう役割を持ってたんよ。思った以上の成果やったけど」

「期待以上の収益だということもあり、来年以降も続けていくという方向で話はまとまりまシタ」

 

 ペガサスがうんうんと頷く。祇園としては成程、という思いだ。

 大会を開くとなるとそれなりの金額が動くことは容易に想像できるし、逆に言えばそれを回収できる『何か』がなければやる意味がないということでもある。新たな概念……それを大々的に広めるつもりだというのなら、ある意味納得だ。

 

「そして、優勝者と準優勝者であるあなた達には私からこれをプレゼントしマース」

 

 言いつつ、ペガサスが机の上に置いたのは二つの小さな箱だった。カードが入るくらいの大きさの、本当に小さな箱である。

 

「それぞれ一枚ずつカードが入っていマース。世界に一枚だけ……オンリー・ワンのカードデース。さあ、手に取ってみてくだサーイ」

 

 言われ、美咲の方へと視線を送る。美咲は頷くと、片方の箱を手に取った。

 

「ウチから先に、ってゆーことで」

「じゃあ、僕は……こっちで」

 

 手に取る。重みは特に感じない。けれど。

 

(熱い……?)

 

 それはきっと、錯覚なのだろう。だが、一瞬。

 まるで、竜が嘶くような声が……聞こえた気がした。

 箱を開ける。そして、出てきたのは。

 

「ウチのは……〝Red Dragon Archfiend〟やな」

「僕のは……〝Stardust Dragon〟……?」

 

 そこに描かれていたのは、星屑の竜。

 綺麗だ、と思った。煌めく星の中を飛翔する、その竜が。

 ――何より。

 

「枠が、白い……?」

「イエス。それが新たな概念、〝シンクロ〟デース」

 

 ペガサスが頷く。〝シンクロ〟――馴染みのないその言葉に思わず眉をひそめる。それを察してくれたのか、ペガサスが言葉を続けてくれた。

 

「星の力を合わせるという概念……〝チューナー〟と呼ばれるモンスターを中心に、力を合わせて戦うという概念デース。詳しくは実際に美咲ガールや澪ガールを中心にこのプロジェクトに関わっている人物から聞いてくだサーイ。一言では説明しきれまセン」

「わ、わかりました」

 

 頷く。星の力を合わせる――その意味がよくわからないが、それは一週間以内に習得しろということだろう。まあ、美咲や澪が一緒ならばどうにかなりそうな気はする。

 

「あの、他には誰が……?」

「今大会に出場しているプロデュエリストは全員知っていマース。それと、妖花ガールも参加させてくれると嬉しいデース」

「わかり、ました。でも、どこでやれば……」

「――それについては俺の管轄だ」

 

 海馬が言うや否や、部屋の隅に控えていたSP――確か、磯野といったか――が何かを差し出してきた。見ると、『社員証』と書かれたカードである。それを祇園が受け取ると、海馬がこちらへ視線を向けてきた。

 

「二十二階にある第七資料室。そこに〝シンクロ〟に関係したカードをある程度揃えてある。貴様はそこにあるカードで一週間後のイベントに出るためのデッキを創れ」

「デッキを、ですか」

「そうだ。これは形式上は貴様へ依頼した仕事という形になる。無論、報酬も用意してやろう」

「要するにカード自由に使ってええからデッキ作れー、ゆーことやな。まあ、ウチも協力するから大丈夫やで?」

 

 美咲が補足の説明を入れてくれる。つまり、一週間後に開かれるイベントでは自分と美咲がその〝シンクロ〟のデッキを使ってデュエルをする、ということだろうか。

 

「えっと、でも、僕こっちで滞在するお金が……」

「ふぅん、何のためにその社員証を渡したと思っている? 貴様はここで寝泊まりしろ」

「え、そんな……いいん、ですか?」

「仮眠室も食堂もある。一週間だけだが、許可してやる」

「あ、ありがとうございます」

 

 頭を下げる。大会が終われば再びすぐに関西へ戻ることになると思っていたのだが、どうやらそうはならないらしい。

 

「では、私からは以上デース。何か質問はありマスか?」

「えっと……いえ、大丈夫だと思います」

「それなら良かったデース。……では、海馬ボーイに譲りまショウ」

 

 ペガサスが一度目を伏せる。海馬が頷き、美咲も小さく息を吐いた。

 空気が変わる。何だろうか――そう思った瞬間。

 

「ああ。小僧――いや、祇園」

 

 海馬が、その鋭い視線を祇園へと真っ直ぐに向けてきた。心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われる。

 思わず背筋が伸びる祇園。そんな祇園に、海馬は静かに言葉を紡いだ。

 

 

「アカデミア本校へ戻る気はあるか?」

 

 

 それは、あまりにもいきなりの言葉で。

 答えを、返せなかった。

 

「貴様自身、気付いているのだろう? 貴様の退学は道理に合わぬものだったとな」

「え、そんな、でも、あれは――」

「貴様がどう思っていようとこの際構わん。問題なのは貴様の認識ではなく『世間の認識』だ。不愉快なことにマスコミはこのことで騒ぎ立てようとしている。俺としてはどうでもいい話だが、貴様にとってはそうではないだろう。だから貴様自身に問う。貴様はどうしたい?」

「…………僕は……」

 

 言葉を紡ごうとして……紡げない。

 いきなりのことに、思考が追い付いていないのだ。

 

「……ふぅん、まあいい。磯野、小僧を案内してやれ」

「はっ。……夢神様、こちらへ」

「えっ、あ、でも……」

「すぐに答えが出せるようなことでもなかろう。考えておけ」

 

 海馬の突き放すようでいて、しかし、温かい言葉に。

 

「……失礼します」

 

 頭を下げながら、そんな言葉しか返せずに。

 祇園は、磯野に連れられて部屋を出た。

 

「ではまず、夢神様が泊まられる部屋の案内を――」

 

 先を歩く磯野の背中を追いながら、祇園は思う。

 

(僕が、どうしたいか……)

 

 今まで、祇園自身が何かを決定することは決して多くはなかった。良くも悪くも状況に流され、その中でどうにか選択を繰り返してきただけだ。

 今回もある意味ではそれと同じだが、違うのは――

 

(……僕は、何を目指すんだろう……?)

 

 美咲との約束を、半分とはいえ果たした今。

 夢神祇園が、どこへ向かえばいいのか。

 それが、わからなかった――……

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 祇園が立ち去った後の社長室。そこに、一つの吐息が響いた。発したのは美咲だ。

 

「物事には順序ゆーもんがあるでしょうに。あんなこといきなり言われて、悩まん方がおかしいですよ」

「困難とは畳み掛けてくるものだ。言い訳をすれば誰かが助けてくれるのか? そんなことは有り得ん。間断なく襲い掛かってくるそれらを捻じ伏せてようやく果たせるものがある。これで潰れるのであれば、小僧もその程度だったということだ」

「厳し過ぎません?」

「ならば問うが、貴様は小僧がこの程度で潰れると考えるのか?」

 

 睨み据えるようにして美咲を見る海馬。美咲は盛大なため息を吐いた。

 

「本当、人が悪いというか何というか。社長はツンデレやなー」

「……聞かなかったことにしておいてやる。美咲、貴様はこの後取材とレコーディングがあるはずだ。さっさと行け」

「Oh、そうでシタか。美咲ガール、頑張ってくだサーイ」

「どうにかやってきます~。……せやけどまあ、ウチがこの子を手にすることになるなんてなぁ……」

 

 ふう、と息を吐く美咲。その視線の先にあるのは、ペガサスより託された一枚のカード。

 紅蓮の悪魔が描かれた、世界に一枚しかないカードだ。

 

「元々、この子らの仮の宿主を探すのが目的やったのに」

「その宿主に選ばれた、ということでショウ。不思議な力を持つカードたちデース。大事にしてくだサーイ。――あなたの目的のためにも」

「……まあ、どうせ巡り巡って本来の持ち主には渡るのが運命です。それまではウチが預かるー、ゆーことで」

「ふぅん。貴様らしくもない。非ィ科学的な話だが、貴様の話が真実であるならば貴様は選ばれたということだ。誇ればいいだろう?」

「あはは、できるわけないやないですか」

 

 苦笑を零し、美咲は椅子から立ち上がる。

 

「ウチなんて、なーんもできんかった子供やのに」

「……貴様の語ったことさえ、俺にとっては俄には信じ難い話だがな」

「別に信じてもらわんでも大丈夫といえば大丈夫ですよ。むしろあんな話信じる方がどうかしてます。……それに、風向きが随分と変わってきてますから。どう転ぶかはわかりません」

 

 肩を竦め、部屋を出ようとする美咲。そして彼女は部屋を出る前に、思い出したように海馬に聞いた。

 

「そういえば、アカデミア本校のことはどないするんですか?」

「この後、記者会見を開く。気になるようなら同席するか?」

「お仕事ありますし、遠慮しますわ」

「貴様の名も出すことになるかもしれん。留意しておけ」

「はいはい~。ほな、失礼します~♪」

 

 美咲も部屋を出る。その姿を見送り、ペガサスがポツリと呟いた。

 

「……美咲ガールも、無理をしなければ良いのデスが……」

「言って聞くようなタマでもなかろう。だが、俺たちにはどうしようもないというのも事実だ」

「私たちは、今できる最大をするしかありまセン」

「その通りだな」

 

 海馬が、そう言葉を返し。

 しばらく、沈黙が室内を支配した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

〝ルーキーズ杯〟も無事に終わり、各選手たちもようやく最終日の取材から解放された。ここにも、取材を終えた一人の選手とその保護者がいる。

 

「妖花くん、疲れてはいないか?」

「はいっ、大丈夫です」

 

 KC社の廊下を歩きながら、一人の女性――烏丸澪が発した問いに、その隣を歩く少女、防人妖花は笑顔で応じた。その表情には確かに疲労の色はない。

 

「ならば安心だ。とりあえず、妖花くんも一週間はこちらで過ごすのだったな」

「はいっ。え、でも、私も……って?」

「ああ、言っていなかったか? やりたくもないが仕事の都合で私もとりあえず一週間ほどここで世話になる予定だ。ちなみに少年は強制的にここで一週間以上過ごすことになる」

 

 海馬社長がそういう趣旨の話をしていたので、まず間違いない。そもそも祇園があの海馬社長に逆らえるはずがないのだ。

 

「そうなんですか……嬉しいです!」

「ふふっ、まあ折角の機会だ。こちらでの生活が終われば関西に行くことになる。それまで楽しむといい」

「はいっ! あ、じゃあ夢神さんと一緒にどこか行きたいなー……。約束したし……」

「……待て。聞き捨てならんぞそれは」

 

 どういうことか――問い詰めようと妖花の方へ視線を向けようとする澪。しかし、その彼女の視界に一人の男の影が映り込んだ。

 アカデミア教員の制服を着た、その男の名は――

 

「……〝マスター〟鮫島か」

 

 ポツリと呟く。それに気付いたわけではないだろうが、その男――鮫島はこちらへ会釈をしてきた。澪も礼儀として会釈を返す。

 

「妙なところでお会いしますね、鮫島さん」

「はい。〝祿王〟と会えて光栄です」

「お世辞を。私など若輩です」

「それこそ謙遜でしょう」

 

 鮫島が苦笑する。だが、その笑顔には翳りがあり、どこか疲れているようにさえ見受けられた。

 まあ、彼の状況を考えれば当然かもしれない。あの海馬社長のことだ。何かしら厳しい決定を下しているだろう。興味もないのでどうでもいいが。

 

(……ん?)

 

 不意に、服の裾を引っ張られる感覚を覚えた。見れば、妖花が戸惑った表情を浮かべている。初対面の相手ということで不安なのだろう。

 

「ああ、すまなかったな妖花くん。この方は鮫島さんだ。アカデミア本校で校長をしておられる」

「鮫島です。防人妖花さん……でしたね。素晴らしいデュエルでした」

「あ、ありがとうございます!」

 

 何度も頭を下げる妖花。そのまま、あの、とどこか不安げに言葉を紡いだ。

 

「その、間違ってたら……申し訳ないんですけど……」

「はい? 何でしょうか?」

「もしかして、その……〝マスター〟さん、ですか……? 元プロデュエリストの……?」

 

 その時、鮫島はどんな気持ちだったのか。興味もないし知ろうとも思わないが、その表情が変わったのだけは見て取れた。

 

「……はい。確かにそう呼ばれていた頃もありましたね」

「ほ、本当ですか!? あ、あのっ、サインください!」

 

 どこか寂しげに言う鮫島とは対照的に、慌てて鞄から色紙とペンを取り出す妖花。鮫島は驚いた表情を浮かべ、しかし、はい、と頷いた。

 

「もう引退したロートルですが、それでもよろしければ」

「ありがとうございますっ!」

 

 頭を下げ、礼儀正しく鮫島へと色紙を差し出す妖花。だが、身長差があるために届かず、鮫島が屈むことで色紙を受けとり、そのままサインを書き始めた。

 そんな鮫島を一瞥し、澪は興味から妖花へと言葉を紡ぐ。

 

「しかし、よく知っていたな? 〝マスター〟の全盛期を」

「あ、いえ……その、リアルタイムで見たことはないんです」

 

 鮫島の手が止まる。それを視界の隅に置きながら、澪は妖花の言葉に耳を傾け続けた。

 

「でも、テレビでたくさん特集をやってて、その度に凄いな、って。その、私、テレビしか見てなかったので……」

「そういえばそうだったか」

「はい。その、〝マスター〟のデュエルは凄く格好良くて、自信で一杯で、背中が凄く格好良かったんです。テレビで昔の試合をやる度に、ワクワクして見ていました!」

「――防人さん」

 

 不意に、鮫島がそう言葉を発した。妖花が視線を向けると、鮫島は妖花へと色紙を差し出し、どこか表情を隠すように俯いていた。

 

「サインなど久し振りでしたから……これで大丈夫でしょうか?」

「はいっ! ありがとうございますっ!」

「いえ……こちらこそ、ありがとうございます」

 

 言うと、鮫島はゆっくりと立ち上がった。澪は、妖花くん、と言葉を紡ぐ。

 

「先に行っておいてくれ。すぐに追いつく」

「? はい、わかりました。えっと、鮫島さん、ありがとうございました!」

 

 妖花が足早に立ち去っていく。それを見送り、澪は廊下の壁に背を預けた。鮫島は、立ち尽くすようにその場にいる。

 

「……礼を、言うべきでしょうか」

「ただのお節介ですから、お気になさらず。私も一応は末席とはいえプロですから、ファンに弱みを見せない手伝いぐらいはしますよ」

「ふふっ、〝日本三強〟のタイトルホルダーが末席ですか……」

「創世記に活躍したあなたに比べれば、まだまだです」

「……活躍……」

 

 そこで、鮫島は一度言葉を切った。そのまま、天上を見上げる。

 そして、何か言葉を紡ごうとした瞬間――

 

「――〝どこで間違えたのか〟、などというありきたりな言葉を吐くつもりならやめておいた方がいいですよ。私はあなたを慰めるつもりなどありませんし、女々しい言葉を聞くほどに暇でもありません」

「……残酷な人ですね」

「現実的なだけです。私はあなたと違い、誰かを教え、鍛え、導くということができるような人間ではありませんから」

「それは皮肉ですか?」

「ただの体験談です。私のせいで何人も壊しかけたことがありましてね。それ以来、必要以上に教えることには関わらないようにしてきました。デュエル教室も基礎を教えるだけです」

 

 結局、自分はそういう存在なのだと今は自覚している。〝異端〟であり〝異常〟。昔は同種を探したものだが、今ではそれをすることさえなくなった。

 そんな自分が誰かを教えるなど、無理を通り越して不可能だ。

 

「まあ、とにかく。正直あなたの進退になど興味はありませんが。いい大人が容易く諦める姿を見るのは、あまり気持ちのいいものではありませんから」

 

 誰よりも諦めなかった少年を、短い間であれどずっと見てきたから。

 尚更――そう思う。

 

「よく、ゼロからの出発という言葉を聞きますが。あんなものはありえません。今まで歩んできた道、積み上げてきたモノ、壊したモノ、失ったモノ……その全てをなかったことになどできません」

 

 壁から背を離し、澪は言う。

 

「あなたがどういう選択を選ぶかは知りませんし、興味もありませんが。あなたを未だに慕うファンがいることだけはお忘れなきように」

 

 そのまま、振り返ることなく歩いていく。しばらく歩くと、妖花が待っていてくれた。

 

「待たせてしまったか」

「えへへ、大丈夫です」

「なら良かった。……そういえば、海馬社長にもサインをもらうのだったな?」

「はいっ!」

「……どんな顔をするか、楽しみだ」

 

 振り返ることは、しない。

 自らがすべきことは、ここで終わっている。

 後は、誰がどんな選択をするかだけだ。

 

「さて、用が終われば少年のところへ襲撃でもかけようか」

「賛成です!」

 

 祭は終わっても、次の何かが始まるだけ。

 ならば……立ち止まる必要は、どこにもない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 大会は終わった。短いお祭が終われば、後は日常に帰るだけだ。

 

「アタシは新幹線の時間があるから……これで失礼するわ」

「自分もですね。お疲れ様です」

 

 本郷イリア、松山源太郎の二人がそう言って一礼と共にこの場を離れようとする。明日から再びプロリーグの試合が始まるので、本拠地に戻るのだろう。

 

「はい。お疲れ様でした」

「じゃあ、日本シリーズで会おう」

 

 神崎アヤメと響紅葉は、二人に対してそう言葉を返す。明日からは敵同士。互いに高め合う関係になれればと思う。

 ……まあ、自分ではまだまだ実力不足だが。

 二人が部屋を出て行く。それを見送ると、紅葉も立ち上がった。

 

「それじゃあ、僕も家族と約束があるから……失礼するよ」

「明日からの三連戦、よろしくお願いします」

「こちらこそ。……それじゃあ、プロの試合で」

 

 紅葉も部屋を出て行く。一人残されたアヤメは、海馬ドームの特別観戦室で一つ吐息を零した。

 多くの可能性を感じたお祭だった。いい経験になったと思う。

 

「……楽しい大会でした」

 

 ポツリと呟き、コーヒーを啜る。

 自分たちの後に続こうとする後輩たち。彼らの実力を見せてもらった。そういう意味で、非常に有意義だったといえるだろう。

 

「祭の後とは、寂しいものですね……」

 

 観客も去り、静かになった会場を眺める。

 つい先程まで、あの場所で二人のデュエリストが戦っていたというのに――

 

「……収穫もありましたしね」

 

 手元の、スカウトのための資料を一瞥し。

 微笑と共に、神崎アヤメは呟いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 記者会見の会場はざわめいていた。それはそうだろう。あの海馬瀬人が緊急で記者会見を開くというのだから。

 以前より取材で明らかになっていた、アカデミア本校の問題。夢神祇園――〝ルーキーズ杯〟で一般枠から準優勝にまで上がってきた新星が、不当な退学を受けたという事実。

 その件について、明確な返答はなかった。だが、今日この場でその返答が得られる。

 

「――待たせたな」

 

 その言葉が発せられると同時に、数多のフラッシュが瞬いた。海馬瀬人――KC社の社長と、その弟である木馬が入って来る。

 

「ふぅん……俺も忙しい身だ。単刀直入に言おう」

 

 椅子に座るなり、海馬がそう言葉を紡いだ。記者たちが一斉に口を噤む。

 

「貴様らが一番気になっているのはアカデミア本校の件だろう? その件についてだが、今更積極的に俺が語るようなことはないと言っておく」

 

 ざわめきが広がった。記者の一人が声を上げる。

 

「どういうことですか?」

「わざわざ聞かねば理解できんのか。……まあ、結果だけは告げておこう。今年度限りで鮫島は校長から解任。同時に、倫理委員会も近日中に解散とする」

 

 ざわめきが強くなる。記者たちから次々と質問が飛んだ。

 

「即解任ではないんですか!?」

「不当退学はあったということですか!?」

「責任は誰が取るんですか!?」

 

 怒号のような声が上がる。海馬は一度息を吐くと、ならば、と静かに言葉を発した。

 

「鮫島をこの場で解任したとして、その後始末を誰がやる?」

 

 怒号が響く中で。

 その言葉は、全員の耳に届いた。

 

「貴様らの得意な言葉だ。責任を取って辞任を――それで真に被害を被るのは誰だ? アカデミアの生徒たちだ。貴様らは良いだろう。特に何の被害もない。だが、あの場所には今も学ぼうとする生徒たちがいる。己が犯した失態は己の手で拭う。社会の常識だ」

「し、しかし、問題があったわけで……」

「いつ問題があったと俺が言った? 俺は鮫島の解任と倫理委員会の解散を告げただけだ」

「詭弁ですよ海馬社長!」

「ふぅん、ならば鮫島の後釜になれる素養を持つ者の候補を挙げてみろ。後始末をこなすことも含めてだ。社会人ならば他者を批判する際、その対抗策を述べるのは常識。それさえできん人間はただの無能に過ぎん」

 

 それだけを言うと、海馬は立ち上がった。記者たちが制止の声を上げるが、海馬は立ち止まらない。

 

「――〝ペンは剣よりも強し〟。そう言ったのは貴様らだろう? 貴様らは貴様らのやりたいように記事でも何でも書くがいい。だが、一つだけ言っておく」

 

 海馬が振り返る。その鋭い、殺気さえ称えた瞳に、その場の全員が身を竦ませた。

 

「もし貴様らの手で〝誰か〟の人生が狂わされたとしたら……その時は、覚悟しておけ」

 

 そのまま海馬は部屋を出る。そのまま、木馬、と隣を歩く弟へと声をかけた。

 

「手筈は?」

「へへっ、大丈夫だぜ兄サマ。根回しは終わってる。多分、そこまで騒ぎにならないまま終わるはずだよ」

「ならばいい。これから会議だ。急ぐぞ」

「うん。……なあ、兄サマ」

「なんだ?」

「気に入ったのか、アイツのこと?」

 

 木馬の問いかけ。それに対し、海馬は鼻を鳴らし。

 

「さて、な」

 

 そうとだけ、返答した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 夜。アカデミア・ウエスト校の生徒たちが泊まっているホテルの宴会場は、文字通りの混沌と化していた。

 

 

「いくぞ! パワーボンドを発動! 来い、『サイバー・エンド・ドラゴン』!! 攻撃力8000でダイレクトアタック!!」

「くっ、罠カード『リビングデッドの呼び声』! 更に速攻魔法『収縮』! これでこのターンは――」

「甘い! 速攻魔法『リミッター解除』! サイバーエンドの攻撃力は倍になる!! エターナル・エボリューション・バーストォッ!!」

「うおおおおおおおおおッ!?」

「後攻ワンターン・キルだな。エグい。流石はカイザー」

「東京モンは無茶苦茶すんなぁ……」

「新井さん、このカードなんだけどどうかな?」

「ん? あー、『HERO’S ボンド』か。展開力は上がるけどなぁ……。手札消費が面倒臭いだろソレ。それなら『ヒーロー・アライブ』の方がいいと思うぞ?」

「えー、でもライフコストが重くねぇかなー?」

「ライフなんざ削られなきゃ1でもいいんだよ。お前ドロー運ヤバいくらいいいんだからそれを生かせって」

「うーん」

「藤原千夏です。姉がお世話になっているそうで……」

「ううん。こちらこそ雪乃には世話になっているわ。私は天上院明日香よ」

「フフッ、どうしたのかしら? そんなにしおらしくして……」

「ううっ、また負けたッスー……」

「えへへ~、楽しかったよ~?」

「流石にウエスト校のトップは強いんだな」

「すみません、二条さん。次は自分とデュエルを……」

「うん、いいよ~。えっと……」

「三沢大地です」

「さあ、東西対抗戦第十五戦目! 盛り上がってきたぁ!」

「真打登場や! 十五人目はこの俺、菅原雄太! 曲は美咲ちゃん☆のファーストシングル〝約束〟で!」

「美咲ちゃんを汚すなー!」

「菅原いつの間に演歌以外の歌覚えたん?」

「昨日聴いたんやて」

「え、それで歌えるのあの人?」

 

 

 デュエルをする者、雑談をする者、ステージで何やら始まっている歌唱対決に参加する者……全員が参加しているというわけではないが、三つのアカデミアの生徒たちが混ざり合い、各々の思うように過ごしている。

 

「……遅れて来たのはいいけど、どうしたらいいんだろう……?」

 

 入口のところで壁に背を預けながら、祇園はポツリとそんなことを呟いた。随分と賑やかだ。一週間の間の話を色々と聞いているうちに、こんなことになっているとは。

 

 

「賑やかで楽しいですね!」

「ほらほら妖花ちゃん、もっと食べや~。これ美味しいで?」

「はいっ、ありがとうございます!」

「……餌付け?」

「可愛らしいので良しとしましょう」

 

 

 自分よりも少し前に戻ってきていた妖花は、女生徒たちに囲まれて楽しそうにしている。ああして溶け込める力は、素直に羨ましい。

 少しの勇気があれば、変わるのだろうとは思う。だが……そう容易く変われないのも、現実だ。

 

「ちょっと、風に当たって来ようかな……」

 

 部屋を出る。背中越しに聞こえる喧騒が、どこか遠くの世界の出来事のように思えた。

 特に目的もなく、歩く。ゆっくりと、少しずつ。

 ――そして。

 

「……やぁ、少年」

 

 ロビーの端にある、小さなソファーに座っているその人を見つけた。その人は手に持ったワイングラスを小さく揺らし、微笑んでいる。

 

「暇なら付き合わないか?」

「……未成年ですよね?」

「多少香りがきついだけのジュースだよ」

 

 微笑みながらそう言われては、こちらも深く追求するつもりはない。そもそも言って聞くような相手でもないのだ。

 向かい合う席に座る。それと同時に、なぁ、と澪がこちらへと言葉を紡いできた。

 

「悩んでいるのか、少年?」

「……いえ、それは……」

「誤魔化さなくてもいい。キミはどうも感情が表に出易いようだ。……大方、海馬社長に言われたことだろう?」

 

 ビクリと、体が反応したのが自分でもわかった。思わず相手の顔を見てしまう。澪は微笑んでいた。

 

「ペガサス会長から話は聞いた。まあ、確かに一つの選択肢としてはありだろう。元々、キミは不当に退学となってウエスト校に来た。ならば、元の道に戻るも道理だ」

「……それは、違います。不当でも、何でもなくて」

「不当と世間が決めたのならそれは〝不当〟なんだよ、少年」

「……〝世間〟って、何ですか……?」

「何も知らない身でありながら、何もかもを知っているような風に語る存在だ。厄介なのはそれが多数派の意見であるということだな。民主主義というのはな、少数派の意見を握り潰すという考え方だ」

 

 コトン、という音と共にグラスが机の上に置かれる。澪は、そのまま静かに言葉を紡いだ。

 

「冷静に考えれば――というより、キミの目標であるプロデュエリストというものを目指すことを考えれば、本校に戻るのが一番ではある。総本山だ。高卒でなれずとも、大学を含めいくつものパイプがある。ウエスト校はデュエル方面では流石に本校には劣るのでな」

「でも、僕は拾ってもらった身分です。澪さんにも、迷惑をかけて……」

「私は迷惑などとは思っていない。楽しかったよ、短い間だったがな。ギンジもキミには感謝していた。龍剛寺校長も、キミの友人たちも、紅里くんたちも、子供たちも。誰一人、キミを責めたりはしないさ」

「……ですが」

「まあ、本音を言えば」

 

 祇園の言葉を遮るように。

 澪は、苦笑を交えて言葉を紡いだ。

 

「キミにはウエスト校に残って欲しいとは思う」

「…………」

「だが逆に、ここでキミがいなくなったからといって私たちとの縁が切れるとも思わん。勘違いしないで欲しいのは、少年。誰もキミの不幸など望んでいないし、むしろ幸福を願っているということだ。だから、キミの選択次第だ。どうするかはキミ自身が決めるといい。私を含め、キミを応援する者は大勢いる」

 

 飲み物が切れたか――澪はそう言うと、追加の飲み物を注文した。新たな飲み物が運ばれてくるのを確認し、祇園は澪に問いかける。

 

「どうしたら、いいんでしょうか……?」

「さて、な。私は神様ではないし、人の人生にどうこう言える程に徳を積んだ坊主というわけでもない。ありきたりだが、『キミが選べ』という以外の言葉はないよ」

「……僕は……」

「すぐに答えを出せ、ということでもなかろう? ならば、今は忘れておくといい。これでも飲んで、な」

 

 差し出されるグラス。それを受け取り。

 

「準優勝、おめでとう」

 

 澪のその言葉を聞きながら。

 一気に、それを飲み干した。

 

 ――それは酷く、苦い味がして。

 でも、どこか……嬉しかった。














海馬社長がツッコミどころ多いのは今更ということでどうか一つ。









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第三十五話 〝I tell you what〟

 

 

 個人で事務所に呼び出された時点で、何かしらの話があるとは予測していた。そしてそれが、あまり良い話ではないということも。

 

「……アイドル、ですか?」

「……うむ」

 

 チームのオーナーが告げた言葉に対し、怪訝な表情をしながら返答した。普段なら猫を被るところだが、疲れもあってそんな余裕はない。

 そもそも、プロになることは手段の一つでしかない。それが達成された今、モチベーションが上がらないというのが現実だった。

 

「キミはルックスもいいし、ジュニア大会のインタビューを見る限りでは華もある。どうかね?」

「どうかね、って……プロ契約の話ですよね?」

「無論、キミには我がチームの戦力としても働いてもらう。だが、キミはジュニアチャンプとはいえ新人だ。すぐに活躍できるというわけではなかろう?」

 

 その言い草に、頭に血が昇りかけた。相手が誰であろうと、そう容易く後れを取るつもりはない。

 だが、自分は雇われる側なのだ。そう言い聞かせ、絞り出すような声でそうですね、と頷く。

 

「そこで、だ。キミをアイドルプロとして売り出したい。どうだろうか?」

「……つまり、客寄せパンダになれ、ゆーことですか?」

「理解が早くて助かる。経営も順調とは言い難くてね。特に我が横浜は最近低迷していることもあって客足が遠のいている。何か対策を講じなければならない」

「それが、アイドルですか」

「球場で会えるアイドル、ということだ。ただでさえキミは最年少プロとしても注目されている。どうだろうか?」

 

 問いかけ。それに対し。

 

「……考えさせて、ください」

 

 小さな声で、そうとだけ答えた。相手も、わかった、と頷く。

 

「だが、できるだけ早く返答が欲しい。キミのデビュー戦は二週間後だ。それまでに、な」

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 目を覚ますと、全身を濡らす汗の不快な感触を感じた。思わず顔をしかめつつ、体を起こす。

 周囲を見れば、六畳一間の小さな部屋が広がるだけだ。元々大してすることもない身だ。このボロいアパートの一室だけで、生活は十分できる。

 

「……うー……」

 

 汗で張り付いた髪を掻き上げながら、時計を見る。今日は、予定が――

 

「…………嘘」

 

 現在の時刻は、正午。

 予定の待ち合わせの時間は、午前十時。

 

「嘘やろぉぉぉぉぉッッッ!?」

 

 飛び起き、シャワールームに駆け込む。急がなければ。いくら最近寝つきが悪いとはいえ、今日の様な日を寝過ごすとは思わなかった。

 急いでシャワーを浴び、服を着替える。折角髪形をセットしようと思っても、時間はない。

 慌てて部屋を出る。太陽はすでに昇り切っていた。

 

「急がな! タクシー!」

 

 自分の部屋は二階だ。そのため、外の階段を降りなければならないのだが――

 

「あうっ!?」

 

 思い切り躓き、転げ落ちてしまう。

 ……最悪だ、と思った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 随分と天気のいい日だ。そのためか、道行く人たちの数も多い。

 親子連れもいれば友人同士で連れ立っている者たちもおり、賑わいを見せている。

 

「……美咲、遅いなぁ……」

 

 駅前にある広場に設置された時計を見ながら、夢神祇園は呟いた。先日、プロ入りを決めた親友――桐生美咲に誘われて買い物に出てきているのだが、待ち人は未だに到着していない。

 

(二時間……でも、美咲も疲れてたみたいだし……)

 

 通常、プロチームへの入団はドラフトによって行われる。だが、〝史上最年少プロデュエリスト〟とすでに騒がれ始めている美咲はプロテストによる入団だ。また、ジュニア大会出の彼女の活躍に注目した各社がスポンサー契約を交わそうと連日訪問してきているという話もあり、疲れが溜まっているように見えた。

 来年度から中学生となる身分。しかし、彼女は温い生活を捨て、プロの世界に踏み込んだ。

 ――〝待ってる〟。

 そんな、小さな約束を自分などと交わしながら。

 

(……凄いなぁ……)

 

 改めて思う。憧れる、プロの世界。そこに踏み込める勇気と、同時にそれができるだけの力を持つ親友に。

 あまりにも遠いその背を、眺めることしかできない自分が……少し、惨めに思える程で。

 

 

「すまん、待ったか!?」

「遅い! 何してたのよ!」

「いや、悪い。お詫びに何か奢るから――」

 

 

 横手から聞こえてきた声に、思わず体が反応してしまう。今日何度目だろうか。自分と同じように誰かを待っている人が、笑顔で待ち人と合流する姿を見るのは。

 

「……飲み物でも、買おうかな」

 

 思わず声に出してそんなことを言ってしまう。最近どうも寝不足だ。いい加減、慣れなければならないと思うのだが……。

 

「あうっ!?」

 

 不意に、誰かとぶつかった。いきなりのことに体勢が崩れ、思わず尻餅をついてしまう。同時に、バッグからカードが散乱してしまった。

 

「す、すみません」

「Я сожалею」

 

 慌てて拾おうとすると、聞き覚えのない言葉が返って来た。思わず顔を上げると、そこにいたのは綺麗な白――いや、艶のあるそれは銀色にも見える髪をした女性だった。

 

「Ah,English ok?」

 

 正直英語でもわからない。思わず首を左右に振ると、相手は少し困った顔をしながらもカードを拾うのを手伝ってくれた。

 もともとカード自体は多くない。そのため、集めるのに時間はかからなかった。

 礼を言おうと顔を上げると、何やらその女性は一枚のカードに真剣なまなざしを向けていた。

 

(どうしたんだろう……?)

 

 どうしていいかわからず困惑する。すると相手はそんな自分に気付いたのか、カードをこちらへと渡してくれた。

 

「Это - хорошая карточка.」

 

 再び、聞き覚えのない言葉。思わず首を傾げてしまうと、相手はSoryy、と小さく告げて立ち去ってしまった。

 綺麗な人だな、などと思いながらカードを確認する。その中で。

 

「……あの人、何でこのカードを……?」

 

 正直な話、美咲から貰ったカードの中には高価なものもいくつかある。それで人目を引くことはあるが、あの女性が注目したのはそれらのカードではなかった。

 

「珍しいカードじゃないのに……」

 

 金髪の魔術師が描かれたカードを眺め、思わず呟く。だが、一度息を吐くと、そのカードもケースにしまった。

 ……待ち人は、まだ来ない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 普段なら節約という意味でタクシーなど使わないが、今日は別だ。

 

「おっちゃんおおきに! お釣りはいらんからとっといて!」

「ちょっ、お嬢ちゃん!? 一万円なんて――」

 

 背後から何か聞こえる気がするが、無視だ。そんな余裕はない。

 すでに待ち合わせの時間から三時間は過ぎている。これ以上待たせるわけにはいかない。

 

(今日ほど自分のミスを恨むこともあらへんな……!)

 

 本当に最悪だ。楽しみにしていたというのに。

 必死に走る。周囲の視線を感じるが、気にしている余裕はない。

 

「……ッ、はっ……、はっ……、ぎ、祇園……?」

 

 周囲に視線を送る。こちらへ視線を向けてくる者は何人もいるが、その中に祇園の姿はない。

 

「…………ッ、そら、そう……やん、な……」

 

 荒い息を吐きながら、呟く。三時間だ。普通は約束をすっぽかされたと思う。

 

「…………ッ、ウチの……馬鹿………………」

 

 汗で髪のセットは乱れているし、服だって昨日考えた分が無駄になった。

 本当に、何をしているのだろうか――

 

 

「あ、美咲」

 

 

 ――だから、その言葉が聞こえた瞬間。

 本当に……泣きそうになった。

 

「……祇園……?」

「ごめんね。ちょっと飲み物を……って、汗が凄いよ? ちょっと待って、今タオルを……」

 

 鞄から小さなタオルを取り出す祇園。そのまま彼は、そのタオルを自分に被せてきた。

 

「大丈夫? あ、良かったらこの水飲む? 走って来てくれたみたいだし――」

「……なんで?」

 

 思わず、問いかけていた。顔を見ることができない。

 怒っているはずだ――そんな考えが、顔を上げさせてくれない。

 

「なんで、怒らへんの……?」

「……来てくれたから。なら、いいかな、って」

 

 優しく、こちらの頭をタオルで拭いてくれる。これでまたセットが乱れるが、気にはならない。

 ただ、今は。

 

「……ごめん」

「うん」

「ごめんな、本当、ごめん」

「うん」

「…………ごめ……」

 

 そのまま、感情が溢れてしまった。

 申し訳なくて、情けなくて。

 ただ、ただ溢れ出して――……

 

 ……嬉しかったのは。

 ずっと、何も言わず彼が側にいてくれたこと。

 それが――嬉しかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 予定とは随分変わってしまったが、特にトラブルもなく買い物を終えることはできた。やはり買い物は気分がいい。隣に誰かがいるとなると尚更だ。

 

「祇園、やっぱりウチも持とうか?」

「ううん、良いよ。これぐらいなら平気だから」

 

 振り返りつつ問いかけると、そんな返答が返ってきた。両手に紙袋を下げた少年は、微笑を浮かべている。

 ここで食い下がっても意味はない。存外、頑固なのが祇園だ。

 

「ん、おおきに」

 

 だから、礼を言う。祇園はうん、と頷いてくれた。

 祇園の前を歩く。予定では映画でも見に行こうという約束だったが、寝坊してしまったせいでそれもできなくなった。本当に、失敗だ。

 

(……プロになったら、あんまり会えんくなるやろしなぁ……)

 

 既に入団が決まっているプロチーム『横浜スプラッシャーズ』。入ってしまえばシーズン中は勿論、オフシーズンでも各大会などに出場するため自由な時間は大幅に減るだろう。自分で選んだこととはいえ、やはり面倒だとか辛いだとか思う部分はある。

 更に言えば、KC社とI²社がスポンサーになろうと申し出てくれていることもある。そうなると、迂闊なことはできない。義務教育を受けている年齢であっても、社会的責任というものがある。

 そして、何より――

 

「……〝アイドル〟、かぁ……」

 

 思わずため息が漏れてしまう。人前に立つことは別に嫌いではない。だが、積極的に立とうとも思わないのだ。

 恩師であり恩人である人には、「お前には華がある」と言われたが……あの人は基本的に人を貶すようなことを言わないので、どうせお世辞だと思う。

 

「どうしたの?」

 

 答えの出ない迷い。それに気づかれたのか、背後から祇園がそう問いかけてきた。うん、と頷きを返す。

 

「何でもないよー。……あ、公園や。ちょっと休憩しよう?」

「僕は大丈夫だよ?」

「まあまあ。ちょうどええベンチもあるし」

 

 誤魔化すようにそう言って、祇園の手を引く。祇園は戸惑った表情を浮かべたが、頷いてくれた。

 ……その戸惑いを好意的に受け止めることぐらいは許されるだろうかと、ふと考える。

 

(まあ、考えても仕方あらへん)

 

 祇園は人の機微に聡い。とにかく他人の感情の変化には敏感だ。そして同時に、他者との距離感も絶妙な印象を受ける。

 それは彼の育った環境がそうさせるのだろうし、逆にそれができなければ上手く生きていけないのだろう。

 だが……その性格は、12、3の少年にしてはあまりにも大人び過ぎている。

 子供というのは『異端』というものに敏感だ。祇園の感覚はその年齢の子供が持っているものとはかけ離れており、同時に理解できないモノでもある。

 だからこそ、彼はどうしても一人になってしまう。

 距離が取れてしまい、そしてそれを受け入れてしまうから……夢神祇園は、一人でいることが多いのだ。

 

(他人の悪意には敏感なくせに、好意には恐ろしく鈍感やし。……まあ、多分防衛本能みたいなもんなんやろうけど)

 

 他人から向けられる好意に、祇園は怯えているように感じる。差し出された手を掴めばいいのに、それができない。自己評価の低さと、他人に対して距離をとれてしまうからこそ、素直に好意を受け入れられないのだろう。

 まあ、そんな彼だからこそ、隣にいてこれほどまでに心地良いのだろうが。

 

「今日はごめんな、寝坊して……」

「それはさっきも言ったでしょ? 気にしないで、って。美咲は忙しいんだから、しょうがないよ」

「……うん」

 

 祇園の言葉と口調からは、こちらを責める雰囲気は微塵もない。本当に人が良い。

 ベンチに座り、空を見上げる。快晴とは言い難い空だ。だが、雨が降りそうというわけでもない。ただ、曇っているだけ。

 まるで自分の心のよう――らしくもなく、そんなことを思った時。

 

「何か、悩んでる?」

 

 不意に、祇園がそんなことを言い出した。その言葉に対し、咄嗟に誤魔化す言葉を紡ごうとして……できない自分がいることに気付く。

 祇園の目を見る。そこに映っているのはこちらを案じる感情だけ。

 ……だから、だろうか。

 言わないと決めていたその言葉を、紡いでしまったのは。

 

「……ちょっと、な。ほら、ウチ、プロになるやろ?」

「うん。デビュー戦は二週間後だよね? オープン戦のチケットを美咲がくれたし……」

「まあ、それはええんよ。ただまぁ、ウチって色物やろ? 最年少プロ、とか。ジュニア大会優勝者、とか」

 

 それは自覚していることだ。話題性――そういう意味で、今年度の新人に自分以上の者はいないと思っている。

 その辺は自分も利用しているのでどうでもいい。むしろ、そういう話題がなければプロ入団などできているはずがないのだ。

 

「そんなことないと思うけど……」

「まあ、それはええんよ。実力で黙らせたらええだけやから。……でもな、チームはどうもウチの売り出し方について色々考えてるみたいで」

 

 ため息が漏れる。『客寄せパンダ』という言葉を創ったのは誰だったか。全く上手いことを言うものだ。

 今の自分が提案されていることは、まさしく『客寄せパンダ』になれということなのだ。

 

「売り出し方?」

「うん。――〝アイドルになれ〟、って」

 

 祇園が驚いた表情をした。当たり前だ。〝アイドル〟――これほど定義が不明確な存在もない。

 

「まあ、要するに話題性や。歌って踊れてデュエルもできる新人プロ――ウチの実力が足らんくても、それで採算を合わせるつもりなんやろうな。笑えるやろ? ウチなんかにアイドルやで?」

 

 あはは、と笑いながら言う。本当に滑稽な話だ。特にそういう訓練を受けたわけでもないド素人にアイドルになれというのだから。

 歌は好きだ。だがそれは胸の奥に秘めているだけのモノであり、決して他人に対して誇れるようなものではない。

 笑ってくれればいい。祇園は一度だけ、自分の歌を聞いたことがある。彼が笑い飛ばしてくれれば、それで――

 

「そう、かな。美咲なら……大丈夫だと思うけど」

 

 だが、彼の言葉は予測から大きく外れたものだった。思わず、えっ、と言葉を漏らしてしまう。

 

「な、何を言うとるん? こんなん無茶やん。ウチ、歌も踊りも何もかも素人やで?」

「でも、美咲の歌、凄く良かったよ?」

「……お世辞は止めてや。あんなん素人の――」

「――お世辞じゃないよ」

 

 こちらの言葉を遮るように、彼は言った。

 

「お世辞じゃない」

 

 真っ直ぐにこちらを見つめ、祇園は言う。思わず、うっ、という呻き声が漏れてしまった。

 

「で、でも、素人なんは事実やで? できるわけないやん」

「そうかなぁ……。美咲は可愛いから、できると思うけど」

「可愛いって……そう言ってくれんのは嬉しいけど、やっぱり無理やよ。できるわけない」

 

 誤魔化すように首を振る。顔が熱い。『可愛い』など、いきなり言われてこれほど困る言葉もないのだ。

 

「でも、美咲が嫌なら仕方ないとは思うよ」

「……嫌、っていうわけやないんよ。ただな、ウチが歌って喜んでくれる人がいるんかどうか、っていう話や。自己満足に意味はあらへん」

 

 そう、自己満足に意味はない。アイドルともなれば、相応の力を要求される。

 その力は自分にはない。人に聞かせるだけのものも、想いもない。

 

「僕は喜ぶけどな。美咲が歌ってくれるなら」

「……だから、お世辞はええって」

「ホントにお世辞じゃないんだけどな……。美咲、一度だけ聞かせてくれたけど、それ以来歌ってくれてないし。聞けるなら聞きたいっていうのは本心だよ?」

「じゃあ、歌おか?」

 

 試すように問いかける。まだ日が昇っている時間ということもあり、それなりに公園内に人はいる。祇園も驚いた表情を浮かべた。

 

「人が多いよ?」

「聞きたいんやろ? だったら歌うよ、どう?」

 

 立ち上がり、首を傾げて問いかける。どうせお世辞だ。こういう聞き方をすれば断ってくれるはず。

 だが、祇園の答えは予想から大きく外れたもので。

 

「……じゃあ、お願い」

 

 微笑と共に、彼はそう言った。思わずため息が漏れる。

 

「祇園がこんな、人に羞恥プレイを要求する人やったなんて……」

「ええっ?」

「まあ、ええよ。一度歌えばわかるはずや」

 

 本当にどうかしている。こんなところで歌う自分は。

 けれど……これでわかるはずだ。

 憧れは、憧れのままで。

 ただ、それだけなのだと――

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……この間の話、お受けします」

「本当か? いや、ありがたい。プランについてだが、主に試合前に――」

「あの、その代わり一つだけお願いしてもええですか?」

「む、何かね?」

「ウチのデビュー戦で、歌わせて欲しいんです。そこで試したい。ウチにできるかどうかを」

「……まあ、デビュー戦で発表する予定はあったが……」

「お願いします」

 

 そう、それが自分が自分に課した試験。

 ここで受け入れられないようなら、それまでだったというだけだ。

 

「……まあ、いいだろう」

「ありがとう、ございます」

 

 頭を下げながら、何をしているのだろうと思う。

 目指す目的とは、何の関係もないのに。

 ……けれど。

 やってみたいと思う自分がいるのも、確かだった――

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 イーストリーグに所属するプロチーム、『横浜スプラッシャーズ』。

 チーム創設時は優勝争いを何度も経験したこともある、かつての名門チームだ。しかし現在、このチームは三年連続リーグ最下位という不名誉な成績を残し、『イーストリーグのお荷物』とまで言われる始末。

 観客動員も年々減り続け、ファンからも見放されつつあるチーム。オープン戦の初戦である今日、ここを訪れるファンたちも雰囲気はあまり明るくない。もしかしたら今年は――そんな藁にも縋るような気持ちでここにきているのだ。

 試合開始まで、後三十分。観客席もまばらではあるが埋まり始める時間。やはりというべきか、横浜のファンは少ない。多いのは敵チームの応援だ。

 ホームだというのにこの体たらく。チームがどういう状況か、これだけでよくわかる。

 

「…………」

 

 一度、大きく深呼吸をする。これを申し出たのは自分だ。そう言い聞かせ、歩み出る。

 

 

〝やっぱり、美咲は凄いよ。こんなに拍手をもらえるんだから。……本当に、良かったよ〟

 

 

 あの時、彼がくれた言葉が脳裏に響く。あの時、首を振って否定したが……嬉しかったのは、事実だ。

 自らの歌を喜んでくれる人がいて、褒めてくれる人がいて、認めてくれる人がいて。

 それが……嬉しくて。

 だから――

 

「…………」

 

 ざわめきの声が聞こえる。突然現れた自分に、驚きと戸惑いの声が広がっていく。

 視線が集まってくるのがわかった。そんな中、最前列の席でこちらを見つめている少年の姿を見つける。

 ……頷き。少年は、微笑と共に頷いてくれた。

 

 大丈夫、と唇だけで言葉を返す。

 ――そして。

 

 

「〝――Amazing Grace, how sweet the sound

  That saved a wretch like me〟」

 

 

 紡ぐ言葉は、想いのカタチ。

 技術は足りない。想いもきっと、まだ足りない。

 

 

「〝I once was lost but now am found」

  Was blind but now I see〟」

 

 

 けれど、届けたい想いがあって。

 大切な、気持ちがあって。

 

 

「〝'Twas Grace that taught my heart to fear

  And Grace, My fears relieved〟」

 

 

 歌とは、想いを届けるモノ。

 祈るように、捧げるように紡ぐモノ。

 

 

「〝How precious did that Grace appear

  The hour I first believed〟」

 

 

 ざわめきが、止んでいく。伴奏はない。ただ、この声だけで紡ぎ上げる。

 そうしなければ意味はなく――そして、そうしなければ届かない。

 

 

「〝Through many dangers, toils and snares

  We have already come〟」

 

 

 いつだったか、とある歌手に問うたことがある。

 ――〝何故、歌うのか〟と。

 

 

「〝'Twas Grace that brought us safe thus far

  And Grace will lead us home〟」

 

 

 その答えは、酷く単純で……簡潔で。

 笑みと共に、〝歌えばわかる〟とそう言われた。 

 

 

「〝When we've been here ten thousand years

  Bright shining as the sun〟」

 

 

 臆病な自分。彼にしか聞かせなかったのは、そういう理由から。

 怖かった。だから試すように、彼に対してだけ歌を紡いで。

 

 

「〝We've no less days to sing God's praise

  Than when we've first begun〟」

 

 

 そして、今。

 あの時の言葉の意味が、ようやくわかった。

 

 

「〝Than when we've first begun〟」

 

 

 これが、〝答え〟。

 この時、この瞬間に感じている全てが――真実。

 

 万雷の、拍手が。

 深々と頭を下げる、一人の少女の頭上へと降り注ぐ。

 

「ありがとう――ございました」

 

 想いを届けたい相手は、微笑んでいて。

 思わず、苦笑をしてしまった。

 

 

――◇ ◇ ◇――

 

 

 レコーディングを終え、スタッフに頭を下げる。〝ルーキーズ杯〟のために他の仕事の日程をずらしていたので、ここ数日は本当に忙しいのだ。

 一週間後のイベントのためにデッキを組む必要もあるため、余裕はあまりない。

 

「ああ、美咲ちゃん。今日も良かったよ」

「ありがとうございます♪」

 

 デビュー当時に比べると、こういった営業スマイルも本当に違和感なくできるようになった。月帆の流れとは恐ろしいものである。

 

「アルバムのボーナストラックはこれでばっちりだね。けれど、その、今回もやっぱり駄目かい?」

「あはは……すみません、やっぱり」

「ファンからの要望も強いんだけどねぇ……。ほら、キミのデビューコンサートの動画も色んなところで拡散されているらしいし。アルバムに入れる気はない?」

「何度聞かれても、今は無理です。アレはウチにとって凄く大事な歌で……ウチの中で一つの区切りがつくまで、NGってことで」

 

 両手の人差し指でバツを作りつつ、頭を下げる。相手のプロデューサーもいつものこととして苦笑した。

 

「そっか……残念だなぁ。一度生で聞いてみたいんだけどな。美咲ちゃんにとっての〝祈りの歌〟」

「祈る、ゆーことは何かの〝願い〟があるんです。願いとか夢って、あんまり他人に教え過ぎると叶わなくなってまうでしょう?」

「へぇ、美咲ちゃんの夢はなんだい?」

 

 その問いに、薄く微笑み。

 

「――乙女の秘密です♪」

 

 そう返事を返し、スタジオを後にした。そのまま外に出る。冬の冷たい風が、体を突き刺した。

 腕時計を見ると、今日も家に帰る余裕はなさそうである。KC社の仮眠室を借りるしかなさそうだ。まあ、家といっても文字通り『寝に帰る』だけの場所なので仮眠室であってもあまり関係ないのだが。

 

「うー、寒い。タクシーでも――」

「――美咲」

 

 不意に肩を叩かれ、体を跳ね上げてしまう。驚いて振り返ると、そこにいたのは――祇園。

 

「あ、ごめん。驚かせちゃったかな?」

「いや、それはええんやけど……どうしたん?」

 

 祇園はKC社で缶詰にされているはずである。何故ここにいるのだろうか。

 

「美咲を迎えに来たんだ。あっちに車があるから行こう?」

「迎えにって……わざわざ?」

「気分転換も含めて、ちょっとね。デッキ造りで詰まってて……」

 

 祇園が苦笑する。美咲は微笑んだ。

 

「そっか。……えいっ」

「わっ」

 

 手を掴む。お互いの手袋越しに、僅かな熱を感じた。

 

「どうしたの?」

「んふふ~。どうしたんやろね?」

 

 誤魔化しつつ、彼の隣を並んで歩く。

 あの日、捧げるようにして紡いだ歌。あの歌はあれ以来、公式の場所では紡いでいない。

 だって、そこには〝彼〟がいない。

 彼がいない場所で紡いでも……意味はないから。

 

「なぁ、祇園」

「うん。どうしたの?」

「ウチ、祇園の作ったご飯が食べたいなぁ」

「じゃあ、厨房を借りて何か作るよ。何が良い?」

「んー、えっとなー」

 

 今は、これでいいと思う。臆病者の私は、これ以上踏み込むことを恐れている。

 でも、いつか。

 いつか、きっと――

 

「なあ、祇園。もうちょっとくっ付いてええかな?」

「ええっ?」

「寒いんやもん。えいっ」

「えっ、ちょ、美咲?」

 

 彼の顔が赤いのは、寒さか、それとも別の理由か。

 私の心の内でなら、〝別の理由〟だと受け取ってもいいだろうと思う。

 

 想うことぐらいは……きっと、自由だから。









捧げる祈りは、秘めた想い。
受け取るべき少年は、未だその内を知らず――








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第三十六話 プロデュエリストという現実

 

 ふう、というため息が思わず漏れた。時間はすでに深夜だ。夕方には終わる予定だった打ち合わせが長引き、こんな時間になってしまった。

 

(少年には先に夕食は済ませておいて欲しいと言ってあるが……)

 

 女性――烏丸澪は自身が暮らすオートロックのマンションの扉を開け、中に入った。普段なら管理人が座っている事務室も、時間が時間であるためか人はいない。

 廊下には電気こそ点いているが、人影はない。まあ、マンションのロビーなどそんなものだろうが。

 

(明日は休日だが……やはり、働くというのは慣れんな)

 

 息を吐く。学生でありながらプロデュエリストとして活動し、更には〝祿王〟とい日本タイトルまでその背に背負う〝天才〟――それが烏丸澪だ。滅多に表に出て来ないことから〝幻の王〟とも呼ばれる彼女だが、その理由は何のことはない。単純に本人が面倒臭がっているだけである。

 プロデュエリストになったのは、ただ確認するためだ。自身の同類、もしくは同種。それを探し当てるために。

 今のところ、似ている者はいても同種はいない。まあ、最近は探すことさえ面倒になっているが。

 

(清心さんが一番近いか。だが、あの人も生まれついてではなく、自身の選択の結果としてああなっている。それは私とは違う)

 

 初めから『そう』である者と、自身で選んで『そう』なった者の違いは大きい。選択の余地のあるなしは明確な差となって表れるのだ。

 

(……まあ、くだらんことだ)

 

 思考を打ち切る。最近わかってきたことだ。結局、自分はイレギュラーな存在なのだろう。

 選ばれた者でありながら、愛されず。

 愛されない者でありながら、嫌われず。

 全てにおいて、自分は傍観者なのだ。そしてそれはきっと、これからも変わらない。

 

「ただいま」

 

 思考の海に頭の半分を溶け込ませながら、澪は自身の部屋の扉を開けた。一人で暮らしていた頃なら挨拶などしないが、今は同居人がいる。

 他人に対して基本的に興味を持たない自分が気にかける少年。

 

「……まあ、流石に寝ているか」

 

 点いている電気は申し訳程度だ。当然といえば当然である。こんな時間まで起きている理由がない。

 とりあえずスーツを脱ぎ、ズボンと上着をハンガーに掛けておく。シャツはそれ用の籠へ。以前はたまに来てくれる二条紅里がやっていてくれた家事を、今は同居人である夢神祇園がやってくれている。

 申し訳ないとも思うが、独り暮らしで一番理解したのが自分に家事はできないということだ。故に、その好意に甘えている。

 

「…………」

 

 シャワーを浴び、疲れと汚れを落とす。あまり長湯は好きではないが、疲れた時に風呂に入りたいと思うのはやはり自分も女性なのだと思う。

 ……向こうが手を出してくることはないとはいえ、平然と男と同棲している身で言うことでもないだろうが。

 

「全く、手を出してきてもいいというのに」

 

 髪をドライヤーで乾かしつつ、小声で呟く。無論、同居人である少年がそんなことをできるはずがない。彼は真面目である上に義理堅い。こちらに手を出してくるようなことは有り得ないだろう。

 それに、何というか……時々だが、夢神祇園という少年は何かに怯えているような気がする。

 同居を薦めた時も、ウエスト校に編入した時も。彼は自身でも気付かない『怯え』を見せていた。

 

(……他人からの好意と、自身が幸福になることにトラウマがあるのだろうな)

 

 何となくだが、わかる。彼の今まで歩んできた道は、かなり険しいものだった。その経験が、彼の心の中で無意識のうちにブレーキをかけているのだろう。

 好意が本当に好意なのかがわからない――要は、そういうことだ。

 

(まあ、それは時間をかけて矯正するしかない。私も人のことは言えん身だ)

 

 リビングに入る。電気が点いているが、消し忘れだろうか。祇園らしくもない。そんなことを思いつつ部屋に入った澪は、そこにいた人物に驚きを覚えた。

 

「……少年」

 

 そこにいたのは、ソファーに座って眠りについている一人の少年だった。テーブルに本が置かれているところを見ると、読書の途中で眠ってしまったのだろう。

 

「……これは、夜食か」

 

 そして、キッチン側のテーブルには『良ければ食べてください』というメモと共に軽食が置かれている。夕食は忙しさのせいで軽めのものしか口にできなかったので、正直かなりありがたかった。

 

「待っていてくれたのか、私を。……優しいな、キミは。本当に優しい」

 

 見ていて不安になるくらいに――そう呟き、眠っている祇園に寝室から毛布を持ってきてかけてやる。疲れているのか、目を覚ます様子はない。

 

「寝顔は天使、だったか。紅里くんが普段昼寝している時から思っていたが、寝顔というのは可愛いものだ」

 

 どんな人間でも無防備を晒してしまう状態が、眠っている時だ。本当に、可愛らしい。

 先日の代表戦で敗北し、一縷の望みを懸けて予選から〝ルーキーズ杯〟の本選まで勝ち上がると決めた祇園。彼はそのために出来得る限りの努力をしている。

 頑張って欲しいと思う。だが同時に、無理をしないで欲しいとも。これがどういう感情なのかは、正直わからないのだが――……

 

「ありがとう、少年」

 

 眠っているその頬に顔を近付け、小さく触れる。

 悪戯が成功した子供のように、澪は微笑した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 目を覚ますと同時に、眩しい、という感想が浮かんだ。リビングに差し込んでくる光に、顔をしかめる。

 朝早く起きることが習慣になっているため、休日だというのに早い時間で目が覚めた。それでも午前八時なので、普段に比べると遅いし学校がある日なら寝坊になる。

 まあ、昨日は夜更かしもしてしまったので妥当かもしれないが。

 

「…………」

 

 目を擦り、起き上がろうとする祇園。しかし、その途中で自身の右側に何かがあることに気付いた。

 

「……ん」

 

 そこにいたのは、同居人であり、家主であり、恩人でもある人物。

 ――烏丸澪。

 その女性が、何故か自分と一緒に毛布をかぶって隣で眠っていた。

 

「え、あ、ええっ……?」

 

 寝起きは悪い方ではない。むしろ、すぐに頭は覚醒する方だ。顔でも洗えばそれで気がしっかりしてくる。

 だが、流石にこの状況では困惑しか浮かんでこなかった。何故――いや、毛布はわかる。澪が掛けてくれたのだろう。だが、何故この人が隣で一緒になって同じ毛布にくるまって眠っているのか。

 ……しかも、しっかりと両手で右腕を掴まれている。非常に柔らかい感触が、余計に冷静な判断を奪う。

 

「ちょっ、澪さん? あの、起きて……」

 

 まだ混乱しているが、とりあえず体を揺すって起こすことを試みる。掴まれている右腕を離してもらおうと手を懸けたが、存外力が強くてどうにもならない。

 どうしよう――そんなことを思っていると、澪が薄く目を開けた。一瞬ドキリとしたが、すぐにその肩を揺さぶる。

 

「起きてください、澪さん」

「…………んー……」

 

 ぼうっとした瞳でこちらを見上げる澪。普段はあれだけ凛々しいのに、この瞬間の澪はそんな雰囲気は微塵も感じさせなかった。

 澪は朝が弱い。基本的に起きてから一時間ほどはぼうっとしており、本人によるとその時間の記憶はないらしい。そんな彼女に朝食を食べさせるのはいつものことだ。

 

「あの、手を離してくれると嬉しいんですが……」

「…………」

 

 澪は一度こちらをじっくりと見つめた後、しかし、何の反応も示さぬままもう一度眠りについた。

 ……二度寝するつもりのようである。

 

「ちょっ、澪さん?」

 

 声をかけ、体を揺するが……反応はない。

 しばらく、起きそうな気配はなかった。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 結局、澪が再び目を覚ましたのは二時間後だった。相変わらず起きてからの一時間はぼうっとしており、最終的に朝食は抜きになってしまう。

 昼食時に澪は苦笑しながら謝ってきたが、別に謝られるようなことではない。……驚きはしたが。

 

「昔からどうも朝は苦手でな……。幼い頃からよく周囲に迷惑をかけたものだ」

「そうだったんですか?」

「ああ。特に弟と私の世話役だった人には随分と世話になった。キミにも迷惑をかけてすまない」

「あ、いえ、それは平気なんですが……」

 

 それは本心だ。別に迷惑というほどの事でもない。得に危害を加えられるわけでもないし、そもそもこういう部分がある方が好印象を持てる。澪はその身に纏う雰囲気から完璧超人のようなイメージがあり、どうも近付き難いのだ。

 

「そうか。そう言ってくれると嬉しいよ」

 

 澪が微笑む。今日は特に予定もないため、二人で向かい合わせのソファーに座ってのんびりしている状態だ。買物に行こうと思ったが、特に必要なものはないとしてやめることにした。

 その結果、少々手持無沙汰になったが澪は「たまにはいいだろう」として休めと言ってくる。常に何かをしていないと落ち着かないのは、やはり自分の貧乏性故だろうか。

 まあ、考えても仕方がない。祇園はコーヒーを啜りつつ、そういえば、と言葉を紡いだ。

 

「弟さん、いらしたんですね」

「ん、ああ。弟といっても直接ではないがな。血は半分ほど同じだが」

「ええっと……?」

「説明してもいいが、どうせつまらん話だ。聞くだけ損だよ、少年」

 

 苦笑を零す澪。そんな風に言われてはこれ以上聞くことはできない。おそらく触れて欲しくない部分なのだろう。

 

(まあ、話したくないことはあるだろうし。……でも、世話役かぁ……)

 

 やはりというべきか、澪は相当な良家のお嬢様だったのだろう。立ち振る舞いから気品が感じられるし、食事の仕方などもかなり丁寧だ。育ちの良さがよくわかる。

 だが、だからこそ疑問に思う部分がある。プロデュエリストにしてタイトルの一つである〝祿王〟を預かる〝日本三強〟が一角。凄まじい経歴を持つ彼女だが、しかし、それでも未だ十八を迎える前の少女だ。だというのにどうして一人暮らしなどしているのか。

 

「気になるか、少年?」

 

 微笑を零し、問いかけてくる澪。慌てて否定したが、澪は笑いながらこちらを指さしてきた。

 

「キミは表情がわかり易い。……大した理由ではないさ。本当に、くだらん理由だ」

 

 どこか自嘲気味に言う澪。あの、と祇園は言葉を紡いだ。

 

「その、無理に話してもらわなくても……」

「……まあ、あまり詳しくは語れないが、少しくらいならいいだろう。紅里くんなどはこの辺りのゴタゴタを知っているしな」

 

 そう言うと、澪はコーヒーカップを机に置いた。そして、窓の方へと視線を向ける。

 どこか遠くを見るその横顔は……酷く、寂しいものに見えた。

 

「話は単純だ。私はな、家出をしているんだよ」

「家出、ですか」

「こちらからは絶縁したつもりであるし、その手続きも終えているから単純な家出とは違うがな。まあ、色々あった。思い出したくもないが……」

 

 そこで、祇園は気付いた。澪の腕――腕を組んだその手が、僅かに震えていることに。

 

「澪さん、無理は……」

「いや、大丈夫だ。これは恐怖ではない。怒りだよ。感情が動くことなどそうないのだが、あのどうしようもない男のことについてはすぐに怒りが込み上げてくる。忘れようと思っているのだが」

「……無理はしないでください」

「キミは優しいな。だが、たまにはこうして吐き出すことも必要だ。キミのことは信用している。だから、吐き出せる。……それに」

 

 そこで、澪は真剣な表情で祇園を見た。鋭い視線が、こちらを射抜く。

 

「キミがプロデュエリストを目指すのであれば、この手の話は知っておくべきでもある」

「…………」

「世の中にはなどうしようもない人間というものもいるんだよ、少年。本当に……どうしようもない。悪意を悪意と自覚して犯罪を犯す愚か者など可愛いものだ。あの男はそんな次元にさえいない。『善意で人を殺す』んだよ。そしてその善意が向けられているのは自分自身にだけだ。そういう、どうしようもないあの男が私はどうしようもないくらいに嫌いだった。憎悪さえしていた。我が母を、文字通りその手で殺した男など認められるわけがない」

 

 天井を見上げ、澪は言う。その表情は見えない。

 

「だが、どうにもできなかった。それどころか次は私だと思ってしまった。だから、逃げた。……卑怯だろう? 復讐も何もしなかったんだ。私はな、逃げた。それだけだ」

「……逃げた、ですか」

「その判断が間違っていたとは思えん。幸いというべきか、私には才能があった。故にあの男も私を生かしていたが……私が意に沿わないことをすれば、それこそどんな手を使ってでも私を屈服させようとしただろう。そういう男だ。本当にどうしようもない。この世の悪意? 違うな。善意の全てを――それも己に対するモノのみを掻き集め、凝縮したような男だった。今日もあの男に泣かされている者がいるだろうし、それこそ消されている者もいるかもしれん。だが、私は逃げた」

 

 澪は再びこちらへと視線を向けた。その表情には苦笑が浮かんでいる。

 

「軽蔑するか、私を? 私は誰かが傷つくと知っていて、そうなるであろうことは間違いないことも予測していて、それでも何もせずに逃げたんだ。卑怯者と呼ばれても仕方がない」

「……詳しいことがわからないから、言い切れないですけど……。それは、仕方がなかったんですよね? 逃げなければ、澪さんは」

「それは断言できる。逃げなければ私がこうして生きていたかどうかも怪しかった話だ」

「なら、正しかったんです。最善じゃなかったかもしれないですけど、それは最悪じゃなかったはずです。……人にできることなんて、限られてるんですから」

 

 最後の言葉は、自分自身に向けた言葉だった。どうしようもないほどに辛い日々。そこから抜け出すことを願いながら、結局何もできなかった自分。

 烏丸澪は偉大な人物だ。だが、そんな彼女でもできないことはある。

 ただ、それだけのこと。

 

「キミは優しいな。本当に優しい」

 

 自嘲するように笑い、澪は一度手で自身の顔を覆う。今の彼女が何を考えているのか、祇園にはわからなかった。

 

「……ありがとう、少年」

 

 ポツリと、澪は呟いた。祇園は戸惑うが、はい、と頷く。澪は、小さく微笑んだ。

 

「妙な話をしてしまったな。さて、本題だ。この話とキミの目指すプロデュエリストとの関係だが――」

 

 澪が言いかけた瞬間、チャイムが鳴った。オートロックのマンションなので、おそらく下に来客がいるのだろう。

 

「む、来客か。紅里くんかな?」

「出てみますね」

「私も出よう」

 

 立ち上がると、澪もそういって追従してきた。断るのも妙な話なので、二人でインターホンと繋がっている電話のところへ行く。流石に〝祿王〟が暮らすマンションということはあり、来客の姿がカメラで見れるようになっていた。

 

「はい」

 

 機器を操作し、カメラと接続する。そして、カメラに映った人物に祇園は思わず身を竦ませた。

 

『烏丸澪サンのお宅でしょうか……』

 

 そう言ってカメラの向こうにいたのは、かなり体格のいい男だった。鋭い目つきが睨むようにしてこちらを見ている。カメラ越しなのでこちらの姿は見えていないはずだが、人でも殺していそうなその視線に思わず唾を飲み込んでしまう。

 外見で人を判断してはならない――そんなことは祇園とて理解している。だが、先程の澪の話を聞き、頭に浮かんでいた可能性……それが目の前に現れたようで、思わず固まってしまった。

 そんな自分に気付いてか気付かずか、澪はカメラの方へと視線を向けると、ほう、と声を漏らした。

 

「これは珍しい客だ。安心するといい、少年。あれは私の知り合いだ」

「そう……なんですか?」

「ああ。――ギンジ、いま鍵を開ける。部屋はわかるな?」

『……ありがとうございます……』

 

 相手はこちらへと礼儀正しく頭を下げると――実際にはカメラに対してなのだろうが――オートロックの扉をくぐって中へと入ってきた。

 

「噂をすれば何とやら、だな。まあ、大して噂などしていないが」

「ええっと……」

「ん、ああ。言っただろう? 弟のような者がいる、と。あれがそうだ。まあ、悪い奴ではない」

 

 くっく、と笑いながら言う澪。それとほとんど同時に、扉が開いた。

 ――そして。

 

「失礼しやす……」

 

 部屋に入ってきたその人物に、思わず悲鳴を上げそうになった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 その人物の身長は、百八十以上は優にあるように見えた。更に体格もよく、丸太のような腕をしている。その上でまるでこちらを狙う肉食獣のような鋭い目をしており、その左目のを通る大きな傷がより一層威圧感を増している。

 要するに、怖い。いわゆる『あの』職業の方だと連想してしまいそうなくらいだ。

 

「さて、紹介しよう、少年。私の……まあ、弟のような存在の、烏丸銀次郎だ」

「……烏丸銀次郎です、よろしくお願いしやす……」

「ゆ、夢神祇園です。澪さんにはいつもお世話になっています」

 

 慌てて頭を下げる。澪が笑った。

 

「くっく、ギンジを見て悲鳴を上げないのは大したものだよ少年。あの朱里くんでさえ、初対面の時は悲鳴を上げて泣きそうになっていたからな」

「……御嬢サン、それは……」

「ただの思い出話だよ。……まあ、座るといい。わざわざここへ来たということは、何か話でもあって来たのだろう?」

「……ハイ……」

 

 澪に促されるまま、銀次郎が席に座る。澪は銀次郎と向かい合うように座り、祇園は二人へとコーヒーを差し出した。好みがわからなかったので、とりあえず砂糖とシロップを付けておく。

 

「……ム」

「…………!」

 

 呻くような声に、思わず体を震わせてしまった。コーヒーはダメだったのだろうか――嫌な汗を掻きながらそんなことを思っていると、澪が思い出したように言葉を紡ぐ。

 

「ああ、そういえば甘党だったな。すまない、少年。砂糖をもう少し持ってきてやってくれ」

「あ、は、はい!」

 

 僅かに声が裏返ってしまった。そのまま慌てて砂糖を準備し、銀次郎に手渡す。銀次郎はそれを両手で受け取ると、深々と頭を下げてきた。

 

「……ありがとうございます……」

 

 腹に響いてくるような声に、いえ……、と小さく返すことしかできない。元々初対面の人との会話は得意ではない祇園だ。見た目からして恐怖の対象のような相手だと、色々と辛い。更になんというか、笑顔が怖い。もの凄く怖いのだ。

 コーヒーに砂糖を三袋分、たっぷりと入れる銀次郎。甘党というのは本当らしい。祇園はどうしようかと少し考えたが、澪に呼ばれ澪の隣に腰を下ろした。ちなみにエプロンを着けたままである。

 

「さて、事前連絡もなしにここへ来るぐらいだ。何かあったのだろう? まあ、予想はついているが」

「……ハイ……。すみまセン、御嬢サン……」

「私に謝ってどうする。お前の道だろう、ギンジ?」

 

 烏丸銀次郎――そう名乗った男は、澪のその言葉にゆっくりと頷いた。相変わらずこちらを殺すような目つきをしているが、どこかその目の光が弱々しい。

 

「だからその姿勢が……まあいい。――少年、すまないが協力してくれ」

「え、あ、はい。何ですか?」

「ギンジとデュエルをしてやってくれ。ギンジ、帰りならデュエルディスクは持っているな?」

 

 こちらの返事を待つ前に、銀次郎へと問いかける澪。銀次郎はハイ、と頷いた。

 

「み、澪さん。いきなりデュエルなんて……」

「私では意味がないんだ。頼む、少年」

 

 こちらを見つめ、そういってくる澪。一度ギンジへと視線を向けると、その鋭い目つきに思わず嫌な汗を感じてしまった。

 だが、デュエル――それなら、まだ、やれないことはない。

 

「わかり、ました」

「ありがとう、少年。早速やろうか。――ギンジ、見せてみろ。お前のデュエルを」

「……ハイ」

 

 銀次郎が立ち上がる。やはり背が高い。対面すると、余計にその大きさがよくわかる。

 

「……よろしくお願いします、兄サン……」

 

 その言葉に、どうにか頷きを返し。

 デュエルが――始まった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ソファーなどを移動させ、スペースを作る。こういう時、移動が簡単な家具は非常に助かる。

 デュエルディスクの出力を調整し、ソリッドヴィジョンの大きさを小さくすると、準備は完了だ。

 

「……先行は私です……、ドロー……」

 

 銀次郎の先行によってデュエルが始まる。一体どんなデッキか――警戒しつつ、前を見る。

 

「……モンスターをセット、カードを一枚セットしてターンエンドです……」

「僕のターン、ドロー」

 

 銀次郎の始まりは非常に静かだ。まあ、普通といえばそれまでだろうが。

 

(どうしようか……)

 

 手札を見る。今回は一気に展開はできそうにない。手札に『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』がいるのはラッキーだが、ライトパルサードラゴンがいない。今出すのは得策ではないだろう。

 

「僕は『ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―』を召喚します」

 

 ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―☆4闇ATK/DEF1500/1100

 

 現れたのは、金髪をポニーテールにした魔術師だ。特殊効果はあるが、今は関係ないのでおいておく。

 

「バトルです。セットモンスターへ攻撃」

「……セットモンスターは『レプティレス・ガードナー』です、守備力は2000……」

「う……」

 

 レプティレス・ガードナー☆4水ATK/DEF0/2000

 

 祇園LP4000→3500

 

 反射ダメージにより、ライフポイントが削られる。守備力2000――ずいぶんと硬い。

 

「僕はカードを一枚セット、ターンを――」

「――エンドフェイズ、リバースカードを発動します……。罠カード『毒蛇の供物』……自分フィールド上の爬虫類族モンスター一体と、相手フィールド上のカードを二枚、破壊」

「ッ、ドラゴン・ウイッチの効果です。手札からドラゴン族モンスターを捨て、破壊から逃れます。『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を墓地へ」

 

 レッドアイズは墓地に送っておいた方が色々と都合がいい。伏せカードであった『激流葬』が破壊されたのは痛いが……それは仕方がない。

 

「……『レプティレス・ガードナー』の効果を発動します……。このカードが破壊され墓地に送られた時、デッキから『レプティレス』を一体、手札に加える。私は『レプティレス・ヴァースキ』を手札へ……」

 

 レプティレス・ヴァースキ――非常に珍しいカテゴリーにおける切り札を手札へ加える銀次郎。正直、状況はあまりよろしくない。

 

「……私のターン、ドロー。手札より、『ゼンマイラビット』を召喚……」

 

 ゼンマイラビット☆3地1400/600

 

 現れたのは、ゼンマイ仕掛けのウサギだ。だが、その攻撃力ではドラゴン・ウイッチには届かない。

 どうするつもりなのだろう――そんなことを思うなか、銀次郎はカードを一枚、デュエルディスクにセットする。

 

「……カードを一枚伏せ、ターンエンドです」

「僕のターン、ドロー」

 

 手札を見る。……これなら、動ける。

 

「僕は手札より魔法カード『愚かな埋葬』を発動。デッキからモンスターを一体、墓地へ送ります。『ライトパルサー・ドラゴン』を墓地へ。更に、魔法カード『死者蘇生』を発動。『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を蘇生し、更にレッドアイズの効果で『ライトパルサー・ドラゴン』を蘇生!」

 

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇ATK/DEF2800/2400

 ライトパルサー・ドラゴン☆6光ATK/DEF2500/2000

 ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―☆4闇ATK/DEF1500/1100

 

 まるで魔術師が従えるかのように並び立つ、二体の竜。おそらくだが、銀次郎のデッキの基本は『待ち』。出来うる限り早急に攻撃し、決着をつけなければならない。

 ――だが。

 

「『ゼンマイ・ラビット』の効果を発動……自分フィールド上の『ゼンマイ』と名のついたモンスターを選択して次の自分のスタンバイフェイズまで除外。ラビットを除外……」

「…………?」

 

 思わず眉をひそめる。どういうつもりだろうか。確かに、今そのモンスターがいたところでダメージ的には無意味だが――

 

「――そしてゼンマイラビットが除外された瞬間、罠カード発動。『ゼロ・フォース』。自分フィールド上の表側表示モンスターが除外されたときに発動でき、フィールド上の表側表示モンスターの攻撃力は全て0に……」

「そんな……!」

 

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇ATK/DEF2800/2400→0/2400

 ライトパルサー・ドラゴン☆6光ATK/DEF2500/2000→0/2000

 ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―☆4闇ATK/DEF1500/1100→0/1100

 

 三体のモンスターの攻撃力が全て0になる。これでは、攻撃もできない。

 

「ッ、僕はカードを一枚伏せ、ターンエンドです」

「……私のターン、ドロー。スタンバイフェイズ、『ゼンマイ・ラビット』が帰ってきます……」

 

 ゼンマイ・ラビット☆3地ATK/DEF1400/600

 

 ゼンマイ仕掛けのウサギが戻ってくる。銀次郎はもう一度手札を見ると、一枚のカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

「……ドラゴン・ウイッチとライトパルサー・ドラゴンを生贄に捧げ、『レプティレス・ヴァースキ』を特殊召喚……!」

 

 レプティレス・ヴァースキ☆8闇ATK/DEF2600/0

 

 現れたのは、いくつもの腕を持つレプティレスの女王。その特殊召喚の条件こそ難しいが、その分強力な力を持つ。

 

「……ヴァ―スキはフィールド上の攻撃力0のモンスターを二体、生贄に捧げることで特殊召喚できます……。私は更に、『レプティレス・スキュラ』を召喚……」

 

 レプティレス・スキュラ☆4闇ATK/DEF1800/1200

 

 現れる更なるモンスター。攻撃力を考えれば、耐えられる道理はない。

 

「……バトルフェイズに入ります……。スキュラでレッドアイズを攻撃。スキュラは攻撃力0のモンスターを戦闘で破壊した時、そのモンスターを効果を無効にして守備表示でこちらへ特殊召喚します……」

「ッ、レッドアイズ……!」

 

 祇園LP3500→1700

 

 ライフポイントが大きく削り取られ、更にレッドアイズまで奪われた。

 もう……打つ手はない。

 

「……ヴァースキでダイレクトアタック……!」

「……負け、ですね」

 

 祇園LP1700→-900

 

 静かなデュエルは。

 こうして、静かなままに終わりを迎えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 手も足も出なかった。いや、やりようは他にもあったのかもしれないが、今の自分にはこれが限界だ。

 やはり、カードの知識とは重要だ。『ゼンマイラビット』と『ゼロ・フォース』――あんな使い方があるとは。

 

「ありがとう、ございました」

「……いえ、こちらこそ……」

 

 笑みを浮かべる銀次郎。正直、かなり怖い。どう考えても一般人の顔ではないのだ。

 

「いいデュエルだったよ、少年、ギンジ」

 

 軽く手を叩きながら、笑みを浮かべてそんなことを言ってきたのは澪だ。銀次郎が頭を下げる。

 

「……恐縮です」

「そう謙遜するな、ギンジ。見ないうちに強くなったな。……少年も深く落ち込む必要はない。ギンジはこう見えてプロデュエリストだ」

「そう、なんですか?」

 

 思わず銀次郎の方を見てしまう。すると、銀次郎は小さく笑みを浮かべた。おそらく苦笑しているのだろうが……怖い。先程の笑顔よりはかなりマシではあるが。

 

「とはいっても、二軍暮らしだがな。最近一軍にようやく上がれたと聞いていたが……一軍昇格の時に来なかったというのに今ここに来たということは、大方二軍行きを告げられたといったところだろう」

「……ハイ……」

「……二軍、ですか」

「まあ、言いたいことはわかる。大方、『自分に足りないものを見つけて来い』とでも言われたのだろう? きっかけは一昨日の試合か。ドラフト五位の選手に、そうチャンスは回ってこない。そのチャンスであれだけ無様なデュエルをすれば当然だな」

「……ハイ……」

 

 腕を組みながら言う澪に、どこか小さくなりつつ頷く銀次郎。澪は鋭い視線を銀次郎に向けつつ、言っておくが、と言葉を紡いだ。

 

「私にアドバイスできることはない。それはギンジ、お前自身が一番理解しているだろう? 私には誰かを教え導くことなどできんよ。……わかったなら、帰るといい」

「……ハイ、失礼しました……」

 

 礼儀正しく頭を下げ、部屋を出ていく銀次郎。澪はそれを見送ると、自身の部屋へと入ってしまった。

 どうしていいかわからず、困惑する祇園。先程の話によると、澪は父親のことが嫌いで絶縁していたのだという。だが、弟と呼ぶ相手のことは――

 

「…………ッ、うん……!」

 

 意を決し、一度大きく深呼吸をする。そうしてから、祇園は部屋の扉を開けた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 外の空気が酷く冷たい。吐く息は白く、宙に溶けていく様はどこか物悲しい。

 姉とも呼べる人物は相変わらずだった。手厳しい言葉をぶつけてくるところも変わっていない。だがそれはこちらのことを想ってであり、その優しさが身に染みる。

 まあ、だからといって自身の問題が解決したわけではないが。

 

「…………」

 

 ため息を零す。憧れて、目指した世界。やはり、自分には向いていなかったのだろうか――

 

「あ、あの」

 

 不意に、背後から声をかけられた。振り返ると、そこにいたのは先程デュエルをした相手。

 

「……どうされました……?」

「あ、えっと、その……澪さん、多分、傷つけるために言ったんじゃ、その、ないと思うんです」

 

 しどろもどろになりながら、その少年は必死に言葉を紡いでくる。正直、驚きで固まってしまった。

 

「その、僕、退学になって……ウエスト校に編入して、住む家なくて、澪さんに世話になっているんです。え、えっと、だからその……澪さん、すごく優しい人、ですから……。あの、嫌いには……」

「……大丈夫です……。御嬢サンの優しさは、知ってます……」

 

 マンションを見上げる。澪の住んでいる部屋――そこから、彼女の視線を感じた気がした。

 

「え、えっと……」

「……私を甘やかさないつもりなんでしょう……。弱気になっていました……。ありがとうございます……」

「そ、そんな、僕なんて……」

 

 縮こまってしまう少年。だが、この少年の優しさはよく伝わってきた。だからこそ、澪もこの少年を傍においているのだろう。人の価値を定める時は異常にシビアなのが澪だ。……幼い頃はそのせいでよくトラブルになったのが懐かしい。

 

「あの、烏丸さん……?」

「……銀次郎でお願いします……。御嬢サンと紛らわしいンで……」

「え、えっと、じゃあ、銀次郎さん……。その、僕なんかが偉そうに、って思われるかもしれないんですが……。頑張って、ください。試合、見に行きます」

「……私は、二軍ですよ……?」

「見に行きます」

 

 言われ、少したじろいでしまった。しかし、同時に嬉しさで口元が吊り上っていくのもわかる。

 

「……一軍に、上がれたら。御嬢サンと一緒に来てください……」

「は、はいっ!」

「……お名前、もう一度お聞きしても……?」

「祇園です。夢神祇園」

「……夢神サン、御嬢サンをお願いします。御嬢サンは寂しがり屋なんで……、夢神サンのような人が傍にいてくれるなら、安心できます……」

「僕なんかに何ができるかはわかりませんが……。恩返しは、します。必ず」

「……ありがとう、ございます……」

 

 頭を下げ、その場を立ち去る。寒さは、先ほどまでのような辛さを感じさせなくなっていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 部屋に戻ると、玄関のところで澪が待っていた。普段の彼女らしくもなく、どこか落ち着きがない。

 

「……お帰り、少年」

「はい。ただいまです」

 

 返事を返す。澪は頷いた後、どこか言い難そうに言葉を紡いだ。

 

「……ギンジは、何か言っていたか?」

「お礼を言われました。晩御飯、作りますね」

 

 時計を見、少し早いと思いながらも晩御飯の準備に取り掛かろうとする。澪は何かを言いかけ、飲み込んだ。祇園は、そんな澪に対してエプロンを着けながら言葉を紡ぐ。

 

「大丈夫ですよ。姉弟なんですから。澪さんの伝えたかったことは、伝わっているはずです」

「……そうか」

「はい。……でも、どうして僕とデュエルを? 澪さんがやれば……」

「私ではギンジの心をへし折る結果になるだけだ。あの面構えと体格をしておいて、ギンジは昔からどうも小心者の嫌いがある。表情に出にくいから周りが気付かんだけでな。……足りないのは心の部分だ。私はそう思う。そしてそれは、私には伝えられんことだよ」

 

 自重するように笑う澪。その笑顔の奥に隠された感情は、何なのか。

 

「いっそ全てを失くせば私のようにもなれるが、そうもいかん。ならば十全の心を持つしかない。だが、ギンジはできない。いや、できていない。要はそういうことだ。キミとのデュエルなら、何かを掴んでくれるかと思ってな。キミもプロの実力を肌で感じることができる。一石二鳥だ」

「成程……」

「……プロというのはシビアな世界だ。なあ、少年。自由契約――要するにチームを首になる者の平均年齢はいくつだと思う?」

「え、えっと……」

 

 いくつだろう、と思う。現在活躍している人たちは、それこそ様々な年齢の者がいる。正直わからない。

 それを感じ取ったのだろう。澪は頷きながら言葉を紡いだ。

 

「25、6だ。これでも甘く計算して、だがな。大卒から考えて精々が三年……その間に結果を出せなければ首を切られる。そういう世界だ。ギンジは一年目、二年目と芽が出ず、三年目の今年にようやく一軍に呼ばれた。背水で戦っている状態なわけだな。本人もそれをわかっているのだろう。だから、縋るようにここに来た」

 

 だが、澪は敢えてその手を振り払った。プロとは、結局最後に頼れるのは己だけになる世界である。だからこそ、澪はその手を振り払った。

 

「なあ、少年。キミはそれでも、プロを目指すのか?」

「……憧れた場所で、夢を叶えるための場所ですから」

 

 その答えは、酷く自然に口にできた。

 今日敗北したように、プロにはまだ遠く及ばないけれど。

 それでも、僕は――

 

「だから、諦めません」

 

 その、言葉に。

 

「期待しているよ」

 

 澪は、微笑と共に頷いた。

 

 

 

 

「ああ、ちなみに」

「わわ、お鍋が……! はい、なんですか?」

「ギンジは今年で21だ」

「……………………えっ?」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 夜。祇園が洗い物をしている時間、澪は自身の部屋でとある人物に電話をかけていた。数回のコールの後、相手が出てくる。

 

『……ハイ……』

「今、大丈夫か?」

『ええ……大丈夫です……』

「ならばよかった。……今日のデュエルで、何かを掴めたか?」

『……まだ、わかりませんが……夢神サンと、約束しましたんで……』

「ほう」

 

 約束――その言葉に口元が緩む。彼は次から次へと、こうして約束を紡いでいく。

 人と交わるのが苦手だからこそ、こうして繋がっていくのだろう。

 

『……いい少年です……』

「本当にな。だからこそ見守りたいと思うし、傍にいて心地いい」

『……御嬢サン、もしかして……』

「さて、な。それはわからん。私自身、自分の気持ちがよくわかっていないのでな」

 

 そう、よくわからない。

 誰かに対してここまで興味を示すこと自体が、初めてだったから。

 

「だがまあ、頑張れ。応援しているよ」

『……ありがとう、ございます……』

「今度は弟として来い。少年の作る食事は美味しいぞ? そしてその時はいい知らせを聞かせてくれることを期待している」

『……ハイ……』

 

 電話を切る。部屋を出ると、祇園がこちらを見て笑顔を浮かべた。

 

「あ、澪さん。軽いデザートを作ったんですが、食べますか?」

「頂くよ」

 

 頷きを返す。その中で、澪は思う。

 他人に対して興味を持つことは今までほとんどなかった。だが、今の自分はこうしてかつての自分なら容赦なく切り捨てていたような少年に興味を抱いている。

 それが、どういう意味なのか。

 どういう、ことなのか。

 わからない。今はまだ、わからなくていい。

 そう、今は。この生活を続けられれば――

 

「いい気分だ」

 

 口元が緩んでいることを自覚しながら。

 澪は、呟いた。










プロの世界の現実、そして己の実力。今はまだ、遙か遠くにあるその世界を少年は見つめる。
それを見守る少女の心は、何を映しているのか……。









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第三十七話 奇跡の巫女、堕天の王

 

 運がない日だ、と烏丸澪は思った。東北にある有力会社で行われた一つの契約。次の〝タイトルカーニバル〟のスポンサーになってくれるという企業に契約のために訪れたのだが、そこで問題が起こってしまった。

 シーズン戦を終えてから少しして行われる、日本にある五つのタイトルを懸けた戦い――〝タイトルカーニバル〟。日本ランキング26位以上の者のみが参戦できる5つの大会で優勝した者のみがそれぞれのタイトルホルダーへと挑める、日本中が注目する大会だ。

 タイトルホルダーたちは基本的に年中挑戦を受け付けており、タイトルホルダーが挑戦を受諾すればいつでも日程は組める。もっとも、挑む権利を持つのは日本ランキング8位以上のデュエリストのみだが。

 そして現在タイトルを保有する三人は『来る者拒まず』のスタンスなのだが、あまり挑戦する者はいない。シーズンが忙しいということもあるし、何より風潮として『〝タイトルカーニバル〟でタイトルを奪還することこそが正当である』というものが広がっているためだ。

 それ故にカーニバルの注目度は高く、一ヶ月もかけて行われるにもかかわらず全試合が全国に放映される。毎年、放映権はテレビ局同士の奪い合いだ。

 これだけ注目を浴びる〝タイトルカーニバル〟だが、だからといって無料でやれるわけではない。KC社とI²社という二大会社が筆頭としてスポンサーに名を連ねているとはいえ、無限に資金があるわけではないのだ。他にもスポンサーは必要になる。

 普段ならカーニバルのスポンサーへの挨拶は海馬社長かペガサス会長、そしてタイトルホルダーの代表としてDDが参加するのが常だ。言い方は悪いが、三人のタイトルホルダーの中ではDDが一番『まとも』であるためである。

 ……まあ、一人はメディアに滅多に顔を出さない〝幻の王〟であり、一人は自分の興味がないことには一切関わろうとしない〝偏屈〟であるなら、消去法でそうするしかないのだが。

 

「これは参りましたね、会長」

 

 現状を確認するように呟きを漏らす。契約自体は意外と手早く終わった。個人契約としてインタビューする際に自社製品を使って欲しいというものを結ぶことになったのは余計だったが、それ自体は特に問題ない。アパレル関係の大手企業なので、サンプル品はむしろ楽しみといえる。

 とはいえ、あまりメディアに出ない自分でいいのかという疑問はあったが……その辺りはむしろ、だからこそ良いらしい。あまり出ないからこそ、稀に出た時に人目を引くのだとか。

 その辺についてはマネージャーに任せているので放置している。必要とあればそうするだけだ。

 だから、契約は問題なかった。むしろ一瞬で決まり、時間を持て余したくらいだ。

 ……しかし。

 

「イエス、まさか土砂崩れで道がふさがれてしまうとハ……」

 

 叩き付けるような雨の音が聞こえる車内で、隣に座る人物――ペガサス・J・クロフォードがそう言って頷いた。現在、運転席や後部座席に二人を警護する者の姿はない。運転手を合わせて四人いたのだが、誰もいなくなっている。全員、この先の様子を見に行っているのだ。

 

「元々雲行きは怪しかったですから、妥当といえば妥当なのかもしれません。しかし、まさかこんな場所で足止めをくうことになるとは思いませんでした」

「それは言っても仕方ありまセン。デスが、問題なのは近辺に一夜を過ごせる場所があるかどうかデース」

「……来る途中に小さな村があった気がします」

「そこでお世話になるしかないでショウ」

 

 うんうんとペガサスが頷く。全く、面倒なものだ。まあ、帰ったところで何かがあるわけでもないが。

 どうせ学校で退屈な時間を送るだけ。まあ、家の方が気が楽なのでできるならその方がいいが。

 

「ペガサス様、烏丸様。やはりこの先は土砂崩れで通行止めです」

 

 黒服の一人が窓を叩き、そんなことを言ってきた。やはり帰ることはできないらしい。

 

「仕方ありまセン。アナタたちも戻ってくだサーイ。来る途中にあった村に身を寄せマース」

 

 ペガサスの指示。実際、そうする以外の選択肢はないのだ。

 

「はい。了解しました」

 

 周囲の確認に出ていた黒服たちも戻ってくる。窓を叩く雨は勢いを増し、最早前を見ることさえできなくなっている。

 

「…………」

 

 息を吐く。本当に面倒だ。自身の〝同種〟を探すことを諦めてどれだけ経つか。本当に、日々が退屈で、無意味にしか思えない。

 村へ向かって走り出す車。妙なことになったな、と内心で呟いた。

 

 後に、思う。この時はただ、面倒だと思っただけだった。

 だが、これは偶然でもなんでもない。〝呼ばれた〟のだと。

 

 ――その日の夜に、私はそれを本能的に理解した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 立ち寄った村には宿泊施設がなく、村長の家に泊まることとなった。立派な家屋で、特に問題はないように思われる。

 

「この雨では大変でしたでしょう」

「ありがとうございマース。やはり日本人は優しいデース」

 

 村長の言葉に笑顔で対応しているペガサスの声が聞こえてくる。自分たちの身分を明かすと、最初はやはりというべきかかなり驚かれた。だが逆に、そのおかげで話もスムーズに纏まっている。

 交通網の発達により、日本という小さな国なら大抵の場所に半日と拘らずどこからでも辿り着けるようになった現代。しかし、それでもこういった過疎化した地域は存在している。

 

(やはりというべきか、歓迎されてはいないようだな)

 

 激しい雨が伺える縁側に座りながら、内心でそう呟く。気付かれないようにしているつもりらしいが、一人でこうしている自分をずっと見つめている視線をいくつも感じる。

 悪意は感じないし、害意も感じない。この視線に込められている感情はその一歩手前のものだ。まあ、それでも微かな『敵意』は感じるが。

 

(閉鎖的な村にはありがちではあるが……それにしても、少し度が過ぎているように感じるな。こちらを探っている様子なのはわかるが)

 

 こちらを監視するような粘り気のある視線。それがどうも気になる。何か、触れられたくないものでもあるのだろうか?

 

「澪ガール、部屋へ案内して頂けるようデース。行きまショウ」

 

 そんな、ある意味どうでもいい思考に耽っている時だった。ペガサスが部屋から出てくると共にそんなことを言ったのだ。時間を見ると、結構な時間になっているのがわかる。

 

「ありがとうございます」

 

 そう言って立ち上がる。周囲から、安堵したような僅かな空気の緩みを感じた。

 ペガサスは気付いているのだろうか――にこにこと笑顔を浮かべているその横顔へ視線を向ける。この人はどうも心が読み難い。

 気付いているとは思う。だが、言うべきではないと判断したのだろう。実際、世話になっている状況だ。余計なことに首を突っ込むべきではない。

 

「何かありましたらお呼びください」

 

 客室に通されると、その言葉を残して案内してくれた女性は立ち去って行った。室内には特に変わったところはない。視線も感じないし、問題はないだろう。

 

(……寝よう)

 

 とりあえず今日は疲れた。こういう時はさっさと眠ってしまうに限る。

 用意されていた布団に潜り込み、目を閉じる。外から響いてくる雨の音が、酷く耳に響いていた。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 ふと、目が覚めた。周囲は暗く、まだ深夜だということが伺える。

 雨の音は随分と弱くなっている。それでも止んではいないようだが。

 

「…………」

 

 普段なら夜中に目が覚めるということは有り得ない。そもそも、朝に起きることができるかどうかさえもわからない体質だ。学校へも昼から出ることも多い。

 しかし、目が完全に覚めてしまっている。少し夜風に当たろう――そう思い、部屋を仕切っていた襖を開けて廊下に出た。

 妙に静かな夜だった。雨の音だけが、耳に響く。

 

(静かだな。流石に、人の気配はないか)

 

 音を立てぬように廊下を歩き、外を眺める。雨の勢いは随分と弱くなっている。まあ、それでもその下に出て行こうとは思わないが。

 ふと、外を見る。そして、目に入った光景に思わず足を止めた。

 

 

 ――――それは、幻想的な光景だった。

 

 

 一人の少女が、雨の中にいる。

 その体に薄い光を纏っているように見えるのは、目の錯覚か。雨の中、その少女は静かに、そして神秘的に……舞っていた。

 周囲に人影はない。彼女は一人で踊っている。

 ――いや、〝一人〟というのは間違いか。

 彼女の周囲には、無数の〝人に非ざる者〟がいる。

 

「……精霊か」

 

 精霊――宗教によっては〝神〟とも同一化される存在。DMの知識については相当なものあると辞任していたが、そんな自分でも知らない姿をした者もいる。

 いや、彼らは〝まだ存在していない〟のかもしれない。

 精霊としての姿はある。しかし、DMとしての姿はない。きっと、そういうことで。

 

「――――――――」

 

 少女の唇から、吐息のような声が漏れる。酷く静かで、同時に神聖さを纏った言葉。

 気が付けば、見惚れるようにその光景を眺めていた。

 

「――こんばんは」

 

 不意に、その少女がこちらへ向かって微笑んだ。言葉に詰まる。普段なら決してそんなことはないのに、この時ばかりは即座に返答が返せなかった。

 

「良い、夜ですね」

 

 少女は黙っているこちらをどう思ったのか、そのままゆっくりと頭を下げると無数の精霊たちを引き連れ、立ち去って行った。雨の音だけが、嫌に響く。

 そして、その少女が立ち去った後になってようやく気付く。

 ――この雨の中、少女の身体は僅かも濡れていなかったということに。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 目を覚ますと、布団の中だった。外は明るい。

 ……意識がはっきりしない。とはいえ、これはいつものことだ。後一時間もすれば目も冴えてくるだろう。

 

(昨日の夜のアレは……夢か?)

 

 頭を揺らしつつ、昨日の夜にあったことを思い出す。夢だった可能性は捨てきれない。そもそも、自分が夜中に起き出すことなど普通ならあり得ない。

 ならば、一体何だったのだろうか。あの時見た、幻想的な光景は――

 

「烏丸様、朝食の準備ができたようです」

 

 襖越しに、そんな声が投げかけられてきた。その言葉に、ああ、と返事を返す。

 外の天気は良さそうだが、土砂崩れの復旧は一日で済むものでもないだろう。おそらく、帰れるのは明日以降になるはずだ。

 一日。それだけあれば、自身の中にある疑問を解消するには十分過ぎる。

 

(……まあ、とりあえずは)

 

 立ち上がり、服を着替える。思わず欠伸が漏れてしまった。

 

「朝食の途中で寝ないようにしなければな」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 やはりというべきか、土砂崩れの復旧は今日中には終わらないようだった。明日中には終わるということなので、今日一日はここで過ごすしかないだろう。

 別のルートから出る方法もあるが、昨日の大雨のせいで安全とは言い難い部分がある。今日は仕方ないだろう。

 ペガサスなどは方々に連絡を取っていたが、足止めを喰らっても特に問題のない自分などは気楽なものだ。……まあ、学校には連絡を入れてあるが。

 

「特に娯楽のない場所ですみませんねぇ」

 

 縁側に座っていると、不意にそんな声をかけられた。振り返ると、そこにいたのは年配の女性だ。にこやかな笑顔を浮かべているその人物は、村長の奥さんである。

 

「いえ、普段自然に触れる機会のない身としては新鮮ですよ」

「そう言ってもらえると嬉しいけど、やっぱり都会の人には退屈でしょう?」

「そうでもありません。そもそも、都会での生活など一日中どこかの部屋に篭っているのが常ですから」

 

 それが仕事先であるか、家であるか、はたまた学校であるかの違いはあるが、大抵の人間は一日の大半を同じ室内で過ごすのが常だ。しかもそれは連続するものであり、新鮮さも楽しさも自ら探しに行かなければ見つけることはできない。

 まあ、外に出るつもりも何かを見つけるつもりもない自分には関係ないが。

 

「……そういえば、この村に私よりも小さい子供はおられますか?」

 

 ふと、思い出したように聞いてみる。瞬間。

 

「――――」

 

 一瞬。本当に僅かな瞬間だけ、空気が変わった。取り繕うように、女性は小首を傾げる。

 

「どうしたのですか?」

「いえ、ふと気になっただけです。昨日はお見かけしませんでしたので。お子さんなどはいらっしゃらないのかと。気を悪くされたなら申し訳ありません」

 

 頭を下げる。安心したような雰囲気が伝わってきた。

 

「ああ、成程。そうですねぇ……やっぱり、少子化の影響が強くて。今年で十二歳になる子が一人いるだけで、若い人は皆出て行っちゃっているのよ」

「そうなのですか?」

「やっぱり、こんな村だと働き口もないからねぇ……」

 

 少子高齢化――その影響は地方に行くほど強い。成程、この村もその一つということか。

 しかし、十二歳の少女。一人しかいないというのなら、その子が昨日見た少女なのだろうか?

 

「まあ、私の母校である小学校も子供が減っていると聞きますから」

「ああ、都会でもそうなんですか?」

「公園で子供を見かけるのも少なくなりました」

 

 返事を返しつつ、立ち上がる。何もしないでいるのは好きだが、ずっとこうしているのも座りが悪い。

 

「どこかへお出かけですか?」

「少し、散歩でもと。どこか、入ってはいけない場所などはありますか?」

「……えっと、どういう意味でしょう?」

「いえ、昨日は凄い雨でしたから。その影響がありそうなところを教えていただければ、危ない場所に近付くかなくて済みますから」

「ああ、成程。それでしたら、あちらに見える神社の奥にはいかないでください。手入れのされていない山ですから、危ないと思うので」

 

 女性が指差した方を見る。遠目であるために見え辛いが、そこには鳥居の様なものが見えた。

 

「ありがとうございます。夕食までには戻りますので、会長にもそうお伝えください」

「いえいえ」

 

 女性が微笑み、こちらを送り出してくれる。それに頭を下げつつ、澪は外へ出た。

 

(……何かある、ということか。目が笑っていなかったな)

 

 取り繕っていたようだが、あの程度の嘘は容易く見破ることができる。そもそも、虚偽と欺瞞に溢れた世界で幼少期から過ごしてきたのだ。一番近しい味方であるべきはずの父親でさえもこちらを騙そうとする敵だったのだから、そうなるのも当然だ。

 女性だけではない。村長も何かを隠している。そしてその気配に普通は気付かない。慣れているのだ。嘘を吐き、隠蔽することに。

 それでも自分がわかったのは、彼らがそれ自身を『嘘』だと認識しているから。

 

(『究極の嘘』とは、『自分自身さえも騙す』こと。詐欺師は自分自身さえも一瞬ではあるが騙してしまう。これはそういう類ではない。だが、隠さなければならないことでもある、ということか)

 

 道を歩いていると、こちらへいくつも視線が向けられるのがわかる。余所者が珍しいということもあるだろうが、まるでこちらを探るような視線はそれ以外の理由も孕んでいる。

 

(辺境の村に偶然立ち寄った人間。それに対する嘘。……三文小説だな)

 

 駅前にあるコンビニエンスストアに置いてある雑誌でも取り扱わないような話だ。第一、こういった閉鎖的な世界には関わらないに限る。個人の領分を守っているだけの人間であれば付け入る隙があるが、こういう何かで縛られた集団というのは手を出せば痛い目に合うことが多い。宗教組織の過激派などが良い例だ。ああいうものは遠目から見るだけにするべきで、近寄るべきではない。

 普段ならこういうことに首を突っ込むことはない。プロリーグにも後ろ暗い部分があるが、面倒だから一切その手の会合などには出席していないのだ。その件に関しては向こうもこちらを持て余しているのを感じるし、だからこそ〝幻の王〟としてメディア露出を控えるという方法で妥協している。

 まあ、この辺の事情についてはいずれきっちりと決着を着けるつもりではあるが。

 

(村の事情などどうでもいい。気になるのは、昨日の夜のことだ)

 

 あれが現実であったという確信はない。どうやって布団に戻ったのかの記憶もないのだから当然だろう。そもそも、夜中に自分が起き出すことの方があり得ない。

 

「……ここか」

 

 ここに来る途中に視線はいくつも感じたが、目的の場所に着くとそれもなくなった。まあ当然だろう。背後に山を背負う形で建てられた小さな神社だが、周囲には田畑が広がるだけで人の姿はない。

 神社仏閣に溢れる京都などは神社や寺院の隣に平然と一軒家が立っていたりするのだが、流石にそういうことはないらしい。地域の者たちが信仰している神社は、やはり聖域なのだ。

 

「…………」

 

 特に変わったところはない。多少くたびれているようだが、そんなものだろう。雨の影響で汚れているが、手入れは行き届いているように見える。

 澪は無言のまま歩を進める。確か、神社の裏にある山には近付くなという話だったが――

 

「……手入れが行き届いていない、か」

 

 思わず笑ってしまう。何をふざけたことを。

 入口こそ隠されているが、手入れのされた道があるではないか。

 

「さて……鬼が出るか、蛇が出るか」

 

 苦笑を零し。

 烏丸澪は、雨上がりで濡れた山道へと足を踏み入れた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 辿り着いた先にあったのは、小さな社だった。閉ざされた扉。酷く寒々しく、そして、どこか嫌な空気が漂う空間。

 

「警戒されるのはわかるが――」

 

 おもむろに、澪はそう言葉を紡いだ。そのまま、両手を軽く上げる。

 

「――私は怪しい者じゃない。偶然でここに立ち寄っただけの、しがない女だ」

 

 風が吹き、周囲の木々がざわめいた。微かな、気配を感じる。

 

「……村長さんが言ってた人、ですか……?」

 

 社の裏から、一人の少女が恐る恐るといった様子で顔を見せた。小柄な少女だ。おそらく、『12歳の子供』とは彼女の事だろう。

 

「ああ。烏丸澪だ。キミは、下にある神社の子かな?」

「は、はいっ、えっと、防人妖花です。……あの、烏丸澪さんって……」

「〝祿王〟のことを言っているなら、私だよ」

「本当ですか!? 凄いです!」

 

 目を輝かせ、こちらへ近づいてくる少女。その全身が視界に入ったことで、澪はようやく確信する。

 

(……やはり、昨日の少女か)

 

 雰囲気はまるで違うが、間違いない。昨日の夜に現れた少女は、この子だ。

 

「一つ、聞かせて欲しい」

「はい、何ですか?」

「何故、隠れていたんだ? いや、責めているわけではない。ここへこうして入ってきている私が言うのもどうかと思うが、昨日の雨のせいでここに来る道は安全とは言い難い状態だった。それなのに、どうしてここへ?」

「えっと、その……私、ここで暮らしてるんです」

 

 社を振り返り、妖花は言う。ふむ、と澪は頷いた。

 

「一人でかな?」

「はい……。あ、でも、明日で終わりなんです。えっと、神様のお世話を任されていて、一年に一度だけ一週間、社で私が神様のお世話をするんです」

 

 神様のお世話――神社の娘だというのであれば、それもおかしい話ではないのかもしれない。『お供え物』や『生贄』という考え方の源泉はそういうものだ。

 だが、それならばどうしてそれを自分に隠すような真似をしたのだろうか? いや、神事であるならば神聖なこととして余所者に関わらせたくなかったのかもしれないが――

 

「それは毎年やっているのかな?」

「はい。でも、毎日ご飯をお供えして、お掃除して、一緒に寝るだけなので……」

「成程」

 

 土着信仰の一種かもしれない。少し妙な部分はあるが、まあ、大きな問題でもないのだろう。

 ふむ、と頷く澪。考え過ぎだったか――そんなことを思う。すると。

 

「……ただ、村長さんたちに『余所者とは関わるな』って言われていたので……」

「まあ、大事な神事の途中だろう? 当然かもしれんな」

「はい……。あ、でもでも、これが終わったら東京に連れて行ってくれるって言われてるんです!」

「ほう、東京にか?」

「はいっ! 私、楽しみで!」

 

 ニコニコと笑顔を浮かべる妖花。澪は微笑を零し、ならば、と言葉を紡いだ。

 

「東京に来たなら私に連絡をくれ。これは名刺だ。案内するよ」

「そ、そんな、いいんですか?」

「構わんよ。……さて、神事の最中にあまりこうしているのも良くはなかろう。今日は退散するよ。ここで会ったことは秘密にしておこう。キミのためにもな?」

 

 唇の前で人差し指を立て、軽くウインクしてみせる。妖花はい、と元気良く頷いた。

 

「ありがとうございます、烏丸プロ!」

 

 その言葉に応じながら立ち上がり、手を振ってから山を下りていく。妖花の見えるところまでは普通に下山していたが、途中で足を止めた。

 

「……『こっちに来い』、ということか?」

 

 視線の先。木々が多い茂るところに、『ソレ』はいた。

 三つ目を持った、毛むくじゃらの怪物。ソイツを中心に、何体もの小型のモンスターがこちらを見ている。

 ――デュエルモンスターズの精霊。

 存在すると言われながら、その証明がされてこなかった者たちだ。選ばれた者のみがその姿と声を聴くことができ、中には彼らと心を通わせる〝伝説〟とまで呼ばれる存在もいるという。

 澪は見ることも声を聴くこともできるが、彼女が持つカードに宿る精霊はいない。その理由には薄々気付いているが、今はどうでもいい。

 

「…………」

 

 その精霊たちの導きに従い、森の中へと足を踏み入れる。少し進むと、先頭の――『ミスティック・パイパー』の精霊がしゃがむようにとジェスチャーしてきた。

 それに従い、身を屈める。その直後。

 

 

「どこに行ったんだ?」

「まさか社に行ったんじゃないだろうな」

「余所者に見られたら……」

 

 

 三人の男が、それぞれ手に何やら棒状のものを持って上がってきた。思わず眉をひそめる。見られていたことは感じていたが、追ってきたというのだろうか?

 

 

「だが、これ以上は踏み込めねぇぞ」

「ああ、儀式の最中に踏み込んじゃあいかん。神様の怒りに触れる」

「もう一度下を探すぞ。見られてなけりゃそれでいい」

 

 

 そして、男たちは来た道を戻っていく。それを見送ると、三つ目の毛玉が軽く体に触れた。

 

「……礼を言うべきなのだろうな」

 

 呟くように言うと、ふるふると体を震わせる毛玉。怪物たちの先導に従い、神社から離れた場所に下山する。

 体についた葉を払いながら振り返る。改めて礼を言うと、怪物たちは一斉に山の方を見た。

 どこか寂しげで、助けを求めるような視線。その視線の先にいるのは――

 

「おやあんた、こんなところで何を?」

 

 不意に声をかけられた。振り返ると、先程山で見た男たちがこちらへと歩み寄ってくる。手には棒状の武器はない。

 

「いえ、神社にお参りをしてから散策していたのですが……少し迷ってしまいまして。道を思い出そうと、とりあえず山の方へと神社を目指して歩いてきたんです」

「ああ、そうなのかい。ならこっちにきな。村長さんの家まで送ってやるよ」

「いいのですか?」

「お嬢ちゃんみたいな別嬪さんなら大歓迎だ。ちょっと待ってな。車を回してくる」

 

 男の一人がそう言うと、足早に立ち去って行った。それを見送りつつ、それにしても、と別の男が言葉を紡ぐ。

 

「若いのに感心だねぇ。お参りなんて」

「この偶然に感謝を、と思いまして。無論、村の皆様にも感謝しておりますが」

「いやぁ、立派なもんだ。……そういえば、山には入らなかったよな、お嬢ちゃん?」

「ええ。昨日の雨もあって危険だと聞いておりましたので」

 

 淀みなく答える。こういう嘘の吐き合いは女性の領分だ。

 

「すぐに神社を出たのかい?」

「ええ。……ああいや、少し歩き疲れたので隅の方で少し休憩をしていました。その後すぐに出たのですが、適当に歩いたせいで道に迷いまして」

「はっはっは。やっぱり田舎道は歩き慣れんか?」

 

 男たちが笑い声を漏らす。それに微笑を漏らしながら、澪は静かに男たちの様子と周囲を観察していた。

 声をかけて来た時、僅かにではあるが敵意のようなものを感じた。今は薄れているが、それでも微かにこちらを探るような感覚を受ける。

 そして、怪物たちは姿を消していない。様子を見るに、男たちに彼らの姿は見えていない。

 ――そして、何より。

 

(……憎悪の瞳か)

 

 男たちを見る怪物たちの瞳が、どうしようもなく歪んでいる。それは真っ直ぐな歪みで、自分とは全く違うモノ。

 何に対してそんな感情を向けるのか、どんな理由があるのか。そんなことはわからない。

 ただ、一つだけ。

 そういう〝感情〟を羨ましいとさえ思う自分は何なのだろうかと……ふと、思った。

 

「お、来たな」

 

 一台の車がこちらへと向かってくる。その助手席へと乗り込むと、澪は改めて山を見た。

 変わらず、怪物たちはこちらを睨み据えている。

 

「じゃあ、村長さんとこ向かうか」

 

 車が走り出す。怪物たちの姿は、それでもう見えなくなった。

 ただ、彼らがこちらをまだ見つめていることは……何となくわかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 夜。夕食も終え、澪は再び自分の部屋にいた。下手に外に出て警戒される必要はない。

 

「澪ガール」

 

 不意に、声が聞こえた。襖越しにペガサスがこちらへ声をかけているのだ。

 

「はい。何ですか、会長」

「アナタが何をしているかはわかりまセン。しかし、世の中には触れてはならないことというのは確かに存在するのデース」

「…………」

「私は踏み越えてはならないラインを越えようとしまシタ。その代償は酷く重いものだったのデース。……澪ガール。決して、そんなことにはならないでくだサーイ」

「ご忠告、感謝します」

 

 返事を返す。ペガサス会長が一時期行方不明になっていたことも、左目のことも澪は知っている。彼の言葉は、彼自身の体験による忠告だ。

 普段なら首を突っ込むようなことはしない。利にならないことはしない主義だ。

 だが、今はもう――巻き込まれてしまっている。

 

「……たまには、大人も頼ってくだサイ」

 

 ペガサスの気配が消える。時計の音が、嫌に大きく聞こえてきた。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 一体、どれほどの時間そうしていたのだろうか。不思議と眠くなることはなかった。

 何を考えていたのかは思い出せない。あるいは、何も考えていなかったのか。

 

「…………」

 

 立ち上がり、廊下へ出る。服はスーツだ。あまり好きな服装ではないが、まともなのがこれくらいしかないのだから仕方がない。

 外に出る。周囲に人の気配はない。あるのは――

 

「――お前たちが、私を呼んだのか?」

 

 そこにいたのは、三つ目の毛玉。その三つの目が、こちらを見つめている。

 言葉はない。声を発してくれればそれを聞き取ることもできるが、向こうはこちらに言葉を紡ぐつもりはないらしい。

 

「……付いて来い、ということか」

 

 奇妙なものだ、と思いながら飛び跳ねるようにして進んでいく毛玉の後をついていく。日常生活において精霊を見かけること自体は何度かある。世界クラスの大会ともなると、精霊を視ることのできる者も何人かいるのだ。

 そんな人間を見つける度、自分の同種かと期待したこともあったが……今のところ、見つけることはできていない。半分以上諦めが先行している状態だ。

 そして、そんなことをしていれば精霊たちもこちらへと関わって来ないようになる。こちらも関わるつもりはないから問題なかったが、こうなってしまっては無視はできない。

 

(さて、鬼が出るか蛇が出るか。……皇さんが持っているような〝邪神〟が出ることはないだろうが)

 

 できればそうであると信じたい。皇〝弐武〟清心――彼が持つ〝邪神〟の一角は力を失っているため本来の力を発揮できないが、そうであっても絶望的なまでの力を持っている。それこそ国単位で人を滅ぼしかねないレベルだ。

 大抵の事ならば逃げるという選択肢も含めてどうにかする自信はあるが、〝邪神〟が出てくると厳しいものがある。

 

(まあ、たまにはこういうのもありだろう。未知の領域に踏み込むこの感覚は、いつ以来だろうな)

 

 灯りは月明かりだけ。飛び跳ねるようにして進む毛玉が目指す先にあるのは、昼に訪れた神社だ。いや、神社が目的地ではない。おそらく、その奥にあるあの社が目的地だ。

 神社を通り過ぎ、山道を歩いていく。夜の山は危険だというが、成程その通りだ。そう大きな山ではないというのに、周囲の風景がほとんど見えない。案内人がいなければ迷ってしまうだろう。

 

 ――そうして辿り着いた場所は、昼とは雰囲気がまるで違った。

 

 燃え盛る二つの松明が周囲を照らしている。しかし、その灯りはどこか不気味で寒気を覚ええしまう。

 そして何より……空気が違う。

 息苦しい、という表現が一番だろう。体が薄い粘液のようなもので押さえつけられているような感覚。どうしようもない不快感が体を支配する。

 

「……案内はここまでということか」

 

 それらを振り払い、声を出すと体は少し楽になった。この、一見すると非日常的な光景に呑まれていたのだろう。

 三つ目の毛玉の姿はない。いつの間にか消えてしまった。いや、消えなければならなかったのか。

 まあ……どちらでもいいが。

 

「さて、少女が世話をしているというご神仏を拝もうか」

 

 社の扉へと手をかける。本来ならこういうことは罰が当たる行為なのだろうが、澪はそんなことを気にしない。

 精霊が見えるからこそ、己の手で掴める限界を知っているからこそ、全ては己の運命だと心得ているのだ。

 ゆっくりと扉を開け、目に入った光景に思わず眉をひそめた。そこには何もない。あるのは、畳の広がった小さな部屋だけ。

 

「…………?」

 

 足を踏み入れる。そして。

 

「……地下への入り口か」

 

 一ヶ所だけ、足音が違う場所があった。畳を外すと、そこには地下へと続く階段があった。

 

「〝キミが深淵を除く時、深淵もまたキミを見つめている〟――だったか、うろ覚えだが。面白い話だ。深淵とやらには、私の求めるモノはあるのかな?」

 

 踏み入れる。硬い石を叩くような足音だけが、暗闇に響き渡った。

 どれぐらい歩いたのだろうか。おそらくそんなに長くなかったはずだ。だが、闇というのは人の感覚を狂わせる。

 そして、ゴールにたどり着いた。そこに灯りはない。しかし、周囲は見える。

 ――牢獄。

 広い空間に、錆び付いて壊れた牢屋がいくつもあった。金属の臭いが鼻につく。一体、ここは何なのだろうか。

 

「…………」

 

 歩を進める。この光景も異様だが、そもそも『見えている』こと自体も異常だ。

 ここは、漆黒の世界のはずなのに。

 奥にある牢屋を見つめる。その牢屋だけが、厳重な封印を施されていた。

 歩を進める。それは興味か、それとも別の理由か。

 ――そして。

 

 

「――こんばんは」

 

 

 予想していたせいか、驚くことはなかった。ゆっくりと振り返る。

 そこにいたのは、朱と白の巫女服に身を包んだ――一人の少女。

 どこか幻想的で、しかし、薄ら寒い雰囲気を纏っている。

 

「良い夜ですね」

「月も見えない夜だがな」

「烏丸プロは月が嫌いですか?」

「好きでもないし、嫌いでもない。昔、路上で寝た時には酷くありがたみを感じたが……それだけだ。月日が経ち、適当に金が入るようになると忘れてしまう」

「悲しい人生ですね」

「空虚な人生というんだよ、私のような人生はな」

 

 互いの距離は遠い。手で触れあうことはできない距離だ。

 

「空虚ですか。ならば、この村の者たちも同じです。寄る辺なき者に寄る辺を与える――それが私の役目」

「宗教の原点だな。くだらん話だ。信じる者は救われる?――信じていない者の方がよほどいい人生を送っているよ」

「あなたは信じていないのですか? 見ることができるのに?」

「信じる、信じないの次元じゃないんだよ。私も神様とやらも忙しい。困ったことにな。そうなると、互いに意識を向けあう余裕もない。それだけだ。いようがいまいが関係ない」

 

 言い捨てるように言葉を紡ぐ。本当に神様とやらが全能で、絶対的であるならば。

 そもそも、〝烏丸澪〟という存在が許されない。

 

「さて、こんな茶番もいい加減にすべきだろう」

「茶番? 何の話ですか?」

「キミは防人妖花ではない。そうだろう? 彼女は、私のことを『烏丸プロ』とは呼ばない」

 

 少女が目を見開いた。そして、その口元が大きく歪む。

 

「完璧だと思ったんだがな」

「穴だらけだ。馬鹿にしているのかと思ったぐらいだよ。……昨日の夜も貴様か」

「そうだ。精霊たちが騒ぐのでな、どんなものかと思ったが……大したこともない。精霊が見えるだけの存在なら、気に掛けるほどでもなかったか」

「……人間に縛られているだけの存在がよくも言えたものだ」

 

 ふう、と息を吐く。ピクリと、その眉が大きく撥ねた。

 

「気付かないとでも思ったか? そこにある牢は貴様のためのものだろう? 神の世話――その言葉の矛盾だ。崇められ、奉られる神とやらが人に世話をされなければならないのか?」

 

 無論、そういう神もいるにはいる。ギブ・アンド・テイクというと少し違うが、そういう論理で人と関わる神もいるにはいるのだ。

 だが、この異様な空間ではそれはありえない。朽ちた牢屋――その中にある、『何か』を繋ぐための鎖。

 おそらく、そういう村なのだ。ここは。

 神を飼う――そんな、冒涜に塗れた場所。

 

「神を繋ぎ止めることで繁栄を願う。そして、繋ぎ止める代償として世話役を――生贄を差し出す。良くできた話だ。そして同時に愚かしくもある。繋ぎ止め、飼いならしていたはずの神という存在。それがまさか、自分たちを支配する存在になるとは想像もしなかった」

 

 言葉がスラスラと浮かんでくる。思考の前に出てくる感覚。

 精霊と心通わせる――あの三つ目の怪物が、自分に想いを残したのだろう。

 

「――精霊共。裏切ったか」

 

 ゾクリと、全身に悪寒が奔った。

 体を、重い空気が包み込む。

 

「逆らう者に用はない。だがその前に、貴様を捻り潰す」

「成程、わかりやすい話だ」

 

 周囲の景色が、闇に染まる。

 ――〝闇のゲーム〟。

 過去に一度だけ体験した、死と隣り合わせの戦い。

 

「「決闘(デュエル)!!」」

 

 闇に包まれた世界で。

 二人のデュエルが、始まった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 息苦しさを感じる。空気が重い。

 この肌がひりつくような感覚は、いつ以来か。

 

「先行は私だな。ドロー」

 

 相手を見据えながら、澪は手札を引く。少女はその身に闇を纏い、薄ら笑いを浮かべていた。

 

(正直、相手の出方がわからないのが怖いな。だが、慎重に動くのも私らしくはない)

 

 常に威風堂々、正面より受けて立つ。

 それが、烏丸澪のデュエルだ。

 

「私は手札より、フィールド魔法『暗黒界の門』を発動。フィールド上の悪魔族モンスターの攻守は300ポイントずつ上昇し、また、一ターンに一度自分の墓地に存在する悪魔族モンスター一体をゲームから除外することで手札から悪魔族モンスターを一体選択して捨てる。その後、デッキからカードを一枚ドロー出来る」

 

 手札からカード効果によって捨てられることで効果を発揮するカテゴリー、『暗黒界』。そのエンジンとも呼べるフィールド魔法だ。

 周囲の景色が変わり、巨大な門が出現する。澪は更に二枚のカードを手札からデュエルディスクに指し込んだ。

 

「私はカードを一枚伏せ、手札より魔法カード『墓穴の道連れ』を発動。互いの手札を確認し、お互いにその中から一枚ずつカードを選択し、捨てる。その後一枚ずつカードをドローだ」

「ほう……」

「情報は何よりの武器だ。見せてもらうぞ」

 

 互いの前にそれぞれの手札が表示される。

 

 妖花?の手札→成金ゴブリン、成金ゴブリン、封印されし者エクゾディア、サイクロン、死者蘇生

 

 映し出された手札に、思わず息を呑む。『封印されしエクゾディア』――かの『決闘王』が揃え、世界でも両手の指で数えられるほどしか公式戦では見せていない伝説のカード。

 

「……エクゾディア、か。だが、捨てさせればどうということではない。エクゾディアを選択する」

「くくっ……。ならば俺は『暗黒界の狩人ブラウ』を選択する」

「互いに捨て、一枚ドロー。そしてブラウはカード効果で捨てられた時、一枚ドローできる。ドロー」

 

 エクゾディア――揃えるだけで勝利を確定させる、究極のカード。だが、そのカードも墓地にあるならば問題ない。

 回収手段がないわけではない。だが、相手の手札を見たところアレは墓地に送られることを考慮していない手札だった。確定ではないが、ドロー加速によって回すデッキだろう。

 ならば、これで八割方罪に持っていけている。

 

(ただ、『暗黒界の取引』は少々怖いな。仕方がない。やれることをやろう)

 

 相手にドロー機会を与えるのは出来るだけ避けたい。ならば、打てる手も限られてくる。

 

「『暗黒界の門』の効果を発動。墓地のブラウを除外し、手札より『暗黒界の術師スノウ』を捨て、一枚ドロー。更にスノウがカード効果によって捨てられたことにより、デッキから『暗黒界』と名のついたカードを手札に加える。私は二枚目の『暗黒界の門』を手札へ」

 

 とりあえずは、リカバリーの手段だ。これで大体が整った。

 

「そして手札より魔法カード『愚かな埋葬』を発動。デッキから『暗黒界の龍神グラファ』を墓地へ。そして手札より『暗黒界の尖兵ベージ』を召喚。このカードを手札に戻すことで、墓地より『暗黒界の龍神グラファ』を特殊召喚する」

 

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100

 

 現れるのは、『最強の暗黒界』。門の恩恵を受けている状態ならばかのブルーアイズにもならぶモンスターだ。

 

「私は更にカードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 とりあえず、これで十分だろう。見れば、相手は相変わらずの薄ら笑いを浮かべていた。

 

「ほう、どうやらその辺りにいる木偶とは違うようだな」

「そうか。褒められてもなんとも思わないが……貴様の方こそジリ貧ではないのか? エクゾディアは墓地へと捨てられた。揃えることはもう困難なはずだ」

「くっく、成程。確かにそうかもしれんな。だが、貴様は勘違いをしている」

「……何?」

「今にわかる。――私のターン、ドロー! 手札より魔法カード『成金ゴブリン』を二枚発動! 相手のLPを2000回復し、二枚ドロー!」

 

 澪LP4000→6000

 

 ここまでは見えていた。これでわかっている相手の手札は二枚。

 

「俺は手札より、魔法カード『サイクロン』を発動。左の伏せカードを破壊する」

「……『奈落の落とし穴』だ」

「成程。――いくぞ、手札より儀式魔法『高等儀式術』を発動! 手札のモンスターを一体選択し、そのモンスターとレベルの合計が同じになるようにデッキから通常モンスターを墓地に送ることでそのモンスターを儀式召喚する! 選択するのは『神光の宣告者』だ!」

「なっ……!?」

 

 聞こえてきた声に、思わず目を見開く。

 扱いにくいとされる儀式モンスターの中でも、一際強力な能力を持つモンスター。

 

「墓地に送るのは、『封印されし者の右腕』、『封印されし者の左腕』、『封印されし者の右足』、『封印されし者の左足』、『キーメイス』、『ダンシング・エルフ』の六体。さあ、降臨せよ。絶対なる審判の天使。――『神光の宣告者』!!」

 

 神光の宣告者(パーフェクト・デクレアラー)☆6光ATK/DEF1800/2800

 

 降臨する、絶対的な力を持つ天使。その裁きの光は、全てを捻じ伏せる。

 

「『神光の宣告者』は、手札から天使族モンスターを捨てることで相手の魔法・罠・モンスター効果を無効にして破壊する。……俺は更に、魔法カード『儀式の準備』を発動。デッキからレベル7以下の儀式モンスターを手札に加え、その後墓地から儀式魔法を一枚手札に加えることができる。俺はデッキから『サクリファイス』を手札に加え、墓地から『高等儀式術』を手札に加える」

「サクリファイスだと……!?」

「さあ、恐怖の下に沈め! 『高等儀式術』発動! デッキから『キーメイス』を墓地に送り、サクリファイスを儀式召喚!」

 

 サクリファイス☆1闇ATK/DEF0/0

 

 異形の儀式モンスターが姿を現す。かつてはペガサスも使用した、レベル1という低レベルモンスターでありながらあまりにも強力な力を持つモンスター。

 その効果は相手のモンスターを取り込み、その上で装備するという凶悪極まりないものだ。

 

「サクリファイスの効果を発動! 一ターンに一度、相手モンスターを装備できる!」

「リバースカード、オープン! 罠カード『魔のデッキ破壊ウイルス』! 自分フィールド上の攻撃力2000ポイント以上の闇属性モンスターを生贄に捧げることで発動! グラファを生贄に捧げ、相手フィールド上及び手札の攻撃力1500以下のモンスターを全て破壊する! 更に相手のターンで数えて三ターンの間、ドローしたカードを全て確認。その上で攻撃力1500以下のモンスターを破壊する!――サクリファイスには消えてもらう!」

 

 周囲にグラファを媒介にした闇のウイルスがばら撒かれ、サクリファイスが吹き飛ぶ。神光の宣告者は残念ながら効果の対象外だ。

 

「くっく、俺の手札にはモンスターはいない」

 

 映し出される相手の手札。『死者蘇生』は先程見た通りだ。だが、もう一枚のカードがよく見えない。魔法カードのようだが――……

 

「安心しろ。直にわかる」

「…………」

「それまで貴様が生きているかどうか、わからんがな。――魔法カード『死者蘇生』を発動! 貴様の墓地に眠る『暗黒界の龍神グラファ』を蘇生する!」

「くっ……!」

 

 相手の場に揃う、二体のモンスター。バトルだ、と相手は宣言した。

 

「グラファでダイレクトアタック!!」

「――――ッ!?」

 

 全身を凄まじい衝撃が駆け抜けた。口の中に鉄の味が広がり、思わず片膝をついてしまう。

 この痛みと、どうしようもないほどの苦しさこそが――〝闇のデュエル〟

 

 澪LP6000→3000

 

 命が削られていく錯覚を感じる。むろん、これは錯覚だ。だが、この空間ではそれが真実なのだろう。

 

(…………ッ、やはり厳しいな。前はこんなことはなかったから、余計に厳しい)

 

 口から血を吐き捨てる。ビチャリと、嫌な音が響いた。

 

「悲鳴一つ上げないとは、面白い」

「これで終わりか?」

「ああ。ターンエンドだ」

「私のターン、ドロー」

 

 痛みを堪えつつ、カードを引く。正直、状況はあまりよくない。グラファを奪われた以上、そう容易くこの状況をひっくり返すことはできないのだ。

 

「私は『暗黒界の門』の効果を発動。墓地のスノウを除外し、ブラウを捨てて一枚ドロー。更にブラウの効果でもう一枚ドローする」

 

 これで手札は五枚。ここでどうにかしなければ、ジリ貧だ。

 

「私は手札より、『トランス・デーモン』を召喚」

 

 トランス・デーモン☆4闇ATK/DEF1500/500→1800/500

 

 現れたのは、紫色の悪魔だ。今はこのモンスターの効果で巻き返す。

 

「トランス・デーモンの効果を発動。一ターンに一度、手札から悪魔族モンスターを捨てることで攻撃力をエンドフェイズまで500ポイントアップする。私は『暗黒界の尖兵ベージ』を捨て、ベージは効果で捨てられたことによって特殊召喚される」

 

 トランス・デーモン☆4闇ATK/DEF1500/500→1800/800→2300/800

 暗黒界の尖兵ベージ☆4闇ATK/DEF1600/1300→1900/1600

 

 並び立つ二体のモンスター。更に、と澪は言葉を紡いだ。

 

「手札より速攻魔法『月の書』を発動。――グラファを裏側守備表示にする」

「何っ!?」

「――バトルだ。トランス・デーモンでグラファを攻撃!」

 

 攻撃表示ならば問の恩恵も含めて攻撃力3000にまで迫るモンスターも、守備表示ならば突破はできる。

 

「メインフェイズ2だ。ベージを手札に戻し、グラファを蘇生する。カードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 神光の宣告者が残ってしまったのは問題だが、仕方がない。手札は『暗黒界の門』。これがあるなら、グラファでの戦闘破壊は可能だ。

 

「私のターン、ドロー。……くっく、素晴らしい力だ人間。この私とここまでやり合えるとはな」

「素性のわからない自称〝神〟とやらに褒められても何も感じないが」

「口の減らない女だ。だが、貴様は恐れ慄くことになる。――手札より、魔法カード『エクゾディアとの契約』を発動! 墓地にエクゾディアが揃っている時、手札からこのモンスターを特殊召喚できる! 現れろ、我が分身! 絶望せよ、世界!!」

 

 闇が力を増し、冥府の扉が軋む音を立てる。

 漆黒の闇より現れるのは、その闇の全てを纏いし存在。

 

「――『エクゾディア・ネクロス』を特殊召喚!!」

 

 エクゾディア・ネクロス☆4闇ATK/DEF1800/0

 

 現れたのは、エクゾディアの力を持つ存在。くっく、と相手は笑みを浮かべる。

 

「『エクゾディア・ネクロス』……?」

 

 だが、澪はこのカードを知らない。名前には引っ掛かりがあるから、聞いたことはあるのかもしれないが――。

 

「バトルだ、エクゾディア・ネクロスでトランス・デーモンに攻撃!」

「相討ちか……!? リバースカード、オープン! 罠カード『聖なるバリア―ミラーフォース―』! 相手モンスターの攻撃宣言時に発動でき、相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊する!」

「無駄だ! エクゾディア・ネクロスは罠カードでは破壊できない!」

「なっ……!?」

 

 二体のモンスターがぶつかり合い、衝撃波が周囲を照らす。

 ダメージはない。ただ。

 

「トランス・デーモンが破壊されたことにより、除外された闇属性モンスターを一体手札に加える。私は『暗黒界の術師スノウ』を手札へ。……罠カードで破壊されないだけならば、モンスターで破壊すればいい。自殺とは愚かだな」

「くくっ、甘いな。――エクゾディア・ネクロスは戦闘では破壊されない。更に、戦闘を行うことで攻撃力が1000ポイントアップする」

 

 エクゾディア・ネクロス☆4闇ATK/DEF1800/0→2800/0

 

 一回り強大になるネクロス。その威圧感が、ビリビリと肌を揺らしてきた。

 

「力が漲る……! 貴様を倒した後、精霊共を吸収し本来の力を取り戻す!」

「……ッ、私のターン、ドロー!」

 

 痛みを誤魔化すように声を張り上げる。正直、状況は良くない。

 エクゾディア・ネクロス――罠カードで破壊できず、戦闘破壊もできない。そうなれば。

 

「魔法カード『ブラック・ホール』を発動! フィールド上のモンスターを全て破壊する!」

「無駄な努力だ。エクゾディア・ネクロスは魔法カードでは破壊できない」

「何!?」

 

 漆黒の、全てを喰らい尽くす闇が暴れた後にも悠然と佇むその巨躯。

 まさか、このモンスターは――

 

「更に言えば、効果モンスターの効果によっても破壊できない。さあ、絶望したか? 貴様に打てる手などないんだよ!」

「……私は『暗黒界の尖兵ベージ』を召喚。更に手札に戻し、『暗黒界の龍神グラファ』を蘇生する」

 

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100

 

 現れる『最強の暗黒界』。だが、その力をもってしても届かない。

 それほどまでに絶対的な力を、相手は持っている。

 

「打つ手がないか? ならば私のターンだ。ドロー! くっく、いいカードだ。速攻魔法『サイクロン』! 貴様の『暗黒界の門』を破壊! そしてバトルだ、グラファを粉砕する!」

「くううっ……!?」

 

 澪LP3000→2900

 

 エクゾディア・ネクロス☆4闇ATK/DEF2800→3800

 

 更に巨大になるネクロス。その攻撃力は最早、圧倒的だ。

 

「私の、ターン……ドロー!」

 

 打開策を考える。何か、何かないのか。

 

(あらゆる方法で破壊ができないモンスター。直接除外する? いや、私のデッキにその手段はない。『次元幽閉』が一枚だけ入っているが、引ける確率は低いだろう。それにあれは『待ち』のカード。そうなるとやはり不安がある)

 

 思考を巡らせる。長時間この密閉された地下にいるせいか、息苦しくなってきた。体の痛みも、思い出したように鈍く響く。

 

(普通はここまでの耐性を持つモンスターなど想定していないからな……。甘かったか。だが、だからといって諦めるというのも私らしくはない)

 

 そもそもこれはおそらくだが闇のゲームだ。かつて一度挑んできた、妙な白い服を着た男は敗北した後文字通り『消滅』してしまった。ああはなりたくない。

 だが、打てる手がない。一体どうすれば――

 

〝――五体だよ〟

 

 不意に、声が聞こえた。響くような声。思わず周囲に視線を送る。

 だが、何もいない。相手を見ると、薄ら笑いだけを浮かべていた。奴の声ではない。

 

〝囚われの躯。縛られた魂。冥府より解き放たれた時、その身に宿りし力は消える〟

 

 響く声。澪は一度起きく深呼吸をした。人の声ではない。心に直接語りかけてくるような、この声は。

 

〝助けて〟

 

 何故自分なのだ、と思った。自分は〝異端〟であり〝異常〟。道理から外れた、忌み嫌われる存在のはずなのに。

 

〝皆を、妖花を――助けて〟

 

 全く、と思った。別に義憤に駆られたわけではない。正直、今でも細かい事情はどうでもいいと思う部分はある。負けることも、むしろ負かしてくれるのであれば大歓迎だ。

 負けられるのなら、自分よりも優れた者がいると認識できる。

 それだけで、烏丸澪は救われる。

 ――けれど。

 ここで負ければ、死んでしまう。それは少し……つまらない。

 

「全く、私に頼るとは。どれだ切羽詰まっているのか。……まあ、だからどうということでもないが」

 

 そして、手札から一枚のカードを差し込む。

 ここからは、〝祿王〟の舞台だ。

 

「フィールド魔法、『暗黒界の門』を発動。墓地の『トランス・デーモン』を除外し、手札より『暗黒界の術師スノウ』を捨て、一枚ドロー。更にスノウの効果により、『暗黒界の狩人ブラウ』を手札に。そして魔法カード『暗黒界の取引』を発動。互いに一枚カードをドローし、一枚捨てる。私はブラウを捨て、一枚ドロー」

 

 あのカードは引かなければ手札には入らない。故のドロー加速。

 引いたカードを確認する。問題はない。

 

「私は『暗黒界の先兵ベージ』を召喚し、手札に戻すことでグラファを特殊召喚する。カードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

「打つ手なしか? ならば楽にしてやろう。ドロー! バトルだ、エクゾディア・ネクロスでグラファを攻撃! エクゾディア・クラッシュ!!」

 

 迫りくるエクゾディア・ネクロス。このままではグラファは破壊され、再びネクロスの攻撃力は上昇する。

 だが――ここに立つのは、〝日本三強〟が一角烏丸〝祿王〟澪。容易くそれを通す道理はない。

 

「リバースカード、オープン。永続罠、『暗黒界の瘴気』」

「それがどうした! ネクロスは罠カードでは破壊できん!」

 

 二体のモンスターが戦闘を行う。果たして、フィールド上に展開されたのは――

 

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100

 エクゾディア・ネクロス☆4闇ATK/DEF1800/0

 妖花?LP4000→2800

 

 二体のモンスターは互いに消滅せず。

 同時に、相手のLPが減っていた。

 

「な、何だと……!? 貴様、何をした!?」

「『暗黒の瘴気』は、相手の墓地のカードを一枚選択して発動する。手札から悪魔族モンスターを捨てることで選択したカードを除外できる。私は『暗黒界の尖兵ベージ』を捨て、貴様の墓地の『封印されし者の右腕』を除外させてもらった」

「な、何……!?」

 

 呻き声を上げる相手。澪は笑みを浮かべ、叩き付けるように言葉を続けた。

 

「教えてくれたよ、彼らが。左足は魔法、右足は罠、左腕はモンスター効果、右腕は攻撃後の攻撃力上昇、エクゾディアには戦闘で破壊されない効果が備わっているとな」

「ぐっ……おのれぇ……! 裏切ったか精霊共ォ!!」

「――裏切ってなどいないさ」

 

 鋭い視線を携えて。

 おそらく彼らのものであろう、どこか悲しく、そして燃え上がるような熱さを感じながら言葉を紡ぐ。

 

「元々、貴様の味方ではなかったんだよ」

 

 それでも、その感情がどこか遠くのものに思える自分は。

 やはり、何かが欠けているのだろうと……そう思う。

 この状況でも、何も感じない。ただ、肉体的な痛みを感じるだけだ。

 

「ベージはカード効果で捨てられたことにより、特殊召喚される」

 

 暗黒界の尖兵ベージ☆4闇ATK/DEF1600/1300→1900/1600

 

 静かに、告げる。

 相手は、怒りのこもった眼をこちらに向けてきた。

 

「私のターン、ドロー。暗黒の瘴気の効果を使い、『トランス・デーモン』を捨て、『封印されしエクゾディア』を除外する」

 

 これで、戦闘の耐性は消えた。

 あとはもう、やることは決まっている。

 

「何故だッ……何故だ!」

「ベージでネクロスを攻撃」

「何故、私が繋がれねばならぬ!? 何故!? 貴様ら人間が! 人間の都合で! 何故だ!?」

「グラファでダイレクトアタックだ」

 

 全ての言葉を切り捨て、澪は宣言する。

 

 妖花?LP2800→2700→-300

 

 LPが0を刻む音が響き渡り。

 相手は、地面に膝をついた。

 

「認めるか……認めてたまるかッ!! 必ず!! 必ず復讐してやる!! この私を!! 貴様らの都合で縛り付けた恨みを!! 必ずッ!!」

「いいだろう。いつでも来い」

 

 崩れ落ちていく体を、興味なさげに見つめながら。

 

「貴様が私を殺せるならば、それはそれで構わんよ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 無数の札が張られ、厳重に封印された牢獄を強引に開ける。体が痛んだが、どこか別の世界の事のように感じられた。

 

「…………」

 

 感じるのは、どこか生臭い匂いと死臭。そして、無数の白骨。きっと、生贄の末路だ。

 奥にあるのは、何かを繋ぐためと思われる鎖だ。周辺にある染みが何なのかは、考えないようにした。

 

「……全く、私らしくもない」

 

 そこに落ちていた一枚のカードを手に取る。

 ――『エクゾディア・ネクロス』。

 ここに封印され、崇められ、奉られながら……しかし、その実縛られていただけの存在。

 だが、彼を利用しようと思っていた村の住民たちは逆に利用されていた。とはいっても、ここに封印されていては生贄を求めることぐらいしかしないのだろうが。

 

「一つだけ言っておこう。嘘が苦手なら初めから吐かない方がいい。防人妖花――彼女は確かに、私のことを〝烏丸プロ〟と呼んでいたよ」

 

 疲れた、と思った。らしくもなく、こんなことに手を出して。

 ふう、と息を吐く。ぼんやりと光る地下。見上げると、無数の精霊たちの姿があった。

 

〝ありがとう〟

 

 そんな言葉に、苦笑を返し。

 

「キミたちの守りたかったものは、彼女で良かったのかな?」

 

 小さな体躯を抱き上げ、安らかに寝息を立てるその姿に苦笑しながらそう言った。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「――その後のことはペガサス会長もご存じのはずです。妖花くんは私たちの見送りに来、私と会長にサインをせがんだ。夜に私が見た時のことも、社であったことも覚えていないようでしたが」

「成程……興味深い話デース。これがその時のカードデスか……」

「適当に封印しておいてください。私は使いませんので」

 

 コーヒーを啜りながらそう告げる。わかりまシタ、とペガサスは頷いた。

 

「これは預かっておきまショウ。……しかし、何故妖花ガールは覚えていなかったのでショウか?」

「これは仮説ですが、彼女は精霊をその体に『降ろす』ことのできる存在なのでしょう」

「降ろす、デスか?」

「はい。精霊とは時に神と同一視されることもあるほどの力を持つ存在です。あれだけの数の精霊に慕われ、想われるのはそれだけの才能があるということ。奇跡、というのは彼女のような存在のことを言うのでしょうね」

 

 そう、奇跡。

 圧倒的な力を受けながら、それでも壊れない――奇跡。

 

「――〝ミラクル・ガール〟」

「その本質はまだ読めませんが。おそらく、私が夜に見たのは精霊に体を預けた状態の彼女だったのではないでしょうか?」

「……成程」

「仮説ですし、これ以上は蛇足ですがね。本人もわからず、精霊たちも語ろうとしない真実。あの村が、どういう場所だったのか。村の方々も社の記憶は飛んでいたようですし、仕方ないかもしれませんがね」

 

 そう、あの後村の者たちからの敵意は消滅した。おそらく、彼らもまた洗脳されていたのだろう。

 精霊たちは、防人妖花という少女を救いたかった。だから助けを求めたのだ。本来なら目を逸らすべき相手である――烏丸澪という存在に。

 

「では、私は戻ります。午後からデュエル教室がありますので」

「頑張ってくだサーイ。……ああ、そうデス澪ガール」

「はい?」

「これは何でショウ? あなたがくれたカードが入っていた箱に、一緒に入っていたのデスが……」

 

 そう言ってペガサスが差し出してきたのは、真っ白なカードだった。裏面はDMだが、表には何も描かれていない。

 ただ、その白を見た瞬間、どうしようもなく胸がざわめいた。

 

「いえ、わかりませんね……」

「白、いえ、光……?」

「まあ、放っておいても問題ないでしょう。……それでは」

 

 部屋を出ると、そのまま出口に向かう。あれから一度、村にはお礼を兼ねて立ち寄った。目を盗んで社にも入ったが、そこはくたびれ、経過したのは僅かな時であったはずなのに朽ち果てていた。

 妖花に聞いても覚えはないと言っており、幻ではないかとさえ思ったが――

 

「…………」

 

 空を見上げる。あの村を再び訪れた日の夜。また目を覚ました時、庭先に無数の精霊たちがいた。彼らはこちらをじっと見つめ、そして静かに頭を下げた。

 それもまた夢だったのかもしれない。だが、それでもいい。

 もう、過ぎたことだ。笑い話で十分である。

 

「さて、行こうか」

 

 誰に言うでもなく、呟いて。

 烏丸澪は、歩き出した。

 











精霊に愛された少女と、人に縛られた神を名乗った存在。
その小さな物語は、一人の王によって終わりを迎えた――







ちょっと遊戯王っぽくないかもです。でもまあ、澪さん主人公ということで。
……あれ、妖花ちゃん……?
友人とオカルティックなの書こうという話で組み上げましたが、やはり難しい。村の人たちは神を縛り付け、村の繁栄を願った。その代償として世話役という生贄を差し出していたわけです。でも、神様は封じられながらも逆に村人たちを支配して、都合のいい世界を組み上げていた。
精霊たちは支配されながらも、防人妖花という〝奇跡〟を助けたかった――そんな、物語。
まあ、適当に流してください。


ネクロスはアニメ効果です。リアルだと瘴気で消滅しますしDDクロウで死にます。使い難いね。アニメ効果でもどうなんだという気もしますが。

ではでは、ありがとうございました。
次回は多分、祇園くんのデッキ制作の日常回になるかなぁ……。


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第三十八話 柔らかな日

 

 今でも、思う時がある。

 自分に、こんなことをしている権利はあるのだろうかと。

 赦しは……あるのだろうかと。

 支えられて、生きてきた。

 助けられて、生きてきた。

 救われて、生きてきた。

 けれど――救ったことは、一度もなかった。

 

 生きる意味は、まだわからなくて。

 だから、探す。探し続ける。

 理由を。

 想いを。

 かつて持っていたはずのものを。

 

 世界は、ただ輝けるモノだった。

 見るモノ全てが美しかった、そんな時があった。

 そんな、忘れてしまった幼き日の記憶。

 それを、取り戻すために。

 人は、何かを忘れたりはしない。

 ――思い出せなくなることは、あるけれど。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ――06:00――

 

 

 目を覚ますと共に体を起こす。目覚まし時計はまだ鳴っていない。毎回こうして目覚ましが鳴る前に起きてしまうので、目覚ましは必要ないのではないかと思うことがある。

 だが、一度そう思って目覚ましをかけなかった時に寝坊しそうになったので、結局こうして設置している。気分の問題なのかもしれないが、よくわからない。

 

「……んっ、くうっ……!」

 

 背伸びをすると、思わず声が漏れた。睡眠時間は六時間程だろうか。まあ、十分だ。

 服を着替え、仮眠室を後にする。一応四人まで寝れる部屋であるため二段ベットが二つあり、それなりの広さがある仮眠室なのだが、一週間の間は一人で使っていいと言われている。

 とはいえ、どうも気後れしてしまって自分の寝ているスペース以外の場所は使っていないが。服も三着くらいしか持っていないので、荷物は少ないのだ。

 

「おはようございます」

 

 着替えを終えて向かうのは、KC社の三階にある社員食堂だ。基本的に昼食を提供する場所であるため朝食は出ないのだが、泊まり込みで仕事をしていた社員がここで朝食を食べていたりする。そのための挨拶だ。

 だが、今日は誰もいなかった。三日目になるが、初めてのことだ。

 

(とりあえず、朝ご飯の準備をしないと)

 

 厨房を自由に使う許可も貰っている。とはいえ朝食時と夕食時のみで、昼食は食堂で食えというのが海馬社長の命令だが。

 とりあえず業務用の冷蔵庫の中身を確認。昨日の使い残しと思われる食材を取り出し、準備をする。とはいえ朝食だ。大した量は必要ない。食べるのも自分を含めて今日は二人だけだし。

 

「卵焼きと、焼き鮭でいいかな? ご飯はあるし……。お弁当のおかずにもなるし」

 

 うん、と頷き、エプロンを身に着ける。何故か澪が大阪から持ってきたものだ。

 火を点け、油を敷く。外を見ると、徐々に空が白い色を帯び始めていた。

 

 

 ――06:30――

 

 

 料理ができ、弁当の準備も終えると待ち人が現れた。どこか眠たげな様子でこちらに歩いてくるのは、防人妖花。今年で十二歳の少女である。

 

「おはよう、妖花さん」

「おはようございます……」

 

 目を擦りながら言う妖花。その彼女の前に、朝食を用意する。とはいっても、酷く簡単なものだが。

 

「いただきます」

「いただきます……」

 

 まだ眠そうな妖花と共に朝食を口にする。しっかりした少女だが、寝起きの時はどうも意識がはっきりしない部分があるらしい。

 朝食を口にする。少し卵焼きは失敗してしまった。まあ、それでも食べられないわけではない。

 もきゅもきゅと朝食を口に運ぶ妖花。神社育ちだからなのか、行儀はかなりいい。そして食事が進むにつれ、その意識が覚醒していく。

 

「今日も美味しいです!」

「ありがとう。卵焼きは少し失敗しちゃったんだけどね」

「そうなんですか? 美味しいですよ?」

「まあ、僕はコックじゃないから。……そういえば、澪さんはまだ?」

「はい。まだ寝てます」

 

 問いかけると、妖花は頷いた。やっぱりか、と苦笑する。

 

「今日も私の布団に潜り込んでて……、抱き枕にされました」

「僕もソファーで寝てた時にいつの間にか隣で眠ってたことがあるよ。何だろう、抱き癖でもあるのかな?」

「でもあっさり離してくれますよ? 意識はないみたいですけど……」

「そうなの? 僕の時はそうじゃなかったけど……。日によって違うのかな?」

 

 首を傾げる。ただ、美咲も仮眠室で澪に潜り込まれたことがあると言っていたので、多分そういう人なのだろう。執着の度合いが違うのは、その日の気分だろうか。……無意識ではあるはずだが。

 

「本当は、朝ご飯もしっかり食べて欲しいけど」

「……でも、起こすのは怖いです」

「普段なら起きてくるんだけどね。すぐに二度寝しに行くけど。……昨日は忙しかったみたいだから、しょうがないかな?」

 

 昨日は会議に出席し、夜遅くまで仕事をしていたとのことだ。澪によると「今日一日でカフェイン中毒になれるな」とのことだったので、相当忙しかったのだと思う。

 ――烏丸〝祿王〟澪。

 史上最速でタイトルを手にした〝天才〟であり、〝日本三強〟の一角。その実力はあの海馬瀬人やペガサス会長でさえも認めるほどの人物であり、基本的にできないことはない完璧超人だ。

 だが、そんな彼女にも弱点はある。一つは家事。これは本人が全く興味を持てないからであり、本人曰く「上手くなる気もない」とのこと。そしてもう一つが朝の弱さだ。「一日十二時間以上寝なければ万全にはなれない」とは本人の弁である。

 そしてそれだけ寝ること――というより動かないこと、のんびりすることが好きな彼女だが、だからこそそれを邪魔すると厄介なことになる。被害はないが……とりあえず、怖い。

 

「……起こしに行ったのに、上半身だけ起こしてずっと半目でこっちを見つめて来た時は怖かったです」

「うん。あれは怖いよ。仕方ない」

 

 同居の時も基本的に澪は自分で起きてくるのでそう問題はなかったが、何度か起こしに行った時に同じ目に遭ったことがある。

 ……しかも。

 

「基本的に覚えていないしね……」

「記憶がないって言ってました」

 

 この性質の悪さである。まあ、だからといって嫌いになるわけではないが。むしろ数少ない欠点という意味で好感さえ持てる。

 初めて会った時からしばらくの間は、自分と同じ人間ではなく彼女は〝怪物〟なのではないかと半ば本気で思っていたくらいだ。

 ……その認識が半ば以上正当であることに、祇園は気付いていないが。

 

「とりあえず、お昼御飯だけ用意しておこうかな。妖花さんは今日、外に出るんだよね?」

「はいっ。えっと、十五歳以下の大会があるみたいなので出場してきます!」

「そっか。頑張って。お弁当用意するから」

「ありがとうございます!」

 

 眩しい笑顔。それにこちらも笑顔で返し。

 ごちそうさま、と二人で手を合わせた。

 

 

 ――07:40――

 

 

 簡単なお弁当を二つ用意し、一つを妖花に渡す。大会の開始が九時かららしく、妖花は礼を言いながら送迎の車で会場に向かっていった。

 正直、彼女が同世代の者に容易く負ける姿は想像できない。デュエルも勝敗自体は僅かにこっちが上なレベルだ。結果は期待していいと思う。

 

「よぉ、夢神」

「あ、モクバさん」

 

 第七資料室――新たな概念『シンクロ』の資料を中心に集められた部屋に向かう途中で、見知った人物に出会った。海馬モクバ。かのKC社社長海馬瀬人の弟であり、彼自身も優秀な社員である人物だ。

 

「これから資料室に行くのか?」

「はい。まだ頭に入っていないことも多くて……」

「真面目だな。良いことだぜ」

「モクバさんはお仕事ですか?」

「おう。これから兄サマと一緒に四国の支社に飛ぶ。年越しも近いからな。整理しなくちゃなんねーことが多いんだ」

「成程」

 

 そういえば、そろそろ年越しだ。あと二週間で新年を迎える。

 ……ちなみに、例の『シンクロ発表』は12月24日。クリスマス・イヴであったりする。

 

「じゃあ、頑張れよ夢神。発表の時に恥を晒さないようにしとけ」

「はい。精一杯頑張ります」

「……なんか調子狂うな」

 

 何事かをぼそりと呟き、モクバは曲がり角に消えていった。首を傾げるが、考えてわかることではない。

 資料室を開ける。入口の側にうずたかく積まれた器具や、あちこちにある机とソファー。そして何より、図書館を思わせる本棚に無数の資料が納められている。

 

「えっと、昨日はC-2まで見たから……」

 

 何冊目かもわからないノートを取り出しつつ、本棚へと移動する。色んな情報を強いれながら自分のデッキを模索しているが、中々決まらない。

 

「頑張ろう」

 

 協力してくれている人たちのためにも。

 そう気合を入れ直すと、祇園は資料をいくつか取り出して机へと移動した。

 

 

 ――09:30――

 

 

 デッキ構築の上で大切なのは、どのカードがどのカードと相性が良いかを洗い出すことである。一枚一枚で強力な力を持つカードもあるが、それは少数だ。結局はコンボに頼る部分が出てくる。

 特に新たな概念である『シンクロ』はその傾向が強い。『融合』のカードを必要としない代わりにフィールド上にモンスターを揃える必要があるため、特殊召喚のギミックを多く組む必要があるのだ。

 

(釣り上げ効果を持ってるモンスターがやっぱり強力かな……。出すだけで二体揃うから。後は、条件付きでも特殊召喚できるモンスターを……)

 

 資料を見つつ、気になったモンスターやカードを記入していく。まずは理解することが第一だ。幸いというべきか、デッキを試すためのデュエルルームの使用許可は下りている。デュエルマシーンもあるので、思いついたデッキはすぐ試せる。

 これについてはモクバによると『データが集まる』ということでWIN-WINの関係を築けている。美咲や澪、妖花も手伝ってくれているので非常にありがたい。

 ちなみに美咲はある程度デッキは完成しており、現在は融合デッキ――『エクストラデッキ』のカードを詰めているところだそうだ。シンクロの概念を普及すると共に大幅なルールの変更が行われ、従来の融合デッキの無制限化を解除。十五枚という上限を定めることが決定されたためである。

 大枠は変わらないらしいが、このルール変更は大きな反響を呼ぶことになるように思う。とはいえ、ルールはルールだ。プロや教育機関などにはすでにシンクロの伝達が始まっているようだし、時間はかかれど浸透していくだろう。

 

(とにかく今はイベントのためのデッキを作らないと。『お仕事』だし、失敗しちゃいけない)

 

 アルバイトとはいえ、就労の経験も豊富な祇園である。『責任』というものに対する考え方はしっかりしている。特に『バイトだから』という言い訳が一切通用しない場所で働いてきたのだから尚更である。

 とりあえず、いくつか形になったデッキはある。だが、どうも肌に合わないのだ。

 

(贅沢が言える身分じゃないのはわかってるんだけど……)

 

 だが、デッキだ。自分の半身とも呼べる存在。それに、今回は報酬として給料とは別に作ったデッキを貰えることになっている。

 そう――『自分のカードで作ったデッキになる』のだ。

 拾い集めたカードと、美咲から貰ったカードだけで構築された今のデッキとは違う……自分のカードで。

 

(……時間ギリギリまで粘ろう)

 

 うん、と再確認する。あまり時間は残っていないが、方法はそれしかない。

 幸い、方向性は定まっている。『連続してシンクロ召喚をする』――言うのは易しだが、それしかない。世界に一枚しかないカードまで託されたのである。期待されている分は応えたい。

 ……まあ、自分は美咲の当て馬程度の立ち位置なのだろうが。

 

「夢神、いる?」

 

 不意にノックの音と共にそんな声が聞こえてきた。手を止めて振り返ると、そこにいたのは一人の女性だ。

 ――本郷イリア。

 ウエストリーグで現在首位に立っているプロチーム『スターナイト福岡』の選手で、〝爆炎の申し子〟と呼ばれる人物だ。美咲と同期の選手であり、新人の頃から活躍していたこともあって良く『ライバルとして名が挙がる。ちなみに美咲との通算戦績はイリアが僅かに勝ち越している。

 福岡が本拠地のチームであるため東京に来ることはほとんどないのだが、現在福岡は関東で試合をしている。そのため、空き時間にこうして訪れてくれるのだ。

 

「美咲はいないの?」

「テレビの収録に行ってます。お昼頃には帰ってくると言ってましたが……」

「相変わらず忙しいわね。どうでもいいけど。……〝祿王〟と妖花は?」

「澪さんは寝てます。多分、お昼まで起きてきません。妖花さんは大会に出てるので、今はいませんね」

「それは残念ね。〝祿王〟の意見も聞きたかったんだけど。後、妖花を撫でまわしたかった」

「あはは……」

 

 どう反応していいかわからず苦笑する。イリアはまあいいわ、と言うとこちらに何枚かの資料を差し出してきた。

 

「この間言ってたデッキの草案よ。どう思う?」

「えっと、『ラヴァル』でしたよね?」

「炎属性のカードは私の信条だから。それに、ラヴァルなら『炎王』とも組み合わせられそうだし」

「『真炎の爆発』があれば展開力は凄いですもんね」

「ええ。ただ、爆発が引けないと少し辛いわ。だから『ガルドニクス』も使いたいんだけど」

「……枠が足りないですね」

「いっそ罠抜きで構築するのもありかもしれないって思ってるわ。どう思う?」

「そうですね……」

 

 資料を見返しながら頷く。資料室に篭っているとこうして〝ルーキーズ杯〟の参加者が訪れることがある。ほとんどが資料のコピー――チーム内での指導に必要だそうで、一人以上で来る――なのだが、その過程で意見を求められることも多い。

 とはいえ、こちらは大した意見を持ち合わせていない。なのでほとんどがアドバイスを受ける側だ。

 

「決まれば強いのは確かなんですが……」

「……まあ、その辺は割り切るしかないかしらね」

 

 ふう、と息を吐くイリア。大した意見も返せなくて縮こまってしまう。その瞬間。

 

「『封印の黄金櫃』、『強欲で謙虚な壺』でサーチ。守りは『バトル・フェーダー』と『速攻のかかし』でどうにかすればいい。二ターンぐらいなら耐えられるだろう。『炎熱伝導場』さえ来れば準備はできるのだしな」

 

 扉の方からそんな声が聞こえてきた。見れば、そこに一人の女性が立っている。

 ――烏丸澪。〝祿王〟のタイトルを持つプロだ。

 

「澪さん。起きて来られたんですね」

「二度寝しようと思ったが、タイミング悪く清掃員が入ってきて追い出された。すまんがそこのソファーで眠らせてもらうよ」

「あ、お弁当ありますよ」

「……頂いてから寝よう」

「食べてすぐ寝ると体によくないと思うんですが……」

 

 差し出した弁当を受け取りつつ言う澪に、苦笑しながら祇園は言う。ふむ、と澪は頷いた。

 

「少年はどちらの方がいい?」

「それは……やっぱり、澪さんには健康でいて欲しいです」

「ならば寝るのは止めよう。頂くよ」

 

 側のソファーに座り、弁当を開ける澪。そのまま澪はイリアへと視線を向けた。

 

「さて、議論の続きだが。ラヴァルならば『炎征竜ブラスター』なども薦めよう。値は張るがな」

「……流石にあれは手が出ません」

「まあ、ほとんど出回っていない幻のカードだからな。……いっそのこと、ラヴァルならば罠カードを抜く構築もありだろう。割り切ることも時には必要だ」

 

 言い切る澪。イリアは何事かを考え込む仕草を見せると、そうですね、と頷いた。

 

「シンクロが公式戦で解禁されるのは二月の日本シリーズ後ですから、それまで色々と考えてみます」

「楽しみにしているよ」

「では失礼します」

 

 祇園の方にも軽く頭を下げると、イリアはコピーした資料を手に出て行ってしまった。流石にプロデュエリスト。忙しそうだ。

 ……隣にあまりそう感じさせない人がいるが。

 

「相変わらず、少年の作る弁当は美味しいな」

 

 微笑しながらそんなことを言う澪。その笑顔に少しドキリとさせられながら、ありがとうございます、と祇園は頷いた。

 穏やかだ、と思う。

 がむしゃらに突き進むだけだったからこそ、余計にそう感じるのだろう。

 こんな日々が続けばいい。

 心から、そう思えた。

 

 

 ――13:00――

 

 昼を迎える。軽いものを腹に入れ、祇園はまた資料室に篭っていた。ソファーでは澪が安らかな寝息を立てている。気が付いたら眠っていたのだ。こちらに声をかけて来なかったのはそういうことらしい。

 現在は祇園が持ってきた毛布を澪は被っている。本当に疲れていたようだ。……普段から寝ることに喜びを見出す人なので、断言はできないが。

 

「ふう……」

 

 息を吐く。座りっぱなしであったためか体が硬くなっている。肩を回すと骨の音が響いた。

 伸びをする。隣を見ると、変わらず澪は眠っていた。少し外の空気でも吸おうか――そう思った瞬間。

 

「隙ありや!」

「うわっ!?」

 

 いきなり背後から抱き着く形でのタックルを喰らった。いきなりだったために耐え切れず、衝撃で巻き込まれて転倒する。

 激しい音と共に椅子を巻き込んで倒れる。体を起こすと、側には見知った顔。

 

「美咲……。お帰り」

「うん、ただいまや。もー、疲れたよー。評論家のおっさんがNG出しまくりでなー。昼前には戻れるはずやったのに」

 

 そんな愚痴を零しながら少女――桐生美咲が立ち上がる。流石というべきか、怪我はない。

 

「お昼ご飯は食べた?」

「うん、共演者の皆と一緒して来たよ。祇園は?」

「軽く食べたよ。……澪さんはまだだけど」

「あー、やっぱり。寝てるもんなぁ」

 

 眠っている澪の方へ視線を向け、美咲は苦笑する。あれだけの音を立てたというのに澪が起きる様子はない。

 

「まあ、割と昔から澪さんは寝ると中々起きひんからなぁ」

「あ、そうなんだ」

「ウチもあんま朝強くないけど、澪さんは別格。起こしてもすぐ二度寝するしな。タイトル防衛戦で寝坊したこともあるくらいやよ?」

「……大丈夫なのそれ」

「『王者の余裕』とか煽りが入ってたけどなぁ」

 

 多分素で寝坊したのだろう。何度もそうなりかけた場面を見ている。

 

「とりあえず、あんまり引き籠ってても体に悪いよ? 外に出た方がええと思うけどな」

「うーん。確かにそうかもしれないね。ちょっと気分転換に行こうかな」

「それが一番や。……そういえば、妖花ちゃんは?」

「妖花さんは大会に出てるよ。夕方には帰ってくるはずだけど……」

「そうなん? どこで?」

「えっと……」

「……渋谷だ。あそこにある『コート・ソード』というカードショップの大会に参加している」

 

 思い出そうとしていると、そんな声が聞こえてきた。澪だ。立ち上がりながら、澪はこちらへと視線を向ける。

 

「帰ってきていたか、美咲くん。忙しいのだから休める時にのんびりしておけばいいものを。わざわざここまで来ずに」

「あはは、ご心配には及びませんよー。ウチは元気いっぱいですから」

 

 ……二人の会話を聞いていると微妙に寒気を感じたのは何故だろうか。

 

「しかし、渋谷か。最近はどうなんだ? 去年までは悪い噂を聞いてばかりだったが」

「そうなんですか?」

「私はあまり詳しくないが、よく道端で喧嘩が起こっていたそうだ。一般の人間が巻き込まれることもあったらしい」

 

 澪は肩を竦める。所謂筋モノのことだろうか? いや、喧嘩ということは不良か?

 

「んー、裏通りは昔とあんま変わりませんよ。ただ、表で喧嘩する阿呆は減った感じですかねー」

「成程。まあ、去年までが異常だったからな。そんなものか」

「よー言いますわ。一人でフラッとその危険地域に足踏み入れてたくせに」

 

 呆れた調子で美咲は言う。澪は微笑を零した。

 

「そういう場所でなければ見つからない。それだけだ。……結局、見つからなかったが」

「澪さんの探してるものなんて、そうそう見つかるもんでもないでしょうに」

「わかっているさ。もう諦めている。それに今は、もっと興味があるモノも見つけたところだ」

 

 澪の視線がこちらを向く。首を傾げると、澪は柔らかい表情を浮かべた。

 

「まあ、とにかくだ。外に出るのだろう? 折角だから妖花くんの応援に行くのはどうだ?」

「成程。いいですね」

「賛成~。ほな、早速行きましょうか」

 

 方針が決まれば行動は早い。祇園は資料を片付け、澪と美咲は服を着替えに資料室を出て行く。

 資料を棚に戻し終えると、ほとんど同時に二人は戻ってきた。美咲は帽子を被った上にメガネまでしており、変装はばっちりである。

 

「無駄に混乱させたらアレやしなー。変装すんのも面倒や」

「有名税だな。仕方なかろう」

「澪さん人のこと言えへんでしょ? 変装せんでええんですか?」

「私は元々あまりメディアに出ていないからな。ルーキーズ杯の解説で顔が知られているかもしれんが、選手に比べれば微々たるものだ。それに公の場では制服かスーツを着ている。私服で眼鏡でもかければ気付かれんよ」

 

 そう言うと、澪はポケットから取り出した伊達眼鏡を装着する。確かに普段、澪が声をかけられることは少ない。やはりイメージと露出というのは大事なのだろう。

 まあ、美咲が有名過ぎるというのもあるが。

 

「とりあえず車出してもらえるそうなんで、行きましょう」

「渋谷ならすぐですよね?」

「三十分とかからんよー」

「妖花くんのことだから不安はないが、楽しみだな」

 

 部屋を出る。本当に穏やかで、静かな日常だ。

 ……だから、なのだろうか。

 どうしようもなく、落ち着かないのは――……

 

 

 ――14:00――

 

 

 訪れたカードショップは、かなり大規模だった。祇園にとってカードショップとは幼少時代からお世話になっている店のイメージが強い。そのため、こういった大規模なカードショップ――というよりはホビーショップ――はやはり驚かされる。

 

「渋谷では一番大きな場所だからな。大会の参加者は毎回百人を超える」

「多い時は二百人とかでやってますしねー。交通の便もええから、近くの学校の生徒もよく来るみたいですし」

「だからトラブルも多いようだがな。まあ、昔に比べれば確かに雰囲気は随分マシだ」

「〝侍大将〟みたいなんはいませんからねー。アレは本人にその気がなくても厄を呼び寄せるタイプやし。本人にも非はあったとはいえ、運が悪いですよ」

 

 目立たないように大会が行われている場所を目指しながら、二人がそんな会話をしている。祇園は周囲に視線を送りながらその話を聞いていたのだが、聞き覚えのある単語に思わず反応した。

 

「美咲、〝侍大将〟って……」

「ん? ああ、そっか祇園は知らへんのか。あの店は渋谷からは遠いし、そういや話題にしたこともあらへんかったなぁ」

「何だ、知らなかったのか少年。私たちが話していただろう? 少し荒れていた時期の――」

『――予選結果の発表です。決勝トーナメント進出者32名はトーナメント表を確認してください』

 

 澪の声を遮るように、アナウンスの声が聞こえてきた。どうやら予選が終わったらしい。澪は苦笑すると、行こうか、と言葉を紡いだ。

 

「景気の悪い話をしても仕方ない。妖花くんのことだから心配はないだろうが、見に行ってみよう」

「そうですね。えっと……」

「んー、人多くて見辛いなぁ……。お、見えた。七番のとこに名前あるね」

「見たところ、妖花くん以外には二人だけか。十二歳以下で決勝トーナメントに進んでいるのは。流石というべきかな」

「妖花さん、強いですから」

 

 トーナメント表の七番の項目には確かに『防人妖花(12)』という表記がある。周囲を見回すと、椅子に座って自分のデッキを眺めている妖花の姿が目に入った。

 

「あ、妖花さん」

 

 声をかける。すると妖花は驚いた様子で顔を上げ、次いで笑みを浮かべた。

 

「夢神さん!」

 

 美咲と澪も伴い、妖花のところまで歩いていく。こちらを見ると妖花は驚いた表情を浮かべた。

 

「ど、どうしたんですか?」

「応援に来たんだ。決勝トーナメント進出、おめでとう」

「流石だな。……相棒たち元気そうで何より」

「やっぱり強いなー、妖花ちゃん。ウチも誇らしいで」

「えへへ、ありがとうございます!」

 

 嬉しそうに笑う妖花。それにつられて笑みを浮かべる。

 純粋、という言葉が何より似合う。

 

「どう、決勝トーナメント。勝てそう?」

「わからないです……。こういう大会、出たことないので……」

「初出場で決勝トーナメントに出るだけで十分凄いけどなぁ。この規模で」

「参加者は157人か。多いな」

 

 トーナメント表を見つつ澪が言う。十五歳以下のみとはいえ、157人というのはかなりの規模だ。DMというものがどれだけ浸透しているのかがよくわかる。

 

「まあ、妖花ちゃんなら入賞ぐらいはできるやろ。頑張るんやで?」

「はいっ」

 

 満面の笑みを浮かべる妖花。防人妖花――その実力は祇園もよく知っている。十代に負けず劣らずの豪運の持ち主である彼女の実力は確かだ。〝ルーキーズ杯〟に推薦されたのは偶然でもなんでもないのである。

 決勝トーナメントの開始までは時間があるらしい。チラリと祇園が時計に視線を送ると、見知った顔が視界に入った。

 

「あれ……?」

「ん、おお、見覚えある面だと思ったら夢神か」

 

 向こうもこちらに気付き、歩み寄ってくる。冬だというのに少し焼けた肌をしている青年――新井智紀は、どうしたんだ、と言葉を紡いだ。

 

「お前16だろ? 出場してたのか?」

「えっと、応援です。妖花さんの……」

「おー、成程。いや、見てたぞ嬢ちゃん。やっぱ強いなー。予選であれだけバシバシエクゾディア揃えられたらそりゃキツいわ」

「ありがとうございますっ」

 

 新井の称賛を受け、笑みを浮かべる妖花。その表情は本当に嬉しそうだ。素直な少女である。

 ――新井智紀。大学リーグ前年度覇者である『晴嵐大学』のエースであり、〝アマチュア最強〟とも評される人物だ。〝ルーキーズ杯〟では一般枠から本選へと勝ち上がり、結果はベスト8。あの遊城十代とギリギリの激戦を繰り広げた。

 かなり面倒見が良い人物であるため、十代も大会後には何度か連絡を取り合っているらしい。一度だけだが資料室に来、デッキ作りの意見交換をしたこともある。

 だが、今期のドラフト一位候補筆頭である彼は15歳以下ではない。何故ここにいるのだろうか。

 

「新井さんはどうしてこの大会に?」

「ん、理由は単純だよ。後輩が出てるからな。その応援だ。今日は大学の練習もオフでなー。暇だったんだよ」

「成程」

「まあ、知ってる奴が十人参加して勝てたのは二人だけだけどな」

 

 新井が肩を竦める。やはりこの規模になると勝ち上がるのは難しいらしい。その点、妖花は流石といえる。

 

「……っと、目立ち過ぎたか」

「えっ?」

 

 不意に新井が呟いたことに首を傾げる。それとほぼ同時に、周囲の声が耳に入って来た。

 

 

「おい、新井さんと一緒にいるのって」

「夢神選手じゃねぇ……?」

「〝ルーキーズ杯〟準優勝の」

 

 

 ざわめきと共に視線がこちらに向いてくるのがわかる。マズい、と祇園は思った。ここには美咲と澪がいる。あの二人がいることがわかれば、最悪パニックになりかねない。

 振り返る。だが、二人の姿はなかった。

 

「あ、あれ?」

「どうした?」

「あ、いえ、一緒に来ていた人が……」

 

 周囲に視線を向けるが、姿はない。どうしたのだろう、と思っているとアナウンスが流れた。

 

『それでは、決勝トーナメント一回戦を始めます』

 

 周囲のざわめきが強くなる。祇園は妖花の方を向くと、頑張って、と言葉を紡いだ。

 

「応援してるよ」

「はいっ! 精一杯頑張ります!」

「嬢ちゃんなら優勝狙えるかもしれねーしな。頑張れよ」

 

 そして、二人でその場を離れる。慣れない周囲の視線が、どこかむず痒かった。

 

 

 ――15:00――

 

 

 決勝トーナメントは順調に進み、今はベスト8の試合が始まろうとしている。祇園は新井と並んでモニターから妖花の様子を観戦しているのだが……周囲の視線をまだ感じる。

 

「まあ、有名人だからな。お前も」

 

 そんな様子の自分に気付いたのだろう。新井が笑いながらそう言った。そうなんでしょうか、と言葉を紡ぐ。

 

「僕なんて大した実績もない一般人なのに……」

「〝ルーキーズ杯〟は全国放送されてたからな。そこで一般参加枠の無名がいきなり決勝まで勝ち上がったんだ。メディア連中は面白おかしく書き立てるし、一般大衆も興味を持つ。そりゃ注目されるよ」

「でも、決勝に行けたのは運が良かったからです。巡り合わせが良かった」

「だが、お前は決勝に行った。しかも俺を倒してくれやがった十代にも勝ってだぞ? 成績を見りゃ、お前は俺よりも強いってことになる」

 

 意味ありげに笑って見せる新井。祇園は首を左右に振った。

 

「新井さんに勝つなんてできませんよ」

「やってみなきゃわかんねーさ。現にお前は強いよ。……野次馬ってのはな、鼻が利くんだ」

 

 周囲へ視線を送りながら。

 新井は、呟くように言葉を紡ぐ。

 

「嗅ぎ分けるんだ。〝スター〟の匂いをな」

「スター、ですか」

「そうだ。……まあ、しばらくすりゃ収まるだろうからそれまでの辛抱だよ。注目されっぱなしの生活も悪くはねぇが、息が詰まる。彼女の一人も作れねーしな」

 

 新井が肩を竦める。祇園としては苦笑するしかないのだが、新井はそういえば、と言葉を紡いだ。

 

「お前は彼女とかいねーのか?」

「はい、いません」

「即答だなオイ。美咲ちゃんは?」

「幼馴染で、恩人です」

「……ふーん」

 

 祇園の言葉をどう思ったのか、新井は深く追求してこなかった。

 僅かな沈黙。モニターを見ると、妖花が無事にベスト4に駒を進めたところだった。流石だ、と思う。相手は皆自分よりも年上ばかりなのに。

 澪が以前言っていた。防人妖花は〝愛された存在〟なのだと。

 天才、という一言で片づけるのは容易い。しかし、それ以外に表現する方法がない。

 もし、彼女のような〝天才〟が立ちはだかったとして。

 自分は、勝てるのだろうか。そんなことを、最近ふと思う。

 

「やっぱ強いな、嬢ちゃん。羨ましい。才能ってのはあればあるほどいいもんだ」

 

 心を読んだわけではないだろう。新井はそんなことを呟いた。

 妖花とて努力はしている。だが、それは才能に裏打ちされたモノだ。彼女の努力は必ず結果に結びつく。故に――天才。

 ――〝天才〟とは、努力が必ず報われる者を示す言葉なのだから。

 

「ああ、そういや十代に聞いたが〝侍大将〟のダチなんだって?」

「え、あ、はい。少なくとも僕はそう思っています」

「あの馬鹿、今どっか行ってるらしいな。しっかし、友達ねぇ。あのクソガキが丸くなったもんだ」

 

 くっく、と笑う新井。どういうことですか、と祇園が問いかけると、笑みを浮かべながら新井は言葉を紡いだ。

 

「〝侍大将〟っつったら一年前までこの辺で暴れてたクソガキの名前だよ。あの馬鹿を恨んでる奴も多い。……詳しいことは本人に聞け。黒歴史だろうがな」

「はぁ……」

「まあ、一つだけ言えるのはアレだ。あの馬鹿を擁護するわけじゃねーが、巡り合わせが悪過ぎたんだよ。要はそういうことだ」

 

 巡り合わせ――その言葉は、祇園にとっても重い意味を持つ。

 僅かな奇跡に救われて、夢神祇園はここにいるのだから。

 

 

 ――19:30――

 

 

 大会の結果、妖花は準優勝だった。決勝戦で鮮やかな金髪をした見るからに『不良』といった少女と当たり、敗北したのだ。

 とはいえ、デュエル自体は正々堂々としたものだった。妖花の防御の壁を突き崩した格好といえる。

 

「おめでとうやで、妖花ちゃん」

「準優勝とは立派なものだ」

「えへへ、ありがとうございます!」

 

 ちなみに美咲と澪は祇園が新井と会話をしている際に視線が集まっているのを感じ、別の場所に避難していたらしい。見つかれば大騒ぎになっていただろうから、正しい判断だと言える。

 

「そういえば、賞品って何だったの?」

「えっと、カードパックです」

「限定パックやな。結構新しい奴ちゃうか?」

「得したな。この際だ、妖花くんも少年と共に新しいデッキを作ればいい」

「うーん、どんなデッキが良いでしょうか……」

 

 妖花が悩み始める。現在四人でいるのは食堂だ。夕食を食べ終え、食後の休憩をとっている。

 周囲にはKC社の社員も多くおり、彼らはこれから残業、もしくは深夜業に入るのだろうと想像できた。

 祇園もまたデッキ作りである。煮詰まってきている気がするが、だからといってサボれることではない。

 

「ウチはある程度完成しとるからなぁ」

「私もだ。しばらく使おうと思っているデッキは完成している」

「そうなんですか?」

「僕はまだですね……。頑張らないと」

 

 苦笑してそう言葉を紡いだ瞬間、激しい音と共に扉が開いた。思わず食堂の入り口を見ると、そこには海馬瀬人が立っている。

 

「あら、社長?」

 

 美咲が首を傾げる。ふむ、と澪も頷いた。

 

「珍しいな。食堂に来ることなどほとんどないはずだが」

「何かあったんでしょうか?」

 

 食堂中の視線が海馬の方を向く。海馬は一度周囲を見回すと、こちらへと視線を向けてきた。

 

「ふぅん、ここにいたか小僧。今すぐデュエルルームに来い」

 

 良く通る声でそんなことを言う海馬。小僧、という呼び方をされる相手は自分しかいない。

 

「僕、ですか?」

「二度言わせるな。貴様のデッキを持って第一デュエルルームへ来い、と言っている。待っているぞ」

 

 コートを翻し、颯爽と立ち去っていく海馬。祇園が思わず三人の方へと視線を向けると、美咲が呆れたように呟いた。

 

「何か考えついたんかなぁ……?」

 

 

 ――19:50――

 

 

 第一デュエルルーム。KC社では最も大きいデュエルルームであり、海馬がよく使用する場所だ。私闘に近い美咲とのデュエルでも主にここが使用される。

 その部屋に入ると、海馬はすでに待っていた。そのまま、鋭い視線をこちらへと向けてくる。

 

「来たか。早速始めるぞ。デュエルディスクを構えろ」

「え、あ、は、はい」

 

 何かしらの説明があるかと思ったら、何もない。強引に思えるが、こういう人なのだとして納得する。

 

「貴様は今疑問に思っているだろう。その疑問については、このデュエルに勝てれば答えてやる」

「……はい」

「前に貴様が我が前に立った時。あの時の貴様は凡骨以下のデュエリストだった。――失望させてくれるな。最低でも凡骨としての意地を見せてみろ」

 

 そして、デュエルの幕が開く。

 

「「――決闘(デュエル)!!」」

 

 理由もわからないままに。

 二度目の〝伝説〟とのデュエルが、始まった。

 









次の道は、未だ定まらず。
見据える先に、何を願う――……






というわけで日常回です。大会に少し出てきたお二人と、軽い会話。そして妖花ちゃんの一般大会デビューですね。


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第三十九話 白銀の伝説、煌めく星に捧げた想い

 

 第一デュエルルーム。KC社にあるデュエルルームの中では最も広い部屋であり、社長であり自身も〝伝説〟と語られる海馬瀬人が主に使用する場所だ。

 普段は桐生美咲を相手にすることが多い海馬だが、今回はいつもと違う相手と向き合っている。

 ――夢神祇園。

 特別秀でている何かがあるわけではない。優秀ではあるが、それはあくまで努力によって成された『優秀』だ。世にいう『天才』とは大きく違う。

 その数奇な人生において、海馬瀬人は幾人もの『怪物』を直接目にしてきた。永遠のライバルたる『決闘王』などがその頂点だし、かつてのペガサス会長なども確かに『怪物』だった。

 それに比べれば、今目の前にいる夢神祇園という少年は本来なら見向きもしない相手だ。出会うことも、言葉を交わすことさえも普通ならあり得なかっただろう。

 だが、いくつもの数奇な偶然がそうさせなかった。

 

(くだらんな。〝運命〟などというモノは存在せん)

 

 全ては人の営みだ。決められた物語などこの世にない。

 だが、海馬は今まで〝運命〟と呼ばれるモノに多く関わってきた。全てが必然のような偶然の果てに、こうしてここに立っているのだ。

 故に、見極める。

 目の前にいる少年には、〝運命〟があるのかどうかを。

 

「特別なルールはない。だが、シンクロの使用は可能だ。貴様はすでにマシンや社員を相手に何度かデュエルをしているから問題ないだろうがな」

「はい」

 

 祇園が頷く。その表情は硬く、緊張しているのが見て取れた。

 本当に、探せば見つかるようなレベルの少年だ。しかし、『窮鼠猫を噛む』という言葉もある。あの『凡骨』もそうしてバトルシティを這い上がってきた。

 

「一つだけ言っておく。――貴様はこのデュエルにおいて、この俺を殺すつもりでかかって来い」

「……え……」

「貴様がデュエルに勝てば、アカデミアの選択権をくれてやる。だが、負ければ貴様は本校に戻ってもらう」

 

 いいな、と問いかける。祇園は何かを言おうと口を開いたが、すぐに閉じてしまった。言葉を呑み込んだらしい。正しい判断だ。

 

(見せてもらうぞ。貴様が選択を他人に容易く譲り渡す程度の男なのか、それとも違うのかを)

 

 選択、とは人にとって何よりも大切なモノだ。それを他人に譲り渡すような者に用はない。

 海馬瀬人が認めるのは、自らの道を自らの手で切り開いていける者のみ。

 

「ゆくぞ!!」

 

 宣言する。祇園の目には未だ戸惑いがあるが、それでもこちらをしっかりと見つめてきた。

 

「「――決闘(デュエル)!!」」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 二人のデュエルが始まる。観戦室からそれを眺めながら、桐生美咲は首を傾げた。

 

「社長が唐突なんはいつものことやけど、いくらなんでもいきなり過ぎる気がするなぁ。どないしたんやろ?」

「確かに海馬社長らしくはない気がするな。美咲くんとデュエルをするならともかく」

「どうして祇園さんなんでしょう……?」

 

 澪と妖花も意図が掴めず二人のデュエルを眺めている。海馬の行動が突然なのはいつものことだが、それは説明が足りないだけだ。いつだって何かしらの意図がある。

 だが、今回はそれがわからない。祇園の新デッキは完成していないことはわかっているはずだ。

 なのに、何故?

 

「……それについては私が説明しましょう」

 

 不意にそんなことを言いながら入って来たのは、一人の老人だ。龍剛寺――デュエルアカデミア・ウエスト校の校長である。

 校長、と澪が驚いた様子を見せた。はい、と龍剛寺は頷く。

 

「実は先日、彼について少々厄介なことが判明しました」

「厄介?」

 

 眉をひそめる。そんなこちらの内診を汲み取ってか、龍剛寺は首を左右に振った。

 

「彼自身に問題はありません。あろうはずがない。ですが、ご存じの通り彼は少々他とは違う道筋を歩いて来ています」

「不当な退学で本校を放逐され、ウエスト校に中途入学。そして一般参加枠からの〝ルーキーズ杯〟出場。確かに経歴は変わっているな」

「改めて聞くと凄いです……」

「せんでええ苦労をするのが祇園らしさやな。……で、それがどないしたんです?」

「はい。その道が特殊であったが故に気付くのに遅れました。そのことを話すと、海馬社長はすぐに『彼とデュエルをする』と仰られたのです」

 

 チラリと龍剛寺はデュエルルームへ視線を送る。そして、その言葉を口にした。

 

「――夢神祇園。彼は、このままでは留年します」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 デュエルが始まる時の緊張感はいいものだ。この場所こそが己の居場所なのだと認識させてくれる。

 

「先行は俺だ。ドロー!」

 

 カードを引く。そのまま、迷いなく海馬はデュエルディスクへとカードを差し込んだ。

 

「俺は魔法カード『竜の霊廟』を発動! 一ターンに一度しか発動できず、デッキからドラゴン族モンスターを一体墓地に送る! そしてそれが通常モンスターだった時、もう一体ドラゴン族モンスターを墓地に送ることができる! 俺は『青眼の白龍』を墓地へ送り、更に『伝説の白石』を墓地へ送る!」

 

 条件さえ合えば二体ものモンスターを墓地に送れる強力なカードだ。ドラゴン族には強力な代わりに重いモンスターが多い。手札からよりもデッキからの方が出しやすいのである。

 

「そして墓地に送られた『伝説の白石』の効果を発動! このカードが墓地に送られた時、デッキから『青眼の白龍』を手札に加える!」

 

 これで手札消費は0。相性は抜群だ。

 

「ふぅん、伝説を見せてやる。――俺は魔法カード『古のルール』を発動! 手札からレベル5以上の通常モンスターを特殊召喚する! 来い、我が魂!! 『青眼の白龍』!!」

 

 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)☆8光ATK/DEF3000/2500

 

 世界に響き渡るような咆哮と共に、白龍が降臨する。

 世界に三枚しか現存しない、海馬瀬人のみが使用を許された〝伝説〟のカード。

 

「我がブルーアイズは、戦いの中でこそ輝く。――俺はカードを二枚伏せ、ターンエンドだ」

「僕のターン、ドロー!」

 

 祇園がカードをドローする。アカデミアで戦った時は怯えさえ見受けられたが、今はそれを克服しようとしているのが感じ取れた。

 

(さあ、見せてみろ)

 

 人生というモノは、困難と絶望の連続だ。畳み掛けるような現実を前に、準備ができることなどほとんどない。常に己が持つ手札だけで戦っていくしかないのだ。

 例えば、ここで勝たなければ夢神祇園が殺されるとして、それを救える者は夢神祇園本人以外に存在しない。

 己の道を、己の選択で進みたいのならば。

 勝つしか、道はないのだ。

 

「僕は魔法カード『竜の霊廟』を発動します。デッキから『真紅眼の黒竜』を墓地に送り、更に『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を墓地へ」

 

 流石に互いにドラゴン使いということはあり、動きが似ている。まあ、向こうは形が大きく違うが。

 

「そして手札から『召喚僧サモンプリースト』を召喚。召喚時、このカードは守備表示になります」

 

 召喚僧サモンプリースト☆4闇ATK/DEF800/1600

 

 現れたのは、長い髭を生やした老師だ。祇園は更に手を進める。

 

「サモンプリーストの効果発動! 手札から魔法カードを捨てることで、デッキからレベル4モンスターを特殊召喚する! 二枚目の『竜の霊廟』を捨て、デッキからチューナーモンスター『ヴァイロン・プリズム』を特殊召喚!」

 

 ヴァイロン・プリズム☆4光・チューナーATK/DEF1500/1500

 

 現れたのは、純白の装甲を持つ機械のようなモンスターだ。そのモンスターの登場を見、ほう、と海馬は声を漏らす。

 

「モンスターを揃えたか」

「はい」

「来い。見せてみろ、貴様の覚悟を」

「いきます。――レベル4、召喚僧サモンプリーストにレベル4、ヴァイロン・プリズムをチューニング! シンクロ召喚!!」

 

 デュエルの常識を変えるとペガサスが断言した〝シンクロ召喚〟。美咲とのデュエルで何度も見ているが、相手にすると面倒だ。

 ――まあ、それでも負けるとは思わないが。

 

「――『ダークエンド・ドラゴン』!!」

 

 ダークエンド・ドラゴン☆8闇ATK/DEF2600/2100

 

 現れたのは、漆黒の闇を纏う竜だ。その威圧感に、ほう、と思わず吐息が漏れる。

 

「そして墓地に送られた『ヴァイロン・プリズム』の効果です。このカードがフィールド上から墓地へ送られた場合、LPを500ポイント支払うことでこのカードを装備します。そして装備されたモンスターは、ダメージステップ時に攻撃力が1000ポイントアップ」

 

 祇園LP4000→3500

 

 ダークエンド・ドラゴンにヴァイロン・プリズムの鎧が装備される。これでダークエンドの戦闘能力は格段に上がった。

 しかも、あの黒い竜には更なる能力がある。

 

「ダークエンド・ドラゴンの効果。一ターンに一度、攻撃力・守備力を500ポイントずつ下げることで相手モンスターを一体、墓地に送ります! ブルーアイズを墓地へ!」

「ぐっ……! おのれぇ、我がブルーアイズを……!」

 

 ダークエンド・ドラゴン☆8闇ATK/DEF2600/2100→2100/1600→3100/1600(ダメージステップ時)

 

 大抵のデュエリストが目にするだけで防戦一方となる伝説の存在。それがブルーアイズだ。だが、夢神祇園は臆することなく向かってくる。

 成程、凡骨程度の力はあると判断したのは間違っていなかったようだ。

 

「ダークエンド・ドラゴンでダイレクトアタックです!」

「甘いな。罠カード『ガード・ブロック』。戦闘ダメージを0にし、カードを一枚ドローする」

「……僕はカードを一枚伏せ、ターンエンドです」

「俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引く。まずは、やるべきことをやらなければ。

 

「速攻魔法『サイクロン』を発動! その鬱陶しい鎧を破壊させてもらう!」

「うっ……!」

「更に俺はチューナーモンスター、『青き眼の乙女』を召喚!」

 

 青き眼の乙女☆1光ATK/DEF0/0

 

 現れたのは、蒼い目をした銀髪の女性だ。海馬は更に一枚のカードをデュエルディスクに差し込む。

 

「そして装備魔法、『ワンダー・ワンド』を乙女に装備! その瞬間、青き眼の乙女の効果を発動! このカードがカードの効果の対象となった時、手札・デッキ・墓地よりブルーアイズを一体特殊召喚する! デッキより現れろ、我が魂!! ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴンッ!!」

 

 青眼の白龍☆8光ATK/DEF3000/2500

 

 再び現れるブルーアイズ。この圧倒的なパワーこそが力であり、強さ。

 

「そしてワンダー・ワンドの効果を発動! このカードは魔法使い族モンスターにのみ装備でき、装備モンスターを墓地に送ることでカードを二枚ドローする!」

 

 これにより、手札消費は0のままブルーアイズが召喚できることとなる。

 

「ゆくぞ!! ブルーアイズで攻撃!! 滅びのバーストストリーム!!」

「つううううっ……!!」

 

 祇園LP3500→2600

 

 漆黒の竜が破壊され、祇園のLPが削られる。

 そう、これこそが正しい姿。圧倒的な力こそ、己が誇り。

 

「強靭にして無敵!! さあ来るがいい!! その全てを粉砕してくれる!!」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 その言葉の意味が解らず、一瞬呆けた空気が流れた。最初に我に返った澪が、校長、と言葉を紡ぐ。

 

「それはどういう意味ですか? 少年が留年とは。僭越ながら、彼が留年する理由など微塵もないように思われますが」

「うんうん」

 

 美咲と妖花も全力で頷く。龍剛寺はゆっくりと首を振った。

 

「彼に問題はありません。短い間とはいえ我が校の生徒として見守ってきた中で理解しております。問題を起こすような生徒ではないと」

「な、なら何でなんですか?」

「彼自身に問題はなくとも、彼の立場に問題があるのです。……彼は退学になり、ウエスト校に編入しました。ここが問題なのです」

「……成程。盲点だった。次から次へと、少年が何をしたという?」

 

 どこか呆れた調子で澪が言う。その表情は苦々しい。

 どういうことですか、と妖花が問いかけると、澪が頷いて言葉を紡いだ。

 

「『転校』というのは世間で考えられているよりも面倒な手順を踏まなければならない。特に義務教育を終えた高等教育ならば尚更だ。求められる学力レベル、授業の進度、内申書など引き継ぐモノが多くなる。とはいえ、普通なら問題にならない。だが……少年は、退学者だ。アカデミア本校で手にしたモノは、全て破棄されているんだよ」

 

 美咲と妖花の表情が変わった。美咲が苦々しげに舌打ちする。

 

「ああ、そういうこと……。なんで、なんでなんよ……、祇園が何を……!」

「気持ちはわかるが、落ち着け美咲くん」

「落ち着けるわけないやろ!? つまり祇園は本校の成績を受け継がせて貰えへんから進級できひん! そういうことやんか!」

「落ち着け、と言っている」

 

 鋭い視線で睨まれた。だが、退くつもりはない。こちらも睨み返す。

 しかし、気付く。澪は腕を組みながら、しかし、強く自身の腕を握り締めていることに。

 

「ここで騒いでも、何も変わらんよ」

「……そう、ですね」

「それに、その辺りの解決策もあるのでしょう?」

 

 澪は龍剛寺へ視線を送る。龍剛寺は頷いた。

 

「彼の退学は不当であったことは校長である鮫島さんが認めています。しかし、ここで問題が起こりました」

「問題、ですか?」

「ええ。――倫理委員会が、それを認めないのです」

 

 澪の眉が跳ね、美咲が舌打ちを零した。妖花はどんどん厳しくなっていく雰囲気にオロオロしている。

 

「どういうことなんです? 倫理員会は海馬社長が解散を決定したはずやないですか」

「その件について揉めているのです。解雇は不当だ、として。その争点が彼――『夢神祇園の退学は不当であるか否か』なのです」

「…………ッ、クソッタレやな」

「ナメた話であることは事実だが、美咲くん。アイドルらしからぬ言葉だぞ。気を付けた方がいい」

「そういう澪さんこそギリギリやないですか」

「面白いことを言う。私は冷静だよ。キミと違って。だから落ち着けと言っている」

「へぇ、祇園の人生かかってんのに冷静ですか」

「……言葉を選べ、美咲くん」

 

 二人の視線が急激に冷えていく。妖花が慌てて割って入った。

 

「お、落ち着いてください~! お二人が喧嘩しても祇園さんは喜びません!」

「……ごめんな、妖花ちゃん。その通りやわ。すみません、澪さん。ちょっと八つ当たりしてしまいました」

「いや、私の方こそすまない。無意味にキミを挑発した」

 

 空気が僅かに和らぐ。龍剛寺は一つ咳払いをすると、言葉を続けた。

 

「話を戻しましょう。……下手をすれば、雇用に関する裁判沙汰になりかねない状況です。無論、倫理員会側の勝ち目は薄い。何せ鮫島さんが認めていますからね。しかし、倫理委員会はその立場が少々厄介なのです」

「確か、鮫島校長やら教員やらを第三者の視点から管理する、でしたっけ?」

「ええ。つまりは独立してしまっているのです。実際は二人三脚でしたが、立場上は違う。そして退学については倫理委員会の賛成も必要となります。ここが問題なのですよ」

「……大方、『間違った情報を与えられていた』か『夢神祇園の退学は正当だった』とでも主張しているのでしょう?」

 

 どこか苛立たしげに言う澪。龍剛寺は頷いた。

 

「今回の場合は後者ですね。校則違反などを理由に挙げています。レッド寮の生徒、ということも理由には挙がっているようです。校則違反をした落第生の退学――倫理委員会はこれを正当なものとして主張しているようです。それにどうも、彼とは違う生徒の校則違反についても彼に濡れ衣として被せようとしているようで」

「濡れ衣?」

「ええ。主張によれば『女子寮への侵入』、『授業の無断欠席』、『ブルー生との日常的なトラブル』など、いくつか。これについては他の教員から事実無根と聞きましたが、ならばこの話の元は誰なのかというと口を閉ざしているので更に面倒なことになっています」

「…………ああ、成程。まあ、わかるけど……、わかるけどもや……」

 

 美咲は思わず頭を抱えてしまう。それらの違反行為の主といえば一人しかいない。あの男だ。だが、確かにそうなると名前は出し辛いだろう。特に鮫島は彼に対して――今更だとは思うが――罪悪感を感じている。他の教員に関しても、不必要に問題を大きくしたくないだろう。

 個人としてどう思っていても、彼らは『デュエル・アカデミア本校の教師』であり。

 夢神祇園は、『アカデミア本校の生徒ではない』のだから。

 

「……裁判までもつれ込めば、決着がつくまで相当な時間がかかります。日本の司法などそんなものです。そして決着がつく頃には、彼の留年は決定しています」

「何とかならないのですか? 要は退学になった分の出席と成績が無いという状態でしょう? ならば、ウエスト校で独自に」

「それが不可能なのです。彼が編入してきたのは間の悪いことに一学期の試験後。つまり、一学期の成績が全く存在しません。補習や追試も、そもそも授業を受けていないのであれば実施できないのです」

「な、なんでなんですか? どうして祇園さんがそんな……」

「頭の固い法律ということだ。くだらんが、ルールである以上従うしかない。不正を誅するための法が、まさかこうして少年を苦しめるとはな」

 

 面倒な話だ、と澪が呟く。妖花はまだよくわかっていないらしく、困惑の表情を浮かべた。そんな妖花に、美咲が呟くように言葉を紡ぐ。

 

「学校を卒業したり、進級するには出席日数と単位が必要なんよ。それは教育の法律で定められてて、そのための指導要領もある。せやけど祇園は、本校を退学になったせいでその一部が全部抜け落ちてしまってるんよ。それは書類上で『欠損』になって、そのまま卒業できひんことに繋がる」

「でもでも、祇園さんは凄い人です! だって、でも、そんな」

「確かに優秀です。努力家でもある。優秀な生徒には奨学金など、特別な措置はいくつもあります。烏丸さんなどはそれによって授業の自由出席が認められています」

「そ、それなら祇園さんも……」

「防人さん。彼は優秀ですが、それは『中の上』という意味なのです」

 

 中の上――その言葉に、美咲と澪は唇を噛み締めた。

 そう、夢神祇園は優秀だ。だが、『天才』ではない。

 努力で人が辿り着ける場所に、必死になって辿り着いて。ようやく人並みの場所で走っているだけなのだ。

 

「教育機関である以上、贔屓はできません。それは彼に対する侮辱となります」

「……あう、でも……」

「校長は正論を言っている。これは覆せない」

 

 澪が固い声色で言葉を紡ぐ。妖花は泣きそうな顔で俯いた。

 静寂が流れる。ポツリと、解決策は、と美咲が呟いた。

 

「何か、方法があるんでしょう?」

「……あるには、あります。一つは仮進級。補習を受けてもらい、そして今後一定以上の成績を残してもらうことを条件に。一番現実的です。彼以外の生徒であったなら」

「どういうこと、ですか……?」

「形はどうあれ、『仮進級』ということは奨学金を受けることができなくなります。そして彼は、奨学金なしに学費を払うことはできません」

「金、というのはいつだって一番残酷な現実だ。……反吐が出る」

 

 普通なら、方法はあったのかもしれない。だが、今の祇園には保証人の一人もいないのだ。

 祇園が奨学金を借り、バイトでためたお金で学費を払えていたのは努力の結果による成績があったからだ。『仮進級』という落第生の烙印を押されたら、その唯一の後ろ盾さえ失うことになる。

 

「今でもギリギリや言うてたからな、祇園。……親も後見人も保証人もおらん人間は、あまりにもこの社会じゃ弱過ぎるんや」

 

 奨学金とは一種の借金だ。当然ながら返せる相手に貸すものであり、難しいと判断される相手には貸してくれない。

 夢神祇園はその成績でどうにか認められていただけで、それを失えば何もかもが消えてしまう。

 

「それらの要素により、これは悪手です。最悪、彼は自主退学を迫られかねません」

「……私や美咲くんが金を出すと言っても、絶対に受け取らんだろうからな」

「それは間違いあらへんやろうな」

「じゃ、じゃあ、もう一つは……?」

 

 縋るような目で妖花は龍剛寺を見る。龍剛寺は頷いた。

 

「――もう一つは、アカデミア本校への復学です」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 やはり、凄い。素直にそんな感想しか出て来ない。

 

「カードを更に一枚伏せ、ターンエンドだ!」

「僕のターン、ドロー!」

 

 気迫に負けないよう、声を張り上げる。

 相手は〝伝説〟。容易く勝てる相手ではないし、百回戦えば間違いなく百回負ける相手だ。今の自分には、あまりにもこの壁は厚い。

 だが、一万回に一度でも勝てる可能性があるのなら。

 そこに、全てを懸ける意義がある。

 

「僕は墓地の闇属性モンスター、『召喚僧サモンプリースト』を除外し、『輝白竜ワイバースター』を特殊召喚!」

 

 輝白竜ワイバースター☆4光ATK/DEF1700/1800

 

 純白の竜が現れる。一ターンに一度しか出せないが、優秀な効果を持つモンスターだ。

 

「そして、これにより墓地の闇属性モンスターは『真紅眼の黒竜』、『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』、『ダークエンド・ドラゴン』の三体! 墓地の闇属性モンスターが三体のみの時、このモンスターを特殊召喚できる! 『ダーク・アームド・ドラゴン』を特殊召喚!!」

 

 ダーク・アームド・ドラゴン☆7ATK/DEF2800/1000

 

 迅雷を纏い、漆黒の竜が姿を現す。祇園は効果発動、と言葉を紡いだ。

 

「墓地の『ダークエンド・ドラゴン』を除外し、伏せカードを破壊!」

「そんな反撃は読めているわ! 永続罠『デモンズ・チェーン』! モンスター一体の効果を無効とし、攻撃宣言を不可能とする!」

「…………ッ!!」

 

 無数の鎖に縛られ、漆黒の竜が動きを止める。祇園はぐっ、と言葉に詰まった。

 

(何かあるとは思ってたけど。……いや、まだだ。まだ――やれる!!)

 

 ギリギリの手段。しかし、最早手はこれしかない。

 通らなければ――敗北だ。

 

「僕は手札より、チューナー・モンスター『黒薔薇の魔女』を召喚!」

 

 黒薔薇の魔女☆4闇・チューナーATK/DEF1700/1200

 

 現れる、黒い装束を着た幼き魔女。召喚時に効果を持っているが、この場面では発動しない。

 

「いきます! レベル4『輝白竜ワイバースター』に、レベル4『黒薔薇の魔女』をチューニング! シンクロ召喚!!」

 

 光が渦巻き、一体の竜が姿を現す。

 

「――『ライトエンド・ドラゴン』ッ!!」

 

 ライトエンド・ドラゴン☆8光ATK/DEF2600/2100

 

 現れたのは、先程のダークエンド・ドラゴンとは対を成すモンスターだ。純白の光が、周囲を照らす。

 

「そしてフィールドから墓地に送られた『輝白竜ワイバースター』の効果により、『暗黒竜コラプサーペント』を手札に。そして『輝白竜ワイバースター』を除外し、『暗黒竜コラプサーペント』を特殊召喚!」

 

 暗黒竜コラプサーペント☆4闇ATK/DEF1800/1700

 

 白と黒の竜が祇園のフィールドに並び立つ。片方は鎖に縛られているが。

 

「バトル! ライトエンド・ドラゴンでブルーアイズに攻撃!」

「ほう」

「効果発動! このカードが戦闘を行う攻撃宣言時に発動できる! このモンスターの攻守を500ポイントダウンさせ、相手モンスターの攻守を1500ポイントずつダウンさせる!」

 

 ライトエンド・ドラゴン☆8光ATK/DEF2600/2100→2100/1600

 青眼の白龍☆8光ATK/DEF3000/2500→1500/1000

 

 純白の竜が放った輝きにより、ブルーアイズが弱体化する。倒せる――そう思った瞬間。

 

「永続罠『竜魂の城』を発動! 墓地とフィールド上のドラゴン族モンスターを選択して発動! 墓地のドラゴン族モンスターを除外し、フィールド上のドラゴン族モンスターの攻撃力をエンドフェイズまで700ポイントアップさせる! 俺は『伝説の白石』を除外し、ブルーアイズの攻撃力をアップだ!」

 

 青眼の白龍☆8光ATK/DEF3000/2500→1500/1000→2200/1000

 

 その差分、僅かに100。

 しかし、その数字が絶対的な差となってしまう。

 

 祇園LP2600→2500

 

 吹き飛ぶ白竜。しかし、まだ終わってはいない。

 

「永続罠『リビングデットの呼び声』を発動! 甦れ、『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』!!」

 

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10ATK/DEF2800/2400

 

 現れる、最強のレッドアイズ。バトル、と祇園は宣言した。

 

「レッドアイズでブルーアイズを攻撃!」

「ぐうっ、おのれぇ……! 一度ならず二度までも……!」

 

 海馬LP4000→3400

 

 初めてダメージが通る。そして、祇園の場にはもう一匹、戦えるモンスターがいる。

 

「コラプサーペントでダイレクトアタック!!」

「…………ッ!!」

 

 海馬LP3400→1600

 

 LPが逆転する。祇園はメインフェイズ2、と宣言した。

 

「レッドアイズの効果により、墓地からライトエンド・ドラゴンを蘇生。ターンエンドです」

 

 祇園の場に並び立つ四体の竜。海馬は俺のターン、と言葉を紡いだ。

 

「……ふぅん、少しは力を付けたようだ。だが、貴様がこの俺を超えることはできん! 手札より魔法カード『大嵐』を発動! フィールド上の魔法・罠を全て破壊する!」

「レッドアイズが……!」

 

 永続罠である『リビングデッドの呼び声』が破壊され、レッドアイズが吹き飛ぶ。その代わりにダーク・アームド・ドラゴンが解放されたが――

 

「『竜魂の城』の効果だ。このカードが破壊された時、除外されているドラゴンを一体特殊召喚する。『伝説の白石』を特殊召喚だ」

 

 伝説の白石☆1光・チューナーATK/DEF300/250

 

 現れる白銀の宝石。海馬は更なるカードを差し込んだ。

 

「速攻魔法、『銀竜の咆哮』を発動! 墓地から通常ドラゴンを蘇生する! 甦れ、ブルーアイズ!!」

 

 青眼の白竜☆8光ATK/DEF3000/2500

 

 何度目かもわからない、ブルーアイズの登場。その威圧感は、やはり凄まじい。

 

「バトルだ。――ブルーアイズでダーク・アームド・ドラゴンを攻撃!! 滅びのバーストストリーム!!」

「うっ……!!」

 

 祇園LP2500→2300

 

 最強の竜の前では、流石にどうにもならない。破壊される。

 そして。

 

「メインフェイズ2だ。貴様に見せてやろう。我がブルーアイズの更なる姿を。――ブルーアイズに伝説の白石をチューニング!! シンクロ召喚!!」

 

 大地が揺れたと、そう思った。

 それほどまでに、凄まじかった。

 

「強靭にして無敵!! 我が魂!! 降臨せよ!! 『蒼眼の銀龍』!!」

 

 荘厳な響きが、世界を叩いた。

 天より、一体の銀龍が降臨する。

 

 蒼眼の銀龍☆9光ATK/DEF2500/3000

 

 その体に更なる輝きを纏い。

 銀色の龍が、威嚇するような叫びを上げた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「復学……?」

「ええ。もう一度改めて本校に戻れば、書類については都合がつきます。鮫島さんも非を認めている以上、それは難しくありません」

「でも、倫理委員会は納得するんですか?」

「納得はしないでしょう。ただ、このままではどうしようもないのも事実です。……とはいえ、完全に復学する必要はありません。三ヶ月、正確には80日間。丁度春休みに入るぐらいまで本校に在籍すれば復学の規定を満たせます」

 

 面倒な手続きはありますが、と龍剛寺は言う。美咲がホッとした息を漏らした瞬間、つまり、と澪が言葉を紡いだ。

 

「少年はウエスト校を去ることになると、そういうことか?」

「そうなります」

「……喜ぶべきなのだろうな、これは」

 

 ふう、と息を吐く澪。美咲も妖花も、表情は優れない。

 祇園の進級についてどうにかなることは喜ばしいことだ。だが、そうじゃない。そんなことじゃない。

 だって、これは。こんなのは。

 

「だが、これでいいのか? 大人の都合で振り回されて……そんなことばかりで。それを私は、喜んでもいいのか? 良かったな、と……そんな戯言を少年に向かって吐けばいいのか?」

 

 誰も、何も言わない。

 言えずに、いる。

 

「そうだ。復学すれば進級できる。元に戻る。不当な退学がなかったことになり、遊城くんや〝侍大将〟たちと学校生活を送れる。それで元通りだ。彼が望み、幸せを得ていたはずの世界だ」

 

 本来なら、そんな風に彼は三年の時を過ごすはずだった。

 多くの困難も、乗り越えていくはずだった。

 

「会いたいなら会える。それぐらいの距離だ。会いに行けばいい。別に問題はない。彼が幸いなら、それでいい。彼の人生で、彼の幸福だ。私に口を出す権利はない」

 

 夢神祇園という少年が、それで幸いになれるなら。

 現実が、どんなものであっても――

 

 

「――――ふざけるなッッッ!!」

 

 

 叫びと共に、鈍い音が響き渡った。機材を叩いた手の皮が裂け、血が滲む。

 龍剛寺は、ただ黙してそれを見守り。

 妖花は、唇を噛み締めて。

 美咲は、怒りから血が滲むほどに拳を握り締めていた。

 

「すまないが、校長。私は大人にはなれない。ここで少年に『良かったな』などと笑いかけるのが大人だというのなら、私はそんなものになる気はない」

「ウチも同意です。ふざけるんやない。人の人生を散々踏み躙っといて、それを忘れろやと? 龍剛寺校長。あなたが悪いんやないとはわかってる。これが八つ当たりだとも理解してます。せやけど、受け入れられへんのです。こんなん、受け入れられるわけがない」

 

 首を振る。そうだ、認められない。認めてたまるか。

 こんな残酷な現実――認めてはいけない。

 

「……私は、よくわからないです」

 

 ポツリと、妖花が呟いた。そのまま妖花は、デュエルルームへと視線を向ける。

 

「でも、祇園さんは。祇園さんは、きっと笑います。笑って、しまいます」

 

 優しさに触れた妖花だからこそわかり、彼を見てきたからこそわかること。

 夢神祇園は、残酷な現実を前に笑ってしまう。

 憤りも、悲しみも、叫びもせずに。

 全てを受け入れ、その心を誰にも見せない。

 

「それは、寂しいです」

 

 言葉を、紡げない。

 龍剛寺が、静かに告げた。

 

「それを見極めたいと、海馬社長は仰っておられました」

 

 必死に戦う少年を見つめながら。

 

「彼自身がどんな道を選びたいのかを見極めると」

 

 そして、再び沈黙が舞い降りる。

 竜の咆哮が、静かに響いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 銀色の龍は、あまりにも美しかった。

 荘厳で、絶対的な存在感。その美しさに、目を奪われる。

 

「俺はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

「……僕のターン、ドロー」

 

 手札を引き、もう一度フィールドを見る。『蒼眼の銀龍』――ライトエンド・ドラゴンも、このモンスターには通用しない。

 

「僕はコラプサーペントを守備表示にして、ターンエンドです」

「ふぅん、消極的だな。俺のターン、ドロー! スタンバイフェイズ、銀龍の効果によりブルーアイズを蘇生する!!」

 

 青眼の白龍☆8光ATK/DEF3000/2500

 

 現れる伝説の龍。やはりこうして何度も現れると精神的にも辛い。

 

「その鬱陶しいドラゴンも、ここで破壊させてもらう。永続罠『デモンズ・チェーン』! ライトエンドの効果を無効にし、攻撃不可とする!」

「…………ッ、そんな……!」

「銀龍を攻撃表示にし、ゆけ、ブルーアイズ!! ライトエンドに攻撃!! 滅びのバーストストリーム!!」

「……っ!」

「更に銀龍でその鬱陶しい小竜にも攻撃だ!」

「つうっ……!」

 

 祇園LP2300→1900

 

 吹き飛ばされる祇園の竜たち。祇園は効果発動、と言葉を紡いだ。

 

「コラプサーペントが墓地に送られたことにより、ワイバースターを手札に……!」

「いいだろう。俺はターンエンドだ」

「僕のターン、ドロー!」

 

 手札を見る。動くことはまだできるが――

 

「小僧。貴様に聞きたいことがある」

「…………?」

 

 不意に海馬がそんなことを言い出した。思わず首を傾げてしまう。海馬は更に言葉を続ける。

 

「詳しい話は龍剛寺にでも聞け。俺が知りたいのは、貴様の覚悟だ」

「覚悟、ですか……?」

「困難とは時を選ぶほど殊勝な存在ではない。貴様は今、選択を迫られている。だが、どちらを選ぼうと険しき道であることは間違いない」

 

 何のことかはわからない。だが、海馬の言葉には有無を言わせぬ迫力がある。

 

「選べぬのであれば、初めから選択肢があったことなど知らなければいい」

「…………」

「だが、貴様に欠片でも『意地』というものがあるのなら抗って見せるがいい。己の道を己の手で切り開く覚悟があるのならな。その覚悟がないのなら、ここで沈むがいい。本校へ戻り、そこで生活をすればいいだけの話だ。もう一つの選択肢など知らなくとも構わん」

 

 己の、道。

 歩んできた、人生。

 その言葉が、嫌に胸に突き刺さる。

 

(自分の道を、自分で……)

 

 今までは、どうだっただろうか。

 夢神祇園は、自分の道を……歩めていただろうか。

 

「愚問だったようだな」

 

 それは、どういう意味だったのか。

 この問いを口にするまでもないという意味なのか。

 それとも、問いを口にしたことが意味のないことということなのか。

 

(……僕は)

 

 手札を、見る。

 可能性は、まだ――

 

「――僕は墓地にワイバースターを除外し、『暗黒竜コラプサーペント』を特殊召喚! 更にチューナーモンスター『ヴァイロン・プリズム』を召喚します!」

 

 暗黒竜コラプサーペント☆4闇ATK/DEF1800/1700

 ヴァイロン・プリズム☆4光・チューナーATK/DEF1500/1500

 

 並び立つ二体のモンスター。おそらく、これが最後のシンクロだ。

 だから、この可能性に――懸ける。

 

「レベル4暗黒竜コラプサーペントに、レベル4ヴァイロン・プリズムをチューニング!!」

 

 竜の咆哮が、聞こえた気がした。

 暖かな感触が、周囲の空気を包み込む。

 

「集いし願いが、新たに輝く星となる! 光さす道となれ! シンクロ召喚!!」

 

 一筋の星が、瞬いた。

 星屑の煌めきを纏い、一体の竜が降臨する。

 

「――飛翔せよ、『スターダスト・ドラゴン』ッ!!」

 

 現れたのは、美しき輝きを纏う竜。

 星の煌めきを宿すその姿は、あまりにも美しい。

 

 スターダスト・ドラゴン☆8風ATK/DEF2500/2000→3500/2000(ダメージステップ時)

 

 光の力を纏い、神々しささえ感じさせるスターダスト・ドラゴン。海馬が鼻を鳴らした。

 

「……ふぅん、それが貴様がペガサスより受け取ったモンスターか」

「はい。――バトルです! スターダストで銀龍に攻撃! シューティング・ソニック!!」

「ぬうっ……!」

 

 如何に伝説の力を持つ銀龍であっても、今のスターダストの攻撃は耐えられない。

 

 海馬LP1600→600

 

 海馬のLPが危険域に突入する。祇園はターンエンド、と宣言した。

 

「俺のターン、ドロー!……ふぅん。成程、あの時よりは幾分強くなったようだ。だが、貴様がこの俺に勝つことは有り得ん。魔法カード『竜の鏡』を発動! フィールド、墓地から融合素材となるモンスターを除外しドラゴン族の融合モンスターを特殊召喚する!! 三体のブルーアイズを除外し、来い!! 『青眼の究極竜』!!」

 

 青眼の究極竜☆12光ATK/DEF4500/3800

 

 かつて対峙した、絶望が。

 今日もまた、絶対的な絶望として目の前に立つ。

 

「更に罠カード、『異次元からの帰還』!! LPを半分支払い、除外されているモンスターを可能な限り特殊召喚する!! 帰還せよ、三体のブルーアイズ!!」

 

 青眼の白龍☆8光ATK/DEF3000/2500

 青眼の白龍☆8光ATK/DEF3000/2500

 青眼の白龍☆8光ATK/DEF3000/2500

 

 同じだ。あの時と。

 敗北してはならなかった、あのデュエルの時と――

 

「よく耐えた。だが、これで終わりだ。――吹き飛べ。アルティメットで攻撃!! アルティメット・バーストッ!!」

「…………ッ!!」

「更に三体のブルーアイズでダイレクトアタックだ!! 滅びのバーストストリーム!!」

 

 祇園LP2300→1800(ヴァイロン・プリズムのコスト)→800→-8200

 

 最強にして絶対たる、白龍の一撃を受け。

 夢神祇園は、敗北した。

 

「――ふぅん。今度は膝をつくようなこともないか」

 

 海馬が小さな笑みを浮かべる。そう、今回の祇園は前回のように膝をつくことはなかった。

 あの日と同じ敗北を、その身に刻みながらも。

 ただただ黙して、海馬を見つめている。

 

「あの時よりは強くなったようだな。だが、この俺に勝つには貴様如きではまだ足りん。……デュエルの開始前に言ったように、貴様は一時本校へと戻ってもらう」

 

 海馬がこちらへ背を向ける。それについては拒否する理由はない。ウエスト校を出ることについては少し納得できない部分もあるが、仕方ないことでもある。

 それにきっと……決められなかったから。

 どちらかを『選ぶ』ということが、きっと自分にはできなかったから。

 

「だが、〝禊ぎ〟が終われば好きにしろ。……小僧、否、夢神」

 

 デュエルルームから出る前に一度、海馬は立ち止まり。

 振り返らぬまま、言葉を紡いだ。

 

「己の道は、己で定めろ。貴様はまだ終わっていないのだからな」

 

 そして、海馬が部屋を出て行く。その背を見送り、祇園はその場へゆっくりと座り込んだ。

 

「祇園!」

「少年!」

「夢神さん!」

 

 海馬と入れ替わるように、別室から見ていた三人が入って来る。祇園はその三人へ、いつものように笑顔を向けた。

 ただ、その笑顔がいつも通りになっているかどうか。

 少し……自信がなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 仮眠室にある窓から、夜空を見つめる。星は見えず、雲に隠れて月も見えない。

 まるで自分の心のようだと……そんなことを、ふと思う。

 

(……自分の道、か)

 

 海馬の言う通り、龍剛寺から詳しい話は聞かされた。留年のこと、立場のこと。自分が置かれている状況について、しっかりと把握できた。

 むしろ自分の甘さに情けないと思ったくらいだ。退学になって編入して、周囲の人たちがあまりにも優し過ぎたせいで忘れていた。

 夢神祇園は、常に崖っぷちに立っているということに。

 

(今までの僕は、自分で選んで歩いてきたのかな……?)

 

 あの日、美咲に手を引かれて。

 縋るように、約束のためにアカデミアへと入学して。

 退学になって、美咲と宗達の手を借りながらウエスト校に入学して。

 澪に助けられながら、どうにか生活して。

 そして――今度は、運よくKC社で生活させてもらっている。

 

(そっか。今までの僕は全部、流されるだけで。……『選択』なんて、してこなかったんだ)

 

 歩んできた道に分岐点はあった。だが、そのほとんどが選択の余地のないものだったのだ。

 成程、海馬社長の言う通りだ。

 ――ここが、選択の場所。

 

(本校に戻るのはもう既定路線だ。アカデミアとしても、僕を不当退学にしたことに対する禊として一度僕を戻したいだろうし)

 

 これについては澪の見解だ。実際、そういうパフォーマンスも必要だと思う。逆らう気もない。世話になっているのだから当然だ。

 問題はこの後のことだ。本校に戻るのか、復学の条件を満たしてからウエスト校に戻るのか。

 

(……今更、戻れるのかな?)

 

 一度、退学になっておきながら。

 戻っていいのか、と思ってしまう。

 ――それに。

 

(僕は、戻りたいのかな?)

 

 本校には友達がいる。それだけではなく、憧れた場所で、夢に最も近付ける場所でもある。

 だが、ウエスト校はこんな自分を拾ってくれた場所だ。大切な人たちがいて、恩のある人たちもいる。

 

(……重いなぁ)

 

 きっと、どちらを選んでも後悔する。これはそういう選択だ。

 答えは出ない。まだ、出せそうにない。

 

(ただ……)

 

 立ち上がり、机の上に置かれたデッキの側へと歩み寄る。

 ずっと共に戦ってきた、そのデッキを。

 

「……今まで、ありがとう」

 

 美咲に貰ったカードと、いくつかの拾ったカードたちによって構築されたデッキ。

 これは夢神祇園のデッキであり、夢神祇園のデッキではない。

 そしてだからこそ、一つの答えを出す必要がある。

 

「これも、選択。まだ、どんなデッキを作るかはわからないけれど。でも、これからは一から作ったデッキで僕は戦わなくちゃいけない」

 

 考えたのは自分でも、美咲と共に作ったデッキだから。

 その役目は、〝ルーキーズ杯〟の決勝で終えてしまった。

 

「ありがとう。本当に」

 

 頭を下げる。ゆっくりと。多くの想いを、そこに込めて。

 

 ――こちらこそ、と。

 そんな声が、聞こえた気がした。










選択とは、どちらかを捨てること。
その答えには、必ず後悔が付き纏う。







というわけで、社長パネェの回です。ブルーアイズは強い。
そしてまあ、祇園くんの立場についてはある意味当然です。高校の規定はかなり面倒で、今回の祇園くんのような形で留年するケースは少ないですが実際にあるようです。
留年回避自体は補習などでどうにかする学校が多いのですが、それだと成績に影響が出、内申書の関係から祇園くんの場合奨学金が減ります。そうなると学費が払えなくなるわけですね。アカデミア系列は割と金がかかるという設定(専門私立学校ですしね)。
そんなわけで、選択を迫られる祇園くん。はてさてどうなることやら。
彼の道行き、見守って頂けると幸いです。


…………基本的に『流される』のが祇園くん。大変ですね、色々と。
大人に振り回される子供というのは、いつの時代もなくならないものです。


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間章 力の代償

 DMの生みの親であるペガサス・J・クロフォードはアメリカ人である。現在でこそバトルシティや『決闘王』が日本人であるということからDMにおける日本という国は重要な立ち位置にいるが、そもそもの本場はアメリカだ。

 そこでは幾度となく高額の賞金が懸けられた大会が行われ、また、全32チームからなるプロリーグも存在する。メジャー、3A、2A、1A、ルーキーリーグ……全米で幾人のデュエリストがいるかはアマチュアを含めれば数えきれないほどだ。

 だからこそ誰もがその頂点をめざし、ドリームを掴むために挑戦する。

 ――そう。

 ドラフトにかからないならば、テスト入団で。

 そう思う者は、いくらでもいる。

 

 

「……フロリダのプロチームねぇ」

「フロリダ・ブロッケンスだ。今シーズンはリーグ15位。最下位争いの真っ最中。優勝からは随分遠い。まあ、名門からは程遠いチームだわな」

 

 小奇麗というわけではないが立派なドームを窺えるベンチで、一人の青年と初老の男がそんな言葉を交わし合う。少年は面倒臭そうな目をしており、男は逆に楽しそうな目をしていた。

 

「いきなりラスベガスから出るとか言い出すから何かと思えば……馬鹿かジジイ? ボケたのか?」

「そういう言葉は一度でも俺に勝ってから言うんだな。まあ、ボケ老人にも勝てんひよっこだって泣き言をいうんなら構いやしねぇが」

「……上等だクソジジイ。で、何させるつもりだよ」

「オメェさんの考えてる通りだ」

 

 言って、男――皇〝弐武〟清心は指で挟んだ煙草をドームへと向けた。そこには英語で『入団テスト会場』と書かれた看板がある。

 日本でも年に一度行われているプロテストの会場だ。とはいえ、日本の場合は一つの会場で行われることがほとんどで、こうしてチームごとに行うことはほとんどないのだが。

 少年はそんな清心の言葉を聞きふーん、とつまらなさそうに鼻を鳴らす。

 

「こっちのリーグにゃ特に興味もねーんだけどな。そもそも俺、団体行動苦手だし」

「オメェさんは我が強過ぎるからなぁ。今までも無駄なトラブルを呼び込んでたんじゃねぇか?」

「……さァな」

 

 立ち上がり、会話は終わりだと言わんばかりに少年は歩を進める。その最中で、思い出したように少年は清心へと言葉を紡いだ。

 

「ああ、そうだ。一つ聞いてもいいか?」

「俺に答えられることならな」

「このプロテストに合格して、ライセンスを取れたら」

 

 振り返る、その少年の表情は。

 氷のように冷たく――しかし、今にも壊れそうなほどに脆かった。

 

「――誰もが認めてくれたって、自惚れてもいいのか?」

 

 その言葉に対し。

 さァな、と清心は言葉を紡ぐ。

 

「だが、少なくともオメェさんが弱くはないことの証明にはなるだろうさ」

「なら……それでいい」

 

 今はそれで充分だ――その言葉と共に、少年は受付へと足を運ぶ。

 受付の女性へと声をかける。女性は少年の若さと姿に驚きつつ、登録のための用紙を取り出した。

 

「お名前は?」

「宗達。ソウタツ・キサラギ」

 

 そして、懐から一冊の手帳を取り出す。

 日本における最高峰のデュエリスト養成学校であり、しかし、その中では底辺の者たちが持つそれを。

 

「所属は、日本デュエル・アカデミア本校だ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 プロテストにおける最初の課題は筆記テストだった。とはいえ、内容はDMについてがほとんどである。まあ、DMのプロテストなのだから当然だが。

 その試験は終わり、宗達は結果を待つための待機室にいた。そこには宗達と同じように試験を受けにきた者が集まっている。当然だが、日本人は彼以外にいない。

 

「おいおい、なんでこんなところに子供がいるんだ?」

 

 そして、異端ということはイコールで目立つということ。出来るだけ目立たないようにしたつもりだったが、こういう輩はどこにでもいるものだ。

 

「…………」

 

 とりあえず無視する。視線も合わせない。そもそも清心がいきなり言い出したことであるため朝が早く、寝不足なのだ。

 

「よぉ、無視してんじゃねぇぞイエロー」

 

 声に微妙な怒気が宿る。堪え性がないなー、などと思いながら宗達はようやくそちらへ視線を向けた。男はふん、と鼻を鳴らす。

 

「お前みたいなイエローが受かるわけがねぇ。ここにいるのはな、全員がギリギリでドラフトにかからなかったような面子だ」

「…………」

「冷やかしなら帰れ。俺たちは人生懸けてここにいるんだよ、イエロー」

「……まあ、冷やかしってのは別に間違っちゃいねぇけど」

 

 肩を竦め、周囲へ視線を向ける。やはりというべきか、好意的な視線はない。

 まあ、どう見ても子供としか思えない人間がこんなところへ来ていたら面白くもないだろう。彼らは人生を懸けているのだから。

 ――とはいえ、こちらにも理由はある。

 

「俺だって理由があってここにいるんだよ」

「何だとテメェ……、優しく言ってやったらつけ上がりやがって……」

「気に入らないならこの後の試験で俺を倒せばいい。だろ?」

「でけぇ口叩くじゃねぇか。敗戦国の猿がよ」

「こっちじゃ謙遜は喜ばれない。力が全てだ。違うのか?」

 

 やめるべきだとわかっていながらも、声を大きくして挑発する。周囲の視線がこちらへと突き刺さった。

 会場内に殺気が満ちていく。久々の感覚だ。全てが敵。四面楚歌。

 まるで――中学のあの頃に戻ったかのような感覚。

 

(……こっちの方が、俺らしい)

 

 敵意には、敵意を。

 悪意には、悪意を。

 如月宗達は人間だ。それも、他者に善意を振り撒けるような人間からは程遠い、どうしようもない悪意を抱えた人間である。

 故に、自然とこういった形が出来上がる。

 悪意に対して悪意を向ける――そんな形が。

 

 

「それでは、一次試験の結果発表を行う! 成績上位の者から読み上げるので、呼ばれた者はこちらで受験番号を受け取るように!」

 

 

 睨み合う宗達と大柄な男。その二人の耳に、そんな言葉が届いた。チッ、と男が舌打ちを零す。

 

「どうせテメェはここで消えるんだ。気にするだけ無駄だったな」

「それはこっちの台詞だな」

 

 肩を竦める。男はもう一度舌打ちを零し、こちらを睨み付けてきた。

 ――そして。

 

「――№6、ソウタツ・キサラギ!」

 

 宗達の名が呼ばれ、周囲にざわめきが広がる。6――それはつまり、筆記試験を6番目の成績で突破したということ。

 

「なんだ、トップは取れなかったか」

 

 周囲の視線を浴びながら、宗達は前へと歩みを進めていく。彼の行く手を阻む者は――いない。

 とはいえ、テストの本番はこれからだ。筆記を突破した者たちによる総当たり。そこの成績によって入団が決まる。下手をすれば誰も入団できない可能性さえある狭き門。

 

(さあ――こっからが本番だ)

 

 腕章を受け取りながら。

 宗達は、静かに一つ息を吐いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ドーム内に設置された、入団テスト本部。そこでは今日訪れた者たちのデータを見比べつつ、スタッフ他たちが慌ただしくデータ処理を行っていた。

 フロリダ・ブロッケンスはここ数年、常に最下位争いをしている弱小チームである。ドラフトも上手くいかず、資金の限界もあって一縷の望みを懸けた入団テストを行っているのだ。

 だが、正直なことを言えば今のところは特に目立った者の姿は確認できない。

 

「……やはり、難しいか」

 

 ふう、と今回の入団テストにおける責任者である男が憂鬱そうなため息を吐く。埋もれている才能を発掘すると言えば聞こえがいいが、結局入団テストを受けにくるような者は要するにドラフトにかからなかった者だ。三番手、四番手の者にそうそう原石がいるものではない。

 

「また上から嫌味を言われるな。全く――」

「よーう。邪魔するぜ」

 

 男がもう一度ため息を吐こうとしたその瞬間、軽快な声と共に扉が開いた。室内の視線が全て入口へと向かう。

 そこにいたのは初老の日本人だった。微妙に白髪の混じった髪をしているが、その顔には生気が満ち溢れている。

 その人物は当然のように部屋の中まで入って来ると、おー、と声を上げながら筆記試験合格者のリストを手に取った。

 

「あの小僧はちゃんと通ってるか。ここで落ちるようならボロカスに馬鹿にしてやろうと思ってたが」

 

 当たり前のように行動するその人物に、全員が呆気にとられて動けない。そんな中、男は思い出したように声を上げた。

 

「――ミスター・スメラギ!? 何故あなたがここに!?」

「でけェ声出さなくてもわかるってーの。……まあ、ちょっとした野暮用だ」

「ま、まさかうちのチームへ入団を――」

「前に言っただろ? 年棒は単年で最低2000万ドル。出来高も勿論つけてもらう。最低条件でこれがなきゃ契約しねぇってな」

「……相変わらずのようで」

「オメェさんは見ねぇうちに偉くなったみてぇじゃねぇか。前に見た時はスカウトマンだったくせによ」

 

 かっか、と初老の男――皇清心が笑う。ええ、と男は頷いた。

 

「お陰様で今回の入団テストでは責任者です」

「ほぉ。出世したじゃねぇか」

「とはいえ、成果は芳しくはないようですが」

 

 男が肩を竦める。へぇ、と清心は笑みを浮かべた。

 

「ろくなのがいねぇってことか?」

「実際のデュエルを見ないことには断言できませんが、やはり参加者の大半が大学やクラブチームの三番手、四番手ばかりですから。期待はできないかと」

「厳しいねぇ」

「平均の者を育てる余裕はありませんから。最悪、合格者0もあり得ます」

「まあ、力がないんだったらそれも妥当だわな」

 

 言いつつ、清心は懐から煙草を取り出す。だが、『Not smorking』の張り紙を見て苦笑しながら煙草を握り潰した。

 

「自由に煙草も吸えねぇのか」

「部屋が汚れますから。喫煙所へどうぞ。……それより、何故あなたほどの方がわざわざこんなところへ?」

「ん? ああ、俺が気まぐれに色々叩き込んでる小僧がいてな。面白そうだから見に来たんだよ」

 

 その言葉に、室内の者たちが表情を変えた。僅かに上ずった声で、代表するように男が問いかける。

 

「それは、まさか。あなたのお弟子ということですか?」

「そんな大層なもんじゃねぇなぁ。あの小僧にしてみりゃ、俺も標的の一人だろう。ぶち殺したい相手のはずだ」

「……その人物の名前をお聞きしても?」

「気にすんな。俺の弟子なんて馬鹿げた情報はなしにあの小僧を見てやれ。使えねぇならそれまで。あの小僧もそんなこたぁ望んじゃいねぇだろう」

 

 くっく、と笑い、清心は資料へと目を落とす。

 

「しっかし、面白い試験だな。3Aから5人、2Aから10人を混ぜて筆記合格者での潰し合いか」

「勝率90%以上を示せないなら、不合格とします」

「……まぁ、妥当だわな。緩くする理由もねぇ」

 

 そして、清心はモニターへと視線を向ける。

 その表情は、どこか楽しげで。

 

「さて、小僧は何回敗けるかねぇ?」

 

 届かぬ挑発の言葉を、口にしていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 六番目、という順位に特に不満はない。むしろ上々だ。DMの筆記試験とはいえ、周囲にいるのは自分よりも経験が長い者たちである。そんな中でこの順位なのだから文句はない。

 まあ、この辺りはアカデミアで学んだことが効いているのだろう。良い思い出があるとは言い難いが、やはりDMにおける最高の養成機関だ。

 

(しっかし、参加者157人の総当たりで勝率九割ねぇ……)

 

 狭き門だとは聞いていたが、流石に予想外だ。157人ということは大戦数は156。その中で九割となれば156×0.9≒142。敗北が許されるのは12回だけ。

 全てが一発勝負だ。そうなると、どうしても運の要素が絡んでくる。そして『運』という要素において如月宗達は最弱の分類だ。

 

(やりようはあるが、まだ使いこなせてるとは言い難いんだよな……)

 

 力は手にした。だが、あれは未だ不安定な力だ。それに、自分の中で使い続けることに不安がある。

 何かが自分の中で失われていくような……そんな気がするのだ。

 

〝どうした、震えているのか?〟

 

 不意に聞こえてきたのは、こちらを嘲笑うような声。はっ、と小さく息を零す。

 

「誰に向かって言ってやがる」

〝くくっ、粋がるな虫けら。代わってやろうか?〟

「冗談だろ。いいからテメェは黙って見てろ。勝手なことをするようなら、今度こそ消してやる」

〝面白い。なら一先ずは傍観しよう〟

 

 声と共に、周囲に満ちていこうとしていた気配が消える。鈍痛が頭に響いた。

 

(……前途は多難、ってか。まあいい)

 

 壁から背を離し、大きく息を吐く。通路の向こうから、一人の男がこちらへと声を張り上げてきた。

 

「№6、試合だ! 急げ!」

 

 どうやら順番らしい。気のない返事を返し、如月宗達は歩き出す。

 その瞳に映るのは、彼の友が宿すものとは大きく違う。

 新たな楽しみに心震わせる興奮でもなく。

 新たな未知に対する不安と恐怖でもなく。

 ただ淡々とした――〝殺意〟だけが宿っている。

 

「強くなると誓ったんだ。今更、それ以外に望むことなんざありゃしねぇ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 水の冷たさが熱くなった頭を冷やしてくれる。叩き付けるように蛇口から流れる水を浴びながら、如月宗達は必死で息を整えていた。

 頭が熱い。まるで直接熱湯でも注がれたかのようだ。頭の内側で何かが暴れているかのような感覚さえある。

 

「……ッ、は、はあっ」

 

 頭を上げ、近くの壁へと背を預ける。頭から下たる水を不快に感じたが、気を払う余裕はなかった。

 ふらつく身体と思考をどうにか黙らせ、トイレから出る。ちょうど半分の試合を終えた今は休憩時間だ。これからまたデュエルが待っているかと思うと、どうしようもなく辛い。

 

「……くそ、が」

 

 壁に手をつき、大きく息を吐く。それだけで、僅かに気分が楽になった。

 時計を見る。まだもう少し、後半開始までは時間がある。それまでに少しでも回復させなければ。

 

「――ボロボロだなぁ、小僧」

 

 不意に背後からそんな声が聞こえてきた。振り返ると、そこにいたのは一人の男。

 ――皇〝弐武〟清心。全日本ランキング2位にして、タイトルの一つを保有する世界クラスのデュエリストだ。

 その男はどこかこちらを嘲笑うような表情を浮かべている。はっ、と宗達は息を吐いた。

 

「あんたの目は節穴かよクソジジイ。俺は万全だよ」

「ほう?」

「多少目が霞んで、吐き気と眩暈がするだけだ。吐くモンなんざ残っちゃいねぇ胃が不愉快だが、戦えねぇわけじゃねぇ」

 

 自らの身体に鞭を打ち、強引に立ち上がる。視界が、僅かにブレた。

 だが、そんな素振りは微塵も見せないように必死で振る舞う。弱さを見せることは敗北だ。それはできない。してはいけない。

 如月宗達は、〝最強〟になると誓ったのだから。

 

「思考はできる。腕も足も動く。これのどこがボロボロだ」

「……強がりも、貫き通せるんなら立派な現実だ。だが小僧、オメェさんは甘過ぎる」

 

 言いつつ、清心は懐から煙草を取り出した。禁煙のはずだが、お構いなしに紫煙をくゆらせる。

 

「80戦を終えて、72勝8敗。立派な数字だ。だがな、小僧。最後の三つ、手ェ抜いただろう?」

「…………」

「ここに来る連中は、総じて三番手だの四番手だのの集まりだ。だが、それでも本場アメリカで揉まれた連中。普段のオメェで勝てる相手じゃねぇ」

 

 この男は本当に不愉快だと宗達は思う。

 普段は適当なことしか言わないくせに、こういう時だけはこちらの内側を抉るような言葉をぶつけてくる。

 

「自覚しろ小僧。オメェは弱い。普段のオメェが勝てるほど、世界は甘くねぇ」

「……わかってる。俺の実力が足りねぇことぐらい、わかってるさ」

「なら何故手を抜いた? 力が足りねぇなら全身全霊、それこそ命を懸けるのは当たり前だ。――いい加減甘えるのをやめろ、小僧」

 

 清心の目つきが変わる。冷たい、僅かに狂気も孕んだ――濁り、淀んだ瞳に。

 

「オメェは正道から外れたんだ。先に待ってるのは破滅。それを自覚したんだろう? 未来よりも今を選んだんだろう? だったら、自分の身体の事なんざ気遣うんじゃねぇ。そんなものはな、恵まれた才能のある奴だけの特権だ」

 

 才能が無き者は、何かを捨てなければ強くなれない。

 それもまた、如月宗達が知った真実。

 

「覚悟が決まったなら、〝邪神〟を使え」

 

 宗達の隣を横切りながら、清心が静かに告げる。

 

「こっち側に来るんなら、弱体化した〝邪神〟ぐらいは捻じ伏せて見せろ」

 

 宗達は振り返らない。

 振り返ることはない。

 

「――――」

 

 吐息のように呟いた言葉は、何だったのか。

 自分自身でもわからぬままに、宗達は戦場へと足を向けた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 どれだけ勝利したのか、そして敗北したのか。もう、わからなくなっていた。

 ただわかっているのは、これで全てのデュエルが終わったということ。ただ、それだけ。

 

〝虫の息だな〟

「……うるせぇ」

〝我を使っていればもっと容易かったろうに〟

「……うる、せぇよ……」

 

 自身の声にも覇気がこもっていないことがわかる。だが、これでいいと思う自分も確かにいた。

 いずれ越えなければならない一線であったとしても。

 越えなくてもいいなら、それが一番だとは理解している。

 ――ただ。

 

「……甘い、んだろうな」

 

 捨てると決めて、実際に捨てたモノ。

 躊躇いがまだ残っているのは、甘えているから。

 

「……情けねぇ……」

 

 呟く。そして、結果を見るために立ち上がろうとした時。

 

 ――カツン。

 

 靴の音が、宗達の耳に入った。視線を向けると、そこにいたのは一人の女性。

 白髪――いや、艶のあるそれは銀色に見える長髪を携えた女性だ。

 

「…………?」

 

 見覚えのないその女性の姿に、宗達は眉をひそめる。参加者にあのような女性はいなかったはずだ。

 そうなると、職員か。だが、それなら説明が及ばない部分がある。

 ――デュエルディスク。

 市販のモノとは違う、鋭角的なフォルムをしたそれが、ただの職員であることを否定している。

 

「Вы который?」

 

 不意に、女性がそんな言葉をぶつけてきた。聞き覚えのない言語だ。周囲に視線を巡らせるが、人影はない。どうやら声をかけてきたのは自分に対してらしい。

 だが、言葉がわからなければ返事のしようがない。故に視線だけを返す。すると、女性は一つ咳払いをして言葉を紡いできた。

 

「失礼。英語ならわかりますか?」

「……ああ」

「ならば、改めて問います。――あなたは何者ですか?」

 

 鋭い視線をこちらを向けながら、女性はこちらへとそう言葉を放ってきた。聞き間違いではない。相手から感じる敵意もまた、勘違いではないらしい。

 美しい顔で、しかし無表情に睨まれると妙な迫力がある。だが、それで退くような性格を宗達はしていない。

 

「初対面でいきなりなんだ? 随分なことじゃねぇか」

「質問に答えてください」

「……ただの日本人。更に言えば高校生だよ」

「答える気がないのなら、それで構いません」

 

 言いつつ、女性はデュエルディスクを構えた。そのまま、再び宗達へと視線を向ける。

 

「危険の芽は、摘める時に摘むモノですから」

「話が見えねぇな」

「話など単純です。――ただの人間が、〝闇〟を纏っているはずがない」

 

 ピクリと、宗達の眉が跳ねた。女性は、参ります、と告げる。

 

「私はカードプロフェッサー、マリア・シャレル。あなたの正体を暴かせていただきます」

「名乗られたんなら、名乗り返すのが礼儀か。――如月宗達。ただの学生だ」

 

 そして、二人は向かい合う。

 

「「決闘!!」」

 

 会場の方から、召集の声が響いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 カードプロフェッサー・ギルドといえば、デュエリストの間では有名な集団だ。

 DMは高額な賞金や貴重なカードが賞品とされた大会が世界各地で数多く行われている。彼らはそれらに出場し、賞金を稼ぐことを生業としているのだ。時には主催者側から雇われたりすることもあり、その仕事は多岐に渡る。

 日本では所謂『賞金稼ぎ』である彼らに対していい感情を持たない者もいるが、宗達はそうは思わない。プロは夢を与える者――だが、プロであってもその日を生きるための資金が無ければ何もできないのもまた現実だ。

 むしろそういう生き方こそ宗達にとっては目指すものでさえある。チームというもの――というより、『集団』に溶け込むことが苦手な宗達にしてみればプロとして己の仕事と任務を全うする方が性に合っているのだから。

 

(カードプロフェッサー・ギルドのトップは黒いデュエルディスクを使ってんだったか? コイツはそうじゃなさそうだが……。今のトップは確か、ティラ・ムークとかいうヴァンパイア使いだったよな……?)

 

 記憶を掘り返しながら思考を巡らせる。ギルドの規模はかなり大きいため、流石にその全容までは宗達も知らない。

 情報がないのが不安だが、仕方がない。売られた喧嘩は買う主義だ。

 

「先行は私です。ドロー」

 

 相手がカードを引く。出来れば先行が良かったが、こればかりは仕方がない。

 

(全米オープンの予選でやり合った奴はそれなりに強かった。気ィ引き締める必要がありそうだ)

 

 宗達が五位に入賞した全米オープンでもカードプロフェッサーは何人も入賞している。侮れる相手ではない。

 

「私は手札より、『ハーピィ・チャネラー』を召喚します」

 

 ハーピィ・チャネラー☆4風ATK/DEF1400/1300

 

 現れたのは、杖を持ったハーピィ・レディシリーズのモンスターだ。そのままマリアは効果発動、と言葉を紡ぐ。

 

「一ターンに一度、『ハーピィ』と名のつくモンスターを捨てることでデッキからチャネラー以外のハーピィを表側守備表示で特殊召喚します。私は『ハーピィ・レディSB』を捨て、『ハーピィズペット竜』を特殊召喚!」

 

 ハーピィ・チャネラー☆4→7風ATK/DEF1400/1300

 ハーピィズペット竜☆7風ATK/DEF2000/2500

 

 並び立つ二体のモンスター。マリアはそれを確認すると、カードを一枚デュエルディスクへと指し込んだ。

 

「カードを一枚伏せ、ターンエンドです」

「俺のターン、ドロー」

 

 相手の場を見据えながら、カードを引く。守備力2500……宗達としては2500というのは一つのラインだ。切り札である『大将軍紫炎』の攻撃力がその数字だからである。

 突破する方法はあるにはあるが、少しリスクがある。

 

(つっても、無視できるほど生易しいもんでもねーしなぁ。――仕方ねぇ、全力でいくか)

 

 頭痛がする頭を強引に捻じ伏せ、一度大きく深呼吸する。吐き気と頭痛が強まり、同時に体に僅かな寒気が奔った。

 だが、これでいい。これで――戦える。

 

「俺は手札より、永続魔法『六武衆の結束』を発動。『六武衆』の召喚・特殊召喚ごとに最大二つまでカウンターが乗り、このカードを墓地に送ることで乗っているカウンターの数だけドローできる」

 

 とりあえずのエンジンだ。これがあるかないかで、状況は大きく変わる。

 

「そして俺は手札より、『真六武衆―カゲキ』を召喚! 効果発動! このカードの召喚成功時、手札から『六武衆』を特殊召喚できる! 来い、『六武衆―ザンジ』!」

 

 真六武衆-カゲキ☆3風ATK/DEF200/2000→1700/2000

 六武衆―ザンジ☆4光ATK/DEF1800/1300

 六武衆の結束0→2

 

 並び立つ二体の六武衆。宗達は更に、と言葉を紡いだ。

 

「六武衆の結束を墓地に送って二枚ドロー。……更に場に六武衆がいるため、『六武衆の師範』を特殊召喚!」

 

 六武衆の師範☆5地ATK/DEF2100/800

 

 現れたのは、黒い道着を身に纏った白髪の老人だ。だが、老人であってもその体からは漲るような覇気を感じる。

 

〝我を使え〟

 

 不意に、声が聞こえた。宗達は、ふん、と鼻を鳴らす。

 

「テメェの出番はねぇよ。――バトルだ! ザンジでハーピィズペット竜へ攻撃!」

 

 宗達LP4000→3300

 

 守備力に阻まれ、宗達のLPが削られる。だが、マリアの表情は浮かない。

 

「ザンジの効果だ。他の六武衆がいる時、このカードで攻撃したモンスターはダメージステップ後に破壊される。――ハーピィズペットドラゴンには退場してもらうぞ」

「…………ッ」

「まだだ。――師範でチャネラーを攻撃し、カゲキでダイレクトアタック!!」

「あうっ!?」

 

 マリアLP4000→3300→1600

 

 マリアのLPが一気に削り取られる。宗達は二枚のカードを伏せると、ターンエンドと宣言した。

 

「ッ、私のターン……! ドロー!」

 

 マリアがカードを引く。そして、その口元に微笑を刻んだ。

 

「凄まじい力ですね。プロテストで見せた力は偽りではないようです」

「見てたのかよ」

「ですが、だからこそ問いたい。――それほどの力を持ちながら、何故ですか?」

 

 マリアの瞳にはは純粋な疑問が浮かんでいる。彼女はこちらを見据え、静かに告げた。

 

「何故、〝闇〟の力を手にしているのです?」

「……心当たりがねぇな」

「下手なごまかしは止めてください。私には見えるのです。あなたが背負い、身に纏う闇が」

 

 何を馬鹿な、という言葉は紡げなかった。マリアの言葉に対する答えを、宗達は持っている。今この手に握っている力は――邪悪の権化。

 皇清心によれば人どころか国さえも呑み込みかねない力を持つ存在なのだから。

 

「語るべき言葉も、必要もねぇな。それほどの力?――テメェに何がわかる?」

 

 そう、これは今の自分には必要なことであり、必要な力だ。

 前を向くだけでは、光を望むだけでは何も手に入らないと知ってしまったのだから。

 

「気に入らねぇんなら俺を倒せばいい。そうだろうが」

「……成程。あなたはすでに呑み込まれているようですね。今すぐお救いいたします」

「見当違いも甚だしい。俺は望んでこうなったんだよ」

 

 力を求め、強さを求め。

 如月宗達は、憎悪に塗れた。

 

「……まだ世には出ていない力ゆえ、使いたくはありませんでしたが。致し方ありません」

「あァ?」

「リバースカード、オープン。『リビングデットの呼び声』発動。墓地より『ハーピィ・チャネラー』を蘇生し、手札から二枚目の『ハーピィ・チャネラー』を捨てることでデッキから『ハーピィ・ダンサー』を特殊召喚します」

 

 ハーピィ・チャネラー☆4風ATK/DEF1400/1300

 ハーピィ・ダンサー☆4風ATK/DEF1200/1000

 

 新しく現れたのは、風を纏うダンサーだ。更に、とマリアは言葉を紡ぐ。

 

「フィールド魔法『霞の谷の神風』を発動。一ターンに一度、風属性モンスターが手札に戻った時、デッキから風属性モンスターを特殊召喚できます。――そして、『ハーピィ・ダンサー』の効果を発動。一ターンに一度、風属性モンスターを手札に戻し、手札から風属性モンスターを召喚します。私はダンサーを戻し、チューナーモンスター『霞の谷の戦士』を召喚!」

 

 霞の谷の戦士☆4風・チューナーATK/DEF1700/300

 

 現れたのは、背に翼を持つ屈強な戦士だ。だが、そんなことよりも宗達には眉をひそめざるを得ない部分がある。

 

「チューナー……?」

「その疑問ももっともですが、先にフィールド魔法の効果です。デッキより二体目の『霞の谷の戦士』を特殊召喚!」

 

 ハーピィ・チャネラー☆4風ATK/DEF1400/1300

 霞の谷の戦士☆4風・チューナーATK/DEF1700/300

 霞の谷の戦士☆4風・チューナーATK/DEF1700/300

 

 これで三体のモンスターが並んだ。だが、状況は読めない。

 モンスターをいくら並べようと、こちらの布陣は超えられないはずだが……。

 

「そして手札より『召喚僧サモンプリースト』を召喚します。効果によって守備表示になり、更に手札より『ヒステリック・サイン』を捨てることでデッキより『ハーピィ・クィーン』を特殊召喚します」

 

 召喚僧サモンプリースト☆4闇ATK/DEF800/1600

 ハーピィ・クィーン☆4風ATK/DEF1900/1200

 

 フィールドに五体のモンスターが並び立つ。凄まじい展開力だが、それだけだ。これから何をするつもりだというのか。

 そんなこちらの疑問に答えるように、参ります、とマリアが言葉を紡いだ。

 

「レベル4、召喚僧サモンプリーストに、レベル4、霞の谷の戦士をチューニング」

「……ちゅー、にんぐ……?」

「――シンクロ召喚。降臨せよ、『ダークエンド・ドラゴン』!!」

 

 ダークエンド・ドラゴン☆8闇ATK/DEF2600/2100

 

 現れたのは、闇を纏う一体の竜。その威圧感に、思わずこちらも飲まれてしまう。

 

「ダークエンド・ドラゴンの効果を発動。一ターンに一度、攻守を500ポイントずつ下げることで相手モンスター一体を墓地に送ることができる」

「何だと!?」

「六武衆の師範を墓地へ」

 

 闇に呑み込まれ、『六武衆の師範』が墓地へ送られようとする。宗達は舌打ちと共に伏せカードを発動した。

 

「リバースカード、オープン! 永続罠『デモンズ・チェーン』! モンスター一体の効果を無効にし、攻撃不可とする!」

「成程……なら、次はこちらです。レベル4ハーピィ・チャネラーに、レベル4霞の谷の戦士をチューニング。シンクロ召喚。――『スクラップ・ドラゴン』!!」

 

 スクラップ・ドラゴン☆8地ATK/DEF2800/2000

 

 次いで現れたのは、廃棄品で造られたようなドラゴンだ。シンクロ――その原理はわからないが、相当ヤバいものだということは理解できる。

 

「スクラップ・ドラゴンの効果を発動。一ターンに一度、自分フィールド上のカードと相手フィールド上のカードを一枚ずつ破壊できます。私は不要となった『リビングデットの呼び声』を破壊し、あなたの『デモンズ・チェーン』を破壊します」

「……ぐっ」

「バトルです。スクラップ・ドラゴンで師範を。ダークエンド・ドラゴンでザンジを。クィーンでカゲキを攻撃します」

 

 宗達LP3300→2600→1800→100

 

 一気にLPが削り取られ、宗達のLPが危険域に突入する。

 後一撃でも貰えば終わり――そんな状態だ。

 

「そしてエンドフェイズ、墓地に送られた『ヒステリック・サイン』の効果を発動。このカードが墓地に送られたターンのエンドフェイズ時、ハーピィと名のついたカードを三枚まで手札に加えることができます。『ハーピィ・チャネラー』、『ハーピィ・ダンサー』、『ハーピィ・クィーン』の三枚を手札へ」

 

 0になったはずの手札が三枚に増えてしまう。その光景が、どうしようもなく理不尽に思えた。

 

「チッ、ふざけた力だな。何のインチキだそれは!」

「新たなる力、そして概念。それがシンクロです。公式のデュエルで使用が許されるのはまだ先ですが、これは非公式なもの。それに、闇を相手にしていてはそんなことは言っていられないでしょう?」

「……上等だ。良い性格してんなテメェ」

 

 一瞬怒りがわき上がったが、懸命に堪える。冷静さを失ってはいけない。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 フィールドを見つつ、状況を確認する。シンクロ――あの力の意味はよくわからないが、察するに強力なモンスターを出すための召喚方法なのだろう。

 そして、今求められているのはそれを突破する力だ。

 

〝困っているようだな〟

 

 再び、声が聞こえた。思わず息を零す。

 

(……うるせぇ野郎だな)

〝そう邪険にするな。未知の力に対抗するのだろう? ならば我は適任だぞ〟

 

 その言葉には確かに頷ける部分はある。宗達はふう、と息を吐くと改めて前を見た。

 未知の力と、カードプロフェッサーという強者が立ち塞がっているという現実。出し惜しみをして勝てる相手ではない。

 

「いいぜ。使ってやる。精々俺のために働きやがれ」

 

 頭が痛み、体が悲鳴を上げる。その原因が何なのか、宗達は考えないようにした。

 ――そして。

 

「いくぜ、手札より永続魔法『六武衆の結束』を発動! そしてリバースカードオープン、『諸刃の活人剣術』! 墓地から二体の六武衆を蘇生し、エンドフェイズに破壊! その攻撃力分のダメージを受ける! カゲキとザンジを蘇生!」

 

 真六武衆―カゲキ☆3風ATK/DEF200/2000→1700/2000

 六武衆―ザンジ☆4光ATK/DEF1800/1300

 六武衆の結束0→1

 

 己の身を削りながらも蘇る二体の侍。宗達は更なる一手を注ぎ込む。

 

「手札より『真六武衆―キザン』を特殊召喚! そして『六武衆の結束』を墓地に送って二枚ドロー!」

 

 真六武衆-キザン☆4地ATK/DEF1800/300→2100/300

 

 棍棒を持った侍が姿を現す。それを見据え、一度息を吐き。

 ゆっくりと、カードを引いた。

 

(さあ、来い)

 

 来てくれ、という願いはいらない。

 必要なのは、全てを捻じ伏せる力のみ。

 

(――お前たちを従え、俺は〝最強〟になる!!)

