マクロス ザ・ロスト (神奈 亜栗鼠)
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プロローグ

 西暦2061年年─────────────────。

 

 第117次大規模調査船団の壊滅が事の端にあたる《ヴァジュラ戦役》の終結から2年が経過し、宇宙はひと時の安寧を享受していた。

 

 新マクロス級超長距離移民船29番艦、通称《マクロスα》は、第60次超長距離移民船団を率い、母なる惑星、地球に代わる人間が居住可能な惑星を求めて辺境への旅を開始した。4度の超長距離フォール度航行を行い、星の海を彷徨うことさらに8年。西暦2071年─────────────────。

 

 

 

 

 

 

 遙か1億4960万キロメートルほど宇宙(そら)の彼方から降り注ぐ太陽型超大型恒星の光が、柔らかく降り注ぐ。丘にはそよ風が吹き、短い草の葉擦れの音を奏でる。

 

 この丘に吹く風は、とても気持ちがいい。こうやって、お天道様にへそを向けて寝そべっていると、いつの間にやらうとうとと微睡んでしまう。

 

 「今日もいい天気だ。こんな日は、ここで昼寝をするに限るよ」

 

 柔らかな草本のベッドからは、所謂お日様の匂いというやつがする。俺はこの香りが大好きだ。ずっと昔、まだ子供だった頃、母親と同じ布団で寝ていたのを思い出す。その時と同じ香りがするのだ。

 

 『アスカ?ちょっとアスカ!!ポイントθ17-5にヴァジュラ出現!!急いで!!』

 

 俺が寝転んでいるすぐ側にある戦闘機のコックピットから、暗号無線を介して自分の名が呼ばれる。

 

 閉じていた瞼を持ち上げたついでに、上体を持ち上げて身体を起こす。半ば飛び上がるようにして立ち上がり、コックピットに乗り込む。

 

 「θ17-5だって?大気圏抜けてすぐだな。了解、今すぐ行くよ」

 

 パイロットスーツの固定具と、パイロットシートのジョイントを接続し、ロックする。キャノピーを閉じて、メインシステムを起動させる。インターフェースモニターに表示された赤文字の《STANDBY》が緑文字の《READY》に変わると、左の横に倒れたコントロールレバーを立てる。

 

 すると、モニターに映し出された戦闘機の3DCGが見る見るうちに変形、それと同時に実際の戦闘機も変形を開始していく。シートはコックピット内で向きを変え、戦闘機は形を変えていく。

 

 変形が完了すると、丘の上にデルタ翼の戦闘機の姿は無く、代わりに四つ這いになる機械の巨人の姿があった。

 

 フットペダルを踏み込み、操縦桿を後ろへ倒すと、巨人は膝立ちの体勢から起き上がり、大地にベクターノズルが変形した足を着け、立ち上がる。

 

 「行くか」

 

 足の裏から噴き出したエンジンの気流は、その巨体を宙へ持ち上げた。そして、鋼鉄の人は天空へと舞い上がった。

 

 前進飛行しながら、再び左のレバーを横に倒す。すると今度は先程と逆の手順を踏んで、人型から戦闘機へと変形した。

 

 左のレバーを前へ押し込むと、機体は急加速。操縦桿を繰って、ポイントθ17-5へと針路をとる。

 

 数分すると、指定された座標の近辺まで来た。それを確認した瞬間、レーダーに赤紫色のドットが現れる。どうやら、1体のようだ。

 

 レバーを今度は斜めにする。すると、エンジンブロックが下垂し、半ばで前方に折れる。そして、先端のベクターノズルが前後に展開。戦闘機の下側から、逆関節の足が生えたようなシルエットになった機体は、今度はエンジンブロックの外側にあった区画が、主翼の一部とともに前方に折れる。ストレーキ横のカナードとヒンジが連結し、主翼の一部が折りたたまれたサイドパーツの先端のマニピュレーターが起動。

 

 結果、戦闘機に手足を生やしたような妙なフォルムに変形した俺の乗る戦闘機は、前方を飛行する赤色で6本足の節足動物のような生物に、減速しながら接近する。それと同時に、OSに繋がれた《ある装置》を起動させ、機体後部にあるコンテナユニットを起こした。OSにインカムを繋いで、入力した音声を《ある装置》に入力し、そこからコンテナユニットから出力させる手筈を整える。

 

 「シグナルオールグリーン…………………………。準備完了。テスト開始」

 

 インターフェースを操作して、インカムをオンにする。

 

 「流星に、ま~た~がって、あなたに急降下~。濃紺の、ほ~し~ぞらに~、私たち~花火~みたい~。心~が光~の、矢を放~つ」

 

 俺は、いつも家で歌っているときのように歌った。この日のために、選曲するにもいろいろ考えてちょっとは練習したんだ。食いついてくれよ。

 

 俺の思いが通じたのか、前方を飛行する生命体は、速度を落として俺の機体の隣に並んだ。彼らのコミュニケーションと同じ原理を用いたのだ。同族と思ったんだろう。昆虫のような目で、キャノピー越しに覗き込む。

