深海棲艦、抜錨! (深海棲艦提督)
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深海棲艦提督、着任
深海棲艦の装備は、すごくてきとう


深海棲艦側の小説がほとんどなかったので、ちょっと書いてみました。
需要があるのかどうかは不明の模様。


艦これ(ゲーム)のほうはそろそろ春イベントですね。
大規模イベントが始まります。提督諸氏は備蓄に勤しんでおられるかと思います。


 

 

 

「はーい、お待たせ? 提督、頼まれていた書類が完成したわよ」

 

 緑色の髪をたなびかせ、手に大量の書類を持った少女がノックもなしに入室してくる。

 少女はそのまま一直線に俺の目の前まで進み、ドンと大きな音を立てて書類を置いた。当然、隣に積み上がっていた大量の資料が、その余波を受けて目の前に崩れてくる。たった今まで作業していた書類の上に。

 ……割といつものことである。

 

 俺は飲み終えたコーヒーカップを静かに机に置くと、一つ苦言を呈することにした。

 

「メロンちゃんよ、とりあえず書類は丁寧に置こうな? 資料と書類が混ざったら仕分けが面倒なんだよ。それとも、それもメロンちゃんがやってくれるかい?」

「……まずメロンちゃんじゃありませんから。それに、仕方ないでしょ、書類が重いんだもん。これだけ調べろって言った提督が悪いんじゃない?」

「ほう。俺の記憶では、確か一ヶ月前から調べろと言っていたはずだがなぁ。特に難しいことを頼んだわけではないのだし、夕張も毎日深夜まで調べてるって言ってたような気がするんだが…… どうして今まで掛かったんだろうな?」

 

 そういえば何度か深夜にアニメの音が聞こえてきたような……、とぽつりと漏らすと、メロンちゃん、もとい夕張はそわそわとしだした。本当に分かりやすい奴である。

 なお、このやり取りも当然、いつものことだったりする。そろそろもっとましな秘書艦が空から降って来てくれたりしないものだろうか?

 

「え、えと、調べる事が多かったんですよ。もう、提督ったら私に一杯仕事を押し付けて、嫌になちゃうわね。ということで、私はこれで失礼しますっ! またデータが欲しかったら呼んでくださいね!」

「おう、お疲れさま。ところで、今朝の新聞のテレビ欄、深夜帯にマーカーで印がつけてあったが、何か面白いものでもあるのだろうか? 夕張は知らないかね?」

 

「~~っ! 提督、私、深夜アニメとか楽しみにしてませんから! ほんとですからぁ~!」

 

 

 そんな俺の切実な思考を他所に、夕張は退散することに決めたらしい。

 提督室から足早に出ていく彼女の心に的確に止めを刺しつつ、俺は資料を押しやり、作業していた書類を再び目をやった。読み始めようと思った束の間、一瞬間をおいて勢いよくドアが閉められたせいで、資料が再び雪崩込んでくる。俺はため息をひとつつくと、コーヒーの追加を淹れに席を立ちあがった。

 

 沸かしていたやかんを手にとってコーヒーを淹れつつ、本当はこれも秘書艦の仕事なんだけどなぁ、とひとりごちる。幸い、ここには良い豆がたくさんあるようで、ひと手間を惜しまなければ結構なレベルのコーヒーが楽しめた。どの豆を使ってどうブレンドするかを悩み、試行錯誤していくのは意外と楽しい作業でもある。

 どう考えても、提督が自分でやることじゃないような気がしたが。

 

 

「しかし、いったいこの基地はどうなっているんだか。割と近いラバウルからも捕捉されていないようだし。さすがにショートランドからじゃまる分かりだったが……」

 

 約二ヶ月前にショートランドに配属される時も途中にラバウルに寄ったが、ラバウル基地からショートランド基地やブイン基地の様子は全く分かっていないようだった。というか、だからこそ自分がショートランドへ配属されたのだったか。

 

 

 秘書艦の夕張と護衛駆逐艦と共に配属された次の日、即刻深海棲艦の大群に囲まれたのは記憶に新しい。一時期は死まで覚悟したものの、深海棲艦側はこちらを害するどころか、自分たちの提督になってほしいと主張してきた。艦娘が登場してから負け続けの自分たちの敗因は、提督がいないからなのであろう、と……。

 数日の間、何かの罠だろうかと疑ってしまったのも無理はないと思う。

 

 とはいえ、囲まれた俺たちに選択権などあるわけがなく、深海棲艦に従い彼女ら(?)の提督になったわけだが、正直問題しか無くて頭を抱えていたりする。

 

 

 

 

 

 装備、というものをご存じだろうか。いや、「装備」という言葉自体を知らない人はいないだろうか。

 

 艦娘には、当然装備が必要である。いや、装備無しで戦えないこともないのだが、戦闘能力は格段に落ちる。提督時代にはどの艦娘にどの装備を乗せるか、夕張と共に考えたりしたものだった。夕張はあれでも装備関連には詳しいのだ。

 砲戦火力を重視して火砲を積むか、雷撃火力を重視して魚雷を積むか、対潜警戒を重視して爆雷や聴音機、探信儀などを積むか。

 一つ装備を間違えただけで艦娘の生死に直結する重大なことであり、提督という職業が険しき道といわれる所以である。実際に、装備配備が上手い提督は沢山の戦果を挙げているものだ。

 

 また、装備間のシナジーも大事である。砲撃においては、火砲と共に弾着観測用の航空機を載せることで、砲撃の着弾点を上から見て修正しながら砲撃をしたり、火砲を二つ積むことで連続して砲撃が出来たりなど、考えることは意外とたくさんある。

 聴音機で敵潜水艦の位置を聴き取りつつ爆雷投射をすれば、闇雲に爆雷だけ投げるより遥かに命中が見込めるだろうし、火砲を増設して徹甲弾を積めば、普通の弾を打ちだすより高威力が見込めるだろう。

 

 艦に物を積めるスペースというのは決まっているから、装備の取捨選択はかなり大事なのである。

 

 

 

 ところで、夕張の持ってきたこの資料を見てほしい。

 

 

【深海棲艦装備表】

 

名称:深海駆逐艦

装備可能スペース:おおよそ3つ

装備:5inch単装砲・なし・なし

 

 

名称:深海軽巡洋艦

装備可能スペース:おおよそ3つ

装備:5inch単装高射砲・偵察機・なし

 

 

名称:深海輸送艦

装備可能スペース:おおよそ3つ

装備:なし・なし・なし

 

 

 

 

 ……。

 

 夕張曰く、「装備載せれるのに載せないなんて、死にに行くの?」だそうだが、本当にその通りだと思う。

 

 

 いやまぁ、俺でも輸送艦に戦闘しろとは言わないが、せめて自衛のためにでも火砲の一つや二つ載せてもいいのではないだろうか。

 駆逐艦はなおさらである。火砲をもうひとつ載せれば二つの火砲で連続砲撃出来るだろうし、対潜装備を積めば潜水艦にやられることも少なくなるだろう。魚雷を積めば、夜戦で戦艦級を撃沈させることだって不可能ではないはずだ。それなのに……。

 

 

 軽巡洋艦に至っては、もはやどういう意図で装備しているのか疑問に思うレベルであったりする。

 提督専用学校の火砲の分類によれば、高射砲とは、主に「敵の艦載機に対抗する火砲」とされている。つまり、空からやってくるであろう敵艦載機に向かって砲撃し、敵の艦載機を落としたり、爆弾等を投下することを牽制したりするために使われているのだ。高射ってそういう意味だし。

 

 一方、偵察機は火砲の砲撃着弾を見るのによく利用される。主砲と併用して利用されるのが一般的だ。当然、頭上にいる艦載機に当たったかどうかを偵察してもほとんど意味がないし、寧ろ味方の砲弾にあたって撃破されるし、砲撃の邪魔にすらなるかもしれない。

 実際、俺は提督時代、深海棲艦側の高射砲に当たって撃破されていた偵察機も見たことがあったりする。まるで意味が分からないぞ……?

 

 敵位置などの偵察に使えないこともないだろうが、それなら空いたスペースに主砲を載せれば、砲撃戦でも偵察機を有効に活用できるだろうに……

 

 

 

 ずきずきと頭痛がしてきた頭を抱え、装備がずらっと書かれた書類を「保留」の棚に収める。その下から、戦略と書かれた書類が出てきたが、無言でまた同じ棚に突っ込んでおいた。夕張と一緒に読まないととてもやってられないだろう。

 確かにこれを見ると、深海棲艦勢力が負け続けている理由は、今まで提督の不在によるところも大きいのかもしれない。

 俺は前途多難な未来を思い浮かべてため息をつくと、とりあえず夕食を摂りに基地食堂へ向かうことにした。

 

 

 

 

 




ホ級やワ級のflagship化が予約された模様。
提督はリアリスト。というか、初期の深海棲艦の装備は手抜きすぎ……



【今日の艦船・軽巡洋艦 夕張】

kancolle deta:火力63 雷装79 装甲49 対空69 運17 装備可能数・4スロット

貴重な装備4スロット持ちの軽巡。通常の軽巡洋艦は3スロット。
装備可能数というのはかなり大きい要素であり、彼女一人で対潜&連撃を両立させたり、魚雷4積みして夜戦でネオダイソンをワンパンしたり、対地装備満載して集積地棲姫に1000↑ダメ与えたりなど、決まれば異常な戦闘力を見せる。

半面装甲が弱いうえに偵察機が載せれないため、道中で大破したり昼火力が低かったりなどと欠点も目立つ子だったり。


作中では深海棲艦提督の秘書艦を務める。
提督からは装備関連の信頼は厚い模様だが、他に関しては……?


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深海棲艦の大型艦は、なんかへん

 夜のショートランド基地の食堂は、いつも混雑している。

 

 ショートランド基地はすっかり深海棲艦の本拠地になってしまったが、本拠地にするにあたって基地自体をそのまま流用したため、食堂など諸々の施設はまだ残っているのだ。

 食堂でも、基地のやり方そのままに、人間用のメニューと燃料弾薬等の艦専用のメニューが二種類用意されている。正直、何処から人間用のメニューを提供出来ているのか疑問しか湧かないが、深海棲艦側で何とかしているのだろうか。提督がいなかったら、真面目に深海棲艦たちはやばそうだし。

 

 

 

「テイトク、ヨルノテイショクニナリマス」

 

 なぜかコミュニケーションが取れる食堂の深海棲艦と一言二言交わし、定食のお盆を持ちあげると、手を振っている夕張の隣に座る。いつも通りの様子だが、大方昼のことは綺麗さっぱり忘れているのだろう。

 

「そういえばさ、提督?」

 

 箸をおいて話しかけてくる彼女に、そっと首をかしげて応える。今日の彼女の食事は人間用の方らしい。

 

「ずっと疑問だったのだけど、ここの基地ってどうやって運用されてるのかしらね? ほとんど普通の基地と変わらないじゃない?」

 

 んー、と相槌を打ちつつ俺も箸をおく。確かに、食堂もそうだが深海棲艦の装備や燃料弾薬などはどこから提供されているのだろうか。ブイン基地も支配下におさめているため、ブーゲンビル島やサーモン諸島あたりから持ち出しているのか。しかし、あの島には銅鉱くらいで燃料などは特になかったような記憶があるが……?

 そんなことを夕張に話すと、彼女もそうねぇ、と短く相槌を返した。

 

 しばらく、無言の時間が流れる。

 

「もしかすると、艦娘みたいに遠征しているのかもな。鎮守府どころじゃない数の駆逐艦がいるんだし、戦闘以外に従事していてもおかしくないんじゃないか?」

「え~、それって深海棲艦がぞろぞろと出撃してるってこと? その割にはショートランドは静かだけど」

「いや、ブインもあるからな。元々あちらが本拠地だったらしいし、出撃ならあっちから行くんじゃないか?」

「あぁ~、そうね。でも、あまりぞろぞろと行くとさすがにラバウル基地から捕捉されるでしょうし、遠征してるにしろ、この基地の物資を補えるほど多いとは思えないわね」

「ふむ、確かに。戦艦・空母級もたくさんいるものな、ショートランドには」

 

 既に基地内で確認した中でも、ここ最近数十隻の戦艦や空母が結集していた。

 鬼姫クラスっぽい影も確認でき、中には数ヶ月前に艦娘の総力を挙げて撃破した南方棲鬼などもいるようだ。俺は作戦に従事してなかったから詳しいことは分からないが、結局撃破できていなかったのだろうか。

 

 ……なんとなく、嫌に胸騒ぎがした。

 

 

 

 

 

「アア、基本的ニ海底カラ資源ハ調達シテイルワネ。最近ハ近海ニ艦娘ガ多イヨウダケド、トリアエズハ問題ナイワ……」

 

 開口一番に質問した俺に、謎のドヤ顔をしながら答えてくれる子がいた。

 基本的に週末の夜には、深海棲艦側のボスクラスの子と打ち合わせを行っているのだが、なぜか毎回深海棲艦側の代表は別の子が来ている。俺としては同じ深海棲艦が来てくれたほうがやりやすいのだが…… 今回の子は姿形から推測するに鬼クラスだろうか?

 

「あ、なるほどね。海底資源なら主に島の方面へ目を光らせている軍が見つけれるわけがなかったわね。ほら、提督、遠征してるわけじゃなかったじゃない!」

「遠征と似たようなもんだと思うが…… 海底資源から調達するのは盲点だったな。それなら物資は補えるだろうね。……人間の食事が出るのは納得いかないが」

 

 対面の深海棲艦を見習ったのか、謎のドヤ顔を向けてくる夕張の額にデコピンをかましつつ、さてそろそろ本題に入ろうか、と姿勢を正す。それを見て、額を抑えて痛がっているふりをしていた夕張も真面目な顔を作る。なんだかんだで彼女も空気を読める子なのだ。

 

 

「さて、まずは深海棲艦側の装備の話から入りたいんだが。あー、はっきり言って、深海棲艦の装備配備はお粗末に尽きる。寧ろどうやって装備を配備しているのか疑問に思うレベルなんだが…… 良ければ、深海棲艦側がどういうシステムを採ってるのか教えてくれないか? ええと……」

「……南方棲戦鬼ヨ。ソウネ、装備ハ海底ニ埋マッテイル物カ、鹵獲シタ装備ヲ改装シテ使ッテイルワ。武器庫ニ適当ニ転ガッテイルカラ、ソノ中カラ、リコ達ガ適当ニ配ッテイル感ジネ」

「はぁ? 論外じゃない、それ。装備は色々試して自分に合うものを見つけなきゃ。ねぇ、提督?」

 

 思いのほか適当な状況に頭を抱えつつ、ヒートアップしそうな夕張を抑えてため息をつく。これは提督以前の問題なんじゃなかろうか。いや、指揮者がいなければこんなものなのだろうか……

 

「その状況は極めて不味いな…… ということは、駆逐艦などにはもしかして装備配備が間に合ってないんじゃないか? 5inch単装砲のみの装備の子とかいたようだが」

「エエ、提督ノ言ウ通リネ。ソレニ、半年ホド前ニ艦娘ガコチラヘ強襲シテ来タ時ノ被害モ、カナリノモノニナッテイルワ。泊地棲鬼ガナントカ修理完了シテイルクライネ。泊地棲姫モ沈ンデシマッタシ……」

「そもそも装備配備できるほどの物資が足りないのか…… 海底資源で賄えないのか?」

「……ソウネ、今アルノハ、各資源30万ホド。ココノ工廠ヲ使ッテイイノナラ、半分ノ子タチナラ配備デキルカシラ。全員ニ配備シヨウト思ッタラ、モット南方マデ進出シナイトダメネ」

 

 半分、か。何やら大量過ぎる資材の量が聞こえた気がするが、目の前の深海棲艦、南方棲戦鬼が言うには、鬼・姫クラスの子や戦艦・空母の子の資材が莫大にかかるそうだ。鬼・姫クラスの補給は一度に一人につき資材が5000くらい吹っ飛ぶらしい。いくらなんでも大食らいすぎだろうに。50の弾薬でフル補給できる夕張を見習ってほしいと切実に思う。

 

 

 資材問題以外では、工廠を使うことは多分大丈夫だろう。ブイン基地の工廠も動かせるかもしれない。失敗する可能性も含め、10万もあれば良い装備が量産できるはずだ。俺に随行していた駆逐艦の子や、ブイン基地に元々いた子を遠征に出せば、使える資源量も少しは増えるだろう。

 

「まぁ、状況は分かった。どうせ当面は旗艦から新装備を配備することにする予定だったし、おいおい配備していけばいいだろうね。名付けて駆逐flagship・軽巡flagship、ってところか。一応書類も作っておいたぞ、見るか?」

「エエ…… アリガトウ、オ願イスルワ」

 

 ちらりと夕張の方に目をやると、彼女もこちらの考えを察し、南方棲戦鬼の前に渡しておいた書類を広げた。

 

 

 

 

 【深海棲艦新装備表】

 

 名称:深海駆逐艦flagship

 装備可能スペース:おおよそ3つ

 装備:電探・水中探信儀・爆雷投射機

 

 

 名称:深海軽巡洋艦flagship

 装備可能スペース:おおよそ3つ

 装備:5inch単装高射砲・爆雷投射機・水中探信儀

 

 

 名称:深海重巡洋艦flagship

 装備可能スペース:おおよそ4つ

 装備:8inch三連装砲・6inch連装速射砲・22inch魚雷後期型・偵察機

 

