魔法科高校の劣等生 -Masquerade Devil Hunter- (スダホークを崇める者)
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設定資料

本作の設定資料となります。
オリジナル主人公である獅燿紫輝、原作から設定追加・変更のあるキャラ、敵味方の悪魔、そしてペルソナの設定をまとめていきます。
話が進み次第続々と追加されていきますので、ふと思い出したころに目を通して頂ければと。
なお、デビルメイクライの悪魔でも使用スキルは一部を除いてメガテン・ペルソナシリーズに準拠しますので、そこはご了承を。

2017/06/25
武器ファイル、カーネイジ&ルナティックの項目追加


原作以外の登場人物

 

・獅燿紫輝(しよう しき)

 

誕生日:2079年9月7日

血液型:A型

身長:177cm

体重:70kg

特技:気配同調、変態繋ぎからのトリプルアクセル、ツッコミ

好きなもの:悪魔狩り、魔具の使用バリエーションの考察、スケートでの新技開発、深雪弄り、レースゲーム全般

苦手なもの:退屈、悪魔の如き所業を行う者

得意系統:表向きは現状加速のみ、多次元介入型の系統外(悪魔召喚、ペルソナ召喚)

所属クラス:1年E組

 

司波達也・司波深雪とは幼い頃からの付き合いでいわば幼馴染。

あまりに近しい付き合いなので互いに家族のように思っているほど。

兄妹からはそれぞれ『2番目』という風に認識されている。

ちなみに兄妹の次に付き合いが長い人物を上げるとならば津久葉夕歌だろう。

まだ詳細は書かないが、この時点で獅燿家がどのような家系なのかは想像がつくかもしれない。

両親は6歳時にとある事件により他界。

この際に己の別の一面を呼び出す『ペルソナ』が覚醒する。

更に別次元『魔界』、またその境界を認識できる異能を持つことが発覚。 とある筋を経由してデビルハンターとなる。

時折国外に飛んでは悪魔を狩っているので、実はあちこちに交流関係がある。

国外で悪魔狩りをする際は顔が割れないよう仮面を被っているので、『仮面の悪魔狩り(マスカレード・デビルハンター)』という二つ名で通っている。

獅燿紫輝=仮面の悪魔狩りと知っているのは国内でも達也、深雪、幹比古、四葉の面々、軍の一部くらい。 国外では同業者ととある魔法師しか知らない。

高校入学前の時点で上級悪魔5体と契約している。 そのために彼岸に旅立ちかけたこともしばしばあったが本人はそんな危なっかしいところを含めてこの稼業を楽しんでいる。

その度に達也、深雪などは心配するが、今は慣れているというか、諦めているというか。

普段は軽口が目立ち、笑顔で毒舌トークを繰り出すこともしばしばある。

何かと暴走する深雪に対する強力なストッパー。

どこからか取り出した某大乱闘の鬼畜武器(ハリセン)や扇子、ピコハンなどでツッコミを入れる姿はあらゆるところで見られるとかなんとか。

それが遠因となってか、達也ほどではないが目をかけられている。 主に普段から深雪の暴走癖に苦労している生徒会の面々とかに。

そこまでの仲だからそういう関係なのではと邪推されることもあるが、本人は兄妹だろうが関係なく深雪の想いが成就すればと思っている。

とある事情で達也同様に実技の成績が良くないが、魔法の発動速度についてはこの時点でも深雪に肉薄している。

筆記系科目は達也の教えなどもあるが、圧倒的に得意な科目も存在するので深雪に次ぐ3位。その結果総合成績は学年102位と一科と二科の境目にいるという状態。

深雪のお稽古事に付き合うようにフィギュアスケートに出会い、彼女以上の才があることが分かって競技会などに顔を出すようになった。

事情があって中学3年までは国内選手権に出ることがせいぜいだったが、高校に入学してからは遂にジュニアの国際大会にデビューすることになる。

中学3年までの成績も全日本ジュニア台乗り、インターミドル優勝、準優勝歴ありと文句なしなのでかなり期待されている模様。

技術面も既にクアドトウループ、トリプルアクセルを確立しているのでジャンプ面だけならシニアでもそこそこ戦える。

代わりにスピン・ステップに若干穴があるし、中学3年を境に急激に伸び始めた表現力もまだまだ甘い。

フィギュアスケートのことになったら普段の軽いノリはどこへやら、実直そのもの。

スケート部内では男女問わずに技術面・表現面の相談やアドバイスを求められているので実は割と面倒見が良かったりする。

また、フィギュアスケート黄金時代の演技を何度も目を皿にして視聴しては己の糧にしているほど。

スケートや悪魔狩りが無い時はこの時代からしたら明らかにレトロなゲームで遊んでいたり、まともな趣味の1つである料理に勤しんでいることが多い。

趣味の領域なのだが、とあるカテゴリについては並の女子どころか深雪をも凌駕している。

簡単に人を嫌うようなことは無いが(入学当時の森崎などについては嫌悪というより呆れが強い)、悪魔のような所業を平然と行う人間については話は別。

逆に人間ではなくてもその心・行いが尊いものならば普通に人間として接するので彼の『人間』という定義は広いようでズレているところがある。

 

 

設定に変更・追加がある原作キャラ(常時追加予定)

 

・司波達也

本人も認めるThe シスコン。

原作では『兄妹愛』以外の強い情動は失っているが、本作では家族にも等しい親友=紫輝に対する強い情動も残されている。(優先順位は深雪の方が上だが、2番目という位置を確立しているのは大きい)

 

 

・司波深雪

基本的には超高校級のブラコンを通すが、達也同様に紫輝を優先順位2番目に置いているのが大きな差異。

あくまで家族愛であり異性間の愛情、いわば恋愛感情は無い。 それは紫輝→深雪の方にも同じことが言える。

 

 

・吉田幹比古

九校戦編に入って暫くするまでは『竜神』の喚起失敗によるスランプを引きずる。

本作では入学前に紫輝に出会い、悪魔関係に巻き込まれることで否応が無く実戦経験を積み、更に紫輝からの助言により精神的にはかなり安定している。

また、対悪魔戦力として現在紫輝が国内で唯一頼りに出来る相棒ポジも確立。 結果的に原作よりも美味しいポジションにいる。

 

・北山雫

主だった設定は原作と相違無いが、九校戦フリークというだけでなくスケオタ設定も追加。

いつメン内のスケート解説役という新たな地位を確立している。

国内ならば紫輝の試合には飛んでくる可能性はそこそこに高い。

 

 

 

悪魔について

別次元『魔界』に存在する、悪意に基づく人外。

境界をすり抜けることによって人間界へ現れる。

この境界は場所によって強度が変わるので、日本では悪魔の自然発生は全く見られていないが、USNAや欧州ではそこそこの頻度で発生している。

下級・中級・上級の3ランクに大きく分けられ、その中で更に細かく計10のランクに分けられている。

 

下級:ランク1~3

中級:ランク4、5

上級:ランク6~10

 

上級に類されるランク6以上は明確な意思を持っていて、人間との意思疎通が基本的に可能。

よって悪魔なのだが人間を見下さない者も少数派ではあるが存在する。

紫輝が契約した悪魔は例に漏れずそのタイプである。(ベオウルフも力ある人間は認めているからギリギリOK)

下級・中級悪魔はその根底の破壊衝動に基づいて行動するため、誘導は可能だがキッチリとした制御は不可能。

核が霊子情報体のため、精神的ダメージを与えるような手法でないと確実に倒すことができない。

下級・中級クラスになれば物理攻撃に霊子的重みを足すか、霊子情報体に直接攻撃する手段があるならば何とか倒せるだろう。 ただ、その圧倒的干渉力を突破する必要があるのが厄介なところだが。

しかし、上級悪魔になってしまったらあまりにも霊子情報体の規模が大きすぎる上に干渉力もかなりのものなので普通の人間ではまず嬲り殺しにされるのがオチだろう。

必然的に一般的魔法師の天敵であり、だからこそ紫輝のように悪魔狩りを得意とするデビルハンターがいる。

 

 

 

悪魔ファイル(エネミー)

 

スケアクロウ(ランク1)

初出:第5話

出典:デビルメイクライ4

耐性:闇無効、斬撃、打撃弱点

 

案山子という和訳通りにボロ布で片足立ちがデフォの雑魚悪魔。

本体は麻袋に入り込んだ魔界の蟲である。

腕か脚に鋭利な刃をつけているが、それ以外に攻撃手段を持たないためそこをどうにかすれば文字通りサンドバッグと化す。

1体居ればまず5体はいると言われているから、一気に仕留められるくらいの力量は欲しいところ。

 

 

マリオネット(ランク1)

初出:第6話

出典:デビルメイクライ

耐性:闇無効、打撃弱点

 

人形を憑代とする下級悪魔。

そのバリエーションの豊かさはなかなかで、得物がナイフ、三日月刀、ショットガンとなっている。

数も多いので乱戦になると割と厄介。 複数のこいつを無傷で倒せるようになれば初心者脱出(by紫輝)

 

 

7ヘルズ(ランク1orランク2)

初出:第6話

出典:デビルメイクライ3

耐性:闇無効(レイスは斬撃・打撃・貫通無効)

 

7つの大罪の名を冠した、砂を媒体とする下級悪魔。

厄介の度合いが大きく異なるので、ランク1とランク2で分かれている。

ランク1に当たるのはは耐久力が最も低いプライド、とある上級悪魔の内部でしか存在できないエンヴィ、爆弾の形状で自爆巻き込みを図るレイス、砂を吐くことしか能が無いグラトニーの4体。

ランク2は瞬間移動から奇襲を仕掛けるタフガイのスロース、他の7ヘルズを棺桶から呼び出すグリード、俊敏さに関しては頭一つ抜き出てるラスト。

特にヘル・ラストはかなり厄介で、中級悪魔と一緒に出てくることもあるので真っ先に倒したいところ。

 

 

シン・シザース(ランク3)

初出:第6話

出典:デビルメイクライ

耐性:仮面以外物理無効、闇無効、仮面部分のみ物理弱点

 

鋏を持って現れる見た目悪霊の悪魔。

仮面を憑代としているのでそれ以外の部分は可視状態の霊体。 よって大体の場所に対する物理攻撃は意味を為さない。

霊体なので普通に色々なものをすり抜けてくる。 壁越し地面越しそんな感じで奇襲もやる。

仮面を狙いさえすればいいので対策さえ知っていれば楽勝。

 

 

 

メガスケアクロウ(ランク3)

初出:第6話

出典:デビルメイクライ4

耐性:闇無効

 

スケアクロウに鋭利な刃がトレードマークな鎧などが加わった純正パワーアップバージョン。

プレス攻撃に回転式刃物飛ばし、転がるなど攻撃バリエーションも増えて面倒な相手に。

とはいえ、割と単純バカなので罠にでもかけてもいいし、ごり押してもいい。

 

 

ブレイド(ランク4)

初出:第6話

出典:デビルメイクライ

耐性:地変・衝撃耐性、闇無効、氷結弱点

 

魔帝が生み出した純粋戦闘用悪魔。

地面から飛び出しての奇襲、敏捷性を用いた地上戦、爪飛ばしに空中からの奇襲、盾持ちとスタンダードな性能を持つ厄介な悪魔。

ただ、1つ1つの攻撃法に対して確実な対策を施せば割と何とかなる相手。

 

 

 

ブリッツ(ランク5)

初出:第7話

出典:デビルメイクライ4

耐性:雷撃吸収、闇無効、物理反射(雷装着時・飛具除く)、衝撃・地変弱点

 

ランク5筆頭にして、恐らく中級最高の厄介者。(第7話でウェルギリウスにボコボコにされているが、それはウェルギリウスが規格外クラスなだけである)

普段は雷を纏って高速移動、隙を見て攻撃をするスタイルを取る。

この時は物理攻撃は軒並み反射されるので、飛具やその他属性で攻撃する必要がある。

雷を剥がして攻撃を入れまくると、今度は赤い雷を纏って道連れ自爆を試みてくる。

そうなる前に速攻で仕留めるか、避けきるかしないとあぼんである。

 

 

 

悪魔ファイル(仲魔)

・ケルベロス(ランク6)

氷結・打撃得意 氷無効炎弱点

 

使用スキル

ブフダイン、マハブフダイン、ギガンフィスト、刹那五月雨氷撃(氷属性付の刹那五月雨撃)、タルカジャ、スクカジャ

 

常態スキル

氷結ハイブースタ、闇無効、光無効

 

紫輝が最初に契約した悪魔。 その際には紫輝を見事に殺しかけるが今ではすっかりいい思い出であろう。

一般的に言うケルベロスと風貌は少々異なる。(纏っている氷が無くなればほぼイメージ通りになるが……)

性格は至って義理堅く、また人間でも力量があればあっさりと認めるほどの柔軟さもある。

達也、深雪、幹比古とは面識があり、特に幹比古とは紫輝の破天荒さに対する呆れという意味ではいいコンビになっている。

魔具になった際は『三氷棍ケルベロス』として、圧倒的攻撃速度と手数の多さ、そして持ち前の氷結魔法で近距離戦を補佐する。

 

ステータス(10段階):力:6 魔:6 耐:5 敏:8 運:6

 

憑依時使用可能スキル

ブフダイン、マハブフーラ、ギガンフィスト

 

・アグニ(ランク6)

火炎・斬撃得意 炎無効氷弱点

 

使用スキル

アギダイン、マハラギダイン、剛毅斬、利剣乱舞、タルカジャ

 

常態スキル

火炎ハイブースタ、闇無効、光無効

 

通称『アグニ&ルドラ』略してアグルド。 その兄の方である。

いつも行われている漫才ではどちらかと言えばボケ役。 いや弟がツッコミ役と言われると若干違うが……。

某Mr.Stylishのように黙っていることを強要されているわけではないので結構口数が多い。

紫輝もある程度は許容しているが、あんまりアホな会話をしていると流石に止める。

 

ステータス(10段階):力:7 魔:6 耐:6 敏:6 運:6

 

憑依時使用可能スキル

アギダイン、マハラギオン、月影

 

・ルドラ(ランク6)

疾風、斬撃得意 疾風無効雷弱点

 

使用スキル

ガルダイン、マハガルダイン、デッドエンド、利剣乱舞、タルカジャ

 

常態スキル

疾風ハイブースタ、闇無効、光無効

 

アグルドの弟の方。 影が薄い緑の方とは違ってこちらも存在感は十分。

漫才ではどちらかと言うとツッコミ役。 ただイマイチ突っ込みきれてない感が強い。

こちらも口数が多くなっているし、アホな会話を始めたら紫輝に止められる。

 

ステータス(10段階):力:7 魔:6 耐:6 敏:6 運:6

憑依時:ガルダイン、マハガルーラ、残影

 

 

基本的にアグニとルドラは魔具で使う場合は2体で1つのものとして扱われる。

『炎風剣アグニ&ルドラ』は双子ならではの炎と風の融合技で遠近問わずに圧倒する。

実は原作にはないであろうとある性質も兼ね備えているが、それについては後々。

 

 

・ネヴァン(ランク6)

電撃、闇、状態異常得意 雷・闇無効疾風弱点

 

使用スキル

ジオダイン、マハジオダイン、ムドオン、マハムドオン、マリンカリン、テンタラフー

 

常態スキル

電撃ハイブースタ、光無効

 

サキュバスみたいな外見の貴婦人悪魔。

本人の干渉力に関してはランク6の悪魔にしてはかなりのもので、憑依してもマハジオダインを放てる稀有な悪魔。

また、精神干渉系のマリンカリン(魅了)、テンタラフー(混乱)が使えるので無力化にも重宝する。

紫輝と似て悪魔狩りの期間が開くとフラストレーションが溜まるところがあり、その時はちょっとR指定なお誘いをすることも。

とはいえ、9割以上が冗談。 毎回紫輝に対する吸血行為で我慢している。

憑依・魔具・召喚以外でも使い魔のみを送ることによる偵察行為も可能。 紫輝の活動を支える役割も兼任している。

魔具形態の『雷刃ネヴァン』は見た目が紫色のギターなので初見の人間はまず武器なのかと疑うところから始まる。

性能そのものはトリッキーで、ギター演奏スキルが無いと満足な性能を発揮できない。

紫輝もこの魔具を扱うためにギターの基本を独学で学んだとか。

ギター形態は扱うことが出来れば強力な雷撃、更に次々と現れる使い魔による圧倒的制圧力で優位に立てる。

鎌に形態変更することも出来、この場合は単純に近距離戦をこなす。

が、原作にはない投擲技『ラウンドトリップ』(回転投擲して範囲内の相手を攻撃しつつその場に固める技)が使えるので制圧力も十分。

 

 

ステータス(10段階):力:5 魔:8 耐:4 敏:7 運:7

憑依時使用可能スキル

ジオダイン、マハジオダイン、ムド、プリンパ

 

 

・ベオウルフ(ランク6)

打撃、光得意 光無効

 

使用スキル

ハマオン、マハンマオン、霧雨昇天撃、ヒートウェイブ、タルカジャ

 

常態スキル

拳の心得、闇無効、武術の心得

 

かなり荒っぽい武闘派悪魔。

入学前に仲魔にした面々では最も苦労したが、それでも原作に比べればだいぶ丸い方。(スパーダ関係の憎悪が無い関係上)

最終的には紫輝の力量をちゃんと認めた上での契約なので仲は普通に良い方である。

ひたすら脳筋でバトルジャンキー。 召喚で呼ばれることを最も好む。

魔具になった際は『閃光装具ベオウルフ』で紫輝の手と足を強化しての接近戦で悪魔を殲滅する。

魔人双子の技をどちらも使えるハイブリッド状態。

 

 

ステータス(10段階):力:8 魔:5 耐:7 敏:7 運:4

 

憑依使用スキル

ハマ、ギガンフィスト、電光石火

 

 

 

 

・ペルソナについて

ラテン語で「人」、「仮面」という意味を持つ言葉で、人の心の奥底、普遍的無意識に眠る別人格のことを言う。

この普遍的無意識からその人格を持ってきて現実に召喚することが出来るものを『ペルソナ使い』と呼ぶ。

原作では精神力(=スピリットポイント略してSP)を用いて召喚しているが、こちらでは想子と霊子が用いられる(比率は想子:霊子=1:4といったところ)

悪魔を召喚するよりも消耗が少ないが、ペルソナが受けるダメージは召喚者本人にもフィードバックされるのが厄介なところか。

紫輝の場合、自身のペルソナを魔具と同じように武具として呼び出すことも可能。 ただ、能率そのものはあまり良くない。

召喚の際には特化型CADで自分を撃ち抜いているような動作があるが、この行為には『死の恐怖に打ち勝ってペルソナを引っ張り出す』という一種の自己暗示の意味合いがある。

本来の紫輝にこの行動は必要は無いのだが、色々と不安定な現状を考慮すると少しでも安定性が欲しいから採用しているとのこと。

現在、紫輝以外のペルソナ使いは確認されていない。

ちなみに、ペルソナ使いにも何パターンか存在するが紫輝はベースは1・2型。 しかし、ペルソナチェンジについては基本3・4の非ワイルドと同じ。

ただ、悪魔を憑依させて使用スキル・耐性を変化させることが出来るという点を考慮すればやはり1・2型が一番しっくりくるか。

 

 

・ウェルギリウス(悪魔換算ランク9)

斬撃得意 斬撃耐性完全無視 貫通無効闇反射光無効

 

使用スキル

疾走居合、次元斬、幻影剣(烈風、円陣、五月雨)、絶刀、絶界、デビルトリガー

 

紫輝自身のペルソナで、アルカナは刑死者

空間そのものを斬る抜刀術を持つ、紫輝の表切り札。

己の日常や大切な者を守るためならば悪魔にも魂を売るという一面の仮面。

確固たる意志を持っている。 無論そのベースはあの鬼いさん。 どこか丸い気がするが。

スキルは閻魔刀系統技のみだがDMC4SE、UMVC3のスキルをきっちり網羅している。

魔具として呼び出した形態は当然『閻魔刀』。 斬撃耐性を無視する凶悪さを誇る武器だが、その圧倒的スペックは紫輝ですら未だ持て余すほど。

 

ステータス(10段階):力:9 魔:9 耐:6 敏:10 運:9

※デビルトリガー使用時は力、魔が+1、耐が+2

 

 

武器ファイル

 

・カーネイジ&ルナティック

使用者:獅燿紫輝

 

不遇のマグナムハンドガンと言われるウィルディ・ピストルをベースとした対悪魔用ハンドガン。

見た目はカーネイジがワインレッドベース、ルナティックは暗めの蒼に金色の装飾あり。

我らが赤コートスタイリッシュが用いるエボニー&アイボリーのようなもの。

ただ、こちらはただ対悪魔用にカスタマイズされているだけでなく武装一体型CADという側面も兼ねている。

想子だけでなく霊子も用いて銃を握っている間は常時反動軽減の術式と悪魔の精神体にダメージを与えるための術式が発動される。

後者は霊子の方をチャージして発砲することでDMCのチャージショットの再現も可能。

ちなみに3のガンスリンガースタイルのそれと同じ感じになる。(4のネロ風のチャージショットも出来なくはないが連射に重きを置いてる関係上こちらの方が向いている)

ただ、悪魔or魔具でも想子・霊子を使うからマネジメントはしっかりしないと枯渇しかねないところが欠点か。

その気になれば銃身でぶん殴ることも出来るくらい頑丈。

言うまでもないが人間相手に発砲したら並の相手ならば1発\(^o^)/オワタクラス。

作成者は紫輝の二人目の専属エンジニアとも言えるベルゼブブ。 4月に改良した際には独立魔装大隊の真田大尉も色々意見などを出したとか。

 

 

 



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入学編
1. 嵐の前の静けさ的な入学式


日常というものが崩れるのは本当に些細なことからだ。

事故だったり、テロだったり、戦争だったり。

たった1つの要因で崩れ去るほどに脆いもの。それが日常であり平穏である。

まだ幼い頃、彼の日常もまた同じように脆く崩れ去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「こいつが例のガキか……」

荒れている部屋の中で複数の男、更に複数の異形が一人の子供を囲んでいた。

年の頃は6、7歳といったところであろうか。

しかし、何が起きているのか分かっているのか分かっていないのか……恐らく前者なのだろうが……随分と落ち着いていた。

子供ながら、もうどうにもならない状況だということが分かってしまったのだろう。

「こいつ、状況分かってるのか……?ここまで落ち着いてると不気味なんだが。」

「だからこその資質、じゃねえか? とりあえずとっとと捕縛してずらかるぞ。」

今まで無駄話をしていた男たちがついに子供を捕獲しようとしていた。

傍から見れば絶対絶命。逃げ場などあるわけがない。

……相も変わらず落ち着いている。というか諦めている子供。

そんな状況の中。

静かに、だが確かに響く……そんな声が、子供にのみ聞こえた。

『何故力を求めない』

何を言っているのか、子供にはよく分からなかった。

どう答えるべきか分からずに沈黙を貫くと、再び声が響く。

『何故お前は潔く蹂躙されることを受け入れている。 何故、現状に抗うための力を求めない。』

質問の意味は理解できた。

そして子供は淡々と答えた。 

(だってこれ、どうしようもないことじゃないのか?)

彼は子供ながらに理不尽という言葉の意味をよく理解していたのだろう。

だからこそ、諦観の姿勢だったのだろう。

この返答に対してまた更に声が聞こえてくる。

『確かに、理不尽と言えばそれまでだ。そしてお前はそのことを嘆きながらただ無駄に命を落とすと? だとすれば……愚かだな。』

嘲笑と、どこか憤りが感じられる。

『お前のその主張は自分の生殺与奪を他者に委ねると言っていると同じ。 殆ど人形と変わらないということだ。 自ら生の権利を放棄しているのだぞ、お前は。 ……自分で苛立って来ないのか?』

……そう言われて、子供は思い直した。

(今自分は何をされた?)

そうだ、自分の日常を壊された。

(何をされようとしている?)

恐らく、自分を捕縛して自由を奪おうとしている。

(ああ、確かにそう言われてみれば……不愉快で苛立ってムカつく話だ。全く持ってその通りだな。)

その明確な怒りを宿した返しを呟いた後に聞こえてきた声は……先ほどの嘲りは無くなり、子供の静かな怒りに同調するものになっていた。

『ようやくらしくなってきたな。 だが、今のお前には何も出来ない。 己を守ることさえも。 ならばどうする?』

既に迷いはない。この状況に対して抗い、そして生き延びる。

たとえ悪魔に魂を売ってでも……! 

「『I need more power...!(もっと、力を……!)』」

 

 

 

 

 

 

 

「今日は随分と楽で助かったぜ……何だ?」

今まさに子供を捕縛しようとした時だった。

明らかに捕縛対象の雰囲気が変わったのは。

先ほどまでの無表情から一転、子供は明確な怒気を発していた。

「ペル……」

今になってようやくヤケクソになったように見えて、面倒になるなと思ったその瞬間。

「……ソナァ!」

男たちは突然吹き飛ばされた。

あまりにも突然のことで、為すすべもなく男たちは壁に叩きつけられる。

何が起こったかと先ほど捕獲しようとしていた子供を視界に入れた時。

男たちは目を疑った。

捕縛対象の子供。 その前に、本来ならば存在しないはずのモノが存在していたから。

適性はあると聞いてはいた。だからこそ今のうちに捕縛して、本国でじっくりと研究対象として弄る。

それが……今のこの時、目の前の子供は己のとある適性を、この場で開花させてしまったのだ。

己が別の側面……仮面を操る力を。

咄嗟に控えている異形達に特攻させようとした瞬間、あちら側の異形……黒の鎧を纏った魔が口を開いた。

『我は汝、汝は我。 我は汝の心の海より出でし者。 我が剣は人と魔を分かつ。黒の魔剣士、■■■■■■■■なり。』

その声を聞いただけで、格の違いというものを理解してしまった。

控えさせていた異形達など話にもならない。何百、何千といても意味がない。 まさに象と蟻を比較するレベルの戦力差だ。

無意識の海から呼び出された別側面の己を見てもなお無表情で、子供は目の前の脅威の殲滅を命じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

懐かしい夢を見た。

まだ幼くて無力だった頃、一度それまでの日常を失くした日。

そしてまた、内に秘めたあの力を開花させ、彼……獅燿紫輝の今の生き方の根底を決定づけた日。

不快とも言えなければ、愉快とも言えない夢である。

恐らく、これは今もあっちで暇を持て余しているアレなりの激励だろう。

以前にも似たような夢を見ていたので何となくは理解していた。

彼自身の過去の夢を見ることになったのは初めてだが。

「(マンネリ防止に変わり種を仕込んだってことか? さて、それはさておき。)」

推察を強制終了、振り返って時計を確認する。

紫輝は目覚まし時計の類を利用しなくても起床に問題は無い。

あくまで時間を確認するという用途でのみ設置されているその時計は、午前5時直前を指していた。

今日は、彼が今日から通う国立魔法大学附属第一高等学校の入学式。

普通に考えて相当な早起きになると思われるが、彼の場合はこれが妥当な起床時間だ。

元々早めに登校するということもある。

だが、それ以上の要因の割合を占めているのは彼自身が早朝に行う日課行動である。

「(さて、今日もいつも通りに……だな。)」

今日が入学式とはいえ、紫輝の中に浮かれた考えなどは特にない。

いつものように起きて、いつものように日課をこなし、ただいつもより少し早く学校へと向かっていくだけのことだった。

 

 

 

 

 

 

国立魔法大学附属第一高等学校。

日本に9つある、魔法を専門分野として学ぶことが出来る学校の中の1つである。

素養がない限り扱うことが出来ない、いわば選ばれた者しか使うことが出来ない『魔法』。

以前は奇跡・神秘と称されていた存在だが、今は科学でそれらを成し遂げることが出来る、という段階にある。

しかし、そこには素質・才能と呼ばれるものが起因することには変わりがない。

そして、その素養があり、更に入学試験という競争を勝ち抜いてこの学校に入学できたものは世間一般ではエリート候補生に当たるであろう。

先ほども述べた通り今日はその候補生たちを迎える入学式。

……まだ式が始まるまで時間があるはずなのだが、何故かやや浮ついた雰囲気にそぐわない言い争いが起こっていた。

「やっぱり納得できません! どうしてお兄様達が補欠なのですか! 特にお兄様は入学試験はトップの成績のはずなのに!」

言い争っているのは1組の男女……二人称からすると兄妹であった。

否、言い争っているというより、妹の方が激昂しているだけだ。

兄の方はまたか、と言わんばかりの雰囲気である。

事実、今日に至るまでこの二人の間で何度もあったやりとりである。

「深雪。 ここは魔法科高校だ。 筆記より実技の成績を重視するのは当然のこと。 俺の実技の成績を考慮すると、恐らく補欠の中でも下から数えた方が早いだろうな。 無論、それは俺だけでなくあいつにも言えることだ。」

宥めるように、そして諭すように話している兄。

しかし、深雪と呼ばれた妹はこれくらいで矛を収めることはしなかった。

「またそのようなことを言って! 勉学でお兄様に勝てる者などいません! 体術でも同等である彼を除けば同じことです!」

徐々にヒートアップしていく深雪。

しかし、その熱はそれ以上になることはなかった。

「本当なら、魔法だって─」

「深雪っ!!」

先ほどまで受け身で宥めていた兄の方が突如強い口調で制した。

あまりに突然の変貌に野次馬達も驚いていた。

周りが静かになり、深雪も一喝により一時的に収まった。

「こればかりはどんなに言っても仕方のないことだ。 深雪だって分かっているだろう?」

「も、申し訳ございません。」

収まるどころか少し落ち込んでいる模様だ。

フォローをするつもりなのか、妹の頭を丁寧に撫で始めた

「お前はいつも俺の代わりに怒ってくれている。 その気持ちは嬉しいし、 いつも俺はそれに救われているんだ。」

「嘘です……。 お兄様は、いつも私を叱ってばかりで……。」

「嘘じゃないって。 後、いつもお前が俺のことを考えてくれているように、俺もお前を思っているんだよ。」

徐々に雰囲気が兄妹間とは思えない甘いものになっていく。

そして、先ほどまでしょんぼりとしていた深雪は、何故か頬を赤く染めていた。

「そんな、お兄様……私のことを、想っているなんて……」

更に盛大な文字変換ミスをしていた。

このニュアンスの捉え方の違いが原因で完全にトリップしてしまっている。

このままだとますます本題から遠ざかる……と思っていたところに救いの手は差し伸べられた。

「誤字変換は端末機器だけでいいから戻ってこいこのブラコン娘。」

コミカルな打撃音と共に。

音の発生源はピコハンで、それを深雪に向けて放ったのは一人の男子生徒。

叩かれた深雪は「ふきゅっ」と可愛らしい声をあげながら現実に戻っていた。

「紫輝、お前も来ていたのか。」

「先日までの達也と深雪の状況を考えてな。 余計な世話だったらすまない。」

「いや、助かった。 こういう時の深雪を止めるのはお前の方が確実だからな。」

いきなりやってきた紫輝に特に驚く素振りを見せていない達也。

ピコハンで叩かれた深雪も同様である。

「でも何でそんな玩具を使ったの……。 思わず変な声が出てしまったじゃない。」

「いつもハリセンだと芸がないからな。 別に痛くはなかっただろ? ほれ達也、続き。」

むしろ何でピコハンなんて持っているのか……そんな些細な疑問はあったが達也は流した。

今はそれどころではないからだ。

「話が逸れたが、深雪。 たとえお前が答辞を辞退したとしても、二科生の俺と紫輝が代わりに選ばれることはない。 そんなことをすればお前の評価を下げるだけだ。賢いお前なら分かるだろ?」

当然、そんなことは分かりきっている。

しかし、やはり理性で分かっても感情が認めないことは当然のようにあるのだ。

深雪としては、敬愛する兄と、表には出さないが羨望と親愛の情を抱いている紫輝が不当な評価を

受けることはやはり許しがたいことなのである。

「それにな、深雪。俺は楽しみなんだ。 可愛い妹の晴れ姿を、この駄目兄貴に見せてくれないか?」

後ろから深雪を抱きしめながらこの言い回し。

深雪が再び頬を赤く染めるのは致し方ないことである。

なお、紫輝はこの雰囲気に全く動じずむしろ暖かい視線を送っていた。

小声で『お前もやっぱ大概なシスコンだな』と貶すような褒め言葉を呟きながら。

「お、お兄様は駄目兄貴なんかじゃありません! 後、紫輝もそんなにニヤつかないで!」

「おいおい酷いな、高校に入っても変わらないように接してるだけだぞ?」

深雪の照れ隠しの反撃にも飄々とする紫輝。

だが、このやりとりもあってか深雪の表情には既に陰りはなかった。

「コホン。 お兄様、我儘を言って申し訳ありませんでした。」

「行っておいで。 答辞の打ち合わせの時間だろ?」

「はい、行って参ります! 見ていてくださいね、お兄様。 紫輝も、居眠りをしようものなら……」

「ははは、なら目を開けながら眠らないとだな。」

達也と、最後まで軽口を叩く紫輝に見送られて深雪は答辞のリハーサルへと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

片や妹の見送り、片や兄妹の潤滑剤と言うべきかストッパーと言うべきか曖昧な役割。

それぞれを終えた紫輝と達也であったが、ここから先の予定が見事に空白になっていた。

「さて、紫輝。 お前はこれからどうするんだ? 一応言っておくが、式まで後2時間あるぞ。」

「達也は読書だろ? 俺もやることは出る前に済ませたから迷惑じゃなければ一緒にいるぞ。」

「別に構わないが……。まあ、俺がもし没頭していた時の予備のタイマー役を頼むとするか。」

「うわひでえ、人を便利道具か何かと思ってやがる。」

軽口を叩きながら中庭に設置されたベンチに座る二人。

そこからは達也がディスプレイ型端末を取り出して読書を始めたので、一時的な静寂が訪れた。

しかし、紫輝その空気を壊すような空気を読まない男では断じてない。

邪魔をすることなく、ただ何となく周囲を見回していた。

そして、それが聞こえてきたのと紫輝の目が僅かながらに細くなったのはほぼ同時だった。

「ねえ、あの子たち雑草(ウィード)じゃない?」

ハッキリとこちらに向けた声ではないが、紫輝と達也にはしっかりと聞こえていた。

「こんなに朝早くから、随分と張り切ってるのね。」

「所詮はスペアなのに……」

どう聞いても悪質な影口である。

そして、このような影口を叩いている生徒の制服には肩と左胸に八花弁のエンブレムが刻まれている。

逆に、紫輝と達也の制服にはそれが無い。 ただの白背景である。

ほんの些細な間違い探しだが、これがこの学校の中では大きな差の1つとなっている。

入学者定員が200名の第一高校、第二高校、第三高校には在籍生徒を一科生と二科生に分ける制度がある。

入学試験の上位と下位の100名ずつに分けるという、至って単純な制度。

しかし、この100位より上か下かというだけで、扱いに大きな差が生まれる。

ちなみに、一科生を花冠(ブルーム)、そして表向き禁止とされているが二科生を雑草(ウィード)と呼ぶ。

先ほどの影口は、その扱いの差から来る優越感から生まれてきたものであろう。

ただ、これに対する達也と紫輝の反応は至って薄かった。

「(雑草、ね……そんなことは分かってる。)」

「(はいはい、選民思想乙。 自尊心を満足させるのも大変だな。)」

ただし、反応の薄さの中に紫輝の方は皮肉と嘲りが混じっていた。

別に一科生の全員がこのような選民思想を持っているとは言わないし思ってもいない。

しかし、やはりどこの世の中にもそういう人種はいる。 そのことからの嘲笑とも言えた。

自分や周囲に迷惑さえ掛けなければ極めてどうでもいいことだが。

ちなみに達也は、この学校に入った目的の1つが別に一科生であろうがそうでなかろうが関係のないことだから特に気にしていないのだ。

そこからは特に何もなく時間は過ぎていき、頃合と見た紫輝がタイマーとほぼ同時に告げた。

「達也、そろそろだぞ。」

すっかり読書に没頭していた達也だったが式開始30分前に設定したタイマー音と

紫輝の声が聞こえたので端末を仕舞おうとしたところで近づいてきた気配に気が付いた。

「二人とも新入生ですね。 そろそろ開場の時間ですよ。」

声が聞こえた方に視線を向けると、一人の女生徒の姿が確認できた。

女性にしては小柄な部類に入るであろう。 現に、達也と紫輝が20cm以上目線を下げる必要がある。

また、よく絶世の美少女と言われる深雪とはタイプは違うが他を惹きつけるだけの容姿と雰囲気を持つ女性だ。

「(もしかしなくても、かね。これは)」

しかし、紫輝、そして達也の着目点は別にあった。

それは彼女が腕に巻いているブレスレット。

「(CADを校内で装着している……。 要するに、彼女はある程度以上の地位を持っているということか。)」

CAD……遥か昔の魔術師とか魔法使いという存在からすると杖や魔導書に値するものだ。

いくら魔法科高校といえど、基本的には校内でのCADの着用は禁止されている。

装着が許されるのは、生徒会メンバーと風紀委員だけ……とも聞いている。

そして、紫輝はこの時点でこの女生徒の正体とまでは行かないが、少なくとも何者かについて当たりをつけていた。

「当校は仮想ディスプレイ型の端末の使用は認められていないのですが、 貴方はちゃんとスクリーン型の端末を使っているのですね。」

「ええ……仮想型では、読書には不向きですから。」

そういえばそういう規則もあったな、とこの二人の会話から思い出した紫輝。

まあ、紫輝も達也に習ってスクリーン型を使っているから特に問題は無かったりする。

読書をよくする幼馴染に静かに感謝していた。

「申し遅れました。 私は七草真由美。 七に草と書いて七草です。 一高の生徒会長を務めています。」

彼女の軽い自己紹介を聞いて、紫輝は内心でビンゴ、と呟いた。

(七草……一高に在校している十師族の一人か。 俺自身二科生だから接点を持つ可能性はあまり考えてなかったが……。)

まあ、冷静に考えてみれば新入生総代の深雪と親しいという時点でその可能性はあったからどちらにしろ関係はないのだが。

何はともあれ、今は最低限の礼儀を尽くすべきであろう。

「俺……いえ、自分は司波達也です。」

「自分は獅燿紫輝です。」

立ち上がって会釈をしながらの軽い、本当に軽い自己紹介。

このまま少し話した後に講堂へ……と思っていたが、真由美の予想外の反応によりその思惑は外れた。

「司波君って、もしかして……あの司波君!?」

達也はこの真由美の反応を見て内心で苦々しく思っていた。

新入生総代である妹に対して、実技がボロボロで二科生になった兄。

そのようなマイナスのイメージから来る反応であると完全に思い込んでいる。

そして、そんな達也の内心は紫輝も知るところではあるが、彼はどこか違うと判断していた。

確固たる根拠こそないが、目の前にいる生徒会長は少なくとも達也に対してそのようなイメージを持っているようには見えなかったのだ。

「筆記試験全7科目の平均点が98点で堂々のトップ、しかも魔法理論と魔法工学は合格者平均が70点以下なのに小論文も含めて満点! 前代未聞の好成績ということで先生方の話題になってたわよ。」

段々と真由美の口調が砕けているが、まあそれだけ達也の筆記の成績が凄まじいということだ。

時折深雪と共に試験勉強を見てもらっている紫輝はその凄まじさをよく知る人間の一人だ。

更に言えば、達也の裏事情についても把握しているので魔法理論と魔法工学の鬼成績については納得しすぎてしきりに頷いてしまっていた。

「あ、今しきりに頷いている獅燿君も話題に上ってたわよ。 魔法幾何学が満点で、魔法理論も司波君に次いで2位。筆記総合でみても3位。 更に実技の方では発動速度の評価が今年度総代の司波深雪さんに肉薄しての2位だったって話よ。」

しかし、まさかここで自分も話題になるとは紫輝も想定はしていなかった。

筆記は達也のお蔭で結構自信があったとはいえ、まさか司波兄妹に次いで3位とは思ってもみなかった。

ただ、この後真由美は少し残念そうな表情になり、紫輝もその後も大体どう続くのかは分かっていた。

「ただ、残りの2項目で評価が芳しくなかったから総合で102位だったって……惜しかったわね。」

「でしょうね。 速さだけが取り柄のアンバランスタイプというのは自覚していますので。」

筆記で3位、実技の評価項目の内1つで2位、残り2つが下から数えた方が早い。

これらを合わせた結果、惜しくも102位で一科入りを逃したという。

普通の人間ならばこの結果を知らされたらさぞかし凹むことであろう。

しかし、紫輝自身このアンバランスな状態をよく理解しているのでむしろよく102位という順位になれたものだと思っているくらいだ。

だからか、苦笑いよりも愛想笑いの方が表に出ていた。

対する達也は辛うじて苦笑いを浮かべている状態だった。

「自分の場合は所詮ペーパーのみの成績なので意味がありません。 その証拠がこの通りなわけで。」

エンブレムのない制服の肩部を見せながら自嘲気味に言う達也。

魔法科高校で評価として優先されるのは実技であり、筆記試験はそれほど評価に加わらない。

だからこそ達也は二科生であり、紫輝もギリギリのところで二科生なのである。

「そんなことないわよ。 私も論理分野は得意な方だと思ってるけど、同じ問題でそれだけの点数が取れるとはとても思えないもの。」

この言葉を聞いて、紫輝は心の底からこう思った。

(こういう人が一科に多ければいいんだがなあ……)

差別意識が無いし、恐らく融通も利きそうな人だ。

十師族と聞いて警戒の色もそれなりにあった紫輝だったが、彼女の人となりの一部に触れてそれは結構和らいでいた。

「すみません、そろそろ時間なので失礼します。」

しかし、達也は違ったようだ。

居心地が悪そうな顔をして、そそくさと講堂の方へと向かってしまっていた。

(まあ、達也は苦手だろうな。)

これまでがこれまでだったので受け入れがたいというか、戸惑ってしまうのだろう。

だからといって、流石にあの立ち去り方は頂けないのでここはフォローを行う。

「すみません、七草先輩。 達也はああいう風に褒められるのはどうも慣れてないんですよ。」

「あ、ううん気にしないで。 私もちょっと馴れ馴れしくしすぎちゃったかなと思ったし。」

特に気にしていない様子の真由美を見て、内心でホッと一息。

そして自分も最後に挨拶、会釈をしてから達也を追って講堂へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

講堂に到着した紫輝は、まず最初に達也の姿を探す。

別に人見知りというわけではないのだが、このような場なら少なくとも身内と一緒の方が安心感は強い。

ちなみに、前の席に一科生、後ろの席に二科生と明らかな区分けがされていることについては特に気にしない。

無論、空気を読まずに前の方へ座るということも考えてしまうのが紫輝の性格だ。

しかし、達也は違う。

基本的に波風を立たせずに場を収めたいタイプだ。

それくらいは長年の付き合いから理解しているので、前の席を探すという無駄なことはしない。

暫く探していると、最後方かつ端っこという好む人間はとことん好むポジションに座っている達也を発見した。

隣の見知らぬ女子二人と何か話しているところだ。

そしてちょうどいいことにその女子二人の隣……達也とは3つ左に離れた席が空いていた。

それを見た瞬間の紫輝の行動は早い。

素早く目的の席まで移動して、ちょうど話が一区切りついたところで口を開いた。

「コラ達也、人のこと放置して先に行くとか流石に酷いぞ。」

別には微塵も思っていないことだが、自然な流れに持っていくためにあえてこう言った。

いきなり話しかけたのだが、達也には特に驚きの表情などは無かった。

恐らく、紫輝が入ってくるタイミングまで分かっていたのだろう。

「……すまん。 どうしてもあの場は、な。」

「まあ、お前にとっても初めてのことだったから仕方ないとは思うが。 ……あ、ここ空いてます?」

目的の席の隣に座る女子に尋ねる紫輝。

赤に近い栗色の髪の、これまた深雪とはタイプが違う美少女。

深雪が深窓の令嬢(紫輝自身はあまり思っていないが)と称するなら、こちらは陽の美少女と言うべきか。

また、達也に近い側の席に腰かけている女子もなかなかの容姿だ。

タイプ的には美しいというより可愛らしいと言った方が自然だろうか。

「うん、大丈夫だよー。 ……あれ、もしかして知り合い同士?」

了承を得たので席に腰かけると、達也と紫輝を交互に見ながら尋ねられた。

これもまたシミュレーション通り。 この後も自然に会話は続く。

「獅燿紫輝だ。そこの司波達也君とは俗に言う幼馴染ってところかな。」

「千葉エリカでーす。 獅燿って結構珍しい名字だね。 どうやって書くの?」

「獅子の獅の字に曜日の曜を火辺に変えた字さ。 なんちゅう漢字組み合わせてるんだって思うよ。 ちなみに名前の方も紫に輝くだから画数がとんでもないことに……」

読みが『しよう』というだけでも十分珍しいが、漢字も漢字である。

もし文字を書くという時代だったら確実に名前を書くのが面倒である。

『しき』の字も紫に輝だからなおさら画数が多い。 というか多すぎる。

漢字を浮かべて、エリカも画数の多さに少々変な声を上げていたくらいだ。

「でも、それだけ珍しい苗字ですとそうそう忘れられないですよね。 あ、私は柴田美月です。」

「千葉さんに柴田さんね。 達也共々どうぞよろしく。」

「待て、この流れだとまるでお前が俺の保護者みたいに聞こえるぞ。」

達也の発言で残り3人……特にエリカと紫輝から笑いが起こった。

まあ、達也の発言はあながち間違っていないが、時には達也が紫輝の保護者みたいに見えることもある。

要するにどっちもどっちということだ。

そして、紫輝はここでとあることに関心を向けていた。

(まさか、千葉ってあの千葉かねえ……。 そうなると既に数字持ちと2人会ったってことになるのか。)

『ちば』と聞いて即座に浮かんだのは当然千葉の字だ。

そこから連想されるのは、数字持ちの家系の1つで剣術の名家のあの千葉家。

達也も丁度そのことで思考を張り巡らせているが、まさか本人に尋ねるわけにもいかない。

まあ、別に今分からなくてもどうということはないので、ここは保留ということに……というところで、右側から視線を感じた。

「どうしたの柴田さん。 俺の顔に何かついてる?」

視線の主は美月だった。

尋ねると、あたふたしながら美月は答える。

「あ、いえ! ちょっと獅燿君のことをどこかで見たような、って思ってただけで……。」

聞いているだけだと別の意図を感じられるが、美月の表情から本当に既視感があるのかもしれない。

無論、紫輝は美月とは当然初対面だ。

しかし、彼女の方から自分を見たことがあると言われても心当たりが無いとは思わなかった。

長い付き合いの達也も紫輝と同じような心当たりがあるのだが、口に出すほどではないので黙っていた。

「あれ、まさか美月から言い寄っちゃう展開!? 意外と大胆ね~。」

「ち、違うよエリカちゃん!? 本当に見たことがあるような気がしただけだから!」

とはいえ、端から見ると架空の世界での異性に対する言い寄り方に似ているのでエリカのような反応になるのは至って普通である。

達也と紫輝が美月を宥めつつエリカを止めて、ちょうど入学式が始まる知らせが入った。

 

 

 

 

 

 

 

基本的に紫輝はこのような式の時は退屈が勝ってしまう人間だ。

ただでさえ起床時間が早いこともあって、こうもダラダラと話が続くと眠気が襲ってくる。

が、下手に寝て答辞の時までそのままだと深雪に何をされるか分かったものではないので何とか奮い立たせる。

「続いて、新入生答辞。 新入生代表、司波深雪。」

と、ここで紫輝にとって唯一眠気を感じないで済む時間がやってくる。

無論、それは寝てたら何をされるか分からない恐怖から来るものではない。

単純に深雪がどんなことを言ってくれるのかが楽しみなのである。

端から見れば大和撫子とか深窓の令嬢とか言われる深雪だが、意外と口は鋭い。

無論紫輝はブラコンも含むこの深雪のギャップはとても好ましく思っている。

だからこそ、それがこの公の場でもさりげなく披露してくれないかと期待していたのだ。

ただでさえ紫輝、そして達也を除く大半の生徒が深雪が壇上に上がった時にその容姿に見惚れているからなおさらである。

壇上に立って一拍置いてから、凛とした表情で深雪は答辞を始める。

「この晴れの日に歓迎のお言葉をいただきまして感謝致します。

  私は新入生を代表し、第一高校の一員としての誇りを持ち、みな等しく勉学に励み、

  魔法以外でも共に学び、この学び舎で成長することを誓います。」

この答辞を聞いた瞬間の反応は主に3通りだった。

まずは、深雪の容姿に見惚れていているまま。 内容など頭に入っていない。

これは言うまでもなくほぼ大半を占めている。

次に、深雪の答辞は頭に入っているのだが肝を冷やしている反応。 これは達也のみだ。

「みな等しく」、「魔法以外でも」と際どい言葉を含んでいて、一科生に反感を買わないか心配している。

まあ、その一科生たちはそんな細かいことなど聞いてないので杞憂に終わるわけだが。

最後は内容は分かっているが肝を冷やすどころか思わず笑みを零す者。 これは紫輝、そして裏で聞いている真由美だ。

特に紫輝はもしここが公の場でなかったら確実に痛快そうな笑い声をあげていただろう。

言外で差別思考を否定しているさりげなさは紫輝的には更に加点要素である。

と、ここで深雪が達也を見つけたのを確認。

そして、隣には紫輝ではなく見知らぬ女子・・・美月とエリカが座っていることに、少しばかり顔が引きつっている様子だった。

微妙な表情の変化故に、気づいたのは注視していた紫輝だけなのが救いだ。

その後に紫輝のことも見つけたのか、何とも言えない類の視線を向けてきた。

正確に意味を捉えて、視線を合わせながらやれやれと言わんばかりの軽いジェスチャーで意思疎通を図る。

そして通じたかどうか定かでないまま、深雪は壇から降りて行った。

(ここから徐々にストレス溜まるだろうな……)

紫輝は誰にも気づかれないようにため息を吐いた。

恐らく、この後は一科生たちが深雪に詰め寄ってくることだろう。

ただでさえ達也と離れているにも関わらず、更に知らない生徒たちに囲まれる。

紫輝ならまだしも、深雪にそれはなかなか酷なことだろう。

だが、二科の自分たちにはどうにも出来ないことだ。

そうこう考えている内に入学式は終わっていた。

 

 

 

 

 

 

入学式が終わった新入生たちは次にIDカードの作成を行う。

ここでも一科生が並ぶ窓口と二科生が並ぶ窓口が見事に分かれていて、ここまで来ると紫輝も流石に苦笑してしまう。

だが、達也、エリカ、美月も自然な流れで二科生の列に並んでいたので、紫輝もそれに従った。

さて、ここで入学してからの最初のイベント……と言えるかは分からないが、クラス分け発表の時間である。

4人全員がIDカード発行が終わったので、まずは自分のクラスを確認してから紫輝は達也に尋ねた。

「達也、俺はE組だったがそっちはどうだ?」

「同じく、E組だ。 今回は一緒になったな。」

前回……中学3年の時は紫輝は達也と違うクラスだった。

だから別にどうしたというわけではないが、今回ももしクラスが違っていたら少々凹んでいたかもしれない。

そして達也と紫輝の会話が聞こえていたエリカと美月は喜色の反応を示した。

「お、私もE組! 二人と一緒だ!」

「私もE組です。 もし私だけ別のクラスだったりしたらと思って不安でしたが、安心しました……。」

やや大げさなくらいのアクションに紫輝もやや表情を緩めた。

やはり、先ほど知り合ったばかりとはいえ知っている顔が同じクラスだと安心するものだ。

「あ、じゃあこれからホームルーム見に行かない?」

ここでエリカからE組の教室を見に行くという誘い。

しかし、紫輝はともかく達也はこの誘いは残念ながら乗ることは出来ない。

その理由は言うまでもなく

「悪い、妹と待ち合わせているんだ。」

こういうことであった。

もちろんその待ち合わせは紫輝も含まれているが、この場では特に話されることはなかった。

なお、断られたエリカは気分を悪くすることもなく、むしろ興味深げな表情をしていた。

「え、妹? 司波君って妹いたんだ。」

「もしかして……その妹さんって、新入生総代の司波深雪さんですか?」

更に、美月は達也と深雪が兄妹ではないかと既に見抜きかけていた。

これには流石の紫輝もよく見抜けたな、と驚いていた。

というのも、達也と深雪はそこまで顔が似ているというわけではなく、苗字を聞くまではまず兄妹だと言われることが無いのだ。

「そうなの!? ……ってことは、もしかして双子?」

「よく聞かれるが違うよ。 俺が4月生まれで妹が3月生まれ。 ギリギリ同学年なんだ。」

もし学年が違ってたら……と考えようとしたが紫輝はやめた。

意味のないifだし、想像するのも怖くなったというかバカらしくなったというか。

「それにしても、よく分かったな柴田さん。 俺でも初見は見抜けなかったのに。」

「いえ、二人の……えっと、何というか、オーラがよく似ていたので。」

紫輝はこの答えで納得が行った。

(あれか、霊子放射光過敏症。 考えてみれば眼鏡を着けないとってレベルだからそれくらい分かるか)

魔法などの超心理現象で観測される霊子。

霊子は活動した時に魔法師にしか見えない光を発するのだが、美月はそれに対する高すぎる視認能力を持っているのだ。

「本当に、目が良いんだね。」

思わず達也の声色にも力が入ってしまう。

彼からすれば、美月のこの目は都合が悪い可能性もあるから、まあ仕方ないと言えるが……

「え? 美月眼鏡かけてるよ?」

「ああ、彼女の視力の問題じゃない。 その眼鏡に度は入ってない……よな、柴田さん。」

「は、はい……。」

エリカの疑問に答える紫輝、そして紫輝の確認に怯えながらも答える美月。

そんな3人を尻目に達也は内心で危機感を募らせていた。

(下手をすると、俺の秘密も視られる可能性も……)

「はいはいお前もあんま怖い顔するな。」

本日2回目のコミカル音。

よろしくない空気を変えるために紫輝はピコハンで達也に軽くアタック。

思考の海に落ちているところの不意打ちに抗議をしようとしたこのタイミングで

「お兄様ー、紫輝ー!」

背後から二人を呼ぶ声が聞こえてきた。

誰なのかは言わずもがなであった。

「おう深雪、答辞お疲れさん。」

「お疲れさん、じゃないでしょう紫輝! 何でお兄様をその玩具で叩いたの!」

そして合流して早々紫輝の行動を咎め始める深雪。

しかし、この男がこれくらいの剣幕で怯むはずもなく

「だってしょうがねえだろ、唐突に怖い顔してだんまりだったし。 ピコハンが悪いなら某大乱闘で鬼畜アイテムともいわれるアレにするぞ?」

「なんで素直にハリセンと言わないんだお前は……。」

すっかり毒気が抜けた達也は溜息混じりで紫輝にツッコミを入れた。

ただ、達也は静かに感謝していた。

自身が原因でおかしい空気になりかけたところに軌道修正を行ってくれた紫輝に対して。

「まあ紫輝はさておき……お兄様。 そちらの方たちは……?」

この手の話題で紫輝と言い合っても徒労に終わることはよくわかっている。

だから、入学式の時から気になっていたことを達也に振った。

「ああ、同じクラスになった柴田美月さんと千葉エリカさんだ。」

「そうですか……。」

ここで紫輝……否、それ以外の人間も唐突に寒気に襲われる。

多数の人間は気のせいかと思い気にしないでいるが、紫輝と達也は原因が分かっていた。

そもそもこの状況を考えたら、元凶は一人。

「早速、クラスメイトとデートですか、お・に・い・さ・ま?」

それはもう極寒の微笑みを浮かべている深雪である。

紫輝の危惧した通り、ストレスが溜まっていることもあってかその威力はなかなか

周りも深雪の発する静かな怒気に圧されていた。無論、達也も例外ではない。

……が、それはすぐに終わった。

「はーい、気持ちは分かるがクーラーにはまだまだ時期が早いからなー。後流石に達也はそこまで手は早くないぞ。」

今度はやや高い……具体的にはピシャッという音が鳴った。

今回の深雪は「うきゃっ!?」と益々淑女らしくない声をあげて、同時に寒気も収まった。

ちなみに、今回使用したのはピコハンではなく安物の扇子。

一体どこにそんなものを隠し持っているのか、それは聞いてはいけない。

「何か引っかかるが、紫輝の言うとおりだぞ深雪。 それに、そういう言い方は二人に失礼だろう?」

紫輝のツッコミで落ち着いたところに、つかさず達也も深雪の言動を窘める。

「あ……申し訳ありません、柴田さん、千葉さん。 司波深雪です。 お兄様と紫輝同様よろしくお願いします。」

元の状態に戻った深雪は自分の非礼を謝る深雪。

しかし、エリカと美月は特に気にしている様子はなかった。

急に寒くなったり、紫輝がツッコミを入れたら急に元に戻ったりとコロコロ展開が変わるので気にすることも出来なかったとも言うべきか。

そこからは女子同士だからか、あるいは深雪の性格なのか……あっさりと二人と打ち解けることが出来た。

エリカと美月も深雪の意外に気さくな部分を見て好感を持って接している。

その様子を見て、達也はとりあえず安堵の溜息を上げる。

そして、紫輝は自身と同じくこの光景を微笑ましそうに見ていた人物に声を掛けていた。

「そういえば、深雪に何か用があるんじゃないんですか? 七草先輩。」

そこにいたのは真由美と、もう一人……恐らく同じく生徒会のメンバーであろう男子生徒。

ちなみに、男子生徒についてスルーした理由は至って単純。

紫輝たちに対して厳しい視線を向けていたからだ。

この時点で紫輝は察したのである。

また、周囲の一科生の大半も同じような視線を向けている。

早い話が、一科生より二科生の方に仲良くしている深雪の姿を見て悔しいのだろう。

無論、紫輝はそんな視線を受けてもなお平然と……というか内心では鼻で笑っている。

紫輝の声は深雪にも聞こえたのか、いつの間にかこちらを向いていた。

「大丈夫ですよ、特に急ぐような用事でもありませんから。」

「なっ、会長!? それでは予定が……!」

真由美は深雪のプライベートを優先させる意向のようだ。

ただ、男子生徒の方は予定が狂ってしまうと反論するが

「事前に約束をしていた、というわけではないですしここは彼女の都合を優先させるべきです。」

ぐうの音も出ない正論。 男子生徒も真由美の言っていることが正しいことは理性では理解している。

しかし、生徒会の用事よりも二科生を優先するということがやはり気に入らない様子だ。

「では司波さん、また後日に改めて。 司波君と獅燿君も、またいずれか。」

そう言って紫輝たちとは逆方向へと歩き出す真由美。

その際に、生徒会所属の男子生徒がこちらを……具体的には達也と紫輝を睨んでから真由美を追っていった。

睨まれた当本人たちの反応はといえば

(また厄介ごとになりそうだな……)

(あれは七草先輩苦労してそうだな……ああいう手合いは、一回完全にへし折ってやるのが一番薬になるんだが。)

殆ど同じものだが、紫輝の方が些か好戦的というか物騒な物言いだった。

だが、紫輝自身がお灸を据える、なんてことは全く考えていない。

基本、自分とその周りに害が及ばなければそれでいいのだ。

多少睨まれるくらいなら別に害の範疇に到底及ばない。

しかし、深雪は違った。

「申し訳ありません……お兄様と紫輝の心証を悪くしてしまって……」

自分の我が儘が原因だと思っているのか、表情が暗くなっていた。

紫輝としてはこんなことで沈んだ表情をされるのが癪だったので、扇子で深雪の額を軽く小突く。

「気にすんな気にすんな、あっちが勝手に悔しがってるだけだ。 七草先輩の言った通り、さっきのはお前の我が儘を通しても問題ないシチュエーションだ。 それに、俺は面白かったがな。 自分たちはお前に碌に話しかけられない、または一方的に話しかけている状態で、どこぞの馬の骨な俺がお前と仲良さげにしてるところを目の当たりにしたつまらない嫉妬心を見てるってのもな。」

「……そうね、紫輝はそうでした。 全く、こういう時でも面白がるんだから……。」

呆れている口調だが、先ほどより持ち直した。

同じく紫輝の性格の悪さに呆れながら、達也も加勢する。

「そうだ深雪、お前は何も気にする必要なんてない。 ……後、言い忘れていたが答辞お疲れ様。 とてもいい答辞だったぞ。」

「お、お兄様……。」

否、加わるどころか紫輝よりも更に効果のある行動に出た。

頭を撫でながら、先ほどの答辞を褒める。

たったそれだけのことだが、達也の声色といい、顔を赤らめる深雪といい、その光景はとても兄妹には見えないものだった。

紫輝としてはこの兄妹はこのままにしても良かったのだが、今は置いてけぼりになっている者が2名ほどいることを忘れてはいない。

「あ、あのー……。」

「お二人さーん?」

「とりあえず、あんまり長くやるのは俺以外が近くに居る時はダメだぞー?」

明らかに慣れている紫輝はともかく、この二人だけの世界というものが初見の二人には色々とつらい。

最悪野暮だがピコハンか扇子の準備をしていたが、兄妹はちゃんと周りも見えていたのかすぐに戻った。

「ああ、すまん二人とも。……じゃあ、とりあえず帰るか。」

「あ、帰るの? それだったらケーキでも食べていかない?

  近くに美味しい店あるんだ。」

帰路に着こうとしたところでエリカから提案が入った。

「ケーキですか……いいですね。」

「お兄様と紫輝はどうなさいますか?」

この提案に食いついたのは美月と深雪。

まあ年頃の女子だからこの反応は普通であろう。

「俺は問題ないぞ、そのまま素で帰るには早すぎるくらいだし。」

「そうだな、俺も同席させてもらおう。」

達也の場合は深雪に同行する、と言った方が正しいだろうが。

更に言えば、紫輝も来るならば男女比率が2:3になるので問題なくなる、という理由もあった。

紫輝の方は、実は全く用事が無いわけではない。

ただ、今回は高校生活を共にするであろう最初の友人たちとの交流を優先すべきと判断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

紫輝が自宅へ帰還したのは午後5時を回る頃だった。

学校から出た後はまっすぐエリカの言う店へと向かい、そこで寛いでいた。

女子3人が話に華を咲かせ、紫輝も適度に混ざっていく形を取った。

達也は紫輝ほど混ざることが出来ないので、端末で再度読書をしつつ、時折話を振られれば答えるという程度だった。

だが、一歩引いた位置で4人……特に深雪の様子を見て一安心したようだ。

更に言えば、一科生でこのように仲良くやれる友人がいれば深雪の苦労も減るのだが……とも考えていた。

暫くの間色々と話したら各々解散となった。

支払は男子二人が共同で受け持つことになった。(これには流石にエリカ・美月も遠慮したが、深雪が押し切る形で納得させた。)

(まあ、まさか102位とギリギリの順位になるとは思わなかったが一応予定通りの二科生、か。)

制服を仕舞う際に改めてエンブレムの無いそれを見て紫輝は今日のことを振り返る。

今の紫輝の魔法力を考慮すれば、一科生になることはまず有り得ない。

現状では速さのみ深雪とタメを張る、ただそれだけのこと。

そして、ふとどうでもいいことを考えてしまう。

(もし成績上で俺が98位とかになって一科の誰かが101位以下に落ちた場合、制服ってどうなるんだ?)

本当にどうでもいいことであった。

そんなことを考える余裕があったらさっさと家事の1つでも済ませるべきである。

このご時世、家事はHAR任せにするのが基本である。

しかし、紫輝は料理だけは出来る時は自分でやるようにしている。

こうなったのは色々な人の影響があったからなのだが……

(……さて、そろそろやろうかね。)

今日はそこまで手のかからないものをやろうか……と思っていたところで、電話が鳴り始めた。

現状一人暮らしの身だが、それなりに心当たりが多いので連絡が来る相手はイマイチ絞り切れない。

何はともあれ、いつまでも相手を待たせるわけにはいかないのでさっさと電話に出ることにした。

「あ、もしもし? 久しぶりね紫輝君。」

聞こえてきたのは、紫輝からしたらとても聞きなじみのある女性の声だった。

「あれ、夕歌姉さん。 かなりご無沙汰だけど……何かあった?」

「何かって、紫輝君は今日から晴れて一高生でしょ? 早い話、入学祝のご連絡です。」

「それはご丁寧にどうもありがとう。 まあ、二科生だからそこまでのことでもないんだがね……。」

紫輝が姉さんと呼んで慕っている電話相手の女性……津久葉夕歌とは達也・深雪に次ぐ長い親交がある。

約10年前、両親を失った幼き紫輝の後見人として立候補したのが夕歌の母親であった。

曰く、紫輝の母親とは学生時代の先輩後輩の関係で親交もそこそこ深かったとか。

紫輝のこともよく可愛がっていたらしい。

まあ、とある事情により引き取るという話にまでは至らなかったのだが。

それでも少なくはない頻度で生活を共にしていたので、自然と紫輝は彼女を姉と呼んで慕っていた。

「それは仕方ないでしょうね、今の紫輝君の魔法力だと実技評価はどうにもアンバランスになっちゃうし。 というか貴方の場合一科でも二科でもそこまで差はないじゃない。」

「まあ、その通り。 俺の主目的はあくまで達也と深雪の傍にいることだから。 ……それがあの人との約束でもある。」

それは、今の紫輝を形成する一つの約束。

生き延びることは出来たが、それだけの空っぽだった紫輝に生きる意味を与える切っ掛けになった誓い。

だが、別にこの約束があるからという義務感だけであの兄妹と一緒にいるわけではない。

あの二人と一緒に居た方が退屈しないで済みそう……そんな期待も含まれていた。

本人たちが聞いたら呆れられるだろうが。

「そこは変わってないわね、良かった良かった。 ……ただ、そろそろあの兄妹以外にもそういう人は居た方がいいし、貴方も歳頃なんだからそろそろ恋人でも作ったら?」

「おいおい、いきなり難易度上げてくれるなアンタ……。」

獅燿紫輝15歳、年齢=恋人いない歴である。

とはいえ、今までが今までで割と忙しかったから考える余裕すらなかったというのが正しい。

「紫輝君ならそれほどの難易度でも無いような気もするけど……。 あ、もしかしてもう既にお目当てが居たりとか?」

「それこそまさか。 俺はそこまで惚れっぽくないよ?」

「まあ、達也君同様そこは逆よね……。 とりあえず、恋人云々はともかく紫輝君はちゃんと学校生活を満喫すること。 ただでさえ普段は忙しかったり物騒だったりなんだから、せめて学校だけでもね。 ……とは言っても、そうはいかないかもしれないけれど。」

「ははは、ならそうはいかないところも含めて楽しませてもらうまでさ。」

そこからは他愛のない話が少し続き、いずれかは顔を合わせて話そうということで通話は終了した。

夕歌も東京に居るので会おうと思えばすぐに会いには行けるが、彼女も現在魔法大学の3年生。

何かと忙しいことが多いので日程を合わせるのは難しい。

(……夕歌姉さん、満喫するとは言っても早速そうは行かなさそうなんだよな……悲しいことに。)

今朝、一高にて紫輝の嗅覚は感じ取った……感じ取ってしまった。

『あちら側』の臭い、更に言うなら『あいつら』の臭いを。

もしかしたら既に一高内部に侵入しているのかもしれない。

ただ、強いて幸運と言えるのは臭いの元がどこか人工的なことか。

自然発生ではどうしようもないが、人工発生ならば元を叩けばいい。

出来れば達也と深雪が気づく前に脅威は排除したいので、暫くは校内の警戒を静かに密にするべきだろう。

……そうやって思考を張り巡らせていた紫輝の顔は、それはもう面倒くさそうだがどこか楽しそうであった。




夕歌さんが早々に登場したことによって紫輝の素性がすっごく分かりやすいという……。


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2. 花冠と雑草の衝突

色々ありましたが艦これ春イベ2016開幕しましたねー。
E-1からボス前戦艦棲姫or空母棲姫とは……まぁ、連合だからまだマシなのですが。


入学式翌日の朝

昨日と同じように5時台に起床、そこから早朝の日課行動、シャワー、朝食を流れるように済ませる。

しかし、昨日と違いすぐに登校するわけではない。

昨日は司波兄妹の付き添いという役目があったから早めに学校へ向かったに過ぎない。

だからといって登校する時間まで暇を持て余すつもりも当然ないが。

その証拠に、既に制服に袖を通してある。

本日の朝の用事は、とある人物に挨拶と、昨日から気になっているとある事について尋ねること。

(まあ、こんな早い段階で何か掴んでいるかは微妙なんだが……)

少なくとも、後者は半ばついでなので空振りでも特に気にはしない。

むしろこの件は注意喚起という風に捉えた方が適切なのだろうか。

更に言えば、その人物の元には彼らも居るであろうからますます丁度いい。

そういうわけで、昨日よりも早い時間に紫輝は家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

目的地へ向かう道ながらは魔法を使うことで移動時間を短縮する。

今の紫輝でも使える、彼の得意分野の1つである自己加速術式で。

現時点の彼の決定的な欠点である事象改変力の弱さ、またキャパシティの少なさを特に気にすることなく使えるので、彼はこれを多用する。

得意分野は他にもあるのだが、それらはどちらかに引っ掛かるので滅多に使わない。

たまに暇つぶしで練習を行う程度である。

すれ違う通行人の大半に驚愕を与えるスピードで走り続け、紫輝は無事に目的地の九重寺に到着した。

(無音だから……まだ来てないなあいつら……と思いきや)

先客が来ていないことはすぐに分かったので暫く待機……と思ったところで、ちょうど紫輝が来た道から音が聞こえてきた。

ローラースケートの車輪が転がる音と、自分と同じように高速移動魔法で走っている足音が。

目を向けると、予想通りこちらに向かっているのは司波兄妹だった。

深雪は紫輝と同じく制服姿、達也は如何にもこれから体を動かすための機能性重視の服装。

紫輝の起床時の予想通りである。

「お二人さん、おはよう。 特に達也は入学早々の稽古ご苦労なこった。」

「おはよう、紫輝。 制服を着ているということはお前は師匠に別用か。」

「半分は深雪と一緒、挨拶だよ。 もう半分はちょいと気になったことがあるから雑談がてら尋ねてみる。」

「おはよう、紫輝。 ……気になったことって、もしかして……?」

挨拶を交わしながらこの場所を訪れた要件の話をする。

長い付き合いだからか、気になることというだけで紫輝の懸念事項を把握する兄妹。

「まあ、あくまで俺が懸念してるだけだ。 少なくともお前らは心配しなくていいよ。」

「お前がそう言うならば俺も突っ込まないが……無理はするなよ。」

「お兄様の言う通りよ、紫輝。 貴方は昔からすぐに危ないことに突っ込みたがるから……。」

「分かった分かった、そこら辺は適度に注意するさ。」

……本当に分かっているんだろうか。 兄と妹は全く同時に内心で呟いた。

話を一旦切り上げ、石造りの階段を歩いて九重寺へ足を踏み入れる3人。

そして、そのお出迎えは多数の修行僧らしき人影により為されていた。

「深雪、紫輝。 少し待っていてくれ。」

「本日は乱取りのようだな。 まあ、適度に気張れやってことで。」

紫輝と深雪は端の方に捌けたことを確認したのか、修行僧たちは一斉に達也に挑んできた。

見たところ十数人対一と言ったところであろうか。

しかし、数の不利など気にならない動きで達也は着実に一人、また一人と捌いている。

(また腕上がってるな、流石は達也。 だからこそ俺も安心してあっち側に集中できるんだよな)

ここのところ忙しくてこの稽古を見ていなかった紫輝は、どことなく安心していた。

恐らく、同じ徒手空拳同士ならば負かされるであろう。

達也は魔法の実技評価こそ確かに二科生でも下の方だが、別の要素で他者を圧倒し得る。

紫輝も魔法の構築速度以外は現状平凡以下なので思うところは同じなのだ。

「ところで、先生。 挨拶代わりに忍ばれると俺はともかく深雪が困ると思いますよ。」

突然の紫輝の発言と共に、深雪も驚いて振り向いてしまった。

そこには、いざ深雪の頬を突こうとしていた僧侶の姿があった。

紫輝が先生と呼ぶ彼こそが、この九重寺の僧侶であり、忍の九重八雲。

「流石は紫輝君、この程度じゃあバレバレか。」

「ははは、まあ仕事上の慣れですよ。 深雪は全く気付いていなかったみたいですし。」

お遊び程度とはいえ、本職の気配遮断をあっさり見破る紫輝も紫輝である。

慣れ、というよりこれは紫輝自身のスキル、某騎士王を彷彿とさせる『直感』なのだが。

彼女の未来予知染みたそれよりは弱いが、それでも人の直感としてはかなりの域に達している。

「せ、先生! そんな普段から気配を忍んで近づく必要は……」

「いやー、それはほら、僕は忍だからね。 忍に忍ぶなと言われるとこっちも困っちゃうのさ。」

「まあ、職業病とか性ってやつさ深雪。 それをやめろって言うのは無茶だぞ? ああ、俺が深雪を弄るのも性のようなものだからやめられないし止まらないぜ?」

思わず某海老の風味がする菓子を買いたくなるフレーズで割と酷い主張をしている紫輝であった。

「そして相変わらず古い言い回しをする紫輝君。 これも一種の性だね。」

「紫輝、さりげなく私を弄るのを正当化しないで。」

「えー、だって俺が弄るの止めたら誰もお前にちょっかいかけてくれなくなるぞ? いいのかそんな寂しい人生で。」

「貴方のは度が過ぎることもあるから言っているの!」

「常々思うけど君たちは本当に仲がいいね。 傍から見たら色々と誤解されるんじゃないかい?」

同性同士ならばまだしも、異性同士でのこの距離感。

特に深雪からすれば唯一砕けた口調で話せるくらいで、達也を除く他の男性とは明らかに精神的距離は近い。

実際、このやり取りを見た者の大半は紫輝と深雪は恋仲なのではないかと勘ぐっていた。

……が、しかし当本人たちはと言えば

「誤解はされますね。 俺としてはちょっと距離が近すぎて彼女にするには違うかなと思ってますが。」

「それに関しては私も同意見です。 あくまで友人として付き合うのがちょうどいいと思っています。」

「えー、そこは親友じゃないのか。 あの頃は色々と兄妹仲を取り次いでたっていうのに……」

(まあ、確かにこの仲の良さは友人と言うよりは親友……または血の繋がってない兄と妹でも通じる気もするけど。)

男女間の友情は基本有り得ないと言う人間も居るが、この二人に関しては例外も例外だろう。

深雪が極度のブラコンであること、また紫輝がそれを許容(達也のシスコンについても同様)どころかむしろ推奨していること。

この2つの要素により発生する、この二人……否、三人くらいじゃないと発生しない関係性とも言えた。

「ところで、今更なんだけど二人が身に着けているのは第一高校の制服だね?」

「はい、ちょうど昨日が入学式でしたので。」

二人……特に深雪の制服姿を凝視している八雲を見て、紫輝は思った。

あ、これは始まるな……と。

「う~ん、いいね。 真新しい制服の初々しさ、清楚さの中にも隠し切れない色気があって……まるで咲き綻ばんとする花の蕾、萌え出ずる新緑の芽……これは萌えだ。萌えなんだよ深雪君!」

興奮気味に感想を並べていく八雲に深雪は引き気味、流石の紫輝も苦笑していた。

ますますヒートアップする気配すらあるので流石に止めようかとも思ったが、寸前で中止した。

「師匠。 深雪が怯えていますので程々にして頂けませんか?」

丁度修行僧を全員倒していた達也が止めに入っていたからだ。

背後からの手刀という、少々荒っぽい手法を取っているが。

ただ、普通なら当たってもおかしくないその一撃を八雲はいとも簡単に防いでいた。

「やるね~達也君。 僕の背後を取ると、は!」

奇襲を受けてなお涼しい顔をしている八雲の反撃。

それを達也が避けてからは一見一進一退の攻防が続いていく。

「凄い、師匠と互角か!」

「流石は達也殿だ。」

見学に入っている修行僧たちの称賛の声。

しかし、紫輝の見解は若干異なっていた。

(確かに、体術オンリーならかろうじて互角。 ……だが、総合的に見れば達也が押されてる。 先生は相変わらず底が見えないし見せるつもりもない辺り、流石だな……)

と思考に耽っている間に組手は終わったようだ。

息を荒げて倒れている達也と涼しい顔をしている八雲。

まさに対照的の状態であった。

「いやはや、組み手だけではもう敵わないかもね。」

「組み手で互角でも、ここまでの差がありますがね……。」

「そりゃあ魔法を織り交ぜて互角なんてことになったら、もう僕は師匠と呼ばれる必要がなくなっちゃうじゃないか。」

「それに単純な経験の差、というのもある。 先生が相手の場合はその要素が更に強くなるから追い越すのは大変だぜ?」

年の功、というのもあるが経験の濃さというか重みがこの坊主の場合は人並みのものではない。

それを越す、というのは一朝一夕では不可能と言える。

「ははは、君が言うと重いね紫輝君。 で、君は挨拶のためだけに僕を訪ねたってわけじゃあないだろう?」

「ええ……つい昨日気になること……具体的には臭いがしましてね。」

それは昨日、入学式が始まる前に薄らと嗅いだ臭い。

達也たちではまず分からない、紫輝のみが分かるその臭いのことを聞いて八雲も目を細めた。

「なるほど、わざわざ昨日、ということは第一高校付近でってことか……。

  ただ申し訳ないね。 こちらは君みたいに専門家ではないから小火程度じゃあ認知は厳しいよ。」

「いえ、それならば軽く頭の片隅に留めておく程度で十分かと。

  あくまで共有しておきたかった、というくらいなので。」

逆に八雲が認知していたら紫輝も警戒レベルを引き上げていただろう。

だが、この様子ならばその必要はなさそうである。

そのことに、紫輝は半分は安堵していた。

あくまで半分、ではあるが。

「あ、先生。 朝食を持ってきているので、よろしければ先生も。」

「お、いいね。 いただくよ。」

「あれ、深雪。 俺の分は? 仲間外れは酷いぞ?」

「あなたは朝食を取ってから家を出るじゃない、必ず。」

今回は紫輝の弄りに毅然と返す深雪。

この二人の会話を聞いて八雲は改めて思った。

やっぱり君たち、実は付き合ってるんじゃないのかな?、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

九重寺での稽古の後はもちろん登校である。

既に準備万端の紫輝は達也と深雪の支度を待ち、それから3人揃って学校へ向かう。

3人で、というところは小学校の時から全く変わらない光景であった……昨日は紫輝が遅れていたが。

最寄りの駅まで歩いたら、そこからはキャビネットを利用する。

二人乗りと四人乗りの二種類があるが、迷わずこの3人は四人乗りの方へ並んでいった。

紫輝としては二人の邪魔をするつもりは毛頭ない。

しかし、達也と深雪が問題ないというならば特に分かれる理由もなかった。

だが、それでも最低限一人で後部座席に座る、というくらいの空気は読んでおいた。

「お兄様……昨晩、あの人たちから電話がありました。」

「あの人たち……親父たちからか?」

唐突に昨晩のことを話し出す深雪。

その表情には明らかな陰りがあり、あまりいい話ではなさそうだ。

「私への入学祝いの電話でしたが……その、お兄様には……。」

「……ああ、こっちはいつも通りだよ。」

(ですよねー……相変わらずな人たちだ。)

長い付き合いだからこの短い会話で紫輝も全てを察した。

ただ、そこで深雪にのみ祝いの連絡をするという中途半端さには苦笑してしまったが。

「いくらなんでもとは思いました……。 ですが、やはりお兄様には何の連絡も……!」

消え入りそうな深雪の呟きと共に、車内は唐突に冷気に包まれていく。

干渉力が強すぎるが故に発動する、魔法の暴走。

これもまた紫輝は慣れっこだし、普段なら止める役でもある。

しかし、今回はあえてスルースキルを発動させた。

正しくは空気を読んだ、とも言えるが

「落ち着け、深雪。」

達也が深雪の手を握りながら力強く静止させるよう言い聞かせる。

深雪もすぐに我に返り、冷気はとりあえずは収まった。

……なお、自動で動き出したヒーターはすぐには止まらないので暑がりな紫輝はやや辛そうではある。

「も、申し訳ありません……取り乱してしまって。」

「まあ、会社を手伝えという命令を無視したからな。 あっちからすれば祝う理由もないだろう。」

「普通15歳ならば進学するのが当たり前です! それなのに……!」

「まあ、それだけアテにされている、ということだろう。 ……更に言うなら、俺はこれでもマシな方だとは思っているくらいだ。」

と、ここで再び深雪の表情に曇りの色が表れる。

その視線は達也から外れ、後部座席の紫輝に向いていた。

「おいおい、俺のことは今は関係ないだろうに……。

  肉親こそもういないが、それでも家族と素直に言える人は普通にいる。

  お前たちがそうだし、夕歌姉さんも、他にもいるしな。」

「……それもそうだったな。 すまん、紫輝。」

「私も、ごめんなさい紫輝。」

「まあ、あの人たちに対しては俺も思うところしかないから気にすんな。

  仮に完全に親子関係が断ち切られたとしても少なくとも俺は家族で居るから。少なくとも孤独にはしてやらないぜ?」

そう言って、紫輝は二人の頭を軽く叩く。

普段は達也にとってはやんちゃな弟、深雪にとってはいつもちょっかいをかけてくるもう一人の兄のような立ち位置な紫輝。

だが、こういう時はどちらにとっても支柱とも言える長兄立場にもなる。

深雪だけでなく、達也もこの時はどこか穏やかそうな表情になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで無事に一高へ到着した3人。

しかし、ここで深雪のみが別れることに。

理由は至って単純なこと、一科と二科では教室の場所が大きく違うからだ。

昇降階段すら違うあたり、ここでも区別は徹底していると言える。

(こりゃ、深雪の迎えに行くときとか面倒だなおい。)

どれほど離れているかは分からないが、紫輝は内心で溜息を吐く。

……とはいえ、仮に紫輝も一科だったとしてもまるで変わらないのだが。

そんな些細な憂慮も程々に、ホームルームである1年E組の教室に入る。

「あ、オハヨー二人とも。」

「おはようございます。」

既に着席している美月、そして丁度美月と話しているエリカが真っ先に挨拶をしてくる。

「おう、おはよう千葉さん、柴田さん。……ん、達也は再び柴田さんの隣か。」

「おはよう。 確かにそうだな、よろしく柴田さん。」

「はい、こちらこそよろしくお願いします。」

「いいなー、あたしももっと近くが良かった……。 あれ、獅燿君も離れてるんだ。」

「の、ようだな。 ……さて、やること先にやっておきますかね。」

自席(達也と美月の後ろの列で窓際とか逆側の端の席)に着いて昨日配布されたIDカードを挿し込んで端末を起動する。

達也も全く同じように自席の端末を起動していた。

「二人とも、何をしているんですか?」

「履修科目の登録。 もう決まってるからさっさと済ませようと思ってね。」

そう言うな否や、この時代では既に珍しいキーボードオンリーの入力で作業を開始する達也。

そのキータッチのスピードは凄まじく、残像が見えているのではというくらいだ。

「え、キーボードオンリーの手入力で……このスピード!?」

「って、獅燿君も似たような手つきで素早く入力してるし!?」

達也よりは若干遅いが、それでも紫輝も素早い入力速度だ……達也の見よう見真似だから、なのだが。

余りの速さに、美月とエリカだけでなく周りの生徒まで達也、そして紫輝の指捌きに見入っていた。

「……すっげー。」

そして達也の背後から美月でもエリカでもない声が聞こえてきた。

一旦作業を止めた達也と紫輝がその方向へ顔を向けると、顔の彫りが深いワイルドなタイプの男子生徒が覗き込んでいた。

「見られて困るものではないが……そうずっと見られるのは気分がいいものではないな。」

「あ、悪りぃ。 今時キーボードオンリーなんて珍しくて……つい。」

「慣れてしまえばこっちの方が早い。」

「へえー、そんなものなのか。 おっと、自己紹介が遅れたな。 俺は西城レオンハルト。長いからレオで構わないぜ。 得意分野は収束系の硬化魔法だ。 志望は山岳警備隊とかそっちの方向だ。」

男子生徒……レオの自己紹介を聞いて紫輝は内心で納得、と同時に僅かながらに驚いていた。

(顔立ちからして欧州……それもゲルマン系ってところか。

 ……それにしても、まさかパッと見でこれほどとは。……もしや。)

一瞬でだがレオの出自はおぼろげに分かってしまった紫輝。

その理由は、恐らくこの場では紫輝しか見ることが出来ないとあるモノ。

……とはいえ、あくまで目測によるものなので何とも言えないからあえてそのことを口にすることはないが。

「司波達也だ。 生憎実技は苦手なんでね、魔工師志望だ。」

「へえ、確かにイメージぴったりだな。 えーっと、そっちはどうなんだ?」

「獅燿紫輝、だ。 俺は普通に魔法師方面狙い。 得意分野は……強いて言えば加速系統ってところか。 なお、この技術は達也の見よう見真似なだけで俺に工学的センスはからっきしさ。」

「いやいやいや、見よう見真似でもそんなに出来るだけ十分凄いでしょ獅燿君。」

紫輝の若干の謙遜発言に待ったをかけるエリカと同調して頷いている美月も会話に入ってきた。

するとレオは会話に割って入ってきたエリカを指さして

「達也、紫輝。 こいつ誰だ?」

「うわ、いきなりこいつ呼ばわり? モテない男の典型例ね。」

指をさされて更にこいつ呼ばわりされたので、お返しとばかりの言葉を投げ打つエリカ。

「なっ……! ちょっと顔がいいからって調子に乗ってるんじゃねえぞ!」

「あーら、もしかして図星だった?」

怒ったレオの反撃に全く動じる様子もないエリカ。

それどころか更に追撃が入ってきたので流石にまずいと判断した周りが止めに入った。

「レオ、それくらいにしておけ。」

「エリカちゃんも、ちょっと言い過ぎよ。」

「というかあんまりやってると最強アイテム降臨するけど、それでもいいかな?」

達也と美月、そして紫輝の静止が入ったら流石に口喧嘩を止めたようだ。

……ちなみに、紫輝の両手にはいつの間にか最強アイテム=ハリセンが握られていた。

笑っているような笑っていないような曖昧な笑顔もセットで。

「なあ、紫輝……いつの間に持ってたんだそんなもの。」

「気にしたら負けだぞ、レオ。 ざっくりと紫輝のツッコミスキルとでも思っておけばいい。」

と、上手く口喧嘩が沈静したところで予鈴が鳴り出した。

達也の周りにいた皆はそれぞれの席に戻り、オリエンテーションの開始を待つ。

(校舎内では臭わないってことは、学校内は白ってことでいいかね。)

紫輝は今この時も昨日の『臭い』の出所を探っていた。

少なくともこの校舎から臭わない……ということは、学校外のどこかの連中の仕業であろう。

しかし、学校の近くということが偶然か否かという点に関しては紫輝の勘は完全に否定していた。

(まあ、もしかしたらということもあるから……校内の警戒も怠らないように、ってところかな。)

現状の方針をまとめたところで、教室前方の扉が開く音が聞こえてきた。

「あれっ……?」

誰か発したかは分からないが、そんな疑問を擁した声。

それを皮切りに何名かの生徒が同じように

「どうして先生が!?」

「一科だけの特権じゃなかったっけ?」

そんな生徒たちの視線の先には、如何にも教師という服装の女性がいた。

「皆さん、入学おめでとう。 当校の総合カウンセラー、小野遥です。」

(なるほどね、カウンセラーか。……ただ、なんだろうな。 この只者ならぬ雰囲気は。)

直感とこれまでの経験から紫輝は彼女に何かある、と判断していた。

ただ、今気にしている事案と関係するとは思っていないので、あくまで僅かに警戒をするという程度だが。

優先順位をごちゃ混ぜにするとどうなるか……それもまた経験で理解はしている。

「では、これからガイダンス、その後に履修登録を行ってください。 もし履修登録が完了している人がいるなら退室しても構いません。」

紫輝は既に完了しているが、別に退室をするつもりはなかった。

さっさと退室して浮くのは別にかまわない。

むしろ懸念事項について調べるために昼までの自由時間を活用するのがいいくらいだ。

ただ、恐らく達也は目立つことは避けたいだろう。

ならば、自分がわざわざ目立つ必要もない。

そう思案してどう暇を潰すか……と思ったところで誰かが立ち上がる気配を感じた。

(あー、やっぱり目立つな……って……?)

わざわざ目立ってる生徒の顔を見ようと目を向ける。

大半の生徒が一目散に去る人物を何とも言えない視線を向けていた。

……が、紫輝はその何とも言えない表情が苦笑混じりのものに変わっていた。

当然というべきか、そこからは誰も席を立つ様子も無く各々履修登録の作業まで滞りなく進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「達也と紫輝は昼までどうすんだ?」

自由時間になってすぐさまレオに行動予定を聞かれる二人。

この自由時間で資料を閲覧しててもいいし、授業の見学を行ってもいい。

「どこかかしらか見学希望だな。 場所は未定だが。」

「俺は特に決めていないから付き合うぞ?」

地理の把握が主目的ではあるが、別に授業風景が気にならないわけではない。

また、レオなら恐らく見学を予定しているのではと思ってのことでもあった。

友人付き合いは大切に。 中学時代は司波兄妹以外の交流が少なかったからこそ心掛けるべきことだ。

「お、そういうことなら工房の見学に行かないか?」

「工房? ……あー、なるほど。 得意分野のことを考えてか。」

「おうよ。 闘技場もいいけどよ、硬化魔法って武器との相性がいいからな。 武器の手入れの仕方も身につけておきたいってわけだ。」

その理由に達也も納得、その誘いに乗ることになった。

そこに美月とエリカも輪に入ってくる。

「工房見学でしたら、私もご一緒しても良いですか? 魔工師希望なので……。」

「へえ、柴田さんも魔工師希望か。 達也同様イメージピッタリだな。」

(これで仮に隠れ武闘派だったらそれはそれでギャップが凄くて面白いが……)

なかなかに失礼なことを考えている紫輝。

まあ、顔に出していないのでギリギリセーフということで。

「私も行く!」

そして最後になったエリカも同行の意を示した。

が、彼女の同行が気に入らない者が約一名いるわけなので

「オメエはどう見ても闘技場だろうが!」

先ほどのお返しか今度はレオから口撃を開始する。

「野生動物に言われたくはないわよ。」

エリカも無論反撃、そこからお互いに睨み合いを始める始末だ。

それを見て美月はオロオロとしてしまい、達也も溜息。

そして、今度こそとばかりに動くのは無論……

「Time is moneyだろ、いつまでやってるおまいら。」

「「痛っ」」

二人から同時にコミカルな打撃音が響く。

ただ、コミカルとはいえやや強めに得物……ピコハンを振るったので二人は同時に頭を抱えてしまう。

犯人は言うまでもない。 いつの間にかピコハンを両手に持っていた紫輝である。

「全く、会って初日でお熱いこっただ。 とりあえず行くぞ達也、柴田さん。」

「……そうだな。」

「え、でも……大丈夫なんですか?」

「言ったろ、時は金なりって。 それに、すぐ追いつくだろ。」

二人の心配をしている美月だが、紫輝はあくまで先に行くよう促す。

そう言われて美月も達也を追っていき、紫輝も続こうとしたところで

「って、待てっての3人共!」

「待ってよ!」

……見事に同時に反応する二人。

それもまた気に入らなかったのか、歩きながらも睨み合いを継続していた。

まあ、それも工房見学が始まったらひとまずは終わったのだが。

「あの獅燿君、何でハリセンとかピコハンなんて常備してるんですか……?」

「これがあればあいつの暴走を大体止められるからだよ。 あ、でもこれからは酷使することになるかもな?」

美月と紫輝のやり取りを聞いて、どこかバツの悪そうな顔をするレオとエリカの姿もあったとかなんとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

工房見学の後は昼休みである。

紫輝は食堂で昼食をとっている達也たちとは別行動を取っていた。

元々は同行するつもりだったが、食堂へ向かうタイミングで端末に連絡が入ったのだ。

しかも割と急を要するであろう相手だったので友人たちに詫びを入れて通話をしていた。

『……そうか、君がそう感じたのならばこちらからはどうこう言わない。 対応はそちらに任せる。』

「分かりました。 では失礼します。」

内容自体は簡潔だったのですぐに通話は終わった。

例の件について尋ねられたが、現状は不透明であること、また人為的なものだということだけ伝えておいた。

(この程度で援軍なんて言われたら敵わねえからなあ……さて、どうしたものか。)

今更食堂へ向かっても遅いのは確か。

既に達也たちは昼食を終えている可能性すらあるので、それだったら購買で昼食を済ませる方が建設的だ。

そういうわけで、軽めに昼食を調達して、適当な場所を求めていざ……と思ったその時

ちょうど見覚えのある人影が紫輝の視界に入った。

「んー? 幹比古じゃねえか、何やってんだお前は。」

やや声を張り上げた甲斐あり、幹比古と呼ばれた男子も紫輝を認知したようだ。

どこかへ向かっていた様子だったが、踵を返してこちらの方へ走ってきた。

「紫輝……まさか、君も一高に入ってたなんてね。」

「っていうかお前と同じE組だぞ俺。 今朝の目立つ退室のお蔭で俺は認知出来たが……気づかなかったのか。」

「いや、一応認知はしてたよ? ただ、君がまさかこんなところにいるのかって思って……他人の空似かなと。」

考えてみればそんなこと滅多に有り得ないのにね、と続ける幹比古に紫輝も流石に苦笑した。

彼……吉田幹比古とは一高入学前に知り合った仲である。

現代魔法とは異なり、霊的要素が主となってくる古式魔法の名門、吉田家の次男。

『神童』と呼ばれるほどの才能を持っていたが、とある事故のせいでスランプに陥っている。

抜け出そうと何とかもがいているところに紫輝と出会い、紫輝の持ってきた厄介ごとに巻き込まれたり、互いに身の内を話したり……そんな感じで親交を深めた友人同士である。

「全く、俺がそんな一朝一夕で一科になれるほどの実力になってるわけないだろうに。」

「ごめん、そうだよね。 僕ですらまだ本来の力には程遠いのに、取り戻すというより『両立』が必要な紫輝がそんな簡単に行くわけがないか。」

『両立』という言葉が何と何のを指すかはさておき、幹比古も達也・深雪同様に紫輝の事情をある程度は知っている稀有な人物だ。

しかし、そんな状況でも腐ることなく牛歩でも一歩一歩進んでいる紫輝に感化され、今も幹比古は足掻いていた。

そのために現代魔法の知識も貪ったくらいなのだから……。

ちなみに、その甲斐あってか彼の入学試験のペーパー成績は紫輝に次ぐ僅差の4位だったりする。

「大変なのはお互い様、ってやつだろ? スランプも時には沼みたいに嵌るからな。 まあ、焦るなとは言わないさ。 別口ではあるが本来の実力が出せない歯痒さも分からないことはないからな。」

話している内にだが、幹比古の表情は最初よりは明るくなっていた。

境遇こそ違えど、魔法力が似た状況な者と話すというのはそれなりに安らぐものなのだろうか。

「ああ、後は思い切って一旦現実逃避しちまうってのも悪くないぞ? 案外戻ってきたときにヒョイッとスランプ脱出ってこともたまにあるからな。」

「いや、それは流石にどうかな……。 そんな簡単に行ったら苦労しない気がするけど。」

「そりゃそうだ、現に前も頭空っぽにして遊んでもダメだったからな。」

「っていうか、前のアレは遊びというか僕がひたすら弄られてただけだよね確か!?」

当時のことを思い出して声を大にする幹比古。

一体何をしたのかと言えば、あまりに切羽詰っている幹比古を紫輝が少し肩の力を抜けさせようとしただけだ。

問題はそのやり方である。

娯楽にどこか疎い幹比古を自宅へ連れて、某赤い帽子にヒゲがトレードマークなあのキャラのレースゲーム(2作目)をやらせるところまではまあいいだろう。

しかし、ある程度慣れたところを見計らっていきなり本気になる辺りはどうなのだろうか。

最たるものは、緑甲羅を使っての某立体交差落下攻撃であろう。

「ははは、あの時はアレを身内以外とやるのが初めてだったからつい、な。 それ言ったら幹比古だって次戦ですぐにやり返してくれたじゃないか。」

「その後に無敵状態+猛加速ですぐに追い上げられたけどね……。」

何という無駄な運なのか。

しかしまあ、慣れない娯楽で遊ばれていた感がした時間ではあったが、幹比古はあの時間を楽しんでいた。

そして、そんな荒療治の甲斐あってか幹比古の精神に多少なりとも余裕が出来たのも確かだ。

もしスランプにならずに今のままでいたらその才能故にどこかで潰れていた可能性もあったのでは……

ということまで考えるくらいだ。

ただ、二科生になったことはやはり悔しいからか今朝のような行動もあるのだが。

「うおっと、話し込んでいる内に時間がやばくなってきやがった。 幹比古はこの後も資料漁りか?」

「漁るって言い方はどうかと思うけど、まあそうだね。 紫輝は資料を見るって柄じゃないだろうから……彼らと行動するんだよね?」

幹比古の言う彼らとは達也たちのことであろう。

朝のやり取りを後ろの方で見ていたので、紫輝と達也が親しい間柄だということは分かってるらしい。

「まあ、お前の邪魔するわけにもいかないからな。 じゃあ、そろそろ行くが……ああ、そうだ。 一応伝えておくが、現状なんか臭うから気をつけろよ。」

「臭う……なるほど、分かった。 今の僕じゃあ大した力にはなれないけど、何かあったら伝えるよ。じゃあ、またいずれか。」

最後に、現在の『懸念事項』を幹比古とも共有して別れた。

現状校内での人間関係があまり出来ていない中での吉田幹比古という信頼できる協力者の存在は大きい。

しかも、紫輝が昨日から警戒しているこの事案に関してならば彼は恐らく現状最も頼りになる。

たとえそれがスランプ状態だったとしても、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無事に昼休みが終わる前に達也たちと合流することが出来た紫輝。

誰からの連絡だったのかは特に聞かれなかったが、代わりに彼ら(主にエリカとレオ)の愚痴を聞いていた。

「本当に感じ悪かったんだからね? 一科と二科のケジメをつけようとかさ、意味分かんなくない?」

「何様のつもりって感じだったぜ。 何でこっちが席譲んなきゃなんねぇんだって話さ。」

「……そりゃあ確かにどんだけ、だな。 っていうか俺がいなくてよかったな。」

紫輝も二人が愚痴を零すのは当然だと判断していた。

何があったかは最初に美月から簡潔に聞いている。

達也たちが食事をしているところにようやく兄と行動を共に出来ると深雪が意気揚々と合流。(この際レオは達也と深雪が兄妹だと分からなかった。)

席は上手い具合に1つだけ空いていたので(紫輝が不在でよかった理由その1)、そこに座るように促す。

その旨を深雪はゾロゾロとついてきたクラスメイト達に伝える。

そこで引いてくれればいいものの、深雪が達也たち……要するに二科生と一緒に行動するのが気に入らないのか

「ウィードと相席なんて、やめるべきだ。」

「一科と二科のケジメはつけるべきだよ、司波さん。」

このような言葉をA組の大半(全員かは定かではない)が投げかけたらしい。(紫輝が不在でよかった理由その2)

そして、面倒なことになると踏んだ達也が食事途中にも関わらず席を立ち、一応波風立てずに済ませた……ということである。

「確かに、紫輝がいたら確実に面倒なことになっていただろうな……いや、もしかしなくてもまた面倒ごとになるかもしれないな。」

「え……もしかして放課後ですか? いくらなんでもそこまでは……。」

「……無い、とは言い切れねぇ。 一科に入ったから二科生に何をしてもいいと正当化している節が見えるからな。 まあ、今はそんなことはさておき……始まるぜ。」

紫輝がそう言うと、全員は下に見える演習室に集中する。

と、いうのも今この遠隔魔法演習室では現生徒会長、七草真由美が実習を行っている。

遠隔魔法のスペシャリストと謳われている、十年に一度の才女。

そんな彼女の実習お披露目の場は、当然大量の1年でごった返していた。

……その中で紫輝たちは最前列で見ていた。

(……正確無比、更に早い。 同レンジ対決に持ち込まれたら厄介だな。

っていうか、そもそもまだ一点特化相手は勘弁願うわ……)

周囲の感嘆の声の中、紫輝だけは実戦的思考を巡らせていた。

純粋に魔法オンリーならばまず勝てるわけないという結論に数秒で至ったが。

発動速度だけが唯一の取り柄という状況では不意打ちなしの正式な試合ではまず勝ち目がない。

「おい、押すな!……大体、何でウィードが最前で見学してるんだよ!」

暫く見学していたら、背後からこんな不平不満が聞こえてきた。

聞くからに、一科生……しかも昼休みに達也たちに絡んできた輩の可能性が高い。

(ただ単に行動の早い遅いの差、だろうに。……全く、いるであろうまともなヤツが不憫だな。 ……いつの時代も、優越感・劣等感っていうのはいいものじゃねえな。)

人の世である限り、変わらずに在り続けるモノを思い、人知れず紫輝はため息をついた。

唯一の救いは、彼の周りはそのような些細なことで振り回されるような面々がいないことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、入学2日目の日程が終わって放課後。

基本的に所用が発生しない1年は一斉に下校していく。

紫輝たちもその例に漏れずに誰一人遅れることなく教室を出ていく。

ちなみに、幹比古は紫輝に合流することなく素早くいなくなっていたが。

そして、校舎を出たところで深雪と合流……と行きたかったのだが

「ですから、あの……私はお兄様たちと一緒に帰りたいのですが……。」

……達也と紫輝の嫌な予感はバッチリ的中していた。

まるでカルガモの子が親についていくかのように、こちらに合流しようとする深雪にくっついてきたのである。

振り切るに振り切ることが出来ず、しかし達也と(一応紫輝も)帰りたい深雪は至極困っていた。

エリカ、美月、レオの3人もそんな状況の深雪に同情していた。

それと同時にそんな状況を作っている深雪のクラスメイトには盛大に呆れていた。

「でも司波さん、部活や勉強のことで色々相談したいんだ。」

「親睦を深めるためにブルームだけでどこか寄って行こうよ。」

困惑する深雪を他所に一科生たちは勝手に話を進めている。

何が何でも深雪と達也たち……要するに二科生を一緒にさせたくないのだろう。

明らかに本人の意思を無視していることに気づいていないのか、はたまた目を瞑っているのか。

どちらにしろ性質が悪い。(後者ならまだしも、前者なら最悪と言ってもいいくらいだ)

そんな状況を見かねて、達也は自分たちは先に帰ると提案……しようとしたところで紫輝が手で制した。

理由を問おうとするも、紫輝はそれより先にとある方向を見るように促した。

……そこには、意外なことに今にも感情を爆発させようとしている美月の姿が。

「お前の事なかれ主義も今回ばかりは不適切だ。 それに、流石の俺もちょーっと苛々してきた。」

そんな紫輝の小声の言葉を聞いて、達也は思った。

紫輝がこうなったらもうどうにもならない、と。

せめて余計にヒートアップしないことを祈るしかない。

「いい加減にしてください! 深雪さんはお兄さんと帰ると言っているんですよ!? 一体何の権利があって二人を引き裂こうとするんですか!」

ここで遂に美月が爆発、普段とは全く違う勢いのある口調になっていた。

おとなしい美月が最初にこうなることはエリカもレオも予測できなかったようで、思わず呆けてしまっていた。

「全くだな。 お前らみたいなのはとっとと馬にでも蹴られてご退場して頂きたいのだが。」

更に普段の軽薄な様子はどこへやら、至って真面目な表情で美月に同調して援護をする紫輝。

出た言葉は美月と似たような感じでどこか的外れなのだが……

しかし、そのどこか的外れな二人の発言を聞くや否や

「み、美月に紫輝は一体何を言ってるの!? 引き裂くとか、馬に蹴られるとか……!」

「……待て深雪。 何故お前が焦る。 そして紫輝、馬に蹴られるべき要素が一体どこにあるんだ……?」

当事者の深雪が顔を朱に染めるというなかなかの過剰反応を見せる。

達也は深雪が何故焦るのか、そして紫輝の言動の真意が理解出来ていない様子だ。

「ありまくりだろ、まさに今のお前らを見てればな。 なあ、そこで茹蛸になってる深雪ちゃん?」

「……そうなのか? 深雪。」

「えっ!? いや、その……って紫輝! 何でそこでちゃん付けなんですか!?」

達也の追及を紫輝へのツッコミで避ける深雪。

……考えてみたら今はそれどころではないので達也もそれ以上は何も聞かなかった。

ちなみに、紫輝も何も考えなしでこの場面でこのような言動は取っていない。

これは挑発だ。

「お前ら一科生と一緒にいて深雪はこんな表情するか?」ということを暗に示した、立派な挑発行為である。

そして、それを汲み取ったのか否か

「深雪はどう見たってアンタたちよりもこの二人と居た方が楽しそうだけど、そこのところどうなの?」

「ハッキリ言うと、お前らのやってることほど野暮なこともそうないと思うぜ? あんまりしつこいと見苦しいぞ。」

レオとエリカの援護射撃も加わる。

美月から始まった反論から一気に流れを持っていくが、この程度で諦めれば少なくとも苦労はなかった。

「これはブルームの中での話だ! ウィードが口出しをするな!」

「司波さんはこっちに居た方がいいに決まってる! 何誘導してるんだ、ウィードの癖に!」

怯むことなく反論してくるも、その口から出てくるのはテンプレート通りの言葉ばかり。

ちょっと口を開けばウィードだとブルームだの、入学2日目なのに既に紫輝は耳タコ状態だ。

……否、紫輝だけでなく残りの面々もそんな感じだ。

「ちょっと口を開けばウィードだのブルームって、他に何か無いわけ?」

「あー、しょうがないだろ千葉さん。 それくらいしか言うことがない程ボキャブラリーが乏しい連中なんだから。 正直、これなら小学生と話してた方がまだいいくらいだ。」

「それに、まだ入学して間もないのにどれだけ貴方たちの方が優れているというんですか!?」

完全に口で相手をするのもバカらしい様子を隠そうともしないエリカと紫輝。

しかし、未だクールダウンには程遠い状態の美月の言葉が発せられた瞬間……空気が変わった。

それを瞬時に察したのは達也。

(まずい……今の言葉は明らかに……)

そう、明らかに地雷を踏んでいた。

その証拠に、先頭に立つA組男子の気配が不穏なものに変わっていた。

「どれほど優れているだと……? いいだろう、教えてやるよ。」

呟き程度だが、確かに聞こえてきたのは好戦的な言葉だった。

全員にキッチリ聞こえてきたのか、同じく好戦的な様子を見せるのは

「おう、なら見せてもらおうじゃねぇか。」

こちら側でも恐らく最もやんちゃと言えるレオだった。

ちなみに、やんちゃ次点の紫輝は静か……悪く言えば不気味な様子だ。

むしろこの展開を待っていたかのように。

「なら見せてやる……これが……。」

A組男子が再び喋りはじめる……と、共に

「才能の差だ!」

西部劇のガンマンを思わせる動きでホルスターに収まっている拳銃型CADを取り出した。

そこからすぐに起動式を構築して、照準をレオに定めた。

ロックオンされていることにレオはすぐに気づくが、構わずそのままA組男子へ向けて一直線。

「西城君、危ない!」

「お兄様!」

(目立つ真似はしたくないが……仕方ない!)

