ラブライブ!サンシャイン!!アンソロジー『夏――待ちわびて』 (鍵のすけ)
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出会いの海、始まりの話

『網元の長女と許嫁(仮)みたいなんだが!?』、『近所の病院の娘と許嫁だけど何か質問でもある?』でお馴染みの秩序鉄拳さんです。
特定のキャラへの描写が細かい作品ですのでぜひお楽しみください!By企画主催者


――僕らが出会ったのは、僕がこの静岡県沼津(ぬまづ)市の内浦(うちうら)に引っ越してきたばかりの時だった。

 

 

なんで引っ越してきたか? それは家庭の事情というか、僕自身の都合だからだ。

ここ、内浦はとても空気がきれいだ。自然が多くて潮風がきついけれど、排気ガスがきつい都会よりもはるかにいい環境だ。

身体が弱く、都会の空気が肌に合わないということで、僕はお母さんの実家であるここにきた。

そんな自然に囲まれている街ということは、都会と違って同じくらいの年の人が少ない。

――いわゆる過疎地だ、地方特有問題だとか、学校で習ったこともある。そんな現象だ。

 

 

僕はそんな地方から更に離れた地……海にポツンと存在する【島】に引っ越した。

離れたといっても、まぁ船で五分かそこらでしかないけど。

いや、五分かそこらだとしても、海に在るから船でしかそこへ行けないんだ。

昔は島に通ずるロープウェイがあったらしいけど、今は全く動いていないということを、ここに引っ越したばかりの頃祖母から聞いた。

 

 

さて、話を戻そう。

僕はそこで一人の女の子と出会った。

数少ない同年代というか……ほとんど同じ年の子というか、そんなこの場所では貴重な存在。

その始まりは僕が引っ越したばかりの頃。まぁ、住む場所を散策しようというのは多分当然のことだと思う。

そう考えて、ふらふらと近所に挨拶しつつ歩いてた時だ。

 

 

 

「――ッハァ!」

「ンッ!? なにっ! なんなの!?」

「ん……? 誰君、見ない顔だね」

 

 

 

突如海から上がってきたダイバー服の少女。

その名は松浦(まつうら)果南(かなん)、この島に在るダイビングショップの店主のお孫さん。

……ダイビングスーツだなんて、テレビか池袋の水族館だとかくらいでしか見たことが無い僕には、とてもじゃないけれど彼女の姿は刺激が強すぎて、この時は自己紹介くらいしか交わすことはなかった。

女子と話すことも特に得意じゃなかったから、顔も真っ赤だったと思う。

 

 

そんな彼女と次に出会ったのはわりと経っていないすぐの時期で、彼女の家と真反対の場所――祖母の家の近くでだった。

ここに引っ越してきてから、僕はよく夜に島、それも家の付近の海岸を散歩するようになった。

そんなある日の夜、家の近くにある岩礁で果南――このころは松浦さんと呼んでいた彼女が、ひっそりと泣いているのを見つけたんだ。

 

 

 

「あぁ……君かぁ、恥ずかしいとこ……見られちゃった。ごめんね、見なかったことにしてくれると嬉しいんだけど……」

「だめですよ松浦さん。こんな時期にそんな短い袖なんて着てたら風邪ひいちゃいますから、見なかった振りなんてできません」

「やめてよ……今はほっといてほしいから……」

「そうだとしても、僕は放っておけない。理由は聞かないけれど、泣いてるあなたをこのままにしちゃいけないって」

 

 

 

泣いてる理由なんて、まだ知り合ったばかりの僕に聞けるわけもない。

だけど、目の前で体を震わせながら、こんな肌寒い夜に泣いてるような、そんな彼女を。見過ごして何も無かったことになんてできるほど、僕は俗に言う【クズ】になった覚えもない。

ただそばにいてあげることしかできないけれども、独りで泣かせるよりも、遥かに良いことだって、今でも僕はそう思っている。

――結局、何故彼女が泣いていたのかは今になっても聞いていない。だけど、それは別に僕がこだわるべきではないとは思う。

 

 

 

「――ありがと、少しだけ気が晴れたよ」

「いえ、僕にできるのはこれくらいですから」

「それでも、だよ……ねえ」

「はい、何でしょう」

「もっと……砕けていいよ? 君、堅すぎ」

「……あー、善処……します」

「そっか、じゃあ追々に、だね」

 

 

 

あんまり長く無い時間での出来事だったけど、この時既に僕は彼女に魅かれていたのかもしれない。

今ならそう確信できる。だって、気付けば彼女の家の前でぼおっと立っていたり、彼女がよく上がる岬で時折誰かを探すように日向ぼっこしていたり、してたのだから。

今でも彼女に意地悪な顔で言われてしまう。

 

 

『あのときから私って君に恋されてたんだね、だって私が行くところに君がいつもいたし』

 

 

――我ながらストーカーじみてて恥ずかしい限りだった。

そんなことしてたくせに彼女の顔をまともに見れなくて、さらにまともに彼女の声を聴ける余裕がなくて、すぐ顔が真っ赤になってたっけ。

結局彼女と顔を合わせると妙な気まずさで避けていたし、それがあっていつだったか、彼女に無理やり顔を掴まれ、彼女の方へ向けさせられたこともある。

あの時は果南の眼を見た瞬間熱を出したようにフッと倒れちゃったせいで、目を覚ました時は彼女の家のベッドに寝かされて、『心配した』と叫ぶ果南に泣かれたし、果南のお爺さんには彼氏だと誤解されて拳を振られるしと、割と散々な目にもあったっけ。

 

 

まさかあの時誤解された関係に、今僕と彼女はなっているというのも面白い話なんだろうか。

前に正式に果南のお爺さんに挨拶に行ったら、再び殴られたわけじゃなくて『あの時殴って悪かった』と謝られたのには少しだけ笑ってしまったなぁ。

果南と一時間くらい思い出しつつクスクス笑ってたら、彼女のお爺さんにへそを曲げられたので謝り倒したのもいい思い出。

 

 

思えば果南と付き合ってからいろんなことをしたなぁ。

彼女が好きな内浦の海を実際に潜って、いろんな魚を見ることができたし。

果南の幼馴染達から幼い頃の彼女の話を色々と聞いて、それを恥ずかしがった果南に怒られて。

伊豆の方へ旅行したついでに天城に山登りもしたし、果南がスクールアイドルになったからってLIVEの応援しにも行ったし、なんでか知らないけど僕がそのスクールアイドルのサポートメンバーに任命されたこともあるし――ほんと、色々あったなぁ……

 

 

徒然と思いながら、僕は浜辺の石を一つ、サイドスローで水へと投げ込む。

……え、どうして今浜辺で一人寂しくいるのかって?

――実は今日もデートの待ち合わせをしているんだ。

ただ僕が待ち合わせの時間よりも一時間早く来すぎた、それだけのことなんだよね。

 

 

付き合い始めて既に何年経った。

彼女の存在がいるからこそ、僕は療養として暮らしていたこの場所から離れたくなくなり、高校も急遽転校してこっちの学校に通い、そして卒業し、そして静岡の大学に進学をした。

いつからか体調も崩さなくなり、都会にいたころよりかは長く運動もできるようになったし、咳もしなくなったし。

だから思う。本当に、この内浦はいい自然にあふれている。

 

 

――突然携帯が震える。メッセージが届いたみたいで、メッセージの送り主は――話題の彼女、果南だった。

 

 

≪ごめん、今すぐウチに来てほしいんだ≫

≪どうしたの?≫

≪えっとね……こればっかりは言葉で説明したくて……ゴメン、急いで来てほしいな≫

≪わかった、すぐに行くよ≫

≪ありがと、待ってるね≫

 

 

何やら深刻そうな内容。彼女に何があったのだろうか……メッセージを送るということは少しばかりの余裕が彼女にもあるのだろうけれど……

果南とのメッセージのやり取りを終えて、僕は走って待ち合わせ場所から彼女の家に向かう。

彼女の家の前につくと、玄関でいつでも出られるように待っていたのか、ドアが開いて果南が出てきた。

 

 

 

「ごめんね、デートの日に急に予定変えちゃって」

「いや大丈夫だよ。それよりも、大丈夫? 一体何が……」

 

 

 

僕を玄関で迎えた果南の表情は、何かに喜んでいるようにもどこか戸惑っているようにも見えて。

タラリと一筋の汗が流れる彼女が、重々しく言葉を発した。

 

 

 

「あー、あのね……君に今すぐ言わなきゃいけないことがあるんだよねー」

「どうしたの、今日調子が悪いんだったら直前でもいいから、メールか電話で言ってくれればよかったのに」

「ううん、そのね、調子が悪いんじゃなくて……いや、悪いのかもしれないけどそういう悪いじゃなくてね……」

 

 

 

いつも言葉を濁さない彼女が珍しくどもる。

せわしなく動く視線は時々僕の顔をとらえて、その顔はだんだんと熱が回っているのか赤くなっていて……

そこで突如腕が果南によって引っ張られる。とにかく家の中で話をしたいということなんだろう。

 

 

果南に連れられたのはリビング。

そこには彼女のお爺さんと、同じく彼女のお婆さんが正座していた。

お爺さんのほうは心なしか顔が強張っているし、お婆さんのほうはとてもニコニコしていて喜びを隠せていない。

一体何事だと思っていたら、リビングに僕を連れてきた後何処かへ行っていた果南が何かを持って再び僕の隣に座りこんだ。

果南に勧められて同じように座った僕に、彼女が手渡したのは妊娠検査薬。

そして彼女が続いて告げたのは――

 

 

 

「あのね、私――妊娠(デキ)ちゃったみたいなんだよね」

「……パードゥン?」

「だーかーらぁ、デキたんだって。君との、子供」

「……まぁ、そりゃあ……そうなるよね」

「まぁねー、安全日だからって絶対にデキないわけでもないしねぇ」

 

 

 

――いつかは来ると思っていた妊娠報告だった。

いや、まぁたびたび避妊せずに彼女とイタしたこともあるのだから、いつかはそうなるだろうと覚悟はしていた。

『しばらくは海に潜れないかもね』と苦笑する果南に、僕は彼女の手を握る。

果南がこっちを向いたとき、僕は一度深呼吸をし――

 

 

 

「果南、ほんとだったら、今日のデートで言うつもりだったんだ」

「……なにを?」

「僕と、僕と結婚してくだぁッ――ッ!」

「い、今ガリッて鳴ったけど……大丈夫?」

ふぁ()……ふぁいふぉうふ(だいじょうぶ)……」

 

 

 

――プロポーズをしようとして、恥ずかしながら舌を噛んでしまった。

果南は僕の言葉が通じていたのか、少し涙ぐみつつも、僕の無様な舌噛みに笑いをごまかしきれていない……泣きそうだ。

プッと笑いを我慢する音が聞こえたのでそっちを向くと、果南の祖父母が笑いを堪えながらお腹を抱えていた。

……ああ、恥ずかしいなぁ。

 

 

 

「もう、そんな笑わなくてもいいでしょお爺ちゃん」

「すまん……坊主の舌を噛むタイミングがあまりにも素晴らしくてだな……」

「確かに綺麗に噛んだけどさぁ……ねぇ、お爺ちゃんは認めてくれるの?」

「当然だ」

 

 

 

果南の問いに、彼女のお爺さんは目を閉じ、静かに肯定の言葉を返してくれた。

僕の眼がしらが自然と熱くなる。

果南を見ると、彼女も涙を流しているのがわかった。

 

 

 

