IS 箒のセカンド幼馴染は… (TARO)
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プロローグ

以前にじファンで執筆していたTAROと申します。
にじファン閉鎖に伴い此方で執筆活動をさせていただくことにしました。
よろしくお願い致します。

まだまだ書き手としての日は浅く、拙い文章ですが温かく見守って下さい。


 

 

「さて、じゃあ今回の任務を言い渡すわ」

 

 

暗い室内にて二つの人影が向かい合っている。

一つはたった今声を発した少女のもの。

流れる清水のような蒼い髪。意志の強そうな紅い瞳。10人の男とすれ違えばその10人が振り返るような美貌と抜群のプロポーション。その口元には薄く笑みを湛えている。

 

少女に対するは全身黒尽くめの男。

その身体は首から足首まで漆黒のマントで包まれており更に唯一肌を除かせているその顔もその半分を隠すようにバイザーのような黒いサングラスに覆われている。唯一見えているその口元は硬く真一文字に結ばれていた。

 

パンッ。と小気味いい音をたてて少女が白い扇子を開き口元を隠す。

その扇子には『IS学園』とやけに達筆な文字で書かれていた。

 

 

「今回の任務はIS学園に潜入し織斑 一夏の護衛を行うことよ」

 

 

症状の発する声は、その容姿に違わず、聞くものを魅了するように美しい。

その彼女の口から出た『織斑一夏』とはつい最近全世界に発表された世界で唯一ISを動かすことが出来る男性のことだ。

 

IS〈インフィニット・ストラトス〉とは天才科学者『篠ノ之 束』によって開発された宇宙空間での活動を想定し、開発されたマルチフォーム・スーツのことである。

そのISは現在その本来の開発目的である宇宙開発に使われることなく軍事兵器として全世界に広まっている。

 

ISは核となるコアと腕や脚などの部分的な装甲であるISアーマーから形成されており、その攻撃力、防御力、機動力は非常に高い究極の機動兵器である。

特に防御機能は突出して優れており、シールドエネルギーによるバリアーや『絶対防御』などによってあらゆる攻撃に対処でき、操縦者が生命の危機にさらされることはほとんどない。

そしてISには武器を量子化させて保存できる特殊なデータ領域があり、操縦者の意志で自由に保存してある武器を呼び出すことができる。

更にハイパーセンサーの採用によって、コンピューターよりも早く思考と判断ができ、実行へと移せる。

 

そして更に更に、ISにはこれを究極の機動兵器足らしめる機能が搭載されていた。

それが『自己進化』である。

ISは戦闘経験を含む全ての経験を蓄積することで、IS自らが自身の形状や性能を大きく変化させる『形態移行』を行い、より進化した状態になる。つまり操縦時間に比例してIS自身が操縦者の特性を理解し、操縦者がよりISの性能を引き出せるようになるのだ。

 

 

各国は挙ってISの研究、開発に力を入れ始めた。

ところがここで問題が一つ発生した。ISの心臓部であるコアは完全にブラックボックスと化していて開発者である篠ノ之束にしか製造出来無かったのである。

そして更にここでもう一つ問題が発生してしまう。それが篠ノ之束の失踪である。

彼女は突如コアの製造を止めて行方をくらませてしまい、ISの数は今まで彼女が製造したコアの個数、合計で467機に固定されてしまったのだ。

 

当然、各国間でコアの熾烈な奪い合いとなったわけなのだが、現在ではそれも落ち着き、各国は少しでも他国と差をつけようとISの研究・開発に躍起になっていた。

 

 

さて、ここまで長々と説明したがこのISにはただ一つ決定的な欠陥が存在していた。それは、

 

『ISは女性にしか動かすことが出来ない』

 

これまで軍事に関わる者の殆どが男性であっため、これは相当の欠陥であると言われたのだが、だからといってこれほどの兵器を使わない手は無い。

そのため現在世界の男女の社会的パワーバランスは一変し、ISを操縦できる女性が優遇され、男性が冷遇される女尊男卑が当たり前になってしまったのだ。

 

 

そして、そこに現れた世界で唯一ISを動かすことが出来る男性『織斑一夏』。

 

こんな稀有な存在を世界の研究者達が放っておく筈が無かった。

彼を調べればISを女性しか動かすことが出来ない原因が分かるかもしれない。男性でもISを動かすことが出来るかもしれないのだ。

それらの理由からして各国が彼に接触をとろうとすることは明らかだった。

その中に誘拐など過激なことを行おうとする奴等がいないとは限らない。

そのため彼はその身をIS学園に置くことを余儀なくされたのだった。

 

 

IS学園とはアラスカ条約に基づいて日本に設置された、IS操縦者育成用の特殊国立高等学校である。

操縦者に限らず専門のメカニックなど、ISに関連する人材はほぼこの学園で育成される。

また、学園の土地はあらゆる国家機関に属さず、いかなる国家や組織であろうと学園の関係者に対して一切の干渉が許されないという国際規約がある。

勿論、そんな学園の警備セキュリティが軽微な筈が無い。つまりそこに彼の身を置き保護しようというわけである。

しかし、

 

 

「『IS学園はあらゆる国家機関に属さず、いかなる国家や組織であろうと学園の関係者に対して一切の干渉が許されない』…なんて規定は半ば無実化している。全く干渉されないなんてことはありえない。そこで…」

 

 

彼女はそこまで言うと口元を隠していた扇子をたたみ、男へと歩み寄る。

 

 

「貴方の出番ってわけ」

 

 

扇子で男の胸をトンと突き、そう告げた。

すると今まで一言も発せず彼女の言葉を聞いていた男がその硬く閉ざされていた口を開いた。

 

 

「俺はISを動かすことは出来ない」

 

「知ってるわ。でも貴方には『アレ』があるじゃない」

 

「『アレ』はISなどではない」

 

「大丈夫よ。少し形は異常だけど、今の世の中『アレ』を見てISと思わない人は居ないわ」

 

 

男の口調は単調でまるで機械を思わせるようだったが、少女は特に気にした風も無くそれに応える。

 

 

「それにシールドエネルギーの表示とか、ISと同じように見えるようにこっちで偽造しておくわ。…ここまでするのだから引き受けてくれるわよね。それにこの任務…」

 

 

そういって彼女は妖艶に微笑むと今まで男の胸を突いていた扇子を身体を上を滑らせるように男の顔の前まで持っていくと

 

 

「貴方の大嫌いな(・・・・)ISを合法的に潰すことが出来るのよ?」

 

 

男の心の最も暗く黒い部分を突く言葉を投げかけた。

 

それを聞いた男は何も言わず、ただ踵を返しこの部屋唯一のドアへと歩いていく。

そしてドアの前に立ちそのドアノブへ手を掛けたとき不意に口を開いた。

 

 

「何時からだ」

 

「3日後よ。その日に学園の入学式があるから彼と一緒のクラスになってもらうわ」

 

 

突然の男の問いかけに対し、少女は動揺することなくそれに応じる。

まるで男がそう尋ねることが分かっていたかのように。

 

それを聞いた男は少女の方を見ることも何も言うことも無く部屋を出て行った。

一人部屋に残された少女は男が出て行ったドアを見つめて、

 

 

「少し炊きつけ過ぎちゃったかしら?」

 

 

そう呟いた。

彼女は見てしまった。

表面上は冷静に保っていた彼の顔が薄く光っ(・・・・)ていた(・・・)のを。

 

それが何を意味するのか。それを知る人間は彼女を含めて僅かな人数しか居ない。

しかしその理由を知っている彼女は彼を炊きつけるためとはいえ、あんな言葉を彼に投げかけてしまったことを後悔するのだった。

 

 



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第1話

とりあえず1話目まで連続投稿しておきます。
ストックが切れるまでスムーズに投稿していきますが、それが切れると不定期投稿になると思います。ご了承下さい。


 

 

「全員揃ってますねー。それじゃあSHR始めますよー」

 

 

1年1組の教室内にこのクラスの副担任となった山田(やまだ) 真耶(まや)先生のぽわっとした、なんとも締まらない声が響く。

そんな彼女の容姿であるが、その声の通りと言っていいのか童顔で(眼鏡を掛けているのだがどう見ても大きすぎて明らかにサイズがあっていない…)背が低く、おまけに身に着けている衣服のサイズが合ってないのかだぼついていてそれがさらに彼女を幼く見せていた。

 

 

「それじゃあ皆さん、1年間よろしくお願いします」

 

 

そんな彼女が生徒に向かって挨拶をしているのだが、残念ながら生徒達の視線が彼女に向けられることは無かった。

なぜなら彼女達の視線は皆一様にある一点へと向けられているからだ。

 

 

「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと出席番号順で…」

 

 

誰からも反応されない副担任は涙目になりながらも何とかこのSHRを進行させていく。

流石にその言葉を無視する生徒達ではなかったようで出席番号1番の生徒から自己紹介が始まっていった。

 

そんな中、このクラスの1人である篠ノ之(しののの) (ほうき)も他の生徒たちと同様にある一点を見つめていた。

その視線の先にあるのは…いや、居るのは織斑(おりむら) 一夏(いちか)。世界で最初に(・・・)ISを動かした男であり、箒の幼馴染である。

彼と箒は小学校1年生から彼女が引っ越す小学校4年生までずっと同じクラスだったのだ。

そして彼は箒の初恋の相手でもあった。

切欠は小学校2年生の時、同級生の男の子からいじめられていたところを彼が助けてくれたことだった。

それ以前は彼と何かと馬が合わずに衝突ばかりしていたのだがそれ以降は名前で呼び合うようになり、さらに同じ剣道の道場に通うことで打ち解けていったのだ。

それ以来、彼のことが気になっていた箒だが小学4年生のときに引っ越してしまってそれ以降は会うことも無かった。

つまりおよそ6年振りの再会となるのだ。

 

初恋の相手と6年振りの再会。そんな状況にときめかない女の子はいないだろう。

もちろん箒もそんな女の子の1人であり、久し振りに見た彼の横顔に胸をときめかせていた。

 

 

不意に、彼が彼女の方を振り向いた。

どこか縋るようなその視線に彼女は思わず顔を背けてしまう。

何とか表情は先程からの仏頂面を崩さなかったがその顔はほんのりと紅く染まっていた。

 

思わず顔を背けてしまったが変に思われなかっただろうか?

顔が紅くなったのがばれていないだろうか?

 

 

「えー……えっと、織斑 一夏です。よろしくお願いします」

 

 

そんなことを彼女が考えている間に彼の自己紹介が始まってしまったようだ。

生徒達の視線が彼に集中する。その視線には皆一様にこれから何を話してくれるのかという期待が込められている。

 

 

「……………」

 

 

しかし彼は何も語らない。いや、語れない。

今まで普通の、何処にでもいるような学生だった彼はこんなに大勢の、それも全て異性からの視線に晒されたことなどなかった。

そしてそんな状況になってしまった今、彼は思考が完全に停止してしまったのだ。

 

しかし、何か言わなければ。

このまま黙っていたら『暗いやつ』なんて不名誉なレッテルを張られ1年間を過ごさなければならなくなる。

そんな考えが彼の脳裏に過ぎり兎に角何か喋らなければと必死に頭を働かせる。

そしておよそ15秒。

ひとつ大きく息を吸った彼が口にした言葉は、

 

 

「以上です」

 

 

都合12名の女子をずっこけさせる魔法の言葉だった。

 

 

「あ、あのー……」

 

 

彼のあんまりな自己紹介におどおどしながらも抗議をしようとする真耶。

背後からかけられたその声に思わず振り返ろうとした一夏だったが…。

 

パァンッ!という乾いた音とともに頭への強烈な衝撃によってその行動は止められた。

 

 

「いっ――――!?」

 

 

痛い。と言おうとしたのだろうその言葉は正しく発せられることは無かった。

その一撃はそれほどまでの威力だったということだろう。

そしてそんな一撃を出席簿(・・・)で繰り出した人物は何時の間にか一夏の背後に立っていた女性だった。

スラリとしたその身体は程よく鍛えられていて、しかし女性的なボディラインは一切失われていない。その長身を包むのは黒いスーツと同色のタイとスカート。きりっとした鋭い双眸はまるで狼を連想させる。

 

一夏はその人物に心当たりがあるのか恐る恐ると振り返り、

 

 

「ち、千冬(ねえ)――――ッ!?」

 

 

パァンッ!と本日二発目の出席簿による一撃を喰らった。

 

 

「織斑先生と呼べ」

 

「……はい。織斑先生…」

 

 

さてこのやり取りで気付いた者も居るだろうが彼女『織斑 千冬(ちふゆ)』は一夏の実の姉である。

そんな人物がなぜこのIS学園に居るのかというと、

 

 

「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を1年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことは良く聴き、よく理解しろ。できないものはできるまで指導してやる。私の仕事は弱冠15歳を16歳までに鍛え抜くことだ。逆らってもいいが私の言うことは聞け。いいな」

 

 

そう。彼女はこのIS学園の教師なのだ。

さらに言うとこのクラス、1年1組の担任でもあるのだ。

 

そしてそんな彼女からの暴力的とも取られかねない発言に対して起きたのは困惑のざわめきではなく、黄色い声援だった。

 

 

「きゃーーーーーー!千冬様、本物の千冬様よ!」

 

「ずっとファンでした!」

 

「私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです!北九州から!」

 

「私、お姉様のためなら死ねます!」

 

 

喧々諤々。

 

 

「……毎年、よくもこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも何か?私のクラスだけ馬鹿者を集中させているのか?」

 

 

そう彼女は言うが、彼女は今の世の中その名を知らないほどがいないほどの有名人なのだ。

彼女はIS操縦者なら誰もが目指すIS世界大会、モンド・グロッソ。その第1回大会の総合優勝者なのだ。

そんな彼女は、その凛々しい容姿とも相まって世の女性たちからはそこらのアイドルよりもよっぽど人気があるのだ。

しかし、それを理解していない千冬は鬱陶しそうな表情を隠そうともせず呟いた。が、

 

 

「きゃあああああっ!お姉様!もっと叱って!罵って!」

 

「でも時には優しくして!」

 

「そして付け上がらないように躾をして~!」

 

 

しかし彼女のその辛辣な物言いは彼女達を再び炊きつけるだけであった。

 

 

「…で?挨拶も満足に出来んのか、お前は」

 

 

そんな少女達を放置することに決めたらしい彼女は先程のあんまりな自己紹介について一夏に言及する。

 

 

「いや、千冬姉、俺は―――――ッ」

 

 

パァンッ!と本日三発目になる出席簿が一夏の頭に炸裂する。

どうやら彼は余り学習というものをしないらしい。

 

 

「織斑先生、だ。馬鹿者」

 

「……ぅぁい。織斑先生」

 

 

頭を押さえながら返事をする一夏を一瞥し、千冬は教壇へと戻っていく。

そこで彼女は未だ騒がしい教室内を静かにさせるめ、手に持った出席簿で教壇を叩いた。

それほど大きい音が出たわけではないが今静かにしなければその出席簿が今度は自分の頭に振り下ろされるであろう事を察した生徒達は一発で静かになった。

 

 

「さて、自己紹介の途中だがここでもう一人、諸君等のクラスメイトを紹介する」

 

 

その千冬の一言によって再び教室内が騒がしくなる。

しかし彼女が再び、今度は少し強めに教壇を叩くと皆一様に口を閉じた。

 

 

「静かにせんか馬鹿者。で、予め言っておくがそのクラスメイトとは先日発表されたもう一人の(・・・・・)男のIS操縦者だ。同じ男の織斑が居るということで急遽このクラスへと入る事が決まった」

 

 

千冬の話に何人かの生徒が声を上げそうになるが、千冬の出席簿を持つ手がピクリと動いたのを見て慌てて口を閉ざすのだった。

そんな生徒達を横目で見ながら彼女は教室のドアへと声を掛けた。

 

 

「入って来い。天河」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、箒はこのSHRが終ったら一夏と何を話そうかを考えていた。

しかしそんな彼女だが織斑先生の話はしっかりと聞いていた。

 

一夏に次いで発表されたISを起動した男。

しかしその情報は極端に少なく、その名前さえ明かされていなかった。

そんな謎の多い2人目の男のIS操縦者だが、正直箒には興味はなかった。

 

千冬が、彼の名前を呼ぶまでは。

 

 

「入って来い。天河」

 

 

ドクンッ!!と心臓が大きく跳ねた。

 

 

『箒ちゃん』

 

 

頭の中に彼の声が響く。

3年前に突然姿を消してしまった、彼の声が。

天河という苗字は珍しいが彼のほかに居ないなんてことはない。

だから今天河と呼ばれたのは別人だ、彼ではない。

だって彼は3年前に消えてしまったから。警察が捜索しても遂に見つからなかった彼が此処にいるはずがない。

 

ガラリ、と。教室のドアが開かれた。

そこから現れたのはスラリとした背の高い男だった。

短く切られた赤茶色の髪。175cmはあるだろうその身体は一夏が来て居るものと同じ、男性用のIS学園の制服に包まれている。

しかし一番目を引くのは彼の顔の半分を覆っている黒いバイザーのようなものだろう。

そのバイザーの所為で彼の表情を伺うことは出来ないが、見えている口元は硬く真一文字に閉ざされていて、何者もを寄せ付けない雰囲気を醸し出していた。

 

『よろしくね。箒ちゃん』

 

…違う。

彼はあんな人を寄せ付けないような雰囲気をしていなかった。

 

 

「天河。自己紹介をしろ」

 

天河(てんかわ) 明人(あきと)だ」

 

 

『俺、天河 明人って言うんだ』

 

違う…。

彼はあんな冷たい声をしていなかった。

 

 

「全く。お前もまともに自己紹介が出来ないのか…。仕様が無い、だれか天河に質問がある者はいるか?」

 

「はい!そのバイザーみたいなのはなんで掛けてるんですか?」

 

「生まれつき視力が弱く、それを補うために掛けている」

 

 

『大丈夫!箒ちゃんが迷子になっても俺が直ぐ見つけてあげるよ』

 

違う。

彼はとても目が良くて、よく迷子になってた私を直ぐに見つけてくれた。

 

 

「はーい!趣味はなんですか?」

 

「特に無い」

 

 

『箒ちゃん。今日は肉じゃがを作ってみたんだ。食べてみてよ』

 

違う…!

彼は料理が好きで、良く私に作ったものを食べさせてくれた…!

 

 

「はい。好きな食べ物は?」

 

「辛いものだ」

 

 

『んー…、嫌いってわけじゃないんだけど。舌がおかしくなりそうで…』

 

違う!

彼は舌が馬鹿になるからといって辛いものなどは余り食べなかった!

 

 

「はいはい!そのバイザー取ってみて下さい!」

 

「ふむ、そうだな…。天河、これから1年間同じクラスで過ごすんだ。皆に素顔くらい見せておけ」

 

「…………」

 

 

千冬の言葉に彼は無言でそのバイザーを取る。

現れたのは触れれば切れる刃物のような細く鋭い双眸。

 

 

違う!!

彼はあんな突き刺さるような鋭い目をしていなかった!!