明らかにA組男子の方が早いのは一目瞭然で、それをすぐに理解した美月は叫び

深雪は達也を呼びかけて、それに応えるようにレオの手助けをしようとする達也。

……しかし、その手助けは必要になることはなかった。

「へぇ、大したスピードだ。」

紫輝はその光景を見てポツリと賞賛の言葉を呟いた。

目の前にあったのは……A組男子の拳銃型CADが手から弾かれ、レオは特に何もなく

そして、警棒を振りかざしたエリカが乱入した……という光景だった。

「このくらいの距離なら、こっちの方が速いのよね~。」

「誰かが言ってたな。 『接近戦では銃よりナイフの方が速い』って。」

「あれ、それ聞いたことあるかも。 なんだっけ獅燿君。」

「某『なけるぜ』が口癖なエージェントより。 ちなみにサバイバルホラゲな。」

皆が唖然としている中で平然と他愛もない会話をしているエリカと紫輝。

紫輝は気配だけで察したのだ、エリカが乱入することを。

ふざけているようで周囲をよく見ている男である。

……と、次に現実に帰ったのはレオだった。

「おい、お前俺の手ごとぶっ叩くつもり満々だったろ……?」

「えー? そんなわけないじゃん。 というか、仮にそうだったとしてもアンタなら避けられそうだけどね。」

「まぁ、どちらにしろレオが当たることは無かったぞ。 今の一撃はそれくらい正確だった。」

助けてもらった身だから強気には出ていないが、それでも冷や汗を垂らしているレオ。

無理もない、と紫輝も思った。

それほどに凄まじい一発だったのだから。

自分では到底真似出来そうにもないし、そもそもそこまでの才がない。

……と、少し思考に耽っていたところに、どこかからか聞こえてきた。

「あ、またっ!!」

この声……恐らく美月のものだろうが、それだけで何が起きたのかはすぐに理解した。

明らかに別の生徒がCADを構えていて、更にその狙いが自分であることを。

見ていなくてもそのくらいは分かる。

何せ、ここまで気配がダダ漏れでは察してくれと言っているようなものなのだから。

そして、次の瞬間……もう既に終わっていた。

「……全く、トーシロに奇襲されるとは甘く見られたもんだな。」

紫輝やったことは先ほどのエリカと全く変わりはない。

自分を狙っていた男子生徒のCADを、いつの間にか手にしていた十手のようなもので弾いただけだ。

……しかし、分かる人間には分かるものだ。

「うわ、しれっと獅燿君もやるじゃん。 明らかに死角だったのに、よくあれだけ素早く反応したね。」

「まぁ、こういうのが俺の売りだからな。 その証拠に、スピード自体は千葉さんより全然遅いぞ。」

まあ、何はともあれこれで鎮静化するか……達也と深雪は二人の会話を聞いてそう考えていた。

エリカと紫輝が上手く牽制役になってくれれば相手も手出しはしない……と。

しかし、流石にそれは楽観視が過ぎていた。

「ウィードがブルームより上だなんて認めないぞ!」

「あんまり調子に乗らないでよね!」

……そう、彼らはプライドが高いのだ。

立て続けに二回もウィードがブルームを制する場面を見たら激昂するのも必然だ。

自らのプライド……ただそれだけを守るために一斉に紫輝たちに向かってくる。

「みんな、駄目っ!」

しかし、それは全員ではなかったようだ。

明らかに一科生側から聞こえた静止の声。

その場の全員が一斉に声が聞こえた方へ目を向けると……

「え、攻撃系魔法!?」

魔法の発動兆候を見せている女子が一人。

このタイミングで攻撃魔法と思われるソレを発動されたら……!

二人を除いて危険意識が働きかけたが、その危険性はすぐになくなった。

突然女子生徒の起動式が破壊されたからだ。

「止めなさい! 自衛目的以外での魔法による対人攻撃は校則違反以前に犯罪行為ですよ!」

誰が起動式を破壊したのかはすぐに分かった。

ここにいる1年たちでも知っている上級生……生徒会長、七草真由美だった。

更に、もう一人……長身で凛々しい雰囲気を纏う女子の先輩も共にいた。

「風紀委員長の渡辺摩利だ! 君たちは1-Aと1-Eの生徒だな? 事情を聞くのでついて来なさい。」

生徒会長と風紀委員長……生徒の中でも権力者の登場にその場の大半が狼狽えた。

特にA組の面々は顔面蒼白だ。

(なるほど、流石は七草先輩。 ……そして、あの人が渡辺先輩か。)

そんな雰囲気の中で二人……特に摩利の方に強い関心を向ける紫輝。

関心とは言っても恋慕とかの類ではないが。

それはさておき、この重い空気を崩す動きがあった。

「すみません、悪ふざけが過ぎました。」

1年側で最初に口を開いた達也。

全員の視線が一斉に向くが、全く動じる気配を見せない。

紫輝とは別方向で肝が据わっていた。

「悪ふざけ、だと?」

「ええ。 森崎一門の『クイックドロウ』は有名ですから。 後学のために見せてもらうだけだったんですが、あまりに速くて。 つい、手が出てしまったんです。」

その言い分を聞いて、最初に攻撃を仕掛けた男子は驚愕した。

何故、自分のことを知っているのか……と。

摩利は暫く沈黙していたが、今度はもう1つの問題について言及を始めた。

「ならば、後ろの1-Aの女子は? 明らかに攻撃性の魔法を放とうとしていたが。」

それを聞いて、当の本人はまるで小動物のように震えていた。

紫輝も流石に気の毒には思ったが、今事情説明(偽)をしているのは達也だ。

まあ、特に心配はしていないのか横槍は入れるつもりはない。

「ああ、アレはただの閃光魔法ですよ。 あくまで注意を逸らすレベルまで威力も抑えられていましたし。」

「……ほう。 君は起動式を読み取れるようだな。」

「実技は苦手ですが、分析は得意です。」

達也の発言に、摩利はまだ半信半疑……やや疑寄りの表情を見せる。

「あー、横槍になりますが構いませんか?」

その様子を見かねて、紫輝が口を開いた。

E組側の新たな証言に、その場の全員は当然耳を傾ける。

「ああ、構わないぞ。」

「ありがとうございます。 A組の彼女についてですが、魔法を放つ直前に静止の言葉を掛けていました。 少なくともこちらは全員聞こえていると思うのですが……。」

紫輝が言葉の途中で後ろにいる深雪、レオ、エリカ、美月の方に視線を向ける。

その証言には嘘はないので、全員紫輝の言葉に頷き証言の整合性を強めるように努めた。

実際は聞こえていたかは定かではないが、紫輝の周辺視野をこの面々は信用していたとも言える反応だった。

「俺には起動式は読み取れません。 ですが状況で考えるとそんな場面で攻撃性がある魔法を使う、というのはちょっと考えづらいです。」

紫輝のフォローを聞いて、摩利は少し考える素振りを見せる。

ただ、これはあくまで状況証拠、達也の主張をフォローするのがせいぜいだ。

一応次の言い分も考えてないわけではない紫輝だが、その必要は無かった。

「もういいじゃない、摩利。」

「おい、真由美!?」

静観していた真由美が割って入ってきたからだ。

この介入を見て、紫輝は内心で安堵のため息を吐いた。

「達也くん、紫輝くん。 本当にただの見学だったのよね?」

「え、ええ……。」

「間違いないですよ、七草先輩。」

苦手意識を薄らと見せる達也と、何てことないように答える紫輝。

身内以外の異性に名前呼びをされたことがあるかないかの差、もあるのだが。

「会長がそう言うなら、今回はお咎めなしとしよう。 以後は気を付けるように。 ……それと、君の名前は?」

真由美の意向を汲んで、摩利もこれ以上追及をすることはなかった。

入学早々処分が下されることがなくなって安心するのはA組の面々(深雪を除く)

そして達也は何故自分が名前を聞かれるのかを疑問に思いながらも、淡々と名乗った。

「1-Eの司波達也です。」

「そうか……覚えておくよ。」

それだけ言い残して、摩利は真由美と共にその場を去って行った。

その場に漂っていた緊迫感がなくなり、ただただ暫くは沈黙が流れていた。

(達也は一目置かれたかな。 まあ、不本意だろうがしゃあないよなこの流れは)

あの場で事を収めるには達也のあの証言は必須だった。

しかし、それで彼の異常性の一部分が割れてしまうことになってしまった。

……まあ、紫輝にとっては別に些細なことなのだが。

「……借りだなんて思わないからな。」

「思ってないから安心しろよ。」

唐突に話しかける、苗字が森崎と思われるA組男子。

色の無い言葉を返す達也だが、構わず続けていた。

「僕は森崎駿。 お前が見抜いた通り森崎家に連なる者だ。 司波達也、僕はお前を認めない。 司波さんはブルーム、雑草の中ではいずれ枯れてしまう。 彼女は僕たちと一緒にいるべきなんだ。」

名乗りながら達也に対する認めない宣言を突きつける森崎。

……しかし、その捨て台詞とも取れる言葉に返しを入れたのは

「深雪が花なのは言うに及ばずだが、早速問題行動を起こしてあまつさえ止めようとした善良な同僚をも巻き込むような奴が花、ねぇ? 良くて造花だろ? 蜂も寄って来やしねえな。」

言うまでもないことであるが、紫輝である。

しかも先ほどの失態という傷に塩……いや、唐辛子を塗るようなノリで。

横から来た見事なまでの皮肉に対する森崎の反応は

「なんだとっ!? 司波達也の腰巾着程度の分際で……!」

「お、何だまたやるのか? 数分前のやり取りも忘れたか……。 造花じゃなくてただの阿呆か? その頭に入ってるのは自尊心だけか?ん? 」

当然のように激昂して再度CADを取り出そうとするが、そこに嫌なタイミングで紫輝がそれはもう嫌な笑みでこう返した。

その言葉に、不意打ちであったにも関わらず、CADを弾き返されていた光景。

そして、今度やらかしたら厳重注意で済まない……ということが逡巡され。

森崎はCADをすぐに仕舞った。

「ちっ……! 行くぞ、みんな!」

忌々しく紫輝を睨み、取り巻きと共にすぐに踵を返して行った。

対照的に紫輝は言いたいことをあらかた言ったからか、どこかスッキリした表情をしていた。

しかし、周りはそうでもないわけで

「紫輝……流石に煽り過ぎだぞ。 どうにかならないのかその口の悪さは……」

「お兄様の言う通りよ、紫輝。 あんまり口が過ぎるとこちらだってハラハラするから……。」

「無理だな。 ああいう手合いは叩き潰したくなる性なもんで。」

「えー、私はかなりスッキリしたんだけどなー。 別に言ってることに間違いはないじゃん。」

「……っていうか、腰巾着って言われてからの紫輝が少し怖かったくらいだぜ、俺は。」

「それに、いつかしっぺ返しを受けないか心配です。」

完全同調しているのはエリカのみで、残りは窘めていたり心配していたりと。

諍いの中でのやり取りといい、紫輝とエリカは見るからに相性が良さそうだ……同族的な意味で。

さて、ようやく帰宅の路へ……というところで、先ほど危うく厳重注意を受けそうになったA組女子とその友人であろう女子の2人が6人……というか、先頭の達也の前に向かいあって割り込んできた。

まさか先ほどの続きをするつもりなのかとエリカやレオは警戒したが、紫輝がハンドアクションで止めた。

「あの、光井ほのかです! 先ほどはありがとうございました!」

口から出てきたのは先ほどの礼、という好意的なものだったので一部は肩透かしとなった。

そして、お礼を言われた当本人の達也は少し戸惑っている様子だった。

「私からも、ありがとうございました。 お兄さん達のおかげでほのかが処分を受けることなく済みました。」

「待ってくれ、流石に同学年だからお兄さんはちょっと……。 名字だと深雪と被るし、達也でいいから。」

「はい、分かりました達也さん!」

「あ、ちなみに私は北山雫です。 よろしく、達也さん。」

早速名前呼びをするほのか、雫の2人を見て、紫輝はホッとしていた。

1年の一科生でようやくまともなのと会えたという意味で。

この二人がいるならば、深雪が変に居心地悪い思いをすることは無い。

……と、一人感傷に耽っていると、雫が今度は紫輝の方を向いていた。

「それで……貴方は獅燿紫輝さん、でいいんですよね?」

何故か紫輝の名前を、それもフルネームで知っていた。

一応名字も名前も先ほどのやり取りで端的に出てきてはいたが、それが理由ではない。

恐らく、フルネームだけなら……否、顔も知っていた。 紫輝の勘がそう告げていた。

「ああ、名乗った覚えは無いが俺が獅燿紫輝だ。」

目の前でこちらを凝視する雫だが、無論紫輝は彼女とは初対面のはずだ。

一体どこで……と思っていたが、雫が取り出したものですぐに疑問は氷解した。

「まさかこんなところで会えるとは思ってなかった…… というわけで、サイン下さい。」

次の瞬間、色々な人間の驚愕の叫びが聞こえてきたのは言うまでもないことだった。




何でまた雫は紫輝のサインを欲しがったんでしょうねー(棒)
この作品の雫は九校戦マニア以外にもう1つとあるスポーツにかなり詳しい設定が加わります。


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3. 勧誘と暗雲

まだ8話目を書き終えてないけど早めに投稿。(2話の終わり方がアレだったので)
艦これ春イベはE-5ラスダン……支援ゲーは冷や冷やします。


ほのかの提言により、駅までの道を男子3人、女子5人という集団は並んで歩いていた。

もっぱら、今の話題は当然……

「えっと……紫輝君って、もしかしなくてもどこかの有名人……ってことでいいんだよね。」

事情が分かっていない者を代表してエリカが尋ねる。

なお、名前呼びについては達也がほのか、雫に名前呼びを許容したことからで、いっそ紫輝もそう呼んでしまおうとのこと。

誰に尋ねたかは本人も分かっていない(仕方がないことである)が、いの一番に答えたのは雫だった。

「その手のコアなファンの中では結構有名人。」

「いや、まさか同学年に俺のことを知ってるスケオタが居るとは思わなかったぞ……。」

初めて見せる呆気に取られている表情と共に、妙な固有名詞が混ざっていることに気づく者も居た。

「えっ……スケオタって、もしかして……あっ思い出しました!! 獅燿君ってそういえば特番に出てましたよね、フィギュアスケートの!」

「そういえばそんなこともあったわね、紫輝。」

エリカとレオがピンと来なかった中、美月は一人当たりをつけることが出来たようだ。

同時に、初対面の時に感じた既視感も要因が分かった。

テレビ番組で出ていた顔だから、何となくだが覚えていたのだ。

無論だが、幼馴染である達也と深雪は知ってはいたが言いふらすことでもないので黙っていたのだ。

「特番に取り上げられるほどってことは、やっぱすげぇのか?」

「まぁ、普通なら凄いか。 中学時代のインターミドルは2位、2位、優勝と好成績を残していたからな。」

「それだけじゃないよ、中1の時に既にトリプルアクセルを降りることが出来てたというだけでスケオタの間ではかなり期待されてた。 1年、2年の時は他のジャンプの抜けや転倒の影響で2位だったけど、3年の時にはほぼノーミスで完全勝利。 最近はジャンプだけでなくステップも最低でもレベル3キープできるようになって成長曲線が……。」

「ちょ、ちょっと雫落ち着いて! 殆ど置いてけぼりの人もいるんだから!」

先ほどまでのクールな装いはどこへやら、トークが止まらない雫。

これには流石の紫輝も苦笑するしかなかった。

これまでに彼が関わってきたスケオタの者と同レベルの話をされては、こうなるのも無理はない。

「一応俺が解説しておくと、トリプルアクセルというのは簡単に言えば3回転半ジャンプだ。 現状の人間が出来るのは4回転までと言われているからその次の難度ということになるな。」

「恐らく世界で戦うには4回転以上に必須と言う人もいる要素ですね。 世界レベルでトップになるには最終的に4回転とトリプルアクセルは皆当然のように揃えないと話にならないとも言われてるくらいです。」

達也と深雪による簡易的説明でエリカとレオもとりあえず理解。

何となくだが紫輝が凄いスケート技術を持っているということも分かった。

なお、最終的に男子の空中戦は4回転2種計5本やら3種計6本飛ぶ時代にまで発展したとか。

「で、そんなトリプルアクセルは既にお手の物な獅燿君に質問。 ずばり、クワドについて。」

「まあ、そうなるだろうなぁ……。」

雫だけでなく、レオとエリカ、更にある程度精通している達也、深雪、美月、ほのかも気になるようだ。

紫輝としても勿体ぶる理由も特にないので、あっさりと答えた。

「現状完成度70%程度ってくらいか。 トウループならフリーに1本入れるくらいは行けそうだな。」

本人的には別に大したことない事実だ。

何せ、練習で始めたのはちょうど去年の9月辺りだったから。

抜ける(ジャンプの回転がすっぽ抜けるという意)、ということは無いが着氷乱れ、転倒は珍しくもない。

そんな上下も見られるからせいぜい70%で、あまり極度な期待をするなという意味もあった。

「入れられるには入れられるってことだね。 まぁ、15歳で4回転が安定したらそれはそれで恐ろしいよ。」

「代わりに他の構成は鬼にしたからな。 ……まぁ、それは見てのお楽しみってことで。」

「そういうことなら、見に行かないとスケオタ失格かな。」

不敵な笑みと共にそう締める紫輝。

そんな彼を見て、雫もまた不敵に笑って観戦宣言をした。

「そういえば、獅燿君がスケートをやっているということなら、達也さんと深雪さんのどちらかも実は……。」

ふと、美月がそう呟いていた。

幼馴染の紫輝がやっていたから、というには詳しいのもまたそう思わせる要因だろう。

「そう言われれば……確かに司波さんがやると凄く映えそうだし……。」

「達也君がやってもなかなかイケそう。 ほら、紫輝君とは違ったタイプだけどカッコいいことに変わりないしね。」

と、他の面々も気になりだしたようだ。

……そして、当の2人と紫輝は何とも言えない表情をしていた。

だが、この好奇の目の数々からは逃れることはできそうにない。

「俺はやっていないぞ。 そもそもそういうものとは基本無縁だったからな。 知識も紫輝の試合を観てから吸収したようなものだ。」

達也の方は事実そのままを語ればいいので問題はなかった。

彼にはそのような習い事の縁がなかったのは事実、特に取り繕う必要はない。

「まぁ、達也はそうだろうな……ってことは、深雪さんはやってたってことか?」

レオが掛けた言葉に、僅かに……達也と紫輝のみが気づくレベルでの反応を示した深雪。

そこから微妙に憂慮が垣間見える表情に少しずつ変わっていった。

「……あれ、俺もしかしてマズいこと聞いた?」

「さっすがデリカシー皆無、今回も絶好調ね~。」

深雪の様子に何か癇に障ってしまったかと心配するレオ、そしてそれをおちょくるエリカ。

本日だけで一体何度目か分からないやり取りを始めている中、紫輝と達也はどう答えたものかと悩んでいた。

と、そこに助け舟が現れた。

「達也さん、1つだけ。 司波さんって試合経験は?」

当然というべきか、知識ならば百戦錬磨の雫であった。

質問もシンプルで、かつ意図も分かるものには分かりかつ誤魔化しやすいものだった。

「いや、深雪は試合出場経験なしだ。 そこまでやっている時間が無かったからな……。」

「あ、そういうことだったんですか……。 それなら仕方ないですよね。」

「それに、深雪さんが試合に出たら変に萎縮する人も出そうですし、それが良かったのかも……。」

ほのかと美月はその『言い訳』に納得したようだ。

しかし、雫だけはこの『試合に出たことがない』という言葉を別の意味でとらえていた。

深雪のあの表情は、紫輝は試合でかなり活躍しているのを間近で見ているから少し落ち込んでいる、という意味で捉えることもできるだろう。

しかし、そこは曲がりなりにもスケオタ。 すぐに浮かんだのは全く別の理由だ。

すかさず深雪に近づいて、小声で尋ねた。

「……もしかして、バッジテストでつまずいたってオチ?」

「……ええ、その通りよ。」

スケオタである雫には隠しても仕方ない、ということで深雪はもう開き直った。

そこに達也もさりげなく混ざってくる。 当然周りには聞こえないように小声で。

「……3回転ジャンプは問題ないんだ。 女子の鬼門と言われるルッツとフリップも飛び分けは問題ない。 ……ここまで言えば、分かるか?」

「……ダブルアクセル、だね。 しかも獅燿君はその1つ上のトリプルアクセルをもう飛べるから……。」

ジャンプの種類は6種類……難易度順にトウループ、サルコウ、ループ、フリップ、ルッツ、アクセルと存在する。

女子の場合はトリプルルッツが入り、かつ3-3のコンビネーションが安定して飛べれば普通に世界でもそこそこに通用するレベルだ。

深雪の場合は3回転ジャンプは特に難は無いのだ。 当時はトリプルトウループ→トリプルトウループも飛べていた。

ジャンプの踏切りの際のエッジエラーが怖いルッツとフリップの飛び分けも完璧となれば、紫輝くらいの活躍が出来てもおかしくはない。

そう、ここまでなら確かにそう言える。

しかし、最大にして厄介な壁……紫輝がもう会得したトリプルアクセルの1つ下、ダブルアクセル。

どうしても深雪はこれだけは飛べなかったのである。

恐らく、アクセルジャンプだけ前向きに踏み切る必要があることが原因なのだろうが……

そして、バッジテストという試合参加の為の義務と言えるライセンス試験ではダブルアクセルは必須項目だ。

「……この場合、ご愁傷様と言うのが正しい?」

「……いいのよ、代わりに紫輝が活躍してくれれば、それで。 ……ええ、いいのよ。」

雫の慰めの言葉に、深雪はそう答えた。

達也と雫の表情が何とも言えないものになったのは言うに及ばないこと。

ちなみに当の比較対象となっていた紫輝は路上にも関わらず言い争いを続けるエリカとレオに本日二度目のツッコミ(今回はピコハン)を入れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜……大体日が変わるにはまだ早い時刻。

紫輝は特に何も考えずに屋外……それも第一高校付近を歩いていた。

ちなみに、彼に夜遊びをする習慣は無い。

……いや、ある意味夜遊びなのかもしれないが、それは一般定義からすると相当外れたものだが。

(残り香程度だな……居ても本当にポイ捨てレベルか。)

僅かだが、それでも一度嗅げばそう忘れない『腐臭』を嗅ぎ取る。

帰宅途中にふと思い至ったことだった。

朝・昼に異常がなければ、夜に探索してしまえと。

というより、人工的ならばなおさら夜の方が都合がいいのでは……そう考えたのだが。

ただ、出来る限り日常生活に支障を及ぼしたくはないので今日は本当に軽め。

……そう言い聞かせていた時だった。

『ヤツら』の気配……というより殺気がいきなり濃くなったのは。

(……やれやれ、本当に様子見のつもりだったんだが……高校デビュー早すぎだろ)

予想外の展開にため息をつく。

もしこいつらが人工的なモノではなく、自然発生だったら少しは喜んだであろう。

しかし、人工的なヤツらは隠蔽工作が面倒くさい。

要するに、思う存分暴れることが出来ない。

……それを考えると若干だが苛立ちも募ってきた。

(……チッ。 さっさと廃棄して帰るか。)

毒づきながら紫輝は歩みを進める。

気配を隠そうとさえしていないから居場所はすぐに分かった。

第一高校から距離が離れた、裏路地の中。

……そこにヤツらは居た。

(うわー……これしかも旧型という名の失敗作じゃねえか。 そんなモン一高の近くに置くなよ……)

それは、確かに紫輝が愚痴を零すのも無理はなかった。

見た目こそは人間ベースだが、それだけだ。

薬でも投与したのか、ベース体よりも筋肉の隆起は激しい。

しかし、正気など初めから存在していないのか、目を常時見開かせてギョロギョロと獲物を求めている様子だ。

明らかに人から外れているのは分かるが、外れる方向がとにかく醜悪だった。

どこぞのスプラッタ映画にでも出てくるゾンビのように。

それが3体。……今年度になって何度か嗅いだ臭いよりもきつく、流石に紫輝もその顔が歪んでいた。

「掃除開始。」

どこからともなく取り出した拳銃型CAD……俗に言う特化型の引き金を引く。

さて、普通の優れた魔法師ならばこれで起動式読み取り→魔法式展開というプロセスを踏んでこの醜悪なゾンビ(仮)をまとめて一掃しただろう。

しかし、紫輝は展開速度こそ一高でも深雪に次ぐが、干渉強度と展開規模に現状難があるアンバランスな魔法師。

故に、規模が小さい魔法で1体ずつ仕留める。 これだけしか出来ない。

……彼がセオリー通りの魔法師ならば、だが。

特化型の引き金を引いても何も起こらず、それにも拘わらずそのまま仕舞ってしまう。

この時に紫輝の姿をようやく視認したのか、ゾンビ(仮)3体が醜悪な肉体を割と俊敏に動かして紫輝に向かっていく。

が、この3体が紫輝に人外染みた暴力を振るう時が訪れることがなかった。

決着は一瞬のことだった。

いつの間にか紫輝は初期位置からゾンビ(仮)3体を挟んだ向こう側の位置へ移動していて。

その後ろには首がへし折られていた2体の既に動かない人体らしきものと、歩行モーションを取ったまま氷のオブジェとなっている改造人間。

一瞬にして2体を抹殺、1体を戦闘不能という状況だ。

2体の首をへし折ったのは、いつの間にか左手に裏手で握られている十手……放課後の小競り合いでも使用した、エリカが使用する警棒型の刻印魔法が施されているCADと同系統のものだ。

しかし、もう1体が氷像となっているのは何故か。

……それについて語られるのは、もう少し後のことだ。

言えることは、紫輝が今回使用したCADは十手と冒頭の特化型の2つのみ、だということのみ。

さて、氷像となったゾンビ(仮)を、何も色が感じられない視線を寄越す。

そして、醜い氷像に何も装備していない右手で拳をぶつけた。

『……せめてもの慈悲だ。』

拳を離しながら聞こえてきた重厚な声。

……それと共に、氷像に少しずつ罅が入っていき……最終的に崩壊。

完全に姿を留めない状態での抹殺……まあ、確かに慈悲とも言えるだろう。

残り2体の首へし折れ状態のゾンビ(仮)にも同じように氷結→バラバラにするの工程を行い、後始末は完了。

全3体の駆逐を確認して、紫輝はすぐにその場を後にした。

この時間でも街頭カメラは動いているが、今この場にいる紫輝の姿は捉えられることはまずない。

それでも、念には念を。 いつまでも現場にいるものではないのだから。

……そして、誰も居なくなった路地裏はバラバラの氷が徐々に溶けて水になっただけで後は至って自然な状態に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、いつものように紫輝は司波兄妹と学校へ向かっていた。

昨晩の影響があるのか、時折欠伸を噛みしめながら。

しかも、就寝は遅いのに朝はいつも通り早くしなければいけないのがまた辛かった。

「随分と眠そうね、紫輝。 昨晩は遅かったの?」

第一高校の最寄駅へ向かうキャビネット内で深雪は心配そうに尋ねた。

口には出さないが、紫輝の生活リズムの規則正しさをよく理解している達也も表情では同じ様子だ。

「ああ……この場だから言うが、ちょっと探りを入れてな。」

「探り? 今までのお前の口ぶりからすると、今はもう少し様子見をするところじゃないのか?」

何の探りかは二人ともすぐに理解した。

この件に関しては、まだ明らかになっていることが殆どない。

そんな状態にも関わらず、無暗に行動を起こすようなことは紫輝はしない……二人はそのことをよく知っていた。

だからこそ、疑問が生じたのである。

「まあ、本来ならそのつもりだったんだが……あんまりにも不気味でな。 それに、人造だった場合入学していきなり何か事件を起こされるのも嫌だったんで。」

……まあ、要するに。

「気まぐれってことね。……何もなかったから良かったけど、出来る限り控えてって毎回言ってるじゃない。 何かあったら私はともかく、お兄様が気が気でいらっしゃらなくなるから。」

「……待て深雪。 ナチュラルに俺だけ心配性にしないでくれないか? そういうお前も、紫輝がふらりと『狩り』に行ったら1時間ごとに……」

「そ、それは一応立ち位置としては血は繋がっていないけど兄みたいなものですし。 それにお兄様とどちらかを優先しろと言われたら私はお兄様を優先します!」

「まあ、それでも心配はしてくれるんだろ? 全く可愛いやつだなお前も。 ……で、達也も自分が俺に対して心配性だってことは否定しないのな。」

「否定も何も、俺も深雪と同じだからな。」

それは要するに、深雪よりは流石に下だが優先度は高いということだ。

短いながらも、そういう意味が含まれた返しに紫輝の表情は明るくなる。

なお、深雪は紫輝の言いように恥ずかしくなったのかそっぽを向いている。

「ははは、前も言ったかもしれないがブラコン・シスコンの相互関係のお前らに心配されるってのは  奇妙だが嬉しいなやっぱ。 そんなお前らだから俺も張り切っちまうってわけなんだが。」

「奇妙とは何だ……そして、張り切った挙句に火傷するような真似だけは控えろよ?」

そんなこんなで、今回の件については進展があった、または紫輝が動くという事態になったら知らせるということで落ち着いた。

兄妹は別に首を突っ込むなとは言うつもりは殆ど無い(全く無いわけではない)ので、連絡さえしてくれればということで妥協した。

そんな会話だけであっという間に最寄駅に到着。

駅へ降りて学校へ向かう道すがらでエリカ、レオ、美月と合流する。

「すっげぇ眠たそうだな、紫輝。 何かあったのか?」

開口一番にレオが紫輝の状態について尋ねてきた。

まさか正直に事情を語るわけにも行かないので

「入学後少し落ち着いたからって調子に乗ってゲームやり過ぎた。」

若干ベタで最もらしい理由を述べておいた。

「お前の場合はゲームを一度始めると長いからな……。 しかも本業のレースゲームをやるとは、羽目を外し過ぎだぞ。」

口裏を合わせる、というわけではないが自然な流れにするために達也は苦言をあえて漏らした。

合わせて紫輝もまるで悪びれもしない様子で苦笑する。

「何か想像出来ちゃうね、紫輝君がコントローラー握ってる姿って。 しかもレースゲームだから曲がるときに体も一緒に倒してそう。」

と、エリカは言うが紫輝のゲーム事情を知る達也と深雪は内心で苦笑した。

紫輝のレースゲーム……しかも某Qに関してのプレイ風景を観たらこう思うだろう。

『これ、レースゲームっていうよりアクションじゃね?』……っと。

「でも……その、スケートの練習ってしなくても大丈夫なんですか?」

ともかく、3人共見事に信じ込んだので余計なことは言わないで済みそうな流れにはなった。

紫輝としては達也と深雪も巻き込みたくはないのに更に関係のない友人を自身の都合に巻き込むつもりはさらさらない。

だからこその嘘。 まあ、僅かながらに心は痛むが仕方のないことだ。

「練習は軽くだがやってるぜ? あの後一人でスケートリンク探して滑ってたからな。」

ちなみに、これは事実である。

帰宅後にスケート靴その他を持ち出して、事前に候補として見繕っていたスケートリンクで滑っていた。

練習中はやたらと視線を感じたが、まぁいつものことなので気にしないでいた。

スケオタコミュニティ内限定とはいえ、顔が知られているのは存外大変だ。

「昨日北山も言ってたもんな。 人によっては氷に1日乗らないだけで三日分遅れをとることもあるって。」

「そういうこと。 まぁ、ガチガチにやるのもアレだからってことで息抜きも設けてるがな。 勉強もそのうちの1つだし。 ま、それでも達也はともかく深雪にも勝てんがな。」

「そう言いながら大体差が無いじゃない。 お兄様のご教授があったとはいえ誇っていい成績よ、紫輝。」

「まさに文武両道だね。 普段の軽さに反して成績良しはなかなかプラスだよ、紫輝君。」

エリカの少し貶しながら褒める言葉には「軽くて悪かったなっ」と笑いながらチョップを入れた。

紫輝にとっては勉強ですら息抜きだ。

その甲斐もあってか、勉学においては常に達也、深雪に次ぐ成績を常に保っている。

背景には達也が時折勉強を見ている、というのもあるがそれは深雪とて同じことだ。

まさに文武両道という言葉を体現していた。

スケートの競技成績も良いことから、相乗効果というのは本当にあるのかもしれない。

それからは昨日駅まで同行したほのか、雫についての話になった。

この中で唯一の一科である深雪も含み、全員まともな感性の一科生が居て安堵していた。

その中でも達也は深雪が一科生の中で孤立しないで済む、という点でも安心していた。

なお、紫輝はまさかの伏兵(スケオタ的な意味で)の雫の存在により、競技で下手を打てばその度に突っ込まれる立場になっているが……。

「た・つ・や・くーん!」

そろそろ学校が見えてきた、というところで集団……というか達也を呼び止める声が後ろから聞こえてきた。

聞こえてきたのは女性の声。 そして、女子生徒で達也のことを下の名前で呼ぶ人物となれば消去法で声の主は分かる。

声が聞こえてきた方を全員一斉に振り返ると、そこに居たのはやはりというべきか

「七草先輩……あまり大きな声で呼ばないでください。」

昨日の森崎たちとのいざこざをあえて見逃してくれた真由美であった。

相手が生徒会長であると分かるや否やレオ、美月、エリカの3人は最初は鳩が豆鉄砲を食らった表情をしていたがすぐさま姿勢を正す。

昨日の放課後のことで何かあったのか、という不安もあるが故だ。

ちなみに、最初に呆気に取られていたのは生徒会長である真由美が達也のことを親しそうに呼んでいることが原因だ。

「あ、おはようございます七草先輩。 昨日はありがとうございました。」

「おはよう紫輝君。 昨日のことは気にしなくていいわよ、何となくだけど事情は分かってたから。」

昨日の一件はいわば見逃してもらったようなものなので、まずは礼儀正しくお礼から。

ただ、様子からして昨日のいざこざのことで何かあるというわけではないようだ。

それが分かっただけで3人の緊張の糸は解けていた。

「あの、それで会長……? お兄様に一体どんな御用で?」

先ほどの名前呼びが気になっているのか、要件を訪ねる深雪の口調がどこかぎこちない。

ちなみに、深雪ほどではないが紫輝を除いた者は全員同じことを思っていた。

何で生徒会長が達也を唐突に名前で、それも親しそうに呼んでいるんだ、と。

そんなことを知ってか知らずか、真由美は本題に入った。

「本題に入るわね。 司波達也君、司波深雪さん。 あなたたち二人を生徒会のランチに誘いたいの。」

すぐに紫輝は事情を察した。

いつだったか、新入生総代は生徒会へ勧誘するということを夕歌から雑談混じりで聞いていたのだ。

深雪は二つ返事で了解して、達也も深雪が行くならばと同行することになった。

ただ、表にこそ出していないが乗り気ではないということくらいは紫輝は見抜いていた。

「あ、いっそのこと紫輝君もどう?」

「あー、それは嬉しいお誘いですね。 でも、俺がいると二人に対する本題が進まなくなっちゃいますよ? 今回は二人を優先ということで、またの機会ということでお願いします。」

「……考えてみればそれもそうね。ごめんなさい紫輝君、無理言っちゃって。」

「いえいえ、お気になさらず。 むしろ俺のようなしがない二科生を誘っていただき至極光栄ですよ。」

紫輝も別に誘いを受けても良かったのだが、何かを察したのだ。

誘われたのが自分ひとりならまだしも、達也と深雪と一緒だと何か起こりそうだと。

根拠の何もない直感だが、経験上こうするのが正解だと判断したのだった。

「……で、どうした深雪。 さっきから妙に浮かない表情だが。」

先に学校へ向かった真由美の後ろ姿を見送りながら、周りに悟られないように深雪に声を掛ける。

原因は分かるが、このまま別れてクラス内で何かを引き起こしたらそれこそ面倒だ。

森崎とかその他多数はどうでもいいが、ほのかと雫にそういう迷惑はかけられない。

だからこそ、ここで不安の芽は刈っておきたかった。

「……紫輝、何故会長はお兄様に対してあんなに親しげなのかは分かる?」

「いーや、ハッキリとは。 ただ、入学式の時から妙に興味津々って感じだったから今のところは興味対象ってところじゃないか? 後はブラコンのお前の反応を見て楽しんでいる節もあるかもな。」

現状分かる限りの真由美の人柄から推測した結果を淡々と述べる。

紫輝は最初に会った時から真由美は見て思ったのは『猫かぶり』であること。

十師族の一人だからなのかは、他の理由からかは分からないが本性を隠している。

そして、それは気に入った相手の間でのみ表に出てくる……ということまでは感じていた。

恐らく、達也はその対象になりつつあるだろう。

だからこその名前呼び。 更に言えば、自分自身もその対象になりつつある……かもしれない。

自分に関しては、まだ喋ってると面白い後輩という立ち位置にも思えるので違う可能性は高いが。

「まぁ、深雪が思っているようなことは今のところは無いと断言は出来そうだ。 ただ付き合いが長くなると何とも言えないからな……。 とりあえずお前は達也のたった一人の妹なんだから、もう少しドンと構えておけ。 ……いっそ今日にでも家に帰ってから悪戯でも仕掛けてやれ。」

「……そう、そうよね。 ありがとう紫輝。 それとごめんなさい……いつもいつも貴方にはこういう愚痴ばかりで。」

「気にするな。 俺は何があってもお前らの味方であり続ける……そう決めてるからな。」

そうとだけ言い残すと、紫輝は先を行く友人たちの元へと駆けていく。

小走りで追う深雪の表情には、先ほどまでの曇りは見当たらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の午前中は座学。

各々自席でオンライン授業を受けている。

達也はこの時、何故真由美が深雪だけでなく自分も誘ったのかをひたすら推察していた。

……では、紫輝はどうなのか。

(しかし、魔法科高校付近で旧型とはいえアレを放置するとはな……ただの偶然ってことは無いよな。)

授業を受けながらも、考えるのは昨晩の人外。

ただ、想定よりも型が古いということが懸念事項であった。

見た目ゾンビでしかないあのタイプだったら、別に専門家である紫輝でなくても問題はない。

達也や深雪でも余裕だろうし、恐らくエリカでも余裕だろう。 実戦を見たことが無いが恐らくレオも、そして幹比古でも。

しかし、問題なのはその脅威性ではない。

人造のアレならば、別にあの出来損ないよりも強いレベルは多数確認している。

……出し惜しみをしているのか、それともそれくらいしかいないのか。

それに、警戒すべきは人造だけではない。

天然モノを呼び出す人員もいないとも限らないのだから。

(まぁ、どちらにしてもこれだけは言えるな……この学校が狙われてるかもしれない……ということ。)

魔法というものが表に出てきてもうそれなりの時は経過しているが、魔法師という者ほど立場が面倒なものは無い。

反魔法師集団……なんていうものもあるくらいなのだから。

そして、この学校が狙われるということは、紫輝にとっては身内に手を出されるということとほぼイコール。

早急に、且つ確実に仕留めていかなければならない。

(ただ、あんまり大っぴらに行動してまた達也と深雪に心配は掛けたくないし……後は七草先輩とかにもお手を煩わせるようなこともないようにだな……そうなると、ここは1つ偵察をお願いしようかね。)

ちなみに、紫輝は先ほどから言及しているアレが表立って出ない場合はそこまで活発に動くつもりはない。

そのような状況なら、それこそ真由美たちに任せるのが筋だろうし、達也・深雪でもよほどのことが無ければ問題はない。

彼が担当するのは、あくまで自分でしかどうにもならない領域なのだから。

そうしていろいろと思考を重ねている内に午前の授業は全て終わっていた。

達也と深雪が不在だったので、今回はエリカ、レオ、美月に紫輝を加えた4人での昼食だ。

昨日のように森崎と不愉快な仲間たちに邪魔されることなく、面白おかしく話をしながら食事にありつけた。

会話は言うに及ばず今は生徒会室に居るであろう達也と深雪がもっぱらの話題だ。

深雪に関しては紫輝が勧誘目的だということを説明して(隠すことでもないので)すぐに終わった。

……だが、達也については色々と憶測タイムで盛り上がっていた。

実は真由美とは前に会っていた、名前で呼ばれてるのも実はそこから来るのか、まさかの達也も生徒会勧誘?……などなど

今頃当本人はくしゃみでもしているのではないか、というくらいの勢いであった。

紫輝も悪乗りして『案外風紀委員に推薦されたりしてな』とか根も葉もないことを言っているのだから更に笑えない。

……そう、本当に笑えない発言だった。

「まさか本当に風紀委員に推薦されてるとは思わなかったぞ……俺の適当発言すげぇな。」

午後の実技授業(最初なのであくまで演習用CADを動かすだけ)の順番待ちでの雑談で、いきなり達也から昼休みのことを聞かされた時は

流石の紫輝も驚いてしまった。

簡単に詳細を聞くと

1:やはり深雪が呼ばれた理由は生徒会への勧誘だったが、深雪は達也も生徒会入り出来ないかと打診

2:しかし、今は生徒会役員は一科生から選ばれるという規則になっているので渋々断られる(デスクワークが強いなら欲しかったらしい)

3:と、ここで同席していた摩利が風紀委員ならば一科とか二科は関係ないから推薦出来ると進言

4:真由美はこれに乗り、達也は実技が特に悪い二科生の自分に風紀委員は務まらないと反論する……というところで昼休み終了

この件は放課後に改めて決めるとのことらしい。

「何だか面倒なことになったね、達也君。」

「そうかぁ? 面白そうだと思うけどな、俺は。」

「でも凄いですね、風紀委員長からのスカウトだなんて。」

反応は3人とも見事にバラバラだった。

(俺の予感は何故こうも当たるんだ……)

それもまた直感スキルの賜物……としか言いようがない。

流石にこの状況で無神経な発言をするほど紫輝も意地は悪くはないのか

「達也としては不本意だろうな……断るんだろ、お前のことだから。」

「……ああ。 流石に相応しくないと思うからな。」

と達也は謙遜気味に話すが、他の面々は否定していた。

紫輝も達也が風紀委員に相応しくないとは全く思わない。

彼の正確な実力を把握している数少ない者だから。

それに、深雪の心情を考えてもここは出来れば断っては欲しくないと思っている。

……まぁ、達也が風紀委員になるということは自然に真由美、摩利と異性の先輩との接触機会が増えるのが深雪的にはマイナスなのだろうが……

「お、そろそろ空くからお先に行かせてもらうぞ。」

前のクラスメイトの何名かが終わりそうなのを確認して列の先頭の紫輝も並んでいる据置型CADの1つの前に立つ。

すぐさまCADにサイオンを流し込んで操作を開始する。

発動速度の早さは、明らかにこの空間にいる何者よりも早い。

その早さを見て、クラスメイト達は次々に声を上げた。

「うわっ何だすげぇ早い!」

「え、彼も二科だよね!? あれ並の一科生より早いんじゃあ……」

どの生徒も……CADを操作している者も見入っていた。

エリカ、レオ、美月も当然その中に入っている。

唯一達也だけはどちらかと言えば苦笑、といった表情だったがそれは事情を知る者だから。

「すっげぇな紫輝、あのスピード。 本当に俺らと同じ二科生なのか?」

「成績上は問題なく二科生だぞ? スピードだけが取り柄だからな。 代わりに干渉力と規模はボロボロな有様だぜ?」

(後2人抜いたら一科だった……というのは言わぬが花、だな。)

実技終了後は端で雑談に興じる。

先ほどの紫輝の凄まじい発動速度を見た際の熱が収まらないのか、すっかりその話ばかり。

昨日といい、今回といい話題の多さは達也といい勝負である。

「でも、あれだけ早ければ干渉力と規模が微妙でも成績はともかく、魔法戦なら割と何とかなるんじゃないの?」

「物理攻撃禁止の場合が多いからキツイと思うぞー、流石に。 何でもありなら行けるんだろうが……そんな事態はそう無いだろうからなぁ。」

「案外獅燿君も風紀委員が向いていたりして……。」

ボソッと呟く美月に達也は全力賛同していた。

自分とは違って、紫輝には発動スピードという差別化要素があるから。

更に、身体能力も高いのもプラス。

代わりに風紀委員に推薦されてほしいくらいである。

しかし、紫輝はこの学校にもあるであろうフィギュアスケート部に入るのはまず確定。

兼任も出来るだろうが、事情があるから風紀委員まで兼任する余裕はまず無いだろう。

そこまで分かっているので、美月の言葉に賛同するのは内心でのみ、に留めた。

ついでに、自分も改めて風紀委員入りは丁重に断ろうと方針は固めた。

達也の魔法の発動速度は紫輝と比較するどころか、このクラス全体から見ても下位なのは明らか。

改めてその事実を突きつけられて、ますます自分は相応しくない……そう思った。

そんな達也を見て、紫輝もただただ苦笑することしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして放課後、達也と深雪は生徒会室へ再度訪れた。

達也は風紀委員入りを断るつもりだったが、結果的にそれが出来る状況ではなくなってしまった。

原因は、深雪と生徒会副会長の服部刑部少丞範蔵の軽い言い争いだ。

服部は最初から二科生である達也を眼中に置いていなかったのだが、この時点で深雪に悪印象を抱かせていた。

更に、達也の風紀委員入りを推す摩利に二科では風紀委員は務まらないと反対。

摩利は一科と二科の差別を風紀委員で行う、という行為は断じて否だと主張するも、服部は引き下がらず。

そこに深雪が達也の実力を見てもいないのに断言しないでほしいと割り込む。

しかし、服部は深雪に身贔屓に目を曇らせてはいけない、と諭すような口調で言い含めようとした。

さて、幼馴染からいつも『シスコンの権化』などと言われている達也が妹が身内贔屓だとか目が曇ってると言われて静観を貫けるか。

言うまでもなく無理であろう。

達也は、自分のために怒ってくれる深雪のために服部に模擬戦を提案した。

周囲も困惑しながらもそれに賛同、この模擬戦の結果に達也の風紀委員入りが左右されることとなった。

今は全員が模擬戦が行われる演習室に移動していた。

「……まぁ、どうせそんなこったろうと思ったさ。 流石はThe シスコン。」

……いや、本来なら居るはずがない者まで混ざっていた。

唐突に聞こえた、生徒会室のやり取りではいなかった者の声にその場の大半の人間が驚愕した。

無論、例外は2名。

「紫輝……何で貴方がここにいるの?」

「……深雪。 それは聞くだけ野暮だぞ。」

紫輝の唐突行動に慣れきっている司波兄妹だ。

暫く全員がフリーズしていたのだが、紫輝は思い出したかのように

「あぁ、初めましての方は初めまして。 丁度今模擬戦をする達也、そしてその妹深雪の幼馴染の獅燿紫輝です。 見学というか見物くらい構いませんよね、七草先輩、渡辺先輩。」

「え、ええ……別に構わないけれど……。」

「……一体いつの間に混ざっていたんだ、君は。」

話しかけられた真由美と摩利は逸早く復帰。

他の面々も遅れて現実に戻り、突然の部外者の方を見やった。

「単純にこの集まりに混ざって入っただけですよ。 別に忍び込んだわけじゃあないです。」

「私たち全員に悟られずに混ざるって……一体どんな魔法ですか……。」

シャープな雰囲気を纏う女子……市原鈴音は溜息を吐きながら呟いた。

小動物のような雰囲気の小柄な女子……中条あずさは突然出てきた紫輝に怯えているような様子だ。

服部も最初は何事かと思ったが、相手が二科生だとわかって視線を険しくしていた。

「いや、魔法じゃなくて単に身に着けた技能ですよ。 ……で、そろそろ模擬戦始めないと日が暮れちゃいますけど。」

「引っ掻き回しているのはお前だろうに……。」

ただ、紫輝の言うことも間違いではない。

演習室を取る時間にも限りがあるので。時間を無駄には出来ない。

紫輝のことが気にならないわけではないが、ここは進行を優先する。

今回の模擬戦のルールは以下の通りだ。

・相手を死に至らせる、また回復不能な障碍を与える術式は禁止

・直接攻撃は相手に捻挫以上の負傷を与えない範囲で

・武器の使用は禁止(素手はOK)

至って一般的な魔法戦のルールだった。

普通なら魔法力の優劣で決まりそうな戦い。

「服部君はこの学校でも五指に入る腕前ですが……。」

「司波さんと……えっと、獅燿君は心配じゃないんですか?」

服部の実力を知る二人は、普通に服部有利と見ていた。

それは当然のこと、一科と二科……それも学年も違う。

更に、達也は実技評価は二科の中でも悪い。

普通ならば相手にもならないはずだ。……普通ならば、だが。

現に勝負の行方を聞かれた二人はといえば

「いいえ、ちっとも心配ではありませんよ。」

「心配だったら俺はここに居ませんよ。 惨敗した幼馴染に追い打ちをかけるような慈悲の無い人間ではないつもりなので。」

深雪と、先ほどまでのふざけた雰囲気から一転、真面目になった紫輝はきっぱり断言した。

そして、二人は全く同じ結果を予想していた。

『勝負は瞬きする間もなく、それこそ一瞬で終わりうる』、と。

「では……始めっ!」

摩利の合図とともに模擬戦が開始された。

開始と同時に、服部は右腕の汎用CADを操作しようとする。

放とうとしているのは、単一系移動魔法。

スピードを徹底重視した術式で達也を壁に向けて吹き飛ばし、そのダメージで戦闘不能にするという 単純かつこの場では効果的に見える戦法。

素の発動速度でも達也に勝るところに、更にスピード重視となってはますます発動速度で勝てる道理はなくなるだろう。

そう、発動速度対決ならば。

大半の予想を裏切り、達也は開始直後はCADを構えずに唐突な加速で服部との距離を一気に詰めた。

(なっ!? 速い!)

虚を突かれた形の服部だが、すぐに持ち直す。

座標を即座に修正して改めて達也に照準を定めようとする……が

(消えた……!?)

達也の姿が服部の視界から完全に消えていた。

この瞬間、紫輝と深雪は勝負はついたと判断した。

深雪は分からないが、紫輝には達也の動きは完全に見えていたのだ。

あの一瞬で素早く背後に回り、丁度CADを構えて攻撃体制に入っているところまでの全てが。

そして、服部は背後に回った相手の姿に気付くことなく、何かの拍子に倒れ伏せた。

深雪は予想通りの兄の勝利に歓喜の表情を浮かべ、紫輝も予想通りの幼馴染の勝利に静かに笑みを浮かべた。

「し、勝者……司波達也。」

だが、他の上級生たちは全く事態に追いついていなかった。

とりあえず見かけ上の勝敗だけ告げる摩利だが、審判役を引き受けた彼女も何事か完全に整理がついていなかった。

そんな雰囲気もいざ知らず、達也はCADをトランクに仕舞おうとする。

「待ってくれ。 最初の動き……アレは自己加速術式なのか?」

最初の疑問、冒頭の達也の動きについてまず摩利は本人に尋ねた。

達也の発動速度で自己加速術式を使う場合、あんな開始直後に発動していると明らかなフライングだ。

しかし、あの動きは流石に自己加速以外だとは考えづらかった。

「いえ、それだとフライングになりますからね。 アレは身体技能ですよ。」

「お兄様は九重八雲先生に師事していらっしゃるのですよ、渡辺先輩。」

しかし、達也の答えは否、純粋体術と回答。

更に深雪も兄が八雲の弟子であることを証言することで、達也のフライング疑惑を否定した。

「あの忍術使い九重八雲!? だから魔法なしであれだけの動きを……流石は古流だ。」

高名な忍術使いの弟子という事実が分かれば特に疑う要素もない。

ひとまず第1の疑問は晴れた、と言ったところか。

「では、はんぞー君が倒れたのも忍術によるものかしら。 私にはサイオン波を放ったように見えたんだけど……。」

「七草先輩、正解ですよ。 早い話、服部先輩はそれで酔ったんです。」

第2の疑問、服部が倒れた原因についての真由美の問いには紫輝が回答した。

魔法師は常にサイオンを感受している。

そこに強烈なサイオン波をぶつけて酔わせた……とまぁ至極簡単な方法だ。

しかし、そこで別の疑問が現れる。

「でも、基礎単一系のサイオン波だけで酔うなんて、普通は有り得ないはずだけど……。」

「……波の合成、ですか。」

鈴音は自身の推測を話し始める。

振動数の異なるサイオン波を3連続で作る。

その3つの波が服部の位置で丁度ぶつかるように調整する。

これにより、三角波が如く強い振動が発生して、酔わせるレベルのサイオン合成波が完成する。

「お見事です、市原先輩。」

「ですが、あの短時間で3つに振動波を作れるのに実技評価が低いのはおかしいですね……。」

最後の問題、発動速度。

実技評価と明らかに矛盾するところだが、それもすぐに理由は判明した。

「あの~……もしかして、そのCADってシルバーホーンじゃないですか!?」

「うわっ!?」

いつの間にか達也の持っているCADをまるでお宝を鑑定するような目で間近で見るあずさの姿があった。

あまりにいきなりの行動に達也を含む全員が吃驚していた。

そこからはあずさによるシルバーホーンの説明が始まった。

まぁ、ざっくり言えばトーラス・シルバーという奇跡のCADエンジニアが手がけた、『ループキャスト』に最適化されたCADだということ。

ループキャストとはその名のまま、一回の展開で同じ魔法を使用者のキャパシティの許す限り連続発動できる起動式。

……これらのことを矢継ぎ早に、立て板に水が如く説明するあずさの姿を見て、紫輝は摩利に尋ねる。

「渡辺先輩……中条先輩ってもしかしなくても……。」

「……ああ、重度のデバイスオタク、だ。 CADのことになるとあんな風に豹変してな……。」

そう言っている間に真由美があずさを落ち着かせ、その隙に達也はシルバーホーンを仕舞った。

しかし、ループキャストが連続発動の要因と分かってもまだ腑に落ちない点がある。

「しかし、ループキャストは同じ魔法を連続発動するもの。 振動数の異なる波を作るのは不可能のはずです。」

そう、全く同じ魔法を発動するだけでは、同じ振動数の波しか作れない。

合成波の根底が崩れてしまうのだ。

……が、鈴音は一つの方法に気が付いたようだ。

「まさか、司波君……貴方は、座標、強度、持続時間に加えて振動数も変数化した、と……?」

「ええ……ですが、多変数化は学校では評価外ですから。」

「……なる、ほどな……。」

ここで先ほどまで倒れていた服部がまだ酔いが残ってはいるが起き上がる。

話は聞こえていたのか、どこか納得したような表情だ。

「学校の評価項目は、『発動速度』、『魔法式の規模』、『情報の書換強度』……この3つ。 評価が合わないというのは、こういうことだったのか……。」

まだ辛そうだが、言わなければならないことがあるので鞭を打って立ち上がる。

そして、深雪の方へ向き直ると

「司波さん、先ほどは身贔屓などと言って申し訳ない。 目が曇っていたのは私の方でした……許して欲しい。」

先ほど、とは生徒会室でのことである。

その時も発言を撤回して、更に年下の深雪に頭を下げて謝ったのだ。

服部の様子に大半が呆気にとられたが、深雪は同じように頭を下げて

「いえ、私の方こそ生意気を申しました。 どうかお許しください、服部先輩。」

同じく生徒会室で熱くなってしまったことを謝罪。

これにより、一件落着であった……。

「これで二人とも正式加入ね……って、あれ? 紫輝君は?」

先ほどまで話に入っていた見物人の姿が見えないことにようやく気付く真由美。

他の面々も周囲を見回すが、その姿はどこにもなかった。

「何なんだアイツは……。 いきなり出てきたと思ったらいきなり消えて……。」

「それが紫輝ですから、気にしない方が賢明ですよ。」

唯一紫輝の去る様子を見ていた達也だが、いつものことなので気にしないように忠言する。

やや締まらないが、達也は風紀委員本部で、深雪は生徒会室で仕事についての説明を受けた。

(一科でもあんな殊勝な人間もいるのか。 これなら校内は心配いらずだな。)

そして、一足早く帰途に着いた紫輝は服部が自身の非を認めた様子を見て安心していた。

プライドを捨てて負けを認めることができるのは立派なことだ。

森崎のような一科生ばかりかと思っていた紫輝も考えを改めていた。

(まぁ、二科側にも問題は無いとは思えないんだけどな……それに関しては俺の領分では無いから突っ込む気もないが)

この差別意識は二科生側にも問題はあるし、紫輝もそれは感じてはいる。

しかし、紫輝はそんな問題まで解決しようとするお人好しでは断じてない。

それに、彼がわざわざ重い腰を上げなくても恐らく真由美辺りが動くだろう。

とりあえずは唯一の心配だった達也と深雪の周囲関係もどうにかなりそうだったので、当面は己の領分問題に手を割くことが出来ることに安堵しつつ、紫輝は帰り道を歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜……紫輝は自宅ではなく司波家に居た。

帰宅して暫く赤い帽子にヒゲが印象的な彼のレースゲーム(使用キャラは緑の恐竜)で遊んでいたら、深雪から連絡が来たのだ。

紫輝に問題がなければ食事がてらこっちに来てくれないか、と。

別に紫輝自身このようなことは初めてでもなく、むしろ頻繁にあると言ってもいいくらいだ。

なお、食事がてらというところに一瞬首を傾げるも今日あったことを考えてすぐに深雪の意図は理解出来た。

また、自炊は問題なくこなせる紫輝(HAR使用せず)だが、忙しい時はどうしても楽な食事に走ることもままある。

それを心配して、ということも含まれている。 というかいつもはこうである。

紫輝も丁度暇を持て余していたところなので快諾、司波家へお邪魔することになった。

食事中は紫輝が居るにも関わらず兄妹は人目を気にせずイチャコラしていた。

ただ、別に紫輝を蔑ろにする、ということもない。

紫輝自身もこのイチャコラ空間にはとっくの昔に慣れているし、むしろ微笑ましいとも思っていた。

その証拠に、適度に軽口が飛び出すくらいだ。

それが分かっているから達也と深雪も遠慮することがない。

「さて、俺はコイツの調整を行うが……紫輝、お前のCADは大丈夫か?」

「俺のは大丈夫だ。 確か先月やってもらったばっかだし、まだ大がかりな改革はいらんだろ。」

この会話から分かると思うが、紫輝のCAD調整は達也が基本的に行っている。

深雪の分も当然のことながら行っており、見るからに負担が大きいと思われる。

だが、紫輝のCAD調整でやることが意外と少ないからそれほどでもないのが現実だ。

紫輝自身でもメンテナンスくらいは出来るが、それでも餅は餅屋ということで達也に任せっきりにしている。

前回のメンテからそこまで期間を置いていないので今回は見送ることにしたが。

「なら、いつも通り好きに寛いでて構わないぞ。」

「オッケー。 んじゃ、お言葉に甘えさせてもらうぞ、と。」

達也は地下室へと向かい、紫輝は端末で何やら動画を見始めた。

流石に勝手知ったるとはいえゲームをやるつもりは全くないようだ。

そこに片付けを済ませた深雪が紫輝の隣に座って

「紫輝、もしかしてスケートの動画を見てるのかしら?」

「あぁ、今後の俺の指向の参考資料……兼、モチべ上げだな。」

深雪にも見えるように画面の位置を調整する。

そこに映っていたのは、2014年の世界選手権男子ショートプログラム。

それも、そこで1位に立った日本男子の演技だった。

「紫輝は彼の演技が本当に好きなのね。」

「元々表現力が凄くて、当時でも明らかにパーソナリティ溢れる選手だったからな……。 ただどうしてもジャンプが決まらず五輪代表争いでも6番手って言われてて。 それを決死の想い、そして己を鼓舞する言葉を力にして代表争いを勝ち取ったんだ。 俺以外にもこの人を尊敬する人は少なくないさ。」

普段は軽いように見える紫輝だが、スケートのことになれば真摯になる。

特に、過去の偉人の話をしている時は別人にも見えるくらいだ。

深雪としては、普段からこんな風ならもう少し敬愛するので惜しいと思っている。

が、互いに性別を超えた家族的感情を抱いているからむしろいいのか、と最近は思い直していた。

「そういえば深雪、達也は地下室に籠りはじめたから俺の目を気にせずにちょっかいかけるならチャンスだぞ?」

端末からは会場から溢れんばかりの歓声と拍手が聞こえてくる中、紫輝は一旦視聴を中止して深雪にそう促す。

深雪は一瞬何事かと混乱したが、すぐに今朝の会話を思い出した。

「え、まさか今夜!? まだ心の準備が……。」

「ほら、そこはCADの調整頼むついででやればいいんだよ。 俺と違ってお前は調整スパン短いし、何の違和感も無いだろ? ああ、具体的な行動はお前が決めろよ。 俺も覗くとか野暮なことはしないから別にR指定なことしても問題は無いぞ。」

「ちょ、紫輝!? 流石にそこまでは……。」

深雪はどんどん顔を赤く染めながら縮こまっていく。

紫輝が野暮なことをしないというのは嘘ではまずないので心配はない。

しかし、いきなりR指定だ何だ言われたら根からの淑女な深雪がこうなるのは言うまでもないことだった。

半分面白がっているが、割と真面目な口調で紫輝は続ける。

「おいおい、今日割と生徒会室で七草先輩に弄られたりしなかったのか? あの人のことだから達也と渡辺先輩が一緒だったからってあることないこと言ったりとかしただろ多分。 達也だから大丈夫だとは思うが、ここぞとばかりにそういう過激な悪戯くらいしてもいいと思うぞ俺は。 というかやってくれると俺が後々楽しいからやって欲しい。」

否、半分どころか8割は面白がっている。

しかし、今の深雪には突っ込むだけの余裕はない。

だから、紫輝の悪魔の囁きにすっかりその気になってしまった。

「……そう、そうよね。 妹だからこそいいのよね。 紫輝、私はやるわ。」

「おう、行って来い。 何事も当たって砕けろだ。」

深雪はどこかへ引っ込み、紫輝はそれを見送ったら再び端末で動画の視聴を始めた。

丁度、2015年GPFの男子フリーを見ている頃、地下で何かが倒れる音が聞こえた。

紫輝は音だけで地下で何があったのかはすぐに把握した。

(やれやれ、R指定にしてもいいとは言ったが……Gの方向にしろとは言ってないぞ俺は。)

まぁ、それで深雪の気が晴れるならいいかと思い直して紫輝は静かに帰り支度を始めた。




あらすじを見れば分かる方もいらっしゃると思いますが、紫輝は何と現役のフィギュアスケート選手でしたー。
何でまたこんな設定にしたのかと言うと、アニメ九校戦編の飛行魔法テストの時に深雪が空中スケートを行ったことが最大要因ですかね…トリプルトウループ飛んでましたし。
ただ、深雪までスケーターにするのは原作を考慮すると無理が生じるので、ダブルアクセルが苦手というファクターを加えて競技から遠ざけました。
2A飛べないとバッジテスト6級以上が取れませんからね…。
後は自分自身がそれなりのスケオタであることも要因です。
それに合わせて雫は九校戦オタクであり、かつスケオタに。 ちなみに他にもスケオタ設定が追加される原作キャラはそれなりにいます。
なお、紫輝のこの実力はリアルだと現在世界最高得点を保持している彼の同じ年頃に近いです…ジャンプだけ。 スピンとステップは隙があるので総合的には劣ります。
…正直フィギュアスケートを全く知らない人にとってはなんじゃそりゃって設定ですが、非魔法系の競技者という設定にはしたかったので。

後は微妙に初戦闘シーン。 一瞬で終わってますが。
この時出てきたゾンビ(仮)は最新5作目がなかなか出てこない某Hから始まるガンシューの最弱雑魚を想像してください。
何故干渉力と魔法規模がボロボロな紫輝が深雪みたいに対象を凍らせているのか…。
ちなみにペルソナは未使用です。 1話の冒頭で出てきた『彼』以外は使えませんので。

なお、4話は8話が書きあがり次第投稿予定なので、そこそこに遅くなる可能性が高いです。


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4. 嵐の如き歓迎期間

忘れていたわけではないのですが、リアルでゴタゴタしたり最新話がなかなか書きあがらずに上げるに上げられませんでした。
暫くリアル事情が不安定になるので更新も不安定になる可能性が高いです。
失踪だけはしないよう心掛けますが…。



 

達也の風紀委員入り、深雪の生徒会入りを皮切りに(別にこれらが基準というわけではないが)第一高校では年度最初の大イベントが始まろうとしていた。

クラブ勧誘活動期間である。

普通の学校でもあるであろうイベントで、別に目新しいということはない。

しかし、第一高校……というよりも魔法科高校にとっては今後を占う大事な行事だ。

この勧誘活動次第で、全国魔法科高校親善魔法競技大会――通称九校戦の成績が吉にも凶にも出るからだ。

九校戦とは、正式名称通り全9つの魔法科高校の代表選手が数々の魔法競技で競うもの。

いわば、魔法競技の甲子園と言うのが分かりやすい言い方であろうか。

この九校戦の成績は生徒にとっては進路に関わるし、学校側としても威信に依るところがある。

「まぁ、俺たちには基本関係ない話なんだよな。 二科だから出る幕ないし」

昼食の席でぼやくのはギリギリ一科に届かず二科になった紫輝。

彼の言う通り、これらの話は基本一科生がメインなので二科生である彼らにはそこまで関係のないことなのである。

「でも、非魔法系クラブも入部者の争奪戦は、そこそこ激しくなるって聞きますけど……」

「事前に決めておけば問題ないんじゃねぇか? 行きたい場所にさっさと行っておけば無駄に誘われないで済みそうだろ」

「一理あるけどそんなこと出来たら苦労しないわよ。 というか、私以外はもう行きたいところ決まっちゃってたりする?」

紫輝と同席しているのはエリカ、レオ、美月のいつものメンバー。

達也と深雪は生徒会室で勧誘期間の説明を受けながら食事をしている。

「私は美術部にしようと思ってます」

「俺は山岳部だな。 んで、紫輝は言うまでもなくスケート部だろ?」

「確かに俺は言うまでもないか。 ……エリカは決まってなさそうだな、その様子だと」

「ん~……ちょっとね。 っていうか、紫輝君はともかく二人とも決めるの早すぎでしょ」

紫輝は高校でもスケートは続ける気満々なので当然スケート部。

魔法科高校にあるのか、と最初は思ったが普通にあったのだ。

ちなみに、魔法科高校でスケート部があるのは一、二、五、八である。

インハイにも普通に出ているらしい。

そして、美月が美術部、レオが山岳部と聞いて紫輝は大いに納得した。

まさにイメージそのままなのだから。

「そうなるとエリカは注意した方がいいんじゃないか? 決めてないというのもあるが、見てくれも十分いいわけだからな」

「深雪じゃないんだし、そこまででもないと思うけどなー」

エリカは紫輝のそれをお世辞と取っている風だが、紫輝的には割と本心だ。

紫輝の見立てではあるが、仮に氷の上に立った場合は深雪とエリカの映え具合はそこまで差はない。

何故氷の上なのか、それは紫輝的に比べやすいからで他意はない。

そのくらいエリカの容姿は整っているし、雰囲気もまさに陽なので華やかさは十分だ。

故に部のマスコットにせんが為の争奪戦が起こるのでは、と紫輝は思って忠告をしたのだ。

まぁ、本人がこう言ってるならばしつこく言うつもりも無いが。

「いっそ紫輝君もいるし、スケート部にしちゃおうかな」

「おいおい、流石にそれは身の程知らずだろうが。 あんなの一朝一夕で出来るようなものじゃねぇぞ?」

「少なくともアンタよりはこなせる自信はあるわよ。 アンタじゃあ手すり磨きがせいぜいじゃない?」

「なっ、それはお前も同じだろ!」

……と、またまたエリカとレオの口喧嘩が勃発。

しかも喧嘩の種が自分とスケートなのが何とも悲しいところだ。

入学後何度目かもう数えるのも面倒なくらいの回数発生しているが、よく飽きないものである。

「はいはい、機会があったら滑り方を教えてやるからそろそろ行くぞ?」

もはや手慣れた様子で力づくで止めて(今回はピコハン×2)、そのまま食堂を後にする紫輝達であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後の座学が終わり、放課後。

達也は早々に風紀委員本部へと足を運んでいた。

クラブ勧誘活動期間中はデモンストレーション用にCADの携行が許可されている。

魔法を含めた乱闘が勃発しやすいので風紀委員の出番が多くなるらしい。

新入りの達也も早々に見回りに駆り出されるのだから、その忙しさは想像できる。

そんな達也に内心で合掌しながら、紫輝も早々に行動する。

廊下から外の様子を見ると、もう既に賑わいというか喧噪がこちらまで伝わるレベルだ。

既に決めている身なのに無駄に疲弊はしたくないので、紫輝はとにかく紛れた。

廊下も結構人が多いので、気配を紛らわせるには何かと都合がいい。

途中、人波に抗えずにいたほのかと雫を見掛けたが、下手に救助しようとするとミイラ取りがミイラになりかねないのでスルー。

そうやって人波を上手くやり過ごして、紫輝はスケート部の部室までたどり着けた。

部室とはいっても、あくまでミーティング等で利用する部屋だが。

部活動はあくまで外のスケートリンクで行う、ということは知っているので驚きはしない。

「失礼します……ってあれ?」

ノックをしても反応が無かったので、部室に入ってみるともぬけの殻だった。

ただ、部屋の中を見る限り、先ほどまで何人か人がいた形跡はいくつも散見される。

活動をしていない、というわけではなさそうだ。

……そうなると、いくつか考えられる線はあるが

(どちらにしろいないんじゃ仕方ない、少し時間を潰してからまた来るか。 幸い、暇つぶしの手段には困らないからな)

ここで誰かが来るのを待つという選択肢もあるが、流石に誰も居ないからって勝手に入って寛いで待つのも気が引けた。

クラブ勧誘期間もまだ初日なので、最悪入部は今日じゃなくても問題は無い。

気を取り直して今度は第2体育館へ向かう。

お目当てはここで演武を行っている剣道部である。

何で剣道部なのかは、やはり使用CADの片割れは十手なので近接戦闘技術に興味があるから。

それに、下手なところを歩いて勧誘されるくらいなら静かに演武を見る方が全然有意義だろう。

「……紫輝? 何故お前がこんなところにいるんだ」

演武を何気なく眺めていると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえる。

声の主と、その付き添いについては誰かはすぐに分かった。

後ろを振り返ることなく紫輝は苦笑気味に答える。

「スケート部の部室に行っても何故か誰も居ませんでしたーってオチだ。 出払ってるんだったらってことで、今はこうやってフラフラしてるってわけ。 ……そういう達也は見回りついでにエリカに付き添ってるのか? これはあることないこと深雪に密告しないとな……」

「待った紫輝君、流石にそれは私が危ないからやめてくれない?」

紫輝の最後の言葉が、本気か冗談か分からないので本気で焦っているエリカ。

達也はそれを冗談と判断してあえて取り合わなかった。

「スケート部の先輩方だったら走り回っているのを見かけたぞ。 お前のことを名指しで探し回っていたな」

アレは何が何でもお前が欲しいようだ、と付け足す達也。

本来ならもっとより良い環境を求めてもおかしくはないのに、何故か魔法科高校に入学したインターミドルチャンピオン、それが紫輝だ。

スケート部があるならばそのような超有望人材を見逃すはずがない。

自分の与り知らないところでそうなってることに、紫輝も流石に乾いた笑みが零れていた。

「ははは……まぁ、そういうことならあっちが探してくれるのを待つか、頃合いを見てまた出直すべきか。 やれやれ、人気者は辛いね全く」

「これでもし一科生、それも上位の成績だったらとんでもないことになってたでしょ。 ある意味二科生で良かったね紫輝君」

もしエリカの言う通りだったら……頭をよぎったのは、先ほどのほのかと雫の様子だ。

紫輝ならば楽にやり過ごせるのだが、気重な事態になるのに変わりない。

と、ここでふと紫輝は周囲の様子に気が付いた。

「ところで、目を離している内に何か騒がしくなってないか?」

先ほどまで竹刀の乾いた音しかしなかった体育館だったが、今はざわめきが主になっている。

何かあったのか……と3人は演武が行われていた方を向くと、一人の男子生徒が割り込んでいた。

「お、何か面白いことになってるじゃない。 よし行こう!」

エリカはすぐさま人混みの方へと向かっていく。

紫輝も野次馬精神というか、面白いもの見たさでエリカに続く。

達也は魔法が絡んだ荒事になる可能性もあると踏んで、あくまで風紀委員として現場へと向かう形で二人に続いた。

人混みを掻き分けて最前までたどり着くと、先ほど見えた男子生徒と剣道部であろう女子生徒が言い争いを始めたところだった。

「まだ剣術部の時間じゃないはずよ、どうして待てないの桐原君!」

「おいおい、心外だな壬生。 俺はただ、そっちの演武を手伝ってやっただけだぜ?」

割り込んだ男子生徒は剣術部で、剣術部の演武の時間は剣道部の後というのはすぐに分かる。

そして、これは明らかな割り込み行為で普通に考えれば剣術部に非があるように見える。

「おっ、これはなかなかの好カードね」

「エリカ、あの二人を知っているのか?」

「直接の面識はないけどね。 女子の方は一昨年の全国女子剣道大会準優勝の壬生沙耶香。 男子の方は一昨年の中学関東剣術大会のチャンピオン、桐原武明よ」

エリカによる騒動の渦中に居る二人の説明を受けて、紫輝も好カードという単語に納得がいった。

種目は大きく異なれど、紫輝も同じ世界に身を置くもの。

この二人が肩書き相応の実力、そして雰囲気そのものにシンパシーのようなものを感じていた。

……が、それと同時に。

(傍から見ればよくある、魔法系クラブと非魔法系クラブの衝突に見えるが……)

少なくとも達也とエリカには、ただの一科生と二科生の衝突にしか見えていないだろう。

だが、紫輝の中ではその決めつけには違和感が生じていた。

確かに挑発はしているだろう。

言い草も二科生を下に見ている一科生のそれに似たものに聞こえなくもない。

しかし、その言い草の中に別の何かが根にあるように紫輝は捉えていた。

プライドだけで二科を見下す輩とは何かが違う、と。

具体的に何かは分からないが……。

とりあえず、風紀委員である達也が今は静観を貫いているので自分も見守ることにした。

「口で分からないなら、剣で分からせるしかないみたいね」

「剣道が剣術に勝てるとでも? まぁ、可哀想だから魔法は使わないでおいてやるがな」

「むしろ、魔法ありきの剣術で純粋に剣だけの技を磨いた私に勝つつもり?」

……売り言葉に買い言葉、まさにそんな応酬である。

一触即発の雰囲気の中、達也は止めに入る準備は整えている。

いつ魔法による乱闘に発展してもおかしくない状況だから、その判断は正しい。

互いに竹刀を構えてから数秒の静寂の後に桐原が先に動き出した。

「ちょ、いきなり面?」

「いや、あの初弾はブラフだな」

不意打ち気味に動く桐原の面を狙った一撃は僅かに初速から減速している。

それさえ分かれば、この一撃がブラフであることはすぐさま見抜けた。

桐原の初弾を避け、そこからは互いに互いの剣を捌く膠着状態に。

一見すれば互角の勝負に見えるが、それは見た目だけ。

「桐原先輩不利だな。 初弾のブラフ以外面を狙う様子が無いから意図的に面狙いを縛ってる。 ……それにしても、準優勝でこれだけ強いのかよ。 全く気後れしてないどころか、押してるようにも見えるが……」

「……ううん、違う。 私が2年前に見た壬生沙耶香の剣と明らかに違う」

紫輝は男子相手に全く遅れを取らない壬生に素直に賞賛の言葉を贈る。

達也も内心で同じことを思っているが、エリカだけは壬生の技量に驚いているようだ。

「そんなに違うのか?」

「うん、断言できる。 ……たった2年でここまで成長できるなんて」

(確かに、急成長なら驚くのも無理はないか…… ただ、どうしても気になるな……壬生先輩のあの剣筋)

素人目でも分かる壬生の剣筋の鋭さ……否、それがあまりに鋭すぎることが妙に気になる紫輝。

確かに彼女は強い。

しかし、それは剣道というものに沿った強さなのかどうか。

その問いの答えは、当然紫輝にはあるわけがない……が、似たようなことを考えたことがあった。

それはかつての……

(あー、止めだ止め。 今はそれどころじゃねえ)

余計な思考に陥るところを寸でのところで振り切る。

と、あれこれ考えている内に状況は動いていて、壬生と桐原は互いに距離を取ってから決め手の一撃を放っていた。

二人の突きが、見た目同時に互いの小手に当たる箇所に入る。

「相討ち!?」

「いや、桐原先輩の方が浅い。 対する壬生先輩の突きはきちんと入っている」

よく見ないと分からない差だが、試合ならば確実に壬生の勝利となっているだろう。

剣道部と剣術部は勝敗が判明した瞬間に正反対の反応を示していた。

「勝負あり。 真剣だったら致命傷よ、桐原君」

淡々と勝敗を告げ、もう止めるように桐原に促す壬生。

しかし、桐原の表情に諦めは見られなかった。

諦めるどころか、不敵に笑っていた。

「はは……そうかよ壬生。 お前『真剣勝負』がお望みなのか? だったら……!」

桐原は左袖を少しまくってから腕に装着されている汎用型と思われるCADを操作する。

魔法の発動が完了すると、まるでガラスを引っ掻いたような不快な音、そして超音波がその場に響き始めた。

周囲の人間が耳を塞いでいる中、桐原は再び壬生に斬りかかった。

壬生は後方に跳んで回避を試みるが、不意を突かれたこともあり避けきれず、胴着が斜め一字に斬られていた。

(おいおい、高周波ブレードは流石にやりすぎじゃないか? 後の処分どうなるんだこれ……)

不快音に眉を顰めながらも明らかに見当違いなことを心配する紫輝。

高周波ブレードとは、殺傷性ランクBの近接用振動系統魔法。

刀身を高速振動させて、局所的に液状化を発生させてその箇所で切断する魔法だ。

紫輝も実物を見るのは初めてだが、確かにアレはほぼ真剣だとその威力には納得した。

……とはいえ、それを脅威に思うかどうかは別ではあるが。

解説はさておき、桐原は休む間もなく壬生に斬りかかろうとしていた。

「ダメ、危ないっ!」

流石に万事休すか……と思ったその時。

二人の間に割り込むように乱入する者が現れた。

言うまでもないだろうが、達也である。

乱入者の存在に周囲は驚愕、更に桐原もその動きを緩めてしまう。

それを好機と言わんばかりに、達也は両腕に装着したCADで魔法を同時発動させる。

するとどうか、その場の大半の人間が乗り物酔いのような感覚に陥ってしまう。

高周波ブレードの超音波による不快感から続けての感覚で、立っていられない生徒もいるくらいだ。

唯一多少不快な表情をしているだけの紫輝は例外中の例外であろう。

が、達也が発生させたであろう酔いの症状はすぐに収まった。

「え、一体何が……!?」

突然不快感が無くなったことでエリカは逸早く達也の方を見る。

目に入ったのは、達也が桐原を取り押さえている光景だった。

周囲の人間もその光景に目をやるが、一体何が起こったのか理解できている人間は殆どいなかった。

その例外の一人の紫輝は、ただただ微笑で達也のことを見ていた。

「こちら第2小体育館、逮捕者1名。 負傷していますので、担架の方をお願いします」

取り押さえている達也は、淡々とインカムで本部に連絡を取る。

その作業はまさに手慣れたもので、とても新入りの風紀委員には見えない。

「風紀委員……ってあれ、ちょっと待て。 二科生……だと?」

今までにない実例、二科生の風紀委員。

それを前にして達也、エリカ、紫輝以外からはどよめきが起こっていた。

更に言えば、一科生が二科生に抑えられているという状況もまた周囲の困惑を呼んでいた。

「ちょっと待て! 何で桐原が逮捕なんだよ!」

そんな中、剣術部員の一人が達也に抗議してきた。

(いや、むしろどう考えたらお咎めなしになるんだこれ……)

ツッコミを入れる紫輝だが、あくまで口には出さない。

別に横槍を入れてもいいとは思うのだが、折角幼馴染が仕事に精を出しているのに邪魔はするつもりはない。

「魔法の不適正使用により、桐原先輩は逮捕します」

抗議に対してあくまで簡潔かつ事務的に答える達也。

そんな態度が癇に障ったのか、剣術部員は口調を更に荒くしてまくし立ててくる。

「ふざけるな! それなら壬生だって同罪だろうが!」

あろうことか先ほどまで桐原と共に騒動の中心だった壬生も同罪だと訴えてくる。

それを聞いて紫輝はますます呆れてしまった。

まるで人の話を聞いていないのだから。

「魔法の不適正使用、と申したはずですが」

「何だ、その言い方…!」

達也としてはあくまで二度同じことを言っただけに過ぎない。

しかし、感情的になっている剣術部員からすればかなり鼻についたのだろう。

「言ってることは最もなんだけどねー……」

エリカも流石に達也の淡々とした受け答えはまずいと思っていた。

ただ、紫輝が相手じゃないだけまだマシだったのかもしれない。

彼の場合だと、確実に火に油を注ぐような挑発も混ぜた言葉が飛んできたであろう。

なお、今は黙っていてくれている紫輝は……相変わらず面白そうな笑みを向けていた。

紫輝がこれなら大丈夫か……エリカがそう結論付けた丁度その時、剣術部員は青筋を立てながら達也に飛びかかってきた。

しかし、達也はこれを最大限引き付けてからの最小限の動きで避ける。

飛びかかる対象を失った剣術部員はその勢いのまま前のめりに転ぶ。

「なっ……この野郎っ!!」

仲間がやられて(ただの自滅だが、あちらからしたらそういう認識)他の剣術部員も怒りの形相で達也に次々と襲いかかってくる。

しかし、数が増えようが同じこと。 引き付けて避けての繰り返しである。

横から来ようが、背後から来ようがまるで関係ない。

全て見切ってただ避けるだけだった。

「凄い、全部見切ってるんだ……あれじゃあ誰も達也君を止められない」

最初は助太刀をすることも考えていたエリカだったが、それも忘れてすっかり達也の身のこなしに見入っていた。

エリカがそうなってしまうほど、達也の動きには無駄が見られない。

「この、二科生の分際で!!」

「っ、ここで更に魔法!?」

見入っていたからこそなのか、一歩引いた位置で機を待っていた部員が痺れを切らした故の魔法の発動兆候に気付くのが遅れる。

しかし、達也は全く動じずに最初に桐原に対して行ったようにCAD二機で魔法を同時発動。

すると、奇襲を試みた剣術部員二人の起動式はあっさりと破壊されてしまった。

「な、何で……発動できない…」

更に明らかに何かに酔っているのか、立っていることすら出来ずに倒れこんでしまった。

これで全部か……と達也は周囲を確認していると、咄嗟に背後を振り返った。

何事かと思ったエリカはすぐさまそちらを見ると、まだ一人だけ残っていた者が既に魔法を発動させようとしていた。

達也は同じような手法で防ごうと……したが、それをするまでもなかった。

「なっ、俺の魔法まで!?……うわっ!」

何故か起動式が破壊され、更に何者かが最後の一人を転倒させていたのだから。

達也はため息をついて苦笑を浮かべていた。

「そのために今の今まで紛れていたのか? まさにいいところ取りだぞ、紫輝」

「何のことやら。 俺はたまたま親愛なる幼馴染の仕事を邪魔する不届きものを止めただけだぜ?」

達也の視線の先に居たのは、先ほどまで完全傍観に徹していた紫輝だった。

(い、いつの間に……?)

先ほどまでは自分のすぐ近くに居たはずの紫輝が、達也以外の誰にも移動を悟られぬことなく最後の一人を無力化したのだ。

エリカは達也が行った魔法キャンセルのことも相まって更に混乱してしまった。

「あれ、それで達也……これって問題行動じゃねぇよな?」

「いや、大丈夫だ。 あくまで取り押さえただけだからな。

  少なくとも不適正行為にはならないから安心しろ」

「ならいいんだ。 じゃあ、俺はそろそろ……「居た!」ん?」

達也のお咎めなしという回答を聞き、安心してずらかろうとした紫輝。

いつまでもこの場に居て、追及されることがあったら面倒極まりないからだ。

しかし、どこかからか聞こえた第3者の声に思わず立ち止まった。

すると、凄まじい勢いで紫輝の方に走ってくる一団がいた。

(おー、これはなかなか趣のある迎えで何よりです)

すぐに迎えと分かったその一団は器用に勢いにブレーキをかけて紫輝に急接近する。

「いやぁ探した探した! 君が獅燿紫輝君だよね!?」

「ええ、間違ってないですよスケート部の皆さん。 とりあえずまずは落ち着いて落ち着いて。 話は部室に行く道中で大丈夫ですから」

遠回しに現状入部の意思ありということを告げると、それを汲み取ったのか歓喜の叫びをあげるスケート部の面々。

その中には男子だけでなく女子も居たことには紫輝も少々驚いたが。

そして、少し落ち着かせてから第2小体育館を後にした。

……達也とエリカを除いて、大半はすっかりと置いてけぼりを食らっていたが。

「あははは……何というか、最後は見事に持って行ったね紫輝君……」

「まぁ、流石は紫輝と言ったところか。 これであいつも結果オーライだな」

最後の最後で台風のように騒動を締めていく紫輝に、二人は苦笑するしかなかった。

紫輝はあの後、無事にスケート部に入部することが叶った。

合流さえしてしまえば元々入る意思はあったので、部室に入ったらすぐに入部届を書いて即入部だった。

その時のスケート部室内はボルテージが凄まじいことになっていたが……。

それほど渇望されていた、と思うと紫輝もさほど悪い気はしなかった。

活動日や大会のことを説明、そして部員紹介の後は、それはもう怒涛のように時間が過ぎて行った。

特に紫輝への質問やアドバイスを求める声が矢継ぎ早だった。

一部を切り取ると、『何でそんなにホイホイトリプルアクセルが飛べるのか?』や、『今シーズン曲どうするのか?』、そして雫も質問した『4回転は競技用プログラムに入れるのか?』などなど。

紫輝も面倒臭がらずに1つ1つ丁寧に、かつどこか楽しそうに答えていた。

ただ、トリプルアクセルについてはどう答えたらいいものか分からずに

『うーん、とある五輪金メダリストじゃないんですけど、それこそ壁にぶつかっていくように飛んでるんですよね』

と、思いっきりズッコけながらも笑いを取るようなことを口走った。

また、4回転については雫に対するコメントと同じことを言ったら絶賛の嵐だった。

恐らく、最初の部活動の時は4回転トウループの実演から始まる可能性が高い。

そんな感じで時間は過ぎていき、部長の一声によって今日のところは解散となった。

外は既に夕闇に染まりつつあったが、まだ紫輝は帰るつもりはなかった。

事前に深雪たちと合流することを決めていたからだ。

校門の近くまで行くと、薄暗い中でもすぐに分かる集団が目に見えた。

エリカ、美月、レオ……そして深雪。 しかし、達也の姿はまだ無いようだ。

「悪い悪い、先輩方と談笑が白熱してて遅れちまった」

「まだお兄様はいらしてないから大丈夫よ、紫輝」

「俺たちもさっきまで部活だったからな、っていうか談笑が白熱ってどういう状況だ?」

達也の姿がまだないのは、今真由美、摩利、そして部活連会頭で十師族に並ぶ十文字克人に先ほどの騒動の説明をしている最中だからだ。

部活連というのは全クラブ活動統括組織のこと。

早い話、達也は一高内のスリートップ(三巨頭と呼ばれている)を前にしているのだ。

並の人間ならば恐れ多くて舌が回るかどうか。

何事かと紫輝も思ったが、紫輝から見ても達也の対応は問題は特になかったのでお咎めは無いはず。

自分があの時行ったことも、唯一あの場で正確に分かった達也もいちいち話しはしないから、懸念はない。

……話は変わるが、達也のことはスケート部での談話の中でも少しだが話題に上った。

実はこの一高スケート部、一人だけ一科生(2年男子)がいるのだが達也に対して悪感情どころかむしろ賞賛の言葉を贈っていたのだ。

現部長によると、このスケート部は割合こそ少ないが一科生が入るというケースは珍しくもないのだそうだ。

だから、この部では基本一科とか二科に捉われたりすることはまずない。

そんなことを考えている暇があったらコンパルソリーでもしている、とのこと。

居心地の良さを感じるとともに何とも愉快な集まりだと思ったものだ。

「もしかしてスケートやってる人って変わり者が多かったりする? 一科生なのに非魔法系クラブ所属って人もいるだなんて」

「結構いいところの出らしくて、かつそこそこ成績残してたらしいからな。 まぁ、スケーターに変わり者が多いのは否定しねぇが」

「紫輝がその筆頭ですからね」

深雪の直球発言には軽い手刀で返す紫輝。

こんな雑談をしている内に、達也が校舎から姿を現していた。

「わざわざ待っててくれていたのか、すまない」

「なぁに、大したことじゃねぇから気にすんな。 とりあえず初日からお疲れさん」

紫輝に始まり、順々に達也に労りの言葉を贈る。

「お疲れ様です、お兄様。 本日はご活躍でしたね」

「大したことじゃないさ、紫輝もあの場に居てくれたからな。 深雪もご苦労様」

深雪は最後に駆け寄りながら賛辞の言葉も忘れずに達也を労わる。

達也はそんな深雪の頭を撫で……まぁ恒例の兄妹イチャつきタイムだ。

「まぁ、兄妹だって分かっちゃいるんだけどな……」

「凄く絵になりますね」

「君たち、あの二人に何を期待してるのかな? 後紫輝君、ちょっとおじさん臭いよ?」

「ははは、ハリセンをご所望かな、お嬢さん」

冗談でハリセンを準備するのを見てエリカは流石に待ったをかけた。

痛くはないのだが、音が清々しいくらいに響くので心臓に悪いのである。

その後は時間もやや遅いということで、達也の提案で何か食べることになった。

待たせてしまったということからか、達也の好意によるおごりで。

エリカと美月は以前に引き続きで最初は遠慮がちだったが、深雪と紫輝が背中を押した。

なお、前回はおごった側の紫輝も今回はおごられる側である。

「そういえば達也、今日お前が逮捕した2年の桐原って高周波ブレードを使ったんだろ? よく何ともなかったな」

各々が頼んだものが来るまでの雑談で、今日の剣術部と剣道部のいざこざの話に移る。

「アレは有効範囲が狭いからな。 それさえ分かっていればよく斬れる刀と変わらないから対処は変わらないさ」

「それって、真剣の対処は簡単ってことですよね……危なくないんですか?」

何ということもない風に答える達也だが、恐らくその辺りの感性が普通な美月は真剣というだけで危険と思ったのだろう。

その懸念に答えたのは達也本人ではなかった。

「お兄様なら真剣くらいならなんてことはないわ」

「でも桐原先輩って超高校級の剣術使いだよ? 確かに達也君のあの動きは達人級だったけどさ」

「それでも此奴には全然届かないだろうな。 達也はただ動きがいいってだけじゃあないからな」

ブラコン上等な深雪と、口は軽いが達也への信頼は深雪と同等かもしれない紫輝。

達也にとって肉親、そして最も付き合いが古い友人(というか家族というレベル)の二人が断言したのだ。

3人は苦笑せざるを得なかった。 ……紫輝の言い草には意外に思いながら。

「でも、高周波ブレードって単なる刀というだけじゃなく、超音波も放ってたような……」

「確かに普通ならその超音波も脅威でしょうね。 でも、お兄様は魔法の無効化もお手のもの、十八番なの」

深雪の口から発せられた『魔法の無効化』という語句に疑問符を発する3人。

……が、エリカのみは思い当たる節があるから「あっ」と声を漏らした。

「エリカは思い当たる節があるようね。 お兄様が飛び出した後に乗り物酔いのような感覚に陥ったでしょう」

「うん、すぐに収まったんだけど結構クラクラしたわね……じゃあ、まさか」

「そう、それはお兄様の仕業よ。 お兄様、キャスト・ジャミングをお使いになったのでしょう?」

「「「キャスト・ジャミング!?」」」

『キャスト・ジャミング』……今度は一斉にこの単語に反応を示す。

語句からして魔法の無効化を意味する言葉に聞こえるが……

「全く、深雪には敵わないな」

「お兄様のことでしたら、何でもお見通しですよ?」

「って待ったー! それもう兄妹の会話じゃないぞ!」

話題を逸らすかのように雰囲気を出し始める兄妹にレオはすかさずツッコミ。

ツッコミを入れた、という点で紫輝は心底感心していた。

(ただ、もう少し切り込まないと駄目だぜ、レオ)

感心と同時にダメ出しも忘れずに、だが。

そして兄妹に見事にというか清々しく返され、レオは盛大にズッコけた。

「このラブラブ兄妹にツッコミ入れようってのが間違いなのよ……レオ」

ほんの僅かだが耐性が出来たエリカは撃沈したレオにそう言い聞かせる。

が、まだまだ兄妹の攻勢は続くようだ。

「おいおい、その言われようは不本意なんだが……」

「ふふ、いいではありませんか。 私とお兄様が深い兄妹愛で結ばれているのは事実ですもの」

行動は更にエスカレートして深雪が達也に思いっきり身を寄せてきた。

知らない人間が見て、この二人が兄妹に見えるかと言われたら……恐らく九分九厘Noだろう。

こんな行動を取られては、僅か程度の耐性しかないエリカもレオと同じように崩れ落ちるしかなかった。

……だが、その猛攻を止めるストッパーがようやく重い腰を上げた。

「1名冗談だってわかってないから悪ノリも程々にしておきな、バカップル兄妹」

何てことない声と共に兄妹の額に1つずつ扇子が投擲された。

割と勢いのあるその一撃に達也と深雪は揃って変な声を上げてしまう。

それと同時に、甘ったるい空気は一気に霧散された。

「え、え? 冗談?」

冗談だと分かっていない1名……美月はまだ赤い顔を覆ってしまった。

エリカとレオはそれを微笑ましいように見つめ、その後空気を変えた張本人を見やり

「うん、流石は幼馴染というか……」

「豪胆だな、紫輝って……いや、分かっちゃいたんだけどな」

「単に慣れてるだけさ。 時には空気を読まずに換気もしなくちゃな」

どこか憧憬を含んだ眼差しを向けていた。

割と強めのツッコミを受けた二人は苦笑しながら既に元の位置関係に戻っている。

「さて、キャスト・ジャミング云々の話だが……。 まずは、キャスト・ジャミングがどういったものかの認識は大丈夫か?」

紫輝はそのまま雑談の舵を戻す役を買って出た。

彼の問いに、3人は少し戸惑いながらも持っている知識から捻出を試みる。

「ジャミング用のサイオン波を発生させて魔法式の妨害をする、でいいんだよね? でも確か特殊な石が必要だったよね。 なんだったっけ」

「アンティナイトだよ、エリカちゃん。 あれ、でもアンティナイトって確か……」

「ああ、アンティナイトは軍事物資だ。 一学生が持てるようなものじゃないし、当然俺も持ってはいない」

魔法の妨害が出来る代物が魔法師が社会の基盤になってる今の世で出回るはずがない。

実際、軍以外で持っているのは表ならばSPなどの良家の護衛くらいだ。

……そんな達也の言葉に、明らかに矛盾していることに3人はすぐに気付いた。

「それじゃあどうやって無効化したんだ?」

「……これはオフレコで頼みたいんだが、俺が使ったのは『キャスト・ジャミング』ではない。 その理論を応用した『特定魔法のジャミング』なんだ」

前置きはここまで、ようやく本題というか結論から入る。

しかし、その結論がいきなり特大の爆弾ともいえる代物だった。

何故ならば

「あれ、そんな魔法って…あったか?」

「私は聞いたことないんですけど……」

「……え、まさか一介の高校生の達也君が新しい魔法を開発した……ってこと!?」

そう、達也の言った『特定魔法のジャミング』……こんな効力の魔法は今までにないものなのだ。

キャスト・ジャミングはあらゆる魔法をキャンセルするので汎用的なキャンセル魔法と言える。

これは先ほど出てきたアンティナイトが無いと使えない対抗魔法だ。

しかし、達也の言う魔法は、キャンセル範囲こそ一気に狭まるがそれでも絞りさえすればその魔法のジャミングは可能、だということ。

この違いが分かったからこそ、エリカ、レオ、美月は達也の非凡な才にただただ驚いていた。

「まぁ、偶然見つけたという方が正しいんだがな。 CADを2機同時で使うと互いのサイオン波が干渉し合って魔法が発動しづらくなるのは知っているだろう?」

「ああ……何となくで前に試したけど全然ダメだった記憶があるぜ」

「わ、身の程知らずー! そんな高等技術そうそう出来るわけないでしょ」

以前にCAD2機を試したレオをエリカが茶化して、また喧嘩になりかけるところだったが、

紫輝が笑顔で扇子を構えているのを見てすぐに収まった。

その様子を見てから、達也は説明を続ける。

要するに、このいわばキャスト・ジャミングもどきはこのサイオン波同士の干渉を利用したものだということ。

事前に妨害したい起動式と、妨害したいものとは逆の起動式をそれぞれのCADで展開する。

ただし、この2つは魔法式に変換せず複写増幅を行ってサイオン信号波とする。

この信号波を無系統魔法として放てば、この2つの魔法式と同じものはある程度無効化できる、という理屈だ。

理屈は理解したところで、レオが更なる疑問を口にした。

「理屈は分かったが、何でこれオフレコなんだ? 特許取れば儲かりそうじゃんか」

ぱっと見はただの新しい魔法と言うだけなので、特許を取れば利益は計り知れないものだ。

そう思うレオの考えは間違ってはいない。

しかし、このキャスト・ジャミングもどきについて忘れてはならないことがある。

「オフレコの理由は2つある。 1つは、この技術はまだ未完成であること、もう1つはアンティナイトを使わないで魔法を妨害できることそのものが問題だということだ」

「要するに、アンティナイトの価値が下がるし、その上こんな技術を反魔法師な連中が手に入れたら……ここまで言えば想像つくよな?」

達也が語る2つの理由、そして紫輝の付随説明。

特に紫輝が示した最悪のケースを聞いて、レオは合点が言ったようだ。

エリカと美月は最初から分かっていたようだが。

「確かに、魔法師が主になりつつある現代社会の基盤を揺るがしかねませんからね……」

「下手すると私たちまで危うくなるってこともあるわね」

「そういうことだから最低でも対策法が見つからない限り、公表する気にはとてもなれないな」

編み出した魔法で自分たち魔法師の立場を危うくするような自滅行為はまさにもっての外だ。

ただでさえ、昨今の魔法師に対する反対運動は絶えないのだから。

わざわざそんな連中に弱みを見せてやる道理など当然ながらない。

「ただ、このキャスト・ジャミングもどきは結局、起動式を瞬時に読み取って妨害準備をする必要があるから、おいそれと出来ることじゃないのも確かだ。 要するに今この魔法を使えるのは達也だけだからそこまで気にする必要もないとも言えてしまうぜ?」