 

 「悪いな、君の仲間じゃなくて。俺に相対速度を合わせてくれたってことは、俺の声が届いたって解釈していいのかな」

 

 俺の真横にいる生物は、謎の波動を発した。キャノピー内側のホロウインドウにしっかりと波形がモニターされている。

 

 「あぁ、悪い。君らの言葉を解析する技術は、まだ完成してないんだ。だから、今君がなんて言ったのか分らない」

 

 俺がそう言うと、昆虫のような目がやや下方に垂れ下がる。

 

 「そう落ち込まないでくれ。その技術は試験段階直前まで来てる。その内実用化されて、もっと会話らしい会話が出来るようになるさ。それまで我慢してくれ」

 

 垂れ下がった半ば剥き出しの眼球がこちらに向けられる。どうやら、機嫌を直してもらえたようだ。

 

 「詫びと言っちゃあなんだけど、あそこの岬、ちょうど西を向いてるんだ」

 

 俺は左のアームを操作して、マニピュレーターの指で、8時方向の海岸線の岬を指差した。

 

 「あそこから見る夕日が綺麗なんだ。暇があれば見てみなよ。きっと気に入ると思う」

 

 モニターしてる波形が一瞬強く波打つ。恐らく、関心を示してくれているのだろう。

 

 「じゃあ俺はそろそろ行くよ。引き留めて悪かったな。知り合いによろしく頼むよ」

 

 俺はレバーを横に倒して、機体にとって付けたような手足を収納し、戦闘機の形態に戻した。そして、左に大きく旋回し、赤い生物から離れた。

 

 「ユリィ、モニターできてたか!?」

 

 『なによ、テンション上げちゃって』

 

 「そりゃ上がるだろ!ヴァジュラとちょっと一方的だったけど会話できたんだぜ!?すごいことなんだよ!!ヴァジュラとのコミュニケーション手段を持たない人間としては初のコンタクトだぞ!!」

 

 『はいはい、早くサンプル持って帰ってきてよね』

 

 「なんだよ、つれないなぁ」

 

 嘆息を漏らしながら、俺は愛機《YF-44》を駆るのだった。

 

 

 

 

 

 

 「アスカ、お帰り。聴いてたぜ、お前の歌」

 

 「ああ、ヨハン。ただいま。おかげさまでなんとか向こうさんには通じたっぽいよ」

 

 「そうだな。指令室でモニターしてたよ。お前の録ってきてくれたサンプルのおかげで、《言語フォールド波変換装置》の逆回路の、感情カテゴライズのシステムが組めそうだ。感情の変化が今までのサンプルより顕著に出てた」

 

 「変換装置自体の質も上がってるからな」

 

 俺と同僚のヨハネス・ワルターソンは、カフェテリアの一角の卓の上で、先のサンプル資料を囲んでいた。

 

 一応、発案者と企画者である俺たちは、技術部長であるロニー・マルクスより、サンプル資料と、装置の稼働状況についての資料を総合的にまとめてレポートを提出するという命を受けていた。

 

 「キースはなんて言ってた?」

 

 「計画は一歩前進。ただ、ヴァジュラの言語解明までにはまだまだ時間がかかりそうだとよ」

 

 「でも相手の喜怒哀楽が分かるようになったなら、もっと会話らしい会話が出来るよな。逆回路は確実に完成に一歩近づいた。その旨書こうか」

 

 「そうだな、そうしよう。レポートは俺が書くよ。お前はゆっくり休んどけ」

 

 「うん、そうさせてもらうよ」

 

 そう言ってヨハネスは資料を手に持って席を立った。

 

 「さて…………………どうしようか」

 

 今後の予定を考える。家に帰るのもアリだな。そう言えば洗剤が切れそうだったことを思い出す。帰宅ついでに町に出て買い物して帰るかな。そう思って重たい腰を持ち上げる。

 

 去年買ったばかりの車のキーリングを指先で回しながら、カフェテリアを出た。

 

 一応、俺は今年で19歳。俺の乗ってきたマクロスα率いる第60次超長距離移民船団、通称アルファ船団では、成人年齢が16歳、車を購入していいのが18歳からと、法律で決められている。成人年齢に対し、車を買っていい年齢が高いのは人権違反ではないか、と昔は一悶着あったらしいが、今はだいぶ落ち着いている。そもそも、いくら成人したとはいえ、16歳なんて体も心もまだ子供。19歳の俺に言えたことでもないだろうけど、法律が間違っているとは思わない。

 

 運転席に乗り込んでエンジンをかけた俺は、カーステレオを操作する。そして、ミュージックライブラリから、《FIRE BOMBER》のアルバムを選択し、再生する。俺の大好きなロックバンドだ。同僚や知り合いからは古いだの何だのと言われているが、俺は彼らの音楽が好きだ。きっと、死んでからもその気持ちは変わらないだろう。

 

 「フンフ~ン、フフ~ン」

 