 

 名称:深海戦艦flagship

 装備可能スペース:おおよそ4つ

 装備:16inch三連装砲・16inch三連装砲・偵察機・電探

 

 

 名称:深海正式空母flagship

 装備可能スペース:おおよそ3つ

 装備:艦戦・艦攻・艦爆

 ※工廠で強化型艦載機に変更

 

 

 名称:深海輸送艦flagship

 装備可能スペース:おおよそ3つ

 装備:6inch連装速射砲・5inch単装高射砲・5inch単装高射砲

 

 

 

 

「特に変更した部分は、駆逐艦や軽巡洋艦かね。彼女らは当面は主に対潜警戒に従事してもらう予定だ。前回、艦娘側が潜水艦の連続運用で作戦を立てていたのに対処する形だな。まぁ、これは君も経験していることかと思うが……」

「……エエ、コチラノ対潜攻撃ハ、艦娘ニハホトンド効カナカッタワネ」

「だろう? あとは重巡洋艦の砲を増設して連撃可能にしたり、艦載機の強化くらいか。戦艦は電探を載せるくらいで特に手を付けていない。あとは輸送艦も自衛手段持たせてみた」

 

 さくさくと説明したせいか、彼女は飲み込むのに時間がかかっていたようだったが、やがて整理がついたのかコクリと頷いた。

 

「フム…… ナルホド、分カッタワ。リコ達ニモ見セテクルワネ。アト私達、鬼・姫クラスノ装備モ見テオイテクレルト嬉シイワ」

「良いぞ、夕張あたりに渡しておいてくれると助かる」

「エエ。ソウスルワ」

 

 そう言うと、彼女は渡した書類をまとめて帰っていった。

 

 俺がぼうっと開いたままの扉を見ていると、隣の夕張が、「忘れたのでしょ。私が閉めてくるわね」と言って立ち上がる。ああ見えて深海棲艦たちは意外と礼儀正しいのだが、扉を書類で手が塞がっていたのか、今回は単に閉め忘れていたのか。

 何も背負っていない夕張の背中から、棚の上に置かれた艤装に目を移し、背もたれに深く身を沈めながらぼんやりと見つめ続ける。いつものことながら、事務仕事を終えた後はなんとなく体がだるくなる。鎮守府や基地配属の時は、仕事が終わっても出撃アラートなどが鳴って忙しかったが、このショートランドではまったく聞かない。そもそも、着任してから機能を設定した覚えもないので、恐らくはスイッチが切られたままなのだろう。

 とはいえ、ここは深海棲艦の居城。深海棲艦が攻めてくる道理はない。当面は大変で平和な日常が続くだろう。初日のようなことが起こったり、深海棲艦が何らかの理由で俺たちを害そうとしない限りは、だが……

 

 

「きゃあああああああああ!?」

「ッ! どうした夕張!?」

 

 ぼんやりとした意識が一瞬で覚醒した。俺は跳ね起きると、一瞬で夕張の元へ駆け寄る。驚いたような表情の夕張を無理やり背に隠すと、俺はドアの向こうを警戒した。したが……

 

「ア、イヤ、怪シイモノデハナイノダケド。チョット提督ニ話ガアッテ」

 

 無抵抗を表すつもりか、バンザイの仕草をしつつ南方棲戦鬼がおずおずと言った。後ろには南方棲戦鬼によく似た深海棲艦と、長い白髪と飛行甲板らしきものを携えた深海棲艦がいる。前者は見たことがあるが、後者も姫クラスだろうか。

 

「……なんだ、南方棲戦鬼か。驚かすなよ。てっきり敵が襲ってきたのかと」

「イッタイ誰ガ攻メテクルトイウノヨ……」

「……誰でもいいじゃないか。それより、何の用だ?」

 

 何となく目を背けつつ、ごにょごにょと誤魔化す。じとー、とこっちを見ている夕張と目があった。

 

「……ねぇ、提督? 何してるのかしら?」

 

 すっと目を背けると、南方棲戦鬼と目が合う。もう一度目を背けると、再度夕張と目が合う。挙動不審になった俺に対し、後ろの深海棲艦からの目線も厳しくなった気がした。

 

「アー、驚カセテスマナカッタ。提督ニオ礼ヲ言ウツモリダッタンダ」

「え、お礼? 提督に?」

 

 首をかしげる夕張に、南方棲戦鬼がソウダ、と頷く。南方棲戦鬼が手で合図すると、後ろの深海棲艦たちが前へ出る。確か、南方棲戦鬼にそっくりな方は、南方棲戦姫だったか。

 

「私達ノ為ニココマデ考エテクレルトハ思ッテイナカッタ。アリガトウ、リコ達モ」

「アリガトウ、コレデ勝テルカモシレナイワ。私ハ今度コソ、ヤラレハシナイ」

「私ハ人間二提督ヲヤラセルノハ反対ナノダケド。デモ、オ礼ハ言ウ。アリガトウ」

 

 思わず夕張と顔を見合わせ、きょとんとする。

 あまり深海棲艦のためといった感じではなく、自分たちが死なないためという考えが強かったのだが…… 俺も単純なもので、こう感謝されると満更でもなくなってきてしまう。俺も夕張も、特に深海棲艦に恨みがある、とかではないわけだし。

 

 

 去っていく彼女らを見送ると、提督質には俺と夕張が残された。

 なんだか恥ずかしい雰囲気を壊すかのように、俺は夕張に軽口を送ってみる。

 

「まぁ、なんだ。お礼を言いに来るから扉を開けたままにしていたんだろう。夕張は予言者としては失格だな。あ、秘書艦としても微妙かもしれないが」

「なっ。提督こそ、敵襲かってあれだけ慌ててたじゃない! 本当に敵襲でも私を庇ったらダメじゃないの。私と違って戦闘能力もないんだし」

「……それは、そうだな」

「もう、私たちは提督がいないとやっていけないんですからね。もっと自覚を持ってください!」

「……ああ、その点に関しては十分に分かっているとも。ところで、そろそろ寝る時間……」

「やっぱり提督は危なすぎます! いいかしら、そもそも提督というのは……」

 

 藪をつついて蛇を出す、とはこのことだろうか。非常に逃げ出したいが、確かに今回は俺が悪い。素直に説教されるべきだろう。いつもは立場が逆になってしまった。

 

 恐らく夜中説教されるのだろうと覚悟を決めつつ、そういえば彼女が楽しみにしていた深夜アニメがあったな、と思いだす。これは明日朝になってまた彼女が不機嫌になるパターンなのだろうか。……やっぱり今すぐにでも逃げ出したくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 ショートランド・ブイン両基地の奪還、及び前作戦で撃破し漏らした南方棲戦鬼の撃破を目標とし、大規模な艦娘の艦隊が接近中だ、と言う知らせを聞いたのは、次の日の朝のことだった。

 ……どうやら、俺も予言者としては失格らしい。

 

 

 

 




南方棲戦鬼のドヤ顔はすごい。


【今日の艦船・駆逐イ級flagship】

kancolle deta:耐久39 火力32 雷装60 装甲24 対空24
装備:電探、水中探信儀、爆雷投射機

対潜特化した駆逐艦。現在はExtra Operationのみに出現。1-5と5-5。

1-5では外れマスに出現するため出会う機会は皆無と言っていいが、5-5では全マスに出現する。
彼女らの対潜攻撃は鬼畜極まりなく、単縦陣でさえこちらの潜水艦をワンパンしてくる。
とはいえ、潜水艦を連れて行かなければ他の駆逐flagship艦より雑魚になってしまう。

キラ付け潜水でレ級の砲撃を、大和型にバルジ2積みでレ級の雷撃をほぼ無効化できる潜水ルートでは、打ち漏らすとレ級よりひどい事故要因として一部の提督を苦しめているとか。





次章、「決戦! サーモン諸島での反撃!」
数多の提督を絶望に叩き込んだあのイベントが舞台となります。


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決戦! サーモン諸島での反撃!
ショートランド・ブイン両基地を放棄せよ


イベント待ちついでに1話。


 

 

 

 艦娘が攻めてきてから一週間後。結論から言えば、初戦は深海棲艦側の勝利に終わった。

 砲雷撃戦をしたわけではない。緊急整備したショートランド・ブイン両基地から、これまた緊急配備した新型艦載機を大量発進させ、対潜警戒にでていた敵対潜部隊を上から叩いただけの、勝って当然の結果ではある。

 とはいえ、これまで負け続けていた深海棲艦側にとってみれば、どんな形でも勝利というだけで嬉しい事態だったらしく、彼女らの士気はかなり上がっている。

 

 空母運用のテストの兼ねて、一部の艦載機は近海の空母たちから発進もさせていたが、そちらも概ね良好のようだ。新型機はオレンジ色をしているため、橙艦戦・橙艦爆・橙艦攻などと呼称されているとか。空母深海棲艦たちの評判もいい。更なる強化を施した、青色の最新型艦載機も配備予定だ。

 このような境遇になってしまったが、深海棲艦側でもきちんと装備を作ってくれる妖精さんたちには、感謝してもしきれないな。本当に。

 

 

 

 

 

「それで、だ。次の作戦だが…… 正直艦娘の進行を食い止めることは難しいだろうと思うんだ。夕張、戦果と被害状況を」

 

 提督室での深海棲艦との会議の場。隠しても意味がないだろう、とありのままの意見をぶっちゃけてみた。

 途端に騒めく深海棲艦を他所に、隣の彼女はぺラリと資料をめくりながら説明に入る。今回集まっている深海棲艦は5人、いずれも鬼・姫級のようだ。よく似た南方棲戦鬼と南方棲戦姫、そしてあの日お礼を言いに来てくれた飛行甲板らしきものを携えた子。残り二人は見たことがないが、片方は南方棲戦鬼が言っていた泊地棲鬼なのだろう。もう一人は、黒い長髪が特徴的な子だった。

 

「は~い、海戦データはバッチリよ。対潜警戒に出ていた敵水雷戦隊は文字通り全滅させたわ。恐らくは川内型軽巡2隻と、吹雪型数隻ね。結構徹底的に叩けていたようだけど、私達艦娘は大破状態で攻撃を仕掛けない限り撃沈することはないから、ドックで修理されるとまた来るわね」

 

 全滅、と言う言葉に騒めく深海棲艦たちを他所に、夕張が淡々と説明する。艦娘側だったころには特にあまり気にかけていなかったが、良く考えれば「大破状態で進撃しないと撃沈しない」と言う艦娘の特性はチートと言っても差し支えない。ドックで修理すると言っても、遠征などで高速修復剤、通称バケツを獲得し、艦娘に使用するだけで、ほぼ即時出撃できる状態になれる。建造ですら高速建造剤、通称バーナーを使えば資源と資材が続く限り新しい艦を供給し続けれる。 ……よく考えなくても、相当なチートだった。

 それが、今回の提案の理由の一つになっているのだが。

 

「初戦は勝利したものの、相手は対潜装備しか積んでいない水雷戦隊。こちらの被害状況は艦載機が数十機だし、ほぼ無傷と言っても差し支えないけど、これを繰り返していけば当然被害は嵩むし、何より同じような勝利をさせてくれるとは限らないのよね」

「本当に勝とうとしたら、大破状態で撃破する、つまり連続して攻撃を仕掛けるか、鎮守府などの資源を枯渇させるかくらいしかない。あちらは艦隊を引き連れて大遠征に来ている。持ってくる物資も日本本土備蓄よりかは圧倒的に少ないだろうな」

「そこで、私と提督からは、ショートランド・ブインの放棄、及びサーモン諸島南部まで本拠地を下げることを提案するわ。どうかしら?」

 

 それを聞いた5人の深海棲艦たちは、思い思いに何かを呟いていた。案の定、この提案は受け入れがたいものであるようだ。まぁ無理もないだろう。今まで防衛していたであろうここを捨てろという提案なのだから。こちらを睨みつけながら、飛行甲板を持った子が、バシリと机をたたいて立ち上がる。その剣幕に吃驚したのか、隣の夕張がぴくりと震えた。

 

「アリエナイワネ。コノ本拠地ヲ捨テレバ、同時ニコノ基地機能ヲ相手ニ与エテシマウコトニモナル。ココヲ放棄シテ、ココカラ艦娘ドモニ毎日攻メラレデモシタラ、私達ハ全滅スルワ。ソレニ、皆ガ泊マレル泊地ナド南方ニハ無イ。

 コレダカラ、人間ニ提督ナンテ、ムリナノヨ……」

 

 キッ、とこちらを睨みつけるように言う彼女に同意するように、他の深海棲艦たちも頷く。5人の赤い目から逃げるかのように、喉を潤すために置いていた水の入ったグラスに手を伸ばす。ゆっくりと水を飲むと、頭の中がすっと冷えてくる気がした。

 確かに、基地放棄は相手に塩を送ることになるし、ここから南は飛行場と簡単な泊地・修理施設しかないのは確認済みだ。しかし、少し視点を変えると、こうとは考えられないだろうか?

 

「確かにその通りだが、よく考えればそれでもいいのだよ。というより、此処の本拠地は戦闘に適してないということのほうが問題だ。工廠機能こそ健在だが、ドックが機能しているわけでもなし、さらにこの基地だとそこまで多くの航空機を飛ばせないのだよな」

「……」

 

 ドックが機能していないというのは問題だ。大破や中破、当たり所が悪ければ小破させられただけでもすぐ戦闘不能になってしまう。その点、ラバウルの基地機能はかなりのもので、見た限りでは軽く中破したくらいでは1日で修復してしまうのでは、と思ってしまうくらいだった。

 そもそも数ヶ月前に急遽改造されたショートランドを除き、もともと艦娘側の基地は、ラバウル・ブイン・岩川・鹿屋しかない。それ以外で大規模な施設を持っているものは、内地の鎮守府くらいだろう。此処まで艦娘側の対処が遅れたのも、基地の能力を信用していたせいもあったのかもしれない。……ショートランドとブインは、深海棲艦に占拠された時にドックなどが破壊されているが。

 

 とりあえず黙って座り、続きを聞く態勢に入っている彼女らを見回すと、俺は更なる説明を試みる。

 

「それに、ここを相手に使わせることによって、相手を弱体化させることができる。仮に艦娘側がここを占領し、南方に退避した我々を攻めようと思う場合、ラバウルとここのどちらを拠点とするだろうか? 当然、ここだろう?

 ラバウルの基地機能は見てきたが、相当なものだったぞ。ラバウルを本拠地にした艦娘と戦うのと、ここを本拠地にした艦娘と戦うのと。どちらが相手しやすいかと言えば、当然後者だろうよ」

 

 グラスに手を伸ばして水を飲む。あっという間に空になったグラスの中で、氷がカランと音を立てた。氷を入れると水は冷えるが、飲める容量が少なくなってしまうのが問題だ。

 俺は、改めて周りを見回す。南方たち二人は納得している、のか……?。泊地棲鬼も若干理解している風か。黒髪の子は半々と言ったところ。最後の一人は…… ああ、めちゃくちゃ睨んできているな。これは怒涛の反論や文句が来るに違いない。

 来るであろう反論に備えて、俺が身構えた瞬間、隣の彼女が口を開いた。

 

「提督が言っているのはね、これからここを整備するのは時間がかかるし、それならボロボロのまま相手に与えちゃおうって話よ。それとも、ここの基地機能を修復できるだけの時間と資材があると思ってるのかしら?

 ……あ、もちろん、ただでは明け渡さないわよ? 罠を仕掛け、少しでもダメージを与えれるようにするわ」

 

 効果的に入れられた夕張のフォローには感謝してもしきれないだろう。もっといい秘書艦が空から降って来い、などと思っていた自分を殴ってやりたい。……いや、やはり普段のサボリ癖は矯正したほうがいいか。これで普段から真面目になってくれれば言うことはないのだが……

 緊張していた場にも関わらず、とりとめのないことを考えそうになった自分を叱咤しつつ、夕張の発言に合わせて俺も言葉を重ねる。ついでに夕張のほうに感謝の眼差しを向けると、それに気づいた彼女はにこりと微笑んだ。……やはり、何があろうとも秘書官を変えるなどありえないな。

 

「最終的な目標は、相手の資源を枯渇させて撤退させるか、もしくは資源不足なのに強行してきた敵艦娘を沈めることにある。撤退すれば当然、ブイン・ショートランドは放棄することになるだろうから、改めて占領しなおせばいい。永続的に放棄するつもりはない、ということは一応言っておくぞ」

 

 トン、とグラスを机の上に置く。シンと静まり返った室内に、現在も稼働中であろうはるか遠くの工廠からの音がかすかに聞こえた。そろそろ夜になろうかと言ったところだが、妖精さんたちは毎日本当によくやってくれている。開発すべきものは、新型機、新型電探、特殊潜航艇などいくらでもあり、全てを開発しきるのには時間が足りないだろう。どれも一部に配備する、といった形になるだろうか……

 

 正面に座っていた深海棲艦が、またもや立ち上がる。

 

「……マァ、ソレナライイデショウ。ソコマデ言ウノナラバ、私達ハ従ッテアゲマショウ。私ハ飛行場姫。命令ニハ従ウコトニスルワ……」

「リコ、名前クライ言ッタラドウナノヨ……」

「フン。私ニハ『リコ』ト言ウ名前ハアルケド、コイツニハ呼バセナイ。コノ戦イニ勝ッタラ考エテアゲテモイイケド」

 

 何かに納得してくれたのか、はたまた納得など全くしてないのかはわからないが、彼女は言葉少なにそう言うと、扉を閉めて出て行った。睨んだ表情はそのままに。

 残された6人の間に沈黙が流れる。またもやシンと静まった室内に、工廠の音が戻ってきた。次いで、何か指示する声が聞こえる。先ほど出て行った甲板を携えた子、つまり飛行場姫のものだろうか?

