魔法少女リリカルターニャ (キューブケーキ)
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プロローグ的な幼女

 第97管理外世界の皆さまこんにちわ。

 帝国軍参謀本部直属のサラマンダー戦闘団で指揮官を務めますターニャ・デグレチャフ魔導中佐です!

 時空管理局がこの世界に攻め込んで来て2年目になります。これも存在Xの悪意でしょうか。

 

 何だかんだと言いながら我が祖国は持ちこたえていました。

 私も部下の兵達も何とか管理局のクソったれどもと戦っています。

 管理局がなんぼのもんじゃいと言いたいのですが、いかんせん、あの次元航行艦が制空権を握っているので、敵に頭を押さえられています!

 

 ここにきて、人類は一致団結しました。

 悪い管理局の侵略から世界を守るため、僕達、私達は正々堂々と戦っています。

 私も局員を確実に殺して頑張っていきます。

 むこうの技術が優れていても工夫すれば、豚を調理できるのです。

 と言う事で、今日もこれからお仕事に行ってきます!

 

 そうそう、東ではコミーの連中が殺られているそうで気持ちが良いです。シルドベリアの資源採掘を巡る交渉で管理局と交渉決裂したそうです。

 聴こえてくるニュースでは連邦の首都モスコーが攻撃を受け、内務人民委員部長官のエージョフが失脚しロリヤが就任したとかどうとか、そんな事よりアカは死ねば良いのです。

 ラッーパロ条約なんて軍事協定を結んでいたのに、管理局が来る前は帝国に先制攻撃を行おうとしていたって言うじゃないですか。これだからコミーの連中は信用できない。

 良いアカは、死んだアカだけだ。フルメタルジャケットか何かでそう言っていたが、全く同感だ。米帝さまは正しい。

 

 

 

 

「中佐殿?」

 

 おっと、ヴァイス大尉が怪訝な表情を浮かべていた。現実逃避はここまでにしよう。

 今、第203航空魔導大隊を中核としたサラマンダー戦闘団は、かつての仮想敵国である共和国の領内に進出している。

 ふん、皮肉な物だな。時空管理局が来なければファリウス共和国やアウストリア連合王国と戦っていたかもしれん。

 だが現実には肩を並べて戦う戦友と成っている。

 敵の敵は味方?

 戦後を考えれば自国の力は温存して仮想敵国に消耗して貰うのが望ましい。

 現にパリースィイは敵の制圧下にある。

 厄介な事に、日和った裏切り者が敵についている。

 共和国軍の脱走兵や投降兵に志願兵。どいつも管理局に寝返った豚だ。

 裏切りと内ゲバはコミーの特技と思っていたが、共和国軍にも同類が居たようだ。

 

「203の準備は」

 

「いつでも動けます」

 

 戦意に不足はない。信頼できる部下の存在は戦場で何よりもありがたい。

 

「さすが私の古巣だな」

 

 魔導部隊は狭い。中隊で12名、大隊で36名。増強されている第203航空魔導大隊ですら定員は48名。顔見知りがどこかに居る形に成る。

 

「光栄です」

 

 管理局の連中も狂っている。私みたいな年端も行かない子供を魔導師として動員していた。祖国への貢献、忠誠を求められた訳ではない。管理外世界から連れて来られているそうだ。

 この世界への侵略も人手不足解消が目的だったらしい。それで戦争を始めるとは度しがたい馬鹿だ。

 侵略の尖兵、機動6課が今回の標的だ。

 精鋭である連中を失えば管理局の動揺も大きい。

 

「サラマンダー01よりサラマンダーへ。管理局のクソったれと裏切りの豚どもをぶち殺せ。前進」

 

 通信系を戦闘団全体に切り替え指示を出した。楽しい遊びの時間の始まりだ。

 エンジンを響かせて偽装網と偽装材料で飾り付けられた戦車を先頭に、装甲車やトラックが前進開始する。魔導師は飛行術式を展開して傘を形成した。

 戦車はロメール将軍の第7装甲師団から送り込まれた4号戦車F2型で最新だ。75mm長砲身であれば、連中のバリアジャケットと言うふざけた格好の防御装甲は撃ち抜けるはずだ。

 今回の作戦に賭ける上の意気込みが感じられた。

 

 管理局との戦争で我々は学んだ。偽装し隠蔽する事を。

 戦場で頼りに成るのは砲兵の火力支援だが、彼らが陣地占領し展開するまで無事で済む確率は低い。撃ったら位置が暴露し、予備陣地に移動するまでに撃破されるからだ。

 敵のデバイスは、こちらの演算宝珠以上の魔力を引き出す装置で厄介だ。

 安定しているとは言え無いライン戦線から、私達を引き抜いて行う作戦だ。失敗は許されない。

 パリースィイ市外縁部は昔ながらの城壁と堡塁が存在する。管理局は質量兵器を禁止していると言うが、この戦争に限れば既存の兵器を運用していた。すなわち砲兵、機関銃、地雷等の火器使用だ。

 

 演算宝珠で展開した防御装甲に激しい跳弾の火花が散った。

 空堀と鉄条網を挟んだ先にあるトーチカから、機関銃の射撃が浴びせられたのだ。

 

「2時方向に敵散兵!」

 

 右方警戒をしていた味方から報告が飛び込んできた。

 防御膜として展開している魔導障壁は12.7mmは耐えられる。防御を意識すれば40mmも持ちこたえられる。さらに、その下には防殻もある。だから部下の魔導師連中を心配はしない。

 問題は後続する生身の歩兵だ。

 

「グランツ中尉」

 

 頭越しだが、傍に居たグランツ中尉に排除を命令した。

 指揮官の立場上、私にも仕事がある。爆炎でトーチカごと焼き殺す様を見れないのが残念だ。

 すぐさま飛んで行くグランツの背中を見送った。

 

 

 

視点変更:とある魔法少女

 

 キャロやエリオと同じ年頃の女の子が敵として現れた。

 金髪碧眼に白い肌でお人形みたいだけど、殺傷モードの攻撃を躊躇しない所に怖さを感じた。

 その子は味方を全滅させてここまでやって来た。

 

「何で皆を傷付けるの?」

 

 私の質問にその子は可笑しそうに笑った。

 

「貴様らがそれを言うのか」

 

「答えて!」

 

 だから少しキツイ言い方に成ったかもしれない。その子は不快そうに眉を潜めた。

 

「うるさい雌犬。きゃんきゃん吠えるな」

 

 そう言うと私にも攻撃を仕掛けてきた。

 

「管理局に踊らされる駄犬風情には理解できん」

 

 戦争をしたがる人の気持ちなんて分かりたくもない。だけど話し合いを諦めては駄目だと思う。お話しをすればきっと分かってくれると思っていた。

 話をするために私はレイジング・ハートを構えた。

 

 

 

視点回帰:デグレチャフ

 

 機動6課は手強い。捕虜の尋問で、ある程度の調べはついていたが、さすがはエースだ。

 だが奴等は戦争の仕方を知らない。殺す事も殺される事も覚悟をしていない。

 生きるための闘争を行う戦場では何でもありだ。

 私は腰に手を伸ばすと軍用シャベルを手に取った。魔導刃よりもシャベルがしっくりと手に馴染む。

 シャベル、それは文明の利器だ。

 野ぐその処理から馬鹿の始末、敵との近接戦闘まで何でもこなす。

 キョトンとした表情を浮かべた我が敵、高町なのはの顔面にシャベルを叩きつけた。

 

「にゃっ」

 

 クソったれは奇妙な鳴き声をあげて吹き飛んだ。

 ああ、まったくまるでお子様だな。

 足りないオツムに血の上った雌犬が向かってくるが、管理局のエースをまともに正面から相手をするつもりはない。

 

「中佐殿!」

 

 部下の心配そうな声が聞こえてくる。

 余計な気遣いはいらん。それよりはしっかりと援護をして貰いたい。

 

「予定通り囲め」

 

 一騎討ちは弱者の戦法で戦争ではない。私は戦争をしてる。

 だから絶対に死なない。

 私の降下機動に敵は食いついて来た。大した飛行制御だが、栗色の髪を風になびかせて頭部はがら空きだ。

 管理局の魔導師を相手にする時のルーチンワーク。味方の火網に誘い込んで袋叩きにする戦術だ。たんと鉛弾をご馳走してやる。

 アドレナリンが分泌されてテンションがあがって来た。殺してやる、殺してやるぞ雌犬!

 

 

視点:とある帝国軍参謀将校

 

 初戦でレガドニア協商連合が裏切り、魔導師の居ないダキア大公国が降伏した事で帝国は南北を敵に挟まれた。協商連合を潰してダキアを叩いたら、今度はインドア王国の裏切り。最悪な情勢下で、帝都ベルンの参謀本部作戦室は前線からの報告にわき返っていた。

 参謀は客観的視点を求められるが、敵のネームドである『エース・オブ・エース』を撃破したと言えば仕方がない。これまでに散々、苦渋を舐めさせられた相手だ。当然と言えば当然か。

 

「管理局の魔導師に対する攻撃ドクトリンは、サラマンダー戦闘団の成果で実証されたな」

 

 ゼートゥーア将軍の言葉に同意する。

 帝国にとって反攻成功は軍事的、政治的にも意味が大きい。

 

「いささか過激ではありますが」

 

 デグレチャフ中佐の部隊には14.5mmの対狙撃ライフルが与えられていた。

 防殻を貫通できると期待され、そして実証された訳だ。

 迎撃に当たる魔導師の数を揃えられない以上、対抗手段は必要だった。

 工場で量産できる通常の兵器と言う事が一番素晴らしい!

 

「極めて単純だったな。大口径の火力集中。鉄量がシールドを削り撃ち抜く」

 

 問題は敵魔導師の機動力だ。動き回られれば厄介だ。

 まだ研究課題は残されている。



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その1 対協商連合戦

 親愛なる帝国軍同胞の皆さまこんにちわ。ターニャ・デグレチャフ魔導士官候補生、改め魔導少尉です。

 ようじょの皮を被って士官学校でチート能力を発揮していたら、何だか評価されて北方に送られました。優秀なので試験免除で実地研修ですか。これは出世コースに乗ったと考えたら良いのでしょうか?