「俺の答えは坊主があいさつしに来た時から変わっとらん。果南を悲しませたら許さんということだけだ」

「あっ……ありがとうございます……お義爺さん!」

「お爺ちゃん……ありがと……」

「坊主、お前は大学に通っているんだろう。空いている日は家に来い。果南と結婚するならばウチを継いでもらわんとならんからな」

「はっ、はい!」

「果南、曾孫の名前は俺が付けてもいいか? ずっと考えてた名前が10はあってなぁ!」

「お爺ちゃん、そんなにあってもつけられるのは一つだけだからね!?」

「はっはっは! なぁに、玄孫ができるまでは死なんからな、10の名前を全部つけてみせるぞ!」

「お義爺さんだったら本当にありそうですね――」

 

 

 

 

――僕と果南のお話は、ここで一つの区切りを迎えた。

この先の未来かい? それは僕にもわからないかな。

ただ、僕らのほかにもさまざまな区切りを迎える人たちもいる。

次は、その人たちのお話を見に行こう。




・告白内容
妊娠報告及びプロポーズ


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サン・ストーンの人魚姫

 小説家になろうでも活動されている真城光(しんじょう ひかる)さんです。

 深くは言いません。彼の作品を読んで、そして世界観を感じ取ってくださいBy企画主催者


 

 波は青で、海は紺。

 雲は白で、葉は緑。

 空にぽっかり開いた穴からは、光が漏れてきている。

 眩しい世界、目映い世界。

 そんな世界で生きている。

 せめて眩しいものが、世界だけだったら。

 光に焼かれることなんて、なかったんだろう。

 これは昔話。

 いいや。違う。

 これは自分の知っている、最初の童話。

 無邪気に信じていて、今も覚えていて。

 胸を躍らせて、何度も読み聞かせられて。

 始まりはいつだってそう。

 むかしむかし、あるところに……。

 

 

   *   *   *

 

 

 ボクが暮らしていたのは、静岡県。

 さらに言えば、海へと多くの男達が踏み出す沼津市。または内浦。

 もっと言えば、そこに浮かぶ、小さな島。

 寂れていると言えば、そう。きっとここよりも寂れた場所はある。教科書に載るくらいには、有名な町なのだから。

 それでもこの内浦にあるのは、緑の山、青い海に太陽、白い雲。

 逆に言えば、それしかない。

 そんなもの、内浦でなくたってある。

 ボクは石ころを蹴飛ばした。本当に蹴飛ばしたかったのは石ころじゃない。でもその正体は、わからないままだった。

 海を眺めた。何もない海だった。

 ここからこの海は、地続きになっている。ボクが歩いているのも、きっと海なんだ。海の底に沈んでいるような気持ち。息苦しさをいつも感じていた。

 ボクには何もできない。この内浦に、何もないように。

 生きにくい世界。歩くことさえ、苦しい場所。

 浜辺へと歩き出す。さく、さくと、足音を踏み鳴らす。

 振り向いて、自分のつけた足跡を見た。ボクはそれを見て、少しだけ笑った。

「何をしてるの、ボク?」

 声が聞こえた。綺麗な声だ。

 ボクは顔を上げた。そこには女の人がいた。

 声の通り、綺麗な人だ。濡れている一房にまとめられた髪。ダイビングスーツをまとった女性。

 大人びた印象。落ち着いた雰囲気。目はすっごく輝いていた。

 まるで、そう。人魚姫だ。

 陸のしがらみに捕われない、海の生き物。

「ええと」

 ボクは知っている。この人はダイビングショップのお手伝いさんだったかな。あのお爺さんの、お孫さん。

 こんな綺麗な人だったっけ。ボクは思い出そうとしたけど、なんだかんだ、きちんと見ていないようで、まったくわからなかった。

「ちょっと波が高くなってきたから、気をつけた方がいいよ」

「あ、うん」

 ボクはまるで、声を失ったかのようだった。喉から何か音を絞りだそうとするんだけど、何も言うことができない。

 曖昧な返事、強張った顔。変な風に思われてないかな。不安になる。

「どうしたの? もしかして、私の顔に何かついてる?」

「い、いいえ、何も!」

「ああ、よかった。たまに千切れた海藻とかついてるんだよね」

 へへ、と言って、頬を書いた女の人。

「って、ついてるじゃん! もう、嘘つき!」

「え、ええっ!? そんなぁ」

「冗談だよ、冗談」

 女の人はそう言って、また笑った。眩しい笑顔だった。

 見惚れてしまった。これ以上ないほどに、見惚れてしまった。

 息ができなくなる。それは水の中にいるようなものではない。むしろ、水から陸へと上げられた魚のようだった。

 急に吸った空気。そもそもの呼吸の仕組みが違う。

 遠くを眺めた。海しかなかった。この海を、彼女は泳いでいたのだ。

 ちょっとの時間が流れた。とっても長く感じたけど、実際はほんの少ししか経ってない。

 ボクは、ある疑問をぶつけた。

「あの」

「なあに?」

 女性は髪を梳く。その姿が、どこか艶かしい。

「どうして、海に潜るんですか」

 それは素朴な問いだった。

 ボクにはさっぱりわからない。どうしてわざわざ、息苦しい海へと潜るのか。

 タンクを背負わなければ、呼吸さえままならない。体の自由だって利かない。

 彼女が人魚だと言うのなら、答えてほしい。

 この海を愛しているというなら、答えてほしい。

「そうだなあ、考えたことなかったかも」

 その答えは、言葉は、ボクには衝撃的だった。

 少しして、納得した。彼女にとって、海で泳ぐことというのはごく自然なものなのであろうと気づいた。

 ボクにとって息苦しいことが、彼女にとっては当たり前にあるもので。そうしたものに、苦しんだことがないのだ。

 だって、足ではなく、尻尾でこの海を渡るのだから。

「ぷかぷかと浮かんで。波に揺られて。潜って、魚たちを眺めて。それだけで、たくさんのことが『ま、いっか』ってなるの。大変なことがあったらさ、できる人にやってもらうの。私は、私のできることをするの」

 そう言ってる彼女の姿は、どこまでも自由に見えた。

 言ってることは、ダメな気がするけど。

 海からも、陸からも、繋ぎとめられていないような。

 どこだって自由に泳いで。どこだって自由に飛んで。

 それでいいんだって、笑うように。

「できること、ですか?」

「そう。幼馴染がいるの。そのうちの一人が、くすくす、少し困った子でね。幼いくせに、立派に心配ぶって。でも、あの子の元気さと突飛な発想は、どうしてかわからないけれど、面白そうって思えるの。それで海で泳いで、ちょっと考えるんだけど、でもすぐに手伝ってあげたくなるの。不思議だよね。だから、できることだけ手伝うって決めたの。できないことは、やらない」

 きっぱりと言い切る彼女。

 どうしてだろう、ボクはその言葉が、救いに思えてしまった。

 口が開く。けれど、言葉は出ない。

 胸の奥底から湧いて出て来る感情。

 その正体はわからないまま。また時間がすぎていく。

 日が暮れてくる。遮るものがないから、内浦はとっても日が長い。

「ねえ、今晩さ、空いてる?」

 言葉に詰まるボクを見かねたのか、彼女はそう言った。

「夜、ですか?」

「そう。星、一緒に見ない?」

 星を一緒に。

 それはとっても魅力的な誘いだった。

 きっと、親にも彼女と一緒にいることを伝えれば、夜の外出を許してくれるはずだ。

 けれど。

 けれど、ボクの中に、ちっぽけなプライドが芽生えた。

「ごめんなさい、夜はちょっと」

「そうなの?」

「うん……」

 嘘をついた。きっと見透かされてるだろう。

 でも、これでいいんだろう。

「そっか。じゃあ、また、ここでお話ししようね!」

 彼女はそう言って立ち去っていく。

 後ろ姿を見届けた。ボクは視線を、海へと戻した。

 また、ここで。それはとっても、とっても嬉しい言葉。

 ……ボクはまた、ここに来ることはあるのだろうか。

 とっても眩しい彼女。

 あの人をきちんと見れる日は来るのだろうか。

 もう、海の底にいたような息苦しさはなくなっていた。

 代わりにあったのは、眩しい太陽と、流れる雲。

 緑の山。そして青い海。

 ボクは足元を見た。あったのは、丸くなった瓶の欠片。

 それを拾い上げる。光に照らされ、反射する。それは偽物だけど、宝石のように思えた。

 大きく振り被る。思いっきり投げた。あの眩しい海に沈む、太陽に向かって。

 ちゃぽんと、小さな波を立てるけど、大きな波に揉まれて消えていく。

 ボクの告白は、泡となって消えた。




 初めまして、真城光です。誰だお前って思った方も多いでしょう。それで正解です。誰ですか私は。
 久しぶりの二次創作、それも『ラブライブ! サンシャイン』という未だにアニメ化していない作品を手がけさせていただきました。
 普段は一次創作をしており、さらには……書いておいてなんですが、他の方より『ラブライブ!』への愛が薄いのは自覚しているところです。
 けれども、今回は挑戦させていただきました。多くを語ると陳腐になるので、二点のみ。
 一つに、どんな作品を書いたっていいということ。今回の作品は二次創作として邪道でしょうが、一次創作ではよくあるもの。こんな作品があったっていいんだぞ、と。
 二つに、誰だって挑戦していいということ。私のような無名な人間だって書きたくなるんです。みんな書いていいと思うんです。
 簡潔ですが、以上をあとがきとさせていただきます。
 作品、楽しんでいただけたなら幸いです。またどこかでお会いしましょう。


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桜咲き乱れる君の隣で…

『ラブライブ! ~ピアノが奏でる恋の旋律~』、『ラブライブ!サンシャイン!! ~海に広がる恋のメロディ~』でお馴染みのヒロアさんです。By企画主催者



はじめましての方は初めまして!ハーメルンの方で活動させていただいています。ヒロアと申します!今回はサンシャイン企画と言うことで、僕からは梨子ちゃんメインのお話を書かせていただきました!ぜひ、最後までお楽しみください!


潮風香る内浦で俺はただ平凡に毎日を過ごしていた。ただ何となく学校に行き、ただ何となく一日を過ごす。そんなことを繰り返していたらいつの間にか、高校二年生となっていた。今日もまた適当に一日を過ごす、そう思っていた。

 

「あぁ…今日は野菜が安かったなぁ」

 

そんなのんきなことをいいながら俺は海沿いを歩いていた。

 

「あれ、あ、あれ?」

 

ふと、そんな声が聞こえたのもその時だった。声のした方向を見ると、慌てながらバックのなかをあさっている同い年位の女の子と、困っている八百屋のおっちゃん。俺は気付かれないようにおっちゃんのところへ行き、なるべく声を潜めておっちゃんに何があったのかと尋ねる。なんでも財布がないらしい。

 

「おっちゃん、いくら?」

「ん?670円だな」

 

俺は財布を取りだし、ぴったり670円をおっちゃんに渡す。

 

「へ?いいのかい?」

「制服を見た感じ、ここら辺の学校じゃないんだよなぁ、多分引っ越してきたんだろ、だったら?」

「ああ、引っ越し祝い、ね」

「そゆこと、ってなわけでよろしく」

「あいよ!」

 

ここら辺の人は結構仲がいい。それは移住してきた人も変わらない。その仲が良くなるきっかけというのがこの『引っ越し祝い』なのだ。引っ越し祝いと言っても、そこまで高いものを渡すわけでもない。

例えば、魚屋をやってる家だったら魚を一匹サービスしたり、花屋をやってる家なら、家に飾ってくださいと花を渡したりだとか。

些細なものでもいい、大事なのは心の問題だと、俺も中学の頃に引っ越してきたのだが、引っ越し祝いだと、いろいろなものをサービスしてくれたりした。

それ以来俺も引っ越し祝いだと何か送ることがある。心を大事に、某RPGゲームの作戦みたいだが、内浦に住む人たちの間では鉄則になっている。

おっちゃんが手際よく袋に野菜を入れると、焦ってバックを逆さにしたりしている女の子の方へと向かう。

 