 

「あー、うん。信頼されないだろうというのは分かっている。当面の戦場はアイアンボトムサウンド、飛行場基地周辺になるだろう。航空戦力を基幹として対抗する予定だ。……俺を信頼しなくてもいいから、作戦は信用してくれると助かる」

「……提督、心配シナクテモイイ。私達ハ少シ受ケ入レル時間ガ足リナイダケヨ…… 私ハ戦艦棲姫。期待シテイルカラ、シッカリ指揮ヲトリナサイ……」

 

 黒髪の子、戦艦棲姫がそう言って出ていく。他の子も一言俺に声をかけて出て行った。そのすべてが励ましの言葉だったところに、なんだかほっこりとする。数ヶ月しか過ごしてはいないが、今までを見る限りでは、思いのほか彼女たちはいい子たちなんだよなぁ…… 

 

 

 

 

 なんだか複雑な気持ちでそのまま書類を整理してると、お茶とちょっとしたお菓子をお盆に乗せて夕張がやってきた。お菓子は提督室の棚にいつも隠しているのだが、隠し場所がばれていたのだろう。本気で隠すつもりで隠してはいないので別にいいのだが、なんとなく悔しい気もする。

 

「提督、お疲れ様。甘いものとか、欲しくないです?」

「……もしかしてそれ、夕張が甘いもの食べたいだけじゃないのか?」

「ち、違いますから! 頭を使った後は甘いものがいいかな、って思ったんですっ! ……はぁ、間宮とか居るともっといい物が貰えるのに」

「そうだな。……銀蝿はするなよ?」

「もぅ! するわけないじゃない。するのは提督でしょ。……でも、間宮の酒保のものは美味しいから、するのも解らなくはないですけどね」

「ああ。……やっぱり、夕張も鎮守府勤務へ帰りたいかい?」

 

 いつもの軽口の後に、ふと真剣な表情でそう聞いてみる。急な質問に不意を突かれたのか、夕張の肩が上がった。そのまま机の上にカツンと小さな音を立てて湯呑みが置かれる。お茶の緑色の液面にはさざっと波紋が走り、少しだけ机の上にこぼれていた。後ろの布巾をとって、こぼれたお茶を拭く。

 

「まぁ、帰りたいと思わないことはないわね。駆逐艦の子たちもそう言ってるし。

 ……でもね、提督?」

 

 俺の不安を見透かしたかのように、夕張は微笑む。その顔には、いつもと変わらない表情が浮かんでいた。

 

「私は提督の秘書艦なのよ? これからもずっと提督についていきます。だから、心配しなくてもいいのよ?」

 

 ……。

 何だか彼女の目をまっすぐ見ていられず、俺はすっと目をそらした。窓の外から煌く真夜中の星々が見える。書類仕事で気づかなかったが、もうこんな時間になるのか。こんな夜は、少し夜風にあたるのもいいに違いない。

 

「……夕張、ちょっと外を歩かないかい?」

 

 そういうと、きょとんとしている彼女の返事も聞かずに立ち上がると、机の上にあった菓子を二つ手に取って外へ向かう。

 ショートランドの空は雲一つない。ふと上を見ると、遮る物も何もない星々が目に飛び込んできた。うーん、と伸びを一つして、冷たい空気を一杯に吸い込む。この夜空も、澄んだ空気も、どちらも鎮守府では味わえないものだろう。都会や人混みと言ったものから解放された土地と言うのは、また趣がある。

 頭上にある星々にとって、我々や艦娘、深海棲艦はいかほどのものなのだろうか。きっとそれは蟻のように小さく見えるに違いない。蟻同士の戦いにも、蟻の考えや蟻の想いなどが存在するのだろう。しかし、俺たちは蟻の考えを想像しながら生きていることなどない。星々にとっても、またそうなのだろうか。

 

 いつの間にか隣に来た夕張に、手に持っている菓子を一つ渡した。彼女はそれを受け取ると、また私と一緒に天を仰ぐ。カサカサ、と同時に包み紙を破る音がした。俺は、手に持った菓子を頬張る。偶然にか、俺が一番好きな菓子だった。確かこれで在庫は最後だっただろうか。

 

「……やっぱりこれは美味いな」

 

 ぽつり、と言葉が口から漏れ出る。

 

「当たり前でしょ、私が持ってきたんだから。提督の好きなメニューのデータはぜぇーんぶ揃ってます。ね?」

「……これ、俺が買ってきたものだろうに。何で夕張が自慢げにしてるのさ」

「あ、ばれちゃった?」

 

 悪戯っぽく舌を出す彼女に、一つため息をつく。ふと下方を見ると、いつも過ごしている基地が風景と化して見えた。どこへ向かうかなど意識はしていなかったが、どうやらいつの間にか丘まで上がってきたらしい。ぽつぽつと漏れている光が、ぼんやりと基地を浮かび上がらせていた。あそこにひときわ明るく輝いているのが工廠だろうか。

 すぐそばにあった公園のベンチに座りつつ、隣に夕張を手招きする。寒そうに体を寄せてきた彼女を見て、そろそろ冬になるな、と実感する。さすがに真夜中だと大分冷えてくる。俺も正直、肌寒い。地理的にはここは赤道に近いはずだが、何故ここまで冷えるのだろう。これなら、まだ鎮守府のほうが暖かい。

 やはり俺は鎮守府の人間だということなのかもしれないな、と思いながらも、昔配属されていた鎮守府に想いをはせる。星が見えず、空気はお世辞にも綺麗とは言えないが、鎮守府は鎮守府で魅力があった。

 

 

「夕張」

「……なに?」

 

 前を向いたまま喋る俺に、前を向いたまま答える彼女。ショートランド基地を超えて眼前に広がるブイン基地は、灯りがほとんどない。

 

「計画では、両基地の放棄とともに、私たちは艦娘側に加入することになっている。提督たちが物資を運び込んだ所を見計らい、基地の罠を作動させて物資を焼くという形だな。そして、深海棲艦側に戻って艦娘たちを一気に叩く。ここで重要なのは、残るのが私達だけということだ」

 

 ぽつりぽつり、と計画を話していく。尤も、この計画の大部分は夕張と立てたものだし、再確認と言う意味のほうが強い。夕張も既知の事柄だからか、特に驚きも示さずに黙って聞いている。

 

「深海棲艦側に戻るのも、艦娘側に戻るのも、俺らの一存で決めれる。どうするか、は俺の中で決まっているつもりだ。

 今までの深海棲艦側での業務とは違って、やることは大幅に増えるぞ。計画通りにやらなくても、夕張は付いてきてくれるかね?」

 

 夕張の方を向いてそう尋ねる。……まぁ、答えの分かっている問いなど卑怯以外の何物でもないだろう。

 顔を向けた彼女も、当然といった顔をしていた。

 

「当たり前じゃない。……ふふっ。任せておいて。ねっ、提督?」

 

 

 楽しそうに答える彼女を見つつ、俺は残りの決意を固めた。全く、秘書官を見て覚悟を決めるなど、提督として失格も良い所だ。

 さて、そうなったからにはさっさと最後の業務を終わらせることにしようじゃないか。

 

 夕張に一声かけると、俺はベンチを立つ。提督室に帰る道すがら、一瞬だけ空から小さな流れ星が見えた気がした。

 

 

 




大破進撃させないと撃沈できないとか、深海棲艦提督がいれば大怒りでしょう。
大破してもバケツぶっかけて戻ってくるし。


【今日の艦船・輸送ワ級flagship】

kancolle deta:耐久130 火力62 雷装0 装甲65 対空40
装備:6inch連装速射砲、5inch単装高射砲、5inch単装高射砲

輸送艦とは何だったのか。

輸送艦と言う本来カモになるような艦種であるくせに、昼ではこちらの軽巡駆逐を難なく倒してくる火力、戦艦ですら一撃で沈められないような高耐久、夜戦に至ってはこちらの戦艦をワンパン大破させて来るポテンシャルを持つ。お前のような輸送艦がいるか。

レ級や改flagship、鬼・姫クラスなど特殊なものを除き、全艦艇中トップの耐久値を誇る。戦艦より硬い輸送艦ってなにそれこわい。
こんな輸送艦がいれば遠征もはかどるに違いない。




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ルンガ沖夜戦に突入せよ

メンテ前の春イベの酷さよ

メンテ後はE-6、E-7はギミック使えばかなり簡単になる模様です。それはそれでどうなんだとは思いますが。


何やらイベント後に新陸攻がもらえるようで、それはそれでいいんですけど。


 

 

 

「災難だったねぇ、君も。こちらとしても、まさか深海棲艦に捕らわれているとは思わなくてね、救助しようという発想自体がなかった。深海棲艦も、よく分からないことをするものだ」

 

 綺麗に片付き、修復された提督室の中で、大将らしき将徽を身に着けた人物が話している。その後ろには、中将らしき人物と、秘書艦であろう大淀が控えていた。

 大将の物言いに若干怒りを覚えつつも、いくつか投げられる質問を俺は平静を装って返答を返す。このようなことも、提督学校時代にはよくあることだった。我ながら嫌な技能を持ったものだ。

 

「まぁまぁ、彼も大変だったでしょうし、少しは労ってやらねば……

 ああ、もう今日は部屋に戻りなさい。士官用の個室を用意した。ゆっくり休んで、説明は明日にしてくれればいい」

 

 後ろに控えていた中将がそういってとりなす。彼が大淀に合図すると、合図された大淀が傍の扉を開け、こちらへ手招きした。

 ……だが、ここで退室してしまうと少々まずいことになったりする。

 

「いや、お気持ちはありがたいのですが、早急に報告したいことがありまして……」

「ふむ。重要な話ならば、今聞こうか」

 

 大将の言葉に、ふぅ、と大きく息を吐く。いつもの癖で隣をちらりと見るが、遠くにいた大淀が怪訝な顔をして見返すだけだった。

 ……そういえば、ここは提督室だったな。

 

「閣下。深海棲艦のこのたびの退却は不自然極まりないものです。わざわざ隠蔽してまでこの基地を維持していたのに、見つかった途端急に放棄する。怖気ついて逃げ出した、とも取れますが、それにしては今までの抗戦具合が腑に落ちない。

 ……きな臭い。と、そう思われませんか?」

「ふむ、さすがの儂でも、そのくらいは分かっておる。罠の可能性が高いとはな」

「ええ、そうです。……ズバリ、これは罠なのですよ」

 

 ピタリ、と自らの髭を撫でていた大将の動きが止まる。暫くの間部屋に流れた沈黙を、黙ってこちらをじっと見ていた中将が破った。

 

「……仮にその話が事実だとすれば、いくつか不可解な点が出てくる。まず、なぜそれを知っている貴官が無傷で解放されているのか。なぜ貴官がそれを知り得たか。それに……」

「まぁまぁ、中将。一度に聞いても説明しきれないだろう。君、取り敢えずなぜ君が無傷なのか、そこから説明したまえ」

「……ええ。実は、私がショートランドに配属されたときに……」

 

 鋭く見つめてくる中将と、目で促してくる大将の前で、俺は配属されてから今までに起こったことをすべて、嘘偽りなく話した。何故か提督就任を頼まれたこと、深海棲艦の状況、今回の計画。今思えども、我ながら数奇な運命を辿っているものだ。

 提督就任の部分で二人からかなりの質問を受けたものの、それ以外の深海棲艦の状況などは大将たちもある程度は予想していたことだったらしく、特に会話もなく話は終了した。罠は俺が起動させる予定だったため、起動するまでは特に危険ということなく、特殊処理班等を呼ぶこともなく迅速に処分されるようだ。

 難しい顔をした二人に退出を促され、俺は一礼して提督室をあとにした。恐らく、大将ら二人で今から色々話し合うのだろう。

 

 ……とりあえず信用してはもらえた、といったところだろうか。

 

 

 

 

「あ、提督。お疲れさまです。先程青葉とばったり会ったんですよ」

「お久しぶりですぅ、提督! 再開記念として一枚、良いですか?」

「おお、青葉か。久しぶりだなぁ。写真は…… まぁ良いか、一枚だけだぞ」

「ぇ、本当に良いんですか! じゃあ、遠慮なく撮らせていただきますぅ!」

 

 外の涼しい空気を吸いながら夕張の元へ行くと、夕張と一緒に青葉がいるのが見えた。

 まだ俺が提督学校にいた頃、実践訓練で組んでいたのが青葉だ。提督学校では、すぐに泊地等に配属されるような成績優秀者には専属艦がつくようになっていた。配属されてすぐ勤務に慣れるように、という処置だろうか

 秘書官として専属でついたのが夕張で、戦闘艦として専属でついたのが青葉。なので、実は夕張と同じくらい結構長い付き合いだったりする。

 青葉もショートランドに来る予定だったが、前配属されていた泊地での引き継ぎの兼ね合いなどで、他の艦と共に残らざるを得ず、結果俺たち二人だけ先行することになったのだ。

 

 写真をとったカメラを大事そうに抱えている彼女に、なんだか懐かしい思いが込み上げてくる。

 

「あー、泊地のみんなは元気にしてるかね? 長門や、大鳳とかも」

「元気というか…… みんな心配してましたよぉ? 仕事が手に付かない子もいましたし」

「そうだったか…… 心配かけたなぁ」

 

 残してきた艦娘たちのためにも、手紙くらいだしてやった方がよかっただろうか、と一瞬考え、すぐさまその考えを否定する。確かにあの状況では手紙を出すことは出来なくはなかったのかもしれない。が、それが両方にとって良いことになったとは到底思えない。

 元の泊地にも無理してでも救出しようとする子がいそうだし、艦娘側で俺をスパイにしようとする動きも起こりそうだ。そうなると、ある程度信頼してもらっていた深海棲艦への裏切りになってしまう。艦娘側と完全に縁を切りスパイを断る、それでも疑心暗鬼の種になるだろう……

 

 結局、俺が出来ることなんて少ないのだ。階級も低い俺には、状況を大きく変える力なんてものはない。上からの命令も断れない。装備の案は出せても、実際に作ってくれる妖精さんがいないと実現すらしない。

 それでも何とかしようと思うのは…… やはり今まで関わった彼女たちがいるからなんだろう。全部を守ろうだなんて欠片たりとも思ったことはないが、自分に関わった子たちくらいは守ろうとは思うのだから。

 

「提督? 難しい顔してどうしたんですかぁ?」

「……いや、なんでもないさ。さて、久しぶりに青葉に会えたことだし、色々積もる話を聞こうかね。夕張、士官用の部屋が用意されていたらしいが、どこか知ってるか?」

「……提督、聞いてなかったんですか? こっちですよ、もう」

 

 あきれたようにため息をつく夕張と、自然に隣に立つ青葉を見つつ、頭の中で再度決意を固める。不思議そうにこちらを見てきた青葉には、曖昧に微笑み返しておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜のルンバ沖は、静かなことで有名である。昼間なら騒がしくすることもある駆逐でさえ、夜のうちは口を閉じる。穏やかな波と、湖面に浮かびゆっくりと揺れる月。それを見守るかのように遠くに聳える飛行場。ルンバの夜とはそういったものだった。

 ……とはいえ、それを知っているものは深海棲艦に限られていたが。

 

 しかし、どうやらそれは平和なときに限られたものだったらしい。今や波は高く荒れ、明々と照らし出された海面には、月の姿はおろか、いつもならそばに映るはずの自分の姿すら見えない。スドン、という音の後に、火薬の臭いが漂ってきた。時折遠くから怒号が響く。

 

 イマイマシイ、とそれを見た彼女は思う。奴らは初戦を教訓にしてきたか。初戦の勝利の立役者であった空母は、夜間ではその力を発揮できない。我らが守るべき目標である飛行場姫、彼女からの増援も同じ理由で期待できないだろう……

 

 イマイマシイ、と再度呟く。深海棲艦提督、などと名乗っていた男の顔が思い出される。奴の言う通り撤退した結果がこれだ。

 敵に大ダメージを与えると言っておきながら、奴らが弱体化した形跡はないではないか。それどころか、両基地を放棄した際の混乱と夜の不防備を突かれ、守るべきものが危険にさらされている。両基地を守備していれば、少なくとも混乱に陥る事はなかった。いや、敵に拠点もないため夜戦に持ち込まれることもなかっただろう。その前に哨戒ラインで食い止めることは可能だった。

 今回も、今回もヤラレルノカ……

 

 

「っ! 敵艦発見です! っ嘘、大きい……」

「な、何なのよあれ…… 鬼クラス、なの……?」

 

 甲高い声に、彼女――泊地棲鬼は振り向く。重巡級が2隻、軽巡級が1隻、駆逐級が3隻、だろうか。……全くもって忌々しい奴らだ。

 

「こんなん出るって、ウチ聞いてへんで……」

「そんな…… みなさん、退却の用意を」

「でも、任務はこの海域の掌握よ、こんな大きい奴を放って帰ったりなどできないわよ……?」

 