 

 さて、中隊配属された士官候補生について考えてみましょう。通常は入校を繰り返し各種特技教育を受けて来る訳です。それを積み重ねて半人前の新米士官になります。士官学校を出たところで、まだ一人前の士官と言えませんよ。

 そう言えば同期がよく口にしてるZAPってなんでしょう? まったく意味がわかりません。

 

 野戦任官の少尉と言えば、教育を未了で士官としての素養が欠けていたりしますが、それは平時の理論です。まあ、慢性的に人手不足な軍隊では仕方がありません。

 と言う訳で新米少尉に成りました。頑張りますと言って良いのかどうか。

 職場の空気はちょっとブラックでピリピリしてました。

 

 それも仕方がありません。世の中、仕方がない事ばかりです。

 私が居るのは、協商連合との競合地域となる北部国境。最前線である北の防人です。

 

 北方が最前線としてきな臭くなったのも国際情勢の変化が大きい。

 つい先日、時空管理局を名乗る集団が、突如として世界に武装解除、自治権の放棄、魔導師の差し出しを求めて来たのです。

 時空管理局って何これ。今まで、近代ヨーロッパ風の世界に転生したと思っていましたが、次元航行艦やらSF展開で無茶苦茶です。これも存在Xの陰謀でしょうか?

 

 管理局はどうやらかなりの近代兵器──と言うか、超科学兵器や魔法やらを備えている様で各国は脅威に晒されました。

 そして日和見に長けた協商連合は、管理局に尻尾を振ったそうです。玉無しのチキン野郎ばかりですな。

 

 そして管理局の武力を背景に協商連合は調子に乗って挑発して来ました。

 

「また巡回が襲われたぞ!」

 

 輸送隊や巡回が度々、敵の襲撃を受けていた。IEDや地雷、待ち伏せ攻撃も受けた。

 迫撃砲や機関銃まで用意しており、相手は明らかに軍事教練を受けたプロだ。犯人は分かりきっていた。

 侵略者の手先に成り下がるとは、なんて下劣な輩だ。猫のうんこだ、ダニだ。

 

 そして私は陸軍との連携の研修を引き続き実施中でした。

 

 まず軍隊とは男性的社会です。女性が進出してるとは言え、戦いに女性らしさは求められません。

 それでも、見目麗しい女性は周りからちやほやされて厚待遇です。

 私は一桁の幼女ですよ。そんなのありません。

 だから願うのです。

 おっぱいよ、大きくなれ。おっぱいよ、大きくなれと。

 

 冗談はともかくとして、協商連合のクソ虫どもは管理局に降伏した事で上の首がすげ変わって、帝国に喧嘩を売ってきました。競合地域への進駐です。

 国境を守る帝国軍北方方面軍は機甲部隊を含めて2個軍団。ちょっと舐めすぎですね。

 此方が警戒していた管理局の魔導師やらは現れませんでした。代わりに協商連合軍の砲火が国境の帝国軍陣地を蹂躙したのでした。

 

 基準砲の試射、続いて効力射が終わると前進して来る。定番通りの攻撃手順です。

 

 おや、敵の砲兵は錬度は帝国軍より劣るのか弾着の散布が広い。

 逆に位置を暴露して味方の砲兵に潰され始めている。

 対砲迫戦で先ずは一勝か。

 

「デグレチャフ少尉、大隊本部に出頭しろ」

 

 呼び出しがかかりました。

 魔導師としてのお仕事、前進観測班のお手伝いだそうです。

 

 此方は初めから守りが堅かった。

 味方の航空優勢で戦場の制空権は確保されたと言える。そう言う訳で、空は我らの物だった。

 邪魔者が居なければ空を飛ぶほど楽な事は無い。まさに気分は上々。

 

「ピクシー04より23a、位置に着いた」

 

 ピクシー04と言うのは通信系で私の呼出し符号で、23aは砲兵のFOだ。

 BETA相手のゲームじゃないんだからCPとかHQと呼んだりはしない。相手だって無線傍受を行っている。人間相手なんだから略語を使ってはもろばれだ。

 

『23a、ピクシー04。了解』

 

 お仕事は空からFOのお手伝いで、私のデータがFOから戦砲隊に送られ、各砲班に活かされる。目に見える成果は仕事への意欲をかきたてる。

 どんどん頑張るぞ! と思っていたけど、演算宝珠のデータを送るだけなので、ふわふわ飛んでるだけです。

 我が軍は敵を火力で圧倒しております。自慢の管理局による支援とやらは何処に行ったのでしょう。あくびが出るほど暇で良いのでしょうか?

 

 

 余裕をぶっこいて居たら何やらフラグを立てていた様です。

 

 巨乳が見えた。持つ者の余裕か風を切って現れた。

 あれは敵だ。

 元男としてナイスなおっぱいに恨みは無いが、現幼女としては許せん。

 見ろ、あの重武装を。

 量産型の演算宝珠と無線機、観測機材を装備した私と大違いだ。

 きっと奴はビッチな雌犬だ。女の体を武器に良い待遇を受けているんだ。

 

 巨乳死すべし。

 

「ピクシー04より23a、敵魔導師、中隊規模、急速接近中」

 

 さっそく御注進してやった。

 

『23a了解、ちょっと待て』

 

 そうしたら、友軍魔導小隊が10分で来てくれるから時間を稼げと言われた。

 中隊相手に幼女一人でってマジでか。児童虐待で訴えれるレベルだ。

 なぜこうなった?

 

「お、おぅ……ピクシー04了解」

 

 しかし私は士官としての習慣から了承の返事を返した。

 

『幸運を祈る』

 

 祈るだけならただだ。逃げれば敵前逃亡扱いだろう。

 戦うしかない。おお、神よ──って違う。思わず忌々しい存在Xに祈りかけた。

 ああ、テンションが下がって来る。職業軍人の責務を考えたら、転職するには遅い。

 

「おうちにかえりたい。ぱぱ、まま……こわいよ……」

 

『ピクシー04!?』

 

 いたいけな幼女の台詞を演じてみると、無線から焦った声が聴こえてきた。

 聞かれてた!

 

「何でもない」

 

 うわ、恥ずかしい!

 これも奴等のせいだ。畜生め。

 この怒りをぶつけるだけだ。

 パンが無ければケーキを食べれば良い。武器が無ければ奪うか拾えば良い。

 ここは戦場だ。頭を働かせなければ死ぬ。

 

 じっくり、がっつりと包囲をして来る敵魔導師の相手に、滴る汗を拭いながら空中機動する。敵も魔導師、数こそ少ないが協商連合の精鋭だ。敵の目的は味方砲兵の排除だろう。そして私は、敵の行動を邪魔する位置に居た。

 

 敵を誘惑するほど私が魅力的ってか?

 

 撃ってきた。アウストリア人の持ち込んだ7.7mmの弾だ。

 

「くくくっ」

 

 初戦を逆境で飾るとはこれも糞ったれな存在Xの仕業だろうか。相手の手のひらで踊ってやるつもりはない。

 

「甘いわ!」

 

 ひょろひょろ弾など効かん。魔導師は頑丈なのだああああっ!

 

 私は受けるより攻める方が好みなんだ。魔法式の多重起動が不可能なら、防御より攻撃重視にした。我の敢闘精神に不足なし!

 守りを捨てて得られる高機動、零戦と同じだ。

 この世は殺すか殺されるかだ。

 

 軍人としての将来と評価は、戦場で何を成したかで決まる。上の判断が時間稼ぎの遅滞行動なら、身を呈して稼ぐ事が私の役目。死なない程度に頑張る。

 

 ふふん、着いて来い、着いて来い。

 攻撃術式を展開しながら敵を誘うと、爆裂干渉式を撃ってきた。回避すると、弾道の先に居たのは回り込んだ敵だ。友軍誤射を誘発してやった。

 

 まずは1つ。兵力の差を活かせぬまま死んでゆけ!

 飛び散る血液が見えた。死ぬには良い日だったろ? 

 

 敵に動揺が見えた。勝ったな。

 この勢いで2つ目を落としにかかる。魔導刃と軍用シャベルを両手に持って敵に向かう。

 魔導刃に敵の意識が向いている間に、シャベルで首をぶった切る。ざっくりと手応えを感じた。

 きっと今夜は筋肉痛かも。

 

 3つ目、反転して追撃して来ていた敵に向かう。ACE COMBATでドッグファイトの基礎は学んでいる。空戦機動とは結局、相手のケツ穴に此方の得物を叩き込めば勝ちだ。

 

 ボディタッチは親愛の表現の一つでもありますが、この場合は違う。

 魔導刃をケツに突き刺してやった。叫び声をあげて落ちていく敵の姿が見えた。あいつは間違いなく戦闘行動不能だろう。

 くくく、勝利とは格別な味わいだ。子宮が疼く──って、尿意だ。空中戦は体が冷える。うん、さっそく戦訓を伝えて、尿漏れ対策でオムツの配布を軍に提案すべきだ。

 

 気持ち良く戦っていたが、敵は距離を取って火力により此方の動きを封じようとして来た。

 これは不味い。

 

 何とか4つ目を落とした所で私も行動不能に成った。

 くそ、くそっ!

 

 

 

 その後、敵に落とされた私は友軍に無事、収容された。

 

 

 

 知ってますか、現代医学に魔導医療が組合わさると、死に体でも完全蘇生するそうです。

 魔導医療万歳! って感じでしょうか。

 

「良かったねおちびちゃん。すぐに前線復帰出来るよ」

 

「はい先生、有難うございます」

 

 軍医殿の献身的な治療によって前線復帰が叶った。

 人としてお礼を言いましたが、内心は別です。

 

 もっとゆっくりしたかった。

 

 そのまま退役か後方勤務が望みなのですが……。人生、上手く行かないな。

 私の体はまだ発育中、つまりまだまだ魔力も戦技も進化すると言う事だ。

 こんな所で殺られはしない。それは素晴らしい事だけど、やっぱり疲れます。

 

 さて、負傷までして得た成果ですが、権力と利益と言う形で労いを受けました。

 

 幼女なのに敢闘精神で戦った。あんたは偉いよ。帝国軍魔導士官の誉である、云々と言う事で銀翼突撃章を受領しました。銀翼とか聞くとガンパレみたいで、すごいダサいです。

 恩給とか付くのかな?

 なんでもこの勲章、死んだ人が貰ってるそうで、私が野戦病院のベッドでお世話になってる間に授与が決まったそうです。

 過去に貰った人は死んでるし縁起悪……。

 

 

 

 

 天国に近いノルトラント。

 帝国軍北方方面軍司令部は魔導師を直轄部隊として集中運用していた。戦場の火消しだ。

 第17混成魔道襲撃大隊である。

 

 こんにちわ、ターニャ・デグレチャフ魔道少尉です。

 この前の戦傷が癒えると同大隊の第205強襲魔導中隊に、補充要員の第3小隊長として配属されました。

 

 そしてその間も戦況は刻々と変化をしています!