「ほい、嬢ちゃん、野菜ね」

「え?でもお金をまだ…」

「いいってことよ!そこのやさしい兄ちゃんが払ってくれたからよ!」

「そんなの悪いですよ!やっぱり一回帰って財布を…」

 

凄く申し訳ないと思ってるのか急いで走りだそうとする女の子の手を掴み、止めさせる。

 

「君、引っ越してきたばっかだろ?」

「え…なんでそれを?」

「見た感じ俺と同い年位だし、ここら辺の高校少なくてな、片手の指に入るくらいもないから制服くらい覚えてるんだよ、その制服はこの辺の学校の出はないからな」

「へぇ…って!そうじゃなくて!お金を…」

 

感心していた顔からいっきに顔が強張る。

 

「だーかーら!引っ越してきたんだろ?」

「っ…はい」

「なら引っ越し祝いだ。どうだ?受け取ってくれるか?」

「まぁ…それなら・・・ありがとうございます」

 

女の子は律義に頭を下げる。

 

「そんなのはいいって、それよりも、これからよろしくな」

「はい!わたし、桜内梨子っていいます」

「桜内さん、な、覚えた。改めてよろしくな」

 

そう俺が言うと、桜内さんは何か言いたげな顔をする。

 

「どうした?」

「そ、そのどうせなら名前で呼んでほしいというか…あ、でも無理にとは言いませんけど…そうよばれたいなぁ、なんて…あわ!?私何言ってるんだろう!?わ、忘れてください!」

 

顔を真っ赤にして手をわたわたとさせている彼女を見ているとつい笑ってしまう。

 

「ふふ、じゃあな、梨子。また学校帰りとかであったら話そうぜ?ここら辺のことだったら俺でもそこら辺の人に聞けよ?みんな親切に教えてくれる。ここでの生活がいいものになることを願ってるよ」

 

そう言って俺は帰路につく。後ろでおっちゃんがキザなセリフはくなーと冷やかしてくるが無視だ無視!そんなの俺もわかってるよ!

そう心の中で叫びながら足を進めていると梨子がぱたぱたと走ってきて、俺の隣につくと俺のスピードに合わせて隣を歩く。

 

「おい、なんでこっちに…」

「私の家もこっちなんです。途中まででいいので一緒してもいいですか?」

…キザナセリフが無駄になっちまったなぁ…

「…途中までな」

「素直じゃないんですね」

「うっせぇよ…」

 

そんな話をしながら俺達は二人並んで帰った。

   ☆   ☆   ☆

「あ、ここが私の家です」

 

どこまで行っても帰り道が分かれることはなく梨子の家についてしまった。しかもそこは―――――

 

 

俺の家の隣だったのだ。

 

「あなたの家はどこに?」

「あ、ああ、ここからもうちょっと(数歩)歩いたとこかな…ハハハ」

 

乾いた笑みを浮かべながら俺はそう言う。

 

「じゃあ近所なんですね!」

 

少し嬉しそうにそう言う梨子にそうだな、と返しつつ内心、近所どころかお隣なんなんだよなぁ…などと思いながら家に入る梨子を見送る。

扉を閉める前に梨子が手を振っていたので笑顔で手を振り返すと、にっこりと笑いながら扉をしめた。

 

完全に扉が閉まったのを確認し、俺はそそくさと隣にある俺の家に入っていった。

家に入ってホッと一息つき、壁に寄りかかる。

 

「なんとか誤魔化せた…」

 

そう安心して夕飯の順備に取り掛かる。

だが、事件はそのあとに起こった。

   ☆  ☆   ☆

夕飯を食べ終え、俺は学校の課題に取り掛かっていると、ふいに家のインターフォンが鳴る。

 

「はーい、いまでまーす」

 

ガチャ、と扉を開けると、清楚。という言葉がピッタリの美人な人と―――――

 

 

梨子がいた。

俺はしまった、と冷や汗を流しており、梨子は驚いてフリーズしていたが、そんな事を知らない梨子のお母さんと思われる人は頭を下げる。

それにつられ俺も頭を下げた。

「このたび、隣に引っ越してきた桜内です。よろしくお願いいたします」

「あ、ご丁寧にどうも。こちらこそよろしくお願いいたします」

「礼儀正しいのですね。今はおいくつで?」

「あ、近くの高校に通っております。二年生です」

 

しまった、年を聞かれてるのに学年言っちまったと、内心焦りつつ、顔には出さないようにしていた。

「あら?じゃあうちの娘と同じですね。ほら梨子、挨拶」

「あ、桜内梨子です。よ、よろしくお願いします…?」

 

会ったことがあるがために挨拶も少しぎこちない感じになってしまう梨子。

少し笑いそうになってしまったが何とかこらえる。

耐えろ、俺。

 

 

 

 

それから少し話した後、二人は帰っていったが、何か梨子がこそこそと後ろでポストを指さしていたので見てみるとそこには一枚のメモが入っていた。

なにやらアルファベットの羅列と、その下には数字の羅列が書いてあった。

 

…うん、これメールアドレスと電話番号ですね。

家に入り、登録するかしないか少し迷ったが一応登録はしておこうと、書かれていたメールアドレスに自分の携帯電話の番号を送ってしばし待つと書かれていた電話番号から電話がかかってきたので出ると

 

『あ、もしもし?』

「よう、梨子」

『うん、ちゃんと繋がったみたいだね。よかった…』

「良かったって…俺のアドレスなんぞ要らんだろうに…」

『ううん、いるよ。友達だもん』

「…そうか」

『ほら、素直じゃない。それより、隣ってどうゆうこと?びっくりしたんだけど…(怒)』

「あっ」

 

その後俺はこってりと怒られ、それから毎日とまではいかないが、よく電話をするようになった。今では電話が楽しみで仕方ない。

 

そんなことがあってから約半年。今は紅葉が春とはまた違った景色が内浦にも広がっていた。

今でも梨子とは電話したり、たまに一緒に沼津駅の方に出掛けたりした。梨子はスクールアイドルとやらになったらしく、今では結構有名になっている。何度か同じグループのメンバーの千歌や曜にもあったが結構いいやつでいつの間にかなつかれて、お兄さんや兄さんと呼ばれるようになった。いい響きだ。

明るいあいつらと一緒なら梨子もさぞかし幸せだろう。そう思いながら、夕飯を作っていると、ふいに携帯が鳴ったので梨子かなと、思いながら電話に出る。

 

「もしもし…え?…ああ、それで?……は?」

 

俺は手に持っていたお玉を落とし、そのまま作っていた味噌汁にお玉は着水し、沸騰直前の味噌汁が俺の顔向かって飛び散った。

 

「あっつ!?」

 

   ☆   ☆   ☆

 

次の日、俺はところどころにやけどをした痕をさすりながら、商店街をとぼとぼと歩いていた。

 

「あ!お兄さんだ!」

 

そんな声がしたので俺はその方向を向くと、その先には大きく手を振っている千歌と手をおでこの前に持っていき、敬礼をしている曜のなんとも微笑ましい二人がいた。

 

「よう、千歌、曜」

「「こんにちは!」」

「って、その手、どうしたの!?やけどしてるよ!?」

 

千歌が腕を見て心配そうにする。

「…ああ、大丈夫だ…」

 

そう俺が言うと曜は少し目を細めて俺を見る。

 

「な、なんだよ」

「兄さん、気づいてないかもだけど、顔も暗いし、覇気がないよ。なんかあったでしょ?」

 

曜がそう言うと千歌がそうだそうだと心配そうな目をする。

 

「兄さん、私達が相談に乗るよ?頼ってくれてもいいんだよ?いつもお世話になってるし…」

「参った。降参だ、話すよ」

 

俺は二人に電話の内容を話し、今の状況をざっくりとだが教えた。

 

「「お兄さん(兄さん)が引っ越す!?」」

「ああ、両親がやってる店が東京にあるんだがな…急に父さんが倒れて、これからも仕事できそうにもないようなんだよ…もともと俺も店を継ぐ気だったんだが父さんが倒れちまったから引っ越しが早まることになったんだ」

「そんな!?いつ引っ越しちゃうの!?」

 

千歌が声を荒げて俺に聞いてくる。

俺は目をそらし、少し口ごもりながらもはっきりという。

 

「……明日だ」

「そりゃぁ、えらく急だね、兄さん」

「ああ、だから今日はこの街を見納めしようかとな…」

「梨子ちゃんは!?梨子ちゃんに言ったの!?」

 

それこそ俺は苦い顔をして答える。

 

「……まだだ」

「兄さん…ちょっといい?」

「ん?」

 

俺は曜の方を向くと

 

 

 

 

パァン!

 

曜に頬を叩かれた。

 

「なにしてんのさ!急に言われたらあの子悲しむよ!はやく行ってきなよ!兄さんを一番慕ってるのはあの子なんだよ?!梨子ちゃんが悲しむところなんて…そんなの…いやだよ!兄さんは、兄さんは!あの子のことどう思ってるのさ?!」

 

目に涙を浮かべている曜。それは梨子が曜にとってどんなに大切な友達かどうかを物語っていた。

頬を抑えながら、この半年間、梨子と過ごした日々を思い出す。

一緒に笑いあったり、昼名を作って二人で食べたり、そういや、歌のアドバイスもしてやったっけ…そんな日々が走馬灯のように頭のなかをよぎって行くなか、俺は一つ思った。

 

 

俺は梨子のことが好きなんじゃないか?

 

と、そう分かった瞬間、俺がやることは決まっていた。

 

「曜、千歌」

「なに?」

「…」

「わり、ちょっとやることできたから帰るわ」

「うん!」

「…ふん」

 

そんな二人に内心感謝しつつ走って家まで向かう。

 

「おにいさーん!」

 

千歌の声に振り返ると二人がさっきのところから少し目に涙を浮かべながらこぶしを空に挙げる。

 

「「頑張って!」」

 

俺はそれに手をあげることでこたえ、また走り出す。

   ☆   ☆   ☆

 

 

走っていると偶然にも梨子がいた。

 

「梨子!」

「?あ、どうしたの?そんなに走って…」

「伝えたいことがある」

「え?なに?」

 

――――お前のことが好きだ。

 

 

 

 

   ☆   ☆   ☆

 

 

梨子に想いを伝え、俺は次の日、内浦を去っていった。

梨子はすごく悲しそうにしてたが、最後は笑って送り出してくれた。

また必ず会うことを約束して、その時に答えを聞くと約束して――




どうでしたでしょうか?サンシャインは梨子ちゃんが好きなので今回は梨子ちゃんメインのお話を書かせていただきました!今日で三作目のこの企画、まだまだ他の作家さん方も参加しています!最後まで楽しんで読んでいってください!