「紫輝の言う通りですよ、お兄様。 私もちょっと考えが過ぎるんじゃないかと思います」

「何だ、二人とも俺のことを優柔不断のヘタレと言いたいのか?」

冗談めかすように言う達也。

それに合わせてか、深雪と紫輝も似たような表情で

「さぁ、どうでしょう。 紫輝はどう思ってるの?」

「俺は別にヘタレとは思ってはいないぜ? 石橋を叩いてるなってくらいには思うがな。

 では、ここでエリカにも聞いてみようかね」

達也の冗談を上手く盥回しにして深雪→紫輝、そしてエリカへ投球する。

その意図を理解したのか、エリカも少し意地の悪い笑みを浮かべる。

「私もそうは思わないけどねぇ、ここはあえて美月の意見も聞いてみちゃおうかなーって思うんだけど」

「え、ええ!? 私ですか!?」

更に美月へボールを投げるエリカだが、自分にまで飛び火するとは思っていなかったようだ。

不意を突かれてすっかり挙動不審になってしまう。

「全く、いいチームワークしてるな」

何とも言えない連帯感にレオは一人苦笑してしまっていた。

この連携に混ざらなかったことを良かったとも少し寂しいとも思ったが口には出さない。

出したら今度は自分が標的になりかねない……そう感じたから。

「あ、そうださっきの話にちょっと近いことなんだけど。 紫輝君ってあの時どうやって魔法をキャンセルしたの? 達也君とは違う方法だっていうのは分かるんだけど……」

エリカが思い出したかのように尋ねたのは、あの騒動の終わり間際のこと。

不意打ち気味に放たれそうになった魔法がキャンセルされ、その剣術部員は無力化。

それを行ったのは紫輝であることは達也だけでなくエリカも分かっていた。

しかし、魔法をキャンセルした方法が分からない。

少なくとも、乗り物酔いのような感覚にならなかったからキャスト・ジャミングもどきではないことは薄々分かってはいるみたいだ。

「あー……やっぱエリカには俺の仕業だってバレバレか。 あれは魔法はキャンセルしたっていうより起動式を破壊したのさ。 七草先輩があの時やったみたいにな」

特に隠し立てするようなことでもないのであっけらかんと真実を話す紫輝。

真由美を例に挙げたことで、エリカだけでなく現場を見ていないレオと美月、深雪も紫輝が何をしたのかがすぐに分かった。

「だが、紫輝の場合は会長のサイオン弾より更に密度が濃いから破壊というより粉砕、だな。 こいつは発動速度だけでなく、サイオン保有量にも長けているからな」

「へぇ、そうなんだ。 だから私と似たタイプのCADも持ってるんだね」

「まぁ、その代わり精度は言うほどじゃないぞ? あの時はあれくらいの距離だから当てられたようなもんだ。 十手の方もエリカに比べれば燃費は悪いしな」

「でも、そんだけ手札があると羨ましいぜ。 俺なんか硬化魔法の一点特化だからバリエーションを増やすのがせいぜいさ」

ただ、手札があるとはいえ今の紫輝は干渉力と規模が厳しいので魔法戦だと結構厳しいことに変わりない。

しかし、紫輝にとってそんなことは些細なことだ。

これから起こるかもしれないことを考えれば……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラブ勧誘期間はまだまだ続く。

たとえ紫輝が無事にスケート部に入ったとしても、だ。

しかし、勧誘期間が終わるまでは部活動も始まらない。

そうなると何が問題なのか……それは至ってシンプルだ。

(……暇だな)

早い話、それぞれ風紀委員と生徒会で活動中の兄妹を待つ時間が問題だ。

いっそ早く下校してスケートリンクに行くなりなんなりすればいいと思われるが、今日はリンクを貸し切る日だ。

そんな日に一般に混ざって練習する気にはなれなかった。

(達也に嫌がらせしてる、またはやろうとしてるヤツにお灸を据えるのも面白そうだが……)

深雪経由で聞いた話なのだが、勧誘期間初日の桐原の一件以来、やたら一部の上級生(大体一科生)が達也に嫌がらせをしているらしい。

襲撃犯を追うところに立ちはだかって妨害、乱闘に見せかけてわざと魔法を誤爆……あげるとキリが無い。

深雪はさぞご立腹だったが、それを聞かされた紫輝も同じだ。

達也ならば大丈夫なことは分かっていても、身内がそのようなことをされるのは許し難い。

しかもそれが二科だから生意気と言う、彼からすれば下らないにも程がある理由だから更に腹が立つものだ。

だが、ここはまだ表舞台……紫輝の場合はやりすぎてしまう危険性もある。

そうなった場合は迷惑するのは達也なので困っていた。

気配同調からのサイオン弾(厳密に言えば、紫輝が使うこれはちゃんとした魔法名はあるのだが割愛)だけなら魔法を使用した嫌がらせ妨害にはなる。

あんまり度が過ぎるようならそれを行使してやろうと思った。

さて、今日は遅寝早起きが続いて妙に睡眠不足な感が否めないので昼寝でもしようと屋上へと向かっていた。

(あれ、誰かいるみたいだが)

屋上へのドアを開けようとしたところで、先客が居ることに気付く。

まさか、この時期に放課後に屋上で屯するなんて考える生徒がいるとは露にも思っていなかった。

まぁ、構わず寝てればいいかと思い、ドアを開けると……

(おい? 何だこの見てはいけない光景は)

双眼鏡で何かを必死に追っている女子生徒が3人、紫輝の視界に入った。 というか入ってしまった。

しかも内2人が知り合い……ほのかと雫だから余計にどうしたものかと思ってしまった。

これが全員顔も知らなければ知らんぷりで昼寝に興じることも出来たのだが……

ここは3人の動向を見守る形となった。

「あ、達也さん発見」

雫がぽつりと呟いたのを紫輝は聞き逃さなかった。

達也が対象……ということは、一瞬本当にストーカーになっていたのかと思ったがすぐにそれは思い直すことになる。

「後ろからまた魔法!」

(……あー、そういうことか)

達也に対する嫌がらせの魔法行使を見て、またと言ったことで彼女たちが何をしているのかがようやく分かった。

何かの偶然で達也が嫌がらせを受けていることを知ったのだろう。

そのことに紫輝同様に憤りを覚えて、襲撃犯をどうにかできないかと探っているところか。

一般生徒の領分を超えている気がしないでもないが、それは紫輝には関係ない。

「おっと、魔法が効かないからって逃げてるぞ襲撃犯」

達也がキャスト・ジャミングもどきで魔法をキャンセルしたのを見て、思考を巡らせるほのかと雫に対して言葉を掛ける。

無論、気配同調も解いている。

いつの間にか隣に居た紫輝に驚きながらも、逃走を図る襲撃犯の方へ視界を集中させる3人。

相手も自己加速術式を使っているからかかなりのスピードだが、かろうじて顔は捉えることが出来たようだ。

そして、今度は雫とほのかの目は紫輝の方へと向いていた。

「えっと……な、何で獅燿君がここに……?」

「達也と深雪を待とうと思ったが暇でしょうがないから昼寝に来た。 すると面白そうだから俺も混ぜてもらったってだけだぞ?」

「それ、凄く趣味が悪いよ獅燿君」

雫の言うことは一理あるというか、もはや正しいのだが紫輝は全く悪びれない。

そして、ほのかの顔色はどんどん青くなっていた。

達也にかなり近しい関係の紫輝にこのストーカー紛いの行動をしているところを見られたのだから無理もないが。

「獅燿君! お願いですから達也さんには絶対に言わないでください! 後、深雪にも!」

「安心しろ、流石にそこまで性悪じゃあない。 そっと胸の内に仕舞っておくさ」

……達也なら分かっていそうだが、という言葉は出さずに紫輝は黙認を了承した。

まぁ、何か聞かれたら事実を伝えれば変な印象を与えないで済むだろう。

そして、今度は初めて見る3人目の女子の方へ向き直る。

「そちらは初めまして、だな。 1-Eの獅燿紫輝だ。 一応達也と深雪とは幼馴染で、そっちの2人とも仲良くさせてもらってる」

「へぇ、あの究極美少女とそのお兄さんの幼馴染かぁ。 あ、私はアメリア=英美=明智=ゴールディ。 よろしくね、獅燿君」

こちらが二科生であっても全く態度に変化が無いエイミィを見て、紫輝は思った。

(……これ、むしろ森崎と不愉快な仲間たちが少数派に見えてくるんだが……)

出会ってきた割合の問題なのだろうが、そう錯覚してしまうのは無理もないだろう。

達也から聞いた話だと、風紀委員も実力主義故に一科二科というしがらみはそこまででもないらしい。

生徒会も言うまでもない。 唯一それだった服部もあの様子だと考えを改めていると思われる。

まぁ、少なからず達也の影響もあってのこともあるのだろうが……。

(だから出る杭は打たれるってノリで今の状況なんだよな……)

「そういえば、獅燿君はちゃんとスケート部に入った?」

「ちゃんとって、おいおい……まぁ、入ったぞ? 他に選択肢もないし」

これでもしスケート部に入ってなかったらどう続いたかが若干怖いくらいの勢いだ。

他のクラブに入っていたら間違いなく兼部を推していたに違いない。

「へぇ、獅燿君ってスケート滑るんだ。 かっこいいね!」

「ちなみに、前シーズンの全中優勝者だよエイミィ」

「ふぅん……って、え!? まさかのかなりの実力者っていうか全国区!?」

非魔法系の競技でも全国区クラスならば驚かれるのはやはり変わらない。

こう何度も驚かれるのを見てしまうと紫輝としても若干こそばゆくなってしまうところだ。

「そういえば、その恰好を見るに3人も部活は決まった組ってことか。 エイミィは狩猟部なのは一発だとして……」

「私と雫はSSボード・バイアスロン部です。 ちょっと色々とあったんですけどね……」

SSボード・バイアスロン部と聞いて紫輝はほのかの言う色々がすぐに思い当たる。

スケート部での雑談中に話題に上がったのだ。

OGが二人の女子生徒を攫って風紀委員長……要するに摩利とのスケボーチェイスが始まったとか。

その二人の女子生徒がほのかと雫だったというわけなのだが。

「色々あったけど現部長は大丈夫だから、多分」

「まぁ、ウチの部長も俺を引き入れるために部員総動員させるような人だからなぁ……」

「そりゃあ全中チャンピオンは何としてでも欲しいでしょうに。 あ、そういえばあの時凄い走ってたのってスケート部だったんだね」

その後も暫く部活動の話に華を咲かせて(紅一点の真逆でも紫輝は全く持って動じていない)、いい時間になったので紫輝は達也と深雪に合流、3人も帰宅することとなった。

最初に確認した達也に襲撃を掛けた生徒(エイミィ曰く剣道部の部長らしいが)の裏付けを取るように助言することも忘れずに。

(しかし、達也に魔法を撃った奴が剣道部部長……偶然じゃあねぇよな……)

桐原が剣道部に突っかかったのも何か理由があると思った紫輝の直感もあながち間違いではないかもしれない。

今はまだ何も起きていないが、俗に言う嵐の前の静けさなのだろうか。

これでもし、『アイツら』まで絡めば……ものの一瞬で殺伐とした騒動と化すだろう。

(そっちの警戒はそろそろ密に、だな。 ……やれやれ、入学早々これとはな……)

入学早々起こり得るトラブルがどこまで面倒になるのか、それを思って紫輝は静かに溜息を吐いた。

 

 




紫輝が使ったサイオン弾丸は…まあ、言うに及ばずあの魔法です。
CADなしでもこれだけの精度ですが、CADありだと赤いコートの彼よりちょっと悪い程度の狙撃精度になります。
次話からじわじわ事態が動きます。 そして、ようやくまともにあいつらの登場します。


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5. 反魔法活動と悪魔と……

何とか1ヶ月投稿は守れましたね。
明日から3日間は全部某アイスショーに行きますので、上げるならまさにこのタイミングでした。
今現在はFateGOで大暴れ中。 頼光様欲しかった気もするけど、まあ来ないものはしょうがないね。
ライダーゴールデンがいればそれでいい。 ただ、これで☆4ライダー何人目だろうか。



今年のクラブ勧誘期間はいつも通りに騒がしくなり、そしていつも通りに収束するように終了した。 それと同時にクラブ活動がスタートするので、新入生の大半はここから平常運転が始まると言ってもいいだろう。

逆に、平常運転が始まるからこそ一息をつける者もいるわけなのだが

「達也、今日は風紀委員は非番なのか?」

「ああ……やっと一息つけるよ。」

そう、クラブ勧誘期間内はずっと働き詰めだった風紀委員である。

期間中はずっと校内を巡回、更に問題が発生した場合は即座に対応。

特に達也は2日目以降の一科生による妨害も相まってか気苦労が絶えなかったからなおさら安堵感の中に居た。

「魔法で攻撃を受けたりもしたんですよね? 何事も無くて本当に良かったです。」

「まぁ、達也にはアレがあるから基本大丈夫だろうが、本当に何事も無くて安心したぜ。」

珍しく心配するような口調の紫輝だが、あまりに目に余ったので最終日辺りの妨害に対しては密かに気配同調→想子弾丸のコンボで達也を援護していたりもする。

無論、達也以外には誰にも紫輝によるものだとは悟られてはいない。

「あまりの活躍っぷりから、達也君は反魔法師派がよこした刺客だなんて噂も流れてるわよ。」

「他人事のように言ってくれるよ、全く……」

根も葉もない噂に、達也は更にため息を吐いた。

その様子から、もう少し早めに行動を起こせばよかったかと紫輝も若干後悔していた。

「今日からCADの携帯制限も元通りだし、そっちの心配も無くなるだろ。 勧誘期間も終わったから無法地帯ってことももうねぇしな。」

「そうだといいんだがな……。」

傍から見れば疲れ混じりの返しにしか見えないが、実際のところこの時点で達也は何か予感を感じていた。

その原因は、昼休みの生徒会室でのとある一件。

勧誘期間が終わってどこか気が緩んでいるところにその話題は上がったのだ。

1枚の写真と、達也の襲撃現場の証拠という文面の通報。

達也、そして深雪はこの写真の出所が何者なのかはすぐに分かった。

しかし、肝心の写真は逃走しているところなので証拠能力は無い。

その場では放っておいても問題ないという結論を出し、真由美や摩利も同意して終わったが……。

深雪の迎えに行く道中で、達也はまずこのことを紫輝に伝えた。

紫輝は屋上での一件で写真の出所がほのか、雫、エイミィの3人だということはすぐに察する。

その上で、彼も達也と同じ不安を覚えた。

「学生レベルの嫌がらせで済むならまだしも、今回はどうも色々ときな臭いからなぁ。」

「やはりお前もそう思うか。 ということは、お前の方の一件と絡んでいる可能性もあると?」

「大ありだな。 学校周辺に居たのが天然モノじゃなくて人造、しかもプロトタイプってところがますます怪しい。」

あっちの専門家の意見を聞いて達也の不安も更に広がる。

この時点で達也はある団体の関与まであると睨んでいるが、紫輝の担当案件まで重なるとなればふとした拍子で一気に事態が変わる可能性すらある。

そして、相手が何かを仕掛けてくるとしたら……危険なのは誰かは言うまでもない。

「紫輝、可能な限りでいいから頼まれてくれないか?」

「了解。 まずは索敵範囲を絞らせておく。 そうすれば俺が動けなくてもまだどうにかなるはずだ。 お、来たようだぞお姫様が。」

言うまでもなく深雪のことだが、彼女がA組の教室から一目散に向かってきた。

「お兄様、お待たせしました……って、紫輝は今日から部活じゃないの?」

「よほど遅れなきゃ時間についてはあれこれ言われねぇからな。 やれやれ、いきなり4回転実演だからプレッシャーが凄まじいぜ。」

本当にプレッシャーになっているか否かは分からないが、とりあえずサボっているわけではないので深雪もそれ以上追及はしない。

それよりも聞いておきたいことが深雪にはあった。

「あの、お兄様……先ほど紫輝と話していたのはもしかして……。」

「ああ、昼休みの件だ。 紫輝には耳を通すべきだと思ってな。 紫輝の方も関わっている可能性が否定できないから助力も頼んでいたところだ。」

「まぁ、俺にとっても3人はダチだからな。 危険なら助けるのは当然のことさ。」

紫輝が動くと聞いて深雪は若干だが安心した。

流石に達也ほどとまでは行かないにしても、深雪は紫輝のことは信頼している。

彼が達也と同じ方向に舵を切れば、それこそ敵などいないとまで思っているくらいだ。

そんな深雪の様子に達也と紫輝は揃って苦笑を浮かべていた。

「あ、ちょっといい?」

暫く歩いていると、背後から声を掛けられた。

3人は一斉に振り返ると、そこに居たのは紫輝と達也は見覚えのある顔の女子だった。

「一応はじめまして、かな? 私は2年の壬生沙耶香。 貴方たちと同じ二科生よ、司波達也君、獅燿紫輝君。」

達也はまだしも、まさか自分まで認知されているとは思ってもみなかった。

あの時の自分は最後の最後しか手を出していないし、それも達也とエリカにしか見えていないものかと思っていたからなおさらだ。

「あれ、達也はともかく俺って名乗ってもいませんよね。」

「ほら、あの後スケート部が凄い勢いで現れて君を連れ去ったじゃない。 それに、かつてのスケート黄金期に迫る実力を持つ全中覇者ってことでも有名よ?」

全中覇者で実力も備わっているくらいで魔法科高校内で有名になるかはさておき、前者の理由で納得行った。(スケート黄金期に迫る、というところは内心で全力否定)

考えてみればエイミィもスケート部が行った『獅燿紫輝をさがせ』は知っていたのでおかしな話ではない。

「それで、自分に一体何の用なのでしょうか壬生先輩。」

話がずれかけているところを達也が軌道修正に入る。

あんまり時間がかかると深雪が生徒会室へ行くのがどんどん遅れてしまうから、手早く済ませたいところなのだ。

「あ、話が逸れちゃってるわね。 剣術部との諍いの時に司波君助けてくれたでしょう? そのお礼がしたいから一緒にお茶でもどうかな。」

達也、そして紫輝としては予想通りの用だった。

ただ、この時紫輝の直感は何かを察知した。

ほのか、雫、エイミィの3人と共に確認した達也に魔法を放った男子生徒。

エイミィはあの時剣道部の部長と言っていたことを紫輝ははっきりと覚えている。

本当に達也に魔法を放った人間の一人がエイミィの言う通り剣道部部長とは限らない。

しかし、この如何にもというタイミングで同じ剣道部員の壬生がわざわざ達也に会いに来ているのが引っ掛かる。

本当にお礼がしたいだけなのかもしれないので断言はできない。

だが、警戒しておくに越したことは無い……紫輝はそう結論付けた。

達也は壬生の誘いを15分後に合流する、という形で了承した。

深雪を生徒会室へ送ることを当然ながら優先した。

その後は何事もなく生徒会室前に到着、達也は図書室で待っていると言い残して去ろうとする。

「お兄様、その……気を付けてくださいね。」

「壬生先輩のことか? せいぜい部活の勧誘がせいぜいだと思うから大丈夫だと思うが……。」

恐らく女の勘というやつなのだろう、嫌な予感がよぎる深雪に対して達也は若干楽観的だ。

いつもなら紫輝も楽観的に接するところだろうが、今回は深雪と全く持って同感だった。

「お兄様が名声を博するのはとても嬉しいことです。 ですが、その力を利用しようとする輩も現れるのではないかと思うと、不安で……」

「流石にそれは気にしすぎだろう。 それと深雪、たかだか高校生の活動で名声を博するは大げさだぞ?」

「もう、いいじゃないですか!私にとってお兄様の名は名声なのです!」

照れ隠しでそっぽを向いてしまう深雪を微笑ましく思いながら達也はその場を後にした。

紫輝もそろそろ行こうと踵を返そうとすると、後ろから袖を掴まれて立ち止まった。

「……紫輝も同じ予感がしているのよね?」

「ああ、壬生先輩のことはどうも引っ掛かりを覚える。 ……深雪、桐原先輩の供述書かなんかって見たのか?」

生徒会役員の深雪ならば逮捕した生徒の供述書を見てもおかしくはない。

その中に、引っ掛かりを解決するカギがあるかもと思い、深雪に尋ねた。

深雪もまさにそのことを紫輝に相談しようと思っていたのでまさに互いに都合が良かった。

彼女が話した内容は、まさに紫輝が感じていたことほぼそのままだった。

壬生の剣筋が剣道らしからぬ荒々しいものになっていたこと。

元々綺麗だった彼女のそれを殺伐としたものに変貌させた汚染源がきっと存在するということ。

そして、それを正そうとしたというわけではなく、ただの八つ当たりであの行動に出たとのこと。

最後の八つ当たりに関しては若干予想外だったが、軒並み紫輝の予想と一致していた。

紫輝の疑念がますます確信めいたものになっていく。

「ありがとよ、深雪。 八つ当たりってのは意外だったが大体俺の推測が当たってた。 というわけでこっちからも情報提供。 生徒会に送られた写真に写ってる人物だが剣道部の部長だろうな。 提供者があの3人ならその可能性は高い。 よって、剣道部は黒の可能性が濃厚だ。」

「じゃあ、壬生先輩はやはり……。」

「恐らく、達也をその手の話に誘導する可能性はあるな。 まぁ、達也なら問題はないだろうし、むしろ釣り上げる可能性すらあるだろうから今は待つことしか出来ない。 特に深雪は下手に動けば狙われる危険性も増えるし、それは俺も達也も絶対に避けたいからな。」

紫輝としても達也任せになってしまうのは心苦しいが、相手の狙いが達也である以上仕方ない。

それならば達也が相手を釣り上げて本命が居るようならばそれを叩くのがベストだ。

そのついでで紫輝の方の本命が出てきてくれればなおよし。

まだ完全にそちらも関わっているとは断言こそ出来ないが、最悪の状況を考えれば普通に有り得る事態だから、備えるに越したことは無い。

深雪も心苦しいことではあったが納得していた。

ある程度この件の方針を固めたところで、深雪と紫輝は今度こそ別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深雪は生徒会、紫輝は高校生活初の部活動に励んでいる間、達也は壬生とカフェで話をしていた。

去り際では深雪はあのように心配していたが、達也自身は深雪、そして紫輝以外に靡くつもりなど到底ない。

それだけのために彼は今ここに在るのだから。

さて、壬生との会話はまず改まったお礼から始まった。

達也は別に風紀委員としての務めを果たしただけと謙遜で返すも、壬生の方から穏やかでない言葉がいきなり出てきた。

曰く、『風紀委員の活動は学校への点数稼ぎ』とのこと。

そんな事実は無いと思われるが、壬生はすっかりそう思い込んでいるようだ。

半ば強引な流れからとはいえ、それでも自分が所属している風紀委員がそのような依怙贔屓を受けていると言われるのはあまりいいものではないと冗談のように指摘すると、達也は別だと慌てて取り繕った。

(何故風紀委員に悪感情を持っているかは読めないが……まぁ、報告事項だな。)

風紀委員の話は一旦打ち切り、今度は達也の剣道部への勧誘に移った。

これは予想通りの範疇、出方としてはベターだろう。

ただ、達也にそれを受ける理由は特にないのは言うまでもない。

元々彼は徒手格闘術を使っての近接戦闘がメインで、剣は素人。

何故そんな自分を誘ったのかを逆に聞いたら、『剣道に向いていそうだから』と無難な答えが返ってきた。

どう考えても別に理由があるのは明白である。

「壬生先輩、自分を誘うには他に理由があるのでは?」

あえて直球に他の理由を引き出そうとしてみる。

いきなり投げかけられる質問に壬生は少しだけ動揺を見せるが、隠しても仕方ないと判断したのか、すぐに口を開いた。

「私たち非魔法系クラブで連携して部活連とは別の組織を発足しようと思ってるの。 実技の成績とかは仕方ないにしても、クラブ活動でも魔法が優先されるというのはおかしいと思ってね。 魔法が上手く使えないからと言って、私の剣……私自身まで否定されるのは耐えられない。 私たちは魔法だけが評価の対象じゃないって学校側に伝えたい。 司波君にはそれを手伝ってほしいの。 あ、今日は無理だったけど獅燿君にも話をするつもりだから。」

いきなりスケールが大きくなって達也は思わず苦笑してしまった。

彼自身壬生は割と剣道一筋だと思っている節があったのでそのギャップに苦笑した、という方が正しいのだが……。

「司波君、もしかしてバカにしているの?」

このタイミングで苦笑されては誰でもこう思うのは仕方ない。

しかし、達也自身は別にバカにしているというわけではない(というよりバカにすることが出来ないという方が正しい)。

「いえ、自分の目が曇っていたと思っただけです。 壬生先輩のことをただの剣道美少女と思っていましたから。」

普通なら歯が浮くような言い回しだが、こういう言葉が平然と出てくるのは達也ならではだ。

しかし、言われた方の壬生はあまりそう褒められるのに慣れていないのか、顔を朱に染めて俯いてしまった。

この場に紫輝が居れば間違いなく嫌な笑みを浮かべながら言っただろう。

『この天然ジゴロが、深雪に通報するぞ?』、と。

それを考えると、紫輝が部活に行っていたのは好都合、または救いとも言えた。

「一応忠告しておくと、紫輝の勧誘は難しいと思いますよ。 あいつは普段の言動こそ軽いから誤解されがちですが、スケートに対する心根はこっちが眩しいと思うほどひたすらまっすぐです。 たとえ一般的に評価されなくても、何も気にしないと思いますよ。」

話の流れをすっぱりと変え、紫輝の話に移した。

とはいえ、こんな忠告くらいで諦めるとは達也自身も思ってもいない。

ただ、紫輝が何かを言って事態を拗らせないようにするための予防線だ。

まぁ、この状況で紫輝が余計なことをするとは思えないが、念には念を入れてだ。

「それは分からないじゃない、全中覇者なのにそれが二科生になったというだけで評価されなくなるってなったら内心は悔しく思ってるかもしれないわよ?」

自分にも言い聞かせているような、そんな言葉だ。

しかし、紫輝の場合はそれは有り得ないと達也は内心で断言していた。

そもそも紫輝は自分と同様に二科生になることを承知で入学している。

プライドが無駄に高い一科生に対する辛口は多いが、だからと言って自身の評価に不満を持っているわけではない。

むしろ、今の自分の状態を受け止めて真摯に己を高めている。

そんな紫輝が壬生が言ったように内心で腐っているかと問われれば、否と言い切れるだけの自信は達也にはあった。

ただ、それを口に出しても仕方ない雰囲気なのであえて言わないが。

「紫輝のことはさておき、壬生先輩は学校側にそのことを主張してどうしたいのですか?」

逸れつつあった話題の軌道を再び戻し、手っ取り早く結論を尋ねる。

魔法以外でも評価してほしい、という方針は分かったが、結果として学校に何を求めているのか。

せめてそれは知っておきたいのだが、壬生は答えるに答えられない様子だった。

「結論が出ている、というわけではないのですね。 でしたら、結論が纏まったらまたこうして話しましょう。 それまでは保留ということで。」

「あ……うん、分かったわ。 じゃあ、これ私の番号。 決まったら連絡するから。」

壬生の番号を受け取り、この場は別れることになった。

この後は深雪の迎えが来るまでは図書室で資料を閲覧していた。

色々とゴタゴタがあって叶わなかった資料閲覧が出来たことで、深雪が迎えに来た時の達也はいつもよりも生き生きとしていたとかなんとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、昼休みの生徒会室で達也は壬生と話したことを真由美と摩利に伝えた。

最初は何故か壬生に言葉責めをしていただのというデマのせいで大幅に話が逸れてしまったが。

そのデマを本気で受け止めてしまった深雪が感情のままに魔法を暴走させかけて氷の世界を形成しかけたが、達也の弁明で事なきことを得たとか。

この時ほど達也は紫輝がいたらと思ったことは無かった。

そのことはさておき、まず風紀委員の活動が内申に影響があるのかと摩利に尋ねたが、答えは当然ノーだった。

名誉職でしかなく、躍起になって就任するようなものではないらしい。

こうなると何者かが印象操作をしているのは明白になってくる。

思い込みが激しいと言っても少々度が過ぎている。

真由美と摩利が妙に言い淀んでいる様子を達也は見かねて自分の推測を口にした。

「印象操作している連中にはバックがいるのでしょう? 例えば……反魔法国際政治団体、ブランシュとか。」

「なっ……何で達也君がその名前を!?」

「政府レベルで情報統制がされてるはずなのに、どうして!?」

達也から高校生レベルでは知りえないはずの組織名が出てきたことに驚く2人だったが、達也からすればそれはどうでもいいことだし、話すつもりもない。

こういう時は深く追及される前に、こちらから深く切り込んでいけばいい。

「人の口にはそう簡単に戸は立てられないということですよ。 この件についての政府のやり方はどうかと思いますよ。本来なら公開して然るべき情報です。」

「……そうね。 魔法を排斥しようとする集団があるのは事実なのに、まるで逃げの一手だものね……。」

「……いえ、会長の立場なら仕方ないと思います。 ここは国立の機関で、その国が規制をかけているのですから。」

あくまで非があるのは国であり、この学校ではない。

更に言うなら、生徒会長とはいえ一生徒でしかない真由美が責任を感じることはない。

自分で追いつめておいて慰めるというコンボを達也は意識してか無意識かは分からないが行っていた。

そのことを摩利が面白そうにからかい、また深雪が魔法を暴走させかかる。

無論すぐに止めにかかる達也だが、これからは紫輝も何とか言って連れてくるべきかと本気で思ってしまった。

そして、昼休みが終わり教室へ戻る直前には今回の壬生の件について改めて頼まれる。

今回の話を聞いて、ますます放っておけないと思った達也は出来る限りのことはする、と返してその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブランシュの話が出てきた昼休みと同日の夜、紫輝は司波家に訪れていた。

今回彼を呼び出したのは達也だ。

要件は聞かなくても分かるし、紫輝としても丁度良かったからその誘いは快く受けた。

また、放課後部活に向かう時にたまたま幹比古に会ったので情報共有を行った。

幹比古も精霊を用いて適度に学校の周囲を探っているのだが、時折精霊がざわめくらしい。

完全にイコールでは結べないが、『奴ら』の可能性が高い。

しかも、精霊が騒ぐほどなので天然モノと見られる。

裏でここまで尽力してくれた幹比古に紫輝はひたすら感謝した。

紫輝の偵察役はほのか達の方に割いているので幹比古の行動はまさにファインプレイと言えた。

ちなみに、今のところほのか達の方は何も起こってはいない。

さて、話は少々逸れたが今の紫輝は達也と共にケーキを食べる深雪を眺めながらコーヒーを飲んでいた。

嬉しそうにケーキを頬張る深雪の姿を見て、『こういうところは普通に年相応だよなぁ』と正負のどちらとも取れないような何とも言えないことを考えていた。

「お兄様、美味しいケーキをありがとうございました。」

「深雪にはいつも美味しい料理をご馳走になってるからな、そのお返しということにしてくれ。」

こんなやり取りを聞くと、時折だが食事の世話になってる身として自分も何か返すべきかと考えるあたり紫輝も意外と律儀だ。

「紫輝、別にそこまで気にしなくていいのよ? 普段から貴方には色々迷惑をかけてるんだから、それでお相子よ。」

「まぁ、逆に紫輝が迷惑をかけることもあるから微妙に釣り合いは取れていないようにも見えるがな。」

「うわ、ひっどい兄貴だな……そういうのは心の中に留めておいてくれよ。」

珍しく深雪がアメで達也がムチというパターンである。

達也が冗談めかしているので紫輝も合わせて拗ね気味に言っているだけで、ただのじゃれ合いパターンの1つでしかないのだが。

さて、そんな穏やかな時間もここまでである。

「それで、お兄様。 紫輝も呼んだということは……昼休みに話題に上がった組織の件ですよね?」

「ああ。 深雪には黙っていて余計に不安にさせてしまってすまなかったな。 紫輝も詳しくは知らないだろうから同席してもらった。 ……キャビネット名、『ブランシュ』オープン。」

説明のために居間のスクリーンに今まで集めたブランシュのデータを映す。

傍から見れば家の中なのにまるで大学などで行われる講座のようだ。

その内容はとても穏やかなものではないのだが。

「ブランシュ……? あー、小耳に挟んだことはあるな。 表向きは魔法による差別撤廃が目的だったっけ。」

「そう、表向きはその通りだ。 では、魔法による差別とは具体的にどういうことなのか……。」

と、ここで達也は深雪の方へ視線を送る。

このような会話になった場合、達也は深雪に回答を考えさせることが多い。

この時の達也は兄でありながら『教師』、と言ったところだ。

だからこの時間は司波達也先生による深雪のためだけの授業と言ってもいいかもしれない。

なお、紫輝は経験上で何となく察しはついているが深雪の思考の邪魔はするつもりはないようだ。

……暫く考えたが、深雪はイマイチ差別に当たる要素に検討がつかなかったが、何とか自身の答えを出した。

「本人の実力が社会的に評価されない……ということですか?」

「まぁ、一般的に考えると難しい問題だろうな。」

深雪の回答は正しいものではないが、だからといって達也は怒ることはまずない。

別に正しい回答を要しているのではなく、あくまで深雪に考えさせることの方が大きいのだ。

間違えたのならば、より分かりやすく解説をすればいいのだから。

「簡単に言えば、魔法師の収入の話だな。 魔法師の平均収入は一般的な職よりも高い。 そこから魔法による差別、という問題に飛躍させているというわけだ。」

「ただ、こういう話には大体カラクリがあるってもんだ。 平均収入が高いって言っても希少スキルを持ってる一部が凄まじく稼いでるってだけ。 その一部を除けばどっこいどっこいさ。」

そしてそんな文字通りの偏見を持って、魔法師は大した苦労もせずに稼ぎを得ていると非難する。

そこから魔法そのものへの偏見、そして魔法師と非魔法師の差別という思考が生まれる。

ただし、魔法の素質……いわば才能だけで稼げるはずがないのだ。

才能があってもそれを活かせるように努力、研鑽を積み重ねなければ意味は無い。

しかし、その事実からは完全に目を背けているのだ。

「魔法科高校でも同じことを考える人間は多いということだ。 ……いや、それ以外でもいくらでもいるのだろうな。 自分が評価されないのは才能が無いから、あの人が評価されるのは才能があるから……こう思い込んでいる。 評価されないのが嫌ならば別の道を探せばいいのに、その道から離れたくが無い故にそんなものを探そうともしない……。」

「要するに『才能』ってものを理由に自分にフタをしちまうんだよな……やれやれ、何でこう下剋上精神とか持とうとしないんだか。」

「それはお前の闘争心……というか負けず嫌いが凄いだけだと思うぞ。」

達也の指摘に深雪も首を縦に振っていた。

そのことについて掘り下げてもいいが、今は話を脇道に逸らすのはやめておこう。

「まぁ、才能の無さを盾にするという弱さは俺の中にもあるから、あながち否定は出来ないのだがな。」

紫輝と比較しているのか、達也は自嘲気味に言った。

流石にこの言葉は紫輝としても否定したいところだが、まだその必要は無かった。

「そんなことはありません! お兄様は他の人とは違う才能を持っているだけです! その才能のために人並みを遥かに上回る努力をなさったじゃないですか!」

達也の自虐的な言葉に先に反応するのは当然のように深雪なのだ。

ただ、その反論は今回ばかりは些か的を外してしまっているのは激昂しているからだろうか。

「それは俺にその別の才能があったから出来たことだ。 もし、それすら無かったら……多分平等なんていう甘い幻想に囚われてしまったかもしれない。」

この指摘に、自分の主張が一般的なそれとズレていることに気付いた深雪は俯いてしまった。

しかし、この更なる自虐発言に口を挟んだのは紫輝だった。

「いーや、お前はそんなまやかしに惑わされる程弱くはないぞ。 才能が無いなら無いなりに立ち回るのが司波達也という人間だ、俺が保障してやる。」

普段から過小評価が目立つ達也だが、紫輝はこれを好ましく思っていない。

過大評価よりはいいが、己を小さく見過ぎては行動すらも小さくなってしまう。

それに、紫輝は知っている。

同じく自己を過小評価気味に語っていた人物が、心の持ちよう1つ変えるだけで己を遥か高みまで持って行ったという例を。

だからこそ、達也には己の評価を少しでいいから改めて欲しいのである。

「まぁ、お前がそこまで断言してくれるならありがたく受け取っておくよ。 話を戻すと、魔法と言うのは結局は力だ。 この思想を徹底すると、その背後にはこの国の魔法師全体の弱体化を狙う輩もいるだろう。 ……そして、そんな連中を放っておくがないだろうな。 十師族……特に『四葉』はな。」

四葉、という単語を達也が口にすると深雪の表情が一気に青冷める。

口にした張本人も厳しい表情になっていたが、更に続けた。

「最悪の事態になれば、伯母上は俺たちを『四葉』の戦力として投入することになるだろうな。 他の十師族……要するに七草と十文字が見ている前で。」

「そんなことになったら……私たちはもう高校生ではいられなくなってしまいますね……。」

十文字、七草と同じく十師族の一つで、その中でも最恐と言われている名、それが四葉。

30年以上前に起きたとある事件から『アンタッチャブル』とまで言わしめている。

そして、達也と深雪の叔母こそが四葉の現当主だ。

達也の懸念は傍から見ればそう間違ったようには聞こえないだろう。

「さて、ここからは話の方向性が変わるが……紫輝。 事件の背景は分かってきたが、ブランシュと悪魔の繋がりは密だと思うか?」

議題変更とばかりに達也の口から出てきたのは、『悪魔』という現代ではあまり聞くことがなくなった単語。

もしこの場に他に誰かがいても隠喩にしか聞こえないだろう。

「反魔法師団体って話なら経験則でしかないがほぼ確定じゃないかね。 俺が去年潰したとある教団も、元はと言えば反魔法師団体だった。 『魔法によって歪められた世界を正す』ってのをお題目に悪魔使ってやがった連中だったし、 他の団体……それもブランシュの下部組織って話なら同じように使っても不思議はない。」

「そんな……! そのようなものを使ってよくも世界を正すなんて言えたものです……!」

魔法師社会を破壊するためなら悪魔にでも手を借りる。

その結果がどんな悲惨なものになるか……それは専門家の紫輝だけでなく、かつて巻き込まれたこともある達也と深雪も分かっている。

だからこそここまで不快感を示すのだ。

「ああ、後一高には俺の協力者がいるんだが……既に天然モノまで出てくるかもしれないって話だ。 二人とも気をつけろよ。 恐らく境界がそこそこに緩んでる。」

「本来なら境目がそれなりにしっかりしているという日本で緩むということは……反動で大型が出るということはないのか?」

「それはないな。 恐らく人工的手段で境目を緩くしてるんだろうが……如何せん確認出来た種類が少なすぎる。 所詮下部組織だから大した技術じゃないんだろうな。」

せいぜい出ても中級の下ってところか……と紫輝は追加で呟いた。

とはいえ、達也と深雪はそこまで安堵はしなかった。

この二人は、今話題に上がった『悪魔』の危険性を理解している。

奴らは……特に中級クラスに一歩入れば、まさに大半の魔法師にとっては天敵と化すのだから。

悪魔の話もそこそこに、無事状況確認を終えて紫輝は帰宅……する前に

「そういえば紫輝、壬生先輩から非魔法系クラブによる同盟の誘いは来なかったのか?」

「ああ、来たけど断ったよ。 だって俺……っていうかスケート部全体がそんなのどうでもいいって思ってるからな。 根っからのスケートバカしかいないしな、最高なことに。」

そうあっけらかんと答える紫輝に、達也も流石に壬生に僅かながらの同情を覚えたとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

更にその翌日の午前の授業……E組が現在魔法実習室を利用している。

この日の実習課題は、『単一系魔法を1000ms以内に発動させること』だ。

二人一組で行うこの発動速度の課題は終わりさえすればあっさりと終わるが、終わらない者は居残り確定だ。

この課題で半ばデモンストレーションとばかりに最初にクリアしたのは紫輝のペアだ。

試技の時に見せた圧倒的な速度を目の当たりにして、誰もが最初に見たいと熱望したからだ。

その期待に応えて、紫輝は240msという驚異的な記録を叩きだす。

500msを超えれば優秀とされる中ではまさに飛び抜けている。

それに感化され、次に紫輝と組んでいる男子生徒も余裕のあるタイムでクリアして、紫輝ペアが一番乗りになったということだ。

(それに比べて俺はこれだからな……あの状態であれだけの速さは羨ましいよ本当に。)

達也は2回目で1052msとギリギリアウトのタイムで失敗している。

分かっていたことだが、いくら他の2つが劣っていてもなお速さのアドバンテージがある紫輝を少しは羨ましくなる。

「すまない、美月は既にクリア出来ているのに……。」

「いえ、そんなの全然大丈夫ですよ。」

美月はこう言ってくれているが、やはりペアの相手が自分の所為で課題終了にならないのはやはり心苦しい。

本来この程度の魔法なら彼はここまでする必要は無いのだが、止むを得ない。

徐々にクリアするクラスメイトが増えて番が回るのが早くなって来た頃の3回目。

今度こそと臨んだ結果、940ms……1000ms以内達成である。

「達也さん、クリアですね!」

「やれやれ、ようやくクリアか……。」

「おー、達也も終わったか。 これでようやく話しかけられるな。」

達也の終わるタイミングを図って紫輝も混ざってくる。

先ほどまでクラスメイトに助言を送っていたのか女子生徒が紫輝にお礼を言って別れているところは先ほど見えた。

「それにしても、達也さんは本当は実力はあるはずなのに評価されなくて悔しくないんですか? 全く気にしていないみたいですけど……。」

「コンマ1秒が生死を分けることもあるから処理速度も実力の内だよ。 この体たらくでは評価が低くても仕方はないさ。」

「でも……実際はもっと速く発動できるんでしょう?」

その言葉に、達也は思わず戦慄した。

しかし、それを何とか顔に出さないように、代わりに拳を強く握りしめることで動揺を抑える。

「……何故そう思うんだ?」

「いったん構築した魔法式を破棄してましたよね? 起動式の読み込みと魔法式の構築が平行していました。 だから、達也さんはこの程度の魔法なら起動式なしで魔法式を構築できるのかなって。」

(……すげぇな。 そこまで見抜くとは……これなら悪魔の出る位置事前に察知出来たりするんじゃね? っていうか、案外俺の中にも気付いてたりしてな。)

美月の眼の性能の高さに舌を巻いている紫輝。

彼はまだ舌を巻くだけで済んでいるが、色々とある達也は違う。

秘匿すべき技術がこんなに早くバレるとは思わなかったのだから。

ただ、バレたものは仕方ない。

ここは詳細に踏み込まれないように適度に真実を話すことにした。

「確かに基礎単一系ならもう少し速く発動できるが、あくまで工程が少なくないといけない。 俺では5工程までが限度だな。」

「5工程なら戦闘用でも十分活用できそうですが……。」

「俺は戦闘用に魔法を学んでいるわけではないからね。 多工程の魔法も使うし、そのためには起動式はやはり必要なんだ。」

「逆に戦闘に重きを置く俺からしたら羨ましいがなその技術は。」

「お前は元々速いからいらないだろうに。」

一部の事実を語ったことで美月はそれ以上追及することはなかった。

ちなみに、紫輝が達也を羨んでいるのは半分事実で半分は嘘。

彼が羨んでいるのは全く別の要素であり……更に達也の起動式なしで魔法発動出来るスキルは本当に羨む必要はないのだから。

その後、美月が達也がきちんと目的を見据えて魔法を学んでいる姿勢に感銘を受けて。

あくまで『眼』のコントロールの為だけに魔法を学んでいるが、これからは自分の目的を考えてそれを達成するということを生き甲斐にしていきたい……

以上のことを盛大にエキサイトして熱弁を奮っていた。

あまりに白熱していて周囲の注目を浴びていたが……

その後は居残り組になってしまったエリカとレオの方を3人は待つことになった。

なかなか最後の一歩がクリアできなかった二人だが、レオは達也の、エリカは紫輝の助言で何とか1000ms切りを達成。

そして、丁度いいタイミングで深雪、ほのか、雫の3人が入室して少々遅い昼食となった。

「それにしても、何であれだけ発動が速くなったんだ?俺たち。」

「レオは目標の目視という動作がなくなってその分集中リソースを魔法式構築に割けたからだな。 エリカはやっぱり普段から片手で得物使ってるからそのままのイメージで行った方が速そうだったからあの助言をしたのさ。」

紫輝の説明を聞いて二人は納得した。

色々理論云々言っても、魔法の根底はイメージだ。

そのイメージに対して割いたリソース、更にその強固さは魔法の行使に関わってくる。

精神論をベースとした理屈である。

「深雪さんたちはもうご飯は食べたんですか?」

「ええ、お兄様に先に食べているように言われたから。」

「あれ、深雪ならてっきり『お兄様より先に箸をつけるなんてできません』って言うと思った。」

いくら何でもそこまでは……と思う大半の面々だが、それを裏付けるのは幼馴染の役目だった。

「いつもはそうだぜ? 全くどこぞのメイドかって感じでそこも頑なだからなこのブラコンは。」

「その言われ方は不本意だけど、紫輝の言う通りね。 今日はあくまでお兄様の命令があったからで、いつもならもちろんそうよ。」

当然のように言い切る深雪に、紫輝と達也以外からは乾いた笑いが起こっていた。

もはやこれでは兄妹愛以上に忠誠じゃあ、と思ってもいた。

「そ、そういえば深雪さんたちのクラスも実習は始まっているんですよね?」

何とも言えない空気だったが、すぐに話題を変える。

そんな美月に、大半が『ナイス!』と内心で親指を立てていた。

「多分美月たちと同じ内容よ……でも、手取り足取り教えられるくらいなら一人で練習した方が為になるから……。」

「まぁ、見込みある生徒だもの、当然じゃない? ウチの剣術道場も見込み無い奴は放っておくもの。」

一科生のみに教官が付く制度に対しての賛同に、ほのかと雫は意外そうにしていた。

エリカはそこから、自分の家の道場を例えにして話を続ける。

「ウチの道場は入門して最初に足運びよと素振りは教えるけど最低半年は技を教えないの。 刀を振るって動作に身体が慣れないと技はちゃんと身につかないからね。 後は先人の技を盗むのよ。 だから教えてもらうのを待ってるのは論外ってこと。」

紫輝はこの方針を聞いて全力で同意をした。

教えてもらうのを待つのではなく、技を盗む心意気でいること。

それは戦闘技術でも、スケートでも紫輝が常時心がけていることだから。

特にスケートに関しては偉大な先達は日本には多いから、盗めるものも多い。

「そういえば、深雪たちも使ってるCADって同じなんだよね? 参考までにどのくらいのタイムかやってみてくれない?」

単純に主席のタイムがどれほどかの好奇心からのお願いだ。

深雪としても別に見せて減るものではないし、達也も推奨したので快諾した。

……その結果は、225ms。 僅かだが先ほど出した紫輝より速かった。

「紫輝君よりも速いじゃん! 15msだけだから僅差だけど。」

「いつ見ても凄い数字……って、え? 獅燿君もこれくらい速いの!?」

紫輝の魔法力の全容を詳しく知らないほのかと雫はエリカの後の発言に驚いていた。

二科の中に深雪と同格の発動速度の生徒がいるとは思ってもみなかったのだろう。

「いっそ、紫輝もやってみたらどうだ? 目標は225ms切りってことで。」

「おーい、さりげなくハードル上げるなレオ君。」

そう言って紫輝が続いてCADを起動する。

見た感じでは深雪と本当に遜色ない発動速度で、話は嘘ではないことをほのかと雫は理解する。

その肝心のタイムは……

「あちゃー、惜しい! 3ms差の228ms!」

「凄い……深雪にここまで肉薄出来るだなんて。 もし干渉力と規模が普通くらいでもあったら、余裕で一科生だね。」

惜しくも3ms差で深雪に負かされたが、それでも二科ということを考えれば普通は上々というか異常な速度とも言える。

これで一科でないことがある意味おかしい。……雫とほのかは二人してそう思った。

当の本人たちはこれだけの記録を前に全く自然体たが。

「ハハハ、まあこんなもんじゃねえか? 据置型じゃあ俺も深雪も完全に勝手が分かってるものじゃねえし、あくまで参考にしかならないからな。」

「そうね、私もお兄様に調整いただいたCADじゃないと実力を発揮できませんし……。」

実力者二人(片方は現状発動速度徹底特化)の会話を他所に、改めて深雪の実力に息を飲むE組3人。

そして、発動速度だけとはいえ深雪に肉薄できる紫輝の力に大いに驚くA組2人。

そんな面々にこれまた苦笑を浮かべるしかない達也という、何とも言えない空気の中この日の昼休みは終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同日放課後、達也はカフェにいた。

一昨日の質問の答えが纏まった、ということで壬生に呼び出されたのだ。

暫くコーヒーを飲んで待っていると、急いでいたのか息を切らして壬生がやってきた。

その前にわざわざ様子を見に尾行をしていた摩利を見つけたりもした。

その時、壬生の表情には影が差していたが誰もそれには気付かなかった。

摩利がカフェから去るのを見届けてから本題に入る。

というよりも、壬生はいきなり結論から繰り出してきた。

「私たちは、学校側に待遇改善を要求しようと思うの」

かなり踏み込んだ発言だが、まだ具体性に欠けている。

そこで、達也はどう待遇改善をするのかを尋ねた。

授業、クラブ活動……その中で予算なのか使用スペースなのか。

しかし、クラブ活動については、少なくとも剣術部と剣道部は割当スペースは同じ。

予算についても活動実績に基づいた上で、魔法実技系に割合が多くなっているに過ぎない。

達也がそこまで指摘すると、返すに返せない壬生は

「じゃあ司波君は不満じゃないの!? 実力はあるはずなのに、実技の評価が悪いってだけで『雑草』と見下されて!」

「不満ですよ、勿論。 ですが、別に学校側に変えて欲しい点もありませんし、教育機関として特に期待もしていません。 あくまで魔法大学系列でのみ閲覧できる非公開資料の閲覧権限と、魔法科高校の卒業資格さえ手に入ればそれでいいんです。 まして、二科生を雑草と蔑むことも学校のせいだとは思ってません。」

「えっ……?」

矢継ぎ早に、しかし色が見えない表情で淡々と己の本心の一部を語る。

その語られた内容は明らかに不満と思いながらも割り切っている風なもの。

自分の評価などまるで気にしない、鋼の精神性も垣間見えた。

壬生とは主義主張を共有することは出来ないと判断して達也は席を離れようとする。

「ま、待って! 何でそこまで割り切れるの!? 一体何を支えに……。」

「俺が魔法を学ぶのは、重力制御型熱核融合炉の実現……そのためです。」

それだけ言い残して、達也はカフェを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!?」

ある日の放課後、スケート部の活動中の紫輝だったが唐突な報せが入って普段は滅多に起こさないトリプルアクセルのすっぽ抜けをやらかした。

転倒ではなくすっぽ抜けという、珍しい失敗に紫輝の動きを参考のために見ている部員は皆不思議がる。

獅燿紫輝のジャンプの失敗は基本転倒であることは割と認知されている事実だったりするのだ。

「どうしたんだ獅燿君? シングル抜けなんてらしくないが。」

「あー、いやちょっと靴紐が緩んだかなって感じたせいでタイミング逃しました。 ちょっと心配なので直してきます。」

これだけ唐突かつ大きめのアクシデントでは致し方ない、部員全員はそう思って特に気にせず各々の練習を再開する。

紫輝の入部というのはなかなかに影響が大きかった。

彼の周辺視野の良さ、というのはこの場でも発揮されている。

全員のレベルを見て、そこから各々が感じている自身の課題をヒアリングして端的にアドバイスを送る。

あくまでざっと見たレベルの助言だし、紫輝自身の経験談も踏まえたものにすぎないが、全中覇者の助言ということもあってか藁にすがる思いで参考にした。

まだ結果が出ているわけではないが、手応えを感じている者も多々いるようだ。

特に、トリプルアクセルに苦慮していた部長の錦谷慧は紫輝のトリプルアクセルを間近で見ることが出来たのも相まって少しずつだが進展が見えている。

……そんな以前よりも活気に満ちているスケート部員たちを尻目に、紫輝は靴紐を点検しながら険しい表情をしていた。

『(あの3人が剣道部部長を尾行しているって……どう考えてもヤバイだろそれ。)』

『(ええ、付近にバイクに乗った連中が待機しているのも見えたわ。 十中八九……いえ、九分九厘罠ね。 しかも3人共全く気付いてない……マズイ状況ね。)』

女性の声で送られてくる情報に、紫輝はますます表情を険しくする。

恐らく、剣道部部長が行っているのは釣りだ。

ほのか達3人が自分を嗅ぎ回っていることを察知して、自分を囮に釣り出して仲間のところへ誘き出す。

更に、話相手が言うには3人の尾行はまるで素人、見つけてくれと言ってるようなものらしい。

……どう考えても最悪の結末しか浮かばなかった。

『(ただ、俺が行くには場所が遠いな……ショートカットすれば行けそうだが……)』

『(あんまり大っぴらにやると色々と迷惑掛けそうなのがネックね……って、あら? ……紫輝、まさかの助っ人候補が居たわ。)』

……その名を聞いたとき、紫輝はすぐさまその人物に連絡をした。

その相手は、紫輝の少しばかり切羽詰った様子に驚きながらも、援護の要請をあっさりと承諾してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

丁度その頃、ほのか、雫、エイミィの自称『美少女探偵団』は尾行の真っ最中だった。

対象は、剣道部部長の司甲。

二科生でありながら風紀委員となった達也に魔法による妨害を仕掛けた一人で、その現場を唯一3人が目撃出来た者だ。

陰湿な行動を許せないという義憤から、この唯一目撃出来た妨害実行犯の、妨害直後の逃走写真を何とか撮影して匿名で生徒会へ送ることも行った。

しかし、証拠性に欠けるからなのか何も動きが起こらず、3人は意気消沈。

……そんなところに、件のターゲットが一人で無防備に下校する姿が見えたのだ。

しかもほのかと深雪は事前に今日は剣道部が休みではないことを聞いている。

怪しい……そう思い即尾行を行った……というわけだ。

「そろそろ学校の監視区画から外れる。」

「しかも、行きはキャビネット使って登校してたのに今は逆方向だけど……。」

「それは私も確認したよ。 うん、怪しさ全開だね!」

どこへ向かうかは分からないが、少なくとも帰り道というわけではないのが明らかだ。

部活もすっぽかしていることも相まって怪しさ全開なのだが、その余りの怪しさに対する警戒をこの3人は怠っていた。

ここまであからさまだと、多少そういう事の経験がある者ならば即警戒だ。

しかし、この3人は見事に素人……普通の一学生だから仕方ないが、あまりに危険だ。

「……あっ逃げた!」

ゆっくりとした歩調から一転して走り出した司甲。

すぐに歩調の変化に気付いた3人は同じように走って追う。

そして、路地裏に入っていくのを見て、追い詰められるか……と期待する3人。

同じく路地裏に入ると……そこには居るはずの司甲の姿が無かった。

「あれ、さっき間違いなくここに入って……!?」

どこかへ隠れたのかと探そうとすると、背後から駆動音と共にほのか達のいる路地裏にバイクが進入してきた。

しかも4台、それらは3人を囲うようにして停止するとドライバーは全員降りる。

完全とは言えないが、あっさりと包囲されてしまった。

「こいつらが司様を嗅ぎ回るネズミ達か……。」

タイミングを考えて明らかに司甲の仲間だろうが、そんなことは関係ない。

今は、この暴漢達から逃げることが先決だ。

「……行くよ!」

相手から近寄ってくれたことで開いた僅かな包囲の穴、そこに向かって3人はダッシュ、逃走を図る。

いきなり始まる逃走だが、暴漢達もすぐさま追いかけてくる。

それも織り込み済みか、先に行動を起こしたのはエイミィだ。

既にスイッチはオンにしてある汎用型CADを素早く操作する。

そして、暴漢たちに向けて空気を収束させることで作った鎚の一撃を放った。

「え、ちょ、エイミィ!?」

「自己防衛的先制攻撃ってやつよ!」

まぁ、この場合は確かに正当防衛は成り立つが……

そんな話をしている内に、まだ残っている暴漢がじわじわと距離を詰めてきている。

「なら、私だって!」

ほのかは十八番の閃光魔法(後遺症が出ない程度に出力は抑えている)を放って目を眩ませる。

効果覿面だったようで、これで追う者はいなくなる。

このままなら逃げ切れる……そう思った矢先だった。

「っ!? あ、頭が……!」

突然3人にのみ起こった、頭が割れるのではないかというくらいの頭痛。

まさか……と思って暴漢たちを見やると、見覚えのある指輪を翳していた。

(まさか、キャスト・ジャミング!?)

しかも、達也が使っていたもどきではなく文字通りの、本物のアンティナイトによるキャスト・ジャミングだ。

出力もかなり上げているからか、3人共誰も動くことは出来なくなっていた。

暴漢たちは立ち直ったのか、動けない3人を確実に始末しようとその手にナイフを持って複数人で近づいてきている。

「この世界に……貴様ら化け物は必要ないのだ!」

魔法師を化け物というシンプルな蔑称で罵倒しながら、ナイフを振りかざす暴漢たち。

絶体絶命……まさにこの4文字の状況だったが

「……当校の生徒に何をしているのですか。」

間一髪、まさにギリギリのタイミングで救いの手は差し伸べられた。

全員が声をした方を向くと……そこにいたのは、暴漢たちに冷徹な眼差しを向ける深雪だった。

感情が昂ぶっているからか、既に冷気が周囲に立ち込めている。

堂々たる振る舞いも相まって『氷の女王』という言葉がよく似合うであろう。

「この、まだ仲間が居たか!!」

若干気圧されながらも暴漢たちは3人を行動不能に陥らせたようにキャスト・ジャミングを深雪に向けて放つ。

3人はその様子を見て元々悪い顔色を更に青くさせるが……事態は3人の予想とは全く違う方向に動いていた。

「なっ……!? キャスト・ジャミングが効かないのか!?」

普通の魔法師ならば頭痛で身動きも取れなくなるサイオンによるノイズを受けても、目の前に居る深雪は全く動じていなかった。

まるで歯牙にもかけていない。

「非魔法師のキャスト・ジャミングなど、私には効きません。」

「なっ……どうせハッタリだ、もっと出力を……っ!」

更にキャスト・ジャミングの出力を上げようとするが、それは叶わなかった。

深雪は、それよりも早く、そしてキャスト・ジャミングの影響を受けない圧倒的干渉力で魔法を発動させたのだから。

発動したのは『震盪波(パラライズ・ウェーブ)』。

達也に頼んで起動式を入れてもらった魔法の1つである。

圧倒的干渉力から放たれるソレを受けて、暴漢たちは成す術もなかった。

暴漢たちは気を失い、一安心……と思ったが、深雪の背後にまだ暴漢らしき者が残っていることに雫が逸早く気付いた。

「深雪、危ない!」

深雪が気づいた時には既にナイフを振りかざしているので回避は間に合わない。

……が、それにも関わらず深雪の表情は崩れることが無かった。

次の瞬間、暴漢のナイフは甲高い音と共に弾かれていたのだから。

何事かと暴漢がそれを行った犯人の顔を見ようとしたところで、今度は鈍い打撃音が響いた。

「……人の妹分にんなもん振りかざしてんじゃねぇよ、掃き溜めが。」

脳天に直撃した踵落としにより、暴漢は一撃の元に昏倒した。

それを行ったのは……普段の軽口はどこへやら、蔑むように倒した暴漢を見下ろす紫輝だった。

「紫輝? 流石にその言葉は汚いと思うんだけど……。」

「いやいや、こいつはいいんだよ掃き溜めで……。 おーい、3人共。 大丈夫か?」

周囲にはもう仲間の気配はないのか、警戒を解いて自然体に戻る紫輝と深雪。

まるで何事も無かったかのようなこの二人を見て、3人はようやく自分たちが助かったのだと実感した。

「あ、ありがとう深雪、獅燿君!」

「間一髪だった……本当にありがとう、二人とも。」

「司波さん、キャスト・ジャミングを意にも返さないで魔法使えるなんて凄いねやっぱり。 獅燿君は最初の自己加速が凄い速かったし、本当に二科生なのか疑っちゃうよ~。」

緊張の糸が切れたのか、まだキャスト・ジャミングの影響こそ残っているが深雪と紫輝に礼を言う3人。

エイミィは初めて見る深雪の圧倒的とも言える実力、そして紫輝の自己加速術式を含んだ身のこなしを賞賛した。

「さてさて、安心したところで……どうするこいつら。 3人が望むなら通報するが……。」

落ち着いたところで加害者のこの集団の処遇について尋ねる。

事を大きくしたくないからか、雫がひとまずは通報はいらないという旨を述べ、ほのかとエイミィもそれに同意する。

紫輝としても通報ははっきり言って面倒なのでありがたい限りである。

「じゃあ、後始末は私たちがやっておくから3人は早く帰った方がいいわ。 また同じことが起こらないとも限らないから……。」

「……そうだね、じゃあ二人に任せる。」

特に深くは聞かずに、3人はそのまま帰路に着いた。

紫輝としてはもう少し何か聞かれるかと思ったが、まぁ何はともあれこれでいい。

(……全く、下級とはいえ憑いてるのを投入するとはな。)

最後に自身の手で動きを止めた暴漢に視線をやって、紫輝は内心でため息をついていた。

明らかにこいつだけ、他の暴漢とは違って『臭う』のだ。

深雪は現在『音波遮断』と『サイオンシールド』をこの空間に掛けた上で八雲に連絡をしている。

その間に、紫輝はこの臭いの元を消そうと画策する。

(……こりゃあ、中だけでも丸ごとでも大差無いな。 まぁ、深雪の前で丸ごとやるわけにも行かないから……?)

そこまで思考を巡らせたところで、紫輝はふと周囲を見渡した。

常人ならばまず気付かないだろう。

現に、今のところ深雪は気付いている様子はない。

しかし、紫輝はこの時点で既に気付いた。

自分を狙ったかのようにこの空間は隔離されていることを。

(……その上、こいつと同じ臭い……。 なるほど、緩んだところに引き寄せられたか。)

徐々に此処を隔離している何かの気配は濃密になっていく。

八雲への連絡が終わった深雪も、その異変には気付いていた。

「紫輝、これはまさか……!」

「あー、そのまさか。 全く、こんな街中で出るとはね。 ……多分こいつの中身に引き寄せられたんだろうよ。」

指差すのは紫輝が倒した暴漢。

この暴漢の身体からは異変に同調するかのように黒い何かが噴出していた。

「とりあえず深雪、お前は離れてろ。 いつも通り俺が狙いみたいだからな。」

「分かったわ。 存分に暴れてきなさい、紫輝。」

それだけ言って、深雪は紫輝から離れて待機する。

そうしている間に、路地裏の出口の方にはいつの間にか敵対勢力が出来上がっていた。

腕や脚に当たる部位に鋭利な三日月の象った刃を備えた、案山子のような布袋が6体。

恐らく、この場に美月のような霊子放射過敏症の魔法師が居たら、悍ましいオーラが見えたことだろう。

現に、そのような目を持っていない紫輝と深雪にもその負のオーラは感じることが出来るのだから。

その禍々しい雰囲気は、まさに『悪魔』のそれであった。

「さーて、相棒共はいないからちょいと役者を連れてきますか……と。」

傍から聞けば意味不明な言葉を呟いてから、紫輝はホルスターからあっという間に特化型CADを取り出して構える。

ただ、銃口が向けられる方向はまるで明後日の方向……何もない空の方角だった。

何も知らない者ならば、紫輝がとち狂ったとでも思って嘲笑しただろう。

しかし、この場に居るのは事情をある程度だが把握している深雪のみ。

彼女は心配する風でもなく、何かあった時のためにCADを握って見守るだけだ。

そして、紫輝は空へ向けて3度、CADの引き金を引いた。

『(ケルベロスはそのまま俺に憑依。 アグニ、ルドラは魔具で来い。)』

『(御意)』

『((確かに、承った。))』

紫輝は何かに向けてそう念じると、次の瞬間には紫輝とその周辺に変化が起こった。

彼の目の前には、赤と青の鋸のような形の剣が刺さっていて。

紫輝からは禍々しくも、獰猛なオーラが立ち込めていて、その瞳の色は元来の紫色から水色に変化していた。

『おお、1年ぶりに紫輝が我らを呼んだ。』

『確かに久しい。 だが兄者よ、最後に呼ばれたのは1ヵ月前ではないか? 1年は流石におかしい。』

紫輝と深雪の他には誰も居ないはずなのに聞こえてくる第3者の声。

今は前に居る悪魔たちによってこの空間は切り離されている。

古式魔法の結界のようなものなのだが、そのせいで第3者は基本的にこの場に乱入は不可能だ。

消去法で考えれば、紫輝の前に刺さったままの一対の双剣が声の主なのだろうが……。

「おいおいお前ら、敵を目の前に漫才はやめろって前に言っただろ……。」

現に、紫輝が双剣に向けて話しかけているのだから、そうとしか考えられない。

さて、紫輝の言う通り、案山子のような悪魔がジワジワとこっちに近づいてる以上お喋りをしている暇はない。

ないのだが……この双剣は紫輝の小言が聞こえていないのか、まだまだ好き勝手に話を続ける。

『そこに居るのはもしや深雪嬢ではないのか、兄者。』

『ん? おお、確かにそうだ。 久しぶりだな深雪嬢!』

「え、ええ……お久しぶりですね、アグニ、ルドラ。」

挙句傍観に徹するはずの深雪をも巻き込むアグニとルドラと呼ばれた双剣。

あまりのフリーダムさに深雪も流石に苦笑せざるを得ない。

『これまた随分と……こういう時は何て言うのだルドラ。』

『お美しくなった、と言うのだぞ兄者。 それが常套句だとネヴァンが言っていた。』

「あーお前らいい加減黙ってろ! ネヴァンも何阿呆なこと吹き込んでんだ!」

あまりにも間抜けな会話も聞き飽きたのか、地面から抜いて顔のようになっている柄を相互にぶつける紫輝。

そんなことをしている間に、案山子の悪魔の1体が飛び上がって紫輝を切り刻まんとしていた。

深雪がCADを構えて迎撃を試みる……が、その必要は無かったようだ。

『……全く、お前らは我らが主に手間を掛けさせ過ぎだ。』

アグニとルドラとは違う声が響くと同時に、飛び上がった案山子の悪魔は氷漬けになっていた。

氷像となっている案山子の悪魔はそのまま重力の流れのまま地面に落下していく。

「その声……ケルベロスですね、今紫輝に憑いているのは。」

『ああ。 だが、話は後だ。 今は目の前のスケアクロウ共を掃除するのが先決。』

「……んじゃま、さっさと片付けますかね残り5体を。」

氷像となっている案山子……スケアクロウをアグニで両断してから残り5体へ向かっていく紫輝。

自己加速術式を使っていないにも関わらず、そのスピードは使用時と大差がない。

対象は、一番近い位置に居る腕に刃を装着しているタイプのスケアクロウだ。

加速の勢いをそのままに、両手のアグニとルドラを交互に振るうこと2セット。

魔法を使っていないはずなのに炎、そして風の各々に纏うアグニとルドラに斬りつけられ、スケアクロウの身体に刻んだ斬撃の後は片方燃えて、もう片方は荒々しく抉られている。

とどめとばかりにアグニとルドラを交差させ、X字状になるように同時の斬撃を放つ。

この一撃で、案山子はボロボロになって文字通り死体となったスケアクロウは黒い瘴気を放って消滅する。

残りは4体、その内の1体である脚型のスケアクロウが背後から飛び上がっての奇襲を試みていた。

しかし、周囲をよく見ている紫輝がそれに気付かないわけがなく。

凶器となりえる脚部をピンポイントで斬り落として攻撃手段を失わせる。

無情にもその状態のスケアクロウを、別のスケアクロウに向けて全力投球。

反応が鈍いからか、防御が間に合わずに直撃してどちらもあらぬ方向へすっ飛んで行く。

その吹っ飛んだ片方のスケアクロウに追いつき、今度はサッカーボールのように蹴り飛ばす。

先ほどと同じ組み合わせでスケアクロウ同士がぶつかり、またあらぬ方向へすっ飛ぶ。

『紫輝、お主も遊び過ぎだぞ。』

「えー、もう少しやりたかったんだがな……仕方ないか。」

ケルベロスからのお咎めをつまらなさそうにしつつも受けた紫輝は、再び加速。

無防備なスケアクロウにアグニとルドラそれぞれで一刀両断して残り2体とする。

相手も数を減ってきて焦れてきたのか、残った2体は一斉に紫輝に斬りかかってくる。

「狭いし時間も無いしでないない尽くしだったが……これで終いってことで。」

紫輝はアグニとルドラの両方を上に構える。

その際に、2本それぞれの柄が互いに連結するかのような形にしていた。

1本になったそれは、長さの短い薙刀にも見える。

その状態で、紫輝はアグニとルドラを上に向けたまま回転させた。

『『ash to ash!(灰は灰に!)』』

2体同時の叫びと共に、アグニの炎とルドラの風が同時に放たれる。

回転しながら放たれることにより、炎と風も同様に回転して炎を纏った竜巻のようになる。

それに完全に巻き込まれた2体のスケアクロウは、燃やされ切り刻まれて最後はボロボロの灰になって散って行った。

「あーあ……物足りないな。」

増援の気配も無いからか、再度警戒を解いたはいいが、最初の出たのはぼやきだった。

『場所が場所だから仕方あるまい……。』

「いや、まぁそうなんだけどさ……手ごたえ無いし場所の制限で暴れられないしだぞ? 流石にフラストレーションが溜まるわ……」

「……もう少しその欲求はどうにかならないの? 見ているこちらは何だかんだで心配なのに。」

悪魔の気配がないからか、深雪も紫輝の傍まで戻ってくる。

送り出す時はああ言ったが、それでも内心はやはり不安が勝っていたのだ。

紫輝の実力を心配してのことではなく、この遊びというか刺激を求めたがる性質を心配してのことだった。

「無理だな。 よく言うだろ? バカは死ななきゃ治らないって。」

『自分でバカと言うのもどうかと思うが。』

『紫輝の場合はバカというよりクレイジーだと思うが。』

余計なことを言い出す双剣の顔を互いにぶつけて黙らせる。

まだ何か言いたげだったが、紫輝の有無を言わせない視線を浴びたら今度こそ何も言わなくなった。

さて、増援が居なくなった……ということは、この異常空間もそろそろ終わるということだ。

『さて、そろそろ去るとするが……。 深雪、久方ぶりなのに慌ただしくてすまんな。 とりあえず、達也によろしく伝えておいてくれるか?』

「ええ、ケルベロスもわざわざお疲れ様。 また会いましょう。」

紫輝の中に居たケルベロス、そしてアグニとルドラは再び虚空へと帰っていく、

それと同時に、切り離された空間は元に戻り、重かった空気も元通りになった。

「さて、先生が運んでくれるんだったら俺らはさっさとずらかるか。 っていうか、俺は練習に戻らないといけないんだが。」

「……紫輝、何も言わなくていいから早く戻りなさい。」

有無を言わさないジト目で深雪に睨まれると、流石の紫輝も余計なことは口にしないで早急に練習場へと戻っていった。

深雪は一旦先ほどまで悪魔と紫輝が戯れていた場所を一瞥する。

今回の騒動が達也と紫輝の予想通りに展開しつつあることに一抹の不安を感じていた。

せめて、これ以上のことが起きないように深雪は祈ってから、学校へと戻っていった。




はい、というわけで紫輝の手札をようやく公開出来ました。
使用した悪魔はケルベロス、アグニ&ルドラ、ネヴァン。 全部デビルメイクライ3のあいつらそのままです。
ただ、本人に憑けたり魔具にしたりと割とやりたい放題。 ちなみに残ったアイツも次話でちゃんと出てきます。
今回はアグルドを魔具として使いましたが、ゲーム上の技であるジェットストリームLV3とツイスター(テンペストも)はちゃんと使えます。
テムコプター? いや、流石にそれは……いずれかやるかも。
基本的にゲームでの動きをベースにしているので、本家デビルメイクライ3をやっていれば何となく動きは想像できるのではないかと。
ただ、中級者以上にとっての肝であるエネステは流石にやらせません。 あれ出来たらダメですって(笑)
悪魔の『憑依』、というか紫輝の悪魔を用いた戦い方については後々詳しく解説します。
敵悪魔も今回はスケアクロウだけですが、6話ではもう少し種類が増えます。
恐らく1、2、3、4の雑魚悪魔はオールスターで出す予定。 名倉は除外。 だってやってないし。
悪魔の出現関係もデビルメイクライ準拠です。 要するに別次元である魔界があって、境界が緩んだら出てきます。 今回の話でも語られてますね。
この設定を魔法科で使おうと思ったきっかけは、簡単に言えば来訪者編ですね。
今回は紫輝だけですが、その内原作キャラが悪魔と戦う場面も出てきますので、適度にご期待を。



さて、次はもはや1ヶ月おき投稿が出来るかどうかも怪しいところです。
色々リアルも状況が二転三転しそうなので……。
ですが、暇があったら執筆は進めますので、どうかよろしくお願いします。



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6. 校内饗宴

ポケモンGOの影響で何故かポケモンXを今更購入しているチグハグさ。
ちなみに、BWまではレートはやらずに育成ばかりで時折リア友と対戦してましたね。
FateGO、福袋ガチャの結果は槍アルトリアでした。 弓が欲しかったがまあこれはこれでいいけど。



間一髪のところでほのか、雫、エイミィの3人を助け、久々に紫輝が悪魔相手に暴れてから数日後。

一見平穏が戻ったかのように日常を謳歌している紫輝たち。

ただ、その中で達也、深雪、紫輝の3人はまだまだ警戒を解いてはいなかった。

特に深雪と紫輝は悪魔を呼び出せる者、ないしは悪魔を常時憑かせている者の存在を警戒していた。

八雲によって尋問中の暴漢たちの様子を二人で見に行った際に、最後に紫輝が行動不能にした一人だけ毛色の違う者を改めて確認した。

尋問をしている八雲も、『こっちは全く反応が無い。 恐らく悪魔を憑かせた結果精神が喰われたのだろう』と推測していた。

八雲の推測はまさに正しく、あの時は紫輝の手で行動不能になった際に他のスケアクロウに便乗して同種の媒体に寄生先を変えたのだ。

憑代が使えなくなっただけならば別を憑代としてしまえばいい。

……そもそも悪魔とは何なのか。

一言で語れば『別次元に存在する、基本的に悪意に基づく人外』、これが定義となる。

悪魔の居る次元とこちら側には当然ながら境界線は存在するが、これも言うほど頼りない。

力の弱い者は、その存在の小ささ故に境界線の網目をすり抜けてしまうのだ。

しかし、そんな方法でこちら側に来ても、下級の存在は媒体が無ければこちら側に存在し続けることは基本的に不可能。

スケアクロウは魔界の甲虫の群れが布人形に入り込んだものだが、時には人に憑りつく幽霊のような悪魔も存在するという。

そして、この悪魔……実を言うと日本では全くと言っていいくらい観測例がない。

理由は単純、日本は悪魔の居る次元との境界線が問題なく働いているからだ。

逆に、これが欧州やUSNAになると比較的境界線が曖昧になっているので悪魔がそれなりに発生しやすい。

実際、紫輝もとある伝手で日本以外の場所で悪魔を狩っていたりもするのだが……それは別の機会に話そう。

では、何で今回は下級とはいえ悪魔の自然発生が発生したのか……。

理由は先ほど語った悪魔の憑代となった暴漢である。

この暴漢に引き寄せられたように、同種のスケアクロウが集まってきたのである。

また、暴漢たちの負の感情も要因の一つだ。

悪魔にとって、負の感情というのはまさに最高の餌だから。

……さて、悪魔についての簡単な講義はこれくらいにして、紫輝達に視点を移していこう。

「そうか、だから下級悪魔が妙に発生していたのか……。」

この日の昼休み、紫輝は幹比古と先日の悪魔について話していた。

実際に幹比古の言う通り、日本では滅多にない悪魔の自然発生が起こっていること。

また、3人の一科生を襲った暴漢の中に悪魔憑きがいたこと。

幹比古もまた、悪魔の事情を理解している数少ない人間なので包み隠さずに話した。

「しかし、反魔法師団体が悪魔憑きを……。 世も末というか、なりふり構わずだね。」

「どこかで必ず仕掛けてくるのは目に見えてる。 警戒網はこっちで既に張ってあるから、後はあちらさんの出待ちさ。」

「で、紫輝はその時になったら一直線に悪魔を使っている連中の方へ行く、と。 いくら日本では知られていないと言っても、大丈夫なのかい? そこまで大っぴらに動いて。」

幹比古が二重の懸念を抱いている。

1つは、悪魔のことが公になることの危険性。

もう1つは、紫輝自身の事情についての危険性だ。

「まぁ、多分大丈夫だろ……連中も悪魔は秘匿兵器として使いたいだろうし。 後は、公にこそ知られてないが軍でも悪魔を認知している場所はあるからそこは別に気にする必要はないし、どうせあの人からの圧力も来るから問題ない。 俺のこともぶっちゃけ、何としてでも隠したいってことでもねえからなぁ……。 隠しておければ動きやすいって程度の話だからな、所詮は。」

「そんなに軽く考えていいのかどうか……まぁ、紫輝がそう言うならこれ以上は言わないよ。 でも、僕もその時は協力させてほしい。 まだ完全には戻ってないけど、足手纏いにはならないよ。」

「それは元よりそのつもりだったさ。 俺一人だと手が回らないなんてことになったら最悪だからな。 すまないが、頼むぜ幹比古。」

このタイミングで密談を終えて、二人は別れる。

実際、紫輝一人で手が回らないということは基本的にはあまりない。

しかし、そのための手段がなかなかに疲れるのだ。

物事はやはり効率を突き詰めるべきであり、今回はそのために幹比古に助力を頼んだ。

というより、幹比古自身も実戦で何か切っ掛けを掴みたいから対等な取引とも言える。

それに、並……いや、そこそこ優秀な現代魔法師よりもスランプ気味だが素質は超一流の古式魔法師である幹比古を連れて行く方が、戦力としても圧倒的にプラスだ。

悪魔……というよりこの手の化生は、まさに彼らにとって十八番とも言える相手なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、早速その日の夕方に事は起こった。

授業が終わり、部活も無いからといつもの面々で帰ろうとしたその時だった。

「全校生徒の皆さんっ!」

マイクの音が絞れていないのか、不快な音と共に放送から声が聞こえてきた。

あちこちから耳を塞ぐとともに苦情を言う者が出てきている。

その間、マイクの音量を調整して、仕切り直しとばかりに再び放送が始まった。

「全校生徒の皆さん、我々は校内の差別撤廃を訴える有志同盟です。」

差別撤廃……この語句から、ブランシュの下部組織エガリテの手先であることは判明する。

即座に紫輝は偵察役に念じた。

「(動いてる奴は居るか?)」

『(その心配は無用ね。 今回は生徒だけの動きみたい。)』

ほのか達を狙う暴漢をすぐに見つけ出した時のように連絡を取るが、今回は空振り。

生徒だけの動きならば、生徒会や風紀委員に任せておけばいい。

この時間の放送室利用は認められているはずがない。

非合法の手段で鍵を手に入れて今現在放送を行っているのだろう。

それならば、まさに餅は餅屋。 紫輝も流石にここで事態を引っ掻き回す気はさらさらない。

「紫輝、俺は呼び出しがあったから行ってくる。」

「了解。 大して長引かなさそうだから待ってるぞ。」

やはりというべきか、達也は呼び出しがあったようだ。

紫輝が同行を求めない、イコール今回は出る幕が無い。

その等式から、この騒動には悪魔は関係していないことを即座に理解した。

だから、達也も紫輝の同行は強要せず、彼の言葉に頷いた。

紫輝達は同盟の主張に全く意も返さずに達也を待つために一旦教室を出ることにした。

結果を先に語ると、穏便に騒動は収集したようだ。

最初は慎重に対処するか、多少強引でも強硬に行くかで方針が割れていたが、ここで達也が起点を効かせる。

登録しておいた壬生のプライベートナンバーに通話を試みて、交渉には応じるし、壬生の自由は保障すると伝える。

達也はあくまで彼女の自由だけを保障したと言っただけだが、あちらは勘違いをしてくれたようだ。 その甲斐あってあっさりと放送室占拠犯たちを捕縛出来た。

が、このタイミングで真由美が遅れて現れる。

学校からこの事態を生徒会の判断に委ねるということらしく、占拠犯たちの拘束を解除するように告げた。

そして、そのまま壬生たちを連れてどこかへ行ってしまった。

一同はあまりに早い流れに唖然としていたが、何はともあれ事態は落ち着いたことに変わりはない。

真由美のいいところ取りということで、摩利は少々不満そうだったが……。

なお、その後に何故達也が壬生のプライベートナンバーを登録しているのかについて深雪がひたすら問い詰めていた。

最初は紫輝も面白がって援護射撃していたが、最終的には達也に助け舟を出す形で場を収めていたとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その翌日、達也と深雪、そして紫輝は3人揃って駅である人物を待っていた。

それが誰だとは言うまでも無いだろう。

「あら、達也君に深雪さん、紫輝君まで……どうしたの?」

駅から出てきた真由美が3人に声を掛けてきた。

「昨日のことが気になったんですよ。 俺も他人事とは言えなくなった身なので。」

「右に同じくです。 達也同様に俺も勧誘された身ですからね。」

紫輝としては今後の相手の出方を予測するため、ということもあった。

同盟メンバーの動きとブランシュの動き、この2つは連動すると考えてもいい。

特に慎重かつ素早い対応を求められる紫輝にとっては相手の策を知っているか否かは生命線になるところだ。

ただ、生徒会でも風紀委員でもない紫輝にも話してくれるか……と思ったが、あっさりと了承してくれた。

「とりあえず、明日に同盟側と生徒会で討論会をすることになったの。 題目は言うまでもなく『一科と二科の差別』についてね。」

「明日、ですか。 随分と急な話ですね。」

相手に時間を取らせるとそれだけ策を講じられる危険性がある。

とはいえ、少々慌ただしいスケジュールであるのも確か。

この場合自分たちも討論の準備を今日1日で済ませないといけないデメリットがある。

だが、真由美の表情には曇りが見当たらない。

「大丈夫よ、生徒会側は私一人だけだから。」

「なるほど、七草先輩一人なら時間はそんなにいらないですね。 打ち合わせや辻褄合わせが必要ないですし。」

「それにしても、会長は討論会を楽しみにしているようにも見えるのですが……。」

一人でも論破できる自信があるという割には、と言える。

変に気構えられるよりはいいのだが、如何にも討論会が待ち遠しいといった雰囲気の理由は紫輝にも、達也にも分からない。

「ほら、もし同盟側が私を言い負かせるくらいのキチンとした持論を展開してきたら、それを逆に今後の運営に生かせるんじゃないかなって。」

「この状況をも生徒の意識改革のための材料にしてしまうってことですか。 何ていうか、七草先輩ならではですね。 流石です。」

含みのある言い方に聞こえるが、紫輝としては素直に賞賛している。

エガリテ、更に裏にいるブランシュが暗躍しているであろうこの時に……否、この時だからこその意識改革の為に一石を投じる。

真由美の意図が読めたと同時に、紫輝はもはや討論会ではなく真由美の演説会になるのではないか……とまで思ってしまう。

(部活があるだろうし……もしかしなくても襲撃がある可能性が濃厚だから見に行けないのが残念だな。)

それぞれ風紀委員と生徒会役員の達也と深雪は見に行けるからある種羨ましい。

達也はともかく深雪は同盟側の愚痴のような主張は耳に入れたくもないから紫輝と代わりたいと言うかもしれないが……。

何はともあれ、真由美から情報は聞き出せたのでひとまずは明日……それも放課後に焦点を置くことになった。

無論、協力者である幹比古にもその旨は伝えておく。

更に、偵察役にも明日は学校周辺を念入りに見ておくように厳命する。

もし襲撃が起こった場合、悪魔を率いる団体様がどこを陣取るかを素早く把握するのは何よりも大切なことだ。

そして、放課後に事前準備の仕上げに取り掛かる。

「……と、いうわけで明日にはブランシュが悪魔をけしかける可能性が濃厚です。」

『尻尾は掴んだ、というわけか。 ならば、私の残す役割は後始末……または情報操作の準備だね。 分かった、手配はしておこう。 後、『殺戮』と『狂気』については5月前には改造終了とのことだ。』

「あれ、意外と早いですね。 てっきりもう少しかかるものかと思ったんですが……。」

『耐久性を上げるだけ、と言っていたからね。 そちらの方は改めて連絡するよ。』

これで根回しも完了、いつでも来いという状態になった。

司甲のことも裏を取っておけばなお完璧だったが、それは恐らく達也がやる可能性が高い。

まぁ、先日の暴漢の件、また達也への妨害……更に彼がエガリテの信望者の証であるトリコロールの腕輪を付けていることから黒なのは確定なのだが。

(……それにしても、同盟の連中も必死だな。)

廊下では同盟の生徒が二科生と見るや否や片っ端から勧誘している。

あまりに強引だったり、過度な勧誘も見られるので適度に風紀委員が目を光らせていた。

ふと見ると、達也が丁度司甲に勧誘されている美月を助けに入っている姿が見えた。

(美月を勧誘……同じく霊子放射過敏症、か?)

眼鏡をかけていること、そして同じく霊子放射過敏症の美月を勧誘していることからの推測だ。

だからと言って別にどうこうというわけではない。

いつまでも長居しては自分も勧誘されかねないので、そそくさと部活へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の晩、達也と深雪は八雲も元へ訪れていた。

目的は言わずもがな、司甲の情報を得るためである。

ちなみに、紫輝は同行していない。

部活の後に自主トレとばかりに更に滑り込んでいるのが理由だ。

トリプルアクセルの実演、他にも女子部員にルッツとフリップの跳び分けなどをアドバイスしていることから追加で滑り込みが必要なこともあってだ。

また、明日は部活どころではなくなる可能性が高いことを見越してでもある。

達也としても情報共有は当日の朝でも問題は無いので、同行を強要する理由も無かった。

「やぁ、来たね達也君、深雪君。」

灯りも何もない中歩いていくと、縁側に座っている八雲から声がかかった。

恐らく、起きているのに灯りをつけていないのも忍びの性という癖であろう。

「師匠、こんな時間にすみません。 どうしても急な用件でしたので。」

「いやいや大丈夫だよ、達也君。 それで紫輝君は……狩りに出てるのかな?」

「いえ、紫輝は部活動の延長です。 明日が大変そうだから今日の内に滑っておきたいと。」

「なるほどね。 彼も表向きは俗に染まってきたようだ。 上手く仮面を被れているみたいで僕としても安心だよ。」

紫輝の過去、そして現在に至るまでの事情を知る八雲は愉快そうに評した。

達也と深雪としても同意見なのか、苦笑いを浮かべていた。

ちなみに、『狩り』とは言うまでもなく悪魔狩りのことだ。

以前の紫輝は、ちょっと気が向けばすぐに悪魔狩りに赴いていたのだ。

まるで何かを満たすかのように。

その頃に比べれば、部活動に励んでいるだけ遥かに健全であろう。

……ただし、それは彼の表向き。 要するに外向けに着けた『仮面』なのだが。

「ところで、僕よりも風間君に頼んだ方が早いと思うんだけど。 藤林のお嬢さんもいるし、より確実だけど。」

「少佐に頼るのは……。」

「まぁ、そうだよね。 君たちの叔母上がいい顔をしない。」

それならば仕方ないか、と続ける八雲だが別に乗り気でないわけではない。

あくまで情報の正確性と迅速性に基づいて話を振っただけだ。

「司甲……旧姓は鴨野甲。 賀茂家という陰陽師の大家、鴨野家はその傍系だ。 ただ、現在ではただの一般家庭で魔法の適性は見られていない。 彼の眼は先祖返りのようなものかな。 ただ、彼の眼は達也君のクラスメイトほど強力な眼ではないよ。」

「美月のことまで調べてあるんですか……流石ですね。」

ここまで綿密に司甲のことを調べてあることも意外だったが、まさか『眼』を持っているだけの美月のことまで調べ上げているとは思ってもみなかったようだ。

「まぁ、それでこそ忍びだからね。 君たち兄妹、更には紫輝君については完璧な情報操作が故に調べられなかったけど。 さて、話を戻すけど……甲君には義理の兄がいるんだ。 母親の再婚相手の連れ子だね。 最初はやはりというべきか、少々ぎこちない関係だったんだけどある日突然仲が良くなったらしい。」

「……ある日、突然?」

司甲の情報の続きに、深雪は引っ掛かりどころを覚えた。

再婚相手の連れ子同士が最初は互いに戸惑って踏み込めないが故にギクシャクした関係になるのは一般的な話だ。

それがある日突然……というところに違和感を覚えたのだ。

「流石、女の勘というやつかな?。 そう、この義理の兄……司一こそが、ブランシュの日本支部リーダーさ。 しかも、表も裏も牛耳っている本物だ。 甲君は彼の傀儡となって第一高校に通っているらしいよ。 まぁ、これくらいで大丈夫かな?」

「はい、ありがとうございました師匠。」

これで全てのピースが揃った。

生徒を釣って同盟に誘う司甲、そしてその背後に居るのはブランシュの日本支部リーダーの義兄。

断片的だった情報は統合され、事件のあらましはこれで分かった。

明日は恐らく荒れることであろう、達也と深雪はそう予知していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日……公開討論会当日。

急ピッチで開催されたにも関わらず、全校生徒の半数程度が集まっていた。

「恐らく実力行使の為の別働隊がいるんだろうな……。」

「同感です……壬生先輩も放送室占拠メンバーも姿が見えないですし。」

それと、恐らく悪魔専用の別働隊も居るだろう……。

だが、それは紫輝が対応するので頭の片隅に留めておく程度にしておく。

そのために紫輝があれこれ策を講じているのも目にしているので、自分は安心してこちらに専念出来る。

そうこうしている内に討論会は始まった。

「魔法競技系クラブは非魔法競技系より明らかに予算が多い! これは一科生優遇が課外活動にも影響していることを意味しています! 不平等予算は是正すべきです!」

「それは各部活動の実績を反映した部分が多いからです。 非魔法系競技系クラブでも優秀な成績の部には見劣りしない予算を割り当てています。」

いきなり攻勢に出る同盟側だが、真由美は数字に基づいた事実を持って的確に反論する。

具体的な数値は討論に置いて単純にして強力な武器だ。

抽象的な感情論や陰謀論など、その前では無力同然。

打つ手が無くなってどんどん感情的な主張でしかなくなっている同盟側。

そうなっては誰も同盟側に勝ち目があるとは思えるはずもない。

完全に真由美一人の演説会になっている、とも言えた。

「私も生徒会長として、この現状に満足しているわけではありません。 一科生(ブルーム)二科生(ウィード)……残念ながらこの言葉を使用しています。 生徒の中に同盟の皆さんが指摘したような差別意識があることは否定しません。 しかし、それだけが問題ではありません。 二科生に間でも自らを蔑み、そして諦めと共に受け入れる。 そんな悲しむべき風潮が確かに存在します。 この意識の壁こそが問題なのです。」

真由美の言葉に傍聴している同盟メンバーが詭弁と反論する。

この反応からして、薄らと気付いているのかもしれない。

自らの才能の限界、そしてそれを理由に己に蓋をしている自分に。

しかし、その現実から目を逸らす。 気付かないフリをする。

それこそが人の弱さ。 自尊心を傷つけないようにする防衛行動だ。

「しかし、二科生を差別するからと言って今度は一科生を差別する、いわゆる逆差別をしても解決にはなりません。 一科生も二科生も一人一人が当校の生徒で、生徒たちにとって唯一の3年間なのですから。 ……ですが、実を言うと生徒会には一科生と二科生を差別する制度が残っています。 生徒会長以外の役員の指名の制限……現在は一科生のみ指名できる制度になっています。 そしてこの規則は、生徒会長改選時の生徒総会においてのみ改定可能です。 私はこの規定を、退任時の総会で撤廃することを生徒会長としての最後の仕事とするつもりです。」

この宣言に、会場全体がどよめいた。

今までずっと続いた制度を本当に変えられるのか。

しかし、古い慣習に囚われ続けている状態ではまず革新など有り得ない。

今ここに、意識改革のための一石が投じられたのだ。

「私の任期はまだ半分ありますので、少々気の早い公約になってしまいますが……。 人の心は力ずくで変えることはできないし、してはならない。 それ以外のことで、出来る限りの改善策に取り組んでいくつもりです。」

完全に一人舞台となっていたが、暫くしてから割れんばかりの拍手が鳴り響いていた。

傍聴席は一科も二科(同盟側除く)も関係なく真由美に賛美を送り

袖で待機している達也たちも改めて感銘を受けての拍手を送っていた。

同盟側も流石にこれでは負けを認めざるを得ないのか、悔しそうな表情で俯いていた。

このままの流れで終われば、まさに良い討論会と言う形で締めることが出来ただろう。

しかし、現実はこの雰囲気も無粋な爆発音で一気に壊れることになった。

「じ、実技棟が襲撃を受けてる!?」

逸早く外を確認した生徒が爆発音がした場所が実技棟ということを目視。

あまりに突然の襲撃に傍聴席にいる大半がパニックになりかけていた。

……が、同盟側はこれを機にと騒ぎに乗じてこの場から離れようとしていた。

「委員長、動き出しました!」

「よし、全員残さずにひっ捕らえろ!」

逸早く気付いた達也の行動を皮きりに、各々待機していた風紀委員の面々が外に出ようとする同盟生徒を取り押さえた。

事前にマークしていたこともあり、一人も逃すことは無い。

しかし、事態はまだまだ動く。

「気を付けて! 外から何かが飛んでくるわ!」

窓を指差しながら真由美が壇上から叫んだ。

その直後、まさに彼女の言う通り窓ガラスを突き破って何かが投げられた。

それは、地面に落ちると即座にガスを噴出した。

何のガスかは知らないが、有害なことに間違いはない。

「皆さん、煙を吸い込まないように!」

この事態に対して一番に行動したのは壇上に居る服部だった。

ガスの噴出に気付くや否や即座に気体に対する収束魔法を放ち、その流出範囲を最小限に抑える。

そこから連続して移動系魔法を用いて、ガス弾ごと再び窓から外へ放り投げた。

(瞬間の判断でここまで……流石だな。)

ガスが流出して間もなく抑えたことで生徒に全く被害を出さないその判断の早さと手腕に、達也は内心で素直に服部を賞賛していた。

その視線に気付いたのか、服部は気恥ずかしそうに視線を逸らしていたが。

「全員おとなしくしろっ!」

と、今度は怒号と共に全身武装でやってきた、見るからにテロリストな風の人間がやってきた。

その手にはマシンガンを持っているが、この場においては全く脅威になりえなかった。

もう既に布石は打たれているのだから。

「ぐっ……!?」

突入しようとするテロリストたちはいきなり苦しみだした。

呼吸が出来ないのか、首を抑えている。

(MIDフィールドか。 全身武装で来たのが逆に仇になったな……使用者は委員長か。)

MIDフィールド、それは空気中の窒素の密度を弄る魔法だ。

マスクで覆われている空間に適用することで、呼吸困難を引き起こしたのだ。

テロリストたちは何もできずに倒れていく。

その後はもう相手の手が尽きたのか、講堂には襲撃は発生しなかった。

(……どうやら、動いたようだな。)

『眼』でもう既に動いている彼を捕捉した。

ならば、自分も事態収拾の為に積極的に動くべき時……達也はそう判断するや否や

「委員長、実技棟の様子を見に行きます!」

「私もお供します、お兄様!」

摩利に実技棟への出動許可を申し出る。

当然のように深雪もついていく意思を見せていた。

摩利も達也の対人戦闘スキルはこの目で確認済みなので、渋る様子もなかった。

深雪に関しても、その圧倒的魔法力(特に干渉力)は知っての通りなので心配する要素はない。

「分かった、頼んだぞ2人とも!」

了承の言葉を背に、二人は講堂の外へと駆け出していく。

入学して一月も経っていないのにも関わらず発生した面倒事。

壊された日常を取り戻すために、兄妹は動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほぼ同時刻……演習林をひたすら駆け抜けていく人影が見えた。

それは言うまでもなく、自己加速術式を掛けた紫輝である。

木から木へ、まさに軽業師のようにスピードを落とさずに進んでいく。

実技棟への襲撃音からすぐに事態は察知できた。

部活の方はまだ外へ移動前だったのが幸いして、自分もテロリスト鎮圧に加わると言って別行動を開始する。

まずは預けてあるCADを非常時ということで返却してもらう(この途中でエリカとすれ違うが、気に掛ける余裕は無かった。)

次に、別の方角で行動を起こしているであろう幹比古の援護要員を呼び出す。

周囲に誰もいないことを確認してから、路地裏の時のように特化型CADを空にかざす。

そして、引き金をまずは一度引く。

あの時と違うのは、武器が飛んで来たり紫輝に憑依するのではない。

今回は、彼ら本来の姿でこちら側に呼ぶ。

『また我の出番か。 しかもこの姿で呼ぶということは……。』

「別方向で俺と同じように悪魔の引率に対応している幹比古の援護……行けるな、ケルベロス。」

ケルベロスと呼ばれたのは、目の前に居る氷を纏った三つ首の獣だ。

その雰囲気は、先日現れたスケアクロウと同じ禍々しいものも含んでいる。

しかし、その禍々しさの中にも高潔というか、品というものも確かに感じる。

スケアクロウのような醜いだけの案山子とは存在の格がまるで違う。

それは当然のこと……この獣は上級悪魔にカテゴライズされるだけの存在なのだから。

『御意。 我と幹比古ならば大抵は問題ないだろう。 そちらも武運があらんことを!』

人間で出せるか怪しい、それだけのスピードで駆けるケルベロスを見送る。

幹比古への援護は出した……ならば次は当然、自分の方の戦力だ。

まずは再び空へ向けて特化型の引き金を引くこと2回。

今度はケルベロスのように本来の姿ではなく、1体は武具として、もう1体は己に憑かせる。

『ようやく俺の出番かっ! だが何でケルベロスが召喚で俺が魔具なんだ!』

『喧しいわよベオウルフ。 貴方がケルベロスと同速で動いてミキの援護に間に合うのかしら? 魔具として呼び出されただけいいじゃない。 私はずっと諜報担当で今も憑依状態なんだから。』

篭手と具足からは荒々しい声が、そしてどこからともなく聞こえるのは妖艶な女の声。

武具の方はベオウルフと呼ばれていて、憑依しているのは……諜報担当、要するに紫輝が偵察役を命じた悪魔、ネヴァン。

この2体もまた、ケルベロスとタイプこそ違えど纏うオーラの質は同等……すなわち、カテゴリは上級悪魔に位置している。

「悪い悪い、ちょっと後に備えて燃料温存したくてな。 次は優先的に召喚するから、その時まで待ってろベオウルフ。」

『……まぁ、いいだろう。 今回は貴様の軟弱な拳を強化してやるか。』

『相変わらず、紫輝の言葉には忠実ねベオウルフは。 ところで、私には諜報役の労いは無いのかしら、紫輝? 今晩辺りにでも……。』

「R指定じゃねぇんだから止めろネヴァン。 吸血で勘弁してくれや。」

ベオウルフは粗暴に見えて紫輝の言葉は聞くから意外と扱いやすい。

俗に言うツンデレなのだが、アグニとルドラがそれを指摘した時は私闘になりかけた。

ネヴァンは……サキュバスに近いというところでお察しである。

このようなR指定になりかねない発言が多いし、それが本気なのか冗談なのか分かりかねるのがまた厄介だ。

まぁ、それ以外は良識的でベオウルフやアグニ&ルドラを制する、ケルベロスと並んでのツッコミ役になっている。

随分と俗に染まっている面々に見えるが、気にしたら負けである。

「……後は、こいつも持っていくかな。」

援護にはケルベロス、装備はベオウルフ、憑依はネヴァン。

3体の上級悪魔を使っている時点で並の相手ならば淘汰は容易だろう。

しかし、世の中『石橋を叩いて渡る』という言葉があるくらいだ。

慎重に慎重を重ねるため、更なる戦力を呼び出す。

今度は特化型CADを、あろうことか自分のこめかみに銃口を突きつける形で構えた。

これがリボルバー型拳銃ならばロシアンルーレットでもしているようにも見えるだろう。

自傷行為にも見えるが、これは今の紫輝がイメージを描きやすい構図だからだ。

……己の『内』に引き金を引き、『仮面』を引っ張り出すイメージ。

何の躊躇いも無く引き金を引く。

すると、ベオウルフの篭手が装備されている紫輝の左手に……一本の鞘に収まった刀が装着されていた。

「さーて、じゃあ行くか……パーティ会場にな!」

まるでこの状況を楽しむような笑みと共に、紫輝は駆けていく。

行く先々で見かけたテロリストは跳び蹴りにより奇襲で対応する。

テロの現場でなければただの通り魔にしか見えないだろう。

蹴りの瞬間は気配同調は解けてしまうが、すぐに走り出せば視認されることはない。

また、途中でほのかと雫たちの姿も見かけたが、今の姿を見られるわけにはいかないのでスルー。

恐らくテロリストの襲撃を受けたが返り討ちにしたのだろう、危うくGの方でR指定になりかねない無残な人体らしきものも見えた。

その後はあそこで待機していれば風紀委員の誰かが来て避難誘導を行うであろう。

要するに、今は演習林には誰も居ないし、来ない。

まさに、自身のために用意された会場になっていた……何ともいえない過大解釈だが。

……ひたすら走っていくと、徐々に臭ってきた。

人間に利用されるがままな故に標的にされる、哀れな下級悪魔の臭いが。

場所と相手の数の問題で不完全燃焼だった前回とは違い、相手の規模も場所の広さも申し分ない。

もう目の前にまで迫っている獲物を思い、また紫輝は笑みを零した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、幹比古は既に悪魔を率いるテロリストの隊を目と鼻の先に居た。

しかし、まだ前に出るつもりはない。

紫輝ならば突っ込んでいるところだが、幹比古はそこまで危なっかしい思考はしていなかった。

「……ケルベロス、どうだい?」

『恐らく、こちらはそう強いヤツは出てこないだろうな。 居るのは7ヘルズの内プライド、ラスト、スロウスのみ。 追加が来ても中級の下が限度と言ったところだ。 今の幹比古でも問題ない。』

紫輝から送られた頼もしい援軍からの情報提供から、ホッと安堵の息を吐く。

今のスランプの状態で中級の中でも上位、またはそれ以上が出てきたら対処の仕様がないからだ。

正直に言うならば、中級ですら相手にしたくは無いのだが……。

『何、いざという時は我が盾にでもなろう。 お主は何も気にせずに、その力を振るえば良い。 スランプが晴れるかどうかではない、やるだけやってみるのだ。』

幹比古の迷いや不安を察知したが故に激励を送る。

「ケルベロス……そうだね、紫輝がこうして僕に任せてくれた、つまり信頼してくれてるんだ。 その信頼には答えないとだね。」

腹は括ったようだ。

声にも力強さが戻り、表情も引き締まっている。

それを見るや、ケルベロスは幹比古と共に一歩前に出る。

『先手必勝!』

ケルベロスは空中に向けて咆哮する。

突如聞こえてくる獣の咆哮、そして異常な気配にテロリストたちはすぐに反応する

が、それではあまりに遅すぎた。

咆哮とほぼタイムラグなしに降り注ぐ多量の氷柱で、一方的な先制攻撃を許してしまう。

上手く座標も調整されており、既に出現している悪魔のみをピンポイントに叩いている。

そして、人間のテロリストのみが残ったところに幹比古は活性化した精霊を直接ぶつける魔法、『雷童子』を放つ。

ケルベロスが放った氷柱の雨に気を取られていたのか、あっけなく直撃して気を失った。

「やっぱり、まだまだ遅いな……。」

『だが、威力の調整は完璧だ。 殺さないようよく加減が出来ている。 紫輝ならばこうは行くまい。 それに、発動速度に合わせて動けるようになってるから無駄は無くなっているぞ。』