 他にも、カーステレオには、《リン・ミンメイ》、《ランカ・リー》と《シェリル・ノーム》など、この宇宙進出後の人類史において《英雄》や《歌姫》と呼ばれるアーティストたちの楽曲が入っている。特に《愛・おぼえていますか》は、一時期へヴィーリピートをしていたし、実際に自分でカバーもした。

 

 「そう言えば、最近全然ギター触ってないな」

 

 コドルバ前線研究基地から南にある《超》大型ショッピングモールへ向けてハンドルを切りながら、そんなことをぼやく。

 

 俺は音楽が好きだ。だから楽器も弾くし、歌も歌う。これと言って大した特技も持たない俺が他人に自慢できる、唯一のこと。ギター、ベース、キーボード、ドラム等のバンド楽器は一通り演奏できる。後はハーモニカやカホンなんか。この最先端の時代、今やハーモニカやカホンなんかのアコースティック楽器は割と珍しかったりする。楽器屋に行けば置いてあることにはあるんだが、電子楽器に比べたら数は少ない。おまけに値段もちょっとお高い。学生の時に必死こいてバイトして稼いだ金で買ったアコースティックギターは、10万円近くした。

 

 「家に帰ったら弾いてやるか。多分、アイツもいるし」

 

 そう呟いて、俺は件の《超》大型ショッピングモールの駐車場に車を停めた。そしてモールの入り口のアーケードへと向かう。

 

 まず、このモールは、縦にも横にもかなりデカい。衛星軌道上にあるステーション1で一番規模の大きいモールの1,5倍から2倍はある。

 

 そして、目抜き通りは1階から最上階までが吹き抜けになっており、高さ1,5メートルのアクリルガラスが転落防止として張り巡らされている。

 

 何故そんなサイズや構造になっているかと言うと─────────────────。

 

 「おお、アスカくん。久しぶりだね」

 

 「おっちゃん、久しぶり。今日も美味そうなのたくさんあるな」

 

 俺は声の主の顔を見るため、天を仰ぐ。そこには、緑がかった肌の巨人が、立っていた。身長は約10メートル。偉丈夫と呼ぶに相応しい体格を持った声の主は、壮年らしい皺の刻まれた笑みで俺を見下ろしていた。

 

 彼らは《ゼントラーディ》と呼ばれる”元”戦闘民族だ。当初、戦うことしか知らなかったうえに、彼らの女性個体である《メルトランディ》と対立していた彼らは、人類と全面戦争をしていた。しかし、《リン・ミンメイ》の歌を聴いたおっちゃんたちのご先祖様は、人類と、そしてメルトランディと和解。半世紀近く、共存の道を歩んでいる。

 

 そう、このショッピングモールはゼントラーディの人たちも買い物が出来るように設計された施設なのだ。そして、俺が贔屓にしてるこの八百屋のおっちゃんのように、ここで商売してる人もいる。

 

 「お仕事、順調かい?」

 

 「うん、まあね。ヴァジュラの喜怒哀楽は区別できるようになったよ。それに、フォールド波言語変換装置はほぼほぼ完成した。ヴァジュラの言葉の翻訳はまだ出来ないけど、前よりずっと、らしい会話は出来るようになったし」

 

 「そうかい、頑張ってるんだねぇ」

 

 「おかげさまで」

 

 世間話もそこそこに、俺は店頭に並べられた野菜をじっくり見つめる。

 

 やっぱり、いつ見てもおっちゃんの店に並んでる野菜は美味そうだ。形や色艶もいい。契約農家から仕入れてるらしい。きっと、丁寧に、愛を持って育てているんだろうな。

 

 陳列棚から、袋詰めされたトマトと束ねられらたキュウリ。キャベツ、ニンジンを掬い上げ、篭に入れる。

 

 「こんだけもらってくよ」

 

 「あいよ、1,450円ね」

 

 レジのコンソールに携帯端末をかざすと、鈴のような電子音が発せられた。技術の発展したこのご時世、紙幣や硬貨と言った通貨は殆ど流通していない。代わりに《リアルタイムバンクシステム》なる決済システムが発展した。所謂電子マネーである。

 

 「そう言えば、レーナちゃんが君に会いたいってぼやいてるらしいよ」

 

 「やっぱり。戻ってきて正解だったよ。それじゃ、急いで帰るとするかな」

 

 レジの奥でビニール袋に野菜を詰め込んだロボットから袋を受け取り、店の軒先に出て再び天を仰ぐ。

 

 「それじゃあ、おっちゃん。また来るよ」

 

 俺がそう言うと、おっちゃんは戦闘民族の血を引いているとは思えない微笑で手を振った。

 

 モールから出て車に乗り、今度はモールからほど近い農村に向けて出発する。そこの近くの丘の上にあった、謎の小屋が、俺の家だ。

 

 そう、謎の小屋。

 

 1年と少し前、俺たちが調査研究のためにこの惑星に降り立ったときには、既にこの小屋は存在していた。曰く、ずっと昔にここを訪れたマイクローン、すなわち人間が建てたのだという。その人間は程なくして《バルキリー》で宇宙へ飛び立ち、二度と帰らなかったという。