 

 

 

 

 

――――――――でも。

 

 

 

 

 

その目を見た瞬間に、分かってしまった。

こんなに変わってしまっても、彼が3年前に居なくなってしまった『明人』だということが。

 

 

「さて、そろそろ時間がないな…。次の質問で最後としよう」

 

 

箒はまるで夢遊病者のように席を立ち彼の元まで歩み寄る。

周りの人達が怪訝な顔でこちらを見たり、声を掛けたりしてくるが、彼女は止まらない。

そして彼の目の前までたどり着くと、未だ無表情な彼に向けて声を掛けた。

 

 

「明人……?本当に…明人なのか?」

 

 

彼女の言葉を聞き、今まで全く変わらなかった彼の表情が、崩れた。

 

 

「箒………ちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、お互いにもう出会うことは無いと思っていた幼馴染はここに再会したのだった。

 

 



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第2話

第2話です。

以前投稿していたが短かったので2話分をくっつけてみました。


 

 

学園の屋上に人影が2つ。

今はSHRが終わり、次の授業が始まるまでの僅かな休み時間。

2つの人影、少女と少年は向かい合っており、しかしお互いに口を開こうとはしない。

そんな状況のまま時間は過ぎ、只でさえ少ない休み時間も残り僅かになってしまう。

 

びゅう、と強い風が吹き少女―――篠ノ之箒の後で結った長い髪がはためく。

 

 

「明人……」

 

 

漸く箒の口が開かれてそこから出たのは、3年前に行方不明になって、そして今自分の目の前に居る幼馴染の名前だった。

箒は今にも泣きそうな表情で目の前の人物―――天河明人を見つめる。

対する明人の表情は黒いバイザーに覆われていて窺うことはできない。

 

 

「久し振り、だな…」

 

「ああ」

 

 

搾り出すような箒の声と、それに応える明人の淡白な声。

そのやり取りを見て、2人が幼馴染だったと連想できるものは少ないだろう。

それ程に2人のやり取りはぎこちないものだった。

 

 

「げ、元気にしていたか?」

 

「ああ」

 

 

3年振りに会った幼馴染に何を話したらいいのか分からず、箒の口から出るのは自然と当たり障りの言葉になってしまう。本当は話したいことは山ほどあるのに。

 

対する明人の声は相変わらず抑揚がない、何を考えているか分からないものだった。

 

 

「この3年間…一体何をしていたんだ…」

 

「…………」

 

 

それは彼女が一番知りたかったこと。

3年前に突然消えてしまい、遂には警察が捜索しても見つからず、それから連絡も付かなかった幼馴染がいったいどうしていたのか。

 

箒のその問いに明人は応えない。

 

 

「心配していたんだぞ…」

 

「…………」

 

 

無事ならばせめて連絡のひとつは欲しかった。毎日毎日、もしかしたらとポストを覗き、携帯の着信を見て彼からの便りを待った。

 

俯き、声を震わせながら言う箒に明人は応えることができない。

 

 

「3年前とはまるで別人じゃないか…!」

 

「…………」

 

 

そして現れた彼は、自分が知っている頃の彼ではなくなっていた。

箒は感情を抑えることができずに徐々にその声音が強くする。

 

 

「この3年に一体何があったんだ!明人!」

 

 

何時までも応えようとしない明人に遂に箒は声を荒げて明人に詰め寄る。その瞳に涙を溜めて。

そんな箒に、明人は漸くその固く閉じられた口を開いた。

そしてその口から出た言葉は、

 

 

「知らないほうが良い」

 

 

やはり抑揚の無い声で、彼女を冷たく突き放した。

 

 

「――――っ!!」

 

 

パンッ!と乾いた音をたてて明人の頬が叩かれる。

明人の頬を叩いた箒はその勢いのまま彼の胸倉を両手で掴む。

 

 

「知らないほうが良いだと!?お前が居なくなったあの時!私がどれ程心配したと思っているんだ!!」

 

 

そう叫ぶ彼女の瞳から大粒の涙が零れる。一度流れてしまった涙はもう止めることはできない。

 

 

「警察が探しても見つからないし!私は…もう、明人が……し、死んじゃったのかと………ぅっ!」

 

 

そこまで言って箒は彼の胸倉を掴んだまま俯いてしまう。

彼女は明人が無事だった喜びと、何があったのか自分に話してくれない怒りとがごちゃ混ぜになって上手く感情が制御できないでいた。

その肩を震わせ、足元に滴を降らせ小さな染みを作る。

 

叩かれて頬を僅かに赤くした明人は自分の制服を掴む彼女の手を両手でそっと引き剥がす。

相当強く握っていたのだろう。彼女の手が剥がされた場所にはくっきりと皺がついていた。

 

 

「この3年間に何があったのか、君に話すことはできない」

 

 

彼はそう言うと彼女の手を離し、屋上の出口へと向かって歩き出す。

再び彼の口から放たれた拒絶の言葉に箒は両の手で顔を覆い、肩を震わせて嗚咽を漏らす。

 

そんな彼女の横を通り過ぎるとき、明人が唐突に口を開いた。

 

 

「ごめん。箒ちゃんには知って欲しくないんだ」

 

「……え?」

 

 

箒は彼の言葉に思わず顔を上げ、振り返る。

しかし彼はそれ以上何も語ることなく屋上を後にした。

 

その言葉には一体どんな意味が含まれていたのだろうか。

先程の彼の声は今までのような抑揚の無い、無感情な声じゃあなかった。

その震えた声には深い悲しみとほんの少しの恐怖が含まれているように箒は感じた。

一体何が彼をあんな風に変えてしまったのだろうか。

 

 

「明人………」

 

 

その答えは分からなかったが最後の彼の言葉に彼女は昔の、あの優しかった頃の彼を感じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在時刻9時16分。

IS学園では2時限目の授業が開始されていた。

それはここ1年1組でも例外ではなく、山田真耶先生が教科書の内容を生徒達に読み聞かせていた。

生徒たちは真耶の話を真剣に聞き、重要だと思った箇所はノートに取っている。

 

そんな中、真耶の方を見てはいるがその目の焦点は合っておらず、さらに熱くも無いのに汗をだらだらと掻いている生徒が1人。

 

 

(ぜんっ―――ぜん分からん……!)

 

 

世界で初めてISを起動させた男、織斑一夏その人である。

 

 

(や…山田先生は何を言ってるんだ?アクティブなんちゃら?広域うんたら?なにそれおいしいの?いや、全然おいしくなさそうだけど……)

 

 

まさか分かってないのは自分1人だけではないのだろうか?

そんな不安に駆られた彼はふと隣の席に座るこの学校で唯一自分と同性の生徒をちらと見た。

 

織斑一夏に次いで、男性でISを起動させたと発表された天河明人である。

彼はノートを取ることなくただ前を見つめている。

授業の内容を理解しているのかいないのか、相変わらずその表情はバイザーによって隠されているため判断が付かない。

ただ一夏のように狼狽はしていないようでそんな様子から一夏は、きっと分かってるんだろうな~。なんて思っていた。

 

 

(そういえば…箒は天河のことを知ってるみたいだったな……)

 

 

もう授業の内容のことはどうでもいいのか、一夏はSHRの時の箒と明人の事を思い出していた。

 

 

(SHRの時、箒の天河を見たときの反応は普通じゃなかったよな。例えるなら…死に別れたはずの旦那に会ったみたいな?)

 

 

その時の2人の様子を見て、2人が徒ならない関係なのでは無いかと推理する一夏。……なんだか例えが妙に昼ドラっぽいのが気になるところだが…。

 

 

(それにSHRが終ったら直ぐに2人で何処かへ行ってたみたいだし…。)

 

 

先程の休み時間のこともバッチリ目撃していた一夏。

まぁ目撃するも何もSHRが終るなり箒が明人の手を引いて教室から出て行ったのだから目に付かないわけが無い。

勿論、他のクラスメートもその光景を目撃しており授業が始まるまで多くの女子が2人の関係について妄想を爆発させていた。

 

 

「――――ら君?」

 

(まぁ後で聞いてみれば分かるか)

 

「織斑君!」

 

「え?あ、はい!」

 

 

一夏が思考に浸っていると、何時の間にか自分の近くまで来ていた真耶が心配そうに自分を覗き込んでいた。

呼びかけても返事が無い一夏を心配して様子を見に来たようだ。

 

 

「大丈夫ですか?どこか具合が悪いんですか?」

 

「い、いえ…大丈夫です」

 

「そうですか…。なら授業でわからないところは無いですか?あったら遠慮なく聞いてくださいね。なにせ私は先生ですから」

 

 

えっへん。と胸を張る真耶。

なもんだからただでさえ自己主張が激しい胸が大変なことになっている。

その光景を色々な感情が篭った瞳で見つめる生徒が数名。

人は得てして自分には無いものに憧れるものなのである。

何が、とは言わないが。

 

一方、一夏はそんな真耶を見て、「もしかしたら見た目と違って実は頼れる先生なのでは?」なんて結構失礼なことを考えていた。

そしてそんな真耶に一夏は自分の疑問を偽り無くぶつけてみることにした。

 

 

「はい!先生!」

 

「はい!織斑君!」

 

 

元気よく挙手する一夏に、元気よく指名する真耶。

 

 

「ほとんど全部分かりません」

 

「え……。ぜ、全部…ですか……」

 

 

次いで出た一夏の言葉に流石の山田先生もその勢いを削がれる。

流石に全部分からないとは思っていなかったようだ。その顔が見る見るうちに引きつっていく。

 

 

「え、えっと……織斑君以外で、今の段階で分からないって人はどれくらいいますか?」

 

 

沈黙(シーン…)

真耶の問いに答えるものは誰も居ない。

彼女はきっと親切心でそう聞いたのだろう。しかし結果は現段階でわかっていないのは一夏ただ1人であるということを浮き彫りにしたのだった。

まぁ一夏の最初の発言でそんなことは皆分かりきっていたであろうが…。

 

 

「……織斑、入学前の参考書は読んだか?」

 

 

今まで教室の端で控えていた千冬が一夏に尋ねながら近付いていく。その手に出席簿を携えて。

 

因みに千冬が言った入学前の参考書とは入学者全員に渡されるISについての基礎的な事柄が書かれた参考書のことだ。基礎的といってもその内容は膨大で、そんな内容を1冊に纏めたそれは電話帳ほどの厚さになっている。

その参考書を読んでいれば現段階で授業の内容が全く分からないなんてある訳がないのだが、

 

 

「古い電話帳と間違えて捨てました」

 

 

本当に電話帳と間違えて捨てる馬鹿がいれば話は別である。

 

 

「必読と書いてあっただろうが馬鹿者」

 

 

パァンッ!

本日4発目の出席簿が炸裂。

 

 

「後で再発行してやるから一週間以内に覚えろ。いいな」

 

 

頭を押さえて蹲る一夏に無常な宣告をする千冬。

あの分厚い参考書を一週間で覚えるなどかなり無茶な要求である。

一週間で読むだけでも大変な厚さなのにその上覚えるとなると…。一週間の睡眠時間が二桁を切ることは必至である。

 

 

「い、いや…一週間であの分厚さはちょっと……」

 

 

一夏もそれを分かってか控えめながらも抗議をする。が、

 

 

「やれと言っている」

 

「……はい。やります」

 

 

目の前の鬼には勝つことができず、首を縦に振ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

IS学園での初めての授業を無事(?)終了した一夏は早速隣の席に座る明人へと声を掛けることにした。

 

 

「えっと、天河…だよな?俺、織斑一夏。この学園じゃ男は俺等2人だけみたいだし、これからよろしくな」

 

 

爽やかな笑顔で言い、握手を求める一夏。

対して明人は差し出された手を取るでもなくただ見つめる。

このとき彼の頭の中では織斑一夏との接し方によって起きるメリットとデメリットを考えていた。

 

自分の目的のためには出来るだけ彼の傍にいた方が何かと都合がいい。であれば、ここで彼に冷たく接し彼との間に不和が生じてしまうのは旨くない。ならばここは彼との関係が良好になるように努めることが得策である。

 

 

「ああ。よろしく頼む」

 

 

導き出した答えによって、彼の手をとる。

 

口調は淡白。表情はバイザーで隠れて見えないが、それでも一夏は明人が手を取ってくれたことが嬉しかった。

 

 

「俺のことは一夏って呼んでくれよ。その代わり俺も明人って呼ばせて貰うからさ」

 

「わかった、一夏」

 

 

握手を交わし、お互いの名前を交換する2人。

そんな2人を遠巻きに見ていた少女たちはその光景を見て黄色い声をあげる。

 

 

「キャー!あれが男の友情なのねー!」

 

「美少年二人の友情…。いいわ~!」

 

「絵になるよねー!」

 

「……どっちが攻めなのかしら…」

 

 

等々。

何やら最後の方に危ない呟きが聞こえたような気がしないでもないが、どうやら2人には聞こえていなかったようである。

 

 

「そうだ。明人って箒と知り合いだったのか?」

 

「ああ。小学5、6年の頃同じクラスだった」

 

「あぁ、それでか。何かSHRで明人のこと見た箒がなんか死に別れたはずの旦那に会った。みたいな感じだったからさ」

 

「…………」

 

 

一夏の例えにどんな例えだ、と思いながらも強ち間違いではないので明人は思わず黙り込んでしまう。

しかし一夏はそんな明人を気にした風もなく笑っている。

鋭いのか鋭くないのか。

そんな一夏を見て明人は「悪いやつではなさそうだ」と結論付けるとその口元を僅かに、ほんの僅かに綻ばせた。

 

 

「あ」

 

 

それに目敏く気付いた一夏が明人にそのことを追求しようとした、そのとき

 

 

「ちょっと、よろしくて?」

 

 

金髪碧眼の『いかにも』な少女が腰に手を当て高圧的な態度でそう問いかけてきた。

知り合ってまだほんの数分しか経ってない一夏と明人だが、この時お互いの気持ちは完全にシンクロしていた。

 

 

 

 

あぁ、面倒臭そうなやつが来た………。と

 

 



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第3話

 

 

2時限後の休み時間。一夏と明人がその仲を深めたところに水を注すように現れた少女。

くるりとゆるく巻かれた鮮やかな金髪に透き通った碧い瞳。

その腰に手を当てた高圧的な態度はいかにも現代の女といった感じだ。

 

 

ISは女性にしか起動できない。

その事実が今の世の中に女尊男卑の風潮をもたらしていた。

確かに実際にISを操縦できる女性は優遇されるべきだろう。

しかし、全ての女性がISを扱えるわけではないのだ。

だと言うのに世の中の、ちょっと勘違いをした女性たちは、

 

女性=ISを使える=男より偉い=私も男より偉い!

 

なんて等式を掲げ世の男達を見下している。

勿論、男女分け隔てなく接する女性もいる。

しかし街中で女性が男性を顎で使う光景なんて珍しくも無く、男性を労働力程度に考えている女性も

 

少なくないのだ。

 

そして今自分達の目の前にいる少女もそんな考えを持っていると一夏はその態度を見て確信した。

 

 

「聴いてます?お返事は?」

 

 

明らかにこちらを小馬鹿にしたような言い方に一夏は心の中で「やっぱりな…」と呟いた。

 

 

「あ、ああ。聴いてるけど……どういう用件だ?」

 

 

しかしこのまま黙っていると何を言われるか分かったものではないので一夏は用件を聴いてさっさと

 

会話を終らせようとしたのだが、

 

 

「まあ!何ですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の

 

態度というものがあるのではないのかしら?」

 

「………………」

 

 

これである。

芝居がかったその言動はこちらを苛つかせようとしてやっているのか、それともそれが素なのか。

一夏は四分六で前者だろうと当たりをつけた。

と、言うか、

 

 

「悪いな。俺、君が誰か知らないし」

 

 

のである。

誰だか知らないのに「わたくしに話しかけられてるだけで~」なんて言われてもピンとくる筈が無い

 

実際はSHRで自己紹介も行われており、勿論彼女も自分のことを長々と語っていたのだが、どうや

 

ら一夏は聴いてはいなかったようだ。

 

 

「なっ…!わたくしのことを知らない、ですって……!」

 

「あぁ。明人は知ってるか?」

 

 

一夏の答えに憤慨する彼女を軽く流し、一夏は先程から隣にいる明人へと聴いてみることにした。

 

 

「セシリア・オルコット。イギリスの代表候補生の1人だ」

 

「あら、そちらの方はご存知のようですわね」

 

 

先程の態度から一変。明人の言葉を聞いた彼女――――セシリア・オルコットは機嫌良さ気にその鮮

 

やかな金髪を優雅にかきあげ

 

 

「わたくしがイギリス代表候補生にして、この度のIS学園入試主席のセシリア・オルコットですわ

 

 

 

そんな鼻につく自己紹介をするセシリア。勿論、代表候補生と入試主席というところにアクセントを

 

付けるのも忘れない。

だが、それを聴いて一夏が思うことはと言うと

 

 

「なぁ明人。代表候補生って何なんだ?」

 

 

がたたっ!と盛大な音をたて、一夏たちの会話を盗み聞きしていたクラスの女子数名がお笑い芸人の

 

ようにずっこけた。

 

 

「あ、あ…あなたっ!本気で仰ってますの!?」

 

「代表候補生とは国家代表IS操縦者の候補生として選出された者たちのことだ」

 

 

凄い剣幕のセシリアと相変わらず淡々と応える明人。

字面から考えれば分かりそうなものだが…と皆が思う中で一夏は「あぁなるほどな」などと頷いてい

 

る。

 

 

「そう!つまり!エリートなのですわ!」

 

 

明人の言葉で再度気を取り直した彼女は左手は添え腰に右手は天へと掲げ言う。

その芝居がかった言動に流石の一夏もうんざりしてくる。

 

 

「本来ならわたくしのような選ばれた人間とクラスを同じくすることだけでも奇跡…幸運なのよ。そ

 

の現実を理解していただける?」

 

「そうか。それはラッキーだ」

 

「……馬鹿にしていますの?」

 

 

いい加減うんざりしてきた一夏が彼女の言葉に適当に相槌を打つと、どうやら彼女はそれが癪に障っ

 

てしまったようだ。

 

 

「大体、あなたISについて何も知らないくせによくこの学園に入れましたわね。ISを動かせると

 

聴いていましたから少しは知的さを感じさせるかと思っていたのですけど…期待はずれですわね。男

 

性というのは皆こうなのでしょうか?」

 

「明人は知ってたじゃないか」

 

「わたくしは貴方に言っているのですわ」

 

 

セシリアの言葉に一夏が先程のことを答えられた明人を挙げるが、それを一蹴される。

どうやら彼女の矛先は一夏にロックオンされてしまったようだ。

 

 

「まあでも?わたくしは優秀ですから、貴方のような人間にも優しくしてあげますわよ」

 

 

などと優しさの欠片も感じさせない態度で言ってくる。

 

 

「ISのことでわからないことがあれば、まあ……泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよくってよ

 

?何せわたくしは―――――」

 

「セシリア・オルコット」

 

 

と、ここまで自分から話すことをしなかった明人が、得意気に語っているセシリアの言葉を遮る。

まさか明人が会話に入ってくるとは思っていなかったセシリアは言葉を止め、明人に怪訝な顔を向け

 

る。

そして次に明人から出た言葉は、

 

 

「あまり喚くな。底が知れるぞ」

 

 

瞬間。教室の空気を凍らせた。

 

一瞬、自分が何を言われたのか理解できなかったセシリアはきょとんとした顔をしていたが、漸く理

 

解したのか徐々にその顔を朱く染めていく。

 

 

「あ…、あ…あっ!あなた――――!」

 

 

キーンコーンカーンコーン。

 

彼女が爆発しそうになった瞬間3時限目開始のチャイムが鳴る。

それと同時に担任の織斑先生が教室に入ってきたため彼女は怒りを爆発させるタイミングを逃してし

 