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隣の温もり、同じ世界

 今回の企画主催者であります鍵のすけです。四番目です。
 僕のあとにはまだまだ十八作品が控えていますが、四番バッターさながらにかっ飛ばしていきたいと思いますのでよろしくお願いします。


 心地の良い風が僕の頬を撫でる。暖かな陽だまりは僕を包み、生い茂る草花の香りが鼻孔をくすぐる。今日は素晴らしき日になりそうだ。

 待っていた校舎裏でスマホのカメラモードを切り替え、自分の顔を映し、身だしなみを整えていると――。

 

「あ、あのぉ……」

 

 草を踏みしめる音がしたのでそちらの方へ顔を向けると、そこには彼女がいた。

 栗色の長髪、小鹿を思わせる雰囲気、そして何より小柄な美少女。間違いない、彼女だった。ふわつく感情を何とか抑えつつ、僕はその名を呼んだ。一言一句を大事に、そして噛み締めるように。

 

「来てくれてありがとう花丸ちゃん!」

「先輩……」

 

 国木田花丸ちゃん。僕の後輩であり、お寺の子であり、本の虫であり、そして誰よりも魅力的な――僕が今から()()をする女の子である。

 自然と拳を握っていた。そこはかとなく緊張しており、思わず走り出しくなるぐらいだ。

 

「花丸ちゃん僕は――」

「せ、先輩っ! まずはその、おら……マルの話を聞いてもらっても良い……ずら?」

「ん? う、うん……良いよ」

 

 突然の申し出に早速出鼻をくじかれた僕はとりあえず花丸ちゃんに続きを促した。途端、彼女は視線を彷徨わせる。

 僕の告白を前に、一体何を言いたいのか。僕は黙して促した。

 

「えっと、その……」

「花丸ちゃんから先にどうぞ。いいよ、僕は待つから」

「う、うぅ……その……あの……」

 

 何度も喋ろう喋ろうとしている花丸ちゃんを見ているのが少しだけ楽しい。いつまでも見ていたいくらいだ。彼女の困り顔はいついかなる時見ても良い物であるのは彼女を良く知る者達の間では既に知られている事実。

 やがて諦めかけたのか、花丸ちゃんが僅かに肩を落とす。

 

「……ずらぁ」

「ついに語尾だけになっちゃったか」

「そ、そんなことはどうでもよくて! あの、ちゃんとマルの話を聞いて欲しいずら」

 

 その真剣な表情に茶々を入れるほど、僕は人間が出来ていない。代わりに彼女の目だけを見る。それ以外は何も入らない。僕の視界にはもう花丸しか入っていないのだ。

 

「うん」

「先輩はいつも優しいずら」

「優しい……う~ん、そうかなぁ? 僕はいつも花丸ちゃんを怒らせちゃってると思って――」

「せ、先輩は少しニブイ所があると思うずら……」

 

 そう言って、花丸ちゃんは僕に少しだけ近づいてきて。小柄な体格のせいで自然と上目遣いになる彼女に、少しだけ僕はドキリとした。身長差って、本当にいいよなぁ。そんな感想を抱くくらいには心臓が高鳴っている。

 思わず言葉を失ってしまった僕を気にせず、彼女は続ける。

 

「本当にマルが先輩の事が嫌ならその、いつも話しかけに行ったりはしないずら」

「えっ……?」

「う、うぅ……あぁもう! 何でこうマルの気持ちが伝わらないずらぁ!?」

「は、はぁ!? そりゃこっちのセリフだよ!」

 

 そう言った瞬間、僕の中の()()が切れた。ここまで言われて黙る僕ではない。ここをスルーしてはもうこの先の言葉が届かない。そんな確信と共に僕は言葉を吐き出した。

 

「花丸ちゃんこそ! 僕の気持ちが分かっていないんじゃないの!?」

「……へ?」

「僕は初めて会った時から花丸ちゃんの事が可愛いと――ずっとそう思っていた!」

「へ、へ? ……へ? か、可愛い!? マルが!?」

「そうだよ! 本を選んでいる時の花丸ちゃん、読んでいる時の花丸ちゃん、歌を歌っている時、踊っている時の花丸ちゃんの全てが好きなんだ!」

 

 初めて出会ったときには心を奪われた。最初は容姿だけだったが、会う時間が増えていくとだんだん彼女の内面が見えてきた。控えめなのに確かな意志があり、なおかつどこかおっちょこちょいなそんな彼女。

 周りがちゃんと見えて、それとなく支え、だけど決して自分を押していかない。背中を押していきたいと手を添えていきたいと思った。

 そして喋っている間、ずっと花丸の顔が見られない僕がいた。いや見ているのだけどどこか焦点が定められないのだ。喋っている間にだんだんと恥ずかしくなってきたのだ。しかしここでそっぽなんて向けられない。視線を外してしまえばそこで全てが終わってしまうような気がして。

 

「マルは……マルこそ、先輩が……」

 

 一言置いて、花丸がぽつりぽつりと喋り始めた。

 

「最初はすごく優しい人だなぁって。高い所にある本を取ってくれたり、重い物を持ってくれたり、お寺のお手伝いをしに来てくれたり……。そんな先輩を見ていると、マルも頑張ろうって思えるんだずら。何にでも真剣にやる先輩が、いつでもマルに勇気と力を与えてくれる先輩が……マルは……」

 

 一思いに、一息で、一言で、花丸が言葉を――――解き放った。

 

 

「先輩が好きなんです」

 

 

 一言だけのはずなのに、感じる感情は十全。そして万感の思いは自然と表情に現れ、思わず口元を隠してしまった。それはそうするだろう。ニヤケているのがバレてしまうのだから。

 いつまでも黙ってしまったままだったのがいけない。花丸が途端、不安げな表情へと変わっていく。

 

「……ず、ずっと黙らないで欲しいずら」

「ごっごめん!」

「こ……これで、マルたち、その……」

「恋人だね」

「そんなはっきりと言わないでくれたら嬉しいずら! は……恥ずかしいぃ」

 

 この妙な気恥ずかしさに名前を付けるとしたら何なのだろう? 互いがそわそわしているこの感じ。僕が好きと言い、花丸が好きと言い、両想いを確認し、そして晴れて恋人となった。

 ――だったらどうする?

 自然と花丸と目が合った。なんだがドギマギしてしまう。

 

「えと、これからどうする……ずら?」

「う、う~ん……と、とりあえず……もうちょっと近づいてみる?」

「わ……分かったずら」

 

 歩み寄り、そして互いを隣にし、校舎の壁にもたれかかる。肩と肩が触れる距離。それは僕と花丸の心の距離でもあって。近づいたのだ。温もりが感じられるぐらいに。

 

「……良い天気だね。ほら今日は快晴だよ?」

「え、何で今その話から始まるずら?」

「いやぁ緊張しちゃって……おっかしーなー。告白したときは緊張したというか、無我夢中だったのもあるんだろうけど。花丸ちゃんは?」

「オラは……マルも、同じだったずら。先輩に告白しようと思ったら胸がカーッとなって、頭も真っ白で、だけど言いたいことはスラスラと出てきて。不思議だなぁ。グルグルとした迷路みたいな気持ちなのに、目を瞑ってでも歩いて行けるんだから」

 

 だんだんと表情が綻ぶ花丸の横顔を見て、僕は何だか安心する。黙っていても不快ではない、むしろずっと黙っていて傍にいてもいいくらいだ。これくらいがちょうどいいのかもしれない。

 

 

「え、えい!」

 

 

 ふいに頬に感じた柔らかな感触、まるでお餅のようだ。それが花丸の頬と分かったのはすぐの事だった。

 

「こ、恋人って何をすればいいのか分からないから、そのとりあえずほっぺとほっぺをくっつけてみたけど……どう、ずら?」

 

 絶句しながら僕はただ首を縦に振ることしか出来なかった。何せふわりと香ってくる花丸の香りと頬の体温が伝わってきて、僕の言語能力を根こそぎ破壊するには十分すぎたのだ。

 これは照れくさい。それしか言えないはずなのに、それが全く悪くないのだから不思議なものである。

 

「け、結構なお手前で……」

「……照れくさいけど、何だか良い気分ずら」

 

 一言置いて、花丸が続ける。

 

「それに、これは結構好きずら」

「何で?」

「先輩はマルより背が高いずら。だからマルはいつも先輩を見上げなければならないんだけど……これなら先輩と同じ目線で物を見ることが出来るずら。それに、こうしてほっぺをくっつけることも出来るずら。それはとても素敵なことだと思うんだぁ」

 

 確かに僕と花丸には身長差があった。だからこそ僕は花丸の世界が見られず、そして花丸は僕の世界が見られない。

 だけど、これなら見えるのだ。僕だけのものでもなく、花丸だけでもなく、()()()()()が。

 

「まあ、大した景色は見えないから空見るくらいしか出来ないけどね」

「何でこう先輩は空気を壊すような発言がつらつら出来るのかが気になるずら」

「それは言いっこなしでいこうね」

 

 ふっと通った風の冷たさに少しだけ身震いした僕はそろそろこの場を後にしようと提案した。

 

「確かにそろそろ寒くなってきたずら。せっかくだし暖かいものでも食べに行きません……か?」

「いいね! じゃあ行こうか! お尻も痛くなってきたしね!」

 

 立ち上がろうとした刹那――。

 

 

「っ――――」

 

 

 僕の頬に当たった感触。頬でも手でもない柔らかさ。ふいに横を見ると、顔を俯かせ、僕から視線を外す花丸。そこでようやく僕は察する事が出来、思わずそこを手で触れてしまった。

 

「い、今花丸ちゃん……」

「これも同じ目線で見ることが出来たから……ということで」

 

 そういう花丸の表情にはもう気恥ずかしさはなく、どこか悪戯っぽい微笑みがあった。もちろん少しばかり頬が赤いけど。

 

「先輩はどこへ行きたいずら? 実はマル、最近見つけた美味しい和菓子の店があってそこに行ってみたかったり……」

「おっけー! そうしたら次は僕のおすすめを教えてあげるよ!」

 

 所謂、デートだろうか。口には出さないまでも、確実にその流れである。今日はとても良いことだらけだ。

 良いことがありすぎて僕、そのうち死ぬのではないのだろうか。

 

(ま! アニメじゃないんだからそんなことはないよね)

 

 花丸と歩き出そうとした――その時。

 

「せ、せんぱい! 今日はヨハネとデートしましょ!」

「せせ先輩! あのぉ……そのぉルビィと一緒にあ、あああ遊びません……か?」

「あ」

 

 僕は()()の姿を確認した瞬間、全身が強張った。そしてすぐに十字を切る。別に宗教的な意味ではなく、自分の心を落ち着けるという意味で。

 フラグって本当にあるんだね。

 

「……善子ちゃんに、ルビィちゃん? 今二人とも……あれ? あれれ?」

 

 左右からやってきた善子とルビィを見た花丸の表情が途端、困惑の色に染まる。頭の中でカシャカシャと考えを纏め終わったのか、どんどん半目になっていく花丸。視線は僕へ。心なしかその眼に込められている色がどす黒いものになっているのが良く分かる。

 そして――追及が始まった。

 

「こ、これはどういうことずらぁ……!」

 

 花丸は花丸で、そして善子とルビィはそれぞれで状況を察したのか僕にだんだん詰め寄ってきた。バットでも持っていようものなら即座に殴り殺されそうな勢いである。

 冗談として笑い飛ばすにはいささか物騒すぎる。

 

「先輩! 説明をよーきゅーします! このヨハネの他に愛の告白をした人がいるっていうんですか!?」

「る……ルビィにしてくれた告白って……や……やっぱりルビィなんて……」

「あ、愛の告白ぅ!? 先輩説明してほしいずら!」

 

 三人がずらりと僕を囲み、そして睨みつける。その目力に負け、僕は説明した。

 うん、告白していたのだ。津島善子ちゃんや黒澤ルビィちゃんにも。だけど、神に誓って言いたいのは決して遊びやおふざけなどではない。もしそうと断じられたのなら僕はその場で舌を噛み切る所存だ。

 ちなみに告白した日程としては二日前に善子、昨日はルビィ、そして今日は花丸である。

 

「そ、そんな馬鹿なことがあるずらか……」

「こ……このヨハネがまさかリトルデーモンに弄ばれていたなんて……」

「うぅ……やっぱりルビィみたいな地味で暗い子なんて……」

「ちょっと待ってよ皆!! 落ち着いてよ!」

 

 そんな彼女達に僕は必死に両手を挙げて止めた。

 

「さっきから聞いていれば弄ぶだの、地味で暗い子だのって! 僕がその程度の気持ちで告白しただぁ!? 違うよ! 僕がみんなに言った言葉に一切嘘はない。ってああもうまどろっこしい!! いいかい!? 僕は、僕はね――――」

 

 

 至極単純な事さ。たった一言。こう言ってやれば良い。

 万の言葉を以てしてもその人らの胸には心には届かない。なれば一の言葉を以てその人らの心へ一直線に届けて見せる。

 

 

 

「僕は君達が大好きなんだ! 三人とも僕と付き合ってくれ!! 幸せにして見せるから!」

 

 

 

 そうなのだ。僕は皆が大好きだから告白した。

 

 ――馬鹿!

