シロを探す (「」)
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青空にシロを探す

金色に光る箱舟が姿を現したとき天使界は歓喜に包まれた。これでやっと神の元に帰れると。誰もが未来へと希望を抱いた。

彼女――キュウもそうだった。自分がささげたオーラで、ちょうど女神の果実がなり誇らしかった。

今まで何人の天使達がこの樹にオーラをささげ、実がなる前に生涯を終えただろうか。多くの天使がこの瞬間に立ち会うことを望んだ。しかし、その時は簡単には訪れず、その命を散らした天使達は数知れず。そんな誰もが切望したこの瞬間に、立ち会えたのだ。

キュウはやさしい光を放つ世界樹から目を離し、後ろにたたずむ二人を振り返った。

長老は少し潤んだ目で箱舟を見つめ、師匠も口元が緩んでいる。やはり、二人とも嬉しいのだろう。さらに視線を動かし、今まさに停車しようとしている箱舟をみやる。神々しい光を身にまとった箱舟は徐々に速度を落とし、世界樹の周りを囲うように停車しようとしていた。

 あれで神のもとへといけると思うと誇らしさの他に嬉しさが、キュウの胸にこみ上げる。大げさかもしれないが、今まで生きてきたなかで二番目に嬉しいことだ。ちなみに、一番目は師匠にほめられたときである。

 

誰もが箱舟への期待を募らせた。これからの未来に対して胸を躍らせた。

 

 

 

しかし、それらはすべて一瞬で絶望へと変わった。

 

 

 

 禍々しい光が地上から箱舟へと襲い掛かる。

 途端、箱舟はその神々しさを失ってばらけて地上へと落下していった。見る見ると小さくなっていく箱舟。あまりの唐突さに、誰もが動けなかった。目の前で起こったことを理解できなかった。

 それが合図のように次々と黒い光が雲を突き破って、空へと駆け上がる。風が吹き荒れ、世界樹が軋み、悲鳴を上げる。

 

――飛ばされるっ!!

 

 キュウは咄嗟に世界樹の根にしがみつくものの、荒れ狂う風にはかなわなかった。ずるずると体がひっぱられ、まずいと思った瞬間体が浮いていた。

 

圧倒的な風に囚われ、

 

体が

 

宙を舞う。

 

羽をばたつかせるも抗えない。あっという間に宙に体が舞いあがった。

 

「……っ!……ウっ!!」

 

彼女の異変に気がついた師匠はすぐに手をの伸ばしてくる。

 

師匠っ!!

 

 彼女も必死に手を伸ばす――が距離がありすぎた。お互いに伸ばした手はだた虚しく空を掴む。

 キュウには師匠の必死な顔がゆっくりと遠ざかっていくように感じられた。彼はなにかを叫んでいるようだが声が聞こえない。風の唸り声しか聞こえなかった。風が渦巻くなか、息をするも難しい。

 

「キュウっ!!!」

 

唐突に声が鮮明に聞こえたかと思うと再び耳元で荒れ狂う風。息をしようと口を開くが空気が入ってこなかった。苦しい、痛い。体が千切れそうだっ―――懸命に羽をバタつかせるも、意味を成さない。浮かび上がった小さな身体はそのまま宙をさまよった。

 

 

 

「―――――!!!」

 

 なにが起こったか理解できなかった。視界が一瞬黒い光に覆われたかと思うと、先ほどとは比べ物にはならない痛さが彼女を襲う。

 

「キュウっ!!!」

 

 キュウは、薄れ行く意識の中、師匠の声を頼りにそちらへと羽を動かそうとするが、翼が動かせない。ぼやける彼女の視界を白い何かがちらつき、それが何かを認識する前に彼女の意識は闇へと落ち―――

 

 

 

再び意識が覚醒すると彼女の視界には古びた天井が映った。

ぼんやりと覚醒したまま天井を見て、今見たものは過去の記憶をなぞらえた夢だと把握する。体を起こし、窓の外に目をやれば薄っすらと明るかった。

 

 

 

また、朝がきた。

 

 

 

 ベットから降り立ち、窓を開けて外の空気をめいっぱい吸い込んだ。一つ。ゆっくりと深呼吸をして、窓から見える景色、特に空へと視線を彷徨わせる。薄ら青い空に雲一つなかった。どこにも白い色がないことを確認して、視線を外すと枕元へと歩み寄る。そしてそこにある丁寧に折りたたまれた服を手に取り、着替え始めた。上に長袖のシャツをきて、下には薄手の黒タイツを履く。その上からケープとスカートを身につけていけば、羽と光臨がないのを除き、見習い守護天使――-キュウの完成である。寝巻きとして借りた絹のローブを折りたたみ、ベッドを整え、キュウは静かに部屋の扉を開けた。