幹比古は悪魔と対峙するのは今回が初めてというわけではない。

一高に入学する前、紫輝が受けた依頼に巻き込まれる形で1回、悪魔と戦ったことはあった。

その時は紫輝がほぼ一人(ケルベロスやネヴァンは使ったが)で撃退、幹比古は殆ど何も出来なかった。

感じたのは劣等感と無力感だった。

同じように魔法が上手く使えないはずなのに。何故それほど戦えるのか。

何故自分はここまで戦えないのか……力が弱くなってしまったのか。

『まずは認めろ、今の自分を。 ただただ理想のみに妄執いずれ破滅を生む。 足を地に着けろ。 今の自分を客観的に認識し、その上で自分の理想を描き、邁進しろ。 ……俺も、今はこれを使える代償として魔法はロクに使えない。 これはまだどうにもならないことだ。 その状態でもいいから足掻く。 色々手を尽くす。 今の俺で出来ることをやるだけやる。 自分を否定するな。 現状を認めるところから改革ってのは始まるもんだ。』

幹比古の焦りや劣等感、色々なものを見抜いた紫輝の言葉だ。

彼にも、幹比古のスランプの原因など分からない、分かるわけがない。

それでも、理想に縛られているだけで明らかに迷走しているのは分かった。

理想と比べて今の自分を否定して、逃げていることも。

……それを指摘されて、最初は反発もした。

しかし、紫輝に反論すればするほど、否応が無く目を逸らしていた己の現状を実感していった。

最終的には、今の自分……何故か魔法の発動が遅い現状況を、少しずつだが認めるようになった。

更に、最近は紫輝だけでなく二科にも関わらず並み居る一科生を退けた者も現れた。

要は使いよう、幹比古は紫輝の言葉をより信じて、今に至っていた。

『む、まだいるようだな。 休む暇は無いぞ幹比古!』

「ああ……すまないが、前衛は任せるよケルベロス!」

今もなお足掻く神童と、氷晶の獣。

一人と一体は、まだまだ湧いてくる多量の悪魔とテロリストに一歩も怯む様子も見せずに立ち向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実技棟へ向かった達也と深雪はその途中でテロリスト3人と交戦していたレオと合流する。

テロリスト3人は深雪が重力制御魔法で宙に浮かして叩き落として無力化。

なかなかの容赦のなさに、レオとCADを取りに向かっていたエリカも若干引いていた。

実技棟自体はほぼ教師が制圧したので心配はいらないとのこと。

ここで達也は実技棟が狙われたことに違和感を覚えていた。

実技棟には型遅れのCADしかないので、襲撃されても授業くらいにしか影響がない。

狙うならばもう少し学校運営に影響が出る場所にするのが妥当だ。

イコール、この実技棟の襲撃が陽動では……そこまで結論が出たところで、意外な人物から解答が告げられた。

「彼らの狙いは図書館よ。 壬生さんもそこにいるわ。」

「……小野先生?」

その場にいた全員が大いに驚いていた。

一教師である遥が何故テロリストの狙いを正確に知っているのか。

困惑する一同を代表して、達也が口を開いた。

「後ほど、ご説明していただいてもよろしいでしょうか。」

「却下したいけれど、そういうわけにはいかないでしょうね。 その代わり一つだけお願いしてもいいかしら。」

あまり時間は無いのだが、それはあちらも分かっているから手短にはなるはず。

それに、情報提供をしてくれた相手を無碍に扱えるほど鬼ではない。

あくまでもお願いを聞く、だけなのだが。

「カウンセラーとしてお願いします。 壬生さんに機会を与えて欲しいの。 彼女は去年からずっと剣道の成績と魔法実技の成績のギャップで悩んでいて……。」

「甘いですね。」

頼みごとが壬生のことなのは予想していたからか、途中で達也はバッサリと切った。

あまりにも潔い切り方に深雪を除いて呆気に取られてしまった。

「おい、達也。 流石にそれは無いんじゃねぇのか?」

人一倍人情に厚いからか、レオが食って掛かる。

しかし、達也は特に色を感じさせない表情で続けた。

「レオ、余計な情けで怪我をするのは自分だけじゃない。 その責任を負えるだけの覚悟が無いならば、それはいらない世話というものだ。 紫輝も同じことを言うし、そうするぞ。」

ただそれだけを言い残して、達也と深雪は図書館へと向かった。

エリカもそれに続き、レオも完全に納得は行っていない表情ながらも続いた。

図書館前に到着した時はまさに大乱闘状態だった。

かろうじてテロリストを抑えることが出来ているが、相手も物量作戦で来ているので拮抗がいつ崩れてもおかしくない。

悪魔が居ないことを軽く確認して、紫輝とその協力者(幹比古のことだが)が抑えてくれていることはすぐに分かった。

自分たちにとって相性が悪い存在が居なければ何も遠慮はいらない。

「うおおおお! 装甲(パンツァー)!」

いの一番に飛び出し、プロテクターのようなCADで近くのテロリストを殴りつけたのはレオだった。

精密機械であるCADで殴っているのを見て、達也は即座にレオが硬化魔法を使っていることを見抜いた。

分子の相対位置を固定することで、レオのCADは外装が破られない限り壊れることはない。

更に、音声認識を採用しているのでセンサーなどの類の不具合を心配する必要もないというおまけつきだ。

魔法の効果が続く限りは耐久が減らない武器と同じ扱いになるのだ。

「起動式と魔法式の展開が同時に……?」

図書館に入るのに邪魔になるテロリストを無力化する片手間でレオの戦いっぷりを見ていた深雪が疑問を口にする。

この疑問に答えるのは、素手で敵の無力化を終えている兄の役目である。

「アレは逐次展開だ。 前の魔法の効果が残っている間に起動式を準備して、切れたら即座に発動する。 必然的に魔法の効果はほぼ切れ目なく持続する形になるということだ。」

「なんていうか、本人に似てアナログな……って、レオ危ない!」

聞こえていたら確実にまた口喧嘩になりかねないことを呟きかけたところでレオの背後にナイフを構えている敵の姿を視認するエリカ。

レオに呼びかけるが既に遅し、テロリストのナイフがレオに刺さる……ことは無かった。

むしろナイフの刀身が砕け散っていて、狼狽えるテロリストにアッパーをかまして気絶させた。

「なるほど、制服にまで硬化魔法を……。 まるで全身をプレートメイルで覆っているようなものだな。」

この様子ならばガス欠にならない限りレオに傷をつけるのは難しいだろう。

この場は彼に任せた方が明らかに効率的だ。

「レオ、この場はお前に任せる!」

「おう、任されたぜ達也! どんどん先に行ってくれ!」

達也に信用された上でこの場を任されたからか、レオの声は一段と覇気が増したものだった。

それを聞いて、心置きなく達也は深雪とエリカを連れて図書館の中に入ることが出来た。

外の喧噪とは裏腹に、内部は妙な静けさが漂っていた。

「これ、待ち伏せっぽい気配あるよね。」

この空気から待ち伏せがいると逸早く判断したのはエリカだった。

無論、達也もそれは分かっている。

「少し待ってくれ。 ……階段下に二人、階段を上りきったところにも2人。 更に特別閲覧室に4人……ここに壬生先輩が居るな。」

達也の口からは淡々と敵の場所と人数らしきものが告げられていく。

彼の『眼』……精霊の眼(エレメンタル・サイト)ならば、人間の待ち伏せを看破するのはお茶の子さいさいだ。

「へぇ、達也君の前では待ち伏せも意味なしってことね。」

「当然よ、紫輝でも真似できないお兄様だけの力だもの。」

深雪の紫輝と比較しての賞賛を受けても苦笑しかできなかった。

達也の眼はあくまで一般魔法師も持っているイデアの感受性を機能拡大したものだ。

あちら側にいる悪魔まで感知は当然だが出来ないし、それは紫輝の役割……どちらが優れているかは比べるのは難しい。

紫輝と達也は互いが互いを補っている……この言い方の方がしっくりくるであろう。

「じゃあ、今度は私が一番もーらいっと。」

先ほどのレオの奮闘に刺激されたわけではないだろうが、今度はエリカが飛び出した。

無謀な行動に見えるが、待ち伏せが分かっても避けることは不可能なことに変わりは無い。

ならば、先手必勝とばかりに仕掛けてしまおう……少なくともエリカはそう考えたのだろう。

「さーて、行きますか!」

「な、何者だ!?」

達也の言った通り、階段下には二人の生徒が居た。

スタンバットを得物にはしているが、エリカには何の関係もないことだ。

持ち前の俊敏さで瞬時に懐に飛び込んで一撃。

一人を無力化すると、もう一人に反撃の暇を全く与えずにそのままもう一閃。

奇襲から一気に二人の生徒を無力化することに成功していた。

「まぁ、これくらいはね。」

ここで階段下の異変に気付いたのか、上の生徒二人がこちらに向かってきた。

一人は刀を持ち、もう一人は見た目は丸腰だが汎用型CADを所持しているので後衛だろう。

接近戦役がエリカに肉薄して、後衛が魔法でエリカを狙う。

単純にしてまともな戦法だろう……エリカの後方に二人が控えていなければの話だが。

「なっ起動式が!?」

紫輝が行ったことと全く同じ方法で達也は後衛の起動式を破壊して攻撃を未然に防ぐ。

その間隙を縫って深雪が後衛役の脚を凍らせ、止まれないまま階段から転げ落とした。

それでもここは通さぬとばかりに刀を持っている生徒は果敢にエリカに斬りかかっていく。

(トリコロールのリストバンド! 剣道部は本当に真っ先に汚染されてたってわけね……)

相手の顔から壬生の演武相手だったのは既に思い出していた。

彼がこのリストバンドを付けているということは、剣道部は本当に初期の段階からエガリテの手に落ちていたということだ。

「剣をこういう風に汚してさ……本当にムカつく話よね……。」

誰にも聞こえないような呟きだったが、明確な怒りが露わになっていた。

剣道部員たちを貶めて、更に己が身を置く世界に泥を塗ったことに。

しかし、その怒りはあくまで己の内に留めておいた。

被害者とも言える生徒たちに八つ当たりをするわけにもいかないから。

「ほらほらお二人さん、早く先行っちゃって!」

鍔迫り合いの最中に兄妹に先を行くように促すことから、こちらも同じく余裕が見える。

レオと同じく任せるのが最適解と判断した達也と深雪は、争っている二人の邪魔にならないようにそれぞれの方法で一気に上の階へ上った。

深雪は重力制御で一気に飛び上がり、達也は階段の壁を足場代わりにして跳躍。

「ひゅー、流石ね。 ……じゃ、こっちもこれで終わりっと!」

鮮やかな移動を見せられて素直に賞賛しながら、エリカは一気に決着をつけにかかる。

達也と深雪が先に行ったことに気を取られていたからか、均衡はあっけなく崩せた。

鍔迫り合いを押し返すことで制し、勢いそのままに得物である刀を叩き落とす。

最後に峰打ちとばかりに致命打にならないような一撃を繰り出して無力化。

これでこのフロアの制圧は無事に完了、後は兄妹が仕上げを終えるまでこの場で待機するのみとなった。

(……あれ、そういえば紫輝君って今どこにいるんだろ。)

達也と深雪が全く話題に挙げなかったから完全に抜け落ちていた。

紫輝のあの性格を考えれば、避難することはまず考えられない。

となれば、どこかで交戦しているのが妥当なのだが……。

(まぁ、達也君と深雪が何も言わないってことは心配いらないってことかな。 今まで見た片鱗だけでも結構出来るのは分かってるし。)

身体能力、そして暗殺者が如く気配を悟られずに移動できる技術。

魔法の規模と干渉力で多大なディスアドバンテージがあっても、テロリストのような有象無象ならどうとでもなる。

……ただ、今紫輝が相手をしているのは人から外れたモノなのだが、それはエリカの知る由ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也たちが図書館制圧に加わっている頃。

紫輝もようやく演習林にて進撃をしようとする悪魔とテロリストの集団に接敵することが出来た。

こちらは主力だからか、やたらと隠密に隠密を重ねて奥の方に潜んでいた。

『見た感じは7ヘルズの一部、鋏に人形ってところね。』

「(まぁ、それなら問題なさそうだな……よし、じゃあ時間無制限食べ放題始めますか。)」

時間の猶予もあまりないので、様子見もそこそこに紫輝は飛び出した。

わざとらしく物音を立てたので、テロリストたちは当然襲撃者の存在には気付く。

一人が紫輝を視認して手持ちのマシンガンを構えるが、引き金を引こうとしていた。

そこに、何かが発動したような兆候と共にその男は即座に銃口を紫輝とは全く関係ない方向へ向けていた。

「な、おい俺たちを狙ってどうする!?」

「邪魔をする奴は容赦しないぞ!」

紫輝を照準に収めていると思い込んでいるのか、そのままマシンガンの引き金を引いた。

しかし、周囲からしたら突然自分たちに向けて銃口を向けられるという異常事態だ。

周囲の仲間は咄嗟にマシンガンの範囲から逃れる。

「はい、いらっしゃーい。」

それを見越していたのか……実際はそういう風に仕向けたのだが、紫輝が鞘に収めたままの刀で一人に強打、一撃で昏倒させる。

最初に紫輝が使ったのは、一応精神干渉に分類される魔法だ。

精神と言うよりも、認識に関する魔法なのだが。

早い話が敵味方の認識を一時的に狂わせて混濁させるという効力を持つ。

本来ならば今の紫輝では使えないはずの、繊細だが強力な魔法だ。

紫輝が近くに居るからか、別のテロリストがマシンガンを構え、また近くの悪魔にも紫輝をターゲットにするよう命令をする。

「おいおいおい、んな玩具をこんな場所で振り回すなよ、教育に悪いだろうが!」

マシンガンを自分に向けていることにすぐ気が付いた紫輝は、一気に距離を詰めながら抜刀。

周囲の悪魔……人形型のマリオネットや7ヘルズの最弱ヘル・プライドを接近の最中で斬りながら、本丸であるマシンガンも真っ二つにする。

疾走しながらの居合斬り……さながら疾走居合と言ったところか。

一度の加速での発生させた斬撃の数は3……本家に比べればまだまだであった。

一旦刀を納め、得物が使い物にならなくなって焦っている人間には右腕を覆うベオウルフの右籠手によるアッパー。

簡易的なソレだが、今の紫輝は少々ながらネヴァン憑依の影響で腕力は上乗せされている。

元々腕っぷしはそこそこなところに悪魔の力、更に腕力自慢のベオウルフの力が込められている籠手もあるが故に、そこまで力を籠めなくても人間一人を気絶させるのは容易であった。

むしろ本気を出したら絶命させかねないのだが。

『横から来ているぞ!』

ベオウルフの言葉が飛ぶが、それより先に横を向いていた。

すると、先ほど巻き添えを食ったヘル・プライドと似ている7ヘルズが突進動作に入っていた。

プライドとは違って赤いボロ布を纏っているこいつはヘル・ラスト。

敏捷性に特化した下級悪魔で、忙しなく移動して集団戦に感けている対象に肉薄する悪魔。

基本的に雑魚の7ヘルズの中では唯一面倒と言える種類だ。

その特性通り、紫輝が意識を逸らしているところに奇襲を仕掛けてくる。

「狡猾なのはかまわねぇが、もう少し腕力鍛えろよ。」

突進と同時に降ろされる鎌を余裕綽々で受け止める。

ベオウルフの上乗せがあるとはいえ、そこそこの速度で降ろされた鎌を容易に受け止められたことに、相手も明らかに動揺したようだ。

鎌ごとヘル・ラストを上空に投げ飛ばし、跳躍して追いついたところに踵落としを浴びせる。

地面に落とされるまでもなく、肉体を両断されてそのまま元の媒体の砂となり散って行った。

あまりの手際の良さに、テロリストたちも呆けてしまっていた。

「おいおい、一丁前にマシンガン持ってるのに棒立ちとか、映画の背景にでもなりに来たのか? ボサっとしてねぇでさっさとかかってこいよ愚鈍が。」

立ったままで何もしていない無能共に呆れて思わず挑発してしまう。

その内心には、怒りで少しでもマシにならないかという期待感も込められている。

達也か深雪が聞けば小言が飛んでくるだろう。

「撃て撃て撃て! まだ二人やられただけだ!」

挑発に対する答えは6人ほどによるマシンガンの一斉射撃。

しかし、ネヴァン憑依の影響で脚力も上がっている紫輝からすれば避けるのは造作もない。

全く面白味も無いので、紫輝は一気にカタをつける算段を整えていた。

『威力はちゃんと調整するのよ?』

「言われるまでもないさ。 とりあえず人間は面白くないんでとっとと沈んでくださいってな!」

銃撃が収まり始めたと同時に紫輝はネヴァンからイメージを引き出した。

ターゲットは6、死に至らしめないほどのダメージの……雷撃。

次の瞬間には、紫輝が放ったとは思えないレベルの電撃が6人のテロリスト全員に襲い掛かっていた。

起動式や魔法式の兆候もなく発生した電撃に対応できるはずもなく、6人は揃いも揃って気絶していた。

「……大丈夫か? これ。」

『まぁ、くたばってはいない。 以前に比べればまあ調整出来てはいる。』

『生きてるだけマシってレベルにも見えるけれど……って、後ろ!』

ネヴァンに言われるまでもなく、振り向きざまに手刀を放つ。

そこに居たのは霧状の見た目に仮面を装備して鋏を構えていた悪魔……名はシン・シザース。

その憑代である仮面を狙った手刀は、ベオウルフの加護もあり致命打と化す。

当然のように一撃で沈んでいったが、紫輝は消滅を確認する間もなく跳躍してすぐその場を離れた。

地面から紫輝のいた位置に向けて鋏が向けられていたのだ。

別のシン・シザースが地中からの奇襲を目論んでいたのだ。

シン・シザースは仮面という憑代こそあるが、その実態は幽霊に近いものがある。

早い話が、物質をすり抜けることが出来るのだ。

だからこそ地形を無視して地中から紫輝を奇襲したのだが、紫輝お得意の直感により失敗に終わった。

「下から来るぞ、気をつけろぉ! ってか? 狙いは悪くねぇが、相手が悪かったな。」

某E社のコードネームに名字を入れる主人公のセリフ(上と下の違いはあるが)を口ずさみながらテロリストを気絶させた電撃で仮面を破壊する。

今回は何の遠慮も無い雷なのであまりの威力に地面までも焼け焦がしていた。

憑代である仮面さえ破壊すれば、何も脅威は無い。

そういう意味では、対策さえ知っていればスケアクロウなどよりも対処は楽だ。

『ふん、まだまだ暴れ足りないな。 ……というか、もう少し俺を使え。』

「安心しろ、ここからは余計なのは来なさそうだから安心してお前を使えるさ。」

テロリストとはいえ、人間を殺したら色々と面倒だ。

やってることはともかく、今の紫輝は一応は魔法師。

自衛目的とはいえ非魔法師の殺害はよろしいことではない。

だからこそ、手加減の必要な人間は早急に無力化したのだ。

……しかし、これは言うまでもないがただの建前。

(まぁ、ハッキリ言って今更なんだがな……。)

過去の所業を顧みて自嘲するように笑みを零す紫輝。

正直に言えば、今回はただ後始末が面倒なだけだ。

別にこんな有象無象が生きていようがくたばっていようが紫輝はどうとも思わないし、思うのも面倒なのだ。

ただ、周りに余計な手間を掛けさせたくない……その一心で殺さないでいるだけ。

逆に悪魔ならば、よほどのことが無い限りは殺すことを躊躇する必要はない。

更に、今回の戦場には悪魔憑きは居ないのも好都合だった。

まだまだ限りを知らないほどに現れる悪魔の群れを見て、紫輝はさぞ楽しそうに口端を歪めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本格的な悪魔狩りが始まった時と同刻、達也と深雪は特別閲覧室に到着する。

中ではテロリストたちが作業しているからか、厳重に扉は閉められていた。

しかし、達也のオンリーワンの前ではそのような障害は無力と化す。

シルバーホーンの銃口を扉に向けて引き金を引く。

するとどうか、半ば防壁と化していた扉はまるで豆腐のように脆く崩れた。

「な、一体何をした!?」

中に居た壬生を含む4人が、あっさりと扉を破って閲覧室へ入ってくる達也と深雪に驚愕していた。

その隙をついて兄妹はテロリストが閲覧室のデータを盗み出そうとしていることを確認。

扉を破った時と同じ手段で、記録用のキューブも即座に破壊した。

「これでお前達の企みも詰みだな。」

勝ち誇った風でもなく、ただ淡々と事実のみを告げる達也。

それが気に障ったのか、テロリストの一人が懐から拳銃を取り出した。

「貴様、生かしては帰さんぞ!」

しかし、それは何よりも愚策だった。

この愚者は達也に引き金や刃を向けることが一体どういうことか身を以て知ることになった。

「なっ、手が凍って……ぐああああっ!」

「……愚か者。 お兄様に手出しをすることは私が許しません。」

拳銃を握っていた手は一瞬で凍り付いていた。

それを行ったのは、氷のように冷たい視線をただ送る深雪。

無慈悲なその光景に、達也以外の周りの人間は完全に動きを止めてしまっていた。

「壬生先輩、これが現実です。 能力も含め何もかもが平等な世界というのは、誰もが等しく冷遇された世界と同義。 貴女が言う平等は、理想の中か耳障りの良い世界にしか存在しません。 貴女はただ利用されていただけです。」

壬生に突き付けられたのは夢も理想も無いただの現実だった

学校の中にある差別を取っ払うという甘美な空想に誘われ、結果やってることはただのテロ行為。

しかし、その現実を受け入れたくないのか、壬生は必死にそれを振り払わんとしていた。

「どうして……私が間違っていたの!? この学校には確かに差別はあるじゃない! 司波君だって、そこの妹さんといつも比べられて苦い思いばかりしてきたんじゃないの!? 獅燿君だって同じはず! いえ、彼はスケートで活躍してることもあるからそれ以上のはずよ! 誰もが貴方たちを雑草と蔑んだでしょ!」

逃避行とばかりに彼女の中で達也にとって痛い点と思われる箇所を付く。

否、達也だけでなくこの場にいない紫輝のことまで言及していた。

それは禁忌(タブー)、侵してはいけない領域だとも知らずに。

「誰もが……? それは有り得ないことです。 少なくとも、私はお兄様と紫輝、どちらも蔑んだりしません。 世間の魔法師としての評価は私の方が上かもしれません。 しかし、そんなものは何の意味もないと私はよく知っています。 それに、お兄様と紫輝のどちらにも色眼鏡を押し付けず、その御力を認めてくださっている人は大勢います。 貴女にも、そのような方がいらっしゃるはずですよ。 それにも関わらず、自分で自分を蔑んで価値を落としている……可哀想な人です。 誰よりも己を雑草と蔑んでいるのは、貴女自身なのですよ……壬生先輩。」

深雪は心外とばかりに少しばかり怒気を含めていた。

3年前に一度失った命を再び与えてくれた兄。

ずっと前から自分と兄を悪魔から守ってくれた、血のつながらない兄貴分。

達也は言うに及ばず、紫輝に対しても蔑む理由などどこにもありはしない。

自分だけではない。 エリカ、レオ、美月に真由美、摩利……これだけ認めてくれる人間が居るのに、一体どこが「誰もが」になるのだろうか。。

更に、壬生は気付いていない……自分のことを気にかけてくれている人間のことを。

少なくとも二人は……否、もっといるだろう。

それに気付く様子も無いから、深雪は彼女を『かわいそうな人』と哀れんだ。

深雪の痛いところを突く反論を聞いて壬生は呆然としていたが、邪魔立てが入った。

「壬生、アンティナイトの指輪を使え!」

空気の読めない有象無象の言葉だが、壬生は半ば無意識でキャスト・ジャミングを発動させる。

続いてテロリストは煙幕を放って達也と深雪の視界を封じてきた。

(なるほど……だが、無駄なことだ。)

視界と魔法を封じて近接戦を挑んでくることはお見通しだった。

丁度ナイフを片手に向かってくる二人の気配を察知。

何事も無いように1発ずつ拳をお見舞いしてどちらもノックダウンさせた。

また、キャスト・ジャミングも特に気にせずに深雪は煙幕を収束させ、視界を回復させる。

壬生は逃走したのか、この場には既にいない。

「お兄様、壬生先輩を見逃してよろしかったのですか?」

「問題ないさ。 壬生先輩の今の状況だと逃走経路を選ぶ余裕はないはず。 そうなれば……後はエリカに任せるべきだ。」

エリカならば、剣を通して彼女を止めてくれる。

後からそれだけ言うと、深雪も納得したのかこれ以上は何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也の読み通り、壬生はとにかく逃げることを優先して最短ルートを通っていた。

何から逃げているかは彼女自身も分かっていない。

達也たちから逃げているのか、それとも己から逃げているのか……。

「こんにちは、一昨年の全国女子剣道大会準優勝の壬生沙耶香先輩ですよね?」

階段を降りて出口はすぐそこというところで突然声を掛けられた。

必死に逃げているから気付くことが出来なかった。

いつの間にか、自分に立ちはだかるように女子が立っていることに。

「……貴女は誰?」

「あ、初めまして。 1-Eの千葉エリカでーす。」

人懐っこい笑みを浮かべて軽い自己紹介。

しかし、壬生はその雰囲気に騙されることなくエリカを観察していた。

あわよくば通り抜けることも考えたが

(……横を通れそうにない。 強行突破しかないってことね……!)

隙がありそうで全くない。

恐らくどうやってもただで通り抜けることは出来ない雰囲気なのは肌で感じていた。

そう結論付けるや否や近くに落ちていたスタンロッドに目をつけ、すかさず手に取り構えた。

「そこをどきなさい! さもないと痛い目を見るわよ!」

「そんなに慌てなくてもいいのに……。 まぁ、これで正当防衛は成立……ってことでいいのかな? 元より言い訳するつもりもないけどね。」

エリカの呟きを宣戦布告と受け取って、壬生が先に仕掛けた。

半ば不意打ちだが、そもそもこれは試合ではないので反則も何もない。

しかし、エリカは唐突な一撃に焦りを見せず警棒による的確な一撃で捌く。

そして、ここからが彼女の本領発揮だ。

(え、後ろから!?)

いつの間にか背後についていたエリカの一撃をかろうじて受け切る。

明らかに人間離れしかけているスピードに、壬生は動揺を隠せなかった。

二度、三度と一撃、離脱の連続をいなして目が慣れてきた四度目で警棒を完全にスタンロッドで受け止める。

このまま鍔迫り合いに持ち込む……しかし、それは叶わない、

(こんな一瞬で距離を……まさか、自己加速術式!?)

背後に回るのも速ければ、離脱も凄まじく速い。

そして、このエリカの戦い方は壬生にとっては見覚えのあるものだった。

そう、それはまさに……

(渡辺先輩と……同じ魔法剣技?)

彼女の脳裏に浮かんだのは、1年前のクラブ勧誘期間の一コマ。

剣術部とのいざこざがこの年もあったのだが、当時2年だった摩利が竹刀を得物に剣術部を片っ端から無力化していたのだ。

今の相手……エリカと同じように、魔法と剣技を併せた戦い方で。

(それなら、これを使えば……!)

魔法を使っているならば、それを妨害すれば戦力は半減するはず。

その思考から、壬生はアンティナイトを用いてキャスト・ジャミングを発動する。

(うっ……これってキャスト・ジャミング……?)

深雪のような圧倒的魔法力や紫輝のような裏技を持っていないエリカはキャスト・ジャミングへの対抗策はない。

サイオン波による影響をモロに受け、自己加速術式は解除される。

それを好機と見て、壬生は猛攻を仕掛けた。

面、小手、胴……並の相手ならば確実に一本を取れるほどの、激しい連撃。

男子の桐原相手にも真正面から互角に戦えるほどのものだが、今回はまさに相手が悪いと言わざるを得なかった。

(く、全然決め手にならない……!)

紙一重のところではあるが、この猛攻を完全にエリカは防いでいる。

そして、決めようと思ったのに決められないそのツケがここに来て現れてきた。

徐々にだが、壬生の息が上がってきた。

本来ならこのキャスト・ジャミングとの連携でカタをつけたかったが、完全に計算が狂っていた。

「あれれ、先輩もうお疲れですか? だったら、今度はこっちの番ね!」

エリカも相手の疲れに気付き、ここぞとばかりに反撃に入る。

先ほどのように自己加速による変幻自在な立ち回りこそないが、一撃一撃はその分重い。

疲労が見える壬生も何とか防いでいるが、ここで二人の間にあるもう1つの差が表面化してくる。

甲高い音と共に、壬生の使っていたスタンロッドが真っ二つになった。

(くっ……まさか、武器が先に参るだなんて……)

エリカの警棒型CADは硬化魔法を攻撃、または防御の瞬間に発動させて効力を得る。

本人の技術依存になるが、使いこなせればそれこそ優秀な武器だ。

対して、壬生が使っていたのは何も付与されていないスタンロッド。

この途方もない性能差で、先に得物の方がギブアップしてしまった。

「まだそこに武器はあるわ。 この程度でギブアップなんて嫌でしょ?」

あくまで一本を取る……それ以外の決着はエリカも望むところではない。

別の生徒が使っていた本物の日本刀を使うように壬生に促していた。

「……そうね。 そして、もうこんなものには頼らない。 私の実力で、渡辺先輩と同じ技を破る!」

アンティナイトの指輪を捨てて、気持ちを新たにエリカに向き直る壬生。

「私の技は、あの女のとは一味違うわよ?」

摩利と同じという部分を否定しながらも、同じく構えるエリカ。

恐らく、最も速い一撃が飛んでくる……壬生は見切りをつけた。

長い長い静寂……僅かだが、エリカの予備動作が見えた。

(見えた……!)

壬生は予測される軌道に合わせるように刀を上段に振るう。

入ったか……と思われたが、聞こえてきたのは金属音と打撃音。

エリカの最初の一撃で日本刀は刃の真ん中で折れて、もう一撃で壬生の手に追撃を入れる。

まさに、一瞬の決着であった。

「ごめん先輩、骨が折れてるかも。」

「多分、罅が入ってるわね……。 でも気にしないで。 手加減なしで打ち込んだのよね?」

「うん、先輩は誇っていいよ。 千葉の娘に本気を出させたんだから。」

あっけらかんと壬生を賞賛するエリカ。

真剣同士の実戦形式ではあるが、そこさえ除けば試合の後のやり取りと何も変わらない。

見てる方が気持ちよくなる光景であった。

「千葉……って、あの剣術の大家の!? その千葉家の人だったなんて……。」

「ちなみに、渡辺摩利はウチの門下生。

  アイツは目録で私は印可だから、剣術のみなら私の方が格上なのよ。」

どんどん出てくる意外な事実、そして繋がり。

しかし、壬生はそれを飲み込むことで精いっぱいだった。

先ほどの激闘の疲労、そして憑き物が落ちた影響は大きかった。

「ごめんなさい、担架を呼んでくれない……? ちょっと、疲れ、ちゃって……。」

それだけ言い残して、壬生は意識を手放した。

倒れるその身体はエリカが受け止めて、そのままの体勢で支えていた。

「大丈夫……優しい後輩が、ちゃんと運んであげますから。」

このエリカと壬生の決闘の決着により、図書館の戦いも終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軒並みテロリストが無力化されているが、悪魔はまだまだ残っている。

とはいえ、幹比古とケルベロスの戦いは終わりが近いわけだが。

「こいつらが最後か……!?」

やや息は乱れているが、紫輝譲りの周囲警戒は怠っていない。

ケルベロスの助力もあってか、体力の消耗はそこまででもない。

その状態で相対するのは、鋭利な刃物と機械染みた鎧をまとう案山子。

メガスケアクロウ……弱小悪魔スケアクロウのサイズを大きくして、更に仰々しい外装にした下級でも上位に位置する悪魔である。

最初に相手した7ヘルズなどに比べれば、明らかに面倒な相手である。

それを象徴するように、攻撃的フォルムの鎧を武器に自身を回転させて幹比古の周りを移動していた。

しかも、数は3体。 高速回転するソレに囲まれ、逃げ場はない状況だ。

だが、幹比古の表情には焦りは無かった。

それを諦めと受け取ったのか、メガスケアクロウは3体同時に仕掛けた。

(よし、狙い通り! まずは……)

自身の身体能力を考慮したタイミングで、3体同時攻撃の合間を縫って回避する。

3体同時とはいえ、下級故のがさつさか角度が甘いので抜け道はいくらでもある。

メガスケアクロウ3体は対象を失ってそのまま見事に激突。

その合間を縫って、地面に手を当てながら事前に用意していた術式を発動させる。

『土遁陥穽』……精霊を用いて対象に土砂を浴びせ、更に地割れにより発生させた穴に落とす魔法だ。

攻撃と言うよりも時間稼ぎの趣が強い魔法である。

が、幹比古にとってこの時間稼ぎこそが大事なのだ。

発動速度が遅いからこそ、何者にも妨害されない時間が欲しかった。

呪符を取り出し、時間を掛けつつもメガスケアクロウが復帰する前に発動する。

悪魔に対して最も有効打となりえる、情報体に直接ダメージを与える対悪魔術式……『迦楼羅炎』を。

燃焼の概念を直接ぶつけたその一撃は、情報体そのものはまだ弱小と言えるメガスケアクロウには効果的……否、致命的だった。

大穴の中で悶え苦しみ、外装から黒い瘴気となって昇華していく。

最終的にそこに残ったのは、仰々しいだけの外装だけとなった。

『見事だ、幹比古。 これで我らの役目は一旦終了だな。』

労い、そして賞賛の言葉を掛けるケルベロス。

彼がここにいることは、即ちこの周辺の敵の全滅を意味していた。

「そっちもお疲れ様、ケルベロス。 ところで……さっきから聞こえてくる戦闘音とこの声は……。」

『恐らく、移動して戦っている内に紫輝の方に来てしまったのだろうな。 まぁ、あちらはネヴァンとベオウルフ、更に自身の仮面も使っているから心配無用だろう。 終わりも近いだろうから合流に向かおう。』

斬撃音だったり、爆裂音だったりと音の発生源は多種多様。

一体どれだけ派手にやっているのか……今もなお戦う紫輝のやりたい放題っぷりに苦笑しながら、一人と一体は静かに歩みを進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に残った戦闘区画……紫輝が担当する箇所だが、まさに乱戦状態だった。

軽く見るだけでも悪魔の多種多様さが幹比古側の比でないことが分かる。

テロリストが連れた悪魔だけでなく、自然発生までもれなく付いてきたからだろうが……。

『流石に多いわねぇ……紫輝、ガス欠の心配はない?』

「ないない。 全く、まさに時間無制限悪魔狩りバイキングだなぁ!」

何度目か分からない雷撃を遠くに居る棺桶を持つ7ヘルズ……ヘル・グリードに浴びせる。

ヘル・グリードの持つ棺桶には7ヘルズの同族の精神体が多量に閉じ込められており、状況を見て増量させてくるので面倒極まりない。

だから、棺桶が見えたら速攻でネヴァンから引き出す雷撃で仕留めていた。

嫌気が差しているネヴァンに対して、紫輝はだんだんテンションがおかしくなっていた。

次に目に入ったのは、多量のマリオネット。

その内の一部がショットガンを向けたり、ナイフ投擲の動作に入っていたので即座に跳躍する。

時間差で放たれた弾丸やナイフは全て空振り、そして紫輝は自然落下の勢いそのままに、ベオウルフで武装した右手を握り拳で群れの真ん中に叩きつける。

地面の振動は大げさなまでに増幅され、共に光に模した熱波が襲いかかる。

『ははは、いいぞもっと蹂躙するのだ紫輝!』

「ノッて来たなぁベオウルフ! 最高にイカれた放課後で楽しすぎるぜ!」

ベオウルフも紫輝もアドレナリン全開なのか、テンションがおかしくなっていた。

次に目に入ったのはこちらに向かって転がってくる機械染みた外装の悪魔。

幹比古も相手をしたメガスケアクロウだ。

転がっている状態は外装に装着されている特徴的な刃のせいで非常に危険。

しかし、紫輝は避けるという選択をするつもりはなかった。

「よーし、折角だからお前で遊んでやるよ。」

不敵な笑みを浮かべながら転がってくるメガスケアクロウの真正面を陣取る。

対象を見つけたからか、メガスケアクロウは更に加速。

そのまま轢かれるか……と思いきや、何故かメガスケアクロウの身体が空を舞っていた。

「ははは、サッカーなんて何年ぶりだろうな。」

あろうことか、紫輝は転がるメガスケアクロウに合わせて蹴り上げを行ったのだ。

更に、落ちてくるメガスケアクロウを逃さず足で捉えて再び蹴り上げる。

落ちてきたら蹴り上げ、また落ちてきたら蹴り上げ……これをひたすら繰り返す。

悪魔を使ったリフティング……要するに完全に玩具にしているだけだ。

とはいえ、メガスケアクロウの外装と重量に耐えうるベオウルフを装備していないと出来ないことなのだが。

「あー、やっぱりすぐ飽きるな……では、ボールは適当に蹴るっと!」

すぐに飽きてしまい、先ほどまでより高く蹴り上げる。

それと同時に自分も跳躍して、タイミングよくシュート。

良い場所に蹴りが入ったからか、地上を転がるよりも凄まじい勢いで飛んでいくメガスケアクロウ。

そしてその先に居たのは下っ端であるスケアクロウの集い。

圧倒的重量差と、蹴り飛ばされたベクトルで一匹残らず潰される、または轢殺されていた。

なお、ボールとなっていたメガスケアクロウも限界を迎えたのか、共に塵に帰っていた。

「これ実際のサッカーだったら何点くらいだろうな。」

『普通に考えてレッドカードもので無得点でしょ……。』

『ははは、レッドカード上等! ファウルせずして何がサッカーだ!』

「ベオウルフ、それだともう悪魔次元サッカーって競技に変えるべきだな、さぞかし楽しそうだが。」

どこぞの超次元サッカーだと突っ込む人間が居ないことが惜しい。

今度メンツを揃えてやってみるか……とか阿呆なことを考えていたら、地中から甲高い声と共に次の相手は現れる。

見た目こそ獣だが、二足歩行で歩いており明らかに集団で行動している。

スケアクロウや7ヘルズに比べたら、外見も比較的品がある見た目だ。

それでも醜いことに変わりはないが。

『ブレイドが出てくるって……随分と境界が緩んでるわね。』

ネヴァンがブレイドと称したこの悪魔は中級クラスに分類される。

ここからは霊体そのものが形を成して襲ってくるケースが基本になるので、下級が出てくるよりも大きな境界の揺らぎが必要になってくる。

要するに、ここ日本では滅多に出てこないレベルの悪魔なのだが、今回は例外だろう。

人工的手段でこじ開けられた穴が大きくなっているだけの話なのだから。

そうこうしている内にざっと見て6体ほどのブレイドが各々の方針で襲い掛かってくる。

4体は紫輝を取り囲むように動き、2体は後方待機。

前に出てきた4体は次々と紫輝をその鋭利な爪で引き裂こうとしていた。

しかし、4体と言っても同時でも何でもないから一つずつ対処するのみ。

センチ単位での位置関係を把握して、一番近い背後のブレイドを刀の鞘で殴り

左から来る個体には腹に蹴りをかまして

真正面から来る個体には裏拳をぶつけて爪を砕いて

最後に来た右の1体に対しては抜刀、一気に叩き斬って葬った。

4体の攻撃を全て流すと、今度は後方待機していた2体が爪を飛ばして攻撃するのを察知する。

後方待機する個体がいる時点でそれも織り込み済みだ。

先ほど鞘で殴り倒した個体を爪を飛ばす個体の内1体に向けて投げ飛ばす。

更に爪を砕いた個体も同じようにもう一体に向けて投げ飛ばし、爪が飛んでくるのを防ぎつつ2体共一時的に行動不能にする。

既に納刀状態に戻していた刀を、自己加速術式で2組に近づくと共に抜刀。

先ほど見せた自己加速からの抜刀、3連斬で、計4体をまとめて無に帰した。

最後に蹴り飛ばしたブレイドのことも忘れずにネヴァンの電撃で処理。

「……どうやら、このブレイドで最後か。 まぁ、それなりに満足かな。」

『……これだけやってそれなりってところが悲しいというか何というか……ねぇ?』

『俺はまだ満足していないぞ! 次こそはまともに呼ぶのだぞ、紫輝!』

放課後悪魔パーティ第一幕はお開きのようだ。

演習林の状況はかなり悲惨なことになっているが、それは見て見ぬ振りをする。

「こっちも終わったみたいだね。 ところで、この惨状は……。」

『……まぁ、いつものことだ幹比古殿。 だから紫輝はここを迎撃地点に選んだのだ。』

一息ついているところに幹比古とケルベロスが合流する。

戦闘後の爪痕の深さは凄まじく、この悲惨な光景を見た幹比古は乾いた笑みを浮かべ、ケルベロスは悟りきった表情だ。

倒木が目立っていたり、焼け野原があったり、掘り起こされた跡もあったり……。

この後始末も既に依頼済みだから何も問題は無いのだが。

「さて……俺はとりあえずあっちと合流してくる。 その後に本丸に突っ込む予定だが……幹比古は来るか?」

「行かせてもらうよ。 ここで下がるのは僕の気が済まないからね。」

一度関わったからには最後まで関わり見届ける……紫輝は特に反対する理由も無かった。

後でまた落ち合う、ということでこの場は一旦別れる。

ケルベロス、ネヴァン、ベオウルフをあちらへ一旦戻し、刀を再び無意識の海へ帰す。

「んじゃ、事情聴取タイムと行きますかね……。」

自己加速術式を発動させて、達也たちの待つ図書館へ一直線。

入学早々に起こったこの騒動も、もう既にフィナーレは間近だ。

 




はい、校内テロは対悪魔も加わって更にカオスになりましたとさ。
紫輝もそうですが、幹比古も結構暴れております。
言うまでもないかもしれませんが、原作キャラで一番優遇されているのは何といっても彼です。 なんていうか、原作だと強さというかえげつなさがイマイチな感がしてたんですよね……いやそれでも強いしえげつないんですが。 正直自分は達也よりも幹比古の方が敵に回したくない。
そして遂に紫輝の残った手札の公開。 ベオウルフはスパーダ関係の憎悪がまるで無いし、紫輝の力はちゃんと認めているのでやや素直じゃない、でもハイになったらやたらと紫輝とシンクロするようになってます。 キャラが違うけどご容赦を。
また、全員が自分の属性の~ダイン系統、またハマオンorムドオンは使えます。
DMC3魔具5体の場合は
ケルベロス→ブフ系統
アグニ→アギ系統
ルドラ→ガル系統
ネヴァン→ジオ系統、ムド系統
ベオウルフ→ハマ系統
という風に対応しています。 他にもネヴァン以外は物理スキルが使えたりしますがそれは後ほど……って既にケルベロスの物理スキルは出てるんですよね。 名称は設定資料の方で明かしますが。
そして、紫輝が最後に呼んだ刀は第1話冒頭のシーンと合わせれば何なのかは分かる人は分かります。 また、これだけ呼び出し方が異なる理由も分かる人は分かるかと。 ちなみに私は某Pの召喚はやっぱり3が一番好きです。 1とか2の貫禄あふれる仁王立ち召喚も好きだけど。
今回の戦闘はそこそこに色々な悪魔を出しましたが、正直まだまだ出し足りない。
でも、あんまりやりすぎると字数がとんでもないことになりますし……これでも抑えた方なんですがね、流石に28000字はどうなんだと。
でも前後編で分けるのはしっくりこないからこのまま投稿。 本当すみません(´・ω・`)
さて、次話はいよいよ入学編ラスト。 戦闘は今回ほどの量ではないですが、ここまでで書ききれてない要素は詰め込んである……はずです。


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7. 騒動は閉幕まで

10話目が予想以上に書けないし入学編はこれで終わりなのでもう上げちゃいます。
FGO夏イベはマリーは来ましたのでまあ悪くないかな、と。
艦これ夏イベ2016は26はE1甲15回目辺り、アクィラはE4乙4回目S勝利でゲットしました。
イベやる前はやる気が全く無かったのですが、一番嫌だったE3が終わってからはヒャッハーモードになって一気に終わらせてやりましたよ。
まあ、今回も大和型の出番が無かったのですが(´・ω・`)


結果から言えば、紫輝はあっさりと達也たちと合流は出来た。

図書館から保健室へ向かう彼らとうまい具合に鉢合わせになったからだ。

「で、何でまた達也が壬生先輩を抱えてんだ?」

「ほら、担架呼ぶだけじゃ味気ないじゃない? 先輩も達也君に運ばれたってことなら嬉しいと思うし。」

エリカの言い分を聞いて紫輝は納得するように頷いた。

もし自分もその場に居合わせていたら同じことを考えていたはずだから。

「何で俺が運ぶことで喜ぶのかは理解できないんだが……。 むしろ、同性のエリカが運んだ方が後腐れ無く済ませられるんじゃないか?」

「お兄様、エリカがこう言ってるんですから仕方ありませんよ。」

「時間短縮になるからいいじゃねぇか。 後、朴念仁も程ほどにしておけよ。」

二人にこう言われては、達也も渋々納得せざるを得なかった。

紫輝の時間が惜しいという言い分は最もだからまだいいのだが。

「あ、そういえば紫輝君はどこ行ってたの? 流石におとなしく避難してたってことはないでしょ。」

「そりゃあこんなイベントは謳歌しなきゃ損だろ。 俺は演習林の方に居たテロリストを一人で虱潰しに無力化作業だ。 まぁあれくらいじゃあ満足するには程遠いがな。」

しれっと発せられた嘘に兄妹は思わず苦笑してしまった。

嘘というよりも、真実の半分しか告げなかったという方が正しいか。

別にテロリストと戦ったこと自体は間違ってはいないし、そいつらとの闘争に限れば満足するはずはない。

しかし、その中には『悪魔』という存在はすっぽり抜かれている。

悪魔との生粋の殺し合いも行っていて、それに対しての満足感は付き合いが長い達也と深雪ならば表情と雰囲気で一発で見抜ける。

特に深雪は、前回の悪魔狩りは場所も相手の質も物足りず不完全燃焼だったのを見ていたのでなおさら分かる。

何はともあれ、適度に真実を混ぜた虚偽なのでそうそうバレる心配はないだろう。

更に途中でレオと合流して(レオにも紫輝はどこへ行っていたかは聞かれたが、同じように流した。)、保健室に到着する。

三巨頭も後から揃って到着して、事情聴取の準備は万端となる。

「あら、紫輝君も一緒だったのね。 貴方は大丈夫だったの?」

「移動中に襲撃に遭いましたが蹴散らしておきましたよ。 腕はそこそこ立つと自負していますので。」

少なくともあの程度ならば何の問題も無い……と、追加しておいた。

当然だが、悪魔のことは彼女たちにも伏せておくつもりだ。

今はいらぬ混乱を招いている場合ではないし、出来れば紫輝の裏事情はまだ隠しておきたい。

「達也君、実際のところ彼はどれほどなんだ?」

「我流ですが、荒事にはかなり通じていますよ。 更に魔法の発動速度だけなら深雪と互角ですから、割と風紀委員は向きかもしれませんね。 ……ただ、そういうことはやりたがらない性格ですよ、基本的に。」

「流石はお兄様、俺のことをよくわかっていらっしゃるようで。」

「それは気色悪いからやめてくれ……。 ここを永久凍土にするつもりか。」

紫輝の二人称の気色悪さよりも間接的に弄られる深雪にハラハラしていた。

……現に、ちょっと怖い笑みを紫輝に向けているが全く堪える様子は無い。

エリカやレオはもう見慣れたが、摩利と真由美……特に摩利は感心していた。

「……あの状態の司波を相手に全く臆さないとは、度胸がある。 ますます欲しいな、ウチに。」

「摩利、気持ちは分かるけど落ち着いて。 紫輝君はスケート部期待のホープなんだから、そっちに専念させてあげましょ?」

割と本気に見える摩利だが、流石に真由美は窘めていた。

というより、可能ならば生徒会に引き入れたいくらいだ。

対深雪のストッパーという意味で……。

そして、このタイミングで壬生は意識を取り戻す。

じゃれ合っていた(傍から見ればそう見える)紫輝と深雪も即座に真面目な風を装い、話しても問題ないことを確認してから事情聴取を開始した。

切っ掛けは1年前の入学式の直後だった。

この時に同じく剣道部に所属していた司甲から非魔法系クラブの集会があるということを聞いて、何の疑いも無く通ったらしい。

その時には司甲の兄……司一にも会ったらしい。

要約してしまえば、大体の予想通りブランシュが背後に居た、ということだ。

あまりにも予想通り過ぎて紫輝や摩利は肩透かしを食らっていたが。

「1年前のクラブ勧誘期間の時に、剣術部を止めた渡辺先輩の剣捌きが凄くて感動して……それで試合を申し込んだんですが、二科生だけという理由で素気無く断られたんです。 それが凄く悔しくて……多分、その隙を突かれたんだと思います。」

「ん? ちょっと待て、私はそのように断った覚えはないのだが……。」

壬生の証言に待ったをかけたのは摩利本人だった。

どこか食い違いが発生しているのか、現在必死に1年前の記憶を掘り起こしているところだ。

「傷つけた側が覚えてないのはよくあることですよー。」

「エリカ、何があったかあえて聞かないでおいてやるから個人的なことは後でだ。 とりあえず、渡辺先輩がそんな理由で断るのは違和感があるな。 でなければわざわざ危ない橋を渡って達也を風紀委員に勧誘しないさ。」

紫輝の指摘に大半の人間は賛同していた。

彼自身は摩利との接点は少ないが、それでも一科と二科の差別を助長するような人間ではないことくらいは簡単に分かることだ。

エリカは一人だけ納得して居なさそうだが……。

「確か……あの時は『私なんかではお前の相手は務まらないから、他の人を当たった方がいい』……こんな感じのことを言ったな。 私はあくまで魔法を併用しているから、純粋に剣のみを鍛えた壬生に勝てるはずがない。 だから、私なんかよりもいい相手はたくさんいるという意味で言ったのだが……。」

摩利から告げられた真実は、壬生の思ったいたものとはまるで違っていた。

ここまで違いが生じているとすると、記憶違いにしてはあまりにおかしい。

ブランシュにマインドコントロールを掛けられていた、と考えるのが妥当だろう。

(反魔法主義掲げておいてソレか……気に食わねぇな。)

その中で紫輝は静かに怒りを溜め込んでいた。

義憤というよりも、純粋な苛立ち……簡潔に言えば気に入らない。

まぁ、1年前の時点で相手のやり口の一端を知ってはいたのでキレてはいないが、不快感を全く隠す様子も無かった。

「そんな……じゃあ、私はずっと勘違いしてて、逆恨みをしていたってこと……? この1年、完全に無駄だったじゃない……。」

この1年ひたすら剣の腕を磨いた原因そのものが勘違いだったと分かってしまった。

マインドコントロールによる思考の誘導の結果とはいえ、壬生は途方もない虚無感に苛まれる。

が、すぐにその虚無感は取り払われることになる。

「無駄ではありませんよ、壬生先輩。 勘違いとはいえ、二科だと侮られても嘆きや悲しみに負けずに鍛え上げたからこそ今があるんです。 エリカも言っていましたよ、全中の時よりも遥かに強くなっていると。 経緯はどうあれ、先輩が積み重ねた努力……それは確かなはずです。」

「達也に大体言われたから簡潔に纏めて……何もかんも否定したら剣が泣きますよ?」

それはいくら何でもまとめ過ぎだろう……という外野の感想はさておき。

「……司波君、ちょっといい?」

起因こそ勘違いだが、そこからの過程と生じた結果には間違いはない。

それだけでも認められたことで、彼女は解き放たれたのだろう。

達也の胸を借りて、今まで溜め込んでいたものを全て放つように泣き始めた。

普段ならこのような行動に嫉妬を含んだアクションを見せる深雪も、今回は空気を読んで自重していた。

壬生が落ち着いたところで、これからの方針について議題は移った。

「壬生さんや他の生徒たちは警察に任せることにします。 残念だけど……こればかりはどうしようもないわ。」

「いえ、いいんです。 それだけのことをしたんですから。」

襲撃事態はもう鎮静化しているので、残すは手引きをした生徒たちの処遇についてだ。

これも警察に任せるのがベターに見えるし、壬生もそれを受け入れている。

しかし、そこで待ったの声が上がった。

「待ってください。 肝心のテロ首謀者たちがまだ残っています。 そいつらを潰せばマインドコントロールを受けていた、ということで壬生先輩たちは無罪放免になるはずですが。」

「えっ……ちょっと待って達也君。 それってテロリストたちと一戦交えるってこと!?」

「それはいくら何でも無茶だ、学生の分を超えているぞ!」

テロの首謀者たちの無力化……達也の提案はシンプルだが考え得る限り過激なものだった。

後輩に、いやそれ以前に生徒にそのような危険なことはさせるべきではない。

強く反対する真由美と摩利だが、達也にも引きたくない事情が色々ある。

「じゃあ、壬生先輩を家裁送りにするんですか? 俺としては、後味が悪くて嫌なエンドなんですがね……。 そういうのは某マルチバッドエンドだけでいいですよ。」

「確かに、この状況で警察の介入は好ましくない。 ただ、相手はテロリストだ。 俺たちも当校の生徒に命を懸けろとは軽々しく言えんぞ。」

根底こそ違えど、紫輝は言うまでも無く達也に同調する。

今まであまり言葉を発せず状況を見守っていた克人も今回は三巨頭の一人として口を開いた。

達也の意見に賛成ではあるが、それは上の立場である自分たちが行うつもりなのだろう。

無暗に首を突っ込むなと言外に込めているが達也の姿勢に変わりはない。

「生徒会や部活連のお力を借りるつもりはありません。」

「……一人で行くつもりか。」

「そうしたいのですが……ね。」

一人で行こうとしてもそうはさせてくれない者もいる。

該当するのは言うまでもなく、如何にも行く気満々で達也を苦笑させている深雪だ。

「私も行くわ。 流石に黙ってられないし。」

「俺もだ、足手纏いにはならねぇぞ?」

校内の鎮圧に一役買ったエリカとレオ、この二人も同行の意を見せた。

これだけ戦力が揃えば不足はないだろう。

「待って司波君、私のためだったらやめて。 罰を受けるだけのことはしたんだし、仕方ないから……。」

壬生はあえて危険を冒そうとする達也を止める。

自分のためにこれ以上危ない目にあってほしくはない、と。

しかし、彼女は一つだけ思い違いをしている。

今の達也の怒りは、矛先こそテロリストだがそこにあるのは紫輝と同じく義憤などではない。

「壬生先輩の為ではありません、俺はもう既に当事者だからですよ。 自分たちの生活空間が標的になり、日常が損なわれそうになった……これだけで理由は十分です。 俺と深雪、そして紫輝の日常を壊す者は何があっても排除する、それが俺にとっての最優先事項ですから。」

その言葉の裏にある確かな怒気に、その場の大半の者が思わず冷や汗をかいてしまう。

身内が危ないから危険な芽は摘む、と言えば聞こえはいいし、当たり前のことだ。

しかし、達也の場合はこの行動原理の重さは他者の追随を許さない。

……それが唯一、彼に残された激情なのだから。

「ところでお兄様、ブランシュの拠点がどこにあるのかという問題がありますが……。」

「それならば問題はない。 知っている人に聞けばいいだけだ。」

それだけ言うと、達也は無言で出口になっているドアを勢いよく開いた。

その先に誰かが居ることを見越した行動であり、更に言えばそこに居た人物に大半は驚かざるを得なかった。

「貴女は、カウンセラーの小野遥先生!?」

「え、遥ちゃん!? 何でまた……。」

「……九重八雲先生秘蔵の弟子から隠れ遂せようだなんて、流石に甘かったか……。」

(あー……身のこなし方がどっかで見たと思ったが、先生の弟子って線だったか。)

深雪も同じことを思っていたのか、紫輝と同じような表情をしていた。

そして、達也がこの場にわざわざ招いたということの意味も理解していた。

二人の予想通り、遥はブランシュのアジトを知っていたのだ。

ただ、特に不穏な空気にもならずに情報を貰えたのには紫輝も少し驚いたが。

「……って、ここ学校のすぐ近くじゃない!」

「バイオ燃料の廃工場か……。 放置されているところを見るに、バイオ兵器の心配は薄いな。」

まさに一高から見て目と鼻の先と言える位置だった。

紫輝の本命からも大した距離ではない。

若干情報上のリスクが発生する状況になってしまっていた。

(まぁ、関係ねぇか……どうせ殆ど誰も認識できないだろうしな。)

廃工場がアジトではあるが、紫輝の目的地も恐らく同じ役割であろう。

というより、位置関係からすれば増援要因だろうか。

ならば、相手もぎりぎりまでカードは切らない。

徹底的に隠密を重ねて、アジトの方に何があってもいいように待機している。

それを考慮すると、本隊は余裕をもって待ち構えているだろう。

連中が欲しくて仕方ない達也のことを狙って。

ならば、紫輝の役回りは達也と深雪に対する脅威を消す……ただそれだけだ。

「恐らくあちらは待ち構えているだろうから、車を用いた正面突破がベストだな。」

「それならば、車は俺が用意しよう。」

達也も紫輝と同じ結論に至っていた。

その意見を汲んで克人が家で足を用意させることを即断した。

「え、十文字君も行くの!?」

「十文字家の者として当然のことだ。 だが、それ以上に一高生として今回の事態は看過できん。 下級生ばかりに危険な役を担わせるわけにもいかん。」

克人の言い分を聞いて、真由美もならば自分も提案しようとするが、即座に克人と摩利に却下される。

この状況で生徒会長がいなくなるのは好ましくない。

が、せめてもの反撃か真由美は摩利の同行も道連れとばかりに封じた。

即座に作戦決行ということで、参加メンバーの達也、深雪、エリカ、レオ、克人の5人は用意された車に向かうことになった。

「……って、あれ? また紫輝君が消えてる。」

「アイツもてっきりついてくると思ったんだがな……帰ったのか?」

「周囲の残党狙いだ、恐らく。 案外俺たちが終わるころに合流してくると思うぞ。」

至って真っ赤なウソだが、それを看破できる者は誰もいない。

側面の敵を任せるのだから、これくらいの嘘吐きはお安い御用だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也たちによるブランシュのアジトへの襲撃が決まる少し前。

紫輝は殆ど誰にも悟られることなく校舎の外へ出ていた。

可能な限り早く奇襲部隊を壊滅させたい一心からだ。

下級程度ならばあのメンバーでも問題はないかもしれないが、少しランクが上がった中級になったら一気に雲行きは怪しくなる。

更にそうなれば、一応は隠している自分の立ち位置が明るみに出てしまうことだろう。

それ自体は必死に隠すことではないと紫輝自身は思っているが、そこは上の意思を汲んで隠蔽に努めている。

そんなこんなでやや急ぎ足で歩いていると、見覚えのある顔の生徒が目に入った。

「……こんなところで何してるんです? 桐原先輩。」

「うおっ!? ……あれ、お前はあの時司波兄と一緒に居た……確か、獅燿だっけか。 驚かせるんじゃねぇよ。」

直前まで気配同調を行っていたので、桐原からすればいきなり出てきたのと変わらない。

無論、紫輝は分かっていてやっているので悪びれもしない。

「伝えておきますと、今から達也たちはブランシュのアジトへ殴り込みに行くそうですよ。 桐原先輩も行きますよね? 壬生先輩の無念を晴らしに。」

「あ、あぁ……確かにそのつもりだ。」

何故紫輝が己の行動を先読みしているのか……その疑問は思いっきり表情に出ていた。

「もう一人の幼馴染が生徒会に居るので貴方の調書を読ませてもらったんですよ。 俺は剣に関しては素人ですが、壬生先輩の剣がどこか荒々しいものを含んでいるのは感じ取れました。 先輩からも、二科に対する侮りというよりも単純な八つ当たりという感情も見受けられましたね。」

「お前、本当に俺の1つ下かよ……大した洞察力っていうか、感受性っていうか。 ……だからこそ技術と芸術を両立させなければならねぇ競技で活躍できるってわけか。」

感心しているというより、半ば呆れられていた。

ただ、紫輝の場合は洞察力や感受性ではなく紛れもないただの直感なのだが。

「まぁ、とにかく行くなら早く十文字会頭に申し出た方がいいですよ。 車を用意すると言っていたので、納得させられれば同行も出来ると思います。」

「お前は行かねぇのか? 足手纏いにはならねぇと思うが。」

「俺には俺の役割があるんですよ。 あいつらが自分たちの障害を叩くなら、俺はそこに横槍を突く無粋なヤツを叩くのが仕事なんで。」

それだけ言って、紫輝は去って行った。

ご丁寧に現れた時と同様に気配同調を忘れずに。

「獅燿紫輝、か。 ただの変わり者ってわけじゃあねぇなありゃあ……。」

最後の言葉の瞬間、垣間見えたのは恐らく本性の一部だろう。

素を装っていたが、桐原は確かに一瞬だけ紫輝の内から静かな殺気を感じた。

飄々として人を食ったような人間だというのが第一印象だったが、すぐに評価を改めていた。

『アレは、飄々とした仮面を被った狩人だ』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気まぐれから桐原と話して時間を使ったが、大したタイムロスではない。

そこからはノンストップで幹比古の元へとたどり着いた。

「よぉ、待たせて悪かったな幹比古。」

「大丈夫、そんなには待ってないよ。 ……ところで、早速でアレなんだけど、どうやって現場に行くつもりなんだい?」

些細に見えるが最大の問題である。

達也たちよりも先に到着……できれば先に片付けておきたいところなのだが、今から徒歩だと明らかに手遅れになる。

更に言うならば、今はテロリストを取り押さえている警察などもいるので誰の目に留まらないのは普通ならば無理だろう。

……あくまで普通ならば、だが。

「その点は安心しろ、もう頼んであるし……丁度来たみたいだな。」

紫輝が頃合いとばかりに別方向へ視線を向ける。

そこにいたのは、背格好はテロリストたちを取り押さえている面々と変わらない。

しかし、幹比古はすぐに理解した。

この人物が普通の人間ではないということを。

「……足は用意できました、仮面殿、吉田幹比古殿。 こちらへ。」

「あぁ、いきなりですまんな。」

短い労いの言葉の後、先を行く黒服の人物の後に続く紫輝。

それだけのやり取りだったが、幹比古はすぐに黒服の正体を理解する。

同時に彼が問題ないということも分かって、紫輝に続いた。

3人は誰にも咎められることなく一台の車の前に到着する。

かなり高級そうな車に乗り込み、すぐさま走り出した。

「一応こちらの方でも相手の戦力は把握しております。 最大でもランク4がせいぜいで、規模も残党だからか大したことはありません。 お二人ならば殆ど問題はないかと思われます。 ただ、状況によっては境界の揺らぎが大きくなってランク5の出現の可能性もありますので、そこはご注意を。」

「ランク5……そうなると今の幹比古だとキツイか。 ケルベロスかベオウルフ……いや、さっきケルベロスだったから今回はベオウルフを護衛に置くか。」

「……そうだね。 今の僕だとブリッツやデスサイズの相手はちょっと苦しい。 お願いするよ。」

なお、何故ケルベロスかベオウルフしか選択肢がないかは至って単純な話だ。

アグニとルドラは2体一緒にいないと戦力的に苦しいので、召喚の燃費では苦しい。

ネヴァンは幹比古が苦手としているのでよほどのことがない限りは一緒にはするべきではない。

後1体は紫輝の目の届く範囲にいないと危ない……主に制御的な意味で、だ。

更に、ベオウルフは先ほど正式召喚すると言ったのでまさに丁度いい機会だった。

細かい戦力配分は先ほどの校内戦から変わらないという話まで聞いたところで、紫輝と幹比古を乗せた車は目的地へたどり着いた。

「では、ご武運を。」

簡潔に激励の言葉を聞くと、車は即座にその場を離れていった。

帰りは幹比古だけは乗せていくつもりなので、頃合いになったら戻ってくるだろう。

「放課後業務だぞ、と。」

空へ向けて特化型CADの引き金をまずは一度引く。

先ほどは武具として呼ばれた、一見獣人に見える獰猛さが際立つ悪魔が召喚される。

『よしっ、ようやくこの状態で出番か! 幹比古、大船に乗ったつもりでいろよ!』

「ははは……相変わらずだね、ベオウルフは。」

本来の姿での戦闘に早くも気分の高揚を見せるベオウルフに幹比古は思わず苦笑した。

その様子を見て笑みを零しながら、紫輝は更に引き金を三度引く。

校内の時と同じように、1体を憑依、残る2体は武具として呼び出した。

『あらあら、こんな寂れたところじゃあライブも盛り上がらないわね。』

『観客には期待出来なさそうだな、ネヴァンよ。』

『単独で呼び出されるとやはり妙な気分だ……。』

武器として呼び出されたのはケルベロスとネヴァン、憑依に呼び出したのはルドラ。

ケルベロスの形状は3本の棒が鎖で繋がっているヌンチャク。

こちらは普通に一見で武器と分かる形状なのだが、ネヴァンの方はまず初見では誰も武器とはわからないであろう。

何せ、形状が俗にギターと呼ばれる楽器なのだから。

「毎回思うけど、それが武器っていうのもなかなかユニークだよね。」

「その代わり、演奏スキルというものも要求されるから多芸じゃなきゃ扱いづらいがな。」

『そもそも、多数の上級悪魔を魔具、憑依、召喚で使い分ける人間なんて他にいないから実質紫輝専用みたいなものよ。』

他に悪魔と契約を行っている人間を幹比古は知らないが、紫輝が如何に規格外なのかはよくわかる。

これでまだ全力を封じられているのだから、それがまた末恐ろしい。

「さて、お話はこれくらいにして……幹比古は外の見張りを頼む。 恐らく境界の揺らぎで外にも悪魔は現れるだろうから、お前はベオウルフと一緒にそれを倒してくれ。 俺は中のご一行を叩き潰す。」

「分かった。 大丈夫だとは思うけど、一応気を付けるんだよ、紫輝。」

それだけ言って、紫輝は正面から工場の中へ入り、幹比古は式を召喚してベオウルフと共に周囲の警戒に当たる。

裏のブランシュ残党殲滅戦は、今この時より始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廃工場の構造は至ってシンプルだが、今紫輝が通っている通路はやや狭い。

そんな中に所狭しとスケアクロウがいい塩梅で配置されていた。

「やれやれ、通路にゴミを捨ててんじゃねぇよ全く……!」

最も近いスケアクロウに接近しながら、逆に最も視界の奥に見えるスケアクロウに向けてルドラから抽出した疾風魔法を浴びせる。

先手必勝とばかりにヌンチャクによる連続攻撃を始める頃には、奥の敵は無残に切り刻まれていた。

『……紫輝。 ポイ捨てを否定しながら更に汚してどうするんだ。』

「ハッハッハ、何のことかわかんねぇな! ああ、ネヴァンはもう少し出番は待ってくれよ。」

『分かってるわ。 こんな場所じゃあ私も乗らないもの。』

別にネヴァンを使って戦えないわけではないのだが、紫輝も本人もこんな狭苦しい場所では気が乗らない。

武器の形状がギター、要するに奏でる必要があるから気分はより大切なのだ。

その分ケルベロスに使用頻度は偏るが、手数が長所のヌンチャクにとってこの狭いフィールドは丁度良い。

たまにいる瓦礫に隠れた個体の奇襲もあるが、それもルドラから引き出す疾風を巻き起こす魔法『ガルダイン』と、手刀で放つ『残影』で処理。

さて、紫輝が殲滅を行っている間に彼の悪魔の使い方を説明する。

まずは『憑依』。 これは悪魔を自身の精神領域に一時的に格納して、使用できる魔法のイメージを共有する。

その共有イメージを引っ張り出して、後はゲートを通して魔法式を通常のプロセスと同様にエイドスに向けて放つ。

憑依の強みの1つは、一般の魔法師が行っている起動式の読込と魔法式への変換をスキップ出来る点だ。

いわば、魔法発動のタイムラグが殆どなくなるに等しい。

更に、憑依した悪魔は自前の魔法領域とは別物のソレになるので、その気になれば2つの領域で魔法を放つことは容易だ。

ただ、現在の紫輝の自前魔法領域では、自己加速くらいしか実用的なものは使えないのだが……。

代わりに、現状のデメリットとして悪魔が使う本来の魔法より確実に効力が弱まってしまうことが挙げられる。

それでも今の紫輝が使うより出力は強くなるので何も問題はないし、手数が増えるのは何にも代えがたい。

次に『装備』、これはそのままで悪魔を『魔具』と呼ばれる武器の形で呼び出す。

憑依に比べると次元の穴を開くための想子・霊子使用量は増えるが、それは憑依よりも確固たる形で呼び出すからだ。

魔具は悪魔の意思と力をそのまま武具としたもので、その形状は悪魔によって当然異なる。

意思があるので持ち主との意思疎通は容易だし、力も込められているので普通の武器としてだけでなく、魔法も使える優れもの。

いわば、意思がある武装一体型CADと言えばいいだろうか。

欠点は魔法使用の際に想子・霊子を当然のように、しかも憑依より明らかに消耗すること。

憑依と併用する場合はこの2つの残量に気を使う必要が出てくる。

最後に『召喚』。 これもそのまま、在るがままに悪魔を呼び出す。

対象の悪魔が元来の力をそのまま発揮できるので、シンプルにして強力なのは言うに及ばず。

ただし、欠点は言うまでもなく、前者2つに対して想子・霊子の消費量が更に乱暴になっている点だ。

並の魔法師の想子量では、まず上級悪魔を1体呼び出すことも出来ない。

達也・深雪クラスならば人並み外れた想子量を持つので、上級ならば1体は呼び出せるだろう。

紫輝レベルの保有量でも、憑依と装備との兼ね合いを考えると乱発は出来ない。

以上が悪魔を用いた戦闘法。

紫輝がこれら全て用いることが出来るのは、偏にその人外染みた想子と霊子の保有量が最大要因だ。

実を言うともう1つ、悪魔以外のとあるものを用いた戦い方もあるのだが……それについては後にしよう。

通路に居た全てのスケアクロウをボコボコ、または氷漬け、はたまた刻んで全滅させた紫輝。

主にケルベロスを用いた打撃攻撃がメインだったので、消耗自体はそこまで気にするレベルではない。

そして今、見るからに待ち伏せに丁度いい広間の前を陣取っていた。

「……人間ちょっと、後はランク3以下……いや、何か混ざってるな。 またブレイドか?」

『まぁ、フロストはもう旬が過ぎてるから微妙よねぇ……案外ブリッツとか。』

『悪くてもせいぜいその辺りか。 やはり人為的発生ではそのレベルが限界と見える。』

大体ここに来る前に貰った情報通りであった。

仮に現在その場にいなくても、漁夫の利とばかりにあちら側からの奇襲もあり得る。

ただ、境界の揺らぎの規模から考えれば、せいぜい中級が限度。

ケルベロスやネヴァンと同格かそれ以上はまず出てくることはない。

相棒が手元にない今の紫輝にとっては非常にありがたいことであった。

「そろそろ放課後ライブと洒落込もうか、ネヴァン。」

ケルベロスを一旦収納して(憑依とは別の精神領域に文字通り収納している)、ネヴァンを引っ張り出す。

艶美に輝く紫色のギターは、高揚の意思を見せるが如く電撃を走らせていた。

『今まで裏方だった分、盛大に暴れさせてもらうわよ。 マグロにならないよう気をつけなさい?』

「ハッハッハ、それはオーディエンスに言ってやれ。」

既にネヴァンを奏でる体制には入っている。

自身の後方に追い風となるように疾風魔法……ガルダインの弱体化版の『ガル』をルドラに放ってもらう。

「Let's rock! ワンマンライブの始まりだ!」

ルドラによる追い風と汎用型から読み込んだ自己加速術式の相乗効果により、ドアを飛び蹴りで開けるだけでは飽き足らずにそのままの勢いで広間に入っていく紫輝。

予想だにしなかった登場に人造悪魔召喚魔法師も、呼び出された悪魔たちも一瞬だが呆気にとられる。

その一瞬がまさに命取り。 紫輝はその一瞬で距離を詰めながらネヴァンを弾き始める。

「まずはほんの小手調べだ、これくらいで絶頂すんじゃねぇぞ?」

最初にネヴァンの魔具を見たときはギターなんて弾いたこともなかった。

しかし、使えなければ宝の持ち腐れということで、暇を見つけては基礎から始めて今は多少は様になっている。

そんな紫輝の少しぎこちない調べに呼応して、ネヴァンは雷撃を放つ魔法、『ジオダイン』を放つ。

校内での戦闘と同じように、まずは悪魔召喚担当を無力化。

その際に相手はマシンガンで応戦してくるが、それは蝙蝠の使い魔による壁で防ぐ。

ギターの演奏スキルという特異な技能が必要になること、それとトリッキーな挙動さえクリアすればネヴァンは攻防を兼ね備えた優秀な魔具だ。

単体への火力こそ手数に勝るケルベロス、単発火力の凄まじいベオウルフには劣るものの、その制圧力はまさに圧巻。

小手調べと言いながら、最小限の防御に回すだけで残りの使い魔は攻撃に回しているので、取り巻きの雑魚悪魔にも攻撃の隙を殆ど与えない。

使い魔故に使えるのはジオダインより威力が低い『ジオ』だが、それでも数の暴力で弱いスケアクロウ、マリオネットは徐々に数を減らしている。

間隙を縫うように攻撃するブレイドや鋏の代わりに鎌を持っていること以外は大体シンサイズと同じ特徴を持つ悪魔のシン・シザースには、憑依しているルドラのガルダインがお見舞いされる。

憑依の影響で威力こそ弱まっているが、シン系統の弱点である仮面を砕くには十分だ。

ブレイドは一部残ってしまうが、それでも暫くは身動きは取れない。

無粋な邪魔者を封じつつ行われた小手調べの一曲により、悪魔召喚魔法師は全て無力化、そして下級の中でも特に脆い面々はあらかた殲滅してしまった。

『だらしないわね……早すぎよ、貴方たち。』

「甲斐性の無いヤツらだな全く。 まぁまだ残ってるみてぇだから……第2部と洒落込むか!」

残っているのは校内でも戦ったブレイドとメガスケアクロウ、7ヘルズでも特にタフなヘル・スロース。

その中で最も与しやすいメガスケアクロウに向かってネヴァンを構えて突っ込む。

ブレイドは爪飛ばしで紫輝を狙うが当然使い魔の防壁に阻まれる。

また、ヘル・スロースはワープでひたすら日和見をするようなので、現状は邪魔にはならない。

ただでさえ鈍いメガスケアクロウは電撃を帯びた突進をモロに受けて吹っ飛んでいく。

「美麗なサキュバスの手痛い抱擁だ、ありがたく受け取りな!」

『紫輝、後でちゃんとケアしなさいよ?』

一旦ネヴァンを奏でるのを中断して、瞬時に形状を鎌に変形させる。

そして、吹っ飛ばしたメガスケアクロウに向けて回転投擲。

ネヴァンが自前で放つ加速術式により、対象が壁にぶつかる前に回転する刃に巻き込むことに成功する。

そこから硬化魔法で自身と床の相対位置を固定して、回転運動を常時加えるようにする。

こうすることでメガスケアクロウの動きを完全に封じる。

「まずはてめぇからだ、トカゲ野郎!」

ケルベロスを再び取り出し、現存の相手戦力で最も面倒なブレイドに向かう。

先ほどまで様子見に徹していたからか、距離はかなり離れているが自己加速で一気に詰める。

遠距離攻撃の爪飛ばしをさせる隙も与えずに先制攻撃を行う。

ブレイドも思わず反撃ではなく、盾でケルベロスによる猛攻を防ぐ選択を行った。

『……ふん、それは愚策だ。 我の前ではな!』

硬化魔法を発動させ、更に単純な加重系統魔法で打撃の威力を向上させる。

上級悪魔という人間からすれば超常の存在の干渉力による魔法の効力は言うまでもない。

怒涛の連撃で、ブレイドの盾をあっという間に破壊する。

「さーて、仕上げだ! Chew on this!」

連撃を止め、ケルベロスを地面に叩きつける。

すると、地中の水分を利用して紫輝の前方に氷柱が発生。 ブレイドを串刺しにする。

それだけでは足りないと判断して、十手型CADによる一閃で止めを刺す

……と、ここでどこかかしらか咆哮が聞こえてきた。

「吠えてる時点でバレバレなんだよっ!」

再度ケルベロスを叩きつけて、今度は周囲に氷柱を突き立てる。

そこには、ブレイドとの交戦の隙を狙ったヘル・スロースが同じように串刺しの状態になっていた。

ヘル・スロースは連続ワープから攻撃に入るときには必ず吠える癖がある。

ブレイドと交戦しながら、紫輝は常に耳を傾けてヘル・スロースの攻撃の予兆を逃さないようにしていたのだ。

ブレイドと同じように十手型CADで止めを刺し、ジワジワと削ったメガスケアクロウも遂に逝ったことでネヴァンも手元に返ってくる。

これでこの場にいる全ての敵は殲滅。

……したかのように見えたが

『はぁ、私の嫌な予感ってよく的中するわね。』

ネヴァンのため息交じりの言葉と共に、部屋の中央に雷が発生する。

無論、外は快晴なので自然現象であるはずがない。

雷と共に、ブレイドを一回り大きくして、雷をその身に纏う悪魔……通称ブリッツが自らを鼓舞するように咆哮をあげていた。

「……遅刻してきた阿呆には、ちょいと御仕置きが必要なみたいだな。」

『どうやら、我らの出番はここまでのようだな。 帰るぞ、ネヴァン。』

『そうね。 最後は彼にいいところを譲りましょう。』

『……次は兄者と共に呼んでくれよ、紫輝。』

憑依していたルドラ、魔具のネヴァンとケルベロスをあろうことか戻してしまう。

これで紫輝は自然体となり、その気配を察知したブリッツは一目散に紫輝にその鋭利な爪を向けていた。

が、その大振りな一撃は軽く上半身を反らすだけで回避する。

そして、悪魔を召喚するときとは別の拳銃型の特化型CADを取り出して、銃口を自身の蟀谷に密着させる。

「ペルソナ……!」

校内での戦いで居合刀を呼び出したときと同じ動作。

しかし、今回呼び出したものは武器ではない。

代わりに呼び出されたのは、オールバックにした銀髪に青い瞳、青い貴族風の服装の男。

その左手には、紫輝が校内の戦いで用いていた居合刀が握られている。

『……フン。 久々に俺を呼び出したと思えばこの程度の相手、か。 まぁいい、たまにはお前の遊びに付き合ってやる。』

「ああ、頼んだぜ……『ウェルギリウス』。」

ウェルギリウスと呼ばれた男……これこそが、紫輝が持つ仮面……ペルソナである。

別次元から呼び出される悪魔とは異なり、無意識の領域にいる己の別の一面を呼び出す。

この召喚は最終的に系統魔法等と同じくゲートを介するが、想子・霊子の消費量はかなり少ない。

無論、そのメリットに対するデメリットもある。

最たるものは、ダメージの共有だ。

早い話がペルソナが仮にダメージを受けた場合、それがそのまま元の人物に反映されるということだ。

自身も前衛で戦える紫輝にとっては割と手痛い。

が、このデメリット自体は紫輝があまりペルソナ……ウェルギリウスを使わない理由には直結しない。

何故か? それは、並の相手ではそんなデメリットなど問題にすらならないからだ。

新たな敵の気配を察して、近接では避けられると判断したのかブリッツは距離をそのままに電撃を放ってくる。

無論、攻撃の予兆はまるわかりなので紫輝とウェルギリウスは共に最小限の動きでかわす。

『……Kneel before me.(平伏せ)

苛立ったというわけではないが、目障りなことに変わりはない。

冷酷な言葉と共に、ウェルギリウスは居合刀……『閻魔刀』の柄に右手を添え、瞬時に抜刀と納刀を三度繰り返す。

すると、空間そのものを切り裂く斬撃が三回ブリッツに向けて放たれる。

『次元斬』……神速の抜刀により発生する斬撃で次元そのものを斬る、魔技。

ブリッツは雷の鎧を纏っており、これをどうにかしない限りダメージを与えることは困難だが、それをあっさりと無力化してしまう。

次元斬の余波によりブリッツは転倒するが、休ませる暇など与えるはずもない。

ブリッツを機転とした瞬間移動(『エアトリック』という)で一気に距離を詰め、閻魔刀で素早い突きを繰り出す。

そこから返す刀で怒涛の如く斬撃を繰り出す。

十回、二十回……それ以上にもなるであろう斬撃の嵐をブリッツに浴びせ、見るも無残な状態にまで追い込む。

最後に締めとばかりに後ろに振り返りつつ最後の斬撃を与える。

更に、無慈悲とばかりにブリッツの背後の空間は、ウェルギリウスの想子と霊子で生み出された水色の剣……『幻影剣』で埋め尽くされていた。

Rest in peace.(安らかに眠れ)

静かに告げながら、納刀。

その涼しい音を合図に、幾重にも張られた水色の剣は一斉にブリッツに襲い掛かる。

閻魔刀による十にも渡る斬撃に加え、剣の数だけ痛覚が直接精神に叩きこまれれば中級悪魔でも上位とは言っても耐えられるはずもない。

結局殆ど成す術もなく、最後であろうこの場にいる敵は散っていった。

「……いつ見ても、俺には真似できそうにはねぇなこりゃ。」

『貴様が真似をする必要などないだろう。 力を求めることに反対はしないが、探究が過ぎて身を滅ぼすことだけはやめろ。』

「分かってるさ。 その重みはとっくに捨てたし、やれる範囲でやらせてもらうよ。」

無意識領域に戻る直前に聞いたこの言葉に、ウェルギリウスはただ微笑を返し、そのまま戻っていった。

境界の揺らぎが収まってきたことを感じ取り、これ以上の襲撃は無いと判断して、紫輝も来た道を引き返すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

境界の揺らぎが収まっていることは、外で奮闘していた幹比古とベオウルフも感じ取っていた。

こちらは大物こそ出てこなかったが、ランク1の悪魔が2、3体で徒党を組んでひたすら襲い掛かってきてある意味休む暇がなかった。

ベオウルフが見た目通りの大味な蹂躙戦法で大半を処理して、小賢しくそれを回避したヤツは事前に術式を準備していた幹比古が叩く。

単調な作業だが、並の人間ではそう長続きするものではない。

ただでさえ、悪魔との戦いは慣れが無いと精神的摩耗が激しいのだから。

その点、幹比古は紫輝に引っ張りまわされたという経験から精神的にはかなりタフな部類になっていたので問題はなかった。

「……おー、随分と派手にやったみたいだなお前ら。 全く、ここが廃工場でよかったぜ。」

そこに、同じく一仕事終えた紫輝がやってくる。

別に心配はしていなかったが、それでも傷一つない紫輝の姿に思わず息を吐く幹比古。

「それを言うならそっちも随分と暴れてたね。 突風とか轟音とか雷鳴とか色々と聞こえてきたよ。」

『ハッハッハ、それなら幹比古も俺が逃したヤツを雷やら炎で蹂躙していただろうに。』

まさにどっちもどっちである。

まぁ、周囲への被害を考慮すれば威力の調整をキチンとやっている幹比古にいい意味で軍配が上がるが。

「分かってると思うが、これで俺らの仕事は終わりだ。 今回も助かったぜ幹比古。」

「まぁ、君に振り回されるのはもう慣れたからね。 そのお蔭で僕も自信がついてきたし、お礼を言うのはこっちの方さ。」

まだ魔法の発動速度、という根本的問題こそ解決はされていない。

しかし、それでも現実を受け入れてその中で自分が出来ることを模索して戦ってきたからなのだろう。

初めて会った時の卑屈で自分を否定していた頃の幹比古は、もういない。

「それは何よりだ。 まぁ、報酬の配分は後々話し合うとして……俺は達也たちと合流する。」

「僕は普通に帰るよ。 いくらケルベロスやベオウルフの援護ありとはいえ、ちょっと疲れたからね。」

『あれだけやっておいてちょっとで済ませる辺り大したものだ。 この際本当にデビルハンターになるか?』

「ハイハイお前はもう帰りなさい、と。」

未だに高揚しているのか割と洒落にならない冗談を抜かすベオウルフをさっさと帰還させる。

……とはいえ、幹比古は内心この提案をさほど悪くないと思っているから、冗談で済まない可能性もあるのだが。

「お疲れ様です、お二方。 往路同様に足はこちらにお任せを。」

「流石、ナイスタイミングだぜアンタ。」

かなりいいタイミングで出てきた行きと同じ黒服の男の手配した車で、同じ道を進んでいく。

紫輝は達也たちのいる廃工場から遠くない場所で降ろしてもらい、そのまま達也たちとの合流を図る。

そして幹比古は、今日の己の戦いぶりに手応えを感じながら自宅へと帰還。

こうして、獅燿紫輝の一高入学後の初デビルハントは幕を閉じる。

ここからは、再び飄々とした司波兄妹の幼馴染の仮面のターンである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだ魔法師! 本物のキャスト・ジャミング、壬生一人を相手にした時とは桁違いだぞ!」

紫輝が一仕事終えて合流しようとしている頃、達也も首謀者である司一を追い詰めていた。

深雪と共に正面から向かって行くと、早速自分たちの前に取り巻きと共に姿を現した司一。

最初は達也のキャスト・ジャミングもどきを狙って仲間にしようと話を持ち掛けるが、達也は首を縦に振らず投降勧告を行う。

話で無理ならばと壬生や司甲を手駒をしたように大げさなパフォーマンスと共に『邪眼』を放つ。

しかし、本物の意識干渉型系統外魔法の『邪眼』ではなく、それは映像機器でも再現可能な催眠光波。

達也の得意とする、キャスト・ジャミングもどきではない魔法の無力化を用いて起動式の一部を消すことで催眠パターンを無くす。

そうすれば、ただの光信号でしかない。

口で言うのは簡単だが、普通は出来ないことを達也は行っていた。

そんな達也を、とんでもないイレギュラーと評価を改めた司一の取った行動は惨めな逃走劇だった。

無論達也はそれを許すはずもなく、妨害する取り巻きを深雪に任せて司一を追跡、そして今に至るわけだ。

「大量のアンティナイトといい、さっきの催眠術といい……パトロンはウクライナ・ベラルーシ再分離独立派で、そのスポンサーは大亜連合。 流石に馬脚を現しすぎで呆れるぞ、三流が。」

「それが分かったからどうなる! どうせ御得意の推理を誰にも聞かせることなくここで死ぬんだからな!」

セリフもまさに三流で、達也でなくても呆れ果てることは間違いないだろう。

それに、達也にとってはキャスト・ジャミングはまさに意味を持たない。

その事実を証明するためにCADの銃口をテロリストの一人に向け、引き金を引く。

自分たちの優位を全く疑わないテロリストたちだったが、次の瞬間それが間違いだったと気づくことになる。

何せ、CADを向けられた自分たちの仲間が脚から血を噴き出して倒れたのだから。

「なっ……!? 何故だ、何故魔法が使える!?」

「キャスト・ジャミングの波動から魔法の妨害になる部分だけを打ち消した……それだけだ。」

心底つまらなさそうな、色の無い視線を向けながら淡々と己の行ったことを告げる。

達也の実力に底が見えないことも相まって、司一が恐怖の余り壁にへたりついてしまった。

とんでもないモノを敵に回してしまったと、今更ながら後悔しながら。

しかし、そんな思考もすぐに強制終了される。

自身の背後の壁が、いきなり切り崩されたのだから。

「ひ、ヒィィィィッ!?」

「お、どうやら当たりみたいだな。」

道を切り開くという字が如く現れたのは桐原だった。

彼の得意魔法、『高周波ブレード』ならばこの程度の芸当は朝飯前だ。

「よう、司波兄。 やるじゃねぇか、これだけの人数を相手に。 ……で、こいつは?」

「それがブランシュのリーダー、司一です。」

割と地獄絵図な光景を見ても表情一つ変えずに達也を称賛する。

そして、達也が淡々と事実を述べた瞬間に桐原の表情は鬼の形相に変わる。

「こいつが……? そうか、こいつか! 壬生を誑かしやがったのは!!」

「ヒィィィィィっ!」

清廉な壬生の剣を汚した張本人を目の前に怒りを抑えられるはずもなく、高周波ブレードを再発動する。

そして、恐怖の余りに身動きが取れない司一の腕を、一刀の元に叩き伏せた。

それだけでは怒りが収まらないのか、更に追い打ちを掛けようとする。

「止せ、桐原!」

声を張り上げて静止を掛けたのは、桐原の後を追ってきた克人だ。

強い静止の声を聞いて、桐原の動きは間一髪のところで止まる。

「会頭……。」

「お前が手を汚す必要はない。」

「そうですよ、桐原先輩。 こんな掃き溜めにそこまでする価値なんてありませんって。」

克人の諭すような声と、何故か聞こえてくる人物の宥める声に桐原も剣を収めた。

……そして、ワンテンポ遅れていないはずの人物の存在に気づく。

「って、何でお前がここにいるんだ獅燿!?」

「あれ、俺桐原先輩が文字通り道を切り開いた辺りからもう居ましたけど。 いやー、漢ですね。」

「……桐原先輩。 これが獅燿紫輝なので気にしないでください。」

入学後でこのやり取りは何度行われたのだろうか……。

しかし、達也はこの場に紫輝が現れたことに若干の安堵もしていた。

彼がここにいるということは、彼が役目を終えたということなのだから。

「司波、これで全員片付けたか?」

「ええ、これで全てです。」

「そうか……後のことはこちらで対処する。 お前たちは先に戻っていいぞ。」

現在の十師族でも3番目の影響力を持つ十文字家ならば、仮に警察庁トップだったとしても干渉を許すことはない。

今回、司波兄妹……特に達也が持つ特異能力はこれで矢面に曝されることはなくなった。

なお、克人自身は紫輝がここにいることは特にツッコミを入れることはなかった。

気づかなかったわけではないが、彼の神出鬼没ぶりは事前に真由美と摩利に聞いているので特段驚かなかっただけなのだが。

「ああ、達也。 言うまでもないが一応。 深雪がちょいとやりすぎちまったみたいだ。」

「今確認した。 全く、そっちのフォローも入れて欲しかったんだがな……。」

「一応一言だけかけておいたさ。 後はお前の役目だろ、お兄様。」

紫輝の茶々に苦笑いしながら、達也は深雪がいるであろう方角へ左手のCADを向けた。

深雪に何かがあったというわけではない。

紫輝が言った通り、少々やりすぎてしまったのでその後始末をしているだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、達也と紫輝は颯爽と現れた深雪と合流した。

「お兄様、ご無事でしたか。」

「ああ、問題はない。 ……後、あれは深雪が気にすることはないぞ。」

一旦深雪から視線を外し、今しがた十文字家の人間に担架で運ばれるテロリストの姿があった。

意識こそ無いようだが、先ほど自分が見た状態とはまるで違っていた。

「偶々コールドスリープ状態に陥ったようだ。 命に別状もなければ、後遺症の心配もない。」

違う、深雪は内心で即座にそう呟いた。

あのテロリストは、間違いなく自分が感情的になって凍らせたのだ。

そして、目の前にいる兄が全てを察してくれて、今回猛威を振るったものとはまた別の異能と呼べる魔法を使ったのだ。

出来れば使ってほしくないその魔法を、自分の犯した失態の尻拭いに使わせてしまった。

その事実が、深雪の心に若干ながら影を落とす。

……と、そこに軽い手刀が頭に入った。

思わず『あいたっ』と、また淑女らしからぬ言動が出てきてしまった。

「し、紫輝? 一体何を……。」

「まーた達也に迷惑かけたと思ってんだろ。 全く、お前らは互いに唯一の肉親なんだから迷惑なんてかけてナンボだっての。 妙なところで甘え下手なんだよ、お前は。 少なくとも、このシスコンの権化がこの程度のことを迷惑だなんて思いもしねぇよ。」

「……お兄様を不愉快な二つ名で呼ぶのは止めなさい。 折角まともなことを言ってるのに、台無じゃない。」

まだ元気は無いが、深雪の心は僅かながらも軽くなるような気がした。

本調子ではないにしろ、憎まれ口を叩けるならば問題はないだろう。

「紫輝、この場で聞いておくが……お前の方も片付いたんだな?」

「だから俺がここにいるんだっての。 最後にちょいと面倒なのが来たが速攻で帰宅させてやったよ。」

「まぁ、お前に勝てるほどの悪魔を用意できるような連中ではなかったからな……。 お前に勝てるレベルの悪魔がどれくらいなのかが分からないが。」

実際、紫輝と幹比古が相対した大半の悪魔は一般の魔法師でも何とかなるであろうレベルだ。

ただ、その場合物量作戦に対抗できるだけの技量か頭数が必要になるが……。

だからこそ、紫輝と幹比古だけでどうにか事を隠しながら対応できたのだ。

もし中級レベルが下っ端で上級悪魔が現れだしたら……言うまでもないだろう。

「そういえば、今日は仮面をつけていなかったが……顔から素性が割れる心配はないのか?」

「あー……アレはちょいとあの人に預けて機能強化中なんだよな。 まぁ、国内なら逆に『仮面』は知られてないだろうし、素顔で大丈夫だろうけど。」

それに、国内ならば知られても二重の意味で揉み消してくれるから何も心配はいらない。

デビルハンターとしての彼は、むしろ国外とあっち側の上の方が名は売れているくらいだ。

「お、いたいた……って紫輝!?」

「本当に達也君の言う通り、ひょっこり現れたわね……。」

「お、レオにエリカも見張り作業お疲れさん。 全く、もう少し早く来てれば加勢してやれたんがな……。」

紫輝の行動を知る者からすれば非常に白々しい言葉に兄妹は顔に出さないように内心で苦笑した。

何はともあれ、新学期早々一高を脅かしたブランシュによるテロは、ようやく閉幕となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブランシュ問題が終わり、落ち着きを見せ始めた4月24日。

もはやいつメンと化した紫輝たちご一行は早くも行きつけとなった『アイネブリーゼ』に来ていた。

テロが収まってすぐの頃は深雪もまだ完全に立ち直り切れてなかったが、達也が徹底的に甘えさせ、更に紫輝がからかったりツッコミを入れたりしたので本調子に戻るのはそう時間はかからなかった。

(……あー、アレの試し撃ちどうすっか。 早くやってくれたのはいいんだが、見事にタイミング悪いっていうか……)

テロが鎮圧してから2日後に、改造に出していた紫輝の相棒が返ってきたのだ。

とはいえ、普段から持ち歩けるようなものかと言われればそうでもない。

今回がイレギュラーだっただけで、日本では基本悪魔の自然発生は珍しいので使う機会は滅多にないのだ。

現状は時折メンテをする以外、完全に宝の持ち腐れだった。

「おい、どうした紫輝? 妙に上の空だけど何かあったのか?」

「あー、いやちょっとここ最近4回転が不調で自己分析してた。」

「……獅燿君、スケーターの性は今はお休みした方がいいと思う。」

「あんまり四六時中考えてると悪循環に陥ることもあるから、適度にお休みも必要ですよ?」

普段は軽いのにスケートのことになったら人が変わったかのように真剣になるのが紫輝だ。

それを知っている面々だから、上手く誤魔化すことができた。

実際、4回転トウループの調子が悪いのは事実だが。

「随分と賑やかだけど、今日は何か特別な日なのかい?」

紫輝がメインウェポンの処遇について考えている間に、マスターが何事かと尋ねてきていた。

確かに、いつもの集まりにしてはどこかハイテンションだ……特にエリカが。

「お疲れ様会……と言ったところですかね。」

「え? 何言ってるの今日は達也君のお誕生日会だよ!」

達也が苦笑しながら答え、それに被せるかのようにエリカがそれなり級の爆弾を投下した。

爆弾発言の後、深雪と紫輝、達也以外は一瞬の沈黙の後、驚きの声を上げた。

誰にも伝えていなかったのは明白だった。

「あー、そうか。 4月とは言ってたから今日やろうってことか。 にしても、何てドンピシャなことか。」

「まあ、正確な日付は知らなかったけど、4月中なら誤差の範囲って……ん? ちょっと待って紫輝君。 ドンピシャってどういうこと?」

ドンピシャという言葉に違和感を感じたエリカが何のことかを聞き出そうとするが、紫輝は視線を外しながら苦笑するだけ。

視線を外した先を追うと、そこにはどこかおかしそうに笑っている深雪の姿が。

「……みーゆーきー? まさか、謀ったわね?」

「あら、私はよく知ってるわねって言っただけよ。 少なくとも嘘は言ってないわ。 紫輝にも確認をとればよかったのに。」

「だって紫輝君だともっと性質が悪いことしそうだし。」

「うーわ酷い言い様だな。 いくら俺でもダチの誕生日関係でそこまで性格悪いことはしねぇぞ?」

……普段の行動や言動が災いしてるのでは?