 

 一言一句同じ、そして向けられる感情も同じで。飛び交う罵倒の雨を掻い潜りながら、僕は今日も三人の()()達と楽しい毎日を繰り広げるのかもしれない。

 上等である。彼女達を全て抱きしめられなくて何が僕なのか。有象無象の艱難辛苦なぞ払って捨てる。

 

 ――ああ、これが僕たちのこれからも続く物語の序章なのかもしれない。そして、未来はどこまでも明るく、そして輝かしく、僕たちのこころと未来を照らしてくれるのだろう。




 今回は花丸ちゃんメイン、善子ちゃんルビィちゃんメインで書かせていただきました。ストレートに見せかけてのジャイロボールだったと感じてくれれば個人的には成功です。あえてキスとかそういうことをせず、子供っぽいことをする花丸ちゃんが書きたかったんです。あとはまあ普通に終わらせることが少々不得手なので搦め手を少々……といった感じです。賛否両論はあると思いますがあくまでギャグ的なオチがある展開が好きなのです。
 前書きでも書きましたが、これからあと十八作品が皆さんを待っています。ぜひ全てを読み、作者たちが夢想するサンシャインの世界に浸っていただければと思います。
 一番最後にも一筆したためますので今回はこれまでに。それではまたあとで会いましょう。


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さくらの舞う頃

『バイト戦士なんだが、バイトしてたら初恋の子に会った。』、『堕天使はお姫様っ!!』でお馴染みの相原末吉さんです。そんな彼が今回企画に参加してくれました!By企画主催者


ふと春の終わり目、なんとなく外へ飛び出した俺の元に一つの花弁がやってきた。

その花弁に誘われて、俺は自然と歩を進めて行った。"彼女"が通うはずだった学院の門の外から分かるほどの桜並木。そよ風に煽られて飛んで来た花弁は、"俺"に彼女を想起させる。

 

「どうかしたのかい」

 

ふと声を掛けられた。門の近くに立っていた警備員だ。この音ノ木坂学院もすっかり有名女子高に返り咲き、生徒数が激増。当然セキュリティや警備は厳重になる。

だからとて、警備員が女子高前に佇む男に声を掛けてきてもいいのだろうか。それとも、ちょっとした会話の皮を被った職質だろうか。

 

「桜を見ています」

「おお、桜ね。君は知っているかい、この学院にもたくさん並んでいるソメイヨシノはね」

 

警備員の男性はそこまで言ってから言葉を切った。どうやら頭の中から台詞が出てこないらしい。そして、俺はその台詞の先を想像して口を開いた。

 

「接木で数を増やしているから、すべてのソメイヨシノはクローン、ですよね?」

「へぇ、驚いたな。若いのに物知りだね」

 

彼は感心したように屈託の無い笑みを見せた。中年男性特有の朗らかさが頬の皺から滲み出ている。対して俺は、桜の大木を見上げて感慨に耽っていた。

物知りだから知っていたわけではない。なぜなら、

 

「俺……桜が大好きだったんです」

 

 

なぜなら、俺にそのことを教えてくれた人がいるから。

 

 

 

 

 

麗らかな春、春の嵐による洗礼を受け桜も半分以上が緑色に変わってしまった頃。桜内梨子はバス停で荷物を持って立ち尽くしていた。

今時の女の子なら待ち時間はスマートフォンという彼氏の世話になることがある。しかし彼女はどうも待ち時間はこの沼津の景色を眺めていることが多い。そういう意味ではどこか今風からずれたところがあると自負している。

 

「寂しくなるなぁ……」

「そんな顔しないで千歌ちゃん、数日向こうに戻るだけだから……」

 

スマートフォンに触れないもう一つの理由、バスを待つ彼女を見送りにきた友達がいるからだ。人と話すときは相手の顔を見る、彼女が家族に教わった常識だ。

高海千歌、約一年前にこの静岡に降り立ち不安でいっぱいだった梨子の最初の友達だ。千歌は梨子に善く接していた。もちろん下心が無かったわけではないが、梨子がそれでこの地に早く馴染めたのも確かである。

 

梨子は戻ろうとしていた。ここに来るまで住んでいた秋葉原の地に。元々父親の仕事の都合でこちらに越してきて、元いた家もまだ残っている。だから長期の休日があれば、いつも戻っていた。

それでも梨子の中ではもう沼津がホームという気持ちがある。しかし秋葉原を忘れられないという心も少しだけ、残っていたのだ。

 

秋葉原に置いてきた、一つの心残りが。

 

「向こうのリトルデーモンたちによろしくね、リリー」

「アイドル活動はしないから、よっちゃんのファンと接する機会は無いかも……あはは」

 

そういうと、見送りに来た人物の一人である津島善子がぶーと頬を膨らませた。彼女は一つ年下だが、そういうことを気にしない気さくさがあり梨子にとって大切な友人の一人だった。

 

「リリー、ね……」

「どうしたの? もしかして、私の他にリリーをリリーって呼ぶ人がいたの?」

「ううん、名前のもじりで、なっちゃんって呼ばれてた。私がよっちゃんをよっちゃんって呼ぶのは、もしかしたらそれが影響してるのかもね。あだ名で呼ばれると、ふと思い出すんだ」

 

梨子がニッコリと笑ったそのとき、一瞬だけ強い風が吹いた。思わず髪を抑える梨子の頭から、ハンチングベレーが飛んでいった。つばが重いので、そんな遠くへは落ちなかった。

駆け寄って帽子を拾う。そして砂や埃を払おうとして、手を伸ばしたときだった。帽子の中に、一片の花弁が紛れ込んでいた。

 

 

もう沼津ではほぼ見かけない、色の白い桜の花弁だった。彼女がいた、秋葉原を含む東京付近で咲いていた桜の花によく似ていた。

 

「"ソメイヨシノ"……か」

 

そう呟く梨子の目には、懐かしさと少しの悲しみが窺って知れた。善子と千歌は、顔を見合わせて首を傾げた。

 

「二人とも、バスが来るまでちょっと付き合ってもらえるかな……?」

 

そうして始まる、梨子の生きてきた中でもっとも淡く切ない物語、そのプロローグが。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

まだ私が東京にいた頃。私はちょっとした興味本位で小さなピアノ教室に通っていた。小さい頃から音楽に触れるのが好きで、いろんな楽器に手を出してきたけれど一番自分に合ってるなって思ったのがピアノだった。

初めてピアノのレッスンを受けに行く日、ドキドキで緊張した。だって先生は知ってるけど、他の生徒さんのことはまったく知らなかったから。

 

私はいろんな人に早く覚えてもらおうと、その日の教室が始まるずっと早くに教室へ向かった。そして出会いました、彼に。

彼はすっごくピアノが上手で、まだ話しかけに行く勇気の無かった私は教室の外からこっそりと彼を眺めていました。技巧はそこそこ、だけどもピアノを弾く姿が楽しそうでまるで扉の小窓から見える風景がまるで一つの絵みたいでした。

 

今思えば、既にこの瞬間から彼のことが気になっていたんだと思います。続々と教室にやってきたみんなに急かされ教室へ入った私は、彼と目が合いました。彼は不思議そうに首を傾げていましたが、やがてニッと笑うと自己紹介をしてくれました。

私も教室の真ん中で自己紹介をすると暖かい拍手によって迎えてもらいました。でもやっぱり気になったのは彼でした。

 

ピアノのレッスンが一通り終わると授業はおしまい、自然解散という形になりました。彼は他の友達に教室のピアノを譲り外へ出て行きました。釣られるように、私もその背中を追いかけました。

 

「桜内さんも、迎え?」

「えっ? あ、は、はい……そうです」

 

初めて会った日に気さくに話しかけられるなんて凄いなぁ、なんて思いながら私は彼が一つの木を見ていることに気付きました。

 

そう、桜の木。私は今でも、少し花の散った桜の木を見上げている彼の姿を夢に見ます。

それほどまでに印象的な姿だったからか、私の口からポロッと問いかけが飛び出しました。

 

 

「――――――あの、桜は好きですか?」

 

 

気付いて、ハッとしました。どうしてこんな質問をしたんだろう、桜が好きかなんて文脈的におかしい話の繋ぎだと誰もがそう思います。

だけど彼は、私の方を一瞥してから再び桜を見上げるとこくりと首を縦に振りました。

 

「この花に会えるのは春だけだから。名前に桜が入ってるなんて桜内さんは幸せだね、桜がずっと一緒にいる」

「そう、思いますか?」

「うん、俺は好きだよ」

 

好き、という言葉を耳にして当時の私はこの後顔を真っ赤にして心の中で悶えていました。今思えば桜が好き、ということはわかるけど思い出すだけでちょっと恥ずかしいです。

けれど彼も少し恥ずかしそうにしていました。

 

「ちょっとクサすぎたかな、俺には無理だ。ははは」

「そ、そんなこと……」

 

誌的な表現は、少なくとも私の中にはスッと入り込んできたので彼が頬を赤らめている理由がよくわかりませんでした。

 

「桜内さんは高校生だったよね、どこの?」

「あ、音ノ木坂学院の一年生です。あなたは?」

「俺は普通の共学校だよ。学校の程度は音ノ木坂とは比べるのもおこがましいくらいだけどね」

 

彼はそう言って苦笑した。確かに音ノ木坂は今や超有名校に名を連ねるほどになって倍率も前までとは全然違って、進学校としては女子高ということもあって高嶺の花と揶揄されているほどでした。

けれど私は学校のランクで人を計るようなことはしません。彼がどんな学校に通っていようと、彼が弾くピアノの素晴らしさにはなんの変わりもないからです。

 

「そういえば、桜内さん今日は聴き専だったよね?」

「へっ!? あぁ、はい。ちょっと緊張しちゃって」

「今度、弾いてみてほしいな。桜内さんのピアノのルーツとかも知りたいし」

 

ルーツ、私がピアノを始めるきっかけ。特には無いけれどテレビでコンサートの中継をやっていてそれを見てから音楽にのめり込んで行った、という始まりだったと思います。ピアノへは自然と流れていく形で触れていったから、どう説明したらいいのか分かりませんでした。

 

「あなたのピアノのルーツは?」

「おばあちゃん、うちは両親共働きでいつもおばあちゃんが面倒を見てくれてたんだ。そのとき、決まっておばあちゃんはピアノを弾いてくれてさ。気付いたら俺もおばあちゃんに習ってピアノを弾くようになってた」

「へぇ……素敵なお婆様」

 

桜の木を見つめながら、自分の祖母について語る彼の目はとても優しかった。その目が、だんだんとこちらに向いてきた。包み込むような柔らかさを携えた瞳に魅入られて私は言葉を失った。ハッと気がついたときには顔から火が出るかと思いました。

 

「じゃあ、迎え来たから。またね、桜内さん」

「は、はい……また」

 

それからです、私が月曜日を心待ちにするようになったのは。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

それから、半年くらいの時間を経てようやく俺は彼女のことが気になっていることに気がついた。

桜内さん、から名前を捩ったあだ名"なっちゃん"って呼ぶようになって、彼女とピアノのレッスンの後に少しだけ話をする生活を続けた。

 

気がつけば、ピアノの教室があることを加味しても嫌いだった月曜日が、大好きになっていた。いや、彼女のことが大好きになったから彼女に会えるピアノの教室が好きだった。

レッスンが終われば、教室の外で待ち合わせて彼女か俺の迎えが来るまでどこかで話をしていた。

 