 

 カードを二枚引く。その内容を見て、宗達は笑みを浮かべた。

 

「シンクロ、だったか? 面白い見せもんだった」

「…………」

「だが、これでゲームエンドだ。――二体以上六武衆がいるため、『大将軍紫炎』を特殊召喚! 更に永続魔法『一族の結束』を発動! 墓地が戦士族のみのため、フィールド上の戦士族の攻撃力は800ポイントアップする!」

 

 大将軍紫炎☆7ATK/DEF2500/2400→3300/2400

 

 六武衆の切り札が姿を現す。宗達は更に、と最後の一枚をデュエルディスクに差し込んだ。

 

「キザン、ザンジ、カゲキの三体を生贄に――『邪神アバター』を召喚!!」

 

 世界を、闇が包み込んだ。

 冷たい、体を凍らせるかのような風が吹き荒れる。そして現れるのは、漆黒にして邪悪の権化。

 

 The Wicked Avatar☆10闇ATK/DEF?/?→3400/3400

 

 漆黒の球体は形を変え、黒き将軍へと姿を変える。

 力を失っていようと、それでも尚、そこにいるは絶対にして最強の存在。

 ――如月宗達の、力の象徴。

 

「う、あ……」

 

 ごほっ、とマリアが小さく咳込む。どうやらこの空間がお気に召さないらしい。

 まあ、宗達とて好きではない。好きではないが居心地は良いのだから面倒ではあるが。

 

「気分が悪いか? なら、楽にしてやる。――紫炎でダークエンドへ攻撃!!」

「う、あああああああっっっ!?」

 

 マリアLP1600→900

 

 絶叫するような悲鳴を上げるマリア。周囲を包む空間から察するに、擬似的なあれが再現されているのだろう。

 人が傷つき、人が涙する――〝闇のデュエル〟を。

 

「終わりだ。アバターでクィーンに攻撃!」

「――――――――ッ!!」

 

 マリアLP900→-600

 

 あまりにも悲痛な、叫びと共に。

 勝者と敗者が、決定された。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 会場に入ると、丁度結果発表の最中だった。今回の合格者は二人らしい。

 一人はすでに発表されたらしく、該当者と思われる男は泣きながら喜んでいる。

 そして。

 もう一人の合格者の名に、会場は静まり返ることとなる。

 

「――№6、ソウタツ・キサラギ!!」

 

 会場の視線が、一斉にこちらを向いた。その全てを受け止めながら、悠然と歩を進めていく。

 不合格者たちの中を突き進み、辿り着く。そこで、一人の男が問いかけてきた。

 

「改めて、キミの名と所属を聞かせて欲しい」

「――ソウタツ」

 

 肩を竦め、それに応じる。

 

「ソウタツ・キサラギ。所属は日本デュエルアカデミアの……劣等生だ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 通路に、靴の音が響く。テンポよく音を刻んでいた靴音は、しかし、不意に途切れた。

 

「……とりあえずは、呑まれちゃいねぇようだ」

 

 廊下で倒れ伏す女性を見下ろしながら、男はそう呟いた。女性に外傷はない。おそらく時間が経てば目も覚ますだろう。

 その時、心も無事かはわからないが。

 

「さぁて、あの小僧は壊れる前に諦められるかね?」

 

 こちら側に来ることは容易いことではない。多くを捨て、失い、そして諦めなければならないのだ。

 残るのは、〝力〟だけ。これはそういう力であり、そういう道。

 ――故に。

 

「こちら側へ来れるなら、歓迎するぞ小僧。己以外の全てを殺し、〝最強〟になれるのならな」

 

 笑い声が響く。それは、酷く乾いたもので。

 会場から聞こえてくるざわめきと相まって、酷く空虚なものに聞こえた。











何のために、強さを望んだのか。
少年は、それを思い出せなくなっていく。







というわけで今作品ナンバーワンの問題児、宗達くんです。順調に悪い方、というより闇に染まっていってます。
救いはあるんでしょうかねー?
てなわけで、また次回。
とりあえずコラボの方をようやく進める予定です。ではでは、ありがとうございました。


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第四十話 奇跡が起きると、云われる日

 

 

 日本人は宗教に対する感覚が薄いと言われる。法事などが行われ、幼少期から退屈に思いながらも参加しても自分の家の宗教が何なのかを知らない者も多い。親族の葬式になって初めて知ることになるという者も珍しくないくらいだ。

 別にそれが悪というわけではない。信教の自由というのがあるのだし、宗教に関心がなくとも生きてはいける。そもそも『神頼み』という宗教でありながら宗教と認識されていない概念がある時点でやはり日本人は少々特殊なのだろう。

 そして、そんな日本人にとって『クリスマス』というものは普通とは違う意味を持つ。

 生誕祭であるはずのその日は『聖夜』とも呼ばれる神聖な日。だが、日本人にとっては一種のお祭だ。

 特に――〝恋人〟という特別な関係を持つ相手がいる者にとっては。

 

 

「――なんでクリスマス・イヴに仕事なん!?」

 

 先日行われた〝ルーキーズ杯〟より一週間。今日は12月24日。世間では『クリスマス』の文字と共に恋人たちが思い思いに過ごしている。

 だが、〝アイドルプロ〟と呼ばれる少女――桐生美咲は自身のマネージャーたちと共に仕事の打ち合わせをしていた。

 

「クリスマスやで!? 年に一度やで!? もう嫌や!!」

「そう言いつつも打ち合わせにしっかり出てくれて感謝しております。では、1時から海馬ドームのステージにて発表会がございますので」

「やったらそれまでに海馬ランドのお祭行ってもええ!?」

「勘弁してください。あなたが一般人に囲まれるだけで混乱が起こります。ご自身の人気について、しっかりとご自覚を」

「うう~……」

 

 マネージャーに言われ、ぐったりと美咲は机に突っ伏す。海馬が用意している美咲のSPたちも苦笑していた。

 いつもなら仕事に文句を言うことはないが、今日は特別だ。折角のクリスマス。だというのに仕事とは。

 

「はぁ……仕方あらへん。それで、この後のお仕事は?」

「明日のクリスマスライブの最終チェックですね。それを終えたら会場入りです」

「じゃあ、ここでご飯食べとこかな」

 

 鞄から弁当箱を取り出す。それは、とマネージャーが問いかけてきた。美咲は笑みを浮かべ、頷く。

 

「祇園が作ってくれたんよ。祇園のご飯美味しいから嬉しいわ~」

「例の少年ですか。わかっておられると思いますが、くれぐれもスキャンダルには……」

「わかってますー。固いなぁ。そんなんやから彼氏できひんのやで、城井さん」

「なっ……!? 関係ないでしょう!?」

 

 先程まで冷静だったのに、一気に顔を赤くするマネージャー。美咲は意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「えー、だって城井さんのそういう話あんま聞いたことあらへんし」

「……今は仕事が忙しいですから」

「恋愛は楽しいですよー? まあ、ヤキモキさせられたり自分で自分を叩きたくなったり、こう、色々ありますけど。……アカン、言っててブルーになってきた……」

 

 落ち込んでしまう。自分も悪いのは自覚しているが、こうも進展しないと辛いものがある。

 ……進んだら進んだで怖いと思うのは、やはり自分が情けないからか。

 

「ま、まあとにかくや。やっぱり恋愛自体はええもんですよ?」

 

 笑いながら言う。楽しいことだけではないし、辛いことももちろん多い。だが、それでも恋をするのは大切なことだと思う。

 人と人の繋がりは、何よりも大切なモノだから。

 

「……まあ、一考します」

「お、それならウチもお祭に――」

「それは却下」

「鬼! 外道! 悪魔!」

「何とでも言ってください。では、スケジュールの確認ですが」

 

 美咲の言葉を華麗に受け流しつつ、マネージャーが言葉を続けていく。いつもの日常的な光景なので、SPたちも苦笑するだけだ。

 まあ、仕事自体に不満はない。やるべきことをやるだけだ。

 だがまぁ、やはり特別な日に仕事というのはどうにもやる気は出ない。

 

(……抜け出せるかなぁ)

 

 ふと、そんなことを考えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 DMというものは、社会おいて最早切り離せないモノとなっている。

 世界大会を開催できればそれだけでその国の経済が潤うし、プロとなって活躍できればこの世の全てを手にできるとも言われるほどだ。

 そして逆に、敗北によって何もかもを失う者もいる。

 だからこそ今回の発表は慎重に行われなければならない。下手を打てば経済が混乱してしまうからだ。

 故にI²社とKC社を中心としたプロジェクトチームは細心の注意を払い、今日の発表にこぎつけた。約三年以上をかけたプロジェクト。スタッフたちも、今日を成功させるために走り回っている。

 

(少年と美咲くんの実演の後、私ともう一人で解説か。人にものを教えるのは得意ではないんだがな)

 

 ふう、と息を吐きながら女性――烏丸澪は窓から会場の様子を眺めていた。彼女がいるのは海馬ドームの特別観覧席。普段ならVIPルームとして使用される場所である。海馬ドームは現在、ステージの準備で大忙しだ。

 今日のイベントは至極単純で、〝ルーキーズ杯〟の優勝者と準優勝者である二人による実演、その後にシンクロについての説明。そして新パックの販売である。

 とはいえ、浸透するにはまだまだ時間がかかる。今日のことが終われば世界各地でもイベントは行われることになるので、スタッフたちも気が休まることはないだろう。

 

(まあ、とはいえ新しい風が吹くことは良いことだ。人も世界も、常に変わらなければならない)

 

 変わらないままではいられないし、ならば変わっていくしかない。置いていかれた者に残されるのは、惨めな気持ちだけ。

 ならば、その変化していく現場に立てる自分はきっと幸福なのだろう。

 ……実感など、微塵もわかないが。

 

「……お久し振りですね」

「うん。久し振りだね」

 

 窓に映った人物へ、振り返らないままに挨拶を紡ぐ。相手は不快に思った様子もなく、少し離れた場所に座った。

 眼鏡をかけた、背の高い男性――全日本ランキング十年連続一位という、日本デュエル界の生きる伝説。

 ――DD。

 日本五大タイトルのうち、三つを預かる怪物だ。

 

「もう一人、というのはあなたでしたか?」

「皇さんも来る予定だったんだけど、『ラスベガスで面白いものを見つけた』って言って断ったみたいだよ」

「タイトルホルダー三人が揃うかと思っていましたが、中々難しいですね」

「それを一番難しくしているのはキミだろうに」

 

 笑いながらDDは言う。澪はこの人物がなんとなく苦手だ。何というか、覇気がない。日本のプロデュエリストの頂点に立つほどの存在であるはずだというのに、それを感じさせないのだ。

 能ある鷹は爪を隠す――要はそういうことなのだろうが、底が見えない。

 何か、その内に隠し持っているようで。それが、どうも受け入れられない。

 

「とりあえず、私たちの出番はしばらく先ですね」

「うん、それまでは休ませてもらおうかな。オーストラリアから帰って来たばかりだから疲れててね」

 

 受け入れられないのは、おそらく、わかっているからだろうと思う。

 DD――もしかしたら、『同じ』かもしれないと思っていたのに。

 真実は、全く違った。

 自分とは全く違う人種だと、本能でわかってしまっているからだろう。

 だから……歩み寄れない。

 歩み寄る、必要もない。

 

「……くだらないな」

 

 ポツリと呟き、窓の下へと澪は視線を送り続ける。

 ――祭の時間は、刻一刻と近付いていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 海馬ランドは喧騒に包まれていた。普段なら通りにはないはずの屋台も多数出店しており、非常に賑わっている。

 海馬ランドはテーマパークであるため、普通なら入場料が必要になる。だが、今日に限ってはそれもなく、入場は無料になっている。

 

「わぁ、わぁ、凄いです! 祇園さん、行きましょう!」

「ちょ、ちょっと待って。はぐれないようにね」

 

 興奮した状態の少女――防人妖花へと夢神祇園は苦笑と共にそう言葉を紡ぐ。美咲も澪も忙しいそうで時間まで二人で海馬ランドを回っているのだが、妖花にとっては目に映るモノ全てが珍しいらしくずっとこの調子だ。

 とはいえ、気持ちはわかる。祭りの雰囲気はとてもいいものであるし、祇園自身もこういったお祭りの雰囲気は好きだ。……この後のことを考えると気が重いだけで。

 

(今更だけど、怖いなぁ……)

 

 キリキリと胃が痛む感触を覚える。人前に立つのは正直、好きではない。慣れないことだ。プロで活躍しているあの二人は本当に凄いと思う。

 偶然と、幸運でここまで来れた自分は。

 こういうところでメッキが剥がれるのだと、そう思う。

 

「祇園さんが出るイベントは何時からですか?」

「いつの間にリンゴ飴を……。えっと、1時からだね。30分前には控室に来るようにって。リハーサルは昨日終わってるから、多分、大丈夫だとは思う」

「昨日美咲さんとデュエルしたんですか?」

「それは今日のぶっつけ本番。……だからちょっと気が重くて」

 

 新たな概念である〝シンクロ〟については幾度となくテストをしたし、問題はない。だが、人前でやるとなると緊張が先に立つ。

 それに相手は美咲だ。余計に気が重い。

 格上とは何度も戦ってきたし、何度も敗北してきた。特に美咲はプロになる以前に数えきれないほどデュエルをした相手だ。そういう意味での緊張はないが……人前というのは、どうしても緊張する。

 大会中は必死になっていたから気にならなかった部分があるが、今回は『魅せる』ことが目的だ。そう、見せるではなく魅せる――素人には、本当に気が重い。

 

「うーん、でも私も神社で神事をする時は緊張しますから、気持ちはわかります。人に見られるのって怖いですよね……」

「そういえば、妖花さんは神社の子なんだったっけ?」

「両親はもういないですから、村の人たちに助けられてどうにかやってます」

 

 苦笑しつつ妖花は言う。詳しく聞いたわけではないが、妖花の育ちについては聞いている。その時に覚えて親近感は、きっとこれだ。

 親の愛情を知っていながら、しかし、失った辛さを知っている者同士。

 だから、こうして隣を歩ける。同じ痛みでも傷でもないが、錯覚でも〝同じ〟と思い込むことは一つの繋がりになる。

 痛みを知る者は、誰しもその怖さの分、人に優しくできるのだから。

 

「神事って毎年やってるの?」

「はい。神様を降ろして、感謝して……っていうお祭です。でも、始まってしまったらそんなには怖くないんです。気が付いたら終わってますから」

「集中してるって事かな?」

「多分、そうだと思います。必死ですから。だから祇園さんも大丈夫ですよ!」

 

 満面の笑みでそんなことを言う妖花。励まされている――その事実に、思わず苦笑してしまう。

 

「ありがとう」

 

 こんな小さい子にまで心配させていたのかと思うと情けないが、それはこれから取り戻すしかない。妖花ははい、と元気よく頷いた。

 そして二人がのんびりと歩いていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。視線を送ると、そこは何かのステージらしく人だかりができている。

 

「何だろう、あれ」

「何でしょう?」

 

 いつの間にかリンゴ飴からわたあめへと食べ物を変えている妖花も首を傾げる。近くに行ってみると、何やらイベントが行われているらしかった。

 ステージの方へと寄っていく。見ると、特設ステージの上に用意された机と椅子に人が大勢座っている。看板を見ると、『わんこそば大食い選手権』と書かれている。

 ……この寒い中、何故わんこそばなのだろうか。

 

 

「アニキー! 隼人くん、頑張るッスよー!」

「おう、任せろ!」

「頑張るんだな」

「参加する以上は優勝を狙え!」

 

 

 聞き覚えのある声が聞こえてくる。視線を向けると、ステージ上にいる遊城十代と前田隼人に声援を送っている丸藤翔と三沢大地の姿がある。どうやらあの二人が参加するらしい。

 

「あ、遊城さんたちです!」

「来てるとは思ってたけど、こんなところで何をしてるんだろ……」

「楽しいことには参加しないと損だからね~」

 

 思わず呟いた瞬間、肩を叩きながらそんなことを言われた。振り返ると、そこにいたのは一人の女性。

 二条紅里。アカデミア・ウエスト校デュエルランキング1位を誇る人物であり、澪の親友とも呼べる相手だ。祇園にとっては大切な先輩である。

 

「あ、紅里さん! おはようございます!」

「うん、おはよ~。えへへ、今日も可愛いね~」

 

 妖花の頭を撫でながら微笑みかける紅里。ぽやぽやした、と澪が評する彼女だが、祇園にはそれだけには思えない。この性格も振る舞いも全て一つのポーズなのだろうと思う。

 まあ、勘だが。時々感じる鋭さは嘘ではないはずだ。

 

「紅里さんも来ておられたんですね」

「ぎんちゃんも出るし、みーちゃんも解説するからね~。本当はギリギリに遠目から見るぐらいでいいかな~、って思ってたんだけど、ゆーちゃんに誘われたの」

「ゆー……?」

「あそこで騒いでる人だよ~?」

 

 クスクスと笑いながら紅里がステージの方を指差す。見れば、賑やかなステージの上でも一際騒いでいる二人がいた。

 

 

「よっしゃ、どっちが多く食えるか勝負やな」

「敗けた方が明日の会費奢りだな。いやー、今月厳しいから助かるわ」

「もう勝ったつもりかい。デュエルじゃ負けたけど、こっちは負けへんでぇ?」

「かかって来い菅原」

「上等や!」

「え、なんだ新井さんと菅原さん、勝負するのか?」

「ん? おー、十代か。お前も出てたんだな」

「賞品目当てか、自分?」

「んー、というより楽しそうだったからかな。でさ、勝負するのか?」

「おう。ほれ、明日の会費賭けてな」

「あ、クリスマス会か」

「忘れとったんかい。明日は遅れたらアカンで? せっかくアカデミア合同のイベントなんやし」

「俺は部外者だけどな」

「細かいことは言いっこなしや。てか企画はKC社と校長連中やしな」

 

 

 十代が加わわり、更に会話を加速させているのはウエスト校の三年、菅原雄太と〝アマチュア最強〟とまで言われる新井智紀の二人だ。ゆーちゃん、というのはどうやら菅原の事らしい。

 

「楽しそうですね、皆さん」

「お祭は楽しまなくちゃいけないからね~。……んー、抱き心地良い~♪」

 

 妖花を背後から抱き締めながら、紅里が妖花の言葉にそう応じる。祇園はふと思ったことを口にした。

 

「菅原先輩とは仲が良いんですね。〝ルーキーズ杯〟でも一緒におられましたよね?」

「あ、見てたんだ~? えっとね~、ゆーちゃんとは昔からの知り合いなんだ。付き合いの長い友達、かなぁ? みーちゃんよりも時間については長いからね~」

「そうなんですか」

「そうなんだよ~。……あ、そろそろ参加締め切るみたい。二人は参加しない~?」

「僕はあまり量は食べないので……」

「私も量はあまり……」

「そっか~」

 

 にこにこと微笑みながら紅里は言う。視線の先で、開始が宣言された。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 大食い選手権はかなり白熱した勝負になった。流石に若い男性参加者が多いこともあり、一人一人の食事量がかなり多かったのだ。

 だがその勝負も終わり、祇園は何故か救護室にいた。

 

「……何となく、こうなる予想はしてたけど」

 

 救護室のベッドの上には、苦しそうに腹部を押さえながら呻いている十代の姿がある。はぁ、というため息が隣から聞こえた。

 

「相変わらずね、十代。後先考えないんだから」

「ボウヤらしいといえばらしいけれど、ね」

 

 ため息を零す天上院明日香の隣で、クスクスと上品に藤原雪乃が微笑を零す。偶然合流した二人は、救護室へ担ぎ込まれた十代を見にここに来たのだ。

 当初は明日香もかなり心配していたが、ある意味元気そうにベットの上を転がっている十代を見て呆れしか出てこないらしい。

 

「ぐうう……、は、腹が痛ぇ……!」

「ふん、弱いなぁ一年坊。鍛えとったらこの俺みたいに――はうっ!?」

「お約束は良いから、寝てようねゆーちゃん」

「てめ、菅原ぁ……! 女に介護されるとか羨ま――うごおっ!?」

「お二人も辛そうです……」

「自業自得だよ~。相変わらずなんだから~……」

 

 十代と同じように悶絶する菅原を見て、はぁ、とため息を零す紅里。祇園としては苦笑するしかない。

 

「全く。考えなしに食うとこうなるといういい例だな、十代」

「アニキ~、しっかりするッス。……そういえば、隼人くんは平気なんスか?」

「俺は丁度いいところで諦めたから大丈夫なんだな」

「本当ならそれが一番正しいんだけどね~」

 

 隼人の言葉に苦笑を零す紅里。十代たち以外にも運ばれた者はいるが、深刻度――あくまで本人たちの様子を見たところ――ではこの三人が一番危険だ。まあ、それこそベルトが千切れそうになるくらいにまで詰め込んだらそうなるのも当たり前だが。

 

「く、クリスマス・イヴに何しとんのや俺らは……!」

「くうう、腹が痛ぇ……!」

「ちくしょう……!」

 

 呻き声を上げる三人。これはしばらく放っておくしかないだろう。しかし、折角のお祭だというのに何をしているのか。

 時計を見る。……そろそろ、行かなければならない時間だ。

 

「じゃあ、僕は行ってきます」

「あ、行ってらっしゃい~」

「頑張ってください!」

「もうそんな時間なの? 席を取りに行かなくちゃいけないわね」

「ふふっ、楽しみにしてるわよボウヤ」

「参考にさせてもらうよ、今日のデモンストレーションを」

「頑張るッスよ祇園くん!」

「しっかり見てるんだな!」

 

 それぞれの言葉で送り出してくれる。それに頷くと、祇園は医務室を出た。十代たちはこちらに声を送る様子はないらしい。

 外に出る。冷たい外気が肌を貫き、思わず身震いしてしまった。

 

「……頑張ろう」

 

 決意するように呟いて。

 夢神祇園は、一歩を踏み出した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 大きく深呼吸をする。息を吸い、吐く。緊張をほぐすにはこれが一番だと言われたが、ほぐれた気がしない。

 

「祇園、大丈夫?」

「な、なんとか……」

 

 隣に立つ美咲の声にどうにか返事を返す。だが、声が震えているのが自分でも自覚できた。

 怖い、と思う。いつだってそうだ。土壇場で、こんなにも自分は弱い。

 

「大丈夫や、祇園」

 

 不意に、手に温かいものが触れた。見れば、そこにあるのは小さな手。

 だがその手は、憧れ、目指し続けた掌でもある。

 

「これは勝負やない。ただ、ウチと祇園で楽しくデュエルしたらええだけのお話や。昔みたいにな」

「……でも、あの頃とは違うよ。あんな、大勢の人の前なんて」

 

 小さなデュエルショップで、たった二人でデュエルしていたあの頃にはもう戻れない。

 あの時に比べて、互いの立場はあまりにも違ってしまった。

 

「それはそうやよ。ウチも祇園も大きく変わった。変わってしもた。だってそうしなかったら潰されてしまうから。潰れてしまうから。消えてしまうから。だから変わったんや。そしてそれは、誇るべきことでもあるんよ」

 

 美咲は言う。変わったこと。変わってしまったこと。

 それは正しいことで、だからこそ今があるのだと。

 

「人生は選択の連続や。ウチはまだ十五年しか生きてへんけど、それでもわかるよ。後悔ばっかりや。ああしていれば、こうしていれば……そんなことばっかり考えてまう。でも、選んだ道やから。祇園を待つ――そのために、選んだ道やから」

 

 だから、と美咲は言う。

 全てを背負い、笑うのだと。

 

「だから、嘘でも『後悔なんかない』ってウチは言う。だってそうやないと否定することになってまうから。あの日、祇園とした約束が嘘になってまう。それは嫌や」

 

 桐生美咲は、だからこうして笑っている。

 己の原点を嘘にしないために。そのために、後悔の中でも笑い続ける。

 

「……美咲は強いね」

「祇園にそう言ってもらえるなら、強がってきた意味もあるかな?」

 

 あはは、と美咲は笑う。自分は――夢神祇園はどうなのだろうか。

 後悔は数えるほどしてきた。流されるままに生きていながら、それでも多くの後悔と絶望を抱え続けてきたのだ。

 選択の機会などなかった。だけど、あの約束だけは。

 あの日交わした約束だけは、自分で決めて――定めたモノ。

 

「頑張るよ。……頑張る」

「うん、頑張ろ。それに今夜はクリスマス・イヴやんか」

 

 空を見上げる。空は僅かに曇り、今にも何かが振り出しそうだった。

 

「聖なる夜なら、奇跡は起きるよ」

 

 二人で、歩き出す。この手はもう、繋がっていない。

 けれど、それでいい。

 たとえこの瞬間だけでも、一瞬だけでも隣を歩けるなら。

 ――それは、夢神祇園がずっと願い続けて来たこと。

 

 人々が祈りを捧げる、聖なる日。

 一人の少年の願いが、幻想という形で紡がれる。

 

 隣に立つこと。隣を歩くこと。

 憧れ続けた〝ヒーロー〟に追いつくことが、少年の願ったことだから。










流されるまま、選択の余地もないままに生きてきた一人の少年。
しかし、その根底に流れる〝約束〟は……それだけは、彼自身が叶えると決めたモノ。








というわけで、発表会前半パートです。デュエルまで行こうと思ったんですが、キリが良いのでここまでで。
今までの人生で『選ぶ』ことがほとんどできなかった祇園くんですが、『約束』という一番大切なモノだけは彼自身が決めたものなのですね。



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第四十一話 あの日から、変わったこと

 呼び出しを示すコール音が耳元に響いている。しかし、いくら待っても相手は出ない。

 それを確認すると、少女は一つため息を零して電話を切った。もしかしたらという淡い希望に賭けてみたが、予想通り相手は出てくれないらしい。

 こういう時の予感は当たるものだ。元々彼は風来坊な気質がある。待たされるのはいつものことだが、やはり不安は尽きない。

 あの時も、結局自分には何も告げずに一人で全てを壊して、言い訳の一つもせずに立ち去ってしまったから――……

 

「――雪乃?」

 

 物思いに耽ってしまっていたらしい。友人が隣で心配そうな表情を浮かべていた。

 

「なんでもないわ」

 

 手を振り、いつものように返答を返す。大抵の相手はこれで誤魔化せるのだが――

 

「宗達のこと?」

 

 それなりに付き合いの長い親友には見破られてしまうらしい。肩を竦め、ええ、と誤魔化すのを諦めて頷く。

 

「相変わらず、ろくに連絡もしてこないわ。便りがないのは無事の証拠、とはいうけれど……ね」

「でも、こまめに連絡する宗達もらしくないんじゃない?」

「確かに気持ち悪いわねぇ……」

 

 想像し、思わず息を吐いてしまう。あの男がいちいち連絡を寄越してくる姿を想像すると笑いよりも違和感が先に立つ。元々、他人に自分のことを話すことを拒む性格なのだ。

 だから、そういう意味で自分は信頼されているのだろうと思う。一度だけだが弱音を吐かれたこともあるし、他人に決して話そうとしない過去のことも話してくれた。

 だが、それだけでは満足できない自分も確かにいるのだ。

 信頼されていることがわかっていても、だからこそ連絡がないのだとわかっていても。

 我儘な自分は、確かにいる。

 

「けれど、連絡シテ欲しい私もいるのも確か。宗達が私にいちいち連絡してくる姿なんて想像できないけど、ね」

「……自分で言ってて矛盾してることに気付かない?」

「あら、矛盾如きで諦めてちゃ何も得られないわよ明日香?」

 

 微笑を浮かべ、そう言葉を紡ぐ。矛盾――それは確かに通常ならば成り立たない論理だ。だが、自分がしているのは『恋愛』であり『恋慕』である。そこに常識は存在しない。

 

「恋愛というのはね、明日香。想う相手と想ってくれている相手さえいれば成り立つのよ。互いの想いだけが存在する、一人じゃ絶対に成り立たないモノ。だったら欲張らないと損でしょう?」

「私にはわからない話ね」

 

 はぁ、と明日香がため息を零す。ふふっ、とそのため息に微笑を返した。

 

「それは明日香がまだ恋をしていないから。いいものよ、恋って。辛いこともあるし、泣きたいことも多いけれど。自分が一人じゃないって……泣いてもいいって、教えてくれるモノだから」

 

 泣ける場所、安らげる場所。それが人には必要で。

 同時に、全てを懸けて愛したいと想う相手がいるということは本当に幸福なのだろうとそう思う。

 

「一応、言っておくわ。……ご馳走様」

「フフッ、お粗末様」

「でも、心配にならないの? 一人でアメリカなんて。いくら留学経験があるからって……」

「信じてるもの。私は如月宗達の恋人であり、同時に如月宗達は藤原雪乃が愛する男。疑う余地なんてないわ。第一、私は宗達の一番のファンでもあるのよ?」

 

 たった一人で、孤高に戦い続ける姿。

 周囲の全てを敵に回しながら、それでも折れることなく牙を剥き続けたその姿に。

 あの日の私は――藤原雪乃という〝女〟は、魅了されたのだ。

 

「世界の全てが敵になっても、それでも私は彼の味方。私はそう決めたの」

 

 それが、何もできなかったあの日に誓い、纏った鎖。

 全てを一人で解決できてしまう彼だからこそ、敵には敵として接してしまう彼だからこそ、最後の拠り所になりたいと思ったのだ。

 

「……宗達も幸せ者ね。雪乃にここまで想ってもらえるなんて」

「あら、私の想いなんて彼とよくて同等よ?」

 

 からかうように告げてみる。それだけ愛されているという自覚があるし、愛しているという自覚がある。

 あの父に認めてもらうために、宗達は今頑張ってくれている。強くなろうともがいている。

 苦しくても、辛くても、そんなことはおくびにも出さずに。一年前のあの日、アメリカへと渡った時のように全てを抱え、背負い、ただただ〝強さ〟を求めている。

 強くなる理由に自分を据えてくれている――これほど想われていることを実感できることもない。

 

「でも、だからこそ私も強くならなければならないの」

 

 寄りかかるだけの、頼るだけの自分はもう嫌だ。

 だって、かつての自分がそうだったから。あまりにも無力で、どうしようもなかったから……あの日、如月宗達は立ち去ってしまったのだから。

 

「常に隣に居たいとは思うわ。けれど、そうすることだけが愛じゃない。私はまだ十五の小娘で、宗達も十五の若者だけれど。それでも、それだけはわかってる」

 

 隣に立つことと、寄りかかることは違う。

 あの時の自分はあまりにも弱く、だからこそ彼がボロボロになるまで何もできず、何一つ気付かなかった。

 

「私は宗達を信じてる。今はそれでいいのよ。そして、信じ続けるために、信じ続けてもらうために……私もまた、強くならなくちゃいけないわ」

「……あなたは十分に強いわよ、雪乃」

「ふふっ、ありがとう」

 

 親友の言葉に、笑みを返し。

 藤原雪乃は、空を見上げる。

 

 ――遠い空の下に、彼はいる。

 けれど、隔たれた場所ではない。この空と繋がっているはずだから。

 

 今はそれでいいと、そう思えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 何度目かもわからない深呼吸を繰り返す。手が震え、体も震える。

 緊張からくるものだということはわかっている。しかし、わかっているからといってそれでどうにかできるような類ではない。

 

「さあ、そろそろ出番やで祇園?」

「……うん」

 

 隣の幼馴染には自分と違って緊張の色は窺えない。流石に場数を踏んでいるだけのことはある。素直に尊敬してしまった。

 

「――〝案ずるより産むが易し〟、っていうやろ?」

 

 一歩前に歩み出ながら、不意に相手はそんなことを口にした。こちらに背を向けているため、表情は窺えない。

 

「あれ、要するに『やってしまえばどうとでもなる』ってことやと思うんよ。実際その通りやとも思う。あれこれ考えるより、やってしまった方がええ。良くも悪くも、そこで結果は出てまうから」

 

 それが良い結果であろうと、悪い結果であろうと。

 行動を起こせば、何かしらの〝結果〟という名の〝答え〟が出る。

 

「流れるままに、ってのは凄い楽なことやと思う。案外どうとでもなるしなぁ、何事も。せやけど、『どうとでもなる』が嫌なら自分で一歩を踏み出さないとアカン」

 

 流されるままに出る結果は、望んだモノでは決してない。

 自らが動かなかったのだから、それは当然だ。

 

「この言葉の意味がわからへんほど、祇園は馬鹿やないやろう?」

 

 振り返った少女が浮かべた笑みは、こちらに信頼を寄せたもので。

 昔から変わらない、何度も見た笑顔だった。

 

「うん。そうだね。その、通りだ」

 

 流されるままに生きていくことの結果を、祇園はその身で味わっている。

 そしてそれは、決して幸いには届かないモノだということも。

 

「頑張るよ。……頑張る」

 

 言い聞かせるようにして呟き。

 夢神祇園は、その一歩を踏み出した。

 

 

『それでは、新たなる力――〝シンクロ〟の実践と参りましょう! 〝ルーキーズ杯〟優勝者、桐生美咲選手! そして準優勝者、夢神祇園選手の入場です!』

 

 

 入場を促され、一歩を踏み出す。歓声と、拍手の音が耳に届いた。

 その中で、祇園は隣の少女へと小さく呟くように言葉を紡ぐ。

 

「ありがとう」

「どういたしまして」

 

 そのやり取りは、一見軽いものだけど。

 だからこそ、確かな信頼がそこにはある。

 

 ステージの、幕が上がる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ステージで向かい合い、二人はデュエルディスクを構える。美咲とはこの一週間、数えきれないほどデュエルをした。主にシンクロの特性を理解するためだ。理屈を知ることはもちろん大事だが、やはり実践に勝るものはないというのも事実。

 ちなみに澪や妖花、時には様子を見に来た十代たちとも何度となくデュエルをした。〝ルーキーズ杯〟参加者であるプロ勢ともデュエルをしたが、ほとんど勝利を得ることはできなかった。

 まあ、そこについては元々からの地力の差があるので仕方がない。

 

(美咲は『今日のために面白いデッキを組んだ』、って言ってたけど……)

 

 プロの試合で使うためのものではなく、シンクロの実演のためにうってつけのカテゴリーがあったとのこと。彼女によれば長期戦もできる優れたデッキだとか。

 対し、こちらのデッキはある意味でシンクロに全てを懸けた構築をしている。『カオスドラゴン』の時もそうだったが、どうも自分が作ると一点部分に特化しやすい。あのデッキも除外にはかなり弱かったし。

 まあ、今回は弱点を突かれることもないだろう。……無いと信じたい。

 

「ほな、会場の皆さん! ご一緒に!」

 

 互いに五枚ずつドローし、先行はデュエルディスクによって美咲と決まった状態。美咲は手を振り上げ、会場へと呼びかける。

 こういうところは、やはり流石というべきか。

 

 

「「「決闘!!」」」

 

 

 会場の大合唱の中、デュエルが始まった。

 

「ウチの先行、ドロー!」

 

 相変わらずのドロー動作を見せる美咲。少々大げさだが、美咲曰く『魅せることもプロのお仕事やから』とのこと。確かにその通りだ。興行である以上、『魅せる』事は重要になる。

 まあ、本人も全力で楽しんでいるようだが。

 

「むー、まあ上々といえば上々やな。ウチはモンスターをセット、カードを一枚伏せてターンエンドや」

「僕のターン、ドロー」

 

 先行一ターン目からフルパワーで回してくるのかと思ったが、そうではなかったらしい。

 準備のいるデッキなのか、それとも単純に手札が悪いのか。……いずれにせよ、動けるうちに動いた方がいい。

 

「僕は魔法カード『調律』を発動。デッキから『シンクロン』と名の付いたチューナーを一体手札に加え、デッキをシャッフル。その後デッキトップからカードを一枚墓地へ送ります。僕は『ジャンク・シンクロン』を手札に加えます」

 

 デッキをシャッフルし、トップのカードを墓地へ送る。送られたのは……『スポーア』だ。最高の結果に、内心でガッツポーズを作る。

 会場にざわめきの声が広がった。『チューナー』――その言葉に依る。

 基礎説明でも告げられたその新たな存在に、会場の視線が注目する。

 

「そして僕は、チューナーモンスター『ジャンク・シンクロン』を召喚! 効果発動! 召喚に成功した時、墓地からレベル2以下のモンスターを効果を無効にして守備表示で特殊召喚できる! 『スポーア』を蘇生! 更に墓地からの特殊召喚に成功したため、『ドッペル・ウォリアー』を特殊召喚!」

 

 ジャンク・シンクロン☆3闇・チューナーATK/DEF1300/500

 スポーア☆1風・チューナーATK/DEF400/800

 ドッペル・ウォリアー☆2闇ATK/DEF800/800

 

 一瞬で三体のモンスターが並び立つ。以前ならいくらモンスターを並べようとステータスが低ければ嘲笑の対象になることもあった。だが、これからの新たなる概念――『シンクロ』は違う。

 ――力を合わせる。

 そんな、当たり前のようで今までできなかったことをするための力が――これだ。

 

「いくよ、美咲」

「うん。来てや」

「――僕は、レベル2ドッペル・ウォリアーにレベル3、ジャンク・シンクロンをチューニング! シンクロ召喚!」

 

 二体のモンスターが交わり、その星の数を合わせた輝きが空間を支配する。

 

「――『TGハイパー・ライブラリアン』!!」

 

 TGハイパー・ライブラリアン☆5闇ATK/DEF2400/1800

 

 現れたのは、一冊の本を持った魔術師だった。白い法衣を纏うその姿に、会場は一瞬驚き。

 次いで、爆発的な歓声が広がった。

 

「初手でライブラリアンかぁ……。廻ってるなぁ」

「正直、僕もびっくりしてる。……ドッペル・ウォリアーの効果を発動。このカードがシンクロ召喚の素材となって墓地へ送られた時、『ドッペル・トークン』を二体攻撃表示で特殊召喚できる」

 

 ドッペル・トークン☆1闇ATK/DEF400/400

 ドッペル・トークン☆1闇ATK/DEF400/400

 

 二体のトークンが姿を現す。そして、フィールドにはチューナーと非チューナーがまだ残っている。

 

「更にレベル1、ドッペル・トークンにレベル1、スポーアをチューニング! シンクロ召喚! 『フォーミュラ・シンクロン』!」

 

 フォーミュラ・シンクロン☆2光。チューナーATK/DEF200/1500

 

 次いで現れたのは、F1のような外見を有するモンスター。シンクロモンスターでありながらチューナーという、一風変わったモンスターである。

 

「フォーミュラ・シンクロンの効果発動。シンクロ召喚成功時、カードを一枚ドロー。そしてライブラリアンはシンクロ召喚に自分か相手が成功する度に一枚ドローできる。二枚ドローするよ」

「残念ながらそれは邪魔できひんわ」

 

 肩を竦める美咲。カードを引き、確認。……どうやらこれ以上は展開できないらしい。

 

「バトルフェイズ。――ライブラリアンでセットモンスターを攻撃!」

「セットモンスターは『ガスタの希望カムイ』や」

 

 ガスタの希望カムイ☆2風ATK/DEF200/1000

 

 緑髪の青年が姿を現す。戦闘破壊は問題ないが……まさか『ガスタ』とは。資料で見ただけで詳しくはわからないが、継続戦闘能力に長けたデッキのはずだ。

 

「そしてカムイのリバース効果。デッキから『ガスタ』と名の付いたチューナーを特殊召喚できる。ウチはデッキから『ガスタ・イグル』を守備表示で特殊召喚や」

 

 ガスタ・イグル☆1風・チューナーATK/DEF200/400

 

 現れる小さな鳥。確か『ガスタ』というカテゴリーはこういったリクルートの能力に長けていた気がする。ただ、詳しいことはわからない。

 澪によると「相手にするとこれ以上なく面倒なデッキだ」とのことだが……。

 

「……僕はカードを一枚伏せて、ターンエンドだよ」

「ほな、ウチのターンやな。ドロー!」

 

 美咲がカードを引く。正直、この状況からならいくらでも巻き返してくるはずだ。

 デュエルは序盤。本番はここからである。

 

「いくで祇園、ウチも見せたるよ。――手札より、『ジャンク・シンクロン』を召喚! 効果により、『ガスタの希望カムイ』を守備表示で特殊召喚や!」

 

 ジャンク・シンクロン☆3闇・チューナーATK/DEF1300/500

 ガスタの希望カムイ☆2風ATK/DEF200/1000

 

 現れたのは、こちらのデッキにおけるキーカードである『ジャンク・シンクロン』。墓地からモンスターを吊り上げるという能力から、効果さえ通れば4、5レベルのシンクロができるのは確かに強力である。

 

「更に手札から『ガスタ・グリフ』を捨て、『THEトリッキー』を特殊召喚! そしてグリフの効果発動! このカードが手札から墓地へ送られた場合、デッキからガスタと名の付いたモンスターを特殊召喚できる! 『ガスタ・ガルド』を特殊召喚!」

 

 THEトリッキー☆5風ATK/DEF2000/1200

 ガスタ・ガルド☆3風チューナーATK/DEF500/500

 

 一瞬だった。

 本当に一瞬で、美咲は容易く五体のモンスターを揃えて見せた。凄まじい力である。

 

「一枚ドローは覚悟せなアカンなぁ。まあ、しゃーない。――ウチはレベル2、ガスタの希望カムイにレベル3、ガスタ・ガルドをチューニング! シンクロ召喚! さあ、おいでませ! 『ダイガスタ・ガルドス』!」

 

 ダイガスタ・ガルドス☆5風ATK/DEF2200/800

 

 現れるは、巨大な怪鳥を駆る少女。新たなシンクロモンスターに、おおっ、と会場が湧き立った。

 

「相手がシンクロ召喚に成功したので、一枚ドロー」

「ん、それはまあ必要経費や。――ダイガスタ・ガルドスの効果発動。一ターンに一度、墓地のガスタを二枚デッキに戻すことで表側表示の相手モンスターを一体破壊できる。ウチはグリフとカムイを戻して、ライブラリアンを破壊や!」

「ッ、チェーン発動! フォーミュラ・シンクロンは相手のメインフェイズ時にこのカードをシンクロ素材としてシンクロ召喚を行うことができる! レベル5、TGハイパー・ライブラリアンとレベル1ドッペル・トークンに、レベル2フォーミュラシンクロンをチューニング!」

 

 今ライブラリアンを失うのは少々惜しいが、破壊されるよりは遥かにマシ。むしろ、こういう状況のためにこうしたのだから。

 

「集いし願いが新たな力を呼び起こす! 光さす道となれ! シンクロ召喚!――飛翔せよ、『スターダスト・ドラゴン』ッ!」

 

 星々が煌めき、一体の竜が飛翔する。

 星屑をばら撒いたような翼を持つその竜は、破壊を打ち消す星の名を持つドラゴン。

 

 スターダスト・ドラゴン☆8風ATK/DEF2500/2000

 

 世界に一枚しか存在しないという、超が付くほどのレアカード。

 背負うにはあまりにも重く、しかし、背負わなければならないモノ。

 その竜は、まるで永き封印から解かれたかのように。

 

『――――――――』

 

 天に向かって、甲高い咆哮を上げた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 舞い降り、咆哮を上げた一体の竜。

 何度も目にしたし、何度となくその力に憧れたこともある。

 

「……綺麗」

 

 そう呟いたのは、誰だったのか。

 時間にして一瞬。しかし、体感にして久遠のように永い沈黙の後。

 

 

「――――――!!」

 

 

 爆発的な歓声が、周囲の世界を粉砕した。

 その美しさと、力強さ。圧倒的な存在感に、歓声と拍手が響き渡る。

 

(……思った通りやなぁ)

 

 ふと、そんなことを思った。星屑の竜を従え、こちらに臆することなく視線を向けてくる彼。

 その姿が、一人の〝英雄〟と僅かに重なる。

 

(祇園はあの人ほど強くはないけれど。……スターダストは、あの目をした人によく似合う)

 

 時が流れるほどに思い出せなくなっていく記憶。

 思い出せなくなることこそが正しい記憶。

 その中でずっと自分たちを背負い続けたあの人を、確かに幻視した。

 

(……感傷に浸るのはここまでや)

 

 今の自分は『美咲』であり、アイドルプロ・桐生美咲だ。

 もう戻れない日々のことに思いを馳せる必要はない。

 

「上手いこと躱したなぁ、祇園」

「……躱しきれなかったよ」

 

 苦笑しながら言う祇園。そう、その通りだ。

 こうなるように自分は誘導した。そして誘導した以上、相応の結末は用意している。

 

「いくよ、祇園。――ウチは、レベル5THEトリッキーにレベル3、ジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 ドクン、と心臓が高鳴った。

 僅かに幻視した視界に映るのは、自信と気迫に満ち溢れた彼の背中。

 

「――王者の鼓動、今ここに列をなす。天地鳴動の力をここに! シンクロ召喚! 招来せよ、『レッド・デーモンズ・ドラゴン』ッ!!」

 

 轟音と共に雷が鳴り響き、巨大な火柱がいくつも立ち昇る。

 数多の焔を纏いながら姿を現したのは――紅蓮の悪魔。

 

 レッド・デーモンズ・ドラゴン☆8闇ATK/DEF3000/2000

 

 圧倒的な火力を体現する、絶対の力の象徴。

 桐生美咲が譲り受けた、新たな力だった。

 

「いつ見ても、凄い威圧感だね……」

「そらもう、『王者』のカードやからな。強いよ~?」

 

 フフッ、と笑う。そして、美咲は更に、と言葉を紡いだ。

 

「まだまだ行くよ! レベル5ダイガスタ・ガルドスに、レベル1、ガスタ・イグルをチューニング! シンクロ召喚! 『ダイガスタ・スフィアード』!!」

 

 ダイガスタ・スフィアード☆6風ATK/DEF2000/1300

 

 現れるのは、杖を持った一人の女性だ。小柄な体をしているが、身に纏う雰囲気がその強さを示している。

 

「スフィアードのシンクロ召喚成功時、墓地から『ガスタ』と名の付いたカードを一枚手札に加えるよ。ウチは『ガスタ・ガルド』を手札に。そして、スフィアードの別の効果や。このカードは戦闘では破壊されず、また、このカードがフィールド上に存在する限りガスタの戦闘でウチが受けるダメージは全部相手が受ける」

 

 その言葉に、祇園が表情を曇らせた。この言葉の意味することを理解したのだろう。

『ガスタ』は所謂『リクルーター』の多いカテゴリーだ。そしてリクルーターは最後の手段としてダメージ覚悟での自爆特攻という手段がある。それは肉を切らせて骨を立つ戦術だが、スフィアードがいる限りダメージの全てを祇園が負うこととなる。

 リスクがリスクでなくなったそれは、あまりにも一方的な戦いだ。

 

「さあ、バトルや。スターダストの効果は強力。せやけど、単純に殴り倒せば問題あらへん!」

「…………ッ!」

「レッドデーモンズでスターダストを攻撃! アブソリュート・パワーフォース!」

 

 轟音が響き渡り。紅蓮の一撃が星屑の竜を打ち砕く。

 

 祇園LP4000→3500

 

 悲しき声を上げるスターダスト。だが、祇園にはどうにもできない。

 そして、がら空きになる祇園のフィールド。美咲が追撃の指示を出す。 

 

「スフィアードでダイレクトアタック!」

「手札より『速攻のかかし』の効果を発動! 相手の直接攻撃を無効とし、バトルフェイズを強制終了させる!」

 

 間一髪、現れたかかしがその一撃を防いだ。うーん、と美咲が唸る。

 

「しゃーないなぁ……。カードを一枚伏せて、ターンエンドや」

「僕のターン、ドロー!」

 

 激化するデュエル。観客の声を置き去りに。

 美咲は、祇園へと視線を向ける。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 手札は七枚。動くことは可能だ。だが、スフィアードをこのままでは超えられない。

 多少強引な手を使えばどうにかできそうではあるが……。

 

(伏せカードもある。……仕方がない。やれることをやらなくちゃ)

 

 どの道、やれることは限られているのだ。ならば、やれることをやるしかない。

 

「永続罠、『リビングデッドの呼び声』を発動! 墓地から攻撃表示でモンスターを特殊召喚! 『TGハイパー・ライブラリアン』を蘇生!」

 

 TGハイパー・ライブラリアン☆5闇ATK/DEF2400/1800

 

 ライブラリアンの効果は強力だ。このカードが場にいるだけで、アドの稼ぎ方が大きく変わる。

 ――だが。

 

「その蘇生にチェーンして、手札から『増殖するG』を発動や。相手が特殊召喚に成功するたび、一枚ドローするで」

「…………ッ!?」

 

 やられた、とそう思った。このままでは最悪の事態に陥りかねない。

 だが、退くわけにもいかないのもまた事実。ここで動かなければ、押し切られるのはこちらだ。

 

「僕は手札より『ダーク・バグ』を召喚! 効果発動! 召喚成功時、墓地からレベル3のチューナーを効果を無効にして特殊召喚する! ジャンク・シンクロンを蘇生!」

「一枚ドローや」

 

 ダーク・バグ☆1闇ATK/DEF100/100

 ジャンク・シンクロン☆3闇・チューナーATK/DEF1300/800

 

 動かないことが正解だったのかもしれない。だが、動かざるを得ない。

 黙って負けるのは、何よりもしてはならないことだ。

 

「そして手札の『ライトロード・ハンター ライコウ』を捨て、『クイック・シンクロン』を特殊召喚!」

「一枚ドロー」

 

 クイック・シンクロン☆5風・チューナーATK/DEF700/1400

 

 現れるのは、西部劇のような恰好をしたモンスターだ。そのモンスターの登場を確認し、いくよ、と言葉を紡ぐ。

 

「レベル1ダーク・バクに、レベル5クイック・シンクロンをチューニング! シンクロ召喚! 『ドリル・ウォリアー』!!」

 

 ドリル・ウォリアー☆6地ATK/DEF2400/2000

 

 現れるは、ドリルの右腕を持つ一人の戦士。シンクロに成功したために一枚ドローする。

 そして、引いたカードを確認し、ここだ、と言葉を紡いだ。

 

「レベル5TGハイパー・ライブラリアンに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! シンクロ召喚! 『ダークエンド・ドラゴン』ッ!!」

 

 ダークエンド・ドラゴン☆8闇ATK/DEF2600/2100

 

 そして、守備表示で現れる新たなドラゴン。闇を纏うその姿は、破壊の化身にしか見えない。

 

「ダークエンド・ドラゴンの効果を発動。攻守を500ポイントずつ下げ、相手モンスター一体を墓地に送る。……スフィアードを墓地へ」

 

 迷ったが、これが最良だ。レッドデーモンズは諦めるしかない。

 

「そして、ドリル・ウォリアーの効果を発動。攻撃力を半分にすることで、相手にダイレクトアタックすることができる。――ドリル・ウォリアーでダイレクトアタック!!」

「つうっ……!」

 

 美咲LP4000→2800

 

 最良の結果とは程遠い。だが、こういう手段しか方法がなかった。

 

「そしてドリル・ウォリアーの効果を発動。手札を一枚捨てることで、次のスタンバイフェイズまでこのカードを除外するよ。……『レベル・スティーラー』を捨て、除外。更にダークエンドのレベルを一つ下げ、守備表示で特殊召喚。カードを一枚伏せ、ターンエンド」

 

 ダークエンド・ドラゴン☆8→7闇ATK/DEF2600/2100→2100/1600

 レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0

 

 正直分はかなり悪い。何よりもレッド・デーモンズが残ったのが最悪だ。

 あのモンスターは、敵味方問わず戦う意志無きモンスターを許さない。

 

「ウチのターン、ドロー。……手札の『ガスタの巫女ウィンダ』を捨て、二体目の『THEトリッキー』を特殊召喚。更にガスタ・ガルドを召喚や」

 

 ガスタ・ガルド☆3風・チューナーATK/DEF500/500

 THEトリッキー☆5ATK/DEF2000/800

 

 豊富な手札を惜しみなく使う美咲。正直、状況はよくない。

 

「――レベル5THEトリッキーにレベル3、ガスタ・ガルドをチューニング。シンクロ召喚! 『スクラップ・ドラゴン』!!」

 

 スクラップ・ドラゴン☆8地ATK/DEF2800/2000

 

 現れるのは、屑鉄によって形作られた竜。

 蒸気を噴き出しながら、一体の竜が咆哮する。

 

「スクラップ・ドラゴンの効果や。一ターンに一度、自分と相手のカードを一枚ずつ破壊できる。ウチの伏せカードと祇園の伏せカードを一枚ずつ指定」

「…………ッ」

 

 吹き飛んだのは、『ピンポイント・ガード』。条件が限られる代わりに強力な効果を持つ罠カードだ。

 しかし、発動できずに破壊された。正直――マズい。

 

「そしてウチはチェーン発動、『リビングデッドの呼び声』蘇生するのはガスタ・ガルドや。当然、破壊されるけど……ガスタ・ガルドが墓地に送られたことにより、デッキからレベル2以下の『ガスタ』を特殊召喚する。『ガスタの巫女ウィンダ』を特殊召喚」

 

 ガスタの巫女ウィンダ☆2風ATK/DEF1000/400

 

 本来ならデメリットになるであろう効果も、一工夫を加えればこうして容易くデメリットを掻き消せる。

 本当に――厄介だ。

 

「さあ、バトルフェイズや。終わらせるよ、祇園。――レッド・デーモンズ・ドラゴンでレベル・スティーラーに攻撃! アブソリュート・パワーフォース!!」

 

 振り抜かれる紅蓮の炎を纏う竜の一撃。その一撃は、文字通り強力無比。

 

「レッドデーモンが守備モンスターを攻撃した時、相手フィールド上の守備表示モンスターを全て破壊する!!」

 

 粉砕される二体のモンスター。フィールドは、がら空き。

 

「いくよ、ウィンダでダイレクトアタック!」

「二枚目の『速攻のかかし』を発動! 攻撃を無効にし、バトルフェイズを強制終了させる!」

 

 このカードがあったからこそ、強引にスフィアードを破壊しにいったのだ。

 返しのターンに、全てを懸けるために。

 

「むぅ、しゃーないなぁ……。ウチは永続罠、『安全地帯』を発動や。『スクラップ・ドラゴン』に装備。一枚カードを伏せて、ターンエンド」

 

 レッドデーモンズが持つデメリット効果。エンドフェイズ時に攻撃を行わなかった自分のモンスターを全て破壊するという効果を避けるために美咲がこのカードを発動する。強力な力にはデメリットがあるのが常だ。

 

「僕のターン、ドロー! スタンバイフェイズにドリル・ウォリアーが帰還し、墓地からモンスターを回収できる! 僕はジャンク・シンクロンを手札に!」

 

 準備は、整った。

 ここから、反撃の狼煙を上げる。

 

「ジャンク・シンクロンを召喚! 効果発動! 墓地の『スポーア』を蘇生!」

 

 ジャンク・シンクロン☆3闇・チューナーATK/DEF1300/800

 スポーア☆1風・チューナー風ATK/DEF400/800

 

 ここでドッペル・ウォリアーを出すのがいつもの流れだが、既にそれは一回行ってしまっている。故に、次の一手だ。

 

「墓地の『ライトロード・ハンター ライコウ』を除外し、『暗黒竜コラプサーペント』を特殊召喚!」

 

 暗黒竜コラプサーペント☆4闇ATK/DEF1800/1700

 

 現れるは、光を糧とする黒き竜。ステータスも優秀だが、このカードの利点はそこではない。

 ただ単純に、感嘆に特殊召喚できるモンスターとしての利点が大きいのだ。

 

「レベル4暗黒竜コラプサーペントにレベル1、スポーアをチューニング! シンクロ召喚! 『A・O・Jカタストル』!!」

 

 A・O・Jカタストル☆5闇ATK/DEF2200/1200

 

 現れる、機械仕掛けの兵器。

 このカードを見た時、妖花が「哀しい兵器です」と呟いたことを覚えている。

 それがどういう意味なのか、どういうことなのか。それがわかることはないだろう。

 だから、今はただ力を貸してくれるという事実だけでいい。

 

「暗黒竜コラプサーペントの効果を発動。墓地に送られた場合、デッキから『輝白竜ワイバースター』を手札に加える。墓地のコラプサーペントを除外し、輝白竜ワイバースターを特殊召喚」

 

 輝白竜ワイバースター☆4光ATK/DEF1700/1800

 

 畳み掛ける――そのために、祇園はその一手を紡ぐ。

 

「レベル4、輝白竜ワイバースターにレベル3、ジャンク・シンクロンをチューニング! シンクロ召喚! 『ジャンク・バーサーカー』!!」

 

 ジャンク・バーサーカー☆7風ATK/DEF2700/1800

 

 巨大な戦斧を持った戦士が出現する。紅蓮の鎧から、確かな狂気と凶気が窺い知れた。マズイなぁ、と美咲がポツリと呟く。

 そしてそれを肯定するように、祇園が最後の手札を使う。

 

「魔法カード、『星屑のきらめき』を発動! 墓地のドラゴン族シンクロモンスターを指定し、そのレベルに合うようにモンスターを除外することで蘇生する! 墓地のクイック・シンクロン、ドッペル・ウォリアー、ダーク・バグを除外し、再び飛翔せよ、『スターダスト・ドラゴン』ッ!!」

 

 スターダスト・ドラゴン☆8風ATK/DEF2500/2000

 

 蘇る、星屑の竜。

 その美しい姿に、会場が再び歓声に包まれた。

 

「ドリル・ウォリアーの攻撃力を半分にし、バトル! ドリル・ウォリアーでダイレクトアタック!」

「罠カード発動! 『聖なるバリア―ミラーフォース―』相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊する!」

「スターダスト・ドラゴンの効果を発動! このカードを生贄に捧げ、破壊効果を無効にする! ヴィクテム・サンクチュアリ!!」

 

 聖なる輝きによる一撃も、星屑の竜の前には無意味となる。

 

 美咲LP2800→1600

 

 美咲のLPが減る。トドメ、と祇園が宣言した。

 

「ジャンク・バーサーカーでウィンダを攻撃!」

 

 迫る一撃。それを見据え。

 美咲は、しゃーないな、と肩を竦めてみせた。

 そして。

 

「――やっぱり強くなったなぁ、祇園」

 

 その、言葉と共に。

 

 美咲LP1600→-100

 

 桐生美咲のLPが、0を通過した。

 爆音のような歓声が響き渡り。

 その中央で、二人は静かに握手を交わした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 夜。目が覚めた美咲はKC社の仮眠室を出て休憩所にいた。たまに残業中の者がいたりするのだが、今日は誰もいないようだ。

 

(楽しかったなぁ……)

 

 昼間のことを思い出し、美咲は無意識のうちに笑みを作る。祇園とのデュエルを終えた後、澪とDDによるデュエル解説と共にシンクロについての詳しい説明が行われた。だが、言葉だけでは伝わり難い部分も多く、困惑が会場を支配することとなる。まあ、仕方がないが。

 その後、予定通り新パックの販売が行われた。美咲はいつもの営業スマイルでそれに参加したのだが、やはりというべきかただの握手会になっていた。売上量が一番多いのも美咲だったが。

 ……祇園のところに女性客が多かったことについては言いたいことがあるが、それは置いておく。

 そして、流れるままに会場のあちこちでデュエルが行われることとなった。目の前でデュエルを見せられて黙っているデュエリストはそういない。そしてその中でも目立っていたのは遊城十代、菅原雄太、新井智紀の三馬鹿だ。基本的に騒がしい上にデュエルも全体的に派手なので、多くの人が集まっていた。

 更に新井が妖花にデュエルを申し込み、奇跡的な回転を見せた妖花のデッキがエクゾディアを完成。会場のテンションが更に上がる。十代がテンション任せに澪にデュエルを申し込んだが、グラファスキドレ瘴気の布陣に打つ手全てを砕かれた。奇跡のドローもあらゆる効果を無視された上に墓地まで抉られてはどうしようもなかったらしい。

 本当に楽しい一日だった。こんな日が続けばいいと、そう思ってしまうくらいに。

 

「美咲?」

 

 不意に、声が聞こえた。見れば、そこにいたのは想い人。

 寝起きなのか、僅かに髪を撥ねさせた状態の祇園が立っていた。

 

「どうしたの? 明日早いんだよね?」

「んー、目が覚めてしもて。祇園は?」

「僕もだよ。明日の夜には大阪に戻ると思うと、ちょっとね」

 

 帰る、ではなく戻る。その言い回しが、彼の性格を表しているように思えた。

 そもそも、今の彼にとって〝帰る〟場所はどこなのか……聞きたいような、聞きたくないような疑問が浮かぶ。

 

「今日は楽しかったなぁ」

 

 疑問を口にするかどうかの迷いは一瞬。『触れない』ことを選ぶ。

 臆病者、と内心で自嘲した。

 

「うん。楽しかった。……十代くんのあれには驚いたけど」

「凄かったなぁ。澪さん、笑いながら十代くんの打つ手打つ手を潰してたし」

「『融合』を『魔宮の賄賂』で無効にされて、引いたカードが『融合』だもんね。やっぱり十代くんは凄いよ」

「澪さん笑いながらそれも『神の警告』で打ち消してたけどな」

 

 十代のドロー力も理不尽だが、〝祿王〟もやはり相当理不尽である。あの底の知れなさは自分が今まで見てきたデュエリストの中でも最上位に入る。

 

「本当に、楽しかったなぁ……」

 

 その言葉に、多くの想いを乗せ。

 星の映らぬ夜空へと、祇園が視線を送る。ああ、これだ、と美咲は思った。

 この横顔が好きなのだと――そう、改めて確認する。

 

「…………」

 

 二人の距離は近い。もう少し寄れば、肩が触れてしまうぐらいの距離。

 それぐらいの距離ならば、手が触れ合うことも容易い。美咲は手を伸ばそうとし、しかし、躊躇する。

 きっと祇園は受け入れてくれる。苦笑するか、それとも笑ってくれるか。いずれにせよ、手を握り返してくれるはずだ。それは夢神祇園という存在を見続けてきたからこそ確信できること。

 けれど、できない。それがわかっていながら、そうすることができなかった。

 

(……臆病やな、ウチも)

 

 大丈夫とわかっていても、踏み出せない。

 それが、〝臆病〟ということ。

 ステージの上では好きなように立ち回れても、祇園の前ではそうはいかない。本当に、ままならない。

 

(どうしようもない。せやけど、これだけは伝えなアカン)

 

 勇気が出せず、決勝戦の前日から結局今まで伝えることができなかったこと。

 彼への――謝罪。

 

「なぁ、祇園」

「うん」

 

 彼は、問いただそうとしなかった。

 きっと、待っていてくれたのだ。

 そういう……人だから。

 

「初めて会った日のこと、覚えてる?」

「勿論。忘れないよ」

 

 嬉しいと思う。その言葉は。

 夢神祇園の中に、桐生美咲は確かに存在しているということだから。

 

「……ごめんな」

 

 でも、だからこそこの言葉を口にする。

 出会い直してくれたから。もうあの日のことを、引きずらないために。

 

「あの時、ウチ、祇園のことを暇潰しのための道具ぐらいにしか考えてへんかったんよ」

 

 本当にゴメン、と呟いた。

 言い訳はいくらでもある。あの時の自分は本当に荒んでいて、DMが嫌いになるところだった。いや、多分憎んでさえいただろう。

 精霊たちにも、憎悪を向けようとしていて。

 壊れる……寸前だった。

 

「そっか。……うん、そっか」

 

 祇園の表情はわからない。見ることができない。

 怖い、と思った。胃が痛い。今更、後悔している。

 本当に自分は、臆病者だ。

 

「でも安心した、かな」

 

 紡がれた言葉は。

 あまりにも、予想外の言葉。

 

「…………え?」

「だって、あの時の僕は……今もそんなに変わらないけど、ダメダメだったから。正直、美咲が声をかけてくれたことにさえ驚いてたんだよ?」

 

 あはは、と苦笑しながら祇園は言う。その瞳に、嘘はない。

 

「だから、むしろそれぐらいの軽い気持ちで声をかけてくれたんだってわかって良かった。……うん、良かったよ」

 

 最後に、呟くような言葉。真意がわからず、困惑する。

 良かったとは、どういう意味なのか。

 

「だって、憐れみとか同情じゃなかったんだよね? 僕にとってはそっちの方が辛かったよ」

 

 そこで、ハッとなる。祇園自身が語っていた。ずっと一人だったと。一人きりで、あの場所にいたのだと。

 

「……同情とかは、なかったよ。それはない。断言できる。本当に偶然、目に入っただけやった」

「そっか。……同情も、憐れみも、痛いだけだよ。向けられる側は、辛いだけ」

 

 その言葉には、深い想いが込められていて。

 頷くことしか、できなかった。

 

「ウチも一人やったしなぁ。そういうのはなかったよ」

「なら、いいかな。今は友達だしね」

 

 友達――その言葉に、胸がズキリと痛み。

 けれど、その言葉を嬉しいと感じる自分もいて。

 そうやね、と感情を悟られないように頷いた。

 

「雪だね」

 

 窓の外に映る、雪。

 すでに時刻は日の変わりを示しており、今日はクリスマスだ。

 

「綺麗やね」

 

 休憩室の、小さな窓から見上げる夜の雪。

 色気は何もないけれど、こういう場所で、こういう形での逢瀬の方が。

 あの頃に戻れたようで、嬉しかった。

 

 ――いつの間にか、二つの手が重なる。

 伝わる温かさに、そこに確かに相手がいることを確認する。

 

 小さな、小さなその窓の先に。

 幼き二人が笑っている姿を、少女は幻視した。











初めて出会ったあの日から、二人の想いも関係も大きく変わった。
けれど、こうして隣に並んで笑い合えるのなら……きっとそれは、正しい変わり方。







更新遅くなってすみません。頑張ります。

というわけで今回はシンクロお披露目会。しかし、実は新パックにおけるシンクロモンスター封入率は米版シク並という暴挙。そういえば英語版大会で使えなくなりますね。まあ、大会用のデッキには英語版ないからいいのですが。
ミサッキーのガスタはとりあえず今回限り。彼女の本来のシンクロデッキは『TG代行』という割とガチ。これだと下手すればクリスティア無双なので今回はお見送り。シンクロを見せることが目的でしたしね。……しかしガスタとレモンの相性悪過ぎだろこれ。
そして祇園くん。割とジャンドでは強い方といわれる『白黒ジャンド』です。でも、ウイッチいたりかかし入ってたりダーク・バグいたりと中々に変態構築。友人の許可頂いて参考にしてます。何故あの構築で回るのか素で疑問です我が友人。祇園くん自身、色々構築考え中のようで。

美咲ちゃんの謝りたいこととは出会った時に見下していたことです。とはいえ、祇園くんも今更ですし、特に気にはしていません。割と慣れていますので。見下されたりするのには。……哀しいですね。



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第四十二話 夢のような時間の終わり

 

 

 

 しがらみというのは本当に面倒だと、烏丸澪はそう考える。

 人は一人では生きていけない――そんなことを言ったのは誰なのか。面倒なことにそれは真実だ。特に自分は一人でしかいられないくせに一人では生きられないという難儀な性質をしている。

 まず第一に、家事だ。あればかりは本当にどうしようもない。何度か挑戦したが、全て挫折した。

 昔は世話役の者が何人もいたし、そもそもそういったことをさせてもらえなかった。興味もなかったし、子供ながらに彼らの仕事を奪うことも気が引けたので特に何もしなかったのだが、それが尾を引いている。

 半分だけ同じ血が流れている弟のような存在は逆にある程度の家事ができる。一時期彼ともう一人の三人で暮らしていた頃は頼り切りだった。独り暮らしを始めてからはたまに来てくれる二条紅里に頼っていたのが現実である。

 そういう意味で、夢神祇園――彼の存在には相当助けられている。外食も悪くはないが、やはり手作りというものはありがたいのだ。

 その辺の恩も含めて彼のことについては色々と自分の中で整理できない感情があるが、まあそれはこの際置いておく。問題は、今正面に座っている人物だ。

 

「……私に、ですか」

「Yes,澪ガールに受け取って欲しいのデース」

 

 差し出された小振りなスーツケース。小さいながらも見た目から厳重な作りであることがわかるそれに視線を送りながら呟いた言葉に、相手はにこやかに頷いた。

 ペガサス・J・クロフォード。I²社の会長にして、DMの第一人者である人物だ。澪にとっては最大のスポンサーの一人でもあるし、茶飲み友達でもある。面倒事を頼まれることもある相手だ。

 朝方から呼び出され、睡眠をとることを要求する眼を擦りながら訪れてみればいきなり差し出されたモノ。中身の検討はついている。普通ならありがたく貰い受けるものなのだろうが、澪としては正直気が進まない。

 自分が『コレ』を持つのは、何かが違う気がするのだ。

 

「ありがたい話ですが、お断りさせていただきます」

 

 故に、即答でそう応じる。別に今更取り繕う必要がある相手でもない。

 ペガサスはオゥ、と小さく声を漏らすが、表情は笑みのままだ。おそらくこちらの解答を予測していたのだろう。

 

「デスが、あなた以上にこれを持つ資格があるデュエリストはいないのも事実デース」

「大会でも開いて探してみては如何ですか?」

「このカードを除く残る二枚のうち、片方はそうする予定デース。しかし、このカードたちはあまりにも強い力を持っていマース。持つ者が過てば、災いを呼ぶほどの……。そこで澪ガール、あの二人とも近い場所にいるあなたに託したいのデース」

「……万一の時のことを考え、抑止となれと?」

「That's right」

 

 にこにこと笑顔を浮かべて言い切るペガサス。面倒だ、と心の底から思った。そもそも自分に抑止力という役目を期待する方がおかしい。今でこそ落ち着いているが、元々の自分はこれ以上ないくらいに壊れた人間だ。何人も壊し、砕き、そして切り捨ててきた。

 それこそ、自分自身の欲望のためだけに。

 祇園には決して知られたくはない過去の所業。ペガサスもそれを知っているはずなのに、なぜそんな役目を自分に任せようと思うのか。

 

「DD氏や清心氏など、候補は他にも……というより、私より適任な方は大勢おられるように思いますが」

「ミスター・スメラギはこういう役目には向いていないでショウ。DD氏は大事な時期デスから、無用な負担をかけたくありまセン」

「……まあ、確かに清心氏がこういった役目に向いていないことには賛成しますが」

 

 自分のことは棚に上げつつ、澪は言い切る。そもそもあの人物は自分からこちら側へと踏み込み、その上で正気を保っている異常者だ。常識を知りながら、それでも不条理を受け入れる。それを〝狂気〟と呼ばずになんという。

 大体、この間偶然ペガサスが連絡を取っているところに居合わせた時、アメリカで何やら気に入った少年に教えを授けていると言っていた。あの男の性質を知る身としては、正直信じられない。

 あの男が抑止力になどなれるはずがないし、保険になどなるはずがない。むしろ爆弾と化す。……人のことは言えないが。

 

「いずれにせよ、私には荷が勝ち過ぎていますよ」

「しかし、デッキは組んだのでショウ?」

「『鳥インフルエンザ』ですか? アレは冗談で少年たちとデュエルするために組んだモノですよ。信頼などできません」

「……そのワードはデリケートなので気を付けてくだサーイ」

 

 眉をひそめながらペガサスはそんなことを言う。今更のことだと思ったが、反論するのも面倒なので頷いておいた。そもそもこれを外で使うつもりはないし、別に問題はない。

 僅かな沈黙。気まずいわけでもない、刹那の沈黙が流れ。

 では、とそれを打ち切るようにペガサスが言葉を紡いだ。

 

「一度澪ガールに預けるとしまショウ」

「……お断りしたはずですが?」

 

 話を聞いていなかったのか――そんな意味も込めた視線を向ける。ペガサスは苦笑を零し、言葉を続けた。

 

「私が頼みたいのは、『見極め』デース」

「見極め?」

「Yes,澪ガールが使わないというのであればそれは構いまセン。ただ、もし澪ガールの目から見て的確だと思える相手がいたら……その者に渡してくだサーイ」

「宜しいのですか? それでは私が気分の赴くまま、その辺りを歩いている子供に渡すかもしれませんが」

 

 可能性、というものを見極める眼力は持っていない。自分にわかるのは同種と近い存在だけだ。それでさえ辺りはないから救えないが。

 雰囲気で察することはできるが、それも万能ではない。そもそも、自分より強そうな者などそう出会ったことがないので意味はない。

 

「ノープログレム、私は澪ガールを信頼していマース」

 

 笑みを浮かべるペガサス。こういうところは流石に世界有数の大企業、その会長である。人の心への入り方をよく心得ている。

 澪はふぅ、と息を吐くとわかりました、と頷いた。

 

「とりあえずは受け取りましょう」

「ありがとうございマース。……そのカードに限らず、役目を持つカードたちは必ず相応しき持ち主の元へと渡ることになるでショウ。澪ガール、あまり気負わないでくだサーイ」

「成程、そういうことならその辺のデュエリストにでも渡しましょうか」

 

 半分冗談、半分本気でそう言い切ると澪は席を立った。とりあえず今日は夕方から予定がある。今はまだ昼にもなっていないので時間はあるが、それならそれで行きたいところがあるのだ。

 

「では、よろしくお願いしマース」

「期待はなさらないでください」

 

 そう返事を返し、スーツケースを手に持って部屋を出る。

 面倒だと、そんなことを思った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 しかし本当に面倒だ、と澪は思った。とりあえずスーツケースを持って目的地に向かっているが、託せる相手の心当たりなどあろうはずがない。

 

(紅里くんも菅原くんも少し違う気がするな……。少年や美咲くんに渡すも何か違う気がする。さて、どうしたものか)

 

 自分が持っていても使わないし、そもそも使えない。先程からずっと感じる気配――スーツケースの中から伝わってくる感情からして、使うことはできないだろう。

 本当に面倒だ――そんなことを思う。

 

(……私に敵意を向けられても困るのだが、な)

 

 思うのだが、仕方がないことでもあるだろう。精霊と心通わせる者――それは心優しき、正しき力を持つ者だという。そしてはそれは、烏丸澪とは真逆の存在だ。

 自分は決して『正しい者』ではない。それは確定した事実であり現実だ。こんなものが正道であるはずがない。邪道にして異端。それが烏丸澪だ。

 故に、澪は精霊たちと心を通わせることはない。言葉を交わすことはできるし、姿を見ることもできる。だが、彼女の前ではほとんどの精霊が姿を隠してしまうし、彼女も関わろうとしない。互いの不可侵。それが妥協点だ。

 そんな自分に力持つカードを託す相手を探させるとは。ペガサスも妙なことをする。

 

(消去法とはいえ、酷過ぎる選択肢だ)

 

 選択肢の全てがバッドとは、中々に終わっている。

 

「…………む?」

 

 考え事をしながら歩いていると、公園の前に辿り着いた。外にまで聞こえてくるいくつもの声。クリスマスということもあり、多くのカップルが公園内にいるが、その中でも各所でデュエルが行われている。

 デュエルディスクを付けて公園に行けば相手に困ることはない。それは常識だ。昼間はともかく、澪も夜にはよく訪れた。

 

「……丁度いいかな?」

 

 それこそ適当な誰かにでも渡せばいい。そんな軽い気持ちで澪は公園へと足を踏み入れる。目に入るカップルの姿に何ともいえない気分になりつつ――そういえば昨日、祇園の販売しているところに女性が何人も来ていたな――澪は公園内を進んでいく。

 ……あれは一時的なブームのようなモノだ。祇園は顔も悪くないし、大会だけを見れば確かに格好良い。背負った物語もある。そういう意味での人気だろう。そのうち廃れるはず。

 うんうんと納得しつつ歩いていく澪。そこで、見覚えのある背中を見つけた。

 

(おや、あれは……)

 

 ベンチに座っているが、その長い茶髪には見覚えがある。確か、デュエル・アカデミア本校の女生徒だったはずだ。十代や祇園と話していたのを覚えている。

 名前は知らないが、一応顔は知っている。ふむ、と澪は一度思案すると、すぐさま行動に移した。

 

「隣、構わないかな?」

「あ、はい。どうぞ――」

 

 声をかけると、少女は顔を上げて頷いてきた。そしてこちらを見た瞬間、その体が固まる。

 

「え、あ、ろ〝祿王〟――!?」

「――シッ。あまり騒がれるのは好きではないのでな。容赦してくれ」

 

 人差し指を唇に当てつつ澪が言う。相手の少女はコクコクと頷いた。手で口を覆い、驚いた表情を浮かべている。

 真面目そうな子だ、とそんなことを思いつつ隣に腰掛ける。肌寒い風が駆け抜けた。

 

「あの、どうされたんですか?」

 

 遠慮がちにこちらへと声をかけてくる少女。澪はうん、と一度首を傾げてから言葉を紡いだ。

 

「理由は特にない。目的地の途中に立ち寄っただけだよ」

「そ、そうですか……」

「そういうキミはどうして一人でこんな場所に? 私が言えた義理でもないが、今日はクリスマスだ。良人と過ごすのが一番だとは思うが」

「私にはそんな相手はいませんから」

「ほう。なら、私と一緒だな」

 

 即座に帰って来た言葉に、苦笑を交えてそう返す。少女はハッとした表情になると、すみません、と頭を下げてきた。構わんよ、と澪は軽く手を振る。

 

「そんなことでいちいち目くじらを立てるような性質でもない。……だが、それなら尚更一人でどうしたんだ? それこそあそこでデュエルをしている者たちにでも混ざればいいだろうに」

 

 前方へと視線を向ける。そこでは見覚えのある者たちがデュエルを行っていた。カップルも多いが、そうでない者も勿論いる。

 ……というか、騒いでいる者はそういった者が大半だ。

 

 

「カップル撲滅じゃあああああああっっっ!!」

「リア充は滅びろぉぉぉっっっ!!」

「新井さーん、デュエルしようぜ。集合時間まで暇だし」

「十代、普段の俺なら頷くところだが今日は駄目だ。俺には使命がある。そう、全てのリア充を滅ぼすという使命がな。……つーか菅原どこ行きやがったぁっ!? アイツまさか女とデートしてんじゃねぇだろうな!?」

「そもそもクリスマスはキリストの生誕を祝う日であってカップルの記念日ではないんだがな。全く、嘆かわしいことだ」

「三沢くん、膝が震えてるッスよ?」

「翔、三沢は今必死で理論武装してるんだな。そっとしておいてあげた方がいいんだな」

「なぁ翔、今日なんかイベントでもあんのか? みんな変なんだけど。クリスマスってだけだよな?」

「アニキは知らなくていいッス……」

 

 

 とりあえず、見なかったことにしておく。関わるとろくなことがない。

 

「まあ、あそこに混ざれとは言えんが。全く、パーティの前に騒ぎを起こすつもりか」

「本当、呆れます」

「それでもこうして見守っているのだから、放っておけないのだろう? 面倒見のいいことだ。あそこにいるうちの誰に対しての者かは知らんが」

 

 くっく、と笑みを零しつつ言うと、少女は焦った表情で否定してきた。まあ、別にどちらでもいい。関わるつもりもない。

 公園の中央で騒いでいる学生たち。結局身内でデュエルを始めるあたり、本当に決闘バカなのだろう。……祇園があそこにいないことは喜ぶべきか。

 

「――浮かない表情は、彼らの事ではないのだろう?」

 

 空気が、僅かに変わった。

 少女の方へ視線は向けない。どんな表情をしていようが、気にする必要もないことだ。

 

「私は万能の神様ではないから、キミの悩みについてはわからない。だがまあ、悩みなど大抵が後から思えばくだらないと思えるようなモノばかりだ。あまり思い詰めない方がいい」

 

 苦笑する。偉そうに――心の中で自らを嘲弄する声が聞こえた。

 思い詰めるな。その言葉は、自らに対して紡ぐべき言葉だというのに。

 

「ここで会ったのも何かの縁だ。これを受け取ってくれると嬉しい」

 

 椅子の上にスーツケースを置く。少女は驚いた表情を浮かべた。

 

「え、えっ……?」

「気に入らないようなら誰かに渡すか、それこそ捨ててくれても構わんよ。……それではな」

 

 背を向け、歩き出す。冬の寒さは身に堪える。

 背後から少女がこちらを制止しようとする声が聞こえたが、振り返らぬまま手を振ることで応じた。

 

「……今日は冷えるな」

 

 身を震わせながら。

 烏丸澪は、公園からその身を運び出す。

 

 相変わらずの、騒がしくも楽しそうな声が……聞こえてきた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 いきなり渡されたモノに、困惑するしかなかった。日本タイトル〝祿王〟を有する正真正銘の天才、烏丸澪。そんな人物に声をかけられただけでも驚きを通り越して奇跡の様なものだというのに、そんな人物からスーツケースまで手渡された。

 

(何なのかしら……)

 

 渡され、しかも渡してきた人物が立ち去ってしまった以上受け取るしかない。少々怖いが、〝祿王〟から渡されたモノだというのなら危険なものではないだろう。

 漠然とした不安と、僅かな期待を込めてケースを開く。そこに入っていたのは、一つのデッキといくつかのカード。

 ――シンクロモンスター。

 昨日、学友である夢神祇園が使ったカードと同じカテゴリーのカードたちだった。

 

「これ……」

 

 それらを手に取りつつ、困惑する。昨日発売された新パックにはシンクロモンスターが封入されていたという話だが、一人10パックまでという制限もあって手に入れることはできなかった。調べると、早速シンクロモンスターにはシングル販売で凄まじい金額が付いている。

 それほどまでにシンクロは貴重だ。なのに、こんなに――

 

「…………」

 

 悩みは、確かにあった。

 アカデミア入学と共に組み上げた自分のデッキ。だが、周囲とのデュエルを通し、自分の中で限界を感じるようになってしまったのだ。

 デュエリストの道を選んだ以上、言い訳など決してしたくない。一人のデュエリストとして認められたいと思っているし、そうなれるよう努力してきたつもりだ。

 だが、このままでは勝てない相手がいることも知ってしまった。

 今は良い。まだ喰らいつける。だが、いずれきっと置いていかれてしまう。

 

(それは……絶対に受け入れらない)

 

 強くなるために。強くあるために。

 その想いは、ずっと変わらないモノだから。

 

「……使わせて、もらいます」

 

 デッキを手に取り、軽く撫でる。

 ――竜の嘶く声が、聞こえた気がした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 アカデミア合同のクリスマス会が、ホテルの宴会場で行われている。

 合同とはいっても、これは学校が主催したものではない。〝ルーキーズ杯〟で交流ができた者たち同士で企画が持ち上がり、気が付けばかなり大規模なものとして行われることになった次第だ。

 無論、強制参加ではないためにいない者もいる。それこそ恋人がいる者は愛する者と過ごすことを優先しているだろう。

 笑い声が響き、話し声が響き。会場は笑いに満ち溢れている。

 

 

「俺が一倍信頼するカードはやはり『パワー・ボンド』だ。リスクも大きいが、それを補って余りある力を持っている。リスクを恐れず突き進むこと。それが覚悟だ」

「ほぇー、しっかりしとんなぁ。俺は信頼しとるんはやっぱ『裁きの龍』やな。あれが決まるとゲームエンドまで持ってけるし」

「俺は『フレイム・ウイングマン』だな! 俺の一番大切なHEROだぜ!」

「色々あるんだな、お前らも。……つか菅原、テメェ二条さんとデートしてたってマジかコラ?」

「ん? ふっふっふ~」

「テメェ……どつき回すぞコラ」

「紅里さん、昼はどこに行っておられたんですか? 祇園さんとカードショップに行くのでお誘いしようと思ったら、おられなかったので」

「ん~? えへへ~、ちょっとね~」

「……よし菅原。覚悟良いな。死ね」

「ド直球やなオイ!? つーか知らん間に囲まれとる!?」

「クリスマスだもの。二条さんもそういうことぐらいあるでしょう?」

「デートですか!? そうなんですか!?」

「んー、そうだったら良かったんだけどね~」

「え、違うんですか?」

「あまり大きな声では言えないんだけど、ドラフトのことでちょっとね~。ゆーちゃんと一緒に話を聞いてきたんだ~」

「紅里さん、プロになるんですか? おめでとうございます!」

「うん、ありがとう~。まあ、7月のドラフトで、だけどね~。国大とインターハイの結果もあるから、わかんないよ~」

「なんや、じゃあデートと違ったんや」

「うん、違うよ~。私以外にも何人かいたからね~」

「……まあ、なんや。涙拭け菅原」

「……クリスマスに何でドラフトの話……。いや光栄やけども」

「あー、そっか。確かにこのタイミングで意思確認は必要だもんな。俺は終わってるけど」

「プロかぁ……やっぱ皆凄ぇなぁ……」

 

 

 こういう雰囲気は嫌いではない。自分が輪に加わっていなくても、一員であるかのように錯覚できる。

 ……どうしようもなく後ろ向きで、愚かな考え方ではあるのだが。

 それでも、こうして輪を眺めていることは素直に楽しい。たとえ、加わることができなくても。

 ここにいてもいい――そういうことだから。

 

(……む?)

 

 会場の一角。壁際にいる人物を見つける。

 ――夢神祇園。澪の心の中に居座る少年だ。

 元より積極的な性質ではない少年だが、それでも輪には加わろうと思えばできるはず。しかし、彼はそうしない。遠巻きに騒いでいる者たちを見つめている。

 その表情は穏やかだ。しかし、それだけというわけでもない。

 その瞳はどこか寂しげで、また見覚えのあるものだった。

 

(……相変わらず、難儀な少年だ)

 

 そのまま会場を出て行く少年の背を見つめながら、ため息を一つ。本当に、生きていくのに不器用すぎる少年だ。

 憧れるなら、そうなりたいのなら。手を伸ばせばいいというのに。

 自分と違って、夢神祇園は手を伸ばせば『ソレ』を手に入れることができるはずなのに。

 

 陽だまりに背を向ける、その姿の隣に。

 幼き日の自分が歩いているのを、幻視した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 吐く息は白く、駆け抜ける風が急激に体を冷やす。だが、熱気に当てられた体には丁度いい。

 ため息とは違う、しかし決していい意味ではない吐息が漏れた。情けないと、そんな風に自嘲する。

 

(……居辛いなんて、どうかしてるよね……)

 

 アカデミアにいた時はレッド寮での騒ぎに料理を作って参加していたし、〝ルーキーズ杯〟の途中でもホテルでの宴会には参加していた。それを考えれば、『居辛い』という思考を浮かべる自分が異常なのだろうと思う。

 時々あるのだ。こう、どうしようもなく不安になる時が。

 今いるこの場所が、足元から崩れていきそうで。たった一歩さえも踏み出せなくなる。

 

(戻らなきゃ、いけないんだけど……)

 

 足がそちらへと向こうとしない。縫い付けられたように動こうとしないのだ。

 どうしようか、とぼんやり考える。しかし、思考はまとまらない。

 

 ……どれぐらい、そうしていたのか。

 

 振り返った時、ベンチからこちらを見ている一人の女性の姿が目に入った。

 

「……澪さん?」

「冬の寒空の中で夜風に当たるのもなかなか風情がある。惜しむらくは、月さえも見えんところか。雪でも降っていたなら違うのだろうが」

「それだと寒過ぎて外には出ませんよ。澪さん、寒いのは嫌いって言ってたじゃないですか」

「私は暑いのも嫌いだ。ついでに言うと花粉症なので春も嫌いだな」

 

 うむ、と頷きながら言い切る澪。そのままこくりと手に持ったお猪口で何やら透明な飲み物を口にした。何を飲んでいるかについては、いちいち確認する必要はないだろう。

 どう答えていいかわからず、苦笑を零す。澪は頷いた後、大丈夫だよ、と言葉を紡いだ。

 

「私が我儘だということは自覚している。直す気はないが」

「それだと意味ないんじゃ……」

「自覚の有無は大事だよ、少年。世の中には人を殺しても自覚していなかったという理由で無罪となった戯けもいるくらいだ」

 

 それはつまり、自覚をしていても改善するつもりはないというのは最悪ということではないだろうか。

 

「キミが何を考えているかは想像がつくが、この件に関しては改善の余地はない。……人は寒がるし暑がる生物だ。花粉など言語道断。問題外だ」

「いや、僕も花粉は苦手ですけど」

「ほう。良いことを聞いた。紅里くんは全く問題がない体質でな。羨ましい限りだ。これで仲間ができた」

 

 クスクスと笑う澪。その笑顔に少し、ドキリとした。

 それを誤魔化すように、祇園は反射的に言葉を紡ぐ。

 

「でも、どうされたんですか? わざわざ会場を抜け出してこんなところに。飲み物まで持ち出して」

「理由はキミとさして変わらんさ」

 

 その言葉に、心臓が高鳴った。焦りが立ち昇ってくるのがわかる。

 澪は微笑を浮かべたまま、会場の方へと視線を向ける。

 

「ああいう場は嫌いではないよ。私がいても……端に立っていても、邪魔には思われない。輪に加わることはできないが、見ているだけでも良いものだと思える」

「……僕は」

「不便なものだ。本当に、心というモノは。こんなもの、とっくに失くしたと思っていたのに。手が届きそうになると……つい、望んでしまう」

 

 こちらの言葉を遮るように、澪は言い。

 虚空へと、静かに手を伸ばす。

 

「掴めるはずなどないというのにな。本当に、愚かだ」

「そんなこと、ないです」

 

 思わず漏れた否定の言葉は。

 だからこそ、心からの言葉だった。

 

「掴めます。手を伸ばし続ければ、絶対に」

「……キミらしい答えだ。諦めなかった、諦めることを絶対にしなかったキミらしい良い答え。私はキミのそういうところが好きだよ、少年。――だが」

 

 澪の目がこちらを射抜く。だが、その瞳はこちらを責めるようなものではなく、むしろ憂いを称え、寂しげでさえあった。

 

「その言葉は、私に向けた言葉かな?」

 

 一瞬、息が詰まり。

 

「……はい」

 

 少し遅れて返せた言葉には、どれだけの感情が乗っていたのだろうか。

 

「まあ、今はそれでいい」

 

 もう一口、澪はお猪口の酒を口にする。

 

「ただな、少年。私はいつだってここにいる。キミをこうして見守っているよ」

 

 酒のせいか、ほんのりと赤く染まった頬。

 浮かべた笑顔を綺麗だと……そう、思った。

 

「苦しくなったら、振り返ればいい。大丈夫だよ。……私は、ここにいる」

 

 いつの間にか。

 雪が、降り出していた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 幸せを手にすることは、怖いと思う。

 それは自らに幸せになる資格があるのか不安だからだ。

 そしてこの感情は容易く消えるモノではない。

 だから、変わることもない。

 

 祭が終わり、余韻も過ぎる。

 騒がしい日々が終わった後に訪れるのは、日常。

 

 夢のような日々で。

 けれどそれは夢ではなく――現実だった。

 

 不安も、恐怖も、数多くあるけれど。

 それでも日々は――過ぎていく。

 

 

「戻りましょうか。冷えますし」

「……私はもう少しここにいるよ」

「そう言わず。澪さんも一緒に」

 

 

 輪へと踏み出す一歩と、隣へと差し出す掌。

 それを勇気と……そう知った。

 











祭が終われば、待っているのは日常。
そこで浮かべる笑顔には、一体何が込められているのか――






というわけで、後日談。前回美咲ちゃんだったので今回は姐御で。
割と似た者同士の二人。理由は違いますが、行動は一緒という。祇園くんは実は自分から話に加わることができません。いつだって声をかけられ、輪に加わります。一対一ならともかく、集団の中に溶け込むことは苦手なのです。
まあ、『幸福になる』ということに対して根本的な部分で怯えている現状では致し方なしでしょう。



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第四十三話 極限のデュエル、魔王の手向け




皆様ご存じ、あの〝魔王〟陛下がご降臨です。
ドナルド先生が執筆中の『宍戸丈の奇天烈遊戯王』とのコラボ、恐れながら書かせていただきます。
ドナルド先生、本当にありがとうございます。









 

 

 

 

 東京に日本支部の本社を構えるI²社。そのビル内にある無数の会議室の中の一室に、二人の女性の姿があった。

 

「全く、大阪に戻れたと思えばいきなり呼び出しとは……。ペガサス会長も人使いが荒い」

「でも澪さん、そう言いつつも来るんですね。気に入らへんかったら断るでしょ?」

「流石にペガサス会長の依頼は断れんよ。立場云々ではなく、単純に大きな恩がある。……だからこそ、面倒ながらも足を運んできているわけだ」

 

 そう言いつつ肩を竦めるのは、黒髪の美しいという表現がぴったりな女性だ。スーツ姿が異様に様になっており、凛とした空気を纏っている。

 烏丸〝祿王〟澪。

 日本が誇るタイトルホルダーにして、公式戦ではDDとのタイトルマッチにおける8勝7敗を除きたったの一度さえ敗北を記録していない猛者だ。あまり表に姿を見せず、〝幻の王〟と呼ばれているほどということもあるが、現状出る大会全てで勝利している怪物である。

 

「ウチとしてはこの後年末の打ち合わせあるからあんま余裕ないんやけど……」

「そういえば、年末は出るのだったか?」

「今年で二回目です。二年連続ですねー」

「おめでとう、と言っておこうか。まあ、キミは未成年だから後半は出れないわけだが」

「お休み貰えるんやったら何でも。あの局も視聴率獲るために必死ですから、ギャラもええですし」

 

 そう言って笑うのは、前髪に何房か白い髪の混じった少女だ。澪とは違い、それこそファッション雑誌に載っているような服装をしている。完璧に着こなしているところから、少女の性質が伺える。

 桐生美咲。

 今年リーグ三位の座に就いた『横浜スプラッシャーズ』で先鋒を務め、エースと呼ばれる少女だ。〝アイドルプロ〟と呼ばれる彼女は芸能活動も行っており、レギュラーを務める『デュエル講座』という番組は通勤時間の放送でありながら高い視聴率を維持している。

 共に日本が誇る女性プロだ。そのふたりをわざわざ呼び寄せたペガサス会長の真意とは一体何なのか。

 

「……まさかとは思うが、海外でイベントをやれとでも言うつもりではないだろうな」

「ああ、シンクロですか」

「日本とは同時発表だったはずだが、そこまで大規模なイベントはまだ行われていないからな。あるかもしれん」

「そうなったらメンバーは誰やろ? ウチと澪さんとDDさんと……」

「清心氏は乗って来るかわからないから微妙なところか。海外となれば……確か、城之内氏と孔雀氏がアメリカで研修中ではなかったか?」

 

 伝説のバトル・シティで名を馳せた二人のデュエリスト。プロライセンスを持ちつつ、この二人はKC社の社員としても働いている。現在はアメリカに行っているはずだ。

 澪も何度となく顔を合わせたことがある。〝伝説〟といえど人間。そして自分とは違う人種であると理解した思い出がある。

 

「そういえばそやったか。城之内さんがウチのボディーガード外れたんもそれが理由やし」

「そうか。そうだったな」

「社長に『貴様にもできる仕事を与えてやろう』とか言われてましたからねー。……けど、それやったら妙やないですか? 現地のプロ使った方がええやろし」

「確かにそうだ。ならば……何故私たちを呼んだのだろうな?」

「うーん、何でやろ?」

 

 二人で会話していても結論は出ない。時計を見ると、そろそろ約束の時間になりそうだった。

 澪は一度目を閉じる。そして数分後、会議室の扉がゆっくりと開いた。

 

「二人共、待たせてすみまセーン」

 

 入って来たのは、I²社会長のペガサスだ。相変わらず腹の底が読めない笑顔を浮かべている。

 

「今日はどいったご用件で?」

 

 片目を開け、問いかける。ペガサスはYES、と頷いた。

 

「実は二人に是非あって欲しい人物がいるのデース」

「会って欲しい人物?」

 

 はて、と美咲が首を傾げる。ペガサスは頷くと、入ってきてくだサーイ、と部屋の外へと声をかけた。

 はい、という返事が聞こえ、一人の青年が入って来る。

 整った顔立ちの、穏やかな雰囲気を持った青年だ。だが、その身に纏う雰囲気に澪は思わず眉をひそめる。

 

(……強いな)

 

 勘だが、あながち間違ってはいないように思える。底の知れない雰囲気は、強者に共通するものだ。

 

「初めまして。――宍戸丈です」

 

 よろしくお願いします、とその青年は頭を下げる。その名に、澪と美咲は表情を変えた。

 ――宍戸丈。

 アメリカで活躍し、数々の記録を打ち立てるデュエリスト。〝カイザー〟の盟友としても知られる彼だが、そのデュエルを表現する言葉はたった一言で事足りる。

 

〝魔王〟

 

 その圧倒的な力ゆえにそう呼ばれる人物が、そこに立っていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 基本的に他人に興味を持たない澪は、日本のプロデュエリストでさえも把握していない人物が多い。正直なことを言えば、自分の学校の同級生ですら興味が無ければ名前さえ覚えていないのが現状だ。

 そういう部分をして澪は自分の『欠陥』だと考えているが、その彼女でさえ宍戸丈の名は知っている。

 アメリカデュエル界に名を轟かせる〝魔王〟。

 その力は、〝天才〟と呼ばれるレベッカ・ホプキンスをも凌駕する。

 

「確か、アメリカには留学中なんやんな?」

「ああ。席は一応アカデミアになってる」

「ほな、戻ってきたらウチの教え子やね」

 

 デュエルルームへの道すがら、美咲と丈が言葉を交わしている。互いに有名人同士として名前を知っていたとはいえ、初対面の相手とここまで言葉を交わせるのは美咲の長所だろう。

 

「戻りたいとは思ってるんだけどな……。〝ルーキーズ杯〟にも出てみたかった」

「あはは、そら無理やろ。契約と彼のこともあるし、そのためだけに戻ってくるんもなぁ」

「他のアカデミアの奴らも活躍してたっていうからさ。あー、惜しいことした」

「次や次。機会はいくらでもあるよ」

「だといいけどな」

 

 肩を竦める丈。美咲の方が年下で、丈は澪とは同い年になる。それ故に一気にフランクになったのだが、その光景を見守りながら澪は自身の顎に手を当てる。

 

(雰囲気はそこらの学生とそう変わらないが……。さて、どれほどのものか)

 

 実を言うと今日は大阪で行われるU-15の大会にデュエル教室の教え子たちや妖花が出るので祇園と共にその保護者をする予定だった。それ故に呼び出されたことはかなり不満だったが、こういうことならばまだ許せる。

 かの〝天才〟を直接この目で見れるのならば。

 こちら側では決してないだろう。だが、〝魔王〟と呼ばれる力には興味がある。

 

「さて、デュエルルームに到着や。ほな会長、澪さん、デュエルしてきますんで」

「頑張ってくだサーイ」

「はい」

 

 二人がデュエルルームに入っていく。それを見届けると、ペガサスが澪へと言葉を紡いだ。

 

「澪ガール、機嫌は直りましたか?」

「……まあ、呼ばれた当初に比べれば。とりあえず、観戦室へ行きましょう」

 

 不満は残るが、こちらに興味があるのも事実。故に、二人のデュエルを見るために観戦室へと向かう。

 土産は何が良いか……ふと、そんなことを思った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 デュエルルームで互いに向かい合う。共に海外の大会ではしっかりと結果を出す者同士。

 

(流石に一流やなぁ。目つきが変わっとる)

 

 学生の身分とはいえ、アメリカの大会で確実に結果を残しているだけのことはある。向かい合い、デュエルディスクを構えた瞬間に纏う空気が変わった。

 先程までは本当にただの青年、それも穏やかな雰囲気を纏っているだけだったのに。

 今ここにいるのは――正真正銘の〝デュエリスト〟だ。

 

(雰囲気あるわ。伊達やギャクで〝魔王〟と呼ばれとるわけやあらへんゆーことやな)

 

 本人は不本意な呼ばれ方と聞いたことがあるが、そんなことは割とどうでもいい。問題は、どれほどの強さを持っているかだけ。

 雰囲気からはとても〝魔王〟と呼ばれるような何かは感じなかった。それはつまり、デュエルにその真髄があるということ。

 

「さあ、いくで」

「ああ。いくぞ」

 

 互いに笑みを零す。そして。

 

「「決闘!!」」

 

〝魔王〟と〝アイドル〟のデュエルが、始まった。

 

「先行は俺だ! ドロー! 俺は手札より、速攻魔法『終焉の焔』を発動。二体のトークンを特殊召喚する。このカードを使用するターン、俺は召喚・反転召喚・特殊召喚ができず、また、このトークンは闇属性モンスター以外の召喚以外で生贄にはできない」

 

 黒焔トークン☆1闇ATK/DEF0/0

 黒焔トークン☆1闇ATK/DEF0/0

 

 現れるのは、小さな二つの黒き炎。その効果を考えるとデメリットが多く、使い辛いように思われる。だが、このデメリットには抜け道があるのだ。

 

「更に永続魔法『冥界の宝札』を発動。二体以上の生贄を必要とするモンスターの生贄召喚に成功した時、カードを二枚ドローする。俺はトークン二体を生贄に捧げ、モンスターをセット。効果により、カードを二枚ドローする。……カードを二枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 召喚・反転召喚・特殊召喚。これらを封じられても、セットはできる。

 噂に違わぬタクティクスだ。手札消費は結局一枚だけ。伏せカードもある。面倒なことだ。

 

「ウチのターン、ドローッ☆」

 

 祇園のカオスドラゴンとはまた違う、上級モンスターが主体のデッキ。だが違うのは、祇園のアレはパターンがあったが丈のデッキはパターンが定まっていないというところ。

 次々と上級モンスターが現れるデッキ。『冥界の宝札』からしても間違いないだろう。長期戦にはならない――そんなことを頭の隅で思った。

 

「ウチは手札から『ヘカテリス』を捨て、『神の居城―ヴァルハラ―』を手札に。そして発動や!」

「それは通さない! カウンター罠『魔宮の賄賂』! 相手の発動した魔法・罠を無効にし、相手はカードを一枚ドローする!」

「む、ドロー」

「上級天使を出されると、色々と厳しいからな」

「成程なぁ。……せやけど、甘いで。大甘や。相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない時、このモンスターを特殊召喚できる。『TGストライカー』!」

「なっ!?」

 

 TGストライカー☆2地・チューナーATK/DEF800/0

 

 現れたのは、青い装甲を纏う戦士だ。レベル2のチューナーモンスター。かの『サイバー・ドラゴン』と同じ条件で特殊召喚できるこのカードは強力だ。

 

「更に『創造の代行者ヴィーナス』を召喚! 効果により、1500ポイントのLPを払うことで『神聖なる球体』を三体特殊召喚や!」

 

 美咲LP4000→2500

 創造の代行者ヴィーナス☆3光ATK/DEF1600/0

 神聖なる球体☆2光ATK/DEF500/500

 神聖なる球体☆2光ATK/DEF500/500

 神聖なる球体☆2光ATK/DEF500/500

 

 一気に場が埋まる。あのセットモンスターは十中八九強力なモンスターだ。だが、美咲にはどれほど強固な力であろうと打ち破ることのできる〝力〟を持つモンスターがいる。

 

「さあいくよ。――レベル2神聖なる球体三体にレベル2、TGストライカーをチューニング! 王者の鼓動、今ここに列をなす! 天地鳴動の力をここに! シンクロ召喚!! 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』ッ!!」

 

 レッド・デーモンズ・ドラゴン☆8闇ATK/DEF3000/2000

 

 紅蓮の悪魔が嘶く。戦う意志無きモンスターを敵味方関係なく焼き尽くすモンスターだ。その力の強さは折り紙つきである。

 

「バトルや! レッド・デーモンズで攻撃! アブソリュート・パワーフォース!」

「くっ……!」

 

 堕天使アスモディウス☆8闇ATK/DEF3000/2500

 

 セットモンスターは美咲も愛用する堕天使だ。最上級モンスターであるその堕天使も、紅蓮の悪魔の力の前には屈服させられる。

 

「だが、アスモディウスの効果を発動! このカードが破壊された時、二体のトークンを特殊召喚する! アスモトークンを攻撃表示、ディウストークンを守備表示で特殊召喚!」

 

 アスモトークン☆5闇ATK/DEF1800/1200(カード効果では破壊されない)

 ディウストークン☆3闇ATK/DEF1200/1200(戦闘では破壊されない)

 

 堕天使が遺していった二体のトークン。自分で使うとありがたいが、敵に回すと本当に面倒だ。

 

「……ヴィーナスでディウストークンを攻撃し、カードを一枚伏せてターンエンド」

 

 攻撃しても倒すことはできないが、レッド・デーモンの効果のためには仕方がない。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 ドローする丈を見ながら、面倒なことになったと美咲は思った。冥界の宝札に加え、場にはトークンという格好の餌が残っている。

 このままでは、一瞬で引っ繰り返される。

 

「俺は手札より、魔法カード『愚かな埋葬』を発動。デッキからモンスターを一体、墓地に送る。俺は『レベル・スティーラー』を墓地に送り、アスモトークンのレベルを一つ下げて特殊召喚」

 

 アスモトークン☆5→4闇ATK/DEF1800/1200(カード効果では破壊されない)

 レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0

 

 いよいよもって準備が整ってきた。完全に丈のペースである。

 

「そして俺はレベル・スティーラーとディウストークンを生贄に捧げ、『The supremacy SUN』を召喚!!」

 

 The supremacy SUN☆10闇ATK/DEF3000/3000

 

 現れたのは、『太陽』の名を持つプラネットシリーズのカード。レベル10という破格のレベルに加え、攻撃力3000という数字を誇るモンスターだ。

 美咲の持つ『The splendid VENUS』もそうだが、プラネットシリーズは基本的に一枚ずつしか存在していない。だが、何故かこのSUNだけは複数存在し、出回っている。

 プラネットについてはペガサスが多くを語らない部分があるため美咲も多くは知らない。ただわかるのは、厄介この上ないカードであるということだけだ。

 

「バトルフェイズだ。――レッド・デーモンズへSUNで攻撃!」

「迎え撃つんや、レッド・デーモンズ!」

 

 二体のモンスターが激突し、衝撃が周囲へと撒き散らされる。

 相討ち――だが、そう容易い相手ではない。痛み分けとは程遠い結果に、美咲の表情が曇る。

 

「アスモトークンでヴィーナスを攻撃!」

「…………ッ!」

 

 美咲LP2500→2300

 

 美咲のフィールドからモンスターが消える。丈は更にカードを一枚伏せ、ターンエンドを宣言した。

 

「ウチのターン、ドローッ☆」

「そのスタンバイフェイズ、SUNの効果を発動! 表側表示で存在するこのカードが破壊された次のターン、手札を一枚捨てることでこのカードを蘇生する! 二枚目の『レベル・スティーラー』を捨て、特殊召喚!」

 

 The supremacy SUN☆10闇ATK/DEF3000/3000

 

 これである。最上級モンスターであることや自身の効果でしか特殊召喚できないという制約こそあるが、一度出してしまえば圧倒的な力を発揮する。

 

「面倒やなぁ。――まあ、抜くけどな。手札より『堕天使スペルピア』を捨て、魔法カード『トレード・イン』を発動や! 二枚ドロー!」

 

 良い手札だ。美咲は更にカードを差し込む。

 

「そして魔法カード『死者蘇生』を発動! 甦れ、『堕天使スペルピア』!! そして効果を――」

「させるか! 罠カード『デモンズ・チェーン』を発動! スペルピアの効果を無効にし、攻撃を不可とする!」

 

 堕天使スペルピア☆8闇ATK/DEF2900/2400

 

 墓地より蘇生された際に天使モンスターを特殊召喚する効果を持つ堕天使。だが、その効果は封じ込められてしまう。

 無数の鎖に縛られ、動きを止めるスペルピア。美咲は微笑を浮かべた。

 

「ええなぁ、こういう駆け引き。大好きや」

「スペルピアは危険だからな」

「まあ、確かに。――せやけど、まだまだ甘い」

 

 こちらを止めてくるのは予想できていた。故に――

 

「ウチはスペルピアを生贄に、『堕天使ディザイア』を召喚!!」

 

 堕天使ディザイア☆10闇ATK/DEF3000/2000

 

 現れたのは、新たな闇を纏う堕天使。その姿を見た丈の表情が変わる。

 

「説明は必要かな? 単純やけど強力な効果やで。攻撃力を1000ポイント下げて相手モンスターを一体、墓地に送れる。普通なら攻撃してから効果使うんやけど、安全策でいこか。――SUNには退場してもらうよ」

「くっ……!」

 

 強力な自己蘇生にも穴がある。ディザイアのそれは『破壊』ではなく、『墓地に送る』。これでは効果は発動しない。

 

「んー、とは言いつつもあれやな。初手からずっと伏せてあるゆーことは、こっちを妨害するカードやないんかな?」

 

 首を傾げてみるが、丈は肩を竦めるだけ。流石にそれをばらしはしないだろう。

 だがまあ、関係ないと言えばそれまでだ。

 

「さあ、いくで。――墓地の『創造の代行者ヴィーナス』を除外し、『マスター・ヒュペリオン』を特殊召喚!!」

 

 マスター・ヒュペリオン☆8光ATK/DEF2700/2100

 

 降臨するのは、代行者たちを束ねる絶対の天使。その威圧感に、世界が震えた。

 

「ヒュペリオンの効果を発動! 一ターンに一度、墓地の光属性・天使族モンスターを除外することでフィールド上のカードを一枚破壊できる! 墓地の『神聖なる球体』を除外し、伏せカードを破壊!」

「『リビングデットの呼び声』が……!」

 

 死者蘇生には劣るものの、十二分に強力な力を有する蘇生カードだ。だが、確かにあれならば発動しなかったのも頷ける。現在丈の墓地で蘇生できるのはレベル・スティーラーだけだ。

 

「バトルや。――ヒュペリオンでアスモトークンに攻撃し、ディザイアでダイレクトアタック!!」

「ぐううっ……!」

 

 丈LP4000→3100→1100

 

 丈のLPが大きく減る。美咲はターンエンド、と宣言した。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 丈の手札は四枚。だが、状況は圧倒的に不利だ。

 デッキの性質上、どうしても大型モンスターが多くなる丈のデッキ。その生贄を確保するためのレベル・スティーラーも、場にモンスターがいなければ使えない。

 

「俺は魔法カード『トレード・イン』を発動。レベル8モンスター、『虚無の統括者』を捨てて二枚ドロー」

 

 手札交換。丈は引いたカードを見、僅かに眉を寄せる。

 

「どないしたん?」

「……いや」

 

 問いかけるが、返答は素っ気ない。まあ当たり前だ。自分たちは戦っているのだから。

 丈の視線がこちらの伏せカードへと向けられる。警戒しているのだろう。

 

(……まあ、『和睦の使者』なんやけどな)

 

 一瞬で巻き返すだけのポテンシャルとパワーがあるデッキが美咲のデッキだ。そのためのカードなのだが……。

 

(さて、どうするつもりかな?)

 

 DMの本場、アメリカで名を馳せる〝魔王〟がここで容易く終わるはずがない。

 

「マスター・ヒュペリオンがいる以上、下手な時間稼ぎはできない」

「…………」

「このターンで巻き返すには、危険な賭けだが……」

 

 丈の雰囲気が変わる。覚悟が定まったか。

 知らず、笑みが零れた。こういうギリギリの攻防はいつだって楽しい。こちらのモンスターを戦闘で破壊させる気はない。どうやって潰すつもりか?

 

「魔法カード発動、『死者蘇生』! 墓地のレベル・スティーラーを蘇生!」

 

 レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0

 

 現れる一体の昆虫。ふむ、と美咲が怪訝な表情を浮かべた瞬間、丈は更なる一手を叩き込んできた。

 

「そして速攻魔法、『地獄の暴走召喚』! 相手フィールド上に表側表示でモンスターが存在する時、攻撃力1500以下のモンスターの特殊召喚に成功した時に発動! 同盟モンスターをデッキ・手札・墓地から全て表側攻撃表示で特殊召喚する!」

 

 レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0

 レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0

 

 更に二体、生贄の駒が出そろう。『地獄の暴走召喚』――強力な魔法カードだが、強力なカードには得てしてデメリットが存在する。

 

「地獄の暴走召喚の効果は、ウチのデッキにも及ぶ。――来て、『マスター・ヒュペリオン』!!」

 

 マスター・ヒュペリオン☆8光ATK/DEF2700/2100

 マスター・ヒュペリオン☆8光ATK/DEF2700/2100

 

 相手もまた、モンスターを揃えてしまうというデメリットだ。ディザイアを合わせて、三対もの大天使が並び立つ。

 

「壮観やなぁ。さて、これをどうする?」

「――三体のモンスターを生贄に捧げ、『神獣王バルバロス』を召喚!! 冥界の宝札の効果で二枚ドロー!!」

 

 ――ゴアアアアアァァァッッッ!!!!!!

 

 神に最も近しい存在とされる神獣が、高々と咆哮を上げる。

 

 神獣王バルバロス☆8地ATK/DEF3000/1200

 

 そして、ゆっくりとその瞳をこちらへと定めた。

 まるで、得物を見定める肉食獣のように。

 

「バルバロスは妥協召喚もできるが、もう一つ効果がある。――三体のモンスターを生贄にして召喚した時、相手フィールド上のカードを全て破壊できる!!」

 

 神の息吹が吹き荒れる。まるでそれは、神判の一撃。

 ――だが、その最中。

 鐘の音と共に、武器を持たぬ集団が荒れ果てた世界の中に屹立していた。

 

「罠カード『和睦の使者』。効果破壊やから天使たちは守れへんけど、十分や。このターンウチにダメージはない」

「……俺はカードを伏せ、ターンエンドだ」

 

 ぐっ、と悔しそうに唇を引き結びながら言う丈。本当に危ないところだった。まさかこんな方法で返してくるとは。

 

(楽しいなぁ)

 

 本当に楽しいとそう思う。ギリギリの攻防。やはりデュエルの醍醐味はこれだ。

 読み合い、打ち合い。そこに全てが込められている。

 

「ウチのターン、ドローッ☆」

 

 カードを引く。そして引いたカードに僅かな苦笑を零した。

 これを出すということは、来るということは。

 ――デュエルも、終わりに近付いているということだ。

 

「さあ、クライマックスや。墓地のレッド・デーモンズとマスター・ヒュペリオンをゲームから除外し、降臨せよ!――『カオス・ソルジャー―開闢の使者―』!!」

 

 カオス・ソルジャー―開闢の使者―☆8光ATK/DEF3000/2500

 

 現れたのは、最強の混沌。

 世界にたったの四枚しかその現存を確認されない、最強のカード。

 これ一枚でデュエルが終わるとまで囁かれたことさえある、伝説のモンスターだ。

 

「――バトルや。バルバロスに攻撃!」

 

 混沌の戦士が地を蹴り、神獣へと突進していく。だが、互いの攻撃力は同等。このままでは相討ちになる。

 怪訝な表情を浮かべる丈。だが、美咲の口元の笑みを見、表情が変わる。

 

「ダメージステップ、『オネスト』の効果を発動」

 

 相手モンスターの攻撃力分、こちらの攻撃力を上げる光属性モンスター専用のバンプアップカード。

 現在は制限カードだが、無制限だった頃は目を覆いたくなるほどに大暴れしていたこともあるカードだ。

 混沌の戦士の攻撃により、破壊される神獣。神に近しき存在も、今の混沌の戦士には敵わない。

 そして同時に、丈のLPも――

 

『クリ~ッ!』

 

 聞こえてきたのは、一体の毛玉の鳴き声。

 主を守るように、その幻影が宙に浮かぶ。

 

「クリボーを捨て、ダメージを0にさせてもらった……!」

 

 丈の言葉。ふむ、と美咲は頷いた。紙一重――完全に決まったと思ったのに。

 

「せやけど、まだ終わってへん。開闢の使者はモンスターを戦闘破壊した時、続けてもう一度攻撃できる。――トドメや! ダイレクトアタック!!」

 

 唸る混沌の刃が丈に迫る。丈はまだだ、と声を張り上げた。

 

「手札より『速攻のかかし』を捨てて効果を発動! 相手の直接攻撃を無効にし、バトルを終了させる」

 

 最後の一枚によって、紙一重で丈が終焉を避ける。むー、と美咲は頬を膨らませた。

 

「クリボーとかかしのコンビネーションとか、流石に考慮しとらんよそんなん。……ターンエンドやな」

 

 肩を竦める。とはいえ、こちらが圧倒的に有利なのは変わらない。丈の手札はこれからドローする一枚のみであり、伏せカードは一枚だけ。こちらも手札はないが、カオス・ソルジャーがいる。

 これをひっくり返すことはそうそうできないはずだが……。

 

「…………」

 

 丈が一度目を閉じ、デッキトップに指をかける。

 ――そして。

 

「俺のターン、ドローッ! 俺は墓地の堕天使アスモディウスと虚無の統括者をゲームから除外し!!――『カオス・ソルジャー―開闢の使者―』を特殊召喚!!」

 

 カオス・ソルジャー―開闢の使者―☆8光ATK/DEF3000/2500

 

 向かい合うは、二体の混沌を纏いし最強の戦士。

 世界に四枚しか存在しないレアカードが、正面から向かい合う。

 

「……開闢、かぁ……」

「バトルだ。――カオス・ソルジャーで攻撃!!」

 

 二体の戦士が同時に駆け出し、互いの得物をぶつけ合う。轟音が響き、大気が揺れる。

 互角の勝負。このままなら互いが吹き飛ぶだけだ。

 ――しかし。

 

「――リバースカード、オープン! 速攻魔法『禁じられた聖槍』!! モンスター一体の攻撃力を800ポイント下げ、このカード以外の魔法・罠を受け付けなくさせる!」

 

 本来ならば攻撃力を下げるというデメリットを受け入れつつ、魔法・罠から逃げるための魔法カード。しかし、使うタイミングによってはこういった使い方もできる。

 

「貫け、カオス・ソルジャー!!」

 

 轟音が響き、美咲のカオス・ソルジャーが吹き飛ばされる。最強の戦士同士の激突は、〝魔王〟にその軍配が上がった。

 

「そして、ダイレクトアタック!!」

 

 撃ち抜かれる一撃をその身に受け。

 美咲は、微笑を浮かべた。

 

 美咲LP2300→1500→-1500

 

「……うーん、紙一重やな」

 

 こちらに斬撃をくわえてきたカオス・ソルジャーが、礼儀正しく頭を下げてくる。美咲は微笑み、ええよ、と呟いた。

 

「楽しかったから」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「でも、なんで『速攻のかかし』なん? 『バトル・フェーダー』の方がよくあらへんか? 生贄素材にもできるし」

「それも考えたんだけどな。亮とデュエルをしてると、平気でサイバー・エンドで貫通攻撃をしてくるんだよ……。バトル・フェーダーが致命傷になりかねない。クリボーもそのためだしな」

「丸藤くんの攻撃力は凄まじいからなぁ。……で、日本のプロチームに戻る気は?」

「今のとこはわからないな」

「ふーん。まあええか。その気になったら横浜に連絡頂戴や。はいこれ、チーム事務所の電話番号」

「事務所のか」

「ウチの電話番号は流石にやれへんよー」

 

 クスクスと微笑む美咲。それを受け丈は肩を竦めた。手慣れているな、と思う。

 そんな風に会話をしていると、こちらをぼんやりと眺めている澪に丈は気付いた。〝祿王〟、と澪へ声をかける。

 

「できればあなたともデュエルがしたかった」

「それは申し訳ないな。私は今日デッキを持ってきていない。即席で良ければ用意するが?」

「どうせなら全力で勝負したいから、今回はパスで」

「そう言うと思ったよ」

 

 くっく、と笑みを零す澪。そのまま、まあ、と澪は言葉を紡いだ。

 

「今のお互いの立場からして、気軽にデュエルはできないのも事実だ。どうせならチャンピオンカーニバルにでも出場すると良い。私と戦えるぞ」

「その前にこっちの上位陣に食い込む必要があるからな……」

「くっく、まァ何でも構わんさ。……ではな」

 

 身を翻し、澪は立ち去って行く。その背を見送りながら、丈はいずれ、と呟いた。

 

「いずれ、俺もそこに立つ」

 

 日本の頂点、五つのタイトル。

 その中でも唯一〝王〟の名を持つ称号の持ち主。

 その背は、決して遠くはないはずだから。

 

 

 余談だが、この後宍戸丈の一時的な帰国は日本のプロチーム関係者に伝わり、連日のようにチームへの誘いを受けることとなる。

 結局、彼がどんな選択をしたのかはわからないが。

 彼が日本の頂点に立つ日は、決して遠くないように思えた。









混沌の戦士を従える二人のデュエリスト。
軍配は、〝魔王〟に――……








本当にありがとうございます、ドナルド先生。未熟者なりに書き上げさせていただきました。
丈さん強いです。冥界の宝札は本当に何というか、手札が減らない。後バルバロさん、マジパネェす。
開闢対決は楽しかった……。できるなら、もう少しスタイリッシュに書きたかったところ。精進します。
いやはや、それにしてもコラボというのは難しいです。丈さんのキャラが崩れないようにしたつもりですが……大丈夫だったでしょうか?
ミサッキーは惜しくも敗北。更に言うと祇園くんなら瞬殺されていたかもしれない。致し方なし。

それでは、また次回。お会いできることを祈って。

ドナルド先生、重ね重ねありがとうございました。




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第四十四話 空戦の爆撃、星を喰らうモノ



今回はミスターサー先生、まことにありがとうございます。







 DMの競技人口はかなり多い。それこそ老若男女問わず多くの人間が触れ、生活の一部と化しているくらいだ。

 それ故に子供でもDMに触れる者は多く、カードショップにはいつも子供たちの笑い声が響いている。

 だが、DMには複雑な側面もあるためかどうしても子供と大人では実力に差が出てしまう。それこそ『史上最年少プロ』桐生美咲や『史上最速のタイトルホルダー』烏丸〝祿王〟澪といった例外もいるが、逆に彼女たちが取り沙汰されるというくらいに差があるのも現実だ。

 そのことから、開かれる大会は時としてU-15という縛りを設けることがある。中学生以下――つまりはジュニア大会に出る資格がある者のみを対象とする大会だ。

 全国ジュニア選手権の選考会としても行われることは多いが、それとは別に子供たちに『楽しんでもらう』ことを目的とする場合も多い。

 現に、今回大阪で行われるU-15大会の会場も子供たちの笑顔と笑い声で溢れていた。

 

「兄ちゃん、この効果処理どないすんの?」

「えっと、同時に処理するからチェーンが組まれるんだよ。どっちもターンプレイヤーの発動したカードだから、チェーンの順番は好きに組める」

「夢神さん、なんかエアーマンの効果使えへんって言われたんやけど……」

「リビングデッドの呼び声をサイクロンにチェーンしたの? わかりにくいかもしれないけど、それだと発動しないんだ。『タイミングを逃す』っていって、エアーマンの効果は任意効果……まあ、『できる』であって『する』じゃないから、サイクロンの処理のせいで使えないんだ」

「お姉ちゃん、オネストと収縮の処理がわからへん……」

「えっとね~、収縮は元々の攻撃力を半分に下げるだけだからアップ分は変動しないんだよ~」

「あっ、揃いました!」

「へっ? 揃たって、自分さっきからドローばっか……」

「エクゾディアです!」

「はぁ!? マジで!? え、嘘やろ!?」

 

 大会開始前のフリーデュエル。大人の大会だとここで自分の手の内を明かしたくないという者も多く、大会によってはギスギスした空気が漂うこともあるが、純粋にデュエルを楽しみにして参加している子供たちにとってはむしろこの時間こそが一番楽しいのだろう。

 普段澪が小さなカードショップで月1000円というほとんどボランティアに近い感覚で開いているデュエル教室。そこに通う子供たちと妖花を連れ、夢神祇園はウエスト校の先輩でもある二条紅里と共に大会の会場に来ていた。

 

「みんな元気だね~」

「デュエル教室の子たちは人見知りもしませんから……凄いですよね」

 

 初対面であり、それこそ年上であっても何の躊躇もなく声をかけてデュエルをする姿には感心してしまう。初対面の人間と話すことが苦手な祇園としては彼らのそういう姿勢は本当に尊敬するし、羨ましいとさえ思う。

 未だに人と関わることには恐怖を覚えてしまうから。

 

「そういえば、今日はありがとうございます。無理を言って来て頂いて……」

「いいよ~。みーちゃんにも頼まれたしね~」

「ですが、予定があったんじゃ」

「ゆーちゃんに誘われてたけどね~。断ってきたよ~」

 

 あはは、と笑う紅里。男泣きする菅原の姿が一瞬脳裏を過ぎり、すぐに消えた。

 元々今日は保護者の役割として自分と澪が来る予定だったのだが、澪がペガサス会長に呼び出されて東京に行ってしまったので急遽紅里に頼んだのだ。

 とはいえ、元々は澪と紅里が中心になってやっていた教室なので、祇園の方がおまけなのだが。

 

「あっ、そろそろ時間みたいだね~」

「みたいですね。初心者のデュエル教室も終わったみたいですし」

「配布デッキはガジェットだったかな?」

「美咲がCMで出しているものですね。ちょっと高いですけど、ワンセット揃ってて強いと思います」

「ガジェットがそもそも強いからね~。〝決闘王〟は勿論、柊プロが国際大会で強さを証明したから……」

「WCSは日本代表惜しかったですね……」

「やっぱりアメリカは強いよね~」

 

 チーム戦による四年に一度のワールドカップ。今回はDDも参戦し日本代表は優勝を狙ったが、惜しくもアメリカ代表に敗れてしまった。ちなみに澪は「興味がない」の一言で参加していない。らしいといえばらしい。

 とはいえ澪は日本でも世界でもランキングは下位なので――そもそも大会に出ていないのでランキングが上がる機会が少ない――選出されても結局出場するのは難しそうではあるが。

 

「じゃあ、観客席に移りましょうか」

「うん、そうだね~」

 

 スタッフの誘導に従って会場に向かっていく子供たちに激励の言葉を送り、客席へと歩いていく祇園と紅里。妖花もそうだが、デュエル教室の子供たちは澪の教えを受けているためか――澪本人は基本的なことしか言っていないとのこと――同年代の子たちより強い印象がある。実際、祇園が負けることも普通にあるくらいだ。

 妖花は妖花で相変わらずのドロー運でエクゾディアを揃えるし、優勝は十分狙えるように思う。

 規模としては百人以上が参加しているスイスドロー方式。優勝賞品はこの間祇園が美咲と共にデモンストレーションをした場で発表された新パックを1boxだ。この規模にしては賞品があまり効果ではないが、U-15ということを考えれば妥当だろう。

 

「そういえばぎんちゃん、本校に行くんだよね~?」

「そうしないと進級ができなくて……」

「でも、戻ってこれるんだよね?」

「……どう、なんでしょう?」

 

 足を止め、紅里の言葉に対してそう返答を返す。

 戻れることは嬉しいと思う。だが、何故かしっくりこない。

 あの日、負けてはならなかった戦いで敗北し。

 あの場所から立ち去った時。澪と出会ったあの日に。

 

「戻って、戻って、戻って……そんなことを繰り返してもいいのかなって、そう思うんです」

 

 何もかもを、諦めてしまったはずだから。

 

「うーん、それはぎんちゃんが決めることだから」

 

 こちらを振り返り、苦笑を浮かべる紅里。彼女は右手の人差し指を顎に当て、言葉を続ける。

 

「みーちゃんはきっと戻って来て欲しいと思う。でもね、ぎんちゃん。私もゆーちゃんも、みーちゃんも……卒業しちゃうんだよ?」

 

 新たに来る者がいれば、去る者もいる。

 それは……当たり前のこと。

 

「でも、本校にはぎんちゃんの友達もたくさんいるよね? それは大事なモノ。……国大は無理だけど、インターハイなら出れそうだからぎんちゃんと一緒に出れたらいいな~、って思うけどね~。でもそれはきっと、我がままだから……」

 

 こちらに背を向ける紅里。そのまま、だから、と彼女は言葉を紡いだ。

 

「後悔だけは、しちゃダメだよ。……私はね、見ちゃってるんだ~。どうしようもなくて、どうにもならなくて……選択を間違え続けちゃった人を」

 

 それが誰の事なのか。聞くべき気がして、だけど……聞けなかった。

 

「だから、ぎんちゃんがちゃんと納得できる答えを出さなくちゃ」

「……納得」

 

 その言葉を、噛み締める。

 

「頑張って」

 

 紅里の言葉に、はい、と頷いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 自販機で飲み物を買い、一息吐く。予選が終わり、もうすぐ決勝リーグが始まる状況だ。

 流石というべきか、妖花はエクゾディアで見事に勝ち進んでいる。十六人の決勝リーグ進出者にはデュエル教室の子供たちも他に四人も進んでおり、大健闘といえる。

 ……ちなみに負けしてしまった子たちを先程まで慰めていたので、少々大変だった。

 

「夢神」

 

 不意に自分を呼ぶ声が聞こえてきた。顔を上げると、そこにいたのはアカデミアにおいて〝帝王〟と呼ばれるデュエリスト。

 ――丸藤亮。

 

「丸藤先輩?」

 

 予想外の人物に、驚きながら軽く頭を下げる。亮はああ、と頷いた。

 

「夢神も来ていたのか」

「はい。デュエル教室の手伝いの関係で……」

「そういえばそんなことを言っていたな」

 

 頷く亮。祇園が同じ質問を返すと、亮は会場の様子を映したモニターを見ながら言葉を紡いだ。

 

「サイバー流の門下生が参加しているからその応援だ。こちらにも来る予定があってな。丁度良かった」

「そうだったんですか……」

「それでだ、夢神。お前に声をかけた理由だが――」

「――それについては俺から説明させてもらおうかな」

 

 横手から不意に声が聞こえてきた。見れば、そこにいたのはスーツを着た長身の男性だ。

 随分と年若いが、どことなく漂う雰囲気には貫禄がある。

 

「えっと……」

「おっと、自己紹介がまだだったか。ロイ・スターリーだ。災害地用強化アーマーを専門に造らせてもらっている……まあ、技術者だ」

 

 言いつつ、ロイがこちらへと名刺を手渡してくる。祇園が受け取ったそれには、『代表取締役』と書かれていた。

 

「夢神、祇園です」

 

 そのことに驚きつつ、何度も頭を下げる。ロイはああ、と頷いた。

 

「知っているよ。〝ルーキーズ杯〟と発表会は見せてもらった」

「あ、ありがとうございます」

「そこでだ。……我が社をスポンサーに付けるつもりはないか?」

「スポンサー……?」

 

 いきなりの言葉に首を傾げる。ロイはああ、と頷いた。

 

「いずれプロになった際、我が社をスポンサーとして欲しい」

「え、えっと……いきなり過ぎて……」

「まあ、それはわかっている。現実的な話としてはそこの丸藤くんと、後は先程会場で見かけた二条くんに優先的に話すつもりだったからな。できれば遊城十代――彼とも話をしたかったが、それは次の機会か」

 

 うんうんと頷くロイ。そのまま彼は、では、と言葉を紡いだ。

 

「一つ、力を見せて欲しいが……構わないかな?」

「デュエル、ですか?」

「大会でも発表会でも実に素晴らしかったが、やはり直にぶつかってみるのが一番なのは間違いない。デュエリストならばデュエルを見るのが一番だ」

「俺も同じ名目で先程デュエルをした」

 

 亮がそう言葉を紡ぐ。祇園は一度会場を移しているモニターに視線を向け、わかりました、と頷いた。

 

「良い返事だ。――いくぞ」

 

 デュエルディスクを構える。会場の一角、休憩室で行われるデュエル。

 周囲の者たちが集まり始める中、二人のデュエルが始まった。

 

「――決闘!!」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「先行は俺だ、ドロー!」

 

 ロイがカードをドローする。正直、相手の手の内がわからないので慎重にいきたいところだが、あまり悠長にいき過ぎると瞬殺される可能性もある。

 

「俺は手札より、速攻魔法『手札断札』を発動する。互いのプレイヤーは手札を二枚捨て、カードを二枚ドロー」

 

 手札の『ドッペル・ウォリアー』と『レベル・スティーラー』を墓地に送る。正直ドッペル・ウォリアーについては手札に持っておきたかったが、この手札では仕方がない。

 

「俺はモンスターをセット、更にカードを二枚伏せてターンエンドだ」

「僕のターン、ドロー」

 

 初手で守備モンスターというのは常套手段だ。さて、どうするか――

 

「相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない時、このモンスターは特殊召喚できる。『TGストライカー』を特殊召喚。更にレベル4以下のモンスターの特殊召喚に成功したため、『TGワーウルフ』を特殊召喚」

 

 TGストライカー☆2地・チューナーATK/DEF800/0

 TGワーウルフ☆3闇ATK/DEF1200/0

 

 召喚権なしで展開される二体のモンスター。祇園は更なる一手を叩き込む。

 

「レベル3、TGワーウルフにレベルTGストライカーをチューニング! シンクロ召喚! 『TGハイパー・ライブラリアン』!」

 

 TGハイパー・ライブラリアン☆5闇ATK/DEF2400/1800

 

 現れるは、白き法衣を纏う魔術師。シンクロデッキにおけるエンジンとも呼べるモンスターだ。

 

「そして、『ジャンク・シンクロン』を召喚。召喚成功時、墓地からレベル2以下のモンスターを効果を無効にして特殊召喚できる。墓地の『ドッペル・ウォリアー』を特殊召喚。更にライブラリアンのレベルを一つ下げ、『レベル・スティーラー』を特殊召喚」

 

 ジャンク・シンクロン☆3闇・チューナーATK/DEF1300/500

 ドッペル・ウォリアー☆2闇ATK/DEF800/800

 レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0

 TGハイパー・ライブラリアン☆5→4闇ATK/DEF2400/1800

 

 再び並ぶ、二体のモンスター。理想的な回り方とは言い難いが、仕方がない。

 

「レベル2、ドッペル・ウォリアーとレベル2レベル・スティーラーにレベル3、ジャンク・シンクロンをチューニング。シンクロ召喚! 『ドリル・ウォリアー』!」

 

 ドリル・ウォリアー☆6地2400/2000

 

 右手に巨大なドリルを装備したモンスターが姿を現す。優秀な効果を持つ戦士モンスターだ。

 

(……トークンが出せるけど、攻撃力400のモンスターが二体並ぶだけになる……。相手のデッキがわからない以上、安全策でいくしかない)

 

 大ダメージを受ける可能性は出来るだけ減らしておきたい。そのためにドリル・ウォリアーという保険を用意したのだから。

 

「バトルフェイズ。――ライブラリアンでセットモンスターを攻撃!」

「セットモンスターは『ギアギアーマー』だ。このカードがリバースした時、デッキからこのカード以外の『ギアギア』と名の付いたモンスターを手札に加えることができる。『ギアギアーセナル』を手札に」

 

 ギアギアーマー☆4地ATK/DEF1100/1900

 

 ――機械族!

 

 セットモンスターを見、祇園は相手のデッキをそう結論付ける。それもギアギア――展開力とリカバリー力に優れたカテゴリーだ。

 だが、ここはまだ踏み込むべき場所だ。

 

「ドリル・ウォリアーでダイレクトアタック!」

「ぐっ……!」

 

 ロイLP4000→1600

 

 伏せカードは反応がない。こちらを邪魔する類のカードではないのだろうか。

 

「メインフェイズ2、ドリル・ウォリアーのレベルを一つ下げて『レベル・スティーラー』を守備表示で特殊召喚し、手札の『ダンディ・ライオン』を捨てて『ドリル・ウォリアー』を除外。ダンディ・ライオンが墓地に行ったことで綿毛トークンを二体特殊召喚します」

 

 レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0

 綿毛トークン☆1地ATK/DEF0/0

 綿毛トークン☆1地ATK/DEF0/0

 

 とりあえず、壁は確保できた。ここから相手はどんな手を打ってくるのか……。

 

「俺のターン、ドロー。……成程、〝ルーキーズ杯〟はまぐれではないようだ。ならば、こちらも全力をお見せしよう。――罠カード『ギアギアギア』を発動! デッキよりギアギアーノと名の付いたモンスターを二体、特殊召喚する! そしてこのカードの効果で特殊召喚されたモンスターはレベルが一つ上がる! 『ギアギアーノ』を二体特殊召喚!」

 

 ギアギアーノ☆3→4地ATK/DEF500/1000

 ギアギアーノ☆3→4地ATK/DEF500/1000

 

 たった一枚のカードから現れる、二体のモンスター。使うだけでアドバンテージを取れる強力なカードだ。

 

「更にギアギアーノの効果だ。このカードを生贄に捧げることで、墓地に存在するレベル4モンスターを一体特殊召喚できる。『トラップ・リアクター・RR』を特殊召喚!」

 

 トラップ・リアクター・RR☆4闇ATK/DEF800/1800

 

 現れる機械のモンスター。手札断札で墓地に送っていたのだろうが、聞き覚えのないモンスターの登場に、祇園は眉をひそめる。ロイは更に続けた。

 

「更に残るもう一体のギアギアーノを生贄に捧げ、『サモン・リアクター・AI』を召喚!」

 

 サモン・リアクター・AI☆5闇ATK/DEF2000/1400

 

 二体目のモンスター。名前に共通点があることから察するに、何か効果があるのだろうか。

 

「更に魔法カード『アイアンコール』 を発動。自分フィールド上に機械族モンスターがいるとき、墓地からレベル4以下の機械族モンスターを特殊召喚できる。俺は『マジック・リアクター・AID』を特殊召喚。ただし、このカードで特殊召喚されたモンスターは効果は無効になり、エンドフェイズに破壊される」

 

 マジック・リアクター・AID☆3闇ATK/DEF1200/900

 

 再び、似たような名を持つモンスターが現れる。一体このモンスターたちは何なのか。疑問に思う擬音を他所に、ロイがバトルフェイズの開始を宣言する。

 

「バトルだ。マジック・リアクターとトラップ・リアクターで綿毛トークンを破壊。そしてサモン・リアクターでライブラリアンに攻撃!」

「…………ッ!」

 

 攻撃力の劣っているモンスターで攻撃してくる。その理由は一つしかない。

 

「わかっているようだな。手札より速攻魔法『リミッター解除』を発動! 機械族モンスターの攻撃力を二倍とし、その代償としてエンドフェイズに自壊する!」

 

 サモン・リアクター・AI☆5闇ATK/DEF2000/1400→4000/1400

 

 祇園LP4000→2400

 

 ライブラリアンが破壊される。それを見届けると、ふん、とロイは笑った。

 

「そしてメインフェイズ2。サモン・リアクターの効果を発動。このカードとトラップ・リアクター、マジック・リアクターの三体を墓地に送ることで、デッキ・手札・墓地より『ジャイアント・ボマー・エアレイド』を特殊召喚する!」

 

 ジャイアント・ボマー・エアレイド☆8風ATK/DEF3000/2500

 

 現れるは、巨大なロボットモンスターだ。圧倒的な威圧感と気配を漂わせ、そこに屹立している。

 

「俺はターンエンドだ。さあ、どうする?」

 

 その背に、巨大な戦闘機を従えて。

 男は、微笑を零した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 巨大なモンスターが放つ凄まじい威圧感に、祇園は知らず息を呑んでいた。『ジャイアント・ボマー・エアレイド』――聞き覚えのないカードだが、あれほどの難度が高い条件を持つ以上厄介な効果を抱えているはず。

 

「僕のターン、ドロー。スタンバイフェイズ、ドリル・ウォリアーが戻ってきます。更にドリル・ウォリアーの効果によりジャンク・シンクロンを手札に」

 

 いずれにせよ、動くしか手段はない。

 

「『ジャンク・シンクロン』を召喚し、『ドッペル・ウォリアー』を蘇生!」

 

 ジャンク・シンクロン☆3闇・チューナーATK/DEF1300/500

 ドッペル・ウォリアー☆2闇ATK/DEF800/800

 

 一枚からシンクロに持っていけるのはやはり強力だ。そのまま、いつものように手を打つ。

 

「レベル2、ドッペル・ウォリアーにレベル3、ジャンク・シンクロンをチューニング! シンクロ召喚! 『A・O・Jカタストル』!!」

 

 A・O・Jカタストル☆5闇ATK/DEF2200/1200

 

 現れるは、戦争の最中に産まれたとされる兵器。闇属性以外のモンスターを問答無用で破壊する効果を持つモンスターだ。

 相手モンスターの属性は風。これならば破壊できると思ったが――

 

「ジャイアント・ボマー・エアレイドの効果を発動! 相手がモンスターの召喚・特殊召喚に成功した時に発動できる! そのモンスターを破壊し、相手に800ポイントのダメージを与える!」

「…………ッ!?」

 

 祇園LP2400→1600

 

 カタストルが吹き飛ばされ、祇園のLPが削り取られる。相手モンスターの召喚・特殊召喚をトリガーとし、それを破壊してダメージまで与えるモンスター。

 

(……ッ、強力だ……。どうする……?)

 

 このままでは刈り取られる。何か手を講じなければ――

 

「機械には目が無くてね。出す条件は厳しいが、出すことさえできればその制圧力は圧倒的だ」

 

 見せてみろ、とロイは言う。祇園は一度息を吸い、効果発動、と言葉を紡いだ。

 

「ドリル・ウォリアーは攻撃力を半分にすることでダイレクトアタックすることができる。ドリル・ウォリアーでダイレクトアタック!」

「ほう……!」

 

 ロイLP1600→400

 

 あと一撃――そんなところまで追い詰める。

 

「そしてメインフェイズ2、墓地の『TGワーウルフ』を除外して『輝白竜ワイバースター』を守備表示で特殊召喚。更に手札の『スポーア』を捨て、ドリル・ウォリアーを除外」

 

 輝白竜ワイバースター☆4光ATK/DEF1700/1800

 

 このターンだ。ここさえ凌げれば、可能性はある。

 

「俺のターン、ドロー。……俺は手札の『強化支援メカ・ヘビーウェポン』を捨て、ジャイアントボマーの効果を発動。一ターンに一度、手札を捨てることで相手フィールド上のカードを一枚破壊できる。ワイバースターを破壊!」

「手札の『エフェクト・ヴェーラー』の効果を発動! 相手のメインフェイズのみに発動でき、このカードを捨てることで、相手フィールド上の表側表示モンスター一体の効果をエンドフェイズまで無効にする!」

 

 手札誘発モンスターとして、おそらくは今後かなり重宝されるようになるであろうカードだ。このカードの有用性については美咲や澪も認めている。

 

「成程。ならば俺は『ギアギアーセナル』を召喚」

 

 ギアギアーセナル☆4地ATK/DEF1500/500→1700/500

 

「バトルだ。アーセナルでレベル・スティーラーを、ジャイアントボマーでワイバースターを攻撃」

 

 二体のモンスターの攻撃により、フィールドががら空きになる。

 

「ワイバースターの効果により、『暗黒竜コラプサーペント』を手札に」

「俺はギアギアーセナルの効果を発動。このカードを生贄に捧げることで、デッキから『ギアギア』と名の付くモンスターを一体守備表示で特殊召喚できる。『ギアギアーマー』を特殊召喚し、更に効果で裏側守備表示にしてターンエンドだ」

「僕のターン、ドロー! スタンバイフェイズ、ドリル・ウォリアーを特殊召喚!」

「ジャイアントボマーの効果により、破壊。800ポイントのダメージを受けてもらう」

 

 祇園LP1600→800

 

 やはりというべきか、ドリル・ウォリアーは破壊された。だが、これは『無効』ではなく『破壊』。故に効果自体は発動する。

 

「僕はドリル・ウォリアーの効果でジャンク・シンクロンを手札へ」

 

 このターンだ。ここでどうにかしなければ、詰む。

 

(――やれるところまで、やるしかない)

 

 どちらにせよ、できることは知れている。ならば、やれるだけやるだけだ。

 

「ジャンク・シンクロンを召喚し、効果を発動! 墓地からドッペル・ウォリアーを蘇生! 更にレベル4以下のモンスターの特殊召喚に成功したため、手札より『TGワーウルフ』を特殊召喚!!」

 

 ジャンク・シンクロン☆3闇・チューナーATK/DEF1300/500

 ドッペル・ウォリアー☆2闇ATK/DEF400/400

 TGワーウルフ☆3闇ATK/DEF1200/500

 

 一瞬で場に並ぶ三体のモンスター。これが真骨頂であり、基本。まずモンスターを並べなければどうにもならない。

 

「レベル2ドッペル・ウォリアーとレベル3TGワーウルフに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング!! シンクロ召喚!! 『ジャンク・デストロイヤー』!!」

 

 ジャンク・デストロイヤー☆8地ATK/DEF2600/2500

 

 空より轟音を立てて大地に降り立つは、四本腕の巨大なロボットだ。十代などはこれを見た時目を輝かせていた。

 

「ジャンク・デストロイヤーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、チューナー以外に素材にしたモンスターの数までフィールド上のカードを破壊できる! 素材は二体、よってリバースモンスターとジャイアント・ボマー・エアレイドを破壊!」

「甘いな、罠カード発動! 『ゲットライド』! 墓地のユニオンモンスター一体を自分フィールド上のモンスターに装備する! 先程墓地に送った『強化支援メカ・ヘビーウェポン』をエアレイドに装備! これにより、破壊をヘビーウエポンが肩代わりする!」

 

 デストロイヤーより放たれた破壊の光を、突如エアレイドに装備された支援メカが弾き飛ばす。これにより、エアレイドは破壊を免れる。

 

「さあ、どうする?」

「まだです。――ジャンク・デストロイヤーのレベルを一つ下げ、レベル・スティーラーを攻撃表示で特殊召喚!」

 

 ジャンク・デストロイヤー☆8→7地ATK/DEF2600/2500

 レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0

 

 頼りない攻撃力。だが、これでいい。

 どの道、ここで超えなければどうにもならない。

 

「墓地のスポーアの効果を発動! デュエル中に一度、墓地の植物族モンスターを除外することで特殊召喚できる! ダンディライオンを除外し、レベル4として特殊召喚!」

 

 スポーア☆4風・チューナーATK/DEF400/800

 

 現れる、緑色の毛玉のようなモンスター。これが、勝利への布石。

 

「レベル7のジャンク・デストロイヤーに、レベル4スポーアをチューニング!! 星々を喰らう絶対なる竜!! その煌めきを今ここに!! シンクロ召喚!!――『星態龍』!!」

 

 星態龍☆11光ATK/DEF3200/2800

 

 現れたのは、星の煌めきを纏う巨大な竜。

 あまりの大きさに、その頭部のみしかソリッドヴィジョンでは拝めない。

 

「レベル11の……シンクロモンスターだと……?」

「バトルです。――エアレイドに攻撃!!」

 

 放たれるは、星々を喰らう竜の一撃。その圧倒的な一撃に、空を駆る爆撃機もなす術なく粉砕される。

 

「レベル・スティーラーでダイレクトアタック!!」

 

 ロイLP400→100→-500

 

 ロイのLPが0を刻み。

 戦いは、決着を迎えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「見事なデュエルだった。……俺もまだまだ修行が足りないようだ」

「ありがとうございました」

 

 頭を下げる。ロイは頷き、それでは、と言葉を紡いだ。

 

「将来的にプロになるなら、今日のことを忘れないで欲しい。……それでは」

 

 ロイが立ち去っていく。それを見送りながら、祇園はもう一度その背に向かって頭を下げた。

 これが――決着。

 

「夢神」

 

 会場に戻らないといけない――そう思っていると、亮が声をかけてきた。〝帝王〟と呼ばれる男はこちらをじっと見つめ、言葉を紡ぐ。

 

「お前と十代がプロに来る日を待っているぞ。ここでデュエルしたいところだが、友人との約束がある」

 

 そのまま、亮はこの場を立ち去っていく。その背を見送り、祇園は小さく拳を握りしめた。

 ――プロデュエリスト。

 遥か遠い場所だが、少しだけ〝視えた〟気がした。

 










いついかなる時であれ、世界は個人の事情を慮ることはない。
世界とは、己以外の全てで構成されているのだから。








今回は誠にありがとうございます、ミスターサー先生。ジャイアント・ボマー・エアレイドは一度使いたかったのですがどうもタイミングがなく、こういった形の登場と相成りました。
本当にありがとうございます。

というわけで、出せれば制圧力は高いはずのエアレイドさんです。デザインは好きなんですが、難しいですね。DDBみたいなのが来ても困りますが。
そして折角ということでスポンサーのお話です。今回は少々極端ですが、DMの市場を考えると有望なプロ候補に事前に声をかけるのは大事なお仕事。まあ、祇園くんの場合偶然いたから小中家と乞うくらいの感覚ですが。
ちなみに現時点でドラフトの評価順位は、
新井智紀>>他の大学有名選手≧丸藤亮≧二条紅里≧菅原雄太≧他のアカデミア生>>>>>遊城十代>防人妖花>>夢神祇園
と、こんな感じだったりします。カイザーはやはり高卒では一番人気。一年生の頃から活躍する紅里や、その紅里と同格である菅原もまた有望。十代と妖花ちゃんは大会で見せたドロー運による期待値です。その点、祇園くんは結果こそ出ているも実績は乏しく、二人に劣る状況。
スカウトとしては、十代くんは絶対チェック。祇園くんに関しては今後次第といったところ。アカデミアブランドもあるので。

私生活が忙しく更新がままならない状況ですが、見捨てないでくださると幸いです。

ありがとうございました。


※今回、ドリル・ウォリアーでミスがあります。ジャンク・シンクロンからは出せないです。修正も難しいので、今回は見逃して頂けると幸いです。今後ないように気を付けます。申し訳ありませんでした。





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第四十五話 巫女姫の魔法、現代の刃


今回はリオ先生、まことにありがとうございます。


 

 

 

 冬休みも、終わりに近付いている。ふと、夢神祇園はそんなことを思った。

 正月も終わり――初詣は本当に大変だった。色んな意味で――新たな年を迎えた日。防人妖花に誘われて妖花の実家の神社を美咲や澪と共に訪れたり、KC社に呼ばれて実験的にデュエルを繰り返したりと忙しい毎日だった。

 未だ、祇園の中で答えは出ていない。本校に行くことは決まっているが、その後、進級できるようになってからどうするかは決めていないのだ。

 いくら考えても答えは出ない。そういう意味で、忙しかったこの期間は良かったのだと思う。

 考える時間がない。それは問題の先送りでしかないのは、わかっているのだが――……

 

「どないしたん、祇園?」

「んー、ちょっとね」

 

 美咲の言葉に、祇園は首を左右に振って応じる。今二人がいるのは東京の小さな喫茶店だ。祇園がKC社からの依頼でテストデュエルに参加したのだが、それを終えた後に共に参加していた美咲とこうして喫茶店に来ているのだ。ちなみに誘ったのは美咲である。

 テストデュエルには〝ルーキーズ杯〟の参加者がほとんど全員呼ばれ、新型デュエルディスクの開発のためにデュエルを繰り返した。主にシンクロによる処理の向上やエフェクトの確認のためだったらしいが、詳しいことは専門的すぎてよくわからなかった。

 とりあえず、報酬として金一封と新しいデュエルディスクを貰えることは本当にありがたい。未だに支給品のデュエルディスクを使っており、中学生の頃はテーブルデュエルが主だった。お金についても本当にありがたいと思う。

 

「まあ、疲れたしなぁ。澪さんなんか、終わったらすぐアメリカに向かってたし」

「大変だよね。アメリカの大会だったっけ?」

「スポンサーの関係で今回は断れんかったんやて。まあ、澪さん海外企業も結構スポンサー付いとるからな」

「スポンサーか……凄すぎてよくわからないなぁ」

「何言うとるんよ。祇園、この間話来たって聞いたで?」

「あれは話だけ、僕はついでだよ。丸藤先輩とか菅原先輩とか紅里さんとかが本命みたいだったから」

「祇園はまだなんやかんやで高校一年生やからなー。期待値上がりまくっとるけど」

「まあ、十代くんもいるしね。当たり前だけど十代くんの方が評価は高いって」

「あのドロー運はな、ちょっと賭けてみたくなるレベルや。未熟も未熟やけど、だからこそ期待値が凄いよ十代くんは」

 

 あはは、と笑う美咲。今の彼女は縁の大きな眼鏡をかけ、帽子を被った状態だ。流石に素顔の状態で街を歩いていたら色々と問題になる。

 

「十代くんはともかく、僕については過大評価で困ってるんだけどね……」

「大会の結果見てたら期待されるんもしゃーないやろ。あの参加者の中で準優勝なんやし。しかも一般参加枠で出て、周りに比べたら全く無名やったんやから」

「そうかもしれないけど、やっぱりね。注目されるのは慣れてないから」

「プロになったらそんな毎日やで?」

「あんまり想像できないなぁ……」

 

 苦笑を返す。正直、自分がプロになっている姿というのがあまり想像できないのが現状だ。目指しているし、目標でもあるが……それでも、想像が追い付かない。

 だが、そんなこっちの言葉が納得いかないらしく、美咲は頬を膨らませて言葉を紡ぐ。

 

「もう、そんなこと言うて。プロになるって約束はどうなるんよ」

「うん。それはわかってるよ。約束、だから」

 

 そう、約束。

 心の中にずっとある、大切なモノ。

 

「なら、ええんやけどな」

 

 その時、一瞬だけ美咲が見せた表情は。

 酷く……寂しげだった。

 

「まあ、今はそれでええか。ウチがプロになって三年や。まだまだ待てるしな」

 

 だが、そんな表情も一瞬。美咲は肩を竦める。祇園は出しかけた言葉を呑み込み、ごめんね、と言葉を紡いだ。

 

「随分待たせちゃってる」

「ええよ、『待つ』っていうんも案外悪くあらへんから。何ていうかな、悪くないんよ。待つ楽しさって、確かにあると思うから」

「……そっか」

「だから、どんだけ遅くなってもええから……待ってるよ?」

「うん」

 

 すぐに、応じることができた。

 それがどこか、嬉しかった。

 

「……そういえば、妖花ちゃんはどないしたん?」

 

 ふと思い出したように美咲が言う。ああ、と祇園は頷いた。

 

「テストデュエルが終わったところで用事があるってどこかへ行っちゃって……。一応、帰る時にはKC社の本社に戻って来るって言ってたんだけど」

「そうなんや。何やろ、用事って」

「急いでたみたいなんだけど……何だろう?」

 

 二人して首を傾げる。

 答えは、出る様子はなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 しばしば東京は森林がなく、コンクリートジャングルが広がっているというイメージを持たれやすい。確かに高層ビルが多く人も多いが、緑が全くないわけではない。中心部を外れれば森林を窺うことはできる。

 日本は狭いという。だが、人などちっぽけなものだ。ほんの少し足を伸ばせば、自らの知らないところに行くことができる。

 

「ここで良かったのか?」

「はい、ありがとうございます」

 

 バイクを停め、しがみつくようにして後ろに乗っていた少女へと新井智紀は問いかける。少女――防人妖花は少し大きめのヘルメットを脱ぎつつ、礼儀正しく頭を下げてきた。

 

「気にすんな。こっちは地元だしな」

「でも、一時間も乗せてもらって……」

「これぐらいいつものことだよ。つーかむしろ大丈夫か? 俺は慣れてるが、休憩ありとはいえ一時間しがみつきっぱなしは疲れただろ?」

「い、いえ大丈夫です!」

 

 ぶんぶんと首を左右に振る妖花。とりあえずその言葉に納得し、ヘルメットを受け取ってしまいこむ。妙なことになったもんだと思いつつ、それで、と新井は妖花へと言葉を紡いだ。

 

「地元民の俺が言うのもなんだが……というかだからこそ言うが、こんな寂れた神社に何しに来たんだ?」

 

 視線を向ける。そこにあるのは小さな神社だ。新井が小さい頃からある神社なのだが、随分と寂れている。幼い頃は入口にあった狐像を怖いとも思っていた。というか夜に見ると本当に怖い。

 妖花は苦笑を零すと、えっと、と神社の方へ視線を向けながら言葉を紡ぐ。

 

「この神社は私の仕える神様と縁がありまして。一度訪れておきたかったんです」

「へぇ……家は神社なのか」

「はい。見習いの巫女ですけど……」

 

 えへへ、と笑う妖花。それに対してこちらも笑みを返し、なら、と新井は言葉を紡いだ。

 

「行くなら済ませちまおう。この後戻らなきゃなんねーしな」

「え、でも、そこまでご迷惑をおかけするわけには……」

「ここまで来たらそこまで手間でもない。気にすんな。……てか、どの電車に乗ればいいかわからなくて焦りながら右往左往してた小学生とか放置できるわけないだろ」

「す、すみません……」

「気にすんな。ほれ、行くぞ」

 

 そう言うと、石段を登っていく。妖花はすぐに隣に追いついてきた。

 決して大きな神社ではないため、すぐに境内に入ることができる。やはりというべきか、人の姿はない。

 

(相変わらず寂れてんなぁ)

 

 大学生になってから一人暮らしをしているため訪れることはほとんどなくなったが、幼少期から高校を卒業するまで幾度となく訪れた場所だ。その時からこの雰囲気は変わらない。

 

「…………」

 

 妖花を見ると、お堂の前に立って両手を合わせ、静かに目を閉じている。どことなく素人のそれと違って雰囲気があるように見えるのは考え過ぎだろうか。まあ、本職なのだからやはり何かが違うのだろうとは思うが。

 鳥居のところまで下がり、新井は柱に背を預ける。冷たい風が吹き抜け、思わず体が震えた。

 どれぐらいの時間待ったのか。そう長くはなかったはずだが、気が付いた時には妖花がこちらに歩み寄って来ていた。

 

「終わったのか?」

「はい。色々と報告ができました」

 

 報告、とはどういう意味か。霊感もなければ別段信仰が厚いわけでもない新井としては言葉の真意はわからない。だがまあ、巫女というからには何かが〝視えて〟いるのだろう。

 にこにこと笑顔を浮かべている少女を見る。純粋な笑顔だ。

 子供特有。否、子供にしかできないモノ。

 

「よし、帰るか」

「はいっ!」

 

 子供の笑顔に対してこんなことを思うようになるとは、自分も年老いたな――そんなことを思う。

 それにしても彼女欲しかったなー、などと思いながら石段を降りようとする新井。最後に境内の方へ視線を向けたが、そこで人影を見つけた。

 

「あん? 珍しいな、人なんて」

「そうなんですか?」

「ガキの頃からここにゃ何度も――というよりほとんど毎日来てたが、参拝客なんざ数えるほどしか会ったことないぞ」

 

 よせばいいのに毎日学校に行く前に立ち寄り、少しでも強くなれるようにと願掛けをしていたことを思い出す。結局高校では芽が出なかったが、大学リーグで活躍できている今を考えると願いは通じたのだろうかとも思う自分がいる。

 まあ、それよりもだ。とにかくここには人気がない。だというのに、人影――それも15、6程度の少年とは妙なこともあるものである。

 

(しかもありゃ、デュエリストか)

 

 鞄からデュエルディスクが微妙にはみ出している。別に珍しいものではないが、やはり目が行くのはデュエリストの性か。

 

(ま、どうでもいいわな)

 

 とはいえ、関係ない赤の他人だ。特に興味はない。故に帰ろうとしたのだが――

 

「……赤い、竜……?」

 

 ポツリと、隣の妖花が呟いた言葉と。

 それに反応し、こちらへ鋭い視線を向けてきた少年の姿を見て。

 

 ……面倒臭ぇなぁ、とそう思った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

〝ソレ〟が目に入ったのは、一瞬だった。

 圧倒的な存在感。普段から多くの精霊を目にし、その存在を感じ、言葉を交わし合うことができる妖花は〝精霊〟というものに対して耐性の様なものがある。元々の素養もあるが、妖花は『存在に圧倒される』ということがないのだ。

 精霊は神と同一視されることもあるほどに強力な力を持つ存在だ。人前に現れる〝彼ら〟は基本的に人に害をなす意思はなく、また害を及ぼすほどに大きな力を持たないためにそこまで害はない。だが、一部とはいえ悪意持つ精霊や存在するだけで周囲に影響を及ぼすほどの力を持つ精霊も確かに存在する。

 妖花はそういった存在を数多く見て来たし、巫女として受け入れることもしてきた。一度だけだが、〝神〟と同格の存在を自身の身に降ろしたこともある。

 ――だが、一瞬とはいえ視えたものはあまりにも『違って』いた。

 見ているだけで冷や汗が流れてくるほどの力。まるで何もかもを背負い、宿しているかのような力。

 美咲や祇園が持つ特別な〝竜〟からも力を感じたが、それとは明らかに違う。同質でありながら、力の絶対値が違い過ぎる。

 

「おい、お前」

 

 少年の視線がこちらを射抜き、体が震えた。それに気付いているのかいないのか、少年はこちらへと躊躇なく歩み寄ってくる。

 

「デュエル、しろよ」

 

 そして、少年は鞄からデュエルディスクを取り出しながらそう宣言した。驚き言葉を返せないでいる自分。その目の前に、優しく手が差し出される。

 

「随分といきなりだな。最近のガキは礼儀も知らねぇのか」

 

 新井だ。こちらを守るように割って入り、少年を睨み付けている。少年は新井へと視線を向けると、先程までの雰囲気が嘘のようにすまない、と静かに頭を下げた。

 

「俺の名は不動遊貴。すまないが、俺とデュエルしてくれないか?」

「……まあ、デュエリストがデュエルを挑むのは当たり前だが。俺は新井智紀。で、こっちは――」

「防人妖花です」

 

 静かに頭を下げる。自然と、神前にいるような気分になっていた。

 目の前の遊貴という少年に対してではない。彼の背後に控えている〝何か〟に対してだ。

 

「で、デュエルだが……」

「私が相手でよろしいでしょうか?」

 

 新井の言葉を遮るように妖花が言うと、遊貴は頷いた。妖花はバッグから小型のデュエルディスク――試作品で、今日テスト用としてもらった――を取り出すと、デッキをセットする。

 ふう、と新井が横でため息を吐いた。そのまま、しゃーねぇ、と肩を竦める。

 

「デュエリストがデュエルすんのは当たり前だ。……頑張れよ」

「はいっ」

 

 頷き、遊貴と向かい合う。遊貴もデュエルディスクを構え、一度息を吸った。

 ――そして。

 

「――決闘!!」

 

 不可解な感覚を抱えたまま。

 デュエルが、始まった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 先程見たものは何だったのか。それを確かめるという意味も含め、妖花はデュエルディスクを構える。

 力持つ存在が妖花の前に現れることは珍しくない。〝巫女〟――精霊や神々と言葉を交わし、人との架け橋になるという役割は理解している。

 故に、理由があるはずなのだ。きっと。

 自分の目の前に、こんな場所で偶然現れたことには。

 

「先行は俺だ。ドロー。……モンスターをセット。カードを一枚伏せ、ターンエンド」

 

 遊貴の立ち上がりは静かだ。デッキがわからないのが不安だが、やれることは決まっている。

 

「私のターンです。ドロー」

 

 手札を見る。大会を終え、多くの人と出会い、妖花は新たなデッキを作った。

 この間準優勝した大会で手に入れた二枚のカード。それを主軸としたデッキを組んだのだ。今日のテストではかなり驚かれたが、同時に気に入っても貰えた。

 エクゾディアとは違う、打ち合うためのデッキ。

 

(相手がいなかった時は、相手がいなくても一人で回せるデッキを作っていました)

 

 それしか持っていなかったということもあるが、エクゾディアを組んでいた理由はそれだ。相手がいなくても回すことのできるデッキはそう多くない。

 だが、今は違う。向き合い、戦うことのできる人たちができた。

 だから――

 

「私は手札より魔法カード『グリモの魔導書』を発動します。一ターンに一度しか発動できず、デッキから『魔導書』と名の付いたカードを一枚手札に加えます。私はフィールド魔法、『魔導書院ラメイソン』を手札に加え、発動です」

 

 妖花の背後に、巨大な塔のような建物が出現する。魔導書院――多くの英知が集う、魔導師たちの聖地だ。

 

「そして手札より『魔導召喚士テンペル』を召喚!」

 

 魔導召喚士テンペル☆3地ATK/DEF1000/1000

 

 現れたのは、茶色のローブで全身を包み、顔さえも隠した魔導師だ。両手に持った魔法具から、白い煙が漂ってきている。

 

「テンペルの効果を発動します。魔導書を発動したターン、このカードを生贄に捧げることでデッキからレベル5以上の光か闇属性の魔法使いを一体、特殊召喚します。この効果を使うターン、私は他にレベル5以上のモンスターを特殊召喚できません。――テンペルを生贄に捧げ」

 

 テンペルが呪文を詠唱し、その姿が光に包まれる。その身を以て高位の魔術師を呼び出す力は、単純であるが故に強力だ。

 

「来てください。――ブラック・マジシャン・ガール!!」

 

 ブラック・マジシャン・ガール☆6闇ATK/DEF2000/1700

 

 現れたのは、かつて〝決闘王〟も使用した超レアカード。

 DMにおける最高の魔術師、その唯一の弟子たるモンスター。

 

「ブラック・マジシャン・ガールだと……!?」

「まー、驚くよなー……。俺らもブッたまげたし」

 

 驚きの声を上げる遊貴と、苦笑しながら呟く新井。妖花は笑みを浮かべ、バトルです、と宣言した。

 

「ブラック・マジシャン・ガールでセットモンスターを攻撃! ブラック・バーニング!!」

「くっ……! セットモンスターは『幻獣機ハムストラット』だ。戦闘で破壊されるが、リバース効果により幻獣機トークンを二体特殊召喚する」

 

 幻獣機ハムストラット☆3風ATK/DEF1100/1600

 幻獣機トークン☆3風ATK/DEF0/0

 幻獣機トークン☆3風ATK/DEF0/0

 

 現れたのは、戦闘機のようなモンスターだった。ガールの攻撃によって吹き飛ぶのだが、その代わりに幻影のようなモンスターを二体、残していく。

 トークン自体は珍しいものではない。『スケープ・ゴート』が有名だし、『終焉の焔』といったカードもある。だが、『幻獣機』というカテゴリーにはあまり覚えはない。

 

「私はカードを一枚セットし、ターンエンドです」

 

 いずれにせよ、これ以上できることはない。妖花はターンエンドを宣言する。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 未だ底を見せないままに。

 不動遊貴が、カードをドローした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 世界最強のデュエリストといえば、かの〝決闘王〟を誰もが思い浮かべるだろう。神のカードを従え、数多の大会で勝利し続ける行ける伝説。

 そんな彼は数多くのカードを使用してきたが、その彼の相棒といえば『ブラック・マジシャン』を誰もが挙げることだろう。

〝決闘王〟永遠のライバルにしてKC社社長、海馬瀬人が持つ『青眼の白龍』とも幾度となくぶつかり合ってきた最強の魔術師。それ故か、ブラック・マジシャン及びその関連カードの値段は軒並み高く、『ブラック・マジシャン・ガール』に至っては彼以外のデッキには入っていないと言われるぐらいだ。

 その理由は単純で、そのレア度とサポートカードの高さ故にだ。単体で持つ者は多かろうが、使用できるレベルでデッキを組める者がいないのである。

 それに挑戦するようにデッキを組んだのが、防人妖花だ。

 まるで神に愛されたかのような天性のドロー運を武器に、彼女は周囲の協力を得てデッキを組み上げた。魔法使いたちによるデッキ――それが実戦レベルなのかどうかは、新井自身が身を以て理解している。

 故にそこまで心配はしていない。だから、問題は別にある。

 

「『幻獣機』とはまた珍しいカテゴリーだな」

「ご存じなんですか?」

「トークンを使う、一風変わったカテゴリーだ。見ての通り戦闘機をモチーフにしてて、一部の例外を除けば『トークンがある時は破壊されない』、『トークンのレベルが加算される』って効果を持ってる。……だよな?」

「ああ。更に言えば、トークンを生贄に捧げたりすることで幻獣機は効果を発揮する」

 

 遊貴が頷いて補足してくれる。新井は付け加えるように言葉を紡いだ。

 

「爆発力はあまりないが、継続戦闘能力は高いぞ。気を引き締めろ」

「はいっ!」

 

 妖花が元気よく頷く。あの調子なら大丈夫だろう。

 それに対し遊貴は新井の方を見ると、よく知っているな、と言葉を紡いだ。

 

「あまり知られていないカテゴリーだと思っていたが」

「確かにマイナーではあるが、男に戦闘機を嫌いな奴はいねーよ」

「成程」

「戦闘機はロマンだ。……正直、興味がある。巨大戦艦は知ってるが、幻獣機に関しては聞きかじっただけだからな。期待してんぜ」

 

 笑みを浮かべる。遊貴も薄く笑うと、いいだろう、と言葉を紡いだ。

 

「幻影を生み、敵を倒す力。見せてやる」

 

 笑みを浮かべる遊貴。そのまま彼は一枚のカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

「確かに展開力はあまりないが……補う術はある。速攻魔法『緊急発進』を発動! 相手フィールド上のモンスターの数がトークンを除いたこちらのモンスターよりも多い時、任意の数のトークンを生贄に捧げることで『幻獣機』を生贄に捧げたトークンの数だけ特殊召喚する! 二体のトークンを生贄に捧げ、『幻獣機ブルーインパラス』と『幻獣機コルトウイング』を特殊召喚!」

 

 幻獣機ブルーインパラス☆3風・チューナーATK/DEF1400/1100

 幻獣機コルトウイング☆4風1600/1500

 

 現れるのは、新たな戦闘機が二体。その姿に、妖花は思わず息を呑む。

 

「コルトウイングの効果だ。このカードの特殊召喚成功時、場に『幻獣機』がいれば幻獣機トークンを二体、特殊召喚できる。トークン生成」

 

 幻獣機トークン☆3風ATK/DEF0/0

 幻獣機トークン☆3風ATK/DEF0/0

 幻獣機コルトウイング☆4→10風ATK/DEF1400/1100

 

 トークンが現れたことにより、コルトウイングのレベルが上昇する。相変わらずの面白い効果だ。

 

「そしてコルトウイングの効果だ。トークンを二体生贄に捧げることで、相手フィールド上のカードを破壊し、除外する」

「ッ、『エフェクト・ヴェーラー』です! コルトウイングの効果を無効に!」

 

 優秀な手札誘発系カードが効果を発揮する。成程、と遊貴は頷いた。

 

「ならば、次の手だ。――レベル4、コルトウイングにレベル3、ブルーインパラスをチューニング! シンクロ召喚! 出撃せよ、『幻獣機コンコルーダ』!!」

 

 それはきっと、一瞬の白昼夢。

 だが、確かに。確かに、視えた。

 ――赤き竜が、遊貴の背後で咆哮しているのが。

 

 幻獣機コンコルーダ☆7風ATK/DEF2400/1200

 

 先程までのモンスターたちに比べ、更に巨大な戦闘機が姿を見せる。その威圧感に、思わず新井も息を呑んだ。

 

「そして更に、手札より『幻獣機デザーウルフ』を召喚! 召喚成功時、幻獣機トークンを一体、特殊召喚する!」

 

 幻獣機デザーウルフ☆4→7風ATK/DEF1700/1200

 幻獣機トークン☆3風ATK/DEF0/0

 

 今度は戦闘ヘリだ。召喚時にトークンを生む、優秀なモンスター。

 コンコルーダ、トークン、幻獣機。厄介なものが並び立つ。成程、と新井は言葉を紡いだ。

 

「一瞬でこれか。……面倒臭いデッキだな本当に」

「どういうことですか?」

 

 妖花が首を傾げる。その疑問には遊貴が頷いて応じた。

 

「コンコルーダがいる限り、俺の場のトークンは破壊されない。そしてデザーウルフは幻獣機共通のトークンがいる時に破壊されない効果を持つ」

「要するに、コンコルーダを潰してトークンを潰してようやく幻獣機が倒せるって事だ」

 

 ブラックホールや激流葬などの全体破壊カードでも一枚ずつしか破壊できない、鉄壁の布陣。これが『幻獣機』の強さ。

 

「さあ、バトルだ。――コンコルーダでガールを攻撃し、デザーウルフでダイレクトアタック!」

「あうっ!?」

 

 妖花LP4000→3600→1900

 

 妖花のLPが大きく削り取られる。通常よくある、『守備力が高い』や『戦闘破壊できない』といった単純なモノとは違う硬さ。

 世にはまだまだ面白いデュエリストがいる――新井は、口元に笑みが浮かぶのを自覚した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 状況は正直宜しくない。だが、打てる手がないというわけでもない。

 ならば、やれることをやるだけだ。

 

「私のターンです、ドロー。スタンバイフェイズ、ラメイソンの効果を発動します。墓地、もしくは自分フィールド上に魔法使い族モンスターがいる時、デッキの一番下に魔導書を戻すことで一枚ドローします。『グリモの魔導書』を戻し、一枚ドロー」

 

 手札を確認。……大丈夫だ。これなら動ける。

 

「リバースカードオープン、『ネクロの魔導書』。墓地の魔法使いを一体除外し、このカード以外の魔導書を見せることで墓地の魔法使いを一体攻撃表示で特殊召喚します。『ヒュグロの魔導書』を見せ、エフェクト・ヴェーラーを除外してブラック・マジシャン・ガールを蘇生!!」

 

 ブラック・マジシャン・ガール☆6→7ATK/DEF2000/1700

 

 甦る、魔法使いの弟子。更に、と妖花は言葉を紡いだ。

 

「手札より魔法カード『賢者の宝石』を発動! ブラック・マジシャン・ガールがいる時に発動でき、デッキから『ブラック・マジシャン』を特殊召喚します! 来て、ブラック・マジシャン!!」

 

 それは、黒衣を纏う最高位の魔法使い。

 圧倒的なステータスというわけではなく、何か特別な効果を持つわけでもない。

 しかし、その存在は。

 ただそこに『在る』だけで――他を圧倒する。

 

 ブラック・マジシャン☆7闇ATK/DEF2500/2100

 

 ある意味で、世界で最も有名なモンスターの一体。

 黒衣の魔術師が、弟子と共に戦場に立つ。

 

「更に手札より『魔導教士システィ』を召喚! そして魔法カード『ヒュグロの魔導書』をブラック・マジシャンに発動! 攻撃力を1000ポイント上げ、このモンスターが戦闘でモンスターを破壊した時、デッキから『魔導書』を手札に加えます!」

 

 魔導教士システィ☆3地ATK/DEF1600/800

 ブラック・マジシャン☆7闇ATK/DEF2500/2100→3500/2100

 

 強大な力を内包した魔導書を手に取り、最強の魔法使いが更なる力を解放する。バトル、と妖花は宣言した。

 

「ブラック・マジシャンでコンコルーダを攻撃! ヒュグロの魔導書の効果で『グリモの魔導書』を手札に加え、更にシスティでトークンを、ガールでデザーウルフを攻撃!」

「ぐううっ……!?」

 

 遊貴LP4000→2900→2600

 

 一瞬で場を吹き飛ばされる遊貴。妖花は更にメインフェイズへと手を進める。

 

「『グリモの魔導書』を発動し、『ネクロの魔導書』を手札へ。更にエンドフェイズにシスティの効果を発動。魔導書を唱えたターンのエンドフェイズ、このカードを除外することで魔導書を一枚と光、または闇属性のレベル5以上の魔法使いを手札に加えます。『グリモの魔導書』と『魔導法士ジュノン』を手札に」

 

 何を手札に加えるかは迷ったが、これがおそらく最善だ。マジシャンの指定が揃っている以上、そう容易くは突破されないはずである。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 そして、カードをドローする遊貴。

 彼は引いたカードを見、笑みを浮かべた。

 

「良いデュエル、そしてタクティクスだった。――だが、勝つのは俺だ。墓地の『ブルーインパラス』の効果を発動! 相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターがいない時、墓地のこのカードを除外することで幻獣機トークンを一体特殊召喚する! 更に『幻獣機ハリアード』を召喚!」

 

 幻獣機トークン☆3風ATK/DEF0/0

 幻獣機ハリアード☆4→7風ATK/DEF1800/800

 

 トークンが現れ、戦闘機が現れる。本当に次から次へと凄いデッキだと妖花は思う。

 

「ハリアードの効果を発動。トークンを生贄に捧げることで、一ターンに一度手札から幻獣機を特殊召喚できる。俺は手札より『幻獣機コルトウイング』を特殊召喚! コルトウイングの効果により、トークンを二体生成する!」

 

 幻獣機コルトウイング☆4→10風ATK/DEF1600/1500

 幻獣機トークン☆3風ATK/DEF0/0

 幻獣機トークン☆3風ATK/DEF0/0

 

 現れる幻獣機。効果発動、と遊貴は言葉を紡いだ。

 

「さっきは回避されたが、今度はさせない。――トークンを二体生贄に捧げ、ブラック・マジシャンを破壊し除外する!」

「ブラック・マジシャン……!?」

 

 これを防ぐ術はない。例えば魔導書には魔法か罠を受け付けなくさせる『トーラの魔導書』というものがあるが、これはモンスター効果に対応していないのだ。

 

「更にハリアードの効果だ。一ターンに一度、このカード以外のカードの効果を発動するために自分フィールド上のモンスターが生贄に捧げられた時、幻獣機トークンを生み出す」

 

 幻獣機コルトウイング☆4→7風ATK/DEF1600/1500

 幻獣機ハリアード☆4→7風ATK/DEF1800/800

 幻獣機トークン☆3風ATK/DEF0/0

 

 再び生成されるトークン。本当に厄介なデッキだ。

 

「そして、リバースカードオープンだ。――『風霊術「雅」』。自分フィールド上の風属性モンスターを一体生贄に捧げ、相手フィールド上のカードを一枚デッキの下へ戻す。トークンを生贄に、ガールをデッキの下へ」

 

 ずっと伏せられていたカードが面を上げ、一人の少女が呪文の詠唱を始める。

 使うタイミングは幾度となくあったはずなのに、どうして。

 

「魔導書相手ならば『トーラの魔導書』は当然警戒する。だが、この状況ならば発動はできないだろう。――決着だ、ハリアードとコルトウイングでダイレクトアタック!!」

「あうっ!?」

 

 妖花1900→300→-1500

 

 妖花のLPが0を刻み。

 デュエルは、終わりを告げた。

 

「――ありがとうございました!」

 

 ソリッドヴィジョンが消えていく中、妖花は礼儀正しく遊貴へと頭を下げる。ああ、と遊貴も頷いた。

 

「良いデュエルだった。……一つ、聞いてもいいか?」

「はい。何ですか?」

「率直に聞かせてくれ。夢神祇園とはどういう人間だ?」

 

 真剣な表情で、遊貴がそんなことを聞いてきた。妖花は驚きの表情を作るが、えっと、とすぐに言葉を紡ぐ。

 

「凄く、優しい人です」

 

 それ以上の言葉は何かが違う気がして、口にしなかった。遊貴は、そうか、と小さく頷く。

 

「直接会いたかった。父さんのカードの担い手だったから。……だが、それも無理らしい」

 

 ふと、遊貴がそんなことを言い。

 そして、ありがとう、と妖花と新井に向かって小さく頭を下げた。

 

「縁があれば、いずれまた」

 

 そうして、少年は去っていく。

 一瞬、赤き竜が姿を現し。

 

 ――そして、その姿が見えなくなった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「――さん、新井さん」

「ん……?」

 

 自らを呼ぶ声に、新井はゆっくりと目を開けた。どうやら眠っていたらしい。

 

「って、は? どこだここ?」

「あの、大丈夫ですか?」

 

 周囲を見ると、見覚えのある神社の境内だということがわかる。正面には、心配そうにこちらを見ている少女の姿。

 

「え、あれ?」

「あの、お疲れなんじゃ……」

「いや、疲れとかは別に。……なぁ、さっきまで誰かいなかったか?」

 

 名前が思い出せないが、蟹のような髪型をした少年がいた気がする。だが、妖花は首を傾げるだけだ。

 

「神主の方とはお話しましたけど……」

「……そっか。気のせいだな。よし、帰るか」

「はいっ」

 

 ぼんやりとしか思い出せないということは、きっと夢だったのだろう。しかしこんなところで寝てしまうとは、思ったよりも疲れが溜まっているようである。

 自信のバイクがある場所へ向かっていく新井。故に彼は気付かなかった。

 少女が神社を振り返り、静かに言葉を紡いだことに。

 

「――神様の領域では、奇跡が起こる」

 

 時が歪み、空が歪む。

 その異常は、時として一つの奇跡を生み出してしまう。

 

「何を、伝えに参られたのですか……?」

 

 その問いに、答えられる者は。

 この場には、いなかった。

 

 










神が住まう場所で起きた、縁という名の奇跡。
神々に愛されし巫女姫は、何を願われたのか。








とりあえず神判、てめーは二度と牢獄から出てくるな。いやマジで。


今回はリオ先生、まことにありがとうございます。
我らが遊星さんの息子さんだという彼。歪んだ時空の中で赤き竜の導きにより妖花ちゃんと激突しました。
幻獣機も魔導もポテンシャルはあり、楽しいデッキです。『幻獣機ビッグ・アイ』は強い(確信)
相手のいなかった妖花は、相手を想定することで殴り合うためのデッキを組み上げました。というか魔導でチートドローとかポテンシャル今作品一位なんじゃ……。まあ、仕方ないですね。


更新が遅くて本当に申し訳ないですが、見捨てないでくださると幸いです。
ありがとうございました。



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第四十六話 故に彼女を、〝王〟と呼ぶ




今回はカイナ先生、本当にありがとうございます。










 

 

 大歓声が耳に届く。不愉快というわけではない。だが、どうにも煩わしい。

 

(ああ、またか)

 

 諦めたつもりでも、やはり心のどこかで期待していた。

 強者を。

 己を、烏丸澪を……倒してくれる者を。

 だが現実は、その願いからはあまりにも遠い。

 

『〝決闘王〟を生んだ極東の島国! そこに僅か18の若さで君臨するデュエリスト! 六番目の王――またの名を、〝幻の王〟! 今日の私たちはラッキーだ! その強さをこの目で見れたのだから!』

 

 歓声と共に自分の名が何度も叫ばれる。メディアや大会にあまり姿を見せないために付いた〝幻の王〟という呼び名。まさかアメリカにも知れ渡っているとは。

 

『圧倒的な力! これが〝祿王〟! いや、これこそが〝祿王〟!』

 

 大歓声に、軽く手を挙げて応じる。会場が揺れるような歓声が響き渡った。

 多くのデュエリストが目指し、そして辿り着けない領域。DMの本場たるアメリカで名を上げ、認められるというリアル。

 そんな場所に立ちながら、しかし、〝王〟と呼ばれる少女の心には高揚はない。

 あるのは、ただただ空虚な心のみ。

 

(贅沢なのだろう。そして、礼儀にも反しているのだろうな)

 

 誰もが追い求める場所に立ちながら。

 しかし、それを欠片も喜ばない自分は。

 本当に、どこか狂っているのだろう。

 

(……だが、嗚呼、本当に)

 

 歓声に背を向け、少女は歩き出す。その表情に、笑みはない。

 ただ、一言。

 

「……退屈だな」

 

 誰に告げるわけでもなく、少女はそう呟いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 サングラスと帽子で申し訳程度の変装をし、あてのないままにニューヨークの街並みを歩いていく。こうして海外に来るとわかるのだが、日本というのは本当に治安が良い国だ。若い女が夜に一人で歩いていても、それこそ人通りのないところにでも行かない限り問題はそう起こらない。

 

(黒服を二人も引き連れて街を歩く私は、どう見てもその筋の者にしか見えんのだろうな)

 

 護衛のために澪の側を歩く二人の黒服。KC社から派遣されてきている彼らに僅かに視線を向けつつ澪は呟く。まあ、どれだけデュエルが強かろうが澪も18の女である。荒事となれば少々分が悪い。

 一応、護身術の類は一通り修めてはいる。しかし護身術というのは所詮『護身』であり、喧嘩のための技術ではないのだ。『逃げる』ことに終始した技術で戦おうと思うほど澪も愚かではない。

 

(人が避けて通るのは少し寂しくもあり、しかし妥当とも思える。……まあ、半分ぐらいは彼らの想像通りの人間である以上、仕方がないか)

 

 自嘲の言葉を内心で呟く。縁は切ったとはいえ、それはあくまで書類上のことに過ぎない。この身を流れる血の半分は、あの男と同じモノだ。

 その事実がどうしようもないほどに重く、同時にどうしようもないほどに憎い。

 思ったところで、どうにもなりはしないというのに。

 

(……やはり一人だとどうも暗くなる。昔はこんなこともなかったのだが、な)

 

 一人きりで出歩き、多くのデュエリストを壊すようにして戦ってきた日々。あの日々に後悔はない。結局何も見つからなかったが、だからこそ諦めもついた。

 結局、烏丸澪という存在は一人きりで。

 自分と〝同じモノ〟など、存在しないのかもしれないと。

 そんな、どうしようもない結論しか出せなかったが。

 

(それでもこうしてアメリカにまで出向くのは……やはり、諦めきれないからか。全く、乙女のような思考だ。九分九厘、出会えるはずがないとわかっているというのに)

 

 今回も結局は同じだった。必死に向かってくるデュエリストたちを正面から捻じ伏せる戦い。何人かは心が折れ、しばらく戦えなくなっただろうとそんなことを思う。

 それについて申し訳ないなどと思うことはない。ここで折れるようならいずれどこかで折れていただろうし、それはこちらには関係のないことだ。究極的なことを言ってしまうと、烏丸澪にとって自分の周囲にいる人間――即ち、彼女が『身内』と定義する者以外の他人は生死を含めてどうでもいいのである。

 戦い、興味を惹かれなければそれまで。興味が向かなければ名前どころか顔さえも忘れてしまうのが澪だ。ある意味誰よりも純粋で、だからこそ始末に負えない性質である。

 ――とある人物に〝終わっている〟と評されたのは、この性質故なのだろう。

 まあ、直すつもりもないのだが。

 

「……嗚呼、つまらんな」

 

 大都市の町中を歩きながら、ポツリと呟く。それは不意に出た言葉だからこそ、何よりも本心を表していた。

 諦めきれない、自分の同種を探す日々も。

 こうして、一人夜空を見上げる今も。

 本当に――ツマラナイ。

 

 

「なら、俺とデュエルでもしようぜ」

 

 

 声が聞こえたのは、そんな時だった。

 振り返る。そこにいたのは一人の男性だ。澪の側に控えていた黒服が一瞬身構えるが、すぐに警戒を解く。男の胸元に下げられているモノを確認してだ。

 

「I²社の社員証……、何かご依頼でも?」

「ああ、それもあるな。会長直々のお達しだ。だが、それとは別に興味もある」

 

 一見、にこやかで友好的な笑みを浮かべる男。だが、そこに潜む獰猛さに澪はほう、と吐息を零した。

 これは敵意だ。それも、悪意によるものではない。デュエリストとしての――〝戦う者〟としての敵意。

 澪と向かい合う者はそのほとんどが前提として『侮り』か『敬意』を前面に持ってくる。前者は澪のことをよく知らない者であり、後者は澪のことを知る者が抱くモノだ。デュエリストとして純粋な敵意を向けてくる者など、ここ数年普通の相手では数えるほどでしかない。

 そもそもから〝祿王〟という存在はそれほどまでに遠く、理解し難き領域なのだから。

 

(最後に純粋な敵意を向けてきた者と出会ったのは……ネクロスの時か。まあ、あれは〝悪意〟だったが)

 

 殺意、と言ってもいいかもしれない。あの時相手は確かにこちらを殺す気でいたはずだ。実際そういう戦いだったのだから当然だが、あれ以来そういう感情を向けられたことがない。

 

「デュエリストなら、強い奴とは戦ってみたいと思うのは当たり前だろ?」

「確かに道理ですね」

 

 デュエルディスクを指示してくる相手に、頷きを返す。強い者と戦いたいという気持ちは澪にもよくわかる。まあ、根本的な部分で普通の者が抱くそれとは違うのだが仕方がない。

 ずれていることも、狂っていることも。

 烏丸澪は理解していて、それでも尚こうしているのだから。

 

「では、やりましょう」

「お、いいのか?」

「断る理由もありませんから。――まあ、とはいえ」

 

 デュエルディスクを取り出し、澪は相手を見据える。二人の黒服が、僅かに澪から離れた。

 

「あまり機嫌が良いわけでもありません。……期待を裏切らないで頂けると助かります」

「……成程、いいねぇ」

 

 大抵の者が呑まれてしまう、澪が身に纏う絶対的なまでの空気。だが、男はその中でむしろ笑みさえ浮かべて見せた。

 

「噂以上だな。楽しめそうだぜ……!」

「――ほう」

「ああ、自己紹介がまだだったな。――空時レオだ。今からお前さんをぶちのめす」

「成程。それが虚勢でないと信じましょう」

 

 自然、笑みが浮かんでくる。大会は期待外れだった。だが、もしもだ。

 ――もしも、この男が自分よりも強いならば。

 それだけで、ここに来た意味が生まれる。

 

「「――決闘!!」」

 

 月が隠れる闇夜の中。

 二匹の獣が、激突する。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 空時レオ。その名には澪も聞き覚えがある。確か今回の『シンクロ』を生み出すプロジェクトにも関わっていた人物だ。夫婦でI²社に勤めており、テストデュエルとはいえタッグデュエルでは社内でも上位の実力を誇るという話を聞いたことがある。

 実力者であることは間違いないし、覚えていてもおかしくないはずの相手だ。思い出せなかったのは単純に言葉を交わしたことがなかったためだろう。澪はプロジェクトの中心にいたとはいえ、その仕事の多くはテストプレイヤーとしてのものだった。それ故、裏方と関わる機会があまりなかったのである。

 まあ、そもそもからして『面倒臭い』という理由で表に出たがらず、積極的には関わりたがらなかったというのもあるのだが。

 いずれにせよ、ほとんど初対面であるが知らぬ相手というわけではない。だからどうということでもないが、素性が知れているかいないかでは大きく違う。

 

「俺の先行だ。ドロー。……俺はカードを二枚伏せ、モンスターをセット。ターンエンドだ」

 

 レオの立ち上がりは酷く静かだ。雰囲気から察するに一気に攻めてくると思ったが、そうではないらしい。

 

「随分と静かな立ち上がりだな」

「いきなり手の内を見せるわけにはいかねぇだろう?」

「成程、それもまた道理か。だが、今日の私はいつものように『待つ』気分ではない。来ないのであれば、私の方から往く。――私は手札より、『トランス・デーモン』を召喚」

 

 トランス・デーモン☆4闇ATK/DEF1500/500

 

 現れるのは、紫色の体躯をした悪魔だ。ある意味において実に悪魔らしい姿をしたモンスターの出現に、レオが表情を曇らせる。

 

「厄介なモンスターが出やがったか……」

「まあ、まだ効果は使わんがな。――私はカードを二枚伏せ、魔法カード『墓穴の道連れ』を発動。互いのプレイヤーの手札を確認し、それぞれ一枚ずつ選んで捨てさせ、その後カードを一枚ドローする」

「なっ!?」

「さて、手札を見せてもらおうか」

 

 澪の手札は『暗黒界の狩人ブラウ』と『暗黒界の龍神グラファ』だ。墓穴の道連れ――ピーピングハンデスという強力な効果だが、自分も捨てさせられるというデメリットを持つカードだ。だが、澪の用いる『暗黒界』は手札より捨てられることで効果を発揮する。相性は抜群だ。

 互いの手札がソリッドヴィジョンによって公開される。だが、その瞬間にレオの伏せカードがその姿を現した。

 

「――なんてな、甘いぞ〝祿王〟! 速攻魔法『手札断殺』! 互いのプレイヤーは手札を二枚墓地に送り、その後カードを二枚ドローする!」

「ほう……」

「『墓地に送る』である以上、『暗黒界』の効果は発動しない。そっちのデッキについては有名だからお見通しだ。悪く思うなよ」

「別に構わんさ。有名税というモノには慣れている」

 

 互いに手札を二枚墓地に送り、二枚ドローする。これで墓穴の道連れの解決時に澪の手札は入れ替わり、その効力が最大では発揮できないことになる。

 

「暗黒界と戦う上で厄介なのは『墓穴の道連れ』だ。だが、これなら手札は入れ替わる。効力は十分に発揮できないはずだ」

「確かに予定は少々狂った。だが、空時レオ……といったかな? あなた自身が言っただろう。私は〝祿王〟だ」

 

 澪がカードを二枚ドローする。このうち、一枚でも暗黒界以外のカードならば澪の目論見は外れたことになるのだが――

 

「――この程度で、この私が止まるとでも?」

 

 澪の手札→暗黒界の術師スノウ、暗黒界の龍神グラファ

 

 先程の手札よりも、更に強力。

 公開されたその手札に、なっ、とレオが言葉を漏らす。

 

「ああ、そういえば自己紹介がまだだったか」

 

 サングラスと帽子を取り外し、澪は微笑を浮かべて見せる。

 月の出ない闇の夜。ネオンに照らされた街中に、その美しい黒髪が煌めくようにたなびいた。

 

「――烏丸〝祿王〟澪。末席だが、日本タイトルを預からせてもらっている」

 

 浮かべるのは微笑。しかし、多くの者にとってその微笑は絶望としてしか映らない。

 闇夜に佇む一人の〝王〟は、その絶対性を持って己が最強を指し示す。

 

 暗黒の僕を従える、〝日本三強〟が一角。

 ――人は彼女を、〝王〟と呼ぶ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「おい、野良デュエルだぞ!」

「しかもデュエルをしてるのは〝幻の王〟だ!」

「これを見逃すのは勿体ねぇぞ!」

 

 

 レオとのデュエルが始まってから、すぐに野次馬たちが集まってきた。流石にアメリカ、DMの本場である。日本でも野次馬は集まって来るが、こうすぐに人によるフィールドができる程には集まらない。

 

「さて、選択の時間だ。手札を見せてもらおう」

 

 敬語などどこかに置き去りにした。気分が高揚する。冷めた感情の中、敵を倒すことを喜ぶ自分がいるのだ。

 それがどういう意味を示すのか。澪は知っていて、深く追求することはない。

 人の心など、深淵に潜るべきものではない。底に蠢くのは、醜い感情だけなのだから。

 

 レオの手札→トライワイト・ゾーン、死者蘇生、調律

 

 手札は全て魔法カード。その全てが厄介なカードだ。出来れば全て叩き落としたいところだが、生憎その手段はない。

 

「では、『死者蘇生』を捨ててもらおう」

「……俺はグラファを選択する」

「ならば互いにカードを一枚ドロー。そしてグラファの効果だ。このカードが捨てられた時、相手フィールド上のカードを一枚破壊できる。伏せカードを破壊だ」

「……『リビングデッドの呼び声』が破壊される」

 

 破壊される蘇生カード。成程、少しレオのデッキの形が見えてきた。

『手札断札』によって墓地へいったカードや手札の情報から考えるに、祇園と似たタイプのデッキだろう。大量展開によるシンクロデッキ。単純だが強力なデッキだ。

 

(だが、気になるのは手札断殺で送られた二枚のレベル1モンスターだ。『キーメイス』に『ワイト』……ワイトはともかく、キーメイス? トライワイト・ゾーンのこともある。少年とはまた随分と違う形を見せてくれそうだ)

 

 状況を分析し、確認する。ある程度見えてきたが、まだ全てが見えてきたわけではない。

 ただわかるのは、油断すれば一瞬で持っていかれるということ。

 

「私はトランス・デーモンの効果を発動し、手札の『暗黒界の術師スノウ』を捨てることで攻撃力を500ポイントアップする。そしてカード効果によってスノウが捨てられたことにより、効果を発動。デッキからスノウ以外の『暗黒界』と名の付いたカードを手札に加える。私は『暗黒界の門』を手札に加え、発動」

 

 トランス・デーモン☆4闇ATK/DEF1500/500→2000/500→2300/800

 

 悪魔の攻撃力が上昇する。澪は更に、と言葉を紡いだ。

 

「『暗黒界の門』の効果を発動する。墓地の悪魔族を一体除外することで、悪魔族モンスターを一体捨てる。その後、カードを一枚ドロー。私はブラウを除外し、『暗黒界の尖兵ベージ』を捨てて一枚ドロー。ベージが捨てられたことにより特殊召喚され、更に暗黒界を手札に戻すことで『暗黒界の龍神グラファ』を特殊召喚する。甦れ、最強の暗黒界――龍神グラファ」

 

 闇に閉ざされた世界に、轟音の如き咆哮が響き渡る。

 体を押し潰すような威圧感。二人のデュエルを見守る者たちが、皆一様に息を呑んだ。

 

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100

 

 顕現するは、圧倒的な力を持つ龍神。

 その威容に、野次馬たちはただ固唾をのんで見守るしかない。

 

「そしてリバースカード・オープン。『暗黒界の取引』。互いのプレイヤーはカードを一枚ドローし、その後一枚捨てる。私は『暗黒界の狩人ブラウ』を捨て、一枚ドローだ」

「ドロー。……俺は『ギゴバイト』を捨てる」

 

 再びのレベル1通常モンスター。澪はふむ、と頷きを零した。

 もう一体のグラファを出すという選択肢もあったが、手札の関係からそれを断念せざるを得なかった。決めきれなかった時の返しの保険が必要だったのだ。

 

「さて、長くなったがバトルフェイズだ。――グラファでセットモンスターへ攻撃」

「セットモンスターは『ライトロード・ハンター ライコウ』だ! リバース効果により、トランス・デーモンを破壊! その後デッキトップからカードを三枚墓地へ送る!」

「……ッ、成程。トランス・デーモンの効果は使えんか」

 

 破壊された時に除外された闇属性モンスターを回収する効果を持つトランス・デーモン。だが、ライコウによって破壊されると回収のタイミングでライコウの処理が入り、『タイミングを逃す』こととなってしまう。

 

 レオのデッキから墓地に送られたカード→チューニング・サポーター、ワイトメア、ワイトキング

 

 墓地に送られたのは、いずれもモンスター。その光景を見、ぐっ、と澪は唇を引き結ぶ。

 

(落ちたカードの全てに意味がある……。成程、大した豪運だ。これは少々マズいかもしれんな)

 

 下手をすれば次のターンの返しで倒される可能性さえある。

 だが、できることはない。ターンエンド、と宣言する。

 

「いくぜ、ドローッ!」

 

 勢いよくレオがドローする。あの動きの中、結局レオにダメージは通らなかった。正直、予想外だと思う部分がある。

 動きは悪くなかった。なのに、何故。

 

「いくぜ、俺は魔法カード『調律』を発動! デッキから『ジャンク・シンクロン』を手札に加え、更にデッキトップからカードを墓地に送る!」

 

 墓地に送られたカード→スポーア

 

 マズい、と澪は本能でそう直感した。流れがあちらへと傾きかけている。

 いや、違う。初めからこちらに流れなどなかった。手札断殺の時も、強引にこちら側へと向けさせただけ。

 烏丸澪にはないものを、眼前の男は持っている。

 

「そして『ジャンク・シンクロン』を召喚! 効果により、チューニング・サポーターを蘇生!」

 

 だが、だからといって指を咥えて見ているわけではない。

 

「リバースカード、オープン! 速攻魔法『禁じられた聖杯』! ジャンク・シンクロンの効果を無効にする!」

 

 流れなど必要ない。力でねじ伏せ、力で蹂躙する。必要なのはその意志のみ。

 精霊たちに愛されることがなかろうと。

 退屈な日々の中で生きようと。

 それでも尚、烏丸澪は〝最強〟なのだ。

 

「まだだ! 手札より魔法カード『トライワイト・ゾーン』を発動! 墓地からレベル2以下の通常モンスターを三体特殊召喚する! 来い、キーメイス、ワイト、ギゴバイト!」

 

 だが、その男はそれさえも踏破せんと突き進む。

 

 ジャンク・シンクロン☆3闇・チューナーATK/DEF1300/800

 キーメイス☆1光ATK/DEF400/300

 ワイト☆1闇ATK/DEF300/200

 ギゴバイト☆1水ATK/DEF350/300

 

 現れる三体のモンスター。これだけならばグラファには届かない。

 

「――レベル1、ギゴバイトとレベル1、ワイトにレベル3、ジャンク・シンクロンをチューニング! シンクロ召喚! 『ジャンク・ウォリアー』!!」

 

 ジャンク・ウォリアー☆5闇ATK/DEF2300/1300→2700/1300

 

 現れるのは、青きジャンク品で形作られた一人の戦士。

 その戦士は高々と拳を突き上げ、誇るようにして見せつける。

 

「ジャンク・ウォリアーの効果発動! シンクロ召喚成功時、自分フィールド上のレベル2以下のモンスターの攻撃力分、自身の攻撃力をアップする! パワー・オブ・フェローズ!」

 

 祇園も使う『ドッペル・ウォリアー』と合わせれば3100にまで攻撃力を上げる単純だが強力な効果。だが、それでもまだグラファには届かない。

 

「そして手札より速攻魔法『サイクロン』発動! 『暗黒界の門』を破壊!」

 

 これで攻撃力が並んだ。しかし――

 

「どうするつもりだ? ここでグラファを倒したとて、ジリ貧だろう」

 

 グラファの蘇生はかなり容易だ。相討ちならばジリ貧になる未来が視えている。

 だが、やはりというべきか。

 獅子の名を持つ男は、それがどうしたと言葉を紡いだ。

 

「手札より装備魔法、『下克上の首飾り』をキーメイスに装備する!」

『はいっ!』

 

 最後の手札と、キーメイスより聞こえてきた声に。

 澪は一瞬、呆然としてしまった。

 

「『下克上の首飾り』は通常モンスターにのみ装備でき、装備モンスターが戦闘を行う際に相手の方がレベルが高ければダメージステップ時にレベルの差×500ポイント攻撃力を上げる」

 

 キーメイスはレベル1。グラファとの戦闘においては3500ポイントもの上昇を見せる。

 成程、これは確かに……強力だ。

 

(精霊か。成程、あの豪運にも頷ける)

 

 遊城十代や防人妖花がそうであるように、精霊に愛されるものは総じて通常よりも明らかに異常な幸運をその身に宿す。

 精霊は神と同一視されることもあるほどの存在だ。その寵愛を受けるとなれば、それも当然。

 そしてそれは、自分にはないモノ。

 羨ましいとは思わない。そんな感情はとうに切り捨てている。

 だが、厄介なことには変わりない。

 

「バトルだ。キーメイスでグラファに攻撃!」

「――――ッ!?」

 

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800

 キーメイス☆1光ATKDEF400/300→3900/300

 澪LP4000→2800

 

 本来ならば、相手にならないはずの相手。

 しかし、その矮躯に秘められた一撃により、龍神が砕け散る。

 

「更にジャンク・ウォリアーでダイレクトアタックだ!」

 

 澪LP2800→100

 

 危険域。あと一ポイントで終わりを迎える状況へと持ち込まれる。

 

 

「おいおい、何者だあの日本人」

「まさか、〝幻の王〟が」

「圧されてる……?」

 

 

 聞こえてくる雑音。澪は一度、大きく息を吸い。

 

「手札より、効果を発動――」

 

 冥府の使者ゴーズ☆7闇ATK/DEF2700/2500

 冥府の使者カイエントークン☆7光ATK/DEF2700/2700

 

 冥府へと続く道を渡る二人の使者が、王を守らんと身を屈める。

 野次馬たちが大いに湧く。だが、澪とて理解していた。

 このままでは、ジリ貧だと。

 

「俺はターンエンドだ」

「私のターン、ドロー」

 

 カードを引く。正直、状況はかなり厳しいと言えた。

 出来ることは、本当に限られている。

 

「私は『暗黒界の尖兵ベージ』を召喚し、手札に戻すことで『暗黒界の龍神グラファ』を特殊召喚する。そしてバトルだ。ジャンク・ウォリアーにグラファで攻撃し、相討ちとする」

 

 敵の数を減らしておくことは重要だ。もっとも、これが限界だが。

 

「ゴーズとカイエンを守備表示に。ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー! 『ミスティック・パイパー』を召喚し、効果発動。生贄に捧げることで一枚ドローし、更にそれがレベル1モンスターだった時、もう一枚ドロー出来る。……俺が引いたのは『ワイト』だ。もう一枚ドロー」

 

 これでレオの手札は二枚。本当に、大したデュエリストだ。

 

(強いな、本当に……強い)

 

 久しく見ない強敵だ。思っていた以上に楽しませてくれる。

 

「手札を一枚捨て、魔法カード『ライトニング・ボルテックス』を発動! 相手フィールド上の表側表示モンスターを全て破壊する!!」

 

 空より雷が降り注ぎ、澪の場のモンスターが一掃される。

 LPは僅かに100。

 たった一撃で、全てが終わる。

 

「キーメイスでダイレクトアタックだ!」

 

 一撃でも貰えば、それで敗北。養成の一撃が迫りくる。

 微笑を零す。成程、と。

 こんな形も、悪くは――

 

 

〝必ず……辿り着きます〟

 

 

 聞こえてきたのは、とある少年の声。

 あの日、あの場所で。絶対的な力の差を見せつけられながら、あの少年はそう言った。

 

(あの時、私は何と答えた?)

 

 覚えていないはずがない。あの日、烏丸澪は確かに答えた。

 ――〝待っている〟。

 そう、答えたのだ。

 あの時確かに、烏丸澪はそう答えた。

 ならば――

 

「ああ、そうだな少年」

 

 鐘の音が、鳴り響く。

 

 

「――約束だ」

 

 

 バトル・フェーダー☆1闇ATK/DEF0/0

 

 強制的に戦闘が終了する。

 その鐘の音は、終焉の音に似ていた。

 

「くっ、俺はターンエンドだ」

「私のターン、ドロー」

 

 手札は、二枚。場には戦う力のないモンスターが一体だけ。

 ほとんど『詰み』に近い状態だ。しかし、烏丸澪はまだ終わらない。

 

「敗北は、まだ受け入れられない」

 

 それはあの日からずっと望んでいたことで。

 そして、手に入れられないモノだけれど。

 

「約束を破るのは、少々私の流儀に反する。――手札より魔法カード『貪欲な壺』を発動! 墓地より冥府の使者ゴーズ、暗黒界の術師スノウ、暗黒界の狩人ブラウ、トランス・デーモン、暗黒界の龍神グラファの五枚を戻し、二枚ドローする!」

 

 烏丸澪に、精霊の加護はない。むしろ、多くの精霊たちが彼女からは遠ざかっていく。

 とある精霊に告げられたことがある。自分は『異常』であり『異端』なのだと。共に歩くわけではなく、全てを捻じ伏せる存在。己の意志とは関係なしに、烏丸澪という存在はただそこにいるだけで精霊たちをそうさせる。

 故に、彼女は一人。

 故に、彼女は孤高。

 愛情でも、憎悪でも、善意でも、悪意でも、好意でも、敵意でもなく。

 

「そして『手札抹殺』を発動! 私の捨てるカードは二枚……『暗黒界の術師スノウ』と『暗黒界の尖兵ベージ』だ! 捨てた枚数であるカードを二枚ドローし、ベージを特殊召喚! 更にスノウの効果により『暗黒界の門』を手札に加える!」

 

 ただただ純粋な力と存在により、烏丸澪はそこにある。

 

「『暗黒界の門』を発動し、ベージを手札に戻すことで『暗黒界の龍神グラファ』を墓地より特殊召喚する!!」

 

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100

 

 再び蘇る龍神。しかし、これではまだ届かない。

 

「『暗黒界の門』の効果を発動。墓地のスノウを除外し、ブラウを捨てて一枚ドロー。更にブラウの効果によってもう一枚ドローする。……魔法カード『愚かな埋葬』を発動。デッキから『暗黒界の龍神グラファ』を墓地に送り、ベージを召喚。手札に戻すことでグラファを蘇生する」

 

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100

 

 並び立つは、二体の龍神。

 王が従える魔物が、咆哮する。

 

「私はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 周囲からざわめきの声が漏れた。確かにキーメイスは首飾りがある以上倒せない。しかし、だからといって何もしないままだと敗北だ。

 

「俺のターン、ドロー! 俺は手札より『調律』を発動! 二枚目の『ジャンク・シンクロン』を手札に加え、デッキトップからカードを一枚墓地へ送る! 墓地に送られたのは――『ダンディ・ライオン』だ! 綿毛トークンを二体特殊召喚!」

 

 綿毛トークン☆1地ATK/DEF0/0

 綿毛トークン☆1地ATK/DEF0/0

 

 ここにきて、この落ち。成程、冗談とは思えない強さだ。

 正に、愛されし者。

 

「そして、ジャンク・シンクロンを召喚! 効果でチューニング・サポーターを蘇生!」

 

 シンクロの準備が整う。しかし、その瞬間。

 ――レオのフィールドのモンスターが、全て吹き飛んだ。

 

「なっ……!?」

「――罠カード、『魔のデッキ破壊ウイルス』。攻撃力2000以上の闇属性モンスターを生贄に捧げることで攻撃力1500以下のモンスターを全て粉砕する。更に三ターン、ドローカードさえも喰らうことになるが……まあ、それはいいだろう」

 

 撒き散らされたウイルスにより、レオの場が荒らし尽くされる。

 手札は0。何も残されていないその状況下では、如何なる豪運も意味を成さない。

 

「さて、私のターンだ。ドロー。……ベージを召喚し、手札に戻すことでグラファを蘇生する」

 

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100

 

 再び蘇る、最強の龍神。

 相手が如何なる存在であろうと、正面から捻じ伏せ、叩き伏せる。

 

「そうだな。もしも、あの日。私がプロになると決めたあの時――一人で戦うことを決めたあの日ならば、敗北しても良かった。きっとそれを私自身も望んでいた。だが、今は駄目だ。私を、烏丸澪を〝最強〟として目指す者がいる。昔ならばどうでも良かったが……今はそうはいかないのでな」

 

 ――悪く思うな。

 その言葉と共に、終幕の一撃が振り下ろされる。

 

「随分長い時間をかけたが……これで終わりだ」

「――――ッ!?」

『レオさん!?』

 

 レオLP4000→-2000

 

 龍神の一撃により、LPが削り取られる。

 野次馬たちの歓声が、決着の合図だった。

 

「……月は見えない、か」

 

 その絶対的な力を称え。

 人は彼女を、〝王〟と呼ぶ。

 

 ――たった一人の、孤高の王と。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 野次馬に一折応じた後、澪は護衛を連れてレオと共にレストランにいた。高級レストランに入ってもよかったが、レオに拒否されたのでやめておいた。まあ、場所などどこでもいいのだが。

 

「ペガサス会長の依頼?」

「ああ。それとあんたが会長に渡した真っ白なカード。あれについても話があるんだそうだ」

「真っ白いカード? 何の話だ?」

「いやいや、興味持てよ。あんたが持ち込んだんだろうが」

 

 レオが呆れた調子で言うが、本当に記憶にない。忘れているということは興味を抱かなかった、あるいは必要ないと判断したことのはずなので、正直どうでもいいのだが。

 

「それよりも、お二人も座って食事をしては如何ですか?」

「は、いえ、烏丸様の護衛任務中ですので……」

「食事を終えれば大人しくホテルに戻りますよ。そもそも護衛が大げさなのですから」

「しかし……」

「料金なら私がお支払いしましょう。食べる時に食べておかないと、いざという時に困るものです」

 

 祇園の口癖だ。眠すぎて朝食に手が伸びない時に何度も言われた。

 

「……では、失礼します」

「ええ。……さて、失礼した。それで、依頼というのは?」

「詳しいことは日本に戻ってからって事になってる。てか、俺には敬語なしか」

「挑戦者にはこういう言葉遣いが染みついているのでな。一応、これでも敬意は払っているつもりではあるが」

「まあいいけどな。とにかく、一度日本に戻ってくれ。観光とかは悪いが諦めてもらうことになるが――」

「ああ、安心して欲しい。元より明日には帰るつもりだったよ」

 

 コーヒーを口にしつつ、申し訳なさそうなレオにそう応じる。レオが何でだ、と言葉を紡いだ。

 

「予定じゃ明日はオフだろ?」

「まあ、そもそも観光にあまり興味がないのと、そうだな……日本食が恋しくなった、というところかな? 特に食事だ」

 

 別に食事が不味いというわけではない。ただ純粋に、肌に合わないのだ。

 

「特に魚料理が恋しくなってきた。肉料理はあまり好きではない分、余計にな」

「成程な。気持ちはわかる」

「まあ、そういうわけだ。ペガサス会長にはそう伝えておいて欲しい」

 

 そう言うと、澪はさて、と呟きながら立ち上がった。そのまま、それではな、と言葉を紡ぐ。

 

「また会う機会もあるだろう」

「そうだな。今度は負けねぇぞ」

「その時は本来のデッキを見せてくれると嬉しいよ。私はいつでも待っている。この場所でな」

 

 笑みと共にそう返し、護衛の二人を連れて店を出る。その途中で、携帯にメールが来ていることに気付いた。

 また仕事だろうか、と思い確認する。相手は――祇園。

 こちらの調子を確認する内容と、いつ戻れるかのメールだ。そういえば、慌ただしくここへ出てきたせいで伝えていなかったか。

 

「明日には帰るよ、少年」

 

 彼がアカデミアに戻るまで、そう時間は残っていない。

 ならば、その時まで少しは見守っていたいと思う。

 

「弱くなったな、私は」

 

 首を傾げる護衛二人になんでもないとそう告げて。

 烏丸澪は、歩を進める。

 

(だが、悪くはない)

 

 姿を見せぬ月を見上げ。

 王と呼ばれる少女は、静かに呟いた。

 










絶対的な強さ。それ故に、彼女は手に入れることができない。
彼女が求めるモノを手にするのは、いつの日か。








大変遅くなってしまい、もうしわけありません。最後のコラボです。
今回はすぴぱる小説部にてカイナ先生が連載中の『遊戯王GX~パラレル・トラベラー~』とのコラボとさせていただきました。
本当に、ありがとうございます。


そして次回より、冬休みも終わっての本編スタート。
予告編と合わせて、お付き合いいただけると幸いです。



ありがとうございます。


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予告 七星動乱編

「もう一度、よろしくお願いします」

「ええ、歓迎しますよ」

 

 

 多くの思惑に翻弄されてきた少年は、再びその地の土を踏む。

 迷いを心の内に抱えながら、それでも前を向くために。

 

 

「女子寮ができたんだね」

「うん。方針変更でなー。ゆーてもレッド寮に落ちる子は今のところおらんよ。イエローに落ちた子なら何人か男女問わずおるけど。逆に上がった子も」

「まあ、僕には無縁のこと……かな?」

「出席とかいろいろ面倒臭いしなぁ。祇園の場合」

 

 

 戻ってきた場所は、少し変わっていたけれど。

 それでも、温かで。

 

 

「いいんじゃねーの? お前の人生だろ、お前が決めろよ」

「祇園、デュエルだデュエル!」

「祇園ちゃん、良かったねぇ……。戻って来れて、本当に良かったよ」

 

 

 過ぎていく日常。

 少しずつ変わっていく日々。

 

 

「は、初めまして! 早乙女レイです!」

「……えっと、どういうことなの?」

「あんたらまさかこんな小さい子を誘拐してきたんやないやろな?」

「なんでだよ!?」

「桐生テメェふざけたこと」

「へぇ? そうなの宗達?」

「すんませんマジで勘弁してください雪乃殺さないで」

 

 

 騒がしくも、心地良い日々。

 一日一日が、本当に輝いていて。

 

 

「俺は帰って来たぞ! 如月!  貴様に今度こそ勝利するために! 忘れているなら教えてやる! 俺の名は! 一!!」

「「「十、百、千!!」」」

「万丈目サンダー!!」

「「「サンダー!!」」」

「チェンジで」

「貴様ァ!!」

 

 

 だからこそ、迷いが深まり。

 

 

「どちらを選ぼうと後悔はするさ。選択など総じてそんなものだ。結局はな」

「納得するしかないんよ。どんな道を選んでも、自分自身を納得させることができるんやったらそれがきっと正しい道や。そう、信じて納得するしかあらへん」

 

 

 そして――黄昏が来る。

 

 

「生徒たちに、手出しはさせません。私はデュエル・アカデミアの校長です。私には彼らを命懸けで守り切る義務があり、使命がある」

「闇は光を凌駕できない……! 決して諦めてはいけませンーノ!!」

「……すまない。俺は――」

「殺し合うなら、相応の覚悟をしていくべきだ。最早これはゲームではないのだからな」

「不甲斐ないなぁ……。何もできひん自分が、不甲斐ないよ」

「悪いな、雪乃。先に逝っててくれ。俺もすぐに逝く」

「……仕方ないわねぇ。いいわ、待っててあげる」

「勝つために! 強くなるために俺はここにいるのだ!」

「届いて、ください……! お願い、届いて……ッ!!」

 

 

 絶望の果てに。

 少年の手に、背に、残ったモノは――

 

 

「否定はさせない、絶対に。それだけは、させない」

 

 

 貫くと決めたのは、心に宿る大切なモノ。

 懸けると決めたのは、たった一つの小さな命。

 

 

 遊戯王GX―とあるデュエリストの日々―

 七星動乱編

 

 

 

 



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第四十七話 帰ってきた場所

 

 

 

 

 日数にすれば決して長いわけではなく、しかし、体感としては異常に長かった日々。

 永遠に続けばいいと思うけれど、そんなことはありえなくて。

 日々は移ろっていく。

 変わっていく。

 ――人の心を、置き去りにしたままに。

 

 

 

「また、よろしくお願いします」

「ええ、歓迎しますよ」

 

 始業式を終え、夢神祇園は校長室にいた。彼の他にいるのは校長である鮫島と、技術最高責任者であるクロノス教諭だ。

 出席日数などの問題から、アカデミア本校へと戻ってきた祇園。その置かれている状況が少々特殊であるため、こうして手続きに来ているのだ。

 

「シニョール夢神はオシリス・レッドに所属することになるノーネ。部屋は以前と同じなので、確認しておくとよろしいでスーノ」

「はい。ありがとうございます」

「購買部の方にも話は通してあります。この後に伺ってください」

 

 アルバイトの件は少々不安だったが、問題ないらしい。はい、と祇園は頷く。

 戻ってきたのだ――懐かしいような、そうでないような。どこかむず痒い感覚を覚えてしまう。

 

「では、失礼します」

「ええ。何かあれば申し出てください。……ああ、それと」

 

 頭を下げ、部屋を出て行こうとする祇園。その彼へ、鮫島が思い出したように言葉を紡ぐ。

 

「どうするかは……決まりましたか?」

「……すみません」

 

 力なく頭を振る祇園。構いませんよ、と鮫島は言葉を紡いだ。

 

「ゆっくりと考えてください、と私個人はそう思います。しかし、期限はありますから」

「……はい」

「良き学園生活を」

 

 その言葉に祇園はもう一度頭を下げ、部屋を出て行く。それを見送ってから、鮫島はふう、と小さく息を吐いた。

 

「恨み言の一つ……いえ、それこそ罵詈雑言を浴びることは覚悟していたのですが」

「シニョール夢神は、何も言ってこなかったでスーノ」

「恨みはあるのでしょう。それは間違いありません。ですが、それをぶつけることに意味がないとわかっている――いえ、〝諦めている〟のでしょうね。あの若さで、怖いものです」

 

 息を吐く。鮫島が外へと視線を向けると、その視界にあるモノが映った。

 ――ヘリコプター。それも、普段この島に来るものとは違う型だ。

 

「おや、来客でしょうか」

「生徒は一名を除き全員揃っていまスーノ」

「ふむ。来客は聞いていませんが……確認のためにも出迎えに行きましょうか」

 

 鮫島が立ち上がり、部屋を出て行く。それを見送ってからクロノスはリモコンを取ると、室内のテレビをつけた。

 映るのはニュース番組。そこに、見覚えのある少年が一人映っている。

 

『ニュースです。日本人では史上最年少、如月宗達さん(16)がフロリダに本拠地を持つDMプロチーム『フロリダ・ブロッケンス』のプロテストに合格しました。如月さんはデュエル・アカデミア本校の一年生で、今後その動向に注目が集まります』

 

 現在のアカデミアにおける一年生では文句なしの№1、全校生徒の中でも1、2を争う一種の〝天才〟。

 アメリカへ渡っているという話はクロノスも聞いていたが、まさかこんなことになっているとは。

 

「……彼にとっては、どちらが一番なノーネ……」

 

 今日、唯一始業式に姿を現さなかった生徒のことを思い浮かべ。

 クロノスは、ため息を零した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ヘリから降り、長旅で固まってしまった体をほぐすために如月宗達は思い切り伸びをした。その背後から、初老の男性――皇〝弐武〟清心も降りてくる。

 

「あー、くそ、疲れた。ヘリはやっぱ慣れねー」

「なんだ、この程度で音を上げてるのか小僧? 軟弱なこってな」

「テメェと違ってデリケートなんだよクソジジイ。……つーか、何でテメェも付いて来てんだよ」

 

 振り返りつつ問いかける。清心は煙草をくわえつつ、そうだな、と言葉を紡いだ。

 

「昔の知り合いに会いに来た……ってのはどうだ?」

「どうだもクソも知るかそんなもん」

「興味がねぇなら聞くもんじゃねぇ。……まあ、実際昔の知り合いがここにゃあいるからな」

 

 肩を竦める清心に、あっそ、と宗達は言葉を紡ぐ。実際、興味はそこまでないのだ。清心がどうしようが宗達には関係ないのだから当然だが。

 ヘリのパイロットに礼を言い、二人は室内へ入ろうと歩き出す。だが、彼らが扉を開ける前に別の人物が屋上へと姿を現した。

 ――鮫島校長。

 アカデミア本校の校長にして、サイバー流師範。同時に、如月宗達にとっては〝敵〟とも認識する相手だ。

 

「来客かと思えば……キミでしたか。始業式には遅刻ですよ」

「レッド生に出席は関係ねぇだろ」

 

 そう言い切ると、宗達は鮫島の隣を通り過ぎて室内へ入って行こうとする。その背に対し、鮫島は静かに言葉を投げかけた。

 

「夢神くんが戻ってきていますよ」

「…………」

 

 宗達は何も言わず、一瞬だけ手を止めただけだった。それを見送り、やれやれと清心が言葉を紡ぐ。

 

「若ぇなぁ、小僧も」

「仕方がありません。彼にとって私は敵ですから」

「何があったかなんてのは知らねぇし、知る気もねぇやな。どうでもいい。……懐かしい顔だが、思い出話をするような間柄でもねぇだろう。じゃあな」

 

 清心はそれだけを言い切ると、軽く手を振って室内へと入っていく。鮫島はそれを見送り、肩を竦めた。

 

「相変わらずのようですね。……妙な組み合わせかと思えば、そうでもない。似ています、確かに」

 

 昔のあなたと、と鮫島は言う。

 

「私がかつて否定したあなたの在り方と……彼は、非常によく似ている」

 

 厄介なことにならなければいい――鮫島は、疲れたようにため息を漏らした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 離れていた間に、どうやら色々と変わった部分があるらしい。一番は女子寮だろう。女生徒は例外なくブルー生となるはずだったのだが、方針が変わったらしい。

 まあ、とはいえ祇園にはあまり関係がないのだが。

 

「お世話になります」

「それはこっちの台詞だよ、祇園ちゃん。人手があると本当に助かるから」

 

 購買部の責任者であるトメさんに頭を下げると、トメさんはそう返事を返してくれた。それに改めて礼を言いつつ、購買部のエプロンで身を包む。そのまま、それで、と食堂――購買部と食堂は同じ場所にある――の方を振り返りつつ言葉を紡いだ。

 

「これはどういう状況なんですか?」

 

 そこでは無数のアカデミア生が入り混じり、一つの円を形作っている。中央では丸藤翔がラーイエローの生徒と向かい合い、デュエルを行っていた。

 別にデュエル自体は普通のことであるし日常だが、雰囲気がどこか殺気立っているのだ。

 

「ああ、それはこれやで祇園」

「美咲?」

 

 背後から肩を叩かれ、振り返るとそこにいたのは幼馴染であり約束の相手――桐生美咲だ。彼女は微笑ながら近くに張ってあるポスターを指さしている。

 

「えっと……『武藤遊戯のデッキ展示』?」

「そ、遊戯さんのデッキ公開や。ゆーても神のカードはあらへんし、バトルシティ当時のそれやから今のデッキゆーわけやないんやけどな」

「え、でもそれは凄いよ。興味あるな」

 

 思わずポスターの方を凝視してしまう。〝決闘王〟武藤遊戯。〝最強〟とは誰か、という論議が起こった際に必ず最初に名前が挙がり、同時にそれを否定させないだけの実績を残してきた生きる伝説。

 そんな人のデッキが見られるというのは、かなりのことだ。正直かなり興味がある。

 

「ま、そら当然や。でも、やからこそこんなことが起こるわけで」

「こんなこと?」

「整理券を配ってるのよ。それで、残りが一枚になっちゃったからああしてデュエルで決めてるわけね」

「……成程」

 

 合点がいった。確かにアカデミアの生徒は例外なく訪れるだろうし、そうなると整理券でも配らなければ混乱するのは間違いない。

 

「それで翔くんがデュエルしてるんだ。……えっと、相手の人は……」

「神楽坂くんやな。制服を見ての通り、ラーイエローの子やね。座学は優秀なんやけど、ちょっと実技に問題がある子でなー……」

「あ、そっか。美咲は非常勤講師だもんね」

「うん。まあ、見てたらわかる――」

「――『古代の機械巨人』を召喚するノーネ!!」

 

 美咲の声を遮るように、神楽坂の宣言が響き渡る。見れば、そこにいたのはアカデミア本校が誇る技術指導最高責任者の切り札だ。

 

「あれってクロノス先生の……」

「そ、神楽坂くんが使っとるんはクロノス教諭のコピーデッキや。なんや本人の性質か知らんけど、コピーデッキを使っとる時にその人になりきるみたいでなぁ」

「へぇ、そうなんだ」

「まあ、コピーが悪なんて思わんしそれはそれで貴重な才能や。せやけど、ちょっとな」

 

 美咲が渋い顔をする。その理由はすぐに現れた。

 

「『サンダー・ブレイク』を発動し、古代の機械巨人を破壊! 更にモンスターでダイレクトアタック!」

 

 至極単純な、『モンスターを除去して攻撃する』という方法によって翔に軍配が上がる。それを見たトメが翔に整理券を渡した。

 

「はい。整理券だよ」

「やったッスー!」

 

 喜びの感情を見せる翔。決着がついたことにより二人のデュエルを見守っていた人だかりが散って行くのだが、その過程で祇園の耳にいくつかの声が入り込んでくる。

 

「なんだよ神楽坂の奴、コピーデッキで負けてやがる」

「猿真似は所詮猿真似か」

「アイツ、レッドに落とされるんじゃねーの?」

 

 聞こえてくる嘲笑の言葉。思わず眉が歪み、神楽坂の方へと祇園は視線を向ける。俯いている彼に何か声をかけようかと思ったが、彼を知らない身で何を言えばいいかわからなかった。

 そんな祇園とは違い、デュエルを見守っていたらしい三沢が神楽坂の傍まで歩み寄ると、その肩を軽く叩きつつ言葉を紡ぐ。

 

「ドンマイだ。こういう時もあるさ」

「…………ッ、お前に何がわかるッ!?」

 

 三沢の言葉は当たり障りのないもので、特におかしなところは見られなかった。

 だが、何かが神楽坂の傷口に触れたのだろう。弾き飛ばすように三沢の手を振り払い、神楽坂は三沢を睨み付ける。

 

「学年主席のお前に何が! 俺の何がわかるっていうんだ!」

 

 そのまま、神楽坂は荒々しくこの場を立ち去っていった。どうしていいかわからず呆然としていると、まいったな、と三沢が苦笑しながらこちらへと振り返る。

 

「失敗してしまったらしい」

「ミスゆーほどでもないと思うけどなぁ。三沢くんは何も間違っとらんよ。神楽坂くんも」

「……うん。気にしなくていいと思うよ」

「わかっているさ。だが、部屋が隣ということもあってやはり気にはなる」

 

 苦笑しながら言う三沢。彼の面倒見の良さについては祇園も知っている。そんな彼にとっては、神楽坂を放ってはおけないのだろう。

 

「三沢くんの気持ちもわかるけど、どうしようもあらへんよ。ウチもアドバイスはしたけど、アレは本人が気付かん限りどうしようもあらへん」

「でも、コピーデッキを作れるのは才能だと思うんだけどな」

「才能やで? けど、それだけやとアカンのも事実や。殻を破ることができたら化けるんやけどなぁ」

「そうなんだ……」

 

 立ち去っていった時の神楽坂の姿を思い出す。追い詰められた、悲壮な表情。あの表情には見覚えがある。

鏡の前で、何度も何度も目にした顔だ。

 

「……ま、考えてもしゃーないよ。翔くんも行ってしもたみたいやし、祇園も仕事やろ?」

「あ、うん」

「そうか。頑張れよ祇園」

「ありがとう」

 

 礼を言うと、気にするなと言いつつ三沢は立ち去っていった。美咲が、うーん、と伸びをする。

 

「ウチも書類仕事があるし、ここでやっていこかな。授業の準備もせなアカンし」

「明日からのだよね?」

「ビシビシいくから覚悟しとかなアカンよー?」

「あはは……お手柔らかに」

 

 苦笑を返し、トメから指示を聞く祇園。美咲も机の上にノートパソコンを広げ、何やら打ち込み始めた。あれが仕事なのだろう。

 とはいえ、今日は始業式の日である。何か大きなイベントがあるわけではない。故に掃除とレジ打ち、在庫のチェックが主になるのだが――

 

「いらっしゃいませ。……って、藤原さん?」

 

 早速来た相手に、祇園は首を傾げる。藤原雪乃――購買部に来ること自体はおかしいことではないが、こんな時間に彼女が一人で来るのは非常に珍しい。

 

「あら、ボウヤ。購買部にも戻れたのね?」

「はい。お陰様で」

「フフッ、ボウヤの人徳よ」

「何か買いに来たの?」

「申し訳ないけれど、今回は違うわ。宗達、ここに来てないかしら?」

「宗達くん?」

「侍大将なら来てへんよー?」

 

 始業式に姿を現さなかった友人の名に美咲と共に首を傾げる。雪乃は美咲の言葉に、そう、とため息を零した。

 

「今日帰って来るって聞いていたんだけれど……寮にもいなかったから」

「なんや、結局始業式サボってたん?」

「どうかしら。いつも通りならそうかもしれないけれど……」

「侍大将の事やし、どっかで昼寝でもしとるんちゃうかな?」

「確かにそんな気はする」

 

 美咲の言葉に頷きを返す。そもそもから真面目に授業に出ない人間だ。その間何をしているのかは知らないが。

 ……正直、授業に出ないでそれなりの成績を出す宗達の能力をちょっと羨ましいと思う自分がいる。

 

「ふぅ……じゃあ、やっぱりあそこかしらねぇ……」

 

 呟き、雪乃が立ち去っていく。それを見送り、そっか、と祇園は呟いた。

 一度は別れたはずの友人たちと言葉を交わし。

 それが当たり前として、ここにある事実を前に。

 ようやく……理解する。

 

「……戻って来たんだ」

 

 一年も二年も離れていたわけではないのに。

 ――随分と久し振りのような気がした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「くそっ、くそっ、くそっ……!」

 

 何故、という言葉が何度も頭の中を駆け巡る。強いデッキを使えば強くなれるはずだ。クロノスのデッキなどその典型ではないか。技術指導最高責任者。入学試験でこそケチがついたが、その実力を疑う者はいない。

 多くのデッキを使ってきた。その度に人格もコピーしようとした。

 しかし――勝てない。

 勝つことが、できない。

 

「何故、どうして、どうして俺は……!」

 

 コピーデッキ――そう言われ、蔑まれていることはわかっている。だが、どうしようもないのだ。

 デッキを作れば、いつも誰かのデッキを真似たモノになってしまう。そして、負ける。

 どうにかしたくても、どうにもできない。

 ただ、ただ、敗北が積み重なっていく。

 

「……人の声がすると思えば、何してんだ?」

 

 不意にそんな声が聞こえてきた。見れば、そこにいるのは制服を着ていない一人の男子生徒。

 ――如月宗達。

 プロテストにも合格した、おそらくアカデミア生においてはカイザー以外に彼に勝てる者がいないほどの力を持つデュエリスト。

 多くの敵意に囲まれながら、それでもなお力を示し続ける人物。

 

「……如月……」

 

 思わず名前を呼ぶ。だが、宗達はそれに対して眉をひそめた。

 

「……あー、悪い。誰だ?」

「…………ッ」

「面と名前覚えんの苦手なんだよ。つーか、静かにしててくれ。眠れねーから」

 

 欠伸をしつつそんなことを言う宗達。そのまま彼は近くにあった大きな岩の上で横になった。本当に眠ってしまうつもりらしい。

 こちらへ背を向ける宗達。その態度が、酷く癇に障り。

 神楽坂は、ふざけるな、と地を這うように低い声で言葉を紡いだ。

 

「お前も、お前も俺を馬鹿にするのか!?」

「……何いきなりキレてんだよ、面倒臭ぇな」

 

 身を起こし、言葉通り心底面倒臭そうにこちらへと体を向ける宗達。大きな岩に座る形になっているためか、こちらを見下ろすような状態になっていた。

 見上げ、見下ろされる形。それだけなら気にはならなかっただろう。だが、宗達の目が。こちらへ全く興味を示していない目が、どうしようもなく――苛立った。

 

「俺はオマエのことなんざ知らねーよ。知りもしねぇ相手を馬鹿にするもクソもねぇだろ」

「ぐっ……!」

「わかったら失せろ」

 

 まるでこちらを動物か何かと思っているかのように手で追い払う仕草をする宗達。神楽坂はその姿を見、反射的にデュエルディスクを取り出した。

 

「デュエルしろ如月!」

「断る」

 

 怒りを込めた言葉は、しかし、即座に否定される。

 宗達の瞳には、『面倒』以外の感情は映っていなかった。

 

「そんな気分じゃねーんだよ。気が乗ったら相手してやるから今日は出直せ」

「戦うまでもないというつもりか!?」

「眠いっつってんのにうるせぇなぁ……」

 

 はぁ、とため息を吐く宗達。瞬間。

 

 ――ゾクリと、全身に悪寒が奔った。

 

 冷たい目線。こちらをまるでゴミか何かとでも思っているかのような、鋭い瞳。

 それは本当に一瞬のことで。

 しかし、だからこそ……何も言葉が出なかった。

 

「――殺すぞオマエ」

 

 ごくりと、無意識のうちに唾を呑み込み。

 気が付いた時には、背を向けて逃げ出していた。

 

 ……逃げてしまった、自分が。

 どうしようもなく……情けなかった。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

「……酷いヒトね、相変わらず」

「見てたのかよ。仕方ねぇだろ、眠いんだしよ」

「まあ、あのコと宗達じゃ勝負にならないと思うけれど」

「知ってんのか?」

「一応は同じ学年よ?」

「ああ、見覚えはあったのはそれでか。どうでもいいけど」

「相変わらずねぇ」

 

 クスクスと笑う雪乃。宗達は、まあな、と言葉を紡いだ。

 

「敵意向けてくる奴に笑いかけるなんざ、俺にはできねぇからな」

「本当、敵ばかり作るヒトねぇ……」

「今更だよ。……まあ、そんなことはどうでもいいだろ?」

 

 岩から飛び降り。

 少年が、少女の前に立つ。

 

「ただいま」

「――お帰りなさい」

 

 それは、必要な儀式で。

 当たり前のように、唇が重なった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 夜。レッド寮の厨房で洗い物をしていた祇園の下に、十代たちがどこか興奮した様子で走り寄ってきた。首を傾げると、十代がどこか楽しそうに言葉を紡ぐ。

 

「なあ祇園、遊戯さんのデッキを見に行こうぜ!」

「……えっと、どういうこと? 公開は明日だよね?」

 

 世界最強のデュエリスト、〝決闘王〟武藤遊戯。彼のデッキ公開は明日だ。祇園もアルバイトとしてその公開には参加する。だがそれは明日の事であり、今はまだ公開はされていないはずなのだ。

 

「それに十代くんの分の整理券は翔くんが手に入れてたよね?」

「はいッス。けど、アニキが我慢できないって……」

「明日までなんて待てねぇって! 行こうぜ祇園!」

 

 興奮した様子で言う十代。以前、こうして夜中に抜け出したことが問題になったというのに懲りていないらしい。

 

「こうなったら十代は止まらないんだな」

 

 苦笑しつつそんなことを言うのは隼人だ。それには頷くしかない。思い立ったら即行動は十代の性質であり長所である。

 とはいえ、祇園も〝決闘王〟のデッキには興味がある。最強――その名に憧れるのは当然だ。

 

(……〝最強〟)

 

 祇園にとって最強とはイコールで〝祿王〟のことだ。美咲を始め、今の祇園には勝つことのできない相手はいくらでもいる。だが、烏丸澪――彼女はその中でも次元が違う。

 勝てないを通り越した、〝どうにもならない〟絶望感。あれが、あれこそが……最強。

 目指すと決めたその領域。少しでもその切っ掛けを掴みたい。

 

「じゃあ、いこっか。丁度食器も洗い終えたしね」

「おっ、流石だな祇園! って、そういえば宗達はどこだ? 飯の時にはいたのにいつの間にかいなくなってるんだけどさ」

「部屋にいないの?」

「呼びに行ったんスけど、いなかったッス」

「……女子寮に行ってるのかな?」

 

 元々、宗達はレッド寮で寝ることは少ない。祇園と同室だったのだが、あまり宗達が戻ってくることはなかったのを覚えている。

 夕食の時は隅の方にちゃんといたので、来ていないわけではないはずだが。

 

「まあ、仕方ないか。あんまり話せなかったから話したいんだけどな」

「アメリカに行ってたんだっけ?」

「はいッス。プロテストに合格は流石に驚いたッスけど……」

「アレは流石に驚いたんだな……」

 

 寮を出ながら、隼人の言葉に頷きを返す。ニュースで流れてきた話――宗達がアメリカのプロチームの入団テストに合格し、プロライセンスを取得したという。夕食時に寮の食堂で見たそのニュースにその場にいた全員が宗達の方を見たのだが、その時既に彼の姿はなかった。

 その辺りのことも聞いてみたいが……まあ、それは次の機会だろう。

 

「でも、戻って来たってことはプロにならねぇのかな?」

「それはないと思うけど……」

「どうしてッスか?」

「前に聞いたことがあるんだ」

 

 月明かりの中。

 思い出すのは、一つの問答。

 

 

〝オマエ、何でプロを目指すんだ?〟

〝約束があるんだ。僕を救ってくれた人との、大事な約束が〟

〝そのために目指すのか? 相手もちゃんと覚えてるんだよな?〟

〝それは……わからないよ。多分、覚えてないと思う。僕にとって大切でも、相手にとってどうかはわからないから〟

〝それでも、目指すんだな?〟

〝うん〟

〝いいな。やっぱオマエ、凄いよ〟

〝宗達くんは? どうして、プロに?〟

 

 

 退学が決まったあの日に、交わした言葉。

 月明かりの下で、〝侍大将〟と呼ばれる少年は。

 

「――『自分自身を証明する』。宗達くんはそう言ってたよ」

「証明?」

「うん。強くないと生きられない。生きていけないから、って」

 

 その言葉の意味と重みは、祇園にもわかる。祇園自身がそうだ。強くならなければ、強くあらなければ生きていけない。

 ――だから。

 

「プロになる道を蹴ることは、多分しないと思う」

 

 力の証明。それこそが如月宗達の目的のはずだから。

 

「そっかぁ。じゃあどうしてなんだろうな?」

「やっぱり本人に聞かないとわからないよね」

「だよなぁ」

「――何を聞くって?」

「「「「――――ッ!?」」」」

 

 背後から聞こえてきた声に対し、思わず四人は反射的に底を飛び退いた。振り返ると、そこにいたのは一人の少女。

 ――桐生美咲。

 この場所では、『先生』にあたる人物だ。

 

「レッド寮に行ってみたら祇園がおらんし、まさかと思って探してみたら案の定や」

「……えーっと、怒ってる?」

「当たり前や。祇園、自分何で退学になったか忘れたんか?」

 

 詰め寄られ、至近距離から睨まれる。祇園は思わずうっ、と呻き声を漏らした。考えなかったわけではない。だが、やはり軽率だった。

 普段の自分なら止めただろうに、こうして一緒に行動しているのはやはり浮かれていたからか。

 この場所に、こうして戻って来れたことに。

 

「……ごめん。軽率だった」

「ホンマにもう……」

 

 はあ、と美咲がため息を吐く。後ろから、あのさ、と十代が躊躇いがちに言葉を紡いだ。

 

「祇園は悪くないんだよ、美咲先生。その、俺が誘ったんだ」

「共犯者っていうんは誰が最初とか関係あらへんよ。罪の重さが違うだけ。……まあ、大方予想はつくけど。遊戯さんのデッキ、見に来たんやろ?」

「どうしてわかったんスか?」

 

 美咲の言葉に翔が疑問の声を上げる。美咲は苦笑しつつ、そらな、と言葉を紡いだ。

 

「わざわざ夜中に抜け出すなんてそんなことでもあらへんかったらせーへんやろ。仕方あらへん、ついて来たらええよ。一目見るくらいなら大丈夫やろうし」

「え、いいのか!?」

「帰れゆーても帰らへんやろ自分らは。せやったら見せてさっさと戻ってもろた方がええ」

「マジかよ! サンキュー美咲先生!」

「ありがとうなんだな」

「ありがとうッス」

 

 嬉しそうな十代に続き、翔と隼人が言葉を紡ぐ。ええよ、と美咲は苦笑した。

 

「ガチガチに考えても仕方あらへんしなぁ」

「いいの、美咲?」

「ええよええよ。無理矢理帰らせるより効率がええし」

 

 美咲が肩を竦める。祇園はゴメン、と言葉を紡いだ。

 

「本当に、ごめんね」

「……ウチが何で怒っとるか、わかっとらんようやな」

 

 急ぎ足で歩き出した十代たちの背を追いながら、美咲は真剣な目で祇園を見る。

 

「祇園、自分のことをもっと考えなアカンよ。後悔してからでは遅いんやから」

「……ごめん」

「心配させんといて。退学になった時みたいな……あんな時みたいなん、もう嫌やろ」

 

 祇園の右手を、美咲がその両手で握り締める。ごめん、と祇園はもう一度呟いた。

 本当に、何をしているのか。軽率すぎる。また、心配をかけてしまった。

 

「……ちょっと遅れてしもてる。急ごか」

「うん。ねぇ、美咲」

 

 謝るだけでは駄目だ。それでは、何も伝わらない。

 だから、この言葉を。

 

「ありがとう」

 

 少女は、一瞬呆気にとられた表情を浮かべ。

 どういたしましてと、微笑んだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……これって……」

 

 目の前に広がっていたのは、予想外の光景だった。叩き割られ、中身が奪われたガラスケース。その傍で呆然と座り込むクロノス教諭。

 いきなり聞こえてきた『マンマミーア!?』という叫び声に急いでここまで来てみると、そんな光景が広がっていたのだ。

 

「このショーケースって、デッキ公開のものだよね?」

「うん。祇園は設置について手伝ってたやんな? 同じモノで間違いあらへん?」

「場所が同じだから間違ってないと思う。中に入れるところは流石に見てないからわからないけど……」

 

 昼間、仕事の一環として手伝ったショーケースの設置場所は間違いなくここだった。ものがものであるために中身を入れる時は外に出たが、おそらく間違いない。

 一応、他にもショーケースはあるが中身が空か別のモノが入っているだけだ。詳しく見たわけではないが、おそらくもうここにはないのだろう。

 世界最強のデュエリストが持つ、至高のデッキは。

 

「ってことはまさか、クロノス先生が盗んだッスか……?」

「ペペロンチーノ!? そんなことはないでスーノ! 私が盗むことは有り得ませンーノ!」

「ひ、必死なのが逆に怪しいんだな……」

「お願いなノーネ! 信じてくださイーノ!」

「クロノス教諭。自首やったらまだ罪は軽くなりますよ?」

「シニョーラ桐生!? お願いなノーネこの歳で無職は嫌でスーノ!」

 

 見ていて可哀想なくらい必死に縋り付くクロノス。思わず一歩引いてしまうが、この状況は少々不可解だ。そもそも、クロノスは公開における責任者と聞いている。ならば、ショーケースを割る必要などない。何故なら――

 

「いや、クロノス先生は犯人じゃないと思うぜ」

「え、どういうことッスかアニキ?」

「シニョール遊城!? 信じてくれるノーネ!?」

「だってさ、クロノス先生なら鍵を持ってるだろ? わざわざ割って開ける必要なんてないし、それにこんなところで見つかるまでぼうっとしてるなんておかしいだろ」

「そ、そうでスーノ! 私は鍵を持っているノーネ!」

 

 懐から鍵を取り出し、証拠だと言わんばかりに見せつけるクロノス。確かに十代の言うことはもっともだ。鍵を持っているならばガラスケースを割る必要はない。

 しかし、十代の論理にも穴はある。

 

「十代くん。『偽造』って知っとるか?」

「ぎぞ……えっと……?」

 

 首を傾げる十代。その彼に対し、苦笑しながら祇園が言葉を紡ぐ。

 

「偽って造る、って書くんだよ?」

「へー。けど、それがどうかしたのか、美咲先生?」

「……とりあえず帰ったら漢字の書き取りやな、十代くんは。まあええ。確かにクロノス教諭は鍵を持っとる。せやけど、それはイコールで『必ず鍵を使う』ゆーことにはならへんのよ」

「え、何でだよ」

「だって鍵持ってるんはクロノス教諭だけやで? それやのに鍵開けて中身持っていったら犯人確定やんか。けど、ガラス叩き割って盗んだんやったら該当者は減るやろ?」

「成程! そういうことか!」

「違うノーネ!?」

 

 何というか、色々と収拾がつかなくなってきている。美咲の表情を見るに、楽しんでいることが容易に理解できた。

 

「や、やっぱりクロノス先生が犯人なんスね!?」

「せ、先生が泥棒をするなんて……」

「違うノーネ!? そんな目で見るのは止めて欲しいでスーノ!?」

 

 逃げる翔と隼人に、その誤解を解こうと追いかけるクロノス。本当にややこしくなってきた。

 祇園は一度息を吐くと、美咲、と言葉を紡ぐ。

 

「とりあえず、犯人を捜しに行こうと思うんだけど」

「ん? 心当たりあるん?」

「ううん。ないよ。でも、ここは島だから。そう遠くには逃げてないはずでしょ?」

「お、流石やなぁ。頭はしっかり回っとるみたいやね」

 

 クスクスと微笑む美咲。そのまま彼女は一度伸びをすると、手を叩いた。その音は嫌に響き渡り、全員の視線がこちらを向く。

 

「さて、遊びはここまでや。面倒やけどこのイベントはKC社の企画。世話になっとる身としては、成功させなと思っとる」

「え、でも犯人はクロノス先生なんじゃないんスか?」

「だから違うノーネ!?」

「犯人やったらこんなバレやすいやり方するわけあらへんやろ。とっくに逃げとるよ、普通は。……まあ、それでも疑うんやったらボディチェックでもすればええ。第一、メリットもあらへんしな」

 

 クロノス教諭が犯人だとすると、妙な部分が多過ぎる。犯人は別にいると考えるべきだ。

 

「とりあえず、犯人を捜そう。まだ島の中にいるはずだから」

「モノがモノやからなぁ。下手すれば億単位のお金が動くレアカードの束やし、見つからんかったらクロノス教諭の首は確実に飛ぶやろね」

「それは困るノーネ!?」

「ほな探しましょう。クロノス教諭は警備に連絡を。ウチらは足で探すよ」

「おう!」

「はいッス!」

「わかったんだんだな!」

「了解」

 

 頷き合うと共に走り出す。とりあえず二手に分かれ、祇園は美咲と共に小走りで島を駆けていた。

 

「でも、当てがない以上どうしたらいいのかな?」

「んー、人海戦術でも使えば見つかるやろうけど……」

「あんまり大事にはしたくない、だよね?」

「……わかるん?」

「うん。凄く苛ついてるみたいだから、そうじゃないかな、って」

 

 立ち止まり、美咲の顔を見つつそう言葉を紡ぐ。美咲は一瞬呆気にとられた表情を浮かべた後、敵わへんなぁ、と苦笑した。

 

「ここが学校である以上、十中八九犯人は生徒や。しかも逃げ場はあらへん。そんなところでの盗みなんて、成功するはずがあらへんやんか」

 

 そう、成功の可能性はない。これは、あまりにも無謀な行為なのだ。

 そして、如何なる理由があろうと窃盗は犯罪である。その行き着く先は――

 

「退学なんて、僕だけで十分なのにね」

 

 ――退学。そんな最悪の結末が、待ち受けている。

 

「特殊な事情があるとはいえ、ウチも教師やからなー。そんなんはちょっと……嫌やな」

「……そうだね」

「だから、表沙汰になる前に止めるよ。絶対に」

 

 その言葉と共に、美咲は前を見る。幼馴染のそんな姿は、酷く頼もしくて。

 自分には、あまりにも……眩し過ぎるように見えた。

 

「とりあえず、森の方に行ってみる? 隠れるなら一番だよね?」

「んー、でも危ないなぁ。懐中電灯も一つしか――誰やッ!?」

 

 言葉を切り、森の方へと声を張り上げる美咲。流石に歌手というだけのことはあり、凛として響き渡る声だった。

 思わずその声に体を震わせてしまうが、すぐに意識を切り替える。一瞬だが祇園にも見えた。森の中に、誰かいる。

 犯人か――そう思ったところで、聞き覚えのある声がこちらへと届いた。

 

「うるせぇなぁ……こんな時間に何してんだよ。良い子は歯ァ磨いて寝とけ」

「あら、それをアナタが言うのかしら?」

「俺は良いんだよ。悪い人間なんだから」

「確かにそうねぇ」

 

 声と共に現れたのは、二人の男女だ。その姿を見、祇園は驚きの表情を、美咲は呆れた表情を浮かべる。

 

「何してるの、こんなところで?」

「そりゃこっちの台詞だ。夜に出歩くなんざ、反省が足りてねーんじゃねぇか?」

「うっ、ごめん……」

「宗達、アナタは人のことを言えないでしょうに。まあ、確かにボウヤの行動は軽率だと思うけれど。特にあんなことがあったのだから余計に……ね」

「その辺はすでに説教済みや。で、二人は何しとったん?」

「んー……何て言ったらいいんだろうな?」

「逢瀬、なんてロマンチックじゃないかしら?」

「字面だけや。不純異性交遊も程々にしときや」

「あはは……」

 

 そのやり取りに祇園は苦笑する。宗達は肩を竦めた後、それで、と言葉を紡いだ。

 

「何があった? 面倒臭ぇことでも起こったか?」

「鋭いなぁ。ほな質問や。〝決闘王〟のデッキには興味ある、二人共?」

「そりゃあるだろ。つっても明日、人が引けてから行くつもりだったけどな」

「世界最強……ふふっ、興味はあるわ」

 

 二人の返答は至極まともなものであり、当然のモノだ。デュエリストが〝決闘王〟のデッキに興味を持たない理由がない。

 

「ふーん。欲しい?」

「いらん」

「いらないわねぇ」

 

 即答だった。その速さに少し驚いたが、美咲はそうではなかったらしい。そやろな、と腕を組んだ状態で頷いている。

 

「安心したわ。犯人やないんやね」

「あん? 何だ、盗まれたのか?」

「あら、犯人は誰?」

「それがわからなくて。今探してるんだよ」

 

 二人に事情を簡潔に説明する。雪乃は面白そうにへぇ、と頷きながら微笑んでいたが、宗達は露骨に面倒臭そうな表情を浮かべた。

 

「そいつド阿呆だろ。逃げられるわけねぇってのに」

「ふふっ、追い詰められた獣は何をするかわからないモノよ?」

「まあ、そういうわけで探しとるんやけど、見てへんか?」

「見てねぇな。森にいたけど、人影はお前らぐらいだ」

「そっか……。じゃあ、別のところかな?」

 

 十代たちの方はどうだろうか、とそんなことを思う。いずれにせよ、早く見つけなければ。

 

「ほな、ウチらは行くよ。二人もあんま遅くなったらアカンで?」

「ええ」

「あいよ。……って、何だ? 電話?」

 

 立ち去ろうとすると、宗達の携帯端末に電話がかかってきた。宗達は表示された相手の名前に怪訝そうな表情を浮かべ、電話に出る。

 

「……何だよクソジジイ、こんな夜中に。……あァ? それマジか?……ああ、わかった。場所は?……了解だ」

 

 何となくその場に残ってしまった祇園と美咲。二人して首を傾げていると、宗達が面倒臭そうに頭を掻きながら言葉を紡ぐ。

 

「見つかったっぽいぞ」

「え、ホント?」

「ああ。何かデュエルしてる奴がいるってさ」

「場所は?」

 

 美咲の問いかけ。それに対し、宗達が肩を竦めて応じる。

 

「――海岸だ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 辿り着くと、そこには確かに二人のデュエリストがいた。途中で合流した十代たちと共に祇園が見た光景は、翔が敗北する姿。

 

「うわあああああっ!?」

「翔!? 大丈夫か!?」

 

 敗北し、膝をつく翔の下へ走り寄る十代。祇園はその翔と向き合っていた人物へと視線を向けた。

 ラー・イエローの制服を着た男子生徒。暗がりで良く見えないが、その顔には見覚えがある。

 

「あれって……神楽坂くん?」

「……みたいやな」

 

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら頷く美咲。そうだ、アレは昼間翔とデュエルをしていた彼に間違いない。

 だが、何故――その疑問は、本人がすぐに答えを口にする。

 

「この力……! そうだ、俺が最強だ! 俺は遂に最強のデッキを手にした! もう誰にも負けない!」

 

 ――〝最強〟。神楽坂が紡いだ言葉に、何も思わないわけではない。

 祇園にとってもそれは目指すべき領域であり、そこに立たなければ果たせない〝約束〟もある。

 遥か遠くにある、絶対的な背中に追いつくために。

 

「……最強」

「面白ぇ坊主だぜ、あの小僧。少なくともオメェさんよりは遥かに可愛げがある。なぁ、宗達?」

 

 突然聞こえてきた声に、その場の全員が驚いて側にあった岩の上へと視線を向ける。そこにいたのは初老の男性だ。白髪の混じった髪をしているが、溢れ出る生気が若々しさを感じさせる。

 

「うるせぇんだよクソジジイ。で、あの野郎はどんなデッキを使ってた?」

 

 その老人に対し、宗達が遠慮もなく面倒臭そうに言葉を紡いだ。老人は携帯灰皿へと煙草を捨てると、ああ、と頷いて言葉を紡ぐ。

 

「ありゃあ〝決闘王〟のデッキだな。随分型が古いが。似てるだけかと思ったが、〝決闘王〟しか使わねぇようなカードが入ってやがる」

「……やっぱりか」

「どういう状況だ? とりあえず面白ぇ見世物だったから見てたが」

「明日公開のデッキが盗まれたんだよ。で、アイツが使ってるってのはそういうことだろ?」

「ほぉ」

 

 宗達の言葉を聞き、心底面白そうに男性は口元を緩める。背後から、まさか、という声が聞こえてきた。

 

「清心さん?」

「ん? おー、桐生の嬢ちゃんか。何してんだこんなとこで。夜は危ねぇぞ?」

「それはこっちの台詞です。私はここの臨時講師をしていて、その関係で。清心さんはどうしてここに? 来週からヨーロッパ大会のはずでは?」

「古い知り合いに会いに来ただけだ。明日には帰る。徘徊してんのは酒を探してだな。コンビニ一つねぇのかこの島は」

「あるわけねーだろ馬鹿かよ」

 

 呆れた調子でつっこみを入れる宗達。だが、祇園は美咲が紡いだ言葉に驚きを隠せないでいた。

 ――清心。

 そんな名前を持ち、美咲が敬意を表している相手などそういない。

 

「まさか、皇〝弐武〟清心……?」

「本物……?」

 

 隣で雪乃も呆然としている。するとこちらに気付いた清心が、お、と声を上げた。

 

「そこの色っぽい嬢ちゃんは……もしかしてあれか? オメェさんのコレか?」

「雪乃に近付くんじゃねぇよクソジジイ」

「そうキレんなよ小僧。……で、そっちのは」

「あ、ゆ、夢神です。夢神祇園」

 

 こちらへ歩いて来ようとした清心を宗達が押し留め、清心が肩を竦める。そうしながらこちらへ視線を向けてきた清心に、祇園は反射的にそう言って頭を下げた。

 

「――へぇ」

 

 ゾクリ、と。

 瞬間、全身を悪寒が駆け抜けた。

 

「成程成程成程……オメェさんがか。桐生の嬢ちゃんが連れてるからまさかとおもったが。くっく、成程ねぇ」

 

 清心は笑みを浮かべている。だがその瞳は冷たく、一欠片も笑っていない。

 

「…………ッ」

 

 知らず、一歩身を引いていた。清心の笑みが深くなる。

 

「わかんのか? へぇ、そうか、わかんのか。本能か? いや、ただの防衛本能か? 小僧オメェ、どんな悪意に晒されてきた?」

 

 言っている意味がわからず、答える言葉は持ち合わせていない。それをどう思ったのか、まあいい、と清心は言葉を紡いだ。

 

「あのバケモンのお気に入りだっていうからどんなもんかと思えば。平凡だな。平凡すぎる。成程、だからこそ気に入ったか。――やっぱり面白ぇな、この巷は」

 

 くっく、と笑い声を漏らす清心。その姿を、ただ見ていることしかできない。

 ただ、本能で理解した。この人だ。この人が、そうなのだ。

 ――皇〝弐武〟清心。

 世界に誇る〝日本三強〟の一角にして、全日本ランキング二位。世界ランキングでも常に10位以内に入る、黎明期より活躍する伝説。

 

「なぁ小僧、オメェ――」

 

 再び振り返った清心が、こちらへ言葉を紡ごうとする。だが、それを第三者の声が打ち払った。

 

 

「これで俺は最強になった! もう誰にも負けはせん!」

 

 

 聞こえてきた声は神楽坂のモノ。十代との言い争いをしているらしい。

 

「…………」

 

 無言のまま、美咲が前に出ようとした。デュエルディスクを取り出し、十代たちのところへ行こうとする。しかし。

 

「面白そうだ。ここは俺に譲ってくれよ」

 

 その美咲を押し留め、美咲が何かを言う前に清心が前に出る。そのまま清心はデュエルを始めようとする十代のところへ行き、声をかけた。

 

 

「よぉ小僧、俺に譲ってくれねぇか?」

「え? 誰だアンタ?」

「通りすがりの〝弐武〟だ」

「あ、アニキ、この人……!」

「じゅ、十代……」

「拗ねたガキの相手は大人の方が向いてる。だろ?」

「うーん、わかった。なぁ、どっかで会ったことあるか?」

「さァなぁ」

 

 

 驚く翔と隼人の二人とは違い、マイペースに清心と言葉を交わす十代。そのまま結局十代は引きさがり、清心が神楽坂の前に立った。

 

「よぉ、小僧。俺が相手してやる。〝最強〟って言葉を軽々しく使ったこと、後悔させてやろうじゃねぇか」

「何だと?」

「あァ、自己紹介をしてねぇか」

 

 背中越しに感じる、こちらを圧倒するような気配。

 これが――タイトルホルダー。

 

「祇園、よく見とき」

 

 こちらへ十代たちが走り寄ってくる中で。

 美咲が、清心の背から目を離さずに言葉を紡ぐ。

 

「澪さんは、生まれながらの王者や。全てがあの人に従うようにできとる。そういうルールがある。あの人はそういう人や。せやけど、清心さんは違う。あの人は、力で全てを捻じ伏せる」

 

 祇園の知る〝最強〟――海馬瀬人や烏丸澪とは大きく違う、その在り方。

 

「あれもまた、〝最強〟の姿や」

 

 そして、彼は語る。

 己の名と、その力を。

 

「――皇〝弐武〟清心。悪いが、手加減なんて器用な真似はできねぇぞ」

 

 いくぞ、と男は語る。

 その顔に、獰猛な笑みを張り付けながら。

 

「逃げんなよ?」

 

 観衆無き、戦場に。

 ――軍神が、降臨する。

 











その男もまた、〝最強〟。
滾る力は、何がために。








というわけで本編スタート。なのに相変わらず大変な祇園くんたちです。
まあ、今回は語ることも多くなく。
宗達くんが目指す〝最強〟の到達点の力が次回、紡がれます。








本編を補完する裏設定。(適当に流してください)

結論から言うと、姐御のスタイルは宗達くんや翁のそれとは形が違います。二人は己の意志でねじ伏せ、従えていますが、姐御はそもそも『従える必要すらない』のです。彼女は王であり、絶対者。生まれながらにしてそう決まっている。
故の異端であり異常。精霊たちが彼女を敬遠するのは、己の意志が通用しないから。ただそれだけです。宗達くんだけでなく、誰も目指せない形ですね。故の生まれついての存在です。
……こんなん同種見つけるとか無理ですよ姐御。


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第四十八話 其ノ者、修羅ヲ背負イテ軍神トナル

 

 

 日本プロデュエリストにとって憧れであると同時に絶対でもある、五つの称号――『日本五大タイトル』。背負うだけで〝最強〟の一角となるその名は、歴代の保持者たちの功績により世界にも轟いている。

 順に、

〝壱龍〟

〝弐武〟

〝参魔〟

〝伍天〟

〝祿王〟

 ――この五つは称号であると同時に、しかし、これだけでは意味を持たないモノでもある。

 称号はあくまで称号だ。問題は、それを背負う者。

 現在、この五つを背負う人間は僅か三人。しかしその三人は、絶対の畏怖を以て尊敬と共に語られる存在でもある。

 日本プロ史上最高峰との呼び声高き、〝壱龍〟、〝参魔〟、〝伍天〟の名を持つデュエリスト――DD。

 日本史上最年少でタイトルを手にした〝幻の王〟にして、〝祿王〟の名を持つ絶対にして孤高の王――烏丸澪。

 そして、黎明期より最初に〝弐武〟の称号を背負い、ただの一度も他者へその称号を譲らなかった〝日本DM界原初の大物〟――皇清心。

 ……かつて、現日本ランキング3位にして今年のIリーグ優勝チームである『東京アロウズ』の主将が語ったことがある。

 

『皇清心を倒せないということは即ち、過去を超えることを我々ができていないということだ』

 

 多くの伝説が紡がれた黎明期。その全てをその身で体験し、そして、生き残ってきた男。

 未だ挑戦者の全てを捻じ伏せるその力は、正しく怪物。

 ――彼は語る。何がために力を求めるかを。

 

〝男が頂点を獲ることに、理由がいるのか?〟

 

 ――彼は語る。己が強さの真髄を。

 

〝全てを捻じ伏せるんだ。妥協はいらねぇ。よくやった、なんて言葉はいりやしねぇんだよ〟

 

 ――彼は語る。背負い続けるその訳を。

 

〝俺が、この俺自身が〝最強〟であると証明し続けるためだ。それ以外の理由はねぇし、必要もねぇ〟

 

 そして、現代。

 未だ、新たに〝弐武〟を背負う者は現れていない。

 

 皇〝弐武〟清心。

 ――その強さを称え、人は彼を〝軍神〟と呼ぶ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 デュエルが始まる前の空気は、プロになる前から一度も変わらない。肌が泡立ち、心臓が一度大きく撥ね、そして静かに落ち着いていく。

 そんな、不可思議で……心地良い感覚。

 

「くっ……、〝弐武〟だと? 何故そんな大物がこんなところに……」

「おいおい、どうした? オメェさんは〝最強〟になったんだろう? だったら相手が誰だろうと関係ねぇじゃねぇか」

 

 確か、神楽坂……だっただろうか。何やらやらかしたそうだが、それについては正直どうでもいい。面白い戦いと、自分自身の証明。それができれば清心はどうでもいいのだ。

 

「先行は譲ってやる。来い、小僧。――ぶち殺してやる」

 

 たとえ、勝負の最中にこの熱が冷めてしまうことがわかっていても。

 それでも、期待はしてしまう。

 

「いいだろう! その余裕、後悔させてやる! いくぞ!」

 

 互いにデュエルディスクを構え、向かい合う。

 戦いが――始まった。

 

「決闘!!」

 

 戦いが始まる。先行は――神楽坂だ。

 

「俺のターン、ドロー! 俺は手札より魔法カード『融合』を発動! 手札の『幻獣王ガゼル』と『バフォメット』を融合し、『有翼幻獣キマイラ』を融合召喚!」

 

 有翼幻獣キマイラ☆6風ATK/DEF2100/1800

 

 現れたのは、空想上の生物『キメラ』のような姿をしたモンスターだ。成程、大した引きである。

 先程の少年とのデュエルはまぐれかと思ったが、実力だったらしい。〝決闘王〟のデッキをこうも回すことができるとは。

 

 

「おおっ、キマイラだぜ!」

「サーチカードなしで出せるんだ……」

「『コピー』ゆーんは伊達やないからなぁ。あの引きは十分才能なんやけど、何か惜しいんよ」

「やっぱり〝決闘王〟のデッキは強いッスよ」

「うーん、でも神楽坂はその、成績は良くないんだな」

「あと一歩の詰めの部分が足りないイメージねぇ、あのボウヤは」

「……確かに大したもんだよ。けどあれだ。相手が悪過ぎる」

 

 

 聞こえてくる観客たちの声。成程、『コピー』。それで『最強のデッキ』などと言っていたのか。

 悩める学生らしい結論だ。普通なら、ここで先人として何かしらの教えを与えるモノなのだろう。

 ――だが、そうはしない。

 皇清心は、そんな言葉は持ち合わせていないのだ。

 

「俺はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ!」

「俺のターンだな。ドロー」

 

 ただただ、力を求めた。

 ただただ、栄光へと手を伸ばし続けた。

 

「俺は手札より、永続魔法『炎舞―「玉衝」』を発動。相手フィールド上にセットされた魔法・罠を対象として発動し、このカードの発動に対して相手は選択されたカードを発動できない。このカードが存在する限り相手は選択されたカードを発動できず、また、このカードが表側表示で存在する限り獣戦士族モンスターの攻撃力が100ポイント上昇する。そして更に、『速炎星―タイヒョウ』を召喚」

 

 速炎星―タイヒョウ☆3炎ATK/DEF0/200→100/200

 

 現れたのは、炎を纏う武人だ。三国志などに出てくるような、どこか古めかしい鎧を身に纏っている。

 

「タイヒョウの効果を発動。このモンスターを生贄に捧げることで、デッキから『炎舞』を1枚セットできる。俺は永続魔法『炎舞―「天璣」』をセットし、発動。デッキからレベル4以下の獣戦士族モンスターを手札に加える。『炎星師―チョウテン』を手札に」

 

 今のところ、決して派手な動きはない。だが、確実に場にカードが並んでいく。

 

「そして『炎舞―「天枢」』を発動。このカードは獣戦士族モンスターの召喚権を増やすことができ、また、表側表示である限り獣戦士族の攻撃力を100ポイントアップさせる。そして天枢の効果によって『炎星師―チョウテン』を召喚。召喚成功時、墓地からレベル3の守備力200以下の炎属性モンスターを守備表示で特殊召喚する。『速炎星―タイヒョウ』を特殊召喚」

 

 炎星師―チョウテン☆3炎・チューナーATK/DEF500/200→800/200

 速炎星―タイヒョウ☆3炎ATK/DEF0/200→300/200

 

 炎を纏う魔術師が現れ、墓地より先程の戦士が蘇る。並び立つ2体のモンスター。それが示す答えは一つ。

 

「さあ、いくぜ。――レベル3速炎星―タイヒョウに、レベル3炎星師―チョウテンをチューニング。シンクロ召喚! 炎を纏いて駆け抜けろ、『炎星候―ホウシン』!!」

 

 炎星候―ホウシン☆6炎ATK/DEF2200/2200→2500/2200

 

 現れるのは、炎の馬に跨る一人の将軍。敵を見下ろすその姿に、歴戦の武人としての気配が漂う。

 

「そしてホウシンの効果だ。シンクロ召喚に成功した時、デッキから炎属性・レベル3モンスターを一体特殊召喚できる。『立炎星―トウケイ』を特殊召喚。そしてトウケイの効果だ。炎星の効果によって特殊召喚された時、デッキから炎星を一体手札に加えることができる。二枚目の『炎星師―チョウテン』を手札に加える」

 

 立炎星―トウケイ☆3炎ATK/DEF1500/100→1800/100

 

 次いで現れる、新たなる炎を纏う戦士。バトルだ、と清心は宣言した。

 

「ホウシンでキマイラを攻撃!」

「ッ、キマイラの効果を発動! このカードが破壊された時、墓地のガゼルかバフォメットを蘇生できる! バフォメットを守備表示で蘇生だ!」

 

 神楽坂LP4000→3600

 バフォメット☆5闇ATK/DEF1400/1800

 

 吹き飛んだキマイラ。だが、合成獣はその片割れを戦場へと遺していく。

 ほぉ、と面白そうに笑う清心。そのまま彼は更に、と言葉を紡いだ。

 

「トウケイの効果だ。一ターンに一度、炎舞を墓地に送ることで炎舞をセットできる。天枢を墓地へ送り、デッキから『炎舞―「天権」』をセット。更にカードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 長い長いターンが終わる。その結果として現れたのは、圧倒的なまでのフィールドの差。

 それを見て、神楽坂はどう思うのか。

 

「くっ……俺のターン、ドロー!」

 

 戦いは、未だ始まったばかり。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……凄い」

 

 一連の動きを見、夢神祇園は感嘆の言葉を漏らした。清心の場には5枚のカード、そして手札は4枚。アドバンテージという概念から考えても、圧倒的なモノが展開されている。

 

「これがあのクソジジイの強さだよ」

 

 チッ、という舌打ちを零しつつ、そんなことを言ったのは如月宗達だ。彼はどこか睨み付けるような視線を清心に向けつつ言葉を紡ぐ。

 

「そもそもの概念がおかしいんだあのクソジジイは。何もかもを――それこそ、敵さえも捻じ伏せちまう。あれが本物のバケモンだよ」

「捻じ伏せる?」

「簡単に言っちまえば十代の逆ってとこだな」

 

 そう言われるが、よくわからない。振り返ってみると、他のメンバーも似たような反応だった。ただ一人、美咲だけがため息を吐いていることからどういうことかわかっているみたいだが。

 

「しっかし、神楽坂の奴はどうするつもりかね? あのクソジジイ相手じゃ一矢報いることすらできねぇ可能性があるぞ」

「さて、それはどやろか」

「あん?」

「確かにこの状況は辛いけど……あのデッキ、展示されてたんをそのまま持ち出してきてるはずや。ウチの予想が正しければ、かなり面倒やで」

 

 険しい表情で美咲がそんなことを言う。どういうこと、と祇園が問うと、美咲が頷いて言葉を紡いだ。

 

「あのデッキはバトルシティからその少し後までのデッキや。確かに最新のカードは入ってへん。せやけど、それを補うようなカードがあるやろ?」

「補うようなカード?」

 

 どういうことだろうか。首を傾げる自分たちに、なぁ祇園、と美咲は言葉を紡ぐ。

 

「今はなくて、昔はあったモノ。これ、なんやと思う?」

「今はなくて、昔はあったモノ?」

 

 首を傾げる。今と昔。DMにおける違い。

 シンクロ? いや違う。それは昔なくて今あるモノだ。ならば――

 

「……まさか」

 

 ふと、思いつく。その可能性に。

 あれが文字通り、当時の〝決闘王〟のデッキならば――

 

「そうやで、祇園。それが答えや」

「――禁止カード」

 

 祇園が、そう呟くと同時に。

 神楽坂が、一枚のカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「俺は手札より魔法カード『強欲な壺』を発動! カードを二枚ドローする!」

 

 予想していたことだが、やはり禁止カードが入っていた。当時のデッキならば当然だろう。『強欲な壺』は当時、ありとあらゆるデッキに入っていた。

 

「まあ、当時のデッキってんなら当然だわなぁ」

 

 卑怯などと言うつもりはない。これは正式なデュエルではないのだから。

 それに、これぐらいの方が張り合いがある。

 

「いくぞ、俺は手札より魔法カード『融合回収』を発動! 『融合』と『幻獣王ガゼル』を回収する! そして『融合』を発動! 手札の『バスター・ブレイダー』と『ブラック・マジシャン』を融合!――来い、『超魔導剣士―ブラック・パラディン』ッ!!」

 

 超魔導剣士―ブラック・パラディン☆8闇ATK/DEF2900/2400

 

 現れるのは、竜殺しの力を持つ魔導剣士。かつて〝決闘王〟も用いた、竜を狩るためのモンスター。

 

「更に魔法カード『天使の施し』を発動! カードを三枚ドローし、二枚捨てる!――魔法カード『大嵐』!! フィールド上の魔法・罠を全て破壊するぜ!」

「罠カード発動、『炎舞―「天璇」』。獣戦士族モンスターの攻撃力をエンドフェイズまで700ポイントアップさせる。俺はホウシンの攻撃力を上昇させる」

 

 炎星候―ホウシン☆6炎ATK/DEF2200/2200→2900/2200

 

 フィールド上の魔法・罠カードが根こそぎ吹き飛ばされる。これで、往く手を遮るものは何もない。

 

「甘いぜ! 魔法カード『拡散する波動』! 1000ポイントLPを支払い、レベル7以上の魔法使いを選択して発動する! このターン選択した魔法使いモンスターしか攻撃できない代わりに、全てのモンスターへ攻撃できる!」

「け、けど今のホウシンとブラック・パラディンの攻撃力は一緒なんじゃ……」

 

 恐る恐るといった調子で眼鏡をかけた小柄な少年がそう言葉を紡ぐ。その少年に対し、清心がいいや、と言葉を紡いだ。

 

「『天使の施し』だな?」

「その通り。俺が捨てた二枚は、『幻獣王ガゼル』と『カース・オブ・ドラゴン』の二枚。ブラック・パラディンはフィールド上及び墓地のドラゴン一体につき攻撃力が500ポイント上がる!」

 

 神楽坂LP3600→2600

 超魔導剣士―ブラック・パラディン☆8闇ATK/DEF2900/2400→3400/2400

 

 攻撃力が上昇するブラック・パラディン。バトルだ、と神楽坂が宣言した。

 

「ホウシンとトウケイに攻撃! 超・魔・導・烈・破・斬!!」

「――へぇ」

 

 清心LP4000→3500→1600

 

 清心の場が完全に空となる。神楽坂はターンエンド、と宣言した。

 

「これは最強のデッキ……! そうだ、このデッキならば〝弐武〟にすらも俺は勝てる!」

 

 高々と宣言する神楽坂。清心はカードをドローすると、ふん、とつまらなさそうに鼻を鳴らした。

 

「物真似するんなら徹底的にやりゃあいいものを。期待外れだな」

「……何だと?」

「本物なら、今の攻勢で俺を殺してる。当たり前だ。〝決闘王〟は俺にターンを渡すことがどういうことかよォくわかってるからな」

 

 だが、そうしなかった。否、できなかった。

〝決闘王〟のデッキをここまで使いこなすことは評価に値する。しかし、足りない。

 ――本物は、ここより遥か高みにある。

 

「手札には無限の可能性がある。手札0でこっちにターン渡した時点で、オメェさんの終わりは決まってたんだよ」

「減らず口を!」

「――なら、試してみるか? 俺は手札より『炎星師―チョウテン』を召喚。効果により墓地の『立炎星―トウケイ』を蘇生。トウケイの効果により、デッキから二枚目の『速炎星―タイヒョウ』を手札に加える」

 

 炎星師―チョウテン☆3炎・チューナーATK/DEF500/200

 立炎星―トウケイ☆3炎ATK/DEF1500/100

 

 再びの組み合わせ。それに対し、ふん、と神楽坂が鼻を鳴らす。

 

「もう一度ホウシンを出したところでブラック・パラディンは超えられん!」

「ホウシン? 誰がそんなことを言った? そもそも、愚直に殴り合いをする必要もねぇ。――永続魔法、『炎舞―「揺光」』を発動。発動時に相手フィールド上の表側表示のカードを選択でき、その場合手札から獣戦士族モンスターを捨てることでそのカードを破壊できる。俺はタイヒョウを捨て、ブラック・パラディンを破壊」

「なっ……!?」

 

 ブラック・パラディンが吹き飛ばされ、驚愕の表情を浮かべる神楽坂。本来ならブラック・パラディンは手札を捨てることで魔法を無効にする効果を持つが、手札0ではどうしようもない。

 

「そしてトウケイの効果だ。揺光を墓地に送り、『炎舞―「天璣」』をセットし、発動。『炎星師―チョウテン』を手札に。――待たせたな、レベル3立炎星―トウケイに、レベル3炎星師―チョウテンをチューニング。シンクロ召喚。――『獣神ヴァルカン』」

 

 獣神ヴァルカン☆6炎ATK/DEF2000/1600

 

 現れるのは、一体の獣人。炎を身に纏うその存在が、咆哮を上げて清心の背後へと控えるようにして降臨する。

 

「ヴァルカンの効果を発動。シンクロ召喚成功時にお互いの表側表示のカードを一枚ずつ、手札に戻す。オメェさんのバフォメットと俺の天璣を手札に戻すぜ」

「そんな、まさか……」

「おっと、まだ終わっちゃいねぇ。これが最後だ。――魔法カード『真炎の爆発』!! 墓地より守備力200の炎属性モンスターを可能な限り特殊召喚する! チョウテンとタイヒョウを二体ずつ特殊召喚だ!」

 

 炎星師―チョウテン☆3炎・チューナーATK/DEF500/200

 炎星師―チョウテン☆3炎・チューナーATK/DEF500/200

 速炎星―タイヒョウ☆3炎ATK/DEF0/200

 速炎星―タイヒョウ☆3炎ATK/DEF0/200

 

 並ぶ四体のモンスター。神楽坂が一歩、後ろへと退いた。

 その目に浮かぶのは、恐怖。

 

「――逃げんなよ」

 

 シンクロ召喚。その言葉と共に、二体のシンクロモンスターが降臨する。

 

 天狼王ブルーセイリオス☆6闇ATK/DEF2400/1500

 天狼王ブルーセイリオス☆6闇ATK/DEF2400/1500

 

 轟音と共に大地を踏みしめるのは、三つ首の獣。

 王の名を持つ、天狼。

 

「天狼星、だったか? まァどうでもいい。さて、そろそろ俺も酒を飲みたくなってきた。終わりにするぜ?」

「う、あ、ああっ……!?」

「――これが〝最強〟だ。覚えとけ、小僧」

 

 三体の獣が、一斉に神楽坂へと襲い掛かる。

 耐えられる道理は……ない。

 

 神楽坂LP2600→―4200

 

 勝者が決まり、敗北者が決まる。神楽坂が、力なく地面に膝をついた。

 

「何故だ……これは、最強のデッキのはず……」

「さァな。オメェさん自身でその答えは考えろ。興味も失せた。俺ァ帰る」

 

 肩を竦め、立ち去ろうとする。そんな時だった。

 

 

「――いいデュエルだった」

 

 

 聞こえてきたのは、一人の青年の声。そちらの方へ視線をやると、そこにいたのは女生徒を連れた一人の青年。

 ――丸藤亮。

 清心もその名と顔は知っている。現世代の高校生では最高峰のデュエリストだ。

 

「〝弐武〟を相手にあれほどのデュエル……不謹慎なのかもしれないが、楽しませてもらったぞ」

「カイザー……」

「そうだぜ神楽坂! 最高のデュエルだった!」

「ああ、面白いものを見せてもらったぜ!」

 

 そして次々と現れる学生たち。先程から気配は感じていたが、成程、ずっと見ていたのか。

 若いねぇ、と呟く清心。集まってきた生徒たちに囲まれ、神楽坂はあっという間に見えなくなる。興味はないが、あの様子なら悪いことにはならないだろう。

 

「清心さん」

「ん? おー、嬢ちゃん」

 

 騒がれる前に退散しようと足を進めると、美咲が前に立っていた。はい、と美咲が軽く会釈をしてくる。

 

「今日はありがとうございます」

「礼を言われるようなことをした覚えはねぇが」

「彼を指導して下さった礼です。ありがとうございます」

 

 そう言って美咲が頭を下げてくる。そこでようやく合点がいった。

 

「そういや嬢ちゃんは教師なんだったな」

「似合わないことは自覚しています」

「いやいや、俺よりは遥かに向いてるじゃねぇか。くっく、だが実際、俺は何もしてねぇよ」

 

 歩き出す。ここにいても仕方がない。そもそも今日は友と飲み明かすつもりだったのだ。

 

「選ぶのも、気付くのも。結局全てが自分自身なんだよ」

 

 そして、視線の先。

 こちらをの睨み付けるようにして見据える男がいる。

 

(……良い目だな。俺のデュエルの意味を理解してるみてぇだ)

 

 こんなものは茶番だ。本当に欲しいのは、殺し合いと呼ぶに相応しいギリギリの戦い。

 皇清心には、もうそれしか残っていないのだから。

 こんなぬるま湯ではなく、殺し合いの戦場を。それだけを、彼は求める。

 ――そしてそれは、こちら側へ来た子の男もまた同じ。

 

「テメェ、クソジジイ。手加減しやがったな?」

「何の話だ?」

「とぼけんな。一ターンで殺せたはずだ、テメェなら」

「くっく、さァて、な。それはオメェさんの買い被りかもしれねぇぞ?」

 

 肩を竦め、その場を立ち去ろうとする。そうして背を向けてからその背にかかってきた言葉に、清心は足を止めた。

 

「あんたはさ、何で戦い続ける? もう、手にできるモノは手にしたはずだろ?」

 

 背中合わせの問いかけ。これから己が歩んできた道を歩もうとする者と、既にその道を歩み終えた者。

 近くて遠い、敵同士の一つの問答。

 

「――力が欲しかった。ただ、全てを捻じ伏せる力が」

 

 才能も、金も、帰る場所もなかった自分にとって。

 力こそが――全てだった。

 

「そのために走り続けてきた。愛した女は、いつの間にか死んでいた。家族なんて呼べる相手は、もう一人しか残っちゃいねぇ」

「なら、どうしてだ? あんたの歩く先に、何がある?」

「不安にでもなったか? オメェの目指す道の末路がこうだと知って」

「はっ、ほざけ」

「理由は一つだよ、クソガキ。――嘘にしたくねぇ」

 

 残った理由は、たったそれだけ。

 本当に……それだけなのだ。

 

「あの日の俺は、こうなることに全てを懸けた。何もかもを投げ捨てようとした。それを嘘にはできねぇんだよ」

「過去にしがみつく生き方が、あんたの強さか」

「なら何故、オメェはそこに立っている? 俺と同じ側へと踏み込んだ?――オメェも一緒なんだよ」

 

 未来を目指して生きていけるのは、強い者だけ。

 強くなれない者は、過去にしがみつくしことでしか生きていけない。

 

「〝ヒト〟ってのは過去の上にしか生きられない。オメェも、俺も、桐生の嬢ちゃんも。どんな奴も逃げることはできねぇ。それだけだ」

 

 過去から逃れることができないからこそ。

 人は、過去に縛られ続ける。

 明日も、未来も、今日さえも。

 過ぎ去ったモノ――『過去』の先にしか、ないのだから。

 

「……酔いが冷めたな。飲み直すか」

 

 酒は、探せばどこかにあるだろう。

 今日は、呑みたい気分だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 神楽坂に下された処分は、一週間の停学だった。公開が無事に行えたことや自分に責任が行くことを避けようとしたクロノス必死の弁護、生徒たちの声が聞き入れられたことによる処分だ。

 決まった時は随分甘いと思ったが、鮫島校長は多くを語らなかった。署名を持っていった自分たちに対してその処分の決定を口にした時、一瞬こちらを見たような気がしたのは……きっと、気のせいだと思う。

 そして今。祇園は美咲の手伝いとして段ボール箱を持ってラーイエローの寮を歩いていた。

 

「えっと、ここだね」

「ん、了解や。神楽坂くん、おるかー?」

 

 祇園は手がふさがっているので、美咲がドアをノックする。少しして、驚いた表情の神楽坂が出てきた。

 

「桐生先生? と、夢神……か?」

「うん。ちょっと時間ないから手短に話すよ? 祇園が持っとるのは、今年の入学試験で使われた試験用デッキのリストなんよ。教材として使っとるもんやし、デッキ造るんやったらこれ使いや」

 

 美咲の言葉に神楽坂は驚きを深くする。祇園は少し体を揺らした。

 

「えっと、とりあえず置いてもいいかな?」

「あ、ああ。だが、これは一体……?」

「試験用デッキにはそれぞれ全部意図がある。どういう風に入学者を試すかが込められてるんや。……神楽坂くんのコピー能力は才能や。けど、才能ってゆーんは磨かな意味があらへん。これはそのための教材や」

「教材……?」

 

 神楽坂が呆然と呟く。美咲は頷くと、ほな、と軽く手を挙げた。

 

「ウチは本土に戻らなアカンから、これで。祇園、また。連絡するしな~」

「うん。わかった」

「ほな、失礼」

 

 美咲が慌ただしく立ち去っていく。それを見送った後、祇園は神楽坂へと言葉を紡いだ。

 

「……神楽坂くんは、凄いと思うよ」

「凄い、だと?」

「コピーデッキ、っていうけどさ。人のデッキを使いこなすのってやっぱり難しいから。僕には無理だし、だから凄いと思う」

「だが、俺は勝てないんだ。それじゃ意味がない」

 

 神楽坂が俯く。祇園は、だったら、と言葉を紡いだ。

 

「勝とうよ。勝てるデッキを作ろう」

「……軽く言うな。それができないから、俺は」

「できるよ。ううん、やらなくちゃいけない。……十代くんはさ、凄く楽しそうにデュエルをしてて。凄いと思う。でも、僕は弱いから。だからあんな風になれない。楽しくデュエルをして、それができればそれだけでいいなんて思えない」

 

 楽しくデュエルをすることは大切で、それは祇園自身も望むこと。

 けれど、それだけで全てが上手くいくことはない。

 彼のようには、なることができない。

 ――何故ならば。

 

「僕にとって、デュエルは楽しいだけのものじゃなかったから」

 

 勝たなければならない戦いに敗北し。

 ただただ、心が折れそうになった。あの時も、勝てなかったあの頃も。

 本当に……辛くて。

 けれど、それもまた、夢神祇園の歩んだ道。

 

「強くなろう。できるよ、神楽坂くんなら」

「……そう、なのか? できるのか、俺に」

「できるよ。僕も協力する。丁度、デッキも弄ろうと思ってたから」

「そうか。……頼む」

「うん」

 

 目指す先は、力が全ての実力の世界。

 そこに辿り着くためには、無傷ではいられない。

 

「そういえば、十代くんたちも後で来るって言ってたよ」

「そうなのか?」

「仲間だからね、皆は」

 

 こうして出会えたのだから、それは仲間で。

 強くなるために、お互いを鍛え上げることができればいいと思う。

 ただ、一つだけ。

 ここに来る途中、宗達にデッキを作る上で一番優先することを聞いた時の答え。

 

〝相手を確実に殺す。それ以外の目的はいらねぇよ〟

 

 きっと否定しなければならなかったのに、否定できなかった自分。

 それがどうしてなのか……祇園は、考えないようにした。

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、実際どうなんだ?」

「……復活は避けられん」

「おーおー、大変だねぇ」

「他人事だな?」

「他人事だしな。向かってくるなら俺が潰す。……まあ、ここに着いた瞬間〝邪神〟が疼きやがったから薄々感付いちゃいたが」

「危険な賭けだが、やはり例のあれしか方法はない」

「ガキに賭けるってのか?」

「彼には可能性がある。私はその可能性に賭けたいと思う」

「それならそれでいいだろうがな。……まあ、困ったら言え。手ェ貸してやる」

「ああ、礼を言う」

「なァに、大したことじゃねぇ」

 

 グラスを机の上に置き。

 相手に背を向け、男は言った。

 

「命、懸けるんだろ? 見送ってやるよ」

「……礼を言う」

 

 薄暗いその空間に。

 静かに、そんな声が響いていた――……。










とりあえずあれです、オジサマパネェ。





そんなこんなでようやく実力の片鱗を見せたオジサマです。神楽坂くんも頑張った……でも、足りなかった。
色んな意味で凄まじいお人です。




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第四十九話 女王の飛翔、駆け抜ける疾風

 

 

 

 

 誤解を受けることもあるが、デュエルアカデミアは高等学校である。故に指導要領に沿った授業は行われるし、生徒たちも日々それに頭を悩ませる。

 テスト前になれば学校がなくなればいいと思ったことのある者は非常に多いだろう。

 だが、そんな彼らでも楽しみにする授業がある。

 

「祇園ー! こっちに打たせろー!」

「俺たちが止めてやるからなー!」

「……サードとか何でこんな危険なポジションに俺はいるんだよ」

 

 ――体育である。

 無論、体育が苦手な生徒も少なからず存在する。だが、楽しみにしている者も多いのも事実だ。そうでなければ、こんな風に盛り上がることはない。

 

「一アウト1、3塁。得点は一点差……一打で同点、長打で逆転だ。悪いが祇園、打たせてもらうぞ」

「あはは、お手柔らかに」

「いけ三沢ー! かっ飛ばせー!」

「如月に打たれた分を取り返せー!」

 

 ヘルメットを被り、打席に入る三沢。祇園は投手をやらされているのだが、その理由は単純にコントロールが良いから――ストライクに入る――だけである。そのため、バッターを抑える方法は打たせて取るしかない。

 ちなみにサードを守っている宗達は四打数四安打一本塁打五打点と運動神経の抜群さを発揮しており、黄色い声援が飛んでいた。ますます宗達の男子人気が下がった瞬間である。女生徒にとっては危害を加えないので意外と嫌われてはいないらしい。

 とりあえず構える。次のバッターは十代だ。出来れば連打はされたくない。

 ボールをしっかりと握り、投げる。その瞬間。

 

「――ふっ!」

 

 完璧なタイミングで、三沢がバットを全力で振り抜き、鋭い打球が放たれる。

 向かう先は――サード!