まった。

 

 

「っ……!またあとで来ますわ!逃げないことね!よくって!?」

 

 

キッと明人の事をひと睨みし踵を返すと、彼女は肩を怒らせ自分の席へと帰っていった。

 

明人先程の秋との発言。それはチャイムが鳴るタイミングを見計らっての発言をだった。

チャイムが鳴ればセシリアは言い返すタイミングを逃し、さらに教師が入ってくればその機会さえ失

 

ってしまう。

それをわかった上で行ったというのだからなかなか質が悪い。

 

そのとき明人の口の端が吊り上がっているのを横目で一夏は見た。

その笑みを見た彼は「今後、明人を敵に回すのはやめよう」と思ったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出るクラス代表を決めないといけないな」

 

 

3時限目が始まった直後。ふと思い出したように教壇に立つ千冬が言った。

そして彼女の言葉に例の如く一夏は「クラス対抗戦?代表者?なにそれ?」と頭に疑問符を浮かべていた。

それを彼の表情から察した千冬は彼のために説明を付け足す。

 

 

「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけでなく、生徒会の開く会議や委員会への出席……まあ、クラス長のようなものだな。クラス対抗戦は入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点で大した差は無いだろうが、競争は向上心を生む。因みに一度決まると1年間変更は無いからそのつもりでいろ」

 

 

千冬の言葉を聞きクラスの女子たちがざわめき立つ。一方、男子2人は興味が無いようで自分達以外がなるのなら誰でも良いと思っていた。

が、

 

 

「はいっ。織斑君を推薦します!」

 

「私は天河君を推薦します!」

 

「では候補者は織斑一夏と天河明人……他にはいないか?自薦他薦は問わないぞ」

 

 

何故か自分達の名前が挙げられ、勝手に候補者にされてしまっていた。

 

 

「ちょっ、ちょっと待った!」

 

 

勢いよく立ち上がった一夏は自分たちが無理やり候補者になってしまったことに抗議をしようとする。

しかし、

 

 

「織斑、席に着け。邪魔だ。さて、他にはいないのか?いないのならこの2人で多数決を取るぞ」

 

 

千冬に一蹴される。

と言うか、教師が生徒に「邪魔だ」なんて言うのはいかがなものだろうか。

ここがもし世のお坊ちゃまたちが通う有名私立小学校などであったら化物な両親が教育委員会に駆け込みそうな発言である。

 

 

「ちょっ、ちょっと待ってって!俺はそんなのやらな――――」

 

「自薦他薦は問わないと言った。他薦されたものに拒否権など無い。選ばれた以上は覚悟をしろ」

 

 

尚も食い下がる一夏だがその抵抗も虚しくクラス代表の候補者に強制的になってしまった。

「横暴だ…」と肩を落とす一夏。

そのとき彼の隣の席から、抑揚が無く小さいが不思議とよく通る声が聞こえてきた。

 

 

「セシリア・オルコットを推薦する」

 

 

皆が一斉にその声のした方を振り返る。

その先には声の主、天河明人がクラス全員の視線を受けながらいつもと変わらない表情(口元しか見えないが)でそこにいた。

 

 

「……どういうつもりですの?」

 

 

そんな中、声を上げる少女が1人。

たった今その名前が挙がったセシリア・オルコットである。

彼女はこのまま一夏か明人がクラス代表になってしまうことに納得がいかず、抗議をしようとしていたところだったのだが、そんなとき自分が推薦された。

先程自分の事を虚仮にした本人に。

その人物――――明人をセシリアは睨みつけ、その言葉の真意を問う。

 

 

「どういうつもりも無い。俺がお前を推薦する。それだけだ」

 

 

明人にしてみたら本当にどういうつもりも無く、ただ自分がクラス代表なんてものになるのが面倒で、彼女なら喜んでなるだろうと思い推薦したのだが、

 

 

「また貴方は、わたくしを馬鹿にして……!」

 

 

それが彼女の感情を逆撫でしてしまったようだ。

顔を赤くして、バンッ!と机を叩いて勢いよく立ち上がった彼女は明人の方へとずんずんと歩いてくると、

 

 

「決闘ですわ!そこで貴方を完膚無きまでに叩きのめし、このセシリア・オルコットの実力を見せて差し上げますわ!」

 

 

ビシッという音が聞こえてきそうな勢いで明人に指を突きつけて宣言した。

 

 

「大体!実力からしてわたくしがクラス代表になるのは必然。それを物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!」

 

 

一度火の付いてしまった彼女はそれだけでは止まらず、何故か日本のことを侮辱するような発言までし始めた。

 

 

「それに文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとって耐え難い苦痛で―――――」

 

 

そこまでセシリアが言ったところで、それほど愛国家と言うわけではない一夏でも自分の住む国をここまで馬鹿にされたことでカチンときてしまった。

そして思わず

 

 

「イギリスだって大してお国自慢無いだろ。世界一不味い料理で何年覇者だよ」

 

 

なんて言葉が口から出てしまった。

そしてそれを直ぐ傍にいるセシリアが聞き逃すはずも無く。

 

 

「なっ……!あ、貴方!わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

 

 

勢いよく一夏の方へと振り向いた彼女がその赤い顔をさらに赤くさせてそう怒鳴った。

「しまった」と思う一夏だがもう遅い。

今まで明人のことしか見えていなかったセシリアだが、今この瞬間に一夏のことも敵と認識したのだった。

 

 

「丁度いいですわ!ついでに貴方のことも完膚無きまでに叩きのめして差し上げますから、覚悟しておきなさい!」

 

「おう。いいぜ。四の五の言うより分かり易い」

 

 

「言っておきますけど、態と負けたりしたら貴方たち2人ともわたくしの小間使い……いえ、奴隷にしますわよ」

 

「侮るなよ真剣勝負で手を抜くほど腐っちゃいない。そっちこそ足元を掬われないように気を付けろよ」

 

 

もう売り言葉に買い言葉である。一夏は半ばやけくそで彼女の言葉にそう応えた。

 

 

「全く…勝手に話を進めおってからに、馬鹿者共が」

 

 

そこで今まで事の成り行きを教壇から見守っていた千冬が漸く口を出す。

その隣では真耶が一夏のセシリアの顔をおろおろと交互に見ていた。その瞳に今にも溢れそうな涙を湛えて。

 

 

「それでは勝負は1週間後の月曜日。放課後、第3アリーナで行う。それまで各自用意をしておくように。………天河、お前もだぞ」

 

 

手際よく試合の日程を決めた千冬は、最後に自分がこの事態を引き起こした張本人だというのに無関係を装っている明人へとしっかりと釘を刺した。

 

 

「それでは授業を始める」

 

 

そう言って授業を再開した彼女は、そのとき誰かが舌打ちをしたのが確かに聴こえたという。

 

 



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第4話

 

 

キーンコーンカーンコーン。

 

授業終了を告げる鐘の音が鳴り、4時限目の終了を告げる。

これでやっと午前中の授業が全て終了したことになる。そしてこれから皆お待ちかねのお昼休みである。

 

 

「明人、学食行こうぜ」

 

 

今日の午前中だけでもいろいろあってお腹が空いていた一夏は、昼休みが始まるや直ぐにこの学園唯一の男友達である明人を学食へと誘った。

 

 

「ああ」

 

 

明人はそれに短く応えると机の上の教科書やノートを片付け始める。

 

 

(……ん?)

 

 

一夏は明人が机の上を片付けるのを待っているとふと、何処かから視線を感じた。

いや、正確に言うと視線なら先程から掃いて捨てるほど浴びている。しかし今感じた視線は今までのものと質が違う感じがしたのだ。

前者は好奇心や興味、関心といったもので、後者は…上手く言い表せないがそれとはまた別種のもののように感じる。

 

一夏が視線を感じた方へ振り向くと、そこにいたのは6年ぶりに再会した幼馴染――――篠ノ之箒だった。

一夏がそちらを見ても彼女はそれに気付かない。

つまり彼女が視線を送っていたのは一夏ではなく彼の隣にいる…

 

 

(明人?)

 

 

ということになる。

今思えば彼女は授業中にも明人に視線を送っていたような気がする。

 

なぜ箒が明人にそんな視線を送るのか一夏は思考する。

箒と明人は幼馴染で3年ぶりに再会した。

SHRでの明人を見たときの箒の態度。

その後2人でどこかへと消えていった。

そして箒の明人への視線。

これらから導き出される答えは………。

 

 

(まさか!箒は明人に片思いを……!)

 

 

箒は明人に片思いしているのではないか。それが一夏が導き出した答えであった。

 

 

(うん。それならあの箒がこんなに大人しいのにも説明が付く。好きな男子が気になるけど声を掛けられないなんて、箒もちょっと見ない間に女の子らしくなったじゃないか)

 

 

と1人で納得しながら、本人が聞いたら酷く憤慨しそうなことを考える一夏。

 

 

(ならそれを応援してあげるのが幼馴染ってやつだな。よし!ここは俺が一肌脱ぐか)

 

 

そして1人で勝手に盛り上がって変な使命感を感じていると机の上の片付けが終わった明人が一夏の机の前に立っていた。

 

 

「あ、明人。ちょっと待ってもらってくれ」

 

 

明人に一声かけてから一夏は立ち上がり先程からこちら、正確に言えば明人を見ている箒へと声を掛けた。

 

 

「おーい、箒!一緒に学食行かないか?」

 

 

ガタタッ!と音をたて声を掛けられた箒は慌てて顔を逸らす。

そしていかにも「何も聞こえていませんよ?」と言いたげな、あからさまな態度で一夏の声を無視する。

 

 

「おーい!箒ー?」

 

「……………」

 

 

一夏の再三の呼びかけにも彼女は応えようとしない。

しかし彼は声を掛けるのをやめようとはしない。

なぜならこれは(一夏が勝手にそう思っているだけだが)箒の為なのだから…!

 

 

「おーい、箒ってばー!学食行こうって――――」

 

「わかった!わかったから何度も大声で呼ぶな馬鹿!」

 

 

いい加減何事かと周りの生徒達の視線が集まってきたところで箒は観念したのか一夏の呼びかけに応え、彼の方へ向っていく。

 

 

「馬鹿って…。6年振りにあった幼馴染にそれはないだろ」

 

「お前が何度も大声で呼ぶからだ、馬鹿!」

 

「いや、それは……」

 

 

凄い剣幕で詰め寄る箒に「箒が無視するから…」という言葉を飲み込んでしまう。

なので自分の隣に立つ明人に助けを求めることにする。

 

 

「それは箒が無視するから仕様が無く…なぁ、明人?」

 

「あ…………」

 

 

明人の姿を認めた箒が先程までの言動が嘘のように大人しくなる。

俯き、手はやり場に困ったのか胸の前で組んでもじもじと忙しなく動かす。

 

 

「その…一夏とは、明人と会う前の学校で一緒で……」

 

「そうそう。6年前に箒が転校するまで一緒の学校だったんだよ。あれ?明人に言ってなかったっけ?」

 

「ああ」

 

 

何とか聞き取れるような小さな声で自分たちの関係を説明する箒とそれを補足する一夏。

それに対し明人はやはり淡白に応える。

 

 

「……………」

 

「……………」

 

(あれ?なんでこんな空気になってるんだ?)

 

 

それ以降会話がピタリと止んでしまい、場に微妙な空気が流れる。

暫く経っても一向にその空気は改善されることは無く流石の一夏も居心地の悪さを感じ始めた。

 

 

「じゃあ、学食に行く…か?」

 

 

とりあえずそんな空気をどうにかしようと一夏は学食へ移動するよう提案した。

 

 

「そ、そうだな」

 

「そうしよう」

 

 

その提案を2人は賛成し、3人は食堂へと移動することにした。

その後ろに多くの野次馬(生徒)たちを引き連れながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わってIS学園食堂、そこで一夏、箒、明人の3人はそれぞれが注文した料理を手にテーブルへ着いた。

因みにそれぞれが注文したものは、一夏が日替わり定食(今日は鯖の味噌煮定食)、箒が山菜うどん、明人がカレーライス(辛口)である。

 

 

「箒はうどんか。相変わらずうどんが好きなんだな」

 

「わ、私が何を頼もうとお前には関係ないだろう!」

 

「ま、そうなんだけどな。明人はカレーか…、辛いものが好きって言ってたもんな」

 

「…ああ」

 

 

明人は応えながら、テーブルに備え付けられている調味料に手を伸ばし、その内の1つを手に取る。

そのラベルには『カレー用とび辛スパイス! 一振りで辛さ2倍!! 注)大変辛くなるので少しずつ入れてください』と書かれてあった。

そんなちょっと怪しい調味料を明人は手に取り

 

サッ、サッ、サッ、サッ、サッ、サッ、サッ、サッ、サッ、サッ、サッ、サッ、サッ。

 

計13回振りかけた。

もしラベルの表記が本当なら、2の13乗。つまり辛さ8192倍のカレーを作り上げたことになる。

 

ざわっ……!!

 

それを見ていた周りの生徒からざわめきが起きる。

その反応を見るとどうやらラベルの表記の正否はともかく、この調味料をこれほど振り掛ける者は今までいなかったのだろう。

 

 

「あ、明人…それ、大丈夫なのか?」

 

「問題無い」

 

 

一夏が心配して明人に声を掛けるも、明人は相変わらず淡白に応える。

しかし明人の目の前のカレーのルーが先ほどまではさらりとしたものだったのに今はやや粘性が出ており、その変化が調味料1つによってもたらされたことに一夏は心配の念を禁じえなかった。

 

そんな一夏の心配を余所に明人は何の躊躇いも無くカレーをスプーンで掬い、一口。

 

 

『…………………』

 

 

一夏や周りの生徒たちが見守る中、明人は咀嚼し、飲み込む。

そしてカレーに再びスプーンを伸ばし二口目を口に含んだ。

 

ざわっ……!!

 

再び食堂にざわめきが起こる。

「馬鹿な…!あれを食べて無事なはずが無い」などと周りの生徒が口々に言っている。

 

 

「なぁ、明人」

 

 

そしてそれを聴いて、止せば良いのに興味を持ってしまった男が1人。

 

 

「それ、一口貰っていいか?」

 

 

ざわっ……!

 

一夏の発言を聞いて食堂に三度ざわめきが起こる。

「無謀だわ!」「彼は死ぬ気なの!」など言い、周りの生徒は一夏の行動に驚愕している。

 

 

「やめたほうがいい」

 

「いや、一口だけで良いからさ」

 

 

明人もそんな一夏を止めようとしたが、それでも一夏が食い下がってくるので、仕様が無く自分が使っていたスプーンを一夏に渡す。

 

 

「サンキュ」

 

 

一夏はスプーンを受け取ると、しっかりスプーン一杯分カレーを掬いそれをゆっくりと口へと運ぶ。

 

 

『…………………!』

 

 

周りの生徒たちが固唾を呑んで見守る中。一夏はそのカレーを…………口に含んだ。

 

 

「…………………」

 

 

後に、一夏はその時の事をこう語っていた。

「余りにも辛い食べ物ってさ、一瞬口の中を麻痺させるんだよな。それでさ、徐々にその麻酔がなくなってきて口の中を激痛が襲うんだよ。うん。辛いのを通り越して痛いんだよ。声が出ないぐらいにさ。はは。あれを食べる明人は辛いもの好きとかいう次元を超越してるんじゃないかな?」

と。

 

 

「―――――っ!!?っ!?――――ッ!!!―――――――――――っ!!!?」

 

 

突如口の中に訪れた痛みに一夏が声を上げることも出来ずに悶絶する。

とりあえず痛みを抑えるために目の前にある水を一気に飲んだが勿論そんなもので足りるわけは無く、彼は水を求めて食堂を走り回る破目になった。

 

 

「きゃー!誰か!織斑君に水を!」

 

「はい!これミルク!水よりこっちのほうが良いから!」

 

「じゃあミルクよ!早くミルクを持ってきてー!!」

 

 

静かだった食堂は突如として喧騒に包まれた。

そしてそれを作り出した(と言うよりも原因の原因(カレー)を作り出した)明人はその喧騒を気にすることなく再びその狂辛カレー(一夏命名)を食べ始めた。

 

 

そして、それを見ていた箒が哀しそうな顔をしていたことに気が付く者は誰一人いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼間に一騒動あったが、何とかIS学園での初日を無事(?)終えた一夏と明人は、あてがわれた寮の一室でその身を休めていた。

 

「くあー!疲れたー!」

 

 

身体から搾り出すように声を出し、一夏はベットの上に大の字に倒れる。

彼の格好は水色の半袖TシャツにOD色のショートパンツとかなりラフな格好をしていた。髪の毛がしっとりと濡れていることから彼がお風呂上りであるということが窺える。

ぎしっというスプリングの音をたて一夏の体がベットに沈み、跳ねる。

 

 

「おーっ!すげーふかふかだ。とても学校の寮にあるベットとは思えないな」

 

 

そのスプリングの感触が気に入ったのか、髪についた水滴でベットが濡れるのも気にせず彼は何度もベットの上で跳ねる。

その隣にあるこの部屋のもう一つのベットの端には黒の長袖Tシャツに黒のスウェットパンツとこちらもラフな格好をした明人が腰掛けていた。

 

 

「しかし参ったよな。まさか女子たちが部屋まで押しかけてくるなんてさ。明人が風呂に入るって言わなかったらたぶんまだこの部屋に居たんだろうな」

 

「一夏と俺はこの学園で初めての男子。女子が興味を持つのも仕方が無い」

 

「んー、気持ちはわからなくはないんだけど…やられる身としてはもう少し自重して欲しいよな…」

 

 

先程までこの部屋には学年を問わず女子が、一夏や明人と少しでもお近づきになろうと代わる代わる押しかけて来ていたのだ。

その中でもやたら粘っていた3年生グループが居たのだが、滞在時間が20分を過ぎた辺りで明人が風呂に入ると言い出してなんとかお引取りしてもらったのだ。

 

こうしてやっと2人に平穏な時間が訪れたわけだが時刻は既に10時を回っており、今日1日慣れないこと尽くしで相当疲れが溜まっていたのか一夏を猛烈な睡魔が襲った。

 

 

「ふぁ~……あ…。あぁ…もう無理だ。俺はもう寝るけど、明人はどうする?」

 

「俺ももう寝よう」

 

 

少し速い時間だが、2人はベットに入り部屋の明かりを消した。

 

 

「おやすみ、明人」

 

「ああ。おやすみ」

 

 

就寝の挨拶を交わして直ぐ、やはり相当疲れが溜まっていたのか、一夏は直ぐに寝息を立て始めた。

それを確認してから明人はバイザーを外しベットの傍に備えられている台に置き、瞳を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

声がする。

懐かしい、皆が俺を呼ぶ声が。

 

『アキト~』

 

大きく手を振ってこっちにかけてくるユリカ。

その後ろには何でか俺をいつも目の敵にしていたジュンも居る。

 

『アキト!一緒にゲキ・ガンガー3見ようぜ!」

 

『馬鹿ヤロウ!アキトはオレたちと遊ぶんだよ、ヤマダ!』

 

『ヤマダじゃない!俺はガイだ!ダイゴウジ・ガイ!』

 

さらにその後ろからはリョーコちゃんとガイがどっちが俺と遊ぶかで揉めながらやってくる。

 

『アキト君は相変わらずモテモテだね~』

 

『罪作りな若作り……』

 