 煩い。

 忌々しい奴らめ。イマイマシイ……

 

「あーもう、バカばっかり! 構えなさいよ、撃ってくるわよ!」

「っ! 撃ち方、始めて下さーい!」

「主砲よーく狙ってー…… 撃てーっ!!」

「当たってください!」

 

 暗闇の中で、黒い弾が飛来してくる。その全てを些細なものと断じ、泊地棲鬼はひたすらに距離を詰めた。

 当てるは一撃必殺の徹甲弾。本来の仮想敵である戦艦・空母クラスはいないものの、重巡クラスでも当たれば当然ひとたまりもない。敵は絶対にここで食い止める。その目標を胸に、泊地棲鬼は初弾を撃つ。

 

「くぅ……!」

「陽炎! 大丈夫!?」

「ええ、大丈夫よ、これくらいっ!」

 

 ……ああ、煩い。

 

「あぁっ!」

「うっ! 痛い、です……!」

「黒潮ちゃん、神通ちゃん! ……っ、これ以上、やらせません! 全砲門、開いてください!」

 

「……ッ!」

 

 ……左腕に被弾したか。ぼんやりとした思考の中で、泊地棲鬼はそう認識する。不思議と痛みはなかった。ふつふつと燃える怒りで頭が熱くなった。まるで代わりに頭が被弾したかのようだった。

 ギロリ、と忌々しい奴らを見ると、遅れて追従していた味方の軽巡・駆逐が目に入る。昔から自分と共にいた子たちだ。どうやら、砲撃に合わせて魚雷を発射してくれていたらしい。奴らが回避行動に入る。絶好のチャンスとばかりに数発撃つ。

 

「っ、大丈夫、かすっただけよ!」

「霞、後ろや!」

「こんなの全然当たんないわよ! 沈みなさい!」

 

 味方駆逐が沈む。その姿を見つつも、不思議といつもの悲しみは胸に湧いてこなかった。

 

「当たってえなー!」

「追撃します! 逃がしません!」

「攻撃するわ! これが私の全力よっ!」

 

「……ッッ!」

 

 隣で味方駆逐が爆ぜると共に、左腕の感覚がなくなった。じんわり、と肩から先が熱くなる。

 有体に言うなら、中破状態だろうか。自分をそう客観的に判断するも、それでも泊地棲鬼は目の前の敵の撃破の手段を考えていた。奴らは姑息にも連携で此方を崩して来ようとしている。それならば、自分が採るべき手段は、連携を崩壊させること、つまりは各個撃破だろう。

 熱くなった頭で、しかし冷静にそう判断する。まずは音頭をとっていた奴を潰そうと、右手を上げて目の前の艦に照準を合わせた。一瞬の間をおいて、繰り出される必殺の一撃。

 

「ああっ……! 嘘、あたしが!?」

「霞ちゃん!?」

 

 命中した。黒煙を上げて沈みゆく忌々しい駆逐。

 今までならば、これで沈んだと判断して追撃をやめていただろう。しかし、彼女の脳裏には、あの提督という男のどこか誇らしげな声が再生されていた。艦娘はある意味非常にタフな存在だ。大破状態にしただけでは、よほどのことがない限り轟沈することはない……

 泊地棲鬼はやおら振り向き、再度かの駆逐に照準を当てた。長めの砲塔が敵駆逐をピタリと見据える。漆黒の闇の中、黒光りする砲塔に、なぜか怯えた表情で此方を見上げる少女が鮮明に映った。もはや奴は何もできない状況にも見えたが、泊地棲鬼は警戒を解く気は一切なかった。

 ……なぜあの男の言葉に影響されているのか、自分でも分からなかった。

 

「っ、やめてぇっ!!」

「羽黒!? そ、そんな、あたしを庇って……」

「やめなさい! ここからは、この私、鳥海が相手です!」

 

 重巡級が2隻、目の前に躍り出るも、再度放った砲弾が過たず重巡級の体に命中した。先ほどと合わせて合計2発の大きい命中弾。ぐらり、と傾く重巡級2隻を冷たく見据える泊地棲鬼の前に、再度邪魔が入る。

 

「直撃や! 霞も羽黒も、やらせへんで!」

「もらったわっ!」

 

「……ッ!」

 

 少々の被弾と引き換えに、一瞬にしてその駆逐級にも傷を負わす。ああ、こいつらは邪魔だ。サッサトシトメヨウ……

 

「ぐっ……! まだ、私の計算では、まだ大丈夫……!」

「私も、まだいける…… 貴方たちの背中は、私が守ります!」

 

 ああ、煩い。

 ……お前たちは何だというのだ。

 

「これくらいでへこたれてちゃ、陽炎型ネームシップの名が泣くわ。攻撃よ、攻撃!」

 

 お前たちは何だというのだ。

 

「味方が傷ついているのに、倒れてちゃあかんで! 頑張るんや、ウチ!」

 

 お前たちは何だというのだ。

 

「こ、こんなんじゃ霞は沈まないわ…… 返り討ちよ!」

 

 

 お前たちは何だというのだ……

 

 

 

 いつもは鼻で笑える攻撃も、消耗した今ではかなり堪えてくる。数発の被弾を受け、ガクリ、と崩れる体を止める術は最早なく、そのままバシャンと体を横たえた。海水に浸かった頭が、急速に冷えていった。それに反比例するかのように、再び左腕が熱を持ち始めた。海水が蒸発するのではないか、そんな変な考えが浮かんでは消えて行った。

 限界なのか。意識も朦朧としてきた中で、泊地棲鬼はそう思った。認めたくない、とそうも思った。

 

 

 あの日、艦娘側に敗れ、安住の地を求めて逃亡していた泊地棲鬼らを迎え入れたのは、そのころにはブインを占拠していた飛行場姫と南方棲戦姫たちだった。その日疲れで眠ってしまった彼女が朝起きて目にしたものは、自分たちのために新たに場所を作り、駆逐たちまでも受け入れてくれていた飛行場姫の姿だった。その小さな優しさが、どれほど泊地棲鬼の心を安らげたか。

 

 どんなに疲弊しようとも、どんなに壊れてしまっても。泊地棲鬼に諦めるなどと言った言葉は存在しない。

 なぜなら、彼女にはやり遂げなければならないことがあるから。彼女には守るべきものがあるから。

 

 

「コノサキヘハ…… トオサンゾ……」

 

 

 重い体に鞭打って立ち上がり、キッと奴らをにらむ。ぶれぶれの照準で主砲を一発撃つ。……どうやら外れてしまったか。

 着弾を確認するために見た奴らの後方では、空が白み始めていた。漆黒の闇に覆われた戦場に、一筋の光が差し込んだ。キラキラと海面が光り出した。

 ああ、もう少しだ。もう少しで昼になる。昼になれば航空戦力の増援と、何より自前の艦載機を発進することができる……!

 

 

 

 泊地棲鬼は終ぞ気づかなかった。見えない魚雷の航跡が彼女に迫っていることに。軽巡級の放った、61cm五連装(酸素)魚雷。艦娘側の誇る、最強の魚雷攻撃が、彼女の背後を捉えていた。

 

 

 

 




???「油断しましたね。次発、装填済みです」



【今日の艦船・泊地棲鬼】

kancolle deta:耐久180 火力105 雷装60 装甲80 対空70
装備:徹甲弾、艦戦、艦爆


主砲は!? 徹甲弾を打ちだす、主砲はどこに消えた!?

……とは言ったものの、艦これ内の主砲は基本的に増設装備枠扱いのような気がするので、恐らく主砲はデフォルトで装備されているに違いない。
艦娘も主砲なしで普通に砲撃したりするわけだし。

ゲーム内では火力・装甲等のステータスは戦艦タ級flagshipより低いくらいであり、特に脅威ではなかったりする。
夜戦火力こそそこそこ高いが、そもそもの夜戦命中率が低いうえに、ゲーム内では攻撃回数が決まっているので(昼戦2回、夜戦1回)、最悪一人大破で済む。


当然、作中ではそんな制限などないため、一人で敵艦隊を蹂躙することに。



なお、作中の艦娘側編成は、「鳥海・羽黒・神通・霞・陽炎・黒潮」。
ゲーム内台詞をかなり引用しているので、分かる人は一発で分かるかと。


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敵飛行場を目標に定めよ

 

 

 

 先日実行された、「航空戦力の影響を受けない夜間に敵艦隊を叩く」という艦娘側の戦略は、戦果を見る限りでは一応の成功をおさめた。

 しかし、夜に戦うということは視認困難な状況で戦うということでもある。今回のように、突如鬼クラスと遭遇するというアクシデントがまた起こる可能性はゼロではなく、突如強力な敵艦艇と会敵するリスクは到底見過ごせるものではなかった。

 

 それに加え、参加した艦艇6隻全員が大破、いや轟沈寸前だったということ、海峡奥にさらなる姫級がいる可能性があることから、提督たちは根本から作戦の見直しを強いられている状況である。ドックが貧弱なこともかなりきつい。当然ラバウルまで本拠を下げる、もしくは大破艦だけラバウルに送還するという案もあったが、作戦遂行は急を要するという意見に一蹴されていた。もたもたしていると敵の艦載機や修理済みの艦が増え、結局戦闘で勝利が不可能になる、と。至極当然な意見だ。

 ……なお、当然のことながら、姫級がいるという情報は、俺が提供したものである。

 

 

 

 それと、泊地棲鬼が沈んだ。

 沈みゆく最後の瞬間、刺し違えるかのように鬼気迫る表情で神通を大破させたらしい。全員大破させられた艦隊はこれ以上の進撃が不可能になり、母港に帰投した。

 轟沈させられるかと思いました、とその時の状況を聞かれた神通は話していた。事実、泊地棲鬼の砲弾は神通の艤装を掠めていたらしい。もう少し砲弾の精度が良ければ、きっと……。そこまで話して、神通はぶるりと震えた。

 

 

 ルンバ沖夜戦は、本来ならば起こりえなかった夜戦である。当初の計画通りならば、艦娘側にルンバ沖夜戦に突入するような余裕があるわけがなかった。罠による資源と基地の徹底破壊。艦娘側が作戦行動を起こせるようになるためには、少なくとも二ヶ月はかかっていたであろう。

 

「……はぁ」

「どうしたんですかぁ? 提督?」

「いや、覚悟ができていると思ってたのは頭の中だけだったんだな、と…… って、青葉?」

 

 きょとん、とした顔をしている青葉が目に入る。いつも通り、何に使うのかよく分からないメモ帳を片手に持ち、首からカメラをぶら下げている。また何やらの情報収集でもしていたのだろうか。

 

「ふふん、これが気になるんですかぁ? 見たいですぅ?」

「いや。どうせ艦隊新聞かなにかなんだろう…… っと、俺は工廠に行かなければならんのだよ。すまんが、取材ならまた今度の機会にでも……」

「工廠で何するんですかぁ? 青葉、興味あります! ついていきます!」

「いや……うん、まぁいいか。ちょっと装備の調整をするだけだぞ、見ても面白いことはないと思うんだが」

「いーえ、いいネタになりそうですから。ね?」

 

 にこにこと意思表明をする彼女に、変わってないなぁと感想を抱く。

 

 彼女と初めて会った時もそうだった。突然写真を撮られ、仕事しているときに突撃インタビューなるものを再三された。バレンタインデーの時も、チョコを貰ってびっくりしているところをすかさず写真に撮られたりだとか、お返しを渡す場面を写真に撮られたりもした。正直、あの写真をどう利用していたのか未だに謎である。考えたくないと言ったほうが正しいか。

 鎮守府にお偉いさんに呼び出されていた時、緊張していた俺はそっちのけでそこら中を取材して回っていた彼女の姿などは記憶に新しい。そのおかげで、その時抱いてた緊張などが綺麗さっぱり霧散してしまった。いやいや、これはおかげといっていいものだろうか……?

 夕張といい、青葉といい、なぜ俺の周りには一癖も二癖もあるような奴らが集うのだろうか。

 

 ……まぁ、なにはともあれ、そこまで言ったからには、覚悟を持ってもらおうではないか。

 

「青葉。最初に俺は止めたからな? それでも見るからには、こちら側へついてもらうぞ?」

 

 逃がさないぞ、と言う意味を込めた笑みを作りながらそう青葉に告げると、彼女は表情を一転させて少し青くなりつつ、

 

「あははー。これは特大のネタになりそうですねぇ……」

 

 と、乾いた笑いを漏らしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「やるよー」

「さっさと作るですー」

「ここはもっと改造できますー」

「提督、これが試作品ですー。どうぞ」

 

 工廠に入ると、カンカンと鉄を打つ音や、ジーと溶接の音が絶え間なく聞こえてきた。時折起こる爆発は失敗作の副産物だろうか? そもそも妖精さんたちは爆発に巻き込まれて怪我したりしないのだろうか。

 爆発に巻き込まれてこちらへ飛んできた妖精さんを抱き留めつつ、そっと床に下してやる。ぴょんぴょんと跳ねつつお礼を言う妖精さんにほっこりしつつ、同じくぴょんぴょんと跳ねながらこちらへ試作品を持ってきた妖精さんに向き直る。妖精さんは、三種の装備を重そうに持ちつつも、それ以上に誇らしげであった。

 

「三式弾、甲標的、青艦爆。ちゃんとできているようだね、見せてもらってもいいかい?」

「はい、どうぞー」

 

 妖精さんの許可をとって、3つの兵器を手に取ってみる。遠距離から雷撃を叩き込むことを可能とする甲標的。従来の物より隔絶した性能を持つであろう青艦爆。徹甲弾とはまた違った特性をもつであろう三式弾。どれも特に問題なく仕上がっていそうだ。

 

 甲標的を装備することで、砲撃戦前に遠距離から雷撃を打つことが可能だろう。開幕雷撃、といったところだろうか。やられる前にやってしまう、この戦法は大多数の敵に有効に違いない。

 青艦爆は従来の物よりも対潜・対艦のどちらも強化し、更に対空を付けるというかなり無茶ぶりを要求してみたが、驚くべきことにどれも水準を満たしているらしい。出来れば二つくらい併せ持てればいいな、程度の目算だったが、良い意味で裏切られたと言っていいだろう。本当に素晴らしい。

 そして、最後の三式弾だが……

 

「おおー。これは新兵器ですかぁ? 青葉も載せてみたいですなぁ!」

「青葉が乗せれるのは三式弾くらいだろうな。ちゃんとできていれば、陸上型基地に対する特攻を持つはずだが」

「ほぉほぉ。つまりこいつは、噂されていた新種の姫への対策であると! 雷撃が効かないそうですからねぇ」

「そうだな、当たらずとも雖も遠からず、ってところだ。別の意図もあるぞ?」

 

 まぁ、対地特攻を持っているわけだ。

 

 

 はしゃいでいる青葉を温かく見守りつつ、俺は彼女を連れてきた目的を達成するべく口を開く。さて、答え合わせの時間だ。

 

「……さて、青葉よ。これを見たからには分かっているだろうな?」

「ええ、もちろんですよ。……これを使って、敵飛行場を華麗に撃破! するわけですな!」

 

「……」

「あれぇ、違いました?」

 

 ……それは先ほど青葉が言った答えと同じなのではないだろうか。

 

「当たらずとも雖も、だが…… そうだな、青葉。三式弾を装備できる艦娘は、どんな艦娘だと思う?」

「ふむー。やはり戦艦さんとかですかねぇ。あと青葉たち重巡も乗せれるんでしたっけ?」

「うむ、その通り。まぁ、派生である航巡や航戦も乗せれるように作ってあるが、基本的には重巡・戦艦だな。ちなみに、本来なら軽巡にも乗せれるのだが、今回は『敢えて』乗せれないように作ってある」

 

 そう。わざわざ基地を放棄したのも、このためと言っていい。工廠機能を一番ベストな状態で保てるのは艦娘側につくしかなかった。それを妨害する罠を仕掛けるという手段は不都合だったので、此方からばらすことで信頼を得る手段としつつ、計画を無断変更していたわけだ。相手が多少たりとも警戒している場面では、あまり罠などは効果的な策とはなりえないということもある。

 勝利への計画を実行しつつ、並行して将来の装備開発を進める。そして開発した装備は、次なる矢の布石とする。

 

 

「わざと不利になるようなことをした……? まさか、提督……?」

 

 いくら艦娘の遠征隊が資源を大量に持ってきているとはいえど、それにも限度がある。限度がなければ、攻略を急ぐ必要など欠片もないし、無理して鹵獲基地を復興させる意味もないのだから。艦娘連合を動かすだけでも大量の資源を消耗するのだ。ましてや。

 

「艦娘側が一番避けたいこと、それは参加艦娘の轟沈や、資源の大量消費、これだ。そして、敵艦への特攻を持つ装備があり、それを乗せれるのが重巡以上ならば、当然艦娘側は採る手は一つだろう」

「……特攻装備を乗せれる、資源を消費する重巡以上で出撃する、ですか。と言うことは……、提督は、深海棲艦側につくんですかぁ?」

「うむ…… まぁ、有体にいえばその通りだな。

 さて、青葉の好きそうな計画だとは思うが、青葉はついて来るかね?」

 

 表情を崩さない彼女の様子に半ば答えを確信しながらも問いかける俺に、青葉は楽しそうに返す。

 