 

「うおっ!?」

「アウトー」

 

 まるで吸い込まれるように宗達の顔面へと向かっていた球を、彼はその反射神経で捕球した。そのままこちらへボールを投げ渡しつつ、三沢の方へと視線を向ける。

 

「殺す気かテメェ!?」

「むぅ、飛んだところが悪かったか。当たれば一点入っていたが」

「いや、野球はそういう競技じゃないから」

「そうだぞ如月ー! どうせなら当たっとけー!」

「よし上等だ表出ろテメェら全員ぶち殺してやるから」

 

 外野の者たちと共に騒ぎ始める宗達。宗達がああして誰かとぶつかるのはいつものことだが、最近は少しその形も変わってきた。何となくだが、彼も受け入れられてきたのだと思う。

 まあ、元々素行が悪いこと以外には手を出さない限り向こうも何もしてこない人物であるし、実力もカイザーに次ぐ学内二番手と認識されているのだから当然かもしれないが。

 要するに怒らせなければいいのだ。普通のじゃれ合いなら問題ない。

 

「へへっ、ドンマイだぜ三沢」

「ああ、十代。任せた」

「おう! いくぜ祇園、かっ飛ばしてやる!」

 

 宗達が五人ほど一方的に砂にした後、遊城十代がバッターボックスに入って来る。普段から元気に動き回っているだけのことはあり、十代の運動神経は抜群だ。

 十代がバットを構え、祇園も応じるようにして投球のモーションに入る。

 ――そして。

 

「うっ……!?」

「ライト!」

 

 十代の球がライト方向へと打ち上げられ、キャッチャーの前田隼人が声を上げる。だが十代も打ち損じたらしく、ボールはファールゾーンへと向かっていく。

 

「あー、ちくしょう」

 

 良かった、と祇園が安心したその瞬間。

 

「ナノーネ!?」

 

 聞き覚えのある悲鳴と共に、鈍い音が響き渡った。

 うわぁ、とその場の全員が表情を引き攣らせる。

 

「……運がねぇな、十代」

 

 ポツリと、宗達が呟いた一言と共に。

 クロノス教諭が、犯人を探して絶叫した。

 

 ……今日も平和だと、そんなことをふと思う。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 十代に与えられた罰は、何故かテニス部への一日体験入部だった。アカデミアのテニス部は名門らしく、かなり厳しいトレーニングを積んでいるとのこと。そこでしごかれてこいとのことらしい。

 少々心配だったので購買部の仕事の傍ら寄ってみたのだが、中々に凄い光景が広がっていた。

 

「諦めるな! 追いつけると思ったら追いつける! さあいくぞもう十本追加だ!」

「いやいやいや無理だって!? あんなん物理的に追いつけるわけねぇだろ!?」

「遊城十代くん! キミに物理的と言う言葉は似合わないぞ! もう一球だ!」

「うおっ!? くっ、うおおおおおおおっ!?」

「確かに十代に物理的ー、なんて言葉は似合わんな」

 

 何やらバックに焔が視えそうなほどにエキサイトしているテニス部の部長と、コートを駆け回る十代。そしてそれを遠巻きから楽しそうに見ている宗達。

 ……どういう状況なのだろうか。

 

「えっと、宗達くん? 何してるの?」

「ん? 祇園か。オマエこそ何してるんだ?」

「僕は購買部の仕事で、運動部の備品発注の確認。テニス部で終わりなんだけど……」

「大変だなオマエも。俺はあれだ。暇だから十代をからかいに来たんだが、予想以上に面白いことになっててな」

 

 くっく、と笑う宗達。その視線の先では、コートの上で仰向け倒れている十代がいる。

 

「十代くん、大丈夫かな?」

「流石の体力バカも厳しいかねぇ。まあ、それはともかく休憩っぽいぞ。仕事だろ?」

「あ、うん。ちょっと行ってくるね」

 

 バインダーとファイルを取り出し、ついでに持ってきた水の入ったペットボトルを手にコートの方へ行く。失礼します、と告げてコートに入ると、先程まで十代を熱血指導していた部長がこちらへと歩み寄ってきた。

 

「む、キミは? 部外者は悪いが立ち入り禁止になっているぞ」

「あ、購買部から来ました。えっと、備品の発注で確認をお願いしたくて。判子を頂きたいんですが……」

「おお、成程。そういえばキミは購買分で働いているのだったか。少し待っていてくれ」

 

 笑顔を浮かべてそう言うと、急いで部室の方へと向かう部長。とりあえず見えた白い歯が印象的だった。

 爽やか……なのだと思う。だが、どことなく違和感を覚えるのは何故だろうか。

 

「あ、そうだ。十代くん、はい。お水だよ」

「祇園~……、助かるぜ~……」

 

 倒れ込んでいる十代へペットボトルを差し出すと、上体を起こして十代はペットボトルを受け取った。そのまま一気に飲み干し始める。

 

「災難だったね」

「ホントだぜ……ったく、クロノス先生も酷いよな。ちゃんと謝ったのに」

「でも、もうすぐ終わりなんだよね?」

「おう! けどやっぱりしんどいぜ。テニスなんて授業以外でやったことないからなー……」

「あはは……」

 

 相当疲れた様子を見せる十代に、祇園は苦笑を零すしかない、確かに見ている分にもハードなトレーニングだったので、妥当といえば妥当だろうか。

 そういえば、と宗達の方へと視線を向ける。すると、いつの間に来たのか雪乃、明日香、ジュンコ、ももえといった四人が集まっていた。何やら宗達と話しながらこちらを指差している所から察するに、十代の事だろうか。

 

「待たせてしまったな。リストは問題ない。これでいいかな?」

「あ、はい。ありがとうございます。えっと、これが控えなので保管しておいてください」

「わかった。さて、遊城十代くん! 練習再開――」

 

 げっ、と声まで上げる十代へと爽やかな笑顔を向ける部長。だが、その言葉が途中で止まった。

 何だろうか、と思い部長の視線を追ってみる。すると、その視線の先にいたのは宗達たちだ。

 

「――そこにいるのは天上院明日香くんではないかね!?」

 

 そして全力でそちらの方へと走っていく部長。本当、色んな意味で真っ直ぐな人らしい。

 

「はい、そうですが……」

「何だ、知り合いか?」

 

 戸惑った様子を見せる明日香と、その隣で問いかける宗達。部長は宗達の方へ視線を向けると、むっ、と露骨に眉をひそめた。

 

「キミは天上院くんとどういう関係だい?」

「俺らってどういう関係なんだ?」

「私が知るわけないでしょ」

 

 肩を竦めてそんな風にとぼける宗達と、面倒臭そうに応じる明日香。そんな二人を見てどう思ったのか、部長が突然宗達へと人差し指を突きつけた。

 

「キミのことは知っているぞ、如月宗達くん! 藤原くんだけでは飽き足らず、天上院くんにまで手を出すか!」

「いや意味がわかんねーよ」

「あら、フフッ」

「手を出すって……」

「そんな不純な真似はこの僕が許さない! さあ、天上院くんのフィアンセの座をかけてデュエルだ!」

「おいコラ話飛び過ぎだろ」

 

 宗達が呆れた調子で言うが、部長に退く気配はない。祇園がどうしたものかと思いながら見守っていると、なあ、と十代が立ち上がりながら問いかけてきた。

 

「フィアンセって何だ? 食えんのか?」

「……説明するのは難しいけど、そうだね……。一言で云うなら婚約者、かな?」

 

 言いつつ、十代と共に宗達たちの方へと向かう。

 平和だなぁ、と改めてそう思った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「つーか、フィアンセってなぁ……。何? 明日香オマエ、俺と結婚すんの?」

「あなたと結婚するくらいなら十代とした方が遥かにマシね」

「あーあ、フラれた」

「あらあら、明日香も見る目がないわねぇ? でも、十代のボウヤならそうでもないのかしら?」

「雪乃、私はあなたほど寛容になれないわ」

「なぁ、俺フラれたぞ雪乃?」

「いいのよ宗達。私はあなたを愛してるから」

「おう、俺も愛してるぞ」

「……あんたたち、もうちょっと人目ってもんを考えなさいよ」

「羨ましいですわ~」

「ええい、話を聞きたまえ!?」

 

 完全に置いてきぼりにされた部長が声を荒げる。宗達のああいった態度は慣れていないと相当癇に障るだろう。実際、ああいう態度が原因で主にブルー生と宗達はしょっちゅう衝突している。

 まあ、大抵宗達が物理的にかデュエルで一方的に沈めているので本人は全く気にしていないようだが。

 

「とにかくだ、如月宗達くん! 天上院くんにキミは相応しくない!」

「いや別にそれでいいけど。明日香もそうだろ?」

「珍しく意見が合うようね、宗達」

「なんか滅茶苦茶辛辣だなオイ。いくら俺の心が防弾ガラスだっつっても、あまり叩くと砕けるぞ?」

「慰めてあげるわ。こっちにいらっしゃい」

「もう少し真面目にやりたまえ……!」

 

 芝生の上に座る雪乃と、その膝の上に寝転がる――所謂『膝枕』の体勢――宗達。正直、喧嘩を売っているようにしか見えない。

 

「真面目ねぇ……。あんた、さっきからありえないほど力入れてるけど疲れねぇの?」

「今日という日は今日しかないんだ! それを全力で生きるのは当たり前だろう!? 後悔先に立たず、わかったらデュエルしたまえ!」

「暑苦しいことこの上ねぇ……。祇園、何とかしてくれ」

「とりあえずその体勢をどうにかすることから始めるべきだと思うよ」

 

 いきなり水を向けられるが、流石に呆れしか出て来ない。最近、宗達の性質についても大分理解できてきた。如月宗達という人物は、その外面に対してその行動が酷く合理的なのだ。

 強くなる――その目的のためならば努力は惜しまないし、だからこそDMの授業は余程のことが無ければ欠席することもなく出てきている。十代や自分とのデュエルも用が無ければ必ず受けるし、宗達自身が認めた相手ならば彼の方から声をかけてデュエルすることも珍しくない。

 だが、その反面自身の利益にならないことに関しては見ていてこちらが冷や汗を流してしまいそうになるほどにドライだ。それこそ宗達の中で『弱い』と判断した相手とのデュエルは『時間の無駄』と言い切ってしまうほどに。

 

(……多分これ、本気で面倒臭がってるんだろうな)

 

 普段ならこの時点でデュエルか物理的手段で相手を黙らせているはずだ。それをしていないということは、宗達が動くことそのものを面倒臭がっているということだろう。

 雪乃によれば宗達は大分昔に比べて大人しくなったという。これもその影響なのだろうか?

 ……まあ、とにかくだ。

 騒ぎ過ぎてしまったためか、人が集まってきた。テニス部員や他の運動部の者たちも集まってきている。これでは部長も引けないだろう。

 

「大体、女にモテるってんなら祇園はどうなるんだよ?」

 

 しかし、そんなことはお構いなしに雪乃に膝枕された状態でこちらを指差しながらそんなことを言う宗達。祇園はため息を零した。

 

「いやいや、僕は関係ないよね?」

「どの口が言うか。なぁ、雪乃?」

「ボウヤ、その鈍さは時として残酷よ?」

「藤原さんまで……。モテたことなんてないんだけどな」

「桐生がこっち来てる日はほとんど一緒にいるくせに何言ってんだオマエは」

「美咲とは幼馴染だし、友達だし……何かおかしいかな?」

 

 首を傾げる。おかしなことはない。そもそも、子供の頃はずっと一緒だったのだ。

 だが、そんな自分を見て明日香たちはため息を零す。

 

「……美咲先生も苦労するわね」

「同感です、明日香さん」

「青春ですわ~」

「如月宗達くん、キミは人の話を聞く気がないようだね……!」

 

 後ろに何やら妙なオーラが視えそうなくらいに怒りを蓄積させている部長。その姿を見てか、流石の宗達も面倒臭そうにではあるが上体を起こした。

 

「で、結局あんたの目的は? どうすりゃ納得して消えてくれるんだよ?」

「言っただろう! 天上院くんのフィアンセの座を賭けて勝負だ、と!」

「……これ、ループしてね?」

 

 心底面倒臭そうに呟く宗達。そのまま、なぁ、と明日香へ視線を向けた。

 

「オマエ、俺と結婚する気あんの?」

「さっき言った通りよ」

「冷たいねぇ……。まあ、答えなんざ出てるわけだが。それじゃあ向こうさんも納得しないみたいだぞ?」

「――なら、私が行くわ」

 

 ふう、と息を吐き、明日香が一歩前に出る。そのまま、鋭い視線を部長へと向けた。

 

「私がお相手いたします」

「む……、成程、了解した。ではテニスコートを使おう。デュエルディスクはあるかね?」

「これを使いなさい、明日香」

 

 明日香に対し、雪乃がデュエルディスクを投げ渡す。明日香は雪乃に礼を言うと、部長と向かい合った。

 ギャラリーたちが自然と円を作り、二人を取り囲む形になる。祇園たちはそこから少し離れた芝生からデュエルを見守る形をとる。

 

「よし、デュエル回避。雪乃、膝枕してくれ」

「フフッ、いらっしゃい?」

「……何というかもう、いつも通りだね」

 

 宗達の行動に対しては呆れしか出て来ない。十代は二人のデュエルを近くで見ようとギャラリーの方へと紛れ込んでしまった。ジュンコとももえもだ。

 祇園としても二人の邪魔をするつもりはないので少し離れようと思ったが、宗達が紡いだ言葉によってそれを止めることとなる。

 

「……正直、あの野郎はちょっと面倒臭い相手だったしな」

「えっ?」

「綾小路ミツル。オベリスク・ブルーの生徒で、勝率だけならカイザーと同格だ」

「カイザーと?」

 

 その言葉に、素直な驚きを覚える。こう言っては何だが、そこまで凄いデュエリストとは思えなかったのだ。

 宗達はそんな祇園に対し、まあ、と言葉を紡ぐ。

 

「倒そうと思えば倒せるさ。面倒臭いだけで」

「宗達くんがそれほど警戒する相手なんだ……」

「……警戒はしてねぇよ。ただ、あんまり戦いたくねぇ。あの類のデッキは苦手だからな」

 

 欠伸を漏らしながら言う宗達。どういうことか――それを聞く前に、声が聞こえてきた。

 

「「――決闘!!」」

 

 そんな、二人の声が。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 綾小路ミツル。基本的に他人に対してそこまで興味を抱かない宗達が知っている相手だ。当然、明日香もその実力は知っている。

 アカデミアにおけるデュエルの勝率はかの〝カイザー〟と同格。決して侮っていい相手ではない。

 

(けれど、このデッキの試運転には丁度いいわ)

 

 あの日、寒空の下で迷いを抱いていた自分。

 確実に強くなっていく友人たちを前に、ただ黙って見ているだけだった事が悔しくて……情けなくて。

 けれど、どうにもできなくて。

 

「先行は僕だ、ドロー!」

 

 綾小路がその白い歯を光らせながらカードをドローする。黄色い声援が上がるが、明日香はそれを努めて無視した。

 

「僕は魔法カード『サービス・エース』を発動! 僕が手札を一枚選び、相手はこのカードの種類を当てる! 当たった場合は選んだこのカードを破壊し、外れた場合はこのカードを除外し相手に1500ポイントのダメージを与える! さあ、天上院くん! 選びたまえ!」

 

 確実に通ることが決まっているわけではないとはいえ、強力なバーン効果を持つカードだ。明日香は数瞬迷った後、選択する。

 

「……魔法カードよ」

「正解は『メガ・サンダーボール』、モンスターカードだ! このカードを除外し、1500ポイントのダメージを与える!」

「…………ッ!」

 

 明日香LP4000→2500

 

 テニスボールが飛来し、その一撃によってLPが大きく削られる。綾小路は更に、と言葉を紡いだ。

 

「モンスターをセットし、カードを一枚伏せてターンエンドだ!」

 

 バーンデッキ。モンスターよりも魔法・罠を中心として相手のLPを削り取るデッキだ。

 一部では忌避されることも多いが、それはつまりそれだけ理不尽で、そして勝率が高いことを意味している。

 

「さあ、天上院くん! 僕が勝ったらキミにはフィアンセになってもらうよ!」

 

 白い歯を見せながらそう宣言する綾小路。心の底から溢れるような自身が、その笑顔に映っていた。

 

(強いわね。けれど、このぐらいで苦戦してるようじゃ私は追いつけない)

 

 一人は、己が歩んできた道に迷いを持ちながらも誇りを胸に戦った。

 一人は、最後まで笑顔のままに、諦めることなく戦い抜いた。

 一人は、強くなるためにたった一人で世界へと挑み、結果を示した。

 一人は、たった一つの約束のためにどん底から表舞台へと這い上がった。

 ――けれど、私は?

 何も、しなかった。何も、できやしなかった。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 見ているだけは、もう嫌だ。

 私もまた――決闘者なのだから!

 

 紡がれた、魔法に。

 周囲から、歓声が迸った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「バーンカード……」

「勝率が高いのも頷けるだろ? 別に悪いとは言わねぇけどな」

「勝てる確率は上がる。けれど、一定以上には通用しない……でしょ?」

「組み方次第だけどな」

 

 欠伸を噛み殺しながら宗達が雪乃の言葉に返事を返す。祇園は、でも、と言葉を紡いだ。

 

「確かに辛いかもしれない……。火力で責められると、僕も辛いよ」

「そりゃそうだ。でもま、大丈夫だろ。なんせ明日香だ。雪乃の〝女帝〟と並び立つ〝女王〟だぞ? そう容易く負けるわけねぇだろ」

「中等部の頃は、数少ない宗達とまともなデュエルができる相手だったものねぇ」

「そもそも俺とデュエルしようなんて物好きがあんまりいなかったけどな」

 

 くっく、と笑いながら言う宗達。……膝枕された状態でなければ少しは格好がつくというのに。

 

「大丈夫よ、ボウヤ。明日香は強いから」

「そう、ですよね」

「悩んでたみたいだけどな。まあ、ありゃ折れるような女じゃねぇ。――見てみろ。あれが〝女王〟の新しい翼だ」

 

 歓声の中心に。

 漆黒の翼が、吹き荒れていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「私は手札より、永続魔法『黒い旋風』を発動! 自分フィールド上に『BF』と名の付いたモンスターが召喚に成功した時、自分のデッキからそのモンスターの攻撃力より低い攻撃力の『BF』を手札に加えることができる! 私は『BF―暁のシロッコ』を召喚!」

 

 BF-暁のシロッコ☆5闇ATK/DEF2000/900

 

 現れるは、漆黒の翼を持つ戦士。明日香は更に、と言葉を紡いだ。

 

「シロッコは相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターがいない時生贄なしで召喚できるわ。更に『黒い旋風』の効果により、デッキから『BF-疾風のゲイル』を手札に加え、特殊召喚。ゲイルはゲイル以外の『BF』が自分フィールド上にいる時、特殊召喚できる」

 

 BF-疾風のゲイル☆3闇・チューナーATK/DEF1300/400

 

 二体目のBF。明日香はバトル、と言葉を紡いだ。

 

「シロッコでセットモンスターを攻撃!」

「メガ・サンダーボールだ。破壊される」

「ゲイルでダイレクトアタック!」

「おっと、それはさせない! リバースカード、オープン! 罠カード『レシーブエース』! 相手の直接攻撃を無効にし、1500ポイントのダメージを与える!」

「――――ッ!」

 

 明日香LP2500→1000

 

 LPが一気に削り取られる。何かしらのバーンカード一枚で終わってしまう状態だ。

 ――だが。

 

「天上院くん、キミのLPはもう風前の灯だ」

「――メインフェイズ2。レベル5暁のシロッコに、レベル3疾風のゲイルをチューニング」

 

 相手の言葉を遮るように、明日香はその言葉を口にする。

 あの日、遥か天上の高み立つ人物より託されたこのカード。どういう意味を持つのか、どうして自分だったのか。答えは未だわからない。

 だが、それでもいい。

 ――強くなるためならば、そこに迷いは抱かない。

 

「黒き疾風よ! 秘めたる想いをその翼に現出せよ! シンクロ召喚! 舞い上がれ――『ブラックフェザー・ドラゴン』ッ!」

 

 ブラックフェザー・ドラゴン☆8ATK/DEF2800/1600

 

 現れるは、漆黒の翼を持つ翼竜。その翼を広げ、竜は咆哮する。

 

「カードを二枚伏せ、ターンエンド」

「……シンクロ召喚か。けれど、僕には通用しないぞ。僕のターン、ドロー! 手札より『伝説のビッグサーバー』を召喚!」

 

 伝説のビッグサーバー☆3地ATK/DEF300/1000

 

 現れるモンスター。その姿に明日香が眉をひそめると、綾小路は得意げに言葉を紡いだ。

 

「ビッグサーバーは相手にダイレクトアタックでき、また、相手に戦闘ダメージを与えるとデッキから『サービスエース』を手札に加えることができる」

 

 サービスエース――それは、強力な効果を持つバーンカード。

 この場面で決められると、明日香の敗北が決定する。

 

「ただその後、相手プレイヤーはカードを一枚ドローすることになるが。――いくぞ、ビッグサーバーでダイレクトアタック! そして僕は『サービスエース』を手札に!」

「一枚ドローよ」

 

 明日香LP1000→700

 

 カードを引く。綾小路が笑みを浮かべた。

 

「さあいくぞ、天上院くん! 魔法カード『サービスエース』! さあ、選びたまえ!」

 

 示されたカード。今度の明日香は迷うことなく、その答えを口にした。

 

「魔法カードよ」

「残念だな、『レシーブエース』。罠カードだ! 1500ダメージを受けてもらうよ!」

 

 放たれる一撃。爆音と共に、明日香が煙に包まれる。

 

「僕の勝利だ!」

 

 高々と宣言する綾小路。しかし。

 

「いいえ、まだ終わりじゃないわ」

 

 鋭い眼光を携えて。

 アカデミアの女王は、今だ死さず立っていた。

 

 ブラックフェザー・ドラゴン☆8ATK/DEF2800/1600→2100/1600

 黒羽カウンター×1

 

「な、何故だ!?」

「ブラックフェザー・ドラゴンの効果は、効果ダメージを受ける場合代わりに黒羽カウンターを置くというもの。一つに付き攻撃力が700ポイント下がるというデメリットがあるけれど、その代わりありとあらゆる効果ダメージが通じないわ」

 

 それに応じるように、ブラックフェザー・ドラゴンが咆哮する。くっ、と綾小路が唇を噛んだ。

 

「僕はカードを伏せ、ターンエンドだ!」

「私のターン、ドロー。黒羽カウンターを取り除き、ビッグサーバーの攻撃力を一つ分――700ポイントダウン。そしてダウン分のダメージを与える」

 

 ビッグサーバー☆3地ATK/DEF300/1000→0/1000

 綾小路LP4000→3700

 

 流の咆哮と共に漆黒の羽が撒き散らされる。明日香は更に、と言葉を紡いだ。

 

「手札より『BF-極北のブリザード』を召喚! 効果発動! 墓地よりレベル4以下のBFを一体、表側守備表示で特殊召喚できる! ゲイルを蘇生! 更に場にBFがいるため、『BF-黒槍のブラスト』を特殊召喚!」

 

 BF-極北のブリザード☆2闇・チューナーATK/DEF1300/0

 BF-疾風のゲイル☆3闇・チューナーATK/DEF1300/400

 BF-黒槍のブラスト☆4闇ATK/DEF1700/800

 

 三体のモンスターが場に展開される。そして無論、それだけでは終わらない。

 

「レベル4黒槍のブラストに、レベル3疾風のゲイルをチューニング! シンクロ召喚! 『BF-アーマード・ウイング』!!」

 

 BF-アーマード・ウイング☆7闇ATK/DEF2500/1500

 

 強固な漆黒の鎧に身を包む、黒き翼の戦士が降臨する。明日香はこれで最後、と言葉を紡いだ。

 

「罠カード『ゴッドバード・アタック』! 自分フィールド上の鳥獣族モンスターを生贄に捧げ、フィールド上のカードを二枚破壊する! 伏せカードとビッグサーバーを破壊!」

「なっ、僕のミラーフォースが……!」

 

 これで場はがら空き。そして、手札は0。

 防ぐ手立ては――ない。

 

「二体のモンスターでダイレクトアタック!」

「うわあああああああっ!?」

 

 綾小路LP3700→1200→-1600

 

 決着の音が鳴り響く。ソリッドヴィジョンが消えたのを確認すると、明日香は綾小路の方へと歩み寄った。

 

「ありがとうございました」

 

 そう言って手を差し出す明日香。だが、綾小路は顔を上げると、その瞳から突如大粒の涙をいくつも流し始める。

 ――そして。

 

「うっ、うわああああああああああっっっ!!」

 

 そのまま、涙を流して走り去ってしまった。周囲のギャラリーも、彼のそんな姿に呆然とする。

 

「……幻滅ですわ」

 

 ポツリと呟いたももえのそんな台詞が、嫌に印象に残った。

 ギャラリーたちが散っていく。その途中で、十代が笑顔を浮かべて走り寄ってきた。

 

「なあ明日香、それ新デッキか?」

「ええ。冬休みから構築してたんだけど、中々上手くいかなくて。今日が初デュエルよ。むしろ、そのためにあなたたちを探してたんだけど」

「そうなのか? じゃあ明日香、デュエルしようぜ!」

「いいわよ。けれど、ここだと邪魔になるから別の場所でね」

「おう! ちょっと待っててくれ、着替えてくる!」

 

 快活な笑顔を浮かべ、十代が走り去っていく。それを見送りながら、明日香はポツリと呟いた。

 

「負けないわよ、十代」

 

 かつてのデュエルの時のようには。

 もう、負けはしない。

 ――そしてそれは。

 中学時代、一度も勝てなかった男に対してもだ。

 

「ねぇ、宗達」

 

 立ち上がり、伸びをしていた男へと声をかける。

 その背に負いつこうとして、結局、追いつけなかった中学時代。

 今もまた、依然差はあるけれど。

 

「デュエルよ」

 

 その言葉を、どう思ったのか。

 先程までの面倒臭そうな表情とは違い、宗達は笑顔を浮かべる。

 

「おお、良いぜ」

「祇園、あなたともデュエルしたいわ。いいかしら?」

「えっ、あ、うん。とりあえずちょっとだけ仕事が残ってるから、それが終わったらいくらでも」

「ええ、お願い」

 

 頷きを返す。夢神祇園――彼もまた、強力なライバルだ。強くなるためには、多くの者とデュエルをしなければならない。

 

「迷いは消えたの、明日香?」

「ええ。どうにかね」

「そう。なら……楽しませて頂戴?」

 

 フフッ、と怪しげに笑う親友。彼女ともきっと、これから何度も戦うだろう。

 

「祇園! デュエルだデュエル!」

「いや、僕ちょっと仕事残ってるからその後でね?」

「えー、いいじゃんそんなの」

「僕の生活費がなくなっちゃうから……ごめんね?」

「十代、相手なら俺がしてやる。とりあえずあれだ、女子寮行くぞ女子寮。あそこなら使う奴いない決闘場あるだろ。俺が普段サボって寝てる場所」

「残念ながら宗達、あなたしばらく女子寮入りは禁止よ?」

「えっ。マジで?」

 

 楽しげな会話。それを見ながら。

 

「……楽しいわね」

 

 ポツリと、天上院明日香は呟いた。

 こんな日々が、続けばいいのにと。

 

 ――遠くで、竜が嘶く声が聞こえた気がした。

 

 

 

 










誰であろうと、強くはなれる。
必要なのは、変わろうとする意志。








というわけで、あの日姐御が物凄く適当にカードを渡した相手は明日香さんでした。
まあ、これはこれで正しいという気がしないでもない。




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第五十話 己の内に、秘めた想い

 

 

 

 

 

 学生にとって最大の敵は何だろうか?

 教師?……いや、真面目な生徒にとってはむしろ味方だ。

 眠気?……これもまた、個人差がある。

 勉強?……これが一番近い気がする。だが、何かが足りない。

 

「……補習だな」

 

 どうでもいいと思いつつ、少年――如月宗達は己の思考の中でそう結論付けた。とはいえ、これは彼の意見である。例えば彼の友人である遊城十代ならば別の答えが返ってくるだろう。それこそ『試験』とか。

 夢神祇園ならばどうかはわからない。第一、彼にとって最大の敵は『お金』という『現実』だ。世の中というのは本当にままならないモノである。

 

(つーか、何で俺が補習なんざ受けなきゃなんねぇんだよ)

 

 面倒臭い、と内心で呟く。如月宗達――デュエル・アカデミア本校における一年生の中では文句なしでトップデュエリストであり、カイザーと肩を並べることができる唯一のデュエリストとされている。成績も上の下から上の中には位置しており、数字で見れば全く問題はない。

 

(桐生の野郎……。オマエの授業には出てんだからいいだろうがよ)

 

 しかし、成績は悪くないはずなのに彼のアカデミアにおける評判は決して良くはない。最近はレッド生を中心に改善されてきたとはいえ、未だブルー生には目の敵にされている。悉く砂にしているが。

 そして更に言うと、教師陣からの受けも決していいとは言えないのが現状だ。桐生美咲や響緑、大徳寺といった宗達の中等部における経歴やその性質を知っている者はともかく、問題児としての彼しか知らない教師陣の中には彼を目の敵にする者もおり、それが更に宗達の『サボり』という素行不良を加速させている。

 クロノスなど可愛いものだ。アレはなんだかんだ言いつつ正面から向かってくる。一番厄介なのは裏から手を回してくる陰湿な者である。その厄介さは中等部の時に散々学んだ。

 ままならない――心から、宗達はそう思う。

 

(まあ、普段出てるのは桐生の除けば響さんのと大徳寺さんのだけだしな。……あー、面倒臭い)

 

 ちなみに授業に出ていない時の宗達は適当なところで寝ているか、暇潰しに勉強をしている。勉強をするなら授業に出ればいいのにとは誰もが思うが、そうしないのが宗達だ。

 

「まあいいか。とりあえず十代に試験範囲聞かないとな」

 

 ちなみにレッド生は祇園を除いたほぼ全員が補習の対象という大記録を達成している。普段真面目にやらないとこうなるという典型がレッド寮の生徒だ。

 ああはなりたくない――成程、確かにそういうモチベーションの保ち方もアリだと宗達は思ってしまう。どうでもいいが。

 

「おい、十代。試験範囲教えてくれ。明日の――」

 

 普段から行き来している部屋であるため、ノックもせずに扉を開ける。

 

 ――そして、固まってしまった。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 流れた沈黙は、三人分。

 ドアを開けた状態で固まっている宗達と、何故か男子寮にいる小柄な女の子。そしてそれを押し倒した体勢の十代。

 

「……あー……」

 

 最初に正気に戻ったのは、宗達だった。未だに固まる二人に向け、ははっ、と乾いた笑いを零す。

 

「悪ぃ、邪魔した。とりあえず二時間半くらいしたらまた来るわ」

 

 妙に生々しい時間だけを告げ、宗達は扉を閉める。混乱しているのが自分でもわかった。

 そのまま立ち去ろうと十代たちの部屋に背を向ける。直後、その首根っこを掴まれた。

 

「いやいやいやいやいや待て待て待て待て待て!? いやむしろ待ってくれ!?」

 

 ある意味珍しい十代の慌てた声と共に、部屋へと引き摺り込まれる。

 ……絶対面倒臭いなコレ、と宗達は心の底からため息を零した。

 同時に。

 

 ……明日の追試大丈夫かよ、とも思った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 食堂の掃除を終え、ゴミを纏める。最初の頃は時間がかかったが、随分と慣れてきた。この様子だと、今日の仕事は早めに終わらせることができそうである。

 

「よし、終わり」

「お疲れさんや、祇園」

 

 呟く少年――夢神祇園の背中へ声をかけたのは、非常勤講師でもある桐生美咲だ。彼女は机の上にいくつもの紙の束を広げた状態でこちらへと手を振っている。

 

「美咲の方は終わったの?」

「今さっきなー。ホンマにもう、レッド生の子らももうちょっとしっかりしてくれへんかなぁ」

 

 はぁ、とため息を零す美咲。彼女が広げているのは、今日の午前中に行われた補習の資料だ。実は昨日、一昨日の二日間月一試験が開かれており、今日と明日は休みなのである。とはいえ、一部の成績の悪い生徒は今日の補習、明日の追試があるのだが。

 

「後は〝侍大将〟やな。成績ええくせに授業出なさ過ぎて補習とかどんだけ阿呆やねん」

「ああ、そういえば今日宗達くん珍しく購買部でお昼ご飯買ってたね」

 

 普段の宗達は昼食時に賑わう食堂に来ることはない。それは彼自身が理解しているからだ。如月宗達は多くにとって敵であることを。

 そもそも、祇園や十代といった彼を『友達』と呼ぶ者の方が少数派なのだ。

 行ってしまえば、不発弾。触れなければ問題ないが、触れればいつ爆発するかもわからない危険物。

 彼の本質を知ればそんなことはないとわかるのだろうが……そもそも本人が誤解を招くようなことをし過ぎている。自業自得といえばその通りだ。

 

「まあ、今日の補習に出てたんはレッド生のほぼ全員とイエローの底辺組やからな。あの辺にとっては〝侍大将〟、むしろ英雄扱いやし」

「普段からブルーの人たちに絡まれてる皆を助けてるもんね」

「あれ間違いなくストレス発散やけどな。〝侍大将〟にとっては。ちなみに以外と女子人気もあったりするんよ。結構助けられた子多いらしいで? 何というか、ここのブルーの子らは自意識過剰な子多いからなぁ」

 

 はぁ、と美咲はため息を吐く。祇園としては苦笑するしかない。

 オベリスク・ブルー。エリート意識が蔓延し、同時に妙な一体感を持つ最上級の寮だ。どうにも他人を見下す人物が多く、そのせいで他寮の者とのトラブルが絶えない。

 聞いたところでは〝ルーキーズ杯〟における代表選考戦でも問題が発生し、そのせいで色々揉めていたらしい。美咲によると今は一時的な小康状態とのことだが……。

 

「自信を持つことは悪いことやらあらへんし、レッドの子らにはむしろそれが足りひんくらいや。けど、ブルーの子らはちょっと自意識過剰過ぎやね。大体、ウチと付き合いたいんやったらその性根を叩き直してから来いゆー話や」

「あ、やっぱりそういうのもあるんだ」

「面倒臭いことこの上あらへん。……なーにが『俺と付き合え』やお断りに決まっとるやろ鏡見てから言うて欲しいわそもそもウチ面食いなんやし第一付き合うんやったら一択で相手は決まっとるんや」

 

 ブツブツと何やら小声で苛立たしげに呟く美咲。どうやら相当ストレスが溜まっているらしい。美咲はその多忙さからストレスを溜め込み易く、時々こうして不安定になるのだ。

 それでもこういう時でさえ外面は完璧なので、こういう姿を見せてくれるというのは信頼の証だとは思っている。大変だが。

 

(中学の時にも何度かあったなぁ……。疲れてるんだと思うけど)

 

 あの時は確か、延々と愚痴に付き合わされたのだったか。一応相手のことをフォローする言葉を口にしたのだが、何故か美咲が激怒して本当に大変だったのを覚えている。

 なので、ここはできるだけ穏便に済ませなければならない。妙なことを言うと尾を引く。間違いない。

 

「まあでも、美咲は可愛いし……魅力的だから。気持ちはわかるよ。告白する人の気持ちはね」

「えっ?」

「だって、ステージの上で歌う美咲は輝いてるから。やっぱり凄いなぁ、って思うよ。同時に誇らしくもあるんだ。こんな人の親友を名乗れるんだ、って」

 

 紙コップに二人分のコーヒーを淹れる。今日は休みということもあり、購買部にまで人が来ることは滅多にない。来たとしてもこの位置からならばすぐに対応に向かうことができる。

 桐生美咲。彼女の友人であれることは本当に誇りに思う。同時に、だからこそその背に追いつきたいとも。

 ……まあ、それがいつになるかはわからないのだが。 

 

「……ズルい」

 

 ポツリと美咲が呟いた。コーヒーを淹れた紙コップを渡すと、美咲はそれを受け取りつつこちらを睨むようにして見据えてくる。

 

「やっぱり祇園はズルい」

「ええっ?」

 

 いきなりの言葉に、祇園は首を傾げるしかない。美咲は一つため息を零すと、コーヒーを一口に含んだ。

 

「……なぁ、祇園。ウチが誰かと付き合うってなったら……どう思う?」

「どう、って」

「――答えて」

 

 真剣な目立った。まるで射抜くような目に、うっ、と一瞬尻込みする。

 何を言うべきか――そんな思考が浮かぶが、上手い言い回しなど浮かぶはずがない。結局、本心を口にする。

 

「寂しい……かな?」

「え……」

「美咲は、僕にとって一番長く一緒にいた友達だし……やっぱりね」

 

 あはは、と照れ臭くなって誤魔化すように笑う。美咲が、ぎゅっ、と音がするほどに強く両手を握り締めた。

 

「ほ、ホンマに?」

「うん。ホントだよ?」

「あ、そ、そっか。う、うん。そやね、うん」

「あはは……」

 

 そして、何やらわたわたと怪しげな動きを始める美咲。こちらも恥ずかしいことを言っている自覚はあるので、祇園は手で少し熱くなった顔を煽いだ。

 だが、言葉に嘘はない。そう、寂しい――これはそういう感覚だと思う。

 両親がいなくなった時のような……そのことを教え込まれた時のような、空虚な感覚。これがきっと、『寂しい』という感覚なのだろう。

 ……ただ。

 

(これが『我儘』だっていうのも……わかってる)

 

 美咲は本来なら自分のような人間とは関わることのなかった相手だ。奇跡のような偶然で、こうして出会っただけ。

 美咲なら、きっと素敵な人生を歩むことができる。

 だから、これは我儘だ。

 

「あ、あのな、祇園。やったら――」

「でも、美咲が幸せなら応援するよ? 僕にできることなら何でも言って欲しいな。美咲には、本当に恩を受けてばっかりだから」

 

 一生かけても返せないだけの恩を美咲からは受けている。少しずつでも返していきたい。

 

「…………」

 

 そう思っての発言だったのだが、美咲の反応は良くなかった。心なしか青筋が浮かんでいるように見える。

 

「えっと、美咲?」

「――ふんっ!」

「いったぁっ!?」

 

 おおよそアイドルには似つかわしくない声と共に、思い切り足を踏み抜かれた。しかも今日の美咲の靴はヒールである。一点に凝縮された力が足を貫く。

 あまりの痛さに悶絶する祇園。ふん、と美咲は鼻を鳴らした。

 

「ホンマ相変わらずやな、祇園」

「…………ッ!?…………ッ!?」

 

 痛みに震えながら見た、彼女の瞳。

 酷く冷たいそれが……印象に残った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 とりあえず、ある程度事情は理解した。普段レッド寮の生徒が集まる場所には食事の時以外に出ないため、転入生のことについて宗達は知らなかったのだ。

 もっとも、それが女生徒であり更にどう見ても子供であることについては色々と言いたいことがあるが。

 

「さ、早乙女レイです」

「如月宗達だ。……で、とりあえず整理するぞ。オマエは会いたい人間がいて、そのために転入してきたと」

「う、うん」

「更に実は小学五年生……って、小学生!?」

 

 口に出すと共に驚愕が漏れる。アカデミアの編入試験は決して簡単ではない。だというのに、小学五年生の女の子がクリアしたというのか。

 

「大した奴だなオイ。十代より頭いいんじゃねーの?」

「えへへ……」

「いや宗達、流石に小学生には……」

「この間のテスト、オマエ平均点は?」

「ところでレイ、その会いたい人ってのはどんな奴なんだ?」

「逃げやがったな」

 

 超が付くほど強引に話題を変える十代。まあ、ここで十代を苛めても意味はない。問題は目の前にいる少女なのだ。

 

「えっと……亮サマだよ」

「……なあ、もう一度聞いていいか? 物凄ぇ不穏な名前が聞こえたんだが」

 

 できれば嘘であって欲しい。正直、ここでその名が出てくると面倒事になる未来しか想像できないのだ。

 そんな宗達の心中などお構いなしに、レイは頬を僅かに染めて言葉を紡ぐ。

 

「サイバー流正統継承者、丸藤亮サマに告白するために来たの!」

 

 顔を赤くしつつ、一気に言い切るレイ。それを聞き、うん、と宗達は頷いた。そのまま立ち上がる。

 

「――よし、後は任せた十代」

「いや何でだよ」

「黙れカイザーが関わってるとかそれイコールで鮫島のボケと関わるってことで更に言えばブルー共と事構えるって事だろうがカイザー単体なら問題ねぇがブルーの阿呆共の相手してるほど暇じゃねぇんだよ明日追試だろうがド阿呆」

「お、おう。ま、まあ、とりあえず落ち着けよ。とにかく座れって」

「だから俺は――」

「…………」

 

 言葉を紡ごうとしたところで、レイがこちらを見ていることに気付いた。不安げなその視線に気付き、うっ、と宗達は呻き声を漏らす。

 そして数瞬悩んだ後、大きくため息を零してその場に座り直した。

 

「……あー、もう! しゃあねぇな今日徹夜かよ畜生!」

「えっ、えっ?」

 

 レイが戸惑った様子で自分と十代へと視線を彷徨わせる。宗達が肩を竦めた。

 

「早乙女レイ、だったよな? 協力してやるよ。カイザーに会うんだろ?」

「亮サマに会えるの!?」

「普段なら自分でやれっつって突っぱねるところだが、よく考えたらオマエ、その年でここにたった一人で乗り込んできたんだろ?」

 

 僅か十一歳。あまりにも幼く、本来なら親に守られていて然るべき年齢。

 そんな少女が一人でこんな場所へ来たその行動力だけは、評価すべきことだと思う。

 

「根性のある奴は嫌いじゃねぇ。だが、俺にできるのはあくまで俺にできることだけだ。カイザーと会わせたそこから先はオマエ次第。それでもいいな?」

「う、うんっ! ありがとう如月さん!」

 

 レイが何度も頭を下げてくる。宗達は別にいいさ、と言葉を紡いだ。

 

「人を好きになることについては、俺も少しは知ってるから」

 

 大切な想い人がいるという気持ち。この、どうにもならない感情については。

 十代が笑みを零した。そのまま、なあ、とこちらに言葉を投げかけてくる。

 

「それで、どうするんだ? カイザーに会うんだよな?」

「あー、どうするか。十代オマエ、カイザーのアドレスとか知らねぇの?」

「あ、そういや聞いてない」

「使えねーなオイ」

「むっ、そういう宗達はどうなんだよ」

「俺が知ってるわけねーだろ。敵同士だぞ?……しゃーねぇ、ブルー寮襲撃するか。俺がブルーのアホ共叩きのめすから、騒ぎの間にレイがカイザーのとこに行くとかどうだ?」

「そ、それはちょっと……」

 

 レイが困惑した様子で首を振る。宗達は冗談だよ、と言葉を紡いだ。

 

「乱闘中に告白が許されんのはハリウッド映画だけだしな。……けど実際、俺らじゃまともにカイザーに会うことすらできねぇぞ?」

「うーん、どうするかな……。いっそ、正面からブルー寮に行くとか?」

「俺とオマエの組み合わせでブルー寮行ってまともな対応されるわけねーだろ」

 

 別に宗達のような意味で素行が悪いということではないが、十代も十分ブルー生からは目の敵にされている。まあ、彼も彼で目立つことを何度もしているので当然かもしれないが。

 さて、どうしたものか。考え込む十代を見ながら宗達も思考を巡らせる。

 ……正直、手段は最初からある程度決まっているのだ。ただ、面倒なだけで。

 

「はぁ……。しゃーねぇ、食堂行くぞ」

「え、どうしてだ?」

 

 立ち上がりながら言う宗達に、十代が首を傾げてそう問いかけてくる。決まってるだろ、と宗達は言葉を紡いだ。

 

「あそこには祇園がいる。で、祇園がいるとなればアレもいる」

「アレ?」

「レイ。とりあえずついて来い。多分、面白いもんに会えるぞ?」

「面白いモノ……?」

 

 レイが首を傾げる。宗達はああ、と頷いた。

 

「多分、驚くぞ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ようやく足の痛みが引いてきた。はあ、と思わずため息を零してしまうが、美咲に睨み付けられる。

 自分が一体何をしたのか――理不尽を嘆きそうになるが、美咲の機嫌が悪い時に迂闊なことはできない。とりあえず彼女が怒ることに疲れるまで放置するしかないのだ。

 

「……ちょっと、やり過ぎたかな」

 

 ポツリと何かを美咲が呟いたが、聞こえなかった。

 コーヒーを啜る。すると、食堂のところに人影が見えた。お客さんか、と思い立ち上がると、その人物が見覚えのある相手だということに気付く。

 

「藤原さん?」

「あら……ボウヤ、美咲先生。こんにちは」

「はい、こんにちは~」

 

 雪乃に挨拶に対してひらひらと美咲が手を振る中、祇園は立ち上がり購買部のカウンターへと向かう。しかし、雪乃がそれを制止した。

 

「ああ、いいのよボウヤ。買い物に来たわけじゃないから」

「そうなの?」

「ええ、ちょっと人探しをね。宗達を知らないかしら?」

 

 苦笑しつつ言う雪乃。宗達の居場所――心当たりはない。美咲へ視線を送ると、こちらも首を左右に振った。

 

「いや、知らんなぁ。どないしたん?」

「補習は終わってるはずなのに、連絡がないのよ。どこに行ったのかしら……?」

 

 うーん、と顎に手を当てて首を傾げる雪乃。何というか、仕草がいちいち官能的だ。

 

「でも珍しいね。宗達くんが藤原さんに連絡なしなんて」

「確かに。……あ、もしかして浮気とか?」

「フフッ。もしそうならその場で指ぐらいは貰うことになるわねぇ……?」

 

 冗談で美咲が口にした言葉に、笑みを浮かべて答える雪乃。……背筋に物凄い悪寒が奔った。

 雪乃はそのまま、それじゃあ、と身を翻して立ち去ろうとする。だが、食堂を出る前に騒がしい声が聞こえてきた。

 

「しっかしどこでカイザーに?」

「え、えっと、大会とかで見て、憧れて」

「成程、カイザー凄ぇもんな!」

 

 聞き覚えのある声が二つと、初めて聞く声が一つ。食堂に入って来たのは、二人の男と一人の少女。

 ピクリと、雪乃の眉が跳ねたのが祇園の目でも良くわかった。

 ……穏便に済めばいいけど。

 叶うはずがないことを、祇園は内心で小さく願った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 十代と宗達という、ベクトルは違えどアカデミアが誇る問題児コンビ。その二人が連れてきたのは、一人の女の子だった。

 

「は、初めまして! 早乙女レイです!」

 

 傍からから見ていても思わず心配してしまうほどに緊張している少女が、そう言ってこちらへと頭を下げてくる。祇園は後ろで見守る二人へと視線を向けた。

 

「……えっと、どういうこと?」

「あんたらまさかこんな小さい子を誘拐してきたんやないやろな?」

 

 まだ微妙に機嫌が直っていない様子の美咲が冷たい視線を二人に向ける。すると、二人が同時に声を上げた。

 

「なんでだよ!?」

「桐生テメェふざけたこと」

「へぇ? そうなの宗達?」

 

 ゾクッ、と背筋に悪寒が奔った。直接その意識を向けられていないこちらがこうなのだ。当事者である宗達の心境は如何程か。

 

「すんませんマジで勘弁してください雪乃殺さないで」

「弱っ」

 

 どうやら彼が出した答えは即時降伏だったらしい。美咲が呆れた様子を浮かべているが、宗達にそれに構う余裕はない。

 

「フフッ、こっちにいらっしゃい。連絡がなかったことも併せて説明してもらうわ」

「いや、今そんなことしてる場合じゃ――」

「――何かしら?」

「……すんません。何でもないです」

 

 そのまま雪乃に連れられて食堂の隅へと連行されていく宗達。祇園はそれを努めて無視すると、それで、と言葉を紡いだ。

 

「早乙女さん……でいいのかな? 昨日の紹介では男の子って聞いたけど……」

 

 昨日にあった大徳寺の説明ではそうであったはずだ。それに女生徒ならば男子寮の近くにあるレッド生用の女子寮に入れられるはず。

 

「そ、それはその……」

 

 祇園の問いかけに、レイは俯いて口ごもる。ふう、と息を吐く声が聞こえた。

 

「それに、見たとこ高校生にはとてもやないけど見えへんな。顔見ればわかるわ。……事情、きっちり説明してもらおか?」

 

 仕事モードに入った美咲がレイに座るように促しつつ、そんな言葉を紡ぐ。レイは静かに頷いた。

 

「いやマジで勘弁してくださいやましいことは何もないんですよ」

 

 ……聞こえてくる弁明の声が、酷く哀れだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「言い訳は無用よ、宗達。いくらなんでも、あんな小さなコに手を出すのは問題じゃないかしら?」

「いやいやいやいやいやいや。手ェ出すわけがねぇだろ」

「あら、ならどうしてあのコはあなたの服の裾を掴んでいたのかしら……?」

「……あのー、雪乃さん。怖いッス」

「何か言ったかしら?」

「いえ、正座崩していいかなー、って」

「…………」

「いや、冗談ッス。お茶目なジョークじゃないッスか」

 

 

 食堂の隅で正座している宗達と、椅子に座ってそれを見下ろす雪乃という妙な構図が出来上がっている。とりあえず宗達の状況はそういう性癖の人にとっては天国だろう。当人にとっては地獄だろうが。

 

「…………」

「ああ、あっちは気にせんでええよ。ただの痴話喧嘩や」

 

 そちらの方へチラリと視線を送ったレイに対し、面倒臭そうに美咲がそう言葉を紡ぐ。そのまま、成程、と彼女は静かに頷いた。

 

「丸藤亮くんに会うためにここへ来た、と。目的はわかったわ。せやけど、一つだけ言うとくよ。自分がしたことは決して褒められたことやない。それはわかっとるな?」

「……ごめんなさい」

 

 確認するような美咲の言葉に、レイは小さくなって頷く。先程美咲による説教が入ったので、かなり大人しくなっていた。

 

「ま、まあでも美咲先生。レイも反省してるんだしさ。もういいだろ?」

「確かにまあ、この件については入学試験の担当者にも問題があったみたいやしな。気付いてもらわんと困るわこんなん。……あと、十代くん。こんなことしとるけど明日の追試大丈夫なんやろな?」

「ギクッ」

「追試しくじったら補習地獄やから覚悟しとくんやで。……で、レイちゃん……やったか。とりあえずお説教はここまでや。来てしまった以上は仕方あらへんし、定期便も今日はもう残ってへん。明日、ウチと一緒に本土に戻るよ。それでええな?」

「……はい、ありがとうございます」

「ん、ならよし。次からはもうちょっと考えてから行動やで?」

 

 パンッ、と手を叩きそれを終わりの合図とする美咲。そのまま美咲は祇園の方へと視線を向けた。

 

「祇園、どう?」

「連絡はついたよ。今はちょっと用事があるから、二時間もすればって返信が」

「オッケー、場所は?」

「あんまり人に見せるようなモノじゃないからね。灯台のところに来て欲しいって送っておいたよ?」

「流石、有能やね。ほなレイちゃん、ちょっとブルー寮に行こか。女の子なんやし、おめかしせんとな?」

「えっ、えっ?」

 

 立ち上がりながら美咲が言った言葉に、レイが困惑した様子を見せる。祇園は、早乙女さん、と言葉を紡いだ。

 

「丸藤先輩に会いに来たんだよね? 一応、先輩とは連絡が取れるから呼び出しておいたよ?」

「亮サマと!?」

「〝ルーキーズ杯〟……ってわかるかな? あの大会の時の縁で、ちょっとね。たまにデュエルもしてるから」

 

 ほとんど負けてはいるが、カイザーとは祇園も何度かデュエルをしている。毎度勉強になるので、ありがたい限りなのだ。

 祇園のその言葉を聞き、レイは目を輝かせる。そのまま勢いよく頭を下げた。

 

「ありがとう、夢神さん!」

「僕にできるのはこれだけだから。後は、美咲の仕事」

「せや。レイちゃん、好きな人の前に立つんやから少しでも可愛くならなアカンやろ? ブルー女子寮のウチの部屋に簡単な化粧道具はあるから、それで綺麗にしてあげるよ」

 

 レイの手を引き、そんなことを言う美咲。レイは困惑しっぱなしだ。

 

「え、で、でもそんなの……」

「気にせんでええよ。これはウチのお節介や。……告白、するんやろ?」

 

 不意に、美咲の口調が真剣なものになった。膝を折り、レイと視線を同じくする。

 

「恰好ええよ、今のレイちゃん。ウチにはそんな勇気あらへんから、余計にそう思う」

「…………」

 

 その美咲の言葉に、何を感じたのか。

 早乙女レイは、真剣な表情で美咲の言葉を聞く。

 

「だから、ウチは全力で応援したる。頑張るんやで?」

「そうだぞレイ、頑張れ!」

 

 十代がレイの頭を乱暴に撫でる。レイは一瞬、呆然とした――どこか泣きそうな表情をし。

 

「――うんっ!」

 

 満面の笑みで、彼女は頷いた。

 

 

 

 不意に、彼女が服の裾をその手で引いた。

 

 

「……祇園、足大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ?」

「そっか。……ごめん」

 

 

 ポツリと呟いた彼女の言葉に、いいよ、と微笑を返した。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……しっかし、『恋する乙女』なんて珍しいカードを使うな」

 

 灯台。とりあえず宗達を筆頭に男子勢は女子寮に入れないので先に灯台で待っていたのだが、先程ようやくレイたちがここへきた。

 そして美咲曰く「整えただけ」とのことだが、薄く化粧が施されたレイの印象はかなり変わっていたといえる。あの十代でさえ一瞬呆けていたぐらいだ。

 

「コントロール奪取……決まれば強いね」

「その代わりリスクが大き過ぎる。後、どうしてもジリ貧になりがちだ。『待ち』のデッキだとやっぱり十代の相手は辛い」

「うーん、負けちゃったみたいだね」

 

 少し離れた場所では、美咲と雪乃に応援されたレイが十代とデュエルをしている。レイの戦法は中々トリッキーなものだったが、十代はそれを上回る引きで逆転してみせた。

 

(しっかし、桐生はやけにレイに肩入れするな。……まあ、理由はわかるが)

 

 十代に負けてしまったレイに熱心にアドバイスを送る美咲の姿を見つつ、宗達は内心で呟く。理由はまあまず間違いなく今横に立っている人物だろう。

 

「惜しかったね、早乙女さん」

「まあ、十代相手に勝つのは大仕事だからな」

 

 夢神祇園。桐生美咲の想い人であり、宗達にとっては数少ない〝友達〟と呼べる相手。

 美咲がレイに肩入れする理由の大半はこの鈍い男のせいだろう。この男に想いを伝えられない自分とレイを比べてしまっているのだ。

 とはいえ、仕方ないとも思う。祇園はどうも自分が幸せになることを怖がっている節がある。理由はわからない。だが、祇園はいつも選択肢を誤っているようにみえるのだ。

 己が傷つくような道ばかり、選んでいるような。

 ……それがきっと、彼が決して語らない彼の本質――過去に根差しているものなのだろうとも思うのだが。

 

「……あ、来たみたいだね」

 

 不意に祇園がそんなことを呟いた。見れば、こちらに歩いてきている者が一人。

 ――丸藤亮。

 デュエル・アカデミア本校最強のデュエリストにして、サイバー流正統継承者。

 

「夢神。……と、如月か」

「……ども」

 

 何と言葉を向ければ良いかわからず、結局宗達は適当な言葉を口にした。亮は、ああ、と小さく頷く。

 

「久し振りだな。……こうして言葉を交わすのは、あのデュエル以来か」

「そもそも多学年だからな。でもま、そんなことはどうでもいい。今日の俺はただの偶然居合わせた通行人と変わらないし。……あんたに用がある奴がいる。あそこにな」

「丸藤先輩、あちらです」

「む……」

 

 祇園が手で示す先。そこにいるのは、緊張した面持ちのレイだ。亮は一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、ゆっくりと歩を進めていく。

 対し、レイは思わずといった調子で一歩後ろへと足を退いた。だが、その背を優しく雪乃が押し留める。

 流石、と宗達が思ったのも束の間。レイは意を決したように一度深呼吸すると、亮の下へと歩み寄った。

 向かい合う二人と、その周囲に流れる重苦しい雰囲気。

 頑張れ、と美咲が小さく呟いた。その言葉はきっと、レイだけではなく彼女自身にも向けられたもの。

 

「あ、あの、亮サマ、ボク……ううん、私は……!」

 

 言葉が出て来ないのだろう。レイは泣きそうになりながら言葉を紡ぐ。だが、今の彼女を助けられる者はいない。彼女自身が前を向き、一歩を踏み出すしかないのだ。

 

「私、亮サマに会いたくて……! あの、私、亮サマが好きです! ずっと憧れていました!」

 

 最早自分でも何を言っているのか、何を言いたいのかがわかっていないだろう。だが、それでもレイは言い切った。

 何よりも大切な――己の心の中にあるその気持ちを、言葉にしたのだ。

 

「ぼ、わ、私と付き合ってください!」

 

 周囲の者の言葉はなかった。ただ、言い切ったレイは涙を目一杯に溜めながら、しかし、亮を見つめている。

 体が震え、逃げ出しそうになりながら。

 それでも、その小さな体で必死に前を向いていた。

 

「……正直なことを言えば、俺は今戸惑っている。夢神に呼ばれて来てみれば、いきなり告白などされて……整理が追い付かない」

 

 珍しいことに、亮もこの状況に焦っているようだった。

 だが、流石に帝王などと呼ばれているだけのことはある。冷静さを保ちながら、レイを真っ直ぐに見据え、言葉を紡ぐ。

 

「まずは、キミの名を教えてくれ」

「さ、早乙女レイ、です」

「そうか。……レイ、キミのデュエルは見せてもらった。デュエルにはその人物の全てが宿る。それはどんな人間であれ例外ではない」

 

 一瞬、亮がこちらを見たような気がしたが……おそらく気のせいだろう。

 

「キミの想いの強さはわかった」

「じゃ、じゃあ……!」

「――だが、駄目だ。俺はキミと付き合うことはできない」

 

 当然といえば、当然の答え。

 だがそれでも、拒絶の言葉にその場の空気が軋み……少女の目からは、涙が零れる。

 

「…………あ……」

「キミが魅力的な人物であることは間違いない。だが、俺は今デュエル以外のことについて考えることができないんだ。俺はあまりにも未熟で、同時に世界を知らなさ過ぎた。俺はそれを知り、そして強くならなければならない。そしてそれは、一人で為さねばならないことだ。だから……すまない」

 

 その表情は酷く鎮痛で、亮が必死にその答えを絞り出したのだということがよくわかった。

 立ち上がる。その視線の先でレイは一度俯くと、ゆっくりと亮へ頭を下げた。

 

「あ、ありがとう、ご、ございました……、ぼ、ボクなんかと、ちゃんと、ちゃんと……向き合ってくれて」

「なんか、などと卑下する必要はない。……俺の方からも礼を言わせてもらう。ありがとう」

「――――ッ」

 

 きっと、それが限界だったのだろう。レイはその場から駆け出してしまう。その後を美咲と雪乃が追ったのを確認し、宗達は亮の方へと歩み寄った。

 

「……あれで、良かったのだろうか」

「何がだ?」

「今の俺に、レイと付き合うことなどできるはずがない。だが、傷つけないようにと誤魔化すことも間違っているとわかっていた。だから、俺は俺の気持ちを全て言葉にしたんだが……」

「……なんつーか、初めてあんたが好意的に見えた気がするよ」

 

 亮自身に咎はなくとも、それでも宗達にとってサイバー流の人間である丸藤亮という人間は敵だ。

 だが……少しだけ、認識が変わったように思う。

 それでも、隣を歩くような関係にはならないのだろうが。

 

「如月、お前ならばわかるか? 人を好きになるということが、どういうことなのか」

「あくまで俺の経験で良ければ、な。そこで聞き耳立ててる奴らもだ。どうせならこっち来い」

 

 所在なさげにしていた祇園と十代が、ビクリと体を震わせた。そのまま二人は苦笑し、近くに歩み寄ってくる。

 

「別に俺も全てがわかってるわけじゃねぇさ。ただ、一つだけ言えるのは……俺は雪乃のために死ねるって事だけだ」

 

 そう、死ねる。

 如月宗達にとって、相手を愛する気持ちとはただそれだけでいい。

 

「正直なことを言うと、それ以上のことはねぇんだよ」

「……死ねる、か」

「おう。……んじゃ、俺は帰るわ。レイのフォローは雪乃と桐生がしてくれるだろ」

 

 そのまま立ち去ろうと三人に背を向ける。その背に、亮からの声が届いた。

 

「如月、先程俺はデュエルにはその人間の全てが宿ると言ったな」

「……ああ、言ってたな」

 

 歩を止める。ただ、振り返ることはしない。

 

「何を、それほどまでに生き急ぐ?」

 

 その問いに対する、答えは一つ。

 

「――生きなきゃ死んじまうからだ」

 

 空を、見上げる。

 太陽が、雲に隠れようとしていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 レイは、一人蹲っていた。側に歩み寄る。すると、顔を上げぬままにレイは言葉を紡いだ。

 

「……ごめん、なさい」

「……何を、謝るん?」

 

 しゃがみ込みながら、問いかける。レイは顔を僅かに上げ、涙でグチャグチャの顔でごめんなさい、ともう一度繰り返した。

 

「ぼ、ボク、協力して、もらっ、た、のに、ふ、フラれ……」

「ええよ。レイちゃんは頑張ったやんか。そんなこと気にせんで、自分のことを考えなアカン」

 

 優しく、その体を抱き締める。

 

「頑張ったな、レイちゃん」

「ええ、あなたは間違いなく良い女よ」

 

 囁くような美咲の言葉と、凛とした雪乃の言葉。

 その二つを受け、レイは大粒の涙を零す。

 

「――――――――!!」

 

 人を好きになることは、傷つくことと同義だ。

 それでも人を好きになろうとするのは……それ以上のモノが、そこにはあるから。

 

「いっぱい泣いたらええよ。側にいるから」

「涙を流せるのは、若い頃の特権よ。泣いたら、今度はもっといい女になりなさい。あなたをふったカイザーが悔しがるような、そんな女にね?」

 

 少女の涙が、地面を濡らす。

 空もまた、曇り始めていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 夜。ふと目が覚め、ベットから体を起こした。ブルー女子寮にある美咲の部屋。レイは今日をそこで過ごすことになったのだが、深夜に目を覚ましてしまった。

 隣に視線を向けるも、美咲の姿はない。ベッドから降り、部屋を出る。

 ぼんやりとした灯りをつけ、一人の女性が何やら仕事をしている。〝アイドルプロ〟桐生美咲。その姿を最初に見た時には緊張しかなかったが、話しているうちに自然と楽に話せるようになった。

 華やかな世界で活躍する、雲の上の人。その認識が覆ったのだろうと思う。

 ……けれど、ここでまた認識が覆った。

 

(こんな時間まで……)

 

 アカデミアで非常勤講師をしていると気楽に言っていたが、そもそも彼女は分刻みのスケジュールで過ごしていることで有名だ。なのに、こんな時間まで仕事をしているというのか。

 

「眠れへんの?」

 

 資料に視線を向けたままに、美咲が不意にそんなことを言った。思わず体が震えるが、クスクスと美咲が笑う声が聞こえて静かに出て行くことにする。

 

「……ごめんなさい。邪魔をしてしまいましたか……?」

「丁度終わりやし、大丈夫やで? 残りは明日の船の中ででもやるわ」

 

 広げていた資料を手早く片付け、机の上にスペースを作る美咲。そのまま彼女は立ち上がると、インスタントのココアを淹れてくれた。

 

「祇園に比べたら下手やけど、勘弁してな?」

「あ、ありがとうございます……」

 

 受け取り、口に含む。温かさが、身に染みた。

 

「雨、上がるとええんやけどなぁ」

 

 雨音の激しい外を見ながら、美咲がポツリと呟いた。穏やかな雰囲気。テレビの中の彼女とはまた違うその姿に、無意識のうちに見惚れてしまう。

 無意識のうちに人を惹きつける……きっと、だからこそ彼女は〝アイドル〟なのだろうけれど。

 

「まあ、明日は帰るだけやし別にええけど」

 

 コーヒーを啜りながら言う彼女。その姿を見て、レイはふとあることを思いついた。

 それは本当に思いつきで、だからこそ自然と口に出してしまう。

 

「あの、夢神さんのこと……好きなんですか?」

「――――ッ、ケフッ!?」

 

 いきなり咳き込み始める美咲。大丈夫かと声を上げるが、美咲がこちらを手で制した。そのまま数秒の沈黙が流れ、あー、とどこかバツの悪そうに美咲が言葉を紡ぐ。

 

「……わかる?」

「はい。なんとなく、ですけど」

「……小学生にまで気付かれるんかー。んー、まあ、何というか。祇園はウチにとって転機……いや、違うかな? なんというか、色んな意味で大きい存在なんよ」

 

 あはは、と照れたように笑う美咲。その姿を見て、可愛いな、とレイは思った。

 きっとそれは年上に対する評価ではないのだろうけれど……そう思えてしまったのだから、仕方がない。

 

(ボクも……こう見えてたのかな?)

 

 だとしたら、嬉しいと思う。そうでないとしたら、少し寂しい。

 ただ、一度泣いて、一つだけわかったことがある。

 

「ああ、これは秘密やで? 立場的になんというか、あんまりスキャンダルになるようなことしたらアカンから」

「は、はい。わかりました」

「まあ、告白できひんのはそれだけやないんやけど……何というか、しがらみが増えると自由に気持ち一つ示すのも考えなアカンのよ」

 

 あはは、と苦笑する美咲。それを見て、改めて思う。

 ――自分は、まだ子供だ。

 だからこそ、多くのことを知らなさ過ぎる。

 

「でも、ウチには告白する勇気もない」

 

 ポツリと、美咲は呟いた。

 その笑顔はどこか寂しげで……同時に、哀しい。

 

「ままならへんよなぁ、本当に……」

 

 窓の外を見ながら、そんなことを呟く彼女に。

 はい、とレイは頷いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 朝方には雨が上がり、無事に美咲とレイは船に乗ることができた。見送りには昨日のメンバーに加え、事情を聞いた明日香や三沢といったメンバーも揃っている。

 

「お世話になりました!」

 

 昨日の涙とは違う、満面の笑みを浮かべるレイ。おう、と十代が頷いた。

 

「またな、レイ!」

「はいっ!」

 

 頷き合う二人。それを見守りつつ、レイ、と声をかけたのは宗達と祇園だ。

 

「これをやるよ」

「えっ、これは……?」

「昨日、夕食の後にいっしょにデッキについて考察したでしょ? それで、宗達くんが余ってるカードを集めてくれたんだよ」

「あれこれ考えたのはオマエだろうが祇園。どの道使わないカードだ。貰ってってくれ」

 

 祇園の言葉にそう応じつつ、宗達はカードの入った箱を渡す。レイは、ありがとうございます、と頭を下げた。

 

「気にすんな。今度はあそこにいる阿呆を倒してやれ」

「おい宗達、誰が阿呆だって?」

「結局追試のために徹夜してる奴が阿呆じゃなくて何なんだよ」

 

 宗達の言葉に、ぐっ、と十代が呻く。周囲から笑いが漏れた。

 そして、レイ、と亮が言葉を紡ぐ。

 

「亮サマ……」

「息災でな。次は俺ともデュエルをしよう」

「は、はいっ!」

 

 望んだ結果とはならなかったけれど。

 きっとこれも、正しい形。

 

「ほな、祇園。また来週やね」

「うん。澪さんに会ったらよろしく言っておいて欲しいな。今度仕事一緒なんだよね?」

「あれ、何で知っとるん?」

「メールでちょっとね」

「……もしかして、頻繁にメールしてたりする?」

「うん。澪さんも結構暇みたいで。仕事中とか授業中は返せないけど、そうじゃない時はね」

「…………」

 

 美咲が眉間にしわを寄せ、何かを考え込む。そのまま振り返ると、何事かを呟いた。

 

「…………いや、直接会ってるウチの方が有利。それに祇園は気付いてない」

 

 うん、大丈夫。そう締め括ると、ほな、と改めて祇園に向き直る。

 

「またメールするしな?」

「気を付けて、無理しないで。あと、ちゃんとご飯も食べること。美咲はすぐインスタントで済ませようとするから」

「あは、あはは……了解や。――ほなレイちゃん、行くよ~」

「はいっ」

 

 二人が定期便に乗り込んでいく。そして船が動き出す中、レイが身を乗り出して言葉を紡いだ。

 

 

「十代サマ、宗達サマ! ボク、必ず戻ってきます!」

 

 

 そして紡がれた言葉に、全員がえっ、という言葉を漏らした。視線が十代と宗達に集中する。

 

「……如月、十代。頑張れよ」

 

 ふっ、という笑みを残して立ち去っていこうとする亮。いや待て、と宗達が声を上げた。

 

「何で俺!? おかしいだろ色々と!?」

「なぁ宗達、あれって……そういう意味か?」

 

 流石の十代も気付いたらしい。宗達がああ、と頷いた瞬間、その背筋に凄まじい悪寒が奔った。

 

「――宗達」

「いや待て落ち着けマジで色々おかしいだろとりあえず話聞いてくださいマジすんませんでした」

 

 全力で土下座をする宗達。その美しさに、おおう、と周囲から声が漏れた。

 

「……何か、慣れてないッスか?」

「尻に敷かれているんだな」

「とりあえず、四人とも追試は大丈夫なの? 僕は購買部の仕事だけど」

「まあ、彼女が見えなくなるまで見送ってやれ。十代、宗達」

「それじゃあね、十代、宗達」

「おい翔、隼人! 置いてくのかよ!?」

「祇園助けてくれ!? あと三沢、明日香! そんでカイザー! 平然と見殺しにすんじゃねぇ!」

「宗達」

「はいすんません勘弁してくださいお願いします殺さないで」

 

 恋する乙女は、大変なものを遺していった。

 

 

 数分後、わかったことが一つ。

 ……海の水は、意外と冷たい。











恋する乙女の来訪は、一つの風を運んできた。









今回はデュエルなし。まあなんというか、ミサッキーの恋模様を描きたかったので。
人を好きになるというのは大変です。苦しいことばかりですしね。それでも好きになったらしょうがないのですが。



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第五十一話 代表戦、開幕

 

 

 授業も終わった放課後。夢神祇園はいつものように購買部で仕事をしていた。この時間に食堂を訪れる者は友人と適当に喋りに来る者ぐらいしか普通はいない。故にこの時間は明日の準備と商品の陳列が終われば事実上の休憩時間になる。

 しかし、今日に限っては食堂の隅に普段は見かけない姿が集まっていた。

 

「だから、そこは二次関数――要するに因数分解だっつんてんだろ。ここでXを求めて、で、その後Yを求めるんだよ」

「え、けどそれだとXの答えが二つになるぜ? おかしくねぇ?」

「その場合はそれぞれに対応するYを出すんだよ、十代くん。この場合の答えは二つ。ただ、こっちの答えの場合条件から外れることになるから、結局答えは一つになるけど」

「…………?」

「いやオマエ、顔凄いことになってんぞ」

「祇園くん、ここがわかんないッス……」

「あ、うん翔くん。えっと、化学かぁ……。これは元素記号の丸暗記しかないなぁ……」

 

 正直暇なので、祇園はその集団に参加している。そこにいるのはレッド生たちだ。この間の追試を突破できず、追々試になったものである。

 ちなみに如月宗達はちゃんと追試を突破したのだが――全身海水に濡れた状態で試験を受けた――十代は見事に落ちた。まあ、試験前日にあんなことをしていては仕方ないかもしれないが。

 

「勉強教えてくれっつーから教えてやってんのに、こうも覚えが悪いとこっちのやる気が持たん。オマエ同じミス何度目だよ?」

 

 呆れた調子でそんなことを言うのは宗達だ。その視線の先にいる十代は、うぐっ、と唸った後、勢いよく立ち上がる。

 

「だーっ! もうわけわかんねぇよ! 大体何なんだよXとかYとかZとか! 数学なのに英語出してくんなよ!?」

「……オマエ、よくここに合格できたな」

「十代くんはクロノス先生に勝ってるから、実技は凄いもんね。それこそ座学をカバーできるぐらいに」

 

 苦笑しつつ祇園がフォローを入れる。おっ、と十代が目を輝かせた。

 

「そうだよな祇園! 俺はやっぱ実戦派だぜ!」

「だが学生の本分は勉強だ。正直因数分解なんざ将来何の役に立つのかわかんねぇこと筆頭だが、やれって言われてる以上やるしかねぇだろ」

「宗達くんが言うと説得力皆無だけどね。いつもサボってるのに」

「「「同感だな」」」

「……テメェらこっちの会話に耳傾けてる余裕あんのか?」

 

 その場のレッド生全員が頷き、宗達が額に青筋を作る。だが、宗達は確かにこのメンバーの中では最も出席率が悪い。その彼が『勉強が学生の本分』という言葉を吐くのは確かに違和感がある。

 まあ、そんな状態でもちゃんと人並み以上のことはできるのだから大したものなのだろうとは思うが。

 

「とにかく、追試は合格しないと。美咲も心配してたんだから」

「美咲先生が?」

「うん。『レッド生の中では十代くんが一番危ないから、ゴメンやけど勉強見てあげて』って言われてるよ」

 

 だから勉強、と十代の目の前に広げられた参考書を祇園は指差す。うう、と十代が呻いた。

 

「ちくしょう……、因数分解なんてできなくても何も問題ないだろ……」

 

 ブツブツと呟く十代。祇園はため息を吐くと、そういえば、と言葉を紡いだ。

 

「今は数学だけど、さっきは英語をやってたよね? 十代くんの追々試って何科目なの?」

「…………」

 

 問いかけると、十代が露骨に目を逸らした。くっく、と隣から忍ぶような笑い声が聞こえてくる。そのまま、その笑い声の主は十代へと問いかけた。

 

「十代オマエ、苦手科目は?」

「……数学と英語と現国と科学と物理と――……」

「要するに体育以外だな?」

「い、いやDMも得意だぜ!?」

「本当オマエ、よく入学できたな」

「ここまでなんて……」

 

 呆れた宗達の言葉に流石に同意する。勉強嫌いといっても、まさかここまでとは。

 

「まあ、みっちり叩き込んでやるから覚悟しろ。もういっそ暗記だなコレは。それしかねぇ」

「高等数学はある意味で暗記だからね。その方がいいかもしれない」

「ああ。高校の勉強なんざ最後は暗記で平均点ぐらいは取れる。つーわけでだ、十代。――覚悟しろよ?」

「うぐぐ……!」

 

 悪意が滲み出てくるような宗達の笑顔に、十代が呻く。そして宗達が十代の解答に対して言葉を紡ごうとした瞬間、校内放送が流れた。

 

 

『オシリスレッド一年、遊城十代、如月宗達、夢神祇園の三名は至急校長室へ来てください』

 

 

 いきなりの呼び出しに、えっ、と三人で顔を見合わせる。翔や隼人たち、他のレッド生も困惑していた。

 

「三人とも、何かしたッスか?」

「心当たりはないけど……特に何かがあったわけでもないし」

「二人はどうなんだな?」

「ブルーの奴らと喧嘩したぐらいじゃね? つってもあんなんいつものことだけど」

「俺は心当たりないなぁ」

「嘘吐け。オマエこの間俺と一緒にブルーの阿呆共と揉めてデュエルしただろうが」

「……とりあえず、あの二人は心当たるがあるみたいなんだな」

「あはは……」

 

 苦笑するしかない。宗達はいつものことだが、十代は十代で非常に目立つ生徒だ。それ故に本人が意識していない部分でのトラブルが実は結構ある。

 だが、宗達の言うようにそんなことは――良くないことでは勿論あるが――いつものことである。となると、呼び出しは別件のような気がする。

 

「まあ、とりあえず行ってくるよ。――トメさん。少し行ってきます」

 

 購買部の責任者であるトメへと祇園は声をかける。ええ、とトメが頷いた。

 

「行ってらっしゃい、祇園ちゃん」

 

 何故かその表情はご機嫌だった。祇園は首を傾げつつ、十代と宗達の二人と共に食堂を出る。

 ふと外を見ると、雲一つない晴天だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「しっかし、俺と十代ならともかく何で祇園が? オマエ、何かしたのか?」

「おい宗達、俺だって心当たりないぞ」

「オマエはある意味で俺以上にブルーからは敵視されてんだから自覚しろ」

「うーん、心当たりはないけど……」

 

 正直、記憶を掘り起こしても何も浮かんでこない。いつも通り過ごしていたし、特に問題は起こしていないはずだ。

 宗達はそっか、と頷くと、じゃあ、と言葉を紡いだ。

 

「オマエは別件かもな。ほら、あれだ。復学の件とか」

「……そう、なのかな」

 

 自分でもそうではないかと思っていたことを言葉にされ、祇園も考え込む。一度退学となり、そして戻ってきた自分。やはりそれは異例の事であり、そのことについての呼び出しなら納得できる。ただ――

 

(まだ僕は、何も決められていない……)

 

 条件を満たした後、どちらへと向かうのか。それを祇園は未だ決められずにいる。

 考え込むと泥沼に嵌ってしまい、いつも答えを出す前に打ち切ってしまうのだ。

 

「オマエが何に悩んでんのかは、何となくわかるけどよ」

 

 不意に、宗達がそんな言葉を口にした。前を歩いている彼は、振り返らずに言葉を紡ぐ。

 

「後悔しなけりゃ、それでいいんじゃねーの?」

「……難しいよ、それは」

 

 そう、難しい。

 選択とはいつだって突然で、そして、身を切るようにして訪れるのだから。

 

「祇園、何か悩んでんのか?」

「……ちょっと、ね」

 

 十代の問いかけに、曖昧に頷いて応じる。だったらさ、と十代が言葉を紡いだ。

 

「困ったら声をかけてくれよ。手を貸すから」

「うん。ありがとう」

 

 そう言ってくれる友人がいることが、本当に嬉しくて。

 自然と、笑顔になる。

 

「まあ、あれだ。オマエの人生だろ? オマエが決めろよ」

 

 そして、突き放すようでいて、しかしその本質は大きく違う友人の言葉。

 頷きを返し、その背を追うようにして目的地へと向かう。

 

 ……〝答え〟は、未だ出そうにない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 校長室の前に出ると、自然と十代と宗達の二人が祇園を前へと押し出した。祇園は苦笑しつつ、校長室のドアをノックする。

 

「オシリスレッド一年、夢神祇園です」

『どうぞ、入ってください』

「失礼します」

 

 返事が返ってくることを確認し、扉を開ける。部屋に入ると、椅子に座っていたのは鮫島校長だ。その隣にはクロノスと響緑の教員二人がいる。

 

「……校長室ってああやって入るんだな」

「……いつも蹴破るぐらいのノリで入ってたから知らなかったぜ」

 

 背後からそんな声が聞こえてきたが、とりあえず無視。鮫島がよく来てくれました、と笑顔を浮かべた。

 

「実はあなたたち三人に、頼みたいことがありまして」

「頼みごと? 何だ校長先生?」

「ドロップアウトボーイ、敬語を使うノーネ」

 

 十代が首を傾げ、クロノスがそれを叱責する。いつも通りの事なのでとりあえずスルーが正しい。

 

「ええ。毎年行われている我が校とアカデミア・ノース校との代表戦は知っていますか?」

「え、何だそれ?」

「あー、中等部にいた時なんか聞いた記憶が……」

「伝統行事ですよね。えっと、確か年間行事予定にも載っていた気がします」

 

 三者三様の返答に、鮫島も苦笑する。緑が実は、と一歩前に歩み出ながら言葉を紡いだ。

 

「来週の日曜日に行われるんだけど、あなたたち三人にはそれに代表として参加して欲しいのよ」

「え、マジかよ緑さん!? 他校の奴とデュエルできるのか!?」

「ええ。去年までは一対一だったんだけど、今年は三人ずつに形式が変更されたの。あなたたちなら問題ないはずよ」

 

 十代の言葉に、微笑して頷く緑。十代は楽しそうな笑みを浮かべているが、祇園と宗達はそうではない。

 代表戦に選ばれる。それは光栄なことだ。アカデミア本校の看板を背負うことになるのだから。

 だが、何故この三人なのか。そこに疑問が残る。

 

「質問」

 

 不意に宗達がそう言って軽く手を挙げた。なんでしょう、と鮫島が問いかけると、面倒臭そうに宗達は言葉を紡ぐ。

 

「何で俺たちなんだ? こう言っちゃあれだが、カイザーに参加させんのは鉄板だろ?」

「それについては少し事情があるのよ。今回、あちらの代表は三人とも一年生。それに合わせよう、って話になって」

 

 そう言ったのは緑だ。成程、と祇園は思う。そういう条件ならカイザーこと丸藤亮は下げざるを得ないだろう。条件の摺合せは大事なことだ。

 

「それに、丸藤くんは去年の代表戦で勝ってるから。できれば違う生徒に参加して欲しいって考えもあっての事よ」

「三人なのは?」

「今回は例年とは違い、アカデミアのアピールも兼ねてテレビ放送が行われることになったノーネ。そこで一対一では盛り上がりに欠けると三対三の形式がとられることになったのでスーノ」

 

 その言葉に、流石に驚く。テレビ放送。まさかそんな大事になっているとは。

 だが、確かに来年の新入生に向けたアピールという意味では重要だ。そろそろ願書提出の時期でもあるし、経営者側はそういったことを考えているのだろう。

 

「じゃ、最後の質問。――何故、俺たちだ?」

 

 空気が、僅かに軋んだ気がした。

 宗達は真っ直ぐに鮫島を見据え、言葉を紡ぐ。

 

「このアカデミアの売りっつったら寮制だろうが。普段散々威張り散らしてるブルー生にでも出させりゃいいだろ。こう言っちゃなんだが、俺ら三人ともレッド生だ。いいのか、そんなん人前に出して」

「……まず第一に、キミたちを選んだのは私たち教員です。その中でも如月くん、キミは満場一致で決定しました」

 

 宗達の眉が跳ね上がる。鮫島は更に続けた。

 

「キミは単身でアメリカに乗り込み、プロライセンスを勝ち取った。ここは学校です。故に強さだけではまかり通らないことも多くある。しかし、プロは逆。実力さえあれば、強くあることさえできるならばありとあらゆる栄光を手にできる」

 

 学校とは社会に出る前のモデルケースである。しかし、実際は大きく違う。

 結局のところ、『結果』というものを示し続けることでしか世界で生きていくことができないのに対し、学校はむしろそういった存在を排除する傾向にさえある。

 それを『甘え』と呼ぶ者もいれば。

『現実』と、そう呼ぶ者もいる。

 ただ、社会を知る教員たちはその社会のルールに則って宗達を選んだというだけ。

 

「キミの実力は現アカデミアで間違いなくトップクラス。それはキミ自身が証明してきた実績が物語っています」

「……はっ。くだらねぇ。だから出ろってか? 散々、人に喧嘩売っといて」

「それに対して今更お互いに語ることはないでしょう。キミも私も、その部分でわかり合うことはありません」

 

 空気が重い。十代も祇園も、何も言えずに睨み合う二人を見つめている。

 

「断るというのであれば、残念ですが仕方ありません。如何ですか?」

「……チッ」

 

 舌打ち。それと共に、宗達は鮫島へと背を向ける。

 

「話はそれだけか? なら、俺は帰るぞ」

 

 そのまま、宗達は校長室を出て行った。ふう、と緑が息を吐く。

 

「彼は参加してくれそうですね」

「ええ。どうにか、ですが」

「普段の生活には問題しかありませんが、実力は確かでスーノ」

 

 緑の言葉に鮫島とクロノスが頷く。言いたいことは、祇園にもなんとなくわかった。

 誤解されやすいが、宗達は基本的に義理は果たす人間だ。満場一致――そのことに対して背を向けるようなことはおそらくしないだろう。

 

「あの……」

 

 だからこそ、祇園は疑問に思う。

 どうして、自分がここにいるのかと。

 

「僕なんかで……いいんですか?」

 

 遊城十代。如月宗達。この二人の実力は本物だ。アカデミアでも間違いなく上位にいる。

 だが、祇園は違う。確かに弱くはない。しかし、彼の強さは未だ足りないモノが多過ぎるのだ。

 なのに、何故?

 

「キミは〝ルーキーズ杯〟準優勝者です。遊城くんよりも実績は上ですよ?」

「で、でも……その、十代くんとの戦績は、決して良くは……」

 

 授業における十代と祇園の戦績は、圧倒的に十代の勝ち星の方が上だ。あの時だってギリギリの攻防で勝てただけで、十代とのデュエルはいつだって必死に食らいついている。祇園はどんな時も『挑戦者』なのだ。

 そして、祇園が挑戦する相手は十代だけではない。明日香や雪乃、三沢を中心に祇園が自身よりも強いと思う相手は大勢いる。なのに――

 

「確かに、キミの選考については揉めた部分はあります。ですが、それでもキミを我々は我が校の代表として選びました。――胸を張ってください」

 

 胸を張る、という言葉を前に。

 祇園は、何も言えなくなった。、

 

 

 

 

 

 ――校長室を出る。ふう、と意識しないままに吐息が漏れた。

 

「頑張ろうぜ、祇園!」

 

 十代が笑みを浮かべ、拳を突き出してくる。それに拳を合わせながら、うん、と祇園は頷いた。

 

「ただ、その前に十代くんは追試だけどね」

「…………思い出させないでくれよ」

 

 がっくりと肩を落とす十代に、苦笑を零し。

 

「……頑張るよ。頑張る」

 

 小さく、夢神祇園は呟いた。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

「大人になると、詭弁が上手くなってしまうものですね」

 

 緑とクロノスが仕事のために出て行った校長室。そこで、鮫島はポツリと呟いた。

 代表戦――実を言うと、祇園に関しては他にも候補者がいた。それこそラーイエローのトップでもある三沢大地や、オベリスクブルーの筆頭格、天上院明日香と藤原雪乃。注目の生徒としては最近成績を上げてきた神楽坂などがいる。

 だが、この場合は彼を選ぶことが最良の選択だ。

 実力がないとは言わない。しかし、この場合は実力以外にも彼には要素がある。

 

「桐生さんは最後まで反対していましたにゃー」

「ええ、そうでしょう。その気持ちもわかります。ですが、これが最良なのです」

 

 ソファーに座っている人物――大徳寺の言葉に、鮫島は重々しく頷く。

 テレビ放送。そうなればどんな結果になろうと、どんな試合運びになろうと世間からの評価が降り注ぐ。生徒たちがそんなことを求めていなくても、だ。

 そしてその時、祇園が出場せず別の者が出ていたら?

 そしてその生徒が敗北したならば?

 こちらは実力で選んだと思っていても、世間は決してそうは見てくれない。そしてその時に晒されるのは、敗北したその生徒だ。

 

「世間は人を見ていない。見ているふりをしているだけ。だから、残酷なことも平気で言えるですにゃ」

「守るためとはいえ、これも苦渋の決断です」

「苦渋であろうとなんであろうと、決断したのであればもう背負うしかありませんにゃー」

 

 大徳寺が立ち上がる。その腕に抱かれた一匹の猫が、小さく鳴き声を上げた。

 

「ただ、彼も理解してるはずですにゃ。勝つこと、強くなること――それだけが正義だと。ある意味では、如月宗達よりも」

 

 大徳寺が部屋を出て行く。鮫島は、ふう、と息を吐いた。

 

「どうにも、ままならない」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「なー、祇園。見に行かんでええの? ノース校の人たち来とるのに」

「ノース校の人たちが来てるってことは、ここも利用してもらえるって事でしょ? それなら、準備ぐらいはしておかないと。試合中は流石に来れないし」

「そっかぁ」

「そういう美咲は良いの? 今日はオフだって聞いてたけど」

「家、というかあのボロアパートにおっても仕方あらへんしなぁ。見に来たんよ」

「そっか」

 

 購買部のスタッフぐらいしかいない食堂に、二人の会話が響く。今日はノース校との代表戦だ。試合は午後から行われ、その模様はテレビ中継される。

 その後は両校の親睦会があるが、それは別の話だ。

 

「祇園ちゃんは何番目に出るんだい?」

「えっと、二番目です」

 

 トメの問いかけに、祇園は頷きながら応じる。今日のデュエルの順番は、話し合いの結果十代、祇園、宗達の順となった。二番目はある意味一番気楽なのでありがたい。

 

「そうかい。応援してるよ」

「はい。ありがとうございます」

 

 遠くで、何かの合図のような音が鳴る。

 

「お、来たみたいやね」

 

 美咲が、ポツリと呟く。

 ……試合開始の時間が、近付いていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「去年は後れを取ったが、今年は負けませんよ」

「いえいえ、今年も勝たせてもらいますよ」

 

 潜水艦でアカデミアを訪れたノース校の生徒たちと同校の校長。バチバチと火花を散らし合う両校の校長だが、そんな空気もお構いなしに一人の生徒が言葉を紡ぐ。

 

「なぁ、俺の相手はどいつなんだ?」

 

 遊城十代である。彼は楽しそうな笑みを浮かべ、潜水艦の方へと視線を向ける。するとノース校の生徒たちの人垣が割れ、一人の生徒が歩み出てきた。

 

「――俺だ」

 

 聞き覚えのある声と共に現れたのは、一人の男子生徒だ。黒いコートに身を包むその人物に、えっ、と十代が驚きの声を漏らす。

 

「ま、万丈目!? ノース校の代表は万丈目なのか!?」

「おい、さんを付けろ!」

 

 そう言って歩み出てきたのはガタイの良い生徒だ。構わん、と万丈目が言葉を紡ぐ。

 

「俺たちの強さは俺たち自身が証明すればいい。久し振りだな、遊城十代」

「あ、ああ。けど、まさか万丈目がノース校に行ってたなんて……」

「ふん。そんなことはどうでもいい。……それよりもだ。お前たちの代表は他に誰がいる?」

「如月宗達と夢神祇園だ、万丈目」

 

 久し振りだな――そんな言葉と共にそう捕捉をしたのは三沢だ。成程、と万丈目が頷く。

 

「貴様がこんなところにいるのは珍しいと思ったが、そういうことか。――如月宗達ッ!!」

 

 万丈目が鋭い視線を飛ばす。その視線の先にいるのは、ベンチに座る一人の男。

 激しい感情を滾らせる万丈目とは対照的に、その人物はどことなく気怠げだ。

 

「俺は帰って来たぞ! 如月! 貴様に今度こそ勝利するために! 忘れているなら教えてやる! 俺の名は! 一!!」

 

 宗達を指差しながら、高々と宣言する万丈目。それに追従するように、ノース校の生徒たちが声を張り上げた。

 

「「「十!! 百!! 千!!」」」

「万丈目サンダー!!」

「「「サンダー!!」」」

 

 大合唱に、流石の十代たちも気圧される。だが、宗達は再び欠伸を零すときっぱりと言い切った。

 

「チェンジで」

「貴様ァ!!」

 

 あんまりといえばあんまりな宗達の言葉に、万丈目が吠える。宗達は立ち上がると、まあいいや、と呟いた。

 

「とりあえず面は見たし、俺は先に行ってるぞ。じゃあな、万丈目」

「さん、だ如月!」

「俺に勝てたら考えてやるよ」

 

 じゃあな――そう言葉を遺し、立ち去っていく宗達。十代が、へへっ、と笑みを零した。

 

「楽しみだぜ万丈目。良いデュエルをしような!」

「ふん、どんなデュエルだろうと勝つのは俺だ。行くぞお前たち!」

 

 万丈目の号令を受け、動き出すノース校の生徒たち。

 あまりにも自然に人を従えるその姿に、十代は思わず凄ぇ、と呟きを漏らした。

 

 戦いの時が……迫っている。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 テレビ局のスタッフも到着し、着々と準備が進んでいく会場。その裏方では、変装した美咲がスタッフたちと言葉を交わしていた。

 

「なんだ、美咲ちゃんがいるなら実況をお願いすればいいのに。本社もさ」

「あはは、ウチは今日オフですから」

「ああ、そうなの? それなら仕方ないか」

「すいません。……あ、今日の司会って宝生さんなんですね」

「うん、最近は売れっ子になって来ててスケジュールが難しかったんだけどね」

「ほな、後で挨拶行かなアカンなぁ」

 

 ルーキーズ杯でも司会を務めた知り合いのアナウンサーを思い浮かべる。彼女なら確かにこういった催しでも普段通りに仕事をしてくれるだろう。

 

「ああ、そうそう。今日のスポンサーは万丈目グループなんだけど……」

「あれ? しゃちょーの発案やないんですか? あんま詳しくは聞いてへんのですけど」

 

 立ち去ろうとした背中に賭けられた言葉に首を傾げる。うん、とプロデューサーが頷いた。

 

「元々、何かをする予定ではあったらしいけどね。万丈目グループが金を出すなら、って丸投げしたみたいだよ」

「……こういうとこホンマ適当やなしゃちょー」

 

 呆れた声で言う美咲。だが、これで自分にあまり話がなかった理由がわかった。KC社が主導でないならそれはそれは情報も回ってこない。

 まあ、今回はスタッフ側ではなく観客として楽しめるということだろう。それならそれでありがたい。

 

「ほな、失礼します~」

 

 頭を下げ、部屋を出て行く。観客席に行こうかと思ったが、やめておいた。ノース校の生徒に騒がれると少し面倒臭い。

 そうなると、試合の様子を見れるロビーがベストだろうか。そんなことを思いながら歩いていると、大画面の前にあるソファーに座る二人の人物に気付いた。画面には何故か日曜日に毎週放送されている戦隊モノの映像が流れている。

 

「やはり、疑問だな。敵である以上初めから全力で叩き潰すのが得策ではないか? 幸い、数の有利はこちらにある」

「……しかし、相手の情報もありませんから……。探る、ということも必要なのではないでしょうか……?」

「ああ、成程。確かにそれもそうか。土壇場の最後っ屁は怖いものではある。能力の把握は大事だな」

「……それよりも、自分としては奇襲をかけないことの方が疑問です……。すでに敵が街を破壊している以上、言葉による説得は不可能ではありやせんか……?」

「それは私も考えたが、あれはおそらく注意を引きつけるという意味もあるのではないか? 彼らの目的は守ることだろう。それを怠るわけにはいかん」

「……成程、流石はお嬢サン……」

 

 ……とりあえず、女子高生とどう見てもその筋の人間である大男が子供向けの番組について真剣に議論している絵は色々とおかしい。

 

「……何してはるんですか澪さん、ギンジさん」

「む? おお、美咲くんか」

「……お久し振りです、桐生サン……」

 

 手をひらひらと振ってくる女性と、立ち上がって礼儀正しく頭を下げてくる男性。その二人に、美咲は思わずため息を漏らす。

 烏丸澪と烏丸銀次郎。共にプロデュエリストであり、特に姉の方は規格外そのもののようなデュエリストだ。

 

(……まあ、人がおらん理由は何となくわかったけど)

 

 この辺りにだけ人影がない理由。それは十中八九銀次郎が原因だろう。どう見ても一般人には見えないその顔を見ては、学生は近寄れない。

 

「で、何しに来たんです?」

「何をしに、とは愚問だな。観戦だよ。少年と遊城くんが出るのだろう? 家にいても寝るだけ、それこそテレビで試合を眺めるだけだ。それならば現地に来ようと思うのはおかしなことではないと思うが」

「いやまあ、別にそれはええんですけど。よく起きれましたね?」

「うむ。来る途中の船では寝ていたがな」

 

 はっは、と笑う澪。隣の銀次郎が苦笑しているところを見るに、おそらく彼が世話をしたのだろう。

 基本的にやればできるようなことは何でもこなすのが澪だが、家事を含め私生活は割とだらしない。

 彼女の同級生でもある二条紅里曰く『最強のニート』なので仕方ないといえばそうなのだろうが。

 

「いやしかし、助かったぞ美咲くん。会場に入ると私たちでは騒ぎになりかねん。どこか落ち着けるような場所はないかな、美咲くん? 通りがかった生徒にでも聞こうと思ったが、誰も通らないのでな。困っていたところだ」

「ああ、成程……。ゆーても、観覧席みたいなとこには先客いますしね……。万丈目グループのトップ二人と同室でもええですか?」

「む……、その二人だと不用意に近付くべき相手ではない気がするな。正式な場でないならば、お互いのためにならん」

 

 澪が眉をひそめる。まあ、確かにその通りだ。澪も万丈目の二人も共に背負った肩書きと立場がある。それがこういったイレギュラーな形で会うのは色々とリスクが大きいだろう。

 

「それやと、ここが一番かもしれませんね。色んな意味で」

「ふむ、キミが言うならそうなのだろうな。ギンジ、どうだ?」

「……自分はともかく、御嬢サンはあまり人前に出ない方がいいかと……」

 

 銀次郎が頷きながらそう言葉を紡ぐ。仕方がないな、と澪は息を吐いた。

 

「ならばここで観戦しようか。観客席には元々立ち入る気はなかったから、別に問題はないだろう」

「そうなんですか?」

「……御嬢サンは、人ごみが苦手なンで……」

「ああ、成程です」

 

 頷く。美咲も得意な方ではない。職業柄、そういうところに行くことは多いが。

 

「そういえば美咲くん。少年は一緒ではないのか?」

「祇園ですか? 今は別のとこですけど」

「そうか、残念だな。久し振りに会いたかったが」

「まあ、その内来ますよ。参加選手やし――」

 

 美咲が言い切る前に、廊下の向こうから話し声が聞こえてきた。見ると、随分と大所帯の集団が歩いてくる。

 その先頭にいるのは遊城十代。彼はこちらに気付くと、笑みを浮かべて軽く手を挙げてくる。

 

「お、美咲先生!」

「おはようさんや、十代くん。三沢くん、天上院さん、藤原さん、〝侍大将〟、丸藤くんに前田くんも」

「おはようございます」

「はい、おはようございます」

「ふふ、おはようございます」

「ういッス」

「おはようございますッス」

「おはようございますなんだな」

 

 それぞれの挨拶。その中で、なあ、と十代が首を傾げながら言葉を紡いだ。

 

「こんなところで何してるんだ? もうすぐ始まるぜ」

「ん、ああそれは――」

「――久し振りだな、遊城くん。見たところ、着実に成長しているようだ」

 

 笑みと共に紡がれた言葉に、えっ、と十代が声を漏らす。それに応じるように、澪が立ち上がった。十代の表情が驚きに変わる。

 

「って、〝祿王〟!? なんでここに!?」

「デュエルを見に来ただけだよ。特に他の理由はない。……ああ、そうだ丁度いい。紹介しておこうか。私の……まあ、弟のような存在の烏丸銀次郎だ」

「……初めまして……烏丸銀次郎です……」

 

 ゆっくりと立ち上がり、そのまま深々とお辞儀をする銀次郎。

 ――瞬間。美咲を除く全員が固まった。

 

「え、あ、え……」

 

 どこからどう見てもその筋の人間にしか見えない銀次郎を見て、その場の全員が硬直している。くっく、という笑い声が響いた。

 

「純粋だな、本当に」

「……御嬢サン、自分はどこかへ行った方が……?」

「大丈夫だ、ギンジ。……安心するといい。ギンジは別にキミたちが想像するような人間じゃあない。自分で言うのもなんだが、胡散臭さなら私の方が遥かに上だ」

「ホンマに自分で言うのもなんですねソレ」

 

 確かに胡散臭さでは澪の方が遥かに上だ。銀次郎はああ見えて小心者であり、大舞台に弱い傾向がある。

 まあ、見た目は色々とアレだが。

 

「……いや、ちょっと待ってくれ。烏丸銀次郎――もしかして、『東京アロウズ』の?」

 

 ふと、思い出したように三沢が言った。ハイ、と銀次郎は頷く。

 

「……末席では、ありやすが……」

「三沢くん、知ってるッスか?」

「ああ。『東京アロウズ』のプロ選手だよ。トリッキーな戦術を使うプロだ」

「えっ、おっさんプロなのか!?」

「十代、いくらなんでも失礼よ」

「ボウヤらしいけれど、ね」

「…………おっさん……」

 

 呟く銀次郎に微妙に影が差しているのは落ち込んでいるからだろうか。正直、傍目から見ているだけでも相変わらず怖い。

 まあ、悪い人間ではないことはわかっているので気にしない方がいいのではあると思うが。

 

「なぁなぁ、デュエルしようぜ!」

「こらこら。もうすぐ試合開始やろ?」

「十代、急がないとマズいんだな」

「げっ、マジか。あ、じゃあさ。終わったらデュエルしてくれ! あ、いやしてください!」

「……自分で良ければ、喜ンで……」

 

 にっこり。そんな形容詞が似合うような笑みを浮かべる銀次郎。

 ……うん。やっぱり怖い。

 

「じゃあ、行ってくる!」

 

 走り出す十代。それを見送り、他の者たちも観客席へと向かっていく。美咲もまた教職員用の席に向かおうとしたが、立ち去る直前に一つの光景が目に入った。

 烏丸澪と、如月宗達。

 互いに背を向けたまま、二人が言葉を交わし合う光景が。

 

「――少し見ないうちに随分と変わったようだな、坊や」

「こんなんじゃ、まだまだ足りやしねぇがな」

 

 空気が、僅かに軋む。

 その異様な雰囲気に、その場の全員がただ黙して見守っていた。

 

「成程、『捨てた』のか。面白い。それで私と同じ領域に立ったつもりか?」

「足りねぇのはわかってる。届かねぇことも理解してる。だが、必ずだ。必ずあんたを引き摺り下ろす。俺の目指すものは、その先にしかねぇんだ」

「その野望の果てに、何を望む?」

「俺の存在を証明する。俺はここにいるということを、俺がここにいたということを証明するんだよ」

 

 カツン、という靴の音が静かに響く。

 血塗られた道を歩むと決めた男は、静かに歩を進める。

 

「拍手はいらねぇ。称賛も必要ねぇ。欲しいのはあんたたちが持ってる称号だ。この手に確かに残るもんが手に入らないなら、それは敗北なんだよ」

「虚しいだけだぞ。こんなものを手に入れたところでな」

 

 ピン、という乾いた金属の音と共に、何かが宙を舞う。

 ――指輪。

〝祿〟の文字が刻まれた、〝王〟の証だ。

 

「手に入れなきゃ、それさえわかんねぇだろうが」

 

 そして、少年は立ち去っていく。

 小さく、その〝王〟は笑みを零した。

 

「ならば、私を殺しに来い。殺せるのであれば、な」

 

 大画面のテレビの中から。

 代表戦の始まりを告げる声が、響いてきた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『それではこれより、デュエル・アカデミア本校とデュエル・アカデミアノース校の代表戦を行います。各校三人ずつの代表戦を行い、勝ち星の多い方が勝者となります』

 

 会場内に司会である宝生アナウンサーの声が響き渡る。同時に、歓声が轟いた。

 

『それでは、まずはアカデミア本校の一番手。オシリス・レッド所属。――遊城十代くんです』

 

 本校側の生徒から歓声が上がる。それに手を振り返しながら、十代がステージの上へと上がっていく。

 

『そして、アカデミアノース校の一番手。デュエルランキング二位、紫水千里(しみずちさと)選手です』

 

 そしてノース校の歓声と共に現れたのは、一人の少女だ。眼鏡を掛け、少し大きめのパーカーで身を包んでいる。ショートカットの茶髪と、縁の大きい眼鏡が印象的だ。

 

「へへっ、楽しいデュエルにしようぜ!」

「よろしくお願いします」

 

 二人が向かい合う。そして。

 

「「――決闘!!」」

 

 戦いが……始まる。

 

「先行は俺だ! ドロー! 俺は手札から『E・HEROエアーマン』を召喚! 効果発動! デッキから『E・HEROフェザーマン』を手札に加えるぜ!」

 

 E・HEROエアーマン☆4風ATK/DEF1800/300

 

 現れるのは、HEROにおいてエンジンとなるモンスターだ。十代は更に、と言葉を紡ぐ。

 

「更に『沼地の魔神王』を捨て、『融合』を手札に。カードを一枚伏せ、ターンエンドだ!」

「私のターン、ドロー。……手札より、『憑依装着―アウス』を召喚」

 

 憑依装着―アウス☆4地ATK/DEF1850/1500

 

 現れたのは、『霊使い』シリーズの少女たちの一角だ。どことなく使い手の少女に似た、地の力を使う魔法使い。

 

「バトルです。――アウスでエアーマンに攻撃」

「くっ、リバースカードオープン! 罠カード『ヒーロー・シグナル』! 自分フィールド上のモンスターが破壊された時、デッキからレベル4以下の『E・HERO』を一体特殊召喚できる! 『E・HEROバブルマン』を特殊召喚! そしてバブルマンの効果で二枚ドロー!」

 

 十代LP4000→3950

 E・HEROバブルマン☆4水ATK/DEF800/1200

 

 現れるのは水のHEROだ。それを受け、成程、と千里は頷く。

 

「それでは、メインフェイズ2です。私は手札より、フィールド魔法『魔法族の里』を発動します」

 

 周囲の風景が、変わっていく。

 多くの観客が見守るものから、魔法使いたちの領域へと。

 

「魔法族の里がある限り、相手プレイヤーは私のフィールド上にのみ魔法使い族モンスターがいる時、魔法カードを使用することができません」

「なっ!?」

 

 十代が驚きの声を上げる。彼のデッキには魔法使い族モンスターが入っていない。つまり、魔法は封じられたということだ。

 

「私はカードを二枚伏せ、ターンエンドです」

「俺のターン、ドロー!」

 

 魔法を封じられた――それはつまり、『融合』を封じられたということだ。正直、十代にこの状況はかなり辛い。

 だが、罠カードは使用できる。ならば、そこから突破すればいい。

 

「――スタンバイフェイズに、このカードを発動します」

 

 だが、相手は更なる一手を打ちこんでくる。

 

「永続罠、『王宮のお触れ』。罠カードは全て無効となります」

 

 魔法と、罠が封じられた。

 ぐっ、と十代は小さく呻く。

 圧倒的な展開があるわけでも、強力なモンスターが向かってくるわけでもない。

 ただただ、『何もさせない』。そんな意思が、伝わってくるようだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

(成程、『里ロック』か。随分と渋い手を使う)

 

 画面に映し出されたその光景を見、澪は薄く笑みを零した。飲み物でもと思って買いにきたが、成程面白いことになっている。

 融合によって繰り出されるHEROたちの力は強力だ。だが、それも『融合』あってのこと。この状況では十代が得意とする戦術は使えなくなったといっていいだろう。

 

(まあ、このまま潰されるのもまた経験ではある)

 

 コーヒーを飲みつつ、歩を進める。天性の引きがあっても、対応できるカードをデッキに入れていなければどうにもならない。どうするつもりか、実に楽しみである。

 

「……む?」

 

 不意に、向こうからは知ってくる人影が見えた。目を凝らす。

 ――そしてその人物の正体に気付くと、澪は思わず笑みを浮かべた。

 

「久し振りだな、少年。こうして直接会うのはとても久し振りな気がするよ」

「澪、さん?」

 

 そこに現れたのは、自分が興味を抱く数少ない人物。

 夢神、祇園。

 

 ――誰もいない廊下に、会場から聞こえてくる歓声が響き渡る。

 

 











デュエルに入れなかったです。すいません。







とりあえずまあ、祇園くんは相変わらず大人の都合で振り回されています。
ルーキーズ杯で目立ってしまった以上、他の生徒に比べて知名度があるので利用されちゃってますね。プロ入りの宗達くん、同じくルーキーズ杯で結果を残した十代くんの二人と一緒に出るとなると祇園くん一択なのが現実なんですよね……。興業の面を考えると特に。
世知辛いもんです、世の中は。



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第五十二話 激突、賭ける想いと抱く願い

 

 

 

 

「ふむ。男子三日会わざれば括目して見よ、とはいうが。成程、たくましくなったようだな」

 

 口元に笑みを浮かべながら、その人――烏丸〝祿王〟澪はそう言った。その言葉を受け、夢神祇園は困惑しながらも頷く。

 

「あ、ありがとうございます」

「私が何故ここにいるのか――そんな顔だな? 特に深い理由じゃあない。単純に暇で、ここでキミたちがデュエルをするというから見に来ただけだ」

 

 缶コーヒーを開けつつ、微笑みと共に澪は言う。祇園としてはそうなんですか、と頷くしかない。

 そんな祇園の反応をどう思ったのか、ふう、と澪は息を吐いた。

 

「……何だ、つまらん。久し振りに会ったというのに。もっと喜ぶなどのリアクションはないのか?」

「確かに直接会うのは久し振りですけど……メールや電話はしていましたから。何というか、あまり久し振りな感覚が無くて」

「リアクションに困ることを言うな、キミは」

 

 澪が苦笑を零す。そのまま彼女は近くの壁に背を預けた。

 近くにある画面には試合の様子が映し出されている。見たところ、十代が劣勢だ。

 

「まあ、上手くやれているようで安心したよ。不当なものとはいえ、キミは一度ここから追放された身だ。下手に気負っていないか不安だったが、杞憂だったか」

「皆、優しいですから」

「他人とは己を映す鏡だよ、少年。〝情けは人のためならず〟――善行は己に返ってくるのが世の常だ。悪行もまた然り。キミが助けられていると感じるのであれば、きっと君も誰かを助けたのさ」

 

 どこか悟ったように語る澪。彼女は小さく、だからこそ、と呟いた。

 

「私を助けようとする者は、誰もいない」

 

 その時の澪の表情は酷く平坦で、何の感情もこもっていなかった。ただ、事実をそのまま口にしたような……そんな印象を受ける。

 

「それは……」

 

 祇園は何かを言おうとして、しかし、言えない。

 紡げる言葉は、何もなかった。

 そんな祇園を見て、澪は優しい笑みを浮かべる。

 

「優しいな、キミは。……安心するといい。家事方面はともかく、DMにおいて私が他人に頼ることはないよ。頼られ、助けることはあってもな。むしろ私はこうでなくてはならないんだ。一人で戦い続けなければな。それが私の枷であり、選択の結末なんだよ」

 

 それは、どういう意味なのか。

 踏み込むべきなのかもしれないと思って、けれど、祇園にはできない。

 夢神祇園は、人の心へ踏み込めない。

 ――それはきっと、己自身が踏み込んで欲しくないからなのだろうと……そう思う。

 

「まあ、私の過去などどうでもいい。正直に言えば後悔しかないが、それを言い出すと生まれてしまったことにまで遡る。全て受け入れるしかない。その果てにどうなろうとな」

 

 烏丸澪という女性は、強い女性だ。

 悩み、挫け、這い蹲ってばかりの自分とは違い、いつだって凛としてそこに立っている。

 だから、憧れる。

 そして、知るのだ。

 こんな風には……なれないと。

 

「だがな、少年。一つ困ったことがある」

「はい?」

 

 不意に、澪の雰囲気が変わった。先程までのどこか張りつめたモノから、一緒に暮らしていた時のどこか柔らかく、同時に何かを企んでいるような雰囲気に。

 

「結論から言うと、キミがいなくなってから私の毎日の生活レベルは大きく落ちた」

「…………えっ?」

「キミがいなくなってから家事は妖花くんが担当してくれているのだが……やはり料理はキミの方が美味い。妖花くん自身も気にしているらしく、どうも調子が出ていないようでな。妖花くんも頑張り過ぎる癖があるから、色々と心配だ」

 

 うむ、と頷く澪。そのまま、無論、と人差し指を立てながら言葉を紡いだ。

 

「妖花くんが家事をしてくれている現状に文句などないよ。ありがたい話だ。しかし、やはりキミの料理が恋しいのも事実。その中でも特に重要なのは弁当だな。妖花くんも弁当ばかりは無理なようでな……最近はコンビニ弁当ばかりだ。キミと出会うまでは普通だったというのに、何というか。どうもあれを食べていると侘しい気持ちになる」

 

 うんうんと頷く澪。祇園としては苦笑するしかない。

 世話になっていることに対して少しでも恩返しができればと思ってしていたことが、これほど喜ばれていたことは素直に嬉しい。とはいえ、祇園がしたことなど当たり前のことだけである。特別なことはしていない。

 それにそもそも、澪の立場ならいくらでもやりようはあるはずだ。

 

「でも、澪さんなら美味しいご飯ぐらい食べれるんじゃないですか?」

「食事一つで店に出向き、更にそこで一時間も待つのか? それなら寝ている方がマシだよ。いやむしろそうしたい」

「いや、それぐらい我慢してくださいよ」

「それは却下だ。そもそも高い金を出して食べたところで特に得られるようなモノは私にはない。料理に詳しいわけでもないし、そもそも食事の味で感動できるほど感情が発達しているわけでもないのだからな」

 

 澪は肩を竦める。何というか、相変わらず感性が独特な人だ。

 ただ、祇園にもなんとなく澪の言わんとすることはわかる。祇園の場合は食べないのではなく食べられないのだが、所謂高級料理というモノには祇園も興味がない。

 食事というモノは、祇園にとって栄養補給以外の意味はないのだ。

 

「まあ、そういうわけでだ。――戻って来る気はないか、少年?」

 

 微笑と共に言われた言葉に。

 ドクンと、心臓が高鳴った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 フィールド魔法、『魔法族の里』。このカードが存在し、相手の場に魔法使いモンスターが存在する限り遊城十代は魔法カードを使用することができない。

 また、永続罠『王宮のお触れ』もある。このカードが存在する限り、ありとあらゆる罠カードは無効となる。

 魔法と罠を封じられた状態。この状況で、十代にできることは――

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 手札を引く。現状の手札は八枚。手札の数とはそれだけで可能性だ。だが、今の十代に打てる手は少ない。

 とにかくこの状況を突破する上での最良の手は、相手の魔法使いモンスターを倒すことが第一だ。

 

「俺は手札より『カードガンナー』を召喚するぜ! そして効果を発動! デッキトップからカードを三枚墓地に送り、攻撃力を1500ポイントアップ!」

 

 カードガンナー☆3地ATK/DEF400/400→1900/400

 落ちたカード→ダンディ・ライオン、E・HEROネクロダークマン、スキル・サクセサー

 

 玩具のような姿をした機械のモンスターが出現する。おおっ、と会場が湧いた。

 

「更に墓地に送られた『ダンディ・ライオン』の効果だ! このカードが墓地に送られた時、綿毛トークンを二体特殊召喚する!」

 

 綿毛トークン☆1地ATK/DEF0/0

 綿毛トークン☆1地ATK/DEF0/0

 

 二体のトークンが出現する。バトルだ、と十代は宣言した。

 

「カードガンナーでアウスを攻撃!」

「リバースカード、オープン! 速攻魔法『ディメンション・マジック』! 自分フィールド上に魔法使い族モンスターがいる時、魔法使い族モンスターを一体選択して発動! そのモンスターを生贄に捧げ、手札より魔法使い族モンスターを特殊召喚できる! アウスを生贄に捧げ、『コスモクイーン』を特殊召喚!」

 

 コスモクイーン☆8闇ATK/DEF2900/2450

 

 現れるのは、宇宙の星々を統べるとされる女王。所謂『バニラ』の魔法使い族モンスターの中では最強のカードだ。

 その圧倒的な攻撃力を従え、更に、と千里は言葉を続ける。

 

「ディメンション・マジックの効果でカードガンナーを破壊!」

「くっ……! 破壊されたことにより、カードを一枚ドロー!」

 

 突破できると思ったが、早々上手くは行かないらしい。

 引いたカードを確認する。十代は、これは、と小さく呟いた。

 

「俺はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ。エンドフェイズ、手札調節として『E・HEROフェザーマン』を捨てるぜ」

 

 ざわめきが広がる。対戦相手である千里も怪訝そうな表情を浮かべたが、特に何も言ってこなかった。まあ、わざわざサーチしたカードを捨てるのだから当然だろうが。

 

「私のターン、ドロー」

 

 刻一刻と、十代が追い詰められていく。

 その光景を見守る者たちは、総じてそんなことを思った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「戻る、ですか」

 

 その言葉に、酷く違和感を覚えた。覚えて……しまった。

 ――『戻る』とは、元いた場所に帰ること。

 多くの人にとってそれは家であるだろうし、暖かい寝床のある場所なのだろう。

 夢神祇園にとって、それはどこなのか。

 答えは……出ない。

 

「……やはり、未だ迷っているようだな」

 

 苦笑を零し、澪は言う。彼女は画面に視線を送ると、そのままコーヒーを一口啜った。

 

「流石の遊城くんも攻めあぐねているか。黙ってやられるような性質でもないはずだが。さて、ここからが期待だな」

「……僕は……」

「――なぁ、少年。家に帰った時に一番辛いことは何だと思う?」

 

 こちらの言葉を遮るように、澪は問いかけてくる。祇園は一瞬の逡巡の後、その答えを口にした。

 

「居場所が、ないことだと思います」

 

 帰りたくなどなかったあの家に帰ること。それがきっと、一番辛かった。

 その答えをどう思ったのか。成程な、と澪は呟くように言う。

 

「居場所の有無は大事だ。だがな、少年。居場所のない家はもう〝家〟じゃあない。それはホームじゃないんだ。きっと」

 

 澪の言うことは、おそらく正しい。祇園にとってあの場所は、〝家〟ではなかった。

 ――夢神祇園にとってのホームは、両親が死んだあの日に消えたのだ。

 そしてその時から、彼の〝ホーム〟はどこにも存在しなくなった。

 

「それなら……一番辛いことって、何ですか?」

「『おかえり』と言ってくれる者が、言える相手がいないことだよ」

 

 その時の澪の表情は、どこか寂しげなものに見えた。苦笑を浮かべたその表情は、何も変わっていないはずなのに。

 

「かつては気にもならなかった。私にとってあのマンションは寝に帰るためだけの場所であり、それ以上の意味はなかったからな。だが、キミが来て……一度キミが遅くなった時、キミは私に言っただろう? ただいま、と。あの時、私はすぐに言葉が出なかった。忘れていたんだ、そんな言葉」

 

 ただいま、という言葉と。

 お帰り、という言葉を。

 あまりにも当たり前の言葉を、烏丸澪は忘れていた。

 そしてそれは、夢神祇園もまた同じ。

 

「妖花くんもまた、『ただいま』と『おかえり』の言葉をくれる。それが本当に大事なことだとようやく知ったよ。そして一度知ると――知ってしまうと、どうにも忘れることは難しい。どうだ、少年? 帰って来る気はないか? 妖花くんは今、ペガサス会長と共にアメリカに行っていていないが……まあ、すぐに帰ってくる。キミがこちらに戻れる頃には間違いなく帰ってきているだろう」

 

 澪が、その手をゆっくりと差し伸べる。

 退学になり、どうしようもなかった自分に手を差し伸べてくれた、あの日のように。

 

「三人で暮らした日々は本当に僅かだった。キミと私で過ごした時間も短いものだ。だが、それでも私は楽しかったよ。どうだ、少年?」

 

 この誘いに打算はない。直感で、祇園はそう感じた。

 いや、打算はある。けれど、純粋に。

 純粋に自分を必要としてくれているのだと……そう、感じた。

 

「どうして、ですか?」

 

 でも、だからこそ祇園はその手を取ることはできない。

 誰もが望み、祇園自身もまた狂おしい程に望む〝ソレ〟を手にすることが――できない。

 心が、拒否をする。

 ――失うことを、恐れてしまう。

 

「どうして、僕なんかに。こんな僕なんかに、そんなことを言ってくれるんですか?」

 

 愚かだとわかっていても。

 どうしようもないと言われても。

 それでも、夢神祇園はこんな風にしか生きられない。

 

「僕には何もないです。本当に、何もなくて。何も掴めなかった。掴むことなんてできなかった。それなのに、どうして。どうして、澪さんはこんなに優しくしてくれるんですか?」

 

 ――〝キミは歪んでいる〟と、かつて誰かに言われたことがある。

 あれを言ったのは、誰だったのか。そして、どういう意味で言ったのか。

 自分には、わからない。

 だけど、わかることが一つだけ。

 

 夢神祇園は、本当にどうしようもない存在で。

 どうにも、できないのだ。

 

「キミは、私とはあまりにも違い過ぎる」

 

 こちらへと差し出していた手を降ろし、澪は言った。

 その目は、どこか濁り……淀んでいるようだった。

 

「まだ十八年しか生きていない若輩だが、これでもそれなりに多くの人間と出会ってきたつもりだ。その中で名前を憶えている人間は少数だが、その中でもキミは特に異端なんだよ」

「異端、ですか? でも僕は何もしてないですよ? 何も、できていないんですよ? そんなの」

「それは結果の話だ。いや、むしろだからこそ興味がある。――何故、折れない? 何故、朽ちない? 私はあの日、キミが折れてもいいとさえ思って叩き潰したはずだ。多くの者はそれで心折れたし、キミの友である〝侍大将〟もまた折れた人間の一人だ。だが、キミは折れなかった。何も変わらなかった」

 

 それが理解できないと、澪は言う。

 

「非礼、そして無礼を承知で敢えて言おう。何故、挑める? 理解しているはずだ。届かない領域も、現実も。どれだけ挑もうと必ず打ちのめされ、地を這うことになるだけだとキミなら理解できているはずだ。どうにもならない才能と現実がそこにはあるのだとわかっているはずだ。――なのに、何故だ?」

 

 その問いかけに、なんだ、と祇園は思った。ただ、それだけかと。

 彼女の疑問に対する答えは、ずっと前に出てしまっている。

 

「僕にはもう、これしかないんです」

 

 だからです、と祇園は言う。

 

「約束しか、残っていないですから。諦めることは、できません」

 

 ただ、それだけのことで。

 そしてそれが、唯一の曲げられないこと。

 

「そうか。……すまなかった。不愉快な思いをさせただろう?」

「いえ……大丈夫です」

「そう言ってくれると嬉しいよ。だが、そうか。成程。キミにより一層の興味が湧いたよ。やはり、面白いな」

 

 ふふっ、と澪が微笑み。

 一瞬、ドキリとすると同時に。

 ――背筋に、悪寒が奔った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「私のターン、ドロー」

 

 紫水千里のデュエルは、確実に相手を追い詰めていくデュエルだ。そしてそれも、相手の動きを一つずつ潰すのではなく『制圧』という形式によって行うものである。

 ノース校に入った当初は、このスタイルのことを認めてくれる者はいなかった。どれほど強さを証明しようと、その全てを否定されてきた。

 ――ずっと、一人だった。どうしようも、なかった。

 自分を見て欲しい。そんな想いと共に、ずっと戦ってきて。

 

「私は手札より、『憑依装着―エリア』を召喚」

 

 憑依装着―エリア☆4水ATK/DEF1850/1500

 

 現れる、蒼い髪の魔法使い。水の魔物を引き連れ、その魔法使いが戦場に立つ。

 

「バトルフェイズです。――コスモクイーンでバブルマンを、エリアでトークンを破壊」

「…………ッ!」

 

 勝つ度に、一人ぼっちになっていった。

 気が付けば、周りには敵しかいなかった。

 私が選んだ戦い方を、多くの人が否定した。

 

「私はターンエンドです」

 

 けれど、それを否定してくれた人がいた。

 その現実を、変えてくれた人が。

 

〝お前の強さは誇るべきものだ。この俺には及ばんがな〟

 

 たった一人でノース校に流れ着き、文字通りのどん底から頂点にまで這い上がった人。

 彼に敗北し、嘲笑と侮蔑の視線と言葉を浴びせられた自分を、救ってくれた人。

 

(万丈目さんは、本校との戦いに特別な想いを持っているようでした)

 

 見ていればわかる。一人で背負い、考え込み、弱音を一度も吐かずにあの人はここに立とうとしている。

 ならば、そんな自分にできることは?

 ――報いること。

 自分を救ってくれたあの人に。肯定してくれたあの人に、僅かでも報いること。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 遊城十代。

〝ミラクル・ドロー〟と呼ばれるこの男を、叩き潰すこと。

 それが、唯一の報いる手段。

 

「へへっ、やっぱ面白いな! デュエルは楽しいぜ!」

「……何もできないこんな状態でも?」

 

 思わず眉をひそめてしまう。ノース校の生徒のほとんどは、自分とのデュエルを『楽しい』などとは言わなかった。

 ただただ、無言で敵意をぶつけてくるだけだったのに。

 だというのに――

 

「ああ、楽しいぜ! 確かにキツいけど、だからなんだっていうんだ。どうやってこれを突破するのかとか、無茶苦茶わくわくするじゃんか!」

「無駄ですよ。突破なんてさせません」

「――それはどうかな?」

 

 否定の言葉にも、嫌な顔一つ見せずに。

 遊城十代が、その手札を使用する。

 

「墓地にネクロダークマンがいる時、一度だけ『E・HERO』を生贄なしで召喚できる! 来い、『E・HEROエッジマン』!!」

 

 E・HEROエッジマン☆7ATK/DEF2600/1800

 

 現れたのは、融合HEROを除けば最強の上級HERO。わっ、と本校側の観客席が湧く。

 ――だが、エッジマンではコスモクイーンには届かない。

 

「お見事ですが、それでは届きませんよ」

「ああ。だから届かせる。――墓地の『スキル・サクセサー』の効果を発動! このカードを除外することで、エンドフェイズまでモンスター一体の攻撃力を800ポイントアップさせる! エッジマンを強化だ! いくぜ、バトル! エッジマンでコスモクイーンを攻撃!」

「――――ッ!?」

 

 千里LP4000→3500

 

 コスモクイーンが破壊される。十代はターンエンド、と宣言した。

 

「私のターン、ドロー」

 

 手札を見る。……正直、エッジマンでコスモクイーンを突破されるのは予想外だった。早急になんとかする必要がある。

 だが、現状の手札では足りない。ならば、不確定だが――

 

「私は手札より装備魔法『ワンダー・ワンド』を発動。エリアに装備。このカードは魔法使い族モンスターにのみ装備でき、攻撃力を500ポイントアップ。更にこのカードを装備したモンスターを墓地に送ることでカードを二枚ドローします」

 

 エリアを墓地に送り、カードを二枚引く。

 ……成程、これならまだどうにかなる。

 

「私は手札より、永続魔法『一族の結束』を発動します。墓地のモンスターの種族が一種類のみの時、私のフィールド上の同種族モンスターの攻撃力は800ポイントアップします。そして私は、『憑依装着―ヒータ』を召喚」

 

 憑依装着―ヒータ☆4炎ATK/DEF1850/1500→2650/1500

 

 現れたのは、赤髪の焔を纏う魔法使いだ。

 本来なら、エッジマンには届かない攻撃力しかないモンスター。だが、今なら届く。

 

「バトルです。ヒータでエッジマンを攻撃」

「ぐっ、エッジマン!」

「更に魔法カード『サイクロン』を発動。伏せカードを破壊し、ターンエンドです」

 

 破壊したカードは何のことはない。『融合』だ。まあ、この状況では使えないだろう。

 ……楽しいと、先程彼はそう言った。

 本当に、そう思えるのか? そんな風に考えられるのか?

 疑問を浮かべる千里の前で、へへっ、と十代は笑みを零す。

 

「楽しいな……! 楽しいぜ! 俺のターン、ドロー!」

 

 笑みを浮かべる十代。それに対し、千里は困惑の表情を浮かべる。

 会場に、大歓声が響き渡る。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「流石の十代くんも苦しいか。それにしても、エグい状況だ」

 

 くっく、と笑みを零す澪。先程感じた悪寒の様なものはもう感じない。目の前にいるのは、いつもの澪だ。

 

「少年ならばどう突破する?」

「僕は元々モンスター効果が主体ですから……色々手段があります」

「成程、確かにそれもそうか。さて、遊城くんはどうするのかな?」

 

 本当に楽しそうな笑みを浮かべる澪。そんな中、ふと澪は思い出したように言葉を紡いだ。

 

「そういえば、彼はシンクロは使うのかな?」

「あ、いえ使わないはずです。持ってない……じゃない、持ってはいるんですけど、使うためのカードがないとか」

「ほう、引き当てたのか。あのパックで」

「しかも凄いレアカードだったんです。勿体ないとは思うんですけど……」

「成程。まあ、その辺は確かに難しい。――さて、どうするつもりかな?」

 

 期待はしているんだが――烏丸澪は、薄く笑みを浮かべてそう呟く。

 テレビの中の十代は、いつものように笑みを浮かべていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 世の中には、本当に色々なデュエリストがいる。

 魔法・罠を封じる戦略。成程、これは厄介だ。

 正直、打てる手は少ない。故に――

 

「俺はモンスターをセットし、カードを五枚伏せる。そして手札がこのカード一枚の時、バブルマンは特殊召喚できる! 守備表示で特殊召喚!」

 

 E・HEROバブルマン☆4水ATK/DEF800/1200

 

 これで十代の場にはトークンも合わせて三体のモンスター。千里は眉をひそめつつ、ドロー、と宣言した。

 

「私は手札より、『憑依装着―ウィン』を召喚」

 

 憑依装着―ウィン☆4風ATK/DEF1850/1500→2650/1500

 

 現れるのは、風を纏う緑髪の魔法使いだ。バトル、と千里は告げる。

 

「ヒータでバブルマンを、ウィンでトークンを攻撃。破壊します」

 

 これで十代の場にはセットモンスターが一体と、伏せカードが五枚。

 正直、手詰まりにも思える状況だ。だが――

 

「へへっ、いくぜ! これが全力だ!」

「…………」

「ドロー!――よし、俺が引いたのは三枚目のバブルマンだ! 特殊召喚! そしてセットモンスターを反転召喚! 『フレンドッグ』 だ!」

 

 E・HEROバブルマン☆4水ATK/DEF800/1200

 フレンドッグ☆3地/800ATK/DEF800/1200

 

 現れるのは、機械仕掛けの犬だ。バトル、と十代が宣言した。

 

「フレンドッグでウィンに攻撃!」

「自爆特攻……?」

 

 十代LP3950→2100

 

 千里が怪訝そうな表情を浮かべる。十代が効果発動、と言葉を紡いだ。

 

「フレンドッグが戦闘で破壊された時、墓地から『E・HERO』を一体と『融合』を手札に加えることができる! 俺はエアーマンを手札に回収し、召喚! そして第二の効果だ!」

 

 E・HEROエアーマン☆4風ATK/DEF1800/300

 

 風を纏いて現れるは、風の力を宿すHERO。

 マズい、と千里が呟くと同時に。

 

「エアーマンの召喚・特殊召喚成功時、エアーマン以外のE・HEROの数だけ相手フィールド上の魔法・罠を破壊できる! 魔法族の里を破壊!」

「……ッ、まさか……!?」

 

 エアーマンの力により、十代を縛り続けていたロックが崩れ去る。

 攻め込むなら――今!!

 

「魔法カード『融合』を発動! バブルマンとエアーマンを融合! HEROと水属性モンスターの融合により、極寒のHEROが姿を現す! 『E・HEROアブソルートZero』!!」

 

 E・HEROアブソルートZero☆8水ATK/DEF2500/2000

 

 現れるのは、最強のHEROと名高き極寒のHERO。

 その威容に、会場から歓声が上がる。

 

「更にリバースカード、オープン!! 速攻魔法『サイクロン』!! これにより、『王宮のお触れ』を破壊!」

 

 これでロックは完全に崩れ去った。千里が息を呑む。

 

「だが、Zeroじゃその二体は倒せない。ターンエンド」

「私のターン、ドロー。……バトル、ウィンでZeroを攻撃!」

 

 Zeroの効果は強力だ。破壊すればこちらも吹き飛ぶが、この状況では致し方ない。

 ――しかし十代は、待ってました、と言わんばかりに笑みを浮かべる。

 

「リバースカード、オープン! 罠カード『亜空間物質転送装置』! 自分フィールド上のモンスター一体をエンドフェイズまで除外する! 除外するのはアブソルートZeroだ! そしてアブソルートZeroの効果発動! このカードがフィールドを離れた時、相手フィールド上のモンスターを全て破壊する!」

「―――――――ッ!?」

 

 千里の場ががら空きになる。最強のHEROの名は伊達ではない。

 千里は一度唇を引き結ぶと、カードを一枚デュエルディスクに置いた。

 

「私は『憑依装着―ダルク』を召喚。……ターンエンド」

 

 憑依装着―ダルク☆4闇ATK/DEF1850/1500→2650/1500

 

 現れるのは、闇の力を纏う黒髪の魔法使い。

 これが、紫水千里最後の砦。

 

「俺のターン、ドロー! 俺は手札より『融合回収』を発動! エアーマンと融合を回収! そしてエアーマンを召喚し、『E・HEROスパークマン』を手札に! そしてエアーマンとスパークマンで『融合』! HEROと風属性のモンスターの融合により、暴風纏いしHEROが降臨する! 『E・HERO Great TORNADO』!」

 

 E・HERO Great TORNADO☆8風Atk/DEF2800/2200

 

 暴風が吹き荒れ、その中心から一体のHEROが姿を現す。効果発動、と十代は宣言した。

 

「トルネードの融合召喚成功時、相手モンスターの攻守は半分になる!」

「…………ッ!」

 

 憑依装着―ダルク☆8闇ATK/DEF2650/1500→1325/750

 

 トルネードは、強化された攻撃力さえも吹き飛ばす。

 残ったのは、一つの現実のみ。

 

「そして最後! 伏せておいた魔法カード、『ミラクル・フュージョン』を発動! 墓地のフェザーマン、バブルマン、スパークマンを除外し! 来い、『E・HEROテンペスター』!!」

 

 E・HEROテンペスター☆8風ATK/DEF2800/2800

 

 三体のHERO融合によって現れる、一体のHERO。

 場に並ぶ三体のHEROが、等しく十代を守るように並び立つ。

 

「バトルだ! 三体のモンスターで攻撃!」

 

 千里LP3500→-3275

 

 三人の英雄による一撃は、容易く相手のLPを削り切る。

 

『勝者は、アカデミア本校代表遊城十代選手です!』

 

 司会である宝生の言葉と共に、ソリッドヴィジョンが消え、会場から拍手が降り注ぐ。十代は千里に向かって拳を突き出した。

 

「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ!」

「……あの場面でバブルマンを引かれてはどうしようもありません。ありがとうございました」

 

 ぺこりと頭を下げてくる千里。彼女は、ポツリと十代へ問いかけた。

 

「私とのデュエルは、楽しかったですか?」

「ああ、勿論!」

 

 何の躊躇もなく頷く。大変だったが、楽しいデュエルだった。

 千里は小さくそうですか、と呟くと、もう一度頭を下げてくる。

 

「――ありがとうございました」

 

 万雷の拍手が響き渡り、二人の健闘を称える。

 一試合目は、こうして終わりを迎えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「申し訳ありませんでした」

 

 

 席に戻ると同時に、万丈目に向かって頭を下げた。勝つことを目指し、勝てなかった。代表として出た以上、その責任は感じている。

 叱責も覚悟の上。だが、万丈目はこちらを責めてこなかった。

 

「いや、よくやった。相手が相手だ。惜しかったが、仕方ない」

 

 ふう、と息を吐く万丈目。その姿を見て、申し訳ない気持ちが更に湧いてきた。

 どんな言葉で飾ろうと、勝てなかったという事実が重くのしかかってくる。

 

「良いデュエルだったぞ」

 

 自己嫌悪に陥りそうになっていた千里。その彼女に、そんな言葉が掛けられる。

 どことなく優しい、その言葉に。

 

「――はい」

 

 千里は、小さく頷いた。

 

「万丈目サンダー、俺が取り返しますんでご安心を」

 

 そして前に出てきたのは、一人の男子生徒だ。ふん、と万丈目が鼻を鳴らす。

 

「勝てるのか?」

「当然です。それに、夢神祇園――アイツにはこっちも少し因縁がありますから」

 

 画面に映し出された、どことなく頼りない雰囲気の少年の顔写真を見ながら男子生徒がそう告げる。成程、と万丈目は頷いた。

 

「期待しているぞ」

「へへっ、期待しておいてください。……紫水、お前の負け分は取り返してきてやる。安心しろ」

「……はい」

 

 かつての自分は、こんな声をかけて貰えることなどありえなかった。

 けれど、今は。

 万丈目のおかげで、自分もまたノース校の一員として戦える。

 

「頑張ってください。お願いします」

「おう!」

 

 でも、だからこそ。

 もう、一人じゃなくなったからこそ。

 

「……勝ちたかった、な」

 

 ポツリと呟いた、彼女へ。

 万丈目が視線を向けていたことに、彼女は気付かない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 次のデュエル――即ち祇園がデュエルするまでの休憩時間。祇園は、そろそろ行きます、と目の前に立つ女性に告げた。女性、烏丸澪はああ、と頷く。

 

「応援しているよ。頑張ってくるといい」

「はい。……どこまでできるかは、わかりませんが」

「キミは本当に、肝心なところで弱気だな」

 

 祇園の言葉を聞き、澪は苦笑を浮かべる。祇園も苦笑し、軽く頬を掻いた。

 だが、これは仕方がない。夢神祇園が自信を持つには――自身を誇れるようになるには、彼はあまりにも多くの敗北に晒されてきてしまっている。

 

「でも、やるしかないですから」

 

 苦笑と共に、祇園は言う。

 彼を動かす、根源的な部分を言葉にする。

 

「言い訳は、出来ません」

 

 どんな時でもそうだった。夢神祇園は前に向かって踏み出す以外の選択肢は与えられず、ただただ進んだ道の先で戦い続けてきたのだ。

 そこに言い訳はなく、そして、そういう人生はこの先も変わらない。

 

「いいな、それはいい。とてもいい言葉だ」

 

 澪が笑みを浮かべる。正直なことを言えば、彼女にとって祇園は偶然興味を抱いただけの存在に過ぎないだろう。本来の祇園は、澪と出会うことすらなかったはずの存在だから。

 

「やはりキミは、面白い」

 

 だが、それでも期待をかけてもらえるならば。

 裏切りたくはないと……そう、思う。

 

 

 

 アカデミア本校ノース校代表戦、第二試合。

 本校代表、夢神祇園VSノース校代表、大八木啓次郎。

 ――間もなく、開始。

 










まあ、封じられようがチートドローは健在ということで。






十代くんはこの先も、よっぽどでない限りシンクロは使わないでしょう。
それにしても、ロック系は決まると色々厳しい……。もしくはガン伏せのデッキは相手にすると辛いですよね。
まあ、基本的にそういうデッキもジリ貧なところとかがあるのでその駆け引きが楽しいんですが。
……ただとりあえず、エヴォル。貴様らジャンドだと相性悪過ぎだ。勝てん。


さてさて、次回は祇園くんの出番。
……なんか久し振り。



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第五十三話 深き闇、過ぎ去りしモノ

 

 

 

 

 中学生の頃の生活は、正直思い出したくない。

 家と呼べるはずの場所は、帰りたくない場所で。

 唯一の友達だった美咲がプロに入ったこともあり、学校で話せる相手はいなかった。

 ――一度知ってしまうと、そこに『ない』ことがどうしようもないくらいに辛い。

 唯一、心安らげる場所はカードショップだけで。

 あの頃を思い出そうとすると、どうしようもなく心が痛む。

 心が、思い出すことを拒否している。

 

「……どうして、今更こんなこと」

 

 決闘場に向かう足を止め、一人呟く。周囲に人影はない。ここにいるのは、自分一人だ。

 

(思い出すことなんて、なかったはずなのに)

 

 アカデミア本校に入学した時、不安しかなかった。ここは孤島、閉鎖された空間だ。あの頃のように、温かな場所に逃げ込むことはできない。

 けれど、家とは呼べないあの場所から、逃げ出したくて。

 そして、少しでも強くなりたくて。

 だから選んで、心を決めて踏み込んで。

 そしてあの日、出会ったのだ。

 

〝あー! いたいた! なあなあ、お前だろ!? 『真紅の黒竜』を使った奴って!?〟

〝初めまして、81番くん。俺は三沢大地だ〟

〝ぼ、僕は丸藤翔ッス〟

 

 その出会いはいきなりで、本当に驚いたけれど。

 でも――嬉しかった。

 本当に、嬉しかったのだ。

 

〝明日香よ。天上院明日香〟

〝雪乃。藤原雪乃よ、坊やたち〟

 

 自分自身が変われたとは、強くなれたとは今も思えない。

 けれど、あの日から少しずつ……日常が変わっていった。

 

〝……あー、悪ぃ。誰か校長室まで案内してくんねぇ?〟

 

 多くの出会いが、そこにあり。

 友達と呼べる相手がいて、そう呼んでくれる人がいて。

 楽しいと、幸せだと……そう、思った。

 ――けれど。

 

〝引導を渡してやる。――ブルーアイズ・アルティメットドラゴンでダイレクトアタック!! アルティメット・バースト!!〟

 

 そんな日々は、続かなかった。

 勝たねばならない勝負に、敗北し。

 暖かな場所を……失った。

 

〝えっと、ちょっと待ってくださいね……ん~……〟

〝仲間応援すんのは当たり前やろ。頑張れや〟

 

 藁にも縋るような気持ちで訪れた、関西の地。

 そこで出会った、出会うことのできた多くの優しい人たちと。

 ――〝最強〟の、デュエリスト。

 

〝気に入ったよ、少年〟

 

 正直なことを言えば、心が折れるところだった。だが、夢神祇園はそれをしてはいけない。

 諦めることは、全てを失うことを意味している。

 たった一つ、この掌に残ったモノは〝約束〟だけなのだから。

 ――そして。

 

〝ウチはずっとプロで待ってるから、今度は大観衆の前でやろうや〟

 

 幼き頃の約束を、立った半分でも叶えるために挑んだ大会――〝ルーキーズ杯〟。

 そこで多くの人と出会い、戦った。

 

〝頑張ってください、祇園さん!〟

〝今はお前がウエスト校の代表や。エースや。――任せたで、夢神〟

〝応援していますよ、夢神さん〟

〝明日は頑張れ、少年〟

 

 そして、気が付けば。

 応援される立場に立っている、自分がいて。

 

 

〝――強くなったね、祇園〟

 

 

 ずっと、その背中を見失っていた。

 ずっと、追い続けていた。

 見えなくなっても。

 何もわからなくても。

 不安で心が押し潰されそうでも――

 

 手を伸ばし続けたモノへ。

 きっと、この手は届いた。

 たとえそれが一瞬のことであったとしても。

 それでも、届いたのだ。

 

「……僕は……」

 

 何もなかったあの頃とは、もう違う。

 きっと、違うはずなのに。

 

「…………僕は…………」

 

 夢神祇園は、何も変わっていない。

 変わることは、できていない。

 

 烏丸澪との会話で、思い知らされた。

 夢神祇園は、あの日のままだ。

 失うことを恐れ、手を伸ばした振りをするだけの愚か者。

 

「僕は」

 

 手に入れてしまったから。

 温かな場所を。人の優しさという温もりを。

 ――だから、怖くて。

 また失うのかもしれないという恐怖だけが、そこにはあって――……

 

 

「どうしたら、強くなれるんだろう……?」

 

 

 ――どうして、皆はあれほどまでに強くいられるのだろう?

 迷いと共に、少年は進んでいく。

 

 戦いの、舞台へと。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 画面から聞こえてくるのは歓声とアナウンス。できれば現場で見たいところだが、それはできない。

 立場というのも面倒なものだ――烏丸澪は息を吐きながらそんなことを思う。

 

『それでは、アカデミア本校代表夢神祇園選手の入場です』

 

 ノース校の代表……確か、大八木といったか。その入場に続き、ゆっくりとステージへと上がっていく少年の姿。

 映し出される背中は、どこか頼りなさを感じる。

 だが、その背に宿る悲壮感が……どこか、〝強さ〟を感じさせてもいるのだ。

 

「あ、澪さん」

「……お帰ンなさい、御嬢サン……」

 

 視線の先。桐生美咲と烏丸銀次郎がそう合図をしてくれる。それに頷いて応じながら、澪はゆっくりとソファーに腰掛けた。

 

「ただいま。間に合ったようで良かったよ」

「とりあえず本校が一勝ですね、これで」

「……夢神サンは、どうなンで……?」

 

 銀次郎が問いかける。んー、と美咲は顎に手を当てて小さく唸った。

 

「一年生の中では、十分にトップクラスなんです。復学やら退学やらそれに伴う出席日数がなければ今頃昇格してるはずですよ」

「本当に運がないな、少年は」

 

 思わず苦笑してしまう。レッド寮の環境が劣悪であることは有名だ。度重なる不運の果てにその状況とは……どうにも、ままならない。

 

「まあ、祇園自身は苦にしてへんみたいですからね。……中学の時なんか、酷かったもん」

「虐待、だったか?」

「肉体的なモノやないんですけどね。あんま思い出したくないみたいです。ウチもプロになったばかりで一年の時はあんまり学校行けなくて……会う度、祇園の目が荒んでいってたのを覚えてます」

 

 その言葉に思わず眉をひそめる。祇園は結局、表面的な部分しか澪には過去のことについて語っていない。無理に踏み込むことではない上、おそらくあれはトラウマになっていることだ。だから聞こうとも思わない。話してくれるなら受け入れる、そういう認識だ。

 だが、目が荒んでいったというのは気になる。正直、そういうモノはあの少年とは無縁に思えるのだ。

 

「……正直、夢神サンのそういう姿は想像できやせンね……」

「今の祇園は、中等部三年になってからのモノなんです。住み込みで……アルバイトなんですけど、店長さんの好意で働けるようになって。それで、ようやく家を出れて……戻っていったんです」

「何があったんだ、少年に」

 

 画面に映し出される祇園の顔。その瞳が僅かに暗いように見えるのは、こんな話を聞いているからだろうか。

 

「わかりません。わからないんです。祇園、絶対にその頃の話をしてくれへんから。『今思えば虐待だったかもしれない』――そんな風にしか話してくれへんから」

 

 それは自分に対してもだ。夢神祇園という少年は、己の過去についてそうとしか語らない。

 ただただ、心の奥にその事実を仕舞い込む。

 

「ただ……忘れられへんことがあるんです」

 

 ポツリと、呟くように美咲は言う。

 

「一年生の時、何か月振りかに祇園に会ったら言ったんです。〝久し振り〟って。笑いながら言ったんです。その時の顔が、今も忘れられへん」

 

 その笑顔と、言葉の意味。

 それはきっと、想像することさえ許されない。

 

「……やはり異常だな、少年は。私が出会ってきたあらゆる人間の中で、どうにも異常に過ぎる」

 

 何故折れないのか、と彼に問うた。

 折れたら何もかもが終わるからと、彼は答えた。

 きっと、本当にそうなのだ。

 折れてしまえば、屈してしまえば、諦めてしまえば、壊れてしまえば。

 ――夢神祇園という人間は、本当に終わってしまうのだろう。

 

「澪さん。一つ聞いてええですか?」

 

 不意に美咲がそんなことを言い出した。首を傾げると、一度息を吸い、美咲はこちらを見据えながら問いかけてくる。

 

「今日ここへ来た理由、本当は何なんですか?」

 

 ここへ来た理由。

 面倒臭がりで、普段の仕事も受けることを渋ってばかりの澪がわざわざ遠いところまで直接足を運んだその理由。

 彼女を知る者ならわかる。いくら祇園がお気に入りといっても、『暇だから』という理由で彼女がこんなところまで来ることは有り得ない。

 

「暇だから、という理由は嘘ではないよ。それもある。キミから少年が出ることは聞いていたし、丁度いいとオフのギンジを誘ったのもその時の気分だ」

 

 そう、嘘ではない。ただ、それだけではないだけで。

 

「……見極めに、来たんだよ」

 

 あの日のことを思い出し、澪は呟くように言う。

 誰を、という問いはない。

 見極めるべき相手など、澪にとってこの場には一人しかいない。

 

「――先日、少年の親族を名乗る者がKC社を訪れたんだ」

 

 これが、もう一つの理由。

 彼の過去、そのもの。

 

 美咲の表情が固まり、空気に罅が入る。

 テレビから、大歓声が届いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「頑張れ祇園! 応援してるぜ!」

「このまま二連勝だ!」

「レッド寮の意地見せたれ!」

 

 

 聞こえてくる応援の言葉に、頭を下げるようにして応じる。〝ルーキーズ杯〟の時もそうだったが、どうにもこうして応援されることには慣れない。

 それはきっと、今までそんなことはなかったからだ。

 だって、夢神祇園は――

 

「胸張れよ、祇園。代表だろ」

 

 ふと聞こえてくる声は、珍しく最前列から真面目に試合を見ている宗達からのモノだ。それを聞き、一度大きく深呼吸をする。

 ――そうだ、ウエスト校の先輩である菅原にも言われたではないか。

 自分自身に胸を張れないならば、自分を応援してくれる人たちを。

 こんな自分を応援してくれている人たちを誇れと、言われたはずだ。

 

「…………」

 

 相手を見る。恐れる必要はない、畏れる必要があるだけだ。

 向かっていかなければ、何もわからない。

 夢神祇園は、いつだって前へと踏み出してきたはずだ。

 

「……何だ、やっぱり覚えてねぇのか」

 

 デュエルディスクを構えると、不意に相手――大八木啓次郎がそんなことを言い出した。えっ、と言葉を漏らす祇園に、大八木は尚も言葉を続ける。

 

「まあ、俺も忘れてたからな。ある意味でお互い様か。話したこともねぇ。そりゃそうだ。だってお前、学校じゃ誰とも話してなかったもんな」

「……何の、ことですか」

「いっつも教室の隅っこにいてよ。教室の掃除も全部押し付けられて。そのくせ、何も言わなくて」

 

 大八木がデュエルディスクを構える。

 ドクン、と祇園の心臓が大きく高鳴った。

 

「一度だけ、デュエルをしたんだが。覚えてねぇのか?」

「…………あ……」

 

 ドクン、と心臓が高鳴ると同時に。

 ズキン、と頭に痛みが走った。

 思い出したくないと、心が悲鳴を上げる中。

 相手は、容赦なく言葉を投げかけてくる。

 

「同級生だっただろ? 思い出したか?」

 

 ――大八木啓次郎。

 かつて祇園と美咲が通っていた中学校の同級生であり。

 美咲がいないとはいえ、同校のエースとしてインターミドルに出場。関東大会にまで導いたこともある人物。

 

「さあ、決闘だ」

 

 デュエルが、始まり。

 心臓が、うるさいくらいに鳴り響く。

 

「ぼ、僕のターン、ドロー」

 

 落ち着け、と何度も何度も自分へと言い聞かせる。

 だが、体が震え、手は動かない。

 

「……僕はモンスターをセット、ターンエンドです……」

 

 心が、寒い。

 視線が、揺らぐ。

 

「何だ、それだけか? もしかしてあの時と何も変わってねぇんじゃねぇだろうな?――俺のターン、ドロー! 俺は手札より、『コアキメイル・グラヴィローズ』を召喚!!」

 

 コアキメイル・グラヴィローズ☆4炎ATK/DEF1900/1300

 

 現れるのは、茨の鞭を持つ植物族のモンスター。『コアキメイルの鋼核』という魔法カードをコストとして要求するカテゴリーに属するモンスターだ。

 

「バトルだ、セットモンスターに攻撃!」

「セットモンスターは『ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―』です! 手札から『ライトパルサー・ドラゴン』を捨てることで破壊を無効に……!」

 

 ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―☆4闇ATK/DEF1500/1100

 

 現れるのは、金髪をポニーテールにした魔法使いだ。チッ、と大八木が舌打ちを零す。

 

「またそいつかよ……。まあ、リクルーターばっかりで何がしたいかもわかんねぇデッキとは違うみたいで安心したぜ。あんなデッキ、何も面白くねぇ。――俺はカードを二枚伏せ、ターンエンド。エンドフェイズ。グラヴィローズの効果で手札の植物族モンスターを相手に見せる。『キラー・トマト』を見せ、ターンエンド」

 

 目の前にいるのは、忘れ去ろうとした過去。

 黄昏の日々……そのもの。

 

 震える手で、祇園はカードをドローする。

 心臓の音が、耳に響いて鳴り止まない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……妙なことになってきたようだな。この件については後回しか」

 

 画面を見ながら呟く澪の言葉に、静かに頷きを返す。

 大八木啓次郎――言われてみれば、いたような気がする人物だ。正直、美咲自身プロの活動が忙しくて学校についてはあまり記憶にない。

 だが、祇園は違う。

 夢神祇園は、ずっと中学校に通い続けていたのだ。

 ――それは、当たり前のことであると同時に。

 彼にとっては、あまりにも辛いこと。

 だって、祇園は――

 

「知り合い、というような生易しいものではなさそうだが……美咲くん、何か知っているか?」

「いえ……ウチは何も」

「まあ、仕方ないか。キミはあまり中学に通えていなかったようだしな」

 

 私が言えたことではないが、と肩を竦める澪。その隣に立っている銀次郎が、呟くように言った。

 

「……相手の……大八木サンの目ですが、あれはおそらく憎悪でしょう……」

「憎悪、か。成程、道理で。そうでなければああまでして噛み付かんだろうが……だが、何だ?」

 

 首を傾げる澪。美咲も心当たりはなく、考え込む。

 ……だが、不意に。

 本当に不意に、思いついてしまった。

 

「もしかして」

 

 その、可能性に。

 あまりにも気付くのが遅い、それに。

 ――そして。

 

『ふざけんなよ』

 

 自身の予想が間違っていなかったことを、思い知る。

 憎悪の言葉が、夢神祇園に放たれた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「何でテメェなんだよ? 何でテメェがそんなところに立ってんだよ?」

 

 投げかけられた言葉は、敵意に満ちていた。

 かつての無関心とは違う、明確な敵意。

 

「テメェ、弱かったじゃねぇか。それがなんだよ、ルーキーズ杯? 準優勝? 挙句の果てにはシンクロのカードまで手に入れる? どんな汚い手を使ったんだよ」

 

 ふざけんな、と彼は言う。

 こちらへ、敵意を込めた瞳へ向けながら。

 

「美咲ちゃんだってそうだ。幼馴染だぁ? そんなんで付き纏ってんじゃねぇよ」

「……付き纏ってる、わけじゃ」

「じゃあなんでテメェなんかと一緒にいるんだ? 友達の一人もいねぇテメェなんかとよ」

「…………ッ」

「安っぽい同情、お涙頂戴の話で気を引いたのか? まあ、そうだよな。そうでなきゃ、美咲ちゃんがテメェなんかに話しかけるわけがねぇもんな」

 

 思い出したくなかった、現実。

 どこにも居場所がなかった、あの日々。

 ――その理由は、一人の少女で。

 たった一人の少女と友達でいるというただそれだけで、夢神祇園は一人ぼっちだった。

 

「しかも、最下位のレッド寮のくせに代表戦にまで出てよ。何だ、俺たちに負けた時の言い訳か? さっきの野郎は凄かったけど、お前が強いはずがねぇもんな。……ああ、そういやお前、中学の時も教師の受けは良かったっけ。いいよな、不幸な奴は。勝手に同情してもらえて」

「…………ッ、僕は……」

「弱いくせにこんなとこにまで出てきやがって。勘違いしてるんじゃねぇのか? お前は同情されてるだけだろ。よくできた話だもんな。落ちこぼれが底辺から這い上がって公の場で結果を残す――〝ルーキーズ杯〟はそういう舞台だったわけだ。はっ、万丈目さんはそんな大会に出なくて正解だぜ。万丈目さんまでそんな汚いことに加担するところだった」

「なっ……!」

 

 あんまりな物言いに、祇園の頭にも血が昇る。はっ、と大八木は吐き捨てるように言い捨てた。

 

「おかしいだろ、大体よ? テメェみたいな雑魚がいきなり準優勝? 脚本が無かったらそんなことありえねぇだろうが」

「…………ッ、それは――」

「ふざけんなよお前ッ!!」

 

 声を絞り出そうとする祇園。それを遮るように声を張り上げたのは、十代だった。彼は身を乗り出し、怒りを込めた目で大八木を睨む。

 

「祇園は強いんだよ!! お前みたいな奴に何がわかるってんだ!! 祇園はな!! ずっと努力して、俺たちに勉強も教えてくれて……!! ずっと頑張ってきて!! そうやってあの大会で美咲先生と戦える場所まで這い上がったんだ!! それを!!」

「はぁ? そういう筋書きだっただけだろ?」

「――――ッ、お前ぇッ!!」

「やめろ阿呆。デュエル中だ」

 

 身を乗り出し、それこそ今にもフィールド上に来ようとする十代を止めたのは宗達だ。彼は面倒臭そうに十代の肩を押さえている。

 

「なんで止めるんだよ宗達!? あんなこと言われてるんだぞ!?」

「飛び込んでどうなる? 祇園の失格になるだけだろうが。大体、ああいう手合いは相手するだけ時間の無駄だ。祇園を見習え。全部スルーしてんだろうが」

 

 違う。そうじゃない。

 何も、言い返せないだけ。

 言い返す、勇気がないだけなのに。

 

「つーか、いいのかオマエ? こんなとこで個人を罵倒して。テレビ放送されるんだろ?」

「はっ、このテレビ放送は万丈目さんのグループがスポンサーなんだよ」

「……成程、都合の悪いところは全カットか」

 

 校内にはライブで流れているようだが、地上波に乗る時は編集がされているということだろう。そしてそれは、向こうにとって都合のいい形で行われる。

 

「まあ、どうでもいいかそんなこと。で、えっと、何だっけオマエ?」

「大八木だ」

「ああ、そうそれだ。ぶっちゃけオマエがどういう感情持ってようがそれこそどうでもいいけどさ。祇園をナメんなよ?」

「はぁ?」

「うだうだ言うのは勝ってからにしろって話だ。じゃなきゃ負けた時悲惨だぜ?」

「はっ、負けるわけがねぇだろ」

 

 笑う大八木。それに対し、阿呆だな、と宗達は言い切った。

 

「そこにいんのはアカデミア本校一年、夢神祇園。実力は折り紙つきだぞ」

 

 見せてやれよ、と宗達は言う。

 こんな、自分に。

 

「オマエ、踏ん張ってたじゃねぇか。いつもいつも、歯ァ食い縛ってよ。昔に何があったかなんて知らねぇし、知る気もねぇけどさ。けど、昔のオマエと今のオマエは違うだろ?」

 

 昔の自分と、今の自分。

 その二つの、違い。

 

「……僕は手札より、魔法カード『調律』を発動します。デッキから『ジャンク・シンクロン』を手札に加え、デッキトップからカードを一枚墓地へ」

 

 墓地に落ちたカード→金華猫

 

 昔と比べて変われたことは、無いと思う。

 

「そして手札より、『ローンファイア・ブロッサム』を召喚。効果により、一ターンに一度植物族モンスターを生贄に捧げることでデッキから植物族モンスターを特殊召喚します。ローンファイア・ブロッサムを生贄に、チューナーモンスター『スポーア』を特殊召喚」

 

 スポーア☆1風・チューナーATK/DEF400/800

 

 けれど、確実に変わったと思えることが、一つだけ。

 

「レベル4、ドラゴン・ウイッチにレベル1、スポーアをチューニング。――シンクロ召喚、『TGハイパー・ライブラリアン』」

 

 TGハイパー・ライブラリアン☆5闇ATK/DEF2400/1800

 

 現れる、法衣を纏う魔法使い。チッ、と大八木が舌打ちを零した。

 

「シンクロかよ」

 

 ――一度失ってしまったから、心の底から思うようになったことがある。

 自分自身の〝居場所〟の、大切さ。

 それを、思い知ったのだ。

 

「更に墓地のスポーアの効果を発動。デュエル中一度だけ、除外した植物族モンスター分のレベルを上げて特殊召喚できる。ローンファイアを除外。更に墓地の『金華猫』を除外し、手札より『輝白竜ワイバースター』を特殊召喚」

 

 スポーア☆1→4風・チューナーATK/DEF400/800

 輝白竜ワイバースター☆4光ATK/DEF1700/1800

 

 次々と現れるモンスター。会場にざわめきが起こる。

 だが祇園は、あくまで淡々と手を進める。

 ――そうしなければ、考えたくないことを考えてしまうから。

 

「レベル4、ワイバースターにレベル4、スポーアをチューニング。――集いし願いが、新たに輝く星となる! 光さす道となれ! シンクロ召喚!――飛翔せよ、『スターダスト・ドラゴン』ッ!!」

 

 竜の嘶きが響き渡り。

 星屑の竜が、飛翔する。

 

 スターダスト・ドラゴン☆8風ATK/DEF2500/2000

 

 会場が、その姿に見惚れ。

 一瞬、大八木でさえも言葉を失っていた。

 

「そして墓地に送られたワイバースターの効果でデッキから『暗黒竜コラプサーペント』を手札に加え、更にシンクロ召喚に成功したためTGハイパー・ライブラリアンの効果で一枚ドロー。そして墓地ワイバースターを除外し、暗黒竜コラプサーペントを特殊召喚」

 

 暗黒竜コラプサーペント☆4闇ATK/DEF1800/1700

 

 現れる、漆黒の竜。バトル、と祇園は宣言した。

 

「スターダストで攻撃!」

「は、甘いんだよ! 罠カード発動、『聖なるバリア―ミラーフォース―』! テメェのモンスターは全滅だ!!」

 

 聖なる障壁により、祇園の場のモンスターに破壊の光が降り注ぐ。

 通常ならば、抗う術無きその一閃。しかし、今の祇園の場には――

 

「――スターダストの効果発動! このカードを生贄に捧げることで、破壊効果を無効にする! ヴィクテム・サンクチュアリ!!」

 

 星屑の竜の力が煌き、ミラーフォースの力を無効にする。なんだと、と大八木が眉をひそめた。

 

「バトル続行、ライブラリアンでグラヴィローズを攻撃! コラプサーペントでダイレクトアタック!!」

「チッ、罠カード『ガード・ブロック』! コラプサーペントによる戦闘ダメージを0にし、カードを一枚ドロー!」

 

 大八木LP4000→3500

 

 大八木にダメージが入る。はっ、と大八木が哄笑した。

 

「折角出した上級モンスターも無意味だったな!」

「僕はカードを一枚伏せ、ターンエンド。――エンドフェイズ、墓地のスターダストの効果を発動。自身の効果によって墓地へ行ったこのモンスターは、エンドフェイズに蘇る。再び飛翔せよ――スターダスト・ドラゴン!!」

 

 スターダスト・ドラゴン☆8ATK/DEF2500/2000

 

 再び祇園の場に舞い戻る、星屑の竜。

 会場が、息を呑んだ。

 

「な、何だと……? なんだよそのインチキ効果は!?」

「ターンエンドです」

 

 大八木のその言葉には応じず、祇園は静かにそう告げる。

 

「……強い」

 

 誰が呟いた言葉だったのか。

 その一言が、今の祇園とその背に付き従う星屑の竜を示していた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「万丈目さん、よろしいのですか……?」

 

 紫水千里――先程十代と戦った少女が、隣に座る万丈目に問いかける。彼女の言葉の真意は一つだ。先程の祇園に対する大八木の是非を問うているのだろう。

 万丈目は鼻を鳴らすと、構わん、と静かに告げた。

 

「たとえそれがどんな暴論だろうと、勝者が正しく敗者が過ち。それが我がノース校のルールだ。敗者の――弱者の言葉など、誰の耳にも届かない。千里、お前自身がそうだっただろう?」

「……はい」

 

 否定されてきた戦い方で勝利し続け、そしてその果てに万丈目に見出された自分。それまでの日々は辛かったけれど、強くあることこそが証明だった。

 もし自分が弱ければ、負けてばかりならば。きっと、ここには立てていない。

 ――勝者が、正しい。

 それは摂理であり、真理。

 

「夢神祇園も、大八木の論理を力で否定できないならば所詮その程度だったということだけだ」

「……そう、ですね」

「勝たねばならんのだ。自分自身の価値を証明し続けるためにはな」

 

 視線の先。大八木は笑っている。

 あれだけの大口を叩いたのだ。きっと、それだけの自信があるのだろう。

 ……けれど、どうしてだろうか。

 夢神祇園――その瞳が、どことなく怖い。

 まるで、底の見えない闇がそこにあるようで――……

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 大八木の、その声が。

 会場に、響き渡る。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「はっ、インチキくせぇカードだな。だが、そんなので俺は止められねぇんだよ。俺は手札より、『神獣王バルバロス』を妥協召喚!」

 

 神獣王バルバロス☆8地ATK/DEF3000/1200→1900/1200

 

 現れるのは、神に最も近い位置にいるという獣。だが、妥協召喚された状態では本来の力を発揮できない。

 

「そして俺は手札より魔法カード『アドバンスドロー』を発動! 自分フィールド上のレベル8以上のモンスターを一体生贄に捧げて発動! カードを二枚ドローする! くっく、いくぜぇ!! 速攻魔法『デーモンとの駆け引き』!! レベル8以上の自分モンスターが墓地に送られたターンに発動できる! デッキ、手札から『バーサーク・デッド・ドラゴン』を特殊召喚する!! 来い、狂気の竜!!」

 

 バーサーク・デッド・ドラゴン☆8闇ATK/DEF3500/0

 

 狂気を纏う竜の咆哮が響き渡る。

 バトルだ、と大八木は宣言した。

 

「バーサーク・デッド・ドラゴンは相手モンスター全てに一度ずつ攻撃できる! さあ、全て消えされ!!」

「…………ッ、コラプサーペントの効果でデッキからワイバースターを手札に……!」

 

 祇園LP4000→2300→1300→200

 

 一瞬でフィールドをひっくり返され、更にLPも危険域に突入する。大八木が笑みを浮かべた。

 

「テメェは所詮その程度なんだよ。ターンエンドだ」

 

 バーサーク・デッド・ドラゴン☆8闇ATK/DEF3500/0→3000/0

 

 狂気は長く続かない。攻撃力が500ポイントダウンする。

 だが、それでも3000。圧倒的な力だ。

 

「……僕のターン、ドロー……!」

 

 言い返すことは、できなかった。

 どうして、だろう。

 どうして、僕は。

 

 夢神祇園は、こんなにも弱いのだろう――?

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……嫉妬ですか……。醜いもンですね、どうも……」

「それなりに人生経験を積めば、『若いな』の一言で切り捨てることのできるモノではある。しかし、いつ見ても男の嫉妬というのはやはり醜いな。それも、かつての自分よりも下だった者がいつの間にか上に行っていたという事実に対するモノ。本当に醜い」

「……女性だとどうなンです、御嬢サン……?」

「程度によるが、華だな。女の嫉妬を許すのが男の度量であり、思わず嫉妬してしまうほどにその相手を心の底から愛するのが女の義務だよ。そしてそれができないから、男女の関係はややこしい。……まあ、そんなことはどうでもいいが」

 

 ふう、と息を吐く澪。その視線が、俯く美咲へと向けられる。

 

「……別にキミが悪いわけではなかろう。ああいう手合いはどの世界にも存在する」

「…………」

「結論から言ってしまえば、少年はキミから離れるという選択肢もあった。だが、そうしなかった。その結果ああして悪意に晒されるようになったというならば、それは少年の選択の結果だ。キミに罪はない。あるとすれば、くだらない嫉妬を抱く愚か者たちにだけだ」

「でも、でもっ! ウチが、ウチのせいで!」

 

 何かができたかもしれないのに。

 桐生美咲は、何もできなかった。

 何も――見えていなかった。

 

「結局、キミには何もできなかったさ」

 

 画面へと視線を送りながら。

 烏丸澪は、静かに言う。

 

「むしろ、キミが絡めば更にややこしくなっていただろう。そういうモノなんだよ、これは」

「けどウチは、自分が忙しいからって、何も、何も……」

「少年が気付かせなかったんだ。彼らしい話ではある。心配させたくなかった――いや、違うな。きっと、嫌われたくなかったんだ」

 

 ――嫌われたくなかった。

 その言葉に、美咲はえっ、と呟きを漏らす。

 

「ずっと疑問だった。彼はどうしてあれほどまでに前を向こうとするのか、それがようやくわかってきたよ。彼のアレは、〝逃避〟なんだ」

「……どういうことです、御嬢サン……?」

「人は過去の上に現在を築き、未来を見る。だが、彼の場合土台となるべき過去に対して目を向けることができない。そう、できないんだ。彼にとって過去とは、目を背けたいモノの方が多いんだよ」

 

 それが、夢神祇園の歪みの根本。

 彼の奥底には、罅割れた過去がある。

 

「そして、だからこそキミとの〝約束〟に対してどうしようもないほどに拘るんだ」

 

 ――〝約束〟。

 それは、桐生美咲と夢神祇園が交わした大切なモノ。

 

「彼は言っていたよ。キミは〝ヒーロー〟なのだと。自分を救い出してくれた、大切な人だと。だから知られたくなかった。知って欲しくなかった。見られたくなかった。当たり前だ。キミにまで見捨てられたら、少年は本当に独りきりになる。なってしまう」

「…………ッ」

「人に頼ろうとしないのもそれが原因なのだろうな。……哀しい生き方だよ、本当に。今だってそうだ。彼は結局、独りきりで戦っている」

 

 画面に映る、少年の背中。

 震えるその背は、どこか頼りなく。

 そして――哀しい。

 

「どうして。……どうして、こんな風なんやろう」

 

 別に多くを祈ったわけでも、願ったわけでもない。

 彼はきっと、小さな幸せを望んだだけで。

 ただ……それだけのはずで。

 

「どうして、ままならへんのかなぁ」

 

 彼が応援してくれた、〝歌う〟という夢。

 それで手にしたモノが、彼を苦しめていた。

 

「だが、目を逸らすわけにはいかない」

 

 その背中から。

 目を逸らすことは、できない。

 

「否応なしに、彼は過去と向き合っている。彼の過去に何があったかはわからない。だが、それでも向き合っている。震える体で必死に向き合っているんだ。ならば、我々が目を逸らすわけにはいかない」

 

 僅かにぼやけた視界で、画面を見る。

 そこにいる背中を、必死に見つめる。

 

 決着が――近付く。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 思い出したくない過去。一人ぼっちだった現実。

 別に、直接的な何かがあったわけではない。何もなかった。そう、何もなかったのだ。

 居場所も、友も。

 どこにも――なかった。

 

 そこにあったのは、〝透明な存在〟。

 ただ、それだけ。

 

 己のせいでもあったのだろう。弱い自分のせいでもあったのだろう。

 だから、一人だった。

 どうしようもなく……一人きりだった。

 

「僕のターン、ドロー」

 

 強ければ、何かが違ったのかもしれない。

 けれど、それはもう過去のこと。

 だから、乗り越えなければならない。

 

「魔法カード『竜の霊廟』を発動。デッキからドラゴン族モンスターを墓地に送り、それが通常モンスターだったとき、もう一体続けて墓地へ送ることができます。僕は『ガード・オブ・フレムベル』を墓地に送り、更に『エクリプス・ワイバーン』を墓地へ。更にエクリプス・ワイバーンの効果により、デッキから『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を除外」

 

 心が、冷える。

 静かに、渦巻く。

 

「そして手札より、『ジャンク・シンクロン』を召喚。効果で――」

「させるかよ! 『エフェクト・ヴェーラー』! 相手モンスター一体の効果をエンドフェイズまで無効にする! はっ、これで――」

「墓地の『暗黒竜コラプサーペント』を除外し、『輝白竜ワイバースター』を特殊召喚。そして、レベル4ワイバースターに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング。シンクロ召喚、『ジャンク・バーサーカー』。そしてワイバースターの効果でコラプサーペントを手札に」

 

 ジャンク・バーサーカー☆7風ATK/DEF2700/1800

 

 大八木の言葉を遮り、祇園はモンスターを特殊召喚する。

 

「そして、『ジャンク・バーサーカー』の効果を発動。墓地の『ジャンク』を除外することで、相手モンスターの攻撃力を除外したモンスター分下げることができる。ジャンク・シンクロンを除外し、攻撃力を1300ポイントダウン」

「チッ、二枚目の『エフェクト・ヴェーラー』だ! これで種切れ――」

「リバースカード、オープン。罠カード『闇次元の解放』。除外されている闇属性モンスターを一体、特殊召喚する。『ジャンク・シンクロン』を特殊召喚。更に墓地の『エクリプス・ワイバーン』を除外し、『暗黒竜コラプサーペント』を特殊召喚。エクリプス・ワイバーンの効果により、レッドアイズを手札に。コラプサーペントを除外し、『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を特殊召喚。効果により、墓地から『スターダスト・ドラゴン』を蘇生」

 

 ジャンク・シンクロン☆3闇・チューナーATK/DEF1300/800

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆11闇ATK/DEF2800/2400

 スターダスト・ドラゴン☆8風ATK/DEF2500/2000

 

 僅か、一瞬。

 ほんの一瞬で、フィールドにモンスターが増えていく。

 

「ぐっ……だ、だが、バーサークデッドは超えられやしねぇ!」

「――レベル8、スターダストにレベル3、ジャンク・シンクロンをチューニング。星々を喰らう絶対なる竜、その煌めきを今ここに。シンクロ召喚――『星態龍』」

 

 星態龍☆11光ATK/DEF3200/2800

 

 現れるのは、星々を喰らう龍。

 あまりの強大さに、頭部のみがソリッドヴィジョンで映し出される。

 

「レベル11の、シンクロモンスター……?」

 

 大八木の言葉も、何も響かない。

 ただ、今は――

 

「魔法カード、『星屑のきらめき』を発動。自分の墓地のドラゴン族シンクロモンスターを指定して発動。レベルが同じになるようにモンスターを除外し、そのモンスターを蘇生する。ドラゴン・ウイッチとワイバースターを除外し、甦れ――スターダスト・ドラゴン」

 

 再び舞い戻る、星屑の竜。

 これで、祇園の場にはモンスターが四体。

 

 星態龍☆11光ATK/DEF3200/2800

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆11闇ATK/DEF2800/2400

 スターダスト・ドラゴン☆8風ATK/DEF2500/2000

 ジャンク・バーサーカー☆7風ATK/DEF2700/1800

 

 高レベル、高攻撃力のモンスターが並ぶ姿は。

 確かに、圧巻だった。

 

 心が、軋む。

 どうしようもなく……乾く。

 

「――バトルフェイズに入る!!」

 

 絶叫するように、祇園は言い。

 

「断ち切れ、星態龍!!」

 

 狂気の竜を、祇園の従える龍が喰らい。

 

「総攻撃!!」

 

 彼の感情に応じるように、モンスターたちが駆け抜ける。

 

 大八木LP3500→3300→-4700

 

「…………ッ、はっ、はあっ……」

 

 ソリッドヴィジョンが消えていく中、誰も何も言葉を発しない。

 ただ、祇園の荒い息が響くだけ。

 

「……何が……わかるんだ……」

 

 ポツリと、一人の少年が呟く言葉が。

 いやに……響き渡る。

 

「……僕の、何が……」

 

 体を震わせ、少年は呟く。

 想いを、詰め込んで。

 

 

「――何がわかるっていうんだ!!」

 

 

 その絶叫は、あまりにも悲痛。

 誰も、何も言えない。

 

 

 静かな拍手の音が、響き渡る。

 音の主は――万丈目。

 

 

「良いデュエルだった、夢神祇園」

 

 立ち上がり、敬意を表するように。

 万丈目が、こちらを見下ろす。

 

「高いところからですまないな。そして、非礼を侘びよう。――すまなかった。俺の身内が、無礼な真似を。これは俺の監督責任だ」

 

 そして、彼は静かに頭を下げる。会場が思わずざわついた。

 

「な、ま、万丈目さん!? こんな奴に頭を下げるなんて……!」

「黙れ大八木! 貴様は敗北しただけではなく、ノース校の名さえも貶めたんだ! 恥を知れ!!」

「…………ッ」

 

 万丈目の一喝に、大八木が黙り込む。

 ――拍手が、少しずつ巻き起こる。

 まるで、祇園を称えるように。

 

「…………」

 

 祇園は、大八木に一瞥を残しただけで。

 何も言わず、無言でその場を立ち去った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……よろしいンで、御嬢サン……?」

「私とて美咲くんのように少年の下へ行きたいのはやまやまだが……どうも、そうはいかんようでな。――私に用があるのだろう? 出てきたらどうだ?」

 

 立ち上がり、烏丸澪は柱の陰へと視線を送る。

 そこから現れたのは、一人の少女。

 

「キミは確か、〝侍大将〟と共にいた少女だな」

「藤原雪乃と申します。質問させていただきたく参上しました」

「ほう、何だ?」

「――如月宗達とは、どういう関係ですか?」

 

 その言葉に、明確な敵意を感じ取り。

 

「それはまた、妙なことを聞く」

 

 烏丸澪は、笑みを浮かべた。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

(祇園、大丈夫かな……?)

 

 トイレに向かって歩きながら、十代は友のことを思い浮かべていた。夢神祇園――彼のあんな姿は見たことがない。

 怒るでも、感情でもない感情の発露。

 彼の奥底にあるモノが、見えた気がして。

 けれど、だからこそ心配で。

 

「……って、あれ、宗達――」

「――シッ」

 

 何故かトイレの前で壁に背を預けている友人に声をかけようとすると、黙るようにとジェスチャーが帰って来た。

 どういうことか、と首を傾げながら近付く。

 

 

「……俺は、勝たねばならんのだ……!」

 

 

 不意に聞こえてきたのは、万丈目の声。気付かれないように耳を澄ませると、万丈目がまるで自身に言い聞かせるように何度も何度もそう言葉を紡いでいた。

 どういうことだ、と視線で宗達に問いかける。だが、返答は。

 

「…………」

 

 軽く肩を竦め、宗達は立ち去っていく。

 ……雨が降り出しそうな、天気だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……ちょっと、疲れた、な……」

 

 人気のない廊下で、壁に背を預けて座り込む。

 頭が未だに混乱している。状況を整理できない。

 ただ、キツい想いをしたことと。

 どうにもならない感情を抱いたことを、覚えている。

 

「…………」

 

 俯く視線の先に、何かが視えた。

 誰だろう、とぼんやり考える。

 

 ――何かが、体を優しく包んだ。

 温かいと、そう思った。

 

「……もう、休もう。祇園」

 

 涙声の、その言葉に。

 うん、と小さく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「おいおい、スポンサー側負けてるぞ。大丈夫かよ……」

「金持ち側が負けてるのは個人的にスッとしてるけどな」

「おいおい、滅多なこと言うもんじゃねぇよ。……けど、この様子じゃ最初の二つはNGだな」

「だな。まあ、最後の結果次第だけど」

「でもさ、この『如月宗達』ってのはあれだろ? 最近ニュースになってる、アメリカでライセンス取得したっていう。この後取材しろって指示出てるみたいだし」

「そんなのに万丈目グループのボンボンで勝てんのかよ。あーあ、今頃プロデューサーは頭抱えてんだろうな」

「仕方ないとも思うけどな」

 

 

 アカデミア本校代表、如月宗達VSノース校代表、万丈目準。

 ――間もなく、開戦。

 











なんかめっちゃ暗いですね今回。
というか悪役っぽいのが久々登場。








まあ、解説というかなんというか。
祇園くんは基本的に独りきりで、本人の性格もあって割とどうしようもなかった状態です。で、直接的なことはなくて『いてもいなくても同じ』くらいの扱いでした。
で、そんな風に見下してた相手がアイドルと仲良い(一年時はともかく、二年次半ばくらいからは美咲も有名になって来ていたので)、という時点で一部から敵視され始めます。更にしばらくすると大会でも活躍してるわで嫉妬爆発。本気で救いようがない。でもまあ、高校一年生ならこれが普通かな、とも。後先考えない感じが。

……しかし、あんまり祇園くんの過去についてどうこうするつもりはなかったんだけどなぁ……。
難しいですね、本当に。


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第五十四話 逃げること、立ち向かうこと

 

 

 

 

 頭の中が、何も整理できない。

 グチャグチャな思考と、揺れる視線。心が形を成していなかった。

 

(……どうしようもない……)

 

 それは、この状況に対する言葉なのか。

 それとも、自身に対する言葉なのか。

 もう、自分でもわからなかった。

 

「大丈夫?」

 

 聞こえてくるのは、優しい言葉。

 幾度となく自分を救ってくれた、助けてくれた人の声。

 目を閉じているから、顔は見えない。

 ……でも、わかる。

 この声だけは、間違えない。

 

「……ごめん」

 

 温かさをくれる人に、呟くようにそう言った。

 自分を包む彼女の腕が、僅かに震える。

 

「……どうして、謝るん?」

 

 帰ってきた返答は、そんなもの。

 ……なんだろう、と自問する。

 僕は、何に謝っているのだろうか?

 

「ちょっとだけ、待って。すぐに、戻るから。いつも通り、笑うから。笑っていられるようにするから」

 

 疑問の答えは出ないままに。

 ただ、そう言葉を返す。

 

 ――駄目だ、こんなんじゃ。

 

 自信を叱責する。何をやっているのだ、と。

 夢神祇園は折れてはいけない。いつだって、どんな時だって。

 ただただ、前を見ていなければならない。

 ……だって、そうだろう?

 そうしなければ、意味がない。

 そうでなければ、理由を失ってしまう。

 

「いいよ、祇園。そんな風に、無理をせんでもええんや」

 

 必死に繋ぎ止めようと、折れないようにと保ってきた心。

 今にも折れてしまいそうな心が……砕けようとする。

 

「……いいって、何が」

「無理して笑っても、辛いだけ。痛いだけやんか。そんな笑顔、嬉しくないよ」

 

 それはきっと、こちらを気遣っての言葉。

 けれど、だからこそ……心が軋む。

 

「それなら……、それならどうしろっていうの?」

 

 たとえ嘘であったとしても、笑顔を浮かべる。

 前を向いて、踏ん張って、歯を食い縛ってでも。

 そんな風に――そうやっていくことぐらいしか、夢神祇園にはできないのに。

 

「泣く時には、ちゃんと泣く。しんどいなら、しんどいって言う。……簡単、やろ?」

「…………ッ、僕は」

 

 立ち上がる。

 言いかけた言葉が何だったのか、もう思い出せなかった。

 ――温もりが、離れていく。

 

「ごめん、美咲。心配、させちゃったよね? 大丈夫だから。……宗達くんの応援に行こっか?」

 

 軋む心。いつもは無視できるそれを、嫌に感じる。

 ……笑えて、いるのだろうか。

 もう、自分の表情にさえも自信がなかった。

 

「行こう」

 

 背を向ける。美咲の……幼馴染の表情は、見ることができなかった。

 ――だって、もしも。

 もしも、彼女に嫌われてしまったら――

 

「待って、祇園」

 

 柔らかく、華奢で。

 しかし、どうしようもないくらいに強い力で……腕を掴まれる。

 

「行ったら、アカン」

「……どうして?」

「そんな状態の祇園、放っておけるわけないやんか。……抱え込んでばかりでも、良いことなんてあらへんよ。ちゃんと吐き出さんと壊れてまう」

 

 心に、罅が入る音がした。

 何かが、頭の奥で弾け。

 

「それが……ッ」

 

 気付いた時には、もう遅い。

 

「それが、できないから!」

 

 彼女の腕を、強く握り返し。

 その目を、真っ直ぐに見据えてしまう。

 

「……祇園……」

 

 ――そんな目を、しないで。

 ――僕は大丈夫だから。だから、いつもみたいに。

 

「もう嫌なんだ、失うのは。一人ぼっちはもう嫌なんだ」

 

 制止を掛ける心を、嘲笑うようにして。

 言葉が、激流のように溢れ出す。

 

「泣けるわけなんてない、できるわけがない。泣いたって誰も助けてくれやしないんだ。だったら前を向くしかないじゃないか。何があったって、どんな時だって」

 

 夢神祇園の過去において、彼が頼れる人間はいなかった。

 一人ぼっちの学校と、帰りたいと思えなかった家。

 彼を無償で愛してくれる両親はおらず。

 ――友と呼べる相手は、彼のたった一つの居場所にしかない。

 

「僕には何もないんだ。美咲との約束以外、何もないんだよ」

 

 一人ぼっちだった自分に手を差し伸べてくれた、一人の少女。

 そして、彼女が導いてくれたカードショップという居場所。

 夢神祇園が存在してもいいのは、そんな小さな世界だけだった。

 

「それさえ失ってしまったら、僕は本当に何もなくなってしまう」

 

 嫌われたく、なかった。

 たった一人の、大切な友達に。

 

 ――だから、その背を追い続けた。

 ――たとえ、その背が見えなくなっても。

 

 夢神祇園には、それしかなかったから。

 そんなことしか、できなかったから。

 ……そして。

 

「アカデミアに入って、友達ができて。皆はどう思ってくれてるのかわからないけど、皆凄く大切な友達で。けど、僕が弱かったから……失いかけた」

 

 あの日、〝伝説〟に敗北し。

 夢神祇園は、また一人ぼっちになってしまった。

 

「もう、あんなのは嫌なんだ。でも、できることなんて前を向くことくらいしかなくて。そうするしかなくて。弱音なんて吐いたら、吐いてしまったら……嫌われてしまうから」

 

 何も、ないから。

 夢神祇園には何もないから……だから、こんな風にしかできない。

 こんな形でしか、生きられないのだ。

 

「……忘れたかった。一人ぼっちの時のことなんて。忘れてるつもりだった」

 

 美咲から手を離し、壁に背を預ける。

 ひやりとした感触が、体を貫いた。

 

「でも、それはできなくて。僕はずっと、引きずっているモノを見ないようにしていただけで」

 

 重い足かせを、見ようとしなかっただけ。

 突きつけられた現実に何も言えなかったのは、そういうこと。

 

「――ねぇ、美咲」

 

 手で顔を覆い、呟くように言う。

 現れた、過去という現実を前にして。

 夢神祇園という、存在は。

 

「僕は、どうすれば良かったのかな?」

 

 顔を見ることはできない。そんな勇気は祇園にはない。

 嫌われたかもしれない。いや、間違いなくそうだろう。

 ただでさえ、夢神祇園には何もないのに。

 こんな無様な姿を見られて、嫌われないはずがない。

 

「僕にとって、美咲との約束が〝全て〟だった。それ以外に持ってるモノは何もないんだ。何もないんだよ、本当に」

 

 何故折れないと、彼女は――〝最強〟はそう語った。

 その答えは、酷く単純なこと。

 ――折れることは、夢神祇園の〝死〟に他ならない。

 

「だから、だから……」

 

 言葉が出て来ない。ただ、心が軋む。

 嗚呼、と思った。

 想いを口にするのは、こんなにも辛くて。

 こんなにも……痛かったのか。

 

「……何もないなんて、嘘や」

 

 不意に、暖かいものが体に触れた。

 顔を上げる。

 ――わかったのは、彼女が自分を抱き締めてくれているということ。

 

「だって、祇園はここにおるやんか」

「……そんなの」

「祇園の過去に何があったかはわからへん。だって、話してくれへんのやもん」

 

 その小さな体が、僅かに震える。

 

「嫌いになんてならへんよ。絶対に」

「……でも」

「むしろ、そうやって何も言わんほうが嫌や。だってそうやろ? 祇園はここにおるのに、何も言ってくれんかったら側にいる意味があらへん」

 

 こちらを抱き締める力が、強くなる。

 ゆっくりと、その小さな体を抱き締めた。

 

「……ごめん」

「どうして謝るん?」

「……どうして、かな?」

 

 わからない。何も。

 何も、わからないのだ。

 

「大丈夫や、祇園。ウチは絶対に、祇園を嫌いにならへんよ」

 

 身を離し、真剣な表情で美咲は言う。

 

「だってウチは…………、親友、やから。ウチらは、親友やから」

 

 僅かに見えた、寂しげな表情。

 夢神祇園はそれに気付かないままに、彼女に頷きを返す。

 

「ありがとう」

 

 その、言葉に。

 うんっ、と彼女は微笑んだ。

 

 それは、大切な人の笑顔で。

 あの日、約束を交わした人の笑顔だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 如月宗達にとって、万丈目準という存在は少々特別な存在だ。

 忘れることは生涯ないであろう中学時代。全てが敵であったあの頃において、万丈目もまた例外なく如月宗達の敵だったことは間違いない。

 ――だが、その在り方は他の者とは大きく違う。

 

〝貴様が如月宗達か。随分と図に乗っているようだな〟

〝あァ?〟

 

 正直、あの頃はこういう手合いは珍しくなかった。今も昔も売られた喧嘩は買う主義である。倒せば倒すだけ敵が増えていき、万丈目もまたそういう敵の一人だと思っていた。

 

〝ぐっ……くそっ、待っていろ如月! 必ず貴様を倒してやる!〟

 

 こういう捨て台詞をぶつけられるのもいつものこと。大抵の奴は言うだけ言うか、それこそ罵詈雑言を浴びせかけてくるだけで結局リベンジしてくることはない。

 ――そして、直接ではない手段でこちらへと向かってくる。

 鬱陶しい毎日だった。だが、そんな日々の中で万丈目だけは違ったのだ。

 

〝さあ、勝負だ如月!〟

 

 この男だけは、常に真正面から挑んできた。

 いつも、いつも。

 何度倒しても、正面から。

 悪態を吐きながら。

 それでも、何度も――……

 

(嗚呼、楽しみだな)

 

 楽しいデュエルなど、いつ振りか。

 期待に満ちた気分で、宗達はステージへと向かう。

 

「…………」

 

 そして、だからこそ。

 こうして水を差してくる者が、鬱陶しくて仕方ない。

 

「如月宗達くんだね?」

 

 そこにいたのは、スーツを着た小奇麗な男だ。

 一見すると妙なところはない。だが、一つ。

 

(……目が腐ってるな)

 

 こういう手合いは何度も見てきた。そしてその都度壊してきた。

 本当に――面倒だ。

 

「んだよ、おっさん。こちとらこれからデュエルなんだ。後にしてくれ」

「ああ、すまないね。けれど、そのデュエルについてなんだ」

「あァ?」

「キミに頼みごとがあるんだよ。実は――」

「――万丈目に負けろ、ってか?」

 

 男の動きが、止まる。

 

「あの阿呆の差し金じゃなさそうだな。となると、兄弟のどっちか……いや、違うか。大方、スポンサーのために放映側が勝手に動いてるってとこか?」

 

 面倒臭ぇ、と呟きながら宗達は言う。ふっ、と男が笑みを浮かべた。

 

「そこまでわかっているなら話は早い。謝礼は用意する。どうだい?」

「頷くと思ってんのか?」

 

 アホらしい。そう言って立ち去ろうとする宗達。その宗達へ、いいのか、と男が言葉を紡いだ。

 

「メディアを敵に回さない方がいいよ?」

「知るかボケ。つーかよ、おっさん。俺ァ今、凄ぇ楽しいんだ」

 

 振り返る。同時、デッキケースから〝闇〟が溢れた。

 底なしの、どす黒い闇が。

 

「――邪魔するんなら、殺すぞ?」

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

「――来たか」

 

 相手は既にフィールドに立っていた。おう、と軽く手を挙げてその言葉に応じる。

 

「今日は遅刻しなかったぜ」

「貴様にしては珍しいな、如月」

「まーな」

 

 ステージに進み出ると、歓声が沸き上がった。本校側から聞こえてくる声はレッド生が中心だ。

 

「行け宗達! 三連勝だ!」

「頑張るんだな宗達!」

「一年最強の力、見せてくれよ!」

 

 昔のことを考えても仕方がないが、あの頃に比べて随分変わったとそう思う。

 自分自身は何も変わっていないというのに、妙な話だ。

 ……ただ、悪い気分ではない。

 

(応援されるってのも、いいもんだな)

 

 無縁の事であったからこそ。

 ふと、そう思う。

 

「――お前たち」

 

 当たり前だが、こちらよりも遥かに多く、強く、そして必死さのこもった歓声を受ける男が静かに告げる。

 背後の、己が背負う者たちへと。

 

「俺たちノース校は現時点で負け越しが決定した。だが、俺はここで俺たちの意地を見せることを約束しよう」

 

 歓声が爆発する。万丈目がこちらへ人差し指を向けた。

 

「如月! 俺は地獄を見たぞ……! どん底を味わった! だが! その全てが貴様を倒すための道! 俺はここで貴様を倒す! アカデミアの者たちよ! 俺の名をその胸に刻め!!――一!!」

「「「十、百、千!!」」」

「万丈目サンダー!!」

「「「サンダー!!」」」

 

 鳴り響く大合唱。それを心地よさそうに耳に受け、宗達は笑みを浮かべる。

 

「いいぜ、来い。来いよ。――テメェの全てを捻じ伏せてやる!!」

「やってみろ!! 俺は今日ここで貴様を超える!!」

 

 二人の視線が激突し。

 戦いが、始まる。

 

「「――決闘!!」」

 

 大歓声の中。

 代表戦最後のデュエルが、始まる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 テレビの中から響いてくる歓声。そちらへ一度視線を送りつつ、烏丸澪は眼前に立つ少女を見据えた。

 確か、藤原雪乃といったか。どこか聞き覚えのある名前だが、思い出せないということはそういうことだろう。

 

「……御嬢サン、自分はどこか行った方が……?」

 

 こちらに気を遣い、様子を見守っていた烏丸銀次郎がそう問いかけてくる。ふむ、と澪は頷きを零した。

 

「私は特に構わんよ。キミはどうだ?」

「私も気にしません」

 

 雪乃は頷きと共にそう告げる。その時もこちらから目は離さない。

 その瞳に篭っているのは、警戒心と敵意。成程、と澪は思った。正直、自分と正面から睨み合いができる者はそう多くない。多くの者は自然と自分から目を逸らす。

 認めたくない話だが、『見たくない』のだそうだ。

 こんな……バケモノは。

 

(……面白い。ただの学生が私と向かい合うか)

 

 だが、この少女は自分と向かい合っている。

 こちらのことは知っているはずだ。それでも向かってくる意志は素直に面白いとそう思う。

 

「だ、そうだぞギンジ」

「……では、邪魔にならないようにしておきます……」

「すまないな」

 

 気遣いのできるよくできた弟だ――そんなことを思いつつ、前を見る。

 今の相手は、この少女だ。

 

「さて、キミの質問だが。先に言っておこう。私と〝侍大将〟の関係は少なくともキミが思うようなモノでは決してない。少なくとも坊やに男としての興味はない上に、現時点では敵として――つまりはデュエリストとしての興味も薄いのが真実だ」

 

 つい最近まで忘れていたが、彼は一度叩き潰している。強くなっているのは間違いないが、それでも今の彼では自分には届かない。

 わかってしまうのだ。完成系を知っているからこそ。

 あんな中途半端な力では、自分には届かないと。

 

「キミは、坊やの恋人か?」

「……はい」

 

 問いかけには、素直な返答が返ってきた。ほう、と澪は吐息を漏らす。

 

「それは羨ましいことだ。私にはそういう相手がいたことがないのでな」

 

 肩を竦める。興味がないわけではないし、愛する相手――それこそ『愛する』という感情を知りたいと思う気持ちはある。だが、どうしてもできない。

 そもそも烏丸澪と正面から向き合える相手がほとんどいない以上、仕方ないのかもしれないが。

 

「……一つだけ言っておこう。坊やの隣に立つというのならば、相応の覚悟をしておくべきだ」

「覚悟ならあります。私はどんなことがあろうと宗達の味方ですから」

 

 澪の言葉に対し、即答する雪乃。その姿をどこか眩しげに見つめた後、違うんだよ、と澪は呟いた。

 

「私には人を好きになるということがどういうことかわからない。だが、だからこそ覚悟の意味はわかる。誰かを愛するということは、同時に傷つくことも意味しているのだからな。しかし、違うんだよ。そういう話じゃないんだ、これは」

 

 想いだけでは、感情だけでは、心だけではどうにもならないこと。

 人はそれを、〝現実〟と呼ぶのではなかったか。

 

「どういう、意味ですか?」

「キミは、〝侍大将〟を――坊やを、正しく理解しているか?」

「……少なくとも、あなたよりはしているつもりです」

 

 返ってきた返答には棘が含まれていた。澪は苦笑し、そうだな、と呟く。

 

「当たり前の話だ。キミは坊やの側に居続けたのだから。……だからこそ、この話はあくまで参考にする程度にして欲しい」

 

 お節介なことだ、と澪は思った。本来の自分なら適当にあしらってそれで終わりにするはずなのに。

 実際、澪は宗達に対してそこまで興味を有していない。だというのに、こんな風にらしくないことをしている理由は一つ。

 

(……彼らは、少年にとっての『世界』だ)

 

 澪が今一番興味を持つ人物――夢神祇園。彼にとって宗達や雪乃は日常であり、彼の世界を構成する一員に他ならない。

 彼にとってかけがえのないであろう世界。誰よりも失うことを恐れ、逃げ続ける彼にとっての拠り所。

 その世界を守る手助けぐらいはしたいと……そう、思う。

 

「如月宗達。――彼は、現実が生んだ怪物だ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「先行は俺だ! ドローッ!」

 

 先行は万丈目だ。彼は手札を引き、一度深呼吸をしてその一手を紡ぎ上げる。

 

「俺はモンスターをセット、カードを二枚伏せてターンエンドだ!」

「静かな立ち上がりじゃねぇか」

「ふん、貴様相手にいきなり手の内など見せるわけがなかろう」

 

 万丈目が鼻を鳴らす。その言葉に成程、と頷きつつ、宗達もカードを引いた。

 

「俺のターン、ドロー。……俺は速攻魔法、『サイクロン』を発動する。右の伏せカードを破壊だ」

「チッ、『デモンズ・チェーン』だ……!」

 

 万丈目が舌打ちを零す。『デモンズ・チェーン』とは厄介なカードを伏せてくれる。

 だが、それも破壊してしまえば問題ない。

 

「性質の悪いカードを伏せるな、オイ。――まあいい、俺は手札から永続魔法、『六武衆の結束』を発動。『六武衆』の召喚、特殊召喚成功時にカウンターが乗り、墓地に送ることで乗ったカウンターの数だけドローできる。俺はチューナーモンスター、『六武衆の影武者』を守備表示で召喚!」

 

 六武衆の影武者☆2地・チューナーATK/DEF400/1800

 武士道カウンター0→1(最大2)

 

 現れるのは、鎧を着た一人の武士だ。だがどこか存在感が薄く、荒々しさがない。

 

「そして場に『六武衆』がいるため、『六武衆の師範』を特殊召喚!」

 

 六武衆の師範☆5地ATK/DEF2100/800

 武士道カウンター1→2

 

 現れるのは、道着を着た一人の老人だ。だが、その身に纏う覇気は圧倒的である。

 

「そして『六武衆の結束』を墓地に送り、二枚ドロー。――場に二体の六武衆がいるため、俺は手札より『大将軍紫炎』を特殊召喚!」

 

 大将軍紫炎☆7炎ATK/DEF2500/2400

 

 現れる、闇の焔を纏う種の甲冑を纏う武者。おおっ、と会場が湧いた。

 

「いくぜ、バトルだ。――師範でセットモンスターを攻撃!」

「セットモンスターは『仮面竜』だ! 戦闘で破壊されたことにより、デッキから攻撃力1500以下のドラゴンを一体、特殊召喚する! 来い――『アームド・ドラゴンLV3』!」

 

 アームド・ドラゴンLV3☆3風ATK/DEF1200/900

 

 現れるのは、小型のドラゴンだ。一見特に変わったところのないモンスターに見えるが、その体に秘めた力は計り知れない。

 レベルモンスター――成程、これが万丈目の手にした新たな力。

 

「レベルモンスター!?」

「まさか、あんな珍しいカードを……」

「これが万丈目の切り札か……」

 

 本校側の生徒たちがざわめきを零す。宗達は、ふう、と息を吐くと、それを黙らせるように言葉を紡いだ。

 

「大将軍紫炎でアームド・ドラゴンを攻撃!」

「罠カード発動、『和睦の使者』! このターン、俺のモンスターは戦闘では破壊されず、ダメージも受けない!」

 

 武器を持たぬ集団が現れ、それによって紫炎の攻撃が阻まれる。成程、と宗達は呟いた。

 

「まだ攻撃が残ってるのに妙だと思ったが、守る手段があったわけか」

「貴様のことだ。ここで仮面竜を出したところで攻撃を止めるだけだろう?」

「よくおわかりで。……俺はカードを二枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 手札が良くない――そんなことを思いつつ、宗達はターンエンドを宣言する。万丈目はデッキトップに指をかけつつ、当たり前だ、と言葉を紡いだ。

 

「このデュエル・アカデミアで――否、世界において貴様に最も敗北したのはこの俺だ。貴様の強さと厄介さは認めたくないが誰よりも理解している」

「……へぇ」

 

 万丈目の言葉に、意外だ、という感想が浮かぶ。悪態を吐くことはあっても、こうして誰かを認めるような言葉は決して紡ぐことはなかったのに。

 ましてや、如月宗達を認めることなど……。

 

「勘違いをするな、如月。俺は今日ここで貴様を超える。そのためにはまず、これまでの現実を認めなければならなかっただけに過ぎん。――俺のターン、ドロー! 俺は速攻魔法『サイクロン』を発動! 左の伏せカードを破壊だ!」

「ッ、『六尺瓊勾玉』が破壊される」

 

 六武衆がいる時、コストなしでありとあらゆる破壊効果を無効にできるという強力なカウンタートラップが破壊される。やはりな、と万丈目は告げた。

 

「その手はもう通用せん。貴様には何度も辛酸を舐めさせられた。だが、それもここで終わりだ。――スタンバイフェイズ、アームド・ドラゴンLV3を墓地に送ることでデッキ・手札から『アームド・ドラゴンLV5』を特殊召喚する!!」

 

 アームド・ドラゴンLV5☆5風ATK/DEF2400/1700

 

 先程のドラゴンが成長した姿。そう表現するに相応しい姿の竜が現れる。

 会場が湧く。万丈目はいくぞ、と宣言した。

 

「アームド・ドラゴンで師範を攻撃!」

「ちっ……!」

 

 宗達LP4000→3700

 

 吹き飛ばされる師範。宗達のLPが削られ、ノース校たちの生徒が大いに沸いた。

 

「そしてメインフェイズ2に入る! アームド・ドラゴンの効果を発動! 手札から『闇より出でし絶望』を捨て、このカードの攻撃力以下のモンスターを一体、破壊する! 紫炎を破壊!」

「紫炎の効果だ! このカードが破壊される時、六武衆を身代りにすることができる! 俺は六武衆の影武者を身代りに!」

 

 大将を守るため、影武者が散っていく。ふん、と万丈目は鼻を鳴らした。

 

「エースは残したか……だが、その程度で俺は止まらん! モンスターを戦闘で破壊したターンのエンドフェイズ時、アームド・ドラゴンは更なる進化を遂げる! 来い――『アームド・ドラゴンLV7』!!」

 

 ――――オオオオオオオオオオォォォッッッ!!

 

 アームド・ドラゴンLV7☆7風ATK/DEF2800/1000

 

 凄まじい咆哮を撒き散らし、現れるのは風を纏う暴風の竜。

 

「貴様を超えるために――ここへ来た!!」

 

 繰り返し、何かに訴えかけるように紡ぐ万丈目の言葉。

 きっとそれは、己に向けた言葉なのだろう。

 ――ならば。

 

「面白ぇ、面白ぇぞ万丈目! だが俺もそう簡単には負けられねぇんだよ! ドローッ!!」

 

 会場の熱気が、増していく。

 誰もが、二人のデュエルに魅入っていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……楽しそうにデュエルをするな、彼は。成程、この場所は彼にとっても良い場所らしい」

 

 画面に映し出された宗達の表情。それを見つめ、澪はどこか眩しそうな目をしてそう言った。どういう意味ですか、と雪乃が問いかける。

 

「デュエルとは、本来楽しいものであるはずでは?」

「学生の頃ならそれでいいし、ゲームとしてならばその認識で正しいのだがな。何かしらの目標を持ち、そしてそれを目指し始めると辛さが先に立つようになる。心当たりはないかな?」

 

 それはスポーツの事であり、現実の事である。

 何かを目指すなら、それ以外のモノを捨て去るしかない。

 

「夢を貫くならば、失うのは〝今〟だよ。……彼は己を通そうとした。己自身を貫こうとし続けた。人は何かを貫こうとした時、何かを一緒に抱えていられるほどに器用なイキモノではない。己を貫くならば、命を捨てる結末に至るはむしろ必然だ」

「…………ッ」

「思い当たる節があるようだ。これは私の見解だが、少年と坊やはその本質が酷く似ている。いや、違うな。本質よりはその背景か。――ただ、その在り方はあまりにも違うようだが」

 

 夢神祇園と、如月宗達。

 この二人はどうしようもなく似ておらず――同一だ。

 

「少年は己の過去に背を向け、逃げ続ける選択をした。過去の中に光る小さな約束、たったそれだけを寄る辺にして世界から向けられる悪意に耐える道を選んだのだろう。

 対し、坊やは逆。彼は全ての過去に真っ向から向かい合い、戦い続ける道を選んだ。目を逸らすことなく、どれだけボロボロになろうとも。己を証明し続けるために。

 ……雪乃くん、といったか。きっと彼がああなったきっかけは私だよ。あの日――あの雨の日に彼を完膚なきまでに叩き潰し、その心を叩き壊した私が原因だ」

 

 雪乃の眉が跳ね上がった。それでも手を出してくることがないのは、彼女の強さか。

 

「だがな、たとえ私が潰さずともいずれ彼はああなっていた。その全ては彼を取り巻く現実が原因だろう」

「……どういうことですか」

「彼は清心氏のお気に入りのようでな。あの翁から色々と聞かされた。……清心氏も言っていたが、結局のところ如月宗達という存在は一人でしか戦えないんだよ。一人きりでしか戦えないんだ」

 

 私と同じだ、と自嘲するように澪は微笑む。その彼女に対し、違う、と雪乃は言葉を紡いだ。

 

「宗達には私がいます。私は、何があっても彼の味方です」

「美しい言葉だ。羨ましく、眩しく思えるほどに。だが、人の本質はそう容易く変えられんよ。彼は結局、一人でアメリカに渡っていたのだろう? 残酷なようだが、それが現実だ」

「それは、宗達は私のために! 私は、私たちはそのために……!」

「ならば何故、彼は〝邪神〟を従えている?」

 

 えっ、と雪乃が呆けた声を漏らした。やはりか、と澪は息を吐く。

 

「知らないのだな。彼がDMを憎む、その意志もまた」

「どういう、ことですか」

「見たくもないが、〝視えてしまう〟んだ。坊やの身体を渦巻く闇がな。アレは一度見たことがある。心が揺らげば、それだけで坊やは食い殺されるぞ」

 

 弱体化しているとはいえ、それでも〝邪神〟という存在は決して軽視できるようなものではない。それこそ澪でさえできれば触れたくないと思うほどに。

 

「詳しいことは彼に聞くといい。色々言ったが、私は彼に対して興味はない。ただ、キミが彼の側に立ち続けようと思うならば知っておくべきだと思っただけだ」

 

 この場所は少年にとっての居場所。それを壊すことは、澪も望んでいない。

 故に、小さなお節介だ。ここから先に、興味はない。

 

「……一つだけ、教えてください」

 

 ポツリと、雪乃がそう告げた。なんだ、と澪は静かに問う。

 

「私に答えられることなら答えるが」

「……どうして、宗達とデュエルを?」

「――同種をな、探しているんだよ」

 

 笑えるだろう――自嘲しつつ、澪は言う。

 

「私と同じ景色を見れる者。そういう者を探しているんだ。私よりも上位の生物、といったところか」

「それが、宗達……?」

「もしかしたら、とは思ったのだがな。全く違ったよ。それだけのことで、それ以上のことはない。彼との関係は、だからこそそこまでなんだ」

 

 どうしようもない話。どうにもできない物語。

 ただ、それだけ。

 

「……一人というのは、寂しいものだ」

 

 呟く。昔はそんなこと、思うことはなかったのに。

 どうにも変わってしまったと――そう、思う。

 

「キミは最後まで彼の側にいてやれ。何があってもだ」

「言われずとも、そのつもりです」

「その言葉、違えないようにな。〝邪神〟を従える〝最強〟は、独りきりだからこそああなったのだから」

 

 あらゆる全てから孤立して。

 己の存在を証明し。

 一人きりになった、軍神。

 あんな風にはなるべきではないと、そう思う。

 

「ままならないな、世界というのは」

 

 本当に……ままならない。

 烏丸澪は、小さくそう呟いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 勝てる、と万丈目は思った。

 幾度となく負け続けた相手――如月宗達に、今度こそ。

 

「レベルモンスター……大したもんだよ、万丈目。だが、負けてやれるほどこっちも安くはねぇ! リバースカード、オープン! 罠カード『諸刃の活人剣術』! 墓地より二体の六武衆を蘇生し、エンドフェイズに破壊! そして破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを受ける! 俺は師範と影武者を蘇生!」

 

 六武衆の師範☆5地ATK/DEF2100/800

 六武衆の影武者☆2地・チューナーATK/DEF400/1800

 

 二体の侍が蘇る。いくぞ、と宗達は言葉を紡いだ。

 

「レベル5、六武衆の師範にレベル2、六武衆の影武者をチューニング!! シンクロ召喚!! 来い、『不退の荒武者』!!

 

 不退の荒武者☆7地ATK/DEF2400/2100

 

 現れるのは、浪人のような姿をした一人の武者だ。更に、と宗達が言葉を紡ぐ。

 

「永続魔法、『一族の結束』!! 墓地の種族が一種類のみの時、その種族の陣フィールド上のモンスターの攻撃力を800ポイントアップする!!」

 

 不退の荒武者☆7地ATK/DEF2400/2100→3200/2100

 大将軍紫炎☆7炎ATK/DEF2500/2400→3300/2400

 

 並び立つ二体の鎧武者。バトルだ、と宗達が告げた。

 

「荒武者でアームド・ドラゴンを攻撃!」

「ぐうっ……!?」

 

 万丈目LP4000→3600

 

 あっさりと切り札が突破される。

 それも、純然たる力で。

 

「紫炎でダイレクトアタック!!」

「ぐあああああっ!?」

 

 万丈目LP3600→300

 

 大幅に削られるLP。宗達は更に最後の一枚を場に伏せた。

 

「更にカードを伏せ、ターンエンドだ」

 

 ――何故だ!?

 

 眼前に屹立する男を見据え、万丈目は内心で吠える。

 如月宗達は強い。そんなことはわかっていた。それぐらいのことは、誰よりも理解していたつもりだ。

 だが……どうだ?

 今の自分は、この男に一矢報いることすらできていない。

 どうして、こんな。

 

(俺は、地獄を見た! どん底を味わった!)

 

 プライドの全てを放り捨て、カードを拾い集め、どん底から這い上がってここに立っている。

 ――足りないというのか。

 あれほどの地獄でも、この男を超えるには足りないと。

 

「どうした、万丈目」

 

 聞こえてくるのは、常に己の前を歩き続けてきた男。

 ただの一度も、万丈目が勝てなかった男。

 

「これで終わりか?」

 

 どこか失望するような響きが混じった、その言葉に。

 万丈目の中の感情が――沸騰する。

 

「ふざけるな……ふざけるなッ!! 俺はまだ終わっていない!! 貴様を超える!! 超えてみせる!!」

 

 万丈目準は、アカデミア中等部を首席で卒業した。だが、彼は常に陰で言われ続けたのだ。

 ――『おこぼれのナンバーワン』。

 如月宗達という、誰もが毛嫌いしながらもその強さを認めざるを得なかった存在が不在の中でのトップという称号。

 万丈目自身、理解していた。自分はナンバーワンではないと。

 結局、ただの一度も彼には勝てなかったのだから。

 

「俺のターン、ドローッ!!」

 

 だが、№1にならなければならない。

 ならなければ、万丈目準は自身の存在を証明できない。

『万丈目』に、二番手は必要ないのだ。

 

「そう、俺は貴様を超える……!! 今日、ここで!!――魔法カード『レベル調整』を発動!! 相手はカードを二枚ドローし、俺は墓地より召喚条件を無視してLVモンスターを一体特殊召喚する!! この効果で特殊召喚されたモンスターは攻撃できず、効果も使用できない!! 蘇れ――アームド・ドラゴンLV7!!」

 

 アームド・ドラゴンLV7☆7風ATK/DEF2800/1000

 

 甦る、鎧を纏う風の竜。これだけならば突破はできない。

 だが、まだ手はある。

 

「そして、このモンスターはアームド・ドラゴンLV7を生贄に捧げた時のみ特殊召喚できる!! 『アームド・ドラゴンLV10』!!」

 

 アームド・ドラゴンLV10☆10風ATK/DEF3000/2000

 

 降臨するのは、闇さえ纏う最強の竜。

 これが、今の万丈目の出せる全力。

 

「更に俺は手札を一枚捨て、アームド・ドラゴンの効果を発動する! 相手フィールド上のモンスターを全て破壊だ!」

 

 あの伏せカードが勾玉であればここで敗北。だが、万丈目には自信があった。

 

(如月のドロー力ならば、この場面でそれはない……!)

 

 一度も勝てなかったとはいえ、繰り返したデュエルの数は膨大だ。彼の性質も理解している。

 如月宗達は、絶望的なほどにドローの運がない。

 ――そして、案の定。

 

「…………ッ」

 

 宗達の場が、空く。

 ようやく――一手が届いた。

 

「アームド・ドラゴンでダイレクトアタック!!」

「…………ッッ!?」

 

 宗達LP3700→700

 

 宗達のLPが大きく削り取られる。歓声が会場を包み込んだ。

 

「どうだ、如月。これが俺の力だ。――俺はターンエンド!!」

 

 ここを凌げば勝利は目前だ。

 そう、後僅か。本当に……僅かだったのに。

 

「……やるじゃねぇか、万丈目」

 

 ドロー、という静かな声と共に。

〝侍大将〟が、その刃を抜く。

 

「だが、それもここまでだ。――手札より『真六武衆―カゲキ』を召喚! 効果により、手札から『六武衆の影武者』を特殊召喚する!」

 

 未来が、視えた気がした。

 

 真六武衆―カゲキ☆3風ATK/DEF200/2000→1700/2000→2500/2000

 六武衆の影武者☆2地チューナーATK/DEF400/1800→1200/1800

 

 何故だ、と呟く。

 何故、いつもこの男に――

 

「何故、俺は……ッ!」

「――レベル3、カゲキにレベル2、影武者をチューニング」

 

 言葉を遮るようにして。

 その男が、宣言する。

 

「悲しき乱世が、世界を壊す魔王を生んだ。――シンクロ召喚!! 『真六武衆―シエン』!!」

 

 現れるのは、血染めの甲冑を身に纏う侍。

 侍を従える、闇の王。

 

 真六武衆―シエン☆5闇ATK/DEF2500/1400→3300/1400

 

 その姿を、見た瞬間。

 心が、折れそうになった。

 

「シエンでアームド・ドラゴンを攻撃!!」

 

 万丈目LP300→0

 

 LPが、0を刻む音がして。

 思わず、膝をついた。

 

「……何故だ……」

 

 努力はしてきた。勝てる戦術を組み上げた。

 なのに、どうして。

 どうして、届かない――?

 

「俺と貴様で何が違うというんだ、如月ッ!!」

 

 吐き出した想いは、心からのモノ。

 この言葉に対しては、さァな、という気のない返事だけが返って来た。

 

「俺はオマエの保護者じゃねぇ。知るか、んなこと」

「……ッ、俺は……」

「でも、楽しかったぞ。強いな、やっぱり」

 

 くっく、と楽しげに笑う宗達。顔を上げると、なあ、と宗達は微笑を浮かべて言葉を紡いだ。

 

「オマエは――」

「――準!! 何をしている!!」

 

 宗達の言葉を遮るようにして現れたのは、二人の兄。

 その表情には、怒気がみなぎっている。

 

「に、兄さんたち……」

「やはりお前は落ちこぼれだな。万丈目の恥さらしが!」

 

 その言葉に、思わず俯いてしまう。何を言われても仕方がない。勝たねばならぬと望んだデュエルで、万丈目は敗北したのだから。

 こちらへと詰め寄ってくる二人。そこへ、一つの人影が割って入った。

 

「そこまでにしろよ、おっさん」

「なんだ貴様?」

「……如月?」

 

 立ちはだかったのは、宗達だった。こちらからは背中越しにしか見えないせいで表情が伺えない。

 

「貴様には関係ない。これは家族の話だ」

「ああ、関係ない。けどな、〝友達〟を目の前で罵倒されて黙ってられるほどお人好しじゃねぇんだよ俺は」

 

 帰れよ、と。

 信じられない言葉を吐いたその口から、宗達は告げる。

 

「折角いい気分だったのに台無しだ。……帰れ」

「――そうだ帰れ!」

「帰れ帰れ!」

「万丈目、よくやったぞ!」

「良いデュエルだった!」

「サンダー、良いデュエルでしたよ!」

「万丈目さん、ありがとうございました!」

 

 宗達の言葉を皮きりに、次々と飛んでくる言葉。ぐっ、と二人は一度唇を引き結ぶと、状況の不利を悟ったのか退散していった。

 

「悪いな、万丈目」

「……何がだ」

「オマエの兄弟だってのに」

「……ふん」

 

 鼻を鳴らし、万丈目は立ち上がる。

 これ以上情けない姿を晒すのは、プライドが許さない。

 

「俺は、この程度で折れはしない!!――一!!」

「「「十、百、千!!」」」

「万丈目サンダー!!」

「「「サンダー!!」」」

 

 拳を突き上げ、口にした言葉に。

 両校の生徒が、例外なく応じてくれた。

 ……嗚呼、と思う。

 悪くないと、そんなことを。

 

「おい、如月」

「んー?」

 

 この場から立ち去ろうとする背に、万丈目は声をかけた。

 先程の言葉、その真意を探るために。

 

「あの言葉、どういう意味だ?」

「よく知らねーけど、世間じゃ対等な相手をああ呼ぶんだと。……少なくとも、俺にとってのオマエはそういう存在だったよ」

 

 じゃあな――振り返らずに、そんな言葉だけを残して立ち去っていく宗達。

 その背にため息を一つ零し、振り返った瞬間。

 

「なぁなぁ万丈目! オマエ凄ぇな! デュエルしようぜ!」

「……いいだろう。貴様にも借りがあったな。――叩き潰してやる!」

 

 借りを返すべきもう一人と向かい合い、視線をぶつけ合う。

 代表戦は、そんな騒がしさの中で終わりを迎えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 両校の生徒が入り混じっての宴会が終わり、祇園は後片付けを終えて自身の部屋へと帰ってきていた。

 騒がしい宴会だった。救われる程に。

 考えたくないことを考える暇がない程に……騒がしくて。

 

「…………駄目だな、僕は」

 

 だから、独りきりになると考えてしまう。

 忘れたいと思った過去、忘れ去ったと思った現実を。

 どうしようもなく――思い出す。

 

(これ以上、心配はかけられない)

 

 美咲にあんな姿を見せてしまったが、あんなことはあれで最後にしなければならない。

 いつだって前を向いて、笑って、歯を食いしばって踏ん張って。

 夢神祇園は、そうしなければ何処にも手が届かないのだから。

 

「ただいま」

 

 部屋の扉を開けると、案の定真っ暗だった。ルームメイトである宗達は先に会場を出ているはずだが、彼のことだ。どうせ女子寮にいつものように忍び込んでいるのだろう。

 だから、これは虚空への挨拶。

 あの頃のような、返答が返って来ない挨拶。

 

「おかえり、少年」

 

 ――その、はずだったのに。

 月明かりに照らされた窓の側。そこに、その人は微笑ながら座っていた。

 

「澪、さん? どうしてここに?」

「鍵は坊やから借りた。後で返しておいてくれ。まあ、代わりに女子寮侵入の手助けをしたから貸し借りはなしだがな」

 

 澪がこちらへと投げ渡してきたものを受け止める。それは宗達が持っているはずの部屋の鍵だった。

 それをポケットに入れ、でも、と祇園は言葉を紡ぐ。

 

「澪さんはブルー寮に部屋を用意してもらっていたはずでは……?」

「うむ、ありがたいことにな。だが、どうも落ち着かん。そもそも私があのマンションを買った理由は丁度いい広さだったからだ。用意された部屋は一人で使うには少々広すぎる」

 

 言いつつ、肩を竦める澪。……あの部屋を丁度いい広さというところに、祇園との価値観の違いを感じた。

 

「でも、この部屋だと狭いでしょう?」

「確かにな。だが、悪くないよ。キミの匂いがする」

 

 その微笑に、思わずドキリとしてしまう。あの、と祇園は言葉を紡いだ。

 

「どうしてここに?」

「キミに会いに来た。少々気になってな。……大丈夫か、少年?」

 

 ずっと月を見上げていた視線を外し、澪がこちらを見る。

 窓の縁に腰掛け、月の光を背負うその姿は……幻想的だった。

 

「大丈夫、ですよ? 今日のデュエルだって、どうにか勝てましたし……」

「良いデュエルだったよ。本当に、良いデュエルだった」

「あ、ありがとうございます」

 

 まるでこちらの奥底を見透かすような目にしり込みしながら、祇園は頷きを返す。その祇園に、少年、と澪は静かに告げた。

 

「キミは本当に……弱音を吐かないのだな」

 

 びくりと。

 体が、震えた。

 

「……どういう、意味ですか」

「キミがそれでいいならそれで構わんよ。無理矢理に扉をこじ開けるのは道理に反する。キミは今までそうしてきたのだろうし、これからもそうなのだろう。だから私は聞こうとは思わない。誰かを癒すなどという器用なことができる自信はないのでな」

 

 そして、澪は再び月を見上げる。

 雲が、その月を覆い隠そうとしていた。

 

「だがな、少年。私はいつでもキミを受け入れる。あの場所で、あの家で。私はキミを待っているよ」

 

 差し出された手は、あまりに魅力的。

 けれど、だからこそ掴めない。

 手を伸ばすことは……できない。

 

「私はな、少年。進むことをやめた人間だ。逃げることも、立ち向かうことも、進むことも、戻ることも選択しなかったんだよ。だからこうしている。こうなっている。こんな姿になり果てている」

 

 澪が立ち上がる。彼女の背は、自分よりも少し低い。

 ――けれど、どうしてだろうか。

 彼女の瞳は、自分の目線よりも高い場所にある気がした。

 

「キミがどんな選択をするつもりなのかはわからない。だが、一つだけアドバイスだ。二つに一つの選択とは、大抵がどちらを選んでも〝過ち〟なんだよ」

 

 こちらへと歩み寄ってくる澪。その瞳が、真っ直ぐにこちらを射抜いた。

 

「どんな選択だろうと後悔はするさ。選択など総じてそんなものだ。結局はな」

 

 微笑する澪。そのまま、彼女は隣を通り過ぎていく。

 

「あの」

 

 その背に、祇園は言葉を紡ぐ。

 何を言うべきかも、わからないままに。

 

「どうした、少年?」

 

 振り返らぬままに問いかけてくる澪。その背に向けて、ゆっくりと頭を下げた。

 

「ありがとうございます」

 

 ふっ、と。

 僅かに澪が微笑を零す声が、聞こえてくる。

 

「気にしなくていいよ、少年。……ソレが人生における〝全て〟だと思えるようなことは、私にもある。ソレを失うことは死よりも辛く、それ以外に自分には何もないような感覚はな」

 

 祇園にとっての〝約束〟がそうであるように。

 烏丸澪にも、そんなものが。

 

「だが、たまに思うんだよ。いっそ失えば……失ってしまえれば、私はどうなるのだろうかと」

 

 失った自分。

 この、最後の拠り所を失った夢神祇園は。

 果たして、どうなるのだろうか。

 

「まあ、こんなことは考えるだけ無駄なことだ。キミも、私も。どうしようもなく手遅れなのだから」

 

 そして、澪は部屋を出て行く。

 その背を、黙して見送りながら。

 

「……僕は……」

 

 どうしたら、いいのだろう?

 どうすれば、良かったのだろう?

 そんなことを、祇園はずっと考えていた。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

「くそっ、くそっ、くそっ……!」

 

 荒々しく地面の小石を蹴り飛ばしながら、大八木は一人夜の島内を歩いていた。ずっと見下していた相手――夢神祇園に負け、万丈目に叱責され。

 どうにもならないほどに、居場所がなくなっていた。

 

「なんでだよ、ちくしょう、ちくしょう……!」

 

 弱かったではないか。いつも一人ぼっちで、誰からも空気のように扱われて。

 そのくせ、誰にも感謝されないとわかっていながら雑用を受け持って。そんな、偽善者で。

 負ける理由など、なかったはずなのに。

 

「ふざけんなよ、くそっ……!」

 

 悪態を吐く。腹の虫はおさまらない。

 ――そんな、時だった。

 その男が……目に入ったのは。

 

「――くっく、丁度いい悪意を持った虫けらがいるようだ」

 

 どこかうすら寒い笑みを浮かべているのは、見覚えのある一人の男子生徒。

 万丈目を倒したデュエリスト――如月宗達。

 

「テメェは……!」

 

 ただでさえ苛ついていたところに、万丈目に恥をかかせた男の出現。大八木の感情が一気に昂る。

 だが、彼の表情はすぐに凍りついた。

 

「いい悪意だ」

 

 全身を、悪寒が駆け巡る。

 逃げろ、と本能が警鐘を鳴らした。

 

「これだから面白いのだ、あの男は。どうしてこれほどまでに悪意を引き寄せる?」

 

 闇が、世界を覆っていく。

 それは夜の闇ではない。純然たる、全てを呑み込む漆黒の闇。

 動けない。動くことができない。

 

「――ひっ」

 

 喉から、声が漏れる。

 だが……それだけだった。

 

「その悪意、我が糧とする。喜べ――虫けら」

 

 意識があったのは、そこまで。

 闇が、全てを支配した。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「俺のアカデミア本校への復帰を認めてもらいたい」

 

 翌朝。開口一番に万丈目はそう告げた。周囲が驚愕に包まれ、ノース校からは悲鳴が上がる。万丈目は彼らの方を振り返ると、お前たち、と声を張り上げた。

 

「俺は強くなる。必ずだ。お前たちもまた強くなれ。絶対にだ!」

「サンダー……」

「万丈目さん……」

 

 おいおいと泣き続けるノース校の生徒たち。その中から、一人の少女が歩み出る。

 ――紫水千里。

 ノース校において、万丈目に次ぐ実力を持つ少女だ。

 

「ま、万丈目さん……、私……」

 

 何かを言おうとするが、中々言葉が出て来ない様子の千里。その彼女に、千里、と万丈目は彼女の名を呼んだ。

 

「俺が本校に戻る以上、お前がノース校のトップだ。お前が今の――いや、今以上の実力を手にするならばこれから先、何度でも戦うことになるだろう」

 

 また会おう――その言葉に、多くのノース校の生徒たちが涙し。

 はいっ、と少女は笑った。

 

 

 ……と、青春する二人の背景で大量の男子生徒が男泣きをする光景が展開されている中。

 

 

(成長したなぁ。環境は人を変えるってホントやね)

 

 その光景を見守りながら、美咲は内心でそう呟いた。あれだけの生徒にこの短い期間でここまで慕われるとは……万丈目は、もしかしたらそういう方面の才能があるのかもしれない。

 

「……それでは夢神サン、お元気で……」

「はい。あの、一軍昇格おめでとうございますギンジさん」

「……いえ、まだ春季キャンプがありますンで……。ただ、残れたら……」

「はい、絶対見に行きます」

「……ありがとうございます……」

 

 澪と銀次郎も同時刻出発のフェリーに乗って帰るため、祇園が銀次郎に挨拶をしている。やはり銀次郎が怖いのか、多くのモノが遠巻きにその光景を見守っていた。

 

「美咲くん」

 

 不意に肩を叩かれた。振り返ると、そこにいたのは〝最強〟。

 

「気を付けろ。どうにもこの島は面倒なものを抱えている」

 

 流石、というべきなのか。

 たった一日で、地の底に眠るモノの気配を感じ取ったらしい。

 

「大丈夫ですよ。何があっても、大丈夫です」

「……キミが言うなら信じよう。それではな」

 

 頼んだぞ――その言葉と共に祇園たちに一言別れの挨拶だけを残し、澪がフェリーへと乗り込んでいく。

 思い出すのは、彼女が話してくれた本土の話。

 

 

 

〝その日は仕事でな。本社の方にいたんだ。偶然にも――というより、珍しく清心氏も来ていてな。海馬社長の依頼もあって翁とデータを取るためのデュエルをした。まあ、といっても普通にやるのはつまらないので遊びを加えたが〟

〝ん? ああ、遊びというのはサイコロを振って出た目の棚、バインダーのカードを使うというルールだよ。それだけだ……だがまあ、そんなことはどうでもいい。問題はその後だ〟

〝清心氏のお気に入りとやらの話を聞いていた時だ。――いきなり、現れた〟

〝「少年の親族だ、話をさせろ」――要約するとこんな主張でな。とりあえず黒服の手でお帰りを願ったが、調べると少年の親戚にあたる者たちだとわかった。それだけなら別にいいが、どうにも私の勘があまり良いことではないとうるさくてな。社長も同意見だったらしいが〟

〝とはいえ、親族であることには変わりない。そこで確かめに来た。会わせていいのかどうかを〟

〝……正直、私としては会わせない方がいいと考えている。アレは少年にとって害悪にしかならん。性質の悪いところから借金もしているようだからな〟

〝だが、結局は部外者である我々が判断するのもおかしな話だ。法律においても、彼らが少年に会おうとすれば我々に止める術はない。それこそ少年自身が拒絶しない限りはな〟

〝だから、見極めて欲しい。キミの目で、伝えるべきか否かを〟

〝厄介なことを依頼していることは自覚している。本当にすまない。だが、頼まれて欲しい〟

 

 

 

 あの時、桐生美咲は頷きを返した。

 そして、未だ言い出せずにいる。

 彼が見せた傷の断片。それを想うからこそ、言い出せない。

 

「……ままならへんなぁ……」

 

 出港するフェリーを見送りながら、美咲は呟く。

 どうしてこんなにも、世界は――……

 

「どうしたの?」

 

 問いかけに対し、何でもないよ、と首を振り。

 

「今日も授業や。頑張るよー!」

 

 生徒たちの悲鳴の中で。

 そう、微笑んだ。

 

 

 ふと見上げた、青空は。

 太陽が隠れて、見え辛かった。

 










まあ、シリアス。
選択次第で人生は変わるものです。







……もっとふざけた感じになるかと思いきや、二人とも真面目だホント。
あと姐御、もっと他人に興味を持ちましょう。



とりあえず、祇園くんが弱音を吐かないのは嫌われないためです。彼にとって、居場所を失うことはあまりにも辛すぎることなのです。
しかし、ホント本人の知らんところでややこしくなるな……祇園くんに限らず。


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第五十五話 目にした現実、選ばれるということ

 

 

 

 

 

 

 いつもより早い時間に目が覚めた。今日は日曜日だ。二度寝しようと思ったが、寝心地の悪いこの部屋ではどうにもそんな気分にならない。

 

「……ふん」

 

 この部屋だけでも早急に改築するべきか――そんなことを思いつつ、万丈目は体を起こす。時間は六時。基本的に怠惰な生徒が多いレッド寮では、この時間に起きている者はほとんどいない。

 

(いや……一人だけいる)

 

 階段を降り、食堂へと足を踏み入れる。同時、良い香りが鼻腔をくすぐった。

 

「…………」

 

 食堂の奥にある厨房へと足を踏み入れる。記憶が正しければかなり汚い場所だったはずだが――それでもブルー寮のそれと比べると広さも綺麗さも問題外なレベル――随分と整頓され、厨房としての体を成している。

 そしてそこで朝食を作っているのは、万丈目と同じレッド寮の生徒。

 万丈目にとってはドロップアウトである十代よりも評価の低い、落第生。

 

「……あ、万丈目くん。どうしたの?」

 

 料理の手を止めないままに、そいつはそう問いかけてきた。ああ、と万丈は頷く。

 

「普段より早く目が覚めただけだ。……それより、休日は料理を作っていないのではなかったか?」

「普段はそうなんだけど、今日は大徳寺先生の課外授業があるから。お弁当作りのついでに、って思って。万丈目くんも朝食いる?」

 

 問いかけられ、ふむ、と考える。幼少期よりそれなりのものを食べ続けてきた万丈目の舌はかなり肥えているため、祇園の料理は別段美味いと感じるわけではない。だが悪くない味であることも確かだ。

 

「……頂こうか」

「うん。ちょっと待っててね」

 

 そして再び厨房へと戻っていく祇園。その背を見ながら、ふと万丈目は思い出したように問いかけた。

 

「そういえば、その大徳寺の課外授業というのはこの間の授業で言っていたアレだろう? 参加者は誰だ?」

「僕と十代くんと翔くん、隼人くん。天上院さんと宗達くん、藤原さん……だったはずだけど」

「なに、明日香くんも行くのか?」

「うん。特に単位は問題ないんだけど、用事もないからって言ってたよ。藤原さんもだけど」

 

 祇園の言葉に、むむ、と万丈目は唸る。正直興味など欠片もなかったが、明日香が来るのであれば参加する意義はあるのかもしれない。

 どうするか――そんな風に万丈目が悩んでいた時。

 

「うーっす、やっぱ早いなオマエ」

「おはよう、宗達くん」

 

 食堂に、如月宗達が姿を現した。そのまま宗達は、あれ、とこちらに視線を向ける。

 

「早起きだな万丈目。何だ、オマエも補習に参加すんのか?」

「貴様と一緒にするな。俺にその必要はない」

 

 ふん、と鼻を鳴らす万丈目。あ、そう、と宗達は肩を竦めた。

 

「別にどうでもいいっちゃいいけども。そもそもオマエ、出席日数足りなくてレッド寮になったんじゃなかったか?」

「…………ッ、そういう貴様もレッド寮だろう!?」

「俺は割とここで満足してるしな。授業サボってもいいし」

「いや、サボってもいいわけじゃないと思うけど」

 

 祇園の冷静なツッコミが入る。だが、確かに宗達はこういう男だ。

 

「ええい、第一俺は強くなるために一度ここを出たのだ! ならばレッド寮という現状からもう一度這い上がるだけに過ぎん!」

「あ、そうそう。今日雪乃来れないから」

「話を聞け貴様ァ!」

 

 いつも通りといえばいつも通りのやり取り。宗達が肩を竦めた。

 

「あ、そうなの? 体調不良?」

「まー、体調不良っちゃそうだな。とりあえず毎月あるアレだ」

「……成程」

「近付いて軽口叩こうもんならマジで殺されるからな。今日は近付かないことにした」

「貴様ら朝から何の会話をしているんだ!?」

「生命の神秘について」

 

 しれっと答える宗達。祇園が苦笑を漏らした。

 

「まあまあ、落ち着いて。とりあえず、藤原さんは来れないんだよね?」

「ああ。まあ、雪乃は暇だから参加しようとしてただけだしな。別にいいだろ。で、万丈目は?」

「ふん、俺は不参加だ。出る必要もない」

「あいよ」

 

 軽く頷く宗達。その宗達に、おい、と万丈目は言葉を紡いだ。祇園は厨房に戻っており、食堂には二人しかいない。

 

「丁度いい機会だから言っておくぞ。俺は貴様を友人とは思っていない」

「……ふーん、それで?」

「貴様は俺にとって必ず超えなければならない敵だ。傷の舐め合いをするような関係ではない」

 

 対面に座る宗達は変わらず笑みを浮かべている。その宗達へ、だが、と万丈目は言葉を紡いだ。

 

「この間のことについては礼を言っておく。……助かった」

「別に礼を言われることじゃねーよ。オマエの身内を馬鹿にしたのも事実だし。それに、傷の舐め合いなんざ俺も求めてねぇ。オマエは俺にとっては好敵手だよ。それもまた、友達って呼ぶらしいぜ」

 

 くっく、といつものように余裕のある笑みを零す宗達。ふん、と万丈目は鼻を鳴らした。

 

「やはり貴様は気に入らん」

「そいつはどうも。褒め言葉だ」

 

 互いに口元には僅かな笑み。

 それもまた、一つの関係性。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 デュエル・アカデミア本校がある島は本当に妙な場所である。野生動物が暮らす森や山があり、よくわからない建物もある。

 立ち入り禁止区域の存在や火山など、本当に妙な島だ。

 そして、これから向かう遺跡もまた、学校施設がある島にあるとは思えないモノでもある。

 

「とりあえず、ここで休憩だにゃー」

「つ、疲れたんだな……」

「大丈夫、隼人くん? はい、お水」

 

 大徳寺の号令を聞き、その場に座り込む隼人。その隼人に水を差し出しつつ、そういえば、と祇園が呟いた。

 

「今から向かう遺跡って、どういう場所なんですか?」

「一言では説明し辛いにゃー。ただ言えるのは、今から行く遺跡は精霊に関係する場所ということだにゃ」

「精霊、ですか」

「えー、精霊なんてホントにいるッスか?」

 

 翔が疑問の声を上げる。正直、祇園も同じ想いだ。精霊という存在の話は妖花からも聞いたことがある。だが、祇園にはどうしても信じられない。

 精霊や神を信じるには、今までの人生はあまりにも過酷に過ぎた。

 

「まあ、信じられなくても仕方がないにゃ。そういう考えがある、ということも重要だからにゃー」

「見えねぇもんを信じるのも難しいしな」

「キミが言うと説得力があるにゃー」

 

 宗達の言葉に対し、意味ありげに大徳寺が微笑む。宗達はそれに対し、無言で肩を竦めた。

 

「精霊ね……十代はどう思う?」

「え、ああ、俺は――」

 

 明日香の問い。それに対し、十代が何かを言おうとした瞬間。

 

 

 ――――――――。

 

 

 光が、周囲を支配した。

 なんだ、という誰かの叫びと共に、地面が揺れる。

 

「こっちだにゃ!」

 

 状況の把握ができない中、大徳寺のそんな言葉が響き渡る。その声に従い、遺跡の中――屋根のある場所へと走っていく。

 

「十代、祇園! 急げ!」

 

 宗達の声。空より降り注ぐ光が、周囲を覆い尽くし。

 ――視界と意識が、純白の光に包まれた。

 

〝マスター!!〟

 

 どこかで。

 そんな叫びが、聞こえた気がした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 目を覚ますと同時に感じたのは、頬に触れる熱さと僅かな痛み。

 僅かに痛む体を起こし、目を開く。

 

「……ここは……?」

 

 周囲に広がるのは、真っ白な砂で広がる砂漠。

 照りつける太陽が嫌に眩しい。ただ、自分が大きな岩の陰にいるおかげで必要以上に照らされるとことはなかったようだ。

 

(砂漠……? 何でこんな……一体何が……?)

 

 頭を揺らし、状況の把握に努める。

 ここはどこだろうか。少なくとも、アカデミア本当ではないはずだが。

 

「――目を覚まされましたか、マスター」

 

 突然聞こえてきた声に、思わず飛び起きる。咄嗟に岩を背にしたのは、防衛本能か。

 

「警戒なさらないでください。私はあなたの味方です、マスター」

 

 視線の先、そこにいたのは一人の女性。

 金髪をポニーテールにした、魔法使い。

 その姿には見覚えがある。彼女は――

 

「ドラゴン・ウイッチ……?」

「はい、マスター」

 

 そして、彼女は膝をつく。

 まるで、跪くように。

 

「ずっと、お会いできる日を待ち望んでおりました。我が……主」

 

 目に涙さえ浮かべ、そんなことを言う彼女に。

 祇園は、ただ困惑するしかなかった。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 やはりというか、何というか。目の前に広がる光景は普段の生活からありえるものではなかった。

 一面に広がる砂漠に、遠くに見える谷。そしてオアシス。成程、普通の状況ではない。

 

〝くっく……懐かしい世界だ〟

 

 聞こえてくる声に眉をひそめる。周囲に僅かな闇が漂った。

 

「ここがどこかわかんのか?」

〝無論。ここは我らがあるべき世界。そして貴様らは立ち入るべきではなき世界だ〟

「……精霊界か」

〝貴様らの言葉に合わせればそうなる〟

「あっそ。どうでもいいけどな。……で、他の連中は?」

〝さて、な。ただ言えるのは貴様だけがこうして別の場所にいるということだ〟

「あァ?」

 

 自分一人だけ――それがどういう意味かと問いかける。くっく、と声は笑った。

 

〝貴様は自覚するべきだ。最早貴様という存在は常道より離れているということを〟

 

 その言葉に、ふん、と宗達は鼻を鳴らす。そして、まあいい、と静かに呟いた。

 

「どっちにせよあいつらと合流しなけりゃ話にならねぇ。どこにいるかはわかるか?」

〝教えると思うか?〟

「…………チッ」

〝くっく、精々励むがいい――虫けら〟

 

 闇が消えていく。宗達はもう一度舌打ちを零すと、仕方ねぇ、と呟いた。

 

(俺の体質と、この状況を生んだ阿呆の都合で引き離されたってのがこの面倒な状況の真相だろ。どうでもいいけど。……しゃーねぇ、とりあえずあの谷に向かうか)

 

 歩き出す。砂の上を歩くことには慣れていないが、まあ仕方がないだろう。

 面倒なことになった――そんなことを思いながらしばらく歩いていると。

 

「…………ん?」

 

 砂の上に何やら倒れている者を見つけた。うつ伏せの状態で、ピクリとも動かない。

 青い鎧を着た男だ。人間か、と思ったがここは精霊界。となると、精霊だろう。人型のモンスターなど珍しいものではない。

 

「…………」

 

 一瞬迷ったが、結局は何の躊躇もなく宗達はその横を通り過ぎようとする。

 ――しかし。

 

「……そ、そこの……」

 

 通り過ぎようとする足を、思い切り掴まれた。少し痛い。

 

「…………み、水を……できれば、食料も………………」

 

 掠れた声で、そう懇願してくる青い鎧武者。

 面倒臭いことになった――宗達は、心の底からそう思った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―は、夢神祇園にとって思い入れのあるカードだ。

 幼少期よりずっと使い続けてきたカードであり、大切なカード。

 そして目の前にいるのは、祇園の持つそのカードに宿るという精霊だ。

 

「以前は闇の空間におけるほんの一瞬の邂逅でしたが……この世界ならば、私はこうしてマスターと対面することができます」

「……精霊界、だよね」

「はい。……本来なら、人間であるマスターがここを訪れることはほとんど不可能なはずなのですが……」

 

 二人で谷――ネクロバレーだとウイッチは語った――の方角へ向かいながら言葉を交わす。正直状況は理解し切れていないが、とりあえず動かないことにはどうにもできない。

 

「多分、あの光が原因なんだろうけど……。ウイッチはなにかわかる?」

 

 見た目は年上の女性であるウイッチだが、祇園は自然と敬語を使わなくなっていた。

 どこか親しい感覚が心のそこにあるのだ。

 それこそ、遠い昔からの知己であるかのような――……

 

「いえ……申し訳ありません。私はあちらの世界では力は弱く、外の世界を認識することさえ困難なのです」

「そうなの?」

「はい。故にマスターのご友人の中におられる精霊を視ることのできる方々も、私を認識するには至りません」

「そっか」

 

 精霊の見える者――浮かぶのは妖花だ。彼女は自身が従えるモンスターを『みんな』と呼称し、また、『巫女』という役割も担っている。その彼女ならば〝視えて〟いてもおかしくはない。

 

「でも、大丈夫なの? ネクロバレーに向かってるけど……」

「……正直、賭けの部分が大きいのも事実です。彼らは元来、排他的ですから。しかし、他に手もありません。マスターのご友人方についても、いるとすればここですので」

「そっか。そういうことなら信じるよ」

「ありがとうございます、マスター。……故にここから先は、できるだけ口を閉じていてください」

 

 ウイッチが軽く手を前に出し、静かに告げる。うん、と祇園は頷いた。

 眼前にあるのは、王家の眠る谷―ネクロバレー―。

 

「任せてもいいかな?」

「はい。お任せを。――こちらです」

 

 ウイッチに手を引かれ、物陰に隠れながら二人で移動を開始する。見張りの者たちの視線を掻い潜り、息を潜め、進んでいく。

 

「……全体が殺気立っています。何かがあったのかもしれません」

「……十代くんたちかな?」

「……わかりませんが、可能性は――こちらです、マスター」

 

 手を引かれ、袋小路の隅にある物陰へと二人で身を潜める。僅かな隙間に入り込むために、ウイッチが祇園を強く抱き締めた。

 柔らかな感触と、どこか甘い香りが鼻腔をくすぐる。祇園は思わず固まった。

 

「……行った、ようですね」

 

 足音が遠ざかっていくのを確認し、静かにウイッチが呟く。そして自身の状況を見ると、その頬を一瞬で赤く染めた。

 

「ま、マスター!? す、すみません!」

「あ、いや、じゃなくてウイッチ、声!」

「あっ――」

 

 ウイッチが慌てて口元を自身の手で塞ぐが、もう遅い。複数の荒々しい足音が響き渡る。完全にバレてしまった。

 

「――――ッ」

 

 ウイッチが立ち上がり、そんな彼らを迎え撃とうとする。

 どうする――祇園も待立ち上がり、壁に手をつく。

 

 ガコン、と。

 そんな音が響くと同時に、祇園の身体が傾いた。

 

「マスター!?」

 

 僅かに宙に浮く身体。その手をウイッチが掴み取る。

 ――二人の姿が、闇の中へと消えていく。

 

 

「こっちから声がしたぞ!」

「例の侵入者の仲間かもしれん!」

「王家の墓を荒らす者には死を!」

 

 二人のいなくなった場所に。

 墓守たちの、そんな声が響き渡る。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

「本当に助かったでござる!」

 

 深々と頭を下げながら、その精霊はそう言った。ああ、と宗達は頷く。

 

「別にそんなのはどうでもいいから、先に行かせてくれ」

「む、なんと心の広い御仁でござるか。拙者、六武衆が一番槍、ヤリザと申す。このご恩、決して忘れぬでござるよ」

「六武衆?」

 

 自身が好んで使うカテゴリーの名に、宗達は思わず眉をひそめる。成程、だからこの砂漠で鎧など着ていたわけだ。

 

(けど、ヤリザなんてモンスターいたか?)

 

 思い出せない。まあ、思い出せないということはその程度ということなのだろうが。

 宗達は一つ息を吐くと、砂を払いながら立ち上がった。

 

「まあ、運が良かったと思ってくれ。偶然だしな」

 

 そもそも残飯だ。渡したモノは。

 

「しかし、拙者が救われたのもまた事実であるが故。――本当に感謝でござる」

「……オマエ、侍なんだろ? そんな軽く頭下げていいのか?」

「軽くなどござらぬ。拙者は命を救われ申した。頭を下げるというのは、感謝している時にこそ行うべき行為にござる」

「へぇ」

 

 面白いな、とそんなことを思った。この侍は見た目以上に律儀らしい。

 

「まあ、それなら別にいいさ。礼を言われて悪い気分なわけでもねぇ。だがま、今日のことは本当に偶然だ。忘れとけ。その礼でチャラだ」

 

 宗達が立ち上がる。ヤリザがお待ちを、と彼もまた立ち上がりつつ言葉を紡いだ。

 

「名をお聞かせ願いたい」

「宗達」

 

 即答で応じる宗達。うむ、とどこか満足気にヤリザは頷いた。

 

「成程、良き名にござる。……して、宗達殿。貴殿は人間でござろう? 何故精霊界、それも禁じられた地とも呼ばれるネクロバレーの近くにいるのでござるか?」

「それはむしろ俺自身が聞きたいんだがな。よくわからんが、気が付いたらこっちに飛ばされててよ。連れとも離れ離れになっちまってちっとばかし面倒なことになってる」

「何と、そのような経緯が。……よければ拙者、宗達殿のご友人を捜索する手伝いをさせては貰えぬか?」

「あ? いや、それは――」

 

 別にいい――言いかけた言葉を宗達は呑み込む。正直、言葉以上にこの状況には困っていないというのが現状だ。あの連中なら大抵のことは自力で何とかするだろうし、こちらも最悪一人でどうにかするつもりだった。〝邪神〟という切り札もある。

 だが、ヤリザが手を貸してくれるというなら状況も変わってくる。この世界の住人である彼の力があれば、少なくとも右も左もわからないこの状況からは抜け出せる公算が高い。

 ただ、懸念があるとすれば宗達の体質か。

 

(『精霊に無意識のうちに嫌われ、遠ざけられる』……それが本当なら、見えるのに見かけなかったのも合点がいくわな。運のなさについても)

 

 宗達は所謂〝視える〟人間だが、姿を確認したことは人生においても数えるほどしかない。彼自身最近まで知ることはなかったが、それは彼の体質が原因だ。

 生まれながらにして精霊に愛され、その寵愛を受ける者がいるように。

 生まれながらにして精霊より憎まれ、蔑まれ……咎人として生きることを課せられた者もいる。

 皇清心もまた同じ。本人に非があるか否か。そんなことはもはや何の関係もない。

 ただ、背負った〝業〟があり。

 故にこそ――道を外れた『全てを捻じ伏せる』という選択肢が見えてくる。

 

(コイツは大丈夫そうだが……、さてどうなるか。まあ、ヤバくなるようならその時はその時だが)

 

 結論が出てしまえば後は早い。わかった、と宗達は頷いた。

 

「頼む。心当たりはあるか?」

「宗達殿のご友人は、おそらくそう遠くには行っていないはずでござる。となると、可能性が高いのは……」

「あの谷か」

「基本的に立ち入りは禁じられた場所でござるが、ご友人方は知らぬでござろう?」

「まァな。……んじゃ、いくか」

 

 面倒だ、と思いつつ宗達は歩き出す。その背にヤリザが言葉を投げかけてきた。

 

「時に、宗達殿。その体から見える黒い靄は何でござるか?」

「……錯覚だろ? 蜃気楼じゃねぇの?」

「む、そうでござるか。妙にざわつくので何かと思ったのでござるが……、すまぬでござるな」

 

 それで納得したらしい。成程、精霊たちにはそう見えるのか。

 まあ、ただ。

 

(コイツはアホだな)

 

 そんなことを、ふと思った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「マスターのご友人は、大丈夫でしょうか?」

「きっと大丈夫だよ」

 

 堕ちてきた場所は、どうやら隠し通路だったらしい。試してみたが戻ることはできないようだったので、祇園はウイッチと共に歩いている。

 薄暗い通路。先程までいた場所とは明らかに雰囲気が違うその場所を、祇園たちは歩いていく。

 

「皆、僕よりずっと強いから。だから、大丈夫」

 

 十代も、宗達も、明日香も、翔も、隼人も。

 夢神祇園の友達は、決して弱くはない。

 それに、大徳寺もいる。最悪の展開は避けられるはずだ。

 

「マスターはご友人を信じておられるのですね」

「それしか今はできないから。だから、信じるんだ」

 

 たとえ、心配で不安で押し潰されそうでも。

 それでも、信じるしかない。

 

「まあ、合流できるに越したことはないけど……」

「それは無論です。……扉ですね。私が先導します。マスター、警戒を」

 

 現れた扉を見、ウイッチが前に出る。正直、女性の後ろに控えるのは気が引けたが……それは言っても仕方がないだろう。

 というか、祇園の周囲にはそういう女性が多い気がする。例外は妖花ぐらいか。

 

(美咲の買い物も澪さんの気まぐれも、僕はついていく立場だったから……)

 

 立場を含め、どうも強い女性が多い。

 ……まあ、自分が弱いだけだとも思うが。

 そして、扉を開けた瞬間。

 

 

「――ほう、ここに至る者がいるのか」

 

 

 体から、動きを奪われた。

 何かが、全身を縛り付ける。

 そして――……

 

「マスター!!」

 

 ウイッチの張り上げた声で、祇園は自身の身体を取り戻した。ほう、とどこか感心したような声が届く。

 

「気配だけとはいえ、〝神〟の気にあてられて平然としているか。多少は心得があるようだ」

「私は竜の守護者、ドラゴン・ウイッチ。〝守り〟においてならば、相応の自負はある」

「成程。だが、お前に比べてそこの人間は期待外れだな。これならば長と戦っている人間の方が遥かに上だ」

 

 未だ、全身を押さえつけてくるような圧迫感は消えない。祇園は片膝をつきながら、それは、と言葉を紡いだ。

 

「どういう……?」

「掟に従い、長と墓荒らしによる戦いが行われている。勝てば生きて帰れるだろう。まあ、私にはどうでもいいことだが」

 

 眼前にいるのは、墓守の衣装を身に纏い、杖を手に持った一人の男。

 白い髪をしたその男は、ただそこに座っているだけで凄まじい威圧感を放っている。

 

「我は要石。我は楔。我は〝神〟を封じ、その言葉を伝える者」

 

 ガコン、という音と共に男の前に台座が現れた。馬鹿な、とウイッチが叫ぶ。

 

「〝三幻神〟は失われたはず!」

「神は消えぬ。封じられただけ。そしてその封じられた力でさえ、悪しき者の手に渡れば世界を砕く」

「ならば、ここは……!」

「そう。〝神〟を祀り、封じる地。さあ、神の言葉だ。――ここで消え失せるがいい」

 

 決闘――つまり、そういうことらしい。

 男の背後にある石版。そこに刻まれる〝三幻神〟もまた、同じ意味。

 

「お待ちを! 確かに我らは禁じられたこの地に足を踏み入れた! しかし、我らに悪意はない!」

「俗世のことに興味はない。関わりもない。我はこの場所に永劫縛られし者。これは我が意志ではなく神の意志。神はただ思うがままに力を振るい、言葉を紡ぐのみ。抗う術はない」

 

 逃げられない。戦う以外の道は、存在しないのだ。

 立ち上がる。足に力を籠め、パートナーの隣へ並んだ。

 

「……ウイッチ、ごめん」

「マスター、何を謝るのです。私はマスターのお側にあります」

 

 眼前より感じる威圧感は、最早絶望のそれ。

 しかし、逃げることは許されない。

 

「我は墓守の審神者。神の代弁者なり」

 

 その日初めて、祇園はそれに出会った。

 ――〝死〟の、恐怖と。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 やはりというべきか、ネクロバレーに辿り着いたからといってそれで問題が解決するわけではなかった。

 

「ここは立ち入り禁止だ! 立ち去れ!」

「そこを何とか頼みたいのでござる。せめて、ここに来た者がいたかだけでも」

「この地は聖域! 余所者とは関わらない! わかったなら立ち去れ!」

「そこを何とか」

「くどいぞ貴様!」

 

 墓守の番兵を相手にヤリザが粘っているが、まあ無理だろう。……というか、拝み倒す侍というのも見ていて色々シュールだ。

 

「その辺にしとけ、ヤリザ」

「しかし、宗達殿。貴殿のご友人の情報が何も……」

「大丈夫だよ、それなら目星がついた。大方ここで騒ぎ起こしたんだろあのアホ共は」

 

 申し訳なさそうなヤリザに、肩を竦めてそう応じる。こっちに来い、と宗達はヤリザと共に番兵たちから少し離れた場所へ移動した。

 

「あいつら、隠してるつもりみたいだがかなり焦ってる。何かあったみたいだな」

「む……、妙に殺気立っているのはそれが原因でござったか」

「多分な。中も騒がしいし。……で、こういう時にトラブルを絶対に呼び込む阿呆が俺の連れにはいる」

 

 本人が聞いたら「お前が言うな」と返してきそうな言葉を吐きつつ、宗達は言う。むぅ、とヤリザは唸り声を上げた。

 

「では、どうするでござるか?」

「いや、どうもしねぇよ?」

「は?」

「いやオマエ、わざわざリスク犯す意味はないだろ。あいつらなら自力でどうにかするさ」

 

 そう言うと、その場に座り込む宗達。待つでござる、とヤリザが声を上げた。

 

「ご友人なのでござろう?」

「だからだよ。信じてるからこれでいい。下手に手ェ出す方が余計にややこしい」

 

 だからこれでいい――そう言い切る宗達。むぅ、と再びヤリザが唸り声を上げる。

 ――さっさと帰りたい。

 宗達は、心の底からそう思った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 求められるままの戦い。状況を読み切れないままだが、一つだけわかっていることがある。

 ――負けられない。

 本能が警鐘を鳴らしているのだ。この状況は、マズいと。

 

「先行は我だ。ドロー。……モンスターをセット、カードを二枚伏せてターンエンド」

「僕のターン、ドロー!」

 

 声を張り上げる。全身にかかる圧力の様なものが、体の動きを鈍らせていた。

 

「マスター、気休めかもしれませんが結界を展開します。……お気をつけて」

「うん。ありがとう。――最初から、全力でいく。魔法カード『竜の霊廟』を発動! デッキからドラゴン族モンスターを一体墓地に送り、それが通常モンスターの場合もう一体墓地に送ることができる。僕は『ガード・オブ・フレムベル』を墓地に送り、更に『エクリプス・ワイバーン』を墓地へ。そしてエクリプス・ワイバーンの効果で『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を除外!」

 

 まず墓地がなければ何もできない。相手は墓守――『王家の眠る谷―ネクロバレー―』が展開される前に動けるだけ動いておいたほうがいい。

 

「そして僕は手札より『ローンファイア・ブロッサム』を召喚!」

 

 ローンファイア・ブロッサム☆3炎ATK/DEF500/1400

 

 現れるのは、花火のようなものを吐き出す植物だ。祇園は更に、と言葉を紡ぐ。

 

「ローンファイア・ブロッサムの効果を発動! 一ターンに一度、植物族を生贄に捧げることでデッキから植物族モンスターを特殊召喚する! 『スポーア』を特殊召喚! 更にエクリプス・ワイバーンを除外し、『暗黒竜コラプサーペント』を特殊召喚!」

 

 スポーア☆1風・チューナーATK/DEF400/800

 暗黒竜コラプサーペント☆4闇ATK/DEF1800/1700

 

 場に並ぶ二体のモンスター。祇園のシンクロ戦術は、まずモンスターを並べなければ始まらない。

 

「そしてエクリプス・ワイバーンの効果でレッドアイズを手札へ。――レベル4、コラプサーペントにレベル1、スポーアをチューニング! シンクロ召喚! 『TGハイパー・ライブラリアン』!!」

 

 TGハイパー・ライブラリアン☆5闇ATK/DEF2400/1800

 

 現れるのは、図書館司書のような姿をした魔法使いだ。祇園は更に手を進める。

 

「コラプサーペントの効果により、『輝白竜ワイバースター』を手札に。そして墓地のコラプサーペントを除外し、ワイバースターを特殊召喚。そしてスポーアの効果を発動。墓地のローンファイアを除外し、レベルを三つあげて特殊召喚!」

 

 輝白竜ワイバースター☆4光ATK/DEF1700/1800

 スポーア☆1→4風・チューナーATK/DEF400/800

 

 再び並ぶ二体のモンスター。祇園は拳を握りしめた。

 

(力を貸して欲しい……! 来い――!!)

 

 託された一枚のモンスター。相手の動きが読み切れないこの状況において、このモンスターは非常に頼りになる。

 

「集いし願いが、新たに輝く星となる! 光差す道となれ!――シンクロ召喚!! 飛翔せよ、スターダスト・ドラゴン!!」

 

 星々が煌めき、空より一体の竜が降臨する。

 

 スターダスト・ドラゴン☆8風ATK/DEF2500/2000

 

 羽ばたきと共に、煌めきが宙を舞うその姿は。

 確かに、幻想的だった。

 

「ほう……。成程、良いものを持っている。だが――」

 

 ふっ、と口元に笑みを刻む審神者。祇園は自身の恐れを隠すように宣言した。

 

「コラプサーペントを手札に加え、ライブラリアンの効果でドロー。――バトル! スターダストでセットモンスターを攻撃! シューティング・ソニック!」

「――これでは宝の持ち腐れだ。リバースカード、オープン。罠カード『マジカルシルクハット』。デッキからモンスター以外のカードを二枚選択し、攻守0のモンスターとして元々いたモンスターと合わせてシャッフルする」

 

 セットモンスターが三体に増える。バトルフェイズ終了時に破壊されるとはいえ、面倒なのは間違いない。

 

「ッ、一番右のモンスターへ改めて攻撃!」

「その程度故に、貴様は地を這うのだ。――罠カード、『血の代償』。LPを500支払うことで、モンスターを召喚する。我は三体のモンスターを生贄に捧げる」

 

 何かが、体を締め付けた。

 

「う、あ……?」

「マスター! 気を確かに!」

 

 吐き気がする。同時に、悪寒も。

 ――視てはいけない。知ってはいけない。

 きっと、ここから先はそんな領域――

 

「もしや〝予言の子〟かと期待したが、ハズレか。何者からも選ばれなかった者に、世界は何の期待も寄せることはない」

 

 ドクン、と心臓が高鳴り。

 顔を上げた先にいたのは、絶望だった。

 

「――オベリスクの巨神兵」

 

 現れたのは、絶望。

 最悪の――現実。

 

 

 オベリスクの巨神兵☆10神ATK/DEF4000/4000

 

 

 吐き気が止まらない。威圧感で視界が揺れる。

 どうしようもないモノが、そこにはあった。

 

「貴様には何もできない。私のターン、ドロー。私は魔法カード『死者蘇生』を発動。墓地より『墓守の使徒』を蘇生する」

 

 墓守の使徒☆3闇ATK/DEF1000/1000

 

 先程墓地に送っていたモンスターを蘇生する審神者。更に、と彼は告げた。

 

「……本来ならば三体の生贄が必要だが、墓守を生贄とする場合一体で召喚できる。使徒を生贄に捧げ――『墓守の審神者』を召喚」

 

 墓守の審神者☆10闇ATK/DEF2000/1500

 

 現れるのは、審神者本人。そして、その恐るべき効果が発動する。

 

「召喚時、審神者は生贄に捧げた墓守の数だけ効果を発動する。我が発動するのは第三の効果。そう――相手モンスターの攻守は、2000ポイントダウンする」

「…………ッ!?」

「まさか!」

 

 その絶望的な言葉に祇園の表情が凍りつき、ウイッチも悲痛な声を上げた。

 だが、状況は止まらない。

 

 TGハイパー・ライブラリアン☆5闇ATK/DEF2400/1800→400/0

 スターダスト・ドラゴン☆8風ATK/DEF2500/2000→500/0

 

 弱体化する二体のモンスター。

 最早、防ぐ手立てはない。

 

「ここで散るならば、それは所詮その程度ということだ。――消えろ」

「――――ッ!?」

 

 祇園LP4000→2400

 

 悲鳴を上げることさえ許されなかった。全身を衝撃が駆け巡り、激痛が遅れて体に響く。

 ごぽっ、という生理的にも嫌悪感を感じるような音が響き。

 ――それが自分の吐血の音だと気付くのに、数秒かかった。

 

「マスター!!」

 

 ウイッチの声さえも、どこか遠くに聞こえる。

 

「精霊が宿るカードを持っていたとしても、視ることも触れることも、ましてや選ばれることさえない者に……未来はない」

 

 降り注ぐは、〝神〟の拳。

 

 祇園LP2400→-1100

 

 痛みは、感じなかった。

 ただ、意識が消えていく。

 

「マスターッ!!」

 

 聞こえてきたのは、悲痛な叫び。

 応じることは……できなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「守ったのか? この程度のモノを?」

 

 問いかけに、竜は応じない。

 ただ黙してこちらを見つめ返している。

 

「このモノは〝予言の子〟でなければ、〝巫女〟でもない。〝王〟でもなければ、〝背徳者〟となる資格さえ持ち合わせないモノだ。選ばれることがなく、また、忌避されることもない」

 

 おそらくは、世界の人間のほとんどがそうであろう事実。

 そして、人はそういうモノを〝凡夫〟と呼ぶ。

 

「我々に触れるどころか、視ることさえできぬモノ。価値などない。そこで倒れている魔法使いにとっては価値があろうと、貴様にはないはずだろう?」

 

 本当の主ではないばかりか。

 力を十全に引き出すことさえできないモノを、どうして。

 

「……まあ、いい。生き残ったならばそれはそれで是だろう。それで世界が滅びようと、我のすることは変わらない」

 

 ただ、ここに座すだけ。

 そうして、時を刻むだけだ。

 

「世界は、どうしようもないほどに……残酷だ」

 

 弱者は、奪われるだけで。

 死んでいくだけの、世界。

 

 真っ白な、何も描かれていない一枚のカードを投げる。

 それはまるで吸い込まれるように、少年のデッキケースへと吸い込まれていった。

 

「賽は投げられた」

 

 小さく、呟くと同時に。

 全てが、消えた。

 

「我は審神者。〝神〟の代弁者なり」

 

 何も変わらない。ただ、ここに座すだけ。

 こうして、我はここにいるだけだ。

 

 ――それが、役目なのだから。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 墓守の長とのデュエルは無事に終了した。それで何の問題もなかったはずだが――

 

「何で追われてんだよ俺たちは!?」

「早く逃げるんだな!」

「急ぐッス~!」

「ああもう、無茶苦茶よ!」

「置いて行かないで欲しいのにゃ~!」

 

 闇のデュエルのダメージによって走れない十代を背負う隼人と、その傍を並走する翔、明日香、大徳寺の三人。その背後からは、大量の墓守の兵たちが追いかけてきている。

 

「いてて……」

 

 傷が疼き、痛みを感じる十代。その胸元には、墓守の暗殺者から託されたペンダントが下げられている。

 傷は負ったが、良い戦いだった。楽しいデュエルではあった。

 ……正直、この展開は勘弁してほしかったが。

 

「あ、あれ宗達くんじゃないッスか!?」

 

 ネクロバレーを出たところで、見覚えのある顔を見つけた。側には何やら青い鎧を着た侍がいる。

 宗達もこちらに気付いたらしく、軽く手を挙げ――そして、即座にこちらに背を向けた。

 

「おい待てよ宗達!?」

「だれが待つかド阿呆! やっぱりオマエらが面倒事起こしてんじゃねぇか!?」

「デュエルには勝ったぜ!」

「だからどうしたこの状況何とかしろボケ!」

 

 悪態を吐きつつ側に来てくれる宗達はなんだかんだで優しいと思う。だからどうしたという話だが。この状況では。

 

「虹色の光が消える前にあの扉まで急ぐのにゃー!」

 

 大徳寺が声を上がり上げる。そこで、扉の所にある人影に気付いた。

 

「祇園!? 良かった、無事だったのか!」

 

 その言葉に、祇園は笑顔を浮かべて軽く手を振りかえしてきた。その仕草と笑顔に少し違和感を覚えたが、気にしている余裕はない。

 

「急ぐでござるよ!」

 

 青い鎧を着た鎧武者が叫ぶのに頷き、十代たちは扉へと駆け込んでいく。

 虹の光が満ちる時のみに出現する、精霊界と現世を繋ぐ扉だ。

 

「間に合ったーッ!!」

 

 それは、誰の叫びか。

 あるいは、全員か。

 

 

 ――全てが、光に包まれた。

 

 

〝クリクリ~〟

 

 聞こえてくる相棒の声に、ありがとう、と呟く。

 そして、目を開けると。

 

「……帰って来た、みたいね」

 

 明日香の呟き。周囲は、元々の目的地である遺跡だった。

 

「いやぁ、大変だったな」

「もうあんなのは嫌ッスよ~」

「俺もなんだな……」

 

 十代の言葉に疲れたため息を零す二人。まあまあ、と大徳寺がそんな二人を宥めていると、不意に聞き覚えのない声が聞こえてきた。

 

『いやぁ、帰還できてよかったでござるな宗達殿』

 

 そこにいたのは、『向こう』で宗達と共にいた鎧武者。その姿を見、宗達が大仰にため息を吐く。

 

「俺は知らねぇからな」

『え、何が――って、拙者はどうやって帰ればいいでござるか!?』

「知るか阿呆」

『殺生でござるよ宗達殿! 宗達殿――ッ!』

 

 おそらくこの中では自分しか見えないであろうやり取りに、笑みを零す。

 

 そして、遊城十代は気付かない。

 夢神祇園。彼が、こちらに戻ってから何一つ言葉を発していないことに。

 何かを堪えるように、壁に背を預けていることに。

 

 ――誰も、気付かない。

 誰もいない場所で、彼が何かを堪えるようにして自身の身体を抱き締めていることに。

 いつものように夕食を作り、彼が自室に戻るまで。

 

 誰一人、彼の異常に気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

〝私はいついかなる時も、マスターのお傍におります〟

 

 こちらへ戻って来る時のウイッチの言葉だ。祇園は、自身の部屋で小さく息を吐いた。

 ――夢神祇園は、彼女を認識できない。

 その事実を、今更理解できてしまって。

 

「……何が、違うんだろう?」

 

 努力なのか。

 才能なのか。

 環境なのか。

 ……いや、何でも構わない。

 ただ、わかっていることが一つだけ。

 

「弱いなぁ、僕は……」

 

 何か、重いものが倒れた音が響く。

 ただ、それだけで。

 

 

 ――誰も、その音には気付かない。

 











ぶっちゃけオベリスク強いですよね。
……エクスカリバー? 知るかそんなの。








今回はちょっといつもと違う……のでしょうか? 祇園くんがやられるのはいつものことな気がしますが。
まあとりあえず、〝三幻神〟が今後出てくることは多分ない……はず。というか、精霊界からもいなくなってたらバランスが崩れてえらいことになってるはず。ということで新カードの審神者さんの活躍でした。
そして祇園くんは精霊が相変わらず視えない。
〝選ばれることも、忌避されることもない〟――彼に与えられた、残酷なキーワードということで一つ。要するに割とどうでもいい存在ということです。多くの人がそうであるように。


ちなみに雪乃は宗達に〝邪神〟などについて問い詰めていません。これは二人の関係性の問題で、逆の立場でも宗達はそうしたでしょう。
話さないということは理由があるということ。そう想い合えるというのは大事なことです。
……納得できるかは知りませんが。


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第五十六話 黄昏、来りて

 

 

 

 

 ただ、がむしゃらで。

 夢中で。

 必死で。

 他のありとあらゆるモノから目を逸らし。

 そうして……走っていた。

 

 走った。

 走った。

 走った。

 

 前しか見ていなかった。一寸先さえ見えないのに、それでも何の躊躇もなく。

 何度も転んだ、躓いた。

 倒れてしまおうと思った。目を閉じてしまおうとそう思った。

 けれど――できなかった。

 

 血反吐を吐いても。

 体が悲鳴を上げても。

 それでも、涙だけは流さなかった。

 

 そうしてしまえば、全てが終わってしまうとわかっていたから。

 

〝何故、折れない?〟

 

 答えなんて、わかり切っている。

 

 ――僕は、弱いから。

 ――一度折れてしまえば、もう立ち上がれないから。

 それが……わかっているから。

 だから、折れない。

 

 弱いのだ。どうしようもなく。どうしようもないほどに。

 ここにいる人間は、それほどまでに……救いがない。

 しかし、世界はそれさえも否定する。

 

「……どうすれば、良かったの?」

 

 走り続けるその姿に、問いかける。

 振り返った表情は、今にも壊れそうだった。

 

「僕は、どうしたら」

 

 相手は、答えない。

 答えて……くれない。

 

「……わかってる。うん、わかってるよ」

 

 そう、わかっている。

 自分がどうすべきかの答えは、既に。

 

「立ち止まることなんて、できないから」

 

 周りにいる人たちは、とても強くて、立派で、才能に溢れていて。

 必死に追いかけなければ、置いて行かれるだけだから。

 だから――

 

「……頑張るよ。頑張る」

 

 そんなことしか、できないから。

 だから、これでいい。

 

 きっと……これでいいのだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 朝というのは鬱陶しい。冬などは特に布団から出たくなくなるから実に困る。

 まあ、最近はそれなりの気温であるため大分マシだが。

 

「うぃーす」

 

 レッド寮に着くと同時に、如月宗達はいつも通りの適当な挨拶を口にする。以前は女子寮の食堂に紛れ込んでいたのだが、最近色々と厳しくなって難しくなってしまった。特に風紀委員長だ。アレに絡まれると実に面倒臭い。

 まあ、雪乃の部屋にいるくらいならバレないのでその点については問題ないのだが。

 

「あ、宗達くん。おはようッス」

「おはようなんだな」

「おー、如月。最近お前こっちで飯食ってばっかだな」

「今日はちゃんと授業出んの?」

「そういやブルーの奴らがまたお前のこと探してたぞ。今度は何したんだよ?」

 

 既に賑やかな食堂に、宗達に対する声が響き渡る。宗達は眠たげに欠伸を噛み殺しながら、あー、と気怠げに言葉を紡いだ。

 

「いっぺんに聞くな面倒臭いだろ。……今日は目ェ覚めたし授業出るよ。あと、昨日は課外授業だったから別に何もしてねぇんだけどな」

「昨日は大変だったッスね」

「ホントにな」

『全くでござるよ。拙者も帰れなくなったでござる』

 

 丸藤翔の言葉に頷いていると、背後からどことなく堅苦しい声が聞こえてきた。昨日、アクシデントによってこっちに来てしまった精霊――『六武衆―ヤリザ』だ。

 精霊であるため、彼の姿は一部の者にしか見えない。まあ、どうでもいいが。

 

「まあ、宗達はブルーから恨みを買うことばかりしてるから自業自得なんだな」

「いや待てよ隼人。俺がいつ喧嘩を売ったってんだ? 俺は基本買う側だぞ」

「喧嘩を買わなければいいんじゃないッスかね……」

「俺は売られた喧嘩は買う主義だ」

「それが駄目だと思うんだな」

「「「うんうん」」」

「オマエらな……」

 

 食堂中の生徒たちが頷くのを見、宗達が額をひくつかせる。そんな中、ん、と宗達は思い出したように周囲を見回した。

 

「つーか、何してんだオマエら。朝飯はどうしたんだよ? 俺が言うのもなんだが、遅刻するぞ?」

「ホントに宗達くんが言うのもおかしいッスね」

「ほっとけ」

 

 翔の言葉にそう軽口を返しつつ、周囲を見る。時間的にそこまで余裕がないというのに、誰一人として朝食を食べていないのだ。

 いや、それどころか食事の香りすらしない。

 

「祇園はどうしたんだ?」

「そう、それで――」

「寝坊したーっ!! 祇園、俺の分の朝食残ってるか!?」

「くっ、この万丈目サンダーが寝坊をするとは……!」

 

 宗達の疑問に答えようとする隼人の言葉を遮り、騒がしい声が響き渡った。遊城十代と万丈目準。共にアカデミアでは指折りの実力者だ。

 

「おー、おはようさん」

「おう、おはよう宗達! で、飯どこだ? まさかもう終わっちまったか?」

「流石に朝食抜きは厳しいものがあるんだが……」

 

 二人が何かを探すように食堂の中を見回す。あー、と宗達が声を上げた。

 

「それがな、祇園がいねぇんだよ」

「えっ、どういうことだ?」

 

 十代が首を傾げる。宗達がさァな、と首を傾げると翔が補足するように言葉を紡いだ。

 

「それが、いつもなら誰よりも早く起きてる祇園くんがいないんスよアニキ」

「え、まさか祇園が寝坊か?」

「夢神が寝坊とは珍しいな。いつもなら俺たちが眠るまで眠らず、俺たちが起きるよりも先に起きている印象だが」

「それ聞くと世間一般で言うところの母親だな祇園」

 

 レッド寮の食事管理をしていることを思えば妥当かもしれないが。

 

「けどオマエら、それなら何で起こしに行かないんだよ?」

「鍵がないッス」

「あん? ああ、成程。そういや鍵持ってんの俺か」

 

 祇園との相部屋は宗達である。宗達は欠伸を噛み殺しつつ、しゃーねぇ、と言葉を紡いだ。

 

「起こしに行くか。オマエらあれだ。今日は朝食抜きな」

 

 宗達のその言葉を受け、不満の声が上がる。阿呆、と宗達はため息を零した。

 

「今からで間に合うわけねぇだろ。嫌なら自分で作れ」

 

 そう言い切り、食堂を出る宗達。その背を十代たちが追いかけてきた。

 

「待てよ宗達、俺たちも行くぜ。……けど珍しいな、祇園が寝坊ってのも」

「あれも人間だしな。ミスぐらいあるだろ。昨日は大変だったし、余計にな」

『……拙者は帰れるのでござろうか』

 

 むむ、と唸る鎧武者は無視する。相手をしてもいいが、してしまえば傍目から見れば危ない人に見えるのが難点だ。なので基本的にスルーである。

 

「帰る方法ないのか?」

『拙者、その手の魔術は不得意であるが故……。遺跡も調べたのでござるが、何も見つからなかったのでござるよ』

「そっか……、帰れると良いな」

『しかし、当面は宗達殿に恩返しでござる。修行の旅の途中、こういったこともいい経験でござる故』

 

 そしてそんなことは一切気にしない十代。昨日の夜、目敏くヤリザを見つけた十代と精霊について軽く話をしたのだ。一応、十代の『ハネクリボー』も見せてもらったが……本当に一瞬しか見ることはできなかった。

 ヤリザは魔術の類を用いない純粋な武人であるためその辺りの感覚が薄いようだが、宗達はそもそも精霊とは相容れない存在だ。〝視る〟ことができるのに今までほとんど精霊を目撃したことがなかったのも、そういう事情からだろう。

 十代は気付いていないようだが……まあ、どうでもいいことだ。

 

「……アニキ、何と喋ってるんスかね?」

「……わからないんだな」

 

 背後から聞こえてくる声。ある意味でいつものことだが、こういう時にその特異性が他者の目に移り込む。

 他者と違うということは良いことばかりではない。むしろ悪い部分の方が多いのだ。

 人と違うこと、人より優れているということは、度が過ぎると毒になる。

 

(くだらん)

 

 思考を打ち切る。最近どうにも思考が沈み、堕ちやすくなった気がする。これも〝邪神〟の影響だろうか。

 まあ、全てが今更だが。

 リスクも結果も、全て納得してこうなったはずなのだから。

 

「おい祇園、朝だぞ。起きろ」

 

 鍵を開けつつそう言葉をかける。しかし、祇園が寝坊とは本当に珍しい。

 まあ、疲れが溜まっていたのだろうが――

 

「――――ッ、祇園!?」

 

 最初に声を上げたのは十代だった。先頭にいた自分を押しのけ、部屋へと踏み込んでいく。

 どうした――後ろの二人が言いかけた言葉も、途中で止まる。

 

 薄暗い部屋の奥。

 そこで友達が……倒れていた。

 

 動く気配はない。うつ伏せの状態では表情も伺えない。

 しかし、呆けたのは一瞬。すぐに体が動き出す。

 

「ッ、隼人、翔! 鮎川教諭呼んで来い! 今すぐだ!」

「えっ、あ、え」

「わ、わかったんだな!」

「急げ! おい十代! 祇園は!?」

「わかんねぇ! あつっ、ッ、凄い熱だ!」

「くそっ――」

 

 靴を脱ぎ、部屋の中へと足を踏み入れる。

 ――ドアから見える空から、雨が降り出していた。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

「とりあえず、点滴を打っておくわ。多分だけど、疲労が原因ね。命に別状はないわよ」

 

 保険医の鮎川の診断に、宗達たちはほっと息を吐いた。ドアの向こうでこちらの様子を見守っていたレッド生たちからも安堵の声が漏れ出している。

 

「そっかぁ……けど、全然目を覚まさないな」

「熱もあるし、しゃーねぇよ。大体、普段から無理してるからな祇園は。理由はわからんでもないが……」

 

 強さを追い求める宗達だからこそ共感できる、方向性が全く違う夢神祇園という少年の在り方。

 立ち止まることは許されない。折れることは尚、許されない。

 それは最早、己の存在証明に関わることであるが故に。

 

「けど、とりあえず安心したッス」

「肝が冷えたんだな……」

「異様に体は熱いし、何の反応もなかったしな……」

 

 十代の言葉に宗達も頷く。いくら呼びかけても目を覚ますことはない深い眠りと高熱。疲労から来るモノにしては違和感があるが、かといって他に原因も思いつかない。

 ……まあ、普段から働き過ぎだ。たまには休むことも大事だろう。

 

「――それでは、皆は早く授業に出るにゃー」

 

 パンパンと小気味の良い拍手の音を響かせながら現れるのは、レッド寮の寮長でもある大徳寺だ。その言葉を受け、げっ、とその場の全員が表情を曇らせる。

 

「ヤバい! 完全に遅刻だ!」

「雨降ってるしコレ間に合わねぇよ!」

「俺次遅刻したら追試だぜ!?」

「俺もだ!」

 

 流石のレッド生。落ちこぼれとはよく言ったものである。

 十代たちも慌てて学校へと向かおうとする。宗達は一度息を吐くと、空を見上げた。

 

「……面倒臭ぇ」

「サボるのはいけないんだにゃー」

 

 その呟きを耳ざとく聞きつけ、ファラオを抱いた大徳寺が宗達の肩を軽く叩く。ファラオまでもがこちらに鳴き声で警告を飛ばしてきた。

 

「別にサボりゃしねーッスよ」

 

 肩を竦めてそう言い切り、レッド寮を出る。傘を叩く雨が、嫌に鬱陶しかった。

 雨は嫌いだ。良い思い出がまるでない。

 こういう天気の日は、いつも嫌なことにばかり起こっていた。

 

『宗達殿。ご友人は大丈夫でござったか?』

 

 沈みかけた思考を打ち切るように、隣から青い鎧武者が声をかけてきた。あー、と宗達は生返事を返す。

 

「大丈夫だろ。そこまで弱くねぇし」

『そうでござるか』

「……あー、そうだ。ヤリザ、頼まれてくれねぇ?」

 

 立ち止まり、問いかける。何でござるか、とヤリザは相変わらずの堅苦しい口調で問いかけてきた。

 宗達は、大したことじゃねぇ、と言いつつレッド寮へと視線を向ける。

 

「祇園を一応、視てやってて欲しいんだ」

『む、寮長殿がおられるのでは?』

「四六時中祇園の部屋にいるわけじゃねぇし、万一を考えて寮に待機するってだけだ。授業もあるしな。別に張り付いててくれとは言わねぇけど、何かあったら知らせて欲しいんだよ」

『成程、委細承知』

「頼む。友達なんだ、アイツ」

 

 誰もが簡単に手に入れて。

 けれど、如月宗達には僅かしか手に入れられないモノ。

 だから、大切なのだ。

 

『命の恩人は主君も同義。任せるでござるよ』

「おう、頼りにしてる」

『――では、失礼するでござる』

 

 そして姿を消すヤリザ。こういうところは流石に精霊というところか。

 一人になる宗達。雨の音は、先程までより強くなっていた。

 

(……一応、知らせとくか)

 

 今日は休日明け、つまりは月曜日。ということは、彼女は来ていない。

 知らせる義理は特にないが……知らせておいた方が色々と楽だろう。

 歩きつつ、宗達はPDAを操作する。

 

 ……雨は、止みそうにない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 日本プロDMが誇る、〝日本三強〟が一角。

〝幻の王〟――烏丸〝祿王〟澪。

 国内外問わず、公式戦に出場するのは月に一度か二度。日本ランキング、世界ランキングの両方において圏外であるためどの公式戦も予選からの出場となるという不利な状況ながら、出場すれば必ず上位に名を刻む怪物。

 人は彼女を〝天才〟と呼び、メディアにも滅多に出ないために多くの噂が独り歩きしている。

 

(まあ、確かに天才やけど)

 

 目の前でどこか不機嫌そうに水を口にしている澪を見ながら、桐生美咲は内心で呟いた。彼女は天才だ。だが、その方向性があまりに特異に過ぎる。

 多くの才ある者は相応の努力を積み、結果として天才と呼ばれる。白鳥の様なものだ。水面下では必死にバタ足をしているのに、水上ではそんな素振りを微塵も見せない。

 しかし、烏丸澪は違う。

 彼女は才能だけで戦い続けている。まるでそれが当然であるかのように、人の上に君臨する。

 成程、確かに彼女は〝王〟だ。

 人道とは違う、王道を歩む者。人非ざる人を、王と呼ぶのだから。

 ――とはいえ。

 

「いや、ええ加減機嫌直してくださいよ」

「何を言っている? 別に機嫌など悪くはないが」

 

 こちらへ一瞬視線を向けながら、澪はそう言葉を返してきた。言葉通りに受け取るのは容易いが、発している雰囲気からそれはできない。何より目つきがヤバい。

 

(……気分屋やなぁ)

 

 人のことは言えないが、澪のそれには及ばないだろう。彼女は例えるなら猫だ。基本的に気分でしか行動しない。

 そして更に言うと、彼女は朝が大の苦手であり早起きという行為が何よりも嫌いである。

 ……特に、二日酔いの朝は。

 

「……ッ、迎え酒でも飲むか……。飲み過ぎたなこれは……」

「サラリと未成年飲酒告白せんといてください。ここスタジオですよ?」

「今更の話だな」

 

 頭を抑えながらそんなことを言う澪。はあ、と美咲は息を吐いた。

 二人がいるのは大阪にある地方のスタジオだ。毎週月曜日に放送されている美咲のラジオ番組、『美咲と愉快な仲間たち』の収録を行うためである。

 毎週ゲストを呼んで色々な話をする番組であり、今週のゲストは澪だ。更にいい機会だとして澪へ別件の取材も行われることになっており、そのせいで朝早くからこうして出向いている。

 もともとラジオの放送は夜であり、だからこそ澪はOKを出したのだが……朝からこうして出向くことになったため、相当不機嫌である。

 

「そういえば来週からシーズン始まりますけど……ギンジさん、一軍に残れたんですね」

「ん、ああ。本人は相当喜んでいたよ。本番はここからだ、とも言っていたが」

「楽しみですねー。ゆーてもアロウズは層厚いからあれですけど。……来てくれへんかなー、ウチに」

「キミは相変わらずの先鋒か?」

「ああいえ、来年は紅葉さんとスイッチする予定です」

 

 頭を押さえながら言う澪にそう答える。昨シーズンの終盤はメタカードを使われることが多く、美咲自身かなり厳しい戦いを強いられていた。来年は少しでもかく乱しようという方針になったのである。

 

「成程……、まあ、それが道理か」

 

 水を飲みながら言う澪。何杯目かわからない程に飲んでいるが、大丈夫なのだろうか。

 

「というか、どれだけ飲んだんです?」

「ワインのボトルを五本、日本酒を一升瓶丸ごと、後は……焼酎の量は覚えていないな」

「いや飲み過ぎやろ」

 

 急性アルコール中毒になってもおかしくない。

 

「とはいえ、普段はここまでなる前に止めるんだが……、誰かと飲むというのも久し振りだったからな……」

「誰かと飲んではったんですか?」

「ん、ああ。妖花くんだよ。ああ見えて実に強い」

「……十二歳に飲ませてるんですか」

 

 やっぱり色々と駄目だ、この人は。

 

「元々、催事の際に体を清める目的でお神酒を飲むことはあったようだが……しかし、強い。酔ってはいたが、全く潰れなかった」

「いやその報告受けてどないせいゆーんですか」

「アレは酒飲みになる。間違いないな」

 

 うんうんと頷く澪。先程までに比べると調子が戻ってきたようだが、それでも顔色は良くない。

 美咲ははぁ、と息を吐き、腕時計を見る。この後、美咲は番組の収録が二つほどある。澪は澪で取材があるのだが、この状況でしっかり受け答えができるのだろうか。

 

「もう、大丈夫――」

 

 言いかけたところで、ポケットに入れていた携帯端末が小さく震えた。取り出すと、メールが来ているらしい。

 差出人は――〝侍大将〟。

 

(珍しいなぁ……何やろ?)