「なっちゃんのピアノは上品だよね」

「そんなことないよ、あなたのピアノは軽快で楽しそう」

 

こんな風にお互いの腕を褒めあっては謙遜しあって、を繰り返す。好きな子を褒める、そうすれば喜ぶかもと年頃の男子みたいな試行錯誤も繰り返した。

 

「ねぇ、聞いてもいい? どうしてあなたはお婆様にピアノを教わらないの?」

 

なっちゃんは俺にそう尋ねた。確かに、身内にピアノの先生ほどの実力者がいるのにその人物に教えを請わないというのは考えてみればおかしな話だろう。けれどそれには理由があった。

 

「俺がピアノを弾けるようになったのは、おばあちゃんが教えてくれたから。でもおばあちゃんより上手くなるためにはおばあちゃんに教わってちゃダメだ。もっと自分で技術を吸収しなきゃって思って、こうしていろんなピアノ教室を渡り歩いてきたんだ」

「え、ここだけじゃなかったんですか?」

「うん、俺がここだって思ったのは、今の教室しかないよ。ここには、その……なっちゃんがいるから、楽しいし。なっちゃんからはいろんな技術が盗めそうな気がするし!」

 

慌てて誤魔化す、けれど彼女は今の言葉を受けてぽかんとしていた。やがて彼女は手と首をパタパタと横に振って慌てた。

 

「だからそんなことないって! 私はピアノが好きなだけで、上手ってほどじゃ全然……」

「いいや、なっちゃんのが好きだから俺はここに居続けてるんであって……」

 

「へ?」

「ん?」

 

我ながら主語を欠いた話が言葉が後を立たない。当時の俺たちはここで顔を真っ赤にしながら沈黙していた。正確にはなっちゃんの演奏が好きだから、だ。まぁ彼女のことももちろん大好きだったけど、そんなことを伝える勇気などなかった。

 

 

 

――――と思っていたはずなのに、機会は一週間後に突然やってきた。

 

いつものようにレッスンが終わって、彼女のことを外で待とうとしたときだった。

 

「あの、ちょっと、お時間よろしいですかっ!」

 

やけにかしこまった態度のなっちゃん、俺は首を傾げながら彼女の後に続いた。教室に戻ると、珍しく俺となっちゃん以外誰もいなかった。彼女は俺の動向を探っていた。俺はふとピアノの目の前の席の椅子が、一つだけ引かれているのに気付いた。そこへ腰を下ろすと彼女はほっと胸を撫で下ろした。いったいなんだろう。

今度は俺が彼女を観察する番だった。彼女は右手と右足を一緒に出す小学生の行進のように歩みだしてピアノの前へやってきた。

 

「それでは一曲……」

「あ、聴かせてくれるんだ。曲は……?」

「そ、その……あ、当ててみて」

 

そう言って彼女は腰を下ろして深呼吸すると、目を見開き鍵盤に指を走らせた。そのとき、開いている窓から春の風が吹き抜けてきた。

おかしな話だ、なにせ季節は夏だというのにその曲は、その風は、春そのものだった。軽快に、だけども淑やかに鍵盤上を駆ける彼女の指はまるで踊っているようで、さながら鍵盤という狭い舞台で舞踏会でも起きているようだった。

それほどまでに彼女の指捌きは軽やかで、美しかった。このピアノが好きだから、俺は彼女を好きになったのか。順番は分からない、だけど確かにこの音色に、その根源に、俺は見惚れている。

 

一曲引き終えるまでそう時間はかからなかった。彼女は高鳴る胸を抑えて、俺に向き直った。

 

「今の曲、知ってますか?」

「さくら、だよね。結構昔の曲だったと思うけど」

 

意外だった、まさかなっちゃんからヒップホップが出てくるとは思わなかった。しかもだ、きちんとピアノ用にアレンジしてあって跳ねる曲調を損ねていない。

まさかとは思うが、編曲まで全部自分でこなしたんじゃないか。そう思うと、目の前にいる少女がとんでもない天才に思えた。

 

「あの、どうでした……?」

 

なぜそんな風に不安がっているのか、俺にはわからなかった。だって、だってこれは……

 

「すごいよ、うん。なっちゃんのピアノは本当にすごい……」

「……や、そんな……照れます」

 

なっちゃんはいつものように苦笑いしながら手を振る。けど、今日はそれで終わりじゃなかった。彼女は演奏前と同じように深呼吸すると、唇を震わせた。

 

「……あの、わ、私は……あなたのことがす、すき、です……初めて会った日から、ずっと好きでした……!」

 

「う、うん……」

 

頭が再び動き出すまで、数秒を要した。俺は放たれた言葉の意味をようやく咀嚼して理解した。理解して、一言。

 

「お、俺も好きだ」

「っ、本当ですか!?」

「えっいや違う、いや違わないけど、なんていうか、その、んん言葉に出来ない……」

 

我ながら情けない。彼女の前では気取っていたかったけれどそれもままならなかった。お互いに唇が痙攣したように震えて、次の一手が出せずにいた。

 

やがて、

 

「あの、これだけは言わせてほしいな。私、女子高に通ってるし、お父さん以外の男の人とは殆ど喋ったこともなくて、男の子のこととかまったくわからないんだけど……それでもあなたが好きです」

「奇遇、だね。俺もなっちゃん以外の女の子のことは殆ど分からないや。それでも君が、す、すすす、好きだ」

 

俺たちはどこか似ていた、好きなものとか知らないものまで。そしてお互いを好いている。それだけで、十分じゃないか。

 

こうして俺たちは晴れて好き同士ということが分かり、自然と清い交際が始まった。

のだが、当然なっちゃんも俺も奥手。デートらしいデートなど分かるはずも無く、相変わらずピアノの教室が終わってからどちらかの親が迎えに来るまで周囲を散歩したり、少し洒落たカフェに背伸びして入ってみたり、あまり好きでもないコーヒーをブラックで頼んでみたり、そんなことばっかりだ。

だけど、そうしている間が楽しくなってきて、どんどん俺たちの距離は近くなって、思いは熱くなっていった。

 

男女交際という割には酷くあっさりした付き合いだと揶揄されたことがある。確かに、今時の彼氏彼女という割には特別仲が良い友達レベルの付き合いだった。

身体を重ねるなど、手くらいしかなかった。俺も彼女もお互いの温度でドギマギしてしまうほどに奥手で、それ以上に過激なコミュニケーションはとれずにいた。

 

それでも満足だったし、好きであることは嘘にならなかったから別に気にしたことは無かった。

 

「プールとか、言ってみる?」

「む、無理だよ……恥ずかしいもん」

 

なっちゃんはそう言って真っ赤になった顔を隠した。俺はからからと笑って次々にデートスポットを探し出していく。

 

「海とか」

「どっちも水着には変わりないよ! そ、そんなに水に入りたいの……?」

「あははは、水遊びよりはなっちゃんと二人で遊びたいかな」

 

偽りは無い。別に彼女の水着姿に未練が無かったわけじゃないが、どうにも説得には骨が折れそうだと思ったから手を引いただけだ。別に惜しいなんて思ってない。本当に思ってない。

 

「じゃあ、いつもみたいに私の家でいい?」

「いいよ、俺もそれで」

 

俺が彼女の家に行っても、なっちゃんが俺の部屋に来ても、することと言えばピアノの弾き合いだ。俺が弾く間は彼女が聴く。彼女が弾く間は俺が聴く。

ただそれだけのことなのに、やってるとあっという間に時間が過ぎ去ってしまう。

 

今思えばあの頃が一番、楽しかった。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「それはそれは、青春じゃないか」

 

警備員の男性は目尻を下げてまるで初老のように笑った。俺も少しばかり懐かしくなって大風呂敷を広げてしまった。

 

「確かに、あの頃は毎日……いや毎週か、変な言い方ですけど世界が色を失うことはありませんでした」

「ほぉ詩的だねぇ……」

 

桜の花が次々に旅立っていく。木から離れ、吹雪と化し人々の目を楽しませ、地に落ち行く。

そう、俺たちの日々は美しいだけじゃなかった。

 

「桜はだんだん散っていく。木々は次から次へと花弁を無くしていく」

「……」

 

彼は何も言わなかった。しかし皺の浮いた目の周りから発せられる雰囲気は、俺の言いたいことを既に予期しているかのようだった。

 

「俺たちの青春は、ある日突然。木が枯れるように色を失いました」

 

それは、今とちょうど同じく桜の花が咲く季節だった。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「どうしたんだろう、ピアノの教室を休むなんて……」

 

教室を出ると、私は自分の携帯を取り出しました。連絡は来ていないと先生が仰っていました。彼にしては珍しい無断欠席。確かに普通の学校と違って私塾なのだから、予定がある日は休んでも仕方が無いです。

けれど私には彼が無断で欠席するほどの何かがあったのではないか、そんな胸騒ぎにも似たざわつきを感じました。

 

「なっちゃん」

 

私は飛び上がりました、なにせ探していた人に後ろから声を掛けられたからです。びっくりさせないで、とちょっぴり怒った風に言い放ってやろうと思ったそのときです、私は再び飛び上がるかと思いました。

生気の感じられない目、赤く腫れあがった目元、力なく薄く開かれた青い唇。彼から生きているという気概を感じなかったんです。

 

「ど、どうしたの……!? 体調悪いんですか!? ひとまずベンチに……」

 

彼の手を取っていつも話をしているベンチに引っ張って行こうとした。けれど、彼は私が手を引っ張った瞬間に膝を折った。そして、そのまま私に縋りつくように、抱きつくというよりしがみついてきたのだ。

公衆の場だからか、私は先に驚きよりも恥ずかしさに襲われた。けど、彼から伝わってくる嗚咽特有の震えが、恥ずかしさと驚きを掻き消して、疑問を植えつけた。

 

「おばあちゃんが、死んじゃった……俺、もうピアノできないよ……っ」

 

「っ……!」

 

その告白はあまりに冷え冷えとしていて、私はなんと返せばいいのか分かりませんでした。

泣かないで、とも言えませんでした。彼という人間を構成した、重要なファクターであるおばあさま。その存在が自分の中から抜け落ちて、彼の心に大きな違和感を残してしまった。

それは私では埋められない。私ではおばあさまの代わりにはならない。彼の涙がそう見せつけてくるようでした。

 

私はただただ、子供のように泣きじゃくる彼をあやすように包み込むことしか出来なかったのです。道行く人も、偶然にもいませんでした。

だから私は彼の心が晴れるまでずっと彼の頭や、背中をゆっくりと撫で続けました。

 

 

 

自分の心に開いてしまった心の穴から、目を背けて。

 

 

 

彼はどうやら先生に、教室をやめるよう言いに行く途中だったそうです。私はどうしても彼にピアノを続けてほしくて、一時間近く掛けて彼を説得しました。

私も、どこかで彼と、ピアノに執着していたと思います。このとき、既に私はこの街を去ることが決まっていました。

 

だからここを離れても、彼とピアノで繋がっていたいとどこかでそう思っていたんです。

 

 

 

 

「はは……」

 

彼がようやく立ち直れそうになった頃、もう地方では桜が咲き始めていた季節。私たちは桜の花言葉をまざまざと叩きつけられたようでした。

桜の咲く季節に彼と出会った。

 

そして、桜の咲く季節に彼と別れなければならなかった。

 

「お父さんの都合、じゃ……しょうがないか。しょう、がない」

 

彼はそれ以上何も言いませんでした。ただただベンチに背中を預けているだけでした。少しだけ肌寒い風が桜の花弁を運んできて、それは彼の肩にそっと降りた。

私にしか見えていない桜の花、それは再び風に煽られてどこかへ消えていきました。

 

「ただ、私は向こうでもピアノを続けます……だから、あなたも」

「……無理だよ、おばあちゃんもなっちゃんもいない場所でピアノなんか出来ないよ……」

 