「ふふっ、当然ですよ! そもそも、提督について行かないなんて選択肢がありませんしね!」

「そうか、よかった。……まぁ、1日中かけて説得してでも頷かせてやるつもりだったが」

「……あははー。それはちょっとご遠慮したいかな、なんて-」

 

 はぁ、と安堵のため息が出る。そばにある机のほうに手をやると、座ろうと椅子を手探りで探す。はい、と椅子を差し出してくれた妖精さんに一言お礼を言い、俺は椅子に腰を下ろした。

 実を言うと断られる心配は微塵たりともしていなかったが、それでもやはり緊張するものだ。

 

 ふぅ、ともう一度息を吐き、机の上で腕を組んだ。ちょっと頭の中で思考を整理すると、そのまま話を続ける。

 

 

「あー、うん。とりあえず、基本方針はそんなところだ。敵地奥に誘い込み、資源の尽きたところで一網打尽にする。資源のあるうちは、ほとんどなにをやっても復活できるからな」

「ふむふむ。そう考えると意外と艦娘側もきつそうですねぇ。しかし、特攻装備があれば姫クラスであろうとも簡単に撃破されるんじゃないですかぁ? それだと本末転倒だと思いますけど」

「いや、基本的に基地甲板などは1日もあれば修復できる。陸上基地は不沈空母とも呼ばれているくらいだからね」

 

 飛行場姫の周りには多数の修復施設を用意しておいたため、余程のことがない限り修復が間に合わないということはないだろう。……尤も、これらの修復施設は急遽建設しているため、仮に攻撃されるようなことがあれば厳しい戦いになるだろうし、そもそも稼働できるのはおおよそ一週間後からだったりもするが。

 その時間を稼ぐために大量の航空戦力をサーモン海域に配備し、艦娘側の戦力を漸減しつつそれ以上の出撃を牽制する予定だったが…… 夜間突入という選択肢は本当に盲点だった。

 

「何度も蘇る姫クラス1隻が相手、ですかぁ。状況にもよりますが、それならかなりの確率で勝てそうですねぇ」

 

 そういう青葉の言葉に、少し首をかしげる。どうやら、青葉は何か勘違いしているようだ。

 海戦で一番愚とされることは、戦力の分散投入に他ならない。戦艦が1隻ずつ襲ってくるのと、戦艦が6隻纏めて襲ってくるのでは、普通に考えても脅威度が段違いだろう。

 

 

「……青葉よ、今回の迎撃戦はこちらの本拠で戦うんだ。

 当然のことながら最深部は万全の態勢で艦娘を待ち構えているに決まっている」

 

 飛行場姫が待ち構えているのは本当だ。それに、三式弾が特攻を持つことも本当だ。此処は信頼されるためにも、あえてリスクを冒して真実を伝える予定ではある。

 ……しかし、俺は今まで一言でも、鬼・姫クラスが1隻だけだと言っただろうか?

 

「飛行場姫には、護衛に戦艦棲姫や南方棲戦鬼、さらに南方棲戦姫も付ける予定だ。何度も言うが、当然、出来得る限りの万全の布陣を敷く。

 ……さぁ、これを艦娘側が突破できるのだろうかね?」

「あはは…… 提督が敵じゃなくてよかったですよ、本当に……」

 

 艦娘側が総力を結集してくるならば、こちらも同じく総力を結集する。もう前回のような敗北は許されない。泊地棲鬼のようなことが起こらないためにも。深海棲艦提督として胸を張れるためにも。

 全容を聞いて、全く冗談に見えない顔で力なく笑った青葉が印象的だった。

 

 

 

 

 

 

 マルナナマルマル。

 一週間後のその時刻に、ブイン基地の司令部から最終作戦の発令が行われた。予定通り、最深部に出現するであろう、敵姫クラスの撃破を主目的とした作戦である。

 

 深海棲艦の命運をかけた一戦が始まろうとしていた。

 

 

 




海域名:アイアンボトムサウンド
I:昼戦 敵リコリス航空基地

飛行場姫、戦艦棲姫、南方棲戦姫、南方棲戦鬼、戦艦タ級flagship、戦艦タ級flagship
(陣形:単縦)


提督「海域ごとに分けたり、道中に配置したりせずに、ボス艦隊に全力を終結させてみた」

こんなボス艦隊だったら阿鼻叫喚でしかないに違いない……




【今日の艦船・重巡洋艦 青葉】

kancolle deta:火力72 雷装59 装甲70 対空59 運30

運の高い重巡洋艦。改造レベルが低いにもかかわらず運の値が高いことと、燃費の低さが特徴。
敵艦へ高確率で強力なカットインを叩き込むことができる。

ゲーム内では彼女を使った指定クエストも多く、提督諸氏は一回くらいは育てたことがあるだろう。


作中では深海棲艦提督の戦闘面の初期艦である。
取材やパパラッチ行為が好きな、好奇心の高い子で、提督も手を焼かされているとか。




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鉄底海峡にて敵兵力を漸減せよ

鎮守府・ならびに泊地と基地の場所が分かりづらいという声が多分出ると思うので、各泊地・基地の場所をマップに記したサイトを置いておきます。

(GOOGLEマップ) https://goo.gl/5u9vYC


ショートランドとブインは近くであり、その若干北にラバウルがある感じですね。

ショートランドの南東に、アイアンボトムサウンドがあります。


 

 

 

 無事最終作戦が発令される数日前、俺は青葉・夕張と共に作戦の細部を詰めていた。今回の大部分の構想を描いた俺だが、さすがに全ての計画を一人で間違いのなく立案・実行できるような自信はなかったからだ。

 全てを打ち明けた後も、夕張は特に驚いた風はなかった。提督ならいくら深海棲艦といえども、あっさり見捨てるようなことをするはずがないでしょ、とも言われた。やはり、俺の思考は筒抜けだったようだ。

 

 

「で、提督。この作戦の全貌を知ってるのは、今ここにいる三人だけ、ってことですよね?」

「そういうことだな。今のところ、深海棲艦側にも何も話していないぞ」

 

 お盆に積まれたお茶菓子を一つとって食べつつ、夕張が質問する。

 情報の価値を認められたのか、はたまたただ単純に疲れているであろう俺たちを気遣っただけなのか、あの日俺たちに与えられたのは結構豪華めな士官室だった。菓子などの嗜好品も、食堂や酒保に申請すれば全て融通してくれる。当然のように無料で、である。当初、あまりにも良い待遇に毒が入っているのではないか、裏があるのではないか、とかなり疑ってしまったのも仕方がないことだろう。

 結局特にそんな事実もなく、俺たちはありがたくその好意らしきものを受け取っている。特に青葉などは結構頻繁に酒保に色々なものを申請し、果てには高性能カメラなども要求する始末だったため、見かねた夕張に怒られていた。……なお、後日当然のように高性能カメラが届き、青葉を大興奮させていた。

 

 俺も積まれていた煎餅を一つ手に取って齧る。頭を使うときには甘いものがいいとよく聞くが、塩辛いものを食べるのもまた俺は好きだ。特に作戦立案の時は、甘いものを食べると作戦計画まで甘くなるようでどうも気が進まない。単なる験担ぎと言ってしまえばそれまでだが、そんな些細な事でも意外と馬鹿にはならなかったりするのだ。

 

「とはいえ、ここまで来た以上は深海棲艦たちにも全てを話すつもりだけどな。話さなくても支障はないような気がしないでもないけど」

「確かに、よく考えれば深海棲艦側のやることって、どっちでもそう変わらないですよね。提督がかなり大変になっただけで」

 

 夕張の言葉に小さく頷きつつ、また一口かじる。パリッとした食感が俺の口を楽しませた。この煎餅はなかなか良いな、これからも取り寄せることにしよう。深海棲艦側で取り寄せれるのかは知らないが。そういえば、結局あいつらはどうやって人間のものを仕入れているのだろうか? 略奪でなければいいのだが……

 俺がそんなことに思いを馳せていると、青葉が事情を呑み込めていないといった顔で質問した。

 

「あのぉ、お二人だけで話さないでほしいかなぁって…… 当初の計画って、結局どういうものだったんですか?」

 

 そういえば、青葉にはもとの計画を話していなかったか。

 

「んと。簡潔に言うと、敵を干上がらそうという作戦だな。あちらの方が継戦能力が高い以上、艦隊決戦はむしろ不利となる。有利な状況で迎撃し、敵を漸減していくのが基本方針。尤も、これは今も同じだがね」

 

 有利な状況で迎撃したいのは山々だが、それに敵が応じてくれるとは限らない。姫級4隻が集う海域に、誰が好き好んで真っ正面から戦闘を挑むだろうか?

 大部分の人は、そいつらを誘きだして各個撃破しようとしたり、何かしらの手を使って弱体化させようとしたりするだろう。少なくとも、その海域に無策で挑もうとはすまい。何も対策を立てずに挑む奴は馬鹿か天才のどちらかに限られる。

 しかし俺たちにとって、それは非常に困るのだ。

 

「当初は、この基地に罠を仕掛け、資源などを焼き払った上で艦隊決戦に挑む予定だった。俺がここに来たのはその為だな。しかし、それを本当に実現させれると思うのは、いささか希望的観測過ぎる」

「ですね。普通に考えて、撤退するか立て直して慎重に進みますしねぇ」

 

 最悪の事態、つまりラバウルに籠られるとさすがに勝利が見えなくなってしまう。時間はこちらにも味方してくれるだろうが、あちらにはもっと味方するだろう。万全の準備を整えて、万全の索敵の元に進軍されるなど、悪夢でしかない。

 

「そうそう。こちらの作戦なんて、奇策の部類だからな。一発芸のようなものと言ってもいい。敵を驚かせ、混乱しているうちに一気に畳み掛ける、ただそれだけだよ。疑いを持たれ、慎重に進まれるとどうしようもなくなる」

「ふむふむ…… ああ、なるほど! 青葉、分かっちゃいました! 姫級の存在を伝えたのも、三式弾をわざわざ開発して渡したのも、十分倒せるという判断をさせるためだった、ってことですよね? 

 鬼級だけでなく姫級までも確認された! って言われて、姫級は本当に一隻だけなんだろうか、なんて疑う人いないでしょうからねぇ。あえて詳細を伝え索敵をさせない、ですかぁ。ミスリードでよく使われる手段ですねぇ」

「そういうことだな。嘘は言っていないが全てを話していないってやつだ。一応念には念をいれて、敵が全力を繰り出すまでは飛行場姫以外の姫級も出さないつもりでもある」

 

 青葉の物わかりが良くて何よりだ。ほぉー、と言いながら感心している青葉に、俺もまた内心で感心する。もし敵に回っていたら、俺は危なかったのではなかろうか?

 青葉の言う通り、俺の一連の行動は全て、こちらの手の内を晒さないこと、ただそれだけに集約されている。艦娘側が全戦力を以て飛行場姫を攻める、ただそれだけで此方は勝てるのだ。さすがの艦娘といえども、あの艦隊に勝てる訳があるまい。これで勝てなかったら白旗を上げて降伏するレベルである。

 

 まずは補給線を細く延ばさなければならない。それには敵地奥深く――こちらにとっては味方陣地奥深く、だが――まで深入りをさせることが重要である。細くなった補給線を叩き、同時に敵主力艦も叩く。修復や補給の手段を封じた上で、ようやく勝負になるかといったところなのだ。

 

 

「でも、提督。艦娘を沈める、ないし大打撃を負わせて暫く戦闘不能にさせるという選択肢もあるはずですが、なぜそちらを採られないんですかぁ?」

「ん……? 艦娘は大破しない限り轟沈しない。疲労が極端に溜まっているときなどの例外はあれど、原則は単発の戦闘で撃破は不可能。青葉もよく知っていることだと思うが……」

「ああ、いや、そうではなくてですねぇ。ええと……」

 

 青葉が言葉を捜しながらゆっくりと話す。

 

「要するに、母港に帰投するまでは、修理とかはできないわけでしょう?」

「うむ、それはその通りだが。しかし、大破したらすぐ艦娘は帰投するからな、大破状態で会敵するということはまずありえない。我々だってそうだっただろう?」

「ええ、それは分かってますよぉ。さすがの青葉でも、大破状態で撃破できるとは思ってないですよ? しかしそこでですねぇ……、こういうことを利用して……」

 

 青葉が俺のほうに身を乗り出し、耳打ちをする。それに合わせ、邪魔なお菓子のお盆を傍に押しやり、俺も耳を近づけた。

 小さい声を苦労しながら聞き取りつつ、段々その全容が明らかになるにつれ、俺の唇の端が吊り上がっていくのが分かる。まるで噛み合いの良い歯車のように、俺の計画の不備が見事につながっていくような気がした。

 俺と夕張が顔を見合わせ、二言三言質問した。青葉はすぐに返答する。夕張の目が見開かれた。

 

「……なんというか。青葉も割とえげつないことを考えるんだな、結構恐ろしく思えてきたのだが……」

「えぇー…… そんな、青葉、提督のために考えたのにぃ……」

「いやいや、褒めているんだぞ? しかし、それにしてもえげつない……」

「……」

 

 どこか釈然としない顔の青葉を見て、ふふ、とつい笑みを漏らす。ああ、青葉に相談してよかった。

 その後、ぷいっと顔を背け、すっかりへそを曲げてしまった青葉が発見され、俺は慌てて彼女の好きそうなお菓子を持って、ご機嫌をとる羽目になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒトヨンマルマル。

 

 作戦発令後、7時間が経過した時点で既に、艦隊司令部は阿鼻叫喚の巷と化していた。

 ドックは艦娘で溢れかえり、次々と高速修復剤が消費される。急遽使う予定の無かったショートランドのドックが整備され、艦娘を収容し始めた。何度目かの入電が入る。

 

「パラオ泊地所属、第七任務艦隊です! 敵潜水艦から被雷、護衛駆逐艦の朝潮、及び大潮が大破! 艦隊としては作戦行動に支障なし、護衛に荒潮を付けて2隻を帰還させます!」

「またか! ……分かった、急ぎ2隻を帰投させよ。できれば第八任務艦隊と合流し、対潜警戒を厳として航行せよ。いいか、対潜警戒任務を怠るなよ! 次被雷するようなことがあれば許さぬからな! わかったか?」

「……第七任務艦隊、了解しました」

 

 ガシャン、と叩きつけるように電話機を置き、中将は肘掛椅子に乱暴に身を沈めた。爆発しそうな焦燥を何とか抑えつつ、彼はイライラと髪を掻き毟る。

 これで何度目だろうか、潜水艦の脅威にさらされるのは。度重なる被雷の報告に、受話器を取る手が怒りで震え出したのが5度目辺りだったことは覚えている。電話をとった回数など、10度目から数えることをやめていた。数えないうちは、被害の状況から目を逸らしたままでいられる。

 

 まるで高所の綱渡りのようではないか、と中将は思った。足を踏み外せば潜水艦の脅威にさらされる。今まで梯形陣や単横陣といった、おおよそ雷撃に即していないであろう陣形で押し寄せてきたからこそ、おざなりな対潜警戒で済んでいたのだ。これが雷撃に即した陣形で押し寄せてくるだけで、これほどの脅威となったのか……

 既に、対潜警戒を厳とする命令は各艦隊に出している。先ほどの第七艦隊にも伝わっていたはずだ。既に分かっているのだろうその命令を、何も言わず拝命した彼女らは何を思っていたのだろうか。

 

 分かっていても止められない。奴らの魚雷は主力艦こそ標的とはしてこないものの、護衛の駆逐・軽巡洋艦を狙って執拗に雷撃を仕掛けてくる。そして護衛がいなくなれば、こちらからの攻撃を気にすることなく悠々と主力艦に雷撃を叩き込み始めるのだろう……

 

 

 思考の渦に巻き込まれそうになったその時、中将の肩がポンポンと叩かれた。

 

「まぁまぁ。そう焦らずに行こうじゃないか。司令部が焦ってちゃあ、全体の作戦にも支障が出るからね」

「……しかし大将! このままでは敵姫クラスと会敵する前に全滅する可能性だってありえます。それに……」

 

 口早に捲し立てようとした中将を、大将の大きな手が制止する。引っ切り無しに何かの声がしている司令部の中で、そこだけに一瞬沈黙が降りた。

 

「……すみません、大将」

「いや、いい。君の気持ちもわかる。しかし、焦っていても状況は好転せん。最新式の、三式ソナーや三式爆雷の配備を命令しておいた。少なくとも今から出る艦隊の護衛駆逐艦は、三式セットを装備することになる」

「申し訳ありません、大将に動いていただいて。これで潜水の被害は軽減されるでしょうか」

「……正直、どうだろうな。軽空母にも対潜哨戒機を配備しているが、どうにも数が足りぬ。いや、それよりも……」

 

 大将は言いよどむと、そのまま口を閉じた。沈黙がまた少しの間辺りを満たす。

 

「いや、やめておこう。とりあえず、今あるものの配備は完了するはずだ。工廠は機能しているかね? 急いでありったけの対潜装備を作るのだ。オートジャイロの配備もだ」

「了解いたしました」

 

 踵を返して命令を各所に伝えようとした中将の耳に、司令部の将校の話し声が聞こえた。この状況についての話のようだ。彼らの感情は、話を聞いているだけでもすぐわかる。不安、恐れ、そして焦燥。

 中将はその内容を聞き取ると、少し辺りを見回した後、もう一度大将の元へ向かった。書類と格闘しようとしている大将は、それでも彼の接近に気付いているようだった。

 

 