 

 首を傾げつつメールを開く。あの男がメールを送ってくるなど通常ありえないことだが――

 

「……ッ、澪さん!」

「悪いが大きい声はやめてくれ。響く――」

「祇園が倒れたって!」

「――何だと?」

 

 鬱陶しそうだった表情が変化し、一気にその眼光が鋭くなる。青白さも相まって、その辺の一般人なら軽く殺せそうな威圧感を纏っていた。

 

「詳しい話を」

「それが、朝から部屋で倒れてたそうで。起きひんみたいです。一応、看ては貰ったみたいなんですけど……」

「……無理が祟ったか」

「かも、しれません」

 

 難しそうな表情を浮かべる澪の言葉に美咲も頷く。そもそも祇園は無理をし過ぎなのだ。五日こうなることは予想できた。そうなる前にどこかで休ませようと思っていたが……間に合わなかったらしい。

 

「看病……は、無理やな。流石に仕事は空けられへん」

「そもそも私たちが行ったところで邪魔にしかならんな」

「家事スキルないですしね……」

「そもそも少年が異常だ。……だが、放置するのもな」

「レッド寮、男所帯ですし……祇園に頼り切りですしね」

「さて、どうするか」

 

 二人して頭を悩ませる。自分たちが行ければいいが、流石にそれは無理だし行ったところでできることはない。それに、きっと仕事を休んでまで言ったところで祇園は喜ばない。むしろ気に病んでしまう。そういう性格だ。

 唸り声を上げる二人。その二人が座るテーブルに、一つの小さな人影が歩み寄ってきた。

 

「お疲れ様です」

 

 ――防人妖花。精霊と心通わせ、神すらもその身に降ろすことができるとされる〝巫女〟。

 十二歳の少女でありながらどこか人間離れした空気を纏う彼女が、礼儀正しく頭を下げてくる。その手には何枚もの色紙が握られていた。

 

「ああ、妖花くん。どうだったかな?」

「はいっ、たくさんサインを頂けました。テレビで見てるだけの人に出会えて、その、凄く嬉しくて」

 

 澪の問いかけに興奮した様子でそう言葉を紡ぐ妖花。ああ、と澪は頷いた。

 

「……若いな」

「年寄りみたいなこと言わんといてくださいよ。十八ですやん」

「だが、こんな純粋さはとうに失ってしまっているよ」

「……それは言ったらアカンやつです」

 

 有名人のサインを持ち、目を輝かせる少女。……こんな純粋さは、今の自分たちにはもうない。

 

「あの、どうしたんですか?」

 

 首を傾げる妖花。何でもないよ――そう言おうとして、美咲はふと思いついた。

 レッド寮の男子たちに看病など望めるはずがない。しかし、自分たちも行くことはできない。

 それならば――

 

「どうやら、同じ考えに至ったようだな」

 

 隣で笑みを浮かべる澪。その視線は自分と同じで妖花へと注がれている。

 

「…………?」

 

 二人分の視線を向けられ、防人妖花は小動物のように小首を傾げた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 外は雨だ。それも、かなり激しい。

 鬱陶しいな――宗達は心の底からそう思った。雨が降ると外に出られない。そうなると、必然的に校舎内で過ごすことになる。

 中等部の頃に比べると天国だが、それでも居心地がいいわけではない。レッド寮以外の生徒、そのほとんどからは相変わらず敵意か忌避の感情しか向けられず、どうにもやり辛い。

 まあ、今更そんなことで参ってしまうほど柔らかな神経はしていないが。だからこそ学食の真ん中で堂々と焼きそばパンを食べているわけであるし。

 

「相席、構わないか?」

「……どうぞ」

 

 宗達の座っている席は椅子が他に三つあるが、どこも空席だ。別に席を取っているわけではない。単純に、誰も寄り付かないだけだ。

 中学時代の悪名はどうしても拭いきれない。君子危うきに近寄らず。実にいい格言である。

 だが、どうやらそれも目の前の男には通用しないらしい。

〝帝王〟――そう呼ばれる男には。

 

「夢神たちとは一緒ではないのか」

「四六時中一緒にいるわけでもねーし、十代たちはあれだしな」

 

 宗達がチラリと視線を向けた先。そこでは十代たちがドローパンを購入して騒いでいた。朝食が抜きであった分、いつもより盛り上がっているらしい。

 

「如月、キミは混ざらないのか?」

 

 正面に座った男――丸藤亮もそちらへと視線を向けつつそう問いかけてきた。んー、と宗達は焼きそばパンを口にしつつ言葉を紡ぐ。

 

「一週間日替わりで生魚パン食うと買う気失せるし」

「口にモノを入れた状態でしゃべるのは感心しないな」

「育ちが悪くて申し訳ない」

「いや、いい。……だが、そうか。そういえばキミはドロー運がそこまでいいわけではなかったな」

 

 亮もまた注文したのであろう料理に手を付けつつそう言葉を紡ぐ。食事の仕方一つとっても品があるのは、やはり育ちが良いからだろう。真似できないことだ。

 

「つーか、最悪のレベルだわな。正直、あんたが羨ましい」

「俺はデッキを信頼している。それに応えてくれているだけだ。ありがたいことにな」

「それが羨ましい。俺は、憎まれてるだけだから」

 

 それが如月宗達にとっての業であり。

 どうしようもない……現実だ。

 

「相手を信じなければ、信頼関係は築けない。デッキも同じだ」

「……信じるのも、裏切られるのも疲れた。だから、これでいいんだよ」

 

 立ち上がる。そう、これでいい。今更、これ以外の道など選べない。

 如月宗達は、こうしていくしかないのだ。

 

 

『オシリス・レッド一年生、如月宗達。至急校長室へ』

 

 

 どこでサボるか――そんなことを考えていると、不意にそんな放送が聞こえてきた。思わず眉をひそめる。

 

「おい如月、何かしたのか?」

 

 レッド生の一人がそう声を上げてきた。おう、と宗達は軽く手を挙げる。

 

「心当たりがあり過ぎてわかんねーよ」

 

 何かを言いかけた亮に背を向けて。

 宗達は、面倒臭ぇ、と呟いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 全てがいきなりだった。祇園が倒れたこと、そしてその看病のために一度アカデミア本校に行って欲しいと二人に頼まれたこと。

 正直気後れしたが、祇園のことが心配なのは自分も同じだ。故に二人――主に澪の伝手だが――の協力を得、アカデミアまでヘリで来たのだが。

 

「わざわざ来て頂いたのに待たせてしまってすみません、防人さん。今、如月君を呼んでいますので……」

「あ、ありがとうございます」

 

 校長室。そこの主でありデュエルアカデミア本校校長、鮫島の言葉に恐縮しながら妖花は頷く。サインをもらった時は興奮していたから大丈夫だったが、いざ冷静に会ってみると緊張してしまう。

 かつての黎明期にいくつもの伝説を築いた〝マスター〟鮫島。リアルタイムで見たことはないが、テレビで何度も見たその背中は妖花の憧れの一つである。

 

「そう緊張なさらず。楽にしていてください」

「は、はい。あの、その如月さんというのは……」

「ええ、桐生先生と〝祿王〟から聞いておられませんか?」

「えっと、プロデュエリストになった人、ですよね? ニュースで見たことがあります」

「はい。彼に案内してもらうのが適任でしょう」

 

 頷く鮫島。正直、妖花としては知り合いである十代の方が良かったのだが……美咲や澪がそれなりに信頼している相手であり、更に授業時間であるということを考えれば妥当なのかもしれない。

 どんな人だろうか、とそんなことを思う。プロというだけで妖花にとっては雲の上の存在であり無条件に尊敬する相手なのだが――

 

「――――ッ」

 

 不意に、妖花の全身がざわついた。

 未熟ながらも神々を降ろす〝巫女〟。その性質が、全力で警鐘を鳴らしている。

 何かが――来る。

 

 

「失礼するぞ、っと」

 

 

 そして、現れたのは一人の青年。

 目つきの悪い、雰囲気は祇園とは真逆の存在。

 

「あん、オマエ……?」

 

 青年が、こちらを見据える。

 ――その背に闇が蠢くのを、妖花は確かにその目で見た。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『拙者、ヤリザと申す。巫女殿、お会いできて光栄でござる』

「防人妖花です。よろしくお願いします」

『こちらこそでござるよ。して、巫女殿。拙者たちの手助けは必要ないでござるか?』

「はい。ただ、万一に備えて部屋の外で待機をお願いします。意志のない力の残滓なので、問題ないと思いますが……」

 

 レッド寮の祇園たちの部屋。そこで宗達はヤリザと妖花のそんなやり取りをぼんやりと聞いていた。部屋へは足を踏み入れていない。否、踏み入れられない。

 朝は感じなかった、妙な気配。まるで何か視えない質量がそこにあるような感覚が、宗達の足をそれ以上前に進ませようとしない。

 例えるならば、光であり白。あまりにも清浄すぎる『何か』がそこにあるような感覚。

 

『承知したでござる』

「では、お願いします」

 

 ヤリザが部屋を出ると共に、妖花は頭を下げてから扉を閉めた。これから何が行われるかは宗達にはわからないし、知ろうとも思わない。

 踏み入ってはいけない領域。本能がそう告げている。

 

「巫女、ね」

 

 ポツリと呟く。それを聞き付けたのか、ヤリザが視線をこちらに向けた。

 

『どうしたでござるか?』

「いや。あんなちんまいのが人と精霊を繋ぐ存在ってのも大概だな、って思ってよ」

『巫女に年齢は関係ないでござるよ。とはいえ、流石にあれだけの器を持った者は拙者も久しく見ぬでござるが……十代殿、でござったか? 宗達殿のご友人もまた相当な才能を持っているようでござるが、巫女殿はこの方面に才能を特化させ、磨き上げた存在でござる故。この手の話ならば一番でござるよ』

「俺には理解できねぇ話だな」

 

 肩を竦める。正直興味もない。祇園がこれで体調を持ち崩すならそれでいい。欲しいのは結果だ。過程ではない。

 

『宗達殿も才はあるはずでござるが……』

「お世辞はいいよ。わかってるんだろ? 人と精霊を繋ぐ? 無理に決まってる。どっちからも爪弾きにされる存在なんだから」

 

 憎悪を受け、憎悪を撒き散らす。

 それが如月宗達の在り方であり、選んだ道。

 

 

「――終わりました」

 

 

 しばらく待った後、妖花がそう言って部屋から出てきた。その表情にはどこか疲れが伺える。

 

「……これで祇園は大丈夫なんだな?」

「はい。祇園さんの体には、本来ならば人が受け止めきれない力が渦巻いていました。とりあえずそれを封じ、放出したので……これで大丈夫だと思います」

「精霊界で何かあったかねぇ……」

「はい、おそらくは。ただ、感じ取った力は残滓ではありましたが紛うことなき〝神〟の力でしたので……少し、疲れました」

 

 苦笑する妖花。それでもその顔つきが校長室で会った時から随分違うのは、これが彼女の本来の姿であるからだろう。

 人と精霊を――あるいは神を繋ぐ存在。

 人であり、人に非ざるモノ。

 まあ、それでも少女であることに代わりはない。

 

「とりあえず疲れたんなら部屋で休んどくといい。これが鍵だ。大したもんはないが、食堂に行けば食う物くらいはある。寮長には話しつけとくから、適当に休め。明日の朝帰るんだろ? 布団なら一応、予備があるしな」

「え、あ、あのっ」

「俺はこれから授業だ。今日は別のとこで寝るから、祇園のこと看てやってくれ」

 

 そのまま背を向けて立ち去ろうとする宗達。正直、この少女と自分の相性は良くない。性格的なものではなく、性質的なモノ。存在の形が、相容れないのだ。

 近くにいては互いに悪影響が出る。正直、居心地が悪いのだ。

 水も澄み過ぎると魚が住まないように、この正常な空気というモノが宗達には耐えられない。

 背を向ける宗達。その背に、妖花があの、と言葉を紡いだ。

 

「その、背負ってるモノは……」

 

 振り返らない。振り返ってはいけない。

 向き合えば……きっと、揺らいでしまうから。

 

「私には、その、事情とかはわからないです。でも、その力は危ないです。きっと……良くないことになります」

 

 それは、この小さな少女なりの忠告。

 巫女としての、魔を糾弾する言葉。

 そしてそれを、如月宗達は受け入れられない。

 

「確か、十二歳だったか。……俺もまだ十六年しか生きてねぇが、人生の先輩として教えといてやるよ」

 

 僅かに振り返り、その目を見据える。

 少女が、僅かに怯えた表情を浮かべた。

 

「異常な人間ってのは理解しようとするもんじゃねぇ。道を外れてるから『外道』ってんだ。……もしも世界が壊れた歯車を取り換えるような優しい世界だったなら、違ったかもしれない」

 

 背を向ける。それは叶うはずのない、優しい世界の想像で。

 それは創造ではなく想像だから……だから、違う。

 

「だがな、そうじゃなかった。そんな世界じゃなかったんだ。だから俺も祇園も歪んだ。俺たちだけじゃねぇ。人間は皆、どこかしら歪んでる。そしてそれを正すことはもうできない。

 だからこの話はここで御終いなんだよ。これで終わりなんだ」

 

 歩を進める。付いて来ようとするヤリザを、手で制した。

 傘に当たる雨の音が、嫌に耳に響き渡る。

 

〝くっく、やはり貴様は面白いなァ……虫けら〟

 

 響いてくる、良くないと彼女が評したモノの声に。

 

「うるせぇよ」

 

 宗達は、小さく呟いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 目を覚ますと、時間はすでに深夜だった。額に感じる冷たい感触。手で触れてみると、頭を冷やすためのシートが張られていることに気付く。

 

「……時間」

 

 近くにある携帯端末で時間を確認する。見れば、深夜二時。しかも日付が一日飛んでいる。どうやら丸一日眠っていたらしい。

 

「…………ん」

 

 不意に、近くから声が聞こえた。視線を送ると、そこにいたのは見覚えのある少女の姿。

 防人妖花――その少女が、布団の中で眠っていた。

 

「……看病、してくれてたんだ」

 

 未だ思考ははっきりしないが、それだけは理解した。わざわざこんなところにまで来てくれたのか。

 

(迷惑、かけちゃったな……)

 

 丸一日寝ていたということは、食事の用意もできなかったということだ。レッド寮の皆にも随分迷惑をかけてしまったように思う。

 本当に……どうしようもない。

 

「情けない、なぁ……」

 

 雨の音が響く室内で、小さく呟く。

 あの時、全力で相対に向かった。だが、何もできなかった。何もできないままに、蹂躙された。

 弱い。どうしようもない程に。

 

 見捨てられる。

 切り捨てられる。

 

〝弱い〟ということは、それだけで罪なのに。

 

「……どうして」

 

 体が震える。上手く動かず、思考がまとまらない体を抱え。

 

「どうして、こんな」

 

 溢れ出る感情は。

 一体……何が溢れ出たモノか。

 

 歪み、捻じ曲がったその心は。

 当人さえも知らぬまま、軋みを上げていく。

 

 ――溢れ出る血を拭わなければ……その先にあるのは、一体何か。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 ようやく書類の整理が終わる。引き継ぎの準備に加え、校長としての職務。やはりやることは多い。

 

(とりあえず、今日の分は終わりましたか)

 

 ふう、と息を吐き、鮫島は立ち上がる。随分遅くなってしまった。外の雨は未だ止まないままだが、まあ、仕方がない。

 立ち上がり、書類を片付ける。そして一瞬躊躇してから鮫島は机を開けた。

 そこに入っているのは、小さな箱。『七星門の鍵』――このアカデミア本島に伝わる、ある存在を封印するモノだ。

 

(……理事長には、生徒たちを巻き込むこともやむなしと言われましたが……)

 

 既に敵は動き出しているという話もある。対策を考えなければならないのだが――

 

 

「――随分と悩んでおられるようですね」

 

 

 不意に聞こえてきた、静かな声。同時、部屋の照明が落ちる。

 轟く雷鳴。稲光によって浮かんだその姿は、異様な風貌をしていた。

 

「……ノックも無しに入室とは、不躾な方ですね」

「敵が礼儀正しく入る道理もないでしょう?」

 

 鬼の面を被り、全身をコートで隠したその存在が、静かに頭を下げてくる。

 その光景は、あまりにも異様だった。

 

「我が名は、カムル。セブンスターズが第一陣として参上しました」

「セブン、スターズ」

 

 鮫島が眉をひそめる。セブンスターズ――その名は理事長から聞いている。

 七星門の鍵を狙う……敵。

 

「それでは、殺し合いましょう。……生徒の方でもよろしいですが」

「――生徒には、手出しはさせません」

 

 デュエルディスクを構える。そう、それはさせない。

 決していい教師ではなかったかもしれない。だが、それでも。

 

「生徒たちに、手出しはさせません。私はデュエル・アカデミアの校長です。私には彼らを命懸けで守り切る義務があり、使命がある」

 

 それでも、自分は教師だから。

 今からでも――戦わなければならない。

 

「成程、教師としての矜持……お見事です。しかし、勝てなければ意味はない」

 

 ――決闘です。

 その言葉と共に、雷鳴を背にしたデュエルが始まった。

 

「先行は私です! ドロー! 私は魔法カード『竜の霊廟』を発動! デッキから『真紅眼の黒竜』を墓地に送り、更に『ダーク・ホルス・ドラゴン』を墓地へ!」

 

 二体のドラゴンを墓地に送る。これで準備は整った。

 サイバー流の禁忌であり、裏の力。畏れ、忌避されてきた力を使う。

 

「これが私の覚悟です……! 魔法カード、『融合』!! 手札の『サイバー・ダーク・エッジ』、『サイバー・ダーク・キール』、『サイバー・ダーク・ホーン』の三体を融合し、『鎧黒竜―サイバー・ダーク・ドラゴン』を融合召喚! 効果により、墓地のダーク・ホルス・ドラゴンを装備!」

 

 鎧黒竜―サイバー・ダーク・ドラゴン☆8闇ATK/DEF1000/1000→4400/1000

 

 現れるのは、闇の竜にまるで寄生するように張り付く機械の竜。その異様な姿が、暴力という名の力を持って降臨する。

 

「サイバー・ダーク……禁じ手と聞き及んでおりましたが」

「手段を選ばず向かってくる者に、こちらが手段を選ぶ道理はありません。私はターンエンドです」

 

 本来なら使いたくなどなかったデッキ。しかし、今更そんなことは許されない。

 どんな手段を使っても、手を使っても。

 プライドさえも捨ててでも――生徒を守る。

 それが、〝マスター〟と呼ばれた男、最後の矜持。

 

「――成程、面白いですね。しかし」

 

 鬼が、笑う。

 

 けらけら。

 けたけた。

 

 嘲笑うようにして。

 仮面の奥に光る眼が、こちらを見下し嘲っている。

 

「かつてのあなたならば――〝マスター〟ならばともかく」

 

 ドロー。その宣言と共に、周囲に闇が吹き荒れる。

 底知れぬ、闇が。

 

「最前線を退いた今のあなたに、かつての力はありません」

 

 

 

 ――そして、黄昏が来る。

 セブンスターズ。

 

 日常を破壊する者たちが……襲来する。

 













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第五十七話 試合でも、ゲームでもない決闘

 

 

 早朝。定期便が出港する港に、複数の人影があった。普段ならば食料を中心とした物資の搬入や来賓が訪れるぐらいしかなく、人影は少ないのだが……今日はその港に多数の人影があった。

 

「ありがとう、妖花さん」

「いえ、祇園さんにはお世話になりましたから……。また何かあれば、言ってくださいね?」

「うん。本当にありがとう」

 

 船に乗り込むのは、〝ミラクル・ガール〟と呼ばれる一人の少女――防人妖花。その対面で礼を言うのは夢神祇園だ。

 祇園の体調もすっかり良くなった。これも妖花のおかげだろう。

 

「妖花、またデュエルしような!」

「はいっ、次は勝ちます!」

「俺も負けないぜ!」

 

 十代が妖花に声をかける。それに続くように、レッド生たちからも次々と声が上がった。

 

「帰っちゃうんスか、妖花ちゃん……」

「寂しいんだな」

「夕食ありがとな、美味かったよ」

「なあ、もう一日くらい大丈夫だろ?」

「帰らないでくれよ~」

 

 十二歳の少女を引き留めようとする男子生徒たち。立派な犯罪者集団である。

 

「……ロリコンばっかだな」

 

 離れた場所でその光景を見守る如月宗達がポツリとつぶやいた言葉は、残念ながら届かない。

 

「あはは……えっと、でも帰らないと澪さんが心配するので……」

「そっかぁ。残念」

「すみません」

 

 流石の迫力に押されて苦笑を浮かべる妖花。その妖花に、祇園がそれじゃあ、と言葉を紡いだ。

 

「澪さんにもよろしくってお願いしてもいいかな?」

「はいっ。あ、そういえば伝言を忘れていました」

「伝言?」

「えっと、『たまには帰ってくるといい』、だそうです」

 

 メモを取り出しながら言う妖花に、思わず苦笑してしまう。『帰る』――その言葉は、どうにも自分には似つかわしくない。

 

「うん。ありがとうございます、って伝えておいてくれるかな?」

「はいっ」

 

 船の汽笛が鳴り響く。妖花は少しの荷物を携え、船に乗り込んだ。

 

「みなさん、ありがとうございました!」

 

 出発する船の甲板から、大きく手を振りながら妖花が叫ぶ。それに対し、レッド寮の全員で手を振り返す。

 ――そして。

 

「で? これから学校行こうとしても間に合わんぞ」

 

 ポツリと宗達が呟いた言葉によって。

 全員が、全力でその場から駆け出した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 どうにか遅刻ギリギリで教室に入り――何故か最初の授業は緊急職員会議とやらで自習だった――午前中の授業を終えた。授業中、教職員全員が浮かない顔をしていたのがどうにも気にかかる。

 生徒たちもなんとなくではあるがその雰囲気を感じ取っており、どうにもキナ臭い雰囲気が流れていた。

 

「よっしゃー、昼飯だ! 今日は用かと祇園の二人で作ってくれたんだもんな、楽しみだぜ!」

「アニキー、寝てたッスか?」

 

 わざわざお面まで着けて居眠りしていた十代に、翔が非難の視線を向ける。どうやらこの妙な空気も、十代には関係がないようだ。

 

「祇園、病み上がりなのにいいんだな?」

「手伝ってもらったから大丈夫だよ。調子もいいし」

「皿洗いぐらいなら手伝うんだな」

「うん。ありがとう」

 

 隼人の言葉に頷く。実は今日の朝、男子生徒のほとんどが朝早くから台所に来て手伝いたいと申し出てくれた。とはいっても料理の基礎もわかっていないので、皿洗いなどの雑用だが。

 それでも助かったのは事実。本当にありがたい話である。

 

「――ああ、昼食はちょっと待ってほしいにゃー」

 

 祇園も弁当を取り出そうとしていると、不意にそんな声が聞こえてきた。見れば、大徳寺がいつもの笑顔を浮かべながらこちらを見ている。

 

「十代くん、僕と一緒に校長室へ行って欲しいんだにゃ」

「え、校長室?」

「アニキ、何かしたッスか? まさか、退学?」

「心当たりはねぇんだけどな……」

 

 悲壮な表情を浮かべる翔と、首を傾げる十代。不意に笑い声が聞こえてきた。万丈目だ。

 

「はっはっは。短い付き合いだったな、十代」

「万条目くんもだにゃー」

「へ?」

「短い付き合いだったな、万丈目」

 

 やれやれと首を振りながら万丈目の肩を叩く宗達。だが。

 

「如月くんにも来て欲しいんだにゃー」

「あん?」

 

 その宗達もまた、大徳寺に呼び出しを受ける。教室内が俄にざわめいた。

 

「問題児三人か……マジで退学かもな」

「十代、元気でな」

「サンダー、お前何したんだよ」

「宗達、今度は何だ?」

「諦めんの早いだろ!?」

「誰が問題児だ!」

「心当たりあり過ぎてわかんねーよ最早」

 

 一気に話が退学の方へと傾いていく。しかしそれも、続く大徳寺の言葉で掻き消された。

 

「三沢くん、天上院さん、藤原さん、夢神くんも来て欲しいんだにゃ」

「僕たちも?」

 

 首を傾げつつ、祇園たちも立ち上がる。最初の三人はともかく、後に呼ばれたメンバーを考えると退学の線は薄いように感じられるが……逆にこれで益々わからなくなった。

 何だろうか――そう思いつつ、大徳寺の先導についていく。

 

「何だろうな?」

「とりあえず俺は眠いんだよ……。午後はサボる。決めた」

「貴様は相変わらずだな」

「宗達くん、寝不足?」

「最近疲れが取れねーんだよ……」

「あら、じゃあ私が癒してあげるわよ? 一緒に寝るなんてどう?」

「オマエそれ結局疲れるだけだろうが」

「あなたたち、昼間から何の話をしてるのよ……」

「宗達、キミはもう少し節度というモノを持つべき――」

「あん? ピケ――」

「――いやなんでもない。忘れてくれ」

 

 ワイワイと適当なことを話しながら進んでいく一行。すると、校長室の前で二つの人影を見つけた。

 技術指導最高責任者であるクロノス・デ・メディチと、アカデミア最強の帝王、丸藤亮だ。

 

「む、来たノーネ」

「はい、呼んできました」

 

 いつもより若干厳しい表情を浮かべているクロノスに対し、頷きを返す大徳寺。十代が声を上げた。

 

「なぁ、何があるんだ?」

「……それは見てもらった方が早いノーネ」

 

 いつもの軽口は叩かず、厳しい表情のままのクロノス。そのままあ、諸君、とクロノスは言葉を紡いだ。

 

「この中で話すこと、見たことは他言無用なノーネ。それで良ければ――」

「前置きが長ぇ」

 

 クロノスの言葉を遮り、宗達が校長室の扉を開ける。

 全員がその背を追い、室内を見る。

 

 

 ――そこにあったのは、想像を絶する光景だった。

 

 

 なぎ倒され、荒らされたいくつもの家具。無事なものなど見当たらない。

 窓ガラスはそのほとんどが砕かれ、床にもいくつも亀裂が入っている。部屋の中央にある黒い染みの正体を、祇園は本能で察してしまった。

 全員が息を呑む。そんな中、宗達が一歩室内へと踏み込み、おい、と言葉を紡いだ。

 

「どういうことだよ、これは」

「――セブンスターズ」

 

 問いかけに応じたのは、大徳寺。

 いつになく真剣な声色で、彼は言葉を紡いだ。

 

「鮫島校長はそう呼ばれる者の襲撃を受け、現在意識不明の重体です」

 

 驚愕が空気を支配する。宗達を追うように、全員がほとんど同時に室内へと足を踏み入れた。

 そして、目にしたものは。

 

 

〝クビハ ナナツ〟

 

 

 まるで血のように紅い色で描かれた、その文字と。

 その下に打ちつけられた、七つの藁人形。

 

「…………ッ」

 

 誰も、何も言えない。

 ――趣味が悪い。誰かが、そんなことを呟いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 デュエルアカデミア本島の奥深くに、ソレは眠っている。

 ――曰く、〝三幻魔〟。

 かつて世界に放たれた〝三幻神〟や〝三邪神〟にも匹敵する力を持ち、解き放たれれば世界を闇に閉ざすと伝えられる破格の存在。

 普通ならば、信じることは難しい。だが、この話を語る人物と。

 何より、〝三幻魔〟を狙って現れた『セブンスターズ』という集団の存在が鮫島校長を重体にまで追い込んだという事実が、否定の言葉を容易くは紡がせない。

 

『以上が、アカデミア本校が抱える秘密デース』

 

 モニターの向こう。I²社会長という雲の上の人物が重々しく話をそう締め括る。それを引き継ぐように、ペガサスの隣に移っている桐生美咲が言葉を紡いだ。

 

『信じる、信じひんはこの際どうでもええんや。ただ現実として鮫島校長が重体に追い込まれた。もし〝三幻魔〟が現実に存在しなかったとしても、それを狙っている集団がおることは事実。それをまず理解して欲しいんよ』

 

 こちらの理解など、敵にとってはどうでもいい。

 ただ、セブンスターズという集団は〝三幻魔〟が確かにあるとして考え、動いている。そして話し合いの余地はない。

 敵はもう、こちらの人間を傷つけたのだ。

 

『本来なら、教職員で事に当たるべき事例や。せやけどウチは週に一度しかそっちには行けへんし、緑さんも海外出張でしばらく戻らへん。選びたくはなかったけど、こんな手段しかあらへんのよ』

 

 画面の中で美咲が唇を噛み締める。彼女もまた教師の一人。思うところがあるのだろう。

 

『勘違いしないでくだサイ。これは強制ではありまセン。あくまであなたたち自身の意志で戦うかどうかを選んでくだサーイ』

 

 ペガサスの視線がモニターの前に置かれた一つの箱へと向けられる。『七星門の鍵』。〝三幻魔〟を封じる門の鍵だ。

 これを決闘にて奪い合う――それが、古代より伝わるルールらしい。

 

「力ずくで奪いに来る可能性はないのですか?」

 

 手を挙げてそんなことを聞いてくるのは三沢だ。彼の質問に対し、それは有り得まセン、とペガサスは首を左右に振る。

 

『これは一種の儀式。正統なる手順を踏まなければ、〝三幻魔〟は復活しないのデース』

『ある意味専門家の妖花ちゃんにも確認取ったよ。正当な手順を踏む、ゆーんは力を制御する上でも重要らしいわ。おかしな方法を使ったらそれこそ力が暴走して世界が吹き飛びかねへん。向こうもそれは望んでないやろから、正攻法で来るはずや』

「その鍵をぶっ壊すってのは?」

 

 次いで質問を飛ばしたのは宗達だ。その質問に対しても、二人が首を左右に振る。

 

『それこそその場で封印が解けかねへん。最悪の一手やな』

「……結局、その鍵を守るしかないって事か」

 

 鍵を見つめ、十代が呟く。イエス、とペガサスが頷いた。

 

『アナタたちはアカデミア屈指のデュエリストと聞いていマース。覚悟があるのなら、その鍵を取り戦ってくだサイ』

 

 戦う――そう、これは戦いだ。それも、一筋縄でいくものではない。

 精霊界で戦った時のように。

 きっと、命さえ懸ける場面も出てくる。そんな、気がする。

 沈黙が流れる。その口火を切ったのは、宗達だった。

 

「悪いが、俺はパスだ。〝三幻魔〟とやらには興味があるが、リスクが大き過ぎる」

 

 そう言い捨てると、部屋を出て行こうとする宗達。待て、と万丈目がその背に言葉を紡いだ。

 

「逃げるのか、如月」

「逃げるべき時ってのは確かにあるんだよ。オマエにはわかんねぇかもしれねぇが、生きるためにはどんなことだってしなきゃならねぇ。この戦いに参加して、得られるモノは何だ? 逆に失うかもしれないモノは?……天秤が釣り合ってねぇんだよ。鮫島の敵討ちなんてする義理もねぇしな」

 

 そう言い捨てると、宗達は部屋を出て行く。その背を見送り、仕方がないわ、と雪乃が呟いた。

 

「申し訳ないけれど、私もパスね」

「……雪乃」

「仕方がないのよ、明日香。私も宗達も、弱点があまりにも明確過ぎる。それこそ互いが人質にとられでもすればその時点でアウト……」

 

 人質。当然のように紡がれたその言葉に、その場の全員が息を呑む。あら、と雪乃が小首を傾げた。

 

「まさか想定していなかったのかしら? 相手は正体不明の傭兵集団……なら、そういうことも想定しておくべきでしょう?」

 

 これは試合じゃないのよ――雪乃の言葉が重く響く。

 誰もが二の足を踏んでしまう空気が流れる。それを打ち破ったのは、意外にもクロノスだった。

 

「ふん、要は道場破りなノーネ。諸君らは何も不安に思う必要はありませンーノ。このクロノス・デ・メディチがセブンスターズなどという集団は全て倒すノーネ」

 

 そのまま鍵を首から下げるクロノス。へへっ、と十代が笑みを浮かべた。

 

「俺もやるぜ。逃げたくないからな」

「ふん。俺もだ」

「ああ。宗達の言うことも一理あるが……ここで退くことはできない」

「ええ。私は戦うわ」

「師範があんな目にあった中で、俺が退くわけにはいかん」

 

 五人が手を伸ばし、それぞれ鍵を手に取る。残ったのは、一つだけ。

 

「夢神くん、どうしますか?」

 

 問いかけてくるのは、自分と同じでこちらへと呼ばれた大徳寺だ。祇園、とモニターの中から美咲の声が届く。

 

『正直、〝侍大将〟や藤原さんが言うようにリスクはあるよ。だから、無理はせんでええ』

 

 素直に心配してくれている言葉だ。祇園は、大丈夫、と首を左右に振る。

 

「戦うよ」

 

 鍵を取る。リスクは大きい。精霊界で経験した時のように、大きな傷を負うことになるかもしれない。

 けれど……退くことは、もっとできない。

 ここで退いてしまえば、置いて行かれる。それだけは――嫌だから。

 

『皆さんの勇気に賛辞を送りマース。……武運を』

『ウチもできるだけそっちに行くようにするから、無理だけはしたらアカンよ』

 

 その言葉と共に、モニターが切れる。祇園は、自身の掌の中にある鍵を見つめた。

 小さな鍵だ。重みだってない。

 しかし、これを奪いに来る者がいる。

 

(足を引っ張らないようにしないと)

 

 その小さな鍵を握り締め。

 夢神祇園は、心の中で呟いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「結局、オマエも参加すんのか」

 

 夜。夕食も終わり、レッド寮の生徒たちに皿洗いを手伝ってもらった後。祇園は食堂で宗達と向かい合ってコーヒーを啜っていた。ちなみに机の上にはデッキがある。先程まで宗達の助言を受けつつデッキ構築をしていたのだ。

 その宗達は特に非難するわけでもなく、ただ感想を述べたような口調で先程の台詞を口にした。祇園は苦笑しつつ、うん、と頷く。

 

「僕じゃ役者不足だと思うけど……」

「その辺は相性もあるからどうも言えないけどな。……でもよ、いいのか?」

「うん。多分、ここで退いたら追いつけなくなるから」

 

 ただでさえ、全力で走り続けなければ追いつけないのだ。

 こんなところで退いていたら、本当に置いて行かれてしまう。それは……嫌だ。

 

「怖いのは間違いないよ。でも、上手く言えないけど……、その、なんていうのかな……」

「……まあ、オマエが納得してんならいいよ。俺は友人として、『やめとけ』って忠告するだけだ。その先はオマエの選択。俺がどうこう言うべきことじゃねぇ」

「うん。ありがとう」

 

 忠告は彼の優しさからくるものだ。純粋にこちらの身を案じてくれているのだろう。だからこそ、正面からお礼が言える。

 宗達は、阿呆、と言葉を紡ぐ。

 

「礼を言う暇があるんなら、しっかり勝つ方法を考えろ。これは試合じゃねぇし、ゲームでもねぇ。俺個人としちゃあ〝三幻魔〟なんざ眉唾だが、それを信じてる阿呆がいる以上そこに理屈は存在しねぇんだからな」

「信じてないの? 精霊界のこともあるから、僕は有り得るかなって思ったけど……」

「〝三幻魔〟がいるってのは本当だろうさ。けど、それを制御できるかどうかは別の話だ。世界に影響与えるような馬鹿げた力が本当にあるとして、それを制御できるかどうかはわかんねーしな」

 

 立ち上がり、コップを水洗いし始める宗達。それを終えると、じゃあな、と宗達が言葉を紡いだ。

 

「頑張れよ。無理しない程度にな」

「うん」

「よし。……って、雨かよ。こりゃ女子寮行くの面倒臭いな……」

「え、雨?」

 

 窓から外の様子を見、眉をしかめる宗達と雨という言葉に反応する祇園。どうしよう、と祇園は呟いた。

 

「雨だと洗濯物が干せないな……。室内だとスペースがないし……」

「乾燥機でいいんじゃねーの?」

「ここの乾燥機はあまり質が良くないから、着心地が悪くなるんだよね」

「……オマエ、本当に母親みたいだよな」

 

 まあいいや――そう言葉を残し、立ち去っていく宗達。それを見送り、祇園もまたコップを洗うために厨房へ向かった瞬間。

 

「え――――」

 

 突如、七星門の鍵が強烈な光を放った。あまりの光量に、目を開けていられなくなる。

 ガチャン、というコップの音が割れる音が響いた時。

 

 ――そこに、夢神祇園の姿はなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 暑い。最初に浮かんだのは、酷くシンプルなその感想だった。

 

「…………ッ」

 

 吹き抜ける熱気に思わず顔をしかめる。ここはどこだろうか。先程まで寮にいたはずだ。実際、エプロンを身に着けたままでいる。

 

「祇園!?」

 

 不意に聞こえてきた声。見れば、そこにいたのは二つの見覚えのある人影。

 十代と明日香だ。

 

「十代くん、明日香さん」

「祇園、あなたもここへ?」

「あの、状況がわからないんだけど……」

 

 明日香の言葉に頷きつつ、周囲に視線を送る。下に見えるのは溶岩で、自分たちは何やら見えない足場に立っているようだ。

 正直、冷静に考えると夢と思うような状況だ。しかし、肌を焼くような暑さがそれを否定する。

 

(それに、こういう不可解な状況は体験した)

 

 遺跡の向こうで見た、精霊たちの世界。

 そこで突きつけられた、〝神〟の力。

 あんなモノを見た後である今なら、これも現実と受け入れることができる。

 

「とりあえず、ここはどこかを確認しないと」

「――その必要はない」

 

 全身に、悪寒が奔る。まるで、逃げろと本能が告げているように感じた。

 弾かれたように声がした方を見る。そこにいるのは、二つの人影。

 

 

「ここはアカデミア本当に存在する火山。そして私はセブンスターズが一角、ダークネス」

「右に同じく。セブンスターズが一角、カムル」

 

 

 共に仮面を着けているが、間桐雰囲気は全く違う。ダークネス――そう名乗った男は仮面で顔を隠した長身の青年だ。どことなく威圧感があり、闇という名に相応しい雰囲気を身に纏っている。

 対し、もう一人の方は鬼の面を被った異様な顔に対し、その全身をローブで隠しているため身体的な特徴さえも確認できない。だが、仮面の奥に光る眼の冷たさだけは伝わってくる。

 

「お前らがセブンスターズか!」

「如何にも。……七星門の鍵は持っているな?」

 

 ダークネスの言葉に対し、三人は無言で視線だけを返す。成程、とダークネスが頷いた。

 

「ならばこれ以上の問答は不要だ。遊城十代。何の因果かは知らないが、私はこの場所へと導かれた。よって、この場で貴様を倒す。最初の相手は貴様だ!」

「いいぜ、やってやる!」

 

 デュエルディスクを取り出し、ダークネスの言うままに構えようとする十代。だが、その十代の肩を祇園が掴んだ。

 

「待って、十代くん」

「何だよ祇園」

「落ち着いて。この状況は普通じゃない。相手が誘い込んできた場所で戦うのは得策じゃないよ。せめてここを出ないと」

「そうよ十代。焦っては駄目。相手は鮫島校長を意識不明に追い込んだような集団よ。用心はするべきだわ」

 

 祇園の言葉に明日香も頷く。そう、これは試合ではなく、更に言えばゲームですらない。ここに誘い込んだのはセブンスターズだ。ならば、ここで戦うのは得策ではないだろう。

 逃げる――時にはその行為が必要なこともある。

 だが、祇園の提案はカムルの言葉によって遮られる。

 

「成程、十五、六の若造とは思えない冷静さですね。足が震えているのが愛嬌ですが」

「…………」

「ご安心を。正体不明の相手を前にすれば、恐怖を覚えるのは道理です。ですが、一つ忠告です。逃げることはオススメしません」

「……どういう意味?」

「〝百聞は一見に如かず〟――いい言葉ですね。本当に。大好きな言葉ですよ」

 

 カムルの言葉と共に、彼の背後に大きな火柱が上がる。

 ――そして、現れた光景に祇園は息を呑んだ。

 

 

「アニキ! 祇園くん!」

「助けて欲しいんだな!」

 

 

 そこにいたのは、球体の様なモノに閉じ込められた二人の友人。

 悲痛な叫びが、耳を刺す。

 

「翔! 隼人!?」

「どうして二人が!?」

「有体に言えば、人質ですね」

 

 狼狽する二人に対し、カムルが肩を竦めて応じた。明日香があなた、と叫ぶ。

 

「人質なんて卑怯よ!」

「それを咎める者、罰する者がどこにいるというのです?」

 

 真理と言えば真理。そう、これは試合ではないのだ。

 ルール無用の奪い合い。その現実を、喉元に突きつけられる。

 

「ふん。あの二人を助けたくばこの私を倒してみろ、遊城十代」

「いいぜ、やってやる。いくぞ、ダークネス!」

「いいだろう! これは闇のゲーム! 敗れた者はその魂をこのカードに封印される!」

 

 ダークネスが取り出したのは、絵柄の書かれていない一枚のカード。闇のゲーム――その言葉に、十代と祇園が息を呑む。

 

「互いの魂と命を懸けた戦い……! さあ、始めるぞ!」

「上等だ! 翔、隼人! 待ってろ! 今すぐ助ける!」

 

 二人の熱を受けたように、轟音とともに火柱が上がる。

 その姿は、まるで焔を纏った竜のようだった。

 

「「決闘!!」」

 

 そして、デュエルが始まる。

 正体不明の敵、セブンスターズとの……戦いが。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「先行は私だ! ドロー!――モンスターをセットし、カードを二枚伏せる! ターンエンド!」

「俺のターン、ドロー! 最初から全開だ! 手札より『沼地の魔神王』を捨て、『融合』を手札に! そして魔法カード『融合』を発動! 手札の『E・HEROフェザーマン』と『E・HEROバーストレディ』を融合!! 来い、マイフェイバリットヒーロー!! 『E・HEROフレイム・ウイングマン』!!」

 

 E・HEROフレイム・ウイングマン☆6風ATK/DEF2100/1200

 

 現れるのは、十代が最も信頼を置くHERO。龍頭の腕を持つ英雄だ。

 この英雄と共に、十代はいくつもの死線を越えてきた。

 

「バトル! フレイム・ウイングマンでセットモンスターを攻撃!!」

「セットモンスターは『仮面竜』だ! このカードが戦闘で破壊された時、デッキから攻撃力1500以下のドラゴンを一体特殊召喚する! デッキよりチューナーモンスター、『炎龍』を特殊召喚!」

 

 仮面竜☆3炎ATK/DEF1400/1100

 炎龍☆2炎・チューナーATK/DEF1400/600

 

 リクルーターによってフィールド上に姿を現す炎の龍。まだだ、と十代は叫んだ。

 

「フレイム・ウイングマンは相手モンスターを戦闘で破壊した時、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与えることができる! フレイム・シュート!!」

 

 戦闘破壊したモンスターの攻撃力をそのまま相手に叩き込むという超が付くほどに強力なモンスター効果。決まればそれだけで一気に相手を追い込める。

 ――だが、十代の信じるヒーローは彼の呼びかけに応じない。

 

「フレイム・ウイングマン?」

 

 不審に思い、相棒へと声をかける十代。それに応えるように、ダークネスが笑った。

 

「ダメージステップ時、私はこのカードを発動させてもらった。速攻魔法『禁じられた聖杯』。モンスターの効果を無効にし、攻撃力を400ポイントアップする」

 

 E・HEROフレイム・ウイングマン☆6風ATK/DEF2100/1200→2500/1200

 

 あらゆる奇跡を起こすとされる聖遺物によって得られる力の代償として、己の力を一時的にせよ失ったフレイム・ウイングマン。くっ、と十代は呻いた。

 

「俺はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ!」

「私のターン、ドロー!――往くぞ、私は手札より『聖刻龍―アセトドラゴン』を召喚! このモンスターは攻撃力が1000となる代わりに妥協召喚できる!」

 

 聖刻龍――アセトドラゴン☆5光ATK/DEF1900/1200→1000/1200

 

 現れるのは、闇を名乗る男には似つかわしくない聖なる刻印を持つ龍。聖刻龍、と十代が眉をひそめた。

 

「見たことないモンスターだな……」

「安心しろ。すぐにわかる。――アセトドラゴンを生贄に、『聖刻龍―シユウドラゴン』を特殊召喚! シユウドラゴンは自分フィールド上の聖刻龍を生贄に捧げることで特殊召喚できる! そして生贄に捧げたアセトドラゴンの効果を発動! デッキより攻守を0にし、ドラゴン族の通常モンスターを一体特殊召喚する! 来い――『真紅眼の黒竜』!!」

「れ、レッドアイズだって!?」

 

 驚愕の声。それと共に、竜の嘶きが響き渡る。

 

 聖刻龍―シユウドラゴン☆6光ATK/DEF2200/1000

 真紅眼の黒竜☆7闇ATK/DEF2400/2000→0/0

 

 勝利をもたらす蒼き竜の対極。

 可能性を持つ、赤き眼を持つ黒竜が降臨する。

 

「……ッ、けどレッドアイズの攻撃力は0! 大したことはできないはずだ!」

「ふっ、甘いな。戦いが竜の血を滾らせ、レッドアイズの可能性を更なる領域へと誘う。――レッドアイズを生贄に捧げ、『真紅眼の闇竜』を特殊召喚!!」

 

 真紅眼の闇竜☆9闇ATK/DEF2400/2000→3000/2000

 

 現れるのは、黒き竜が闇の力を纏った姿。

 その身より放たれるどす黒い闇が、周囲の空間を支配する。

 

「ダークネスドラゴンは、墓地のドラゴン族モンスター一体につき攻撃力が300ポイントアップする。更に行くぞ、レベル6シユウドラゴンにレベル2、炎龍をチューニング! シンクロ召喚! 来い、『ライトエンド・ドラゴン』!」

 

 ライトエンド・ドラゴン☆8光ATK/DEF2600/2100

 

 神々しいまでの光を放ち、純白のドラゴンが顕現する。闇の中においても、その光に陰りはない。

 本来ならば闇に対抗するべきなのであろうその光はしかし、この場においては敵。

 光と闇。相反する力が並び立つ。

 

「そして最後の手札だ。魔法カード『竜の霊廟』。デッキからドラゴン族モンスターを墓地に送り、それが通常モンスターならば続けてモンスターを墓地に送ることができる。デッキから『真紅眼の黒竜』を墓地へ送り、更に『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を墓地へ。そして永続罠『リビングデッドの呼び声』を発動! 墓地よりレッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンを蘇生! そして効果により、レッドアイズを蘇生する!!」

 

 ライトエンド・ドラゴン☆8光ATK/DEF2600/2100

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇ATK/DEF2800/2400

 真紅眼の闇竜☆9闇ATK/DEF2400/2000→3600/2000

 真紅眼の黒竜☆7ATK/DEF2400/2000

 

 僅か、一ターン。

 その一瞬で、圧倒的な力を持つドラゴンたちが降臨する。

 

「つ、強ぇ……!」

「遊びではないのだ。――いけ、ダークネスドラゴン! フレイム・ウイングマンに攻撃!!」

「ぐっ、う、うああああああああっっっ!?」

「十代!?」

 

 直撃を貰った瞬間、全身を激痛が駆け抜けた。あまりの痛みに、思わず膝をついてしまう。

 背後から聞こえてくる明日香の悲痛な声が、嫌に響いた。

 

 十代LP4000→2500

 

 この痛みは幻ではない。現実だ。

 

「闇のゲームがただのゲームと思ったか? 相応のダメージは負ってもらうぞ。――追撃だ!」

「ぐっ、罠カード発動! 『ヒーロー・シグナル』! モンスターが破壊された時、デッキからレベル4以下のE・HEROを特殊召喚する! 来い、『E・HEROバブルマン』! そしてフィールド上に何もカードがない時にバブルマンの特殊召喚に成功したため、カードを二枚ドロー!」

「それがどうした! レッドアイズでバブルマンを攻撃!」

「ぐっ……! バブルマン!」

 

 竜の力には敵わず、バブルマンが吹き飛ばされる。終わりだ、とダークネスが宣言した。

 

「所詮はこの程度か。――ダークネスドラゴンでダイレクトアタック!」

「――手札より『速攻のかかし』の効果を発動! その攻撃を無効にし、バトルフィズを強制終了する!」

 

 一体のかかしがダークネスドラゴンの眼前に現れ、その攻撃を逸らす。ふん、とダークネスは鼻を鳴らした。

 

「所詮はこの程度か。ターンエンドだ!」

「ぐっ……、ドロー!」

 

 手札は、四枚。普通なら多いように思えるこの手札も、今は心もとない。

 並び立つ四体のドラゴン。その力は圧倒的で、強大だ。

 

(けど、諦めねぇ……諦めてたまるか!)

 

 息を吸う。視線の先にいるのは、囚われた二人の友。

 あの二人を救うため。何より、勝ってちゃんと帰るために。

 

 遊城十代は、前を見る。

 その目に、焔を宿しながら。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 眼前で始まったのは、闇を纏うゲーム。

 いや、これは最早ゲームではない。一種の、殺し合いだ。

 

「十代くん……」

 

 見守ることしかできない自分が歯痒い。逃げる手段を探そうにも、翔と隼人の二人を人質にとられた現状では迂闊に動くこともできない。

 どうするか――祇園がそんな思考を巡らせていると。

 

「――敵はもう一人いるというのに、実に呑気ですね」

 

 不意に、背後から声が聞こえてきた。振り返ると、そこにいたのは鬼の面を被ったモノ。

 男なのか、女なのか。人工音声のせいでそれさえもわからない。

 

「…………ッ」

「さて、それでは私も私の役目を果たしましょう。――夢神祇園、でしたか? あなたが持つ鍵を渡して頂きたい」

 

 漆黒の手袋をした右手を差しだし、カムルがそう提案してくる。祇園は一つ息を吸うと、どうして、と言葉を紡いだ。

 

「どうして、僕の名前を?」

「攻め入る場所の要人ぐらい調べるモノです。そして、その力関係も。……大方、私たちを道場破りか何かだと勘違いしていたのでしょう? 甘い話です。これはそこまで単純な話ではありません。我々は掠奪者であり、あなた達はそれを守ろうとしている。そこに相互理解は有り得ない」

 

 選びなさい。

 鬼の面は、静かに告げた。

 

「素直にその鍵を渡し、己が甘さを悔いて引き籠るか。

 それとも覚悟もなく、迷いを抱えたその状態で私と戦い――敗北するか」

 

 迷い。その言葉が、胸に突き刺さる。

 そうだ、自分は迷っている。いや、違う。――恐れているのだ。

 命を懸けた……戦いを。

 

「待って! 戦いなら私がやるわ!」

 

 祇園の背後からそんな声が飛ぶ。明日香だ。デュエルディスクを取り出す彼女にしかし、カムルは首を左右に振ることで応じる。

 

「私の敵は彼です。貴女ではありません」

「どうして?」

「敵というのは、弱い方から倒すのが定石でしょう?」

 

 チリッ、と。

 まるで火に炙られたかのような感覚を……覚えた。

 

「目を見ればわかります。迷いのある瞳。そんな目をした者が、強いはずがありません」

 

 ……別に、強さを誇っているわけではない。

 むしろ、自分は弱いとそんなことばかりを実感する。

 けれど。

 それでも。

 ――見知らぬ者に〝弱い〟と言い捨てられ、黙っている道理はない。

 

「……少しは、マシな顔つきになったようですね」

 

 答える言葉はない。あるのは、目の前の現実だけ。

 

「「決闘!!」」

 

 そして、戦いが始まる。

 

「先行は私です。――私は手札より、『ダーク・グレファー』を召喚」

 

 ダーク・グレファー☆4闇ATK/DEF1700/1600

 

 現れたのは、漆黒の体躯をした闇の戦士だ。かつては光の戦士であった男が堕ちた姿である。

 

「そしてダーク・グレファーの効果を発動。手札から闇属性モンスターを捨てることで、デッキから闇属性モンスターを一体、墓地に送ります。手札より『インフェルニティ・ネクロマンサー』を捨て、デッキから『インフェルニティ・デーモン』を墓地へ」

 

 インフェルニティ――聞き慣れないカテゴリーに祇園は眉をひそめる。カムルはさらに二枚のカードを伏せると、ターンエンド、と宣言した。

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 カードをドローする。手札はあまり良くはない。だが、相手のデッキの形が不明である以上多少無理してでも状況をこちらへ引き寄せなければならない。

 

「相手フィールド上のモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターがいないため手札から『TGストライカー』を特殊召喚! 更に手札より『ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―』を召喚!!」

 

 TGストライカー☆2地・チューナーATK/DEF800/0

 ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―☆4闇ATK/DEF1500/1100

 

 並び立つ二体のモンスター。祇園のデッキはまずモンスターを並べなければ何もできない。

 

『マスター、ご無事ですか?』

 

 現れると共にそう言葉を紡ぐドラゴン・ウイッチ。祇園はウイッチ、と驚きの声を上げた。

 

「どうして……」

『ここには闇の力が満ちています。通常、起こり得ないことが起こってしまうほどに歪んだ空間。……お気をつけて』

「うん。ありがとう」

 

 本来なら見ることも声を聞くこともできないはずの精霊が見え、声が聞こえるという現実。成程、確かに異常な空間だ。

 いっそ夢ならば――そんな、どうでもいいことが頭を過ぎる。それを感じ取ったわけでもないだろうが、カムルが言葉を紡いだ。

 

「精霊……いえ、少々特異な精神体のようですね。成程、精霊のカードを持つ者でしたか。――とはいえ」

 

 仮面の奥。あまりにも冷たい瞳が、こちらを射抜く。

 

「精霊の加護はないようですね。選ばれなかった者――凡夫ですか」

『それ以上のマスターに対する侮辱は控えろ、下郎。人質をとるなど……』

「ほう?」

 

 

 ――闇が、吹き荒れる。

 底のない、絶対的な闇が……世界を支配する。

 

 

「……う……」

 

 視界が歪み、頭痛が響く。

 あまりにも濃い闇が、体の力を奪っていく。

 

『マスター!! 気を確かに!!』

 

 同時、周囲に光が溢れた。ごほっ、と祇園は血を吐くように前を見る。

 

『一時的にですが、闇を払いました。腹に力を入れてください。決して呑まれてはなりません』

「……ッ、ありがとう、ウイッチ」

 

 ウイッチに礼を言う。周囲が闇に閉ざされ、十代と明日香の姿はもう見えなくなっていた。

 

『いえ……、それよりも、問題は』

 

 ウイッチが前を見る。そこにいるのは、闇を纏う鬼の仮面を着けたモノ。

 まるで従えるようにして闇と共にあるその姿は、物の怪のように見えた。

 

「耐えましたか。これで倒れてもらえるならば手間がかからずよかったのですが」

「……倒れて、たまるか」

 

 まだ、一度も向って行っていない。

 この闇に、抗ってさえいないのに。

 

「更に手札から『レベル・スティーラー』を捨て、『クイック・シンクロン』を特殊召喚! クイック・シンクロンのレベルを一つ下げ、レベル・スティーラーを特殊召喚!!」

 

 クイック・シンクロン☆5→4・チューナー風ATK/DEF700/1400

 レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0

 

 更に増える、二体のモンスター。いくぞ、と祇園は宣言した。

 

「レベル4、ドラゴン・ウイッチに、レベル4、クイック・シンクロンをチューニング! シンクロ召喚! 来い、『ジャンク・デストロイヤー』!!」

 

 ジャンク・デストロイヤー☆8地ATK/DEF2600/2500

 

 巨大なロボットが出現し、その振動で大地が揺れる。効果発動、と祇園叫んだ。

 

「ジャンク・デストロイヤーのシンクロ召喚成功時、チューナー以外に素材にしたモンスターの数までフィールド上のカードを破壊できる! 右の伏せカードを破壊!」

「『禁じられた聖杯』ですね。発動するだけ無駄である以上、破壊されます」

 

 破壊したのは効果向こうのカード。残る相手の伏せカードは一枚だが――

 

「ここは、踏み込む……! レベル8、ジャンク・デストロイヤーとレベル1、レベル・スティーラーにレベル2、TGストライカーをチューニング!! 星々を喰らう絶対なる竜!! その煌めきを今ここに!! シンクロ召喚!!――『星態龍』!!」

 

 その強大さ故に、フィールドに現れるのは頭部のみ。

 世界さえも喰らう絶対なる龍が、降臨する。

 

 星態龍☆11光ATK/DEF3200/2800

 

 咆哮が、大気を震わせ。

 闇さえも――打ち払う。

 

「バトル!! ダーク・グレファーに攻撃!!」

「――――」

 

 カムルLP4000→2500

 

 光がカムルを呑み込み、轟音が響き渡る。

 宙を舞うのは……鮮血。

 

「……血……?」

「これは闇のゲームです。私はダークネスのように魂をカードに封じろなどとは言いませんが……代償を肉体へのダメージによって求めます。よくて大怪我、最悪死。苦痛の果ての戦いこそ、闇のゲーム」

 

 その身に纏ったローブより滴る血を周囲に撒き散らし、カムルが宣言する。狂ってる、と祇園は呟いた。

 

「必要のない痛みを求めることに、何の意味があるんだ」

「苦痛もないままに手にしたモノに、意味などありません。良くも悪くも」

 

 雑じり合うことのない論理。カムルがドロー、と宣言した。

 

「――私は手札より『インフェルニティ・リベンジャー』を墓地に送り、魔法カード『ワン・フォー・ワン』を発動。デッキより、『インフェルニティ・ミラージュ』を特殊召喚」

 

 インフェルニティ・ミラージュ☆1闇ATK/DEF0/0

 

 現れるのは、奇妙な格好をした悪魔だ。更に、とカムルは言葉を紡ぐ。

 

「永続魔法『インフェルニティ・ガン』を発動。……これで、私の手札は0となりました」

 

 両手を広げ、まるで誇るようにそんなことを言うカムル。通常、とカムルは言葉を続けた。

 

「通常、手札を失うということはそれだけ敗北に近付くということです。しかし、たった一つだけ例外がある。ハンドレス・コンボ――手札が0の時にこそ、インフェルニティは輝く。インフェルニティ・ミラージュの効果を発動。手札が0枚の時、このカードを生贄に捧げることで、墓地からインフェルニティ二体を特殊召喚する。墓地よりデーモンとネクロマンサーを蘇生」

 

 インフェルニティ・デーモン☆4闇ATK/DEF1800/1200

 インフェルニティ・ネクロマンサー☆3闇ATK/DEF0/2000

 

 二体のモンスターが並ぶ。効果発動、とカムルは告げた。

 

「インフェルニティ・デーモンは手札が0枚の時に特殊召喚に成功すると、デッキから『インフェルニティ』と名の付いたカードを手札に加えることができます。『インフェルニティ・バリア』を手札に加え、セット。そしてネクロマンサーは手札が0枚の時、一ターンに一度墓地からインフェルニティを蘇生できる。インフェルニティ・リベンジャーを蘇生」

 

 インフェルニティ・リベンジャー☆1闇・チューナーATK/DEF0/0

 

 これでチューナーを含む三体のモンスターが並んだ。

 レベルは――8。

 

「レベル4、インフェルニティ・デーモンとレベル3、インフェルニティ・ネクロマンサーにレベル1、インフェルニティ・リベンジャーをチューニング。シンクロ召喚。降臨せよ――インフェルニティ・デス・ドラゴン」

 

 雷鳴が轟き、溶岩の底より一体の竜が現れる。

 いくつもの目を持つその姿は、正しく……異様。

 

 インフェルニティ・デス・ドラゴン☆8闇ATK/DEF3000/2400

 

 咆哮が、周囲に響き渡る。マスター、とウイッチが祇園の側へ姿を現した。

 

『これは、危険です。闇が、強過ぎる』

「インフェルニティ・デス・ドラゴンの効果を発動。一ターンに一度、攻撃出来なくなる代わりに相手モンスター一体を破壊し、その攻撃力の半分のダメージを相手に与える。狙うのは、無論……星態龍」

「――――ッ!?」

 

 咆哮が響き、星態龍が吹き飛ばされる。

 レベル11――その破格のモンスターでさえ、一瞬の時間稼ぎにもならない。

 

 祇園LP4000→2400

 

 LPが大きく削られ、衝撃が駆け抜ける。

 そして。

 

 ――バツン。

 

 何かが弾けるような音と共に、鮮血が周囲に撒き散らされた。祇園の右の額が割れ、そこから血が噴き出したのだ。

 

「ッ、……あ、う……!?」

『マスター!?』

 

 思わず膝をつく祇園。右の視界が朱に染まり、視界が奪われた。

 ウイッチの悲痛な叫びが響き渡り、闇が更にその濃度を増す。やはり、とカムルが告げた。

 

「精霊の加護もなき身では、闇のゲームは荷が重い。……いたぶるのは趣味ではありません。ここで終わらせて差し上げましょう。永続魔法、インフェルニティ・ガンの効果を発動。このカードを墓地に送ることで、墓地からインフェルニティを二体、特殊召喚。蘇生するのはデーモンとネクロマンサー。そしてデーモンの効果により『インフェルニティ・ブレイク』を手札に加え、セット。そしてネクロマンサーの効果により、リベンジャーを蘇生」

 

 インフェルニティ・デーモン☆4闇ATK/DEF1800/1200

 インフェルニティ・ネクロマンサー☆3闇ATK/DEF0/2000

 インフェルニティ・リベンジャー☆1闇・チューナーATK/DEF0/0

 

 再び並ぶ三体のモンスター。シンクロ召喚、とカムルは告げた。

 

「降臨せよ――『煉獄龍オーガ・ドラグーン』」

 

 轟音と共に、巨大な門が再び溶岩の底より湧き上がる。

 重々しい音と共に現れたのは、血のように紅き――龍。

 

 煉獄龍オーガ・ドラグーン☆8闇ATK/DEF3000/3000

 

 並び立つ二体の龍。祇園には、その威容が絶望としか映らなかった。

 

「バトルです。オーガ・ドラグーンでダイレクトアタック」

「『速攻のかかし』! 直接攻撃を無効に!」

「……愚かなことです。苦痛が続くだけだというのに」

 

 ターンエンド。カムルがそう宣言する。祇園の手札は一枚。このドローで、どうにか――

 

「僕のターン、ドロー! 手札より『ジャンク・シンクロン』を召喚! 効果で――」

「カウンタートラップ、『インフェルニティ・バリア』。インフェルニティが表側攻撃表示で存在する時、相手の発動した魔法・罠・モンスター効果を無効にする」

 

 その時、脳裏を過ぎったのは。

 

「か、カードを、セット。ターンを――」

「罠カード、『インフェルニティ・ブレイク』。墓地のインフェルニティと名の付いたカードを除外し、相手フィールド上のカードを一枚破壊します。インフェルニティ・バリアを除外し、セットカードを破壊」

 

 たった、二文字の。

 

「……最早、ハンドレスにする意味さえありません。これが、終焉です」

 

〝絶望〟という、言葉――……

 

『マスター、逃げて!!』

「逃がすとでも? これが愚かな選択の代償です。二体のモンスターでダイレクトアタック」

「――――――――」

 

 凄まじい衝撃が全身を駆け抜け。

 朱の色が、視界を染め上げた。

 

 祇園LP2400→-3600

 

 その体が、前のめりに倒れる前に。

 その意識が、闇へと消えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 伝説に語られる竜たち。その姿は、確かに美しい。

 

 ライトエンド・ドラゴン☆8光ATK/DEF2600/2100

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇ATK/DEF2800/2400

 真紅眼の闇竜☆9闇ATK/DEF2400/2000→3600/2000

 真紅眼の黒竜☆7ATK/DEF2400/2000

 

 しかし、敵として考えるならば、その姿はまさしく絶望。

 だが、思い出して欲しい。

 強大な闇。どうしようもない絶望。

 それらに立ち向かい、人々を救う者を――世界は、何と呼んだのか。

 

「手札より魔法カード『融合』を発動!! 手札の『E・HEROスパークマン』と『E・HEROアイスエッジ』を融合する! HEROと水属性モンスターの融合により、極寒のHEROが姿を現す! 来い、『E・HEROアブソルートZero』!!」

 

 一部では『最強』とまで謳われるHERO。その力は、たった一枚で状況をひっくり返すことさえ可能とする。

 

 E・HEROアブソルートZero☆8水ATK/DEF2500/2000

 

 火山の火口に居ながらも、氷を纏って降臨するHERO。バトルだ、と十代は宣言した。

 

「アブソルートZeroでレッドアイズを攻撃!」

「ぐうっ……!」

 

 ダークネスLP4000→3900

 

 呻き声を上げるダークネス。十代は眉をひそめた。

 

「お前も傷を……」

「そうだ、これが闇のゲーム……! 私のターン、ドロー! 魔法カード『龍の霊廟』を発動! デッキから『ガード・オブ・フレムベル』と『真紅眼の飛竜』を墓地へ送る! そして墓地のドラゴンが増えたことにより、ダークネス・ドラゴンの力が上昇!!」

 

 真紅眼の闇竜☆9闇ATK/DEF2400/2000→4200/2000

 

 更に力を増す闇の竜。バトルだ、とダークネスは言葉を紡いだ。

 

「ダークネス・ドラゴンでアブソルートZeroを攻撃!!」

「ぐっ、うああああああああっっっ!?」

「十代!?」

 

 十代の悲鳴と、明日香の叫びが重なる。

 その体が、ゆっくりと地面に倒れ込んだ。

 

 十代LP2500→800

 

 しかし、十代の身体は倒れてもHEROの矜持はそこにある。フィールドを離れたことにより、Zeroの効果が発動。ダークネスの場にいたモンスターを全て粉砕した。

 だが……それでも、レッドアイズは死なない。

 

「エンドフェイズ、墓地の『真紅眼の飛竜』の効果だ。通常召喚を行っていないターンのエンドフェイズ時、このモンスターを除外することでレッドアイズと名の付いたモンスターを一体蘇生する。来い――『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』ッ!!」

 

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇ATK/DEF2800/2400

 

 甦る最強のレッドアイズ。十代の手札はたった一枚。それを見、もうやめて、と明日香が告げた。

 

「鍵なら私のモノを渡すわ。だから――」

「――待てよ、明日香」

 

 鍵を取り出し、差し出そうとする明日香。その手を、十代が掴み取る。

 

「まだ、何も終わってない」

「十代、でも」

「大丈夫だ。俺は、負けねぇ。――ドローッ!!」

 

 カードを引く。これで手札は二枚。今、できることは――

 

「魔法カード『戦士の生還』を発動!! 墓地からバブルマンを回収! そしてバブルマンを召喚! フィールド上に何もモンスターがいない時に召喚に成功したため、カードを二枚ドロー! 魔法カード、『融合回収』を発動! 墓地からスパークマンと融合を回収!」

 

 流れるような手札増強。アニキ、という叫び声が聞こえた。

 視線を送る。翔と隼人を包む球体はもう限界だ。ここで決めなければならない。

 

「魔法カード『ホープ・オブ・フィフス』!! 墓地の『E・HERO』五体をデッキに戻し、カードを二枚ドローする! 俺はフレイム・ウイングマン、アブソルートZero、フェザーマン、エッジマン、バーストレディの五体を戻し、二枚ドロー!」

 

 これで手札は五枚。望んだカードは――手に入った!!

 

「魔法カード『E―エマージェンシーコール』を発動! デッキから、『E・HEROフェザーマン』を手札に!! いくぞ、魔法カード『融合』を発動!!」

 

 周囲に満ち溢れる闇の中。

 光を取り戻すためにHEROが、降臨する。

 

(力を貸してくれ――紅葉さん!!)

 

 守るために。

 救うために。

 HEROとは――英雄とは、そのためにいるはずだから。

 

「バブルマン、フェザーマン、スパークマンの三体で融合!! 来い、『V・HEROトリニティー』!!」

 

 V・HEROトリニティー☆8闇ATK/DEF2500/2000→5000/2500

 

 現れるのは、〝ヒーロー・マスター〟より託されたカード。

 その姿を見、ダークネスが狼狽する。

 

「攻撃力5000――だと!?」

「まだだ!! 魔法カード『ミラクル・フュージョン』!! 墓地のフェザーマン、スパークマン、バブルマンを除外!!  融合召喚!! 来い、『E・HEROテンペスター』!!」

 

 風が吹き荒れ、竜巻より一体の英雄が現れる。

 

 E・HEROテンペスター☆8風2800/2800

 

 こちらもまた、三人の英雄の力が合わさって生み出された英雄。

 その力は、正しく強力。

 

「いくぞ、バトルだ! トリニティーでレッドアイズを攻撃!!」

「ぐっ、うおおおおおおっっっ!?」

 

 ダークネスの咆哮と共に、闇が少しずつ消えていく。

 押し切る――十代はあらんかぎりの力を込め、宣言した。

 

「いけっ、テンペスター!! 闇を打ち払え!!」

 

 ダークネスへと向かっていくテンペスター。その背に、相棒たるハネクリボーがその姿を重ねる。

 

「ぐっ、う、うおおおおおおおおっっっ!?」

 

 そして、叩き込まれた一撃は。

 長い長い戦いを、ようやく終わらせた。

 

 ダークネスLP3900→1700→-1100

 

 ダークネスがその場に倒れる。十代もまた、その場に膝をつき。

 

「十代!!」

 

 明日香のその叫びを最後に、その意識を手放した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 弾かれてきた七星門の鍵をキャッチする。鍵を濡らす真紅の滴は、あの少年の血液か。

 

「学生である以上、覚悟にも限度があります」

 

 鍵を握り締めたカムル。その視線の先にいるのは、膝をつき、ボロボロの姿でこちらを睨む魔術師。

 そして、その背後で倒れ伏し、血溜りを作る一人の少年だ。

 

「手出しはさせない、とでも言いたげな様子ですが。鍵を手に入れた以上、もう興味はありません」

 

 魔術師は応じない。目の焦点が合っていないことから、意識も朦朧としているのだろうと推測できる。

 

「どの道、あなたも限界でしょう?……それでは、さようなら。ダークネスが敗れたようですが……まあ、鍵を一つ手に入れたこちらの勝ちというところでしょうか」

 

 魔術師の姿が、徐々に消えていき。

 闇もまた、薄れていく。

 

 雨が、鬼の面を打つ。

 どうやら、空も随分機嫌が悪いらしい。

 

「はてさて、どうなるやら――」

 

 立ち去ろうとするカムル。その足が、不意に止まった。

 振り返ることはない。そんなことはせずとも、わかる。

 

(立った、のか)

 

 あの状態で。

 あれだけの絶望を前にして。

 

(欠片でも意識があることさえ、奇跡なのに)

 

 立っているなど、ありえない。

 それどころか、心が折れていて然るべき。

 

 ――けれど、立っている。

 意識のほとんどを失いながら。

 ――それでも、こちらを見つめている。

 最早、目に映るモノの一つも認識できないのであろうに。

 

「……拾った命ならば、大事にするべきです」

 

 言い捨て、その場を立ち去っていく。

 

 ――しばらくして、人が倒れる音が響いた時。

 その場に、鬼はいなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「アニキ!!」

「十代!!」

 

 解放された二人が十代の元へ駆け寄る。いつの間にか場所は火山の外へと移動していた。

 

「一体、何があったというんだ……」

 

 呆然と呟く声は、三沢の発したもの。十代が傷だらけで倒れ、その傍には見知らぬ青年とその青年を泣きながら抱きかかえる明日香。

 

「明日香、何があった」

「別の、魂が。別の魂が入ってたの。でも、それが消えて。帰って来たの。兄さんが、帰って」

 

 要領を得ない明日香の言葉に困惑しつつ、亮はその視線を明日香が抱きかかえる青年に向ける。

 そしてそこにあった顔に、亮もまた、呆然とした声を漏らした。

 

「……吹雪……」

 

 そこにいたのは、消えてしまった友。

 天上院、吹雪。

 

 ――そして。

 

「おい、夢神!! 目を覚ませ!! くっ、血が止まらん!?」

「この出血はマズいわね……。人は呼んだけれど、早く運んだ方がいいわ」

「俺が運ぶ。手伝え万丈目」

「あ、ああわかった。お前たちも十代を早く運べ!」

 

 血溜りの中心に倒れる、一人の少年。

 

 セブンスターズによる、最初の襲撃は。

 あまりにも大きな爪痕を、残していった。

 

 

 

 

 

 












というわけで、ようやくスタートセブンスターズ。
多分、レッドアイズには無限の可能性があると思うのです。





さてさて、いきなりボロ雑巾にされた祇園くん。仕様ですね最早。
次回ですが、人気投票で意外と上に入った新井さんの短いお話と、ちょっとしたおまけを予定してます。

比較的早いはずなんで、どうぞよろしくお願いします。


どもども、ありがとうございました。


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間章 想いと、言葉と、その意味と

 

 

 

 

 

 大阪というのは人がとても多い都市だと防人妖花はそう思う。

 そして、人が多く生きる場所には必然として多くの〝人に非ざる者〟が存在するのだとも。

 

「おはようございます~」

 

 ある者はそれを〝精霊〟と呼び。

 ある者はそれを〝幽霊〟と呼ぶ。

 

(天気が良いと、気持ちいいです)

 

 幼い頃――それこそ物心ついた時から、〝視えて〟はいた。

 本当に子どもの頃は、人との見分けがつかなかった覚えがある。今は何となくわかるが、人の姿をした精霊という存在は力を持つ者ほど存在感が強く、ふとした時に間違えてしまうのだ。

 ただ、それがおかしなことだとは思わなかった。

 両親も視えていたし、それが日常だったからだ。

 けれど、あの村を出て。

 それが『普通』ではないと、ようやく気付く。

 

(澪さんは、「それもキミの個性だ」って言ってくれましたけど……)

 

 普通じゃない、ということは時として不安になる。

 何が普通なのかも、わかっていないのだけれど。

 

「……えっと、今日は何を作りましょうか」

 

 電車を降り、駅から歩き出しながら妖花は首を傾げる。今日は澪も仕事はなく、家にいるはずだ。学校のことは……まあ、あの人は大丈夫なのだろうと思う。

 義務教育、という概念を教えてもらったのもこっちへ来てからだ。住んでいた村には学校はなく、また、教育を受けるべき年齢の人間は自分しかいなかったために学校というモノに通ったことはない。

 一応、ペガサス会長の好意もあって外部で授業は受けているが……こういうところも、普通ではないのだろう。

 まあ、それについては今更だ。とにかく、今は夕食を考えなければ。

 そう思い、いつも使っているスーパーへと足を向けた時。

 

『…………』

「どうしたの?」

 

 不意に、服の裾を掴まれた。振り返ると、いつも自分についてくる毛むくじゃらのモンスター――『クリッター』が、服の裾を引いている。

 幼い頃から常に一緒にいる精霊だ。言葉を発することはないが、何となく想いは伝わってくる。

 ちなみにいつもならどこからか精霊が寄ってきたりもするのだが、今日はいない。

 

『…………』

「えっ、あっち――あれ?」

 

 もう片方の手で一方向を指差すクリッター。その先に、妖花は珍しい人影を見つけた。

 

「新井、さん?」

「んー?」

 

 こちらの声に気付き、振り返る一人の青年。その手には花束が握られている。

 

「あれ? 何でこんなとこに?」

「えっと、私は夕食のお買い物に行こうと思っていまして……」

「ああ、そうか。今は〝祿王〟のとこに世話になってるんだったよな。東北出身ってのが印象強過ぎて驚いたよ」

 

 はっは、と快活に笑う新井。あの、と妖花は新井へと問いかけた。

 

「新井さんは、どうして大阪に?」

「ん? まあ、用事だよ。一つは今さっき終わった。で、この花束はプライベートで必要でな」

 

 苦笑しつつ言う新井。そうなんですか、と妖花が頷くと、新井がんー、と唸りつつ妖花へ問いかけた。

 

「そういや、巫女なんだよな?」

「はい。えっと、見習いの様なものですけど……」

「……ならさ、死者の弔いとかって……できるか?」

 

 そう言って、新井は遠くを見つめる。

 そして、彼はポツリと呟いた。

 

「命日なんだよ。……祖父の」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 現日本アマチュア№1デュエリスト、新井智紀。

 名門中の名門である晴嵐大学で一年時後半よりレギュラー、そしてエースの座に就き、今年と合わせて四年連続団体優勝を果たしたプロ注目の存在だ。

 個人としても日本で行われた幾多の大会で結果を残し、話題となった〝ルーキーズ杯〟では予選から勝ち上がり、ベスト8の成績を残したことも知られている。

 インターハイなどに比べ、大学リーグはリーグ戦の性質上戦う学校が固定されているために盛り上がりに欠ける部分が多い。極論だが『負けても次がある』というシステムが一発勝負であるインターハイなどに比べて緊張感が劣っていると観客の目に映るからだろう。それ故、強豪同士の試合でもなければ観客がそう多くなることはない。

 だが、新井智紀の場合は違う。

 彼の大学時の成績を見るとそれこそ今までの人生において成功の道を歩み続けているように思えるが、真実は全く逆だ。彼は常に挫折し、敗北し、地に這い蹲ってきた。

 全日本ジュニア、ルーキーリーグ、ミドルカップ、インターハイ……彼は高校を卒業するまで、ただの一度も大きな大会において表彰台は愚か入賞さえしていない。いや、それどころか高校生の際には決して強豪とは言えない学校に所属していながらも三年間、ベンチ入りすらできなかった。

 そんな状態では晴嵐大学へ推薦入学もできるわけがなく、彼は一般入試で入学。

 ――そして、才能が開花した。

 大衆が望むのは〝生まれながらの王〟の物語ではなく、〝平民の成り上がり〟だ。そういう意味で、彼は実に都合が良かった。

 瞬く間にヒーローとして祭り上げられ、そして、終ぞ潰れなかった新井智紀という青年。

 しかし、大衆は知らない。

 彼は、大学に入っていきなり才能が開花したわけではなく、やはり挫折を味わったということを。

 そしてそれでもなお、立ち上がったことを。

 最弱の凡人が、日本最強の大学生となったその意味と、理由を。

 大衆は……知らない。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 いわゆる神道と仏教は考え方の根本が大きく違う。防人妖花は身近に精霊を感じ、神を感じ、死者の魂をも感じることができるが、それでも専門は神々の世話でありその言葉を伝えることだ。故に、死者の弔いなどは専門外である。

 とはいえ、妖花の暮らしていた村は小さな村だ。故に両親はそちら方面のこともしていたし、知識もある。

 ……それに。

 命日、と言った時の新井の表情の中に覚えのあるモノを感じてしまった。

 両親の仏壇へと手を合わせる、あの時のような感覚を。

 

「時間、大丈夫か? そんなに時間はとらせないつもりだけど」

「はいっ、大丈夫です。えっと、澪さんも夕方まで起きて来ないと思いますので」

「え? 〝祿王〟ってそんななのか?」

「はい。えっと、基本的にお昼まで寝てます。後、夜が遅いと夕方まで起きて来なかったり……」

「いや外と内でキャラ違い過ぎるだろ」

「人に見られているのとそうじゃないのとで違う、とか」

「イメージ変わるなー」

 

 あっはっは、と笑う智紀。どことなく少年のように笑う人だ。笑い方で言うなら澪の方がよっぽど大人に見える。……色んな意味で。

 

「あの、それで……命日、って」

「ん、祖父――って言い難いな。爺さんの命日なんだ、今日。毎年墓参りには無理してでも来てたんだよ。今年は流石に外せない用事でな……。『阪急ジャッカルズ』の事務所に行ってきたし」

「えっ!? ジャッカルズってプロチームのですか!?」

「おう。ドラ一で指名するのでよろしくお願いしますー、ってな。まあ、指名前挨拶だよ。とりあえず他にも六チームくらい受けてる。ドラ一かどうかはわからんが、調査書は送られてきてるし」

 

 苦笑しながら言う智紀。やはりアマチュア№1の名は伊達ではないらしい。

 プロチーム――デュエルをする相手すら満足にいなかった妖花にとっては憧れの存在だ。ずっとテレビで眺め続けていた世界。そこに、新井は向かっていく。

 改めて凄い人だ、とそう思う。彼だけではなく、既にプロとして活躍している澪や美咲なども。

 

「でもまあ、丁度良かったよ。交通費が辛かったし。挨拶のおかげで向こう持ちだ。いやー、日頃の行いのおかげかね」

「交通費、ですか?」

「貧乏学生にアレはキツい」

「新井さんは、アルバイトは何かされてるんですか?」

「DMのコーチをちょっとな。小さい教室で、まあ、適当に。時給安いけど楽だし、意外と高齢の人とかも来ててな。面白いんだよ」

「デュエル教室……澪さんもやってます」

「流石に〝祿王〟と比べられるとなー……。素人の真似事だよ。まあ、在学中はずっとやってたし、おかげで応援しても貰ってるし。いい経験だよ」

 

 笑いながら言う新井。そんな風に雑談をしながらしばらく歩くと、小さなお寺に着いた。その門を開け、新井は庭の掃除をしていた住職へと軽く頭を下げる。

 

「ども、お久し振りです」

「おお、キミか。一ヶ月振りくらいかな?」

「ですね。あ、これお土産です」

「気を遣ってもらわなくてもいいのに」

「いやまあ、礼儀的な感じで」

 

 新井が苦笑する。住職はにこやかな笑みを浮かべ、ありがとう、と頷いた。

 

「後で家内と一緒に頂くよ」

「ういッス」

「それで、そちらの子は?」

 

 新井からお土産を受け取り、住職がこちらへと視線を向けた。いきなりのことに動揺し、妖花は言葉を詰まらせる。

 ああ、と新井が妖花の肩を軽く叩く。そして何かを言おうとした瞬間。

 

「――まさか、娘さんかい?」

「知り合――はあっ!?」

「えっ、あ、えっ?」

「いやぁ、若いと思っていたが……そうか、社会人だから当たり前だね」

「い、いやいや違うって!? つか俺大学生だぞ!?」

「何? 新井くん、いくらなんでも学生でこんなに大きな子を……って、キミはいくつだい?」

「え、えっと、十二歳です」

「………………新井くん、ちょっと本堂に来なさい」

「いやいやいやいやいや!? 落ち着いてくださいよ!?」

「『説教』、というのは坊主の特権でね」

「嫌な特権だな!」

「まあ、とにかく来なさい。お祖父さんに会う前に煩悩を叩き壊してあげよう」

「いやだから話聞け!」

 

 連れて行かれる新井。妖花は、それを呆然と見送り。

 そして、ふと噴き出した。

 

『…………?』

「……面白い人ですよね、新井さん」

 

 小首を傾げる毛玉にそう笑いかけながら、クスクスと妖花は笑う。

 まるで、年相応の……少女のように。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

「住職さん、新井さんのこと知らないんですね」

 

 墓参りの準備をする新井の背中を見ながら、妖花は新井へとそう問いかけた。ああ、と新井がこちらへ背を向けたまま頷く。

 

「あの人、DMについてはほとんど無知だからな。ちなみに大の野球好き。で、その話になると毎回俺とは喧嘩になる」

「そうなんですか?」

「昔から天敵同士だからな。こっちと東京のファンは。アロウズとジャッカルズのファンも似たようなもんだけど」

 

 バケツに水をくみ終え、新井が立ち上がる。その新井の後を追い、妖花も静かな墓地を歩いていく。

 そこからは、しばらく無言だった。新井が丁寧に墓石を洗い、線香を上げ、そして周囲の墓石にも線香を上げていく。妖花は両手を合わせ、静かにそれを見守っていた。

 静かだ。何も聞こえず、風さえ吹かない。

 嫌が応にも、この光景を前にしては自覚する。

 ――ここは、生者の領域ではないと。

 

「…………」

 

 膝を折り、無言で手を合わせる新井。結局、妖花は何もしていない。いや、する必要などなかった。

 新井智紀という青年は、死者に対して最大限の敬意を持っていたから。

 ……どれぐらい、そうしていたのか。

 新井がゆっくりと腰を上げ、その手を降ろす。墓石を見つめるその瞳は、どこか寂しげだ。

 

「……なあ、爺さん」

 

 ポツリと、新井が呟く。

 風もない空間に、その声はやけに大きく響いた。

 

「俺、プロになるよ」

 

 その言葉は、あまりにも短く。

 しかし、多くの想いが込められていて。

 

「ありがとう」

 

 何も知らない妖花は、ただ、見守るしかない。

 ゆっくりと頭を下げ、もう一度手を合わせる新井。

 ――行こうか。

 空になったバケツを持ち、新井が歩き出そうとする。

 

 不意に、風が流れた。

 そして、妖花は理解する。

 

 

〝強くなったなぁ、智紀〟

 

 

 この声が、あの人が。

 新井智紀という人間にとって、大切な人。

 

 伝えなければ、と思った。

 死者は生者と交わってはならない。死者が生者に関わることは、結果的に邪道となってしまうから。

 だから、妖花も必要以上に関わらない。それはしてはいけないことであるが故に。

 

「新井、さん」

 

 けれど、この時は。

 伝えなければ、いけないと思って。

 

「ん? 何だ――」

 

 こちらへと、青年が振り返る。

 

『智紀は、強い子だよ』

 

 その動きが……止まった。

 

『あんなに泣き虫だったのに、泣かなくなった』

 

 新井が、目を見開く。その瞳はこちらを見ているようで、見ていない。

 彼が見ているのは――視えていないのに見ているのは、私の後ろにいる人だから。

 

『忘れないでいてくれて、ありがとう』

「……当たり前だろ」

 

 一度を目を伏せ、新井は言う。

 

「俺が負けてばっかなのに、じいちゃんだけが……じいちゃんだけが、励ましてくれたんじゃんか。なのに俺、一度もじいちゃんに良いとこ見せらんなくて。いつも、いつも見に来てくれたのに」

 

 その瞳に、きっと涙はない。

 視界が滲んで、もう、わからなかったけれど。

 きっと、彼は哭いていなかった。

 

「俺、勝ったのに。遅過ぎてさ。見せらんなくて。ごめん、じいちゃん。本当、ごめん」

『いいや、ずっと見てたよ。智紀は……強い子だ』

 

 ありがとう、と新井が呟き。

 気配が、消えていく。

 

『お前は、わしの誇りだよ』

 

 

 ――最後まで、彼は泣かなかった。

 むしろ、泣き崩れた私を背負ってくれて。

 

 これがこの人の理由なんだと、そう思った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 帰り道。どうやら澪は自分が出た後に起き出し、学校にちゃんと出席したらしい。合流しようというメールが来たので、今はアカデミア・ウエスト校に向かっている途中だ。

 

「爺さんはさ、俺にとって唯一の理解者だったんだ」

 

 道中、新井は少しだけ話してくれた。

 

「俺、昔はもうこれ以上ないくらい弱くてな。親にも諦めろって何度も何度も言われて。爺さん、俺が小さい時に婆ちゃん亡くしてから東京に来ててさ。まあ、本人の希望で墓はこっちに、ってことになってたんだよ。……昔、親に何か言われる度に、爺さんのとこに逃げててな」

 

 あはは、と笑いながら言う新井。その表情に、翳りはない。

 

「大学でも、最初は駄目だった。晴嵐大学って六軍まであるんだよ。部員数も400とかいるしな。俺は最初、六軍だった。入部の時に一度も勝てなかったんだ。マジで泣きそうだったよ。惨めでな。どんだけ弱いんだよ、っていう」

 

 その表情は変わらず笑顔。

 けれど、その時に感じた絶望は、きっと本物だったのだろう。

 そうでなければ……こんなにも、泣きたい気持ちになるはずがない。

 

「でさ、もうやめようと思って家に帰ったら。……じいさん、亡くなってたんだよ」

「……それは」

「前の日まで元気だったのにさ。俺がスーツ着て、大学生だ、って言ったら本気で喜んでくれてて」

 

 何でだろうな。

 そんな呟きを、彼は漏らす。

 

「『ジェムナイト』はさ、じいさんが俺の入学祝に用意してくれてたもんなんだよ。間に合わなかったみたいなんだけど。後で届いたんだ。

 ……そこからは必死だったよ。せめて一度だけでも、ってデッキ考えて部員全員のデッキ分析して。小さな大会で勝って、少しずつ部員相手に勝って。

 で、気が付いたら『エース』なんて呼ばれてた」

 

 それだけだよ――新井は、そこで言葉を切る。丁度、校門前に辿り着いたところだ。

 

「お、妖花くん。こんにちは。新井くんもお疲れ様だ」

「はいっ、こんにちはです」

「ういッス」

 

 校門前で何やらハードカバーの本を読んでいた女性――烏丸澪が、こちらの声に笑みを浮かべて頷く。

 

「無事に予定は済んだのかな?」

「はい。えっと、この後夕食の買い物に行かないといけないんですけど……」

「それは丁度いい。荷物持ちがいる」

「へ? 姐御、俺荷物持ち確定なん?」

 

 自身を指差しながら現れたのは、ウエスト校の生徒である菅原雄太。その傍には二条紅里も控えている。

 

「こんにちは~、妖花ちゃん」

「はいっ、こんにちはです」

「おお、今日も可愛いなぁ」

「……ロリコンが」

「何やとコラァ!」

 

 ボソリと新井が呟いた言葉に反応する菅原。そのまま、いつものやり取りが始まる。

 

「大体何で大阪おんねん」

「そりゃお前、用事あるからだろ」

「あん? 用事?」

「墓参りだよ」

「……あ、それはなんか、その、ご愁傷様です」

「いやしおらしくされても困るんだが」

 

 穏やかな光景に、思わず笑みが零れてしまう。それに気付いてか、そうだ、と新井が頷いた。

 

「何か奢るよ。今日の礼だ」

「え、そ、そんな、悪いです」

「気にすんな」

「お、マジで? よっしゃ高いもん食うで!」

「さも当然のように奢られようとすんじゃねぇ。テメェは自腹だ」

「えー、今月ピンチやのに」

「んー、じゃあ、ファミレスなんてどうかな~?」

「ああ、丁度いいな。では行こうか」

 

 歩き出す一行。その中で、新井の背中を見つめながら。

 彼が口にしなかった、最後の言葉を妖花は思い浮かべる。

 

 ――けれど、遅かった。

 きっと彼は、最後にそう心の中で呟いたはずだ。

 己にとって唯一の理解者だった人に。

 ただの一度も、勝利の姿を見せることができなかったから。

 

(でも、大丈夫です)

 

 想いも、言葉も届いている。

 交わることは、許されないけれど。

 それぐらいは……きっと、許されるはずだから。

 

 人と精霊、そして髪を繋ぐ存在――それが、〝巫女〟。

 だが、それだけではない。人の想いも、繋いでいく。

 そんな風になれたらいいと……そう、思う。

 

『…………』

 

 自分を見つめる、瞳に気付く。

 うん、と小さく頷いた。

 

「頑張ろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――☆――――――――☆――――――――☆――――――――

 

 

 

 

「……おや、妙なところで出会うな」

 

 見慣れた人影に、思わずそう言葉を紡いだ。彼女は今日も仕事のはずだ。特にシーズン開始前ということもあり、まともに休めているかどうかさえ怪しいくらいの激務のはずだが。

 

「それはこっちの台詞ですよ。どないしたんです?」

「例の構築済みデッキ、アレの打ち合わせだ。面倒だが、断るわけにもいかん」

 

 出来れば仕事などしたくはない。それこそ一日中家で眠っていたいというのが本音だ。眠っている間は、嫌なことも考えたくないことも忘れていられる。

 だがまあ、それは願望であるからこそ笑い話で済むともわかっている。実際にそれを行うと、どれだけ惨めかは論ずる必要もない。

 それに、どうせ暇なら少しぐらいは働こうなどと殊勝なことを思うようにもなった。誰の影響だろうか?

 

「ああ、『チャンピオンズBOX』でしたっけ。タイトルホルダー三人がそれぞれ監修するっていう」

「DD氏が上級者向け、清心氏が中級者向け、私が初心者向けという触れ込みだ。とりあえず、とことんまで凡庸にこだわったが」

「それがガジェットですか?」

「『決闘王』が使用していることもあって知名度はあるが、意外と使用者が少ないので丁度いいと思ってな。私のデュエル教室では全員にまずガジェットで学ばせている。アドバンテージの概念を理解するのにあれほど簡単な教材もないよ」

「ガジェット、勝てって言われると難しいですしねー」

「必ず勝てとは言わんが、ガジェットとある程度まともに戦えるように構築できるかどうかがデッキ完成度の一つの指標だろうな」

 

 まあ、結局は楽しめるかどうかだ。未だに『楽しむ』という気持ちを理解できているかどうか怪しい部分があるが……子供たちには、DMを楽しめるように教えることができればいいと思う。勝ち負けはその後だ。

 そしてそれは、あの少年についても。

 彼はいつも、己を責めるようにデュエルをするから。

 

「清心さんは確か、『戦士族』でしたっけ?」

「所謂『切り込みロック』を中心に、『一族の結束』と『不死武士』の組み合わせで戦うデッキだな。毎ターンの2000打点は強いぞ」

「シンクロカードも一枚入ってるんでしたっけ?」

「『ジャンク・ウォリアー』だな」

「……あれ? ウチの記憶が正しかったらあのカード、縛りありましたよね? 不死武士関係ないやん」

「そういうところが清心氏らしい」

 

 嫌がらせのようでいて、決まればそれだけで相手を沈めることができるコンボがいくつか仕込まれている。まあ、各カード一枚のみで40枚というルールのせいで複数買う必要があるが。

 

「で、DDさんは」

「『ドラゴン族』だな。あれは難しいぞ。しかもバニラドラゴンという無茶振りだ。強いが」

「面白そうですねー」

「まあ、そういうわけで今日はこっちにいる。この後、妖花くんを迎えに行ってそのまま帰る予定だ」

「……そっか、行ってくれてるんですもんね」

 

 微妙に目を伏せる、目の前の彼女。考えていることは手に取るようにわかる。

 だって、私も同じことを考えているから。

 

「この後、ペガサス会長のところに行くんです」

「……例の〝三幻魔〟か」

「はい。それで、祇園も守護者に選ばれてます。……あんまり、気は乗りませんけど」

「彼の実力についてはキミも疑っていないだろう?」

「それは勿論です。でも、なんて言うか。祇園、自分を追い込んでばかりやから」

「アレは最早病気だからな」

 

 思わずため息が零れる。もっと楽に生きる術などいくらでもあるはずなのに、それでも、はあんな形で生きている。どうにも不器用だ。

 まあ、人のことは言えないのだろうが。

 

「でも、信じるって決めてます。きっと、大丈夫って」

「彼が何も言わなくても、かな?」

 

 言葉にしなければ、想いは伝わらない。

 だから人は、すれ違う。

 

「わかりますよ。祇園のことやもん」

 

 だというのに、彼女は躊躇いもなくそう言葉を紡ぐ。

 

「わからんよ。少年のことだからな」

 

 そしてだからこそ、私はこう言葉を返す。

 

「……もう、行きますね」

「ああ。私もそろそろ向かわなければ妖花くんを待たせてしまうな」

 

 彼女は忙しい身だ。故に引き留めることはしない。

 ただ、一つだけ。

 

「一つだけ、聞いてもいいかな?」

「何ですか?」

「恋をするとは、どういうことだ?」

 

 その問いに、彼女は驚いたような表情を見せ。

 僅かに、苦笑した。

 

「それはきっと、言葉で説明できるようなことやないですよ」

「……やはり、人の気持ちというのは私には理解できないようだ」

 

 苦笑し、彼女に背を向ける。

 鞄に入った、一冊の本。いつもなら気にもならないはずなのに。

 今日だけは、酷く……重く感じた。

 










予想外の票数の新井さんと、圧倒的票数の姐御のちょっとしたお話。
まあ、姐御はおまけですが。この人は今後いくらでも出番があるので。






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第五十八話 雨の降る日

 

 

 悔しいと、そう思った。

 ただ、倒れていく主の姿を見て。

 何もできない自分が、どうしようもないくらいに情けなかった。

 

「最早、恥も外聞もありはしません」

 

 頭を垂れ、膝をつく。

 

「力を、貸してください」

 

 精霊とは遥か古代より存在する高次の存在だ。その力は人の力よりも遥かに大きい。

 だが、同時に彼らは人がいなければ存在が許されない脆弱さも併せ持つ。

 確かに人がおらずとも精霊は存在する。消えはしない。しかし、認識もされなくなってしまうのだ。

 

「私の力では……マスターを助けるには至らないのです」

 

 故にこそ、彼らは人に寄り添う。

 己を認識し、祈りを捧げてくれる者を愛する。

 実体を持たず、その心こそが大きな意味を持つが故に。

 

「マスターは、私を拾ってくださった。打ち捨てられ、忘れ去られようとしていた私を……見つけてくださった」

 

 ――たとえ、姿を見てもらえずとも。

 それでも、見つけてくれた人だから。

 ずっと大切にしてくれた、主だから。

 

「どうか、お願いします」

 

 竜の嘶きが、響き渡る。

 その声に、ゆっくりと顔を上げた。

 

「……マスター次第と、そう仰るのですね」

 

 その言葉が聞けたなら、もう、憂うことはない。

 私が誰よりも信じるのは、あの主なのだから。

 

「私は、戦います」

 

 あのお方の、隣で。

 ――だから。

 だから――

 

 ……早く目を覚ましてください、我が主。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 料理というのが奥が深いと、そんなことを烏丸澪はそう思う。

 そもそも食材の切り方だけでも相当な種類があるらしい。何だろうか、『乱切り』というのは?

 

(購買部に『初心者のための料理本』などというものが置いてあったから買ってみたが……理解ができん。専門用語が多過ぎる)

 

 そもそも幼い頃は厨房に行くことさえなかった。今思えば、あの頃に興味の一つでも持っておくべきだったとそう感じる。

 ……まあ、無理な相談だが。

 

(それにしても、丸三日か)

 

 本から視線を外し、ベッドの上で眠る一人の少年へと視線を向ける。安らかな寝息を立てるその表情は優しいが、額に巻かれた包帯が痛々しさを増している。

 ――夢神祇園。

 デュエルアカデミア本校に在籍する生徒で、澪のお気に入りだ。彼はセブンスターズ――そう名乗る集団との戦いで敗北し、傷を負った。

 

「……いっそ、全てが終わるまで寝ていてくれる方がいいかもしれんな」

 

 ポツリと呟き、その頬に人差し指を当てる。彼が戦うというのであれば止める気はない。だが、それはイコールで心配しないということではない。

 意識不明と聞いた時、かなり心配した。そして二日間、こうして保健室で見守っているが……一向に目を覚ます気配がない。授業に出なくてもいい身分とはいえ、ずっとここで過ごしているのも気が引ける。それに、独りというのは嫌いではないが好きでもない。

 少し視線をずらせば、別のベッドで眠る一人の青年の姿。天上院吹雪――アカデミアの〝帝王〟と肩を並べ、ジュニア大会でも名の通っていた人物だ。突如表舞台から姿を消し、当初は様々な憶測が飛び交っていたのだが……まさかこんなことになっているとは。

 

(事態は思ったよりも深刻、か。十代くんも移動には松葉杖が必要な傷を負っている。……成程、確かに学生には荷が重い)

 

 闇のデュエルについては澪にも幾度となく経験がある。本気で命の取り合いをしたこともあるし、精霊界では倒した相手の命が消滅していく様も何度か見届けた。

 慣れというのは恐ろしいものだ。進んでやりたいとは思わないが、逆にその時が来たところで特に何とも思わない。向かってくるなら迎え撃つまで。今更そこに躊躇はない。

 だが、それをここの学生に求めるのも酷だろう。――とはいえ。

 

〝――貴公は戦わぬのでしょう?〟

「覗きとは、趣味が悪いな」

 

 保健室の隅にできた闇。そこで怪しく光る二つの紅い目から聞こえてきた声に、澪は動じることなく応じる。どこか重く、暗い声だ。

 

〝失礼。ここ三日、動きがないように感じられたので〟

「少年が目を覚まさない以上、私のすることは見守ることだけだ」

 

 明日には美咲もようやくこっちへ来れるというが、彼女が来たとてできることは変わらないだろう。現状、見守る以外の選択肢はないのだ。

 

〝……無礼を承知でお聞きしたい。何故、その者なのです?〟

「ほう?」

〝我らを束ねし三王が認め、対等と定めた貴公とこの者では釣り合わぬのでは?〟

「くっく、成程。少年は大したことがないと?」

〝失礼ながら。我らを視るどころか声さえも聞くことができぬようでは〟

「まあ、気持ちはわからないわけでもない。だが、だからこそいいんだよ、少年は」

 

 軽く髪を撫でる。反応はない。死んだように眠るとは、まさしくこういう状態のことを示すのだろう。

 

「力がないからこそ、興味が尽きない」

〝……理解が及ばぬ話です〟

「私自身持て余す感情だ。理解は難しいだろうな」

 

 本を閉じ、言い切る。成程、と声は応じた。

 

〝やはり、人の言葉は理解ができません〟

「そうなのだろうな。だから貴様たちの世界は謀略に塗れている」

〝……烏丸殿〟

「何だ? 不満か? 三人の王――そんなもの、形だけだ。貴様らの世界は常に誰かを蹴落とすことのみを考える世界。人もまたそういう存在であるが、同時にそれだけではないということだけだよ」

〝…………〟

 

 そのまま、声は気配ごと消えてしまった。そもそも彼自身、こちらに対する監視の役目を与えられた存在だ。他者とはただ利用し、蹴落とすだけのモノ――傲慢な王たちとその配下は、結局のところそういう原理でしか動いていない。

 ただただ、己の快楽がために。

 だからこそ、彼らには理解できない。

 人という、どこまでも業深き存在の根源を。

 

「それにしても、対等か。……そうだな、私は貴様の王と実に近い存在だよ」

 

 あの傲慢な、人の心を理解できぬモノたちと。

 きっと、自分はよく似ている。

 

 

「…………ッ」

 

 

 不意に、声が聞こえた。反射的に振り向くと、ベッドの上で眠っていた祇園の目がゆっくりと開いていく。

 思わず、笑みが零れた。そのまま、やあ、といつものように言葉を紡ぐ。

 

「キミが寝坊とは、珍しいこともあるものだ」

「………………澪、さん?」

 

 未だ焦点の合わぬ目でこちらを見てくる祇園。ああ、と澪は頷いた。

 

「思考がはっきりしないだろうが、とりあえず寝たままでいい。無理はするな」

 

 そして、一度息を吐く。

 

「少年。キミに少し、話がある」

 

 夢神祇園という少年を不幸と評するならば。

 きっと、これが最大の不幸。

 

 気が重いと、そんなことをふと思った。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 保健室の前。そこに、一つの人影があった。

 何故か右腕に包帯を巻いており、どこか気怠そうに目を閉じて両腕を組んでいる。

 

『宗達殿、中には入らぬのでござるか?』

 

 そこへ、そんな言葉と共に一つの気配が加わる。如月宗達はその声に応じ、ああ、と静かに頷いた。

 

「俺の役割は逃げ道を塞ぐことだからな」

『逃げ道、でござるか?』

 

 精霊――ヤリザへとそう返答を返す。光景だけを見ると何もないところに話しかける危ない人間だが、現在周囲に人影はないため気にすることはない。

 

「そう、逃げ道だ。〝祿王〟は基本的に容赦がない。祇園のことは随分気に入ってるみたいだが、まあ、それでも抉る時は抉るだろ」

『どういう意味にござるか? 夢神殿はまだ眠っているはずでは?』

「そろそろ目ェ覚ますはずだ。そこまで柔じゃねぇ。……本当なら高校生活の三年間、あるいは大学生活の四年間。もしくは社会人になってから見つけるべきもんを、あいつはここで決めなきゃならねぇ」

 

 自分のように『決めている人間』は珍しい。だが、決めておいた方がいいというのも事実だ。

 

『……申し訳ござらぬ。拙者、学がない故宗達殿の真意がわからぬでござるよ』

「別に難しい話じゃねぇよ。言い方なんざいくらでもある。目標、野望、希望、信念、信仰……祇園の場合は夢、か。俺の場合は信念だが、そういう自分の中の芯になる部分をアイツは決めなきゃならねぇ」

『む? しかし、宗達殿。夢神殿はプロデュエリストを目指しているのでござろう? それは目標ではないのでござるか?』

「それがブレてきてるんだよ。……多分、アイツの根本にあるものが揺らいだんだろ」

 

 約束。かつて彼が語った小さな言葉。それが彼の原点であり根本なのだろうと思う。そしてその誓いを果たすためだけに、いつだって夢神祇園という存在は全身全霊を懸けてきた。

 

「迷いを抱えたまま生き残れるほど、殺し合いの現場は甘くねぇ。十代はその辺、肝が据わってるからな。祇園が今回ああなったのはその辺が関係してるんだろ」

 

 迷いがあるままに闇のデュエルに挑んでも、闇に食われるだけ。それはこの身を以て理解している。

 

「忠告はしたんだがな……。まあ、命あっただけマシか」

『そこまで理解していながら、宗達殿はどうして戦わぬのでござるか?』

「雪乃に危害が及ぶだろ。それ以外の理由はねぇよ」

 

 即答する。宗達が戦わない理由は、結局はそういうことなのだ。

 義理はないし、意味もない。メリットも薄い。そういう事情も確かにあるが、最大の理由はそれだ。

 この戦いはゲームではない。卑怯な手を使われれば、攻め込まれる側であるこちらは常に不利な状況に追い込まれる。それを理解している人間がどれだけいるのかはわからないが、いずれにせよリスクが大きい。

 

『奥方、でござるか』

「そうだよ。オマエにも雪乃の身辺警護は頼んでるだろ? 要はそういうことだ」

『むぅ……』

「何だ、納得いってねぇみたいだな?」

 

 微かに唸るヤリザにそう問いかける。拙者は、とヤリザは言葉を紡いだ。

 

『力を持つ者は戦うべきだと思うでござるよ。宗達殿の力は本物。たとえそれが邪道であったとして、人道がために力を振るうのであればそれは正義にござる』

「……なぁ、ヤリザ。オマエ、恋人とかいるか?」

 

 あまりにも真面目で真っ直ぐな言葉に対し、宗達はそう言葉を紡ぐ。ヤリザは一瞬首を傾げた後、首を左右に振った。

 

『拙者は武人故……、生きて戻れるかどうかもわからぬ身。そのような男と一緒になっても不幸なだけでござるよ』

「そうなのか? 侍ってのは子供産んで一族の繁栄を目指すもんだと思ってたが」

『シエン殿やエニシ殿、師範殿にはそう言われるでござるが……やはり、未熟者には荷が重いでござる。拙者がもっと強くなれたなら或いは、とは思うでござるが』

 

 苦笑してそう言葉を紡ぐヤリザ。そんな彼に、それじゃあ、と宗達は言葉を紡いだ。

 

「それを踏まえて聞かせてくれ。オマエの主とオマエの妻。どっちかしか救えないってんなら、どうする?」

『……極端でござるな。どちらかしか救えぬのでござるか?』

「ああ。できないなら三人纏めて死ぬしかねぇ。どうだ?」

 

 意地の悪い質問だ。だが、ヤリザにしてみればあり得るかもしれないことなのだろう。真剣に考え込んでいる。

 

『………………拙者は、主君を救うでござるよ』

 

 そして、その侍はゆっくりとそう告げた。

 

『シエン殿には、命全てを代価としても返せぬ恩があるでござる。シエン殿に恩を僅かでも返せたならば……それで拙者は割り切るでござるよ』

「忠義だな」

『薄情と思うでござろう?』

「いいや。親近感が湧いたよ。……同じ状況なら、俺は迷わず雪乃を選ぶからな」

 

 たとえ、どんなモノが天秤にかかっていようとも。

 そこだけは、如月宗達の中で揺らぐことはない。

 

『ご友人たちが天秤に掛けられていても、でござるか?』

「ああ。多分迷わない。俺にとっては雪乃が全てなんだよ。……思い出したくもねぇが忘れるわけにもいかねぇあの日々の中で、雪乃だけが俺を救ってくれた」

 

 藤原雪乃という存在は、それだけ大きく。

 そして、かけがえのない存在だ。

 

「ヤリザ、俺はな。過去だけを見て生きてる。あの灰色の日々に対する憎悪、世界に対する怨嗟、栄光に対する執念だけで生きてるんだ。その過去で一番輝いてたのが雪乃で、大切なのは雪乃だけだ。それを守りたいと思うのは当然だろ?」

『……如月殿。それは哀しい言葉でござる。過去があるが故に現在がある。しかし、未来は見つめなければ見えぬでござるよ』

「その手の話は聞き飽きたよ。……俺にもな、あったんだよ。帰りたい場所くらい。俺にだってあったさ」

 

 でも、もう帰れない。

 如月宗達は、静かにそう呟いた。

 

「俺は孤児院の出身だ。中学に入る時に出たんだが、それ以来戻ってねぇ。いや、戻れなくなった」

『…………』

「孤児院のガキ共にとってはさ、『サイバー流』ってのはヒーローなんだよ。派手で、格好良くて、強くて。俺みたいな愛想悪い悪人とは違ってな。……戻れるわけねぇだろ。俺は、アイツらのヒーローにとって敵になっちまったんだから」

 

 過ぎ去った過去も、置いてきたモノももう戻ってくることはない。

 如月宗達は、そういう道を選んでしまったのだから。

 

「言われたことはあるよ。『過去ばかり見て何になる』、『未来を見据えろ』――そんなもん、戯言だ。未来を、前ばかり見つめることだけが正しいのか? 違うだろ。それはただ目を逸らしてるだけだ。俺は過去を忘れたりしない」

『それが、宗達殿の選んだ道なのでござるな?』

「それが誓いで、決めたことだ。そういう意味では祇園も俺と同じなんだよ。アイツは俺以上に不器用だがな。……そして、だからこそアイツは選べない。さっき言ったような状況になっても、アイツは自分の命を投げ出してどうにかしようとして――そして、全部台無しにする」

 

 今までの祇園を見てきたらわかる。アレは結局、ギリギリの選択でいつも失敗する。自分の器以上のことをしようとして、自分が一番傷つくのだ。

 

『辛辣でござるな』

「選択の結果があの大怪我だからな。そりゃ辛辣にもなる。忠告はしたし、楽な方向への選択肢も提示された。だが、アイツは最悪の結果を示した。友達だと思うからこそ、余計それがムカつくんだよ」

 

 命を懸けることを軽く見ていたのか、それとも単純に実力不足か。原因などどうでもいい。夢神祇園は敗北した。己の分も弁えずに。友人だからこそ、腹が立つ。

 

「失わないために、アイツは失い続けてる。だから、〝祿王〟との対話は一つの転機だ。そこから逃がすわけにはいかねぇ」

『……友人想いでござるな、宗達殿は』

 

 フッ、と小さな笑みを零し、ヤリザは言う。宗達は窓へと視線を向け、ポツリと呟く。

 

「――友達、なんだよ」

 

 結局、度重なる忠告も。

 こうして、肩入れすることも。

 その理由は、それだけで説明できる。

 

「俺みたいな乱暴者を、粗忽者を、大馬鹿野郎を……アイツらはそう呼んでくれたんだ。楽しいんだよ、それがさ。一番になれんのは――『最強』になれんのは一人だけだ。だからいつかぶつかり合う。わかってんのに、楽しいんだよ。馬鹿やって、大笑いして、たまに小競り合いして。

 心地いいんだよな。十代みたいな純粋なのも、隼人みたいに一歩後ろをついてくるのも、翔みたいにおっかなびっくりついてくるのも、三沢みたいに対等に肩を並べてくれるのも、万丈目みたいにぶつかってくんのも、祇園みたいに否定も肯定もせずに笑ってくれるのも。

 だから、終わって欲しくない。戦うってんなら散々忠告するさ。だが、決めたなら止めねぇ。それは俺の干渉するべきところじゃねぇからな。

 だが、死ぬのは許さん。要はそういうことだ」

『我儘でござるな』

「人間なんてそんなもんだ。――それで、ヤリザ」

 

 窓の外。降り出した雨を見つめながら、宗達は言葉に重みを乗せる。

 

「吸血鬼の噂、出所は掴めたか?」

『……申し訳ござらぬ。ただ、明らかに意図を持った蝙蝠の姿をいくつも視認したでござる。おそらく、噂は意図的に流されたモノと』

「コウモリ、ね。童話ならフラフラとどっちつかずになってくれるもんだが」

 

 どうなるか――降り出した雨の向こう。赤く光る一対の瞳を睨み据え、宗達は呟く。

 ――そこへ。

 

 

「たたた、大変ッス――――――!!」

 

 

 一人の男子生徒が、こちらへと駆け込んできた。その進行方向を右手で妨げつつ、どうした、と宗達は問いかける。

 

「保健室の前だぞ、静かにしろ」

「あ、そ、宗達くん。ここにいたんスね!?」

「だからボリューム落とせ」

 

 大きな眼鏡が特徴的なその少年――丸藤翔にそう促す。翔は慌てて両手で口を塞ぎつつ、宗達の姿を見て首を傾げた。

 

「って、その包帯どうしたッスか?」

「ああこれか? いや、女子寮の連中にやられた。ブルー寮の飯って美味いがボリュームが凄いんだよ。女子連中がカロリー気にしてたから、体重計を置いたんだが……」

「体重計ッスか?」

「おう。音声で体脂肪率と体重教えてくれる最新型な。そしたら何か知らんが色んなモノ投げつけられた」

「予想以上に自業自得ッスね」

 

 翔が呆れた様子で言う。うるせぇ、と肩を竦めた後、それで、と宗達は問いかける。

 

「どうした?」

「そ、そうッス! 大変なんスよ! クロノス先生が、セブンスターズの一人とデュエルするって……!」

「――何だと?」

 

 宗達が眉をひそめる。そのままヤリザへ視線を送ると、ヤリザは一礼し即座にこの場から姿を消した。流石、動きが早い。

 

「アニキたちはもう向かってて……!」

「……それで、俺を呼びに来たのか?」

 

 正直、的外れだと思う。自分は今回の戦いから降りた身だ。できることはないだろう。

 

「宗達くんにも来て欲しいッス! それと……」

 

 チラリと、翔が保健室の扉を見る。その瞳には、僅かな期待が込められていた。

 

(成程、目的は〝祿王〟か)

 

 気持ちはわからないわけではない。確かに〝祿王〟が先頭に立てば、どうにでもなるだろう。

 だが、無理だ。彼女はこの島に来たその日に言い切っている。

 

『私がこの戦いにおいて戦場に立つのは文字通りの最後だ』

 

 つまり、どうにもならなくなってから出陣するということだ。アレは気まぐれな猫であり、同時に頑固な面もある。頼ることはできないだろう。

 

「無理だな。動くような女じゃねぇ。……場所はどこだ?」

「で、でも」

「いいから行くぞ。場所はどこだ?」

 

 翔の肩を叩き、宗達は歩き出す。翔は一度未練がましそうに保健室を見た後、こっちッス、という言葉と共に走り出した。

 ――外の雨は、次第に強くなっている。

 

 嫌な天気だと、そう思った。

 雨には、嫌な思い出しかない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「まずは、おはようとでも言っておこうか」

 

 目を覚ました自分に対して向けられた第一声は、そんな言葉だった。視線の先にいるのは、ジャージを身に纏い、眼鏡をかけた一人の女性。世話になっていた時にマンションでよく見た姿だ。ただ、あの時と違うのはその長い髪を纏め、右肩にかけているところだろうか。

 こうした姿を見ると彼女もまた学生のように思えるが、やはり雰囲気が違う。どことなく深く、重い空気。それでいて威圧されている感覚はないのだから不思議だが。

 

「……澪、さん?」

「言いたいことも問いたいことも数多くあるのだろう。だが、残念ながら再会を喜べるような状況ではない。それはキミの身に起きたことが示している」

 

 自分の身に起きたこと。

 敗北し、意識を失い――

 

「――――ッ、今は――――!?」

 

 激痛で、言葉が詰まる。身を起こした瞬間、全身に痛みが走った。

 腹の底から何かがこみ上げてくる。酸っぱい香りが、口の中に広がった。

 

「派手な傷の割には深くはない。しばらくは痛みが残るだろうが、我慢するべきだな。男の子だろう?」

「…………ッ、あれから……」

「起きたばかりでよくそれだけ意識が回る。羨ましいことだ。……結論から言えば、キミの鍵は奪われた。敗北したのだから当然だな。命があったのは運が良かったと思った方がいい。ああ、そうだ。十代くんは鍵を守ったよ。これも不幸中の幸いだな」

 

 興味なさげに、それこそ業務連絡のような口調で澪は語る。だが、彼女の発した言葉が祇園には重くのしかかってきた。

 ――敗北。

 改めて突き付けられると、酷く重い現実だ。役に立てなかった――それどころか、迷惑だけをかけてしまった。

 

(僕は、どうして)

 

 鍵の守護者――それは、身に余るものだったのだろうか。

 こんなにも、重いモノだったのか。

 何よりも。

 ――何も果たせず、こうして迷惑だけをかけているのが辛い。

 

「……すみません」

「何を謝るんだ、少年?」

「……ご迷惑を、かけました」

「この程度、迷惑の内に入らんよ。私が好んでここへ来て、ここでこうして待っていただけだ。キミが頼んだわけでもなかろう? ならばそれは気に病むようなことではない」

 

 カツン、という音が窓から響く。

 雨が、窓を叩いていた。

 

「何だ、私が怒っているとでも思ったか?」

「…………ッ」

 

 反射的に、拳を握り締めた。澪は、少年、と静かに告げる。

 

「私が怒るようなことではないよ。美咲くんなら『無茶をした』と怒るのかもしれんが、私に言わせてみれば無茶の一つ二つ、経験だ。私もそれなりの修羅場は経験している。それこそ命を懸けたことも一度や二度ではない。キミは生きていた。ならばそれで私は構わんよ」

「……すみません」

「謝ってばかりだな、キミは。謝罪を受ける理由が私にはない。それこそ私が君の恋人であるというのなら、私にはキミを叱責する役目があったのだろうが……残念ながら、そういう関係というわけでもない」

 

 きっと、彼女は微笑んだのだろうと思う。確信を持てないのは、その表情が見れないから。

 顔を上げることが……できないから。

 

「でも僕は……それ以外の言葉を、知らなくて」

 

 どうしたらいいのかも、わからなくて。

 敗北してばかりなのに、負けた後に口にすべき言葉が……わからない。

 

「それは私にもわからん領域だ。だが少なくとも、謝罪の言葉など私は求めていないよ」

「……はい」

 

 そう声を絞り出すだけで、精一杯だった。

 

 ――沈黙が、舞い降りる。

 

 雨の音だけが響く空間。そんな中で、不意に澪が言葉を紡いだ。

 

「……なあ、少年。私のようなモノしかこんなことをキミに言えないというのは、本当に不幸なことだと思うよ」

 

 そちらへ視線を向けずとも、わかる。

 彼女は、鋭い瞳をこちらへ向けているはずだ。

 

 

「――いい加減、過去だけを抱え、見つめ続けるのはやめたほうがいい」

 

 

 ドクン、と。

 心臓が、高鳴った。

 

「キミと美咲くんの〝約束〟は、実に美しいモノだ。だが、少年。そこにキミの未来はない」

「…………ッ、何を」

「過去は過去だ。それは現在を作るものであり、未来を創るものではない。過去に囚われたままではいつか溺死してしまう。美咲くんは未来に生きている。現在を生きている。追いつけないのも道理だ。キミは前だけを見ているようでいて、ずっと過去だけを見つめているのだから」

「何を、言って」

「思い出は美しく、いつだって優しい。だから人はそれに縋る。ふと立ち止まった時、迷いを覚えた時に思い出すならば構わんが……囚われているというならば話は別だ」

「何を言ってるんですかッ!」

 

 叫び、気付く。

 どうして自分は、こんなにも。

 目の前の女性は、一瞬驚いたような表情を見せてから。

 薄く、微笑んだ。

 

「ようやく私の目を見てくれたな、少年」

 

 射抜くような視線。思わず目を逸らしそうになるのを、どうにか堪える。

 目を逸らしてはいけないと、そう思った。

 

「キミの人生だ。好きに生きればいいとそんなことも思う。だが、人生というのは他人を巻き込むんだ。人は人と関わらずには生きられない」

「…………」

「なあ、少年。今ここに、こうして、触れ合えるほど近くにいるのに――」

 

 肩に何かが触れたと思った時。

 気が付けば、ベッドの上に押し倒されていた。

 

「――その心がこちらを向いていないというのは、中々に寂しいモノなんだよ」

 

 その黒い瞳が、真っ直ぐにこちらを射抜く。

 

「キミに感じていた違和感の正体がようやくわかったよ。キミは私たちを見ていないんだ。そう、美咲くんさえも見ていない。キミが見ているのは、いつだって美咲くんとの約束の日。それ以外のモノは、キミの視界に入っていない」

「……そんなこと」

「ない、とは言わせんよ。なあ、少年。――失うのが、奪われるのが、それほどまでに怖いか?」

 

 やめてくれと、そう思った。

 その先は、きっと。

 

「人は失うんだよ、少年。生きていれば失うんだ。地位も、名誉も、金も、栄光も、人生も、夢も、希望も、絶望さえも。失ってしまうんだ。だがな、少年。キミは本当にそれでいいのか?」

 

 失うことは、人の本質。

 置いて行かれることも、また。

 

「美咲くんとの約束の日。あの時のキミには確かにそれしかなかったのだろう。それが全てだったのだろう。だが、今は違うだろう? キミはどこにいる? キミの目の前にいる私は、キミにとって何だ?」

 

 求めれば、失ってしまう。

 だから、ずっと。

 

「過去は美しいさ。今が凄惨であればあるほどに、過去は輝く。思い出は優しいんだよ、少年。だが、過去だけを見ているならば、今あるモノさえも見えなくなる。私のようになってしまう。いいか、少年。こんなのは一人でいいんだ。こんな様になり果てるようなモノは、一人でいいんだよ」

 

 僕は、ずっと。

 蹲って、俯いたままで――

 

「――奪い返せ」

 

 胸倉を掴み。

 烏丸澪が、言い放つ。

 

「奪われたなら奪われたままか? 失ったならば失ったままか? それが逃げなんだよ、少年。キミの悲壮なまでに前を見ようとする姿勢は美しい。私もそれに心を惹かれた。だが、それは矛盾だ。キミは過去に縋りながら、ずっとそこから逃げていた。そして、いつの間にか現在からも逃げていた」

「……約束は、僕にとって、初めて……ッ!」

 

 鈍い音。

 気が付けば、澪の身体を押し倒す形になっていた。

 

「何が――何がわかるっていうんですか!」

 

 ぐちゃぐちゃになった思考の中で。

 紡がれた、叫び。

 

「……何だ、怒れるじゃないか」

 

 頬に、冷たい手が触れる。

 

「もっと、我儘に生きればいい。それだけで、世界は変わる」

「それができたら……、どれだけ……ッ!」

「できないなら頼ればいい。キミは弱いのだから。私でもいい。美咲くんでもいい。妖花くんでもいい。遊城くんたちでもいい。嫌なら嫌と言うさ。駄目なら止めるさ。そういうモノだよ。特に私は気まぐれだからな」

「軽く、言ってくれますね」

 

 頭が冷えてきた。見下ろす形になった女性へ、祇園は静かに言葉を紡ぐ。

 

「それができないから、こうなんじゃないですか」

「ならば潰れるのか? それがキミの望む結末か?」

「そうなるしか、ないのなら」

「……頑固者だな、キミも」

 

 ふう、というため息。その寂しげな瞳が、こちらを射抜く。

 

「動いて、足掻いて、這いずって、みっともなく泣き叫んで……それでもまだ、世界は冷たい」

 

 人差し指を、こちらの唇に優しくあてて。

 

「ギンジがかつて私に漏らした言葉だ。私には理解できない論理だが、それが真実なのだろう。だが、ギンジがそうであるようにキミは生きている。まだ、戦える」

 

 澪は、ベットから抜け出す。

 

「死んでいないのなら、終わってなどいないということだ。――さあ、どうする?」

 

 差し出された、その手が。

 分岐点なのだと、そう思った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 セブンスターズが一角、カミューラ。相手は確かにそう名乗った。

 使うデッキは、見たところヴァンパイアデッキ。闇のデュエル――彼女はそう語ったが、そんなことはありえない。

 

(闇のデュエルなど、あってはならないノーネ!)

 

 遊城十代が傷つき、夢神祇園が意識不明の重体であったとしても。

 そんなものは、断じて認めるわけにはいかない。

 

「私は栄光あるデュエル・アカデミア技術指導最高責任者、クロノス・デ・メディチ! 断じて闇のデュエルなど認めるわけにはいきませンーノ!」

 

 高らかに宣言するクロノス。その彼の場には、彼のエースの姿がある。

 

 古代の機械巨人☆8地ATK/DEF3000/3000

 

 クロノスLP4000

 カミューラLP2500

 

 セットモンスターである『ヴァンパイア・ソーサラー』を破壊し、貫通効果によってダメージを与えた直後。

 フィールド上にいるのは古代の機械巨人のみ。有利なのはクロノスだ。

 

「へぇ、やるじゃない先生。――私のターン、ドロー。私は手札より魔法カード『愚かな埋葬』を発動。デッキから『ヴァンパイア・グレイス』を墓地へ。そして前のターンに破壊された『ヴァンパイア・ソーサラー』の効果を発動。このカードを墓地から除外することにより、このターン一度だけヴァンパイアを生贄なしで召喚できる! 『シャドウ・ヴァンパイア』を召喚!!」

 

 シャドウ・ヴァンパイア☆5闇ATK/DEF2000/0

 

 現れたのは、薄い影を纏うヴァンパイア。そして、その効果が発動する。

 

「シャドウ・ヴァンパイアの召喚に成功した時、デッキから『ヴァンパイア』を一体特殊召喚できる!! 来なさい、『ヴァンパイア・ロード』!! 更に墓地の『ヴァンパイア・グレイス』の効果発動!! アンデット族モンスターの効果によってレベル5以上のアンデットが特殊召喚に成功した時、LPを2000支払い墓地から特殊召喚できる!!」

 

 ヴァンパイア・ロード☆5闇ATK/DEF2000/1500

 ヴァンパイア・グレイス☆6闇ATK/DEF2000/0

 カミューラLP2500→500

 

 一瞬で場に並ぶ三体のヴァンパイア。フフッ、とカミューラが微笑む。

 

「チェンジはいつでも受け付けているわよ?」

「彼は私の大事な生徒なノーネ! 手出しはさせませンーノ!」

 

 カミューラの挑発に対し、クロノスが吠える。彼を見守る者たちの中にいる一人の青年――丸藤亮。カミューラの狙いは彼だ。絶対に守らなければならない。

 

「それに、いくらモンスターを並べたところで古代の機械巨人には勝てないノーネ!」

「別に、わざわざ倒す必要はないわ。――シャドウ・ヴァンパイアを手札に戻し、チューナー・モンスター『A・ジェネクス・バードマン』を特殊召喚!!」

 

 A・ジェネクス・バードマン☆3闇・チューナーATK/DEF1400/400

 

 現れる、小型の機械モンスター。チューナーの存在に、ギャラリーがざわめく。

 

「チューナーだと?」

「攻撃力3000を超えられるのか……?」

 

 口々に上がる疑問。それに答えるように、カミューラが言葉を紡ぐ。

 

「ジェネクス・チューナーと闇属性モンスター……先生ならこの意味がわかるんじゃないかしら?」

「――まさか」

「ヴァンパイア・グレイスにA・ジェネクス・バードマンをチューニング! シンクロ召喚! 『レアル・ジェネクス・クロキシアン』!!」

 

 レアル・ジェネクス・クロキシアン☆9闇ATK/DEF2500/2000

 

 現れる、漆黒の機体。その禍々しき力が、発動する。

 

「クロキシアンのシンクロ召喚成功時、相手フィールド上の最もレベルが高いモンスターのコントロールを得る……古代の機械巨人は頂くわ」

「ああっ! 古代の機械巨人が!」

「クロノス先生!!」

 

 翔と十代が叫ぶ。ぐっ、とクロノスが唇を強く噛み締めた。

 

「ここで終わりと言いたいところだけど……、残念ながらシャドウ・ヴァンパイアの効果を使ったターンはこの効果で特殊召喚したモンスターでしか攻撃できない。――ヴァンパイア・ロードでダイレクトアタック!!」

「――――ッ!?」

 

 重い一撃が叩き込まれ、クロノスの表情が歪む。全身に走る痛み――これが、闇のデュエルだというのか。

 

(――二人は、もっと辛かったはずなノーネ……!!)

 

 思わず膝をつきそうになるが、どうにかクロノスは堪える。あらあら、とカミューラが嘲笑を浮かべた。

 

「大したことないわねぇ、先生?」

「ぐ……何を――」

「ふざけんな!! 勝負はこっからだ!! なあ先生!!」

 

 自身の言葉を遮りながらそう叫んだのは、あろうことか――遊城十代。

 ドロップアウトと、呼び続けた少年だった。

 

「見せてくれよ! 先生なら手があるんだろ!?」

「……当たり前なノーネ!!」

 

 吠える。たとえピンチであり、これが強がりでも。

 生徒の前で、闇に屈すわけにはいかなかった。

 

「へぇ……私はカードを一枚伏せ、更にヴァンパイア・ロードを除外し『ヴァンパイアジェネシス』を特殊召喚!! ターンエンドよ」

 

 ヴァンパイアジェネシス☆8闇ATK/DEF3000/2100

 

 降臨する、ロードが更に凶悪な姿となったヴァンパイア。これでカミューラの場には上級モンスターが三体。圧倒的な場である。

 

(しかし……負けるわけにはいきませンーノ!)

 

 教師であり、光を信じる者であるからこそ。

 闇に屈するわけには――いかない。

 

「私のターン、ドロー!――手札よりフィールド魔法をセット、そして魔法カード『サイクロン』を発動し、フィールド魔法を破壊するノーネ!」

 

 裏向きのままセットされたフィールド魔法が、表になる前に粉砕される。どういうことだ、とざわめきが広がった。

 クロノスはそれに応じるように、ふふん、と笑みを零す。

 

「破壊された『歯車街』の効果発動! このカードが破壊された時、デッキからアンティーク・ギアを一体特殊召喚するノーネ! 私はデッキより、『古代の機械巨竜』を特殊召喚!!」

 

 歯車の街が崩壊し、そこから出ずるは一体の竜。

 歯車によって形作られた、古代のドラゴンだ。

 

 古代の機械巨竜☆8地ATK/DEF3000/2000

 

 歯車の音がギチギチと響き渡る。クロノスは居留を従え、鋭い視線をカミューラに向けた。カミューラが、へぇ、と嘲笑するような笑みを浮かべる。

 

「流石はクロノス先生。素晴らしいわ。けれど、闇の力には決して勝てない」

「――デュエルとは、青少年にとっての光」

 

 静かに告げられた言葉に、カミューラが眉をひそめた。クロノスは、尚も続ける。

 

「闇のデュエルなどありえないノーネ! デュエルとは光であり希望! だからこそ私が負けることは有り得ないのでスーノ!」

 

 だから、闇を否定してきたのだ。

 デュエルとは、希望でなければならないから。

 

「減らず口を!」

「それはこちらの台詞なノーネ! バトル――」

 

 言いかけた、その瞬間に。

 放たれた無数の鎖が、機械の巨竜を封じ込めた。

 

「永続罠、『デモンズ・チェーン』。残念だったわねぇ、クロノス先生」

「ぐっ……」

 

 アンティーク・ギアモンスターの多くは攻撃時に相手の魔法・罠を封じ込める効果を持つ。ギアガジェルドラゴンも例外ではなかったが、バトルフェイズに入る前ではどうしようもない。

 

「私はカードを一枚伏せ、ターンエンドなノーネ!」

 

 だが、伏せたカードは『リミッター解除』だ。このカードによって、相手の攻撃を跳ね返す。

 勝利は目前。問題は、奪われたゴーレムでこちらを攻撃しに来た時だが――

 

「私のターン、ドロー。――良いカードを引いたわ。フィールド魔法、『ヴァンパイア帝国』発動!!」

 

 荘厳な音と共に、周囲の空気が変わっていく。ただでさえ降りしきる雨も相まって、その帝国の姿はあまりにも不気味に見えた。

 

「ここが私の帝国であり領域。――ヴァンパイア帝国が存在する時、アンデットモンスターはダメージステップ時に攻撃力が500ポイントアップする」

「そんな……! それじゃあ、クロノス先生が!」

 

 聞こえてくる声は十代のものか。だが、クロノスにしてみればこれは望むところ。

 これで、カミューラはこちらのモンスターをヴァンパイアジェネシスで破壊しにくる。

 

「随分頑張ったけれど……所詮はこの程度。ヴァンパイアジェネシスで古代の機械巨竜を攻撃!」

「――リバースカードオープン、速攻魔法『リミッター解除』を発動するノーネ! このカードの効果により、古代の機械巨竜の攻撃力は倍になりまスーノ!!」

 

 巨大化する古代の機械巨竜。やった、という声が上がった。

 

「クロノス先生の勝ちだ!」

 

 ――しかし。

 現実は、あまりにも無慈悲に訪れる。

 

 古代の機械巨竜☆8ATK/DEF3000/2000→2200/2000

 

 上がるどころか、むしろ下がる攻撃力。どういうことナノーネ、とクロノスが呟く。

 高笑いが聞こえたのは、呆然とした思考の中。

 

「速攻魔法『禁じられた聖槍』。モンスターの攻撃力を800ポイント下げ、同時にこのカード以外の魔法・罠の効果を受けなくする。リミッター解除は不発よ、先生」

「なっ……!」

「いけ、ヴァンパイアジェネシス!」

 

 カミューラの口が裂けたように広がり、そして放たれる一撃。あまりにも重い一撃が、クロノスの体を揺らした。

 

 クロノスLP2000→900

 

 意識が揺れ、視界が霞む。これが――闇のデュエル。

 あの二人は、こんな戦いを経験したというのか。

 

「先生!」

「クロノス教諭!」

「クロノス!」

 

 声が響く。そこに込められているのは願いであり、祈り。

 それに応えるのが教師の役目。――けれど。

 

 駄目な教師だと、そう思った。

 生徒たちを守ることさえできない、愚かな教師。

 

「……よく、聞くノーネ」

 

 霞む視界に映るのは、生徒たちの姿。

 託すことになってしまうのを、本当に情けないとそう思う。

 

「闇は光を凌駕できない……! 決して諦めてはいけませンーノ!!」

 

 声を、絞り出す。

 これが、精一杯で。

 

「クロノス先生!!」

 

 背を向けた自分に、再び叫びが届けられる。

 ドロップアウトと呼び続けた少年が、自分を心配してくれていることが。

 とても――嬉しくて。

 

「最後の授業は終わったのかしら、クロノス先生?」

「――来るがいいノーネ!!」

 

 最期まで。

 意地だけは張りたいと、そう思った。

 

「あなたのエースの手で散りなさい。――古代の機械巨人でダイレクトアタック!!」

「――――――――ッ!!」

 

 クロノスLP900→-2100

 

 体が、傾く。

 意識が、消えていく。

 

「……ボーイ……光の、デュエルを……」

 

 それを、最後に。

 意識が、完全に途絶えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ちくしょう! ちくしょう! クロノス先生!!」

 

 松葉杖を放り投げ、雨に濡れた人形――クロノスのなれの果て――を前に絶叫する十代。その光景を見守りながら、次は、と宗達は呟いた。

 

「あんたがやるのか、カイザー」

「そのつもりだ」

 

 その短い返答に込められていた感情は、わからない。

 ただ、言えるのは。

 

「やめておいた方がいい」

「忠告か?」

「これを聞いてどうするかは、あんたの自由だ」

 

 そして、如月宗達はその場から背を向ける。

 雨の音だけが、嫌に響く。

 

「……くだらねぇ」

 

 湖に浮かぶ城を見据えながら。

 ポツリと、そう呟いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「立てるのか?」

「……どうにか。歯を食い縛れば、ですが」

「覚悟を決めたなら耐えろ。それが意地を通すということだ」

「はい。ありがとう、ございます」

 

 血が滲む包帯を取り換えて。

 痛み止めを飲み下し、息を吐く。

 

「……嫌な、雨ですね」

「嗚呼、本当にな」

 

 夜の帳が、落ちていく。

 

 奪われた鍵は――二つ。












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第五十九話 降り止まぬ雨

 

 その場所は、ある意味で予想通りの有様だった。

 まるで落雷でも受けたかのように周囲が焦げ、社は半壊している。本来ならば決して開くことのないように閉ざされているはずの扉も崩れ落ちるように開き、その奥の闇を晒していた。

 人災、あるいは天災。多くの者はそう呼ぶだろうし、実際その通りともいえる。だが、前述の二つは似ているようで大きく違う。

 人が起こすが故に、人災。

 人が起こさぬが故に、天災。

 ならば、精霊が――人に非ざるモノが起こした事は、天災と呼ぶが相応しい。

 

「…………」

 

 激しい雨が降る中、険しい表情でその社を見つめるのは一人の少女だ。普段は自らを慕う者たちに対して惜しみない笑顔を振りまくその表情も、今だけは抜身の刀のように鋭さを纏っている。

 桐生美咲。プロデュエリストであり、アイドルであり、教師としての顔も持つ少女だ。どれぐらい彼女がそうしていたのか――不意に、彼女へと声が掛けられる。

 

「……何も、残っていません」

 

 その言葉と共に社から出てきたのは、齢十二の少女――防人妖花だ。いつもは年相応の快活な表情を浮かべている彼女も、今はどこか落ち着かない雰囲気を浮かべている。

 

「そっか。……ごめんな、こんなとこに呼び出してしもて」

「い、いえ、そんな……。澪さんもいないですから、家で一人でいるよりずっと良かったです。それに、その……やっぱり、気になってましたから」

「ああ、やっぱりわかるん?」

「はい。いきなり、その、何かが消えたような感覚があったので……」

「それだけ封印されてたもんが凶悪やったってことやな」

 

 はぁ、とため息を零す。本来なら美咲は本来の予定を前倒しし、今日はアカデミア本島にいる予定だった。しかし、それは叶わない。彼女へと精霊からの忠告があったのだ。自身の役目を考えれば無視できることではなく、それ故にこんな寂れた社にまで足を運んでいる。

 この場所の入口では黒服たちが待っているはずだ。ここがこんな状況であり、尚且つ専門家である妖花が『何も残っていない』というならば戻るべきだろう。

 だが……どうしてか、そんな気が起こらない。

 

「――社に祀るモノは、大きく分けて二つあるんです」

 

 不意に、壊れた社を見つめながら妖花がそんなことを呟いた。美咲は無言のまま、その言葉に耳を傾ける。

 

「一つは、神様。私たちとは住む次元が――存在する場所そもそも違う、絶対の存在です。多くの神社がそうですし、普通の認識としてはこれが『神社』と呼ばれる場所」

「…………」

「もう一つは、〝触れてはならぬモノ〟。祀るのは封じるため。人が祈りを捧げることでその存在を封じ込め、外に出さないようにするんです。そしてその管理者は総じてその力に対抗するために神様の力を借りることとなります。私が、そうでした」

 

 妖花は静かに告げる。日常生活においては年相応の少女だが、こういう状況において彼女の雰囲気は大きく変わる。

 ――閉鎖された場所で、親も知らぬ身でありながらも神を識る者。

 故に、彼女は〝巫女〟と呼ばれる。

 

「ここにあったモノは、何ですか?」

「…………」

「皆が、怯えてます。姿も見せないぐらいに。力の残滓しか残っていないのに。ペガサス会長に聞いても『わからない』と言われました。一体――」

「――かつて、〝悲劇〟と呼ばれた存在がいた」

 

 妖花へと、背を向ける。

 遂に来てしまったのだと、そんなことを思った。

 

「世界を闇で染め上げ、全てを破壊した存在。絶望の未来を呼ぶ、災いそのもの」

 

 戻ろうか、と美咲は告げる。

 煩わしい雨の音を、聞きながら。

 

「今はまだ大丈夫。摘み取れるならその方がええけど、そうもいかへん。今は待つしかあらへんのよ」

「そう、ですか」

「説明してもええけど、きっと信用できひんやろから。それに今は〝三幻魔〟のほうが厄介や」

 

 祇園が重傷だと聞いている。祇園だけではなく、十代も傷を負ったと。この天気のせいでヘリが飛べないのが痛い。できれば今すぐにでも向かいたいというのに。

 ふう、ともう一度息を吐く。わかっていたことでも、やはりいざとなると少し怖い。

 

「あの、大丈夫ですか……?」

 

 いつの間にか隣に並んだ妖花が、心配そうな表情でこちらを見上げてくる。その頭を優しく撫で、大丈夫、と美咲は頷いた。

 

「覚悟はできてるから」

 

 ――願わくば。

 望む未来が紡げればいいと、そう思った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 服に袖を通すと、痛みが走った。小さな呻き声を漏らしつつ、しかし、歯を食い縛る。

 これは弱く、未熟だったが故に負った傷。耐えねばならない。弱音を吐く時間は、ずっと昔に過ぎ去っているのだ。

 

(弱音を吐いても、誰も助けてなんてくれない)

 

 全ては己の手で為さなければならないことだ。誰かの手を借りることがあったとしても、それは今ではない。

 これだけは、己の手でやらなければならないのだ。

 

「痛むか、少年」

 

 窓の縁に腰掛け、こちらを見つめる女性――烏丸澪が呟くように問いかけてくる。大丈夫ですよ、と祇園は応じた。

 

「耐えられない痛さじゃ、ありません」

「キミがそう言うなら止めはしないよ。無茶をするのは男の子のアイデンティティだ。それを黙って見守るのもまた、女の度量。逆も然りだがな」

「ありがとう、ございます」

 

 頭を下げる。本当に、この人にはお世話になってばかりだ。

 

「そうだ、それでいい。頭を下げるのも構わんが、礼の方がずっといい」

「はい」

「とはいえ、現状は待つしかないのも事実だ。とりあえず、保険医の……何と言ったかな? 教諭が戻って来るまでは――」

 

 澪が顎に手を当て、言葉を紡ぐ。だが、その言葉が全て終わる前に保健室の扉がノックされた。

 そのまま、こちらの言葉を待たずに人が入って来る。

 

「澪さん、大変――って祇園!? お前起きてて大丈夫なのか!?」

 

 最初に入って来たのは、隼人に支えられながら松葉杖をついた状態の遊城十代だった。ベッドに腰掛けた状態の祇園は、うん、と苦笑を返す。

 

「そういう十代くんの方こそ、大丈夫?」

「ああ! 俺は元気――っ痛っ!?」

「十代、無理は駄目なんだな。祇園、本当に大丈夫なのか?」

「そうッスよアニキ、ホントは安静にしてなきゃいけないのに……祇園くんも」

「僕は大丈夫だよ。ありがとう」

 

 十代を支えている隼人、次いで入って来た翔がそれぞれ言葉を口にする。十代が近くの椅子に座り込み、お互いの目が合うと思わず苦笑が零れた。

 

「お互い、ボロボロだね」

「ああ、ホントにな」

 

 だが、まだ立てる。死んではいない。なら、終わってはいないのだ。

 

「祇園、目が覚めたのね」

「あら、思ったよりも元気そうね?」

 

 次いで入って来たのは天上院明日香と藤原雪乃だ。祇園は苦笑しつつ、頷きを返す。

 

「ちょっと寝坊しちゃったけど……」

「まあ、死んでないならいいわ。宗達も心配してたのよ?」

「その宗達は、相変わらずどこかに行ってるけどね」

 

 雪乃の言葉に対し、呆れたように言うのは明日香だ。それに追従するように、万丈目と三沢が保健室へと入って来る。

 

「アイツはそもそも、今回の戦いにも参加する意志を見せないような奴だからな」

「まあ、宗達の言うことも理解できる。確かにリスクは大きい。特に祇園や十代のその姿を見ていると、な」

「それが何だという。クロノスも言っていただろう。――諦めるな、と」

 

 眉間に皺を寄せ、万丈目が言う。空気が、僅かに変わった。

 

「……何か、あったの?」

 

 問いかける。答えたのは、入口の所に立っていた人物――丸藤亮だった。

 

「――クロノス教諭が、セブンスターズの一人に敗北した」

 

 その言葉に、思わず言葉を詰まらせてしまう。万丈目が懐から一体の人形を取り出し、クロノスは、と言葉を紡いだ。

 

「闇のデュエルに敗北した代償として、人形へと変えられた」

「人形、に?」

「信じられないかもしれないが、本当のことだ。この場の全員が見た」

 

 思わず呟いた祇園に、頷きながら三沢が告げる。万丈目が持っている人形――まさか本当に、あれがクロノスだというのか。

 

「……それで、どうするつもりだ?」

 

 重くなる空気。そんな中、澪が静かにそう言葉を紡いだ。我関せずの態度だったはず彼女の視線は、一点――丸藤亮を見据えている。

 視線を向けられた亮は頷き、俺が戦う、と決意を込めるように言葉を紡ぐ。

 

「クロノス教諭が倒れた今、俺が戦うのが最善だろう」

「お、お兄さん……」

 

 そのまま保健室を出て行こうとする亮。その背に翔が言葉を紡ぐ。対し、亮は振り返らぬまま大丈夫だ、と静かに告げた。

 

「俺は勝つ」

 

 簡単で、しかし確かな決意が込められた言葉。その言葉だけを残し、亮は保健室から出て行く。

 

「待てよカイザー! 俺も行くぜ!」

 

 その背を十代たちが慌てて追いかける。祇園もまた、ベッドから降りた。

 ――痛みは消えていない。きっと、これは時を追うごとに強さを増していくのだろう。

 

「行くのだな、少年?」

「……はい」

 

 背後からの声に、静かに応じる。

 

「何もできなくても、行きたい、です」

 

 痛みのせいで言葉が途切れた。澪は息を一つ吐き、そのままこちらの隣にやってくる。

 ――そして、腋の下へと自身の腕を差し込んだ。

 

「澪さん?」

「手を貸すよ、少年。私は傍観者だが、これぐらいなら構わんだろう」

「ありがとう、ございます」

「気にするな。気まぐれだよ」

 

 そして、澪の肩を借りながら祇園は歩き出す。その途中で、不意に澪が足を止めた。

 視線の先。そこにいるのは、己の兄のベッドの側に座る明日香だ。

 

「キミは行かないのか?」

「……はい。誰かが残っていないといけませんから」

「確かにそうだな」

 

 頷く澪。そのまま、彼女は大丈夫だ、と言葉を紡いだ。

 

「必ず目は覚める」

 

 そして、それ以上は何も言わずに再び歩を進めていく。

 ――祇園は、何も言えない。

 言う資格は、なかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 何があったのかを、道中で聞かされた。

 クロノスの戦い、その想い、そして――託されたこと。

 

「……〝光のデュエルを〟、か」

 

 ポツリと呟く。その隣で澪が目を閉じて言葉を紡いだ。

 

「流石はデュエル・アカデミア本校技術指導最高責任者だ。その戦いには敬意を払うべきだろう」

 

 敬意というその言葉に、妙に納得した。クロノス・デ・メディチ――その存在は、やはり先達として教師としてあるべきものだったのだ。

 

「……着いたな」

 

 誰が呟いたのか、そんなことはどうでもいい。大切なのは、目の前にある現実だ。

 湖の上に聳え立つようにしてその威容を晒す、一つの城。セブンスターズが一角、カミューラの座す場所だ。

 

「ひいっ、やっぱり怖いのにゃ~……」

「……なら何でついてきたんスか?」

 

 唯一の教師であり、本来ならば自分たちを引っ張らなければならない立場にあるはずの大徳寺の言葉に、思わず翔が半目を向ける。うう、とファラオを抱き締めながら大徳寺は呻いた。

 

「……怖いモノ見たさだにゃ」

 

 その場に僅かな沈黙が舞い降りる。それを打ち破るように、亮が先頭となって城の中へと足を踏み入れた。

 どこか暗い雰囲気の漂う館。思わず、といった調子で十代が呟いた。

 

「何か、ゲームに出てくるラスボスの城みたいだな」

「――成程、面白い解釈をなさりますね」

 

 響き渡る声に体を震わせ、思わずそちらを見る。そこにいたのは、祇園にとっては見覚えのある人物。

 

「お前は……!」

「またお会いしましたね。ですが、初対面の方もおられるようで。自己紹介と参りましょう」

 

 少し離れた位置にある、階段の上。そこで、鬼の面を被った男――カムルが恭しく頭を下げる。

 

「私はセブンスターズが一角、カムル。七星門の鍵を頂きに参りました」

「――成程、貴様が少年の鍵を奪った相手か」

 

 こちらから手を離し、静かに告げるのは澪だ。彼女の放つ言葉で、空気が静かに揺れる。

 今の彼女は先程までのジャージ姿ではなく、いつものスーツ姿だ。背中越しだというのに、その存在感に圧倒されそうになる。

 

「これはこれは……、まさか〝祿王〟に拝謁する機会を得られようとは。光栄です」

「微塵も思っていないことを、よくもまあ口に出せるモノだな」

 

 腕を組み、言い放つ澪。カムルは肩を竦めた。

 

「あなたもまた、鍵の守護者の一人ということですか?」

「いや、今回の私は傍観者だ。貴様らが向かってくるというなら話は別だがな」

「それは安心しました。ですが、ならば私の相手はどなたが? カミューラの相手はそちらの男性がなさられるのでしょう?」

 

 その手で亮を指し示すカムル。その言葉を聞き、万丈目と三沢が前に出た。

 

「ふん、ここはこの万丈目サンダーが」

「いや、ここはこの俺、三沢大地が」

「――悪いが、今回は別の者に譲って貰いたい」

 

 なあ、少年――振り返り、微笑を浮かべながら。

 烏丸澪は、そう言った。

 

「はい」

 

 一歩を、踏み出す。

 先程から、全身を痛みが駆け巡っていた。

 

「……鍵を持たぬ者に、用はないのですが」

「だが、こちらにはある。この戦いは鍵の奪い合いなのだろう? ならば、少年にも貴様に挑む権利はあるはずだ」

 

 それは詭弁だ。相手にはわざわざ自分と戦う必要はない。もう目的は達成してしまった以上、敗北者に用はない。

 だが、それで納得するわけにはいかない。

 みっともなくとも、滑稽でも、どう思われようとも。

 自らのミスは、自分自身の手で取り返さなければならないのだから。

 

「返せ」

 

 自分でも驚くぐらいに、低い声。

 周囲の者たちが震えたのを、感じ取った。

 

「……息の根を止めなかった、私の失態ですね」

 

 ふう、という小さな溜息。一歩、一歩と前へと進んでいく。

 心臓の音が耳の奥で鳴り響き、その度に体が痛む。

 ――だが、顔に出してはならない。

 弱さを見せることは、それだけで敗北だ。

 

「これが最後の忠告です。――死にたくなければ、退きなさい」

 

 返答に、言葉はない。

 ただ一歩、足を前へと踏み出すだけ。

 

「祇園、大丈夫なのか?」

 

 一度、大きく深呼吸をする。意識を静かに、呼吸を整えると。

 ……少しだけ、痛みが楽になった。

 

「大丈夫」

 

 振り返らずにそう告げる。振り向く余裕は、なかった。

 

「キミたちは先に行け。目的はこの城の主だろう?」

「しかし……」

「この戦いは私が見届ける。いいから行け。ああ、それと、一つ忠告だ。――殺し合うなら、相応の覚悟をしていくべきだ。これは最早ゲームではないのだからな」

 

 背後から聞こえてくる声も、どこか遠い。集中していなければ、今にも膝をついてしまいそうだった。

 ――ただ、澪の言葉は自分にも向けられているように思えて。

 だからこそ、倒れるわけにはいかなかった。

 

「頑張れ、祇園」

 

 聞こえてきたその声が、嬉しくて。

 ありがとう、と小さく呟いた。

 

「……呆れたモノです。拾った命ぐらい、大切にすればいいモノを」

「随分と饒舌な男だな。器が知れる」

 

 唯一残った澪が、挑発するように告げる。仮面で表情が伺えないが、雰囲気に怒気が加わったのがわかった。

 

「男が饒舌になるべきなのは愛を囁く時だけだ。それ以外で饒舌な男などただの薄い男にしか見えんよ。これは女にも言えることだが」

「……成程、ならば彼を沈めましょう。骸を眺め、精々後悔すればいい」

「負けんよ、少年は」

 

 微笑と共に、澪は言う。

 その言葉には、確固たる自信があった。

 

「最期まで見届けてやる。……戦え、少年」

「――はい」

 

 全てを振り切り、向かい合う。

 いいでしょう、とカムルが呟いた。

 

「その言葉、後悔させて差し上げます」

 

 そして、二人は向かい合う。

 

「「決闘!!」」

 

 ――負ければ、今度こそ死は免れない。

 祇園は、歯を食い縛りながらデュエルを開始する。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「――ようこそ、私の居城へ。歓迎いたしますわ」

 

 亮たちを出迎えたのは、クロノスを倒した人物――カミューラだった。途中で途切れた渡り廊下の向こう側に、まるで貴婦人の如く優雅に佇んでいる。

 

「大丈夫かな、祇園くん……」

 

 ポツリと、背後から声が聞こえた。弟である翔の言葉だ。亮は振り返らぬまま、大丈夫だ、と告げる。

 

「夢神は強い。信じるんだ」

 

 彼は決して弱くはない。むしろ、弱い人間があの大会を勝ち抜けるはずがないのだ。

 だから、ただ信じればいい。信頼し、今は目の前の敵を倒すことに集中すれば。

 

「あら、カムルと再戦しているのねあの坊やは」

 

 嘲笑の混じった笑みを零し、カミューラがそんな言葉を紡ぐ。差し出した右腕に、一羽のコウモリが飛び乗った。

 

「愚かなことね。カムルには勝てないわ」

「何だと?」

「あれだけ無様に敗北した者が、勝てるわけがない」

 

 クスクスと笑みを零すカミューラ。御託はいい、と亮は告げた。

 

「夢神が必ず勝つ。そしてそれは俺もだ。――いくぞ」

「ふふっ、ルールはいいわね? 勝者はこの鍵を手に入れ、敗者はこの愛しき人形に魂を封印される」

 

 そして、二人がデュエルディスクを構える。

 

「「決闘!!」」

 

 戦いが始まる。

 先行は――カミューラ。

 

「私のターン、ドロー。……モンスターをセットし、カードを一枚伏せてターンエンド」

 

 カミューラのターンが終了する。亮もまた、カードをドローした。

 

「一撃で終わらせる。俺は手札より『サイバー・ドラゴン・コア』を召喚! このモンスターはフィールド・墓地にいる時、『サイバー・ドラゴン』と扱う! 更に召喚時、効果により魔法カード『サイバネティック・フュージョン・サポート』を手札に加える!」

 

 そして、亮は手札より魔法カードを発動する。

 

「『パワー・ボンド』発動! 手札の『サイバー・ドラゴン』二体とサイバー・ドラゴンとなっているサイバー・ドラゴン・コアで融合! 来い――『サイバー・エンド・ドラゴン』ッ!!」

 

 サイバー・エンド・ドラゴン☆10光ATK/DEF4000/2800→8000/2800

 

 現れるのは、サイバー流の象徴にして最強の切り札。

 奥義とも伝わる、絶対なる機械の竜。

 

「パワー・ボンドによって融合召喚されたモンスターはその攻撃力が倍になる」

「攻撃力、8000……」

 

 眉を顰め、その絶対的な威容を見つめるカミューラ。やった、と歓声が上がった。

 

「流石カイザー! これなら一撃で終わるぜ! やっぱ凄ぇなお前の兄ちゃんは!」

「うん! そうだよ、お兄さんは僕の自慢のお兄さんなんだ!」

 

 弟から聞こえてくる称賛の声に、思わず内心で笑みを作る。だが、今はデュエル中だ。

 

「けれど、パワー・ボンドにはリスクがあるはず。エンドフェイズに4000ものダメージを受けるリスクを負って、大丈夫なのかしら?」

「お前にエンドフェイズを心配される謂れはない。サイバー・エンドは貫通効果を持つ。――サイバー・エンドでセットモンスターを攻撃!!」

「甘いわね、リバースカード・オープン! 罠カード『次元幽閉』!! サイバー・エンドは除外させてもらうわ!」

 

 笑みを浮かべるカミューラ。ああっ、と背後から悲痛な声が響く。

 

「お兄さんのサイバー・エンドが!」

「カイザー!」

「――舐められたものだ」

 

 騒ぐ外野とは真逆。帝王と呼ばれる男は、静かに告げる。

 

「速攻魔法、『融合解除』。サイバー・エンドをエクストラに戻し、素材となったモンスターをフィールドに戻す」

 

 サイバー・ドラゴン・コア☆2光ATK/DEF400/1500

 サイバー・ドラゴン☆5光ATK/DEF2100/1600

 サイバー・ドラゴン☆5光ATK/DEF2100/1600

 

 場に舞い戻る三体のサイバー。ぐっ、とカミューラは呻いた。

 それを無視し、バトル続行だ、と亮は告げる。

 

「サイバー・ドラゴンでセットモンスターを攻撃!」

「セットモンスターは『ピラミッド・タートル』よ。戦闘破壊されたことにより、デッキから守備力2000以下のアンデット族モンスターを特殊召喚する。――『ゴブリン・ゾンビ』を守備表示で特殊召喚」

 

 ピラミッド・タートル☆4地ATK/DEF1200/1400

 ゴブリン・ゾンビ☆4闇ATK/DEF1100/1050

 

 アンデット族専用のリクルーターの効果により、厄介なサーチ効果を持つアンデットが現れる。亮は数瞬迷った後、敢えて追撃の手を止めた。

 

「俺は手札より『一時休戦』を発動。お互いのプレイヤーはカードを一枚ドローし、相手ターンのエンドフェイズまで俺の受けるあらゆるダメージは0となる。『パワー・ボンド』のデメリットはこれで打ち消しだ」

 

 相手の場に伏せカードがない状態であれば、『一時休戦』は確実に通る。更に言うと、相手が返しに何をして来ようと確実にこちらへとターンを回せるのだ。制限カードでこそあるが、強力なカードである。

 

「カイザーは何で攻撃しなかったんだ?」

「ゴブリン・ゾンビは墓地へ送られると守備力800以下のアンデットをサーチする効果を持ってるにゃー。ここで倒しても、ダメージは通らずサーチされるだけ。そこで攻撃しないことを選んだんだにゃ」

 

 十代の疑問の声に、大徳寺がスラスラと答える。この選択が確実に正しいということではないが、『一時休戦』のことを考えればこれが最善だと亮は結論付けただけだ。

 

「ゾクゾクするわぁ……、一番タイプだと思ったけれど。これほどなんて」

「悪いが、俺にもタイプがある」

 

 バッサリと切り捨てる亮。ふふ、とカミューラは笑みを零した。

 

「流石はサイバー流正統継承者、カイザー亮。素晴らしいタクティクスね。けれど、ここからが本番よ。私のターン、ドロー! 私はゴブリン・ゾンビを生贄に捧げ、『シャドウ・ヴァンパイア』を召喚! 効果により、デッキから『ヴァンパイア・ロード』を特殊召喚!! そしてフィールド魔法、『ヴァンパイア帝国』を発動! 効果により、ダメージステップ時に私のアンデット族モンスターは攻撃力が500ポイントアップする!」

 

 シャドウ・ヴァンパイア☆5闇ATK/DEF2000/0→2500/0(ダメージステップ時)

 ヴァンパイア・ロード☆5闇ATK/DEF2000/1500→2500/1500(ダメージステップ時)

 

 クロノスもやられた、大型ヴァンパイアモンスターの特殊召喚。バトル、とカミューラが宣言する。

 

「ゴブリン・ゾンビがフィールド上から墓地へ送られたため、『ヴァンパイア・グレイス』を手札に加える。――ヴァンパイア・ロードでサイバー・ドラゴンを攻撃!」

「ぐっ……!」

 

 吸血鬼の一撃により、機械の竜が破壊される。だが、ダメージはない。

 

「私はカードを一枚伏せ、ターンエンド」

「俺のターン、ドロー!」

 

 強化されたヴァンパイアたち。このままでは突破はできない。

 ――だが。

 

「俺は手札より『融合』を発動! フィールド上の二体を融合! 来い、『サイバー・ツイン・ドラゴン』ッ!!」

 

 サイバー・ツイン・ドラゴン☆8光ATK/DEF2800/2100

 

 現れるのは、双頭のサイバー・ドラゴン。二回攻撃の効果を持つ、サイバー流のエースモンスターだ。

 

「バトルだ、サイバー・ツインで二体のモンスターを攻撃!」

「くうっ……!」

 

 カミューラLP4000→3400

 

 カミューラのLPにダメージが通る。亮はカードを一枚伏せると、ターンエンド、と告げた。

 相手の打つ手を、正面から〝力〟で捻じ伏せる。それが帝王のデュエルであり、亮の戦い方だ。

 

「どうした、カミューラ。……随分汗を掻いているようだが」

「くうっ……可愛くない! ニンゲン、風情が!」

 

 吹き飛ぶカミューラ。わっ、と周囲がわく。

 

「オシオキよ……! 私のターン、ドロー!」

 

 舌打ちを零し、カミューラがカードをドローする。そして引いたカードを見た瞬間、大きな笑い声を上げた。

 

「この楽しいデュエルも、もう終わり。残念ながら、あなたの勝機は今この瞬間に潰えたわ」

「……何?」

 

 眉をひそめる亮へ薄笑いだけを向け、カミューラがそのカードをデュエルディスクへと指し込む。

 

「手札から魔法カード、『幻魔の扉』発動」

「幻魔の扉……?」

「このカードは相手フィールド上のモンスターを全て破壊し、墓地のモンスターを一体召喚条件を無視して特殊召喚する!」

「何だと!?」

「何だそのデタラメな効果は!」

「死者蘇生とサンダー・ボルトが合わさったような効果……」

 

 亮が眉を跳ね上げると同時、次々と背後から声が届く。勿論、とカミューラは告げた。

 

「相応のリスクはある。このカードを使用し、敗北した時、私の魂は幻魔へと捧げられる」

「……命懸けのインチキカードか」

「命を懸けることが滑稽に思えるような効果だけれど、ね」

 

 万丈目の言葉に対し、雪乃が苦々しく告げる。カミューラは尚も笑った。

 

「ええ、その通り。確実に勝てる場面で使えばこんなものはリスクにもならない。なんだけれど、折角の闇のゲーム……、それらしく使わせてもらいますわ」

 

 カミューラの視線が、別の場所を向く。その先にいる人物に気付き、亮は声を張り上げた。

 

「逃げろ翔!」

「え、お兄さ――」

「――遅い」

 

 それは一瞬の出来事だった。カミューラの身体が一瞬で霧と化し、翔の前へと移動する。

 

「ひっ――」

 

 翔が悲鳴を上げるよりも先。

 ズブリ、と。

 異形そのものといえる牙が、その首筋へと突き刺さる。

 

「翔!!」

 

 その絶叫も、届かぬまま。

 

「私は墓地より『ヴァンパイア・ロード』を蘇生。更に除外することで『ヴァンパイア・ジェネシス』を特殊召喚!!」

 

 ヴァンパイア・ジェネシス☆8闇ATK/DEF3000/2100

 

 まるで見せつけるように翔の身体を抱えたカミューラが、彼女のエースを降臨させる。

 

「う、あああああああああっっっ……!」

「翔!!」

 

 呻き声を上げる翔と、その名を呼ぶ亮。

 

「さあ、どうするのかしら?」

 

 嘲笑の笑みと共に、こちらへ告げるカミューラ。

 

「あなたが勝てば、この坊やの魂は幻魔へと捧げられる」

「…………ッ」

 

 選択の、時。

 己の命と、弟の命と。

 どちらを選ぶかと……そういう、選択。

 

〝殺し合うなら、相応の覚悟をしていくべきだ。これは最早ゲームではないのだからな〟

 

 忠告と、〝王〟が告げた言葉が脳裏に響く。

 ゲームではない、試合でもない、殺し合い。

 それが、この戦い。

 

「――――」

 

 静かに、唇を噛み締める。

 選択までの時間は、残されていない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 何度も、何度も深呼吸を繰り返す。痛みでつい体に入ってしまう力を抜くように努める。少しでも痛みを堪えるためだ。

 

(……最期まで、意識がもつか……)

 

 自分の身体だ。限界がどこにあるかはすぐわかる。そしてそれは、間近であるということも。

 

「私の先行、ドロー」

 

 相手の言葉と共に一度目を閉じ、大きく深呼吸。

 ――体を、何か温かいモノが包んでくれたような感覚がした。

 

「せめて、苦しまぬように。――手札より魔法カード『増援』を発動。デッキより『ダーク・グレファー』を手札に加え、召喚。効果により、『インフェルニティ・ネクロマンサー』を捨て、デッキより『インフェルニティ・デーモン』を墓地へ送る」

 

 ダーク・グレファー☆4闇ATK/DEF1700/1600

 

 現れるのは、闇へと堕ちた一人の戦士。手札の闇属性モンスターを墓地に送れば、デッキからも闇属性モンスターを墓地に送ることができるという強力なモンスターだ。

 

「更に『愚かな埋葬』を発動。デッキから『ヘルウェイ・パトロール』を墓地へ。更に『使者転生』を発動。手札の『インフェルニティ・ビートル』を墓地に送り、墓地から『インフェルニティ・デーモン』を手札に。カードを一枚伏せ、墓地のヘルウェイ・パトロールを除外し『インフェルニティ・デーモン』を特殊召喚」

 

 インフェルニティ・デーモン☆4闇ATK/DEF1800/1200

 

 現れるのは、手札が0の時にこそその真価を発揮するモンスター。カムルの手札は――0。

 

「インフェルニティ・デーモンの効果を発動します。手札が0の時、デッキから――」

「『エフェクト・ヴェーラー』の効果発動! 相手のメインフェイズ時、このカードを墓地に送ることで相手フィールド上の表側表示モンスターの効果を無効にする!」

 

 優秀な、所謂手札誘発のカードだ。ほう、とカムルが吐息を零す。

 

「成程、面白い。ですが、足りません。リバースカード、オープン。魔法カード『ZERO―MAX』。手札が0の時、バトルフェイズを放棄する代わりにインフェルニティを蘇生し、そのモンスターより攻撃力の低いモンスターを全て破壊する。私は『インフェルニティ・ネクロマンサー』を蘇生し、更にその効果により墓地の『インフェルニティ・ビートル』を蘇生。そしてビートルの効果。手札が0の時、二体まで同名モンスターをデッキから特殊召喚できる」

 

 インフェルニティ・ネクロマンサー☆3闇ATK/DEF0/2000

 インフェルニティ・ビートル☆2闇・チューナーATK/DEF1200/0

 インフェルニティ・ビートル☆2闇・チューナーATK/DEF1200/0

 

 一瞬で場に並ぶ三体のモンスター。先の二体と合わせて五体ものモンスターが並び立つ。

 

「ダーク・グレファーにインフェルニティ・ビートルをチューニング。シンクロ召喚。――『天狼王ブルー・セイリオス』」

 

 天狼王ブルー・セイリオス☆6闇ATK/DEF2400/1500

 

 現れるのは、三つ首を持つ天の狼。その咆哮が、響き渡る。

 

「それでは、お見せ致しましょう。世界をも閉ざした、最強の竜の姿を」

 

 集うのは、三体のモンスター。

 そのレベルは――合わせて9。

 

 

「いざ仰ぎなさい――『氷結界の龍トリシューラ』」

 

 世界が、純白に染まる。

 荒れ狂う氷の嵐。その中心に、龍はいる。

 

 氷結界の龍トリシューラ☆9水ATK/DEF2700/2000

 

 圧倒的な存在感。その力に、何もされていないというのに思わず体が震える。

 

「トリシューラはそのシンクロ召喚成功時、フィールド、墓地、手札を一枚ずつ除外できます。フィールドには何もいませんが……墓地のエフェクト・ヴェーラーと手札を一枚、除外させていただきます」

 

 手札の一枚が貫かれ、氷結する。

 除外されたのは――『暗黒竜コラプサーペント』。

 

「私はターンエンドです」

「…………ッ、僕のターン、ドロー……!」

 

 体が痛み、意識が揺らぐ。

 氷結界の龍トリシューラ――ただいるだけで、その威圧感が体を蝕む。

 

「僕は手札より、魔法カード『調律』を発動。デッキから『ジャンク・シンクロン』を手札に加え、デッキトップを一枚墓地へ……」

 

 落ちたカード→ドッペル・ウォリアー

 

 いいカードが落ちた。だが、だめだ。相手の手札はすでに0。準備はすでに整っている。

 ならばこのターンに、何とかしてあのカードを――

 

〝――――〟

 

 声が、聞こえた気がした。

 竜の嘶き。そして――……

 

「――やれるだけ、やってみるといい。ちゃんと、見ているから」

 

 静かでいて、どこか優しい言葉を背に受けて。

 覚悟は――定まる。

 

「手札より魔法カード『死者転生』を発動……、『魔轟神獣ケルベラル』を捨て、『ドッペルウォリアー』を手札に……! ケルベラルは手札から捨てられたことにより特殊召喚され、更に、墓地からモンスターが特殊召喚されたため、手札より『ドッペル・ウォリアー』を特殊召喚……!」

 

 魔轟神獣ケルベラル☆2光・チューナーATK/DEF1000/400

 ドッペル・ウォリアー☆2闇800/800

 

 並び立つ二体のモンスター。カムルが、何、と言葉を紡いだ。

 

「魔轟神……!? 成程、アナタの差し金ですか〝祿王〟……!」

「差し金、とは異なことを言う。人の手を借りることは何もおかしなことではなかろう? 一人で立ち上がれないなら手を借りればいい。それに、戦いの場ではどの道一人だ。何の問題がある?」

「……いいでしょう。 魔轟神――扱える者は限られています。あなたならばともかく、そこの少年に扱い切れるわけがない」

 

 二人の言葉も、どこか遠い。

 それでも今は、やれることを。

 

「レベル2、ドッペル・ウォリアーにレベル2、魔轟神獣ケルベラルをチューニング。シンクロ、召喚。駆け抜けよ――『魔轟神獣ユニコール』」

 

 魔轟神獣ユニコール☆4光ATK/DEF2300/1000

 ドッペル・トークン☆1闇ATK/DEF400/400

 ドッペル・トークン☆1闇ATK/DEF400/400

 

 現れるのは、白き体躯を持つ一角獣。伝説にも語られる姿を持つその馬は一度大きく嘶くと、身を寄せるように祇園の隣で歩みを止めた。

 

「更に、『ジャンク・シンクロン』を召喚。墓地から『魔轟神獣ケルベラル』を蘇生……」

 

 ジャンク・シンクロン☆3闇・チューナーATK/DEF1300/500

 魔轟神獣ケルベラル☆2光・チューナーATK/DEF1000/400

 

 目指す場所は、定まっている。

 手札は――残り、二枚。

 

「ドッペル・トークン二体に、ジャンク・シンクロンをチューニング……『TGハイパー・ライブラリアン』」

 

 TGハイパー・ライブラリアン☆5闇ATK/DEF2400/1800

 

 視界が揺れる、意識が霞む。

 自分がちゃんと立てているかどうかさえ、不安だった。

 

〝マスター〟

 

 不意に、体が何かに包まれる。

 まるで、何かに支えられているような感覚――

 

〝私が支えます〟

 

 だから、とその声は言った。

 ――頑張れ、と。

 

「――『愚かな埋葬』発動……ッ! デッキからダンディ・ライオンを墓地に送り、綿毛トークンを二体特殊召喚……!」

 

 綿毛トークン☆1地ATK/DEF0/0

 綿毛トークン☆1地ATK/DEF0/0

 

 痛い。辛い。苦しい。

 そんな言葉だけが、脳裏を過ぎって。

 

「……TGハイパー・ライブラリアンと、綿毛トークンに、ケルベラルを……チューニング……」

 

 レベルは、8。

 取り出すのは、一枚のカード

 

「――少年?」

 

 背後から、聞こえる声。

 その声には、疑問が込められている。

 

「白紙のカード……?」

 

 対面から聞こえる声さえも、もう聞こえていない。

 ただ、どうすべきかだけは――わかっている。

 

「闇を、切り裂け――『閃光竜スターダスト』ッ!!」

 

 閃光竜スターダスト☆8光ATK/DEF2500/2000

 

 熱い、と思った。

 眼前、自らを守るようにして現れるのは、純白の竜。風纏う星屑の竜ではなく、光纏う星屑の竜だ。

 

「……光の、竜ですか。見たこともない姿ですが……」

「閃光竜スターダストで、ブルー・セイリオスを攻撃――」

「――――ッ!?」

 

 応じるだけの余裕はない。ただ、全力で一撃を叩き込む。

 

 カムルLP4000→3900

 

 僅かにその身を揺らすカムル。だが、それだけだ。

 そして、ブルー・セイリオスの効果により、スターダストの攻撃力が減少する。

 

 閃光竜スターダスト☆8光ATK/DEF2500/2000→100/2000

 

「カードを、一枚伏せ……ターン、エンド」

 

 口の中に広がる鉄の味と、傷口の焼けるような痛み。

 限界は――近い。

 

「ハンドレスの真似事ですか? 見事な展開ですが、それでは届きません。――ドロー、さあ、終焉です。『インフェルニティ・ミラージュ』を召喚。効果の説明は、必要ですか?」

 

 インフェルニティ・ミラージュ☆1闇ATK/DEF0/0

 

 自らを生贄に捧げることで、墓地のインフェルニティ二体を蘇生するという強力な効果を持つモンスターだ。

 

「インフェルニティ・ミラージュの効果を――」

 

 直後。

 ミラージュの姿が爆発し、その効果が無効となる。

 やった、と思った。同時、体が堪え切れず……膝をつく。

 

「くっ……、何が……!?」

「――ユニコールは、相手と自分の手札の枚数が同じ時、相手が発動する魔法・罠・モンスター効果を全て無効にし、破壊する効果を持つ。ハンドレス・コンボ……強力だが、相性が悪かったな」

 

 澪がカムルを挑発するように言葉を紡ぐ。ぐっ、とカムルは呻き声を漏らした。

 

「ならば――ユニコールを砕けばいい。トリシューラでユニコールを攻撃!」

「閃光竜スターダストの効果を発動……! 一ターンに一度だけ、表側表示のカードを破壊から守ることができる……!」

 

 衝撃が体を駆け抜け、飛び散った鮮血が床を濡らした。

 

 祇園LP4000→3600

 

 僅かなダメージでも、その衝撃は相当なもの。

 だが、もう少しだ。

 もう少しで……終わる。

 

「……ッ、僕の、ターン、……ドロー……ッ」

 

 カードを、引こうとして。

 何も見えないことに、気付いた。

 

「…………あ……」

 

 マズい、とそう思うと同時に。

 体が、傾いて。

 

「――倒れるな、少年」

 

 その体を、誰かが優しく支えてくれた。

 

「あと、一手だろう」

 

 デッキトップに手を置いて。

 カードを、引く。

 

「……『リビング・デットの呼び声』……っ、ケルベラルを、蘇生……」

 

 そして、二体のモンスターが新たな姿へと姿を変える。

 綿毛トークンと、ケルベラル。

 ――現れるのは、一羽の怪鳥。

 

 霞鳥クラウソラス☆3風ATK/DEF0/2300

 

 攻撃力を持たぬモンスター。だが、その効果は強力。

 ――一ターンに一度、相手モンスターの攻撃力を0とする。

 

 氷結界の龍トリシューラ☆9水ATK/DEF2700/2000→0/2000

 

 弱体化する氷結界の龍。だが、これで終わらない。最後の一枚がある。

 

「手札より、エフェクト・ヴェーラーを……召喚」

 

 エフェクト・ヴェーラー☆1光・チューナーATK/DEF0/0

 

 これが、最後。

 エフェクト・ヴェーラーと霞鳥クラウソラスがシンクロし。

 

 アームズ・エイド☆4光ATK/DEF1800/1200

 

 モンスターに装備できる力を持つ、シンクロモンスター。

 その装備対象は……魔轟神獣ユニコール。

 

 魔轟神獣ユニコール☆4光ATK/DEF2300/1000→3300/1000

 

 大きな嘶きの声を上げる魔のユニコーン。

 祇園は、最後の力を振り絞る。

 

「闇を――切り裂け!!」

 

 まるで、自分自身の〝何か〟を振り切るように。

 夢神祇園は、絶叫し。

 

 カムルLP3900→600

 

 轟音と共に、カムルの場のトリシューラがユニコールの角によって貫かれる。

 

「――知っていると思うが」

 

 まるで砕けた氷像のように砕けていくトリシューラ。その砕けた体躯が、カムルの頭上から降り注ぐ。

 

「アームズ・エイドを装備したモンスターが相手モンスターを破壊した時、破壊したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手に与える効果がある」

 

〝祿王〟の言葉を、何かのスイッチとするように。

 轟音と閃光が、周囲を包んだ。

 

 カムルLP600→-2100

 

 爆風と共に飛んできた鍵を、〝祿王〟が手に取り。

 

「キミの勝ちだ、少年」

 

 その、言葉に。

 はい、と小さく頷いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ヴァンパイア・ジェネシスでダイレクトアタック!」

「罠カード発動、『ガード・ブロック』! 一度だけ戦闘ダメージを0にし、カードを一枚ドローする!」

 

 カミューラの切り札による一撃を、亮は耐え忍ぶ。

 だが――だからなんだというのだ。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引く。勝機は見えた。勝つことはできる。

 

(だが……俺が勝てば、翔は)

 

 大切な弟は――死んでしまう。

 

「お兄さん、勝って……。お兄さんは誇り高いカイザーで、僕の誇りなんだ」

 

 不意に、声が聞こえた。

 どこか諦めたような笑みと共に、翔が呟く。

 

「お兄さんに比べたら、僕なんて大したことのない……路傍の石ころみたいなもので。そんな僕のために、お兄さんが負けるなんて間違ってる」

「……翔」

「大丈夫だよ、お兄さん。僕はお兄さんを恨んだりなんかしない。……だから、勝って」

 

 弟の――大切な家族の言葉。

 覚悟は、決まった。

 

「――翔、お前は良いデュエルをするようになった。昔と比べると、見違えるようにな」

 

 昔から、自信が持てないで、卑屈になってばかりだった弟。

 けれど、少しずつ……強くなっていく姿を、見てきている。

 

「お前はもっと、自信を持っていい。……これからも、頑張れ」

「お兄、さん?」

「――俺は手札より、『サイバネティック・フュージョン・サポート』を発動! LPを半分支払い、このターン一度だけ機械族の融合を墓地のモンスターを除外することで行える! そして『パワー・ボンド』を発動! 墓地のサイバー・ドラゴン二体とサイバー・ドラゴンとなっているサイバー・ドラゴン・コアを除外し! 『サイバー・エンド・ドラゴン』を融合召喚!!」

 

 サイバー・エンド・ドラゴン☆10光ATK/DEF4000/2800→8000/2800

 

 現れるのは、帝王の切り札。

 ありとあらゆる敵を粉砕するその力も……しかし、弟は救えない。

 

「――後は、任せた」

 

 静かに、呟く。

 ここで敗北を選ぶことは、何の解決にもならないということぐらいは理解している。

 だが、それでも。

 これが、逃避だとしても。

 

「駄目だ、お兄さん」

 

 それでも、弟を――家族を犠牲にはできなかった。

 

「駄目だお兄さん!!」

 

 翔に、静かに笑いかける。

 

「エンドフェイズ、パワー・ボンドの効果によって融合召喚したモンスターの攻撃力分のダメージを受ける」

 

 意識が、途切れる。

 

「――――――――お兄さんッ!!」

 

 弟の、絶叫が。

 最期に……聞こえてきた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……何でだよ……何で、翔が泣いてるんだよ……?」

 

 城の外へと放り出された十代たち。雨に濡れながら涙を零す翔の小さな肩を見つめながら、十代は呟く。

 

「デュエルは楽しいもんだろ……? なのに、なんで……何でこんなことになってるんだよ!」

 

 帝王は、勝っていた。あのデュエルで、勝利できたはずなのだ。

 だが、そうしなかった。いや、できなかった。

 大切な家族を守るためには、それを選んではいけなかったのだから。

 

 雨は止まない。

 昏い雨が、心を覆うように降り続く。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 暖かな重みが、膝にある。そこに頭を乗せている少年は申し訳なさそうに、すみません、と言葉を紡いだ。

 

「……こんな、ことまで……」

「何、大したことではないよ。キミはよく頑張った。これぐらいしかしてやれないが……」

「いえ……ありがとう、ございます……」

 

 大きく開いたわけではないだろうが、傷口が僅かに開いて出血している。本来、こうして闇のデュエルなどできる状態ではなかったのだ。こうして意識が残って立っているのが奇跡だろう。

 

「…………」

 

 しばらく、互いに無言だった。視れば、祇園は目を閉じて眠ってしまっていることに気付く。

 

「……お疲れ様、だな」

 

 カムル、といったか。あの男はどうやら逃げ去ったらしい。まあ、祇園に変な荷物を負わせずに済んだと考えれば上等だろう。

 だが、それにしても気になることが一つある。

 

「――白紙のカード、か」

 

 祇園が召喚した、『閃光竜スターダスト』という名の光の竜。あれは彼が託されたスターダスト・ドラゴンとは似ているが違う力を持っていた。あのカードの存在は、澪も聞いたことがない。

 そして、もう一つ。

 

「……また白紙に戻っている……」

 

 そう、デュエルを終えた直後にまるで役目を終えたかのようにカードは再び白紙へと戻ってしまったのだ。これがどういう意味を持つのか、同じくペガサスに白紙のカードを預けられている身としては知っておきたい。

 

「少年は眠っているぞ。出てきたらどうだ?」

『――お気付きでしたか』

 

 虚空に向かって言葉を紡ぐと同時、現れたのは一人の女性。

 ドラゴン・ウイッチ――確か、祇園のデッキにも入っていたカードだ。

 

「少年の持つカードに宿る精霊か」

『はい。お初にお目にかかります、〝祿王〟殿』

「……どうやら、長くは語れんようだな。まあいい」

 

 ウイッチの身体は半ば透けており、今にも消えてしまいそうなほどに儚い。おそらく、力が足りないのだろう。

 

『このような身での対面。お許しください』

「構わんさ。精霊たちは随分と私を持ち上げてくれるが、正直興味はない。むしろ、何故そこまで持ち上げてくれるのかが疑問だな」

『妖精竜様の預言もありますので……』

「ああ、成程そういうことか。もう一度会う必要があるな、あの竜には。……まあ、それはいい。それで、キミはこの白紙のカードについては何か知っているか?」

『……いえ、私は』

 

 ウイッチは首を振る。成程、精霊にもわからないらしい。

 自分だけならば放置も考えたが、祇園も関わっているならばそうもいかない。そうなると、本格的にあの妖精竜と会う必要があるかもしれない。

 

「……どうやら、もう限界のようだな」

 

 ウイッチの身体が、徐々に光の粒子となって消えていこうとしている。はい、とウイッチは頷いた。

 

『マスターのことを、お願いしてもよろしいですか?』

 

 文字通りの、消え入りそうな笑顔で言うウイッチに。

 ああ、と澪は頷いた。

 

「戻ってくるのだろう?」

『はい。すぐにでも』

「ならば、構わんさ」

 

 そして、ウイッチの姿が消える。

 城の外では、変わらず雨が降り続いていて。

 

「……よく頑張ったな、少年」

 

 膝の上で眠る少年の頬に。

 小さく、唇を落とした。

 

 

 奪い返した鍵の数――一つ。

 奪われた鍵の数――二つ。

 

 状況は、更に混迷に。

 雨は、まだ止まない。

 

 

 

 



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第六十話 言葉にせずとも

 

 

 雨は降り止まず、窓を叩く音は少しずつ強くなっていた。

 すでに時間は深夜だ。本来なら学校の灯りは消えているべきなのだが、今はたった一部屋だけ灯りが点いた部屋がある。

 保健室――その部屋にあるパイプ椅子に腰掛けた女性、烏丸澪は腕を組んで瞑目していた。彼女の後ろには上半身を起こした夢神祇園の姿があり、正面には頭を下げる一人の少年とそれを見守る者たちの姿がある。

 

「――言いたいことは、それだけか?」

 

 しばらくの沈黙が流れた後、ため息と共に澪はそう言葉を紡いだ。ゆっくりと目を開くと、眼前で涙を一杯に溜めた状態の少年――丸藤翔が視界に入る。

 

「は、はい。お兄さんを――」

「――悪いが、その求めには応えられない。他を当たれ」

 

 言葉を遮り、言い放つ。えっ、と翔が声を上げた。

 

「ど、どうしてッスか!?」

「キミの論理がわからないわけではない。確かにカミューラとやらに私が勝つことは可能だろう。カムル、といったか。あの男を見て七星の力についておおよその予測はついた」

 

 それは自惚れでも何でもなく、ただの厳然たる事実だ。彼女が勝てると思ったならば、それはまず間違いない。伊達に〝祿王〟などとは呼ばれていない。

 

「だが、それはあくまでデュエル単体で考えた場合だ。これは試合でもゲームでも遊びでもない。殺し合いなんだよ、坊や。ならば、私は戦えない」

「どうしてだよ!? 澪さんならカミューラに勝てるんだろ!?」

「私が勝利したとしてキミたちの目的は達成できるのか、十代くん? キミたちの目的は丸藤くんとクロノス教諭の救出のはずだ。私が勝ったとして、それで二人が戻ってくる保証はない」

 

 その場の全員が表情を変える。ただ、背後の祇園だけは僅かに反応が違った。おそらく、彼は今渋い表情をしているだろう。

 この中では一番物事を現実的に捉え、常に最悪の事態を想定できるのが夢神祇園という少年だ。だからこそ、彼は気付いている。

 

「……最悪の場合、二人は戻って来ないかもしれない」

 

 ポツリと祇園が呟く。待て、と万丈目が声を上げた。

 

「大徳寺が言っていたはずだ。闇のゲームに勝てばクロノスを元に戻せると」

「その可能性は今回のデュエルで潰えたと言っていい。――そうですね、大徳寺教諭?」

 

 澪が一番奥で成り行きを見守っていた大徳寺へと言葉を紡ぐ。大徳寺は重々しく頷いた。

 

「……カミューラは丸藤くんを人質に取ったにゃ……。次のデュエルでは、その二人を元に戻すことを取引の可能性に使ってくる可能性が高いのですにゃ……」

「そんな……!」

「カミューラを倒しても二人が戻らない。だから、彼女を倒せない――私はそんな論理は無視する。戻らぬと知りつつ、二人には犠牲になって貰う選択肢を選ぶぞ。そこは迷わない」

 

 言い放つと、翔が更に泣きそうな顔になった。そこへ追い打ちをかけるように澪は言葉を紡いでいく。

 

「言ったはずだ。〝相応の覚悟をしていくべきだ〟、と。少年が死ななかったから自分も大丈夫? 十代くんが勝利したから大丈夫? 物事がそう何度も上手くいけば苦労はしない。第一、クロノス教諭がそうなった姿を見ているだろう? その上で彼は戦った。ならば、その覚悟を私は『死の覚悟』と受け止める」

 

 それが現実だ。そしてだからこそ、烏丸澪は戦わない。

 この戦いにおいて彼女が傍観者を選んだ理由は、まさしくこれなのだから。

 

「そして、今回のようにキミが戦いの最中人質に取られたとしても私は迷わない。キミの犠牲の下に敵を討つ。だがそれを、キミたちは許すかな?」

 

 無理だよ、と澪は微笑んだ。

 若き少年たちを、諭すように。

 

「キミたちが私を見る目は変わるだろう。大衆にどう思われようが構わんが、私が名を知るキミたちに避けられるのは私でも少々堪える」

 

 特に、後ろの少年にそう思われるのは辛い。あの日のような思いは、もうしたくないのだ。

 

「私では彼らを救えない。だから、戦えない。……期待に応えられず、すまないな」

「…………ッ!」

「おい、翔!!」

 

 背を向け、逃げるように保健室を出て行く翔。その背を十代たちが追おうとするが、それを大徳寺が言葉で止めた。

 

「追ってどうするのですか?」

 

 その問いは静かなもので、しかし、全員が足を止めるには十分な力があった。

 

「でも先生!」

「十代くん、キミが戦いますか? 人質をとられたら、その人質を見捨てることはできますか?」

「…………ッ」

 

 目を逸らしていたその現実に、十代が押し黙る。彼だけではない。その場の全員が同じようにその場に立ち尽くしていた。

 

「キミたちは優しいです。ですが、その優しさが殺し合いにおいては足枷となってしまいますにゃ」

「周りだけではなく、自分自身の命が人質に取られたとして。――それでもキミたちは、引き金を引けるか?」

 

 その問いには、誰も答えない。

 ただ、それでも。

 

「……わかんねぇ。わかんねぇよそんなこと」

 

 でも、と十代は言った。

 

「それでも、何もしないなんてできねぇ!」

「おい待て十代!」

「十代!」

 

 走り出した十代を追い、万丈目と三沢、隼人が保健室を出て行く。明日香もその背を追おうとしたが、自身の兄の姿を見て足を止めた。

 

「……キミも行け」

 

 そんな彼女に、澪は静かに告げる。振り返った明日香に対し、澪は更に続けた。

 

「キミの兄のことは私が看ているよ。少年もいる。……キミは行くべきだ。この戦いは本来、鍵を持つキミたちが背負うべきモノなのだからな」

「……天上院さん」

 

 背後から、どこか申し訳なさそうに祇園が彼女の名を呼ぶ。明日香は数瞬だけ迷いを見せた後、軽く頭を下げてきた。

 

「すみません」

 

 そして、彼女も駆け出していく。それを見送り、それでは、と大徳寺は言葉を紡いだ。

 

「私は退散しますにゃ」

 

 空気を読んだのか、そうではないのか。大徳寺も部屋を出て行った。

 残されたのは、未だ眠り続ける天上院吹雪と自分、そして祇園だ。雨の音が響く中、背後の少年の方へと振り返る。

 

「……幻滅しただろう?」

 

 自嘲するように笑って見せる。別に間違ったことは言っていないつもりだが、それでも思う部分はある。

 だが、祇園は首を左右に振った。……振って、くれた。

 

「澪さんの言うことは、正しいと思います。……僕は、覚悟が足りなかった」

 

 僕たちは、と言わないところは彼が彼たる所以か。まあ、どちらでもいい。

 問題は、彼の想いだ。

 

「実際、私もキミを人質に取られたら迷うよ。そして、迷いの果てに決断するだろう」

「はい。それが正しいと思います」

「だが、キミはきっと私を恨む。キミだけではなく、他の者たちもな。そうなるとわかっていて私は戦う気はないよ」

 

 合理的であるということは、イコールで誰もが納得するということではない。今回の亮についても、もし弟を見捨てていれば間違いなくそう思われていたはずだ。

『己の家族さえも勝利のために見捨てる帝王』――そんな風に。

 いつだってままならず、どうにもできない。だからこそ人というのは厄介なのだから。

 

「情けない話だ。弱いんだよ、私は。キミに嫌われたくないと思ってしまう」

「嫌うなんて、そんなこと」

「信じたいさ。だが、私は一度失っている。力ではどうにもならないことというのもまた、知っているんだ」

 

 こんな風に不安定なのは、何故なのだろうか。

 ……きっと、思い出してしまうからだ。

 己の世界が反転した、あの日を。

 己が〝バケモノ〟なのだと気付いた、あの日を。

 

 雨はまだ、止まない。

 まるで、彼らの心を現すように……振り続ける。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 鬱陶しい雨だ、と如月宗達思った。それどころかどうにも空気が辛気臭い。まあ、〝帝王〟が敗北したのだから当然かもしれないが。

 

(だが、ヤリザと雪乃によればデュエル自体はカイザーの勝ちだったって話だ。そう悲観することでも無いとは思うが)

 

 カイザーがデュエルにおいて完璧に敗北したというなら話は別だ。丸藤亮というデュエリストは、このアカデミア本校において間違いなく最強のデュエリスト。それが実力で敗北したとなると、一気にこちらの旗色が悪くなる。

 しかし、デュエル自体は相手を圧倒していたという。つまり、勝てるということだ。無論、容易くはないだろうが絶望的というわけでもない。

 

「何をそんなに悩むことがあるのやら」

 

 くあっ、と欠伸を漏らしながら宗達は呟く。雪乃と自分はあの後、祇園を保健室に運び込む手伝いをしてから出て来た。当事者でない以上、深入りはすべきではない。そもそもから雪乃を巻き込まないために宗達はここにいるのでもあるのだし。

 

『そう容易くは割り切れぬモノなのでござろう。……宗達殿も、奥方が人質に取られれば』

「そんなことにならねぇようにこうして傍観してんだよ」

 

 音もなく現れたヤリザの言葉に、欠伸を噛み殺しつつそう返答を返す。こうなることは予測できていた。だからこそ宗達は鍵を受け取らなかったのだ。

 

『彼らは学徒の身。宗達殿ほど物事を潔くは捉えられぬのござろう』

「だったらそれは本人の見通しの甘さだ。自己責任だよ」

『……戦士でないのであれば、そう容易く覚悟など決められぬでござる。民草が刃を持つ時は、国が滅びる時。古今東西ありとあらゆる国がそうして終わり、再生を繰り返してきたでござる』

「そもそも『戦士』がいないからなー。どうにもならん」

 

 結局はそういうことであり、それ以上の結論はない。

 ――戦いと、試合は違う。

 ただ、それだけだ。

 

「まあ、十代たちがどうにかするだろ。祇園は流石にしばらくリタイアだろうが、他は元気なわけだしな」

 

 忠告は散々した。それを聞かなかったのは本人たちの責任だ。こちらがどれだけその命を守ろうとしても、自ら銃弾の前に飛び出すような者は絶対に守れない。

 

『時々、宗達殿は〝こちら側〟のような目をするでござる』

 

 部屋に戻るか――そう思って立ち上がった宗達に、ヤリザがそんなことを告げた。宗達は僅かに苦笑を零す。

 

「まあ、何度か死にかけてるしな。祇園のことも他人事じゃねぇんだよ。俺にはこれしかねぇ。〝力〟で証明するしか、他人を黙らせるしか方法を知らねぇんだ」

 

 楽に生きる方法など知らない。これ以外のやり方など知らない。

 己が欲するモノは、こうでもしなければ手に入らないのだ。

 

『哀しい、生き方でござる』

「だろうな。……ん?」

 

 ヤリザの言葉に苦笑で頷くと、不意に食堂の扉が開いた。レッド生たちはとっくに寝ている時間だし、宗達は一応十代たちが戻ってくるのを待っていたわけだが――

 

「翔?」

 

 そこにいたのは、ずぶ濡れの翔だった。何してんだよ、と食堂の入り口で俯いている翔へと言葉を紡ぐ。

 

「風邪引くぞ。あと晩飯は一応置いてあるから、適当に温めて食え」

 

 以前は祇園が一人で作っていた寮の食事も、最近になって祇園以外の生徒も手伝うようになっている。この三日間は四苦八苦しつつ祇園が置いてくれているレシピ帳を利用していた。

 だというのに、どうも祇園のモノに比べて味が劣るのがどうにも不思議なわけだが。

 

(面倒臭そうだな)

 

 正直、先程から嫌な予感ばかりがするので宗達としてはさっさと立ち去りたい。ヤリザも気配を消しているし。……というかどこに行った。

 

 

「……………………宗達、くん」

 

 

 まるで幽霊のような――見たこともないし連中が喋れるのかどうかも知らないが――今にも消え入りそうな声だった。なんだよ、と息を吐きつつ問いかける。変わらず、翔は俯いたままだ。

 

「お兄さんを、助けて」

 

 床へと滴り落ちる滴は、果たして雨の滴なのか。

 強く、それこそ文字通り血が滲むほどに強く翔は己の拳を握りしめている。

 普通なら、ここで頷くのだろう。情にほだされるというのはそういうことだ。十代ならばすぐにでも飛び出すのだろうし、祇園でも迷いながら腹を括って共に戦うことを選ぶだろう。

 ――だが、ここにいるのは彼らではない。『如月宗達』である。

 

「他当たれ。俺は鍵の守護者じゃねぇ」

 

 安請け合いは決してしない。自分にできることを宗達は理解している。救える保障などありはしない状況で、リスクが大き過ぎる。そもそも、今回のことについて積極的に関わる気はないのだ。

 翔の横を通り過ぎようと歩を進める。だが、宗達の腕を引き留めるように翔が掴んだ。

 ……存外、力が強い。

 

「で、でも! 宗達くんなら……!」

「……オマエが俺のことをどう評価してるかなんざ知らねぇが、俺にできんのはカミューラとかいうババアをぶち殺すことぐらいだ。で、その結果としてカイザーを助け出せる保証は存在しねぇ」

 

 むしろ、助け出せる可能性は低い。翔がこちらの腕を掴む力が僅かに増した。

 宗達はそれを振り払い、食堂の壁に背を預ける。そのまま、第一、と静かに告げた。

 

「俺はリスクを負う気はねぇ。どう考えてもハイリスクローリターンな状況だろうが。最悪雪乃、時点で俺自身の命を人質に取られるんだぞ? オマエ、俺にそうしろっつってんのか?」

「……そ、それ、は……」

「こういう状況になることは予想できたはずだ。忠告もした。だが、カイザーはああなった。オマエの命を人質に取られて、最悪の選択をしやがった」

 

 翔は俯いたまま、何も言わない。宗達はそんな翔を見据え、尚も厳しい言葉を吐いていく。

 

「オマエを見捨てれば、オマエとクロノス、最悪二人の犠牲で済んだ。運が良ければ犠牲はなし、あるいは一人は助かっただろうな。だが、この状況じゃあ最悪で三人以上の犠牲が確定してる」

 

 カミューラを倒したとしても、それはおそらく人質の命と引き換えだ。そして、亮が自身を捨てたことにより、問題は更に重くなった。

 

「実質勝ってようが結果で負けてりゃ世話ねぇよ。俺はそんな甘さが生んだ結果の後始末をするために命を懸けるつもりはねぇ。優しさと甘さは違うんだ」

 

 翔は何も言わない。押し黙り、俯いている。

 その姿が、どうしようもなく苛立って。

 

「……ふざけんなよ、オイ」

 

 ――気が付いた時には、その胸倉を掴み上げていた。

 

「テメェふざけてんのか!? 俺はテメェの兄貴を馬鹿にしてんだぞ!? 言い返せよ――俺に掴みかかるぐらいのことしてみろよ!」

「――――ッ」

 

 翔の目がこちらを向く。だが、その瞳は変わらず……ただ、涙を称えるだけ。

 それが、余計に宗達の神経を逆撫でする。

 

「テメェのためにカイザーは命を諦めたんだぞ!? 後は任せた、ってそう言ったんだろ!? 頑張れとテメェに言ったんだろ!? 俯いてんじゃねぇよ!!」

 

 同時、食堂の扉が開く。ずぶ濡れの姿で入って来たのは、十代たちだった。

 

「そ、宗達!? 何してるんだよ!」

「落ち着け! 何があった!?」

「一旦離れろ!」

 

 万丈目と隼人の手によって宗達は翔から遠ざけられ、三沢と十代、明日香が座り込んだ翔の側に駆け寄る。どうしたの、と明日香がこちらを睨んだ。

 

「一体、何があったの?」

「気に入らねぇんだよ。カイザーが守った弟がここまで無様なんてな。……カイザーが報われねぇ」

 

 万丈目と隼人の腕を振り解き、吐き捨てるように言う宗達。だって、と翔が呟いた。

 

「どうしようも、ないじゃないか……僕なんかが、お兄さんを助けることなんてできないんだから……!」

「なら他人に頼るのか? ふざけんな。テメェは逃げてるだけだろうが。オマエ、俺に何て言ってんのか理解してるか? 『自分は安全なところから見ているから、人質を見捨ててでもカミューラを倒してね』――そう言ってんだぞ? そんなふざけた要求、誰が呑むかよ」

「ぼ、僕はそんなこと言ってない!」

「だったらテメェは現状の把握さえできてねぇド阿呆だってことだな。テメェが俺に言ってんのはそういうことなんだよ。他人に命懸けさせる要求しておいて、甘いことほざくんじゃねぇ」

 

 吐き捨てる宗達。言い過ぎだぞ、と三沢が言葉を紡いだ。

 

「兄があんな目に遭ったばかりだというのに……」

「知るかよ。敵討ちにも向かわず、俺に代わりに戦えなんて言えるぐらい余裕なんだ。気遣いなんて無駄だろうが」

 

 肩を竦める。翔は一度こちらを睨んだ後、背を向けて走り出した。

 

「翔!!」

 

 十代がその背を追おうとする。それを、宗達が腕を掴んで止めた。

 

「オマエが戦うのか、十代?」

「宗達……!」

「感情で物事は解決しねぇんだよ。カミューラを倒せば二人を救えるかもしれない。だが、救えないかもしれない。そして、人質をとられるかもしれない。勝つためには人質を見捨てるしかない。オマエ、腹括れんのか?」

 

 真っ直ぐに十代を見据える。宗達は手を離すと、できないなら、と言葉を紡いだ。

 

「追うんじゃねぇよ。半端な覚悟なんざ、邪魔なだけだ」

 

 そして、宗達は食堂を出る。雨の音が、強くなった。

 

「………………鬱陶しい」

 

 闇夜の雨を見つめながら。

 ポツリと、呟いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「雨は好きか、少年?」

 

 どうでしょうか、と曖昧に微笑んだ。上手く笑えているかどうかは、わからなかったが。

 

「私は好きだよ。雨の中、誰かと並んで歩いている者は少ない。そんな時には、自分が一人でもいいと錯覚できる」

 

 少しわかるかもしれない、と思った。雨の中を仲良く歩く人は少ない。多くの人が足早に傘を差して歩いていく。

 そんな場所なら、一人で歩くことは『普通』のことだ。

 

「〝自由とは、雨の中で一人傘を差さずに踊ることだ〟――誰が言ったのかは知らんが、いい言葉だよ。だが、雨の中で踊っていたらそれは奇異の目で見られることになるのも当然だ。だから、多くの人間は『自由』というものを蔑ろにし、他と同じになろうとする」

 

 そうして出来上がるのが社会なのだろう。そしてだからこそ、人と違うということは社会において異端となる。

 

「昔の私はそれを理解していなかった。今も理解しているとは思えんし、今更のことではあるが……私にとっての〝普通〟は、他人にとっての――彼女たちにとっての〝異常〟だったのだろうと思う」

 

 それ以上のことを、彼女は語らなかった。きっと、踏み込んではいけない領域なのだろう。

 だから、無言で頷いた。それ以上のことは、できなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 激しい雨が、服の上から体を叩く。傘は差していない。どうにもそんな気分にならないのだ。

 

『雨に打たれるのは感心できぬでござるよ』

 

 別について来いと言ったわけではない。だが、当然のようにこの侍は自分の背を追ってきた。

 ありがたいと思う反面、心の隅で鬱陶しく思う自分もいる。……結局、如月宗達というのはそういう人間なのだ。

 一人でしか戦えず。

 誰かと共になど、戦えない。

 

「いいんだよ。こうやって腹括ろうとしてんだから。傘を差す、なんて義務はねぇ。雨の中、道の真ん中で踊ったっていい。それが『自由』だ」

『実際にそれを目にすれば、多くの者は目を逸らすのでござろうな』

「自由なんてのはそういうもんだ。手に入れるために人が死ぬんだぞ? 直視できるようなもんじゃねぇし、綺麗なもんでもないだろ」

 

 雨に濡れた髪が張り付き、少し鬱陶しい。それを掻き上げつつ、宗達は歩いていく。

 森の中を迷うことなく歩んでいき、そして目にした人物に宗達は大きくため息を吐いた。

 

「遅かったわね? 遅刻はいつものことだけれど」

「……何でオマエがここにいるんだよ、雪乃」

 

 藤原雪乃。宗達にとっては一番大切な人であり、今回の戦いから退いた理由だ。雪乃はその手に持った傘を軽く持ち上げ、背後の城を振り返る。

 

「待っていることを望まれているとはわかっているわ。けれど、私もそこまで物分りはよくないの」

 

 妖艶に笑う雪乃。正直15、6の女がする表情ではないと思うが、今更言っても仕方がない。

 

「どうなっても知らねぇぞ?」

「守ってくれるんでしょう?」

「一緒に死んでやるよ」

 

 そんな言葉を交わしつつ、当然のように二人は並んで歩き出す。その途中で、雪乃がふと宗達に思い出したように言葉を紡いだ。

 

「ああ、忘れるところだったわ。これ、渡しておくわね?」

「あん?……鍵なんてどこで」

「〝祿王〟から渡されたのよ。必要だろう、って言われてね」

「……オマエら妙に波長合うよな」

 

 差し出されたのは七星門の鍵だった。誰のモノかは何となく想像がつくが、まあどうでもいい。

 湖の上にある城は、雨の中でも一際不気味だ。自然に扉が開くところなど、徹底しているように思う。

 

「…………」

 

 そこからは、互いに無言。靴の音と、外の雨の音だけが響き渡る。

 奥へと歩を進める。そして、見たモノは。

 

 

「……………………宗達くん」

 

 

 泣きそうな表情でこちらを見る、一人の少年と。

 薄ら笑いを浮かべる、吸血鬼。

 

「…………」

 

 宗達は何も言わない。ただ、目を逸らさずにその光景を受け入れた。

 柔らかいモノが、床に落ちた音が響く。

 

「あら、またお客様かしら?」

 

 吸血鬼が微笑み、優雅に一礼する。宗達の側に転がる人形にはもう興味もないようだ。

 

「…………」

 

 優しく、その人形を拾い上げる雪乃。宗達は一度息を吐くと、雪乃、と背中越しに呼び掛けた。

 

「下がっててくれ」

「……ええ」

 

 雪乃が頷く気配が伝わってくる。それを確認し、宗達は一歩前へと歩み出た。

 へぇ、と変わらず薄ら笑いを浮かべるカミューラ。宗達は一度息を吐くと、正面から吸血鬼を見据えた。

 

「決闘の口上でも口にした方がいいのか?」

「中世の騎士ならそうかもしれませんわ」

「なら、別にいいか。お上品な試合をするわけでもねぇ」

 

 やろうぜ、と宗達は言葉を紡いだ。デュエルディスクを取り出し、構える。カミューラは肩を竦めた。

 

「中々いい男……けれど、鍵の守護者以外に用は――」

「鍵ならあるさ」

 

 雪乃より受け取った鍵を取り出し、宣言する。カミューラの表情が変わった。

 

「さっきのボウヤとは違う、と。……なら、始めましょう」

「ああ」

「あなたも人形にして差し上げますわ」

 

 そんなことを言うカミューラに、はっ、と宗達は吐き捨てるように言う。

 

「やってみろよ」

 

 そして、戦いが始まる。静かで、しかし、どこか寒々しい戦いが。

 

「「決闘!!」」

 

 戦いが始まる。先行は――カミューラ。

 

「私のターン、ドロー! 私はモンスターをセット、カードを一枚伏せてターンエンド!」

 

 立ち上がりは静かだ。宗達もまた、デッキトップに指を置く。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 手札を確認。相変わらずというべきか、手札は良くない。いつも通り、ちまちまとやっていくしかないのだろう。幸い、切り札は出せそうではあるが……。

 

「それにしても、敵討ちとは。人は時代が変わっても変わらないようですわねぇ?」

「……勘違いしてるようだが、俺は敵討ちに来たわけじゃねぇぞ」

 

 言葉と共に、宗達は魔法カードをデュエルディスクに差し込む。永続魔法『六武衆の結束』。『六武衆』の召喚・特殊召喚毎に最大二つの武士道カウンターが乗り、墓地に送ることでその数だけドロー出来るカードだ。

 

「手札より『真六武衆―カゲキ』を召喚。効果により、『六武衆の影武者』を特殊召喚する」

 

 真六武衆―カゲキ☆3風ATK/DEF200/2000→1700/2000

 六武衆の影武者☆2地・チューナーATK/DEF400/1800

 六武衆の結束 0→2

 

 二体のモンスターが並び立つ。へぇ、とカミューラが薄笑いを浮かべた。

 

「東洋の侍かしら?」

「バケモノを倒すのは、いつだって人間なんだよ。結束を墓地に送り、二枚ドロー。――悲しき乱世が、世界を統べる魔王を生んだ。シンクロ召喚!! 『真六武衆―シエン』!!」

 

 戦乱によって荒れ果てた世界を、その絶対的な力で統べた『魔王』とまで呼ばれた一人の侍。

 天下布武を夢見たかつての英雄は、今の世を見て何を想うか。

 

 真六武衆―シエン☆5闇ATK/DEF2500/1400

 

 血に染まり、いつしか紅蓮へとその色を変えた甲冑。

 魔王が――降臨する。

 

「バトルだ、セットモンスターへ攻撃!」

「セットモンスターは『ピラミッド・タートル』。戦闘で破壊されたことにより、『ヴァンパイア・グレイス』を守備表示で特殊召喚!!」

 

 ピラミッド・タートル☆4地ATK/DEF1200/1400

 ヴァンパイア・グレイス☆6闇ATK/DEF2000/0

 

 現れるのはヴァンパイアの女王。アンデット族限定とはいえ、守備力2000以下ならばレベルも関係なく呼び出せるその力は凶悪だ。

 

「俺はカードを二枚伏せ、ターンエンドだ」

「私のターン、ドロー!……さあ、闇のゲームの始まりよ!」

 

 カミューラの口が裂けたかのように広がり、同時、闇が溢れる。

 

「宗達!」

 

 雪乃の叫び。カミューラより放たれたどす黒い闇が、宗達の身体を包み込もうとして――

 

『――させぬでござるよ』

 

 一閃。銀色の閃光が迸る。

 闇を切り裂き、宗達の前に彼を守るように佇むは――蒼き侍。

 

「精霊……成程、さっきの坊やとは違うみたいね」

『恩人には指一本触れさせぬでござる。……故に宗達殿、決して早まってはならぬでござるよ』

「…………」

 

 言われ、宗達は手札へと視線を落とす。そこにある一枚のカード。

 どす黒い闇を放つそのカードを一瞥し、宗達はカミューラへと視線を移す。

 

「どうした? 来いよバケモノ。――ぶち殺してやるから」

「口の減らない餓鬼だこと……。けれど、忘れてはいないかしら? 人を喰らうのも、いつだってバケモノの所業。人の恐怖がバケモノを生み――夜の帝国を生み出したということを!!」

 

 哄笑。それと共に、カミューラが一枚のカードをデュエルディスクに差し込む。

 

「ヴァンパイア・グレイスを生贄に捧げ、『シャドウ・ヴァンパイア』を召喚!! 効果により、デッキから『ヴァンパイア・ロード』を特殊召喚!! 更にヴァンパイアの効果によってモンスターの特殊召喚に成功したため、2000ポイントのLPを支払うことで墓地から『ヴァンパイア・グレイス』を蘇生!!」

 

 シャドウ・ヴァンパイア☆5闇ATK/DEF2000/0

 ヴァンパイア・ロード☆5闇ATK/DEF2000/1500

 ヴァンパイア・グレイス☆6闇ATK/DEF2000/0

 カミューラLP4000→2000

 

 並び立つ、三体のヴァンパイア。更に、とカミューラは言葉を紡いだ。

 

「リバースカード・オープン! 罠カード『ヴァンパイア・シフト』! 自分フィールド上にアンデット族モンスターのみが存在し、フィールド魔法が存在しない時、デッキから『ヴァンパイア帝国』を発動できる!」

「――チッ。シエンの効果を発動! 一ターンに一度、相手の発動した魔法・罠を無効にできる!」

 

 シエンがその刀を振り抜き、それによってカミューラのヴァンパイア・シフトが無効化される。『ヴァンパイア帝国』はグレイスと相性が良く、発動されると面倒なカードだ。この場合は仕方がない。

 

「あら、残念ねぇ。けれど、ここからよ。――魔法カード、『幻魔の扉』発動!!」

 

 重々しい音が響き渡り、同時にカミューラの背後に巨大な扉が現れる。

 幻魔との契約者にのみ許される、禁断のカード。

 

「幻魔の扉は相手モンスターを全て破壊し、更に墓地のモンスターを一体蘇生できる効果を持っているわ」

『何でござるかその効果は!?』

「勿論、その代償もある。このカードを使った者は敗北した時、その魂を幻魔に捧げられる――んだけれど、丁度いい生贄もいることだし、私がリスクを負う必要はないわねぇ?」

 

 カミューラの視線が、宗達から離れる。同時、鈍い音が響いた。

 

『奥方!!』

 

 ヤリザの悲鳴のような声。雪乃は膝を降り、壁に背を預けて座り込んでいた。その隣には、まるで分身したかのように佇むもう一人のカミューラの姿がある。

 

「シエンは頂きますわ」

 

 風が吹き荒れ、吹き飛ぶシエン。そのまま、魔王はカミューラのフィールド上に移動した。

 

「…………」

 

 宗達は、ただ無言。睨み付けるようにしてカミューラを見据えている。

 そんな宗達の態度をどう思ったのか。カミューラは笑みを崩さずに宣言する。

 

「バトルフェイズ。――ヴァンパイア・ロードでダイレクトアタック!!」

「――――ッ!!」

 

 宗達LP4000→2000

 

 全身を衝撃が駆け巡り、激痛で意識が一瞬揺れた。正直体調は万全ではないのだ。

 

「私はターンエンド。……あなたも人形にしてあげるわ」

 

 酷薄に笑うカミューラ。宗達は一度大きく息を吐いた。

 

(さて、どうするか)

 

 横目で雪乃へと視線を送る。今すぐどうこうというわけではないだろうが、立てる状態ではないようだ。

 だが、ここでカミューラを倒せば彼女は――

 

(……勝算も、正直五分以下だしな)

 

 一応、対策自体は考えている。だが、上手くいく保証はない。むしろ上手くいかない可能性の方が高い。

 だから雪乃には来て欲しくなかった。一人で決着をつけるつもりだったのだ。

 ……けれど、それでも。

 見ていてくれることを嬉しく思うのは、贅沢なのだろうか。

 

「俺のターン、ドロー。――リバースカードオープン。罠カード『諸刃の活人剣術』。墓地より『六武衆』を二体蘇生する!」

「あなたのモンスターの効果を忘れたのかしら? シエンの効果により無効よ!」

 

 掻き消される蘇生カードの効果。宗達はもう一度手札を確認する。

 そして、ふう、と息を吐いた。

 

(腹、括るか)

 

 腹の奥に、何か重いモノが落ちたような感覚。

 どんなモノであれ、覚悟というのはどうしようもなく……重い。

 

「悪いな、雪乃。先に逝っててくれ。俺もすぐに逝く」

 

 視線を交わす必要はない。今更、そんなことが必要な間柄ではないのだ。

 

「……仕方ないわねぇ。いいわ、待っててあげる」

 

 返答は、苦笑と共に告げられる。

 本当に、自分には勿体ないほどのいい女だ。

 

「俺は手札より、永続魔法『六武の門』を発動。六武衆の召喚、特殊召喚時にカウンターが二つ乗り、数に応じた効果を発揮できる。俺は魔法カード『戦士の生還』を発動。墓地より『真六武衆―カゲキ』を手札に。そしてカゲキを召喚し、効果により『六武衆―ヤリザ』を特殊召喚。――出番だ、ヤリザ!!」

『――承知』

 

 真六武衆―カゲキ☆3風ATK/DEF200/2000→1700/2000

 六武衆―ヤリザ☆3地ATK/DEF1000/500

 六武の門0→4

 

 呼びかけに応じるように、青き侍が戦場に降臨する。

 その手に持った槍を誇り、恩人を守るという義を通すために。

 

『六武衆が一番槍、ヤリザ。――推して参る』

 

 その穂先をカミューラへと向け、ヤリザが言い放つ。カミューラが笑った。

 

「攻撃力1000のモンスターに何ができるのかしら?」

「六武の門はカウンターを二つ取り除くことで六武衆一体の攻撃力を500ポイントアップさせることができる。そしてヤリザは他に六武衆がいる時、直接攻撃の能力を持つ」

「何ですって!?」

「――終わらせろ、ヤリザ」

『御意』

 

 六武衆―ヤリザ☆3地ATK/DEF1000/500→2000/500

 

 その手に持った槍へと力が収束し、蒼き侍が地面を蹴る。

 正に神速。ヴァンパイアたちに反応を許さず、己の主君さえも置き去りに、ただただ敵の大将の下へと馳せ参じる。

 

『――覚悟』

 

 一閃。槍の一撃が、現代の吸血鬼を討ち抜いた。

 

「バケモノを倒すのは、いつだって人間だ」

 

 その言葉を切っ掛けとしてか、ソリッドヴィジョンが消えていく。だが、カミューラの背後にある扉は消えていない。

 

「ふ、ふふ、ふふふ……、けれど、勝負は私の勝ち……私の魂は無事よ!!」

 

 重い音を立て、扉が開いていく。雪乃、と宗達は叫んだ。

 座り込む雪乃の側へと走り寄る宗達。その彼の背を追うように、扉から無数の手が現れ――

 

「さあ、幻魔の生贄となりなさい!! ニンゲン!!」

 

 その叫びを背に、宗達は雪乃の身体を抱き締める。

 ヤリザの声が聞こえた気がしたが、彼は応えなかった。

 

「雪乃。……俺を、信じてくれるか?」

「今更、聞くようなコト?」

 

 彼女の言葉に、そうだな、と頷く。

 覚悟なんて、とっくに決まっていたのに。

 

「手を貸しやがれ――〝邪神〟!!」

『宗達殿ッ!!』

 

 制止の声も、最早遠く。

 混じり合うように、いくつもの闇が駆け抜ける。

 

 

 湖の上に浮かぶ吸血鬼の城。

 闇に彩られたその城が、崩れていく――

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 十代が目にしたのは、崩壊していく湖上の城だった。まるで引き摺り込まれていくように崩壊する城を呆然と眺める十代たち。

 

「一体何が……?」

 

 呆然と三沢が呟く。それとほぼ同時に、万丈目が悲鳴に近い声を上げた。

 

「く、クロノス?」

「……ナノーネ?」

 

 万丈目の腰に抱きつくような体勢で姿を現すクロノス。ええい、と万丈目がその体を引き離した。

 

「離れろ!」

「ひ、酷いノーネ!?」

「クロノス先生!」

「先生が元に戻ったんだな!」

 

 クロノスの下へ駆け寄る十代たち。クロノスは状況がわからず困惑しているようだが、特におかしな部分はない。

 良かった、という安堵の吐息が漏れる。そんな中、亮は、と明日香が声を上げた。

 

「亮の人形はカミューラが持っているはずよ!」

「そうだ、翔はどこだ!?」

 

 明日香の言葉に十代も声を上げる。城はもう完全に崩壊し、湖に沈み込んでしまっていた。

 まさか――最悪の想像に全員が顔を青くする。

 

「まさか湖に!?」

「何でこんな――」

「――大丈夫だ」

 

 湖の側に走り寄ろうとする十代たち。それを制止するように、一つの人影が現れた。

 ――丸藤亮。どこか険しい表情で、彼はそこに立っている。

 

「カイザー!!」

「心配をかけてすまない。……翔も無事だ」

 

 振り返った彼の視線の先。木の幹に背を預けて眠る翔の姿がある。顔色を見る限り、大丈夫そうだ。

 

「よ、良かった」

 

 十代がホッと息を吐く。しかし、亮の表情は険しいままだ。

 どうしたの、と明日香が亮に問いかける。亮は無言で、別の場所へと視線を向けた。

 そこにいたのは、ただ黙して湖を見つめ続ける一人の女性。

 ――藤原雪乃。

 

「雪乃……?」

「……俺と翔を救ってくれたのは如月だ。だが、その如月の姿はない」

「どういうことだよ!?」

「如月が……?」

 

 亮の言葉に十代と万丈目が声を上げる。亮は首を左右に振った。

 

「俺にも詳しいことはわからない。だが、そうなのだと説明を受け、納得させられるだけのモノを見た」

 

 亮自身もわかっていないことが多いのだろう。故に、本来なら全てを見ていたのであろう雪乃に話を聞くべきである。

 しかし、それはできない。

 完全に城が沈み、少しずつ静かになっていく湖を見つめ続ける彼女に声をかけることは、できなかった。

 

「――――」

 

 ポツリと、吐息のように彼女が呟いた言葉は。

 誰も、聞き取ることはできなかった。

 

 

 奪われた鍵の数――0。

 未だ、戦いは終わらず。

 

 

 










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第六十一話 闇との邂逅

 

 吸血鬼カミューラ。曰く、『最も残酷な七星』との戦いは終わった。

 人形にされた三人は元に戻り、奪われた鍵も取り戻した。一度鍵を奪われた夢神祇園も鍵を取り戻し、現状三人の敵を討ったこととなる。

 これらを聞けば守護者たちの勝利のように思える。だが、彼らの表情は優れない。

 

「ダメージステップのルールについてはちゃんと確認できてるやんな? 今までは『禁じられた聖杯』や『収縮』、『オネスト』に代表する攻撃力・守備力の増減するカードの発動ができたけど、新しいルールではこれが開始時に限定されるようになったよ」

 

 教壇の上から新たに変更されたルールについて説明するのは桐生美咲だ。今朝方アカデミア本当に着いた彼女は祇園たちの安否を確認した後、こうして本来の職務を全うしている。どんな心境だろうと職務をこなさなければならないのは、未成年とはいえ社会人である以上仕方がない。

 

(欠席は祇園と侍大将の二人。祇園はともかく、侍大将は安否不明か……)

 

 空席へと視線を送り、内心で呟く。祇園は傷のこともあって様子見だが、如月宗達は違う。彼は昨夜、崩壊する城と共にその姿を消した。

 澪曰く、彼の側にいた精霊――ヤリザの姿も見えなくなっているとのこと。その精霊のことは知らないが、精霊が姿を消すというのは相当のことであるのだろう。

 

(殺しても死なへんタマやし、どこかで生きてるとは思うけど)

 

 彼の執念と肝の据わり方は異常だ。それこそ美咲が知るあの場所で明日なき日々を生きていた彼らのように。

 貪欲で、必死で。生きていくことに対して執着する。

 だが、だからこそ姿を消しているのは妙だとも言える。

 

(後で相談してみよかな)

 

 精霊たちは彼と関わることを嫌がるが、あんな問題児でも生徒だ。それに祇園の友人でもある。放置はしたくない。

 

「ダメージステップ開始時とダメージ計算時、それぞれどっちで発動できるかは確認しておいた方がいいよ。前者で有名なのが『オネスト』、後者で有名なのが全日本ランキング第三位、藤堂プロが使う『武神器―ハバキリ』やな」

 

 とりあえず、今日の重要な部分はここで終わりだ。いつもならこの後テストを行うのだが、今日はやめておこうと思う。欠席者もいる上に、今回の戦いに関わっている者たちの表情がどうにも暗い。

 特に遊城十代が深刻だ。どうにも思い詰めた表情をしているように思う。

 

(まあ、しんどいのは当たり前やな)

 

 そもそも彼らはまだまだ若い。命のやり取りなど想像もしていなかったはずだ。それが立て続けにこのような目に遭えば辛いモノがあるだろう。

 

「とりあえず、今日はここまで。いつもやったらテストやけど、今日は予定変更や。――澪さん」

「む、どうした?」

 

 美咲の言によってざわつく教室の中、文字通りの教室の隅で何やら本を読んでいた烏丸澪が顔を上げながらそう応じてきた。美咲は頷きつつ、折角なので、と言葉を紡ぐ。

 

「何かアドバイスでもお願いします」

「……アドバイス?」

 

 澪が怪訝な表情をしつつも立ち上がり、教壇の方へと歩いてくる。教室の生徒たちはそんな彼女を静かに見つめていた。

 

「アドバイスとはまた難しいことを私に要求する。私が語れるようなことなど多くはないが……」

「んー、それやったら授業とかでも」

「授業、か。――ならば、こうしよう」

 

 一瞬考えた後、澪は小型のデュエルディスクを取り出した。市販のモノと比べてかなり小さい、まだ試作段階の一品だ。

 そこへデッキを差し込み、カードを引く澪。そのまま、さて、と彼女は言葉を紡いだ。

 

「全員、デッキは持っているな? 実際のデュエルと同じようにカードを引け。そして、レポート用紙に今の五枚とドローカード、合計六枚を書き写せ」

 

 教室中にざわめきが広がるも、彼らは言われた通りに準備をする。澪はそして、と言葉を紡いだ。

 

「私はモンスターをセット、カードを二枚伏せる」

 

 ソリッドヴィジョンにより、合計三枚のカードが出現する。それを確認し、それでは、と彼女は言葉を紡いだ。

 

「デュエル相手は私、そしてキミたちは後攻であるという仮定でそれぞれの手札からどう動くかを書いていくんだ。その際生じるリスクや私の伏せカードについても考え得ることを書いていくように」

 

 そう言うと、澪は教壇にある椅子へと腰を下ろした。未だざわめく教室。澪は本を取り出しつつ、いいか、と静かに告げる。

 

「強くなるために必要なのは思考を停めないことだ。思考停止は死に直結する。考えろ。考え続けろ。何度も何度も思考を続け、それでようやく相手と対等になれる。思考停止と理解は違う。キミたちの中の何人がプロというモノを現実として考えているのかは知らんが、プロになるということは私とも戦うということだ。更に言えば、私を倒すということでもある」

 

 考えてみろ、と澪は言った。

 興味を失ったように再び本へと視線を落としながらも、声には聞く者を惹きつける重さを乗せて。

 

「それでも私に勝てないと思うなら、それはただの思考停止だ。考えて、足掻いて、這い蹲って。それでようやく何かが視えてくる。泣いていいのは、諦めていいのはそれでもどうしようもなかった時だけだぞ」

 

 そこで澪は言葉を切る。生徒たちは再びざわめいた後、徐々に静かになっていった。

 澪は興味を失ったようにデュエルディスクを置き、再び椅子に座って本を読み始めている。そんな彼女を見ながら、確かに、と美咲は内心で呟いた。

 

(格上を相手にすると、どうしても『敗北』がちらつく。それは仕方あらへんことや。危機回避は生物の本能やしな。せやけど、それで終わってたら何もできひん)

 

 勝てないなら、何故勝てないのかを考える。

 負けたなら、何故負けたのかを考える。

 勝ったなら、何故勝てたかを考える。

 DMだけではない。これは世界で生き残っていくためには必要なことなのだから。

 

『……美咲』

 

 熱心にレポートと向き合っている生徒たちを眺めていると、不意に背後から声が聞こえてきた。視線を送る必要はない。精霊だ。それも、どんな時も側にいる蒼き髪を持つ幼き子供の精霊。

 

「……視える人もおるんよ?」

 

 小声でそう言葉を紡ぐ。この精霊はその成り立ちが少々特殊だ。澪などはそもそも興味がないだろうからいいとして、わかっているだけでも十代や万丈目は〝視えて〟いる。しかもこの二人は精霊から愛された存在でもあるため、できれば接触したくないといったのは彼女自身のはずだが。

 

『すぐに消えます。ただ、例の少年の居場所が割れたので伝えに参りました』

「……侍大将の?」

『はい。少々厄介なことになっております。妖精竜殿より来て欲しいとの言伝が』

「ふぅん」

 

 妖精竜――また面倒なモノまで出張って来たモノだ。本来、五竜はこの時代には存在していないのである。否、存在はしているが認識はされていないという方が正しいだろうか。

 精霊は信仰によってその力を大きくする。人がいるから精霊がいるのか、精霊がいるから人がいるのか。卵が先か鶏が先かという答えの出ない話になるが、いずれにせよ双方はどちらも存在するからこそ存在していられるのだ。

 そういう意味で認識されていない彼らは存在しないようなものなのだが……その辺りは少し事情がややこしい。

 いずれにせよ、宗達を放っておくことはできない。少々面倒だが行くしかないだろう。

 

「……時間やな。皆、レポート提出してやー!」

 

 チャイムが鳴ったのを確認し、美咲は手を叩きながらそう言葉を紡ぐ。一度視線を送ると、精霊はいつの間にか消えていた。

 レポートを提出し、次々に教室を出て行く生徒たち。それを見送っていると、澪が変わらず本へ視線を落とした状態で言葉を紡いだ。

 

「行くのか、美咲くん?」

「……まあ、そのつもりです」

 

 頷いて応じる。澪はそうか、と頷くと本を閉じて立ち上がった。その表情はどこか面倒臭そうである。

 

「ならば、私も付き合おう。どうも妖精竜は私にも用があるらしい」

「そうなんですか?」

「ああ。それに、侍大将のことも気になる。丁度いい機会だ。私も専門ではないから詳しくはないが、彼については妖花くんからどういう存在かを聞いている」

 

 立ち上がる澪。そして、彼女はこちらへと鋭い視線を向けた。

 

「わかっているとは思うが、覚悟はしておいた方がいい」

「何を今更。覚悟なんていつでもできてますよ」

 

 肩を竦める。そうだな、と澪は微笑んだ。

 

「そうでなければ、キミはここにいないのだからな」

 

 その言葉の意味を、聞き出すことはしなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 正直、夢神祇園は目の前の状況に呆然とするしかなかった。

 放課後に検査の結果が出、寮に戻る許可をもらった。まだ体は痛むが、それは仕方のない部分もある。

 そんなことを思っていたら、十代と翔、隼人の三人が温泉に行こうと誘ってきた。流石に怪我も完治していないため断ろうとしたのだが、強引に連れて来られてしまう。

 だがまあ、それなら別にいい。さっぱりしたいというのもあったし、そもそもこの島に温泉などというモノがあること自体驚いた。……万丈目がいたことにも驚いたが。

 とにかく、温泉自体は問題なかった。問題はその後。

 

「このカードが、貴様と戦いたいと言っている!!」

 

 そこにいるのは、『正義の味方カイバーマン』。向かい合うのは、遊城十代。

 

「精霊の世界……?」

 

 周囲にいる精霊たちの姿を見、祇園は呟く。一度ネクロバレーに行ったことがあるが、この洞窟のような場所は一体どこなのだろうか。

 

「ど、どういうことなんだな?」

「さっきまで温泉にいたのに……」

 

 翔と隼人も呆然と周囲を見回している。十代はというと、カイバーマンと向かい合いながら言葉を紡いでいた。

 

「ブルーアイズ……? どういうことだ?」

「貴様は戦いにいちいち理由を求めるのか? 貴様がデュエリストであり、この俺が戦いを挑んだ。理由などそれで充分だろう」

 

 ふん、と鼻を鳴らして言い切るカイバーマン。そのままデュエルディスクを準備する。十代が待てよ、と言葉を紡いだ。

 

「いきなり戦えなんて……」

「……つまらん男だな。それとも何だ? 俺に勝てなければ貴様たちは帰れない、とでも言えば戦うのか?」

「…………ッ」

「くだらん。闘争とは常に突然起こるモノだ。敵は待ってなどくれん。……だが、闘争心なき者と戦う意味もない。そこの貴様」

 

 カイバーマンの視線がこちらを射抜く。ビクリと祇園が体を震わせると、カイバーマンは変わらぬ尊大な口調で言葉を続けた。

 

「貴様にもブルーアイズは興味があるらしい。遊城十代が戦わないというのならば、貴様が戦え」

「……僕は」

 

 一歩、踏み出そうとする。青眼の白龍――二度向き合い、そしてその圧倒的な力によって敗北した相手。

 ステータスとは全く別次元の、向き合っただけで感じるあの存在感。思い出すだけで足が震える。

 ――けれど。

 

「わかりました」

 

 ここで退くことはできない。ここで退いてしまえば、逃げてしまえば。

 もう二度と、立ち向かえなくなる。

 

「それでいい。ゆくぞ――」

「――待ってくれ、祇園」

 

 向かい合おうとする祇園。それを十代が呼び止めた。そのまま、デュエルディスクを構えて前に立つ。

 

「俺が戦う」

「十代くん?」

「悪い、祇園。けど、ここで退いちゃ駄目な気がするんだ」

 

 カイバーマンを睨み付けながらそう呟く十代。祇園は一瞬考え込むが、わかった、と頷きを返した。

 

「気を付けて」

「ああ、サンキュ」

『クリクリ~』

 

 十代の礼に合わせ、彼の側に浮かんでいるハネクリボーがウインクを返してくる。それに頷きを返すと、ほう、とカイバーマンが微かに笑った。

 

「少しはマシな目をするようになったか。――ゆくぞ」

「ああ、行くぜ!」

 

 何かを吹っ切ったように、十代が応じ。

 

「「決闘!!」」

 

 二人のデュエルが、始まった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 深い森。戦いを許さぬその場所に、その竜は存在する。

 ――妖精竜エンシェント。

 古の森に住まう、古代より精霊界に存在し続けるという精霊だ。

 

『久し振りですね、〝王〟よ』

「できれば会うことなどない方が良かったがな。精霊界の事情など私には関係もないし興味もない」

『力持つ者は相応の責務があるモノです。あなたは力持つ者。それはおわかりでしょう?』

「意志もなく、理由もなく。ただ力があるというだけで首を突っ込まれてもそちらも迷惑だろうに」

 

 ふう、と息を吐く澪。その仕草は本当に面倒臭そうだ。エンシェントはそんな澪を見て何を思っているのか。特にそれについては何も言わず、こちらへとその視線を向けてきた。

 

『そして、あなたが戦乙女ですね』

「お初にお目にかかります」

 

 頭を下げる。エンシェントは相当な力を持つ精霊だ。事を荒立てることはしたくない。

 

『あなたの目的と存在理由については聞いています。……決して、無理はせぬように』

「……はい」

『一度あなたとも話をしたいところですが、それよりも今はこの奥にいるモノについてです』

 

 エンシェントが軽く首を曲げ、森の奥を指し示す。元々が薄暗い森だ。故にわかり辛いが、確かに視える。

 森の奥。底に蠢く闇が、確かに。

 

『あなた達の求めるモノは、その奥にいます』

「それも予言か、妖精竜?」

『はい。そして、それが将来災厄を招くこともまた』

 

 澪の眉が跳ね上がり、森の奥へと視線を向ける。美咲はあの、と言葉を紡いだ。

 

「それはどういう……?」

『……私の予言は万能ではありません。しかし、永き歴史の中であのようなモノがいくつもの災厄を招いてきたのも事実。あの存在は、必ず世界に罅を入れるでしょう』

「どうでもいい話だ。いくぞ、美咲くん」

 

 エンシェントの話を打ち切るように澪が言い、森の奥へと歩き出す。美咲はエンシェントに一度頭を下げると、早足でその後を追いかけた。

 薄暗く、陰気で、それでいてどことなく神聖さも漂わせる森。そこを二人で歩きながら、美咲は澪に話しかける。

 

「なんか、妙な雰囲気でしたね」

「元来人と精霊はその在り方が大きく違う。それだけのことだ。とはいえ、今回はこの先にいる坊やのことも絡んでいるから少々陰気だったのだろうがな」

 

 くだらん――肩を竦める澪。どういうことですか、と美咲が問いかけると、森の奥から視線を外さないまま澪が言葉を紡いだ。

 

「〝管憑き〟――そう呼ばれる存在がいるのだそうだ。詳しくは知らんが、坊やはその可能性が高いらしい」

「クダツキ、ですか?」

「定義は多くあるから一概には言えんが……この場合、『呪われている』という表現が正しいだろう。〝管憑き〟は家系に憑く。坊やが原因か、それともその先祖が原因かはわからない。だが、妖花くんによればただそれだけで多くの業を背負うことになるということらしい」

 

 それ以上、澪は何も言わなかった。突飛な話だが、そうであるならば説明ができる部分がいくつもある。

 彼の性格が影響している部分は多々あるが、そうであったとしても如月宗達はいくらなんでも無用な厄介事を抱え過ぎている。巡り合わせの悪さと運の悪さ。それは彼が背負ったモノだというのか。

 

「〝邪神〟に魅入られたのも、それが理由かもしれんな。――どうだ?」

『…………』

 

 ガチャリと、重い金属の音が響き渡った。眼前、立ち塞がるように立つのは――蒼き鎧の侍。

 そして、その侍を従えるようにして立つ一人の少年。

 

「侍大将……!」

 

 その姿を認め、美咲が身構える。薄暗いせいかその表情は二人とも伺うことができない。だが、わかる。あの二人の状態は普通ではない。

 

「何か言ったらどうだ? 貴様が糸を引いているのだろう、〝邪神〟?」

『くく……虫けらが良く吠える』

「人に寄生しなければ己を保つことすらできない貴様に言われたくはないな。虫はそちらだろうに」

 

 息を吐く澪。くっく、と〝邪神〟が笑った。

 

『随分と囀るな、虫けら』

 

 闇が溢れ、世界が閉ざされる。

 息苦しく、周囲から視えない力がかけられていく感覚。美咲は腹に力を込めると、一度大きく深呼吸をした。

 

(大丈夫。落ち着いたらこんなん何でもあらへん)

 

 そもそも自分はこういう存在と戦うことを想定しているのだ。こんなことで怖気づいているわけにはいかない。

 一歩、前に出る。想定からは外れているが、こういう状況ならば仕方がない。戦うだけだ。

 

「――まあ待て、美咲くん」

 

 だが、それを澪が手を差し出して止めてきた。そのまま彼女はデュエルディスクを取り出し、〝邪神〟の前に立つ。

 

「ここは私がやろう」

「澪さん? でも、侍大将は……」

「確かにキミは教師であり、坊やはその生徒だ。故にそういう意味での責任も義務もある。だが、それでもキミはまだ十六にも満たない子供だ。そして坊やも子供だよ。そしてそんな子供の尻拭いをするのは大人の仕事でもある」

 

 どことなく楽しげに語る澪。その雰囲気はいつもと変わらない。

 常に圧倒的で、王道を往く存在。故に〝祿王〟の名を冠する。

 

「それに、だ。――〝邪神〟なら、まさか殺してしまうこともなかろう?」

『……吠えるなよ、虫けら』

「こちらの台詞だよ、寄生虫」

 

 二人の間に剣呑な空気が流れる。いいだろう、と〝邪神〟が吠えた。

 

『身の程を知れ――虫けら』

 

 闇が溢れ、周囲が完全に闇に包まれる。

 その中心で、二人が笑う。

 

「楽しませてくれるのだろう、〝邪神〟?」

『貴様は絶望が楽しいというのか? 面白いことを言う』

 

 そして、二人が激突する。美咲はため息を一つ零すと、さて、とこちらを睨む侍へと視線を向けた。

 

「ウチの相手はあんたやな? さあ、やるで」

『…………』

 

 戦闘、開始。

 













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第六十二話 己の世界、その在り方

 

 

 

 風が、吹き抜けた。

 優しく頬を撫でるような風。それを感じながら、如月宗達はゆっくりと目を開ける。

 

「…………」

 

 目の前に広がる光景は、光溢れる場所。

 親も生まれも知らず、己のルーツさえわからない宗達が唯一守りたいと思える場所だ。

 

「お兄ちゃん」

 

 不意に背後から声が届く。振り返ると、そこにいるのは数人の子供たち。皆、DMのカードを手にしている。

 

「どうした?」

 

 問いかける。自分でも驚くくらいに穏やかな声が出た。

 

「デュエル教えて!」

「今日は勝つよ!」

 

 言うと同時、早く、と子供たちがこちらの手を引っ張った。立ち上がり、子供たちの後を追う。

 最早目を閉じていても歩けるほどに慣れた場所。その奥へと歩いていく。

 

 ……何かが、心の奥で疼いていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 突如飛ばされた精霊界。そこで十代は精霊であるカイバーマンと向かい合っていた。状況は掴めないが、相手が戦いを望んでいる以上退く手段はない。

 

「戦いである以上、手加減はせん。――俺は手札より魔法カード『調和の宝札』を発動! 手札から『伝説の白石』を捨て、カードを二枚ドロー! 更に白石の効果で『青眼の白龍』を手札に加える!」

 

 現実世界においては伝説の決闘者である海馬瀬人のみが持つ『青眼の白龍』。映像では何度も見たし、祇園が立ち向かう姿を見たこともある。だが、こうして自分が戦うのは初めてだ。

 

「『トレード・イン』を発動! ブルーアイズを捨て、二枚ドロー! そして『青き眼の乙女』を召喚! 更に装備魔法『ワンダー・ワンド』を乙女に装備し、乙女の効果を発動! 伝説を見せてやる――降臨せよ、『青眼の白龍』!!」

 

 青き眼の乙女☆1光・チューナーATK/DEF0/0

 青眼の白龍☆8光ATK/DEF3000/2500

 

 現れるのは、〝伝説〟。

 その咆哮が大気を揺らし、こちらの心を折らんと威圧する。

 

『ひぃ~!?』

「ええい鬱陶しい!」

 

 怯えて万丈目の背後に隠れるオジャマ・イエローとそれを振り払う万丈目。翔と隼人の二人は言葉を失った状態でブルーアイズを見つめている。

 

「臆したか?」

「へっ、誰が!」

「これを見てもまだ折れずにいられるか?――手札より魔法カード『竜の霊廟』を発動! デッキから三枚目の『青眼の白龍』を墓地に送り、更に『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を墓地へ。ワンダー・ワンドの効果により、乙女を墓地に送って二枚ドロー」

 

 これだけの動きをしていながら、手札がほとんど減っていない。驚くべきタクティクスだ。

 

「さあ、その目に焼き付けるがいい――魔法カード『龍の鏡』!! フィールド、墓地のブルーアイズ三体をゲームから除外!! 降臨せよ、『青眼の究極竜』!!」

 

 

 ――――――――!!

 

 

 咆哮と共に叩き付けられる、圧倒的な殺気。

 思わず……膝が震える。

 

 青眼の究極竜☆12光ATK/DEF4500/3800

 

 かの〝神〟さえも超えるとされる、事実上たった一人にしか呼び出せない究極のモンスター。

 

「どうした、脚が震えているぞ?」

「…………ッ」

 

 そんなことはわかっている。だが、それでも。

 こうして前にすると、どうしても足が竦む。

 

(祇園は、こんなのを二度も前にして……)

 

 制裁デュエルの時も、後で聞いた大会後のデュエルの時も。

 力及ばずとも、一矢を報いてみせた。

 

「俺はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

「――ッ、俺のターン! ドロー!」

 

 己を奮い立たせるようにカードをドローする。どの道、やれることは一つだけだ。

 

「手札より『E・HEROエアーマン』を召喚!! 効果により、デッキから『E・HEROバブルマン』を手札に加える! そして『融合』を発動! 手札のバブルマン、スパークマン、フェザーマンで融合!! 来い、『E・HEROテンペスター』!!」

 

 E・HEROエアーマン☆4風ATK/DEF1800/300

 E・HEROテンペスター☆8ATK/DEF2800/2800

 

 並び立つ二体のヒーロー。更に、と十代は言葉を紡ぐ。

 

「永続魔法『一族の結束』を発動! 墓地のモンスターの種族が一種類のみの時、その種族のモンスターの攻撃力は800アップする!!」

 

 E・HEROエアーマン☆4風ATK/DEF1800/300→2600/300

 E・HEROテンペスター☆8ATK/DEF2800/2800→3600/2800

 

 力を増す二体のヒーロー。だが、これでもなお究極の竜には届かない。

 

「それでは我がアルティメットは超えられん!」

「いや――ヒーローにはヒーローの戦うべき舞台がある!! フィールド魔法『摩天楼―スカイスクレイパー―』を発動!! ヒーローが攻撃する時、相手より攻撃力が劣っている場合攻撃力を1000ポイントアップさせる!!」

 

 手札は全て使いきった。だが、そうでもしなければ――届かない。

 

「テンペスターでアルティメットを攻撃!!」

「ぬっ……!!」

 

 カイバーマンLP4000→3900

 

 究極の龍が、英雄の一撃によって粉砕される。

 そして――もう一撃。

 

「エアーマンでダイレクトアタック!!」

「ぐうっ……!」

 

 カイバーマンLP3900→1300

 

 カイバーマンのLPが大きく減る。十代はやった、と呟いた。

 だが、これ以上できることはない。ターンエンドを宣言する。

 

「――成程、見事だ」

 

 ポツリとカイバーマンが呟く。そして彼はそのまま、ドロー、と宣言した。

 

「俺は手札より『竜の霊廟』を発動。墓地に送るのは『真紅眼の黒竜』、そして『メテオ・ドラゴン』だ」

 

 墓地に送られる二体のモンスター。更にカイバーマンは手を打っていく。

 

「『愚かな埋葬』を発動。墓地に送るのは『レベル・スティーラー』だ。――往くぞ、リバースカードオープン! 速攻魔法『銀龍の轟砲』!! 墓地の通常ドラゴンを一体蘇生する! 甦れ、『真紅眼の黒竜』!! 更にレベルを一つ下げ、レベル・スティーラーを特殊召喚!! そして手札より『伝説の白石』を召喚!!」

 

 真紅眼の黒竜☆7→6闇ATK/DEF2400/2000

 レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0

 伝説の白石☆1光・チューナーATK/DEF0/0

 

 場に並ぶ三体のモンスター。ゆくぞ、とカイバーマンが告げる。

 

「レベル6のレッドアイズとレベル1のレベル・スティーラーに、レベル1の伝説の白石をチューニング!! シンクロ召喚!! 『カオス・ゴッデス―混沌の女神―』!!」

 

 カオス・ゴッデス―混沌の女神―☆8光ATK/DEF2500/1800

 

 現れるのは、白と黒を纏いし混沌の化身。

 混沌の全てを従える、最強の女神。

 

「カオス・ゴッデスの効果発動!! 手札の光属性モンスターを墓地へ送ることで、レベル5以上の闇属性モンスターを蘇生できる! 手札から『青き眼の乙女』を墓地へ送り、甦れ――『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』!! 更にその効果により、再び降臨せよ!! 『青眼の究極竜』!!」

 

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇ATK/DEF2800/2400

 青眼の究極竜☆12光ATK/DEF4500/3800

 

 並び立つ、二体の強大なモンスター。更に、とカイバーマンは告げる。

 

「魔法カード『大嵐』を発動。これで、貴様の場は空いた」

「――――ッ」

 

 一族の結束とスカイスクレイパーが破壊され、十代のフィールドに残るは二体のヒーローのみとなる。

 守る術は――ない。

 

「バトルだ。カオス・ゴッデスでエアーマンを、レッドアイズでテンペスターを攻撃!!」

「うああっ!?」

 

 十代LP4000→3300

 

 十代の場ががら空きになる。残るは、究極の竜の一撃。

 ――これが、最強の力。

 伝説、そのもの。

 

(くそおっ……!)