レオ、美月、ほのか、雫、そして達也は揃いも揃って同じことを思っていた。

そして、ここで重要なことに思い至った雫が静かに呟く。

「……誕生日プレゼントを用意していない。」

「あっ……。」

3人以外はその事実に思い至って見事に落胆した。

時間が無かったし、具体的な誕生日も知らなかったから彼らに落ち度はない。

しかし、そういう理屈で済まされるような話ではないのだ。

それだけ達也が友人(約1名はそれ以上に見えるが)として思われているのだから、紫輝はその様子を見て内心で安堵していた。

なお、紫輝は問題はない。 深雪との共同作業による逸早く祝ったのだから。

「まぁまぁ、ここは一つこのザッハトルテを僕と君たちからのプレゼントということで手を打とう。」

まさに渡りに船な提案であった。

そうと決まればとばかりに、素早くロウソクを16本用意する。

まだロウソク16本かという紫輝の茶化す発言もありながら、ロウソクに灯された火を息を吹いて消すという今も昔も変わらない儀式を皮切りに改めて達也の誕生日を祝う会が始まる。

「そういえば、獅燿君の誕生日っていつなんですか?」

今回と同じ轍を踏まないためなのだろう、紫輝の誕生日を逸早く尋ねたのはほのかだった。

「紫輝の誕生日は9月7日よ、ほのか。 夏休みが終わったら割とすぐね。」

「既にシーズンが始まってるけど、そこだけはちゃんと空けておくように。 試合もその日は何もなかったはずだし。」

「流石スケオタ、スケジュールはほぼ把握済みってか。」

雫のスケオタ的なスケジュール把握に他の面々は揃って苦笑いを見せた。

流石に紫輝でも国内やら国際B級大会のスケジュールを全て把握してる、ということは流石にない。

その後も、時折ツッコミが発生しながらもワイワイはしゃぎにはしゃいでいた……主にエリカが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月は変わって5月。

達也と深雪、そして紫輝は病院に訪れていた。

理由は至って単純、壬生の退院祝いだ。

司一のマインドコントロールに長い間支配されていたので、念には念を入れて入院していた。

特に何も問題はなかったからか、割と早い退院となったわけなのだが。

「それにしても、花束なんてわざわざ持参しなくても良かったんじゃないか?」

「おいおい達也、合理性っていうのはこういう時は捨て置くものだぜ?」

「紫輝の言う通りですよ、お兄様。 こういうものは自分で持っていくことに意味があるんです。」

とある事情故に仕方ないが、達也の合理性に偏った発言は見事に二人掛かりのダメ出し攻撃の前に封殺される。

特に、紫輝は受け取る側に回ることもあるから余計に説得力があるのが決め手となった。

周囲の深雪に対する視線やざわめきは当然意にも介さない。

3人はロビーを見回して壬生の姿を探すが、割とすぐに目に入った。

そこには、意外なことに桐原の姿もあった。

「桐原先輩、毎日さーやの所にお見舞いに来てたんだってさー。 マメだよね、見た目と違って。」

「いや、それは入院してたのが壬生先輩だからこそだろ。 じゃなきゃあの場にわざわざついていかないだろうし。」

背後から突然聞こえた声に特に驚きも見せずに反応するのは紫輝だった。

達也も事前に把握していたからか、驚く素振りは見せず唯一欲しかったリアクションをしてくれたのは深雪だけだった。

「ってエリカ! 貴女も来てたのね。」

「さーやって……随分と親しくなったんだな。」

「……深雪はともかく、紫輝君と達也君を驚かせるのはやっぱり無理だったか。」

「いや、お前は何となくいるとは思ってたぜ? そうでなくても気配ですぐわかったけどな。」

二人のリアクションを見れず少し悔しがるエリカに、追い打ちを掛ける紫輝。

割と容赦のない口撃を受け、エリカは少しばかり拗ねたような仕草を見せる。

「ふーんだ、そんなに性格が悪いと彼女とか出来ないわよ?」

「ご生憎、そんな余裕があったら苦労してないぜ?」

「……二人とも、話が大幅に逸れているぞ。 とりあえず今は壬生先輩の退院祝いだろうに。」

いつまでも続きそうな静かな口撃合戦に止めを入れる達也。

とはいえ、エリカも紫輝もいつまでも続けるつもりはなかったのですぐに矛を収めた。

そのタイミングを見計らい、花束を持つ深雪が壬生に声を掛けた。

「壬生先輩、退院おめでとうございます。」

「司波さん達……ありがとう。」

この時の壬生の笑顔は、感謝の念と共に解放感を感じるものだった。

達也とついでで紫輝に掛けられた言葉、そして入院中で色々と思考を巡らせて色々なものから解き放たれたのだろう。

その後、達也は壬生の父親と共に少し離れたところで何やら話していた。

(……もしかして、風間さん辺りの知り合いか? まぁ、俺が立ち入るような話ではねぇな。)

このタイミングで少し離れるということは、互いに……特に達也にとって聞かれたくない話をするからであろう。

その場合、有り得るのは独立魔装大隊関係しか考えられない。

残り2つの選択肢については、紫輝も周囲関係をある程度、ないしは知りすぎている位なので即座に消せるのだ。

とはいえ、雰囲気からしても特に達也の不利益になるような話ではないのはすぐに分かった。

ならば、自分もここは真っ当な反応を見せるべきだ。

「とりあえず、良かったですね桐原先輩。 司一に斬りかかった時はなかなかいい絵になってましたよ。」

「……獅燿。 司波にも釘を刺しておくが、あの時のことは言うなよ? 言ったらただじゃおかねぇからな。」

「言いませんって。 これは、男の秘密ってことでタダで口を閉じておきますよ。」

表情こそ相変わらずだが、僅かでも紫輝の本性を知った桐原はとりあえずその言葉は信用することにした。

が、忘れてはならない。 この場には彼女の存在がいることを。

「ちょっとちょっと二人ともー? 何よ男の秘密って。」

「うわ、千葉!? なんだよ、いきなり!」

「そのままの意味だエリカ。 この件に関しては俺は絶対口を割らないぜ?」

ちゃっかり二人の密談を聞いていたエリカが聞き出そうとするが、二人は徹底ガード。

特に紫輝は例え札束が目の前に出てこようが割らないというくらいの意思表示を見せた。

こういう時はかなり律儀な男である。

「ぶーぶー、いいじゃない別に。 ……いいもん、達也君に聞くし。」

「俺もしゃべるつもりはないぞ、エリカ。 こればかりは当人たちの間で自己完結すべきことだ。」

丁度いいタイミングで現れた達也も早々に非口外宣言。

余りに早く詰んでしまったので、一転して話題を壬生に振ることにした。

「そういえば、何でさーやは達也君から桐原先輩に乗り換えちゃったの? 好きだったんじゃないの?」

「え!?」

いきなり核心を突くような質問に、壬生も流石に戸惑いと共に頬を朱に染めてしまう。

更に、そんな質問を投げかけられては桐原も黙ってはいられないだろう。

「おい、千葉!」

「エリカ、流石に調子に乗りすぎよ?」

「やれやれ、こういうのはやっぱり好物ってワケか。 分かりやすいぜ。」

深雪も流石に看過出来ないのか窘めの言葉を発し、紫輝はこの年頃の女子特有の思考にツッコミも入れなかった。

達也は唯一、何も言わないというか言えないというか、沈黙を貫いていたが。

「……うん、確かにエリちゃんの言う通り。 私は司波君に恋してたと思う。」

そんな中、壬生から静かに発せられた答え。

桐原は若干ながらショックを受けたよう顔をして、エリカは顔を輝かせていたが、それに構わず壬生は続ける。

「司波君は、私には持っていない揺らぐことのない強さを持っていたから。 でも、それと同時にそれが怖かった。どんなに追っても、懸命に走っても追いつくことは出来ない。 そして思ったの。 これは恋というよりも、憧れ。 ううん、偶像めいた幻想を抱いてたのかもね。 そんな時に、桐原君が来てくれた。 毎日お見舞いに来てくれて、色んなことを話して……思ったの。 彼とならば、一緒に歩いて行ける。 時には喧嘩したりもするけど、お互いに間違いを指摘しあいながらも一歩ずつ進んでいけるって。」

そこまで聞いて、深雪の表情は僅かにだが曇っていた。

達也が如何に特別な存在か一番よく知っているからこそ、このような孤独と相対することが多いことも理解している。

だからこそ、自分だけでもその孤独を癒す存在になろうと、改めてこの場で決意した。

しかし、そう思ったのは深雪だけではない。

病院からの帰り道、唐突に紫輝は口を開いていた。

「達也。 確かにお前はその生い立ちと力が故に時に孤独になるかもしれない。 だが、どんなことになっても深雪、そして俺がいるから孤独にはさせやしないぞ。」

「ええ、紫輝の言う通りです。 お兄様が音の速さで駆け抜けて行かれても、空を突き抜けて翔け昇られても、私と紫輝はついていきますよ。」

「置いて行かれるのは、むしろ俺の方だと思うんだがな……。 まぁ、何はともあれ、まずは足場を固めるところからだ。」

一旦授業を抜け出したのだから、再度学校へ戻るのだろう。

紫輝と深雪もそれに続くように歩いていく。

「ところで、お兄様……。 学校はお辛くないですか? 本来は通う必要はないはずなのに、侮りを受けてまで……私のために、無理を為さっているのではと……。」

これは、ずっと抱いていた懸念……否、不安だった。

資料閲覧という目的があるとはいえ、達也自身の現在の能力を考慮しても魔法科高校に通う必要性は言うまでもなく存在しない。

既に知っているであろうことを再度学びに行っているのだから。

紫輝曰くシスコンの権化がそんなことを思っているわけはなかった。

「深雪、俺は嫌々学校に通っているわけではないよ。 この日常は今でしか経験できないからな、可能な限り満喫したいと思っている。

 紫輝ではないが、退屈とも無縁だからな。 ……それは紫輝も同じだろう?」

「ああ、どいつもこいつも飽きさせない面々だ。 あいつらがいてくれるからこそお前らも前より活き活きとしてるしな。 ……だからこそ、あの掃き溜め共からは何としてでも離してやらないとだがな。」

この時、兄妹の前だからこそ見せる悪魔狩りの顔になっていた。

既に紫輝は、レオやエリカ、美月などの面々は何としてでも悪意から守る対象に入っているのだ。

そのことを改めて確認出来て、達也と深雪もどこか満足気だ。

「まぁ、とりあえず今は日常に戻ろう。 紫輝も、あんまり物騒な顔をしてるなよ?」

「……それもそうだな。 とりあえずスマイルスマイル……っと。」

「貴方の笑顔は胡散臭い、または飄々としたという言葉が必ず前置きになるから大して変わらないわね。」

「ハッ、深窓の令嬢という仮面の下がただの残念ブラコン娘なお前には言われたくないね。」

いつも通りの深雪と紫輝の口撃の応酬、それを苦笑しながらも微笑ましく見守る達也。

とりあえずは取り戻した日常を、3人は暫く謳歌することになった。

 

 




はい、初投稿から4カ月くらいで入学編終了です。
話数は大体アニメ版を基準で分けたのですが、1話の長さで考えるとどうなんでしょうねこれ。
ただ、長くしようとしたわけではなく、最低限書かないといけないと思ったことを書いたら結果的にこうなっただけなので……。
今回は遂に紫輝のペルソナが表舞台に立ちました。
『ウェルギリウス』という名の由来はちょっと調べれば分かるとは思います。
スキルはDMC4SEとUMVC3基準です。 要するに出来ることはほぼやりますね。
まあ、ベオウルフとフォースエッジが無いので凶悪度合いは落ちますが、そこは紫輝の共闘で若干はカバーできますし。
ここから先も紫輝の表切り札として君臨します。
ちなみに、第1話冒頭で出てきたのはウェルギリウスではありません。 伏字の文字数をよく数えると微妙に多いですしね。


さて、次回からは九校戦編。 紫輝は二科生なので表舞台での活躍は当然のようにありません。
よって、九校戦自体は比較的圧縮していく予定です。
それ以外のところはそこそこに書きますが。 当然ですが悪魔も出てきます。
後、とある別作品からゲストキャラが何人か出てきます。 まあ、スケート方面なので知らなくても問題はないです。


リアルの事情が未だ不安定なのでいつまで安定更新が出来るかはわかりませんが、簡単に失踪するつもりはありません。


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九校戦編
8. 試験終了後


やっと……やっとリアルが落ち着く……。
この4カ月、表面上は普通にしていましたが割と危なかったところがあります。
とりあえず、これで憂いはなくなったので安心して執筆作業に入ることが出来ます……。
とはいえ、10月になったらリアルが安定する代わりに執筆時間が一気に減るのですが……。
でも何とか月1更新以上は確保したいところです。

では、九校戦編のスタートです。


 

7月……この時期は高校生にとっての正念場の1つと言えるイベントがある。

その名も『期末試験』。 学生ならではのこのイベントは魔法科高校でも例外なく存在する。

というより、つい先日それが終了して結果が発表された。

総合成績は順当通り首席の深雪が堂々の1位、2位にほのか、3位に雫と1-A組が独占。

実技成績も同じような状況で、深雪1位、2位に雫、3位には森崎が入っていた。

が、筆記試験になるとこの状況が一気に変化した。

首席の深雪は2位になり、1位には500点満点で490点という驚異の点数を獲得した達也が入った。

そして、深雪に続く3位には達也と同じくE組の紫輝、そして幹比古が同点でランクインした。

知っている者からすれば驚くことでもないが、教師陣も含む大半の人間はこの筆記試験の結果には大いに驚いた。

3位が二人という状態のトップ3に二科生が3人も名を連ねたのだから、当然とも言えるだろう。

「で、俺はまたこの順位というわけだ。」

自身の総合順位を見て何とも言えない表情をしているのは筆記試験第3位タイの紫輝。

テストの成績自体大して重要でもないのだが、流石に入学試験と同じく総合102位という結果には暫く呆然としてしまった。

「おいおい、102位とか後少しで一科じゃねぇか。 やるな紫輝。」

「筆記3位なのに総合で3ケタっていうのは素直に喜べないけどね。」

「おいおいエリカ、流石に今のはちょっとグサッと来たぞ?」

「でも、凄いですね獅燿君……魔法幾何学で堂々の満点だなんて。」

紫輝のあまりにアンバランスな成績を見て、素直に称賛を送るレオ、美月、逆におちょくるエリカ。

例え筆記でトップクラスでも筆記と実技の比率が良くても1:2なのでこの結果は致し方ないことだ。

現に、筆記ぶっちぎり1位の達也も総合ではボロボロなのだから。

そして、今この場にその筆記トップはいない。

「それにしても、何で達也さんは呼び出されたのかな……。」

「筆記がトップで実技がボロボロなことに教師陣が違和感を感じたんじゃねぇか?」

「でも、それだと獅燿君も呼び出しがあってもおかしくない気がする。」

この場にいない達也を心配するほのかに、紫輝の適当な回答に静かにツッコミを入れる雫。

そう、今達也は丁度呼び出しを受けて生徒指導室にいる。

この面々は、達也を待ってこうやって雑談で時間を潰している最中である。

「いや、俺は速度だけのアンバランス型だって認知されてれば大丈夫な気もするがな……お、噂をすればだな。」

紫輝の言葉の途中で、生徒指導室のドアが開く音が聞こえた。

それに続いて、去り際の会釈を行う達也の姿も全員の視界に入ってきた。

「……ん? どうしたんだ、みんな揃って。」

「いや、何でまたお前が生徒指導室に呼ばれたんだって思ってな……。」

「ああ、実技試験のことでちょっとな。」

紫輝の予想がほぼそのまま当たる結果となった。

早い話が、実技試験で手を抜いていたのではと疑われていたらしい。

普通に考えればそんなことをするメリットなど存在しないので、聞くのも馬鹿馬鹿しいことなのだが……。

いくら理論と実技が別物と言っても、実技が伴っていない状態での理論の理解には限界がある。

まぁ、何とか誤解は解けたのでひとまずは大丈夫なようだが。

「そういえば、そろそろ九校戦だな。」

「あー、生徒会は選手とエンジニアの選定で忙しそうにしてたな。 深雪も流石に慌しそうだったし。」

九校戦……正式名称は全国魔法科高校親善魔法競技大会。

日本国内に9つある魔法科高校の選ばれた生徒がスポーツ系魔法競技で競い合う催しだ。

この舞台で活躍した選手は軍人の道に進むことも多いらしく、軍の方も競技会場と滞在用のホテルを貸し切る形で全面協力を行っている。

要するに、魔法科高校に通う生徒にとっては夢の舞台というわけだ。

「深雪さんも出場は確定ですよね。 流石に大変そうです。」

「まぁ、深雪に関しては大丈夫じゃない? 同年代であのレベルはそうそういないだろうし。」

成績を考慮すれば深雪の出場はまあ確定だろう。

彼女の魔法力の凄まじさはわかっているので、エリカの楽観的な発言は無理もない。

しかし、雫は険しい表情で語り始めた。

「油断は出来ない。 今年、三高に一条の御曹司が入学したらしいから。」

「え、一条ってあの一条か!?」

一条……七草と十文字と同じく現在の十師族に連なる家系だ。

それだけの大物が同じ学年にいるということに、レオに美月、エリカも驚きのリアクションを上げた。

「一条……ああ、『クリムゾン・プリンス』か。 そういえば同年代だったっけか。」

そんな3人の反応を尻目に、至って淡々とした表情の紫輝。

それと共に放たれた言葉も、語尾に『で?』とでも付きそうなくらいに淡白なものだった。

「獅燿君は全く驚かないんですね……。」

「まぁ、獅燿君にとっては十師族よりもスケートの先人の方がよっぽど尊いからある意味当然。」

「いや、同じ十師族直系でも七草先輩と十文字先輩は尊敬してるぜ? あの二人はこの目で見てるからな。 ただ、十師族ってだけで身構えるのはバカ臭いってだけさ。」

「それがお前の長所とも短所とも取れるところだな。」

そもそも、ケルベロスやベオウルフなど上位悪魔と対等の立場にいるのが紫輝だ。

それに、『仮面の悪魔狩り』としての活動の中でその手の大物とのやり取りもあったので同年代の十師族くらいで臆する要素はどこにもなかった。

「っていうかさ、紫輝君も九校戦に通用しそうだよね。 クラウド・ボールとかまさに向きじゃない?」

「毎回気配消してるし、足も速いからな。 新人戦レベルならそれだけで優勝もぎ取れるんじゃねぇか?」

エリカとレオの言うことはあながち的外れではない。

クラウド・ボールならば身体能力の重要度も増す上に、現状得意な自己加速を生かせるので勝ち目は大いにあるだろう。

まぁ、二科生の時点でお鉢が回ることはほぼ有り得ないから意味のない展望なのだが。

そんなことになったら、いい顔をしない一科生も多いので面倒になること請け合いだ。

「まぁ、スケート系の競技でもあれば独壇場だったろうから出ても良かったんだがな。」

「……そんなことになったら観客席が大変なことになると思う。」

何がどう大変になるかは言うに及ばずである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、紫輝は達也、深雪と共に九重寺を訪れていた。

九校戦に出場する深雪に稽古をつけてもらうことが目的らしい。

別段紫輝には用事は無く、暇だからついてきただけだ。

達也曰く、アイスピラーズ・ブレイクは基本的に問題はないとのこと。

深雪の得意分野を考えれば、確かに彼女が負かされることは考えづらい。

それこそ、悪魔をフルに使った今の紫輝でもほぼ無理だ。

その代わりと言ってはあれだが、もう1つの出場可能性が高いミラージ・バットは若干フィジカル面で心配がある。

深雪自身は別に運動音痴ではなく、むしろ同世代で考えれば並以上あるのは確かだ。

しかし、如何せん華奢なのだ。 要するに、体力面に隙があるかもしれないということ。

そういうことで、八雲に頼んで幻影魔法を使って競技と似た状況を再現してもらっている。

「そこまで! 一旦休憩にしよう。」

達也の一声と共に、八雲は魔法を止めて、深雪も一旦休憩に入る。

幻影を視認しては棒で薙ぎ払い、視認しては今度は跳んで薙ぎ払ってとそれなりのハードワークだ。

しかもそれを30分持続させていたので流石の深雪も息を切らしていた。

「紫輝、お前の方から何か気になることとかは無いか?」

「視認と反応はまぁ及第点じゃねぇか? 後はひたすら試行回数で体力配分を覚えるくらいだろ。」

紫輝もただ見物していただけでなく、達也と共に助言をしている。

部内でもやはり意見や助言を求められることが多いので、割と様になっている。

「……誰だ!?」

唐突に達也が背後を振り返って声を大にする。

何事かと思った深雪は達也と同じ方角を向き、視認出来た人物に僅かながら驚きの表情を見せ

紫輝は初めから分かっていたのか、いつもと変わらぬ顔でその人物と視線を合わせた。

「おや、遥くんじゃないか。」

「八雲先生はともかく、司波君、更には獅燿君にまで見破られるって、私の技量が落ちたってことですか?」

その人物とは、意外なことに遥だった。

この場で八雲と話しているということは、恐らく達也と同じく彼の弟子なのだろう。

まぁ、彼女が只者ではないのは初見で感づいていたので大して驚きはないのだが。

「いや、達也君は僕たちとは違った『眼』を持っているからね。 紫輝君は……まぁ、経験かな。 そうとしか言えない。」

「まだ16歳にもなってないのに八雲先生にそう言われるなんて、よっぽどなのね。」

「まぁ、火遊びが好きなお年頃ってことで。 ところで、小野先生は八雲先生の弟子って認識で正しいんですよね?」

適当なところではぐらかして話題を戻す。

短い会話だが、遥は恐らく『仮面の悪魔狩り』のことを知らない、または知っていてもイコール紫輝であることは知らないことはすぐに分かった。

彼女の素性如何では別に知られてもさほど問題はないのだが、ここはまだ秘匿を貫いておく。

「その通りだよ。 ……この先のことを話しても大丈夫かな遥君。 達也君が特に知りたがっているみたいだし。」

「ダメと言われても話しますよね、先生は。」

「じゃあ、そういうわけで……。 遥くんは公安の所属で調査官なんだよ。 僕に弟子入りしたのは達也君より後だから、君にとっては妹弟子だね。」

「ちなみに、カウンセラーの方も資格持ちだかられっきとした本職よ。」

二人の話を聞いて、先日の校内テロにおいて相手の狙いや潜伏先を知っていたのも頷けた。

なお、ブランシュが悪魔系の戦力を持っていることは知らなかったことから、やはりまだこの国は悪魔系の情報に疎いことも改めて確認できた。

だからこそ日本では『仮面の悪魔狩り』は無名で、あの時は顔を隠す必要もなかったのだが。

「自分よりも後に師匠の弟子になったとのことですが、それにしては見事な隠形でしたね。」

実際、一朝一夕で身につくレベルの隠形ではなかった。

規格外な直感を持つ紫輝はともかく、達也に『眼』を使わせるというのは、並大抵の技術ではない。

「それが私の魔法特性だもの。」

「なるほど、BS魔法師ですか。」

BS魔法師……BSとはBorn Specializedの略で、早い話先天性の特異魔法技能を持つ魔法師のことを指す。

よく「BSの一つ覚え」と言われるが、一点特化の技能とも言えるので場合によっては一般の魔法師を凌駕する実績を残すこともできる。

目の前にいる遥の隠密系についてはもはや言うに及ばずだ。

「……その肩書きは好きじゃない。 どうせ一つ覚えですよーだ。」

「まあ、今の魔法師は万能を良しとする風潮ですからね……。」

「何もかもが中途半端よりは一点を極めているほうが優れていると俺は思いますよ。」

達也の持論については紫輝も同意だ。

戦闘においても、総合的には格上でも自分の土俵ともいえる究極の一があれば勝機は生まれる。

ただ、紫輝は性質が異なる複数の上級悪魔を従える都合上、究極の一というものは無い。

ある意味、圧倒的な手札の数が究極の一と言えるのかもしれないが。

「そうそう、司波君に獅燿君。 この件は極秘事項だからオフレコで頼むわよ。」

「分かってますって。 言いふらす趣味はありませんから。」

「こいつの口の硬さは俺が保証しますよ。 ……そうですね、代わりに4月のようなことがあったら早めに情報を貰えませんか。」

「そうね、ここはギブアンドテイクってことで。」

達也の相変わらずの抜け目のなさを見て、紫輝はただただ苦笑いをするしかなかった。

 

 

テストが終わっても、終業式まで授業は続く。

紫輝たち1-Eは、現在1-Fと合同で体育の授業に取り組んでいた。

行っている競技はレッグボール、周囲に壁が存在するフットサルというのが適切な競技である。

「オラオラ、どきやがれ!」

持ち前の身体能力をフルに使って、レオが相手陣地に特攻をかける。

その勢いはもはやラグビーのそれに似ているところがある。

それほどの勢いなので、F組もそうそう止めることができない。

が、ジワジワとマークが厳しくなってきたので、頃合いを見て壁を使い達也にパスを送る。

達也もこのワンサイドゲームの立役者の一人なので、即座に別の人間が達也を止めようと数人が向かってくる。

(……そっちか!)

それを知ってか知らずか、達也は傍から見たら完全に見当違いの方向へボールを送った。

誰もいない空間なのでF組の面々もボールを奪えないが、このままではボールは完全にフリーになってしまう。

が、達也が誰もいない空間にわざわざボールを送るようなことをするはずがなかった。

「ナイスパスだぜお兄様、ってな!」

達也がボールを送った先には、気配同調で殆ど誰も認識ができない紫輝がいた。

これは魔法でも何でもなく本人が身に着けた技法、ズルでも何でもない。

このまま行けば、何も問題はなく更なる点差をつけることが出来るだろう。

だが、紫輝はここで思う。

(これだけじゃあ、つまんねぇな……この策で行くかね。)

このままゴールを決めてもつまらない、ということで周囲を見回して即座により面白い策を考え付く。

そこで有効策ではなく面白いを重視してしまうのは紫輝の悪癖だ。

まずは普通にゴールに向かっていく。

特段動きが速いわけではないが、F組の生徒は紫輝からすると遠い位置取り。

紫輝の企みは誰も止められない。

(……頃合いだな、受け取れ!)

今こそが頃合いと見て、紫輝はシュートを放つ。

そこそこのパワーで放ったそれは、コース的に見ると角度は微妙なところだった。

(いや、アレでは恐らく……。)

達也はシュートの軌道からして、ゴールに入らないと踏んだ。

そして、案の定ボールはゴールの中に向かうどころか、フェンスに当たって跳ね返った。

……が、そこで終わらないのが紫輝の企みだった。

跳ね返ったそのボールを、まるで見透かしていたかのように一人の男子生徒がそのまま捉えたのだから。

(……全く、それでこそ紫輝だよ。)

紫輝の奇抜な策を即座に見抜いていた幹比古の手で再度シュートが放たれる。

まさかの二段階の策、相手のキーパーは何もできずにボールがゴールに入る様子をそのまま見届けてしまっていた。

この後も達也とレオ、幹比古、神出鬼没に絡んでくる紫輝の4人がメインで活躍したことでE組の圧勝となった。

「あいつ、やるな。」

「ああ。 見た目の割に動けていたし、あの紫輝の奇策を見事にフォローしていたから周辺視野もいい。」

(吉田幹比古……あの古式魔法の名門、吉田家の次男。 ……そして恐らく、紫輝の協力者でもあるんだろうな。)

達也は当然素性を知っているし、聞いたわけではないが紫輝の協力者が彼なのは一発で分かった。

何せ、あの紫輝と問題なく連携出来ている時点で関係者なのは明白だ。

元々素性のことも考えて興味があったのか、休憩時間を利用して幹日古と接触を図ることにした。

「ナイスプレー。」

「やるじゃねぇか吉田、紫輝にあそこまで合わせるなんて並大抵じゃねぇぞ?」

「幹比古だ、苗字で呼ばれるのはあまり好きじゃないんだ。……後、そういうこと言ってるとハリセンが来るよ?」

その忠告を聞いて思わず周囲を見回しながら頭を押さえるレオ。

普段からツッコミを受けているが故の防御行動を見て、二人……否三人は思わず苦笑してしまった。

「人を問題児扱いとは、どうかと思うよな幹比古。」

「……いや、正直君は問題児スレスレだと思うけどね。」

「それについては俺も同意だな。 ところで、二人は以前からの知り合いなのか?」

「あー、そういえば説明してなかったな。」

ざっくりとだが紫輝は幹比古との馴れ初めを話す。

とはいえ、この学校に入学する前にふと会って、紫輝がいつものように振り回したと話しただけだ。

無論、それだけの話ではないのは達也もわかっている。

悪魔関連に巻き込まれなければ、紫輝が協力を要請するとは思えないからだ。

「すっげぇ破天荒っぷりだな……おっとそうだ、俺のこともレオで構わないぜ、幹比古。」

「俺のことも達也でいいぞ、幹比古。」

「オーケー。 実を言うと、前から君とは話したいと思ってたんだ。」

「奇遇だな、実は俺もだ。」

理論分野トップと3位タイ、というだけでこのやり取りに違和感はない。

だが、互いに話したいと思っている動機は他にあるのは言うに及ばず。

「何とも言えない疎外感だな……。」

そんな中、ただ一人置いてけぼりのレオは思わずぼやいてしまう。

「レオとも話したいとは思ってたよ。 何せあのエリカと対等に付き合えるんだからね。」

「それもそれで釈然としねぇな……。」

「まあ確かに対等だな、ツッコミを受ける頻度的な意味でも。 ……そういえば、幹比古ってエリカとも知り合いだったんだな。」

対等というよりも二人に対して同時に突っ込む場合が多いのでカウントも同時に増えるだけなのだが。

そして、エリカとも知らない仲ではないことを初めて知ったので追及する。

「まあねー、いわゆる幼馴染ってやつになるのかな。 まあ、知り合ったのは十歳だから微妙なところだけどね。 最近は避けられ気味で紫輝君と仲良くやってるみたいだけど、ミキは。」

「エリカ、いつの間に……。 というか、そのミキっていうのはやめてくれと言って……。」

横から現れたエリカが紫輝の疑問に回答する。

最後にはやや怪しい、正しく言うならその手の趣味の人間が食いついてきそうな言い方が混ざってはいるが。

なお、一緒に来た美月が若干そのような反応をしていたことは紫輝以外誰も気づいていない。

女みたいな呼び方をされた幹比古はそれを嗜めようとしてエリカの方に視線を移して……彼は固まってしまった。

「エリカ、君は何て格好をしているんだ!?」

「え、何って……伝統的な女子用体操服だけど。」

幹比古だけでなく、レオまで固まってしまっていた。

何せ、今のエリカは見事なまでに太ももを剥き出しにしており、この時代からすると露出過多になりかねない。

なお、狼狽する二人とは対照的に達也と紫輝は淡々としていた。

「そんなに変か? 変わったデザインのスパッツだと思うが……。」

「待て待て達也、こんなスパッツがあるわけないだろうが。」

「紫輝君の言う通り、これはスパッツじゃなくてブルマーって言うのよ。」

(ブルーマー)みたいな名前だな。 昔はそんな格好で掃除していたのか?」

「そんな訳ないじゃん! 女子用体操服って言ったでしょ!」

見事なまでのボケっぷりである。

エリカに合わせるように紫輝もハリセンを炸裂させた。

と、ここでレオが我に返って爆弾を投下する。

「ブルマーっていうとアレか! モラルが崩壊していたその昔、女子中高生が小遣い欲しさに親父共に売っていたという……。」

「ちょ、バカ! 何てこと言ってるのよ!」

「ここから先はR指定、学生には早いっての!」

エリカの脛蹴りと紫輝のハリセン、ダブルツッコミここに極まる。

ただ、レオの脛はかなり頑強だったからか、蹴った後に足の痛みに耐えきれずに跳ね回っているからイマイチ締まらないのだが……。

「エリカちゃん、やっぱり普通のスパッツに戻した方がいいよ。」

「それについては同感だな。 異性からすれば割と目のやり場に困るぜ、それ。」

「って、そんな平然とした顔で言われてもねぇ……。 ……まぁミキも妙な目で見てたから戻した方がいいわね。」

流石に羞恥心が出てきたのか、素直に美月と紫輝の忠告を受け取った。

そして、聞き覚えの無い呼び名に美月は首を傾げた。

「エリカちゃん、ミキって……吉田君のこと?」

「エリカ、頼むからその女みたいに呼ぶのはやめてくれ……。」

「えー、だってそのまま呼ぶと噛みそうなんだもん。 じゃあヒコは?」

「それじゃあまるで猿みたいな呼び方になっていないか?」

話題はすっかりと幹比古の呼び方に変わっていた。

なお、美月の苗字呼びについては特にツッコミを入れない辺り、そこは割り切っているのかもしれない。

「おいおい、ここはミッキーだろ。 まさに愛称って感じでいいじゃないか。」

「待った、その呼び方も嫌なんだけどそれ以上に色々危ないよそれは……。」

「だな……今にも黒服が出てきそうだぜ。」

何で危ないかは言うに及ばず……あの黒いネズミが脳裏によぎったからだろう。

この時代でもネタ的な意味でも恐怖を与えるとは、恐るべし黒いネズミ。

なお、達也だけは何のことか全くわからないのはご愛嬌である。

「そういえば、前ほど苗字呼び嫌がってないのね。」

「……いや、今でもあんまり好きじゃないけどね。」

(前ほどということは、以前はかなり嫌がっていたということか……。)

古式魔法の名門の次男が苗字で呼ばれるのを嫌がっていた。

それだけ、何か重いものを抱えているのか……そう判断はできたが、達也は特に深入りはしない。

また、今はそこまで嫌がっていないという点については紫輝が一枚噛んでいると踏んでいた。

それについても、特に追及するつもりはなかったが。

その日の昼休み、達也と深雪は生徒会にて昼食をとっていた。

九校戦関係の作業はまだ終わっていないが、選手選考についてはある程度目途が立ったので終わりは見えている。

……しかし、まだ問題が全て解決されたわけではない。

「問題はエンジニアの方よね……。」

選出作業を率先してやっている真由美は溜息混じりにぼやいていた。

そう、残っている大きな問題は選手のCAD調整等を担当するエンジニアの人員不足だ。

「何だ、まだ揃っていないのか。」

「特に三年が深刻なのよ。 二年はあーちゃんや五十里君を筆頭に、優秀なエンジニアが揃ってるのだけれど……。 せめて摩利が自分のCADを調整出来れば……。」

「……そ、それは深刻だな、確かに。 うん。」

確かにセルフ調整で出来ることが一番好ましく思えるが、選手兼エンジニアとなると流石に負担が重すぎる。

現に、自分で調整することも可能な真由美や克人もセルフ調整を行うことは流石に無い。

「ねぇリンちゃん、やっぱりやってくれない?」

「無理です。 私では中条さんたちの足を引っ張るだけですので。」

再三要請しても首を縦に振ってくれない鈴音の様子に、真由美は本格的に机に突っ伏してしまった。

そして、そんな様子を見て達也の第六感は察した。

『このままここに居たら何か良くないことが起こる』……と。

アイコンタクトで深雪に合図して、感づかれないように離席しようとした。

「あ、だったら司波君がいいんじゃないでしょうか。」

しかし、あずさの鶴の一声により達也はこの場にいないといけない状況となってしまった。

達也の第六感は当たってほしくもない時に当たってしまったのである。

「深雪さんのCADを調整しているのは司波君ですし、一度見せてもらいましたが一流メーカーレベルの仕上がりでしたよ。」

「……そうよ! 完全に盲点だったわ!」

「そうだ、委員会の備品も見ているんだったな。 完全に忘れていたよ。」

真由美に摩利も先ほどの空気はどこへやら、一気に表情が明るくなっていた。

なお、深雪も同じように表情を明るくしているのは言うに及ばずであろう。

この状況はどうにもならない……しかし、達也はそれでもなおささやかに抵抗を試みる。

「……一年生がエンジニアに加わるという事例は過去に無いのでは?」

「どんなことも最初は初めてよ。」

「前例というのは覆すためにあるものさ、君の風紀委員入りもまさにそれじゃないか。」

その抵抗も柳に風、説き伏せるのはかなり厳しそうだ。

しかし、この程度であっさりと諦めるわけもなく、更なる屁理屈を並べて抵抗する。

「進歩的に考えるお二人はそうかもしれません。 ですが、俺は一年生でそれに加えて二科生。 反発を買いかねない人選はユーザーとの信頼関係を考えると如何なものかと思いますが。」

達也の言い分は間違いではない。

CADの調整というのは、魔法師の内部も見た上で行うものだ。

そもそも魔法そのものが精神的要素で失敗もあり得るものなので、信頼関係が脆弱であることはこの上なく危険だ。

しかし、この場ではその言い分が完全に逆の意味で働いてしまっていた。

「お兄様……私は、九校戦でもお兄様に調整して頂きたいのですが、ダメでしょうか?」

止めを刺したのは、深雪のこの懇願であった。

そう、この兄妹はまさに信頼関係など言うに及ばず、可能ならば普段と同じように調整することが望ましい。

その点を考慮すれば、深雪が達也にこのようにお願いをするのも何もおかしなことはなかった。

「そうよね! やっぱり信頼出来る相手に調整して欲しいわよね、深雪さん!」

ここぞとばかりに深雪の意見を支持する真由美。

こうなってしまってはもう完全に八方塞がりだ。

そのまま達也はエンジニアに推薦され、放課後の九校戦の会議に出席することになった。

なお、その会議にて達也の選出についてやはり反論が発生した。(好意的な意見もそこそこにあったが)

そこで、克人の計らいにて達也のエンジニアとしての実力を見せることとなった。

ちなみに、調整役として買って出たのは達也の実力を知る桐原だった。

課題は普段使っているCADの設定を競技用のものにコピーして即時使用可能にするというもの。

達也としてはスペックが異なるCADの設定をコピーすることに若干の危惧を抱いたので、完全に安全重視で作業を行った。

そこから先は、まさに達也以外の人間にとっては未知の光景だった。

画面いっぱいに流れる数字、開いては閉じるウィンドウ……一般的なものとはまるで調整風景だ。

更には驚異的なキーボードオンリーの調整方法と来たものだ。

凡夫は古い手法だ何だと言っているが、そうでない者は達也の行っていることがハイレベルであることは理解できていた。

調整が終わったCADを桐原はすぐに使用したが、違和感は全くなし。 満足の行く結果だった。

が、頑なに達也の実力を認めない……否理解できていない面々は難壁をつけてくる。

対して、達也のチーム入りを強く推薦したのはあずさと、意外なことに服部だった。

二科生だから、前例が無いからと実力があるはずの者をチームから外すなど以ての外と真っ向から反論していた。

以前では考えづらいその発言に、真由美と達也は思わず微笑を浮かべていた。

止めに克人もチーム入りを強く支持したことにより、達也は晴れてエンジニアに選ばれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の晩、紫輝はスケートの練習から帰って早々通話を行っていた。

その相手は赤の他人が聞いたら確実に恐れおののく人物であること。

しかし、意外なことに会話内容そのものは至って普通であった。

「そう、達也さんはエンジニアとして参戦するのね。 深雪さんは順当に出るようだし、すっかり貴方は仲間外れになってしまったわね。」

「楽しそうに言わないで下さいよ真夜様……それに、俺にとっては8月下旬からが本番なのに九校戦でエネルギー使うわけにも行かないですし。」

「それもそうね。 それに、貴方が九校戦に出たらそれこそ反則でしょう。」

外見は三十代と言ったところだろうか、美しさと可愛らしさが上手く同居している雰囲気の貴婦人である。

彼女こそが十師族筆頭四葉家の現当主、四葉真夜。

世界最強の魔法師の一人とも言われているほどの人物で、『極東の魔王』、『夜の女王』などの二つ名を冠している。

それほどの大物と紫輝は雑談をしているのである。

「そういえば、春の一件では裏で悪魔退治をしていたようね。 それはあの御方からの依頼でいいのかしら。」

「いえ、完全に俺の独断です。 予想以上に事態が水面下で深刻になって報告する間もなかったので。」

「気にする必要は無いわ。 悪魔に関しては貴方に任せる……いわば餅は餅屋。 それが私たちの総意なのだから。」

いくらアンタッチャブルと称される四葉と言えど、魔法師として戦力が凄まじいのであって所詮は人間。

中級までならともかく、上級悪魔になったらとてもじゃないが対抗できない。

だからこそ、唯一悪魔に対抗しうる紫輝の存在はとにかく貴重なのだ。

「それにしても、日本でも人為的な悪魔出現が確認されたとなると、いよいよもって貴方の存在も国内で明るみになるのかしらね。」

「むしろ、USNAとか欧州で大暴れしたのに四葉以外が全く把握できていないのが驚きですよ。」

「それだけ貴方の存在は隠したいのよ、あの御方は。 四葉としても上級悪魔と相対し、更に契約まで交わすほどの力を持つ貴方は可能な限り隠匿したいもの。 そのせいで随分と窮屈にしてしまってるけれど……。」

「お気になさらず。 俺の事情で四葉に危険をもたらすわけにはいきませんからね。 ……USNAではちょっとそれでやらかしましたし。」

関係ない人間を己の事情に巻き込んだ過去、それを自嘲気味に仄めかす。

まぁ、その事件は何も犠牲を払わずに落とし前をつけたからその点は良いのだが。

7ヵ月前のことを思い返しながら、ふと紫輝は思った。

(……そういえば、アイツはちゃんとやってるのかねえ。)

最初はいざこざから始まり、当時の自分としては珍しく放っておけずに共闘して巻き込んでしまったとある人物。

あれから全く連絡は取っていないが(というか忘れていた)、果たしてちゃんとやれているのかどうか。

紫輝にしては珍しい他人の心配であった。

「どうしたの? もしかして、その巻き込んだっていうのは女の子だったりするのかしら。」

「何でまたそういう話に……確かにその通りですが。」

「夕歌さんや勝成さんが心配しているからよ。 貴方は女っ気がどうしても無いって。 ちなみに私や葉山さんも同じく心配ね。」

「勝成さんはともかく、夕歌姉さんには言われたくないっての……。 こればっかりは仕方ないでしょうに。」

同じく四葉の分家で次期当主候補の新発田勝成、夕歌同様に紫輝がそれなりに連絡を取り合っている中の年上の男性だ。

四葉の分家同士は本来そこまで馴れ合う、ということは無いのだが獅燿家……というより紫輝だけは割と特別だ。

その理由として、紫輝は幼い時に自ら次期当主候補の座を辞退していることがある。

また、早くにして悪魔等イレギュラー駆逐担当というポジションというオンリーワンの立場に立っているのも大きい。

「一高ならば家柄的にも貴方に相応しい人もいるでしょうけど、急かすつもりはないわ。 でも男色にだけは走らないでくださいね?」

「スケーターには割と見られるとはいえ、俺は至ってノーマルだからご安心ください。」

紫輝の場合、別に女性に興味が無いというわけではない。

ただ単に関係が進まないだけなのだ。

異性からすれば「面白い人だねー」で終わるし、紫輝側も異性としてそこまで意識をしたことがない。

果たして、これからそう意識できる女性に出会えるのか、また現れるのか。

「あ、今日達也から実験に付き合って欲しいって言われてたのでそろそろ……。」

「達也さんの実験? もしかして、アレかしら。」

「多分そうだと思いますよ。 俺としても実用化まで至ると凄い有り難いから結構協力しててようやく形になりそうだと言ってました。」

「流石は達也さんね。 じゃあ、時間が空いた時はまたあのゲームで勝負しましょうね。」

「望むところです。 前回はしてやられたからリベンジさせてもらいますよ。」

最後の最後に四葉当主とその分家当主らしからぬ約束をして通話は終わった。

……どこの世界に某赤い帽子な彼のレースゲームで遊ぶ十師族当主とその分家当主がいるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

丁度同じころ、夕食を終えた達也に連絡が入っていた。

非通知となっているが、達也の素性からすれば珍しくもないことだ。

何の躊躇いもなく端末を操作すると、画面に映ったのは旧知の顔であった。

「リアルタイムでは2か月ぶりかな? 久しぶりだな、特尉。」

「お久しぶりです、風間少佐。 呼び方から考えるに秘匿回線ですね?」

通信の相手は達也のとある立場からすれば上司に当たる人物だ。

陸軍一○一旅団・独立魔装大隊隊長、風間玄信少佐。

山岳戦・森林戦における世界的エキスパートであり、国内屈指の名指揮官とも言われているほどの人物だ。

また、達也と同じく九重八雲の弟子でもある。

「まずは業務連絡の方からだ。 本日サードアイのオーバーホールを行い、部品をいくつか新調した。 よって、これに合わせてソフトウェアのアップデートと性能テストを行って欲しい。」

「分かりました、明朝に出頭します。」

「いや、学校を休むほどの差し迫った要件というわけではないぞ?」

明日も普通に学校だが、それを休んでまで素早く事を済ませようとする達也。

しかし、学生の基本は勉学であり、それを妨げる意図は無いと伝える風間。

「いえ、次の休みは研究所の方で新型のテストがありますから。」

「本官が言えたことではないが、高校に入ってからますます生活が学生らしくなくなっているな。」

「こればかりは仕方のないことですよ。」

高校に入る前からもそうだったが、入学後はますます生活の密度が上がってきたのは事実だ。

学生生活とアスリート活動、更に裏の悪魔狩りを偏らせることなく過ごしている紫輝に称賛を送ってしまった。

ただ、紫輝の場合は悪魔狩りが片手間で済むレベルの話であることが殆どだからバランスよくできているだけだ。

実際、ここ最近の紫輝は4月の事件の影響による残飯狩り以外は殆ど悪魔を狩っていない。

そのフラストレーションをすべてスケートにぶつけていた。

「ところで、聞くところによると今夏の九校戦にエンジニアとして参戦するそうだな。」

「ええ……。」

思わず返事に間を持たせかけたのは、ほんの数時間前の情報をどうやって入手したのかに疑問を持ったからだ。

聞いても答えてくれるか定かではないので聞かないのだが。

「その九校戦だが、気をつけろよ達也。」

「……何か只事じゃない様子ですね。」

呼び方が変わったことで、それは上官ではなく旧知の者としての忠告になる。

一介の高校生に軍の情報を伝えるという程の事態になっているということだ。

「九校戦の会場、富士演習場エリアに不穏な動きがあった。 具体的には侵入者の痕跡が見つかってな。 更に、国際犯罪シンジケートの構成員らしき人間の姿の目撃情報もある。」

「軍の演習場に……。 時期を考えれば九校戦狙いですね。」

日本トップクラスの魔法師の卵が集う大会でテロを起こされたら……言うに及ばないだろう。

「ちなみに、侵入者は香港系犯罪シンジケートの『無頭竜』の下部構成員ではないかという話だ。」

「……どうやって正体に当たりをつけたのですか?」

「壬生に調べさせた。 既に面識はあるとは思うが。」

風間の言う壬生が5月に会った壬生紗耶香の父だということはすぐに分かった。

話によると、退役後に内閣府情報管理局に転籍して現在は外国犯罪組織の情報担当を担っているとのこと。

それならば、確かに当たりをつけるのは容易であろう。

「後、この件は仮面の彼にも伝えておいた方がいいかもしれないな。」

「仮面の……まさか、相手は悪魔関係の繋がりも持っているのですか?」

「可能性としては十分にあり得る。 人造にしても恣意的発生にしてもどこの国が技術を持っているかは分かったものではないとのことだからな。」

仮面の彼……要するに『仮面の悪魔狩り』=紫輝がそう言ったのならば確かに警戒は必要だ。

現に、4月のブランシュの事件でも恣意的発生と弱小人造とはいえ、悪魔が関わってきたのだから。

「分かりました、伝えておきます。」

「頼んだぞ、達也。 明日は無理だが、富士では会えるかもしれん。 では、九重師匠によろしく言っておいてくれ。」

通信が切れた後、よろしく言っておくという意味を過不足なく理解した達也は僅かに溜息を吐いた。

どこまで話したらいいものか……なかなか難しい問題だった。

「というわけで、盗み聞きしてた可愛い妹君と一緒に失礼しますよーっと。」

「……深雪はいいとして、紫輝も来ていたのか。」

「申し訳ありません、お兄様。 紫輝が面白そうだからと聞き耳を立てて……私もつい一緒に……。」

この二人にならば知られても困る話ではないから構わない。

いつまでも深雪を立たせたままにするわけにはいかないので、紫輝も一緒に座らせることにした。

その流れで食後のティータイムと洒落込むことになった。

「紫輝。 聞いてるから分かっていると思うが……。」

「分かってるさ。 一応あの人にも確認は取っておく。」

アジア系の事情にはそこまで明るくないので、『無頭竜』という組織は知ってはいても悪魔が絡んでいるという確証はもっていない。

ただ、1年ほど前のあの事件の影響はまだ残っている……故に風間の言う可能性はかなり高いと言える。

「紫輝も大変ね……。 スケートの方は8月末が試合スタートとはいえ、九校戦の観戦にも来てくれるのにそこも気にしなければならないなんて……。」

「気にするな、最近退屈しててスケートの方にも悪影響出てたからな……。 暴れられるなら俺としては丁度いいさ。」

そう、あまりにも平和すぎて紫輝はフラストレーションが溜まっている。

テロによる境界弄るの爪痕も既に癒えてしまえば、基本日本は悪魔の出没は無いのだから仕方ないのだが……。

しかもその影響がスケートの練習にも出ているのだから、割と笑えない状況だ。

「悪魔が狩れないストレス……か。 相変わらず難儀だな、お前も。」

「仕事だが、趣味にもなっちまってるから仕方ないさ。」

「もう少しまともな趣味を作りなさい、紫輝……。」

この時、紫輝と契約している面々も一様に頷いていた……主にケルベロスとかネヴァンが。

その後は暫く雑談と洒落込んでから達也は紫輝を連れて地下室へと向かった。

紫輝が達也に頼まれたのは、とある新しい魔法のデバイステスト作業だ。

それもそのはず、紫輝は基本工学方面は門外漢も門外漢。

そうでなければ、CADの調整等はほぼ自分で行っていたことだろう……達也の手を借りないということは無いだろうが。

また、達也が今取り組んでいるこのデバイスは、紫輝にとっても非常に有用な代物であるのもテストを引き受けた理由だ。

「……よし、これで試してみてくれ。」

完成した術式を組み込んだデバイスを紫輝に渡す。

現代魔法の歴史を塗り替えるであろうその試作品を見て、紫輝の表情はいつも以上に愉悦の割合が多い。

達也の技量と頭脳を信用しているから、失敗や動作不良などは全く考えていない。

「魔法の断続感は無いか?」

「ああ、問題ねぇ。 負担の方も、俺の場合は大丈夫そうだ。」

一通り使用感を確かめ、紫輝による動作確認は終わった。

CADを使用した際のフィーリングからの注文が人一倍多い紫輝からのOKサインを受け、達也もひとまずは安心した。

ただし、自身を除いて動作確認を行ったのが紫輝一人というわけにはいかない。

「俺が使って安全確認できたんだし、頼んでも問題ないんじゃねぇか? …丁度来てるしな。」

その時、扉をノックする音が聞こえてきた。

この場に紫輝と達也がいるのだから、後はもう一人しかいない。

「お兄様、深雪です。」

「ああ、こっちは大丈夫だから入っておいで。」

入室を促すと、静かに扉が開かれて……普段と明らかに違う服装の深雪の姿が目に入った。

まるで妖精を思わせる衣装は、深雪の可憐さと美しさを見事に強調していた。

「なるほど、ミラージ・バットのコスチュームか。 とてもよく似合ってるよ。」

「へぇ、スケートの衣装に似てるから合ってるな。 悪魔も見入っちまうんじゃねぇか?」

「紫輝はともかく、ありがとうございますお兄様……?」

素直な賛辞と捻くれた賛辞、予想通りな感想を得て満足そうにする深雪だが、すぐに違和感に気づく。

何故座っているはずの達也と自分が全く同じ高さの目線になっているのか。

身長差があるとは言っても、流石に座っている達也より身長が低いということは有り得ない。

そう思って視線を下に向けて……ようやく解答に至った。

「お兄様……まさか、それは飛行術式……常駐型重力制御魔法!」

「ああ。 さっきまで紫輝にテストをしてもらっていてな。 安全性は確保できたから次は深雪にテストしてもらいたいんだ。」

「可愛い妹分より先にテストをした優しい兄貴分に感謝してくれよ? まぁ、達也がヘマするなんて有り得ないから本当にいらぬ保険だったんだがな。」

「恩着せがましい紫輝はさておき……おめでとうございます、お兄様! 歴史的快挙ですね!」

毒を混ぜて紫輝をスルーして、自分のことが如く歓喜の表情を見せる深雪。

だが、この賛辞は身内贔屓を外したとしても当然と言える。

加重系魔法の技術的三大難問の1つ、『汎用的飛行魔法の実現』を若干16歳にして成しえたのだから。

その後、紫輝が行った時と同じように深雪も飛行魔法のテストを始める。

徐々にスピードを上げ、自由自在に空を舞うその姿はまさに妖精そのものだ。

「おー、その衣装でやると映えるな。 これいっそアイスショーでやってみるか?」

「……流石に通らないんじゃないか? そもそもそんなに魔法が使えるスケーターなんていないだろうに。」

「ははは、それなら俺率いる第一高校スケート部の面々のグループナンバーでやるさ。」

「案外簡単に実現しそうだな……お前ならば。」

ただ、もし実現すれば魔法師が兵器として思われている現状を少しでも緩和できるかもしれない。

……そう考えると、割と面白そうだ。 達也はそう思って僅かに笑みを零す。

「んでもって深雪。 以心伝心とばかりに空中スケートするのはいいが、そこで飛ぶのはダブルアクセルだろ? ほら、飛べ飛べ。」

「……そういう無茶ぶりは止めて、紫輝。」

その後、紫輝が面白そうとばかりに空中トリプルアクセルを披露した。

……それを見た時の深雪の顔は、それはもう悔しそうだったのは言うに及ばずだ。




九校戦編1話目なので割と控えめな物語展開となっています。
以前から書いていますが、この九校戦編はそこまで紫輝が活躍するわけではありません。
何せ、原作から大きく流れを変えない場合は悪魔関係のドンパチを強引に増やすわけには行きませんからね……。
あくまで自然の流れで入れる場合、紫輝の活躍ポイントは2カ所のみです。


そして遂に真夜様もご登場。 彼女も割と設定改変が目立つキャラです。
原作では可愛らしい狂気が目立ちますが、こちらではその狂気はやや薄まってはいます。
紫輝との関係も時には親子っぽくなり、はたまた年が離れた友人、または姉弟のような感じにもなります。
ただ、本文でもあるようにあのレースゲームをやる当主二人ってどうなんだこれ。
……まあ、そこは真夜様も適度にストレスは溜めてしまう御方。 紫輝と遊んでストレス発散したいってことにしてください。


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9. 一高代表選手、九校戦へ

タイトルは艦これ的なノリです。
さて、何とか月1更新は守ることは出来ました。
11話の執筆はどうしても話の区切れ的に独自の場面を多数執筆してしまったので遅れました。
後は、ここに来て九校戦編を書くモチベが若干減少してしまったのも大きいです
まあ、理由はスケートシーズンが本格的に始まったためスケートシーンを書きたいという欲望が大きくなったからなんですが
何とか適度に飛ばしつつ九校戦編は早めに終わらせたいところです。
ここさえ終われば色々とはっちゃけることが出来るので……夏休み編で。


7月18日に九校戦の代表チーム発足式を終え、達也と深雪はますます忙しくなる。

特に達也はCADの調整だけでなく、トレーニングメニュー等も担当するのでその忙しさはかなりのものだ。

……そして、この九校戦前特有の忙しさとはまるで関係なくヒートアップしつつあるクラブもまたある。

言うまでもなく、紫輝を筆頭とするスケート部だ。

7月に入った時点で新シーズンは始まっているので当然と言えば当然だろう。

(……本番にならないと何とも言えないが、ひとまずは様になっては来たな。 ……だが、やはりしっくり来ないな)

やはりまともに悪魔を狩ることが出来ていないことが予想以上に来ている。

悪魔を狩るという非日常は、紫輝にとって必要不可欠なスパイスなのだ。

「……それで、だ。 そんなに見つめられると非常にやりにくいんだがなあ……俺に穴でも空けるつもりか?」

「お気になさらず、やりにくいならいっそのこと一発派手に転べばいいんじゃないかしら?」

紫輝の毒にきっちりと毒を返すのは、深雪やエリカとはまた違った、小悪魔な雰囲気の美少女。

名は桜野タズサ、1年B組所属の一科生だ。

実技成績は上位に位置するのだが、座学嫌いなことが災いして総合成績は50位台というところに落ち着いている。

ちなみに、九校戦の選手としては選ばれていない。

スケーターとしての実力も申し分なく、ジュニア時代から国際大会で活躍を見せている。

「毎度毎度何で俺に突っかかるんだか……『100億ドルの美貌』が霞むぜ?」

「いつもながらのその物言いが腹立つからよ、こんの軽口男! すけこまし! ヘラヘラ仮面!」

……なお、紫輝に対しては初対面時からこのように突っかかっている。

普段は何かかしらかやらかす紫輝だが、彼女に対しては別に何もしていない。

原因は至って単純で、スケート部内で紫輝を神輿を担ぐような扱いになっていることが気に入らないだけだ。

別に自分が実績程評価されないのは仕方ない。

世間一般では『氷上の悪夢』と言われているのは理解しているし納得しているのだから。

単純に、普段から口が軽く人を食ったような態度な紫輝が見事に受け入れられているのか腹立たしいのだ。

「ヘラヘラ仮面って雑なネーミングだな、もう少しまともなあだ名つけてくれよ石膏仮面ちゃん。」

「だ・れ・が石膏仮面だー! どこぞのイヤミ三代と同じことを、似たような表情で言うな!」

なおもまだ続く言い争い……というより、片方が一方的に言うだけ言って紫輝が茶々を入れる状態なのだが。

周りも止めるに止めづらく、一方的なヒートアップは続く……と思いきや。

「タズサ、お前はまた紫輝に絡んで……彼はジュニアグランプリシリーズは初戦からとハードスケジュールだから練習に集中させてやってくれ。 紫輝もあまり煽らないでくれ……」

手慣れたようにタズサを咎める男性が一人。

彼は高島優司、幼い頃からタズサのコーチを務めていて、タズサの最大の理解者だ。

ちなみに、紫輝のコーチでもある。 ただ、付き合いの長さからかタズサの方に帯同することが多いのだが……。

「コーチ、こいつはいつもいつも憎たらしいくらいキッチリ仕上げてくるからこの程度何ともないわ。 そうでしょ? プレッシャー知らずで心臓どころか全身鋼鉄の紫輝君。」

「ハッハッハ、すげぇな。 俺の正体はサイボーグだったってか。 後コーチ、煽ってるんじゃなくて構ってやってるだけですよ。 無視したらそれはそれで面倒ですからね、タズサは。」

「あーもう、その上から目線も腹立つ! 構ってやってるって何よ一体!」

「毎回先に来るのはお前だろうに……。 まぁいいや、続けるぜ俺は。」

売り言葉に買い言葉というか、紫輝が完全に柳に風を地で行っているからなのか……やはり収束する気配がなかった。

流石に埒が明かないと判断したのか、それとも面倒になったのか、紫輝は適当にタズサをあしらって練習を再開した。

丁度ステップを終えて後半に入るところなので、再開は容易い。

後半冒頭のジャンプ、ダブルアクセル、シングルループ、トリプルサルコウの変則三連続(通称ハーフループコンボ)を決める。

4回転トウループ同様、今季から取り組んでいるコンビネーションジャンプだ。

通常の2回転トウループ、ないし2回転ループを合わせて2回飛ぶコンビネーションより、基礎点が高いしザヤックルールに引っかかるリスクも少ない。

まさに、習得さえすればお得な技術の1つ。

「なかなか好調だな、紫輝は。 技術面もそうだが、表現面も気を使うようになってすっかり別人になっている。」

「……それでも、まだまだ粗削りでしょ。 まぁ、前の棒人間よろしくな演技よりはマシだけど。」

その後もカウンターからのトリプルアクセルを決め、中断前の勢いを完全に取り戻す紫輝。

このフリープログラムは、初めて入れる4回転トウループを冒頭で、二つのトリプルアクセルを後半に入れるという、この時代ではそれなりにリスクを伴う構成だ。

そんな代物を確実に、しかし淡々とではなく余裕さえ感じられるようにこなしてきている。

高島コーチはそんな紫輝の変化を静かに喜び、タズサも渋々ながらも成長を認めてはいた。

しかし、タズサの表情はどこか浮かない。

(それに比べて、私はまだ……)

紫輝が明らかな成長曲線を描いている中、自分は完全に横ばい……いわば停滞。

少なくとも、タズサは己の現状をそう分析していた。

今年からジュニアとしての本格参戦(国際大会的な意味で)の紫輝とは違い、タズサはシニア参戦だから時間的余裕はある。

ジュニアのグランプリシリーズは8月からのスタート、それに対してシニアのグランプリシリーズは10月スタートと、2カ月も違うのだから。

だが、性別こそ違えど同年代というか同い年。 しかも目の敵というかライバル視している人物がこうも急成長していては、焦るのも無理はない。

「タズサ、焦っても仕方ないぞ。」

「紫輝は紫輝、私は私、でしょ? 分かってるわよそれくらい。 でも、アイツにはどうしても負けたくないのよ。 例え性別は違えども、ね。」

高島コーチの言わんとすることは重々理解しているが、譲れないものもある。

それだけを告げると、タズサも負けじと己のプログラムの滑り込みを開始する。

……と、今度はフリープログラムを一通り滑り終えた紫輝が高島コーチの元へと戻ってくる。

「さっきタズサとも話していたが、なかなか好調じゃないか。 これならいきなりファイナルもあるぞ。」

「いや、今のままじゃあまだジャンプ一点特化のイメージは拭えない。 アイツとまた当たっても、PCSで大きく差が出そうだ。」

「黒須柊君……か。 まあ、一朝一夕で彼とPCSの真っ向勝負が出来たら苦労はしないな。」

 黒須柊(くろすしゅう)……紫輝と同学年で、先シーズンの主な戦績は国内ならば全日本ジュニア優勝、インターミドル準優勝。

国際大会ならば紫輝より一足早くジュニアグランプリシリーズに参戦して、2大会共に3位台乗り。

ふとしたきっかけで紫輝の闘争心に火を点けた稀有な人物だ。

両親共に俳優というサラブレッド。 その血筋が要因なのかは定かではないが、表現力が特に優れているスケーター。

まさに、紫輝にとっては国内で最も手強いライバルと言える存在である。

「少しでもPCSは貰いたいし、時間も無限じゃあない。 ミドル直前の時みたいにビシビシ問題点は起こしてくれよ、コーチ。」

「分かった、ならタズサの時くらいに遠慮なく行かせてもらおう。 ……そういえば、九校戦は観に行くんだったな。」

「深雪は選手で達也もエンジニアですし、気になることもちょっと……ね。」

本来ならば練習に専念したいが、九校戦では例の香港系犯罪シンジケート『無頭竜』が暗躍する危険性が高いことは既に聞いている。

更に悪魔も絡んでくるという可能性を考慮すれば、流石に目を光らさざるを得ないのだ。

「まぁ、紫輝はタズサと違って文武両道向きであることは理解しているから心配はしていないが……。」

「それは嬉しいお言葉だな。 まあ、スケートリンクについては当てがあるからどうにかするし、練習も逐一動画を上げますので。」

「なるほど。 それなら俺からは言うことは無しだ。 そうなると、心配すべきはむしろ……。」

そう言いながら高島コーチと紫輝の視線は同じ方向へと向いた。

丁度ショートプログラムを通しで滑っているタズサの方向に。

「……普段以上に俺に突っかかってくるのは普段の対抗意識に加えて焦りもあるのかね。」

「あれでもお前のことは認めているんだぞ、タズサは。 特に本番に強い点については羨ましがってたくらいだ。 ……だからこそお前に突っかかってくるし、焦りもする。」

「……え、アイツ俺のこと何が何でも認めないってわけじゃなかったのか?」

裏ではタズサが自分を認めている……それを聞いて紫輝のポーカーフェイスが珍しく崩れた。

流石にそればかりは予想外だったか、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてしまう。

「普段は聡い紫輝が珍しいな、全く気付かないとは。」

「俺だっていつもいつも人の心読めるってわけじゃないって。 やれやれ、人それぞれだからそれこそ俺を羨んだってしゃあねぇだろうに……って、危なっかしいってのあんの意地っ張りめ。」

冒頭のトリプルフリップで勢いをつけすぎて空中姿勢が危うくなり、着氷もかなりリスキーになる。

ジャンプは確かに助走の勢いも大切だが、それはスピードコントロールが問題ないことが前提。

「これは、割と手強いかもしれないな……。」

「ま、アイツの負けん気はよく知ってるからどうにかするだろ。 そうじゃないと俺も張り合いがねぇしな。 いざって時は発破かけてやる。」

紫輝にとっての桜野タズサという存在は、悪友兼戦友。

いつも悪態をつかれているが、そのやり取りも嫌がるどころかむしろ歓迎しているくらいなのだから。

その親愛の証があの軽口というのが、素直じゃないというか捻くれているというか……それでこそ獅燿紫輝なのだが。

九校戦に関係なく盛り上がる者もいるが、手持ち無沙汰になる者もいる。

特に、文科系の美術部に所属している美月はまさにそんな状態だった。

部活も今日は無いので、九校戦の練習に精を出している生徒たちを遠巻きに眺めるくらいしかやることが無かった。

無論、そんなことをするくらいならもう少し有意義な時間の使い方はいくらでもあるのだが。

「……あれ、今何か……。」

違和感を感じたのは丁度その時だった。

霊子をシャットアウトするレンズ越しでも感じることが出来る程の波動。

あまりに唐突だったので、眩しさに構わず眼鏡を外して違和感の元を探る。

「……こっちは、実験棟の方?」

発生元の場所はすぐに割り出せた。

一瞬、4月のテロのようなことが起こったのかと思ったが、それでも好奇心が勝って赴くままに実験棟の方へ歩いていく。

言うまでもないが、4月の校内テロの際に悪魔が発生した際、美月もその兆候は察することは出来ていた。

ただ、状況が状況だったから状況は分からず、校内の乱戦が原因だと断定していたのだが。

実験棟に入ってからも眼鏡は外したまま細かい発生場所を探り続ける。

暫く歩いていると、霊子の波動に加え、今度は嗅覚が刺激される。

(この香り……魔法薬学の授業で嗅いだことがある気が……誰かが実験しているとか……?)

香りによって、魔法薬学実験室が違和感の大元の場所であることはすぐに分かった。

そして、実験室のドアがほんの僅かに開いていることから、誰かが中にいるのは明白だった。

ドアの隙間から覗き込むように室内を見回す。

(青、水色、藍色……あれは、精霊?)

実験室の中には青系統の色の光の玉らしきものが飛び回っていた。

確証こそないが、美月はこの光の玉が古式魔法でいう『精霊』と断定していた。

そして、その精霊たちの中心にいる術者らしき人物が目に入る。

「あれ、吉田君……?」

「え、ちょ……。」

「誰だっ!?」

中にいた二人は声をかけた美月に驚き、術者である幹比古に使役されている精霊が美月の方へ向かってしまう。

精霊の襲撃に、美月は自己防衛のためにしゃがみこんでしまう。

……が、それは杞憂に終わった。 背後から吹き荒れる想子の奔流によって。

「幹比古、達也と美月だから大丈夫だぞ。 ……全く、まさか声かけてくるとは思わなかったぜ。」

「確かに、わざわざ人除けの結界をするくらいだからな。 今回は明らかに美月が悪い。」

「ええ!? わ、私がですか!?」

「ま、まぁそれについては取り乱したこっちも非があるってことで……結界まで感知できるなんて、達也も割と規格外だよね。」

規格外という割には驚いていないのは紫輝という前例があるからだろう。

だが、紫輝と同類に思っていることに変わりは無く、達也はただただ苦笑するしかなかった。

「ところで、今のは精霊魔法……自然霊の喚起魔法か?」

「そうだよ。 ちょっと水精を使って練習をしていたんだ。」

「で、紫輝はいいのか? 練習に行かなくて。」

「いやいや流石に行くぜ? ちゃんとあっちにも連絡はしてあるし。」

サボっているわけではないようなので、達也もそれ以上の追及はしなかった。

幹比古の練習をなぜ見ているのか、ということも特に突っ込むことでもない。

形だけの見張りなのか、はたまたアレ関係なのかはこの際は別に些細なことなのだから。

「この青系統の光の玉が水精なんですね。 若干の色の違いはあってもやっぱり同じタイプってことなんですか?」

「うん、同じ水精でも性質は微妙に……って、色の違いが見えた!?」

美月の質問の中に思いがけない発言が混ざっていたのか、反射的に美月に迫っていた。

あまりのことに全員が固まってしまう(美月は当然赤面中)が、紫輝が割とすぐに立ち直る。

(美月の眼はガチの霊視系か……。 こりゃあ、悪魔のことがバレるのは時間の問題かもな。)

しかも、紫輝でも視認できない精霊の色の違いを認識しているということは割と高位の『眼』なのかもしれない。

……それほどの『眼』となると、もし悪魔サイドに認知されたら狙われかねない。

ただでさえあちらに恨みを買っている紫輝の周囲に居るだけでも危険なのだ。

そんな人材がいると知ったら、いくら境界が強固な日本でも危険が伴ってくるだろう。

ますますもって、これからの裏活動は慎重に行わなければならない。

「合意の上なら席を外すが……そうでなければ問題行動だぞ、幹比古。」

「えっ……あ、ごめん! まさか精霊の色を見分けられる人がいるなんて思わなかったからつい……」

達也のツッコミを受けて慌てて離れる幹比古。

初心な反応に達也だけでなく、思考に耽っていた紫輝も苦笑していた。

「そういや、前に言ってたよなそんなこと。 確か『水晶眼』つったっけか。」

「断言はできないけど、その可能性はある。 精霊の性質や力量を色調で視ることが出来るということは、その源である神霊を見ることが出来るということなんだ。 少なくとも、神霊に関与するならば必須不可欠な、いわば巫女だね。」

「ということは、その神霊を制御することが目的ならば美月は喉から手が出るほど欲しい人材……ということなんだな?」

幹比古の説明から、美月の持つ『眼』の有用性、需要は達也でもすぐに理解できた。

もしその需要から些細な情報流出でゴタゴタが発生したら面倒この上ないので、このような物騒な質問をしたわけなのだが。

「そうなるね。 ただ、今の僕には神を御する力なんてないし、しようとも思っていない。 だから、他の術者に知られないよう柴田さんの眼については決して口外しないよ。」

「俺もこのことは胸の内に留めておく。 大事にするのは本意ではないからな。」

「下手すると4月の時以上の事態になりかねないからなあ。 ……まあ、当事者が状況を理解していないのは、若干頂けないわけなんだが。」

幹比古、達也、そして紫輝の間で水晶眼のことは緘口令が敷かれたが、当の美月があまり状況を飲み込めていないようだった。

天然だと言われればそれは微笑ましいのだが、事態が事態なので紫輝が改めて簡潔に説明して事なきことは得た。

8月1日。 一高の代表チーム一行が九校戦の会場、富士へ出発する日。

その集合場所にて、一行は一人遅れている者を待っていた。

ただ、遅れているとは言っても寝坊や時間の間違いなどのミスから来るものではない。

十師族としての用事が急に入ってしまったことが原因なので、彼女には何の非は無い。

それでも待たせるのは本意ではないからか、先に行って構わないと連絡を入れたのだが、残りのメンバーの満場一致で彼女を待つ、ということになったのだ。

そしてたった今、そのメンバーの最後の一人が集合場所に到着した。

「ごめんなさーい!」

「これで全員揃いましたね。」

「遅いぞ、真由美。」

遅れていた最後の一人……真由美を迎えたのは集合チェックを行っている達也と、形だけの叱責をする摩利。

一つだけ空欄になっていた場所にチェックを入れて、改めて全員集合であることを確認する。

「本当にごめんね、達也君。 私一人のためにこんな暑い中待たせちゃって。」

「まだ午前中ですから問題ないですよ。 それに、家の事情とお聞きしていますので。」

そう答える達也は、確かに汗一つかいている様子はなかった。

実際は汗を発散する魔法を用いていたのだが……それを差し引いても、この程度の暑さで根を上げるほど柔ではない。

「ところで達也君。 これ、どうかな。」

サマードレスを纏った今の自分を見せるためにその場でクルリと一回転する。

スタンダードに可愛らしいその仕草は、真由美の容姿も手伝って並の男性ならば魅せることが出来るだろう。

……が、今の相手はそう一筋縄ではいかない。

「とても良くお似合いですよ。」

何せ、シスコンの権化でありとある事情により精神面が普通の人間とは異なる達也なのだから。

こちらもまたスタンダードに、かつ微笑を見せながら褒める。

そこに照れや恥じらいなどは当然のようになかった。

「ありがと。 でも、恥ずかしがりながら褒めてくれたらよりよかったんだけどなー……。」

真由美も負けじとばかりに上目遣いで達也に詰め寄る。

彼女の猫を被った姿しか知らない者が見たら夢か幻かと目を疑う光景だろう。

なかなかに大胆とも言える行動だが、この行動が裏目に出てしまう。

「……大変だったようですね。お察しします、会長。」

達也の表情はどこか真由美を労わるようなものになっていた。

予想外の反応に、流石の真由美も先ほどまでの余裕はなくなっていた。

「えっ? た、達也君?」

「どのような用事だったのかは存じませんが、バスの中へ行きましょう。 少しは休めると思います。」

「ちょ、ちょっと待って! 何か勘違いしていない!?」

そう、真由美のこの行動をストレスが溜まっていることから来るものだと思ってしまったのだ。

普通に考えればあまりに斜め上の発想だ。

紫輝がその場に居れば間違いなく腹を抱えて笑うことは想像に難しくない。

困惑する真由美を他所に、達也はそそくさと作業車に戻っていった。

 

 

 

 

 

富士へ向かう高速道路は混んでいることはなく、一高代表の面々を乗せたバスと作業車は快適に走行していた。

1時間半遅れての出発であったが、元々時間に余裕は見ているので問題は無いだろう。

「全く、達也君は私のことを何だと思ってるのかしら。 折角隣に誘おうかと思ったのにさっさと作業車に逃げちゃうし。」

真由美は出発前のやり取りが原因で完全に不貞腐れていた。

まあ、躁鬱状態とでも判断したかのような同情を向けられては無理もないだろう。

「的確な判断です。 会長の美貌の魔力の餌食になるのを避けたのでしょう。 ……と言っても、司波君は魔法を無効化する技術に長けているようですし、通用しないでしょうが。」

そんな状態の真由美を相手にするのは、作戦スタッフとして参加する鈴音だ。

この状態の真由美の相手も慣れたものなのか、淡々と本気のような冗談を告げていた。

「リンちゃんまで……。 こんな時紫輝君がいたら一緒に乗ってくれたのに……。」

「獅燿君ですか……彼がいた場合、確かに司波君を困らせることは出来るかもしれません。 が、その場合多分会長も巻き添えになると思いますよ。 彼は司波君とは別の意味で曲者ですので。」

「もう、リンちゃんまで……。」

司波兄妹の迎えに来ることもある都合上か、生徒会面々+摩利は割と紫輝と接する機会は少なくない。

その中でよく深雪を手玉に取っている光景を見かけるし、魔法暴走モードに入ってもハリセン一発で空気を変えるという芸当を何度も見ている。

暴走深雪対策要員というピンポイントすぎる役職のためだけに紫輝を生徒会に招きたいという意見もあったくらいだ。 なお、発案者は意外なことにあずさだったりする。

早い話、人付き合いの上での空気の読み方、または間合いの取り方が上手いのだ。

そんな紫輝の汎用的スキルを客観的に目の当たりにしてきているから、先ほどの鈴音の推論はほぼドンピシャと言ってもいい。

分かってはいるものの、それでも真由美は更に不貞腐れるしかなかった。

「会長……。」

背を向けて丸まっている真由美に心配そうな声がかかった。

ブランケットを手にしている生徒会の逆紅一点、服部だ。

「え、はんぞー君?」

「司波がお疲れのようだと言っていたのですが、どうやら杞憂ではなかったみたいですね。」

「ちょっと待って、私は別に疲れてるわけじゃないのよ?」

達也だけでなく、服部にまで勘違いされるとは思ってもみなかったのだろう。

誤解を解こうと否定するも、大真面目に心配している側からすればそれは逆効果と言えた。

「我々に心配を掛けたくないとばかりに無理をなさって体調をますます悪化させては元も子もありません。 というわけで、その……。」

傍から見れば言ってることは正論なのだが、段々歯切れが悪くなっている。 というか少々顔が赤い。

原因は今の真由美の格好にある。 具体的に言うと、姿勢の問題でスカートから太ももがのぞいているという点。

服部はその真面目な性格から想像がつくかもしれないが、至って純情。 更に真由美を女性として意識している。

ただ、今この場でそのような兆候を見せるのは明らかな失敗だった。

「服部副会長。 何処を見ているんですか?」

何せ、第三者である鈴音がいるのだから。

「い、市原先輩!? わ、私はただ会長にブランケットでもと思いまして……。」

「なるほど、会長にブランケットを掛けてさしあげるんですね? でしたら、どうぞ。」

明らかに挙動不審になる服部に対し、真顔で冗談を告げる鈴音。

更に真由美もスイッチが入ったのか、服部の更なる反応を引き出そうと恥ずかしがるような演技を見せる。

無論、服部にその仕草が演技であることを見抜く余裕などなく、二人の掌の上で踊らざるを得なかった。

「……一体何をやってるんだ、あいつらは。」

そんな3人のやり取りを、摩利はやや離れた席から見物していた。

と言っても、服部が弄られるという光景はよく見るので今更横槍を入れるつもりはない。

ただ、この場に服部を弄るであろう役割の人物が一人少ないことについてはある意味安堵しているが。

いつまでも見ても面白いものではないので、視線を隣に座る女子の方へ向けた。

「……花音。 たった2時間の移動なのに我慢できないのか?」

「摩利さん、あたしだって子供じゃないんですしそれくらいは待てますよ! 」

と言う割には明らかに何かに不満があるのか、あまり機嫌が良くなさそうだ。

彼女は千代田花音。 百家の本流千代田家の直系で、アイスピラーズ・ブレイクに出場する2年生だ。

何故機嫌が悪そうなのか、それは誰が聞くまでもなく続けてくれた。

「でも今年は啓も技術スタッフに選ばれたからずっと一緒だと思ってたところにこれなんですから、少しくらいガッカリしてもいいじゃないですか! 何で技術スタッフは作業車なんですか! このバスだって席はまだ空いてるのに!」

啓というのは、彼女の許婚の五十里啓のことだ。

2年生で同じく百家本流の直系。 それでいて見ている方が疲れるくらいに仲が良い許婚同士。

それこそ一緒にいる時間は司波兄妹よりも長いのではと思ってしまうくらい。

ここぞとばかりに不満を爆発させる花音に、さしもの風紀委員長もため息を吐くくらいしか出来なかった。

……そして、そんな花音とは別ベクトルだがほぼ同じことに不満を持つものがここにも一人。

「み、深雪? その、お茶でも飲まない?」

「ありがとう、ほのか。 でもごめんなさい、私はお兄様みたいにわざわざ炎天下に外で待っていた訳では無いからそれほど喉は渇いていないの。」

真由美のように誰かをからかったり、花音のように爆発しているわけではない。

ただ、何もしていないにも関わらず冷気を纏っているのか周囲の体感温度を下げている。

要するに、一歩間違えれば魔法の暴走を発生させかねない状態の深雪である。

「こら、お兄さんのことを思い出させてどうする。」

「今のは不可抗力だよ! うう、こんな時獅燿君がいてくれたら……。」

「それはそうだけど、いないものはしょうがないよ。」

健気にそんな深雪にも友人としての気遣いを見せたが、余計に事態を悪化させてしまったほのかと、それをこっそりとダメ出しする雫。

深雪が放つ圧力+冷気を前にして、ほのかは早速この場に居ない紫輝にSOSを送っていた。

確かに、紫輝がいればそれこそ色々な手段を用いて深雪の気を紛らわせたり、落ち着かせたりできるだろう。

獅燿紫輝が司波深雪暴走対策要員だということは、生徒会面々だけでなくこの二人……というよりエリカ、レオ、美月も含めたいつメンの共通認識だった。

「遅れている人は分かっているはずなんだから、外で待つ必要なんて無いはず……なんでお兄様がそんなお辛い思いを……。 しかも機材で狭くなった作業車で移動だなんて、それではゆっくりお休みになれないじゃない……。」

声量は小さいが、それでも何故か二人の耳には入ってしまう深雪の呟きには内容以上の暗鬱さが漂っていた。

ここまで行くと、和装させて雪女でも演じさせたいところである。

触らぬ神に祟りなしと言わんばかりにそっとしておくのも手だが、残り時間ずっと体感温度を下げるのは好ましくない。

そんな義務感と共に、彼女は行動を起こした。

「深雪。 そこが達也さんの立派なところとも言えるよ。 こんな炎天下の中だし、バスの中で待っても誰も何も言わなかったはずなのに選手の乗車を確認するという仕事を手を抜かずにこなしたんだよ。 面倒な雑用をここまでしっかりこなすなんてそうそう出来るものじゃない。 達也さんは本当に凄いし素敵だと思う。」

最近紫輝の影響もあってある程度深雪の対応が出来るようになった雫が口にするのは、歯が浮くような言葉の数々が。

紫輝のように重たい空気を換気するとばかりな大胆な行動は出来ないから、ここは深雪の機嫌を良くする常套手段の『達也の褒め殺し』を使う。

これらを平然と言える辺りは流石と言えるだろう。

「そう……そうよね。 本当にお兄様は変なところで真面目で、お人好しなんだから……。」

底冷えするような空気は明らかに霧散して、周囲の体感温度も元に戻っていく。

ミッション成功を確認した雫はVサイン、そしてほのかも安堵のため息をつく。

それからは暫くの間、バスの中は軒並み穏やかな空気になり(あくまで軒並みだが)、順調に目的地へ向かっていた。

……対向車線の大型車が事故を起こすまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『(……見るからに意図的だな。 随分と念入りな工作で反吐が出るぜ。)』

一足先に九校戦の宿舎となるホテルに到着している紫輝。

一人というわけではなく、エリカ、美月、レオ、幹比古も同行しているのだが。

本来なら一般の人間はこのホテルに入れないのだが、そこで出番となるのがコネだ。

とは言っても、紫輝のではなく、エリカの……千葉家のコネなのだが。

その気になれば紫輝の『仮面の悪魔狩り』のコネでも行けなくはないが、使わないで済むならそれに越したことは無い。

既にチェックインは済ませ、紫輝はネヴァンを経由して一高のバスに何か起こらないかを監視していた。

今現在、対向車線の大型車が第三者から見た上では怪しい挙動で事故を起こして、その残骸が一高のバスの行く手を阻んでいるところを確認したところだ。

『(あの挙動の不自然さはベオウルフでも分かるレベルね。 悪魔は絡んでいなさそうなのが救いだけれど。)』

『(……だが、突然こんな状況になったら腕白な連中がみんな残骸に魔法を放って地獄絵図になりそうだな。)』

その後、紫輝の言う通り魔法が多量に放たれ、同一対象に対する無秩序な事象改変が行われ、その全てが相克するという無法地帯が完成してしまった。

結果、恐ろしいまでのサイオンの嵐が発生して正常に魔法を発動させるのが極めて困難な状況と化している。

……が、紫輝は焦りを見せることは無い。

バスの後ろ……作業車にはこの空間を一瞬で正常化できる力の持ち主がいるのだから。

術式解散(グラム・ディスパージョン)。 まあ、あいつなら朝飯前だよな。)』

恐らく、誰が何をしたのかを確実に分かっているのは監視している紫輝以外では深雪のみだろう。

もしかしたら三巨頭は何があったかは気づくかもしれないが、それが彼によるものだと確実に行き着く者はいない。

実際に相対した上で放たれても、理解するのは難しい魔法なのだから。

その後は深雪が炎上した大型車を消火、克人がファランクスで防御して事なきことを得た。

『(警察も来たようだな。 これなら、相手もそうそう手出しはできねぇだろうし監視終了でいいな。 サンキューな、ネヴァン。)』

『(まぁ、これもまた私の仕事だから構わないわ。 ……ただ、4月の時のような熱いプレイも忘れないようにね。 さもないと、貴方で発散してしまうわよ?)』

『(ハハ、ミイラにはなりたくないから忘れないようにするぜ。)』

そんな約定を交わしてネヴァンによる監視を終える。

手持無沙汰になったので、フロントにいる皆の元へ合流する。

フロントならば達也、深雪と合流するのに手間がかからない。

先ほどの監視結果についても情報共有しておくのも早めに済ませたいからだ。

(そこから先は……今日滑りに行くのはギリギリ行けるか、ってところだな。)

今日の夜のとある行事の時間から逆算しても、何とか滑りに行けるかどうかというところだ。

可能な限り滑って鈍らせないようにしたいので、少しでも氷に乗れるならそれに越したことは無い。

と、思考に耽っている内にフロントに到着した。

「お、来た来た。 って言っても、あっちはまだっぽいね。」

「案外誰かが止むを得ない事情で遅刻して出発が遅くなってるのかもしれねぇな。 まあ、ここで待ってれば大丈夫だろ。」

実際そうなっていることを知っているからこその推測まがいの返答だが、誰もそこには突っ込まない。

唯一事情を察した幹比古は苦笑していたが。

「そういえば紫輝、観戦の合間にも練習するんだってな。 大丈夫なのか、場所とか。」

「幸いそう遠くない場所にリンクがあるんだなこれが。 話は通してあるからちょっとは融通効くし、問題ないぞ。」

「獅燿君も大変ですよね、九校戦の後すぐに国際試合だなんて……。」

美月の呟きに全員がうんうんと首を縦に振る。

ちなみに、九校戦の後に向かうのはUSNAのコロラドだ。

割と強行軍なスケジュールだが、紫輝にとっては割と日常茶飯事なので本人は特に苦は無いのだが。

「あ、言うの忘れてた。 例の件、紫輝君は表に出ることになるけど大丈夫だよね?」

「むしろ表の方が俺はいいな。 他の出場者の顔を見物出来るし……まあ、そう面白そうなのがいるとは思えねぇが。」

「紫輝が裏方作業というのも想像できないし、適切だと思うよ。」

例の件とは何なのか……それはすぐに分かることだ。

このように、一高の代表メンバーが到着するまで5人はフロントで雑談を交わしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

代表メンバーを乗せたバスが宿舎であるホテルに到着したのは昼過ぎであった。

大型車の故意的な事故(大半が故意的とは知らないが)により、更に30分ロスしてしまったので計2時間ほどの遅れだ。

とはいえ、元々東京から富士というさほど遠くない移動だったので時間的には何も問題はなかった。

生徒たちはバスを降りて次々に宿舎へ移動している中、一人の男子は溜息を吐いていた。

「随分と元気がねぇな、服部。 どうかしたのか?」

「桐原……ああ、ちょっとばかり自信を無くしてな。」

気落ちしていた男子……服部に話しかけたのは桐原。

同学年でも気が許せる存在が相手だからか、服部は気落ちする様を特に隠すつもりもなかった。

「おいおい、試合は明後日だぞ。 2年エースが自信喪失していてどうする。」

「お前は何も感じなかったのか、さっきの事故の時……。」

先ほどの事故の話が出て、桐原は何故服部が落ち込んでいるのかは理解した。

去年からの付き合いで、服部の人となりはそれなりに理解できている桐原だからこそ分かることだ。

「あれは危なかったな。 で、お前は魔法発動してなかっただろ。 あれはいい判断だったと思うぜ? それを何も出来なかったって責めるのは違うと思うがな。」

「だが、司波さんは冷静に対処していた。 単純な力比べなら俺は彼女に敵わない……。 だが、魔法師の優劣は魔法力だけでは決まらない。 なのに、魔法力だけでなく魔法師としての資質も年下の女の子に負けたとあってはな……自信も無くすさ。」

服部の言い分に、桐原は表情には出さずも内心で驚いていた。

まさか彼の口から『魔法師の優劣は魔法力だけで決まるものではない』という言葉が聞くことが出来るとは思ってもいなかったのだ。

知らないところで成長している友人に感心しながら、桐原は再度口を開く。

「そういうのは場数がものを言うからな。 その点、あの兄妹は特別だろう。 特に兄貴……あれは十中八九やってるな。」

「やってる……? 実戦経験がある、ということか?」

司波兄妹は場数を踏んでいる。 そんな桐原の推測に服部も思うところはあった。

4月に行った模擬戦で一蹴されたこと、またその時の達也の戦い方が実戦慣れしているソレであることに思い至ったのだ。

「4月のテロ事件覚えてるだろ? あの時、俺は司波兄妹と一緒に戦ったんだ。」

「それは本当か?」

「ああ。 妹は見てはいねえが、兄貴の方はなかなかやばかったな。 親父とか親父の海軍時代の知り合いと似た……いや、それ以上だな。 濃密な殺気をコートを羽織るかのように身に纏ってたぜ。」

軍人よりも雰囲気がそれっぽいと聞いた服部は思わず絶句してしまった。

普段の達也も確かにどこか高校生らしくないが、まさかそんな顔を隠しているとは思ってもいなかった。

「ということは、司波さんもなのか?」

「それはわからねぇな。 まあ、妹の方もただの女の子ってわけはねぇだろ。 ……まあ、司波兄と同じくらいか、下手すればそれ以上のヤツが同じ1年にまだいるんだが。」

「待て、そんなヤツが1年の中にまだいるのか!?」

「ああ。 多分お前も顔と名前は知ってると思うが……獅燿だ。 獅燿紫輝。」

桐原から告げられた名を聞いて、服部は再度絶句してしまう。

時折深雪を迎えに行っては回りすぎる口で弄り、時には達也やその他も巻き込む飄々とした1年生。

模擬戦の時から只者ではないというのは知ってはいたが、普段が普段だから達也以上にイメージが難しい。

「アイツも戦ったところは見たことはねぇし、そこまで話したことはないんだが、ふとした時に一瞬だけ顔を見せたんだよ。 その一瞬だけでも分かっちまった。」

「相当の実戦経験がある……ということか?」

「いや、そんなもんじゃねぇな。 むしろああいう修羅場がアイツにとっての日常なのかもしれねぇ。 それでいて普通の日常にも適応できている。 仮面の使い分けが相当キッチリ出来ているヤツだな。」

「仮面……か。」

普段の紫輝しか知らないから、そこまでイメージは出来ない。

しかし、仮面という言葉を聞いて妙にしっくり来たのは何故だろうか。

普段の飄々としている様子も仮面であり、根と言える部分……それが桐原が今断言したようなところなのだろうか。

「にしても、『魔法師の優劣は魔法力だけでは決まらない』……お前の口からそんな言葉が出たなんて知ったら、会長は大喜びだな。」

「っておい、何でそうなる……!」

空気を入れ替えるように茶々を入れる桐原。

真由美の名前を出されたからか、服部は気恥ずかしくなって早足になる。

「ブルームだウィードだ、そんなのは入学試験前の話じゃねぇか。 現に二科生の中でも出来るヤツは普通にいる。 ……今年の1年は特にそうだしな。」

それだけ言うと、桐原も後を追うようにしてホテルの方へ足を向けた。

時同じくして、達也と深雪もホテルの方へ並んで歩いている。

達也は先ほどの事故が故意的に発生させたことを理解しており、またその心当たりもある。

よって、その件についてありのままの事実を深雪に伝えていた。

「先ほどのことは、事故ではなく故意的なもの……だったんですか?」

「車の飛び方が不自然だったからね。 感知されないようにしていたが、小規模の魔法展開の痕跡が三回分あった。 タイヤをパンクさせて、次に車体をスピンさせる。 最後にガード壁をジャンプ台にするために跳び上がらせる。 この3つの魔法が、いずれも車内が発生源だった。」

根拠はまさに紫輝と全く同じ理由だった。

ただ、紫輝はいきなりスピンを始めた時点で『どこぞの唐突にスピンを起こすレースゲームじゃあるまいし』と苦笑しながら単純な事故ではないと分かったのだが。

「車内から……ということは。」

「そう、使用者は運転手。 要するに、自爆攻撃だ。」

「何て非道な……!」

達也が独自に調べた結果を積み上げた結果を告げられ、深雪は悲痛と怒りが入り混じったような顔をしていた。

自爆攻撃をけしかける輩に純粋な怒りを抱き、それに逆らいもせず忠実にこなした者には同情もする。

紫輝ならば後者を抱くこともないが、それこそが深雪の美点なのだと達也は特に何も口を挟むことは無い。

そんな何とも言えない空気の中、二人はホテルのフロントに入ると早速二人に声がかかった。

「やっほー、1週間ぶり。 元気にしてた?」

「ようやっと来たか。 往路で何かあったのか?」

片方は想定していたことだが、まさか彼女までもがいるとは思ってもいなかった。

紫輝とエリカの姿を視認して、深雪は思わず目を丸くしていた。

「エリカ? もしかして、紫輝に誘われたのかしら。」

真っ先に思いつく推測だが、それは外れのようだ。

エリカのドッキリが成功した時のような表情で分かる。

「むしろ誘ったのは私。 同じホテル泊りでも、近い方がいいじゃない。 あ、勿論言わずもがなだけど応援だからね。」

「俺としても取れる宿が遠目なところが多かったから大助かりさ。 リンクに行くのもここからの方が都合はいいしな。」

「まあ、紫輝は確かにそうね。 ……でもエリカ、競技そのものは明後日からよ?」

今日あるのは、九校戦参加者同士の顔合わせになる懇親会のみだ。

その二日後の8月3日から競技がスタートして、8月12日に最終競技のモノリス・コードで締める。

なお、深雪たちの晴れ舞台となる新人戦は8月6日から8月10日に行われる。

そのことを指摘してもなお、エリカの不敵な笑みは消えない。

「まあ、その時になれば分かるわよ。 ねー、紫輝君?」

「ははは、そうだな。 その時のお楽しみってことで。」

それどころか、紫輝まで便乗して如何にも何かを企んでいる表情をしている。

割とトラブルメーカーなエリカと、紫輝が共闘するのは何かが怖い。

「深雪、先に行ってるぞ。」

達也は他のエンジニアを待たせてしまっているので、先に行くことにした。

深雪と違ってリアクションが無いから若干不満なエリカだが、そこは達也だから仕方ないと割り切った。

「お、ようやくご到着か。 ……あれ、達也は?」

「3人揃って戻ったか。 達也はエンジニアの先輩方を待たせるとアレだから先に行った。 会うのは後にしておこうぜ。」

ここで揃って席を外していたレオ、幹比古、美月の3人が合流する。

達也が先に行ってしまっているが、一同は大いに納得していた。

エンジニアは裏方が故にその忙しさは想像に難しくないのだから。

「西城君と美月も来ているのね、ところでこちらの方は……?」

「あ、そっか。 深雪は初めてだったわね。 E組であたしの幼馴染の吉田幹比古、通称ミキよ。」

「お兄さんとは同じクラスで、お世話になっています。 よろしくお願いします、司波さん。」

「こちらこそ、兄共々よろしくお願いします、吉田君。」

最後の余計な紹介をスルーして、互いに会釈を交わす。

無論、彼が先日の期末試験の筆記で紫輝と並んで3位ということは既に記憶から引き出している。

また、古式魔法名門の吉田家の人間であることも認知していた。

そして、最初に目にした時に気にしていた美月の方へ声をかける。

「ところで、美月のその恰好は……もしかしなくてもエリカの入れ知恵?」

「はい、エリカちゃんが堅苦しいのは良くないって言ってたから……でもやっぱりおかしいですよね?」

「似合っていて可愛いとは思うけど、TPOには合っていないと思うの。」

美月が身に纏っているのはキャミソール、確かにやや派手と言えなくもない。

が、この服装を勧めた張本人は口のへの字にして抵抗する。

「えー、そうかな。 紫輝君はどう思う?」

「俺はエリカと同意見だな。 っていうか、これくらいであーだこーだ言ってたらスケートなんてやってらんねぇぜ?」

「おいおい紫輝、流石にスケートの衣装を比較対象にするのは反則じゃねぇか?」

「レオの言う通りだよ、まああんな格好で氷の上に立てることそのものが尊敬に値することとも言えるけど……。」

話が逸れそうになったが、エリカと紫輝陣営の方が旗色が悪そうだ。

着ている張本人もどこかおかしいことに気付いているから、初めから旗色も何もないのだが。

「ところで、ここは軍の施設なのにどうやって潜り込んだの?」

「潜り込んだって、俺を諸悪の根源みたいにジト目で見ながら言うようなことじゃねぇよな?」

「そうだよ深雪、今回は紫輝君は白。 あたし……というより、千葉家のコネを使ったのよ。」

半分は冗談だが、半分は本気という絶妙な加減で紫輝の関与を疑うが、違うと分かって安堵の表情を見せる。

普段が普段だから軍の施設に潜り込んでしかもバレない、またはバレてもどうにか出来てしまいそうだから怖いのだ。

その後、エリカの口からあまり出てこないであろう単語が聞こえて意外そうな表情をする。

「エリカって、そういうのはあまり好きではなさそうに見えるけれど大丈夫なの?」

「嫌いなのはあくまで『千葉家の娘』って色眼鏡で見られて変な反応されることよ。 コネはむしろ使わないと損でしょ。」

「まさにそれだな。 そういうのを躊躇してたら世渡りはままならないもんだ。」

「紫輝なんかもっと容赦なく使うからね……色々と。」

幹比古の呟きに全員が大いに賛同している。

ただ、幹比古が言っているのは裏で行動する際の保険や事前行動のことを主に指している。

普段から気配同調とかを使っては人を驚かせている愉快犯的な行動はそこには含まれていない。

「私もそろそろ行くわね。 また後で。」

「あ、そうか。 待たせちゃってるかもだもんね。 じゃーねー。」

大型車自爆行為でやや気が滅入っていたところだったが、彼らとの会話でだいぶ気分は良くなってきたようだ。

初めから分かっていたが、達也はそれを狙っていたのだろう。

よく気が回る兄に感謝をしながら、深雪も自室へと向かっていた。

その後、紫輝も若干時間が空くことを確認してから、滞在期間初のホーム以外での練習へと向かった。

懇親会の会場となるホールには、全国にある9つの魔法科高校の選りすぐりが集っていた。

そんな中、達也と深雪は特に気負う様子もなく二人で端の方を位置取っていた。

ちなみに、現在の達也は予備のブレザーを着用している。

エンジニア用のブルゾンでは流石に悪目立ちするからなのだが、このブレザー、若干わき腹がキツイとか。

そして、わき腹を気にしながら達也はとある光景を目の当たりにした。

「……なるほど。 流石と言うべきなんだろうな、この場合は。」

二人の目線の先に居るのは、せっせと空になった皿を運んでは空のグラスを持つ者に飲み物を注いだりと手慣れた様子で給仕をこなす幼馴染の姿。

あまりにも溶け込みすぎていて、最初は目を疑いつつ頬を抓ってしまったくらいだ……深雪だけだが。

「深雪さん、ちょっと……ってどうしたの? 幽霊を見たような表情をしているけど。」

「あ、会長。 何でもありません、あまりに不可思議な光景を見て白昼夢でも見ているのか自分を疑っていただけです。」

慌てて視線を外しつつ真由美の呼び出しに応じる深雪。

一体何事かと深雪が視線を向けていた方に目をやるが、彼女にはその原因は視界に入れることは叶わない。

何せ紫輝は何の違和感もなく給仕として溶け込んでいるので、相当に付き合いが長い者でないと見つけるのは難しいのである。

「お客様、お飲み物でも如何でしょうか。」

「……まぁ、紫輝がああならそうなるな。」

「ありゃ、紫輝君を先に見かけたから予測されちゃったか。」

先に紫輝の姿を見たからこそ、この時のエリカの姿を見ても特に驚くことは無かった。

青を基調としたメイド仕様の給仕服を身に纏い、普段は行わない化粧もされている。

達也から見た第一印象は『化けたな……』という相変わらず淡白なものだったが。

呼び出しから戻ってきた深雪も、エリカの格好には自然に称賛の意を示していた。

「あら、可愛い格好をしているわねエリカ。 関係者ってこういうことだったのね。」

「そういうことよ。 まさか紫輝君があそこまで働き者だとは思わなかったけどねー……御蔭で私たちの仕事がこれくらいになっちゃってさ。」

「アイツは妙なところでスイッチが入るからな。」

今は給仕という仮面を完全に被って、ついでに有力選手の顔を覚えながら妙な横槍が入らないかを見張っているのだろう。

裏事情を把握している達也と深雪は紫輝の意図を完全に理解している。

(恐らく、あちこちの国を渡り歩いている時に身に着けたのだろうが、一体アイツはどんなシチュエーションで悪魔を狩っていたんだ……。)

いっそ深雪とお茶会をしている時にでも尋ねてみようか、そう考えるほどであった。

ただ、紫輝はスケートのこと以外で自分のことはあまり話したがらないので難しいだろうが……。

「そういえばエリカ、『私たち』ってことは貴女と紫輝以外にも誰かが給仕担当ということ?」

「うん、ミキがそうよ。 美月とレオは裏方の方をやってもらってるの。」

エリカが視線を向けた先には、確かにせっせと働く幹比古の姿があった。

……と、そこで視線に気づいたのか一旦空き皿を片付けてからこちらに向かってきた。

「エリカ……君が普通に喋ってる余裕があるなら僕も別に裏方で良かったんじゃないのか? というか何でいきなり変更に……」

「手違いなんだからしょうがないじゃない。それに、紫輝君にばかり負担かけさせるわけには行かないでしょ。 ほら、またお皿空いたわよー。」

「あーもう、分かったよ……。」

何を言っても覆らないと判断して、幹比古はそそくさと仕事に戻った。

エリカとしては意外な反応だったのか、肩透かしを食らったような表情をしていた。

「もう少し食ってかかると思ったのか?」

「うん。 ……多分前までの屈折していたミキだったらそうだったんだろうけど……。 今はちょっとは余裕があるんだよね。 何があったんだか。」

ただ、誰がきっかけを与えたのかは3人とも理解している。

彼と幹比古の付き合いは一高に入学する前と聞いていたし、彼ならばもし以前の幹比古を見たら自分以上にお節介を焼くだろう。

出会ってまだ4カ月ほどだが、そのような光景が浮かぶくらいは彼のことは分かるようになっている。

「……なんだかんだで優しいんだな。」

「ううん、そんなんじゃなくてただの八つ当たり。 本来なら私もミキと似たようなものだったんだけどねー……誰かさんの御蔭でそういうのが薄まったから別の八つ当たりになっちゃってるけど。」

「……事情は聞かない。 後、アイツに文句があるなら直接言った方がいいぞ。」

エリカの表情に影が差すが、達也は特に何も聞くつもりはない。

聞いたところで自分がどうにか出来る話とも思えないし、聞かぬが花という言葉もある。

「……達也君って、冷たいよね。」

「……酷い言い草だな。」

傍から聞けば確かにそうだが、言われた本人とその妹に気分を害した様子はない。

非難しているわけではない、それは雰囲気で察することは出来る。

「でもその冷たさはありがたいのよね。 同情されないから安心して愚痴を零せるから。 ……そういう意味では紫輝君も似たような感じだけど。」

「アイツの場合は言わなくても察してしまうからある意味性質が悪いとも言えるがな。」

「エリカも気をつけるのよ? 下手に付け込まれたら弄られるのは目に見えてるのだから。」

こちらもこちらで酷い言い草だ。 兄妹の容赦のなさにはエリカも若干渇いた笑みを零す。

そして、これ以上サボるのは流石にまずいと思ったのかそそくさと仕事に戻っていった。

その後、深雪と話したくても達也が居なくてそれが出来ない面々を見かねて深雪をそちらに行くよう促した。

なお、その一部始終を見ていた花音は達也のことを大人の対応と評している。(言外には高校生らしからぬ、が入りそうだが)

だが、達也に対して壁を作ってしまう者がまだ多いのは致し方ない。 解決するには時間が必要なのだから。

 

 

 

 

 

(……どうやら、ここで仕掛けてくるようなバカはしねぇか。)

テキパキと給仕業務をこなしながら、紫輝は『無頭竜』による暗躍を警戒していた。

ネヴァンの使い魔で外も見張らせてあるので、悪魔絡みの襲撃が発生したら即座に行動する準備は整っている。

だが、ここまで何もないから杞憂に終わりそうで肩透かしを食らっていた。

(……アレが噂のクリムゾン・プリンス、略してクリプリか?)