そんな2人を見て呆れているヒカリちゃんとかなり微妙なギャグを言っているイズミちゃん。

そして、

 

『バカばっか…』

 

一番後ろで皆を見ながら、しかししっかりとこっちに歩いてくるルリちゃん。

 

皆がいる。俺の友達であり、家族でもある、『ナデシコ園』の仲間達。

俺の人生で最も幸せだった時間。

そしてもう訪れることの無い時間。

 

そう、これは夢だ。

あの日から何度も同じ夢を見た。だからこの後どうなるかも知っている。

 

ある日、ナデシコ園に大勢の黒いスーツを着た男たちがやってくる。

その男達にナデシコ園にいた子供たちは1人残らずやつらに連れて行かれた。

連れて行かれた先は窓の無い何かの機器の稼動音がうるさい施設。そこで子供たちはいくつかの組に分けられて部屋に閉じ込められた。

特に仲の良かった俺たちは運が良かったのか同じ部屋に閉じ込められていた。

 

部屋に閉じ込められて何日たっただろうか。ある日、白衣を着た男たちにガイが連れて行かれた。

それから何日経ってもガイが帰ってくることはなく部屋に食事を持ってくる男に聞いてみても「何れ会えるよ」と気味の悪い笑みを浮かべるだけだった。

それで理解した。ガイはもう帰ってくることは無いと。

 

そしてまた数日後、今度はジュンが連れて行かれた。

その際には勿論抵抗したのだが小学校を出ていない自分たちが大人の力に叶うはずも無かった。

その後もイズミちゃん、ヒカルちゃん、リョーコちゃんと連れて行かれた。

そして誰一人として戻ってくることは無かった。

 

3人になってしまった部屋の中は最初に比べて随分広く感じた。

その部屋で泣いているユリカを落ち着かせ、励ます。

ルリちゃんは泣くことは無かったが、その蒼色(・・)の瞳は不安げに揺れていた。

そんな2人と手を繋いで励ましあっていると、白衣を着た男たちが現れた。

だが、今日はいつもと違った。ユリカとルリちゃんの2人が連れて行かれたのだ。

1人になってしまった部屋で俺は帰ってくるはずが無いと思いながらも2人を待っていた。

すると数日後、その思いが通じたのかルリちゃんが帰ってきた。

俺は急いでルリちゃんに駆け寄った。

痛いところは無いか、変なことをされなかったかなど、問いかけるもルリちゃんは部屋に入ってきたときのまま俯いていた。その小さな肩は震えている。

俺は急かすことなくルリちゃんが落ち着くのを待った。

そして暫くしてルリちゃんが俯いていた顔を上げた。

 

『アキトさん』

 

数日振りに見たルリちゃんの顔は少し痩せていて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『タスケテクダサイ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞳は金色(・・)に輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――――――っ!!!」

 

 

明人が目を覚ます。その顔色は悪く、呼吸も荒い。

しかしそれも彼が見ていた悪夢からすれば仕様の無いことである。

それは彼の記憶だった。幸せだった日々が奪われた記憶。

次々にいなくなっていく仲間。そして今、残ったのは自分だけ(・・・・)

 

 

「――――――――ハァ…」

 

 

一度大きく息を吐き、気持ちを落ち着かせる。

 

もうあの日々が戻ってくることは無い。いや、戻ることは出来ない。だから思い出に縋るな、切り捨てろ。

明人は自分に言い聞かせる。

自分は変わったのだと。あの頃のような綺麗な心はもう無い。あるのは濁った心と穢れた両手。

そう。この両手は穢れてしまっている。俺の人生を滅茶苦茶にしたあの男を(・・・・)()した(・・)ときから。

 

 

「ハァ…」

 

 

もう一度軽く息を吐く。

復讐は果した。もうやるべきことは何も無い。

なら何故彼は生きているのか。

それは一応助けられたという恩があるから。だからその恩を返すため、そいつの仕事を手伝っている。

それが彼の生きる理由。己のためで無く、だからといって人のためでも無い。ただ惰性で生きている。それが今の彼である。

 

いつか彼の生に理由が生まれる日は来るのだろうか。

それは誰にも、彼自身にも分からない。

 

 

彼は身体を起こし、バイザーを装着する。

 

 

そして、彼の意味の無い1日が、また始まる。

 

 



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第5話

「織斑」

 

 

一夏と明人、セシリアがクラス代表の座を賭けて(一夏と明人はそんなものにはなりたくないのだが)模擬戦を行うことが決定した翌日。3時限目の授業が終った直後、一夏はよく知った声に呼ばれ、そちらを振り向く。

 

 

「何?千冬ね――――先生……」

 

 

危うくいつもの調子で反応しそうになった一夏だが、織斑先生の出席簿を持つ手がピクリと動いたのを見てなんとか踏みとどまることに成功した。

 

 

「お前のISだが、準備まで時間がかかる」

 

「へ?」

 

「予備機が無い。だから少し待て。学園で専用機を用意するそうだ」

 

 

織斑先生が何を言っているのかさっぱり分かっていない一夏。

それに対して教室の生徒たちはその言葉に驚き、ざわめきが起きる。

 

 

「せ、専用機!?1年の、しかもこの時期に!?」

 

「つまりそれって政府からの支援が出てるって事で……」

 

「いいなぁ……。私も早く専用機欲しいなぁ」

 

 

そのざわめきの中、皆が何を驚いているのかがやはり分からない一夏は例の如く明人に助けを求める。

 

 

「なぁ、明人……」

 

「ISのコアは世界に467個しかない。コアは篠ノ之束しか作ることが出来ず現在彼女は失踪中だ。つまり……」

 

「数に限りあるISのコアを使って専用機を与えられるって事は………実は結構凄いこと…?」

 

「そういうことだ」

 

 

そう。ISを作るのに必要なコアは世界に467個しか存在しない。

これはコアを作る技術が一切開示されておらず、その製作が開発者である篠ノ之束しかできないこと、そして彼女がコアを一定数以上作ることを拒否していることが原因である。

そのため世界の各国家、企業、機関ではそれぞれ割り振られたコアを使って研究、開発、訓練を行っているのだ。

そんな貴重なコアを使って作られる専用機が与えられるのは非常に珍しいことで、本来なら国家、或いは企業に所属する人間にしか与えられることはないが、今回の場合は少し事情が異なる。なぜなら、

 

 

「お前の場合は状況が状況なのでな、データ収集を目的として専用機が用意されることになった」

 

 

一夏が前例の無い男性IS操縦者だからだ。

だから貴重なコアを使ってでもデータ収集用の専用ISが一夏に提供されることになったのである。

 

 

「つまりモルモットってことか……?」

 

「そういうことになるな」

 

 

一夏の呟きにあっけらかんとして応える織斑先生。

それを聴いた一夏は弱冠凹んでいた。

 

 

「あれ?じゃあ天河君はどうなんですか?」

 

 

ふと、生徒の1人が呟いた。

一夏に専用ISが与えられるなら同じ境遇の明人はどうなのかと。

本来なら先程織斑先生が言ったように明人にもデータ収集用の専用ISが与えられるのはずであったのだが

 

 

「天河は既に専用ISを所持している」

 

 

織斑先生の一言に先程よりも大きなざわめきが起きる。

そのざわめきの殆どが何故つい先日にISを動かせることを発表された明人が専用機を所持しているのかと言うものだった。

 

 

「天河はここに来る前はあるIS研究機関に所属していて、ISを動かせることが分かったときにその機関から専用機を提供されている」

 

 

自分の事なのに何も語らない明人に変わって織斑先生が代わりに事情を説明する。

 

 

「ってことは…天河君ってISの整備とかも出来るんですか?」

 

「ああ。そうだな、天河?」

 

「簡単なものならな」

 

 

新たに明かされた明人の情報にクラスの女子が色めき立つ。

やれ「今度ISについて教えてー」や、やれ「個人レッスンして欲しい~」など一瞬にして教室は異様な空気に包まれてしまった。

 

 

「安心しましたわ。流石に私だけ専用機を使うのはフェアじゃありませんものね。まあ?貴方達が専用機を使ったところで勝負は見えていますけどね」

 

 

そんな空気の中発せられたのは、一夏、明人の2人と模擬戦をすることになっているセシリアだった。

相変わらず鼻につくその言い方に一夏は顔には出さないがうんざりした。明人は相変わらずの無表情。

 

 

「へー。オルコットさんって専用機持ってたんだ」

 

「当然ですわ。わたくしはイギリスの代表候補生でしてよ。そのエリートのわたくしに専用機が与えられていないはずがありませんわ」

 

「……さいですか」

 

 

得意げに、腰に手を当て言う彼女に一夏は心底どうでも良さそうに返す。

幸い彼女には聞こえてなかったのかそのことに対して責められることは無かった。

 

 

(あの時は勢いで勝負するって言っちまったけど、このままじゃ何も出来ないで負けることは目に見えてるからな。よく分からんがなんか明人はISに詳しいみたいだし、明人に聴けばいいか)

 

 

セシリアを適当に相手をしながら、一夏は自分がこれから何をしなければいけないかを考える。

セシリアはイギリスの代表候補生だ。そんな相手につい先日にISを起動させただけの一夏が勝つなんてことははっきり言って無謀以外の何物でもなかった。

 

しかしだからといってこのまま何もしないで負けるのを一夏は良しとしない。

彼はこれまで姉に、織斑千冬に守られて育ってきた。しかし今、自分はISという誰かを守ることが出来る力を手に入れた。

だから、出来る限りのことをする。もう守られているだけじゃない。

 

 

(俺も、俺の家族を守るんだ)

 

 

人知れず一夏は決意をした。

 

 

「さて、授業を始めるぞ。席に着け、お前等」

 

 

その決意を知ってか知らずか。

彼のただ一人の家族はいつもの凛とした声を教室に響かせる。

その姿を見て一夏は、先ずは来週の模擬戦で千冬姉の弟として恥ずかしくないように勝たなきゃな。と強く思うのであった。

 

 

そして、その隣。

織斑先生を見る一夏の顔を、何か眩しいものを見るかのように明人は見ていた。

そのとき彼は何を思っていたのか。

それは彼以外には分からない。

 

ただ、その彼の横顔を見ていた箒は彼が泣いているように見えたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入学式から1週間後の月曜日。

IS学園第3アリーナのAピットには一夏、箒、織斑先生、山田先生の4人が集まっていた。

一夏と箒は時計をちらちらと何度も見て、山田先生は落ち着き無く辺りを動物園の白熊の如くうろうろとしている。

唯一落ち着いている織斑先生は目を閉じ腕を組み、壁に背を預けている。

その様子から皆が何かを待っていることが窺える。

 

 

「なぁ、千冬姉」

 

「織斑先生だ、馬鹿者。何だ?」

 

 

遂に我慢が出来なくなった一夏がついいつもの調子で織斑先生に尋ねるが、今回は出席簿の一撃は無いようだ。彼女も意外と焦れているのかもしれない。

 

 

「明人はまだなのか?そろそろ時間が…」

 

「ISスーツに着替えるだけだからもう来るとは思うが…。確かに時間が掛かり過ぎだな」

 

 

一夏たちが待っていたもの、それは明人だった。

彼らが明人を待っている理由。それは明人がこれからセシリアとの模擬戦を行うからだ。

そのための準備(と言ってもISスーツに着替えるだけなのだが)をするためロッカールームへと明人が向かったのが15分ほど前。その5分後には既に対戦相手のセシリアは準備が出来ており今はアリーナステージにて待機している。つまり明人はセシリアを10分待たせていることになる。先程一夏がモニターで彼女の様子を確認したところ、その顔は徐々に不機嫌になって来ていた。

そろそろ迎えに行ったほうがいいかと一夏が考え始めたときピットの入り口が開いた。

 

 

「やっと来た。遅いぞ、あき………と……」

 

 

入り口の方を振り返り声を掛けた一夏だがそこに居た明人の姿を見て思わず声を詰らせる。

箒や山田先生もその姿を見て言葉をなくしている。

唯一反応できたのは織斑先生だけであった。

 

 

「それがお前のISの待機状態…か?」

 

「そうだ」

 

 

専用ISには待機状態と言う形態が存在する。

これはISそのものを粒子化し、再構成することによってその形状を変化させ持ち運びを容易にするために用いられ、通常はアクセサリーのような形状にし、常に身につけられるようにするのが一般的である。

 

しかしピットに入ってきた明人の格好は首から足首までを覆うような漆黒のマントを羽織っているというものだった。

そしてそのマントが彼のISの待機状態だと言う。

彼が常につけている黒いバイザーとそのマント、全身に黒を纏ったその姿は異常と言う外無かった。

彼の持つ冷たい雰囲気と相俟ってその姿は亡霊を思わせる。

 

 

「…時間が無い。天河、早くISを起動させてステージへ行け」

 

「ああ」

 

 

明人の異常な雰囲気に呑まれ、声を上げることができない一夏たちを横目に織斑先生は明人をステージへ向かうよう急かす。

明人はそれに短く応えるとピットゲートに向けて歩き出す。

そしてゲートの前で足を止めた明人はソレを起動させた。

 

瞬間。

彼の纏うマントが膨れ上がり、『黒』が彼を呑み込む。

彼を呑み込んだ『黒』は瞬く間にその形を形成していく。

時間にして1秒にも満たない僅かな時間だがその余りにもおぞましい光景に皆声を無くす。

そして現れたのは全身を黒で覆われた機人。手足があることから辛うじてソレが人型であることが分かる。

 

全身を覆う黒い装甲。全体的に丸みを帯びたその形状はその不気味さを引き立てる。

両肩の巨大な展開式スラスターのほかに脚部、腰部にも大型のスラスターを、そして廃部には悪魔の羽のようなバインダーユニット。

さらに尾部には悪魔の尻尾のようなテールバインダーを生やしている。

極み付けは全体に比べて小さなその頭部から覗く赤い瞳。

 

『悪魔』『亡霊』

 

それらの言葉がピタリと当てはまるその姿。

 

 

『ブラックサレナ』

 

 

ソレが彼に与えられた『呪い(機体)』の名だった。

 

 

その姿を見た一夏たちは言葉を発することが出来ない。

彼らは皆一様に思う。

『あれは本当にISなのだろうか』と。

ISの形状はその機体によって様々であるが、基本的に腕や脚などの部分的な装甲から形成される。

だが、目の前のソレは全身が分厚い装甲によって覆われている。

あんなISは見た事が無い。しかし、ソレを言い表す言葉をISと言う他、彼らは持ち合わせていなかった。

 

 

「あき、と………?明人、だよな……」

 

 

箒はふと不安になって呼びかける。

明人がその姿になった途端、何か別のものに変わってしまったのではないか…と。

 

 

「ああ」

 

 

ソレから聞こえてきた声は、ややくぐもっていたが確かに明人のものだった。

その声を聴いて安心したのか箒の表情が少し柔らかくなった。

 

 

「え、と…。が…頑張って…!勝ってこい!」

 

「……っふ。ああ、行ってくる」

 

 

箒の声援を受けて明人はステージへと機体を疾らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソレが姿を現すと、アリーナは異様な静けさに包まれた。

皆がソレの異様な、不気味な姿に言葉を無くす。

それは、今ソレと対峙しているセシリア・オルコットも例外ではなかった。

彼女が纏うISは鮮やかな青色の機体『ブルー・ティアーズ』。

その背には特徴的なフィン・アーマーを4枚従えており、その姿は王国騎士のような気高さを感じさせる。

対するは天河明人が駆る漆黒の機体『ブラックサレナ』。

両者の距離はおよそ50m。

目の前の機体から感じる不気味な雰囲気を跳ね除けるように、セシリアは気丈に振舞う。

 

 

「…あら、逃げずに来ましたのね」

 

 

言いながら、ハイパーセンサーを使って相手の機体を注意深く観察すると同時に先程送られてきたデータを確認する。

 

――――ISネーム『ブラックサレナ』。操縦者天河明人。戦闘タイプ近距離格闘型。武装ハンドカノン2丁。以上――――

 

そのデータにセシリアは驚愕する。戦闘タイプが格闘型の癖に武装が両腕のハンドカノンのみだなんて、ふざけているとしか思えない。

もしかして自分はまたこの男に馬鹿にされているのか。

そう思ったセシリアはその顔を怒りに歪ませる。

しかし、ここは堪える。そして逆に相手を挑発するような言葉を投げかける。

 

 

「あまりに遅いので尻尾を巻いて逃げたのかと思いましたわ」

 

「……………」

 

 

セシリアの言葉に明人は何も言い返さない。

それに気をよくしたセシリアが言葉を続ける、が

 

 

「今ならここで謝れば、許してあげないことも無くってよ。このままではわたくしが一方的な――――――」

 

「オルコット」

 

 

明人に自分の名を呼ばれ中断させれる。

怪訝な顔をするセシリアに明人が続けた言葉は、

 

 

「言っただろう。あまり喚くな、と」

 

 

一度は消えた彼女の導火線に再び火をつけた。

そして、

 

 

「っ!?…そう。なら!お別れですわね!!」

 

 

その手に持つ、67口径特殊レーザーライフル『スターライトmkⅢ』の銃口を明人に向けた。

 

 

こうして2人の戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セシリアが駆るブルー・ティアーズの持つスターライトmkⅢから青白いレーザーが放たれる。

絶え間なく激しく放たれるそれら全てを、明人が駆るブラックサレナは躱す。

一見するとセシリアが一方的に攻撃をし、明人を圧倒しているように見える。実際にこの試合を見ている生徒の何人かはそう思っていた。

しかし実際はブルー・ティアーズの放つ砲撃にブラックサレナは掠りもしていない。

その事実にセシリアは表情を歪ませる。

 

 

(くっ…!速いですわね………)

 

 

彼女はブラックサレナの速さに舌を巻いていた。

あまりの速さにスターライトmkⅢの照準を合わせることが出来ず、無駄弾を撃たされエネルギーを消費させられる。

セシリアは恐らくそれこそが明人の狙いなのだと予測した。

武装の少ない明人はこちらの武器のエネルギーが切れるのを待ち、攻撃手段が無くなるのを待っているのだと。

 

 

(なら!そうなる前に墜とすまでですわ!)

 

 

それならば躱せ無いほどの砲撃を浴びせるまでだ。

そう思い切った彼女は様子見をやめて全力で敵を墜としにかかる。

 

ブルー・ティアーズの背に従えている特長的な4枚のフィン・アーマーが機体から分離し、それぞれが意思を持ったような独立したビットとなってブラックサレナに襲い掛かる。

その4つのビットはブラックサレナを上下左右と3次元的に取り囲んだ。

 

『ブルー・ティアーズ』

 

それがそのビット兵器の名前だ。

操縦者の意思によって自在に動かすことが出来る自立型の小型機動兵器であり、これによって相手の死角からの全方位オールレンジ攻撃を可能としている。

そしてその兵器と同じ名を持つセシリアのIS『ブルー・ティアーズ』はその特殊兵器「BT兵器」のデータをサンプリングするために開発された実験・試作機なのだ。

 

彼女の命令にによって4機のビットが砲撃を開始する。

ビットから放たれるレーザーが雨霰とブラックサレナを襲う。

4機のビットはブラックサレナから一定の距離を保ちながら、しかし同じ所に留まることなく絶え間なく砲撃を放ち続ける。

それはまるでブラックサレナが光の檻に閉じ込められているような光景だった。

その光景を見た生徒たちは誰もが皆セシリアの勝利を確信した。

が、

 

 

(なん…でっ!当たりませんの……!!)