「……しかし大将。これ以上被害が嵩むようなら、ええ、撤退をですね、考えねばならぬかと愚考いたしますが」

 

 その言葉を発したとたん、中将の耳には、はぁ、とため息をつく音が聞こえていた。静かに首が振られる。呆れたような表情を作った彼は、くるりと後ろを向くと、皆に聞こえるように大声で喋りだした。

 

「撤退だぁ? おい、君からそんな言葉が出るとは思わなかったぞ。いいか、まだこちらの主力艦艇は無傷のままだ。対潜装備も順次配備されておる。重巡級以上には、三式弾を完備してある。撃破できる見込みは十分にあるはずだ。

 それとも何か? 君は今まで、当海域を制覇してきた資源や数々の苦労を無駄にしろというのかね」

「いえ、そういうわけではありませんが…… しかしですね、このままだと一方的に被害が増えるばかりであり……」

「うるさい! しかしも案山子もないわ。だいたい我々は……」

 

 これから大将の話が延々と続こうかといったその時、彼の声は空気を割くかのように鳴り響いた電話の音によって遮られた。イライラとした雰囲気で大将が受話器を取ると、二言三言話した後、勢いよく電話台にたたきつける。備え付けのベルが、衝撃でガチンと音を立てた。傍に立っていた下士官がびくりと震える。

 

「また被雷ですか…… やはり大将、ここはいったん引くべきでは」

「……ならん。それは絶対にならん。いいか、我々は連合を組んでここまでやってきた。目標は敵深海棲艦の掃討だ。かなりの準備も整えてきた。今敵を撃破しなければ、いつ撃破できるかもわからぬ。

 先ほどの艦隊も、海域の3/5を踏破したとも言っていた。つまり、目標まであと半分以下らしい。……それでもまだ、今ここで引き下がるなどと考えている奴がまだいるか? 儂に物申す奴がここにいるか?」

 

 シン、と今度こそ部屋中を沈黙が満たす。全てを貫くような眼光が彼らの体を貫いた。黄昏のように暗い室内の中で、大将の刃のように鋭い目つきに堪えられるものは誰一人としていなかった。

 

 

 大将と中将は密かに目配せし合い、同時に頷きあった。将官にもなって、お互いこの程度の論理が分からないはずもない。わざわざここで話した理由を大将は察し、また彼への感謝を込めてもう一度だけ頷き返した。

 ただ、司令部トップの二人ですら、この地獄を抜けた先に果たして何が得られるのかが分からなくなっていた。姫級の撃破という目標と、基地内の実験でも無類の強さを発揮した三式弾と言う特攻装備の存在が、彼らを支える全てだった。

 

 誰もが、慢性的な消化不良のような感情を抱いていた。どこかで誰かが、鶏の肋、などと呟いた。もちろんそれは大将の耳にも届いていたが、彼はそれを綺麗さっぱり無視することにした。

 

 

 

 




海域名:アイアンボトムサウンド
A:昼戦 敵通商破壊部隊

潜水カ級flagship、潜水カ級elite、潜水カ級elite、潜水カ級elite(陣形:単縦)


提督「なんでこいつら、雷撃しかしないのに雷撃命中低い梯形陣形とか単横陣形組んでるの? 全部単縦でいいじゃん」

アイアンボトムサウンドの道中が既に鬼畜すぎてボス艦隊にすらたどり着けないかも……




【今日の艦船・潜水カ級flagship】

kancolle deta:耐久37 火力0 雷装108 装甲30 対空0
装備:22inch魚雷後期型、22inch魚雷後期型、21inch魚雷前期型


深海棲艦の中でまともな装備をしている数少ない例のうちの一つ。
魚雷攻撃しかできないため、魚雷を限界まで積むのは至極当たり前のことであり、特にコメントすることもないであろう。

単縦陣で潜水艦が待ち構えている海域はほとんどなく、現在通常海域で存在しているのは、1-5と1-6の潜水艦隊の二種類。
問題の単縦潜水は1-5の一番最初、Aマスに存在しており、1-5の事故率を跳ね上げているのであるが、そのマスの編成がこうだ。


A:敵偵察潜水艦
潜水カ級elite(陣形:単縦)

まさかの単艦である。


しかし単艦でありながら、2~4割くらいの確率でこいつが味方駆逐艦や軽巡洋艦をワンパン大破させて来るという暴れっぷりである。
偵察とは何だったのか。


一人いるだけですらこの大惨事であるため、作中での潜水艦の活躍ぶりは言わなくても容易に想像がつくであろう。


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飛行場にて敵を迎撃せよ

中枢さんを倒したり、水母おばさんを倒したりしてましたが生きてます。

毎回のことながら、大規模イベントの甲掘りはきつい……

瑞穂の悪夢を思い出します。


 

 

 

 

 

 鉄底海峡での初戦の勝利を皮切りに、提督率いる艦隊は各地にて転戦し、艦娘側の全兵力を駆逐するに至った。深海棲艦の最新装備とその物量を目の当たりにした艦娘側の戦意低下は著しく、提督の威光の元に降伏する艦隊が続出した。提督はその艦隊を自軍に編入し、破竹の如く進撃を続けた。

 

 遂に邪悪なる敵司令部は降伏を認め、艦娘側の全拠点は提督の物となった。これを期として、深海棲艦勢力は全世界へとその支配領域を拡大することとなる。

 艦娘vs深海棲艦の最大規模の海戦となったこの「サーモン諸島海戦」は、今も広く後世に語り継がれていくだろう。

 

「そして、これらの勝利の礎には、重巡洋艦青葉という素晴らしい天才がいたということはあまりにも有名である。青葉の策略と活躍により華々しい勝利を飾れた提督は、青葉に多大な感謝をするとともに、感極まって青葉を抱きしめ、出来得る限りの褒美を与えようとした。青葉は謙遜して固辞するも、再度にわたる提督の言葉により恭しく褒美を受け取り、そして提督から最も信頼される艦になった、と……

 よぉし、掴みも文章もバッチシ。これで完璧ですぅ…… って、痛ぁ!!!」

 

 

 ガツン、と小気味の良い音と共に、上機嫌で何やら書いていた青葉に拳骨が叩き込まれる。頭を抱えて蹲る彼女を見ながら、俺は、はぁ、とため息をついた。

 

「……とりあえず、青葉のやりそうなことはよーく分かっているが、敢えて聞こうじゃないか。この大量の紙切れは何かね?」

「え、ええとですねぇ。ほら、先ほどの勝利でこちらはかなりの優勢になったでしょう? もう勝ちは決まったようなものだし、先に艦隊新聞の原稿を作っておこうかと……」

 

 満面の笑みで問いかけると、青葉は冷や汗を掻きながらもごもごと答えた。その答えに頭が痛くなるのを感じる。

 優勢? 勝ちは決まったもの? 本当にそうならばどれほどよかったか。

 

 

 潜水艦による継続的な敵艦隊の漸減作戦は、大成功とも言えるし、大失敗とも言えるものだった。漸減という目的で言えばこれ以上の無い成功であるが、これが敵に大打撃を与えられるかといえばそうでもないのだ。

 言うなれば、細かな嫌がらせである。当然、相手にしてみれば相当鬱陶しいだろうし、精神的に来るものはあるだろうが、しかしただそれだけなのだ。これで敵の主力艦を倒せるわけでもなし、敵を追い払えるわけでもなし。主力艦を倒せていないという意味では、相手の護衛駆逐艦はその任務を全うしているとも言える。

 

「あれだけで勝てているはずがなかろうよ。潜水艦作戦で打撃を与えているとは言え、撃破できたのは軽巡洋艦と駆逐艦のみだ。やはり本当に相手を壊滅させるためには主力艦隊を撃破するしかない。現に、艦娘側はすぐそこまで進軍してきているだろう? こちらにとっては好都合なことだが」

 

 むぅ、とむくれてしまった青葉の頭に手を置いて左右に動かしつつ、俺は新たな根拠地となった飛行場基地の光景に目を細める。既に作戦は始動しているし、犠牲も出ている以上、この程度の戦果で喜んではいられない。俺はあの日の夜戦があった海を横目でみつつ、その塩辛い空気を胸一杯に吸い込んだ。

 喉の奥から、ジャリジャリと塩の感触が伝わってくる気がした。

 

 

 

 

 俺がブイン基地を発ったのは、最終作戦の作戦発令後すぐだ。人も艦娘も慌ただしく動き回っている時を狙って、任務部隊の影に紛れてこちらまで来るだけの、計画とも言えない単純な計画だったのだが…… 俺が思っている以上に艦娘側も潜水艦作戦に参っているのだろうか、意外なことに俺が基地からいなくなったことは未だにばれていないようだ。

 南方たちには心配され、飛行場姫には遅いだの勝手すぎるだの散々文句を言われたが、俺は何も言い返すこともなく、黙ってそれらを受け止めた。そもそも、自分でも本当にその通りだと思うのだ。……そんな俺が、彼女らの言葉に何か言い返せるはずがあろうか? 

 

 ここ最近、そんな後ろ向きな思考が頭の中に渦を巻いては消えていく。そして大抵そんな時は、傍にいる二人と話したり、外の空気を吸ったりして思考を落ち着かせている。

 ……単なる逃避でしかない、というのは自分でも分かっているつもりだ。こんなことを思っている時点で、覚悟も心の強さも足りないなぁ、とも。でも、どうしてかいつもそんなifの世界を考えてしまう。

 

 

 恒例のループに陥りそうになった思考を強制的に中断させ、俺は飛行場から少し離れたところにある3階建ての建物へと足を進めた。提督室が設置されたこともあり、急拵えにしてはそこそこ頑丈だと称せるくらいには建設が進んでいる。いずれ敵からの空襲も来るだろうし、なんとか耐えられるくらいにはしたいところだが。

 

「そういえば、提督。戦艦や空母部隊でも敵を叩きに行かないんですかぁ? 潜水艦であの戦果なら、戦艦でも主力撃破は容易いような気がしますけど」

 

 数百メートルはあろうかという道を無言で進んでいる途中、頭を押さえながら付いてきていた青葉がそんな質問を漏らした。

 

「あー、それは俺もいくらか考えたんだがね…… それには問題があってだなぁ」

「問題ですかぁ? うーん、敵に捕捉されやすいくらいですかねぇ?」

「ああ、それも一つの原因ではあるが。地の利を生かせば何とかなる範囲だから、特に問題はない。……ときに青葉、深海棲艦側の備蓄資源、後どのくらい持つと思うかい?」

「う、青葉、そこまでは取材できていませんけど…… でも、それを聞くってことは、資源が足りないから出撃できない、ってことですぅ?」

 

 いつの間にか着いた建物の扉を開け、敷かれた赤絨毯の道を通りながら、青葉は少し間を置いて答える。

 

「察しが良くて何より。そう、備蓄資源がなぁ。本気で出撃したら一月持てばいいくらいに少なくなって来てるんだよ。それもあって、短期決戦狙いの計画なんだがな」

 

 古い建物を再利用でもしているのか、ところどころギシギシと音が鳴る木張りの廊下を歩くと、一階の隅に提督室の白い扉が見えてくる。

 

「新たに南方の資源地帯を開拓する予定だし、場所も一応目処はついてるが、すぐに利用できる訳じゃあない。少なくともこの作戦が終わるまではあてにはできんな」

 

 一階の奥にある提督室とはいえ、意外と人通りは多い。いや、人通りというより艦通りといった方がいいだろうか。

 故に、今目の前にいるように、深海棲艦の子が提督室を訪ねてくるというのも、よくある光景である。最初は急に無言で現れたりもする彼女らにビックリしたものだが、もうすっかり慣れてしまった。

 

「お。新装備について聞きに来たのかな? 俺から話せることはあんまりないので、二階の武器倉庫にいる妖精さんたちに聞いてくれるかい?」

 

 了解した、といいたいのか、ビシリと敬礼らしきものをして無言で去っていく彼女に、俺は肩をすくめる。無言にしか見えない、いや聞こえないのだが、姫たちはどうして深海棲艦の子の言っていることが分かるのだろうか。

 

 とりあえずいつものように設置された机のそばの椅子を引き、部屋の奥で繋がっている隣の倉庫から深海棲艦の資料を持ってくる。後ろにいた青葉は無言で去っていく深海棲艦に驚いていたようだったが、特になにも言わずにそのまま見送っていた。

 俺は資料をドサリと置くと、ペラペラと捲って目的のページを探す。

 

「さて、さっきも言ったとおり、資源残量は心許ない。姫クラスを全力出撃させるなら、1度出撃させるだけで枯渇寸前まで行ってしまうだろうね。一応、今作戦に使わない空母たちが南方の資源開拓も着手はしているが。ええと、南方の資源地はここだ」

 

 資源地一覧を探し当て、見やすいようにクルリと資料の上下を反転させて青葉に提示する。

 資源地帯は、現在の飛行場基地から少し東に離れており、鉄底海峡からは外れたところにある。この資源地帯に、俺は開拓要員兼防衛戦力配置として、空母と戦艦を含む20隻くらいの艦隊を送っていた。

 

「うーん、この位置だとそこに行くのすらちょっと一苦労ですねぇ。開拓もこの人数だと厳しそうですし…… 開拓要員をもっと送ればどうですぅ?」

「資源がありさえすればな」

「ああ、なるほど……」

 

 装備の変更も地味に資源を圧迫している。必要な処置とはいえ、この資源の中で開発費や製作費を捻出するのはかなり痛い。2,300隻を超える深海棲艦の装備となると、各10万以上の資源がかかってしまう。せめてもう少し、深海棲艦の燃費が良くなってくれれば……

 

「戦艦を1隻出撃させるだけで燃料弾薬が500消費って、最近鎮守府で建造されたっていう大和以上じゃないですかぁ。燃費向上が課題ですねぇ」

「本当にそうだよな…… 空母でも300消費って、艦娘だと普通の戦艦3隻分の運用資源だぞこれ」

 

 はぁ、と何度目かのため息をつきながら、ひじ掛け椅子を後ろに傾けて首をそらし、背もたれの後ろの窓を視界に収める。キラキラと上の方から太陽の光が差し込んで来て、俺の目を一瞬眩ませた。

 青葉は資料を見つつ、何やらぶつぶつ呟いている。夕張なら、などという単語が聞こえているし、おそらく燃費向上について考えてくれているのだろう。その声をBGMに、太陽を遮るように手をかざしつつ、俺は目を細めながら窓の外を見る。飛行場基地の上空をクルクルと周回している30ほどの艦載機が見えた。この艦載機を飛ばすのにも、数少ない資源を使っているんだよなぁ……

 

「うぅん、やっぱり魔改造を施すか、資源調達するしかなさそうですねぇ」

「うむ。前者は夕張に全部任せるくらいしかなさそうだし、後者も厳しいな」

 

 うんうんと唸りながら考えていた青葉も、俺と同じ結論に達したようだ。俺はぐでーっと行儀悪く椅子に反り返ったまま答える。しかし、夕張なら燃費向上できるようなものを作れるだろうか? いや、さすがに彼女も万能ではない、厳しいものがあるか……

 差し込む光にすこし熱さを感じつつ、窓の外の観察を続ける。日の光に当たると何もやる気が起きなくなるのは俺だけじゃないに違いない。陽ざしというものは、人を睡眠に誘う不思議な魔力を持っている。次第にぼんやりと眠気が襲ってきて、瞼の重力と俺の中の気力が必死の攻防を繰り広げた。

 

 そんなことを考えつつ、しばらくそのままぼんやりしていると、ふと薄目ごしに、明るい飛行場とどんどん大きくなる艦載機が見えた。そのままこちらへ飛んでくる。あれ、こっちには飛行場なんかないはずだが…… ん、こちらへ飛んでくる?

 

「っ! やばい! 敵襲だ!!!」

 

 一気に意識が覚醒した。

 飛び起きた俺と、俺の言葉に吃驚し、書類をパラパラ捲りながら作業に没頭していた青葉がビクンとして立ち上がった。俺はさっきの光景を思い出し、いち早く伏せる。

 

「だめだ、青葉、伏せろ!」

 

 棒のように突っ立っていた青葉が反射的にその言葉に従った途端、ゴォッ! という音と共に頭からつま先まで揺れるかのような衝撃が俺たちを襲った。棚の上の陶器がガタガタと音を立て、バランスを失って床へ落ちる。ドサドサと高く積まれた書類が落ちて床を埋め尽くし、遠くで何かが落ちる音が聞こえた。覚醒した俺の目には、目の前の窓に映る光景――赤々と燃える飛行場と、その周囲を旋回して爆撃を行っている敵艦載機――が今度こそ鮮明に見えていた。

 

「……だめだ、青葉、今すぐここから出るぞ!」

「提督!? でも、空襲中に外に出ることは……!」

「ご法度だな。でも今はそうも言ってられん。敵を迎撃せねば」

 

 次にくる衝撃に合わせて受け身をとり、クルリと起き上がる。そのまま青葉を助け起こすと、ドアを力任せに開いて廊下へ飛び出した。青葉は何か言いたそうにしていたが、緊急事態だと察したのか黙って付いてきた。軋む廊下に構わず、全速力で走る。

 数kmもあるかのように思えた廊下を突っ切り、玄関の扉を開けると、見慣れた緑色の髪が見えた。ぶつかりそうになった俺は、寸でのところで踏みとどまる。

 

「っ! 提督! 無事だったのね!」

「おお、夕張も無事だったか。戦況は分かるか? 外の状況は!?」

 

 捲し立てる俺に目を白黒させながらも、彼女は質問に一つ一つ早口で答える。現在敵のアウトレンジからの急襲を受け、飛行場がほぼ半壊したこと。敵戦力は空母多数と、他に戦艦もいると思われること。飛行場姫も艦載機で迎撃したが、敵航空部隊に押し切られてこの状態になったこと。少なくとも、敵空母は3隻はいるであろうこと。空母3隻ということは、空母3戦艦3の編成とかだろうか?