 

 短期間ではあったが、人間が生活していたので、ガス、水道は通っており、小屋の裏手に発動機が設置されているため、電力の心配もない。身内がいることにはいるが、一応俺たちがここへ降りてきているのは調査研究、そして観測のためだ。俺の家族はコルドバの衛星軌道上で浮遊しているアルファ船団のステーション1に住んでいる。

 

 そして俺たちがこっちに降りてきている間は、さっきみたいに技術開発や戦闘演習、そしてこの惑星ほしに残された、超古代の巨大星間文明《プロトカルチャー》の遺跡を調査するためだ。

 

 年代物ではあるが、それでもしっかり働いてくれている冷蔵庫の野菜室に野菜を放りこみ

、居間の中央に置かれた卓袱台のそばにどっかりと座る。そして、木造の天井を見上げる。こうしていると、心の底が落ち着いてきて、今日一日の出来事なんかの整理がつきやすくなる。最近では、こうやって日々の研究成果をブツブツと呟くことが日課となっている。

 

 「変換装置は、感情カテゴライズのシステムを組むのみ。それで7割方完成。あとは試験運用と、それで得たデータを基に改良するだけ・・・・・・・・・・・・・。もうしばらくは自由に空を飛べそうだ」

 

 そう言うと、この前替えたばかりの畳に背中をつけ、卓袱台の横に寝転がる。

 

 このまま、少し昼寝でもしてやろうか。

 

 そう思い瞼を閉じたその瞬間・・・・・・・・・・・・・・・・・轟く地響き。しかも、振動は次第に大きくなっている。つまりこちらに近づいてきているのだ。しかし俺は微動だにしない。その客人の正体を知っているからだ。

 

 「アスカ~、帰ってきたの?」

 

 少女の声とともに、開け放たれた窓枠の向こうから、ぎょろりと巨大な目玉がこちらを覗く。

 

 「レーナ、それ普通に怖いからやめろ」

 

 「あ、ごめんごめん」

 

 すると目玉は窓枠から消え、代わりに巨大な影が小屋を飲み込んだ。

 

 俺はゆっくりと起き上がり、玄関に脱ぎ散らかしてあるサンダルを爪先で引っ掛けて、横着をしながらそれを履く。

 

 小屋から出て、俺はその巨大な人影を見上げる。

 

 「あ、アスカ。久しぶり」

 

 「よう、久しぶり」

 

 はるか上空から手を振る彼女に、俺は手を振り返す。

 

 彼女はレーナ・ユーリシア。この惑星に《先住民》として住んでいるメルトランディの少女だ。

 

 「お仕事、順調?」

 

 レーナは小屋の建つ丘の斜面に腰を掛ける。

 

 「ああ、まあな」

 

 「そっか~。わたしも働きたいな~」

 

 「来月卒業だろ?進路はどうすんの?」

 

 彼女の顔のそばまで行き、そこに胡坐をかく。

 

 「いやぁ、実はさ・・・・・・・・。オーディション、受けることになったんだ」

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 

 あんまり唐突すぎて、思わずすっ呆けた声で訊き返してしまった。

 

 「だから、オーディション!卒業式の翌週、近くを通る《シャルデリア船団》であるの。これに受かったら、そのままレコード会社と契約して、歌手になれるんだ」

 

 そこまで訊くと、突然腹の底から笑いが込み上げてきた。

 

 思わず声を上げて大笑いをする。

 

 「ちょ!!笑うことないでしょ!?」

 

 「いや、悪い悪い・・・・・・・・。そっか、歌手か。夢だって言ってたもんな」

 

 「うん。でも、わたしサイズの人が乗れる便ってお金かかるから・・・・・・・・・。せめてマイクローン化出来ればいいんだけど」

 

 「軍用のだけど、基地にマイクローン化装置あるから、使ってもいいか訊いといてやろうか?」

 

 「ホントに!?いいの?」

 

 レーナが首を回してこちらを見やる。

 

 「ああ。友達の夢への第一歩だ。手伝ってやるのが人情だろ?」

 

 「ありがと!!じゃあさ、ちょっと練習したいから、ギター弾いてくれる?」

 

 「ああ、いいよ。晩飯までの時間なら付き合ってやる」

 

 俺は小屋の中に戻り、スタンドに立てかけてあるアコースティックギターを手に取った。

 

 その瞬間、レーナと初めて出会った日のことを思い出した。

 

 俺がこの小屋を見つけ、ここに住もうと中を掃除しているところ、散歩している彼女と出会った。最初は廃屋の中でコソコソしているおかしなマイクローンだと思われていたようだが、俺がここに住む旨を伝えてからと言うもの、ほぼ毎日のように会うようになったわけだ。その時期から、彼女は歌手になりたい、と言っていた。自分のご先祖が心を震わせた、リン・

ミンメイのような歌手になりたいと。

 

 「んじゃあ、どの曲やる?リン・ミンメイの曲でもやるか?」

 