ピアノなんか、彼がピアノをそう呼ぶだけで心が凍てつき、ビキビキと悲鳴を上げている気がしました。そのひび割れ行く音は彼の心からしたのか、私の心からしたのかは分かりません。

彼は吐き捨てるように、私の顔から目を背けて言いました。

 

「もう、ピアノ続ける意味、無いよ……」

「……っ」

 

私たちが出会ったきっかけを、気持ちが通じ合ったきっかけを、無意味だと決め付けられてしまった。私は怒りよりも純粋な悲しみでいっぱいでした。

 

「いっそこんな手無くなっちゃえば、もうピアノ見たって弾けなくて済むのにな……」

「もう、やめて……無意味なんかじゃ、無いよ……っ」

 

溢れ出す涙を止める術がありませんでした。両手で顔を覆って、枯れるまで泣きたい気分でした。だけど、一瞬でも顔を覆ったら、目を瞑ったら彼が消えてしまう。そのまま二度と会えないような気がしてしまいました。

だけど、私が泣き止むまで彼は隣にいてくれませんでした。

 

「今までありがとうなっちゃん、ごめんなさい……っ」

 

嗚咽交じりのさよならは、とても澄んだ空の下で空気を震わせました。

 

「うっ……く、ふ、うぅ……ああ……っ」

 

残された私は、それこそ誰の肩に寄り添うこともなくただただ一人で涙を流し続けました。誰も私を慰めようとはしない。

出来ることなら彼に縋りつきたかった。彼が私にしたように、私も彼に追い縋って本当はこの街から、彼から離れたくないということを伝えたかった。

 

けれど私一人ではこの街で生きていけない。それは分かっていました。

お父さんがいつ返ってくるか、分からないからこそ家族全員で移り住み支える必要がある。そう言われたことも、考えを決定したきっかけです。

 

それでも、私はこの街に残って彼と一緒に生きていたかった。

 

もっと名前を呼んでほしかった。

 

彼ともっとずっと一緒にいたかった。

触れ合いたかった。あんな悲しい形で抱き合いたくなかった。もっと愛してほしかった。もっと愛したかった。

 

そう思うことは、贅沢なのかな。

もう選び終わった私にとっては、残酷な自問自答だった。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「それから、俺はピアノを避け続けてきました。それこそ、一年くらい……ですかね」

 

見ず知らずの警備員のおじさんに、なぜだか俺は聞くに堪えないような昔話をし続けた。彼は相変わらず大人の余裕か、すべてを見透かしたような顔で俺を見つめていた。

 

「本当、嫌になったんですよ。確かに最初は彼女の演奏が好きだった。けど、だんだん彼女のことしか考えられないくらい好きになれたのに」

 

桜の花弁を見るだけで思い出してしまう。彼女のことが嫌いになったわけじゃない。余裕の無かった自分にかこつけて彼女を傷つけてしまったままの自分を思い出してしまうんだ。

彼女が東京を去る日、彼女を見送りには行かなかった。入っていた留守番電話も、聞いていない。

 

「けど、そんな自分に嫌気が差した日が来たんです。いつだったかな、去年の夏の終わり目、くらいかな……ある歌を聴いたんです」

 

「へぇ……ピアノじゃなく、歌をねぇ」

「はい、君の心は輝いてるかい? って言ってました。何度も何度も立ち上がれるかい? って聞いてきたんですよ、歌が」

 

紛れもない、彼女の声でそう言われた。それから俺は腑抜けていた日々にピリオドを打った。すっかり怠けて技巧もクソも無くなってしまった演奏を立て直して、もう誰にも教わってはいないけれど独学でピアノを続けて。

おばあちゃんに勝ち逃げされたことは本当に悔しいし悲しかった。

 

だけど、腑抜けて逃げ出すくらいならずっと満足いくまで追い続ける。満足したら、その先まで追い続ける。

 

なっちゃんと別れたことは本当に悲しかった。だけど、おばあちゃんと違っていつかまた会うことが出来る。

もし会えたら、もう一度とはいかなくてもいい。ただあの日、傷つけたことを謝りたい。

 

「で、君はその問いにどう答えたのかな」

「もちろん、イエスって応えてやりました。俺はもう前しか見てません」

「そうかい、じゃあ私はそろそろ勤務に戻るよ。長々と立ち話をしていて、怒られてはいけないからね」

 

彼は帽子の位置を直してニコニコと笑顔で去って行った。ありがとうございました、と言うべきか迷ったけれどあくまで彼の暇つぶしになったのなら、それでいい。

しかし警備員のおじさんは振り返り、俺に向かって奇妙なことを言った。

 

「もし話足りないのであれば、後ろの女の子にでも話してあげればいいさ」

 

そう言われて、振り返った瞬間。突風、とまでは行かなくてもよろめきそうな強風が吹いた。乾いた地面に落ちていた桜の花弁、木々から飛びだった桜の花弁が一斉に巻き上がり、花吹雪となって俺に――――

 

【挿絵表示】

 

 

()()に、降り注いだ。

 

 

「……あっ」

 

頭に被ったハンチングベレーを抑えながら、その長い髪を風に撫でられている少女と目が合った。あの頃とは、背丈が少し伸びて大人っぽくなった、彼女に。

彼女は、俺を見てただただ瞳を揺らしていた。会いたくなかっただろうか、あんな最後で別れた俺のことなんか、もう忘れたがっているだろうか。

 

「あ、の……俺は」

 

待ち焦がれた機会とは裏腹に言葉は錆び付いていた。喉から、言葉が出て行かない。

言いたかった言葉がある。大切なものはいつになっても変わらないこと、それをようやくわかった今だからこそ、桜の下で出会えた今だからこそ。

 

伝えなきゃならない言葉がある。

 

「あ、あのっ!!」

 

しかし、その言葉を先に放ったのは彼女だった。俺は自然と受けに回ってしまった。彼女の唇がわなわなと震える、彼女が今から叫ぶ言葉が怨嗟でもいかなる罵詈雑言であっても、俺は一先ず受け入れなければならない。

覚悟を決めて、彼女に向き直った。彼女の震える唇が形を変えて、その言葉を紡ぎだした。

 

 

「――――今でも、桜は好きですか?」

 

 

その一言は、昼を夜に。場所を音ノ木坂学院の前から、一本の桜の木の元へと遡らせる一言だった。

記憶の中の幼い彼女がそう言った。あの時、俺はまだその気持ちに気付いていなかった。だけど今なら、今なら面と向かって言える。

 

この告白を、受け止めることが出来るんだ。

 

 

「大好きだよ、ずっとずっと、大好きだ」

 

「……ずっと、気になってました。あなたのこと。新しい目標は、出来ましたか?」

 

「出来たよ、一先ずピアノを続けてるよ。なっちゃんに会えたときに、ヘタクソになってないようにずっと続けてきたよ」

 

それを聞いて彼女は、なっちゃんは目尻を湿らせながらこくりと頷いた。シャツの袖で目尻を拭うと、彼女はまた喉と唇を震わせた。俺たちはどちらともなく、辛抱効かなくなってお互いに向かって歩みだした。

速度は速まる、歩きから早歩きのように。そして、衝突するような速度でお互いの身体に飛びつくように抱き締めあった。

 

「あ、新しい恋人は、で、出来た……?」

「出来てたら……こうしてなっちゃんを抱き締めたりしないよ……っ」

 

彼女の温度は、まるで凍てついた心を溶かす春の日差し。花のように香る彼女の匂いが、最高に楽しかったあの頃を俺に思い出させる。

振り返ることに意味なんか無い、振り切ったと思っていた過去が一気に押し寄せてふと涙が出る。

 

「良かった……よかった……っ」

 

「なんで泣くのさ……って、俺も泣いてんのか……馬鹿だな」

 

さめざめと泣く春の雨のように、しばらく二人は抱き合ったまま溜まっていた涙を出し切った。通行人や車の視線が気にならなくなったのは大人になった証だと信じたい。

けれど、さっきまで昔話を聞いてもらった警備員のおじさんにはしっかり目撃されていた。恥ずかしいので彼の顔は出来れば見ないようにしてこの場を離脱したい。

 

「行きたいところがあるんですけど、いいですか?」

「いいよ、まだなっちゃんを離したくないんだ」

「は、恥ずかしい……でも私も、同じ気持ちだよ……」

 

彼女の行きたいところ、言わなくたってわかる。俺は彼女の手を取って、もう一度桜の木を見上げた。

 

 

なっちゃんの名前にもある桜、俺はもう離さないから。

 

 

予想通り、彼女が俺を引っ張って行ったのは通っていたピアノ教室の前にある桜の木だった。あの日、俺はこの桜を見上げていて彼女と話した。

なんのことはない、取り留めの無い話だったはずだ。けれど、今では大切なきっかけだ。

 

あの時、桜は好きですかと聞いてきたのはなっちゃんなりの"告白"だった。それに俺は好きだと返した。芯が通ってなかったけれど、結局は告白として成立はしていたのだ。

 

「もし、また会えたら、聞いてほしいお願いがあったんだ」

 

すっかりあの頃と同じ、崩した口調に戻ったなっちゃんを見て俺は首を傾げた。今日彼女と出会ったのは紛れも無い偶然だ。その偶然にかける彼女のお願いとは、いったいなんだろう。

 

「お願い?」

「出来たら……名前で呼んでほしいな、って」

 

「え、えぇっ……り、梨子……?」

 

恐る恐る彼女の名をそのまま口にする。彼女は頬を赤らめて微笑むともう一度、と催促してきた。

 

「り、梨子っ」

 

「ふふ、もう一回」

「梨子……!」

 

彼女の微笑みはだんだん濃さを増していく。続いたアンコールにもう一度彼女の名前を呼ぶ。

 

「もう一回!」

「梨子!」

「……幸せ、溶けて消えちゃいそう」

 

彼女はこうやって艶っぽく笑っただろうか。少し大人の女としての雰囲気が増しすぎて無いだろうか。俺が独り身だった時間彼女には彼氏がいたんじゃないだろうか。

いいや、彼女を疑うのは止そう。俺はもうなっちゃん一筋で一生通していくんだ。

 

「ありがとう、帰ってきてよかった……やっぱり、私桜内梨子は……あなたが大好き、ううん……愛してます」

「ぶっ! ……大胆すぎるよ、なっちゃん。でも、そうだね……」

 

 

若造が口にするには早すぎる言葉。先人たちは俺たちを鼻で笑うだろう。

けれどもこの言葉を、彼女が求めるなら――――

 

 

 

 

「桜内梨子を愛してる……悪いけど、もうこればっかりは揺らがないから」

 

 

 

 

こうすることが告白のルールなのだ。めぐり合わせが俺たちを出会わせ、引き裂き、それをまた繋ぐのならば。

接木によってクローンを増やすソメイヨシノ、警備員のおじさんにはそう伝えた。

 

けれど、引き裂かれ別の木と繋ぎ合うことで一つの木になるのなら。

 

それはクローンという言葉はやや適切じゃない。正しく言い換えるなら、家族。

 

俺たちという二つの接木は無事に桜となり、たくさんの花を咲かせることが出来たのだろう。それはきっと白く、少しだけ桃色な花。




梨子ちゃん可愛いってなってくれたら幸いでございます。


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夕日色キッス

『泣き虫な僕が大切な友達の為にできること』、『それは、やがて伝説に繋がる物語』でお馴染みの豚汁さんです!直球勝負!そんな彼が書く物語は果たして…?ではどうぞ!By企画主催者



はじめましての方は初めまして、豚汁です。

今回鍵のすけさんのサンシャイン企画に、僭越ながらも参加させて頂きました!

もし良ければ読んで頂けると嬉しいです!