 

 ノルデン戦区で協商連合軍に抵抗していた味方の戦線が、管理局次元航行部隊のL級次元航行艦船による支援を受けた協商連合軍によって一部突破を許してしまった。軍司令部は崩れた戦線を再編成すべく我々の投入を決定した。

 

「敵兵力は歩兵3個大隊基幹で砲兵を伴っている。制空権は我々が確保しているが、手間取れば友軍に被害が出る。速やかな排除が求められるぞ」

 

 中隊長イーレン・シュワルコフ中尉から彼我の状況説明を受けた。うちの中隊は元々、第7強襲挺団が原隊だ。混成って言うぐらいだから臨時集成で編成されたらしい。

 

「今回は管理局も相手だ。デグレチャフ少尉、銀翼突撃章叙勲者の腕前、期待してるぞ」

 

 あはははは、やったね。タフな殺し屋と思われている。

 

 本当、泣きたい。

 

「はぁ……」

 

 次元航行艦の搭載する魔導砲は砲兵の火力を凌駕する。敵の空戦魔導師は意外とそれほどの数は揃っていない。ほとんどが陸戦魔導師だ。これなら私達も何とか戦えるかもしれない。

 

 第3小隊は私を含めて4名。全員が他所から補充で送られて来たばかりで、出来立てほやほやの小隊だった。だから部下とのコミュニケーションは大切です。

 部下は幼年学校の基礎課程を修了したばかりの新兵で、下の毛も生えているのか分からない小わっぱどもです。

 クルスト・フォン・バルホルフ、ハラルド・フォン・ヴィストの両名はユンカーの家系に相応しく志願兵だ。やる気に満ちており頼もしい。

 一方、ヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ。こいつは駄目だ。徴兵義務で来ただけ、やる気も覇気も無い。精々、足だけは引っ張ってくれるなと思った。

 

「小隊長殿、管理局の魔導師は手強いと聞いていますが」

 

 クルスト伍長が質問してきた。

 分からない事を分からないと訊ける事は大切だ。不安なまま抱え込むより相談すると言う勇気を持っている。

 

「心配するな。管理局のくそったれどもには私のパブリチェンコを味わわせてやる」

 

「パブリチェンコ、ですか?」

 

 困惑の表情を浮かべていた。ああ、そうか。紹介をしてなかったな。

 

「クルスト、まさか幼年学校では自分の相棒である銃に名前を付ける事を教えてないのか」

 

 3人が顔を見合わせて頷いた。

 

「それはいかんな、銃は相棒だ。愛情を以て接してやれば答えてくれる」

 

 すぐに付けてやれと命令した。

 うんうん悩んでいた新兵諸君だが、クルストはアリエル、ハラルドはベレニス、セレブリャコーフ伍長はオレイユと名付けていた。

 

「では諸君、相棒の名前が決まった所で楽しいピクニックだ。訓練飛行と行こうでは無いか」

 

 新兵である小隊は無様な結果は出せないと意気込んでいた。

 

 我々の正面に展開するのは協商連合軍第6師団。開戦以来、消耗しているが、その分の補充や増援を受けており錬度も高い。そこから抽出された部隊だから装備と士気も活きの良い連中だろう。

 まともにぶつかり合うには厄介な相手だから、さくっと撃破したら離脱するだけ。対地攻撃の支援任務はまともな防空網が無ければお遊び同然だ。

 クルストとハラルド、私とセレブリャコーフそれぞれロッテを組むと出撃した。小隊のシュヴァルムは目標上空で各々のロッテに分かれて目標を叩く計画だ。

 

 問題は駆けつけてくるであろう管理局の魔導師だ。

 戦争で兵力は大事だが、兵力だけでは戦争には勝てない。前世でもローデシア軍の越境作戦だって南アフリカの協力があった。戦いは火力だと教えてくれている。

 つまり敵のインテリジェンスデバイスは中々、厄介だと言う事だ。

 通常は非殺傷設定と言う自ら制限をかけているそうだが、管理外世界と言う事で解除されている。当たれば此方もただでは済まない威力だ。

 任務としては単純だが気を抜けない。

 

 私達が向かったのは敵の進撃経路にある橋梁だった。敵の大隊はここを経由して補給を受けている。

 

「報告より敵の防備は硬いな」

 

 橋の付近には高射砲、機関銃等が配備されていた。この突出部を起点に攻勢に転じる積もりだ。

 そう言う意味でも橋は重要だ。だから管理局も出張って来ていると言えた。

 補給を絶てば前線の敵は干上がる。ここで軽く任務をこなし帝国の魔導師が飾りではない事を敵や味方にも知らしめてやる。

 

「セレブリャコーフ伍長、訓練と同じだ。術式を展開しろ」

「は、はい」

 

 明瞭な返事を返さないと、こいつは使えるのかと不安を感じてしまう。

 だけど、どんなカスだろうと屑だろうと使いこなす事が上官の責務だ。

 爆裂術式を展開し最初に対空陣地を吹き飛ばす。続いて橋の上に居た敵の車列を叩いた。

 積み荷が弾薬で、誘爆して橋が破壊できるなんてご都合主義は無い。

 爆発の轟音と硝煙の香りが心地良い。

 

「小隊長!」

 

 代わりに敵の歓迎委員がやって来た。

 無慈悲で圧倒的な力を持った管理局の魔導師だ。

 敵にしてみれば、帝国軍が攻勢に転じ対応に苦慮する中で放った反撃の矢だ。早急に我々を排除しなければ、その矢も効果を発揮する前に落ちてしまう。



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その2 対協商連合戦

 協商連合は元々、少数の魔導師を試験的に運用している程度の戦力しか無く、この戦線で脅威となるのは管理局の魔導師だけだ。

 帝国軍は優秀かつ勇猛な魔導師を育て上げている。

 兵科として独立した教育が出来るだけの下地が、魔導師の供給を支えている。

 ただし無尽蔵では無い。人的資源は限られている。そして神ならぬ人の身で魔力の容量も限られている。

 それは管理局も同じだろう。

 だから管理局の魔導師は確実に落とさねば成らない。

 

『来たぞ!』管制官から諸々、飛ばした簡潔な言葉で告げられた。

 

 戦場に身を置くと言う事は、要するに殺し、殺される覚悟を持つ事だ。

 理想論や正義感を振りかざすのは良い。それぞれの正義や信念がある。だが戦場で足を引っ張っては意味が無い。

 私は自分の手を汚す事に躊躇はしない事を心がけている。部下にも同等の判断力を求めたい。

 何故なら、きっちりと割り切れない者から早死にするからだ。

 しかしセレブリャコーフはどうだろうか?

 将校は前線向きとデスクワーク向きの二種類に分けられる。職業軍人と違う徴兵された兵士ならば事情に関係無く戦場に放り込まれる。兵士止まりな思考で将校は出来ない。

 

 だからセレブリャコーフには、敵を殺す事に慣れて貰わないといけない。

 手を抜いて死ぬのが彼女だけなら自己責任だが、部下や仲間を巻き込む事だけは断じて許せない。

 無能は無能なりに使い道はあるが私の部下は無駄死にはさせない。

 戦争は効率的な殺人行為の積み重ねを言う。殺しの技術を伝授する人材育成は、一見、無駄に思える事の積み重ねが意味を成す。人材育成は初期投資が必要だし、一人前に成るまでは様子見も当然だ。即戦力として人材が揃うなんて事は無理だ。未経験者に経験を積ませてこそ戦場が見極められると言えよう。

 殺しをルーチンワークと割り切れる様に成れば、戦場に適応して軍隊生活を楽しめるだろう。

 

 敵の魔導を感知していた。敵魔導師は5人。

 管理局の魔導師は空中機動を得意とする空戦魔導師と陸戦魔導師に分けられるらしい。言ってみれば私達も空戦魔導師の分類に入る。

 敵地上軍の進攻を支援する管理局魔導師は陸戦魔導師だった。

 空戦魔導師よりはやりやすい敵だ。新米に相応しい相手だと思った。

 

 

 

視点変更:とある管理局の魔導師

 

 童貞は30歳を越えると魔法が使える。そして俺も魔法使いに成った。

 

「君を管理局にスカウトしたい」そう言われた。誰だよおっさん。

 

 拉致同然に連れていかれ検査を受けた結果、魔力量こそ多いが俺には魔導師の適正が低かった。

 結局、陸曹として採用され事務職となった。

 時空管理局本局会計課から地上本部に派遣されそれなりに働いていると、古代遺物管理部機動六課に移動となった。

 

「梨本太一と言います。宜しくお願いします」

 

 この部隊が出動すると巻き添えで様々な人を殺傷し物を壊した。

 

「曹長、被害額がヤバイ事に成ってますけど」

 

 経理を担当するリインフォース空曹長は部隊長の八神はやて二等陸佐に作られた人格型ユニゾンデバイスだ。当然、八神2佐の利益を優先して行動する。

 

「そこを何とかするのが太一さんのお仕事です」

 

 揉み消せる次元では無い。重傷者への補償もあった。

 仲良しこよしで問題は表面化する前に火消しする。本来なら処罰される不祥事もお友達で固めた馴れ合いで済ませてしまう。被害者の救済もせずに良心の呵責を感じない連中が俺には理解出来無かった。

 

「マジですか」

「マジです」

 

 予算は足りない。しかし隊員の施設や現品給与の食事、消耗品は潤沢に支給されている。

 交際費も多かった。様々な手当てによる高給も彼女達の活躍では当然と受け止められていた。

 しかし都市部での市街戦は大きな破壊をもたらしていた。被害者の数も多い。

 企業の粉飾決算何て可愛い物だ。機動六課は中国共産党並みに死傷者を隠蔽し、莫大な交際費や手当てと言う形で公金を横領していた。

 

「機動六課は予算を他所から横領しています。それに聖王教会から多額の寄付も受け取っております」

 

 事実に愕然とした。証拠を集めて人事に告発したが握り潰された。

 

「あんな梨本2曹、言いたく無いけど、良い子ぶって告げ口見たいな事は止めてくれへんかな? 横領って言うけど、私的に使ってる訳とちゃうで」

 

 上司から叱責を受けた。

 

「しかし、予算は決められた範囲で仕事をすべきなのでは無いでしょうか」

「そんなん知らんわ。犯罪者どもが暴れるから、事件は起きるんやで。ほっといたらええって言うんか?」

「それは……」

「あかんやろ? だったら波風たてずに大人しくしとき。悪い様にはせえへんから」

 

 俺にはどうする事も出来無かった。仲間からの受けも悪くなった。

 

「こそこそと嗅ぎ回って本局の薄汚い鼠ですね」

「裏切り者は捨てられるんだよ。分かるよね?」

「なのはやはやてを傷付けた貴方を許さない」

 

 部隊で俺は孤立した。隊長陣から殺意さえ向けられている事も感じ取った。

 

「貴女達の正義って何ですか。真実を揉み消す事ですか?」

「太一、あんたもうちょっと賢い思ってたけど残念や。安心して死んでええから。任務中、不慮の死で二階級特進。そう言う事にしたるわ」

 