 

「ふむ…… 此方が出撃できる艦艇は?」

「そうね、さっき見た限りでは、戦艦2隻・駆逐艦2隻あたりかしら」

「そうか、それはきついな…… よし、分かった、俺も出ようか」

「ええっ! それはダメです!」

 

 俺の宣言に、いつの間にか追いついていた後ろの青葉が抗議の声を上げる。驚いて彼女の方を見ると、否定を表すかのようにぶんぶんと手を振っていた。

 

「提督が参加するなんてもっての他ですよぉ! 艦娘でもないんですから、死んじゃいます!」

「それはそうだが、急襲されてあたふたしているこの状況、俺が出ないと多分きついだろう。的確に指示を出せる人間がいないわけだし……」

「青葉たちが参加して、指示すればいいじゃないですか!」

「……お前ら、戦闘しつつ指示が出せるのか? それができないから提督という職業があるんだろうに」

「むぅ、なら、いつものように無線でも……」

「無線は艦娘側の技術だから、盗聴される可能性がある。初めから持ってきてないのは知ってるだろう」

 

 不満げな顔をして青葉が黙る。黙って見ていた夕張も良い顔をしていなかったが、俺が散々二人をなだめると、「もう時間もないし提督の判断に従います」としぶしぶ頷いてくれた。

 夕張の言うとおり、ここで時間を食っていた間に、戦況は刻々と悪い状況へ傾いているようだ。駆逐艦が戦艦や空母を相手できるわけがない以上、こちらの戦力は実質戦艦2隻。勝てる方が珍しいだろう。

 

「青葉は俺と一緒に交戦。夕張は待機戦力を再編して増援を頼む。なに、耐え切るだけなら何とかして見せるさ」

 

 返事は聞かずに、俺は港のほうへ走った。ただ走る以上に、心臓がバクバクと鳴っているのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、やはりやられているか…… 青葉、まずは艦娘側の戦艦部隊を叩こう」

「了解ですぅ! よーし、久しぶりの実戦ですねぇ!」

 

 相変わらず、艦娘側の空母から発進したと思われる艦載機が飛んでいる中、俺たちは丁度増援に現れた敵戦艦を目標に荒々しい海面を進んでいた。第二次攻撃隊の発艦はまだなのか、頭上の艦載機はこちらの迎撃や対空砲火で数を減らし、今は数機しか確認できない。おそらく、訓練や実戦の様子から想像するに、第二次攻撃隊の発艦は大分後になるだろう。今のうちに出来る限り敵を叩いておこう、と俺は意気込む。

 

「やはりここからだとよく見えますねぇ。敵は空母3隻、戦艦2隻、重巡1隻で間違いないようですぅ。戦艦は金剛と榛名、重巡は古鷹ですかねぇ」

「なるほど…… 青葉、行けるか?」

「正直きついですが、なんとかします! 青葉にお任せ!」

 

 艦娘と戦えるか、という意味で聞いたつもりだが、青葉には別の受け取り方をされたようだ。緊迫している状況なのに、俺はつい笑みを漏らす。青葉の覚悟は十分。であるならば、俺も躊躇ったりはしてられないだろう。

 

「よし…… 金剛・榛名の相手は魚雷なしでは荷が重いだろうし、まずは古鷹を無力化させたいな。主砲が届く距離に到達したら、古鷹を狙って砲撃だ」

「提督、今ならぎりぎり命中できるかもしれませんけど、一応魚雷も打っておきますかぁ?」

「いや、味方に当たったらことだ。やめておこう」

 

 そうこうしながら航行しているうちに、敵艦載機に翻弄されている味方戦艦達が見えてきた。同時に、敵艦隊への射程距離が近くなってくる。

 しかし、重巡である青葉が射程距離に入る間際ということは、すなわち敵戦艦、金剛や榛名の射程距離だということを意味する。味方戦艦の側に行く頃には、金剛の徹甲弾が数m先の海面を大きな音を立てて叩いていた。分かってはいたものの、戦艦の長い射程距離を目の当たりにし、俺は歯ぎしりする。

 

「くそ…… 我々はもう敵射程内に入っているんだぞ! 戦艦は艦載機を無視して敵戦艦へ砲撃! 駆逐艦は対空砲火で敵艦載機を相手しろ!」

 

 思わず青葉に、敵のほうへ突撃して距離を詰めろ、と指示を出しそうになり、俺は寸でのところで思いとどまった。今突撃したらさすがに青葉といえども命の危険がある。ここは味方戦艦と協力して一つ一つ撃破していく場面だろう。

 

「主砲! 砲撃開始!!」

「撃ちます! Fire!」

「……」

「……」

 

 無言で主砲を打ちだす味方戦艦と、遠くから声を上げて砲撃する金剛と榛名。4つの砲弾は空中で交差し合い、数秒遅れてすべて海面に水飛沫を散らした。少し離れたところに落ちた榛名の砲撃が高い波を生み出し、青葉を襲う。一瞬ヒヤリとしたが、青葉は波が来る瞬間だけ進路を変更することで、上手く転覆の危険から免れていた。俺はほっと胸をなでおろすと、前方の様子を観察する。お互いの主力が砲撃したことで、戦場に一瞬の沈黙が生まれていた。

 

「くっ、青葉、まだこちらの射程には入らないか?」

「もうちょっとですねぇ。金剛なら狙えますが、どうします?」

 

 金剛、か。正直、重巡の火力だと戦艦の装甲をほとんど貫けないからな…… それならば、まだ古鷹のほうを狙ったほうがいい。

 

「いや、そのままで目標は古鷹でいこう。……っと、危ない」

 

 榛名の2射目が、青葉の近く、さっきと逆側の海面を叩いた。夾叉だ。さすが歴戦の金剛型と言ったところか、きちんと自分とこちらの距離を把握している。このまま打ち続けられると、いずれは命中してしまうということになるが……

 

「捕捉されてるな。進路を変更してくれ」

 

 進路を変更し、ついでに砲撃目標である古鷹の方へ向けることで、砲撃の網から抜け出す。というより、榛名は味方戦艦ではなく、重巡の青葉を狙っているのだろうか。それとも、距離が遠すぎてよく見えてないだけなのだろうか。いや、仮にこちらが見えてるならば何かしらの反応があるはずだし、艦種判別が出来ていないだけなのか。

 

「左舷、砲雷撃戦、用意!」

 

 ドーン、という音とともに、敵の古鷹が主砲を発射する。しかし、発射された砲弾は全く見当違いのところに飛んで行った。俺も提督の端くれだ、射撃範囲くらいは分かる。さすがにそこからじゃ当たらないだろう。

 数分の間、進路を微調整しながら、俺たちは砲弾の雨の中をじっと耐えた。敵味方とも命中弾は出ていなかったが、砲撃されているという事実と、実際に飛んでくる砲弾は、それだけで俺の精神力をガリガリと削り取ってきた。戦場特有のじりじりとした焦燥が背中を走る。思わず、俺は思わず青葉に向かって叫んでいた。

 

「くそ、まだ砲撃できないのか!?」

「う、もうちょっとですから落ち着いてくださいよぉ」

 

 段々と濃くなる敵の弾幕にさらされながら、泊地から指示を出すときとは天と地ほど違う緊張感に、俺は胃の中のものを吐き出しそうになった。艦娘たちはいつもこんな心境だったのだろうか。帰ったら艦娘たちを労わってやろう……

 

「提督、有効射程に入りましたぁ!」

「よし、今すぐ打て!」

 

 俺が言い終るか終わらないかのうちに、ドーン、という音とビリビリとした振動が俺を襲った。俺に言われなくても、青葉は砲撃していたらしい。俺は身を乗り出して、弾着を確認する。

 

「あぅっ! やだ、何……? 被弾……? でも、まだ……沈まないよ!」

「っ! 古鷹に初弾命中ですぅ……!」

 

 青葉の打ちだした弾は、過たず古鷹の主砲を貫く。至近距離の爆発を受け、一瞬にして破けた服をまとった古鷹は、明らかに戦闘を続行できる風になかった。大破だろう。

 

「Shit! 古鷹、大丈夫ネー!?」

「古鷹!? こんなの、榛名が許しません! 仇は取ります!」

「うぅ、まだ、大丈夫です…… 敵はあっちに…… って、青葉!?」

 

 古鷹の素っ頓狂な声に、仇討ちに燃えていた金剛と榛名がこちらを見る。まだ遠いとはいえ、こちらを視認できるくらいの距離になったことで、彼女らにも俺たちの姿が見えていることだろう。現に、彼女たちは砲撃をやめ、呆然と突っ立ったままこっちを見ていた。

 

「なんで、なんで青葉があっちに? 金剛お姉さま、これは……?」

「私にも分からないネー…… 青葉、なんであなたがそっちにいるのデース!!」

 

 困惑したような表情で叫ぶ金剛・榛名姉妹の声が、なぜか砲弾の音よりも大きく聞こえる。その反響が終わるか終わらないかのうちに、彼女たちの近くに味方戦艦からの砲弾が着弾したが、金剛も榛名も気にせずこちらをじっと見ていた。

 俺は深海棲艦たちに合図して、砲撃をやめさせる。突然の砲撃停止命令に、同じく困惑したような表情を見せた戦艦たち。誰も何も言わない気まずい状況の中、青葉が小さい声でぽつんとつぶやいた。

 

「……提督、これどうしましょうかぁ?」

 

 ……本当にどうしよう。

 実際にこうなることを覚悟はしていたものの、この状況でどうすればいいのかといわれると、自分でも唖然とするほどに何も浮かばない。事前にあれだけ散々シミュレートしていた事柄は、すべて頭の中から消え去っていた。

 

 唇を噛みながら、手持無沙汰に彼女の肩に手を乗せると、小刻みな振動が感じられた。不思議そうに、それでいて少し切羽詰まったような表情で、青葉が俺を見返す。少し蒼がかかった黒く澄んだ目が、俺を見つめていた。

 

「……青葉。俺が返答するから、もうちょっと近づこうか」

 

 俺はひとつ瞬きをし、つばを飲み込むと、青葉に自分が出ると告げようとする。

 

 そのときだ。

 

「ここは譲れません。第二次攻撃隊、いきなさい。五航戦より早く」

「第二次攻撃隊。稼働機、全機発艦! 加賀なんかに負けるなー!」

「ちょっと瑞鶴!? もう、行くわよ! 全機、突撃!」

 

 ガガガガガ。

 

 遠くから小さく聞こえた声と共に、大量の艦載機が飛来し、一瞬にして味方戦艦1隻を火だるまにした。かろうじて沈んではいないが、轟沈にちかい大破だ。艦載機をあらかた処理し終えていたであろう護衛の駆逐艦も、対空砲火を打ちつつ応戦しているが、正規空母3隻の艦載機を相手にしろ、というのは酷な話だろう……

 

 遠くにいた増援の空母か。くそっ。

 

「くぅ……! こちらも危ないですぅ……!」

 

 青葉にも飛んできた、上空の艦載機の爆撃が掠める。青葉も細かい進路変更で爆撃を避けているが、当たるのは時間の問題かもしれない。

 一転して焦った顔になった青葉が指示を仰ごうとこちらを見ていたが、俺の喉からはかすれた声らしきものしか出なかった。

 

 くそっ。第二次攻撃が来るのが早過ぎる!

 

「ちょっと加賀たち、何してるネー! あっちにはなぜか青葉が居るのデース! 事情を聞くのが先ネー!」

「だめよ、まずは深海棲艦の駆除。後のことはそれからだわ」

 

 金剛と加賀が言い争っているのが聞こえる。縋るように後ろを振り返ったが、飛行場からは黙々と煙が上がっているだけだった。あの様子では修復には1日あれば済む。が、今それでは遅いのだ……!

 空母を資源地帯に回したのが悪かったか? 航空機は飛行場姫だけで十分だと思っていたが……

 

 

「提督! どうしますかぁ!?」

 

 青葉が爆撃の音に負けないように叫ぶ。ぎりり、ときつく握りしめた拳の中で、爪に傷つけられた肌から血がじんわりと滲んだ。噛みしめた歯が痛い。爆撃が終わった敵艦載機が帰って行くも、この距離ならもう一度来てもおかしくはない。

 俺はやけくそになって叫ぶ。

 

「くそっ! 深海棲艦は全艦撤退! いずれ増援が来るから、それまで時間を稼げ! 青葉、当たれば儲けもので適当に魚雷発射してから退避だ」

「りょーかいです!」

 

 即座に反応し、数秒で魚雷を放って回頭して帰投を目指す青葉から、ぐるりと首を回して後方を見る。適当に放った割には、青葉の魚雷は綺麗な軌跡を描いて敵の方へ向かっているようだ。俺は、顎を上げて遠くの艦娘を見る。金剛と加賀の言い争いは決着がついたらしく、二人とも各自の武器を構え、こちらに照準を合わせていた。言い負かされたのか、金剛はかなり不満そうだ。くそ、もっと金剛が頑張ってくれればよかったのに。

 

 青葉の近くで同じ進路を取って帰投中である、深海棲艦たちのシルエットの向こうに、今飛び立った艦載機が見えた。金剛姉妹は砲撃も開始する。こちらも逃げているが、あちらも追いかけているため、距離は広がらない。今まで砲撃や爆撃を器用に躱していた青葉はさすがとしか言いようがないが、何時までもそれが続くと考えるのは楽観しすぎだろう。

 

 期待の魚雷が敵へ到着したかのように見えたが、艦娘たちに特に影響はないようだった。外れたか。

 

 

 ……これは、沈むしれないな。

 

 水面に映った艦載機の群を見て、俺は冷静にそう分析した。

 

 

 




【今日の艦船・戦艦タ級flagship】

kancolle deta:耐久90 火力125 雷装0 装甲88 対空65
装備:16inch三連装砲、16inch三連装砲、偵察機、電探

提督「君たちはまともな装備で安心したよ。 ……あとは魔改造くらいしかやることはないな」


主砲2基と、命中重視の電探を積んでいる戦艦。

同じ戦艦である戦艦ル級flagshipと比べ、耐久-8、火力-5、装甲-10、対空-15と下位互換のように見えるが、こいつの真髄は電探搭載したことによる命中力である。

どんな強力な砲撃でもあたらなければどうということはないが、高命中のこいつは「回避すればいいや」思考の艦娘を無慈悲に大破させて来る。


「単縦タ級」と聞いただけで拒否反応が出る提督もいるようだ。間違いなく提督たちの悪夢の一つである。


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航空機の力を発揮せよ

当初の予定では、秋イベだけ書いて終わるつもりだったなどと。

秋イベ後も続ける代わりに若干今章が予定より巻きになるかも。


 

 

 

 

 ヒトナナマルマル。

 日がそろそろ沈もうかという頃、薄明りの差す洞窟のごつごつとした岩壁の中に囲まれた彼女は、ゆっくりと目を覚ました。何やら記憶に靄がかかっているようで、ぼんやりと夢を見ているようだったが、ともあれ一旦は立ち上がろうと、彼女は岩壁に手をついて体重を移動させようとした。

 

 ちくちくと手に刺さる小さな岩に顔をしかめつつ、彼女は身を起こす。若干いつもより体が重かったが、それは今まで寝ていた疲れであろう、と、そう自分の中で結論付けた。

 しかし。ガシャリ、と自分の背中と腰のあたりから音がして、彼女はおや、と首をかしげる。ツンと先端が尖った魚雷に、薄暗い洞窟の中でも、一際光って見える黒い砲身。これは……艤装?