 

 悔しい。これほどまでに、足りないのか。

 こんなにも――遠いのか。

 

「十代くん!」

 

 己よりも先にこの力に挑み、そして敗れた友の声。

 

(嗚呼、ちくしょう)

 

 三つの首がその咢を開き、こちらを喰らわんと睨み付ける。

 

「――勝てなかった」

 

 その言葉を掻き消すように。

 

「アルティメット・バーストッ!!」

 

 トドメの一撃が、叩き込まれた。

 

 十代LP3100→-1400

 

「粉砕!! 玉砕!! 大喝采!!」

 

 高々とカイバーマンの笑い声が響き渡る。それに呼応するように、竜が静かに嘶いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「アルカナ・ナイト・ジョーカーで切り込み隊長を攻撃。超過ダメージで終了だな」

「また負けた~!」

 

 伝説の決闘王、武藤遊戯も使用したという絵札の三剣士――その最終形態である『アルカナ・ナイト・ジョーカー』の一撃により、デュエルが終了する。

 宗達の相手であった少年は悔しがっているが、いつものことだ。この孤児院に現状、宗達と渡り合える者はいない。

 

「もうちょっと手を考えろ。伏せカードなしで切り込みロックかけたところで突破は簡単だ」

「いや、兄ちゃんだけじゃん。簡単とか言うの。祇園お兄ちゃんはやられると困る、って言ってたよ?」

「アイツのその台詞は全く信用できねぇけどな」

 

 全く、と息を吐く。確かに状況次第では強力なロックとなり得る切り込みロックも、手札があれば突破は容易い。まあ、この子たちはまだ幼い。そこまで必死に考え込む必要もないと思うが。

 

「まあ、今は楽しめりゃそれでいいだろうよ」

 

 立ち上がる。同時、入口の方から声が聞こえてきた。

 

「宗達くん、お客様ですよ」

「院長。……誰ですか?」

 

 入口のところにいるのは一人の老婆だ。この孤児院の経営者であり、宗達にとっては育ての親であると同時に命の恩人でもある。

 宗達という名前以外のモノを何一つ持っていなかった彼を受け入れてくれたのが、この院長なのだから。

 

「あなたの友人ですよ」

「んー?」

 

 誰だろうか――そう思いつつ出口へと向かう。その背中に、先程デュエルをした相手である少年が声をかけてきた。

 

「お兄ちゃん、今度は『ろくぶしゅう』でデュエルしてよ!」

「阿呆。百年早ぇ」

「ケチー!」

 

 その返答に思わず笑みを漏らしつつ、部屋を出て行く。照りつける太陽の下、日傘を差した少女がそこにいた。

 

「どうかしら、宗達?」

 

 その問いには、あまりにも多くの意味が込められていて。

 故にこそ、ああ、と小さく頷いた。

 

「吐き気がするぐらいに――良い気分だよ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 鬱蒼と茂る森の中。本来なら不気味でありつつも神聖さを漂わせる場所のはずなのだが、今はその神聖さが失われている。

 周囲に満ちる、純粋な闇。一人の少年が纏うそれが、世界を侵食している。

 

(……気分悪いわ。思い出してまう)

 

 忘れ去ってしまいたい記憶であり、同時に決して忘れてはならない記憶。

 全てが失われ、閉ざされた世界。絶望の空を……思い出してしまう。

 

『…………』

 

 眼前、こちらと相対するのは青い鎧の侍だ。

 六武衆―ヤリザ。宗達を恩人と呼び、付き従っていた精霊。察するに闇に囚われているのだろう。体の周囲を漂う闇と濁った瞳がそれを示している。

 

「ウチとしてはやり合う理由は特にあらへん。接点もない間柄や」

 

 すでに互いにデュエルディスクは展開しており、デュエルが始まっている状態だ。そんな状態にもかかわらず、桐生美咲は言葉を紡いでいく。

 

「そっちが手を引くんやったらこっちも特に戦う気はあらへんけど……」

『…………』

 

 無言のまま、ヤリザがカードをドローした。どうやら相手はやる気らしい。

 

「聞く耳持たへん、と。仕方あらへんなぁ……」

 

 ――永続魔法、『六武の門』発動。

 ――手札より『六武衆―カゲキ』を召喚、効果により『六武衆―ヤリザ』を特殊召喚。

 

「ウチらの目的は侍大将を取り戻すことや。正直、この戦いは蛇足なんやけどな」

 

 ――門の効果により、デッキから『六武衆の師範』を手札に加え、特殊召喚。更に永続魔法『平和の使者』を発動。このカードの効果により、攻撃力1500ポイント以上のモンスターは攻撃できなくなる。

 

 六武衆―カゲキ☆3風ATK/DEF200/2000→1700/2000

 六武衆―ヤリザ☆3地ATK/DEF1000/500

 六武衆の師範☆5地ATK/DEF2100/800

 

 こちらの言葉が届いているのかどうかさえわからない。

 ただ、まあ。

 

「――そっちがその気なら、仕方あらへん」

 

 ドロー――静かな言葉と共に、美咲は宣言する。

 平和の使者――ヤリザとは非常に相性が良いロックカードだ。美咲のデッキは高火力のモンスターが多いデッキである。故にあれをどうにかしなければならないのだが――

 

「ウチは永続魔法、『神の居城―ヴァルハラ―』を発動。自分フィールド上にモンスターがいない時、一ターンに一度手札から天使族モンスターを特殊召喚できる。『堕天使アスモディウス』を特殊召喚。効果により、デッキから『堕天使スペルピア』を墓地へ。更に魔法カード『愚かな埋葬』を発動、デッキから『レベル・スティーラー』を墓地へ」

 

 堕天使アスモディウス☆8闇ATK/DEF3000/2500

 

 堕天使の力が発動し、周囲に闇が満ちる。だがその闇は全てを呑み込むような力ではなく、むしろ逆。何もかもを捻じ伏せ、振り払う力だ。

 

「フィールド魔法、『天空の聖域』を発動。そして天空の聖域がある時、このモンスターは特殊召喚できる。――『死の代行者ウラヌス』を特殊召喚。効果発動、デッキから『裁きの代行者サターン』を墓地へ。更にレベル・スティーラーの効果を発動、ウラヌスのレベルを一つ下げ、特殊召喚」

 

 死の代行者ウラヌス☆5→6→5闇・チューナーATK/DEF2200/1200

 レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0

 

 漆黒の翼を持つ闇の代行者。闇が、更にその濃さを増す。

 

「レベル1のレベルスティーラーに、レベル5のウラヌスをチューニング。――シンクロ召喚、『獣神ヴァルカン』。効果により、ヴァルハラと平和の使者を手札に。――『神秘の代行者アース』を召喚。効果発動。天空の聖域があるため、デッキから『マスター・ヒュペリオン』を手札に」

 

 獣神ヴァルカン☆6炎ATK/DEF2000/1600

 神秘の代行者アース☆2光・チューナーATK/DEF1000/800

 

 次々と展開されていくモンスターたち。容赦をするつもりはない。あちらがこちらを潰す気でかかってきている以上、こちらが迷う意味はないのだから。

 

「レベル6のヴァルカンに、レベル2のアースをチューニング。王者の鼓動、今ここに列をなす。天地鳴動の力をここに。シンクロ召喚――『レッド・デーモンズ・ドラゴン』!!」

 

 竜の咆哮。その圧倒的な力が、衝撃波となって宙を踊る。

 紅蓮の悪魔――その力は、正しく強大。

 

 レッド・デーモンズ・ドラゴン☆8闇ATK/DEF3000/2000

 

「墓地のウラヌスを除外し、マスター・ヒュペリオンを特殊召喚」

 

 マスター・ヒュペリオン☆8光ATK/DEF2700/2100

 

 天空の聖域に座す、高位天使が一角。マスターの名を持つ光の代行者が降臨する。

 

「さて、本来ならマスター・ヒュペリオンで露払いするところやけど……必要もあらへんな」

 

 まるでオーケストラの指揮者のように軽く手を振る美咲。

 それだけで――全てが終わる。

 

 ヤリザLP4000→-1400

 

 崩れ落ちるようにその場に倒れ込むヤリザ。ふう、と美咲は息を吐く。

 

『終わりましたか?』

 

 そんな美咲に声をかけるのは、蒼い髪をした小柄な天使だ。美咲は背後からのその声に振り向かぬまま、言葉を紡ぐ。

 

「大本は澪さんに任せてるから、何とも言えへんなぁ」

『……それで良いのですか?』

「侍大将を一方的に捻じ伏せるとなると、この場では澪さんが一番適任や。正直、ウチでも油断したら喰われかねへん。特に今の状態やと尚更や」

 

 相手は〝邪神〟。生半可な覚悟と戦術では太刀打ちできない。

 

『わかりました。ですが、あなたの使命についてはくれぐれもお忘れなきよう』

「……わかっとるよ」

 

 この返事を聞いてか否か、背後から気配が消える。美咲は再びため息を零した。

 

「あんな未来、絶対に……認めへん」

 

 小さく、今にも消え入りそうな声で。

 彼女は、そう呟いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 肌に纏わりつくような、湿った感触。先程まで雲一つない晴天だった空が、灰色に染まっていく。

 

「あら、どういうことかしら?」

 

 雪乃が――否、『雪乃の形をした何か』が、記憶の中にいる彼女のように首を傾げる。その姿が、どうしようもなく不愉快だった。

 

「くだらねぇ真似だな。その姿を俺の前で騙るんじゃねぇよ。俺に殺されてぇのか?」

「何の話――」

「――ただ居心地の良い夢を見せるだけってんなら、しばらく様子を見ようと思ってたけどな。人の内側に土足で上がり込んで来られて黙ってるつもりはねぇんだよ」

 

 明確な殺意と怒気を孕んだ言葉。一歩、宗達がその足を前へと踏み出す。

 瞬間、ぐにゃりと。

 少女の顔が――大きく歪んだ。

 

〝夢を、夢のままに見ていればいいモノを〟

 

 世界が――景色が変わる。

 もう戻れない、思い出の場所。生まれ育った孤児院は消え、周囲に広がるのは無限の荒野。実も花も付けていない木々が申し訳程度に生えているだけで、その他には何もない。

 果てさえ見えぬ無限の荒野。降りしきる雨が、空の色さえも覆い隠している。

 

「夢、ね」

〝そう、あれは貴様の望んだ世界。望んだ理想。貴様が心の底より求める結末よ〟

「…………」

〝叶わぬが故、夢と呼ぶ。結実せぬが故、理想と呼ぶ。何が不満だ――ニンゲン?〟

 

 理想の世界。成程確かにその通りだ。アレは如月宗達にとってどんな場所よりも居心地の良い世界だった。

 暖かで、優しくて。

 どうしようもなく……美しい。

 

〝ニンゲンとは実に醜い生物だ、虫けらと呼ぶことさえ躊躇するほどに〟

 

 姿が変わる。現れたのは、立派な髭を蓄えた壮年の男性だ。スーツを着こなし、その表情からも生真面目さが伺える。

 見覚えがある。否、違う。これは――この姿は。

 

〝その様に成り果てていながら。そんなにも無様な生を享受していながら。それほどまでに――希望を望む?〟

 

 再び姿が変わる。次いで現れたのは、髪を金色に染め、サングラスをした若い男だ。

 

〝この雨は何だ? 雨とは恵み、生命の基礎。降り止まぬ雨は、貴様の希望そのものではないか?〟

 

 そして、最後に姿を現したのは、一人の平凡な男性。それこそ一目見ただけでは記憶にも残らない、どこにでもいるような男。

 この男を、如月宗達は知っている。この男だけではない。

 ――心の中に、彼らはいた。

 如月宗達の、最も深い場所に。

 

〝貴様を棄てた親とやらは、どんな姿だったのだろうな?〟

 

 顔さえ知らぬ、自分を産み落とした両親。

 最初は、立派な親を想像した。

 次いで、自分を捨てるような酷い親を想像した。

 最後に――どこにでもいる〝誰か〟へと落ち着いた。

 あれは、そんな宗達が思い浮かべた〝親〟の姿。

 

〝雨が降り続けば――希望を抱き続ければ、いつか花実が咲くとでも思ったか? 石造りの木に花実が咲く道理などありはしないというのに!〟

 

 鈍い音を立て、〝邪神〟が触れた木が崩れ去る。その木は――否、石は脆くも崩れ去り、雨に濡れた破片が地面と混ざり同化する。

 

〝世界は、醜い〟

 

 それでも世界は美しい――そんな戯言を紡いだのは、誰だったか。

 

〝そうは思わぬか――なぁ、虫けら〟

 

 きっと、その者は恵まれていたのだろう。

 

〝滅ぼせばいい。そうだろう? これほどまでにままならぬのだ。憎悪せよ、嫌悪せよ、この世にはびこる悪意の総てを以て――世界を、滅ぼせ〟

 

 何故ならば。

 人は、己の望まぬ結末を決して認めることができない生物なのだから。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 向かい合い、確信する。成程、大した圧力だ。

 これが――これこそが、〝邪神〟の力か。

 

『〝王〟などと呼ばれても、所詮は虫けら。我に抗うことは叶わぬ』

「弱った身でよく吠えるモノだな」

 

 肩を竦め、軽く応じる。相手が誰であろうと、烏丸澪は揺らがない。揺らぐ意味もない。

 力持つ者と殺し合えるのだ。それ以外、何を望むというのか。

 ――だと、いうのに。

 烏丸澪は、それだけでいいはずなのに。

 

(……不愉快だ)

 

 目の前にいる存在が。自分にとっては対して興味もないはずの相手が。

 どうしようもなく、心を苛立たせる。

 

「だから寄生したのか。宿主の肉体を、変質させてまで」

『この虫けらが望んだ結末よ、全てはな』

「別に責めようとは思わんよ。どうでもいい話だ。力を求めた結果、力に食い殺される話など古今東西有り触れている」

 

 個人の選択の結果だ。それについて何かを言える程に澪は如月宗達という人間を知らないし、知るつもりもない。所詮は他人だ、関係ない。

 だが、今回は話が別。自分にとってはどうでもいい存在でも、自分の周囲にはそう思わない者もいる。

 彼らがどうにかできる話なら手出しはしない。だが、これは別だ。彼らに〝アレ〟は荷が重過ぎる。

 

「だから、というべきか。今回は運が悪かったとして諦めろ。この場において私以外に貴様の相手をできる者がいなかった。私がここに立つ理由はそれだけなのだからな」

『傲慢だな』

「私を〝王〟と呼んだのは貴様らだろう? 王が傲慢で非ずして、誰が傲慢に振る舞える?」

『大した暴君だ』

「私には臣下はおらず、また、民もいない。小さなマンションの一室のみが私の領土だ。暴君であったとして、何の不都合がある?」

 

 名君であることも、暴君であることも全て民草がいてのこと。烏丸澪にはその民はいない。一人きりの王国の、独りきりの暴君。それですでに完結している。

 

『裸の王か。何故その王が、この肉体に拘る?』

「それ個人に思い入れはない。壊れるなら壊れたところで興味もなければ、それこそ貴様が世界を滅ぼそうと知ったことではない話だ。だが、その坊やは私のお気に入りにとって大事な世界の一欠片でな。私は彼の苦悩する様はあまり見たくない」

 

 故に、と澪は宣言した。纏う空気が変わり、周囲の闇が彼女から僅かに退く。

 

「――貴様を倒そう、〝邪神〟」

『〝王〟如きが神に挑むか――裸の王とはここまで暗愚なモノだったとは』

「人の中心に立ち、時には〝神〟にさえも牙を剥く。それが貴様らの言う〝王〟だろう?」

 

 ほざけ、と〝邪神〟が嗤った。

 こちらを見下し、闇が哄笑する。

 

『太陽に近付き過ぎた愚者の翼を焼いたのは、神の怒りだ』

「ならば試せばいい。太陽を模しただけの紛い物に、私を地に這い蹲らせることができるかどうかを」

 

 言葉に、〝邪神〟の纏う空気も変わった。虫けら、と地を這うような声で告げる。

 

『驕りはその身を滅ぼすぞ』

「ならば滅ぼしてみろ。私程度、簡単に滅ぼしてくれるのだろう?」

 

 元より、言葉でどうにかできるとは思っていない。殺し合いの結果がどうなるかという話でしかないのだ。故に、これまでの言葉に大きな意味はない。

 あるとすれば、まあ、何というか。

 

(挑発だな)

 

 折角、力の大半を失っているとはいえ〝神〟とこうして殺し合いができるのだ。全力でやってもらわなければ困る。

 

(私の底を、私は知りたい)

 

 自分でも把握できない力。あの男に言わせれば『どんな場所でも頂点に立てる才能』とのことだが、それがどういう意味を持っているのかがわからない。

 故に、知りたい。

 どこが、己の終着であるのかを。

 

「「――決闘」」

 

 静かに告げる。先行は――こちらだ。

 

「私のターン、ドロー。私は手札から魔法カード『トレード・イン』を発動。『暗黒界の龍神グラファ』を捨て、二枚ドローする。更に手札より『クリバンデット』を召喚」

 

 クリバンデット☆3闇ATK/DEF1000/700

 

 現れるのは、海賊のような装いをしたクリボーだ。その姿を認め、ターンエンド、と澪は宣言する。

 

「エンドフェイズ、クリバンデットの効果発動。このカードが召喚に成功したターンのエンドフェイズ時、このカードを生贄に捧げることでデッキからカードを五枚めくり、魔法・罠カードを一枚手札に加えることができる。そしてそれ以外のカードは墓地に送る」

 

 捲られたカード→暗黒界の門、暗黒界の術師スノウ、魔轟神グリムロ、魔轟神クシャノ、レベル・スティーラー

 

 捲られたカードは正に理想の形。小さく笑みを零し、澪は『暗黒界の門』を選択する。

 この、全てが思い通りに行っているかのような感覚。全能感、とでも言うべきか。これを感じている間は、〝祿王〟に敗北はない。

 ――その、はずだというのに。

 

(……何だ、この違和感は)

 

 自分の知らない『何か』が蠢いているような、そんな感覚。

 くっ、と〝邪神〟が嗤った。歪み切った、人に非ざるモノの笑み。

 

『流石は、虫けらの中でも最上位のイキモノなだけはある』

 

 ドロー、という言葉と共に。

〝邪神〟が、動く。

 

『手札より『調和の宝札』を発動、攻撃力1000以下のドラゴン族チューナーを捨て、二枚ドローする。『ラブラドライドラゴン』を捨て、二枚ドロー。そして、『ドラゴラド』を召喚。効果により、墓地から攻撃力1000以下の通常モンスターを蘇生する。ラブラドライドラゴンを蘇生』

 

 ドラゴラド☆4闇ATK/DEF1300/1900

 ラブラドライドラゴン☆6闇・チューナーATK/DEF0/2400

 

 並び立つ二体のモンスター。〝邪神〟が、吠える。

 

『仰ぐがいい、虫けらには決して届かぬ天上に座す力を。――天よ、運命よ、事象の理よ、巡る天輪に乗せ此処に結実せよ――『天穹覇龍ドラゴアセンション』』

 

 薄暗き森の中であるが故に、空は見えない。だが、澪は確かに視た。

 天高く広がる、限りなき〝蒼〟を。

 

 天穹覇龍ドラゴアセンション☆10光ATK/DEF?/3000→4000

 

 レベル10――その強大な牙が、〝王〟の命を狙い撃つ。

 

『運命など、我らにとっては戯れに過ぎん。決して届かぬからこそ、我は〝神〟なのだ』

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 降りしきる雨が、頬を叩く。痛いくらいに、冷たい雨。

 往々にして雨というのはネガティブなイメージが付きやすい。だが、それは日本のように望めば手に入るモノがないというある種天国のような国で生まれ育ったからこそだ。

 雨とは、恵み。

 古代より多くの者が望み、祈り、時にはその命さえも差し出した。どれだけ文明を築こうと、発展しようと、進歩しようとも、水が無ければ生きていけない。

 成程、希望だ。

 この雨は、如月宗達にとっての希望。

 願いであり、夢そのもの。

 

「憎む、か。……いいな、それ。多分、それが一番なんだろうな」

 

 実際、今の自分は世界を憎んでいる。このどうにもならない世界を。どうしようもない毎日を。

 けれど、それは。

 

「でも、無理だろ」

 

 たとえ、心の奥底がどうであっても。

 感情が、それを認めていたとしても。

 

「その先には、何もないだろうが」

〝それで貴様は納得できるというのか?〟

「納得とかそういうんじゃねぇだろ。違うんだよそれは。未来がないんだから」

〝――愚かな〟

 

 まるでこちらを侮蔑するように、〝邪神〟は言う。

 

〝所詮は世界に係合するだけの虫けらか〟

「何とでも言え。だがな、勘違いするんじゃねぇ。俺はこの世界を認めたわけじゃない。理不尽で、不条理で、残酷で。弱い奴ばっかりが泣き続ける世界を、認めるわけにはいかねぇ」

〝だが憎まぬというのだろう? ならば同じだ〟

「いいや、憎むさ。憎んだ上で憎まない。……つーかテメェ、何様だよ?」

 

 熱い、と思った。同時、宗達の周囲に焔が満ちる。

 紅蓮の、雨の中でも燃え盛るは――矛盾の焔。

 

「人の心に土足で踏み込んでくんじゃねぇ。――殺されてぇのか?」

 

 己の中の感情と理屈。相反するものを同時に抱え、その中で人格を形作る。

 それを、世界は『人』と呼ぶのではなかったか。

 

「俺の道理は俺が決める。そこをどけ、〝邪神〟」

 

 世界が、燃える。

 中心に立つ少年は、果たして――

 

◇ ◇ ◇

 

 

 バトル・フェーダー☆1闇ATK/DEF0/0

 

 澪の眼前にいるのは、相手の攻撃を防ぎ、更にバトルフェイズを強制終了させるモンスターだ。そのモンスターの登場にも、〝邪神〟は笑みを浮かべるだけ。

 

「私のターン、ドロー。……魔法カード『暗黒界の取引』を発動、互いに一枚ドローし、カードを一枚捨てる。私は『暗黒界の狩人ブラウ』を捨て、効果により一枚ドロー」

『くく……『ガード・オブ・フレムベル』を捨てる』

 

 手札を改めて確認する。相手の場には攻撃力4000のモンスターが一体。成程、強力だ。そして相応の力も感じる。

 だが……それだけだ。

 相手は〝邪神〟。天穹覇龍、といったか。力持つ龍のようだが、本来の使い手でないならばその力も十全ではない。

 

(とはいえ、〝邪神〟が出ればそれだけでこちらが詰みかねん、か)

 

 見てみたい気もするが、少々リスクが大きいこともわかっている。一度、かの〝弐武〟が持つ〝邪神〟の全開を見たことがあるが、アレは無策で相手をしていいモノではない。

 そうなると、出てくる前に潰すのが定石だ。

 相手の切り札を待ち、それを受け止めた上で潰すのがタイトルホルダーという存在だ。プロとして試合を盛り上げる必要があるというのもある。

 だが、今は試合ではない。殺し合いだ。

 

(過程が全力であり、結果が答えだ。慮るつもりはない)

 

 後ろ髪を引かれるが、まあ、それはそれ。

 その後悔も、結果の後についてくる。

 

「先に言っておこうか」

 

 フィールド魔法、『暗黒界の門』発動。

 墓地の暗黒界の狩人ブラウを除外し、『暗黒界の軍神シルバ』を捨て、一枚ドロー。シルバの効果により、自身を蘇生。

 

「私はその坊やが結果として死のうと興味はない。幸い、この場で状況を見ているのは美咲くんだけだ。その美咲くんも離れた場所にいるが……まあ、見られたとて問題はなかろう。彼女は戦士だ。それも、もう取り返しのつかない場所にいる純粋な戦士。故に、私の結果を否定はできない」

 

 手札より、『魔轟神チャワ』の効果を発動。手札の『魔轟神ガナシア』を捨て、特殊召喚。ガナシアもまた、捨てられたことにより特殊召喚。

 

 暗黒界の軍神シルバ☆5闇ATK/DEF2300/1400→2600/1700

 魔轟神チャワ☆1光・チューナーATK/DEF200/100

 魔轟神ガナシア☆3光ATK/DEF1600/1000→1800/1000

 

 並ぶのは三体のモンスター。答えは、一つ。

 

「レベル5、暗黒界の軍神シルバとレベル3、魔轟神ガナシアにレベル1、魔轟神チャワをチューニング。――シンクロ召喚」

 

 呼び出すのは、世界でも僅かしか存在しない、最強の一角。

 それぞれ一枚ずつしか存在しない五竜よりも更に上、その力ゆえに封印されていた魔龍が降臨する。

 

「天の覇者が相手ならば、こちらは世界そのものを終わらせた極氷の龍で相手をしよう。――『氷結界の龍トリシューラ』」

 

 氷結界の龍トリシューラ☆9ATK/DEF2700/2100

 

 世界が、染まる。

 薄暗い森が一瞬にして氷による銀世界へと染め上げられ、眼前、龍は砕け散る。

 吐く息さえも凍りつくような世界。どうした、と澪は言葉を紡いだ。

 

「震えているぞ、寒いのか?」

『……虫けら……!』

「大丈夫ならば問題ない。私は手札より『暗黒界の術師スノウ』を召喚し、手札に戻すことでグラファを蘇生する」

 

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100

 

 現れるのは、最強の暗黒界。だが、烏丸澪の一手はここでは終わらない。

 

「本来ならばここで終わりとしてもいいが……それでは納得せんだろう? 魔法カード『アドバンス・ドロー』。レベル8モンスターを生贄に捧げ、二枚ドローする」

 

 このふざけた喜劇も、ようやく終幕だ。

 

「――速攻魔法、『デーモンとの駆け引き』を二枚発動」

 

 地の底より、ソレは現れる。

 狂気を纏いし、暴虐の竜が。

 

「力には、力。過ぎたる力には、狂気こそが最適解だ」

 

 バーサーク・デット・ドラゴン☆8闇ATK/DEF3500/0

 バーサーク・デット・ドラゴン☆8闇ATK/DEF3500/0

 

 並び立つ、二体の狂竜。行け、と澪は静かに手を振った。

 

「――滅びろ、〝邪神〟」

『――――』

 

 邪神LP4000→-5700

 

 轟音と爆音が響き渡り、氷の世界が砕けていく。澪は口元よりわずかに白い吐息を零し。

 

「この程度か。……くだらんな」

 

 静かに、そう呟いた。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

「起き上がれるなら、勝手に立って帰ってくるといい」

「……手を貸してはくれねぇんだな」

「キミの選んだ結末だろう? そう容易く手を借りられるなどとは思わんことだ」

 

 見下ろす側と、見下ろされる側。

 戦いがどんなモノであっても、どんな理由であったとしても。

 勝者と敗者だけは、必ず生まれる。

 

「それに、私の手を借りるという現実をキミは許容できるのかな?」

「…………」

 

 返答は、無言。

 理解はしている。他の誰かならばともかく、この少年は自分の手を借りることだけは許容しない。それは、間違いのない事実だ。

 

「まあ、立てるようになったならば戻ってくるといい。私としてはどうでもいいが、キミの周囲にいる者たちは心配しているようだぞ」

「……ありがたい話だな」

「得難いモノだろう。大事にすべきだ」

 

 言うと、その場を立ち去ろうと背を向けた。背後から、なあ、とこちらに声が届く。

 

「どうでもいいなら、どうして来たんだ?」

「……少年たちが心配していた。そして、私ならどうなるかはともかく何かしらの結果は用意できる。故に来た。それだけだ」

「何だよ、それ」

 

 苦笑が響く。そして、ポツリと。

 その少年は、問いかけた。

 

「あんた、祇園のこと凄ぇ気にかけてるみてぇだけど……どうしてだ?」

「さて、な」

 

 振り返り、微笑を浮かべる。

 それはいつものような作られた〝王〟としての笑みではなく、純粋な笑み。

 

「それを私も知りたいと、そう想う」

 

 それ以上、話すようなことはなかった。相手もまた、無言で横たわっている。

 ただ、最後に。

 

 

「――――――――ちくしょう」

 

 

 小さな、そんな声が聞こえてきた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 出迎えたのは妖精竜だ。すでに美咲の方も終わらせていたらしく、こちらを待っていた。

 

『礼を言います、人の王よ』

「礼には及ばんさ。私は私の都合でここにいるだけだ。今回は偶然、それが貴様らの益となっただけに過ぎん」

 

 妖精竜の言葉に、澪は腕を組んだ状態で応じる。妖精竜エンシェント――精霊たちの中では重要な損愛であり、実際それだけの力を有しているのはわかっている。だが、どうにも気に入らないのだ。

 

『しかし……人の子が〝アレ〟を手にするとは。先に待つのは滅びだけだというのに』

「それが人の選択だ。何のリスクも負わずに欲しいモノが手に入るわけがない。欲するならば覚悟と共に踏み込まなければ何もできん」

『やはり度し難い。やはり、その出自故でしょうか』

「――妖精竜」

 

 真っ直ぐに、妖精の竜を見据える。大した威圧感だ。だが、恐怖はない。

 

「貴様らにしてみれば、我々人間など生きて精々八十年の泡沫のようなモノに過ぎんのだろう。私もそれは否定しない。〝王〟と呼ばれようと、〝怪物〟と呼ばれようと。所詮は私も人だ。

 ――だが、だからこそ人はその刹那に理想を抱き、夢を見る。

 否定はさせんよ妖精竜。私には理解が及ばない夢であり理想であり野望。それをあの坊やは持っている。私個人にとってあの坊やはどうでもいい存在だが、それを否定することだけは許さん」

 

 個人の夢や理想を笑うことを、烏丸澪は認めない。

 ――何故ならば。

 それは、叶わぬと知りつつずっとそれを追い続ける一人の少年の否定となるが故に。

 

『いずれ、その過ぎたる慾が世界を滅ぼすとしてもですか?』

「たった一人に滅ぼされる世界の何を慮る必要がある? 滅びたならばその時はその時だ」

『傲慢ですね』

「私は〝王〟だが民も領土も持たぬ裸の王だ。傲慢であろうとなかろうと、世界に何の関係もない。私にとって世界が何の関係もないようにな」

『それだけの憎悪を抱えながら、ですか?』

「――――」

 

 無言。その問いに応じることはなく、ただ視線を以て応じる。

 踏み込むな、と。

 そこは余人の踏み込んでいい領域ではない、と。

 

「……無駄なことを話した。行こう、美咲くん」

「はい」

 

 ずっと会話に参加せず、離れた場所で黙り込んでいた美咲が頷く。こういう時、彼女の気遣いはありがたい。

 その場を立ち去ろうとする二人。その背に、妖精竜が言葉を投げかけてきた。

 

『人の王。これは予言であり、忠告です』

 

 足を止める。振り向かぬこちらに、妖精竜が言葉を飛ばした。

 

 

『――あなたは、その生涯においてあなたが最も愛する者に殺されます』

 

 

 知らず、口元に笑みが浮かんだ。

 何だ、そんなこと。

 

「それは嬉しい情報だ」

 

 もし本当に、自分の最期がそんな形ならば。

 

「私は、誰かを愛せるということか」

 

 あの日自分から離れていった彼女たちの心。

 自分の周囲にいる者たちの心。

 それが少しでも……わかるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 ただいまと、そう言った。

 おかえりと、彼女は言った。

 ありがとうと、そう言った。

 どういたしましてと、彼女は笑った。

 

 

 理由は、いつだって一つだけ。

 それだけでいいと……そう思う。

 

 ――だから、これでいい。

 いずれ破綻することがわかっていても。

 それでも、これでいい。

 これが、自分で選んだ道だから。









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第六十三話 ずっと、ずっと

 

 

 

 

 アカデミア本校では中間・期末テストとは別に月一試験という形で実技テストが行われる。

 従来の方式では基本的に同じ寮の生徒とデュエルをし、その内容を審議するという形であった。しかし、現在はその形も少し変わり、優秀な成績を修めている生徒は教師や上の寮に在籍する生徒とデュエルを行い、入れ替え戦を行うという方式が増えてきている。

 最初の頃は大きな移動もなかったものの、最近では入れ替わりも激しく、今日も入れ替え試験を行う生徒が一年生だけで五組もあるというのが現状だ。

 寮が一つ上がるだけで待遇が大きく変わるのがアカデミア本校の特色である。モチベーションを上げるという意味では、実力を示す機会に恵まれるのは非常に重要と言えるだろう。

 まあ、とはいえ。

 実力があっても他の要因によって上がれない者もいるのだが。

 

 

 

「よろしくお願いします」

 

 礼儀正しく一礼する、オシリス・レッド所属の一年生――夢神祇園。どことなく気弱な印象を他人に与える少年だ。

 最下ランクの寮であるオシリス・レッドの制服に身を包んでいるが、そのデュエルの注目度は高い。彼の名前が呼ばれた瞬間、周囲で順番待ち、あるいは試験を終えて時間を持て余していた者たちが視線を向ける程に。

 そう……それこそ、普段からオシリス・レッドの生徒たちを見下すオベリスク・ブルーの生徒たちも視線を向けてくるほどに。

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 その彼と向き合うのはアカデミアの教員だ。今回、祇園の試験相手は教師なのである。

 しかし、彼はこのデュエルに勝利しようとも寮が格上げとなることはない。彼は先に述べた〝例外〟の一人であるが故に。

 

「「決闘」」

 

 そして、静かに試験が開始される。その姿を少し離れたところで見守りながら、桐生美咲は隣で本を読む女性へと言葉を紡いだ。

 

「実際のところ、澪さんから見て祇園はどうなんです?」

 

 問いを投げかけられ、女性――烏丸澪は一度本から視線を外した。そのまま、そうだな、と呟くように言う。

 

「実力自体はかなりものだろう。ウエスト校の一年生を見渡しても、あそこまでやれる者はそう思い浮かばない」

「おお、高評価や」

「私は個人の生い立ちや背景はともかく、実力について情をかけることはない。足りない部分は多々あるが、それでもあの歳ならば十分だろう」

 

 もっとも、と〝祿王〟の名を持つ最強は言う。

 

「この学校にいてはその特別すらも薄れるがな。遊城十代、万丈目準、三沢大地、天上院明日香、藤原雪乃。同世代だけでこれだけ才能が集まるなど、最早奇跡に近い」

「〝侍大将〟はリスト入りしてへんのですね?」

「アレは次元が違うだろう。実力という意味でも、その根源という意味でも」

 

 再び本へと視線を戻しつつ、澪は言う。美咲が〝侍大将〟と呼んだ人物は早々に教員相手に試験を終了させ、ドームの隅で試合を眺めている。先日の後遺症はないようだが、どことなく以前に比べて更に威圧感が増しているように思えるのは考え過ぎだろうか。

 

「ふーん。……で、澪さん、〝邪神〟はどうだったんです?」

「どうも何も、こちらを舐めている間に先手で潰しただけだ。最初から全開ならばどうだったかはわからんが、結果として私が圧勝した。必要なのはその事実だ。まあ、しばらくは大丈夫だろう」

「流石ですね、ホンマに」

「大したことではないよ。現在進行形で少年たちが巻き込まれている戦いに比べれば、な」

 

 そう言うと、そのまま澪は本へと集中し始めた。祇園のデュエルを見ないのは、彼女には結果が見えているからだろう。

 

「…………」

 

 美咲は、無言で祇園の試合を見つめる。

 覚悟を決めるべき時は、少しずつ近付いている。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 一度大きく深呼吸をする。デュエルが始まる瞬間の、この、お互いがそれぞれの手を示す一瞬の緊張。

 どうにもこの瞬間は慣れない。どうしても敗北がちらつくし、その度に自分の弱さに自己嫌悪を抱く。

 そして、いつも思うのだ。

 

(強く、なれてるのかな)

 

 弱くはなっていないと思う。けれど、強くなれたという実感もない。

 周りにいる人たちは、それほどまでに遠く――強い。

 

「では、先行は私だ。ドロー」

 

 デュエルディスクによって決められた先攻後攻により、先手は相手となる。あまり覚えのない教師だが、それもそのはず。彼の授業担当は三年生だ。

 本来なら試験の相手は一年生を担当する教師陣や、技術指導最高責任者であるクロノス、技術指導主任の響緑が担当するのだが、一部の生徒はこうして別学年の教師と戦うことも多い。

 

「私は手札より魔法カード『おろかな埋葬』を発動。デッキから『メカ・ハンター』を墓地へ送る」

 

 メカ・ハンター――闇属性の機械族モンスターだ。レベル4としては高い攻撃力と、通常モンスターということでかなり使い勝手のいいモンスターである。

 

「そして更にチューナーモンスター、『ブラック・ボンバー』を召喚。墓地から闇属性、レベル4の機械族モンスターを蘇生する。メカ・ハンターを蘇生」

 

 ブラック・ボンバー☆3闇・チューナーATK/DEF100/1100

 メカ・ハンター☆4ATK/DEF1850/800

 

「チューナー……?」

 

 思わず呟く。現時点においてシンクロ召喚を使うのはアカデミアにおいて生徒では僅かに二人しかいない。祇園と明日香だ。祇園についてはルーキーズ杯があったからだし、明日香についても澪が気まぐれを起こしたが故に手にできたと本人が語っている。

 三沢などは手に入れようと何やら画策しているようだが、正直難しいだろう。チューナーモンスターはともかく、シンクロモンスターというのはそれだけ貴重で、同時に手に入り難い。

 

「シンクロを使うのは現状だとキミと天上院さんだけだ。だからこそ、こちらもシンクロを使わなければならない。キミが信頼を寄せる力を敵が使えばどうなるか、それを教えないといけないからね」

「……ありがとう、ございます」

 

 一礼する。場合によってはたった一枚から逆転さえ演出できるシンクロという概念。使っているからこそ恐ろしさは知っているが、成程、肌で感じる必要はあるだろう。

 

「とはいえ、主体というわけじゃないんだけどね。まあ、こういう使い方もあると知って欲しい。――さあ、いくよ」

 

 シンクロ召喚、と告げると共に。

 そのモンスターが、現れる。

 

「『パワー・ツール・ドラゴン』」

 

 パワー・ツール・ドラゴン☆7地ATK/DEF2300/2500

 

 現れたのは、機械で形作られた竜だ。そして同時に、効果発動、と相手が宣言する。

 

「一ターンに一度デッキから装備魔法を三枚選択して相手に見せ、その内一枚を相手がランダムに選択し、手札に加えることができる。私は選択するのは、『流星の弓―シール』を三枚だ」

 

 事実上の一択。流星の弓―シールは攻撃力を1000ポイントダウンさせる代わりにダイレクトアタックの効果を得ることができる装備魔法だ。『ベンケイワンキル』などで見ることのあるカードだが――

 

「そして更に魔法カード『トランス・ターン』を発動。パワー・ツール・ドラゴンを墓地に送り、デッキから同属性、同種族のレベルが一つ高いモンスターを特殊召喚する。来い――『超重武者ビッグベン―K』」

 

 現れるのは、その名に相応しき重量感と威圧感を持つ鎧武者。

 レベル8の、不動の構えを持つモンスター。

 

 超重武者ビッグベン―K☆8地ATK/DEF1000/3500

 

「ビッグベン―Kは召喚・特殊召喚時に守備表示となり、また、このモンスターがいる限り場の超重武者は守備表示のまま守備力で攻撃できる」

 

 つまり、事実上攻撃力3500のモンスターが現れたも同然。更に、先程相手が手札に加えたシールのデメリットは攻撃力を下げるというもの。ビックベンーKにとってはデメリットはないに等しい。

 

「カードを一枚伏せ、ターンエンドだ。――さあ、キミのターンだよ」

「僕のターン、ドロー」

 

 守備力3500。しかも、放置すればその攻撃力がそのまま直接攻撃として向かってくることが確定している。

 手札を見る。賭けの部分が大きいが――

 

「僕は手札より魔法カード『光の援軍』を発動。デッキトップからカードを三枚墓地に送り、デッキからライトロードを一枚手札へ。『ライトロード・ハンター ライコウ』を手札へ加えます」

 

 落ちたカード→ジャンク・シンクロン、調律、死者蘇生

 

 落ちたカードはかなり厳しい。だが、これならどうにかなる。

 

「手札より『使者転生』を発動、『魔轟神獣ケルベラル』を捨て、墓地の『ジャンク・シンクロン』を手札に。ケルベラルは捨てられたことにより特殊召喚され、そしてレベル4以下のモンスターの特殊召喚に成功したため、『TGワーウルフ』を特殊召喚」

 

 魔轟神獣ケルベラル☆2光・チューナーATK/DEF1000/400

 TGワーウルフ☆3闇ATK/DEF1200/0

 

 並ぶ二体のモンスター。祇園にできることはいつだって一つだけだ。ならば、後はそれを貫くだけ。

 

「レベル3、TGワーウルフにレベル2、魔轟神獣ケルベラルをチューニング。シンクロ召喚。――『TGハイパー・ライブラリアン』!!」

 

 TGハイパー・ライブラリアン☆5闇ATK/DEF2400/1800

 

 シンクロ展開における要、ドロー効果を持つ図書館司書のような姿をしたモンスター。

 特殊召喚時に相手のカードの発動はない。ならばアレは『奈落の落とし穴』ではないだろう。最悪『激流葬』などの可能性もあるが、その場合は相手のモンスターも吹き飛ぶ。

 

「手札より『ジャンク・シンクロン』を召喚、墓地から魔轟神獣ケルベラルを蘇生し、更に墓地からの蘇生に成功したため手札から『ドッペル・ウォリアー』を特殊召喚」

 

 ジャンク・シンクロン☆3闇・チューナーATK/DEF1300/500

 魔轟神獣ケルベラル☆2光・チューナーATK/DEF1000/400

 ドッペル・ウォリアー☆2闇ATK/DEF800/800

 

 並ぶ三体のモンスター。相手の伏せカードの発動は――ない。

 

「レベル2、ドッペル・ウォリアーにレベル3、ジャンク・シンクロンをチューニング。――シンクロ召喚! 『ジャンク・ウォリアー』!! 更にドッペル・ウォリアーの効果でトークンを二体特殊召喚!!」

 

 ジャンク・ウォリアー☆5闇ATK/DEF2300/1300

 ドッペル・トークン☆1闇ATK/DEF400/400

 ドッペル・トークン☆1闇ATK/DEF400/400

 

 現れるのは蒼き体躯の機械戦士。ジャンク・シンクロンを素材指定とするモンスターだ。

 

「シンクロ召喚に成功したため、ライブラリアンの効果で一枚ドロー。そしてジャンク・ウォリアーの効果発動! シンクロ召喚成功時、自分フィールド上のレベル2以下のモンスターの攻撃力の合計分、攻撃力が上昇します!」

 

 ジャンク・ウォリアー☆5ATK/DEF2300/1300→4100/1300

 

 トークン二体とケルベラルの攻撃力分数値が上昇するジャンク・ウォリアー。会場にざわめきが広がった。

 

「攻撃力――4100!?」

「まだです。レベル1ドッペル・トークン二体に、レベル2魔轟神獣ケルベラルをチューニング。シンクロ召喚、駆け抜けろ、『魔轟神獣ユニコール』!! ライブラリアンの効果で一枚ドロー!!」

 

 魔轟神獣ユニコール☆4ATK/DEF2300/1000

 

 白い体躯を持つ一角獣が出現する。これで手札は四枚、相手は三枚。

 ――詰めは、終わった。

 

「カードを一枚伏せ、ジャンク・ウォリアーでビックベン―Kを攻撃!」

「ぐっ……!」

 

 流石の守備力3500も、強化されたジャンク・ウォリアーの敵ではない。一撃によって粉砕される。

 後は――ここからの詰めだけだ。

 

「ライブラリアンでダイレクトアタック!」

「罠カード『ピンポイント・ガード』発動! 相手の直接攻撃時に墓地より守備表示でモンスターを蘇生し、そのモンスターはこのターン戦闘及びカード効果で破壊されない!」

「――無駄です」

 

 祇園が言葉を紡ぐと同時、ユニコールが吠えた。瞬間、ピンポイント・ガードが無効化され、粉砕される。

 

「ユニコールは互いの手札の枚数が同じ時、相手の発動するあらゆるカードを無効化して破壊する効果を持っています」

「それでは――」

「はい。場はがら空きのままです」

 

 ライブラリアンの一撃。そして、残るユニコールの一撃。

 合計攻撃力は、優に4000を超えている。

 

「ユニコールでダイレクトアタック!」

 

 そして、決着。

 終わってみればあっさりしたものだったが、実質は紙一重だ。もし『激流葬』などが伏せてあったりしたら、リカバリーの手段はなかった。

 

「ありがとうございました」

 

 一礼する。とはいえ、勝利は勝利だ。試験には上手く合格できたので問題はない。

 相手は頷くと、苦笑しながら言葉を紡いだ。

 

「お疲れ様。いや、素晴らしい腕だ。……今回のデュエルは一つの参考として欲しい。シンクロは終着点ではなく、それを足掛かりとした戦術もあるということをね」

「はい。覚えておきます」

「では、お疲れ様」

 

 そう言うと、次の試験へと向かっていく教師。祇園はその背に、もう一度頭を下げた。

 ――そして。

 

「……シンクロを足掛かりにした戦術」

 

 ポツリと呟く。

 それを見出せれば何かが変わるのだろうかと、そんなことを思った。

 

◇ ◇ ◇

 

 

 試験も残すところ後僅かだ。美咲は試験結果を確認しつつ、隣に座り澪へと言葉を紡ぐ。

 

「今のデュエル、澪さん的にはどうですか?」

「70点だな。一撃でこちらを潰しにくる戦術が見える以上、多少の無理をしてでも力で押し切ろうとしたその選択は正しい。だが、リスクが高過ぎるな」

「せやけど、ユニコールはええ選択でしょう?」

「そこについては評価できる。だが、隙があったというのも事実だ。学生としてならば満点に近い回答だろうが、少年が目指す領域のことを考えればまだまだ足りないモノが多い」

 

 そう言いつつも口元が緩んでいるのは指摘しない方がいいだろう。多分藪蛇だ。自分も口元が緩んでいるし。

 

「でも、よー魔轟神なんて祇園に貸渡しましたね?」

「使い魔である獣だけだ。流石に王たちは少年には荷が重すぎる。幸いというべきか、少年は随分と気に入られているようだぞ?」

「動物は優しい人に懐く言いますし」

「まあ、アレを一般的な動物と振り分けていいのかはわからんが」

「それは同意します」

 

 言いつつ、美咲は立ち上がる。彼女にはこの後、職員会議が控えているのだ。

 

「そういえば、美咲くん」

「はい、何ですか?」

「どこまでが、キミの想定内だ?」

 

 変わらず視線を本へと落したまま。

 烏丸澪が、問いかける。

 

「今のところ、犠牲者は鮫島校長だけです。……その時点で、すでに最良からは程遠い」

「キミは欲張りだな」

「そうじゃなかったら、ウチはここにいませんから」

 

 振り返り、笑って見せる。

 それはアイドルとしての笑顔であり、人に見せるための笑顔。

 

「生きるために、生きていけるように在るために。理由なんて、それだけですから」

 

 澪が、その顔をこちらに向けた。

 その瞳に宿るのは、憐憫と……同情。

 

「キミもまた、随分と生き急ぐのだな」

 

 その言葉に対し、返答はしない。

 そんなことは今更で、応じる必要もなかったからだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 試験が終わると、どうしても緩んだ空気が流れる。それは仕方がないことだし、それをいちいち咎める教師はそういない。まあ、受験生である三年生の担任ともなれば違うのだろうが、一年生である祇園には関係ない。

 そう、関係ないはずなのだが、今は別に問題がある。

 

「ダークネス、カムル、カミューラ、タニヤ……これで四人、か」

 

 試験後、授業への出席率がいきなり落ちるという事件があった。調べてみるとセブンスターズの一人であるタニヤという女性がコロシアム建造のために人を集めていたということで、そこで衝突することとなる。

 結論から言うと、祇園はその戦いに参加していない。購買部の仕事があったし、何より体がまだ本調子でないためドクターストップをかけられている。事実上、リタイアに近い状態だ。

 

「ようやく半分か、先は長いな」

 

 正面、向かい側に座る人物――如月宗達が欠伸を噛み殺しながらそう言葉を紡ぐ。そうだね、と祇園は頷いた。

 

「僕も、力になれたらいいんだけど」

「気負い過ぎても良いことなんてねーし、大体オマエドクターストップかかってんだろ? 後は他の連中に任せとけ。それこそカイザーが健在なんだから」

 

 ひらひらと手を振りつつ宗達は言う。その彼自身、命を懸けてカミューラと戦い、勝利している。その傷もまだ癒えていないはずだ。

 頼ればいいのだろうと思う。けれど、夢神祇園はそれができない。

 

(これが、澪さんにも言われた僕の『歪み』)

 

 わかってはいるのだ。自分よりも優れた人が何人もいるのだから頼ればいいと。

 けれど――できない。

 信用できても、信頼ができない。己がやれば失敗するとわかっているのに、他人の方が自分よりも遥かに上手くやるとわかっているのに、それでも他者を頼れない。

 

「まあ、忠告はしたぞ。オマエがどういう道を選ぼうと結局はオマエの人生だ。全部台無しにするようなことだけはないようにしろよ」

 

 そのまま、宗達は食堂を出て行く。微妙に急いでいるような雰囲気だったのは何故だろうか。

 

「すまないな、少年。待たせてしまった」

 

 不意にキッチンの方からそんな声が聞こえてきた。見れば、澪が料理を持ってこちらへと歩いてくる。

 

「いえ、大丈夫ですよ」

「普段からやり慣れていない分、どうしても時間がかかってしまってな。すまない」

 

 言いつつ、澪が皿をテーブルの上へと置いてくれる。並べられたのは、ハンバーグとみそ汁、そして白いご飯だ。

 

「作り方は間違っていない……はずだ。分量もしっかりチェックした。食べてくれると嬉しい」

 

 正直、見た目が綺麗とは言い難い。味噌汁とごはんはともかく、ハンバーグの形は不細工で、祇園が作るモノと比べてもあまり美味しそうには見えない。

 

「妖花くんにも習ったのだが、どうも感覚が掴めん。不味かったら捨ててくれ」

「そんなことないです。ありがとうございます、頂きます」

 

 手を合わせ、ハンバーグを口に含む。少し焦臭くて、苦い味。

 美味しいとは言えない。失敗している部分はあるし、味付けも微妙だ。

 

「……少年?」

 

 ――頬を、熱いモノが伝った。

 

「ど、どうした? 泣くほど不味かったか? すまない――」

「ち、違う、んです……そうじゃ、なくて」

 

 一口ごとに、涙が出た。

 どうしてかはわからない。けれど、気付く。

 誰かの料理を口にすることなど、両親の死から一度もなかったのだと。

 

「美味しい、です」

「……そうか」

 

 澪が正面に座り、静かにこちらを見つめてくれる。

 

「ありがとう」

 

 それはこちらの台詞だとそう思う中。

 溢れる涙が、止まらなかった。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

「後悔先に立たず、とは本当に言葉通りだな」

 

 片付けを終え、食堂で祇園が淹れたコーヒーを並ながら澪は不意にそんな言葉を紡いだ。彼女が祇園に夕食を作ると言い出したのはいきなりのことだ。祇園がいつも通り寮生たちの夕食を用意しているとそう提案してきた。

 彼女曰く妖花に教わったり本を読んだりして勉強していたようだが、中々料理は難しいとのことらしい。まあ、気持ちはわかる。祇園自身、試行錯誤の繰り返しだ。

 

「こんなことなら、母に基本だけでも教わっておけば良かったかもしれん」

「……澪さんのご両親は、その」

「母はすでに他界している。父――あの男は健在だがな。……小さい頃は、どうも料理というモノとは縁が遠くてな。私の暮らしにおいて食事とは待っていれば勝手に出てくるモノであったし、むしろ母が出入りすることがおかしいとさえ考えていた。わざわざ母が取り組まずとも使用人がするのに、とな」

 

 苦笑しつつ澪は言う。そのまま、懐かしむように彼女は言葉を続けた。

 

「今思えば、手料理を作ることが母にとって私にできる唯一のことだったのだろう。体の弱い人だった。心も決して強くはなかった。私の教育も世話も他の誰かがしていたから余計に何かをしたいという想いがあったのだろう。……実際、母の作る料理は好きだったよ。素朴だったが、温かだった」

「……澪さん」

「キミの手料理はそれを思い出させてくれた。今日はそのせめてもの返礼だ。まあ、私の今の腕では不味い料理しか作れんが」

「そんなこと、ないです。美味しかったです」

「キミは優しいな、本当に」

 

 澪が静かに微笑む。だが、祇園の言葉は本心だ。

 涙が零れたのは、決して嘘などではない。

 

「なあ、少年」

 

 こちらから視線を外し、窓に映る月を見上げながら。

 烏丸澪は、静かに言った。

 

「これからキミの身に何が起こったとしても、何があったとしても。私はキミの味方だ。約束する。だから、早まったことだけはするな。決してだ」

 

 振り返り、こちらを射抜くように見据える瞳には。

 一切の妥協も、容赦もなかった。

 

「どんな境遇にあろうと、どんな人生を歩もうと。人には幸せになる権利がある。自らそれを放棄しない限りは、絶対に」

 

 そして、彼女は立ち上がる。

 いつものように微笑を浮かべ、ではな、と彼女は軽く手を振った。

 

「一週間後の文化祭、楽しみにしているよ」

 

 そう言葉を残し、ブルー寮へと向かっていく澪。それを見送り、祇園は一度息を吐いた。

 こんな日々が続けばいいと思う。ずっと、ずっと。

 

 

 ――けれど、そんな日々は続かない。

 置き去りにした過去が、音を立てずに忍び寄る。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「どうでしたか?」

「釘は刺しておいた。だが、ここに来てから何度か探りを入れているがやはり見えんな。ガードが固い」

「その辺は昔からですね。自分のことをほとんど喋らへんから」

「まあ、ある種のトラウマなのだろうから当然と言えば当然だろう。……できれば触れたくなどないし、そっとしておきたいことではある。だが、それはおそらく不可能だ」

「文化祭、やっぱり無理ですか?」

「そもそもこちらには止めるだけの大義がない。当事者が望むならばともかく、私たちの判断で少年には知らせていないのだからな」

「穏便に、とはいかへんでしょうね」

「無理だろうな。……荒事はできれば避けたい。少年のためにも」

「せやけど、最悪の場合は」

「その場合の覚悟はある。だが全ては当日次第だ。杞憂に終わればいい。だが、もしそうでなければ」

「祇園次第やけど、間違いなく何かが終わってしまいます」」

 

 月明かりの下で、二人の女性が語り合う。

 その表情は、等しく重い。

 

「難儀な話だ、本当に」

「ええ、ホンマにそう思います」

 

 そして、片方の女性が重々しく呟いた。

 

「――祇園の親族が、文化祭に来るかもしれへんなんて」








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キャラクター紹介(六十三話時点)

 

 

 

ご要望がありましたので、キャラクターたちの紹介を一つ。

現時点(六十三話)時点における紹介となりますのでご了承ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・夢神祇園(ゆめがみ ぎおん)

 性別/男 所属/アカデミア本校一年、オシリスレッド所属

 使用デッキ/カオスドラゴン、白黒魔轟ジャンド

 

 本作における主人公。絶対的に優れた才能があるわけではなく、圧倒的な力を持つわけでもなく、精霊が見えるわけでもなく、ただただ執念めいた『諦めない』という一念のみで戦い続ける少年。その根底にあるものは『折れない』ではなく『折れることができない』というものであり、その背中は悲壮感に溢れている。

 

 幼き日に桐生美咲と交わした〝約束〟である『プロの世界で大観衆の前で戦うこと』に縋るようにして歩み続けてきた。

 その異常なまでに前を向こうとする姿勢を評価する者は多く、同時にそこを不安視もされている。

 

 実力は作中においては精々が中の上。格上には一度を除きただただ負け続けてきた。戦いにおいて彼に奇跡が起こったことは一度もない。彼の勝利も敗北も、全てそうあるべきとして訪れた結末である。

 

 

 

・桐生美咲(きりゅう 美咲)

 性別/女 所属/横浜スプラッシャーズ、アカデミア本校特別講師

 使用デッキ/TG混沌天使

 

 当時僅か13の若さでプロの世界へと入り、その実力を持って名を轟かせた実力者。プロとしての顔の他にアイドルとしての顔も有しているが、その目的の部分は不明なところが多い。

 その目的と同じく、過去についても不明なことが多い。ただ、祇園と約束を交わし、その成就を心の底から願っていることは事実。誰よりも傍で彼が傷つく姿を見続けてきたと同時に、彼にとっては最大の理解者であり親友。その明るさと現実的な思考回路は彼女の武器であり、そんな彼女だからこそ祇園は全幅の信頼を置いていると言える。

 

 明るさとクレバーさを兼ね備え、おおよそ15歳とは思えぬ強さを誇る。しかし恋愛となると一気に奥手となり、幼き日よりいつの間にか抱くようになった祇園への恋心は未だ彼へ明かされていない。要するにヘタレ。

 カオス・ソルジャーや、防人妖花でさえその存在を把握できない精霊を従えているなど本質の部分は見えない。だがその実力はかつての全日本チャンピオンである響紅葉と並ぶほどであり、かの〝弐武〟や〝祿王〟も高く評価する。

 

 ぶっちゃけ彼女が祇園に話しかけたり関わる度に祇園へと嫉妬の怨念が向かっていたりするのだが、本人は気付いていないし気付こうとしない。曰く、『恋する乙女は無敵』である。

 

 

 

・烏丸澪(からすま みお)

 性別/女 所属/アカデミア・ウエスト校

 使用デッキ/暗黒魔轟神

 

 日本五大タイトルの一つ〝祿王〟を冠し、〝日本三強〟に数えられる実力者。

 桐生美咲を〝天才〟とするならば、烏丸澪は〝天災〟と評するのが正しいだろう。努力が必ず実を結ぶ者を〝天才〟、高確率で結果を残せる者を〝秀才〟、結果と過程が独立している者を〝凡人〟と呼ぶのならば、烏丸澪は〝天才〟さえも嘲笑う存在だ。ただそこに在るだけでありとあらゆる努力を嘲笑う絶対者。故に彼女と向かい合った者はその多くが心折られた。何故なら、自身が努力によって辿り着いた領域よりも更に先の領域へ烏丸澪はただそこにあるだけで到達しているのだから。

 

 尊大な物言いと立ち振る舞い、何より精霊たちが〝王〟と呼ぶこともあって彼女自身はどこか超人的な雰囲気を漂わせる。

 いざ戦いとなれば彼女の敗北はまずあり得ないと言われ、同時にそれだけの結果を残してきている。だが半面、私生活の部分では色々と残念な部分も多い。基本的に働くことを拒み、表舞台にはできるだけ出ようとしない。

 

 同種探しは労力と結果が釣り合わないとしてほとんど諦めており、現在は自分とは全く違う存在である祇園に興味を持ち、〝持たざる者〟がどこまで昇れるのかをどこか楽しげに見守っている。

 

 

 

・如月宗達(きさらぎ そうたつ)

 性別/男 所属/アカデミア本校一年、オシリスレッド所属 フロリダブロッケンス1A所属

 使用デッキ/絵札の三剣士、六武衆

 

 アカデミア本校において唯一『帝王』に届き得る可能性を持つとされる決闘者。

 中学時代よりその実力は折り紙付きであったがその素行の悪さと、何よりサイバー流と真っ向から衝突していたがために孤立していた。しかしそれでも正面切って彼に実力で勝てる者はおらず、それが彼の歪みを決定的なモノとしてしまう。

 

 その言動、立ち振る舞いに相応しい実力は有しており、その戦い方は相手の手を潰していくカウンター制圧型。だがその戦術は壊滅的なドロー運のなさをカバーするためのモノであり、必要に迫られた結果とも言える。

 そう、如月宗達はあまりにもドロー運が無さ過ぎる。『管憑き』と呼ばれる背負った宿業により生まれた時から精霊たちに嫌われ、忌避される存在。そのため、彼は常に一人きりであった。そんな彼を救ってくれたのが藤原雪乃という女性であり、留学先で出会った友人たち。更には現在彼が友人と認める十代を始めとした者たちであり、彼なりに周囲の人間のことは大切に想っているらしい。

 

 己自身の証明のために戦い続け、かつて愛したDMを憎悪し、力を借りるのではなく力ずくで従わせるという選択をした。

 

 基本的にトラブルメーカー。正直な話、できるだけ関わらない方がいい人種ではある。

 

 

 

・防人妖花(さきもり ようか)

 性別/女 所属/

 使用デッキ/レベル1活路エクゾディア、魔導(?)

 

 今代最高の(少なくとも日本では)神々すらもその身に降ろす器を有した巫女。

 本来精霊とは時に神とも同一視されるほどに力を持つ存在であり、だからこそ対話をする手段を古来より人は探し続けていた。その手段の一つが防人妖花の精霊を視、触れ、言葉を交わす能力であり、また神を降ろす力であった。防人妖花は歴代でも特に力が強く、最早その存在は人と精霊の狭間にあるとさえ謳われる。

 

 元々は山奥の村に隠されるように、或いは隠れるように暮らしていたが、いくつもの偶然が重なる中で烏丸澪と出会うこととなる。そこから多くの人間に出会い、小さかった己の世界を広げていくこととなった。年若い身でありながらも己の役目は理解しており、それらに関わる時だけは普段と違う姿を見せる。

 遊戯十代が偶然に産まれた精霊に〝選ばれた者〟であるのならば、防人妖花は永き時の果てに紡ぎ上げられた精霊に〝愛された者〟。どちらの力が上というわけではないが、防人妖花が天より与えられた才能は唯一無二のモノと言えるだろう。

 

 現在は烏丸澪の暮らすマンションに居候しつつ、その将来について考えている。ちなみに彼女の周囲にはクリッターを中心とした精霊たちが警護に当たっており、陰から彼女を守っている。

 

 

 

・新井智紀(あらい ともき)

 性別/男 所属/晴嵐大学経済学部四回生、DM部主将

 使用デッキ/ジェムナイト

 

 アマチュア№1を謳われる、今年度のリーグ戦でも日本一となった晴嵐大学の主将。

 日本最強の大学において二年時よりエースと呼ばれ、今年度はエース兼主将として活躍するという事実から見ても、彼が最強のアマチュアであることは疑いようのない事実である。今期ドラフトでも当然の如く最注目の選手であり、場合によっては過半数のチームから指名がかかるのではないかと噂される。

 

 とはいえ彼が歩んできた道は決して平坦なものではなかった。中学高校は公式戦に出る機会が全くと言っていいほど存在せず、大学入学時は彼以外の同級生全員に部内戦で敗北したという記録がある。だがそれでも現時点で彼がアマチュアの頂点に立っているのは事実であり、その過程に何があったかについて彼はただ一言、『努力』としか語らない。

 

 その歩んできた道か、性格か、あるいは両方か。決して他人の努力を笑うことはせず、面倒見も良い。〝ルーキーズ杯〟で知り合った十代や祇園、妖花といった面子とはメールでやり取りをしており、後輩たちの動向は気にかけているらしい。特に十代は自身を倒したということもあって大のお気に入り。事ある毎に公式大会への参加を誘っているとか。

 

 ルックス・性格は問題なし、実力も将来性も抜群とくればモテるはずだが彼女はいない。よく大学で友人相手に「彼女欲しいなー」などと言っているが、大体舌打ちが返ってくる。

 

 

・烏丸銀次郎(からすま ぎんじろう)

 性別/男 所属/東京アロウズ

 使用デッキ/レプティレス

 

 東京アロウズに所属するプロデュエリスト。最近一軍に上がってきた。

 二軍と一軍を往ったり来たりしているが、実力はある。姉である〝祿王〟曰く「メンタルが問題」とのこと。実際見た目にそぐわず気が弱いところがあるがその性格が形成された原因はおそらく、というか間違いなく澪。

 

 初対面の相手にはまず間違いなくビビられるかドン引きされる容姿をしているが、その戦い方はトリッキーなもの。『攻撃力0』をテーマに相手を翻弄する。

 

 年齢的に見れば澪が妹なのだが、互いの認識は『姉弟』。それは銀次郎の方が家に入った後だからであり、その立場から孤独だった彼に当時の澪が彼を守る意味も込めて『弟』と彼のことを決めたからである。それもあって澪のことは心の底から信頼しており、だからこそ澪の身を案じている。

 芯の通った立ち振る舞いからどうしてもそちら側の人間に見えるが、一応真っ当な人種である。

 

 ちなみに、彼がプロとなったのはとある女性が理由だとか。

 

 

・神崎アヤメ(かんざき あやめ)

 性別/女 所属/東京アロウズ

 使用デッキ/剣闘獣

 

 名門チーム東京アロウズの副将レギュラーにして、昨年度リーグ新人王。

 ドラフト入団時の順位は決して高くはなかったが、シーズンが始まるや否や頭角を現し、新人でありながら副将のレギュラーをその手に掴んだ。その堅実で詰将棋を思わせる戦術から『玄人』と呼ばれ、若い世代よりも少し上の世代にこそ人気がある。

 

 元アカデミア本校の生徒で、当時は(彼女が在籍していた頃は女子も寮分けがされていた)ラーイエロー寮に所属していた。少々真面目が過ぎる嫌いがあるが、その実直さ故に周囲からの信頼は厚い。また、選手でありながらスカウトマンとしての仕事もしており、将来を期待して十代、祇園の両名に注目している。

〝ルーキーズ杯〟では、というより作中を通して祇園が唯一勝利を得た『格上』のデュエリスト。それもあってか彼女の祇園に対する期待は高く、時折彼女の方から祇園には連絡をしているらしい。

 

 ちなみに『剣闘獣』はそのシステム上扱い難いというレッテルが貼られ人気がなかったのだが、彼女の活躍もあって主要パーツが軒並み高騰した。こういうところがDMの恐ろしいところである。

 

 

 

・皇清心(すめらぎ せいしん)

 性別/男 所属/

 使用デッキ/聖刻龍、炎星

 

 日本五大タイトルの一つである〝弐武〟を冠し、〝日本三強〟に数えられる実力者。

 日本DMの創世記より最前線で戦い続けており、彼と時代を同じくする者がほとんど残っていないことから〝日本DM原初の大物〟と呼ばれる。この呼び名はあまりにも多くの異名を与えられた彼が最後に辿り着いた終着点と言え、それほどまでに彼の力は凄まじいモノであった。世界ランキング三位という破格の順位を背負い、海外では〝軍神〟とも呼ばれている。

 現日本ランキング1位にして、五大タイトルの内の三つを預かるDDがかつて四つのタイトルを有しグランドマスターまであと一歩だった際、それを遮り続けてきたのが彼。逆に皇清心がかつてグランドマスターに最も近付いた際に最後のタイトル〝壱龍〟を獲得するのを遮ったのがDDであり、今でこそ直接対決はほとんどないがこの二人には浅からぬ因縁がある。

 

 如月宗達の選んだスタイルのある意味では完成系。その暴虐的な意志は精霊を捻じ伏せ、従え、力へと変えてしまう。皇清心曰く、「これが選ばれなかった者が唯一選べる選択」だった。

 最強の一角であり、彼を倒せないということは時代は創世記のままで止まっていると言える。

 

 如月宗達はかつての自分に似ているとして面白半分にちょっかいをかける。この男にとって他人の人生など慮るものではない。宗達に絡んでいるのも所詮は気まぐれである。

 

 

 

・本郷イリア(ほんごう いりあ)

 性別/女 所属/スターナイト福岡

 使用デッキ/炎王、ラヴァル

 

 スターナイト福岡でレギュラーを張るプロデュエリスト。

 桐生美咲が横浜スプラッシャーズに入団するのとほぼ同時期にスターナイト福岡に入団し、以来公式の大会で幾度となくぶつかり合ったという経緯から彼女のライバルとして認知されるようになった。本人にとってはそれで認知度も上がり、人気も出たので内心桐生美咲には感謝しているらしい。

 

 炎属性のデッキを使い、かつてはバーンを中心としたデッキを用いていた。父がカードのデザイナーをしており、その父が生み出したカードの強さを証明するため、また、自分自身の強さを証明していくために戦っている。

 気の強い女性だが、だからこそ桐生美咲とは相性が良い。

 

 冷静に考えれば桐生美咲とは10も歳が離れており、彼女の年齢なら彼氏の一人や二人いていいはずなのが浮いた話は全くなく、本人も割と気にしている。

 

 

 

・二条紅里(にじょう あかり)

 性別/女 所属/デュエルアカデミア・ウエスト校

 使用デッキ/植物デュアル

 

 デュエルアカデミア・ウエスト校デュエルランキング一位にして、生徒代表。

 DMに特化しているわけではないとはいえ、専門学校であるウエスト校でトップに立つ女傑。その実力はかの〝祿王〟も評価し、ドラフトでも注目を浴びる人物。まあ要は本校における『帝王』の立場なので、当然と言えば当然だが。

 

 二年時よりランキングのトップに君臨し、IHの個人・団体共に上位に食い込む実力者。特に今年の春に行われた春季大会では個人戦で見事近畿大会一位を勝ち取った。〝ルーキーズ杯〟でこそ桐生美咲に敗れるものの、その将来は期待されている。

 基本的に呑気でやる気を疑われるような立ち振る舞いだが、彼女は〝祿王〟に折られなかった数少ない人物の一人であり、現在進行形で烏丸澪と友人であり続けている稀有な人物であるということを忘れてはならない。

 

 

 

・菅原雄太(すがわら ゆうた)

 性別/男 所属/デュエルアカデミア・ウエスト校

 使用デッキ/ライトロード

 

 アカデミア・ウエスト校における№2。

 あらゆる意味で正統派の高校生であり、努力と結果が釣り合った道を歩んできた人物。そういう意味では先に仮定した〝天才〟とは言わずとも〝秀才〟と呼べるだけの才覚を有していると言えるだろう。

 

 ランダム性の高いライトロードを難なく扱い、夢神祇園を一度は正面から捻じ伏せた。細かいことにはあまり悩まず、今打てる最善を常に選択しようとする彼の戦術はライトロードと噛み合っているのだろう。実際実力は評価されており、ドラフト候補である。

 

 夢神祇園にとっては良き先輩だが少々軽い部分が目立つ。新井との会話は最早漫才。まあ関西人なので多分普通。むしろ軽いレベル。

 



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第六十四話 忍び寄る過去

 

 

 

 

 今年のアカデミア本校における文化祭は大々的に行われ、今までなら一日で終わっていたものを二日間行うこととなっている。

 その理由は表向き〝ルーキーズ杯〟やノース校との対抗試合で認知度の高くなっている本校を更に周知させるための一般開放とイベントのためということになっているが、その実態は違う。今こそ沈静化されているが、いつまた燃え上がるかわからない不祥事を覆い隠すためのイメージ作りというのが現実だ。

 とはいえ、学生たちにしてみれば祭が二日になることは何も悪いことではない。その準備は大変だったが、実際にその日が訪れると否応なしにテンションが上がるものだ。

 それは、最下層の寮であるオシリスレッドに所属する生徒たちも同じである。

 

 

「祇園ちゃん、それじゃあここはお願いね」

「はい、お任せください」

 

 購買部の責任者であるトメに言われ、祇園は頭を下げる。人手が足りないせいでギリギリになったが、どうにか屋台は組み上げることはできた。机と椅子もバッチリである。

 

「それにしても、ごめんねぇ。祇園ちゃんの寮の準備もあるのに」

「いえ、あっちはまあ……多分、どうにかなってるはずですから」

 

 オシリスレッドの出し物は仮装デュエルだ。とはいえアレに使用する衣装は使い回しであるし、実は準備するようなことはあまりない。

 祇園は屋台の中に置いてある食材のチェックを始める。自分にとっては初めての文化祭だ。手探りなことは多い。特にここはステージの近くであるため、予定されているイベントが始まるとかなり混雑するだろう。

 

(任された以上は頑張らないと)

 

 売上如何によってはボーナスも出ることになっている。正直お金に関してはいつもギリギリなので、本気で頑張りたいところだ。

 屋台は他にラーイエローの生徒も行っているが、場所の点では祇園の方がいい場所だ。とりあえず、もうすぐ一般参加者を乗せたフェリーが到着するはずなので、その前に準備を終わらせなければ。

 とはいえ、事前に準備は大方終えている。後は鉄板に火を通すだけだ。

 

「お久し振りです、夢神さん」

 

 不意にそんな声が聞こえてきた。振り返ると、そこにいたのは見覚えのある人物。

 ――神崎アヤメ。

 昨年のプロリーグ新人王であり、〝ルーキーズ杯〟において祇園を助けてくれた人物だ。アヤメは礼儀正しく一礼すると、屋台の中を眺めて言葉を紡いだ。

 

「夢神さんは屋台を出されるのですね」

「あ、は、はい。ただその、まだ準備は出来ていなくて……」

「いえ、それは大丈夫です。まだ時間も早いですし。ただ、よろしいのですか? 屋台をしているということはイベントには参加できないでしょう?」

 

 舞台の方へと視線を送りつつアヤメが言う。祇園は苦笑を零した。

 

「いえ、流石に僕は選ばれないと思うので……」

「それはないと思いますが……まあいいでしょう」

 

 息を吐き、アヤメは言う。そして、こちらを真剣な瞳でこちらを見つめてきた。

 

「――いい瞳をするようになりましたね」

 

 そのまま、アヤメは微笑を浮かべる。どことなく、嬉しそうに。

 

「何かがあったのでしょう。男子三日会わざれば括目して見よ、とは言いますが。……その目を見る限り、不幸にはなっていないようですね」

「不幸なんて、有り得ないです。僕は本当に、恵まれています」

 

 諦めることもなく、屈することもなく。

 前を向いていられるのはきっと、周りの人たちのおかげだから。

 アヤメはそんな祇園の顔を眺めると、良かったですね、と呟いた。

 

「本当に良かったと、そう思います」

「ありがとう、ございます」

 

 その言葉に、アヤメはええ、と頷いた。

 

「力になれるようなことがあれば、いつでも頼ってください。私はいつでも力になります」

 

 アヤメの微笑と、ほぼ同時に。

 フェリーの汽笛が、島内へと鳴り響いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「お久し振りです、遊城さん!」

「おお、妖花も来たのか。久し振りだな!」

「よーっす。十代、元気にしてたか? メールで怪我したっつってたけど」

「おう、もう元気バリバリだぜ新井さん!」

「ならいいんだがな。無茶すんなよ? お前馬鹿なんだから」

「酷ぇ!?」

 

 

「みーちゃん、久し振り~」

「ども姐御、授業出んでええんですか?」

「やあ、紅里くんに菅原くん。久し振りだな。授業については大丈夫だ。元々私は授業を免除されている」

 

 

「万丈目さん、お元気そうで何よりです」

「千里か。聞いているぞ。ちゃんと№1を維持しているとな」

「はい。万丈目さんのご指導のおかげです」

「謙遜するな。お前の実力だ」

「ありがとうございます。……あの、またデュエルをして貰えますか?」

「ああ。それなら丁度いい。俺の寮の出し物の場所でデュエルはできるぞ」

 

 

「あっ、宗達兄ちゃんだ!」

「兄ちゃん久し振りー!」

「あん? なんだオマエら、海渡ってアメリカからわざわざ来たのか?」

「叔父様が手配して下さったのです。自分はいけないので代わりに行ってくるといい、と」

「珍しいなまた……。てかレイカ、あんたもいいのか? 留学中なんだろ?」

「今日と明日は休みなんです。それに、来年はこの子たちを日本に受け入れることが叔父様のおかげでできるようになったので……」

「ああ、それで日本語覚えてんのか。やるなオマエら。発音ちょっとおかしいけど」

「兄ちゃんデュエルしよう! 兄ちゃんの出し物デュエルなんだろ!?」

「落ち着け。デュエルはしてやるから。とりあえず会場にだな――」

「――宗達、その方は誰なのかしら?」

「――――――――」

 

 

 ごく一部を除き、割と平和な光景だ。その様子を眺めながら、桐生美咲はうんうんと何度も頷いた。

 

「いやぁ、青春やねぇ」

「あんたも歳変わんないでしょ」

 

 その言葉に反応したのは側にいたプロデュエリスト――本郷イリアだ。その表情には呆れが宿っている。

 彼女とアヤメの二人は今日行われるイベントのため、ヘリで先に本島を訪れていた。午後からのイベントはKC社発案の依頼であり、テレビも入ることとなっている。そうなると、人気もあってそれなりにやれる人物がいた方がいい。

 

「それにしても、上手くいくのこのイベント? いきなりこんな大がかりなことして」

「大丈夫やよ。ネットで参加募集募ったら大勢申し込みがあったし。まあ、出られるんは一握りなんやけど」

「リスト見たけど、大概なのが揃ってるわね。新井智紀、二条紅里、菅原雄太……外からならこの三人だけでもかなりのモノでしょ?」

「だからスカウトマンも大勢来とるみたいやで? さっきイリアちゃんとこのスカウトさん見たよ」

「まあ、だからアタシも引き受けたんだけどさ」

 

 肩を竦めるイリア。そして彼女は一度息を吐くと、それで、と言葉を紡いだ。

 

「今度は何を悩んでんのよ?」

「……何の話や?」

「とぼけるならそれでもいいわ。ただ、それならアタシを巻き込むのはやめて。……考え事してる時、あんた大体人と視線合わせないからね。その癖直した方がいいわよ?」

 

 そして、こちらの返答を待たぬままに立ち去っていくイリア。それを見送り、ふむ、と美咲は息を吐いた。

 

「付き合い長いとこういう時面倒臭いなぁ。……まあ、ウチが悩んだところでどうしようもあらへんのやけど」

 

 嫌やなぁ、と呟いた。

 

「ホント、嫌な想像ばかりしてしまう」

 

 

 島の喧騒が、広がっていく。

 今日は祭。何かが……起こる日だ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 結論から言うと、屋台は大成功だった。売り上げという意味では。

 逆に段取りは最悪だったと言える。一人でごった返す客を捌けるはずもなく、偶然その場に居合わせた妖花と新井に好意で手伝って貰い、更には菅原を新井が呼んでくれたことでどうにかまともに営業できるようになった。

 そして現在。午後のイベントが始まる頃に材料も切れ、他の屋台がまだ営業している中で一足先に閉店作業を行っている。

 

「すみません、ありがとうございます」

 

 屋台を片付けつつ、机に座って休んでいる三人に声をかける。新井がいいよ、と軽く手を振った。

 

「それなりに面白かったし。こういうのは久々だ。大学じゃやんなかったから、高校以来だな」

「はいっ、私も楽しかったです!」

 

 妖花も笑顔で頷いてくれる。隣で突っ伏すようにしている菅原もあー、と気の抜けた返事をした。

 

「たまにはええよ、こんなんも。イベントまでのええ時間潰しになったわ」

「すみません、バイト代は必ず用意しますので……」

「いやええよそんなん」

 

 顔を上げ、当然とばかりに首を振る。でも、と言う祇園に被せるようにして新井が言葉を紡いだ。

 

「先輩としてちょっといいとこ見せた、ってことにしといてくれ。どうしてもってんなら妖花に俺の分もやってくれればいい。小遣いみたいなもんだ」

「えっ? そんないいです! 気にしないでください!」

 

 慌てて首を左右に振る妖花。祇園はごめん、と妖花に頭を下げた。

 

「後で必ず用意するから」

「い、いいですいいです!」

 

 妖花は首を振るが、折角の文化祭でこんなことをさせてしまったのは本当に申し訳ない。後で何かしらの埋め合わせをしなければ。

 とりあえず、自分を含め四人分のジュースを用意してテーブルに腰掛ける。そろそろ時間だな、と新井がステージを見ながら呟いた。妖花がチラシを見ながら新井へと言葉を紡ぐ。

 

「えっと、チーム戦のイベントなんですよね?」

「まずは事前申し込みした連中での勝ち抜き戦だな。先着16人。先に七つ勝ち星手に入れた奴が予選通過だ。で、その十六人を予選通過の順番で振り分けて四チームでバトルロイヤル形式で戦うわけだな」

「大がかりやなぁ、しかし」

「チーム束ねんのはプロ四人だしな。そりゃテレビも来るっつー話だよ」

 

 会場を映す準備をしている者たちを眺めつつ新井は言う。成程なー、と菅原が気の抜けた調子で返答しているが、彼らは気付いていない。新井智紀、菅原雄太という今期ドラフト候補に加えかのペガサス会長の秘蔵っ子である防人妖花、そして〝ルーキーズ杯〟準優勝者たる夢神祇園という話題性抜群の四人が集まっているこの場の注目度に。

 

「しかし、何でこんな大がかりなことするんやろ。なあ祇園、確かアカデミアの文化祭ってこんな派手やなかったやろ?」

「は、はい。ただ、美咲が言うにはKC社からの指示だそうで……」

「そうなんですか?」

「うん。そう言ってたよ」

「……何となくだが、思惑は見える気がするなぁ」

 

 ポツリと新井が呟くが、視線を向けると彼は肩を竦めた。そのまま、まあ、と言いながら立ち上がる。

 

「楽しいんならそれでいいさ。さて、そろそろ開始だ。参加しようぜ」

「お、せやね。よっしゃやるでー! 目指すは一位通過や!」

 

 それに追従するように菅原も立ち上がる。祇園と妖花も立ち上がり、人が集まり始めた会場へと足を踏み入れた。

 懐かしい、と思う。こういう、不特定の人間とデュエルをこなす状況。それは、〝ルーキーズ杯〟の参加者を決める選考会をウエスト校で行ったあの時以来だ。

 

(時間なんて、ほとんど経っていないはずなのに)

 

 月日で考えればほんのつい先日のことだ。選考会もだが、〝ルーキーズ杯〟もつい最近のこと。

 

(……どうなんだろう)

 

 懐かしいと、そう思えることは。

 良いことなのだろうかと、そう思った。

 

 

『それでは、開催いたします!』

 

 

 どこか遠くに、その声を聴きながら。

 夢神祇園は、一歩を踏み出す。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

『それでは、予選通過者とチームを発表します!』

 

 予選が終了し――誰もが次へ次へとデュエルを求める地獄絵図だった――全員が落ち着いた状態で結果発表が行われる。ステージ上には烏丸澪、桐生美咲、本郷イリア、神崎アヤメの四人がすでに立っていて、準備は終わっている。

 ステージ上にある巨大スクリーンの映像が切り替わり、十六人の名前が映し出される。そこに書かれているのは――

 

『Aチーム(監督 烏丸澪)

     如月宗達、菅原雄太、天上院明日香、紫水千里

 

 Bチーム(監督 桐生美咲)

     新井智紀、三沢大地、防人妖花、藤原千夏

 

 Cチーム(監督 本郷イリア)

     丸藤亮、夢神祇園、神楽坂祐樹、万丈目準

 

 Dチーム(監督 神崎アヤメ)

     二条紅里、遊城十代、藤原雪乃、レイカ・スメラギ』

 

 

 全四チームのメンバーが出揃う。思ったより均等に分けられているらしい。

 予選を通過できなかった者たちはここからは観戦モードだ。それぞれのチームのメンバーが集まり、作戦会議を始める。

 

 

「さて、私がチームを率いるわけだが……正直作戦などない。好きな順番で出て勝手に勝つといい。以上だ」

「いやせめて形だけでも監督しろよ。仕事だろ」

「そんなんでええんですか姐御?」

「所詮はお祭だ。まあ、勝てばパックを一人ずつボックスで賞品としてくれるらしいぞ? 頑張るならその方が良いのは確かだがな」

「うわ本読み始めたでこの人」

「仕方ないですね……。菅原さん、どうしますか?」

「えーと、天上院さん、か。んー、ゆーても普通にやればええんちゃうの? あの名前順通りで」

「わ、私が大将ですか?」

「あー、流石に自分に負わせんのもあれやな……。じゃあ、俺と紫水さん入れ替えで。ライフ調整はまあ、できたらでええやろ」

「とりあえず当たって砕けろだろ。正直新井智紀とか相手じゃ分が悪いし」

「でも、やるからには勝ちたいわね」

「はい。勝ちましょう」

「よっしゃ、頑張るで!……つか自分、如月ゆーたっけ? 何でずぶ濡れなん?」

「…………黙秘で」

 

 

 

「ほな、皆よろしゅう。早速やけど、先鋒は新井さんな」

「了解ッス。一応理由聞いても?」

「澪さん適当やから多分書いてある順番通りで来るやろし、イリアちゃんとこは堅実に丸藤くん出してくるやろ。で、アヤメちゃんとこは多分十代くんが最初に出たがるやろから力でその辺押し切れる新井さんが適任や」

「成程、了解ッス」

「で、次鋒は千夏ちゃん。先鋒戦次第やけど、スキドレが刺さるデッキの子が多いから二番手でじっくりな。勝てへん相手やないから」

「はい。わかりました」

「気負い過ぎんようにしときや? お祭やし、楽しまなアカンよ。どうせならお姉ちゃん倒すくらいでやろう。……で、三番手。ここで妖花ちゃんや。特殊勝利は全員のライフ0扱いがバトルロイヤルのルールやから、負けてても一気に順位変えられる可能性あるよ」

「は、はいっ。でもその、揃えられなかったら……?」

「状況次第やけど、相手見てギフトカードやら成金ゴブリン使ってライフ調整や。このバトルロイヤルは勝敗の数やなくて四人のうちの誰かが脱落した時点でそのデュエルは終了、その残りライフを四戦合計して勝敗を決めるから、状況次第で負けてるとこ引き上げたりしてくれた方がええな」

「わかりました、やってみます!」

「お願いな。で、三沢くん。大将っていう一番厳しいポジションやけど……」

「状況次第ですね。場合によってはライフ調整も必要になります」

「うん。先鋒はバチバチのエース対決になりそうやし、三沢くんにしかその辺の細かいのは任せられへんのよ」

「大丈夫です、お任せください」

「よし。――ほな、勝つよー!」

 

 

 

「それじゃあ、よろしくね。早速だけど丸藤くん、あなたには先鋒で出てもらうわ」

「はい。わかりました」

「頼むわね。多分先鋒はエース対決になると思うから。それで、次鋒だけど万丈目くんお願いしてもいいかしら?」

「お任せ下さい」

「ええ、期待してる。次鋒の結果で流れは決まると思うから、重要よ。それで、三番手だけど神楽坂くん、任せるわよ」

「は、はい」

「多分、ここが一番狙いどころだと思う。ここでしっかりライフ調整をして欲しいの」

「わ、わかりました。頑張ります」

「それで、夢神くん。大将の大役、任せても大丈夫?」

「ぼ、僕で大丈夫ですか……?」

「〝ルーキーズ杯〟準優勝。実績は十分よ」

「大丈夫だ、夢神。お前なら安心して後ろを任せられる」

「安心しろ夢神。この万丈目サンダーが圧倒的な差をつけておいてやる」

「頑張ろうぜ、夢神」

「は、はい。……頑張り、ます」

 

 

 

「では、順番を決めたいのですが、希望はありますか?」

「はい! 俺一番手が良いです!」

「お~、やる気だね~」

「まあ、十代のボウヤなら適任じゃないかしら?」

「私は出来れば二番手でお願いしたいのですが……。正直、場違いな気がして」

「では、遊城さんが一番手、スメラギさんが二番手で。お二人に希望はありますか?」

「そうねぇ……私はどちらでもいいけれど」

「私は最後がいいかな~」

「では、三番手に藤原さん、大将に二条さんでいきましょう」

「くーっ! ワクワクするぜ!」

「十代のボウヤにライフ調整なんて無理そうだし、こっちでその辺はどうにかするしかないわねぇ」

「一人だけを落としても他も健在なら差はつかない……難しいルールですね」

「大丈夫だよ~。どうにかなるなる~」

「お任せします。全力で戦ってきてください」

「…………ところで、本当に宗達とは何もないのかしら?」

「命の恩人ですし、あの子たちの恩人でもありますが……それだけですよ?」

「そ。ならいいわ」

「――どうやら、始まるみたいですね」

 

 

 そして、祭りが始まる。

 多くの歓声に、包まれた中で。

 

 

 

 

 

 

 デュエルは過酷を極めた。四人同時に向かい合うバトルロイヤル。一人のLPが0になった瞬間にその戦いは終了で、その際の残りLPをポイントとして加算していく。四戦目が終わった時点でポイントが一番高かったチームが優勝。

 このルールの肝は勝敗はあまり重要ではない点だ。要はいかに自分のLPを守り切るかが重要であり、相手のLPを見て誰を攻めるかを決めなければならない。

 そのため必然的に攻めの手が分散し、膠着状態となる。……ハズなのだが。

 

 

「戦略も何もあったもんやなかったな」

「先手必勝。他が躊躇している間に誰か一人を叩き潰す、か」

「出し惜しみする気は全員全くなかったわね」

「ライフ調整どころか、とりあえず場の空いた相手に攻撃しに行っていましたね」

 

 試合が終わった後の監督四人の会話である。当初の予想は大きく外れ、文字通り凄惨なバトルロイヤルが繰り広げられた。誰かのライフが低い、もしくは高い――などという考えは一切無視。とりあえず倒せる相手を全力で倒しに行こうという思考の下、ほぼ全員が初手からの全力展開を行ったのだ。

 結果、ほとんどの試合が速攻で決着となる。当たり前かもしれないが。

 

「結局優勝はアヤメさんのチーム、と」

「ありがとうございます」

「ある意味一番堅実だったし、当然と言えば当然かしら?……まあ、あの十代って子はどうかと思うけれど」

「初手アライブからのスカイスクレイパーとフレイムウイングマンのコンビネーション。あれで〝侍大将〟のライフを大きく削ったな」

「それを見てライフ調整した新井智紀は流石だけど、あそこで帝王を中途半端にライフポイントを削るにとどめたのが失策だったわね」

「最終的にサイバー・エンド・ドラゴンをパワー・ボンドで召喚して捨て身で十代くんのライフを削り切る、と。ライフで見たら新井さんの勝ちやけど、流れは丸藤くんのモノやったな」

「力で速攻、単純ですが強力です」

「初戦からあんなものを見れば、まあ確かに荒れるだろうが」

 

 見事な試合だったのは間違いない。勝敗は紙一重だ。

 全員がきっちり輝いていた。それは無論、あの少年も。

 

「さて、祭りはまだまだこれからだ。楽しめる分は楽しむとしよう」

 

 薄く微笑み、外を見る。

 いい天気だ、本当に。そしてだからこそ、彼女は失念していた。

 

 ――一つの過去が、迫っていることを。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 楽しかったな、と祇園は屋台のゴミを棄てながら思った。あまり活躍は出来なかったが、それでもこういったイベントは楽しいとそう思う。

 

「楽しかったですね、祇園さん!」

 

 ゴミ捨て場から出ると、妖花が満面の笑みで待っていてくれた。その言葉に、うん、とこちらも笑みを返す。

 

「楽しかった。大将なのは正直かなり緊張したけど……」

「でも、祇園さんは活躍されていましたよね?」

「それを言うなら妖花さんの方こそ。エクゾディア、あの状況で揃えたんだし」

「いえ、私のライフもギリギリだったのであまり貢献はできませんでしたから……」

「ううん、あの状況だとそれが最適解だよ。実際、ほとんど二戦目とライフ差が動かなかったからかなり四戦目は難しかったしね」

 

 祇園自身もただ勝つだけでは駄目な状況に追い込まれていたため、選択肢がかなり減ったのも事実だ。更に相手は紅里、菅原、三沢の三人である。三人とも、下手な策なら簡単に潰してくる。

 最終的に紅里が連続シンクロを決め、場を完全に制圧して来たのでどうにもならなかった。正直、妖花にはしてやられたと思う。

 

「ありがとうございます」

 

 えへへ、と妖花は笑う。純粋な子だ、本当に。そして優しい。

 礼を言うべきなのはきっと、こちらの方なのに。

 

「とりあえず、レッド寮の方に行こうか。途中にイエロー寮の屋台もあるはずだし、できれば美咲と澪さんとも合流して――」

 

 妖花と並ぶように立ち、歩き出しながら紡ごうとした言葉。

 その先が――途切れて、消える。

 

「……祇園、さん?」

 

 立ち止まり、言葉も止めた自分に妖花が疑問の声を向けてくる。だが、それに応じる余裕はない。

 目の前に立つ、一人の男性。彼から、目が離せない。

 

「――――」

 

 ドクン、と心臓が高鳴った。全身から汗が噴き出しているのがわかる。口の中が乾き、声が出ない。

 

 どうして、と思った。

 何故、と思った。

 

 先程までの楽しい気分など、とうの昔に消え去っていた。

 

「久し振りだな」

 

 傍目から見ればにこやかで。

 祇園から見れば、その真逆の意味を持つ顔で。

 その男が――歩み寄ってくる。

 

「お前が家を出てから随分心配したぞ。元気でやっているようじゃあないか」

 

 嘘吐き、とは言えなかった。

 あなたが追い出したのだろうと、言えなかった。

 

「聞いたぞ? プロからスカウトされたらしいじゃないか。アカデミアに通おうとしていると聞いた時は反対したが、早計だったようだ。立派なもんだ。兄さんもきっと、天国で喜んでいる」

 

 嘘吐き。うそつき。ウソツキ。

 あなたは、一度だって。

 たったの一度だって、僕に意識を向けたことはなかったじゃないか――

 

「あ、あのっ」

 

 不意に、妖花がどこか遠慮がちに言葉を紡いだ。ん、と男が妖花に視線を向ける。

 

「キミは……、ふむ、見覚えがあるな」

「さ、防人妖花、です。あの、祇園さんのお知り合いの方ですか……?」

「知り合いも何も、不本意ながらそれの叔父だ。私の兄がそれの父親でね。事故の後、彼を引き取ったのが私だよ」

 

 ビクッ、と妖花の体が震えた。彼女に祇園は自身の過去について語ったことはない。だが、わかるのだろう。この男の笑みの意味が。

 どうしようもない程に醜悪な、この男の本質が。

 

「しかし、プロになるためにはお前の年齢では後見人が必要なはずだ。何故私に連絡しない? 知人から伝え聞いて恥をかいたぞ。知らないのか、とな」

「…………ぼ、僕は……まだ……」

「何だ?」

「ま、まだっ……プロには……」

「――ならない、と言うつもりか?」

 

 体が震えた。思わず、体を両手で抱き締めてしまう。それでも逃げることはしない。できない。妖花を庇うようにして立ち、どうにか堪える。

 怖い。怖い。怖い。

 

「甘えるな。今がチャンスだろう。アカデミアなどさっさと退学してプロになれ。全く、誰が育ててやったと思っている? 私に逆らうつもりか?」

「――――ッ」

 

 手を伸ばされ、思わず身を引く。ふう、と男はため息を吐いた。

 

「お前のマネジメントは私がしてやる。私と共に来い。大体、ここでもお前は一番下の寮に通い、その上アルバイトまでしているそうだな? 私にこれ以上恥をかかせるな」

「…………」

 

 祇園は動かない。それに苛立ったのか、男はいい加減にしろ、と静かに告げた。

 

「また教育してやらなければわからないか」

 

 ――限界、だった。込み上げてくるモノを堪え、口元を押さえる。体が支える力を失い、膝をつく。

 

「祇園さん!?」

 

 妖花の声が聞こえるが、応じる力はない。頭が熱い。体が熱い。何も見えない。荒い息を吐く音だけが響き渡る。

 

「何だ、覚えているんじゃないか」

 

 それなのに、その男の声だけは聞こえてきて。

 思わず、身を竦めるようにして耳を塞ぐ。

 

 ――嫌だ。

 

 聞きたくない。見たくない。あんなのは、もう。

 

「無駄だ。お前は逃げられん」

 

 耳を塞いでいるのに、目を閉じているのに、どうして。

 どうして、聞きたくもない声が、姿が。

 こちらへと歩み寄ってくる音。逃げなければならない。でも、体が動かない。刻まれた恐怖が、それを許さない。

 

 

「…………キミは誰かな?」

 

 

 だが、その手がこちらに届くことはなかった。

 影。目の前に、誰かがこちらを庇うように立っている。

 

「夢神の先輩だよ」

「右に同じく」

 

 次いで聞こえてきた声と共に、背中が優しく撫でられる。この声は、新井と菅原か。

 

「どいてくれないか? それは私の家の子供だ」

「父親なんか?」

「いや、叔父だ。それの両親は他界している」

「それで、あんたが親代わりと」

「そういうことだ。何かおかしいかな?」

 

 どこか嘲笑うように言う男。菅原が拳を強く握り締めた音がした。

 

「何が、やと? 逆におかしないとこを言うてみろや。夢神は怯えとる。少なくとも普通の状況やないやろ」

「ふむ。それで?」

「あァ? 頭湧いてんのかおっさん。俺は――」

「――それで、キミたちに何ができる?」

 

 変わらず、嘲笑を込めたままに。

 男は、告げる。

 

「これは家族の問題だ。部外者は関わらないでくれ」

「何やと!? おっさん――」

「菅原。黙れ」

 

 激昂しそうになる菅原を止めたのは新井だった。そのまま、こちらの肩を新井が軽く叩く。

 

「夢神、大丈夫か」

「…………ッ、はっ」

 

 胸が苦しい。意識が揺れる。どうにか新井の手を掴むことしかできない。

 新井は舌打ちを一つ零すと、菅原、と言葉を紡いだ。

 

「ビニール袋持って来い」

「あァ? 何で――」

「妖花も一緒にだ! 急げ!」

 

 一喝され、菅原は数瞬迷いを見せてから妖花の手を引いてこの場を離れた。新井は再び視線を男へ向け、なぁ、と言葉を紡ぐ。

 

「あんた、祇園の家族なんだよな?」

「ああ、そうだ」

「……俺の両親は忙しい人たちだからな。あんま構ってもらえなかったし、今もそうだ。けどよ、『こう』はならねぇ。こんな風にはならねぇよ。あんた、夢神に何をした? いや、違うな。――何をしてきた?」

 

 答えろ。

 新井は、静かに告げる。ふっ、と嘲笑するように男が嗤った。

 

「部外者に何かを話す理由はない。――今日の夕方六時発の便で帰る。遅れるな」

 

 そして、男は立ち去っていく。それと同時に、目の前が真っ白になった。

 

「夢神? おい!」

 

 声は、遠く。

 意識が――途絶えていく。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 あったことを話せるほどに、自分は強くない。

 だから、黙っているつもりだった。聞かれても、誤魔化すつもりで。

 ――けれど。

 その人は、何も聞かずにいて。

 

「過呼吸でぶっ倒れたみたいだな。原因は多分ストレスだ」

 

 その人は、腕を組みながらため息交じりにそう言った。すみません、と言葉を紡ぐ。

 

「ご迷惑を、おかけして」

「そこは気にするようなことでもないだろ。後輩ってのは先輩に迷惑かけてナンボだ。先輩ってのは後輩を助けるのが役目で、それがどれだけできるかがソイツの度量。後輩に当たり散らすようなのはただのクズだよ」

 

 だからいいさ、と新井は言った。

 ……沈黙が、流れる。

 互いに何も言わず、しばらくの時間が過ぎた。その中で、あの、と祇園が言葉を紡ぐ。

 

「……何も、聞かないんですか?」

「聞いて欲しいなら聞くが、それだけだぞ。俺には何もできないからな。なのに無責任に聞かせてくれとは言えない。傍からどう見えようが、結局これはお前の家族の問題であり、それに対して俺はただの先輩であり友人だ。要するに部外者なんだよ。そんなのが首突っ込んでも碌なことにはならん」

 

 表情は真剣だ。だが、彼の言うことは非常によくわかる。

 これは結局、自分自身の問題だ。

 

「別にお前の力になりたくないってわけじゃねぇ。手ェ貸せってんなら手ェ貸してやる。だが、そのためにはお前自身がどうしたいかを決める必要があるがな」

「……僕は」

「桐生プロや〝祿王〟なら追い出したぞ。妖花もな。今回、あいつらは関わらない方がいい。下手に何かができるとな、何かしようとしてしまうんだ。だから今回は駄目だ」

 

 言い切ると、新井は口を閉ざした。手を、握り締める。

 どうしたいか、どうありたいか。その答えはもう、出ている。

 ――ただ。

 それをする勇気が、ないだけで――……

 

「……お前さ、学校辞めたいのか?」

 

 不意に、新井が問いかけてきた。彼はどこか穏やかな口調で更に言葉を続けてくる。

 

「ここは、楽しくないか?」

「……そんなこと、ないです」

 

 居場所が無くて、逃げるように唯一のいてもいい場所であったカードショップにいたあの頃。

 家はもうホームじゃなくて、いてはいけない場所だったあの頃。

 

「ここは、僕にとって――」

 

 残りたいと思った。だから、〝伝説〟に挑んだ。

 縁が切れたと思っていた。けれど、皆は温かく受け入れてくれた。

 ――そして、今も。

 

「――――」

 

 答えは、ある。すでに出ている。

 後は、ただ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 時間通りに、その男はそこにいた。少し離れた場所で立ち止まると、不機嫌そうな視線をこちらに向けてくる。

 

「遅刻しなかったことは褒めてやる。帰るぞ」

 

 体が震えた。当然のように言い放ち、こちらに背を向ける男。

 足が動かない。それに気付いてか、男は舌打ちを零した。

 

「グズグズするな。全く、昔から余計な手間ばかり――」

「――嫌、です」

 

 震えながら。怯えながら。

 それでも、少年は言った。

 

「僕はもう、あそこへは……行きません」

 

 帰る、ではなく。

 ――行く。

 それが、祇園の答え。

 

「……どうやら、再教育しなければならんようだな」

「…………ッ」

 

 苛立った声でそう言うと、こちらへと歩み寄ってくる男。逃げようとする心を押さえつけ、祇園は尚も言葉を紡いだ。

 

「あの場所は、僕の家じゃない。僕は、もう」

「お前の意志など聞いていない。帰るんだ。……誰にも望まれなかった子供であるお前を使ってやろうと言っているんだ。むしろ感謝してもらいたいものだがな」

「――――ッ!?」

 

 体が震えた。今、この男は何を。

 

「無知とは救いがない。お前の母親と結婚するために、兄は本家から放逐された。それも全てお前のせいだ。お前が生まれてしまったから、兄は己のなにもかもを捨てた。お前さえいなければ、時間をかければ、或いは兄は捨てることはなかったかもしれないというのに」

 

 視界が揺れた。気が付いた時には地面が眼前に迫り。

 殴られたと気付いたのは、地面に倒れ、頬に痛みが走ってから。

 

「お前さえ生まれなければ、兄も……あの女も或いは幸せになったかもしれない。望まれなかった子供なんだ、お前は。ならばその償いぐらいはすべきだろう?」

 

 少しだけ、納得がいった。

 この人が――この人の家族が、自分の名前を呼ばない理由も。

 一度だけ会った、祖父と呼ぶべき人物から罵倒されたことも。

 まるで、夢神祇園という存在は初めからいなかったかのように扱われたことも。

 

「立て。お前の意志など関係ない。お前がすべきなのは償いだ」

「……ッ、嫌だ……ッ」

 

 首を振る。立ち上がる力はない。苛立たしげな舌打ちが届いた。

 

「お前の意志など聞いていないと言ってるだろう!」

「嫌だ!」

 

 思い切り腹を蹴られた。その衝撃と痛みに蹲り、何度もえづいてしまう。そうして蹲っている自分の頭を、男が容赦なく踏みつけてきた。

 

「いい加減にしろ……! お前に逆らう権利はない。思い出させなければわからないか!」

「……嫌……だ……!」

 

 痛い。痛い。痛い。

 怖い。怖い。怖い。

 あの日々が、あのどうしようもない毎日が。

 何度も、フラッシュバックして――

 

「………………嫌……だ…………」

 

 けれど、屈することはもっと、怖かった。

 何も知らなかったあの頃とは大きく違う。だから、あの頃よりずっと怖い。

 

 知ってしまった。――僕にも、友達がいるんだと。

 知ってしまった。――僕にも、仲間がいるんだと。

 

 知ってしまった。――失いたくないモノが、あるのだと。

 

「う、あっ……」

 

 踏みつけている足を掴む。その瞬間、再び蹴り上げられた。

 視界はもう、何も映さない。どうした理由で零れたモノか、涙が全てを覆っていた。

 

「あまり俺を怒らせるな。……仕方がない。思い出させてやろう」

 

 思わず、目を瞑る。容赦のない暴力が、また。

 

 ――鈍い音が、響いた。

 けれど、その音の発生源は自分ではなく。

 

「……美咲……?」

 

 目の前で、自分を庇った美咲がその小さな体で男の拳を受け止めていた。

 

「美咲ッ!?」

「……ッ、いったぁ……!」

 

 地面に倒れつつもすぐ体を起こしながら言う美咲。そしてこちらを庇うように男を見据えながら、ごめん、と美咲が言葉を紡いだ。

 

「祇園が我慢してたから、ウチも手を出さないつもりやった。でも、嫌や。こんなん、耐えられへん」

「美咲……」

 

 自分よりも小さな体なのに、遥かに大きなその背中。どうして、とそう思った。

 どうして僕は、上手くできないのだろう――

 

「そうだな。よく言ったぞ、美咲くん」

 

 直後。黒服を着た男たちが現れ、祇園の叔父を拘束した。そして、悠然と一人の女性が歩いてくる。

 

「そして、よく耐えた。よく勇気を出したな、少年。キミのその姿は格好良かったよ。だが――ここから先は、大人の時間だ」

 

 口調こそ、いつもの通り。しかし、その身に纏う雰囲気に明らかな違いがある。

 

「離せ! 部外者が口を出すな!」

「悪いが、その求めには応じられんな。……本来なら、今すぐ貴様を海の藻屑にしてやりたいとさえ思う。だが、それはできない」

 

 男は言葉を発さない。僅か、十八。そんな女性に気圧されている。

 

「それでは少年が耐えた意味が無駄になる。だから、私は手を出さない」

 

 連れて行ってください――澪のその言葉に頷き、黒服が男を引きずるようにして連れて行く。

 その姿が見えなくなるまで、何も言わなかったのは何故なのか。それはわからない。

 だが今は、それよりも――

 

「み、美咲……、顔が……?」

「ん、ちょっと唇切ってしもたね。まあ、大丈夫大丈夫」

 

 口の端から零れた血を拭い、美咲は笑って見せる。祇園は思わず俯いた。

 

「……ごめん」

「ん、何が?」

「巻き込んだ」

 

 あの男は一切の手加減をしなかった。殴られた美咲の頬は赤く腫れており、そんな傷を負わせてしまったことに深く後悔する。

 どうしてだ。本当に、どうして。

 どうして、上手くできないのだ。

 

「ごめん、本当にごめん」

「……祇園が謝ることやないし、謝るんやったら別のことや」

 

 寮の掌で頬を掴まれ、強引に顔を上げさせられる。

 

「一人で頑張るのはええ。せやけど、これは違うやろ。たった一言で良かった。それだけで良かったんや。たったそれだけで、変わったはずなんや」

「そうだな。そこは責めよう。一人ではどうにもならないかもしれないと、そうキミはわかっていたはずだ。キミは真っ向から過去に立ち向かい、否と言った。それは勇気ある行動であったし、評価しようと思う。だが……そこから先は、別の話であるはずだ」

 

 それはわかる。自分でも上手くいかないことはわかっていた。

 けれど、だからこそ巻き込めなかったのだ。

 

「いい加減、理解して。祇園が傷ついてて、ウチが黙ってられるはずがないんや。それが親友や。迷惑なんて思わへん。大切なんや。大切な人なんや、祇園は」

「友というのはそういうモノだ。助け合うことに理由はいらない。たった一言でいい。その一言があれば、私は動くことができる。自惚れではないのなら、キミは私たちを大切に想ってくれている。それと同じぐらい、キミも私たちにとって大切なんだよ」

 

 嗚呼、と思った。

 そうか。そういうことなのか。

 想い合う。そうすることができる。そう思える人たちがいる場所。

 それが、きっと。

 

「……ごめん。それと――」

 

 あの頃にはなかった、居場所というもの。

 

 

「――ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

「――礼を言う。ありがとう」

「ありがとうございます」

「……〝祿王〟と桐生プロに礼言われるようなことした覚えはないッスけどね」

 

 夜。文化祭自体は明日まであるが、今日一日で十分として帰ろうとしていた新井に澪と美咲が揃って礼を言いに来た。新井としてはいきなりのことに少々戸惑ってしまう。

 

「キミがあの時言ったように、我々では少年に全てを委ねることはきっとできなかった。それでは何の解決にもならなかっただろう」

「いや、それはそれで正解だとは思いますけどね。ただまあ、やっぱ自分で決めないとなー、とは思うんで」

「本当にありがとうございます。祇園、色々話してくれて。自分のことはほとんど話さへんかったのに、話してくれて」

「そういやさっき言ってたッスね。まあ、いいんじゃないッスか? あんま偉そうなこと言えないけど、二人なら大丈夫って夢神も思ったんでしょうし」

 

 肩を竦める。祇園はあの後、ボロボロの状態で新井に礼を言いに来た。自分の言ったことは大したことではない。むしろあれは卑怯者の物言いだった。なのに、礼を言われた。

 

(偉そうなこと言ってても、結局これだしなぁ……)

 

 お前が決めろ――この言葉は、逃避だ。確かに祇園が決めるべきことではあったが、何かしらの選択肢は用意するべきだった。そしてそれができなかったのは、自分が未熟だから。

 

「いずれにせよ、明日はよろしく頼む」

「ん、了解ッス。夢神の方もきっちり見ときますんで」

「お願いします」

「いいッスよ。どうせ暇なんで。それに、今の夢神かなりヤバそうだし」

 

 少し離れた場所で座り込み、ぼんやりと宙を見ている祇園へと視線を向ける。彼は明日の文化祭を欠席して一日だけ本土に戻るらしい。理由はわからないが、その表情にはどこか思い詰めたモノを感じるのだ。

 

「…………」

 

 それについては、二人も口を閉じて押し黙る。彼がああなっている理由には心当たりがあるのだろうが、新井はそれについて聞くつもりはない。話してくれるのなら聞く。そういうスタンスだ。まあ、これも逃げなのはわかっているが。

 

(他人の人生背負えるほど偉くもねーしな)

 

 惚れた相手や心の底から信用する親友が相手ならともかく、祇園は期待をしているだけの後輩だ。新井は自嘲するが、こうして一定の線引きをするのも一つの真摯な考えではある。

 

「まあ、何かあったら連絡入れますんで。妖花もちゃんと送り届けますよ」

「すまないな」

「十分過ぎるほどバイト代も貰ってますし、いいですよ」

 

 それじゃ――そう言ってフェリーに乗り込む新井。彼は空を見上げ、呟く。

 

「……天涯孤独ってのは、どういう感覚なんだろうな」

 

 自らソレを切り捨てた少年は。

 一体、何を想うのだろうか――

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 自分は、何なのだろう。

 望まれなかった子供と、そう言われた。

 それは、真実なのだろうか。

 

 わからない。

 わかるはずがない。

 父と母はもう、いないのだから。

 

「…………」

 

 答えがわかるとは、思わない。

 ――けれど。

 行かなければいけないと、そう思った。

 

 









逃げることはきっと間違いではないですし、傷つくことがわかっているなら逃げることはきっと正解。けれど、逃げ切れるとは限らない。
夢神祇園という人物が選択した生き方は、きっとそういうものなのでしょう。



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第六十五話 忍び寄る闇、解なき問い

 

 きっと、誰かに聞いて欲しかったのだと思う。

 普段なら抱え込んで、黙り込んで、心の奥にしまいこんでいたはずのこと。

 でも、それはできなかった。

 それほどまでに、心は弱ってしまっていた。

 

「……正直、事故のことは覚えていないんです」

 

 アカデミア本島より本土に戻り、祇園の目的地へと向かう途中の電車内。彼ら以外にほとんど人がいないその場所で、ポツリと祇園は言葉を紡いだ。

 彼と向かい合う形で座っているのは防人妖花と新井智紀だ。片方はどこか不安げに、もう片方は真剣な表情で祇園の言葉を聞いている。

 

「気が付いた時には、僕は一人でベッドで寝ていて。その後、両親が亡くなったと聞かされました」

 

 あの時のことは今でも覚えている。自分一人だけが生き残ったというその事実が理解できず、帰る場所もなくなったのだということも理解できなかった。

 

「それからのことも、断片的に思い出せるだけです。ただ気が付いたら、僕の居場所はどこにもなかった」

 

 温かなモノは、何一つなくて。

 ただただ絶望の日々が、そこにはあった。

 

「……………」

 

 それ以上のことを、祇園は口にしない。否、できないのだ。

 よく口にするだけで楽になるという論理があるが、アレは半分が正解で半分が間違いだ。そもそも口にするという行為が労力を必要とするモノであり、そこで得られる楽というのは問題の先送りによるものでしかないためである。

 そして今回のことは、祇園にとってずっと抱え続けて来たことであり話すことのできなかったこと。そう容易く口にできるモノではない。

 

「……なあ、一つだけいいか?」

 

 新井が、真剣な表情で祇園を見据える。はい、と祇園が頷くと、新井はゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「両親はお前を愛してくれていたのか?」

「……わかり、ません」

 

 愛してくれていた、と思う。けれど、昨日聞いたこと、知ったこと。それを考えると自信はない。

 もしかしたら、両親は――……

 

「他人の家族の問題だ。深入りする気はねぇが。お前だけが生き残ったってのは、お前の両親がオマエを守ったからじゃないのか?」

「…………ッ」

「死人に口なし。だから真実はわからん。お前にわからないことが俺にわかるはずもない。けど、お前が生きてるってのはそういうことだろうと思うぞ。生き残ったのには理由があるんだ。遺されたのには理由があるんだ。そうじゃなくちゃ、いけないんだよ」

 

 後半はまるで誰かに言い聞かせるように言葉を紡ぐ新井。祇園は何も言葉を返せない。返すことのできるだけのモノを、持っていないのだ。

 電車の音だけが、嫌に響く。

 今の祇園には多くの大切なモノができた。しかし、かつての彼は桐生美咲と両親以外に大切なモノ、縋れるモノを持っていなかったのだ。その根底が崩れようとしている今、どうしてもその心には迷いが宿る。

 

 空は、嫌になるほどに蒼い。

 その蒼さがまるで空が自分を責めたてているかのように祇園は思えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 文化祭は初日以上の盛り上がりを見せている。各寮の出し物に始まり、KC社が用意した露店やイベントなど、例年に比べて明らかな違いがある。

 その光景を窓からぼんやりと眺めるのは、〝祿王〟の名を持つ女性――烏丸澪。その視線は現在、ステージ上で熱唱する一人の少女へと向けられている。

 

(プロの鏡だな、美咲くんは)

 

 仕事である、と言ってしまえばそれまで。だが、実際にそれができる者は多くない。人間である以上感情があり、感情がある以上割り切ることは難しい。

 だがそれでも、今の彼女はステージにおいて〝アイドル〟となっている。きっと誰よりも見て欲しいかったであろう相手がそこにいなくとも、それで手を抜くことはない。

 

(ならば、私も負けてはいられんな)

 

 少年のことは気がかりだ。あの男――祇園の叔父はあの後連行されたと聞いたが、そう容易く決着がつくような話ではない。ああいう手合いと縁を切るのは何よりも難しいのだ。

 だが、現状彼のために出来ることがないのも事実。ならば、今は己の務めを果たすだけだ。

 

「――お待たせして申し訳ない」

 

 扉が開く音と共に、そんな声が聞こえてきた。振り返ると、そこにいるのはスーツを着た二人の男性。

 万丈目長作。

 万丈目正司。

 現在急成長中の万丈目グループを仕切る兄弟だ。聞けば現在オシリスレッド寮に所属する万丈目準は彼らの弟らしい。澪としてはどうでもいいが。

 

「お待ちしておりましたノーネ」

 

 それを迎え入れたのは、アカデミア本校技術指導最高責任者クロノス・デ・メディチ。先のセブンスターズが一角、カミューラとの戦いで傷つきながら、教師としての責務を果たしている。

 

「〝祿王〟殿、お会いできて光栄です」

 

 クロノスと握手を交わした長作がそう言って澪に手を差し出してくる。だが澪はその手を一瞥すると、小さく微笑を浮かべた。

 

「その手を取るのは、この会談がまとまってからとしましょう」

「……成程、わかりました」

「そちらもお忙しい身と存じます。不要な前置きは抜きに、本題に入りましょうか」

 

 そう言うと、澪は先にソファーへと腰かける。クロノスが続き、向かい合うように万丈目兄弟もソファーへと腰かけた。

 

「それではビジネスの話といきましょう。要件は既に聞き及んでおられますか?」

「影丸理事長より委任を受け、また、療養中の鮫島校長の代理としてこのクロノス・デ・メディチ、既に話は承っているノーネ」

「海馬オーナーの依頼により、その代理として今回の件について全権を預かっている」

「ならば話は早い」

 

 そう言ったのは正司だ。澪はそんな彼に、結論から言おう、と言葉を紡いだ。

 

「『アカデミア本校の買収』――海馬社長は条件次第でそれに合意すると仰っています」

「条件、とは?」

「ここはデュエルの学び舎。ならばその管理者にも相応の実力が必要となる、というのが海馬社長の言です。――よって、デュエルでの決着をつけたいと考えています」

 

 澪が言うと同時に、クロノスが大きな茶封筒を机の上に置く。そこに納められているのは買収における契約書だ。

 

「金額や引き継ぎなどの話は既に行われている点より変更はありません」

「成程。その条件呑みましょう」

「話が早くて助かります」

 

 一礼する。さて、何も言われなければこのまま自分が相手になるという面倒な話となるのだが――

 

「しかし、デュエルというのであれば一つこちらからも条件を出させて貰いたい」

「条件?」

「デュエル自体に異存はありません。しかし、私も弟である正司もデュエルの素人。よってハンデを頂きたい」

「ハンデとは?」

 

 クロノスが問う。すると、長作は頷いて一枚の写真を取り出した。そこに写っているのは、見覚えのある一人の少年。

 

「私のデュエルの相手は弟であるこの万丈目準。そしてメインデッキのモンスターたちの攻撃力は全て500以下で統一してもらう」

「なっ、何を無茶な――」

 

 声を上げるクロノスを手で制する。澪は長作を見据え、良いのですか、と問いかけた。

 

「彼は家族なのでしょう?」

「万丈目に役立たずは必要ありません。ここで私に負けるようなら、アカデミアに入った意味もなかったというだけのこと」

「おや、彼が負けた方があなた方にとって都合が良いのでは?」

「だからこそ準を指名するのです。まあ、準にその覚悟があればですが」

 

 ふっ、と笑みを零す長作。わかりました、と澪は頷いた。

 

「もし彼がこの話を断った場合、私が同条件で相手を致します。ただその場合、契約面でいくつかそちらに有利な条件を加えさせていただくこととなるでしょうが」

「ありがとうございます」

 

 そう言うと立ち上がる長作と正司。その二人へ、澪は一つだけ、と言葉を紡いだ。

 

「あなた方にとって、〝家族〟とは何ですか?」

「……万丈目グループは、今や万を超える社員を抱えています。我々はその社員全員に対し重い責任がある。彼らの人生を我々は背負わなければならない。なればこそ、万丈目に役立たずは必要ないのです」

 

 そして、万丈目兄弟が部屋を出て行く。澪は一度息を吐くと、クロノス教諭、と言葉を紡いだ。

 

「社長への連絡をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「む、任されたノーネ。シニョーラ烏丸は……」

「私は万丈目くんのところへ行ってきます。彼がどういう決断をするか、この目で判断したい」

 

 そして、澪もまた部屋を出る。

 ――〝家族〟。

 考えもしなかったその言葉が、嫌に重くのしかかる。

 

「……〝家族〟とは、どういうものなのだろうな」

 

 答えは、出ない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 久し振りに訪れたその場所は、何も変わっていなかった。

 申し訳程度の小さな墓。そこに、祇園の両親は眠っている。

 

「…………」

 

 両手を合わせ、目を閉じている祇園。それを遠目に見守りながら、妖花と新井の二人は待っている。

 彼が何を想ってずっとああしているのか。それはわからない。わかろうとしてはいけない。それは彼だけの想いであり、他人が立ち入ってもいい話ではないはずだからだ。

 だから口を出すつもりはない。ただ見守るだけだ。

 

(……おかしい)

 

 だが、今彼女の目に映る光景は疑問を抱かせるのに十分だった。

 防人妖花は当代において最高とまで謳われる力を持つ巫女である。本人に自覚はないが、本来知覚は出来ても触れることはできないはずの精霊と難なく触れ合い、言葉を持たぬ精霊たちとさえ意志を通じ合わせるその力は最早異常である。

 だからこそ、その光景が異質に映る。

 

(何も……ない?)

 

 彼女たちがいるのは墓地ではなく、事故があったという場所だ。彼女たちが来た時には山中に関わらずすでに花が供えてあった。おそらく事故にあった者の遺族が供えたのだろう。

 故に、おかしい。

 ここには何の気配もない。事故である以上、それは理不尽なモノだったはずだ。ならばここには相応の怨念が残っていなければならない。

 なのに、ない。

 ここには、何も――……

 

(祇園さんのご両親は……)

 

 子供を遺していくのだ。無念があったはず。心残りがあったはず。

 ならば、その残滓が無ければならない。何もないなどということはありえないのだ。

 そう、それこそ電車内で祇園が言っていた懸念が的中でもしていない限り――

 

 

「……すみません、お待たせしました」

 

 

 考え込んでいたためか、祇園が戻ってきたことに気付かなかった。慌てて頷くと、いいのか、と隣で新井が問いかけてくる。

 

「納得、できたのか?」

「いえ……」

 

 力なく首を振る祇園。だろうな、と新井は頷いた。

 

「答えなんて早々出るもんでもないだろ。……抱えて進めよ。しんどいだろうけど、多分、それが大人になるって事だ」

「……はい」

「辛くなったら言えばいい。大したことはできねぇが、手ェ貸すくらいならしてやれる」

 

 軽く祇園の肩を叩く新井。祇園ははい、と小さく頷いた。

 その姿からは、いつものような雰囲気は感じられない。それが妖花を更に不安にさせる。

 

「妖花さんも、ありがとう」

 

 そう言った、彼の笑顔は。

 今にも壊れそうなほど、弱々しかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 目当ての人物は、レッド寮で片付けを行っていた。悪態を吐きつつも片付けをしている姿はどことなく楽しそうにも見える。

 だからこそ、面倒だ。

 今から自分がすることは、そこに水を差すことなのだから。

 

「少しいいかな、万丈目くん」

「……む?」

 

 声をかけると、万丈目は怪訝そうな表情を浮かべた。当たり前だ。彼にこんな風に声をかけるのは初めてのことだし、そもそも二人で会話をすることさえない。

 

「あれ、澪さん? どうしたんだ?」

「十代くんか。大したことではないよ。何ならキミも聞けばいい。この学校の生徒である以上、キミも無関係ではないのだから」

 

 こちらに近付いてくる十代へとそう言葉を紡ぐ。すると、周囲にいたレッド寮の生徒たちもこちらへと注意を向け始めた。

 澪は一度息を吐くと、真っ直ぐに万丈目へと視線を向けた。そのまま、静かに告げる。

 

「万丈目準。アカデミア本校オーナー、海馬瀬人の代理としてキミに依頼がある。一週間後、アカデミア本校の買収を賭けてキミにデュエルをしてもらうこととなった」

「なっ……!?」

「ば、買収!?」

 

 二人が驚きの声を上げ、同時に周囲がざわめく。澪はそれを制止することはせず、更に言葉を続けた。

 

「相手は万丈目グループ取締役、万丈目長作。このデュエルでキミが負ければ、アカデミア本校のオーナー件は万丈目グループに移ることとなる」

「兄さんが……」

「また、相手が素人ということもあり、ハンデとしてキミのメインデッキは全てのモンスターを攻撃力500以下で構成することになっている」

 

 先程の会談で結んだ条件を告げる。ざわめきが更に酷くなった。

 唇を噛み締める万丈目。そんな中、ちょっと待てよ、と周囲から声が上がった。

 

「万丈目グループってことは、万丈目の家族だろ? アカデミアの権利賭けて家族でデュエルするなんておかしくないか?」

「そういえばそうだな……。どうしてわざわざ万丈目に?」

「まさか、万丈目の奴――」

 

 ――わざと負ける気なんじゃないか?

 

 誰かがそう言ったわけではない。だが、周囲にそんな空気が流れる。

 万丈目は言い返さない。俯き、拳を握りしめている。

 

「万丈目……」

 

 十代がその名を呼ぶが、万丈目は応じない。澪はただ、と言葉を紡いだ。

 

「キミが断るというのであれば、私が代わりに出ることとなっている。交渉が少々難航するだろうが……まあ、その程度ならば問題はない。問題はキミ自身の気持ちだ」

 

 俯くままの少年に、澪は言う。

〝家族〟――それは幾多の形があるからこそ、時として何よりも重い鎖となる。

 

「相手は兄弟であり家族だ。キミはこの戦いに挑むだけで、多くのモノを賭けることとなる。敗北すればキミは兄弟と内通し、わざと負けたのだと蔑まれるだろう。勝利したとしても、キミはキミの兄弟との間に何かしらの疵を残すこととなる」

 

 おそらく、あの兄弟はそこまで考えて万丈目を指名したのだろう。成程確かに優秀だ。身内相手でも容赦なく弱みを抉るその在り方は、経営者として実に正しい。

 彼は一度、兄弟から見限られている。その失ったモノを取り戻したいと考えるなら、どうしても迷ってしまう。勝とうが負けようが彼にとっての旨みは少ない。

 

(とはいえ、あの口振りからするにわざと負けでもすれば完全に見限るだろうが)

 

 人格は興味もないし知らないが、経営者としてのあの男は大した器だ。ここで万丈目が兄弟のためと無様を晒せば、あの男は容赦なく万丈目を切り捨てるだろう。

 

(後は、彼自身が〝家族〟をどう思っているかだ)

 

 縋りたいと、寄りかかりたいと思っているのか。

 いつかは巣立つ場所と、そう考えているのか。

 

「私にも準備がある。本来なら数日置いてから返事を、といきたいところだが、今日この場で答えを聞かせて欲しい」

「……俺は」

「無理だと言うなら断ってくれても構わないさ。それもまた選択だ。逃げることは恥ではない」

 

 リスクとリターンを天秤に掛ければ、正直ここは断るのが最もクレバーな選択だ。大人の対応とはそう言うことである。

 ――しかし。

 それで納得できるなら、彼はそもそもこの場所にはいないはずだ。

 

「――やらせて、ください」

 

 万丈目は、そう言葉を紡いだ。

 未だ迷いは消えぬ中。それでも、その選択をした。

 

「……キミの勇気と誇りに、敬意を表する」

 

 彼が戦うと決めたなら、自分の役目はここで終わりだ。澪は万丈目に背を向け、言葉を紡ぐ。

 

「――キミにとって、〝家族〟とは何だ?」

「……認めさせたい、相手です」

 

 成程、と思った。それが彼の答えか。

 ありがとう、という言葉を残し、澪は立ち去る。

 

 ――家族。

 切り捨てて来たモノの意味を今更考える自分に、澪は苦笑した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 真っ暗な闇の中。何故かこれが夢だとわかった。現実味がない世界に、一人佇んでいる。

 ――光が、あった。

 それは温かな光。けれど、触れることのできない光。

 

 そこに映っているのは、幼き日々の記憶。

 暖かな両親と共に在る、もう過ぎ去ったモノ。

 

 その世界の自分は、笑っていた。

 両親もまた、笑っている。

 

 けれど、その記憶が自分にはない。

 覚えはある。しかし、はっきりとは思い出せない。

 ならばこれは、己にとって都合のいい夢なのではないだろうか。

 

「ごめんなさい」

 

 不意に、声が聞こえた。

 聞き覚えのある声。けれど、声の主の姿は見えない。

 

「ごめんなさい」

 

 その声は、ただひたすらに繰り返す。

 己自身を責めたてるように、呪詛のように繰り返す。

 

「ごめんなさい」

 

 声の主が泣いていることがわかった。けれど、今の自分にはどうすることもできない。

 世界が、再び闇に閉ざされる。

 意識もまた、闇に染まって――……

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 目を覚ますと、滝のような汗が全身を濡らしていた。周囲に人の気配はない。深夜三時。流石のKC社もこの時間は眠っているようだ。

 

「…………ッ」

 

 膝を抱え、俯く。誰もいないというのは当たり前のことで、いつものこと。

 なのに、どうしてか。

 今日だけは、心が砕けそうだった。

 

「どうしたらいいんだろう……?」

 

 今までは、理不尽であろうと不条理であろうと道が見えた。

 どうにかこうにか、前に進めた。

 けれど、今は。

 ――どこが前かさえ、わからない。

 

「……僕は……」

 

 

 少年は、気付かない。

 たった一人でも、今にも折れそうな心でも。

 それでも、〝助けて〟とは言わない己自身に。

 彼は……気付かない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 祇園の墓参りの時から、違和感があった。

 防人妖花――当代最高峰の力を持つ巫女。彼女は最早その存在の半分が精霊と同化していると謳われるほどであり、だからこそ神降ろしさえも可能とする。

 その彼女の感覚と、彼女を守る精霊たちが告げている。

 ――敵意。

 ここに、こちらに害成す敵がいると。

 

「…………」

 

 澪から選んでもらった服を着、妖花はKC社の屋上に佇んでいた。本来なら今日中に大阪へ戻る予定だったのだが、時間の関係でKC社の仮眠室を借りることとなったのだ。

 とはいえ、これは表向きの話。妖花と祇園は知らないが、例の祇園の親族がウエスト校に訪れたという話がある。今の状況で接触させるのはよくないとしてKC社に泊まる判断が下されたのだ。最悪二人が大阪で暮らしていた澪のマンションも見つけ出されている可能性がある。

 だが、今の妖花にはそんなこと関係ない。今の彼女は祇園の後輩であり同居人としての防人妖花ではなく、〝巫女〟としての防人妖花としてここに立っている。

 

 キィ、と扉が軋む音が響いた。

 振り返る。そこにいたのは一人の女性だ。見覚えがある。KC社の職員だったはず。

 

「――忌々しい〝防人〟の血め。まだ我の邪魔をするか」

「あなたのような存在を封じ、滅する。それが私の役目です」

 

 雨の音が響く。――いつしか、雨が降り出していた。

 だが、妖花の身体が濡れることはない。いつの間にか周囲に現れた無数の精霊たち。その加護が、彼女の身体をあらゆる外界の脅威から拒絶する。

 

「あなたが何者かは知りません。しかし、祇園さんに悪意を向けるのであれば。人に害成す怨霊であるならば。防人妖花の名において、見過ごすわけにはいきません」

 

 12歳の少女はそこにはいない。在るのはただ、人が紡ぎ上げた一つの奇跡。

 

「――ほざくな、虫けら」

「―――――ッ」

 

 闇が溢れ、精霊たちが怯む。ここにいるのは一体一体は力の弱い精霊たちだ。だが、妖花を守る意志を見せる彼らはかなりの数がいる。

 それを、たった一人で。

 この〝悪意〟の源泉は、一体なんだというのか。

 

「あなたが何者であろうと、私のやるべきことと役目は変わりません」

 

 息を吸い、デュエルディスクを取り出す。あちらもすでに準備は終えている。

 そもそも言葉でどうにかできるレベルの相手ではない。ならば、力で封じる。

 だが、相手はこちらの言葉を聞くと手を顔に当てて笑い始めた。雨音が強くなる中、女性の哄笑が響き渡る。

 

「くっ、ははっ!! はははははッ!! そうか知らぬのか!! 何と滑稽な!! 何と愚かな!! 己が対峙するモノが何なのかを知らぬとは!! それも依りによって貴様が知らぬとは!!」

 

 醜悪に笑う、眼前の女性――否、怨霊。

 声が、姿がただの女性であっても。

 その身に纏う暴力的な悪意と闇は、敵と断ずるに十分なモノ。

 

「どういう意味ですか?」

「それをわざわざ説明する義理があると思うか、虫けら?」

 

 こちらを嘲笑う怨霊。わかりました、と妖花は頷いた。

 

「私は自身の役目を果たします」

「いいだろう。来るがいい」

 

 敵は怨霊であり、こちらに悪意と敵意を向けるモノ。ならば、防人妖花の役目は一つ。

 

「「決闘!!」」

 

 在るべき魂を、在るべき場所へ。

 御霊封神。いざ参らん。

 

「私の先行、ドロー! 『魔導書士バテル』を召喚! 効果発動! デッキより魔導書を一枚手札に加えます! 『グリモの魔導書』を手札に加え、更に永続魔法『魔導書廊エトワール』を発動! エトワールは魔導書が発動するごとにカウンターが乗り、また、破壊された時に乗っているカウンター以下のレベルを持つ魔法使いを手札に加えます! そしてグリモの魔導書を発動し、フィールド魔法『魔導書院ラメイソン』を手札に加え、発動!」

 

 魔導書士バテル☆2水ATK/DEF500/400→700/400

 魔導書廊エトワール0→2

 

 圧倒的な蔵書量を誇る書廊と魔導書の力の中心である塔が出現する。妖花は更に、と言葉を紡いだ。

 

「装備魔法『ワンダー・ワンド』をバテルに装備! ワンダー・ワンドの効果により、バテルを墓地に送って二枚ドロー!」

 

 フィールドががら空きとなるが、この場合は仕方がない。

 

「カードを一枚伏せて、ターンエンドです」

「くっく、がら空きとは。殴ってくれということか? ドロー!」

 

 相手がカードを引く。正体不明の敵――その力は、如何程のモノか。

 

「手札より、『ヴェルズ・サンダーバード』を召喚!」

 

 ヴェルズ・サンダーバード☆4闇ATK/DEF1650/1050

 

 現れるのは、闇に浸食された一羽の怪鳥。バトルだ、と怨霊が宣言した。

 

「サンダーバードでダイレクトアタック!」

「させません! 罠カード『聖なるバリア―ミラーフォース―』を発動します!」

「無駄だ! サンダーバードの効果を発動! 魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した際、このモンスターを除外することができる!」

 

 聖なる輝きが怪鳥を討ち抜こうとした瞬間、怪鳥が姿を消した。ミラーフォースは不発となる。

 

「サンダーバードはこの効果で除外された時、次のスタンバイフェイズに帰還し、攻撃力が300ポイントアップする」

 

 事実上破壊不可の1950アタッカー。強力であり、凡庸性も高い。

 

「カードを二枚伏せ、ターンエンド」

「私のターン、ドロー! スタンバイフェイズ、ラメイソンの効果によりグリモの魔導書をデッキの一番下へ戻し、一枚ドローします!」

「同時にサンダーバードが戻ってくる」

 

 ヴェルズ・サンダーバード☆4闇ATK/DEF1650/1050→1950/1050

 

 事実上の耐性持ちアタッカー。成程、強力だ。

 ――だが。

 

「私は手札より『魔導書庫エトワール』、『セフェルの魔導書』、『ヒュグロの魔導書』の三枚を見せ、『魔導法士』を特殊召喚!」

 

 魔導法士ジュノン☆7光ATK/DEF2500/2100→2700/2100

 

 高位の魔導師が降臨する。その瞬間、相手の伏せカードが発動した。

 

「罠カード発動! 『強制脱出装置』!」

 

 問答無用で相手モンスター一体を手札に戻す強力なカード。だが――

 

「させません! 速攻魔法『トーラの魔導書』! このターンジュノンは罠カードの効果を受けません!」

 

 魔導書庫エトワール2→4

 魔法・罠のいずれか一つから魔法使い族モンスターを守る効果を持つ速攻魔法。その効果により、ジュノンが守られる。

 

「ならばチェーン発動だ。ヴェルズ・サンダーバードを除外する」

 

 姿を消す怪鳥。バトル、と妖花は言葉を紡いだ。

 

「ジュノンでダイレクトアタック!」

「ふん――」

 

 ???LP4000→1200

 

 相手のLPが大きく削り取られる。成程、と相手は言葉を紡いだ。

 

「中々やるようだ」

「エトワールを発動し、私はターンエンドです」

「ドロー。スタンバイフェイズ、サンダーバードが戻ってくる。『闇の誘惑』を発動。チェーンによりサンダーバードを除外。カードを二枚ドローし、『召喚僧サモンプリースト』を除外する。そして場にモンスターが存在しないため、『インヴェルズの魔細胞』を特殊召喚。更に魔細胞を生贄に捧げ、インヴェルズ・ギラファを召喚!」

 

 インヴェルズの魔細胞☆1闇ATK/DEF0/0

 インヴェルズ・ギラファ☆7闇ATK/DEF2600/0

 

 現れるのは、異形の姿をした悪魔。向き合うだけで根源的な恐怖を感じさせる『ソレ』が、牙を剥く。

 

「ギラファの効果だ。召喚時、相手フィールド上のカードを一枚墓地へ送り、LPを1000回復する。ジュノンを墓地へ送る」

「ジュノン!」

「――さあ、滅びろ」

 

 ジュノンの姿が消え、ギラファの一撃が妖花へ迫る。闇の力が、巫女へと襲い掛かる。

 

 ???LP1200→2200

 妖花LP4000→1400

 

 LPが逆転する。更にこれは闇のゲームだ。今の一撃は、常人であれば容易く意識を奪うことさえ可能なモノ。

 ――だが、ここにいるのは常人ではない。

 

「……貴様」

 

 人が闇に立ち向かうため、光を使うために脈々と受け継ぎ、磨き上げてきた存在。

 当代に並ぶ者なき、最高峰の才能だ。

 

「――――」

 

 無傷。

 傷一つ追わず、その巫女は立っている。

 

「ふん。何も知らぬ身とはいえ、巫女は巫女か――」

「――私のターン、ドロー。スタンバイフェイズ、ラメイソンの効果でトーラの魔導書をデッキの一番下へ戻して一枚ドロー」

「スタンバイフェイズ、サンダーバードが帰還する」

 

 手札を見る。今、自分にできることは。

 

「手札より魔法カード『名推理』を発動します! 相手はレベルを一つ宣言し、デッキをめくっていき宣言されたレベル以外の通常召喚可能なモンスターが出た時特殊召喚できます!」

「宣言するのは――7だ」

 

 レベル7。魔導に対しては切り札のジュノンのレベルということもあり妥当な選択だ。

 妖花はデッキトップに手をかける。果たして――

 

 捲られたカード→グリモの魔導書、アルマの魔導書、魔導書院ラメイソン、ネクロの魔導書、――そして、ブラック・マジシャンガール!!

 

「ブラック・マジシャン・ガールを特殊召喚!!」

 

 ブラック・マジシャン・ガール☆6闇ATK/DEF2000/1700→2400/1700

 

 魔法使いの弟子が降臨する。更に、と妖花は言葉を紡いだ。

 

「『セフェルの魔導書』をヒュグロの魔導書を見せ、発動! 墓地のグリモの魔導書の効果をコピーし、『魔導書庫エトワール』を手札に加え、発動! 更にヒュグロの魔導書を発動!」

「チェーン発動だ! サンダーバードを除外する!」

 

 ブラック・マジシャン・ガール☆6闇ATK/DEF2000/1700→3800/1700

 魔導書庫エトワール3→5

 魔導書庫エトワール0→2

 魔導書庫エトワール0→1

 

 これでギラファを上回った。バトル、と妖花は宣言する。

 

「ブラック・マジシャン・ガールでギラファを攻撃! ヒュグロの魔導書の効果により、デッキからネクロの魔導書を手札に! ターンエンドです!」

 

 ???LP2200→1000

 

 手札には『速攻のかかし』がある。万一の場合でもどうにかなるだろう。

 

「くっく、やはり貴様は天敵だ。だが――貴様では俺には勝てない。俺のターン、ドロー! 魔法カード『悪夢再び』! 墓地のギラファと魔細胞を手札に加え、更に『モンスターゲート』を発動! サンダーバードを生贄に捧げ、デッキをめくり――『インヴェルズの万能態』を特殊召喚!」

 

 インヴェルズの万能態☆2闇ATK/DEF1000/0

 

 二体分の生贄素材となる効果を持つモンスター。更に、と敵は続ける。

 

「『手札断殺』だ。互いに手札を二枚捨て、二枚ドロー」

 

 マズい、と思った。これでは、このままでは――

 

「手札より『死者蘇生』を発動。インヴェルズの魔細胞を蘇生。――随分と待たせたな。これで終わりだ。万能態を二体分の生贄とし、合計三体の生贄を捧げ――『インヴェルズ・グレズ』を召喚!!」

 

 インヴェルズ・グレズ☆10闇ATK/DEF3200/0

 

 現れたのは、圧倒的な力を持つ存在。

 破壊と絶望の、根源。

 

「グレズの効果を発動!! LPを半分支払い、このカードを除く全てのカードを破壊する!!」

 

 ありとあらゆる全てを粉砕する力。決着が見えた。これで終わりと、敵は思った。

 ――だが、ここにいるのは闇を打ち払う使命を帯びた一人の〝巫女〟。

 

「――破壊されたエトワール三枚の効果を発動」

 

 相手がどれほど強大であろうとも。

 闇がどれほど深くとも。

 その全てを鎮め、浄化し、或いは滅するために。

 

「乗っていたカウンター以下のレベルを持つ魔法使い族モンスターを手札に加えます」

 

 彼女が背負った加護という名の〝業〟は、ここで潰える程に軽くはない。

 

「手札に加えるのは、『封印されし者エクゾディア』、『封印されし者の右腕』、『封印されし者の左足』」

 

 当代、最高峰。

 並ぶ者なき無双の才覚。

 そして、その彼女に加護を与えるのは。

 

「勝利の条件は――決着の条件は、ここに揃いました」

 

 

 封印されし者エクゾディア☆?闇Atk/DEF???/???

 

 

 最強にして絶対の存在。

 故に、彼女は〝巫女〟と呼ばれる。

 

「き、貴様ァァァァッッッ!!」

 

 絶叫を掻き消すように。

 巫女の言葉が空を裂く。

 

 

「エクゾード・フレイム!!」

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 残っているのは、気を失って倒れている一人の女性だけ。後は澪に連絡を入れて手を回してもらう方がいいだろう。自分ではこういったことの事後処理はできない。

 

『…………』

 

 三つの目を持つ毛玉の悪魔が、心配そうにこちらを見つめている。彼だけではない。無数の精霊が、自分を取り囲むようにしてこちらを見ていた。

 普段なら彼らを心配させないようにと笑って見せるのが防人妖花という少女だ。だが、今の彼女には敵の最期の言葉のことだけしか浮かばない。

 

〝己が何者かも知らず、何者に守られているのかも知らず、何がために生きているかも知らず。

 滑稽だ――これを喜劇と呼ばず何という!? 最大の懸念が、よもやこんな形で払拭されるとは!!〟

 

 アレは断片だ。本体ではない。故に、今回の勝利で得られるモノは多くなかった。

 

〝絶望は近いぞ、巫女よ。今や貴様らの希望の一つは潰えた。我が潰した。世界は闇に包まれる〟

 

 足掻け、と奴は言った。

 嘲笑うように、ただ、奴は。

 

〝――世界は終わる。我が終わらせる〟

 

 そして、奴は哄笑と共に消えていった。遺されたのは倒れている女性だけだが、彼女に何かを聞いても得られる情報はないだろう。

 

「皆は、何か知っているんですか……?」

 

 問いかける。だが、返答はない。

 言葉を紡げる精霊もいるし、言葉を紡げずとも直接脳に語りかける力を持つ精霊もいる。そもそも妖花は精霊に触れることができ、更に人の言葉を持たぬ精霊とさえ心を通じ合わせることができるのだ。

 しかし、今は何の言葉も聞くことはできない。

 ――沈黙。

 それが、精霊たちの答え。

 

「聞かないように、してきました。お父さんのことも……お母さんのことも」

 

 物心ついた時、彼らはすでにいなかった。僅かに覚えているのは、自分の面倒を見てくれた男女。

 彼らが両親なのかもしれない。だが、妖花の中に両親との思い出はないのだ。

 知りたいとは思っていた。けれど、誰も教えてはくれなくて。

 聞いてはいけないのだと……そう、思うようになった。

 

「教えてください」

 

 精霊たちに、呼びかける。

 だが、返答は……沈黙。

 彼らはただ真摯に、申し訳なさそうにこちらを見つめているだけ。

 

「…………」

 

 そして、折れたのは妖花だった。ごめんなさい、と一言呟き、精霊たちに背を向ける。

 バタン、という扉が閉まり切る音が響き渡るまで、精霊たちはずっとその少女の背中を見つめていた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 PDAを机の上に置き、〝祿王〟と呼ばれる女性は息を吐いた。本当に、厄介だ。

 力持つ者の責務。それは確かにあるだろう。だがそれは、生まれついてのモノなのか、後天的に手に入れたモノなのかで大きく形が変わる。

 あの少女は前者だ。生まれそのものに背負った〝業〟があり、因果がある。

 

「……全く、次から次へと」

 

 再び息を吐く。彼女がいるのはアカデミア本島にある廃寮だ。厄介そうな気配を感じたため、面倒と思いつつも訪れた。

 そして――遭遇した。

 おそらく、向こうで彼女が遭遇したのであろう存在と同種のモノと。

 

「説明はしてくれるのかな、美咲くん?」

「……後悔しますよ?」

 

 そこにいるのは、眠るようにして床に横たわる女生徒に自身の上着を着せた少女――桐生美咲だ。彼女の表情は、どこか諦めを含んでいる。

 

「大方、精霊絡みの厄介事だろう? 私とてできれば関わりたくはないが、妖花くんが絡んでいるなら無視はできん。一応、私は彼女の保護者だ。それに、私は藤堂姉弟とも縁がある。……最近まで、その縁の意味は知らなかったがな」

 

 苦笑する。世間は狭い。本当にそう思う。

 だが逆に、だからこそ目の前の少女は特異だ。彼女を中心とするいくつもの縁。それはどうにも不自然で、曖昧なものに見えてしまう。

 桐生美咲。この少女は、己の存在の根底にあるモノを他者に見せない。

 

「〝悲劇〟と、そう呼ばれる存在がいました」

 

 彼女は、語る。

 

「絶望の存在、破滅の未来を紡ぐ、終焉そのもの。……私は、何としても〝三幻魔〟の完全復活を阻止しなけれならないんです」

 

 ――未来のために。

 彼女は、凛とした声で言い切った。

 

「……全く、誰も彼も本当に」

 

 呆れと嘆きを言葉に載せて。

 烏丸澪は、言葉を紡いだ。

 

「どうして、自身の身を切ろうとする?」

「それは、澪さんならわかるでしょう?」

 

 その言葉に、どうだろうなと首を振り。

 厄介なことになってきたと、呟いた。












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第六十六話 そして、少年たちは牙を剥く

 

 

 本来ならば祇園は今日の内にアカデミア本島に戻る予定だった。だが、今の祇園はセブンスターズの戦いの関係上、出席において便宜を図られている。まあそもそも出席日数があまり関係ないレッド生なのでその便宜がどこまで意味があるのかは微妙なところだが。

 まあともかく、今日一日の分ぐらいは問題ないという判断が下されたわけである。

 

「ありがとうございます」

 

 晴嵐大学。今年度大学リーグ総合優勝を果たした、アマチュア№1と名高き新井智紀を有する強豪校だ。その決闘場の扉の前で、自分を誘ってくれた人物へと祇園は頭を下げる。

 新井は振り返ると、気にすんな、と微笑んだ。

 

「お前レベルの奴なら大歓迎だ。〝ルーキーズ杯〟のことで興味持ってる奴も多いしよ。……それに、あんまり重い考えは続けるべきじゃねぇんだ」

 

 祇園の隣にいる妖花の方へも視線を向けつつ、新井は言う。その瞳には、弟や妹に向けるような心配と優しさの色が映っていた。

 

「こういうのを逃げと言う奴もいるだろう。問題にはずっと向き合えと言う奴もいるだろうさ。けど、たまには逃げてもいいんじゃないかと思う。特にすぐ答えが出ないようなことなら尚更だ」

 

 苦笑を零し、新井は扉へと手をかける。ゆっくりと扉を開けながら、新井は言葉を続けた。

 

「大人になるとな、そういうことに折り合いがつけられるようになっていく。それが良いことかどうかは知らんが……ずっと戦い続ける必要はないんじゃないか、って俺は思うんだよ」

 

 扉が開く。同時、いくつもの声が熱気と共に駆け抜けた。

 

 日本一の大学、その名に恥じることなく。

 威風堂々と、数多の決闘者が言葉を交わし、己の実力をぶつけ合っている。

 

「…………凄い…………」

 

 ポツリと呟いたのは、隣にいる妖花だ。祇園は目の前の光景に飲まれ、何も言えずにいる。

 あちこちで一目でわかるほど高度なデュエルが行われ、また、一つの例外もなくデュエルをしている者たちの側で何人かの集団が集まり議論をしている。おそらく現在進行形で行われているデュエルについての分析を行っているのだろう。

 部員数は500を超え、六軍まであるという晴嵐大学。日本最高峰の日常が、そこにはあった。

 

「さて、と。――おーい、原ァ! ちょっと来てくれ!」

「……遅刻ですよ主将」

 

 そんな二人に気付いているのかいないのか、新井が近くにいた眼鏡をかけた女性へと声をかける。生真面目そうな印象をこちらに与える原と呼ばれたその女性はどこか不機嫌そうにこちらへと歩み寄ってくると、祇園と妖花に気付き眉をひそめた。

 

「あら、あなたたちは……」

「あ、えっと……」

「初めまして! 防人妖花です!」

 

 祇園が言い淀む間に、妖花がそう言って頭を下げた。それに続き、祇園も頭を下げる。

 

「ゆ、夢神祇園です」

「……防人妖花さんに、夢神祇園さん……? 主将、まさか」

「そのまさかだ。多分お前が思ってる通りの二人だぞ」

 

 原の言葉に、新井がどこか自慢げに言う。原は呆れたように息を吐いた。

 

「主将、せめて事前連絡ぐらいはお願いしたかったのですが」

「そう言うなよ。急遽決まったことだったんだから仕方ないんだって。それに、この二人なら飛び込みだろうと大歓迎だろ?」

「……監督とコーチへ確認を取ってきます」

 

 そう言うと、原はこちらへ一度頭を下げてから立ち去っていった。その背を見送り、真面目だねぇ、と新井は呟く。

 

「まあその方が俺も楽だし良いんだけど。……さて、朝も言ったが二人にはゲストとしてここで練習に参加して欲しい。今の時期は代替わりの時期だから、張り詰めてるわけでもない。そう緊張する必要もないぞ」

 

 あっさりと新井は言うが、これはとんでもないことである。晴嵐大学――日本一の大学の練習に参加するなど。

 朝にこの提案を受け入れた時もそうだったが、こうして目の前にするとやはり気後れしてしまう。ただでさえ自分の中で整理がついていない問題が多く、精神的に余裕がないというのに。

 それを見透かしてなのか、大丈夫だよ、と新井は言った。

 

「気負う必要はない。こう言っちゃなんだが、そこまで期待してるわけでもないしな。プロに比べりゃそりゃ劣るが、それでもうちは日本最高峰の大学だ。正直、俺たちは強いぞ?」

 

 冗談めかして言っているが、その目は本気だ。

 

「二人共に背負ってるもんがあるだろうし、考えたいこともあるんだろうよ。俺の方からそれを聞くつもりもない。ただの好奇心だけで聞くなんて無責任なことはできないからな。……だが、考え過ぎても良くないだろうしな。とりあえず、頭空っぽになるまでここでやってみろ」

 

 そう言うと、新井は原が遠くから手でOKのサインを出すのを確認し、こちらへと両手を広げた。

 

「ようこそ、晴嵐大学へ。――歓迎するぞ?」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 メインデッキのモンスターの攻撃力を全て500以下に。突きつけられたその条件は、万丈目を悩ませるのに十分だった。そもそもの彼の主戦術はモンスター除去からのビートダウンである。アームド・ドラゴンがそうであるし、XYZなども強化によるビートダウンが基本だ。

 故にと言うべきか、低ステータスのモンスターに関する知識が圧倒的に足りない。そして更に問題なのが、万丈目が有している攻撃力500以下のカードというのは一種類しかないという点だ。

 

「……で、それが『おジャマイエロー』なのか」

『いやんアニキ~、この人怖い~』

「……………………この上なく不本意だがな」

 

 ぐぬぬ、と歯ぎしりでもしそうな勢いで呟く万丈目。対し、その対面に座る宗達は欠伸を噛み殺しながら言葉を紡いだ。

 

「で、実際どうすんだよ? カード一から揃えるにしても方向性決めなきゃどうにもならんだろ」

「ぐっ、だからこうして貴様に相談しているんだ。認めたくはないが、貴様の実力と知識は相当なものだからな」

「へぇ」

 

 万丈目の言葉に、意外だ、という表情を浮かべる宗達。万丈目とて理解している。この男に協力を頼むなど正直一番嫌な選択肢だが、今回は時間もない。それに人間性はともかく実力は確かだ。故に選択自体は間違っていないように思う。

 だが宗達は彼にしては珍しく、んー、と悩ましげな表情を浮かべた。

 

「攻撃力500以下か……」

「まさか貴様、この俺が頭を下げているというのに協力しないつもりか?」

「いやいつ頭下げたよ。……なあ、これってそれ以外に縛りないのか?」

「ああ。〝祿王〟からはそう聞いている」

「ふむ」

 

 こちらの言葉に頷く宗達。そのまま、じゃあ、と彼は言葉を紡いだ。

 

「チェンバでいいんじゃね?」

「……貴様、真面目に考える気があるのか?」

「真面目も真面目、大真面目だよ」

 

 睨み付けると、宗達は肩を竦めた。だがその目は真剣だ。

 

「そもそも、オマエはこのデュエルをどういうモノと定義してるんだ? わかってんのか万丈目? これはもうオマエ個人の問題じゃねぇんだぞ?」

「ッ、わかっている」

「いいやわかってないね。オマエが負けて万丈目グループに買収されたら、おそらく教師陣やシステムは一新される。それが良いか悪いかはともかく、変革に犠牲はつきものだ。この変化から零れ落ちる奴は、教師生徒問わず必ず出る。その数が多いか少ないかは別にしてな」

 

 それは考えないようにしていたことだった。自身が背負ったモノ――それを、改めて突き付けられた感覚。

 正直、今でも思う。あの時、〝祿王〟に任せるべきではなかったのかと。

 兄と戦う必要は、なかったのではないかと――……

 

「そういう意味で、チェンバは選択肢としては最高だ。相手が素人ってんなら確実に先手で焼き殺せる」

「だが、それで得た勝利を認められるか?」

「逆にこの状況でチェンバ使って勝ったことを批判する奴の言葉なんざ聞く必要あんのか? オマエ勘違いし過ぎ。これは勝たなきゃなんねぇ戦いだ。それこそ多少外道な手ェ使おうがな。違うか?」

 

 睨み付けるようにしてこちらを見ながら宗達は言う。宗達の言うことはわかる。だが、万丈目は納得できない。

 勝つためならば宗達は手段を選ばない。それは彼のデュエルスタイルからも見て取れる。それが彼の選んだ戦い方であり、気に入らないが万丈目はそれを否定するつもりはない。ルールに則った戦い方である以上、勝てないままに彼を批判するのはただの卑怯者だ。

 だが、万丈目にそれは選べない。

 自身の戦いに多くのモノが懸かっていることは理解している。だが、それだけではないのだ。この戦いは、万丈目にとってもっと別の意味がある。

 

「……たとえ、不利な条件であろうと」

 

 絞り出すように、言葉を紡ぐ。

 これは〝誇り〟であり〝矜持〟。万丈目準という人間が、決して譲ってはならないモノ。

 

「それでも俺は、正面から戦い、勝たねばならん」

 

 相手にただ勝つだけでいいなら、それこそ宗達の方法もありだろう。

 だが、今回はそうではない。アカデミアで地を這い、ノース校で這い上がり、再びこの地で戦う万丈目準という存在の証明をしなければならないのだから。

 

「そうでなければ、俺は前に進めんのだ」

 

 いつの間にかおかしくなってしまった、〝家族〟という絆。

 それに、どんな形であれ決着を着けるために。

 

「……プライドなんてしょーもねぇもんを根底に置いてんならやめとけよ。後悔するだけだぞ」

「貴様に言われたくはないが……、そうだな。確かにその通りだ。だが、これは譲れん」

「ならいい」

 

 意外にも宗達の納得はあっさりしたものだった。思わず彼を見ると、どこか楽しげに笑いながら言葉を紡ぐ。

 

「腹括って負けた後の覚悟もした上でそう決めたんなら別にいいだろ。その代わり負けたらボロカス言ってやるがな」

「誰が負けるか!」

「その意気その意気。ま、実際オマエが負けてオーナー変わったら俺は学校辞めてアメリカ行くだろうしな」

 

 肩を竦め、立ち上がる宗達。待て、と万丈目が言葉を紡いだ。

 

「どういう意味だ」

「言葉通りだよ。元々夏からしばらくあっちに行くことになるし。俺が進学したのはあくまでKC社がオーナーであり、I²社が関係してるからってだけだ。そこの縁が切れたら消えるのも道理だろ」

 

 普段の態度や振る舞いからは忘れがちだが、如月宗達はすでにプロライセンスを取得し、アメリカのプロチームに籍を置いている。下部リーグとはいえ、彼の年齢でのそれは破格として一部では有名だ。

 

「んじゃ、行くか。おジャマイエロー持ってんならそれでデッキ組む方がいいだろ」

「……貴様は何を言っているんだ?」

 

 首を傾げる。すると、宗達の方が不思議そうな顔をした。

 

「は? だっているんだろ、カード。集めに行こうぜ」

「貴様は何を言っているんだ?」

「あん? 知らねぇのか? 今のオマエが欲しがってるカードなら、いくらでも井戸の底にある」

 

 聞き覚えのない情報に眉をひそめる。宗達は、ついて来いよ、と言葉を紡いだ。

 

「相談を受けた以上、それなりの手助けはしてやるよ」

 

 果てしなく似合わない言葉を吐く宗達。万丈目は一言、呟くように言った。

 

「……感謝する」

「おう」

 

 友達では、きっとない。

 ――けれど。

 こういう在り方も、良いとは思うのだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 晴嵐大学のデュエリストに、偽物は一人もいない。

 たった一日のことだが、祇園はそれを心の底から理解させられた。通用しなかったわけではない。烏丸澪――かの〝祿王〟と相対した時のような絶望感は感じなかった。

 実際、勝ちを拾うことは何度かあった。だがそれは所詮『拾う』である。

 

(納得した勝ちは一度もなし、か……)

 

 手渡されたスポーツドリンクを口にしつつ、決闘場の隅に座り込みながら祇園は内心で呟いた。記録上の勝利と、心情的な勝利は違う。自身の中でしっかりと形になった確実な『勝利』というものが、一度もなかった。

 

(忘れてたな……こんな気持ち……)

 

 どうしようもないほどに敗北ばかりが続き、自分自身でもどうにもならなくなっていく感覚。こんなものは、久しく忘れていた。

 それを喜ぶべきなのか、それともそうすべきではないのか。それはわからない。

 ただ、一つだけ。

 

(……自惚れてた、なぁ……)

 

 知らず、自分の中に驕りがあった。

〝ルーキーズ杯〟で準優勝し、ノース校との代表戦に選ばれ、セブンスターズとの戦いでは鍵の守護者に選ばれた。

 きっと、自分が強くなったと……勘違いしていた。

 

(……けれど……)

 

 それでも、今の自分の力でどうにかするしかない。

 問題は待ってくれない。ならば、この手にある力だけでそれに立ち向かうしかないのだ。

 

「……凄い……」

 

 不意に、隣から呟くようにな声が聞こえた。自分と同じように座り込んでいる妖花が発した声だ。彼女また、自分と同じように何度も何度も負け、同時に勝利も得ている。

 その彼女の表情は真剣で、その表情には明らかな憧れが宿っていた。

 

「……皆、楽しそう……ううん、違う、充実……? とてもいい空間……そっか、ここはそういう……、中心にいるのは……」

 

 何事かを途切れ途切れに呟いているが、その瞳は中心を捉えて離さない。決闘場の中心――そこにいるのは、アマチュア№1のデュエリスト。

 ――新井智紀。こうして改めて見ると、彼の凄さがよくわかる。

 常に誰かとデュエルし、誰かに話しかけられ、或いは話しかける。主将――きっと、真の意味でそうなのだ。彼はこのチームの中心で、最も重要な存在なのだろう。

 これが、〝強さ〟。

 ならば――自分は?

 

「…………」

 

 自分には、あんな風に人の輪の中心に立つことはできない。

 いつだって必死に、ギリギリで、どうにか立っているだけで。

 輪に加わることさえ、満足にはできない。

 

 両親のこと、セブンスターズのこと、約束のこと。

 少し前まではもっとシンプルで、単純だったことが。

 いつの間にか、自身を絡め取るように複雑となっていた。

 

「――――」

 

 吐息のように零れた言葉は。

 宙に溶け、自分自身にさえも届かない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『い、イエロ~!』

『無事だったのか~!』

『兄ちゃ~ん!』

「おお、感動の再会」

 

 井戸の底で感動――かどうかはわからないが、とにかく再会を果たしたおジャマ三兄弟。その姿を見てどうでも良さそうに拍手をする宗達を横目で見つつ、万丈目は周囲に散らばるカードを一枚ずつ拾い集めていた。

 

(……成程、確かに雑魚カードばかりだ)

 

 森の奥にあったこの枯れ井戸。ここは昔からアカデミア生が使えないカードを棄ててきた場所らしい。そのせいか大量にカードこそ落ちているが、全体的にカードパワーが低い。

 

「で、オマエらいつ振りの再会なんだ?」

『な、なんだお前!』

『なんかざわざわする……』

「失礼だなオイ」

『で、でもこの人私たちを出してくれる人よ~?』

『ホントか!?』

『良い人だ!!』

「物凄ぇ掌返しだな。てかオマエら、俺を見て何とも思わねぇの?」

『別に~?』

「……ふむ、こんなとこに長くいたせいで変に卑屈になってんのか」

 

 聞こえてくるどうでもいい会話を無視しつつ、万丈目は周囲を見る。やはりいいカードはない。

 

「……おい、如月。帰るぞ」

「いいのか?」

「仕方ないだろう。使えないカードしかないんだ」

 

 肩を竦めて言う万丈目。それを聞き、おジャマイエローが焦ったように言葉を紡いだ。

 

『兄さんたち! あの人が私たちを連れ出してくれる人よん!』

『ホントか!? なら頼む! 俺たちを出してくれ!』

『他の奴はどうでもいいから!』

「おお、素晴らしい程に腐った性根」

 

 宗達のコメントが的確過ぎる。同時、周囲からも無数の声が響いてきた。その全てがここから出せという声である。

 ええい、と万丈目が言葉を紡いだ。

 

「鬱陶しい! 全員俺がまとめて面倒を見てやる!」

『万丈目ー!』

「サンダーだ!」

『『『万丈目サンダー!!』』』

 

 大合唱を始める精霊たち。その姿を眺め、宗達は微笑を零す。

 

「……やっぱ、カリスマあるよなぁ」

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 井戸から出ると、十代がこちらへと走り寄ってきた。どうした、と問いかけると十代はカードの束を万丈目へと手渡す。

 

「何だこれは?」

「皆に聞いて回って、カードを分けてもらったんだよ。使ってくれ、万丈目」

 

 そう言って快活に笑う十代。万丈目は一瞬言葉に詰まり、フン、と鼻を鳴らした。

 

「礼は言わんぞ」

 

 そして、万丈目は立ち去っていく。それを見送り、さて、と宗達は呟いた。

 

「……どうなることやら」

 

 その呟きには、どこか楽しげな響きがある。

 ――戦いの時は、近い。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 そして、遂にその日がやってきた。

 アカデミア本校の買収を懸けたデュエル。開始は夕方六時からであり、日も落ち切った時間に行われる。

 

「ほう。目を覚ましたのか?」

『ええ、そうなんです。今医者先生が看てくれてます。面談可能になり次第、ウチか社長か緑さんが面談に行く手筈なんですけど』

「響教諭は戻って来るのか」

『今週中には戻ってきますよ。とりあえず、一段落着けそうですねー。クロノス先生も疲れ溜まってるみたいでしたし』

「それは重畳。……さて、こちらも万丈目兄弟によるデュエルが始まるな」

『そこはあんまり心配してへんのですけどね。とにかく、そちらはお願いします』

「うむ。キミも無理はしないようにな」

『はーい』

 

 電話を切る。そういえば、今日に祇園も戻ってくる予定だったはずだ。定期便の時間からするに、そろそろ着くはずだが。

 

(とはいえ、何と声をかければいいモノか)

 

 声をかけないのが正解だとも思うが、何となく納得できない。まあ、こういう人の機微には自分は強くないので仕方がないとも思うのだが。

 

「――考え事をしている時に限って来客というのは訪れる」

 

 足を止め、振り返る。そこにいたのは、全身を黒で固めた不気味な男。

 この状況でこの威容。まずまともな相手ではない。

 

「名乗りはなしか? ないならば、敵として処理するが」

「――セブンスターズが一角、アムナエル」

「ほう」

 

 セブンスターズ。その名に口角を吊り上げる。正直関わるつもりはなかったが、向かってくるというなら相手をするだけだ。

 

「私は鍵の所有者ではないが……何用かな?」

「貴様に話がある」

「ふむ。私にはキミたちに対する興味はないが……まあ、良かろう」

 

 応じると同時、闇が周囲を包み込んだ。

 ――そして。

 

 後には、誰も残らない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 一人で、歩き出していた。

 定期便でアカデミア本島まで戻りたいと言った妖花と共に戻り、自身の部屋に荷物を置き、万丈目のデュエルを見に行く。

 ただそれだけだった。晴嵐大学の練習に飛び入りで参加したせいで遅くなったが、間に合うはずだった。

 ――けれど。

〝ソレ〟を、見てしまった。

 

「祇園さん?」

「ごめん。先に行っててくれるかな?」

 

 妖花の言葉にそう応じ、祇園は微笑む。妖花は首を傾げつつも、先に行ってくれた。

 

 無力であることを、痛感した。

 己が弱いことを、思い出した。

 ――けれど。

 

 夢神祇園は、こんな風にしか生きられない。

 

 一人、闇の中へと足を踏み出す。

 誰に告げるわけでもなく、少年は一人、戦場へと向かっていく。



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第六十七話 戦いの、理由

 

 

 

 

 

 地の底より、その者たちは現れる。

 かつての――古代エジプトの時代を生きた者たち。王の下にその力と才覚を振るい、大いなる繁栄の時代を生きた存在。

 本来ならば、彼らは文献の中でのみ語れる存在だ。名も無きファラオがそうであるし、生涯無敗を誇ったとされるアドビス三世などもそうだろう。

 だが、今。

 三幻魔という闇が渦巻くこの島で、一つの奇跡が起こる。

 

「――余を呼ぶのは、誰だ」

 

 無数の亡霊たちが跪く中、棺より起き上がった王――アドビス三世が告げる。その声に応じるように、一人の〝鬼〟が歩みを進めた。

 セブンスターズが一角、カムル。

 鬼の面を被ったその男が、悠然とアドビス三世の前へと歩み出る。

 

「お会いできて光栄です、伝説の王よ」

「貴様、王の御前ぞ! 頭を下げろ!」

「――よい」

 

 部下が声を荒げるが、それをアドビス三世が押し留めた。そのまま王はカムルへと視線を向ける。

 

「余に何を求める?」

「想定外に守護者たちの実力が高く、苦戦しておりまして。王のお力をお借りしたく存じます」

「いいだろう。相手はどこにいる」

「すでに決戦の準備は整っております」

「ならばよい。――出陣だ」

 

 バサリとマントを翻し、常勝無敗の王が宣言する。

 その姿を眺めつつ、カムルはさて、と誰にも届かぬように呟いた。

 

「踊りましょうか。……誰も彼も、本当にくだらない」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ブルー寮の側にある、アカデミア本校最大の決闘場。そこにアカデミアの生徒が集結していた。

 普段なら授業も終了している時間だ。故にここにいるのは自主練習をする者くらいなのだが、今日は違う。

 

「怖じ気づかずに来たようだな、準!」

「当たり前だ!」

 

 万丈目グループ取締役、万丈目長作。そしてその弟である万丈目準。

 この二人による、アカデミアの買収を懸けたデュエルが行われようとしているのだ。

 長作は笑みを浮かべると、確認だ、と声を張り上げた。

 

「準、お前のデッキだが――」

「――ああ、先に言っておく。俺のデッキを構成するモンスターは全て攻撃力500以下という話だったが、俺のデッキのモンスターの攻撃力は全て0だ!」

「「「ええっ!?」」」

 

 会場にざわめきが広がる。当たり前だ。そもそもDMというのは相手のLPを0にすることを目的としたゲームである。だというのに、そのダメージを与えるモンスターの攻撃力が全て0というのはどういうことなのか。

 だが万丈目はそのざわめきをすべて無視し、一瞬だけ観客席の方へと視線を向ける。やはりというべきか、如月宗達の姿はない。会場に入る時、あの男はあっさりと言ってのけたのだ。

 

〝どうせ勝つだろ? んじゃ〟

 

 それはどういう感情からくる言葉だったのか、万丈目にはわからない。ただ、あれがあの男なりの信頼なのかもしれないと思う。

 ……割と本気でどうでもいいと思っている可能性も十二分にあるが。

 

「行くぞ、兄さん!」

 

 一度大きく深呼吸をし、万丈目が宣言する。長作もまた、応じる構えを見せた。

 

「行くぞ、準!」

「「決闘!!」」

 

 そして、戦いが始まる。

 先行は――万丈目。

 

「俺はモンスターをセット、ターンエンドだ!」

 

 先行である上に攻撃力0のモンスターしかいないこのデッキでは、取れる手段は多くない。

 長作はふん、と鼻を鳴らすと、カードをドローした。

 

「俺は手札より『レスキューラビット』を召喚! 更に効果を発動! このカードを除外することで、デッキから同名のレベル4以下の通常モンスターを二体特殊召喚する! 『神竜ラグナロク』を二体特殊召喚!」

 

 レスキューラビット☆4地ATK/DEF300/100

 神竜ラグナロク☆4光ATK/DEF1500/1000

 神竜ラグナロク☆4光ATK/DEF1500/1000

 

 現れる二体のモンスター。長作は更にカードを使用する。

 

「更に魔法カード『融合』を発動! 手札の『ロード・オブ・ドラゴン―ドラゴンの支配者―』と場の神竜ラグナロクを融合! 『竜魔人キングドラグーン』を融合召喚! 更に魔法カード『竜の霊廟』を発動! デッキから『真紅眼の黒竜』を墓地に送り、更に『エクリプス・ワイバーン』を墓地に送る! そしてエクリプス・ワイバーンの効果でデッキから『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を除外! そしてエクリプス・ワイバーンとロード・オブ・ドラゴンを墓地から除外し、『ダークフレア・ドラゴン』を特殊召喚! エクリプス・ワイバーンの効果でレッドアイズを手札に加え、ラグナロクを除外し特殊召喚! そしてレッドアイズとキングドラグーンの効果で、それぞれ墓地と手札から真紅眼の黒竜と『ダイヤモンド・ドラゴン』を特殊召喚!」

 

 竜魔人キングドラグーン☆7闇ATK/DEF2400/1100

 ダークフレア・ドラゴン☆5闇ATK/DEF2400/1200

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇ATK/DEF2800/2400

 真紅眼の黒竜☆7闇ATK/DEF2400/2000

 ダイヤモンド・ドラゴン☆7光ATK/DEF2100/2800

 

 一瞬にして展開されるフィールド。全てがパラレル仕様という圧倒的なレアリティで構成されたそのカード群に、会場の者たち全員が歓声を上げる。

 

「バトルだ! キングドラグーンでセットモンスターへ攻撃!」

「セットモンスターは『おジャマ・ブルー』だ! このモンスターが先頭で破壊された時、デッキから『おジャマ』と名の付いたカードを二枚手札に加える! 俺は『おジャマ・カントリー』と『おジャマジック』を手札に加える!」

「それがどうした! レッドアイズ・ダークネスドラゴンでダイレクトアタックだ!」

「手札より『速攻のかかし』を発動! 相手の直接攻撃時にこのカードを捨て、バトルフェイズを強制終了する!」

 

 突如現れたかかしに防がれ、長作のバトルフェイズが終了する。長作は鼻を鳴らすと、ターンエンド、と宣言した。

 

「何とか凌いだようだが……それでどうするつもりだ?」

「俺のターン、ドロー!」

 

 長作の言葉を無視するように、万丈目はカードを引く。

 五体の竜――その威圧感が、会場を支配していた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 紙に書かれたいた場所に着くと、いきなり光に包まれた。そして、目にしたのは非現実的な光景。

 空飛ぶ船。その看板に佇む自分。そして、眼前の――

 

「――よくぞ参られました。夢神祇園、我が怨敵よ」

 

 セブンスターズが一角、カムル。

 鬼の仮面を被ったその男が、恭しく首を垂れる。

 

「僕を呼び出したのは、あなたですか」

「呼び出したのは私ですが、今宵の相手は私ではありません。今日の私はあくまで招待者であり、舞台の裏方。あなたの相手は、あちらに鎮座する王――アドビス三世です」

 

 王、という単語に思わず反応してしまう。

 その名を持つ人は、祇園にとってはたった一人だけだから。

 

「貴様が余の相手か」

「……夢神祇園です」

 

 アドビス三世――その名は覚えがある。歴史の授業で見た名前だ。生涯無敗を誇った、〝決闘の神〟と呼ばれた人物。

 

「鍵は持っているな?」

「…………」

 

 無言で鍵を見せる。ならば良い、とアドビス三世は頷いた。

 

「余を呼び出すなど実に不遜なことだが、余の力を求めてのことであるならば致し方あるまい。己の不運を呪うと良い。余の前に未熟な身で立ったことを」

 

 ある種傲慢とも取れる言葉。だがこれはきっと偽りなき本心であり、彼の自信がそうさせているのだろう。

 生涯、無敗。

 その圧倒的な事実に、偽りはないはずだから。

 

「――――」

 

 一度、大きく深呼吸。

 晴嵐大学で思い出したことは、自分にはまだ実力が足りないこと。今回もそうだ。きっと誰かに助けを求めるのが正しい選択だった。

 けれど、できなかった。

 一人で行くことが、至極当然のことであって。

 自分なんかが誰かを頼ることなど……きっと、できなかった。

 

「「決闘!!」」

 

 そして、そうあるならば戦わなければならない。

 頼れないなら、独りきりでどうにかするしかないのだ。

 だから。

 だから、絶対に――

 

 ――負けられない。

 

 誰も見ておらずとも。

 少年は、ただ黙して〝王〟へと挑みかかる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 素人、と自らを定義した男が見せたタクティクスに会場は大きくざわめいていた。一瞬で展開された五体の上級ドラゴン。これはまるで。

 

「ほ、ホントに素人なんスか……?」

「祇園みたいな展開力なんだな……」

 

 翔の呟きに応じるように、隼人が頷く。カオスドラゴン-―以前の祇園が使っていたデッキでも多くの上級ドラゴンが次々と出てきたが、流石に五体同時というのはそうそうなかった。

 これで素人? 流石に無理があり過ぎる。

 

「大丈夫かよ万丈目……」

「このパワーを相手に正面から挑むのは無理があるぞ……」

 

 十代と三沢の言である。彼らの心配そうな言葉は、そのまま他のアカデミア生たちの意見そのものであった。

 ただでさえハンデを背負っている万丈目と、どう見ても素人のそれとは思えない長作のタクティクス。これでは勝負にならない可能性がある。

 

「――つまらないわねぇ。万丈目のボウヤの勝ちじゃない」

 

 そんなことを思っていると、十代たちの背後からため息と共にそんな言葉が聞こえてきた。全員が振り返ると同時、どういうこと、と雪乃の隣に立っていた明日香が問いかける。雪乃は肩を竦めると、そもそも、と言葉を紡いだ。

 

「あのボウヤは常に宗達に挑み続けてきたわ。この程度の苦境なんていくらでもあった。そもそも伏せカードもなしのこの状況、決着はもう見えているわ。……宗達の言う通りね。今更こんなところで躓くほど、あのボウヤは弱くない」

 

 ほら、と雪乃がステージを指し示す。

 そこには一切の怯えも躊躇も見せず、凛と立つ万丈目の姿があった。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 葛藤が、あった。

 迷いが、あった。

 このデュエルに挑むことの意味に。理由に。得られるであろう結果に。

 認められるために、そのために戦いに来た。

 だが、ここで勝利を得たとして……それで家族に何をもたらせる。

 

(俺の勝利は、万丈目グループにとっての不利益だ)

 

 この買収話のために兄二人は少なくない労力と犠牲を払ったはずだ。その目的はアカデミア本校のオーナー件を得ることによってDM界にまで万丈目グループの影響力を及ぼすこと。

 経営について学んでいない自分には、兄二人の見ている景色はわからない。だが、そんな自分でもあの二人が努力し、ここに至っていることだけは理解できる。

 故の、葛藤。

 故の、迷い。

 認められたい――そんな稚拙な想いだけで自分はそんな二人と相対しても良いのかと、今更そんな想いが生まれた。

 

「……くだらんな」

 

 呟く。対面、長作が怪訝そうな表情を浮かべた。

 そうだ、くだらない。

 

 決めたではないか。――一番になると。

 決めたではないか。――あの男を超えると。

 そう、決めたはずだ。

 もう二度と、DMに背を向けることはしないと。

 

〝万丈目サンダー!!〟

 

 己を慕ってくれた、北の地の仲間たち。

 彼らに誇られる己であるために。

 彼らのように、兄に誇ってもらうために。

 

「俺のターン、ドロー! 俺は手札よりフィールド魔法『おジャマカントリー』を発動! フィールド上に『おジャマ』と名の付くモンスターが存在する時、フィールド上のモンスターの攻守は反転する! 更に手札から『おジャマ』カードを捨てることで、墓地のおジャマを蘇生する! 『おジャマジック』を捨て、おジャマ・ブルーを蘇生! 更におジャマジックが墓地に送られたことにより、デッキから『おジャマ・イエロー』、『おジャマ・ブラック』、『おジャマ・グリーン』を手札に加える!」

『出番だー!』

『やってやるぜー!』

『ひゃっほー!』

 

 騒々しく三体のモンスターが手札に加わる。見た目通りの雑魚モンスターだが、この際仕方がない。

 

「更に俺は『おジャマ・レッド』を召喚! このモンスターの召喚成功時、手札から可能な限り『おジャマ』モンスターを特殊召喚できる! 来い、雑魚共!!」

 

 宣言と共に現れる、三体のおジャマ。一瞬にしてフィールドに合わせて十体のモンスターが並び立つ。

 

 おジャマ・レッド☆2光ATK/DEF0/1000→1000/0

 おジャマ・ブルー☆2光ATK/DEF0/1000→1000/0

 おジャマ・イエロー☆2光ATK/DEF0/1000→1000/0

 おジャマ・ブラック☆2光ATK/DEF0/1000→1000/0

 おジャマ・グリーン☆2光ATK/DEF0/1000→1000/0

 

 よくもまあ、これだけ雑魚が並んだものである。……こっちを見るな。

 

「ふん、そんな雑魚モンスターを並べてどうするつもりだ!」

『雑魚だと~!?』

 

 ブラックが言うが、正直雑魚以外に何と言えばいいのか。

 

「ふん、確かにこいつらは雑魚だ!」

『ズゴーッ!』

 

 いちいちリアクションが大きい。面倒臭い連中である。

 万丈目は三人――否、三匹を無視し、言葉を続ける。

 

「だが、俺はこの雑魚共から学んだ!!」

 

 その言葉を聞き、目を輝かせる三匹。実に忙しい。

 

『兄弟の絆を!』

『力を合わせれば!』

『何だってできるって事を!』

「下には下がいるということを!」

 

 三匹は器用に顔面でスライディングをしていた。本当によく動く鬱陶しい雑魚共である。

 

「思い出した……! そうだ、俺はどん底から這い上がったのだ! この雑魚共とは違う!」

「黙れ準! 落ちこぼれはどこまで行こうと落ちこぼれだ!」

 

 長作の一喝。昔ならそれだけで縮こまったモノだが、今の自分にはただの大声だ。

 

「ならば証明してやる……! 俺は手札より、魔法カード『おジャマ・デルタハリケーン!!』を発動! 自分フィールド上にイエロー・ブラック・グリーンがいる時のみ発動でき、相手フィールド上のカードを全て破壊する!」

「何だと!?」

「行け、雑魚共!!」

『『『おー!!』』』

 

 紡がれるのは、三体のモンスターによる圧倒的な破壊の嵐。

 個々ではまともに戦う力すらないモンスターたち。だが、力を合わせれば〝伝説〟と名高き竜すらも凌駕する。

 

「俺のモンスターが、全滅……?」

 

 呆然と呟く長作。彼が展開した強大な力を持つ五体の竜は、同じく五体の彼が雑魚と呼んだモンスターたちによって吹き飛ばされた。

 

「バトルだ! 行け、雑魚共!!」

 

 こうなってしまえば、決着はもう見えている。

 殺到する五匹のモンスター。守る者がいない長作は、為す術なく受け入れるしかない。

 

 長作LP4000→-1000

 

 そして、決着。万丈目は、拳を天高くつき上げた。

 

「俺は生まれ変わったのだ! そう、俺の名は!――一!!」

「「「十、百、千!!」」」

「万丈目サンダー!!」

「「「サンダー!!」」」

 

 アカデミア生による大合唱。それをどこか眩しそうに見ていた長作と視線が合い、万丈目は彼に向かって言葉を紡いだ。

 

「兄さん。……兄さんたちの目的は、DM界にも手を広げることだろう?」

「ああ。お前のおかげでそれも台無しだがな」

 

 肩を竦める長作。だが、その言葉に反してその口調と表情はどこか柔らかい。

 故に、彼は。

 

「ならば、俺がその役目を果たす」

 

 自身の胸に拳を当て、万丈目が言う。

 

「俺はこのアカデミアで最強に――いや、世界で最強のデュエリストとなる。俺が、この万丈目サンダーが、万丈目の名を世界へ轟かせる」

 

 きっと本人は気付いていない、万丈目準という少年最大の強み。

 己を追い込む言葉を吐き、そしてそれを実現するための努力を怠らないこと。

 捻くれていても、歪んでいたことがあっても。

 彼の根本は、いつだってシンプルだ。

 

「そうか。……そうか」

 

 二度、呟くように長作は言い。

 軽く、万丈目の肩を叩いた。そして彼は背を向けると、片手を上げて言葉を紡ぐ。

 

「最大限のサポートをしてやる。吐いた言葉を嘘にするなよ、準。それが万丈目に産まれた者の責務だ」

 

 去っていく背中はとても大きい。万丈目グループという強大な組織を背負う覚悟と力が、その背中からは感じられた。

 いつの間にか、酷く遠くなってしまったように思える兄の背中。だが、あの背中を追う必要はない。

 幼き日のように、ただ背を追えば良いわけではない。万条目準には、万丈目準の道があるのだから。

 

「ありがとう、兄さん」

 

 だから、家族としてそう言葉を紡ぐ。

 ああ、と簡単な返答が返ってきた。

 

 ――ようやく、〝家族〟としての距離が取り戻せた気がした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「先行は余だ! ドロー!……カードを二枚伏せ、モンスターをセット、ターンエンド!」

 

 空飛ぶ船の上という奇妙な状況でのデュエル。周囲に味方はおらず、まさしく四面楚歌。

 だが、これでいい。最悪沈むのは自分だけ。その状況であるならば、それでいいのだ。

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 正直、自分の中でも感情が整理できていない。

 あの時、部屋に置かれていた手紙。ただ一言、招待の言葉だけが書かれたそれを目にして、祇園はこの場所へやってきた。

 誰に相談することもなく、当たり前のように、たった一人で。

 

「手札より、魔法カード『調律』を発動。デッキから『ジャンク・シンクロン』を手札に加え、その後デッキトップを墓地へ送る。……『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』が墓地へ」

 

 未熟であることを、思い出した。

 弱者であることを、思い出した。

 だがそれは、今更のこと。

 

「モンスターをセット、カードを一枚伏せます」

 

 いつだって、困難というのは突然で。

 立ち向かうのは、独りきりの自分だったから。

 

「そのメインフェイズに罠カードを発動する! 永続罠『第一の棺』! 相手ターンのエンドフェイズ毎に第二、第三の棺を一枚ずつデッキか手札より発動する!」

「……ターンエンドです」

 

 厄介そうなカードだが、現状防ぐ手段はない。そして祇園がエンドフェイズを迎えたことにより、第一の棺の効果が発動する。

 

「デッキより、永続魔法『第二の棺』発動! これで後一枚だ。余の勝利は目前」

 

 勝ち誇ったように言うアドビス三世。第一の棺――流石の祇園も聞き覚えのないカードだ。三枚のカードを揃えることで条件が整うカードのようだが……。

 

(特殊勝利じゃない……でも、あの自信は……)

 

 何かがあるのだろう。生憎というべきか、その何かはわからないのだが。

 

「余のターンだ、ドロー!……余は手札より『ユニゾンビ』を召喚し、第二の効果発動! デッキからアンデットモンスターを一体墓地へ送り、ユニゾンビのレベルを一つ上げる! 余は『王家の守護者』を墓地に送り、レベルを4に! 更に反転召喚、『ゴブリン・ゾンビ』!」

 

 ユニゾンビ☆3→4闇ATK/DEF1300/0

 ゴブリン・ゾンビ☆4闇ATK/DEF1100/1050

 

 共にアンデットモンスターの中では代表的なモンスターだ。だが、ユニゾンビ――チューナーモンスターとは。彼の時代には当然、そんなものは概念すら存在していなかったはずだが。

 

 

「――バトルだ、ユニゾンビで攻撃!」

「セットモンスターは『ライトロードハンター・ライコウ』です! リバース効果により、第一の棺を破壊!」

「なっ……!? カウンター罠『天罰』発動! 手札を一枚捨て、モンスター効果の発動と効果を無効にする!」

 

 ライトロード・ハンターライコウ☆2光ATK/DEF200/100

 

 破壊されるライコウ。墓地肥やしと合わせての展開ができると思ったが、そう上手くいかないようだ。

 追撃が来る――そう身構える祇園だったが、次の一撃はすぐには来なかった。代わりに、何故だ、とアドビス三世がどこか困惑したような声を出す。

 

「何故、棺を狙った?」

「…………」

 

 流石にそんな質問は想定していなかったため、祇園はすぐに答えを返せない。そんな彼に代わって言葉を紡いだのは離れた場所からデュエルを見守っているカムルだった。

 

「相手のコンボを崩す一手を打つのは当然ではありませんか、陛下? 特に勝利は目前とまで仰る一手なわけでもありますし」

「……棺を狙われたことなど、初めての経験だ」

 

 どこか苦々しい口調で言うアドビス三世。その言葉と、王という彼の立場。そして生涯無敗という伝説が、祇園の中で一つの形を作る。

 生涯無敗の王。彼自身が弱いというわけではないだろう。だが、伝説はただ彼が強いだけで形作られたわけではなかったのだ。

 

「素晴らしい部下をお持ちのようですね、陛下」

 

 悪意ある笑みと言葉。鬼の面に覆われていないカムルの口元が、邪悪な笑みを浮かべた。

 

「いえ、死者であるならばお持ちだった、と言うべきでしょうか。……私は学のある人間ではないので、果てしなくどうでも良いのですが」

「貴様ッ!!」

 

 カムルの言葉に激昂したアドビス三世の部下たちが彼に詰め寄ろうとする。だがそれを、アドビス三世が手で制した。

 

「やめよ。余にこれ以上恥をかかせるな」

「お、王……」

 

 部下たちが困惑の声を上げる。それを、嘲笑と共に一つの声が切り裂いた。

 

「まあ、そう悲観することもないのではないではありませんか?」

「……何だと?」

「あなたの眼前にいるのは、あなたの立場も、想いも、信念も、道理も、王道も、理由も、伝説も、人生さえも慮ることはない――慮る必要がない、〝敵〟という存在です。それも、この島における実力者として鍵の守護者に選ばれたほどの存在。

 絶対にして無敵の王。あなたの伝説は、そこにいる敵に勝利して初めて完成する」

 

 諸手を広げ、歌うように告げるカムル。ふん、とアドビス三世は不愉快そうに息を吐いた。

 

「余を掌の上で転がそうとは……業腹だが、今回は見逃してやる」

 

 そして、アドビス三世が仮面を外す。現れたのは年若い青年の顔だった。

 

「名を名乗れ。余はアドビス三世、我が王道にその名を刻んでやろう」

「夢神、祇園です」

 

 名を名乗る。アドビス三世は一度頷くと、ゆくぞ、と言葉を紡いだ。

 

「余の全力を以て、貴様を倒す! ゴブリン・ゾンビでダイレクトアタックだ!」

「…………ッ!」

 

 祇園LP4000→2900

 

 祇園のLPが削られる。衝撃は思ったほどではない。だが、切れた唇から僅かに血が滴った。

 

 落ちたカード→TGストライカー

 

 そしてゴブリン・ゾンビによるデッキ破壊効果が発動する。祇園のデッキは墓地があればあるほど展開力の上がるデッキだ。故にアドバンテージとなり得るのだが、正直現状は微妙と言える。

 

「余はターンエンドだ」

 

 そう宣言するアドビス三世。場にはモンスターが二体。伏せカードはない。

 

「ドロー!」

 

 棺を破壊したいところだが、そう上手くは行かないだろう。ならば、今の自分にできる一手は――

 

「手札より『ジャンク・シンクロン』を召喚! 効果でライコウを蘇生!――レベル2、ライトロード・ハンターライコウにレベル3、ジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 ジャンク・シンクロン☆3闇・チューナーATK/DEF1300/800

 ライトロード・ハンターライコウ☆2光ATK/DEF200/100

 

 新たなる力であり刃であるシンクロ。

 その力を以て、伝説へ牙を突き立てる。

 

「――シンクロ召喚、『氷結のフィッツジェラルド』!」

 

 氷結のフィッツジェラルド☆5水ATK/DEF2500/2500

 

 氷の魔物が降臨する。

 周囲の温度が一気に下がったかのような感覚。祇園と魔物を中心に、甲板の一部が氷に覆われた。

 

「バトルです。――フィッツジェラルドでユニゾンビを攻撃!」

「くっ……!」

 

 氷結し、砕けていくゾンビ。如何に不死なる存在とて、氷漬けにされた上で砕かれてはどうにもならない。

 

 アドビス三世LP4000→2800

 

「カードを一枚伏せ、ターンエンド」

 

 祇園が宣言する。その瞬間、とアドビス三世が言葉を紡いだ。

 

「デッキより『第三の棺』を発動する! そして場に三つの棺が揃ったことにより、デッキ・手札より『スピリッツ・オブ・ファラオ』を特殊召喚する! 更に効果により、墓地の『王家の守護者』を二体蘇生だ!」

 

 スピリッツ・オブ・ファラオ☆6闇ATK/DEF2500/2000

 王家の守護者☆2地ATK/DEF900/0

 王家の守護者☆2地ATK/DEF900/0 

 

 古代エジプトにおいて王の亡骸を納めた棺のような姿をしたモンスターが現れる。同時、その効果により二体のモンスターが蘇生された。

 とはいえ、現状ではフィッツジェラルドを突破することはできない。どうするつもりか。

 

「――姿も表さぬ者の手の上にいるようで不愉快だが、致し方ない。余は魔法カード『融合』を発動! 場の王家の守護者二体を融合し――降臨せよ『冥界龍ドラゴネクロ』!!」

 

 冥界龍ドラゴネクロ☆8闇ATK/DEF3000/0

 

 濁流のような闇が、駆け抜ける。

 現れたのは、見る者に根源的な恐怖を与える存在だった。

 

「バトルだ。ドラゴネクロでフィッツジェラルドへ攻撃」

「ッ、罠カード発動、『ガード・ブロック』! 戦闘ダメージを0にし、カードを一枚ドロー!」

「ほう。だが、無意味だ。ドラゴネクロとの戦闘では相手モンスターの破壊も行われない。しかし、ダメージステップ終了時に戦闘した相手モンスターの攻撃力を0とし、更に相手モンスターと同じ攻撃力の『ダークソウルトークン』を一体特殊召喚できる」

 

 ダークソウルトークン☆5闇ATK/DEF2500/0

 

 現れる、フィッツジェラルドと同じ攻撃力を持つトークン。同時、フィッツジェラルドの攻撃力が0となった。

 これは、つまり。

 

「ダークソウルトークンでフィッツジェラルドを攻撃!」

「――――ッ!?」

 

 祇園LP2900→400

 

 衝撃が全身を貫いた。

 痛い、という感覚。ごほっ、と咳き込むと共に口の中に鉄の味が広がった。

 

「……ッ、フィッツジェラルドの効果……! 戦闘破壊された時、場にモンスターがいなければ手札を一枚捨てることで守備表示で蘇生できる……! 『TGワーウルフ』を捨て、蘇生……!」

 

 これでこのターンはどうにか凌げた。

 

「押し切れなかったか。余はターンエンドだ」

 

 アドビス三世がターンエンドを宣言する。祇園は息を一つ吐き、カードをドローした。

 このターンだ。ここで何かしらの一手を打たなければ。

 

(……いける、かな?)

 

 引いたカードは『魔轟神獣ケルベラル』だ。このカードと今の手札。それを組み合わせれば、打てる手は確かにある。

 

「手札の『魔轟神獣ケルベラル』を捨て、『死者転生』を発動。『ジャンク・シンクロン』を手札に加え、捨てられたケルベラルは自身の効果で特殊召喚される。更に『ジャンク・シンクロン』を召喚。効果で……ライコウを蘇生」

 

 氷結のフィッツジェラルド☆5水ATK/DEF2500/2500

 魔轟神獣ケルベラル☆2光・チューナーATK/DEF1000/800

 ジャンク・シンクロン☆3闇・チューナーATK/DEF1300/800

 ライトロードハンター・ライコウ☆2光ATK/DEF200/100

 

 並び立つ四体のモンスター。

 祇園の使うデッキは取れる選択肢が膨大な数となるが故に常に思考をしなければならない。イメージとしては数式。数字があり、それを知っている公式に当てはめて行き、最も効率よく、或いは効果的な解へと辿り着く。

 

「レベル2、ライコウにレベル2、ケルベラルをチューニング。シンクロ召喚、『アームズ・エイド』。更にレベル5、氷結のフィッツジェラルドにレベル3、ジャンク・シンクロンをチューニング。――集いし願いが、新たに輝く星となる。光差す道となれ。シンクロ召喚――『スターダスト・ドラゴン』」

 

 数字が揃えば、後は最も効率的な解を導き出すだけ。

 高速思考と状況判断。それを培うために必要なのは才能ではない。訓練だ。

 戦い、勝利し、敗北した数だけそれは血肉となって身に宿る。

 

「……美しい……」

 

 思わずアドビス三世でさえも見惚れる程に美しい姿をした竜。星屑の竜は、その輝きと共に飛翔する。

 

「スターダスト・ドラゴンにアームズ・エイドを装備。――バトルです、スターダスト・ドラゴンでドラゴネクロを攻撃!」

 

 スターダスト・ドラゴン☆8風ATK/DEF2500/2000→3500/2000

 

 この盤面が完成した時に、すでに勝者は決まっていた。

 

「アームズ・エイドを装備したモンスターが先頭でモンスターを破壊した時、その攻撃力分のダメージを与えます!」

「なにっ!?」

 

 ドラゴネクロの攻撃力は、3000。

 答えは、計算するまでもない。

 

 アドビス三世LP2800→2300→-700

 

 そして、決着。

 ソリッドヴィジョンが消えていく。アドビス三世は一度空を見上げると、嗚呼、と呟いた。

 

「これが、敗北か。……悔しいな。余は、悔しい――……」

 

 噛み締めるような言葉。生涯無敗を誇った王は、その死後に初めて敗北を知った。

 だが、それでもその伝説が色褪せることはない。彼の強さは本物で、その伝説は今も尚語り継がれるほどに人々に愛されているのだから。

 

「だが、楽しかった。……いいものだな、全力で戦うというのは」

 

 そう言うと、アドビス三世はこちらへと歩み寄ってきた。そのまま、こちらへと手を差し出す。

 

「また、余と戦ってくれるか?」

「……はい、喜んで」

 

 握手を、交わす。

 生者と死者。本来なら交わるべきでなき両者が交わす、一つの挨拶。

 

「だが、余は冥界に帰らねばならん。……そうだ、祇園、と言ったな? 余と共に冥界に来ぬか?」

「さ、流石にそれは。……まだ、やり残したことが多くあるので」

 

 死にたいと、消えてしまいたいと、逃げてしまいたいと思うことは幾度となくあった。

 ――けれど、それはしたくない。

 こんな自分を友達だと言ってくれる彼らと、黄昏から救い出してくれた親友に正面から向き合うために。

 せめて、逃げることだけは……したくない。

 

「そうか。残念だ」

 

 むむ、と本気で残念そうな表情を浮かべるアドビス三世。大丈夫ですよ、と祇園は言葉を紡いだ。

 

「僕もいつか、そちらへ行きますから」

「……まあ、今更数十年待ったところで大したこともない」

 

 ふむ、と納得の表情を浮かべるアドビス三世。そのまま、それではな、と彼は言葉を紡いだ。

 

「我が生涯において終ぞ手に入れられなかった……、友よ」

「はい。――ありがとうございます」

 

 祇園の身体が光に包まれる。おそらく、船から降ろされるのだろう。

 アドビス三世は、最後に呟くように言った。

 

「闇の中、余を呼ぶ声に誘われて来てみたが……良き出会いがあった。とはいえ、もう二度とあの声には応じぬだろうが」

 

 そして、彼の姿が消える。

 気付いた時には、最初に祇園が呼び出された場所にいつの間にか立っていた。

 

「……………」

 

 体についてはおかしなところは特にない。痛みも引いている。

 とにかく、勝利だ。今更ながら単独で敵地に乗り込んだことは軽薄だったかと考えたが、すぐに首を振って否定した。どの道、手段はこれしかなかった。

 アカデミア本校のオーナー権を懸けたデュエル。かなり重要で、大切なことだ。そんなものを控えた万丈目に敵の襲来のことなど知らせることはできない。十代たちも同じだ。一人でも彼に漏らせば、万丈目にいらぬ動揺を与えることとなる。

 それに、ただでさえ万丈目は家族との戦いというデリケートな状況にいたのだ。妖花も今回の件について部外者である以上、彼女を巻き込むわけにはいかなかった。

 故の、孤軍。

 誰も見ておらずとも、知らずとも。夢神祇園は自然とそういう選択をしていた。

 

「健気ですね。そして実に愚かしい」

 

 パチパチと、どこかこちらを小馬鹿にしたような拍手の音を響かせながらそう言ったのは鬼の面を被った男――カムルだ。その口元には笑みが浮かんでいる。

 

「まあ、とはいえそのおかげで楽をできているので良いのですが。やはり、というべきか。あなたはどうも、あなた以外の方を信用なさられていないようですね」

「…………」

 

 無言を返答とする。かつてがそうだった。友達のいなかった中学時代。いつも一人ぼっちでありながら桐生美咲という『アイドル』と友である彼に向けられた悪意など、数え切れなかった。

 その対応は、無視だ。徹底的にシャットアウトする。戦っても勝てない。一人ぼっちは何より弱いのだから。

 戦わないことが、夢神祇園にとっての戦いだった。

 そして、だからこそ。

 

「そんなことはない、と思っておられるのでしょう? 鍵の守護者は誰もが己よりも強い。あなたの目がそう語っている。しかし、実際は違う。あなたは一人きりでここへ来た。たった一人で戦った」

 

 夢神祇園という少年は、決定的に歪んでいる。

 その歪みの本質は、本人さえも気付けぬ根深い部分にある。

 

「まあ、とはいえあなたが勝利を得たのも事実。お見事でした。――それでは、次の戦場で」

 

 言いたいだけ言い放つと、カムルは立ち去っていった。祇園はその背を見送ることはせず、彼と反対方向へと歩き出す。

 今カムルと戦うことに意味はない。彼と戦い、勝利したとして彼を退場させる手段がないのだ。ならば祇園にとって彼と戦う意味はなく、逆に向こうは勝利で鍵を得られるのだから利益しかない。

 故に、ここは放置が正解だ。彼は一度打ち破っている。その事実があればそれでいい。

 

 

 奪われた鍵の数は、0。

 残るセブンスターズは、あと二人――……

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 口元から一滴、赤い液体が零れ落ちた。

 ふむ、と息を吐くと、その血を指先で拭う。

 

「相互理解のためのデュエル……教職に就くあなたらしい言葉ですが、その答えはこのようなものです」

 

 ちゃんと血は紅かったのか、などとどうでもいいことを考えつつ、〝王〟は言った。その言葉には感情が込められておらず、ただの事実確認のように聞こえる。

 

「私はあなたが理解できない。あなたは私が理解できない。ただそれだけのことです」

 

 教職に就く男は、静かに告げる。

 

「……理解の必要はない。必要なのは認識であり、役目だ」

「ふむ、成程。そういうことなら意味があったのでしょう」

 

 そう言うと、〝王〟は背を向ける。彼女の中で朧気だった今回の全体像がようやく形となってきた。正直関わりたくはないが、彼女の今の立場はそれを許さない。

 

「……あなたがここにいてくれて、助かりましたにゃー」

 

 そして、その気配が消える。

 多くの思惑と理由が絡み合い、事態は混迷へ落ちていく。

 

「未来のために、か。……羨ましいな」

 

 彼らが、羨ましい。

 死地に赴く彼らに対し、〝王〟は小さく呟いた。









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第六十八話 誰かが望んだ今

 

 

 ようやく目を覚ました人物は、こちらを見て頭を下げてきた。己の半分も生きていない小娘二人に頭を下げるだけの度量は、流石にあの海馬瀬人がアカデミア本校の校長を任せるだけのことはあると言えるだろう。

 

「……彼らが、戦ってくれたのですね」

「はい。とはいえ、それについてあなたを責めるつもりはウチにも社長にもありません。敗北したとはいえ、あなたは生徒を守るために命さえも懸けた。その覚悟を称賛こそすれ、否定することはできません」

 

 呟くような相手の、鮫島の言葉に静かに応じる。隣に立つ女性教諭、響緑は沈黙したままだ。彼女は今回のことについて書面と口頭でしか知らない。故に口を出せないと考えているのだろう。

 更に言えば、鮫島が入院している間の権利関係はクロノス教諭と美咲の二人で分散する形をとっていた。基本的にクロノスに丸投げだが、対外的なモノの一部を美咲が引き受け、クロノスの負担を減らそうとしていたのだ。

 こういう形になった理由については単純にクロノス教諭の負担の問題である。元々技術指導最高責任者として軽くない責任を負っているのだ。そこに更なる責任を被せると業務上において不都合になると判断されたのである。

 故の責任分散だったのだが、正直杞憂だった。あの男は乗せられると能力以上の力を発揮する。ぶっちゃけると美咲がした仕事など対外との調整を僅かに行っただけだ。普段や言動があれなので誤解されやすいが、アカデミア本校から何十人とプロデュエリストを輩出した腕は本物なのである。

 

「そして、あなたを倒したセブンスターズの一人、カムルを含め、現在五人の敵を討ち破りました」

「……そう、ですか」

「カムル、というデュエリストを倒したのはオシリスレッドの夢神祇園くんのようです」

 

 呟くような鮫島の言葉に、緑が更に報告を重ねる。次いで倒した五人のセブンスターズの報告を彼女が行うと、鮫島は俯き、彼らは、と呟いた。

 

「彼らは、無事ですか……?」

「……命がある、という意味では。天上院吹雪――彼も目を覚ましたそうですし、さしあたっての問題は残る二人と黒幕についてのみです」

 

 怪我を負わせたことについては責任があるが、そこを追求するのも解決するのも全てが終わってからだ。そういう意味では現状、問題はない。

 そうだ、問題はない。事態は想定内で進行している。鍵の守護者として桐生美咲が戦わなかった理由は、まだ継続中なのだ。

 

「犠牲者は0。現状において最良の結果です。そしてこちらが優位な今だからこそ、次の一手を打つ必要があります」

「……次の一手とは?」

「以前より『三幻魔』の力を狙う者は存在していました。しかしその在り処や手に入れる手段を得ることができず、多くは消えていった。ですが、今回は違います。敵は初めから『七星門の鍵』を狙ってきた。……どういう意味か、おわかりですね?」

 

 正面から美咲に見据えられ、鮫島もまた彼女に視線を真っ直ぐに返した。重い空気が満ちる。互いに相手に害を成そうとしているわけではない。ただ、これからの会話にそれだけ神経を使う必要があるというだけだ。

 

「鍵のことについて知っているのは、本校でも私だけでした」

「代々校長に知らされる話でしたからね。ウチは事情が事情やから社長から聞きましたが……。いずれにせよ、本社でも知る人は少ないことです」

 

 かの三幻神に匹敵する力を持つとされる三幻魔。ネット上では様々な憶測が囁かれているが、真実を知る者は数えるほどしかない。そして今回の敵は、その『真実を知る者』だ。

 

「身内を疑うなんてこと、したくないんです。せやけど、『三幻魔』の復活は何があっても阻止しないといけません。世界が……終わってしまう」

 

 強く拳を握り締め、美咲は言う。

 その言葉に込められた覚悟と想いの強さに、鮫島と緑は自然、口を閉ざした。

 どれぐらい沈黙が続いたのか。それを打ち破ったのは、鮫島だった。

 

「……心当たりが、ないわけではありません」

「…………」

 

 返答は無言。視線で、美咲は続きを促す。

 鮫島は息を吐くと、ただ、と言葉を紡いだ。

 

「証拠はありません。仮にそうだったとして、理由さえも予測できない。ただ、立場上可能という事実があるだけです」

「……やっぱり、その結論に落ち着きますか」

 

 ふう、と美咲は息を吐く。そのまま彼女は、いずれにせよ、と言葉を紡いだ。

 

「鮫島校長。あなたにはできるだけ早急に戻って頂きます」

「ええ、無論です」

「それを聞けて安心しました」

 

 そのまま美咲は一度頭を下げると、彼に背を向けた。緑も頭を下げ、二人は部屋を出ようとする。

 ただ、その時に。

 

「………………すみません」

 

 ポツリと、呟くように桐生美咲は呟いた。

 扉が閉まる音が響く。美咲は緑と並んで歩き出す。互いに言葉はない。ただそんな中、美咲は誰にも聞こえないような声でもう一度呟く。

 ――ごめんなさい。

 ただ、その一言を。

 

 そして。

 

「……ん?」

 

 病院を出ると同時に、PDAのコール音が響いた。相手はアカデミア本校だ。何事か――そう思い、電話に出る。

 

 疑念は、確信に。

 終わりの時は、確実に近付いていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 天上院吹雪。彼と世代を同じくした者であるならば、まず知らない者はいないだろう。

 かつてジュニア選手権で活躍した〝帝王〟こと丸藤亮。その圧倒的な実力故に勝利を得てきた彼だが、『優勝』という結果を残した数は歴代の優勝者とそう変わらない。

 何故なら、その時代には彼と正面から渡り合える天才が他にもいたからだ。

 黄金時代とも呼ばれた世代。その世代において常に〝帝王〟と最強の座を奪い合っていたのが〝王子〟とも呼ばれた人物――天上院吹雪。

 自身の名字を『10Join』ともじり、周囲に笑顔を振りまく彼の姿は常に冷静沈着で文字通り孤高の〝帝王〟として君臨する丸藤亮と対照的であり、だからこそ二人はライバルとしてよく取り上げられた。

 だが、〝王子〟の名はアカデミア本校に彼が入学すると同時に途絶えることとなる。

 アカデミア本校は国民決闘大会やIHに学校単位で参加することはない。だがその代わりにKC社やI²社が主催する大会には推薦枠が用意されるし、〝帝王〟などはそういった大会で結果を残してきている。

 だが、〝帝王〟最大のライバルにして親友である〝王子〟は、結局一度も表舞台に姿を現さなかった。

 憶測が憶測を呼び、いくつもの噂が流れ。しかし、誰も真実には至れなかった。

 ――しかし、彼は帰還した。

 おそらく、かつてのような姿で。

 夢神祇園も憧れた、〝王子〟としての姿で。

 

「ちょっと兄さん! 何してるの!」

「い、いや待つんだ明日香。落ち着いてくれ。僕はただ道を聞いただけで……」

「道を聞くだけでどうして手を握って見つめ合う必要があるのかしら……?」

 

 とりあえず、放課後の購買部で騒いでいる姿はどこか微笑ましい。……というか何故アロハシャツを吹雪は着ているのだろうか。後、少し目を離した隙に彼を取り巻く女生徒が増えている。

 

「相変わらずだな、あの人は」

 

 くっく、と笑みを浮かべながらそんなことを言うのは如月宗達だ。草加せんべいをポリポリと食べながら、彼は楽しそうに天上院兄妹のやり取りを見ている。

 

「知り合いなの?」

「中学の時に面識あるだけだ。特に敵対してるわけでもないし、まあ、お互い不干渉だな。雪乃のことがあったせいで明日香について色々聞かれたりもあったが、まあそれだけだよ」

 

 いまいち要領を得ない説明だが、まあ仕方ないだろう。ただわかるのは、宗達が敵意を持っていないということだけだ。

 それだけで警戒する必要はないということになる。正直宗達が敵意を持っていない人間など珍しいし、彼がそういう判断を下しているということは信頼できる相手ということだ。

 ……まあ、宗達自身が少々特殊なのであまり鵜呑みにするのも問題だろうが。

 

「しっかし、変わってねぇなぁ。入学式で妹の写真撮りまくる阿呆がいてドン引きしたが……、そういやあの人、常に女子に囲まれてたもんな」

 

 笑いながら言う宗達。……そのエピソードだけで中々濃い人物であることがよくわかる。

 その吹雪は女生徒たちに爽やかに笑顔を振りまきながら礼を言うと、明日香と何かを話し始めた。そしてこちらを向き、笑顔を浮かべると歩み寄ってくる。

 宗達と面識があるということなので、こちらへ寄って来たのだろう。だが、吹雪の興味の対象は宗達ではないようだ。

 

「キミが夢神祇園かい?」

「は、はい。えっと……」

「天上院吹雪だ。フブキングと呼んでくれ」

 

 人好きするような笑顔を浮かべる吹雪。成程、こうして警戒心を抱かせない笑顔を浮かべるのは才能だ。

 

「キミもドラゴン族を使うとアスリンから聞いたんだが……」

「はい。でも混ぜこぜですよ。前のカオスドラゴンはドラゴン族主体でしたが……」

 

 夢神祇園は初対面の人物と話すのが苦手だ。だが、吹雪との会話は淀みなく行えている。おそらく吹雪の人徳だ。彼の雰囲気は柔らかく、とても話しやすい。

 

「正直二年も間が空くと色々変化が多くてね。良ければデッキ構築を手伝ってもらえないかな?」

「僕で良ければ」

「本当かい? 助かるよ」

 

 笑みを浮かべる吹雪。年上の頼れる先輩というのは何人もいるが、この人はまた違った雰囲気だ。

 それじゃあ、と吹雪が次の言葉を紡ごうとする。それを遮るように、校内放送が響き渡った。

 

『今から呼ぶ者は、至急校長室に集まってください』

 

 読み上げられる名前は、クロノスを除く鍵の守護者6人だ。明日香と視線が合う。また、何かが起こったのだろうか。

 

「例のセブンスターズとやらも残り三人か。ま、無理せずやれよ」

「……うん」

「ええ、わかっているわ。それじゃ、兄さん。行ってくるわね」

「行ってらっしゃい。――ところで、宗達くん。時間はあるかい? 聞きたいことが山とあるんだが」

「明日香のことッスか? いいッスよ別に」

「本当かい!? 助かるよ!」

「やめて兄さん!」

「寮行きます? 吹雪さん、暫定でレッド寮でしょ?」

「――宗達」

「怖ぇよ睨むんじゃねぇよ視線だけで人殺そうとすんなよ」

 

 微笑ましいやり取りが繰り返される。それに知らず微笑を零しながら、祇園は窓から見える空を見上げた。

 ――セブンスターズの一角であったアドビス三世。彼のことを、祇園は誰にも話せていない。

 タイミングがなかったのもあるし、積極的に話すだけの理由がなかったのもある。

 だが、言い出そうと思えばできたはずなのに、そうできなかった。

 

(……どうしたんだろう)

 

 じゃれ合う三人はすぐ側にいるのに、どこか遠くにいるように思える。

 自分と相手の間に溝があるような、そんな感覚。

 

 どこか重苦しい気持ちを抱えたまま、夢神祇園は息を吐く。

 それがため息のように聞こえたのは、きっと偶然じゃない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「じっちゃんの名に懸けて!」

「そういや食堂に置いてあったな。アレ誰が揃えたんだろ」

 

 高々と宣言する万丈目に対し、妙に冷静に告げる宗達。先程の呼び出しは七星門の鍵の保管について警察に協力を得るためだったらしい。正直今更だしあの警部とやらは怪し過ぎたが、とりあえず関係ないので放置した。

 そして、その結果が鍵を全て盗まれるという事態に陥った。

 ……いやまあ、正直答えは見えている気がする。

 

「でもでも、どうやって探すんですか?」

 

 小首を傾げながらそんなことを言うのは防人妖花だ。本来なら彼女はここにいるべき人間ではないのだが、本人の希望と保護者たる烏丸澪の許可でここに滞在している。まあ、〝祿王〟がこちらにいる以上、その方が安心だろう。

 そもそも部外者である澪に妖花の滞在許可が出せるのがおかしな話だが、クロノスが妖花にデレデレな時点でもう議題に上げる意味もない。防人妖花は純粋だ。そして本人が凄いと思った相手には底抜けの敬意を抱く。澪を始め、彼女は自身の周囲にいる人間を誰一人の例外なく慕い、尊敬している。

 宗達だけは少し避けられているが、まあそれは仕方がない。相性がある。彼女と如月宗達はその在り方が相容れないのだから。

 ……だから何というか、彼女の背後からこちらを三つ目で睨むのをやめてもらいたい。鬱陶しい。

 

「全員の鍵が奪われたんだよな。部屋に証拠とかは残ってなかったのか?」

 

 たわしにすんぞオマエと視線を送っていると、十代がそんなことを言い出した。ちなみに現在いるのはレッド寮の食堂だ。祇園は夕食の支度をしているので席を外しているが、今回の関係者は全員集まっている。例の警部やら保険医やらといったよくわからない連中も一緒だ。

 

「とりあえず状況を整理しよう。各々の状況からだ」

 

 切り出したのは〝帝王〟こと丸藤亮だった。まあ正直勢いと雰囲気とノリだけで今まで行動していたので、ここらで状況確認が必要となる。

 三沢は頷くと、なら、と言葉を紡いだ。

 

「まずは犯行現場の状況からだな」

「そういえば、犯行現場に証拠が残るというッスね」

 

 うんうんと頷く翔。……そういえば大徳寺がいない。そんな中、明日香が思い出したように言葉を紡いだ。

 

「そういえば、私の部屋の床に着け爪のようなものが落ちていたわ」

「あら、着け爪なんて使っていなかったわよね?」

 

 思い出したような明日香の言葉と、それに応じる雪乃の言葉にビクッと反応する保険医。

 

「天上院くん。真剣に犯人を捜す気があるのか? 部屋は小まめに掃除しろ」

「ま、毎日してるわよ」

「そんなものは俺が捨てておいた」

「ご、ごめんなさい……」

 

 だが、名探偵万丈目サンダーにとってはそれは証拠にならないらしい。色んな意味で面白すぎる。

 

「そういえば、少年の鍵を保管していた金庫の前に足跡があったようだが」

「そ、そういえばありました!」

 

 興味なさげに本を読んでいた澪が不意にそんなことを言い出す。妖花もこくこくと頷いた。だがよく見れば澪の口元は笑っている。アレは楽しんでいるな多分。

 

「校内は土足厳禁です。俺が拭いておきました」

「そういや、俺たちの部屋にも穴が……」

「借りた部屋に瑕を付けるな。俺が塞いでおいた」

「さ、サンキュー」

 

 澪が顔を逸らした。気持ちは宗達にも凄くよくわかる。やっぱり阿呆だコイツ。

 

「それで、犯人は誰なんだな?」

「オマエ犯人わかったっつってなかったか?」

 

 正確にはその一歩手前、解決編に入るための台詞だったわけだが。

 

「ふん、焦るな。犯人は――お前だ!」

 

 そう言って万丈目が指し示したのは、例の怪しい五人組。

 ……正直、どういう論理展開でそうなるのかが意味不明だ。

 

「しょ、証拠は!?」

「証拠ならある。コイツらだ」

 

 そう言って万丈目が示したのは三枚のカード。おジャマ三兄弟だ。

 

「俺はコイツらを鍵の保管場所に置いておいた。そして、俺の部屋には多数の目撃者がいる!」

 

 無数の精霊たちが姿を現す。ほう、と澪が感心したような声を漏らした。確かにこれほどの数の精霊を一人の人間が連れているのも珍しい。

 

「目撃者?」

 

 五人がとぼける。まあ当然だ。精霊なんて見えない奴の方が多い。……とりあえず、万丈目ガン無視して妖花の方にすり寄っているその他大勢の精霊たち。大丈夫かよ。

 

「どこにいるの、そんなの?」

『おめぇらにはこの十手が!』

『桜吹雪が!』

『紋所が見えねぇのか!』

「全然見えない」

 

 面白い三匹である。使おうという気にはならないが、見ているだけなら面白い。

 ただ主たる万丈目は大変だろう。同情の視線を送るが、万丈目は気付いていない。

 

「そしてその主犯はあなただ、警部!」

「ぬう!?」

 

 無茶苦茶な論理展開というかそもそもから色々と雑だが、まあいいだろう。結論には辿り着いた。

 時計を見る。もうすぐ夕食が出来上がる時間だ。良い匂いがしてきた。

 

「あなたは隠し場所を確認し、部下に狙わせ、更に部下に疑いの視線を向けさせないためにわざと疑って見せることで俺たちから疑いの心を消した」

「ふん、無茶苦茶な推理だが……結果は全て正解だ」

 

 そして、警部がその変装を解く。

 

「そう、我々は――黒蠍盗掘団!」

「時間をかけた割に仕事が雑だ」

「とりあえずそろそろ飯だからちゃっちゃと終わらせてくれ」

 

 黒蠍盗賊団、と名乗った五人に対して面倒臭くなってきたのでそう言葉を紡ぐ。〝祿王〟もそうだが、ほぼ全員がすでにやる気がなかった。妖花だけが決めポーズに対して拍手をしている。

 

「七星門を開ける方法、答えてもらおう」

「ふん。単純だ。――この俺に勝てばいい」

 

 警部改め、首領ザルーグの言葉に自信満々に応じる万丈目。まあ正直この際何でもいいが。

 ほう、と相手は応じると、ならば、と言葉を紡いだ。

 

「デュエルだ小僧!」

「いいだろう、来るがいい黒蠍盗掘団!」

 

 とりあえず、方向性は決まった。

 万丈目と黒蠍盗掘団が出て行き、十代たちも出て行く。残ったのは宗達と雪乃、そして澪だけだ。要するに興味ない組が残った形である。

 そういえば吹雪はどこに行ったのだろうか。そんなことを考えていると、厨房の方から声が届いた。

 

「ご飯出来たけど……あれ、皆は?」

 

 いつもより少し早いせいでまだ他のレッド生は来ていない。祇園が首を傾げると、澪が本を閉じて言葉を紡いだ。

 

「すぐに戻って来るさ。少年も先に食べてしまったらどうだ? 今なら時間はあるだろう?」

「そう、ですね。そうします」

 

 そう言って四人分の食事を用意してくれる祇園。本当に良い奴だ。

 いただきます、と四人で手を合わせる。今日のメニューは唐揚げだ。

 これは争奪戦になるな、と思いつつ、宗達は食事を続行する。

 

 セブンスターズとの戦いは終わりに近付いている。あの連中は万丈目が倒すだろうから、残る敵は二人――否、一人だ。

 不意に、視線が合った。〝王〟と呼ばれるその人物はこちらを数瞬見つめると、小さく首を振る。

 それを見て、確信した。

 事態はもう、終わりに近付いているのだと。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 入院中だった鮫島校長が、今朝アカデミア本島に戻ってきた。

 鮫島校長の帰還。それは喜ぶべきことだろう。そもそも今回の発端である七星門の鍵を受け継いでいたのは彼であり、彼の入院騒ぎがきっかけなのだから。

 別に事態が好転するとは思っていなかった。十代を始めとする他の守護者たちは校長というトップが帰還したことによりある程度の区切りがつくと考えているようだが、祇園は違う。

 

(セブンスターズは残り二人……)

 

 他の者に聞いても同じ数が返ってくるだろう。だが、その中身の認識が祇園と他の守護者では大きく違う。

 まだ見ぬ一人と、カムル。これが残る敵だ。

 他の守護者たちはアドビス三世のことを知らない。結局話せないままに事態が進んでしまった。黒蠍盗賊団を万丈目が撃退したことにより――正直放っておいても問題なさそうな連中だったが――趨勢はこちらに傾いたといえる。

 だが正直、事態は泥沼化しているようにも思う。これまでは敵の方が勝手に『次』を失くす結果に落ち着いていた。そんな中、カムルは異質だ。彼は退場せず、この戦いにおける駒の一つとして未だ機能している。同時、彼を退場させる手段がこちらにはない。

 そして祇園が彼にリベンジをしたことでカムルにもその権利が発生しているのだ。今のところ仕掛けては来ていないが、もしそれが始まると本気で泥沼化するだろう。

 

(それに、大徳寺先生のこともある)

 

 ここ数日で突然姿を消した恩師のことを想う。何も言わず消えた彼は、今どこにいるのか。

 祇園が今いるのは食堂の購買部だ。食堂のテーブルでは十代を始め、翔や隼人も落ち込んでいる。少し離れた場所では万丈目もどこかいつもより沈んだ雰囲気だった。

 当たり前のように続くと、変わることはないと思っていた日常。

 そこにいるはずの人がいないだけで、どうしようもなく空気は変わってしまう。

 

「――よしっ!!」

 

 不意に十代が両手を叩いた。その音に思わず体が震える。僅かにいた他の生徒も、何事かと十代へと視線を向けた。

 

「何だ、十代」

 

 鬱陶しそうに言う万丈目。十代は立ち上がると、宣言するように言葉を紡いだ。

 

「大徳寺先生を探そうぜ。きっとこの島にいるはずだ」

 

 手がかりもない。そもそもこの島にいる根拠もない。

 だがそれでも、何もしないままではいられないのだろう。きっと、遊城十代という人間はそういう人間なのだ。

 

「でも、探すってどうやってッスか?」

「それはわからないけどさ。何もしないままじゃいられないだろ?」

 

 前を向く。きっと、真の意味でそれができるのが遊城十代なのだ。

 自分とは違う。夢神祇園のそれは前を向くという言葉を借りた欺瞞。あの日、烏丸澪から叩き付けられた言葉は真実なのだ。

 振り返れば、過去を見てしまう。

 見たくないモノを、見てしまう。

 だから振り返らない。大切な思い出だけを抱えて、ずっと前を見ていた。

 それが間違いだったとは思いたくない。それを否定してしまえば、自分は――……

 

「なあ、祇園」

「…………えっ?」

 

 不意にかけられた声に、思わずそんな声が漏れた。見れば、十代がこちらを見つめていた。

 

「祇園も行こうぜ。大徳寺先生を探しにさ」

「……ごめん。僕まだ仕事あるから」

 

 ごめんね、ともう一度謝る。そっか、と十代は苦笑した。祇園はそんな十代に、でも、と言葉を紡ぐ。

 

「終わり次第合流するよ。電話する」

「ん、わかった。じゃあ行ってくる!」

 

 無理をしている。それが一目でわかる状態だ。だがそれでも明るく振る舞う十代は凄いと思う。

 だが現実的に考えて十代たちが探しても見つかりはしないだろう。

 セブンスターズの、敵の数は減っているはずなのに問題は増えていく。どうにも、憂鬱だ。

 

 どれぐらい、そうしていたのか。

 今日の仕事は終わってしまった。後は購買部が閉まる時間まで店番をするだけだ。のんびりと、何を見るわけでなく中空を眺める。

 そして、気付いた。

 

「…………」

 

 違和感。この時間に食堂から人が消えるのはいつものことだ。だが、いつもと違う雰囲気がする。

 何が、と言われるとわからない。ただ異質な空気が満ちていることだけは理解した。

 

「客の来ない店での店番なんて、つまんなさそうだな」

 

 不意に、静寂を打ち破る声。

 違和感――否、圧力が増した気がした。

 

「……宗達くん」

「おう」

 

 友人と呼べるその相手は、軽く手を挙げて挨拶をしてきた。

 その彼は壁に背を預けると、欠伸を漏らす。何をしに来たのだろうか。買い物ではなさそうだが。

 沈黙が下りる。沈黙自体、祇園は嫌いではない。あまり会話が得意でない祇園にとって、沈黙の方が助かることも多いのだ。

 

 そして、その時は来る。

 

「何故、誰にも言わないんだ?」

 

 鋭い視線。何を、とは聞けなかった。ただ、糾弾の言葉であるということだけは理解できる。

 

「一人で戦うことが悪いとは言わねぇさ。むしろ俺は称賛する。他人に頼ろうがギャラリーがいようが、結局戦うのが自分ならそこに他人の介在する余地はねぇ。俺はいつも一人だったからな。オマエがそうしてる理由も納得できるよ。理解してるなんて口が裂けても言わんが」

「藤原さんは?」

「雪乃は俺の周囲の人間じゃない。俺という個人の核、俺の中に存在する俺自身の根拠だ。確かに他人だが、雪乃の存在こそが俺の行動原理である以上、それはもう周囲の人間という扱いじゃねぇよ」

 

 かつて自嘲気味に彼が語った、如月宗達と藤原雪乃の関係。

 それはきっと、少し間違った在り方なのだろう。だが、祇園にはそれを否定することはできない。否定などできようはずがない。

 彼らのような、互いが互いを想う合う関係は愚か。

 友人として誰かと向き合うことさえ、できていないのだろうから。

 

「前に、〝祿王〟と話したんだよ」

「……澪さんと?」

「ああ。曰く、俺とオマエは根本が同じなんだそうだ。……最初は何のことだと思ったよ。オマエは良い奴だし、俺みたいにひねくれてもいねぇ。けどよ、納得もしちまった。

 オマエも、俺も。いつだって世界に自分自身しかいないんだ」

 

 問題に直面するのは、いつも一人ぼっち。

 他人を頼ることはなく、たった一人で挑みかかるしかない。

 

「他人を頼るなんて選択肢は端からありえない。ありえてはいけない。何故なら、それは他人への責任転嫁だからだ。自身の問題、自身の現実に向き合うために。巻き込まないために。逃げてしまわないために。そうするしかなかった」

 

 そう話す宗達の表情も、どこか暗い。彼にとっても面白い話ではないのだろう。

 だがそれでも、彼が話してくれているのは。

 

「キツいよな、本当。阿呆共が友達とやらに冗談交じりで傷を晒して、同情してもらって、そうやって自分を守ろうとしてんのに。多分それが正しい生き方なのに。できないんだよ。やり方がわからない」

 

 話せば楽になる――それは真実だ。けれど、夢神祇園にはそれができなかった。

 目の前の問題は消えない。周囲には誰もいない。だから、抱えて、進んで、泣きたいのを、逃げ出したいのを堪えて……そして、台無しにしてきた。

 

「でも。宗達くんは……上手く、やってきたよね?」

「今は楽しいし、そういう意味では多分上手くやれたんだろうな。オマエはどうなんだ?」

 

 きっと、彼が言いたかったのはそこなのだろう。

 

「今は、楽しいよ。感謝もしてる。色んな人に支えられて、どうにかここに立ててる」

 

 それは心からの本心だ。夢神祇園は他人に支えられてどうにか立っている。自分一人の力では、きっとどこかで破綻し、終わっていた。

 そして、だからこそここに矛盾が発生する。

 人に頼る術を知らぬ者が、人に支えられる。そんな、矛盾が。

 

「オマエらしい言葉だな」

 

 宗達は笑う。彼も気付いているのだろう。この矛盾には。

 特に、彼は自分と違いその場所を彼自身の手で手に入れたはずだから。

 

「でも、それじゃあ駄目なんだ」

 

 不意に、宗達の雰囲気が変わった。

 空気が重くなる。知らず、吐息が零れた。

 

「俺は今の時間が気に入ってる。だがきっと、この時間は長く続かない。このままじゃあ、遠からず破綻する」

「……どういうこと?」

「十代たちに電話してみな」

 

 問いに対し、宗達は肩を竦めてそう応じた。首を傾げるが、時間も時間だ。連絡を入れようと十代にかけてみる。

 だが、出ない。翔も、隼人も、万丈目も。何度コールを鳴らしても、誰も出なかった。

 

「…………」

「良い目だ。難儀だな、ホント。オマエも、俺も。誰かを頼ることなんてできやしないのに、誰かが傷つくのを恐れる。だが、そのスタンスは俺とオマエじゃ大きく違うんだよ。――傷つくのはソイツの責任だ。思い上がんな。今のオマエが救える奴なんざいねぇんだよ」

「…………ッ!」

 

 拳を握り締める。思い上がり――その言葉が、突き刺さるように痛かった。

 

「一人で戦うのは勝手だ。頼らないのも勝手だ。だが、背負いきれないもんを抱え続けるのは周囲の人間に対する裏切りだ」

「それは……でも、僕は。どうにか、できるって」

「そうだ。今はどうにかなってる。だがそれは、オマエ一人の功績じゃない。全員が全員、あの〝祿王〟すら含む全員がこの関係を保つために骨を折ってる。欺瞞に欺瞞を重ねて、表面を取り繕って。だが、その在り方は遠からず破綻する。特に、オマエの在り方は余計にだ」

「どういうこと?」

 

 声に苛立ちが混じった。向けられた糾弾の理不尽さに、眉根が寄る。

 

「答えなんて、単純だよ」

 

 カツン、という音が響いた。

 足元に転がるのは、一つの仮面。

 それは、鬼を模した――

 

「――――」

 

 息を呑み、宗達を見る。彼は薄い笑みを浮かべ、さて、と言葉を紡いだ。

 

「俺の親切はここまでだ。後は役目を果たすだけ。向こうは向こうでやることがあるらしいし、こっちはこっちでやることやるか」

 

 肩を竦め、デュエルディスクを取り出す宗達。どうして、と祇園は呟いた。

 

「どうして、こんな」

「……俺は、今を守りたかった。そのための結論だ。そしてこれが、最後の役目なんだよ」

「答えになってない」

 

 宗達を睨み据える。裏切られた――そんな想いがそこにある。

 自分と彼の関係は。きっと、あの頃に何よりも欲しかったものであったはずで。

 そうであると、信じていたモノであったから。

 

「裏切りと思うか? だがそれは俺も同じだ。――頼られもしねぇで、何が友達だ」

 

 きっと、それが彼の答え。

 故に、それを否定する。

 

「違う!」

 

 だが、何が違うかは言葉にできない。

 ――そして。

 二人は、己が刃を振り翳す。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……本当に、いいんですか?」

「…………」

「ここで止めなければ、もう、私には……」

「勝算はある。そうなのだろう?」

 

 挑発するような響きを含んだ言葉。それに応じるような吐息が響く。

 

「ええ。無論です」

「ならばいいさ。見届けてやろう」

「ご迷惑をおかけします、二人には」

 

 そして、会話は終わる。

 

 

 

 きっと、誰もが今を守ろうとした。

 では、その先は。

 未来を願ったのは、誰だったのだろうか?









友達って定義が難しい。本当に。
頼ること、頼られることの難しさは言葉では表現しにくいですよね。



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第六十九話 キミを友と呼ぶために

 

 

 

 

 風の音が止む。先程まで聞こえていた精霊たちのざわめきももう聞こえない。

 

「…………」

 

 窓から窺える月から視線を外し、烏丸澪は保健室のベッドで眠る少女を見た。防人妖花。当代最高峰とも謳われるほどの才を持つ巫女であり、山奥に秘されるようにして暮らしていた少女。

 彼女はこの島で行われている戦いの詳細を知らない。教えていない。教えたところで何かが変わるわけではない以上、無用な負担を他者に押し付けるのは澪の流儀ではないのだ。

 だが、それでも巫女である彼女は気付いた。

 地の底に秘されたモノ。彼の〝三幻神〟にすら匹敵する悪意。世界をも砕く絶望に。

 人はあまりにも強大な存在からは無意識に目を逸らしてしまう。今まで〝祿王〟が出会ってきた人間の多くが彼女に対してそうしてきたように、己の器を超えた存在を人は受け入れることができないのだ。

 だが、防人妖花は〝三幻魔〟という存在を実感として知覚してしまった。

 澪は専門ではないが、精霊を視ることのできる存在である。その才も強大なモノであるが、〝三幻魔〟については現時点では認識し切れないというのが実情だ。故に放置してきたが、防人妖花は違う。どれほどの脅威であり、どれだけの危険があるかを理解してしまう。

 故に彼女は自分と美咲に相談した。だが、事態はもう止まらないところへ来てしまっている。

 それでも彼女はどうにかしようとした。しかし、如何に防人妖花の才があったとしても限界があった。

 

「……どうして私の周りには、己を犠牲にする者ばかりが集まるのだろうな」

 

 他者のために己を傷つける――そんな、者たちばかりが。

 

〝不甲斐ないなぁ……。何もできひん自分が、不甲斐ないよ〟

 

 先程まで妖花の隣で眠る彼女の頭を撫でていた人物の言葉だ。彼女の何を以て何もできないと自身を定義したのかは知らないが、彼女また、そちら側の人間だ。

 他人のために、自身を傷つけ。

 そして、彼女自身はその傷を覆い隠す。

 

「さて、私は最後まで傍観者でいようか。それが、私の役目だ」

 

 きっと、最初から最後まで自分が身を粉にすればある程度の落としどころはコントロールできる。それだけの力は有している自覚があるし、その手順も理解していた。

 だが、それはしなかった。そうするだけの理由がなかったし、意味もない。自分一人が動かないだけでどうにかなる世界など、どうせいつか壊れる。いつだってそうだ。烏丸澪は、傍観者として物事の中心から離れている。

 あの日、敗北した自分。それを否定も肯定もしないために。

 傍観者であると、そう決めたのだ。

 

「……今頃は、大徳寺教授が最後の授業をしているところかな」

 

 教授、と澪は彼のことをそう呼んだ。きっと、これが最後だから。

 悲壮な決意と覚悟。彼は彼自身の願いのために、そして何より、彼が想った生徒のために戦った。

 彼だけではない。一人の少年は己が大切に想う場所を守るため、彼が何より大切に想う者たちを裏切った。また、一人の少女は全てを理解し、見つめ、全ての責務と結果を背負うとそう決めた。

 難儀なものだと思う。他人のためにそこまでできる心理が理解できない。

 だが、だからこそ。

 だからこそ、羨ましいとも思うのだ。

 

「さて、できれば穏便に済んで欲しいモノだが」

 

 叶わぬ願いを口にする。

 らしくないなと、自嘲した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 友達の定義は何だろうか。

 改めて問うと、答えが出ない。どこからが友達で、どこまでがそうではないのか。それがわからない。

 ただ、わかるのは。

 如月宗達は、覚悟を以てここにいるということ。

 

「宗達くん、どうして?」

 

 自身の足下に転がる鬼の面にもう一度視線を向け、祇園は問う。さあな、と宗達は肩を竦めた。

 

「それを口で説明したとして、オマエに納得できるのか?」

「話してくれなきゃ、納得も何もない」

 

 宗達はすでにこちらと戦う気だ。繋がらない十代たちとの電話、鬼の面、人の気配が消えたこの場所。

 答えは出ている。事実は目の前にある。だが、真実は。彼の持つ真実には、まだ届いていない。

 

「話せ、か。それは俺の台詞だよ。俺は――俺たちは、そんなにも頼りにならないか?」

 

 叩き付けられる言葉。互いに向けあうその意志は、平行線。

 当たり前だ。互いが互いに隠し事をし、抱え込み、その結果としてこうなっているのだから。

 

「何故一人で戦った? 勝ったから良かったものの、負ければどうなっていた? 誰も知らないまま、理解されないままに消えるつもりだったのか?」

「違う! 僕はそんなつもりじゃ!」

 

 あの時はアカデミア買収のこともあった。だから、できるだけ周囲に迷惑をかけない方法を選んだだけ。

 最善策だったとは思わない。けれど、あの時はそれがきっと最上だった。

 敵が迫り、時間がない中で最大の結果を出すためには。

 

「それを言うなら宗達くんだって!」

「……言ったはずだ。俺はただ、今を守りたかったって」

 

 ガシャン、という駆動音と共にデュエルディスクが展開される。

 

「言い訳をするつもりはねぇよ。どうしても聞きたいなら、力で示せ」

「……いいよ。わかった」

「物分りが良いことで」

 

 肩を竦める宗達。これ以上問答しても意味がないだろう。宗達は絶対に話さない。

 ならば、力ずくで聞くしかないのだ。

 

「いくよ」

「オマエとのデュエルは何度もしたが……本気で殺し合うのは、初めてか」

 

 そして。

 二人は、己の意志をぶつけ合う。

 

「「決闘!!」」

 

 友だと信じた相手。

 日常の中にいた相手。

 しかし、もう、あの日々には戻れない。

 

 二人が、刃をぶつけ合う。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 天へと伸びる光の柱。まるで血のように紅いその柱は、現在五つ。

 つまり、五人の守護者がすでに敗北したということだ。

 

「…………」

 

 セブンスターズとの戦いも、これで最後だ。あの人はこの戦いの果てにある可能性を信じた。生徒たちを信じ、彼らならば己を乗り越えてくれるとそう信じたのだ。

 だが、五人はそこまで至れなかったという現実が目の前に示されている。

 信じたいと思う。彼らを、彼女たちを。全員が一級品の才能と、それを開花させるだけの意志を宿している。それに懸けるという判断は間違っていない。

 しかし、自分にはできなかった。

 全てを欺き、己が傷つくことも理解して。

 それでも、こんな選択しかできなかったのだ。

 

「…………」

 

 雨が体を叩き、体を濡らす。

 空はまるで己の心を映すように、闇に染まっていた。

 

 頬を伝う、その滴は。

 雨か、それとも。

 心より、溢れ出たモノだったのか。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「僕の先行、ドロー! 魔法カード『竜の霊廟』を発動! デッキから『ガード・オブ・フレムベル』を墓地に送り、墓地に送ったモンスターが通常モンスターだったため『エクリプス・ワイバーン』を墓地へ送る! そしてエクリプス・ワイバーンの効果で『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』をゲームから除外!」

 

 降り出した雨が窓を叩く。一気に強くなった雨音は、二人しかいない食堂へ嫌に響き渡った。

 

「そして手札より、『ローンファイア・ブロッサム』を召喚! 効果発動! 植物族モンスターを生贄に捧げることで、デッキから植物族モンスターを特殊召喚する! スポーアを特殊召喚!」

 

 ローンファイア・ブロッサム☆3炎ATK/DEF500/1400

 スポーア☆1風・チューナーATK/DEF0/0

 

 宗達相手に出し惜しみなどしていられない。今打てる最善の手を撃ち続けなければ、すぐに持っていかれる。

 如月宗達という存在は、夢神祇園にとっては間違いなく、一つの『憧れ』だから。

 

「墓地のエクリプス・ワイバーンを除外し、『暗黒竜コラプサーペント』を特殊召喚。レッドアイズを手札に。――そしてレベル4、コラプサーペントにレベル1、スポーアをチューニング。シンクロ召喚。『TGハイパー・ライブラリアン』! コラプサーペントの効果により、『輝白竜ワイバースター』を手札に加え、コラプサーペントを除外して特殊召喚。更にローンファイア・ブロッサムを除外し、スポーアを蘇生」

 

 暗黒竜コラプサーペント☆4闇ATK/DEF1800/1700

 TGハイパー・ライブラリアン☆5闇ATK/DEF2400/1800

 輝白竜ワイバースター☆4光ATK/DEF1700/1800

 スポーア☆1→4風・チューナーATK/DEF0/0

 

 今の自分の力、その全てを懸けて。

 ただひたすらに――紡ぎ上げる。

 

「レベル4、ワイバースターにレベル4、スポーアをチューニング。――集いし願いが、新たに輝く星となる。光差す道となれ。シンクロ召喚、『スターダスト・ドラゴン』!!」

 

 スターダスト・ドラゴン☆8風ATK/DEF2500/2000

 

 願いの果て、約束の果てに託された力。

 間違えたとは思う。後悔も、数多い。

 けれど、全てを否定はしたくない。

 

「ワイバースターの効果でコラプサーペントを手札に加え、ライブラリアンの効果でドロー。……カードを一枚伏せてターンエンド」

 

 決して平坦な道ではなかったけれど。

 それでも、どうにか歩んできた道だから。

 

「……鈍い光だな。淡く、今にも崩れそうな星屑の光」

 

 ポツリと、スターダストを見上げて呟く宗達。彼は静かにカードをドローすると、だが、と言葉を紡いだ。

 

「だからこそ、オマエにはよく似合ってる。だが、それじゃあ駄目だ。駄目なんだよ。――手札より、『六武衆の結束』を発動。そして相手の場にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない時、『六武衆のご隠居』を特殊召喚できる。更に速攻魔法『六武衆の荒行』を発動。場の六武衆一体を選択し、同じ攻撃力でカード名の異なる六武衆をデッキから特殊召喚し、エンドフェイズに破壊する。俺は『六武衆の影武者』を特殊召喚」

 

 六武衆のご隠居☆3地ATK/DEF400/0

 六武衆の影武者☆2地・チューナーATK/DEF400/1800

 六武衆の結束0→2

 

 通常召喚なしでのこの展開。流石、という言葉が漏れる。

 

「結束を墓地に送り、二枚ドロー。――場に二体以上の六武がいるため、『大将軍紫炎』を特殊召喚する!」

 

 大将軍紫炎☆7炎ATK/DEF2500/2400

 

 現れるのは、六武衆を束ねる『魔王』とまで畏れられた武将。

 人に非ざる魔人とまで謳われた彼の者は、自身と相対する竜と魔法使いをじろりと睨む。

 

「バトルだ。紫炎でライブラリアンを攻撃!」

「――――ッ!」

 

 祇園LP4000→3900

 

 ライブラリアンは相手のシンクロ召喚成功時にもドロー出来る効果をもつ。あわよくばと思っていたが、宗達が相手ではそう容易くは行かないらしい。

 

「メインフェイズ2。レベル3、六武衆のご隠居にレベル2、六武衆の影武者をチューニング。――悲しき乱世が、世界を変える魔王を生んだ。シンクロ召喚、『真六武衆―シエン』!!」

 

 現れるのは、宗達が最も信頼する最強の六武衆。

 若かりし頃の、己が鎧を返り血で朱に染め上げた伝説を持つ武将だ。

 

「カードを三枚伏せ、ターンエンド。――さあ、来いよ祇園。オマエの在り方が本当に正しいかどうか、俺を倒して証明してみせろ」

 

 その言葉には、どこか自嘲が込められている。

 だが、祇園はそれに気付いていて、気付かない振りをして――

 

「――僕のターン、ドロー! 手札より『レベル・スティーラー』を墓地に送り、『クイック・シンクロン』を特殊召喚! 更にクイック・シンクロンのレベルを一つ下げ、レベルスティーラーを特殊召喚!」

 

 クイック・シンクロン☆5→4風・チューナーATK/DEF700/1400

 レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0

 

 夢神祇園という存在の根底にある矛盾。

 気付いていながら、気付いていない振りをしてきたこと。

 普段なら考えないことを、どうしても考えてしまう。

 

「レベル1、レベル・スティーラーにレベル4、クイックシンクロンをチューニング! シンクロ召喚!『ジェット・ウォリアー』!!」

 

 ジェット・ウォリアー☆5炎ATK/DEF2100/1200

 

 何故ならば。

 夢神祇園は心のどこかで思っていたからだ。

 

「ジェット・ウォリアーはシンクロ召喚に成功した時、相手フィールド上のカードを一枚手札に戻すことができる!」

「カウンター罠『神の警告』。悪いが、その特殊召喚は無効だ」

 

 宗達LP4000→2000

 

 如月宗達は、〝同じ〟なのだと。

 身勝手にも、そんなことを。

 

「墓地のワイバースターを除外し、輝白竜ワイバースターを特殊召喚。そのワイバースターを除外し、レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンを特殊召喚! 更に効果により、『ガード・オブ・フレムベル』を蘇生!」

 

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇ATK/DEF2800/2400

 ガード・オブ・フレムベル☆1炎・チューナーATK/DEF100/2000

 

 ドラゴン族における最強の一角。その効果は単純であるが故に強力無比。

 ――しかし。

 

「手札より『幽鬼うさぎ』の効果を発動。フィールド上のモンスター効果、または表側表示の魔法・罠カードが発動した時、このカードを手札・フィールドから墓地に送ることで破壊する。レッドアイズを破壊」

「ッ、スターダストの効果を発動! 生贄に捧げることで効果破壊を無効にする!」

 

 スターダストの効果で守られるレッドアイズ。その効果により、ガード・オブ・フレムベルが蘇生される。

 このままシンクロまで行ってもいいのだが、手札が辛い。故に。

 

「レッドアイズのレベルを一つ下げ、レベル・スティーラーを特殊召喚」

「――罠発動、『激流葬』。フィールド上のモンスターを全て破壊する」

 

 吹き飛ぶモンスターたち。スターダストがいない今、防ぐ術はない。

 

「どうした、終わりか?」

「……エンドフェイズ、スターダストが帰還するよ」

 

 通常召喚権が残っていたが、この手札ではどうにもできない。

 だが、スターダストが残った。まだどうにか均衡は保てている。

 

「俺のターン、ドロー。――手札より『クレーンクレーン』を召喚。効果により、墓地からレベル3モンスターを効果を無効にして特殊召喚する。幽鬼うさぎを特殊召喚」

 

 クレーンクレーン☆3地ATK/DEF300/900

 幽鬼うさぎ☆3光・チューナーATK/DEF0/1800

 

 二体のモンスターが並ぶ。レベル6――そこから紡ぎ出されるモンスターは。

 

「レベル3、クレーンクレーンにレベル3、幽鬼うさぎをチューニング。――シンクロ召喚、『BF-星影のノートゥング』」

 

 現れたのは、BFの名を持つモンスター。見覚えのないその姿に眉をひそめる祇園。だが、その表情はすぐに驚愕へと変わる。

 

「ノートゥングの特殊召喚成功時、相手LPに800のダメージを与え、また、相手モンスター一体の攻撃力と守備力を800ポイント下げる」

「――――ッ」

 

 星影のノートゥング☆6闇ATK/DEF2400/1600

 スターダスト・ドラゴン☆8風ATK/DEF2500/2000→1700/1200

 祇園LP3900→3100

 

 バーンダメージに加え、モンスターの弱体化。事実上攻撃力3200までのモンスターを破壊できるその効果は、正しく強力。

 

「バトルだ、スターダスト・ドラゴンにノートゥングで攻撃!」

 

 祇園LP3100→2400

 

 効果破壊に絶対の耐性を持っていても、戦闘破壊は避けられない。

 だが、まだだ。戦闘で超えられてしまうなら、超えさせなければいい。

 

「――リバースカード、オープン! 罠カード『シャドー・インパルス』! シンクロモンスターが破壊された時、そのモンスターと同じ種族、同じレベルのシンクロモンスターをエクストラデッキから特殊召喚する!」

 

 パチッ、という何かが弾けたような音が小さく響いた。

 額に走る僅かな痛み。それを無視し、祇園は白紙のカードを取り出す。

 

 答えはある。

 手段はある。

 想いだけが、定まらない。

 

「闇を切り裂け――『閃光竜スターダスト』!」

 

 閃光竜スターダスト☆8光ATK/DEF2500/2000

 

 現れるのは、光の竜。

 星屑の光が、一人の少年を優しく包む。

 

「そう簡単には、とらせてくれねぇか。――メインフェイズ2、永続魔法『六武衆の結束』発動。更に罠カード『諸刃の活人剣術』。墓地より二体の六武衆を蘇生する。カゲキ、影武者を蘇生。――シンクロ召喚、真六武衆―シエン」

 

 真六武衆―シエン☆5闇ATK/DEF2500/1400

 

 現れるのは、二体目の魔王。

 倒したと思っていた。だが、そう容易くはいかないらしい。

 

「結束を墓地に送り、二枚ドロー。カードを一枚伏せ、ターンエンド」

 

 流石、という言葉しか出て来ない。

 強い、という想いしか出て来ない。

 

 かつて多くのデュエリストを完膚なきまでに叩き潰し、再起不能としてきたが故に〝デュエリスト・キラー〟と忌み嫌われ。

 単身でアメリカに渡り、その実力を以て〝侍大将〟という名を響かせ。

 祇園にとって――否、多くの学生デュエリストにとってただ漠然と目指すだけの世界である〝プロ〟という世界へ、その実力を以て足を踏み入れた者。

 

 遠い。遥かに。どうしようもなく。

 これが、目指すと決めた領域なのか。

 

「そもそもオマエは、何を間違えた?」

 

 新たな問い。

 それは、まるで断罪のようで。

 

「どうして、己を誇らない?」

 

 戦乱の世に恐怖と武力を以て天下布武を示した魔王。

 それは、たった一人で最強足らんとする侍の姿と重なった。

 

「オマエが選んだんだろ。オマエが決めたんだろ。戦うことを。万丈目に――アイツらに余計な心配をかけさせないために。そのために戦ったんだろうが」

 

 そうだ。そのために戦った。

 勝利も得た。望んだ以上の結果を得た。

 だが……後悔が、残っている。

 

「賭けだったし、危ない橋だった。最悪、オマエがカミューラの時みたいに人質に取られる可能性さえあったんだ。けどよ、そのリスクの全てを踏み越えてでもオマエは勝った。結果を見れば誰も傷つかない最高の結果だ」

 

 そうだ、結果自体は最高だった。誰かに迷惑をかけることもなく、勝利を得たのだから。

 

「なのに、どうして誇れない? オマエは皆を想って戦って、ちゃんと勝っただろうが。誇れよ。誇ってもいいだろうが。オマエはオマエ自身の選択で、ちゃんとオマエにしかできないことをやり切ったんだ。別の場所で戦っている万丈目を助けたんだよ」

 

 自己満足だったかもしれない。浅慮だったかもしれない。

 けれど、それは本当に間違いだったのか。

 

「誰かを想ってしたことに、間違いなんてないだろうが」

 

 たとえそこに下心があっても、あわよくばという思いがあったとしても。

 それでも、それは悪いことじゃない。

 それはきっと、胸を張っていいことだ。

 

「だから、胸を張れ。それに、オマエは俺の友達だ。――俯いてんじゃねぇよ」

 

 最後はどこか照れくさそうに言う宗達。祇園は一度目を閉じ、大きく深呼吸をする。

 

「宗達くん」

「…………」

 

 何だ、とその視線が問いかけえてくる。

 祇園はカードをドローすると共に、呟いた。

 

「――ありがとう」

 

 彼が伝えてくれたこと。

 そして、自分に足りないモノ。

 答えはきっと、このデュエルの果てにある。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……げっ」

 

 お互いの第一声がそれであり、嫌な顔をしたのも同時だった。鬱陶しい雨が降る中、二人はどこか嫌そうな表情で言葉を交わす。

 

「何でここにおんねん」

「俺の台詞だ。……そろそろ国大の決勝だろ。何してんだよ」

「準決勝で負けたんや。言わせんな」

 

 ふん、と鼻を鳴らして応じるのはウエスト校デュエルランキング二位、菅原雄太だ。対し、その対面に立つ新井智紀はそうか、と短く応じる。

 別に二人は仲が悪いわけではない。波長が合うという意味ではむしろ良い方だろう。先輩後輩というよりは少し年が離れた悪友同士といったところか。

 だが、往々にして人に会いたくない時というのは存在する。今回はまさしくそれだ。

 国民決闘大会。春季に行われる全国大会だ。団体戦のみが行われ、全国の高校生が頂点を目指して鎬を削る。

 ウエスト校は今年も全国大会に出場し、順調に勝ち進んでいた。だが惜しくも準決勝で敗北し、ベスト4で終わることとなる。

 

「見てたよ。惜しかったな」

「……俺が勝てばそれで良かった。俺の責任や」

「大将の立ち位置はそこが辛いな」

 

 新井は苦笑する。国民決闘大会もIHも団体戦は五対五の点取り試合だ。結果、先鋒と大将の負担はどうしても大きくなる。ウエスト校は先鋒に二条紅里を置き、大将に菅原を置く形をとっている。結果、菅原の敗北がイコールでウエスト校の敗北となっているのだ。

 

「皆よーやってくれた。二条には申し訳ないわ。結局、先鋒戦で一度も負けへんかったし」

「二条紅里か。アレは最早バケモンだろ」

 

 先鋒戦は基本的にエース対決となりやすい。大将が負ければ敗北ではあるが、その前に決着が着いては意味がないのだ。故にほとんどの高校が先鋒にエースを置く戦法を取っている。

 二条紅里は有名なデュエリストだ。ウエスト校で二年時よりエースに君臨し続け、今年のIHでは個人総合優勝の最有力候補と謳われている。

 天才と、彼女はそう呼ばれる。

 怪物と、彼女はそう呼ばれる。

 だが、彼女自身はいつもそれを否定する。何故ならば――

 

「目指す領域が違うんや。二条はずっと、姐さんの――〝祿王〟の背中だけを見てるから」

 

〝最強〟と呼ばれ、事実それを否定させない力を持つ天才――否、天災。

 二条紅里は、常に彼女の背中を追い続けている。

 

「その意味、ようやく理解したわ。……キツいなぁ、ホンマに」

 

 呟くような言葉に込められた感情は、あまりにも多く。

 そこに余人が入り込むことは、許されない。

 

「遠いわ、ホンマ……」

「……諦めないんだろ、それでも」

「諦める理由には足りんからな」

 

 苦笑する菅原。新井はそうか、と肩を竦めた。

 これでこの話は終わりだ。新井智紀という人間は必要以上に他者の心へ踏み込むことをしない。求められなければ動かない。それが彼という人間だ。

 

「そういや、菅原。あの後何か変わったことはあったか?」

「あの後?」

 

 ふと思い出したように問う新井に、眉をひそめる菅原。新井は言葉を続けた。

 

「文化祭の後だよ。夢神の」

「ああ。……そもそも大丈夫なんか、夢神は?」

「本人は大丈夫って言うだろうよ。それならそれでいい。本人がそう言うならそこで終わりだ」

 

 ちとお節介はしたが、と肩を竦めて言う新井。おい、と菅原は睨むように新井を見た。

 

「任せろゆーから任せたのに、何やそれは」

「俺にできる最低限のことはしたさ。確認もあったしな。……なんつーか、あの手のタイプは下手に手ェ貸すと余計ドツボに嵌るんだよ。今は待った方がいい」

 

 真剣な表情で言う新井。どういう意味や、と菅原が問うと、単純だ、と新井は言った。

 

「アレは他人を頼る手段を知らん。たまにいるんだよ、ああいうのが。『助けて』の一言が言えない奴がな」

「…………」

「まああんなのが親族に居りゃそうなるのもしゃーねぇだろうが……。あのおっさんの胸元見たか? あれ弁護士だぞ」

「はぁ!? 嘘やろ!?」

「こんなことで嘘吐くか馬鹿。……あの時はとりあえず夢神とあのおっさんを引き離すことを優先した理由がそれだ。下手な手を打てばかなり面倒臭くなってただろうな」

 

 だから新井はあの場で動きが鈍ったのだ。だが、あの状況ではああするのが最善だったとも思っている。

 

「〝ルーキーズ杯〟の時はもっと強く見えたがな。やっぱりまだまだ未熟だ。進んだはずが、後戻りしてやがる。しかもアイツの世界はアイツだけで完結してるのが余計性質悪い。あのままだと遠からず破綻するぞ」

「そこまでわかってて放置するんか?」

「俺の言葉は届かんさ。お前の言葉でも一緒だ、菅原。……大丈夫だよ。見たところ、良い友達が何人もいるみたいだしな」

 

 肩を竦め、踵を返す。そもそも少し一人になりたい気分だったのだ。

 その背中へ、菅原が言葉を紡ぐ。

 

「そういえば、こんなとこで何してたんや?」

「……さあ、な」

 

 肩を竦め、歩き出す。菅原は追いかけて来なかった。

 助けて、と言えない少年。その辛さと意味は、祖父という理解者がいた新井には理解できない。

 だが、あの頃。どれだけ努力しても結果が出せなかったあの頃、もし祖父がいなければ。あるいは、自身の傷を晒せなかったなら。

 どうなっていたか……想像も、したくない。

 

 良い結果が訪れれば、良いと思う。

 けれど、自身にできることはない。

 ただそれだけのことで、だからこそもう終わっているのだ。

 

 想いを告げられ、それに向き合うことのできない自分には。

 きっと、できることはない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 真六武衆―シエン。破壊される時に他の六武衆を身代りにする効果を持ち、また、一ターンに一度相手の魔法・罠カードの発動を無効にする効果を持つモンスター。

 その圧倒的な制圧力に宗達得意のカウンター戦術が加わると、この上なく厄介な存在となる。

 

(さっきはどうにか倒せた。けど、今の状況は……)

 

 伏せカードが一枚と、手札が一枚の宗達。あの伏せカードは無視していいモノじゃない。手札もだ。最悪先程の幽鬼うさぎや『エフェクト・ヴェーラー』を持っている可能性もある。

 スターダストは破壊からモンスターを守る効果を持っている。最悪スターダストさえ残れば敗北は免れることもできそうだが――

 

「手札より『ダンディ・ライオン』を墓地に送り、魔法カード『ワン・フォー・ワン』発動!」

「……手札は三、か。シエンの効果でワン・フォー・ワンを無効にする!」

「ダンディ・ライオンの効果で綿毛トークンを二体特殊召喚」

 

 綿毛トークン☆1地ATK/DEF0/0

 綿毛トークン☆1地ATK/DEF0/0

 

 手札はこれで残り一枚。おそらく宗達はそこを見越しての効果発動だったのだろう。

 だが、これでいい。これで――打ち抜ける。

 

「手札より、魔法カード『調律』発動。デッキから『ジャンク・シンクロン』を手札に加え、デッキトップを墓地へ」

 

 落ちたカード→大嵐

 

 ピンポイントで辛いカードが落ちてしまった。だが、まだ大丈夫。

 

「ジャンク・シンクロンを召喚! 効果発動!」

「流石に通せねぇな。永続罠発動、『デモンズ・チェーン』! ジャンク・シンクロンの効果は無効だ!」

「ッ、なら――レベル1、綿毛トークンにレベル3、ジャンク・シンクロンをチューニング! シンクロ召喚! 『アームズ・エイド』!」

 

 アームズ・エイド☆4光ATK/DEF1800/1200

 

 自身を装備カードとしてモンスターに装備する効果を持つモンスター。ジャンク・シンクロンからフォーミュラ・シンクロンを経由して倒しにいく手は潰されたが、これでも十分一手は通せる。

 だがそれも、侍には届かない。

 

「手札より、『エフェクト・ヴェーラー』の効果を発動。相手フィールド上の表側表示モンスターの効果を無効にする」

 

 どこまでも高く、硬い壁。これが――如月宗達。

 

「バトル、スターダストでシエンを攻撃! 同時に効果を発動! 一ターンに一度、スターダストは破壊から表側表示のカードを守ることができる! スターダストを指定!」

「チッ……! シエンが破壊される……!」

 

 本来ならば相討ちだが、スターダストの効果により事実上の戦闘破壊となる。

 盤面は覆した。だが、手札は0。宗達も同じ条件だが、油断はできない。

 

「俺のターン、ドロー。やっぱり強いな、オマエは。だが――俺も、負けたくねぇ」

 

 真剣な目で、真っ直ぐに。

 如月宗達は、そう告げる。

 

「俺は、オマエにも、十代にも、誰にも負けたくない。勝つ。勝って――俺自身を証明する」

 

 そして、宗達はそのカードを発動する。

 

「魔法カード『精神操作』発動!」

「なっ、そんな――」

「指定するのは『アームズ・エイド』だ! 精神操作はエンドフェイズまで相手モンスターのコントロールを得るが、その代わり攻撃にも生贄にもできない!」

 

 それを聞くとかなり扱い難そうなカードだが、シンクロ素材にすればその制約はない。故にシンクロデッキには間接的な除去カードとして投入されることも多いカードだ。

 今回の状況では宗達はアームズ・エイドをシンクロ素材にはできない。しかし、アームズ・エイドの効果を使えば話は別。

 

「アームズ・エイドをノートゥングに装備!――バトルだ、ノートゥングでスターダストを攻撃!」

「スターダストの効果発動! スターダストを戦闘破壊から守る!」

 

 祇園LP3100→2200

 

 アームズ・エイドの効果が発動しなかったのが幸いだったが……正直マズい。

 

「ターンエンドだ」

「ドロー!」

 

 攻撃力3400のノートゥング――戦闘で超えることは難しい。

 引いたカードを確認する。届く。これなら。

 如月宗達を――超えられる!

 

「――『ジェット・シンクロン』を召喚! そしてレベル1、綿毛トークンにレベル1、ジェット・シンクロンをチューニング! シンクロ召喚! フォーミュラ・シンクロン! 効果で一枚ドロー!」

 

 ジェット・シンクロン☆1地・チューナーATK/DEF500/0

 フォーミュラ・シンクロン☆2光・チューナーATK/DEF200/1500

 

 ジェット・シンクロンの効果は使わない。使うべきはこちらの方ではないという判断だ。

 ドローカードを確認する。本来ならコストとして捨てる予定だったカード。だが、このカードは。

 

「――魔法カード、『死者蘇生』発動! 甦れ――TGハイパー・ライブラリアン!」

 

 逆転の一手は、ここに成る。

 

「スターダストのレベルを一つ下げ、レベル・スティーラーを特殊召喚!」

 

 TGハイパー・ライブラリアン☆5闇ATK/DEF2400/1800

 レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0

 

 答えは出た。最後に紡ぎ上げるのは、この一手。

 

「レベル5、TGハイパー・ライブラリアンとレベル1、レベル・スティーラーにレベル2、フォーミュラ・シンクロンをチューニング! シンクロ召喚!――『ダークエンド・ドラゴン』!!」

 

 ダークエンド・ドラゴン☆8闇ATK/DEF2600/2100

 

 闇の底より竜が咆哮し、世界が闇に包まれる。

 伝説の中でのみ生き、その伝説故に多くの憧れを受ける存在。

 

「……やっぱ、ドラゴン使ってんのが一番似合ってるなオマエは」

 

 苦笑を零す宗達。彼の手札は0。伏せカードもなし。

 ならば、もう防ぐ術はない。

 

「ダークエンドの効果発動! 攻守を500ポイントずつ下げ、相手モンスター一体を墓地へ送る!」

「――――」

「スターダストでダイレクトアタック!!」

 

 宗達LP2000→-500

 

 決着と共に、ソリッドヴィジョンが消えていく。宗達はデュエルディスクを外すと、大きく伸びをした。

 

「あー、疲れた。まさか負けるとはなぁ。割と真剣だったんだが」

「…………」

「んな怖い顔すんなよ。ちゃんと事情は話すから」

 

 肩を竦める宗達。そのまま彼は窓の外へと視線を向けた。

 雨は未だ止まず、外を覆うように降り続いている。しばらく宗達は無言でいたが、不意にポツリと言葉を零した。

 

「……なんだ、ちゃんと十代は勝ったのか」

「えっ?」

「こっちの話だよ。……今回俺がカムルなんて名前でセブンスターズについたのは、ある人に頼まれたからだ。オマエらは確かに強い。だが、万一ってこともある。実際クロノスとカイザーがああなったように、全員が文字通りの意味で再起不能になることもあり得た」

 

 結果として全員無事であったというだけで、祇園や十代を始め、この戦いで傷を負った者は多い。戦いそのものは、本当にギリギリだった。

 

「カミューラの時は本気で焦った。あの人も動かねぇし、カイザーがカミューラ潰してクロノス一人の犠牲ならどうにかできると思ったがそうはなんねぇし。……仕方ねぇから俺が出たがな。本気で賭けだったよアレは」

「宗達くんは、つまり、僕たちを……」

「意図としてはそうだ。だが、デュエル自体は本気だったよ。実際初戦はオマエをかなり傷付けたし」

 

 肩を竦める宗達。謝るような素振りはない。当たり前だ。彼はおそらく、その結果として訪れる事柄についてちゃんと覚悟をしていたのだろうから。

 

「アレは警告の意味もあった。オマエに限らず、全員に散々忠告はしてきたんだがな。どいつもこいつも頑固だよホントに。まあ、腹括ってやるってんなら止める気はなかった。二回目のお前とのデュエルで負けた時点で、裏方に回る大義名分は出来たしな。正直、あの負けはかなり予想外だったが」

 

 最悪の場合、俺が全員倒して決着を着けるつもりだった――宗達は苦笑と共にそう言った。

 それはある種傲慢な台詞だが、同時に彼が抱いた覚悟の表れでもある。

 

「俺にセブンスターズのことを頼んだ人はな、俺にとっては恩人なんだよ。それに、こんな馬鹿げた戦いでオマエらが壊されんのも納得いかなかった。……バレた時に糾弾される覚悟はしてたさ。それだけのことをしたって自覚はある。けど、それでも、俺は……」

 

 そこで宗達は口を閉じた。そのまま、じゃあな、とこちらへと背を向ける。

 

「セブンスターズとの戦いは、これで終わりだ。俺の守りたいもんも、きっちり守った。だから、俺はここで退場だ」

 

 その言葉は、どこか寂しげで。

 

「待って、宗達くん」

 

 気付けば、その背を呼び止めていた。

 

「守りたかったものって、何だったの?」

「……俺は俺自身の選択だけで生きてきた。後悔もあるし、悩んだこともあるが、それを否定するつもりはない。そんな中で、ようやく……ようやく、出会えたんだよ」

 

 そう言って振り返った彼が浮かべた笑顔は、どこか寂しげで。

 

「俺の世界は俺だけで完結していた。そのはずだった。だが、いつの間にかそうじゃなくなってたんだ。ただそれだけだよ」

 

 そして、今度こそ彼は立ち去っていく。

 響き渡る靴の音。それが聞こえなくなるまで、祇園はずっとその場に立ち尽くしていた。

 

 どれぐらいそうしていたのか。不意に、足音が聞こえた。

 振り返る。そこにいたのは――

 

「……十代くん」

 

 遊城十代。いつも明るく、笑顔を浮かべている彼の表情はしかし、暗い。

 

「……なあ、祇園。俺たち、友達だよな……?」

「……うん」

 

 いきなりの問いに、頷くことしかできなかった。十代は、そっか、とどこか無理した笑みを浮かべる。

 

「ちょっと、色々あってさ。……疲れちまった」

「……うん。僕もだよ」

 

 十代が椅子に座るのに合わせて、祇園も椅子に座る。知らず、互いの口からため息が漏れた。

 視線が合い、二人は苦笑を漏らす。

 

「なあ、祇園」

 

 雨の音だけが響く沈黙の中、不意に十代が呟いた。視線を向けると、十代が真剣な表情でこちらを見ている。

 

「もし、俺が助けを求めたら……助けて、くれるか?」

「……当たり前だよ」

 

 即答、できたと思う。

 何ができるかはわからない。それでも、力になりたいとそう思った。

 

「じゃあさ、祇園が大変な時は――俺が力になる」

 

 当たり前のように彼が言ったその言葉に。

 一瞬、体が動きを止めた。

 知っているのかもしれないし、知らないのかもしれない。夢神祇園が置かれている状況について、何かわかっているのかもしれない。

 けれど、きっと遊城十代という少年にとってそんなことは些細なことなのだ。

 

「友達だもんな」

 

 そう言って笑う彼の姿は、あまりにも眩しい。

 友達だから。

 きっと彼は、その理由だけで立ち上がってくれる。

 遠い昔に憧れた、〝ヒーロー〟のように。

 

「ありがとう」

 

 呟くように、そう言って。

 もう一人の友が立ち去っていった方を見る。

 

 彼を友だと、呼んでいいのなら。

 夢神祇園は、彼を助けることができるだろうか。

 

 そして。

 

 己を救い出してくれたあの少女を、助けることは……できるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「そうか。逝ったか」

 

 電話越しに簡潔な言葉を聞き、そうか、ともう一度呟く。

 永く生きていると、別れは自然遠くなる。また一人、酒を飲み交わした男がこの世を去った。

 

「なあ、アイツは満足して逝ったか?」

 

 わからない、と相手は答えた。

 ただ、答えは得たのだろうとも彼は言った。

 

「なら、いいさ」

 

 そして、通話を切る。

 暗闇の中に、それ以上の言葉は響かない。

 













はてさて、進んでるようです済んでいない彼はどうなることやら。


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第七十話 〝だいすき〟

 

 

 

 

 アカデミア本島にある海岸。そこで、万丈目準がゆっくりと膝をついた。彼と向かい合うのは天上院明日香だ。どことなく疲れた表情をしている。

 告白デュエル、と銘打たれた二人のデュエル。結果は万丈目の敗北に終わった。正直まともにやり合えば互角――いや、万丈目に分があるくらいのはずなのだが、明日香の兄である吹雪に色々吹き込まれた彼は普段の彼とは違う戦い方をし、最終的にBFに蹂躙された。

 

「諦めるな! まだ希望はある!」

「し、師匠……!」

 

 言葉と絵面だけを見るとどこぞのスポ根漫画のそれだが、事情が事情なので苦笑しか出て来ない。実際のところ、明日香は渋い顔をして額を押さえている。苦労人気質な人だ。

 ――遊城十代が七人目のセブンスターズ――大徳寺を打ち破ったことにより、彼らとの戦いは終わった。結局祇園しか知らないことだが、カムルの正体である如月宗達が終わりと宣言した時点で全員の撃退に成功したと言える。

 終わったのだ。傷ついたし、傷つけた。だがそれも、ようやく終わり。

 ……何故か全員分の鍵を盗み出した万丈目がこんなことをやらかしたが、まあそれはそれだろう。

 

「やっぱ阿呆だな万丈目は」

「けれど、ああいう情熱的な気持ちも悪くないモノよ?」

「そういうもんかねぇ……」

 

 宗達と雪乃が少し離れたところで言葉を交わす。視線を送ると、宗達が意味ありげに笑って見せた。その目は「何故言わない?」と問うているように思う。

 視線を外す。言わない理由は単純だ。たとえそれが欺瞞であったとしても、夢神祇園は今のこの時間を壊したくなかった。それがただ、問題を先送りにしているだけだとしても。

 

「……凄いなぁ」

 

 ポツリと、隣からそんな呟きが聞こえた。見れば、桐生美咲がどこか羨ましそうに万丈目を見つめている。

 

「どうしたの?」

「ん、いやな、自分の気持ちを伝えるのって……やっぱり、難しいやん?」

 

 苦笑を浮かべ、美咲が言う。そうだね、と祇園は頷いた。

 

「本当に……難しい」

「うん。だから、凄いなぁ、って。……伝えても、伝わらない時がある。傷つくだけかもしれない。関係が壊れてしまうかもしれない。そんなことばっかり、考えてしまうから」

 

 己自身の気持ちすら曖昧なのに、他人の気持ちなどわかるはずがない。だから伝えて欲しいと思うし、伝えたいと思うのだ。だがそれで伝わる保証はない。間違って伝わるかもしれないし、伝わっても理解されないかもしれない。それが原因で『今』が壊れるかもしれない。

 だから、曖昧に過ごしていく。今までも、これまでも。

 夢神祇園は、流されるままに。選択をせずに、生きてきた。

 

「でも、きっといつかは伝えなくちゃいけないんだよね」

 

 嘘、と呼ぶ程のことではないのだろう。だがそれは真実ではない。だからズレが生じる。それは少しずつ大きくなっていき、最後には破綻する。

 そこに待っているのはきっと、後悔だけだ。だから伝えなければならない。そうなる前に。

 何を伝えるべきなのかは、わからないけれど――……

 

「……そうやね。きっと、そうなんや」

 

 そう言って笑った、彼女の笑顔は。

 今にも消えてしまいそうなほど、儚かった。

 

 

「うおっ!?」

「おい、どうしたんだよ万丈目!?」

 

 

 何かを言わなければ、伝えなければならない。そう思いながら何も言えないでいると、不意にそんな声が聞こえてきた。見れば、万丈目が持つ鍵が浮き上がり、彼がその鍵に引き摺られるように森へと向かっていく。

 

「新手の曲芸か?」

「待てよ万丈目!」

「待つッスよ!」

「止めてくれー!」

 

 宗達の冷静なコメントはともかく、全員が万丈目を追って走っていく。祇園もまたそれを追おうとして、一度足を止めた。だが、すぐに走り出す。

 一度タイミングを逃した言葉は、改めて紡ぐのが難しい。

 

 

 だから、後悔する。

 いつだって、どんな時だって。

 夢神祇園は、そうだった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 走り出した彼らを見送り、桐生美咲は拳を握り締めた。遂に来た。今日ここで、一つの決着がつく。

 そのために桐生美咲はここにいるのだ。もしかしたら、という希望はあった。だがやはり、事態は最悪の方向へと流れている。

 

「さて、俺たちも追うか」

 

 背伸びをしながらそんなことを言う宗達。その隣にいる雪乃もそうね、と頷いた。

 歩き出す背中。その背中越しに、ポツリと呟くように彼が告げた。

 

「見届けてやるよ。認めたくねぇが、あんたは俺よりも強い。正直、これ以上の手はないと思うぜ」

 

 彼の隣で雪乃が首を傾げるが、彼は気にせず歩き出してしまう。それと入れ替わるように、隣に気配が立った。

 

「キミの覚悟、信念、決意、想いに私は敬意を表する。故に、最後まで見届けよう」

「……もしもの時は、よろしくお願いします」

「教授にも言われたよ。……そうだな。もし本当に、私にしかどうにもできないようなことになるようならば……考えておこう」

「ありがとう、ございます」

 

 歩き出す。その歩を進める度に、彼女に付き従う精霊たちが一人、また一人と増えていく。

 

「さあ、行こう」

 

 まるで、本でも買いに行くかのような気軽さで。

 まるで、戦場にでも赴くかのような覚悟を滲ませて。

 桐生美咲は、歩を進める。

 

「未来を――救おう」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 閃光と衝撃。覚えているのはそれだけだ。

 万丈目の手から離れた七星門の鍵。それが辿り着いたのは、いくつかの巨大な石が突き立った場所だった。鬱蒼と覆い茂る木々に隠されるようにあったその場所。足を踏み入れた瞬間、本能が警鐘を鳴らした。

 不快感。何か、生温い何かに体を押されているかのような感覚。

 見れば、他の者も同じような状態だったらしい。特に十代と万丈目は苦虫を噛み潰したような表情をしている。

 

「何だ、ここ」

 

 誰が呟いたのか、おそらく全員が共有していたであろう疑問を誰かが言葉にした瞬間、その声が響き渡る。

 

「――伏せてください!!」

 

 その叫びと共に、閃光と衝撃が駆け抜ける。

 目を開けた時、そこにあったのは衝撃の光景だった。

 薙ぎ払われたかのように木々が倒れ、中心部にはクレーターができている。そして何より――

 

「精霊……?」

 

 その数、百は優に超えるだろうか。祇園たちを守るように、数多の精霊たちが周囲を取り囲んでいた。

 そしてその更に前に立つのは――

 

「妖花さん……?」

 

 防人妖花。当代最高峰と呼ばれる巫女が、険しい表情でそこに立っている。いつもの快活な笑顔は鳴りを潜め、ただただ射殺すような目でクレーターの中心を見据えていた。

 

「おい、アレ!」

「三枚のカード……?」

 

 事態が呑み込めずに呆然としていると、いち早く復帰した十代が声を上げた。次いで三沢が呟くように、クレーターの底より三枚のカードがゆっくりと上昇してくる。

 姿を消した七星門の鍵。巫女である妖花の表情。そして、三枚のカード。

 ――歯車が、噛み合う。

 

「〝三幻魔〟……?」

 

 祇園の呟き。それに応じるように、後ろから声が聞こえてくる。

 

「みなさーん!」

「どうしたノーネ!」

「大丈夫!?」

 

 美咲や宗達、澪と共に鮫島、クロノス、緑の三人が現れる。奇しくも、今回の戦いに関わった全員がこの場に揃うこととなった。

 

『貴様らにそのカードを渡すわけにはいかんな』

 

 不意に上空から声が響いた。見上げると、一台のヘリが飛行している。

 そこから何か巨大なものが射出され、クレーターの中心へと降り立った。

 

「あのロボットは……?」

『くくっ……鮫島校長、私の声を忘れたのか?』

「その声は……やはり、あなたでしたか。――影丸理事長!」

 

 鮫島が声を張り上げる。影丸理事長――アカデミア本校における理事長であり、しかし、病気によってその職務のほとんどを鮫島校長へと任せていた人物。

 

「何故、理事長が……」

「全ての黒幕だった、ってことだろ」

 

 亮の疑問にそう言って応じたのは宗達だった。彼はそのまま歩を進め、クレーターの手前で足を止める。一瞬視線を向けられた妖花が僅かに震えたが、彼女は退かずに宗達を睨み返した。

 

『いい働きだったぞ――カムル』

 

 影丸理事長の笑い声。十代たちが息を呑んだ。

 

「おい、今、なんて……」

「――七星門の鍵は確かに〝三幻魔〟を封印するための鍵だった。だがその封印解除の条件は鍵を全て奪われることじゃねぇ。デュエリストの闘志が必要だったんだよ」

「おい、宗達!」

「つまり、戦いが起こることそのものが重要だった。つってもその辺の有象無象じゃ意味がねぇ。理事長はそのためにアカデミア本校でデュエリストを育て上げたんだよ」

 

 言うと、宗達はコートの中から仮面を取り出す。

 鬼の面――彼が祇園たちと向かい合う時に着けていたモノを。

 

『私は永遠の命と若さを手に入れるため、〝三幻魔〟の復活を望んだ。――さあ、〝三幻魔〟復活の儀式を始めようではないか!』

 

 高々と宣言する影丸理事長。だが、十代たちの困惑は彼よりも、目の前に立つ人物に向けられている。

 

「如月……! 如月宗達! 貴様、俺たちを裏切っていたのか!?」

 

 万丈目が叫ぶ。宗達は一度目を閉じると、さあな、と呟いた。

 

「俺が言い訳をしたら、オマエは納得できるのか?」

「宗達!」

 

 十代が叫ぶ。宗達は一瞬、ほんの一瞬だけ笑うと、なあ、と十代に問いかけた。

 

「大徳寺先生は……満足して逝ったのか?」

「えっ……?」

「なんでもない」

 

 肩を竦める宗達。

 困惑の空気が流れる。そんな中、最初に動いたのは雪乃だった。

 

「…………」

 

 無言のまま、彼女は宗達の下へと歩いていく。そして。

 

「雪乃!」

「……ごめんなさい、明日香。私は宗達の味方なの。私はどんなことがあっても宗達を信じると、そう決めているのよ」

 

 彼女は、宗達の側に立つ。

 それは、彼らの一つの絆。

 

「ありがとう、雪乃。――けど、俺の役目はもう終わってる。そうだろ?」

 

 なあ、と背後へと言葉を紡ぐ宗達。む、と影丸が唸った。

 

『どういうつもりだ?』

「俺がテメェの側に付いた理由は一つ。状況のコントロールのためだ。ガチでやり合ったら最悪死人が出てるような戦いだ。だから大徳寺さんと一緒に最悪の事態だけは回避できるように動いてきた。そしてテメェがこうして前に出てきている以上、俺の目的は達成されてるんだよ」

 

 鬼の面を叩き割り、宣言する宗達。貴様、と影丸理事長が吠える。

 

『裏切る気か』

「裏切るも何も、俺は最初から最後まで、俺の後ろにいる全員の味方のつもりだよ」

『ならば貴様が戦うか? 貴様が――精霊より忌み嫌われし〝管憑き〟が、〝三幻魔〟にその手を届かせることができるとでも?』

「そうしてやってもいいところだがな。この場には、俺以上の覚悟を持った奴がいる」

 

 そうだろ、と宗達が振り返った。

 歩みを進めるのは、一人。

 

「影丸理事長。あなたがしたことは、アカデミア本校の理事長として許されることではありません」

 

 誰もが道を開ける。当たり前のように、彼女の前から体を退けた。

 夢神祇園でさえ、彼女に何かを言うことは……許されない。

 

「KC社総取締役及び、アカデミア本校オーナー海馬瀬人の代理としてあなたを誅します」

 

 精霊たちが道を開け、彼女を前へと進ませる。

 膝を降り、首を垂れる精霊たち。その光景は、まるで。

 己が大将を一騎討ちの戦場へと送り出す、騎士の敬礼。

 

「そして、何より」

 

 妖花の隣で彼女は立ち止まる。宗達と雪乃はすでにその場を離れていた。

 

「あんたは、ウチの友達を――大切な人を傷付けた。絶対に、許さへん」

 

 轟音が響き、二人の精霊が姿を現す。

 片や、プラネットが一角にして最強の精霊。

 片や、混沌をその身に宿した最強の騎士。

 まるで美咲を守るように、二つの〝最強〟が並び立つ。

 

「美咲さん……」

「……大丈夫」

 

 妖花の声に、彼女はそう応じる。穏やかな笑顔で、壊れそうな笑顔で。

 

「さあいくで、影丸理事長!」

『いいだろう。貴様の精霊と共に歩む魂、〝三幻魔〟復活の贄としてくれる』

 

 向かい合う二人。闇が濃さを増し、全員の体が震えた。だが、その戦場に立つ美咲の周囲には、紅蓮の闇が吹き荒れる。

 赤き悪魔の咆哮が、その身を闇から守り切る。

 

「美咲!」

 

 ようやく紡げたのは、そんな言葉だけだった。

 どうして、こんなことを。

 どうして、独りきりで。

 どうして、何も。

 言いたいことはいくつもあるのに、伝える術はどこにもない。

 

〝大丈夫〟

 

 彼女の唇が、そう動いた気がした。

 けれど、その時の彼女の笑顔は。

 今にも泣きだしそうなほど――弱々しくて。

 

「『決闘!!』」

 

 大切な親友の背中は。

 いつもなら、誰よりも頼もしく見えるはずの背中は。

 何故か――今にも消えてしまいそうだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

(震えるんやない……! 大丈夫や、〝三幻魔〟はまだ完全復活はしてへん……!)

 

 心の奥底に刻まれた恐怖で体が震える。記憶の果てにみた世界が、どうしようもなく心を揺らす。

 

(それに、ウチが、ウチが負けたら……!)

 

 多くの人が傷つく。そこには美咲にとって大切な人がたくさんいて、守りたい人たちがいる。

 ――それに、何より。

 この戦いで誰よりも傷ついた彼を、これ以上傷付けるわけにはいかない。

 

「ウチのターン、ドロー!」

 

 胸が張り裂けそうだった。彼の傷ついた姿を見た時、心の底から後悔した。

 遅くはない。今からでも自分が戦えばとそう思った。けれど、それでは黒幕を逃がしてしまう。そうなれば、彼が命を懸けて戦ったことが無駄になる。

 だから、耐えたのだ。待ち続けたのだ。この時のために。

 

「ウチは手札より永続魔法『神の居城―ヴァルハラ』を発動し、効果で『光神テテュス』を特殊召喚! 更に魔法カード『打ち出の小槌』を発動! 手札三枚を戻し、戻した枚数をドロー!――三枚目に引いたカードは『裁きの代行者サターン』や! テテュスは引いたカードが天使族だった時、相手に見せてもう一枚ドローできる! 『死の代行者ウラヌス』、ドロー! 『堕天使スペルピア』、ドロー!」

 

 光神テテュス☆5光ATK/DEF2400/1800

 

 ドロー加速。〝三幻魔〟の詳しい力については不明だ。故に、やれる手は全て打つ。

 

「ウチはフィールド魔法『天空の聖域』を発動! カードを一枚伏せ、モンスターをセットしてターンエンド!」

 

 ここで勝てば全てが終わる。それでいい、それ以外の結果も答えも想いも要らない。

 だって、負けてしまえば。

 本当に終わる。終わって、しまう。

 

『くくっ、私のターン、ドロー。私は罠カードを三枚伏せる』

「…………?」

 

 その言葉に思わず眉をひそめる。背後の方からもざわめきが聞こえてきた。

 

「あいつ、本当にデュエルをしたことがあるのか?」

「わざわざ罠カードって宣言する必要などないというのに……」

「……来ます」

「ああ、そのようだ」

 

 後半の声は妖花と澪か。流石、あの二人は〝視えて〟いる。

 正直、震えが止まらないのだ。先程から感じる、この圧力を前にして。

 

『くっく、これで準備が整った。フィールド上の罠カード三枚を生贄に――『神炎皇ウリア』を特殊召喚!!』

 

 柱より焔が立ち上がり、紅蓮の竜が姿を現す。

 その咆哮は大気を揺らし、その闇が世界を覆う。

 

 神炎皇ウリア☆10炎ATK/DEF0/0→3000/0

 

 手にした者は世界の総てと永遠の命を手に入れるとされる〝三幻魔〟が一角。

 神の焔を纏う〝皇〟。

 

『ウリアの効果発動! 一ターンに一度、相手の罠カードを一枚破壊する! そしてこの効果に対し相手はチェーン出来ない! トラップ・デストラクション!!』

「――――ッ、『破壊輪』が……!」

『ふん、ハズレだな。〝三幻魔〟に罠カードは効かない。魔法カードも発動ターンのみだ。――バトルだ、ウリアでテテュスに攻撃!』

 

 天使が破壊される。だが、想定内だ。天空の聖域がある以上、こちらに戦闘ダメージはない。

 

「ウチのターン、ドロー! 魔法カード『トレード・イン』! 手札より堕天使スペルピアを捨て、カードを二枚ドロー! 更にセットモンスター、『ジェルエンデュオ』は光属性、天使属性モンスターを召喚する際二体分のコストにできる! 生贄に捧げ、『The splendid VENUS』を召喚!」

 

 The splendid VENUS☆8光ATK/DEF2800/2400

 

 現れるのは、最強の天使。その力は、同族以外の力を落とし込む。

 

『プラネット・シリーズか……!』

「説明は不要やな? バトル、ヴィーナスでウリアを攻撃!」

 

 ヴィーナスが存在する時、天使族モンスター以外のモンスターはその攻撃力を500ポイントダウンさせられる。〝三幻魔〟は強力だが、モンスター効果は届く。なら――届くはずだ。

 

 影丸LP4000→3700

 

「ウチはこれでターンエンドや」

 

 先手はとれた。ウリアも撃破出来た。滑り出しは上々だ。

 

『ドロー。……くくっ、流石に吠えるだけのことはあるようだ。だが、〝三幻魔〟はこの程度では揺らがぬ。ウリアが墓地にいる時、手札から罠カードを一枚捨てることで蘇生できる! 甦れ――神炎皇ウリア!!』

 

 神炎皇ウリア☆10炎ATK/DEF0/0→4000/0→3500/0

 

 爆炎と共に蘇るウリア。更に自身の効果により攻撃力が更に上がっている。

 

『バトルだ、ウリアでヴィーナスを攻撃!』

「――――ッ」

 

 ダメージはない。無いが、ウリアの効果は強力だ。このままでは押し切られる。

 やはり強力。侮っているつもりはなかったが、流石に〝三幻魔〟――世界を喰らう存在だ。

 

「美咲先生!」

「大丈夫ッスか!?」

「頑張るんだな!」

 

 声が聞こえる。生徒であり、友である彼らの声。

 

(……大丈夫。大丈夫や)

 

 心を落ち着かせる。背負ったモノ、信じるモノ、成し遂げたいコト。

 それを忘れなければ、負けることはない。

 

 親指を上げ、腕を横に突き出す。振り返ることはない。目を逸らせば、きっと臆してしまうから。

 

『カードを一枚伏せ、更にフィールド魔法『失楽園』発動! 場に幻魔がいる時、カードを二枚ドロー出来る! 二枚ドローし、ターンエンド』

「ウチのターン、ドロー! ヴァルハラの効果を発動! 裁きの代行者サターンを特殊召喚! 更に神秘の代行者アースを召喚し、効果発動! 天空の聖域があるため、『マスター・ヒュペリオン』を手札に!」

 

 裁きの代行者サターン☆6光ATK/DEF2400/0

 神秘の代行者アース☆2光・チューナーATK/DEF1000/800

 

 二体のモンスターが並ぶ。プラネットでさえ簡単に撃破された。ならば次は、この一手だ。

 

「王者の鼓動、今ここに列をなす。天地鳴動の力をここに! シンクロ召喚、『レッド・デーモンズ・ドラゴン』ッ!!」

 

 現れるのは、最強にして絶対の王者。

 桐生美咲が託された、紅蓮の悪魔。

 

 レッド・デーモンズ・ドラゴン☆8闇ATK/DEF3000/2000

 

 神にすら匹敵するとされる存在へ、紅蓮の悪魔が挑みかかる。

 

「更に墓地のサターンを除外し、マスター・ヒュペリオンを特殊召喚!」

『それ以上はさせん。――罠発動、『奈落の落とし穴』。マスター・ヒュペリオンを破壊し、除外する』

「…………!」

 

 聖域に座す大天使が破壊される。まずい、これでは。

 

「……ターンエンド!」

『ドロー。――バトルだ、ウリアでレッド・デーモンズ・ドラゴンへ攻撃!』

「―――――――!!」

 

 美咲LP4000→2000

 

 如何に紅蓮の悪魔といえど、今のウリアには及ばない。戦闘で破壊されてしまう。

 ウリアの攻撃力は現在5000。ターンを追うごとに強化されていっている。

 

(……ッ、まだ、一体だけやのに……!)

 

 全身を襲う衝撃と激痛。体の芯、奥底の魂を揺さぶるような一撃。

 口元から血が零れる。それを指先で拭い、前を見据える。

 

(悔しいけど、幻魔の力は想定以上や。これは、急がなアカンかもしれんな……)

 

 理想は三体全てを叩くことだが、その余裕があるかどうか。

 敗北は文字通りの世界の破滅。それだけは認めない。

 

『失楽園の効果で二枚ドロー!……私は魔法カードを三枚伏せる』

 

 失楽園によって増えた手札と、この状況。これは、まさか。

 

「魔法カードを三枚、か」

「――来る、ってことか」

 

 澪の呟きに反応するのは宗達だ。そして、その答えはすぐに出る。

 

『魔法カード三枚を生贄に捧げ、『降雷皇ハモン』を特殊召喚!!』

 

 轟雷が堕ち、闇の深さが増す。

 現れたのは、金色の体躯を持つ三幻魔。

 

 降雷皇ハモン☆10光ATK/DEF4000/4000

 

 攻撃力、4000。

 純然たる暴力が、顕現する。

 

『これで二体目だ。カードを一枚伏せ、ターンエンド』

「ウチのターン、ドロー!――ヴァルハラの効果により、『アテナ』を特殊召喚! 更に天空の聖域があるため『死の代行者ウラヌス』を特殊召喚し、アテナの効果発動! ウラヌスを生贄に捧げ、『裁きの代行者サターン』を特殊召喚! 更に手札より神秘の代行者アースを召喚! 効果により、『想像の代行者ヴィーナス』を手札に!」

 

 アテナ☆7光ATK/DEF2600/800

 死の代行者ウラヌス☆5闇・チューナーATK/DEF2200/1200

 裁きの代行者サターン☆6光ATK/DEF2400/0

 神秘の代行者アース☆2光・チューナーATK/DEF1000/800

 

 高速でデッキを回転させる。二体のモンスター。それを、まとめて吹き飛ばす。

 

「アテナの効果により1200ポイントのダメージを与え、更に墓地の光属性モンスター、光神テテュスと闇属性モンスター、ウラヌスを除外し! 『カオス・ソルジャー―開闢の使者―』を特殊召喚!!」

 

 影丸LP3700→2500

 

 カオス・ソルジャー―開闢の使者―☆8光ATK/DEF3000/2500

 

 現れるのは、最強の混沌。

 

(届け……!)

 

 最強の騎士がこちらを一瞥した。その瞳に込められた強い意志を感じ、頷きを返す。

 

「カオス・ソルジャーの効果発動! 一ターンに一度、相手モンスター一体を除外できる! ウリアを除外や!」

『永続罠『デモンズ・チェーン』!! その効果を無効とする!!』

「――――ッ!!」

 

 やられた。だが、まだだ。まだ、届く。

 

(カオス・ソルジャーを残したままやと次のターンで上から潰される。なら――)

 

 伏せカードはない。ならば、この一手だ。

 

「レベル6、裁きの代行者サターンにレベル2、神秘の代行者アースをチューニング! シンクロ召喚!」

 

 頭に嫌な痛みが走った。プラネット、レッド・デーモンズ、開闢の使者、そして今から出そうとしているモンスター。

 明らかに一度のデュエルで自分が扱い切れる容量を超えている。ダメージもあり、目が霞んできた。

 

〝戦乙女よ〟

 

 声が聞こえた。自分に力を貸してくれる精霊であり、同時、監視役でもある天使から。

 

〝それ以上は危険です〟

 

 端的で、それでいて真理を突いた言葉だった。はっ、と息を吐く。何を今更。そんなこと、とっくの昔に理解している。

 今更危険がどうした。リスクがどうした。そんなもの、とっくに受け入れている。

 

(もう、祇園を、あんな目には……!)

 

 傷ついて欲しくない。

 泣いて欲しくない。

 ずっと傷ついて、ボロボロになって、それでも前を向こうとしたその背中を知っているから。

 

 大切だから。

 だから、守る。

 絶対に――傷つけさせない。

 

「……だから……、何や……ッ……!」

 

 口の中に鉄の味が広がる。

 痛みは警告だ。これ以上は踏み込むなという、肉体からの。

 

「負けられへん……! 負けられへんのや! 絶対に!」

 

 美咲、と自分を呼ぶ声が聞こえた。

 それは、彼の――

 

「――紅蓮の悪魔よ、今ここに降臨せよ! 『閻魔竜レッド・デーモン』!!」

 

 桐生美咲が託されたカード、『レッド・デーモンズ・ドラゴン』。その対となる、本来ならば存在しえないカード。

 紅蓮の悪魔が咆哮し、世界が揺れる。

 

「魔法カード『アドバンスドロー』発動! カオス・ソルジャーを生贄に、カードを二枚ドロー!――レッド・デーモンの効果発動! 一ターンに一度、このカード以外の表側攻撃表示のモンスターを全て破壊する!!」

『何だと!?』

「吹き飛べ!!」

 

 闇を纏う紅蓮の炎により、世界が揺れる。

 全ての焔が対地を焼いた時、場に残ったのは赤き悪魔だけ。

 

「バトルや! レッド・デーモンズで攻撃!! アブソリュート・ヘル・ドグマ!!」

 

 トドメの一撃。誰もが決着だと思った。これで終わりだと。

 だが――届かない。

 

『手札より『速攻のかかし』を捨て、バトルを無効とする!』

「…………ッ!」

 

 届かない。悪魔の一撃は、あと一歩で防がれた。

 

「……魔法カード『一時休戦』や。お互いはカードを一枚ドローし、次の相手ターンのエンドフェイズまであらゆるダメージが通らへん」

『延命したか。だが、LPが無事として……果たして、その体が持つのか? 私のターン、ドロー! 手札より罠カードを墓地に送り、ウリアを蘇生! 更に失楽園の効果で二枚カードをドローし、魔法カード『死者蘇生』を発動! ハモンを蘇生!』

 

 攻撃力6000のウリアと、攻撃力4000のハモン。

 まだ一体が後に控えているというのに、どうしようもないほどの絶望感が美咲の胸を締め付ける。

 

『バトルだ! ハモンでレッド・デーモンを攻撃!』

「――――ッ」

 

 ダメージはない。だが、その代わりに衝撃が体を襲った。

 

(ッ、こんな、これ、ほど……!?)

 

 桐生美咲は防人妖花ほどではないが精霊の加護を受けた存在である。故に闇のゲームに対しても耐性がある。しかし、それでも幻魔の一撃はあまりにも重い。

 思わず膝をつく。視界が滲む。正直、永くはもたない。

 

「美咲ッ!!」

 

 声が聞こえた。思わず振り返る。祇園が、今にも泣きそうな顔でこちらを見ていた。

 

「大丈夫」

 

 届いたかはわからない。けれど、そう言うしかない。

 だって――そうだろう?