 デバイスを向けられた。命からがら逃げ延びた俺はレジアス中将に保護を求めた。しかしレジアス中将は犬猿の仲を演じていただけだった。出来レースの管理された冷戦構造だ。

 同じ穴の貉であり戦場に送られた。この世界に。

 

 

視点回帰:デグレチャフ

 

 敵の魔導師は地を這うようにやって来る。のろいな。のろすぎる。

 成る程、魔導師とはいえ陸戦魔導師は飛行能力が低いな。軽く跳躍に利用して移動してるだけだ。これなら楽勝だろう。

 我々は上から下を叩く位置にあった。最良の位置であるが、同時に自分の位置を暴露しており落ち着かない。

 空から降りる時は、しばしば小便を漏らしそうな気持ちになる。ヒヤッとするあれだ。たまに少しちびってしまう時もあるが、戦闘の恐怖で大を漏らすよりはましだろう。ミート・チョッパーで知られると対空機関銃の歓迎は最悪だ。あれは注意力をガンガン削ってくれる。空で注意力を失えば墜ちるだけだ。だから教育機関で実弾訓練による洗礼を行う事は意義がある。

 まあ、実戦に勝る訓練は存在しないと言うが、それは正しい。演算宝珠が魔導師にとって命にも等しい物だと認識する。

 

「セレブリャコーフ、やれるな?」

 

「はい」

 

 敵の陣形に注目する。前衛が2、中央は指揮官か? その後方に2。連中のパターンだと、その内、一人は長距離支援射撃を行うはずだ。

 私はセレブリャコーフの取り零しを狙う。

 地を這う者に遅れはとらん。

 それに向かって来るのは人類の敵だ。あらゆる感傷を捨てて征途に赴かねばならない。

 支配者気取りの管理局に搾取されるよりは祖国の為に戦って死ぬ方が精神衛生上も健全だ。

 大局的に見て管理局の本拠地が分かるなら、移動手段があるなら、核や化学兵器、生物兵器も使ってでも叩いている。それが分からない今は敵の尖兵を撃破する事だ。

 陸戦魔導師とはいえ敵も魔導師、デバイスと言う高性能の武器に恵まれている。

 しかし我らは退かぬ。強敵であっても戦うだけだ。魔導士官とはそう言う物なのだ。

 演算宝珠の機能も有するデバイス。あれを使うか量産する事が出来れば戦争に勝つ事が出来るだろう。しかし、オーバーテクノロジーは解析には行かない。

 ヒヨコを崖から落として飛行制御を教える様な物だ。習熟する前に死んでしまう。

 新兵器の登場は期待しない。一昼一夜で出来る事では無いからだ。

 

 私としてはセレブリャコーフの敢闘精神にそれほど期待はしていない。残りの部下も駆けつける。まずは一撃を入れて敵の動きを見て、私が加わるか考えたい。

 新米に経験を積ませて育てる事は祖国の勝利に、そして私の順風満帆な生活に繋がる。それは、結婚をして子供を生むかはともかく、五体満足に退役する事も不可能ではないだろう。

 

 地上では混乱から回復していないのか、反撃も散発的で組織立って居なかった。

 これが罠なら見事な偽装だが、混乱は本物だろう。敵の魔導師は支援無しで向かってくるしかない。それは此方も望む所だ。同じ条件で戦える。

 戦争とはなるべく敵に苦労させて負けさせる事にある。その条件を満たしつつあった。



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ちょっと先のお話

 北の寒さに慣れた頃、指揮官及び幕僚の課程を学ぶために陸軍大学に送り込まれた。

 前線を離れて安全な後方に戻れるわけだが、そこは軍事施設であり、高い塀に囲まれ門には警衛が配置されており、外とは隔絶された世界だった。ここに来る様な人材が今さら新兵の様に脱柵を行う事は無い。警衛も外部から反動分子によるテロ等を警戒する役割で存在する。

 軍と言う組織を動かす高級軍人を育成する場とは言え、防諜の面からも帝都のど真ん中に建設する訳もなかった。窓の外からは肥料臭い田畑の臭いが漂って来る。見渡す景色は山と田畑ばかりだが、敵の砲火を気にしなくて良いだけ十分満足な環境と言える。

 平時だったらそれこそベッドメイキングや靴の磨き方まで目を光らせねばならないが、今は戦時なので悠長に何年も教育をやっている余裕が軍には無かった。短期集中教育で礼式や体育はすっ飛ばして座学にぶちこまれた。

 野戦指揮官と参謀将校は重複する技能を持つ。だが根本的に違う事は国家戦略という大局で判断する事だ。

 

「う~、覚える事が多くて嫌になる」

 

 休日で特外の許可を貰って外泊も可能だが、実家に帰ったりする余裕は無い。そんな暇があれば少しでも頭に叩き込む事がある。年齢から言っても体力的に同期より劣るので、体育が無い分だけ助かっている。

 駐屯地の外で下宿を借りる? 官舎を借りる? 否だ。生活隊舎で十分だ。そんな金があれば少しでも投資に使うべきだ。この戦争に勝っても負けても貨幣価値は変わる。それならば株や債権等で複利をあげるべきだ。それに下宿から登庁する時間も無駄だ。時間は無限では無い。

 と言う事で図書室でうんうん唸りながら自習に励む日々。士官学校で基礎を習っていても、詰め込む事は多くてまさに地獄でした。

 これなら戦場で敵の相手をしてる方が楽だ。

 

 こんにちは、ターニャ・デグレチャフ帝国軍魔導大尉、11歳です。

 

 教育修了で部外移動の為、参謀本部にやって来ました。部内移動なら他の中隊に行くだけだから楽なのですが、駐屯地を変わる部外移動は面倒です。

 やっぱり幼女が軍服を着てうろうろしていると注目の的ですね。このロリコンどもめ。

 

 え、ちょっと違う?

 

 参謀本部の人事課に一々、出頭すると言うのは物語の中だけです。

 中隊で人事発令通知の辞令を受けて、部外移動や部内移動をします。

 そうでなければ軍に所属する将校団だけで何千人もが訪れて長蛇の列になってしまいます。

 

 かくいう私も、人事部の大佐殿にお目通りする事も無く、ごく普通に参謀本部に配属された。

 大学を出ても研修医みたいな物で、当面はゼートゥーア准将のお世話になると言う事だった。

 

「申告します。ターニャ・デグレチャフ大尉は──」

 

「ああ、挨拶は良い。楽にしろ」

 

 開口一番で着任の挨拶をぶったぎられた。幼女に優しいのか、空気が読めないのか分からない相手ですね。

 

「は、はぁ」

 

 椅子を勧められ、その後、副官さんが紅茶とお菓子を持ってきてくれました。ゼートゥーア准将は薫り立つコーヒーブラックの濃いめ。そして私は砂糖たっぷりの紅茶。

 うぉい、お茶しに来た娘ではないのですぞ!

 しかし香りは本物だ。前線の代用コーヒーや薄いお茶と大違いだ。ちょっとぐらいなら良いかな? 視線の合ったゼートゥーア准将が頷く。

 口に含むと広がる渋みと苦味の中に砂糖の甘さが広がる。思わずほっと溜め息が出た。

 

「これ美味しいですね」

 

 続けて口に頬張るのは、本物のマーガリンや林檎ジャムを使ったアップルパイだ。うん美味い。やっぱり代用品とは違って美味しい。顔の筋肉が弛緩する。

 甘味の魅力に負けてしまった……。仕方が無いよね。戦時下で本物は貴重で口にする機会も少ないし、それにまだ幼くて育ち盛りだし。帝国は牛乳の産地として有名で、牛乳だけは戦場でも配給が欠けた事は無い。とは言っても牛乳ばかりでは飽きもする。

 コーヒーも紅茶も贅沢品だ。今は堪能させて貰う。

 

「それは良かった。うちの孫娘も好物でな……と、飲みながらで良い。大尉、参謀本部は、貴様に小隊を任せるつもりだ」

 

 小隊?

 中隊長をしていた私が降格ですか。それとも特殊な小隊なのか。

 帝国軍北方方面軍戦略機甲兵団特殊任務班X-1……なんちゃって。

 

「新編の魔導教導小隊になる」

 

 なるほど、教導な方か。そうですか、そうですか。前線から離れられるなら教導と言う仕事も良さそうだ。やったね、これでのんびりできるよ。

 

「大尉に小隊を預けるのは特別編成だからだ」

 

 えーっ、特別編成。略語にするとz.d.v.で、死亡フラグがビンビン立っています。後衛戦闘で消耗されそうでヤバそうなネーミングじゃないですか。

 

「48名以下であれば、好きなように編成してかまわん」

 

「48名、ですか?」

 

 何だか佐藤大輔の『皇国の守護者』っぽい会話だな、と思いながら考える。

 魔導師は4名で小隊だ。48名だと大隊より大きい。

 

「教導小隊が実際には大隊規模なのは、秘匿と欺瞞の処置だ。喜べ。参謀本部直轄部隊だぞ」

 

 何を喜ぶのかピンと来ません。アスペルガーじゃないよ。

 

「はぁ」

 

 小隊長と言いながら大隊を預けられる。うう、小隊長の安月給で大隊長をしろって事ですね。ブラック企業その物だ!

 労働者の権利を守る為にも、公証役場で労働条件の公正証書作って貰うべきでしょうか?

 

「そうそう、それと貴官に二つ名が与えられる。『白銀』だ」

 

 白銀? 二つ名?

『ゼロの使い魔』か『鋼の錬金術師』っぽい。嫌だよ、そんなこっぱずかしい感じ。どうせ責任も付随するんだ。(わざわい)を呼び込むだろう名誉か。そんな面倒な物は背負いたくなんか無い!