 

 

セシリアの表情は、先程よりも険しい。

それもそのはずである。相手を墜とすべく繰り出した攻撃が掠りもしない(・・・・・・)のだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄い…………」

 

 

その光景を見ていた山田真耶は思わずそう呟いた。

同じくその場にいる一夏と箒はただ呆然と言葉も無くその光景を見つめる。

ただ1人、織斑千冬だけがその光景を冷静に見つめる。

四方から放たれるレーザーを、その全てを躱し続けるブラックサレナ。

その動きは第1回IS世界大会、モンド・グロッソ総合優勝である彼女からしても舌を巻くような動きだった。

そして同時にこれと同じ動きをやってみろと言われても恐らく出来ないだろうと彼女は理解した。

それは彼女の操作技術が明人より劣っているとかそういう問題ではない。

単純に通常のISの構造上の問題で明人の駆るブラックサレナと同じ動きをするのが難しいというだけである。

 

ISは基本的に腕や脚などの部分的な装甲から形成される。

ISはもともと宇宙空間での作業活動を想定し作られたマルチフォーム・スーツである。

宇宙空間で活動するために、従来の宇宙服のような全身を覆ってしまう様なものではどうしても動きが鈍くなってしまう。そのためISは身体を覆う装甲部分を最小限に抑えて動きを阻害しないような造りになっている。

そのため、機体の推進力を発生させるスラスターを取り付ける位置が脚部、もしくは肩部と限られてしまうのだ。

しかし、明人のブラックサレナにはそれが当てはまらない。

正しく兵器として造られたその機体は全身を装甲で包まれ、至る所にスラスターや各部姿勢用制御ノズルが多数配置されている。

それが今目の前で行っているようなアクロバティックな動きを可能にしているのだ。

 

しかし、その動きが出来る機体を使ったからといって勿論、皆が明人と同じ動きが出来るわけではない。

寧ろブラックサレナを使ったとして同じ動きが出来るのはこの学園では千冬とあともう1人くらいのものだろう。

しかし、千冬にはブラックサレナを動かすことは出来ない。

いや、千冬だけではない。ブラックサレナは明人しか動(・・・・・)かすことが(・・・・・)出来ない(・・・・)のだ。

 

それを、なぜブラックサレナが明人にしか動かせないのかを知っている千冬は、今尚ブルー・ティアーズ猛攻を危なげなく躱し続けるブラックサレナを見て僅かに表情を曇らせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セシリアの猛攻を躱し続けながら明人は落胆する。

 

こんなものか、と。

 

最初から今まで、反撃もせずにただセシリアの攻撃を躱し続けていたのは相手の――――いや、ISの実力が知りたかったからだ。今対峙しているのはイギリスの第3世代型、つまり今の最先端を行くISだ。その実力を明人は知りたかった。

 

この機体(ブラックサレナ)、そして自分はただISを(・・・)超える(・・・)ためだけ(・・・・)に造られた(・・・・・)

その超えるべき相手がどれ程のものか、明人は知りたかったのだ。

しかし結果は見ての通り。

その相手は未だ全力(・・・・)を出して(・・・・)もいない(・・・・)自分に、攻撃を当てるどころか掠らせることもできない。

その事実に明人は落胆すると同時に、激しい怒りを感じていた。

 

 

(こんなモノのために皆は犠牲になったというのか…!)

 

 

そして同時に彼は強く思う。

 

負けられない、と。

 

ISに自分が負けてしまったら――――自分とこの機体がISに劣ってしまったら、何のために皆が犠牲になったのかが分からなくなってしまう。

故に彼は負けられない。己の前にISが立ち塞がるならば、全力を持ってこれを粉砕する。例えそれがコレの製作者たちの思惑通りだったとしても。

だから先ずは今対峙しているISを完膚無きまでに叩きのめす。

その為だけに彼は、この機体に乗っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セシリアがブルー・ティアーズによる攻撃を開始してから10分ほど経過したが、彼女は未だにブラックサレナを捕らえることが出来ないでいた。

彼女の顔は険しく、焦りを隠すことが出来ない。

なんとかしてこの状況を打破しなければ。彼女がそう思ったとき、長らく膠着状態が続いていた戦況が動き出す。

 

突如、明人はブラックサレナを急降下させる。

そのあまりの加速にセシリアは反応することが出来ず、ブラックサレナがビットの包囲網から抜け出すことを許してしまう。

 

 

「くっ……!」

 

 

セシリアはブラックサレナを追う様に4機のビットに命令を下す。

しかし、それがいけなかった。

ビットを抜き去った明人は直ぐに機体をくるりと反転させる。

そしてブラックサレナは背中から降下していきながら4機のビットを正面に捕らえる。

 

 

「しまっ……!」

 

 

仕舞った。とセシリアが思うがもう遅い。

明人は両腕のハンドカノンを正面の4期のビットに向けて放つ。

威力は弱いが連射性能に優れたハンドカノン2丁からばら撒かれた銃弾によって4機のビットは呆気なく撃墜される。

4機のビットの撃墜を確認した明人は、直ぐ様機体の体勢を立て直しブルー・ティアーズへと突進する。

恐ろしいまでの速度で迫ってくるブラックサレナを前にして、しかしセシリアは、にやりと笑みを浮かべた。

 

 

「かかりましたわね」

 

 

ガコンッ――――、と。

 

ブルー・ティアーズの腰部に広がるスカート状のアーマーの突起が分離する。

それは先程明人が撃墜したものと同じ、ビット兵器『ブルー・ティアーズ』だった。

そう、この機体には『ブルー・ティアーズ』が6機搭載されていたのだった。

2機のビットから放たれるのは先程のようなレーザーではなくミサイルだった。

充分に引き付けてから打ち出されたそれは、ブラックサレナに吸い込まれるように進んで行き、着弾した。

 

閃光。続いて轟音。

 

辺りは一瞬で爆煙に包まれる。

セシリアは煙に包まれるのを嫌って距離をとり、自分の策が上手くいったことにほくそ笑む。

ミサイルは確実に着弾した。あれをまともに喰らって無事なわけは無いだろう。しかしあの外観からして普通のISよりも頑丈に出来ているかもしれないし、シールドエネルギーが0になっていない可能性もある。

そう推測し、彼女は煙が晴れたときにブラックサレナへと追撃を行うためスターライトmkⅢを構えようとした。

 

その瞬間。煙を突き破り、黒く大きな物体が現れた。

 

その物体は驚異的なスピードでブルーティアーズへと突き進む。

それは何か黒く薄い膜のようなものを纏ったブラックサレナであった。

そして驚くべきことにその機体は、先程ミサイルの直撃を受けたというのに全くの無傷であった。

セシリアがそのことを確認したとき既にブラックサレナは彼女の目の前まで迫っていた。

そして、

 

ガッギィィィィン!!!

 

その驚異的な速度を保ったままブルー・ティアーズを跳ね飛ばした。

 

 

「キャアァァアアアァァァァアアッ!!?」

 

 

そのあまりの衝撃にセシリアは思わず悲鳴を上げてしまう。

強烈な一撃を喰らったブルー・ティアーズはまるで風に吹かれた木の葉のように吹き飛ばされる。

機体の制御も出来ないままくるくると不様に回転しながら吹き飛ばされる。

絶対防御が発動し、たった一撃であるにも関わらずシールドエネルギーが半分以上も減らされる。

しかし明人は攻撃の手を緩めない。

機体を一度急上昇させ、未だ機体の制御もままならないブルー・ティアーズへ狙いを定めると

 

 

「墜ちろ」

 

 

機体を急降下させ再びブルー・ティアーズへと突進する。

ブラックサレナの驚異的な推進力と重力とが合わさって先程の一撃を超える一撃を繰り出す。

セシリアにそれを止める術は無い。

遥か上空から恐るべき速度で己に突っ込んでくる巨大な黒い悪魔を見ていることしか出来なかった。

 

 

「ひっ…!」

 

 

その光景にセシリアは思わず小さく悲鳴を漏らす。

そしてその直後、身体を襲った凄まじい衝撃に彼女は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もが声を発することが出来ない。

まるで目の前に広がる光景を受け入れることを拒否しているように。

 

そこに広がるのは、綺麗に均されていたアリーナの地面に出来た、まるで爆撃でも受けたのではないかという程に巨大なクレーター。

中心には、イギリスの代表候補生にして今年のIS学園入試主席のセシリア・オルコットがその専用IS、ブルー・ティアーズを纏って倒れ伏している。

そして上空には、世界で2番目にISを起動させたと発表された天河明人がその機体ブラックサレナを纏い、それを見下ろしていた。

 

 



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第6話

1年1組のクラス代表の座を駆けた模擬戦、その初戦セシリア・オルコット 対 天河明人は明人の圧勝と言う結果で幕を閉じた。

そして今、模擬戦を終えた明人は第3アリーナ内にある更衣室にいた。

全身を覆う黒く、身体にぴっちりと張り付くような薄い特殊なスーツの上からIS学園の制服を着込んでいく。

ズボンを履き、上着を羽織ったところでロッカールームの扉がプシュッと音をたてて開いた。

 

 

「オルコットだが、気絶しているだけで特に外傷はないようだ。ISの損傷も2日程で修理可能だそうだ」

 

 

そこから現れたのはIS学園1年1組の担任である織斑千冬であった。

彼女はロッカールームの中に入ると明人の元まで歩み寄り、彼が使っているロッカーの丁度反対側のロッカーに背を預けた。

 

 

「やり過ぎだ……と、言いたいが…あれでお前にしては加減した方なのだろうな」

 

「ISを極力破壊せず、搭乗者にも怪我をさせていない。何も問題はないだろう」

 

 

ため息混じりに言う千冬に、明人はいつものように淡白に答える。

その明人の返答に千冬はもう一つ、先程よりも大きなため息を吐く。

 

 

「確かに私と模擬戦をしたときよりは随分ましだがな」

 

 

そう。千冬は明人と、彼の入学式の1日前に1度模擬戦をしていた。

明人の実力を測るという理由で全力での模擬戦を。

その際、現在千冬は専用機を持っていないため、学園で使っている量産型IS『打鉄』を使用しての模擬戦となった。

結果は明人の圧勝―――とまではいかないが快勝といっていいほどのものだった。

千冬の使用した打鉄は大破し、実は現在も使用不可な状態だったりする。

対する明人はほぼ無傷。ほぼ、というのは最後の最後に千冬の決死の一撃によって装甲に傷をつけられたからだ。

と、模擬戦はそのような結果になったわけだがそもそも量産機である打鉄で明人のブラックサレナに挑むことが間違いなのであって、千冬の腕前が明人に劣っているというわけではない。寧ろそんな状況でブラックサレナに一撃を入れることが出来るのは恐らく千冬ぐらいのものだろう。もし彼女が昔使用していた専用機『暮桜』を使っていたら結果はどうなっていたかは分からない。

 

 

「それにお前がISにいい感情を持っていないことも理解しているつもりだ。それを踏まえると寧ろよく我慢してくれたと言うべきか」

 

「…………」

 

 

瞳を伏せ、少し声の調子を落として言う千冬の言葉に明人はなにも語らない。

彼女が言うように明人はISを嫌っている。いや、最早それは憎んでいると言ってもいい程のものだった。

一体彼に何があって、ISを憎むようになってしまったのか。千冬がそれを知ったのは入学式の2日前、彼と模擬戦をすることになる1日前のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、千冬はある生徒に呼ばれてIS学園生徒会室へと向かっていた。

生徒が教師を呼びつけるなんて如何なものかと思うが、千冬を呼びつけた人物が何でも極秘の話があり、人目につかない所ということで指定した場所が現在千冬が向かっている生徒会室なのだ。

 

IS学園の廊下を歩いていくと、その前衛的な造りにはそぐわない木で創られた重厚な扉が。

その扉にはやけに達筆な文字で「生徒会室」と書かれている。

 

コンコン、と。

千冬はその扉を2度、規則正しくノックする。すると

 

 

「どうぞ」

 

 

と、部屋の中から少女のものと思われる声が返ってきた。

その声を聞き、千冬は扉を開ける。

その部屋の中はやはり、IS学園には似つかわしくない内装をしていた。

部屋の中にある机、椅子といった家具は全て木で創られており、中世ヨーロッパを思わせるようなシックな造りになっている。

その部屋の奥、一際豪奢なその机に彼女は着いていた。

流れる清水のような蒼い髪。意志の強そうな紅い瞳。10人の男とすれ違えばその10人が振り返るような美貌と抜群のプロポーション。

 

 

「ご足労頂き有難うございます。織斑先生」

 

「それは構わんのだがな。ただ用件は速めに済ませて欲しいものだな。入学式前で色々と忙しいのでな」

 

 

このIS学園のトップにして『最強』。IS学園生徒会長『更識楯無(さらしきたてなし)』。

彼女がこの生徒会室に千冬を呼び出した張本人である。

 

 

「では単刀直入に。来年入学予定の織斑先生の弟さん、織斑一夏君に護衛をつけさせてもらいます」

 

「護衛?」

 

「はい。世界で只一人のISを操縦できる男。その立ち位置がどれ程危ういものか、織斑先生なら理解しておいででしょう?」

 

「ああ……。そうだな」

 

 

楯無の言葉に千冬は顔を曇らせる。

それは彼女も心配していたことだった。世界で只一人の男性IS操縦者。その存在を世界が放って置く訳がない。

法律上いかなる国家や組織の干渉が許されないこのIS学園に入学したとしても、何時何処かの国や組織が強行手段にでないとは限らない。

自分のたった一人の家族がそんな状況に立たされている。千冬はそれが堪らなく心配だった。

 

 

「なので私たち『更識家』から彼に護衛をつけることになりました」

 

「それは此方からしたら有難い話だが、一夏に護衛をつけることでお前達に何のメリットがあるのだ?」

 

 

裏工作を実行する暗部に対する対暗部用暗部『更識家』。彼女―――更識楯無はその17代目当主なのだ。

その彼女が何のメリットも無しに己の組織を動かして男一人の護衛を行う訳がないと千冬は思ったのだ。

 

 

「日本政府から依頼があった……のはまぁどうでもいいことなので理由ではなく。ただ一人の男の子のため…ですかね」

 

 

と、その表情を少し曇らせ楯無はそう答えた。

千冬は彼女の回答に眉根を寄せ怪訝な顔をする。

 

 

「………その男というのは一夏のことか?」

 

「いえ、違います。それは後ほど説明しますので、話を進めましょう」

 

 

千冬の疑問をきっぱりと否定し、楯無は話を進める。

 

 

「さて、弟さんにつける護衛ですがその者にはこの学園に入学し弟さんと同じクラスになってもらう予定です。人選のほうは此方で済ませてあります。相談なく勝手に決めさせていただきましたが彼ならば安心でしょう。常に冷静沈着で、身体能力も高く白兵戦で敵う者はそうは居ないでしょう。少し他人とのコミュニケーションに難がありますが、その他の能力の高さから考えて彼以上に適任は居ないでしょう」

 

 

楯無が話す内容を千冬は黙って聞いていた。

相談するも何もそちらの組織の中から護衛を選ぶわけだから人選はそちらが行ってくれて一向に構わない。コミュニケーションに難があるというのが少し引っかかるが……。

何にせよそれほどの人物が一夏の傍に居てくれるというのだから少しは安心できるだろう。

千冬はそこまで考えてふと、先程の楯無の言葉の中に違和感を感じた。

 

 

「待て………。今『彼』と言ったか…?一夏の護衛を行う者は男なのか?」

 

 

そう。護衛の者はこのIS学園に入学すると言った。ならばソイツは女性でなければおかしいのだ。

なぜならばISは(一夏という例外を除いて)女性にしか動かすことが出来ないのだから。

 

千冬の言葉を受け楯無は笑みを浮かべると手元のコンソールを叩き、空中にウィンドウを出現させる。

それをくるりと回転させ、そこに映し出された情報を千冬へと見せる。

 

 

「『天河明人』それが弟さんにつける護衛の名前です」

 

 

千冬に向けられたウィンドウには全身を黒いマントで覆い、さらに顔の半分を黒いバイザーのようなもので覆った少年が映し出されていた。

 

千冬は画面に映し出された男の姿を見て言葉を発することが出来なかった。

全身を黒で包んだその姿は余りにも異常。その身に纏う雰囲気は明らかに堅気ではない。

千冬はこの男が一夏のクラスメイトになるのかと思うと少し不安になったが今はそのことは置いておくことにした。

それよりも今は、

 

 

「それで、この男がどうしてこの学園に入れるのか説明してもらおうか。まさかコイツもISを動かせるのか?」

 

 

なぜこの男がIS学園に入学できるのかという疑問を片付ける方が先決だった。

 

 

「いいえ。彼はISを動かすことは出来ません」

 

「ならばどうやってこの学園に、しかも一夏と同じクラスに入るというのだ?」

 

 

楯無は千冬の疑問に答えず、手元のコンソールを操作する。すると今現れているウィンドウの隣にもう1つ別のウィンドウが現れた。

 

 

「……なんだ…コレは?」

 

 

そこに映し出されてるものを見て千冬はなんとかそう口にした。

ソレは全身を黒い装甲で覆われた、まるで悪魔のような外観をしたナニカ。

ISのように見えるがこれがISだと断言することが千冬には出来なかった。

 

 

「これがISの代わりに彼が………彼だけが扱うことの出来るモノです」

 

 

楯無の言い様からどうやらコレはISではないらしい。だが、だとしたコレは一体何だと言うのか。

その疑問を千冬は楯無にぶつけるてみることにした。

 

 

「コレがISではないと言うのなら、一体コレは何だと言うのだ?」

 

「そうですね……。言うならば、『ISに極めて近く、限りなく遠いナニカ』といったところですかね」

 

 

楯無のその返答に千冬はその顔を顰める。

 

 

「謎賭けは好きではないのだが」

 

「では、説明しましょう。彼と、この機体のことを」

 

 

少し話が長くなりますので、と言って楯無は千冬に椅子に座るように促す。

それを受け千冬は近くの椅子に腰掛けた。

それを確認した楯無は椅子に深く座りなおし、その口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楯無の口から語られたのは、天河明人の過去。

それは余りにも残酷で、理不尽で、救いの無い話だった。

この話を聞いていたのが千冬でなかったらその凄惨な内容に耐えられず胃の中の物を床に撒き散らしていただろう。

 

 

「これが彼、天河明人の過去。彼が作られた理由です」

 

「……………」

 

 

そこで一度話を区切った楯無に千冬は言葉を返すことが出来ない。

椅子に腰掛け項垂れるその姿は普段の彼女を知る者が見たらその目を疑うだろう。

1人の科学者の妄執によって作られた少年。日常を、家族を、夢を奪われ、未来を絶たれた少年。

楯無の口から語られたその話は―――――彼の人生を(・・・・・)狂わせた(・・・・)のがIS(・・・・)だとい(・・・)う事実(・・・)は彼女にそれほどの衝撃を与えたのだった。

 

 

「その研究は………、まだ行われているのか……?」

 

 

搾り出すように発せられた千冬の声。その震える声には悲しみと、同情と、怒りと……様々な感情が込められていた。

 

 

「いいえ。この研究は現在もう行われていません。彼が…彼自身の手でケリをつけました」

 

「そう……か」

 

 

楯無の返答に千冬は小さくそう返す。そこに込められていたのは安堵と、そして悲しみ。

未だに項垂れたままの千冬を一瞥し、楯無は手元のコンソールを操作する。

 