何となく三高生徒の割合が多い場所を回っている際に、以前に話題になった一条の跡取りらしき者が目に入る。

どこかからか深雪を遠巻きに眺めた際の会話が聞こえ、そこから後は雰囲気で察した。

紫輝が視界に収めているのは、ややクセがある赤みがかった茶髪の男子、そしてその隣のやや身長は小さいが如何にも参謀という空気を醸し出す男子の二人だ。

「将輝、どうかしたの?」

「……ジョージ。 あの娘……あの女子生徒のことを知ってるか?」

将輝と呼ばれた、紫輝がクリムゾン・プリンスと推測する男子は深雪の方に視界を固定している。

ちなみに、その隣にいる男子がかの『カーディナル・ジョージ』であることは認知している。

「あの娘……ああ、司波深雪さんか。 一高のエースだね。 出場種目は『アイスピラーズ・ブレイク』と『ミラージ・バット』だね。」

「司波深雪……か。」

(……見るからに一目惚れだな。 まあ、正直相手にされるような要素はどこにもねぇから大丈夫だろうが。)

内心で紫輝は将輝をバッサリと斬った。 それはもう空間を斬りかねないくらいの勢いで。

見てくれは悪くはないだろう。 傍から見れば確かにプリンスと言われてもおかしくはない。

しかし、それ以外に紫輝を惹きつけるものは何もない。 実戦経験があると聞いたから少しは期待していたのだが……。

早い話、『凄み』が無いのだ。 血生臭い戦場を駆けた者特有のソレがあまりに薄い。

まあ、紫輝の興味を持つラインが些か高いのも問題なわけなのだが……。

特に見るものも無くなったので別の学校の生徒を見に行くかと思ったところで、見知った顔が居たので足を止める。

(あー、そういえばアイツも三高だったか。 ……お、深雪に話しかけてら。)

割と久しぶりに見る顔だから絡んでやるかとも思ったが、流石に選手同士のやり取りならば邪魔はしない。

ここいらで移動しようかと思ったところで、来賓挨拶が始まるアナウンスが入った。

九校戦は優秀な魔法師のタマゴが集まるからか、その来賓も魔法師界の名士が集うことになる。

ただ、その中で紫輝が興味を持つ者は一人だけなのだが。

「続きまして、かつて世界最強と目され二十年前に第一線から退いてからも九校戦をご支援くださっております九藤烈閣下よりお言葉を頂戴します。」

(お、やっぱりいるのか……九藤閣下)

その名を聞いて、紫輝も壇上の方へ視界を向けた。

九藤烈……この国に十師族という序列を作り出した長老とも言われる人物だ。

魔法師として『最高』にして『最功』。 『トリック・スター』という異名で語られている実力者でもある。

顔を見るのは初めてだが、彼の弟子に当たる人物は二人ほど知っているし、その二人から話は聞いている。

その伝聞から、紫輝の評価はかなり高い。 自身も教えを請いたいと思うくらいだった。

誰もが老師の登場を待つ中、ライトアップと共に現れたのは……。

「あれ、女の人……?」

「何かの手違いか?」

誰がどこからどう見てもドレスを纏った女性が一人いるだけだった。

一体何ごとかと生徒間でどよめきが起こる中、紫輝はすぐに種が分かった。

(普段俺がやってるのとは違うアプローチだな。 あのお嬢さんに意識を向けさせる……ただそれだけの魔法。 そんな精神干渉魔法がこの会場全体に掛けられてるな。)

紫輝は自身を周囲と同調することで認知しづらくしているが、これは意識を別の対象……いわばデコイに向けさせて自分を認識しづらくさせる。

なるほど、確かに『トリック・スター』だ。 現に、紫輝以外で気づいているのは彼が見る限りで知っている顔では達也と真由美のみで、後は知らない顔で3人ほど。

克人や摩利、更に深雪ですら気付いていない。

暫くすると、会場内で6人にしか認識されていない九藤烈は、女性に耳打ちをしてその場を去ってもらった。

「まずは、このような悪ふざけに付き合わせてしまったことを謝罪する。」

本人の声が聞こえたと同時に精神干渉魔法の効力はなくなったようだ。

大半の生徒は突然壇上に現れた烈に対して驚きの表情を見せる以外になかった。

「今のは魔法というよりは手品の類だ。 そして、この手品のタネに気づいたのは見たところ5……いや、6人だけのようだった。 つまり、それは何を意味するか。」

一呼吸置いた後、冷笑とも取れる表情と共に続ける。

「もし私がテロリストだった場合……私を阻むべく行動を起こせたのはその6人だけということだ。」

かなり物騒な例えだが、事実その通りだ。

周囲が顔を真っ青にしたり動揺している中、紫輝は如何にも他人事のように内心で呟く。

このような手品のような魔法1つでも、九藤烈のような使い手ならば凶悪なものに変えられる。

(確かに最功だな。 本当、世界ってのは広いもんだ……こんな使い手がいるんだからな。)

ひたすら感心していると、烈の視線が一瞬達也の方に向かったかと思えば、今度は紫輝の方へ向けられる。

ほんの一瞬だったが、確かに向けられた視線に対して、紫輝はいつもの外連味ある笑みと会釈で返す。

……この意味をちゃんと理解しているかどうかは別として。

「諸君、今私が用いた魔法は低ランクのものだ。 しかし、君たちはそれに惑わされて私を認識できなかった。 このような小さな魔法でも、使い方次第で有効になる。 明日からの九校戦は、まさにその魔法の使い方を競う場となるのだ。 諸君の工夫を楽しみにしている。」

最後に魔法の使い方についてで話を締めた。

大半の生徒は彼の言っていることに戸惑いを覚えながらも拍手を送る。

それに対して、ランク至上主義の魔法師社会のトップである彼が魔法は道具で使いよう、それを口先だけでなく実践してみせたことに素直に称賛を送るのは達也と紫輝のみだった。




ちょっと話の区切れが微妙ですが、字数の関係でここまでです。
最初の場面で出てきた新キャラは『銀盤カレイドスコープ』からのゲストです。
スケート系の作品を何か読みたいと思った中で身内がアニメ版を見てたのでそれに乗じて小説版をまとめて購入。
その中でタズサのキャラが凄い気に入ったのでゲストという形で出すことをいつだったか電車の中で考え付いてしまいました。
本作へのゲスト参戦ということで色々と背景は変わっていますが、根っこはさほど変化はありません。
スケート方面だと準主役級な彼女ですが、現プロットではスケート関係ないとある箇所でも出る予定です。
他にも原作九校戦編から話の流れを調整しました。 まあ、非常に細かいところなんですが……。
そして本作でのクリプリの扱いが決定した瞬間。 どうなるかは大体想像できるとは思います。
一条君が好きな人には申し訳ありませんが、本作ではこのような扱いになります。


リアルの方が安定して、執筆時間も何とか取れそうなので月1更新は最低守れるように努めます。
こんな亀更新な作品ですが、これからもよろしくお願いいたします。


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10. 夜襲、そして開幕

まずは、この第10話の投稿が遅れてしまい大変申し訳ありませんでした。
FGOのサンタイベと艦これの秋イベが重なり、そちらを優先してしまった結果です。
その間もチマチマと書いてはいたのですが、予想以上に執筆が遅くなったので少し時期をずらす羽目になってしまいました。
実を言うとまだ肝心の12話はまだ完全には書き終えていないのですが、それでも8割は終え、流石にこれ以上間を空けるのはどうかと思ったのでこのタイミングで投稿させていただきます。
まあ、今もFGOは内容が濃密な7章の攻略で大忙し、それが終わっても最終決戦が待ち構えていたりと思わずヒエーと言いたくなる状況ですが……。
ただ、執筆に対するモチベーションは全く落ちていません。
まあ、その要因はとあるアニメが始まったことなんですが……それは後書きにて


 

懇親会終了直後、深雪とほのか、雫の3人は時間を持て余していた。

達也は新人戦に向けて今から起動式の調整に入っているので忙しい。

兄の邪魔をするわけには行かないので、深雪は現在この二人と行動しているのだ。

そんな中、渡りに船とばかりにエイミィが現れ、ホテルの地下にある温泉に入らないかと誘ってきた。

軍の施設なのに大丈夫なのかと懸念を示す3人だったが、既に23時までの利用なら問題ないと聞いているらしい。

用意周到というか、アクティブというか……まあ、それこそが彼女なのだが。

後から共通の友人の里美スバルと滝川和美とも合流して、湯船にて女子同士ならではの戯れが始まった。

「わあ……ほのか、スタイルいい……。」

「え? そ、そうなの?」

適度な温度に保たれている湯からもたらされる幸福感に浸っている中、エイミィがほのかに羨望の眼差しを向けていた。

確かに、ほのかのプロポーションの良さは相当なものだ。

一高全体でも対抗できるものはそう多くはいない程で、モデルをやればさぞかし映えることであろう。

「剥いてもいい? いいよね?」

「え、エイミィ……? 何だか目が怖いよ……?」

エイミィの口調と雰囲気が女子グループで一定の割合でいる親父キャラポジのそれになってきている。

危機感を感じたほのかは即座に逃げの一手を決め込むが、エイミィも鋭敏な動きでほのかを追う。

この場が彼女たちの貸切状態であることが唯一にして幸いであった。

「た、助けて雫! このままじゃ私何かを失っちゃう!」

何を失うのかはさておき、長年の親友に助けを求めるほのか。

なお、ストッパーとなりえる深雪は先に身体を洗っているのでまだこの場にはいない。

残りの二人も面白がっている様子で止めてくれそうにもない。

だからこそ唯一の助けは雫だったのだが……現実は無情だった。

「……いいんじゃない? ほのかは胸、大きいし。」

「え、ちょっと雫ー! お願いだから見捨てないでー!」

いつもの落ち着き払った口調で静かにその場を去っていく雫。

その際に言い残した言葉に、若干の劣等感のようなものを感じるのは気のせいではない。

だが、誰もそれを指摘しない。 指摘したら何が起こるか分かったものではないのだから。

こうして唯一の希望を失ったほのかはそのままエイミィの魔の手に掛けられる……と思ったその時だった。

「一体何を騒いでいるの?」

サウナの方へ向かった雫と入れ替わりで深雪がゆっくりとした歩調で現れた。

この瞬間、ここにいる全ての人間の視線と意識は深雪に集中してしまっていた。

先ほどまで追いかけっこをしていたほのかとエイミィも例外なく、だ。

当の本人がその状況に気づいたのは、湯船に身体を預けてからであった。

「ど、どうしたのみんな。 そんなに惚けて……。」

「あ、ああゴメンゴメン。 つい見とれてしまって……。」

「駄目だよみんな! 深雪はノーマルで、そっちの世界の住人じゃないんだから!」

ほのかの必死の静止の中には、あんまり度が過ぎるとこの場が氷風呂になってしまうことからの懸念も含まれている。

……が、普段から紫輝に弄られているので深雪には一種の耐性は出来ている。

戸惑いこそあれど、この程度で心を大いに乱すようなことはなかった。

「そうだ、そういえばパーティどうだった? 他の学校でかっこいい人っていた?」

上手く論点を先ほどのパーティに反らした御蔭で変な雰囲気は霧散される。

そして、ここで話題に上がるのはやはりと言うべきか同学年で十師族跡取り……一条政輝だった。

会話をしたわけではないので外見の話に留まるのだが、なかなかの高評価な模様だ。

「そういえば、深雪のことを熱い眼差しで見つめてたよ、彼。 気付いてた?」

「そうだったの?」

紫輝も目撃した政輝の様子を面白そうに語るエイミィだが、深雪は気づいているはずもない。

他の一科生に囲まれている状況下でも、彼女はひたすら達也のみを視界に留めていたのだから。

後、給仕作業をこなしながらも悪魔関係の警戒を怠っていない紫輝への心配もほんの少しはしていたのだが。

「あのクリムゾン・プリンスの視線にも気付かないとはね……。 やっぱり、お兄さんがタイプってことでいいのかい?」

「スバル、私とお兄様は血の繋がった実の兄妹なのよ? 恋愛対象には出来ないわ。 それに、お兄様のような男性が他にもいるとは思えないし。」

あまりブラコン発言を聞くことのないスバルはそれを聞いて肩を竦め、イマイチ盛り上がらない答えだからかエイミィはつまらなさそうにしていた。

なお、ほのかと雫は意味深な沈黙を貫いている。

「……あ、じゃあ獅燿君は? ほら、深雪と凄い仲いいし実はお互い結構意識したりしてるんじゃないの?」

「なるほど、好きな子ほど弄りたくなる感情ってやつだね。 確かに彼ならば並んでいても違和感は無いけれど、その辺りはどうなのかな。」

矛先を紫輝に向けた上で改めて深雪に問い詰める。

紫輝と深雪のやり取りは大半からは呆れ半分微笑ましさ半分で、一部は妬ましいと思われている。

一部では実は隠れて……という噂も立っているくらいなので、真実を明らかにする絶好の機会だ。

「紫輝は……お兄様とは別の意味でそういう感情は持てないわ。 それは多分あっちも一緒だと思うけれど。」

「……多分、そういう感情を抱くには距離が近すぎる。 そういうことだよね?」

深雪の回答はこれまた意外なものだったが、雫は理解できた。

ほのかも同じくだ。 この二人はより近い位置で二人……否、達也を含む三人を見ているからよく分かる。

「そうね。 紫輝は事あるごとにちょっかいをかけてくる困った兄的ポジション。 血の繋がっていない家族という認識だから、親愛こそあれど恋愛感情は割と今更かもしれないわね。」

「はー……恋愛って色々と難しいんだねえ……。」

エイミィの呟きこそが、この場にいる大半の総意であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶえっくしょい!……なんだなんだ、誰か俺の噂でもしてやがんのか?」

「紫輝が風邪は考えづらいし、多分そうじゃないかな……。」

真夜中の茂みで盛大にくしゃみをしたのは我らが仮面の悪魔狩り。

見回りついでに幹比古の精霊制御の練習に付き合っている最中だった。

なお、ややズレたタイミングで作業車の方のお兄様にもくしゃみが発生したのは言うに及ばずだ。

「おいおい幹比古……それってアレか? バカは風邪を引かない迷信か?」

「……ご想像にお任せするよ。」

ジト目で睨む紫輝だが、事実を言ったら何をされるか分かったものではないのでスルーする幹比古。

ただ、彼が思っているバカというのは『Fool』ではなく『Crazy』の方なので、ある意味褒め言葉ではあるのだが。

「それにしても、お前もだいぶ余裕が出てきたもんだな。 本来なら立っててもおかしくはない場所に居ても平気になってんだからよ。」

「……まぁ、歯がゆいし悔しくもあるよ。 でも、焦れば焦るほど、もがけばもがくほど悪循環だということに気付けたからね。 肝心な原因がわからないのは気味悪いけど……。」

「いっそ、達也にでも相談してみるか? 俺も魔法理論はそれなりだが、やっぱ餅は餅屋だろうからな。」

幹比古に巣食うスランプはその要因は未だに分からずだ。

このスランプの御蔭で紫輝にメンタル面のアドバイスを貰い、更に『悪魔』という名前のみしか知らなかった存在のことを知ることが出来たので今ではなってよかったと思っているくらいだ。

しかし、いつまでも甘えているわけには行かず、そろそろ本格的にスランプ解消に動きたいのだが……。

「そうだね……。 達也はあの時結界にも気付いていたわけだし、何かいいヒントをくれるかもしれない。」

「だな。 案外灯台下暗しな原因かもしれねぇし。 ……ところで、さっきからやたらと精霊が騒がしくねぇか?」

最初に違和感に気づいたのは紫輝だった。

幹比古の周囲に漂う四色の精霊が、明らかにざわついているように見える。

「何かを見つけたのか……? これは……『悪意』? でも、微妙に種類が違うような……。」

急いで感覚を同調させた幹比古が感じたものは、二種類の悪意だった。

一つは人間的な悪意だが、もう一つは底抜けなまでな……まるで悪魔が発するかのような悪意。

幹比古の呟きから、紫輝はすぐに状況を理解することが出来た。

「あー、何か読めてきたな。 多分片方は出やがった。 んでもってもう片方は人間のみ。 幹比古、お前は人間のみの方へ行ってくれ。」

「軍の管轄内を突破してくる上に悪魔連れもいるなんて、物騒だな……。 分かった、紫輝は悪魔連れの方をお願いするよ。」

精霊は二手に分かれて移動を始めたので、二人はそれぞれの方向についていった。

その追跡の最中、紫輝は空間を漂う違和感にいち早く気付く。

(結界まであるとは、結構ガチだなこりゃあ……。 まあ、俺としても好都合だがな。)

いつの間にか境界を破ってきた悪魔が放つ結界が一帯に張られていたのである。

恐らくは、幹比古が対処に向かった連中の仕事をより確実に遂行させるためのバックアップだろう。

それならば、悪魔をすべて葬ればいいだけの単純な話になる。

移動の最中に、そのための戦力を呼び出す。

『軍の施設に悪魔とは、よほどの命知らずか……。』

『私は感謝しているわ。 夜空の路上ライブなんて初めてだもの。』

憑依にケルベロス、魔具にネヴァンの機動力と制圧力を重視した組み合わせ。

相手の種類、数が分からないので必然的に難が無い状態にするのが鉄則だ。

アグニ&ルドラを使うのも考えたが、炎と風という属性が故に後始末が面倒という欠点があるので今回は見送った。

ケルベロスの憑依により更に早くなった脚の御蔭で、幹比古と別れてさほどたたずに対象の一団が見えてくる。

「人間は二人……で、悪魔の方は……ちっ、まさかのアレかよ。」

『……1年前のアレか。 よもやこの地で見ることになるとは……。』

『相変わらず不愉快な姿ね。 見てるだけでフラストレーションが溜まって嫌になるわ。』

ソレを目にした瞬間、紫輝だけでなくケルベロスとネヴァンからも嫌悪の雰囲気が漂う。

相手が連れている悪魔は、天然物ではまず見ることは無い種類だ。

剣と有翼種が融合したようなソレは、魔界で見ることはまず有り得ない。

見た目通り、剣と有翼種の悪魔を人為的に融合させた……いわば人造悪魔なのだから。

「1年前の時点で実用化の目途は立ってたみてぇだが、まさかもう他国に流れてるとはな……。」

『教団と繋がっていたのか、技術を盗んだだけなのかが気になるところだが……まあ、その辺りは自ずと分かるな。』

「とりあえずはひっ捕らえねぇとな。 ……ちゃっちゃと片付けるぜ!」

茂みから飛び出し、即座にケルベロスと共有したイメージを引っ張り出す。

対象は動いているので、足止めがてら通行ラインを塞ぐように『ブフダイン』を放つ。

唐突に現れた氷の壁を前にして、襲撃者=紫輝の存在に気付くが時既に遅し。

周囲に視界をやる時間すら与えられず、こんな場所ではそうそう聞こえない歪みがある音と共に放たれた『マハジオダイン』で一斉に気絶させられる。

「あー、やっぱ魔具でやる方が調整やりやすいな。」

『まあ、使い魔の扱いに慣れているネヴァンならではだろう。 ……我やベオウルフではこうはいかん。』

それだけでなく、魔法の制御を魔具に委ねることが出来る点も大きい。

『憑依』の場合は魔法の使用者は否応が無く紫輝になってしまうので、適性が低いと魔法の暴走が起こりかねない。

まあ、幸いなことに本来の紫輝は特に苦手分野は無いというややほのかに似ている傾向なのでそこまで問題は無いのだが……。

人間を処理したところで、有翼剣型の人造悪魔……『グラディウス』は紫輝を敵性因子として認識したようだ。

群れの一部が形状を変えていかにも突進しますよと言わんばかりに回転しているのがその証拠だ。

その中で、縦回転している種類を目ざとく視認した紫輝は考えるより先に懐から相棒の片割れを取り出した。

4月末に耐久性を大きく増して戻ってきた蒼色に金の装飾が映える拳銃、通称狂気の『ルナティック』(狂気)だ。

オートマグとデザートイーグルという知名度の高い先輩・後輩に出番を取られがちの不遇なハンドキャノン、ウィルディ・マグナムをベースに魔改造された対悪魔用の拳銃だ。

ちなみに、もう一丁ワインレッドに黒の装飾と血生臭い見た目の『カーネイジ』(殺戮)もあるが、こちらもベースは全く同じだったりする。

取り出されたルナティックから弾薬が放たれ、縦回転していたグラディウスは一撃でその刃が欠けて吹っ飛ばされる。

『……相変わらず出鱈目な拳銃ね。 それを平然と扱う貴方も貴方だけれど。』

「そりゃあこれは俺専用だからな。 他の奴には使えないし使わせたくもない。」

何せこの二丁、自動で使用者の想子と霊子を吸引して反動軽減と霊的ダメージを与える術式を発動させる形式の武装一体型CADなのだから。

想子の枯渇を招く以前に、霊子を精神から引き出す術が無い者では話にならない。

紫輝はペルソナの適性=霊子を能動的に扱えるということでこの点は余裕でクリアしている。

なお、縦回転のグラディウスを優先して狙っているのは、経験上こちらの方が攻撃までの間隔が短く危険だということを理解しているが故。

そうでない相手は基本的に後回し。 仮に攻撃されても軌道が直線的なので音にさえ気を使えば容易にやり過ごせる。

そうしている内にグラディウスも学習したのか、紫輝の背後で4体同時に縦回転待機を行う。

ピーキーなラインを描く攻撃を4体同時ならば1発くらいは入るだろう、そんな楽観的判断から来る行動か。

「俺の後ろに立つな……まあ、ライフルじゃねぇのが残念だがな。」

カーネイジ、ルナティックを一旦ホルダーに収め、即座にネヴァンを構える。

使い魔を呼ぶ旋律を奏でて瞬時に大量召喚、紫輝の元に突貫せんとするグラディウスを全て封殺してしまう。

攻撃態勢に入っている状態だと多少のダメージですぐに墜落する性質はここでは見事に仇になっていた。

堕ちて地面に刺さったグラディウスはそれこそ陸に上がった魚。 カーネイジ&ルナティックによる狙撃だけで的確に葬る。

数こそ15体といったところだったが、紫輝とケルベロス、ネヴァンの手にかかれば1分ほどであっさりと殲滅は完了した。

「……まだ匂うな。 ったく、お友達がやられてるってのに薄情なヤツらだ。」

『こっちに来る気配は無いわね。 ……土の中を掘り進んでいる音は使い魔越しで聞こえるけれど、これって幹比古の方へ向かってるんじゃないかしら。』

土の中を掘り進む音……それでいて人工悪魔。

紫輝の記憶の中で、そのような特徴の種類は1種しかいない。

名は『カットラス』。 魚類型悪魔と剣を融合することで作られた陽動・奇襲を得意とする悪魔。

「すぐに向かうぜ。 不意を突かれでもしたら流石に面倒だろうしな。」

それだけ聞くと、ネヴァンは即座にカットラスの姿を見た使い魔の方向へ紫輝を誘導する。

幹比古の使用魔法を考えれば、カットラスくらいなら遅れをとることはそうそうないとは思っている。

だからこそ、不意を突かれでもしたらというのはあくまで建前。

本音はただ単に先ほどのグラディウスでは不完全燃焼だから獲物を取られたくないだけだ。

 

時を少しだけ戻して、不審者のみのグループを追った幹比古の方に視点を移そう。

悪魔を含むグループの方へ向かう紫輝を見送り、幹比古も精霊の導きに従い移動。

精霊の視覚越しの光景と自身の視覚が一致する頃合いで手頃な茂みに身を隠した。

(3人……当然のように全員が武装、か。)

顔もきっちりと隠した上で夜に溶け込むような黒ずくめの格好、それに加えて拳銃。

ただの不審者と片付けるには明らかにやりすぎな風貌であろう。

即座に無力化を目的とした術式を選択、その呪符を懐から取り出す。

後はこれを当てれば……というところで、少々身を乗り出しすぎたのか不審者グループの一人が幹比古の存在を察知した。

これまでの経験による危険察知が働いたのか、幹比古は即座にその場から横に飛び出す。

(くっ、行けるか……!?)

横に避けながら相手の次の手を予測せんと視界を向けると、そこには奇妙な光景があった。

自身を狙っていたはずの不審者の銃が、綺麗にいくつかのパーツに分解されていたのだから。

その影響で不審者たちも慌てふためいており、その間に幹比古が先に仕掛けていた術式、『雷童子』が完璧に命中して不審者たちは倒れ伏した。

だが、幹比古は警戒を解くことは無かった。

(誰が僕の援護を……? あのやり方だと紫輝はまず有り得ないし……)

少なくとも拳銃をパーツごとに分解するような魔法を紫輝が使うとは思えない。

そうなると、敵か味方か分からない。 最悪の事態を考慮して懐に手をやっている。

「幹比古、警戒を解いてくれ。 援護したのは俺だ。」

すると、相手の方からあっさりと姿を見せてくれた。

暗闇から現れたその顔は、ちょうどつい先ほど話題に上がった人物のものだった。

「達也? あの魔法は君がやったのか……。」

「ああ。 だが、何をやったのかは悪いがノーコメントということにしてほしい。」

「分かってるさ。 個人の魔法事情について首を突っ込みすぎるのはマナー違反だからね。」

紫輝関係で慣れているのか、達也のワケありの雰囲気も察して追及はしなかった。

幹比古の返答に一つ頷いて、達也は不審者たちの状態……具体的に脈を確認していた。

「死んではいないな。 一撃でキッチリと気絶させられる正確な遠距離攻撃……いい腕だな。 それに、あの反射回避も経験を積んでいないと出来ない。 大したものだ。」

「まあ、どこかの破天荒に連れ回された結果なんだけどね……。」

本来なら撃たれる前に仕留めることが理想だったのだが、それはあえて口に出すまでもない。

以前の幹比古ならばそこにこだわっていただろうが、今は結果良ければの考え方が出来る程度には柔軟になっている。

「……っ!? 達也、まだ何かいるから気をつけて!」

「何?……まさか、アレか?」

精霊のざわめきを感知した幹比古が真っ先に警戒態勢に再度入った。

一歩遅れてそれに倣う達也は、幹比古のその反応に既に当たりをつけている。

幹比古は精霊のざわめきの中で更なる情報を拾うために意識を集中させる。

感知したのは、何者かが地面の中を移動して、自分たちに奇襲を駆けようとしている姿だった。

言葉を発するより前に幹比古は呪符を取り出し、地面に手を添える。

そして、地中を走る何かがいる方向に対して地割れを起こすことで強引に引きずりだすことに成功した。

「後は頼んだ、紫輝!」

「オーライ! ナイスアシストだぜ相棒!」

地割れによって地中に留まることが出来ず、地上に現れたのは剣と魚介類が融合した姿をした悪魔、カットラス。

幹比古はこの丁度いいタイミングで合流した所に最後の仕上げを頼み、それを紫輝は快諾。

背中に背負っているネヴァンを手にし、形状を鎌に変えてから縦回転でカットラス達に向けて投擲する。

その返しで回転運動に巻き込まれたカットラス3体は全て紫輝の近くに纏められた。

地上に打ち上げられた魚類など、何の脅威にもならない。

止めは指を鳴らすと同時に現れた3つの氷塊。 憑依状態のブフダインによって作られたそれにより、カットラス3体は無慈悲に潰された。

「幹比古が対処してくれたお蔭で楽に処理できたぜ。 ますます板についてきたな。」

「精霊が教えてくれたのも大きいけどね。 ……まさかとは思うけどさっきのは新種かい?」

「新種と言えば新種だな。 どうやら今回は4月の時よりかは悪魔関係の技術は進んでいる相手みたいだぜ。」

「……なるほど。 あの時と同じような人造悪魔か。」

先ほどの悪魔についての説明に、達也も聞き手に加わっていたことに幹比古は疑問を抱いた。

表情にそれが出たからか、紫輝が苦笑しながら説明を行う。

「あー、幹比古。 達也、後ついでに深雪は問題ねぇぞ。 以前に悪魔の襲撃に巻き込まれたことがあるし、俺の裏の顔も当然知ってるからな。」

「むしろ言っていなかったのか……。 ちなみに俺の方は4月のテロでお前が紫輝の助力をしていたことは知っているからその点も安心してくれ。」

「何だ、そうだったのか……。 それなら大丈夫だね。」

達也と深雪、この兄妹ならば口の堅さならば問題は無いと安堵の表情を見せた。

その後、紫輝が今回の人造悪魔はとある筋から依頼を受けていて、そのバックアップも期待できるから余程の事態でない限りは心配しなくていいと追加説明。

幹比古もその余程の事態が来ない限りは首を突っ込まないことを約束した。

「お、そういえば幹比古。 丁度いいからこの場で相談しちまったらどうだ?」

「紫輝……この場でそれはどうかと思うんだけど……。」

「相談? すぐに済むようなことならばこの場でも構わないが……。」

気絶している不審者が別々の場所に3人ずついる状況下なので手早く話す幹比古。

魔法の発動速度がどうにも遅いのだが、どうにかならないものかと随分ざっくりとした説明になってしまったが……。

詳しい経緯……具体的に紫輝の荒療治のことは今は話していない。

「なるほど。 一応幹比古の魔法はこいつらを気絶させた雷撃とあの人造悪魔を引きずり出すための地割れの2つしか見ていないが、言えることが1つだけある。 幹比古、発動スピードについてはお前の能力云々ではなく使用している術式に無駄があることが原因だ。」

「え、術式に無駄が? ……2回見ただけなのにそこまで分かるものなのか……?」

「まあ、信じられないのも無理はねぇな。 だが、達也は魔法の構造が分かるのは事実だぜ。 ……にしてもまさか術式の方に問題とは、これまた灯台下暗しだな。」

幹比古から聞いた話から、紫輝もてっきり幹比古の魔法資質に何か問題が発生していたのかと思っていたのだから驚きを隠せなかった。

当の幹比古は、吉田家の魔法に欠陥があるという指摘に僅かながらのショックはあったが、それでもすぐに立ち直る。

「指摘した俺が言うのもアレだが、怒らないんだな。」

「まあ、紫輝が信頼を置いている君の指摘だから的外れということは無いだろうからね。 っと、僕は警備員を呼んでくるよ。 詳しいことはまた後で。」

「お、じゃあ任せたぞ幹比古。」

あまり時間をかけては不審者たちが起きかねないので、一旦追究は中断。 幹比古は警備員を呼びにこの場を去った。

再度呪符を取り出し、精霊との感覚共有を用いて警戒は怠らずに。

そうして紫輝と達也のみが残ったわけだが、幹比古が居なくなったことを見計らって近づいてくる人物が一人。

「割と容赦のない助言だが、普通に受け入れていて良かったな特尉。 それと、久しぶりだな仮面の悪魔狩り(マスカレード・デビルハンター)。」

「やはり貴方でしたか、風間少佐。」

「お久しぶりです、少佐。 かれこれ半年以上ぶりですかね。」

二人共風間の気配には気が付いていたので、もし幹比古が自分から申し出ていなかったらこちらから頼むつもりだった。

紫輝の裏の顔はあちらも知っているから問題は無いのだが、達也に関しては守秘義務だから可能な限り隠さなければならない。

「何やら不審な気配がしたが、悪魔が現れたようだな。 ……それも、見たことのない種類に見えたが。」

「俺も去年初めて見たのですが、いうなれば人工物ですよ。 多分俺が潰したところから流出したんじゃないかと思ってます。」

「確かに、3年前とはまるで様相が異なっていたからな……。 予想以上に根深いな、悪魔の問題は。」

人工で境界を緩める手段はかなり前……少なくとも3年前のとある海戦の裏でも確認されていた。

打って変わって人造悪魔は1年前、USNAにて紫輝が初めて視認した存在なので殆ど周知されていないのも無理はないだろう。

今回出てきたのはグラディウスとカットラスだが、紫輝の見立てでは後3種はいるだろうと踏んでいる。

その中には、かつての己の仮面と似た悪魔もいるし、もしこいつが来たらそれなりに厄介なことになりかねない。

「達也も気を付けろよ。 俺が片付けたグラディウスはともかく、カットラスは割と厄介だからな。」

「まあ、九校戦そのものに悪魔を使うとは思えないが……警戒するに越したことは無いか。 ところで少佐、この者たちをお願いしてよろしいでしょうか。」

「そうだな、もう1ヶ所の方も含めて引き受けよう。 ……それにしても、予想以上に行動が積極的だな。 二人とも気を付けろよ。 達也はエンジニアという形だが九校戦の参加者で、紫輝は国外では名が知られているからな。」

「あー、確かにこれで俺が絡んでいるってことが向こうにバレる可能性もありますか……。 まあ、望むところですがね。」

最近のあまりの平和さに若干ながらの不満があった紫輝から発せられる獰猛な気配に、達也と風間は苦笑をせざるを得なかった。

風間も付き合いそのものはそこそこだが、紫輝の常に刺激を求める性格は熟知している方だ。

「今日はもう遅いから、詳しいことは明日だな。 我々もこのホテルに滞在しているから昼にそこで話そう。 」

「分かりました。 では、失礼します。」

明日は開幕式もある都合上達也は早く出る必要があるし、紫輝も早朝からリンクを貸切って練習を行う予定だ。

それもあってか、昼に風間と他の面々に会う約束を交わして挨拶もそこそこに足早に部屋へ戻っていった。

 

 

翌日、昨晩の一騒動など無かったかのように2095年度の九校戦開幕式は行われた。

この日から10日間、本線と新人戦合わせて20種目が行われる。

初日はスピードシューティングの予選と決勝トーナメント、バトルボードの予選。

一高の主な出場選手は、スピードシューティング女子に真由美、バトルボード男子に服部、女子に摩利。

初日からなかなかの顔ぶれとなっていた。

「で、そんな初日なのにスケートの方を熱心にやりすぎて危うく席を取りそびれそうになるって……まあそれでこそ獅燿君なんだけど。」

「悪い悪い。 予想以上に氷がフィットしてるわそこそこ調子がいいわでつい熱くなっちまってな。」

久しぶりに悪魔を狩れたことが要因となり、紫輝の調子が目に見えるレベルで上がっていたのだ。

あまりに調子に乗って4-3のコンビネーションジャンプもやったらしい。 惜しくもトリプルトウループが回転不足君気味だったが。

「まあ、この競技に限っては後ろで観た方がいいから丁度良かったんじゃない? ほら、前の方見てみなよ。」

エリカが指差した方向に視線を向けると、最前列に群がっている観客の姿が。

恐らく、真由美目当ての観客たちだろう。

……否、彼女の姿が現れた瞬間に黄色い声援が聞こえてきたから、それはほぼ確定であった。

「まあ、七草先輩ならしょうがないんじゃねぇか? ああいう騒がしいのが居ても何の違和感もねぇさ。」

こういう声援はほぼ慣れっこな紫輝だからこその感想だろう。

紫輝の覚えがあるレベルでは世界選手権で国も何も関係なく大声援が飛び交うくらいなのだから。

「大丈夫。 獅燿君はその内比にならないレベルのファンが付くと思うから。」

「今年ようやっと国際デビューの俺にそこまでのファンが付くものかね? そう思うよな皆の衆よ。」

「おいおい、俺ら素人に聞かないでくれよ紫輝。 っていうか、北山が第1号ってことでいいんじゃねぇか?」

「無論そのつもり。 だから獅燿君、ファン第1号特典として色々と贔屓よろしく。」

さりげなく何を言っているのだろうかこのお嬢様は……。

そのような言葉を含んだ視線を雫の親友であるほのかに向けるが、彼女は苦笑しかくれなかった。

「俺が出世したらな。 っていうか国内レベルなら贔屓しなくてもどうにかならねぇか?」

「全日本系統は争奪戦的に厳しい。 だからこそ頼んでる。」

「あー、そういう方面の伝手か。 ……なら達也の出番だな。 毎回チケット取れてるからそういう時は一番頼もしいぞ。」

「そういえば、達也さんと深雪さんは獅燿君の試合を見に行くことが多いんでしたよね。 ……あの、もし機会があったら私も……。」

「紫輝……お前、いいタイミングで巻き込んでくれたな……。」

チケット関係に頼るなら達也ということが伝わると、他の面々も紫輝の試合を是非見たいという流れになってきた。

テレビでスケートを見たことがあろうがなかろうが、表舞台で友人が活躍するところはこの目で見たいのだ。

そんな流れに巻き込まれた達也は表向きは紫輝に非難の眼差しを向けてはいるが、内心はそうでもない。

兄のような弟のような家族的存在の表舞台、それに関心を向けるものが増えるのは色々な意味でプラスだろう。

「さーて、俺のことは今はさておきだ。 七草先輩の方が始まるみたいだぜ?」

シグナルが青になり、奥にある左右の射出口からクレーが複数発射される。

スピード・シューティングの予選は、5分間の間に打ち出される100個のクレーをどれだけ多く落とすかで競う。

競技者の立ち位置とクレーが飛ぶ範囲はそこそこに離れているので、単純に弾丸で1つ1つ撃ち落とすのはなかなかに骨だ。

しかし、真由美はその1つ1つ撃ち落とす戦法を取っている。

(流石は妖精の狙撃手(エルフィン・スナイパー)。 クレー1つ1つを知覚系魔法『マルチスコープ』で視認、そしてターゲティング。 並行でドライアイス弾の射撃か。 真似したくても出来ねぇな。)

素の射撃能力には自信がある紫輝だが、流石に魔法オンリーの射撃で十師族直系と張り合おうとは思っていない。

仮に本調子の状態でも、マルチスコープのような知覚系魔法が無いだけでディスアドバンテージで、速さだけならともかく精密さまで競う気には到底なれなかった。

感心している間に100個のクレーが全て射出され、真由美もきっちり100発のドライアイス弾でピッタリ落とし切っていた。

「それにしても、こんな真夏でドライアイスを作って更に撃ちだすとか相当なエネルギーをいるよな……それを100発って結構な負担になるんじゃねぇか?」

ふと真由美の使用したドライアイス射撃の仕組みについて疑問の声がレオから漏れる。

二酸化炭素を冷却してドライアイスにするために熱エネルギーを奪い、更に運動エネルギーを与えて亜音速弾として発射する。

1回や2回ならまだしも、100回行うには少々負荷が大きいのではないか。

そんな疑問に答えるのは、もはやこのメンツでの魔法解説役となっている筆記主席であった。

「確かに、エネルギー保存の法則を無視すれば面倒だし負荷もかかる。 だが、逆にそれを利用すればこの魔法の使用の負担は軽減出来るんだよ。」

「エネルギー保存の法則を利用する? 二酸化炭素からぶんどった熱エネルギーをどうにかするとかか?」

「そうだ。 具体的に言うと、奪い取った熱エネルギーをそのまま運動エネルギーに変えるスキーム、これさえあれば問題ない。 自然界だとエントロピーの逆転になるから有り得ないことだが辻褄は合っている。」

この方法ならばわざわざ新しくエネルギーを追加することなく魔法を完遂出来るので明らかに効率が上がる。

上手いこと現実世界を騙している魔法の使い方に、説明を聞いていた一同は改めて感心する以外なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スピード・シューティング女子予選の後は、バトル・ボード女子予選が行われる。

バトル・ボード……通称『波乗り』は動力の無いボードに乗り、魔法を用いて全長3kmの水路を3周する競技だ。

自分と自分のボード、そして水面に対する魔法行使のみが認められている。

基本的にはボードの推進力とその他挙動、時折水面を操って他者を妨害する、魔法が使われるのはこれらの要素くらいだ。

「これは割と楽しそうだな。 すっげえ実況してぇんだが……。」

「紫輝が実況したら競馬とかのノリになるから止めた方がいいと思うんだけど……。」

「……そういえば、そういうゲームも持っていたなお前は。」

基本はレースゲームばかりだが、競走馬育成シミュレーションも時折やっていることも思い出す達也。

その際は割と熱狂して実況しているので、幹比古の懸念は割と当たっていたりする。

まあ、言ってもやるであろうから余程うるさくならない限り達也も口を挟まないつもりだが。

「相変わらずな紫輝はさておき……ほのか、新人戦の方は大丈夫か?」

「はい! ……でも、達也さんには調整してもらえないんですよね……深雪と雫は2種目どちらも調整してもらえるのに……。」

「ん? それでもミラージ・バットは担当しているし、バトル・ボードも練習や作戦立てに付き合ったりしたが……。」

「君たち全員ちゅうもーく、これぞ泥沼に嵌った朴念仁だぞー。 特にレオと幹比古はこうならないように注意しましょう。」

ほのかとのやり取りが泥沼化を見せている達也の様子を見て、助け船を出すどころか茶々を入れる紫輝。

まるで動物園に居る珍獣の案内をするか如くの扱いに流石にツッコミを入れようとする達也だが、矢継ぎ早に周囲から追撃が入った。

「お兄様、それは流石に……。」

「達也君の意外な弱点はっけーん。」

「そういう問題じゃないと思いますよ……?」

「朴念仁が過ぎると思うよ……?」

ほのか以外の女子4人からの何とも言えない視線と言葉、そして紫輝以外の男子二人からもおいおい……と言った視線が。

四面楚歌を通り越して八方塞がり。 こうなっては達也も余計なことを言えなかった。

そんなやり取りもありながらも、間もなく予選第3レースが始まる。

一高の三巨頭、優勝候補にも挙げられている摩利の出番である。

彼女の名前がコールされた瞬間、先ほどの真由美の時と同じ、下手をすればそれ以上の黄色い声援が響く。

「うっわ……あんなののドコがいいのやら……。」

「あー、こういう声援は俺も好きじゃあねえな……。」

摩利に対する熱狂的な応援を見て、エリカと紫輝は揃って顔をしかめていた。

しかも、この二人の思っていることは半分ほどは一致しているから面白いものだ。

なお、一致していないもう半分は言うまでもなくエリカにしかない摩利に対する悪感情である。

「ウチの先輩たちには熱狂的ファンが多いな……。 しかも今回は見事に女子ばかりとは。」

「渡辺先輩はカッコいいタイプですからね、しょうがないと思いますよ?」

「……ふん、相変わらず偉そうな女。」

美月の客観的な意見を聞いて、更にエリカは不機嫌になっていく。

エリカの摩利に対する感情は紫輝や達也も知っているが、詳しいことは聞くだけ藪蛇になる危険があるのでこちらから聞くことは無い。

そんなことを考えている内に、第3レースがスタートした。

「さあ始まりました第3レース! 第1高校渡辺選手がロケットスタートを決めて一気に逃げ切りを図らんとする! 2番手以降は割と団子状態だ!」

「本当に実況始めてる……。 しかも色々なノリが混ざってるような。」

摩利のロケットスタートを皮切りに、紫輝の実況も始まった。

声量は程ほどにしているのだが、その色々とカオスな実況は周りを苦笑させるには十分だった。

「おおっと! 後続が水面を操作して大波発生! 妨害と推進力を両立させた戦法だが、自爆しては何にも意味が無いぞぉ! 渡辺選手は一人安定して避けて早くも独走体制だ!」

「なるほど、移動魔法と硬化魔法のマルチキャストか……。」

「お、硬化魔法? どこに使ってるんだ、達也。」

自分の得意分野の話題だからか、興味津々と言った風に乗ってくるレオ。

紫輝もそのことを実況しようかと思っていたところだが、達也の講義を邪魔するつもりはないのでそこにはあえて触れなかった。

「硬化魔法が物質の相対位置を固定する魔法……ということは流石に分かっているよな?」

「そりゃあ得意分野だからな、大丈夫だぞ。」

「今渡辺先輩は自分とボードの相対位置を固定しているんだ。 そうすればボードから落ちることは無いからな。 更に、自分とボードを纏めて1つのオブジェクトと扱って移動魔法をかけている。 更に言うならコースに合わせて持続時間も調整しているな。」

「凄いですね……三巨頭の中でもテクニカルな渡辺先輩らしい、まさに巧みな戦い方ですね。」

魔法力そのものは同じ三巨頭である真由美と克人には劣るが、これこそが彼女のフィールド。

多彩な魔法を逐一選択、時にはマルチキャストで展開も行える手数の多さこそが最大の強みだ。

達也は相手によって悪魔の種類、また憑依・魔具により行動の選択肢を増やしてきた紫輝の姿がチラッと浮かんだ。

本人も意識しているのか、実況しながらもその視線は完全に独走状態の摩利に向けられていた。

「絶妙な間隔と緩急で襲い来るコーナー群を捌いた後は勾配きつめのストレート! ここで渡辺選手は振動・加速の二系統の魔法も加えてきたがこれはますます差は離れるばかりか!?」

「……と、紫輝が実況している通り振動と加速魔法も用いているから、渡辺先輩は常時3、4種類の魔法をマルチキャストしているということだ。」

「完全に高校生のレベルを超えていますね……うう、何だか逆にプレッシャーが……。」

「ほのか、私たちは私たち。 そんなに意識してもしょうがない。」

新人戦でバトル・ボードに出るほのかが思わず圧力を感じてしまうほど、凄みがあるのだ。

同じく真由美の百発百中を見た雫も、口では落ち着いているが圧力を感じていない訳では無い。

この午前中だけでも、口伝だけでしか認知することが無かった三巨頭の内二人の実力を目の当たりになり、他の面々に比べれば冷めていた紫輝も少しは熱を帯びたようだった。

なお、エリカのみは摩利の活躍が気に入らないのか達也の絶賛に対して『性格が悪いだけ』と酷評していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が高くなり、時刻も昼時という頃合いに、達也と紫輝は並んでホテルの中を歩いていた。

わざわざ深雪たちと別行動しているのは、言うまでもなく昨晩の約束が理由だ。

目的の一室は分かりやすく彼の部下が立っていたので一発で視認することが出来た。

それぞれが『大黒竜也』、『仮面の悪魔狩り』という名を出し、中に居る人物に来訪を取り次いでもらった。

ドア越しから入室許可の声が聞こえ、すぐにドアが開かれたので二人は凛とした姿勢のまま入室した。

「「失礼します。」」

普段からしっかりしている達也だけでなく、紫輝もいつもの軽い雰囲気はどこへやら、真面目モードになっていた。

これが世界各地で名を上げている『仮面の悪魔狩り』の仮面を纏った紫輝である。

「達也、紫輝、よく来てくれた。 まあ、とりあえず掛けてくれ。」

「いえ、自分はここで。」

着席を勧める風間だが、達也はあくまで休めの姿勢を崩さずに立ったままでいるつもりだった。

対応としては無難で間違ってはいない。 何せ上官とその部下の関係なのだから。

ただ、元々友好関係のある協力者という立場で呼ばれている紫輝もそのせいで着席しづらくなってしまうのだが。

「あくまで今日は『戦略級魔法師 大黒竜也』としてではなく、我々の友人『司波達也』として呼んだのだからそう遠慮するな。 紫輝も同じくだぞ。」

「それに、君たちが立ったままではこちらも話しづらいからな。」

風間だけでなく、その場にいるもう一人の男性も静かに促していたので達也も立ったままでいる理由は無くなった。

ちなみに、席が円卓になっているのはただのこだわりからである。

「柳大尉、お久しぶりです。」

「半年ぶりだな。 紫輝も暫く会っていなかったが、元気そうで何よりだ。」

「かれこれ年末以来ですね。 今年に入ってからは入学関係で忙しかったですし……また機会があったらお手合わせお願いします。」

紫輝の依頼に無表情ながらも了承の意を見せた男性は柳連。

階級は大尉で、体術と本人特有のとある古式魔法を組み合わせた白兵戦を得意とする。

紫輝にとっては白兵戦の鍛錬相手であり、素手での戦いについては彼から学んだこともかなり多い。

「達也君、先日のサードアイ調整は本当に助かったよ。 アレは君じゃないと手に負えない代物だからね。」

「いえ、こちらこそありがとうございました真田大尉。」

「紫輝君のカーネイジとルナティックも改良してからどうかな。 対悪魔を想定としたCADは共同制作とはいえこちらも初めての試みだったからね。」

「真田さんの改良案にはあちらも絶賛してましたよ。 俺としても使いやすくなってましたし、本当にありがとうございます。」

一見穏やかな雰囲気を見せる男性は真田繁留。

階級は柳と同じく大尉で、防衛陸軍兵器開発部の技術士官である。

紫輝のカーネイジ&ルナティックにもそこそこに携わっており、4月末までに行われた改修の案を出したのも彼である。

「私も二人に会うのは久しぶりですね。 ところで紫輝君、あっちの方も順調?」

「滑る方なら今も調整中ですよ、響子さん。 まあ、初戦からPB(パーソナルベスト)狙うつもりで行きますよ。」

紫輝にスケートの進捗を訪ねた女性は藤林響子。

階級は中尉。 独立魔装大隊内部では風間の副官のポジションにいる。

また、電子・電波魔法を用いたハッキングを得意としており、二つ名は『電子の魔女(エレクトロン・ソーサリス)』。

国内で紫輝が軍と共同で作戦を行う際には彼女のサポートに助けられたことも多い。

紫輝との会話から分かるように、彼女もまたスケオタである。

軍の方で忙しいが故に現地観戦は少ないが、そちらの知識については雫以上だと思われる。

「しかしすっかり学生生活が馴染んできたんじゃないか、紫輝。 達也が相変わらずな分新鮮味があるぞ。」

「それは一体どういう意味合いで言ってるんですか山中先生……。」

「そりゃあお前が学生やってるなんて裏事情知ってる人間からすれば違和感ありありだろうに。」

制服姿の達也と紫輝を見比べてなかなか酷いことを言っている男性は山中幸典。

階級は軍医少佐で、影響が無い範囲で達也に人体実験を頼んでいる辺りやや破天荒タイプな人物である。

紫輝にはその矛先は向かないので、彼からすればちょっと豪胆な行動をするおじさんである。

この面々に隊長である風間を加えた計5人が独立魔装大隊の幹部メンバーだ。

挨拶もそこそこに再会の祝杯を交わし(ティーカップだが)、風間の方で捕らえた工作員の情報から話は始まった。

「やはり昨夜の侵入者は無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)の一員だったんですね。 人造悪魔もそいつらが手引きを?」

「ああ。 目的などの詳細な情報はまだ調査中だ。 しかし、まさか人造悪魔を使うとはな……。」

事前に注意こそ受けてはいたが、こんなにあっさりと遭遇するのは達也としても想定外だ。

紫輝も、九校戦が進んできた段階で来ると思っていたので割と面を食らっていたりする。

「確か、紫輝君がUSNAで見たのと同じ種類という話だったね。 その組織は確か潰したと聞いたけど……。」

「悪魔を使って魔法に浸ってしまった世界を正す。 そんなお題目を抱えた反魔法師集団でしたね。 資料とかもこっちで押収しましたが、多分裏で流出してたんでしょう。 それについてはもうあの人たちに申請してありますよ。」

「悪魔関係は彼らに任せるのがベストだな。 手間をかけさせてしまうが……。」

「お気になさらず。 バックアップを受けているのはお互い様ですから。」

悪魔の脅威を理解して、更に一人での討伐が厳しい場合は色々なサポートを受けているだけで紫輝とその上役からすれば有り難いのだ。

達也経由で知り合ったが、今や必要不可欠なパイプの1つである。

「それにしても、昨夜もそんなに遅くまで警戒してたの?」

「いえ、俺は競技用CADの調整をしていたので遭遇そのものは偶然ですよ。」

「俺もダチに付き合って深夜徘徊してただけですよ。 まあ、警戒はしていなかったといえばウソになりますが。」

二人の言い分を聞いて、山中は少し吹き出し、真田は苦笑を浮かべていた。

「あの天才技師のシルバー殿が高校生大会のエンジニアとはなぁ……。」

「レベルが違いすぎて流石にイカサマな気がするけどね。 どれだけ仕上がりに差が出るのやら。」

「大半がクアドレスの中一人だけショート・フリー合わせて5本クアド飛ぶのが混ざってるようなものでしょうね。」

九校戦エンジニアの中に達也が混ざるのは、どうあがいてもチートキャラが混ざるようなもの。

山中、真田、紫輝は茶化してはいるが、実際言っていることは微塵も間違ってはいない。

何せ、今やすっかり名前が売れている『トーラス・シルバー』の片割れなのだから当然と言えば当然だ。

「達也君だって立派に高校生ですから……。 というか紫輝君、ある意味ではトーラス・シルバーより名前が売れている貴方がそれを言ってはダメでしょう。」

「国内ではまだしも、他の国では一気に知名度が上がる『仮面の悪魔狩り』だからな。 もし九校戦で名前を連ねていたらそっちが卒倒しかねん。」

「それはそれで面白そうですね。 ちょっと来年出たくなりました。」

「お前の場合、それが現実的だからなおさら怖いのだが。」

他の国が九校戦のような行事のことまで把握しているかは謎だが、柳の言ったこともあながち間違ってはいない。

あちこちで出没した、軍ですら対抗が難しいとされる悪魔を狩っている世界規模の有名人がローカルな大会に居たらそれこそ愉快な反応間違いなし。

そんな光景に愉悦を感じた紫輝が割と洒落にならないことを呟く。

達也も割と……否、施されている封印が解けたら確実にあり得るその未来に冷や汗を流していた。

「そんな紫輝君はひとまずさておき、達也君は選手としては出ないの? いい線行くと思うんだけど。」

「おい藤林……たかが高校生の大会に戦略級魔法師が出るのもどうなんだ。」

「去年の九校戦では十師族の七草家や十文字家がAランク魔法を普通に使ったくらいですもの。 達也君なら『雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)』もありますし……紫輝君の上級悪魔憑依とか魔具に比べればよっぽど可愛げがあると思いますけど。」

響子もなかなかに酷い言い草だが、周りにそれを否定する空気はまるでなかった。

物質を分子レベルにまで分解できる魔法、雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)。

達也が使える2種類の魔法の1つ、『分解』のバリエーションの1つだ。

人体に使ったら凶悪極まりないこの魔法だが、対悪魔となってしまうと極めて相性が悪いのだ。

依代を仮に分解したとしても、核である霊子情報体は無傷なのだから。

逆に紫輝は対人戦がそこまで得意ではないので、上手く達也と紫輝で対人と対悪魔で役割分担が出来ていたりするのだ。

「藤林、軍事機密指定の魔法だからそれくらいにしてくれ。 後、達也……分かっているとは思うが。」

「分かっています。 もし雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)を使わざるを得ない状況になったら、負け犬に甘んじますよ。」

「ああ、それでいい。 紫輝の方は私からわざわざ言うことは無いが、くれぐれも気を付けてくれ。」

「ですね。 連中がなりふり構わずになってきたらこちらも色々と手を尽くしますよ。」

二人に改めて確認の意を取って、風間は一つ頷く。

実際、達也は選手としての出場は想定すらしていないので杞憂に終わると思っているが……。

紫輝は、後で上役に連絡していざという時の人員の準備を要請することを頭の片隅に留める。

それからは特にこれと言った連絡事項は無かったので、大人たちとの雑談会に適度に混ざることとした。

独立魔装大隊幹部陣とのティータイムを終え、達也と紫輝はスピード・シューティング決勝トーナメントの会場へ到着する。

「あーらら、これは席探すの苦労するな。」

あまりの席の埋まり様に紫輝は思わずぼやいてしまう。

優勝候補筆頭の真由美の試合だからだろう。 前の方は相変わらず黄色い声援を飛ばしそうな者が多いが……。

とりあえずは空席を求めて暫くさまよっていると、覚えのある声が聞こえてきた。

「そこのお二人ー、こっちだよー!」

「お、流石はエリカ抜け目ないな。」

皆が二人分の席を確保してくれていた御蔭で立ち見の心配はなくなった。

その恩恵に与り、二人は深雪を挟んで座ることにした。

「ん? 幹比古の姿が無いが、休んでいるのか?」

「熱気に中てられたって。 まあ、これじゃあしょうがないんじゃない?」

「そうですね、私も眼鏡が無かったらダウンしてたかもしれません……。」

紫輝が入学前に振り回したとはいえ、それでも基本的な体力は簡単に改善されるものではない。

もう少しプライベートでも振り回しておいた方がよかったかと呟く紫輝だったが、深雪からのため息混じりのツッコミを受ける。

「っていうか、二人とも一体どこに行ってたんだ? 全く見当たらなかったぜ。」

「ちょっと知り合いと会ってな。 紫輝も少しスケート関係者と話があったようで少し会場から離れていたんだ。」

「まあ、この期間が終わったらすぐにコロラドだから色々とな。」

「確かに、色々詰める必要はあるね。 コロラドだと会場の高低差の影響を考慮して動く必要があるから。」

上手く紫輝関係の具体的な嘘で余計な追及は免れる。

唯一事情を知っている深雪は何とか表情を崩さないように徹しているが、二人以外でそれを気にするものはいない。

「それにしても、ここまで会長狙いの観客が多いと相手選手もやりづらそう……。」

「だが、それを負けの言い訳にするのは三流がやることだ。 アウェーの中でも勝つのが本物なのさ。」

「紫輝もその予定ですもの。 ちゃんと有言実行しなければいけないわね。」

ほのかの呟きに対する紫輝のシビアな回答。

一瞬だが、同じ競技者としての鋭い顔を垣間見せて周囲の人間はその瞬間だけでも息を呑んでしまう。

慣れっこな深雪はプレッシャーをかけるような軽口を返して、紫輝に不敵な笑みを零させていた。

「何か本当に紫輝君が出ないというのも勿体ないよねー。 少なくともそういうメンタル面なら明らかに一線を画してるし。」

「ま、そればっかりはしゃあねえさ。 ……さーてここいらで静かにしよう。 始まるぜ、そろそろ。」

紫輝の言うように、既に真由美と相手選手がスタンバイしていた。

先ほどほのかの言っていた通りに相手は真由美を意識しているのか、顔がやや強張っている。

……が、実際に始まったらそれを何とかごまかしながらも確実に移動魔法を使って2個のクレーをまとめて破壊していた。

真由美は予選と同じくドライアイスの弾丸で正確に撃ち抜いているので、相手のクレーを破壊することによる自殺点はお互いに有り得ない。

完全にミスをした方が負けというシンプルな試合となっていた。

こうなると、傍から見れば真由美の方が不利に見える。

何故なら、この対戦形式のルール上どうあがいても直線的弾道には綻びが生じるのだ。

それは死角。 早い話、相手のクレーが射線を封じている間は弾を発射することが出来ない。

相手もそれが分かっているから試合前の様子とは裏腹に着実にポイントを重ねているのだろう。

だが、相手は完全に失念していた。

今隣に居るのは、現在十師族2番手の力を持つとされている『七草』の直系ということを。

「お、おい……今下からクレーが破壊されてなかったか!?」

「下から!? 一体どうやって当てたんだ!」

丁度真由美から見ると死角が発生している状況のはずなのに、彼女のクレーが破壊された。

それも、一瞬見えた弾道から判断するに下からの狙撃……一体何があったのか、観客は戸惑うばかりだ。

しかし達也と深雪、紫輝は何があったのかちゃんと把握していた。

「七草先輩が作ってんのは弾丸だと思ってるならそれは大間違いってこった。 そんな単調なことはしねえさ、あの人は。」

「そう、会長が作っているのはその銃座。 あらゆる方向に応じて作り出すからどの方向にも撃てる。」

「それに、会長にはマルチスコープもありますから死角はありません。」

『魔弾の射手』……それが今真由美が使っている魔法の名だ。

ドライアイスを射出する『ドライ・ブリット』の射出点をコントロールするバリエーション、Aランクに値する。

射出点を操るところから始めるので、知覚系統魔法も並行して使わないと当てることもままならないだろう。

その点真由美は『マルチスコープ』があるので文句なしだ。

「凄いですね……。 まさに百発百中なんて。」

「これが競技だからいいが……もし、戦場で殺傷力最大の『魔弾の射手』が使われたらどうなることやら……。」

既に試合は真由美の勝ちだと確信した達也が、呟いた一言に大半の人間は顔を青くしてしまう。

死角の無い全方位攻撃を、殺傷力最大などで放ったら、並の相手では全く為すすべなくあの世行きだ。

(アレを使われたら……まあネヴァンの出番だわな。 全方位から来るならこっちも全方位防御を固めてれば問題なしだ)

ネヴァンを展開する前でも持ち前の直感で回避も不可能ではない。

そのイメージを即座に浮かぶのも、持ち前の実戦経験の賜物であった。

その後の試合も真由美は『魔弾の射手』を駆使して圧勝。 他の選手との段違いのレベルを示してスピード・シューティング優勝を飾った。

 

夜、紫輝は達也の部屋を訪れていた。

同室の幹比古はまだダウンしていて休んでおり、レオはどこかへ散歩へ行ってしまう。

そうなっては一人で時間を持て余してしまうので、気配同調を上手く使って達也の部屋までたどり着いたのだ。

「一人で暇なのは分かるが、何も気配同調を使うまでしなくてもいいだろう……。」

「日頃からの鍛錬、これを怠ったらあっさりと感覚が鈍っちまうからな。 八雲先生でも同じこと言ってたぜ?」

確かにそうだが、この部屋に来るときに使う必要はないだろう……と言おうとするが、言っても無駄と判断して途中でやめた。

それに、悪用しているわけではないのでとやかく言う必要もない。

「ところで、何か武装一体型CADのデータが見えるが……お前のことだから見た目通りに加重とか加速付与とかじゃねえよな。」

「言い方が妙だが、まあそうだ。 競技には全く関係ない玩具だが、お前なら興味を持つだろうな。」

達也は紫輝にデータを見えるように画面を回す。

その中に、どのような系統の魔法に対応しているCADの項目を見て、紫輝は思わず口端を歪めていた。

大剣を思わせるこのCADだが、その使用用途は初見では到底行き着かないものなのだから。

もし使ったら確実に初見殺しになる。

「これは使ってみたいが……もしあっても俺じゃあテストは無理だろうな。」

「確かに、今のお前だとこの系統魔法は厳しいな……。 本来のお前でも少々厳しいかもな。」

「まあ、周りでこのCADを使いこなせそうなのはアイツしかいねえな。 ビジュアル的にもしっくり来るからな……ん?」

暫く話していると、ノック音が聞こえてくる。

誰が来たのかはドア越しの気配察知で分かっていたが、紫輝はわざわざドアを開けに向かった。

扉の先に居たのは、生徒会で行っていたささやかな祝勝会に参加しているはずの深雪だった。

「あら、紫輝……貴方も来ていたのね。」

「レオは散歩、幹比古はダウンで暇を持て余していてな。 達也に用事があるんなら、俺は引っ込んでようか?」

「特に込み入った話ではないし、気を使わなくても大丈夫よ。」

深雪を中に通すと、早速彼女は達也に用件を告げた。

曰く、祝勝会の時に服部が明日は担当エンジニアとじっくり調整するという話があったらしい。

しかし、この担当エンジニアは明日の女子クラウド・ボールの副担当なので代役を用意する必要が出てくる。

クラウド・ボールは試合数の関係上副担当がいないと回らないのだ。

そこで、明日明後日共にオフであるエンジニアに達也が挙がった……というわけだ。

「伝えてくれてありがとう。 ……ただ、ホテルの中とはいえこんな夜更けに女の子一人で出歩くのはあまり褒められないぞ?」

「申し訳ありません、お兄様。」

「反省の意がねえなこのお嬢様。 ……まあ俺もネヴァンの使い魔で見張ってるから問題はねえけどさ。」

久々にご登場のピコハンで軽く深雪の頭を小突きながら紫輝は補足する。

とはいえ、ネヴァンの使い魔索敵は基本悪魔に対する反応を第一としているので確実ではない。

ただでさえ昨晩無頭竜の構成員が潜入したこともあって表情には出さないが二人はややデリケートな状態だったりする。

「とりあえず達也、深雪を送ってけ。 お邪魔虫な俺はさっさと部屋に戻ってるぜ。」

「いや、別にお邪魔虫ではないが……。」

「俺のことなんか放置プレイ安定だろうが。 今は最も大切な深雪に構ってやれ。 新人戦になったら一緒の時間は減るんだから、今のうちにイチャついとけ。」

それだけ言い残すと、紫輝は言葉通りさっさと部屋を出て行った。

達也は紫輝が一体何を言っているのかまるで分かっていない様子だったが……。

「も、もう紫輝ったら……でもお兄様、深雪もお兄様のことが何よりも大切ですからね……。」

深雪はすっかりと出来上がってしまっているようだった。

これでは暫く時間はかかるか……表面に出さぬように達也は内心で苦笑していた。




そんなわけでようやっと九校戦がスタートです。
ちょこちょこカットが入ったり、本作独自のシーンが入ったりしますが流れは基本変わりないです。


さて、前回第9話では銀盤カレイドスコープのキャラが一部出てきましたが、近い内にまた別の作品のキャラがゲスト出演します。
それも今現在絶賛放送中のユーリ!!! on ICEからです。 まあ見ている人は誰が出てくるかは想像できるかなと。
まさか自分がスケート混ざりの二次創作を書いている最中にこのようなものが放送されるとは……毎週楽しみに見ていますよ。
ただもう後はファイナルを残すのみで今すっごい寂しいです。 っていうかあの作品ところどころこちらの涙を誘う箇所が多いから毎回大変大変。
終わった後はすぐに全日本なんですが、ユーリロスのせいでちゃんと見ることが出来るのか……。
……とまあ、この作品のおかげでスケート方面のネタが色々と浮かんだので、今はそれをモチベーションにしている状況です。(魔法科ごめんなさい)
後、前回説明しようとして忘れていたのですが第9話で名前だけ出てきた黒須柊という人物、実はペルソナ2の彼の血縁設定です。(苗字で分かると思いますが)
その血筋から表現力については相当なもの。 技術面も両立できるという紫輝の同年代のライバルの一人です。


それにしても、スケート方面はユーリの方にも女子選手はいるからカレスコとの兼ね合いが大変そうだ……。
……ここまでやるならもうスケートだけで別作品を書けと言われそうですが、そうなると魔法科とデビルメイクライ要素が無くなってそれはそれで物足りなくなるのでちゃんと両立します。
そうじゃないと、このタイトルの意味が無くなってしまいますしね。

では、次回もまたいつになるかはわかりませんが(今月中は厳しそう)、何とか隙を見ては執筆していくのでこれからもよろしくお願いいたします。


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11. 忙殺の仮面、這い寄る陰謀

2017年初投稿です(遅
執筆ペースがかなりムラが激しくて最新話はまだ8割ほどしか書けていません。
どうしてもリソースを割き切れないんですよね……いや単にやることを増やし続けた結果なんですが。
今年も多分こんな感じのペースになりますが、どうかよろしくお願いします。


FGO、今年に入って福袋含めて☆5が3体増えるというとんでも事態(三蔵ちゃん、剣式、キングハサン)
去年も11月末~12月にかけてイシュタルとケツァル・コアトルが来て一気に育成が大変に……。



九校戦は2日目に突入した。

この日は男子・女子クラウドボールの予選・本戦、そしてアイスピラーズ・ブレイクの予選が行われる。

達也はクラウド・ボールの副担当として忙しなく動いていた。

なお、最終的には真由美専属のような動きになっていたが……。

そんな達也の働きもあってか、真由美はまさに絶好調で、相手に全くポイントを与えない試合運びの連発だった。

そして、深雪たちは言うに及ばず別行動でアイスピラーズ・ブレイクの方を観戦している。

……しかし、そこには紫輝の姿は無かった。

「……よし、今日もそれなりに好調って感じだな。」

そう、紫輝は深雪たちとも別行動を取っていた。

いる場所は当然、現在練習の拠点にしているスケートリンクだ。

現在は通常営業時間になっているので、個々のエレメンツやコンパルソリーなどの基礎を反復練習している。

そんな中で行ったクアドトウループがそれなりにスムーズだったので静かに満足の意を見せていた。

他のジャンプ……トリプルアクセルやその他そこそこの繋ぎからの3回転も昇り調子。

九校戦終了後のジュニアグランプリシリーズコロラド大会へのピーキングは順調と言えるだろう。

「やれやれ、学友とは別行動で先輩の試合を見ないとは、そのマイペース振りは健在のようだね。」

一旦氷から離れて休んでいると、隣から声がかかった。

いつの間にか隣を陣取っていた人物は、スーツを身に纏った長い金髪の紳士。

見るからにこの場にそぐわない見た目であるが、周囲の人間は誰も彼のことを気にかけていない……否、存在にも気付いていないようだ。

「なーんでこんなところにいるんですか……。 何か報告不備でもありましたっけ。」

「仮にあったとしてもその程度で出向かないさ。 久々に君の顔が見たくなっただけだ。」

「気まぐれに出かけるのはいいんですが、億が一で俺こと獅燿紫輝と知らぬものはいないがその素性は誰も知らないとされるルイ・サイファーが近しい関係とかバレたらどうすんですか……。」

ルイ・サイファーと呼ばれた男は紫輝の返しに愉快そうに笑っていた。

紫輝の言葉は誇張表現でも何でもない。

このルイ・サイファーという男、世界でも有数の財閥のトップということで恐ろしいまでの著名人なのだ。

ただ、その素性こそは誰も知らない。 ……それを知る数少ない人物が、『仮面の悪魔狩り』、獅燿紫輝になるわけだが。

「人間世界を牛耳っている者が実は魔界の最上位……まさに最高のサプライズではないか。 それを知った時の君の反応はまさに愉快だったよ。」

「そりゃ、誰だってそうなりますって……。 ちょっと神話とか噛んだら知っているであろう『ルシファー』が俗世に紛れているなんて、笑うに笑えませんし。」

ルシファー……ラテン語で明けの明星という意味を持つ悪魔。

紫輝たちデビルハンターが相対する悪魔たちの根城、『魔界』の頂点クラスに位置する最上級の中でも最上級の格を持つ。

ただ、魔界のトップとは言っても彼自身は人間界の侵攻や人間の駆逐、そのようなことは考えていない。

というのも、現在の魔界……というより、上級悪魔は人間界侵攻を企てる過激派と人間との共存を考える穏健派、そしてそれとは関係なく活動する無所属の3派閥に分かれている。

穏健派のトップがルシファーであり、紫輝が現在契約している仲魔たちは元はと言えば穏健派or無所属だったりする。

「それで、1つだけこちらも報告だ。 1年前の『魔法排斥教団』の情報流出を行ったのは過激派幹部アビゲイルの部下……というか下っ端、こいつがやったようだ。」

「アビゲイル……って言ったら、過激派第3位辺りでしたっけか。 これまた面倒なのが絡んでますね……。」

「ヤツならば人間同士の争いで摩耗させるという根暗なやり方は好むだろうからね。」

まさかの大物の名前に紫輝も面倒そうな表情を見せた。

過激派の中でナンバー3付近、魔界全体でも10指に入るであろう悪魔なのだから当然の反応だ。

今の紫輝ではまずどう足掻いても勝ち目が無いであろう相手なのだから。

「まあ、そんなトップが前線に出るのはまだ先だろう。 それまでに君が本来の力を扱えるだけの力量になればいいだけだ。」

「それについては、手応えはあるんでね……そろそろアイツを試してみます。」

「死を神格化した彼か……。 ふむ、今の君なら確かに御せるように思える。 もうそれほどの時が経ったのか……早いものだ。」

「いつまでもこんな状態で甘ったれるわけには行かないんで。 ……あー、そうなると忙しくなるなあ色々と……。」

来るべき時、そしてその後のことを考えて紫輝はただただぼやいてしまう。

ただでさえ表の方も忙しいというのに、これでは達也の状況を他人事と笑えなくなる。

「表は二科とはいえ魔法科高校の生徒兼国内有数のジュニアスケーター、裏ではかのアンタッチャブルの分家でありながら世界を股にかけるデビルハンター……。 属性過多でこちらもお腹いっぱいだな。」

「その属性増やしている原因に言われたくないですってば。」

「はっはっは、それを可能にしているのは君自身のタレントだろうに。」

それから暫くは紫輝の最近について半分弄られながらも雑談に興じていた。

……なお、この魔界穏健派の頂点にもこのことを指摘されたわけで。

「ところで、君はいつになったら恋人を作るんだ? 君は血筋的にも独身でいることは許されないと思うがね……。」

「何で俺の周りの年上って大体がこうなんだろうか。」

真夜、夕歌、勝成……更に今回はルシファー。

いずれかは響子とかにもそれを指摘される日が来るのでは、と考えると気落ちしてしまう。

普段はやたら心配性だが恋愛事情には絶対口出しをしない司波兄妹が如何にありがたいことか……。

最悪穏健派悪魔でも許容するとかふざけたことを言い出す上司を呆れ半分で無理やり帰らせて、練習を再開する紫輝であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルシファーの来訪というサプライズもあったが、集中練習そのものは終始調子を上げることが出来た。

4回転トウループ、トリプルアクセルの成功率は現状で信頼できるレベルになったので、後は微調整を繰り返して試合に備えるのみ。

満足そうな表情で、紫輝は九校戦会場へ戻ってきた。

「……のはいいんだが。 何だこの一高勢力のビミョーな空気は……。」

意気揚々と戻ってきたのはいいのだが、ちょこちょこすれ違う一高生徒の微妙な雰囲気に自身のテンションとのギャップを感じてしまう。

何事かと思いながら歩いていると、見慣れた一団……要するにいつもの集団を見かけたので足早で合流する。

「あれ、獅燿君いつの間に戻ってたの? もうちょっとかかるかと思ったんだけど。」

「一般客に紛れての練習だからな、早めに切り上げた。 っていうか一高勢の雰囲気が微妙に重いんだがなんかあったのか?」

その言葉に、このいつもの面々も重い雰囲気になってしまった。

その中で比較的ダメージが少ないであろう雫が簡潔に状況を説明する。

早い話、午後のクラウド・ボール男子にて、優勝候補に数えられていた桐原が3回戦で負けてしまったことが原因だ。

ただ、格下相手に取りこぼしたわけではなく、三高の選手とフルセットの死闘の末の惜敗だったとか。

「更にその三高選手も次でコロッと格下に負けた……と。 まあそういうこともあるだろ。 んなもんこっちの世界でも当たり前のようにあることだぜ?」

「私も同意。 いつまでも気にしてもしょうがないことだし、ノーポイントじゃないことを安堵するべきだよ。」

「紫輝が言うと確かにその通りだよな……。」

「長年シビアな世界にいると慣れちゃうものなんですね……。」

ずばりと言い切る紫輝に一同は感心して、完全に割り切ることが出来ている雫には苦笑していた。

だが、先ほどの重苦しい空気は完全に取り払われただけマシだろう。

それを確認すると、紫輝は唐突に踵を返して一同とは別方向へ歩き出した。

「え、獅燿君一体どこへ行くんですか!?」

「あー、ちょっと桐原先輩に一声かけたくなったから探すわ。 みんなは戻っててくれ。」

「待って獅燿君! もしかして傷口に塩を塗ろうと企んでません!? そんなことしたら桐原先輩が再起不能になっちゃうからダメですよ!」

「ほのか、流石の紫輝でもそんなことはしないわ……多分。」

深雪のフォローになっていないお言葉にほのかは顔を真っ青にするも時既に遅し。

紫輝は得意の気配同調と俊敏さで既に桐原を探しに行ってしまっていたのだから。

ほのかと美月は慌てて止めに行くべきかと追いかけかねない勢いだったが、それをやんわりと止める者が一人。

「紫輝なら大丈夫、普段の言動から誤解されがちだけど何だかんだで気は利くからね。 流石に桐原先輩のメンタルに止めを刺すなんてことはしないよ。」

「確かにそうなんだろうけど……ミキがそこまで断言するってのも変な話よね。」

「それなりの付き合いだからこその経験則だよ。」

幹比古自身も厳しいことを言われながらも導かれた身なので、知らず知らずに説得力というものが滲み出ている。

レオ、エリカ、雫も幹比古の言葉に同調したので、美月とほのかも何とか己を落ち着かせていた。

……その頃、紫輝は体よく帰還を果たそうとしている桐原の元にたどり着くことが出来た。

「お疲れ様です、桐原先輩。 組み合わせが悪かったみたいですね。」

「お前本当に神出鬼没な奴だな、獅燿。 確かにその通りだが、それでも勝たなきゃってもんだろ?」

「でも先輩を破った三高選手も3回戦の疲労が大きくて次の戦いで敗退したんですし、ポイント差は極端なわけではない。 トーナメント形式で有力シードが番狂わせで序盤敗退なんて当たり前のようにあることなんですから、それに比べれば全然マシですよ。」

そこまで紫輝が言い切ると、桐原が何故か静かに笑い出した。

もう少し面白いリアクションが出ると思ったが、紫輝はすぐに理由が分かった。

「ははは、お前も割とズバズバと言うんだな。 いや、お前が言うからこそ説得力があるかもしれねえな。」

「もしかして達也が俺と同じこと言ってました?」

「ああ、アイツは事実上の痛み分けって言ってくれたがな。 だから今はもう吹っ切れてるから大丈夫だ。 っていうか、お前も確か九校戦終わったら遂に国際デビューなんだから、自分のことを気にした方がいいぞ。」

「ははは、一本取られましたね。 こりゃ俺も無様な試合は出来ませんな。」

桐原に見事返された紫輝は道化のように笑う。

実際にプレッシャーがかかるような場面ではあるが、紫輝はそれすらも愉悦に感じているのだ。

そんな紫輝に、桐原はますます惜しいと思っていた。

スケートという一発勝負の競技に身を置いている上に、凡そ同年代では有り得ないレベルの量の実戦経験をこなしている紫輝が九校戦の出場者に名を連ねていないことを。

(コイツなら、魔法力のハンデも簡単に覆しかねないからな……)

特により実戦の体が強いモノリス・コードでは猛威を振るうであろう。

更に言うならば、達也がエンジニアを担当すればそれこそとんでもないシナジーを生み出すだろうし、それこそ手が付けられない程になるかもしれない。

その光景を見たいような、見るのが怖いような……そんなことを思いながら桐原は紫輝と別れた。

無事に2日目のエンジニア作業を終え、達也は部屋に戻る。

その手にはフロントで受け取った荷物が握られており、これが既にこの場に届いていることに苦笑せざるを得なかった。

「流石は牛山さん、仕事が早い。 無理をさせてしまったかな……。」

頼んだのは今朝なのに今日中で仕上げてしまう辺り、流石はトーラス・シルバーの片割れだ。

恐らく達也の設計案が面白くてつい優先順位を上げてしまったのだろうが……。

とりあえずトランクを置いたタイミングで割と遠慮のないノック音が聞こえてきた。

扉の向こうにいるであろう人物はすぐに分かったので、達也はすぐに入室を促す。

「丁度良かったみたいだな。 とりあえず大人数で突撃隣のお兄様と洒落込ませてもらうぜ。」

「そういうのって飯時にやるもんじゃねえか? っていうか律儀にマイクとか持ってく辺り無駄に凝り性だよな、紫輝。」

他にも誰かいるとは思っていたが、まさかいつものメンバーが全員集合だとは思ってもみなかっただろう。

しかし、達也はそれを表には出すことはない。

全員が入室すると、早速一部の面々には机に置かれているトランクが目に入ったようだった。

「あれ、達也君これ何? もしかして武装一体型CADとか?」

「正解。 ちょっとした伝手で作ってもらったものだ。」

詳細まで聞けばまず間違いなく『ちょっとした』では済まない伝手ではあるが。

しかし、この場でそこまで突っ込むような野暮な人間はいない。

紫輝と深雪はこのトランクの中身が昨日の『オモチャ』であることは当然把握している。

更に言うなら、今この部屋の中に居る顔ぶれで動作テストにこの上なく向いている人物がいることも分かっていた。

「おーい達也、ここに気になってしょうがない実験台志望の男子が居るぜー。」

「待て、待ってくれ紫輝。 俺は別にそういうつもりで見てたってわけじゃあ……。」

「その割には結構興味深そうにトランクを見てたよね、レオ。 大丈夫、紫輝も武器には相当五月蠅いからそれに比べれば可愛いものだよ。」

エリカが武装一体型という言葉を出したその瞬間からトランクの中に興味ありありだったレオは思わず狼狽える。

別に隠すようなことでもないのだが、高校生にもなって武器と見たら眼を向けてしまうのは子供らしく思ってしまっていたのだろう。

それを察してか幹比古は上手くフォローを入れていた。

無論その後紫輝から軽い手刀を浴びせられていたが……。

「レオ、コイツを試してみる気はないか? お前にうってつけだと思うが。」

「俺にうってつけ? そういうことなら付き合うぜ。」

「良かったですね、西城君。」

直に来たテスター依頼に対して控えめに喜ぶレオ、それを温かい目と穏やかな表情で見る女性陣。

そんなこんなで達也はレオにトランクと一緒にマニュアルを渡して、一通りの使用法を予習させておく。

その間も他の面々の会話が絶えることは無い。

「レオに向いてるって、もしかしてアナログ系だったりするの?」

「いや、そういうブツじゃあねえぞ。 正直に言うともう少しまともな魔法力があれば俺もテストしてみたいような一品さ。」

「獅燿君をそこまで唸らせるなんて、流石は達也さんですね!」

「俺は設計図を引いただけなんだがな……。」

深雪の十八番をそのまま引用したほのかに達也は色々な意味で苦笑している。

当の深雪は全く気にしていない。 まあ、普段から紫輝からおちょくられているから慣れてしまっているだけだが……。

「そういえば、紫輝君も十手みたいな形のCAD持ってるけどあれも達也君設計?」

「いんや、アレは別の伝手のプロトタイプ。 初めて作った代物をそのまま俺が貰っちまったのさ。」

「……紫輝、まさかちょろまかしたとはそういうオチじゃないよね?」

紫輝が普通に譲り受けるということが想像できないからだろうが、幹比古のこの言い分は流石に酷いものだ。

だが、普段が普段だから周りの面々も強く否定が出来ずにいる。

そこにフォローを入れるのは当然身内になるわけで。

「大丈夫よ、吉田君。 流石に紫輝でもそんな大それたことはしませんから。」

「それは俺も保証する。 問題行動は多いが流石に窃盗はしていないぞ、こいつは。」

「はい、お前ら一言多い。」

全く同時に振るわれたのはお笑い専用CAD(違)ハリセン。

いつも通りの切れを発したそれは相も変わらずいい音を出していた。

「いつもながら惚れ惚れするいい音だね。 私もハリセン欲しい……。」

「し、雫?その何とも言えない表情がすっごい怖いんだけど……。 私実験台にされないよね?」

「おー、雫もツッコミ役に回ってくれるのか? それは助かる、俺一人じゃあとても手が回らないからな。」

喜々としてツッコミセット(ハリセン、扇子、ピコハン)を渡そうとするが、ほのかが必死に阻止。

曰く、雫はただでさえ口撃だけでも地味に鋭いのに小道具まで持ったら危ういことになりかねないとのこと。

親友の若干酷い言い草に、一瞬のスキをついて紫輝からハリセンを受け取って早速お見舞いすることになった。

紙で出来ているはずなのに、何故か頭部に妙な衝撃を与えてくるソレにほのかは思わず頭を抱えてうずくまってしまった。

「全く、いくら幼馴染でも言っていいことと悪いことがある。」

「ほのかも反応がオーバーだね……まあそっちの方がツッコミ甲斐があるんだろうけど。 美月も気をつけなよー? ほのか並に危ないから。」

「エリカちゃん、流石にそれは酷いよ……。」

本人はこう言っているが、そこまで間違っていないのが現実である。

そこからも暫く雑談は続き、レオのマニュアル受講も無事に終了する。

すぐにテストということで夜間ではあるが演習場を借りて、テスターのレオと成果を見守る達也、そして興味ありありの紫輝の3人が向かう。

「にしても、本当にあんなことが出来るのか? なーんか今でもピンと来ないんだが……。」

「それを確かめるためのテストさ。 とりあえず、まずは動作確認からだ。」

話している内に演習場に到着していたので、レオは早速手にしている武装一体型CADを起動する。

剣や刀と言うには太めの刀身は、魔法の発動と同時に二つに分離される。

CADの向けている方向に離れて行った刀身は暫くして完全に静止。 完全に柄と先の刀身の相対位置は固定されたようだ。

「おおー、こうして見るとなかなか面白い光景だな。」

「マジで浮いてるな。 硬化魔法でこんなことよくも思いついたもんだぜ。」

「硬化魔法の定義はあくまで『相対位置の固定』だから接触の有無は関係ない。 このデバイスの作動形態は刀身を飛ばすというより伸ばす、と言った方が近いだろうな。」

早速紫輝はこのデバイスを戦闘で使うことをシミュレートしていた。

一見刀身を伸ばすだけなので不意打ち程度にしか使えないように思える。

実際、モノリス・コードならば刀身を伸ばした状態じゃないと攻撃に使えないので見切られてしまったら厳しくなるだろう。

だが、実戦ならば遠近問わない打撃武器としてある程度は猛威を振るえるだろう。

伸ばした状態だけでなく、通常の状態でも殴りに行けるし、相手にクロス、ミドルの両レンジを意識させることが出来るのは大きい。

更に、伸ばした状態から戻す時の動作も攻撃に組み込めないか……。

……などなど色々と考えていたが背後からの達也の声で意識を現実に引き戻される。

「紫輝、お前も相変わらずだな……。 アレをモノリス・コードで使うことは恐らく無いぞ?」

「仮に出てたら面白かったのに勿体ないよな。 ところで、あのCADのアイデアをあっちに雑談がてら話してみてえんだが……。」

「別に構わないぞ。 というより俺としてもあっちがどういう方向性で仕上げてくるのかが楽しみだからな。」

あちらのCADの仕上げ方は達也の好奇心をまさにくすぐるものだ。

その内素性をばらしつつ互いに会わせたら色々と面白そうだと、双方の世話になっている紫輝は愉快そうに口端を僅かに緩めていた。

「にしても、あの人形は一体誰の趣味なんだ? 役割に支障はねえが、随分と古風なんだな。」

「それについては俺も同感だぜ……。 こういうのって道場とかで出てくるもんじゃないか?」

「いや、それを俺に言われても困るのだが……。」

達也自身も思っていて言わなかったことを二人はあえて突っ込んだので、流石に反応に困る。

ちなみに、テストそのものは至って上々であることは残らず叩き折られている人形が転がっている光景が物語っていた。

 

 

翌日、九校戦3日目は男女アイスピラーズ・ブレイクと男女バトル・ボードの決勝が行われる。

4日目からは新人戦が始まるので、ここで一区切り……また、この日が前半の山場であるとも言える。

この日は夜にリンクを貸し切る予定だったので、紫輝は抜け出すことなく試合の見物に徹することが出来ていた。

「服部先輩不調って聞いてたが2位とかやるじゃんか。 普通に役割は果たしたな。」

「役割って……紫輝、どこかのゲームみたいな風に言い方はよくないでしょう。」

「不調でも決勝に残っているということは、やはり副会長も凄いんだね……うう、プレッシャーが……。」

いつもの面々から達也を除いた面々は男子バトル・ボードの決勝を観戦し終えたところだ。

不調ながらも何とか決勝まで残り、更に粘りを見せた服部。

惜しくも準優勝だが、紫輝達下級生にその地力を示すことは出来ていた。

なお、その光景を見て新人戦バトル・ボードに参戦するほのかは既に重圧を受けている。

「ほのかさん、新人戦のバトル・ボードはもう少し先なのに今からプレッシャーを受けるのは……。」

「いやいやしょうがねえだろ。 先輩が先陣切って好成績残したら自分も続かなきゃってなるのは当然ってもんだ。」

先輩たちが奮闘して築いた流れを自分が止めてしまったら。

各種競技の団体戦という性質も含まれるこの場では、その手の重圧というものは否応にも大きくなってしまうものだ。

基本は個人競技だが、ごく稀に団体戦が発生する競技に身を置いている紫輝は特にその重圧を理解していた。

「そこで獅燿君、重圧に震える子羊……羊でいいのかな。 とりあえず何か経験者として一言。」

親友としての思いやりなのか、はたまた同じく新人戦に出る身としてあんまり緊張されると悪影響だからなのか。

どちらとも取れるようなフリで紫輝に改めてコメントを求める雫。

ほのかが羊呼ばわりされたことに抗議を入れているが、小動物的な雰囲気な彼女のそれが聞き入れられることは無かった。

「まずは自分のあらゆる状態を受け入れることだ。 大体人間ってのはプレッシャーから逃避しようとする。 プレッシャーが無い状態がよりよいコンディションだと思ってる節もある。 でもそれは所詮はまやかしだ。 逃避すればするほど、影のようにへばりついてくる。 それもそうだ。 プレッシャーなんて作ってるのはいわば自分なんだからな。 だからこそ、まずはその圧力を生み出しているのは自分自身だと理解し、そしてそれを真摯に受け入れる。 まだ女子の結果が決まっちゃいねえが、周りの状況はまさに一高がトップという状況。 明日から始まる新人戦、出来れば差は更に広げて安全圏に逃げたい。 そのためにも自分も勝つ……この欲を受け入れればいい。 まあ、ほのかの場合は『達也の助力を絶対に無駄にしない』……っていう方がしっくり来るだろうしより根っこに近い理由づけになるんだろうが。 それでもって、後は練習通り、いつも通り。 あの達也が仕込んだんだ、そうそう負かすヤツなんて出てこないし、そうなれば勝とうとする意志なんて捨てちまった方がいいぞ。」

「以上、獅燿紫輝の対重圧講座でした。 というか獅燿君、達也さんがいないからってぶっちゃけすぎだよ。」

雫の締めと共にメンバーからは控えめに拍手が沸いた。

その際に達也に対する献身についてツッコミを受けるが雫自身もどこか楽しげだ。

他の面々は笑っているようで笑っていない深雪の笑みを見て戦々恐々としているが……。

ある意味雫も、紫輝の影響からかより図太くなっている節が見られる。

「……あれ、でも勝ちたいって思うのを捨てるのは流石にダメなんじゃあ。」

最初は納得していた当人も、最後の方には流石に疑問符を飛ばしていた。

しかし、この疑問に対する答えは紫輝が発する前に反射的にこの人物が発していた。

「それは多分、光井さんが真面目だからじゃないかな。 真面目だからこそ、勝とうと決めるとその心に溺れてしまう。

 逆に闘争心が高いタイプなら、その意思は絶対に持つべきだと思う。 紫輝なんて特にそうだからね。」

紫輝の思考回路をこの面々では2番目に理解できているであろ幹比古だ。

レオや美月、雫までもがこの横槍には若干驚きに目を見開くのは無理もないことだろう。

なお、エリカはどこか意地の悪い笑みを浮かべていた。

「……ミキがこういう精神論を言えるようになるなんてねー。 もしかして紫輝君に言われたことあったりするの?」

「それは想像に任せるよ。 ……って何するんだよエリカ!」

「いやー、何か余裕ぶったその様子がちょっと鼻についちゃった。」

ここでも八つ当たりを実行するエリカに、事情を知る深雪と間接的な原因の紫輝は苦笑いするしかなかった。

そして、このタイミングで離席していた達也が戻ってくる。

流石の達也も色々と混沌としているこの状況に流石に説明を求めざるを得なかった。

紫輝もほのかのことはこの場では言わないくらいの配慮は出来るので、適当な言い訳でその場は流した。

ちなみに、女子のレースが始まる頃にはほのかの顔色はある程度は元に戻っていたことは補足しておく。

「にしても、渡辺先輩の相手は三高と七高……三高はまだしも、七高ってこれ実質決勝だよな。」

「だな。 レースゲームで言うと平均的に速い最強クラスと一点特化スペシャリストの対決か。」

紫輝の中で、七高+バトル・ボードの組み合わせは某Qの地元だけやたらと速いアイス屋が浮かんだとか何とか。

ゲーム上ではそういうスペシャリストは大抵首位を独走するが、果たして今回はどうなのか……。

そんな周りからすると明らかにズレていることを考えていたら、レースは丁度スタートしていた。

「渡辺先輩が先頭ですね……ですが。」

「ああ、やはり七高選手はついてきている。 流石は海の七高、これはどう転ぶか分からないな。」

スタートダッシュこそ摩利が先手を取った形だが、完全に競っている状態。

もう一人の三高選手は離れてしまっているので、実質上この二人のマッチレース状態になっていた。

小刻みに右、左と滑らかに通過していき、最初の大掛かりなコーナーが近づいてくる。

ここから暫くはストレートとコーナーの割合が絶妙で、恐らく走行以外の魔法を禁じたガチンコレースの場合でも競った場合の駆け引きが繰り広げられる区間だ。

水面のみとはいえ、自身以外への魔法行使も考慮すると考えればまさに気を抜いたらそれはあっさりとロスに繋がる。

一高生徒としてはやや不謹慎かもしれないが、紫輝は摩利と七高選手の競り合いに自然と目を輝かせていた。

それ故に、その異変に気が付くのも周囲の人間に比べればワンテンポ早かった。

(……おい待て、いくら最初が大事だからと言ってアレはやばいぞ? っていうかミスにしてはおかしくねえか?)