 

「期待しているぞ大尉」

 

 神は死んだ。私の顔は愉快な表情をしてる事だろう。

 このお爺ちゃん、幼女を容赦なくこき使う積もりで厄介な人だ。帝国軍人は勇敢さを求められ武名を尊ぶ。ここで逃げたら私の評価はがた落ちとなる。選択肢は無いのと同じだ。

 未来は若人が作ると言うが、歴史は老人達が動かし作っている。老害とは言わないが、いい迷惑だ。

 泥をかけられたまま黙ってる私ではありませんよ。

 覚えていろよ、糞ジジイ。

 

 

 

 

 

 もし戦場で起こる事が鮮明に予測出来るなら英雄に成れるであろう。英雄とは未来を予測出来る者なのだ。戦場での動きを他よりも早く、正確に決断出来れば勝利が転がり込む。敵より失敗を少なくする。それが戦場で勝利の原則である。

 現代戦で重要なのは敵が動くか動かないかではなく、数日後の全般的な戦況を見通すことにある。

 眼下に見えるのは敵陣地。天幕の並び、潤沢な馬匹、車輛の数で判断出来る。司令部、司令部付隊、それに後方支援部隊だ。我々は敵中深く浸透していた。

 対空警戒は薄い。精々が小隊規模の機関銃だけだ。

 

「ふふっ」

 

「デグレチャフ大尉?」

 

 戦場に似つかわしくない笑い声に部下が訝しげな表情で尋ねて来た。戦場を経験して少尉に昇進したセレブリャコーフだ。

 この世で命の価値は安い。幾らでも代わりは存在する。

 だが不適格、不要と思える人材すら使いこなす事が指揮官の務めだ。誰にでも向き不向きの仕事がある。要は秀でた部分を見抜く事だ。

 

「見ろ、敵は後方だと安心し切っており警戒がお留守だ。選り取りみどりだぞ、セレブリャコーフ少尉」

 

 今回の攻勢計画は、友軍が敵後方を遮断する為に行う上陸作戦を秘匿する事にある。その為、我々は派手に動けと命じられていた。

 仁川上陸作戦の再現なら良いが、ヴェーザー演習のパターンだと我が海軍は貴重な戦力を減らす事になる。上手く行ってくれるだろうか?

『デグレチャフ大尉、祖国は貴官等の献身を信じている。戦果を期待してるぞ』って言われたし、とにかくは命令通りに暴れるだけか。まったくこれも存在Xの呪いだ。

 

「傾注、これより連中に戦争の何たるかを教えて歓迎する。各員、もてなしてやれ」

 

 現状は理想的な奇襲だ。敵の後方で戦略的意義の高い目標を叩く。敵は後方の安全を信じ切っている。

 管理局の存在も連中の拠り所だろうが、管理局の人的資源が限られているからこの世界にやって来たと言う本題を忘れている。敵の兵力は限られており、全てを賄う事は出来ない。我々は逆に好きな時に好きな場所を狙える訳だ。相手の隙を狙う。まるで盗賊ではないか。

 大隊は戦闘隊形を維持して敵に向け攻撃開始した。

 魔力を充填し爆裂術式が放たれ敵陣地内に火炎の華が咲いている。コミーの連中ではないがウラー、と叫びたくなる気分だ。

 

 協商連合との戦いで、世界の目が北欧に注がれている間に管理局はエスカルゴ共もとい、共和国に電撃的攻撃を仕掛けた。皮肉な事に帝国との国境で展開していた共和国軍33個師団は奇襲を免れ、貴重な戦力を温存出来たと言える。

 かくして管理局の傀儡国家、フランソワ共和国が建国された。幸いな事に連合王国や合州国が敵に着いていない事だ。これが帝国相手の戦争だったら違っただろう。

 そんな情勢で我が軍は一息つけた。33個師団も味方戦力が現れたのだ。他人の不幸が此方の好機に繋がる。好機は逃さず活かしてこそ意味がある。

 そう言う大人の事情で、先に北を片付けろ、とのお達しが出て我が実質的大隊は北に送られる事となったのである。

 最善の策は常に正しい。後方でのんびり出来なかったのは残念ではあるが、今回は兵力的余裕で行われる攻勢だ。崩壊した戦線を立て直す火消し役では無い。

 敵にとっては苦しい戦いに成るだろうが、我々にとっては楽勝で楽しい楽しい戦場だ。

 人命には貴賤がある。優先されるのは味方で、それが敵であるなら黒焦げの死体ですら見るのが楽しみだ。死ねば遺族補償があると言っても、国家にとっては安い支出で消費できる兵器だ。帝国も永遠では無いし、戦後を考えるならば敗戦も考えて精々、死なない様に頑張ろう。

 

 

 焦げた匂いが鼻孔をくすぐる。これは格別な香りだ。陳腐な言い方だが勝利の臭いだ。

 襲撃は成功、焼け跡を私は視察した。

 敵陣地の構築状況等、情報は幾らでも転がっている。爆裂術式による効果は大きい。さすがは魔法、何でもありで火制範囲は10榴を軽く凌ぐ。

 

「正しく神の鉄槌ですね」

 

 副官に任命したセレブリャコーフは勝利に笑顔を浮かべていた。

 足元もおぼつかなかった彼女も死線をくぐり抜けた事で成長したと喜ぶべきだろうが、セレブリャコーフの言葉に私は異を挟む。

 

「神など居ない。これは諸君の献身的勇気による成果だ。誇りたまえ」

 

 居るのは神では無く、存在Xの様な人をもてあそぶ悪魔だ。信仰で心の平穏を得ても平和は手に入れられない。世界を動かすのは神では無くその他大勢だ。

 そしてこの戦果は私の指揮と部隊の成し遂げた物だ。

 新編部隊の初仕事としては上々の戦果、打ち込める仕事がある事は良い事だ。

 軍人の職責は欠陥品や観賞用の物ですら兵器として活用する事にある。個人の弱味は美徳ではない。克服できる。

 陣地前に捕虜が並べられていた。管理局に投降し寝返った人類の敵だ。

 

「デグレチャフ大尉。捕虜を連行いたしました」

 

 ヴァイス中尉が報告をする。彼には目的を告げていた。

 

「宜しい、仕事をすませるとしよう」

 

 部隊の編成は充足率を満たす為に最低基準ギリギリの者も採用している。私は新城直衛ではないから人を選ぶ贅沢など許されていない。

 しかし送られて来た補充兵は呪いがかけられている。戦場で人殺しを経験していない新兵と言う弱味だ。

 神の教え、隣人を愛せ何て戦場には必要無い。愛を信じるには殺伐とした世界だ。

 隣人愛を持つ甘い連中に隣を任せられない。信じるのは己の手を汚した者のみ。

 

「射撃用意」

 

 私の号令に反応が無い。溜息が出そうになる。

 

「何をしてる。銃を構えろ。射撃用意だ」

 

「しかしデグレチャフ大尉、相手は捕虜ですよ」

 

 武器を持つ者はその痛みを知る必要は無い。武器は道具で、道具を使うのは自分達だ。

 

「ぐだぐだ考える位ならその手で敵を倒せ。射つか射たないかを決めるのは指揮官である私の責任だ。諸官の実力をもってして、自らの価値を祖国に証明せよ」

 

 戦争は敵の意思を屈服させ、殺しの経験は万の言葉を語るより人を動かす力がある。私は部下に演算宝珠の出し得る力を求めた。世界を作れと言う難題を与えている訳ではない。祖国の為に軽く引金を引き敵を間引けば良いだけ。豚を解体するヴルスト作りより簡単だ。

 責任者は、責任を取るために存在する。上官の命令、この場合は私の指示が彼らの免罪符だ。

 

 異なった世界から異なったルールで攻めて来た敵が相手だ。我らが滅ぶか、奴らが滅ぶか。優先すべきは生存と保身。存在Xの糞ったれに作られた世界でも限定的な自由はある。上手く立ち回り豚の餌を回避するだけだ。



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その6 ライン戦線

 帝国と協商連合の武力衝突は、この時をもって時空管理局と人類の大戦に拡大した。今時大戦勃発と同時に精強たる帝国軍は各所で奮闘、人類の自由と世界の安定に大きく寄与した。

 そしてライン戦線と呼称される西方の競合地帯で帝国は貴重な時間を稼ぎ、反撃の準備を整えた。技術力では大きく遅れを取る人類にとって、管理局の人的資源が限られている事だけが救いであった。

 しかしながら管理局は複数の次元世界を束ねる関係上、多数の次元航行艦を保有している。この世界に侵攻して来た次元航行艦の全てを撃破しても次が来るかもしれなかった。

 その為、ライン戦線の実態は積極性に欠ける守りでありながら消耗戦と成った。

 

 ──ウォルター・ハルバーム ロンディニウム大学教授

 

 

 

 

 勇者は生まれながらにして勇者だ。ターニャ・デグレチャフ少佐は常に凛としており、その証明だった。

 ターニャ・デグレチャフという魔導士官の年齢は、実績を重んじる帝国軍内部で重視されない。誰もが彼女を讃える。プロパガンダの虚像では無く実績だからだ。

 ただ、反発する者が居るのも事実であった。

 

 当時、参謀本部の人事局人事課長であるレルゲン中佐はその急先鋒であった。あれほど優れた人物でも色眼鏡を通して物事の判断を誤る時があった。

 嫉妬か、あるいは妬みかは分からないが、レルゲン中佐はデグレチャフ少佐を指して狂ったガキと呼ばれた。

 

 子供を持つ親の一人として言わせて貰うならば、本来、守るべき子供に頼った大人が何を言うのか。一生血塗れの罪を背負わせたのは誰だと言うのか。

 

 任官した士官から選ばれた者が陸軍大学の課程を受けられる。一部のエリートだけだ。

 エリートは軍と言う組織を構築し維持する不可欠な存在だ。参謀本部はその中でも高い視野が求められる。デグレチャフ少佐は常にやるべき事をやっていた。

 国力とは国土と国民を守る政治力であり、経済力と軍事力の維持は不可欠だ。国益を損なわない事が国家の責任と言える。軍にとって士官は、誠実よりも頼りになる事が第一である。組織を守る事が国益に沿い、国家を守る事になる。軍務に忠実、帝国への忠誠心に揺らぎはない。武勲斯々たるデグレチャフ少佐は部隊を守り、軍と帝国に貢献した。

 

 だからこそ目障りだったのかもしれない。デグレチャフ少佐のライン送りは決められた。

 だが彼女は那由他の彼方に進軍しようとも変わらない。常に自分自身のルールに従っている。三千世界の鴉を殺し尽くし、戦場で最後の一人になっても士官としての責務を遂行するだろう。

 そしてラインの悪魔の伝説が生まれた。

 

 ──マクシミリアン・ヨハン・フォン・ウーガ帝国軍大佐著 兵站も戦 より

 

 

 

 

 

 あ~卵かけご飯が食べたい。生卵が食べれた前世が恋しいターニャ・デグレチャフ魔導少佐です。

 戦争をしていると公式行事の予定は潰される。敵の襲撃から味方の反撃、味方の襲撃から敵の反撃までルーチンワークの繰り返しです。特にWW1の対峙する塹壕戦みたいな状況では。刺激は求めていません。平穏が欲しい。

 

 指揮官は上部だけでも常にニコニコ笑って居なければ部下が不安に思います。役者に成りきる事が士官の務めなのです。これは中間管理職のアルコール摂取量が増えるのも分かると言う物です。

 とは言っても未成年なので酒に逃避は出来ませんが。

 

 ライン戦線に送り込まれた私と大隊は──、ああ、そうそう、小隊と言う欺瞞は解除されて晴れて大隊の仲間入りです──機動打撃の予備隊として戦場の火消しに駆り出される毎日です。