 夢神祇園は、この戦いから逃げなかった。この戦いだけではない。幾度となくあった絶望的な戦いを前にしても、彼は一度も逃げることはしなかった。

 ならば、桐生美咲が逃げるわけにはいかない。

 彼の友であるために。

 彼と共に歩みたいと、そう願うが故に。

 

「『星屑のきらめき』を、発動、……レッド・デーモンズ・ドラゴンを、レッド・デーモンを除外して……蘇生」

 

 震える足で立ち上がる。最後の一手だ。ここを通す。通してみせる。

 

「速攻、魔法。『クリボーを呼ぶ笛』……『ハネクリボー』を特殊、召喚……更に、『救世竜セイヴァー・ドラゴン』を……召喚……!」

 

 レッド・デーモンズ・ドラゴン☆8闇ATK/DEF3000/2000

 ハネクリボー☆1光ATK/DEF300/200

 救世竜セイヴァー・ドラゴン☆1光・チューナーATK/DEF0/0

 

 揃った。後は、一撃を。

 救世のための一手を、紡ぐだけ。

 

「――レベル8、レッド・デーモンズ・ドラゴンとレベル1、ハネクリボーに――」

 

 視界が、傾いた。

 

(あれ、どうして、世界が――)

 

 地面が近付いてくる。その時間が、やけにゆっくりに感じられた。

 

(嗚呼、そっか)

 

 声が聞こえる。ただ、応じる術はない。

 

(傾いてるのは……ウチか)

 

 そこで、理解する。

 自分は、届かなかったのだと。

 

 もう……駄目なのだと。

 

 

「美咲ッ!!」

 

 

 彼の声だけが。

 やけに、大きく聞こえた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ソリッドヴィジョンが消えていく。それを眺めながら、ぼんやりと理解した。

 ――私は、失敗した。

 負けてはならぬ戦いで。

 無様にも、敗北したのだ。

 

「美咲!」

 

 体が抱き上げられる。見上げた先には、今にも泣きそうな顔をした彼の姿。

 少し、珍しいと思った。彼が泣いた姿など、初めて弱音を吐いてくれたあの日以外に見たことがなかったから。

 

「しっかり、しっかりして! どうしてこんな……!」

 

 どうして、という彼の問い。そこに対する答えは一つだ。桐生美咲は、今日この瞬間に勝利するためにここにいた。

 やがて訪れる――訪れてしまう破滅の未来。それを変えるために。そのために存在していたのだ。

 けれど、少しだけ慾が出た。

 命を懸けて、それこそ相打つつもりで戦うべきだったのに……できなかった。

 

 いつの間にか、こんなにも私の中で大きくなったあなたと。

 共に歩みたいと、そう思ってしまった。

 

(情けない、なぁ……)

 

 最初は、世界のためだった。そして、復讐のためだった。

 けれど、いつしか心はあり方を変える。

 この世界で生きる私。

 その隣にいてくれた彼。

 それが、かけがえのないモノになってしまった。

 

(守りたい、って、思ったのに……)

 

 理由は、温かなモノに。

 過去を想って抱いた憎悪は、いつしか未来を想う願いとなった。

 

「……ごめん、なぁ……」

 

 どうにか絞り出せた言葉は、そんな言葉だけで。

 

「何を……」

「……守り、たかった、ん、やけ……ど……」

 

 苦笑い。

 全てを抱えて、背負って、何もかもを懸ければどうにかなると思っていた。

 けれど――駄目だった。

 死にたくないと、きっと、心のどこかで願ってしまったのだ。

 

「……情け、ないなぁ……」

「そんなことない」

 

 恥じ入る言葉はしかし、即座に否定される。

 

「美咲は、僕たちを守ろうとしてくれた。情けなくなんかない」

「……そっかぁ……ウチ、頑張った、やん……な……?」

「美咲は頑張ったよ。頑張った。あんなのを相手にして、逃げないで。美咲は……ッ」

 

 彼の瞳から涙が一滴、零れ落ちた。

 優しいな、と思う。泣いてくれるなんて。

 けれど……うん、そうだ。

 そんな彼だから、私は。

 

 両の手を伸ばし、彼の頬に触れる。

 そして――

 

 唇が、重なった。

 

「――――」

 

 優しい感触。彼は逃げなかった。それがただ、嬉しい。

 そして。

 

 

「だいすき」

 

 

 ずっと、伝えたくて。

 けれど、伝えられなかったその言葉を告げて。

 

 ゆっくりと……目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 影丸の笑い声が響き渡る。三幻魔の力が満ちたことによりその肉体は若返り、その異常な力は彼を延命させていた装置を軽々と投げ飛ばすほど。

 異常な光景だ。だが、ことここに及んでは何が起きても不思議ではない。

 

「さあ、次は誰だ! 〝最強〟にして精霊共を従える〝祿王〟か!? アカデミアの〝帝王〟か!? 精霊に忌避される咎人〝管憑き〟か!? 精霊に選ばれし者、遊城十代――貴様か!?」

 

 高々と笑いながら告げる影丸。彼の意識はすでに彼女が倒した美咲には向いていない。当たり前だ。彼の目的は〝三幻魔〟の復活による不老不死と力の獲得である。すでに退けた相手に意識を向ける意味はない。

 

「……野郎」

 

 最初に動こうとしたのは宗達だった。闇を纏い、影丸に冗談抜きの殺意を叩き付ける。

 

「待て」

 

 だが、それを止めたのは澪だった。彼女は視線を一人の少年から外さぬまま、言葉を紡ぐ。

 

「もう少し待て」

 

 その声に迷いはない。宗達は足を止める。

 

「どうするつもりだ?」

「見ていれば答えは出る」

 

 そして、〝王〟は沈黙した。

 視線を前に向ける。そこにいるのは、少女を抱きかかえる少年。

 その彼は、少女を抱いたまま立ち上がる。

 

「――僕が戦う」

 

 凛としたその言葉。それを聞き、影丸が嗤った。

 

「貴様が戦うというのか? 愚かな……理解しているのか、この状況を? そこの小娘ですら無意味だった。精霊に選ばれ、力を持つその小娘でさえもだ。それが、何者にも選ばれず、何者でもなく、ただそこにあるだけの貴様に何ができる?」

「そうだよ。僕は弱い。きっと、ここは退くべきなんだ。僕が出る幕じゃない」

 

 けれど、と少年は言った。

 力を持たぬ身でありながら、その少年は。

 

「けれど、それでも、傷ついたのは美咲だ。――傷付けられたのは僕の親友なんだ!!」

 

 それはきっと、少年が始めてみせた激情。

 人はそれを、憤怒と呼ぶ。

 

「わかってる、わかってるんだ! 僕よりも! 澪さんが! 丸藤先輩が! 宗達くんが! 十代くんが! みんなが戦った方がいいって! 僕じゃ役者不足だって! わかってるんだそんなこと!」

 

 少年の慟哭。それは、持たざる者の叫び。

 

「それでも! エゴでも! 我儘でも! ここは! これだけは譲れない!」

 

 傷つけられたのは、倒れたのは、大切な少女だから。

 彼女の想いを見たならば、自分が戦わなければならない。

 

「無意味なんかじゃない。意味はあった。あったんだ。それを僕が証明する!」

 

 桐生美咲がたった一人で抱え込み、戦った意味はあった。

 それを証明するのが、少年の役目。

 

「否定はさせない。それだけは、させない」

 

 最後まで自分以外のためだけに戦った、腕の内で眠る少女。

 その少女を否定する言葉だけは、絶対に許さない。

 

「ふん。ならばどうする? ただ一人私に挑み、その命を無意味に散らすか?」

 

 対し、相手は嘲笑を返してくる。少年は一度口を閉じると、ゆっくりと振り返った。

 己と同じように、〝三幻魔〟に立ち向かう理由を持っているのであろう友達の方へと。

 

「十代くん。……勝手なこと、言ってるのはわかってる。だけど」

 

 その時、少年は初めてその言葉を口にした。

 

「助けて、くれないかな? 僕一人じゃ……きっと、難しいから」

 

 だから、二人ならと。

 そう、告げて。

 

「ああ、――ああ! 勿論だぜ祇園! 当たり前だ!」

 

 どこか嬉しそうに、それでいて覚悟を決めた声音で十代は頷いた。

 そして、少女を抱える少年へと〝王〟は言葉を紡ぐ。

 

「美咲くんは私が預かろう。そして、これを持っていけ。……きっと、意味がある」

「はい」

 

 少女のデッキより抜き取った一枚のカードを受け取り、少年は頷く。そこへ、別の少女が歩み寄ってきた。

 

「急いでください、祇園さん。急がないと、美咲さんは……」

「うん、わかった。ありがとう」

 

 並び立つ二人が纏う衣は、落第生を示す色――紅。

 しかし、二人を止める者はいない。誰もが黙し、二人の背中を唯見送る。

 

「いくぜ影丸! 美咲先生の仇だ! 〝三幻魔〟は俺たちがぶっ倒す!!」

「あなたは絶対に許さない。必ず、ここで倒す」

 

 常ならば絶対に口にしないであろう『強い』言葉。だが、影丸には何の威嚇にもならない。

 

「ならば来るがいい。貴様らを贄とし、〝三幻魔〟は完全なる復活を遂げる!!」

 

 そして、戦いが始まった。

 譲れぬ意志を携えて。

 

 過去と、今と、未来。

 その全てを懸けた決闘が――始まる。








桐生美咲、敗北。
その命は散ってしまうのか。







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第一部最終話 優しくキミは微笑んで

 

 

 桐生美咲の敗北。それは、この状況を構築した者たちにとって想定外の出来事だった。

 全日本ランキングこそ一桁には届かないが、彼女の実力はその領域に間違いなく届いている。だからこそアカデミア本校オーナーである海馬瀬人やI²社会長であるペガサス・J・クロフォードは秘密裏に彼女をこの舞台に立たせるために協力した。

 最悪の場合は〝祿王〟もいるという判断だったが、それはあくまで保険。桐生美咲という少女の勝利はそれほどまでに信じられていた。

 ――だが、彼女は敗北した。

 責めることなどできようはずがない。己自身の命を懸け、誇りを懸け、他者の命を守るために戦った彼女に過ちなどなかったのだから。

 

「……いいのかよ」

 

 セブンスターズとの戦い。それを表と裏、その両方から見てきた少年が問う。問われた〝王〟は、何がだ、と言葉を紡いだ。

 

「彼らが戦うと決め、我々はそれを受け入れた。ならば、そこで解は出ている」

「そうじゃねぇだろ。もしあいつらまで負けたら――」

「――ほう。キミは二人を信じていないのか?」

 

 どこか挑戦的な笑みを向けられ、一瞬如月宗達は言葉を止めた。だが、すぐに首を振る。

 

「そういう感情論の問題じゃねぇだろうが。桐生美咲が負けたんだぞ? わかってんのか」

「……そうだな。美咲くんが敗北したことについては私も想定外だ。彼女の実力は確かであるし、正直私も彼女が出た時点で終わりと考えていた」

 

 自身の側で寝かされ、死んだように――実際、死の一歩手前の状態だ――眠る美咲の頬を撫でながら、烏丸澪は言った。その言葉に僅かな後悔が感じられるのは、錯覚だろうか。

 

「だが、それでも彼らが戦うと決めたのだ。ならば、私はそれを見守るだけだよ」

「……どうにか、なるのか」

「さて、な。ただわかるのは、彼らが敗北し、〝三幻魔〟が完全に復活したなら――私でも封印は不可能な状態となっているだろうということだ」

「なっ……」

 

 現状、この場においては間違いなく〝最強〟のカードである烏丸澪。その彼女は断言する。これ以上力が増せば、それはもう手遅れなのだと。

 

「妖花くんはどうだ?」

「……情けないですが、私には……何も……」

 

 当代最高峰とまで謳われる〝巫女〟でさえ、澪の言葉を肯定する。

 最悪の未来。想像以上に事態は切迫しているのだと、二人の言葉は告げている。

 

「この場にいる全員が、薄々気付いている。彼らの敗北が即ち終わりだということを」

 

 鮫島も、クロノスも、緑も、亮も、万丈目も、明日香も、三沢も、翔も、隼人も、雪乃も。

 そして何より、影丸と向かい合う二人自身が理解している。

 

「だが、案ずる必要はない。いつの時代も事を成す前から〝英雄〟は存在し得ないのだから」

 

 全員が緊張と共に二人の背中を見つめる中で、〝王〟はただ笑っている。

 

「世界を救うからこその〝英雄〟だ。それは称号であり、故に成し遂げる前からそれを冠されることはない。ならば、後はあの二人にその器があるか否か。それだけだ」

「二人なら大丈夫だってのか?」

「それを決めるのは未来だよ。今じゃあない。だが、まあ、そうだな」

 

 ふっ、と澪が微笑を零す。優しく眠る少女の頬を撫でながら、彼女は言った。

 

「彼らは共に、〝ヒーロー〟の姿を知っている。ならば、それで充分だ」

 

 世界の命運を懸けた戦いが、始まる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 大きく深呼吸をする。緊張はない。あるのはただ、滾るような想いだけ。

 こんな感覚は初めてだ。あの海馬瀬人のような――否、違う。ある意味では彼以上の強大な力を持つ存在を相手にしているというのに、恐怖は一切ない。

 

「二体一であるため、私の初期手札は十枚、また、LPは8000からスタートさせてもらうが異論はないな?」

「ああ、いいぜ」

「……うん」

 

 十代と共に頷きを返す。急げ、と妖花は言った。つまり、まだ美咲は助かる可能性がある。

 すべきことは単純だ。勝つ。ただそれだけ。

 

「先行は俺だ! ドロー! 手札より『E・HEROバブルマン』を召喚! 自分フィールド上に他にカードがない時、カードを二枚ドロー出来る! ドロー! 更に『融合』を発動! バブルマンと『E・HEROフェザーマン』、『E・HEROスパークマン』で融合! 来い、『E・HEROテンペスター』!! 更にカードを一枚伏せ、ターンエンド!!」

 

 E・HEROテンペスター☆8風ATK/DEF2800/2800

 

 現れるのは三体のHEROによって紡がれるヒーロー。ターンエンド、と十代が宣言した。

 

「私のターン、ドロー。――私は罠カードを三枚伏せる」

「ッ、いきなりか……!」

「…………」

 

 美咲の時と同じ展開だ。一ターン目からの、〝三幻魔〟召喚。

 

「罠カード三枚を生贄に捧げ――『神炎皇ウリア』を特殊召喚!!」

 

 神炎皇ウリア☆10炎ATK/DEF0/0→3000/0

 

 攻撃力、3000。

 かの青眼の白龍と同格の力を示すウリア。その力には、桐生美咲も苦しめられた。

 だが――それがどうした?

 

「私はターンエンドだ」

「僕のターン、ドロー!」

 

 彼女は、最後まで目を逸らさなかった。

 それに、夢神祇園は知っている。

〝伝説〟を。

〝最強〟を。

 ならば、臆する理由は一つもない。

 

『――マスター』

 

 声が響いた。同時、一人の魔術師が現れる。

 金髪の、竜の守護者たるその精霊は、己が主と共に戦うように肩を並べて戦場に立つ。

 

『微力ながら、我が全力を以て援護します』

「ありがとう。――魔法カード『調律』を発動! デッキから『ジャンク・シンクロン』を墓地に送り、デッキトップからカードを一枚墓地へ送る!」

 

 落ちたカード→ドッペル・ウォリアー

 

 並び立つ女性から感じられる加護。その柔らかな、暖かい闇の光を纏い。

 その意志一つだけを武器に、少年は絶望と対峙する。

 

「ジャンク・シンクロンを召喚し、効果でドッペル・ウォリアーを蘇生!――レベル2、ドッペル・ウォリアーにレベル3、ジャンク・シンクロンをチューニング! シンクロ召喚! 『ジャンク・ウォリアー』!!」

 

 ジャンク・ウォリアー☆5闇ATK/DEF2300/1300→3100/1300

 ドッペル・トークン☆1闇ATK/DEF400/400

 ドッペル・トークン☆1闇ATK/DEF400/400

 

 青き屑鉄の戦士が降臨する。バトル、と祇園が宣言した。

 

「ジャンク・ウォリアーはシンクロ召喚に成功した時、場のレベル2以下のモンスターの攻撃力を自身の攻撃力に加える! ウリアを攻撃!」

「ぬうっ!?」

「更にトークン二体でダイレクトアタック!」

 

 影丸LP8000→7900→7500→7100

 

 一撃が通る。影丸が笑みを浮かべた。

 

「ほう――掠り傷とはいえ、〝三幻魔〟を踏み越えて私に刃を届かせるか」

「まだ、終わってない。――魔法カード『ワン・フォー・ワン』発動! 手札の『エクリプス・ワイバーン』を墓地に送り、『ジェット・シンクロン』を特殊召喚! 更にエクリプス・ワイバーンの効果で『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を除外!」

 

 ジェット・シンクロン☆1炎500/0

 

 このままターンを譲れば大ダメージは必死。ならば、やるべきことは一つ。

 

「レベル1、ドッペル・ウォリアーにレベル1、ジェット・シンクロンをチューニング! シンクロ召喚! 『フォーミュラ・シンクロン』! シンクロ素材となったジェット・シンクロンの効果でジャンク・シンクロンを手札に加え、フォーミュラ・シンクロンの効果でドロー!――レベル1、ドッペル・トークンとレベル5、ジャンク・ウォリアーにフォーミュラ・シンクロンをチューニング! シンクロ召喚! 闇を――切り裂け!!」

 

 闇の深さが増していく。その最中、一筋の光が瞬いた。

 

「『閃光竜スターダスト』ッ!!」

 

 思わず誰もが目を細める。あまりにも深い闇の中、その光はあまりにも眩しく、美しい。

 

 閃光竜スターダスト☆8光ATK/DEF2500/2000

 

 現れるのは、閃光の名を持つ星屑の竜。

 その力は、『耐える』ことに特化する。

 

「僕はターンエンド。……理事長。あなたの目的なんて、正直どうでもいい。ただ、僕はあなたが許せない」

 

 燃え盛るような激情を、しかし、胸の内へと抱え込み。

 少年は、宣言する。

 

「だから――絶対に負けない」

 

 それは、敵である影丸への宣言であると同時に。

 自分自身に言い聞かせる言葉に、聞こえた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……祇園さん、凄いです……」

 

 目の前の光景を見て、妖花は呟いた。正直、妖花の目から見ても祇園はそちら方面に対して強い才能を持っているわけではない。精霊に関係する分野において、彼は間違いなく一般人の域を出ない。

 精霊と触れ合う才能については遊城十代の方が圧倒的であるし、万丈目準などもかなりの才能を有している。彼らならある意味理解できるのだ。〝三幻魔〟に対抗することができる理由も。

 だが、夢神祇園は違う。彼はただ、その意志のみであの場所に立っている。

 辛いはずだ。ここは闇が濃い。中心部にいる祇園は常に極氷の冷気を浴び続けるに等しい圧力を受けているはず。

 

「……どうして……」

 

 その理由が理解できない。

 いやきっと、できるのだ。理由付けぐらいならば。桐生美咲――生死の淵を彷徨う彼女が理由なのだろう。

 けれど、それだけで対抗できるとは思えない。

 防人妖花だからこそわかる。〝三幻魔〟は意志だけで対抗できるような相手ではないのだ。

 だからきっと、彼はどこかで無理をしている。

 

「理由など、きっとないのだろう」

 

 不意に、こちらの肩を叩きながら〝王〟が言った。

 

「私たちには力がある。故に相手のことを推し量れるし、更に言えば必要以上に冷静だ。だからこそ己と相手、その力の大小をどうしても考えてしまう。だがきっと、今の少年にはそれがない。ただ、勝つ。その意志だけがそこにはある」

 

 だから今の彼は強いのだと、彼女は言った。

 眩しげに、羨ましげに。

 

「きっとそれが、人として正しい姿なのだろうな。理屈はない。あるのは理由のみ。己が感情と意志、全身全霊の力を込めて――ただ、成し遂げる」

 

 きっと、過去に〝奇跡〟を起こした者の多くはそうだったのだろう。

 何故ならば。

 多くの者が不可能と思うことに挑み、成功したことを指して〝奇跡〟と呼んだのだから。

 

「だが、それは茨の道だ。失敗すれば文字通り全てを失う」

「そうね。だから多くはその選択肢を選ばないわ」

 

 宗達と雪乃の言葉。そう、それがクレバーな思考というモノだ。リスクを最低限に、結果を妥協する。

 だがきっと、それは。

 

「だからこそ、彼らの姿は尊い。――見届けよう。それがきっと、私たちの役目だ」

 

 言葉を受け、妖花は両の手を合わせる。

 祈りの所作。願うは、彼らの勝利。

 人は、己にできることが尽きた時――神に祈る以外の、手段を知らない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 先制の一撃を入れたのは祇園だ。だが、こんなものはまだ序盤。

 本番は――ここからくる。

 

「私のターン、ドロー。――手札から罠カードを一枚捨て、ウリアを蘇生!!」

 

 神炎皇ウリア☆10炎ATK/DEF4000/0

 

 甦る〝三幻魔〟。その力と存在感は、やはり凄まじい。

 

「バトルだ、ウリアでスターダストに攻撃!」

「ッ、スターダストの効果を発動! 自身を一度だけ破壊から守る!」

 

 守備表示であるためダメージはない。だが、その代わり。

 

『マスター!!』

「――――」

 

 全身を、衝撃が貫いた。

 その痛みは、カムルと戦ったあの時よりも遥かに強い。

 意識が一瞬、消えた。だがすぐに地面を踏み締め、持ち堪える。

 

「……ッ、ぐっ」

「大丈夫か祇園!?」

 

 十代の声に、片手を上げて応じる。これは、正直マズい。

 美咲は、こんな痛みをたった一人で――?

 

「ほう、耐えたか。精霊の加護も受けぬ者がよく耐えたと褒めてやろう。だが、それもいつまで持つか。――魔法カード三枚を伏せ、生贄に捧げることで『降雷皇ハモン』を特殊召喚!!」

 

 降雷皇ハモン☆10光ATK/DEF4000/4000

 

 現れる二体目の〝三幻魔〟。美咲は、この二体にやられたのだ。自然、拳に力がこもる。

 

「ウリアは蘇生したターン、他にモンスターがいると攻撃できない。だが、そんなことは些細なことだ。貴様らはただ、〝三幻魔〟の前に絶望するのみ。カードを一枚伏せる」

 

 ターンエンド、と影丸が宣言する。十代がドロー、と宣言した。

 

「お前を許さないのは祇園だけじゃない! 俺は魔法カード『E―エマージェンシーコール』を発動! デッキから『E・HEROエアーマン』を手札に加え、召喚!! 効果発動! デッキから『E・HEROクレイマン』を手札に加える!」

 

 E・HEROエアーマン☆4風ATK/DEF1800/300

 

 HEROの潤滑油であるモンスターが召喚される。そして、十代の真骨頂が発動する。

 

「魔法カード『融合』発動!!」

 

 得意の融合戦術。だが――

 

「――貴様の得意技などお見通しだ! カウンター罠『魔宮の賄賂』!! 相手はカードを一枚ドローし、その発動を無効にする!」

 

 融合が潰される。ぐっ、と十代が呻いた。そのまま、ターンエンド、と宣言する。その表情は苦々しい。

 

 神炎皇ウリア☆10炎ATK/DEF5000/0

 

「愚かだな、遊城十代。そう易々と〝三幻魔〟にその手が届くと思ったか?――私のターン、ドロー! 私はフィールド魔法『失楽園』を発動! デッキからカードを二枚ドロー! バトルだ! ウリアでエアーマンを攻撃!」

「――――ッ!?」

「十代くん!」

 

 罠カードが増えたことにより攻撃力を増したウリアの一撃が、エアーマンを粉砕する。衝撃と爆風が駆け抜けた。

 

 十代LP4000→800

 

 一気にLPが削り取られる。祇園がもう一度名を呼んだ瞬間、次の一撃が彼を襲った。

 

「他人を気遣う余裕があるのか? ハモンでスターダストを攻撃!!」

「ッ、スターダストの効果で――」

「速攻魔法『禁じられた聖杯』! 攻撃力を400ポイントアップさせる代わりに、モンスターの効果を無効にする!!」

「なっ――――!?」

 

 スターダストの効果が無効になる。これでは、如何に強力な効果を持っていようとも無意味だ。

 

『マスター!』

 

 ウイッチの叫びと共にスターダストが破壊され、衝撃が駆け抜ける。同時、影丸の声が響いた。

 

「ハモンの効果発動! このカードが戦闘で相手モンスターを破壊した時、相手LPに1000ポイントのダメージを与える!」

「――――」

 

 バツン、という何かが弾けた音が響き、鮮血が飛び散った。

 祇園、と十代が声を上げる。だが、少年は動じない。膝をつくことなく、ただそこに佇んでいる。

 

 祇園LP4000→3000

 

 その額から血が零れ、その顔を朱に染め上げる。しかし、彼の瞳の輝きは消えない。

 痛みなどないとでも言うかのように、佇んでいる。

 

『マスター……』

「大丈夫」

 

 服で血を拭い、祇園はウイッチの呼びかけに応じる。衝撃も痛みもあったが、すぐにそんなものは置き去りにした。

 倒れは、しない。

 

「思った以上に耐える。――私はカードを二枚伏せ、ターンエンド!」

「僕のターン、ドロー!」

 

 カードをドローする。状況はよくない。だが、この手札ならば。

 

「墓地にはジャンク・シンクロン、ジャンク・ウォリアー、ドッペル・ウォリアーの闇属性モンスターが三体のみ存在しているため、『ダークアームド・ドラゴン』を特殊召喚!!」

 

 ダークアームド・ドラゴン☆7闇ATK/DEF2800/1000

 

 条件こそあるが、強力な効果を持つモンスターだ。しかし――

 

「罠カード『ブレイクスルー・スキル』発動! その効果は無効だ!」

「…………ッ、手札より『ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―』を守備表示で召喚!」

 

 ドラゴン・ウイッチ☆4闇ATK/DEF1500/1100

 

 守備表示で現れるのは、祇園にとって大切なカード。竜の守護者たる魔術師。

 

『マスター、私がお守りします』

「ごめんウイッチ……、ターン、エンド……!」

「私のターン、ドロー! 失楽園の効果により、カードを二枚ドロー! ……その魔術師は厄介だ。私は墓地のブレイクスルー・スキルの効果を発動! このカードを除外し、モンスター一体の効果を無効とする! ドラゴン・ウイッチの効果を無効に!」

 

 コストこそ要求するが、自身の破壊耐性に加えてドラゴンたちを守る効果を有するドラゴン・ウイッチ。しかし、その効果を無効にされてしまっては意味がない。

 

「バトルだ、ハモンでダークエンドを攻撃! その瞬間、貴様に1000ポイントのダメージを与える!!」

「――――!!」

『マスター!!』

 

 祇園LP3000→1800→800

 

 またLPを削り取られた。衝撃で意識が霞む。

 しかし、まだだ。まだ、大丈夫。

 

「主を気遣う余裕が、貴様にあるのか? ウリアでウイッチを攻撃! 粉砕!」

「ウイッチ!!」

『――すみません、マスター……!!』

 

 破壊されつつも、精霊として側へと帰還してくれるウイッチ。今の衝撃もかなりのモノだった。このままではマズい。

 

「私はカードを一枚伏せ、ターンエンド!」

「俺のターン、ドロー!」

 

 十代がカードをドローする。正直、状況はかなりマズいと言えるだろう。祇園の場にはモンスターがおらず、このままでは次の影丸のターンで祇園が葬られる。

 ならば、今の十代がすべきことは。

 

「行くぜ、リバースカードオープン! 速攻魔法『融合解除』! テンペスターの素材となったバブルマン、フェザーマン、スパークマンを特殊召喚! そして二枚目の『融合』だ!! 三体のHEROにより、このHEROは姿を現す!! 力を貸してくれ、紅葉さん!!――『V・HEROトリニティー』!!」

 

 E・HEROバブルマン☆4水ATK/DEF800/1200

 E・HEROスパークマン☆4光ATK/DEF1600/1000

 E・HEROフェザーマン☆3風ATK/DEF1000/1000

 V・HEROトリニティー☆8闇ATK/DEF2500/2500→5000/2500

 

 かの〝ヒーロー・マスター〟響紅葉より託されたHERO。その攻撃力に、影丸が驚愕の表情を浮かべる。

 

「攻撃力――5000だと!?」

「更に『E・HEROクレイマン』を召喚し、魔法カード『受け継がれる力』を発動!! クレイマンを墓地に送り、エンドフェイズまでその攻撃力分トリニティーの攻撃力をクレイマンの攻撃力分アップする!!」

 

 E・HEROクレイマン☆4地ATK/DEF800/2000

 V・HEROトリニティー☆8闇ATK/DEF5000/2500→5800/2500

 

 これで攻撃力がウリアを超えた。バトルだ、と十代が宣言する。

 

「トリニティーでウリアとハモンへ攻撃!! 吹き飛ばせ、トリニティー!!」

「ぬう――――!?」

 

 影丸LP7100→6300→4500

 

 二体の〝三幻魔〟が吹き飛ばされる。

 

「カードを一枚伏せ、ターンエンド!」

 

 同時、トリニティーの攻撃力が元に戻る。影丸がカードをドローした。

 

「小癪な……! 〝三幻魔〟を虚仮にしたこと、後悔させてやろう! 私のターン、ドロー! 手札の罠カードを墓地に送り、ウリアを特殊召喚!!」

 

 神炎皇ウリア☆10炎ATK/DEF6000/0

 

 更に攻撃力を上げるウリア。更に、と影丸は言葉を紡いだ。

 

「魔法カード『死者蘇生』! ハモンを蘇生する!」

 

 いとも簡単に並び立つ二体の幻魔。ぐっ、と十代と祇園は思わず呻いた。ほとんどの手札を使い切る十代の一手。それを、こうも容易く。

 

「やはり貴様は危険だ、遊城十代。しかし、だからこそ――〝三幻魔〟復活の贄に相応しい。見せてやろう、最強の幻魔を!! 魔法カード『幻魔の殉教者』発動! 自分フィールド上にウリア、ハモンが存在する時、手札を全て墓地に送ることで『幻魔の殉教者トークン』を三体特殊召喚する!!」

 

 幻魔の殉教者トークン☆1闇ATK/DEF0/0

 幻魔の殉教者トークン☆1闇ATK/DEF0/0

 幻魔の殉教者トークン☆1闇ATK/DEF0/0

 

 現れる三体のトークン。その身に纏う闇の衣が、次に現れる存在の禍々しさを強調している。

 

「失楽園の効果でカードを二枚ドロー!――三体のトークンを生贄に捧げ、『幻魔皇ラビエル』を特殊召喚!!」

 

 轟音と共に、その悪魔は現れる。

 最強の名に相応しき、絶対的な絶望を纏い。

 

 幻魔王ラビエル☆10闇ATK/DEF4000/4000

 

 その咆哮が、大気を揺らした。

 

『――マスター……』

「…………ッ」

 

 一歩、後ずさりそうになるのを何とか祇園は堪えた。見れば、十代も何かを堪えるようにその場に踏み止まっている。

 

「まずはその鬱陶しいHEROから消えてもらおう。――ハモンでトリニティーを攻撃!」

「――――」

 

 十代の表情が強張る。この攻撃が通れば、それで十代の敗北だ。

 故に、祇園は手札よりそのモンスターを特殊召喚した。

 

「手札の『工作列車シグナルレッド』の効果を発動! 相手の攻撃宣言時にこのモンスターを特殊召喚し、攻撃対象をこちらへと移し替える! そしてシグナルレッドはその戦闘では破壊されない!」

「鬱陶しい羽虫めが……! ラビエルの効果により、『幻魔トークン』を特殊召喚!」

 

 幻魔トークン☆1闇ATK/DEF1000/1000

 

 忌々しげに影丸が舌打ちを零す。突如現れた赤い工作列車がトリニティーを庇うように現れ、ラビエルの一撃を受け止める。

 だが、まだだ。まだ、次の攻撃が残っている。

 

「だが、その程度の小細工で三幻魔は止まらん! ラビエルでトリニティーを攻撃!」

「リバースカード、オープン! 速攻魔法『禁じられた聖槍』!! ラビエルの攻撃力を800ポイント下げ、他の魔法、罠の効果を受け付けなくさせる!!」

 

 十代LP800→100

 

 文字通りのギリギリ。後一撃を喰らえばそれでゲームエンドのところにまで十代のLPが追い込まれる。

 

「十代くん!」

「ぐっ……、だ、大丈夫だ!」

 

 口元から零れる血を拭い、十代は叫ぶ。正直状況はかなりマズい。

 LPにおいても、盤面においても。〝三幻魔〟の力は圧倒的だ。

 

「私はターンエンドだ!」

「僕のターン、ドロー!」

 

 手札を見る。勝負はこのターンだ。そうしなければ、十代のLPが危ない。

 

(手札は4枚……だけど……)

 

 影丸のLPに手を届かせるには、三体の幻魔を倒す必要がある。そして現状、この手札では超えることができない。

 

(そもそも攻撃力で上回ることは不可能……。なら、モンスター効果って事になる……)

 

 除去効果といえば『ジャンク・デストロイヤー』だが、この手札では出せない。それに、出したとしても追撃のカードが用意できない以上、次のターンでウリアに潰されるだろう。

 

(どうしたらいい……? どうしたら……!?)

 

 焦りだけが募っていく。やはり自分では力不足だったのかと、そんなことが浮かんでくる。

 四枚の手札――澪なら、きっと己の体に傷一つつけることなく相手を制圧する。宗達なら、その展開力と搦め手で押し切る。万丈目なら、予測もつかないトリッキーな戦術で場の戦況を変える。三沢なら、〝三幻魔〟の対策を考え、実行する。明日香なら、臆することも退くこともなく戦い抜く。雪乃なら、どんな状況でもあの微笑を称えて君臨する。

 ならば――夢神祇園は?

 ここにいる、〝何にも選ばれなかった者〟は、どうだ?

 どうやって、あの絶望と戦えばいい?

 

「どうした? 今更臆したか? 何者にも選ばれることなき貴様は場違いだ。――消えろ」

 

 威圧感を伴う影丸の台詞に、思わず息を呑む。言い返せない。結局、自分にできることは。

 

 

『マスター、まだです。まだ、終わってはいません』

 

 

 並び立つ魔術師の言葉が、俯きそうになった心を推し留めた。魔術師は、更に言葉を続ける。

 

『選ばれなかった――違う。違いますマスター。あなたは私を見出してくださいました。打ち捨てられ、消え逝くはずだった私を見つけてくださった。だから私は、あなたを選んだ』

 

 風が、舞う。

 星屑の煌めき。一瞬だけ見えたその姿は、世界に一枚だけの、託された竜。

 

『私だけではありません。私たちはあなただからこそ主と認めたのです。それに、あなたが今救おうとしているあの方は。あなただからこそ、あの言葉を紡いだのでしょう?』

 

 笑顔と共に、最後に伝えてくれたあの言葉。

 それは、きっと。

 

「――そうだね、ウイッチ」

 

 憧れの背中を、幻視した。

 いつだってそうだった。

 彼女の背を見ながら、応援の言葉を送って。

 そして彼女は、振り返る。

 その顔に、優しい笑顔を浮かべながら。

 それが、憧れた彼女の姿。

 

「決めたんだ。今更、退くことなんて絶対にない!!」

 

 吠える。才はない。力はない。だが、世界は待ってくれない。

 ならば、今持てる全力で。

 

「羽虫がよく吠える」

 

 ふん、と影丸が鼻で笑った。何だと、と十代が声を上げる。

 

「大徳寺先生はあんたのことも心配していたんだ! それを!」

「ふん、所詮は奴も駒の一つに過ぎん」

「何だと!?」

「そこの小娘もだ。確かに少々予定外だったが、結果を見れば〝三幻魔〟に上等な贄を捧げる結果となっただけ。貴様らも変わらん。駒の域を出ない」

 

 頭が、沸騰しそうだった。

 もう――止まらない。

 

「手札より魔法カード『手札抹殺』を発動! 互いのプレイヤーは手札を全て捨て、同じ数のカードをドローする!」

 

 十代と影丸は一枚、祇園は三枚。

 これは賭けだ。ここで引けなければ――

 

「――届け」

 

 命でも、魂でも、何でもいい。

 全てを懸ける。全てを犠牲にできる。

 だから、今この時だけは――

 

「届ぇっ……!!」

 

 今度こそ。今度だけは。

 救うのだ。取り戻すのだ。

 

「――魔法カード『死者転生』を発動! 手札の『救世竜セイヴァー・ドラゴン』を捨て、手札抹殺で捨てた『金華猫』を手札に加える!」

 

 あの笑顔を。

 

「『貪欲な壺』を発動! 墓地のフォーミュラ・シンクロン、ジャンク・ウォリアー、閃光竜スターダスト、ドッペル・ウォリアー、ジャンク・シンクロンをデッキに戻し、二枚ドロー!! 更に手札を一枚捨て、『ジェット・シンクロン』を蘇生」

 

 あの日々を。

 

「魔法カード『死者蘇生』!! 『ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―』を蘇生!!――レベル3、シグナルレッドとレベル4、ドラゴン・ウイッチにレベル1、ジェット・シンクロンをチューニング!! シンクロ召喚!!」

 

 何があっても――取り戻す!!

 

「集いし願いが、新たに輝く星となる!! 光差す道となれ!! シンクロ召喚!!――飛翔せよ、『スターダスト・ドラゴン』!!」

 

 星屑の煌めきを纏い、その竜が降臨する。

 美しきその竜は、少年を守るように飛翔する。

 

「ふん、特別な力を持つカードだろうと扱う貴様が未熟では脅威にはならん!」

「そうだ、僕は弱い……でも、それでも、諦めるわけにはいかないんだ! 『金華猫』を召喚! 効果により、墓地から『救世竜セイヴァー・ドラゴン』を蘇生する!!」

 

 スターダスト・ドラゴン☆8風ATK/DEF2500/2000

 金華猫☆1闇ATK/DEF400/200

 救世竜セイヴァー・ドラゴン☆1光・チューナーATK/DEF0/0

 

 場に並ぶ三体のモンスター。先程のデュエルにおいて、美咲はこれをレッド・デーモンズ・ドラゴンでやろうとした。ならば、そこに意味はあるはずだ。

 再び白紙となったカードを握る。ここから先は賭けだ。何かがあることはわかる。だが、手が届くかどうかはわからない。

 

「――――ッ、ゴホッ!」

『マスター!』

 

 吐血。これはきっと警告だ。踏み込むなという、警告。

 さっきから頭痛が酷い。目も霞んできた。救世竜セイヴァー・ドラゴン――あのモンスターが場に出た瞬間からだ。

 これは、そういうことなのだろうか。

 お前には荷が重い――そう、言っているのだろうか。

 

「行けよ祇園、やっちまえ!」

 

 十代の言葉。それが、折れそうになる心を奮い立たせる。

 霞む目で、前を見る。荷が重いのは重々承知。だがそれでも、貫き通さなければならないことがある。

 

「うっ、ぐ、あああッ……!」

 

 力を振り絞る。脳内に浮かぶ朧気なイメージ。そこへ必死に手を伸ばす。

 

『マスター……!』

 

 見れば、ウイッチが祈るように手を組んでいた。その祈りが、自身の身体へ光となって降り注ぐ。

 だが、足りない。これでは足りない。

 

「届いて、ください……! お願い、届いて……!」

 

 聞こえてくる祈りの声は、妖花のモノか。温かな力を感じる。

 だが――足りない。

 

「愚かな……。精霊に選ばれ、役目を負わされた者がその命と魂を懸けてさえ届かぬ領域。そこに貴様如きが踏み込めると思ったか?」

 

 その言葉に込められていたのは、憐憫。

 だから、夢神祇園は。

 

「――美咲は、僕の手を、握ってくれた……ッ!!」

 

 あの日、一人ぼっちだった自分。

 

「助けて、くれたッ……! 救い出して、くれたんだ……!」

 

 黄昏の、日々の中。

 

「だから、今度は……! 今日は……! この時は……!」

 

 彼女との〝約束〟と、彼女と過ごす日々だけが、僕を支えてくれた。

 

「僕が――美咲を救う!!」

 

 失わない。絶対に。

 失って――たまるか。

 

 

 

 ――――――――――――――――――!!

 

 

 

 轟いたのは、竜の咆哮。

 天より、一体の竜が降臨する。

 

「……赤き、竜……?」

 

 呆然と、そう呟いたのは誰だったのか。

 その言葉と共に、〝答え〟が見える。

 

 

 ――奇跡よ、起これ。

 

 

「集いし星の輝きが、新たな奇跡を照らし出す! 光さす道となれ! シンクロ召喚! 光来せよ、『セイヴァー・スター・ドラゴン』!!」

 

 セイヴァー・スター・ドラゴン☆10光ATK/DEF3800/3000

 

 現れたのは、世界を救う光の竜。

 その神々しき姿に、誰もが心を奪われた。

 

「ぬうう……! だが、その攻撃力では幻魔には届かん!」

「セイヴァー・スター・ドラゴンの効果発動! 相手フィールド上の表が表示モンスター一体の効果を無効とし、その効果をコピーする! ウリアの効果を無効に!」

「何だと!?」

「バトル!! セイヴァー・スターでウリアを攻撃!! シューティング・ブラスター・ソニック!!」

 

 駆け抜けた一陣の光条は。

 三幻魔の一角を、砕き切る。

 

 影丸LP4500→700

 

 大きくLPが削られる影丸。祇園は、たまらず膝をついた。

 

「祇園!?」

「……ッ、カードを一枚伏せ、ターンエンド……」

 

 スターダスト・ドラゴン☆8風ATK/DEF2500/2000

 

 救世の竜の姿が消え、スターダストが帰還する。奇跡は一度、それも一瞬だ。これは当然の結果とも言える。

 

「くっ、くくっ、ははははは! それだけか!? 維持することさえ叶わぬとは――所詮は凡愚! だが!」

 

 カードをドローし、影丸は言う。

 

「三幻魔を虚仮にした罪は重い! 相応しい制裁を用意してやろう! 失楽園の効果でカードを二枚ドロー! 更に罠カードを捨て、ウリアを蘇生する!」

「……罠、発動……! 『威嚇する咆哮』……!」

 

 獣の咆哮が響き渡った。ウリアの罠破壊も、こうなれば通用しない。

 

「まだ抗うか!!」

「祇園!」

「十代、くん……ちょっと、もう、僕は……」

 

 立ち上がる力さえ満足にない。だから、ここは。

 

「……最後、任せてもいいかな?」

「ああ! 任せろ!!」

 

 その声を祇園は完全に膝を折った。もう、流石に限界だ。

 だが、意識は手放さない。今にも消えそうな意識を、それでも必死に保つ。

 

「俺のターン、ドロー!!」

 

 奇跡は、一度きりじゃない。

 だから、きっと。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 夢神祇園は、意志を通した。奇跡を起こした。

 

『十代くん』

 

 声が、聞こえる。

 それは、大切な恩師の声で。

 

「ああ、任せろ大徳寺先生! 俺は魔法カード『賢者の石―サバティエル』を発動! LPを半分支払うことで、このカードとデッキ・墓地にあるカードを交換する! 『クリボーを呼ぶ笛』を発動し、ハネクリボーを特殊召喚!!」

『クリクリ~』

 

 十代LP100→50

 ハネクリボー☆1光ATK/DEF300/200

 

 相棒の姿がフィールド上に現れる。

 

「待たせたな相棒! 俺はもう一度サバティエルを発動! 『死者蘇生』! 祇園の墓地から救世竜セイヴァー・ドラゴンを蘇生!」

 

 十代LP50→25

 救世竜セイヴァー・ドラゴン☆1光・チューナーATK/DEF0/0

 

 夢神祇園は、このカードで奇跡を起こした。

 ならば、自分も。

 

「三回目だ! サバティエルの効果で『融合』を手札に加え、発動!!」

 

 十代LP25→13

 融合するのはハネクリボーとセイヴァー・ドラゴン。

 現れるのは――

 

 

 マアト☆10光ATK/DEF?/?

 

 

 現れるのは、千年アイテムを携えた神官。

 何だ、と影丸が呻いた。

 

「何だそのモンスターは!?」

「マアトの効果発動! カード名を一つ宣言し、デッキトップをめくる! それが宣言したカードだった時、そのカードを発動し、続けて効果を使用できる! 更に成功するたびに攻撃力が1000アップする!」

「不確かな可能性に頼るというのか!?」

「不確かなんかじゃない! 祇園は奇跡を起こした! 美咲先生は命を懸けた! なら俺は、俺のデッキを信じて二人に恥じないデュエルをする!!」

 

 臆することはない。このデッキは自分が信じたデッキだ。ならば、答えはわかり切っている。

 

「一枚目! 『E・HEROバーストレディ』!!」

 

 引いたカードはバーストレディだ。そのまま、バーストレディが特殊召喚される。

 

「二枚目! 『禁じられた聖杯』! ウリアの効果を無効にする!」

 

 見える。道筋が。答えが。

 

「三枚目! 『サイクロン』! 失楽園を破壊!」

 

 怒涛の連続成功。それを見て、馬鹿な、と影丸が呻いた。

 背後、戦況を見守る者たちからも声が上がる。

 

「精霊の加護に加え、彼自身の豪運。成程、〝ミラクル・ドロー〟とはよく言ったものだ」

「無茶苦茶だな。だが、十代らしい」

「当然ッスよ!」

 

 誇らしげに語るのは、彼をアニキと慕う一人の少年。

 

「アニキのドローは――最強だ!!」

 

 奇跡のドローの担い手が。

 闇を切り裂く、光を紡ぐ。

 

「四枚目!! 『ミラクル・フュージョン』!! 場と墓地のバブルマン、クレイマン、フェザーマン、バーストレディで融合召喚!! 来い、『E・HEROエリクシーラー』!!」

 

 E・HEROエリクシーラー☆10光ATK/DEF2900/2600→3500/2600

 

 現れるのは、四大属性の全てを備える究極のヒーロー。

 大徳寺が十代を最強の錬金術師と評した、その理由。

 

「そして最後だ! 賢者の石―サバティエルは三回使用された後、モンスター一体の攻撃力を相手フィールド上のモンスターの数だけ倍にする!! お前の場には〝三幻魔〟とトークンが二体、攻撃力は五倍だ!!」

 

 E・HEROエリクシーラー☆10光ATK/DEFATK/DEF3500/2600→17500/2600

 

 賢者の石が姿を変え、光の剣となる。

 

「攻撃力――17500だと!?」

「バトルだ! 影丸理事長! あんたの野望もここで潰える!!」

 

 そして、エリクシーラーの一撃がラビエルへと放たれ。

 永い長い戦いが、ようやく終わりを迎えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 全てが終わった後。残されていたのは、干からびた老人だけだった。

 羨ましかったと、彼は語る。生徒たちを見守るうちに、無限の可能性を持つ者が羨ましくなった。

 

「あなたの理由なんて、正直どうでもいい」

 

 宗達に体を支えられながら、祇園は影丸へとそう言い放った。

 

「ただ僕は、生涯あなたを許さない」

 

 それは、譲れぬ一線。

 多くが傷ついたし、傷つけられた。その原因でもあるこの人物を、祇園は許すことはない。

 

「……それを聞いて、少し安心した」

 

 影丸は、小さく呟いた。

 そして、この場の全員へと頭を下げる。

 

「――すまなかった」

 

 それが、決着。

 ヘリで運ばれていく影丸。それを見送っていると、不意に声が聞こえた。

 振り返る。そこでは、薄く目を開けた少女が。

 

 駆け出す。転ぶ。周囲の声を置き去りに。

 ただ、その少女の下へ。

 

「ただいま」

 

 その少女は、優しく微笑んでいて。

 だから、こちらも笑顔で。

 

 

「――おかえり」

 










少年たちが紡いだ奇跡。
一つの旅が、ようやく終わる。




というわけで、セブンスターズ編完結です。
いやー、長かった……。
二期に移る前に色々と小ネタがある予定なので、またよろしくお願いします。

どもども、ありがとうございました。


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間章 そして、選択の時が来る

 

 

 

 きっと、これが一番なのだろうと思った。

 流されるまま、心地良いこの場所に居続けることはきっとできる。むしろそれが最善の選択で、多くの人はそれを選ばなかった自分に疑問を覚えるだろう。

 だがそれでも、この選択をした。

 後悔するだろうとは、思う。

 ――でも、僕は。

 選んだこの道を最善の道とすると――そう、決めたのだ。

 

 

「決意は、変わりませんか?」

「……はい。お世話になりました」

 

 頭を下げ、そして、部屋を出ようと背を向ける。その背に、相手は静かに言葉を紡いだ。

 

「たとえここを去ろうと、キミは生徒です。……至らぬ教師でしたが、もし次があるならば、私は必ず君の助けとなりましょう」

 

 その言葉に頷きだけを返し、部屋を出て行く。

 扉の締まる音が、別れの言葉のように聞こえた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 決闘場で行われていたのは、クロノスと前田隼人によるデュエルだ。

 デザインコンテストにて入賞し、I²社からスカウトを受けた隼人。社会へ出ようとする教え子を試すためと、クロノスがデュエルを持ちかけたのだ。

 

「バトル! マスター・オブOZで攻撃!」

「リバースカード、オープン! 速攻魔法『リミッター解除』! 『古代の機械巨人』の攻撃力は倍にななるノーネ!」

「う、うあああああああっっっ!?」

 

 決闘場に着くと、丁度勝負が着いたタイミングだった。崩れ落ちるように膝を折る隼人。それを眺めながら言葉を紡いだのは宗達だ。

 

「……不用意に突っ込んだのが敗因だな」

「あと少しだったのに……」

 

 その言葉を受け、悔しそうに言うのは翔だ。デュエルの流れがわからないので何とも言えないが、きっと隼人は逃げることなく戦い抜いたのだろう。

 

「顔を上げるノーネ、シニョール前田」

「クロノス先生……」

「結果こそ私の勝利ですが、内容自体は素晴らしいものだったノーネ」

 

 故に、と彼は言った。称えるように、その手を差し出して。

 

「アカデミア本校技術指導最高責任者、クロノス・デ・メディチとして、I²社に推薦するノーネ」

「ほ、本当に……?」

 

 呆然とした顔で隼人が呟く。勿論なノーネ、とクロノスが頷いた。同時、なだれ込むように十代と翔が隼人に飛びつく。

 

「やったな隼人!」

「良かったッスね!」

「ああ、ああ、良かったんだな……!」

 

 涙を流して喜ぶ隼人。その光景をしばらく入り口で見守っていたのだが、クロノスがこちらに気付いた。そのまま、クロノスがこちらの名を呼ぶ。

 

「シニョール夢神」

「……はい」

「私はシニョールの選択を尊重するノーネ。……後悔は、ありませンーノ?」

「きっと、後悔はすると思います。……だけど」

 

 決闘場へと歩み寄り、言葉を紡ぐ。

 

「きっと、選んだ道を正しくしていくことが大切なんだと……そう、思います」

 

 最初から正しい道などないのだろう。だから大切なのは、正しい道へと変えていくという心。

 

「……迷っているようならデュエルで見極めようと考えておりましたが、必要ないみたいでスーノ」

「はい、ありがとうございます」

「たとえ本校の生徒でなくなったとしても、シニョールは私の生徒なノーネ。もし助けが必要になれば、このクロノス・デ・メディチ全力でシニョールを助けまスーノ」

「……ありがとう、ございます」

 

 深々と頭を下げる。この人にはこちらに戻る時も、ルーキーズ杯の時も、セブンスターズの時も世話になった。

 色々と変わったところの多い人だが、尊敬できる先生だ。

 

「祇園、どうしたんだ? 選択、とか、見極める、とか」

「……えっと」

「シニョール夢神は、正式にアカデミア・ウエスト校の生徒になると決断したノーネ」

 

 言い難そうにしている自分を見かねてか、クロノスがそう言葉を紡いだ。驚愕が周囲を支配する。

 

「どういうことだよ祇園!?」

「転校しちゃうッスか!?」

「そんな、祇園まで……!?」

 

 十代、翔、隼人の言葉である。続くように、同じくこの場にいる宗達が言葉を紡いだ。

 

「……本気なんだな?」

「うん。……元々僕は本校を退学になって、色んな事情が重なって戻ってきたんだ。でもやっぱり、それは自然じゃないんだと思う」

 

 どんな理由があり、どんな事情があったとしても、夢神祇園は一度ここを立ち去った人間なのだ。

 かつて残れるチャンスを与えられていながら、それを棒に振った者がいつまでもいていいわけがない。

 

「そんな、祇園……」

「別に永遠の別れっていうわけじゃないよ。〝ルーキーズ杯〟の前に戻るだけ。……それに多分、僕はここに居たら甘えちゃうから」

 

 苦笑する。人を頼る難しさと、そのありがたさを教えてくれたのがこの場所だ。アレは心地良く、だからこそ浸ることは許されない。

 

「一からやり直したいんだ。もっと、強くなるために」

 

 この場所で経験したいくつもの戦い。そこで、力不足を痛感した。

 強くならねばならない。今度こそ、今目の前にいる友と、最後まで肩を並べて戦えるように。

 ――何より。

 今も約束の場所で待っていてくれる彼女に、報いるために。

 

「……寂しくなるッスね」

「けど、祇園が決めたなら……」

「ああ、応援するぜ」

 

 三人の言葉。本当に優しい友人たちだ。

 ありがとう、と言葉を紡ぐ。そんな自分に、宗達が思い出したように言葉を紡いだ。

 

「そういや、荷物とかはどうしてんだ?」

「送ってあるよ。一応、今日から向こうの寮に入れる予定だから」

「そうなのか。ルームメイトがいなくなると、寂しいもんだな」

「いや宗達くんほとんど帰って来てなかったでしょ」

 

 基本的に女子寮に忍び込んで雪乃の部屋で寝泊まりしているのが宗達である。今の台詞は説得力皆無だ。

 

「まあ、何でもいいけど。……アイツにはもう伝えてんのか?」

「……今から行くつもりだよ」

「そうか。ま、頑張れ」

 

 そう言うと、宗達は背を向けて立ち去っていく。彼らしい別れ方だ。まあ実際、これで縁が切れるわけではない。会うことはあるだろうし、デュエルすることも何度もあるだろう。

 

「ありがとう、宗達くん」

「……そりゃこっちの台詞だ、阿呆」

 

 そして、彼は立ち去っていった。

 それを見送り、隼人たちと共に校舎の屋上へと向かう。

 

 多くの事があった、アカデミア本校での生活。

 これで終わりだと思うと、少し……寂しかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 セブンスターズとの戦いと、その裏で暗躍していたアカデミア本校理事長影丸が操る〝三幻魔〟が残した爪痕は凄惨なモノだった。

 あの戦いの後に遊城十代と夢神祇園は無理が祟り丸二日眠り続け、また、先に〝三幻魔〟へ挑み、倒れた桐生美咲は一週間が経った今も入院中である。

 表面上の傷は回復したが、〝三幻魔〟とたった一人で向かい合い、更には彼女自身が無理を承知で敢行した数々の力あるカード。ただでさえ激務で疲労が溜まっていたところにこれが追い打ちとなり、彼女もまた数日間眠り続け、目を覚ました今もドクターストップがかかっている状態だ。

 プロデュエリストとしてもアイドルとしても抜群の人気を誇る彼女の入院騒ぎはかなり話題となったが、現在はどうにか沈静化している。ちなみに噂では彼女が所属する事務所の経理担当が急遽キャンセルしたイベントやテレビ出演について発生する損失で頭を抱えているらしい。

 まあ、それはともかく。

 

「あー、暇や」

 

 様々な噂が流れ、メディアが無責任な憶測を流す中心で、桐生美咲はのんびりとそんなことを呟いた。ある意味では実に彼女らしいコメントである。

 そんな幼馴染の言葉に苦笑しつつ、祇園は椅子に座った。今でこそ元気だが、一時は意識が戻るかどうかギリギリの状態だったのだ。快復したのは本当に良かった。

 そう言う祇園自身、十代と共に数日入院させられたという経緯があるのだが。

 

「丁度いい機会だと思うよ。美咲はちょっと、働き過ぎ」

「む、祇園に言われたないなぁ。祇園はちょっと頑張り過ぎや」

「そんなことないと思うけど……」

「一人で立ち向かわんかっただけマシやけど、〝三幻魔〟に正面から挑むなんて阿呆のすることやで」

「それは美咲もだよ。……相談、してくれても良かったのに」

「…………う」

 

 美咲が目を逸らした。若干冷や汗をかいている当たり、アレは無茶だったと自分でも思っているのだろう。

 ただ、アレは美咲だけの責任で起こったことではない。色んなところに原因があり、責任があった。

 

「気付けなかった僕も悪かったんだと思うけど……、ごめんね」

「謝るよーなことやないし、逆にウチが謝らなアカンことや。事情があったとはいえ、皆を囮にしてもうたわけやし」

「それはもう解決したことだよ。皆自分で選んで、この決着に納得してる。本当に良かった」

 

 傷つくことはあっても、失われることはなかった。

 それが一番の救いだ。

 

「……事情はホンマに色々あったんよ。気付かれるわけにいかんかったこと、全体の状況を俯瞰的に把握できる人間がほとんどおらんかったこと、役目があったこと……。色々な事情が重なって、こんな形になってしもた」

「責めてるわけじゃないよ。責められるわけがない。美咲は僕たちを守ろうとしてくれたんだから」

 

 そこに偽りがないのなら、それでいいと思うのだ。

 

「……ありがとう」

 

 呟くようなその言葉に頷きを返し、そして二人は口を閉ざす。

 静かな空間。互いに何も言わず、ただ黙っているだけの時間。

 居心地は悪くない。ただ、穏やかな時間が流れる中で。

 

 

「――ウエスト校に、行くことにしたよ」

 

 

 夢神祇園は、桐生美咲へそう告げた。

 美咲は、そっか、と微笑を浮かべる。

 

「何となく……そんな気はしてたよ」

「お見通し、だったかな?」

「何年、一緒にいると思ってるん?」

 

 小さく笑いを零す少女。そうだね、と祇園は頷いた。

 出会ってから、色々なことがあった。決して良いことばかりではなかったし、思い出したくないことも多くある。ただ、心の奥底、根本においていつも支えてくれたのはこの少女の存在だ。

 たった一人でいい。

 自分を見てくれる人がいるだけで、人は生きていけるのだ。

 

「……本校が嫌とかじゃないんだ。友達だってできた。尊敬できる人もたくさんいる。でも、それに甘えることはできない」

 

 助けてという、自分の言葉に彼は応えてくれた。

 ならば――自分は?

 彼が助けを求めた時、助けになれる力はあるのだろうか。

 答えは――否。

 

「助けてもらうなら、助けなくちゃいけないから。そうじゃないと、対等じゃない。対等でいたいんだ。十代くんたちと、皆と。――美咲と」

 

 救われてばかりで、助けられてばかりだった。

 そんな関係は、もう、嫌だから。

 

「祇園は、ウチを助けてくれたやんか」

 

 首を左右に振り、美咲は言った。右手を前に翳し、どこか眩しそうにその手を見つめる。

 

「暗闇の、凍えそうな闇の中……祇園の声が聞こえたよ。だから、戻って来れた」

「アレも結局、十代くんの助けがあったからだよ。僕一人じゃ、無駄な犠牲が増えただけだったから」

 

 親友だと、彼は自分のことをそう呼んでくれた。

 ならば、それに恥じない自分になりたい。憧れた彼らに、笑われないために。

 

「だから、一からやり直すよ。もっと、強くなるために」

 

 それが、夢神祇園の誓い。

 彼が戦う、大きな理由。

 

「……そっか」

 

 そんな彼の誓いを、彼女は微笑んで受け入れた。

 少しだけ――寂し気に。

 

「祇園が決めたなら、ウチは反対せんよ」

「うん。ありがとう」

 

 立ち上がる。これからウエスト校に向かわなければならない。今日中にやってしまわなければならないことは多いのだ。

 

「また来るね」

「うん。待ってる」

 

 ひらひらと手を振る美咲。扉に手を掛けると、祇園はそれと、と言葉を紡いだ。

 

「今の僕には、美咲の隣に立つ資格はない」

 

 振り返らぬままに、祇園は言った。

 

「絶対に追いつくから。だから、もう少しだけ……待ってて」

 

 そして、部屋を出た。

 ――同時。

 

 何かが倒れたような音と、慌てるような声が聞こえたが。

 敢えて何も聞いていない、フリをした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 約束通り、その人はそこで待っていた。

 こちらを見つけると、ベンチに座ったままにこちらへと視線を向けてくる。

 

「――キミに、言葉を贈ろう」

 

 まるで、民に言葉を放つ王のように。

 まるで、生徒に教えを授ける教師のように。

 その人は、言葉を紡ぐ。

 

「〝人生に最良の選択など存在しない〟」

 

 選択とは、選ぶことが大事なのではない。

 選んだ先で、かつての選択を正しかったモノにすることが大切なのだ。

 

「キミの選択が、キミにとって最高のモノとなることを祈ろう」

 

 そして、その人は諸手を広げて。

 

 

「――ようこそ、アカデミアウエスト校へ。

 おかえり、少年」

 

 

 

 

 夢神祇園の選択は、彼が出した大切な答え。

 ならばもう、後は進むだけ。

 

 物語は、新たなステージへ。

 








一つの答えを出した祇園くん。
大切な選択であり、大事な答えでした。


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間章 ただ、待ち続ける

 

 

 

 誇れるような人生は、歩んでこなかった。

 元より、生まれが不義の子供だ。母が愛した男には妻がいた。そして男は、母を愛してなどいなかった。

 責める気持ちはない。そんな感情を抱くことができる程に余裕があったわけではないし、そもそも記憶にある母は常に泣いていた。そんな人を憎悪することなど、できなかったのだ。

 生きることに理由などなかった。ただ、生きていただけ。死ぬ理由がなかっただけ。

 そんな中、あの人に出会った。

 

〝ならば、私の弟になれば良い〟

 

 自分を疎んじることこそあれ、好意的に見ることなど本来ありえないはずの相手からの言葉。

 己よりも年若いその少女は、そう言って微笑んだ。

 

 だから、報いようと思った。

 何もかも失くした自分に声をかけてくれたたった二人の女性。その内の一人である彼女に。

 

〝私はこの家を出る。お前はどうする、ギンジ?〟

 

 答えなど決まり切っていた。力はあっても彼女はまだ少女だ。いざという時には盾になろうと決め、彼女の手助けをした。

 その際に、過去の多くは捨て去った。かつて住んでいた場所も、僅かにいた知り合いも、既に亡くなっていた母のことさえも。

 何もかもを……置き去りにした。

 たった一人の、女性を除いて。

 

「……御加減は如何ですか、詩音サン……?」

「あ、ギンくん。うん、今日は調子いいんだ」

 

 病室のドアをノックして入ると、その女性は読んでいた本を閉じて微笑んだ。どことなく気怠そうな雰囲気を纏っているが、それは彼女を蝕む病のせいだ。彼女と知り合った時はもっと快活でアグレッシブな女性だったのだから。

 藤堂詩音(とうどうしおん)。

 かつて烏丸銀次郎の母親が入院していた際に銀次郎が知り合った女性であり、彼が知る限りずっとこの病院に入院している女性だ。

 

「……お土産は、シュークリームでよろしかったンで……?」

「ありがとう。ハルくんはその辺、気が利かなくてさー。さっきまでいたんだけど、手ぶらだよ手ぶら? 信じられないよねー?」

「……晴サンが、来てたんですか……?」

「うん。オープン戦前に寄ったみたい。聞いたよ? ギンくん、今日試合出るんだってね?」

「……どうにか、一軍に残れたンで……。最後のテストと、監督には……」

 

 開幕直前のこの時期はどのプロチームも開幕一軍の最終決定に忙しい。銀次郎はキャンプ、オープン戦とどうにか結果を残すことができていたため、今も一軍に籍を置いている。明日には隣で言葉を交わしていた相手が二軍に落ちていることもあるのがプロの世界だ。そういう意味で、銀次郎は踏ん張っていると言えるだろう。

 

「ハルくん言ってたよ。期待してるんだ、って。今日の試合、テレビ放送あったよね? 応援してるから!」

「……精一杯、頑張りますンで……」

 

 頷く。彼女の明るさには何度も救われてきた。結果を残せずにいる自分に声をかけ続けてくれたのは、この女性なのだ。

 詩音はうんうんと頷くと、こちらへ手を伸ばそうとした。だが、その体が傾く。

 

「詩音サン!?」

 

 その体を咄嗟に銀次郎が支える。あはは、と詩音が微笑んだ。

 

「今日は大丈夫かな、って思ってたんだけどね……」

「……ゆっくり、休んでください」

「うん。ごめんね?」

 

 優しく微笑む詩音。その目は気怠げで、瞳は半ば落ちている。

 ――〝眠り病〟。

 原因不明、治療法不明の難病。それが、出会った時から彼女を蝕み続ける病の名だ。

 

「あはは……ギンくんの試合だから、頑張るつもりだったんだけどなぁ……」

 

 苦笑する詩音。銀次郎は詩音サン、と言葉を紡いだ。

 

「……必ず、勝ちます」

 

 その言葉に、詩音は驚きの表情を浮かべた。次いで、笑みを浮かべる。

 

「うん。応援してる」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 高速道路を、一台のリムジンが走り抜ける。漆黒の車体を操るのは、KC社の社員だ。

 

「澪さん、試合会場に向かってるんですよね?」

「どうしたいきなり?」

 

 膝の上に本を置き、それを読んでいた澪がこちらへ視線を向けながらそう言葉を紡いだ。

 

「不都合でもあるのか、少年?」

 

 二人が今向かっているのは東京アロウズとスターナイト福岡のOP戦が行われる会場だ。一軍に残れるかどうかの最終テストして澪の弟である烏丸銀次郎が出場することもあり、応援として二人は向かっているのである。

 だが、試合開始は夕方からだ。今はまだ昼前の時間である。

 

「いえ、こんなに早く行く理由があるのかと思いまして……」

「ああ、そういえば言っていなかったな。少し野暮用だ。私の個人的な……そうだな、少年も来るか?」

 

 見えて来たぞ、と澪が車外を視線で示す。見えるのは病院だ。それも、かなり大きい。

 

「烏丸銀次郎――私の弟が戦う理由を、知ることができるぞ」

 

 そう呟く彼女の表情に、いつもの微笑はない。どこか寂しげで、いつもの彼女らしくなく、同時に彼女らしい表情を浮かべている。

 

「私の戦う理由は酷く自己中心的で高慢なモノだ。私は私の欲のために――目的のためだけに未だ戦い続けている。だが、ギンジは違う。奴は約束のために戦っているんだ」

 

 キミと似ているよ、と澪は言った。誇らしげに、嬉しそうに。

 

「捻くれた者なら、それも私の理由と根本は変わらないと言うだろう。それはある意味で正しく、だが、私はそう思わない。〝約束〟は一人ではできない。必ず相手が必要となる。キミと美咲くんのようにな」

 

 一人ぼっちではできないこと。それが約束。

 だから、それを胸に戦う者は美しいのだと澪は語る。

 

「ギンジの約束は単純だ。その領域に立つ実力がありながら、しかし、眺めることしかできない。そんな者の代わりに戦うと……ただ、それだけの理由だよ」

 

 リムジンが病院の駐車場に着く。さて、と澪は言葉を紡いだ。

 

「行こうか。私も一人、会いたい人物がいるのでな」

 

 病院を見上げる彼女の表情は、まるで死者を悼むように重苦しい。

 祇園はそんな彼女に、はい、と頷きを返すことしかできなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 静かな、場所だった。

 ガラス張りの向こうに並ぶいくつものベッド。そこでは、まるで眠るように幾人もの人が機械に繋がれている。

 

「……ここは」

「〝眠り病〟」

 

 立ち止まり、振り返りながら澪はそう言葉を紡いだ。その表情は真剣そのもので、冗談の類ではないことをこちらに理解させてくる。

 

「原因不明、治療法も一切不明の奇病だよ。発症理由も、病状の進行速度もわからない。ただわかっているのは、この病に侵された者は日を追うごとに眠りの時間が増えて行き、やがて目を覚まさなくなるということだけ」

 

 靴の音を響かせ、澪が歩みを進めていく。祇園はその背を追うことができず、周囲をもう一度見まわした。

 人数は、三十人近くといったところか。誰も彼も、ただ眠っているようにしか見えない。

 だが、澪の言葉が真実だとするならば、ここにいる人たちは――

 

「安心するといい。感染はしないよ。もしこれが感染する類の病なら、私やギンジ、更にそこにいる男などとっくに深い眠りの中だろう」

「……久し振りだってのに、随分だな」

 

 澪の視線の先。自分たち以外に唯一この場にいた男性が鬱陶しそうに言葉を紡いだ。その表情というか雰囲気が、全身で『面倒臭い』と訴えている。

 

「私の行く場所にいるあなたが悪い」

「やかましい。お前と関わって良かったことがないんだよこっちは」

 

 社会的には十八の小娘だが、澪の纏う雰囲気は大の大人でさえ尻込みするモノだ。しかし、この男はそんなことは意に介さないどころか澪に噛み付くようなことを言っている。

 それもそのはず。この人物は祇園も知る人物だ。いや、日本のデュエリストで彼を知らない者はいないだろう。

 ――藤堂晴(とうどうはる)。

 名門チーム東京アロウズ総大将にして、全日本ランキング三位、世界ランキング10位を誇る怪物だ。全日本代表においては主将を務めることでも知られ、そのデュエルスタイルは『喧嘩決闘』と謳われる。

 文字通りのトップデュエリストだ。思わず祇園は委縮するが、そんな祇園のことなどお構いなしに晴は澪へと言葉を紡ぐ。

 

「大体お前が戦況引っ掻き回したせいで俺がどんだけ苦労したか……!」

「十年以上前のことを未だに引き摺るとは、小さい男だ。そもそもこんなところで何をしている?」

「姉貴の見舞いだよ。……まあ、ギンジの奴がいるから空気読んで退散して来たけど」

「ほう」

 

 頭を掻きながら言う晴に、澪が感心したように笑った。そして、少年、とこちらに視線を向けてくる。

 

「一応、紹介しようか。この姉弟は馴染みでな。色々あった」

「藤堂晴だ。……夢神祇園、だろ? 同情するよ。この悪魔に――いや何でもない」

 

 言いかけた言葉を呑み込む晴。だが、祇園はそれよりも彼が自分の名を知っていた事実に驚いた。

 

「僕を知っているんですか?」

「少しは自分が有名だって事を自覚すべきだな。〝ルーキーズ杯〟はかなり注目されてたし、神崎を倒したお前を過小評価はできないさ」

 

 晴は肩を竦める。彼ほどの人物に言われると嬉しい反面、恐縮してしまう。

 全日本ランキング三位――タイトルに最も近い男にここまで評価されるほどに自分は強いのかと、そんなことを思ってしまうのだ。

 そんな祇園の内心を知ってか知らずか、まあ、と晴は肩を竦めてこの場を立ち去ろうとする。

 

「今は学生の身分を楽しんどけ。プロになるとしんどいことばっかりだからな」

 

 それは、暗に祇園がプロに届き得る器であると語る言葉だ。ほう、と澪が吐息を零した。

 

「珍しいな。人をそこまで評価するとは」

「そうかな? 俺はいつでもこんな感じだよ。……んじゃ」

 

 そう言って、軽い足取りで立ち去って行こうとする晴。その途中で、思い出したように彼は言葉を紡いだ。

 

「そういや、〝ルーキーズ杯〟の時に防人妖花の面倒見てくれたのはお前だったんだってな」

「……面倒、っていうわけでは」

「ありがとう」

 

 こちらが言い切る前に、晴はそう言って頭を下げてきた。そのまま、できれば、と言葉を紡ぐ。

 

「覚えていたらでいい。防人妖花に伝えてくれないか」

 

 頭を下げたその姿勢のまま、藤堂晴が言葉を紡ぐ。

 

「先代〝防人〟に、心の底から敬意と……感謝を」

 

 その言葉に込められている意味は、祇園にはわからない。だが、その重みだけは伝わってきた。

 ――しかし。

 

「人に任せるな。それは、あなたの理由だろう?」

「……そうだな」

 

 澪がそれを否定した。晴は頷くと、今度こそ背を向けて歩き出す。その背に澪が言葉を紡いだ。

 

「試合会場に向かうなら送るが。ギンジも共にな」

「……言ってるだろ。お前に関わると良いことがないって」

 

 そして、彼は階段を下りていく。全く、と澪は吐息を零した。

 

「相変わらずだな。昔のことをぐちぐちと」

「何かあったんですか?」

「色気のある話は何一つない。あったのは血生臭い物語だけだ」

 

 愉快な話ではないよ、と肩を竦める澪。彼女がそう言うということは、触れるべきではないということだろう。

 

「……ギンジのところへ行くのは、少し待とうか。私も、挨拶ぐらいはしておきたい」

 

 そう言うと、澪は一人の患者が眠るベッドの方へと視線を向けた。

 そこで眠るのは、一人の老人だ。安らかな表情で眠っている。

 

「恩を一つも返せないままにこうもずっと眠られていては……どうしようも、ないだろうに」

 

 ポツリと呟く澪。何かを言うべきなのかと祇園は考え、しかし、言葉は浮かばず。

 ただ無言で、彼女の隣に移動した。

 

 ――しばらくして。

 肩に、小さな重みが加わった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 オープン戦は調整の場であると同時に各チームにとって探り合いの場でもある。

 故に完全なベストメンバーで臨むことはまずない。そもそもこの時期は国内外問わずいくつもの大会が開かれており、各チームのエース、レギュラークラスはそちらに手を取られていることが多い。藤堂晴の出場も偶然このタイミングで空白ができたが故の調整のためであり、基本的に一軍半の選手が出場するのが常だ。

 今回の銀次郎はその一軍半の選手に当たる。出番は副将。この試合で勝てれば――チームとしてだが――一軍に残れるという条件が付いている。だが無論、そこには彼の貢献が必須事項だ。

 しかし、今の銀次郎は十分に力を付けた。一軍の上位陣ならともかく、彼と立場を同じくする者にならばそう容易く敗北しない。

 ――だが。

 

「……だから、あのクソガキと出会うとろくなことがないんだよ」

 

 現実は、いつだって残酷だ。

 

「……本郷、イリア……」

 

 東京アロウズのロッカールーム。すでに敗北した三人は二軍行きを告げられ、残るのは副将と大将の二人のみ。

 烏丸銀次郎と藤堂晴。その二人が眺めるモニターには、紅蓮の炎を纏うモンスターを従えた女性が映っている。

〝爆炎の申し子〟本郷イリア。

 かの桐生美咲のライバルと謳われ、スターナイト福岡においてレギュラー、そして日本代表にも選出されたことのある実力者だ。

 本来彼女もオープン戦には出場しても精々一試合程度の猛者。それが、何故。

 

「最悪のタイミングでかち合ったな……。どうしたもんかな。相性悪いんだよなぁ、俺。それに、倒してもまだ四人もいるし」

 

 頭をガシガシと掻きながら唸る晴。彼としてはこの試合負けるつもりなど微塵もなかった。しかし、相性という点において本郷イリアは晴にとって相当やり難い相手だ。

 今回は勝ち抜き戦。どちらかのチームが五人敗北した時点で負けになる。つまり、銀次郎と晴の二人で五人を倒さなければならないのだ。

 

「……大丈夫です……」

 

 相手は一軍でも上位のデュエリスト。正直勝ち目は薄い。

 だがそれは、畏れる理由にはなっても敗北が確定する理由にはならない。

 

「……見ていてください。必ず、勝ちますンで……」

 

 そして、銀次郎は歩き出す。

 おそらく、彼女は眠ってしまっているだろう。彼女を蝕む病とはそういうモノだ。

 だが、それでもいい。

 約束をした。

 誓いを立てた。 

 理由は、十分だ。

 

「…………ふむ」

 

 銀次郎が部屋を出て行ったあと、顎に手を当てて晴は呟く。

 

「あのクソ姉貴もまあ、良い目してるな」

 

 あんな男を見つけて、見初めるのだ。大したものである。

 ただ、まあ。

 

「……子供が見たら、やっぱ泣くよなぁ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 本郷イリア。全日本代表クラスの実力者であり、世界にも通用する実力を持つ者。

 格上の相手だ。正直、分はかなり悪い。だが、それでも。

 

「……よろしくお願いします……」

 

 諦めるわけには、いかない。

 

「ええ、よろしく」

 

 相手はこちらの名前すら知らないだろう。それが勝機だ。

 

「「決闘!!」」

 

 一軍に上がればいずれ間違いなくぶつかり合う相手。ただ一軍に残ればいいわけではない。戦い抜けるだけの実力が必要なのだ。

 勝つ。絶対に。

 

「……私の先行です……! ドロー、モンスターをセット、カードを一枚伏せ、ターンエンド……!」

「消極的ね。私が誰だかわかってるのかしら?――私のターン、ドロー! 魔法カード『炎王の急襲』を発動! 相手フィールドにモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない時、デッキから炎属性の獣戦士族、獣族、鳥獣族モンスターを一体特殊召喚する! 『炎王神獣ガルドニクス』を特殊召喚!!」

 

 炎王神獣ガルドニクス☆8炎ATK/DEF2700/1700

 

 現れるのは、神の炎纏いし最強の神鳥。

 本郷イリアの切り札であり、幾多のデュエリストを葬ってきたモンスターだ。

 

「更に『炎王獣バロン』を召喚!」

 

 炎王獣バロン☆4炎ATK/DEF1800/200

 

 炎を纏う獣が現れる。バトル、とイリアが宣言した。

 

「ガルドニクスでセットモンスターへ攻撃!」

「……セットモンスターは『レプティレス・ナージャ』です……! ナージャは戦闘では破壊されず、このモンスターと戦闘をした相手モンスターはバトルフェイズ終了時に攻撃力が0となります……!」

 

 レプティレス・ナージャ☆1闇ATK/DEF0/0

 

 エンドフェイズに攻撃表示となるデメリットこそあるものの、戦闘破壊が不可能という強力な効果を持つモンスターだ。更に相手の弱体化というおまけつきである。

 

「ふぅん……、仕方ないわね。私はカードを二枚伏せ、ターンエンド。エンドフェイズ、ガルドニクスは破壊される」

「……私のターン、ドロー」

「スタンバイフェイズ、ガルドニクスの効果発動! 破壊された次のスタンバイフェイズに蘇り、このカード以外のモンスターを全て破壊する!!」

 

 甦る神鳥の焔により、全てが焼き尽くされる。

 敵も、味方も。

 何もかもを。

 

「――罠カード、発動……!」

 

 だが、紅蓮の炎が全てを包もうとしたその瞬間。

 小さく、そんな声が聞こえた。

 

 炎が消える。フィールドに残ったのは、ガルドニクス一体。

 そう、神鳥のみだった。

 

「…………!?」

「……罠カード『毒蛇の供物』――ナージャと伏せカード二枚を破壊させていただきやした……」

 

 自分フィールド上に存在する爬虫類族モンスターと、相手フィールド上に存在するカード二枚を同時に粉砕するカードだ。

 これで、場にはガルドニクス一体のみ。それを確かめ、そう、とイリアは息を吐いた。

 

「出し抜かれたのは認めるわ。けれど、ガルドニクスを超えられる?」

「……モンスターをセット、カードを一枚伏せてターンエンドです……」

 

 再びの守り。ふん、とイリアは息を吐いた。

 

「こんなものなの? 私のターン、ドロー! スタンバイフェイズ、破壊されたバロンの効果により『炎王円環』を手札に加える!――私は手札より、二体目の縁王獣バロンを召喚! 更に相手の墓地のカードが三枚以下の時、チューナーモンスター『ネオフレムベル・オリジン』を特殊召喚できる!」

 

 炎王獣バロン☆4炎ATK/DEF1800/200

 ネオフレムベル・オリジン☆2炎・チューナーATK/DEF500/200

 

 並び立つ二体のモンスター。いくわよ、とイリアが宣言する。

 

「レベル4、炎王獣バロンにレベル2、ネオフレムベル・オリジンをチューニング。――爆炎纏いし拳の戦士よ、その剛腕を以て敵を討ち砕け。シンクロ召喚! 『フレムベル・ウルキサス』!!」

 

 フレムベル・ウルキサス☆6炎ATK/DEF2100/400

 

 現れるのは、燃える双腕を持つ焔の戦士だ。その戦士を従え、バトル、とイリアが宣言する。

 

「ウルキサスでセットモンスターを攻撃! ウルキサスは貫通効果を持ち、相手にダメージを与える度に攻撃力が300ポイントずつアップする!」

「セットモンスターは『レプティレス・ガードナー』です……! 破壊されたことにより、デッキから『レプティレス・ヴァースキ』を手札に……!」

 

 フレムベル・ウルキサス☆6炎ATK/DEF2100/400→2400/400

 レプティレス・ガードナー☆4闇ATK/DEF0/2000

 銀次郎LP4000→3900

 

 場が空く。しかし――

 

「罠、発動……! 『スネーク・ホイッスル』……! デッキからレベル4以下の爬虫類族モンスターをデッキから特殊召喚……! 『レプティレス・ナージャ』……!」

「厄介ね、本当に。――速攻魔法『炎王円環』を発動! ガルドニクスを破壊し、バロンを蘇生! ターンエンド!」

「私のターン、ドロー……!」

「その瞬間、ガルドニクスの効果を発動! ガルドニクスを蘇生し、ガルドニクス以外のモンスターを全て粉砕する!」

 

 圧倒的な力。絶対的な爆炎。

 そのフィールドリセット効果は、最早理不尽の領域だ。

 

(……長引けば、こちらが……!)

 

 このリセット能力は圧倒的だ。成程、多くのデュエリストを倒してきた事実にも頷ける。

 自身が必死になって構築した場を、この女性デュエリストは一瞬で灰燼と化す。己の身さえ焼きながら、神鳥を従えて。

 しかも、この女性はガルドニクスだけではない。先日の大会で見せた桐生美咲を破った究極の切り札。『真炎の爆発』も有しているのだから。

 

(この、ターンで……!)

 

 超えなければならない。何としても。

 それをするには、一枚の――

 

「…………」

 

 観客席を見る。誰もがその視線をイリアへ向けている。当たり前だ。彼女はトッププロ。次元が違う。

 対し、自分は一軍半の明日さえわからぬ中途半端な身だ。この場の全員が自分の敗北を確信しているだろう。

 諦めが過ぎる。この場面でいつも引けなかったのが烏丸銀次郎だ。だから勝てなかった。

 誓いでは、駄目なのか。

 約束では、駄目なのか。

 目を閉じそうになり、瞼が堕ちようとした瞬間――

 

 視界に、その二人が映った。

 

 一人は、自分を見ている。祈るように、必死に、頑張れとその目が告げている。

 もう一人もまた、自分を見ている。だが隣の彼とは違い、その目は厳しい。

 嗚呼、と思った。

 この会場で自分を見てくれている者がいたのだと。

 そうだ、自分は。

 烏丸銀次郎は――

 

「――ドロー!!」

 

 鋭く、重い声が響き渡る。

 果たして、引いたカードは――

 

「手札よりチューナーモンスター『深海のディーヴァ』を召喚! 効果発動! デッキからレベル3以下の海流族モンスターを特殊召喚……! 二体目の『深海のディーヴァ』を特殊召喚!!」

 

 深海のディーヴァ☆2水・チューナーATK/DEF200/400

 深海のディーヴァ☆2水・チューナーATK/DEF200/400

 

 現れる二体のモンスター。会場にどよめきが奔った。チューナー同士で行えるシンクロ召喚一体の例外を除いて存在しない。

 

「更に魔法カード『レプティレス・スポーン』を発動……! 墓地のナージャを除外し、レプティレストークンを二体特殊召喚……!」

 

 レプティレストークン☆1地ATK/DEF0/0

 レプティレストークン☆1地ATK/DEF0/0

 

 現れた二体のトークン。これで場には四体。だが、ここからだ。

 ここから――紡ぎ上げる。

 

「……レベル1、レプティレストークンにレベル2、ディーヴァをチューニング……! シンクロ、召喚……! 『霞鳥クラウソラス』……!」

 

 霞鳥クラウソラス☆3風ATK/DEF0/2300

 

 現れるのは、霞の谷に住むという怪鳥だ。攻撃の力を持たぬモンスター。だが、その効果は強力無比。

 

「クラウソラスの効果を発動……! 一ターンに一度、相手フィールド上のモテ側表示モンスターの攻撃力を0とし、効果を無効にする……!」

「また攻撃力0……!?」

 

 イリアが呻く。だが、当然だ。銀次郎はいつだってこの戦術で戦ってきた。貫き通さなければ、そうあると決めた意味がない。

 

「攻撃力0のクラウソラスとガルドニクスを生贄に――『レプティレス・ヴァースキ』を特殊召喚……!」

 

 レプティレス・ヴァースキ☆8闇ATK/DEF2600/0

 

 現れるのは、レプティレスの切り札。

 複数の腕を持つその毒蛇の女王が、銀次郎の後ろへと降臨する。

 

「そして、最後です……! ディーヴァを手札に戻し、『A・ジェネクス・バードマン』を特殊召喚……! レベル1、レプティレストークンにレベル3、A・ジェネクス・バードマンをチューニング……! シンクロ召喚――『魔界闘士バルムンク』!!」

 

 魔界闘士バルムンク☆4闇ATK/DEF2100/800

 

 現れるのは、巨大な剣を持った戦士だ。その剛剣が、イリアに迫る。

 

「――次のターンには、回しません……!」

「……くっ……!」

 

 自身の手札を見、厳しい表情を浮かべるイリア。

 おそらく、防ぐ術はないのだろう。ならば、ここで終わりだ。

 

 イリアLP4000→1900→-700

 

 イリアのLPが0を刻む。

 会場から音が消えた。ふう、と銀次郎が息を吐く。同時。

 

「――見事だった」

 

 乾いた拍手の音と共に、一人の女性がそう告げて。

 決して多くはない。だが、この場にいた観客全員から、烏丸銀次郎は称賛の拍手を受けた。

 

「……この間の大会で、私は美咲に勝った。けど、自分であの勝ちに納得できなくてね」

 

 こちらへと歩み寄ってきたイリアが言葉を紡ぐ。その表情は、どこかすっきりしたものだった。

 

「で、調整の意味も含めてここへ来たんだけど……でも、当たり前よね。私は、対戦相手を見ていなかったんだから」

 

 じゃあね、とイリアはこちらへ背を向けてこの場を立ち去っていった。

 

「もう二度と、アタシは負けないわよ。少なくとも、こんな形ではね」

「……自分も、精進します」

 

 頭を下げる。イリアは苦笑を零し、そのまま会場を出て行く。

 その背が見えなくなるまで、銀次郎は頭を下げ続けていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「凄いですね、ギンジさん……」

「上手くかみ合った結果だ。ガルドニクスを戦闘破壊しても後続が発生するし、手札に『炎王』がいればその連中が湧いて来ていただろう。その点をリリースというコストで回避したギンジが上手かった」

 

 銀次郎の二試合目を眺めながらそんな言葉を交わす祇園と澪。紙一重のデュエルだったのだ。勝った銀次郎がよくやったという評価が妥当だろう。

 

「それでもやっぱり……凄いですよ」

 

 ポツリと呟く少年。

 その言葉に乗る想いは。

 

「……凄い、って思います。ちょっと、もどかしいくらいに」

 

 一体、どんな感情から来たモノか。

 

「そう思えるなら、その気持ちを大切にするべきだ。いずれキミも、あの場所に立つのだから」

 

 二人目を打ち破り、歓声を受ける銀次郎を見つめながら〝王〟が呟く言葉に。

 はい、と少年は頷いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

廊下を歩いてくる人物に、頭を下げた。二人抜き――銀次郎ができたのはそこまでだ。残り三人。それを晴一人で倒さなければチームの敗北となる。

 

「……すみません、晴サン……」

「気にするな。むしろよくやった」

 

 通り過ぎ様に軽くこちらの肩を叩き。

 その男は、迷いなく歩を進める。

 

「お前をヒーローにしてやる。……久々に、いい気分だ」

 

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 

 良かった、と思った。

 相変わらず弟は強く、そして銀次郎も強かった。

 これで彼は一軍に残れる。本当に……嬉しい。

 

「……安心したら、眠く、なって……」

 

 彼に渡そうとしたデッキを握り締め、小さく呟く。

 眠るのはいつも怖い。もう目覚めることがなくなるかもしれないと、そんなことばかりを考えてしまうのだ。

 だが、今日は。

 少しだけ、良い気分で眠れそうだ。

 

「……起きたら、私――……」

 

 そして、その瞳が落ちる。

 次に目覚めた時、彼が側にいてくれればいいと……そんなことを想いながら。

 

 藤堂詩音は、眠りに落ちる。

 それはいつものことであり、誰もがまた目を覚ますと信じた。

 

 

「…………」

 

 

 一人の男は、待ち続ける。

 眠り続ける彼女が、再び目を覚ます――その時を。

 

 ただ、待ち続けている。

 











というわけで、ウエスト校に行った後の物語。
王の弟でありながら才に恵まれなかった青年の、小さな物語です。


〝眠り病〟とかいう恐ろしい病気が出てきましたがまあ、それは追々ということで。



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間章 かつて弱者と呼ばれた少年

 

 

 アカデミア・ウエスト校は大阪の商業地に存在している。かの有名な関西空港も近くにあることから交通の便が良く、それを利用する生徒も多い。

 夢神祇園がウエスト校に再度転入を果たしてから一ヶ月。久し振りの予定がない休日ということもあり、祇園は澪と妖花、更に澪が開いているデュエル教室の子供たちと共に最近オープンしたショッピングモールへと訪れていた。

 

「ふむ、流石に立派だな」

「凄いですね……。人も大勢いますし」

 

 眼鏡をかけ、髪を束ねて方に乗せることによって変装している烏丸澪の言葉に祇園は周囲を見回しながら頷く。デュエル教室に来ている子供の人数は合計で十五人なのだが、今日来れたのは五人だけだ。

 あまり多くない方が引率も安心と思っていたが、これだと気を抜けないだろう。

 

「わぁ……」

 

 そして、周囲を見ながら目を輝かせているのは防人妖花だ。基本的に好奇心旺盛な少女である。他の子供たちと共に、キョロキョロと周囲を見回していた。

 

「この人の多さはオープンしたてということと……これが理由だろうな」

 

 近くにあったパンフレットを手に取りつつ、澪がそんなことを口にする。どことなく表情が鬱陶しそうなのは、人ごみが苦手だからだろう。正直祇園もこの人の多さは勘弁して欲しかった。

 

「大会、ですか」

「オープン記念に人を呼ぶ目的でやっているためか、中々賞品は良いようだな。折角だ、出てきたらどうだ?」

 

 言いつつこちらへパンフレットを渡してくる澪。見ると、確かにこの後DMの大会が行われるようだった。優勝者と準優勝者には賞金まで出るらしい。

 

「あ、十二歳以下の部もあるみたいです!」

「え、ホンマに? 出たい出たい!」

「ししょー、俺らも出たい!」

 

 パンフレットを見て妖花が口にした言葉に反応し、子供たちが次々とそんな言葉を口にする。澪へと視線を送ると、仕方あるまい、と彼女は肩を竦めた。

 

「キミもここのところ、学内のランキング戦ばかりだったろう?」

「はい。IHも近いので最近多いですよね」

「息抜きの意味も兼ねて参加するといい。たまには気負う必要のないデュエルも必要だよ」

 

 微笑しながら言う澪に、はい、と頷く。セブンスターズとの戦いが終わり、ウエスト校に戻ってきてからも常にデュエルでは気を張っていた気がする。

 

「そう、ですね。……参加、してみます」

「それにまあ、何というか。――今のキミの力を確かめる、いい機会だ」

 

 靴の音を鳴らしながら歩を進め、澪は言う。

 

「キミは強いと、初めて出会った頃に比べて間違いなく強くなったと、そう私が言ったところで届かないのだろう」

 

 振り返ったその瞳は、楽しそうにこちらを見ていた。

 

「今日、一つの答えが出るだろう。――楽しめ、少年」

 

〝最強〟の名を持つ〝王〟は。

 そう言って――微笑んだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 大型ショッピングモールの開店セールと帰国が重なったのは偶然だったが幸運だった。東京アロウズ副将、神崎アヤメは眼鏡と帽子で申し訳程度の変装をしつつ、そんなことを思う。

 海外の大会に参加していたアヤメは今日の朝帰国した。予定では今日の夜にチームに合流するため、それまでは時間に余裕があるのだ。

 

(服……は、この間買いましたし、靴もスポンサーのモノを使っていますし……)

 

 何か必要な――というより、買いたいものがあったかと思案する。だが、今のところ特に必要なものはない。

 

(しかし、折角来たというのに何も買わないというのも……)

 

 基本的に合理的な思考を行い、行動するため度々年若い女性ではないと言われることもあるアヤメだが、買い物自体は好きである。浪費してしまうから自嘲しているだけで。

 さてどうしたものかと思いながら歩いていると、少し離れた場所から歓声が聞こえてきた。視線を向けると、どうやらDMの大会が行われているらしい。

 

「……ふむ」

 

 デュエル、と聞けば反応せずにはいられないのがデュエリストという生物だ。特にアヤメはプロデュエリストであると同時にスカウトとしての仕事もしている。

 会場の方へと歩いていくアヤメ。見れば決勝戦へと進んだ二人が決まったところのようだった。どうやら予選は全てテーブルデュエルで行い、決勝戦だけはステージ上です点ディングデュエルを行うらしい。

 ステージに上がる二人。片方は見覚えのない青年だ。見たところ大学生といったところか。そして、もう一人は――

 

(あれは――)

 

 自身も参加した〝ルーキーズ杯〟。そこで誰よりも強い意志と可能性を示したデュエリスト。

 ――夢神祇園。

 その少年が、その舞台に立っていた。

 

「おや、珍しい顔だ」

 

 声をかけられ、そちらを向く。そして再びアヤメは驚かさせられた。

 烏丸〝祿王〟澪。

 日本における〝最強〟の一角が、楽しげな笑みを浮かべてそこにいた。

 

「……〝祿王〟、ですか。どうしてこちらに?」

「理由は単純だ。あそこに立つ少年と、最前列の席で少年を応援する彼らが理由だよ」

 

 そう言って澪が示した先には、祇園を応援する子供たちの姿があった。そういえば以前、デュエル教室の手伝いをしていると言っていた気がする。防人妖花もいるということはそういうことなのだろう。

 

「成程、理解しました」

「キミは大会の帰りか?」

「はい。夜まで時間がありましたので」

「成程。……だが、キミならば丁度いい。流石に商業地のショッピングモール。シーズン開幕も近付いた状態ということもあり、それなりに面白い顔触れは揃っているが……少年と直接戦ったキミならば、より理解できるだろう」

 

 ステージではデュエルが始まろうとしている。見れば、祇園は酷く落ち着いた様子だった。かつて自分と戦った時のような危うさは感じられない。

 

「どういう意味ですか?」

「見ていればわかる」

 

 こちらを試すように笑う王。そして彼女はステージへと視線を向け、呟くように言葉を紡いだ。

 

「さあ、少年。――目覚めの時だ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 一度深呼吸をし、改めて相手を見る。

 心は落ち着いている。周囲の景色もよく見えているし、妖花を始めとした最前列からの応援も聞こえている。

 良いことだ。だが、どうしてだろうか。

 

「「決闘!!」」

 

 心はこんなにも落ち着いているのに。

 どこか、戸惑っている――……?

 

「先行は俺だ! 俺は手札より魔法カード『名推理』を発動! 相手はレベルを一つ宣言し、俺はデッキをめくっていく! そして通常召喚可能なモンスターが捲られた時、相手の宣言したレベルと違うモンスターなら特殊召喚できる!」

「……宣言はレベル8でお願いします」

 

 とりあえず相手のデッキが不明な以上、大型モンスターを警戒してのレベル選択だ。レベル4でも良かったかもしれないと思ったが、今更仕方がない。

 

「いくぞ、一枚目『リビングデットの呼び声』、二枚目『死者転生』、三枚目――『ダークフレア・ドラゴン』!!」

 

 ダークフレア・ドラゴン☆5闇ATK/DEF2400/1200

 

 現れたのは祇園も愛用していた闇のドラゴンだ。レベル5――正直ここは運だったのでこの結果は仕方がない。

 

「更にダークフレア・ドラゴンを除外し、『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を特殊召喚! 効果発動! 手札より『タイラント・ドラゴン』を特殊召喚だ!」

 

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇ATK/DEF2800/2400

 タイラント・ドラゴン☆8炎ATK/DEF2900/2500

 

 現れるのはレッドアイズの最終形態の一つとも謳われる、最強のドラゴン。

 そしてもう一体は、〝暴君〟と謳われる竜の王。

 共に最強クラスの切り札モンスターだ。いきなりの大型モンスターに会場が湧き、大歓声が響く。対戦相手も満足そうな表情を浮かべており、堂々とターンエンドを宣言した。

 

(あれ……?)

 

 だが、祇園はそこに違和感を覚える。

 

(それだけ……?)

 

 まただ、と思った。ここ一ヶ月――IHの代表選考も兼ねたランキング戦が何度も行われており、祇園も幾度となくデュエルを繰り返している。その最中、今と同じような感覚を何度も覚えたのだ。

 二条紅里や菅原雄太といった者たちとのデュエルでは感じなかった。だが、確かに感じる。

 

(アカデミアの皆は、もっと……)

 

 その違和感の意味と理由に気付かぬまま。

 静かに、少年はカードをドローする。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「アカデミア本校は魔窟だ。〝帝王〟を始め、それこそ全国クラスの猛者が何人もいる。才能同士は惹かれ合うとでもいうのか……それこそわざわざ集めたのではないかと思うくらいに天才が集まっている」

「…………」

「そんな中で十二分に戦えている人間が〝弱者〟だと? それこそ性質の悪い冗談だ」

 

 肩を竦めながらの言葉に、相手は無言で応じる。そのまま、〝王〟と呼ばれる者は言葉を続けた。

 

「天才では決してない。だが、愚鈍などでも決してない。……命を懸けて戦い、誇りを懸けて戦い、そうして勝利して来た者が弱い理由などない」

 

 大歓声。成程、確かに対戦相手も中々やる。

 だが、それだけだ。

 

「昨日、IHの代表が決定した。ウエスト校は伝統として三年生から二人、二年生から二人、一年生から一人、そしてそれ以外で最もランキングが上位の者を一人選ぶことで代表とする。それぞれの学年のトップが代表となるわけだ」

 

 舞台の上で、少年がカードをドローした。

 見ないでも結果はわかっている。だが、見ていたい。

 

「少年は強い。他の代表にのみ負けたせいで自覚が薄い上に気付いていないようだが。――少年は、自身以外の代表に一度も負けなかった」

 

 それが、意味することは。

 

「アカデミア・ウエスト校一年筆頭。彼は、我が校の代表だ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「手札より魔法カード『調律』を発動。デッキから『ジャンク・シンクロン』を手札に加え、デッキトップからカードを一枚墓地へ。……『クイック・シンクロン』を墓地へ」

 

 まずは二体のモンスターをどかすことから始めなければならない。幸い伏せカードはなく、戦闘耐性も破壊耐性もない。

 

「手札より『シンクロン・キャリアー』を召喚。その効果により、『シンクロン・エクスプローラー』を召喚。効果により、クイック・シンクロンを蘇生」

 

 シンクロン・キャリアー☆2地ATK/DEF0/1000

 シンクロン・エクスプローラー☆2地ATK/DEF0/700

 クイック・シンクロン☆5風・チューナーATK/DEF700/1400

 

 これで一気に三体だ。祇園は更に手を進める。

 

「レベル2、シンクロン・エクスプローラーにレベル5、クイック・シンクロンをチューニング。シンクロ召喚。――『ジャンク・アーチャー』」

 

 ジャンク・アーチャー☆7地ATK/DEF2300/2000

 シンクロン・トークン☆2地ATK/DEF1000/0

 

 現れるのは弓を持つ機械の戦士だ。その効果は単純であり、強力である。

 

「キャリアーの効果により、トークンを生成。――ジャンク・アーチャーの効果を発動。一ターンに一度、相手モンスター一体をエンドフェイズまで除外する。レッドアイズを除外」

「何だと!?」

「――魔法カード『ワン・フォー・ワン』発動。手札の『ジャンク・シンクロン』を墓地に送り、デッキから『ジェット・シンクロン』を特殊召喚。レベル2のトークンとキャリアーに、レベル1のジェット・シンクロンをチューニング。――シンクロ召喚、『A・O・Jカタストル』」

 

 ジェット・シンクロン☆1炎ATK/DEF500/0

 A・O・Jカタストル☆5闇ATK/DEF2200/1200

 

 現れるのは、文字通りの兵器――カタストル。

 後は、一手だ。

 

「手札の『ダンディ・ライオン』を墓地に送り、ジェット・シンクロンを蘇生。ダンディ・ライオンが墓地に送られたため、トークンを二体生成。――レベル1、綿毛トークンにレベル1、ジェット・シンクロンをチューニング。シンクロ召喚、『フォーミュラ・シンクロン』。効果により、カードを一枚ドロー」

 

 綿毛トークン☆1地ATK/DEF0/0

 綿毛トークン☆1地ATK/DEF0/0

 フォーミュラ・シンクロン☆2光・チューナーATK/DEF200/1500

 

 引いたカードを確認する。このカードなら、まだ動ける。

 

「墓地の『ジャンク・シンクロン』を除外し、『輝白竜ワイバースター』を特殊召喚」

 

 輝白竜ワイバースター☆4光ATK/DEF1700/1800

 

 相手へと視線を向ける。すると、まるで異質なモノでも見るような目でこちらを見ていた。

 

「レベル4、ワイバースターとレベル1、綿毛トークンにレベル2、フォーミュラシンクロンをチューニング。シンクロ召喚。――『クリアウイング・シンクロ・ドラゴン』」

 

 クリアウイング・シンクロ・ドラゴン☆7風ATK/DEF2500/2000

 

 現れるのは、輝く翼を持つ白き竜。

 その美しさに、会場から感嘆の吐息が漏れた。

 

「――バトル、カタストルでタイラント・ドラゴンへ攻撃。カタストルは相手モンスターが闇属性以外の時、効果破壊できる」

「タイラント・ドラゴンが……!」

 

 吹き飛ぶ暴君。罠カードの対象にならない効果を持つタイラント・ドラゴンも、モンスター効果の前には無力だ。

 

「ジャンク・アーチャーとクリアウイング・シンクロ・ドラゴンでダイレクトアタック」

 

 相手LPが0を刻む。後攻ワンターン・キル。祇園の使うデッキは大量展開を主眼に置いているため、こういった展開は多い。

 ただこう上手くいくことは珍しい。特にアカデミア本校にいた頃は必ずどこかで妨害が入っていたのだが……。

 

「……強い」

 

 誰が呟いた言葉だったのか。

 小さなその言葉が周囲に伝播し、大きな拍手となって広がっていく。

 

 歓声と拍手を受け、勝者である少年は。

 かつて〝最弱〟と呼ばれた少年は、静かに対戦相手に頭を下げた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……成程、理解しました。少し見ぬ間に随分と強くなったようですね」

「本校を出たことが返ってプラスになったのかもしれんな。元々実力はあったが、自己評価が低すぎるのが問題だった。少しは改善されるといいのだが」

 

 そう言うと、澪はステージの方へと歩き出した。その背に、アヤメが問いかける。

 

「彼は、どこまで強くなれますか?」

「私を倒してくれるぐらいに――そう、願っている」

 

 そして、〝王〟はこの場を立ち去っていく。

 どこか、その背は寂しげだった。

 









実際、祇園くんは決して弱くはありません。
あれだけの修羅場と経験積んで弱いわけがないという。ただ。絶対的に強いわけではないから難しい。

さてさて、次は何を書こうか……。


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間章 東西対抗戦 前篇

 

 

 

 

 

 IHも終わり、高校単位で行われる大きな大会が終了したこの時期は、三年生を送る準備が始まる。

 それはアカデミア本校でも変わらず、目下生徒たちの興味は卒業デュエルへと向けられていた。毎年主席卒業生が在校生の内の一人を指名して行われる卒業デュエル。今年は間違いなく帝王こと丸藤亮が卒業デュエルを行うことは間違いないことであり、その彼が指名する人物が誰なのかは様々な憶測が流れている。

 

「お兄さん、誰を選ぶんだろう」

 

 レッド寮の食堂でそんなことを呟いたのは丸藤翔だ。彼の兄である丸藤亮だが、彼は基本的に真面目な人物である。故にというべきか、彼の意志だけでなく周囲のことも考えての人選となることが予想できるため、候補が絞り難いのだ。

 

「翔も知らないのか?」

 

 そう問いかけてくるのは遊城十代だ。翔は頷くと、前に、と言葉を紡ぐ。

 

「ちょっと聞いてみたんスけど、教えてくれなかったッス」

「そうなのか。誰なんだろうな、卒業デュエルの相手。俺だったらいいんだけどなー」

 

 へへっ、と笑みを浮かべる十代。彼はどう思っているか知らないが、十代の指名は十二分にあり得る。実力はアカデミア本校でも間違いなくトップクラスであり、〝三幻魔〟やセブンスターズとの戦いも記憶に新しい。亮自身、十代のことは認めているのだから。

 

「なあ、宗達はどう思う?」

「あん? まあ俺はねぇよ」

 

 少し離れた席でノートと何故か数十枚の紙幣を数えている如月宗達へ十代が声をかけると、宗達は視線をこちらに向けつつそう言葉を紡いだ。いつになく真剣にノートを睨んでいるが、何をしているのだろうか。

 

「そうか? 宗達ならあるだろ」

「ねぇよ。俺とカイザーは敵同士だ。大体、俺はカムルとしてカイザーの師匠を病院送りにしてんだぞ? 和解とかありえないっつーの」

 

 宗達は全員のためとはいえ敵側についていた事実がある。鮫島自身が何も言わないため誰も触れないが、そこには推し量れぬ部分があるのだろう。

 まあ、それは当人同士の問題だ。故に十代は先程から気になっていたことを問いかける。

 

「なあ、さっきから何してるんだ?」

「ん、これか? 賭けだよ賭け。卒業デュエルの相手が誰かって奴。神楽坂と組んで胴元やってんだが、お前らもやるか? 一口千円な」

「……何やってるッスか」

「暇なんだよ。ちなみに一番人気は三沢だな。妥当っちゃ妥当だけど」

 

 言いつつ、宗達は紙幣を束ねてノートを片付け始める。どうやら集計が終わったらしい。

 

「へぇ、そうなのか。何でだろ」

「〝ルーキーズ杯〟代表候補にもなったし、成績も座学なら学年トップだしな。妥当だろ。来年ブルーに上がるって噂もあるし。多分上がらねーんだろうけど」

「三沢くん、強いッスもんね」

「他には十代も挙がってるぞ。五番人気だな。正直オマエが俺は一番あると思ってるが」

「本当か?」

「ああ。他には俺に入れてる阿呆と、二年が三人、明日香、雪乃、吹雪さん、万丈目あたりかな。意外と票が固まってて面白いんだこれが」

 

 神楽坂の分も集計しないとわからんが、と宗達は付け加える。ふーん、と十代が頷くと、不意に校内放送が聞こえてきた。

 

『オシリスレッド一年、遊城十代、如月宗達。今すぐ職員室へ』

 

 呼び出しの放送。思わず宗達の方へ視線を向けると、彼が思い出したように言葉を紡ぐ。

 

「そういや桐生に呼ばれてたの忘れてたわ」

「おい!?」

 

 とりあえず、説教になりそうだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「東西対抗戦?」

 

 職員室へ行くと、桐生を中心に既に待っている者たちがいた。亮、吹雪、万丈目、三沢、明日香、雪乃の六人である。

 遅い、と美咲に怒られた後、聞かされたのはそんな話だった。そうや、と美咲は頷く。

 

「ウエスト校とここ、本校で対抗戦することになったんよ。人数は七人ずつ。場所はここでやる予定や」

「マジかよ!? IHの優勝校とやれるのか!?」

 

 十代が興奮気味に食いつく。今年度IH優勝校であるデュエルアカデミアウエスト校。そこと戦えるとなれば、心躍らない理由はない。

 

「だが、ここにいんの八人だぞ」

「どうするつもりかな、桐生先生?」

 

 宗達の言葉を繋ぐように何故かアロハシャツを着ている吹雪が言う。この人の服装に突っ込みを入れるのは野暮だ。

 

「いやどうするもこうするも、決めて欲しいから呼んだんやで? ウチも忙しいんやけど、他の先生も忙しいから決めるためにデュエルする時間もないし。オーナーの意向とはいえ、こっちも忙しくてなぁ」

 

 言われてみれば、職員室内は随分と慌ただしい。卒業と入学が近付いているこの時期、当然だろうと言えるが。

 しかし、それにしてもだ。

 

「丸投げかよ」

「職員会議で推薦は募ったんよ。で、八人に絞ったけどそれ以上はなぁ」

「……まあ、別にいいけど。で、どうだ? 一応聞くけど出たくない奴とかいんのか?」

 

 半分投げやりに問いかける。正直美咲も余裕はないらしく、言葉を紡ぐのもPCと向かい合いキーボードを叩きながらだ。新入生の入学、学年の締め、卒業生の進路――やるべきことはいくらでもある。そこにこんな大がかりな企画を持ち込まれたら、手を回す余裕はないだろう。

 

「俺は是非参加したい。卒業前に全国優勝を果たしたチームと戦えるまたとない機会だ」

「僕も興味があるねぇ。特に菅原くんは昔の馴染みだ」

「俺は当然参加するぞ、如月宗達」

「俺もだな。断る理由がない」

「私もね。今の自分の実力を確かめるいい機会だわ」

「私も、よ。やるからには勝つけれど……」

「十代は聞かなくていいな」

「何でだよ!? いや絶対参加するけどさ!」

 

 オチを付けたところで、宗達はなら、と言葉を紡いだ。

 

「それでいいんじゃねぇの? 俺が不参加で、七人出ろよ」

「え、いいのか?」

「良いも何も、それが一番だろ。出たい奴ばっかだし、俺はそこまで興味ねぇし」

 

 肩を竦める。すると、よー言うわ、と背後から美咲が言葉を紡いだ。

 

「侍大将、アレやろ? プロ契約あるから勝手に出れへんだけやん」

「……うるせぇな」

「まあ、好き勝手やり過ぎやな。ノース校との試合とか、報告してへんやろ?」

 

 その言葉に宗達は肩を竦める。宗達はアメリカのプロチームと契約を結んでいる身だ。当然、表舞台に立つ際にはその看板を背負うこととなる。本人は気にしていなかったのだが、最近少し色々あった。この夏休みは向こうのリーグ戦に参加しなければならなくなったぐらいには。

 

「まあ、つーわけで俺は不参加だ。問題あるか?」

「ん、問題なしや。今回はウチが招集したけど、本来この企画の責任者はクロノス先生やから誰かこの後伝えに行ってな。試合は丁度二週間後で、テレビ取材も入るしウエスト校の生徒もこっちに来るから、その辺覚悟しといてや」

 

 相変わらずこちらを見ずに言う美咲。どうでもいいが、キーボードを打つスピードがかなり速い。

 解散、と美咲が言うと、全員が職員室を出ようとする。その背に、思い出したように美咲が言った。

 

「わかってると思うけど、全国放送やからな?」

 

 アイドルの営業スマイルを浮かべ、プレッシャーをかけてくる教師。

 ……不参加で良かったと、少し思った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 フェリーの甲板から見えるアカデミア本島はどこか懐かしかった。当たり前だ。あの場所から去ってから、数か月の時間が過ぎたのだから。

 

「どうした、少年」

 

 近付いてくる本島をぼんやりと眺めていると、背後からそんな声がかけられた。振り返ると、澪が腕を組んでこちらを見ている。

 今日の彼女は珍しくウエスト校の制服だ。普段の彼女は授業であろうと大体スーツを着ている。その彼女が制服を着ているのは、彼女自身が参加者であるためだ。

 

「何か感じるかな、と思ったんですが。……思ったより、感じないんですね」

「現地に着けばまた変わるだろうさ。まあ、キミにもウエスト校の生徒としての自覚が出てきたということだろう」

 

 微笑む澪。彼女には何度も助けられた。IHの全国大会で出場した際も、彼女の言葉によってどうにか乗り越えられた経緯がある。

 

「だがまあ、キミも強くなった。一年筆頭、か」

「……まだまだですよ。僕なんて」

「控えとはいえ、IH優勝チームの一員だ。胸を張るといい」

 

 それに、と澪は言った。

 少し離れた場所で本島を見つめる者たちへと、どこか優しげな視線を送りながら。

 

「いざとなれば彼らを頼ればいい。頼れる先輩だよ、全員がな」

「勿論です。……本当に、尊敬できる先輩ですから」

 

 特に、今大会で結局無敗を通した二条紅里と菅原雄太の二人に対する信頼感は絶対だ。あの二人は間違いなくプロへ行く。

 遠い背中だ。だが今は味方である。これ以上頼りになる相手はいない。

 

「まあ、私は楽しみだよ。――私の相手は、果たして誰かな?」

 

 楽しげに、どこか濁った眼で言う澪の姿を見て。

 彼女の相手になる人物に、少し同情した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 大講義室。普段は学年丸ごとなどの大人数の授業で使われる教室に、16人のデュエリストが集まっていた。

 そのうちの2人は今回の実況と審判役だ。桐生美咲とクロノス・デ・メディチ。共にアカデミア本校の教師であり、今回の企画の責任者だ。

 

「それで~ワ、これより東西対抗戦を始めるノーネ。私は今回審判を務めるクロノス・デ・メディチ、アカデミア本校の技術指導最高責任者をしていまスーノ」

 

 技術指導最高責任者――その肩書きにほう、と尊敬の気配がウエスト校側から漏れた。アカデミア総本山における技術指導最高責任者。それは間違いなく強者の証だ。要は教員の中では〝最強〟の位置にいるということである。

 

「実況と司会を務めるのはウチ、桐生美咲です~。まあ、ウチのことはあんま気にせんと自分のデュエルをしてください」

 

 そう言って頭を下げたのは桐生美咲だ。その姿を見て、ウエスト校側から菅原雄太がボソリと呟く。

 

「……マジで美咲ちゃんが教師やっとんのか。羨ましいなぁ」

「……やっぱ生で見ると可愛いなー」

 

 ウエスト校側の三年生男子コンビ、菅原雄太と山崎壮士が小声でそんな言葉を交わす。それをゴホン、とクロノスが一つ咳をすることで黙らせると、それでは、と彼は言葉を紡ぐ。

 

「軽く自己紹介をするノーネ。まずは、本校側から」

 

 促され、最初に頷いたのは〝帝王〟――丸藤亮だ。彼は簡潔に言葉を紡ぐ。

 

「アカデミア本校三年、オベリスクブルー所属、丸藤亮だ」

「一年、オシリスレッド所属! 遊城十代だ!」

 

 次いで、隣の十代が声を上げた。それに続く形で順に自己紹介をしていく。

 

「同じく、オシリスレッド所属。万条目準だ」

「オベリスクブルー所属、天上院明日香です」

「同じくオベリスクブルー所属、藤原雪乃です」

「ラーイエロー所属、三沢大地です」

「オシリスレッド、天上院吹雪――〝ブリザードプリンス〟と呼んでくれ」

「……はぁ」

「いやなんやねんそれ」

 

 キラッ、と最後に白い歯を見せながらの吹雪の自己紹介に明日香がため息を吐き、菅原は動作も加えたツッコミを入れていた。おお、と十代が感心する。

 

「これが本場のツッコミか!」

「いや今のつっこまんのはアカンやろ」

「流石に初対面やからわいは自重したんやけど、まあ当然やな」

 

 菅原と山崎がうんうんと頷く。とりあえず、緊張感が決定的に欠けていた。

 

「じゃあ、こちらも~。アカデミアウエスト校三年、一番手。生徒代表もしています、二条紅里です~」

 

 のんびりとした口調でそう言うと、紅里がぺこりと頭を下げた。それに続き、ウエスト校側も自己紹介を始める。

 

「ウエスト校三年、二番手。菅原雄太や。IHでは全試合大将をやっとったよ」

「ウエスト校三年、三番手。山崎壮士。ま、よろしゅう」

「……ウエスト校二年、四番手。沢村幸平だ」

「ウエスト校二年、五番手。最上真奈美です」

「ウエスト校一年、六番手。夢神祇園」

「ウエスト校三年、末席。――烏丸〝祿王〟澪だ」

 

 微妙に弛緩していた空気が、最後の自己紹介によって一気に引き締まった。〝祿王〟の参戦は知らされていたが、それは所詮イベントの一環と思っていたのだ。だが、彼女は言外にそうではないと宣言した。

 自身が〝最強〟であるという証明であり称号である〝祿王〟という名。それを名乗るということは、彼女に一切の手抜きはないということ。

 ウエスト校の生徒たちにとっては当たり前のことではある。校内で澪がデュエルをすることはほとんどないが、彼女はどんなデュエルでも一切の容赦もなく相手を叩き潰す。それによって相手の心を折る結果となろうともだ。

 

「…………」

 

 本校の七人全員が澪へと視線を向ける。澪の表情はいつもと変わらない。僅かな微笑を浮かべ、超然とそこに在る。

 その態度は王者としての余裕だ。知らず、本校側に熱が篭る。

 

「それぞれ場所を指定したカードを引くノーネ。対戦相手が揃った時点でデュエル開始。――よろしいでスーノ?」

「移動開始は今から丁度三十分後。健闘を祈ります~」

 

 クロノスと美咲の言葉に、二人に視線を向けずにはい、と応じるデュエリストたち。その瞳は、これから戦うこの中の誰かに向けられている。

 そして一旦それぞれの学校毎の最終ミーティングに向かおうとするが、思い出したように菅原がそうや、と言葉を紡いだ。

 

「万丈目、って自分か?」

「……ああ」

 

 呼び止められ、万丈目が足を止める。他のメンバーも何事かと二人へと視線を向けた。

 

「いや、大したことやないんやけどな。紫水千里、知っとるな?」

「無論だ」

「この間のIH、ノース校とはベスト8でかち合った。俺は大将戦で紫水とやりあって勝ったんやけど、言うてたんや。――『今回は私の負けです。ですが、勘違いしないでください。ノース校の№1は、万丈目さんです』ってな。負け惜しみにも聞こえたけど……どうなんや?」

 

 あからさまな挑発の言葉に、万丈目が拳を握り締める。だが、菅原らしからぬ挑発の言葉にウエスト校のメンバーは首を傾げていた。

 だが、それに気付かない万丈目はいいだろう、とその拳を菅原に向ける。

 

「俺が証明してやる。IH優勝校の大将? その程度、この万丈目サンダーの足下にも及ばんとな!」

「ほー。ええやんけ。自分とやり合えるんを祈っとるわ」

 

 そう言うと、菅原は万丈目に背を向けた。万丈目もまた、部屋を出て行く。

 開戦まで、時間は少ない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ゆーちゃん、どうしたの~?」

 

 ウエスト校の控室。全員で場所指定のカードを確認してから、紅里が菅原へとそう言葉を紡いだ。菅原は、別に、と肩を竦める。

 

「ちょっと挑発しとこ思っただけや。姐さんもしてたし、俺もやっとこうかと。あいつら五人も一年おるんやで? もうちょい必死になってもらわな面白くあらへんわ」

「ふむ。私はそんなつもりはなかったが」

「いやよー言いますわ。思いっ切り〝祿王〟アピールしてましたやん。あれで連中目の色変えてたやないですか」

 

 澪の言葉に山崎がツッコミを入れる。ふむ、と澪は顎に手を当てた。

 

「私はいつも通りだったつもりだが」

「……烏丸先輩のいつも通りは、手加減なし容赦なしですからね……」

 

 どこか遠い目で言うのは最上だ。ぶっちゃけここのメンバーは全員激励と称して澪とデュエルをしており、IH前だというのに心折られる寸前の負け方をしている。

 まあ、実際に折れていないからこその全国制覇メンバーなのだが。

 

「……時間もないですし、最終確認をした方がいいのでは?」

 

 声を発したのは二年生の沢村だ。最上と違い、彼は基本的に無口で少し離れた場所にいることが多い。その彼は祇園へと視線を向けると、それ以上は口を閉ざした。そうやな、と頷いたのは菅原や。

 

「夢神、最終確認や。今回の相手の簡単な特徴頼むわ」

「はい。――まず、丸藤先輩ですがデッキは『サイバー』です。ご存じと思いますが『パワー・ボンド』が強力で、油断すれば一撃で持っていかれます」

「ジュニアでも地獄見たわ何度も。実際アレ、止める手段がなぁ。しかもアレやろ? 最近は妨害系も使うようになっとるんやろ?」

「はい。正直、勝てるかというと……」

 

 祇園は言葉を濁す。〝帝王〟というのはそれだけ強大な力を持つデュエリストだ。あのメンバーだと、祇園にとっては一番勝てるビジョンが浮かばない相手である。

 

「一番厄介なとこやな。だからこそ勝ちたいけども」

「まあそこは有名どこやし。次は?」

「天上院吹雪さんですが、デッキは『真紅眼』ですね。基本的にレッドアイズを中心としたドラゴン族のビートダウンなんですが、『黒炎弾』が飛んできたりしていきなりLPを削り切られることもあります」

「ああ、JOINか」

「ん~、一番情報が少ないんだよね~」

 

 基本的に喋っているのは祇園以外は三年生の三人だけだ。最上は真面目に頷きつつ話を聞き、沢村は離れた場所で真剣に耳を傾けている。

 

「次は遊城十代くんです。デッキは『HERO』。スタイルについては……」

「いやアレ反則やろ最早。存在が。なんやねんあのチートドロー。なあ山崎?」

「〝ルーキーズ杯〟もその後の交流会も無茶苦茶やったなあの一年坊。とりあえず中途半端に追い詰めるとどえらいことになるってのはよーわかった」

「正直、一番何が起こるかわからない相手です」

「面倒やな……」

「まあ対策はあるっちゃある。夢神が実際に〝ルーキーズ杯〟で勝っとったし、やれん相手やない」

「じゃあ、次だね~」

「ええと、万丈目準くん……所属こそオシリスレッドですけど、ノース校でトップに立っていたほどの人です。デッキは混合型で、思いも依らないところから戦況を覆してきます。オジャマ、アームドドラゴン、XYZ――あのデッキを回せるだけで、正直僕は信じられません」

「何度聞いても頭おかしいデッキやな……。それごった煮で回しとるんやろ?」

「どんな一年やねん」

 

 冷静なツッコミが入るが、事実だから仕方ない。正直祇園もあのデッキが回る理由だけはわからないのだ。

 

「まあそいつについてはその場その場での対応しかあらへんな。じゃあ、次」

「三沢大地くん――座学では学年主席、デュエルでも一年生上位五指に入る実力者です。デッキは正直読めませんが、知識量ではアカデミア本校でも最上位にあると思います」

「一番堅実とは聞いとるな。二条、確か〝ルーキーズ杯〟の後デュエルしとらんかったか?」

「あの短い間で完全じゃないけど私のメタデッキを組んでたよ~」

「ふーん。わいと同じタイプか」

 

 山崎が頷く。阿呆、と菅原が言葉を紡いだ。

 

「自分とは全くちゃうやろ。まあ、ある意味ではやりやすい相手や。遊城みたいなわけわからん動きかましてくる奴よりは遥かにな」

「堅実な相手には堅実な戦法が一番ですからね」

 

 頷くのは最上だ。祇園は次は、と言葉を続ける。

 

「天上院明日香さん……吹雪さんの妹で、使うデッキは『BF』ですね。メインアタッカーはシンクロモンスターがメインで、ある意味僕と近い戦い方です。ただ、伏せカードがあっても踏み込んでくる人なので、これは他の人も同じなんですがブラフはあまり意味がないと思います」

「イケイケなん多いよなアカデミア本校。〝帝王〟然り〝プリンス〟然り〝ミラクルドロー〟然り」

「ただまあ、それをこの場でも全員ができるかっつーと微妙やけどな。菅原が挙げた三人はともかく」

「そうだね~。これは個人戦じゃなくて、団体戦。少しの警戒心が、出足を鈍らせちゃうから~……」

「はい。そして最後に、藤原雪乃さん。使うデッキは『リチュア』の儀式デッキです。儀式とは思えないくらいの展開力もそうなんですが、何よりあの人は動じません」

「確か〝侍大将〟の恋人やろ」

「マジで!? あんな可愛いのにあんなん彼氏にしとんの!?」

「ゆーちゃん食いつくところおかしいよ~」

 

 紅里に言われ、口を閉ざす菅原。まあ、と山崎が肩を竦めた。

 

「リチュアは情報少な過ぎて対策難し過ぎる。わいが相手んなったら完封する自信あるけどな」

「まあ、これは最終確認やしな。とりあえずこんなもんやろ。……二条、締め頼むわ。時間やし」

 

 時計を示しつつ、そう言ったのは菅原だ。紅里は頷くと、こほん、と一つ咳をする。

 ――そして。

 

「――私たちは、今年度IHの王者です。この試合には、私たちが倒し、踏み躙ってきた全ての学校の名誉が懸かっています」

 

 その声色は真剣そのものであり、遊びはない。

 そう、彼らの双肩には全国5000の高校全ての誇りが懸かっている。名も知らず、彼らが歯牙にすらかけなかった幾多の学校。彼らは知らぬままにその上位に立っているのだから。

 全国の頂点。それは、容易く譲り渡していい称号ではない。

 

「この戦いを、私たちの仲間も、ライバルも、後輩たちも、先達たちも見ています。私たちは、その全てを背負う責任があり、誇りがある」

 

 日本一であるという事実。 

〝最強〟であるという誇り。

 その全てを懸ける覚悟を決めて、この場に彼らは立っている。

 

「でも、それぐらい背負えるよね~?」

 

 先程までとは打って変わった、優しい笑顔。そこに気負いはない。

 それは確認の言葉だ。この場にいる者たちに対する信頼の言葉でもある。

 

「じゃあ、れっつご~♪」

 

 IH全国大会決勝戦。

 その大一番でも、彼女は同じように笑っていた。

 

「よっしゃ、一年坊共を黙らせに行くか」

「世界を教えてやらんとな」

「勝てばいいだけだ」

「頑張りましょう!」

「はい。行きましょう」

「ふむ。楽しめるといいのだが」

 

 だから、彼らもいつも通りでいられる。

 日本一とは、斯くも強大で……力強い。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 アカデミア本校側控室。こちら側でも同じように最終確認が行われていた。とはいえ相手は全国制覇メンバー。情報なら十分揃っている。デッキタイプも戦術も、全員の頭に叩き込まれていた。

 だが、それで勝てるほど甘い相手では決してない。何故なら、彼らと全国で――あるいは予選で戦った数多の学校もまた、同じように情報を揃えていたはずなのだから。

 

「ウエスト校のメンバーに穴はない。誰も彼も自身よりも格上だと思って当たるべきだ」

 

 まとめ役である亮がそう言葉を紡いだ。全員の基本戦術について最終確認を行った上での発言である。アカデミア本校の頂点に立つ彼の台詞には自然と重みが乗り、全員が頷きを返す。

 

「そうだねぇ……特に、二条さんと菅原くんの二人は要注意かな? 二人共、結局IHの団体戦では無敗だ」

「特に二条さんは個人戦総合優勝――文字通りの〝最強の高校生〟よ」

 

 吹雪の言葉に頷きを重ね、明日香が言う。二条紅里と菅原雄太。この二人は間違いなく、今年度のIHにおいて圧倒的な存在だった。無論他のメンバーも実力者ばかりだが、この二人は別格だ。

 

「山崎さんも強いぜ。一回デュエルしただけで俺のデッキに対するメタカードとか弱点とか分析して、アドバイスくれたし」

「沢村幸平も大概だな。完全にこちらを制圧してくる」

「最上さんも強いぞ。シンプルだがそのせいで対策が取り辛い。持久戦になれば確実にやられる」

「ボウヤもかなりのモノよ。全国大会に現れた伏兵。次世代のスター候補と呼ばれるくらいにはね」

 

 この場の全員に油断はない。言葉の全ては確認だ。

 相手は全国、その頂点に立った集団だ。戦える――戦いたいという意識では失礼だ。勝つ。勝利する。この場の全員が、その意志を共有する。

 

「そして、〝祿王〟」

 

 亮が呟いたその一言に、全員が一度言葉を止めた。

 彼女と戦える――その事実にほとんどのデュエリストはただ喜ぶだけだろう。だが、違う。彼女はそれを否定した。

 全力で潰すと。こちらを――自分たちを一人のデュエリストとした上で、〝祿王〟を名乗ったのだ。

 

「イベントと、この対抗戦はそう称された。だが、違う。これは最早そんな試合ではない。

 彼らの目を見たか? アレは覚悟を秘めた目だった。全国五千の頂点に立ったウエスト校。だからこそ、彼らはその全ての誇りを背負っている。俺は純粋にその事実を尊敬し、故にこそ最大の敬意と共に全力で戦うつもりだ。そこに恥も外聞もない。どのようなデュエルになろうと、どのように思われようと。それが俺にできる最大のリスペクトだ」

 

 最早、これは祭ではない。イベントでもない。

 対外的にはそうであっても、これは己の誇りを懸けた戦いなのだ。

 

「――開始だ。行こう」

 

 全員の表情が引き締まったのを確認し、亮が告げる。

 遊びの気配などどこにもない。そんな意識では、立ち向かうことさえ許されない。

 

 東西対抗戦、開始。

 









というわけで、息抜きのようで息抜きではないガチバトル対抗戦。
ある意味祇園くんにとっては凱旋になるのだろうか……。

この試合を書いた後、二つほど日常回を書いて二期へ突入予定です。



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間章 東西対抗戦 中編

 

 

 

 

 

 大歓声が島中から聞こえてくる。アカデミア本校及びウエスト校の生徒たちや、このイベントを聞きつけてやってきた島外の者たち。これより始まる戦いに、誰もが胸を躍らせる。

 

「というわけで始まります、東西対抗戦! 夏らしく浴衣に着替えて、ウチも準備バッチシです☆」

 

 浴衣に着替えた桐生美咲が全てのデュエルを映す画面を背にマイクを持ってそう言葉を紡ぐ。野太い声援が響き渡り、美咲がウインクをすると更なる歓声が響き渡った。

 

「ではでは、偶然見つけたゲスト! 今期ドラフト最注目! 晴嵐大学主将、新井智紀さんです!」

「どうもー」

 

 美咲の紹介と共に壇上に上がるのは現アマチュア№1を謳われるデュエリスト、新井智紀だ。流石に人前に立つのには慣れているためか、緊張した様子はない。

 

「偶然見つけたから壇上に上げましたけど、今日はどうして来たんですか?」

「まあ両方に知り合いいっぱいいるし、誘われたし、暇だったしで特に大層な理由は。あ、サインどうも」

「いえいえ~」

 

 美咲のサインを取り出しながら言う新井に、美咲が微笑みながら首を振る。周囲からいいなー、という声が漏れた。

 

「……フッ」

 

 対し、ドヤ顔でそれを見せつける新井。ブーイングが巻き起こった。

 

「とりあえず、始まる前にぶっちゃけてしまいましょか。アマチュア№1の目から見て、本校とウエスト校どっちに分がある思います?」

「5-2でウエスト校。組み合わせ次第ッスけど」

 

 肩を竦め、きっぱりと言い切る新井。ありゃ、と美咲が首を傾げた。

 

「随分自信ありげに言い切らはりますねー?」

「地力が違うでしょう。本校の連中も面白いのが多いが、経験の差は大きいッスよ」

「ふむふむ。では逆に、2勝はどこが勝つと読みましたか?」

「〝帝王〟と〝プリンス〟、あとはワンチャンで十代ッスかねぇ。本校のメンバーが容易く負けるとも思えませんけど、それ以上にウエスト校側が負ける姿が想像しにくいですよ」

「ふむふむ、なるほど~。――おおっと、早速一組目ができたようです!」

 

 頷く美咲がモニターに映る一組を指し示す。同時、同じ大きさで六分割されて映し出されていた画面の一つが大きくなった。

 そこに映る二人は――

 

「――いいね、事実上の最強決定戦か」

「アカデミア本校全校生徒筆頭、丸藤亮選手とIH個人戦総合優勝及び団体戦MVP、二条紅里選手」

「……正直、どっちを有利に見ます?」

「……五分、かなぁ。一手打ち間違えた方が負ける気がする」

 

 真剣な表情で言う美咲。その表情は〝アイドル〟のものではなく、〝プロデュエリスト〟のものだ。

 

「ま、ええでしょ。徐々に組み合わせが決まっていっとるみたいやけど……はてさて、どうなるやら」

「まあ間違いなくまともに終わらないッスねー」

 

 のんびりと言った新井の言葉は、この場の全員が感じていることだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 灯台。かつて亮が行方不明となっていた吹雪を探していた際、明日香との情報交換で利用していた場所だ。

 潮風が体を撫でる。その風と共に現れた人物に、亮は笑みを浮かべた。

 ウエスト校の生徒はその全員が強者だ。故に誰とデュエルすることになろうとも文句はなかった。だが、敢えて戦いたい相手を挙げるとするならば一人だけ決まっていたのだ。

 

「今日はよろしくお願いします~」

 

 ぺこりと頭を下げるのは、〝最強の高校生〟と名高きデュエリスト――二条紅里。

 IHにおける彼女のデュエルを見て、亮は何度も思った。

 

 ――戦いたい。

 そして勝ちたい、と。

 

「ああ。よろしく頼む」

 

 必要以上の言葉はいらない。語るのは、デュエルでだ。

 

「「決闘!!」」

 

 一応、他のエリアの状況もモニターで見ることはできる。だが、二人はそちらには一瞥さえくれない。

 気にならないわけではない。ただ、他へと意識を向ける余裕がないだけだ。共にこの相手は最大警戒の上で相対するしかないと理解しているが故に。

 

「先行は私です~。――ドロー」

 

 カードを引く紅里。そして、彼女は笑みを浮かべた。

 

「スポーアを召喚し、永続魔法『超栄養太陽』を発動~。自分フィールド上に植物族モンスターを生贄に捧げ、そのモンスターのレベルプラス3以下の植物族モンスターを一体、特殊召喚します~。――『ローンファイア・ブロッサム』を特殊召喚!」

 

 スポーア☆1風・チューナーATK/DEF400/800

 ローンファイア・ブロッサム☆3炎ATK/DEF500/1400

 

 モンスターを生贄に捧げ、現れるのは植物族のキーカード。来るか、と亮が呟くと同時、怒涛の展開が始まる。

 

「ローンファイア・ブロッサムの効果発動~! 一ターンに一度、植物族モンスターを生贄に捧げ、デッキから植物族モンスターを特殊召喚! ローンファイア・ブロッサムを連続で特殊召喚し、最後に『ギガプラント』を特殊召喚!」

 

 ギガプラント☆6地ATK/DEF2400/1200

 

 現れるのは、植物族において要となるモンスター。紅里の戦術は止まらない。

 

「装備魔法『スーペルヴィス』発動! デュアルモンスターにのみ装備でき、装備モンスターをデュアル状態にします~! ギガプラントに装備し、効果発動! 墓地からスポーアを蘇生!――レベル6、ギガプラントにレベル1、スポーアをチューニング! シンクロ召喚! 『パワー・ツール・ドラゴン』!」

 

 パワー・ツール・ドラゴン☆7地ATK/DEF2300/2500

 

 機械仕掛けの竜が現れる。効果発動、と紅里は宣言した。

 

「スーペルヴィスは墓地に送られた時、通常モンスターを一体蘇生できます。通常モンスター扱いとなっているギガプラントを蘇生。そしてパワー・ツールの効果発動。一ターンに一度、デッキから装備魔法を三枚選択し、ランダムに一枚手札に加えます。……『スーペルヴィス』を二枚、『薔薇の刻印』を一枚です」

「……一番右のカードだ」

「――選択されたカードは『スーペルヴィス』。ギガプラントに装備し、効果発動――」

 

 そして、二体目の竜が降臨する。

 

 パワー・ツール・ドラゴン☆7地ATK/DEF2300/2500

 

 並び立つ二体のモンスター。効果発動、と紅里は宣言した。

 

「デッキから『スーペルヴィス』を一枚、『薔薇の刻印』を二枚選択します」

「真ん中のカードだ」

「選択されたのは『スーペルヴィス』です」

 

 並ぶのは、機械仕掛けの竜が三体。

 少女の背に、その三体が並び立つ。

 

 パワー・ツール・ドラゴン☆7地ATK/DEF2300/2500

 パワー・ツール・ドラゴン☆7地ATK/DEF2300/2500

 パワー・ツール・ドラゴン☆7地ATK/DEF2300/2500

 

 圧倒的な展開力。レベル7の大型モンスターがこうも容易く並ぶ姿は、ある意味壮観だ。

 

「……見事な展開だ」

「ありがとうございます~。でも、『サイバー流』なら簡単に突破できますよね~?」

 

 にこにこと笑顔を浮かべながら言う紅里。そう、その通りだ。『キメラティック・フォートレスドラゴン』――サイバー流の『サイバー・ドラゴン』と相手を含めた機械族モンスターの融合で生まれるモンスターだ。サイバー流にはこのモンスター存在するが故に、機械族における最強を謳われる。

 

「だとしたら、どうする?」

「こうします。――永続魔法『禁止令』。指定するのは『サイバー・ドラゴン』です」

「――――」

 

 あまりにも効果的で、絶対的な宣言。

 禁止令――宣言したカードのプレイを封殺する永続魔法だ。これにより、亮は『サイバー・ドラゴン』の召喚、特殊召喚、攻撃、表示形式の変更が不可能となった。

 

「……勝つために、私たちはありとあらゆる努力をしました。卑怯だと、思いますか?」

 

 紅里の問いかけ。かつてのサイバー流なら間違いなく糾弾していただろう。だが、今は違う。

 これも一つのリスペクトだ。使われては敗北とはいかずとも苦戦は間違いない。故に封じる。ただそれだけの戦術。

 同時、それほどまでにこちらを警戒してくれているということでもある。

 

「いいや。微塵も思わない」

 

 その事実を喜びこそすれ、憤る理由などどこにもない。

 

「それだけこちらを警戒してくれているということだろう? 少なくとも、このデュエルが終わるまでキミが〝最強の高校生〟だ。そのキミから最大の警戒をされている事実を光栄に思いこそすれ、卑怯だと謗る理由は存在しない」

 

 その言葉に、紅里は一度目を瞬かせた。そして、笑みを浮かべる。

 

「……やっぱり、あなたとデュエルできて良かったです。パワー・ツールの効果発動。『薔薇の刻印』を二枚と、『団結の力』を一枚選択」

「真ん中のカードだ」

「装備魔法、『団結の力』を装備します。カードを一枚伏せて、ターンエンドです」

 

 パワー・ツール・ドラゴン☆7地ATK/DEF2300/2500→4700/4900

 

 攻撃力が4700にまで上昇する。最早普通のモンスターでは突破は不可能だ。

 だが、ここにいるのは〝帝王〟。突破の手段ぐらい、山と用意できる。

 

「俺のターン、ドロー! 今度は俺の全力を見せる番だ。――魔法カード『パワー・ボンド』発動! 手札の『サイバー・ドラゴン』二体を融合し、『キメラティック・ランページ・ドラゴン』を融合召喚する! 禁止令は融合素材にすることまで干渉しない!」

 

 紡がれたのは、二頭の頭を持つ機械の竜とは違うモンスター。

 文字通り、キメラの如き姿をした機械竜。

 

 キメラティック・ランページ・ドラゴン☆5闇ATK/DEF2100/1600→4200/1600

 

「ランページ・ドラゴンは融合召喚時、素材にしたモンスターの数だけ相手の魔法・罠を破壊できる! 禁止令と団結の力を破壊だ!」

「――――ッ」

「更に一ターンに一度、デッキから光属性・機械族モンスターを二体まで墓地に送り、その分だけ追加攻撃が可能となる! 俺は『サイバー・ドラゴン・コア』と『サイバー・ドラゴン・ツヴァイ』を墓地へ送り、バトルだ! 三連打ァ!!」

 

 通ればそれだけでLPを持っていかれる一撃。だが――

 

「罠カード、発動! 『聖なるバリア―ミラーフォース―』!」

 

 発動される聖なる盾。しかし、〝帝王〟にとっては想定内だ。

 

「甘い! 速攻魔法『禁じられた聖槍』!! 攻撃力を800ポイントダウンさせる代わりにランページ・ドラゴンはこのターン魔法・罠の効果を受けない!」

 

 キメラティック・ランページ・ドラゴン☆5闇ATK/DEF4200→3400/1600

 

 聖なる槍の力により、己の身を削りつつも進撃を続ける混合の機械竜。亮はその手を突き出し、宣言を続ける。

 

「バトルは続行だ! 三連打ァ!」

「――――ッ!」

 

 伏せカードのないこの状況でその進撃を防ぐ術は紅里にはない。

 轟音と共に三体の竜が消し飛ばされる。亮は俺は、と言葉を続けた。

 

「カードを一枚伏せ、ターンエンドだ。――エンドフェイズ、パワー・ボンドの代償としてランページ・ドラゴンの元々の攻撃力分、即ち2100ポイントのダメージを受ける」

 

 紅里LP4000→700

 亮LP4000→1900

 

 互いのLPにダメージが入ったこのターンの攻防。それを受け、紅里が怪訝そうな表情を浮かべた。

 

「……ダメージ軽減はしないんですね~?」

「この程度は必要経費だ。キミを相手に、無傷でダメージを通せるとは思っていない」

「成程~。私のターン、ドロー!」

 

 笑みを浮かべたままの紅里。彼女はデュエルをする時、余程のことが無ければその表情を崩すことはない。IHにおいても彼女が笑みを消した場面は数えるほどだ。

 その紅里の笑みが一瞬、曇った。来るか――そう亮が思うと同時、紅里が静かに告げる。

 

「……あまり使う気はなかったけど、仕方ないかな~。――魔法カード『死者蘇生』発動! パワー・ツール・ドラゴンを蘇生し、効果発動! 『継承の印』二枚と『薔薇の刻印』二枚を選択です~!」

「……右のカードだ」

 

 ぐっ、と唸りつつ亮は宣言する。三枚共に厄介なカードだ。そして紅里が加えたのは――

 

「装備魔法『継承の印』です! 墓地に同名モンスターが三体いる時のみ発動でき、その同名モンスターの内の一体を特殊召喚します! 先程のターンで三体揃えていた『ローンファイア・ブロッサム』を蘇生し、効果発動! チューナーモンスター『コピー・プラント』を特殊召喚!」

 

 パワー・ツール・ドラゴン☆7地ATK/DEF2300/2500

 コピー・プラント☆1風ATK/DEF0/0

 

 手札一枚から、この展開力。一瞬でここまで持ってくるとは。

 だが、亮の場にいるのは攻撃力4200の大型モンスターである。レベル8のシンクロモンスターが出ようと、容易く超えられるような壁ではないはずだが――

 

「使うかどうか、迷っていましたけど……でも、負けたくないですから。レベル7、パワー・ツール・ドラゴンにレベル1、コピー・プラントをチューニング。――進化して、パワー・ツール! シンクロ召喚、『ライフ・ストリーム・ドラゴン』!!」

 

 パワー・ツール・ドラゴンを包んでいた装甲が崩れ去り、中から一体の竜が現れる。

 

 ライフ・ストリーム・ドラゴン☆8・チューナー地ATK/DEF2900/2400

 

 生命力に満ち溢れた姿を晒す竜。同じウエスト校の生徒たちでさえ知らない存在であるのか、会場では大歓声と共に困惑の声が広がっている。

 その姿を眺め、ほう、と亮が言葉を漏らした。

 

「だが、そのモンスターでは俺のランページ・ドラゴンは倒せないぞ」

「はい。ですから守備表示です~。そして、同時に効果発動。――ライフ・ストリーム・ドラゴンのシンクロ召喚成功時、私は自身のLPを4000ポイントにできる!」

「何だと!?」

 

 紅里LP700→4000

 

 一気に初期LPにまで回復する紅里のLP。紅里は残る一枚をディスクに差し込むと、ターンエンド、と宣言した。

 

「まだまだ、これからですよ~」

「ああ、そのようだ」

 

 削り取ったLPを一瞬でなかったことにされた。その事実に内心驚愕しつつも、亮は自身の口元が緩むのを抑えられない。

 楽しい。本当に楽しい。

 そうだ、これがデュエルだ。未知の強大な相手と全力で戦い、共に最大限の敬意を持って最大戦力で向かい合う。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 いつもより熱のこもった〝帝王〟の宣言に、観客たちが更にヒートアップする。

 文字通りの頂上決戦は、容易く終わりそうにない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「というわけで続いてのゲストはアカデミア本校一年、オシリスレッド所属。フロリダ・ブロッケンス1A所属の如月宗達くんです~」

「はいどーも」

 

 壇上に招かれた人物は椅子に座りながら気怠そうに挨拶した。先程新井が壇上に上がった時よりも明らかに拍手の数が少ないが、本人が気にした様子は欠片もない。

 

「で、〝侍大将〟は今のデュエルどう思うん?」

「異次元だろ。どっちもかっとび過ぎて笑えん」

「ほな、自分は学校単位ならどっちが勝つ思う?」

「……ウエスト校だろうなぁ、正直。カイザーと吹雪さん辺りはともかく、他は経験値が足りねぇだろ。大体、今年のウエスト校は歴代最強なんて言われてるし」

 

 元々ウエスト校はDMに特化しているわけではないということもあって他の二校の後塵に配することも多かったのだが、理由はもう一つある。それは代表の選出方法だ。

 他の二校が単純な実力順で選ばれるのに対し、ウエスト校は三年生を二人、二年生を二人、一年生を一人、そして先の選出者以外での最上位の者を選出するという特殊な方法を取っている。これは学校の方針であり、変更されたことはない。

 故に下級生、特に一年生が穴となることが多く、苦戦を強いられることが多かったのだ。

 だが、今年は事情が違った。

 

「夢神祇園――いつもなら穴になるはずのその存在は、穴でも何でもなかった」

「全員が他校なら文句なしのエースを張れるであろう実力者集団やしなぁ」

「嬉しそうだな」

「そら、一応元生徒やし。知らん仲でもないしなぁ」

 

 宗達の言葉に対し、肩を竦めてそう返す美咲。ふーん、と宗達は興味なさげに肩を竦めた。

 

「ま、他も大概だしな。特に菅原雄太だ。二条紅里の陰に隠れてるが、アレ大概だろ」

「実は全国個人ベスト8は二条さんに負けたからやしな」

「何が恐ろしいって、二条紅里がIH無敗なのはよく言われてるが菅原雄太も他校の人間には一度も負けなかったってことだろ。あの二人は規格外すぎる」

「ライトロードの切り札、『裁きの龍』のリセット能力は割と理不尽やからな」

「全て壊すんだ」

「さてさて、デュエルも白熱してきました! 勝者は誰か、注目です!」

「おい無視すんな」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 鬱蒼と茂る森の中を、二人のウエスト校の生徒が歩いている。菅原雄太と夢神祇園だ。二人は同じ場所をしているカードを引いたため、こうして森の中を歩いている。

 

「あっつー。もうちょい薄着の方がよかったかもしれへんなぁ」

「確かに暑いですね」

「汗一つ掻いとらんくせによーいうわ」

 

 先輩後輩としての会話をしつつ二人は歩いていく。菅原も口で言っているだけで不機嫌さはなく、これは彼なりのこれからの戦いに向けて精神を落ち着けるための行動だ。

 

「二人で同じ場所ということはタッグデュエルの方がいいのでしょうか?」

「んー、それクロノス先生に聞いたらどっちでもええ言うてたで。まあIHの団体戦はタッグもあるし、それでもええとは思うけど……問題は俺と自分で組んだことがないって点やな」

「菅原先輩と二条先輩は大将と先鋒で固定でしたもんね」

「なんよなぁ。ま、相手次第で考えよか。――っと」

 

 何かに気付いたように、菅原が足を止める。視線の先。そこには二人の兄妹が待っていた。

 

「――アカデミアウエスト校三年、二番手。菅原雄太」

 

 視線が重なると同時、菅原が口を開く。応じるように、手に持ったギターを鳴らしながら〝プリンス〟と呼ばれる人物が言葉を紡いだ。

 

「〝ブリザード・プリンス〟、天上院吹雪だよ」

「いやそのギターなんやねん」

「いやぁ、最近はまっていてねぇ」

「ああ、さよか。相変わらずよーわからん奴やな」

「そういうキミは変わらないねぇ、菅原くん。挑発が下手なところか特に」

 

 楽しげに笑う吹雪。ふん、と菅原が鼻を鳴らした。

 

「やかましい、俺かてそれなりに色々あったんや。……つーか、見たで。相変わらず女子に囲まれてるみたいやんけ」

「いやぁ、それほどでも」

「くっ、この余裕が腹立つ……!」

 

 ぐぬぬ、と歯軋りしながら言う菅原。兄さん、と隣で呆れた表情を浮かべていた明日香が言葉を紡いだ。

 

「懐かしいのもわかるけど、その辺にしておいた方がいいわ」

「そうは言うけどね、アスリン。僕にとって菅原くんは旧知の中だ。この後に個人的にデュエルを挑もうとも思っていたけど、こういうことなら丁度いい」

「……ま、俺もあんたとやり合えるんやったら文句あらへんわ」

 

 そう言ってデュエルディスクを構える菅原。あの、と祇園が声を上げた。

 

「それじゃあ、シングル戦二つという形でいいんでしょうか?」

「悪いけどそうなるわ。すまんな夢神」

「うん。アスリンとの兄妹タッグも考えていたけど、キミが相手ならこの形の方がいい。確か、ジュニア時代は17勝12敗で僕の勝ち越しだったよね?」

「15勝14敗や! 二勝分勝手に書き換えるんやない!」

「おお、しっかり覚えていてくれたんだね。嬉しいよ」

「胡散臭い笑顔やな」

「昔からです」

 

 アカデミアの女生徒ならば間違いなく黄色い声援を上げる吹雪の笑顔だが、菅原と明日香には一切通じない。祇園も苦笑しているだけだ。

 

「まあええ。――やろか」

 

 一度深呼吸をし、そう告げる菅原。

 ――瞬間、空気が変わる。

 先程までの緩んだ空気は消え、菅原が纏う空気はまさしく戦士のそれとなった。IH団体戦優勝校大将。その重圧を背負い続けてきた男は、その実績に違わぬ気配をその身に纏う。

 

「いいね。今のキミが相手なら、僕の目的も果たせそうだ」

 

 対し、吹雪も笑みを浮かべる。それはいつもの爽やかな女子に向けられる笑顔ではなく、獰猛な決闘者としてのそれだった。

 そして二人が向かい合う隣で、夢神祇園と天上院明日香もまた、向かい合う。

 

「それじゃあ、私たちも始めましょう」

「よろしくお願いします」

 

 礼儀正しく頭を下げる祇園。そんな彼の姿に、明日香は少し違和感を覚えた。

 彼の実力に嘘はないことはとうに知っている。IHにおいてはタッグ、シングル共に十二分な活躍を見せていた。一部では毎年穴となってしまう一年生枠の彼が十二分な力を発揮したからこそウエスト校の優勝は成ったとまで言われているくらいだ。

 油断はできない。だが、それとは別。根本的な部分で、どこか以前の彼とは――

 

「「「「決闘!!」」」」

 

 森の中、四人の決闘が始まる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 アカデミア本校職員室。多くの教員は別の場所で生徒の誘導や監視など、今回のイベントについての雑務をこなしているため、職員室にはほとんど教師はいない。

 その職員室に一人の客人が訪れていた。神崎アヤメ。アカデミア本校の卒業生であり、東京アロウズのレギュラーでもあるプロデュエリストだ。その彼女の対面に座るのは、かつての彼女を教えていた響緑である。

 

「今日はスカウト?」

「個人的な趣味と仕事、両方です」

 

 出された茶を啜りつつ、緑の言葉にそう応じる。テレビではすでにほとんどのデュエルが開始されており、ここからそれなりに離れているはずのドームからの歓声がこちらまで響いていた。

 

「それで、あなたはどう思う?」

「順当に考えれば、6-1でウエスト校でしょう。もっとも、完封さえあり得る組み合わせとなりましたが」

 

 緑の問いかけにきっぱりと言い切るアヤメ。言われた緑も、そうね、と納得の表情を浮かべた。

 

「皆強いけど、流石に少し苦しいわ」

「はい。天上院吹雪――彼の実力が私には未知数ですが、聞けばブランクがあるとのこと。流石に辛いでしょう」

「成程ね……」

「ですが」

 

 湯呑を置き、アヤメは微笑を浮かべた。

 

「期待を込めて、4-3に私は賭けましょう」

「本校側が三勝もする、ってこと?」

「いいえ。本校側が四勝です」

 

 画面を見つめ、楽しげに言うアヤメ。そして、彼女は楽しそうに笑った。

 

「分の悪い賭けが好きなんですよ、私は」

「……知ってるわ。そのせいでオシリスレッドに落ちそうになったんだものね」

 

 緑の言葉に笑みを返し、アヤメはモニターを見る。

 そこでは、彼女が期待するデュエリストが本校の女生徒とデュエルを始めたところだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 火山フィールド。山の中腹に用意した場所に十代が辿り着くと、すでにウエスト校の生徒が待っていた。

 山崎壮士。以前、〝ルーキーズ杯〟の後の交流会でデュエルし、アドバイスをくれた相手だ。

 

「お、山崎さん!」

「……なんや、お前か。ふむ、お前が相手やったらやり易いか」

 

 言うと、デュエルディスクを構える山崎。へへっ、と十代も笑みを浮かべた。

 

「あの時みたいに勝たせてもらうぜ!」

「あの時?……ああ、あれか。もしかしてやけど自分、勘違いしとらへんか?」

 

 先行のカードドローをしつつ、山崎は言う。

 

「アレは偵察用のデッキや。俺の戦い方は、別にある。――手札より『忍者マスターHANZO』を召喚、効果発動。召喚成功時、デッキから『忍法』を一枚手札に加える。『忍法変化の術』を手札に加え、俺はカードを三枚伏せてターンエンドだ」

 

 忍者マスターHANZO☆4闇ATK/DEF1800/1000

 

 現れたのは忍者だ。おお、と十代が目を輝かせる。

 

「格好良いな! 山崎さんのデッキって忍者なのか!?」

「まあ、一番好きなデッキではあるけど。忍者、って言っていいかどうかは微妙なとこやな」

「そうなのか? まあいいや、ドロー!」

「その瞬間、永続罠『忍法変化の術』を発動。自分フィールド上の忍者を生贄に捧げ、レベルプラス3以下の鳥獣、昆虫、獣を特殊召喚する。――『ダーク・シムルグ』を特殊召喚」

 

 ダーク・シムルグ☆7闇ATK/DEF2700/1000

 

 現れたのは、漆黒の怪鳥。その雄叫びが、十代の鼓膜を揺らす。

 

「おお、いきなり凄いのが出て来たな!」

「その余裕も、ここまでや。――永続罠『魔封じの芳香』」

「えっ――」

 

 ダムルグの瞳が怪しく輝き、周囲に漆黒の羽が舞う。同時、怪しげな煙が周囲を包んだ。

 

「ダムルグは相手のカードのセットを封じる。魔封じの咆哮は、魔法カードの発動をセットしてからしか行えなくする」

「それって、まさか」

「お前は魔法・罠の発動を封じられたんや。……悪いけど、お前のドロー運は何度も視させてもらったわ。正直、その豪運とやり合ってまともに立ち回れるほどわいは強くあらへん。二条やら菅原ならどうにかするんやろうけど、わいには無理や」

 

 だから、と山崎は言った。

 どこか、悲壮感さえ漂わせながら。

 

「悪く思うなよ一年坊。お前には何もさせん。ただ黙って、何もできずに負けてくれ」

 

 鋭い視線。まるでこちらを殺そうとでもするかのような視線を前に。

 

「へへっ。そいつはどうかな、先輩?――ドローッ!」

 

 遊城十代は、笑みを浮かべて立ち向かう。

 いつも通りの、楽しそうな笑みを浮かべながら。

 

 

 アカデミア・ウエスト校のIH優勝の裏には、一つの噂がある。

 対戦相手の全てを見透かすような戦術をとることが多々あり、そこから生まれた噂だ。

 曰く、ウエスト校には全てを見透かす〝軍師〟がいる――

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 海岸。そこにある岩に腰掛けて対戦相手を待っていた女性は、その来訪者を見て笑顔を浮かべた。

 誰が来ようと全力で相対するつもりだったし、正直誰が相手でもさほど変わりはない。〝祿王〟というのはそういう次元に立っているのだから。

 

「ほう。私の相手はキミか。中々どうして、面白い」

 

 立ち上がろうとして、手元の本を確かめる。残るページは僅かだ。その事実に、ふむ、と〝王〟は思案する。

 

「少し待ってくれ。後少しで――ああ、いや。残る一ページを残して戦いに挑むというのも詩的でいいかもしれんな」

 

 言うと、〝王〟は本を置いて立ち上がった。その動作一つ一つが優雅で、見る者を惹きつける。

 

「さて、名乗ろう。烏丸〝祿王〟澪だ」

「万丈目、準」

 

 目の前の少年は絞り出すようにそう言葉を紡ぐ。流石に気負っているのか、余裕がないように見えた。

 

「ああ、知っているよ。……さて、キミは以前、〝最強〟になると言っていたな。己が最強を証明すると。それが偽りでないならば、是非この場で証明して欲しい。私もそれを望んでいる」

 

 どうした、と〝王〟は問う。

 

「私を倒せばキミの目的は達成される。実にわかりやすく、単純な話だろう?」

「…………」

 

 相手は無言。〝王〟は笑った。

 

「先手は譲ろう。覚悟ができたらかかってくるといい。――さあ、決闘だ」

 

 対抗戦が加速する。

 果たして、勝者は。

 









というわけで中編です。
割と全員本気です。ガチです。

ちなみにマッチアップ全員分のデュエル描写はございますので、ご心配なく。


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間章 東西対抗戦 後篇

 

 全日本ジュニア選手権大阪予選で、初めてその男を見た。

 当時の自分は準決勝で敗北し、あと少しで全国大会だったということもあり悔しさから決勝戦を見る前に帰ろうとしていた。

 だが、未練があったのだろう。少しだけ見て行こうと会場に足を向け、そして、目撃した。

 ――菅原雄太。堂々と優勝の栄誉を受け取った、その男を。

 自分を倒した相手のことなどもう覚えていない。ただ、彼の名前だけは忘れなかった。

 その後、一度だけ彼とデュエルする機会があったが、一方的に倒されるだけだった。流石にジュニアでも全国クラスのデュエリストである。しかし、悔しさはなく――むしろ、どこか嬉しかった。 

 

 そして迎えた、アカデミアウエスト校の入学式。

 全国から多くのデュエリストが集まるウエスト校の入学式は、かなりの大人数で行われる。ただ入学式など自分にとっては退屈なだけで、つまらないものだった。

 しかし、その場所で。

 

(……菅原、雄太)

 

 隣で退屈そうに欠伸を漏らしているその男に、気付いた。

 周囲に視線を送ると、何人かの生徒が菅原へと視線を向けていることに気付く。当たり前だ。関西の同世代で彼を知らない者はいない。かの〝帝王〟や〝プリンス〟にこそ一歩劣る印象を与えるものの、全国区において間違いなく彼はトップクラスの実力者なのだから。

 

(うわ、マジか)

 

 自身の中の感情がどういうモノかはわからない。ただ、焦った。

 ある意味では憧れとも言える人物が、隣にいて。

 

(わいのこと覚えて――いや、ないか。一度デュエルしただけやし、瞬殺されただけで――)

 

 自嘲気味にそんなことを考える。その思考が届いたわけではないだろうが、その男はこちらへ視線を送り。

 そして、驚いた表情を浮かべた。

 

「山崎、か? 忍者使いの」

 

 その、言葉を耳にした瞬間。

 

 ――この男について行こうと、そう決めた。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 カードとセットを封じ込める『ダーク・シムルグ』と、魔法カードの発動を一度伏せてからのみ可能とする『魔封じの芳香』。このコンボは決まってしまえばその効果は単純だ。

 要は、遊城十代というデュエリストはリバースモンスター、魔法、罠の使用を封じ込められたということである。

 

「へへっ、やっぱ全国のデュエリストって凄ぇな……! 一ターンでこんなモンスターが出るなんて! 凄ぇワクワクするぜ!」

「ワクワク、ねぇ。自分がどう思おうが勝手やけど、わいは反撃を許すつもりはあらへん。さっきも言うたけど、何もできずに消えてくれや」

「そいつはどうかな、俺は手札から『E・HEROキャプテン・ゴールド』を捨て、フィールド魔法『摩天楼―スカイスクレイパー』を手札に加えるぜ!」

 

 十代がデッキよりHEROの戦場たるフィールド魔法を手札に加える。それで、と山崎壮士は肩を竦めた。

 

「発動できひんのにどないするつもりや?」

「これは次の準備だ! 『カードガンナー』を召喚! 効果発動! デッキトップからカードを三枚墓地へ送り、攻撃力を1500ポイントアップする!」

 

 カードガンナー☆3地ATK/DEF400/400→1900/400

 

 落ちたカード→ネクロ・ガードナー、ギャラクシー・サイクロン、H-ヒートハート

 

 墓地へ送られる三枚のカード。なっ、と山崎が声を上げた。

 

「ギャラクシー・サイクロンやて!?」

「前に同じように魔法、罠を封じられたことがあってさ。対策で入れてたんだ。ただ、このターンは発動できない。俺はターンエンドだ」

 

 十代がターンエンドを宣言する。ちっ、と山崎は舌打ちを零した。

 

(ふざけた豪運やな……、ドローだけやないんか……?)

 

 彼の豪運については今更どうこう考えるつもりはない。そうであると受け入れるだけだ。いるのだ、稀に。彼のように〝何か〟を味方につけているかのようなデュエリストは。

 

(次のターン、魔封じの芳香が叩き割られるのは確実や。そうなると――)

 

 幸い、保険は用意できていた。後は、それを紡ぐだけ。

 

「手札より『成金忍者』を召喚や! 一ターンに一度、手札から罠カードを捨てることでデッキから忍者を一体、守備表示で特殊召喚できる! わいは手札から『スキル・プリズナー』を捨て、『忍者マスターHANZO』を特殊召喚! 効果によりデッキから『赤竜の忍者』を手札に加える!」

 

 成金忍者☆4光ATK/DEF500/1800

 忍者マスターHANZO☆4闇ATK/DEF1800/1000

 

 二体の忍者がフィールドに並ぶ。バトルや、と山崎は宣言した。

 

「ダーク・シムルグでカードガンナーを攻撃!」

「墓地のネクロガードナーの効果を発動! このカードを除外し、攻撃を無効にする!」

「なら成金忍者で攻撃や!」

「くっ……! カードガンナーが破壊されたため、カードを一枚ドロー!」

 

 十代LP4000→3900

 

 微々たるものだが、ダメージが入る。だが、山崎の表情は苦いままだ。

 

(やっぱりある意味で一番厄介なんはこの一年坊やったか……!)

 

 文字通りの〝奇跡〟の如きドロー。ここまでくればそれはもう偶然ではない。全ては必然。あの〝ルーキーズ杯〟で見せた実力は本物なのだ。

 

「……わいはターンエンドや」

「俺のターン、ドロー!」

 

 遊城十代――この少年に対する情報から山崎が導き出した対策は二つ。

 一つは、完全に封殺すること。ノース校と本校で行われた対抗戦では実際、遊城十代は紫水千里にあと一歩まで追い詰められていた。あのデュエル、後一ターンの時間があれば勝敗は逆転していただろう。

 故に山崎も同じ手段を取った。だが、こうも容易く切り崩してくるとは。

 

「俺は墓地のギャラクシー・サイクロンの効果を発動! 魔封じの芳香を破壊するぜ!」

「くっ……!」

 

 手札より使えないのなら、墓地から発動する。酷く単純な回答だが、それをこうも容易く。

 

「魔法カード『E-エマージェンシーコール』を発動! デッキから『E・HEROエアーマン』を手札に加え、召喚! 効果により、デッキから『E・HEROフェザーマン』を手札に加えるぜ! 更に『融合』を発動! エアーマンとフェザーマンで融合、風属性モンスターとHEROの融合により、暴風纏いしHEROが降臨する! 『E・HERO Great TORNADO』!!」

 

 E・HERO Great TORNADO☆8風ATK/DEF2800/2200

 

 風が舞い、竜巻を引き裂くように一体のHEROが現れる。

 

「トルネードの効果発動! 融合召喚成功時、相手フィールド上のモンスターの攻撃力を半分にする!」

「…………!」

「更に魔法カード『融合回収』を発動! 素材となっていたエアーマンと融合を手札に加え、魔法カード『O―オーバーソウル』を発動! 墓地から通常モンスターのHEROを蘇生する! フェザーマンを蘇生し、もう一度『融合』を発動だ! 手札の『E・HEROバーストレディ』と融合し、来い、マイフェイバリットヒーロー!! 『E・HEROフレイム・ウイングマン』!!」

 

 E・HEROフレイム・ウイングマン☆6風ATK/DEF2100/1200

 

 現れたのは、竜頭の腕を持つHEROだ。十代が最も大切にするヒーローであり、同時に最大の信頼を置くモンスターでもある。

 

「来たな、そのHEROが……!」

 

 フレイム・ウイングマンはそのレベルに対して攻撃力が低い。だが、その効果はそれを補って余りあるほどに凶悪極まりないモノだ。

 

「いくぜ、バトルだ! フレイム・ウイングマンでダーク・シムルグへ攻撃!!」

 

 通せばそれだけで勝負の方が付きかねない状況。だが、山崎に焦りはない。

 

「永続罠『機甲忍法フリーズ・ロック』! 自分フィールド上に忍者が存在する時、相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる! バトルフェイズは終了や! 更に相手は表示形式の変更が不可能となる!」

 

 要は永続罠の『攻撃の無力化』である。これで十代は、また超えなければならない壁が一つできた。

 

「くっ、ダークシムルグのせいでカードが伏せられない……! ターンエンドだ!」

「わいのターン、ドロー!」

 

 遊城十代に対する二つ目の対策。それは、『次のターンを与えないこと』。

 ふざけた話だが、この少年は追い詰められれば追いつめられるほど、その土壇場で神懸かった豪運を魅せる。ならば、その状況を作らせなければいい。

 あの〝ルーキーズ杯〟で祇園がしたのも同じ理屈だ。何かを引く、引ける可能性を残して十代のターンに移行するのではなく、『勝敗の決定権をこちらのターンで握る』ことが必要なのだ。つまりは、一ターンを耐える術を与えないまま、こちらの総力を以て押し切るということである。

 

(〝ルーキーズ杯〟の時は夢神が結果としてそういう状況に持っていっとった。偶然とはいえ、互いの総力を懸けてやり合って、その結果として夢神のドローで決着が着くようになっとったんや)

 

 流石の〝ミラクル・ドロー〟も、相手のドローにまでは干渉できない。そこが穴だ。

 

(ここで押すのが定石やけど、中途半端に追い込むのが一番最悪や。そうなると、わいがすべきなんは――)

 

 相手モンスターの掃除。まずはそこからだ。

 

「魔法カード『マジック・プランター』を発動。永続罠を一枚墓地へ送り、カードを二枚ドローするで。フリーズロックを墓地に送り、ドロー。――わいはダーク・シムルグと成金忍者を生贄に捧げ、『究極恐獣』を召喚!!」

 

 究極恐獣☆8地ATK/DEF3000/2200

 

 現れたのは、圧倒的な暴力の気配をその身に纏う恐竜だ。山崎はHANZOを攻撃表示に変更すると、バトル、と宣言する。

 

「究極恐獣はバトルフェイズ開始時、全てのモンスターに攻撃しなければならない。――トルネードとフレイム・ウイングマンへ攻撃!」

「うわっ!?」

 

 その暴力により、二体のHEROが喰い散らかされる。そこへ追い打ちをかけるように、HANZOの暗器が煌めいた。

 

 十代LP3900→2800→1000

 

 そのLPが大きく削られる。対し、山崎のLPは未だ無傷。

 

「俺はカードを二枚伏せ、ターンエンドや」

 

 だがその表情に未だ警戒の色を含ませつつ、山崎は宣言した。

 

(これで『詰み』にする前準備はできた。揃えばまず、敗北は有りえへん)

 

 この状況から敗北した経験は山崎にも数度しかない。しかもその数回は菅原や二条といった、全国でもトップクラスのデュエリストが相手の時だけだ。

 

(もし、これを超えてくるんやったら)

 

 認めざるを得ないだろう。遊城十代という少年は、一年生という身でありながら全国クラスの実力を有していると。

 

「へへっ、凄ぇ……! やっぱ凄ぇな! 俺のターン、ドロー!!」

 

 ドローしたカードを見る十代。彼は笑みを浮かべ、来たっ、と言葉を紡いだ。

 

「ピンチの時にこそ、ヒーローは駆けつける! 魔法カード『ヒーロー・アライブ』!! 自分フィールド上にモンスターがいない時、デッキからE・HEROを特殊召喚する!! 来い、『E・HEROシャドー・ミスト』!!」

 

 シャドー・ミスト☆4闇ATK/DEF1000/1500

 十代LP1000→500

 

 現れたのは漆黒のHEROだ。十代は更に、と言葉を紡ぐ。

 

「魔法カード『R-ライトジャスティス』を発動! 自分フィールド上のE・HEROの数だけ、相手フィールド上の魔法・罠カードを破壊する! 右の伏せカードを破壊!」

「――――ッ、チッ! リバースカードオープン、永続罠『安全地帯』! モンスターを一体選択して発動でき、選択したモンスターは戦闘及びカード効果で破壊されず、効果の対象にもならんくなる! ただしこのカードが破壊された時、選択されたモンスターも破壊される! わいは究極恐獣を選択や!」

「え、でもそれじゃあ――」

「安心せぇ。――もう一枚のリバースカードを発動! 永続罠『忍法 超変化の術』!! 自分フィールド上の忍者と相手モンスターを墓地へ送り、そのレベルの合計以下のドラゴン、海竜、恐竜族モンスター一体をデッキから特殊召喚する!!――『白竜の忍者』を特殊召喚!!」

 

 白竜の忍者☆7光ATK/DEF2700/1200

 

 現れたのは、白き装束に身を包む白き忍だ。同時、ライトジャスティスの光が炸裂する。

 果たして、結果は――

 

「な、安全地帯が破壊されてない!?」

「白竜の忍者がいる限り、わいの魔法・罠は破壊できひん。残念やったな」

 

 ライトジャスティスの効果は不発に終わり、更に十代の場からモンスターが消える。ぐっ、と十代は呻くが、彼もただでは終わらない。

 

「墓地へ行ったシャドー・ミストの効果だ! このカードが墓地へ送られた時、『E・HERO』を一体、デッキから手札に加えることができる! 『E・HEROスパークマン』を手札に!」

 

 その様子を見て、山崎は内心焦りを募らせていた。白竜の忍者と安全地帯――揃えばまず突破は不可能となるこの組み合わせが決まればそれで詰みへと持っていける公算が高かったし、それを狙っていたのだが……結果として阻まれた。

 

(欲張ったんが仇になったか……? いや、超変化は本来除去として使うべきもんや。出た瞬間のシャドーミストに使うのはあまりええ選択やなかった)

 

 一手、ズレた。それが致命とならなければいいが――

 

「へへっ、やっぱ凄ぇなぁ……。けど、ここは勝たせてもらうぜ!! 『E・HEROエアーマン』を召喚し、効果でデッキから『E・HEROクレイマン』を手札に加え、『融合』を発動!! エアーマンとスパークマン、クレイマンの三体で融合だ!!――『V・HEROトリニティー』!!」

 

 V・HEROトリニティー☆8闇ATK/DEF2500/2000→5000/2000

 

 現れたのは、赤き体躯を持つHERO。かの〝ヒーロー・マスター〟も用いるモンスターの効果は、山崎も知っていた。

 故に、悟る。

 

(……詰んでたんは、こっちやったか)

 

 序盤からの、微妙なズレ。奇跡的な落ちに加えて、こちらのタイミングが微妙にズレる攻防。

 ――ああ、そうだ。

 いつの間にか、一番最初に危惧した状況となっていた。

 

「トリニティーは融合召喚に成功したターン、攻撃力が倍となり、モンスターに三回攻撃ができる!! 山崎さんの究極恐獣は今、戦闘では破壊できない。けど、ダメージは通るよな?」

 

 楽しそうな笑みを浮かべる十代。これを、狙っていたのか。

 

(こんなん……称賛しか浮かんでこんわ)

 

 結果論と呼べるレベルのミスしかしなかったはずだ。だが、結果としてそれが敗北へと繋がった。

 

「バトルだ! トリニティーで究極恐獣へ攻撃!!」

 

 そして、HEROの拳が振るわれる。

 

 ――ギリギリの状況へ追い込んだ上で、逆転のワンターンを許すこと。

 それが、遊城十代と相対する上で最もしてはならぬことであったはずなのに――

 

 山崎LP4000→-2000

 

 LPが、0を刻む。

 

「ガッチャ!! 楽しいデュエルだったぜ!!」

 

 心の底からの笑みを浮かべる十代。そんな表情をされては、こちらも頷くしかない。

 

「強いなぁ。わかっとったつもりやったけど……」

 

 立ち上がり、苦笑を零す。そうしてから、山崎は画面へと視線を向けた。

 そこに映るのは、彼の仲間たち。

 

「――すまん、総大将。負けたわ」

 

 その姿を眺め、彼はポツリと呟いた。

 

 勝者、アカデミア本校一年、遊城十代。

 ――アカデミア本校、一勝目。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 丸藤亮と二条紅里。二人は共に相手の姿以外の情報を全て消し去っていた。

 一進一退の攻防。互いに背負うは己を含めた全ての誇り。

 故にこそ、全力で相対する。

 

「ランページ・ドラゴンの効果を発動! デッキから『プロト・サイバー・ドラゴン』と『サイバー・ドラゴン・ドライ』を墓地へ送り、三回攻撃を可能とする! 更にサイバー・ドラゴン・コアを召喚! 効果により、デッキから『サイバー・ネットワーク』を手札に加える!」

 

 LPでこそ負けているが、モンスターの質はこちらが上。ここは、力で押し切る。

 

「いけ、ランページ・ドラゴン!! 三連打ァ!!」

「ライフストリーム・ドラゴンの効果発動!! このカードが破壊される時、代わりに墓地の装備魔法カードを除外することで破壊をまぬがれることができる!」

「何だと!?」

「スーペルヴィス三枚を除外~!」

 

 耐え切られた――その事実に亮は歯噛みする。何かあるとは思っていたが、こういうことだったのか。

 

(装備魔法を何度も使い続けたのもこれが理由か……! 全て想定した上で……!)

 

 だが、ランページ・ドラゴンで攻め込んだのは正解だったと言える。そう長くは相手も持たないはずだ。

 

「俺はカードを二枚伏せ、ターンエンドだ」

「私のターンです、ドロー。――魔法カード『思い出のブランコ』を発動! 墓地から通常モンスター扱いとなっているギガプラントを蘇生し、デュアルです~!! そして効果により、墓地からローンファイア・ブロッサムを蘇生!! その瞬間、地獄の暴走召喚を発動します!!」

「なっ……!?」

「三体のローンファイア・ブロッサムの効果をそれぞれ発動します~!! それぞれ自身を生贄に捧げ――」

 

 ローンファイア・ブロッサム☆3炎ATK/DEF500/1400

 ローンファイア・ブロッサム☆3炎ATK/DEF500/1400

 ローンファイア・ブロッサム☆3炎ATK/DEF500/1400

 

 その手を振り上げ、宣言する紅里。ゾクリと、亮の背筋に悪寒が奔った。

 あれだけの展開を見せ、力を見せ、それでも。

 それでも――まだ、先があるというのか。

 

「『桜姫タレイア』、『プチトマボー』、『ギガプラント』を特殊召喚!! そして、レベル6のギガプラントにレベル2、プチトマボーをチューニング!! シンクロ召喚、『スクラップ・ドラゴン』!!」

 

 桜姫タレイア☆8水ATK/DEF2800/1200

 プチトマボー☆2闇・チューナーATK/DEF700/400

 ギガプラントホイ6地ATK/DEF2400/1200

 スクラップ・ドラゴン☆8地ATK/DEF2800/2000

 

 僅か、二枚の手札。そこから、これほどの展開を。

 

「墓地のスポーアの効果を発動! 墓地のコピー・プラントを除外し、レベル2となって蘇生します!」

 

 スポーア☆1→2風・チューナーATK/DEF400/800

 

 だが、まだ紅里は止まらない。

 

「デュアル状態のレベル6ギガプラントに、レベル2のスポーアをチューニング! シンクロ召喚! ブラック・ブルドラゴ!!」

 

 ブラック・ブルドラゴ☆8炎ATK/DEF3000/2600

 

 現れるのは、漆黒の体躯を持つ黒竜だ。強大なモンスターの登場に、会場が湧く。

 

「……流石だな」

「いいえ。まだですよ~?――スクラップ・ドラゴンの効果を発動です。一ターンに一度、自分と相手のカードを一枚ずつ破壊できる。私が破壊するのはブルドラゴとランページ・ドラゴンです」

「何!?」

 

 吹き飛ぶランページ・ドラゴン。だが、それは予測できていたことだ。スクラップ・ドラゴンが出た時点でそうなることはわかり切っていたのだから。

 故に疑問なのはブルドラゴだ。攻撃力3000のモンスターを、どうして――

 

「ブルドラゴは破壊された時、墓地からデュアルモンスターをデュアル状態で蘇生します。――ギガプラントを蘇生し、効果発動! ローンファイア・ブロッサムを蘇生! そして効果により、『姫葵マリーナ』を特殊召喚!!」

 

 姫葵マリーナ☆8炎ATK/DEF2800/1600

 

 現れるのは、四季姫の一角。

 始動はたった二枚の手札からだ。それが、たった一瞬で。

 

 ライフストリーム・ドラゴン☆8地ATK/DEF2900/2400

 ギガプラント☆6地ATK/DEF2400/1200(デュアル状態)

 スクラップ・ドラゴン☆8地ATK/DEF2800/2000

 桜姫タレイア☆8水ATK/DEF2800/1200→3100/1200

 姫葵マリーナ☆8炎ATK/DEF2800/1600

 

 大型モンスターが、五体。

 それも、全てが強力な効果を持つモンスター群だ。

 

(流石に全国最強……これほどか)

 

 舌を捲くしかない。こんなものを見せられては、ただ純粋な称賛が浮かぶだけだ。

 

「バトルです。――ライフストリーム・ドラゴンでサイバー・ドラゴン・コアを攻撃~!」

「――ッ、リバースカードオープン! 和睦の使者! このターンの戦闘による俺のモンスターの破壊とダメージを無効にする!」

「む~……。ターンエンドかな~?」

「ならばそのエンドフェイズ、永続罠『サイバー・ネットワーク』を発動する! 自分フィールド上にサイバー・ドラゴンがいる時、デッキから光属性、機械族モンスターを一体除外できる! 俺はサイバー・ドラゴンを除外だ!」

 

 これで準備は整った。だが同時。

 

「…………」

 

 こちらを見据える紅里の瞳に、亮は戦慄を覚えた。

 まるで、こちらの戦術を全て見透かしているかのような――

 

(……いや、大丈夫だ。たとえそうだとしても、俺にできることは変わらない)

 

 信じたデッキと、信じた想い。

 何より、唯一の三年生として。時を置かずこの場を去る先達として、やり切らなければならないことがある。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 これで準備は万事完了。手札を確認し、〝帝王〟は威風堂々と言葉を紡ぐ。

 

「迷いはない。全国頂点の力……俺の全てをぶつけるのに相応しい。――魔法カード、『オーバーロード・フュージョン』発動! 自分フィールド・墓地の機械族モンスターを除外し、闇属性機械族モンスターの融合召喚を行う! 俺は地獄の暴走召喚によってフィールドに増えたサイバー・ドラゴンコア二体を含めたフィールド上と墓地のモンスター10体全てを除外し、キメラティック・オーバー・ドラゴンを融合召喚!!」

 

 キメラティック・オーバー・ドラゴン☆9闇ATK/DEF?/?→8000/8000

 

 現れるのは、十の首を持つ機械竜。ある意味では歪にさえ見えるその竜は、その首全てで猛々しき咆哮を上げた。

 

「キメラティック・オーバー・ドラゴンは融合召喚成功時、このカード以外の自分フィールド上のカードを全て墓地へ送る。そしてこの効果で墓地へ送られたサイバー・ネットワークの効果発動。除外されている光属性・機械族モンスターを可能な限り特殊召喚する。――サイバー・ドラゴンを三体を特殊召喚!!」

 

 サイバー・ドラゴン☆5光ATK/DEF2100/1600

 サイバー・ドラゴン☆5光ATK/DEF2100/1600

 サイバー・ドラゴン☆5光ATK/DEF2100/1600

 

 現れるのは、サイバー流の象徴。機械の竜が、フィールドを埋め尽くす。

 

「これが俺の全力だ。――魔法カード『パワー・ボンド』発動!! サイバー・ドラゴン三体で融合!! 来い、『サイバー・エンド・ドラゴン』!!」

 

 サイバー・エンド・ドラゴン☆8光ATK/DEF4000/2800→8000/2800

 

 次いで降臨するのは、三つ首の機械竜。

 その威容は彼の伝説、青眼の白龍が究極体にも似ていた。

 

「…………ッ」

 

 流石の紅里も表情に陰りが浮かぶ。当然だろう。この攻撃力を正面から打ち破る術などほとんどないと言ってもいいのだから。

 

「キメラティック・オーバー・ドラゴンは素材の数だけモンスターに攻撃できる。今回は十回まで攻撃が可能だ。また、サイバー・エンド・ドラゴンは貫通効果を持つ。……だが、サイバー・ネットワークが墓地へ送られたターン、俺はバトルフェイズを行うことができない。俺は『一時休戦』を発動。互いにカードを一枚ドローし、次の相手のエンドフェイズまでダメージは0となる。俺はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 今の自分にできる最強の一手だ。この二体のモンスターを前に、どう出るつもりか。

 

「私のターンです、ドロ~。……スクラップ・ドラゴンの効果を発動します」

「速攻魔法、『禁じられた聖杯』を発動。その効果は無効にさせてもらう」

「むー、そうですよね~」

 

 苦笑を浮かべる紅里。スクラップ・ドラゴンの効果を用いれば、そのままゲームエンドもあり得た。だが、だからこそ対策は出来ている。

 灯りは自身の手札を見ると、ふう、と息を吐いた。同時、全てのモンスターの表示形式が変更される。

 

「私はカードを一枚伏せ、モンスターを守備表示にしてターンエンドです~」

「俺のターン、ドロー。――バトルだ、キメラテック・オーバー・ドラゴンで攻撃!! 十連打ァ!!」

 

 十つ首を持つ異形の機械竜が咆哮する。最初の獲物は――姫葵マリーナ。

 

「マリーナへ攻撃、粉砕! タレイアへ攻撃、粉砕! ギガプラントへ攻撃! 粉砕! スクラップ・ドラゴンへ攻撃、粉砕! ライフストリーム・ドラゴンへ攻撃! 粉砕!!」

「――――ッ!!」

 

 装備魔法を除外することで戦闘破壊を免れる効果を持つライフストリーム。だが、墓地のカードが足りない。

 がら空きになるフィールド。そこへ、サイバー流最強の切り札の一撃が迫る。

 

「サイバー・エンド・ドラゴンでダイレクトアタック!! エターナル・エヴォリューション・バースト!!」

「罠カード『ガード・ブロック』!! 戦闘ダメージを0にして、カードを一枚ドロー!」

 

 しかし、それすらも紅里は凌ぎ切る。

 だが、亮はやはり、としか思わない。ここを凌ぐから――凌ぎきれるからこそ、彼女はIHにおいて頂点に君臨したのだから。

 

「俺はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

「私のターンです、ドロー。――『貪欲な壺』を発動です~。パワー・ツールを三枚とスクラップ・ドラゴン、ライフストリーム・ドラゴンをデッキに戻し、二枚ドロー。……『シード・オブ・フレイム』を召喚。そして速攻魔法、『炎王円環』を発動です。炎属性モンスターを破壊し、墓地から炎属性モンスターを蘇生します。私が蘇生するのは、姫葵マリーナ。そしてシード・オブ・フレイムがカード効果で破壊された時、墓地からレベル4以下の植物族モンスターを一体蘇生し、相手フィールド上にトークンを一体特殊召喚します。私はローンファイア・ブロッサムを蘇生」

 

 シード・オブ・フレイム☆3炎ATK/DEF1600/1200

 姫葵マリーナ☆8炎ATK/DEF2800/1600

 ローンファイア・ブロッサム☆3炎ATK/DEF500/1400

 

 シードトークン☆1地ATK/DEF0/0

 

 再びの展開。流石だ、と亮は何度目かもわからない呟きを零した。

 

「ローンファイア・ブロッサムの効果により自身をを生贄に捧げ、『ダンディライオン』を特殊召喚。――魔法カード、『フレグランス・ストーム』を発動~。自分フィールド上の植物族モンスターを破壊し、カードを一枚ドロー。私が引いたのは『椿姫ティタニアル』です。もう一枚ドロー。そしてマリーナの効果発動。植物族モンスターが破壊された場合、相手フィールド上のカードを一枚、破壊できます。サイバー・エンドを破壊」

 

 ダンディライオン☆3地300/300

 

 流れるような除去。そして。

 

「これが最後です。――魔法カード『ブラック・ホール』。全てのモンスターを破壊します」

 

 おそらく今のフレグランス・ストームで引き込んだのだろう。強力な全体除去カードにより、全ての場が空いた。

 

「私はターンエンドです~」

 

 これで、互いにカードはほとんどない。亮の手札はなく、伏せカードは『ダメージ・コンデンサー』だ。ここで何かしらのカードを引けなければ、詰みとなりかねない。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 そして、引いたカードを見て。

 亮は、笑みを浮かべた。

 

「魔法カード、『死者蘇生』発動!! 甦れ――『サイバー・エンド・ドラゴン』!!」

 

 サイバー・エンド・ドラゴン☆10光ATK/DEF400/2800

 

 最後はやはり、このモンスターだ。

 見れば、紅里は一度拳を強く握り締め。

 

「……私の、負けですね~」

 

 そう、微笑んだ。

 

「ああ。――サイバー・エンド・ドラゴンでダイレクトアタック!! エターナル・エヴォリューション・バーストォッ!!」

 

 紅里LP4000→0

 

 そのLPが0を刻む。

 決着は、ここで着いた。

 

「いいデュエルだった。ありがとう」

「こちらこそ~」

 

 歩み寄り、笑顔で握手を交わす。

 互いに全てを出し切ったデュエルだった。会場からは、ただただ惜しみない称賛の拍手が送られる。

 

「ですが、まだまだ終わりじゃないですよ~?」

 

 笑みを浮かべ、亮へとそう言葉を紡ぐ紅里。亮が怪訝な表情を浮かべると、笑みのまま紅里はモニターへと視線を向けた。

 

「私たちには、頼りになる後輩がいますから」

 

 頂点同士の戦いは、〝帝王〟に軍配が上がった。

 だが、戦いは未だ継続している。

 

 勝者、アカデミア本校三年、丸藤亮。

 ――アカデミア本校、二勝目。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 相手は一度大きく深呼吸をすると、ゆっくりとこちらを見据えてきた。これが彼なりの覚悟の定め方なのだろう。

 

「俺のターン、ドロー!……モンスターをセット、カードを一枚伏せてターンエンドだ!」

 

 相手――万条目準はそう宣言した。ほう、と烏丸澪は笑みを浮かべる。

 

「一ターン目は様子見か。ならば、私のターン。ドロー。……私は手札より、『魔轟神レイヴン』を召喚。効果発動。一ターンに一度、手札を任意の枚数捨てることで捨てた枚数につきレベルと攻撃力が400ずつアップする。私は『暗黒界の軍神シルバ』を捨てる。シルバはカード効果によって捨てられたため、特殊召喚される」

 

 魔轟神レイヴン☆2→3光・チューナーATK/DEF1300/1000→1700/1000

 暗黒界の軍神シルバ☆5闇ATK/DEF2300/1400

 

 二体のモンスターが並び立つ。澪は微笑を称えたまま、軽く手を振った。

 

「レベル5、暗黒界の軍神シルバにレベル3、魔轟神レイヴンをチューニング。――深淵に座す王よ、その欲望が欲するままに敵を喰らえ。さあ、降臨せよ。――『魔轟神ヴァルキュルス』」

 

 迅雷が轟き、一柱の魔王が顕現する。

 かつての戦争において、事実上戦局を最悪の状況まで混乱させる原因を作った者。

 己が快楽がために、他者を殺戮した忌避すべき存在。

 

 

 魔轟神ヴァルキュルス☆8光ATK/DEF2900/1700

 

 

 醜悪な笑みを浮かべ、〝王〟の背後に堂々と。

 その存在は、屹立していた。

 

「更にヴァルキュルスの効果を発動。一ターンに一度、手札の悪魔族モンスターを捨てることでカードを一枚ドローできる。私は『魔轟神クシャノ』を捨て、ドロー。――バトルだ、ヴァルキュルスでセットモンスターへ攻撃」

「セットモンスターは『おジャマ・ブルー』だ! このモンスターが戦闘で破壊された時、デッキから『おジャマ』カードを二枚手札に加えることができる! 俺は『おジャマカントリー』と『おジャマジック』を手札に加える!」

「良い一手だ。――私はカードを一枚伏せ、ターンエンド」

 

 笑みと共に宣言する。ヴァルキュルスもまた、口元に笑みを浮かべていた。

 ただ、その笑みの意味は大きく違ったが――

 

「囀るな、欲望の王。この場において貴様の語る時間はない」

 

 静かに、呟くように〝王〟が告げる。その言葉の意味がわかったのだろう、万丈目がごくりと唾を呑み込んだ。

 

「どうした? キミのターンだ。安心するといい。これは闇のゲームではなく、殺し合いでもない。ただのゲームだよ。ただキミは、己の持てる全力を紡げばいいだけだ」

 

 対峙した者でしか、きっとわからないだろう。

 この圧倒的で、絶対的な雰囲気。島に滞在している際の彼女は誰かを害することなどなかったし、むしろ戦いに赴く者たちを気遣うことさえしていた。故に、知る機会がなかったのだ。

 一度彼女と対峙したならば、そこに見出せる答えは一つだけ。

 ただ、相手に敗北という結末だけを。

 それだけしか、ないのだ。

 

「……ッ、俺のターン、ドロー! おジャマ・カントリーの効果を発動! おジャマジックを捨て、墓地からおジャマ・ブルーを蘇生する! そしておジャマジックが墓地へ送られたことにより、イエロー、グリーン、ブラックの三体を手札に加える!――『融合』を発動! 三体の雑魚共を融合し、来い、『おジャマ・キング』!!」

 

 おジャマ・ブルー☆2光ATK/DEF0/1000→1000/0

 おジャマ・キング☆6光ATK/DEF0/3000→3000/0

 

 現れるのは、おジャマの王。ほう、と澪が吐息を零した。

 

「おジャマ・キングがいる限り、相手はモンスターゾーンを三つ封じ込められる! そしておジャマ・カントリーは場におジャマが存在する時、フィールド上のモンスター全ての攻守を反転させる!!」

 

 ヴァルキュルスの守備力は僅か1700。このままでは容易く突破されるが――

 

「バトルだ! おジャマ・キングでヴァルキュルスへ攻撃!」

「……良い一手だ。ただ、一つ。過ちがあったとすれば――」

 

 澪の場の伏せカードが開かれる。

 現れたのは――永続罠、『デモンズ・チェーン』。

 

「――〝王〟の名で、私に挑んだことだ」

 

 無数の鎖によって動きを封じられれるおジャマ・キング。ぐっ、と万丈目が呻いた。

 

「俺はターンエンドだ!」

「私のターン、ドロー。――ヴァルキュルスの効果を発動。手札の『魔轟神クルス』を捨て、カードを一枚ドローする。そしてクルスが捨てられた時、墓地からレベル4以下の魔轟神を一体、蘇生する。私は魔轟神レイヴンを蘇生。更に魔法カード『手札抹殺』を発動。私は四枚のカードを捨て、四枚ドロー」

「くっ、俺は四枚捨て、四枚ドロー」

 

 万丈目の捨てたカードの中には、『速攻のかかし』が含まれていた。成程、あれで防ぐつもりだったか。

 

「私が捨てた四枚は、『暗黒界の龍神グラファ』、『暗黒界の術師スノウ』、『暗黒界の狩人ブラウ』、『暗黒界の軍神シルバ』だ。スノウの効果で暗黒界の門を手札に加え、ブラウの効果で一枚ドロー。グラファの効果でおジャマ・ブルーを破壊し、シルバは自身の効果で蘇生される。そしてシルバを手札に戻し、グラファを蘇生」

 

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800

 

 一瞬で手札が七枚となる。澪は言葉を続けた。

 

「さあ、準備は整った。――レベル8、暗黒界の龍神グラファにレベル2、魔轟神レイヴンをチューニング。さあ、いざ仰ぐといい。これが天に覇を唱えし蒼天の龍――『天穹覇龍ドラゴアセンション』だ」

 

 まるで無限であるかのように広がる、蒼穹。

 底から舞い降りるのは、純白の神々しさを纏う龍。

 

 天穹覇龍ドラゴアセンション☆10光ATK/DEF?/3000→8600/0

 

 その圧倒的な攻撃力に万丈目が目を剥く。澪は微笑と共に言葉を紡ぐ。

 

「ドラゴアセンションはシンクロ召喚成功時、手札の枚数×800の攻撃力となる。本来なら5600だが、今回の場合、キミのおジャマ・カントリーの効果により、ドラゴアセンションの攻守が反転した状態からその効果が適用される」

 

 蒼天に座す、覇者の龍。

 その威容は、正しく相対する者の心を震わせる。

 

「聡明なキミならば気付いているだろうが、私はまだ通常召喚を行っていない。更に『暗黒界の門』が手札に加わっている上、シルバもまた手札にある。更なるモンスターの展開は可能だ。その伏せカードも、こうして破壊できる。――『サイクロン』を発動」

「くっ、『リビングデットの呼び声』が……!」

 

 これで万丈目を守るカードは存在しなくなった。

 

「一思いに終わらせよう。ドラゴアセンションで、おジャマ・キングを攻撃」

 

 万丈目LP4000→-4600

 

 そして、デュエルが終わる。

 それは至極当たり前の結末だったはずだった。今の万丈目準では、〝最強〟には及ばない。それは彼自身とて理解していたのだ。

 

「くそぉッ……!」

 

 拳を握り締め、彼は呟いた。

 絶対的な差だ。烏丸澪という存在は、今の一手でそれだけのモノを見せつけた。

 多くの者はそれで心折れたし、膝を屈してしまった。

 

「俺は……!」

 

 だが、この者は心が折れていない。

 

(面白い)

 

 彼が語った、〝最強〟になるという意志は。

 決して、偽りではなかったのだ。

 

「今日のこの敗北を、悔しいと思うのならば」

 

 一枚のカードを投げ渡しつつ、澪は言う。

 

「いずれ、私を倒しに来るといい」

 

 背を向け、言い放つ。

 投げ渡されたカードを受け取った少年は、ただ黙してその背を見つめていた。

 

 勝者、アカデミアウエスト校三年、烏丸〝祿王〟澪。

 ――ウエスト校、一勝目。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 歓声が聞こえてくる。モニターに視線を送ると、十代と亮が勝利し、万丈目が敗北したところだった。

 

「……一勝、二敗か。リードされた経験はIHでもなかったな」

 

 ポツリと呟くのは、眼前に立つ相手――沢村幸平だ。現在彼の場にカードは存在せず、手札こそ四枚あるがそれだけだ。

 だが、その背後には不気味に揺らめく七つの灯が浮かんでいる。

 

「『魔導戦士ブレイカー』でダイレクトアタックだ!」

「手札より『速攻のかかし』を捨て、バトルを無効に。そしてバトルフェイズは終了となる」

 

 苦渋の想いでの宣言も、こうして容易く防がれる。ぐっ、と三沢大地は唇を強く引き結んだ。

 

 三沢LP4000

 沢村LP2000

 

 LPを見れば三沢の方が上。だが、それを喜ぶことはできない。減じている2000ポイントという数字は、彼が削ったモノではないからだ。

 

 魔導戦士ブレイカー☆4闇ATK/DEF1600/1000

 魔導戦士ブレイカー☆4闇ATK/DEF1600/1000→1900/1000

 ヴェルズ・サンダーバード☆4闇ATK/DEF1650/1050→1950/1050

 

 三沢の場に並ぶ三体のモンスター。今回彼が使用しているのは所謂『メタビート』に属するデッキだ。一枚一枚、カードパワーが高いカード群を用いてビートダウンを行うスタンダートなデッキである。

 更に伏せカードは二枚あり、それぞれ『奈落の落とし穴』と『聖なるバリア―ミラーフォース―』である。通常ならば頼りになるカードだが、この相手にはあまりにも相性が悪過ぎた。

 

「……ターンエンドだ……!」

「俺のターン、ドロー」

 

 沢村の背後に灯る灯火の数がまた一つ、増えた。これで数は――八つ。

 

「魔法カード『一時休戦』を発動。互いのプレイヤーはカードを一枚ドローし、次のお前のエンドフェイズまでありとあらゆるダメージが0となる。ターンエンドだ」

 

 灯火の数が増える。これで――九つ。

 

「俺のターン、ドロー。……カードを伏せ、ターンエンドだ」

 

 灯火の数が増える。数は――十。

 

「俺のターン、ドロー。……カードを伏せて、ターンエンド」

 

 灯火の数は、十一。

 

「俺のターン、ドロー! ブレイカーの効果を発動! 自身の魔力カウンターを取り除き、伏せカードを破壊する!」

「チェーン発動だ。罠カード『和睦の使者』」

「くっ……カードを一枚伏せ、ターンエンド」

 

 灯火の数は、十二。

 

「俺のターン、ドロー。カードを伏せ、ターンエンド」

「エンドフェイズ、伏せカード『サイクロン』を発動! その伏せカードを破壊」

「『威嚇する咆哮』が破壊される」

 

 灯火の数は、十三。

 

「俺のターン、ドロー! バトル、ブレイカーでダイレクトアタック!」

「『バトル・フェーダー』。このモンスターを特殊召喚し、バトルフェイズを強制終了する」

「くっ……ターンエンド、だ」

 

 灯火の数は、十四。

 

「俺のターン、ドロー。『ゼロ・ガードナー』を召喚。ターンエンド」

 

 灯火の数は、十五。

 

「俺のターン、ドロー! 魔法カード『地砕き』を発動!」

「さっきも同じことをしただろうに。ゼロ・ガードナーを生贄に捧げ、効果発動。このターン俺のモンスターは戦闘破壊されなくなり、更にダメージも0となる。まあ、今回はダメージだけだが」

「俺は……ターンエンドだ」

 

 灯火の数は、十六。

 

「俺のターン、ドロー。……カードを一枚伏せ、『カードカーD』を召喚。効果発動、カードを二枚ドローし、エンドフェイズとなる」

 

 灯火の数は、十七。

 

「俺のターン、ドロー!」

「スタンバイフェイズ、『覇者の一喝』を発動。相手スタンバイフェイズにのみ発動でき、相手はこのターンバトルフェイズを行えない」

「……ッ、カードを一枚伏せ、ターンエンド……!」

 

 灯火の数は、十八。

 

「俺のターン、ドロー。……『ゼロ・ガードナー』を召喚」

 

 その瞬間、『詰み』であることを三沢は悟った。

 あの灯火を止める術が――ない。

 

「さて、打つ手はあるか?」

「俺のターン、ドロー!」

「ゼロ・ガードナーを生贄に捧げ、効果を発動――」

 

 だが、サレンダーはしなかった。それだけはしてはならなかった。

 その矜持を汲んでくれたのだろう。相手は最後まで、サレンダーを薦めることはしなかった。

 

 そして、二十の灯火が沢村の背後で渦を巻く。

 

 終焉は、ここに訪れた。

『終焉のカウントダウン』――特殊勝利という暴力が、相手を一度も傷つけることなく、勝者を決める。

 

「IHで、俺たちは先輩たちに何度も助けられた。その恩返しってわけじゃないが……ここで負けることは、ありえない」

 

 有り得てはいけない――そう言い切ると同時に、ソリッドヴィジョンが消えていく。

 三沢は、一度俯くと、くそっ、と呟いた。

 

「……やっぱり、全国は広いですね」

「そうだな。俺でも勝てない人は、大勢いた」

「まだまだ、研究が足りないか」

 

 苦笑を零し、三沢は手を差し出す。その手を沢村が握り返すと、彼は深々と頭を下げた。

 

「ありがとう、ございました……!」

「……こちらこそ、だ。恨み言をぶつけない奴は、身内以外じゃお前が久し振りだったよ」

 

 勝者、ウエスト校二年、沢村幸平。

 ――ウエスト校、二勝目。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 状況は五分。残る戦場は三つ。

 否が応にもプレッシャーを感じる現状。しかし、藤原雪乃には関係ない。

 

「私の先行、ドロー。手札より『リチュア・アビス』を召喚。召喚・反転召喚・特殊召喚成功時にデッキからアビス以外の守備力1000以下のリチュアを手札に加える。私は『シャドゥ・リチュア』を手札に加え、更にシャドウ・リチュアの効果を発動。このカードを捨て、デッキから『リチュアの儀水鏡』を手札に加える」

 

 リチュア・アビス☆2水ATK/DEF800/500

 

 サメの頭を持つモンスターが現れる。儀式カテゴリ『リチュア』――儀式使い自体が珍しいためか、相手である最上真奈美が眉をひそめる。ふふっ、と雪乃は笑みを浮かべた。

 

「私はカードを二枚伏せ、ターンエンド」

「私のターンです、ドロー。……手札より、『イエロー・ガジェット』を召喚。効果により、『グリーン・ガジェット』を手札に加えます」

 

 イエロー・ガジェット☆4地ATK/DEF1200/1200

 

 ガジェット――単純であるが故にそれだけ安定した強さを持つカテゴリーだ。更に、と最上は言葉を紡ぐ。

 

「手札の『グリーン・ガジェット』と『マシンナーズ・フォートレス』を捨て、マシンナーズ・フォートレスを特殊召喚」

「リバースカード、オープン! 罠カード『激流葬』! フィールド上のモンスターを全て破壊!」

 

 マシンナーズ・フォートレス☆7地ATK/DEF2500/2000

 

 マシンナーズの主力兵器も、しかし、激流には逆らえない。

 フィールドが空く。だが最上は特に感情を見せぬまま、淡々と手を進めた。

 

「私はカードを二枚伏せ、ターンエンドです」

「私のターン、ドロー」

 

 対し、雪乃も余裕の笑みを崩さない。共に見目麗しき美少女だが、その表情は大きく違った。

 

「悪いけれど……私も負けたくない。一気に決めさせてもらうわね。手札より『リチュア・ビースト』を召喚。召喚成功時、墓地からレベル4以下のリチュアを蘇生するわ。私はシャドウ・リチュアを蘇生」

 

 リチュア・ビースト☆4水ATK/DEF1500/1300

 シャドウ・リチュア☆4水ATK/DEF1200/1000

 

 二体のモンスターが場に並ぶ。更に、と雪乃は言葉を紡いだ。

 

「シャドウ・リチュアは水属性モンスターの儀式召喚に使用する際、このカード一枚で生贄の条件を満たせるわ。私はリチュアの儀水鏡を発動。――降臨せよ、『イビリチュア・ジールギガス』!!」

 

 轟音が響き、地の底よりそれは現れる。

 打ち砕かれ、地を這いながら。それでも尚、本能によって蘇った一つの魔王。

 

 イビリチュア・ジールギガス☆10水ATK/DEF3200/0

 

 凄まじい方向を響かせ、その魔王が力を示す。

 

「……レベル、10」

「驚くところはそこじゃあないわ。――ジールギガスの効果を発動! LPを1000ポイント支払い、カードを一枚ドローする! それが『リチュア』カードだった場合、フィールド上のカードを一枚デッキに戻す! 私はLPを1000ポイント支払うわ!」

「それは通しません。速攻魔法『禁じられた聖杯』。攻撃力を400上昇させる代わりに、モンスターの効果を無効にします」

「あら、残念」

 

 雪乃LP4000→3000

 イビリチュア・ジールギガス☆10水ATK/DEF3200/0→3600/0

 

 フフッ、と笑みを零す雪乃。けれど、と彼女は言葉を紡いだ。

 

「この攻撃が通れば私の勝ち――。バトルよ、リチュア・ビーストでダイレクトアタック」

「罠カード発動、『リビングデットの呼び声』。墓地の『グリーン・ガジェット』を蘇生し、効果発動。『レッド・ガジェット』を手札に」

 

 グリーン・ガジェット☆4地ATK/DEF1400/600

 

 現れる歯車のモンスター。あら、と雪乃は微笑んだ。

 

「その程度じゃあ、私の攻撃は防げないわよ。ビーストの攻撃を続行、そしてジールギガスでダイレクトアタック!!」

「――――ッ」

 

 最上LP4000→3900→300

 

 最上のLPが大きく削り取られる。雪乃はターンエンド、と宣言した。

 

(最上真奈美……彼女の『除去ガジェット』は有名。確かにアドバンテージの稼ぎ合いなら向こうに分があるわ。けれど、私の伏せカードはモンスターの破壊を伏せぐ『我が身を盾に』だし、手札には『速攻のかかし』がある)

 

 相手のデッキに爆発力はないはずだ。ならば、次のターンで――

 

「……ふう」

 

 ふと、相手が零した吐息に。

 雪乃は、自身の背中が凍えたのを感じた。

 

「手札より、『レッド・ガジェット』を召喚。効果により、イエロー・ガジェットを手札に。――魔法カード、『トランス・ターン』発動。モンスター一体を墓地へ送り、そのモンスターと同種族、同属性でレベルが一つ高いモンスターを特殊召喚します」

 

 墓地へ送られたのはレッド・ガジェットだ。

 レベル5、地属性、機械族。

 現れる、モンスターは。

 

「使いたくは、ありませんでしたが。――這い出でよ『サイバー・オーガ』」

 

 サイバー・オーガ☆5地ATK/DEF19001200

 

 現れたのは、鬼の姿を持つ機械のモンスター。

『サイバー』の名を持つ〝鬼〟の登場に、会場がざわめいた。

 

「バトルです。サイバー・オーガでビーストに攻撃。その瞬間、手札の『サイバー・オーガ』の効果を発動。このカードを捨てることでサイバー・オーガの戦闘を一度だけ無効とし、更に攻撃力を2000アップします」

 

 サイバー・オーガ☆5ATK/DEF1900/1200→3900/1200

 

 鬼の攻撃力が上昇する。だが、戦闘はこれで終わりだ。

 

「……それじゃあ、私には届かないようだけれど?」

「ご心配頂かずとも大丈夫です。――速攻魔法『ダブルアップ・チャンス』。攻撃が向こうとなったモンスターを、もう一度攻撃力を倍にして攻撃可能とします」

「…………ッ!?」

「ご容赦を。これ以上続けると、私が不利になるようでしたので」

 

 サイバー・オーガ☆5ATK/DEF1900/1200→3900/1200→7800/1200

 

 攻撃力、7800。

 ある意味で『サイバー』の名に相応しい力を宿したその鬼が、その全力を以て敵を喰らう。

 

「お疲れ様でした」

 

 優雅な一礼。それと共に。

 

 雪乃LP3000→-3300

 

 敗北者が、決定した。

 

「常に支えられてきたのが私たちです。ならばここが、唯一の恩返しの時。……敗北は、できません」

 

 最後まで表情を変えずに言い切った最上の言葉に、ふっ、と雪乃は笑みを零した。そして。

 

「ああ、悔しいわね……」

 

 小さく、彼女は呟いた。

 

 アカデミアウエスト校、三勝目。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

続々と決着がついていく中、IHにおいて大将の立ち位置にいた菅原雄太は笑みを浮かべた。その表情は酷く嬉しそうである。

 

「頼りになる後輩共やなぁ。これなら来年も心配なさそうや」

「おや、それは勝ちを譲ってくれるということかい?」

 

 先行の菅原がカードをドローすると同時に、天上院吹雪がおどけるように肩を竦める。阿呆、と菅原は笑った。

 

「折角自分レベルの相手とやり合えるんや、最初っから最後まで――全開や!!」

 

 何年も待った。かつて追い続けた背中。IH団体戦において頂点に立ったからこそ、その背に手を伸ばそうと思った。

 

(戦績は少しの負け越し程度でも、〝帝王〟と〝プリンス〟は悔しいけど俺より格上や)

 

 だが、それで諦めたくはない。

 強くなりたいと願い、戦い続けた日々は嘘ではなく。

 自分を慕ってくれる後輩たちに、胸を張って会うために。

 

「魔法カード『光の援軍』! デッキトップから三枚のカードを墓地へ送り、ライトロードを一枚手札に加える! 俺は『ライトロード・サモナー ルミナス』を手札に加え、守備表示で召喚!」

 

 落ちたカード→ネクロ・ガードナー、光の招集、ライトロード・パラディンジェイン

 ライトロード・サモナールミナス☆3光ATK/DEF1000/1000

 

 デッキトップからカードが墓地へ送られ、加えられたモンスターを菅原は手札に加える。更に、と言葉を紡いだ。

 

「ルミナスの効果を発動! 『ライトロード・アサシンライデン』を捨て、ライデンを蘇生! 更にライデンの効果により、デッキトップから二枚墓地へ送る!」

 

 ライトロード・アサシンライデン☆4光・チューナーATK/DEF1700/1000

 落ちたカード→ソーラー・エクスチェンジ、オネスト

 

 落ちたカードに僅かに眉を寄せ、菅原はターンエンドを宣言する。その瞬間、二体のモンスターの効果が発動した。

 

「ルミナスとライデンの効果を発動、デッキトップから五枚墓地へ送る」

 

 落ちたカード→ブレイクスルー・スキル、ライトロード・ビーストウォルフ、ライトレイ・ギアフリード、裁きの龍、創世の預言者

 

「ウォルフは自身の効果により、蘇生される」

 

 ライトロード・ビーストウォルフ☆4光ATK/DEF2100/800

 

 展開が完了する。運の要素が強いと言われるライトロードだが、菅原はだからこそ強いと考えている。元々複雑なコンボを考えるのは苦手で、デュエルになれば相手の対応について頭を悩ませるのが精一杯なのが現実だ。故にこそ、菅原雄太はライトロードが自身に一番合っていると考える。

 その戦法は、いつだってシンプルでわかり易く、直接的であるからこそ。

 

「……昔から変わらないようだね、キミは」

「そう言う自分は変わったようやな。獣戦士はどうしたんや」

「色々あったのさ。――さあ、思い出話はここまでだ。僕のターン、ドロー!」

 

 吹雪がカードをドローする。そして笑みと共に一枚のカードを発動した。

 

「キミ相手に出し惜しみは悪手だ。最初から全開でいくよ。――魔法カード『真紅眼融合』を発動! このカードを発動したターン、このカードの効果以外での召喚・特殊召喚ができなくなる代わりに手札・フィールド以外にデッキのモンスターを用いてレッドアイズとの融合を可能とする!」

「デッキ融合やて!?」

「僕はデッキの『真紅眼の黒竜』と『デーモンの召喚』で融合! 迅雷纏いて降臨せよ、『悪魔竜ブラック・デーモンズ・ドラゴン』!!」

 

 轟音が響き渡り、一筋の雷が大地に落ちた。

 ソリッドヴィジョン――それはわかっている。だが、この威圧感は本当に映像なのかと疑いたくなるほどだ。

 

 悪魔竜ブラック・デーモンズ・ドラゴン☆9闇ATK/DEF3200/2500

 

 王子の背後で翼を広げるその悪魔は、一種の神々しささえ纏っている。

 

「さあ、バトルフェイズだ――」

「ネクロ・ガードナーの効果を発動や! このターン、俺は一度だけ相手の攻撃を無効にできる!」

「むっ……」

「悪魔竜は攻撃時にこっちの動きを封じる効果がある。せやけど、ネクロ・ガードナーの発動タイミングはほぼフリーチェーンや。これは無効にできひんよ」

「バレていたか。ならば僕はカードを二枚伏せ、モンスターをセット。ターンエンドだ」

「俺のターンや、ドロー!」

 

 カードを引く菅原。そして引いたカードを確認し、確信する。

 動くならば――ここだ。

 

「ルミナスの効果を発動! 手札を『ライトロード・アーチャーフェリス』を捨て、フェリスを蘇生! そしてレベル3、ルミナスにレベル4、フェリスをチューニング! シンクロ召喚!! 『ライトロード・アークミカエル』!!」

 

 ライトロード・アーチャーフェリス☆4光・チューナーATK/DEF1100/2000

 ライトロード・アークミカエル☆7光ATK/DEF2600/2000

 

 現れるのは、大天使の姿をした竜に乗るライトロード。その能力は、その姿に違わず強力だ。

 

「ミカエルの効果や! LPを1000ポイント支払い、相手フィールド上のカードを一枚除外する!」

「それは通さない! 罠カード『スキル・プリズナー』だ! 対象を取るモンスター効果が発動した時、その効果を無効にする!」

「ちっ、やっぱりか――せやけど、読んでたでその程度は! 俺はレベル4、ウォルフにレベル4、ライデンをチューニング! シンクロ召喚! 『ライトエンド・ドラゴン』!!」

 

 ライトエンド・ドラゴン☆8光ATK/DEF2600/2100

 

 現れたのは、光の竜だ。祇園も用いることのある、強力な効果を持つドラゴン。

 

「ライトエンドは戦闘時、自身の攻守を500下げる代わりに相手の攻守を1500ダウンさせる効果を持っとる。コイツを相手に攻撃力で超えようと思ったら、3600以上の攻撃力が必要やで」

「ふふっ、それはどうかな? 悪魔竜は戦闘時、ありとあらゆる相手の妨害を許さない。多くのモンスターは自身の攻撃時のみに相手を封じ込めるけど、悪魔竜は相手が挑んできた時にさえ相手を封殺する」

 

 真紅眼融合のデメリットは大きいが、それを補って余りある効果だ。多くのモンスターが正面からの殴り合いではこのモンスターに敗北するだろう。

 

「ふん、出し惜しみはなし。全開でいく言うたはずやぞ。――墓地のブレイクスルー・スキルの効果を発動! このカードを除外し、相手モンスターの効果を無効にする! さあこれで道は空いた――ライトエンドで攻撃や!」

「――――ッ!」

 

 吹雪LP4000→3600

 

 吹雪のLPが削られる。更に、と菅原は言葉を紡いだ。

 

「ミカエルでセットモンスターを攻撃!」

「『カーボネドン』が破壊される」

 

 カーボネドン☆3地ATK/DEF800/600

 

 吹き飛ぶのは、小型の恐竜族モンスターだ。げっ、と菅原の表情に苦味が奔る。

 

「……俺はターンエンドや。ミカエルの効果が無効になっとるから、効果は不発になる」

「僕のターン、ドロー。魔法カード『紅玉の宝札』を発動。手札の『真紅眼の黒炎竜』を捨て、デッキからの枚カードをドローする。更にその後、デッキから『真紅眼の黒竜』を墓地へ。更に墓地のカーボネドンの効果を発動。このカードを除外し、デッキからレベル7以下の通常ドラゴンを特殊召喚するよ。――来い、三枚目の『真紅眼の黒竜』!!」

 

 真紅眼の黒竜☆7闇ATK/DEF2400/2000

 

 現れるのは、かの伝説が一角城之内克也が使用した可能性の竜。

 ステータスを見れば確かにブルーアイズには及ばないものの、成程確かに威圧感がある。

 

「更に永続罠『真紅眼の凱旋』を発動! 場にレッドアイズがいる時、墓地の通常モンスターを蘇生できる! 僕は通常モンスター扱いとなっている真紅眼の黒炎竜を蘇生し、再度召喚! デュアル効果を得る!」

 

 真紅眼の黒炎竜☆7闇ATK/DEF2400/2000

 

 流れるような展開。吹雪は更に手札を使用する。

 

「そして黒鋼竜の効果を発動! レッドアイズモンスターに手札・フィールドから装備でき、攻撃力を600アップする! これにより、黒炎竜の攻撃力を3000に!」

「……ッ、ミカエルを超えられたか」

「いくよ、バトルだ。――黒炎竜でミカエルへ攻撃! 破壊だ! そして黒炎竜が攻撃したバトルフェイズ終了時、黒炎竜の元々の攻撃力分のダメージを相手に与える!」

「はっ――――!?」

 

 菅原LP3000→2600→200

 

 一気に菅原のLPが削り取られる。野郎、と菅原が笑みを零した。

 

「やってくれるやんけ……!」

「キミ相手にLPを残すわけにはいかないからね」

 

 肩を竦める吹雪。だが、はっ、と菅原は笑みを零した。

 

「この程度、どうってことあらへんわ! 『ジュラゲド』を特殊召喚! 自分または相手ターンのバトルステップに特殊召喚でき、LPを1000回復する!」

 

 菅原LP200→1200

 

 現れたモンスターの効果により、菅原のLPが回復する。吹雪はくっ、と呻いた。

 

「僕はターンエンドだ」

「俺のターンや、ドロー!――来てくれたか、『裁きの龍』!!」

 

 裁きの龍☆8光ATK/DEF3000/2600

 

 降臨するのは、ライトロード最強の切り札だ。墓地のライトロードが四種類以上という条件でしか特殊召喚できないものの、その効果はまさしく強力無比。

 

「ジュラゲドの効果を発動! 生贄に捧げ、裁きの龍の攻撃力を次のターンのエンドフェイズまで1000上げる! そしてLPを1000支払い、効果発動!! 裁きの龍以外のカードを全て破壊する!! ジャッジメント・ゼロ!!」

 

 場の全てを更地にする、強力なリセット効果。この効果故に、ライトロード最強の切り札と謳われる。

 菅原LP1200→200

 

「『黒鋼竜』の効果を発動! デッキから『真紅眼の黒炎竜』を手札に加える! 更に『真紅眼の凱旋』の効果を発動! このカードが破壊された時、レッドアイズを蘇生する!」

「それがどうした! 裁きの龍で攻撃や!」

「くっ――」

 

 吹き飛ぶレッドアイズ。最強の龍は、その名に違わず圧倒的な力を行使する。

 

「俺はカードを二枚セット、ターンエンドや。エンドフェイズ、裁きの龍の効果でデッキからカードを四枚墓地へ送る」

 

 落ちたカード→ライトロード・マジシャンライラ、オネスト、創世の預言者、ライトロード・アーチャーフェリス

 

 ライトロード・アーチャーフェリス☆4光ATK/DEF1100/2000

 

 菅原のLPは残り200。しかし、フィールドには攻撃力4000の裁きの龍。

 対し、吹雪のLPは残り3600。手札は四。しかし、場には何のカードもない。

 

「僕のターン、ドロー!……さあ、決着を着けよう」

「上等や。全力で潰したる」

「それはこちらの台詞だよ。――魔法カード『死者蘇生』発動! 甦れ、『真紅眼の黒竜』! 更に真紅眼の黒竜を生贄に捧げ――『真紅眼の闇竜』を特殊召喚!!」

 

 真紅眼の闇竜☆9闇ATK/DEF2400/2000→4200/2000

 

 現れるは、闇纏う漆黒の竜。更に、と吹雪は言葉を紡ぐ。

 

「魔法カード『紅玉の宝札』を発動! 『真紅眼の黒炎竜』を墓地に送り、更にデッキからも『真紅眼の黒炎竜』を墓地に送って二枚ドロー! 手札より『黒竜の雛』を召喚! そして魔法カード『ミニマム・ガッツ』を発動!! 黒竜の雛を生贄に捧げ、裁きの龍の攻撃力を0にする!!」

 

 真紅眼の闇竜☆9闇ATK/DEF2400/2000→5100/2000

 裁きの龍☆8光ATK/DEF3000/2600→4000/2600→0/2600

 

 更に上昇する攻撃力。対し、裁きの龍の攻撃力は0となる。

 

「さあ、バトルだ!! ダークネスドラゴンで裁きの龍を攻撃!! ダークネス・メガフレア!!」

「ナメンな〝プリンス〟!! 罠カード『光子化』!! 相手モンスターの攻撃を無効にし、その攻撃力を俺のモンスターに加える!!」

 

 裁きの龍☆8光ATK/DEF0/2600→5100/2600

 

 力を失っていた龍が、方向と共に天高く舞い上がる。応じるようにダークネスドラゴンも舞い上がり、両者は天空で睨み合う。

 

「――読んでいたよ、菅原くん」

 

 だが、〝プリンス〟は揺らがない。

 

「キミが真っ向勝負に拘ることは知っているし、覚えている。あの亮を相手に最後まで正面からの殴り合いに拘ったのはキミだけだ。どれだけ愚かと笑われようと、その信念を貫き通したキミを僕は尊敬している」

「……だからなんや?」

「だから、このカードを切り札にした。――速攻魔法、『ダブル・アップ・チャンス』!! 攻撃を無効にされたモンスターをもう一度攻撃可能とし、更にダメージステップの間攻撃力を倍にする!!」

 

 真紅眼の闇竜☆9ATK/DEF5100/2000→10200/2000

 

 咆哮と共に天高く上昇していくダークネスドラゴン。いけ、と吹雪は宣言した。

 

「可能性の竜――その真価をここに示せ! ダークネス・インパクト!!」

 

 一万を超えた攻撃力。決まった、と誰もが思った。

 

「光の龍を打ち砕け!!」

 

 一撃が迫る。だが、その瞬間に。

 

「――負けて、たまるかァ!! 罠カード、『光の招集』!! 手札を全て捨て、捨てた枚数と同じ数の光属性モンスターを手札に加える!!」

 

 捨てた手札は一枚。そして、墓地に眠るのは――

 

「ダメージ計算開始時、『オネスト』の効果を発動や!!」

 

 

 響き渡る轟音。同時、天より一体の竜が堕ちてくる。

 

 

 真紅眼の闇竜☆9闇ATK/DEF10200/2000

 裁きの龍☆8光ATK/DEF15300/2000

 菅原LP200

 吹雪LP-1700

 

 勝者が決定される。ふう、と菅原は息を吐いた。

 

「……光子化超えてくるとかどういうことやねん」

「対応したキミが言うことじゃないだろう?」

「まあ、せやけど」

 

 肩を竦める菅原。吹雪は苦笑した。

 

「それにしても、これで五分になったか」

「ブランクある人間に負けると俺らの沽券に関わるからなぁ」

「まあ、後はアスリンに期待しようかな」

 

 そう言うと、振り返る吹雪。その吹雪に、そういえば、と菅原は言葉を紡いだ。

 

「アカデミア本校はワンキル推奨でもしとんのか?」

「ん、どうしてだい? 亮なんかは結果的にそうなっているけど、特にそういう戦術に特化して教えているわけではないよ?」

「そうなんか。ふむ」

 

 納得したように頷く菅原。そして彼は、ポツリと呟いた。

 

「……アイツを矯正したんは、正解やったか」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……歪んでいた、だと?」

 

 二条紅里が呟いた言葉に、丸藤亮は眉をひそめた。はい、と紅里が画面を見つめながら言葉を紡ぐ。

 

「元々、ぎんちゃんのデュエルのスタイルはカウンター型。相手の手を耐えて、耐えて、分析して、その中で勝機を見出すモノでした。けれど、ウエスト校に戻って来た時、そのスタイルは大きく変わっていて……」

 

 最初に気付いたのは菅原だ。まるで己を顧みないかのような全力の展開と、攻勢。リスクとリターンの天秤が釣り合っていない状態での攻撃。

 その姿は、まるで。

 

「……何かを怖がっているみたい、って、ゆーちゃんは言ってて~……」

 

 詳しくは聞いていないが、澪から聞いた話によると祇園は相当厳しい戦いに身を投じていたのだという。そこでは敗北は許されず、故にこそ最短距離で相手を制圧することが必要だった。

 

「……そう、か」

 

 ポツリと、呟くように頷く亮。きっと心当たりがあるのだろう。だが、彼の心配は杞憂だ。

 

「でも、もう大丈夫です」

 

 団体戦は一人の戦いではない。それを、紅里たちは彼にしっかりと伝えた。

 

「ぎんちゃんは、強くなりましたから」

 

 曰く、〝シンデレラ・ボーイ〟。

〝ルーキーズ杯〟を皮切りに、あまりにも短い時間で全国クラスにまで名を馳せた一年生。メディアにおいて彼はそう評された。実際、傍目から見ればそう思えるだろう。多くの者に支えられ、彼はあそこに立っているのだから。

 だが、そもそもだ。

 灰被り姫――シンデレラの物語とは、一つの前提が存在している。

 

「――魔法使いがシンデレラに与えたのは、城に赴く手段だけだ。容姿も、ダンスの力も、話す力も、魔法使いは何一つ与えなかった……いや、違うな。施さなかった」

 

 不意に、第三者の言葉が響いた。現れたのは、〝王〟の名を持つ〝最強〟が一角。

 

「何故なら、シンデレラにはすでにステージで輝くだけの素養があったのだから」

 

 楽しそうに彼女は笑っていた。どこか誇らしげでさえある。

 

「みーちゃん、お疲れ様~」

「うむ。見ていたよ。惜しかったな」

「ごめんなさい~」

「構わんさ。……さて、キミもデータでなら知っているのだろうが、今の少年はセブンスターズとの戦いの時とは大きく違う。かつては薄く鋭い、切れ味だけのナイフしか少年は持っていなかった。しかし今は違う。ナイフの技術はそのままに、新たな武器を手に入れた」

 

 モニターに映る少年の表情は、いつも通り緊張に染まっている。だが、そこには不安と自信が同時に宿っていた。

 

「凱旋だ。魅せてみろ、少年。その真価を」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 相手のデッキはBF。純粋な展開力とそこから紡がれる攻撃力は相当なレベルだ。特に厄介なのがシンクロモンスター群であり、どのモンスターも面倒な効果を持っている。

 

「先行は僕です、ドロー。……モンスターをセット、カードを二枚伏せてターンエンド」

「私のターンよ、ドロー。……手札から永続魔法『黒い旋風』を発動。更に『BF―蒼炎のシュラ』を召喚。この瞬間、黒い旋風の効果を発動。BFの召喚成功時、デッキからその攻撃力以下のBFを手札に加えるわ」

「リバースカード、オープン。速攻魔法『サイクロン』。黒い旋風を破壊」

 

 BF―蒼炎のシュラ☆4闇ATK/DEF1800/1200

 

 BFのエンジンとも言える黒い旋風を破壊する。永続魔法は場になければ効果を発揮しないのだ。明日香は眉をひそめるが、バトル、とすぐに宣言した。

 

「シュラでセットモンスターを攻撃!」

「セットモンスターは『ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―』。手札の『ガード・オブ・フレムベル』を捨て、破壊を無効に」

 

 ドラゴン・ウイッチ☆4闇ATK/DEF1500/1100

 

 戦闘破壊時に効果を発揮するシュラも、戦闘破壊ができなければどうしようもない。

 

「……私はカードを一枚伏せ、ターンエンドよ」

「僕のターン、ドロー。……『増援』を発動、『ドッペル・ウォリアー』を手札に加え、『ジャンク・シンクロン』を召喚、効果でガード・オブ・フレムベルを特殊召喚し、墓地からのモンスターの特殊召喚に成功したため、ドッペル・ウォリアーを特殊召喚」

 

 ジャンク・シンクロン☆3闇・チューナーATK/DEF1300/800

 ガード・オブ・フレムベル☆1炎・チューナーATK/DEF100/2000

 ドッペル・ウォリアー☆2闇ATK/DEF800/800

 

 場に合わせて四体ものモンスターが並ぶ。だがその瞬間、炎に包まれた怪鳥が場を焼いた。

 

「シンクロはさせないわ! 罠カード発動、『ゴッドバード・アタック』! シュラを生贄に捧げ、ジャンク・シンクロンとガード・オブ・フレムベルを破壊!」

「…………ッ」

 

 チューナーモンスターが二体とも破壊される。流石にシンクロを使っているだけはある。どこを潰せばいいか、的確に判断してきた。

 

「僕は魔法カード『死者転生』を発動。手札の『魔轟神獣ケルベラル』を捨て、『ジャンク・シンクロン』を手札に。そして手札から捨てられたため、ケルベラルを蘇生」

 

 魔轟神獣ケルベラル☆2光・チューナーATK/DEF1000/800

 

 チューナーが場に出た。選択肢はいくつかある。だが、相手の伏せカード。アレを考えると……。

 

(召喚反応系じゃない。そうなると……)

 

 安全策を取る。まずは相手の出方を見る必要がありそうだ。

 

「レベル4、ドラゴン・ウイッチとレベル2、ドッペル・ウォリアーにレベル2、魔轟神獣ケルベラルをチューニング。――闇を、切り裂け――『閃光竜スターダスト』」

 

 閃光竜スターダスト☆8風ATK/DEF2500/2000

 

 星屑の龍が降臨する。バトル、と祇園は宣言した。

 

「スターダストでダイレクトアタック!」

「……ッ」

 

 明日香LP4000→1500

 

 明日香のLPが大きく削られる。祇園はターンエンド、と宣言した。

 

「私のターン、ドロー!……二枚目の黒い旋風を発動! そして手札より『BF-極北のブリザード』を召喚! 召喚成功時、墓地からレベル4以下のBFを特殊召喚する! 『BF―蒼炎のシュラ』を特殊召喚! 更に黒い旋風の効果により、デッキから『BF-上弦のピナーカ』を手札に!――レベル4、蒼炎のシュラにレベル2、極北のブリザードをチューニング! シンクロ召喚! 『BF-月影のノートゥング』!!」

 

 月影のノートゥング☆6闇ATK/DEF2400/1600

 

 現れるのは、大きな剣を持ったBFだ。その効果は正しく強大である。

 

「ノートゥングの特殊召喚成功時、相手モンスターの攻守を800下げ、更に相手LPに800ダメージを与える。更にノートゥングの効果により、BFの召喚権が増える。ピナーカを召喚、更に黒い旋風の効果により『BF-白夜のグラディウス』を手札に。魔法カード『闇の誘惑』を発動。カードを二枚ドローし、手札から闇属性モンスターを除外。『白夜のグラディウス』を除外し、場にBFが存在するため『BF―黒槍のブラスト』を特殊召喚! そしてレベル4、黒槍のブラストにレベル3、上弦のピナーカをチューニング! シンクロ召喚!! 天を舞いなさい、漆黒の翼! 『BF-アーマード・ウイング』!!」

 

 BF-上弦のピナーカ☆3闇・チューナーATK/DEF1200/1000

 BF―黒槍のブラスト☆4闇ATK/DEF1700/800

 BF-アーマード・ウイング☆7闇ATK/DEF2500/2000

 

 この圧倒的なまでの展開力こそがBFの強みだ。しかも、まだ終わっていない。

 

「更に残夜のクリス自身の効果によって特殊召喚!!」

 

 BF-残夜のクリス☆4闇ATK/DEF1900/300

 

 場に並ぶ三体の黒鳥。その力は、正しく強大だ。

 しかも、これで手札は二枚残っているのだから恐ろしい。疾風の翼、BF――その力はやはり相当なものである。

 

「バトル、ノートゥングでスターダストを攻撃!」

「スターダストの効果により、一度だけ破壊から守る!」

「アーマード・ウイングで追撃! そしてクリスでダイレクトアタック!!」

「……!!」

 

 祇園LP4000→3300→2500→600

 

 祇園のLPが大きく削られる。

 

「私はピナーカの効果を発動。デッキから『BF―月影のカルート』を手札に加え、ターンエンド」

 

 明日香がターンエンドを宣言すると、祇園は静かにカードをドローした。

 

「僕のターン、ドロー。相手フィールド上に飲みモンスターが存在する時、デュエル中一度だけ『アンノウン・シンクロン』を特殊召喚できる。そしてジャンク・シンクロンを召喚、効果発動。墓地からドッペル・ウォリアーを蘇生。――レベル2、ドッペル・ウォリアーにレベル3、ジャンク・シンクロンをチューニング。シンクロ召喚。『ジャンク・ウォリアー』」

 

 アンノウン・シンクロン☆1闇ATK/DEF

 ジャンク・ウォリアー☆5闇ATK/DEF2300/1300→3100/1300

 ドッペル・トークン☆1闇ATK/DEF400/400

 ドッペル・トークン☆1闇ATK/DEF400/400

 

 現れるのは、ジャンクの戦士だ。更に祇園は手を進める。

 

「レベル1、ドッペル・トークンにレベル1、アンノウン・シンクロンをチューニング。『フォーミュラ・シンクロン』。シンクロ召喚成功時、一枚ドロー」

 

 フォーミュラ・シンクロン☆2光・チューナーATK/DEF200/1500

 

 引いた手を札を確認する。そして、祇園はバトル、と宣言した。

 

「ジャンク・ウォリアーでノートゥングへ攻撃!」

「その攻撃は通るわ」

 

 明日香LP1500→800

 

 互いにLPが1000を切る。祇園はカードを一枚伏せると、ターンエンドを宣言した。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 明日香がカードをドローする。そして、手札のカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

「魔法カード『精神操作』を発動! フォーミュラ・シンクロンのコントロールを奪うわ!」

「フォーミュラ・シンクロンの効果を発動! 相手ターンのメインフェイズ時に、フォーミュラ・シンクロンを用いてシンクロ召喚ができる!――集いし願いが、新たに輝く星となる! 光差す道となれ! シンクロ召喚、飛翔せよ『スターダスト・ドラゴン』!!」

 

 スターダスト・ドラゴン☆8風ATK/DEF2500/2000

 

 星屑の竜が降臨する。だが、想定内、と明日香は呟いた。

 

「アーマード・ウイングでスターダスト・ドラゴンを攻撃! 相討ちよ!」

「リバースカード、オープン。――罠カード『バスター・モード』」

 

 一陣の風が、夢神を祇園を中心に駆け抜ける。

 その風は竜巻となり、星屑の竜が新たな進化を遂げる一助となる。

 

 スターダスト・ドラゴン/バスター☆10風ATK/DEF3000/2500

 

 セブンスターズとの戦いを終えた祇園たちには、今回の件の侘びとして理事長である影丸から様々な援助が行われた。

 その中で祇園に渡されたカードの内の一枚だ。事実上彼にしか使用が許されていないモンスター。

 

「攻撃力3000……!?」

「…………」

「けれど、その程度なら。アーマード・ウイングで攻撃! その瞬間、手札の『月影のカルート』の効果を発動! このカードを捨てることで、ダメージステップ時に攻撃力を1400ポイントアップする!」

「その瞬間、スターダストの効果発動! 相手の魔法・罠・モンスター効果が発動した時、このモンスターを生贄に捧げることでその発動と効果を無効にする!」

 

 ありとあらゆる効果をシャットダウンする圧倒的な無効効果。くっ、と明日香が呻いた。

 

「私はカードを一枚伏せてターンエンド!」

「エンドフェイズ、スターダスト・ドラゴン/バスターが帰還する! そして僕のターン、ドロー! 魔法カード『貪欲な壺』を発動! 閃光竜スターダスト、ジャンク・ウォリアー、ジャンク・シンクロン、魔轟神獣ケルベラル、フォーミュラ・シンクロンをデッキに戻し、二枚ドロー!――今、墓地の闇属性モンスターはドラゴン・ウイッチ、ドッペル・ウォリアー、アンノウン・シンクロンの三体! 『ダーク・アームド・ドラゴン』を特殊召喚!!」

 

 ダーク・アームド・ドラゴン☆7闇ATK/DEF2800/1000

 

 闇に染まった、鎧の竜。その咆哮が、大気を揺らす。

 

「ダーク・アームド・ドラゴンの効果を発動! 墓地のジャンク・シンクロンを除外し、セットカードを破壊!」

「『ミラーフォース』が破壊されるわ……!」

「アンノウン・シンクロンを除外し、残夜のクリスを破壊!」

 

 これで明日香のフィールドはがら空きになった。バトル、と祇園が宣言する。

 

「スターダスト・ドラゴン/バスターでダイレクトアタック! アサルト・ソニック・バーン!!」

「――――ッ!!」

 

 明日香LP800→-2200

 

 決着が訪れる。ソリッドヴィジョンが消えていくと共に、祇園はゆっくりと頭を下げた。

 

「ありがとう、ございました」

「……強いわね。本当に。今回は、私の負けよ」

 

 僅かに悔しさを滲ませつつ、明日香は言う。そして二人が握手を交わすと同時に、対抗戦は終わりを迎えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「というわけで、5-2でウエスト校の勝利です~! ハイ拍手~!」

 

 視界の美咲がパチパチと手を打ち鳴らし、会場で大歓声が上がる。参加者たちはステージの上に立ち、その称賛を受け止めている。

 

「菅原さん、次俺とデュエルしようぜ!」

「いや待てや十代。その前に俺には先約があるんや」

「ふん、菅原雄太といったな。貴様はこの俺、万丈目サンダーが――」

「勝負や〝帝王〟! 二条の敵討ちや!」

「私死んでないよ~?」

「貴様ァ! 開始前の挑発は何だったんだ!?」

「いいだろう。こちらも吹雪の仇だ」

「じゃあ僕は二条さんと……」

「なんや二条とデュエルするんか王子様は?」

「いや、お茶でもどうかなと思ってね」

「…………兄さん……」

「あはは~、ごめんなさい~」

「……即答で断ったようだな」

「まあ、気持ちは何となくわかります」

「じゃあ祇園! デュエルしようぜ!」

「うん、いいよ。僕の方からお願いしたいくらい」

「いやあんたらそれ閉会式終わってからにしてや」

 

 あまりの自由っぷりに美咲が素でツッコミを入れる。だが全員聞いていない。

 

「……ま、ええか。それでは、今日のお祭はここで幕! お疲れ様でした~!」

 

 強引に締めにかかる美咲。会場中から拍手の音が響き渡り、それと共に対抗戦の幕が下りる。

 こうして、長い一日が終わった。

 

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 

「ウエスト校に来たのは少年にとっていいことだったようだな」

「そうみたいですねー。ええ先輩に恵まれましたわ、祇園は」

「菅原雄太……彼は面倒見も良いし、コミュニケーション能力も高い。正直、あのメンバーを実質的にまとめているのは彼だ。後は山崎壮士だな。少年の歪みをきっちり矯正した」

「アレはウチも気になっとったんですけどね。本校に残るならどうにかしよう思てたんですけど」

「セブンスターズとの戦い。自分自身を過小評価し過ぎる嫌いのある少年ならばあの結論に行き着いてもおかしくはない」

 

 以前の祇園は一手一手を丁寧に、ギリギリで紡ぎ上げるデュエルをしていた。だがここ最近は初手からのリスクを無視した全力展開を行い、勝負を急ぎ過ぎているきらいがあった。

 だが、それも仕方がないと言える。敵は強大であり、実力も未知数。そんな相手に勝つためには、勢いで潰し切るしかなかったのだ。

 

「だがそれも変わった。強くなったよ、少年は」

「はい。本当に、強くなりました」

 

 どこか嬉しそうに、二人は笑う。

 

 

 祭が終わり、物語は新たな詩を刻んでいく。

 ずっと、こんな日々が続けばいい――きっと、誰もがそれを願っていた。

 ――けれど。

 いつだって、危機は音を立てずに忍び寄る――……




随分遅くなってすみません。
これと次の小話で、とりあえず第一期は終了。ようやくの第二期に入ります。
お付き合いいただけると幸いです。





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間章 誇りと思うモノ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏も近付き、気温も上がってきた時期。遊城十代は普段の彼からすれば珍しく、一人で構内を歩いていた。

 

「ったく、どうして休みの日にわざわざ」

 

 ぶつぶつと愚痴を零しながら歩く姿もまた珍しい。今日は本来休日のはずなのだが、十代はこの間の筆記試験の結果が悪く、課題を受け取りに来るようにクロノスに言われたのだ。

 普段なら付いて来てくれる翔も今日はいない。しかも、先程技術資料室――事実上クロノスの部屋であるそこに行ってもクロノスがおらず、探す羽目となってしまっていた。

 

「どこ行ったんだよ、クロノス先生」

 

 呼び出しておいて――そんなことを呟く十代だが、そもそも彼が呼び出しを受けた時間は朝九時であり、自身の勘違いで昼になってから来たことが原因である。それはクロノスもいないはずだ。

 

「あら、十代?」

 

 歩いていると、不意に呼び止められた。視線を向けると、そこにいたのは天上院明日香だ。

 

「おっ、明日香。何してるんだ?」

「私は美咲先生にちょっと用があったのよ。十代は? 休みの日に決闘場に来るならともかく、後者にいるなんて随分と珍しいわね」

「それがさ、クロノス先生に呼び出されたんだけど部屋にいなかったんだよ」

 

 肩を竦める十代。あら、と明日香が首を傾げた。

 

「クロノス先生ならさっき中庭で見たわよ?」

「ホントか!?」

「ええ、こっちよ」

 

 明日香が十代に方向を示し、二人で並んで歩き出す。その途中で、そういえば、と明日香は言葉を紡いだ。

 

「宗達から連絡はあった?」

「いや、何もないぜ。いつものことだけど」

「そう……。雪乃に聞いても『気にしなくても大丈夫よ』としか言わないから、気になってるんだけど」

 

 顎に手を当ててそう呟く明日香。現在如月宗達は学校を休み、アメリカへ飛んでいる。普段がああなので忘れがちだが、彼はアメリカに本拠地を置くプロチームに所属する身である。現在はそちらでリーグ戦に参加しているはずだ。

 

「まあ、宗達なら大丈夫だろ。負けるとこなんて想像できないしな!」

「……宗達の場合、勝ち負けじゃなくて問題を起こしてないかどうかが重要なのよ」

 

 ため息を零す明日香。そう言うが、雪乃が大丈夫と言っているなら大丈夫なんじゃないかと十代は思う。何しろ宗達のことを一番理解しているのは彼女だ。その雪乃が放置しているなら、少なくとも悪いことにはなっていないはずである。

 ちなみにこの予測は半分正解で半分間違いである。宗達はチームに合流して一時間後に1Aの監督に挑発され、そのままリアルファイト勃発。元々嫌われていた人物らしく最初は日本人と宗達を侮っていたチームメイトたちも参加しての大乱闘となった。とりあえず監督を病院送りにしたのだが、その騒ぎが上層部に伝わりチーム全員に謹慎が言い渡され、時間ができたからと敵の敵は友理論でチームメイトたちと大会に参加し、荒らし廻っている。まあ確かに気にするだけ無駄っちゃ無駄である。……ちなみに参加したとある大会で皇〝弐武〟清心と遭遇し、思いっ切り嫌そうな顔で堂々と会話している姿から嫌な注目を浴び始めていたりするが、どの道何かしら問題を起こして注目を浴びていたはずなので問題ない。

 

「まあ、気にしても仕方ないわね。こっちを巻き込みさえしなければ」

「そういえば宗達ってアメリカ・アカデミアのデュエリストと友達なんだよな? 海外のデュエリストってどんな奴ら何だろうなー」

「あなたのその能天気さが羨ましいわ、十代」

 

 明日香が肩を竦める。正直海外で宗達が問題を起こすとアカデミア生である自分たちにも飛び火してくる可能性があるのだが……まあ、気にしない方がいいのだろう。

 

「あ、いた! クロノス先生!」

「ム……? シニョール遊城、何をしていたノーネ!」

「それはこっちの台詞だぜ先生。部屋に行ったのにさ」

「シニョールが来る予定だったのは朝9時ナノーネ!」

「えっ」

「……十代……」

 

 明日香がため息を零す。十代はバツが悪そうに苦笑した後、クロノスが何かを持っているのに気付いた。

 

「あれ、クロノス先生。それなんだ?」

「む……フフン、よく聞いてくれたノーネ! これはここの卒業生であるプロデュエリスト、シニョーラ神崎からの手紙でスーノ!」

「えっ!? マジかよ!?」

 

 胸を張りながらのクロノスの言葉に十代は驚きの声を上げる。明日香も驚いた表情を浮かべていた。

 神崎アヤメ――名門チーム、東京アロウズで副将として活躍するプロデュエリストだ。〝ルーキーズ杯〟でも交流がある相手だが、まさか手紙まで送っていたとは。

 

「どんな内容なんだ?」

「近況報告と、今度のドラフトについて、そして……今や我が校の生徒ではなくなってしまいましたが、シニョール夢神のことについてでスーノ」

「へぇ……」

「彼女だけでなく、時々卒業生からは手紙が届きまスーノ。皆、誰一人の例外なく私の誇りなノーネ」

 

 嬉しそうに手紙を握り締めるクロノス。そのまま、よければ、と彼は言葉を紡いだ。

 

「シニョーラ天上院も技術史資料室に来ると良いノーネ。あそこには歴代の卒業生の写真が残っているでスーノ」

 

 そう語った時のクロノスの表情は、とても誇らしげで。

 二人は、はい、と頷いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「いつ来てもやっぱ凄ぇなここは」

 

 部屋に入ると共に周囲を見回し、十代がそう言葉を紡ぐ。部屋は広く、いくつもの本棚とそこに納められた無数の資料は図書室と言っても通用しそうだった。違うところと言えば、図書室ならある長机がなく、小さな机が一つあることぐらいだろうか。

 

「美咲先生も褒めてらしたもの」

 

 明日香が頷く。美咲曰く、KC社の資料室と同クラスどのことだ。世界最高峰の企業と同クラス――それがどれだけ凄まじいか。

 

「ふふん、当然なノーネ。ここは私たちが世界中から――」

「あっ、写真ってこれかクロノス先生!」

「ボーイ! 話が途中なノーネ!」

 

 いつも通りと言えばいつも通りのやり取り。壁に掛けられた写真を指差して言う十代に吠えた後、クロノスはそちらへと歩み寄った。その写真には今より少し若い自分と、初々しさの残る響緑、そしてそれぞれラー・イエローとオシリス・レッドの制服を着た女生徒が映っていた。

 

「それは卒業前に撮ったモノなノーネ。シニョーラ神崎はシニョーラ響にとって最初の生徒で、凄く優秀な生徒だったノーネ。……ただ、融通が利かず、それが元でトラブルとなり……一緒に映っている生徒と共に退学になりかけたこともあったでスーノ」

「そうなのですか?」

「どうにも真面目過ぎた部分があったノーネ。まあ、今や第一線で活躍するプロデュエリスト。私の誇りでスーノ」

 

 嬉しそうに語るクロノス。こういう姿を見ていると、いつもの嫌味な先生の印象はないのだが……。

 

「じゃあ、この隣の人は?」

「彼女は城井樹里。卒業後にKC社に就職し、今はシニョーラ桐生のマネージャーをしているノーネ」

「あの人卒業生だったのか!」

 

 臨時講師としてアカデミアに美咲が来ているということもあり、そのマネージャーの姿は十代たちも何度も見かけている。スーツの似合う、真面目そうな女性だった。まさか卒業生だったとは。

 

「彼女のデュエルの腕は確かだったのでスーガ……卒業の際、プロの道は諦めると告げてKC社に就職したノーネ。彼女の力ならば、十分プロは目指せたはずでしたのでスーガ……」

「そんなに強かったのか……」

「シニョーラも受けた制裁デュエル。それをこの二人はLPに一ポイントのダメージも受けず相手を完封したノーネ。まあ、シニョーラ神崎はともかくシニョーラ城井は色々問題行動が多かったのでスーガ」

 

 肩を竦めるクロノス。へぇ、と十代が頷きつつ周囲に視線を巡らせると、新たな写真が視界に入った。

 

「この写真に写ってる人、見覚えがある気が……」

「その生徒は天城京一郎なノーネ。私の最初の生徒でスーノ」

「全日本五位の天城プロですか!?」

「そうなノーネ。ああ、その写真に映っているのは柊恭弥、今はスターナイト福岡に所属していまスーノ。……ああ、今ボーイが見ているのは昔あったサウス校との交流戦の写真なノーネ。中心に映っているのが当時の本郷イリア、その隣は今実業団で活躍している加賀美弘毅でスーノ」

 

 スラスラと語られる名前に、十代も明日香もただ聞き入る。

 

「この写真は東京で行われた大会に全校生徒で参加した時の写真なノーネ。中心の和田聡は昨年引退しましたが、来年度からサウス校の技術指導として勤務することが決まっているノーネ。覚えの悪い生徒でしたが、その分、人に教えるのは向いていると私は思っていまスーノ」

 

 淀みなく、十代や明日香が視線を向ける度に写真に写る者たちについて語るクロノス。その表情は楽しそうで、誇らしげで、しかし、どこか寂しさを称えていた。

 そして、その姿を見て……二人は理解する。

 ああ、そうか、と。

 この人は、本当に――

 

「クロノス先生ってさ」

 

 へへっ、と十代は笑みを浮かべる。

 

「やっぱ、良い先生だよな」

「ええ、そうね」

 

 クスクスと笑みを零す明日香。卒業した生徒たちのことをこうも鮮明に覚え、そして誇らしげに語るとは。

 

「……と、当然なノーネ! それよりもシニョールには課題がありまスーノ! これを明日までに提出するノーネ!」

「げっ!? マジかよ~!」

 

 渡されたレポートの課題を眺め、肩を落とす十代。そのまま彼は部屋を出て行き、明日香も一礼と共に部屋を出て行った。

 その二人を見送ると、クロノスは机の上に置いてあった一枚の写真を手に取った。

 

「……いつか、この写真について後の生徒に語る日がくるといいでスーノ」

 

 そこに映っているのは、複数人の男女だ。所属する寮もバラバラ、年齢も一人は最上級生。映っている教師は自分と鮫島校長、桐生美咲、響緑、そして本来部外者であるはずの烏丸〝祿王〟澪と防人妖花が写っている。

 これはセブンスターズとの戦いに関わった全員で撮った写真だ。今更ながら、誰も失われなかった事実を嬉しく思うと同時、誇りにも思う。彼らは最後まで必死に、命を懸けてやり遂げた。

 一人、失われた――クロノスにとっては同僚と呼べる相手がいるが、彼の最期については十代から聞いている。きっと満足して逝ったのだろう。そう信じたいと思う。

 

「私の誇りは、年を追うごとに増えていく」

 

 誰もが良い生徒ではないし、特にレッド寮の生徒たちのやる気のなさについては頭が痛いを通り越して怒りさえ覚えるが、それでも生徒だ。

 彼らがどんな道を歩もうが、その道を進む手助けになれたなら……それが、クロノスの誇りとなる。

 

「とても、嬉しいことなノーネ」

 

 誇らしげに、彼は笑い。

 新しい写真を、壁に張り付けた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ええ。そっちもちゃんとやりなさいよ。私たちの代ではあんたが一番の出世頭なんだから」

 

 時間はすでに夜十時を過ぎている。先程自分の担当である桐生美咲をホテルに送り届けたところだ。自分以上に多忙なはずだというのに車の中でさえ書類仕事をするその姿には頭が下がる。まあ、だからこそこっちも必死で仕事をしていけるのだが。

 

「ああ、私? 明日も朝が早いのよ。今日は泊まり込み。今駐車場に着いたところね。シャワーがあるのは嬉しいけど、たまには湯船につかりたいわ」

 

 城井樹里。高卒でKC社に入社し、現在は桐生美咲のマネージャーを務める女性だ。分刻みのスケジュールを過ごす彼女のマネージャーということもあり、城井自身もかなり多忙だ。だが、今の彼女はそんな日々を充実していると捉えている。

 

「ええ、アヤメ。あんたも――って、私が? 無理よ、今更。私はどうも表に出ると碌なことにならないみたいだから。裏方だけど、今の自分には結構満足してるし」

 

 車の扉を閉め、地下駐車場を歩いていく。流石に朝方よりは少ないが、それでもそれなりの数の車が停められている。一番奥にある一際高級そうな車から察するに、社長も未だ勤務中なのだろう。

 流石は世界に名立たるKC社社長である。割と無茶振りの多い人だが、誰よりも率先して動くその姿には敬意を覚えるし、ついていこうと感じられる。

 

「大体、ドラフトも近いでしょ? 私にそんな冗談言ってる暇あるの? え、明日も会議? 大変ね、あんたも。選手以外にスカウトも――って、美咲を? あはは、横浜のオーナーが手放すわけないじゃない」

 

 ケラケラと笑い声を上げながら相手の冗談にそう返す。人目があるところでは礼儀正しく、真面目な言葉遣いをする城井だが、それは実は親友の物真似であったりする。美咲とも二人きりの時は砕けた調子で話すし、だからこそそれなりの信頼はあるはずだ。

 

「まあ、お互い頑張りましょ。適度に、適度にね。……大丈夫よ、昔じゃないんだし。退学になりかけた時みたいな無茶はしないわ」

 

 じゃあね――そう言葉を残し、電話を切る城井。その彼女の視界に、一人の男性が映った。

 白い服を着た青年だ。城井はその人物の顔を見、眉をひそめる。その青年は見覚えのある人物であり、そしてここにいるはずではない人物だったからだ。

 

「お久し振りです」

 

 相手はこちらに気付くと、そう言って微笑を浮かべてきた。城井は眉をひそめつつ、ええ、と頷く。

 

「少し前にウチの桐生の番組にエドさんが出演して下さった時以来ですね。あの時はありがとうございました」

「それはこちらの台詞です。……実は、城井さんに一つ用がありまして。失礼とは思いましたが、お待ちさせていただきました」

「……? それならば、ロビーでお待ちいただければ……」

「いえいえ、それでは少し都合が悪く」

 

 青年が微笑む。同時。

 

「――何故、プロを目指さなかったのです?」

 

 いきなりの言葉に。

 体が、動きを止めた。

 

「思い知ったのですか? 理解したのですか? あなたの親友――神崎アヤメとの絶対的な差を?」

「……何を」

「悔しくはありませんか?」

 

 一歩、こちらへと歩み寄ってくる青年。思わず城井は後ずさった。

 

「――勝ちたくは、ありませんか?」

 

 非常識だと、跳ね除けることはできた。こんな時間に現れて、いきなりこんなことを口にして。

 だが、どうしてか。それが、今の城井にはできなかった。

 

 青年がこちらへ背を向け、数歩だけ歩みを進める。見れば、クロスの掛けられた机が置かれていた。

 椅子に腰かけ、こちらを見据える青年。彼は薄い笑みを浮かべたまま言葉を紡いだ。

 

「持っているのでしょう? 一日も欠かさず調整し、しかし、一度も使っていない――魂を」

「…………ッ」

 

 思わず鞄に手をやった。そこには確かに、彼女が一日と欠かさず調整し、持ち続けるデッキがある。

 ある夏の日。親友とのデュエルに敗れ、以来一度も使わなかったデッキが。

 

「どうぞ、席へ」

 

 諸手を挙げて紡がれる、その言葉。

 異様な状況、異様な空気。逃げ出すべきだ。背を向け、ここから離れるべきだ。

 

「――――ッ」

 

 だが、彼女はそうしなかった。

 この異様な状況を前に、踏み込んでしまった。踏み込めるだけの意志を、持ってしまっていた。

 

 白き光が、迫りくる。

 日常は、少しずつ……崩壊していく。








アカデミア本校は本当の名門です。
そしてクロノス先生はとてもいい先生なのです。


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第二期 予告

 

 それは、一人の少年が紡いだ物語。

 それは、一人の少女が紡いだ物語。

 それは、数多の決闘者たちが紡ぎ上げた物語。

 

 

 これは、〝誰か〟のために戦い続けた者たちの軌跡。

 

 

 

「そう簡単には、負けられない。任せるって、そう……言われたから」

 

 尊敬する先達が卒業し、彼らこそが先達となった。

 

「新入生は皆元気やなぁ」

「喧嘩売られる方は面倒臭ぇだけだがな」

 

 

 新たにできた後輩たちに対する想いは、それぞれに。

 

 

「アニキは僕のアニキッスよ!」

「俺のアニキだドン!」

「ふん、慕われているじゃないか十代」

「へへっ、なんか嬉しいな」

 

 

 季節がまた、移り替わる。

 

 

「まさかこの三人で肩を並べることになるとはね。何が起こるかわからないものだ」

「肩を並べる? 馬鹿なことを抜かすもんじゃあねぇなぁ。いつ、俺たちが肩を並べたってんだ?」

「珍しく意見が合いましたね。我々が相容れることは有り得ない。あってはならないのです。それはあまりにも道理に合わないのですから」

「これは申し訳ない。誰かとチームを組むなんて随分と久し振りのことだったのでね。少し興奮しているんだ。確かに、我々は絶対に相容れない。そういう立場であり、そういう存在であるが故に」

「……あんたらホント仲悪いんだか良いのかわかんねぇな」

「良いわけなかろう?」

 

 

 命を懸けた戦いが終わり、訪れるのは誇りを懸けたデュエル。

 そう……なるはずだった。

 

 

「私とデュエルをしてみないかい? キミに興味がある」

「その心の内に潜む迷い……私が導いてあげよう」

「――口元がにやけてんだよ、ロシア娘」

「お勤め、きっちりこなさんとアカンしなぁ」

「申し訳ないが、私はキミたちに対して一切の興味がない。ただ、このデュエルをとある少年が見ている。それだけで、本気を出すのには十分だ」

「遊城十代。僕は、キミを認めない!」

 

 

 数多の思惑が絡む中、少年たちは知る。

 世界とは、悪意に満ちていて――

 

 

「……ごめん、美咲……。約束、果たせなく……なっちゃったよ……」

 

 

 これほどまでに、ままならない。

 

 

「初めてだよ。これほどまでに、誰かを殺したいと思ったのは」

「どうして、どうしてこんな! 祇園が何をしたっていうんや!」

「藤堂詩音を知っているか? テメェらが未来を奪った俺の家族の名前だ。知らねぇならそれでいい。ここで黙って死んでいけ」

「原因は不明。治療法も不明。あるのは事実のみ。だからこそ、どうにもできない」

 

 

 伸ばす手の先は、遥か遠く。

 何も掴めず、地に落ちる。

 

 

「――返せと、言いやした。詩音サンを……返せ、と」

「ガキが。二人がかりで女の子を追い回して恥だとも思わないのか?」

「私の役目であり、役割です。だから、私が戦います」

 

 

 憎悪が世界を焦がし、命は零れ落ちていく。

 決して交わらぬはずの者たちでさえ、その手を取り合うほどに。

 

 

「テメェは俺の一番大事なもんに手を出した。――生きて帰れると思うんじゃねぇ」

「最早どれだけの時間、恋い焦がれたかも忘れた。それだけが欲しかった。なぁ、嬢ちゃん。オメェはあいつの娘だ。だから忠告してる。そこを退きな、ってよ。……それでも立つってんなら、それでもいい。ここで死んどきな」

「祈るんや。神様に。人に。それを無視するほど、世界は残酷やないはずやから。誰も助けてくれないほどに、世界は理不尽ではないはずやから」

「祈るな。神など所詮、ただの傍観者だ。力が無ければ死ぬ。それが嫌ならそもそも戦場に立つべきではない。命を懸け、敗北し、そうしてそこで這い蹲っている時点でキミの物語は終わっている」

 

 

 運命は、〝戦う者〟に試練を課した。

 

 

「余がここに来たのは友がため、そして人のためだ。まさかとは思うが、貴様ら。人の意志を無視して結論を下すつもりだったとは言わぬだろうな?」

「想いは届く。私はそのために存在している。だから、どうか。どうか――……」

「納得できるわけあらへん……ッ!! できるわけないやろ!! 勝てないとか! 理不尽とか! そんなんで奪われたことを! 理不尽を認められるわけないやろ!!」

「……すみませン、お嬢サン……、自分は――……」

「もう失わない。奪わせない。俺はそう誓ったんだ。そのための力は、得たはずなんだよ!!」

「事情などどうでもいい。貴様を殺す。それで私の目的は達成される」

 

 

 散っていく命。語られることなき物語。

 

 

「――ブルーアイズ。未知なる壁を突き破れ」

 

 

 光差す、未来へ。

 

 

 

「失わないために戦うって決めたんだ。僕はもう、僕自身の非力のせいで誰かを失いたくない」

 

 

 

 迫りくる絶望の光。

 抗うは、正しき闇。

 

 その想いが、世界に届く。

 



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第二期 登場人物・デッキ紹介

 

 

 

 

 

・夢神祇園(ゆめがみ ぎおん)

 性別/男 所属/アカデミア・ウエスト校二年、デュエルランキング暫定7位(二年生筆頭)

 

 たった一人の少女との約束から全てが始まり、そしてここまで到達した少年。本作の主人公。

 基本的には人畜無害で、むしろ他人に圧される場面の方が目立つ。それでも胸に秘めた〝約束〟へのこだわりは最早執念と呼んでいいレベルのものであり、それだけを支えに戦い続けてきた。

 度重なる不運や不条理、理不尽に晒されながらも折れなかったのはその精神が強固なものであるから――ではなく、『折れることができない』が故にである。究極的には(少なくとも本人にとっては)いざという時に無条件で頼れる相手がいないが故に、折れることがイコールで死に繋がりかねないことを知っているのである。

 

 アカデミア本校を退学になり、ウエスト校へ編入。そこで〝ルーキーズ杯〟におけるウエスト校代表決定戦に敗北するも、かのアマチュア№1と並んで本選へ出場し、準優勝。更にその後は再び本校へ戻り、そしてまたウエスト校へと編入。このあまりにも異色過ぎる経歴と、ウエスト校において一年生筆頭としてIHに出場、一年生の身分でありながら十二分にその実力を示した彼をメディアは〝シンデレラ・ボーイ〟と呼んだ。

 しかし一部ではこれを批判する声もある。彼はあくまで自身の力で道を切り開いてきたのであり、シンデレラのように魔法使いにドレスと馬車を用意してもらったわけではない、と。だが、そもそもシンデレラが与えられたのは究極的には『舞踏会へ行く権利』である。そういう意味では、全国大会という領域へ至れるだけのメンバーが揃っていたアカデミア・ウエスト校に編入したという事実を指しての呼称としては正しいかもしれない。

 

 本人の自己評価はとことんまでに低いが、そもそもから本校における彼の同世代の者たちはまさしく〝天才〟と呼ぶに相応しい者ばかりであり、環境が異常に過ぎる。更には桐生美咲という幼馴染の存在や、烏丸澪という〝最強〟の存在など、彼の周囲の者はあまりにも強過ぎた。特にウエスト校代表としてのIHに向けた練習では他の代表の者とばかりデュエルを繰り返し、敗北を繰り返していたという経緯もある。それでも折れずに勝利を掴もうとする姿は最早狂気的でさえあるが、その直向きな姿に他のメンバーは信頼を置いている。

 

 実はウエスト校でもそれなりに女生徒から人気があったりするが、その手の話は聞こえて来ない。それどころか基本的にぼっち行動である。それは彼が自分から誰かに対して『用はないけど話しかける』という行為を全くと言っていいほど行わないからであり、あまりにも一人でいた時間が長すぎた故に『雑談』という行為が苦手であるがため。

 

 彼のデッキには精霊である『ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―』が宿っているが、この精霊は本人曰く力が弱く、あの防人妖花でさえ認識できない。実は〝三幻魔〟との戦いの際に周囲に満ちた闇の力で一時的に顕現した際も、祇園以外の人間には一切見えていなかった。彼女のことを知っているのは主たる祇園以外では烏丸澪のみであり、その澪自身、彼女に対して興味を持っていない。

 祇園を『マスター』と呼び、必要以上の忠誠心を見せる。

 

 

 使用デッキ/カオスドラゴン、白黒魔轟ジャンクドッペル

 

 カオスドラゴン……OCG的には世界大会でも活躍した『カオスドラゴン』だが、祇園の使う型は非常に特殊。全てのカードがピン差しという特異な構成であるため、操るには相応の実力が必要となる。コンセプトは『どこからでも戦えるデッキ』であり、所謂切り札のポジションにあるカードの種類が非常に多い。反面、エースと呼ぶべきモンスターがこれといって見当たらず、安定して場に出るモンスターというのが決まっていないのが弱点といえば弱点。

 白黒魔轟ジャンクドッペル……所謂『クイックジャンド』が基本形だが、そこに白黒の二種の竜、更に烏丸澪より贈られた『魔轟神獣』を組み込んだデッキ。一撃の爆発力は勿論のこと、『魔轟神獣ユニコール』を用いたコントロール戦術を行うことができるなど、その戦術における選択肢は多い。基本的にエースは二種類の『スターダスト』。

 

 

 

 

・桐生美咲(きりゅう みさき)

 性別/女 所属/横浜スプラッシャーズ所属、日本ランキング25位

 

 アイドルにしてプロデュエリスト。本作のヒロイン。

 性格は明るく、社交的。アイドルをしているだけのことはあり、常に笑顔を絶やさない。だがちょくちょく腹黒い部分が見えたりする。夢神祇園と交わした〝約束〟の成就については、彼に負けない想いを抱いている。

 全くの無名からジュニア大会を優勝、そのままプロデビューという鮮烈な経歴を持ち、その上で現在はプロチーム『横浜スプラッシャーズ』のエースを張る実力者という割と出鱈目超人。それでも印象として圧倒的と思えないのは、おそらく彼女より上位に屹立する〝最強〟の存在が理由だろう。

 

 アイドルプロと呼ばれ、その人気においては日本のプロデュエリストの中では間違いなく最上位に入る。出演する番組、ラジオ、雑誌など彼女の姿を見ることのできるメディアの数は多く、その上でアカデミア本校の講師までしているというとんでもスケジュールで過ごしている。文句は言うが、それでもきっちりこなすので海馬瀬人は重宝しているとか。

 

 プラネット・シリーズやカオス・ソルジャーといった世界レベルでも超が付くほどのレアカードを所持していたり、まだ十六という若さでありながらI²社会長であるペガサス・J・クロフォードやKC社社長海馬瀬人、更には〝最強〟の一角たる烏丸〝祿王〟澪などから全幅の信頼を寄せられていたり、更には当代最高峰と謳われる〝巫女〟である防人妖花でさえ認識できない精霊を従えたりと、謎な部分が多い。そもそもどこでどうやってそれらのレアカードを手にしたのか、一切が不明なのだ。

 しかし、そんな彼女をペガサスや海馬瀬人は信頼している。そこにどんな事情と理由があるのかは、現時点ではわかっていない。

 

 夢神祇園に対しては、明確な恋愛感情を抱いている。かつて荒んでいた時に出会い、『諦めない』というあまりにも単純で、しかし忘れかけていたことを教えてくれた彼を大切に想っている。そして何より、いつだって彼は彼女の味方だった。だからこそ、彼女もまた彼の味方である。だが、桐生美咲自身があまりにもヘタレ過ぎてその関係は一向に〝親友〟から変化しないままである。〝三幻魔〟との戦いで進展しそうになったが、結局彼女自身がそのことについて明確にしなかったせいもありうやむやとなった。ヘタレここに極まれりである。

 

 

 使用デッキ/混沌天使、TG代行天使

 

 混沌天使……ヴァルハラによる特殊召喚を主軸に、大型天使モンスターによるビートダウンを主軸としたデッキ。ヴィーナス、アスモディウス、スペルピア、マスター・ヒュペリオン、アテナ、クリスティア――大型天使たちはその一枚一枚がエースであると同時に試合を決めてしまいかねない破壊力を持つ切り札でもある。更には天空の聖域によるダメージ無視もあり、想像以上の硬さも有している。

 TG代行天使……上記のデッキにシンクロ要素を組み込んだデッキ。展開力が上昇しており、更に殺意も上昇している。二種類のレッド・デーモンの隣に大天使やカオス・ソルジャーが並ぶという対戦相手涙目の展開も見られる。OCG的には一時環境トップに立ったこともあるデッキであり、今でもクリスティアで詰むデッキはそれなりに多い。

 

 

 

 

・烏丸澪(からすま みお)

 性別/女 所属/日本五大タイトルが一角、〝祿王〟を冠する(ランキングは日本、世界共に圏外)

 

〝日本三強〟が一角にして、〝祿王〟のタイトルを有するプロデュエリスト。本作におけるヒロイン。

 尊大な態度と言葉遣いは、自他共に彼女を〝王〟と認識するが故。その名に相応しい実力は有しており、彼女の実力を疑う者はいない。しかし彼女自身、ほとんど公式の場に姿を現さないため〝幻の王〟とも呼ばれている。それがまた彼女の噂を一人歩きさせ、様々な憶測が流れているのだが、その実情はただ単に本人が表舞台に立ちたがらないだけという理由である。

 

 遊城十代は〝選ばれた者〟であり、防人妖花は〝愛された者〟である。二人は精霊からの加護を一身に受ける存在だが、その根底には精霊との交流があり、心を通わせるという背景がある。しかし烏丸澪にそんなものはない。彼女がそこにいるだけで精霊たちは力を貸し、彼女はそれを受け入れる。それが〝王〟であり、曰く〝望めばありとあらゆる領域で頂点に立てる〟と謳われる存在だ。だからこそ精霊たちは彼女に畏怖の感情を向け、彼女もまた、精霊たちに対して必要以上の意識も興味も向けない。

〝王〟と呼ばれこそしているが、彼女には臣下も民もいない。本人曰く『一人きりの愚かな王』。そんな彼女の望みは自分と同種の存在を見つけることであり、とある出来事から他人に対しても大して興味を抱かなくなった時はその過程で相手を壊してしまうことも何度かあった。しかし手がかりすらなく、最近では最早諦めている。

 

 現在一番興味を持つのは夢神祇園という少年が歩む軌跡。自分とは全く違う、〝持たざる者〟たる彼がどこへ行きつくのか、楽しげに見守っている。だがその執着はとある感情を連想させ、とある少女を不安にさせている。ただ、本人には未だその感情の意味がわかっていないようだが。

 

 セブンスターズ、そして〝三幻魔〟との戦いの際に前線に立つことを拒否したが、それは丸藤翔に語った理由よりももっと根深い理由がある。烏丸澪という〝最強〟が守護者に加われば、それこそセブンスターズはありとあらゆる手段を講じて彼女を排除するであろうことは想像に難くない。例えば夢神祇園や防人妖花を人質に取り、最悪二人が殺害、そうでなくとも五体満足でなくなるという可能性さえあった。そういうことをする者がいることを彼女は知っているし、そういう場面も見たことがある。故に彼女は最後まで一度も戦わなかった。それと同時に自身の存在を抑止とするためにあの場にいたというのが真相である。……まあ、その背景にはとある少年の件があったわけだが。

 

 ちなみに現在の彼女は結局進学をしなかったので所属する組織はなく、表に出たがらず仕事もしたがらないということもあってニート具合が増している。ちょくちょく祇園に会いにウエスト校に現れて校長と雑談をしているらしいが、〝最強ニート〟の名が真実味を帯び始めている。ぶっちゃけ働くだけの必要性がないという立場でもあるため、色んな意味で一番自由。

 

 かつて幼き頃に精霊界を訪れ、混乱を巻き起こしたり世界を救う手助けをしたりしたという噂があるが……真実のほどは定かではない。

 

 

 使用デッキ/暗黒界、暗黒魔轟神

 

 暗黒界……ご存じグラファがひたすら蘇り続ける暗黒界を使用。エースであるグラファでひたすら殴りつつ、スキドレとウイルスで相手を叩き潰す。対戦相手は大体理不尽な目に遭う。

 暗黒魔轟神……レイヴンの効果でシルバ、ゴルドのどちらかを捨て、レベル8シンクロ、そこからヴァルキュルスの効果を用いて更に展開、という動きを基本としたデッキ。バトル・フェーダーを合わせればトリシューラも特殊召喚できるなど、できることは多い。こちらもデッキとしては割とスタンダート。魔轟神の王たちとは現在共闘関係にあるが、互いに相手に対する信用も信頼も一切ない。

 

 

 

 

 

・防人妖花(さきもり ようか)

 性別/女 所属/なし

 

 当代最高峰を謳われる、神さえも降ろすことを可能とする〝巫女〟。

 遊城十代が偶然に産まれた〝精霊に選ばれた者〟であるのに対し、彼女は人が永き時を懸けて紡ぎ上げた〝精霊に愛された者〟。その存在はただそこに在るだけで精霊たちを惹きつけ、共にあることを彼らに望ませる。そしてそんな精霊たちに囲まれて育ったためか、肉親のいない境遇ながら底抜けの純粋さを持つ。それは彼女が〝巫女〟であるために必要な素養であると同時、彼女の本質を示している。

 

 元々は山奥の村に隠れるように、或いは隠されるように暮らしていたが、いくつもの偶然から烏丸澪と出会い、ペガサス・J・クロフォードと出会い、その世界を広げていくこととなった。現在は烏丸澪が暮らすマンションに居候しつつ、特別に用意された教育係の下で勉強している。年齢的には丁度中等部に入学する年齢であり、周囲はアカデミア中等部に入学するモノだと勝手に認識しているのだが……。

 

 彼女の故郷にある社に封印されていた『エクゾディア・ネクロス』の世話をしていたという話だが、それについては違和感がある。エクゾディア・ネクロスは〝神〟と呼ばれるほどの力は持っておらず、また、力の弱い『クリッター』などの精霊はともかく、彼女に与えられた加護の本質からすれば歯牙にもかからないほどの力しかないはずの存在なのだ。だがそれでも彼女がネクロスをそう認識していたのは事実であり、その理由は不明である。

 

 DMについては小さなころからずっとTVで眺め、憧れ続けてきた。そのためプロデュエリストについては異様に詳しい。ちなみに一番好きなプロデュエリストは『喧嘩決闘』と謳われるデュエルスタイルをした藤堂晴であり、対戦相手がおらず、一人で壁に向かってデュエルするしかなかった防人妖花にとってどんな相手だろうと真っ向から殴り合うその背中が非常に格好良かったためである。

 

 精霊界において〝神〟とぶつかった夢神祇園を癒したり、〝三幻魔〟との戦いでは本来存在し得ないはずの龍を呼び出したりと、その能力は最早異次元のそれ。本人の自覚は薄いが、その才能は唯一無二のモノと言えるだろう。

 

 

 使用デッキ/レベル1活路エクゾディア、魔導エクゾディア

 

 活路エクゾディア……『活路への希望』を用いたドロー加速を用いたエクゾディアデッキ。そこに防人妖花の豪運による、『ミスティック・バイパー』のドローが加わり、最早理不尽そのものな回転を見せる。だがこのデッキはそもそも対戦相手のいない彼女が一人で回すために紡ぎ上げたデッキであり、そのため対戦相手を見なくても戦えてしまうデッキとなっている。

 魔導エクゾディア……〝ルーキーズ杯〟で戦うということを知った彼女が紡いだ戦うためのデッキ。ブラック・マジシャン師弟とエクゾディアを魔導に組み込むというとんでも構築をしているが、彼女の豪運によって問題なく回っている。エクゾディアは彼女に加護を与える数多き精霊の中でもとくに重要な精霊の一柱であり、姿を現すことも言葉を告げることもほとんどないが常に彼女を見守っている。

 

 

 

 

・如月宗達(きさらぎ そうたつ)

 性別/男 所属/アカデミア本校二年オシリスレッド、フロリダ・ブロッケンス2A

 

 憎悪をその根源に宿し、修羅の道を歩むことを決めた業深き少年。

 基本的にトラブルメーカー。元来敵が多く、本人も売られた喧嘩は全力で買う主義であるためすぐにトラブルを起こす。大体相手を挑発して怒らせるが、そういう時は彼自身が穏便に済ませるつもりがない場合がとても多い。ただし一度仲間、もしくは身内と定めた相手に対しては徹底的に甘い。友人たちに対しては彼なりに忠告を何度も送ったり、セブンスターズとの戦いにおいては裏切り者と罵られることを覚悟で友を守るために正体を隠して敵側についた。

 

 かつて〝サイバー流〟とその理念と真っ向から対立し、そのせいで一人きりになってしまった経緯がある。彼にとってデュエルとは勝利が全てにおける大前提であり、そこに別の要素が絡む余地はない。そのスタイルは徹底したカウンター制圧型。それはドロー運があまりにもなさ過ぎる彼が辿り着いた哀しい結論であり、それを選ぶしかなかったからこそ、それを否定した〝サイバー流〟を許せなかった。

 その本質は〝管憑き〟と呼ばれる、存在そのものがある種の呪いを受けた存在。それは業であり、生まれながらに彼はそれだけを理由に精霊たちから忌み嫌われ、否定されている。故に彼はそれを受け入れ、ならばと彼らを憎悪し、力ずくで従える選択をした。

 

 彼にとって何よりも優先されるのは〝勝利〟であり〝栄光〟、それに伴う自身の証明である。だが、恋人である藤原雪乃についてはその限りではない。彼女は彼にとって救いそのものであり、だからこそ執着し、何よりも大切にしている。

 

 とある偶然から〝邪神〟を従えることとなった。現在は力で抑え込んでいるが、その均衡は非常に危うい。ただ〝邪神〟としても彼の〝管憑き〟としての体質については面白がっている節があり、今のところ共闘関係を築けている。

 

 

 使用デッキ/六武衆

 

 六武衆……モンケッソクケッソクカゲキムシャの呪文で有名な侍デッキ。その展開力と切り札たる支援の制圧力は凄まじく、その強さから〝侍大将〟と宗達は呼ばれる。『六武の門』が無制限の時代はキザンの無限ループを可能にした。

 

 

 

 

◇プロデュエリスト◇

 

 

 

 

・新井智紀(あらい ともき)

 性別/男 所属/阪急ジャッカルズ(ドラフト一位)

 

 アマチュア№1とも呼ばれていた、最強の大学生だった男。気のいい兄貴分。

 今年度ドラフトにおいてまさかの七チームからの強豪指名を受けて世間を騒がせた。本人には特に志望するチームはなかったらしく、快くジャッカルズに入団している。

 

 かの〝ルーキーズ杯〟において遊城十代に敗北したことをきっかけに、彼の周囲と交流を持つようになった。その面倒見の良さから慕われており、彼本人も色々と気にしているらしい。特に防人妖花には懐かれており、妹のような感覚で接している。

 一見栄光の道を歩んできたように見える彼だが、その経歴はどちらかと言うと挫折と苦悩に満ちている。だからこそ決して人の努力は笑わないし否定もしない。ただ、夢神祇園が抱える問題については自身にできることはないとある意味冷たい返答を彼に対して行っている。しかしそれは彼なりの誠意があってこその言葉であり、夢神祇園も彼のことは信頼している。

 

 現時点で新人王最有力候補。実力は確かな兄ちゃんである。彼女はいないが。

 

 

 使用デッキ/ジェムナイト

 

 ジェムナイト……連続融合が売りのデッキ。最近デッキ融合も手に入れ、ますます殺意が高まった。単純なワンキル性能ならトップクラス。その分防御が薄く、そこが弱点と言えば弱点。

 

 

 

 

・神崎アヤメ(かんざき あやめ)

 性別/女 所属/東京アロウズ(副将レギュラー)

 

 新人王も獲得した実力者。プロデュエリストであると同時にスカウトとしての役目も負っており、礼儀正しく真面目な女性。

 自身を倒した夢神祇園のことを高く評価しており、割と真剣にすぐにでもチームに引き込めないかと考えている。おそらく作中で彼のことを最も評価している人物の一人。

 

 実はアカデミア本校の卒業生であり、当時はラー・イエローに所属していた。その時は今ほど融通の利く性格ではなかったらしく、その不器用さから親友と共に制裁デュエルを受けた経緯がある。ただ本人はそれを恥ずかしがっているのか、過去のことを夢神祇園に語る際はその辺を誤魔化していた。

 実力は確かで、詰将棋の如く一手ずつ相手を追い詰めていくデュエルスタイルから〝玄人〟とも呼ばれる。

 

 ※学生時代のエピソードで多分文庫一冊分ぐらいのストーリーを書ける気がする。多分。

 

 

 使用デッキ/剣闘獣

 

 剣闘獣……かつてはモンスターを数多く投入するライトロードと対極、モンスターの数を少なくする構築で世界に挑んだカテゴリー。基本的に受けの戦術だが、カイザレスが割と理不尽な効果を持っている。デッキに戻して融合という少々特殊な動きをし、少しギミックが特殊。

 

 

 

 

・藤堂晴(とうどう はる)

 性別/男 所属/東京アロウズ(大将レギュラー)、全日本ランキング3位、世界ランキング10位

 

 真っ向勝負の決闘スタイルから『喧嘩決闘』と呼ばれる、全日本三位の実力者。現時点で最もタイトルに近い人物と謳われるが、本人はあまりタイトルには興味がないらしい。

 

 過去に精霊界に彼の姉と共に呼ばれたことがあり、そこで英雄と呼ばれるだけのことをした。だが普段の行動が普段の行動過ぎてあまり敬われていなかったりする。それもそのはずで、基本的に悪人ではないが割と外道で面倒臭がりのため、結果的に彼が救いこそしたもののその結果が釈然としない場合が多かったのである。

 そんな彼がプロデュエリストとして活躍しているのは、命の恩人たちからの頼みのため。それが果たされる日が来るまで、彼は正々堂々、本来の彼のスタイルとは大きく違う正々堂々の戦いを貫くだろう。

 

 姉である藤堂詩音が〝眠り病〟という病に侵されており、その原因を追い続けている。

 烏丸澪とは姉と共に精霊界で出会っており、その際に殺されかけたため大の苦手。

 

 ※精霊界での物語においてはおそらく主人公。多分色々やらかしてる。

 

 

 

 

・烏丸銀次郎(からすま ぎんじろう)

 性別/男 所属/東京アロウズ

 

 烏丸澪の弟でありながら、その才に恵まれなかった青年。しかしそれでも本来ならそこに立っていたはずの〝彼女〟の代わりにプロの世界で戦うことを誓う。

 

 烏丸澪とは腹違いの姉弟。愛人の子供であり、そのせいで居場所はなかった。母が亡くなり、引き取られた際にそんな彼を『弟』だと澪が彼のことを決め、それにより生きていくことが許される立場となる。それ故か澪のことは常に気にかけており、命を懸けてでも恩を返すとは本人の意志。

 それとは別に病院で出会った藤堂晴の姉、藤堂詩音と交流がある。本来ならプロの世界で称賛を浴びているはずの彼女の代わりにプロの世界に立つことを誓いとし、歯を食い縛って戦い続けている。彼女は澪と同じく彼を認めてくれ、肯定してくれた数少ない人物であり、心の底からの想いを抱いている。

 原因不明、治療法不明の奇病〝眠り病〟に侵され、日に日に起きている時間が短くなっていった彼女は、遂に目を覚まさなくなる。彼は毎日病院に通い、ただ、待ち続けている。

 ――再び、彼女が目を覚ます日を。

 

 見た目はもの凄く怖いが、悪人ではない。むしろ善人。そして気が弱いとは姉の談。

 

 

 使用デッキ/レプティレス

 

 レプティレス……攻撃力0がテーマという一風変わったデッキ。特に切り札の『レプティレス・ヴァースキ』は攻撃力0のモンスターを二体生贄に特殊召喚と変わった条件を持つ。トリッキーな戦術を用いるが、それ故に噛み合った時の爆発力は凄まじい代わりに追い込まれると辛くなる。 

 

 

 

 

・本郷イリア(ほんごう いりあ)

 性別/女 所属/スターナイト福岡

 

 桐生世代を代表するデュエリストの一人。同時期にプロとなった桐生美咲とは数多くの場面で戦い、勝ったり負けたりを繰り返してきたため彼女のライバルとみなされている。実際互いの認識は好敵手なので間違いではない。

 

 ドラフトで〝帝王〟こと丸藤亮を手にしたスターナイト福岡の中心選手。その実力は確かで、〝ルーキーズ杯〟にも選出された。気の強い女性だが、だからこそ桐生美咲とは相性が良い。

 アカデミア・サウス校の卒業生であり、福岡は彼女の地元。そのためか非常に地元人気が高く、地元ではほとんどスター扱い。

 

 

 使用デッキ/炎王

 

 炎王……破壊される度に色々やらかし、ガルドニクス二体で全体破壊のループを組める恐ろしいカテゴリ。まさかの手札を破壊するという効果を用いてまで、相手ターンであろうと全体破壊を繰り返す。そのリセット能力は強力で、割と理不尽。油断すればサイドラ条件下で魔法カード一枚よりガルドニクスが飛んでくることもある。

 

 

 

・二条紅里(にじょう あかり)

 性別/女 所属/広島セイバーズ(ドラフト一位)

 

 昨年度IH団体戦MVP及び個人戦総合優勝の、文字通り〝最強の高校生〟。

 ドラフトで広島より指名を受け、快く入団を決定した。新人王有力候補。

 

 中学時代から烏丸澪のことを知り、同時に彼女に壊されず、それどころか未だ憧れを抱き続け、友人でもあり続ける稀有な人物。その圧倒的な存在感と実力により注目を浴び続け、しかし、あまりにも異質であったために周囲から拒絶された烏丸澪を肯定し続けた数少ない人物。そのせいで本来ならば負う必要のなかった苦難を背負うこととなったが、それを彼女が後悔したことは一度もない。

 

 のんびり屋でマイペース。烏丸澪のそれがうつったのか、よく昼寝をしている姿が見かけられる。だが物事の本質はきっちりと見ており、一人になりやすい夢神祇園を気遣う場面が何度か見られる。また、その表面の奥に秘めた情熱は本物で、誰もが自分とは違う存在と認識する――あるいは、するしかない烏丸澪という怪物の領域に本気で至ろうとしている。

 

 

 使用デッキ/植物デュアル

 

 植物デュアル……デュアルモンスターであるギガプラント、植物モンスターをデッキからどんなモンスターであろうと呼び込むローンファイア・ブロッサムを中心としたコンボデッキ。その動きは中々壮観で、ぐるぐると目まぐるしくモンスターが入れ替わり、場が構築されていく様は見る者を魅了する。世界に一枚しかない『ライフストリーム・ドラゴン』はIH個人総合優勝者である彼女へペガサス・J・クロフォードから直々に贈られた。

 

 

 

 

・菅原雄太(すがわら ゆうた)

 性別/男 所属/阪急ジャッカルズ(ドラフト四位)

 

 騒がしいことが大好きなお祭男。だが悪人では決してなく、その根本は善人である。

 二条紅里の陰に隠れがちだが、IH団体戦において彼女と共に無敗を誇り、また、個人戦においてもベスト8で二条紅里に敗北するなど、対外戦において彼はIH中無敗を誇った。少々実力が過小評価されているきらいがあるが、二条紅里という存在がそれだけ強烈だったと言えるだろう。ただ、どのチームも彼を下位指名で獲得する意志はあったらしく、そこを阪急が四位指名することで他を出し抜いた。本人は阪急ファンだったのでこの結果に大喜びだったようだが。

 

 実力的な中核は二条紅里だったが、ウエスト校代表にとって精神的な支柱は実を言うと彼。基本的にマイペースで意外と他人に興味がない二条紅里。基本無口で、人と物理的に距離を取ろうとする沢村幸平。真面目過ぎて融通が利かず、サイバー流の亜流であるということに複雑な想いを抱いている最上真奈美。そしてぼっち行動が多く、自己評価がとことん低い夢神祇園。山崎壮士を除けば個人主義――というより、個人行動の多い者ばかりであり、その全員と正面から向き合えたのは彼だけであった。全員と言葉を交わし、チームとしてまとめ上げたのは間違いなく彼の功績だろう。だからこそ、誰一人文句は言わずに彼を大将に据え続けた。

 

 あらゆる意味で正統派の青年。普通に青春し、恋をし、努力し、結果を示し、今がある。努力を高確率で結果に繋げられる者――〝秀才〟という表現が彼には一番適しているだろう。

 

 

 使用デッキ/ライトロード

 

 ライトロード……登場時期に対し、随分と長く生き続ける古参テーマ。最近クラウンブレードを組み込んで更に殺意を上げ始めた。一部では裁きの龍不用説も出ているが、彼は絶対に認めないだろう。多分。デッキから墓地へ送るというシンプルな効果を軸に、墓地との連携で相手を圧倒する。とりあえず増えていく墓地とちらつく裁きの龍の存在に絶望感を覚えたデュエリストは少なくないだろう。

 

 

 

 

・皇清心(すめらぎ せいしん)

 性別/男 所属/日本五大タイトルが一角、〝弐武〟を冠する(全日本ランキング2位、世界ランキング3位)

 

 DMの創世記より活躍し続ける、〝日本DM界原初の大物〟。この呼び名はあまりにも多くの異名を与えられ続けた彼が最後に辿り着いた称号と言える。

 基本的に己の勝利のみにしか興味がなく、それ以外の全てを捨て去った。その始まりは、一体どこへ置き去りにしてきたのか。最早本人さえ覚えているかどうか、定かではない。

 

 飽くなき〝最強〟への執念がこの人物を〝行ける伝説〟とまで呼ばれる領域へと押し上げた。如月宗達が選んだ形の、ある意味では究極系。その暴虐的な意志はありとあらゆる全てを捻じ伏せ、従えてしまう。

 その執念は最早怨念と呼んでいいほどに凄まじく、如月宗達がどうにか力技で抑え込もうとし、興味というある種温情のようなものを受けることでどうにか呑み込まれずにいるが、この人物の場合は違う。〝邪神〟という存在をその執念は縛り付け、従えてしまった。

 

 どこぞの〝王〟と違い、少し〝違う者〟を見かけると興味を抱く。だが、すぐに飽きる。彼が他人に絡むのは所詮は気まぐれであり、他人の人生など彼にとっては暇潰し以上の意味はないのである。

 

 

 使用デッキ/聖刻、炎星

 

 聖刻……全盛期は一瞬でオーバーキルが可能というとんでもデッキだった。現在もデッキから直接レダメを引っ張れる効果は強力で、特に『聖刻龍―トフェニドラゴン』は色んなデッキに出張する。そうして生まれた『聖刻リチュア』なるデッキは先行で相手手札を全てデッキに叩き込むという史上最強のハンデスをやらかした。

 炎星……永続魔法、永続罠を中心にアドを取っていくという一風変わったデッキ。動きを単体で見ていくとよくわからないアドの取り方をしているが、気が付けば相手が劣勢ということもよくある。特に『炎舞―天キ』と『暗炎星―ユウシ』のコンビネーションは強力で、出張することも多い。レベル3軸だと『真炎の爆発』にも対応しているので、割と酷いことになる。

 










最近儀式次元の住人であることが発覚した作者です。
というわけで第二期、皆ちゃんと進級しました。
デッキについての説明は割と適当です。遊戯王はテーマ内で馬鹿げた数の型が存在するので、割と色々ありなところが面白いですね。





……最近デュエルしてないな……。
相手欲しい……。


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第一話 寵愛を受けし者

 

 

 

 

 

 

 どこか肌寒い風が流れる。季節を考えればもう少し気温が高くても良さそうだが、今日に限っては違うらしい。

 いや、それとも。

 ここにいる人間が、空気をそんなモノに変えているのか。

 

「……今更、何をしに来た」

 

 どれぐらいの間、無言だったのか。

 片方の女性が、聞く者を凍えさせるような冷たさを纏う声でそう告げた。この場にいるのはたった二人。一人はまだ年若い女性だが、その身に纏う空気は絶対的で、ただそこにあるだけで周囲を威圧するような感覚を受ける。

 対し、もう一人はそれなりに年を取った男だ。顔に刻まれた深い疵や皺からそれなりの年齢であることをうかがわせるが、その瞳はまるで猛禽類のように鋭く、その雰囲気を実年齢より随分と若く周囲に伝える。

 

「ここへ来て二時間。ようやく口にした言葉がそれか」

 

 表情を変えぬまま――おそらくだが――男は言う。表情がわからないのは、そちらへ視線を向けていないからだ。向けるつもりもない。この男と同じ空気を吸っているという事実だけで、女性は吐き気さえ覚えるのだから。

 

「…………」

 

 故に、軽口のようなその言葉には応じない。男は息を吐くと、そもそも、と言葉を紡いだ。

 

「己の妻の墓参りに来て、何が悪い?」

「……貴様がそんな殊勝なことをするはずがない」

「お前に会に来た、とでも? それこそ馬鹿な話だ。裸の王に価値などない」

「は。自分のことをよく理解しているようだな」

 

 空気が、僅かに軋んだ。

 第三者が要れば迷わず逃げ出すような空気。ここだけ重力が強いのではないかと錯覚するような空気の中、決して交わらない二人が言葉を紡ぐ。

 

「だが事実、それ以外の理由はない」

「それが真実なら、明日にでも世界が滅びるな」

「ああ、そうなれば――楽しいだろうなァ」

 

 そうして、男は立ち去った。女はそれを見送ることなく、ただそこに立ち続ける。

 車が走り出す音が響いた。その瞬間、ようやく女がそちらへ視線を向けた。

 

「…………?」

 

 眉をひそめる。後部座席。そこに、見知らぬ男――否、違う。どこかで見た気がする青年がいた。

 だが、問題はそこではない。あの男が己と同じ場所に誰かを座らせる。それがあり得ないのだ。

 しかし、疑問が解決されることはない。こちらへ小さな会釈だけを送り、その青年は車と共に行ってしまった。

 ……どれぐらいその場所にいたのか。不意に女の携帯が鳴った。画面を見、女の表情が僅かに緩む。

 

「ああ、私だよ。どうした、少年?――そうか、もうそんな時間か。わかった、急ぐよ。折角の晴れ舞台だ、見逃したくはない」

 

 そして、女性は墓石に背を向けた。

 かける言葉も、祈りもない。かつて家族だった相手に、もういない相手に、紡ぐモノはない。

 後悔も、未練も、想いもない。これはただの確認だ。

 だから、花の一つも用意しない。

 

 女が立ち去った、その場所では。

 一輪の花が、小さく咲いていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 アカデミア本校の実技試験は少々特殊だ。通常、試験というのは部外者の関与が一切認められず、試験会場にいるのは試験官と受験者のみというのが基本である。だが、アカデミア本校の実技試験は見学が許されており、在校生は勿論、場合によってはプロチームのスカウト。申請が通りさえすれば一般人の観戦さえ許されている。

 まあ、通ることはほとんどないが。

 

「今年も優秀ですね。昨年の三沢くん程ではないですが、筆記試験の成績は全体的にかなり好成績です」

「それは期待できるノーネ」

 

 アカデミア本校二年主任の響緑の言葉に、技術指導最高責任者兼校長代理たるクロノス・デ・メディチは笑みを浮かべながらそう言葉を紡いだ。

 彼らの前に広がるステージは四つに区切られ、その周囲では緊張した面持ちで自身の順番を待つ受験者たちがいる。季節の巡りとは早いモノだ。遊城十代相手に不覚を取ったあの日から、一年が経ったというのか。

 

「しかし、今年は例年に比べて随分と外部の人間の姿が多いようなノーネ」

「スカウトが何人か来ていますね。おそらく〝ルーキーズ杯〟の影響だとは思いますが……」

「シニョーラ神崎もいるノーネ。まあ、シニョーラの目的はわかっているのでスーガ」

「おそらく、『あの子』ですね」

 

 というより、多くのスカウトや外部の人間がそうだろう。

 奇跡の名を持つ、一人の少女。その強さが本物かどうかを、ここにいる全員が見極めようとしている。

 

「本当に、楽しみなノーネ」

 

 心の底からの楽しそうな笑みを浮かべ。

 クロノスは、試験の準備を進めていく。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 深呼吸を繰り返す。本来なら自分はここにいられないはずだった。けれど、どうしても、と思った。思ってしまったのだ。だから、ここに来た。

 

(大丈夫。大丈夫です)

 

 何度もその言葉を繰り返す。精霊たちも自重しているのか今日は全く出て来ない。正直出てきて緊張をほぐして欲しいのだが、こういうところが噛み合わないなぁと思う。

 

「おい、アレ。遊城先輩じゃねぇか……?」

「ホントだ。ルーキーズ杯の〝ミラクル・ドロー〟だよ……」

「俺、ドラ一の丸藤プロとギリギリの勝負したって聞いたぞ」

 

 周囲の受験生たちの話し声が聞こえてくる。視線を向けると、ステージを見下ろす観客席の最前列で騒いでいる集団を見つけた。

 

(遊城さん、万丈目さん、三沢さん、丸藤さん、……如月、さん)

 

 最後の人物については少し複雑な想いが過ぎったが、それは考えても仕方がない。澪にも言われたのだ。相容れない存在というのはどうしてもいる、と。

 その強さについては純粋な憧れがある。だがその背景は、決して自分とは相容れない。

 

『遊城十代。静かにしなさい』

「俺だけ!? 万丈目と宗達も騒いでただろ!?」

「俺を巻き込むな」

「右――じゃねぇ左に同じく」

 

 マイクを使った緑による注意で会場が笑いに包まれ、緊張していた空気が緩む。だが、すぐにその空気が変わった。

 

「おい、あれ」

 

 それは、誰が紡いだ言葉だったのか。

 会場に現れた二人の男女に、誰もが息を呑んだ。

 

 烏丸〝祿王〟澪。

〝シンデレラ・ボーイ〟夢神祇園。

 

 その二人が、静かに観客席に現れたのだ。そのまま祇園は教師陣が座る場所へ行き、頭を下げて言葉を交わしている。澪もそれについていくが、彼女は少し距離を置いた状態だ。

 そこに桐生美咲が加わり、何やら三人で会話を始める。在校生やスカウトですらそちらへ注目し、特にスカウトに至っては名刺を用意し始めている。

 

「凄ぇ、タイトルホルダーだ……」

「何でこんなとこに……」

「あ、遊城先輩が向かってった」

 

 最早誰が主役かわからなくなっている試験会場。その空気を変えるためか、コホン、と桐生美咲がマイクに向かって咳払いをした。

 

『とりあえず、試験内容を改めて説明するで。ステージに同時に上がるのは四人。そこで実技試験や。ウチら教員が試験用のデッキを使ってデュエルするから、普段通りにその実力を発揮してや。――さて、時間も押しとる。早速行こか。一番から四番、ステージへ』

 

 番号札を確認する。数字は4。自分の番だ。

 壇上に上がると、ざわめきが広がった。だが、それよりも。

 

「…………」

 

 こちらを見て頷いてくれた人たちと。

 微笑をくれた人たちを見て。

 頑張ろうと、そう思えた。

 

「――アカデミア系列は、オーナーの意向もあり飛び級制度が導入されているノーネ」

 

 眼前。そこに立つのは、自身が受験を決意した理由の一つでもある先生。

 この人に教わるならば、と。あの戦いに関わった者として思ったのだ。

 

「それは若き才能の発掘がため。しかし、その条件は非常に厳しいでスーノ。何故ならば、アカデミアには中等部があり、そこで学び、本校を始めとした分校のどこかへ行く――それが一番であることは間違いないからでスーノ。よって飛び級を認められる者は、アカデミア中等部を上位の実力で卒業できる実力があるのが最低条件となるノーネ」

 

 誰もが、その小さな少女に注目していた。

 試験は始まっている。なのに、デュエルは始まっていない。

〝奇跡の少女〟の言葉を、その場の全員が待っていた。

 

「現在までの卒業生で飛び級をした者は、本校では僅か1名。ウエスト校、サウス校もまた1名。ノース校は0名。アメリカ・アカデミアを始めとした世界中の分校を見渡しても、10に満たない人間しかおらず……また、その受験者は100倍はいたノーネ」

 

 DMの強さで人生が決まるとまで謳われるこの時代。そこで才を見せつけるというのは、それだけの意味を持つ。

 なにせ、結果だけを見れば彼の〝祿王〟でさえ飛び級ではないのだから。

 

「その事実を理解した上で、改めて答えるノーネ。――この試験を受験するのか、否かを」

 

 デュエルディスクに己のデッキをセットしつつ、クロノスは言った。

 一度大きく深呼吸をする。紡がれた言葉は、思ったよりも滑らかだった。

 

「答えは、一つです。なりたい、って、思いました。私も、あんな風に」

 

 自分たちとは違い、何も持たない身でありながら。世界から拒絶されたかのような人生を歩んでおきながら。

 それでも、あそこまでに〝強く〟あろうとする彼のように。

 あんな風になりたい、と。

 

「私も、デュエル・アカデミアに入学したいです」

 

 デュエルディスクを構える。よろしい、とクロノスは笑った。

 

「それでは、試験を開始するノーネ。相手は技術指導最高責任者たる私、クロノス・デ・メディチ。使用デッキは私のメインデッキでスーノ」

 

 ざわめきが広がるが、それは当然だ。飛び級入学をする者は、相応の実力がなければならない。それこそ飛び級というシステムを使うならば、他の受験生と同じでは駄目なのだ。

 飛び級ができる実力を示すのではない。

 飛び級でなければならない理由を示さなければならないのだ。

 

「よろしくお願いします!」

「それでは、始めるノーネ」

 

 元気よくそう口にする少女に笑みを返し。

 クロノスもまた、言葉を紡ぐ。

 

「「決闘!!」」

 

 そして、試験が始まった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 クロノスと向かい合う少女――防人妖花を見つめながら、さて、と烏丸澪は近くにいる3人に言葉を紡いだ。

 

「キミたちはどう見る、このデュエル?」

「……クロノス先生は強いです。正直、妖花さんの分が悪いのではないかと」

 

 最初に答えたのは祇園だった。彼は現在、ウエスト校の制服を着ているせいでかなり目立っている。特にスカウト陣から視線を送られているのだが、本人は気が付いていない。

 

「でも、妖花も強いぜ? あのドロー運は凄いしさ」

「十代くんが言うと色々考えさせられるね……」

「ドローについてキミが言うか。まあいい。美咲くんはどうだ?」

「そらクロノス先生やと思いますよ? 妖花ちゃんは強い。せやけど、クロノス先生の方が大概や。あの人の本気は、世界に通用する」

 

 澪の言葉に対し、桐生美咲が冷静に告げる。そうだな、と澪も頷いた。

 

「正直な話、教師をしているのが勿体ない程の御仁だよ。油断もなく、慢心もなく、ただただ真摯にデュエルに望めばおそらく世界にさえも通用する」

 

 現代における〝最強〟の一角である澪の言葉には力がある。マジかよ、と十代が呻いた。

 

「クロノス先生って、そんなに凄いのか」

「そうでなければアカデミアで技術指導最高責任者なんてできひんよ。しかも今回、鮫島元校長が辞任したせいで校長代理になったけど、実はアレ、技術指導最高責任者と兼任させるために代理なだけやしな」

 

 鮫島校長はその最後こそごたごたが重なったが、その実績自体は相当優秀であった。その彼の後任などそう容易く見つかるわけもなく、自然と候補は絞られる。挙がったのは技術指導最高責任者たるクロノスと現在は海外のアカデミアに出張しているナポレオン教頭の二人だったのだが、共に今の役職から簡単に動かすことができなかったのだ。

 故の校長代理。流石の海馬瀬人もクロノスの負担が大きくなり過ぎるのではないかと懸念を抱いたが、これをクロノスは二つ返事で了承。現在に至る。

 

「さて、妖花くんはどう戦い抜くつもりか」

「どうでしょうね。正面からやと色々厳しいと思いますけど。……ただまあ、なんというか。精霊たちが気になりますねー」

 

 精霊。この言葉を聞けば大抵の人間が首を傾げるか眉をひそめるが、この四人の場合はそうならない。精霊は存在し、自分たちを見ていると知っている。祇園以外の三人に至っては精霊を視ることも言葉を交わすこともできるのだから当然だろうが。

 

「そういえば、今日はクリッター見てないな」

「そうなの?」

「いつも妖花の側にいるんだよ、クリッター。まあ、妖花の周りにはいつも大勢いるし、毎回メンバー変わってるんだけどさ」

 

 十代が頷きながら言う。防人妖花とは『精霊に愛された者』である。絶対的な寵愛を受け、加護を与えられた当代最高峰の〝巫女〟。その彼女の周囲に精霊がいないというのは不自然過ぎるのだ。

 

「まあ、まずは気を遣って出て来ないようにしとる、っていうのが一つ」

「そして、もう一つ。おそらくこちらが真実だろうが……出番を待っているのだろうな」

 

 嵐の前の静けさだよ――澪は笑いながらそう言った。そしてそれと同時に、デュエルが開始される。

 先行は受験者である妖花だ。彼女は一度大きく深呼吸をすると、祈るように手を合わせた。

 

 ――空気が、変わる。

 

 再び目を開いた少女は、明らかに何かが違っていた。精霊を視ることのできる者は皆一様に目を見開き、精霊を視ることのできぬ者さえも、その『何か』に息を呑む。

 

「……成程。これが妖花くんの本気か」

 

 呟くその声色は真剣そのものだ。〝祿王〟という絶対者でさえ、今の防人妖花からは目を離せない。

 

 当代、最高峰。

 人が永き時を懸けて紡ぎ上げた一つの奇跡。

 その力が、示される。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 祈りを捧げ、力を借りる。

 それは防人妖花にとって当たり前のことだ。本来ならば何かを封じる時にのみ行う所作だが、今回は己の全力を出すという意味で行った。

 己の加護の本質。名も無き絶対。それを身に纏い。

 防人妖花が、全力を紡ぐ。

 

「私は手札より、『魔導書士バテル』を召喚します!」

 

 魔導書士バテル☆2水ATK/DEF500/400

 

 現れたのは、青い法衣を着た少年魔導師だ。その少年はこちらを振り向くと、笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。

 

『一番最初に呼び出してくれてありがとう。キミの力になれるよう、僕たちは全力を尽くすよ』

「はい! ありがとうございます!」

『うん、良い返事だ。皆もデッキで待ってるよ? 普段、僕らはキミの持つカードに宿っているわけじゃないけれど、今日だけは例外だ。誰一人、何一つの例外なく、キミの下に馳せ参じている』

 

 あっさりとバテルは言ってのけるが、それは異常なことだ。通常、精霊は一つのカードに宿り、持ち主に加護を与える。一種類につき一体の精霊のみというわけでは勿論ないし、同じ名を持つ精霊だって存在する。珍しい例だがカードに宿らず放浪する精霊もいるし、これまた珍しいケースだが普段宿っているカードから別のカードへと乗り換えることもある。

 精霊とは精神体であり、肉体を持たぬが故に強大な力を有している。だが、肉体という殻がないためにある意味では脆過ぎるほどに弱い。それを守るためにカードに宿るのだ。

 だが、今、この魔導師は言った。

 ――馳せ参じた、と。

 妖花の持つカードには宿っておらず、世界のどこかにいる精霊が。たとえ僅かな時間であろうと己の脆弱さを晒すことになることを知っていて。或いは、主と認めた人物から僅かな時であろうと離れることを理解していて。

 それでも尚、ここに来たのだと。

 

『皆、キミの力を見に来た。キミの晴れ舞台を眺めに来た。キミを助けようとここへ来た。だから、ただキミは全力で戦えばいい。眼前の彼は強者だ。僕たちも認める力を有している。だからこそ、キミは戦い抜く必要がある。――いずれ訪れる、戦いの日のために』

 

 えっ、と妖花は言葉を漏らした。バテルは微笑むと、何でもないよ、と言葉を紡ぐ。

 

『今は考えなくてもいい。さあ、行こう』

「はい! バテルの効果を発動! このモンスターが召喚、リバースした時『魔導書』を一枚手札に加えます! 私は『グリモの魔導書』を手札に加え、発動! 『魔導書院ラメイソン』を手札に加え、発動します!」

 

 周囲の空間が変わり、妖花の背後に巨大な書院が出現する。幾臆を超える魔導書が納められた、魔導の本拠地。

 

「私はカードを二枚伏せて、ターンエンド!」

「私のターン、ドロー。――私は手札より、『ギアギアングラー』を召喚するノーネ」

 

 ギアギアングラー☆4地ATK/DEF500/500

 

 現れたのは、巨大なドリルを付けた機械だ。効果発動、とクロノスが宣言する。

 

「このモンスターの召喚に成功した時、デッキから地属性、機械族、レベル4モンスターを一体手札に加えることができるノーネ。ただし、この効果を使用したターン、私は機械族モンスターしか特殊召喚できず、攻撃宣言が行えない。私は『古代の機械箱』を手札に加え、効果を発動。このモンスターがドロー以外の方法で手札に加わった時、デッキから攻撃力、守備力のどちらかが500ポイントの機械族・地属性モンスターを手札に加えるノーネ。私は『古代の機械騎士』を手札に加え……フィールド魔法『歯車街』を発動。カードを二枚伏せ、ターンエンド」

 

 アンティークモンスターの生贄軽減効果と、破壊された際にデッキ・手札・墓地からアンティークモンスターを特殊召喚する効果を持つ強力なフィールド魔法が展開される。

 互いに場にいるのは攻撃力500の弱小モンスターだ。だが、互いに己のフィールドを展開して睨み合う姿は、一つの戦争。

 

「私のターンです、ドロー! スタンバイフェイズ、ラメイソンの効果を発動! 墓地のグリモの魔導書をデッキの一番下に戻し、一枚ドロー!――『封印されし者の右腕』を召喚!」

 

 封印されし者の右腕☆1闇ATK/DEF200/300

 

 会場が大いにざわめいた。防人妖花――彼女が『エクゾディア』を用い、しかもそれを揃えるだけの技量を有していることは非常に有名だ。だが、エクゾディアとは手札に揃えてこそ意味がある。それをわざわざ召喚するなど……。

 

「装備魔法、『ワンダー・ワンド』を右腕に装備します。そして効果を発動。このカードを装備したモンスターを墓地に送り、二枚ドローします。……魔法カード、『ヒュグロの魔導書』を発動。魔法使いの攻撃力を1000ポイントアップし、また、この効果を受けたモンスターが相手モンスターを戦闘破壊した時、魔導書を一枚、手札に加えます。――バトルフェイズです。バテルでギアギアングラーを攻撃!」

『さあ、いくよ――と、言いたいところだけど』

 

 バテルが構えると同時、笑みを零した。同時、いきます、と妖花が吠える。

 

「リバースカード、オープン! 罠カード『マジシャンズ・サークル』!! 魔法使い族モンスターの攻撃宣言時に発動します! お互いのプレイヤーはデッキから攻撃力2000以下の魔法使い族モンスターを特殊召喚できます!」

「私のデッキに魔法使い族はいないノーネ」

 

 クロノスのデッキは機械族モンスターで締められているはずだ。ならば。

 

「来て、『ブラック・マジシャン・ガール』!!」

 

 ブラック・マジシャン・ガール☆6闇ATK/DEF2000/1700

 

 現れたのは、世界でも〝決闘王〟のデッキにしか入っていないとされる伝説の魔法使い。黒衣の魔法使いの弟子。

 マジシャン・ガールは登場と共に周囲に笑顔を振りまくと、ウインクまでして見せた。会場から歓声が上がる。

 

『二番手で登場! お師匠様が来る前に、ぱぱっとやっちゃお!』

 

 随分と砕けた口調でガールが語る。バテルが呆れた表情をしているが、妖花はむしろ笑みを浮かべた。

 

「よろしくお願いします!」

『もっちろん! さあ、私があんな玩具、壊しちゃうんだから!』

「改めて、バテルでギアギアングラーを攻撃!」

『あれ!?』

 

 何やらガールがショックを受けているが、ヒュグロの効果をバテルが受けている以上当然の選択だ。

 

「ふむ、見事なノーネ。しかし、それでは届かないでスーノ。――永続罠、『連撃の帝王』。相手ターンに一度、メインフェイズかバトルフェイズに生贄召喚ができる。私はギアギアングラーを生贄に、『古代の機械巨人』を召喚!!」

 

 古代の機械巨人☆8地ATK/DEF3000/3000

 

 現れたのは、機械仕掛けの巨人。その威容は圧倒的で、二人の魔導師も思わず表情を曇らせる。

 

「――――ッ、攻撃は中止! メインフェイズ2に入ります! 私は魔法カード『賢者の宝石』を発動! 場にブラック・マジシャン・ガールがいる時、デッキからその師である魔法使いを特殊召喚できる! 来て、『ブラック・マジシャン』!!」

 

 ブラック・マジシャン☆7闇ATK/DEF2500/2100

 

 会場は、最早息を呑んで見守るしかなかった。

 相手ターンだというのに最上級モンスターを召喚したクロノス教諭。

 対し、〝決闘王〟が最大の信を置く二人の魔法使いを繰り出す少女。

 この決闘は、最早試験のレベルではない。

 

『巫女よ。微力ながら、あなたの道行きに力を貸しましょう』

「ありがとうございます! 私はカードを一枚伏せて、ターンエンドです!」

「私のターン、ドロー。古代の機械巨人が攻撃する時、相手は魔法・罠の使用が許されないノーネ。その伏せカードが何であろうと、たとえ〝決闘王〟のモンスターが相手であろうと、進撃を止めることはできないでスーノ!」

 

 バトル、とクロノスが宣言した。その瞬間、妖花が一枚のカードを発動させる。

 

「攻撃時に発動できないなら、攻撃に移る前に倒します! リバースカード、オープン! 速攻魔法『黒・爆・裂・破・魔・導』!! 場にブラック・マジシャン師弟がいる時のみに発動でき、相手フィールド上のカードを全て破壊します!!」

『ゆくぞ』

『はい、お師匠サマ!』

 

 二人の魔法使いの力が収束し、強大な魔法が紡がれる。

 果たして、現れたのは。

 

「――見事なノーネ。アンティーク・ギアの弱点。即ちフリーチェーンの除去に弱い点をついてくるとは。しかし、それでもまだ甘いでスーノ」

 

 古代の機械巨竜☆8地ATK/DEF3000/2000

 

 クロノスの場に現れたのは、巨大な機械竜。巨人とはまた違う、空から見下ろされる威圧感が襲ってくる。

 

「歯車街が破壊された時、デッキ・手札・墓地よりアンティークモンスターを特殊召喚できるノーネ。更に私は『古代の機械騎士』を召喚」

 

 古代の機械騎士☆4地ATK/DEF1800/500

 

 現れたのは、大きな突撃槍を構えた機械の騎士だ。バトル、とクロノスは宣言する。

 

「機械巨竜でブラック・マジシャンを攻撃!」

『お師匠サマ!』

『くっ……! 巫女よ、力及ばず――』

「ブラック・マジシャン!」

 

 妖花LP4000→3500

 

 流石の最高位の魔法使いでも、純粋な戦闘ではそう容易く勝てない。更に、とクロノスが宣言する。

 

「機械騎士でバテルを攻撃!」

『……これは、流石に厳しいね』

「バテル!」

 

 妖花LP3500→2200

 

 一気にLPを削られる妖花。クロノスはカードを一枚伏せると、ターンエンドを宣言した。

 

「私のターン、ドロー! ラメイソンの効果により、ヒュグロの魔導書をデッキの一番下に戻してドロー!」

 

 引いたカードを確認する。この手札では、あのモンスターは超えられない。

 

『私の攻撃力じゃ届かないよ~……』

「……少し、賭けに出ます」

『へ?』

「罠カード『無謀な欲張り』を発動! 二ターンのドローフェイズをスキップする代わりに、カードを二枚ドローします!」

 

 引いたカードを確認する。引いたのは――『魔導法士ジュノン』と『グリモの魔導書』!