明らかに七高選手がオーバースピードだ。

いくら先行している摩利に意識を向けているからと言って、のっけからこの大ポカはおかしい。

次元を超えて念を飛ばしたのは、もはや条件反射のレベルの行動だった。

「このままじゃフェンスに……あ、渡辺先輩が反転を!」

(なるほど、七高選手をボードから引き離し、そして受け止める緊急措置か。)

背後を走る選手の異変を察知してすぐに救助行動を取る冷静さ。

七高選手は暴走状態のボードから離され、後は慣性中和魔法を掛けて受け止めるだけ……誰もがそう思った。

その時だった。

紫輝の身に『報せ』が届き、それと同時に摩利が乗っているボードが一瞬だが不自然に沈んだのは。

一瞬の波だが、摩利の姿勢と集中を乱すには十分な強さ。

……次の瞬間には、この場に居る全員、ほぼ誰も予想できなかった最悪な状況が目に入っていた。

ボードから引き離すために使った移動魔法の慣性を中和できず、更に受け止める姿勢も取れずにそのまま二人は激突。

耳を塞ぎたくなるような音と、内にまで響く衝撃と共に摩利は七高選手共々フェンスに叩きつけられた。

一瞬の静寂の後、会場は一気に騒然となった。

レースは即時中断、すぐさま救護活動に入るスタッフたち。

達也も周囲に居る皆に現場に向かう旨を伝えて足早にその場を離れていく。

そんな悲鳴や怒号の喧騒、はたまた一部の恐れが入り混じるこの空間で、唯一紫輝だけは無表情だった。

『(……いたんだな? 人為的なヤツが)』

『(ええ。 詳細までは特定できなかったけれど、あの気配は明らかに人によるもののソレね。 不自然なオーバースピードも含めれば……もう明白ね)』

『(唐突に頼んだのはこっちだ、それだけやってくれれば御の字ってヤツさ。 緊急配置した使い魔は通常ルーティンに戻してくれ。)』

諜報担当への念話を終えると、紫輝は静かに舌打ちする。

まさかこんなに早く仕掛けてくるとは思っていなかったところでこのザマ。

普段は見せない『苛立ち』を紫輝は隠そうともしなかった。

ネヴァンの使い魔による調査は即席なので、詳しいことは当然分からない。

特に、あの『不純物』が何者の手によるものなのかは憶測でしか語ることは出来ない。

しかし、この九校戦に人為的な妨害が入っていることは逸早く明らかにすることが出来た。

(随分と手の込んだ、、それでいてみみっちいことしやがって……。)

その無表情の内にある純然たる怒り。

自身の先輩に当たる摩利が巻き込まれたことに対するものが半分。

もう半分は、影からコソコソとこの人道から外れている行為をする陰険さに対するもの。

それを自身の中できっちりと抑え込み、紫輝は深雪達と共にその場で待機していた。

 

 

バトル・ボード準決勝第2試合は事故発生により中止、摩利の棄権と七高選手の棄権で3位決定戦に進めんだのは第1試合の選手のみとなった。

二人だけの3位決定戦に参加した一高のもう一人の選手、小早川景子が3位に入ったのでポイントはそれなりに稼げた。

更に、アイスピラーズ・ブレイクでは男子は克人が、女子は花音がそれぞれ優勝したので、前半戦はそこそこのスタートと言える。

ただ、最有力とされた摩利が事故により5位で終わってしまい、更にミラージ・バットも棄権を余儀なくされたのは本人もかなり堪えていた。

肋骨が折れたことにより全治一週間、更に十日は激しい運動が禁止と診断されたから無理はない。

そして、あの場にいる大半の人間に衝撃を与えた事故だが……ネヴァンによる索敵を行った紫輝以外にも人為的ではと疑う人間は当然のように存在した。

病院に搬送された摩利に付き添っていた真由美もその一人である。

あの時の摩利の足元には魔法特有の不連続性があり、更にレースをしていた3人は誰もそんな魔法は使っていない。

そうなれば、第三者による妨害があったという結論に至るのは自然の流れだろう。

それについては達也も同意見で、現在映像による水面の解析を行っている最中だ。

この妨害は、もはや一高だけの問題ではなく、九校戦……いや、魔法科高校全体に関わるほどの問題だから、その解明に全力を注いでいた。

ちなみに、逸早く故意的に発生させた事故だと察した紫輝はその先……要するに、発生原因の方を探っている。

とはいえ、少なくともどこの誰がやってくれたのかは暫定の段階までは来ていたが。

(普通に考えれば無頭竜が仕掛けたのが濃厚だろ……。 こいつらと九校戦を結ぶ線はまだねえが、犯罪シンジケートならいくらでも思いつく)

九校戦に対するテロと考えれば、すぐに思いつく理由の1つは反魔法師活動だろう。

この競技会はいわば、日本の魔法師の卵たちによる祭典。 そんな華やかな舞台を狙えばこの国の魔法師社会に対するダメージは決して少なくは無い。

ただ、無頭竜が反魔法師組織であるという情報が無いのでこの線ははっきり言うと微妙なところである。

それならば同じテロでも日本の国力を落とすことを狙っての方がまだ合理的な理由になる。

そしてもう1つ、紫輝の中ではとある仮説が浮かんでいる。

いわゆる『梃入れ妨害』というものだ。

紫輝が散々やりこんだレースゲームの中で、敵車の順位が固定化されているもので遊びがてらやるものと根は同じ行為と言える。

ただ、『お遊び』の範囲のそれとは違い、今回の妨害工作には単純だが強い理由が発生しうる。

端的に言ってしまえば、『金』である。

九校戦のような競技会で非合法に賭博を行い、少しでも不利になるようなら妨害による外部操作を行う。

特に今回の九校戦も一高は堂々の優勝候補1番手として取り上げられていた。

そうなれば、その賭けでより稼ぎを出したい者たちからすれば目の上のたん瘤でしかない。

この可能性も所詮は机上の空論に過ぎないが、それでも現実味はある。

まあ、どちらの理由にせよこの事故で終わりということはまず有り得ない。

早々に手口を見抜かなければ同じことが繰り返されてしまうだろう。

「ということは、紫輝の見立てでは妨害に用いたのは悪魔ではなく精霊だってことだね。」

「ああ。 悪魔を使ったにしてはやることがみみっちいし地味過ぎる。 姿を一時的に視認できなくなる悪魔はいるにはいるが、そいつの特徴も見られなかったからな。」

「それに、魔法による不連続性が確認されていたとのことだから悪魔の可能性はほぼゼロ……そうだね、僕も同じ見解だよ。」

競技が終わった後に紫輝と幹比古は密談まがいなことを行っていた。

達也は明日からの新人戦の準備に追われているので、事後報告を行う形で手を打ってある。

「後は不自然な七高選手の減速ミスだが……これもどう考えたって細工が行われてるだろ。 レースカーの足回りやCPUを弄るかのようにCADに細工を行うくらいじゃねえと有り得ない現象だ。」

「九校戦に出るレベルでそんなミスをするわけがない。 まあ、これは大体の人がそう思ってることだったね。」

いくら学校の覇権に関わるところがあって緊張していたとしても、そんなミスをするような不安定な人材はまず選ばれないだろう。

摩利との接戦で焦ってという線も考えられなくはないが、それならば減速のタイミングが遅くなる方が自然だろう。

あの減速と加速の勘違いから起こったミスに見えるそれは、どう考えても細工の臭いを消し切れていない。

「で、誰がいつ細工をしたのか……これはいくつか候補があるな。 一番有力なのは大会委員、CADの規定チェックとかそういうところでやってんじゃねえか?」

「達也もそう言ってたよ。 言われてみれば確かに有り得そうだけど、そうなると決定的な証拠を掴むのがかなり難しいんじゃないかな……。」

「流石にそっちに偵察飛ばすわけにも行かねえからな……。 バレないとも限らんし、そうなったら色々と本末転倒だ。」

使い魔を用いた偵察がバレてそっちが問題になったら元も子もない。

非常に歯痒いが、こちらは後手に回らざるを得ない状況だ。

最悪ルシファーに頼んで潜入捜査用の人員をよこしてもらうことも考えたが、それもそれで気が引ける。

悪魔が絡んでいる可能性が低い事柄に彼を関わらせると後が怖い。

更に言うなら、紫輝自身が下手な関わり方をして仮面の悪魔狩りということが判明、そして下手に広まってしまったら、今度は悪魔を用いた報復を警戒する必要性に駆られるだろう。

相手が人造悪魔の技術を持っていると分かっているからこそ、より慎重に事を進めなければならない。

紫輝は確かに対悪魔においては凄まじい力を持っているが、それは決して万能ではないのだ。

潰すにしても、可能な限りリスク……その中でも身内に関するものは可能な限り取り除き、スマートに済ませる必要がある。

「さーて、俺はそろそろリンクに向かうとするかね。 きっちり形にしておかねえとスピード・シューティングの最中に雫に狙撃されかねねえからな。」

「また本人がいたら危ない発言を……。 まあいいや、いってらっしゃい。」

有り得なさそうなのだが洒落にならない発言を上手く流して見送る幹比古。

一応周囲を確認して、当の本人がいないことを確認し密かに安堵しながら部屋へ向かい踵を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リンクに到着して、氷の上に立ってから最初に行うことは基本的に瞑想である。

瞑想とは言っても、別に氷の上で座禅を組むわけではない。

とあるスケーターが瞑想と例えたそれは、コンパルソリーという。

フィギュアスケート競技黎明期では得点の大半を占めていたものだ。

課題となる図形を氷上に滑走することで描き、その正確さを競う競技である。

簡単そうに聞こえるが、スケート靴のブレード1つで全体を支える都合上ほんの些細なズレで滑りは乱れてしまうものだ。

その繊細さは、1トン前後かそれ以上の車体を支えるタイヤのそれに似ている。

今ではこのコンパルソリーは競技から外れ、ショートプログラムとフリープログラムの2つの合計で競うようになったが、今もなおコンパルソリーの重要性を唱える人間は少なくない。

紫輝も、他者に押し付ける気こそさらさら無いがその口の一人であった。

ふとしたきっかけでよりスケートに力を注ぎたいと思った時、真っ先に足りなかったのがスケーティングだと思い至る。

一朝一夕で解決するものではないが、可能な限り能率よく改善したい……そう高島コーチに相談したら、すぐにこの答えに至れた。

『そろそろ基礎に立ち返るのも悪くないぞ』……と。

丁度シーズンが終わった直後(時期的には年明け直後)だったこともあり、クアドトウループの習得と並行して取り組むことは出来た。

とにかく地味で華が無い練習だが、コンパルソリーがもたらした影響というものは予想以上に大きかった。

一番大きいのはエッジに対する認識が大幅に広がったことだろう。

ジャンプ1つの離氷でも、どのエッジに乗っていれば成功するとかそういうことがある程度感覚が養われていた。

また、紫輝がやや苦手とするスピンもかなり能率の良いエッジの乗せ方が理解できたことでレベルは最低でも3で安定するくらいになったのも大きい。

その感覚を養う、という意味でコンパルソリーは『瞑想』、紫輝はそう例えているのだ。

なお、この例えが敬愛してやまないあのスケーターと同じだということを言ってかなり嬉しそうにしていたのは殆ど誰も知る由のないことである。

そんなわけで、昼間のバトル・ボードの事故で静かに憤怒の熱を発していた己を冷却させ、よりまともな熱を帯びさせるためにひたすら『瞑想』に打ち込む紫輝。

それで本来の練習時間が減ってしまっても構わない。 こんな状態ですぐに練習に入っても殆ど意味がないことは経験で理解しているから。

とはいえ、来た時には既に表向きには落ち着いてはいたので、ものの30分……大体5個の図形をキッチリ描く頃には完全に精神状態は出来上がっていた。

ついでに氷の感覚にも慣れてきたので、ここいらで単独要素の練習に入る。

フリーで1回飛ぶだけのクアドトウループはほどほど、ジャンプで最も重視するのは3度飛ぶ得点源のトリプルアクセル。

飛べるようになった時からずっと武器にしていた技なので、あらゆる妥協を調整に挟むことは無い。

他の技ももちろんそのつもりだが、トリプルアクセルは二重にも三重にも念を入れている。

一通りの単発技が納得行くくらいになったところで、そろそろ曲をかけての練習に取り掛かる。

本番では音のタイミングに合わせることも必要になるので、無音の時に出来れば必ず本番でも成功するとは限らない。

否、曲との調和がまともになってきてからが本当に仕上がってきていると言えるのだ。

クールダウンも兼ねて一旦氷から降り、荷物から音源媒体を持ち出そうと歩き出そうとした時点で、紫輝はすぐに歩みを止めた。

静寂なこの空間だからこそ、そしてピアノ線が如く張り詰めた紫輝の状態だからこそ捉えることが出来た。

「おいおい、無断見学は感心しねえぜ? そういうのはちゃんと仲介役を通してくれないとな。」

歩き出そうとしている方向に向けて語り掛ける。

一歩間違えれば危ない人に見えるし、もし誰もいなければ夢遊病認定されかねないがそうなることはまずなかった。

その証拠に、紫輝の声に反応して二つの人影が動いていたのだから。

「ごめんなさい紫輝兄さん、邪魔をしたらいけないと思ってつい……。」

「私たちが出てきたくらいで紫輝さんの集中は乱れないのだから、気にしなくていいと私は言ったのですけれど……。」

現れたのは、一見紫輝より年下に見える男子と女子。

どちらも年相応ながら可憐な容姿を持っており、男子の方は服装以外で性別を判断しきるのは難しいところだろう。

そんな二人の顔を久々に見て、紫輝の表情は普段よりも和やかなものになっていた。

「まあ、何にせよ久しぶりだな……文弥、亜夜子。 わざわざここに来たってことは、何か野暮用でもあんのか?」

「野暮用って言うほど軽いものじゃないですが、むしろそっちがついでです。 紫輝兄さんがここに居るって噂を聞いたので……。」

「折角ですから久しぶりにお会いしたく思い、更に公開前のプログラムを見ることが出来たら僥倖かな、と。」

「はっはっは、お前らも絶妙にはっちゃけるようになったじゃねえか。」

全く本音を隠していない二人に対し、紫輝は照れ隠しとばかりか二人の頭を軽く撫でる。

この双子……文弥と亜夜子は四葉の分家、『黒羽』の長男と長女だ。

四葉全体の中で諜報部門を担当している黒羽家なので、紫輝より1つ下にも拘わらず既に色々な任務を請け負っていた。

そんな背景を持っているので、割と幼い時からより広いステージ、更にオンリーワンな立ち位置で活動をしている紫輝のことを敬っている。

紫輝自身が二人の任務に同行してはあれこれ教え込んだりもしていたので、今では兄的立場としての尊敬という形に落ち着いているが。

ただ、亜夜子は雫や響子同様にスケート観戦を嗜んでいることもあってそういう意味での尊敬も入り混じっている。

そんな兄貴的存在として、また同じ四葉の分家として、ここはちゃんと務めを果たせと軽く叱るべきところなのだろう。

だが、紫輝はそこまで説教臭い人間では断じてないし、説教など面倒。

むしろ、自分に会いに来ることを考えられる余裕があるのは良いこととポシティブな方向に捉えていた。

「それで、このタイミングで氷から一旦離れるということは……曲掛けですよね?」

「正解だ。 まあ、ここは再会を祝してショートの方をコミュ限公開と行きますかね。」

期待を隠そうともしない亜矢子の爛々とした眼を見て、二人にはやや甘い紫輝も折れるしかなかった。

文弥はそんな姉に苦笑いを浮かべてはいたが、その仕草からは隠しきれない待望の念というものがある。

彼も姉に付き合って観戦するので、全く興味が無いというわけではない。

「それじゃあ文弥、音楽を掛けるのは任せるわ。」

「……だね。 じゃあ紫輝兄さん、音源データを。」

「わざわざ悪いな……。 じゃあ、頼んだぜ。」

承認するまでの若干の間、それは文弥なりのせめてもの抵抗の意思であった。

だが、スケート関係になった場合の亜夜子に対して口で勝てるとは到底思えない。

それで紫輝の貴重な時間を割くわけには行かないので、戦術的撤退安定だ。

紫輝から受け取った音源をセットして、可能な限り素早く元の場所に戻る文弥。

その慌てように苦笑しながら、紫輝はショートプログラムの演技を開始する。

……その詳細はここで語ることはあえてしない。 それは後ほど、コロラドにて行われる国際大会デビュー戦にて詳細に記すことにしよう。

ただ、唯一言えることは、現在まだ調整中のこの段階ですら亜夜子だけでなく、文弥の眼が輝いていた……それだけで十分であろう。

「流石は紫輝さん。 これならいきなりジュニアグランプリシリーズ・ファイナルと3連勝も夢ではないですね!」

「おいおい、流石にそれは誇張表現だっつの。 柊もいるし、コロラドから去年の世界ジュニア優勝者とぶつかるんだぞ俺。 ファイナルまで行ったらそれこそシニア行けよってレベルのヤツもいるだろうからな……。 まあ、そのつもりで行かせてもらうけどよ。」

亜夜子の賞賛の声にも増長する気配を一切見せない。

確かに技術的にはそこそこ勝負できるかもしれないが、紫輝には絶対的に国際大会の経験というものが足りない。

戦闘における経験の豊かさが如何に有利に作用するかを理解しているからこそ、紫輝の心に油断や慢心などというものは欠片もありはしなかった。

「最低でも全日本は観戦しますからね。 ふふ、今からチケット手配の手筈を整えておかないと……!」

「手筈って、一体何をする気なのさ姉さん……。」

「……夕歌姉さんとかにも言っておくがな、頼むからそういう無茶だけはしないでくれよ。」

ただでさえスケオタという人種のバーサーカーっぷりは恐ろしいのに、亜夜子や夕歌は下手に『力』があるから厄介なのだ。

しかもそれを許容しているのが紫輝も含めた全員にとってのトップの真夜なのであって……。

一人の身内スケーターの観戦の為に十師族筆頭の力を部分的にとはいえ使う……果たしてこれが四葉としていいのかどうか。

(頼むから別の意味というかスケート界のアンタッチャブルにだけはならないでくれよ……。)

普段は周りを引っ掻き回す役回りの紫輝が珍しく冷や汗を垂らしていた。

これもまた彼の仮面なのである……あんまり持ちたくない、苦労人という仮面。

 

 




だいぶ前から出ていた紫輝の上役遂にご登場。
まあ、ベタオブベタですがルシファー閣下でした。
ただ自分、実はメガテン殆ど未プレイなのでかなり違和感がある人物になってると思います。
魔界穏健派筆頭ってところからしてイメージとしてはD×Dのサーゼクスをイメージした方がしっくり来るかもしれません。
後、彼との会話の中で出てきたアビゲイルという名前、これの出展はデビルメイクライです……アニメ版ですが。
後は黒羽の双子まさかの早期登場。 まあ、夕歌姉さん既に出てるのに出さないわけには行かないでしょう。
紫輝についてどう思っているかは、文弥はほぼ達也と同じですが亜夜子は純粋に兄貴分として慕っています。 なお亜夜子も結構なスケオタ設定追加。
四葉は何でこんなにスケオタ浸食率が凄いのかって、それは……ねえ?(謎


長セリフによる紫輝の対プレッシャー自論はコラムにあった現世界記録持ちの彼の言葉を参考にしました。
プレッシャーなんて感じて当然ですし、それを否定したって何も始まりませんからね。


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12. 新人戦という名のお兄様無双開幕

はい、大変申し訳ありません。
最近どうにも筆が進まなくて色々焦っております。(PS4購入からのニーアプレイもあるんですが、そもそも筆そのものが重い)
まあ失踪だけはしません。 たとえ更新頻度が落ちたとしても書き続けます。 過去作品(全くもっての別ジャンル)を大幅リメイクとか企みもしましたがそれもやりません。
自分の性格上、あっちこっち手を出したら確実に全部頓挫するので。
後艦これをかなり真面目にやりだしたのも原因かなーと。(ウィークリー全消化+マンスリーある程度消化で改修作業をやってます)
あ、ちなみに冬イベは甲→乙→甲で突破しました。 IマスS勝利なんていらなかった。
そんなこんなで暗雲漂う状態ですが何とかチマチマと打開できるように努めていきます。



九校戦4日目……1年生のみで行われる新人戦はここから開幕となる。

そして、それは同時にとあることを意味していた。

『知る人は知る、超高校級という言葉でも言い足りない技術を持つ司波達也が本格的にエンジニアとして暗躍する』……ということを。

しかも初日の今日、行われる競技はスピード・シューティングと、バトル・ボードの予選。

達也が担当するのは女子スピード・シューティング、女子アイスピラーズ・ブレイク、そしてミラージ・バットなのでいきなり彼が調整したCADのお披露目となるわけだ。

それを知ったからなのか、紫輝の表情からは僅かながらの愉悦が漏れていた。

「紫輝……なんかすごい悪い顔をしているけど何を企んでるのさ……。」

周りにもそれは伝わっていたのか、精神的に一歩引いているようにさえ見える。

まあ、紫輝がその程度のことを意に介すわけもなくて

「失礼だな、何も企んじゃいねえよ。 ただ我らの達也君が手掛けたCADを見て他校の連中がどんな愉快な反応を見せてくれるのかと思って顔がニヤけただけだ。」

「同意できる部分もあるけれど、その物騒な表情は隠しなさい。 私たちまで同類だと思われるのは嫌なので。」

「賛同部分がある時点で既に深雪さんも同類な気が……。」

美月の密かなツッコミに内で全力同意をする他の面々。

深雪の耳にも入ってこそいるが、ここで下手な反応をするのもアレなのであえてスルーしている。

流石は超高校級のブラコンのストッパー、直接何かをしなくても十分にその役割を果たしていた。

「あれ、そういえばほのかのレースっていつだっけ。 ここにいるってことは被ってるってわけじゃないんだろうけど。」

「私は午後の最終レースですよ。 だから気分転換がてらここにいるんですけど……。」

「何だか落ち着いてるわねー。 紫輝君効果恐るべしってやつかな?」

「人をドラッグみたいに言うんじゃありません。」

実際紫輝の我流の心構えを教えたことが要因だが、この言われようは心外だろう。

別に胡散臭い理論にもなりえないことを言ったわけではない。

真面目さを過剰摂取して凝り固まりがちな心に軽くほぐしを入れた、ただそれだけなのだから。

「達也さんに練習に付き合っていただいたし、更に秘策も用意してもらったから安心していいかなと思ったら少し気が楽になったんです。 ただ、それでも不安なものは不安です……どうしてもここ一番で弱いから……。」

「それくらいでいいのさ。 あんまり気が抜けすぎるのもミスの元、適度な緊張感もまた必要なものだ。」

「紫輝、すっかり光井さんのメンタルコーチになってるような……。 将来コーチとかやるつもりかい?」

「案外向いてるんじゃねえか? 割と面倒見良さそうだし。」

幹比古の呟きに大体は首を縦に振って肯定の意を見せていた。

ただ一人、深雪だけは思わず俯きながらもこんなことを呟いてしまっていたが……。

『それだと、全種問題なく飛べる生徒じゃないと弄って再起不能にしかねないわ……』と。

無論紫輝がこの呟きを逃すはずもなく、当然のように深雪にしか聞こえないよう、『2Aの練習地獄やらせるぞ』と笑っていない笑顔で告げた。

やはり、達也がいないと紫輝には全く勝てる気がしない。

……まあ、達也がいたとしてもせいぜい自分への被害が減るかもしれない、という気休め効果しか得られないのが悲しいところなのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新人戦でも同じく、スピード・シューティング予選は単独によるスコアアタック方式だ。

対人戦ではないので、如何に自分のやり方で多くのクレーを破壊するか……その一点を追求すればいい。

真由美のように1つ1つをスナイプしてもよし、移動魔法を用いてクレー同士をぶつけて壊すのもよし。

とはいえ、戦法そのものは誰しも似通っていたので、途中で紫輝は思わず欠伸、更には意識が飛びかけていたが。

「紫輝、次は雫だからしっかりしなさい。」

「んあ? ……あー、サンキュ深雪。 流石に雫のを見逃したら後でどんな無茶ぶりされるか分かったもんじゃねえからな。」

「こんな真昼間から舟漕いでるって、実は疲れてるんじゃない?」

エリカの指摘に周りも心配そうに頷いていた。

観戦だけとはいっても疲れるものは疲れるし、その上時間を見ては移動してはリンクにて練習。

その濃密さは達也や深雪ですらも心配顔を浮かべるレベルなのだ。

「疲労については否定出来ねえな。 だが、むしろこのベストじゃない状態で練習できるってのも貴重だから丁度いいのさ。 それに、ダチの晴れ舞台見ないなんて悲しいことも出来ねえからな。」

「ははは、この状況すら利用するなんて流石だな。 でもマジで無理すんなよ?」

「大丈夫だ、いざって時は優しい妹分が膝貸してくれるらしいからな。」

「私はそんな約束をした覚えはないけれど。」

しかし、紫輝は何てことないように振舞っている。

ただ、実際問題強がりでも何でもなく、この状況をむしろ利用しているのだ。

それに、これからは下手をすると『本業』とスケートがある程度ドッキングすることすら有り得るのだ。

これくらいで根を上げてはまずやっていられない。

さて、そんなやり取りをしている間に雫が観衆の前に姿を現していた。

会場は一時の静寂に包まれ、それと共に開始のシグナルが順々に灯っていく。

(このシグナル、バリエーションとか作れば面白れえのにな)

開始のシグナルが割と豊富な某Qの3作目が脳裏に霞める。(原住民、鳩の鳴き声etc)

が、競技が開始されたと同時に発生したクレーの粉砕音によってすぐにリアルに立ち返った。

「うわ豪快。 クレーが文字通り粉砕されちゃってる。」

普段の物静かな雰囲気とは対照的な豪快な手法であった。

しかし、その豪快さとは裏腹に有効範囲に入ったクレーを的確に各個破壊している。

「有効範囲に入った途端に破壊されている……これ、もしかして有効エリア全域を作用領域に設定しているんですか?」

「その通りですよ。 領域内の固形物に振動波を与える魔法を使ってクレーを破壊してるんです。」

「振動波であれだけ粉々にするってことは、疎密波か。 ……しかも達也らしいやり方もきっちり入り混じってやがる。」

クレーの破壊数が20になる辺りには紫輝は雫が使っている魔法の骨組みをほぼ把握しきっていた。

というのも、達也の手口を肉眼だけである程度把握するのを1つの楽しみにしているのであえて詳細を聞いていないのだ。

「アレはクレーの有効エリアが1辺15メートルの立方体だということを利用して、その中に相似する形の作用領域を設定してる。 確実に有効エリア内で破壊することを考えて1辺10メートルってところか。 その立方体の頂点と中心の9つのポイントを震源としてるな。 こうすれば使用者の雫はクレーの位置を視認して震源を指定して引き金を引けばいい。 この競技は自身が動く必要性は皆無で更に有効エリアも動いたり範囲が変わることもないから、定数として扱えるのも大きいな。 七草先輩とは一風違って、こっちはトラップを仕掛けて確実に仕留めるって形になる。 やや大掛かりともいえるが、この規模を処理できさえすれば制御については気にしなくてもいい。 使用者の特性を最大限生かすこのやり方、まさに達也の手法そのまんまだな。」

矢継ぎ早に放たれる紫輝の仮説に思わず控えめの拍手が響いていた。

魔法の実態を知っているほのかと深雪も笑みを浮かべながら頷いていること、またほぼ同じ頃に鈴音が真由美と摩利に説明していることと殆ど変わらないということからかなり正確な見解であることは疑いようがない。

これまでの人生で直感や気配同調などと同じように鍛え上げられた観察眼がこの場で見事に発揮されていた。

「さっすが幼馴染、そういうところもちゃんと理解してるんだね。」

「肉眼でそこまで分析できるのも凄いですよね。」

「そりゃあな、達也に付き合ってテストとかちょこちょこやるし、分析力も自然につくもんさ。」

紫輝の観察眼への賞賛を尻目に、雫は危なげなく100個のクレーを全て破壊。

新人戦ながら飛び出たパーフェクトに、観客のざわつきは留まるところを知らない。

固有名称『能動空中機雷(アクティブ・エアーマイン)』……最初のお披露目となった達也のお手製は最高の結果を叩き出していた。

(あれはあれで参考になりそうだな……後で達也に詳細聞いておくか)

トラップという側面で上手く利用できないものか脳内試行錯誤も欠かさない紫輝であった。

その後、競技を終えた雫と達也に合流すると、先ほどの雫が使った能動空中機雷(アクティブ・エアーマイン)についてちょっとしたニュースがあることが判明した。

曰く、魔法大全……通称インデックスに登録申請が来る可能性があるとのこと。

魔法史上に名前が残るほどの事態、それも身内からそうなる人間が現れるということで周囲は浮足立っている。

……そんな空気の中、達也だけがどこか浮かない表情をしていることに気付いていたのは深雪と紫輝のみだった。

「……あ。 そろそろBグループの予選が始まる。 見に行ってもいいかな。」

「ああ、三高の有力どころが気になるのか? なら、俺も行くとするかね。」

「珍しいな、お前が興味を持つとは。 それより、少しでも休むべきなんじゃないか?」

「見てもしょうがないところは寝てるから安心してくれ。」

悪気もなく睡眠宣言をかます紫輝に達也は流石に溜息をつかざるを得なかった。

なお、この時周りは雫の時はちゃんと見ていたときっちりフォロー。

ただ、雫も流石に紫輝の義理堅さは信用していたのか自分の時は起きているのは分かっている様子だったようで。

「まあ器用さの無駄遣いとはこのこと。 でも、本来ならスケートの練習に専念しなくちゃいけないのに応援に来てくれてるから何も言えないよ。」

これだけを言って特に追及も何もすることはなかった。

(……まあ、それに加えてネヴァンを使っているとはいえ会場の監視もある。 正直、俺よりも遥かに疲れているだろうに……。)

更なる裏事情を知っている達也も、内心では紫輝の体調を労わっている。

肉体的だけでなく、精神的にも摩耗は避けられない状況なので少しでも休めるタイミングがあるならそれに飛びつくのは仕方のないこと。

そんなお墨付きを貰った状況なので、Bグループ予選会場に到着した後もお目当ての選手が来るまでは舟漕ぎの再開である。

「……これ、いっそ膝を貸してあげた方がいいのかな。」

「よしなさい雫。 ちょっとでも甘やかしたらすぐに付け入ってくるから。」

「というより、左右に全くブレないのもまた凄いですね……。」

他の面々も同じく、そこまで食い入るようには見ていない。

むしろ、睡眠に入ってることでいつ左右にブレてもおかしくない紫輝の様子を見ている方が多いくらいだ。

が、そんな状況もとある選手の名前がコールされた時点で終わりを告げるわけで。

「お、どうやら来たようだな。」

「わわわ、獅燿君!? 突然起きないでください!!」

「すっごい反応速度……。 寝首かかれても普通に反応しちゃいそうだね。」

きっちり眠っていたにも関わらず名前のコールを聞いた瞬間に反応出来るその反射速度にエリカは舌を巻いていた。

こういう場で発揮するには極めて微妙なものではあるが……。

(さーて、お前が見込んだのはどれほどだ?)

紫輝がなぜ彼女のことを認知しているのか。

直に見るのは初めてだが、事前に彼女のことは聞いてはいるのだ。

果たして、この仮面の悪魔狩りの興味を少しでも引くことが出来るのか……。

そんな期待を他所に、彼女……『十七夜栞』の予選が始まった。

もはや何度目か分からないクレーの射出……そして、それらが有効エリアに入った瞬間に1つのクレーが破壊。

そして、1つ目のクレーの破片が次々に別のクレーを破壊していく。

「え、何今の? 1つ目のクレーを破壊したのはいいとしてその破片がきっちり他のクレーに当たってるように見えたんだけど。」

「1つ目のクレーを振動魔法で粉砕、その破片を移動させ、連鎖的に他のクレーを破壊してるな。 なるほど、雫が豪快だったらこっちは繊細。 まさに対極だな。」

「待ってくれ紫輝。 簡単に言っちまってるけどそれってあのコンマ秒でそれぞれの破片を認識する必要があるんじゃねえか? もはやスーパーコンピュータレベルだぞ。」

レオの言うことはまさに正しい。

1個目のクレーを破壊、その一瞬で破片の位置を全て把握して移動させての連鎖破壊。

正確かつ素早い空間把握能力が無いとまず有り得ない芸当なのは言うまでもないこと。

スーパーコンピュータ勝りともいえるこの能力はもはや固有スキルと言っても過言ではない。

超人的な空間把握力と演算能力から繰り出される数式の連鎖……アリスマティック・チェインと言ったところか。

全く揺らぐことなく常時連鎖をつないでいき、瞬く間にスコアは100点を記録していた。

新人戦二人目のパーフェクトということで会場は再度騒然となったのは無理もないだろう。

一部ではこれもインデックスに登録されるのでは……という声も上がっている。

「達也さん、この魔法もインデックスに登録されるかもって……。」

「いや、それはないだろう。 あれはあの選手独自の空間把握能力ありきで汎用性が無いからな。 ただ、この個人特有の能力を突き詰めて特化される手法は金沢魔法理化学研究所のものだな。」

(……アイツの魔法もその類だったな。 どちらも分かりづらいし地味だが極めれば相当なアドバンテージなことに変わりはねえ。 ……そうだな、コッソリ試合見てやるとするかね)

気配同調や直感という同じく地味だがある意味強烈なスキルを磨き上げてきた紫輝はその有用性をよく理解している。

恐らく紫輝が九校戦に出場していれば……例えばモノリス・コードでは猛威を振るっていただろう。

本人の固有のもの、だが魔法に一見結びつかないように見えるものを生かすやり方は紫輝は好ましく思っている節はあった。

先ほどの連鎖破壊を見ても、少なくとも大半の凡夫とは一線を画していると評価していたのだから。

「それにしても、クリムゾン・プリンスにカーディナル・ジョージ……他にもこれだと三高の顔ぶれは九校戦からしても反則的だな。」

知名度が高い二人だけでもそうだが、他にも栞レベルの実力者がいるとなれば確かに学生の大会としてはレベルが行き過ぎている。

それだけの人材を揃えた三高に、達也は感心を抱かざるを得なかった。

「……確かにそうかもしれねえが、お前が言うとすっげえ白々しく聞こえるぞ達也。」

「珍しく紫輝と意見が合ったわね。 お兄様、人のことを言えた義理ではないですよ?」

「うん、同感。 ……獅燿君も同じくだけどね。」

「俺は非魔法系競技だからいいんだっての。」

紫輝から始まり、深雪、雫と立て続けにツッコミが入ってきた。

というより、達也の方が裏方で目立ち辛い分余計に性質が悪いとも言えなくもない。

レオと幹比古、美月は苦笑気味、ほのかは満面の笑み、エリカは茶化すような表情と、バラバラではあるが言いたいことはほぼ同じくな周囲の反応から達也の自己評価の低さから来るすっとぼけは通用しないようだった。

「じゃあ、私たちは準々決勝の準備に行くね。」

「そうだな、俺も念のため最終チェックをしておきたい。 使うのは予選とは違うCADだからな。」

「なら俺たちは会場へさっさと向かうか。 何をやらかしてくれるか期待してるぜー。」

「まあ、何かをやらかすのはもう確定だもんねー。 一体この期間で何回度肝を抜くのやらか。」

紫輝とエリカ、組んだら口では絶対に勝てないコンビの軽口に達也は内心でこうとだけ返した。

『少なくとも俺は二人のようなトラブルメーカーになった覚えはない』、と。

予選の全行程が終わり、スピード・シューティング女子は一高女子は全員きっちりと生き残る好成績ぶりだった。

決勝トーナメントに出場できるのは24人の内8人。 3分の1までふるい落とされるのでこの時点で既に大快挙と言える。

しかも同じ学校の選手同士が初戦でぶつかることはありえないので、下手すれば3人共ベスト4に残る可能性すらある。

仮にそれが起こってしまえば、最低でも2位~4位の合計30ポイント、最高だとワンツースリーフィニッシュで50ポイント独占まで有り得るのだ。

いくら本戦の半分のポイントとはいえ、独占という事態が発生すればじわじわと戦況を動かすことになる。

しかも一高はただでさえ摩利のバトル・ボード棄権という予定外の事態が発生しているので少しでもポイントをかき集めたいところだ。

「……で、雫を除く二人が勝ち上がったわけだからこれは大きいな。」

「そうですね! ああ、見てるこっちが緊張してきました……。」

「雫は勝ち抜くから大丈夫よ。 美月、深呼吸でもして落ち着いたら?」

言われるがままに深呼吸……しているように見えるが慌てすぎてて深くなっていない。

そんな様子に、両隣に座っている幹比古とほのかは少し気が抜けたような温かい視線を送っていた。

「お、来たよー。 あれ、同じ特化型だけど予選のとはちょっと形が違うのね。」

「……ん? いや、ちょっと待って。 あのCAD……特化型じゃない。 あれはFLTの車載用汎用型『セントール』シリーズだ!」

「全く、アイツはいつから驚かす趣味を持つようになったんだ? どこぞのロシア王者か。」

真っ先に気付いた幹比古、そして照準器付きの汎用型という本来なら有り得ない代物に驚く面々。

紫輝もあんまりに周囲を驚かせるようなことばかりするものだから、現代の男子フィギュア最強の彼の顔が浮かんでしまった。

予想通りの反応に喜色を隠そうともしない深雪は雫の持っているソレが達也のハンドメイドであることを補足する。

そんな中、達也の敷いた布陣を真っ先に理解したのはこれまた紫輝。

汎用型と特化型……この2種を一言で片づけてしまえば『PCかゲーム専用機か』。

使用できる魔法の系統が複数で、起動式を最大99個格納出来る万能の汎用型と、同一系統のみで起動式も9個しか納められない代わりに速さを追及する特化型。

スピード・シューティングならば照準器が使える特化型の方がベターなのは言うに及ばずだろう。

ただ、照準器が付いた汎用型だとしても起動式を増やせるだけ、むしろ速度が遅くなるという欠点がある。

……が、このトーナメント形式という状況ならばそのデメリットを覆す程のメリットがあるのもまた事実だ。

紫輝は真っ先にそれに気が付いた。

(全く、お前も人のこと全く言えねえっていうか、俺よりよっぽど人が悪いだろうに……。)

しれっとこんなえげつないことを考える辺り、他校の……特にエンジニアに同情を抱かざるを得なかった。

というよりも、ここまでえげつないエンジニアなど存在していいものなのか。

仲間内のざわつきは収まらないまま、雫の試合が始まった。

赤と白、見事に入り混じったクレーの群れが有効エリアに向けて放たれる。

先に動きを見せたのは、雫のターゲットである赤のクレー。

流れるように収束されていき、3個纏めての破壊。 対する白のクレーは軌道が外れて空振りに終わっていた。

「なるほど、収束系で自分のクレーの密度を高めついでに相手のクレーを弾き出すやり方か。 この上なく効率的だな。」

「そして単独なら収束系から振動系の連続発動というわけか。 汎用型の強みもしっかりと生かしてる戦法だ。」

「発動速度も予選で使ったのと殆ど差がないですね……。 達也さんの技術は本当に凄いですね。」

傍目で見れば雫が使っているCADが汎用型と気付く人間はほぼいないだろう。

実際別の場所で観戦している真由美も特化型と勘違いしていて、振動魔法が発動したりしなかったりの仕組みで頭を悩ませていた。

事前に聞いていた鈴音の説明を聞いて、最新にも程がある技術を使う達也にこちらもえげつなさを覚えたとか。

そんな周囲のざわつきを他所に、試合の方は雫が常に収束系で相手を妨害しているので点差は積み重なる一方。

誰の眼から見ても勝敗は明らかだ。

いつも通りの表情ながらもどこか余裕が見える、そんな雫の様子からもそれはよく分かる。

それはこの圧倒的状況だけが要因というわけではない。

達也が組み上げた術式は基本的に長所を徹底的に生かすものが多い。

能動空中機雷(アクティブ・エアーマイン)、そして今回の収束魔法も雫の長所である発動速度とそれを処理できるキャパシティをフルに生かすことが出来る。

逆に短所の精密さは大味なこの2つに対してはほぼ無用なのだ。

無理なく己のポテンシャルを生かして立ち回ることが出来るので、それだけでも精神的にゆとりは出て来るものだ。

普段から調整をしてもらっている深雪はもちろん、現在まともに使用できる術式が限定されている紫輝もその恩恵に与っている。

また、汎用型に照準器を足すという傍から見れば規格外なCADの全容など知らなくても問題ないという、雫の比較的ドライな部分もまたプラスに働いていた。

こうなってしまえば一高選手3人のベスト4は確定的。

ちなみに、組み合わせ上では雫以外の二人は準決勝で当たることになっている。

そして、雫の相手は予選で同じくパーフェクトを叩き出した十七夜栞。

傍から見れば事実上の決勝戦とも言えなくもない組み合わせと言えた。

……だが、紫輝、そして深雪の二人には不安の色はまるでない。

達也が既に布石を敷いているであろうことは、この場にいる人間の中で誰よりも理解しているのだから。

「……にしても、対人戦にも拘わらずパーフェクトがあっさり出ると、新人戦って何なんだって言われそうだな。」

スコアを見ていの一番に紫輝の口から発せられたこの呟きは、雫の圧勝による歓声で当然のようにかき消されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

超高校級ともいえる二人が遂に準決勝でぶつかる時が訪れた。

片や新魔法能動空中機雷(アクティブ・エアーマイン)で予選から観客の度肝を抜き、準々決勝でも魔法力の差を見せつけて圧勝した雫。

もう一方は正確無比の軌道予測からの連鎖、『数式連鎖』で着実にスコアを重ね、その正確性からこちらも観客を驚かせた栞。

パッと見二人とも表情があまり動かないクールビューティだが、その戦術は対極的。

新人戦とは思えない好カードっぷりから試合開始前から会場の熱気は飽和状態だ。

……そんな中、一時的にだが1ヶ所だけそんな熱気から隔離されている席がある。

『(……どうやら、あの時の人造悪魔は保険程度って解釈が正しいようだな。 っていうかこっちも流石に参ってきた。)』

『(同感。 それに貴方、試合を見ながら神経を張り巡らせてるじゃない。 いい加減精神だけでも休ませなさい。)』

一見試合が始まるまでの睡眠学習しているように見える紫輝だが、その裏では諜報役……ネヴァンと念話で情報共有を行っていた。

彼女の言うように、紫輝はこの九校戦が始まってからもずっと周囲への注意を怠っていなかった。

まあ、悪魔への注意を密にしていたので摩利が被害に遭った精霊による妨害は看破することは出来なかったわけだが……。

だが、それ以降は警戒対象を悪魔だけでなく精霊などの霊子情報体まで拡大。

己は可能な限りリソースを霊子の知覚に割いていた。

悪魔が潜む『魔界』と人間界の境界を認知できる紫輝は、いわば他次元に対する感覚が敏感とも言える。

境界の歪みほどの精度は無いが、それでもリソースを割けば一般的な魔法師よりは非活性状態の霊子を認識することはできるレベル。

退屈な時に睡眠学習をしているように見えたのは、余計な視覚情報を得ないようにしていただけ。

それでも表向きは平気なように振舞えるだけの余力はあるのだから、大概タフである。

『(正直お前だけに偵察を強いるのもアレだよな……せめて後1体そういうのが出来るヤツがいてくれりゃあ……。)』

『(まあ、本音を言えばそうだけれども、そう都合よく見つからないでしょう。)』

人間を見下さない悪魔というだけでも条件は相当厳しい上に、情報戦を得意とする上級となるともはやいるかどうかというレベルだ。

だが、一人で悪魔関係の表裏どちらの作業もこなすとなると契約悪魔の多様性も拘りたいところ。

まあ、今はとにかく雫の試合を見るということで、使い魔越しの会話は中断し目を開ける。

同時に今まで張り詰めていた空気を若干だが緩めていた。

視線を中央に向けると、すでに雫と栞が持ち場に着いてCADを構えていた。

(さーて……このレベルになると裏方同士の戦いにもなるが、果たして達也に対抗出来るかカーディナル・ジョージは)

この戦いは、表向きこそ雫と栞の戦いだが、裏では達也と真紅郎の腹の探り合いでもある。

互いの準々決勝を見てどこまで相手の手を読んで対策が出来ているか、はたまた事前に大局を見据えているのか。

達也のやり方を熟知していて、更に今回の戦い方もかなり看破している傍観者の身としては興味深い一戦であった。

そんな紫輝の心境を他所に、今回の新人戦きってのタフな試合がスタートした。

先に仕掛けるのは当然のように雫。 準々決勝同様栞のクレー……今回は白だが、それをことごとく軌道を逸らしていく。

しかし、栞はそれを全く意にも介さず……というより軌道の逸らし方が分かっているかのように連鎖を決める。

「雫の戦術が覆されてる……! 点数はまだ五分だけど……。」

ポイント的には五分、しかし展開的には雫が不利。

その状況に早くもほのかは慌てている……美月やレオも似たような反応を見せているが。

射出クレーが50を超えた辺りになってくると、ジワジワと差が広がってきている。

「おいおい、これちょっとばっかしヤバくねえか? 凄い嫌な感じだぞ。」

牛歩だが確実に差がついている状況に段々不安の色を隠せなくなってきている。

実際、この会場にいる大半の人間はこのまま行けば栞が勝つものだと思っているだろう。

雫には更なる対抗策は無く、成すがままにされているように見えているのだからそれは当然と言えば当然。

「おーい皆の衆。 まだ半分くらいなのにそれは早計ってもんだぜ? 勝負ってのは最後まで分からんぜ?」

「紫輝の言う通りです。 それに、雫の担当技術者は誰だと思っているのですか?」

しかし、深雪と紫輝は動揺の色すら見せていない。

深雪は担当技術者が達也ということから来る絶対的信頼から。

紫輝にもそれはあるが、それ以上に雫が全く持って平常心を崩していないように見えるのも大きな要因だ。

(遠めでも分かるっての、アレは全く勝負を捨ててないってことくらいは。 そして……)

視線の先を栞に移すと、こちらも一見は平常通りに見える。

……だが、紫輝のカンは明らかにそうではないことを告げていた。

(何故……ここにきて疲労感が?)

雫の準々決勝での戦法を解析、シミュレートして最適化したアリスマティック・チェイン。

規模は当然大きいので消耗こそ激しいが、そこも当然考慮している。

焦りや緊張から飛ばしているわけでもなく、ただ淡々と戦法をなぞっているだけのはず。

そのはずなのにこの疲労感は何なのか……。

(くっ……! いけない、何とか持ち直さないと……こんなところで、負けていられないのよ!)

十七夜家への養子縁組が決まったことでようやく光が当たる道に上がってこれた。

その為に手を差し伸べてくれた親友であり戦友……一色愛梨の為にも負けるわけには行かない。

疲労が隠せないながらも、何とか気力で補っていた。

(……そろそろキツそう。 どうやら達也さんの予測通りの展開みたい)

対する雫は準々決勝と変わらず淡々とクレーを破壊していく。

序盤リードされても全く焦る必要は全くない。 逆にそこで対策されたと変に動いたら相手の思うツボ。

後半になれば、準々決勝の試合も利用した仕掛けが効果を見せるからとにかく耐えろ……そう指示を受けた。

どういうことなのかは雫には分かっていない。

達也に対する絶大の信頼感。 首を縦に振るのはそれだけでも十分な理由だ。

別の場所……第三高校の代表首脳陣が集まっている場所では栞の疲労が見えていない者が大半なのか、リードしていることに沸いている。

まあ、観客も紫輝と深雪を除く面々は栞有利と見ているので当然だろう。

しかし、真紅郎と将輝の二人だけは栞の様子に違和感があることに真っ先に気付いていた。

「まずいなジョージ……十七夜が明らかに疲弊しているぞ。」

「抜かった……! 北山選手のCAD、アレは恐らく汎用型だ! あれだけの起動式が特化型に収まるわけがない!」

真紅郎の半ば断言と言っていい推測を聞いて将輝も度肝を抜かれていた。

照準付き汎用型CADという鬼札。 元々理論・工学方面に強いわけではない彼からすれば有り得ない代物でしかない。

だが、真紅郎の記憶の中には存在していた。 していたのだが……どの企業も発表していない状況だったのだ。

あくまで昨年デュッセンドルフで発表されたばかりで、流石にあり得ないだろうと初めから可能性を弾いていた。

それを真紅郎の油断・慢心と取るのは流石に酷であるが。

「待った、だが準々決勝では規模が限定されていたぞ。 まさかわざと少ない数の起動式で戦っていたのか!?」

「恐らく誤認させる作戦だったんだ。 しかもあの発動速度は選手自身に相応の魔法力が無いと成り立たない、唯一無二の策。 こんなCADを用意するだけでもとんでもない上に、選手の能力を100%生かした戦術も展開するとは、一高にはこんな隠し玉が居たのか……!」

やってることは別の例えを用いれば、本来11000回転まで回せるエンジンで上の2000回転を封印したレブ縛りを行ったようなもの。

そこまで聞けば、将輝も達也の狙いに気付いたようだった。

何故特化型だと誤認させたのか……それは完全なる雫に対する対策への更なる対策。

「特化型だと認識すれば、こちらは9つの起動式に対応出来るように設計すればいい……だが、99の起動式になったら話は別というわけか……。」

「そう、明らかにオーバーワークだ。 もう十七夜は限界が来ていてもおかしくない!」

真紅郎のその言葉と同時に、堅実に決めていたはずの連鎖が初めて途切れた。

栞も見るからに息が上がっており、その違和感は徐々に観客にも浸透しているようだ。

……そして、この様相を作り出した張本人は思い通りに事が運んでいることに満足そうな表情を浮かべていた。

ただ、その表情をもし幼馴染が見ていたら、確実に『人が悪い笑み』と称するであろうことは言うまでもないだろう……。

 

「少しずつですが盛り返してます! このままなら逆転も有り得ますよ!」

「有り得るっていうより、もう確定だろうな。 相手さんの精密計算が狂ってきてるからな。」

完全に達也の戦術が機能していることを確認出来たので、もう見るまでもない……紫輝は完全に断言していた。

まだ慢心は出来ないとも言えるが、雫の様子を見ればそんなものは全くないだろう。

ただただやるべきことを淡々とこなす。 そこに余計なモノが入り混じる心配は全く感じられない。

「でもよ、何で相手は疲れてきてるんだ? 前の試合では最後まで余裕そうだったのによ。」

「簡単に言えば、達也は三高が対策するであろうことを見越して準々決勝に布石を用意したってわけだ。」

準々決勝から続く布石……少ない起動式で戦ったこと、それで相手に雫が使うCADは特化型だと完全に勘違いさせたこと。

それで9つの起動式に対する対策をさせ、雫には99の起動式で戦えるように調整したものを手渡す。

この準決勝の裏で行われていた心理戦を事細かに説明した後の全員の表情は何とも形容しがたいものになっていた。

「流石は達也君っていうか……本当にえげつないね。」

「実技が苦手だからこそ心理戦に長けたっていう側面もある。 アイツは才能が無いヤツなりの戦い方ってやつも良く知ってるのさ。」

「そういう戦術をまだまだ披露していくってなったら、驚いてるだけで疲れそうだね。 でも、そんな達也がバックについてるってなると担当して貰ってる選手は心強いだろうね。」

「当然ですよ、吉田君。 お兄様がついてくださればまさに百人……いえ、万人力です。」

味方でいればこの上なく頼もしい。 改めてそのことを知らしめる結果となった。

更に高まる兄の評価に、深雪は久々にブラコン節を発揮していた。

(……まあアレだな。 これは達也様々であって、素材自体は負けてなかったぞ……って言っておいた方がいいのかねえこれは。)

何かを振り払うように、最後の力を絞って放った最後の連鎖は失敗に終わってしまう。

雫の勝ちを確信した紫輝は、もし何か言う必要があった場合のシミュレートを早々としていた。

まあ、そこまで立ち入る気は毛頭ない。 他校同士なのだし、そこまでお節介を焼くつもりもないしあちらも望んでいないだろう。

そんなことを考えている内に試合は決着。 96対92というハイスコア同士の僅差で雫が勝ち上がった。

これで一高の優勝・準優勝独占は確実……いや、下手すれば3位すらももぎ取ってしまうだろう。

接点は無いから断言はできないが、このような負け方となると割と長引く危険性が大きい。

聞いている限りだと完全優勝を謳っていたのに自分のせいでそれが絶たれてしまったとなれば……。

(やれやれ、難儀なもんだな……俺らもその内枠取りだ何だがあるから他人事じゃねえわな)

それも所属する学校どころか国レベルの話なのだから、笑うに笑えない。

まあ、紫輝は世代的にまだその圧力を分かち合える戦友、黒須柊がいるだけまだマシだ。

今現在、たった一人でシニアで世界レベルで戦っているあの選手に比べれば……。

(まあ、まずはコロラドで結果出すことからだな。)

あの選手と肩を並べる……というのは行き過ぎだが、足元に及ぶにはまずは国際大会での実績から。

国のスケート事情を引っ張るとかそういうのはまずそこを立ち位置とすることから考えるべきだ。

 

 

 

 

新人戦スピード・シューティング女子は全試合終了。

紫輝の予想通り、一高のワンツースリーフィニッシュと文句なしの成績。

3位決定戦でも栞は精彩を欠いた状態のままで、本来なら勝てる試合をあっさりと落とす羽目になってしまった。

同情するつもりはない。

この世界では挫折は付き物。 そこで折れてしまえばそれまでだし、這い上がれば更なる高みを目指せる。

少なくとも紫輝が『偉人』と認める先人たちはそれらを乗り越えて大成していた。

……そんなドライな紫輝はさておき、新人戦初っ端からの圧倒的成績は他の代表メンバーも大いに沸いている。

「凄いわ! 新人戦いきなりの1位~3位独占なんて! 北山さん、優勝おめでとう! 明智さんと滝川さんもよくやってくれました!」

「それと達也君、これは君の功績でもあるからな。 エンジニアとしてはこの上ない快挙だぞ。」

「ありがとうございます。」

そしてここにもドライというか置いてけぼりな男が一人。

達也としては今回の大快挙は選手自身の力が大半のウエイトを占めていると思っている節がある。

ただ、それはとんでもない過小評価でしかない。 少なくともそれが周りの認識だ。

「後、北山さんが使った能動空中機雷(アクティブ・エアーマイン)が魔法大学からインデックスへの正式採用の話が来ているみたいですよ。」

「わ、本当に来ちゃったんだ。 凄いじゃん司波君!」

予選終了後のもしもの話が本当になってしまい、周りは更にヒートアップしていく。

これほどの栄誉、本来ならば諸手を上げて喜ぶのだろうが……達也はとある事情によってそう出来ない。

「そうですか……。 なら、開発者については北山さんの名前を回答してください。」

「え!? だ、ダメだよアレは達也さんのオリジナルなのに、そんな手柄を横取りするような……。」

「おいおい達也君、謙遜も行き過ぎると嫌味っぽくなるから止めておいた方がいいぞ?」

まさかの開発者記名辞退にその場は一転してどよめき一辺倒と化す。

いくら自己評価が低く、かつ目立つことを苦手とする達也とはいえこればかりは見過ごせないとばかりに周囲も止めるが、達也は全く意に介さず

「自分で作っておいて使いこなせない、そんな開発者として名が残るのは流石に恥ずかしいだけですよ。 俺が実践しても碌な速度じゃないですから。」

「ま、まあまあそれについてはいいじゃない。 折角の最高のスタートなんだから、ここから先もこの調子でお願いね、達也君!」

堂々巡りになりかけたところを真由美が上手く切り上げてくれた。

折角の好スタートを水に流すような真似をして変な影響を与えない、まあこの場において最も助かる配慮だ……達也としては。

嫌味な謙遜と言われようと、達也には大っぴらに名前を……具体的には素性を明かせない事情があるのだから。

ここまで目立つことを嫌がると変に感づかれないか心配もあったが、その心配は杞憂に終わりそうだ。

なお、同じ頃達也のエンジニアとしての脅威性に逸早く気が付いた真紅郎が早速自軍の他メンバーと情報共有を行っていた。

その際には超高校級どころで済まないレベルのバケモノ……そうとまで称している。

こうして、達也の底知れぬ才は徐々に他校に知れ渡っていく。

……まあ、肝心の司波達也=トーラス・シルバーの片割れだということに至る者は誰もいないのが救いではあるが。

バトル・ボード午後の試合までの間、紫輝は存分に暇を持て余していた。

ルシファーへの定期連絡をしていたところなので他の面々とは一旦分かれている。

(……会場で合流する方が手っ取り早いだろうからな。 それにしてもやることがねえ。)

悪魔の監視はネヴァンを一旦下げた手前やるわけにはいかない。

滑りに行く程時間もない。 それならば夜にでも滑りに行く方が遥かに時間の有効利用になる。

はてさてどうしたものか……そう思って適当に歩みを進めていたその時だった。

「……あら?」

「ん? どうしたのじゃ愛梨……?」

「……あーれま、何というドンピシャなタイミングのエンカウントなことか。」

顔こそ見てはいたが、こうして面と向かうのはそこそこに前のことだ。

あちらはきっちりとこちらのことは覚えているようなので足を止めざるを得なかった。

「本当に一高に入学していたのね……スケートの方は大丈夫なのかしら、紫輝。」

「ご心配無用、その辺もリサーチした上での入学だ。 流石にミドル勝っといて終わりなんてふざけたことはしねえさ。 ……ところで、何だか目をぱちくりさせてる連れはいいのか?」

至って自然に会話に入っていたからか、もう一人の女子は完全に置いてけぼりになっていた。

……ただ、目を白黒させている理由はそれだけではないようにも見えるが。

「愛梨、おぬし懇親会の時に並み居る男子をこっぴどく振っていたのはもしや……?」

「なっ、ちょっと沓子!? 彼とはあくまで友人なだけで、邪推されるようなものではないわ!」

「そういう反応は藪蛇だから止めとけって愛梨。 あー、名乗るのが遅れたが獅燿紫輝だ。 見ての通り一高在学のしがないフィギュアスケーターだ。」

あからさまな反応を見せてしまった愛梨のフォローも兼ねて沓子と呼ばれた女子に対し名乗る。

するとあちらも名前に心当たりがあるのか、暫く考え込んでから思い至ったのか納得の表情を浮かべていた。

「おお、おぬしがか! 愛梨から色々と聞いておるぞ。 わしは四十九院沓子、この後のバトル・ボードに出場するから時間があったら見ていくとよいぞ。」

「そういえば、貴方の名前は無かったような気がするけれど……今日は応援かしら?」

魔法師界とは別の界隈の紫輝のことをそれなりの頻度で話していることに意外性を感じていた。

てっきり非魔法系競技は眼中にも無いものだと思っていたのだから……顔には出してはいないが。

その後の男子の方にも一応名前は目を通しているが故の言葉に、紫輝は如何にもという風に苦笑混じりの表情を見せる。

「俺は発動速度以外はボロボロだからな。 発動速度は学年2位だったが学科の追い風も空しくギリギリ二科生さ。」

「二科……こちらでいう普通科のことね。 確かにそれなら出場は難しいけれど、そのままってわけじゃないでしょう?」

「そりゃあな。 スケートの為に入ったとはいえいつまでもこの位置はいい気分じゃねえっての。」

「それなら特に言うことはないわ。 来年までに這い上がってきなさい。 あの時の下剋上のように。」

なかなか過激な激励に紫輝も口端を上げていた。

それは要するに、『来年のこの舞台で戦う所を見せてみろ』ということ。

紫輝にとってはこの上なく有り難い、気合の入るエールである。

「愛梨にここまで言わせるとは……まあ、わしの直感もおぬしは只者じゃないと告げておるから分かるぞ。 わしも来年を楽しみにするとしようかの。」

「全く、スケート以外でこう期待されるのは慣れねえもんだが……有言実行させてもらうから首を長くして待ってろ。 ……で、さっき妙に顔曇らせてたが……もしかしなくても彼女のことか?」

「紫輝には関係ない……と言いたいところだけど、聞いてもらえるかしら。」

てっきり門前払いが来るかと思っていたので若干だが面食らってしまう。

とはいえ、あちらが聞いて欲しいと言うのならば聞き手に徹することとする。

(……大体予想通りの状態か……。 まあ、分からないでもないがな……あー、達也のヤツ本当コテンパンにしてくれたな。)

本人はカーディナル・ジョージ=真紅郎に相対するための策だったのだろうが……。

本来なら本人の問題と言って余計な口を出さないのだが、友人関係となったら話は変わる。

だが、あんまり深く入っても仕方ないのであくまで持論を展開するに留めることにした。

「彼女は愛梨がその素質を見出してその手を取った。 その手を差し伸べてくれたお前に対する、いわば『信頼』……それに報いようとしてたんだろうな。 で、今回完全優勝を狙ったそれで自分が足を引っ張った。 言うなれば報いることが出来なかった……まあ、これはあくまで俺の推論だが。 だが愛梨、お前も別に彼女の才能だけを見込んだってわけじゃねえだろ?」

「当然、違うわ。 私は栞となら切磋琢磨して成長できる……共に高みへ行けると、そう思った。 それが一番よ。 だからこそ、今回の敗北は責めていないし、むしろこれを糧に更に成長すればいい。 それだけなのだけれど……。」

普段はあまり表に出てこない愛梨の奥底、それを簡単に引き出している紫輝に沓子はこれまた面白いものを見つけたような目で見ていた。

そして、紫輝はこれ以上何も言う必要はない……そう判断していた。

こうなってしまえば後は当人たちの問題、余計なことは言わなくていい。

「なら、その奥底で思ってることをぶつけてやればいいさ。 彼女は自分が思っているほど柔な心はしてねえんだろ? なら、まずは周りがそれを信じてやらないとな。 複雑かつ微妙な情ってやつだが、それこそが何よりの支えにもなる。」

「ふむ……その口ぶり、おぬしも似たようなことがあったのか? 妙に説得力があるぞい。」

「……まあ、その通りなんだが。 よく分かったな。」

「直感じゃ。 これに関してはそうそう外さないと評を貰っておるのじゃ。」

そう、この自論はまさに紫輝の実体験から来るものなのだ。

それについて詳しく語ることはまだしないが、そのような事態が紫輝にもあったのだ。

沓子の指摘により判明した意外な事実に、愛梨は思わず笑みを零していた。

「貴方にもそんなことがあったなんて、少々意外ね。」

「俺にだって面倒だった時期くらいあるさ。 そういうのを越して今があるものだ……で、時間大丈夫なのか? 特に四十九院さんは。」

話し込んでいる内にバトル・ボード予選午後の部の時間が迫っていた。

意外なところで時間を潰せた紫輝としてはラッキーではあったが、そろそろ移動した方がよさそうだ。

「別に沓子で構わんぞ? 何だか他人行儀すぎて息苦しいじゃろう。 それと、会場まで共に向かわぬか、紫輝よ。」

「おいおい、俺は他校生徒だってのに……。 まあ、そっちがいいなら構わねえが。」

「諦めなさい、紫輝。 この人懐こさが沓子の売りなのだから。 ……明日は私の全力をお見せするので、ちゃんと来るように。」

「言われなくても行くさ。 じゃあ、また。」

愛梨と別れた後、沓子と共にバトル・ボードの会場へ向かうその道すがら。

共通の話題とも言える愛梨との馴れ初め、また互いの身の上話などで華を咲かせていた。

なお、この一高生徒(男子)と三高生徒(女子)が仲良く歩いている光景は割と色々な人の眼に入ったことは言うに及ばずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……にしても、凄まじいなおい。」

無事会場入り、座席も確保して早速バトル・ボードの観戦を始めていた。

途中まで沓子と会場へ向かっていたこともあり、今回は単独観戦だ。

そして今、知り合って間もないはずなのに割と親しくなってしまった沓子が出場している試合を見ているわけだが、冒頭の言葉が開始直後の感想であった。

何せ、彼女以外の選手は悉くバランスを崩してボードから転落という地獄絵図が展開されていたのだから。

(ルーツとかまで聞いたが、これは凄まじいな……。 並の人間じゃあ太刀打ちすんのは無理だなこりゃ。)

道すがらで聞いた話では神道系古式魔法を受け継いでいる家系とのこと。

古式魔法は一般的定義では現代魔法よりも発動が遅い代わりに威力に優れているとなっている。

が、普段から古式魔法を使う友人がいる紫輝は別の有用性を知っていた。

それは偏に隠密性。 しかも今回沓子が使っているのは水面干渉なので、その性質が色濃く表れるのだ。

現に、やった人間こそ違えどその性質に摩利はしてやられたのだから……。

(まあ、ほのかには達也が練習が付き合ってたし、一方的にやられるってのはまず無いだろうな)

それに、ほのかの所属クラブはSSボード・バイアスロン部。

細かな差異はあるが、その経験が生かされるのは言うまでもないだろう。

本番前になって……更に言えば沓子のレースを見て緊張が復活したとしても、達也が居れば問題はない。

(エレメンツの依存ってのは、精神論で考えればバカにならねえからな……。)

まあ、事前に彼女がエレメンツの系譜だと知っていたからこそのあの助言なのだが……。

そして、予選最終レースの開始を告げるアナウンスが耳に入り視界を向けた。

真っ先に友人の様子に目を向けた紫輝は、ただただ頷いた。

(集中してるな。 アレはやるべきことをやる、それだけの顔……問題ねえ。)

これまでやってきたことへの自信、表にこそ出ていないがそれははっきりと内で燃えている。

あのような表情をした人間は、そうそうやらかさない、

あらゆる経験・体験上、この予想はほぼ外していない……だからこその確信だ。

そしてその予想は、開始直前に虫の知らせが働き目を瞑った瞬間に的中したことが理解できた。

(なるほど、スタート直後に水面に向けての閃光魔法で妨害、連続してスタートか。 見るからに達也が組んだ術式だな。)

閃光が収まり、ほのかがロケットスタートを切ったであろう光景で紫輝は即座に分析。

ちなみに、今まで水面に閃光魔法を放って妨害を成功させた選手はいない。

その理由の1つとして、それほどの出力の光を放てる人間がいなかったのだ。

しかし、ほのかは光に関する魔法はエキスパート。 これくらいはお茶の子歳々であろう。

だが、出遅れた選手がこのまま素直に後ろにいるわけがなく。

(お、やっぱり妨害してきたか。 ……だが、甘い。)

後続の一人が荒波を起こして独走の妨害を目論む。

しかし、波乗りスキルを鍛えに鍛え、更にそれを如何なく発揮できるほのかは苦にもせずに切り抜ける。

むしろ波に乗ることでよりスピードを増している。

更に言えば、仕掛けた張本人とその周囲が跳ね返った波に飲まれてタイムロスという、ただの自滅行為にしかならなかった。

(正直レベルが段違いだな。 確かに達也の助力あってこそだが、それを差し引いても基本的部分が安定してる。 ……これはもう、沓子とほのかの決勝かね。)

既にスロープ1周という大差をつけ、予選突破確定の状況を見て紫輝はそう断じた。

午前の試合こそ見ていないが、前評判を聞く限りでは他は良くも悪くも凡夫。 相手にならないだろう。

……そこにふと視界に入ったのは席を立つ達也……と深雪、雫の姿が。

レースを終えたほのかの元へ向かうのだろう……そう推測したや否や紫輝も既にその場を後にしていた。

「達也さーん! 私、やりました!」

レースを終えたほのかは、真っ先にこの勝利を報告するが為に駆け足気味だった。

達也の姿を見つけると、まるで飼い主を見つけた忠犬の如く駆け寄る。

もしこれが本当にそれだったら、尻尾をブンブン振っていたことであろう。

「ああ、見ていたぞ。 おめでとう、ほのか。」

「達也さんのおかげです! 私、どうしても本番に弱くて、こういう競技会に勝ったこと全く無くて……。」

「そうだったのか……?」

よほど上手く勝てたことが嬉しかったのか、感激の涙まで流している。

なお、意図せず手を握っているところを深雪はバッチリ目撃していて、内心で全く笑っていない氷の笑顔を纏っていた。

が、この雰囲気なので流石に自重しているようだが……。

「小学校の頃の話だよ。」

「おいおいどんだけ前のこと引きずってんだか……。 っていうかこれ、俺があんな自論言う必要性どこにも無かったんじゃねえか?」

「いや、その下地があったからこそじゃないのか?」

達也こそ自然に返しているが、他の面々は思わずそっちに慌てて視界を向けた。

そこにいたのは、いつものように気配同調を行って、いつものように忍び寄って、いつものように会話にさりげなく混ざる紫輝の姿があった。

「あわわわ、ち、違いますよ獅燿君! あの助言があったからより集中できたのは事実だから! ありがとうございます!」

「まあ、練習通りにやるべきことを遂行するってのは分かったからな。 ちょいと意地の悪い言い方だったな、悪いね。」

「全く持って悪びれてないよそれ。」

もはや紫輝がこの場にいることにお咎めは無く(実際お咎めはいらないのだが)、慌てて感謝の言葉を送るほのかとジト目でツッコむ雫。

と、ここで何やら思い出したかのように深雪が口を開いた。

氷の笑顔の対象を紫輝へ変わっている。

「ところで紫輝? ちょっと小耳に挟んだのだけれど、背丈がお兄様と同じくらいの一高男子と三高女子が仲良さそうに入っていったという話……ご存じないかしら?」

「おいおい、達也と同じ背丈ってそんなに珍しいもんじゃねえぜ? っていうか仮にそれが俺だったとして、何か問題あんのか?」

「え、それってもしかして……四十九院さんのことじゃあ……。」

深雪の声色にほのかも流石に我に返ったが、それ以上に驚いたのはその内容だった。

噂程度でも名が知られているバトル・ボード新人戦女子の選手、しかも三高となったら沓子くらいしかいない。

「流石は獅燿君、手が早いね。」

「おいおい恋人いない歴イコール年齢の野郎に何言ってんだ? ただ三高に知り合いがいてそいつ経由で知り合っただけさ。」

「紫輝が三高生徒と知り合う機会……ああ、今年のインターミドルの時か。 確か会場が金沢だったからな。」

「そういうことだ。 後、別に俺は何も情報は話しちゃいねえしスパイまがいなこともしてねえからな?」

「……それもそうね。 紫輝ならもう少しえげつないやり方で情報を盗み取るもの。」

普段の行いが行いだからか、ほのかと雫、達也までも深雪の酷い言い草に反論できなかった。

紫輝本人もそこは自覚しているので特に気分を害することもないが。

「でも紫輝、他校どころか私たちまで誤解するような行いは控えるように。 私たちやお兄様にまで風評被害が及んだらいい迷惑なので。」

「はーいよっと。」

まるで反省していない言い草である。

だが、小言を言っても柳に風、馬耳東風なのはいつものことなので深雪は溜息1つでそれ以上の追及は取りやめた。

あまりここにいるのもアレなので、明日のこともそこそこにそれぞれの持ち場へ戻ることとした。

そして、その道中にて

「獅燿君、もしいい相手が出来たら大変だね。 深雪が小姑になるから。」

「お前は何を言ってんだ雫。」

よく分からないことを耳打ちする雫、そして真顔でツッコミを入れる紫輝。

……この言葉の意味が分かるのは、だいぶ先のことである。

新人戦初日を終えての夜。

紫輝がまた意気揚々と調整滑走を行っている中、深雪は達也の部屋を訪れていた。

当の部屋の主はまだ作戦会議で戻ってきていない模様。

時刻は既に日を跨ぐほどになっていて、本来なら出歩いていいような時間ではない。

しかし、どうしても達也に聞かなければならないことがあるからこそ叱られるのを覚悟でまだ起きているのだ。

先ほどの女子会でも話題に上がった、今日のあのことについて……。

「こら! 明日のピラーズ・ブレイクに出場するお前がこんな時間に出歩いてどうする。 それに紫輝が一旦手を引いたとはいえ今の状況は分かっているだろう?」

部屋に入る前から深雪が入っているのを分かってか、ドアを開けながらも妹の夜更かしを叱る達也。

水面下での危険が全く除去されていないからか、声色はやや強めだ。

「申し訳ありません……。」

自分の非は重々承知しているので、特に言い訳はしない。

いつも通り素直な反応を見て、これ以上の追及はせずに部屋に送ろうとする達也だが

「お待ちくださいお兄様。 インデックスへのお名前の登録を辞退されたのは……叔母上のご意向を汲んでのこと……なのですよね?」

待ったをかけて確信めいた問いを投げかける。

大体予想はしていたのか、達也は特に間を設けることなくその分かり切った答えを口にした。

「ああ……そうだ。」

「……やはり、そうなのですね。 申し訳ありません……私に力が無いばかりに、お兄様に不自由な思いをさせてしまって……。」

達也は普段から深雪の守護を一番に置いているが、それはある意味では当然だ。

兄であると同時に、四葉内では深雪の『守護者』(ガーディアン)なのだから。

深雪がまだ十師族筆頭の四葉の後継者候補だということは表立たせてはいけない。

それは、肉親である達也も同様だ。

仮にインデックスに『司波達也』という名が登録されたら、魔法協会の身辺調査により四葉との関係が割り出されかねない。

その最悪の事態を避けるために、達也は辞退したのだ。

元々そのような栄誉に興味はない達也だが、深雪としては自身が四葉であるばかりに達也を縛っていると思い込んでいる。

「お前はそんなことを考えなくていい。 俺も今の状態でも叔母上と一対一でも勝てる見込みこそ十分だ。 だがそれだけで四葉そのものを屈伏させることは出来ない。 今は従うしかない。」

「お兄様……。 あの、四葉そのものということは……。」

四葉そのもの……それはすなわち、彼もその内に入るのか。

言葉にこそしていないが、その意味を汲み取った達也は深雪の頭を撫でて宥めながら続ける。

「紫輝は正直立ち位置が読めない。 四葉の中でもアイツは特別だからな……だが、俺としては信用したい。 あいつが敵に回るなんて考えたくもないのが一番の本音だが。」

「私も同感です。 何だかんだで私たちの不利になる行動は全くしていないから紫輝のことは信じたいです。」

紫輝の立ち位置を真に知る者は四葉の中でもごくごく少数だ。

普段の態度から開けっ広げに見えるが断じてそうではない。

彼自身も以前はこの兄妹にすら殆ど真意を語らなかったのだ。 去年の夏を境目にその傾向はだいぶ薄くなったが。

「お兄様、いつか私たちが四葉から解放される時はきっと来ます。 その時たとえ世界がお兄様の敵になろうとも、私は……私だけは、お兄様の味方です。 それだけは忘れないでください。」

「……ああ。 ありがとう、深雪。 ……紫輝が聞いたらハリセンが飛んできそうだがな。」

「……それは言わないでください。 思わず頭を抑えそうになったじゃないですか。」

しんみりとした空気は、達也の最後の一言であっさりと吹き飛んでしまっていた。

この場に居なくても空気を変えることが出来る辺りは流石は紫輝と言うべきか否か……。

なお、その頃当の本人は3Aの着氷後に盛大なくしゃみをしていた。

 

 




新人戦スタート、そして少し前の話から本人が言ってた隠れ友人関係(大げさ)の相手は愛梨でしたー。(分かってた人だらけだと思いますが)
個人的に結構お気に入りのキャラ、更に言うならアスリートの紫輝とは割と相性いいんじゃね?ということで今回はそこそこにピックアップ。
ただ彼女もヒロインではありません。 まあ見てもらえれば分かると思いますがここまで紫輝とそういう仲になりそうな女性キャラというのはいないです。
(まあ、実は少し前の話でちょっと言及してるセリフがあるのですが……)





割と話の進みは遅いように見えますがある程度は端折ります。 正直原作とそこまで流れに変化がないので……オリジナルの場面は頑張って加えるようにしますが。
そういえば映画の情報もちょこちょこ出てきましたよね。 まあ自分は見に行くかは不明です。 時間はあると思いますが……。
では、次話はまたいつになるか分かりませんが可能な限り早めにあげられるように努めますので、次回もどうかよろしくお願いします。


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13. 稲妻の無双、氷柱熱闘

はい、かろうじての月1更新は出来ましたがストックの作成がなかなかにいっぱいいっぱいです。
モチベは相変わらず下がっておらずそこそこ保っているのですが日々安定して文章が浮かぶわけではないのが痛い。
毎日更新している作者さんとかそこらへんどうしているのやらかと常々思っています。
今回の13話ですがやや短めになってます。
まあいつも通りの長さに思うかもしれませんが自分の中では短めです。
まだまだ紫輝の解説ターンは終わりません。
正直このチャプターで大暴れ出来るのって最後の最後くらいだからなのは痛い。



 

九校戦5日目、新人戦はこれで2日目となる。

この日行われる競技はクラウド・ボールとアイスピラーズ・ブレイク。

女子の方では(そもそも知り合いで出場するのが女子ばかりなのだが)深雪、雫、エイミィが全員アイスピラーズ・ブレイクにエントリー。

クラウド・ボールの方には友人関係に当たる愛梨が、そして間接的な知り合いになる春日菜々美と里美スバルが出場する。

どちらも知り合いが参戦するということで取捨選択が悩ましいところだが、紫輝はとりあえず先にクラウド・ボールを観戦していた。

(まあ、ピラーズブレイクはリーグ制だからその分時間もかかるし、後の方の試合を見ればいいよな。)

スケジュールが詰まった上での移動も慣れっこなので問題はない。

どちらかと言うと、睡眠時間の短さから訪れる眠気の方がよっぽど問題だ。

(……お、ようやっと愛梨が来たか。)

丁度いい具合の緊張感を含む友人の顔を見ると自然に襲い掛かる眠気は霧散した。

ちなみに、今は準々決勝。 愛梨の相手は春日菜々美となっている。

なお、紫輝は到着時間の関係上この二人の戦い方は一切見ていない。

だが、周囲のコメントという断片である程度は概要は頭の中で整理は終えていた。

(春日さんは壁や天井を駆使して自陣にボールを落とさない派手だが理にかなった戦術。 対する愛梨はとにかく速い……まあそれしか分かってないんだよな)

そう、愛梨についてのコメントはとにかく『速い』としか無いのだ。

元々リーブル・エベーという競技では『稲妻(エクレール)』と称される程なのだから速いのは当然と言えば当然なのだが……。

その速さがどんなものなのか、それを可能な限り解明する楽しみも加わったと言えば確かにそうなのだが。

そうこう思考している内に試合は始まった。

発射されるボールを愛梨は的確に打ち返し、菜々美は自陣に落ちる前に魔法で変幻自在に返球する。

周囲の壁を利用したその変幻自在の攻めは『虹色の跳弾』(レインボースプリング)という名に違わない。

更に、ただ変幻自在に返しているのではなくあえて落下直前の位置を狙って跳ね返しているので運動エネルギーの利用にも事欠かない。

単純に見えて考えられている、巧妙な策であった。

(しかもこれ、人間の限界スピードをシミュレートしてるか? まあ確かにそれなら並のヤツなら封殺できるが……果たしてどうだ?)

いくら加速魔法を用いても、反応が出来なくてはまるで意味は無い。

初動が遅れるとその積み重ねによってジワジワと取りこぼしが出てくるのだから。

……そして紫輝はここで『稲妻(エクレール)』という異名の本当の意味を目の当たりにすることになる。

(きっちり全ての球に追いついてるが……明らかに初動が速いな。 魔法発動までがほんの僅かに速い。)

ただ魔法発動が速いと言うだけでは説明が足りないタイムラグの埋まり様である。

気が付いたらその場にいる、なるほど確かに稲妻だ。

紫輝の脳裏には中級でも厄介者に分類されるブリッツがよぎっていた……それほどの『速さ』だ。

(単に加速魔法の効果ってわけじゃねえな……魔法発動のプロセスに何か一工夫あるな。)

紫輝の見立てでは、知覚情報の伝達の効率化……この魔法は使っているのではないかと推測。

下手をすればその伝達した情報から何をすればいいのか、その伝達すらも効率化しているのかもしれない。

……ちなみに、紫輝の見立てはほぼ当たっていた。

愛梨の稲妻の正体、それは知覚した情報を直接精神で認識する魔法とそれに対する最適解を精神から肉体に命じる魔法の2つで成り立っている。

脳・神経ネットワークの介入分のタイムラグがまるっと無くなるので、その差は僅かだが絶大なもの。

この回答に至った瞬間、紫輝はこの時点で愛梨が優勝するであろうと断じていた。

恐らく決勝の相手はスバルになるだろう。

彼女の試合も見たが、自身の存在を感知できないようにする魔法……正しくはBS魔法が働いているのはすぐに分かった。

仮にも気配同調というスキルを独学で身に着けたのでそれくらいはすぐに分かった。

確かにこの競技では地味に効いてくるだろうが、愛梨相手では分が悪い。

恐らく彼女ならばスバルを認識できないのならば初めから認識しないでボールにのみ集中すればそれだけで勝ちだ。

彼女ならばその解にすぐたどり着くだろう……そうなれば負けは無い。

(……この競技限定だと、俺でもちょいと手を焼くな。)

相対することはまずないが、もし自分ならばどうするか。

見立てでは紫輝ならば『素』で愛梨と打ち合いは出来るだろう。

仮にも上級悪魔と殺し合って生還するほどの身、それくらいのことが出来なくてどうするか。

そうなれば、他に必要なのは決定打。

これさえ何とかなれば自分でもいい勝負くらいは出来るだろうか。

そんなことを考えている内に、あっという間にワンサイドに傾いた試合は終わった。

紫輝は知らないが、彼女のこれまでの2試合とそこまで大差のないスコアだ。

(全く、知覚情報の認知と肉体制御命令を精神から直接なんて、よっぽど血のにじむ努力じゃなきゃまず身につかねえ。 これはそう簡単に破れるもんじゃねえな)

紫輝は生き残り、力を得るために死に物狂いでこなしてきた実戦経験から太刀打ちできるが、他の人間はそうでもない。

上級生を退けてミラージ・バットの本戦にエントリー出来るというのはそういうことなのだ。

アレを使わなければ、深雪とて苦戦は免れないだろう。

結局紫輝は残りの全試合もきちんと観戦。 予想通り、決勝のスバル対愛梨は愛梨のトリプルスコアで決着となった。

それでも愛梨相手に二桁のポイントを奪っているだけ他の選手より健闘しているし、この準優勝は十分価値あるもの。

むしろ、昨日のスピード・シューティング女子が本来有り得ない結果なのだ。

……その有り得ない結果を引き出した達也の功績に改めて末恐ろしいものを感じていた。

(さて、昼飯食ったらピラーズ・ブレイクの方か。 試合内容はともかく深雪は何を着るのやらか)

楽しみというよりは不安の要素の方が大半を占めているのが周囲とズレているところなのだが……。

何せ、選ぶのはあの達也だ。 奇抜な衣装はまず期待できないだろう。

衣装を自由に選べるからこそ、多少は冒険して欲しいと思っていた。

そんな不安を隠せない状態で、紫輝はそそくさと昼食の調達へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後、紫輝は上手くいつメンと合流を果たして観戦を共にすることが出来た。

試合が始まるまでまだ時間があるからか、午前中の行動について尋問染みたものを受けている最中。

「……要するに、私たちの試合を放っぽってクラウド・ボールを見に行ったと。」

「1回戦とか雫やエイミィの実力なら余裕だろうに。 それなら後々の試合を見た方がいいだろ?」

「いや、確かにそうだけど……。 まあ、紫輝ならその辺りは仕方ないか。」

ワンサイドゲームよりも接戦を見たい、そんな目線は理解できるには出来る。

が、自分の試合を少しでも多く見てほしいと思うのもまあ無理はないだろう。

「まあ、このことはこれくらいにしておく。 でも、せめて一試合は見て欲しい。 後衣装も。」

「衣装って、お前確か振袖だろ? ファッションショーみたいだと聞いたからもうちょい奇抜なのを期待してたんだがな俺は……。」

ちなみにエイミィの乗馬服は紫輝的にはまだ及第点らしい。

まあ、彼の衣装センスはスケートに基づくものになっているのでそこは仕方ないと言えば仕方ないのだが……。

「……じゃあ、来年ももし出る時は獅燿君が見繕ってくれる?」

「まあ、覚えてたらな。 それまでに大まかなリクエストは考えておいてくれよ。」

「普通にそこは二つ返事で了承するんだな……。」

「っていうか、スケートの伝手をそういうことに利用して大丈夫なんですか……?」

美月の言うこともごもっともではあるが、そこは紫輝だからなのか誰もあえて突っ込まなかった。

達也の何とも言えない人脈もそうだが、紫輝も彼と同じくらい不可思議な人間関係についても深く突っ込むのは同じくらいに野暮だ。

……まあ、実際は人間どころか人外もその脈に含まれているのだが。

と、丁度この話題が終わったところで試合開始のアナウンスが耳に入ってきた。

(おーおー、ミラージ・バット本戦代理選抜ですっかり話題になってら。 多分愛梨たちもこの試合は見てるんだろうな……ん?)

自身と同じく上級生を押しのけてのミラージ・バット本戦出場の選手を見ないわけがないだろう。

さて、それぞれの自陣に試合を前にする二人が入場してきたのだが……。

(巫女服かよ!?……マジかスタンダードにも程があるぞ……)

周囲が見惚れたり絶賛する中、紫輝だけはそれこそ盛大にズッコケてしまっていた。

あまりにもベタすぎる(紫輝からすれば)選択に、今すぐ達也を探してハリセンをかましたくなったほどだ。

「ちょ、どうしたの紫輝君いきなりズッコケて。」

その中でも割とドライな反応を示していたエリカが真っ先に紫輝の状態に気が付いた。

周囲も思わず見惚れるのを止めて紫輝の方を向いているが、誰一人としてその理由に思い至っていない。

「……あんまりにもどノーマルな選択につい反射的にな。」

「え、でも深雪凄い綺麗だと思うんですけど……。」

「綺麗なのはそりゃそうだ。 でもあれじゃあ面白味ってもんがなあ……遊びが無さすぎるだろうに。 こういう格好も精神的要因になるのは分かってるんだがな。」

一体何を言っているのか分からないとばかりにハテナマークが飛び交っているが、まあ無理もない。

傍から見れば見当違いなダメ出しだろうし、紫輝も自身の言い分がおかしいのは承知した上での物言いだ。

それでも、あまりにもベタすぎる選択というのはどうにも受け付けないのだ。

唯一紫輝の内面の理解が深い幹比古くらいだろうか、この思考回路を理解しているのは。

……そしてその頃、別の席で妹を見守るThe シスコンが軽めのくしゃみをしていた。

「あら、達也君がくしゃみなんて珍しいわね。 体調は大丈夫?」

「ええ、問題はありません。 ……多分紫輝が深雪の衣装にダメ出しをしているんじゃないかと。」

「おいおい、まさかそんなこと……いや、有り得るなアイツなら。 『ベタすぎてつまらない』と評しそうだ。」

摩利の予測、まさにドンピシャであった。

実は達也も紫輝に衣装を打診してはいたのだが、兄妹の基準からして明らかにおかしいものばかりなので全て却下している。

紫輝としては普通に妥協してセレクトしていたのだが、それでもスケートの衣装基準なので露出がまだまだ多めだったのだ。

それでは流石に時代錯誤にも程があるだろう。

なお、それを紫輝に指摘したら『常々思うんだが、みんながみんなそんな清楚な佇まいじゃつまんねえだろうに』と返されたという……。

「相手はすっかり飲み込まれてるわね。 確かにこれをひっくり返すには衣装を奇抜にするくらいしかないかも。」

「獅燿がもし出ていたら衣装的に話題になった可能性もあっただろうに、それはそれで残念だな。」

「ある意味なんでもやってきそうで怖いんですがね。」

そして、そんな2カ所によるやり取りを尻目に深雪はただただ深呼吸をしていた。

下手に魔法を暴発させないように気を落ち着かせているのだ。

(……ここで魔法を暴発させたらお兄様にご迷惑を掛けてしまうわ……それに、間違いなく紫輝に一生言われ続ける……それだけは絶対に避けないと……)

今でもダブルアクセルが飛べないことを忘却の彼方へ消し去らせることを許さない紫輝のことだから容易に想像できる。

なお、その件の紫輝は仮に深雪がやらかしたとしても衣装の方にしかツッコミは入れないだろうが……。

そして、霊子の動きすらも穏やかになるこの静謐なこの雰囲気の中、試合はスタートした。

それと同時に深雪の初動により一気に空気は緊迫したものに急変する。

何せ、深雪が速攻で放った魔法により対の光景が一気に展開されたのだから。

「片や熱気、片や冷気。 ……あー、これ『氷熱地獄(インフェルノ)』か。 まあ深雪なら出来るだろうな。」

「って、獅燿君のコメント本当冷めてるけどこれ地獄絵図じゃん。 どうにかなるのこれ……。」

エリカの独白に、答える……というより回答出来る人間は誰もいない。

対抗策というものが全く浮かばないのはどうしようもないことだろう。

何せこの魔法、アイスピラーズ・ブレイクという競技においては攻防を共にする理想的な広範囲魔法なのだから。

(要するにマハラギダインとマハラクカジャを同時に放ってるようなもんだからな。 ただの戦闘なら使われたところで脅威でも何でもねえが、この競技だと結構面倒だな。)

悪魔が使う魔法の中で広範囲兼高威力を誇る火炎と堅牢さに拍車を掛けさせる防御補助、これを1つの魔法で行っているのは能率面では最高であろう。

現に相手選手は自身の魔法が全く効かず、灼熱地獄によりいたぶられる氷柱には何もフォローが出来ない。

まさに八方塞がりであった。

結局成す術なく氷柱は全滅。 深雪のパーフェクトゲームで決着となった。

「あっけない閉幕だな。 まあ、妥当だが。」

「おいおい、もう少し深雪さんの勝ちを喜んでやった方がいいんじゃねえか?」

「フライングとかしなければそうそう負けねえだろアレは。 誰か上手いこと意表を突いてくれないもんかねえ。」

そう言いつつ紫輝の視線は雫の方へ向いていた。

出場メンバー的に考慮しても、深雪対抗馬第1号なのは彼女。

そのことから来る期待の視線。 雫はそれを分かった上で笑みを零す。

「まずは決勝へ行ってからだけど、もし当たることが出来たらやられっ放しのつもりはさらさら無い。 勝つ気で行くよ。」

「おう、その方が俺は楽しいからな。」

俄然やる気になった雫に対して満足げな笑みを見せる紫輝。

身内の応援よりもより面白い試合を所望する、ある意味酷薄だがどこまでも紫輝らしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会場整備のためのインターバルの最中

紫輝は頃合いとばかりに定期連絡を入れていた。

とりあえず今のところ悪魔関係の動きが無いことから一旦索敵行動を止めたという旨まで伝える。

「それが賢明だな。 そっちには独立魔装大隊の幹部陣も控えているし、いざという時に君が疲労困憊では極めてまずいからね。 後流出した資料だが恐らく人造悪魔関連のみで『帰天』についてはほぼノータッチだったみたいだ。」

「まあ、アレは自然発生の悪魔が大量に必要になるからコストパフォーマンスは激悪ですから。 無頭竜は所詮は犯罪シンジケートでしか無いですからね。」

「後厄介になりそうなのは……そうだな、鎧の破片も奪われているところを考えると前に報告があったグラディウス・カットラス以外にもいるだろうね。」

ルシファーの懸念については紫輝も考えうる最悪の事態を想定していたから結果的に杞憂と言えた。

鎧の破片ということは、恐らくあの量産型中級悪魔も出てくるのはほぼ間違いない。

だが、そのレベルでも言うほどの脅威ではない。

最大の脅威は言うまでもなく帰天した存在が新たに生み出されること

何せ、ベースにしたモノによっては下手な上級悪魔よりも強い悪魔が誕生してしまうのだから、その脅威度は計り知れない。

「では、次はあちらが動き出した頃合で。 それまではのんびり観戦していきたまえ。」

その言葉を最後に通話は終了。

時間はあるが早めに座席を戻ろうと踵を返しかけたところに見慣れた人影が視界に入る。

形だけでも先ほどの優勝を祝ってやろうと歩みを進めると、丁度友人二人……沓子と栞と話しているところのようだ。

「確かに司波深雪はとんでもない魔法力の持ち主。 でも、競技会である以上魔法力だけで勝敗が決まるわけではないし、私たちはそのように努力を積み重ねてきたわ。 とんでもない強敵だけど恐れては駄目よ。」

「そうじゃのう。 それに、あのレベルの魔法師とぶつかるのはまさに絶好の機会。 あやつと当たるであろう二人が羨ましいのじゃ。」

先ほどの深雪の圧倒的な試合運び(紫輝からすれば順当すぎてつまらないが)を見て改めて鼓舞を入れているのだろう。

若干手が震えているところを見ると恐れが全くないわけではないが、それを表に頑として出さない。

(いい牽引役してるじゃねえか。 俺も見習うべきだな。)

いくらリーダーとはいえ人間、恐れを抱くのは当然のことだ。

しかし、そのようなネガティブ要素は己の内に留め、周囲に伝染するのを避けるのは士気の維持には不可欠。

恐らく、この上に立つ資質という意味では深雪よりも愛梨の方がより良いものを持っているだろう。

「ところで愛梨。 そこにいるのは知り合いかしら。」

「え?……って、貴方はこんなところで何をやっているの紫輝。」

意識的に気配同調を解いたのはいいが、予想以上に早く気付かれてしまった。

話が切れるタイミングで綺麗に割り込もうと思っていたのだが……。

「小休止がてらに通話してその帰りにお前らがいたからちょっとな。 クラウド・ボール優勝おめでとうさん。 よくあんな効果的なモノを身に着けたもんだ。」

「ありがとう。 やっぱり貴方はきっちり気付いたのね。」

「光井じゃったか、あの女子も気づいておったが……お主の場合は眼だけで理解するとは、流石じゃ。」

沓子の口からほのかの名が出たことは何も言うことは無い。

二人は同じ競技に出場しているし、沓子の方から何かアクションを起こしても何もおかしいことはない。

「紫輝……もしかして、貴方が愛梨の言っていた獅燿紫輝君、でいいのかしら。」

「おっと、そういえば初めてだったな。」

「その時栞は塞ぎこんでおったからのう。」

容赦ない沓子の発言に言葉を詰まらせかける栞だが、そこには表情の陰り等は一切見受けられない。

完全に吹っ切っれているようにも見えるその様子に、口端は僅かに上がっていた。

「でも、その状態から吹っ切ることが出来たのは貴方のお蔭でもあるわ。 それについてはお礼を言わせてもらうわ。 ……でもいいのかしら。他校の選手を復活させるようなことをして。」

「俺はあくまで困ってる友人をちょいと後押ししただけさ。 それに俺としては面白いものを見せてくれる人間は一人でも多い方がいいってのもある。 むしろどこぞのブラコ……もとい最有力選手に一矢報いて欲しいくらいだからな。」

「自分の所属校のエースを負かしてほしいだなんて……愛梨の言う通り、変なところで薄情ね。」

「周りに同輩がいなくて良かったのお主。 あの司波深雪を負かしてほしい等と聞いたら何が起こるか分かったものではないぞ。」

あの容姿に加えて圧倒的魔法力ということを考えれば、校内での人気については彼女たちで無くても誰でも想像できることだ。

まあ、本来の深雪の顔を知っている身からすれば、その評価自体が紫輝にとっての苦笑対象なのだが、言わぬが花というものだ。

「まあ、とりあえず3人共頑張ってくれや。 俺としても貴重な練習時間を割いてまで魔法力のごり押し試合を見に来たってわけじゃねえからな。」

「無論よ。 初めて見た時は聞いたことが無い名だったので誤った評価を下してしまいましたが、慢心は全て捨てます。 ミラージ・バットにて全身全霊で彼女を倒すので、貴方も根を詰めすぎて肝心な時に睡魔に襲われることが無いように。」

「だ、そうだぞ栞。 これはなかなかにプレッシャーじゃな。」

「沓子ならお手の物でしょうけど、確かに私には高いハードルね。」

「気を張ることはねえさ、俺は少なくとも眼はそこそこに肥えてるからな。 玄人好みは大歓迎さ。」

計算に裏付けされた栞の戦術は確かに玄人好みの面はあるだろう。

しかし、スピード・シューティングの時は達也の対策を先に理解したからこそ栞は分が悪いと踏んでこそいるがそれと戦術の好みは別だ。

紫輝の美的感覚上では、豪快な雫よりも緻密な計算の元で成り立っている栞の戦い方の方が好みだった。

ただ、勝てば官軍である都合上それを口にすることは無いが。

そんなこんなで紅一点とは真逆の状況を全く感じさせない様子で三高の三人娘との雑談で時間を潰す紫輝。

妹分や同郷に見られたらさぞかし色々言われそうだが、幸いほとんど誰にも見られずに済んだとか。

 

 

その後に行われた2回戦でも無事に深雪、雫、エイミィは突破して明日のブロック決勝に駒を進めた。

無論の事だが栞も完封勝利を果たして次はエイミィとぶつかることとなる。

ほのかのバトル・ボード予選圧勝も合わせて、夕食の席では女子の間では達也の評価が鰻上りであった。

……なお、対照的にイマイチ奮わなかった男子は負のオーラを巻き散らしていたが……。

そして夕食を終えて各々の部屋に戻ろうとしたそのタイミングでまさかの三高の面々とドッキングすることとなった。

しかも深雪と愛梨がきっちりと顔を合わせるというおまけつきである。

共にミラージ・バットの本戦に出場する身……ということだけでなく、懇親会での愛梨の深雪に対する発言のこともあって周囲は一触即発の空気を予想した。

が、愛梨にそのような意図は全く無く、まずはその1件の謝罪。

そして、改めて真正面からの宣戦布告を行った。

別の形で静かに……ただし負の感情は見られない様子で火花を散らす二人。

深雪がどのような反応を見せるのか、遠目で見守っている達也以外は好奇の目を向ける中(真由美は何かやらかしてくれないかと期待しているくらいだ)、深雪は静かにそれを受け取った。

虚勢を見せることも、臆する様子も一切見せない……紫輝からすればまだまだ猫を被った状態で。

そんな若々しいやり取りをしている者達と打って変わって、1人静寂の中で紫輝は今日も氷の上を舞っていた。

今日はひたすら通し練習なのだが、若干変わった手法を試していた。

(……状態も状態だからか、結構くるなこりゃあ。)

フリーの3度目の通しで紫輝は若干だが息を荒げていた。

本来ならばこの程度の回数の通しならばこのようなことになるのはそうそう有り得ない。

が、今はとある先人が試した体力増強手法……高難度ジャンプを入れられるだけ入れる試合では出来ない構成に臨むということを行っていた。

その選手がやっていたのは全ジャンプ4回転トウループだが、まだ完全安定ではない紫輝は後半のジャンプを代わりに3A関係、しかも全てコンボにして代用。

それでも前半3つは全て4回転トウループ、更に後半はトリプルアクセルのコンビネーションのオンパレード。

その成否も4回転トウループが時折ステップアウトorオーバーターン気味の着氷になるくらいという確率もまた恐ろしい事実だ。

ここまでやる気を見せたのは、今日の愛梨の試合が要因である。

普段の軽い雰囲気とは裏腹に割と負けん気を発揮することも多いので紫輝らしいと言えばらしいのだが。

更に、決して万全ではない今のコンディションでの負荷を掛けるという普段とよりかけ離れた練習もやりたかったので丁度よかった。

特に試合になるとジャンプ以外……特にステップ、スピンのレベルを取りこぼすことが多いからその対策にもなり得る。

あらゆる意味で今の紫輝に丁度いい練習法だ。

(まあ、この程度でへばってたら勇利さんには遠く及ばねえからな……可能な限り痛めつけておかねえとな)

現在日本男子を一人で牽引している先輩の姿を浮かべながらひたすら滑り込む紫輝。

ただ、いくら苛め抜くとは言ってもその場で動けなくなる程まで疲労して氷の上で一夜を過ごすなんてことになったら洒落にならない。

遮二無二ではなく、帰る分の余力はきっちりと残してこの日の練習を終えた。

ふと体力お化けな先人のことを思い出して行った練習だが、思った以上にハードだがその分効果も大きい。

(悪条件下の練習、これもこれからのメニューに追加だな。)

自身の内で感じる成果に納得しながら、帰路に着く紫輝。

……なお、翌日まで残るであろう疲労のことはあえて考えないことにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

九校戦6日目(新人戦3日目)、この日ではバトル・ボードとアイスピラーズ・ブレイクの順位が遂に決まる。

まず行われるのはピラーズ・ブレイクのブロック別の決勝戦。

最初に行われるのは紫輝の再注目試合、エイミィ対栞のカードだ。

ちなみにこの後はバトル・ボードの準決勝へ急行するのでその忙しさは凄まじいことになっている。

(片や豪快、片や緻密。 奇しくもスピード・シューティング準決勝と似たような光景だな。)

昨晩やや調子に乗って自身を苛め抜いた影響を全く表に見せず、紫輝はこの一戦をただただ楽し気な表情で心待ちにしている。

エイミィは氷柱そのものを巨大な鈍器と用いて相手の氷柱を破壊する戦法取り、片や栞は計算に計算を重ねた上での波の合成を武器にする。

全く持ってタイプが違うのでどちらが有利になるのかは読めないが、それがまた面白さを増長させていた。

「分かってたけど本当に楽しそうだね紫輝。 この試合が終わったら寝そうで心配だけど。」

「あー……そうだな。 今はハイテンションで誤魔化せてるがこの試合が終わったらちょっと部屋に戻って寝るかもしれねえ。 何だかんだでキツイ。」

「……大丈夫? 試合見ないで深雪に凍らされそうになっても私は助けないよ?」

「おいおいエリカ、俺が深雪に口で負けると思うか?」

物凄く何かを含んだような笑みを見せる紫輝に、エリカはこれ以上何も言うことはなかった。

それもそのはず。 紫輝と深雪が舌戦を繰り広げる場面は割と見受けられるが、紫輝が負けた例はほぼ皆無に等しい。

深雪が静かな怒りを発した時に見せる凍り付くような笑みも、悪魔を狩るのが日常茶飯事なこの男にはそよ風程度にしかならない。

一高唯一の対司波深雪抑止人員は伊達ではない。

「深雪さんと北山のリーグ行きがかなり濃厚と見えるから、ある意味この一戦が一高ワンツースリーフィニッシュのキーってわけか。」

「でも、相手の十七夜選手はスピード・シューティングの時から立ち直っててより手強く感じるから……なかなか厳しそうですよね。」

スピード・シューティングの時はどこかに気の緩みのようなものも僅かに見られたが(それでも敗退の原因は達也対真紅郎にあるのだが)、今はそれが無い。

その間接的要因となった紫輝としては嬉しい話だが、一高対三高という観点で見るとなかなか厄介だ。

女子スピード・シューティングこそ一高のワンツースリーフィニッシュだが、新人戦だけでも男子スピード・シューティングと女子クラウド・ボール、更に本戦の方でも男女バトル・ボードは三高が優勝している。

アイスピラーズ・ブレイクでも2位を取って食らいついているので稼ぐことが出来る時に稼いでおきたいところ。

それを考慮すると、直接対決となるこの試合の重要性が増すのは必然的と言えた。

例え新人戦でポイントが半分だったとしてもその影響は断じて小さくない。

そんな緊張感が若干増した空気の中、メインキャストの二人が舞台へと上がっていった。

(……緊張は問題なさそうだな。 だが、試合前に見かけた時は顔色がいいようには見えなかったのが気がかりだな……。)

遠目であったが、本調子とは言いにくいような状態に見える。

エイミィは努めて自然を装っているが、紫輝の人外染みた直感は誤魔化せない。

大事な局面ではやはりフィジカルがものを言う。

ただでさえ接戦の可能性が高いこの1戦で抱えるそのマイナスに、紫輝は表にこそ出さないが若干の不安がよぎっていた。

そんな何とも言えない空気の中、開始のゴングは鳴った。

まずは仕掛けたのはエイミィ。 先手必勝とばかりに意気揚々に魔法を発動させる。

(単純に見えるがやはり起動式に無駄がない。 自身の柱を犠牲にこそするがとある側面で見れば強いんだよなこの戦法は。)

氷柱を倒して豪快に転がす、いわば柱そのものを動かす豪胆な戦法。

自陣のストックを使うこの一見デンジャラスな戦法のメリットに紫輝は即座に気付いていた。

栞はこれまで用いてきた波の合成でローリング氷柱を止めようとするも、魔法そのものが効力を発揮しない。

先に『柱そのものを動かす』という事象改変が働いているところに新たに上書きするには相応の干渉力が必要になる。

深雪クラスならば無理やり出来るかもしれないが、基本的にはそうそう出来ることではない。

先んじて情報強化を掛けた柱もこの勢いから発する運動エネルギーにはとても敵わず、まるでボーリングのようになぎ倒されていた。

「すっげえストレス発散になるよなこの魔法。 やってみてえな……。」

「待った紫輝。 君がこれをやると惨状を引き起こしかねないから止めた方がいいと思う。」

紫輝の小さな呟きにその真の意図を理解した幹比古が止めを入れた。

彼には想像できたのだろう。 自前で用意した氷柱で対象は7ヘルズやスケアクロウなどのあくまで下級悪魔を、しかも薙ぎ倒すのではなく轢殺するという光景が。

確かにゾロゾロ沸いてくる雑魚にやると鬱憤も晴れるだろう。

しかし、それに気を良くしてテンションがハイになることで周囲に被害を及ぼしかねない。

ちなみに、その会話を聞くだけ聞いていたケルベロスとネヴァンも幹比古の思考に全力同意していた。

「ま、まあ何はともあれこれで2個リード、先手は打てましたね。」

「でもこのまま終わらせてくれるとは思えねえな……何せ相手が相手だ、対策の1つは練ってるだろ。」

「三高の参謀役もそこそこやるみたいだからねえ……。」

エイミィの先制にそのまま押し切れと熱を上げている者もいるが、紫輝の周囲はまだまだそれには早いとばかりに平静を保っている。

スピード・シューティングでも見せた圧倒的な計算能力、栞の固有能力とも言えるそれが逸る心を抑える楔となっていた。

先制成功の勢いのまま、エイミィは2本目の柱も同じようにローリングさせ栞の陣地に猪突猛進させる。

1本目よりも勢いが増しているようにも錯覚出来るその様子に観客のボルテージはますます上がっていく。

栞は今度は先ほど試した波の合成による妨害は行っていない。

このまま2つ目の列も纏めて倒されるか……と思われたが、ぶつかった先頭の氷柱は倒れずに何故か滑走する。

直線上に滑る氷柱は後ろの氷柱も巻き込んで滑って行き、3つ目でそれは止まる。

そのまま一体化した3本の氷柱にエイミィが放った氷柱がぶつかるが、質量の差が災いして破壊することは敵わなかった。

「氷柱が倒れずに滑りやがった……まるで摩擦が無くなったみてえだが……。」

「みたいじゃなくて、実際に摩擦を無くしたんだ。 まあ、あくまで一時的だがな。」

「え、でも待って。 1つ目と2つ目は確かに一緒に滑るけど3つ目はぶつかる側の質量が倍になってるから壊れるか倒れない?」

エリカの言うことは最もで現実の光景と矛盾しているように見える。

しかし、この問題は簡単に解決できるのだ。 そしてここから先が栞の独壇場と言える部分である。

「そのままならエリカの言う通りだ。 だが、この摩擦係数変化には続きがある。 神がかりと言えるその計算能力で3つ目と接触するその瞬間に1つ目・2つ目の氷柱の摩擦係数も一緒に増大させて慣性移動を停止させてる。 だからこそピッタリ3つが一体化してるのさ。」

「スピード・シューティングの時もそうでしたが、そんな細かすぎる計算をあっさり処理できるなんて……。」

紫輝が述べる事実に思わず絶句するのも無理はない。

あまりに細かすぎる制御、こんなもの普通の魔法師ならばまずパンクする。

それを易々とこなす栞の計算能力に改めて舌を巻いていた……それは別の場所で観戦している達也も同じくだ。

「というか、このタイミングでやる辺り策士だな。 エイミィの勢いを完全に殺して主導権を握るつもりか。」

「確かに完全に虚を突かれてる……このままじゃ格好の獲物だ。」

あえて初っ端からこれを使わなかったのは精神的ダメージをより増大させるのが狙いだったのだろう。

1回は成功させ、通用すると思ったところに防がれた方が打撃が大きいのは言うに及ばず。

そこを畳みかけるように、栞はお得意の波の合成をエイミィの陣地へと放った。

「おいおい、このままじゃあっちのワンサイドになっちまうぞ? そんなのは見たくねえぞ俺は。」

「そ、そんな呑気に構えてる場合じゃないですよ、このままじゃあ……!」

「ああ確かにこのままボケっとしてりゃあ終わりだ。 ……ったく、弾は残ってるんだから湿気た表情になるのは早いだろうが。」

あくまで飛ばすのは檄。 断じて悲壮感を醸し出すことは紫輝はしない。

一見絶体絶命だが、まだエイミィに勝機が無いわけではない。

参謀の彼がこの事態を想定していないとは露にも思っていないこともある。

が、それ以上に感じていたのだ。

(……無意識の縛りプレイは一旦終わりにしな。 )

彼女から感じる違和感……その正体は一種の鎖、またはリミッターと言えるもの。

そんな紫輝の独白が届いた……わけではないだろうが、次の瞬間。

「そんなの……いやっ!!!」

何かを振り払うが如く声を上げるエイミィ。

そして呼応するように残った氷柱の内1本が今までやられっ放しだった鬱憤を解き放つが如く発射される。

ソレは不意を突かれる形で栞の陣地の氷柱が一列……3本まとめて粉砕していた。

「わ、いきなりどうしたの!?」

「アレがエイミィの本来の力なんだろ。 あのローリング戦法はアイツからすればおとなしすぎるくらいだったからな。」

塩味然としたコメントとは裏腹に笑みを浮かべていた。

これこそが、彼がこの場で観たかった光景だったのだから。

(そうだ、これ以上頑張ってもしょうがないなんて嘘だ、思ってもいないし思いたくもない。 嘘は無意識に現実を塗り替え、やがて真実になる……やっと、あの時のグランマの言ってたことが分かったよ)

幼い時の遊戯でわざと負けた後に受けた祖母の言葉。

咄嗟についた嘘を即座に見抜いただけでなく、それがもたらす危険性を静かに指摘してくれた。

あの時は何を意味するかは分からなかったが、この土壇場でその言葉を思い出し、そして己の内面と向き合った。

もう迷うことは無い。 やれることを最後までやるだけだ。

「よし行けもういっちょだ!」

迷いが無くなったエイミィは更にもう1発自陣から『砲弾』を発射させる。

「く、させない! 防御に徹すれば……!」

雲行きが怪しくなったからか、栞の表情からも余裕が無くなっていた。

情報強化の防御を堅固にして対応しようとするが、全力全開の砲弾はそんな容易に防げる代物ではない。

先ほどと同じように3本まとめて破壊、数はこれで一気に3対2と拮抗する。

「すっげえ! これならギリギリ行けるぞ!」

「ああ……このまま持ってくれれば……っておいおい!?」

反撃の糸口を掴み、引きずられるようにイケイケな雰囲気になるかと思ったその矢先。

まるで充電が切れたかのようにエイミィは膝を着いてしまう。

「予想以上の消耗……普段はまずやらないリミッター解除だから燃費の方までは回らなかったってワケか。」

「いきなりブースト圧を変えるようなものだから無理も無いけど、まさかの悪い方向に博打が働いたのか……こうなると十七夜選手の反撃で終わってしまう。」

案の定エイミィの攻勢が止まったことで栞に再起の機会を与えてしまっていた。

少し息を整えてから、トドメの合成波を放った。

現在エイミィの氷柱残数は2だが、砲撃魔法を使う手前1本でも失ったら敗北が確定してしまう。

万事休すか……と思いきや

「あれ、氷柱がちょっとだけ動いてる……? もしかして波の焦点から逃れるため?」

美月の呟きの通り、本当にゆっくりとだが2本の柱が逃れるように動いていた。

合成波発生、焦点から逃れる……このイタチごっこを続ければ逃げ切ることは不可能ではないだろう。

……だが、数の上では負けている以上タイムオーバー狙いの逃げでは何も意味は為さない。

「でも、最後の砲撃を打とうにもあんな状態じゃ威力が足りないだろ? もし足りたとしても、2回目に防がれてそのままになってる分の柱もあるから、更に強い砲撃じゃねえと数の上で負けちまう。」

「だがそんな事実は関係ない。 何本壊さなきゃいけない条件だろうが、やらなきゃ勝てねえんだからな。」

そう、更に言えばこの後更に試合が控えていようがそんなことも当然この際無勘定だ。

今この瞬間で勝利を得るか、はたまた目前で攫われるか……ただそれだけなのだから。

……エイミィの様子からしても諦めるという選択肢はとっくに捨てているようだ。

後は、この敗色濃厚の現実を己のイメージ1つで打ち砕くだけだ。

(……どうやら、覚悟はできたみてえだな。)

合成波の衝撃の余波で氷柱が削れてきているので時間もないが、エイミィの様子を見てもはや何も言う必要はなくなった。

覚悟を決め、文字通り限界まで想子を引き出し。

「これが、最後……行けー!!!」

最後の大一番、これまでで一番の勢いでファイナルアタックを仕掛けた。

これに対して栞がどうするか……選択肢は事実上二つ。

クロスカンターが如く残った氷柱を狙うか、防御に専念するか。

勝ちの芽という意味ではどちらもそう大差は無いかもしれない。

が、エイミィの気迫に圧されたのか、それは分からないが彼女が選択したのは後者、防御策であった。

(くっ……もう後の試合どころか、肉体・精神どちらのことも考慮しない全開……! でも、それでも破壊されるわけには……! 私のことを信じてくれている愛梨のためにも……!)