 小屋の中からレーナに訊く。

 

 「うん、いいよ!!オーディションではリン・ミンメイの曲やろうと思ってる」

 

 その返事を聞くと、俺は玄関から外へ出て、再び彼女を見上げた。

 

 そしてそばに座り込み、ギターを構える。

 

 俺のギターの音色に合わせて、レーナが歌いだす。

 

 彼女の歌声が、風と共に、草原の草を揺らした。



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第一章 会敵~incoming~

 「はぁ、ヴァジュラ来ないなぁ・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 俺は今、基地のカフェテリアで昼食後のコーヒーを飲んでいる。

 

 言語変換装置の完成へ向けて、さらに大量のデータを集めようとしているのだが、肝心のヴァジュラが現れてくれない。彼らのフォールド波が観測できないんじゃ、どうしようもなくやることが無いわけで、恐ろしく暇なわけだ。研究員ポジションならまだしも、テストパイロットという立ち位置の俺は、他の基地の職員に比べればやることは少ない。

 

 「なにボサッとしてるのよ」

 

 「ん、ユリィか。暇だからコーヒー飲んでる」

 

 俺がそう言うと、彼女は向かいの席に座った。

 

 「あんた、研究員じゃないから暇よね。あたしも暇だわ」

 

 「まあ、飛ぶ側が暇じゃあ裏方も暇なのも道理だな」

 

 ユリィは頷きながらテーブルに肘を立て、頬杖をつく。

 

 「てか、モニターはどうした。いつまたヴァジュラが来てくれるか分からないっていうのに」

 

 「モニターは同僚に任せてきた。あたしは息抜きついでにランチ」

 

 ランチ、と言う割には、彼女は食事の乗ったトレイを持ってきたわけではない。大方、俺にちょっかいを出しに来たのだろう。

 

 「お前も暇だな」

 

 含みのある表情と声色で言った。すると、随分と動揺したようでこちらを睨み付けてきた。

 

 「なによ、喧嘩売ってんの?」

 

 「いんや、なんでもない」

 

 俺はマグカップの縁を口につけ、中身を口に含む。嚥下し、同時にコーヒーの香りが鼻から抜けるのを感じる。天井を見上げ、日課を開始する。

 

 ヴァジュラが現れない分には何もできないから、暫くは《マグナム》の整備を手伝って飛び回ろうか。

 

 そんなこんな考えていると、オフホワイトの天井が突然─────────────────真っ赤に染まった。

 

 けたましく鳴り響く警告音とサイレン。カフェテリアにいた職員や研究員たちが一斉にパニックを起こす。

 

 「な、なんだ!?」

 

 《緊急事態発生。緊急事態発生。コドルバ衛星軌道周辺に正体不明の生命体が出現。マクロスαが応戦中。職員ならびに研究者は、シェルターに避難してください。繰り返します──────────────────》

 

 「応戦中ってことは、攻撃されてるの!?」

 

 「だろうな・・・・・・・・・。管制室に行くぞ」

 

 俺は赤い閃光が染め上げるカフェテリアを抜け、廊下をひた走る。後方にユリィの気配を感じる。付いてきているのだろう。

 

 向かいから走ってくる研究員たちを押しのけ、管制室に入り込む。

 

 「局長、なにが起こってるんです!?」

 

 「アスカ君か。たった今エリアF-7から熱源反応が感知された。衛星軌道上のマクロスαは生命体と思しき何者かからの攻撃を受け、ダイヤ小隊が応戦している。マクロスαのカメラと同期。モニターに出してくれ」

 

 基地の管理者、グラハム局長は管制室のモニターに宇宙空間の映像を映し出した。

 

 画面の枠内外を、青白い光とライムグリーンの閃光が絡み合うように動いている。稀に赤い爆発を起こしながら、まさにくんずほぐれつしている。

 

 「ユリィ、拡大できるか?」

 

 「やってみる」

 

 ユリィがホログラムのキーボードを操作する。静止画を撮影し、その画像をギリギリまで拡大する。

 

 「これは・・・・・・・・・・・・・・・・ヴァジュラ?」

 

 そこに映し出されていたのは、硬質な黄緑色の輝きを持つ装甲を持つ生物だった。腹部にある長大な砲塔。爬虫類のような見た目。それはさながら、ヴァジュラの幼体にそっくりであった。

 

 「ヴァジュラならフォールドアンプが使えるはずだ。上に繋いでくれ」

 

 『すまんが、それは出来んな』

 

 俺の言葉に応えるように、回線が繋がった。

 

 「ガドル艦長。一体どういうことだ」

 

 グラハム局長が返す。

 

 ガドルは、一度低く唸ってから口を開いた。

 

 『ワシもそれを考えてお前さんに連絡しようとしたんだが、こんなデータが得られたんでな』

 

 すると、サイドモニターにマクロスαのブリッジからデータが送られてきた。

 

 「これは・・・・・・・・・」

 

 俺はそのデータを食い入るように見つめる。そして、ある項目に視線が辿り着いた瞬間、戦慄が走った。

 