 記憶にありませんが、天国に居るお父さん、お母さん。このくそったれな世界に生んでくれて有難うございます。砲弾の雨と機関銃の弾幕をくぐる日々で、その内に過労死したらそちらに行けるかもしれません。その時は良しなに。

 

 

 今日も始まる敵の砲撃で目を覚まします。弾は前線の味方前哨を叩いています。まったく戦争は資源の無駄使いとは良く言ったものですね。

 

 戦場では休める時に休む習慣が必要です。なので装具を外し、靴紐を緩めてゆっくりとした姿勢で雑毛布を被って眠ります。目覚めのモーニングコールは砲撃の地鳴り。体をほぐして手早く服装を整えます。整理整頓清潔は仕事の基本ですが、士官は更に身綺麗さを求められます。心身の乱れは軍規の乱れに繋がるからです。

 とは言え、前線で水は貴重品。部下の顔は髭に覆われており、汗や垢、老廃物の臭いを漂わせております。それは私も同じでしょう。

 

「大隊長殿、人員、装備に異常ありません」

 

 大隊の指揮所に入ると当直士官が報告をして来た。

 電話線が幾つか切れたのか、砲撃終了後に有線構成手が埋設作業を行っています。ですが敵の狙撃兵の妨害で何人か被害を出しています。そして味方の砲兵が反撃を始める、と言う毎日の繰り返しです。

 

 大規模な敵の襲撃でも無ければ魔導師お仕事は、魔導砲撃で支援を行うぐらいです。この扱いはちょっと勿体無いと思うのですが、予備隊が邀撃に任務を限定されている以上は、上からの命令が無ければ勝手には動けません。

 

 最近、上から押し付けられたお仕事で新人魔導師の研修がありました。

 敵の捕虜を捕まえてくると言う、小林源文の漫画や佐藤大輔の架空戦記であるあれですよ。敵の陣地に忍び込んで適当に見繕った相手を気絶させて拉致してくる。何しろ管理局はヴォルムス陸戦条約に署名をしていない。したがって、管理局に寝返った裏切りの豚に戦時国際法は適用されない。

 連中の命は虫けら同然だ。引き渡される捕虜は厳しい尋問を受けるだろう。

 雑魚など私一人で蹴散らすに十分だけど、経験を積ませる事が仕事だ。

 実際にやらされると子守りが面倒極まりない。でも後輩が育たないと私達も楽が出来ません。頑張りましたよ。

 

 昼は糧食から豪華な食事を受領して来ました。ベーコンやブルストでは無く、本物のステーキですよ!

 和食と違い、洋食と言えば肉。猪、鹿、鴨、鳩、雉と言った高タンパク質で底カロリーが売りのジビエ食材は日本であまり目にする事がありませんでした。此方ではどうかと言うと、戦時下で食べれる物が減っていました。

 御馳走に喜ぶ部下達を傍目に、私は司令部より命令を受領しました。

 アレーヌ・ロイゲン地方のアレーヌ市に管理局の魔導師が浸透した。同市は敵の制圧下にある。大隊はこれを掃討せよ。そう言う事情で昼食を取るのも慌ただしく、戦場に投入される事と成った。

 

「いやはや、残念な事だ」

 

 数年前まで緑豊かな森や小川の流れる風光明媚な場所だったそこは、砲爆撃で掘り起こされた荒れ地であった。

 私と私の大隊は砲撃で耕したアレーヌ市に向けて前進していた。焼け焦げた動物の死体がそこらに転がっている。戦争をやっているのだ。生態系への影響など考えはしない。

 戦争は相手が居る事だし、敵も反撃をして来る。

 何かが炸裂して顔に降りかかって来た。ぬめりを拭い取って顔を上げたヴォーレン・グランツ魔導少尉は、倒れて来る味方の体を受け止めた。首から上を無くしたそれはツイーテ・ナイカ・タイヤネン准尉だった物だ。グランツ少尉が被ったのは彼の脳漿だ。

 叫び声をあげて昼食を吐き出すグランツ少尉の姿に私は溜め息を漏らした。

 

「本物のステーキ何て滅多に食えないのに、まったく勿体無いやつだな」

 

 汚臭は遮断しているのでもらいゲロをする事は無い。それでも見ていて気分の良い物では無かったので、「慣れる事だ」と声をかけた。

 新任はすぐに慣れて貰わないと、消耗の激しい戦場では人手が足りなく成るからだ。

 

「敵はアレーヌ市民を武装させている。民兵と言っても敵は敵だ。魔導師も加えて十分手強い組み合わせになっている。どうだ、楽しくなって来ただろう?」

 

「大隊長殿、投降して来た場合はどう対処致しますか」

 

 部下から質問が出た。心配性のセレブリャコーフだ。敵は敵だと言ったばかりだが、疑問を考える頭があるだけましだ。

 帝国軍は帝国を守る(しこ)御楯(みたて)。今や人類全体の希望と言う存在だった。ならばご期待通りに、正義の戦いへと驀進(ばくしん)しやるべき事をやる。

 

「好んで敵に協力する様な連中だ。共和国の市民として取り扱う必要は無い。戦時捕虜では無く犯罪者だ。単純明快だろう? 後は分かっているだろうが油断はするな」

 

 とは言っても既に死傷者も出ている。まったく何の為の魔導師だ。ま、戦場で死ねたんだ。少なくとも臆病者よりはましか。

 死ぬような間抜けから、制圧すべきアレーヌ市に意識を戻す。市民を巻き込む悪行に手を染めた敵。火を付けたなら、鍋を沸騰させた悪評も一緒に背負って貰うとしよう。

 市街地は守りの利点を強調されるが、攻める側が手心を加えないならば流血の量は守る側に負担を強いる事となる。何処でも要塞都市に化ける訳では無いのだ。

 

 

 

 帝国の守りを磐石とする為の布石、軍人である我々は我々の仕事をする。それが熾烈な銃火の飛び交う鉄火場なら尚更だ。

 大隊は砲兵の支援で三方向より前進した。友軍は包囲網を構築しており、残敵の逃走を阻止する構えだ。

 私は大隊本部を構成する部下を連れて大通りを前進していた。

 

 そう言えばガンパレだと大隊司令部、中隊司令部と表記されており考証の甘さが目立っていたな。とりとめもない事を考えていると、路地から飛び出して来た敵の一団を私は視界に捉えた。

 管理局が鹵獲した物だろうか。平服の民兵か、共和国軍の小銃を装備している。

 そして防御膜に8mmの弾が撃ち込まれて来たが、魔導師を殺すには火力が足りない。魔導師の敵は魔導師でしか無いと言う事実が再認識され、部下も平然としていた。

 相手は老人と子供だったが、銃を向けて来た以上は排除するしかない。そうだ、この戦争に銃後は無い。使えるものなら女子供も使う。

 

「やれやれ、子供を戦場に出すのは帝国だけの専売特許では無いな」

 

 学歴や知能指数がどうあれ、正直なところで、人間の価値は生産性で決まる。

 ところが最低限度の他人に迷惑をかけないと言うルールを守れない奴が居る。これはゼロどころかマイナスだ。社会の害悪となる存在だ。

 私は彼らの瞳を覗き込む様に視線を合わせて言葉を向けた。投降の説得では無い。決意と宣言だ。

 

「管理局に協力し祖国を売った売国奴と言う程、事情は簡単でもないだろう。だが諸君は人類の敵と成る事を選んだ。自己責任の意思は尊重しよう。いずれ我々も行く地獄の底で先に待っていたまえ」

 

 私の号令で発砲音が響いた。転がる敵の死体を一瞥するとセレブリャコーフに声をかけた。

 

「我々が作り上げたこの光景を忘れるな。戦争の残虐さと愚かしさだ」

 

「はい、大隊長殿」

 

 セレブリャコーフは神妙な顔つきで踵を打ち合わせた。

 

「それでは義務を果たすとしよう」

 

 今後、帝国(ライヒ)が千年続くかは分からないが、今現在の立場として帝国の敵、人類の敵は殲滅する。これが事実だ。



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その7 ライン戦線

「煉獄とはかくのごとし、か……」

 

 我々はヒューマンだからエラーがつきものです。ですがバグは違います。

 諸君、私はホモが嫌いだ。男の娘も嫌いだ。

 管理局を倒すと言う大望を前に恋愛にうつつを抜かす余裕など無い。この身が女であろうとも男の意識がある限り同性愛など断じてあり得ん。

 その点で、ナイフの夜にレーム親父や同性愛者を抹殺したナチは正しいと信じている。

 とは言っても今更、女の子に欲情する訳でも無い。

 さて、なぜ今さらそんな事を強調してると言うとだ。防御膜の向こうから感じる視線に問題があった。

 戦う幼女に萌える男ども。それは私の精神にとって脅威だった。

 部下は私を上官として敬い、畏れを抱いてるから手を出して来る様な阿呆は居ないと確信している。

 しかし他所から見たら私は健気な幼女にしか見えない。

 肉体が性転換されていても、魂は半端な物で、男から情欲の対象にされる事には慣れないし、慣れる気もない。マジで無理です!

 

 

 

 アレーヌの敵を殲滅した大隊は休養を与えられ後方に下がった。人員の交代と新人の補充。大隊を預かる者としては有り難くないが理解は出来る。突出した精鋭部隊より何処にでも割り振れる部隊こそ求められる。各部隊の平均値を上げる為だ。

 

 私は大隊の戦闘報告と敵情分析の報告で参謀本部に召還されていた。

 一般部隊ならあり得ないが参謀本部直轄の部隊なので仕方がない。宮仕えの辛い所だ。

 

「ライン戦線ではそこかしこで戦闘を繰り返しており、決定的な打撃こそ受けておりませんが積み重なった損耗率は看過出来ません。戦線は膠着状態にあります。管理局の連中、裏切り者まで組織化しておりこれではただの消耗戦です。まったく始末の悪い敵です。──勿論、祖国を守る為にも我々は、降伏か停戦の命令が出るまで最後まで戦い続けますが」

 

 最後はもくもく葉巻や煙草をふかす上官達へのリップサービスだ。大切な人など居ない私には将来の事が大切なのだよ。

 それにしても、あれだな。会議と休憩の区別がされていないのは現代と違うからだろうか。非喫煙者である私には喫煙者の気持ちは分からない。喫煙者が自己の責任で肺癌になるのは勝手だが、受動喫煙の危険性が存在する。出来れば分煙化して欲しいものだ。

 

「デグレチャフ少佐、貴官は神が帝国に与えた魔導師の中でも飛び出た才を持つ者だ。しかし、戦争に勝ちたいのは貴官だけではない。何よりも重要なのは経済だ。国家を動かす経済が機能しなくては、いかに帝国軍が精強であろうと戦い続ける事は出来ない。各国と協調し経済活動が回るまで攻勢は不可能だ。逆に言えば敵も動けず、安定した状態に移りつつあるとも言える」