 

「さて、次は彼の機体『ブラックサレナ』についての説明です。織斑先生、コレを見てください」

 

 

彼女の言葉とともに千冬の前に新たなウィンドウが現れる。

漸くその顔を上げた千冬がそこに映し出されたものを読み進めていくと、徐々にその瞳が大きく見開かれていった。

 

 

「なんだこの出鱈目な機体は……!こんなモノに乗ることが出来る人間がいるわけが無いだろう!」

 

 

そこに映し出されていたのは先程楯無が言った、天河明人だけが扱うことができるという機体のスペック。

そこに記された数値は現在最新の第3世代ISが足元にも及ばないものばかりであった。

スラスターの出力、推進力に至ってはこんなものを使用し続けたら身体に掛かるGによって確実に搭乗者の身体を破壊する程のものであった。

そしてもう1つ。千冬を驚愕させたのがこの機体には通常ISに備わっている操縦者保護機能のそのほぼ全てが搭載されていないという事実だった。IS操縦者の最後の生命線である『絶対防御』すら搭載されていないのだ。

こんなモノに乗るなんてはっきり言って自殺行為としか思えない。そう千冬は考えたがそれは楯無によって否定された。

 

 

「心配には及びません。彼の身体はコレに乗った程度では壊れないように作られて(・・・・)いますから」

 

 

その楯無の言葉を聞いた千冬はその表情を険しくする。

 

 

「それは、つまり………」

 

「はい。彼の身体は肉体手術、薬品投与……あらゆる手段を用いて改造を施されています。通常の人間よりも強靭に、頑丈になるように………」

 

 

千冬が想像した通りの楯無の言葉に彼女はその表情がより一層険しくなる。

拳を強く握り締め、音がなるほど歯を噛み締める。

 

 

「何故……、何故ここまでする必要があるのだ……?」

 

 

先程、楯無の口から語られた天河明人が過去に受けた研究、実験。そして今語られた肉体手術に薬品投与。人一人が受けるにしては余りにも非常で残酷な仕打ちに千冬は思わずそう呟いた。

 

 

「何故彼の身体を改造してまでこれ程までのスペックにしなければならなかったのか……。その答えはISとこの機体の違いにあります。織斑先生もご存知の通りISには最適化処理(フィッティング)形態移行(フォーム・シフト)といったISが操縦者に合わせて機体を最適化、進化させる機能が備わっています。しかし彼の機体にはその機能が搭載されていない…いや、この機体の開発者の技術力では搭載することが出来なかったのでしょう。だから……」

 

 

楯無はそこで一呼吸入れる。

その長い長い足を組み替えて、その美しい顔を更に険しくさせて、その口を重く開く。

 

 

「その開発者は、自分が作りえる最高の機体を作り出し、操縦者を(・・・・)機体に合(・・・・)わせる(・・・)ことにしたのです」

 

 

機体に合わせて操縦者の肉体を改造する。

機体のスペックが高過ぎて、普通の人間では扱えないモノを作ってしまったときこの方法を考えた科学者は何人もいるだろう。実際に似たようなことは行われているし、千冬もその瞳にナノマシンを移植された少女を知っている。

それでもそれは決して命に関わるようなモノではなかった。どんな科学者達もその一線だけは超えることはしなかったのだ。

しかし彼に行われたソレはその一線を易々と超えたモノだった。下手をすれば…いや、普通ならば死んでいても可笑しくないほどの処置を彼はされていたのだ。

その話を聞いて千冬はその表情を怒りに歪める。

ギリッ、と音が鳴るほど歯を食いしばり怒りに震える声で呟く。

 

 

「人の命をなんだと思ってるんだ……!」

 

「……機体に合わせた肉体改造、そして体内のナノマシンを用いた機体の制御。操縦者を機体の1つの部品として組み込むというISとは真逆の方法で人と機体の一体化を行った……。これが最初に私がこの機体を『ISに極めて近く、限りなく遠いナニカ』と形容した理由です」

 

 

そう話を締めた楯無は酷く哀しそうな顔をしていた。

それを見ていた千冬は未だ湧き上がる怒りをなんとか抑えて楯無に問いかける。

 

 

「天河とこの機体のことは分かった。しかしこんな経験をしている者が学園で上手くやっていけるとは思えないのだが……」

 

「大丈夫です。彼は本来優しく、面倒見のいい子だった様ですから。きっと上手くやっていけるでしょう。それに」

 

 

千冬の疑問になんでもないように楯無は答えると、その表情を軟らかくしてこう付け足した。

 

 

「学園での生活、人とのふれあい……。そういったものを通して彼の心が少しでも癒されてくれれば良いと私は思います。そして彼は幸せになるべきです。誰よりも……誰よりも幸せに…」

 

 

そう願うように呟く楯無。

それを聞いて千冬も同じく思う。

こんなに辛い目に遭ってきた彼が幸せにならないなんてのは嘘だ。これから自分の生徒となるこの少年は誰よりも幸せになるべきだ。

そのために自分も出来る限り手を貸そう。

それが、ISを世界に知らしめる一翼を担ってしまった自分に出来る数少ない彼への償いなのだから………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プシュッ。というロッカールームの扉が開く音によって思い耽っていた千冬の意識は引き戻された。

開いた扉を見るとそこには制服に着替え終えた明人が正にロッカールームから出て行くところだった。

千冬は思わず声を掛けようとしたが、明人はさっさと部屋から出て行ってしまい扉は閉じられてしまう。

閉じられた扉を見つめ千冬は1つ、ため息を吐いた。

 

 

「束…。世界を変えるとお前は言ったな。確かに世界は変わった。それが良かったのか悪かったのかは分からないがな。…ただ、その変化の影で不幸になった少年少女たちがいる。無論全てがISの所為だとは思わんが、それでも私たちは…重い罪を犯してしまったようだ…」

 

 

誰に向けられるでもなく呟かれたその千冬の言葉に応える者は居らず、その言葉は宙へと溶けていった。

 

 



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第7話

明人とセシリアの模擬戦の翌日。場所はIS学園第2アリーナ。その上空には2つの機影が。

白と黒。その対照的な色をした機体は50m程の距離を保ち対峙している。

 

対峙している2機の内の白い機体。滑らかな曲線とシャープなラインが特徴的な中世の騎士を思わせるようなデザインの機体『白式』を駆るのは織斑一夏。

因みにこの白式だが、既に初期化(フォーマット)最適化処理(フィッティング)は済ませており一次移行(ファーストシフト)も行われている。

白式が一夏のもとへ届けられたのは昨日の明人とセシリアの試合が終った直後のことだった。

それから一夏は山田先生の指導のもと、とりあえず機体を問題なく動かせるようになるまで特訓したのだった。

 

そしてその白式に対するは天河明人の駆る全身に黒を纏った悪魔的なフォルムの機体『ブラックサレナ』。

先日行われた模擬戦でセシリアとその専用IS『ブルー・ティアーズ』を完膚なきまでに叩きのめしたその圧倒的な強さは記憶に新しい。

 

 

「え~、と…。お手柔らかに頼むな…明人」

 

「ああ」

 

 

それは今明人と対峙している一夏にも言えることで、その所為か彼の口から出てきたのはそんな弱気な言葉だった。

試合を観戦している生徒たちも心配そうな面持ちでそれを見つめている。勿論心配しているのは一夏の身の安全である。

 

 

『織斑、天河。準備はいいか?』

 

 

そこに第2アリーナに設置されているスピーカーから2人の担任である織斑千冬の声が響く。

生徒たちの心配を他所に、彼女の声によって間も無く模擬戦が開始されようとしている。

 

 

「ああ。俺は準備OKだ」

 

「此方も問題ない」

 

 

千冬の声に一夏は先程の弱気な発言をしたときとは打って変わり凛々しく応え、明人はいつも通り淡白に応える。

それを確認した千冬は一度頷き、軽く息を吸い。

 

 

「それでは……始め!」

 

 

鋭い声で試合の開始を告げた。

 

 

2人が動いたのは同時。

お互いが相手の気体に向かって突進する。

そのことに一夏は自分が思い描いた通りの試合展開になったと安堵する。

 

 

一夏は試合開始直後に明人が自分と距離をとり、遠距離からの射撃を中心に試合を展開させるのではないかと恐れていた。

何故彼はそのように恐れたのか。理由は到って簡単。そうされると彼は為す術がないからである。

 

一夏の機体『白式』の武装は近接特化ブレード『雪片弐型』のみで射撃武器は一切搭載されていなかったのである。

その事実を知ったとき、一夏は頭を抱えた。

自分の置かれた状況が余りにも絶望的であると知ったからだ。

一夏の対戦相手となる明人もセシリアもそれぞれ射撃武器を持っている。

しかし自分は持ってない。ならどうなるか…、決まっている。遠距離から一方的に撃たれて蜂の巣だ。

明人の場合は牽制程度の射撃武器のようなのでそうなるとは限らないがセシリアは確実にそうしてくるだろう。

明人の様にそれを躱すことが出来れば問題ないが、一夏は自分ににそれが出来るとは思わない。

ならどうするかと頭を悩ませたていたら、機体を慣らすための訓練に付き合っていてくれた山田先生から有難い情報を聞くことが出来た。

 

ISには拡張領域(バススロット)という後付武装(イコライザ)を格納するための領域があるいうのだ。

それを聞いた一夏は早速そこに射撃武器を取り込もうとした。

が。

なぜか白式のコアが武装を受け入れず一つも武装を取り込めないという始末。

それが分かったとき一夏は思わず「なんでやねん!!」とつっこんだとか…。

 

兎も角。そんな状況で彼が勝利を収めるにはどうにかして敵に近付いて斬るしかない。

彼の機体にも切り札があるにはあるのだがこれも結局近付かなければどうしようもないものなのでやはり近付く他ない。

だからこの試合で彼が思い描いた理想の展開は開始直後に明人に接敵すること。

明人の近接武器はその機体そのもの、タックルだ。ならば武器がある分リーチは一夏の方が長い。

そこに彼は勝機を見出したのだった。

 

 

一夏は迫り来る黒い機体に己の武器『雪片弐型』を振り被り突進する。

タイミングさえ誤らなければリーチがある分此方の方が先手を取れるはずだ。

そこで一夏は白式の『切り札』を切ることにした。

 

一夏が構える雪片弐型が光を帯び、その形を変化させる。

その刀身からはエネルギーで形成された刃が伸びる。

それが白式の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)零落白夜(れいらくびゃくや)』である。

それはエネルギー性質のものであればそれが何であれ無効化・消滅させる白式最大の攻撃能力。しかしその発動には自身のシールドエネルギー、つまり自分のライフを削るという武器仕様であり、諸刃の剣でもある。

それでも相手のシールドを無効化し絶対防御を強制的に発動させてしまうその威力は正に『切り札』と言うに相応しい威力を持つ。

 

 

「ぅおおぉぉおおおぉおおっ!!」

 

 

唸り声を上げ迫るブラックサレナに向けてその手の雪片弐型を全力で振り下ろす。

 

が、

 

突如ブラックサレナはスラスターを逆噴射し、急激に機体を減速させた。

一夏はそのブラックサレナの動きに対応することが出来ず、雪片弐型を盛大に空振ってしまう。

 

 

「ぅわっ!?」

 

 

一夏は崩した体勢を慌てて立て直そうとするが

その決定的な隙を明人が見逃す筈がない。

 

明人は機体をその場でくるりと一回転させ、その悪魔の尻尾のようなテールバインダーを鞭のように振るう。

そのテールバインダーが捉えたのは、

 

 

「っあ!?」

 

 

雪片弐型を握る一夏の手だった。

その手に不意に衝撃を受けた一夏は握っていた雪片弐型を弾き飛ばされてしまう。

 

 

「しまっ…!」

 

 

一夏は直ぐに弾き飛ばされた雪片弐型を追おうとする、が

 

その目の前を圧倒的な加速力でブラックサレナが横切る。

ブラックサレナはそのまま雪片弐型を体当たりで弾き飛ばした。

これでもう雪片弐型を一夏が取り戻すことは絶望的な状態となった。そして現在、唯一の武器である雪片弐型を失った一夏に攻撃の手段はない。

そんな一夏に対して明人は機体を停止させ彼の方へと向き直ると

 

 

「まだ続けるか、一夏?」

 

 

そう言葉を投げかけた。

その明らかな降伏勧告に一夏は

 

 

「……参りました…」

 

 

ただ応じることしか出来なかった。

 

 

 

 

試合開始から約6秒。

こうして世界で始めての男性同士でのISを用いた試合は呆気なく幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、1年1組代表は織斑一夏くんに決定です。あ、一繋がりでいい感じですね!」

 

 

なんてことを相変わらずのぽやぽやとした声音で言うのは教壇に立つIS学園1年1組の副担任山田真耶。

そして彼女の言葉を受けて教室内の女子たちは大いに盛り上がっている。

と、そんな中

 

 

「先生、質問です」

 

 

ピンと肘を伸ばし腕は床面と垂直に、伸ばした腕はしっかりと耳につけピシッと開かれた掌は正面に向けられている。

そんなお手本のような挙手をするのはたった今1年1組のクラス代表に任命された織斑一夏その人である。

 

 

「はい。織斑君」

 

 

そんな一夏を教壇に立つ麻耶はにっこりと笑顔を崩さずに指名する。

発言する権利を与えられた一夏は今自分が感じている疑問をぶつけることにした。

 

 

「なんで俺がクラス代表になってるんでしょうか?俺は一勝もしてないのに…」

 

 

一夏とセシリアの模擬戦は一夏と明人のそれが行われた翌日に行われた。

結果はセシリアの勝利。

一夏も善戦したのだがやはりセシリアの機体との相性と経験の差は埋められず、惜しくも敗北となったのだ。

 

 

「あぁ…それはですね―――――」

 

「それはわたくしが辞退したからですわ!」

 

 

と、一夏の疑問に応えようとした真耶の台詞を遮るように会話に入ってきたのはセシリア・オルコット。

がたんと椅子を鳴らし勢い良く立ち上がった彼女は最早お決まりとなった腰に手を当てるポーズをとる。

 

 

「あなたが負けたのは対戦相手がこのわたくし、セシリア・オルコットが相手だったのですから仕方の無いことですわ」

 

 

そしていきなり得意げに語りだすセシリア。

因みに先程セシリアに台詞を奪われてしまった真耶はと言うと、涙目になりいじけていた。

 

 

「それでわたくしも大人気なく怒ったことを反省しまして…。一夏さん(・・・・)にクラス代表を譲ることにしましたの。やはりIS操縦には実践が何よりの糧。クラス代表ともなれば戦いには事欠きませんもの」

 

 

なんて言うセシリアの口調は先日までの刺々しさは見られず穏やかな物となっている。

そしてさりげなく一夏のことを名前で呼んだりしている。

そのことにクラスメイトのたちは目敏く気が付くも呼ばれた本人は気が付いてないようであるが…。

 

そのセシリアの提案に盛り上がるクラスメイト達だが彼女等は1つ大事なことを忘れている。

そして、その皆が忘れていることを一夏が口にした。

 

 

「じゃあ明人はどうなるんだ?」

 

 

その瞬間。今まで騒がしかった教室がピタリと静かになった。

ある者は目を逸らし、またある者は横目でその姿を伺う。

セシリアとの一戦から明人はクラスの中で完全に浮いた存在となっていた。

イギリスの代表候補生であり専用機持ちのセシリアを圧倒的な力で容赦なく叩きのめした男。

女尊男卑が当たり前な現在。女性が強く男性は弱い。

そんな世の常識を覆した目の前の『天河明人』と言う存在にクラスの女子たちは恐怖心を抱いてしまったのだ。

明人と直接闘ったセシリアに至っては先程の勢いは何処へいったのか、顔を青くし身体は小刻みに震えている。

 

しんと静まり返った教室で最初に声を発したのは教室の隅で待機している千冬だった。

 

 

「お前達も見た通り天河の実力は圧倒的だ。そんな奴がクラス対抗戦に出るとなると他のクラスの士気に関わる。なるべく技量の近い者同士で切磋琢磨するのが望ましい。そういう訳で天河にはクラス代表は辞退してもらった。分かったか?」

 

 

教室内の雰囲気など気にも留めずいつもと同じ凛とした口調で話す千冬。

その声を聞き生徒たちは徐々に平静さを取り戻していった。

 

 

「わ、わかりました」

 

 

色々と言いたい事はあったがこの状況では何も言うことができずに、一夏は素直に頷くことしかできなかった。

一夏の言葉に千冬は「良し」と頷く。

 

 

「ではクラス代表は織斑一夏に決定。依存は無いな?」

 

 

その千冬の言葉に生徒たちはただこくこくと頷く。

 

 

「良し。ではこれでSHRを終了する。続いて授業に移るので準備をしておくように」

 

 

その一言で皆次の授業の準備に取り掛か駆り始める。

そんな中一夏は自分も次の授業の準備をしながら隣の席を横目で見る。

そこにはいつもと変わらない様子の明人が同じく授業の準備をしていた。

相変わらずバイザーで隠されたその顔からは表情を読み取ることは出来ない。

 

 

(うーん…あんまりいい状況じゃないよなぁ……)

 

 

あの模擬戦からクラスの女子たちが明人の事を怖がってしまっている。そんな状況を一夏は何とかしたいと考えていた。

まだ付き合いは短いが、明人はきっといいやつだ。

一夏はそう思っている。

ちょっと無表情で無口で何を考えてるか分からないが、話しかければ返事は返してくれるし、何より明人は困ったときに良く助けてくれる。

そんなこの学園で唯一の男友達がクラスメイトから怖がられているという状況は何とかしたい。

しかし、

 

 

(明人はこの調子だし、直ぐには難しいよなぁ)

 

 

この状況にも全く無関心な明人を見て一夏は頭を抱える。

 

 

(とりあえず、後で箒にも相談してみるか)

 

 

この問題に一先ずの結論を付け、一夏は授業の準備を再開した。

 

 

 



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第8話

のほほんさん登場



授業終了のチャイムが鳴り、一夏は直ぐ様席を立ちある人物の元へと向かった。

 

 

「ちょっといいか、箒?」

 

 

彼の幼馴染であり6年振りに再開した篠ノ之箒である。

声を掛けられた箒は、たった今終ったばかりの授業の教科書を片付けていた手を止めた。

 

 

「一夏か。どうした?」

 

「ちょっと今時間いいか?話したいことがあるんだけど」

 

「次の授業もあるから手短に頼むぞ」

 

「わかった。ここじゃなんだから廊下で良いか?」

 

「ああ」

 

 

そうして2人は廊下へ出て行く。

途中そんな2人を見たクラスの少女達が妄想を爆発させて何やらひそひそと話していたが2人には聞こえなかったようだ。

廊下に出てから暫く歩き、人気がなくなったところで漸く先を歩いていた一夏はその足を止め箒へと向き直った。

 

 

「それで、話とはなんだ?」

 

 

先に口を開いたのは箒。

一夏が態々話の場に人気の無いところを選んだ事からどうやらそれなりの話なのだろうと当たりをつけた箒はやや真剣な面持ちで問いかける。

それに対し一夏もその表情を引き締め、口を開いた。

 

 

「箒は明人の事、どう思う?」

 

「………………は?」

 

 

一夏のその問いに、箒は直ぐに反応することが出来なかった。

一夏の口から出てきた話の内容が自分の予想の斜め上過ぎたからだ。

 

 