 「《生体フォールド波》が・・・・・・・・・・・・ない!?」

 

 《生体フォールド波》。現在、人間、ゼントラーディ、ヴァジュラ、命と思考、言語がある種族に確認されている電磁波のようなものだ。それがないということは即ち生命体ではない何かということになる。

 

 「ダイヤ小隊の状況は」

 

 グラハムが鋭く返す。

 

 『芳しくないのう。このままじゃあ押し切られる』

 

 ガドル艦長のその言葉を聞いた途端、俺の爪先は管制室の入口へと向けられた。

 

 「アスカ君何処へ行く!?」

 

 「《マグナム》で出ます!今からならまだ間に合うはずです!!」

 

 俺はそれだけ告げると廊下へ走り出した。背後でユリィが何か叫んだが、扉に遮られてはっきりとは聞き取れなかった。

 

 赤いランプの光が奔る中を、整備場へ向けてひた走る。直進し、角を曲がり、エレベーターで下層階に降りてから、再び入り組んだ廊下を駆け抜ける。

 

 「おやっさん!!コンテナをアンプからA装備に積み替えてくれ!!」

 

 「そう言うと思ってとっくにやっといたぜ!!大気圏越えの準備は万端だ」

 

 ドッグに駆け込むや否やそう叫ぶと、上の方からよく通る声が聞こえた。

 

 それを聞いて一目散に愛機へ駆け寄ると、エンジンブロックの間にあるコンテナには、大きく『A』のマーキングが入れられたものが積まれていた。そして両主翼に取り付けられた、大気圏越えを可能にするブースターと摩擦を緩和する冷却装置を兼ねた追加装備。

 

 単座式のコックピットシートの上に置いてあるヘルメットを被り、シートに腰を掛ける。座席に仕込まれたパーツがパイロットスーツの金具と接続され、身体を固定する。キャノピーを閉じると、キャノピーの裏側、そしてコックピットブロック前方のスクリーンに機体情報が表示される。

 

 「システム、オールグリーン。滑走路への移動を開始」

 

 ゆっくりペダルを踏みこみ、機体を前進させる。タービンの放つ甲高い音は、回転数とともにキーを上げていく。

 

 滑走路へ進入し、定位置に機体を据える。

 

 『ちょっとアスカ、本気なの!?今更古巣の危機に駆け付けたって疎まれるのがオチよ!?』

 

 「でもグェンさんには借りがあるんだよ。これくらいはしないと。それに─────────────────」

 

 俺は中天を見上げて言った。

 

 「『誰かが傷つくかもしれない』って可能性を無くせるなら、本望だ」

 

 言って俺は大きく息を吸った。

 

 「白波アスカ、マグナム、出る!!」

 

 気合とともに思いっきりペダルを踏み込む。タービンエンジンの回転数が跳ね上がり、加速。前方からの押さえつけるようなGを余所に、まだまだ速度を上げる。

 

 操縦桿を上に傾けた途端、宙に浮く感覚がやってきた。しかしそんなものは束の間、今度はさらなるGが身体に圧し掛かる。今にも喉奥から臓器が出てきそうな強烈なプレッシャーに耐えながら、俺は空の果てを目指す。ものの数秒で、さっきまで足をつけていた大地ははるか後方へ吹き飛んでいった。

 

 手元のレバーを引き、ブースターを起動させる。一定になった速度は再び爆発的な上昇を見せ、一気に成層圏まで駆け上がる。マクロスαが漂っている場所まではまだ距離がある。

 

 「ユリィ!ダイヤ小隊はどうなってる!?」

 

 『まだ持ち堪えてはいるけど、そう長くはないわ!!行くなら急いで!』

 

 「十分急いでるけど!!」

 

 既に中間層に突入。ガタガタと激しい揺れの中を、操縦桿がブレないように必死に固定する。通常、ここまでせずとも人間は気を失うか気圧差に耐えきれず内側から膨張して破裂するが、そこは現代の文明の最先端技術が詰め込まれたパイロットスーツにより、影響が緩和されている。が、体力や集中力がかなり消耗するのも事実。

 

 「くっそぉっ!!ここまで無理して俺もお前もよく無事だな!!?そろそろどっちかお釈迦になるんじゃねぇの!?」

 

 縁起でもない減らず口を叩きながらいよいよ熱圏へ。なかなかの長旅だが、ここでようやく三分の一。俺の目的地はもう少し上だ。

 

 ブースターの燃料はまだ残っているが、なるべくは温存しておきたいところではある。

 

 「よし抜けた!!早々にくたばってんじゃねえぞ!!」

 

 熱圏脱出を確認すると、方向をやや修正して一直線に加速する。低周回軌道上へ乗り出したのだ。ここまで来ると目的地は目前だ。その証拠に、機体の無線にノイズを伴って人の会話が聞こえてくる。

 

 刹那、閃光が瞬いた。次々と光が交錯していく。

 

 「グェンさん、猫の手でも貸してやろうか?」

 

 『その声は・・・・・・・・アスカか!?来てくれたのか!』

 