 

「手札の『セフェルの魔導書』、『魔導書廊エトワール』、『グリモの魔導書』を相手に見せ、『魔導法士ジュノン』を特殊召喚!!」

 

 魔導法士ジュノン☆7光ATK/DEF2500/2100

 

 現れたのは、光の魔法使い。魔導師の中でも高位に立つ女性魔導師だ。

 

『ジュノンさん!』

『ようやく私の出番のようね。さあ、巫女さん。私の役目は何?』

「このデュエルに勝ちたいんです。お願いします!」

『ふふ、承知したわ』

 

 クスクスと笑うジュノン。更なる高レベル魔法使いの登場に、最早会場は言葉を失っていた。

 

「手札より、永続魔法『魔導書廊エトワール』を発動します! 更に『グリモの魔導書』を発動し、『ヒュグロの魔導書』を手札に加え、発動! ジュノンを強化! 更に『アルマの魔導書』を見せ、『セフェルの魔導書』を発動! 墓地のヒュグロの魔導書をコピーし、ジュノンに重ね掛けします!」

 

 魔導法士ジュノン☆7光ATK/DEF2500/2100→2800/2100→4800/2100

 ブラック・マジシャン・ガール☆6闇ATK/DEF2000/1700→2300/1700

 

 ジュノンの力が増していく。満ちていく魔力を感じ、ジュノン自身はかなりご満悦のようだ。

 

『ふふ……いいわ。力が溢れてくる』

「ジュノンの効果を発動! 墓地の魔導書を除外することで、一ターンに一度相手フィールド上のカードを破壊できる! グリモの魔導書を除外し、伏せカードを破壊!」

「リバースカードオープン! 『融合準備』! 融合モンスターを見せることでその素材であるモンスターを手札に加え、更に墓地から『融合』を手札に加えることができるノーネ! 私は『古代の機械究極巨人』を見せ、『古代の機械巨人』を手札に加えまスーノ! 更に先程破壊された『融合』を墓地から手札へ!」

「ッ、『アルマの魔導書』を発動! 除外されている『グリモの魔導書』を手札に加えます! そしてバトル! ジュノンで古代の機械巨竜を攻撃!!」

 

 エトワールに更に一つカウンターが乗ったことで攻撃力が4900まで上昇したジュノンが、その右掌を巨竜へと向ける。

 もう片方の手に握られた魔導書のページが凄まじいスピードで捲られ、魔力が収束していく。

 

『随分と好き放題やってくださったご様子。これはその、ささやかなお返しです』

 

 そして、巨竜が光に包まれた。

 跡形も残らず、古代の巨竜が消滅する。

 

 クロノスLP4000→2100

 

「ヒュグロの魔導書の効果発動! この効果を受けたモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、デッキから魔導書を手札に加えることができます! 『トーラの魔導書』と『ゲーテの魔導書』を手札に加えます!」

「……手札補充も抜かりなく。素晴らしいタクティクスなノーネ」

 

 クロノスは満足そうに頷く。その言葉に気付かぬまま、更に、と妖花が宣言した。

 

「ブラック・マジシャン・ガールで機械騎士へ攻撃!」

『いっくよー!』

「『ブラック・バーニング!!』」

 

 ほとんどの者には妖花の声しか聞こえていないはずだが、ユニゾンした二人の一撃が放たれる。

 

 クロノスLP2100→1500

 

 二人の女性魔法使いの攻撃により、LPが逆転。更にゲーテの魔導書とトーラの魔導書を手札に加えることができた。

 

(次のターンのドローはないけど、グリモの魔導書がある……多分、大丈夫なはずだけど……)

 

 信頼する魔法使い二人もいるのだ。大丈夫なはずである。

 

「私はカードを二枚伏せて、ターンエンドです!」

 

 妖花の宣言。それにより、周囲にざわめきが広がった。

 この状況。圧しているのは妖花だ。更にドローをスキップするというデメリットを抱えながらも、きっちり返しにも対策している。

 

「凄ぇ……」

 

 それは、誰の呟きだったのか。

 いつしか、会場の誰もがこの場において最も幼き少女に魅せられていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 誰もが魅せられている妖花のデュエル。最初に呟いたのは十代だった。

 

「凄ぇ……。妖花って、こんなに強かったのか……」

「流石にこれは予想外やな。というより精霊に愛され過ぎやろあの子。マジシャン師弟がわざわざ精霊界から飛んでくるとか」

「それが防人妖花という存在だ。だが、やはりというべきか。クロノス教諭――技術指導最高責任者は伊達ではない」

 

 険しい表情で澪は言う。そうですね、と頷いたのは祇園だった。

 

「クロノス先生の手札は、次のドローで五枚です。……ここから出は手札は見えませんが、『融合』のカードと、『古代の機械巨人』は確認できています」

「妖花くんは対応するために『ゲーテの魔導書』と『トーラの魔導書』を手札に加えた」

「墓地の魔導書は今のところ、ヒュグロ、アルマ、セフェルの三枚。ゲーテはフリーチェーンで対象を取らない除外を発動できる状況やな。裏守備でもええけど」

「で、トーラの魔導書は魔法・罠からモンスターを守れるカードだったよな。伏せてある二枚はそのカードで、手札はグリモの魔導書か」

「状況として妖花くんが有利なのは間違いない。ただ一点、不利な点があるとすれば」

「妖花さんの手は全て相手にも見えている、ということですね」

 

 澪の言葉に祇園は頷く。クロノスの手札で公開されているカードは三枚。『古代の機械箱』と『古代の機械巨人』と『融合』だ。対し、妖花は伏せカードを含めて全てのカードがクロノスに割れている。

 

「クロノス先生はそれを理解した上で対応できるって事か」

「そうなるなぁ。ちなみに十代くんならどうする?」

「えっ? えーと……とりあえずドローカードで考えるぜ!」

「答えになっていないが、キミらしい答えだ。しかし、安定して強くあろうとするならそんな答えでは後々苦労するぞ? 見ておくといい。世界に通用するとまで謳われ、数多のプロデュエリストを育て上げたデュエリストの解答を」

 

 酷く楽しそうに、澪は言う。

 彼女のそんな表情は、珍しく思えた。

 

「楽しそうですね、澪さん」

「楽しいさ。私とは全く違う、しかし、絶対的な才能。アレを見て心躍らぬ理由がない。キミもそうだろう? 彼女に知識を与えたのはキミなのだから。教え子が戦う姿を見て、何も思わぬ師はいないよ」

「……僕がしたことは、大したことじゃないです。全部、妖花さんが頑張ったからですよ」

 

 祇園がしたことは少しの手助けをしただけだ。誇るようなことではない。

 ただ、それでも。

 

「後悔だけは、して欲しくないです」

 

 妖花の解答は完璧なモノのように祇園には思える。しかし、どうしてか。勝利が一切確信できない。

 頑張れ、と小さく呟く。

 この場で最も幼く、しかし、最も輝きを見せる少女へ。

 祇園は、小さく祈りを捧げた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『さて、普通ならほとんど詰みだけれど』

『なんか、嫌な予感がしますよね~……』

 

 ジュノンの言葉にげんなりした様子でガールが同意する。だがそれは妖花も感じていることだ。

 

(打てる手は全て打ったはずです……でも、どうして)

 

 どうして、こんなにも不安になるのだろうか。

 

「私のターン、ドロー。魔法カード『ハーピィの羽根箒』を発動するノーネ」

「――――ッ!?」

『なっ、今引き込んだんですか!?』

『違うわ。おそらく、ずっと持っていたのよ。――この一撃を、通すために』

 

 吹き飛ばされる全ての伏せカード。その瞬間、効果が発動する。

 

「エトワールの効果発動! 乗っていたカウンターは四つ! よって、レベル4以下の魔法使いを手札に加えます! 『魔導教士システィ』を手札に! 更にラメイソンの効果により、『魔導召喚士テンペル』を特殊召喚!!」

『ようやく出番と思えば、状況はかなり厳しいようですね』

『……巫女よ。この身を盾としても、お主を守ろう』

 

 魔導召喚士テンペル☆3地ATK/DEF1000/1000 

 

 現れるのは、フードを深く被った魔導師だ。更に女性魔導師も手札に加わり、精霊たちがそれぞれ言葉を紡ぐ。

 

「――シニョーラ防人。実に見事なデュエルだったノーネ。構築、戦術、ドロー。どれを見ても実に素晴らしい。しかし、だからこそ私は教えなければならないでスーノ」

 

 クロノスが一枚の魔法カードをデュエルディスクに差し込む。

 それは、『融合』のカード。

 古代の機械巨人、古代の機械箱、古代の機械巨竜の三体が融合し、それが降臨する。

 

「――世界は広い、と」

 

 古代の機械究極巨人☆10地ATK/DEF4400/3400

 

 轟音と共に、それが来た。

 究極の名を持つ、最強の機械巨人。

 

「…………ッ」

 

 その質量と存在感に思わず息を呑む。二人の魔法使いも、呻くようにそれを見上げた。

 

「まさか受験生にこのモンスターを使うことになるとは思わなかったノーネ。――バトル、古代の機械究極巨人でテンペルを攻撃!!」

「――――ッ!? まさか!」

「そう、古代の機械究極巨人には貫通効果があるノーネ!」

『くっ、すまぬ、巫女よ――』

 

 妖花LP2200→-1200

 

 LPが0を刻む。三人の魔法使いが、それぞれに言葉を紡いだ。

 

『申し訳ありません、巫女よ』

『ごめんなさい~……』

『力になれず、申し訳ないわ』

 

 気付けば、周囲には無数の精霊たちが現れていた。皆一様にこちらへ視線を向けており、同時、どこか申し訳なさそうだ。

 だから、妖花は首を左右に振った。

 

「最後は、私のミスでした」

 

 古代の機械究極巨人――アレの効果を知らなかったとはいえ、予測はできるはずだった。テンペルを出したのはミスだ。

 

「でも、楽しかったです」

 

 だから、と言った。

 消えていくソリッドヴィジョン。しかし、姿を消さぬ精霊たちに。

 自分と戦ってくれた、先生に。

 

「――ありがとう、ございました!!」

 

 万雷の拍手が響き渡る。

 誰もが妖花を褒め称え、称賛の言葉を贈った。

 

 しかし、少女は敗北した。それだけは、覆しようのない事実。

 受験番号四番、防人妖花。実技試験結果――敗北。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 デュエルが終わると同時に、少年は駆け出していった。それを見送り、澪はポツリと告げる。

 

「……流石だな。一見妖花くんのミスにも思えるが、あの状況ではどの道詰んでいた」

「ですね。本当、強いお人や」

 

 息を吐きながら美咲は言う。どういうことだ、と疑問を浮かべたのは十代だ。

 

「ジュノンとガールのどちらかなら、妖花のLPは残ってただろ? グリモの魔導書だってあったんだし、多分クロノス先生はジュノンを攻撃しただろうから、『ネクロの魔導書』を次のターンで手札に加えれば効果で破壊できたんじゃないのか?」

「おお、よう知ってるやん。確かにそれで究極巨人自体は処理できる。せやけど、それで終わらんのよ」

「そうなのか?」

「究極巨人は破壊された時、墓地から本来特殊召喚できない機械巨人を蘇生する効果を持つ。しかもこれは場合効果であるため、タイミングを逃さない」

 

 これにより、場には再び攻撃力3000のモンスターが立つこととなる。対し、こちらの場に残っているのは上級モンスターとはいえ2500と2300のモンスターのみ。

 

「そうなると、自らドローを切り捨てたために逆転のドローさえも望めない。返しで潰されてゲームエンドだよ」

「で、でもさ、テンペルを使えば上級魔法使いを出せるんじゃ」

「妖花くんのデッキにはエクゾディアが仕込まれている関係上枠が少なく、ジュノンは一体しかいない。上級魔法使いは他はマジシャン師弟が一枚ずつのみだ。それに、仮に二枚目のジュノンがいたとしてもその効果を使えばネクロの魔導書でジュノンを蘇生することはできない。結局、手段はない」

 

 羽箒で場を吹き飛ばされた時点で、ほとんど勝負は決まっていた。

 この有無を言わさぬ決着のつけ方は、流石としか言いようがない。

 

「妖花くんもいい勉強になっただろう。元々あの子は異常なまでに運に恵まれている。それを自ら捨ててしまったのが敗因だ」

「せやけど、あの場面やとしゃーないんちゃいます? 勝負に出たわけですし」

「耐える選択をできなかった時点で妖花くんの負けだよ。無謀な欲張りを使うなら状況の打破ではなく、確実に仕留めるダメ押しの場面で使うべきだった。あの状況、あそこで無理をしなければならなかったわけでもない」

 

 ダメージは入っただろうが、それで敗北とはならなかったはずだ。ならば、次のターンに伸ばすのもありだった。

 

「手厳しいですね」

「本人にはとても言えんがな。どうも妖花くんを相手にすると甘くなる。それに、私は人にモノを教えるのが苦手だ」

「行かなくていいんですか?」

「少年が行っているならばそれでいいさ。帰りに甘いモノでも食べて、それで終わりにすればいい。彼女にはまだまだ先があるのだから」

「澪さんは?」

 

 どこか気怠そうに美咲はそう問いを口にした。十代は黙して成り行きを見守っている。

 

「その言い方やと、先はないって聞こえますよ?」

「事実存在しないモノをあると言ってどうする? 彼女はこれから多くの人と触れ合い、知っていく。精霊たちと触れ合ってきたようにな。私はもう、そんなモノは諦めた。私には何も理解できないのだから」

「悲しいですね、それ」

「キミも人のことを言えんだろう? 結局、誰にもキミはキミ自身の意志を語っていない。少年にさえもだ。私は興味もないし聞く気もないが、それは一人で背負うには重すぎるのではないかな?」

「…………」

 

 二人の視線がぶつかる。いきなり重くなった空気に十代さえも冷や汗をかくほどだったが、まあいい、と先にその空気を打ち砕いたのは澪だった。

 

「蒼い髪の天使によく言っておいてくれ。巻き込むな、と」

 

 そのまま、彼女は会場から立ち去っていく。それを見送ってから、美咲は大きく息を吐いた。

 

「あ~……ホント、怖い人やなぁ……」

「大丈夫かよ、美咲先生」

「大丈夫大丈夫。ホント、あの人はどこまで知っとるんやろな。或いは知らへんのに知っとるんか」

 

 精霊からの干渉という意味ではある意味妖花以上のモノを受けているはずだ。それでもその全てを無視することが許されるのだから、やはり異常な人だと思う。

 

「ま、ええやろ。とにかく、ウチも試験官のお仕事や。十代くんも見てるんやったらあんま騒がんようにな?」

「わかってるって」

 

 苦笑する十代。それに笑みを返し、美咲もまたステージの方へと向かう。

 その背に、そういえば、と十代が言葉を紡いだ。

 

「妖花はやっぱり、その……無理なのか?」

「んー、断言はできひんよ? せやけど、まあ、ウチの見解を言わせてもらうなら――」

 

 歩き出し、背を向けながら。

 何の淀みもなく、桐生美咲は言い切った。

 

「――文句なしの合格や」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 足取りが重いのが自分でもわかる。全力を出せたし、出したつもりだった。だが、ダメだった。

 思い返せばミスはある。結果論であろうとミスはミスだ。それが余計に悔しい。

 

「妖花さん」

「……祇園、さん」

 

 お疲れ様、という言葉を懸けてくれる彼。そのまま優しく頭を撫でられ――

 ぽたり、と。

 涙が、床に落ちた。

 

「…………ッ、ふ……っ……」

 

 声を殺し、涙を零す。みっともなく泣き叫びたかった。でもそれはできない。

 悔しい。ただただ、悔しい。

〝ルーキーズ杯〟で桐生美咲に負けた時にも涙を流した。けれどアレは一つの儀式であり、必要なことだったと言える。あの日から強くなりたいと妖花は思うようになったのだから。

 だから、悔しい。

 祇園や澪を始め、色々な人に助けられて腕を磨いてきた。勝てる自信を以てここに立った。

 けれど、結果は敗北で。

 それはまるで、自分の努力の全てが否定されたかのようで。

 

(祇園さんは、ずっと、こんな風に)

 

 いつだって命を投げ捨てるように戦う彼は、敗北の度にこんな気持ちを感じていたのだろう。

 だって、そうじゃないか?

 そうでなければ、あんなにも背中が悲しいわけがない。悲壮に塗れているわけがない。

 

(なれない、祇園さんみたいには、なれない)

 

 打ちのめされて、それでも立つことなんて。

 また否定されるかもしれないと思いながら戦うなんて。

 できるはずが――ない。

 

(私は)

 

 優しく、彼は抱き締めてくれた。何も言わず、こちらを優しく包んでくれる。

 それが嬉しくて。でも、情けなくて。

 

「――シニョーラ防人。泣く必要などないノーネ」

「えっ――」

 

 不意に聞こえた声は、つい先程までデュエルをしていた相手だった。その人物は真剣な表情でこちらを見ている。

 

「確かにシニョーラは敗北しました。しかし、この試験は勝敗で全てが決まるわけではありませンーノ。本来なら試験全てが終わるまで――合否発表の日まで伏せられるべきなのでスーガ」

 

 合格、と。

 クロノス・デ・メディチはそう言った。

 まるで、誇るように。

 

「確かに中等部でも十分学ぶべきことはあるはずなノーネ。シニョーラならジュニア選手権で優勝さえ狙えまスーノ。しかし、それ以上に本校であるならば学べることがあり、また、こちらも教えることがあると先程のデュエルで確信したノーネ」

 

 だから、と彼は言った。

 その手を広げ、宣言するように。

 

「ようこそ、デュエル・アカデミアへ。我々は、シニョーラの入学を心より歓迎するノーネ」

 

 驚きが、最初で。

 歓喜が、次で。

 涙は――止まらなかった。

 

「やったね、妖花さん」

「――はいっ!」

 

 憧れた人の、その言葉に。

 防人妖花は、涙と笑みを浮かべて頷いた。








まさかの第二期第一話が主人公ではないという暴挙。
元々妖花ちゃんはギリギリまでウエスト校と本校で迷っていました。ウエスト校なら今まで通り祇園や澪の側に居られたのですが、一人立ちをしたいという想いから本校に決めたという経緯があります。

次回は主人公のデュエル回。彼がウエスト校でどういう立ち位置にいるのかが描かれる……はず。


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第二話 〝本物〟

 

 

 

 

 入学式。それは一年の始まりとなるイベントであり、去年まで最下級生だった者が上級生となったことを自覚する日だ。

 新入生たちは新たな学校生活に心を躍らせ、参加する上級生たちはそんな彼らを向かい入れながら先輩として気持ちを引き締める。

 そして、ここにも一人。今日から『先輩』と呼ばれる立場になった少年がいる。

 

「相変わらず、雑用ばかり任されているようだな」

「奨学金を頂いて、学費まで免除していただいているんです。これぐらいしないとむしろ申し訳ないですよ」

 

 どこか呆れた調子で言う女性――烏丸澪の言葉に応じるのは、どこか気弱な印象を他に与える少年、夢神祇園だ。彼は教師陣に任された雑用をこなしており、澪はそれを見守っている。

 

「それより、澪さんは良いんですか? 服装もジャージですし、眼鏡をかけてニット帽まで被って……」

「これは変装だ。まさか〝祿王〟がこんな恰好をしているとは誰も思わないだろう?」

「まあそれは確かに」

 

 対外的には〝幻の王〟とまで呼ばれる彼女だが、その印象は『スーツを着た美人』というのが多くを占める。元々表にあまり出ないということもあり、スーツを着ている姿ならば一発でバレるのだが、それ以外の服装だと髪形を変えて眼鏡でもかければまずわからなかったりする。

 

「でも、仕事とかは大丈夫なんですか? 最近ずっと家にいるみたいですけど」

「結局進学はしなかったせいもあって、正直暇を持て余しているのが現状だ。とはいえ、仕事をしようとは思わんが」

「いや働きましょうよ」

「そうは言うが、少年。貯蓄という意味では働かずとも充分なくらいのモノがあるし、働くというのはどうにも肌に合わん。しばらくはこのままだよ」

「澪さんらしいですね」

 

 普通なら不愉快に聞こえてもおかしくない物言いだが、澪が言うなら妙に納得できてしまう。……納得するべきではないのだろうが。

 

「しかし、少年。何故寮に移動したんだ? 別に私のところにいても良かったというのに」

「いつまでもお世話になるわけには……流石に、色々と」

「別に私は構わんが。妖花くんもアカデミア本校に入学したことだしな」

「いやその、やっぱり冷静に考えると……ちょっと」

「……ふむ?」

 

 言い難そうにしている祇園を見、澪は何やら思案する。そして合点がいったのか、楽しげに笑った。

 

「ふふっ、キミならば構わんよ」

「いや駄目ですよ」

「なんだ、つまらん。――む?」

 

 即座に否定する祇園に微笑を返していると、チャイムが鳴った。同時、備品の準備を終えた祇園が立ち上がる。

 

「あ、急がないとですね。えっと、第一体育館でしたっけ」

「まあ、頑張れ少年。先輩の威厳を見せれるように、な」

 

 楽しげに笑いながら澪は言う。祇園は苦笑し、そうですね、と頷いた。

 

「菅原さんにも、二条さんにも、山崎さんにも。……任せる、って、言われましたから」

 

 プロの世界へ飛び込んだ、二人の先達を想い。

 夢神祇園は、微笑んだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ウエスト校の入学式では、催し物としてエキシビジョンマッチが行われる。新入生のトップ二人が在校生を指名し、決闘場でそれぞれデュエルをするのだ。大体が昨年のIH団体戦に出場した二年生二人――現在は三年生――が指名され、上級生の格を見せつけるのだが。

 

「『サイバー・オーガ』の効果を発動。手札のこのカードを捨て、戦闘を無効に。更に攻撃力が2000ポイント上昇します」

「え、なんでわざわざ――」

「――速攻魔法、『ダブル・アップ・チャンス』。戦闘が無効となった時、攻撃力を倍にして再度攻撃を可能とします」

「攻撃力、7800!?」

「……これはおまけです。ダメージステップ、速攻魔法『リミッター解除』。攻撃力を更に倍」

「15600!?」

 

 最早飛んでもな攻撃力となった鬼の一撃が、対戦相手が召喚したマグネット・バルキリオンを文字通り粉々に粉砕した。

 普段のデュエルならばまず見ない攻撃力だが、亜流とはいえサイバー流の一角にその原点を持つのが最上真奈美というデュエリストだ。IHでは一度も姿を見せなかったサイバー・オーガだが、先の東西対抗戦で姿を見せて以来、事ある毎に力技で色んなデュエリストを捻じ伏せている。

 

「ありがとうございました」

「あ、ありがとう、ございました……」

 

 真奈美の言葉に対し、呆然とした調子で応じる新入生。確か今年度ジュニア選手権五位入賞のデュエリストだったはずだ。それなりの自負はあったはずだが、それを粉々に打ち砕かれたらしい。

 

「……『機関連結』があれば、もう更に倍に持っていけましたが」

「サラッと恐ろしいことを言うなキミは」

 

 ステージから降りる途中で真奈美が呟いた言葉に、呆れた調子で澪が言う。真奈美は澪たちに気付くと、おや、と声を上げた。

 

「お疲れ様です、烏丸さん。夢神くん」

「うむ、お疲れ様だ。どうだった、新入生は?」

「面白い相手でした。『岩投げエリア』で磁石の戦士を墓地に送りつつ、『闇の量産工場』で回収。バルキリオンを出し、三体の生贄を用意してからの『ギルフォード・ザ・ライトニング』は驚きました」

「凄い動きですね……」

「ロマンの塊だな」

 

 それでも十分回せているのだから凄まじいだろう。新入生としてはかなり期待できるはずだ。

 

「さて、次は少年の出番だな」

「そうなんですが……いいんでしょうか? 沢村先輩がいるのに……」

「『カウントダウン』と好んで戦いたがる人はいませんので、おそらく大丈夫かと」

 

 きっぱりと言い切る真奈美。そのまま彼女はこの場を離れ、観客席へと向かっていった。

 一度深呼吸をすると、祇園はステージへ上がっていく。澪はその背に声をかけることはしない。今の彼に、案ずるような言葉は不要なのだから。

 

「おい、夢神先輩だぜ……」

「〝ルーキーズ杯〟見たけど、凄かったよな」

「IHも凄かったぞ。滅茶苦茶強い」

 

 祇園の登場に、周囲の新入生たちの間にざわめきが広がる。〝ルーキーズ杯〟に彗星の如く現れ、その後に行われたノース校と本校の対抗戦やIH、そして東西対抗戦で結果を残した彼は〝シンデレラ・ボーイ〟と呼ばれ、今や全国区のプレイヤーの一人である。

 その祇園を指名した新入生。今年度の首席合格者という話だが――

 

「――あんたが夢神祇園か?」

 

 現れたのは、鮮やかな長い金髪をした少女だった。だが、その服装はとても新入生のそれとは思えない。

 肩口で乱雑に切り落とされた袖に、学校指定の色とは違うスカーフ。腰に巻かれたチェーンが音を鳴らし、鋭角的なデザインのデュエルディスクがその雰囲気を更に威圧的なモノとしている。

 

「はい。初めまして」

 

 対し、礼儀正しく一礼する祇園。その態度に恐れのようなモノは欠片もなく、相手は驚いた表情を浮かべた。

 だがすぐに消し去ると、アタシは、と言葉を紡ぐ。

 

「一ノ宮美鈴。兄貴からあんたのことを聞いて、興味が湧いた」

「お兄さん?」

「まあそれはいいだろ。――やろうぜ。捻じ伏せてやる」

 

 デュエルディスクを突き出し、まるで喧嘩の構えのような体勢を取る少女。その姿を見て、祇園は唐突に思い出した。

 

(あの構え――……)

 

〝ルーキーズ杯〟を終え、披露会に向けてデッキ構築をしていた時。大会に参加したいと言い出した防人妖花を応援しに行った場所で見た人物。

 堂々と、正面から。あの防人妖花を捻じ伏せたデュエリスト。

 

「……手前勝手な理由だけど」

 

 デュエルディスクを構え、祇園は呟く。

 思い出すのは、あの大会の後。「負けちゃいました」と、そう笑いながら。しかし、悔しそうに拳を握り締めていた少女の姿。そして、誰も視たいない場所で一人、『戦う』ためのデッキを組み上げていた小さな背中。

 

「負けられない理由が、増えたよ」

 

 そして、決闘が始まる。

 会場の者たちは、誰一人の例外なく少年の真価を見定めようと目を向ける。

〝シンデレラ・ボーイ〟。

 誰もが憧れる舞台に立った少年の力は本物か、否か。

 

 その価値が、ここで決まる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 赤い制服に身を包んだ防人妖花は、上機嫌でアカデミア本校の校舎を歩いていた。入学式も終わり、決闘場では新入生と在校生による入学デュエルが行われている。

 先程まで万丈目準がデュエルをしており、流石の実力を見せつけていた。セブンスターズの時にも見たが、彼は精霊に随分と慕われている。精霊に慕われている者に悪い人はいない。そんな人が先輩だということが、妖花は嬉しい。

 

「やっぱり、ここに来て良かったです」

『…………』

 

 上機嫌に呟くと、前を歩く三つ目の毛玉が振り返りながら撥ねた。その表情もどこか嬉しそうである。

 

「でも、遊城さんたちはどこにいるんでしょう? さっきまで会場にいたはずなんですけど……」

『…………』

 

 同じ寮の先輩のことを問うと、毛玉は体をふるふると震わせた。入学デュエルに夢中になっている間に、十代たちを見失ってしまったのだ。入学式のすぐ後にデュエルをしようと誘われたので、合流したいのだが。

 

「えっ? 探してくれているんですか? ありがとうございます!」

『『『…………』』』

 

 いきなり周囲が精霊で満ちる。視えない者たちからすれば少女が一人虚空に話しかけている珍妙な絵が繰り広げられている状態だが、視える者たちからしても無数の精霊に囲まれて笑顔でいる少女という異常な光景に言葉を失うだろう。

 ……まあ要するに異様な絵面なわけだが、幸いというべきか周辺に人気はない。故に妖花は精霊たちを引き連れて歩いていたのだが――

 

「おー、改めて見ると凄い絵やなぁ」

「美咲さん!」

 

 クスクスと笑いながら現れた人物に、妖花は満面の笑みを浮かべて走り寄った。尻尾でもあれば全力で振ってそうな勢いである。

 

「入学おめでとう、妖花ちゃん。制服、似合ってるで?」

「えへへ、ありがとうございます!」

「うんうん、元気なんはええことや。……せやけど、ホンマに良かったん? レッド寮、世間的には落第生と呼ばれる寮で」

 

 そう言って、美咲は妖花を見た。妖花の制服は、青でも黄でもない赤の色を宿している。オシリス・レッド――史上二人目の飛び級入学を果たした少女は、最下層の寮へと入学していた。

 

「正直、職員会議じゃ揉めに揉めたんやで? 昨年度から女子も実力で寮分けが決定されて、実際妖花ちゃん以外にレッド寮に入学した子も何人もおる。せやけど、妖花ちゃんの実力は満場一致でオベリスク・ブルーやったんや。なのに、蓋を開けてみれば本人の希望はレッド寮。今年は妖花ちゃんだけやで? レッド寮に入るの希望した子なんて」

「ご迷惑をお掛けしてすみませんでした……」

「いや、怒っとるわけやないんやで? クロノス教諭は本気で迷ってたし、ギリギリまで決まらへんかったしな。せやけど、その方が良かったんやろ?」

 

 微笑と共に告げられる問いかけ。その問いに対し、妖花ははい、と迷いなく頷く。

 

「祇園さんは、この場所にいたからあんな風に格好良かったんだと思うんです。……どんな人が相手でも、絶対に目を逸らさない。絶対に屈しない。絶対に諦めない。あの姿に、憧れたんです」

 

 戦うことを知らぬままに立った、あの場所で。

 あの人は、誰よりも輝いていた。

 

「なんというか、ホンマに。罪作りやなぁ」

 

 苦笑を零し、彼女は言う。だが、わかっているはずだ。誰よりもその姿と格好よさを知っているのは、目の前の彼女のはずだから。

 

「まあ、その祇園も今頃大変みたいやけどな。入学デュエルしとるみたいやし」

「そうなんですか?」

「ウチのはメインが終わったら後は好き放題やるお祭やしあれやけど、ウエスト校は二戦しかせん伝統的な催しや。在校生はその実力を示さなアカン」

 

 新入生に負けることは許されない。特に夢神祇園という少年は、既に全国にその名を響かせているのだ。

 

「ま、祇園なら大丈夫やろ。〝シンデレラ・ボーイ〟なんて呼ばれてるけど、あれセンスあると思うし」

「そうなんですか? 〝みんな〟は似合わない、って言ってたんですけど……」

「ふふ、そう思う? でもな、妖花ちゃん。シンデレラは努力の人やったんやで? 不遇な身の上で、意地悪な肉親の下でこき使われて。隠れて泣くことはあっても、人前では絶対に泣かなかった。そして、魔法使いに与えられたのはかぼちゃの馬車と綺麗なドレスだけ。舞踏会に行く権利だけやったんや」

 

 そして、シンデレラは手に入れた。

 誰よりも臨んだ、栄光を。

 

「才能っていうんは、ある日突然目覚めるもんでも覚醒するもんでもない。そんな風に現れるもんは、ただのご都合主義や。

 才能とは、磨くモノ。ただただひたすらに、磨いていくもの。

 その果てにどんな輝きが見えるかもわからない。それでも、ただただ一心に磨き続けるモノ。

 祇園は不器用やから、その磨き方が下手糞やった。ただでさえ見てくれが良い原石でもなかったから、余計に大変やった。それこそ皆が専用の歯で削って、カットして、そうやって磨いてる中で……一人だけ、布で磨き続けてたんや。そら馬鹿にされるし成果も上がらんよ。けど、あまりにも直向き過ぎて……いつの間にか、変わっていった」

 

 だから、その姿は格好良いと。

 桐生美咲は、微笑みながらそう言った。

 

「だから私は、大好きになったんよ?」

 

 誇るように言うその姿は。

 あまりにも――格好良くて。

 

「美咲さんも、格好良いです」

 

 その言葉に、美咲は微笑を零し。

 妖花と共に、歩き出した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 一ノ宮美鈴。先行はそう名乗った少女だ。暗黙のルールとして、先行は挑戦者である新入生のモノと決まっている。

 

「アタシの先行」

 

 先行ドローのルールは今年度より廃止されている。果たして、相手のデッキは。

 

「モンスターをセット。カードを一枚伏せてターンエンドだ」

 

 相手はただモンスターを伏せただけ。デッキは依然不明だ。前と同じであるならば、目星はついているが……。

 

(僕のデッキは割れていると考えた方がいい。ならここは動くよりも……)

 

 今は相手の動きを見た方がいい。

 

「僕のターン、ドロー。……モンスターをセット、カードを二枚伏せてターンエンド」

「あん? 攻撃してこねぇのか?」

「今はまだできない、かな」

「はっ。何だ、折角伏せカードも無しだってのに」

 

 カードをドローしつつ、美鈴が鋭い視線を祇園に向ける。

 

「――ナメてんのか知らねぇが、後悔すんなよ? 手札より『E・HEROエアーマン』を召喚! 効果により、デッキから『E・HEROシャドーミスト』を手札に加える!」

(『HERO』……!)

 

 E・HEROエアーマン☆4風ATK/DEF1800/300

 

 親友である遊城十代も用いる、人気テーマの一つだ。ただその戦術は多岐に渡り、無数とも言える程の融合体の存在故に様々な型がある。

 

(やっぱりHEROだった。妖花さんと戦った時と同じ型なら……)

 

 エアーマンやシャドーミストなど、HEROには強力な効果を持つ下級モンスターが多い。だが、上級モンスターはそのほとんどが融合体だ。故に十代や響紅葉のように融合を主戦術とするHERO使いは多い。

 

「更に『E・HEROフェザーマン』を反転召喚!――いくぜ、バトルだ! エアーマンでセットモンスターを攻撃!」

「セットモンスターは『チューニング・サポーター』です。破壊されます」

 

 E・HEROフェザーマン☆3風ATK/DEF1000/1000

 チューニング・サポーター☆1光ATK/DEF100/300

 

 HEROの一撃により潰される、小さなモンスター。そこへ追撃が迫ってくる。

 

「フェザーマンでダイレクトアタックだ!」

「リバースカード、オープン! 罠カード『ピンポイント・ガード』! 相手の直接攻撃時に発動でき、墓地からモンスターを一体守備表示で特殊召喚する! この効果により特殊召喚されたモンスターは戦闘では破壊されない!」

 

 条件さえ整えば壁になる上に自身の場にモンスターを用意できるという強力な罠カードだ。これが通れば次のターンへ繋げられるが――

 

「甘ぇ! カウンター罠『フェザー・ウインド』! フェザーマンが存在する時、相手の魔法・罠カードを無効にして破壊する!」

「…………ッ!」

 

 祇園LP4000→3000

 

 フェザーマン専用のカウンター罠により、祇園の手が封じられた。

 

(フェザー・パーミッションのギミックを積んでいるのか……!)

 

 カウンター罠は総じて強力である代償としてそれなりのコストを要求することが多い。それに対し、フェザー・ウインドはフェザーマンが場にいなければならないという条件こそあるモノのコストの要求がない。更には通常モンスターの戦士族下級HEROということもあり、フェザーマンのサーチ手段は豊富だ。それを利用したギミックがフェザー・パーミッションなのだが……。

 

(ただの殴り合いじゃない分、少しやりにくいかな?)

 

 だが、脅威とは感じない。本当の意味での脅威とは遊城十代のような戦術をするデュエリストだ。フェザーマンもウインドもピン差しで何故ああも都合よく揃えられるのか。全く以て謎である。

 

(ただ、これはちょっとマズいかも)

 

 誰もがバトルフェイズの終了を確信しているだろう。だが、あの日のデュエルを見ていた祇園にはこの次に何が起こるかを知っている。

 

「これで終わった、なんて思ってんじゃねぇだろうな?――速攻魔法『マスク・チェンジ』!! 自分フィールド上のHEROを墓地へ送り、同じ属性の『M・HERO』を特殊召喚する! 来い、『M・HEROカミカゼ』!! ダイレクトアタックだ!!」

 

 M・HEROカミカゼATK/DEF2700/1900

 祇園LP3000→300

 

 一気にLPを削られる祇園。バトルフェイズ中の特殊召喚――妖花もこれにやられたのだ。

 

「カードを一枚伏せて、ターンエンド。この程度じゃないんだろ? 見せてくれよ」

「僕のターン、ドロー。手札より『アンノウン・シンクロン』を特殊召喚。相手フィールド上にのみモンスターが存在する時、特殊召喚できる。更に『ジャンク・シンクロン』を召喚。墓地からチューニング・サポーターを――」

「その効果にチェーン発動! 『増殖するG』! 相手が特殊召喚に成功する度、カードを一枚ドロー出来る! ドロー!」

 

 アンノウン・シンクロン☆1闇ATK/DEF0/0

 ジャンク・シンクロン☆3闇ATK/DEF1300/800

 チューニング・サポーター☆1光ATK/DEF100/300

 美鈴・手札2→1→2

 祇園・手札2

 

 美鈴が発動したカードにより、会場にざわめきが広がる。祇園の用いるデッキは一ターンの連続召喚が戦術の要だ。ここから連続シンクロを行えば、それだけ祇園が不利となっていく。

 だが、ここで動かないことはイコールで敗北だ。

 

(大丈夫。IHでも似たようなことは何度もあった)

 

 祇園のデッキはその回転力が強さの根拠だ。故に弱点もはっきりしている。特殊召喚を封じてきた者もいたし、似たように展開を阻害しようとしてきた者もいた。

 その全てに勝利できたわけではないけれど。夢神祇園は、『答え』をちゃんと持っている。

 

「魔法カード『機械複製術』発動! チューニング・サポーターを二体、デッキから特殊召喚する!」

「なっ!? 更に展開!?」

「チューニング・サポーターはシンクロ素材とする時、レベルを2に変更できる! 呼び出した二体のレベルを2とし、チューニング・サポーター三体にジャンク・シンクロンをチューニング!! シンクロ召喚、『ジャンク・デストロイヤー』!!」

 

 ジャンク・デストロイヤー☆8地ATK/DEF2600/2500

 

 現れるのは、四本腕の機械戦士だ。ある種巨大ロボにも見えるそのモンスターの登場に、会場から歓声が上がる。

 

「デストロイヤーは素材にしたチューナー以外のモンスターの数までフィールド上のカードを破壊できる! 三枚のカードを破壊!」

「チッ、だがデストロイヤーのシンクロ成功時にカードをドローだ!」

「チューニング・サポーターがシンクロ素材となった時、カードをドローできる! 三体が素材となったため、三枚ドロー!」

「なっ……!?」

 

 祇園・手札1→4

 美鈴・手札2→4

 

 互いの手札の枚数が同じになる。バトル、と祇園が宣言した。

 

「ジャンク・デストロイヤーでダイレクトアタック!」

「くうっ……!?」

 

 美鈴LP4000→1400

 

 巨大ロボの一撃が叩き込まれる。祇園は三枚のカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

「僕はカードを三枚伏せ、ターンエンドです」

 

 LPは崖っぷち。更に、相手の妨害もあった。

 しかし、祇園はそれを掻い潜り、こうも見事に。

 

 美鈴の表情が苛立たしげに歪む。そのまま彼女は、舌打ちと共にドローした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 目の前で繰り広げられた攻防。それを眺め、澪は一つ息を吐いた。どこか落胆が混じっている。

 

「無名でありながらジュニア入賞者を押しのけての主席入学。期待していたが……この程度か」

「キミにかかればどんな生徒も役者不足ですからねぇ」

 

 ステージへ向かう入場口。そこの壁に背を預けながら呟いた澪の言葉にそう応じたのは年老いた老人だった。龍剛寺校長。このウエスト校の校長である。

 

「観覧席ではなく、こんな場所へわざわざ来られるとは。どういう風の吹き回しです?」

「キミを誘いに来たのですよ。どうも今の三年生は付き合いが悪くて……。先程沢村くんに断られてしまいました。二条くんや菅原くんなどは喜んで来てくれたのですが」

「そもそもその二人が珍しいということを理解された方がよろしいかと。……ただ、そうですね。お茶はこの試合の後、少年を交えてなら是非ともお受けしたく存じます」

「ふむ。成程、見逃したくはないと?」

「どちらが勝つかの結果はほとんど視えていますし、その過程も読めていますが。それでも見たいのですよ」

 

 一時も目を離さず、その背に視線を向けながら澪は言う。わかりました、と龍剛寺は微笑んだ。

 

「なら、私もここで観戦しましょう。優秀な生徒の才能が磨かれていく様は、いくつになっても心が躍ります」

「ええ、本当に。……追い詰めているとでも思ったか、挑戦者? そこにいるのは誰よりも愚直に栄光へと手を伸ばし続け、戦い続けた男だ。今更足踏みするほど愚鈍ではなく――弱くもない」

 

 凛と立つ背中は、かつて見たモノに比べて随分と大きくなった。

 それを嬉しく思うのは、どんな感情から来たモノか。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 くそっ、と美鈴は内心で舌打ちを零した。戦術は間違っていなかったはずだ。実際、後一手で相手の歩を削り切れるところまで来ている。

 

(増殖するGで完全に詰みにいけたはずだったんだ。なのに、どういうことだよ。もし、あの時Gが手札になかったら)

 

 追い詰めるための一手は、自分を救うための一手だった。その事実に美鈴は苛立ちを募らせる。

 

「けど、たった300が削り切れないわけがねぇ! アタシは手札から『E・HEROオーシャン』を召喚!! そして速攻魔法、『マスク・チェンジ』!! 来い、『M・HEROアシッド』!!」

 

 E・HEROオーシャン☆4水ATK/DEF1500/1200

 M・HEROアシッド☆8水ATK/DEF2600/2100

 

 現れる、水のマスクHERO。その効果は『最強のHERO』と名高きアブソルートZeroと似て協力である。

 

「アシッドの特殊召喚成功時、相手の魔法・罠を全て破壊し、モンスターの攻撃力を300下げる!!」

 

 相手の場を結果的に焼き尽くす『Zeroアシッド』と呼ばれるコンボが成立する所以だ。

 これが通れば勝負は決したも同然。しかし。

 

「罠カード『スターライト・ロード』!! 二枚以上のカードが破壊される効果が発動した時、その効果を無効にしてエクストラデッキから『スターダスト・ドラゴン』を特殊召喚できる!! 飛翔せよ、スターダスト・ドラゴン!!」

 

 現れたのは、星屑の竜だ。その咆哮が大気を揺らし、会場が歓声を上げる。

 

 スターダスト・ドラゴン☆8風ATK/DEF2500/2000

 

 世界に一枚しか存在しないカード。それは夢神祇園というデュエリストが刻んだ結果そのものだ。彼は自身の強さによって、このカードを手に入れた。

 

「アシッドは破壊させてもらいます」

「ぐ、クソがっ! 魔法カード『ヒーロー・アライブ』発動! LPを半分支払い、E・HEROシャドー・ミストを特殊召喚!! 効果発動! 最後の『マスク・チェンジ』を手札に加え、発動! 来い『M・HERO闇鬼』!!」

 

 美鈴LP1400→700

 E・HEROシャドー・ミスト☆4闇ATK/DEF1000/1500

 M・HERO闇鬼☆8闇ATK/DEF2800/1200

 

 現れるのは、闇の仮面HEROだ。美鈴は効果発動、と宣言する。

 

「闇鬼は直接攻撃を行うことができる! ただしその場合、ダメージが半分になるが、十分だ!! 後たった300ポイント! 削り切ってやる!!」

「罠カード、『くず鉄のかかし』! 攻撃を無効に!」

「――――ッ!!」

 

 届かない。あとたった300のLPが、削り切れない。

 

「……ターン、エンド、だ」

 

 拳を握り締め、そう宣言する。ドロー、と相手はカードを静かにドローした。

 

「僕はまだまだ未熟者で、色んな人に助けられてばかりだけど」

 

 呟くように言う対戦相手。その表情は、頼りないはずなのに。

 

「そう簡単には、負けられない。任せるって、そう……言われたから」

 

 勝てない、と。

 そんな風に、思ってしまった。

 

「だから、これで決着だ。リバースカード、オープン。『バスター・モード』。スターダストを生贄に捧げ、デッキから『スターダスト・ドラゴン/バスター』を特殊召喚」

 

 スターダスト・ドラゴン/バスター☆10風ATK/DEF3000/2500

 

 現れるのは、スターダストの真の姿。バトル、と祇園が宣言する。

 

「スターダストで闇鬼へ攻撃! そしてデストロイヤーでダイレクトアタック!!」

「――――」

 

 美鈴LP700→500→-2100

 

 美鈴のLPが削り切られ、終焉の音が響く。畜生、と美鈴は呟きを漏らした。

 

「ありがとうございました」

 

 礼儀正しく頭を下げてくる祇園。反射的に頭を下げると、美鈴はすぐに背を向けた。これ以上、無様な姿を晒したくない。

 ――敗北。

 その事実だけが、ただただのしかかる。

 

「――――ッ」

 

 鈍い音が響く。誰もいない廊下。そこで、拳を打ち付けた音だ。

 負けた。完全に。言い訳の余地もなく。

 こんな無様を晒して、自分は。

 

『アレを直接見たのは一度だけだが。強いぞ』

 

 自身がアニキと呼ぶ人物の言葉を思い出す。その通りだ。強い。あんな強さもあるのかと、そう思わされた。

 

「……夢神、祇園」

 

 当面のターゲットは決まった。更にランキングを見る限り、上はまだいる。

 やりがいがある。美鈴はもう一度拳を握り締めると、再び歩き出した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「新入生は皆元気やなぁ」

「喧嘩売られる方は面倒臭ぇだけだがな」

 

 アカデミア本校決闘場。中等部時代のお礼参りも含めた30人抜きを果たした如月宗達は美咲の言葉に肩を竦めてそう応じた。

 

「いや、〝侍大将〟のは自業自得やん」

「だから相手してんだろうが。あー疲れた。俺帰るけど、オマエら何しに来たんだ?」

「いや、十代くんたち探しとるんやけどな」

 

 そういう美咲の陰で頷いているのは妖花だ。あん、と宗達は肩を竦める。

 

「十代ならエド・フェニックスとデュエルしに行ったぞ。十代の奴はエドって気付いてなかったみたいだけどな」

「それいつもの十代くんやな。せやけどエド・フェニックスときたか。入学すんのは知ってたけど……」

「エド・フェニックスが入学するんですか!?」

 

 いきなり声を張り上げたのは妖花だ。おおう、と二人は驚くが、そういえばこの少女は割とミーハーであったことを思い出す。

 

「まあ、一応やな。ほとんど授業には出ぇへんやろ」

「そうなんですか?」

「そういう約束やしな。まあウチはあんま知らんけど……」

 

 うーん、と美咲が首をひねる。どうした、と宗達が問いかけた。

 

「何か気になることでもあんのか?」

「いやエド・フェニックス自体は実力もあるし、ちょっと不用意に敵作り過ぎな感はあるけどそれだけなんよ。せやけど、マネージャーがなー、なんか胡散臭いねんな」

「へぇ」

 

 興味なさそうに頷く宗達。まあ、と美咲も笑った。

 

「どうでもええ話や。ほななー」

 

 行こう、と妖花の手を引きこの場を離れる美咲。宗達はそれを見送ると、遠巻きに自分を見ている視線を無視し、歩き出す。

 相変わらずの奇異と侮蔑、そして畏怖の視線に晒されながら歩いていく。そして森へ差し掛かったところで、奇妙な男を見つけた。

 

「……こんなとこで占いなんざしてても、誰も来ないぞ」

「あなたが来たではありませんか」

 

 なんか胡散臭い、と宗達は思った。ただの勘だが。

 

「――迷いを、抱えておられますね?」

「…………あァ?」

 

 不意に紡がれた言葉に、宗達は眉をひそめた。

 

 風が、流れる。

 物語が、動き出す――……










才能は磨くモノ。ならば、烏丸澪という例外はどういう存在なのでしょう。

とりあえず強くなりました祇園くん。何か安定感ありますね。
不穏な空気が流れていますが、割といつも通りということでここはひとつ。


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第三話 運命の力、帝王の想い

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒板にチョークで文字を書く音が響き渡る。同時に一人の少女の言葉が紡がれており、ノートにペンを走らせる音があちこちから聞こえていた。

 

「――というわけで、まず大事なんは自分に出来得ることの確認や。最初に手札のカードを確認。ここで重要なのはその手札のカードがどこへ干渉するか。相手のモンスターなのか魔法・罠なのか手札なのか墓地なのかLPなのか、あるいは自分に作用するのか。その上で墓地のカード、そして山札に眠っているカードをしっかり確認すること。状況次第ではデッキからカードを引っ張ってくることも必要になるから、何が何枚残っているかはちゃんと把握せなアカンよ」

 

 教壇に立つのは今年で十六になる年若き少女――桐生美咲。アイドルとしても活躍するだけのことはあり、その声はよく通る。

 しかし本来ならアイドルたる彼女が教壇に立っているとなれば浮足立ちそうなものなのだが、この場にいる者たちはほぼ全員が真剣な表情で彼女の言葉に耳を傾けている。昨年多くの寮の移動があった彼女の授業を経験している以上、手を抜くことなどできるはずがないのだ。

 

「デッキ関連やったら『自爆特攻』が有効になることも多いよ。リクルーター――有名どころで『キラー・トマト』、『シャイン・エンジェル』、『巨大ネズミ』、『グリズリー・マザー』、『UFOタートル』、『ドラゴンフライ』の6属性リクルーターなんかは相手によっては自分から攻撃を仕掛けんとアカン場合も多い。100%悪手とは言わへんけど、相手の場にリクルーターが見えていて戦闘破壊は可能やけどLPを削り切れへん時は敢えて攻撃せんのも一つの手や。去年のノース校との対抗戦で万丈目くんと〝侍大将〟のデュエルがそうやったね。万丈目くんはまだ攻撃権を残してる相手に対して出したいモンスターを先に出すことで、リクルーターが残る状況を避けた」

 

 同時、スクリーンに映像が流れる。

 

 

『まだ攻撃が残ってるのに妙だと思ったが、守る手段があったわけか』

『貴様のことだ。ここで仮面竜を出したところで攻撃を止めるだけだろう?』

『よくおわかりで。……俺はカードを二枚伏せ、ターンエンドだ』

 

 

 如月宗達の攻撃に対し、万丈目が『和睦の使者』を発動した際のワンシーンだ。映像が止まり、美咲は更に言葉を続ける。

 

「この時万丈目くんは割られこそしたけど『デモンズ・チェーン』も伏せてた。リクルーターゆーんはセット状態で一回攻撃を受けるだけやったら問題ない場合が多いけど、相手が複数回攻撃権を持ってる場合はちょっと辛くなるで。その辺は駆け引きやけどな。ただ、『バーサーク・デッド・ドラゴン』には注意すること。リクルーター全部潰せるからな」

 

 大ダメージになるで――そう言いつつ、美咲はモニターの画面を切り替える。そこには二枚のカードが映っていた。

 

「リクルーターを使う場合は、その条件をちゃんと把握するんも大事やで。例えば『巨大ネズミ』は地属性なら種族もレベル問わへんけど、攻撃力1500以下っていう縛りがある。逆に隣の『ピラミッド・タートル』は『アンデット族』っていう属性縛りで、参照するンも守備力2000以下って違いがある。これを利用して『茫漠の死者』を出したら攻撃力2000のモンスターが立つよ。日本やとタイトル戦はLP8000のマッチ制やからその場合攻撃力4000で出てくるなぁ」

 

 4000、という数字に僅かに教室がざわめく。だが美咲は特に気にする風もなく言葉を続けた。

 

「というわけで、今日はテストの代わりにリクルーターの運用についてレポートを書くこと。時間もええ時間やしなぁ」

 

 そういうと、美咲は資料を束ねてモニターの映像を操作し始めた。教室の空気が和らぎ、話し声が広がっていく。

 

「今日の試合って誰が最初だったっけ?」

「二条紅里と神崎アヤメだろ。で、第二試合が丸藤先輩とエド・フェニックス」

「新人の推薦枠に選ばれるとか、やっぱカイザーは凄ぇなぁ……」

「第三試合が新井智紀と……天城プロか」

 

 口々に言葉を紡ぐ生徒たち。今日は今年度からプロデビューをした者が公開デュエルを行う日だ。毎年その年にプロデビューした者の中からDM協会が選び、現役のプロデュエリストとデュエルを行うのだ。基本的に前年度で活躍した者が推薦で選ばれ、主にお披露目の名目で行われる。

 

「他の教室では一年生と三年生も見とるはずやし、皆もちゃんと見ること。――プロデュエリストの実力をしっかりと見とくんやで」

 

 部屋の照明を落とし、同時、東京ドームが映し出される。

 試合開始まで後十分ほど。

 

(さて、エド・フェニックスと丸藤くんか。……なんか、不穏やなぁ)

 

 ただの勘だが、なんとなく嫌な予感がする。

 マネージャーの城井にも最近違和感を覚えるし、どうにも調子が出ない。

 

(……考え過ぎかもしれへんけど)

 

 いつも通り仕事モードに入ると超真面目になり、プライベートでは雑になる人だ。何も変わってはいないはず。

 

(そういえばもうすぐ城井さん誕生日やん。確か赤と黒が好き言うてたし、黒の鞄でも――)

 

 そこで、違和感の正体に気付いた。

 あまり好きではないと言っていた白。だが、確か。

 あの人が最近使っている鞄の色は――

 

「…………白…………?」

 

 芽生えてきた、その疑問は。

 モニターより響く歓声に、押し流された。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 控室。丸藤亮、新井智紀、二条紅里の三人は思い思いにその場所で過ごしていた。ただ、既に試合を終えた二条紅里は机に突っ伏しているが。

 

「……強いよ~……」

 

 ポツリと、机に突っ伏しながら紅里が呟いた。目を閉じて精神を集中させていた亮が薄く目を開け、携帯端末を弄っていた新井も顔を上げる。

 

「だが、絶望的なほどの差はないように見えたぞ」

「……ん~……それは、そうかもしれないです。……悔しいなぁ……」

 

 顔を上げぬままにそう言葉を紡ぐ紅里。そんな彼女に対し、新井が苦笑と共に言葉を紡いだ。

 

「負けてもいい、とか言うつもりはないけどな。次の目処が立った、ってことにしとけばいいんじゃないか?」

「……うー……」

「かなり堪えてんなぁ……。まあ、しゃーねぇか。それよか丸藤、そろそろ出番だろ」

「はい。行ってきます」

 

 頷くと共に亮は立ち上がり、デュエルディスクを腕にセットする。そのまま部屋を出ようとすると、その背に新井が言葉を紡いだ。

 

「気を付けろよ。エド・フェニックスは強いぞ」

「はい。今持てる全ての力を込めて、挑みます」

 

 部屋を出、ステージへと向かう。

 エド・フェニックス。現在も公式戦の連勝記録を更新し続ける新進気鋭のプロデュエリスト。まだプロになってから日が浅いためランキングが高くなく、そのせいでランクの高い世界レベルの大会には出場していないが、世界各地で行われている大会で優勝を続けている。

 日本における最年少プロ勝利記録の保持者は桐生美咲だが、エド・フェニックスはその連勝数において彼女を大きく上回る。

 ――若き天才。

 年下でこそあるが、そう呼ばれる実力者と戦えることに自然と頬が緩む。

 

(エド・フェニックスのデッキはHEROだ。……卒業デュエルを思い出す)

 

 遊城十代との卒業デュエル。最終的にとんでもない攻撃力のぶつかり合いとなったあのデュエルを思い出す。

 楽しいデュエルだった。また、あんなデュエルができればいい。

 

(……楽しい?)

 

 ふと、足を止めた。

 楽しいデュエル。勝利の果て、敗北の果て、決着の先に見えたモノ。

 あの時、自分は何を感じただろうか――……?

 

「ああ、そうか」

 

 ずっと、悩み続けていた。

 ずっと、答えを求めていた。

 リスペクトとは何なのか。

 サイバー流とは何なのか。

 ずっと、ずっと。

 

「きっと――」

 

 ようやく、届く気がする。

 求め続けた、その場所へ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 二人のデュエリストが、正面から向かい合う。

 丸藤亮。

 エド・フェニックス。

 若き才能が、激突する。

 

「アカデミアでは入れ替わりになってしまったな。お前とは一度戦ってみたかった」

「お手柔らかにお願いしますよ、先輩」

 

 その言葉の端に侮りを滲ませ、エドは言う。亮は眉を僅かに反応させると、いくぞ、と宣言した。

 

 

「「決闘!!」」

 

 二人の宣言により、歓声が上がる。黄色い声援が多いところから、二人の人気が伺えた。

 

「先行は俺だ。『サイバー・ラーバァ』を召喚。カードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 サイバー・ラーバァ☆1光ATK/DEF400/600

 

 現れたモンスターを見て、エドが笑う。

 

「いきなり守りかい、先輩?」

「…………」

「やれやれ、だんまりとはね。――僕のターン、ドロー。魔法カード『融合』を発動。手札の『E・HEROフェザーマン』と『E・HEROバーストレディ』を融合。カモン、『E・HEROフェニックスガイ』!」

 

 E・HEROフェニックスガイ☆6炎ATK/DEF2100/1200

 

 現れたのは、一体の融合ヒーロー。フェザーマンとバーストレディ――遊城十代が最も信頼するヒーローと同じ素材から紡がれながら、姿は大きく違う。

 

「フェニックスガイは戦闘では破壊されない。――バトルだ、フェニックスガイでサイバー・ラーバァへ攻撃!」

「サイバー・ラーバァが攻撃対象に選択された時、このターン俺が受ける戦闘ダメージを全て0にできる! 更に戦闘で破壊されたことにより、デッキから二体目のサイバー・ラーバァを特殊召喚!」

「へぇ、面倒なモンスターだ。僕はカードを一枚伏せ、ターンエンド」

 

 余裕の表情を崩さぬままにエンドを宣言するエド。ドロー、と亮はカードをドローした。

 

「俺は手札より『サイバー・ドラゴン・コア』を召喚。召喚成功時、デッキからサイバーと名の付く魔法・罠を一枚手札に加えることができる。『サイバー・リペア・プラント』を手札に加える」

 

 手札を確認する。上手くいけば大きくダメージを与えられるが……。

 

(気になるのはあの伏せカードだ)

 

 こちらを煽るような言い回しからも、おそらくこちらを誘っている。ならば――

 

「俺はサイバー・ラーバァを守備表示にし、魔法カード『融合』を発動! 場のサイバー・ドラゴンとなっているコアと手札の『サイバー・ドラゴン』で融合! 来い、『サイバー・ツイン・ドラゴン』ッ!!」

 

 サイバー・ツイン・ドラゴン☆8光ATK/DEF2800/2100

 

 現れるのは、亮のエースモンスター。二頭の首を持つ機械竜だ。

 

 

『出ました! リスペクト・デュエルの要! カイザー亮のエースモンスターです!』

『攻撃力2800の二回攻撃。強力ですよ』

 

 

 実況の声に合わせるように大歓声が響く。バトルだ、と亮は宣言した。

 

「サイバー・ツインでフェニックスガイを攻撃! 二連打ァ!」

「無駄だ! フェニックスガイは戦闘では破壊されない!」

「――ならば破壊できるようにすればいい。速攻魔法『禁じられた聖杯』を発動! モンスター一体の攻撃力を400ポイントアップする代わりに、その効果を無効にする!」

「なにっ!?」

 

 攻撃力こそ上昇したが、耐性を失ったフェニックスガイ。サイバー・ツインの牙が迫りくる。

 

「フェニックスガイ、撃破! ダイレクトアタックだ!」

「それはどうかな?」

 

 笑み。それと共に伏せカードが発動する。

 

「罠発動、『ヒーロー・シグナル』! 場のモンスターが戦闘で破壊された時、デッキからレベル4以下の『E・HERO』を特殊召喚する! 『E・HEROバブルマン』を特殊召喚! 更に効果により、カードを二枚ドロー!」

 

 E・HEROバブルマン☆4水ATK/DEF800/1200

 エドLP4000→3700

 

 エドの場に現れるバブルマン。くっ、と亮は呻いた。

 

「読んでいたのか……」

「戦闘で破壊されない。ならば効果で破壊するというのが定石だ。けれど、キミたち『サイバー流』は絶対にそんな手段は選ばない――いや、選べない」

 

 こちらを小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら言うエド。そのまま彼は肩を竦めて言葉を紡いだ。

 

「読んだ、というほどのことじゃあない。このぐらい、誰だってわかるさ」

「……俺はターンエンドだ」

 

 ぐっ、と強く拳を握りながら言う亮。僕のターン、とエドは宣言した。

 

「先輩、あなたの運命は既に決まっている。僕は手札より『死者蘇生』を発動。バブルマンを蘇生し、カードを二枚ドロー。――魔法カード『ミラクル・フュージョン』。場のバブルマンと墓地のフェザーマンで融合! 来い、『E・HEROアブソルートZero』!!」

 

 E・HEROアブソルートZero☆8水ATK/DEF2500/2000

 

 現れるは、絶対零度の力を持つ最強のHERO。更に、とエドがカードを発動させる。

 

「フィールド魔法『摩天楼―スカイスクレイパー―』発動! 効果の説明は……必要なさそうだ」

 

 E・HERO専用のフィールド魔法。戦場を得、英雄たちは輝きを増す。

 

「バトルだ、Zeroでサイバー・ツインを攻撃!」

 

 スカイスクレイパーの効果を受け、攻撃力の上昇した最強のHEROの一撃が迫る。

 

「――リバースカード、オープン」

「無駄だ! Zeroがフィールドを離れた時、相手モンスターは全て破壊される! 何をしようと――」

 

 HEROの拳がサイバー・ツインを討ち抜こうと振り抜かれる。

 だが、二頭の首を持つ機械竜はそれを避けると、その首でHEROを引き裂いた。

 

「何――!?」

「速攻魔法『決闘融合―バトル・フュージョン』! 自分フィールド上の融合モンスターが戦闘を行う攻撃宣言時に発動できる! この効果により、サイバー・ツインの攻撃力はZeroの攻撃力分アップする!!」

 

 E・HEROアブソルートZero☆8水ATK/DEF2500/2000→3500/2000

 サイバー・ツイン・ドラゴン☆8光ATK/DEF2800/2100→5300/2100

 エドLP3700→1900

 

 再びエドのLPが大きく削り取られる。同時、二人のモンスターが吹き飛び、場が空いた。

 

「……どうした? 薄ら笑いが消えているぞ」

「――――」

 

 相手を睨み付けながらの言葉に、エドが歯軋りを零した。そのまま一度俯くと、へぇ、と肩を竦めながら言葉を紡ぐ。

 

「やるじゃないか先輩。まさかこんな手を打たれるなんてね」

「まだお前のターンは終了していない。ターンエンドを宣言するなら、次のターンでこのデュエルは終わるが」

「はは、冗談が上手いね先輩は」

 

 肩を震わせて笑うエド。思わず亮は眉をひそめた。

 

(ハッタリか? いや、違う……あの目はそうじゃない)

 

 相手の一手を受け止め、更なる力で返す。基本にして奥義たるその一手で亮はエドの手を打ち破って見せた。

 少なからずショックは受けているはずだ。だが、違う。あの目は。

 

(見覚えのある目だ。軽薄な態度と相手を挑発する言動はあくまで仮面。いや、全てが偽りというわけではないだろう。だがその本質は表面のモノとは大きく違う)

 

 あの目は何度も見た。結局、あれから一度も戦うことはなかったけれど。

 救ってくれた礼さえも、満足に受け取っては貰えなかったけれど。

 

(在り方は違う。だが、その目は同じだ)

 

 表面の態度からは微塵も感じられない、瞳の奥底に秘められた感情。

 ――憎悪。

 自分とは違う、別の何かに向けられたその昏い意志は。

 

「――しょうがない。見せる気はなかったけれど、僕の本気を見せようか」

「なんだと?」

「僕は手札より『D-HEROダイヤモンドガイ』を召喚!」

 

 ダイヤモンドガイ☆4闇ATK/DEF1400/1600

 

 現れたのは、黒い外装を纏ったHEROだ。見覚えのないそのモンスターの登場に亮は思わず眉を顰め、会場にもざわめきが広がる。

 

「デスティニー……ヒーロー……?」

「デスティニー――即ち〝運命〟だ。残念だったね、先輩。これであなたの勝利は万が一にも――いや、億が一にもなくなった」

「……ほう」

 

 自分でも声に怒気がこもったのがわかった。エドは変わらず笑みを浮かべたまま、更なる言葉を紡ぐ。

 

「信じられない? だが、運命はもう決まっているんだよ。――ダイヤモンドガイのエフェクト発動。デッキトップのカードを確認し、通常魔法カードだった場合セメタリーに置く。その場合次の僕のターンのメインフェイズ時にこの効果で墓地に送った魔法カードを発動することができる」

「…………」

「違った場合が知りたそうな顔だね? 安心するといい。外れることなどありえない。――デッキトップは、『終わりの始まり』だ」

 

 墓地の闇属性モンスターを五体除外する代わりに三枚のドローを可能とする魔法カード。通常ならその条件故に発動が難しいカードだが――……

 

「更に魔法カード『デスティニー・ドロー』を発動。手札のD-HEROを捨て、カードを二枚ドローする。『D-HEROディアボリックガイ』を捨て、二枚ドロー。更に魔法カード『オーバー・デスティニー』を発動。セメタリーのD-HERO一体を選択し、そのレベルの半分以下のD-HEROを特殊召喚する。カモン、『D-HEROダガーガイ』! 更にディアボリックガイのエフェクト発動! セメタリーのこのモンスターを除外することで、デッキから同名モンスターを特殊召喚する! カモン、ディアボリックガイ!」

 

 場に並ぶ三体のモンスター。見せてあげるよ、とエドは言葉を紡いだ。

 

「三体のモンスターを生贄に捧げ――カモン、『D-HEROドグマガイ』!」

 

 天井に、それが現れた。

 Dのシグナル。同時、景色が変わる。夜――星無き夜空に、それが舞い降りた。

 

 D-HEROドグマガイ☆8闇ATK/DEF3400/2400

 

 そのHEROは大きく翼を広げ、咆哮を挙げた。

 まるでその咆哮は、深き悲しみを背負うかのようで――……

 

「攻撃力……3400だと……!?」

「ドグマガイの恐ろしさは――いや、『D-HERO』の恐ろしさはここからだ。僕は更にフィールド魔法、『幽獄の時計塔』を発動! ターンエンドだ!」

 

 エドの背後に巨大な時計塔が現れる。エドはその瞳を亮へと向けた。

 

「誰もヒーローの本当の姿を理解していない。まずはあなたからだ。英雄と呼ばれ、時にあがめられる英雄の存在。その本当の姿を――苦悩を教えてやる」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 運命の名を持つ新たなHERO。そもそもからHEROは人気の高いカテゴリであり、一番有名な『E・HERO』を筆頭に『M・HERO』、『V・HERO』など多くの姿がある。エアーマンやアドレイションなどが影響を及ぼすのがHERO全体であるように、HERO全てを把握している者はそう多くないだろう。

 だが、D-HERO。その表記からして今までのHEROとは違うモンスターを、祇園は知らない。

 

「……見たことがないモンスターですね」

 

 デュエルアカデミア・ウエスト校。その校長室でデュエルを観戦していた祇園がポツリと零した。ああ、と応じるのは澪だ。彼女にしては珍しく、考え込むような仕草をしている。

 

「全てのカードを把握しているなどと言うつもりはないが、D-HEROなど聞いたことがない」

「今出てきたドグマガイはともかく、モンスターのステータスは全体的に低いようですが……」

「妙な効果を持っている。デッキからの特殊召喚、そして次のターンに運の要素はあるがノーコストで魔法を発動できるようにする効果。こんなカテゴリがあったとして、どうして今まで埋もれていた?」

 

 あの口振りからするに、エド・フェニックスの真のデッキはこのD-HEROなのだろう。今まで隠してきた理由は不明だが、今日までその姿が確認できなかったのはあまりに妙だ。

 

「……もしかしたら、彼の父親が理由なのかもしれませんね」

 

 ポツリと呟いたのは龍剛寺校長だ。彼はどこか痛ましげな表情を浮かべながらエドの姿を見つめている。

 

「父、ですか?」

「ええ、そうです。……かつてカードデザイナーとしてペガサス・J・クロフォードからも高く評価されていた人物。それが彼の父親です」

「……聞き覚えがありませんね」

 

 澪が怪訝な表情を浮かべる。彼女は仕事に積極的な方ではないが、流石に有名な仕事相手のことは覚えている。ペガサス会長の覚えが良い人物となれば、知っているはずなのだが。

 

「ええ、それは当然でしょう。……彼の父親は、既に亡くなっています」

 

 表情一つ変えずに言い切る龍剛寺。彼は更に続けた。

 

「桐生美咲、響紅葉――二人が持つ〝プラネット・シリーズ〟をデザインしたのも元々は彼です」

「プラネットを……!?」

「ええ、本当に優秀な人物でした。あんな悲劇さえなければ、今頃数多くのカードを世に送り出していたでしょう」

「悲劇?」

「ええ。もう十年近く前になりますか。……何者かに殺されたのですよ、彼は」

 

 ふう、と息を吐く龍剛寺。エドから視線を外さぬまま、彼は言葉を続ける。

 

「犯人は愚か、その手がかりさえ現在に至るまで見つかっていません。きっと彼は、今でも探しているのでしょう。あの目は、そういうモノです」

「ああ、成程。道理で見覚えがあると思えば」

 

 息を吐き、澪が足を組み直す。その表情はつまらなさそうだ。

 

「アレは、毎朝鏡で見る目だ」

 

 平坦な声音で、当たり前のように呟く澪。祇園も龍剛寺も、何も言わない。

 

「そしてそうならば……強いぞ。年月を経てなお色褪せることなき憎悪。人の強さの源泉において、これ以上のモノはそうそうない」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 デスティニー――〝運命〟。

 その名を持つHEROを亮は初めて見る。

 

(やはりその性質が不明な相手は戦い難い)

 

 DMはカードの組み合わせによって戦うゲームだ。個別の効果を把握したところで、そこから何に繋がるかを把握できなければ最悪墓穴を掘ることさえあり得る。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引く。その瞬間、エドが笑みを浮かべた。

 

「ドグマガイのエフェクト発動! 特殊召喚に成功した次の相手ターンスタンバイフェイズ、相手のLPを半分にする!」

「何!?」

 

 亮LP4000→2000

 

 一気にLPを削り取られる亮。ただの大型モンスターではなかったらしい。

 

「言ったはずだ。運命は決まっていると。――幽獄の時計塔の効果を発動。相手のスタンバイフェイズに時計カウンターを置く」

 

 幽獄の時計塔0→1

 

 時計塔の針が進む。本能が警鐘を鳴らした。アレを放置してはマズい。

 

(……だが、今のこの手札では……)

 

 打てる手がない。故に――

 

「魔法カード『サイバー・リペア・プラント』を発動。デッキから『サイバー・ヴァリー』を手札に加え、召喚。カードを伏せ、ターンエンドだ」

「ふん。時間稼ぎのつもりか? 僕のターン、ドロー! ダイヤモンドガイのエフェクトにより、『終わりの始まり』の効果を発動! カードを三枚ドローする! そして手札より『D-HEROドレッドサーヴァント』を召喚! エフェクト発動! 召喚時、幽獄の時計塔にカウンターが乗る!」

 

 D-HERO☆3闇ATK/DEF400/700

 幽獄の時計塔1→2

 

 新たなHEROの登場により、時計塔のカウンターが進む。12時まで――後、二つ。

 

「そして魔法カード『地砕き』を発動! サイバー・ヴァリーを破壊!」

「…………ッ!」

「残念だったね、先輩。もう少し骨があると思ったけれど、これで終わりだ。ドグマガイでダイレクトアタック!!」

 

 歓声と悲鳴が交錯する。その最中、亮は一切の怯えも怯みも見せずに伏せカードを発動した。

 

「罠カード『和睦の使者』このターンの戦闘ダメージを全て0にする!」

「へぇ、二段構えの防御策って事か。〝帝王〟なんて呼ばれてる割に、随分と逃げの戦略ばかり取るんだね。僕はカードを一枚伏せてターンエンドだ」

 

 亮の手札は0。場にもカードはない。

 状況はほとんど詰みだ。それがわかっているためだろう、観客の亮を応援する声も勢いを失くしている。

 

「そもそも、〝帝王〟なんてあんな小さな島で随分と大仰な名前を名乗ったものだね」

「自分で名乗ったわけではない。だが――」

 

 デッキトップに指をかける。

 

(成程、十代はいつもこんな気持ちで)

 

 絶望的な状況であっても、笑みを浮かべてデュエルをする後輩の姿が浮かぶ。

 彼はいつも、こんな気持ちでデュエルをしていたのか。

 これは、確かに笑みが浮かぶ。

 自分のデッキを心から信じ、カードを引く。これで心躍らぬのは嘘だ。

 

「俺をそう呼んでくれたライバルたちに、後輩たちに。無様な姿は見せられない。――ドローッ!」

「その瞬間、スタンバイフェイズに再びカウンターが乗る!」

 

 幽獄の時計塔2→3

 

 十二時に迫る時計の針。だが、それよりも。

 

(このカードは)

 

 もしも、デッキに想いが宿るというのなら。

 これが一つの分岐点だろう。

 

「俺はカードを伏せ、ターンエンドだ」

 

 信じ抜いて見せる。自分を。このデッキを。

 

「悪あがきもここまで来ると見苦しいね。僕のターン、ドロー。ドレッドサーヴァントを生贄に捧げ、『D-HEROダッシュガイ』を召喚!」

 

 D-HEROダッシュガイ☆6闇ATK/DEF2100/1000

 

 爆音と共にローラーの脚を持つHEROが現れる。そもそも、とエドは言葉を紡いだ。

 

「先輩と僕じゃ背負っているモノが違う。光の道だけを歩き続けてきたあなたに、僕が負ける道理はない。――バトルだ!」

「そうはさせない! リバースカード、オープン! 罠カード『裁きの天秤』!」

「何!?」

「このカードの発動時、自分の手札・場のカードが相手の場のカードより少ない場合、その差分だけカードをドロー出来る! お前の場にカードは五枚! よって四枚ドロー!」

「何をしようが今更! 手札を増やしたところで何ができる! ドグマガイでダイレクトアタック!」

「『速攻のかかし』! バトルを無効にし、バトルフェイズを強制終了させる!」

 

 現れたかかしにより攻撃が防がれる。くっ、とエドが呻いた。

 

「往生際の悪い……! ターンエンドだ!」

「俺のターン、ドロー!」

「スタンバイフェイズ、時計の針が進む!」

 

 幽獄の時計塔3→4

 

 時計の針が12時を示し、鐘の音が鳴り響く。その音はまるで、不吉な調べのようだった。

 

「随分と凌いでくれる。けれどそれももう終わりだ。最早あなたの敗北はここに決まった」

「それはどうかな。墓地のサイバー・ドラゴン・コアの効果を発動! 相手の場にのみモンスターが存在する時、このカードを除外することでデッキから『サイバー・ドラゴン』を特殊召喚する! 魔法カード『サイバー・リペア・プラント』を発動! サイバー・ドラゴンを手札に加え、更に『融合回収』! 墓地のサイバー・ドラゴンと『融合』を手札に!――いくぞ、『パワー・ボンド』発動!! 三体のサイバー・ドラゴンで融合!!」

 

 リスペクト・デュエルの奥義にして最後の切り札。最強のサイバーが、降臨する。

 

「『サイバー・エンド・ドラゴン』!!」

 

 サイバー・エンド・ドラゴン☆10光ATK/DEF4000/3800→8000/3800

 

 轟音と共に、三つ首の機械竜が現れた。

 その咆哮が会場を揺らし、大歓声がそれを後押しする。

 

「サイバー・エンド・ドラゴンでドグマガイに攻撃!! エターナル・エヴォリューション・バーストッ!!」

「罠発動! 『D-シールド』! D-HEROが攻撃対象となった時、モンスターを守備表示とすることで戦闘破壊を防ぐことができる!」

「無駄だ! サイバー・エンド・ドラゴンは貫通効果を持つ!!」

 

 サイバー・エンド・ドラゴンの一撃が叩き込まれた。決着――誰もがそう確信した瞬間。

 

「――一ターン遅かったね、先輩」

 

 不敵な笑み。ダメージは――0。

 

「幽獄の時計塔に四つのカウンターが乗っている時、僕への戦闘ダメージは全て0となる」

「なんだと……くっ、俺は『サイバー・ジラフ』を召喚。効果発動。このモンスターを生贄に捧げることでこのターンの俺への効果ダメージは全て0となる」

「安心したよ先輩。こんな形で自爆なんて何も面白く無い。――僕のターン、ドロー! 魔法カード『サイクロン』発動! 破壊するのは幽獄の時計塔だ!」

「自分で自分のカードを……?」

「時計塔が破壊されたことにより、時計塔に封じられていたHEROが姿を現す。――カモン、『D-HEROドレッドガイ』!!」

 

 崩れ落ちていく時計塔。その内部より、獣じみた咆哮が響き渡る。

 そして現れたのは、引き千切った鎖を両腕に纏うHEROだ。

 

「ドレッドガイは時計塔の崩壊と共に現れるHERO。そしてその咆哮は、墓地に眠るHEROを呼び覚ます。カモン、ダイヤモンドガイ、ディアボリックガイ!!」

 

 D-HEROドレッドガイ☆8闇ATK/DEF?/?→7700/5800

 D-HEROダイヤモンドガイ☆4闇ATK/DEF1400/1600

 D-HEROディアボリックガイ☆6闇ATK/DEF800/800

 

 エドの場がモンスターで埋まる。会場が大きく湧いた。

 

「さあ、フィナーレだ。フィールド魔法『ダーク・シティ』発動! D-HEROが攻撃する時、相手のモンスターの方が攻撃力が高い場合、ダメージステップ時に攻撃力が1000ポイントアップする! いけ、ドレッドガイ!! その拳で奴の理想を打ち砕け!!」

「――――ッ!?」

 

 亮LP2000→1300

 

 攻撃力8000――帝王最強の切り札さえ、エド・フェニックスは超えてくる。

 

「トドメだ、ドグマガイでダイレクトアタック!!」

 

 亮LP1300→-2100

 

 決着。会場が一瞬静まり返り、次いで爆発的な歓声が響き渡った。

 

 

『勝者――エド・フェニックス!! 正体不明の新HEROの力を見せつけました!!』

 

 

 響き渡る歓声の中、握手のために歩み寄ろうとした亮だったが、その前にエドが立ち去って行った。それを見送り、亮も反対方向へと歩き出す。

 何かが掴めそうなデュエルだった。だが結果として、その何かは掴めないまま。

 

「……悔しい、な」

 

 ただ、一言。

 自身にしか聞こえない声で、そう呟いた。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「エド・フェニックスが勝ったようだな」

『ええ、計画通りです』

 

 電話の相手はよどみなく応じた。ならば、とそんな相手に言葉を続ける。

 

「次はあの二人か」

『はい』

 

 そして、通話が切れる。くっく、と男は笑みを零した。

 

「計画通り? 〝帝王〟の心は折れず、本来見せる必要のなかったD-HEROまで表に出た」

 

 笑いが零れて止まらない。まさかこんなにも早く綻びが見えるとは。

 

「相手は神と悪魔だ。出し抜くにはもう一手」

 

 ただ、笑う。

 この世の悪意を詰め込んだような声が、響き渡る。







というわけで、色々楽しいエドさんです。
初登場からインパクト抜群でしたね。




仕事が忙しくて中々時間が取れず遅くなりました。
時間は出来るだけ早く登校したいので、頑張ります。


では次回予告。


かつて、手に入らぬモノと諦めたことがある。
ただ、彼を見て、少しだけ手を伸ばそうと思った。
そこにあったのは、一人の〝最強〟が生まれた理由。
彼女が語る、敗北の物語。

次回、第四話〝日本三強〟 前後篇
デュエル、スタンバイ


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第四話〝日本三強〟前篇

 

 

 

 

 

 

 

 観客席から、その光景を眺めていた。

 

 

『決まりました!! 今年度IH、全国4031校の頂点に立ったのは――デュエル・アカデミアウエスト校です!!』

 

 

 実況の声。大歓声が響き渡り、ウエスト校のメンバーがステージの上で大きくガッツポーズをとる総大将――菅原雄太の下へ駆け寄っていく。

 

 

『名門と呼ばれながら今まで一度も全国制覇を成し遂げるに至らなかった古豪が、遂に全国の頂点に立ちました!!』

 

 

 興奮した様子の実況の声。ステージの上では歴代最強と噂されるメンバーがそれぞれの表情を浮かべている。

 総大将は本気で泣いていた。実力者と目され、事実それだけの力を持ちながら後一歩で優勝だけは逃し続けてきた彼は、中心で涙を流して喜んでいる。

 エースは目の端に涙を溜めながら、自分たちを応援してくれた学友たち、両親たちへと手を振っていた。あんな笑顔は久しく見ていない。

 参謀は安心したように息を吐きながらも、組んだ両腕が震えていた。その口元は笑っていて、それに気付いた総大将に背中を叩かれ、応じるように拳を打ちつけ合っている。

 寡黙な青年は滅多に見せない笑顔を浮かべていた。いつもなら他のメンバーとも距離を取っているのだが、この時だけはつられるようにエースとハイタッチを交わしている。

 真面目な風紀委員は何度も小さくガッツポーズをし、噛み締めるように俯いていた。エースに促され、何度も何度も客席に頭を下げ始める。

 

 ――そして。

 彼は――笑っていた。

 

 ただ、嬉しそうに、誇らしそうに。

 ただただ、笑っていた。

 

(……何故)

 

 どうしてそんな疑問が芽生えたのかはわからない。だが、そう思ってしまった。

 

(どうして、そんなにも)

 

 彼らの戦いはずっと見てきた。昨年などベスト8で敗北し、泣き崩れる姿を見たのを覚えている。

 辛い戦いも多かったはずだ。準決勝など一年生に託すしかないという絶望的な状況に追い込まれた。

 なのに、どうして。

 どうして、彼らは。

 

(嬉しそうに……楽しそうに、笑うのだ?)

 

 勝利したからか?

 優勝したからか?

 全国の頂点に立てたからか?

 自分たちこそが最強であると、証明できたからか?

 

(いや……違う。違うはずだ)

 

 そんな理由ならば。

 ここにいる自分は、こんな風になっていない。

 こんな様に――成り果てていない。

 

 優勝カップを受け取り、彼らが心の底からの笑顔を浮かべる。

 その姿を見て、思った。

 想って、しまった。

 

「…………羨ましい、な……」

 

 そんなこと――思ってはならなかったのに。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 東京都の片隅にある、小さなアパート。築四十年という年月を超えてきているためかあちこちにガタがきている。

 階段を昇る度にギシギシと音が鳴るのだが、正直怖い。

 

「…………」

 

 その階段を、一人の少年が昇っていく。このアパートには実は一人しか住んでおらず、その一人もほとんど戻って来ないので滅多に人が寄りつくことはない。

 そのため来客など本当に珍しいのだが――

 

「いらっしゃい、祇園」

「うん、美咲。久し振り」

「メールやら電話しとるから、あんま久し振りって感じでもないんやけどなー」

 

 あはは、と笑いながら部屋の中に手招きするのは桐生美咲だ。その手招きに従い、夢神祇園が部屋の中へと足を踏み入れる。

 

「でも一日オフって珍しいね」

「そう言う祇園もこっち来るなんて珍しいやん」

「僕は合同練習の選抜メンバーに選ばれたから。昨日までだったんだけど、今日明日はお休みだしね。……相変わらず、布団と最低限の服以外なにもないんだね」

「あー、ノース校、ウエスト校、サウス校と関東の有力校で集まってたアレ。ウチは月一試験で参加できひんかったんよなぁ。……正直な話、KC社とI²社と事務所のロッカーの方が私物が充実しとる」

 

 腰をおろし、小さな机の側に座る。汚いわけではないが、それは生活感がほとんどないが故だ。この雰囲気は、倉庫に似ている。

 

「久し振りに来たけど、相変わらずだね」

「まあなぁ。変わる理由があらへん」

 

 あはは、と笑う美咲。祇園は広くない室内を眺めつつ、そうだね、と言葉を紡いだ。

 

「まるでこの場所だけ、時間が止まってるみたいだ」

 

 その時、一瞬だけ浮かべた美咲の表情に。

 祇園は、気付かなかった。

 

「そういえば、澪さんは? お留守番?」

「合同練習には面倒臭いって言って付いて来なかったけど、今日はI²社に行ってるよ。帰りは拾ってくれるって言われてる。美咲も明日は大阪で試合だよね? 送るついでに泊まっていけばいい、って言ってたよ」

「え、ホンマに? それ本気で助かるんやけど――って、澪さん車買ったん?」

 

 首を傾げる美咲。澪の性格上、自分から車を運転することなどほとんどないと思うのだが。

 

「免許自体は在学中に取ってたみたい。ただ面倒臭いし隠してたらしいんだけど、ちょっと前のインタビューでポロッと言っちゃって」

「あー、この間のアレか。エキシビジョンに選ばれた三人との会談インタビュー」

「物凄い身内会談だったよね。まあ、それでスポンサーさんに知られちゃったみたいで。外出る度に『是非うちの車を使ってください』って営業が鬱陶し過ぎて買ったみたいだよ。元々は無料で貰えるみたいな話だったんだけど、変に貸しを作りたくないって言って買ってた」

「へー」

 

 ある意味澪らしいと言えばらしい。おそらくこうなることがわかっていたから隠していたのだろうが。

 

「でも、それやったら車買うんも揉めたんちゃうの?」

「うん。だからスポンサー同士で代表者がデュエルして、勝ったところのを買うって形に落ち着いたみたい」

「え。それアレやん、要するに社会人とか実業団クラスのガチ試合やん」

「なんか広報の人が放送できないのを悔しがってたとかなんとか……」

「あの人無茶苦茶やなやっぱり……。車買うだけで何人動かしとんねん」

 

 美咲が呆れた調子で言うが、彼女も正直大概だろう。コンサート一回で億単位の金が動くとまで言われるのだから。

 改めて目の前の幼馴染は遠い存在なのだと、そう思う。

 

「そういえば、アカデミアはどうなの? 十代くんたちは元気?」

 

 だからこそ、こうして昔と変わらず言葉を交わせるのが本当に嬉しい。

 目の前の彼女は、夢神祇園にとって〝全て〟だったから。

 

「元気も元気。相変わらずやで。〝侍大将〟は新入生ボロボロにするし、十代くんは入試主席の子を舎弟にするし、藤原さんはお姉様って慕われとるし、万丈目くんは早速サンダーコール受けとるし」

「うん。いつも通りだね」

「ああ、吹雪さんは新入生の子をナンパして明日香さんに怒られてたなぁ」

「元気そうだねホント」

 

 頷く祇園。その彼に対し、美咲はただ、とため息を吐きながら言葉を紡いだ。

 

「厄介なこともあってなぁ。今アカデミアの上層部で、レッド寮廃止の案が持ち上がっとるんよ」

「えっ、廃止?」

 

 机に突っ伏すようにしながら言う美咲に、思わず驚きの声を上げる。うん、と美咲は頷いた。

 

「寮の格差を敢えてつけることで学業に対するモチベーションを上げることを促す、っていうのが寮分けの建前なんやけどな」

「建前なんだ」

「そういう側面もあるけど、本質は大きく違うからなぁアレ。十代くんやら〝侍大将〟やら万丈目くんやらがレッド寮から動いてへん時点でパワーバランス崩れとるし。で、それを正常に戻す上で落第生をここで整理するために廃止しようっていう動きがあるんよ」

 

 重いため息を再び吐き、美咲は言う。その声色には怒りも滲んでいた。

 

「正常に、って。今が正常じゃないって事?」

「廃止派のナポレオン教頭はそういう主張やな。実際、その考えには一理あるのも確かや。実態はともかく実力順ゆーんがアカデミアのシステムやったのに、世間的に視たらそうはなってないのが実情や。今回妖花ちゃんが入試次席やのにレッド寮を希望したんもそういう事情から、っていう見方をしとる教師もおるし」

「……成程、そういう考え方もあるんだ」

 

 顎に手を当てて考え込む。防人妖花――彼女がレッド寮を選んだこともその経緯も祇園は知っている。嬉しいことに自分に憧れてくれたという話だが、成程確かにそれは理由だけを見ればアカデミアのシステム、その根本に関わるのだ。

 かつてレッド寮に所属していた人に憧れて――その憧れは本来、ブルー寮に所属していた『誰か』に向けられるべきなのだから。

 実際の妖花はレッド寮に知り合いが多いことも理由としては存在しているし、祇園のことも実力だけで憧れているわけではない。そもそも彼女はレッド寮が落第生の寮であることを理解した上で選択しているのだから、前提条件がおかしいといえばおかしい。

 だが、見方によってそんなものは簡単に変わる。

 

「それと、ちょっと、言い難いんやけどな」

「うん?」

「……廃止派にな、倫理委員会が関わっとるんや」

 

 ドクン、と心臓が大きく撥ねた。思わず机の上の手を握り締める。

 

「……倫理委員会って、解散したんじゃなかったの?」

 

 声が僅かに震えた。美咲が顔を上げ、真剣な眼差しを向けてくる。

 

「実際は存続中や。鮫島元校長はあくまで自主退職。今はクロノス教諭が代理をしとるんよ。……正直、倫理委員会については決着に時間がかかる。向こうも必死や。今回のレッド寮廃止も、『廃止するべき寮に在籍していた生徒を退学にしたのは不当ではない』っていう主張のための一手やって話もある」

「…………」

「あ、でも安心してや? 廃止派はそう多くないから。反対派はウチと緑さんを中心に、クロノス先生も悩んではいるみたいやけど反対派やし」

 

 笑顔を浮かべ、こちらを安心させようとしてくれる美咲。祇園も微笑を浮かべると、大丈夫、と言葉を紡いだ。

 

「割り切れているか、っていうとそうじゃないかもしれないけれど。でも、あのことは終わったことだから」

「でも、祇園」

「過去には戻れない。だから、前を見るしかない。……大丈夫。大丈夫だよ」

 

 首を振り、そう言葉を紡ぐ。大丈夫――自分で吐いたその言葉が、酷く重かった。

 

「なあ、祇園」

 

 こちらの手を優しく包み。

 彼女は、言う。

 

「ウチは、何があっても祇園の味方やで?」

「……僕もだよ。僕も、美咲の味方だよ」

「うん。心強い」

「そうだね。……世界で一番、心強いよ」

 

 目を閉じる。一人ぼっちだった自分を救い出してくれたヒーローが、味方だと言ってくれた。これ以上に心強いことはない。

 

「……祇園はいつも、ウチが欲しい言葉をくれるね」

 

 少し赤みが差した頬。思わず、見惚れてしまった。

 

「なあ、祇園」

 

 薄い微笑。言葉を紡ぐことは許されない。

 

「もしも、ウチが助けて、って言ったら……助けて、くれる?」

「うん」

 

 当たり前だよ、と言葉を返した。

 それが、精一杯で。

 

 彼女が微笑む。

 それだけで、満足だった。

 

 

 今思えば、もう少し考えるべきだったのだ。

 桐生美咲という少女。

 夢神祇園という少年。

 この二人が、こうして向き合っているという事実に対して。

 考える――べきだった。

 

 後悔は、いつだって取り返しがつかない時にやってくる。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

「三人とも引き受けてくれたみたいだぜ、兄サマ」

「……三人全員とは少々予想外だな。DDはともかく、他二人は断ると考えていたが」

「皇はタイミングが合ったから、って言ってたぜ。といっても、あのジジイの場合当日に無断で欠席もあり得るけど」

「その場合の策もあるのだろう?」

「ああ。一応、藤堂と天城を控えで呼んである」

「ふぅん、ならばいい。……あの小娘はどうだ?」

「最初は面倒臭そうにしてたけど、団体戦だって伝えたら引き受けてくれたぜ」

「ほう。ならば問題なかろう。あの小娘は依頼を断ることこそ多いが、引き受けた仕事については必ずこなす」

「ああ。……そうなると、問題はこっちだな」

「警戒はしていたつもりだったが、な」

「ああ。普通は手を出さない。俺たちだけじゃなく、ペガサスのヤローも敵に回すからな」

「くだらんゴシップ誌だ。この程度でダメージを受けるほど脆くはないが……タイミングが悪い」

「桐生の奴は問題ないだろうけど……」

「……このタイミングでこの記事。おそらく背後には倫理委員会のクズ共が関わっている。鮫島に連絡を取り、背後関係を洗え」

「わかったぜ。あと、二人へのフォローだけど……」

「美咲については必要なかろう。問題は小僧――祇園か」

「実害がある、とは思いたくないけど……」

「最悪の場合、こちらで匿うことも想定しておけ。……ふぅん、鬱陶しいな。この俺に喧嘩を売ったこと、後悔させてやる」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 朝から、どことなく空気が不穏だった。普段から積極的に人に話しかけることをしないということもあり、祇園は一人で行動していることが多い。そもそも雑談という行為が致命的に苦手な彼は、どうしても人と関わる時に一歩引いてしまうのだ。

 

(今日の授業って提出物あったかな……)

 

 のんびりと考え事をしながら歩を進める。一人でいることを苦痛だとは思わない。それを寂しいと思うには、あまりにも一人の時間が長すぎた。

 道行く生徒が祇園へと視線を向ける。元々二年生筆頭にしてメディアでも騒がれているほどの実力者だ。新入生を中心に彼に好奇の視線を向ける者は多い。

 

(……何だろう?)

 

 人の視線には人一倍敏感だ。気付かれないように、いてもわからないように――あまりにも多くの悪意に晒され続けてきた彼は、そうして人の悪意から逃げ続けてきたのだ。

 だから、わかる。

 好奇のこもった笑い声。そんなものはマシだ。嘲笑われるのには慣れている。だが、それとは別。

 ――敵意。

 周囲から、それを感じた。

 

「…………」

 

 ため息を一つ零し、歩を進める。

 別に何かが変わったわけではない。一人でいるのは慣れたことで、当たり前のこと。

 中学時代は、ずっとそうだったではないか。

 

(……どうして)

 

 何故、アカデミアの皆の姿が浮かぶのだろう。

 何故、昨年のチームメンバーの顔が浮かぶのだろう。

 何故、クラスメイトの顔が浮かぶのだろう。

 

 答えは出ない。

 周囲から向けられる視線だけが、変わらない。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 結論から言うと、周囲の空気は昼休みになるまで変わらなかった。周囲で声を潜めて行われる会話と、無遠慮に向けられる視線。溶け込んでいるとは言えずとも受け入れられているとは思ったのだが。

 廊下を歩き、人気のない場所を探す。一瞬校長室が浮かんだが、自分から入る勇気はなかった。校長自体はとてもいい人なのだが、以前澪と共に孫娘にデュエルを教えて欲しいと屋敷に呼ばれたことがある。屋敷自体もかなり豪華で驚いたのだが、中にいた黒服の人たちの方により驚いた。とりあえず顔に瑕がある人が何人もおり、澪は「ギンジが混ざっても違和感ないな」などと笑っていたが祇園はかなりいっぱいいっぱいで、寿命が縮まった覚えがある。

 どこかの裏庭か校舎の陰にでも、と外に出る。少し冷たい風が肌を撫でた。

 息を吐き、歩いていく。校舎の角を曲がった瞬間、一人の女生徒とぶつかりそうになった。

 

「――っと、すみませ――」

「あァ? どこ見て――」

 

 視界に入ったのは、鮮やかな金髪だった。こちらを威圧するように睨んでいた少女は、あん、とこちらの姿を見て眉をひそめる。

 

「……何やってんだ、こんなとこで」

「……ちょっと、人がいないところを探して」

 

 一ノ宮美鈴――入学式で祇園と戦った少女の言葉に苦笑しながら応じる。少女は眉をひそめるが、何か思い当たることがあったのかすぐにこちらに背を向けた。

 

「ついて来いよ。アタシがよくサボる場所なら案内してやれる」

「……いいの?」

「面倒臭ぇことになってんだろ?」

 

 そう言うと、こちらの返事も待たずに歩き出す美鈴。その背を追いかけてしばらく歩くと、旧校舎の裏庭に出た。以前澪の演奏を聴いた音楽室の窓が見える。成程、確かにこの場所なら人は来ないだろう。

 

「ありがとう」

「いいよ別に。朝見かけたけど、アタシもああいうのは気に入らねぇしさ」

「ああいうのって?」

「本人に何も言わずに周りで好き勝手なことを言う連中だよ」

 

 はっ、と吐き捨てる美鈴。そのまま彼女は古びたベンチに腰かけた。祇園は一度俯くと、近くの壁に背を預ける。

 そんな彼に美鈴が何かを言おうとした瞬間、別の場所から声が届いた。

 

「――人連れてくんなって言っただろ、新入生。逢引なら別の場所でやれ」

 

 そう言って陰から姿を現したのは祇園も見覚えのある人物だった。沢村幸平――三年生であり、現アカデミアウエスト校№2。

 

「別にアンタの場所ってわけでもないだろ」

「人のサボりスポットに堂々と入り込んどいてその言い草か。……夢神か。ああ、成程」

 

 沢村は普段から無口な人物だ。基本的に他人と距離を取ろうとするし、祇園自身もあまり話したことはない。だが実力は確かで、彼のスタイルには学ぶ部分も多い。

 

「不良のくせにお節介なことだな、新入生」

「別に不良になろうとしてなったわけじゃねぇ」

「そりゃそうだ。……で、夢神。この場所のことは誰にも言うなよ。面倒臭い。特に最上にはな」

「最上先輩、ですか?」

「風紀委員長は昔から相性が悪い。第一、お前は人のことをどうこう言える状況じゃないだろ。これ、ヤバいぞ」

 

 そう言うと沢村は一冊の雑誌を渡してきた。ページを捲り、祇園の表情が変わる。

 そこに掲載されていたのは一枚の写真だ。映っているのは、美咲と――自分。

 

「『桐生美咲、熱愛発覚』――頭の悪い記事だな。一応、相手の姿はぼかされてるが」

「…………ッ」

 

 思わず雑誌を強く握り締める。朝から感じていた違和感はこれか。

 

「俺は興味ないが、お前ら付き合ってるのか?」

「……美咲は、親友です」

「そうなのか。ゴシップってのはあてにならないな。……菅原さんが心配してたぞ。電話しとけよ」

「菅原先輩がですか?」

 

 言われ、携帯端末を取り出す。そこで気付いた。電池が切れている。

 

「……すみません、充電が切れていたみたいです」

「ああ、そりゃ繋がらないだろうな。これ使え」

 

 そう言って沢村が渡してきたのは携帯充電器だった。礼を言い、端末に繋ぐ。そうして待っていると、美鈴がどこか驚いた調子で言葉を紡いだ。

 

「あんたがそこまでするって珍しいな」

「後輩の手助けぐらいはしてやるさ」

「へぇ」

 

 そんな二人の会話を聞き流しながら、端末を操作する。案の定、大量の着信履歴があった。先程話題に出た菅原雄太の他に、新井智紀、二条紅里の着信もある。更に十代、三沢、翔、明日香、雪乃、万丈目、吹雪といったアカデミアのメンバーに、妖花やアヤメ、ギンジなどからも着信が入っている。

 逆に澪や宗達からの着信はなかった。澪は気付いていない――というより知らない可能性こそあるが、宗達はきっと知った上で何も言ってこないのだろう。

 

「…………」

 

 メールの受信ボックスを見る。やはりというべきか、大量のメールが送られて来ていた。そのほとんどがこちらを案じるものであり、着信よりも数が多い。

 自分を心配してくれているそれらに、胸が温かくなる。その最中、一通のメールを見つけた。

 

 

〝ごめん〟

 

 

 タイトルはない。書かれていたのはそんな一言だけだった。

 すぐに電話を繋ぐ。だが、相手は出ない。

 

「……なんで、どうして……謝って……」

 

 間違えたのは彼女じゃない。自分だ。だって、あの日は。

 あの時、自分が彼女の家を訪れたのは――

 

 何度かけ直しても、変わらなかった。

 誰よりも傍にいると、想っていた相手。

 

 言葉は、彼女へ届かない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 唇を噛み締め、拳を握り締める。

 軽率だった。自分のミスだ。それで祇園に多大な迷惑をかけてしまった。

 

「しばらくはテレビ出演も自重してもらうぞ、美咲」

「……はい」

「レギュラー番組や現在決定しているライブについては予定通り行う。だがインタビューや生放送などはキャンセルだ。今日の試合についても試合後のインタビューは控えろ」

 

 以上だ、とその人物は言い切った。すみません、と美咲は首を垂れる。

 

「社長にも……ご迷惑を」

「この程度で揺らぐようなことはない。その上、あの小僧のことは貴様が唯一我々に願ったことだ」

 

 立ち上がり、こちらに背を向けながら男は言う。

 

「本来ならば、この件など無視しても良かった。それこそ何の関係もないと、ただの友人であると宣言すれば事態の収束自体は容易い。倫理委員会のクズ共がどう出るかはわからんが……その程度どうとでもなる」

 

 だが、と彼は言った。

 真剣な声色で、振り返らぬままに。

 

「貴様に、その言葉は紡げん」

 

 思わず俯いてしまった。〝アイドル〟としても〝プロデュエリスト〟としても自分はある種仮面を被っている。その感覚を用いれば、きっと言えるはずだ。

 だが、その時にはきっと大事なものを失う気がする。

 口にしてしまうだけで、何かが終わってしまいそうで――……

 

「ありがとう、ございます」

「ふん、例には及ばん。……そもそも、こんな話題すぐに消え失せる。珍しくそこの小娘もやる気になっているようだからな」

 

 水を向けられ、部屋の隅で本を読んでいた女性が僅かに視線を向ける。

 

「澪さん、ご迷惑をお掛けします」

「迷惑も何も、キミから受けた被害はないが……。少年については任せておけ。とりあえず私の家に匿おう。流石に連中も私まで敵に回さんだろうからな」

「よろしくお願いします」

「キミと私はある意味で敵同士だぞ? 礼を言う場面ではないと思うが」

「それでも、です。……ウチのせいで、祇園が昔みたいに……」

 

 声が徐々に弱くなっていく。その彼女へ、案ずるな、と澪が言葉を紡いだ。

 

「少年はこの程度で折れるほど弱くはない。この程度で折れるようなら――キミの前から消えるようなら、既に彼はどこかで野垂れ死んでいる」

 

 それは反論のしようのない真実だった。そしてだからこそ、胸が痛くなる。

 耐えられるということと、痛みを感じないということは、決してイコールではないのだから。

 

「とにかく、今はキミの元気な姿を見せるのが第一だ。先程から鳴っているその端末。何の意地で出ないのかは知らんが、意地を見せるなら貫き通さなければ意味はないぞ」

 

 そう言うと、立ち上がって部屋を出て行こうとする澪。その彼女に、ずっと疑問だったことを問いかけた。

 

「澪さん、どうして……今回の仕事を受けたんですか?」

「理由は色々ある。話題を別の話題で塗り潰すのも目的の一つだ。だが、それとは別に――」

 

 右の掌を開き、それを見つめる。どこか、寂しげに。

 

「――やり直せるかもしれないと、そう思った。あの時間違えたモノを、もう一度」

 

 そして、彼女は部屋を出て行く。ふん、と男が鼻を鳴らした。

 

「随分と人間らしくなったものだな。初めて見た時はもっと薄ら寒い何かを感じたが」

「そうですね。それを変えたのは、きっと――……」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 拉致。行われたのは正しくそれだった。

 相変わらずの遠巻きな視線を受けながら下校し、寮へ向かおうとしているといきなり黒塗りの車へと連れ込まれた。あまりにも鮮やかな誘拐である。

 

「……とりあえず、ありがとうございます」

「まあ、気にする必要はない。とりあえずほとぼりが冷めるまでは私の家で過ごしてもらう予定だ」

 

 車の中で待ち受けていた澪にある程度説明されていたのだが、正直ここまでする必要があるのかと思ってしまう。だが、それも澪の説明ですぐに納得した。

 

「美咲くんだけならばどうとでもなったが、キミもそれなりに有名人になっている。噂など本人がいなければ自然と収束していくものだ。しばらくは休暇だと思って休んでおけ」

 

 そう言われると逆らえない。自分一人ならばともかく、美咲にまで迷惑がかかる可能性が高いのだから。

 

「まあ、安心するといい。その噂もそのうち消える」

「そう、でしょうか」

「人の噂も七十五日。……今回のことで問題なのは、キミたちが未成年であるという点だ。恋愛に不純も何もあったものではないと思うが、世間はまあ色々とうるさいからな」

 

 上着を脱ぎ、ソファに腰掛けながら澪は言う。

 

「ただ、自分のせいだと思っているのならそれは間違いだ。誰のせいでもない。たとえあの日が少年、キミの誕生日であり、それを祝うために美咲くんの家を訪れていたとしても、だ」

「……でも、それは」

「何度も言うが、気にする必要はないよ。これ以上は考えても仕方がないことだ。後は時間が解決してくれる。思い悩むなとは言わんが、それで変わることはないよ。残念ながらな」

 

 それはその通りだ。どれだけ悩もうと、祇園にできることはない。ただ待つ――そうすることしかできないのだ。

 

「まあ、外に出るときは簡単に変装をしておけ。学校も一週間ほどは休むべきだな。とりあえず間を置いた方がいい」

「……はい」

「うむ。それでいい。さて、夕食にしよう」

 

 言うと、澪は出前を取る電話を始めた。その姿を眺めながら、祇園は大きく息を吐く。

 相変わらず美咲には連絡がつながらない。謝罪の言葉――あの意味が、わからないままにある。

 

 謝るべきは、自分なのに。

 彼女の隣に立てなかった、弱い自分なのに。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 眠れない――深夜に祇園は布団から身を起こした。寝なければならないことは理解している。だが、目を閉じると共にどうしても考えてしまうのだ。

 もっと、方法はあったはずだと。

 自分が、もっと。

 そんな、自己を責めることばかり――……

 

「…………」

 

 リビングに出ると、声が聞こえた。テレビの音か――そう思いリビングに向かうと、予想外の人物の姿を見つける。

 

「……澪さん?」

「……どうした、少年?」

 

 眠れないのか――微笑みながら、彼女はそう問いかけてきた。頷くと共にテレビへと視線を向ける。そこに映っていたのは、自分。そう、夢神祇園だった。

 今にも壊れそうな顔で、必死に前を見ようとしている姿。これは昨年度IHの準決勝か。副将でエントリーした祇園に回ってきた時点で一勝二敗と崖っぷちの状態であり、絶望的なプレッシャーの中での戦いとなった。

 

(外から見れば、こんな風なんだ)

 

 無様だ、と思う。焦りを微塵も隠せていない。

 先達たちは、あんなにも堂々と戦い抜いていたのに。

 

「……いい表情だ」

 

 だが、澪は真逆の意見を口にした。彼女は画面から視線を外さず、言葉を続ける。

 

「恐れながらも前を向こうとする、強い顔だ。少年、キミはこの時何を考えていた?」

「負けたくないと、思いました。僕の負けのせいで敗退が決まったら、と思っていたので……」

「成程、他人を想っていたか。……そうだな、団体戦とはそういうものだ」

 

 どこか自嘲するように呟く澪。あの、と祇園は言葉を紡いだ。

 

「どうしてIHの映像を?」

「参考にできないか、と思ったんだが。今週末、他のタイトルホルダー二人とチームを組み、欧州大会の優勝チームと団体戦を行うこととなった。だが私には団体戦の経験など中学生の頃に一度行っただけ。それで何か参考にできないかと思ったのだが……」

 

 テレビを消し、澪は苦笑する。その表情には寂しさが含まれていた。

 

「やはり、わからない。団体戦であろうと個人戦であろうと、ただ勝てばいい。勝利だけを追い求め、それを成せばいい。それ以外の結論が出てこない」

「…………」

「優勝の瞬間――私はそれを客席で見ていた。皆、いい表情だったよ」

 

 ――あんな表情、私の時は見れなかった。

 ポツリと、澪は呟く。その言葉に込められていたのは自嘲であり、諦観。

 

「……キミは優しいな」

 

 ソファの隣へ腰を下ろした祇園に、澪は微笑みながらそう言った。窓の外――夜のために見えにくいが、雨の降り始めた空を眺めつつ、言葉を紡ぐ。

 

「眠れないというなら丁度いい。一つ、話をしよう」

 

 くだらない話だが、と前置きし。

〝王〟と呼ばれる女性は、その物語を口にする。

 

「私が自身を人ではないと定義した、敗北の物語を」

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 今からもう、六年近く前になるのか。月日が経つのは早いものだな。

 当時の私は中学校に入学したばかりでな。環境が環境だったせいか友人の作り方も知らず、そもそも必要ないとさえ考えていたせいで一人きりで過ごすことが多かった。

 苦痛ではなかったよ。そもそも友人などいたことがなかったからな。いないことが当たり前だったんだ。

 そんな時だ。交流と称してデュエルを行う行事があり、私はそこで活躍した。すぐさま上級生にも知られ、彼女たちともデュエルをし――ああ、私の通っていた中学校は女子校だったよ。それが事態をややこしくしたともいえるが。

 まあともかく、私は校内でもナンバーワンのデュエリストという立ち位置にいつの間にかなっていた。当時の私は今のように同種を探していたわけでもない。故にまあ、恐れられることはあっても今のように忌避されることはなかった。あくまで最初のうちは、だがな。

 ……ん? 話し辛いならいい?

 大丈夫だよ、少年。この経緯を知っているのは今なら朱里くんぐらいであるし、話すこと自体初めてだが。別に苦痛というわけではない。私にとっては最早終わったことだ。だが同時に、私が――烏丸澪がこんな様に成り果てた原因の一つではあるとは思っているが。

 まあ、それはいい。とにかくだ。一番強い以上、インターミドルへの参加は必然だった。IHと違い、インターミドルの団体戦は勝ち抜き戦だ。私は大将として参加し、予選の全試合で勝利を収めた。

 当時は騒がれたよ。私自身も浮かれていた。一回戦、二回戦――少なくとも最初のうちは私の勝利を彼女たちは喜んでくれていたし、それでよかった。友人とは呼べずとも、誰かと共に何かを成すことができていると思っていたから。

 ……そんなものは幻想で、結局私は一人きりで戦っていたのだがな。

 ちなみに紅里くんと知り合ったのも当時だ。とはいえ、彼女はその時補欠だったがな。

 気付くべきだったんだ。準決勝、決勝――共に私が大将として五人抜きをした時。地方選を突破した時。彼女たちの誰も喜んでいなかったことに。

 そして全国。そこで遂にそれが起こった。

 当時は一回戦、二回戦を同時に行う方式でな。一日に二試合が組まれていた。私は普段を見てくれればわかると思うが、遅刻癖がある。だから大体最後に――ギリギリに着くんだが、私が会場に入った時、紅里くん以外の人間は誰もいなかった。

 遅刻かとも思ったが、そうなると失格になる。応急処置として私が先鋒となり、紅里くんを次鋒に据え、メンバーが足りない状態で試合に臨んだ。

 

 ――そして私は、一人で二試合に勝利した。

 最後まで、誰一人会場には現れなかったよ。

 

 二日目になり、応援席に関係者が増えた。全国出場は初だったせいで、生徒も教師も気合を入れたようだ。だが相変わらず、私たち二人以外は不在でな。

 ……私の中で、何かが歪んだんだ。その時。

 試合放棄。私が出した結論はそれだったよ。

 教職員に呼び出されたのを覚えている。その時、私はあったことをすべて話し……そして、色んな事が壊れた。

 最初は私も色々と言われたが、そもそも全国に行けた理由も私だからな。ターゲットは紅里くん以外のメンバーになっていった。ここまで言えば、何が起こったかは容易く予想できるだろう?

 ……くだらない話だ。彼女たちも追い詰められていたのだろうな。私に嫌がらせを加えるようになった。だが気にもならんし興味もないとくれば、彼女たちの気が収まらない。

 最終的に紅里くんもターゲットにされ、大いに揉めた。結局、当時のメンバーは退学するか転校していったよ。次の年、私と紅里くんは参加せず、チームは一回戦負け。それも惨敗だ。それ以来、インターミドルについてはタブーとなった。

 

 私はな、少年。未だにわからないんだ。

 彼女たちは私に勝利を望んだ。私はそれに応えた。ただそれだけのはずだった。

 だが現実は、そうではなくて。

 私は、彼女たちの人生を狂わせた。

 

 勝つことが一番であるはずだ。

 なのに、それをした私は。

 

 ――なぁ、少年。

 私は、どうしたらよかったのだろうな?

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「だから、私は私より強い者を求めた。求め続けている。そうしなければ、きっと、私は」

 

 雨の中、呟くその横顔は。

 酷く、悲しげで。

 

 心を映すように降りしきる雨。

 晴れる気配は――ない。

 

 



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第五話〝日本三強〟中編

 

 

 一つの究極を、目にした。

 数多の人間が夢見る到達点。その少女は誰もが修練の果てに目指し、しかし辿り着けない場所に平然と立っていた。

 

 相対することは終ぞなかった。ただ、その場にいた者たち全てにあまりにも鮮烈で、圧倒的なその力に魅せられ――恐怖した。

 

 その少女がそれから時を置かずに極東で〝最強〟と呼ばれ、〝幻の王〟と呼ばれるようになった時はただ納得した。むしろ遅いと思ったくらいだ。それほどまでに圧倒的だったのだ、その少女は。

 そして、その少女が自分と並び立つ場所へ来た時。ただ、笑みが零れた。

 何もかもを投げ捨てでも手に入れようと足掻き、ようやく辿り着いた場所。少女はその場所に、散歩をするような気軽さで到達していたのだから。

 あまりにも理不尽なその現実に、笑うしかなかった。

 

 天才、化け物、怪物、英雄。

 呼び名などいくらでもあったが、今やその全てが陳腐なものに思える。本物を見てしまったが故に。

 

 かつて、〝天才〟と呼ばれた盟友にして終生の宿敵である男は天才をこう定義した。

 ――ありとあらゆる努力が、必ず結果を示す存在。

 故に〝天才〟とは後付けの称号なのだと彼は語った。その言葉に納得したのを覚えている。今まで出会ってきた者は誰一人の例外もなくその力に対する背景があった。それは自分も例外ではない。

 どれほどの力を持つ者でも、〝努力〟という行為を無視することだけはできなかったのだ。

 

 だが、その少女は違った。

 ただそこに在るだけで、一つの到達点に立っていたのだ。

 

 何の冗談だ、と思った。まるでありとあらゆる努力を嘲笑うかのようなその在り方。その力に背景はない。行使する理由こそあれ、その力が紡がれた理由が存在しないのだ。

 そして理解する。本物とは、彼女のことを示すのだと。

 ただそこに在るだけでありとあらゆる努力を否定し、嘲笑う存在。故に彼女は、敬意と憧憬、そして畏怖の感情と共に精霊たちから呼ばれるのだ。

――〝王〟。

 絶対たる、支配者と。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 集合場所に着くと、全員が揃っていた。といってもメンバーは自分を入れても四人だけだ。護衛が離れた場所についているはずだが、姿は見えない。流石にKC社とI²社の黒服は優秀だ。

 

「おお、揃ってんじゃねぇか」

「あと五分遅けりゃ置いていったけどな」

 

 軽く手を挙げて皇〝弐武〟清心が紡いだ言葉に応じたのは、青年――藤堂晴だった。その口調と態度からは不機嫌さが滲み出ている。

 

「珍しく〝祿王〟が遅刻せず来たと思ったら、あんたが遅刻してるし」

「あん? 珍しいなぁ、嬢ちゃんが時間通り来るなんてよ」

「……ええ。たまには」

 

 目を伏せ、興味なさげに頷くのは烏丸〝祿王〟澪だ。

 

「一緒にいた彼が時間の管理をしてくれたんだろう?」

 

 微笑を浮かべながらそんなことを言うのはDDだ。彼の言葉に清心が眉をひそめる。

 

「あん? なんだ嬢ちゃん、彼氏でもできたか?」

「それが望めたら一番ですが。お互い、簡単にそういうモノは望めない立場でしょう?」

「くっく、違いねぇ。桐生の嬢ちゃんも面白ぇことになってるみてぇだからなぁ」

「それについて詳しく知りたければ本人にでも聞いてください。……とりあえず、中に入りましょう」

 

 会場の方を振り返りながら澪は言う。そうだね、と頷いたのはDDだ。

 

「相手はもう到着しているようだし。僕や皇さんはともかく、烏丸さんは着替える手間もある」

「できれば遠慮したいところです」

「ああ、そういや嬢ちゃんはドレス着るんだったか。くっく、楽しみにしてるぜ」

 

 清心が笑い、四人で歩き出す。それにしても、とDDが笑みと共に言葉を紡いだ。

 

「まさかこの三人で肩を並べることになるとはね。何が起こるかわからないものだ」

「肩を並べる? 馬鹿なことを抜かすもんじゃあねぇなぁ。いつ、俺たちが肩を並べたってんだ?」

「珍しく意見が合いましたね。我々が相容れることは有り得ない。あってはならないのです。それはあまりにも道理に合わないのですから」

「これは申し訳ない。誰かとチームを組むなんて随分と久し振りのことだったのでね。少し興奮しているんだ。確かに、我々は絶対に相容れない。そういう立場であり、そういう存在であるが故に」

「……あんたらホント仲悪いんだか良いのかわかんねぇな」

「良いわけなかろう?」

 

 ハルが呟いた言葉に、冷静に澪がツッコミを入れる。〝日本三強〟などと一括りにされているが、この三人に仲間意識などないのだ。

 

「私はともかく、そこの二人は〝最強〟の座を狙う者同士。仲良くできる道理もない」

「くっく、言うじゃねぇか。嬢ちゃん、自分の首が狙われていることを自覚してんのか?」

 

 足を止め、清心が静かに告げる。口元は笑っているが、その目は獲物を見つけた肉食獣のような鋭い気配を宿していた。

DDの表情は読み辛い。薄く笑っているが、目はそうではないように思える。

 一触即発の空気が流れる。澪も笑みを浮かべた。

 

「知っていますよ。――だから待っているのです、私は」

 

 靴の音を鳴らし、澪は歩き出す。ふん、と清心が鼻を鳴らした。

 

「何かあったのか、嬢ちゃんは?」

 

 澪を追うように歩き出したDDの背を眺めながら、清心がつまらなさそうに言う。ハルが眉をひそめてどういうことだと問いかけると、清心は煙草を取り出しながら言葉を紡いだ。

 

「烏丸澪、ってのは正真正銘のバケモノだ。だが最近、どうも温くなったように感じてはいた。初めて見た時はもっと張り詰めた、誰にも触れさせない、触れることさえ許さない高嶺の花みたいな女だったが」

「本質は変わってねぇだろ。あれは昔からああだよ。ただ力だけがあり、その背景がない怪物。一番敵に回したくねぇ相手だ」

「そうだ、本質は変わってねぇ。だからこそ妙だ。……まさか、今更年相応に迷ってるとでもいうんじゃねぇだろうな」

 

 だとしたらつまらん――ため息と共にそう言葉を紡ぐ清心。その彼にハルが問いかけた。

 

「そういや、あんたは烏丸澪にいつ出会ったんだ?」

「話したのはあれが史上最速で日本ランキング一桁に駆け上がってきた時だが……、初めて見たのは当時のインターミドルだ」

「インターミドル?」

「凄まじかったぞ? 当時13、無名の小娘が二試合連続五人抜き。しかも被ダメージは全試合通して0。圧倒的って言葉さえも生温い光景だった」

 

 楽しそうに語る清心。逆にハルは嫌そうな表情を浮かべている。

 

「無茶苦茶だな……」

「良いデュエルだった。相手のことなんざ見ちゃいない。それでも勝てる。勝ててしまう。相手の全てを否定しながらな。バケモノ、って言葉がアレ以上に似合う奴を知らねぇよ」

 

 だが、と清心は言葉を紡ぐ。

 笑みを消し、複雑な表情を浮かべて。

 

「あの姿が強さの根本だってんなら、同情しちまうなぁ」

「どういうことだよ?」

「俺が見たインターミドルの試合。あの時の背中は、まるで」

 

 一息。

 

「――泣き叫んでるみたいだった」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ある程度廊下を進むと、澪だけは三人とは別の部屋に案内されることとなった。衣装のためだそうだ。

 今回のエキシビジョンは宣伝の意味も大きい。故に華やかな衣装を着ろ、というのがスポンサーの指示だった。

 

「着替えが済んだらエスコートしてやろうか、嬢ちゃん?」

「遠慮します。私をエスコートしていいのは、今のところ一人だけですから」

「おーおー、振られたか」

 

 くっく、と笑いながら清心が立ち去っていく。他の二人は特に何も言わず、また後で、という言葉を残して立ち去って行った。

 控室に入ると、複数の人間が慌ただしく出入りし始めた。化粧に始まり髪のセット、ドレスの準備に小物の選定。澪はただ差し出されるがままにそれらを身に着けていく。

 それなりの時間が過ぎると、全員は一礼をして出て行った。それを見送り、澪は椅子から立ち上がる。

 

「…………」

 

 彼女が身に纏うのは純白のドレスだ。逆にデュエルディスクは漆黒であり、彼女の髪と瞳の色と合わさって余人には近寄り難い雰囲気を醸し出している。

 白い服を着ること自体、澪にとっては珍しい。そもそもドレスの類は嫌いだ。だが今回は祭である。我慢する他ない。

 時計を見ると、開始予定時刻が迫っていた。会場に向かうか――そんなことを思っていると、部屋の扉がノックされた。

 

「どうぞ」

「――失礼します。澪さん、時間が――……」

 

 こちらを見た瞬間、少年――夢神祇園が制止した。文字通りの停止である。

 その反応を見、ふむ、と澪は笑みを浮かべる。そのまま両手で軽くスカートを持ち上げた。

 

「どうだ、少年? 似合っているか?」

「は、はい。その、すごく」

 

 全力で首を上下させる祇園。その姿を見、澪は笑みを深くする。

 

「ふふ、普段あまり気にしていないようだからな。私に魅力がないのかと思っていたのだが」

「そんな、澪さんは美人ですし……。その、なんというか……」

「――ほう。その先について詳しく聞きたいところだが」

 

 時計を見る。残念ながら、時間はあまりなかった。

 

「時間もない。少年、私をエスコートしてくれるのだろう?」

「ええと……役者不足ですが」

「ふふ、キミなら文句はない。――さあ、行こうか」

 

 祇園の手を取り、澪はガラスの靴に足を入れる。自分よりも大きな掌に、やはり男の子だな、などとどうでもいい感想を抱いた。

 

「しかし、キミにエスコートされてガラスの靴を履くというのも妙な気分だ。〝シンデレラ・ボーイ〟にエスコートされるシンデレラのような気分で、な」

「あはは……僕はどうやっても王子様にはなれないですけどね」

「そうでもないよ、少年」

 

 肩を並べて廊下を歩いていく。人の姿はなく、二人の声と靴の音だけが響いていた。

 

「キミは十分に、王子様だ」

 

 えっ、という言葉を漏らす祇園。その彼の手を放し、澪は微笑と共に言葉を紡いだ。

 

「さて、エスコートはここまででいい。その帽子とメガネ、外さないようにな」

「はい。しっかり見ています」

「うむ」

 

 頷く。そして歩き出そうと祇園に背を向けた澪に、彼が言葉を紡いだ。

 

「あの、澪さん」

「……どうした?」

 

 振り返る。そこにあったのは、真剣な瞳。

 

「この間話してもらったこと。僕には、何が正しかったかなんてわかりません」

「……少年。それは――」

「でも、きっと僕なら、って思うことがあるんです」

 

 眉をひそめる。祇園は真剣な表情で、続きの言葉を紡いだ。

 

「きっと、澪さんのチームメイトの人たちは澪さんと楽しくデュエルをしたかったんじゃないでしょうか」

「……楽しく?」

「多分、ですけど。……澪さんは強くて。負けてばかりの自分たちは足を引っ張っている、って考えたのかもしれません。澪さんが五連勝したってことは、他の人たちは全敗したってことですから。だから、苦しかったのかもしれません。僕も昔、そんな風に考えたことがありますから」

「……そうか。苦しかった、か。それは、楽しくないな」

 

 苦笑を零す。そうか、そういうことだったのかもしれないと、そんな風に思う。

――楽しいデュエル。心躍るデュエル。

 充実したデュエルには澪も覚えがある。だがきっと、それは彼の言う感覚とは異なるものなのだろう。何故なら、あのインターミドル。あの時確かに、烏丸澪というデュエリストは充実していたのだから。

 初めてのチーム戦。役に立てていると思っていた。チームというモノに、自分も加われるのだと感じていた。

 結局それは、錯覚だったのだけれど。

 

「――少年。私のデュエルを見届けて欲しい」

 

 背を向け、彼へと言葉を紡ぐ。

 彼が言う、楽しいデュエルと。

 自らの思う、楽しいデュエル。

 その二つは、きっと。

 

「それは、勿論そのつもりですけど……」

「違う。そうだが、そうではない。――私の全力、全身全霊を見ても尚、キミの言う楽しいデュエルに辿り着けるのか」

 

 見極めてくれ、と小さく呟き。

常勝の〝王〟が、戦場へと足を踏み入れた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 対戦相手はすでに三人とも揃っていた。奇しくも男二人に女一人の構成でこちらと同じ比率である。

 

「おーおー、いい塩梅だ。こりゃセオリー通り、嬢ちゃんを向こうの嬢ちゃんにぶつけるか?」

「絵的にはそれが一番映えそうだね」

 

 清心の言葉にDDが頷いて応じる。今回はエキシビジョンとしての意味合いも大きい。故に興行面についても考える必要があるのだ。

 まあ二人とも負ける気が微塵もないので対戦相手など誰でもいいという感覚なのだが。

 

「俺は控えだしどうでもいいけどよ。一番強いのはあのロシア娘だぞ」

「あん? そうなのか?」

「いや知らねぇのかよ。世界ランカーだぞアレ」

「清心さんは世界ランク十位以下の人間はほとんど覚えようとしないからね。まあ、僕も詳しいわけじゃないけど」

「一応現時点でランキング13位だぞアレ。……まあ、あんたら二人にしたら格下なんだろうけどさ」

 

 呆れた調子で言うハル。つーか、とハルは二人の格好を見て言葉を紡いだ。

 

「正装似合わなさ過ぎるだろアンタら。チンピラと筋モンにしか見えねぇ」

「本物のチンピラがほざきやがる」

 

 かっか、と笑う清心。だが実際、ここにいる三人はその雰囲気から見てもとても堅気には見えない。周囲のスタッフが距離を取っているのも彼らの立場だけが理由ではないだろう。

 

「まあ、今回はあくまで祭りだ。順番も相手もどうでもいい」

 

 DDが静かに呟いた。そこには相手に対する感情が何も込められていない。あるのは与えられた仕事に対する責任のみだ。

 清心もそうだが、今回の対戦相手について二人は特に何かしら思うことはない。負けることなどそもそも想定していないし、戦いになるかどうかさえ怪しんでいる状態なのだ。

 それを傲慢と呼ぶ者はいるだろう。だが、彼らと共にここに立つハルはそれを当然と受け入れる。

 日本タイトル保持者にして、世界に名を轟かせる歴戦のデュエリスト。

 それが傲慢に振る舞わずして、誰が傲慢に振る舞うというのか。

 ……ただ、まあ。

 

「性格悪いよな、二人とも」

「オメェには言われたくねぇなぁ。ド外道のくせに」

「はて、何のことやら」

 

 肩を竦めると、ハルは二人に背を向けて通路へと歩き出した。そろそろ澪が着くはずだ。彼女が来る以上、彼の役目はもう存在していない。

 通路に踏み込む。息を吐き、ネクタイを緩めた。

 後は適当に観戦して終わり――そう、気を抜いた瞬間。

 

「――――」

 

 息が、止まった。

 澄んだガラスの靴の音が耳に届く。通路の奥より、それがこちらへと歩いてきた。

 

「…………」

 

 こちらに一瞥をくれることもなく、その女性は淀みなく歩を進めていく。その姿は優雅で、思わず目を奪われるほどに洗練されていた。

 だが、目を離せない理由はそこではない。

 ――鬼気。

 かつての世界。姉と共に訪れた場所で見たあの時と、同じ雰囲気。

 

「――――ッ、お前」

 

 彼女が横を通り過ぎたところで、ようやく声が出た。どうした、と僅かにこちらを振り返った〝王〟が問う。

 

「そんな、怯えたような顔をして」

「ッ、お前、何をやらかす気だ」

「ただデュエルするだけだ。いつも通り、な」

 

 そして、最強は戦場へと足を踏み入れた。残されたハルは大きく息を吐き、通路の奥、おそらく客席へ向かおうとしているのであろう少年の背中を見つける。

 

「……冗談じゃねぇ。何でこの状況で本気出すんだよ」

 

 何を言いやがった、とハルは呟く。

 烏丸澪は相当特殊な人間――否、生物だ。そもそも彼女が全力を出す状況というのが限られており、彼女自身出す必要のない本気を晒け出すタイプでもない。それでも勝ち続けてきたからこそ異常なのだが、その彼女が今、かつてのような雰囲気を纏っている。

 魔轟神の王たちと共にただただ強者を求めて戦場を荒らし、封印を解かれた三龍の一角を単独で再封印した時のように。

 文字通りの鬼気迫る、何かに追い詰められたような表情で〝祿王〟の称号を得るに至った時のように。

 

「とりあえず。……相手には、同情する」

 

 最悪、今日で一人の引退者が出るかもしれない。

 藤堂ハルは、ため息と共にそう呟いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 その人物が足を踏み入れた瞬間、会場から音が消えた。

 静寂。響き渡るのはガラスの靴の音だけ。先にステージに立っていた五人よりも年若いはずのその女性は、誰よりもその場を支配していた。

 ――烏丸〝祿王〟澪。

 日本ランキング、世界ランキング、共に圏外。彼女の強さを証明するのは、〝祿王〟という称号のみ。

 だが、この場の誰もが知っている。〝幻の王〟――公式戦の記録において無敗を誇る実力を。

 

「――くくっ」

 

 最初に声を上げたのは清心だった。彼は腹に手を当てると、心の底からの笑いを零す。

 

「何だ、嬢ちゃん。何がオメェさんをそうさせた?」

「そうさせるも何も、私はいつも通りですが」

「くくっ、そうかい。ははっ、いやぁ、面白ぇなぁ」

 

 どこか肉食獣を思わせる笑みを浮かべる清心。彼は澪の方へと視線を向けると、正面から彼女と向かい合う。

 

「今更やり合う理由もねぇと思っていたが。――今の嬢ちゃんとなら、殺し合う理由がある」

「…………」

 

 対し、澪も正面からその視線を受け止める。剣呑な雰囲気。会場の誰もが息を呑む中、その間に割って入ったのはDDだった。

 

「二人とも、今はチームメイトだ。やり合うのは目先の相手を倒してからにしよう」

「くくっ、言うじゃねぇかDD。オメェも戦いたいくせによ?」

「否定はしないけれど、これ以上は相手に失礼だからね」

 

 笑みを浮かべたままそう言葉を紡ぐ清心。ふん、と彼は鼻を鳴らした。

 

「まあいい。それで、順番はどうする?」

「これで決めればいい。どうせ、どの順番でやろうと結果は同じだ」

 

 そう言ってDDが指し示したのは自身のデッキだった。妥当だな、と清心が頷く。

 

「それでいいか嬢ちゃん?」

「何でも構いません」

「よし、じゃあいくぜ」

 

 言うと同時、三人が自身のデッキトップのカードをドローした。相手チームも会場も訝しげな視線を送るが、三人が気にした様子はない。

 

「私は『暗黒界の龍神グラファ』ですね」

「僕は『仮面魔獣デス・ガーディウス』だね」

 

 澪とDDがそれぞれカードを示す。清心がなら、と自身のカードを示した。

 

「俺が一番手だな」

 

 邪神ドレット・ルート。

 皇清心に預けられた、邪神の一角。

 

「この場でそんなカードを持ち出してくるとは」

 

 DDが呆れた調子で言うが、清心は獰猛な笑みを浮かべたままに平然と応じる。

 

「適当に手を抜くつもりだったがな。そこの嬢ちゃんが珍しく本気を出すってんだ。たまにはこういうのも悪くはねぇ」

「ああ、成程。それは道理だ」

「さて、それじゃあやるとしようか」

 

 当初はそこまでやる気の感じられなかった三人。しかし、今は誰もがその身に圧倒的なまでの覇気を纏っている。

 

「『最強』の意味、きっちり世界に示してやろうじゃねぇか」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 向かい合う相手は、銀髪の女性だった。確か『ロシア娘』と藤堂晴が呼んでいた記憶がある。苦手だとか言っていた覚えがあるが、まあ正直それはどうでもいい。

 顔を見る限り、恐れはないように思えた。世界ランキング13位――先程のあれが真実だというのなら、相応の実力はあるはずだ。

 

(表情が読み難い。人形みたいな娘だな)

 

 まるで彫刻のような風貌。成程、美人の部類に入るのだろう。

 

「アニーシャ・パヴロヴァと申します」

 

 どこか癖のある日本語で言葉を紡ぐアニーシャ。へぇ、と清心は笑みを零した。

 

「日本語が上手いじゃねぇか」

「日本には優れた決闘者が数多くおられます。〝弐武〟と向かい合える幸運――主に感謝を」

 

 祈るように両手を組むアニーシャ。清心は笑みを浮かべ、上等だ、と言葉を紡いだ。

 

「なら楽しませてくれ。精々、すぐに潰れてくれるなよ?」

 

 互いにデュエルディスクを起動する。それを受け取り、会場のボルテージが上がっていく。

 

「「決闘!!」」

 

 会場の声と重なるようにして紡がれる二人の宣言。先行は――皇清心だ。

 

「手札より、『クリバンデット』を召喚!」

 

 クリバンデット☆3闇ATK/DEF1000/700

 

 現れたのは海賊のような外見をしたクリボーだ。清心はさらにカードを伏せ、その効果を起動する。

 

「カードを一枚伏せ、エンドフェイズにクリバンデットの効果を発動。召喚に成功したターンのエンドフェイズ、このモンスターを生贄に捧げることでデッキトップのカードを五枚めくり、魔法・罠を一枚手札に加える。そして残りのカードは墓地だ」

 

 クリバンデットが弾け飛び、五枚のカードがめくられる。

 

 捲られたカード→ワンダー・ワンド、シャドール・リザード、フォーチュンレディ・ウォーテリー、シャドール・ファルコン、ダーク・ホルス・ドラゴン

 

 魔法カードは一枚のみ。必然的に選ばれるカードはその一枚となる。

 

「『ワンダー・ワンド』を手札に加え、更に墓地へ送られた『シャドール・ファルコン』と『シャドール・リザード』の効果を発動だ。効果で墓地へ送られた時、ファルコンは裏守備で蘇生、リザードはデッキからシャドールを一体墓地へ送れる。『シャドール・ビースト』を墓地へ送り、効果により一枚ドロー」

 

 シャドール・ファルコン☆2闇・チューナーATK/DEF600/1400

 

 実質の手札消費は0。むしろ手札が増えている状況。それを受けてもアニーシャは表情を変えず、私のターン、と宣言した。

 

「ドロー。手札より魔法カード『予想GUY』を発動。自分フィールド上にモンスターがいない時、デッキからレベル4以下の通常モンスターを特殊召喚できます。私は『ジェネクス・コントローラー』を特殊召喚。更に『ブンボーグ003』を召喚し、効果発動。デッキから『分ボーグ001』を特殊召喚します」

 

 ジェネクス・コントローラー☆3闇・チューナーATK/DEF1400/1200

 ブンボーグ003☆3地ATK/DEF500/500

 ブンボーグ001☆1地・チューナーATK/DEF500/500→2000/2000

 

 一気に並ぶ三体のモンスター。ほう、と清心が吐息を零した。

 

「ジェネクスにブンボーグ。機械族か? 随分と尖ったデッキを使うじゃねぇか」

「それはどうでしょうか。――レベル3、ブンボーグ003にレベル1、ブンボーグ001をチューニング。シンクロ召喚、『虹光の宣告者』」

 

 虹光の宣告者☆4光ATK/DEF600/1000

 

 現れたのは、白い機械仕掛けの天使だ。清心は眉をひそめる。鬱陶しいモンスターだ。存在する限り、互いに『マクロコスモス』を発動しているのと同じ状況となり、更に自信を生贄にすることで相手の魔法・罠・モンスター効果を無効にする効果を持つ。

 

「随分といやらしい手を使うじゃねぇか」

「まだこれからです。――レベル4、虹光の宣告者にレベル3、ジェネクス・コントローラーをチューニング。シンクロ召喚、『Å・ジェネクス・トライフォース』」

 

 Å・ジェネクス・トライフォース☆7闇ATK/DEF2500/2100

 

 現れたのは、白い体躯を持つジェネクスの機械戦士だ。清心の眉が僅かに跳ね、珍しいシンクロモンスターの登場に会場が沸く。

 

「墓地へ送られた虹光の宣告者の効果発動。墓地へ送られた場合、儀式モンスターか儀式魔法を手札に加えます。私は『高等儀式術』を手札に加え、更にトライフォースの効果を発動。トライフォースは素材としたモンスターの属性によって効果が変化します。今回素材にしたのは光属性。その効果は一ターンに一度、墓地のレベル4以下の光属性モンスターを一体、裏側守備表示で特殊召喚するというもの。虹光の宣告者を蘇生」

 

 シンクロに加え、儀式にまで手を出してきた。清心が口笛を鳴らし、アニーシャはバトルの宣言をする。

 

「トライフォースで攻撃します」

「シャドール・ファルコンのリバース効果だ。墓地のシャドールをセットする。『シャドール・ビースト』をセット」

「カードを一枚伏せ、ターンエンドです」

 

 シャドール・ビースト☆5闇ATK/DEF2200/1700

 

 静かにターンエンドするアニーシャ。成程、と清心は笑った。

 

「儀式まで組み込んでんのか。随分と欲張りなデッキじゃねぇか」

「これが私の最大限です。……見せてください。世界の最上位、その力を」

「いいぜ、見せてやる。――俺のターン、ドロー。ビーストを反転召喚し、リバース効果を発動。カードを二枚ドローし、一枚捨てる。『フォーチュンレディ・ダルキー』を捨てる。魔法カード『ワンダー・ワンド』をビーストに装備。墓地に送り、二枚ドロー」

 

 手札が一気に増えていく。清心の一手はまだ終わらない。

 

「『愚かな埋葬』を発動。二枚目のダルキーを墓地に送り、墓地に五体以上の闇属性モンスターが存在し、場にモンスターが存在しないため、『ダーク・クリエイター』を守備表示で特殊召喚」

 

 ダーク・クリエイター☆8闇ATK/DEF2300/3000

 

 レベル8の大型モンスターが降臨する。更に、と清心は次の一手を紡いでいく。

 

「クリエイターの効果を発動。墓地のダルキーを除外し、二体目のダルキーを蘇生。『フォーチュンフューチャー』発動。除外されているダルキーを墓地へ戻し、二枚ドロー。『トレード・イン』発動。『ダーク・ネフティス』を墓地へ送り、二枚ドロー。『アドバンス・ドロー』を発動し、『ダーク・クリエイター』を墓地へ送って二枚ドロー。装備魔法『ワンダー・ワンド』をダルキーに装備。墓地へ送り、二枚ドロー。二体目のダーク・クリエイターを特殊召喚。そして墓地のダルキーを除外し、ダーク・クリエイターの効果によりダーク・クリエイターを蘇生。クリバンデット、ダルキー、ダーク・ホルス・ドラゴン、シャドール、ビースト、シャドール・ファルコンを除外して『終わりの始まり』を発動。三枚ドローし、墓地はネフティス、ダルキー、リザードの三体のみのため『ダーク・アームド・ドラゴン』を特殊召喚。装備魔法『DDR』。『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を捨て、ダーク・ホルス・ドラゴンを蘇生。ダーク・クリエイターの効果によりダルキーを除外し、レッドアイズを蘇生」

 

 ダーク・クリエイター☆8闇ATK/DEF2300/3000

 ダーク・クリエイター☆8闇ATK/DEF2300/3000

 ダーク・アームド・ドラゴン☆7闇ATK/DEF2800/1000

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇ATK/DEF2800/2400

 ダーク・ホルス・ドラゴン☆8闇ATK/DEF3000/1800

 

 並び立つ強大なモンスターたち。次々と手札が入れ替わり、場が入れ替わり、そして最後にはこんな形が紡がれた。

 

「そして『トラップ・スタン』を発動。――悪いな。思ったよりも面白い動きをする相手だ。普段ならもうちょっと『遊ぶ』ところなんだが――」

 

 僅かに背後を振り返る。通路の奥。そこに立つのは、〝王〟と呼ばれるデュエリスト。

 

「嬢ちゃんの全力なんざ久しく見ちゃいねぇからな。気が変わる前に、見たいのさ」

 

 アニーシャLP4000→-4400

 

 

 先鋒戦、勝者――皇清心。

 完全勝利。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 会場のざわめきが止まない。当然だ。相手は〝ロシアの妖精〟とまで呼ばれる世界ランカー。残る二人に比べても圧倒的に格上の人物である。

 世界レベルのデュエルが見られると誰もが思っていた。だが、蓋を開けてみれば。

 

「……相変わらず過ぎて笑えねー……」

「強過ぎますね」

 

 ハルの言葉に呟いたのは、彼のチームメイトであり日本でも実力者として数えられる女性――神崎アヤメだ。先程廊下で偶然に出会い、モニターでこうして観戦している。

 共に有名人だ。変装していても中途半端なせいで周囲にバレバレなのだが、あまりにも堂々とし過ぎているせいで誰も声をかけられない。

 

「まさか、世界ランカーがこうも容易く沈黙させられるとは……」

「あのロシア娘、本気出す前にやられやがった。……まあ、どっちにせよ結果は変わらなかったろうがな。爺さんもDDも〝祿王〟も。どいつもこいつも無茶苦茶なんだよ」

 

 ため息を零しながらハルは言う。その口調には疲れが見て取れた。

 

「そもそも世界ランキング5位以上は魔境だ。次元が違う」

「……世界ランキング10位の藤堂プロが仰られると説得力がありますね」

「事実だよ。世界ランキングの5位以上の連中はそのポイント数に差がなさ過ぎてすぐに入れ替わる。要は参加した大会で一番成績が良かった奴が一位になり、次の大会でまたそれが入れ替わるの繰り返しだ。普通ありえないんだがな」

 

 ランキングは基本的にその規模に合わせたポイント付与という形で決定される。だが、同じ大会で優勝と準優勝で圧倒的な差が出るというのはまずなく、そう頻繁に入れ替わるようなものでもないのだ。だが、世界最上位の連中はあまりにも実力が拮抗しすぎており、僅かな差でランキングが変動するようになっている。

 

「そこにDDと皇清心がいるってんだから、日本も異常だ」

「DD――あの方はアメリカ国籍ですが」

「拠点は日本だし、登録は日本なんだからいいんだよ。何で日本なんだよとは思うが。……つーか、うちのタイトルホルダーが変態過ぎてなー……」

 

 呆れた調子で言うハルに、同意しますと頷くアヤメ。DD、皇清心、烏丸澪――この三人はあまりにも異常に過ぎるのだ。

 

「そもそもデュエルってのは本来、一人じゃできないことだ。なのに、あの三人は相手を見てすらいない。ただ力を行使するだけ。それだけで勝てちまう」

「戦えるのは同格の存在だけ、ということですか」

「そもそも視界にすら映らないからな、格下は」

 

 歯牙にもかけないとは正にこのこと。DDや清心が世界ランカーでさえあまりよく知らないと口にするのはそのせいだ。彼らにとっては覚える価値がないのである。……澪の場合は少し事情が違う気もするが。

 

「DDの出番か」

 

 廊下にまで響き渡る歓声。モニターに映るのは、日本最強の男。

 

「これもあっさり決着が着きそうだな。……嫌な話だ」

「日本最強のデュエリスト、DD」

 

 アヤメが何かを確認するように呟く。清心も無茶なデュエリストだが、DDもかなり大概な存在だ。

 一戦目があんな結果になった以上、二戦目の結果も見えている気がするが――

 

「〝最強〟ね。……そういや前に、じいさんに聞いたことがある」

「何をですか?」

 

 アヤメが首を傾げる。ハルはモニターを眺めながら、ああ、と頷いた。

 

「あれだけ〝最強〟に拘るじいさんが、どうして他の二人と積極的にやり合おうとしないのか気になってな」

「……確かにそうですね。皇プロの執念と呼んで差支えない〝最強〟への拘りは有名です」

「だから気になった。つーか、そもそも一個人にじいさんが執着することはほとんどない。……結論を言うと、『意味がない』んだそうだ」

 

 えっ、とアヤメが珍しく驚いた声を上げた。だがハルが口にしたことは事実だ。皇清心――あの男は確かにそんな結論を口にした。

 

「〝最強〟に対する定義は個人個人で違うだろうが、あのじいさんにとって〝最強〟ってのは、『誰もがそうと認めざるを得ない存在』なんだと。DDとやり合っても結果は五分。どちらに転ぶかは最後の運勝負になるレベルだ。あの二人はそういう領域にいる。運以外の全てを削ぎ落とした領域に。だから無意味なんだそうだ。一回勝った、だが次はわからない。そんなものは〝最強〟じゃない、ってな」

 

 故にあの二人は大会の組み合わせ以外でぶつかることがほとんどない。

 一度や二度の勝利では意味がないのだ。強者であることの証明は、相手を完全に屈服させることでしか示せないのだから。

 

「――ならば、〝祿王〟は」

「そういうことだろうな」

 

 そして、同じく二人から戦いを挑まれないあの〝王〟は。

 

「出鱈目なんだよ、どいつもこいつも」

 

 その言葉には、呆れと、諦観と。

 僅かな悔しさが、含まれていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 皇清心はデッキの回転力を見せつけた。あれであの人物にとってはお遊びに過ぎないというのだから恐ろしい。

 

(本来ならフォーチュンレディのドロー加速で更なるアドバンテージを獲得していくのがあのデッキの動きのはず)

 

 それを見せることなく、力で押し切った。普段の彼ならもう少し遊んだはずだが、そうしなかったのは後ろに控えている彼女が理由だろう。

 

(気持ちはわかる。……この後の役目もある以上、最速で突っ切ろうか)

 

 向かい合う相手に見覚えはない。欧州のチーム戦で優勝したのだ。おそらくそれなりに有名なのだろうが、知らないものは知らない。

 

「「決闘!!」」

 

 デュエルが始まる。先行は――相手。

 

「魔法カード『トレード・イン』を発動! 『光と闇の竜』を捨て、二枚ドロー! 更に『調和の宝札』を発動! 攻撃力1000以下のドラゴン族チューナーを捨て、二枚ドローする! 『ドラグニティ―ファランクス』を捨て、二枚ドロー!」

 

 これは世界クラスの大会――それも最近になってより顕著になったことだが、最初のターンに手札交換カードを用いてデッキ圧縮と墓地肥やしを行うデュエリストは非常に増えた。理由は多くあるが、最近流行のシンクロ召喚が墓地利用を前提とする場合が多いことが上げられるだろう。

 シンクロモンスターは確かに強力だ。だがその代わり、その召喚のためには場に素材を揃える必要がある。所謂『吊り上げ』効果を持つモンスターを用いればその問題も容易く解決できるのだが、そのためには墓地が必要となるというわけだ。

 

「『ドラグニティ―ドゥクス』を召喚! 効果発動! 召喚成功時、墓地のドラゴン族のドラグニティを装備できる! ファランクスを装備! そして装備状態のファランクスを墓地へ送り、『ドラグニティアームズ―ミスティル』を特殊召喚! そしてミスティルの効果により、ファランクスを装備!」

 

 竜と共に生きる風の戦士ドラグニティ。モンスターを装備するという少々特殊なモンスター群だ。

 

 ドラグニティ―ドゥクス☆4風ATK/DEF1500/1000→2100/1000

 ドラグニティ―ミスティル☆6風ATK/DEF2100/1500

 ドラグニティ―ファランクス☆2風・チューナーATK/DEF500/1100

 

 風が吹く。まるでDDを威嚇するように、三体のモンスターから風が流れている。

 

「ファランクスは装備状態の時、その装備を解除して特殊召喚できる! レベル4、ドゥクスにレベル2、ファランクスをチューニング! シンクロ召喚! 『ドラグニティナイト―ヴァジュランダ』!! ヴァジュランダの効果により、ファランクスを装備! 再びファランクスの装備を解除し、レベル6のヴァジュランダにレベル2のファランクスをチューニング! シンクロ召喚、『ギガンテック・ファイター』!!」

 

 ドラグニティナイト―ヴァジュランダ☆6風ATK/DEF1900/1200

 ギガンテック・ファイター☆8闇ATK/DEF2800/1000

 

 現れるレベル8シンクロモンスター。ドラグニティの強みの一つがここだ。墓地にファランクスさえいれば、ドゥクス一枚からレベル8シンクロへと到達できる。

 

「更に装備魔法『ドラグニティの神槍』をミスティルに装備し、効果発動! 一ターンに一度、デッキからドラグニティのチューナーをデッキから装備モンスターに装備できる! 二体目のファランクスを装備し、ドラグニティが装備されたミスティルを除外することで『ドラグニティアームズ―レヴァンティン』を特殊召喚! レヴァンティンの効果により、墓地の『光と闇の竜』を装備する!!」

 

 ドラグニティアームズ―レヴァンティン☆8風ATK/DEF2600/1200

 光と闇の竜☆8光ATK/DEF2800/2400(装備状態)

 

 並び立つ二体の大型モンスター。ほう、とDDは吐息を零した。

 

「ターンエンド」

 

 伏せカードはない。いやむしろ、伏せカードを用意できなかったからこその布陣か。

 

(事実上の戦闘破壊耐性を持つギガンテック・ファイターと、光と闇の竜の蘇生効果によりこちらも破壊耐性を得たレヴァンティン。成程、大したものだ)

 

 確かにこれを突破するのは骨だろう。共に半永久的な盾として存在し続けるモンスターだ。

 

(だが、相手が悪かったと諦めてもらおう)

 

 手札は揃っている。

 

「ドロー。――相手の場にのみモンスターが存在する時、『TGストライカー』は特殊召喚できる。更に『魔界発現世行きデスガイド』を召喚。効果により、デッキからレベル3の悪魔族モンスター『魔犬オクトロス』を特殊召喚」

 

 TGストライカー☆2地ATK/DEF800/600

 魔界発現世行きデスガイド☆3闇ATK/DEF1000/600

 魔犬オクトロス☆3闇ATK/DEF800/800

 

 三体のモンスターが並ぶ。DDは更に次の魔法カードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

「魔法カード『トランス・ターン』を発動。オクトロスを墓地へ送り、『メルギド四面獣』を特殊召喚。更に墓地へ送られたオクトロスの効果により、『仮面魔獣デス・ガーディウス』を手札に加える。――メルギド四面獣とデスガイドを生贄に、デス・ガーディウスを特殊召喚」

 

 メルギド四面獣☆4闇ATK/DEF1500/1200

 仮面魔獣デス・ガーディウス☆8闇ATK/DEF3300/2500

 

 現れたのは、彼のバトル・シティで伝説のデュエリスト二人が戦った仮面のモンスター。攻撃力3300という圧倒的な力を身に纏い、デス・ガーディウスが吠える。

 

「――――ッ、だが戦闘で破壊したところで無駄だ!」

「その通りだ。だから、戦闘しないことにした。――レベル8、デス・ガーディウスにレベル2、TGストライカーをチューニング。シンクロ召喚、『神樹の守護獣―牙王』」

 

 神樹の守護獣―牙王☆10地ATK/DEF3100/1900

 

 咆哮と共に現れたのは、強大な獅子だ。白き体躯を持つ神々しき獣が、威嚇するように周囲を見回す。

 

「この瞬間、デス・ガーディウスの効果が発動する。墓地へ送られた場合、デッキより『遺言の仮面』を相手モンスターへ装備し、そのコントロールを奪う。まずはギガンテック・ファイターだ」

「なに!?」

「そして魔法カード『シンクロ・キャンセル』。シンクロモンスターをデッキに戻し、その素材をフィールドに戻す。……意外と勘違いしている人が多いみたいだけど、デス・ガーディウスは通常召喚ができず、特殊召喚に条件が存在するだけだ。故に一度正規の手順で場に出してしまえば、蘇生は容易となる。そして場に戻った二体で再びシンクロ召喚を行う。再びデス・ガーディウスが墓地へ送られ、遺言の仮面が今度はレヴァンティンに装備される」

 

 神樹の守護獣―牙王☆10地ATK/DEF3100/1900

ドラグニティアームズ―レヴァンティン☆8風ATK/DEF2600/1200(装備・遺言の仮面)

 ギガンテック・ファイター☆8闇ATK/DEF2800/1000→2900/1000(装備・遺言の仮面)

 

 不気味な仮面をつけた二体のモンスターがDDの場に舞い降りる。相手は呻き声を漏らすしかない。

 

「キミの戦術は素晴らしかった。称賛に値する。だが、それではここには届かない」

 

 自身の心臓を親指で示しながら。

 DDは、攻撃の命令を下す。

 

「〝最強〟という称号を、少し甘く見過ぎていたんじゃないかな?」

 

 シロッコ・ヴァスティLP4000→-4600

 

 決着。一戦目に引き続き、あまりに鮮やかに。

 同時、あまりにも残酷に。

 

「まあ、こんなものだろうね」

 

 中堅戦、勝者――DD。

 完全勝利。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 足を踏み入れた瞬間、響き渡る歓声が止んだ。

 一歩ずつ、歩を進める。眼前には対戦相手の男がいるが、見覚えはない。まあ覚える気もないし、必要もないのだろうが。

 

(見ているのだろうか)

 

 どうして今更、と思う。結果などわかりきっているというのに。

 全身全霊。あの日、彼女たちに拒絶されたそれを見せて。

 彼にさえ、拒絶される気なのか。

 

(……だが、それでも、私は)

 

 彼と彼女の約束。美しい想いは、心無き者たちによって踏み滲られた。

 共に大切な友人だ。故にあんな顔は見たくない。

 だが、自分にできることは知れていた。

 そして同時に、求めてしまった。

 

(何を今更。あれだけ、人と関わることを拒絶しておいて)

 

 二人は、決して相手を責めなかった。それどころか自身のことを欠片も顧みず、相手のことだけを想っていた。

 そんな二人の姿は、今まで自分が見てきた者とあまりにも違い。

 ――羨ましいと、思ってしまった。

 そうして、誰かと繋がれることが。ただ、羨ましいと。

 

(少年、見ているか?)

 

 相手を知るには、まずは自分から。

 心地よい時間をくれたあの少年に、もう少しだけ、近付くために。

 

「烏丸〝祿王〟澪。――全霊を以て、相手をしよう」

 

 周囲の温度が下がったかのように感じる、絶対的な覇気を纏い。

 常勝無敗の〝王〟が、その全力を世界に示す。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 観客席へ急ぐか、もしくはモニターがある場所へ。祇園は周囲の視線を気にしながら歩いていた。

 皇清心とDD。あの二人は圧倒的だった。日本最強の力は、あまりにも絶対的。

 

(……澪さん)

 

 その二人が同格と認めるのが澪だ。だが実際のところ、祇園は彼女の全力というものを知らない。

 全力を出す必要がないというのがあるし、そもそも澪自身、どこか一歩引いている印象を受ける。それについては祇園も人のことを言えないのだが、彼女の場合、無意識の段階で徹底しているように見えた。

 その彼女が見ていて欲しいと言った。初めてのことだ。そんな、『弱い』言葉を彼女が吐くのは。

 いつだって、烏丸澪は絶対的な存在だったから。

 

(少し、様子がおかしかった気がする)

 

 元々考えが読めるような相手ではないが、ここ最近は特に妙だった気がする。理由など想像もできないが。

 

「…………」

 

 最近、どうにも妙だ。何もかもが、上手く回らない。

 美咲との連絡も相変わらず繋がらず、話すことができていない。あの言葉の意味も、何一つわからないままだ。

 どうすればいいのだろう。どうすれば、自分は。

 

 

「――初めまして」

 

 

 不意に、声が聞こえた。

 周囲へ視線を送る。だが誰もいない。声の主は自分に向けて話しているようだった。

 

「自己紹介は……必要ないか。実はキミに、少し興味があってね」

 

 相手がデュエルディスクをこちらに投げ渡してくる。それを受け取りながら、祇園は茫然と相手を見た。

 

「少し、道楽に付き合ってくれないかい?」

 

 日本最強の決闘者、DD。

 その男が、立っていた。

 








さてさて、キナ臭くなって参りました。
というか二人とも強過ぎて困る。


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第六話〝日本三強〟後篇

 

 

 

 

 

 

 

 

 二つの人影が、モニターを見つめながら言葉を交わす。

 

「少々予定外のこともありましたが、目的は問題なく達成できそうですね」

 

 息を吐き、満足そうに言うのは一人の少年だ。対し、壮年の男が鼻を鳴らす。

 

「あのような小僧に執着する理由がわからんがな」

「おや、理由は説明したはずではありませんか?」

「そこまで警戒する必要があるのか、と言っている」

 

 不機嫌そうに言うと、男はテーブルの上に広げられたチェスの駒を指で弾いた。乾いた音を立て、ポーンの駒が倒れる。

 それを一瞥すると、少年は変わらず笑みを浮かべたままに言葉を紡いだ。

 

「確かに彼個人についてならば、有用な駒になる程度でしょう。しかし、彼の価値は彼の能力ではなく、その人間関係にこそあります」

「…………」

「以前も申し上げた通り、厄介な存在が数多くこの国には存在します。手駒も揃ってきましたが、まだまだ力不足。故に必要なのが、状況をコントロールできる駒。それも、I²社とKC社より全幅の信頼を寄せられる桐生美咲という謎の存在に干渉できる者」

「謎、か」

 

 ふっ、と可笑しそうに笑う男。少年は言葉を続けた。

 

「シンクロ――本来存在し得ない、我々の想定ではもっと後の時代に現れるべき力。それを普及させ、結果的に我々の侵攻を鈍らせた存在。警戒するのは必然です」

「『あの男』も言っていたな。だがそれは低い確率ではあったとはいえ、可能性のあったことだろう? 虫けらが何を思うかなど知らんが、この時代の虫けらどもがそれを選んだだけだ」

 

 それはその通りだ。そうならないように動いてきたことだが、想定外だったというわけではない。あくまで計画の進行が遅れたというだけであり、ダメージは大きくないのだから。

 

「いいえ。その認識がそもそもの間違いなのです」

 

 しかし、少年はそれを否定する。

 

「ありえないのです、この流れは。……本来、生まれるべきだった召喚法は我々が葬りました。しかし、それを補うように我々の知らない召喚法が現れ、世界が変革されていっている。まるで、誰かが無理矢理修正しているかのように」

「その黒幕が例の虫けらだというのか?」

「彼女が全てを操っているとは考え難い。おそらく彼女の背後に『何か』がいる。それを探る上でも、彼の存在は必要です」

 

 だからこそ彼女の一番傍にいる人間を強引に引き込んだのだ。その動きを把握するために。

 

「ふん。そのためにあんな回りくどい真似をしたのか」

「ええ、そうです。彼はその能力に比べて周囲の人間があまりに特異です。単独で接触を図ろうとしても、下手を打てば〝祿王〟を真っ向から敵に回すことになりかねない」

「いずれ敵に回すのだ。結果は変わらんだろう?」

「今はまだ、表立って戦うことは避けたいのが実情です。こちらの駒の中で彼女と正面から戦える者は数えるほど。そしてその誰もが、確実に勝てるという保証がない」

 

 先の二試合で二人が見せた圧倒的な実力。彼女もまた、あの二人と同じ領域にいるのだから。

 

「あの男を使えばいいだろう? 切り札もある」

「どれだけ楽観的に考えても、勝敗は五分です。……あの時。〝祿王〟の称号を彼女が簒奪した時。我々のうちの誰が、DDの敗北を予想しましたか?」

 

 こちらの最大戦力であり、同時に切り札でもあるDD。彼女は全力で彼と戦い、ギリギリながらも勝利を手にした。成程次は勝てるかもしれない。だが、保証はない。

 戦う以上、敗北は許されないのだ。

 

「故に、完全に彼が一人になるこの瞬間のみ接触が許される。先の件で桐生美咲との繋がりを一時的にシャットアウトしましたが、その代わりに彼にはKC社より秘密裏に護衛がつけられています。そして彼を匿う〝祿王〟の存在もある以上、誰にも悟られずに彼と接触するには今しかない」

「たかが虫けら一人に随分と回りくどい真似をする」

「正直ここまでとは想定外ですが……だからこそ、価値がある」

 

 これほどまでに周囲へと影響を与えているのは正直想定外だが、だからこそ駒にできた時の利益は計り知れない。

 上手くいけばかの〝祿王〟さえも御し得る駒となる。烏丸澪という不確定要素に対して打てる手は数多くあったほうが良いのだ。

 

「さて、それでは見守りましょう」

「ふん。精々勝てるように祈っておけ」

「祈りなど不要です。ただ、奉ずればいい。それだけで、白き加護が勝利をもたらす」

 

 テレビ画面に映し出されているのは、純白のドレスを身に纏った〝王〟の姿。だが、そちらへ視線を向けながらも二人はそのデュエルを見ていない。

 結果はわかりきっている。ならば、彼らが視るべきは別。目的の達成における過程。

 

 世界が見守る、〝王〟の決闘。

 その陰で、誰も知らぬ戦いが……始まる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 日本最強のデュエリストは誰か。

 その単純な問いに対する答えは非常に明確だ。〝決闘王〟武藤遊戯――かの伝説は、誰もが思い描く〝最強〟の姿そのものである。

 だが、かの〝伝説〟海馬瀬戸が永遠のライバルと謳われるように、その領域に至った者は確かにいる。

 その筆頭とも呼べる人物が、今目の前にいるデュエリスト――DD。

 本名も公開されているが、人は彼をDD――〝デスティニー・デュエリスト〟と謳う。

 その圧倒的で、力強いデュエルは多くの者を魅了し、全日本の頂点へと彼を導いた。

 

「私とデュエルをしてみないかい? キミに興味がある」

 

 その怪物は、そう言って微笑んだ。インタビューなどで何度も見た表情。しかし、それを向けられた少年はただ身震いする。

 敵意を向けられたわけではない。だが、何か。

 言葉には含まれていない『何か』を、感じるのだ。

 

「そう警戒しないでくれ。前年度IHで鮮烈なデビューを果たし、あの〝ルーキーズ杯〟で準優勝の栄光を掴んだ〝シンデレラ・ボーイ〟――興味を持つのは自然なことだと思うが、どうかな?」

 

 靴の音を響かせ、一歩こちらへ歩み寄ってくるDD。少年――夢神祇園は一歩下がろうとして、足が動かないことに気付いた。

 足の震えが止まらない。何故、と思う。悪意も敵意もないはずだ。そもそも、向ける必要すらない。

 

(落ち着け……冷静に、状況を)

 

 一度大きく息を吐く。心なしか、震えが収まったような気がした。

 そもそもDDがわざわざ自分に話しかける理由が存在しないはずだ。ならば何か裏があるはず。しかし、その意図が読めない。

 

「やれやれ。キミは何か勘違いしているようだが、私も一人のデュエリストだ。〝祿王〟があれほどまでに執着し、〝弐武〟が面白いと評し、〝伝説〟に一矢報いたデュエリストに興味を持つのは当然のことだろう?」

 

 そう言われると否定する理由はない。祇園は自身の手の中にあるデュエルディスクに視線を落とす。

 

(……考えようによっては、チャンスだ)

 

 日本最強のデュエリストであり、世界においても最上位に位置するデュエリスト。澪もまたその領域に立つ人物だが、DDは彼女とは違い常に最前線にいるデュエリストだ。

 

「――わかりました。よろしくお願いします」

 

 足を揃え、一礼する。DDは一瞬驚いたような表情を浮かべると、こちらこそ、と笑った。

 

「ああ、そうだ。〝祿王〟のデュエルなら心配しなくてもいい。彼女の敗北はあり得ない」

「えっ?」

「今の彼女は、〝祿王〟の名を手にしたあの時と同じだ。あの状態の彼女が負ける姿は想像できない」

 

 だから、とDDは笑った。

 

「キミは全力でデュエルをすればいい」

 

 ――さあ、始めよう。

 

 日本最強のデュエリストは、そう言って両手を広げた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

〝日本三強〟に数えられる三人、DD、皇清心、烏丸澪のデュエルにはそれぞれ特徴がある。まず烏丸澪は主な使用モンスターが悪魔族であることが多く、ある種模範的なデュエルをすることが多い。圧倒的な力で正面より捻じ伏せる――〝王〟と呼ばれる所以だ。更に最近の彼女は『暗黒界』を用いることが多く、その戦術が大きく変わることはない。

 皇清心はその使用デッキが毎回変わることで有名だ。ただその戦術は大きな部分で共通しており、基本的に『展開力』を重視したデッキを用いることが多い。『数は力』という酷く単純な論理を以て相手を圧倒するのが彼の戦術だ。

 そして、DD。彼はコンボこそを重要視する傾向がある。パワーカードも勿論用いるが、全体的に複数のカードコンボによって一気に場を覆すデュエルが非常に多いのだ。そのデュエルは全体的にエンターテイメントとして受け取られることが多く、この三人の中では一番人気があると言える。

 

(今日は仮面魔獣デッキだった。シンクロ・キャンセルを使っての二体コントロール奪取……あれを決められると、僕のモンスターで対応する手段は少ない)

 

 破壊に対して耐性を持つモンスターは何体もいるのだが、コントロール奪取となると流石にいない。更にガーディウスの攻撃力は3000を超えており、その点においても不利な部分があることは否めない。

 

「先行は僕です。……モンスターをセット、カードを一枚伏せてターンエンドです」

 

 静かな立ち上がり。おそらく仮面デッキだと思うのだが、違う可能性もある。ならばここは様子見で動くべきだろう。

 

「ふむ。緊張しているのかな? 私のターン、ドロー。――手札より『E・HEROプリズマー』を召喚」

 

 E・HEROプリズマー☆4光ATK/DEF1700/1100

 

 現れたのは、水晶の体をしたHEROだ。仮面デッキではない――その事実に、祇園は警戒心を強くする。

 

「そしてプリズマーの効果を発動。『アルカナナイトジョーカー』を見せ、素材である『クィーンズ・ナイト』を墓地へ。これにより、プリズマーはクィーンズ・ナイトとなった。魔法カード『融合』を発動。場のプリズマーと手札の『ジェムナイト・オブシディア』で融合、来い、『ジェムナイト・セラフィ』!」

 

 ジェムナイト・セラフィ☆5地ATK/DEF2300/1400

 

 現れたのは、光の力を宿したジェムナイトだ。だが祇園はそのモンスターの登場に困惑する。

 

(HEROかと思ったら、絵札の三剣士で……ジェムナイト?)

 

 どんなデッキだ、と思う。自身が使うデッキも様々な種類のモンスターが投入されたデッキではあるが、相応のシナジーがある。しかし、DDのデッキは――……

 

「オブシディアの効果だ。手札から効果によって墓地へ送られた時、レベル4以下の通常モンスターを蘇生できる。クィーンズ・ナイトを蘇生。そしてセラフィは光属性モンスターの召喚権を増やす能力を持つ。――『キングス・ナイト』を召喚し、効果発動。デッキより『ジャックス・ナイト』を特殊召喚する」

 

 クィーンズ・ナイト☆4光ATK/DEF1500/1600

 キングス・ナイト☆4光ATK/DEF1600/1400

 ジャックス・ナイト☆5光ATK/DEF1900/1000

 

 並び立つ三体の騎士。かの〝決闘王〟が神への布石としても用いたモンスターたち。

 

「魔法カード『融合回収』を発動。融合とジェムナイト・オブシディアを回収し、融合を発動。来い――『アルカナナイトジョーカー』」

 

 アルカナナイトジョーカー☆9光ATK/DEF3800/2500

 

 現れる、双剣の騎士。

 攻撃力3800という破格の力を持つモンスターが、その刃をこちらへ向ける。

 

「さて、これが通るようなら興醒めだが。――セラフィでセットモンスターへ攻撃」

「セットモンスターは『ジェット・シンクロン』です! 破壊されます!」

「アルカナナイトジョーカーで攻撃だ」

「罠カード『くず鉄のかかし』! その攻撃を無効に!」

 

 直接攻撃を罠カードで防ぐ。アルカナの効果なら、無効にされる危険性もあったが――

 

「ふむ。まあいいだろう。カードを一枚伏せて、ターンエンドだ」

「僕のターン、ドロー!」

 

 カードをドローする。今の攻撃、確実に防ぐならばセラフィにクズ鉄のかかしを発動するという選択が正しい。だが祇園は敢えてそれをしなかった。

 

(もし通されたらそれでDDさんの手札を一枚削れたんだけど……)

 

 罠カードを捨てさせられたならその成果は大きかった。リスクはあったが、選択としては間違っていなかったように思う。

 

(ただ、モンスター効果で対象にするのは避けたほうが良い。オブシディアを捨てられたら、相手の場にクィーンズナイトが出る。それは避けないと)

 

 単体の攻撃力は低くとも、展開されることだけは避けるべきだ。

 改めて手札を確認する。しかしモンスター効果の対象にしないようにといっても、戦闘でアルカナナイトジョーカーを超えることは、まず難しい。

 

(セラフィも残しておくと何をされるか……伏せカードもある。ここは――)

 

 打つ手は決まった。後は、それが通じるかどうか。

 

「手札の『レベル・スティーラー』を捨て、ジェット・シンクロンを蘇生。更に『終末の騎士』を召喚。効果により、デッキから『ジャンク・シンクロン』を墓地へ。――レベル4、終末の騎士にレベル1、ジェット・シンクロンをチューニング。シンクロ召喚、『ジェット・ウォリアー』!」

 

 ジェット・シンクロン☆1炎・チューナーATK/DEF500/0

 週末の騎士☆4闇ATK/DEF1400/1000

 ジェット・ウォリアー☆5炎2100/1200

 

 現れるのは、戦闘機のような姿をした機械戦士だ。同時、その効果が発動する。

 

「ジェット・ウォリアーの効果を発動! シンクロ召喚成功時、相手モンスター一体を手札に戻す! アルカナナイトジョーカーを手札に!」

「おっと、それは通せないな。手札の『ジェムナイト・オブシディア』を捨て、アルカナナイトジョーカーを自身の効果で守る! そしてオブシディアの効果により、クィーンズ・ナイトを蘇生!」

 

 自らを対象とする魔法・罠・モンスター効果が発動した時、それと同じ種類のカードを捨てることで効果を無効にする。

 破壊こそしないが、その効果は強力だ。

 

「さあ、どうする?」

 

 クィーンズ・ナイトが加わり、モンスターが増えたDD。

 だが、ここまでは想定内だ。アルカナナイトジョーカーの処理を後に回すというてもあったが、相手はあのDDである。後手に回ってしまえば、それだけで制圧されかねない。

 

(ならまずは、アルカナナイトジョーカーを倒す!)

 

 幸いというべきか、相手の属性は『光』。それなら打つ手がある。

 

「こうします。――手札より装備魔法『DDR』発動! 手札の『魔轟神獣ケルベラル』を捨て、除外されている『ジェット・シンクロン』を特殊召喚! ケルベラルは手札から捨てられたことにより蘇生され、更にジェット・ウォリアーのレベルを一つ下げ、レベル・スティーラーを蘇生!」

 

 魔轟神獣ケルベラル☆2光・チューナーATK/DEF1000/600

 レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0

 ジェット・シンクロン☆1炎ATK/DEF500/0

 ジェット・ウォリアー☆5→4炎ATK/DEF2100/1200

 

 場に並ぶ四体のモンスター。これで祇園の手札は0だ。かなり辛い状況だが、ここを通しきらなければ敗北は必定である。

 

「レベル4となったジェット・ウォリアーにレベル1、ジェット・シンクロンをチューニング! シンクロ召喚、『A・O・Jカタストル』! 更にケルベラルを墓地へ送り、ジェット・ウォリアーを守備表示で蘇生!」

 

 A・O・Jカタストル☆5闇ATK/DEF2200/1200

 

 これで壁も用意できた。後は、この攻撃を通すだけ。

 

「バトルです! カタストルでアルカナナイトジョーカーを攻撃! カタストルは戦闘を行う時、相手が闇属性以外のモンスターなら問答無用で破壊します!」

「ほう……」

 

 神殺しの兵器カタストル。その効果は強力無比であり、並大抵のモンスターであるなら抵抗さえ許さず蹂躙する。

 

「僕はターンエンドです」

 

 祇園の場にはカタストル、ジェット・ウォリアー、レベル・スティーラーの三体と伏せカードである『くず鉄のかかし』。手札こそ0だが、盤面の状況では上回った。

 

(理想は全部のモンスターが残ることだけど、それは多分望み薄。最悪カタストルだけでも残せれば、ドローカード次第でまだ戦える)

 

 かかしで守れる上、闇属性モンスターでしか倒せないとなればそう難しいことではないだろう。チューナーモンスターを引ければ、まだまだ盛り返せる。

 

「……成程、アルカナナイトジョーカーをこうも容易く」

 

 カードをドローしつつ、呟くようにDDは言う。決して『容易く』ではなかったのだが、わざわざ訂正する理由もない。

 

「これは謝罪の必要があるな。キミを見くびった。その非礼を詫びよう」

「…………」

「そしてだからこそ、ますますキミを倒さなければならなくなった」

 

 そう言うと、DDは一枚のカードをデュエルディスクに入れた。

 

「キングス・ナイトを召喚。効果により、デッキからジャックス・ナイトを特殊召喚する」

 

 ジェムナイト・セラフィ☆5地ATK/DEF2300/1400

 クィーンズ・ナイト☆4光ATK/DEF1500/1600

 キングス・ナイト☆4光ATK/DEF1600/1400

 ジャックス・ナイト☆5光ATK/DEF1900/1000

 

 再び先程と同じ場が展開される。だが、闇属性モンスターはいない。カタストルを突破する手段はなさそうに見えるが……。

 

「――そういえば、キミはどうして〝シンクロ〟という概念が生まれたかを知っているかい?」

「えっ?」

 

 いきなりの問いに、祇園は呆けた声を漏らす。だが、真剣なDDの視線を受けて静かに答えを返した。

 

「ペガサス会長が考えたのでは……?」

 

 少なくとも祇園はそう聞いている。プロジェクト自体は三年前より始まり、桐生美咲や烏丸澪といった者たちが参加していた。

 だが、DDは首を左右に振る。

 

「確かにその通りだ。ペガサス・J・クロフォード――かの〝天才〟がシンクロ召喚という概念を生み出した。だがそれは本来、起こり得ない未来だったんだ」

「…………?」

 

 言葉の意味がわからず眉をひそめる。DDはこちらのそんな様子を気にせず、言葉を続けた。

 

「未来を知る者たちがいた。彼らは〝シンクロ〟という概念が人の欲望を増長させ、いずれ世界を滅ぼすと知っていたんだ。故に、生まれる前に破壊することにした。しかし、生みの親たるペガサス・J・クロフォードを始末することはできない。それは本当に最後の手段だ。それをすれば確かに未来は変わる。だが、その先に待つ未来がどんなものかは想像さえできない。それほどまでにペガサス・J・クロフォードという〝天才〟はこの世界において重要なピースとなっていた」

 

 DDは語る。静かに、淡々と。

 

「そこで次善の策として『モーメント』の概念を消失させることを目指した。開発者である不動博士の殺害。これにより、シンクロの概念は間違いなく消滅する――はずだった。だが、そこに最大の誤算があった。誰も知らぬはずの計画。それを阻止した者がいる。

 ソレは突然現れ、たった一人で未来の道筋を確定させた。歴史はあるべき――しかし、望まれぬ姿へと変貌していく。三年、キミにとっては長い月日だと思うが……新たな概念が生まれるにはあまりにも短すぎる時間だ。現に、本来生み出されるべきであったもう一つの概念は十年以上の時をかけていたのだから」

 

 聞くべきではない、と本能でそう思った。

 これ以上は、聞くべきではないと。

 

「――桐生美咲。彼女は一体、何者だい?」

 

 ドクン、と。

 心の臓が、大きく――跳ねた。

 

「……その表情。やはり何も知らないのか。まあ、今更こんなところで何かがわかるとは思っていない。桐生美咲は敵だ。その事実があれば、それでいい」

 

 心が大きくざわめいた。今、DDは何と言った?

 

(美咲を、敵って)

 

 そうだ。確かに言った。彼女を、敵だと。

 彼の言葉の意味はわからない。桐生美咲という少女の存在が、どんな存在なのかも知らない。

 

〝――祇園〟

 

 ただ思い出すのは、彼女の笑顔。

 いつだって、彼女は傍にいてくれた。

 いつだって、味方でいてくれた。

 いつだって、隣で笑っていてくれた。

 そして何より――彼女は、自分を救ってくれた。

 

「……良い目になった」

 

 夢神祇園の根底は、いつだって変わらない。

 桐生美咲との〝約束〟こそがその源泉であり、原点。そして彼はどんなことがあろうと彼女の味方だ。

 

「あなたが何を言っているかはわかりません。けれど、美咲を敵だというのなら。僕もまた、あなたの敵です」

「そうか。それならそれで構わない。何も知らぬキミに、これ以上私も何かを聞こうと思わない。ただ、キミは今日、ここで敗北する」

 

 そう言うと、DDは一枚のカードを手に取った。

 エクストラデッキより取り出されたカードは、融合の紫でもなく、シンクロの白でもない。

 

「私はレベル4のクィーンズ・ナイトとキングス・ナイトの二体でオーバーレイネットワークを構築。エクシーズ召喚」

 

 エクシーズ、召喚。

 聞き慣れない、不吉の調べ。

 

 

「『H-Cエクスカリバー』」

 

 

 世界で知らぬ者無き聖剣の名を冠し。

 絶望が、顕現する。

 

「人はキミたちの〝約束〟を美しいと評する。だがそれは欺瞞だ。その約束は呪いそのもの。聖剣の名においてその鎖を断ち切り、その意志を白く染めてあげよう」

 

 目の前に展開された光景に、祇園は息を呑む。

 ただ、足だけは――後退しなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 僅かに、違和感を感じた。

 

「…………」

 

 眉をひそめる。精霊の力については敏感だ。別に磨き上げたわけではないしこれからもするつもりもないが、他者に比べて異常なまでの能力が原因だろう。

 

(会場のどこかで高位の精霊が力の行使でもしたか?)

 

 流石に〝日本三強〟が集まるというだけのことはあり、会場のあちこちに精霊の姿が伺える。小さな精霊たちが遠巻きに見ているのは、力に引き寄せられたからだろう。もっとも、ここにいる三人は異質過ぎて近付く気はないようだが。

 

(どうでもいいことだな)

 

 切り捨てる。精霊のことなど正直どうでもいい。昔、一度だけ精霊界に呼ばれたことがあったが……あれも結局大して自分には意味がなかった。感謝はされたが、それは恐怖の混じったモノだったのを覚えている。

 

「――――ふう」

 

 息を吐く。会場の空気が、それだけで変わった。

 ゆっくりと視線を対戦相手に向ける。感じる無数の視線。自分の一挙手一投足を見定めるそれらを纏い、常勝の王が戦闘に入る。

 

「先行は私だ」

 

 手札を確認する。一応相手が挑戦者なのだから専攻は向こうに譲ればいいものを、と少し思ったが気にしないことにした。

 手札を確認。ふむ、と小さく息を吐いた。この手札は――

 

「私は手札より『トレード・イン』を発動。手札の『暗黒界の龍神グラファ』を捨て、二枚ドロー。『無の煉獄』を発動。手札が三枚以上の時、一枚ドロー。エンドフェイズ、手札を全て捨てる。『魔界発現世行きデスガイド』を召喚。デッキから『暗黒界の狩人ブラウ』を特殊召喚し、手札に戻すことでグラファを蘇生」

 

 魔界発現世行きデスガイド☆3闇ATK/DEF1000/600

 暗黒界の狩人ブラウ☆3闇ATK/DEF1400/800

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800

 

 流れるように暗黒界最強の切り札が現れる。だが、澪の手はまだ止まらない。

 

「魔法カード『アドバンス・ドロー』。グラファを生贄に、二枚ドロー。……『暗黒界の取引』を発動。カードを互いに一枚ドローし、一枚捨てる。ブラウを捨て、ブラウの効果で一枚ドロー。『成金ゴブリン』を二枚発動。相手のLPを2000回復し、二枚ドロー。フィールド魔法、『暗黒界の門』発動。墓地のブラウを除外し、『暗黒界の術師スノウ』を捨てる。一枚ドローし、スノウの効果でグラファを手札に。『トレード・イン』発動。グラファを捨て、二枚ドロー。――魔法カード『手札抹殺』。互いに五枚捨て、五枚ドロー。私が捨てたのはブラウ一枚、ベージ二枚、スノウ一枚、グラファが一枚だ。五枚ドローし、それぞれの効果が発動する。ベージは蘇生され、スノウの効果で二枚目の暗黒界の門を手札に加える。そしてブラウの効果でドロー。ベージ二体を手札に戻し、グラファを蘇生」

 

 暗黒界の尖兵ベージ☆4闇ATK/DEF1600/1000→1900/1300

 暗黒界の尖兵ベージ☆4闇ATK/DEF1600/1000→1900/1300

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800

 

 二体の尖兵が龍神へと姿を変える。澪の手札は七枚。だがそれでもなお、終わらない。

 

「門の効果を発動。ブラウを除外し、スノウを捨てて一枚ドロー。スノウの効果により、暗黒界の取引を手札に加え、発動。一枚ドローし、ベージを捨てる。ベージの効果により蘇生され、手札に戻すことでグラファを蘇生。『無の煉獄』発動。ドローし、カードを四枚伏せてターンエンド。エンドフェイズ、手札が全て墓地へ送られる。墓地へ送られたベージ二体とブラウの効果を発動。ベージを一体蘇生し、ブラウの効果で一枚ドロー」

 

 暗黒界の尖兵ベージ☆4闇ATK/DEF1600/1000→1900/1300

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800

 魔界発現世行きデスガイド☆3闇ATK/DEF1000/600

 伏せカード4枚。

 手札一枚。

 

 澪の場に展開された圧倒的な光景に、会場は静まり返る。相手がカードをドローした瞬間、リバースカードオープン、と澪は宣言した。

 

「罠カード『魔のデッキ破壊ウイルス』。攻撃力2000以上の闇属性モンスターを生贄に捧げることで相手の場、手札の攻撃力1500以下のモンスターを全て破壊する。更に三ターンの間、ドローしたカードが攻撃力1500以下のモンスターだった場合、問答無用でそのモンスターを破壊する」

 

 海馬瀬人も用いたデッキ破壊ウイルスの一つだ。ぐっ、と相手が唇を引き結ぶと共に、その手札が公開される。

 

 ダリウス・マックスの手札→レッド・ガジェット、リミッター解除、カラクリ守衛参壱参、二重召喚、強制脱出装置、サモンチェーン

 

 ふむ、と澪は頷いた。手札から察するに、『カラクリガジェ』か。

 

「レッド・ガジェットとカラクリ守衛参壱参を破壊だ」

「くっ……!」

「そして更に罠カード『闇のデッキ破壊ウイルス』を発動。攻撃力2500以上の闇属性モンスターを破壊し、魔法・罠のいずれかを宣言。宣言した種類のカードを三ターンのドローカードを含めて破壊する。魔法を宣言。更にチェーンし、罠カード『マインドクラッシュ』発動。『強制脱出装置』を宣言。相手の手札にそのカードがあれば、墓地へ送る」

 

 こうして、全ての手札が墓地へと送られた。ダリウス・マックスが、呆然とした表情で膝をつく。

 

「戦意喪失。……これでデュエルは終わりだ」

 

 言いつつ、澪が公開した手札は『悪夢再び』。墓地の守備力0の闇属性モンスターを二体回収するカードだ。これでスノウを回収すれば、確かにゲームエンドである。

 

『しょっ、勝者は烏丸〝祿王〟澪選手です!』

 

 壇上から降りていく澪の背に、そんな実況の声が届く。

 拍手も、歓声も。

 彼女が消えるまで――消えてからも、聞こえては来なかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 アーサー王伝説。

 数多くの媒体で語られるその伝説を知らぬ者はいないだろう。彼が振るった聖剣エクスカリバーは多くの物語に登場し、人々の心を掴んできた。

 担い手に勝利をもたらす絶対の剣。その名を冠するモンスター。

 

「…………ッ」

「未知なる者への恐怖。自身の常識の外にある事象に対する思考の放棄。実に人間らしい反応だ。だからこそ理解に苦しむ。何故、ここにキミが立っているのかと」

 

 言い切ると、まあいい、とDDは言った。

 

「それをここで見極める。エクスカリバーの効果を発動。オーバーレイユニットを二つ使い、次の相手ターンエンドフェイズまで攻撃力を2倍にする!」

 

 H-Cエクスカリバー★4光ATK/DEF2000/2000→4000/2000 ORU2→0

 

 聖剣が輝きを増し、その攻撃力が上昇する。

 紡がれた攻撃力は――4000。

 

「攻撃力――4000……!?」

「まだだ。私はレベル5のジェムナイト・セラフィとジャックス・ナイトの二体でオーバーレイ。エクシーズ召喚。現れろ、『シャーク・フォートレス』」

 

 シャーク・フォートレス★5闇ATK/DEF2400/1800 ORU2

 

 現れたのは、鮫のフォルムをした巨大な潜水艦だった。DDが効果発動、と宣言する。

 

「オーバーレイユニットを一つ使い、モンスターを選択。そのモンスターは二度の攻撃が行えるようになる。私はエクスカリバーを選択」

「攻撃力4000の、二回攻撃……!」

 

 凶悪なコンボだ。だが、これならまだどうにかなる。エクスカリバーではカタストルを超えることができないのだから。

 

(エクシーズ召喚……知らない召喚方法だ。だけど、デュエルディスクが認識している以上インチキじゃない。それにテキストを見る限り、耐性があるわけでもないようだし……)

 

 状況を確認する。未知なるモンスターと状況。だが、これはデュエルだ。ならば何かしらの法則が存在し、その法則に則ってあのモンスターたちは姿を見せているはずである。

 

(オーバーレイ、っていうのが多分鍵だ。……考えろ。どこかに法則がある)

 

 幸いというべきか、このままならこのターンは凌ぎ切れる。必要なのは次のターンでどうするかだ。

 

「もう頭は冷静になったか。成程、それなりに修羅場は潜っているらしい。けれど、惜しいな。リバースカードオープン、魔法カード『蛮族の饗宴』。墓地・手札のレベル5戦士族モンスターを二体まで特殊召喚できる。ジャックス・ナイト二体を蘇生。――レベル5、ジャックス・ナイト二体でオーバーレイ。エクシーズ召喚――『終焉の守護者アドレウス』!」

 

 終焉の守護者アドレウス★5闇ATK/DEF2600/1700 ORU2

 

 現れたのは、漆黒の悪魔。仮面の奥の赤い瞳が怪しく光り、祇園を捉える。

 

「アドレウスの効果を発動。一ターンに一度、オーバーレイユニットを一つ取り除き、表側表示のカードを破壊する。破壊するのは無論、カタストルだ」

 

 轟音と共に、神殺しの兵器が吹き飛んだ。マズい、と思う。

 これでは、防ぐ術が――

 

「バトルだ。アドレウスでジェット・ウォリアーを、シャーク・フォートレスでレベル・スティーラーを破壊」

 

 二体のモンスターが吹き飛ぶ。これで、祇園の場には伏せカードが一枚だけ。

 

「さあ、トドメだ。――エクスカリバーでダイレクトアタック!」

「くず鉄のかかし! その攻撃を無効に!」

「無駄な足掻きだ。――呪いを断ち切り、白に染まれ」

 

 轟音と共に、エクスカリバーの聖剣が祇園へと振り下ろされる。

 

 祇園LP4000→0

 

 ソリッドヴィジョンのはずなのに、確かに。

 何かが、体を貫いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 試合は終わりを迎えた。澪はドレス姿のまま、楽屋で一人の人物に会っている。

 

「素晴らしいデュエルでシタ、澪ガール」

 

 ペガサス・J・クロフォード。I²社会長であり、ある意味で行ける伝説とも呼べる人物だ。

 

「ありがとうございます」

 

 一礼する。ペガサスは頷くと、小さな箱を取り出した。

 

「澪ガールにプレゼントデース」

「……これは?」

「イエス、世界に一組しか存在しない特注品のイヤリングデース」

「イヤリング?」

 

 箱を開ける。そこに納められていたのは、蒼い輝きを持つイヤリングだった。

 

「今回の報酬デース」

「……ありがたく受け取っておきます」

 

 少し違和感を感じたが、澪は気にせず蓋を閉めた。ペガサスは相変わらずの笑みを浮かべている。

 

「では澪ガール、私は次の現場へ向かいマース。……久し振りにアナタの全力を見まシタが……やはり、変わらないのデスね?」

「何を以て変わった、変わらなかったかを判断するのかは存じませんが。……今更、私が変わるはずもないでしょう」

 

 自嘲気味に笑う澪。ペガサスはノー、と首を左右に振った。

 

「澪ガール。人は変わろうと思ったその瞬間に変われるのデース。……アナタが幸いを見つけられるその日を祈っていマース」

 

 そしてペガサスは部屋を出た。それを見送り、澪は一人控室に残される。

 ――結局、何もわからないままだ。

 そんな風に自嘲する。相手はどう思っただろうか。いや、どうでもいいことだ。もう名前さえ思い出せない。

 気になるのは、少年のことだ。彼はこのデュエルを見て、何を思ったか。

 烏丸澪の本質を見て、何を――……

 

「烏丸様」

 

 不意にドアのノックと共にそう声をかけられた。どうぞ、と声をかけるが、相手は入ってこない。

 眉をひそめる。どこか不機嫌そうに立ち上がり、ドアへと歩き出そうとした澪の表情が、聞こえてきた言葉によって大きく変わった。

 

「――――――――少年が?」

 

 その言葉に込められた感情が、どういうものだったのか。

 彼女自身、理解していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇の中、哄笑が響き渡る。

 笑わずにはいられない。まさかこんな場所で、こんな形で見つかるとは。

 

「くくっ……よもや、こんな場所で見つかるとはな」

 

 探し求めたモノがようやく見つかった。言葉にすればそれだけのこと。だが、それだけでは決して済まない。

 笑う。ただ、笑う。

 

「さあ、面白くなってきた。――我直々に、赴くとしよう」

 

 悪意をその言の葉に漲らせ。

 闇が、笑う。

 









スーパードロー暗黒界の理不尽さは異常。



さてさて、ようやく物語が進み始めてきました。
正直冷静に考えるとマジでヤバい宗教組織こと白き結社が本格的に動き出します。
……犠牲者は誰になるのか。


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第七話 そして、少年と少女は

 

 

 

 

 

 気付けば、一人きりだった。

 手にはウエスト校に通う際の鞄があり、服装も制服だ。一見すればただの登校風景なのだが、周囲には誰も人がいない。

 

(……学校?)

 

 登校自体は普通のことのはずだ。なのに、何故だろう。違和感がある。

 何か、大切なことを忘れているような――……

 

「――――」

 

 何か、音が聞こえた気がした。

 澄んだ音。鈴の音に似たそれに、思わず振り返る。

 だが、誰もいない。

 

「…………」

 

 歩き出す。相変わらず人の姿はなく、静かな世界を歩いていく。

 明るい世界だ。太陽が輝き、綺麗な道がある。人の気配がほとんどないが、それが通学路という当たり前の場所をどこか神秘的にしているように思えた。

 そうしてしばらく歩いていると、人影が見えた。顔を上げる、それと同時に。

 

「遅かったな、祇園」

 

 紙パックを投げ渡された。慌ててそれを受け取り、相手を見る。

 

「十代、くん?」

 

 そこにいたのは、本校の制服を着た十代たちだった。翔や隼人、三沢に、眠そうな宗達の姿もある。

 

「キミが最後とは珍しいこともあるな」

 

 そう言って笑うのは三沢だ。十代が自身の紙パックにストローを突き刺しつつ、笑顔を浮かべて言葉を紡ぐ。

 

「そこの自販機で買ったら何でか二つ出てきてさ。やるよ祇園」

「相変わらず異常な幸運ッスね、アニキ」

「その通りなんだな」

 

 うんうんと頷く翔と隼人。その後ろでは欠伸をしつつ、宗達が手に持った缶ジュースを不服そうに見ている。

 

「宗達くんはどうしたの?」

「ホットの缶コーヒー買ったらホットのコーラが出たらしいぜ」

「…………」

 

 思わず同情の視線を向けてしまう。チッ、と宗達は舌打ちを零した。

 

「とりあえず行くぞ。遅刻する」

「宗達が言うと違和感が凄いな」

「ホントッスね」

「やかましい」

 

 言い合いながら、四人が歩き出す。祇園もその背を追い、輪に加わる。

 ――少しの違和感。それを、祇園は無意識のうちに切り捨てた。

 

 人の輪に加わることが苦手な少年がいた。

 一人きり過ごしてでばかりの少年がいた。

 彼はいつも、一人ぼっちだったのに。

 

 校門にまで辿り着く。そこは、アカデミア本校の門で。

 頭に、僅かな痛みが走った。

 

「どうした、祇園?」

 

 門を潜った十代が振り返り、訝しげな視線を向けてくる。祇園はその背を追おうとして、歩き出せないことに気付いた。

 四人はそんな祇園をどう思ったのか。先に行くとだけ告げ、校内へ入っていく。

 その姿は光の中へ入っていき――消えた。

 

「待っ――」

 

 心が、騒ぐ。

 前へ踏み出そうと足を出す。

 

「――駄目です」

 

 手を、掴まれた。

 白い光。どうしようもなく焦がれる、その光を目指した自分を。

 誰かが、引き留めた。

 

「行っては、いけません」

 

 振り返る。そこにいたのは、金髪の――

 

 

「――その選択、後悔するぞ」

 

 

 最後に聞こえた、その声が。

 酷く、耳に残った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 遊城十代に宣戦布告を行ったエド・フェニックス。

 彼は語る。十代はヒーローの苦悩を理解していないと。

 正義がために己を殺し続けるその在り方を知らないと。

 

「十代!」

「アニキ!」

「しっかりするドン!」

 

 三沢と翔、そして新しく舎弟となった剣山が倒れ込んだ十代へと駆け寄っていく。その光景を見守りながら、宗達は今のデュエルを考察していた。

 

「……強いな」

 

 流石に〝帝王〟を倒しただけのことはある。一見互角に見えた攻防だが、よくよく振り返ってみると終始十代は押されていた。

 

「ええ、ボウヤをこうも容易く手玉に取るなんて……」

 

 顎に手を当て、藤原雪乃が頷く。成程、天才と呼ばれるのは伊達ではない。

 十代も十二分に天才の部類だが、それをエドは上回った。

 

「……嫌になるな、本当によ」

 

 どいつもこいつも、どうして。

 どうして、こんなにも。

 

「あなたが如月宗達かい?」

 

 壇上より悠然と降りながら、エド・フェニックスが言う。その表情は余裕に満ちていて、どことなく鼻についた。

 

「エド・フェニックスに知ってもらえてるなんて光栄だな」

「謙遜しないでよ先輩。その名前はアメリカじゃ何度も聞いたよ?」

 

 悪名ばかりだけどね、とエドは笑う。はっ、と宗達も笑った。

 

「下手くそな挑発だな」

「そんなつもりはなかったんだけどね。気を悪くしたなら謝るよ」

「いいや、その必要はねぇよ。俺は心が広いからな」

 

 嘘吐け、と雪乃さえも含めて全員の心が一つになったが、宗達は全く気付いてない。

 

「ただまあ、そうだな。一つだけアドバイスだ」

「へぇ、ありがたく――」

「――つまんねぇデュエルだな」

 

 エドの動きと表情が、固まった。

 宗達は彼に背を向けると、本当につまらなさそうに言葉を紡ぐ。

 

「挑発ってのはこうするんだよ、後輩」

「ッ、待て!」

「待つ意味あんのか?」

 

 振り返ることも、立ち止まることもせずに宗達は立ち去っていく。それを見送り、雪乃もまた言葉を紡いだ。

 

「相変わらずね、宗達も」

「ッ、あなたは――」

 

 言いかけるエドに小さく笑みを残し、自身の口元に人差し指を当てると、雪乃も立ち去っていく。

 エドは一度俯くと、くそっ、と小さく言葉を漏らした。

 

 歯車が、一つずつ、ズレていく。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 告げられた事実に、烏丸澪は言葉を紡げなかった。

 

「……嘘……だろう……?」

 

 呆然と、そう呟いたのは美咲だ。眼前に座る初老の医師は首をゆっくりと左右に振る。

 

「嘘ではありません」

「何故、どうして」

「原因は不明です。ただ、事実として――」

 

 医師が手に持つカルテに書かれた人物の名。

 ――夢神祇園。

 あの日、一人で倒れているところを発見され、病院に運ばれた少年。

 

「――彼は、その両目で光を捉えることができていません」

 

 叩きつけられるようなその事実に。

 烏丸澪は、言葉を返せなかった。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 病室の扉を開けると、そこに彼はいた。

 

「……祇園」

 

 気を利かせ、護衛の者たちが病室から出ていく。こちらの呼ぶ声に気付いたのだろう、少年がこちらを向いた。

 

「その声……美咲?」

 

 一見するとおかしなところはない。病院着を纏い、どことなく元気がないように見えるが、いつもの彼とは変わらないように見えた。

 

「うん。ごめん、遅くなって」

「いいよ。美咲は忙しいんだから。来てくれただけで嬉しい。えっと……」

 

 おそらく座るように促そうとしたのだろう。だが、その手は見当違いの方へと向いていた。

 その光景にあらん限りに拳を握り締め、美咲は祇園の側へと歩み寄る。

 

「いいよ、祇園。……無理、せんで」

「……ごめん」

 

 ベッドに腰掛けると、祇園は苦笑した。本当に、こうして見ると何も変わらないように見える。

 

「…………」

 

 そして、しばらく互いに言葉を発することはなかった。

 静かな時間。雨が降り始め、雨粒が窓を叩く音が聞こえてくる。

 

 

「ごめん」

 

 

 静かな言葉だった。互いの視線が合い――しかし、交わらない。

 

「ウチ、祇園になんて言ったらええかわからんくて。それで、ずっと」

「……それは僕もだよ。僕のせいで美咲に迷惑をかけちゃって、ごめん」

「それは違う!」

「違わないよ。……僕が、間違えた」

 

 そう言うと、祇園は俯き、その両手を握り締めた。

 

「……ごめん、美咲……」

 

 その言葉は、絞り出すような――吐き出すような言葉。

 少女の瞳から、滴が一つ、零れ落ちる。

 

「……ごめん、美咲……。約束、果たせなく……なっちゃったよ……」

 

 それは、小さな約束だった。

 本当にささやかで、小さくて。

 しかし、心の底から叶えたいと願ったモノで。

 

「……どうして……どうして、こんな……」

 

 縋りつくように、少女は少年を抱き締める。

 

 何を、間違えたのだろうか。

 何が、狂ったのだろうか。

 わからない。わかるはずがない。

 

 その日、一人の少年の瞳から光が消えた。

 しかし、それはまだ序章に過ぎない。

 

 慟哭が響き渡る。

 それは、少年の慟哭か。

 或いは、少女の慟哭か。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 深夜。患者のほとんどが眠りにつき、見回りも終わった時間。

 闇の世界に、一つの靴音が響き渡る。

 まるで不吉な調べのように響くその音が、不意に止んだ。一つの個室。その扉を開けようとして――

 

「――面会時間はとっくに過ぎてるぜ」

 

 扉へ手をかけようとした瞬間、背後からそんな声が聞こえてきた。思わず振り返る。

 ありえない。そんな思いと共に。

 

「随分と行動が早いな。……まあ、当然か。テメェにとっちゃ十年以上前からの――いや、三千年前からの悲願だろうからな」

「……誰だ」

「覚えてないのか。俺はテメェのことを忘れたことなんざ、一度だってないってのに」

 

 暗闇の中、一人の青年が立っている。

 ――藤堂晴。

 日本では知らぬ者無き決闘者の登場に、相手は眉を跳ね上げた。

 

「成程、貴様には覚えがある。地を這う虫けらが、あれでは足りなかったか?」

「生憎と諦めは悪くてな。正直関わりたくなんざねぇが、家族が関わってんなら話は別だ」

 

 来いよ、とハルは言った。背を向け、歩き出す。

 

「あの日の続きを始めよう」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 鋭い雨が、体を叩く。病院の屋上。そこで対峙する二人の男。

 

「くっく、いい場所だ。貴様の死に場所に相応しい」

 

 相手が醜悪な笑みを零し、そのイヤリングから闇が溢れる。周囲を包むような闇は、雨さえも遮断した。

 

「藤堂詩音を、知っているか?」

 

 闇の中。通常ならば押し潰すような圧力を受けるその中心で、藤堂晴は言葉を紡ぐ。

 

「テメェらが未来を奪った俺の家族の名前だ。知らねぇならそれでいい。ここで黙って死んでいけ」

 

 闇が、その身を貫かんと殺到し。

 ――光が、それを切り裂いた。

 

「――貴様」

 

 初めて、男の表情が笑み以外で歪む。

 ハルの隣。そこに立つ、二体の武人。

 それはかつて、世界最悪の怨霊を封じた――

 

「『武神』……! 貴様、『防人』の……!」

「さあ、やろうぜ大怨霊。俺は今日、テメェの因果を断ち切る」

 

 雨は止まず、振り続ける。

 闇の決闘が、始まった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 あの日もこんな雨だったと、ハルはふと思い出した。

 もう、十年近く前の話だ。

 あの日、藤堂ハルは多くを失い。

 何も、手に入れることはできなかった。

 

「先行は俺だ、手札より『武神―ヤマト』を召喚!」

 

 武神―ヤマト☆4光ATK/DEF1800/200

 

 現れたのは、光を纏う戦士だ。武器は持っておらず、相手に握り拳を向けている。

 

『我らにとって十年とは刹那に過ぎぬ。しかし、貴様と相対するまでの十年は久遠のように長かった』

「くっく、あまり吠えるな。弱く見えるぞ」

「弱いかどうかは、テメェ自身で確かめやがれ。――永続魔法、『カイザーコロシアム』発動! このカードの効果により、テメェは俺の場のモンスターと同じ数までしか場にモンスターを出せない! 今はヤマトが一体のみ」

「成程、『喧嘩決闘』か」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべながらの相手の言葉に鼻を鳴らして応じると、ハルは更に手札を一枚、デュエルディスクに差し込んだ。

 

「俺は更にカードを一枚伏せ、ターンエンド。エンドフェイズ、ヤマトの効果により『武神器―サグサ』を手札に加え、そのまま墓地へ送る」

 

 これでヤマトの破壊を一度だけ避けることができる。カイザーコロシアムは強力な効果だが、モンスターを失えば効力を失ってしまうのだ。上手く扱う必要がある。

 

「少数のモンスター同士による直接戦闘に重きを置いたスタイル。実態はともかく、正面からの殴り合いにしか見えない戦法故に『喧嘩決闘』――くっく、大した欺瞞だ」

「自覚してる。けどこれが、俺の妥協点なんだよ」

 

 かつて、正面から戦うということを全力で否定していた。勝つことが全てであったし、体面など気にしている余裕がなかったからだ。姉である詩音からは毎度鉄拳と共に苦言を呈されていたし、仲間からも呆れられていたが……結果として、アレが最善だった。

 戦争だったのだ。手段など選んでいられなかったし、選ぶつもりもなかった。その結果、あんなことになってしまったけれど。

 

「いじらしいな、虫けら。だが確かに、あの時の貴様は素晴らしかった。悪辣で残酷。随分息苦しそうに見えるぞ?」

「ほざきな。テメェ如き、すぐにぶち殺してやるよ」

「楽しみにしておこう。ドロー。――手札より、モンスターをセット。カードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 静かな動きだ。カイザーコロシアムのせいで動けなかったのだろうか。

 いずれにせよ、攻めるべきは――ここだ。

 

「俺のターン、ドロー! 『武神―ミカヅチ』を召喚!」

『ヤマトのみならず我を呼ぶか。まあ、相手が相手である以上当然ともいえる』

 

 武神―ミカヅチ☆4光ATK/DEF1900/1500

 

 腕を組んだ状態のミカヅチが現れる。ほう、と相手が笑った。

 

「主を失い、虫けらに従うか。堕ちたものだな、武神」

『我らが担い手は『防人』のみ。だが先代は望んだ。今代の防人には背負わせたくないと。我らはそれを受け入れた』

『故にここで貴様を討つ。今代の防人は何も知らぬままでいい』

「くっく、それが浅はかというのだ。貴様ら如きに我は殺せぬ」

 

 嘲笑う男。そういえば、とハルは思い出したように言葉を紡いだ。

 

「テメェの名前はなんだ?」

「この男の名ならあるが、我に名などない。最早必要ない。この身に宿る衝動のみを糧とし、我はここにある。それだけでいい。それで十分だ」

「自分の名前すらも忘れたか、大怨霊」

 

 蔑むように言うハル。名前というのは大きな意味を持つ。それは存在の確定であり、存在の固定だ。特に精霊は肉体という殻を持たぬためその在り方の多くを精神に依存する。名前とは彼らにとって核であり、存在の基盤そのものなのだ。

 永き時の果てに名を失いながら、それでもなお消えることなき憎悪を抱える怨霊。成程確かに、こいつは最悪の存在だ。

 

「テメェの目的はなんだ」

「我が心臓を取り戻し、この世界を喰らう。かつてもそう言ったはずだ」

「……本物の大怨霊だなテメェは」

「くっく、大怨霊か。良い呼び名だそれは。ああ、実にいい――」

 

 両手を広げ、笑う大怨霊。左耳のイヤリングから闇が溢れた。

 

「好きにはさせねぇ。――バトルだ、ミカヅチでセットモンスターへ攻撃!」

「セットモンスターは『ゴブリンゾンビ』だ。効果により、デッキから『ゾンビ・マスター』を手札に加える」

 

 アンデットモンスターを手札に加える大怨霊。成程、とハルは内心で頷いた。

 

「ヤマトでダイレクトアタック!」

『消えよ、亡霊』

 

 その拳が大怨霊を討ち貫く。だが、その表情には変わらず笑みが浮かんだままだ。

 

 大怨霊LP4000→2200

 

 相手はあのカードを持っている。ならば、先手必勝が最適解だ。

 

「エンドフェイズ、ヤマトの効果を発動。デッキから『武神器―ヘツカ』を手札に加え、墓地へ捨てる。更にミカヅチの効果が発動し、デッキから『武神降臨』を手札に加える」

 

 勝負は次のターンだ。ただ潰すだけならこのターンでも可能だったが、それでは意味がない。

 藤堂晴。その力と意味を、きっちり理解させなければならない。

 

(何が来るかはわかってる。後は、あの時に比べてどうなっているか)

 

 強くなっているのか、それとも違うのか。

 ――見極める。

 

「我のターンだ、ドロー。手札より『ゾンビ・マスター』を召喚。更に効果を発動。手札の『馬頭鬼』を捨て、ゴブリンゾンビを蘇生」

 

 ゾンビ・マスター☆4闇ATK/DEF1800/0

 ゴブリンゾンビ☆4闇ATK/DEF1100/1050

 

 二体のアンデットが場に並ぶ。現代の主流であるシンクロを行うにはチューナーがおらず、ただ二体のモンスターを並べただけのように見えるが、実際は違う。

 ハルは知っている。ここから紡がれる力を。

 それは、かつて彼自身が持ち帰ったことのある力だ。

 

「我はゴブリンゾンビとゾンビ・マスターの二体でオーバーレイ。エクシーズ、召喚。現れろ――『ラバルバル・チェイン』」

 

 ラバルバル・チェイン★4炎ATK/DEF1800/1000 ORU2

 

 現れたのは、炎を纏うバケモノだ。

 一人の女性――平和を願い、しかし力を持ってしまったが故に憑りつかれ、悲しき結末を迎えたその魔術師が生み出した存在。

 

「ほう、眉一つ動かさぬか」

「見たことがあるからな。……どうした、来いよ」

「焦るな。チェインの効果を発動。オーバーレイユニットを一つ取り除き、デッキから『蒼血鬼』を墓地へ送る。――その決闘場が邪魔だな。速攻魔法『サイクロン』。破壊するのは当然、カイザー・コロシアムだ」

「……チッ」

 

 カイザー・コロシアムはリーグ戦などの大きな試合では発動するとフィールド魔法のように周囲にコロシアムの風景を展開する。その中心でモンスターが殴り合いをするので、見た目にも派手なカードだ。

 だが、その真骨頂は相手の展開阻害にこそある。こちらの場に一体のモンスターしか存在していない場合、相手もまたモンスターを一体しか場に出せない。『喧嘩決闘』とは強制的に一対一の状況を組み上げるスタイルから呼ばれるようになったものだ。

 

「墓地の『馬頭鬼』の効果を発動、このカードを除外し、墓地からアンデットを一体蘇生する! オーバーレイユニットとして墓地に送られたゾンビマスターを蘇生し、効果発動。二体目の蒼血鬼を捨て、蒼血鬼を蘇生。効果を発動。チェインのオーバーレイユニットを取り除き、墓地から蒼血鬼を蘇生」

 

 ゾンビ・マスター☆4闇ATK/DEF1800/0

 蒼血鬼☆4闇ATK/DEF1000/1700

 蒼血鬼☆4闇ATK/DEF1000/1700

 

 三体のモンスターが新たに並ぶ。蒼血鬼――存在しないはずのエクシーズモンスターに関する効果を持つ、存在しないはずのモンスター。

 

「ゾンビ・マスターと蒼血鬼でオーバーレイ、エクシーズ召喚! 『ジェムナイト・パール』!」

 

 ジェムナイト・パール★4地ATK/DEF2600/1900 ORU2

 

 現れたのは、真珠のような白い体を持つ戦士。その純粋にして静かな魂故に、彼は誇り高き戦士だった。

 

「……パールか」

 

 思わず呟く。懐かしいモンスターだ。その背中は今でも覚えている。

 

「蒼血鬼の効果を発動! パールのオーバーレイユニットを取り除き、蒼血鬼を蘇生! 蘇生した蒼血鬼の効果によりもう一つオーバーレイユニットを取り除き、ゾンビ・マスターを召喚! 蒼血鬼二体と、ゾンビ・マスターでオーバーレイ! エクシーズ召喚! さあ見せてやろう、『№16色の支配者ショック・ルーラー』!!」

 

 現れたのは、巨大な機械仕掛けの天使。先端部についた人形の顔が嫌悪感を煽り、天士族としての威圧感が大気を揺らす。

 

 №16色の支配者ショック・ルーラー★4光ATK/DEF2300/1600

 

 ナンバーズ。大怨霊が召喚したそのモンスターは、明らかに何かが違っていた。

 

(ナンバーズ……? 俺が知らないモンスターがいるのは当たり前だ。だが、16ってことは他の番号もあるってことだろう。なのに、耳にしたことさえないだと?)

 

 エクシーズは生まれる前にその存在が抹消された召喚法だ。関係者のほとんどが謎の変死を遂げるか行方不明となり、やむなく開発は打ち切られた。あのエド・フェニックスの父親もその関係者の一人だ。

 ハルも詳細を知っているわけではない。彼が行ったのはあくまで精霊界より持ち帰ったエクシーズの情報をペガサス・J・クロフォードに伝えたことだけであり、それ以降のことには関わっていない。

 故に知らぬこともあるのは当然だが、これは。

 

(……〝邪神〟ほどじゃないか。だが、似たような気配を感じる)

 

 底なしの闇。憎悪や悪意、敵意――そんなものでは表現できない、純然たる闇。

 

「くっく、ようやく表情が変わったな」

「…………」

「教えてやろう。ナンバーズ――百枚のカードで構成される、特別な力を持つカード群だ。この時のため、我らが紡ぎ上げた」

 

 両手を広げ、誇るように大怨霊は語る。

 

「今更貴様如きが武神を引き連れたところで、我らを止めることなど不可能だ。――ショック・ルーラーの効果を発動! オーバーレイユニットを一つ取り除き、魔法・罠・モンスターのいずれかを宣言する! その宣言後、次の相手ターンエンドフェイズまで宣言されたカードは発動できない! 宣言するのはモンスターだ!」

「なっ……!? チッ、手札の『エフェクト・ヴェーラー』の効果を発動! このカードを捨て、相手モンスターの効果を無効にする!」

「ほう、抗うか。ならばバトルといこう。――ジェムナイト・パールでヤマトを攻撃」

「墓地の『武神器―サグサ』の効果を発動! 墓地のこのカードを除外し、武神を一度だけ破壊から守ることができる!」

 

 ヤマトの前にウサギの姿をした武具が現れ、パールの一撃を防ぐ。だが――

 

「ダメージは受けてもらう」

 

 ハルLP4000→3200

 

 体を衝撃が突き抜ける。ぐっ、とハルは呻いた。

 

「このタイミングでハバキリを使わぬということは、手札にないということか。それは行幸。チェインでヤマトを攻撃!」

『無念……!』

「ッ、ヤマト!」

「次だ! ショック・ルーラーでミカヅチを攻撃!」

『ぐうっ……!!』

 

 ハルLP3200→2700

 

 ハルの場が空く。大怨霊はターンエンド、と宣言した。

 

「どうした? 随分とやり難そうだな?」

「……うるせぇ」

「ああ、そうだ。思い出したぞ。貴様のことをな。十年前――あの時の方が遙かに悪辣で、強かで、強かった」

 

 嘲笑う声。わかっている、そんなことは。だが、あのやり方は捨てた。捨てると誓った。

 性に合わないことはわかっている。それでも、自分は。

 

「決めたんだ。約束したんだ。俺はこのやり方で戦うってな。――魔法カード『武神降臨』発動! 相手の場にのみモンスターが存在する時、除外されている武神と墓地の武神を一体ずつ特殊召喚する! 俺はサグサとヤマトを特殊召喚!! そして二体のモンスターでオーバーレイ!! 降臨せよ、『武神帝―スサノヲ』!!」

 

 武神器―サグサ☆4光ATK/DEF1700/500

 武神―ヤマト☆4光ATK/DEF1800/200

 武神帝―スサノヲ★4光ATK/DEF2400/1600 ORU2

 

 現れたのは、全身を武装したヤマトだ。先程までとは違い、その身には圧倒的な神気を纏っている。

 

『これからが本番だ、亡霊。先代防人を――我らが友を奪った礼をさせてもらうぞ』

「吠えるな。弱く見えるぞ」

 

 大怨霊が笑う。ハルはそれを無視し、宣言した。

 

「――スサノヲの効果発動! オーバーレイユニットを一つ取り除き、デッキから武神を一体、手札に加えることができる! 『武神器―ハバキリ』を手札に加える!」

「その手は読んでいるぞ虫けら! カウンター罠『強烈なはたき落とし』! ハバキリを捨ててもらう!」

 

 手札にカードを加えた瞬間、それを叩き落とすカード。成程、手札誘発の多い武神には有効なカードだ。

 だが、温い。

 

「くっく、さあどうする?」

「――罠カード『剣現する武神』。墓地の武神を一枚、手札に加える。ハバキリを手札に」

 

 返答は、現実を以て。

 なんだと、と大怨霊が呻いた。

 

「貴様――」

「俺のスタイルを知ってんなら、予測して然るべきだったな。強烈なはたき落とし――俺も好きなカードだよ」

 

 バトル、とハルは宣言した。

 狙うは当然、ナンバーズと呼ばれるモンスター。

 

「ダメージステップ、ハバキリの効果を発動。スサノヲの攻撃力が倍になる」

 

 オネストと同系統の効果だ。手札誘発であるが故に防ぎ辛く、凶悪な効果を持つ。

 スサノヲの持つ剣に雷が宿る。そのまま、その刃がショック・ルーラーを貫いた。

 

 大怨霊LP2200→-300

 

 そのLPが削り切られる。

 大怨霊は呻き声を上げ、片膝をついた。

 

「…………」

 

 消えていくソリッドヴィジョン。スサノヲは消えていないが、ジェムナイト・パールはゆっくりと消えていく。

 スサノヲは敵モンスター全体に攻撃する力を持つ。得策ではないが、パールを攻撃するという選択肢もあった。だが無意識でそれを避けたのは、感傷だろうか。

 かつての戦いで、自分たちの命を救ってくれた彼を傷つけたくないと。そう、思ったからなのだろうか。

 

「……くくっ、よもや、これほどとはな……」

 

 イヤリングへと闇が還っていく。前に出ようとしたスサノヲを、ハルは手で制した。

 

「すぐにテメェのところへ行ってやるよ」

「くくっ、それも面白いが……」

 

 そして、その体がゆっくりと倒れ込んだ。水飛沫が舞い、男の目から光が消える。

 大怨霊の意識は消えたのだろう。だが、この体の主はきっと目を覚まさない。〝眠り病〟とはそういうものだ。

 

『どうするつもりだ?』

「このイヤリングを使って逆探知だな。ようやく見つけた手がかりだ。姉貴の方がこの手の術は得意なんだが――」

 

 光が、駆け抜けた。

 同時、スサノヲの武具が弾け飛ぶ。

 

「スサノヲ!?」

 

 いきなりのことに、男から弾かれるように距離を取るハル。そんな彼の耳に、聞き覚えのある声が届いた。

 

「流石、ですね」

 

 現れたのは、輝くような銀髪の女性。傘を差し、ゆっくりとこちらへと歩み寄ってくる。

 見覚えのある女性だ。ハルにとっては相手にしたくない人物の最上位に入る一人である。

 ――アニーシャ・パヴロヴァ。

 世界ランカーであり、先日の交流戦で皇〝弐武〟清心とやり合った人物だ。

 更にその背後。中空に浮かぶ精霊の姿に、ハルは舌打ちを零す。

 

「『竜姫神サフィラ』……テメェ、何で」

『私は我が主の意志のままにここに在る。それだけです』

「はい。その通りです。トウドー、責めるなら私を責めてください」

 

 笑みを浮かべて言うアニーシャ。その顔立ちが整っていることもあって非常に魅力的な笑顔なのだが、ハルの背筋にはただ悪寒が走る。

 

「……テメェがそこにいるってことは、そういうことだな?」

「はい。そういうことです」

『竜姫神……! 何故貴様が亡霊に加担する……!?』

 

 武装の一部を破壊され、ハルの側で膝をついているスサノヲが唸るように言う。対し、竜姫神は涼やかな声で応じた。

 

『我が主の、思いのままに』

 

 パキン、という音と共に男のイヤリングが割れる。おそらくサフィラがやったのだろう。

 アニーシャを睨み付けるハル。今すぐにでも彼女を殺しかねないその視線を受け、しかし、彼女は微笑んでいる。

 

「いきなり大将首というのは、風情がないではありませんか?」

「ゲームじゃねぇんだよこれは。人の命がかかってるんだ。わかってんのか」

「ええ、だからこそゲームです。人の命など、チップの形式に過ぎませんから」

 

 言い切ると、アニーシャはこちらに背を向けた。そのまま、そうです、と彼女は名案を思い付いたかのように両手を合わせる。

 

「ここで私と戦いますか? それはそれで面白くなりそうです」

 

 空気が、軋む。

 散歩に誘うかのような気軽な口調だが、纏う雰囲気は大きく違う。

 その中で、ハルはため息を零した。

 

「答えはわかってんだろ」

 

 言い捨てる。スサノヲが驚いた気配を感じたが、黙殺した。

 

「では、さようなら、ですね。あなたとの殺し合い、楽しみにしています」

 

 そして、サフィラと共にアニーシャは消えた。

 そう、文字通り消えたのだ。跡形もなく、まるで何事もなかったかのように。

 

「……チッ」

 

 舌打ちを零す。厄介なことになった。アレが向こうにいるというのも最悪だが、何より本人の意思で向こうにいるというのが更に最悪だ。アレはこういう状況において面倒な敵になる。

 

『何故見逃した』

 

 咎めるようにこちらを睨むスサノヲ。ハルは息を吐くと、無理だよ、と呟いた。

 

「やり合えば勝率は五分だ。リスクが高い」

『……お主が相手で、か』

「〝ロシアの妖精〟とか呼ばれてるが、あれはただの決闘狂だ。しかも強いから始末に負えない。正直、今は避けるべきだ」

 

 最悪、敗北によってハル自身が〝眠り病〟にかかる可能性がある。相手の情報が少ない以上、リスクは避けたほうが良い。

 

『お主がそう言うのであれば従おう。だが、それよりもだ。……本当に良かったのか?』

「何がだ?」

『我らを扱えるのは今代の防人を含めても片手に数えられる程しかおらぬ。だがお主の本来の戦い方は、我々の戦い方とは大きく違うはずだ』

 

 大怨霊にも指摘されたことを、スサノヲもまた口にする。だが、それはもういい。ずっと前に決めたことだ。

 藤堂晴は、欺瞞であろうとなんであろうと……こうして、戦うと。

 

「約束だからな。あの二人との」

 

 あの日。自分と姉を庇い、命を懸けて大怨霊の完全復活を阻止した先代防人。

 娘を残していく二人は、ハルに願ったのだ。

 

〝娘が憧れるような、プロデュエリストに〟

 

 そんな、願いを。

 

「だから俺はこれでいい。これで、戦い続ける」

 

 雨の中、ハルは呟く。

 スサノヲには、彼の体に無数の鎖が巻き付いているように見えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 一つの、誓いを立てた。

 それを彼が望んでいないことはわかっている。だが、それでも。

 

「――少年」

 

 己にできることは、こんなことぐらいしかなかったから。

 

「はい」

 

 部屋に入り、ベットの隣に座ってからずっと黙っていた自分を、彼はずっと待っていてくれた。それを嬉しく思う反面、辛くもある。

 彼がこうなったのは、自分のせいかもしれないというのに。

 

「キミの光を奪った者を、私は絶対に許さない」

 

 祇園に、あの時の記憶はない。監視カメラなども全て確認したが、彼に何があったのかを映したものはなかった。

 だが、何かがあったのだ。そうでなければ、こんなことにはなっていない。

 

「キミに、これを渡しておきたい」

 

 そう言って祇園の手を引き寄せると、小さな箱を握らせた。中に入っているのはペガサスより贈られたイヤリングだ。片方は澪の左耳につけられている。

 

「これは……?」

「お守り代わりだ。持っていてくれ」

 

 そう言うと、澪は祇園から手を放した。

 

 ――唇に、柔らかな感触。

 驚く少年に、すまない、と小さく告げて。

 

「何もできない私を、許さないでくれ」

 

 背中にかけられた声を無視し、澪は歩いていく。

 病室を出る。一度大きく息を吐くと、澪は静かに呟いた。

 

「今現れるということの意味、理解しているのだろうな?」

『――藤堂晴。彼の者が何かを知っているようです』

「ほう」

 

 中空に浮かぶ赤き仮面の光。そこから紡がれた言葉に、澪は頷く。

 

「ならば、行こうか。私にできることは戦うことだけだ。所詮、それだけしかできない。ならばこの力を以て――」

 

 歩き出す彼女の瞳は、あまりにも冷たく。

 

「――全てを、壊そう」

 

 深い闇を、称えていた。

 

 日常が壊れていく。

 世界が、歪んでいく。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 年下の姉。そんな奇妙な姉弟関係を続けた期間は、かなり長くなる。

 何もかもを失った自分。その自分を救い出してくれたのが、彼女だった。

 人間として何かが欠けていることは知っていた。それを埋めようともがき、しかし、何も手にできずにいる姿を見続けてきた。

 できたことは、ただ見守るだけだった。

 最後に残った家族だから。だから口惜しく、しかし、どうにもできず。

 ただ、日々が過ぎていった。

 その彼女が、一人の少年のことを楽しそうに何度も語っている姿を見た時は嬉しかった。きっとこれで、彼女は彼女が望んだモノになれるのだと。

 そう、彼女はずっと――

 

「………………お嬢、サン……?」

 

 絞り出すような言葉は、彼女へは届かなかった。

 周囲全てを威圧する絶対的な雰囲気。誰もその行く手を阻むことは許されない。

 彼女が真横を通り過ぎるまで。

 言葉一つ、懸けることはできなかった。

 

「……何が」

 

 あんな姿、覚えは一度しかない。己と同種の存在を探すと告げ、〝祿王〟のタイトルを得るためにありとあらゆる決闘者を蹂躙し続けた時以来、見た覚えのない姿だ。

 それが何故、このタイミングで。

 見舞いの花束を抱えたまま、ノックと共に目的の病室へと足を踏み入れる。

 彼女は先程までここにいたはずだ。彼と何かあったのだろうか。

 

「……夢神サン――……」

 

 しかし、更なる驚愕が彼を襲う。

 個室に備え付けられたベット。そこに、人の姿はなかった。

 

 光を失った少年。

 光を捨てた少女。

 世界がただ、歪んでいく。

 

 

 

 

 

 












はてさて、誰が味方で誰が敵なのか。
二人の主人公は、どうなるのか。


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第八話 捻じ曲げられた運命

 

 

 

 

 何も、ない。

 光を失うという事は、闇に閉ざされるという事ではない。そこで待っていたのは、純然たる〝無〟だけだった。

 

 

 闇の中を、歩み続けた。

 何も見えなくても、歩き続けた。

 

 

 あの日、何もかもを失って。

 泣き方を忘れてしまうくらいまで、ずっと。

 

 

 光があった。

 誰よりも眩しく、気高く、美しい――太陽のような光。

 

 

 それは救い。

 それは救済。

 

 

 けれど、それさえも。

 

 

 闇を越えた向こうには。

 光があると――信じていたのに。

 

 

 待っていたのは、終わりの見えない〝無〟――……

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 キーボードを叩く音があちこちから響いてくる。それもそのはずで、ここはアカデミア本校の教職員全員が集まる職員室だからだ。

 各々がコーヒーを片手に資料を作ったり生徒との問答を行ったりと忙しそうにしている中、一際目立つ少女の姿がある。山のように両脇に積まれた資料に埋もれるようにしてモニターを睨み付けるその姿はどこか鬼気迫るものがあり、誰も近付けない。

 だがそれでも人目を惹くその雰囲気は変わらないところは流石というべきか。……足元に未開封の栄養ドリンクが箱で置いてあり、小さなゴミ箱に大量の空き瓶が捨てられているのがその雰囲気をぶち壊している気もするが。

 

(しかしまあ、レッド寮廃止ときたか……。ナポレオン教頭も流石にやり手やな。この提案書もよーできとるし)

 

 資料を片手にふう、と少女――桐生美咲は息を吐いた。最近の職員会議で議題に挙がった件。まだ決定までは遠いが、彼女にとって無視できるものではない。

 ちなみに先日の週刊誌の件もあり、美咲は現在メディアへの露出を自粛している。本人的にはちょっとした休暇感覚なのだが、世間では人気アイドルである彼女が活動自粛した理由である出版社に抗議の電話が届いていたりするらしく結構騒がしくなっているらしい。

 無論、美咲自身への批判もあるにはあるのだが、その辺はKC社やI²社、所属する事務所や横浜スプラッシャーズなどが上手く世論操作をしているらしい。こういう事を聞くと、本当に敵に回すべきではないと再確認させられる。

 まあ、そういうわけで今の彼女は学校業務の方に力を割いているわけだが……こっちはこっちでかなり面倒なことになっている。

 

(廃止にする上でネックになるんが去年増築した女子寮の方や。あれを丸ごと無駄にすることになりかねへん。せやけど、それを部活棟及び統合したラー・イエローの生徒――特に進学では無く就職を考えてる生徒を中心に入寮させる、か)

 

 アカデミア本校はDMの専門学校である。だが無論、その学校生活の中でDMとは別方面へと進学・就職を考えるものが出てくるのは当然だ。ナポレオン教頭は要するにそういった生徒とあくまでDMの分野へと進もうとする生徒とで混ぜこぜになっている現状を変えようと主張しているのだ。

 

(更に、『レッド寮に入寮した生徒のモチベーション低下』ときたか……。これについては耳が痛いなぁ。どれだけ取り繕ったところで、オシリス・レッドは最下層の寮であることは間違いあらへん。更に、『レッド寮が存在することで安心しているイエロー寮の生徒の意識改善』、と。こっちはちょっと強引やけど、まあわからんわけでもあらへん)

 

 全員がそうとは言わないが、オシリス・レッドという『下』がいることで安心してしまっているラー・イエローの生徒がいることも事実だ。最近は改善されてきたとはいえ、元々最上級の寮であるオベリスク・ブルー寮への格上げは中々難しい。特に現在主席である三沢大地が昇格を断っている現状では尚更だ。

 彼や神楽坂といった向上心がある生徒ならともかく、現状でいいと考えている者はそうではない。そこでオシリス・レッドを無くしてしまえば上を見るようになる、というわけだ。

 

(論理は強引やけど、一理ある――なんて、ウチが考えとるだけで向こうの思う壺な気がするけど)

 

 美咲はKC社総取締役にしてアカデミアオーナーたる海馬瀬人の名で非常勤講師をしているが、アカデミア内における発言力は大きくない。というより、大きくならないように彼女自身が気を付けている。

 究極的な事を言えば彼女はデュエルのプロなのであり、教育のプロというわけではない。教育という分野においては他の教職員の方が遥かに技量は上だ。故に彼女はあくまで自身の授業の範囲と、海馬のメッセンジャーという立場を崩さないようにしている。

 

(ただ、佐藤先生が廃止派なんは意外やな。他の先生はどっちかというと前からレッド寮嫌いな人ばっかりやのに)

 

 元プロデュエリストでもある佐藤教諭は教育に熱心な先生で、レッド寮の生徒相手にも根気強く指導を行っていた人物だ。その人物が賛成派とは……。

 

(まあ、それ言うたらクロノス先生反対派やし。あの人も面白い人やなぁ)

 

 以前はやる気が無いオシリス・レッドの生徒を嫌っていたというのに。いや今でもあまり変わらないかもしれないが。

 

(とにかく、この件はウチが口出しせん方がええやろ。クロノス先生と緑さんなら任せた方がええし。……というより、ウチが口出しするとロクなことにならへん)

 

 美咲の発言にはどうしても背後の海馬瀬人がチラついてしまう。こういう場合は黙っておいた方がいい。

 それに、今の彼女にはもう一つ問題がある。

 

(……問題は、十代くんか)

 

 エド・フェニックスに敗北し、カードの絵柄が見えなくなってしまった少年――遊城十代。彼の状態もかなり深刻だ。しかも先程防人妖花から連絡があったのだが、彼がいきなり姿を消したらしい。

 まああの生命力とバイタリティなら放っておいても問題ないとは思うが、問題はレッド寮だ。彼がいないと活気が無い。

 

(その辺は気にかけておかなアカンな。後は――)

 

 確認していると、不意にPDAが鳴った。相手は――神崎アヤメ。

 

「んー?」

 

 思わず首を傾げる。珍しい。電話では無くメールで用件を伝えてくることが多い人だというのに。

 そもそも敵チーム同士という間柄であるため、美咲はともかくアヤメが密なやり取りを避けようとしていたはずだが……。

 

「はいっ☆ 皆のアイドル、桐生美咲で――」

『桐生プロですか? お忙しいところすみません』

 

 これまた珍しい。こんなにも焦っている所など初めて見る。

 

『落ち着いて聞いてください』

 

 そのまま彼女は、こちらの言葉を聞かずに。

 

『――夢神さんが、姿を消しました』

 

 その事実を、口にした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 職員棟。多くの生徒が出来るならば立ち寄りたくは無いという場所だ。それもそのはずで、一階は職員室と応接室、ニ階は様々な資料が納められた資料室、四階は校長室を始めとしたまず近寄りたくない場所ともなれば当然だろう。

 とはいえ、職員室や資料室には用があれば立ち寄ることも多いだろう。故に問題はその上の階――三階と四階だ。特に三階は生徒はおろか教職員すら立ち寄ろうとせず、現在そこへ立ち寄る人物が事実上たった一人しかいないということもあって不気味な静寂に包まれている。

 そんな、普段は人影さえない場所に荒々しい靴の音が響き渡っていた。

 

『――待ちなさい、〝戦乙女〟よ』

 

 迷いなく歩を進めるその人物――桐生美咲を押し止めたのは、中空に浮かぶ小さな天使だった。青い髪が特徴的なその天使は、憂いを帯びた表情で美咲へと言葉を紡ぐ。

 

『今はまだ時ではありません。あなたの存在は我々にとっての切り札。何のために十六年という月日を過ごしてきたと思っているのです?』

「まだ? なら、その時っていうのはいつや? またあんなことが起こってからが『時』なんか?」

 

 足を止め、天使を睨み付ける美咲。その鋭い眼光を受け止めながらも、天使はしかし、と言葉を続けた。

 

『まだ確証がありません。もし真実そうだったとして、下準備が足りません。相手の情報さえも完全には掴み切れていないのが現実です。ここでもし当たりを引いたとしても、あなたの存在が向こうに完全に知られてしまう事は避けたいのが実情です』

「何を今更。向こうもウチらと一緒や。99%、確証は得てる。せやけど残り1%の確信が得られないから動けへん。……本当は、もっと早くに動くべきやったんや。こんなことになる前に」

 

 敵の名はわかっていても、その構成が不明な現状。故に慎重に事を進めていたが、そのせいで本来出す必要の無かった犠牲を出してしまった。

 それはDMを見失った遊城十代という少年のことであり。

 光を奪われた、夢神祇園という少年のことでもある。

 

『それさえも不確定な状況です。本当に彼らに影響を及ぼしたのは〝破滅の光〟――この世界を滅ぼす存在であるのか。それとも、別の『何か』がいるのか。もし後者であった場合、あなたがその矢面に立つこととなります。我々はそれを避けたい』

「別の何か、か。そんな言い出したらキリがないようなことを言い出したところで何も進まへん。あんたらはエド・フェニックスは〝破滅の光〟の影響を受けてへんと言ったけど、ウチはそれさえ信用できひん。あまりにも都合とタイミングが良過ぎる」

 

 その言葉には天使も思わず口を噤んだ。エド・フェニックスについては彼の周囲を今も無数の精霊が探っているのだが、おかしな所は無いらしい。それどころか十代の件について聞いた際には本気でその原因究明をできる範囲で果たそうとしているくらいだ。

 その過程でマネージャーである斎王琢磨という彼のマネージャーに精霊たちが行きついているのだが、下級精霊の判断で関係ないと判断されていた。

 

「手遅れになったら本気でどうしようもあらへん。虎穴に入らずんば、虎児を得ず――待つのも耐えるのもここまでや。ウチは絶対に、あの悲劇を起こさせへん」

 

 拳を強く握り締め、美咲は再び歩き出す。制止する天使の声を無視し、彼女はその部屋の前へと立った。

 掲げられたプレートは『会議室』。だが現在、ここには一人の人間しか存在しない。

 ――倫理委員会。

 美咲自身と直接関わることはほとんどなかったが、彼女にとっても最も大切である人物が幾度となく関わり、その人生を狂わせられた相手だ。

 思うところは多々あった。だが彼自身が恨みを持っていないからこそ放置していたが――

 

「――ノックもなしにとなると、歓迎はできんが」

 

 聞こえてきたのは低い男の声だった。ご安心を、と叩き壊すような勢いで扉を開けた美咲は言葉を紡ぐ。

 

「歓迎される道理も無ければ、受けるつもりもありませんので」

「ふむ、成程。だが次からはアポイントを取ってからにしてもらいたい。私にも予定がある。桐生美咲――世間を騒がせる〝アイドルプロ〟とはいえ、特別扱いをするような間柄じゃあないはずだ」

「よく言いますね。どうせその予定も、弁護士に会うか裁判に出るかくらいしかないくせに」

 

 これ見よがしに息を吐きながら紡がれた美咲の言葉に相手は一瞬不愉快そうに表情を歪めたが、すぐに表情を戻し、ふむ、と顎に手を当てた。そのまま、確かに、と頷きを見せる。

 

「それについては言う通りだ。ここにもいつまでいるかもわからん身だ。〝マスター〟が身を退いた以上、私も潮時かもしれんな」

「よくもまあ、思っても無いことをベラベラと。そんなに潔い人ならこんな状況になんてなってへんし――何より、何より……ッ」

 

 ぐっ、と美咲は自身の口元を引き結ぶ。その体は震えていた。

 夢神祇園――彼が退学になった際、その原因の根本にいたのは倫理委員会だ。故に美咲は素直に彼らを受け入れることが決してできない。

 彼らを認めることは、夢神祇園の努力を否定することになるから。

 

「ふん、その態度……例の夢神祇園という子供のことか。全く、厄介な話だ。まさかたかが不良生徒一人――それも、オシリス・レッドの落第生を退学にしただけでこんなことになるとはな」

「たかが、やて……?」

 

 その言葉が、美咲の何かを貫いた。

 

「ふざけるんやない。――ふざけんな!!」

 

 感情が爆発する。脳裏に浮かぶのは、傷つき、ボロボロになりながら、それでも人前では決して涙を流さなかった彼の姿。

 

「あんたらのせいで! 祇園が! 祇園がどれだけッ! どれだけ……!」

 

 怒りで言葉が出てこない。

何度も泣いたはずだ。何度も這い蹲ったはずだ。絶望ばかりを目にしてきたはずだ。

それでも彼は、〝ルーキーズ杯〟を勝ち上がり、〝約束〟を叶えてくれた。

 そこに、一体どれだけの想いがあったのか。

 

「ふん、成程。牽制程度と考えての一手だったが。それなりに成果はあったか」

「ッ、やっぱりあの週間記事はあんたらの差し金か」

「我々以外にやるメリットはなかろう? やるのであれば徹底的に。それが私の信条だ。……正直な話、私個人としてはどこで手を引こうがさしたる問題ではない。ただ、私の下には部下がいるのでな。彼らの納得いく結末を用意するのが、倫理委員会議長としての最後の責務だ」

「協会と癒着しといてよーそんなこと言えますね」

 

 はっ、と吐き捨てるように言う美咲。対し、相手も笑みを浮かべず言葉を紡ぐ。

 

「何のことかはわからないが……噂という意味では、キミのチームについてもそっくりそのまま言葉を返そう」

 

 室内の空気が固まる。睨み合う二人。共に相手を完全に敵として睨み付けており、張りつめた雰囲気が漂う。

 どれぐらいそうしていたのか。その沈黙を打ち破ったのは議長の方だった。

 

「さて、こんなくだらない話をするために来たわけではないだろう?」

「わざわざ言わなわからへんか?」

 

 吐き捨てるような言葉に、相手は一瞬考え込むような仕草を見せる。そして、ゆっくりと立ち上がった。

 

「現実的なところで、個人的な報復といったところか。例の記事のせいで色々あったと聞いている。特にあの子供は不幸なことになっているとも、な」

「…………」

「全く、結局誰も得しない話だ。まあ、それもあの子供背景を聞いた今なら納得できるが」

 

 不意に議長がそんなことを言い出した。美咲が眉を跳ね上げると、まあいい、と議長は机からデュエルディスクを取り出した。

 

「もし貴様が来るようなことがあれば、とあの男から案を聞いている。貴様も最終的にはそのつもりで来たのだろう? ならば話は早い方がいい」

「……ウチとしては、聞きたいことが聞き出せればええだけや」

「ほう。何が聞きたい?」

「――祇園を、どこにやった」

 

 底冷えのする声だった。聴く者を思わず身震いさせるような冷えた声。

 だがそれを平然と受け止め、議長は笑う。

 

「くっく、まさかそんなことを聞かれるとは。成程、貴様のお陰で確信が持てたよ。――そうなれば、私も全力で戦うべきか」

 

 パチン、という乾いた音を立て、男が指を鳴らす。瞬間、世界が闇に閉ざされた。

 

『――〝戦乙女〟よ。どうやら『当たり』のようです』

「ああ、そうみたいやな」

 

 議長の背後に浮かぶ、闇を纏う悪魔の姿。

 探し続けた標的が、こんなところに。

 

「せやけど、最悪の展開や。いるかもしれないもう一つの『何か』――それがまさか、よりによって」

 

 記憶の奥底に眠る僅かな恐怖と、その他の全てを塗り潰すような憤怒が湧き上がる。

 そうだ、ここにいる自分は、このために。

 

「探し続けたで。〝悲劇〟――〝トラゴエディア〟!!」

 

 何かに誓いを立てるかのように。

 桐生美咲は、そう叫んだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 自身のことを〝悲劇〟と呼んだ少女の言を受け、男は興味深そうに笑った。ただその瞳は漆黒に染まっており、尋常ではない状態であることは明白である。

 

「ほう、知っているのか。貴様と直接戦った記憶は無いが……。響紅葉か? 戦いの記憶は奪ったはずだが」

「……ウチの正体なんてどうでもええ。今からあんたを倒す。それだけや」

「成程、確かにその通りだ」

 

 醜悪な笑みを浮かべ、〝悲劇〟が笑う。

 

「貴様を倒した後で聞きたいことはじっくり聞くとしよう」

「はっ、できるとでも?」

「無論だ」

 

 そして、二人が戦いを始める。

 闇の中の――戦いを。

 

「「決闘!!」」

 

 宣言。先行は――相手だ。

 

「青い小型の天使――くっく、成程、覚えがある。それほどまでに我が恐ろしいか?」

『自惚れるな怨霊。貴様の存在は世界に罅を入れかねない。故に我らが――〝戦乙女〟が貴様を滅する』

「やってみるがいい。よもや十年前、『防人』でさえ我を滅するに至らなかったことを忘れたわけではなかろう?」

 

 貴様らの刃は届かない――その宣言と共に、男がデュエルディスクに叩きつけるようにカードを出した。

 

「手札より、『サイバー・ドラゴン・コア』を召喚! 効果発動、召喚時『サイバー』と名のつく魔法・罠カードを一枚手札に加える! 『サイバー・リペア・プラント』を手札に加え、フィールド魔法『煉獄の氾爛』を発動! 更にカードを一枚伏せてターンエンドだ!」

 

 サイバー・ドラゴン・コア☆2光ATK/DEF400/1500

 

 現れる小型のサイバー・ドラゴン。宿主の影響だろう、おそらくあのデッキはサイバー流。

 デュエル・アカデミア本校倫理委員会議長、中村源蔵。

 プロデュエリストとしても黎明期に活躍していたが、兄弟子とも言える〝マスター〟鮫島にはその実力で及ばず、また彼のような華が無かった。それを本人も自覚していたのだろう。引退後は後進の育成に力を注ぎ、幾人ものプロデュエリストを世に送り出した。

 その実績を評価され、アカデミア本校の教員指導役として赴任。そして倫理委員会の議長へとその肩書を変えた。

 これが桐生美咲が知る目の前の男の情報である。一見すればただ優秀な男の遍歴といったところだが、ここに〝悲劇〟が絡むならば前提条件が大きく変わってくる。

 

「ウチのターン、ドロー。……なあ、一つだけ聞いてもええ?」

「ほう? 言ってみるがいい」

『〝戦乙女〟……?』

 

 自分の中で、倫理員会は敵ではあるがそれだけだった。夢神祇園という、自身にとって最も大切な者の道を奪ったという意味での敵。

 だが――

 

「いつから、その体の中にいたんや?」

 

 ――もしも、ずっと昔からそうだったなら。

 その因果は、もっと根深いものとなる。

 

「その質問に答える意味が無い」

 

 笑みを浮かべたまま言い切る〝悲劇〟。ふん、と美咲は鼻を鳴らした。

 

「ならそれでもええ。どちらにせよ、理由が増えた。ウチがあんたをぶちのめす、大きな理由が! 手札より『ヘカテリス』を捨て、デッキから『神の居城―ヴァルハラ』を手札に加え、発動! この効果により、ウチは一ターンに一度自分の場にモンスターがいなければ手札から天使を一体特殊召喚できる! 『堕天使アスモディウス』を特殊召喚し、効果を発動! デッキから『The splendid VENUS』を墓地へ送り、更に『トレードイン』を発動! 手札の『堕天使スペルピア』を捨て、二枚ドロー!――魔法カード『死者蘇生』!! スペルピアを蘇生し、その効果によりVENUSを蘇生!!」

 

 堕天使アスモディウス☆8闇ATK/DEF3000/2500

 堕天使スペルピア☆8闇ATK/DEF2900/2400

 The splendid VENUS☆8光ATK/DEF2800/2400

 

 並び立つ三体の大型天使。背後から青い天使が美咲へと声をかけた。

 

『〝戦乙女〟よ、慎重に――』

「――悪いけど、口出しはせんといて。そういう契約のはずや」

 

 振り返ることも無く言葉を封殺し、美咲は眼前を見る。そのまま、バトル、と静かに告げた。

 

「VENUSの効果により、コアの攻撃力は0となる! いくんやアスモディウス!」

「弱小モンスター如き、破壊されたところで何も問題は無いが……」

 

 〝悲劇〟LP4000→1000

 

 コアが破壊され、一気に3000ものLPが削られる。瞬間、〝悲劇〟の肉体が消えた。

 全てが消えたわけではない。だが、大部分が消えてしまっている。闇のゲーム――それも、3000年もの間その意識を保ち続けた大怨霊によって形作られるここは正しく闇の領域。

 

「悪いけど、容赦はせんよ。VENUSでダイレクトアタック!」

「手札より『SRメンコート』の効果を発動。相手の直接攻撃時、このモンスターを特殊召喚することで相手フィールド上のモンスターを全て守備表示にする」

 

 SRメンコート☆4風ATK/DEF100/2000

 

 現れたメンコの形をしたモンスター。そのモンスターの出現により、美咲の場のモンスターが全て守備表示となる。

 

「ッ、ウチはターンエンドや!」

「ドロー。そしてスタンバイフェイズ、煉獄の氾欄の効果により『インフェルノイドトークン』が出現する」

 

 インフェルノイドトークン☆1炎ATK/DEF0/0

 

 小さなランタンのようなトークンが出現する。〝悲劇〟は拳を握りめる美咲を見て尚も笑った。

 

「幾度繰り返そうと、人という愚かな命は何も変わらん。怒り、悲しみ、絶望――そんなもので簡単に自らその一手を誤る」

「…………」

「あの時もそうだった。世界の為、人の為と言いながら、〝防人〟は一時の感情で我を滅するに至らなかった。愚かな話だ。世界の為というならば、戦場に迷い込んだ命の一つや二つ、見捨てればよかったモノを」

 

 高々と笑う〝悲劇〟。美咲はそんな男を睨み付け、吐き捨てるように言った。

 

「その愚か者に惨めにも敗走したのは誰や」

「我だ。故にこうしてここにいる。そして貴様の敵として立っている。これを喜劇といわず何という? 凡百の作家でももう少しまともな結末を描くだろう」

「…………」

「まあ、その喜劇には我も巻き込まれていたわけだが。くっく、これもまたくだらぬ喜劇よ。灯台もと暗し――故にこそこの場所にいたというのに、我自身が気づかなかったとはな」

 

 愚かなのは我もだ、と〝悲劇〟は笑う。美咲は眉をひそめ、思わず問いかけた。

 

「……そもそも、あんたの目的は何や。自分を封印した者たちへの復讐かなんかか?」

「復讐。実に矮小な虫けららしい理由だ。確かにそれも面白そうではあるが、我を封印した神官共は最早その残滓さえもこの世界には残っていない。〝防人〟についても娘を殺すことは面白そうではあるが……それもまた、戯れに過ぎんな。わざわざ労力をかけることでもない」

「話が見えへんな。それなら何故ここにいるんや。3000年もの間、何を理由にこの世界に留まり続けた?」

「――退屈しのぎ」

 

 世界最大とも評される大怨霊は、笑みと共にそう告げた。

 

「思わず口を吐いて出たが。成程、そうか。それが理由だったか」

 

 得心がいったように頷く〝悲劇〟。ふざけるな、と美咲は声を絞り出した。

 

「そんなことのために、世界を滅ぼしたんか!?」

「ふむ。何のことか合点がいかないが……世界、か。成程、それも面白い。そういう意味ではやはり我の選択は間違っていなかった。くっく、だが、世界を滅ぼすではなく、世界を滅ぼした、か。ようやく貴様の正体が見えてきた。成程確かに、あの忌々しい主神ならばそのぐらいの芸当容易かろう」

 

 得心を得たかのように笑う〝悲劇〟。そのまま彼は諸手を広げて宣言した。

 

「ならば貴様の見た光景通り、我は世界を滅ぼそう。いい退屈しのぎだ。楽しませてくれるか、虫けら?」

 

 そのまま〝悲劇〟は迷いなく手札のカードをデュエルディスクに差し込む。

 

「手札より『ジェネクス・コントローラー』を召喚! そしてレベル4、SRメンコートとレベル1、インフェルノイドトークンにレベル3、ジェネクス・コントローラーをチューニング! シンクロ召喚、降臨せよ『魔王龍ベエルゼ』!!」

 

 ジェネクス・コントローラー☆3闇・チューナーATK/DEF1300/800

 魔王龍ベエルゼ☆8闇ATK/DEF3000/3000→2500/3000

 

 現れたのは、魔王の名を持つ闇の龍。

〝蝿の王〟の名を冠するその龍が、静かにこちらを見下ろした。

 

「魔王龍、ベエルゼ……?」

「我が闇の顕現だ。さあベエルゼよ、VENUSを攻撃せよ」

「くっ――」

 

 攻撃力を下げるVENUSの効果も、守備表示となっている現状ではその力を完全には発揮できない。

 

「しかし、あの後散らばったプラネット・シリーズの一枚を貴様が有しているとはな。つくづく、あの主神は貴様を我とぶつけたかったらしい」

「……当たり前や。ウチはそのためにここにいるんやからな」

「くく、そのためにあの小僧に近付いたか。成程、ようやく合点がいった」

 

 その言葉に美咲は眉をひそめた。小僧――その言い方からするに、おそらく祇園のことだ。だが、倫理委員会と祇園に繋がりがあっても、〝悲劇〟と祇園には繋がりなど無いはずだが。

 

「ほう……当代〝防人〟の時もそうだったが。本当に知らぬのだな。くっく、業の深いことだ。己の存在の意味、人生、理由。その全てが精霊共の玩具となっているというのに、当人にその意識は欠片もないとは」

「……どういう意味や?」

「知りたいか? この真実はそこの天使が語ることを否としたこと。そうであると知った上で?」

 

 振り返る。青髪の天使は瞑目し、沈黙を貫いた。

 

「くくっ、沈黙とは。教えてやろう。先代〝防人〟との戦いにおいて、我は精神と心臓を分かつこととなった。そして心臓はとある精霊が取り込み、また、自壊の術式を己に刻むことで我が心臓ごと消滅しようとした。

 だがその精霊は消滅せず、十数年の時を経てその姿を現した」

 

 聞いてはならない気がした。

 それを聞いてしまえば、自分の中の大切なモノが――……

 

「その精霊の名は、『ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―』。主の名は――夢神祇園」

 

 祇園が大切にしていた、古びたカード。

 何があっても彼がデッキから抜くことの無かった、それが。

 

〝初めて拾ったカードなんだ。……何でだろうね。同じだ、って思って〟

 

 道端に、誰にも見向きもされずに落ちていたのだと彼は言っていた。

 

〝誰にも見向きもされず、踏み付けられるだけのカード……見つけたら、放っておけなかった〟

 

 故にこそ、彼はドラゴン族を選んだ。

 力への憧れを抱くと同時、そのカードの力を生かすにはその選択しかなかったが故に。

 

「……ちょっ、と、待って。ちょっと待ってや。ウチはあの日、偶然、祇園と」

「神の加護を受け、神の使いとして貴様が降り立った場所にあった我が心臓を持つ精霊のカード。そしてその所持者。これが偶然だと?」

 

 にやにやと、いやらしい笑みを浮かべる〝悲劇〟。

 思考が追いつかない。使命の為に生きてきた。復讐のために生きてきた。

 多くの秘密を背負い、そうして生きてきて。

 ――けれど。

 あの出会いだけは、それだけは、桐生美咲の――

 

『……保険のようなものです。本来ならば、かの精霊はあの術式を己に組み込んだ時点で何者にも認識されず、朽ち果てるだけのモノとなっていた。実際、かの精霊が姿を見せたことは一度たりともなかった。そう、ただの一度も無かったのです』

「神々にすら認識されないとなると、最早それは奇跡の類だ。とはいえ、我から隠れようとするならばそれぐらいのことはしなければならなかっただろうが」

 

 あの日、出会った少女と少年。

 けれど、その出会いは。

 いや、出会ったことが。

 

「あの凡愚の極みである小僧が所持していたという事もまた思惑通りなのだろう。関わることなど無く、我は見つけることも終ぞ出来なかったはずだ。だが、運命はそれを許さなかった」

 

 貴様のお陰だ、と〝悲劇〟は笑った。

 

「貴様が小僧と出会い、導き、表舞台へ引き上げたが故に――我らは見つけることができた」

 

 あの日交わした小さな約束。

 それが、始まりで。

 

「さあ、問答はここまでだ。賽は投げられた。守りたいなら守るがいい、神の使い――〝戦乙女〟よ。貴様を喰らい、我が心臓を取り戻し、貴様が視た未来を実現しよう」

 

 高々と笑う〝悲劇〟を前に。

 美咲は、己の足元が崩れていくような感覚を覚えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 闇が晴れ、会議室に一人の男が姿を現す。

 その左腕からは血が滴っており、男はそれを一瞥して息を吐いた。

 

「ふん。流石に〝戦乙女〟を名乗るだけはあるか。痛み分けということにしておいてやろう」

 

 呟くと、男は周囲を見回す。ほとんどの荷物は既に運び出している。ノートPCぐらいか。

 

「追手がかからないうちに撤収するとしよう。いずれにせよ、この場所に最早用は無い」

 

 目的は既に達成した。〝三幻魔〟の力、アカデミアの影響力、背後にあるKC社の情報。

 こうなることは予定の上だ。それが少し早くなっただけ。

 

「――いい退屈しのぎだ。あの小僧を探すのもまた一興」

 

 あの態度からするに、〝戦乙女〟は行方を知らないようだった。あの天使は知っているかもしれない――いや、おそらく知っているのだろうが、敢えて伝えていなかったのだろう。

 そうなれば、候補も自ずと絞られてくる。

 

「さあ、あの時のやり直しだ。精々楽しむとしよう」

 

〝白き結社〟――そして、〝破滅の光〟。

 精霊たちと、それらを従える決闘者たち。

 かつて自分を封印しようとした、〝防人〟を始めとする人間たち。

 

 その全てが、愛しい愛しい怨敵だ。

 

 笑い声が響き渡る。

 それを知る者は、ここにはいない。

 








捻じ曲げられたのは、誰の物語だったのか。
大切な思い出が、大切な誰かを傷つけるものであったなら。
一体、どんな選択をするのが正解だったのだろうか。










ずいぶん遅くなってしまいましたmasamuneです。すみません。
愛用のPCが壊れ、修理に11万円かかると言われと色々あって投稿できませんでした。

物語自体はどうにかこうにか続けていくつもりなので、お付き合いいただけると幸いです。







名前だけで出続けてきた倫理委員会。その議長。
サイバー流という流派にも根深く関わる彼。
……さてさて、サイバー流が歪んだのはいつだったのでしょうか。


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第九話 沈まぬ太陽、陰らぬ月

 

 

 

 

 

 それは、とある家族の日常だった。

 何の変哲もない家族の、小さな旅行。

 

 

 僕は、この光景を。

 一生、忘れないだろう。

 

 

 聞こえたのは、耳を切り裂くような高音。

 そして、目を覆う光。

 

 

 抱き締められたという認識が。

 あの日の、最後の記憶。

 

 

 

 耳を塞ぎ、目を閉じる。

 やめてくれと、己にさえも聞こえぬ声で呟いた。

 

 

 多くを望んだ覚えは無い。

 ただ、あの日々が続けばいいと――続いていくものだと、信じていた。

 信じていたのに。

 あの日、全てが失われた。

 

 黄昏の日々が始まり。

 暗い道を歩み続けて。

 そして、その果てに――

 

 

 

「……マスター……」

 

 

 

 涙を孕んだ声の主の姿さえ。

 今は、見ることができない。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 地下駐車場に靴の音が響き渡る。音の主は一人の女性――神崎アヤメだ。名門プロチーム『東京アロウズ』に所属し、若くして副将のレギュラーとして名を連ねる女傑だ。

 主な獲得タイトルは一昨年の〝新人王〟や、昨年度国民決闘大会U‐25三位入賞などがある。

 所謂『若手』にあたるのだが、その実力は確かな人物である。

 

(とりあえず、帰ったら明後日からのオーストリア大会へ出場する準備をしないと……)

 

 自身の車のカギを開けつつ、この後の予定を確認する。リーグ戦のシーズン中であってもレギュラークラスのプロデュエリストは外の大会へ数多く参加している場合が多い。主にランキングのためであったりスポンサー獲得のためといった理由があるのだが、アヤメの場合は少々理由が特殊だ。

 

(ちゃんと勝って、私のデュエルを証明しなければ)

 

 憧れだけで入学したアカデミア。そこで己の限界を思い知らされ、挫折しかけた時。

 当時から技術指導最高責任者として指導をしてくれていたクロノス・デ・メディチ教諭と、新任教師としてアカデミアへ赴任してきたばかりの響緑。そして出会った、城井という友。

 共に目指そうと誓ったプロの世界に彼女は来なかった。ならば、神崎アヤメがすべきことは決まっている。

 あの騒がしくも楽しく、辛く、苦しく、かけがえの無い日々で手にした自分のデュエルを。

 この力が嘘ではないことを、ニセモノではないことを証明するために。

 

(最近は特にきな臭い噂も多いですし、色々と気を付けないと)

 

 プロの世界は試合ごとに多くの金が動く。そのため、それに絡んだ数々の問題が発生するのも世の常だ。

 アヤメなどは今でこそ無縁でいられるが、プロの世界へ入った頃はそういう話も何度か聞いた。幸いと言うべきか、所属したチームが東京アロウズという名門であった事。当時から選手会長として活動し、現在もアロウズの先鋒として活躍する天城京一郎と出会えたこともあって無縁でいられた。

 カードプロフェッサーというギルドが存在し、実際に所属メンバーが世界ランキングに名を残していたり各地で数多の大会が行われている中で雇われた彼らが参加しているという現状において、そういうことが発生するのは必然だ。だがそれでも、アヤメは思う。

 黎明期に活躍した伝説のデュエリスト達。彼らに憧れ、DMを手に取った。なればこそ、自分もまたそうありたい。

 このデュエルを見て、DMを志してくれるような。そんな、デュエリストに。

 

「今帰りか?」

 

 車のロックを開けると、そんな声が聞こえてきた。見ると、そこにいたのは藤堂晴――東京アロウズの主将であり大将、アヤメの後に控える人物である。

 

「お疲れ様です、藤堂プロ。天城プロの方へは行かれなかったのですか?」

「相変わらず他人行儀だな……。京さんの方も行きたかったんだが、野暮用が出来てな。俺も今帰りだ」

 

 言いつつ晴が親指で示したのは一台の中型バイクだ。手入れはされているようだが、相変わらず日本のトッププロが乗るには少々小さく感じる代物である。

 まあ、アヤメはバイクについて詳しくないのでもしかしたら相応の品なのかもしれないが。

 

「珍しいですね。いつも天城プロと計画されているのに」

「まあ酒は好きだからな」

 

 肩を竦める晴。天城と彼の年齢差は十以上あるのだが、その関係性は年の離れた兄弟といった感じだ。この二人を中心として、東京アロウズは常勝チームとなっている。

 

「まあ、飲み会自体は守る意味もあるからな。特に高卒上がりの奴らを」

「……やはり、あるのですか?」

「俺がプロ入りした頃ほど露骨じゃないけどな。プロ資格の取得には筆記試験があるとはいえ、あれは一般教養の試験だ。常識まで測るもんじゃねぇし、特に高卒連中は若過ぎるせいで所謂先輩からの言葉には逆らえねぇ」

 

 溜息と共にそう言葉を紡ぐ晴。この手の問題は本当に厄介だ。背後にいるのが反社会勢力であることもあるが、何よりDM協会そのものが背後にいると目されていることが最大の問題である。

 元々DMはかの天才ゲームデザイナーにして現I²社会長ペガサス・J・クロフォードが生み出したものであり、その普及にはKC社のソリッドヴィジョンシステムが大きく関わっている。だがこの二社は日本DM協会において発言力こそあるものの積極的に関わってはいない。

 そしてプロリーグを始め、多くの大会を取り仕切る日本DM協会だが、ここは昔から黒い噂が絶えないことでも有名である。多くの利権が絡む以上仕方が無いのだろうが、そのせいもあって色々と気を付けることが増えているというのが現状だ。

 

「厄介ですね、本当に」

「京さんが色々手を回してるけど、やっぱり限界があるしな。その辺気を付けてる選手が多いとこならいいが、そもそも監督やコーチが関わってるとこもある」

「同僚ならばともかく、上司となると断ることも難しいですね」

「本郷の野郎なんかはそれで頭抱えてたな。妹の方はああだから全く気にしてねぇみたいだが」

「本郷プロはまあ、桐生プロの盟友ですから」

「アレもアレで色々あるみてぇだがな」

 

 肩を竦める晴。そのまま彼は、じゃあな、とアヤメに別れの挨拶を告げた。

 

「大会頑張れよ。……あと、くれぐれも気を付けろ。協会の方も色々と派閥争いでキナ臭い」

「ご忠告、感謝します。藤堂プロもお気を――」

「――派閥争い、か。興味がある。是非、私にも話を聞かせてはもらえないかね?」

 

 聞こえてきた声に、二人は同時に振り返った。

 人の気配など微塵も感じなかった。ここは地下駐車場である。音が反響しやすく、人が現れれば気付くと思ったが……。

 

「誰だ? ここは部外者立ち入り禁止だぞ」

 

 牽制するように言い放つのは晴だ。だがそれもそのはず。目の前にいる男は、通常とはかなり外れた格好をしていた。

 純白のスーツとネクタイに加え、手入れの施された長い金髪を後ろで束ねている。気品のある笑顔を浮かべている所から、『貴族』なるものがいたらこんな風なのだろうか、とどうでもいいことをアヤメは思った。

 

「ふむ、それは失礼。だがこちらに彼女がいると聞いたものでね」

「あぁ?」

「もしかして、私……でしょうか?」

 

 アヤメは首を傾げる。彼の姿には覚えが無い。というより、彼の様な知り合いがいたら忘れないと思うのだが。

 

「うむ、そうだ。アヤメ・カンザキとはキミのことだね?」

「はい。確かに私は神崎アヤメですが……。すみません、何の御用でしょうか」

「ああ、これは失礼。ご婦人に先に名乗らせるとは礼儀がなっていなかった」

 

 言うと、男は姿勢を正し、ゆっくりと告げた。

 

「私の名はニコラウス・ベッセ・ハインリッヒ伯爵。以後、お見知りおきを」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 カードプロフェッサーと呼ばれる者たちがいる。

 現在では所属者は200人を超えているとされるギルドに所属する彼らは、いわばフリーのプロデュエリスト集団だ。その活動は主に世界各地で行われる大会への出場である。その形も様々で、ギルドの名を背負う形で出場する場合や、主催者に雇われる形で出場する場合もある。

 世界中で大小様々な大会が開かれ、多くのスポンサーがつくDMの大会。これらには大会規模や参加者によってある程度ランク付けがされており、当然ランクが低ければ参加者もそれなりの者しか集まらないし資金が動くことも無い。

 そこで大会にレベルを上げるために呼ばれるのが彼らだ。元々は才能ある子供をかのペガサス・J・クロフォードが集め、育て上げたことが始まりと言われており、今も彼の愛弟子とでも言うべき者たちはギルドでも上位に君臨している。

 ちなみにギルド創設にはペガサスの愛弟子たちと黎明期に活躍したとある〝伝説〟が深く関わっている。日本では賞金稼ぎという印象が強いが、海外、特に欧州では彼らの影響力が強いこともあってプロを目指す際にプロフェッサーとなる道を選ぶ者も多い。

 そしてニコラウス・ベッセ・ハインリッヒ――この男の名は、そのプロフェッサーギルドで見かけることができる。

 

「……間違っていたら申し訳ありません。A級カードプロフェッサー、ハインリッヒ殿でしょうか?」

「ああ、〝灰貴族〟か。見覚えあると思ったら」

「私のことを知ってくれているとは光栄だ。ますますキミの評価が上がったよ」

 

 どこか嬉しそうに笑うハインリッヒ。しかし、と彼は苦笑と共にどこからともなく薔薇を取り出しながら言葉を紡いだ。

 

「貴族と言っても没落貴族でね。伯爵などと名乗っているが、私自身は貴族というものに対して拘りは無い。事実、今の私はしがない雇われの身だ。よければキミたちのチームにも加われるがどうかね?」

「流石にそれは私では……」

「A級プロフェッサー雇うとか年棒払えねぇよ。試合単位で金要求するくせに」

「ふむ、残念だ。今なら三割引きで請け負うのだが。――さて、本題といこう。私の身の上話などどうでもいい。アヤメ・カンザキ――キミを我らのギルドに勧誘したい」

 

 えっ、という言葉が思わず漏れた。晴は無言。ハインリッヒは更に言葉を続けてくる。

 

「キミのデュエルの記録は見させてもらった。素晴らしい技術だ。そう、技術。キミは世に溢れるデュエリスト達とは大きく違う戦い方をしている」

「戦い方、ですか?」

「Yes、戦い方だ。キミのデュエルはそう、まるでチェスの様だ。キミたちの国に合わせれば将棋と言うべきなのか……まあ、それはいい。多くのデュエリストは追い詰められた時に引く一手――逆転のドローに全てを懸ける傾向がある。だがキミは常に思考を止めず、最後のドローさえも己のデッキに組み込まれたカード群から予測して戦術を立てている」

「……それは」

 

 当たり前のことではないのか、とアヤメは思った。自分が作ったデッキであり、ある種命さえも預けるデッキだ。そのデッキを用いたデュエルにおいて、全ての可能性を計算しつくすのは当然のこと。

 よくチームメイトなどが「あの時引けて良かった」などと話しているのを聞くが、アヤメには実を言うとその感覚が全くと言っていいほどわからない。カードをドローする際、デッキに残っているカードとそれぞれの枚数は確定しているのだ。ならば来たカードが何か、このカードが来たら、という考えでは無く、残るカードのうち何を引いても迷うことなく動くのが当然ではないのか。

 

「ふむ、やはりか。キミにとってそれは当たり前の在り方なのだろう。師に恵まれたのか、それともキミ自身の気質か。おそらくはキミの本質に気付いた者がそう教えたのだろうな」

 

 かつての自分、そのデュエルの基礎を築いてくれた二人を思い出す。

 あの二人が教えてくれたのは徹底的な計算だった。自分は良くも悪くも運については平凡だ。逆転のドローをすることもあるし、逆にどうしようもないカードを引くこともある。昔はそのせいで勝率が安定せず、苦労した。

 だから計算することにした。徹底的に計算し、常に相手と自分の動きを予測していく。序盤こそ攻防には無数の手があるから大変だが、終盤に行くにつれて勝利への道筋が見えてくるようになる。

 詰将棋のようだとは何度も言われた。そして気付けば〝玄人〟等と呼ばれ、〝新人王〟とまで呼ばれるようになっている。

 

「だからこそ、キミの力はプロフェッサーに相応しい」

「……私はプロを名乗ってまだ三年目の若輩です。評価して頂けるのはありがたいですが……」

「――時に、プロフェッサーにとって最も必要な資質は何だと思う?」

 

 アヤメの言葉を遮るようにハインリッヒは言葉を紡ぐ。その問いに答えたのは晴だった。

 

「実力だろ」

「ほう、流石は世界ランカー。真理をつく。キミもどうかね?」

「もう何十回も断ってるだろうが」

「キミもわからん男だ。なぜ極東の島国に拘るのか……。キミほどの力があれば、栄光など思うがままであろうに」

「そういうのはどっかのクソジジイに任せりゃいいんだよ」

 

 肩を竦めて言う晴。ふむ、とハインリッヒは頷くと改めて、とアヤメへと向き直った。

 

「確かに彼の言う実力も重要な要素ではあるが、それよりも優先されるモノがある。――安定性、だ」

 

 安定性、という言葉に二人同時に眉をひそめた。プロとして勝利していく以上、安定性が必要になってくるのは当たり前だ。その安定性の為に強さが必要になるはずだが……。

 

「前提条件の違いだ。我々の仕事はクライアントの望む結果を示すこと。観客を沸かせるところまでは個人のサービスに過ぎない。例えばキミたちや個人プロであるならば強さとは別にエンターテイメントとしての役目も要求されるだろう。

 だが、我々はそうではない。我々の役目は大会レベルの向上を始めとした実際的なモノだ。エンターテイメントは他の参加者の役目と言える」

「……成程、一理あります」

 

 一般参加のみで開かれる大会、特にプロアマ合同の大会などはどうしてもそのレベルが低くなりがちである。名のあるプロは参加を渋るし、賞金なども多くは無いからだ。

 そういう場に主催者から雇われる形で参加するのがカードプロフェッサーだ。名の売れた実力者たる彼らが参加することで箔を付けるわけである。成程確かに単純な強さよりも期待される実力を発揮する安定性が必要になるだろう。

 

「そういう意味でキミは十分に資格がある。どうかね?」

「……私は私を拾ってくださった東京アロウズに恩があります。申し訳ありませんが――」

「――本当にそうかね?」

 

 笑みを浮かべ、ハインリッヒがそう告げた。

 ゾクリと、背筋に悪寒が走る。

 

「キミのデュエルには一つの目的が見える。己の証明――否、己のデュエルの証明か。だがエンターテイメントを求められる今の世界ではキミのデュエルは万人が受け入れることは無い」

「それは私が未熟なだけです」

「さて、それはどうだろうか。キミ自身気付いているだろう? キミに向けられる謂れなき嘲笑の言葉に」

「…………」

 

 無言を返す。だが、それが何よりも雄弁な回答だ。

 

「キミの力は我々の下でこそ輝く。さあ、この手を取りたまえ」

 

 右手を差し出すハインリッヒ。アヤメは即座に断ろうとして、しかし、何も言い出せなかった。

 

(……迷っているのでしょうか)

 

 いずれは個人プロとなり、世界を目指そうという目標はあった。国外の大会に積極的に出場しているのもそのためだ。

 そして、彼が言ったことにも心当たりがある。

 

(『華がない』と言われたことは、何度もありました)

 

 堅実なデュエルとは言われている。だがどうしても一発逆転の派手なデュエルを行うことは難しく、また、性分にも合わない。

 それでもと、自分自身のスタイルを否定しないために戦ってきた。

 プロの世界は、強いだけでは生きていけない。

 そう理解してしまうことが、怖くて。

 

「……私は」

「迷いがあるようだね。ならば、どうかね? 私とデュエルをするというのは」

 

 そう言ってハインリッヒがデュエルディスクを取り出す。そして彼は気品のある笑顔のままデッキをセットした。

 

「デュエルには全てが宿る。これはギルドの創始者の言葉でね。私自身も心からそう思うよ。故に、キミ自身の答えを得るためにも、ギルドの力を知る意味でも。――デュエルといこう」

 

 有無を言わせぬ言葉だった。思わず晴の方を見ようとし、アヤメは思い止まる。この男が言葉を投げかけているのは自分だ。ならば、その返答に他者を介入させてはならない。

 友人からも悪癖だと言われた部分だ。何かの答えを出す時、決断を下す時。アヤメは絶対に他人の意見を聞こうとしない。もし聞いてしまえばそれは『甘え』になるからだ。彼が、彼女がこう言った――失敗した時、躓いた時、僅かでもそう思ったしまう事を許せない。

 真面目過ぎるとは自身でも思う。けれど、こういう性分だからこそ出会えたのだし、ここにいることができている。今更変えることはできない。

 

「わかりました。私では役者不足と思いますが――」

 

 デュエルディスクを取り出し、構える。ハインリッヒが何を言う、と微笑んだ。

 

「キミには舞台に立つだけの素養と資格、そして技術がある。さあ踊ろうか。私の誘いを受けてくれるかね?」

 

 その言葉を聞いて、少しアヤメにも余裕が出てきた。吐息を一つ零し、応じる。

 

「ダンスは苦手ですが……、それでもよろしければ」

「構わんさ。踊りを知らぬ淑女をリードするのは貴族の義務だ。かのシンデレラの王子がそうであったようにな」

「私はガラスの靴など履いていませんし、魔法も掛けられてはいませんが」

「我らにとってはデュエルディスクがその代わりだ。魔法が掛けられていないというのなら、その美しさは本物ということだろう?」

「……お上手ですね」

 

 流石に没落したとはいえ貴族ということか。この手の話には慣れている。

 まあ、自分は舞踏会に出るような柄ではないし、色気も無い女だ。やるべきことをきっちりやればいい。そういうモノを目指してきたし、これからもそれは変わらない。

 

「神崎」

 

 声が聞こえてきた。その声は先程までの軽い調子では無く、試合前、或いは試合中に聞く声色だ。

 

「はい、大将」

 

 故に、そう応じる。小さく笑った気配が背中越しに感じられた。

 

「気を付けろよ。相手は祖国に背いて没落し、それでも〝灰貴族〟って蔑称を栄誉の敬称に変えた男だ。そんな男が弱いはずがない」

「私のことをそこまで評価してくれるとは……ありがたい」

 

 食えない人です、と晴の言葉に応じたハインリッヒを見て思う。未だに腹の底が読めない。

 

(本当に勧誘だけだったとして、何故このタイミングでというのもあります)

 

 冷静になると色々と妙な状況だ。このデュエルについてもどこか、こうなるように誘導された気もする。

 目的はデュエル。しかし、何故?