 

 参謀本部で戦務局を動かすゼートゥーア少将の発言力は大きい。一応、頷いておく。組織は筋を通す者にはそれなりの対応をしてくれる。だから上官を尊重している様に敬意だけは払っているのも処世術だ。

 

「参謀本部も攻勢は検討した。当然ながら損害を出す事が前提だ。短期決戦を行おうにも次元航行艦を前に迂回も出来ず、部隊運用も限定される。今必要なのは国力の回復だ。戦線を整理し消耗した国力を回復させる。その為にはライン戦線は動かせない」

 

 

 どう言う訳か会議に参加していた財務省の役人が頷く。

 信じられなかった。人類が手を携えて戦わねば成らないこの時に、財政の赤字を気にしている。侵略者(インベーダー)との戦いに負ければ全てを失うのにだ。

 しかし参謀本部がお膳立てをしてくれなければ自分達は動けない。何も好んで戦場に出たい訳では無い。負けない為の努力をしたいだけだ。

 

 誰もかれもが戦争の行く末に不安を抱えている。しかし立場が選択肢を奪う。

 こんなに世界は汚かった。それでも生きていくべき世界は続いている。

 

 大隊に補充された新米が使い物に成るのを待ってはいられないが、大隊の戦力化は実戦投入より前に優先すべき事項だ。

 戦争はいずれ終わるだろう。しかし今すぐにでは無い。神に祈っても無駄だと言う証明だな。

 短い休養を終えると大隊は前線に戻された。ただし首輪は付いたままだ。

 私はちょっとしたやる気を出す事にした。規則を守った上で可能な限りの行動だ。

 

「ぐーてんもるげん、良い朝だな諸君」

 

 大隊の宿営地、整然と部隊は整列していた。

 

「休暇で鋭気は養えたか?」

 

「御命令を、大隊長殿」

 

 ヴァイスが噛みつくような声で応えた。

 

「我々、魔導師の任務は、まずもって陸軍の──近接戦闘部隊に対する密接な魔導砲撃による──支援だ。その為には自分の目で戦場を確認しておく事だ」

 

 威力偵察の名目で浸透突破を行う。目的は敵司令部の襲撃。売国奴のド・ルーゴが傀儡政権を代表している。しょせんは負け犬の烏合の衆、上手く行けば戦線を押し戻せる。

 歩兵が行う無理な突破では無い。決定的な一撃を与える。これこそ魔導師の仕事だ。

 この世界でも良い事が一つだけ存在する。

 戦争はあらゆる厄介事を解決する最終的手段と言う事だ。状況は手段を解決する。

 殺すから生きられる。切り刻んで殺してやる。裏切り者のくそったれどもも、管理局の連中も皆殺してやるぞ。

 

「大隊長殿、203航空魔導大隊は予備隊を命じられております。今回の出撃は任務の拡大解釈では無いでしょうか?」

 

「私も貴官も帝国軍魔導士官、兵卒と違い職業軍人だ。戦場では機会を逃さず戦果拡張する事が求められる。勝利だ。勝利の為に義務を果たす時だ」

 

 糞みたいな世界だが部下の忠誠と献身に疑いは無い。命令への服従は誇りだからだ。

 まさに呪縛だな。私も呪われている。孤児からほぼ選択肢無しで軍隊に入れられ、戦場を転戦した。給料分の仕事はしてきたし、考えれば帝国も私に借りがあるな。

 死んだら魂は存在Xの嫌がらせで永遠に虚空を漂うかもしれない。だが我々が守った帝国は存続する。それが人の生きた証だ。生きても死んでも地獄か。運が悪かったのかな、私達は。

 この鬱憤と憤りは戦場で発散するとしよう。エスカルゴ共め。終わらせてやる。

 

「行くぞ」

 

 為すべき事を速やかに為すべく、大隊は行動を開始した。目標はフィニステール県、ブレスト軍港。敵の司令部中枢が存在する。

 

 

 

 澄みきった青空で快晴であった。

 

『シルフ3よりフェアリー、ブレストに敵通信量多数を確認』

 

 敵前線を浸透突破した大隊に、参謀本部の作戦局戦略偵察部に所属する戦術特殊偵察小隊より報告が入って来た。西方軍司令官のモーリッツ=ポール・フォン・ハンス将軍は中央に忠実だ。こんな融通のきく人物ではない。となるとシルフ3の独断と言う事に成る。

 戦術偵察小隊は隠密行動を行い、一般部隊の危機でも監視する事を優先する。今回だけは別らしい。

 

「よし、大当たりだ。シルフ3、貴官に感謝する」

 

 通信量が多いと言う事は敵司令部か司令部付隊が展開している証拠だ。前線を離れた後方で偽電、欺瞞の可能性は低い。

 

『フェアリー、幸運を』

 

 港湾施設が見えた。対空砲火は上がっておらず、敵の不意を突く事には成功した。急襲用戦闘隊形である逆V字の(くさび)を作り上げた大隊はブレストに突入する。

 魔導師の利点は機動性と魔力による火力投射量。炸裂する魔導砲撃で敵をかき乱した。

 右往左往すり敵兵を巻き込みながら、装甲車がボール紙で作られた玩具の様に吹き飛んで海に転がり落ちて行った。

 

「私が殺られたら貴官は残りを纏めて自由に行動しろ」

 

 万が一の場合、次席のヴァイスに指揮権は速やかに移譲される。私の言葉にヴァイスは頷く。

 

「はい、大隊長殿。その時はやるべき事をやります」

 

 軍人は死ねと命じられたら死ぬまで戦う。だから直接は命じない。自発的行為こそやる気を出すからだ。

 望む答えを出してくれる部下は貴重だな。

 さて私の方だが、野外電話の電話線が接続された端子箱が外壁に幾つも並べられている倉庫に目を付けた。私は一個中隊を掌握すると制圧に向かった。

 我々は敬意を勝ち取る事で尊厳を守る。流した血の量が管理局へのメッセージだ。

 

 

 

 奇襲は成功したが敵は脱出を行おうとしていた。燃えるブレストを背景に、ドックから浮かび上がる巨大な影──次元航行艦が姿を現した。

 L級だ。新型のXV級より型落ちするとは言っても搭載する魔導砲は脅威だ。部下に散開を命じた。

 

「おいおい、マジか」

 

 ざわめく部下の声も当然だ。情報では、住民の反発や蜂起を警戒して武威を見せつけるべく共和国の旧首都に駐留してるはずだった。

 だが敵には敵の都合があり、此方の都合に合わせてくれるとは限らない。

 ガムを髪に付けるように意地悪をしてくれる。闘争とはそう言う物だ。

 

「デカいのが出てきた。賑やかになって来たぞ」

 

 潰せれば良いが敵の弾幕は激しい。術式を展開する時間を稼がねば成らない。

 

 ケースバイケースだが、原則的に戦争は素晴らしい。人々に幸せとは何であるか教えてくれるからだ。

 晴れ時々、砲弾日和。取り戻そう。僕達、私達の平和な世界、ってな感じで大切な物に気付かせてくれる。

 管理局も組織だ。組織の維持はコストがかかる。多数の次元世界に介入し、人的資源も問題の一つだ。敵を破産させてやれば良い。この世界が投資に見合わないと思い知らせてやる。

 始めるにしても、終わらせるにしても『力』は偉大だ。『力』こそ正義の証。

 1個軍団の作戦を覆し壊滅させる事が魔導師の1個大隊には出来る。魔導師を揃えた時点で勝っている。

 そして何よりも大切な事は、どんな状況でも楽しみを見つける事だ。ストレス発散でスッキリ出来る。

 

「大隊長殿!」

 

 セレブリャコーフが怯えた様な声をあげている。大抵の攻撃なら防殻で耐えれると言うのに、まったく、落ち着きの無い奴だ。

 

「次元航行艦か。地獄の宴に相応しいご馳走じゃないか。たんと戦場を楽しみたまえ」

 

 私の冗談にセレブリャコーフはくすりとも笑わなかった。ううむ、外したか?

 咳払いをして空気を入れ替えると指示を出した。

 

「砲兵に火力支援を」

 

 さすがに次元航行艦を独力で撃破するには力不足だ。目的の完遂には味方の協力に期待するしか無かった。

 とは言え、前線から離れた敵後方、10榴や15榴程度では射程が届かない。しかし帝国には鉄道網と言うライフラインが整備されており、巨砲を備えた列車砲が用意されていた。グルップル社が張り切って80センチ砲何て化け物まで開発したらしい。あれなら次元航行艦もぶち抜けるだろう。

 ──が、帰って来た返答はむなしい物だった。

 

「電波妨害です。無線が通じません」

 

 帝国御自慢の列車砲を使わなくていつ使うんだ。ふざけるな、と思ったが使えない物は仕方が無い。

 我々がブレストに突入した事は既に西方軍司令部の知る所だろう。ならば不安は無い。

 お偉方もぼんくらでは無いから、戦果拡張の好機に気付くはずだ。好機の到来を素直に喜ぶ事は出来なくても、圧倒的優位を獲得出来ると言う事実が転がっている。

 戦争は一人でも出来るが、終わらせたいならそこは動く時だろう。

 

 人の世は(えにし)と言うが、余所の世界がどうあろうと知った事か。管理局の要求に応え人的資源を供給したとして、次は何を求められるか分からない。武力を背景に恫喝して来る相手の要求が最後になるなんて事は無い。

 だから我々は戦う。

 我々は既に一線を越えている。

 戦場でおてては真っ白とはいかない。もしウラニュームか、あるいはプルトニウムをもちいた爆弾が手元にあったなら汚染など気にせずあるだけぶちこんでやれたのに、残念だ。

 

「術式展開。目標、次元航行艦!」

 

「糞、ざけんな!」

 

 次元航行艦の放つ火網は濃厚だ。術式を妨害されてグランツが罵り声をあげた。

 

「ママゴト遊びはそこまでだ。無理に術式を展開するより、手早く魔導刃による近接攻撃を推奨するぞ」

 

 距離が取れないなら距離を詰めて攻撃する。マルチでお馴染みのパラダイムの転換だ。

 ああ、フランクリン・コビーの手帳は高かったな。

 

 確かに次元航行艦の火網に好んで近寄りたくないが、ケジメしっかりつけないとな。

 後は私が命じるだけだ。

 

「帝国軍を舐めんなよタコ」

 