 

「……ッ!」 

 

 ドッと記憶が流れ込んでくる。夜間にドラム缶を投げ入れていたこと。夜間に敵に突入したこと。上空に飛び回る敵の艦載機。対空砲火。

 

「うぅ…… 頭が、痛いです」

 

 足の力がすっと抜け、彼女はまたもや洞窟の壁に座り込んでしまった。ガシャンと音を立てて艤装が壁と勢いよく接触する。いけない。魚雷は精密機械だ、きちんと扱わないといけないのに……

 そう思いつつもぼうっと目の前を見つめていると、だんだん記憶が整理されてくる。自分が参加した海戦。共に戦った乗組員。妹3隻の名前。

 

「あの後。平和に、なったんでしょうか……」

 

 口から出るのは、あの時ずっと抱えていた願い。彼女は、戦争に意味がないとも思っていない。そこには、敵味方それぞれの思いがある。譲れないものも双方にある。

 彼女はただ、いつか敵も味方も関係なしに笑い合える日が来ること、それだけを願っていた。

 

「どちらも、自分の家族を、自分の国を守りたい。ただ、それだけなのに……」

 

 味方思いの人はいくらでもいる。しかし、敵を思うことができる人はそうそういない。

 

 ……だからこそ、彼女は思う。

 なぜ自分が生きているかもわからないし、なぜここにいるのかもわからない。でも、今自分が生きていて、ここにいる、そのことが変わりのない事実であるのならば。

 

「今生は、敵味方を想える、そんな人の元につきたい……ですね」

 

 パチン、と自分の頬を叩き、意識を完全に覚醒させる。

 もう一度、岩壁に手をついて、彼女は立ち上がった。気のせいか、先ほどよりも体が軽い。あれほど重いと思った艤装も、今は不思議と体になじんでいく気がした。

 外から聞きなれたエンジン音がした。彼女はその音に過敏に反応すると、体を徐々に慣らしながら、洞窟の外へ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 艦載機が今にも着弾するかというとき、大破しているはずの味方戦艦が俺の前に立ちはだかった。

 服はボロボロになり、明らかに戦闘ができる状態ではないにも関わらず、彼女が立つ姿は、野生の動物が仲間を護るときのような一種の威圧感を醸し出していた。

 馬鹿なやつだ…… 撤退命令を出したわけだし、俺に構わずに港目指して下がればいいものを。そこまでして、俺を守ろうというのか。

 

 敵の艦載機は、立ちはだかる戦艦の前で一瞬だけ止まった。しかし、その一瞬が過ぎれば、目標を変更したかのように目の前の手負いの戦艦に向けて進路を変更する。

 瞬く間に艦載機に取りつかれる彼女をみて、俺は唇を噛む。このままでは、すぐ彼女は沈んでしまうだろう。たとえ彼女が犠牲になっても、俺らが逃げ切れるとは限らない。いや、むしろ逃げ切れたとしても……それでいいのか?

 

「あー、もう。くそっ! 青葉、対空砲火だ! 主砲でもいい、ありったけの手段であの艦載機を撃墜しろっ!」

「え、提督、いきなりなんです!?」

 

 完全に前を向いていた青葉が、耳の側で大砲を打たれたかのような反応を見せる。俺が無言で目の前の艦載機群を指さすと、それを見た青葉は事情を察したのか、黙って速度を落とし、すぐに機銃を掃射する。バババババ、という音とともに、いくらかの艦載機が撃墜された。

 

「……」

「……」

「……」

 

 バババババ、という音が一際強くなり、さらに艦載機が撃墜される。艦載機を狙ったのか、はたまたきちんと敵艦を狙ったのかは判断が難しいが、ドーンという音と共に明らかに機銃弾より大きい弾が艦載機をかすめ、敵の加賀の付近に着弾した。目標こそ外したものの、大口径砲の着弾の衝撃はその場の水を大きく跳ね上げる。運悪く頭までびっしょりと水を被った加賀は、驚いた表情を浮かべ、僚艦の瑞鶴と何やら話しながら後方に下がった。

 後ろを振り返る必要もない、おそらくは味方戦艦の主砲だろう。増えた機銃音は駆逐艦たちに違いない。

 

 陣形も何も組まず、戦力差は明らかなのに応戦している馬鹿な艦が5隻と、そしてそれを指揮する大馬鹿提督が一人。懐かしき提督学校の戦術実習でこんなことをすれば、即刻赤点間違いなしだろうな、と俺はこっそり自嘲する。戦術面の成績は同期の中でも五指に入るほどだった俺がこんなことをするなんて、どの恩師も思いつかなかったことだろう。

 

 煙を上げて撃墜された艦載機を目で追いながら隣の青葉を見ると、無茶な戦闘にも文句ひとつ言わず艦載機の迎撃にいそしんでいた。爆撃を紙一重で避けつつ、提督の指示に従ってくれる深海棲艦たちの姿も見える。何も言わず提督を信じている彼女らの姿を見て、俺は内心とは裏腹に、これは教科書通りの正攻法戦術をしているんだ、と言わんばかりの表情を取り繕った。

 

「敵艦載機が途切れた瞬間を狙って…… そう、今だ! 戦艦を中心とした輪形陣を組め!」

 

 青葉が残りの艦載機を掃討して道を切り開きつつ、流れるような所作で前へ出る。旗艦や空母を守るべき輪形陣で提督の乗っている旗艦が一番前に出るという暴挙に、空想の中の試験官が、持っているクリップボードに大きくバツ印を付けた。

 

「頭にきました。こうなったらアウトレンジからの攻撃よ。みんな、行きなさい」

 

 こちらの砲撃を警戒したのか、加賀はさらに戦艦の射程範囲外まで退避し、改めて弓をつがえた。これ以上艦載機を発艦させまいと青葉が主砲を放つが、さすがにそこまでは届かない。青葉はめげずに、さらに主砲の仰角を上げて届かせようと試みるも、弾薬を無駄に消費しただけに終わる。

 

「瑞鶴、遅れないで。行くわよ! 全機、突撃!」

「アウトレンジ、いいじゃない! 金剛と榛名も続いて!」

 

 遠く離れてもはっきりと聞こえてくる瑞鶴の声と共に、3隻の正規空母から発艦した艦載機が遠くの空を埋め尽くした。どうやら周囲を警戒しなくて良いぶん余裕が出来たのか、先ほどと比べて数が多いようにも見える。青葉が冷や汗をかきながら、緊張したような声で叫んだ。

 

「提督ぅ! さすがにこの数は無理ですよぉ!!」

「言われなくてもわかってるとも! ……流石に正規空母3隻といえども、一次攻撃と合わせてこの数を飛ばしてるなら、もう艦載機の数はないはずだ! ここさえ耐えきれば……」

「無茶ですよぉ、もう! 青葉、どうなっても知りませんからねっ!」

 

 俺の言葉に、青葉がやけくそになって叫び返す。話している間に青葉の弾幕をかいくぐって上空まで飛来してきた艦載機が、味方駆逐艦の対空射撃によって撃墜された。対空戦闘を想定しておらず、装備が貧弱な割に、味方の対空射撃はそこそこの効果を発揮していた。これで対空装備を積んでいたら、正規空母の艦載機だって全滅が狙えるのではないだろうか…… 俺は、無事帰ったら対空専用装備を載せた艦を作ろうと心に決めた。

 

 そんな味方の奮闘具合をあざ笑うかのように、依然として敵の艦載機は減ったようには見えない。元々の数が多すぎるのだ。撃墜しても、残りで編隊を組み爆撃を仕掛けてくる航空隊は、着実に味方に疲労とダメージを蓄積させていた。

 

「あーっ、もう! 青葉、対空戦闘は専門じゃないんですけどぉ!」

 

 青葉が破れかぶれに主砲を連射する。

 青葉にしてみれば、鬱憤を晴らすように撃っただけであり、特に目標を定めたわけではないのだろう。しかし、日頃の厳しい訓練のせいか、はたまた青葉のリアルラックのおかげなのか、青葉の放った弾の一つが、こちらに照準を合わせてはいるものの当ててくる気配を見せていなかった金剛型姉妹の方へ向かっていった。水面にぶつかったにしては大きな音を立てて着弾し、しばらくすると一際大きな煙が上がる。微かに榛名のものであろう悲鳴と、戦闘から離脱していた古鷹の悲痛な声が聞こえた。おおっ、もしかして有効弾か?

 

 だが、その青葉の運の良さは、姉の金剛をやる気にさせてしまったようだ。

 

「榛名、しっかりするデス!! うぅ、もうこうなったら後から問いただしてやるネー! 全砲門、fire!」

 

 大きな炸裂音が8度響き、そのすべてが至近距離に着弾する。次いで狙い済ましたかのように低空を飛んでくる艦載機が2機ほどこちらへ襲いかかってきた。回避行動をしたばかりの青葉は今すぐ動けそうにない。どうするべきか…… そうか。

 

「青葉、主砲を敵艦載機の下の水面に向かって撃つんだ!」

「え? よくわかりませんけど、了解ですっ!」

 

 青葉の主砲は付近の水を巻き上げ、その水が魚雷を落とそうと低めに飛んでいた2機を吹き飛ばす。下から予想外の攻撃を受けた艦載機は、くるくると回りながら水面に落下していった。よし!

 とっさに考えた策の成功に喜んでいると、青葉が緊迫した声を上げた。

 

「提督ぅ! 後方に大量の艦載機と艦娘が1人迫ってきています!」

「なっ、後ろをとられたというのか!? 敵は誰だ!」

「艦娘は見たことない子ですっ! 艦影から見て白露型だと思いますけどぉ」

 

 うん? 白露型、駆逐艦がたったの一隻で向かってきている?

 

 俺もつられて後ろを振り返る。薄い水色の髪を三つ編みにし青いセーラー服を着た子が、頭上に青い艦載機を従えてこちらに向かっていた。セーラー服の形状から見るに、確かに白露型駆逐艦なのだろうか。

 いや、それよりも。

 

「……青葉。もしかすると、あれは味方なのかもしれない」

「ええ? でも、あんな子こっちの味方に付いてなかったはずですよぉ?」

 

 青葉が困惑した声を上げる。それもそうだ。俺はあんな子を今まで見たことがない。深海棲艦の味方としてもそうだが、鎮守府ですら見かけてないのだ。

 

「ああ。だが、艦娘として籍を貰ってる子の中にも、あんな子はいなかったはずだ。これでも提督として働いていた時は、各鎮守府に配備されている艦の名前と顔は把握していたぞ。つまりは……」

「敵でも味方でもない、と……? 新造艦かもしれないんじゃ?」

 

 彼女の疑問に、俺は大きく頷く。

 

「ああ、確かにその可能性はあるな。でも」

 

 艦娘側の艦載機に、青いものは存在しない。深海棲艦の艦載機を開発ベースにしたそれを、艦娘側が開発できるとも思えない。

 つまり、この艦載機――青艦爆は、深海棲艦側の艦載機に他ならないのだ。

 

「俺と妖精さん、まぁ主に妖精さんなのだが、俺たちが開発した兵器が3つあっただろう? あれはその中の一つ。後々戦艦にも搭載できるように、離陸に必要な滑走距離を大幅に短縮した……最強の艦爆だ」

 

 すぅっと口の端が吊り上がるのが分かる。間違いなく自慢げな顔をしているであろう俺の上空を、青艦爆の編隊がタイミングよく駆け抜けた。あの離陸距離の短さなら、損害を受けた飛行場からでもぎりぎり飛ばせることができるだろう。普段は搭載して航行することが不可能だから無理だが、泊地に停泊している今なら、偵察機などを飛ばせる航空甲板を搭載した重巡からですら飛び立たすことができるかもしれない。恐らく夕張のアイデアだろう。彼女らしい機転だ。

 

 

 青艦爆の編隊は、半分程度に数を減らしていた残りの敵艦載機を一瞬にして撃墜し、そのまま敵の金剛へ向けて飛来した。顔色を変えた金剛が機銃を発射するも、目に見える効果は発揮できず、そのまま上空から無数の爆弾を受けることとなった。爆撃により砲塔が破壊された彼女は、悔しそうに呻く。まだどうにか戦えそうな雰囲気だが、もはや彼女は脅威にはならない。

 

 そのまま攻撃すれば殲滅も可能だっただろうが、青艦爆の編隊は金剛を無力化すると、空中で綺麗なUの字を描いてこちらに戻ってきた。あくまでも迎撃しただけなんです、とでも言いたげな青艦爆の行動に、青葉の眉がぎゅっと寄る。

 

「あれ、なんで殲滅しないんですか? このままいけば圧勝なのに……」

「指示を出したのは俺じゃないから詳しくは分からんが、あの艦爆は性能と引き換えに航続距離が短いからからじゃないかな。すべてが高水準なものを作るのは難しい。……それに、ほら。お迎えが来ていることだし」

 

 俺につられて後ろを振り向く青葉の目が、そこにいた駆逐艦を捉える。俺たちに見つめられたセーラー服の彼女ははっと姿勢を正すと、軽く頭を下げて味方であることを示した。三つ編みが海風に揺られ、左右にゆらゆらと振れた。

 

「あ、あの、提督。お迎えに参りました。その、お怪我とかはありませんか?」

「ああ、俺は問題ない。が、こちらの大破した戦艦が早めに修理が必要だな。曳航して基地に帰らないと」

 

 俺が味方戦艦を指し示すと、彼女はそちらを見て軽くうつむいた。

 

「これはひどい…… 分かりました。では、曳航いたします。敵は一旦無力化したとはいえ、まだこの海域は危険です。早めに帰還したほうが」

 

 彼女の進言に俺は大きく頷くと、深海棲艦たちに指示を出す。幸い激しい艦載機の攻撃や砲撃にさらされていた割には、他に動けないような重傷を負った深海棲艦はいないようだった。俺は内心少し首をかしげながらも、次々と指示を出していく。

 

「ああ、そうだ。後から事情、ゆっくり聴かせてもらうぞ? 恐らく会ってるんだろうから、夕張も一緒にな」

「はい。……ごめんなさい。やっぱり、怪しいですよね……」

「まぁ、誰かさんは敵と誤認しそうになったくらい、怪しいことには違いないな」

「う、その……」

「まぁ、大体は予想がつくがな。青艦爆の離陸指示とかで夕張の手が離せなかっただけだろうし。だから、詳しいことは後でいいさ」

 

 俺たちが若干淡々とした会話を交わしている間に、曳航の準備は整っていた。ちょんちょんとつついて準備完了を知らせてくれた青葉に一言礼を言うと、俺たちは基地へと帰投を始める。

 

 

 このころになると、戦況が二転三転し混乱を極めていた戦場も、次第に落ち着いてきたようだ。

 艦娘側は、古鷹が大破状態、金剛と榛名が中破状態。空母勢が無傷だが、艦載機がおそらく全滅している以上何もできない。対するこちらは、戦艦がそれぞれ大破(曳航中)と小破、駆逐艦がそれぞれ小破と中破といったところだ。最後は援護もあったとはいえ、大善戦といっていいに違いない。

 遠くには榛名に肩を貸してもらいつつ立っている古鷹の横で、こちらを鋭く睨み付けてきている金剛が見える。空母勢はここからだとよく見えないが、こちらを警戒している感じなのだろうか。

 

 とはいえ、その状態で大量の艦載機を従えている俺たちに手出すができるはずもなく、俺たちは堂々と誰にも邪魔されずに帰路に就いた。

 途中、加賀が苦々しげにこちらを見ているようだ、と青葉が嬉しそうに教えてくれたのを聞く限りでは、双方痛み分けということでこの海戦は終わりになるのだろう。

 

 

「しかし青葉、もっと無茶やったことに対して何か言うかと思ったが、意外と何も言わなかったんだな」

 

 もう安全だろう、と周りを見回して判断を下した俺は青葉に話しかける。青葉は軽く首を傾げていたが、ああ、といった風に軽く頷いた。

 

「提督、青葉が色々口を出していた時代って、何年も前のことじゃないですかぁ?」

「ん……? ああ、言われてみれば、最近は言われた記憶がないな。でも、提督になってからは無線で泊地から指示を出すだけだっただろう?」

「それはそうですけどぉ。でも、最初の頃は無線通信でも色々言ってましたよ?」

「ん。そうだったか……?」

「そうですよぉ。青葉が口を出さなくなったのは、提督を信頼してるから、ですからね?」

 

 ちょっと頬を膨らませた青葉の言葉に、不意にどきりとする。

 

「……そういわれると、なんか照れるな。とはいえ、俺の今回のあれは褒められた指揮ではないと思うんだが」

「仲間を捨て駒にする提督よりかは、そんな提督の方が好きですよぉ?」

「そうか。……ありがとな」

 

 確かに、戦果のために艦娘の犠牲を是とする提督もいる。俺がいた泊地の前任者もそうだったらしい。別にその前任者が鬼畜外道な人間というわけではなかったらしいが。

 ただ艦娘に対しての考え方が違うのだろう。轟沈を承知で進めば敵を倒せる、そんな時に進むのが戦術的に間違った考えではないことは分かっている。1隻轟沈しても、その分深海棲艦の脅威が軽減され、さらなる被害が抑えられるのならば、それでもいいという考え方があるのも解っている。艦娘は本来、深海棲艦に対処するために生まれたモノなのだから。

 

 そんなことを深く考え込んでしまった俺を、青葉がつんつんとつついて現実へと戻した。つついただけですでに前を向いている青葉の背中越しに、橙色に染まった夕陽が見えた。港の前で、緑色の髪が揺れているのが見える。

 反射的に、夕陽と夕張か、なんてつまらないことを考えた俺は、一人でくすくすと笑った。

 

 徐々に沈んでいく橙色が、最も危機的な一日の終わりを告げていた。

 

 

 

 

 




【今日の装備・艦爆(青)】

kancolle deta:対空+8・爆装+10・対潜+7

比較deta: 烈風→対空+10
      彗星一二型甲→爆装+10
      天山(九三一空)→対潜+8


艦爆ってなんだっけ……?

(オーパーツである震電改を除く)当時最高級の艦娘側艦載機と同じくらいの性能を誇るぶっ壊れ艦爆。
一つ一つの性能は艦娘側の艦載機のほうが強いか同等であるものの、こいつの問題は「全てが1種類の艦載機で賄えてしまう」ことにある。

つまり、この艦爆らしきなにかは、でかい爆弾を抱えつつ敵の戦闘機と戦って制空を取り、途中の潜水艦もついでに沈め、さらに敵艦に爆撃まで仕掛けることができるという前代未聞のチート艦爆なのである。

もう艦載機は全部これでいいんじゃないかな。


そしてこの艦爆がとあるぶっ壊れ深海棲艦に搭載された時、提督たちに絶望が訪れる。


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