 疑問は尽きないが、一旦それは置いておくべきだろう。目の前の相手は考え事をしながら相手にできる程楽な相手ではない。

 

「それでは、始めよう」

 

 互いにデュエルディスクを展開し、そして。

 

「「――決闘」」

 

 静かに、始まりの言葉を告げた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 デュエルディスクが先行後攻を決める。先行は――ハインリッヒ。

 

「私の先行。私は手札より『マスマティシャン』を召喚し、効果を発動。デッキから『エヴォルド・ラゴスクス』を墓地へ送り、カードを一枚伏せてターンエンドだ」

 

 マスマティシャン☆3地ATK/DEF1500/500

 

 眼鏡をかけたまるで学者の様な居ずまいをした魔法使いが現れる。召喚時にデッキから墓地へモンスターを送る効果と、戦闘破壊されるとカードを一枚ドローできるという強力な効果を持つ。

 そして墓地へ送られた『エヴォルド・ラゴスクス』――あまり覚えの無いカテゴリだ。

 

(私に知識がないということは、何をされるかがわからないということ。ならば確実に、私の戦術を押し通す)

 

 動きがわからないならば、いつも通りを行うだけだ。それができるだけの下地はある。

 

「私のターン、ドロー。手札より永続魔法『炎舞―天穖』を発動。デッキからレベル4以下の獣戦士族モンスターを手札に加えます。私は『剣闘獣ラクエル』を手札に加え、召喚」

 

 剣闘獣ラクエル☆4炎ATK/DEF1800/400→1900/400

 

 現れたのは炎を纏った獣戦士だ。剣闘獣というカテゴリにおいては主力モンスターである。

 

「バトルです。ラクエルでマスマティシャンを攻撃」

「破壊されるが、効果によりカードを一枚ドローさせてもらうぞ」

 

 ハインリッヒLP4000→3600

 

 それは必要経費だ。こちらには次の一手がある。

 

「バトルフェイズ終了時、ラクエルをデッキに戻すことで『剣闘獣ベストロウリィ』を特殊召喚。そして効果を――」

「その瞬間、リバースカードを発動させてもらおう。――『激流葬』。モンスターが召喚、特殊召喚された瞬間、場のモンスターを一掃する」

 

 破壊されるベストロウリィ。何かがあると思ったが、厄介なカードだった。

 

(とはいえ、一体の被害で済んだのならば上々です)

 

 最悪なのは纏めて二体以上巻き込まれる場合だ。そうならなかっただけ僥倖と言える。

 

「私はカードを二枚伏せて、ターンエンドです」

 

 それにベストロウリィが落ちたことには意味がある。『剣闘獣ダリウス』で釣り上げれば剣闘獣の切り札たる『剣闘獣カイザレス』まで繋げられる。

 元々このデッキは一気にアドバンテージを得られるようなデッキではない。一手ずつ、確実に。それが選んだ在り方であり、生き方だ。

 

「ふむ、この程度では揺らがんか。まあそうでなくては困るが。――私のターン、ドロー」

 

 ハインリッヒがカードをドローする。そして彼は静かにカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

「魔法カード『浅すぎた墓穴』を発動。お互いのプレイヤーは墓地からモンスターを一体、セットする。私はエヴォルド・ラグスコスをセットする」

「私は剣闘獣ベストロウリィをセットします」

 

 エヴォルド・ラグスコス☆3炎ATK/DEF1200/500

 剣闘獣ベストロウリィ☆4風ATK/DEF1500/800

 

 相手依存であり、裏側守備表示と制約こそあるがレベル関係なく蘇生できるカードが発動する。何をする気だろうか。基本的にイメージとして浅すぎた墓穴は碌な事をしない気がするのだが。

 

「そして魔法カード『テラ・フォーミング』を発動。デッキから『古の森』を手札に加える」

 

 古の森―そのカードに、アヤメは表情を僅かに変えた。厄介なカードだ。剣闘獣ならば踏み倒せる制約効果だが、逆にこちらの行動がそのせいで読まれ安くなる。

 

「やはり素晴らしい。このカードを用いても、あまり警戒してくれないことも多くてね。制約の意味、そしてこれを私がわざわざ使うということの意味を理解しない者が多くて困る」

 

 言うと、ハインリッヒはその魔法を発動した。

 

「ここは少々殺風景だ。美しき世界へと招待しよう。――フィールド魔法、『古の森』」

 

 周囲の景色が変わった。鬱蒼と生い茂る木々。まるで神話の世界の様な神秘的な雰囲気を持つ場所へと。

 

「ここは我が領地にある森に似ていてね。いい風景だろう? もっとも、人攫いの妖精が出るという伝説のせいで人が近寄らんのだが」

「領地、ね。未練でもあんのか?」

 

 問いかけたのは晴だ。それは挑発では無く、純粋な疑問のように聞こえる。

 故にハインリッヒも静かに応じた。

 

「違うな。これは誇りであり、義務だ。〝Noblesse oblige〟――我らは生まれながらにして特別であることを定められている。ならば相応の義務を負うこともまた真理だ。もっとも、最近の貴族はそれさえも忘れた愚物が多いようだが」

 

 嘆くように息を吐くハインリッヒ。その姿を見て、アヤメは思わず問いかけた。

 

「〝ソーラ〟を否定されたのは、そのためですか?」

「……祖国の恥を晒すことになるが、その通りだ。あんなものが無くとも、ミズガルズ王国は立ち上がれる。生きていける。誇りさえ失わなければ、いくらでも強くあれる。

 しかし、そう信じていたのは私だけだったというだけの話だ。愚かな没落貴族の物語だよ」

 

 言うと、パチン、とハインリッヒは指を鳴らした。

 

「我が誇りをキミに示そう。――古の森が発動した瞬間、場の守備表示モンスターは全て攻撃表示となる。この時、リバースモンスターの効果は発動しないが――」

 

 エヴォルド・ラグスコス☆3炎ATK/DEF1200/500

 剣闘獣ベストロウリィ☆4風ATK/DEF1500/800

 

 ラグスコスとベストロウリィが攻撃表示となる。瞬間、ラグスコスが吠え、彼のデッキからモンスターが姿を現した。

 

「――ラグスコスの効果はリバースした時に発動するモノ。よって効果が発動する。その効果は、デッキより『エヴォルド』モンスターを特殊召喚する効果だ。――『エヴォルド・ナハシュ』を特殊召喚!」

 

 エヴォルド・ナハシュ☆炎ATK/DEF100/2000

 

 現れたのは小型の蛇のようなモンスターだ。そして更に、とハインリッヒは魔法カードを発動する。

 

「魔法カード『孵化』を発動。自分の場のモンスターを一体生贄に捧げ、デッキからレベルが一つ高い昆虫族モンスターを特殊召喚する。私はナハシュを生贄に、『赤蟻アカストル』を特殊召喚! 更に池にとなったナハシュの効果発動! このカードが生贄に捧げられた時、『エヴォルダー』を一体デッキから特殊召喚できる! 私は『エヴォルダー・ダルウィノス』を特殊召喚し、効果発動! エヴォルドの効果によって特殊召喚されたため、場の表側表示モンスターのレベルを二つまで上げることができる! ラグスコスのレベルを二つ上げ、☆5とする! そしてチューナーモンスター、『スーパイ』を召喚!」

 

 エヴォルダー・ダルウィノス☆5炎ATK/DEF2200/700

 エヴォルド・ラグスコス☆3→5炎ATK/DEF1200/500

 赤蟻アスカトル☆3地・チューナーATK/DEF700/1300

 スーパイ☆1地・チューナーATK/DEF300/100

 

 場に並ぶ四体のモンスター。来る――アヤメが身構えると共に、まるで舞台の役者のように両手を広げながらハインリッヒが告げる。

 

「私は空が好きでね。太陽が浮かび、蒼く染まる空を見上げ、世界を巡る雲に思いを馳せ、月明かりの下、輝きを失わぬ星を眺める――それが一番の贅沢だった。だがそれを、この世界が許さぬというのなら」

 

 背後で、四体のモンスターたちが光の粒子となって変化する。

 

(連続シンクロ……!)

 

 チューナーたる二体がそれぞれ輪となり、モンスターをその内へと受け入れる。

 

「世界を変革しよう。例えそれが、〝白〟に染まる道であったとしても」

 

 そして現れるのは、二体の龍。

 太陽と月。その光を纏い、それは降臨する。

 

 

 太陽龍インティ☆8光ATK/DEF3000/2800

 月影龍クイラ☆6闇ATK/DEF2500/2000

 

 

 思わず、吐息が漏れた。

 太陽と月。数多の物語で描かれるそれらが今、一つの威容と共にそこにある。

 

「我が一族の誇り。その身に受けてなお立ち上がれるか。――ここからが本番だ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 圧倒的内容を前に、ぐっ、とアヤメは唇を引き結んだ。

 

(――正直、マズい。まさか一瞬でここまで)

 

 見たことの無いモンスターだが、そのステータスだけでも十分脅威だ。

 

(『古の森』があるため攻撃を躊躇する、などということも無いでしょうね。あれを除去する手段があるはず。始動キーとしての役目を果たした以上、何らかの方法でその制約からは逃れてくるはず)

 

 そこを怠るような相手ではないだろう。だが、ハインリッヒはその予想を覆す。

 

「勝負といこう。――インティでベストロウリィを攻撃!」

「なっ……!? ッ、リバースカードオープン! 罠カード『幻獣の角』発動後ベストロウリィの装備カードとなり、攻撃力を800ポイントアップさせます!」

「だがインティには届かない。ベストロウリィを撃破!」

 

 アヤメLP4000→3300

 

 アヤメのLPが削り取られる。だが、これは。

 

(まさかあの二体には効果破壊に対する耐性が……!?)

 

 そうとしか思えない。ならば『古の森』との相性は抜群だろう。相手にだけ戦闘後の破壊を押しつけることができる。

 だが、二体ともというのは理不尽に過ぎる。そうなれば、太陽と月という名の通り場に揃うことで真価を発揮する?

 

(しかし、月は確かに太陽の写し身と呼べる存在ですが、共に必ず沈む存在。沈まぬ太陽も月も存在しません。明けない夜が無いように、暮れない昼もまた存在しないはず)

 

 ならば何だ、と思考を巡らせる中、月の一撃が叩き込まれた。

 

「月影龍クイラでダイレクトアタックだ」

 

 アヤメLP3300→800

 

 きっちり幻獣の角の分が無ければ狩られていた数字。凄まじい強さだ。

 

「これを凌ぐとは。益々興味が湧いた」

「ッ、しかし、これでその二体は」

「ふむ。確かにそうだ。争いを嫌う古の森は、戦闘を行ったモンスターをエンドフェイズに破壊する」

 

 二体の龍が沈んでいく。破壊耐性では無い、ならばとアヤメが思考を巡らせた瞬間。

 

「……何故……!?」

 

 太陽龍インティ☆8光ATK/DEF3000/2800

 

 太陽は沈まず、悠然と君臨していた。

 

「月が沈むなら太陽が浮かぶのは道理だ。更に月は太陽が存在してこそ輝く。よってインティが存在する限り、このカードが破壊された次のターンのスタンバイフェイズ、クイラが蘇る」

 

 その言葉にアヤメは息を詰めた。あまりにも厄介過ぎる。

 恐ろしいコンボだ。浅すぎた墓穴――コンボは既にあそこから始動していた。ここで出したモンスターは古の森によって強制的に攻撃表示とされ、更に牽制の意味を込めて『人食い虫』等のリバースモンスターをセットしても古の森によってその効果は否定される。

 そしてインティという大型モンスターによってLPを削られ、古の森によって追いつめられる。攻撃するだけでモンスターが破壊されるのだ。どうしても出足は鈍くなってしまう。

 対し、あちらは破壊されても蘇る手段がある。何と一方的な効果か。

 

「私はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

「私のターン、ドロー」

「スタンバイフェイズ、月影龍クイラが蘇る」

 

 月影龍クイラ☆6闇ATK/DEF2500/2000

 

 再び姿を現す月を見て、思考を巡らせる。厄介なモンスターだ。アレを突破するのは難しい。

 

(あの二体を完全に除去するとなると、除外するしかありませんね。しかし現状その手段は用意できません。バウンスも同様)

 

 何をすべきか、何ができるか。思考をフル回転させ、アヤメは手を打つ。

 

「魔法カード『ヒーロー・アライブ』を発動! LPを半分支払い『E・HERO』を一体特殊召喚します! 私は『E・HEROプリズマー』を特殊召喚し、効果を発動! 融合デッキの『剣闘獣ヘラクレイノス』を見せ、『剣闘獣ラクエル』を墓地へ! これにより、プリズマーがラクエルとなります! 更に罠カード『リビングデットの呼び声』を発動! 墓地のベストウリィを蘇生し、二体をデッキに戻すことで融合します!」

 

 E・HEROプリズマー(剣闘獣ラクエル)☆4光1700/1100

 剣闘獣ベストロウリィ☆4風ATK/DEF1500/800

 アヤメLP800→400

 

 元々次のターンは無い。ここで押し切り、その上で次の準備をしなければならない。

 

「――『剣闘獣ガイザレス』!!」

 

 剣闘獣ガイザレス☆6闇ATK/DEF2400/1500

 

 現れるのは剣闘獣の代名詞。このモンスターの効果は、正しく確実に相手を砕く。

 

「ガイザレスの効果を発動! 融合召喚成功時、場のカードを二枚破壊します! インティとクイラを破壊!」

 

 砕かれる太陽と月。だが月が沈み、すぐさま太陽が蘇る。

 

「流石に見事。しかしここからどうするつもりだ?」

「私の剣闘獣は戦闘を全ての起点とします。よってそのためのカードはいくつも組まれている」

 

 バトル、とアヤメは宣言した。その瞬間に発動するのは――

 

「――速効魔法『収縮』! 相手モンスターの攻撃力を半分とします!」

 

 実は最初から手札に会ったカードだ。幻獣の角があったために手札に持っていたのだが、このカードならば太陽を超えられる。

 

(古の森はチェーンを組む効果です。故に破壊前にガイザレスを戻し、ダリウスとレティアリィを特殊召喚。更にレティアリィの効果でクイラを除外すれば、太陽は蘇らず、月も沈む! そしてダリウスの効果でラクエルを蘇生し、ガイザレスを出せば、場の『天穖』の効果で攻撃力は3100――場の防備は十分)

 

 そして手札にあるのは『禁じられた聖槍』だ。これならば押し切れる。

 

「インティ、撃破!」

 

 ハインリッヒLP3600→2700

 

 太陽が沈む。アヤメは更に効果を発動しようとし、気付いた。

 

「なっ……!?」

「――太陽に近付き過ぎた英雄は、蝋で塗り固められた翼を焼かれ、地に堕ちた」

 

 アヤメLP400→-800

 

 ガイザレスが焼け落ち、アヤメのLPが削り取られる。

 何が、と思わず呟いた瞬間、ハインリッヒが二度三度とその手を打ち鳴らした。まるで拍手のように。

 

「ガイザレスの効果でクイラの効果を使わせ、更にインティを戦闘で砕く。そしてガイザレスを古の森で破壊される前に分解し、レティアリィとダリウスを特殊召喚。その後、クイラを除外した上でキミの切り札であるヘラクレイノスへと繋げる」

 

 素晴らしい戦術だ、とハインリッヒは頷いた。その顔には純粋な称賛が浮かんでいる。だがアヤメは、何故、と消えていくソリッドヴィジョンの中で焦燥と共に言葉を紡ぐ。

 

「私の戦術を、どうして」

「仕掛ける私がキミの戦術を調べるのは当然のことだ。勧誘しようというのだから尚更だな。そしてキミは予想通り最適解を出そうとした。素晴らしい洞察力と思考技術だ。故にこそ、私に敗れたわけだが」

 

 言われ、気付く。つまり、相手はこちらを最大限警戒し、その上で最適解を予測した上で仕掛けてきたのだ。

 苦笑する。太陽と月――その能力を蘇生だけと断じたのが早計だった。だが、実際あそこではそれ以上の手は無かっただろう。

 

(戦闘以外で倒す手段がなかった以上、こちらは詰んでいたというわけですね)

 

 相性で言えば最悪の部類だったと言える。だがそれでも。

 

(成程、格が違う)

 

 最初から最後まで相手の掌の上だった。こうも見事にやられると、清々しささえ感じる。

 一度吐息を零し、アヤメは改めて一礼をしようとして――

 

「――――――――ッ!?」

 

 その視界が、純白に染め上げられた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 いきなり膝をついたアヤメに、晴は思わず駆け寄った。その方を掴み、呼びかける。

 

「どうした?」

「――始まったということだ」

 

 告げたのはハインリッヒだ。彼はデュエルディスクを取り去ると、懐から白いハンカチを取り出す。

 そこに描かれた文様に見覚えは無い。ただ、わかるのは。

 

「何をしやがった」

 

 精霊の力では無い。その類の力であるならば、自分は気付いている。しかし、今この段階に至っても晴には何もわからない。

 

「信仰だ。人は己に無いモノを求め、己以外のモノへと縋る。私は代理人として問いかけるだけに過ぎん。今の己が至らぬと知り、理解し、打ちのめされた時」

 

 ハインリッヒはアヤメを見る。その瞳には、どこか憐みの様なものが浮かんでいた。

 

「目の前にその全てを補う〝力〟があったとして。……果たして、それを否定できるか?」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 そこは漆黒の世界。

 光なき世界。

 

「…………」

 

 ただ一人、そこに自分は立っている。

 誰もいない。いるのは自分だけ。

 しかし、聞こえてくる。

 

『華が無い』

『派手さがない』

『人を惹きつけない』

 

 面と向かって言われたことは無くても、知っている。それは自分に対する言葉だ。

 知っていた。自分に足りないモノがあると。

 知っていた。それは得られるものではないと。

 

 だからスカウトという役目を負うことにした。自分に無いモノ――人を惹き付ける〝何か〟。それを持つ者を見る事で、自分にも何かが得られるかもしれないと。

 そして多くの者たちと出会い、気付く。

〝持つ者〟は生まれながらに持っていて、そうでない者は持っていない。

 ただ、それだけで。

 

 ――〝光〟が、あった。

 

 本能で理解する。アレを手にすれば、己の願いが叶うと。

 だが、手は伸びない。

 神崎アヤメは、それができない。

 

「その光を手にしないことで、私が闇に囚われようとも」

 

 それが選択できるなら、私はここにいなかった。

 

「私は私自身の全てを、〝私のせい〟としたいのです」

 

 たとえ何があろうとも。

 それだけは、譲れない。

 

 光が消えて。

 闇の中に、一人――……

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「――――ッ、こふっ」

 

 思わず咳き込むと同時、世界に色が戻った。同時、声が聞こえる。

 

「無事か、神崎」

「……はい。何か、妙なモノを見たような気が……」

 

 白昼夢だろうか。もう思い出せないが、良くないモノを見たような気がする。

 顔を上げると、ハインリッヒがこちらを見ていた。そのまま彼は、小さく呟く。

 

「――Great」

 

 素晴らしい、と呟き、その両手を大いに叩く。

 

「想定以上、いや、違う、これは予想外と言うべきか。実に素晴らしい。感謝する。キミは私に、私の信念が正しいことを証明してくれた。――ありがとう」

 

 ある種美しいとも言える礼をするハインリッヒ。そのまま彼は背を向けた。

 

「いずれキミを迎えに上がろう。その時は今回とは違い、正面からだ。――人の信念は、救いすらも乗り越える。何と素晴らしいことか」

 

 そのまま立ち去っていくハインリッヒ。ふう、とアヤメは息を吐いた。

 

「……何だったのでしょうか」

「とりあえず再戦確定みたいだな。まあ頑張れ」

 

 言うと、晴はバイクの方へ向って歩いていった。そのまま挨拶もそこそこに帰っていく。

 それを見送り、アヤメは一度立ち上がる。瞬間。

 

「…………ッ」

 

 立ち眩みがし、足元がふらついた。頭を振り、意識を覚醒させる。

 

「……少し、疲れましたね」

 

 呟くと共に、車に乗り込む。

 やるべきことはいくつもある。今日一つ、己の未熟を知った。ならば、それでいい。

 僅かに感じる眠気を抑え込みながら、神崎アヤメは車を発進させた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 地下駐車場。そこにある一台の車の中で、一つの吐息が零れた。

 どこが不機嫌そうな雰囲気を纏うその人物は、目の前で起こったことに対して静かに言葉を漏らす。

 

「成程。奴を捕まえに来てみれば、面白いものが見れたな。この事件、思ったよりも厄介かもしれん」

『――〝王〟よ。追わないのですか?』

 

 中空に浮かぶ仮面からそんな音が響く。〝王〟と呼ばれた女性――烏丸澪は問題ない、と頷いた。

 

「行き先は知れている。それに、どうしても話をしなければならないというわけでもない」

『しかし、一連の事件についてあの男は間違いなく関わっていますよ』

「犯人では無く当事者だがな。確かに情報はあるだろうが、それは私の仮説が事実に代わるぐらいだ。まあ、そういう意味で接触する必要はあるだろうが……それよりも、あの男。ミズガルズ王国の貴族。ふん、ようやく背景が見えてきた」

 

 不機嫌そうに鼻を鳴らす澪。ここ数日、彼女は様々な場所を訪れ、自身の中で一つの仮説を得た。

 

「〝白の結社〟に〝悲劇〟か。少年を狙ったのはおそらく前者で、欲しているのは後者といったところだろうな」

 

 烏丸澪は〝王〟である。その存在はただそこにあるだけで全てを従え、捩じ伏せてしまう。

 故に望めば精霊たちは逆らうことができない。そういう存在であるが故に。

 

「……少年が狙われた理由はわかっていた。私と美咲くん。相手にしてみれば厄介なその二つに干渉できる人材などそうはいないだろう。心臓、か。それを少年が拾ったのは本当に偶然なのだろうが……」

 

 おそらく、誰にも見つからずに消えていたはずだ。一連の事件においても少年――夢神祇園は部外者であり続けたはず。

 だが、そうはならなかった。……ならなかったのだ。

 

「神崎アヤメ――彼女が染まらなかったことで、一つの仮説が確信に変わった。少年が染まるはずがなかったのだ。何故なら彼には……光が無い」

 

 彼女の場合、他者から与えられる光を拒否した。そのせいで少々厄介な病を抱え込んだようだが、染まるよりはマシだろうと思う。

 そして、少年の場合は。

 

(……他者から与えられる程度の光など、認識さえできないのだろうな)

 

 彼の根源は純然たる闇だ。自分もかなりのものだと思うが、あの少年の場合文字通りの底なしの闇である。

 故に、染まらなかった。否、染まれなかった。

 光を求めていても、その光がどんなものかがわからないならば手にすることはできないのだから。

 

(とはいえ、あの二人は例外だろう。敗北し、折られた時に目先に餌を与えられて食いつかないのは余程の阿呆か愚か者だ)

 

 そうなると、問題はその規模だ。どこまで手を伸ばし、どこまでやっているのか。

 そして、私の標的は誰なのか。

 

「邪魔をするなら潰すだけだが……さて、どうだろうな」

 

 エンジンを点け、車を出す。とりあえずこちらからのアクションを全て無視している男を捕まえる所からだ。

 そんな彼女に、背後の仮面が言葉を紡いだ。

 

『時に〝王〟よ。例の心臓の居場所、突き止められたのですか』

「この世界からは既に隠されている。これも確証ではなく仮説だが……〝心臓〟を封じた精霊とは別に、その術式を組んだ者たちがいるはずだ」

 

 そして、心当たりは一つ。

 

「――精霊界、魔法都市エンディミオン」

 

 

 

 

 

 

 










はてさて、微妙に人気なアヤメさんです。おそらく作中で祇園くんを最も評価している人ですね。
次回からよーやく、今の現状なんか整理できるのではないでしょうか。

はてさて、何が誰にとって幸いなのかということでひとつ。


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第十話 そして、現在へと繋り

 

 

 

 幾度繰り返したかも、もうわからない。

 動かぬ体がここにあり、摩耗する心がある。

 ――何故、まだ己を自覚できている?

 

〝もう、いいだろう?〟

 

 暖かな声だった。そこに込められた感情は、優しさ。

 記憶の奥底に大切にしまった、もう会えない人たちの声。

 

〝お前は、十分頑張ったよ〟

 

 そうだ、頑張った。頑張ってきた。

 脇目も振らずに、ずっと、必死で、頑張ってきた。

 

〝もう、いいじゃないか〟

 

 ……そう、なのだろうか。

 もう、十分なのだろうか。

 抱えて、背負って、堪え続けてきたモノを。

 

 ――手放してしまって、いいのだろうか?

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 覆い茂る森の中。人が入らぬその場所に、その姿はあった。

 そこにあったのは小さな墓前だ。そこに花束を供える男に、背後から一人の女が歩み寄る。

 

「……やはり、ここか」

「……祈る時間ぐらいくれねぇもんかね?」

 

 口調はいつも通り。しかし、明確な意志をその瞳に込めて。

 藤堂晴――その男が振り返る。

 

「祈りの意味は無かろう。貴様の心の安定のためというならば待ってもいいが」

 

 対し、平然と女は応じた。

 

「そこまで辿り着いてんなら、俺の言葉なんて今更必要ねぇだろ。何をしに来た、〝禄王〟」

 

 言葉こそ問いかけだが、その口調は攻撃に近い。女――烏丸澪は、ふむ、と小さく頷きを返す。

 

「確かに私は仮説を得た。だがそれだけで動いては想定外のことに巻き込まれる可能性が多いにある。私はここから先の一手において過つわけにはいかんのでな」

「殊勝なことだな。らしくない。その気になれば、何もかもぶっ壊せるだろうによ」

「それでは私の目的は果たせない。〝白の結社〟も〝悲劇〟もどうでもいいが……受けたことに対する返礼は必要だろう?」

 

 故に、と〝王〟は告げた。

 男を見下ろし、絶対者として。

 

「答え合わせといこうか。私も多くを聞きたいわけではない。私が聞きたいことは一つ。

 ――十数年前。先代〝防人〟が死んだ戦い。そこで一体何があったのか。答えて貰おう」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 デュエルアカデミア本島、オシリス・レッド寮。

 その食堂に、複数の人影があった。

 

「……十代が消えて三日か。あいつ授業大丈夫かよ」

「まあ、大丈夫だろうさ」

 

 PCを使ってレポートを作成しながらの言葉に応じたのは天上院吹雪だ。いつもならアロハシャツにウクレレという出で立ちなのだが、今日は何故か純白のスーツを着ている。

 如月宗達はそんな彼の出立ちを改めて眺め、溜息と共に言葉を紡いだ。

 

「まだ明日香のアイドル化計画諦めてねぇんスね」

「当り前だろう? アスリンの魅力を世界に広めないなど、最早それは罪だよ」

 

 真顔で言う吹雪。相変わらずよくわからん人だと思いながら、大体、と言葉を続ける。

 

「この間思いっ切り負けてたじゃないッスか」

「いやぁ、アスリンも強くなったねぇ。驚いたよ」

「全力を出さなかったくせによくもまぁ」

「いやいや、全力だったよ?」

 

 食えない男だ、と思う。立場こそ同学年だが、そもそも彼はかの〝帝王〟と並んで〝王子〟と呼ばれていた実力者だ。正直、全力でやり合えば五分に持っていければいいところだろうと宗達は考えている。

 まあ、別に今のところやり合う理由もないし向こうもこちらを邪険にしていないので丁度いいのだが。

 

「そういえば、万丈目くんのアレは何なんだろうね?」

「ああ、白がどうのこうの言い出してるやつッスか」

「別に人の趣味にとやかく言う気は無いけれど、白はファッションにおいて人を選ぶからね。師匠としては少し心配だ」

「とりあえず鏡見てから言え」

 

 純白のスーツ着といて何言ってんだ、と内心で言葉を作りながら宗達は改めて考える。万丈目準――先日十代が行方不明になった際に捜索に出、帰ってきたら白くなっていた。

 正直意味不明な流れだが事実なのだから仕方がない。まあ服装など個人の趣味だし、白がどうという主義主張も個人の意志の問題だ。そこに干渉する気は無いのだが。

 

「後は、これかな?」

「――レッド寮の廃止、か」

「この用紙を見る限り、最終的にデュエルで決めさせてくれるあたりが温情なのかな?」

「相手がエド・フェニックスじゃなけりゃ温情だと思いますけど。……温情ってんなら、退学者を出す気は無いって点じゃないッスかね?」

「まあそこは学校組織だ。特にアカデミアは色々難しい状況でもあるし、当然の選択だろう」

「色々厄介な状況の中で改革しようとしてる時点で間違ってる気がするけどな」

 

 現在様々な意味の注目を集めているアカデミア本校。ここで打つ手を過てば、それこそ取り返しがつかなくなるだろうに。

 

(まあ、オーナーがオーナーだし)

 

 聞いたところによると、アカデミア買収の際は『貴様如きに負けるデュエリストなどアカデミアには存在しない!』と万丈目兄弟に啖呵を切ったらしい。ただあの試合を見る限り、普通に何人もいる気がするのだが。

 まあ結果オーライだ。実際そういう人なのだろうとも思う。一度生で見た時ビビってしまうぐらいに迫力あったし。

 

「明後日がそのデュエルの日なわけッスけど、実際どうします?」

「おや、キミが出るんじゃないのかい?」

「俺が出て、勝てばともかく……負けたら誰も納得しませんし」

 

 肩を竦める。相手はあのエド・フェニックスだ。クソ生意気だし少し腹立つのでやり合うのはいいのだが、そこに自分以外の要素が絡んでくるのはできるだけ拒否したい。メリットがなさ過ぎる。

 

「けれど、レッド寮でエド・フェニックスに対抗できるデュエリストとなると彼と同じプロライセンスを持っているキミぐらいだろう? 実際、口に出さないだけで皆がそう思っているよ。キミが戦うべきだ、ってね」

「口に出さないってことは、背負う気は無いってことでしょう。吹雪さんとか翔とかならともかく、口に出さずに内心で『お前が戦えばいい』なんて思ってる連中はいざ戦って俺が勝てば『信じてた』なんて言って寄ってきて、負ければ『お前のせいだ』と責め立てるもんですし。

 ここには愛着もあるし、アイツもいたあの部屋にも想いは置いてるけど。俺の味方じゃない奴の為に身を切るほど俺は前を向けるわけじゃないんで」

「言葉に出さず、キミを頼る彼らはキミにとって敵かい?」

「雪乃とか十代とか祇園とか万丈目とか、翔はちと怪しいけど吹雪さんとか、そういう無言の信頼を向けてくるんならいいんスけどね。勝てば普通に当たり前だろって思ってくれるし、負けてもまあ、多分慰めてくれないしで。実際、例えば十代がエドと再戦するってんなら俺は無条件で任せますし」

 

 信頼とはそういうものだと宗達は思う。そして自分にはそういうものが圧倒的に足りていないし、埋めていこうと思っていない。

 そもそも雪乃だけでも望外のモノだと思っていたのに、それ以上を手にできた。かつての戦いでは理由もあったし最善の手だったとはいえ敵に回り、傷つけた自分を責めなかったことといい、本当に恵まれたモノだと思う。

 そういうモノを手にできたこの場所は宗達にとっても大切な居場所だ。だがそれも、昨年度に友がここを立ち去った時に彼の中で意味を変えた。

 

「元々、俺、居場所って呼べるもんがあんまりない生活してたんで。まあ、なんつーか、ここは居心地良かったんスよ」

 

 雪乃にも話したことがない――というより話せないことを何故口にしているのだろうと自分の中で疑問が芽生えるが、眼前で微笑を浮かべている男を見て少し納得する。

 何というか、信頼があるのだ。奇特な言動と行動が多い男だが、決して他人を傷つけない。傷つける術しか知らない自分とは対極。実際今も、こちらが話しやすいような動きを無意識ででも行なっている。

 モテるはずだ、と思った。だから明日香も咎めはするが制限はしないのだろう。実際、細かいところでだがこの人がいて良かったと思うことは幾度もある。

 

「けど、祇園は自分から立ち去って行って。納得はできるし、理解もできたんスけど……なんというか、どうしてだろう、ってのは消えなくて」

 

 祇園もそうだったはずだ。居場所なんてなくて、這いずるようにして生きてきて。そうしてようやく、この場所に辿り着いたはずで。

 

「最近、ようやくわかってきたんスよ。ここは学校だから、いつか絶対にここを離れなければいけない」

 

 だから彼は、敢えてそうなる道を選んだ。幸いと居場所を得られた場所から旅立ち、一から己の居場所を新たに得ようとした。

 そして実際、彼はちゃんと前へと進んでいる。

 

「浸るのはいいけれど、それじゃあ駄目なんだってな」

 

 だから、如月宗達は何が何でもここを守ろうというつもりはない。いつかは失われるモノであり、ならばそれが今でも後でも同じだ。

 

「成程、キミも中々複雑だね」

 

 ここで否定が来ない辺り、この人の人格が伺える。優しいのだろう、本当に。そうでなければ、笑顔の中心にいられるはずがないのだから。

 

「だけど、わかっているかい? それは特殊な考え方だ。僕もそうだけど、人は自分の居場所を失いたくない生き物でね。そこは他の動物にも言えるモノだけど……特に今の三年生なんかは、レッド寮が失われることを快く思っていないはずだよ」

「現金な話ッスね。去年の今頃には、何にも期待せず、動こうともせず、ただ怠惰に過ごしていたってのに」

「それができるのもここが居場所だったからであり、そして彼らに前を向かせたのが十代くんたちの残した成果だ。それらはレッド寮が消えたからといって失われるモノではないけれど、レッド寮が消えてしまえば失われてしまうとそう錯覚するのはおかしなことじゃない」

「まあ、それは」

 

 形が無いモノだからこそ、形がある方法で残そうとする。そういうことだ。

 それを否定するつもりはない。ただ、

 

「それを無言でこっちに求めるのはおかしいだろって話ッスよ。本当に守りたくて、失いたくなくて、そして自分にそんな力がないなら、プライド捨ててでも泥臭くても他人に縋るしかない。察してくれ、なんてのが許されるのは家族相手か恋人相手ぐらいッス」

「厳しいね、キミは。体験談かな?」

「それについてはノーコメントで」

 

 肩を竦める。セブンスターズとの戦いがそうだった。理事長である影丸から鮫島と――というよりサイバー流との因縁のせいで話を持ち込まれ、どうするかと問われたのだ。最初は断るつもりだったが、大徳寺教諭から真実を聞き、そして己だけでできることなどないと気付き。

 ――そして、偽りの仮面を被った。

 そうすることが最善であると知ったからだ。アレが自分にとっての戦いだった。

 

「ふむ。だからキミは戦わない、と?」

「頭下げに来る奴が一人でも――ああいや、もう何人かいればまあ、話は別ッスけど」

「おや、誰か来たのかい?」

「この通知が来た時、真っ先に。……防人妖花が」

 

 微妙に視線を外してしまう。相性の悪い相手だが、それは性格や能力という意味では無く立場と在り方のせいだ。宗達自身は別に彼女を嫌っていないしむしろ評価している。ティラノ剣山と並んで新入生トップクラスの実力者であるし、あれだけの力と才覚を有しながら奢らず、かつて祇園が果たしていた食堂の役割を果たそうとする彼女の姿は素直に尊敬すべきだろう。

 

「へぇ、そうなのかい?」

「自分でも何て言っていいかわからない上に、苦手な相手、というより怖い相手と向かい合って泣きそうになりながら。それでも誰の力も借りずに、躊躇なく頭を下げてきたんスよ」

 

 つい先程のことだ。吹雪が来る前、食堂で一人こうしてレポートを書いているといきなり現れた。

 

〝助けて下さい〟

 

 その言葉を、防人妖花は色々な言葉を付ける事で紡ぎ上げた。

 彼女の想いはわかる。夢神祇園の強さに憧れてここに来たと言っていた。故に彼の残滓が残るこの場所を失いたくないのだと。

 

「俺はいずれ失われるなら別にいい、って考えッスけど。それが少数派なのも理解してます。残せるなら残したい、続けていけるなら続けていきたい。そりゃ当り前のことですし」

「藤原君とのこともかい?」

 

 少しからかうような口調の混じった言葉だ。思わず宗達は苦笑する。

 

「そういうとこがなんつーか、卑怯臭いッスよね吹雪さん」

「ふふ、『LOVE』の空気には敏感なモノでね」

「『愛の伝道師』でしたっけ? まあいいッス。……雪乃とのことは、続けたいじゃなくて続けるんですよ。そういうもんです」

「キミも中々男前だねぇ。女の子たちが放っておかないだろうに」

「吹雪さんに言われると嫌味にしか聞こえないのが不思議なところです」

 

 言いつつ、一息を入れる。それで何の話だったかと思い出すと。

 

「でも、俺と防人妖花にはまだそこまでの関係性が無いんで。吹雪さんなら二つ返事だと思いますけど」

「当然だね」

 

 親指を立てて頷く吹雪。良い笑顔だ。そしてだからこそ、彼女は吹雪に声をかけなかったのだろう。頼めば絶対に引き受けてくれるとわかっているから。

 

(今年13の女子の発想じゃねぇよな。絶対〝禄王〟の影響だろ)

 

 ということは将来ああなるのだろうか。それは勘弁して欲しいが。

 

「ま、そんなこんなで今は静観ッスね。吹雪さんはどうなんです?」

「そうだね、誰もが納得するような人選にならないようなら僕が出るよ。それがまあ、一番だと思う」

 

 笑って言い切れるのがこの男の凄いところだと、改めて思う。実際それが最善ではあると思うが、それができる人間が果たして何人いるか。

 

「そうならないことを祈りたいッスね」

「まあ、勝てば一番なんだろうけどね」

「ですねー」

 

 頷き、再び画面へと視線を戻す。そういえば、と吹雪が言葉を作った。

 

「何をしているんだい?」

「レポート課題ッスよ。この間アメリカ行ってて授業出てない分の補填です。禁止カードのレポートで」

「へぇ、ちなみに何のカードだい?」

「禁止カードはやっぱカードパワーのせいでそうなってるの多いッスからね。レポート書くとなると、どうしても短くなるんで……」

「確かにそうだね。『いたずら好きな双子悪魔』なんて酷いモノだよ」

「使うだけで二枚ハンデスとか無茶通り越してバランス崩しに来てますよね」

 

『押収』といい『強引な番兵』といい、あの手のカードは異様に強くて困る。

 

「それで、キミは何のカードについてレポートを?」

「とりあえず『イレカエル』と『マスドライバー』について。……なんで一ターン一回の制限かけなかったんスかね特に前者」

「『カエルドライバー』は酷かったね……。確か世界大会で皇〝弐武〟清心が使ったんだったかな」

「あの試合は酷かったッス。蘇ってくるカエルをひたすらマスドライバーで相手に叩きつける映像は最早シュールでしたね」

「しかも爆笑しながら煽りまくって相手がキレて殴りかかり、一時中断したんだっけ」

「最早伝説ですよあれは」

 

 ちなみにその時の相手が現在アメリカの刑務所にて服役中のドクター・コレクターである。彼はこの試合から時を置かず摘発されたという経緯があり、それもあってこの話は有名だ。

 

「まあ、もう終わりますよ。――禁止理由:皇清心のせい、っと」

「あながち間違いじゃないね」

 

 うんうんと頷く吹雪。そういやあのジジイ、最近こっちに連絡してこないななどと宗達が思った瞬間。

 

「た、大変ッスよ宗達くん!!」

 

 大声と共に食堂の扉を開け、丸藤翔が入ってきた。思わず、うわ、と宗達が面倒臭そうな表情を作る。

 

「オマエがそういう時は大体本気で面倒臭いんだが」

「どうしたんだい?」

 

 吹雪の促し。それに対し、翔が言葉を紡ごうとして。

 

「――おお、ここかクソガキ」

 

 聞き覚えのある声と共に、その人物が現れた。初老の領域に差し掛かっているとは思えない迫力を纏い、その人物は言う。

 

「ちょっと付き合え。話はつけてあるぜ?」

「いきなりなんだよクソジジイ」

 

 流石の吹雪もその人物の登場で固まる中、面倒臭そうに宗達は応じる。対し、男――皇〝弐武〟清心は言葉を告げる。

 

「ミズガルズ王国へ行く。オメェも来い」

 

 そして、彼は笑みと共に小さく告げた。

 

「――〝邪神〟が、そこにあるみてぇだぜ?」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 周囲に視線を送る。言い含めた通り、精霊たちはいないようだ。

 これで話を聞かれる恐れは無い。別にこちらは聞かれてもいいのだが、向こうにとっては都合が悪いだろう。そのための処置だ。

 さて、と烏丸澪は吐息を零した。そのまま眼前の男に言葉を紡ぐ。

 

「いきなり話せと言われて従う阿呆はそういないだろう。故の対話だ。……そちらも、私に聞きたいことがあるのではないか?」

「聞けば答えてくれんのか?」

 

 内容によるな、と澪は頷いた。腕を組み、常の微笑を浮かべながら。

 

「とはいえ、私に対する警戒もあるだろう。最初の手札はこちらからだ。

 ――ここ数日、私は心当たりのある場所を訪れていた。一連の流れにおける関係がありそうな場所に、な。その過程で妖花くんの故郷である東北にも出向いたが、そこで疑問を得たよ」

 

 妖花、という名前に男――藤堂晴が反応を示した。それを認めつつ、澪は更に言葉を重ねる。

 

「エクゾディア・ネクロス――あの地を支配していた精霊。妖花くんの加護を考えれば、その係累に連なる精霊がいることに疑問は無い。だが、徐々に違和感は募っていった。あの程度の精霊に、防人妖花が加護を与えられているはずがない」

 

 防人妖花は何の疑問もなく世話をするべき相手と認識していたが、それがおかしい。もしあの地にネクロスが繋がれ、その力を〝防人〟が得ていたとするならば。

 防人妖花の力と才能は、もっと矮小なものであるはずだ。

 

「彼女の加護の本質はもっと強大だ。故に私は一つの仮説を立てた。エクゾディア・ネクロス――かの精霊を〝防人〟とあの地は封じていたわけではない。あの地に防人妖花を封じ込め、隠すためにあの精霊はあの地にいたのだと」

 

 逆なのだ。精霊の為に防人妖花という巫女がいるわけではない。防人妖花という巫女のために、あの精霊は存在していたのだ。

 

「……その話に根拠は?」

「それを得るための先程の問いだ。全ては仮説。しかし問いの答えによってそれが答えとなる」

 

 問おう、と澪は言った。

 

「〝防人〟とは何だ? かつて起こったという〝悲劇〟との戦いで、何があった?」

 

 その問いに、晴は一度息を吐いた。そして、静かに語り始める。

 

「別に難しい話じゃねぇ。力を持った存在が責務を果たそうとしてできなかった。それだけの話だ」

「…………」

「俺が関わったのは偶然だよ。本当に偶然だ。――本来、〝防人〟ってのは人と精霊の橋渡しをする一族のことを指していたらしい。今はもうたった一人になっちまったが、昔は全国にその血は受け継がれていた」

 

 それは澪も精霊たちから聞き出したことだ。防人妖花は文字通り最後の一人であり、同時に最高傑作でもあると。

 

「昔はそれこそ精霊――神々と対話が出来るってのは重要だったからな。だが、時代が移り変わると共に数はどんどん減っていき、今はもう一人だけだ。その一人が最高傑作だってんだから笑えるが」

「時代と共に役割を失った一族か」

「文字通りの役目も随分昔に終えてたらしい。だから、本当の意味でただ続いていただけで、先代より前はそれこそ復権を目指してたらしいが先代はそうじゃなくてな。……そしてだからこそ、〝悲劇〟との戦いになった」

 

 三千年の長きに渡りこの世界を漂い続ける最古の大怨霊。その力は最早、〝神〟にすらも届き得る。

 

「最高傑作の誕生とほぼ同時期に補足できた〝悲劇〟という存在。こうなると、それは最早偶然じゃないってのが周囲の考えでな」

「〝悲劇〟が現れたからこそ防人妖花という存在が生まれた、か」

「馬鹿げた話だとは思うが、そういうことはよくあることらしくてな。……そして、先代の二人はそれが受け入れられなかった。思ったんだそうだ。

 ――〝この子には、己の為に生きて欲しい〟ってな」

 

 その言葉に澪は眉をひそめた。それは、つまり。

 

「妖花くんの両親は、そのために散ったということか?」

「勝算はあったんだ。だが、様々な偶然がそうさせなかった。……最悪だったのは、何も知らない家族を巻き込んだことだったな。子供は助かったが親は〝悲劇〟に殺されて、それを救おうとした二人は相討つ形で〝悲劇〟の心臓と魂を分離した」

 

 そこからはあんたも調べただろう、と晴は睨むようにこちらを見る。

 

「魂は逃げやがってな。だが、重要な核である心臓はこっちにあったし、それさえどうにかできれば自然消滅するって結論が出た。そもそも〝悲劇〟は自分の名前も目的さえも曖昧になってるようなほとんど災害に近い存在だったからな。その存在を繋ぎ止めているであろう心臓って核を消滅させれば自己を保つことさえできなくなって消滅するだろう、って話だ」

 

 その消滅までの過程において失われるであろうモノについては織り込み済みなのだろうな、と澪は思った。三千年を生きる大怨霊――消滅するとしても、世界に与える影響は少なくないだろう。

 まあ正直どうでもいいので口には出さない。故に澪はつまり、と言葉を作った。

 

「その手段として選ばれたのが、精霊の中に封印し、共に消滅するという手段か」

「流石に消し去れるような軽い代物じゃなくてな。そういう決定が下された」

「下された、ということは。……成程、そういうことか。魔導師たちの円卓会議だな」

「どこまで掴んでんだよ……」

 

 呆れた調子で晴が言うが、別に情報を掴んだわけではない。見えている情報や事情から推測し、計算しただけだ。

 

「ドラゴン・ウイッチ。流石に私も気付くのが遅れたがな」

「気付かれないようにしてたんだから当然だろ。俺だって目の前にしても何にも気付かなかったし。

 ……気付いたのはあんたら三人の交流戦だな。あの時、何かがあいつに接触して、本来隠れているはずの存在が表に出てきた。忘れるはずがねぇよ。あんなもん」

 

 吐き捨てるように言う。その目はまだ終わっていないと雄弁に告げていた。

 

(……成程、あの時感じた気配はそれか)

 

 対し、澪は冷静にあの日のことを分析する。自分が相手と向き合った時に感じた強大な気配。あれがそうだったのだろう。

 

「そしてそれに色んな奴が気付いた。夢神、っつったか? 同情するぜ。あいつはただ巻き込まれただけだ」

「その因果がどこから始まっているかにもよるがな」

「…………」

 

 晴が息を詰めた。澪は更に言葉を続ける。

 

「心臓を己の身に封じ込め、その存在自体を隠匿し、緩やかな消滅を目指した精霊――ドラゴン・ウイッチ。彼女の犠牲によって目的は達成されるはずだった。それを少年が拾ったわけだが、少年の偶然とはそこからが始まりか?」

「……どういう意味だ?」

「日本には『縁』という考えが息づいている。そんな場所において、誰からも認識されなくなったカードと、誰からも認められなくなった少年の出会い。それが始まりというのは少しでき過ぎだ」

 

 問おうか、と澪は言った。

 

「キミたちが〝悲劇〟と戦った時に巻き込まれ、生き残った子供は……どうなった?」

「――――」

 

 晴が言葉を失った。同時に、やはりか、と思う。

 

(気にかける余裕すらなかったのだろうな)

 

 それが悪いとは思わない。彼自身は何も言わないが、先代防人の二人が死んでいる以上、彼自身も相応の深手を負っていたはずなのだから。

 

「それが縁となったのだろう。根深い話だ」

 

 そして、更に救いの無いことがある。

 

「これは推測だが、少年は〝白の結社〟による浸食を受けた。しかし精神にまで干渉されてはいずれドラゴン・ウイッチに辿り着かれることになる。それを避けるための防衛行動だろうな。だが――」

「――あの子供には、それを受けきれるだけの器が無かった。目が見えなくなったんだってな? 器が壊れたってことだ。〝悲劇〟の心臓を受けとめることができる人間なんざ、当代の〝防人〟くらいだろ」

 

 晴が肩を竦める。これで大方の謎は解けた。

 誰が誰にとっての敵であり、己の探すべき敵が誰なのかをようやくだ。

 

「……とりあえず、私の目標は決まったな。少年と直接相対した者を殺せばいい」

「随分と肩入れしてるんだな」

「理由が聞きたいか?」

「興味ないからいいわ」

 

 肩を竦める彼に小さく笑いを返し、澪は彼に背を向けようとした。その彼女に、いいのか、と晴は言葉を紡ぐ。

 

「まだ重要なことを一つ、聞いてないだろ」

「何をだ?」

「〝眠り病〟についてだ」

 

 その言葉に、ああ、それかと澪は思った。

 恩人がそれに侵されていた。ずっと眠ったままで、どうにもできなくて。

 

「いいんだ、それについては」

 

 弟の銀次郎は違う。彼にはまだ、残っている。

 けれど、自分には。

 烏丸澪には、もう。

 

「私には、あの場所に行く理由がなくなったから」

 

 小さな音が、澪の左手首で鳴る。

 小さな数珠が、着けられていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 多重の結界が張られ、純白の円卓が置かれた部屋。

 そこに、その者たちは集っていた。

 

「よくぞ集まってくれた」

 

 最後に椅子に座った精霊――この地、魔法都市エンディミオンの主が静かに告げる。

 

「――これより、円卓会議を執り行う。議題は一つ。〝悲劇〟の心臓を持つ人間の処遇だ」

 

 席に座る他の十二柱と、その護衛として立つ精霊たちが居住いを正した。

 

「この地に永久封印を行うか、それとも別の道を探るか。決めるとしよう」

 

 神聖魔導王エンディミオン。

 魔導の王たる精霊と、彼と共に席に座す者たちが頷きを作る。

 

 世界は、変革を迫られる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 砂漠に、一つ影があった。

 小柄な少女だ。大の字になって地面に倒れ込んでいた彼女は、ゆっくりと身を起こす。

 

「いたた……無茶苦茶やな。引き分けやなんて……」

 

 頭を押さえながら少女は呟く。そして携帯端末を取り出すと、自身の居場所を探り始める。

 

「しゃちょーの言う通り衛星式にしといて正解やったな……。で、ええと、ここは――」

 

 電子音と共に現在地が表示される。その名を見て、少女は眉をひそめた。

 

「――ミズガルズ王国?」

 











アクションデュエルでカエルドライバーやったら凄く楽しそうだと思いました(KONAMI感)
高速で発射されるカエルが相手のアクションカード取得を妨害……これはイケる。やられたら確実にキレますが。




誰が味方で誰が敵で、そもそも何と戦って何を目指すか。
実はそれがわかりにくい戦いですよね二期は。

さてさて、この先どうなるのやらということでひとつ。


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第十一話 王国へ

 

 

 

 

 

「何故、手を伸ばすのですか?」

「――諦められないから」

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 アカデミア本島より出発したヘリコプター。そこにはパイロットの他に三つの人影があった。

 

「くっく、まさか本気でついてくるとはなァ。度胸あるじゃねぇか嬢ちゃん」

「女は度胸。違いまして?」

 

 笑みを浮かべた皇〝弐武〟清心の言葉にそう応じたのは藤原雪乃だ。通常、彼を前にするとどうしても委縮してしまうものなのだが、雪乃は堂々と向かい合っている。

 

「言うねぇ、嬢ちゃん。気に入ったぜ。そこのクソガキには勿体ないくらいだ」

「相応しい、相応しくない――共にあるということはその程度では語れないと思います。共に在ることでどこまで高みに昇っていけるか。それこそが第一なのではありませんか?」

「成程、ますます気に入った。いい女を見つけたじゃねぇかクソガキ」

「そうだな。それは俺の数少ない誇れることだよ」

 

 肩を竦めて言うのは雪乃の隣に座る如月宗達だ。そんな彼の言葉に、あら、と雪乃はどこか嬉しそうに微笑む。

 

「どうしたの? 珍しいわね、アナタがそんなことを言うなんて」

「いや、別に? 色々あったしなー」

「最後の方、オメェは見てただけだろうよ」

「なんで〝三幻魔〟のこと知ってんだよ」

 

 言葉には何も返ってこなかった。まあ、大徳寺先生の友人という話であるし、そういうところから知ったのだろうが。

 

「さて、一応自己紹介をしとこうか。――皇〝弐武〟清心だ。所属は……今のところは無所属だな」

「前回はそれどころではありませんでしたしね。――藤原雪乃です。所属はデュエルアカデミア本校二年ですね」

 

 互いの一礼。それを視界に収めつつ、それで、と宗達が問いかけた。

 

「とりあえず来いっつーからこうしてるわけだが、そろそろ目的喋れよ」

「あん? 目的?」

 

 何を言っているんだこいつはという目で見られた。心底イラッ、としたが努めて冷静に言葉を紡ぐ。

 

「とぼけんなよ。雪乃も巻き込んで〝ソーラ〟なんて馬鹿げた兵器作ってる国に乗り込むなんざ、普通に考えて異常だろ」

「この俺がいる時点で普通、なんてのは無意味なわけだが。……そうだな、丁度いい。少しお勉強だ」

 

 言うと清心は己の身を背もたれに預けた。そしてまず第一に、と言葉を紡ぐ。

 

「オメェさんたちはミズガルズ王国について何を知っている?」

「何を、って……〝ソーラ〟とかいう衛星兵器作って色んなとこから非難されてる国だろ?」

「それ以外には?」

「それ以外?」

 

 宗達が首を傾げる。阿呆だな、と清心が笑うと、雪乃が静かに言葉を紡ぎ始めた。

 

「ミズガルズ王国はヨーロッパ圏にある小国よ。豊富な地下資源と技術力に支えられた国ね。反面、国土が小さいこともあって食料自給率は低く、そのせいで足元を見られることもあるみたい」

「ほう、詳しいじゃねぇか」

「一般教養の範囲内です」

 

 ふふ、と微笑む雪乃。その姿を見て、清心は宗達に向かって大仰に息を吐いて見せた。

 

「いいかクソガキ、頭が良いってのはこういうことを言うんだ。オメェのそれは小賢しいってんだぞ?」

「やかましい」

「ああ、そういやオメェは落ちこぼれなんだったな?――馬鹿が」

「ぶっ飛ばすぞテメェ」

 

 ある意味ではいつも通りの会話だ。雪乃もこの二人のやり取りについては放っておくつもりのようだが、しかし、彼女にもやはり気になる部分はある。

 

「ところで、結局どうして私たち――いえ、宗達を?」

「自分を下に置くところが奥ゆかしいねぇ嬢ちゃん」

「私はあくまで宗達についてきただけですから」

 

 雪乃が肩を竦める。清心は腕を組み直すと、色々あるが、と言葉を紡いだ。

 

「ちと放っておけねぇ状況でな。ミズガルズ王国は――というよりあの王家については、俺も無視できる相手じゃねぇ」

「先代国王陛下のことですか?」

 

 雪乃の問いかけに清心は驚いた表情を浮かべた。そのまま、へぇ、と凄みのある笑みを浮かべる。

 

「何者だ嬢ちゃん」

「藤原雪乃。今は如月宗達の恋人です」

「ふん、藤原っていったな。藤原――ああ、成程。あの男の孫娘か」

 

 何かに思い当たったのだろう。清心は更に笑みを濃くし、成程な、ともう一度笑った。

 

「見た目は随分と似てねぇが、その論調は似てる。そうか、あの男の孫か」

「おじい様を御存じなのですか?」

「昔にな。最近復帰したらしいじゃねぇか」

「はい。おかげさまで」

 

 明らかな営業スマイルを浮かべる雪乃。くっく、と清心は笑った。

 

「いいねぇ、嬢ちゃん。気に入ったぜ。――で、目的だが。ミズガルズ王国の先代とは少しばかり縁があってな。その辺を清算しに行く」

「清算?」

 

 宗達が眉をひそめる。妙な言い方だ。清算するという言い方は、まるで縁を切るという風にも聞こえる。

 

「妙な言い方だな」

「そりゃそうだろう。今の国王――いや、戴冠式がまだだから王子か。そいつが大したことねぇようなら、俺にすることはねぇ」

「じゃあ何で俺らを巻き込んだんだよ」

「言っただろう? 〝邪神〟がいる、と」

 

 その言葉に宗達は眉をひそめた。雪乃には結局、自分が持っている〝邪神〟については語っていない。雪乃も聞いてこないということもあって、話していないのだ。

 雪乃の方へと視線を送る。すると、雪乃は静かに首を左右に振った。

 そのことに内心で礼を言い、宗達は清心へと言葉を紡ぐ。

 

 

「〝邪神〟か。けどよ、確か最後の一枚は所有者が割れてたんじゃなかったか?」

「オメェの持ってるそれが唯一の所在不明のカードだったからな」

「じゃあアレか。持ち主がミズガルズ王国にいるってことか?」

「だったら楽だったんだがな」

 

 肩を竦めてそう言うと、清心は一枚の写真を取り出した。そこに写っているのは金髪の男性だ。デュエルディスクを着けている所から、おそらくデュエリストなのだろう。

 

「なんとなく予想はできるが、誰だよ?」

「ジョージ・ブロッシュ。A級カードプロフェッサーだ。ギルドじゃ古参のベテランだな」

 

 カードプロフェッサーという言葉に宗達は眉をひそめた。その呼称には良い印象が無い。いきなり喧嘩を売られた挙句〝邪神〟まで出す状況に追い込まれたのだから当たり前といえば当たり前だが。

 

「で、そのプロフェッサーがどうした?」

「俺も昔から知ってる阿呆なんだがな。二ヶ月前から行方不明で、一週間前に見つかった」

「……嫌な前振りだな」

「良い予感はしないわね」

 

 呟きに雪乃も頷きで応じる。だろうな、と清心も頷いた。

 

「その予想は当たりだ。――発見された時、外傷が一切ないまま絶命していた」

 

 隣で雪乃が息を呑んだ。宗達は、成程、と背もたれに体重を預けながら言葉を紡ぐ。

 

「そのプロフェッサーとやらが、ミズガルズ王国に行ってたってことか?」

「そうだ。しかもここ一年頻繁に行ってたみたいでな。しかもプライベートで、隠れるように。まあ、何かあると考えるのは妥当だろうよ」

 

 その言葉に宗達も頷きを作った。だが、疑問は残っている。

 

「何で俺たちを? 〝邪神〟とかかなりヤバい案件だろ」

「だからこそ、だな。前にも言ったが知られたら面倒事が増える。そもそも〝三幻神〟に対抗するために生み出されたのが〝邪神〟だ。その役目を失って、災厄振りまくだけになってるのを迷惑がられてるってのも皮肉なもんだが」

「そこまで危険なら破棄するなり燃やすなりすりゃいいのにな」

「死にたいならやってみるか?」

「遠慮しとく」

 

 肩を竦める。すると、まあ、と清心は言葉を紡いだ。

 

「あまりそこは気にすんな。オメェたちを連れてきたのは万一の保険だ。旅行とでも思っとけ」

「旅行ねぇ」

 

 何か忘れてる気がするが……まあいいだろう。

 

「あら、それじゃあ観光でもしようかしら」

「いいな、それ」

「まあ宿の方は手配してやる。俺に迷惑かけねぇなら好きに過ごしな」

「呼ぶなよ。てかテメェに言われたくねぇ」

 

 言うと同時、ヘリが大きく揺れた。外を見れば、空港に着いたらしい。ヘリポートが見える。

 

(しかし、〝邪神〟ねぇ……)

 

 一時期、特に〝三幻魔〟との戦いの時は鬱陶しいほどにこちらへと干渉してきたのだが、最近はほとんどこちらへと干渉してこなくなり、随分と大人しい。

 動いてきたら動いてきたで鬱陶しいことこの上ないので静かなのはいいのだが、沈黙しているのもそれはそれで不気味だ。

 

(まあ、別にどうでもいいか)

 

 その時が来たら対応を考えればいい。今は今だ。

 

「そういえば、宗達。寮のことはいいの?」

「ん? ああ、まあ、大丈夫だろ多分」

 

 雪乃の問いかけに、宗達は軽い調子で応じる。

 

「なんだかんだで、どいつもこいつも頼れる連中だ」

 

 究極的なことを言えば、宗達はいてもいなくてもあの寮にとっては同じだ。戦力として上位にいても、リーダーにはなれない。ならばこの状況においてやれることはほとんどないのだ。

 

「良かったわね、宗達」

「何がだ?」

 

 雪乃の微笑。そのまま彼女は。

 

「やっと、自分を置いておける場所を見つけられて」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 しばらく行方を晦ましていた人物からの連絡に、海馬瀬人はいつも通りの鋭い声色で応じた。相手の口調は相変わらずで、海馬は呆れと共に言葉を紡ぐ。

 

「言い訳を聞こうか、美咲」

『いやその、なんというか。……ごめんなさい』

「素直に謝罪したことは認めてやろう。……それで、丸二日姿を消したと思えばいきなりミズガルズ王国にいるなど、何のつもりだ?」

『丸二日消えてたこともミズガルズ王国におることも原因がよーわからんのですよ。まあ、理由はわかっとるんですけど』

「ふぅん、貴様が言っていた〝悲劇〟とやらか。随分と非ィ科学的な話だが」

 

 一度目の連絡の際に桐生美咲から側近である磯野へとある程度報告が行なわれている。その報告書に海馬も目を通したのだが、どうもオカルトな部分が目立っているのだ。

 

『まあ、気持ちはわからんでもないですけども』

「……まあ、いい。とにかく、見つけたのだな?」

『――はい』

 

 海馬の問いかけに、美咲は即答で応じた。その言葉に、そうか、と海馬は頷きながら椅子に背を預ける。

 

「ならば、最大限の援助をしてやる」

『ありがとうございます』

「それが貴様との契約だ。……わかっていると思うが、美咲」

 

 声を低くし、海馬は呟くように言う。

 

「――貴様に敗北は許さん」

 

 その言葉に、電話の相手は微笑を零す。

 

『当たり前ですよ。ウチはずっと、このために生きてきたんですから』

 

 そして通話が切れる。初めて出会った時から彼女がずっと願い、目的にし続けてきたこと。それがようやく結実しようとしている。

 

(だが、まさか倫理委員会とはな……)

 

 面倒な連中程度に思っていたが、ここまで邪魔をしてくるとなると……本当に対応を考える必要が出てきそうである。

 さてどうしたものか――そんなことを考えていると、部屋の扉がノックされた。

 

「城井です」

「入れ」

 

 呼び出していた人物の来訪に、海馬は入室を促す。失礼します、という言葉と共に一人の女性が入ってきた。

 真面目そうな印象を受ける年若い女性だ。桐生美咲のマネージャーである城井――その女性がこちらへ一礼する。

 

「お呼びと聞きましたが……」

「忙しいところを呼び出した。貴様の担当している桐生美咲だが、しばらくの間活動を休止することが決定された」

「え――」

「それに伴い、貴様にも休暇を与える。聞けば美咲のマネージャー業務のせいでほとんど休めていなかったようだな。これを機に体を休めるといい」

 

 言い切ると、海馬は視線を手元の資料に落とした。そんな彼に対し、あの、と城井が声を上げる。

 

「それは、先日の件が原因でしょうか……?」

「……ない、と言えば嘘になる。だがそれはきっかけに過ぎん。それに、あの小娘がこの程度でへこたれるような器ではないことは貴様も知っているだろう?」

 

 その言葉に、城井は迷いを見せながらも頷いた。そして彼女が一礼して出ていくのを見送ると、海馬はそばに控えていた磯野へと声をかける。

 

「――磯野」

「はっ」

 

 傍に控えていた黒服が一礼する。海馬は睨み据えるようにして彼女が出て行った扉を見つめながら、静かに彼へと指示を出した。

 

「ミズガルズ王国へ人手を回せ。美咲が必要と判断した場合、すぐにでも介入できるようにしろ」

「よろしいのですか?」

「国の思惑など知ったことか。どうせ何もできんし何もしようとしない。ならば少しでもコントロールできるようにしておくべきだろう。そしてもう一つ。あの女にも監視をつけておけ」

 

 その言葉に磯野が驚きの表情を浮かべた。海馬はそんなことなどおかまいなしに言葉を続ける。

 

「杞憂で済めばいい。だが、あの目は気になる」

「……わかりました。手配しておきます」

「ああ」

 

 頷く。そして改めて資料へ視線を落そうとすると、磯野が思い出したように言葉を紡いだ。

 

「瀬人様。もう一つご報告が」

「なんだ?」

「烏丸澪嬢が完全に行方を晦ましました。監視をしていた者たちも、いつの間にか眠らされていたらしく……」

「ふぅん、小娘が」

 

 手を組み、思案する。リスクとリターンを天秤にかけ、彼女の思考を予測する。

 

「……まあ、いい。放っておけ。あの小娘については下手につつけば藪蛇となりかねん」

「承知しました」

 

 磯野が頷き、指示を与えるために部屋を出ていく。それを見送ると、海馬は一人呟いた。

 

「……俺の知らないところで、何が起こっている……?」

 

 その呟きに対し、答える者は。

 誰も、いなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 周囲を無数の兵隊に囲まれている。

 現在の状況を一言で説明すると、まさしくそれだった。銃口こそ突きつけられていないが、周囲を取り囲む兵隊たちは皆一様に緊迫した空気を纏っており、そのせいで空気が重い。

 隣の雪乃は相変わらず表面上は平然としているが、いつもより立ち位置が僅かにこちらに近く、また腕組みしている手に力が篭っている辺り、内心はかなり焦っているはずだ。

 まあそれを冷静に見ている宗達自身、余裕綽々というわけではない。最悪力ずくで――それこそ〝邪神〟の力を使ってでも逃げるつもりであるし、その場合は目の前にいる元凶を生贄にする気満々だった。

 

(まあ、ジジイが余裕そうだし大丈夫なんだろうが)

 

 とはいえ、目の前の元凶は相変わらずの笑みを浮かべている。宗達がゆっくり構えているのも皇清心という男が平常という理由もあるのだ。

 

「目的は何だ?」

「だから言ってるだろうが。皇清心が来た、って上に伝えな。それだけでいい」

「貴様……」

 

 先程からこの会話の繰り返しである。清心の態度がかなり悪いので――いつものことだが――周囲の兵たちも殺気立ち始めていた。

 まあ確かに仕方がないと言える。〝ソーラ〟という大量殺戮兵器の開発により、ミズガルズ王国は国際的にかなりデリケートな状況にあるのだ。そんな国にいきなり皇清心などという人間が現れたら警戒せざるを得ないだろう。

 

「……つーかアポ取ってねぇのかよジジイ」

「俺ァ忙しいからなァ……。アポ取ったところで行くかどうかすら怪しい」

「そんなんだからこの状況になってんじゃねーのか」

「さァな。まあ、見てろ」

 

 笑みを浮かべて肩を竦める清心。それに合わせるように、奥から一人の男が現れた。佇まいと階級章から察するに、ここの責任者だろう。

 

「ミスター・スメラギを名乗っているのは貴様か」

「んん? オメェさんは……」

「王宮警備隊隊長、ヴィーノ・マックスだ。……成程、確かに私の知る英雄の姿と似ている。だが、今我が国にあの英雄が訪れる理由がない」

「ほお」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべて応じる清心。彼は両手を広げると、それで、と問いかけた。

 

「ならどうする?」

「本当に英雄だというのであれば、その実力を見せてもらう」

 

 そう言って、ヴィーノはデュエルディスクを取り出した。それを受け、清心も笑う。

 

「いいねぇ、わかりやすい。――なら教えてやる。オメェの言う英雄は、今も変わらずここに君臨してるってな」

 

 そして、互いにデュエルディスクを構える。

 

「「決闘!!」」

 

 その光景を見て、ポツリと。

 

「……英雄、っていうより、ラスボスだよなアレ」

「……まあ、ヒーローというには違和感あるわねぇ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 向かい合う二人の決闘者と、それを見守る者たち。依然として周囲を取り囲む兵士たちは銃を構えており、異様な空気が流れている。

 だが、それとは別に周囲の兵士たちからは一種の期待感のようなものを感じもする。成程確かに、『英雄』なる人物が目の前にいればそうなるのかもしれないが。

 

「先行はそちらに」

「ほう、いいのかい?」

「実力を確かめるのが目的だ」

 

 ヴィーノが頷きながら言う。清心が口笛を鳴らした。

 

「いいねぇ、その実直さ。嫌いじゃねぇ。いいだろう、なら俺はフルモンスターで相手してやる」

「何……?」

「さあ、俺の先行だ」

 

 笑みを浮かべたまま手札を引く清心。周囲の兵士たちがざわめきを漏らし、隣の雪乃も首を傾げた。

 

「フルモンスター……デッキ構成をモンスターだけで行うということかしら?」

「そういうことだろうな。理論上可能だが普通はしないやり方だが……」

 

 魔法・罠ゾーンにセットできるモンスターである『白銀のスナイパー』や『AF』といったモンスターの存在や、シンクロの登場により強力なモンスター効果を持つモンスターが増えたこともあり、あくまで理論上という形で考察はされてきた。

 とはいえ、先程例に挙げたAFなどはむしろそのサポートカードである魔法・罠があってこそ真価を発揮するというカテゴリーでもある。そういう意味でフルモンスターは狂気の沙汰とも呼ばれるデッキ構成なのだが……。

 

「俺は手札より、『コアキメイル・デビル』を召喚」

 

 コアキメイル・デビル☆3風ATK/DEF1700/800

 

 現れたのは青い体躯をした悪魔だ。悪魔族で風属性モンスターという珍しいモンスターである。

 

「コアキメイル・デビル……?」

「コアキメイルはエンドフェイズに共通効果として維持コストがかかるが、まあそれは置いておいていい。コアキメイル・デビルが存在する限り、メインフェイズに発動する光及び闇属性モンスターの効果は無効化される――こっちのほうが重要だ」

 

 疑問符を浮かべた相手に清心がそう言葉を紡ぐが、周囲には困惑の空気が広がるだけだ。そんな中、雪乃がつまり、と言葉を紡ぐ。

 

「メインフェイズでありコントローラーのという指定がないということは、そのモンスターがいる限り『終末の騎士』に代表される召喚時効果は光と闇において無効化され、また、手札、墓地で発動した場合も無効になるということかしら?」

「おお、よくわかってるじゃねぇか嬢ちゃん」

「ありがとうございます」

 

 くくっ、と楽しそうに笑う清心に一礼する。その隣で、宗達が引き継ぐように言葉を紡いだ。

 

「要するに『エフェクト・ヴェーラー』は使えなくなったっつーことだな」

「成程、モンスターのみであるという構成上最大の弱点である効果無効に対する対策というわけか……」

 

 納得したようにうなずくヴィーノ。だがコアキメイル・デビルにも勿論弱点はある。自身もまた光と闇のモンスター効果が無効化されてしまう上に、維持コストがかかる。それをどうクリアするつもりか……。

 

「更に俺は手札の『星見獣ガリス』の効果を発動。デッキトップのカードを墓地へ送り、それがモンスターだった場合そのレベル×200のダメージを与えて子のモンスターを特殊召喚する。デッキトップは『レベル・スティーラー』だ。200ダメージを与え、特殊召喚」

 

 ヴィーノLP4000→3800

 星見獣ガリス☆3地ATK/DEF800/800

 

 微々たるダメージだが先制の一撃が入る。成程、とヴィーノが頷いた。

 

「普通のデッキならばギャンブルとなる効果を、フルモンスターにすることで確実に成功させているということか。だがこの程度のダメージならば何の問題もない」

「くっく、わかってねぇなァ……。オメェさんはもう、詰んでるんだよ」

「は――」

「星見獣ガリスを手札に戻し、『A・ジェネクス・バードマン』の効果を発動」

 

 A・ジェネクス・バードマン――場の表側表示モンスターを手札に戻すことで特殊召喚できるチューナーモンスターだ。ガリスが清心の手札に戻り、本来ならバードマンが現れるはずだが……。

 

「――バードマンは闇属性。よって効果は無効となり、場には特殊召喚されない」

 

 場に残ったのはコアキメイル・デビルのみだった。どういうことだとざわめく兵士たち。それに答えるように言葉を紡いだのは雪乃だった。

 

「成程……。コアキメイル・デビルはあくまで無効にするだけ。発動できないわけではなく、また、破壊もしない」

「要するにコストは問題なく発動するってことだな。バードマンの場合、手札に戻す部分はあくまでコストだ。無効の範囲には含まれてない」

 

 二人の解説を聞き、周囲の兵たちが納得したようにおお、と声を漏らした。同時、ヴィーノの表情が変わる。

 

「待て……。それでは、つまり」

「先行一ターンKILL。……悪いな」

 

 笑み。そして、それが紡がれる。

 

「――これで終いだ」

 

 防ぐ手段はない。

 ヴィーノは茫然とした表情のまま、己のLPがただ減っていく様を見つめていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 夜。ホテルの一室でシャワールームから聞こえてくる音を聞きながら、宗達は机の上に置いてある携帯端末を眺めていた。

 あの後あんまりとはいえばあんまりな決着に一部の兵士たちは納得がいかないようで文句を言ってきたのだが、そこへ清心が「負けたら相手に対して卑怯、か。くっく、随分と躾がなってねぇじゃねぇか。今の王の器が知れる」と挑発し、更にヒートアップした。

 相手が銃を持っているということもあり、雪乃を庇いながら宗達は逃げようとしたが無論そう上手くいくはずもない。さてどうしたものかと思っていると、奥から貴族らしき女性が現れた。その人物が兵士たちを下がらせ、清心といくつかの言葉を交わして今回はどうにか終わったのである。

 

(しかしあのジジイ、顔が利くってのは嘘じゃねぇみたいだな)

 

 女性の方は清心に銃を向けているという状況にかなり慌てていたし、謝罪の言葉も口にしていた。清心がああだから軽く流してしまったが、事前連絡もなく王宮に訪れてこの対応というのはいくら何でも異常だろう。

 本当によくわからない男だ。確かに世界ランカーとしては最古参であるし、嘘か本当かわからない噂も多い人物だが、彼はあくまで一般人のはず。〝邪神〟という例外こそあるが、それにしたってなぜあの男にその一角が預けられているのかという疑問があるのだ。

 

(考えれば考えるほど意味不明なジジイだな……)

 

 あの破綻した性格のせいで見失いそうになるが、皇清心という男はかつてプロフェッサー・ギルドの創設に関わっている。メインとなった初期構成メンバーはペガサス・J・クロフォードの秘蔵っ子が中心であったが、その他の外部メンバーは彼がスカウトした者が多いとは一部で有名な話だ。

 そしてその人物はというと、現在机の上に置かれた携帯端末で宗達と言葉を交わしている。

 

『で、そっちはどうだ?』

「どうも何も実は信用されてねぇだろクソジジイ」

『ほお?』

「盗聴器仕込まれてたぞ。とりあえず全部潰したが、多分これ隣の部屋からも盗聴されてるんじゃねぇか?」

 

 机の上に置かれた小型の機械に視線を向けつつ、ため息と共に宗達は呟く。清心は王宮内の客室に通されたが、宗達と雪乃はそうはいかず向こうの計らいでホテルへと通された。スイートがどうとか言っていたが断り一室ずつ普通の部屋を用意してもらったが、調べてみるとこれだ。

 

『よく気付いたじゃねぇか』

「人の荷物に探知機仕込んどいてよく言うぜ。……実際どうなんだ?」

『さてなァ。考えられるとすりゃアレだ、王子とはほとんど面識がねぇからな。向こうもはいそうですかと受け入れるわけにはいかねぇんだろうよ』

「成程ね……」

 

 ヘリの中でも繋がりはあくまで先代国王とのモノであると言っていた。個人でそれはどうかと思うが、この男なのでまあそうなのだろうと思うしかない。

 それに、宗達にとってミズガルズ王国自体は正直どうでもいい。彼はあくまで〝邪神〟の関係者として巻き込まれたのであり、国の情勢や最近噂の〝ソーラ〟のことなどは気にすべきことではないのだ。

 

「それで、情報はあったのか?」

『何とも言えねぇなァ。とりあえず何人か捕まえたが、全員知らんそうだ。ただまあ、何となくきな臭い気もするがな』

「ふーん。根拠は?」

『勘だ』

「当てにならねー……」

 

 こういう人間だった。宗達は息を吐くと、最後の質問を投げかけた。

 

「新しい国王とやらにはいつ会えるんだ?」

『明後日だな。だから明日は好きにしとけ。それが表立ってかどうかはともかく、監視はつくだろうがな』

「了解」

 

 明後日――その言葉に僅かに表情を変えると、宗達は通信を切った。同時、別途にゆっくりと倒れこむ。

 

(明後日か)

 

 元々その気はなかったが、これで本格的にレッド寮の件にはかかわれなくなった。心配はしていないが、気にはなる。

 

「さて、どうなるか……」

 

 どう転ぼうと受け入れるつもりではある。十代さえいれば悩む必要もなかったのだが……。

 

「……あの馬鹿、何してんだかね」

 

 呟いて、目を閉じる。

 妙に穏やかな気分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミズガルズ王国、玉座の間。近々行われる戴冠式で新たに国王となる人物は、来客に応じていた。

 

「……改めて問おう。貴殿の名は?」

 

 その言葉を受け、二人の男女を従えた青年が頷いた。

 

「斎王琢磨と申します、殿下。

 我らは〝白の結社〟――否、〝光の結社〟。迷い人を導くことこそ我らが使命」

 

 両手を広げると同時、宙に無数のカードが舞う。

 それらは規則的に空中で並ぶと、斎王の指示を待つように動きを止めた。

 

「――迷いを、抱えておられますね?」

 

 

 白が、浸食していく。

 世界が、歪んでいく。

 

 

 

 

 ――しかし。

 

 

 

 

「すまねぇ。道に迷ってさ。遅れちまった」

 

 

 極東の、小さな島に。

 希望は、まだ。

 

 

 










相変わらずやりたい放題なお人。
多分普通にデュエルしたいだけだったのに先行1KILLかまされるかわいそうな人がいましたね。





新年一発目がガリスワンキルという酷いことになってますがまあ平常運転平常運転。
さてさて、遂に次回、彼が復活……かもしれません。

というわけで、また次回お逢いできればと。
ありがとうございました。



新年もどうにかこうにか頑張ります。


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第十二話 犠牲になれと、世界は言った

 

 

 

 知ることとは、死ぬこと。

 だが知らなければ、選べない。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 魔導都市エンディミオン。王たる神聖魔導王エンディミオンが治める魔法使いたちの大都市であり、魔法使いたちの都市としては精霊界でも最大級の都市である。

 そもそも『魔法使い族』と呼ばれる種族は多様な特徴を持つ者の多い種族であり、その特徴として他種族の者と共生する者が多いというのが挙げられる。かつての大戦においては『戦士族』と共に連合軍を組織したこともあるし、『ドラゴン族』とは彼らと心を通わせることのできる魔法使いたちが共に暮らしている。

 だがそんな彼らにとってもやはり総本山とも呼ぶべき都市の存在は重要であるようで、多くの魔法使いたちがエンディミオンを訪れる。

 その過程で都市が大きくなっていくにつれ、今まで通りエンディミオン一人での統治には無理が出てきてしまう。そのため、王たるエンディミオンを中心とした有力者による円卓会議が設立された。

 基本的にはエンディミオンに縁のある魔法使いたち、それも高位の者が基本だが、一部協力関係にある別種族からも代表が会議には加わっている。

 現在の円卓会議に名を連ねる者は十二柱。第一席であり議長こそこの都市の王たる神聖魔導王エンディミオンだが、基本的に全員は同列だ。会議における決定が多数決によるものとなった場合、一度下された決定は基本的に覆らない。

 とはいえ、全員が常に集まれるわけではない。よほどのことがなければ招集がかけられることもないし、前回全員が集められたのは別次元における精霊世界、通称『Terminal World』が崩壊の危機に晒されたという余程の事態の時だ。

 しかし今回。会議場には十二柱の精霊と、その護衛という形で同行する精霊たちが集まっている。

 

 

 第一席、神聖魔導王エンディミオン

 第二席、ブラック・マジシャン

 第三席、魔導法士ジュノン

 第四席、ロード・オブ・ドラゴン―ドラゴンの守護者―(ドラゴン族代表)

 第五席、サイレント・マジシャン

 第六席、ギルフォード・ザ・レジェンド(戦士族代表)

 第七席、アーカナイト・マジシャン

 第八席、紫炎の老中エニシ(天下人紫炎の全権代理)

 第九席、冥府の死者ゴーズ(冥王竜ヴァンダルギオンの全権代理)

 第十席、カオス・ソーサラー(カオス・ゴッデス―混沌の女神―の全権代理)

 第十一席、墓守の大神官(墓守代表)

 第十二席、精霊術師ドリアード

 

 

 ほぼ全員がそれぞれ背後に護衛を連れた状態で席に座っている。それを確認すると、エンディミオンは一度全員の顔を見回し、厳かに告げた。

 

「今日はよくぞ集まってくれた。すでに聞き及んでいると思うが、今日の議題は現在異空間にて一時的に封印している〝大怨霊〟の心臓についてだ」

 

 その言葉に対し、誰も驚いた様子は見せなかった。この件は極秘案件であり、知る者は都市内でも最上位の者たちぐらいだ。それでもここにいる者たちはそれぞれが何らかの手段でこの事実を知りえている。

 普段ならば時折鬱陶しくも思う情報収集能力だが、この局面ではありがたく思う。こんな厄介な状況、いちいち説明したくはない。

 

「現在、『魔導書の神判』の力によって別空間に封じ込めている。だがこれはあくまで一時凌ぎだ。そこで対策を考えたい。我が提案するのは、我らと神判の力を用いた完全封印だ」

「完全封印、か」

 

 頷くようにして呟いたのはロード・オブ・ドラゴンだ。その彼の言葉に頷きつつ、エンディミオンはサイレント・マジシャンへと視線を向ける。頷いたサイレント・マジシャン――最高レベルたるLV8の姿をしている――は歌うような声で説明を始めた。

 

「現在、神判の力を用いて精霊と人間、それぞれ〝大怨霊〟と深い繋がりを持つその二つを異空間に封印しています。完全封印とは、その空間を完全にこちらと切り離すことを示します。向こうには時の概念が存在しないため、こちらからもあちらからも干渉できない状態にできれば事実上の完全封印となります」

 

 ほう、と誰かが言葉を漏らした。この場に集まっている者はそのほぼ全員が〝大怨霊〟の脅威を知っている。完全封印――その魂と精神こそ健在だが、核たる心臓を〝大怨霊〟の手に渡らないようにできるならばそれ以上のことはない。

 

「その人間と精霊はどうなる」

 

 声をあげたのはまたしてもロード・オブ・ドラゴンだ。その言葉に迷いを見せるサイレント・マジシャンに代わり、エンディミオンが静かに告げる。

 

「犠牲となってもらう――これで満足か? 今更躊躇う理由などあるまい。人間の方はともかく、精霊の方はかつて我らの代わりに犠牲になろうとしてくれた気高き魂だ。その想いに報いることを、つまらぬ偽善で否定するか?」

「そう逸るな、エンディミオン。かつて我らのために犠牲になることを選んだ精霊はロード・オブ・ドラゴンの盟友だ」

 

 僅かに怒気を孕んだエンディミオンの言葉を窘めるのはアーカナイト・マジシャンだ。彼は本来王たるエンディミオンの部下とも呼べる立ち位置にいるが、遥か昔からの友人であるために砕けた言葉遣いをしている。

 エンディミオンはまだ何か言いたげだったが、口を噤んだ。その空気を変えるように、すみません、と精霊術師ドリアードが声を上げる。

 

「かつての戦いでは何故、完全封印ができなかったのですか?」

「できる状況ではなかったからだ」

 

 答えたのはギルフォード・ザ・レジェンドだ。それを引き継ぐように顎に手を当てて紫炎の老中エニシが言葉を紡ぐ。

 

「そうじゃのう。あの戦いで我ら六部の軍と連合軍は半壊し、多くの精霊が失われた。一度は人間界へと〝大怨霊〟が逃げ込んだが勇気ある人間たちが更なる痛手を負わせ、精霊界へと送り返し……どうにか、心臓を分離した。敗戦などとは決して言わぬが、勝利とは呼べぬ戦であったよ」

「当時はこの円卓のほとんどが負傷し、満足に状況の把握さえも覚束ない状況でした。しかし、時を置けば心臓を奪い返しに〝大怨霊〟は間違いなくやってくる。そうなる前にと苦肉の策で一柱の精霊がそれを受け入れ、己の存在を捨てる形の消滅を選んだのです」

 

 言葉を継いだのはブラック・マジシャンだ。当時のドリアードは独自の魔法を用いる、力の弱い魔法使い――主に『霊使い』と呼ばれる魔法使いを中心とした己の寄る辺を持たない者たちと小さな集落を築いており、〝大怨霊〟との戦いでも中心にいたわけではなかった。それ故に当時の経緯については詳しくなかったのだが、これでようやく理解できた。

 

「ありがとうございます。――その高潔な魂に、祈りと、感謝を」

 

 両手を合わせ、目を閉じ、ドリアードが祈りを捧げる。その姿を一瞥すると、エンディミオンが墓守の大神官へと視線を向けた。

 

「墓守の見解はどうだ。封印は可能か?」

「我らの見解では可能と出ています。かつて扉の向こう側――冥府へと〝名もなきファラオ〟が〝三幻神〟を封じたように」

「成程。そういうことならば信憑性はありそうですねぇ」

 

 頷いたのはカオス・ソーサラーだ。仮面から唯一伺える口元には笑みが張り付いており、考えが読めない。

 

「つまり、封印自体は可能な訳だ。根本的な解決にはならねぇが……心臓を封印することでどんなメリットがある?」

 

 問いかけるのは冥府の死者ゴーズ。その問いに答えるのはサイレント・マジシャンだ。

 

「かつての戦いで〝大怨霊〟を討ち滅ぼすに至らなかったのは、その人知を超えた精神と何より心臓という核の存在です。その精神が弱らぬ限り力を失わず、しかし、心臓という核が存在するが故に己を見失うこともない。心臓を封印すれば文字通り精神のみの存在となり、いずれその精神が摩耗し、滅びていくのが道理です」

「滅ぼせるわけじゃねぇのか」

「滅ぼすのであれば、いずれにせよ心臓と切り離した状態にしておくことが最優先事項です。肉体を失い、三千年という長きにわたって己を保ってきた自我。それを完全な状態とするのが心臓という核なのですから」

 

 最悪の事態は〝大怨霊〟が心臓を取り戻してしまうこと。サイレント・マジシャンは暗にそう告げていた。

 沈黙が下りる。それを打ち破るように、エンディミオンが言葉を紡いだ。

 

「それぞれの答えを聞きたい」

 

 封印するか、否か。

 その答えを決めるために、全員が思考を巡らせ――

 

 

「――夢神祇園。そして、ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―」

 

 

 ずっと黙っていた魔導法士ジュノンが、静かに告げた。全員がジュノンの方へと視線を向けるが、本人は気にした様子もない。

 

「さっきから聞いていれば、呆れたものね。誰一人、今から犠牲にしようとしている二人の名前を口にしないなんて」

 

 ため息と共に彼女は言う。エンディミオンが声を上げた。

 

「そのことに何の意味がある?」

「責任よ。私たちの選択で、二人の全てが失われる。私たちはそのことを自覚しなければならない。そして何より、彼らは自分から犠牲になろうとしたわけじゃないわ」

 

 その言葉に反応したのはロード・オブ・ドラゴンだった。だが彼が言葉を発する前に、エニシがふむ、と顎に手を当てて言葉を紡ぐ。

 

「しかし、ドラゴン・ウイッチ殿はかつて己の選択で犠牲になることを選んだのではなかったかのう?」

「かつてがそうであったからといって、今もそうであると決めつける理由は何?」

「――――」

 

 息を呑んだのは、果たして誰だったのか。

 ジュノンは、前任に響くように言う。

 

「全てを知り、理解し、その上で私たちは選択しなければならない。――さあ、選びましょう。世界のために」

 

 自嘲するように彼女は言い。

 そして、長い沈黙。

 

 

「……我は、封印に賛成する」

 

 

 最初に紡がれたのは、そんな言葉だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

暗闇の中、少年は手を伸ばす。

 その瞳から光を失おうとも。それでも、なお。

 這いつくばるようにして――手を伸ばす。

 

「何故、どうして」

 

 そんな少年を、今にも泣き出しそうな顔で見つめる女性。

 己の姿こそを答えとでもするかのように、少年は手を伸ばす。

 

「どうして、手を伸ばすのですか」

 

 その瞳から、涙が零れた。

 見ていられないとそう思いながら、しかし、目を逸らせない。

 ある意味ではあまりにも滑稽で、愚かな姿。

 ――しかし。

 いつだって彼女は見てきた。少年の歩んだ道を。生き様を。

 その折れぬ心が、彼を支えてきたのだから。

 

「――心なんて、とっくに折れてる」

 

 呟くように、少年は言った。

 そうだ、心などすでに折れている。

 絶望の始まった日。何もかもを失ったこと。

 そしてようやく手にしたモノさえ、光を失い、手から零れた。

 

 どうしてと、何度も叫んだ。

 涙を流さぬ日はなかった。

 ――けれど、それでも。

 皆は、自分を見捨てなかった。

 何より――

 

「ここで諦めたら、今までの全部が無駄になる」

 

 今更別の道など選べない。ここで立ち止まることは、何もかもを失うことと同じだ。

 

「だから、もう一度」

 

 一枚のカードに、指が触れる。

 そのカードを見ることはできない。だが、何のカードかはわかる。

 気付けなかったけれど。

 知らなかったけれど。

 彼女はずっと、僕を見守ってくれていたのだから。

 

「もう一度、一緒に戦って欲しい」

 

 闇の中で、嗚咽が響く。

 その声の主へ、少年は言葉を紡ぐ。

 

「――ドラゴン・ウイッチ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 封印に賛成する――最初にそう告げたのは神聖魔導王エンディミオンだった。全員の視線が彼に向けられ、王はゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「リスクとリターンがそもそも釣り合っていない。心臓を取り戻された時、またあの戦いを繰り返すことになることはわかりきっている。王としてそのようなことを認めるわけにはいかん」

「そのためならば、犠牲は仕方がないということですかねぇ?」

 

 煽るように忍び笑いをするのはカオス・ソーサラーだ。エンディミオンは表情一つ変えずにその言葉に応じる。

 

「大のために小を切り捨てるのが王たる我の義務だ。今更そのことについて議論の余地はない」

「懐かしいですねぇ、我らが女神と陛下の問答。あれで女神はあなたを評価したのですから」

「ふん……」

 

 どこか苦々しげに息を吐くエンディミオン。存在自体が少ない、光と闇を内包する一族――カオスの者たち。その女神でありリーダーでもあるカオス・ゴッデスとエンディミオンには浅からぬ因縁がある。

 

「今は関係のないことだ。……我は答えを出したぞ」

「――私も賛成だ」

「わ、私もです」

 

 エンディミオンの言葉が終ると同時にそう声を上げたのはブラック・マジシャンとサイレント・マジシャンだった。ある意味当然ともいえる二人である。

 

「神聖魔導王エンディミオンの言葉通り、リスクが大き過ぎるでしょう。その人間が〝巫女〟や〝王〟と呼ばれる存在であるならばまだしも、そうではないようですので」

「円卓の参加者として不適切な答えかもしれませんが、私は陛下の答えを支持します。かつての戦いでも陛下は犠牲を飲み込み、我々を守ってくださいました」

 

 それぞれの答えが紡がれる。その上、と腕を組んで言葉を紡いだのはブラック・マジシャンだ。

 

「犠牲がどうという議論をするのであれば、かつての戦いでそうするべきでしょう。我々は一度、犠牲を生むことを認めた。それを今更覆すというのも、筋が通らない。それこそかつての勇者たちに失礼です」

「……まあ、一理ある。俺も賛成だ」

 

 頷いたのはアーカナイト・マジシャンだ。普段の会議では旧友ということもあって大抵エンディミオンを引っ掻き回す回答をするのだが、この状況ではそれも憚られたのだろう。

 

「理由を説明するのは面倒だ。察してくれ」

 

 どこか投げやりに言うアーカナイト・マジシャン。ふん、とエンディミオンは鼻を鳴らした。

 

「いいだろう。……次の者は?」

「………………私も、賛成いたします」

 

 祈るように両手を合わせ、絞り出すように告げたのは精霊術師ドリアードだ。目を伏せ、彼女はゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「かつての戦いにおいて、私たちの集落にも大きな被害が出ました。もう二度と、あのようなことは繰り返したくありません」

 

 沈痛な面持ちをしているのは、かつてのことを思い出しているからだろう。それ以上のことをドリアードは話そうとせず、また、誰も追及はしなかった。

 これで賛成が5だ。会議の流れ自体は賛成に傾いているように思うが――

 

「――私は反対よ」

 

 その流れを断ち切るように、凛とした声が響く。

 魔導法士ジュノンが、睨み据えるように円卓の中心で鎖に縛られる魔導書の神判を見つめていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 光を失った瞳。その理由は、〝悲劇〟と呼ばれる大怨霊の心臓を受け入れた彼女と共にあったことが理由だった。

 

「かつての戦いにおいて、核たる心臓を滅する余力が私たちにはありませんでした。故に、守護者として竜たちを受け入れる器を持つ私が心臓を受け入れ、己自身に消滅の術式を刻んだのです」

 

 精霊は信仰がある限り消滅することはほとんどない。決闘によって消滅しても、どこかで新たな形に転生するだけだ。それでは心臓を消滅させることができないと考え、その術式を刻んだのだという。

 

「それが、誰にも認識されなくなるっていう……?」

「はい。絶えず自壊していく中で、誰からの信仰も受けなくなれば私はその存在ごと消滅します。打ち捨てられ、消滅するはずだったのですが……」

「……ウイッチを、僕が拾ってしまった」

 

 どうして祇園にドラゴン・ウイッチが認識できたのかはわからない。しかし彼は出会い、手にし、ずっと大切にし続けてきた。

 小さな少年の、僅かな想い。それが彼女への信仰となったのだ。

 それは奇跡であり、残酷な運命。

 

「僕のせいで、ウイッチは……」

「――それは違います、マスター」

 

 己から消えることを選び、自ら孤独へと堕ちたドラゴン・ウイッチ。

 気高くも美しきその決断は、しかし、決して彼女にとっての救いであったかといえば……そうではない。

 

「私にしかできない。私でなければならない。あの時、誰も口には出しませんでしたが、誰もが私にそれを望みました。それを否定することは私にはできず、私はこうなることを選んだのです。

 私は守護者でありながら、多くのドラゴンたちが、私の友たちが死んでいくのを見てきました。今更己の命を惜しむことなどできなくて、それが正しいと理解して、恐怖を飲み込んで……選択したのです」

 

 僅かに声が震えていた。恐怖だっただろう。すぐに消滅できるというのであればまだしも、その先に待っているのは底なしの闇だけなのだから。

 しかし、彼女に選択の余地はなかった。

 彼女を含む全てが、その選択を最善としてしまったが故に。

 

「世界が私に犠牲になれと言い、それを受け入れて。怖かったのです、私は。誰もが私を忘れてしまう。認識できなくなる。そんな中で消えていくのが怖くて怖くて仕方が無くて。

 ――けれど、あなたに出会えた。

 私は、あなたに出会えて……救われた」

 

 手を握られた。その手は思ったよりも小さく、温かい。

 

「マスター。あなたが見つけてくれたから、私は孤独の恐怖から解放されたのです。たとえ言葉を交わせずとも、姿を見ることさえ満足に出来ぬ身であっても。それでも私は、あなたに救われた。

 故に私は、あなたに問います。世界は我々に犠牲になれと、心臓を抱えたままに消えろと願うでしょう。あなたはそれを受け入れますか、マスター?」

 

 きっと、受け入れるのが最善で。それが、ドラゴン・ウイッチの選択した未来。

 そしてそれを、再び望まれている。

 

「最早マスターと心臓は切り離せない状態となっています。だからこそ私は〝破滅の光〟に抵抗し、そのせいでマスターの器が歪んでしまったのですから」

「……ねぇ、ウイッチ。聞かせて欲しいんだ」

 

 問いかける。変わらずこの目は見えないが、目の前に彼女がいるということだけはわかった。

 故に問う。ずっと己を見ていてくれた人に。

 答えを出すために、聞いておかなければならない。

 

「僕は生きても、いいのかな?」

 

 それは、彼が決して吐かなかった弱音。

 否定され続け、折られ続けた彼がずっと疑問に思っていたこと。

 

「生きていて欲しいと、私は願っています」

 

 生真面目な答え。けれど即答だった。

 嗚呼、と思う。

 僕は、ずっと。

 

「……前に、さ。言われたんだ。『過去だけしか見ていない』って。美咲との約束しか見ていない。今を見ようとしていないって」

 

 あの日、保健室のベッドの上で〝王〟と呼ばれる人は言ったのだ。

 ――私を見ろ、と。

 今ここにあるものを見ろ、と。

 その手にあるものをちゃんと見ろ、と。

 

「そんなことはない、と思ってたんだけど。病院で、することがなくて色々考えて。色んな人がお見舞いに来てくれた時、ようやく気付いたんだ」

 

 いつの間にか、こんなにも多くの人に出会って。

 そして、それを見てもいなかった自分に。

 

「〝ルーキーズ杯〟で美咲と戦った後から、どうしても調子が出なくて。ずっと理由がわからなかったけど、ようやくわかったんだ。僕には美咲との約束しかなくて、確かに澪さんの言う通り、それしか見てなかった」

 

 あの約束は夢神祇園にとっての救いであり道標。

 絶望しかない黄昏の日々の中で、彼女との約束だけが救いだったから。だから、それが全てであり絶対だった。

 

「昔と今とじゃ違う。十代くんたちみたいな友達も、新井さんや菅原さんみたいな先輩も、アヤメさんみたいに僕に期待してくれる人も。昔じゃ考えられないくらい、僕と会話をしてくれる人が増えて。

 だけど、さ。それでも僕の始まりは美咲との約束で。それが全てなんだ。だから」

 

 諦めない気持ちも。

 折れない誓いも。

 全て、あの〝約束〟があったから。

 

「――あの約束を果たさなければ、僕は未来へ進めない」

 

 それはゴールではなく、スタートライン。

 夢神祇園はまだ、始まってすらいない。

 愚かだと言われようとも。蔑まれようとも。それでも、最初に誓ったこの想いだけは。

 

「ええ、それでこそ――我が主」

 

 答えは得ました、と精霊は告げる。

 その声に、重き覚悟を纏わせて。

 

「我が主、最愛のマスター。あなたはこの戦いにおいて、一切の敗北が許されません。それでもよろしいですか?」

「敗北すれば?」

「文字通り、かつての戦いが繰り返されます。マスターの両親が失われたように、多くの血が流れることになるでしょう」

 

 重い選択だ。しかもこれは世界に対する反逆。世界は自分たちにそうならないために犠牲になれと言っているのだから。

 だが、それでいい。一人じゃない。ならば、きっと。

 

「うん、大丈夫。僕たちは一人じゃないよ。だから、きっと」

「はい、我が主。あなたに出会えて本当によかった」

 

 唇に、柔らかいものが触れる。

 驚き硬直する間に、吐息のかかるほどの距離で彼女は告げた。

 

 

「この世界が終わるまで。我が魂は、あなたと共に――……」

 

 

 それは、誓いの言葉。

 世界に見捨てられた者たちが、静かに復活の狼煙を上げた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 反対と、そう告げた魔導法士ジュノンは理由は一つ、と淡々と告げた。

 

「今の私の主――防人妖花。夢神祇園は、彼女にとって大切な存在よ。理由はそれだけ」

「例の〝巫女〟ですか……。主の想いを叶えるのは我々にとっては最優先事項ですが、その〝巫女〟が巻き込まれる可能性もあるのですよ?」

「巻き込まれないとでも思ってるの? すでに妖花の周囲では無数の精霊が陰から護衛をしているわ。あの子は人が生み出した最高傑作。単体で〝悲劇〟に対抗し得る可能性よ。私は封印なんて以前失敗したモノを信用する気はない。防人妖花が私の希望なの」

 

 言葉を投げかけてくるブラック・マジシャンにそう告げる。そのまま、ジュノンはいい、と全員に向かって言葉を紡いだ。

 

「他人の価値は個人によって変わるのよ。あなたたちにとってはどうでもいいかもしれない二人も、私にとってはそうではないの。我が主にとって大切な存在と、私の友。世界とどちらを選ぶかなんて答えが出てるわ」

「魔導法士。あんたは世界と二人を天秤にかけるのか?」

「かけるまでもないわ。私にとって主と友は、世界よりも重要だもの」

 

 アーカナイト・マジシャンの言葉に即座に応じるジュノン。そのまま彼女は沈黙するロード・オブ・ドラゴンへと視線を向けた。

 

「あなたもそうでしょう? ウイッチは、私たちの大切な――」

「――そうだ。我が得難き盟友だ」

 

 遮るようにロード・オブ・ドラゴンが頷いた。エンディミオンが待て、と声を上げる。

 

「ドラゴン族の長たる主が情に流されるか?」

「長といっても、統治しているわけではない。だが、そうだ。

私は――賛成だ」

 

 その言葉に一瞬円卓が言葉を失った。次いで、どうして、と声を上げてジュノンが立ち上がる。

 

「友に――あの子に死ねというの!?」

「かつて我が友は己の役目を認識し、それを選んだ。それを汚したくはない」

「ッ、どうしてよ! あんなに後悔してたのに――」

「――もう遅いのだ!!」

 

 ジュノンの言葉を、ロード・オブ・ドラゴンが一括した。睨み据えるように彼はジュノンを見据え、言葉を紡ぐ。

 

「ブラック・マジシャンの言う通りだ。ジュノンよ。我がその言葉を紡ぐには、あまりも遅過ぎた。あの時、止めることも犠牲になれと言うこともせず、ただ友の自己犠牲に縋った我に、今更何を言えというのだ」

「……ッ、それは……」

「あの時、我らは己を守るために終ぞ誰一人として犠牲になれと友へ言わなかった。気高き魂、誇りある決断などと評し、全てを押し付けた。その一言できっと、友は救われたというのに。しかし、我らは己を守るためにそれをしなかったのだ。そんな我々が――我が、今更救いたいなどというのは偽善に過ぎん」

 

 言い切ると、ロード・オブ・ドラゴンは目を伏せた。ジュノンは何か言いたげに一度口を開くが、悔しげに口を噤む。

 そのまま椅子に座り直した彼女を見て、答えは出た、とエンディミオンは告げた。

 

「すでに賛成は六。反対は僅か一。議論の余地はあるまい」

「――ふむ、それはどうかのう」

 

 席を立とうとするエンディミオンを止めたのはそんな声だった。紫炎の老中エニシ――彼が、笑みを浮かべてエンディミオンを見ている。

 

「……まさかと思うが、六武衆は反対する気か?」

「そのまさかじゃ。のう、ギルフォード卿」

「我ら連合軍は、封印に反対する」

「同じく、六武衆もじゃ」

 

 円卓がざわめいた。合わせて数十万の軍勢を保有する円卓きっての武闘派が、まさか反対してくるとは。

 以前の戦いにおいて最も被害が大きかったのは最前線に立ち続けた彼らだ。その彼らの選択に、円卓が困惑する。

 

「ダイ・グレファー」

「はっ。すでに連合軍十万、準備は終えております。時間を置けば更なる数を集めることも可能です」

「どうじゃ、ニサシ?」

「はっ。六武軍及び機甲忍者衆、出陣可能です」

 

 しかしそんな困惑など気にもせず、それぞれの護衛としてついてきていたダイ・グレファーと六武衆―ニサシが応じる。どういうことだ、と声を上げるエンディミオンに二人は静かに言葉を紡いだ。

 

「かつての大戦において、我らは敗北こそしなかったが勝利もしなかった。挙句我らの至らなさ故にたった一人の魔術師に全ての業を背負わせることになってしまったのだ。この十数年、我らの中にあったのはひたすらの後悔のみ」

「戦場で死ぬべきわしらが生き残り、わしらが守るべき者たちが犠牲になる。それをお館様もわしらも受け入れることはできぬのじゃ。それも、剣を交えぬ内に降伏するなどありえぬよ」

「――馬鹿な! またあれだけの犠牲を出すつもりか!?」

「それが武人の務めだ。そもそもかつての大戦、我ら連合軍が全滅することになろうとも、相討ちとなろうとも〝悲劇〟を討つべきであった。それができなかったが故に、我らは犠牲となることを一人の女に押し付けたのだ」

「再び戦い、勝てる保証はないぞ!」

「勝つとも。そのために、牙を研いできた」

 

 エニシの言葉に三人の武人が頷く。話にならん、とエンディミオンは首を振った。

 

「戦となれば死ぬのは武人だけではない。それをわかっているのか?」

「わかっておるとも。だがそれでも、じゃ。ここで戦わず封印してしまい、犠牲を認めてしまうと……もう、わしらは武人ではなくなるでのう」

「くっ……」

「これは武人の誇りの問題だ。最善ではないとはわかっている。だが、あの時どうして我らは生き永らえたのだと、一人を犠牲にして――その者は我らと共に戦っていた戦友であったというのに、その犠牲をどうして受け入れたのだと、我らは未だ己が許せんのだ」

「理解して欲しいなどとは申さぬよ。しかし、これが我らの生き様よ」

 

 答えは出した、とでも言うかのように口を噤む二人。それに追従するように、墓守の大神官が言葉を紡いだ。

 

「我々の答えも反対です」

「何!? 何故だ!?」

「理論上は完全な封印です。しかし、それはかつての戦いでもそうでした。完全であり完璧。穴のない方法だと誰もが思い、しかし、失敗したのです。別の方法を探るべきだ、というのが墓守の総意です」

「くっ……」

 

 エンディミオンが呻く。そういうことならば、と声を上げたのはカオス・ソーサラーだ。

 

「私も反対ということにしておきましょうかねぇ」

「貴様……!」

「おお、怖い。ですが、一応理由はあるのですよ? 我らは混沌、秩序を否定するモノ。カオス・ソルジャー殿もカオス・エンペラー殿もどこにいるのか不在ですが、この選択を否定はしないでしょう。何よりこの選択は、我らが女神の選択です」

「カオス・ゴッデスの?」

 

 驚いた声を上げたのはカオス・ソーサラーの隣に座る冥府の使者ゴーズだ。カオス・ゴッデスがエンディミオンを気に入っているのは有名だ。そんな彼女がまさか反対に回るとは。

ゴーズの疑問に対し、ええ、とカオス・ソーサラーは頷く。

 

「疑うのであれば、女神のお言葉をお聞きください」

「女神だと?」

 

 全員が眉を顰める。声が降り注いだのはその瞬間だった。

 

 

〝久しいな、円卓の者たちよ〟

 

 

 重く、それでいて威厳のある美しい声。一度聴いたら忘れないこの声に、エニシを始め数名が苦笑を漏らす。

 

「流石に女神。お見通しであったか」

〝くくっ、久しいな侍よ。だが語らいは後だ。エンディミオンの坊やはわらわに聞きたいことがあるのだろう?〟

「質問内容がわかっているくせにわざわざ問いかけてくるのか?」

 

 苛立たし気にエンディミオンが吐き捨てる。鈴を転がしたような笑い声が響いた。

 

〝そう怒るな。我はカオス・ゴッデス。光もて闇支える混沌の化身。光と闇が交わるその地平にこそ、我が望みはある〟

「……成程、存在自体が混沌である以上戦は起こる方がいいわけか」

 

 納得したように呟くゴーズ。再び笑い声が響いた。

 

〝よくわかっておるではないか、冥府の坊や。どうじゃ? お主も後ろの娘と共にこちらへ来ぬか?〟

「ありがてぇ申し出だが、俺は割と冥王竜のオッサンの下が気に入ってんだよ」

「ありがたいお言葉ですが……」

 

 ゴーズとその後ろに護衛としてついていたカイエンがそれぞれの言葉で断りを入れる。むう、と妙に可愛らしい声が響いた。

 

〝なんじゃ、つまらぬのぅ。まあよい。気が向けばいつでも言うがよいぞ?

 ……さて、エンディミオンの坊や。顔色が悪いようじゃが〟

「心配は無用」

 

 ばっさりと切り捨てるエンディミオン。再び鈴を転がしたような笑い声。

 

〝男はそうでなくてはのぅ。それでは、さらばじゃ。また会おうぞ。光と闇が交わりし、混沌の領域で〟

 

 そして気配が消える。くくっ、と笑い声を漏らしたのはゴーズだ。

 

「相変わらずだなあの婆さんは」

「失礼じゃぞ、小僧」

 

 窘めるのはエニシだ。それに手を軽く振ってゴーズが応じるが、その彼に向かってエンディミオンが問いかけた。

 

「残るは貴様だけだ。冥界の答えを聞こう」

 

 苛立ちを隠しもせずに言うエンディミオン。全員の注目がゴーズへと集まる中、笑みを浮かべて彼は言う。

 

「今回の件についての冥界の答えだが。――棄権、だ」

 

 再び円卓がざわめいた。ほう、と楽しそうに笑うのはカオス・ソーサラーだ。

 

「中々に面白い回答ですねぇ」

「面白ぇも何も、これが冥王竜のオッサンの答えだからな」

 

 肩を竦めるゴーズ。そんな彼に代わって言葉を紡いだのは傍に控えていたカイエンだった。

 

「我々冥界は基本的に現世の事象について干渉しません。今回についても〝悲劇〟は死者ですが冥界から逃げ出したわけではなく、現世で彷徨うだけの亡霊。ならば我々の管轄外です」

「亡霊はそちらの管轄ではないのか?」

 

 声を上げたのはエンディミオンだ。カイエンははい、と頷く。

 

「本来ならばそうですが、〝悲劇〟の場合はその存在が精霊へと昇華されつつあります。故に前回と同じように、我々が動くのは冥界へも攻撃の意志があると判明してからとなります」

「前回と同じ、というのであればいずれ冥界にも牙を剥くのではないかの?」

「しかし現状ではそうなっておりません」

 

 エニシの言葉に一礼して応じるカイエン。ふむ、と彼が頷くと共にならば、とエンディミオンが立ち上がった。

 

「賛成が6、反対が5、棄権が1。答えは出た。異空間をこの世界から切り離し、心臓を封印する」

 

 その宣言に、ジュノンが悔しそうに唇を噛んだ。ブラック・マジシャンやサイレント・マジシャン、ドリアードが息を吐き、エニシやギルフォードは腕を組んで黙り込んでいる。

 墓守の神官は沈黙を貫き、カオス・ソーサラーは肩を竦めた。アーカナイト・マジシャンは背もたれに身を預け、ロード・オブ・ドラゴンはただ無言。

 円卓会議は終了――そんな空気が流れる中、ゴーズが思い出したように言葉を紡ぐ。

 

「ああ、そうだ。冥界についてだが、今のは冥王竜のオッサンを中心とした精霊の意見だ」

「何……?」

 

 エンディミオンが怪訝な声を上げる。ゴーズはつまり、と彼に向って言葉を続ける。

 

「前回は人間の――〝防人〟たちの協力があったとはいえ、あくまで主戦場はこっちだった。だが、今回は違う。〝眠り病〟なんて妙な名前を付けられてるみてぇだが、魂を囚われてんのは基本的に人間だ」

「何が言いたい?」

「単純さ。――人間の意見、ってのを聞くのも悪くねぇんじゃねぇか?」

 

 ゴーズの言葉を受け、カイエンが背後の扉に手をかけた。その扉がゆっくりと開き、複数の人影が入ってくる。

 

「何のつもりだ、ゴーズ!」

「冥界は人と精霊が暮らす領域。そこで冥王竜のオッサンに食らいついた野郎がいてな」

 

 新たに現れた人影の足が止まる。お前は、と声を上げたのはロード・オブ・ドラゴンだ。

 

「ファラオ、か? 人間の……」

「お初にお目にかかる、円卓の精霊たちよ。我が名はアドビス三世。我が友のためにここへ来た」

 

 数人の従者を引き連れ、古代エジプトの王はそう告げた。その名を聞き、ほう、とギルフォードが感嘆の声を上げる。

 

「〝決闘の神〟か。噂は聞いている」

「余には過ぎたる名だがな」

 

 苦笑を返すアドビス三世。彼はエンディミオンは睨み据えるようにして見つめると、王者の威厳を纏った言葉を紡ぐ。

 

「余は人の代表としてこの場に参上した。その上で宣言する。――夢神祇園、及びドラゴン・ウイッチ。この両名の封印に我らは反対すると」

 

 円卓の空気が凍り付いた。エンディミオンは自身の杖を出現させると、それをアドビス三世に向ける。

 

「何の理由があってこの円卓へ上がる、人間」

 

 思わず身を竦ませてしまうような声だった。現に従者たちは僅かな悲鳴を上げ、各々の武器を強く握る。だが、震えているのが遠目に見てもわかるぐらいだった。

 

「知れたこと」

 

 だが、王は一切の怯えも見せず、従者たちを庇うように前に出る。

 

「余がここに来たのは友がため、そして人のためだ。まさかとは思うが、貴様ら。人の意志を無視して結論を下すつもりだったとは言わぬだろうな?」

 

 精霊の力とは、信仰の力だ。アドビス三世は〝決闘の神〟とまで信仰される人物である。その力と意志は、核たる想いがあれば精霊たちとも向かい合える。

 不穏な空気が室内に漂い始める。中心の二人以外は下手に動くことができず、緊張が高まっていく。

 

 ――それを打ち破ったのは、室内に響く甲高い音だった。

 

 円卓の中心、鎖で力を抑えられた魔導書の神判。その目の前にある空間が、罅割れている。

 

「これは――」

「異空間から出てきたのか!?」

 

 サイレント・マジシャンとブラック・マジシャンが驚愕と共に立ち上がる。最上位の精霊でもなければ異空間から自力で出てくるなど不可能なはず。

 だが、驚愕に包まれる円卓の中心に、彼は現れる。

 ゆっくりと、踏み締めるように、確かめるようにして。

 

 その右目は、空のように蒼く。

 しかし、一筋の涙が伝っていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 目の前の光景に、ただ驚愕した。

 異空間から出てきたことについてではない。それも驚愕すべきことだが、彼は――ロード・オブ・ドラゴンはその姿に驚愕した。

 

(……そうか、我が友よ……)

 

 空色の右目と、黄昏の左目。その右目の色には覚えがある。

 彼女は選んだのだ。そうなることを。

 己の魂、存在の全てをたった一人の少年に――己の主に懸けることを。

 

(それは、救いとなったのか?)

 

 あの日、消えることを選んだ彼女は。

 彼と出会い、救われたのだろうか。

 

 彼の頬を伝う、一つの滴。

 あの涙は、きっと、彼女に向けたもので。

 

(見せてくれ、友よ)

 

 お前が信じ、愛した人の力を。

 















まさかまさかの100話越えに感想見るまで気づかないという事実。
というわけで、相変わらず歪みつつもまあ、その方向性が見えてきた祇園くん。それしかなくて、それだけを想い続けてきたからこそ、そこに到達しなければ前に進めないのです。

というわけで次回、遂に主人公復活か!?




……六武衆と忍者の関係って不思議。忍者が暗殺する気満々で笑います。
エンディミオンさんとか主人公の精霊ポジで小説書けるくらいに苦労人してますね今回。


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第十三話 立ち上がる意志

 

 

 

 

 本来、自身の力では戻ってこれるはずのない異空間より姿を現したのは、一人の少年。

 ――夢神祇園。

 かつての大戦であまりにも多くの犠牲者と不幸を生み出したが故に〝悲劇〟と呼ばれる存在。その心臓を持つ精霊と出会ってしまったが故に、己の運命を捻じ曲げられた者。

 同情はあった。だが、必要な犠牲だと割り切った者たちがいて、そうではない者もいて。

 

「何故、どうして……まさか、『魔導書の神判』が答えを……?」

 

 茫然と呟くのはサイレント・マジシャンだ。二人を異空間に封じていたのは神判の力を用いてのことである。その封印を内側からこじ開けることができる者など、この円卓の者ですら単独では不可能だろう。

 ならばもう一つ。神判そのものの意志という可能性がある。神判はそれ自体が意志を持つ強大な魔導書だ。その審判が、彼を開放することを選んだのならば辻褄が合う。

 

「いいえ、違うわ」

 

 だが、それを否定したのは魔導法士ジュノンだった。彼女もまた動揺を隠せないままに少年を見つめ、言葉を紡ぐ。

 

「異空間への扉がまだ閉じてない。それに、左腕の鎖。神判はまだ、彼を開放することを答えとしていない」

「成程、神判もまた答えを求めているようですね」

 

 頷くのはブラック・マジシャンだ。そのまま彼は、アビドス三世と向かい合う一人の王へと視線を向ける。

 

「どうされますか、神聖魔導王エンディミオン」

「……そこを退くがいい、〝決闘の神〟よ」

 

 エンディミオンが厳かに告げる。アビドス三世は少年の姿を見、小さく笑みを浮かべた。右手を挙げ、従者たちを下がらせる。

 

「余もそこまで無粋ではない。だが、精霊の王よ。そなたは知ることになるだろう。人の可能性を、想いを、意志を。……我が友は、強いぞ?」

「そのようなことはどうでもいい。我はただ、我が責務を果たす。この地の王として。円卓の筆頭として。何より、あの戦を生き残った者として」

 

 エンディミオンの左腕に、デュエルディスクが展開される。神判は答えをこちらに委ねた。いつの時代も、答えを得るために行われたのは闘争だ。そもそも今回の論点は彼が〝悲劇〟の手の者と再び見えた時、為す術なく敗北するという前提の下に成立している。

 ならば、その前提が崩れれば?

 彼が、その実力を示すことができれば?

 

「わかり易い構図だな。議論を重ねるよりもシンプルでいい」

「そうじゃのう。要はその小僧が力を示せばよい、ということじゃ。これ以上わかり易い決着もない」

 

 可々、とギルフォード・ザ・レジェンドの言葉を引き継ぐ形で笑う紫炎の老中エニシ。その視線の先で、石造のように固まっていた少年が不意に動いた。

 確かめるように一度息を吐き、少年が前を見る。その視線の先にいるのはエンディミオンだ。

 

「己が何をすべきかは、理解しているようだな?」

「……まだ、整理はついてないです。でも、それでも」

 

 少年の左腕にデュエルディスクが現れた。この円卓の間は神判の力によって通常とは異なる状態となっている。想いが力となり、具現化する領域。故に奇跡も起こり得る。

 

「もう一度、敢えて問おう。大人しくその身を封印し、世界のためとなる気はないか?」

「前までの僕なら、多分頷いていたと思います」

 

 生きている意味がわからなくて、過去に縋りついていた頃の自分なら。その言葉に説得されたかもしれない。

 

「けれど、願われたんです。生きていて欲しい、って」

 

 己の胸に手を当て、呟くように言う少年。円卓の者たちが、一様に息を呑んだ。

 まさか、という予測はあった。だが、こんな。

 

「だから、生きます」

「そうか。……残念だ」

 

 エンディミオンは嘆くように嘆息した。そして、睨み付けるように少年を見据える。

 

「力ずくでその未来を奪うことになるのは避けたかったのだが……これも、我が背負うべき業か」

 

 円卓に、風が吹く。

 一都市を統べる王が、その魔力を解放したのだ。円卓の者たちやアビドス三世が思わず眉を顰める中、対面の少年は眉一つ動かさない。

 

「ゆくぞ」

 

 そして、決闘が始まった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 体を、温かいものが包んでいる感覚がある。彼女の力――いや、存在だ。

 理屈はよくわからないし、どうしてこういう形になったかもわからない。もっと上手い方法があったのかもしれないし、これは最悪の方法だったのかもしれない。

 冷静に考えれば、あそこで自身と彼女が犠牲になることは最善だったと言える。彼女の記憶にあった地獄のような光景。あんなものを再び繰り返してはいけないというエンディミオンの言葉には同意できる。

 だがそれでも、ここにいる自分は望んだのだ。

 ――生きることを。

 己のエゴを貫き通すことを。そして彼女は願ってくれた。

 生きていて欲しいと――言ってくれた。

 

「先行は我だ。我はフィールド魔法、『魔法都市エンディミオン』を発動。魔法が発動する度に魔力カウンターが乗り、更に破壊される際は魔力カウンターを一つ取り除くことで免れることができる。更に『融合賢者』を発動し、デッキから『融合』を手札に。更に『召喚士のスキル』と『竜破壊の証』を発動。『ブラック・マジシャン』と『バスター・ブレイダー』を手札に加え、『融合』を発動。――降臨せよ、『超魔導剣士ブラック・パラディン』!!」

 

 現れるのは、竜破壊の力を纏う黒魔導士。かつてバトル・シティで最強のドラゴンである『青眼の白龍』を三体同時に葬り去った逸話を持つ、『決闘王』の切り札。

 

 魔法都市エンディミオンカウンター0→4

 超魔導剣士ブラック・パラディン☆8闇ATK/DEF2900/2400

 

 魔導剣士を従え、エンディミオンは威厳を感じさせる声で言葉を紡ぐ。

 

「ドラゴン・ウイッチの主というのであれば、ドラゴン使いだろう? 悪いが容赦をする気はない。我はカードを一枚伏せ、『クリバンデット』を召喚。エンドフェイズ、クリバンデットの効果を発動。デッキトップから五枚のカードをめくり、魔法・罠を一枚手札に加えて残りを墓地へ送る」

 

 クリバンデット☆3闇ATK/DEF1000/600

 捲られたカード→破壊剣士の伴竜、ワンダー・ワンド、死者蘇生、神聖魔導王エンディミオン、混沌の黒魔術師

 

 奇跡的とも呼べる落ち方である。だが、驚くことはない。ここは精霊界であり、目の前にいるのはこの都市の王だ。ここでは夢神祇園という存在こそが異端であり、向こうの思い通りにいかないということがあればそれこそが異常なのだから。

 

「我は死者蘇生を手札に加え、ターンエンドだ」

 

 超魔導剣士ブラック・パラディン☆8闇ATK/DEF2900/2400→3400/2400

 

 墓地にドラゴン族が落ちたため、ブラック・パラディンの攻撃力が上昇する。竜殺し――成程確かに、祇園のデッキとは相性が悪い。祇園のデッキはシンクロのために用いられる下級モンスターたちはともかく、メインアタッカーとなるモンスターはドラゴン族が多い。そして墓地が肥えれば肥えるほど力を発揮する。そうなると、ブラック・パラディンとの相性は非常に悪いと言えるだろう。

 そう――以前の夢神祇園ならば。

 

「僕のターン、ドロー。――相手フィールド上にのみモンスターが存在するため、『聖刻龍――トフェニドラゴン』を特殊召喚します」

「ほう……」

 

 聖刻龍―トフェニドラゴン☆6光ATK/DEF2100/1400

 

 聖なる刻印を持つ龍が現れる。だがこれはまだ準備段階だ。

 

「更にトフェニドラゴンを生贄に捧げ、『竜宮のツガイ』を召喚。生贄に捧げたトフェニドラゴンの効果により、『ギャラクシーサーペント』を特殊召喚」

 

 竜宮のツガイ☆6水ATK/DEF2000/1200

 ギャラクシーサーペント☆2光・チューナーATK/DEF1000/0

 

 現れたのは仲睦まじい様子の水流と、銀河の小さな竜だ。その場のほとんどが怪訝に思う中、ロード・オブ・ドラゴンのみが息を呑む。

 

「そして竜宮のツガイの効果を発動。手札を一枚捨て、一ターンに一度デッキからレベル4以下の幻竜族モンスターを特殊召喚します。僕は『魔轟神獣ケルベラル』を捨て、デッキから『破面竜』を特殊召喚し、更に手札から捨てられたことによってケルベラルが蘇生」

 

 魔轟神獣ケルベラル☆2光・チューナーATK/DEF1000/600

 破面竜☆3炎ATK/DEF1400/1100

 

 幻竜族――その聞き慣れない響きにエンディミオンが眉を顰める。祇園はそれを無視すると、手を前に突き出した。

 

「レベル3、破面竜にレベル2、魔轟神獣ケルベラルをチューニング。――シンクロ召喚、『TGハイパー・ライブラリアン』」

 

 TGハイパー・ライブラリアン☆5闇ATK/DEF2400/1800

 現れるのは、司書の姿をした魔法使い。だがこれはまだ序の口に過ぎない。

 

「レベル6、竜宮のツガイにレベル2、ギャラクシーサーペントをチューニング。――力を貸して欲しい、来て――」

 

 祈るような言葉と共に。

 光が、降る――

 

 

「――『輝竜星―ショウフク』!!」

 

 

 大きな音が、響いたわけではない。

 大きな衝撃が、響いたわけでもない。

 ただ優雅に、その竜は降臨する。

 

 輝竜星―ショウフク☆8光ATK/DEF2300/2600

 

 黄金の輝きを纏うその竜はしかし、ドラゴン族とはまた違う。

 これこそが、少年が望み、彼女が導いた新たな力。

 

「竜星だと……? まさか、ドラゴン族が昇華したという……?」

 

 エンディミオンが呻くように呟く。その彼に対し、祇園は宣言した。

 

「ショウフクの効果発動! このモンスターのシンクロ召喚に成功した時、素材とした幻竜族モンスターの数までフィールド上のカードをデッキに戻せる! ブラック・パラディンをデッキに戻します!」

「何だと!?」

 

 ブラック・パラディンがエクストラデッキへと戻っていく。くっ、とエンディミオンは呻いた。

 

「バトル! ショウフクでダイレクトアタック!」

「させん! 永続罠『永遠の魂』! 墓地のブラック・マジシャンを蘇生する!」

 

 ブラック・マジシャン☆7闇ATK/DEF2500/2100

 

 現れるのは最高位の黒魔術師。ショウフクとライブラリアンではその攻撃力を超えられない。

 

「僕はカードを二枚伏せ、ターンエンドです」

「我のターン、ドロー!……よもや幻竜族とはな。侮っていた。だがそれもここまで。『永遠の魂』の効果を発動し、『黒・魔・導』を手札に加え、発動! 貴様の魔法・罠を全て破壊する!」

 

 ブラック・マジシャン必殺の魔法が放たれる。だがこれは想定内だ。

 

「罠カード、『スターライト・ロード』! 自分の場のカードが二枚以上破壊される時、その効果を無効にして『スターダスト・ドラゴン』を特殊召喚します! 飛翔せよ、スターダスト・ドラゴン!!」

 

 スターダスト・ドラゴン☆8風ATK/DEF2500/2000

 

 降臨する星屑の竜。エンディミオンがぬうっ、とその表情を歪めた。

 

「貴様も我らに逆らう気か、星屑の竜!!」

 

 その言葉に応じるように、大きく嘶くスターダスト・ドラゴン。エンディミオンは更なるカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

「ならば、そのまま消えるがいい。――魔法カード『死者蘇生』発動! 甦れ、『混沌の黒魔術師』! 更に魔法カード『ティマイオスの眼』を発動! ブラック・マジシャンを素材とする融合モンスターを特殊召喚! 来るがいい、『呪符竜』よ!」

 

 混沌の黒魔術師☆8闇ATK/DEF2800/2000

 呪符竜☆8闇ATK/DEF2900/2500→3100/2500

 魔法都市エンディミオンカウンター4→6

 

 二体のモンスターが降臨し、祇園たちを見据える。おいおい、と呆れたような声を上げるのは冥府の使者ゴーズだ。

 

「いくらなんでもこりゃあ、無茶しすぎなんじゃねぇのか?」

「何とでも言うがいい。――呪符竜の効果で『召喚士のスキル』と『竜破壊の証』を除外。そしてエンディミオンの効果を発動。魔力カウンターを6つ取り除き、我自身を蘇生! その瞬間、墓地の『ワンダー・ワンド』を手札に加え、我自身に装備する!」

 

 神聖魔導王エンディミオン☆72700/1700→3200/1700

 魔法都市エンディミオンカウンター6→0→1

 

 一瞬で展開されるモンスターたち。その全てがエースであり切り札たる力を有している。

 

「まずはその鬱陶しい星屑の竜から消えて貰おう。我自身で攻撃!」

「……ッ、スターダスト……!」

 

 祇園LP4000→3300

 

 なす術なくスターダスト・ドラゴンが破壊される。そこへ更なる追撃が行われた。

 

「厄介な司書にはゲームから退場してもらおう。混沌の黒魔術師でハイパー・ライブラリアンを攻撃! 混沌の黒魔術師が戦闘で破壊したモンスターは、ゲームから除外される!」

「――――ッ」

「そして最後だ。――呪符竜で輝竜星ショウフクを攻撃!」

 

 祇園LP3300→2900→2100

 

 祇園の場が伏せカード一枚を残してがら空きとなる。どうした、とエンディミオンは言葉を紡いだ。

 

「この程度の力で〝悲劇〟に立ち向かうつもりでいたというのか? ならば我は絶対にそれを認めることはない。貴様程度のデュエリストなど、いくらでも存在している。そんな程度の者に我らの運命を託すことはできん」

 

 言い切ると、エンディミオンは自身を生贄としてワンダー・ワンドの効果でドローを行う。そのままカードを一枚伏せると、エンドフェイズに『死者蘇生』を手札に加えた。

 

「犠牲となれ、人間。ドラゴン・ウイッチが貴様に何を望んだのかなど知らん。だが、貴様が犠牲になることこそが、世界にとっての最善なのだ」

 

 魔法都市を統べる王が、感情を乗せぬ声でそう告げる。

 犠牲になること。それを夢神祇園は望まれた。

 

「受け入れよ。世界がために」

「……世界、と言われても。正直、僕にはわかりません」

 

 そう、わからない。

 彼女から伝え聞いた時も、今目の前でエンディミオンが言っていることも。正直、理解などできていなかった。

 確かに、彼らならわかるのかもしれない。世界を見続けてきた高位の精霊たちや、今目の前にいるエンディミオンのような王ならば。あるいは、彼女もまたわかっていたのかもしれないと思う。だからこそ世界を救うために己を犠牲にしたのだから。

 

「僕は、毎日を生きるだけで必死で。世界っていうのは、僕にとってその毎日だけだった」

 

 必死に歩み、走り続けてきた場所。それだけが夢神祇園にとっての世界であり、学校の授業で学ぶような世界は、ニュースの向こう側にある傍観するだけのものでしかない。

 

「その認識がありながら、何故抗う。貴様が守るのは、その世界だ」

 

 問いかけ。それに対し、祇園は静かに首を振る。

 

「僕の世界は、僕が守らなければ壊れてしまうほどに脆い世界じゃない」

「…………」

「だから、生きるんです。僕はそれを願って、ウイッチがそれを願ってくれた」

 

 どうして生きているのか。今まで歩んできたのか。その答えは、ずっと心にあったのだ。

 生きていたいと、ここにいたいと、歩み続けようと、自分自身が願ったのだ。そうでなければ夢神祇園はとっくにどこかで死んでいる。

 

「……愚かな話だ。ならば貴様は、己が生き残るために100を、1000を犠牲にしてもいいと言うつもりか?」

「わかりません」

 

 祇園はきっぱりと言い切った。本当にそういう場面になったらどうするかの答えは何となく出ている。けれど、今はそうじゃない。

 それに、自身が犠牲になることを、きっと彼らは許してくれないだろう。

 

「ただ――ウイッチが願ってくれた命を、諦めるわけにはいきません」

「……愚か。その言葉に尽きる」

「それでもいいです。それがあれば、戦える。生きていい理由があれば、生きていく理由があれば、僕は――」

 

 デッキトップに手をかける。少年は、静かに。

 

「――立ち上がれる」

 

 今までは、闇の中を歩むだけだった。

 けれど、ようやく――光が見えた。

 

「魔法カード、『シャッフル・リボーン』を発動! 墓地からモンスターを一体、効果を無効にして特殊召喚します! 『聖刻龍トフェニドラゴン』を蘇生し、更に永続魔法『幻界突破』を発動!!」

 

 聖刻龍―トフェニドラゴン☆6光ATK/DEF2100/1400

 

 聖なる龍が再臨し、祇園の周囲の空間が歪む。そのまま、効果発動、と祇園は宣言した。

 

「一ターンに一度、自分の場のドラゴン族モンスターを生贄に捧げ、同レベルの幻竜族モンスターをデッキから特殊召喚する!! 生まれ変われ――トフェニドラゴン!!」

 

 竜宮のツガイ☆6水ATK/DEF2000/1200

 ガード・オブ・フレムベル☆1炎・チューナーATK/DEF100/2000

 

 並び立つ二体のモンスター。祇園は更に、と言葉を紡ぐ。

 

「竜宮のツガイの効果を発動! 手札の『レベル・スティーラー』を捨て、デッキから『光竜星―リフン』を特殊召喚!」

 

 光竜星―リフン☆1光・チューナーATK/DEF0/0

 

 小型の光を纏う竜が現れる。その姿を確認すると、祇園は右手を突き出した。

 手札はこれで0。ここで示さなければらない。己の意志と、その意味を。

 

「レベル6、竜宮のツガイにレベル1、ガード・オブ・フレムベルをチューニング!――シンクロ召喚、『邪竜星―ガイザー』!!」

 

 邪竜星―ガイザー☆7闇ATK/DEF2600/2100

 

 闇を纏う竜が降臨する。大地を揺らす怒りの咆哮が、円卓の間を大きく揺らした。

 

「新たな竜星か。だが、それでどうするという?」

「邪竜星―ガイザーの効果を発動。一ターンに一度、自分フィールド上の竜星モンスターと相手の場のカードを一枚ずつ選び、破壊する。僕はガイザー自身と永遠の魂を選択」

「何!? くっ……!」

 

 ガイザーと永遠の魂が破壊される。その瞬間、二つの効果が同時に発動した。

 

「ガイザーが破壊された時、デッキから幻竜族モンスターを一体特殊召喚できる! 『獄落鳥』を特殊召喚!!」

 

 獄落鳥☆8闇・チューナーATK/DEF2700/1500→3000/1800

 

 地獄に住むという煉獄の魔鳥が降臨する。同時、相手の場が全て吹き飛んだ。

 

「永遠の魂がフィールドを離れた時、自分フィールド上のモンスターはすべて破壊される。――だが、破壊された呪符竜の効果を発動! 墓地から魔法使い族モンスターを一体、蘇生する! ブラック・マジシャンを蘇生!」

 

 ブラック・マジシャン☆7闇ATK/DEF2500/2100

 

 黒魔導士が蘇生される。祇園は更に、と言葉を紡いだ。

 

「墓地のレベル・スティーラーを獄落鳥のレベルを一つ下げて特殊召喚!――レベル1、レベル・スティーラーにレベル7、獄落鳥をチューニング! シンクロ召喚!!」

 

 相手の場を開ける。まずはそれからだ。

 

「『ダークエンド・ドラゴン』!」

 

 ダークエンド・ドラゴン☆8闇ATK/DEF2600/2100

 

 漆黒の闇を纏う竜が咆哮する。同時、その口から闇が放たれた。

 

「ダークエンド・ドラゴンの効果を発動! 攻守を500ずつ下げることで相手モンスターを一体、墓地へ送ります!」

 

 ブラック・マジシャンを墓地へと叩き込む。更に、と祇園は言葉を紡いだ。

 

「バトル、ダークエンドでダイレクトアタック!」

「ぬっ……!」

 

 エンディミオンLP4000→2100

 

 エンディミオンへと一手が届く。だが、まだだ。次のターン、そこへ望みをつなぐためにも。

 

「ダークエンドのレベルを一つ下げ、レベル・スティーラーを特殊召喚! そしてレベル7となったダークエンドに、レベル1の光竜星―リフンをチューニング!」

 

 光が、吹いた。

 そこに、そのモンスターが降臨する。

 

 

「闇を、切り裂け――『閃光竜スターダスト』!!」

 

 

 光を纏い、星屑の竜が降臨する。

 まるで歓喜の咆哮を上げるように、その竜は嘶いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 向かい合う二人のデュエル。それを見守る者たちは、皆それぞれの思いを抱いていた。

 

「思ったよりやりおるのう」

「そのようだな」

 

 武人二人が楽しそうに笑う。それに対し、だけど、と言葉を紡いだのはジュノンだ。

 

「あのレベルが限界だというのなら、それこそ神聖魔導王の言う通りいくらでもいるわ。彼は〝王〟でなければ〝英雄〟でもなく、〝巫女〟でもない」

「おやおや、それでは望み薄ですねぇ」

「そうかしら?」

 

 ククッ、と笑い声を上げるカオス・ソーサラーにジュノンは挑戦的な笑みを浮かべる。彼女の主は〝巫女〟だ。それも、当代最高峰とまで謳われるほどの存在である。

 確かに彼女は精神的にまだ未熟。しかし、彼女は今まで数多くの精霊と出会い、見続けてきたのだ。その彼女が認める存在が、何もないとは思えない。

 

「逆にこれ以上があるのなら、きっとみんなが認めるわ。そうでなくて?」

「ふぅむ、成程……。しかし、今のところ期待はできませんねぇ」

 

 それについてはジュノンも反論はない。幻竜族――いまだその姿がほとんど確認できない彼らを従えているというのは驚いたが、それだけだ。まだこちらを納得させるだけの力は示していない。

 

「アビドス三世、あんたはどう見る?」

 

 そんな中、ゴーズが自分たちと同じように彼を見守る人の王へと問いかけた。その人物は口元に笑みを浮かべ、優雅に応じる。

 

「知れたこと」

 

 絶対の信頼と共に。

 

「祇園は負けぬ。ただの人でありながら、祇園は〝三幻魔〟と正面から向かい合った。〝英雄〟と呼ばれる者のような素養もない者が、だぞ? それだけで十分だ」

 

 本来ならば、あの場に立つことさえも許されなかったはずの存在。しかし彼は、あの場で命を懸けて戦い抜いた。

 力は足りないかもしれない。だが、普通はそうなのだ。矮小で、ちっぽけで。彼らが見守ってきた人間は、その大多数がそうだった。

 だからこそ、この戦いには意味がある。

 人の可能性――それを、示すという意味では。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 現れた閃光の竜。それを眺め、エンディミオンは威厳を滲ませた声で告げる。

 

「それが貴様の切り札だというのであれば――」

 

 エンディミオンが魔法カードを発動する。手札に加えるのは、『バスター・ブレイダー』と『融合』だ。

 

「――底は見えた。ここで終わりだ」

 

 伏せカードが発動する。発動されたのは『思い出のブランコ』。甦るのはブラック・マジシャンだ。

 

「我は再び『融合』を発動! 来るがいい、超魔導剣士―ブラック・パラディン」

 

 超魔導剣士ブラック・パラディン☆8闇ATK/DEF2900/2400→5900/2400

 魔法都市エンディミオンカウンター3→5

 

 再び降臨する魔法戦士。更に、とエンディミオンは言葉を紡いだ。

 

「魔法カード『死者蘇生』を発動! 甦れ、ブラック・マジシャン! 更にエンディミオンのカウンターを取り除き、我自身を蘇生する! そしてその効果により再び『死者蘇生』を手札に加え、発動! 甦れ、『バスター・ブレイダー』!!」

 

 ブラック・マジシャン☆7闇ATK/DEF2500/2100

 神聖魔導王エンディミオン☆7闇ATK/DEF2700/1700

 バスター・ブレイダー☆7地ATK/DEF2600/2300→5100/2300

 魔法都市エンディミオンカウンター5→6→0→1

 

 四体のモンスターが立ち並ぶ。終わりだ、とエンディミオンは告げた。

 

「まずはブラック・マジシャンでレベル・スティーラーに攻撃!」

「…………ッ!」

「最初のターンから伏せているそのカード。使い道のないブラフといったところか? そのようなものに臆するほど、府抜けた覚えはない。――エンディミオンでスターダストを攻撃!」

「ッ、まだです! スターダストの効果を発動! 一ターンに一度だけ、破壊を免れることができる!」

「無駄だ! バスター・ブレイダーで攻撃!」

 

 竜殺しの剣士が迫る。その瞬間、祇園は伏せカードを発動した。

 

「永続罠、『竜星の具象化』! 一ターンに一度、自分の場のモンスターが破壊された場合、デッキから竜星モンスターを特殊召喚できる! その代わりのこのカードが存在する時、僕はシンクロ召喚以外のエクストラデッキからの特殊召喚を行えない! 『地竜星―ヘイカン』を守備表示で特殊召喚!」

 

 地竜星―ヘイカン☆3地ATK/DEF1600/0

 

 地属性の竜星が出現する。エンディミオンが追撃の指示を出した。

 

「あくまで生き延びることを目指すか。だが、そんなものは無意味。――ブラック・パラディンでヘイカンを攻撃!」

「ヘイカンの効果を発動! 更に墓地の光竜星―リフンの発動する! ヘイカンが破壊されたため、デッキから『炎竜星―シュンゲイ』を特殊召喚! 更にリフンを自身の効果で蘇生!」

 

 炎竜星―シュンゲイ☆4炎ATK/DEF1900/0

 光竜星―リフン☆1光・チューナーATK/DEF0/0

 

 現れる二体のモンスター。それを見て、不愉快そうにエンディミオンが眉をひそめた。

 

「くだらぬ。抗って何になる? ただ苦しみを長引かせるだけだ。まさかとは思うが、我に勝てると本気で思っているわけではあるまい?」

「――思ってる。ううん、違う」

 

 勝たなければならない。そうでなければ、いけない。

 託されたモノを、決して無駄にはしないために――!

 

「勝たなくちゃ、いけないんだ! ドロー!」

 

 カードを引く。引いたカードは、一枚のモンスターカード。

 夢神祇園という少年をずっと支えてくれた、大切なカードだ。

 

「『ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―』を召喚!!」

 

 ドラゴン・ウイッチ☆4闇ATK/DEF1500/1100

 

 その女性の登場に、その場の全員が表情を変えた。だが、祇園の表情は変わらない。女性もまた、何の感情も見せずにそこにいる。

 

「……何のつもりだ?」

 

 ポツリと、呟くようにエンディミオンが言った。その声色には僅かに怒気が含まれている。

 

「その者を出せば、我が躊躇するとでも思ったか? 侮るな人間。既に覚悟は終えている。その者は貴様が喰らったのだろう? 姿形を似せただけのモノに価値などない!」

「価値なら、ある」

 

 彼女はもう、話さない。

 笑うことも、ない。

 

「ずっと見守っててくれたんだ。一緒に戦える――それだけで、僕はまだ」

 

 この体の奥底に、彼女はいる。だけどもう、言葉は交わせない。

 ならば、せめて。

 ずっと、ずっと共にあったこのカードと共に――

 

「墓地のシャッフル・リボーンの効果を発動! このカードを除外し、自分の場のカードをデッキに戻すことでカードを一枚ドローする! 竜星の具象化を戻し、一枚ドロー!」

 

 いこう、と彼は呟いた。

 答えてはくれぬ、己を信じてくれた人に。

 

「何を――待て。シンクロ召喚を行えない……? 貴様、まさか――」

 

 周囲にざわめきが広がっていく。祇園はただ、凛とした口調で言葉を紡ぐ。

 

「ドラゴン・ウイッチと炎竜星―シュンゲイで、オーバーレイ!!」

 

 エクシーズ召喚――その言葉に、全員が表情を変える。

 それは失われた召喚法。少年が知らぬはずの力。

 

「もう一度、いや、何度でも、ずっと一緒に――」

 

 紅蓮の炎が立ち上がり、そこに、それは現れた。

 

 

「――『竜魔人クィーンドラグーン』!!」

 

 

 炎の翼と、竜の体躯を持つ者。

 竜の守護者が、己の同胞を守るために自らの姿を変えた、気高き姿。

 

 竜魔人クィーンドラグーン★4闇ORU2ATK/DEF2200/1200

 

 エンディミオンが表情を変えた。そして、畳みかけるように祇園は言葉を紡ぐ。

 

「竜魔人クィーンドラグーンの効果を発動! ORUを一つ取り除き、墓地からレベル5以上のドラゴン族モンスターを一体蘇生する! ただしその効果は無効化され、攻撃もできない! 閃光竜スターダストを蘇生!!」

 

 閃光竜スターダスト☆8光ATK/DEF2500/2000

 

 不死鳥のごとく甦る閃光の竜。ふん、とエンディミオンが鼻を鳴らした。

 

「貴様の魂の形――閃光の竜か。だがそれでどうする? その竜では、我を超えることは不可能だ」

「だからこうします。手札の『ブースト・ウォリアー』を特殊召喚! 場にチューナーがいる時特殊召喚できる! そしてレベル1、ブースト・ウォリアーにレベル1、光竜星―リフンをチューニング! シンクロ召喚、『フォーミュラ・シンクロン』!」

 

 ブースト・ウォリアー☆1炎ATK/DEF0/0

 フォーミュラ・シンクロン☆2光・チューナーATK/DEF200/1500

 

 神速の車が駆け抜ける。ここまではいい。ここまでは見えていた。

〝彼女〟の意志の中に、これはあった。

 

「フォーミュラ・シンクロンの効果でカードを一枚ドロー!」

 

 後は、自分がそこへ辿り着けるかどうかだけ。

 ――思い出せ。あの戦いを。

 ――思い出せ。命を懸けて紡いだ奇跡を。

 夢神祇園は、この時のために――

 

〝大丈夫です、マスター〟

 

 意識が加速する。星屑の竜の背中が、酷く遠く見えた。

 

〝だって、あなたは〟

 

 ついて来いと、ついて来れぬなら置き去りにすると、そう告げる背中へ。

 

 

〝私が信じた、人ですから〟

 

 

 右手が、届く――

 

 

 ――世界が、閃光に染め上げられた。

 誰もが目を覆い、顔を背ける中で。

 

 

「――集いし力が拳に宿り、鋼を砕く意志と化す!!」

 

 

 少年は、その可能性を掴み取る。

 

 

「――光さす道となれ――」

 

 

 その時、ほんの一瞬。

 意志を持たぬはずの彼女が、誇るように――微笑んだ。

 

 

「――アクセルシンクロ――」

 

 

 それは、人の可能性。

 折れぬ意志が紡ぎ上げた、小さな奇跡。

 

 

 

「――立ち上がれ、『スターダスト・ウォリアー』!!」

 

 

 

 轟音と共に風が吹き、その戦士が現れる。

 星屑の鎧を纏い、両の腕を組んで少年の背後に佇む姿は、見る者を圧倒した。

 

 

 スターダスト・ウォリアー☆10風ATK/DEF3000/2500

 

 

 その威風堂々たる姿を見て、馬鹿な、とエンディミオンは呻いた。彼はこの魔法都市の王であり、最高峰の知識を持つ存在だ。他種族のモンスターを含め、彼の知らないモンスターなどほとんど存在しないと言ってもいい。

 だが、目の前に現れた戦士を彼は知らなかった。そんなことは、あってはならないはずなのに。

 

「人の可能性……その答え」

 

 茫然と、そう呟いたのはロード・オブ・ドラゴンだった。彼は他の者たちと同じように星屑の戦士を眺めながら、震える声で言葉を紡ぐ。

 

「そうか、友よ。お前が信じたのは……」

 

 その瞳から涙を零し、体を震わせるロード・オブ・ドラゴン。

 誰よりも人を愛し、信じ続けた精霊。それに応えた、名もなき少年。

 ――きっと、彼女が信じていたものがこれだったのだろうと彼は思った。

 他の精霊たちの多くが、己を見ることのできる者にのみ期待を寄せ、意識を向ける中で。彼女だけは己を見ることさえもできない脆弱な者たちだけを愛し続けた。わかっていたのだろう、彼女は。その脆弱な者たちこそが、可能性であるのだと。

 

「――お見せします。僕の――僕たちの、全てを」

 

 少年が告げると共に、ゆっくりと戦士がその両腕を解いた。侮るな、とエンディミオンが吠える。

 

「言ったはずだ! 我に力を見せよと! その力が〝悲劇〟に届くというのなら! それを示して見せるがいい!!」

 

 戦いが始まったのは、その言葉と同時だった。星屑の戦士が宙を蹴り、その拳をエンディミオンへと叩き付ける。それをエンディミオンは展開した障壁で防いだ。

 バチバチと火花を散らせ、拳と障壁がぶつかり合う。

 

「その程度か!? ならば貴様はここで終わりだ!」

「まだです! まだ――終わってない!!」

 

 祇園が吠えた。同時、スターダスト・ウォリアーがその右拳を一度引く。そして次の瞬間、その両の拳を以て障壁を連打した。

 拳と障壁がぶつかる度に衝撃波が大気を揺らし、轟音が鼓膜を叩く。だが、まだだ。まだ届いていない。

 

「我を倒したところで! 勝利できなければ意味はない! 王とはそういうものだ! 己を犠牲にしてでも国を! 民を守る者! 我一人の身と引き換えに勝利を得られるならば安いものだ!」

 

 それは、エンディミオンの矜持。王として彼がこの場に立つ理由。

 

「貴様に何がわかる小僧!? 犠牲など生みたくはない! 当たり前だ! 誰も犠牲にならぬならばそれが最上だ! 我とてそれを願っている! だが不可能なのだ! 犠牲は出る! 生まれてしまう! ならばその犠牲を最小限にするのが我が役目! 汚名は背負おう! 恨みも買おう! たとえ何と思われようとも! 我は〝王〟であるが故に!!」

 

 同時、エンディミオンの障壁がスターダスト・ウォリアーを弾いた。確かにこのままエンディミオンを破壊したところで、次のターンに敗北が待っている。

 

「鋼をも砕く意志――そう言ったな!? ならば示して見せよ! その拳、この我に届かせて見せるがいい!!」

 

 鈍い音が響き渡る。スターダスト・ウォリアーが、その両の拳を打ち合わせた音だ。

 そのまま半身を捻り、スターダスト・ウォリアーが駆け抜ける。

 

〝ありがとう、マスター〟

 

 少年の手札から、一枚のカードが墓地へと送られた。

――『ラッシュ・ウォリアー』。

 

〝あなたに出会えて――幸せでした〟

 

 その効果は、ウォリアーシンクロモンスターの攻撃力を倍にするというもの。

 光が、拳に収束する。

 

「届け……ッ!!」

 

 祈るようなその言葉。星屑の戦士が咆哮し、その拳を解き放つ。

 

「届けええええええぇぇぇっっっ!!」

 

 その拳が、モンスターたるエンディミオンを破壊し。

 深々と、〝王〟を貫いた。

 

 エンディミオンLP2100→-1200

 

 神判が魔力を失い、異空間への扉が閉ざされる。

 残ったのは、星屑の戦士を従える――少年だけ。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「――答えは出た」

 

 倒れ伏すエンディミオンの代わりに告げたのはロード・オブ・ドラゴンだった。彼は未だ星屑の戦士を背後に従える少年を見つめ、言葉を紡ぐ。

 

「キミの勝ちだ。キミは我らに、その力を示した」

 

 全員が無言。だが、反対の声は上がらない。

 エンディミオンの力は円卓でも間違いなく最上位のモノだ。それを紙一重――そう、文字通りの紙一重とはいえ少年は打ち破った。それを今更否定する者はいない。

 

「キミは――……」

 

 更なる言葉を紡ごうとしたロード・オブ・ドラゴン。しかし、それを遮る声が出現する。

 

「――失礼します!!」

 

 現れたのはサイレント・ソードマンだった。この都市の守備隊長として勤務する彼はあちこちが壊れた円卓の間を見て驚きながら、声を上げる。

 

「会議中に申し訳ありません……! 緊急事態です! 所属不明の軍隊がこちらへ向かっています!」

「何ですって!?」

 

 声を上げたのはジュノンだ。だが、彼女以外も驚愕に目を見開いている。

 精霊界も絶対的に平和な世界では決してないが、この周囲にはわざわざ魔法都市エンディミオンに攻め込む者などいないはず。

 

「……敵の種族は?」

 

 問いかけたの声は、酷く緩慢だった。倒れ伏していたエンディミオンが、ゆっくりと起き上がる。見た目からも軽い傷ではないことがわかった。

 

「機械族です。指揮官は不明、すでに関所を一つ突破してきました」

「機械族とな。ふむ、連中が従うとなると相応の黒幕がおりそうじゃが……」

 

 顎に手を当てて言うエニシ。エンディミオンは静かに告げた。

 

「何にせよ、真意を見極める必要がある。……小僧、お主の勝ちだ。好きにするがいい」

 

 言い切ると、僅かにふらつく足取りでエンディミオンが部屋を出ようとする。サイレント・マジシャンが慌ててその肩を支えに行き、ブラック・マジシャンが同行する。

 そんな中、ジュノンが祇園へと言葉を紡いだ。

 

「ごめんなさいね、祇園。慌ただしくなっちゃって」

「あ、い、いえ、こちらこそすみません……」

 

 小さくなる祇園。先程エンディミオンと向かい合っていた人物とは別人のようだが、彼のことを一応とはいえ知っているジュノンとしては驚くことではない。

 

「悪いけれど、向こうに戻るのはちょっと待ってくれるかしら? とりあえず、今はこの状況を乗り切らないと」

「大丈夫なんですか……?」

「何とも言えないわね。向こうの目的次第なところもあるから」

 

 肩を竦めるジュノン。そんな彼女に、あの、と祇園は言葉を紡いだ。

 

「僕も何か、お手伝いできませんか?」

「……手伝ってくれるの?」

 

 その言葉にジュノンは驚きの表情を浮かべた。そのまま何かを言おうとする彼女に、待て、と声を上げたのはアーカナイト・マジシャンだ。

 

「戦わせるつもりか?」

「あら、じゃあこんな戦力を放っておくつもり?」

 

 アーカナイト・マジシャンに挑戦的な笑みを向けるジュノン。いいじゃないですか、と言葉を紡いだのはカオス・ソーサラーだ。

 

「彼の実力は疑う必要もありませんからねぇ?」

 

 くっくっ、と笑いながら言うカオス・ソーサラー。そうじゃの、と頷いたのはエニシだ。

 

「期待しておるよ、少年。――さて、わしらも行くかギルフォード卿」

「……そうだな」

 

 二人の武人が立ち上がり、その護衛もそれに追従する。そこへ、更なる声がかかった。

 

「余も手を貸そう」

 

 名乗り出たのは人間のファラオだ。その顔に、祇園は驚きの表情を浮かべる。

 

「アビドス三世、様……!? どうしてここに……」

「やはり気付いていなかったか」

 

 アビドス三世は苦笑。しかし、と彼は笑みを浮かべて祇園の肩を叩く。

 

「お前を助けに来たつもりであったが、杞憂であったようだな。流石は我が友だ。素晴らしいものを見せてもらったぞ」

「あ、いえ、ありがとうございます」

 

 頭を下げる祇園。アビドスは再び苦笑すると、良い、と言葉を紡いだ。

 

「友とは助け合うものだろう?……行くぞ、この地の王に指示を仰ぐ。祇園、また改めて語り合おうぞ。その時は、その身に何を受け入れたのかを話してくれると嬉しい」

「え、あ……でも、そんなに面白い話じゃないですよ?」

「構わぬ。長く在り続けると退屈なことも多くてな。何、お前が死ぬまでの退屈凌ぎの一つだ」

 

 笑いながらそう言うと、アビドス三世が立ち去って行った。それを見送り、祇園もジュノンにどうすべきか聞こうと視線を向けようとする。そこへ、横手から声がかけられた。

 

「少年……祇園、といったな」

 

 ロード・オブ・ドラゴンだ。彼は真剣な表情で祇園を見据えている。祇園は頷くと、その瞳を正面から受け止めた。

 

「一つだけ、聞かせてくれ。――我が友は、ドラゴン・ウイッチは」

 

 絞り出すような問い。そこに含まれていた感情は、あまりにも多過ぎて。

 

「笑って、いたか?」

 

 祇園は、目を逸らすことができなかった。

 

「――はい」

 

 頷く。彼女は最後まで笑っていた。信じていてくれた。

 信じて、自分自身の魂を使って祇園の器を元に戻そうとしてくれたのだ。

 

「生きろと、キミに願ったのだな?」

「――はい」

「ならば、生きてくれ。私もそれを、心から願う」

 

 祇園の手を握り、ドラゴンの長が告げる。彼と彼女に何があったのかを知る術はない。ただ、彼もまた願ってくれた。

 

「――はい」

 

 だから、頷く。

 とくん、と、まるでうちに眠る彼女が微笑むように……音が鳴った。

 


















人の可能性、ここにあり。
腕組んで登場とか、どこのスーパーロボットだ貴様は。





というわけで、主人公完全覚醒。ぶっちゃけ二期はこの降りやりたいみたいなとこがありました。クィーンドラグーンはドラゴン・ウイッチを精霊にする時にずっと使おうと思っていた流れです。
とりあえずウイッチ登場からの流れでお好きな処刑用BGMをイメージしてください。一気に主人公度が増します。

生きることを願われた少年が、ようやく立ち上がります。
ここから一気に進むんじゃ……ないかな?


さてさて、今回のラスボスは誰なのやら。


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第十四話 穏やかでいられた日々

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デュエルアカデミア本校、オシリス・レッド寮。

 最底辺と呼ばれる彼らの寮は校舎から最も遠く、また、寮も決して広くはない。そのため寮生にはモチベーションが低い者も多いのだが、昨年から事情が少し変わっていた。

 元々アカデミアは男女共学であり、寮もまた男女ともにランク別に分けられていた。しかし、紆余曲折を経て女生徒は全員が最上級の寮であるオベリスク・ブルーへの所属となり、男子のみがランク分けされるという状況に陥る。

 それを校内競争の阻害となっていると判断したアカデミアオーナー、海馬瀬人は即座に改革を決定。昨年の中盤から変革が行われ、今年の新入生は男女問わず寮分けが行われることとなった。

 性急な改革に問題が発生することを誰もが懸念したが、蓋を開けてみると全員のモチベーション向上に繋がることとなる。例年通り中等部からの持ち上がり組、その中でも優秀な者のみが入学当初はオベリスク・ブルーに入れるという姿勢は変わっていないが、これは些細なことだ。入学直後に丸三日かけて行われた筆記・実技の能力調査で現状の寮に相応しくないとされた者は良くも悪くも寮の変更が行われたし、これでオベリスク・ブルーからラー・イエローに格下げをされた生徒も数人いる。

 これによってやる気を出したのはラー・イエロー、オシリス・レッドの生徒もだが、何よりオベリスク・ブルーの生徒たちが一番にやる気を出した。元々エリート志向が強く、その上今までは寮の格下げなどほとんどなかったためにある意味で傲慢に振る舞っていた彼らだ。それが能力不足として格下げを喰らえば、その先でどんな扱いを受けるかは想像に難くない。

 更に言うと、上記の改革を海馬瀬人が大々的に打ち出したこともあってアカデミア本校に対する注目と期待は非常に大きい。特に昨年行われた〝ルーキーズ杯〟で準優勝、ベスト4に残った二人の一年生は共にオシリス・レッドの生徒であり、彼らのような逸材が現れることを世間が期待するのは当然の流れと言えた。

 まあ、片方については少々込み入った事情があり、現在はウエスト校の生徒であるため色々と面倒臭いのだが。

 ――ともあれ。

 そういう事情もあって、かつてのようにやる気を失った生徒のみが存在していたレッド寮も少しずつ変わっていった。具体的には女生徒にいいところを見せたい男子連中の頑張りである。思春期男子というのは実に単純だ。

 だがやはり、どんなことにも例外というのは存在する。

 昨年卒業した〝帝王〟と互角の勝負を繰り広げ、前述した〝ルーキーズ杯〟で当時〝アマチュア№1〟と謳われた人物に勝利してベスト4に進出。先日、扱いは非公式ながら彼のエド・フェニックスに勝利した現アカデミアにおける〝最強〟の一角〝ミラクル・ドロー〟や、入学試験は筆記・実技共にトップクラスの成績を叩き出し、本来認められることがまずないと言われる飛び級入学を果たした〝巫女〟など、最下位の寮に留まり続ける者もいる。

 そしてそんなレッド寮の食堂に、ほとんどの生徒が集まっていた。

 

 

「――修学旅行?」

 

 ホワイトボードを背に言うレッド寮の監督官――響緑の言葉に首を傾げながら言ったのは遊城十代だ。その彼に、ええ、と緑は頷く。

 

「今年もそんな時期でね。それで、皆にいくつかある候補先から行きたいところを選んでほしくて」

「候補先、ですか……?」

 

 首を傾げたのはレッド寮最年少であり、飛び級生徒でもある少女――防人妖花だ。今日の彼女はその髪の毛を三つ編みにしている。これはレッド寮の女生徒たちが彼女を可愛がる時に毎回髪形を弄っているためだ。

 まあ、彼女自身が保護者である烏丸澪の影響か家事方面はともかく身だしなみにあまり気を遣わないようになりつつあるので、妥当といえば妥当だろうが。

 

「アカデミア本校は修学旅行を三年に一度、全学年合同で行うことになっているんだ。毎回いくつかの候補から行き先を決定して出発する手はずになっている」

「へぇー、変わってるドン」

「ええ、解説ありがとう三沢くん。ただあなたはいいから自分の寮に帰りなさい」

 

 当然のようにこの場にいる三沢に、緑が呆れたように言葉を飛ばす。それを聞き、はは、と隣の剣山が笑った。

 

「三沢先輩、怒られてるドン」

「あなたもよ剣山くん」

 

 特徴的な語尾をしたこれまたイエロー寮の生徒が怒られる。ラー・イエローの二学年それぞれの筆頭が慣れた様子で他寮に遊びに来ている現状をこうして改めて見てみると、成程ラー・イエロー監督官の気持ちもよくわかる。

 まあ、とはいえ今回は別にいいだろう。何せラー・イエローは結論が出ている。

 

「参加は許可するけど、邪魔は駄目よ。オシリス・レッドの総意として決めなくちゃいけないんだから」

「えー、なんでザウルス?」

「そういうルールだから、としか言いようがないわね。あと一応確認しておくけれど、私は生徒指導官でもあるからその辺りも理解した上でお願いね」

 

 どうでもよさそうに緑は言う。今でこそそうでもないが、以前はレッド寮に不良生徒が集まることも多かったのだ。そういう経緯もあり、代々監督官は生徒指導の人間が担当することになる。

 まあ、今この場に――どころか日本にすらいないが、学内で一番の問題児がレッド寮の生徒であることを考えれば当然の判断かもしれないが。

 

「とりあえず候補は三つあるから、好きな所を――」

 

 言いつつ、ホワイトボードを振り返る。そこに書かれた地名を見て、十代と妖花が目を輝かせた。

 

「「はいっ!」」

 

 そして二人同時に手を上げる。流石の緑も驚く中、二人は同時に一つの候補地を上げる。

 

「「童実野町がいい(です)!」」

 

 彼の〝決闘王〟生誕の地であり、バトル・シティが開催されたデュエリストの聖地だ。KC社の本社やI²社の日本支社もあり、数々のデュエリストにとって嬉しいイベントが開催されているのも特徴である。

 それに何より、デュエリストならば一度は行ってみたい場所だ。実は〝ルーキーズ杯〟の時に立ち寄る予定だったのだが、結局できなかったという経緯がある。

 

「だって遊戯さんの故郷だぜ!? しかもバトル・シティの会場でもあるし! 行ってみてぇ!」

「前回はあまり回れなかったですし、行きたいです! 後英語苦手なので……」

 

 興奮しきりの十代と、後半僅かに声が弱くなる妖花。他の候補地は実を言うと海外である。妖花はペガサス・J・クロフォードと共に何度か海外へと渡っていたりするのだが、本人は苦手らしい。

 

「あ、あと、一週間後ですよね? だったらオールスター見たいです! 今年の前夜祭はDDとドクター・コレクターのエキシビジョンマッチで、その後フレッシュ・オールスターとオールスターゲームをドームでやるんです! 行きたいです!」

 

 かつてないほどにテンションが上がっている妖花。おおう、と全員が軽く引いている中、十代が首を傾げた。

 

「そうなのか? オールスターって誰が出るんだ?」

「知らないんですか!?」

 

 食いつくように言われ、十代は悟った。

 ――間違えた、と。

 そしてそれを証明するように、少女の口が開かれる。

 

「フレッシュ・オールスターは25歳以下でライセンス取得者、Cランク以上の試合出場から三年以内のプロデュエリストが対象で、オールスターみたいに人気投票で決めるんです! しかも凄いのはオールスターは個人プロはほとんど出ないんですけどフレッシュ・オールスターはそんな縛りが無いんです! 今年は特に豊作の年って言われてて、チーム所属だと新井さんも丸藤さんも紅里さんも菅原さんも選ばれてるんですよ! 丸藤さんは新井さんと並んでオールスターの方にも出場が決まってますし、しかも試合前に対談とかサイン会とかあるんです! 個人プロだと滅多に表に出なくて美咲さんの『デュエル講座』ぐらいにしか出てこなかった堀内プロも選出されてて出るのか出ないのかで話題になってて! オールスターの方も今年は選出者から抽選でチーム決めをしたんですけど天城プロと藤堂プロが敵チーム同士になったんですよ!? 二人の直接対決は実現すれば5年振りになるから凄く楽しみです! 他にも監督推薦で出場する若手とか、この間のオーストラリア大会で入賞したアヤメさんが本郷プロにリベンジするのかどうかとか! 今年ブレイクしてる銀次郎さんが初出場で一躍時の人になってたり! しかもエキシビジョンは解説を皇〝弐武〟清心がするんですよ! 見どころいっぱいなんです!」

 

 まくしたてるように語る妖花。かつて閉鎖されたような村で暮らしていた彼女にとって、世界とはテレビの中だけだった。そんな彼女にとってプロの世界とはあこがれそのものであり、まあ、言ってしまえばオタクである。その凄まじさは説明の必要もないだろう。

 

「えー、と」

 

 コホン、と緑が咳払いをすると、我に返った妖花がびくりと体を震わせた。顔を真っ赤にし、消え入るように小さくなる。

 

「まあ、とにかく。どうするのかしら?」

 

 緑の問いかけに全員が顔を見合わせた。一部の女子たちが、まあ、と呟く。

 

「妖花ちゃんがそこまで言うなら、私はいいと思うけど……」

「……うん。やっぱり興味もあるし」

「でもギャップ凄いよね。いつもニコニコして凄く大人しいのに」

 

 うんうんと頷きつつ女子たちの意見が纏まる。妖花は両手を頬に当て、真っ赤なまま唸っていた。

 

「まあ、僕もそれならいいかなって思うッスけど……」

「つか普段あんだけ飯作ったりしてくれてるしな。いいだろ普通に」

「それで喜んでもらえるならありだろ」

 

 そして翔を筆頭に団結する男子たち。基本的に女子に弱く、更に相手は13歳の少女だ。彼らが逆らう理由など存在しない。

 意見が決まっていく。そんな中、妖花がいいんですか、と伺うように振り返った。

 

「あの、その、私のことなんて気にしなくて……」

「いやまあ、私たちもオールスターとか興味あるしさ」

「つか妖花ちゃんが我儘言うのも珍しいしな。普段あんだけ世話になってるし」

「同感だが妖花ちゃん言うな」

 

 うんうんと頷く男子たち。防人妖花は基本的にこの寮で毎日のように全員分の食事を他の生徒たち数人と共に作っている。それどころか家事全般を取り仕切っており、家の中では完全にダメ人間であるとある〝王〟と暮らしてきた経験を如何なく発揮していた。

 とはいえ彼女一人で全てをこなしているわけでは決してないが、そこはそれ。妹のような存在というのは強いのである。

 

「ちぇっ、なんだよ皆俺のことは無視かよ」

 

 そんなな中、唇を尖らせて言うのは十代だ。いやいや、と全員が手を左右に振る。

 

「一番世話になってんのお前だろ十代。当番制にしてたのに戦力外過ぎて飯当番外されてんだから」

「そのくせ一番食うという」

「お前部屋の布団干してもらったって聞いたぞ? なんて羨ましい――じゃなくてそれぐらい自分でしろ」

「本音、本音が隠せてない」

「あ、あの……お布団ぐらいでしたら、言ってくだされれば……」

「「「是非お願いします」」」

「正直すぎないかしら」

 

 呆れた様子で言う緑。はぁ、と彼女はため息を吐くといいわ、と頷いた。

 

「それじゃあレッド寮は行き先を『童実野町』に決定ということでいいわね?」

「「「はい」」」

 

 全員が頷く。よろしい、と緑は頷くと、それじゃあ、と改めて言葉を紡いだ。

 

「代表を決めてもらうわ」

「代表?」

 

 再び首を傾げる生徒たち。緑は難しい事じゃないけれど、と前置きして言葉を紡いだ。

 

「実を言うと、童見野町にするのであればオベリスク・ブルーと意見が食い違うのよ。そこで、後々揉めないようにするために代表者同士のデュエルで決めるということになってるの」

「へー。で、誰が出るんだ?」

「希望者がいれば任せるつもりだけれど……どうかしら?」

 

 緑の言葉に全員が顔を見合わせる。オベリスク・ブルー――相変わらず威張り散らすことの多い連中だが、それでも実力は確かだ。いざデュエルするとなると少々尻込みする。

 そんな中、いの一番に手を上げたのはやはりこの少年だった。

 

「俺やりたい!」

 

 遊城十代である。まあいつも通りといえばいつも通りだ。普段ならこれで決定になるところなのだが、今回は事情が少々違う。

 

「いや待てよ十代、妖花ちゃんに任せた方がよくね?」

「妖花ちゃん強いもんね。一番行きたそうだし」

「む、無理ですよ! 私なんて!」

 

 十代の傍にいた生徒の言葉に妖花は慌てて首を振る。彼女自身はこう言うが、彼女の実力は圧倒的だ。あのクロノスと互角に渡り合い、未だ筆記・実技共に学年の最上位に居続けている。

 だがどうも防人妖花自身は己の実力を過小評価しているきらいがある。まあ、彼女の基準は初めてデュエルをした相手である烏丸澪なので当然なのかもしれないが。

 

「じゃあ、簡単なゲームで決めましょう」

 

 ポン、と軽く手を叩いてそんなことを言い出したのは緑だ。そのまま彼女は近くにあったトランプを取り出し、机の上に置く。

 

「デュエルもいいけど、たまには別のゲームもしてみないとね。ええと、じゃあ十代くんと防人さん、こっちに来て」

「おう」

「は、はいっ」

 

 二人が緑の側に寄って行く。そんな二人に野次が飛んだ。

 

「空気読めよ十代!」

「頑張れ妖花ちゃん!」

「まあぶっちゃけあの二人ならどっちが行こうと勝てる気はする」

 

 好き勝手なことを言うギャラリーたち。緑は軽く手を叩くと、ルールの説明を始めた。

 

「ルールは簡単。トランプはスペード、ダイヤ、ハート、クローバーの四種類が13枚ずつあるわ。一番下のカードをハートのAにするから、それを取った方が勝ちよ」

「取る、ですか?」

「ええ。一度に取れる枚数は1枚~7枚。パスはなしで、交互に取っていくの」

「その間なら何枚でもいいのか?」

「ええ、いいわよ」

 

 その説明を聞き、むう、と二人は唸り声を上げた。要は52枚のカードを交互に取っていき、最後の一枚を取った方の勝ちということだ。一見すると計算と駆け引きが必要なゲームである。

 

「質問はあるかしら?」

「いや、特にない……かな?」

「大丈夫、です」

 

 顎に手を当てて何か考えながら頷く妖花。その仕草が彼の〝王〟に似ていることに気付ける者はこの場にいない。

 

「どっちから取ればいいんだ?」

「どちらでもいいわよ」

「じゃあ俺が先でいいか?」

「あ、は、はい」

 

 山札に手を伸ばしながら言う十代に妖花は慌てて頷く。十代はえーと、と頭を掻きながらカードを捲った。

 

「とりあえず7枚にしとこうかな」

「ええっ。アニキ、多くないッスか?」

「いやだって、大事なのは多分後半だろこれ。早いとこ数減らしたいじゃんか」

 

 山札52→45

 

 翔の言葉に笑って応じる十代。周りの者たちもそんなもんか、と頷いていた。ただ二人、三沢大地と天上院吹雪だけが難しい顔をしている。

 

「えっと、じゃあ私は5枚にします」

 

 山札45→40

 

 妖花が頷いてカードを捲る。おっ、と十代は笑った。

 

「妖花も一気に行くなぁ。よし、もう一度7枚だ」

「えっと、1枚です」

 

 山札40→33→32

 

 その枚数にえっ、と驚きが漏れた。うーん、と十代が腕を組んで考え込む。

 

「とりあえず、4枚だ」

「あ、じゃあ私も4枚にします」

 

 山札32→28→24

 

 十代が選ぶと同時に即座に引く妖花。十代もまたすぐにカードを引いた。

 

「じゃあ、6枚だな」

「2枚引きます」

 

 山札24→18→16

 

 あっ、と一部から声が漏れた。それに気づかないまま、十代がカードを捲る。

 

「うーん、そろそろ減らした方がいいのかな? 2枚だ」

「えっと、6枚です」

 

 山札16→14→8

 

 そうして妖花がカードを引き終わった瞬間、はい、と緑が手を叩いた。

 

「防人さんの勝ちね」

「えっ、なんでだ!?」

「アニキ、残りが8枚ッスからアニキが何枚引いても負けが確定ッスよ」

「うおマジか!?」

「はい、それじゃあ防人さんに決定ね」

 

 言うと共に拍手が起こる。ちくしょー、と十代が呻いた。

 

「やっぱもうちょっと考えた方がよかったかなー……」

「アニキは一気に取り過ぎッスよ」

「い、いえ、あのこれは……」

「まあまあ、それなら丸藤くんもやってみる?」

 

 妖花の言葉を遮るようにして緑が言い、いいッスよ、と翔が立ち上がる。

 

「アニキ、見ててくださいね」

「おう、頑張れ翔!」

「え、えっと、よろしくお願いします」

 

 再び山札が用意される。

 

「じゃあ、1枚引くッス」52→51

「えっと、3枚引きます」51→48

「慎重にいかないと……4枚ッスね」48→44

「じゃあ、私も4枚です」44→40

「1枚ッス」40→39

「えっと、7枚です」39→32

「えっ!? ええと、じゃあ5枚、5枚ッス!」32→27

「3枚、ですね」27→24

「むむ、よ、4枚ッス」24→20

「では私も4枚にします」20→16

「ええと、1枚ッス。そろそろ決まる――」16→15

「7枚、です」15→8

「はい、終了ね」

「あれっ!?」

 

 緑の言葉に翔が驚いた声を上げる。周囲から笑いが漏れた。

 

「妖花ちゃん強いなー」

「しっかりしろよ丸藤」

「うう、負けたッス……」

 

 あれやこれやと今の勝負について勝手な意見が飛び出していく。そんな中、わかったドン、とティラノ剣山が声を上げた。

 

「おお、剣山。わかったって何が?」

「ふっふ、アニキ。このゲームには必勝法があるザウルス!」

「えっ、そうなのか?」

 

 十代が驚いた声を上げる。剣山は立ち上がると、妖花と向かい合った。

 

「このティラノ剣山、アニキの敵を討つザウルス。――後攻を選ばせてもらうドン」

 

 おお、と周囲から声が上がった。成程、と頷いたのは十代だ。

 

「そういや俺も翔も先行だったもんな」

「ふっふ、さあどうするザウルス妖花ちゃん!?」

「あ、はい。じゃあ、えっと、4枚です」52→48

 

 決めポーズ付きで宣言したが、妖花はあっさりとカードを引いた。あれ、と誰もが思う中、ふっ、と剣山が息を吐く。

 

「流石は〝録王〟が認めるデュエリストだドン。ポーカーフェイスもお手の物ザウルスね。しかし、すでに答えは見えているドン! 4枚ザウルス!」48→44

 

 妖花と同じ枚数を引く剣山。十代が首を傾げた。

 

「どういうことだ?」

「ふっふ、アニキ。思い出して欲しいドン。妖花ちゃんは必ず相手と合わせて8枚になるようにドローしていたザウルス。それが答えだドン」

「そ、そういえばそうかもしれないッス!」

 

 雷に打たれたように戦慄する翔。おお、と周囲がにわかに盛り上がる中、しかし妖花は苦笑するだけ。

 

「これで俺の勝利は確定だドン!」

「えっと、4枚です」44→40

「む、さっきと同じ……? 俺も4枚ザウルス」40→36

「では私も4枚です」36→32

 

 互いに同じ枚数を引いていく二人。剣山は疑問に思いつつも引き続け、そして。

 

 32→28(ティラノ剣山)→24(妖花)→20(ティラノ剣山)→16(妖花)→12(剣山)→8(妖花)

 

 酷く単純な結果が現れた。

 

「防人さんの3連勝ね」

「どういうことザウルス!?」

「必勝法って何だったんスか……」

 

 絶叫する剣山に翔が呆れた様子で言う。そう言う彼自身もあっさり負けているので言う権利はないと思うが。

 

「やっぱりあれなのか? 確実に勝つ方法なんてないのかな?」

「あ、いえ、そうじゃないんです」

 

 首を傾げて言う十代に、妖花が言葉を紡いだ。そのまま彼女はえっと、と机の上のカードを見る。

 

「最後の一枚を取ればいいので、このゲームの場合だと最後の一つ前で相手に『残り8枚』の状態を用意すると勝てるんです」

「えーと……」

「成程、確かにそうッスね。7枚までしか取れないから、残り8枚ならどんなに頑張っても負けるッス」

「ああ、確かに」

 

 机の上にカードを並べる妖花を見ながら翔の頷きと共に納得を得る十代。他の生徒たちもふむふむと頷いていた。

 

「けどアニキ、そこに持っていく方法は決まっていないドン」

「いえそれが、そうでもなくて」

 

 ええと、と言いつつ妖花はカードを8枚手に取った。それを指し示しつつ、えっと、と言葉を探しながら言葉を紡ぐ。

 

「52枚を減らしていくんじゃなくて、8枚に辿り着くにはどうするかを逆順で計算するんです。そうすれば、自然と何枚を取ればいいかがわかるので……」

「いやそれはそうかもしれないけどさ。相手が何枚かわからないのに逆順で計算なんてできるのか?」

「簡単だ、十代。相手が何枚選ぶかにこちらも合わせればいい。剣山の目の付け所は正しかったよ。互いに1枚から7枚ずつ選ぶということは、『最低でも合わせて8枚ずつ減っていく』ということだ。なら8枚ずつで逆算していけばいい」

 

 三沢の解説。それを聞き、ほー、と食堂内に声が響いた。それを補足するように吹雪がつまり、と人差し指を立てて言葉を紡ぐ。

 

「必勝の条件は二つ。『先行で4枚のカードを取る』ことと、その後は『相手と合わせて8枚』になるようにカードを取っていくことだね」

「え、なんで先行なんだ?」

「スタートが52枚だからだよ、十代くん。だから8の倍数になるように調整しないといけない。ちなみに最初の二つの場合、彼女は後攻で上手く調整していたね」

「へー、凄ぇ……」

 

 感心したような視線を妖花に向ける十代。彼に限らず、食堂の生徒のほとんどが同じような視線を彼女に向けていた。

 妖花は照れ臭そうにしながら、で、でも、と言葉を紡ぐ。

 

「似たような問題が昨日のテストで出てましたよ? だから気付けたんです」

「――――えっ?」

 

 ピシッ、と空気に罅が入った音が聞こえた。全員が昨日行われた数学と詰めデュエルのテストを思い出す――100点満点で、4割以下は追試――そして、あっ、と声を上げた。

 

「あれか! 最後に出てきた配点20点とかいう配点クソ高いくせに意味不明な問題!」

「確か飴5000個を取り合って、とかいう問題だったよな?」

「そうそう。で、途中色違いの飴が1000個目ずつにあって、それを全部片方がとるにはどうすれば、みたいなやつ」

「意味不明だったけどこういうことか。一人一回1個から9個だから、合わせて10で考えるんだな」

 

 納得の声を上げていく生徒たち。その様子を見て、ずっと黙っていた緑が二度手を打ち鳴らした。

 

「この問題を出した意図がわかってもらえたみたいね。まあ、ここにいるみんなの半分以上が補習だからその時にみっちり教え込むつもりだけど」

 

 悲鳴が上がる。緑としてもあのテストは予想以上に出来が悪く、頭が痛い案件だったのだ。特にこの問題は、DMにも無関係でないというのに。

 

「ううー、数学とかほんと意味わかんねぇんだもんよ……」

「でも十代くん。それに皆も。この問題は詰めデュエルを解く上でも考え方として重要なのよ?」

 

 実は詰めデュエルの成績もあまりよくはなかった。これは知識という問題もあるが、それよりも考え方だ。実際点数のばらけ方を見ていても、詰めデュエルについては平均点付近の者が少なく、できるかできないかで二極化している。

 

「詰めデュエルが苦手な人は、今回みたいな考え方ができない人が多いわ。スタートから計算するんじゃなくて、ゴールから逆算するという考え方ね。これは実戦でも言えることよ。相手のLPと盤面を見て、どうすれば詰ませられるかを考える。経験はない? 計算のミスでリスクを負って踏み込んで成功したのに倒しきれず、無理をしたせいで返しに対応できなくて負けた――そんな経験が」

 

 言葉に何人かが顔を俯かせた。十代も苦笑している。彼の場合、土壇場ではあまりその手のミスは見られないが、フリーで戦っている時などにその手のミスが多いのだ。

 

「後は確率ね。毎年苦手な子が多いけど、まさこれほどなんて……。デュエル理論にもマイナーだけどしっかり記載されているのに」

 

 ちなみに教師が我がサービス問題として出したつもりの問題の正答率が異様に低く、補習生徒の多さはそれが原因になっていたりしている。あまりの出来の悪さにクロノス教諭でさえ普通に落ち込んでいたくらいだ。

 

「じゃあ、問題。十代くん、デッキ40枚のうちに3枚入っているカードが一枚だけ初期手札5枚のうちに入っている確率は?」

「いっ、ええと……あー、その……」

「防人さんは?」

「えっと、計算式でもいいですか?」

「いいわよ」

 

 緑が頷くと、妖花がホワイトボードに数字を書き始めた。全員がその背中を見つめている。

 

「(3C1×37C4)/(40C5)なので、概算ですけど、約30%ぐらい、でしょうか?」

「正解。他にも二枚が来る確率、三枚とも来る確率もあるけど理屈は同じよ。……あと、皆はデッキが40枚と41枚ならどっちがいいと思う?」

「え、40枚じゃないッスか?」

 

 声を上げた翔に全員がうんうんと頷く。緑は微笑み、ええ、と頷いた。

 

「基本的にはそうなるわ。例えばデッキ残り35枚で1枚しかない『死者蘇生』を引く確率と、36枚で引く確率ではそれぞれ1/35と1/36で2,85%と2,77%で僅かであれ差がある。けれど、この条件ならどうかしら? 40枚中2枚のうち1枚を引く確率と、41枚中3枚のカードを引く確率は?」

 

 それぞれが顔を見合わせる。そんな彼らを背に、緑はホワイトボードにさらさらと文字を書き込んでいく。

 

「40枚中2枚、というのは(2C1×38C4)/40C5で表されるから約25%。そして41枚中3枚のカードの内1枚を引く場合は30/81=約37%。これはちょっと極端だけど、どうしても手札に欲しいなら40枚を超えてしまうという選択も悪くは無いのよ」

 

 そして、とペンを置いて緑は言う。その表情は真剣だ。

 

「この理論を徹底しているプロデュエリストが『東京アロウズ』に所属する天城プロと神崎プロよ。齧る、というより参考にしているデュエリストは非常に多いけど、徹頭徹尾この理論に従っているのは日本ではこの二人くらいね」

「アヤメさんが……」

 

 へぇ、と感心した声を漏らす十代。天城プロはテレビでよく見かけるベテランのプロデュエリストであるし、神崎アヤメは〝ルーキーズ杯〟のこともあって知り合いだ。更にアカデミアの先輩でもある。

 だが、と十代を含めたその場のほとんどの者が思う。この理論の根底にある者は何なのか、と。

 

「でもさ、緑さん。出すのはあくまで確率だろ? 正直、最後は引けるか引けないかの二択なんじゃないのか?」

「確かに十代くんの気持ちはわかるわ。けれど、プロというのは究極的には年間何千何万というデュエルの中でどれだけの勝率を維持できるかというのが目的。確かにあなたのように抜群のドロー力があれば必要ないかもしれない。でもそれが一生続く保証もないの」

 

 その言葉に、十代が僅かに息を呑んだ。彼の豪運、奇跡を掴む運命の力――〝ミラクル・ドロー〟と謳われる力は絶対的だ。彼の強さの根拠の一つであるそれがしかし、もし失われたなら?

 その時、遊城十代は何を武器に戦えばいいのか――

 

「この理論が絶対とは言わないわ。人には個人個人の運があるし、100%のランダムという事象はあり得ない。この理論はそれを解析し、理屈付け、全てを運勝負のみにするための理論。絶対無敵の理論では決してない。だけど、だから知らなくてもいいというわけでもない。

 学ぶ、というのはこういうことよ。全てを知り、理解し、その上で選択する。……神崎さんは、決して運のいい子じゃなかった。同時に複数のことをできるほど器用でもなかった。だから決めたのよ。たった一つの己が選んだ答えに全てを懸けると。プロを目指すというのはそういうこと」

 

 多くの生徒を見てきた響緑という教師は知っている。絶対的な運を武器とし、天性のモノを己の誇りとして戦ってきた幾人ものデュエリストを。そして、その天性を失った時、這い上がれた者もそうでない者も……よく、知っているのだ。

 重い空気が食堂に満ちる。だから、と緑は一度手を叩いて言葉を紡いだ。

 

「――補習はしっかり受けるように」

 

 げっ、という呻き声があちこちから漏れた。それに苦笑し、それじゃあ、と緑は言う。

 

「レッド寮の代表は防人妖花さん。試合は――今からだと、一時間弱ね。場所は体育館だから、ちゃんと来てね」

「あれ? デュエル場じゃないのか?」

 

 十代が首を傾げる。ええ、と緑が肩を竦めた。

 

「結構前から予約が入っていたのよ。齋王くん、って知っているかしら? 彼がオベリスク・ブルーの生徒たちにエド・フェニックスのマネージャーとして見てきたことを伝えたい、っていう理由で一日貸し切っているのよ」

「何だそれ凄ぇ気になる!」

「残念ながらあまりに多いと対応できないからってオベリスク・ブルーの生徒のみなのよ。まあ自主活動だし何とも言えないんだけど」

 

 緑が顎に手を当てて答える。ええー、と十代が肩を落とすが、その方を周囲の生徒が軽く叩いた。

 

「まあいいじゃねぇか。お前エド・フェニックスに勝ってるんだしよ」

「妖花ちゃん応援しようぜ。童見野町行くんだろ?」

 

 その言葉に、それもそうだな、と十代は頷く。そのまま、妖花へとサムズアップして見せた。

 

「頼んだぜ妖花!」

「は、はいっ。――精一杯、頑張ります!」

 

 小さく両の手でガッツポーズを決める妖花。それに応じるように、全員もまた親指を立てた。

 今日もまた、レッド寮は平和である。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 体育館。そこには全校生徒の七割近くが集まっていた。一応全員が入れる広さになっているとはいえ、今回は中央に人垣というステージが作られている。そのせいで少々狭い気がしていた。

 

「いやぁ、人が多いねぇ」

 

 いつも通りのアロハシャツ姿の吹雪が楽しそうに微笑んだ。周囲の女生徒に手を振ると、黄色い声援が飛ぶ。

 

「けど、全員じゃないんだな」

 

 そんな吹雪の側で呟くのは十代だ。七割という数は多そうに思えるが、そもそもこれは修学旅行先を決めるイベントである。普通見に来ると思うのだが。

 

「まあ、結果はすぐにわかるからな。うちの寮の奴らでも来ていない奴は何人かいる」

「そういえば、イエロー寮はどうして今回行き先決めに参加してないんスか?」

 

 周囲を見回しながら言う三沢にそんなことを聞くのは翔だ。三沢は頷きつつ、肩を竦める。

 

「情けないことだが、ラー・イエローは意見の統一ができなかったんだ。各学年の六割近くがいる寮だからな。意見がまとまらない」

「それで、この結果に従うということになったドン」

 

 三沢の言葉にへぇ、と十代が頷く。確かにあれだけの数の意見を統一するとなると難しい。ひたすらカレーを薦めてくるラー・イエローの寮長の姿が浮かんだ。あの教師も大概苦労していそうである。

 

「それで、妖花ちゃんは勝てるッスかね?」

「なんだ翔、妖花の強さを知らないのか?」

 

 問いかける。初見殺しの面が強かったとはいえ、彼女はあの〝帝王〟にも一度とはいえ勝利したデュエリストだ。しかも〝ルーキーズ杯〟の後は祇園のデッキ制作を手伝ったり、彼の〝祿王〟の側にいた少女である。その経験値は尋常ではない。

 本人は周囲の人間があまりにもアレ過ぎて自分のことを弱いと思っているようだが、実力は折り紙付きだ。

 

「いや、知ってるッスけど……妖花ちゃんのデッキは『エクゾディア』じゃないッスか。対策もし易いし、そのあたりはどうかなって……」

「けどさ、『ブラック・マジシャン』とか無茶苦茶強いぜ? 妖花はエクゾディアだけじゃないだろ」

「でも相手はオベリスク・ブルーッスよ?」

「――まあ、その辺りは大丈夫だろう」

 

 ふふっ、と爽やかな笑みを零しながら言うのは天上院吹雪だ。彼は中心に歩いていく妖花を見つめながら、信頼のこもった言葉を紡ぐ。

 

「幼くとも女の子だ。僕たちの知らない刃の一つや二つくらい、ちゃんと持っているさ」

「刃って」

 

 翔が疑わしげな視線を向ける。吹雪は肩を竦め、経験だが、と吹雪は言葉を紡いだ。

 

「女の子は誰しも〝最後の切り札〟というのを隠し持っているものなんだ。それを切るかどうかはともかく、彼女にもちゃんと強さの理由がある」

 

 だから大丈夫だ、と彼は言った。楽しそうに笑う。

 

「案外、簡単に勝つかもしれないよ?」

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 対戦相手は最近オベリスク・ブルーに上がった二年生――神楽坂。

 かつてはコピーデッキの使い手だったが、悩んだ果てに今の戦い方に辿り着いたらしい。試合前に簡単な話は三沢から聞かされたが、彼は最後に言っていた。

 ――強いぞ。

 それが聞ければ十分である。相手が強いなら、最初から全力でやればいいだけだ。

 

『強いね、彼は。良い目と気配をしてる。ああいう人間が、僕たちは好きなんだ』

 

 自分の側でそんなことを言うのはバテルだ。彼はできれば、と苦笑しながら言葉を紡ぐ。

 

『直接向かい合いたかったけれどね。残念だ』

「……すみません」

『謝ることじゃないよ。ジュノンもガールもいないし、あまり力になれそうにないからね。それよりも、〝彼ら〟の声に応えたんだろう?』

「はい」

 

 妖花は頷き、デュエルディスクにセットされたデッキを見る。決して強い力ではないが、いくつもの力を感じる。このデッキは〝巫女〟として彼女が出会い、声を聞いた精霊たちの想いを受けて作ったデッキだ。いつもとは勝手が違うが、活躍してくれるはずである。

 

『ならそれでいい。キミの優しさが僕たちは大好きなんだ。見守らせてもらうよ』

 

 そう言葉を残し、バテルが姿を消す。それを見送ると、妖花は眼前の相手に頭を下げた。

 

「よろしくお願いします」

「ああ、よろしく頼む。――いくぞ」

 

 デュエルディスクを構える。

 

「「決闘!!」」

 

 そして、決闘が始まった。先行は――神楽坂。

 

「先行は俺だ! 俺は手札より『レッド・ガジェット』を召喚! 効果により、『イエロー・ガジェット』を手札に加える! 更にカードを三枚伏せ、ターンエンドだ!」

 

 レッド・ガジェット☆4地ATK/DEF1300/1500

 

 現れたのは赤い色の歯車のようなモンスター。伏せカードは三枚。スタンダートな『除去ガジェット』という話だが、ならばあの伏せカードは厄介なカードである可能性が高い。

 

「私のターンです、ドロー!――魔法カード『ギャラクシー・サイクロン』発動! 一番右の伏せカードを破壊します!」

「くっ、『奈落の落とし穴』が……!」

 

 凶悪なカードだ。破壊できたのは大きい。そこへ更に、と妖花は言葉を紡ぐ。

 

「『調和の宝札』を発動します。手札の攻撃力1000以下のドラゴン族チューナーを捨て、二枚ドローです」

「チューナーだと……?」

「私は『ガード・オブ・フレムベル』を捨て、二枚ドロー。そして魔法カード『魔の試着部屋』を発動します。LPを800ポイント支払い、デッキトップを四枚捲り、レベル3以下の通常モンスターを可能な限り特殊召喚します。――捲られたのは『封印されし者の右腕』、『ギャラクシー・サーペント』、『ハイ・プリーステス』、『エンジェル・魔女』の四枚。よって特殊召喚されます」

 

 封印されし者の右腕☆1闇ATK/DEF200/300

 ギャラクシー・サーペント☆2光・チューナーATK/DEF1000/0

 ハイ・プリーステス☆3光ATK/DEF1100/800

 エンジェル・魔女☆3闇ATK/DEF800/1000

 妖花LP4000→3200

 

 四体のモンスターが降って湧いたように出現する。周囲が困惑の色を宿した呟きを漏らした。

 

「雑魚モンスターばっかり並べてどうすんだ……?」

「昔持ってたカードだアレ……」

「使えないカードだろ……?」

 

 低レベルが武器となるとされるシンクロ召喚。しかし、そもそもシンクロモンスター自体が超がつくほど貴重かつ高価であること。それによってステータス至上主義はあまり改善されていない。

 アカデミアは教育により効果モンスターなどに対する意識が変わったが、しかし、通常モンスター――それも誰もが持っていたようなレベルのモンスターが出てくると困惑してしまう。

 

「装備魔法『ワンダー・ワンド』を右腕に装備して、効果を発動します。墓地へ送って二枚ドロー。……レベル3、エンジェル・魔女にレベル2、ギャラクシー・サーペントをチューニング。シンクロ召喚、『TGハイパー・ライブラリアン』」

 

 TGハイパー・ライブラリアン☆5闇ATK/DEF2400/1800

 

 司書のような姿をした魔法使いが降臨する。更に妖花は一枚のカードを差し込んだ。

 

「魔法カード『トライワイト・ゾーン』です。墓地のレベル2以下の通常モンスターを三体蘇生します。ガード・オブ・フレムベル、ギャラクシー・サーペント、封印されし者の右腕を蘇生です」

 

 ガード・オブ・フレムベル☆1炎・チューナーATK/DEF100/2000

 封印されし者の右腕☆1闇ATK/DEF200/300

 ギャラクシー・サーペント☆2光・チューナーATK/DEF1000/0

 

 再び場が埋まる。その展開力に、対戦相手である神楽坂は勿論ギャラリーも呑まれていた。

 

「レベル1、封印されし者の右腕にレベル1、ガード・オブ・フレムベルをチューニング。シンクロ召喚、『フォーミュラ・シンクロン』。ライブラリアンとフォーミュラの効果で合わせて二枚ドローし、更にレベル3のハイ・プリーステスにレベル2のギャラクシー・サーペントをチューニング。シンクロ召喚、『幻層の守護者アルマデス』」

 

 フォーミュラ・シンクロン☆2光ATK/DEF200/1500

 幻層の守護者アルマデス☆5光ATK/DEF2300/1500

 

 現れる更なるシンクロモンスター。更に、と妖花は言葉を紡いだ。

 

「アルマデスのシンクロ成功時にライブラリアンの効果で一枚ドローです。そして二枚目の『魔の試着部屋』を発動します。捲れたのは――『封印されし者エクゾディア』、『魔法石の採掘』、『サターナ』、『プチリュウ』です。サターナとプチリュウを特殊召喚」

 

 サターナ☆2闇ATK/DEF700/600

 プチリュウ☆2風ATK/DEF700/600

 妖花LP3200→2400

 

 現れる二体のモンスター。先程の二体、エンジェル・魔女とハイ・プリーステスは比較的おとなしかったのだが、この二体は違った。見た目可愛らしいプチリュウは跳ねまわる姿が可愛いが、怪しげな何かがローブの中に潜むサターナはただただ不気味である。

 

「『馬の骨の対価』を発動します。サターナを墓地へ送り、二枚ドローです」

 

 一瞬サターナが驚いた雰囲気をしたが、仕方がない。正直彼では殴り合いできないのだ。……『彼』なのかどうかさえ不明だが。

 

「そしてレベル2のプチリュウにレベル2のフォーミュラ・シンクロンをチューニング。シンクロ召喚――『魔界闘士バルムンク』。ライブラリアンの効果でドロー」

 

 魔界闘士バルムンク☆4闇ATK/DEF2100/800

 

 筋骨隆々な魔界の闘士が現れる。巨大な剣を担ぎ、相手を威嚇するようにその切っ先を神楽坂に向けた。

 

「おいおい、どこまで行く気だよ……」

「てか手札、8枚……?」

「なんで場が増えて手札も増えてんだ……?」

 

 止まる気配の無い妖花の展開に、体育館は騒然となる。何せ、未だ彼女は通常召喚すら行っていないのだ。

 

「そして『ジャンク・シンクロン』を召喚します。召喚時の効果でフォーミュラ・シンクロンを蘇生」

 

 ジャンク・シンクロン☆3闇・チューナーATK/DEF1300/800

 フォーミュラ・シンクロン☆2光・チューナーATK/DEF200/1500

 

 おおっ、と歓声が上がった。ジャンク・シンクロンはその一枚からシンクロ召喚に繋げることができるという意味である種チューナーの代名詞ともなっているモンスターだ。妖花はそして、と更に一手を打つ。

 

「レベル5、幻層の守護者アルマデスにレベル3、ジャンク・シンクロンをチューニング。シンクロ召喚、『スクラップ・ドラゴン』! ライブラリアンの効果でドローし、『融合』を発動! 手札の『封印されし者の右足』と『封印されし者の左腕』を融合! 『始祖竜ワイアーム』!!」

 

 スクラップ・ドラゴン☆8地ATK/DEF2800/2000

 始祖竜ワイアーム☆9闇ATK/DEF2700/2000

 

 遂にレベル8を超える大型モンスターの登場である。おおっ、と会場が湧き、妖花は更に手を進める。

 

「スクラップ・ドラゴンの効果です。自身のカード一枚と相手のカードを一枚を破壊します。ワイアームを選択し、左側の伏せカードを破壊。ワイアームはモンスター効果を受けません」

 

 つまり、一方的に破壊するということである。ぐ、と神楽坂が呻いた。

 

「『ミラーフォース』が……!」

「そして、レベル8スクラップ・ドラゴンにレベル2、フォーミュラ・シンクロンをチューニング――」

 

 出すのはこのデッキの最大戦力であると同時に最大攻撃力を持つモンスターだ。このアカデミアの島の守り神でもある。

 その獅子を出そうとした瞬間、妖花の脳裏にがソレは浮かんだ。

 

「――――――――」

 

 大きな背中と、透き通るように輝く――星の鎧を纏う姿。

 悠然と、その者は振り向き。

 ――そして。

 

「ッ、レベル10、『神樹の守護獣―牙王』!!」

 

 現れたのは、白銀の体躯と紅蓮の鬣を持つ獅子の王。

 その強大な力を護るためにこそ振るう、優しき獣。

 

 神樹の守護獣―牙王☆10ATK/DEF3100/1900

 

 攻撃力3000を超えるその大型モンスターの登場にギャラリーたちが大いに沸いた。だがその中心で、妖花は自身の掌を見つめる。

 

(……今、見えたモノは……)

 

 何だったのだろう。こちらを振り向こうとしたあの姿。とても大きく、とても安らかで。そして、どこか懐かしかった。

 

 

 

『……成程、当代最高峰は決して誇張でも何でもないわけだ』

 

 喧騒から離れた場所で、一人少年が呟く。だがその表情は不満気だ。

 

『できれば、到達しないままでいて欲しいけれど。……知ることは、死ぬことなのだから』

 

 誰にも気付かれぬ声で。

 少年は一人、吐息を零す。

 

 

 

 妖花は手札を見る。現在の手札は六枚。動こうと思えばまだ動ける。後は、相手の伏せカードだ。

 

「――魔法カード『手札抹殺』です。お互いに手札を全て捨て、捨てた枚数ドローします。私は五枚です」

「なっ……! くっ、三枚だ……!」

 

 神楽坂が捨てた手札には『ライトニング・ボルテックス』と『速攻のかかし』が含まれていた。思わず背中に冷や汗が流れる。

 

(手札抹殺がなければ、返しで全滅でした……)

 

 やはり強い。それを改めて確認し、妖花は魔法カードを発動する。

 

「『死者蘇生』です。蘇らせるのはスクラップ・ドラゴン。効果により、ワイアームと伏せカードを選択します」

「……『ガード・ブロック』だ」

 

 これで道は空いた。バトルです、と妖花は告げる。

 

「レッド・ガジェットに、牙王で攻撃!」

「ぐおおっ……!?」

 

 神楽坂LP4000→2200

 

 一撃でガジェットが吹き飛ばされる。妖花が手を前に示すと同時に、ワイアームが咆哮した。

 

「トドメです! ワイアームでダイレクトアタック!!」

「くうっ……!」

 

 神楽坂LP2200→-500

 

 決着の音が響く。同時、爆発のような歓声が沸き起こった。

 

「ありがとうございました!」

「ああ、こちらこそ。ありがとう。……強いな、本当に」

 

 ふう、と息を吐く神楽坂。彼は自身の掌を見つめ、駄目だな、と呟く。

 

「まだまだ、努力が足りないようだ――……」

 

 飛びついてきたレッド寮の女生徒に揉みくちゃにされている少女を見つめながら。

 どこか、淋しそうに。

 

 

 勝者、防人妖花。

 修学旅行先、決定。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 アカデミア本校デュエル場。修学旅行先を決めるデュエルが体育館で行われている中、そこには白い制服を身に纏うデュエリスト達が集まっていた。

 

「よく来てくれた、明日香くん」

 

 諸手を広げ、壇上で歓迎の意を表すのは万丈目準だ。周囲の客席に座る白服の者たちを一瞥し、招待者――天上院明日香が息を吐く。

 

「どういうつもりか知らないけれど」

 

 壇上に上がり、凛とした声で言う。

 

「私は白の結社なんていうものに興味は無いわ」

「いいや、違うぞ天上院くん。我々は白の結社では無く〝光の結社〟となった。総主の目的が次のステージに進んだのでね」

「どうでもいいわね」

 

 バッサリと切り捨てる明日香。万丈目は肩を竦めた。

 

「キミも理念を知れば理解するはずだ。これほど素晴らしいことは無いとね」

「悪いけど、神様なんて信じていないの。自分の道は自分で切り開くは」

「キミは勘違いしているよ天上院くん。我々は神を信じているわけではない。自分自身を信じているのさ」

 

 明日香が怪訝な表情を浮かべる。大丈夫さ、と万丈目はデュエルディスクを構えながら言葉を紡いだ。

 

「わからないなら教えてあげるよ。どういう意味かをね」

「……何のことかさっぱりわからないけど、いいわ」

 

 頷き、明日香もデュエルディスクを構える。

 

「――デュエルなら、いくらでも相手になる」

「それでこそ天上院くんだ」

 

 そして、二人の決闘が始まる。

 

 

 まだ、穏やかでいられた日々。

 少しずつ、その日々が変わっていく――……

 

 

 

 

 

 
















前回と違って凄い平和な人たち。補習は大変ですね。
ちなみに私が一番好きなスーパーロボットは勇者王です。熱いしカッコいいしで無敵過ぎる。


作中の問題ですが、前者はいわゆる数的推理とか言われるジャンルの問題ですね。公務員試験とかでよく見かける類のアレです。解き方わかれば余裕の類。
後者は受験生が大嫌いな確率です。面倒ですしねアレ。
ちなみに十代くんのデッキを例に挙げて確率計算をすると、初期手札に『エアーマン』がある確率はエアーマン素引き、エマージェンシーコール、増援、おろ埋でシャドーミストなどがあり、また、実践的な面で言うなら『エアーマンの効果を発動できる確率』として通常召喚の場合とアライブやおろ埋→蘇生などの特殊召喚の場合も考慮して確率を出す必要があるので超が付くほど面倒くさいです。これを実践するアヤメさんパネェ。
まあデッキ組む時に参考になる程度の理論です。どうしても欲しいカードなのか、そうでないのか、サーチは何枚あるのかなど、遊戯王はサーチが多い分色々面倒臭い。

ちなみに友人曰く「引けるか引けないかだから50%だろ」とのこと。まあその通りです。

そして妖花ちゃん。変則的というか変態的ですが少し前、というかかなり前に話題となったバニラエクゾです。『補充要員』とか積んどくとクエーサー突破された瞬間に相手ターンエクゾとかできて楽しいです。

理論を取りあげたのはメッセージで具体的にどういうものかというコメントを頂いたからです。まあぶっちゃけおススメはしません。

さてさて、童実野町が近付いて参りました。
どうなるのやら。


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第十五話 彼はきっと、ヒーローではなく

 

 

 

 

 

 魔法都市エンディミオンで暮らす精霊は十万を超えるという。主に魔法使い族の者が中心だが、かつての戦などを理由にここに移り住んできた他種族の者も多い。

 そして、かつての戦の経験があるからこそ、その対応は迅速だ。

 

「城を解放する。結界を張り、民を誘導せよ。必要はないだろうが、場合によっては地下通路を用いてラメイソンへ避難を。ブラック・マジシャン、その判断は貴様に任せる」

「承知しました。お気をつけて」

「ああ」

 

 頭を下げると、ブラック・マジシャンが即座に動き出した。それを確認すると、神聖魔導王エンディミオンは側を歩いている夢神祇園に来い、と簡潔に告げた。歩き出す方向はブラック・マジシャンが向かった方向とは真逆である。

 

「……どこへ向かうんですか?」

 

 デュエルディスクを確認するように一瞥し、祇園は問う。エンディミオンは視線を向けないまま、外だ、と簡潔に告げた。

 

「結界の起動の為には二か所にある装置を作動させる必要がある。円卓の間にある〝神判〟は魔道法士に任せた。我らは城の門にある装置を作動させる」

「わかりました」

 

 その言葉に祇園は頷く。今二人が歩いているのは城内の大きな廊下だ。平時ならその雄大さに圧倒されたのだろうが、今は彼らとは逆、城内に向けて歩いてくる多くの精霊の存在もあってそこへ意識を向ける余裕がない。

 道行く精霊たちのほとんどは小型の者や幼い者、女性などといった見るからに非力な者たちが中心である。ここからはあまり伺えないが、おそらく戦える者は逆に外へと向かっているはずだ。

 精霊たちはエンディミオンを見ると驚くと共に感謝と誇るような視線を向けてくる。

 隣にいる自分にはほとんどが訝しげな視線を向けてくるが、一部の精霊たちは何かを察したような表情を浮かべていた。その意味に何となく気付き、祇園は自身の手を胸元に当てる。

 

「――気になるか?」

 

 振り返らぬままに、エンディミオンは不意にそう言った。そうですね、と祇園は小さく呟く。

 

「……やっぱり、わかるんですか」

「それなりに力を持ち、格のある精霊だけだがな。とはいえ、今の貴様は一部の精霊たちが言うような〝愛されし子〟と比べれば羽虫程度の力しか有さない。壊れかけた――否、違うな。崩れかけた器もどうにか形を保てるようになっているだけで、元通りとは程遠い」

「はい」

 

 頷く。二つの願いが、この身を再び蘇らせた。しかしそれはあくまで応急処置にしかなっておらず、そして、これ以上が望めることもない。

 

「壊れた者が元に戻ることは無い。直すという行為と治るという現象は過去に戻ることではない」

「そうですね。過去は……変えられません」

 

 ドラゴン・ウイッチが消滅を一度は選び、しかし、生きることを願ったことも。

 夢神祇園が、彼女に出会ったことも。

 全ては過ぎ去ったモノであり、抱えていかなければならないことだ。

 

「本当に……愚かな話だ」

 

 ポツリと、彼は呟いた。そこに込められた感情は、とてもじゃないが推し量れはしない。

 

「貴様という器も、あれ自身も。もっとやり方があったはずだ。……あれの声を聞けぬ我らに、一度は死ねと言った我らにできることなど、なかったかもしれんがな」

「あなたは」

 

 祇園が足を止める。周囲の景色は変わっており、石造りの細い通路となっていた。先程まであった避難してくる精霊たちの声も、今は遠い。

 

「あなたは、ウイッチの名を呼ばないんですね」

「名を呼ぶことは侮辱となる。受け入れていると、受け入れてくれたのだと――勝手な理想を押し付けた我が。わかったように、知った風に今更何かを言うことは許されん」

 

 きっと、これが彼の矜持であり王たる所以なのだろう。その苛烈なまでの優しさに、この地に住む精霊たちは畏敬の念を抱いているのだ。

 

「恨んでいるはずだ。我を。あの日、何もできなかったこの愚か者を。貴様とてそうだろう? 形はどうあれ、我は貴様らを殺そうとしたのだから」

「今もそう思っているんですか?」

「――無論だ」

 

 鋭い視線をこちらに向け、エンディミオンは告げた。周囲に無用な心配と不安を抱かせないために彼は痛む体を押してここにいるのだが、そうであってもその気迫は思わず息を呑むほどに凄まじい。

 

「貴様の存在は最早一つの爆弾だ。ただでさえ〝悲劇〟の心臓を抱くイレギュラーであるというのに、得体の知れぬ星屑の戦士をその魂の形としている。それを異様と思わぬ方がどうかしている」

 

 言いきると、だが、とエンディミオンはこちらへと背を向けて言葉を紡いだ。

 

「我に貴様は殺せない。止めることもできない。ならば放っておくだけだ」

 

 その言葉に、祇園は僅かに苦笑を浮かべた。歩き出す彼についていくように歩を進め、虚空へ吐き出すように言葉を零す。

 

「恨んでなんか、いませんよ」

 

 返答は無かった。だがそれはわかりきっていたことだ。僅かな時であれ、この精霊がどんな存在なのかは何となくわかってきていた。だが、だからこそ祇園は言葉を紡ぐ。

 

「僕も、ウイッチも。……恨むはずが、ないじゃないですか。こんなにも、優しい人を」

「……ふん」

 

 大きな広間に出た。奥には一本の槍が垂直に突き立てられており、そこを中心として無数の魔法陣が描かれていた。おそらくここが目的の場所なのだろう。

 ここを起動させれば、魔法都市エンディミオンの中心にあるこの城は鉄壁の城塞と化すらしい。ただでさえ無数の罠がこの城には仕掛けられており、かつての戦でこの地が最後の戦場となったのもこの城の堅牢さ故とのことだ。

 ちなみにこの結界の起動、円卓の精霊たちがエンディミオンの代わりに自分達が行くと言ったのだが、各々に果たすべき義務があるとしてエンディミオンが一蹴した。曰く、〝王〟自ら動くことが民の安心を得るためにも重要とのことである。

 祇園はその護衛を買って出た形である。彼も前線に、という意見もあったのだがエンディミオンが全力で否定した。相手の目的が読めない現状、祇園こそが相手の目的であることもあり得る。一応隠されているらしいが、それも確実とは言い難いのだ。

 

「優しい、か」

 

 周囲を見回し、不審な点がないかを確認してからエンディミオンが呟く。罠も作動しておらず、どうやら侵入者もいないようだ。

 

「かつて、あれにも同じことを言われた。……貴様は本当に、あれの主なのだな」

「主としてできたことなんて、何もありませんでしたけれど……」

「我らにとって、命を懸けられる程の主に出会えることが何よりの幸福だ。我らは悠久に等しい時を生きる事さえも可能とする。だが、多くがそうなる前に消えていくのだ。我らには悠久という時があまりにも長過ぎるが故、人という存在の魂があまりにも気高く、美しいが故に」

 

 精霊は人の魂、そして心に惹かれる。そして己の主と出会った時、その命の全てを懸けようとする。

 

「あれは幸福だったはずだ。そうでなければ、ならぬ」

 

 最後の言葉は、己に言い聞かせるようだった。そして、だが、とエンディミオンは告げる。

 

「あれにも言ったが、我に優しさなど無い。この両手は多くの血に染まり、背には無数の怨嗟と憎悪がのしかかっている。――碌な死に方はせぬだろう」

 

 そして、エンディミオンが槍へと手を伸ばした。ここを起動させる。それでとりあえずの役目は終わりだが――

 

「――小僧ッ!!」

 

 突如、エンディミオンに思い切り突き飛ばされた。祇園の身体が僅かに浮き、次いで床に着地すると同時に滑っていく。

 

「――――」

 

 声を上げる暇もなかった。視線の先、魔導の王の周囲に鉄檻が現れる。

 

「『悪夢の鉄檻』だと……!?」

 

 半球状の檻に取り込まれたエンディミオンが呻く。流石の彼も、こうして拘束されてしまってはなす術がないだろう。

 何が、と思うと共に祇園は周囲に視線を巡らせる。アレを張った者がいるはずだ。

 

 

「――成程、多少は己の業を理解しているようだ」

 

 

 奇襲を警戒したが、驚くことに相手は堂々とそこに現れた。体の半分以上を機械とした、禿頭の男。

 その姿に祇園は見覚えがある。一人の〝伝説〟の切り札であり、また、その強力さ故に一度は制限カードとまでなったモンスター。

 

「貴様は……!」

「私を知っているか。……まあ、当然であろうな。貴様らが我らから奪ったのだから」

 

 ――人造人間―サイコ・ショッカー。

 罠が機能しないのも当たり前だ。彼の前には、ありとあらゆる罠が無意味と化す。

 

「何のつもりだ! 我らとお主たちは不可侵であったはず!」

「ほざけ下郎!! 知らぬとは言わせぬ!!」

 

 裂帛の声に対して返された返答は、憎悪と憤怒に染まっていた。

 

「これは聖戦だ!! 貴様の首を我らが同胞のために頂くぞ、大罪の王!!」

 

 吠えると共にサイコ・ショッカーが動く。エンディミオンは対応の動きが取れない。表面上は平気な顔をしていても、その体は祇園との戦いでボロボロなのだ。

 ――そして、動いたのは自然だった。

 割り込むようにしてそこに立ち、祇園は〝王〟をその背に背負う。

 

「……人間に用は無い。去ね」

「できません」

 

 眼前に現れた存在に、サイコ・ショッカーが鬱陶しそうな顔をする。そうして紡がれた言葉に、祇園はそう答えた。

 

「小僧……!?」

 

 エンディミオンが驚きの声を上げる。祇園はデュエルディスクを構え、サイコ・ショッカーと向き合ったままに言葉を紡いだ。

 

「これが僕の役目です」

「……貴様もこの地に住む者か? 或いは、悪逆の王の主か?」

「どちらでもありません。僕はこの都市のことを知りませんし、僕にとっての精霊は一人だけです」

 

 凛とした言葉。芯の通ったその言葉にサイコ・ショッカーは眉をひそめ、ならば、と告げる。

 

「何故、そこに立つ? もう一度言う。貴様に用は無い」

「この都市を、僕は知らない。だけど、守らなくちゃいけない」

 

 祇園の背後に、揺らめく光が現出する。

 青き瞳が輝きを増し、サイコ・ショッカーが眉をひそめた。

 

「人間、その姿……。成程、大罪人の下にはやはり悪が集まる」

 

 言うと、サイコ・ショッカーもデュエルディスクを出現させた。

 

「もう一度だけ言おう。ここより去ね」

「――ここは、ウイッチがいた世界だ」

 

 それが返答だった。彼だけの理由であり、そして、譲れぬ理由。

 ならば、と相手は言う。身を焦がさんばかりの憎悪と憤怒と共に。

 

「私の前に立ったのだ。楽に死ねると思うな」

 

 敗北は、許されない。

 目を閉じると共にその言葉を確認し、祇園は覚悟と共に言葉を紡ぐ。

 

「「決闘!!」」

 

 殺し合うための、その言葉を。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 魔法都市エンディミオン南部。北部に天然の要塞とでも言うべき山岳を要するこの都市において、敵が攻める方法は正面以外に無い。

 事実、敵軍は土煙を上げながらこちらへと向かっていた。城壁からそれを認め、一人の侍が顎に手を当てて頷く。

 

「数は万を超えるかどうかというところかの。ふむ、流石に機械族……相変わらず数が多い」

「貴様らは機械族との交戦の経験もあるのか?」

 

 紫炎の老中エニシの言葉にそう問いを発したのは、ギルフォード・ザ・レジェンドだ。彼は背後、門の奥に控える兵団を一瞥し、エニシの隣に並び立つ。エニシは懐かしげに、そうじゃのう、と頷いた。

 

「随分と昔の話じゃ。御館様の伝説が生まれた時分のこと故な」

「六武衆総大将……天下人か」

「今でこそ最前線からは退かれたが、未だその力は健在よ。まあ、わしの思い出話などどうでもよい。――どうするつもりじゃ?」

 

 振り返り、彼が問いかける相手はサイレント・マジシャンだ。彼女は魔道部隊の総指揮であり、今回の防衛線において最前線指揮官の任を預けられている。相棒とも言えるサイレント・ソードマンは既に門の内側で先頭に立っているはずだ。

 

「まずは、数を減らします」

 

 ゆっくりと、サイレント・マジシャンはそう告げた。円卓会議ではその真面目さとメンバーの中では若輩ということもあって――それでも精霊全体でみれば十分古参な方だが――あまり積極的ではないが、戦場に立てば事情も変わる。

 そも、彼女は彼の〝決闘王〟が信を置くほどの存在である。その力は推して知るべしだ。

 

「魔術師殿、それは――」

 

 エニシの護衛としてこの場に立つ六武衆―ニサシが問いを発した瞬間、その声を掻き消す轟音が響き渡った。

 黒煙を巻き上げ、無数の爆発が平原で巻き起こる。ほう、と声を上げたのはギルフォードだ。

 

「『万能地雷グレイモヤ』か」

「はい。これで怯み、足踏みするならよし。その瞬間にブレイカー部隊とディフェンダー部隊で刈り取ります。ですが、おそらく――」

 

 黒煙の中、歩みを止めぬ影が見える。その姿を認め、成程、と頷いたのはダイ・グレファーだ。

 

「――『古代の機械』」

 

 古の技術によって活動を続ける謎多き者たち。機械族の中でさえ彼らと交流を持つ者たちはあまり多くなく、だが手出しさえしなければこちらに手を出してくることもない者たちのはずだが……。

 

「解せませぬな。何故、あの者たちが」

「さて、の。理由はわからぬ。恨みを買うた覚えはあり過ぎて今更じゃが、それはわしら六武衆の業。この都市については管轄外よ」

「見たところ、『ガジェット』に『ギアギア』もいるようですね。出所は『歯車街』でしょうか……?」

 

 ニサシの言にエニシが応じる傍ら、ダイ・グレファーが思案する。いずれにせよ、とサイレント・マジシャンが言葉を作った。

 

「使者が立てられなかった時点で、向こうに話し合うつもりはないのでしょう。お下がりください。ここからは我々が――」

「――エニシ。HANZOの阿呆に伝令を出すように伝えよ。奴のことじゃ、その辺に潜んでおるじゃろ」

「ダイ・グレファー。こちらも伝令を出せ。そして、ここより背後のことは全て任せる。己の信念と剣に従い、我らの本分を全うせよ」

 

 侍と戦士が戦場を睨み据えるようにして告げる。二人の従者は膝をつき、同時に言葉を紡いだ。

 

「――ご武運を」

 

 それからは一瞬だった。サイレント・マジシャンが制止する暇さえない。侍と戦士は、まるで散歩でもするかのように城壁から足を踏み出し、宙へと躍り出た。

 

「エニシ様、ギルフォード様!!」

 

 サイレント・マジシャンの声が響くが空しいだけだ。決して低くはない城壁からの落下だというのに二人は難なく着地し、身軽な調子で歩を進める。

 俄に背後が騒がしくなったが、二人が気にした様子はない。爆炎を引き千切るようにしてこちらへと向かってくる無数の機械たち。それを眺め、エニシはのんびりとした調子で言葉を紡ぐ。

 

「のう、ギルフォード卿。〝英雄〟とは何であろうかの」

「……いきなりだな。その質問の答えを、貴殿らは誰よりも知っているのではないか?」

「ふむ。確かに御館様はまさしく戦国の英雄よ。しかし、そうではない。わしが気になるのはあの小僧じゃ」

 

 こちらへ殺気を向けながら突進してくる機械たちを前にしての会話では無い。だが、彼らはこんなものだ。常在戦場。生活全てが戦であるが故に。

 

「あれは大した器を持っておらぬ。そしてそれをあの小僧も理解している。じゃが、あれは何じゃ? あんなもの、わしは知らぬぞ」

 

 彼の少年が見せた可能性。星屑の戦士。あんなもの、自分達は知らない。

 

「混迷の時代、英雄とは別にあのような者は常に現れる。今がそうかは知らぬが、あの目はそういうモノに見えた」

「成程のぅ。〝王〟でもなく、〝英雄〟でもなく。己の在り方の為に己自身さえも捨て去る狂人。……あの守護者が入れ込んだ理由もわかるやもしれんの。何かを貫こうとすれば、それ以外の全てを捨て去るしかないのが現実じゃ。それがたとえ、己自身の命であろうと」

 

 そうして散っていった者も見てきたが、多くはそうならない。捨て去ることを諦め、妥協する。

 それが悪いこととは言わない。貫き通すことは必ずしも正しいとは限らず、貫き通した結果に全てを失えば、それは決して幸福ではないからだ。

 だが、歴史上には度々そういう者たちが現れてきた。〝英雄〟たる器を持たぬまま、しかし、その強き心で魂を超える者が。

 

「多くは理解されず〝狂人〟と呼ばれる。そうでなくてもその苛烈な生き方は敬遠され、〝鬼〟と呼ばれることも多い。折れぬ心とは、時に何より残酷な己への毒となる。あの小僧はいずれ、その毒に殺されるだろう」

「しかし、エンディミオンを――神聖魔導王をあの小僧は超えおった。可々、あんな姿は久しく見ておらなんだわ」

「ふ……どうした、随分気に入ったようだな?」

「無論じゃ。無謀な狂人ほど面白い者もおらぬ」

 

 可々、と再び笑う。その姿を眺め、ふん、とギルフォードは鼻を鳴らした。

 

「――話はここまでだ。来るぞ」

 

 同時、大地から無数の武器が生まれるように出現した。ギルフォード・ザ・レジェンド――彼は過去の戦の記憶、そこで血を流したあらゆる刃を蘇らせる力を持つ。

 その武器を手に取り、掲げるように構えるギルフォード。腰の刀を抜き放ちつつ、しかし、とエニシは呟いた。

 

「その狂気が人を救うならば……人はそれを何と称えるのかのぅ」

 

 奇跡を紡ぐ、その意志は。

 救いを求める者たちに、どんな形に映るのだろう。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 精霊界というものの存在を、かつての夢神祇園は知らなかった。

 DMの精霊というものが存在するという噂は聞いたことがあったし、信じているかといえばそうではないが全く信じていないというわけでもない。

 だが、彼は出会った。

 砂漠の世界。そこで、己を主と呼ぶ精霊に。

 ――ただ、神様を信じているほどに世界に対して楽観していたわけでもない。

 両目が光を失った時、今度こそもう駄目だと思った。もう立てないと。立ち上がれないと。

 

 光が、あった。

 その人は、己自身の全てを捨ててでも自分を生かそうとしてくれた。

 

 優しく、気高いその人は。

 きっと、全てを守ろうとしていたのだ。だからこそ、苦悩し、恐怖し、絶望しながらも己を犠牲とする選択をした。

 この場所は、そんな彼女が生きた場所。

 そして、己を捨ててでも守ろうとした世界。

 ならば、己のすべきことは決まっている。

 彼女が守ろうと願った世界。

 生きて欲しいと願ってくれた彼女に。せめてもの、想いを。

 

 

 

 

 向かい合うのは、人と精霊。命を懸けた決闘。

 

「先行は私だ。私は手札より『スクラップ・リサイクラー』を召喚! 効果によりデッキから『人造人間―サイコ・ジャッカー』を墓地へ送り、カードを一枚伏せてターンエンドだ!」

 

 スクラップ・リサイクラー☆3地ATK/DEF900/1200

 

 やはりというべきか、デッキは『人造人間』だ。精霊はそのほとんどが己自身を主軸としたデッキを用いる。同時にその構築は在り方が反映されたモノとなるらしい。

 檻に囚われているエンディミオンなどはわかり易いだろう。彼の在り方は己を犠牲にしようとも勝利を得るというもの。事実、彼のデッキにおける彼の役割は主に潤滑油としてのモノであり、メインというわけではなかった。

 だがおそらく彼は違う。サイコ・ショッカー。その能力は単純であるが故に強力だ。

 

「僕のターン、ドロー」

 

 どんな戦術で来るかは読めないが、サイコ・ショッカーの能力は有名であるが故にわかっている。ならば、それを念頭に置いた戦い方をする必要がある。

 

「小僧! 無理をするな!」

 

 背後から言葉が飛ぶ。優しい人だ。

 

「大丈夫です。――僕は手札より、『聖刻龍―アセトドラゴン』を妥協召喚」

 

 聖刻龍―アセトドラゴン☆5光ATK/DEF1900/1200→1000/1200

 

 聖なる刻印を持つ龍が現れる。これは祇園が新たに手にした力だ。〝彼女〟が守護していた存在であり、友とも呼ぶべき龍たち。

 

「アセトドラゴンはリリースなしで召喚でき、その場合攻撃力が1000となります。そして永続魔法『幻界突破』を発動。場のドラゴン族モンスターを生贄に捧げ、同レベルの幻竜族モンスターを特殊召喚します。『闇竜星―トウテツ』を特殊召喚し、更に生贄に捧げたアセトドラゴンの効果により、『ギャラクシー・サーペント』を特殊召喚」

 

 闇竜星―トウテツ☆5ATK/DEF2200/0

 ギャラクシー・サーペント☆2光・チューナーATK/DEF1000/0

 

 二体のモンスターが場に並ぶ。その二体のうち、片方の姿を認めサイコ・ショッカーが眉をひそめた。

 

「幻竜族……?」

 

 未だその姿をほとんど確認されぬ存在だ。その反応も当たり前だろう。だがいちいち説明する義理もない。

 

「レベル5、闇竜星―トウテツにレベル2、ギャラクシー・サーペントをチューニング。――シンクロ召喚! 『邪竜星―ガイザー』!!」

 

 邪竜星―ガイザー☆7闇ATK/DEF2600/2100

 

 闇を纏う咆哮が響き渡る。その竜が放つ威圧感に、サイコ・ショッカーは僅かに呻いた。だがすぐさまそれを振り払うように手を振ると、祇園を睨みつける。

 

「ただの人間ではないな……! 左ではなく、右目に宿った精霊の力……成程、貴様もまたこの都市が生み出した業か!」

「……何のことかわかりませんが、僕は望んでここに立っています。そこに強制はありません」

 

 言い放つ。全ては己で選んだ道だ。そこに言い訳の余地はない。

 だがサイコ・ショッカーは嘆くように息を吐く。

 

「憐れな。己の背後にいる者がどんな存在かも知らぬとは」

「――永続魔法『補給部隊』を発動。更に『邪竜星―ガイザー』の効果を発動し、ガイザーと伏せカードを破壊」

 

 轟音と共に邪竜の力が拡散する。光を放ち、砕けていく邪竜。だがその内側から、眩い光が漏れ出した。

 

「僕はこの世界のことについてほとんど知りません。過去に何があったのかも知りませんし、元々精霊が見える人間ですらありませんでした。毎日を生きることに必死で、その果てにここへ辿り着いた」

 

 砕けた肉体。そこから、新たな幻竜が降臨する。

 幻の如く白く霞み、しかし、間違いなくそこに在る存在感。背に負うは神々の通り道たる赤き鳥居。

 

「不幸だったかもしれません。でも、それでも」

 

 龍大神☆8光ATK/DEF2900/1200

 

 神々しき龍を背に、少年は告げる。

 

「――憐れまれる覚えは、ない」

 

 誰から見ても幸せというような、恵まれた人生ではなかったかもしれないけれど。

 生きたいと願い、生きていて欲しいと願われた夢神祇園の道程は、誰かに憐れまれるようなものでは決してなかった。

 だって、少年は――……

 

「龍大神でリサイクラーを攻撃!」

 

 放たれたのは神気を帯びた光の奔流。一切の容赦もなく、その光がサイコ・ショッカーを撃ち貫く。

 

 サイコ・ショッカーLP4000→2000

 

 だがサイコ・ショッカーは動じた様子もない。くだらぬ、と祇園の言葉を一蹴する。

 

「己の立つ場所のことさえわからぬ者を憐れと言わず、何という」

「わかっています。ここはウイッチが生きた場所。それだけで十分です。――カードを一枚伏せて、ターンエンド」

「――ならばその理由を抱いて散るがいい」

 

 カードをドローし、吐き捨てるようにサイコ・ショッカーが告げる。そのまま彼は一枚のカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

「魔法カード『愚かな埋葬』を発動! デッキから『人造人間―サイコ・リターナー』を墓地に送り、効果発動! 『人造人間―サイコ・ショッカー』となっているサイコ・ジャッカーを蘇生し、その瞬間に『地獄の暴走召喚』を発動する!」

 

 サイコ・ジャッカーはフィールド、墓地に存在する時に『サイコ・ショッカー』として扱われる。それは、つまり――

 

「――永続罠『竜魂の源泉』! 墓地の邪竜星―ガイザーを蘇生!」

 

 邪竜星―ガイザー☆7闇ATK/DEF2600/2100

 

 甦る邪竜。ほう、とサイコ・ショッカーが笑った。

 

「気付いたか。だが無駄だ。――デッキより、三体の私自身を特殊召喚!!」

 

 人造人間―サイコ・ショッカー☆6闇ATK/DEF2400/1500

 人造人間―サイコ・ショッカー☆6闇ATK/DEF2400/1500

 人造人間―サイコ・ショッカー☆6闇ATK/DEF2400/1500

 人造人間―サイコ・ジャッカー☆4闇ATK/DEF800/2000

 

 一気に現れる三体のサイコ・ショッカー。だが、こちらにもまだ手がある。

 

「龍大神の効果! 相手が特殊召喚に成功した時、相手は自身のエクストラデッキから一枚絵ランで墓地へ送ります!」

「ほう。ならば二回分、二体のモンスターを墓地へ送ろう」

 

 龍大神はトリガーが特殊召喚成功時という緩い条件でありながら、相手のエクストラデッキを破壊するという凶悪な効果を持つモンスターだ。エクストラデッキというある種見えない場所を崩すためのカードなのだが……。

 現状、サイコ・ショッカーはこちらを超えていない。だが、何故だろうか。嫌な予感が収まらない。

 

「サイコ・ジャッカーの効果を使い、デッキから『人造人間―サイコ・ロード』を手札に。そして手札より、『スペア・ジェネクス』を召喚」

 

 スペア・ジェネクス☆3闇・チューナーATK/DEF800/1200

 

 現れたのはジェネクス・コントローラーに似た姿をした小型の機械だ。そのモンスターの登場により、予感が現実となる。

 

「レベル6、サイコ・ショッカーにレベル3、スペア・ジェネクスをチューニング。シンクロ召喚、『レアル・ジェネクス・クロキシアン』」

 

 レアル・ジェネクス・クロキシアン☆9闇ATK/DEF2500/2000

 

 漆黒の体躯を持つ機体。その効果は単純にして強力。

 

「レアル・ジェネクス・クロキシアンのシンクロ召喚成功時、相手の場の最もレベルの高いモンスターのコントロールを得る」

 

 コントロール奪取。しかも、奪われるモンスターは。

 

「――――」

 

 己の牙が、自分自身へと襲い掛かる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 戦場は混沌としていた。襲い来る機械の集団と、それに抗う魔導戦士の部隊。流石というべきか機械同士の連携は実に精密であり、想定以上の苦戦を強いられている。

 攻勢に出るのはサイレント・ソードマン率いる魔導戦士ブレイカーを主体とした部隊だ。一兵卒としてそれぞれが平均より遥かな力を持つ彼らも、数の暴力を前にすれば思うようには動けない。

 だが、そんな戦場にあって最前線。機械兵団の中心で一騎当千の動きをする者たちがいた。

 

 

「――借りるぞギルフォード卿」

 

 言葉と共に、エニシが近くに突き立っていた槍を手に取った。『城壁崩しの大槍』――身の丈よりも巨大なそれを片手で持つと共に軽く回転させ、短い吐息と共に投擲する。

 

「……むぅ。貫けぬか」

 

 豪速。凄まじい速度で放たれたその槍は正しく敵陣、それもおそらく本陣と思われる場所を守るギアギアーマーたちの一団へと直撃した。

 しかし、数体を屠りはしたものの陣を崩すには至らない。合戦とは結局、大将首を挙げた方が勝つ。それを狙っているのだが、本体の防備があまりにも固い。

 

「ふむ。気になるの。何がおるのか……ヤリザの奴がおれば、無理矢理にでも道を開けるのじゃが」

 

 現在修行と称して各地を放浪中の特攻隊長のことを思い浮かべる。あの槍使いの本質を貫く力はこういう時にこそ重宝するのだが。

 まあ、いない者について考えても仕方がない。今ある手札でどうするかを考えるべきだ。

 

(さて、どうしたものか。こやつら想定以上に気が乗っておる。このままでは少なくない被害が出よう)

 

 そして妙なのは未だ向こうの目的が見えない点だ。いや、目的はわかっている。エンディミオンへの攻撃。しかし、その背景が見えてこない。

そもそも、数がおかしい。万を超える軍勢――確かに強大だが、エンディミオンを攻めるには少な過ぎるのだ。

 

(目的は別、か?)

 

 考え難いが、その可能性もある。そうなると、相手の目的は何になるのか。

 

「――まさか」

 

 思い至る。可能性は低い。あの男がいる場所に辿り着くには命がいくつあっても足りないくらいの罠を掻い潜らなければならないはずだ。

 しかし、それができるのであれば――

 

「ちと、調子に乗り過ぎたか……?」

 

 自分はすでに退けない位置にまで来てしまっている。少し離れた場所にギルフォード・ザ・レジェンドもいるが、自分たちがこうして最前線で好き勝手に暴れているからこそ後方の部隊が動き易い面もあるのだ。下手に合流すれば数で押し込まれかねない。

 そうなると、今できることは――

 

「――信じるしか、ないかのぅ」

 

 向かってきた機械の足を一刀の下に斬り捨て、エニシは呟く。

 彼の側にはあの少年がいるはずだ。ならば、信じるしかない。

 かつての戦いでも、〝悲劇〟に辛くも勝利した一押しは人の力が理由だ。だからこそ、エニシは期待してしまう。

 弱いとは知っていても。

 愚かだとは理解していても。

 それでも、人を信じようとしてしまう。

 

 だから、見せて欲しい。

 己を通したその決意と意志の、終着点を。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 奪われた龍大神。その攻撃力の高さと効果は味方とすると頼りになるが、敵に回すと厄介だ。特に祇園のデッキにおける主力はあくまでエクストラデッキのモンスターたちである。特殊召喚による展開、そこからの連続シンクロが基本戦術なのだ。

 龍大神。あのモンスターは場に残すと祇園のデッキを壊滅させかねない。

 

「貴様の主力は見たところ、シンクロモンスターだろう? 己のモンスターによって滅びるがいい。――龍大神でガイザーを攻撃!」

「ッ、破壊されたため補給部隊の効果でドローし、ガイザーの効果を発動! 破壊された時、デッキから幻竜族モンスターを特殊召喚する!」

 

 この状況を一時的に凌げるモンスターはいる。だがそれは本当の意味で一時凌ぎだ。

 何を出す――そう思い、引いたカードを確認。

 

(――このカードは)

 

 道が開けた。祇園はデッキからそのモンスターを特殊召喚する。

 

「デッキより、『破面竜』を特殊召喚! 龍大神の効果により、『転生竜サンサーラ』を墓地へ!」

「凌ぐだけか。サイコ・ショッカーで追撃!」

「ッ、デッキから『獄落鳥』を特殊召喚します! そして『ドリル・ウォリアー』を墓地へ!」

 

 祇園LP4000→3700

 獄落鳥☆8闇ATK/DEF2700/1500→2800/1500

 

 現れるのは地獄に住まう怪鳥だ。残る二体のモンスターでは超えることはできない。

 

「ふん、それで凌いだつもりか?――速攻魔法『禁じられた聖槍』。攻撃力を800ポイント下げ、魔法・罠の効果を受け付けなくする。レアル・ジェネクス・クロキシアンで攻撃!」

「ッ、くっ……!」

「私自身でダイレクトアタックだ!」

 

 放たれた一撃が、祇園の体を貫いた。衝撃が大気を揺らし、思わず祇園は膝をつく。

 祇園LP3700→3200→800

 

「小僧……!」

 

 エンディミオンの声が聞こえた。その言葉に込められた感情は、怒りか、それとも別の何かか。

 

「今の一撃を受けても意識を保つか。成程、私の前に立つだけのことはある。だが、人間。貴様は理解しているのか? この都市の罪深さを。貴様が背負うその男が、どれだけの巨悪であるのかを」

「……知りません。僕は精霊界の事情なんて知らない」

「無知でありながらもこの場に立つ。それがすでに罪深きことと知れ。……いや、それともその右目。貴様もまたこの都市の罪であるのか」

 

 その言葉に、祇園は眉をひそめた。サイコ・ショッカーはどこか哀れむような視線をこちらに向けている。

 

「『ひだり』とは『霊垂り』。貴様のように精霊と一体になった者は精霊が主体であれ人間が主体であれ、永き時の中で確かに存在した。だがそのほとんどがその結果を左に宿す。貴様のように右目に現れる者を、我らはこう呼ぶのだ」

 

 ――失敗作、と。

 憐みの視線はそのままに、サイコ・ショッカーはそう言った。

 

「そんな体になってまで、何故そこに立つ? 貴様をそんな体としたのは、そこにいる大罪人ではないのか?」

「違います」

 

 己のデッキからカードをドローし、祇園は言う。

 

「これは僕自身が選んだ結果です。誰のせいでもない。僕自身が選んで、こうなった。こう、なり果てた」

 

 誰のせいでもない、己自身の選択。それ故に、夢神祇園はここにいる。

 

「――魔法カード『マジック・プランター』発動。無効となっている『竜魂の源泉』を破壊し、二枚ドロー。そして魔法カード『シャッフル・リボーン』を発動。墓地から『ギャラクシー・サーペント』を蘇生。『幻界突破』の効果を発動し、生まれ変われ――ギャラクシー・サーペント」

 

 闇竜星―ジョクト☆2闇・チューナーATK/DEF0/2000

 

 現れたのは、闇を纏う竜星だ。祇園は更に、と言葉を紡ぐ。

 

「ジョクトの効果を発動。自分フィールド上ジョクト以外のモンスターが存在しない時、手札の『竜星』カードを二枚墓地へ送ることでデッキから攻撃力0と守備力0の竜星を一体ずつ特殊召喚する。手札の『光竜星―リフン』と『竜星の具象化』を墓地へ送り、『炎竜星―シュンゲイ』と『水竜星―ビシキ』を特殊召喚!」

 

 炎竜星―シュンゲイ☆4炎ATK/DEF1900/0

 水竜星―ビシキ☆2水ATK/DEF0/2000

 

 現れた二体のモンスター。周囲に、光が満ちる。

 

「レベル4、炎竜星―シュンゲイとレベル2、水竜星―ビシキにレベル2、闇竜星―ジョクトをチューニング。――光よ、降れ」

 

 天より、美しい光が降り注ぐ。

 神々しきその光。その光を浴びながら、しかし、その在り方があまりにも歪なその少年は、一体何者なのか。

 

「『輝竜星―ショウフク』!!」

 

 輝竜星―ショウフク☆8光ATK/DEF2300/2600→2800/2600

 

 金色の体躯を持つ伝説の竜。その竜が、歓喜の咆哮を上げた。

 

「ショウフクの効果を発動! シンクロ召喚成功時、素材とした幻竜族モンスターの数までフィールド上のカードを対象に発動できる! そのカードをデッキに戻す! サイコ・ショッカーとレアル・ジェネクス・クロキシアン、龍大神をデッキに戻します!」

「何だと……!?」

 

 行われた特殊召喚は三回。故に三体のモンスターが墓地へと送られる。

 送られたのは、『波動竜フォノン・ドラゴン』、『ダークエンド・ドラゴン』、『アクセル・シンクロン』の三体だ。

 

「これで場は空きました。……打つ手は、ありますか?」

 

 ショウフクの一撃が通れば、それで決着だ。龍大神――その効果は祇園にとって確かに天敵とも呼べる効果である。しかし、ただそれだけならば打つ手はある。

 昔とは違う。もう、敗北は許されないのだ。

 ならば――己にできる全てを込めて、戦うのみ。

 

「小僧……貴様は……」

 

 茫然とした声。その言葉の意味は、一体何か。

 

「おのれ……おのれえッ……!」

 

 呻くように言うサイコ・ショッカー。彼は憎悪に滾る瞳をこちらに向け、言い放つ。

 

「私を倒したとて! 貴様らの罪は消えぬ! 我が同胞の無念を、我らは決して忘れはしない!」

 

 その憎悪が向けられているのは未だ囚われているエンディミオンに向けられていた。どういうことか――問いを発しようとして、祇園は口を噤む。

 何も知らない自分が、今これからこの精霊を倒そうとしている自分が何を聞こうというのだ。

 

「――ショウフク」

 

 短い言葉だった。サイコ・ショッカーがそんな祇園に貫くような視線を向ける。

 

「また踏み躙る気か……! 貴様も同罪だ、人間!」

「ダイレクトアタック」

 

 光の奔流が、その身を貫いた。

 ずきりと、胸が微かに痛む。

 

 ――敗北は、許されない。

 それは、全てを踏み躙ることと同じだ。

 だが、決めたのだ。なら、こうあり続けるしかない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

解放されたエンディミオンが倒れ伏したサイコ・ショッカーに近付くのと共に、祇園もまた彼の側へと寄っていった。

 命までは奪っていないはずだ。見下ろすと、こちらへ憎悪の瞳を向けてくる。

 

「魔導王……!」

「話せる元気はあるようだな。――問おう。貴様が今回の主犯か」

 

 その喉元に杖を突き付け、エンディミオンが問う。サイコ・ショッカーはこちらを睨み付けたまま、更に言葉を紡いだ。

 

「黙れ……! 先に手を出したのは貴様らだろう……!」

「……要領を得ぬ。少なくともここ百年、我らが他へ侵攻した記憶はない」

「白々しいぞ魔導王……! 同胞の無念を、私は――」

 

 鈍い音が響き、それと共に言葉が途切れた。エンディミオンが息を吐き、己の手で気絶させたサイコ・ショッカーを見据える。

 

「話にならぬ。……結界は起動したか。ゆくぞ、小僧。この精霊を連れ、戦闘を停止させる」

「できるんですか?」

「首魁であるならば無論のこと、我に対する暗殺者の類であったとしても晒せばその策の不発に気付くだろう。使者を立てることもなく攻撃をしてきた辺り、対話の意志はないのかもしれんがそれは向こうの都合だ。我には関係ない」

 

 言い切り、サイコ・ショッカーへ手を伸ばそうとするエンディミオン。その瞬間、閃光が二人の姿を覆い隠した。

 

「――スターダスト!?」

 

 閃光竜スターダスト。夢神祇園の魂の形たるその竜が、二人の身を守っていた。

 そして、その障壁の向こう。そこに立つのは、一人の女性。

 

「……防がれました、か。優秀な精霊です」

 

 興味無さげに言うその女性の背後には、一体の竜がいる。

 神々しさを纏い、白き翼を持つその竜の名は――竜姫神サフィラ。

 神の名を持つその精霊を従え笑う一人の女性。祇園はその人物を知っている。つい先日、見た姿だ。

 

 ――アニーシャ・パヴロヴァ。

 先のエキシビションにおいて彼の皇〝弐武〟清心と戦った世界ランカーだ。

 

「しかし、勝てるとも思っていませんでしたがまさかこんな形になるとは。……何者です、あなたは?」

 

 その瞳が祇園を捉える。思わずその足が退いていた。

 言動は理性的であるし、おかしなところもない。だが、これは。

 

「――何者だ」

 

 エンディミオンがその杖を向けながら言葉を紡ぐ。アニーシャは肩を竦めた。

 

「答えると?」

 

 微笑。背筋に悪寒が走った。本能が告げている。

 ――アレは、おかしい。

 

「……成程、まともではないようだな。貴様が黒幕か」

「わかりますか。そこの少年もそうみたいですね。――どこへ行ったのか、と探していました。成程、こんなところに」

 

 クスクスと笑うアニーシャ。その口元は変わらずずっと笑みのままだ。だが、その瞳。狂気を纏うその瞳だけが、ずっと変わらずこちらを射抜いている。

 アレは、まともでは……ない。

 

「……どういう、ことだ……!」

 

 呻き声が聞こえた。振り向くと、サイコ・ショッカーが震える体で立ち上がろうとしている。

 

「貴様が、我らに……!」

「説明は、必要ですか?」

 

 嘲笑うように微笑むアニーシャ。その言葉を引き継ぐように、背のサフィラが言葉を紡いだ。

 

『歯車街。魔法使いに全てを滅ぼされ、その場に偶然居合わせた我らがその魔法使いを討ち取った――そんな戯言を信じたのが過ちでしょう』

 

 その言葉がどういう意味を持っていたのかはわからない。ただ、サイコ・ショッカーは茫然と目を見張り、肩を震わせた。

 

「……な、ん……」

「楽しかった、ですよ。あの〝大怨霊〟の気持ち、少しはわかります。――他人が踊るのは、とても楽しい」

 

 でも駄目です、とアニーシャは言った。

 

「やはり私自身が直接楽しめないと意味がない」

「……狂人が」

 

 吐き捨てるようにエンディミオンが言うと、アニーシャはまた微笑んだ。

 

「狂っているならそれもまた悦。私の理由付けなど世界に任せておけばいい。私は私の理由でここにいるのです」

「己の欲で世界を滅ぼす気か、狂人」

「その程度で滅びる世界、いらないでしょう?」

 

 あはは、と笑うアニーシャ。ふざけるな、と地に這いつくばったサイコ・ショッカーが吠えた。

 

「貴様らが我らが同胞を殺したのか!?」

「勝手に信じたのでしょう?――あの魔法使いは、最期まであなたの仲間を守ろうとしていましたよ」

 

 あはは、と笑うアニーシャ。その言葉に応じるように、背後に控えるサフィラの翼がはためいた。

 

「――それでは、ご機嫌よう」

「待て、一つだけ聞かせてもらおう」

 

 立ち去ろうとする一人と一柱。止めることは不可能と判断したのだろう、エンディミオンがアニーシャへと言葉を紡いだ。

 

「貴様らの目的は何だ」

 

 問いかけ。それに対し、さて、とアニーシャは諸手を広げて首を傾げる。

 

「興味がありません、が、そうですね。……この世界を滅ぼす、と、そう聞きました」

 

 そして、その姿が光に包まれて消えていく。その光景を見送り、エンディミオンが短く息を吐いた。

 

「ふざけた狂人だ。このまま我らを食い合わせればいいものを、わざわざ姿を現したとはな」

「え……どういうことですか?」

「簡単な話だ。黒幕であろう〝悲劇〟の思惑は知らぬが、アレはもっと単純でふざけたルールに則って行動している。ああいう手合いはいつの時代にも必ず現れるのだ。己の命さえもどうでもいい。ただひたすらに闘争を望む手合いはな」

 

 わざわざ姿を現したのも、全ての憎悪を自分に向けることで己を矢面に立たせるため――エンディミオンはそう言い切った。そして、サイコ・ショッカーへ視線を向ける。

 

「貴様はどうする? すでに答えは出ていると思うが」

「…………」

 

 その言葉に、サイコ・ショッカーは一度強く唇を噛みしめ。

 その結論を、口にした。

 

 

 世界のほんの片隅で。

 少年が今、復活の狼煙を上げる――……

 










安心感のある祇園くんとかいう冷静に考えると恐ろしい状態。
さーてさて、誰が生き残るのやら


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