栞も栞で残った想子全てを防御に注力。

エイミィの相手の氷柱を全て打ち砕くイメージか、または栞のあらゆる攻撃を全身全霊で防ぎ切るイメージか。

長いようにも思えたこの一瞬の競り合いは割とすぐに決着が着いた。

「通らなかった……?」

エイミィの氷柱が先に根を上げて砕け散っていた。

その光景から、エイミィの惜敗か……と誰もが思ったが

「いや、そうでもねえみたいだぜ?」

紫輝だけがその雰囲気に待ったをかけていた。

一体何事かと彼と同じ場所に目を向けると、そこには目を疑うような光景があった。

エイミィの氷柱が玉砕したのとほぼ入れ違いで、栞の氷柱3本全てに横一線の亀裂が入っていたのだ。

そして、3本まとめて同じように上部が崩れかける様となった。

「……負けたわ。 ……完敗、よ……。」

既に精魂尽き果てて倒れたエイミィ、それに続くように栞も静かに倒れこんだ。

彼女もまた、最後の防御で全ての想子を使い果たしたのだろう……まさに死闘と言える一戦だった。

「……見事だ。 俺が見たかったのはまさにこういう死闘……ここに来た甲斐があったな。」

そんな二人に向けて、紫輝は静かに拍手を送っていた。

文字通りぶっ倒れるまで死力を尽くした試合、彼が最も見たかったものをそれを見せてくれた二人にはただただ感謝の意しかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

疲弊しきった二人はそのまま病院へと運ばれた。

深雪と雫と共に決勝リーグへ勝ち上がったエイミィだが、この状態では当然棄権せざるを得ない。

まあ、残った3人全員が一高なので決勝リーグそのものを行わないで全員同率1位にするという案も上がっていたくらいなので、本来なら戦う必要もないのだが。

だが、残る二人……特に雫が深雪と試合を行うことを強く希望していた。

対する深雪も断る理由は無いようで、エイミィは棄権により3位確定、残る二人で優勝を争うこととなった。

そして同刻、別の病室にて

「ようやく起きたわね。 お疲れ様、栞。」

「愛梨……? 勝つことが出来なくてごめんなさい。」

決勝リーグについての説明の為に無理やり起きたエイミィとは対照的に栞はゆったりと目を覚ましていた。

最初に浮かんだのが勝てなかったことに対する謝罪ではあったが、スピード・シューティングの時に比べてマイナスの感情はそこまで感じられない。

むしろどこか清々しさが感じ取れる、そんな穏やかな顔をしていた。

「全力を出し切ったとてもいい試合だったわ。 紫輝もとても賞賛していて色々モチベーションが上がったみたい。」

「むしろ彼は次の決勝リーグを楽しみにしておいた方がいい気がするけれど……それは言わない方がいいかしら。」

「まあ、彼としては一高の順位よりも1つでも面白い試合が起こる方が大事だから当然と言えば当然だけれど。」

二人は知らないが、元々九校戦の観戦はついででしかないのだ。

あくまで無頭竜の動向の探り、悪魔を動員させている場合はその駆除の方が主目的。

それが無ければ今でもホームリンクでJGPS(ジュニアグランプリシリーズ)に向けた調整を行っていただろう。

更に言うなれば、ただのエリート学生が琴線に触れることもまずない。

そういう意味では、ここまで圧勝という言葉で済まないワンサイドゲームを連続している深雪も面白い部類には入っていない。(まあ身内だから手の内を知っているが故でもあるが)

選手そのものに独自性、または紫輝の感性を刺激するものがあるか、または試合そのものが紫輝のアスリート部分を刺激するものであるか。

今回の試合は後者に当てはまり、心の底から躍動したのだった。

「それにしても、悔しいはずなのに凄い清々しい気分ね。 前みたいに塞ぎ込むのではなく、この敗北を先へ生かさないと……そう思えるほどに。」

「この短い間で強くなったわね、栞。」

「貴女のおかげよ、愛梨。 貴女という最高の友人のおかげで、私は過去に縛られない未来を見つめられるようになったのよ。 だから、ありがとう。」

この言葉を聞いて、愛梨は内心で安心していた。

今朝、栞からの決意表明を聞いた時からずっと思っていたのだ。

栞にはただ自由に、自分のために力を尽くしてほしい、と。

それは自身が一色の家を背負っている立場だからこその願いでもある。

(……栞は私たちの思っている以上に強い心を持っていたわ。 まさに貴方の言った通りだったわよ、紫輝。)

ある意味きっかけを見出してくれた紫輝にささやかな感謝を送りながら歩を進める。

栞があれだけの戦いっぷりを見せてくれたのだから、今度は自分の番。

ミラージ・バット本戦……同じ1年で更に自身より魔法力が上手の深雪がいるだけでも厳しい戦いになるのは言わずもがなだ。

しかし、それでも勝ちに行く。 そう己を鼓舞出来るだけのものを栞から受け取ったのだから。

 

 

 

 

 




というわけで、個人的に割と好きな試合、エイミィ対栞でしたー。
優等生オリジナルの試合は結構好きな試合が多いのでこちらでもピックアップしていきますよ。
割と紫輝が薄情な面が見られますが、彼は面白い試合が見たいので、その末で身内が勝った負けたはそこまで重視はしていません。
結構出番がおとなしいとはいえ、ちょこちょこ紫輝の細かいところを明かしていくようにしています。
まあこういうところまでこだわろうとしてるから執筆が遅れるのですが……。
さて、そろそろGWが近づいてきますが私はアイスショーを見に行くので(4/29と5/4)そこまで時間が取れるわけではありません。
FGOのCCCコラボとか艦アケイベント2回目、更にはブラウザ版の春イベも始まるというトリプルコンボも待ち構えてますからね……。


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14. 水上デッドヒート&氷炎魔界

はい、約2カ月ぶりです。
言い訳になってしまいますが、仕事の方がかなり忙しくなってとても執筆に割けるような状況ではありませんでした。
ただその間もチマチマ設定や先の展開の詰めはやっていました。 そんなことするくらいなら書けよって言われれば本当にその通りだと思います。
しかも今回のアップも半ば強行です。(まだ15話は書ききれていないので)
というよりも早く九校戦編は終わらせたかったので15話はかなり詰め込み状態になっています。(字数が過去最高になる可能性高し)
ただそのお蔭で第16話で無事に九校戦編を終え、ある意味本番その1の夏休み編に入れそうです。
ただこの16話も割と大変そうですけどね……優等生がどこまで進んでるかが把握できてないのですが、ミラージ・バット本戦ってまだですよね確か。
とりあえず、執筆スピード自体は仕事が少し落ち着いてきたので少しは戻せそうです。
16話を可能な限り早く書き溜め、続く15話も早めに上げられるように努めます。
遅筆かつ更新不定期な本作品ですが、どうかよろしくお願いいたします。









 

アイスピラーズ・ブレイクの決勝リーグの面々が次々と決まる頃には並行してバトル・ボードの準決勝が行われていた。

紫輝はエイミィの試合後すぐさまバトル・ボードの会場へ直行。 競技内容を考慮するとこちらの方が紫輝好みなので当然と言えば当然だ。

深雪と雫の対決が決勝で発生する可能性も高いので優先順位はこちらの方が上である。

準決勝の第1試合、スタートこそほのかは出遅れて2番手に甘んじるがそこから一見するとコーナリングでスキを突いて先頭に躍り出る。

……無論相手のライン取りが甘くなったとかそういう簡単な話ではない。 当然達也仕込みの効果的な策が仕掛けられていた。

というのもこの試合は全員がサングラスを装着するという奇妙な光景が広がっていたのだ。

理由は言うに及ばず、ほのかの冒頭発光妨害……要するにフラッシュ対策である。

本来なら水飛沫によって視界が奪われやすいので敬遠されるが、そのリスクを負ってでもフラッシュは対策しなければならない。 まあ当然の選択だろう。

しかし、これもまた達也の計算の内。 フラッシュによるスタートこそ行わなかったが更なる策をほのかに授けていた。

サングラスを装着する場合、水飛沫のリスクも当然あるのだがそれ以上に厄介なのが暗所の認識がしづらくなる点だ。

要するにコースの切れ目……走行ラインを見極めることが難しくなる。

そこにダメ押しとばかりに影を誤認させるような幻影魔法を用いてよりラインを甘く取らせる。

そうすれば後は栄光の花道。 あっさりと先頭を奪い、ジワジワと差を広げてのトップチェッカーであった。

相手のみ走行ラインを縛らせた状態で自分は悠々と抜き去るという一見エグい戦法は紫輝にとっては好物以外の何物でもなかった。

魔法の使い方もそうだが、策によってラインをこじ開けて突破するところに暇なときに読んでいる某走り屋漫画が浮かんだからだ。

そして、もう一方の準決勝から上がってきたのは当然のように沓子。

まさにエキスパート対策士、対極とも言える決勝戦だ。

「っていうか、紫輝は大丈夫なのかい? 今日は2つの会場を行ったり来たりじゃないか。」

「まあ、バトル・ボード決勝までは余裕で持つだろうがピラーズ・ブレイクは分からん。 最悪寝てるかもしれねえ。」

「確かにピラーズが決勝1戦のみになるのは濃厚で時間的余裕が出来たとしてもそこまで休めないもんね……って言うか紫輝君がそこまでお疲れっていうのも珍しい気が。 何かあったの?」

その疑問があったのはエリカだけではなかったようだ。

達也もそうだが、紫輝も相当タフな人間だと思っていたらしく、まだまだこの程度なら余裕だと自然に思っていたのだ。

そんな彼の、やや疲労の色が見える様子はやはり少々意外だったようで。

「昨晩ふと『そういや、全ジャンプをクアドにする練習ってのもあったな』と思い至ってその場のノリでやってみたら思った以上にキツくてな。 まあ転倒は無かったがステップアウトだのオーバーターンだの増えて余計に体力も消耗してこの有様だ。」

「おいおいおいおい、すぐに海外入りだってのに大丈夫なのかよそんな無茶して。 コーチも頭抱えそうだぜそれ知ったら。」

「いや? そのことを伝えたら『まあ、紫輝だからな。』と言われただけだが。」

それは要するにそういうものだと諦められているのでは……紫輝以外の考えは全員一致していた。(美月がそれを口にしようとしたがエリカが止めた)

まあ実際はその思考は半分間違っていて、諦めているというよりはどうにかなるだろうというある種の信頼の方が強い。

そもそもスケートにおいては博打というものを紫輝は嫌う。 クアドの確実性はかなりのものになっているので心配する要素もそこまででもないのだ。

それにもし、紫輝が明らかな無茶を言い出したら止めるし、紫輝もきちんとそこは従う。

この絶妙な距離感と信頼関係、これこそが紫輝と高島コーチが上手くいっている要因でもある。

そんな雑談も程々に、紫輝たち(結局皆心配で同行することに)はバトル・ボード決勝の観戦へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピラーズ・ブレイク程では無いがバトル・ボードの会場もかなり客席が埋まっていた。

現状評価では沓子の方が有利と見る者が多いようだ。

ただ、予選と準決勝でほのかは全く別々の策を実行したので今回も何かしでかすのではないかと期待する声も少なくない。

確かに予選・準決勝を見る限り展開次第でどうにでも転がる対決だ。

紫輝の中で浮かんでいる展開は2つ。

その中で結末のみ抜擢すると、大差で沓子が勝利するか僅差でほのかが辛勝か、このいずれかだ。

前者が浮かんだ要因は単純なカン。 沓子がここまで何かを隠していると告げているのだ。

そもそもあそこまで予選と準決勝で派手に得意魔法を使っておいて対策の更に上を考えないはずがない。

ただ序盤はあくまで様子見でここまでと同じ出力にするだろう。

それで勝てれば良し、そうでなければ隠し持ってるだろう奥の手や絡め手でほのかのリズムを崩す。

そしてそのまま沓子が逃げ切り1着というのが前者の全貌だ。 それを覆すのが後者のパターンとなる。

「何だか、本当に解説席に座ってる人みたいですよ獅燿君。 凄い読みと言うか……。」

「いや、所詮は今までやってきたゲームとかから引っ張ってきただけの経験則、更にあくまで俺だったらという仮定も混ざってる。 行うのは一丁前の人間なんだから参考程度に留めておいてくれ、外した場合恥ずかしいからな。」

「とは言っても何だかんだで外さないと思うんだけどねー。 確かにあの三高の娘、まだ何か隠し玉があってもおかしくないし。」

エリカの後押しに対してレオと幹比古も同様の感想を抱いている。

明らかにここまでのレース、聞いた感じではまだ沓子には余裕すら感じられるのだ。

特に同じ古式魔法、それも精霊を使役する身の幹比古はその傾向が強い。

そろそろ始まるのでそこから先は言わなかったが、この決勝戦で鍵になるのはとにかく揺れない精神力。

どうあってもほのかは沓子の策に対して受け身に回らざるを得ないので、そこを耐えることが出来るかがカギになる。

そんな紫輝の思考を他所に決勝戦はスタートした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(よし、スタートはOK! 冒頭の水面操作は封じることが出来た!)

先頭を陣取ったのはほのか。 スタート直後の水面に領域干渉代わりの鏡面化魔法を放ち沓子の先手を封じた。

古式魔法の初動の遅さに付け入って水面に対して先に情報改変を行うことによる改変妨害、更に加速魔法で先を行ったのでひとまずはまあまあと言ったところだろうか。

しかし、遅れを取ったはずの沓子の表情は涼しい。 想定の範囲内と言ったところだろうか。

(古式魔法の弱点は織り込み済みじゃ。 だからこそ、ここから仕掛ける!)

殆ど予備動作もなく得意魔法を仕掛けてきた。

スタート後のストレートから少し先の区間の水面が荒ぶりだし、先行するほのかを飲み込まんと牙を剥きだす。

これまで沓子と対戦した選手は為すすべもなく飲み込まれた脅威そのものだが、ほのかの顔に焦りはない。

(その程度は想定済み! ……タイミングはここ!)

次の瞬間、大半の人間は目を疑った。

何せ、いきなりほのかはボードと共に上に飛び上がったのだから。

(跳躍魔法によるショートカットは禁止じゃぞ? 一体何を……ん?)

背後から訝し気にほのかの動向を観察する沓子であったが、すぐに状況を察した。

ほのかはただ跳躍したのではない。 あくまで水面にギリギリ触れるレベルで上に飛んだだけだ。

そこからすぐさま水面にボードをギリギリ接した状態を維持して一気に通過する。

ボードそのものは水面に触れているので水面上の走行とみなされる上に荒波の影響を受けない。

まさにルールのギリギリを突いていくこのやり方は達也仕込みだろう。 明らかに影響されていた。

これには紫輝もご満悦の様子。

(なかなか良い対策じゃ……じゃが、まだまだ仕掛けは先にあるぞ?)

水面すれすれ走法により荒波を突破される光景を見ても沓子は慌てない。

コースの先の方へ仕掛けてある精霊を活性化させようと仕掛ける。

(精霊の活性化ノイズ! ……よし、見えたよ達也さん!)

だが、その仕掛けが通じるほどほのかは甘い相手ではない。

達也から自身の強み、『光に対する感受性』は対沓子では立派な武器になることを伝えられている。

発動までのタイムラグ、その間で精霊の活性化ノイズを即座に認知。

後はピンポイントに精霊を抑え込む消波を叩き込むだけの簡単な作業だ。

(……なっ、精霊が抑え込まれた……そうだ、あやつそういえば光のエレメンツじゃったな。 それならば視認できてもおかしくはない。 ……ははは、こうでなくてはな!!)

自身の得意技が徹底して抑え込まれたことに僅かな驚きを見せるが、クラウド・ボールの試合を観戦している時のことを思い出す。

あの時、本当に分かりづらい愛梨の魔法もほのかは視認できていたのだ。

精霊が活性化する際に発するノイズが見えてもおかしくはない。

これまでとは違い対等に渡り合ってくる相手を前に、沓子は無邪気な笑みを零していた。

まさに彼女が求めていたのはこれだ。 互いの技と知略がぶつかり合う本物の勝負。

決勝にしてようやくこの高揚感を味わうことが出来ていた。

レースの方へ戻ろう。 精霊を抑え込んだことでほのかを阻むものは暫くは無いので快走が続いている。

順調にコースで最も高い場所に位置する滝の頂に差し掛かっていた。

(ここは一番位置が高いから全体を見渡すには絶好の場所! そしてそれを抑え込めば……!)

1周目終盤、ここまで割と上手く行っているからかほのかの表情は余裕が見えた。

しかし、そこに緩みがあることに彼女自身は果たして気付いているのか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、完全に油断してるぞ。 このまま行ったら世の中苦労は無いんだがな……。」

モニターに映ったほのかの表情に紫輝の第一声がこれだった。

余裕がある表情と言ったが、紫輝からすると明らかに緩みすぎに見えているようだ。

「え、でも精霊は抑え込んでるからほのかさん有利なんじゃあ……。」

「素人目だが走行技術は拮抗してるか若干有利なくらいだ。 このまま押し切れるんじゃねえのか?」

紫輝のネガティブ意見に待ったをかけるのは美月とレオ。

相手のメインウェポンを封じているし走行技術では劣っていない。

確かに、普通に見れば負ける可能性はそう考えられない……そう思うのも無理はない。

「二人ともそれは楽観視しすぎ。 あの三高の選手、まだ何か企んでてもおかしくはないわよ。」

「僕もそう思う。 確かにさっきは光井さんが精霊を抑え込んだけど、まだ何かあっても驚くことは無いよ。 精霊魔法というのはそんな簡単に徹底対策出来るものじゃないからね。」

対してまだ安心するには早い、紫輝に同調する意見を示すのは幹比古とエリカだ。

エリカはその観察眼から、幹比古は精霊魔法を操る者としての意見から。

二人がまさに紫輝の懸念事項を代弁してくれたので、紫輝は更に経験論からの補足を付随する。

「まあ別に余裕があるのは悪いことじゃあないが……ほのかのあの様子は明らかに緩みすぎだ。 ああいう状態は瞬間判断力を鈍らせる。 判断間違えて逆転される可能性は普通にあるぞ。」

ここまで紫輝のほぼ予想通りの展開になっているのだ。

沓子の様子見の策をほのかは確実に突破していき、リードを広げていく。

だが、それでもなおほのかが大差で負けるor僅差でギリギリと予想したのは、このほのかの気の緩みにあったのだ。

このような強敵との競り合いというシチュエーションを体験したことが無いから仕方ないことなのかもしれないが、その油断は猛毒だ。

一発勝負の競技の世界に身を置いている紫輝ならではの予想、まさに的中していた。

「でも、一体相手は何やるんだ? 精霊をやっても抑え込まれるだけなのが関の山だぜ?」

「……いや、同じものを使うにしても使い方次第で効力は違うよ。 古式魔法はいわば騙し合いの側面もあるから、その方向で少し工夫すればその効果はガラッと変わる。」

「俺ならそうするな。 油断してるところに騙し打ちをかけて一気に精神的打撃を与えて逆転……理想的なシナリオだ。」

この時エリカは『紫輝君なら確かにやりかねないね……。』とボソッと呟くが当然紫輝の耳に入っているので軽いデコピンをお見舞いされた。

そんなことを話している間に、先頭のほのかがコース内最高高度に達して、コース全体を見渡していた。

「……やはりな、そう簡単に勝たせてもらえたら苦労はねえ。」

逸早く事態を察した紫輝の静かな独白。 それはここからの苦戦を予期させるものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

滝の頂上からコース全体を見回したほのかはその異様な光景に顔を青くしていた。

(え、これ……ほぼ全域? ちょっと待って、これどうすれば……。)

そう、ここから先のコースほぼ全域に魔法が仕掛けられている跡が見えたのだ。

いくら消波を叩き込めば無力化できるとはいえ、これだけの量に対応していては想子切れは確実。

とりあえずは最も近いところ……着地地点付近のトラップを消そうと消波を放つ。

……と、すぐに手応えに違和感を感じた。

(あれ、さっき無効化した時に比べて手応えが軽い……っ! そうか、ダミー……!)

明らかに消した対象の中身が無いことから即座にその結論に至ることが出来ただけマシだろう。

しかし、いくら光に対する感受性が強くてもダミーと本物の違いを見極めるのは現時点では困難を極める。

片っ端から消していくわけにも行かず、やや戸惑いながらもループへと入っていく。

無論ここにも魔法は仕掛けられている。 ただ、本物かダミーかが見分けがつかない以上突っ込む以外なかった。

(ここは小さい波……ここも! 本物だけど効力そのものは小さいからそのまま通過できる! 古式魔法は偽装も多いって聞いてはいたけど、こういうことね。)

単純に水面に仕掛けたトラップによる妨害ではなく、虚偽も織り混ぜて精神的に揺さぶり、あわよくば想子切れを狙った戦法に切り替えてきた。

沓子の第2の策もきちんと看破したのでまだまだ大丈夫……ループの出口に向かいながらほのかは再度安堵していた。

しかし、その表情はループの出口に差し掛かる辺りで再び崩れることとなった。

(え、ちょっと何!? 不意打ちが過ぎるよー!)

咄嗟に跳躍魔法を放って即座にそれを回避した。

そう、ループの出口にこれまでのものとはまるで違うトラップ……渦が仕掛けられていたのだ。

危うく足を取られるところだったが、反射的に避けることはできた。

しかし、不完全な回避だったのかバランスを崩してしまう。

「お先じゃーっ!!」

そこに機を伺っていたのか沓子が瞬く間に抜き去っていく。

まさに二重の策。 最初は精神的動揺を誘い、安心するも束の間大物トラップで不意を突く。

見る者が見れば褒め称える光景だろう。

だが、沓子の猛攻はまだまだ終わりを見せることは無い。

「ようやくこれを使えるわい。 さあ、突き放すぞ!」

ほのかを抜いた勢いそのまま……いや、むしろ増強して2周目に突入する沓子。

その直前に古式魔法で使うためのCADを装着している方の手で何かを操作している沓子の様子を確かにほのかは見た。

(え、そっちもCAD!? しかもアレは移動系……現代魔法!?)

古式魔法使いと思っていた矢先の光景に更なる驚愕を生む。

使用想子を緻密にコントロールしないと出来ないCAD2丁同時使用を沓子はこの舞台でやってのけていた。

というのも、この一見型破りにも見える現代魔法・古式魔法の同時使用は沓子ならではの技術とも言える。

何せ使用している古式魔法は四十九院のルーツとも言えるもの、寝ていても使用できるほどの熟練度がある。

ならば、同時に使う際は現代魔法の方によりリソースを割いてしまえばいい。

まさに合理的な手法である。

(って、何この水流……! さっきまではこんなんじゃあ……あっ!)

対するほのかは更なるペースダウン。

水面を見ると、明らかに沓子の仕業ととれる恐ろしい波が彼女の行く手を阻んでいる。

何故このタイミングか……僅かの逡巡でほのかは気づいた。 この為の移動魔法であったことを。

駄目押しとばかりの移動魔法は単にほのかとの距離を開くためだけでなく、荒ぶる波の範囲から離れるという目的もあったのだ。

何にせよ、この状況を打開しないと勝機など生まれない。

が、先ほどの跳躍で飛び越えるにしろ意味はなく、それをやったら無駄にスタミナを消耗してますます泥沼だ。

(このまま……負けるの……?)

明らかにほのかから戦意が無くなってきているのが遠目からでも分かる。

そんな様子を見て、沓子は自身の勝ちを確信していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

観客席でもほのかの敗戦ムードにやや雰囲気が暗かった。

無理もないだろう。 明らかに崩れかけているメンタル、ジワジワ削り取られる体力。

ここからの逆転など流石に厳しい。 それが大多数の思考であった。

「やるな沓子のヤツ。 まさか古式魔法と現代魔法を同時に使うとは……それに心理戦も上手い。 見ていて楽しいなおい。」

「っておいおい紫輝、呑気に感心してる場合じゃねえだろ。 これ明らかにやばいぞ?」

予想通りとはいえ、ここまで鮮やかにレースをコントロールする沓子に対して素直に賛辞を贈る紫輝。

まさに望んでいたのはこのような試合であり、更に沓子の試合の運び方が好みドンピシャなのでその喜びようもなかなかのもの。

ライバル校の選手の戦術に対するこの喜びようは一見薄情に見えるが、紫輝はこの場に対して望んでいるのは『面白い試合』だ。

それを見せてくれるならば、例え同郷でなくても喜び褒め称える。

だが周りはそうもいかない。 ほのかの失速に焦りを見せているのは真っ先に紫輝に待ったをかけたレオだけではない。

「徹底的に翻弄された形だから厳しいな……。 後1周あるとはいえ平常心を取り戻して更に追い上げというのは……。」

「言うまでもねえがキツイな。 そこらのエリートならそのまま戦意喪失の敗退安定だな。」

この状況を覆すのは並大抵のことではない。

可能不可能以前にそれを実現させようとする揺るがない精神。

序盤有利の状況を崩されてここまで追い打ちを掛けられた今、それを維持するのは相当に難しいことだ。

そのハッキリとした物言いから、ほのかの準優勝が確定か……そんな雰囲気になりかけるも、紫輝は続ける。

「だが、少なくともほのかは元々自分の技量に自信がないからこそ人一倍入念に練習してきた。 少なくとも逆転のカードは揃ってんだ、後はガッツだろ。」

「え、逆転のカードってそんな要素があるの? まさかの達也君の隠された秘策とか?」

唐突の掌を返したような意見に素っ頓狂な声で問われる。

しかし、紫輝はそうそう見せない真面目な表情のまま首を横に振り否定した。

「言っただろ、入念に練習したと。 それがまさに打開策だ。 後は……いや、これについては別に言わなくてもいいか。」

「え、そんな風に切られると余計に気になっちゃうんですけど……。」

「まあ、気持ちは分かるけどこれが紫輝だから諦めよう柴田さん。 今はとりあえず光井さんがいつも通りに戻ってくれることを祈るだけだ。」

続きはWebで、とギャグを飛ばすようなノリで答えをはぐらかす紫輝。

それでいて、内心では檄を送っている。

(思い出せ、今までやってきたことを。 そして浮かべろ……誰にその勝利を捧げるのかを。)

それらのピースが全て嵌った時にこそ逆転の狼煙は上がる。

そして、何かを見出したのか彼女の顔が上がった瞬間に直感が発動した。

『まだ勝負の幕は下りる時ではない』、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほのかの内に電流が走ったのは沓子がダメ押しとばかりにより水流を荒くしたときだった。

あまりに激しい水流から、目の前に大きな波が現れている。

そのまま飲み込まれるか……否。

(……そうか! まだ私にはこれがあった!)

飲み込まれるどころか、逆に波を制して逆に糧としていた。

思い至ったと同時に体が動いていたが、その動作には何の淀みもない。

まさに水を得た魚。 先ほどまでの失速加減が嘘のような見事なV字復活を遂げていた。

(そうだ、私にはSSボードで築いてきた技術があった。 そしてその技をアレンジして練習を重ねたこの走り、これもまた私自身の力、そうでしたね、達也さん!)

ほのかの脳裏にはかつて達也に贈られたその助言、そして達也自身が浮かんでいた。

これには紫輝による『達也の助力を無駄にしない』、この助言がここに来て生きる。

無意識下ではあるが、達也への想い……『依存』が彼女の力を最大限、いやそれ以上に引き出していた。

いわばゾーンに入った状態だ。 そして、観客席の紫輝はまさにこの時を待っていたとばかりに笑みを浮かべている。

(なんじゃあれは!? まるで曲芸のようにスイスイとかわすなど今まで見たことないぞ!?)

想定外の追い上げに沓子の表情に初めて焦りの様子が見えた。

しかし、ここに来て自分が築いたリードを思い出す。

(だが、流石に半周程の差を詰められるということは……なっ!?)

ふと後ろを振り返ると先ほどまでのアドバンテージは既に半分は縮まっている状態になっていた。

恐るべし猛追。 それはまさに殿一気を目論む追込型の競走馬のよう。

(仕方ない、ここはもう大盤振る舞いじゃ!)

先ほどまであった勝利への確信はもう捨てていた。

今出来うる最大限の水流操作……それはもはやお伽噺に出てくる嵐のようだった。

ここが海ならばまさに生か死かの瀬戸際の戦いになるし、この舞台でも下手をしなくても相当な危険が伴う。

(大丈夫、今の私なら行ける!)

しかし、ほのかには何も関係はない。 今はただ己の勝利を達也に捧げるが為に邁進するのみ。

通るべきラインが見えているのか、そう思わせるくらいの鮮やかな回避だ。

減速する素振りもなく、むしろ余計に加速しているようにも見えた。

嵐を抜けたら、もう既に沓子の背中を完全に捉えることが出来るほどの差になっている。

残すは終盤のループ……その中で鍵になるのは出口のコーナーだ。

ここは下りになっている上に見た目以上にRが厳しくインを攻め切るのが相当難しい。

まさに僅かな技量の差が左右する、レースの最終局面を占う重要ポジションだ。

そのことは沓子もほのかも重々承知している。

(まさかここまで追い上げられるとは……じゃが、最後の最後でインを譲らねばわしの勝ちじゃ!)

ループ内でもジワジワと差を縮められるが、沓子の意識は勝負所の出口にしか向いていない。

背後から迫られるプレッシャーも何とか振り切り、ループの出口に差し掛かる。

それと同時に可能な限りリスクを削り、かつ1人分のスペースを開けないくらいにインを詰めているように見えた。

……そう。 見えただけ。

(今……!)

本来ならいないはずなのに、彼女はそこにいた。

沓子はインを締めたはずなのに、ほのかはどこ吹く風かその有り得ない場所を位置取っていたのだ。

(な、わしはインを取ったはずじゃぞ!? ……あ、まさか準決勝の時の……!)

何が起きたのかはすぐに思い出すことが出来た。

そう、ほのかが準決勝で見せた幻覚魔法である。

この土壇場で内側にある影をより濃くして目の錯覚を起こし、インを取ったように見せられたのだ。

実際はギリギリ一人分のスペースが空いており、ほのかはそこに飛び込んだ。

この競りに競った状況だからこそ、そして猛追をかけるほのかのプレッシャーに飲み込まれていたからこそ見逃し、引っかかってしまった。

最後の最後で逆転、その勢いを持続させたままほのかは逆転先着でチェッカーを受けた。

 

「よっしゃ、よくやった。 というかこんな面白いものをよく見せてくれた。 というか最後のぶち抜き方はアレか、どこぞの豆腐屋みたいで最高だったぞ。」

「落ち着いて紫輝君もはや何言ってるか分からないから。 日本語喋ってよ。」

二転三転する展開、元々こういうレース系の接戦を見るのもまた好物な紫輝は終わってからもテンションが上がりっぱなしだった。

ちなみに豆腐屋の中でも特に浮かんできた光景はヘッドライトを消して奇襲をかけるブラインド・アタックだったようだ。

当然これを理解できる人間はこの場にはいない。 いたら相当の変わり者と言える。

「にしても、あそこから持ち直す辺り光井さんも存外ガッツあるんだな。」

「おいおい、単に自己評価が低いってだけでメンタルが弱いってわけじゃあねえんだぞ? 恋する女子ってのはそういうもんだ。」

「そういうものでまとめちゃっていいのでしょうか……。」

まあ実際問題、エレメンツ特有の『依存』を力に変えただけでなくSSボードの経験を活用したのも大きな要因だ。

使えるものは何でも使い、達也への恩義に報いる……まさにほのからしいレースだった。

普段のどこか小動物を思わせる仕草が多い彼女をよく見るこのメンツからすれば結構意外だったことだろう。

「それにしても、紫輝はよくここまで読めるものだよ……。 殆ど展開が当たってたじゃないか。」

「ほのかだけでなく、沓子の方も接触して性格の片鱗は把握していたからな。 後は魔法特性とかも入れれば大体読めるさ。」

「達也も大概だが、紫輝もやっぱ頭切れるよな……流石は筆記学年3位。」

この場合筆記の順位は関係するのか……と思ったが突っ込むのは野暮なので何も言わなかった。

さて、無事にバトル・ボード女子はほのかの優勝により三高の追撃を更に抑えることが出来た。

ワンツースリーフィニッシュが確定しているアイスピラーズ・ブレイクもあるのは大きい。

まあ、男子がその分成績が奮わないお蔭でイーブン寄りになってはいるのだがこの際贅沢は言ってられない。

「……さて、次はアイスピラーズ・ブレイクなわけだが決勝が1戦のみになったわけだから時間はある。 よって早めに席を取って寝るか。」

「それもそうだね。 多分超満員になりかねないから早めに移動しよう。」

「あの、獅燿君明らかにおかしい言葉があった気がするんですけど……。」

美月の指摘も空しく全員は移動を開始する。

深雪と雫という色々な意味で好カードな戦い、是非とも観戦したい人間は多いだろう。

今からでも間に合わないということも有り得るくらいだが、その時はその時だ。

なかなかの強行軍だが、こればかりは致し方ない。 やれやれとため息をつきながらも紫輝達はアイスピラーズ・ブレイクの会場へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その最中、一足先にアイスピラーズ・ブレイク決勝の会場に到着していた達也は二人の上級生に囲まれながら試合の開始を待っていた。

「超満員ねー。 そういえば獅燿君達は今どこに行ってるの?」

「バトル・ボード女子の決勝を見てからこっちに来るはずですよ。 アイツはバトル・ボード一押しですからね。」

「まさにイメージ通りだな。 そうなるとますます面目ないな……。」

「いや、渡辺先輩が気にすることではないでしょう。」

冗談なのか真面目なのかは分からないが自身が参戦していた準決勝の事故のことを思い出すも、即座に達也はフォローを入れる。

実際摩利に落ち度があったわけでは断じてないのだから本当に気にする必要など微塵も無いのだ。

そんな中真由美は意地の悪い笑みを浮かべながらこんなことを尋ねる。

「それにしても、本当は深雪さんの方につきたかったでしょ達也君。」

まあ、弄るための問いであることは言うに及ばずだ。

普通ならば狼狽するなりそれに近い反応を示すだろう。

「ええ、勿論です。」

しかしそこは達也、にべもなくこのような返答である。

下手な反応をしようものならまず弄られるのは分かり切ったことなのでもう隠さずに堂々と、だ。

「清々しいくらいの即答っぷりだな……。 シスター・コンプレックスという単語を知ってるか?」

「身内を応援しているだけでシスコンと呼ばれる理由が分からないのですが。」

摩利がストレートに弄りにかかるがこれも柳に風。

まあ、それくらいでシスコンなんて呼ばれたら世の中の仲が良い兄弟はみんなシスコンなりブラコンとなってしまう。

達也の返しは全く持って正しいのだが、この際その正しさは何も意味を持たない。

「ちょっと摩利、聞いた? 完全に開き直ってるわよ。」

「これは重症だな……獅燿のやつを呼んだほうが……いや、アイツもその可能性もあるか……?」

本人の前でヒソヒソ話という意味のないこと(実際狙ってやってるのだろうが)をする二人の思考回路に疑問を持ちながらスルーする達也。

……が、最後の方に明らかな間違いが含まれていたので、本人の名誉のためにも口を挟むことにした。

「渡辺先輩、紫輝はこういう場面で身内贔屓をするヤツでは無いですよ。 普段は深雪と戯れることも多いですがこういう場では至って公平です。」

「そうなのか? ……じゃあこの試合に関してはどちらも応援すると。」

摩利、そして真由美はそれはもう意外そうな表情をしていた。

やはり普段から深雪と戯れている=兄的立場の愛情表現という図式からそう見ていたらしい。

「いえ、こういう場合は北山さんの方にエールを送るかと。 アイツは如何に面白い試合が見られるか、このことに焦点を置いてますから。」

「それはそれで薄情な気がするわね……それ、深雪さんが知ったら吹雪になったりしないのかしら。」

「大丈夫ですよ、深雪もその点はよく分かっています。 まあ、後で拗ねるでしょうが。」

そう、理解はしている。 だが、深雪の根幹は普段周囲に見せている『優等生』の仮面とはまた違うのだ。

普段はちょっかいをかけてくる紫輝に対してストレートな憎まれ口をぶつけているが、それは信用・家族愛の裏返しなのだ。

だからこそ関心が自分に向かなければ寂しくもなる。

「何だか、普段のあいつらからは想像できない関係だな……。」

「深雪がああいう顔を見せるということはそういうことですよ。」

「へえー……じゃあ達也君的には深雪さんの彼氏最有力は紫輝君ってことでいいのかしら?」

これまた別方向で面白いネタを見つけたとばかりに追求する真由美。

摩利もその問いでそんな光景を思い浮かべるが、なるほど確かにそう悪くないかもしれないと思っていた。

それに対する達也の回答は、これまた淡々としたものだった。

「まあ、深雪にとって血縁以外で一番親しい異性は間違いなく紫輝でしょう。 ですが、あの二人はそういった関係になるには近すぎて何か違う……お互い言ってましたよ。」

「え、近すぎてって……何それどういう意味なの?」

「要するに、家族的付き合いが長くて今更お互い異性として見るのは違和感があるということか。 なるほど、確かにそうとも取れるな。」

真由美の疑問には先に言葉の意味を察した摩利が的確に答えていた。

要するに、恋愛経験でよく聞く『近すぎる幼馴染程恋愛が成就しない』という一例だ。

なるほど、確かに長いこと義理の兄妹関係のようなことになっていればそうなるのも分からなくもない。

「……何だかよく分からないものね。」

「まあ、真由美が分からないのは無理もないだろうな……。」

「ちょっと摩利!? 何よその勝ち誇ったような顔!」

(もうすぐ始まるが、まあここは静観がベストだろうな……。)

試合開始まで時間が無いことに気付いているのか気付いていないのか。

まあどちらにせよ自分が絡んではロクなことにならないので、あえてスルーを決め込むこととした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新人戦アイスピラーズ・ブレイクもいよいよ決勝戦を迎える。

本来ならブロックを勝ち上がった3人によるリーグ戦になるのだが、全員が一高ということで同率1位にするという案もあった。

しかし雫が深雪との試合を特に希望。 深雪もその挑戦を受けたのでリーグ戦は予定通りの決行。

逆にエイミィはブロック決勝のダメージが尾を引いているので棄権。 頂を争うのは先の二人となった。

普通ならば決勝、しかもどちらもここまで圧勝劇で勝ち上がっているので観戦側も盛り上がる。

……が、約一名見るからに雰囲気に反している者もいるわけで。

「いやまさか本当に宣言通り眠るなんてね……。」

「まあ仕方ないよ。 明智さんのブロック決勝とか光井さんの決勝戦でだいぶヒートアップした反動、更に昨晩の微妙に無茶な練習も合わさればいくら紫輝でもこうなるさ。 一休みする時間があって良かったよ。」

苦笑を隠せない面々の視線の先にいたのは現在進行形で舟を漕ぐ紫輝の姿だった。

これまでも身内の出番以外では目を閉じていることも多かったが、それは少し眼の疲れを癒しておくという軽い休憩レベルだった。

それが今は完全にガチ睡眠。 ある程度予測はしていた幹比古以外にとっては意外すぎる姿だ。

「っていうかこのまま寝かせてていいのか? ……寝過ごさせたら後が怖い気がするんだが……。」

レオの提言に全員は顔を見合わせた。

そう、そろそろ決勝スタートの時刻なのだ。

それなのに眠ったままで、しかもその試合を見てないなんてことになったら……。

まあ紫輝ならばのらりくらりと追及をかわすだろうが、その余波が自分たちに来たらたまったものではない。

雫はまだしも、深雪が起こすとばっちりは掠るだけでも勘弁願いたい。

そう思って無理やりにでも起こそうと思ったその時、件の男は丁度良すぎるタイミングで目を覚ましていた。

「……あー、快眠快眠。 で、何なんだこの微妙な空気は。」

「流石、仮眠でも時間は正確だね。」

予定調和と言わんばかりに当然のように起きたことに流石に驚きは隠せなかったようだ ……幹比古を除いて

「もしかして眠りながらも会話が聞けるような魔法とか使ってたんですか!?」

「んな魔法あったとしても俺には使えないっての。 ちゃんと自分の睡眠パターンを考えて寝ただけだって。」

「まあこれで紫輝君への被害巻き添えは防がれたってことで。」

最もらしい理由の返しだが、この回答が事実と異なることを知るのは幹比古だけだ。

実際は魔法を使っていたのだ……それも、四葉の得意分野とも言える精神干渉魔法を。

ただ、紫輝が直に用いたわけではない。 今の魔法力ではまだそのような細やかな芸当は出来ない。

(精神干渉が得意なネヴァンを一時的に憑依、精神を解体して一部を手早く再生させたら後は放置。 ……柴田さんの眼が感知する可能性もあったけど……流石、上手く誤魔化したようだね。)

自己暗示の類であり、心因的ストレス等を軒並み解消できる効率的な休息用魔法だ。

本来なら精神を解体した段階でネヴァンの憑依を解き、自然再生に任せるのが正しいのだが、時間がないのでこの形となった。

この強引なやり方も精神干渉が得意な悪魔と契約している紫輝だから出来ることだ。

もしネヴァンがいなければ手動でバラバラの精神を再生する者が誰もいなくなるのだから当然と言えば当然だが。

そもそもこの荒療治は肉体が無防備になる上に一時的に人格を無意味な断片とするので一見すれば危険行為にも見えるだろう。

実際は特に副作用などはないのだがこの時代で行う人物はほぼほぼ皆無だ。 魔法師ならなおさらである。

紫輝は表と裏の両立を志しているが故にこの魔法に頼ることは少なくはない。

その場で軽く腕を伸ばして寝起き故のぼやけを払うと、いつもの様子で視界を前へ向ける。

「にしても、結局ピラーズ・ビレイクも一高同士の決勝になるか……。 ここまで順当だとイマイチ面白くねえな。」

「うーん、この競技って番狂わせが起こりづらいイメージあるけどね……。 特に深雪なんかあんなおっかないの使う時点で下剋上も厳しいでしょ。」

「おっかないってより大味だろうに。 1回見ればこっちは満腹、その点雫の方がまだマシだ。」

それでもマシというだけで面白くは感じていないのだが。

スピード・シューティングの能動空中機雷はその発想から素直に称賛するが、今回は至って普通なことが原因なのだが。

普段の言動から派手好きだと思われる紫輝だが、この辺りの感性は複雑怪奇だ。

まあ、それは大体スケートが多大に影響していることは言うに及ばず。

「とりあえず、雫が何か驚かせてくれることに期待しておくさ。 深雪は正直手の内も大体読めちまってるし。」

「要するに……やっぱり紫輝も深雪さん有利と見てるってわけか?」

「この競技自体アイツの得意とする振動系統・冷却の領域なんだ、ざっくり見てそうなるのは流石にどうしようもねえ。 言うなれば某3作目の雪道でスタッドレスとビッグタイヤが喧嘩するようなもんだ。」

最後の例えを理解出来るものはまあこの場にはまずいないだろうが、その見解に全員は納得している。

だからこそ、雫の食い下がりないしは下剋上に期待するのだ。

こちらも達也が担当しているので何かはまず仕込んでいるはず。

少なくとも対深雪だからと言って手を抜くような、そういうタイプのシスコンでは断じて無い。

そもそもそれをやったところで深雪が喜ぶわけがない。

そうこうと展望を語っている内に主演二人が舞台に上がったようだ。

(……あ。 今更なんだが勝った場合の餌として何か用意すればよかったな、雫にだけ。)

何を餌にするかは言うまでもない。

それで何かが変われば良しだったが……もはや過ぎたことはどうにもならない。

そう内心でぼやいていると、対峙していた二人は同時にCADを構え、決勝の火蓋は切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出だしはそこそこ競っているように見える。

これまでの試合でワンパンKO勝ちを収めてきた深雪の氷炎地獄(インフェルノ)による猛攻を雫は情報強化一本で耐え抜いている。

更には間隙を縫うとばかりに共振破壊をお見舞い。 こちらもまたここまでの試合では確実に相手の氷柱を破壊してきた攻撃手段だ。

しかし、相手はこの世代最強と言っても差し支えないのではと言われる深雪。 氷炎地獄を維持しながら自陣の防御を展開するのは何も問題は無い。

共振破壊による各個撃破は叶わず、結果的にお互い致命打を与えることが出来ずにいる。

この状況が割と雫に対して不利であることもまた言うまでもない。

防御しているとはいえ、元々干渉力では深雪の方が上。

すぐにやられないだけで、じわじわと氷柱へのダメージは蓄積しているのだ。

徐々に氷柱が原型を留めるのが難しくなっている。

このままではジリ貧確実。

(……使うよ、達也さん。)

共振破壊以外のもう1つの武器、使い時は今だろう。

身に着いたとはいえ、モノに出来ているかと言えば微妙なところなのが怖いところ。

しかし、リスクを恐れて勝てる相手ではない。

(それに、ここで逃げたら達也さんに申し訳ないし獅燿君に確実に笑われる。)

自分の力量を信用して授けてくれた秘策、ここで使わないでいつ使うか。

……紫輝に対してはあまりの言いようだが、とにもかくも己に対する短い鼓舞はこれにて終了。

後は練習通り。 深雪がどう対抗するかは今は考えない。

一呼吸の後、懐からその秘策を用いるための武器を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雫がそれを取り出した瞬間、会場全体からざわめきが聞こえた。

無理もないだろう。 何せ彼女が取り出したのは……

「まさかのもう一機か。 達也のヤツ、随分と大それたことをやらせやがる。」

もう一機のCAD。 それも雫が使うところはそうそう見たことが無い特化型だ。

達也もCAD二機同時の使用はやったことがあるが、あれはキャスト・ジャミングもどきのための布石。

今回は明らかにそれとは違う、情報強化と併用する形で特化型でないと使いづらい魔法を使う布陣なのだろう

「ここまで1回もやってないのに大丈夫なのでしょうか。 こんな大事な場面で……。」

「いや、むしろここで使わないと勝機は生まれないよ。 北山さんは明らかに勝ちに行ってるんだ。 その為ならこの程度のリスクは安いものだよ。」

例え同じ一高選手同士でも……否、だからこそ余計に勝ちたいのかもしれない。

そんなハッキリとした覚悟を見せられてはきっちり見届けてるしかないではないか。

(ただ、並の術式ではあの防御は突破できねえぞ? 一体何を伝授しやがったんだ。)

雫は細かな制御はさておき処理能力の素早さを売りとするタイプ。

そんな彼女が特化型を使わなければならない程……要するにかなり消耗する一発なのだろう。

それも得意とするのは振動系……この時点で紫輝の中ではあの魔法の存在が頭の中に過っていた。

そしてその予想は見事的中することとなる。

「うお、何だ今の、レーザーか!?」

「深雪の氷柱が溶けてる……突破したってことね。」

雫が放ったのはSF映画などで使われそうなビームのようなものだった。

その様子を見て、紫輝は合点が言ったように2、3度頷いた後解説に入る。

「フォノンメーザーか。 超音波の振動数を上げ、量子化して熱線とする結構な高等魔法だ。 まあ、雫レベルの魔法力、そして達也のバックアップがあれば使えるのも納得だ。……ただ。」

「ただ……って紫輝、君の望み通り北山さんが一矢報いたんだ。もう少し喜んでもいいんじゃないか?」

幹比古の言うことも最もだし、紫輝もCAD2丁持ちのパラレルキャストからフォノンメーザーを使うという点には大いに驚いてる。

しかし、それを上回る懸念があることもまた事実。

「フォノンメーザーもそうだが、CAD二丁同時使用……いわばパラレルキャストも達也から教わったものなのは間違いない。 これが普通の相手ならいいんだが……今回は困ったことに深雪だ。 アイツはパラレルキャストが使えるほどの制御力が優れているわけではない。」

「……あ。 だから今から畳み掛けないと。」

「エリカは分かったか。 そう、雫は深雪の対抗心に火を点けてしまった。 出来れば不意を打った今ダメ押しとばかりに行かないと一気にひっくり返されるところだが、雫はまだフォノンメーザーそのものを完全にモノに出来ていないように俺は見える。」

要するに、立て直しの時間を与えてしまい更に手痛い反撃を受けてしまうことになる。

しかも相手が敬愛する(敬愛だけかはともかく)兄と同じことをしてきた雫に対抗心を燃やす深雪だ、その意図しない緩みが致命打になりかねない。

深雪の方へ注目すると、既にフォノンメーザーの不意打ちによる驚愕から復帰して次の行動に移っている。

(あー、こりゃ拙い。 恐らく一気にカタをつけに行ったな。)

直後、雫のフィールド全体に冷気が発生する。

一体何事かと大半の観客は思うが、確かにこの魔法を公共の場で使うのは初めてだから仕方ないかもしれない。

振動・減速のスペシャリスト、司波深雪の代名詞と言える魔法……『ニブルヘイム』。

ただ、代名詞とはいえとある事情により制御に難があったので僅かながらの心配を紫輝、そして別のところで観戦している達也は抱いていた。

実際ブランシュ残党狩りでは完全に制御しきれているとは言い切れず(早い話ちょっと強すぎた)、達也のフォローが無ければ……という状態だったのだ。

だが、それは杞憂に終わった。

(少なくともあの時よりは制御が効いている。 ……さて、こうなってしまうと対処できるのか。)

何故この状況でニブルヘイムを選択したのか。

液体窒素すら発生させるこの強力な冷却魔法だが、この状況では雫のフォノンメーザーに対する防御策にのみ使ったように見える。

しかし、これでいいのだ。 この液体窒素によって一瞬でケリをつける前準備は仕上がったのだから。

雫が仮に気付いたとしても対処できるかは分からない。

……傍から見れば雫も何か対応策を即座に練って実行しているようだが、深雪の表情に変化が無いことからそれが特に有効ではないことはすぐに分かった。

「……終わったか。」

「え、紫輝君何を言って……ってああっ!?」

もう結果は見えた。 その意図が含まれる紫輝の呟きに皆が怪訝の反応を示した時、予測通りのことは起きていた。

再度深雪は氷炎地獄(インフェルノ)を発動。

……するとどうか。 雫のフィールド上に存在する氷柱が一斉に、そして一瞬で崩壊した。

何が起こったのかと混乱している中、紫輝は淡々と述べる。

「ニブルヘイムによって液体窒素が発生、それは雫のフィールドにある全ての氷柱に付着していた。 さて、この状態でまた氷炎地獄(インフェルノ)を使ったらどうなる?」

「……そうか。 液体窒素が気化して膨張。 一斉崩壊はそれが原因というわけか。」

「正解。 まあ、雫もフォノンメーザーという鬼手を見せたから関心は持って行けただろう。」

インフェルノにニブルヘイムという一種の『魔界』を作り上げた深雪には及ばないだろうが……そのようなどこか面白くないような意見を言外に含めていた。

何はともあれこれで新人戦3日目の全て終了。 後残すは男女別々の花形種目の『モノリス・コード』と『ミラージ・バット』のみとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の全プログラムが消化され、今日の深夜の練習に備えて少しでも体力回復に勤しもうと行動しかけたところだった。

息を切らしているほのかを見かけたのは。

そういえば優勝の祝いを伝えていないことを思い出して声を掛けたら、凄まじい勢いで腕を掴まれて拉致紛いに連れていかれた。

はて、相手が達也ならばそれも分からないでもないが……半ば引きずられながら疑問が絶えなかった。

が、周囲に人が減ってくるとほのかが申し訳なさそうな顔をして口を開いてくれた。

「ごめんなさい! でもこれは獅燿君じゃないとダメかなと思って……。」

「……もしかしなくても雫か? じゃねえとここまで俺を連れて行かねえよな。 っていうかこれ他の生徒に見つかったら割と問題だよな……。」

連れてこられたのは紫輝たちも宿泊しているホテル、その中でも一高女子が使っている方面だ。

選手ではないとはいえ男子である自分がいて大丈夫なのかとは一瞬よぎったが、まあほのかも一緒だからどうとでもなる……はず。

まあ実際運がいいのか悪いのか他の誰とも遭遇せずに目的地へたどり着くことは出来たわけで。

「雫……? 獅燿君連れてきたよ。 開けるよ? 開けるからね?」

「流石に念を押しすぎじゃねえか? とりあえず入るぞー。」

女子の部屋にも全く臆せず入室する紫輝。

当の対象は試合の衣装のままベッドに腰かけていた。 ほのかと紫輝に気がついてはいるのだろうが視線は未だこちらに向いていない。

やはりというべきか、未だに敗戦を引きずっている。

「……えっと、雫。 その……残念だったね。」

「ほのか、バトル・ボード優勝おめでとう。 後獅燿君……ごめんなさい。」

ほのかの声でようやく気が付いたのか、少しだけこちらに顔を向けた。

一見いつも通りに見えなくもないが、明らかに何かを堪えている。

そして、いきなり謝られた紫輝は特に表情を変えずに二の句を告げていた。

「おいおい、何で俺に謝るんだ? 達也にならまだ1000歩くらい譲って理解できなくもねえが。」

「だって、本来ならコロラド戦の為に練習に没頭しないといけないはずなのにわざわざ観戦に来て、それなのに不甲斐ない試合を見せちゃったから。」

「お前なあ……。 んなこと律儀に観客に言わなくていいっての。 こっちは好きで見に来てるんだ、いちいち気にするな。」

まあ本来は無頭竜の動きに対応できるように来ているのだが、好きで見に来ているのはこの上ない事実。

だからこそ、意図して手を抜いたとかそういうことでなければ責める筋合いは紫輝には一切ないし、そのつもりもまるでない。

そんなフォローだったが、雫は相変わらず暗い表情のままだ。

「……それと、深雪に全然敵わなかった。 少しは抗えると思ったけど全然ダメ……やっぱり烏滸がましかったのかな……。」

挙句よりネガティブ発言が出てきてしまっていた。

確かに一見すればニブルヘイムからの氷炎地獄(インフェルノ)のコンボを放った深雪が完全にあの場を支配していた。

しかし、それはあの試合の表面しか見えてない者の意見に過ぎない。

「どこまでネガティブなんだよ……。 いいか、大体の相手は冒頭の氷炎地獄(インフェルノ)で終わってる中お前は粘りつつフォノンメーザーでアイツに傷を与えたんだぞ? そこで明らかに深雪は一度怯んだ。 恐らくお前がCAD二丁同時に使用して攻めてきたからだ。 アイツの鬼手を引きずり出したのは誰でもないお前の功績だ、そこはまず誇るべきだろ。 強いて言うなら、フォノンメーザーを完全にはモノに出来てなくて追撃が甘かったのが隙だったな。 だがそれも二丁持ちの負担も考慮すれば致し方ないこと。 確かに手も足も出なかったと評する輩もいるだろうが、俺は少なくとも勝機はあったと思うぞ。 俺から言わせれば深雪側にも付け入るスキは割と多かった。」

怒涛の決勝戦の独自評、雫だけでなく一緒に聞いていたほのかすらもあんぐりとしてしまっていた。

ただシビアというだけでなく、勝ち目くらいならまだあったとフォローも含んでいる。

いつの間にか雫も顔を上げて、それでもなお食い下がっていた。

「でも、負けは負けだよ……。」

「ああ、結果は負けだ。 で、お前はそれで折れるのか? たった1回の敗北で深雪に屈伏すると。 痛快すぎて笑えねえぞ。」

「し、獅燿君落ち着いて!」

段々と口調が荒々しくなってきているのを見かねてほのかが落ち着かせようとする。

が、そもそも紫輝は平常……それは次で察することは出来た。

「それ言ったら俺は何度国内で『黒須柊』という壁に阻まれたと思ってる。 最初にぶつかった時はジャンプ構成すら負けて俺も崩れてのボロ負け、はっきり言うが今回のお前よりも惨めな負けだったぞ。 だが俺は絶対勝てないなんて微塵も思わなかったぞ。 ジャンプ構成は追いつくどころか追い越して、スピンステップも可能な限り克服して、この間のミドルでようやく勝てた。 かれこれ2シーズンも掛った。 俺だけじゃねえ、同郷にもそうじゃなくても腐らずに継続して成功したヤツはいくらでもいる。 才能のあるなし関係なく、誰も彼も時にズタボロに負けて傷がつこうと戦い続けた。 そんな人達に比べればひよっこな俺たちはどうだ?」

紫輝の熱弁に、雫の脳裏には色々な映像みたいなものが展開されていた。

同年代のはずなのに最初の激突では話にもならなかったが時を重ねながら食らいつき、そして追いついた紫輝。

国内選考が激しい中崖っぷちに立っていると称したとある男が、有言実行を基に精神改革を為してかつて開催されていた五輪の舞台に立つという大躍進……否、大飛翔を遂げた光景。

当時の絶対王者との年季の壁が大きく、自身の武器を磨いて勝てると信じて挑み続け大舞台で遂に打ち勝った現代でも至高の一人とされるあの選手のことを。

……この時既に、雫の目には静謐にだが火が再度灯っていた。

「……そう、だね。 獅燿君の言う通り。 私よりも酷い負けを経験した人もいる……でも、みんなそれぞれのやり方で超えてた。」

「ああ。 それに、これからそんな壁にぶち当たるのは避けられねえぞ? 俺も、お前もな。 俺なんかもうすぐそれが迫ってるかもしれねえ。」

「コロラドには去年の世界ジュニアチャンピオンの彼も出るからね。 ……でも、今私にここまで言ったんだから負けても慰めたりしないよ?」

雫の口調がいつも通り……否、いつもよりどこか不敵になっていた。

明らかに紫輝の空気に中てられているが、紫輝もほのかもこの場は彼女が普段通りに戻ったことに安堵していた。

「はは、それでいいさ。 何なら、帰ってきて早々今の俺みたいに批評かましてくれても構わねえぜ?」

「うん、そのつもり。 勝っても負けてもビシビシ突っ込むから。」

「……あれ、何だか私完全に蚊帳の外……。」

「あ、ほのかゴメン。 そしてもうこんな時間……よし、色々スッキリしたから夕食に行くよ。」

すっかり本調子になったのか、むしろ普段より活き活きと雫は足を運んでいた。

その様子を見て、紫輝とほのかは互いに見合わせて苦笑を浮かべていた。

 




改めて思うのですが沓子の口調これで大丈夫なんだろうか。
間違いがあったら容赦なく指摘してください。 一応気を付けてはいるんですが方言等ばかりは調べきれない部分も出てくるので。(単なる調査不足とも言える)
このバトル・ボード決勝は是非とも文章化したかった1戦で、優等生どころか九校戦編全体でも屈指のお気に入りです。
そして最後は慰めるのではなくあえて発破を掛けさせました。ツッコミどころはあると思いますがこれが紫輝流です。




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15. 事態急変、まさかの代役

……大変申し訳ありませんでした。
チマチマと書いてはいたのですが、どうにもストックが溜まる程筆が進まずズルズルと投稿を遅らせてしまいました。
不定期更新と謳ってはいてもこれは流石にダメですね。
執筆欲が薄れているわけではありません。
純粋に筆の進みに波がありすぎるのが原因です。
展開こそ浮かんでいても文章が浮かばないのは本当につらい。

では、10か月ぶりの最新話です。



新人戦4日目、遂に九校戦の2強花形競技のミラージ・バットとモノリス・コードが始まる。

新人戦と本戦が連続して行われるので、否が応にも終盤に差し掛かってきていることを思わせる。

ここまでスピード・シューティングとアイスピラーズ・ブレイク、どちらも女子の方だがワンツースリーフィニッシュの影の立役者である達也はミラージ・バットも担当している。

そんな達也は今、ミラージ・バットの控え室にて少々居心地が悪そうな表情をしていた。

(……やたらと視線を感じるな。)

害意のあるものではないのだが(あったら困る)、それでも好奇の類であるのは間違いない。

さながら動物園の一押しのような扱いを受けた気分だ。

その内心を一切表に出さない辺りは流石は達也と言ったところだろうが。

「その様子だと、自分の事については殊更鈍いってのは本当のようだね。」

全く持って視線を貰う理由が分からず、少々困惑しているところに声をかけてきたのは今回達也が担当する選手の一人、スバルだった。

その表情は面白そうなものを見つけたようなソレであった。

「鈍いと言われてもな……俺としては全く心当たりが無いとしか言いようがないのだが。」

「まあ早い話スピード・シューティングとアイスピラーズ・ブレイク……新人戦女子にてワンツースリーを独占した立役者が気になるってことさ。 同じエンジニアならアレがCADの影響も少なくないことくらいは分かるってことだろう。」

実際スバルの言うことは的を射ている。

しかし、達也としてはそれだけのことでわざわざ自分を気に掛ける理由がやはり分からない。

そこが鈍いと言われる所為なのだが。

「でも実際、このCADを使えるとなれば負ける気はしないね。 僕もこの恩恵にあやかって予選突破させてもらうとするよ。」

「強気なのはいいことだが、油断だけはするなよ。」

「分かってるさ。 どんなに性能がいいCADでも使い手次第で悪くも転がりかねないからね。 油断も慢心もしないよ。」

達也の念入りの釘差しにスバルも表情を引き締めていた。

どちらかと言えば妨害工作を気にしての言葉だったが、それで油断や慢心の類を改めて振り払えてるから尚良し。

「それに、そんな理由で予選敗退なんてしたら獅燿君に何を言われるか分かったものじゃないのもね。」

「……言いたいことは分かるが、アイツはそこまで冷徹に言い放つタイプではないぞ?」

「確かにそこはそうだけど、逆に軽い口調で毒矢を放ってくるから怖いのさ。 あ、これ本人には内緒だよ?」

まさかここでも紫輝の話題が出てくるとは思ってもみなかったが、普段の顔は影で交友関係を築くタイプなのでそこまで意外ではなかった。

そして、スバルの言ったことは実際に有り得るというより、ほぼ確実に起こり得ること。

ただそれは本人が普段から勝ち負けの厳しい世界に身を置いてるからこそであり、更にそういうことを忠言するということはそれだけ気にかけているということ。

そこを考慮すると、割かし面倒な性質とも言える。

……なお、予選の結果の方だがスバルはほのか共々何も問題なく予選を突破することが出来た。

片や光に対する感受性の強さから他選手よりワンテンポかそれ以上早く反応できるほのか。

もう片やクラウド・ボールで見せた認識阻害で思わぬところから現れて点を荒稼ぎできるスバル。

少なくとも並のレベルで止められる布陣ではないだろう。

それに加えての達也お手製のCADとなれば、月並みな表現だが鬼に金棒、向かう所敵なしだ。

達也も予選ではそう苦戦は無いと見ていたが、それはまさにその通りだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

丁度同じ時間。 終盤に差し掛かった九校戦会場の熱気が届くか届かないかと言った距離。

それも思いっきり山の中、更に言うと登山をするとは思えない格好で紫輝は歩いていた。

「(全く、仮にも霊峰富士に置くとはどんだけ罰当たりなんだか……。)」

幹比古に聞いたところ霊験あらたかと言えるその地に置く辺り相手も空気が読めないというか何というか。

まあ所詮は犯罪シンジケート、そういう空気が読めたらこんなことはしないだろう。

説明が遅れたが、紫輝が何故九校戦会場の富士演習場からわざわざ日本が誇る名山に移動しているのか。

それは早い話、今朝方に眠気覚ましとばかりにネヴァンの偵察と感覚同調を行っていたことが原因だったりする。

本当にそれとなく会場から離れて富士山の方の探索を行ったら、数日前と同じ感覚が走ったのだ。

どこかオイルというか機械というか、そういうデジタルな悪魔の臭い。

嗅覚こそ届かないが、第六感という名の鼻はここぞとばかりに利いていた。

そして達也と幹比古にだけ一言伝えておいて、今に至るというわけである。

『それにしても、何で魔法で競うのにあのようなまだるっこしいことをするのろうか、コレガワカラナイ。』

『兄者、それはまさにアレだ。 こまけえことはいいんだよ!……というものだ。』

背中の双剣が何か下らない事を言っているが、意に介さない。

反応を示したら最後、泥沼に嵌るのがオチだからだ。

(っていうかどこからそういう知識得てるんだこいつら……染まりすぎだろうが。)

というより、紫輝と契約している悪魔は1体を除き俗世に寄っている。 気がする程度ではなくこれは事実だ。

最も武闘派のベオウルフも1世紀ほど前に流行ったネタを口走るレベルなのだから、汚染度はそれなりだろう。

まともなケルベロスですら理解がある。 ネヴァンは語彙力に乏しいアグニ&ルドラに口添えしてる始末。

……これが裏で恐れられている仮面の悪魔狩りの契約悪魔たちの現状だと知ったらどのような反応がなされるのやらか。

『おい紫輝、何を溜息を吐いている? 早く紛い物共を叩きに行くぞ!!』

「お前は気楽でいいな、ベオウルフ。 ……まあいい、俺も割と溜まってたからな……ここでいっちょ発散と行こうか。」

そんな紫輝の心境を知ってか知らずか……まあ知らないだろうが、早急の掃討を進言するベオウルフ。

ただ早く暴れたいだけ魂胆は見え見えだが、紫輝も一種の欲求不満状態だったのだ。

ちなみに言うまでもないが、今回は魔具でアグニ&ルドラ、ベオウルフを連れているが憑依は一切なし。(カーネイジ&ルナティックは当然持ってきている)

それにはちょっとした理由があるのだが、すぐに分かることだ。

「……居たな、季節外れの燃焼系ワンコ。 飼い主も騎士様と豪華仕様か。」

気配を察知、音を可能な限り殺して見晴らしの良い木の上を陣取る。

眼下には頭から炎が見える犬のような異形と、犬の先導役としては随分と荘厳な鎧が居た。

呑気に集団で犬の散歩をしているような光景にはまず見えない。 見えたらそれこそ眼科案件である。

この2種類こそが今回の討伐対象だ。

犬の方は『バジリスク』。 カットラスやグラディウス同様に複数種類の悪魔を合成した人工悪魔。

そして鎧の方は『ビアンコアンジェロ』。 こちらは鎧に大量の悪魔から抜きだした魂をごちゃ混ぜに憑依させたタイプ。

どちらも過去に紫輝が対峙したことがある種類で、グラディウスにカットラスと続いたことでルシファーが語っていたあの教団の影についてはまんま当たった。

そんなことを考えながら、紫輝はまず挨拶代わりに丁度逆側を向いて隙を晒している1体のバジリスクにカーネイジの銃口を向け、そのまま2発ほど連射発砲する。

完全な不意打ち、更にそこまで勘がいい悪魔でもないので2発とも命中するが倒し切るには至らず。

しかし、そもそもこの奇襲で倒すことは考えていなかった紫輝は既に次の行動に移っていた。

右腕に久々に装着した汎用CADをフリーハンドの左手でノールック操作。

刹那、紫輝の姿は一瞬で木の上から地上の茂みに移動する。

銃声と茂みに隠れた際の物音、どちらもタイムラグが少ないので撃たれたバジリスクだけでなく他の悪魔も完全に困惑していた。

混乱を拡大させたら、いよいよ奇襲開始。

バジリスクは燃えている頭を弾丸のように打ち出して攻撃する、その上無駄に協調性を発揮して集団一斉に。

ビアンコアンジェロは上位個体がいないので個々の行動だが、そこそこ強靭な盾を持っている上に空中浮遊も可能。

どちらかに手を焼けば泥沼になるのは必至。

ならば、片方を全滅させるのが効率がいいだろう。

幸い、今の魔具……アグニ&ルドラとベオウルフならばどうとでもなる。

「まずはてめえらだ、ちょいとおとなしくしてろよ!」

自己加速を再度発動して茂みから抜け出し、付近にある大樹の枝へ。

この過程で更に背負っているアグニ&ルドラを投擲する。

その際にビアンコアンジェロの方が先に紫輝の移動に気付くが、その時点で既に紫輝は枝に接地している状態になっていた。

そこから更に地表に向けて自己加速。 そしてベオウルフのチャージを開始する。

ビアンコアンジェロは迎撃態勢に入る……が、即座にそれは妨げられた。

2度目の自己加速の直後に紫輝は左腕のCADのキーを走らせ、更なる魔法を発動させていた。

1体のビアンコアンジェロは頭が揺さぶられるような感覚に陥っていた。

『幻衝(ファントム・ブロウ)か。 というか、もう使ってもいい状態になっていたのだな。』

『兄者、解説してる暇があったらちゃんと足止めをしてくれ。』

紫輝が使ったのは、アグニの言った通り『幻衝』。

単純な想子の衝撃波を頭部に打ち込むことで脳震盪を起こしたと錯覚を起こす。

更に言うならば紫輝が使ったのはただの幻衝ではない。

とはいえ、想子の衝撃波に攻撃性を増幅させるよう霊子を加えただけなのだが。

早い話が彼のペルソナ、ウェルギリウスが得意とする幻影剣の簡易版となっているのだ。

この改良に思い至ったのはカーネイジ&ルナティックの基本機能、弾丸への霊子ブーストからだ。

通常の幻衝でもスケアクロウくらいならば効き目はないわけでもないが、今回は中級相当、念には念を入れた。

当然霊子を使うということは精神を摩耗させるに等しいが、些細な量なので超が付くほどの長期戦にならなければ問題は無い。

そして後2体いるビアンコアンジェロについては、投擲したアグニ&ルドラの波状攻撃でこちらへの迎撃を妨害。

この2刀、双子だからか魔具になると互いが互いを引き寄せあう某夫婦剣と同じ特性を持っている。

その特性を利用して、時には自身で動かしはたまた引き寄せられる流れそのままに移動したりで変則な軌道を描き、見事2体のビアンコアンジェロの動きを封じる。

バジリスク達については、迎撃よりも紫輝の方が明らかに先んじているのでその後はもはや決まりきっていた。

『「Go to hell!!(地獄に落ちな!!)」』

紫輝とベオウルフの双方からの絶叫、そして紫輝はチャージしていた右腕の篭手を地面に叩きつけた。

ブランシュ事件のテロ鎮圧時にも用いた範囲攻撃。 地面を派手に殴りつけた振動を大幅に強化し同時に光熱を発する『ヴォルケイノ』という技能。

しかも今回は攻撃態勢に入る際に霊子をチャージすることで威力を更に上増しさせていたのでその破壊力はかなりのもの。

周囲に群がっていたバジリスクは軒並み蒸発、更には幻衝(ファントム・ブロウ)の影響で動けずにいたビアンコアンジェロも余波で吹っ飛ばしていた。

「ありゃま、ちょいとやりすぎましたかな……っと!!」

『ならばやるべきことは一つ』

『素早く追撃あるのみだ。』

頃合いと見て戻ってきたアグニ&ルドラを両手でキャッチ。 丁度いいとばかりに吹っ飛んでいったビアンコアンジェロを追尾する。

1つの指だけでCADを強引に操作して再び自己加速。 いい加減余波の慣性から立ち直りかけていたビアンコアンジェロに肉薄し、ベオウルフの具足が装着されている右足で蹴り上げられる。

そこへ更に空中への加速で追尾して再度追いつき、両手のアグニとルドラで空中で舞うがごとく斬り付ける。

二度、三度、四度……下級悪魔ならば既に逝っているであろう猛攻。

だが、そこそこに頑丈な白銀鎧の悪魔は耐え抜いていた。

周りの同類に襲撃者に報いを与えろと目配せしようとしているが、どっこいこれで猛攻が留まるはずがない。

如何にも楽しんでいる風な、満面の笑みの様子からして一目瞭然だ。

「小奇麗過ぎるから泥でコーディングしてやるよ、感謝しな!」

アグニ&ルドラをハンマーのように用いてビアンコアンジェロを打ち落とす。

重力の影響を加味してもかなりの速度でビアンコアンジェロは墜落、地面に叩き付けられるどころか勢い余ってバウンドしていた。

『締めは3枚下ろしだ。』

『待て兄者、このまま行ったら単に3分割しただけになるのではないか?』

「っていうか人の台詞取るなっての。 後分割じゃなくて代価は腕2本、ってヤツな。」

双子のコントもそこそこに、トドメの二刀による両腕落としで締める。

一度叩き落したのは自身も落下の恩恵に与り、トドメの威力を増加させるため。

これまでの蓄積ダメージに加え両腕を落とされるという深手を負ってなお白銀の鎧が立っている道理などあるはずなかった。

(……第1段階はようやくクリアってことでいいのかね。)

ここまでの過程で一種の手応えを紫輝は感じていた。

全くいつも通り、特に何かが乱れることもなく自分らしい、いつも通りに戦えていた。

今回の狩りは、まさにそのいつも通りが何より大事なのだ。 半ばテストとも言っても過言ではない。

そんな思考から現実に立ち戻ったのは目の前に白銀の槍が2本迫っていることに感づいた時だった。

「おっと、そういうのは騎士道精神に反するんじゃねえのか?」

身も心も純粋な悪魔に対して言っても仕方ないことだが……。 不意打ち自体は咄嗟に取り出したカーネイジ&ルナティックで弾く。

怯んだ一瞬のタイムラグで更に双方より3連射するも、オートモードが如く盾でガードされる。

が、それすらも狙い通り。 盾を構えた瞬間に自己加速で背面を取り姿勢を低くして足払いを放つ。

2体同時に仕掛けたツケか、同時に絡め取られ転倒する。

中級、更に人造と言えどその行動原理はAIと言っても差し支えないので却って対策がしやすい。

「『『Ashes to Ashes, Dust to Dust!!(塵は塵に、灰は灰に!!)』』」

そして転倒という盛大な隙を晒した2体には、アグニ&ルドラの魔具形態で放たれる最強技、『ツイスター』をお見舞いしてやる。

アグニの炎熱、ルドラの旋風が混ざった竜巻で打ち上げられ、その過程で燃やされては切り裂かれて。

以前より範囲こそ小さいが、紫輝の技量が上がったのかその分威力を集中させることが出来ている。

それでも虫の息とはいえ生き延びたので、トドメは紫輝自身が移動魔法で跳躍、片方は回し蹴り、もう片方は踵落としを浴びせる。

更に無駄にタフなことに下に落下した個体はまだ生きていたので、カーネイジ&ルナティックによる銃弾の雨でトドメを刺した。

「人造なら低級がいねえから退屈にはならなくていいな。」

『その割にはまだ暴れ足りないように見えるが?』

『というかこれくらいで紫輝が満足するわけなかろうに。』

やかましい、といつものように柄同士をぶつけるが、実際まだまだ満ち足りない。

ベオウルフも黙ってこそいるが同じ状態のようで、まだまだ暴れたいと言わんばかりに籠手と具足を光らせていた。

……そんな状態の彼らの目の前に、まさに飛んで火にいる夏の虫と言わんばかりに新たな悪魔が表れたのはまさに幸運と言えた。

「ははは、いいぞいいぞ。 食べ放題ってわけだな!」

何とも物騒な食べ放題だが、本人が楽しそうなので誰も突っ込まない。

そんなこんなでこの時だけはサブ目的である九校戦の観戦を完全に忘却して嬉々と悪魔を狩っていく。

今の今まで抑圧されていた分、その暴れっぷりも一層激しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きっちりフラストレーションを発散してスッキリしたのか、帰りの足取りも軽かった。

結局追加で出てきた悪魔は山岳地帯だったからかブレイドのみ。 しかし現状で既に幻衝などの無系統魔法と組み合わせて戦えるなら問題ない相手だった。

元々無くても問題ないのに、更に手札が増えれば楽になるのは当然のことだが。

……というのも、今回の悪魔狩りには『如何に現代魔法も用いつつ魔具を影響なく使えるか』というテストも含まれていたのだ。

手札の多さを武器とする紫輝にとってはまさに死活問題だ。 別に彼は現代魔法を蔑ろにするつもりは全くない。

まだ干渉力・キャパシティの都合上使い慣れた自己加速、そして適性が高い無系統の幻衝くらいしか使っていないが思ったより行ける、という結果。

不自由な点はまだあるが、それすらもその内解き放たれる時は近いだろう。

ただ、反省点も浮かんでいる。

(どうにも得物の関係上汎用CADの操作がやりづらい。 雑魚相手、または奇襲なら問題はねえが……。)

何度も自己加速、移動魔法、幻衝でCADのキーを叩いたがタイムラグは決して小さくは無い。

使えるものは何でも使うことを信条としている紫輝からすれば使わないという選択は無いが無視できない点である。

(カーネイジ・ルナティックに他の術式を入れる余裕は皆無。 ……誰でもいいからいっそスイッチに手を触れなくても操作できるようなCAD作ってくれ、言い値で買ってやるから。)

割と無さそうでありそうなことを最後に反省タイム終了。

とはいえ、成果そのものは上々だし、この反省点も後々達也やもう一人(一人と数えていいのかは分からないが)の半専属技師に打診すればいい。

そもそも、このテストは『解除』の時を見定めるという意図が大きいのだ。

(後はアレを制御できるかどうか……と、色々上々で機嫌よく帰ってきたはいいのだが。)

何やら一高勢力は慌ただしかった。 完全にデジャヴだ。

しかし、今回は更に深刻な事態なようだ。 あちこちで聞こえる話でそれは察することは出来た。

紫輝はいつもの気配同調スキルでスイスイと一高の天幕に到着。

早速目に入ったのはこちらも何やら穏やかな雰囲気ではない4人であった。

「あれは明らかに故意、明確なルール違反だよ。」

「雫、まだはっきりしない内に断言しては駄目よ。」

「そうですよ、北山さん。 確かにただの事故とは言いづらいけれど、無暗に決めつけたらその憶測が一人歩きでいつの間にか事実になってしまうかもしれないのだから。」

ヒートアップしているのは雫で、それを深雪と真由美が宥めるというか諫めている。

それを聞いている達也は何か考え込んでいる様子だった。

(まあ、モノリス楽しみにしてたんだろうから憤りもより強しってところだな。)

紫輝は雫に同調ないし共感。 確かに二人の言うことも間違ってはいないがその静かな怒りは当たり前のものだ。

何があったのか。 早い話が、モノリスコード予選、しかも一高の試合で不正が発生した。

相手は四高、ステージは市街地。 スタート直後いきなりそれは発生した。

一高のスタート地点のビル廃墟に対して、破城槌という対象物の一面に対して加重を発生させる魔法が使われた。

その対象内部に人間がいる場合は殺傷性ランクはAに跳ね上がる、使い方次第で一気に危険性が増す。

当然このシチュエーションもそれに当てはまる。

結果、一高の選手3人は不意打ちで建造物の瓦礫の下敷きとなり重症。 リタイアとなってしまう。

「紫輝、お前もこの騒ぎを聞きつけて来たのか。」

「イエス。 戻っていきなり耳にすりゃあ気にもなるさ。」

「本当は紫輝君ここにいるのどうかなーって思わないでもないけど、まあ今更よね。」

全く同じことを思っていたのか、雫と深雪もしきりに首を縦に振っていた。

まあ、入学してから4ヶ月紫輝はこの気配同調スキルはそれなりに乱用しているのでいい加減周りも慣れてしまったのだろう。

それも変なことには一切使わず、せいぜい極々稀に深雪が悪戯の被害に遭うくらいだから咎める程でもないのだ。(当の被害者は流石に怒ってますよアピールはするが、結局は思う壺なのである)

そんなやり取りの後、真由美は達也だけを連れて場所を移していた。

恐らく、表沙汰にしたくない……例えば、春のテロとの関連性などについての相談だろう。

ならば、自分の役割はもう1か所の火消しだ。 その為にこちらも場所を上手く移しつつ話に入る。

「とりあえず雫、気持ちはよく分かるが一旦落ち着け。 確かに事故と扱うには苦しいにも程があるのは事実だが、冷静に考えろ。 こんな失格確定のオーバーアタックをするメリットが四高側にあるか?」

まだまだ熱が収まらない様子の雫を論理的に諭しにかかる。

部分肯定から入り、明らかに不自然な箇所の議論から始めていく。

そもそも紫輝の中で結論は出ているが、それはそれだ。

「……確かに破城鎚を使ったことは不自然。 でも、明らかにこっちの場所が分かってたかのように狙い撃ち出来たのは? フライング以外考えづらいよ。」

「確かに、普通に見ればフライングで座標を捉えなきゃ無理だろうな。 だがこれも変じゃねえか? いきなり座標が分かってるが如く立ち回ったらそれこそ不正してますよって自ら伝えてるようなもんだ。」

「そうね。 少なくとも先制攻撃を仕掛ける、なんてことは普通はしないわ。」

不正をしているのならば、少なくともそれを悟られないようにかつアドバンテージを得るように立ち回るもの。

そもそも失格が最悪の結果であることは言うに及ばない。 一高を沈める目的が仮にあったとしても自分たちも道連れではまるで意味は無いのだ。

「でも、事故でもなければ四高側の故意でもない。 じゃあ……第3者?」

「ま、そういうことだと思っておきな。 後は達也とか七草先輩がどうにかする。 それに、好奇心は猫を殺すって言うだろ?」

「それと、下手に広めては駄目よ。 さっきも言ったけれど、証拠は無いし変に懐疑心を煽ったら九高戦自体が中止になりかねないのだから。」

まあ、この状況で中止も何もないけどな……と紫輝は内心で苦笑していた。

まだ仮定の段階だが、もし賭博を巡った横槍ならば九高戦そのものの中止はあくまで最終手段だ。

そんな大それたことを狙うということは利潤を捨てることと等しいのだから。

その後については、現在やっているモノリス・コードの予選については特に興味はなかったのだが1戦だけ見物した。

たまたま三高の試合だったのだが、案の定というべきか面白味はまるで無かった。

三高の圧勝なのは結構だ。 しかし、その内容は欠伸が出るほど退屈なもの。

内心で紫輝はこう思った。 初見での見立ては全く持って間違ってはいなかったと。

ミラージ・バットの方は予選で見れなかった分見ていこうと思ったので、時間つぶしも兼ねて一旦は会場から離脱。

真昼間のリンク利用なので一般客に紛れる形だが、気分転換の意味合いが強いので問題は無い。

競技用プログラムの熟成度は紫輝基準でそれなりなので、後はピークの調整といったところか。

(……いっそのこと、達也が出ちまえばいいんだがな。 十文字会頭辺りが交渉しないもんかね。)

本人からすれば洒落にならないことを、滑りながらぼやいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新人戦ミラージ・バット決勝でもほのかとスバルは完全ツートップ無双状態であった。

ほのかだけでなく、スバルも同じく3位以下に差をつけているのは本人の能力だけが要因ではない。

ミラージ・バットという競技は基本的に空中のホログラムに向かって跳躍してステッキで打って足場に戻りの繰り返しだ。

一見華やかに見える競技だが、その実競技時間の大半で魔法を発動させるので相応のスタミナが要求されるタフな一面もある。

その際に必要になってくるのは選手自身のペース配分、そしてCADのソフト側の性能だ。

特により効率的な起動式は、想子の燃費向上と発動速度に大いに貢献するので比重が大きくなる。

達也が手掛けたCADがまさにソレで、更に念押しとばかりに理性的なペース配分を口酸っぱく伝えているので終始場を支配していた。

細かいがそれでも大きな差に、他校のエンジニアは思わずトーラス・シルバーという単語を出してしまう程だ。

……なお、その何気ない発言のせいで1名がその正体に感づいてしまうのだが、それはまた別の話。

これで達也がエンジニア担当となった競技は全て上位独占と、普通に考えれば表彰物の実績を上げることとなった。

ただ、これぞまさにアマの大会にプロが混ざるようなものと紫輝は内心でボヤいていたが。

この功績は大きく、モノリス・コードが棄権という状態にあっても新人戦において準優勝は確保できる状態だ。

……が、まだまだ状況は落ち着かないようだ。

紫輝と雑談していたところで、達也は真由美に呼び出されたのだから。

ここで既に紫輝は何が起こるのかが想像が出来た。 そして、また自分の他愛もないぼやきが当たってしまったことも。

(……紫輝は合点が行ったような顔をしていたが、一体何の呼び出しなのだろうか。)

場所は一高のミーティングルーム。 重鎮と呼べる面々が勢ぞろいしている。

が、その事実が達也を余計に困惑させていた。

そんな内心を汲んだのかは分からないが、最初に切り出したのは呼び出した張本人であった。

「お疲れ様。 現段階で新人戦の準優勝が確定したのは紛れもなく達也君、貴方のお蔭よ。」

「いえ、選手が頑張った結果です。 自分は何もしていません。」

相変わらずの謙遜振りである……と言いたいところだが、あくまで本題ではないことを理解した上だ。

このような前振りから入るとなると、考えられるのは……。

(……まさか、な。)

あの時の立ち去り際の紫輝の表情を思い出す。

あれは合点が行ったものでもあったが、どこか興味津々なものも混ざっている。

そこから推測するが、流石にそれは有り得ないだろうと内心で首を振る。

「モノリス・コードを棄権したとしても当初の目標である新人戦準優勝は達成できる。 ……けど、ここまで来たらつい欲が出てしまうの。 三高の一条君、それと吉祥寺君のことは知ってる?」

更に続く言葉に、達也は己の予感が当たったことを確信した。

ここでモノリス・コードに出場している三高の二人の名が出てくるということは、そういうことだ。

とはいえ、話の腰を折るわけにはいかないので二人のことは知っている風に答えておく。

「あの二人が居る時点で三高がモノリス・コードを取りこぼすことはほぼ有り得ないわ。 でも、新人戦優勝を狙うにはそれを阻止しないといけない。 ……だからこそお願いしたいの。 達也君、モノリス・コードに代理として出場してくれませんか?」

予想通り。 的中してもそこまで嬉しいことではないのだが。

とりあえず、達也は懸念事項と疑問をぶつけることとした。

「基本モノリス・コードは代理は認められていませんが、そこは交渉したのですか?」

「ええ、十文字君のおかげで認めて貰えたわ。 事態が事態だからってことで。」

これはまあ予想通りの回答。 そもそもルール違反(他者の介入ありだが)の被害に遭ったことが原因、かつその状況を観客含むあらゆる人間が見ていたので認めるのが妥当とも言える。

ならばとばかりに一番の疑問を発する。

「次に、何故自分が白羽の矢に立ったのでしょうか。 適任なら他にもいると思うのですが。」

「実戦ならば君は間違いなく1年でも最強だ。 これだけでも十分な理由だと思うが?」

先んじて答えたのは摩理。

4月の半蔵との模擬戦、勧誘期間に始まり、達也の実技では到底測れない実力の片鱗を見ているからこそだ。

その回答には同席している桐原、服部も頷く。

「モノリス・コードは実戦ではありません。 実技の面でディスアドバンテージがある自分にとっては荷が重いです。 それに、自分はあくまで技術スタッフで選手ではありません。 選手として選ばれた人間を差し置いて代役として選ばれるのは後々しこりを残しかねないと思いますが。」

更に加えるならば、1競技しか参加しておらず余裕のある者も残っているはず。

確かに、そんないわば控えの人間たちを差し置いて自分が参加すること、それ自体後々影響が出てくるかもしれない。

一見正論らしい正論を重ねている。 現に真由美や摩理は二の句が告げずにいるのだから。

しかし、世の中正論を振りかざしていればいいわけではない。

今の達也は、自身の現状を振りかざして逃げているとも捉えられる。

……少なくとも彼にとってはそう見えたようだ。

「甘えるな、司波。」

先ほどまで静観していた克人が達也の説得に参加する。

……否。 説得というよりは諫めているとも言えるか。

「リーダーである七草がお前ならばと判断して、俺たち幹部陣もそれに同意したのだ。 技術スタッフであろうと選手であろうと関係なく、お前は我が校の代表だ。 補欠(二科生)であることに甘えずに義務を果たせ。」

半ば逃げ腰の達也に対して真っ向からぶつかる克人。

特に最後の補欠という言葉を聞いて、半ば反射的に紫輝がよく口にする言葉が浮かんできた。

(……確かに、こんなことを言っていたらアイツにどやされるな。)

彼が嫌うものの1つ、それは弱者の立場に甘えること。

まさに今の自分がそれであることに気付き、達也もようやく覚悟が固まったようだ。

「……分かりました。 義務を果たします。 ですが、残りの二人についてはどうするんですか?」

「そのことならば、お前が決めろ。 既に命運はお前に託したのだから、残りの二人については好きに決めて構わんぞ。 責任は俺が取る。」

てっきりそこは代役を決めていたのだろうと思っていたが、それはそれで好都合だ。

達也の中ではすでに残りの二人は決まっている。

「では、選手以外の生徒の選出は構いませんか?」

「え、達也君流石にそれは……。」

「それも構わん。 今更例外の1つや2つ増えても変わらんからな。 説得ならば俺が行くから気兼ねする必要はない。」

真由美がちょっと難色を示すも、克人は特に表情を変えずに了承していた。

これには流石に真由美以外にも表情を変える人間がいるが、克人が責任を取ると言っている以上何も言えない。

……まあ、1名面白そうな表情をしている者もいるわけなのだが。

「では、1-E吉田幹比古、同じく1-E西城レオンハルトで。」

「分かった。 中条、手配は任せた。」

「は、はい!」

代役の手続きをあずさに任せ、克人はレオと幹比古の元へ説得に赴くのだろう。

まあ、説得というより通告になるのだろうが……。

他の面々はというと、意外そうな表情をする者が大半であった。

「達也君、何故その二人を選んだんだ?」

「男子の練習は見ていないし、試合も観戦出来ていない状態ですし、急ごしらえのチームを組むのは苦しいと判断したからです。 あの二人ならばクラスメイトですしある程度は特性も理解しているので、作戦もスムーズに決まると思ったからです。」

「うーん、でもそれだと紫輝君でもいいと思うけど。 彼なら達也君と付き合いが長いからよりスムーズに事を進められるはずよ?」

真由美の言葉に同じように頷くのは摩利、桐原、服部の3人。

付き合いの長さ故の合わせやすさといい、達也も認める実力。 選ばない理由は無いように見える。

……が、それは彼の一側面……否、一仮面しか知らない者の視点に過ぎない。

「確かにこれが実戦ならば間違いなく紫輝を選びます。 ただ、アイツは確かに立ち回り等のスキルにおいては凄まじいですが魔法における決め手に欠けているので負荷が案外大きいんですよ。 モノリス・コードは魔法でしか攻撃出来ませんからね。」

そう、紫輝はモノリス・コードに参戦するにおいて欠けているのはまさに決め手。

現状でまともに扱える魔法はそれこそ自己加速、そしてまだ見せていない幻衝など。

まあ幻衝や真由美も得意とする想子射出などを用いればある程度は戦えるが、それでも不利は否めない。

撹乱だけならばいくらでもできるのだが……。

……それと、無頭竜の動きを適度に警戒しつつスケートの方も並行して行っている紫輝をこれ以上疲れさせたくないという身内思いな分も大いに含まれているのだが。

何だかんだで深雪に次いで大事にしているのである。

「では、この二人ならば獅燿以上の働きを見せる……そういうことだな?」

「ええ。 何せ、紫輝が太鼓判を押していますし、俺自身も二人の選んだ最大の理由は何よりも実力ですから。」

この時の達也はそれはもう不敵な笑みを見せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、達也の部屋に幹比古とレオが集まるのは必然的流れであろう。

なお、深雪、エリカ、美月の女性陣3人。 更に紫輝も同席している。

「なあ達也、十文字先輩が言ってたことってマジなんだよな?」

「ああ。 俺が選出したという点もそうだぞ。」

まだ完全に現実を受け止め切れていないのか、克人が冗談を言うことは無いと分かっていてもなお野暮なことを聞いてしまっていた。

対照的に幹比古は落ち着きを見せている。 ……それを見て苦笑するのは紫輝。

「幹比古、お前は驚かねえんだな。」

「紫輝がぼそっと言ってたから有り得ないことではないとは思ってたけど……。 どちらかと言えば、元々選手ではない僕たちを選出して大丈夫な方が驚きだよ。」

「だな。 状況が状況だから代役は有り得そうだったし、達也にお鉢が回ってくるのは予想できたがそこまで自由にさせてもらえるのは俺も予想外だったぞ。」

そこを強行でも認めさせる克人の手腕には何とも言えない渇いた笑いを見せるしかなかったが。

「それにしても達也君、何でこの二人なわけ? どっちか紫輝君と替えた方がより楽に事が進むと思うけど。」

「どっちかと言いながら俺を見ながら言うんじゃねえよ……。」

幹比古の復調を肌で感じていること、またバランスも考えればエリカ視点ではそうなるであろう。

しかし、そこを否定するのは達也ではなく本人であった。

「おいおい俺がモノリス・コードとか絶望的に向いてねえから止めろって。 物理攻撃なしでどうやって相手仕留めるんだ? 口で撹乱ならいくらでもやってやるがそれ以上は期待するなっての。」

「それに、獅燿君は疲労も溜まってるから無理はさせられないよ、エリカちゃん。」

それに、紫輝自身モノリス・コードにはこれっぽっちも興味は無いのでモチベーション面の問題もある。

普段から悪魔とのせめぎ合いを楽しんでいるほどの戦闘狂が物理攻撃ご法度の実戦形式でしかない競技にやる気を示すわけがない。

達也はそこも当然考慮している。 流石に心技体の心と体に懸念がある者を起用は出来ない。

逆に実戦から程遠くスポーツ性が強いバトル・ボードやクラウド・ボールなら嬉々として代役を務めたのだろうが。

美月の指摘もあり、エリカも納得の表情を浮かべていた。

「だがよ達也、俺は遠距離魔法はかなり不得手だぞ? 直接攻撃禁止のモノリス・コードだと結構痛手じゃねえのか?」

「それについては、これを使えば解決だ。」

取り出したのは、つい先日レオがテストしたCAD『小通連』。

まさかの秘密道具的な登場に、レオだけでなくほぼ全員が固まっていた。

「実際偶然とはいえ『実はもしかしたらを見越していた』なんて言われても疑いの余地ねえぞこれは。」

「……そうだな、返す言葉が見つからない。」

唯一紫輝だけは偶然悪知恵を働かせるような結果になった幼馴染に面白そうな顔をしていた。

要領が分からないレオにモノリス・コードのルールを見せながら達也はとにかく苦笑い。

作った後にモノリス・コードで使ったら面白そうだと言っていてそれが現実になる辺り、紫輝の予言めいた呟きが移っている気がしないでもない。

「……なるほどな。 これはモノを飛ばして攻撃、いわば直接殴るわけじゃねえからセーフってわけか。 何ていうか見事にルールの穴突いてるな。」

「まあ、新人戦ではルールの穴をかなり突いて達也は担当選手を勝利に導いてるから今回もそれに当たるわけだね。」

「これがあるからと言って勝利が近づくわけではないがな。 あくまでレオの決め手がないという懸念事項を排除出来ただけだ。」

とはいえ、これでレオが得意とする硬化魔法を用いた攻撃手段を得た。

ならば、次の懸念事項。 それに当たる幹比古は一呼吸置いてから口を開く。

「達也、九校戦が始まる前に言ってたよね。 僕が魔法を上手く使えない理由は僕自身ではなく術式に問題があるって。」

「ああ。 その様子だと納得してくれたようだな。」

あの時に比べるとよりニュートラルな表情だったことから、達也はそう確信した。

実際幹比古には心当たりが浮かんでいたのだ。 自分が扱う術式の決定的な無駄が。

「達也が言っていたのは吉田家がアレンジした部分。 詠唱妨害を考慮した部分のことだよね?」

「その通りだ。 今はCADで高速処理が普通の時代だからどうしても時代錯誤の無駄な部分になってしまう。」

魔法発動まで時間がかかった時代ならば、詠唱妨害の余地もあったからそのアレンジも無駄ではない。

しかし、高速化した今の状況では妨害の余地は殆どない。 キャスト・ジャミングは例外だが後は先にこちらの魔法を発動させる、または的確に領域干渉等で防ぐかだ。

そう考えれば確かにその部分は起動式を膨大化させるだけで意味を為さなくなり、文字通り無駄と化す。

「なるほど、だから威力は勝るけど使い勝手は現代魔法に劣る評価になるわけか。 ……でもそれを押して僕を選んだということは。」

「ああ、古式魔法は隠れた場所からの攻撃の隠密性については現代魔法を大きく上回る。 今回のモノリス・コードではこの隠密性は有効だと見てお前を選出させてもらった。」

「紫輝も言ってたよ、同じことを。 要は使い方ってことだね。」

まさにトリックスター九藤烈が言っていたことである。

これでレオと幹比古、二人が起用された動機などはこの部屋の面々は理解した。

「ただ吉田君、紫輝の場合は使い方というより悪用の仕方の方向になりかねないからあまり鵜呑みにするのは良くないですよ?」

「……まあ、実際そんなところもありましたけどね。 ただ、本人がいる場で言うのは流石に。」

「その通りだぞみーゆーきー? そんなにハリセン食らいたいのか? もう癖になっちゃったのか?ん?」

幹比古の忠告を遮るが如く黒い笑みでハリセンを構えている紫輝。

もはやいつものやり取りだが、普段完璧淑女に見える深雪のその姿はいつ見ても面白いのか、周囲は誰も止めることはなかった。

そんなこんなで達也、幹比古、レオ……そしてアドバイザーとして紫輝が加わって作戦会議を行う。

とはいえ、主に行ったのは役割分担、それに伴い幹比古の使える魔法の確認。

その際に魔法の秘匿についての懸念を美月が口にしていたが、幹比古は状況が状況だからと許諾していた。

そこからは達也はレオ、幹比古、そして自身のCADの調整。

その合間に紫輝はフィールドごとの大まかな方針を煮詰めていく。

疲労を押しているのは否定しないが、身内の勝利の為ならばこの程度は朝飯前だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。 達也達3人は特に何事も無く代理出場という形となった。

ちなみに、本来のスケジュールは昨日で予選は全て終わっているのだが、そこも克人は取り計らってくれたようだ。

午前に予選2試合、残ることが出来れば午後に決勝トーナメントとかなり厳しいスケジュールだが、代理として復帰参戦出来るのだから文句は言えない。

なお、見るからに物理攻撃をする用途でしか使えるように見えない小通連はかなり好奇の目で見られていたとか何とか。

記念すべき初戦は森林フィールドで対八高。

八高は野外演習に重きを置く校風のようで、まさにホームと言っていいステージ。

そう考えるとやや不利か……天幕で見ていた真由美はそう予想していた。

しかし、3人の適性を外野で最も熟知している紫輝の予想は真逆。

(達也は八雲先生仕込みがあるからむしろ得意。 レオはあくまで俺の見立ても込みだが山岳部所属を加味して得意。 幹比古はもはや庭。 ……競馬なら余裕でオッズ2倍切りだな。)

実際試合は一高が常時ペースを握っていた。

達也は八雲仕込みの移動法で迅速に相手のモノリス付近にたどり着く。

その速さに驚きながらも八高の遊撃担当らしき一人(位置関係上では達也が早すぎて今はディフェンス寄りだが)が行く手を阻むが単一の加重系統魔法で一人を怯ませる。

が、威力が足らずに相手は即座に復帰。背後から反撃を貰いそうになる。

だがそこは達也。 背後を見ないでもう1つの特化型CADを構え相手が放とうとする術式そのものを粉砕した。

使用したのは術式解体(グラム・デモリッション)。 高密度の想子弾で術式そのものを吹き飛ばす対抗魔法だ。

射程の短さを除けば有用性が高い魔法とも言えるが、高密度の想子弾という点で使用するには前提条件が厳しい代物である。

早い話が莫大の想子保有量が無いと話にならない。 昔ならまだしも、今は想子保有量は全く重視されていないのもこの魔法がマイナーとされる原因だ。

話を戻す。 その後達也はモノリスを割る術式を入力だけして即座に離脱。

八高のディフェンス、そしてそれをすぐに打ち倒す術は達也には無いのでこれは正解だろう。

時を同じくして八高のオフェンスが一高側のモノリスに到着。

……が、立ち塞がるレオの握る小通連を見て何をする気かと困惑して一瞬だが立ち尽くしてしまう。

それを見逃すレオではない。 仰々しく小通連を振るうが相手はこのCADの用途が分からないのでまだ動かない。

その時点でレオの一撃が外すことは有り得なかった。 まさに初見殺しの一撃。

事前に刀身部分は茂みに隠しておいたので相手の困惑を誘った見事な奇襲であった。

そこから追い打ちとばかりに頭上から一撃をお見舞いして八高のオフェンスはノックダウン。

(ここまで見事に決まっちまうと、逆に怖ええな……。 達也もそうだが、紫輝も悪知恵がすげえ。)

この使用法を考えたのは紫輝。 初見殺し+奇襲は彼の相当得意とする分野なのだ。

曰く、『この武器は小回りが利く代物ではないから当てるだけの要因が必要。 森林ならやりたい放題だ。』とのこと。

自分では握ってもいないのに弱点とそれをリスクを減らしてカバーする策を即座に思いつく辺りは流石なのだが……。

(あいつが味方で本当良かったぜ……。)

つくづくそれを実感しつつ、レオは再度ディフェンスに戻った。

時を同じくして、達也に一蹴された八高遊撃要員はまたまた苦しめられていた。

耳鳴りは発生するし、コンパスで方角を確認した上で進んでいるのに目的地に近づく気配がない。

……それもそのはず。 既に彼の罠に嵌っているのだから。

犯人は一高万能遊撃要員(命名紫輝)幹比古、使用魔法は『木霊迷路』。

精霊を介して超高周波数と超低周波数を交互に浴びせて三半規管を狂わせる。

三半規管が正常に働かないということは、イコール方向感覚がおかしくなること。

まさに似たような景色が続く森林は絶好の使用場所であった。

これは幹比古が自身で取捨選択した魔法だ。

というより、紫輝が助言を送ったのは主にレオで、幹比古には全く何も言っていない。

付き合いもそこそこでかつ巻き込んだ形とはいえ経験も積んでいるのでもはや言うことは殆どない。

そして最後に達也が奇襲で『共鳴』を放ち追っ手を撒き、コードを入力して一高の勝利となった。

ほぼ落ち度もない完勝だが、紫輝は少々懸念事項があった。

(三高がこれでどう出るか。 聞いた話だと達也を意識している風があるらしいが果たして。)

具体的には、深雪のアイスピラーズ・ブレイクに帯同中に話しかけられたそうだ。

まあ、担当した競技全てで最高成績を収めたエンジニアだから意識しないわけがないのだが……。

恐らくはその達也が選手として出たことで二人は達也を特に意識して試合を見るはず。

よって、今回で高威力の魔法が使えないという情報を与えることとなってしまう。

(まあ、予選では当たる心配は無いみたいだからまだ考えるには早いな。)

周りが喜んでいる中、ただ一人参謀として警戒を緩めない紫輝。

勝負事となったら決して手は緩めない、仮面の悪魔狩りというよりはアスリートとしての仮面を被った彼がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少しの合間を挟んで2戦目(予選はこれが最終試合)、相手は二高で市街地ステージだ。

先日の事故があったにも拘わらず市街地ステージが選ばれている点は少々どうかと思うが……。

さて、市街地フィールドはモノリスの場所が敵陣ビルのどこかという点は固定になっている。

必然的に相手のビル内に入らなければならないのだが、その探索範囲は縦に長い。

ただ、その探索範囲の広さをカバーするためにオフェンスを増やせばリスクが大きい。

この匙加減が難しい場所とも言えるが……今回の一高チームはその問題点を簡単にクリアできる。

「幹比古、こっちは今敵陣に入った。 始めるぞ。」

「了解、いつでもいいよ。」

短い通信の後に、達也は汎用型CADで魔法を発動させる。

自身に貼りつけ、ここまで運搬した精霊を活性化させる喚起魔法を。

本来古式魔法を扱わない達也だが、 とある方法で発動させた。 公には出来ない手法だが……。

今回の作戦は、視覚同調を行った精霊がモノリス探索を担当。

要するに幹比古が自陣にいながらもオフェンスの一部を担うオンリーワンの作戦とも言える。

達也が行うのは精霊のお膳立て作業である。

ただその間、少々厄介なことが発生してしまう。

レオの元に二人のオフェンスがたどり着いてしまったのだ。

逆を言えばディフェンスは1人しかいないのだが、先に見つけられてしまった以上そのディスアドバンテージは薄まってしまう。

片方は小通連で素早く仕留めるが、その間にもう一人が移動魔法で吹っ飛ばそうと目論む。

しかし己に降りかかる事態を速攻で認知出来るのが彼の独特の嗅覚だった。

即座に基準点を指定して身体の相対座標を固定、移動魔法を完全に相殺する。

何とか凌げているが、小通連の種が割れていること、遭遇戦になると難しい狭い空間であることも手伝って捌くのも一苦労だ。

そんなレオの状況を理解した上で探索のペースを上げる幹比古だが、壁に床にとすり抜けてようやく相手のモノリスを見つけることが出来た。

即座に達也に報告と共に座標を送り、次の作業を任せる。

(まずはこのディフェンダーだが、少々おとなしくしててもらうぞ)

無線の声を察知したのか丁度下にいる二高のディフェンダーが達也の姿を探している。

モノリス開錠の妨害をされたらたまったものではないので紫輝も使う幻衝を不意打ちでヒットさせ隙を作る。

本家幻衝なので脳震盪の錯覚を起こすだけなので時間稼ぎにしかならない。

それでも最短時間でモノリス開錠を行う分には十分であった。

モノリスの場所は3階で、達也のいる階より低いが撃ち込むのは魔法なので物理的障害は関係ない。

座標さえ分かっていれば、床を隔てた階上からでも魔法は当てられる。

開錠魔法の射程も最大10メートル、達也とモノリスの直線距離は7メートル程なのでそこもクリアだ。

後はモノリス付近に待機している精霊を介して幹比古が相手に一切悟られずにコードを入力して、試合終了。

試合を見ている者の大半は本来モノリスを攻略する役に見える達也はディフェンダーと相手をしているにも関わらずコードが入力されている事態に混乱しきっていた。

「何だ、ミキったらもう昔と変わらないじゃない。」

今回のMVPとも言える活躍を見せた幹比古の奮闘っぷりにエリカは、その昔吉田家の神童と呼ばれるほどの頃と重ねていた。

……否、下手をすればそれ以上かもしれない。

達也の技術によって感じていた己の魔法へのジレンマの解消もそうだが、それ以上に違うのが心構えだ。

一体何をどうやってここまで変えたのか……その要因であろう人物に目を向ける。

その当本人……言うまでもなく紫輝は、満足そうにただただ頷いているだけだった。

(この分なら、荒療治はいらねえな。)

……言うまでもないが、

また、この試合は独立魔装大隊の中で響子と山中の二人も観戦していた。

「……流石に手抜きが過ぎないか? ここまで使用したのは術式解体、共鳴、幻衝、加重系統だけとは……。」

「それは仕方ないですよ山中先生。 分解もそうですが、それ以上に注目されかねないのは精霊の眼(エレメンタル・サイト)の方です。」

精霊の眼(エレメンタル・サイト)……情報体次元(イデア)にアクセスして更に存在を認知する能力。

本来魔法師には情報次元体にアクセスする能力は備わっているのだが、これはその拡張版だ。

情報次元体越しということは、要するに物理的障害を無視して実体を認知できる、まさに異能である。

「まあ、あの戦い方を見る限り紫輝も絡んでいる可能性が高いからまだどうにかなるか……。 あいつがいれば達也の技術秘匿もそこまで心配はいらん。」

「それでも、ここから先はプリンスを相手取ることを考えるとこれまでの戦い方では少し厳しいでしょうね……。 カーディナルは残り二人でも何とかなる可能性も十分だと思いますけど。」

ただ今響子が言ってるのは達也と将輝の一騎打ちが少し達也不利と見ているだけで一高対三高の戦い自体はそう不利とは見ていない。

チームの総合力で考えれば、達也の能力制限が現在のままでようやく互角。

紫輝に巻き込まれた経験が生きている幹比古、そして元のポテンシャルは紫輝をもって初見で大したものと言われるレオはそれだけ優秀なチームメイトだということだ。

だからこそ、リーダー対決がまさにカギとも言える。

まあこの二人、ひいては独立魔装大隊にとっては達也の秘匿すべきものが公にさえならなければそれでいいので勝ち負けにそこまで関心は無い。

ちなみに、各校全4戦の予選が終わった結果、1位は全勝の三高、2位は棄権を除いて全勝の一高。

残る決勝行きの2枠は八高と九高となった。

急造1-Eチーム、そこそこに順風満帆と言ったところだろうか。

 




すっごい変なところで切ってますが、字数の関係です。
後紫輝のバトルシーンは半ば無理やりなのは自覚してますが、全く不要な場所ではないので……。





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