 今回は次元航行艦と言う大きな獲物が出てきた。これを沈めればけりがつく。

 やる事は決まっている。来世では存在Xに逢わない事を願いながら、ただ真っ直ぐ進んで敵を殺すだけだ。



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もっと先の話

 パリースィイを奪還した。機動六課を撃破して人類が管理局に対して納めた勝利は、全世界に対して反撃の狼煙と成った。

 勝利の熱狂から覚めた参謀本部は予想以上の戦果に困惑した。これまでは守勢一方で、次の戦争計画が用意されて無かったのだ。

 

 公式記録によると愛国者であるデグレチャフ中佐は、帝国東部国境の安定を目的に管理局の勢力圏に含まれつつある連邦に対する先制攻撃(ファースト・アタック)を提言した。しかし語られる言葉は生やさしい物では無かった。

 

「遺憾ながら帝国はコミーの連中に数で劣っております。コミーの連中が幾ら死のうが我々の知ったことではありませんが、無尽蔵に浪費出来るだけの人的資源の価値は大きい。ご承知の通り、先日、スパイから提供された情報によると、管理局が連邦内部の分離派に援助を行い接触してるとのこと。流石のコミーも管理局に押される一方で、講和を模索しております。それは帝国にとって東に脅威を抱えると言う事です」

 

 幾ら各国の協力があるとは言っても、帝国もいつかは継戦能力の限界を向かえる。その前に敵を屈服させるか侵攻の意図を挫かねば帝国が滅ぶ。

 

「管理局になびく裏切り者がぼこぼこ増えており、間引かねばなりません。やられたらやり返す。殴られる前に殴り倒す。我々が介入し管理局の影響力を削いでやれば、たとえコミーの連中が白旗を揚げようと考えていても、自国に他国の軍隊を招き入れた以上、そうはいかなくなります」

 

 デグレチャフ中佐の進言を検討した参謀本部だが、最も関心のある管理局の次元航行艦は、戦略資源の産出地であるハグー油田を目当としてヨセフグラードに留まって居た。火力と兵力さえ集めれば、これを捕捉し撃滅する事は可能だった。

 そして纏められたブラウ作戦は決戦による敵野戦軍主力の撃滅、昔からある単純な行動計画を現状の管理局に当てはめた作戦だった。次元航行艦を沈めるのは味方魔導師の役割。突破口の形成はヴィクトール・フォン・シュラー大将の第IV軍団が行う。連合王国も限界一杯の8個師団を派遣してくれる。

 それだけでは心許ない。ただでさえ硬い守りだ。次元航行艦から敵の兵力を引き剥がす必要があった。

 

「目標到達と目的達成は早ければ良い。ルージエンフで主力の助攻を行う。やれるかね?」

 

 そう訊かれるとエルンスト・ウィルヘルム上級大将は笑みを浮かべ答えた。

 

「やれと言われるならシルドベリアの果てだろうと行きましょう」

 

 帝国軍人として模範的、まったく妥当な回答だった。

 

 ──ハンス・フォン・ゼートゥーア帝国軍上級大将著/ターシャ・ティクレティウス訳

 失われた敗北より

 

 

 

 

 皮肉な事にアカと組んで最終決戦が始まる。

 雷鳴が轟き太鼓の様な地鳴りが聴こえる。今頃、敵は蜂の巣をつついたような狂騒状態だろう。味方の砲兵が、管理局と手を組んだコミーの言う所の反革命分子を潰してる音だ。

 連邦から派遣されている連絡将校の前では言えないが、我々にとってはコミー同士で潰しあってくれるのは好ましい。

 航空魔導師が楔を形成し前進を開始した。戦車も続いて戦線に楔を打ち込む。

 

「トスパン中尉、デグレチャフ中佐より前進命令です」

 

 車載無線機の前で通信帳に電文を筆記していた手を止めて上官に報告した俺はトッピー。指揮班の通信手をしている。上官のクラウス・トスパン中尉とはデグレチャフ中佐のサラマンダー戦闘団に吸収されて以来の付き合いだ。

 一昔前の歩兵は文字通り自分の足だけが移動手段だったが、今の歩兵は自動車化されており、トラックや装軌(ハーフトラック)という足を与えられていた。もちろん全ての歩兵が自動車化されているわけではない。

 これもサラマンダー戦闘団と言う特別編成の部隊だから受けられる恩恵だろう。

 

「我々に相応しい死に場所じゃないか。精々、今宵の宴を楽しむとしよう」

 

 トスパン中尉の言葉に思わず吹き出してしまった。

 

「デグレチャフ中佐の口調が移ってますよ」

 

 そう言うとトスパン中尉はニヤリと笑われた。

 ここに居るのはデグレチャフ中佐の勲陶を受けた戦闘団所属の面子、優れた指揮官に従えられた羊は狼に成る。

 自分にとって何をするのが懸命か、兵士なら知っている。与えられた職務の遂行だ。無線の周波数を、戦闘団から中隊の通信系に切り替えトスパン中尉の指示を伝える。

 ドライバーのラナがアクセルを踏み込んだ。フレームアンテナを張り巡らした指揮班の装軌(ハーフトラック)は軽快に前進を始めた。

 

 敵の砲火が待ち受ける中、装軌(ハーフトラック)の天蓋があるとはいえ飛び込んでいく俺達にデグレチャフ中佐は、後始末を押し付ける様で申し訳ないとおっしゃった。

 俺にしてみればまだ幼い彼女に大人の尻拭いをさせている事の方が申し訳ない。確かに魔導師は魔法という力を持っているがそんな事は関係無い。幼い子供を戦場に立たせる事こそ間違っている。

 戦場云々を言う前に世の中が狂っている。神が存在するなら何故、この様な試練を与えるのだろうか?

 身重の妻を家に残して戦場に来てる俺は、なおの事、そう考えてしまう。

 

 障害になる敵火力は前衛が排除している。歩兵の脅威は少ないので容易く敵陣地に達した。下車の号令で車両から飛び出した歩兵が掃討を開始する。

 俺は指揮班なので移動は楽な方だ。

 手をあげて投降して来る者も居たが攻撃は止まない。優位に成れば慢心から隙が生まれる。コミーの連中にたいしては油断や寛容さは無意味だ。共産主義から解放してやる為にも死は最適な慈悲だ。

 戦場でも食欲や睡眠欲は変わり無い。性欲もあるが、女子供を暴行して欲求を晴らす馬鹿は居ない。女子供だからといって非戦闘員と区別はしない。今が仕事中だからだ。

 

 歴戦の帝国軍にとって敵は脆く危惧された連邦の泥濘も凍りつき進撃は順調だったが、水を差す者が現れた。敵の反撃である。

 

 

 

 

 来るべき平和の為に何を成すべきか。ただの終戦ではコミーの連中が残ってしまう。

 対立するよりはましだと言うが、先ずは連中を消耗させる事だ。

 今の所、接触する敵はコミーの分離派ばかり。抵抗は軽微だ。

 だが、矢表に立たされているのは我々だ。

 連中の火消しが到着すればこちらの優位性も変わる。

 管理局の陸上部隊は空を飛ばない魔導師で構成されている。空戦魔導師を揃えるには金もかかるし数は足りない。それが慰めだろう。

 

 捕虜からの聞き取り成果によると、次元管理局の最高峰評議会は機能して居ない。聖王教会と言う宗教団体が管理局の部門設立に関与したり、本局と地上本部の連携が取れていない等の問題が放置されている。これは我々にとって好ましい状況と言える。

 まさか、ミッドチルダの首都クラナガンまで攻めていける等とは考えては居ないが、我々の意地を見せる事は出来る。だからこの作戦が始められた。

 

「デグレチャフ中佐、軍司令部より入電です」

 

 いわく、側面を守るコミーの部隊が破られた。突進する我々、前衛は分断され敵中に孤立しつつあるとの事だった。

 そして私の戦闘団は()()()()()、つまりは先頭に居る。貧乏くじを一番最初にひく可能性が高い。

 

「はぁ!?」

 

 ここは連邦の領内であるから、尻拭いはコミーの連中に任せていた。我々、帝国軍が前進し敵を打通する。だからコミーは分離派の反撃から両翼を守り、第IV軍団を中核とするシュラー軍支隊の兵站維持は保証される。そう言う約束だった。

 

 敵地で支援無し、補給も途切れるとか洒落にも成らない。コミーの連中が後方連絡線を回復出来るかと言えば、分離派を自力で排除出来ない時点でお察しすべきレベルだろう。

 鉄道や道路が破壊された程度なら復旧すれば良い。

 

「まじむりぽ……」

 

 コミーがここまで無能揃いとは……ジョンブルの連中なら安心して背中を任せれたのだが無い物ねだりはできん。これでは先が思いやられる。連中、戦争に勝ちたいなら足だけは引っ張ってくれるなと声を大にして言いたい。いや、上にはきっちり報告しておく。

 

「大隊長殿?」

 

 コミーの連中に期待出来るか? 答えは否。

 では後退すべきか? 自力での後退は可能だろう。だが作戦の放棄は論外だ。

 これまでの勝ち分を帳消しにしてしまう。

 

「多分むりぽ……」

 

 前進を続けるには消耗品も足りない。干上がるのは時間の問題だろう。さてさて、どうすべきか。

 

「デグレチャフ中佐!?」

 

 ん、何だかセレブリャコーフ中尉の焦る声が聴こえる。

 焦る。焦りは相対的優位性も欠ける行為だ。

 そうだ、焦って撤退した様に偽装してやればどうだ。この地域は敵にとっても味方にとっても黄金を生み出す土地に成っている。分離派にとっては少々無理をしても手に入れたいはずだ。上手く行けば勝利条件を達成出来るだろう。

 

「注目。我が戦闘団は、身ぐるみを剥がされる前に占領地域を放棄する」

 

 ざわめきの声をあげる部下達に混ざって、連邦から派遣されて居た連絡将校の同志フルフルチョフも不満そうな顔色を浮かべた。お前らコミーの尻拭いだぞ。

 

「しかしそれではレルゲン大佐の命令に反する事に成りますが」

 

 任務遂行の為に最も効率的な方法は何か。その事を説明する。

 

「気に入らないか? 敵は我々の好みに合わせてくれる訳では無い。任務遂行の為だ。『今日の仕事は明日に回す』そう言う言葉があったはずだ! 取って守れと言う命令を守れない。ならば敵の手に委ねた後から取り戻しても良いのでは無いか。それならばレルゲン大佐の命令に反さない。そして何よりも皇帝陛下よりお預かりした諸官達、帝国の兵を損なわず家族の元に返してやれるだろう」

 

 やられたら倍返しでやり返す。一時的に敵に占領地域を預けておくだけだ。そもそも土地を占領する事が最終目的では無い。あの忌々しい次元航行艦を沈める事が目的だ。

 部下には、帰ったら戦利品のグルジョアワインを奢ってやると発破をかけておいた。こんな所だ。



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