 「いつぞやの借りを返しにね。状況は?」

 

 『情けねぇがかなりヤバい。ヒーローが手を貸してくれるなら願ったり叶ったりだ』

 

 「やめてくれよ、そんなガラじゃないから」

 

 そう言って俺はフルスロットルで戦闘宙域へ駆けこんでいく。ブースターをパージし、身軽になって敵と対峙する。

 

 目を刺すような鮮やかなライムグリーン、強靭な顎から覗く牙は、巡洋艦クラスの船なら齧りつかれたら致命傷間違いなし、と言った様子である。鱗のような細かい継ぎ目と艶めかしい光の反射は、まさに爬虫類のそれである。

 

 『気を付けろ、ヤツは口からとんでもなく強い酸を飛ばしてくる!!掠っただけでもかなり危険だ!!』

 

 グェンがそう言ってくるということは、数人それにやられているということだ。

 

 『ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!』

 

 次の瞬間、一人のパイロットの悲鳴が聞こえてきた。前方を見ると、標的がその咢を開き、ダイヤ小隊の機体に噛みついた。俺はすぐさま標的の頭部に射撃を命中させ、咢の戒めを解いた。

 

 「脱出しろ、受け止めてやる!!」

 

 そう叫ぶと、機体のコックピットブロックからスモークとともにパイロットが射出された。レバーを操作してガウォークに変形し、その手でパイロットを保護する。

 

 「グェンさん頼みます!!」

 

 『おうよ、ぶちかましてこいヒーロー』

 

 「文字通りマッハで大気圏越えてきたんでそこまでは無理だよ!サポート頼む!!」

 

 『あい分かった。野郎ども、死にたくなきゃあヒーローのお膳立てだ!!死ぬ気でやれ!!』

 

 無茶なオーダーを出された隊員たちは、それでも自分の機体を後ろから支えてくれるようだった。

 

 今、一対一で標的とまみえる。トリガーを引いて射撃。しかし躱されるのでミサイルを撃って牽制、確実にビームガンポッドの射撃を当てにいく。ガンポッドの弾こそ命中しなかったが、それの回避に気を取られ、ミサイル数発が代わりに命中。体制が崩れたと見た瞬間、すぐさま加速し、接近する。

 

 レバーを操作してガウォーク形態をすっ飛ばしてバトロイドに変形。ガンポッドを左手に持って、右のマニピュレータを背面へ回ったコンテナに手を伸ばす。そして握ったそれを振り抜いた。

 

 大音声を立てて、機体が弾き飛ばされる。

 

 「ふざけるなよ、特殊合金製の刀だぞ!?」

 

 《マグナム》の右手には、長大な刀が─────────────────正確には、刀のようなも、が握られていた。

 

 こちらも体勢を崩されたが、すぐさま立て直し、再び斬りかかる。今度は関節と関節の間を正確に狙って。

 

 綺麗に決まれば抵抗なくさくっと切れてしまう。切り口を拝んでやろう、なんて思ってキャノピーの外を見た瞬間、俺は戦慄した。

 

 「なんだこいつ・・・・・・・・・・・・・!!」

 

 傷口からは、血などの、そういった体液のようなものは一切滴っていなかった。視界に入ったものは、鋼鉄の骨、そして無数の銀色の間を走り回る電気(スパーク)だった。

 

 そう、あいつは生命体でも何でもない。機械だったのだ。ならば、生体フォールド波が無いのも道理だ。

 

 「くっそ・・・・・・・・・・・・・っ!!七面倒な!!」

 

 そう吐き捨てて後退しつつ左手にあるガンポッドで射撃を浴びせる。すると向こうも反撃に出た。腹部の砲身をこちらへ向け、電撃のような強烈な射撃を行った。紙一重で情報に躱すと、再びアラートが鳴る。

 

 「強酸かッ!!!」

 

 推進装置を起用に使い、こちらも紙一重で回避する。そして回避行動と続けて射撃体勢に入り、発射。向こうも回避行動をとるが、後方から飛来するミサイルや弾丸の嵐に逃げ場を失くし、射撃が命中。

 

 行ける。その直感に突き動かされ、ミサイルを掃射する。それに紛れて急接近。すぐさま敵も反撃に大顎を開けて噛みつこうとしたが、動きを完全に見切って回避。背後を取って背にある僅かな隙間に刀の切っ先を捻じ込む。じたばた動くも、やがて動きは止まり、標的は完全に沈黙した。

 

 「・・・・・・・・ふぅ。終わり、かな?」

 

 コックピットの座席に全体重を預ける。蹴りがついてよかった。正直《マグナム》にはかなり無理をさせていたし、丁度良かった。

 

 『アスカ、無事!?』

 

 コドルバの研究基地から通信が入る。この声は、ユリィだ。

 

 「こっちは大丈夫だ。けど、ダイヤ小隊の方はよく分からない。グェンさん、どうだ?」

 

 『八機中五機が損傷、うちパイロット二名が負傷ってとこか。敵さん一匹にここまでてこずらされるとは思ってなかったけどな』

 