 扉の外には一階に繋がる階段がある。音を立てないようにゆっくりと下りるも、彼女が足を動かすたびに古い床板はわずかに軋んだ。羽があったときにはなかったその音に慣れる気がしない。

階段は大して長くないためあっという間に下の階に到着した。

 

「おはようございます」

 

下の階――台所にいる家主の老人に挨拶をすると穏やかな声が返ってくる。

 

「おや、おはよう。今日も散歩かね?」

 

「はい」

 

「そうかい。あまり無理はしないように」

 

 この三度目となるやりとりを行い、キュウは軽く会釈をすると外へと通じるドアを開けた。

 

 彼女が寝込んだのは3日間。

 

 ベットから起き上がれるまで回復し、歩き回り始めたのが3日前。

 

 いまだに彼女は、同胞の姿を見ていない。

 




PCから発掘したので投稿。


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冷たさに絶望する

 

 白いソレにそっと手を伸ばして触れると、ひんやりとした感触が伝わってくる。そのまま手を下に滑らせ、しゃがみこむと字が刻まれた部分へとたどり着いた。

 

 守護天使キュウ

 

 ゆっくりとその字を手でなぞり、キュウは深くため息をつくが、隣で轟音を響かせる水音にかき消された。

 彼女は、滝の側に設置されている天使像の前に一人たたずんでいた。天使界と人間界を行き来するための目印であったり、見回りに疲れたときの羽安めに用いたりとこの像は仕事になくてはならないものだった。守護天使への任命初日に、早速彼女もこの像を使った。昔から行われている儀式を行ったのだ。名乗りの儀と呼ばれる見習い天使が行う儀式は、複雑なものではない。魔力をこめた羽を一枚、その台座に置いて宣誓をすることでその名が天使像に刻まれるのだ。キュウの名前が刻まれる前は、彼女の師匠であるイザヤールの名前が刻まれ、彼が見習いであった時代もこの像を拠点にしていたのだろう。だから、この像の元にずっと居ることはできないが、キュウはできるだけこの場所立ち寄るようにしている。この像の元にいても天使界から降りてくる師匠にすぐに会える保障はない。師匠ほどの大天使なら目印なくとも人間界へ降りられるだろう。それでも、羽と光臨を失ったキュウは、天使界との繋がりを求めるようにこの場へと足を運んでいた。

 手が冷たくなってきたため、像に触れるのをやめて立ちがる。師匠は天使として位が高いからこれないのも仕方がないと納得は出来るが、他の天使がなにかしら来てもいいでじゃないか。天使界は一体どうなっているのだろうか、こうも音沙汰がないと嫌なことばかりが頭をよぎる。暗い思考にとらわれそうになり、それらを振り払うかのようにキュウは頭を振った。

 さあ、いったん戻ろうか。そう後ろを振り返ろうとしたその時、後ろから何かが近づいてくる気配を捉える。

 

「―-誰かと――!――――キュウじゃねえか!」

 

 途切れ途切れに彼女の耳に飛び込んできたのは、最近よく聞く青年の声であった。振り返ってみれば案の定、村長の息子とその友人だ。ぼうっと彼らを見ていると、淡い金髪の青年――ニードが顔をしかめながらこちらへと距離を詰めてきた。後ろの青年はやれやれっといった顔でこちらを眺めている。なんなんだろうと小首を傾げると、ニードが彼女をにらみつけつつ口を開いた。

 

「おまえ――なに――やがんだ?!」

 

 腰に手を当てこちらを威圧するように話しかけているが、いかんせん水音が大きくあまり聞こえない。もう少し声を大きくしてもらったほうがいいだろうか。しかし、勢いよくまくし立てているようで口を出すタイミングに困る。

 

「いいか。よく覚えておけ!この村で妙なマネしやがったら俺がただじゃおかねえからな」

 

 びしっと指を突きつけてなされた宣言は、すんなり聞き取ることができた。しかし、守護天使であるキュウがこの村に害することはない。いったいどんな過程でそんな結論に至ったのだろうか。困惑した表情が出ていたのかわからないが、後ろの青年が言葉を重ねた。

 

「ニードさんはな――-リッカが―――」

 

 青年の言葉をニードが後ろを振り返って否定することで、彼の視線はキュウから外れた。

 ニードとその友人のやり取りをみつつ、キュウは再びため息をつく。人間の視線にさらされる。人間に話しかけられる。地面に足がつく。羽と光の輪を失くしてから彼女の知る世界は変わってしまった。

 

「これが、悪夢ならましなのに」

 

 いまだに冷たい手を握りつつ、彼女の口からこぼれ出た願いは滝音にかき消されるのであった。



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