「いや、だから箒は明人の事をどう思うのかって…」

 

「ど、どうと言われてもだな……!そもそも私たちは3年振りに再会したばかりであって一緒に過ごした時間だって2年程度なわけでいやしかしだからと言って嫌いなわけじゃない明人には小さい頃に良くしてもらったし私にとって特別な存在であることは確かだだからそういったことでは明人に対して特別な感情が無いわけではないのだがその感情がその俗に言う恋愛感情云々に当てはまるかと言われればそれは断言できないというか確かに小さいときは明人に対して憧れが無かったといえば嘘になるがしかし先程も言ったが明人とは3年振りに再会したわけであって明人も私もあれから変わってしまっているわけでしかし明人の事がどうでもよくなったわけではなくて変わってしまった明人を見てもっと明人の事を知りたくなったというかなんと言うかだから今明人の事を好きかどうか聞かれてもまだ――――――――ッ!」

 

 

一夏の問いに対して、顔を赤くし、目線は定まらず、両手を胸の前で忙しなく動かし、一気にまくし立てる様に答える箒。

そんな箒に対して一夏はというと…

 

 

「何の話をしてるんだ、箒?」

 

 

何がなんだか分からない。といった表情をしている。

何故質問した彼が、彼女の答えを聞いて理解できないのか。

その理由の一つが、彼が色恋に壊滅的に鈍いという点。

そしてもう一つは、

 

 

「俺はさっきの教室での明人を見てどう思ったかを聞いたんだけど…」

 

 

彼女からの答えが、彼の質問の意図からかけ離れたものだったという点。

 

 

「……………は?」

 

 

一方、改めて一夏の問いを聞いた箒は、その表情を先程の一夏のようなものにさせている。

箒は先程の一夏の言葉を頭の中で反芻する。

さっきの(・・・・)教室で(・・・)の明人(・・・)」と一夏は言った。

つまり、一夏は『明人のこと(・・)をどう思っているのか』ではなく、『先程の明人の様子(・・)をどう思うか』を聞いていたということになる。

 

 

「……こ、の…」

 

 

そのことを理解した箒は俯き、肩を震わせる。

そしてその拳を硬く握り締め、

 

 

「紛らわしい言い方をするな!馬鹿一夏!!」

 

 

全力を以て一夏に向けて繰り出した。

 

 

「あべし!!?」

 

 

もちろんそんな突然の攻撃に一夏は反応できるはずも無く、箒の拳をモロに受け世紀末的な悲鳴を上げ地面に倒れ伏す。

 

 

「っつー…、いきなり何すんだよ、箒!」

 

「五月蝿い!紛らわしい言い方をした貴様が悪い!」

 

「なんだよ、紛らわしいって。一体何と間違えたんだよ?」

 

「そ、それは…。っえぇい!兎に角お前が悪いんだ!」

 

 

今一釈然としない箒の物言いに、一夏は「何なんだよ…」とぼやきながら立ち上がる。

 

 

「で、話を戻すけど箒はどう思う?さっきの明人を見て」

 

「どう、と言われてもな…。いつも通りだったと思うが?」

 

「あー…確かに明人はいつも通りだったかもな。じゃあ周りの人たちはどうだった?なんかいつもと違くなかったか?」

 

「む…、そう言われると…。いつもはもっとキャーキャーと騒がしかった気がするな」

 

 

顎に手を当て、思い出すように箒は言う。

そんな箒に一夏は

 

(いやいや、そう言われるとって…明らかに皆の反応が可笑しかっただろ。なのに気が付かないって…。そういえば箒って昔から周りの空気とか読めてなかったっけ…)

 

と、呆れている。

 

 

「…なんだ、その顔は?」

 

 

すると、一夏の表情から彼が何か失礼なことを考えているのではと訝しんだ箒は、彼を睨み問いかける。

そんな箒に一夏はさっと目を逸らし、

 

 

「いや、なんでもない…」

 

 

と、言葉を濁す。

実にヘタレである。

 

 

「えー…で、だな…。話を戻すけど、あの模擬戦から明人がクラスで孤立してると思わないか?」

 

「そうだな…。しかし何故だ?何故皆は急に明人を避けるようになったのだ?」

 

「多分…と言うかこれしかないと思うけど。原因はあの模擬戦で明人がオルコットさんを負かしたことだと思う」

 

「たったそれだけのことでか?」

 

「その勝ち方が問題だったんだよ。明人はオルコットさんをただ負かした訳じゃない。圧倒的に、一方的に負かしたんだ。それがクラスの皆には信じられなかったんだよ。女が男にこんな負け方をするなんて…ってね」

 

「なるほどな。それで明人に恐怖心を抱いた訳か…。ふん、軟弱な考えだな」

 

 

一夏の考えに箒は鼻を鳴らし掃き捨てるように言う。

箒の発言を聞き、一夏は相変わらずな幼馴染に対して苦笑する。

 

 

「軟弱って…」

 

「勝負の世界に絶対など無い。そんなことも分からず、ただ女だからと勝利を疑わないなど軟弱以外の何物でもない」

 

 

言ってることは分かるのだが年頃の女子高生の台詞ではないよなぁ。

などと思う一夏であったが、口に出すと墓穴を掘りそうなので黙っておくことにしたようだ。

 

 

「で、そういう訳でクラスで孤立しちゃった明人をどうにか出来ないかと箒に相談したんだけど…」

 

「なるほど。しかし私にどうしろと言うのだ?私だってこのクラスにまだ間もないんだ。それに、その…私はあまり人付き合いが得意な方では……」

 

 

そうなのだ。

この篠ノ之箒という少女。少し…いや、かなり人付き合いが苦手である。

そんな箒に相談相手に選んだのは、はっきり言って人選ミスである。

 

 

「あー、うん。そうだな」

 

 

そのことに一夏も気付いたのか、納得したように頷いている。

 

 

「そこで納得されるのも腹立たしいな…」

 

 

言い出したのは自分だというのにそれで怒るのは理不尽ではないだろうか。

そう思いつつも口に出すことは出来ない一夏。

実にヘタレである。

 

 

「…まぁ、暫くは様子を見るしかない…かな」

 

「つまり何も進展はしないということだな」

 

「それは言わない方向で…」

 

 

こうして何の進展も無いまま『第1回 天河明人。みんなと仲良し大作戦』(一夏命名)は幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夏と箒が実りのない話し合いをしているとき。

1年1組の教室内は異様な空気に包まれていた。

なぜこんな空気になってしまったのか…。

 

一夏と箒が教室を出て行ってしまった直後、教室内では明人を中心として大きな空洞ができていた。

生徒たち全員が明人から距離をとり、遠巻きにその様子を伺っている。

先日のセシリアとの模擬戦以降、クラスの女子たちは明人を恐怖の対象として認識してしまっていた。

そして今、その明人の唯一の押さえ役(と彼女たちは思っている)である一夏が居なくなってしまった今、明人が何をするのか分からない。

そんな考えがある彼女たちは出来るだけ明人から距離をとり、遠くからその動向を伺っているのである。

 

そんな空気が一夏が帰って来るまで続くのかと思われたそのとき、

 

 

「ねえねえ、あっきー」

 

 

いつの間にか明人の席の前に現れた髪を頭の両端で結った少女が、机にそのあごをちょこんと載せて明人を見つめている。

クラスメイトたちがその少女の行動に驚愕する中、少女と対峙している明人の表情は相変わらずその顔を覆っているバイザーで周りからは窺えないが、その奥ではその眉を訝しげに歪めていた。

 

 

「ねぇ~、あっきーってばー」

 

 

反応のない明人に再度少女は呼びかける。と、言うか…

 

 

「それは俺のことか?」

 

「そだよー、明人だから、あっきー」

 

 

先程からこちらに呼び掛けている『あっきー』とはやはり明人のことを指していてようだ。

少女はほにゃっと笑って、「かわいいでしょー?」などと言っている。

それにしても、今やクラスの女子たちの恐怖の対象となっている明人にかわいさを求めるとは…この少女、どこか他人とはずれているようである。

 

 

「…それで、俺に何か用か?」

 

「んー…、特に用はないけど…」

 

 

少女の答えに明人が、ならば何故?と問おうとしたその時、

 

 

「なんか、あっきーが寂しそうだったから」

 

 

少女の言葉が明人の心を貫いた。

明人は表情に出そうになった驚愕を押し殺し、少女の言葉を否定する。

 

 

「俺は寂しくなど、ない」

 

 

それはまるで、そんな訳はないと自分に言い聞かせている様であった。

そんな明人の心中を知ってか知らずか、少女は「そっかぁ」と呟くとにっこりと微笑んだ。

それが明人にはまるで心中を見通されているようで居心地が悪く、少女との会話を早く切り上げたかった。

 

 

「それで、用件はそれだけか?」

 

「用件って言うか、たっちゃんがあっきーのことをよろしくって言ってたから…。あ、たっちゃんてのは2年生でー、生徒会長のー…」

 

「更識だと?」

 

 

少女の言葉の中に意外な人物が出てきたことに驚いた明人は、少女の言葉を切ってその人物の名を口にする。

対する少女はそれを特に不快に思った風も無く、「そだよー」と相変わらずのほにゃっとした微笑を浮かべている。

少女の口から出てきた意外な人物に明人は少女への警戒心を高める。

 

 

「あ、まだ自己紹介してなかったねー」

 

 

それを察したのかそうでないのか、少女はその長すぎてダボついている袖に隠れた手を明人へと差し出し、

 

 

「私、布仏(のほとけ) 本音(ほんね)。よろしくねー、あっきー」

 

 

見る者を安心させるような、穢れのない満面の笑みを浮かべた。

 

 



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第9話

鈴登場。


 

一夏の代表就任が決定してから暫くがたち、遂に一夏のクラス代表としての初戦、クラス対抗戦が開催される日が近付いてきた。

そんな日の朝、1年1組の教室内、一夏の席の周りには相変わらず女子たちが殺到している。ただ、隣に明人の席があるのでその周りは避けるようにではあるが。

 

 

「もう直ぐクラス対抗戦だね」

 

「そうそう知ってる?2組のクラス代表が変更になったみたいだよ。中国からの転入生だって」

 

 

一夏の席に集まる女生徒の内の一人が近付いてきたクラス対抗戦のことを話題に上げると、直ぐに他の女生徒新たな話題を提供する。何時の時代も女子の噂好きは変わらず、話題には困らないようだ。

 

 

「転校生?こんな時期に?」

 

 

入学式からまだ然程経っていないこの時期に転入生なんて何か特別な事情でもあるのだろうか。

そう思った一夏がその疑問を口にすると、それに答えたのが

 

 

「フフン。私の存在を今更ながらに危ぶんでの転入かしら?」

 

 

イギリス代表候補生のセシリア・オルコットであった。

先日の一夏とのクラス代表を賭けた模擬戦以降、態度がいくらか軟らかくなった彼女であるが、こういうところは相変わらずであった。

そんなセシリアに一夏は苦笑する。

 

 

「でも、もうクラス対抗戦か…。大丈夫かな、俺?」

 

 

まだISに触れてから僅かな時間しか経っていない自分が何処までできるのか一夏は少なからず不安であった。

最近は放課後にクラスの副担任、山田真耶先生とISの操縦について教えてもらっているため最初に比べると少しは上手くなっているはずだ…と一夏は思う。

 

 

「大丈夫だよ。今のところ専用機持ちがクラス代表なのは1組と4組だけだから余裕だよ」

 

 

そんな一夏を安心させるようにクラスの女子の一人が言う。

専用機を持っていないからといって安心は出来ないのだが、その事実に一夏はとりあえず安堵したところに、

 

 

「その情報古いよ」

 

 

教室入り口から、彼にとっては懐かしい声が、聞こえてきた。

 

 

「2組も専用機持ちがクラス代表になったの。簡単には優勝させないから」

 

 

声の主は教室入り口に立つ、背の低い少女であった。

長い栗色の髪を黄色いリボンで頭の両側で結い、その身を包むのはIS学園の制服だが、彼女が着ている物は肩口が大きく開き、本来の物よりもスカートが短く改造されている。

 

見慣れぬ少女の登場にクラスの女子たちは騒然となるが、そんな中一夏は席を立ち

 

 

「…鈴?お前鈴か!?」

 

 

懐かしい、幼馴染の名を口にした。

 

 

「そうよ!中国代表候補生、鳳鈴音!今日は宣戦布告に来たってわけ!」

 

 

鈴は不敵に微笑むと、ズビシッと音がしそうなほど勢いよくその指先を一夏に突きつけた。

鈴の言動に教室内は再び騒然となる。

2組に転入してきて、クラス代表へとなった少女。それが代表候補生だったという事実はクラスの少女達を驚かせるには充分な内容だった。

しかし、たった今宣戦布告された一夏本人はと言うと、

 

 

「プ…っ、なに格好つけてるんだよ、鈴。全っ然似合わないぞ」

 

 

空気を読まずにマイペースな発言をする。

 

 

「なっ、なんてこと言うのよ!アンタはーっ!」

 

 

対する鈴は一夏の言葉に折角決まっていた(と、彼女は思っている)登場を台無しにされ、思わず素が出てしまった。

一度崩れた仮面は元には戻らず、彼女はギャーギャーと一夏に対して文句を言っている。

そんな彼女を横目で伺う少年が一人。

彼―――明人はバイザーで隠されたその双眸で様子を伺う。

 

鳳鈴音。

中国代表候補生であり、専用IS甲龍(シェンロン)を扱う。

織斑一夏とは小学5年生時に知り合い、以来親しくしている。

親の離婚が原因で中学2年時に中国へ帰国。その後、わずか1年弱で国の候補生まで登りつめた才能の持ち主。

何故今の時期になってIS学園に転入したかは不明。護衛対象とは親しい間柄なため、危害を加える可能性は低いと思われるが、警戒は怠ら無いよう注意する。

 

 

「あの子は大丈夫だと思うよ、あっきー」

 

 

明人が鈴に対しての情報を整理している時、ふと聞こえてきた声に意識を引き戻される。

見ると、そこには何時かと同じように机に顎をちょこんとのせた布仏本音が此方を見て、ほにゃりと微笑んでいた。

 

 

「…何故だ?」

 

 

彼女を大丈夫だという理由が分からず、明人は本音に尋ねる。

確かに鳳鈴音が一夏の幼馴染であるという点では他の者よりは信頼できるかもしれない。

しかし彼女は代表候補生なのだ。つまり彼女の背後には国がいる。その国の政府や研究者から何か指示を受けている可能性もあるのだ。

それらを踏まえて、それでも鳳鈴音が安全であるといえる理由はなんだというのか。

明人が考える中、しかし本音の口から語られた理由とは、

 

 

「だってあの娘、きっとおりむーに恋してるからー」

 

「………は?」

 

 

明人の予想の斜め上をいくものだった。

思わず彼が間の抜けた反応をしてしまうほどに。

 

 

「…その根拠は?」

 

「ん~…乙女の勘なのだよ~」

 

「…………」

 

 

念の為聞いてみた明人だが返ってきた本音の答えを聞いて遂に口を閉ざす。

本音の言葉を完全に信じるわけではないが、とりあえず程々に警戒しておこうと思う明人であった。

そして、そんな明人と本音を横目で伺う少女が一人。

彼女―――篠ノ之箒はちらちらと落ち着きのない様子で2人の様子を伺っている。

そんな彼女が胸中はというと…

 

 

(な…、なんだあの女は…!なんであんなに明人に馴れなれしいんだ!?)

 

 

突然現れた不穏分子に対して考えをめぐらせていた。

 

 

(確か名は布仏本音と言ったか…。そういえば以前私と一夏が廊下で話をしていた日もあのように明人と話をしていたな…。あの時は明人に冷たくあしらわれていたため放っておいたが…。くっ、まさかこんなことになろうとは…!なっ…ち、近付きすぎだろう、あれは!っええぃ!此方の気も知らずのほほんと笑いおって!明人が困っているだろうが!…なぁっ!て、手を握って!?わ、私だって再会してから明人の手を握っていないのに…!くっ!布仏本音…!恐ろしい女…!だが!私だって負けんぞ!私だって明人のことが…!明人の…ことが…)

 

 

正にそれは一人百面相とでも言うべきか。

僅かの間に箒はその表情を不快に歪めたかと思えば驚きに変わり、焦ったかと思えばまた驚き、何やら真剣な表情になったかと思えば急に顔を赤らめ俯いてしまった。

それを一部始終見ていたクラスメイトが彼女を心配して声を掛けようか迷っていたが、その異常な雰囲気に結局声を掛けられなかったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日の授業も全て終わり生徒たちがそれぞれの自室で思い思いの時間を過ごしている中、2人の少女―――篠ノ之箒と鳳鈴音は寮内のとある一室へと向かっていた。

そんな2人はタイミングが良いのか悪いのか、目的の部屋の前でばったりと出くわしてしまう。

 

 

「む?」

 

「ん?」

 

 

お互いに予期していない出会いに思わず声を上げてしまう。

 

 

「鳳か…、こんなところで何をしている?」

 

「あんたこそ、此処はあんたの部屋じゃないはずだけど?」

 

 

箒も鈴も、相手が何故こんな所に居るのかと怪訝な顔をして問いかける。

因みに、2人は本日の昼休みに既に顔合わせは済んでおり、自己紹介も済んでいる。その場に居合わせたのは、一夏、箒、鈴、セシリア、そして明人だ。そこで箒は一夏のファースト幼馴染、鈴はセカンド幼馴染として紹介されていた。その際に一夏につれてこられた明人は彼の友人として、そして何故かその場に居たセシリアも自ら一夏の友人であると力説していた。

 

 

「わ、私は…その、明人に用があってだな…」

 

「明人?あぁ、一夏の友達だって言う、あの…」

 

 

箒の言葉に鈴は呟き、件の人物を思い出す。

 

天河明人。

一夏に次いで世界で2番目にISを動かしたという男。

共に昼食をとったが積極的に話す事は無く、話を振られても必要最低限の受け答えしかしていなかった。

なので始めて会っての彼への印象は『根暗なやつ』といったものとなっている。

しかしクラスメートから聞いた話では先日彼はイギリス代表候補生との模擬戦を行い、相手を圧倒したという。

自分も中国の代表候補生だから分かるが、いくら候補生と言っても将来国を背負って立つかもしれない者たちなのだ、生半可な実力でなれるものではない。

その相手を圧倒した実力。それほどの実力を何処で、どうやって身につけたのか…。それに彼の出す雰囲気、上手く言えないが普通の人とは何かが違う。だから、彼にはきっと何か秘密がある。そう、彼女の勘が告げていた。

そのため、鈴の中で明人は『根暗なやつ、だけど油断ならないやつ』という位置付けとなっていた。

 

 

「そ、そう言うお前こそ、こんな所で何をしている!?」

 

 

考えに耽っていた鈴に箒の言葉が掛かる。

突然現実に引き戻された鈴は若干どもりながらそれに答える。

 

 

「わ、私は…一夏に用があるのよ!」

 

 

まぁ、早い話が2人の目的は、気になる異性の自室へと遊びに行き、少しでもその仲を少しでも深めようというものだった。

となれば、2人が言い争っている此処が何処なのかというと。

 

 

その時、ガチャリ、と2人の前にある扉が開いた。

その扉から顔を覗かせたのは織斑一夏。

 

 

「……人の部屋の前で何騒いでるんだ…、2人とも?」

 

 

当然、彼等の自室の前ということになるわけで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず廊下で話をするわけにもいかないので、一夏は箒と鈴の2人を自室に招き入れた。

当然、その室内には彼のルームメイトである天河明人もいる。

明人は突然の少女2人の登場にも拘らず、いつも通り表情を変えず自分のベットに腰掛けている。

一夏も少女2人を部屋に入れ扉を閉めると部屋に備え付けてある椅子に腰掛ける。

一夏も明人も部屋に異性が遊びに来たというのに、いつもと変わらない様子で寛いでいた。

その様子を一夏の親友である五反田(ごたんだ)(だん)が見れば彼のことを張倒していることだろう。

対する少女2人はと言うと、この状況は彼女たちが望んだものだというのに突然心の準備も出来ていないまま放り込まれたものだから、非常に落ち着かない様子である。

 

 

「2人ともそんなところに突っ立ってないで座ったらどうだ?」

 

「う、うむ」

 

「そ、そうね」

 

 

そんな少女2人の様子に気付く事も無く、一夏は2人に座るよう促す。

2人はそれに頷き、箒は一夏のベットに、鈴は空いているもう1つの椅子へと腰を下ろす。

 

 

「で、2人してどうしたんだ?と言うか2人とも何時の間に仲良くなったんだ?」

 

「え、え~っと、そう!()とはさっき偶然廊下でばったり会ってね。そこでちょっと話したら意気投合しちゃってさ~」

 

「う、うむ!それで折角だから2人で明人と一夏のところに遊びに行こうということになってな。そ、そうだよな?()?」

 

「え、えぇ!」

 

 

一夏の問いかけに2人はさっと目配せをする。その瞬間、2人の少女は視線を交差させそれだけで会話をするという離れ業を行っていた。

 

 

(この際包み隠さず言うわ。私は一夏を狙ってる。あんたは天河を狙ってるんでしょ?だったら…)

 

(うむ。ここはお互いの目的のために共闘といこうではないか。よろしく頼むぞ、鈴!)