 『そんなに!?どうしてすぐ増援を呼ばなかったんですか?そちらの軍支部で契約している民間軍事会社があったのでは?』

 

 『俺ら新統合軍にも、意地と面子ってもんがあるんだよ。・・・・・・・・・上の決定だ。俺らがどうこう言えることじゃねえ』

 

 それを聞いて、俺は溜め息をついた。軍の連中は、相変わらず下らないプライドなんかを頑なに守り通しているらしい。面倒この上ない。

 

 「ユリィ、このまま降りられると思うか?」

 

 『降りるって地球に!?絶対無理よ。一度マクロスαに収容してもらって、専用のシャトルで降ろしてもらえるよう、局長が話をつけるから』

 

 「分かった。迷惑かけるな」

 

 『自覚してるなら自重しなさいよね!?』

 

 そう言ってユリィは一方的に通信を切断した。

 

 『あんまりお前の我が儘に女の子を巻き込むんじゃねえぞ?』

 

 「別に巻き込んだ覚えはない。いつもくっついてくるのはあいつの方だよ」

 

 俺は再び溜め息をついた。そして地図を開いてマクロスαの位置を確認する。

 

 「じゃあお先。居心地が悪くて仕方がないよ」

 

 『何度も言うけど、お前が気に病む必要はないんだよ。お前は正しいことをした。悪いのは変なプライドに固執してたうちの連中なんだから』

 

 「それでも・・・・・・・・・・・・・」

 

 言いかけて俺は言葉を腹の底へと飲み込んだ。

 

 「いや、この話はやめにしよう」

 

 そう言ってスロットルを引き絞った。

 

 

 

 

 

 

 マクロスαに到着した俺は、そのままブリッジに入って艦長に挨拶をした。人とすれ違う度に、白い目で見られるが気にしてはいけない。

 

 艦長の話によると、丁度物資供給用のシャトルの貨物室に空きがあるので、そこのスペースに上手いこと《YF-44 マグナム》を積載する、とのことだった。シャトルの出発まで自由にしていていいと言われたが、出来るものならこんなところに長居はしたくない。

 

 本日何度目かの溜め息を吐いて、通路を曲がろうとした瞬間、一人の男性と鉢合わせた。お互いに小さく声を上げ、その場で固まる。男が着ているブルソンには、新統合軍のエンブレムと、トランプのダイヤを模った紋章があった。新統合軍マクロスα支部、ダイヤ小隊の隊員だ。そして自分のかつての同僚でもある。

 

 「・・・・・・・・・・・今更何しに戻ってきたんだ」

 

 男はキッと俺を睨み付けながら言う。俺は視線を右下へ外す。

 

 「別になんだっていいだろ。ただのお節介だよ」

 

 「助けを請うた覚えはない!」

 

 「だからお節介だって言っただろうが。いちいち突っかかってくるなよ、面倒くさい」

 

 俺はそれだけ言い残してその場を去ろうとした。だが彼の横を通り過ぎた瞬間、肩を掴まれ無理矢理向き直させられる。

 

 「お前さえいなければ─────────────────」

 

 「おい、よせ」

 

 男の言葉を遮るように、別の男が声を発した。肩幅の広い体躯と長身に、赤毛の短髪。グェンだった。

 

 「しかし隊長、それではジャックが─────────────────」

 

 「やめろって言っただろ。・・・・・・・・・・お前だって、あれが仕方のないことだってことくらい分かってるだろ・・・・・・・・・・・?」

 

 グェンがそう言うと、男は小さく舌打ちしてその場を去った。

 

 俺が目を閉じて息を吐くと、胸に何かが当たった。目を開けてみると、胸元に煙草の箱が浮かんでいた。グェンがよく吸っている銘柄だ。俺はそれを指先で軽く弾き、グェンに返した。

 

 「なんだよ、煙草吸わないのか?」

 

 「あんま得意じゃないって前から言ってるだろ」

 

 グェンはそうか、とだけ言って煙草を咥え、ライターを取り出した。

 

 「館内禁煙だろ。それで何回怒られてると思ってるんだ?」

 

 「ぐっ・・・・・・・・・・・・うちのオペレーターと同じこと言いやがる」

 

 そう言ってグェンは煙草をパッケージにしまった。

 

 「悪く思わないでやってくれ。あいつらだってやりきれないんだよ。今更つまらんプライド捨ててもな、どうしようもないんだよ」

 

 「分かってる。・・・・・・・・・・・・けど俺は自分が許せない。グェンさんならきっとあいつを救えたはずだ」

 

 「それは言いっこなしだって、お前がコドルバに降りるときに言っただろ」

 

 俺は思わず無言になった。とにかくこの場から立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。

 

 「ご両親には会いに行かないのか?折角上がってきたんだから、顔くらい見せに行けよ」

 

 「とてもそんな気分じゃないな」

 

 「それもそうだな」

 

 そう言って俺たちは反対方向へと歩き始めた。足取りは自然と早足になっていた。



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