 

(こっちこそよろしく、箒!)

 

 

今ここに箒・鈴音同盟が爆誕した。

 

それからの行動は速かった。

鈴が一夏に話しかけ、2人だけで会話を始める。

そして箒は明人と向き合い彼に話しかけようとしたのだが。

 

 

(…い、一体何を話せばいいんだ…!?)

 

 

いざ明人と2人で話が出来ると思いきや、余り人と話すことが得意ではない箒はこんなとき何を話せばいいのかが分からなかった。

必死に話題を探す箒はふと、先日のクラス代表を決める模擬戦のことを思い出した。

 

 

「せ、先日の模擬戦は凄かったな!明人は何時の間にあれ程のIS操縦技術を身につけたんだ?」

 

「この学園に来る前に所属していたIS研究機関で試作機のテストパイロットをしていた。今俺が使っているブラックサレナがその試作機を改良した物になる」

 

 

箒の質問に明人はまるで予めその質問に対しての答えを用意していたかのようにスラスラと答える。

それは彼と楯無とである程度予測できる明人への質問に対しての回答を予め用意していたからであった。実際に今の質問は一夏や真耶からもされており、彼はその時も今と同じように答えている。

 

 

「それでも、代表候補生相手に勝つなんて明人は凄いな…。そういえば…明人は昔から何でも出来たよな…」

 

 

箒は呟いて昔の明人を思い出す。彼女の記憶の中の彼は運動が出来て、料理が出来て、勉強はちょっと苦手だったけどそんな彼に彼女は憧れたのだった。

 

 

「それに引き換え…私は…」

 

 

そんな彼に憧れてしまったからこそ、どうしてもそんな彼と自分とを比べてしまう。

 

 

「私は…『あの人』の妹だっていうのに…何にも……」

 

 

彼と比べて…そして、()と比べて如何に自分が不甲斐ないかを思わさせられてしまう。

俯き、呟くように言う箒。その声は微かに震えていた。

 

 

「箒ちゃんは…」

 

「…え?」

 

 

そんな彼女に、明人は声を掛ける。その声はいつもの冷たいものではない。

その、まるで昔の彼を思わせるような声音に箒は思わず顔をあげる。

 

 

「箒ちゃんは、箒ちゃんだ。誰の妹とかは、そんなの関係ない」

 

 

箒が顔をあげて見えた明人の顔はいつもの無表情なものではなくて、そのバイザーに隠された彼の瞳は、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめていた。

箒もそのことを感じ取ったのか、明人の顔を見つめていた彼女は徐々にその頬を紅く染めていき、

 

 

「うん…。あ、ありがとぅ……」

 

 

呟くようにそう言って、俯いてしまった。

 

そのまま暫く無言の時間が続いたが、それは決して嫌な時間ではなかった。

寧ろなんだか甘酸っぱいような、そんな心地よささえも箒は感じていた。

そして、ふと彼女は気付いた。

 

 

(あれ?これはなんだか凄くいい雰囲気なのではないか?)

 

 

と。

そして今ならば、今この雰囲気なら自分の気持ちを伝えられるのではないかと。

 

 

(よ、よし!い、言うぞ…!今ここで…明人に私の気持ちを…!!)

 

 

心を決め、箒がさあいざ!と口を開こうとした時

 

 

バシーン!!

 

 

「最っ低!女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて!男の風上にも置けない奴!犬に噛まれて死んじゃえ!!」

 

 

乾いた音と共に聞こえた鈴の怒鳴り声によってその機会を失してしまった。

そちらを向いてみると左頬を紅くし、横を向いて訳が分からないという顔をしている一夏。そして肩を怒らせ部屋を出て行く鈴が見えた。

その光景を見て、一体何があったのか理解できていない箒と明人であったが、きっと一夏が何かやらかしたのだろうと当たりをつけた。

 

 

「それならば馬に蹴られて…だろう」

 

「…そうだな」

 

 

そして以外にも突っ込みを入れた明人に、自分の決心を無駄にされた箒は不機嫌に応えるのであった。

 

 



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第10話

長い間更新できずにすみませんでした…。
相変わらずの不定期+亀更新な駄作者ですが、これからもよろしくお願いします。


 

 

時は過ぎ5月。

遂に迎えたクラス対抗戦当日。

ここ第2アリーナではクラス対抗戦第1試合が始まろうとしていた。

 

 

(何故…こんなことになってしまったんだろう…)

 

 

自身の専用IS白式を纏った一夏は、視線の先にいる対戦相手、凰鈴音を見て軽く溜息を吐いた。

 

あの日、一夏が鈴の機嫌を損ねた日から数週間がたっていたが、未だ鈴の機嫌は戻らない。いや、寧ろ悪化したと言って良いだろう。

先日、一夏と鈴が偶々(アリーナで一夏がISの特訓を行っていると箒から鈴へ情報が提供されたことは2人の秘密である)出くわしたところ、どうしても一夏に非を認めさせたい鈴と、以外にも頑固で非を認めない一夏が口論となってしまう。そしてその場の勢いで「勝った方が負けた方になんでも一つ言うことを聞かせられる」なんて取り決めをしてしまったのだ。

自分が勝てば何故鈴が怒っているのか説明してもらうのだが、負けてしまった場合鈴から何を言われるのか分かったものではない。と、一夏は戦々恐々とする。

 

 

『それでは両者、規定の位置まで移動して下さい』

 

 

アナウンスの声に促された一夏と鈴は移動し、空中で向かい合う。その距離約5メートル。

そこで一夏は対峙する鈴が纏っているISを注視する。

その名を『甲龍(シェンロン)』。

中国の第3世代型IS。肩の非固定浮遊部位 (アンロックユニット)についた、特徴的な棘付き装甲 (スパイク・アーマー)が非常に攻撃的な印象を与える機体である。

 

 

「さて一夏、今謝るならちょっと痛めつけるぐらいで許してあげるけど、どうする?」

 

 

鈴がその手に持った、両端に刃を備えた翼形の青龍刀『双天牙月(そうてんがげつ)』の切っ先を一夏に突きつけて告げる。しかし彼女は一夏がそれに応じるとは思っていなかった。一夏のことは誰よりも知っていると思っている。だから彼が意外と頑固で、負けず嫌いであるということも彼女は知っていた。

 

 

「却下だ。そんなもん必要ねえよ。全力で来い」

 

 

予想通りの一夏の答えに鈴は思わず笑みが漏れる。

 

 

「そうよね」

 

 

彼女の笑みはやがてその口から犬歯を覗かせた獰猛な物へと変わっていく。

 

 

「やっぱり、そうこなくっちゃね!!」

 

 

彼女の咆哮と同時に模擬線開始のブザーが鳴り響く。

動いたのは二人同時。お互いに己の獲物を振り被り相手へと突進していく。

 

 

「オォオオォォォォオ!!!」

 

「ハァァァァァァァッ!!!」

 

 

そして衝突。互いの獲物から火花が散り、無骨な鉄の舞に華を添える。

1合、2合、3合と剣戟を繰り返す。

力で勝るのは一夏。力強く振るわれる雪片弐型はその一太刀一太刀が正に必殺。剛の剣。

対する鈴は、一夏の剣を正面から受けること無く華麗に受け流す。異形の青龍刀、双天牙月をくるくるとバトンのように回し、そこから繰り出される変幻自在の斬撃。柔の剣。

 

剣戟は苛烈を極め、その数が20に届こうとしていた。

近接格闘は互角。ISに乗って数ヶ月の一夏が代表候補生の鈴にここまで喰らいつけたのは、彼が剣道を修めていたことと、彼が持つそのセンスのお陰である。

一夏は姉の千冬の影響か、こと近接格闘に関しては類稀なるセンスを持っていた。

しかし、それ以外のこととなると勝手が違ってくる。彼の専用機が射撃武装のない格闘戦一択の機体であるのも関係してくるが、良くも悪くも彼は近接格闘に特化し過ぎてしまっていた。

故に現在こうして代表候補生の鈴に格闘戦で喰らいつけているのだが、

 

鈴がその手に持つ双天牙月で、遠心力をたっぷり加えた強烈な一撃を繰り出す。

それを防いだ一夏だが力に押され、鈴との間に彼の唯一の武器(雪片弐型)が届かないほどの距離が開いてしまった。

 

 

「っ!しまっ――――」

 

「遅い!」

 

 

ガコン、と。甲龍の右肩の非固定浮遊部位がスライドして開く。そしてその中心部が光った瞬間。

 

 

「ッガ!?」

 

 

見えない何かが一夏を吹き飛ばした。

襲い来る痛みに耐え、何とか機体を制御した一夏だがその衝撃に吹き飛ばされ、鈴との距離は彼にとって絶望的なまでに離れてしまっていた。

こうなると射撃武器を持たない一夏はどうすることも出来なくなる。

経験の浅い一夏では、こういった状況での対応、打開策を見出すことはやはり困難であった。

 

 

一夏が警戒しながら鈴を見るが、彼女は動かない。

それは余裕の表れか、彼女は不敵な笑みを浮かべ一夏を見下す。

 

 

「もう一度聞くわよ、一夏。降参するならちょっと痛めつけるぐらいで許してあげるけど?」

 

 

そう口にする鈴は先程一夏に向けて放った武装『龍咆(りゅうほう)』を、その存在を示すように拳で小突く。

その意味は一夏にも正しく伝わった。

『近接格闘が出来ないこの距離で、この武装がある私に、勝つ方法があるの?』

そう、鈴は言っているのだ。だが一夏は

 

 

「こっちももう一度言う。却下だ」

 

 

言い放ち、剣を構える。

その瞳には諦めは見えない、衰えない闘志が宿っていた。

 

 

「そう。残念だわ」

 

 

そう言う鈴の表情には全く残念そうな色は無い。今まで浮かんでいたその笑みがより深くなる。

ガコン、と音をたて甲龍の左肩の非固定浮遊部位が、右肩のソレと同じように開かれる。

 

 

「怪我しても文句言うんじゃあないわよ!」

 

 

鈴の言葉と共に、両肩の龍咆が光を放ち一夏に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ、あの武装は…?」

 

 

そう呟いたのはモニターを見つめる箒。

第2アリーナのAピット。そこでは1年1組の担任である千冬と副担任である真耶。そして一夏の友人として明人、箒、セシリアの3人がモニターで試合を観戦していた。

モニターの中では一夏が鈴の放つ見えない何かから懸命に逃げ回っている。

 

 

「あれは『衝撃砲』。空間自体に圧力をかけて砲身を生成、余剰で生じる衝撃それ自体を砲弾化して撃ち出す第3代型兵器ですわ。その特徴は」

 

 

箒の問いに答えたのは同じくモニターを見つめるセシリア。

 

 

「砲弾だけではなく、砲身すら目に見えないこと。さらに砲身の稼動限界角度が無く、360度どの方向にも撃つことが出来る」

 

 

厄介な武装ですわ。とモニターから目を離さずに彼女は続けた。

現にその武装を向けられている一夏は、やはり苦戦していた。砲身も砲弾も見えないその武装から何とか逃れようと、必死に機体を動かすが被弾は免れない。今も龍砲の一撃を受け、吹き飛ばされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何度目かの龍咆の直撃を受け、遂に白式のエネルギーは半分を切った。しかし一夏は未だその攻略法を見出せないでいた。

打ち出される不可視の弾丸の射線はあくまで直線状。武装のエネルギー変動を感知すれば発射タイミングは読むことが出来る。これだけ聞けば回避は難しく無いように聞こえるかもしれない。しかしそこは流石代表候補生といったところか、鈴は一夏の回避行動を読み、回避した先で着弾するよう巧みに射線をずらして龍咆を放っている。

一夏もそのことに気付いており、何とか鈴の裏をかこうとするが戦況は未だ好転しないでいた。

 

 

(くそっ!このままじゃジリ貧だ。何とかして流れを変えないと…)

 

 

そう思い、何とかこの状況を打破する方法を模索する。その時一夏は、ISの特訓をしているときに明人に言われたことを思い出した。

 

 

 

 

 

『相手の裏をかけ、意表を点け。相手に読まれないような行動をとれ』

 

それは一夏がセシリアとの模擬戦を振り返り、質問をしたアキトから返ってきた答え。

その質問の内容は、「どうやって遠距離から一方的に射撃をしてくる敵に接敵するか」というものである。

武装が格闘武器(雪片弐型)しかない一夏にとって先ず敵に近付かないと話にならない。そのため試合では相手が一夏を近づけさせまいとしてくることは容易に予想が出来る。よって一夏は自分と同じ格闘戦主体であり、自分よりも経験が豊富な明人にその打開策を聞いておくことにしたのだ。

 

『えーっと…。それは相手の考えを読めってことか?そんな高度なことを俺に要求されても…』

 

不安そうに呟く一夏に、明人は首を横に振る。

 

『そうじゃない。相手が思いつかないような、突飛なことをすればいい。それならば―――』

 

得意だろう?と明人は口の端を上げ、ニヤリと笑った。

 

 

 

 

(相手の裏…意表を点く、相手が思いつかないような行動…)

 

 

鈴は今、一夏どうにかして龍咆の不可視の弾丸を避けようと必死になっているのだと思っている。だから鈴はそんな一夏をさらに追い込もうと一夏の回避する先を読み、龍咆の弾丸を放っているのだ。

そんな鈴の意表を点くには…

 

不意に、一夏は回避行動を止めその場でピタリと機体を停止させた。

一夏のその行動に、鈴は意表を点かれた(・・・・・・・)。思わず龍咆を放つのを止め、怪訝な顔で一夏を注視する。

 

 

「何?遂に諦めて降参する気になったの?」

 

 

そう言う鈴だが、一夏の表情を見れば降参する気など無いことは分かる。なら何かあるはずだと気を抜かずに一夏の行動に注意する。

対する一夏は自分の思惑がとりあえず成功したことに内心安堵する。鈴が龍咆を放つのを止めてくれるかどうかは一夏にとって賭けであった。もし自分が止まってもなお鈴が龍咆を放つのを止めなかったら勝負はそのまま決していただろう。勿論、彼の敗北と言う形でだ。

 

 

(ここまではとりあえず成功、か。ここからも賭けの要素が強いけど…やるしかない)

 

 

そう心を決め、一夏はゆっくりと雪片弐型を肩に担ぐように構える。

 

 

「鈴、本気でいくからな」

 

 

言いながら、勿論ブラフだけど。と一夏は心の中だけで思う。さっきから本気も本気だ。じゃないとあっという間に撃墜されていたことだろう。

その一夏の言葉を受けた鈴はその顔に不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「面白いじゃない。何をする気か知らないけど受けて立つわよ」

 

 

その鈴の言葉が終るか終らないかの刹那。一夏は機体を鈴に向けて急発進させる。卑怯と言われ様が構わない、闘いの最中に気を抜く方が悪いのである。そう思い突撃する一夏に、しかし鈴は冷静に対処をする。機体を後方に下げながら龍咆を放ち一夏を迎撃する。

不可視の弾丸が一夏に迫る。

 

 

(横に逃げれば先読みされて撃たれる)

 

 

弾が見えず何処に飛んでくるか分からない。それは想像するよりも遥かに回避するのが難しかった。

 

一夏は速度を緩めず一直線に鈴へと向けて機体を疾らせる。

 

 

(だけど、相手に向かって進んでいれば)

 

 

射線は直線状。発射のタイミングはエネルギー変動を感知すれば分かる。弾速もあれだけ喰らえばどれくらいかは大体予想がつく。

 

肩に担いだ雪片弐型を強く握り直し、そして―――

 

 

(弾は正面からしか飛んでこない!)

 

 

不可視の弾丸に向けて思い切り振り下ろした。

 

 

「なっ!?」

 

 

驚愕の声を上げたのは鈴。一夏の行動はそれほどまでに鈴の意表を点いたのだ。

 

彼は龍咆の不可視の弾丸を切り払ったのだ(・・・・・・・)

 

一瞬、鈴の動きが止まる。その隙を一夏は見逃さなかった。ここで彼は己が持つ切り札を切った。

瞬時加速(イグニッション・ブースト)。ISの後部スラスター翼からエネルギーを放出し、その内部に一度取り込み、圧縮して放出する。その際に得られる慣性エネルギーをして爆発的に加速する技能。

彼はこれをこの試合のここぞというところで使うと決めていた。そしてその使いどころが今だ。

 

爆発的な加速を得た白式は、甲龍との距離を一気に詰め、その背後へと抜けた。

 

 

「!? しまっ―――」

 

「オォォオォッ!」

 

 

一瞬にして鈴の背後を獲った一夏はその勢いのまま雪片弐型を上段から振り下す。

 

 

 

刹那。空から飛来した極光と轟音が辺りを支配した。

 

 

 

突然事態に一夏は今正に振り下ろさんとしていた雪片弐型を止める。

一夏はハイパーセンサーを使い辺りの状況を確認すると、空から飛来した何かはアリーナの遮断シールドを貫通して入ってきたようだった。常に隙間無くアリーナの上空を覆っているシールドに今はぽっかりと穴が開いている。そして自然には大きな穴が開き、そこからはもくもくと煙が上がっている。

彼の隣の鈴も同じように辺りを探っている。状況を確認しようと一夏が鈴に声を掛けようとしたとき

 

 

――――上空より熱源反応あり。

 

 

ハイパーセンサーからのメッセージに一夏は弾かれたように上空を見ると、そこには

 

 

「何だ…アレは……」

 

 

全身が深い灰色の装甲で覆われた。手が長く気味の悪い姿をしている異形のISが空から此方を見下ろしていた。

 

 



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