では、是非どうぞです。


 ――それは、俺がまだ小学三年生だった時の話。

 

 

 その当時の俺はたしか、窓の外を眺めてたら夕日が綺麗だったからという理由で、家を出て夕日を見ながら外を歩きたくなったんだ。

 

 するとその散歩道の途中の海辺の砂浜で、一人の女の子が泣いているのを俺は見つけた。

 

 しかもその子は俺にとってただの女の子じゃなく、俺の近所に住んでいて、幼稚園の頃から何をするのにも一緒に居た仲の良い友達だった。

 

 その子の名前は、高海(たかみ)千歌(ちか)

 

 いつも俺と、もう一人いた女の子の友達と、お姉さん達とかに甘えてばかりなズルい奴。

 でも、それでも、時々頼まれてしぶしぶ学校の宿題を手伝ってやった時に、必ず『ありがとー』って俺に明るく笑って言う所が可愛くて憎めないような――そんな、まるで妹みたいな奴だった。

 

 でも、そんないつも笑って元気だった千歌が泣いていた。

 だからそれを見たその時の俺は、思わずびっくりして千歌の所に走ったんだ。

 

 

『みんなお姉ちゃんたちのことばっかりほめて……わたしのことなんてきっとどうでもいいんだ。もういいもん、どうせわたしはお姉ちゃんたちのおまけっ子なんだし……だから気にしてないもん……』

 

 

 俺が来たのに気づかずに、涙目でそう呟いて無理して強がろうとする千歌。

 その時の俺には、そう呟く千歌に何があったのかは分からなかったけど――でも俺は、どうしてもそんな千歌の事を慰めたくなったんだ。

 

 

『そんなことない――千歌はお姉さんたちのおまけなんかじゃないよ』

 

 

 俺の声にようやく千歌は俺が居る事に気がついて、ビックリしてこっちを見た。

 でもそんなびっくりした顔も一瞬、すぐに千歌はまた元の悲しそうな表情に戻る。

 

 

『ううん……ちがうもん。わたしは何やってもお姉ちゃんたちみたいにうまくできないし、いつもお姉ちゃんやお母さんや君に甘えてばっかりだから。だからきっと、わたしのことをめいわくだって思って――』

 

『――そんなことない!』

 

 

 千歌の言葉を遮るように俺は大声でそう言った。

 言った瞬間、何でこんなにムキになっているのか俺は自分自身が分からなかった。

 でもその後――すぐにその理由に気付いたんだ。

 

 確かに千歌にはいつも迷惑をかけられっぱなしだった。

 学校の宿題だってよく手伝わされたりしてた。

 でも俺は――そんな千歌の面倒を見るのが好きだったんだって事に気が付いたんだ。

 『ありがとう』って言って明るく笑う千歌の笑顔に、ずっと前からやられていたんだって事に。

 

 だからその時の俺は、とにかく千歌に笑顔になって欲しかったから――今から考えても『お前何考えてたんだ』って言いたくなるぐらいに、恥ずかしいセリフを千歌に言ったんだ。

 

 

 

『おれは千歌の事めいわくになんて思ってない! どうでもよくも思ってない!

 だって、おれは――千歌の事がすきだから!』

 

 

 

 そんな俺の勢いまかせの告白に、千歌は涙目でキョトンとした顔になった。

そしてしばらくして俺の言った言葉の意味を理解した後、千歌は海辺を照らす夕日の色と同じぐらいに顔を真っ赤にして言った。

 

 

『う、うそだよ! やさしいからそう言ってるだけで、ぜんぜんそんなこと思ってないのわたしにはわかるんだから!』

 

『ほ、ホントだよ! おれは千歌の事……すきだよ!』

 

 

 勢いで告白してしまった後悔と恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じたが、言ってしまったからには引っ込みがつかなくなり、その時の俺は、もうなるようになれっていう開き直った気持ちになった。

 すると、そんな俺に千歌はムキになって言ったんだ――

 

 

 

『わたしの事すきって、そんなの……うそに決まってるもん!

 じゃあ、だったら――わたしとケッコンできる!? 

 わたしとケッコンしたら、君に一生いっぱいめいわくかけるよ! もしこの先何かこまった事があったら、その時はずーーっとてつだってもらうんだから!

 どう? それでもすきって言える? ――わたしと、ケッコン出来るのっ!?』

 

 

 

 そんな千歌の言葉に、気づけは俺は頭で考えるよりも先に口が動いていた。

 

 

 

『うん、おれ千歌の事がすき! 千歌とケッコンする!

 一生めいわくかけてくれてもいい、だから笑って――

 

 ――おれ、千歌の笑顔が大すきなんだ!』

 

 

 

 そう即答した俺に、千歌はボーっとした様子でしばらく俺の顔を見つめた後――恥ずかしそうにしながら笑顔で言った。

 

 

『……あ……ありがとう……えへへっ、うれしいな……』

 

 

 そう言って笑う千歌の表情にはもう、さっきまでの涙は無かった。

 すると千歌は小指を俺の方に差し出して、こう言った。

 

 

 

 

 

『わかった! わたし、しょうらいは君のおよめさんになるね――やくそく!』

 

『――うん、やくそく!』

 

 

 

 

 

 そんな事を言いながら俺と千歌はこの日、水平線に沈みかけの夕日がキラキラと水面を照らす幻想的な光景の砂浜の上で、そんな将来の約束を交わす指切(ゆびき)りをしたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 

 

 

 ―――懐かしい夢を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 夢から覚め、意識がはっきりしてくるのを俺は感じる。

 

 

 あの約束した時から約八年の時が過ぎ――もう高校二年生。

 俺は一人、海辺の砂浜の上で横になっていた。

 

 

「ああ……こんな所で寝た所為か、ついつい夢に見ちゃってたか。

 全く、いつまであんな子供の頃の口約束覚えてるんだよ俺……我ながら気持ち悪いわ」

 

 

 そう一人呟きながら、雲一つない空に強く輝く太陽を砂浜で仰向けで見上げながら手を翳す。

 あんな子供の時の約束、千歌だって本気じゃないに決まってるだろ、それなのにいつまで俺は覚えてるんだか。

 正直バカみたい

 それに、肝心のその相手は――

 

 ――と、そんな事を考えていたら、誰かが俺の傍にやってくる気配を感じた。

 

 

「なにやってるの? こんな砂浜で寝てたら波に流されちゃうよー?」

 

 

 そんな声が頭上から聞こえてきて、俺は砂浜の上で寝ころんだままでそちらの方を見る。

 するとそこには、頭のオレンジ色のアホっ毛をぴょこんと揺らしながら俺の顔を覗き込む女の子が一人。

 まさに、さっきの夢で登場したばかりの女の子――千歌がそこに立っていた。

 

 しかもその姿は夢で見た小さい頃の姿じゃない。

 身長も伸び、その顔は子供っぽい可愛らしさを残したそのままで成長したような可愛い顔をして――正直、テレビで見るようなそこら辺のアイドルなんかよりも、ずっと可愛く成長した“女の子”が居た。

 

 幼稚園の時から毎日会ってるとそこまで気にもならないけど、こうして改めて見るとやっぱり千歌は可愛い。

 正直、幼馴染でもなかったら、俺みたいな普通の男では話かけることも出来なかっただろうと思える位だ。

 ――まぁ、それも黙っていればの話だけどな。

 ひとたび口を開けばバカみたいに能天気な事しか言わないし、いつも元気いっぱいで話しかけてくるので聞いてるこっちが逆に疲れてしまう。

 そう、まさに千歌は、子供の時の性格そのままに成長したという形容詞がピッタリ当てはまる位に子供っぽい性格をしているのだ。これでは容姿目当てに近寄った男共もすぐに明後日(あさって)の方に逃げ去ってしまうだろう。

 

 全く――俺は何でこんな奴の事を好きになってしまったのだろう。

 いや多分、そんな性格だからこそ……だよな。

 

 そう思い、さっきの夢の影響もあって動揺する気持ちもあったが、それを顔に出さないようにしながら上体を起こしつつ冷静に千歌に言った。

 

 

「――おはよう千歌(ちか)

 いや、学校帰りで海を近くで眺めたくなってさ。そしたら何となく気持ちよさそうだったから眠たくなっちゃって……」

 

 

 ――よし、完璧だ。

 完全にいつも通りの俺で対処出来た、良くやったぞ俺。緊張も全くしてない。

 

 

「あははは! なにやってるの~制服の背中にいっぱい砂ついちゃってるし、これは洗濯しないとダメだね~」

 

 

千歌は笑って言うと、ポンポンと俺の背中を軽くはたく。

 

 

「――――っ!?」

 

 

 そんな千歌の何気ない行動ではあるが、制服越しに千歌の手の感触を背中に感じて意識してしまった俺は、思わず慌てながら俺は立ち上がった。

 

 

「い、いいってそんな事しなくても、俺が自分でやるから!」

 

 

 俺は制服の上着を脱いでカッターシャツになり、そのまま脱いだ上着をパンパンとはたいた。

 ――急に触られたらビックリするじゃん千歌! そういう態度が男を勘違いさせるんだってテレビで言ってたぞ、気を付けろよ! 俺をドキドキで殺す気か!?

 

 

「なに急にそんな慌ててるの?」

 

「む……お子様な千歌には教えてあげませーん」

 

「あ~! ひっど~い! そんな事言われたらますます気になるよ~!」

 

 

 俺はこっちが制服越しに触られただけで物凄く意識しているのにも関わらず、全く意識せずにキョトンとした顔でそう言う千歌についムッとして、俺は意地悪を言ってしまった。

 千歌はそんな俺に少し頬を膨らませながらそんな文句を言った。

 

 

 

 ――そう、この通り俺を男として意識していない言動からわかるように、千歌は小さい頃に俺とした結婚の約束を覚えていない。

 

 

 

 あれから八年もの時間が経ったから仕方ないのもあるのかもしれない。

 でもこうして、俺だけが覚えているのに千歌が覚えていないというのは――例えそれが小さい頃にした幼い口約束とは言えど、何となく悲しい気持ちを感じているのだった。

 

 と、俺がそんな事を考えて黙っていると千歌がしびれを切らしたのか、急にこちらに近寄ってきながら言った。

 

 

「ねぇ~! お~し~え~て~よ~!」

 

「――ち、近い近い! わかった、お子様って言って悪かったから離れてくれ!」

 

 

 そう言って俺の顔の近くにグイッと自らの顔を寄せる千歌に、俺は慌てて距離を取る。

 全く……心臓に悪いって千歌。

 そう言って急に離れた俺を見て、千歌は不満そうな表情を見せた。

 

 

「むー……なんか最近冷たい気がする。

 あーあ、小さい時はあんなに遊んで仲良かったのになー」

 

「あのな……流石に俺達もう高校二年生だぞ? 何時までも子供の時のノリでベタベタしたらおかしいだろ」

 

「えー、おかしくなんてないよー! それにまだ、私たち法律上では子供だもん」

 

 

 胸を張って俺にそう言う千歌に、俺は内心でため息をつく。

 全く――子供扱いされたくないんだか、されたくないんだかどっちなんだよ。

 と、千歌にそんな事を言ってやりたい気持ちがあったが、それを軽く押さえながら俺は口を開く。

 

 

「わかった、わかった――そういう事にしとくよ。

 で、千歌はこんな所にまで来てどうしたんだ? 俺に何か用か?」

 

 

 そう言って、俺は千歌に俺に声をかけた用を尋ねた。

 まぁ、千歌の事だから用も無く俺に声をかけて来たとか普通にありそうなんだけど、でも一応聞いておくのが“親しき仲にも礼儀あり”というものだろう。

 しかし、そんな俺の予想を裏切り、千歌は急に目をキラキラさせながら、いかにも『用があって来ました!』と全力でいいたげな顔をして言った。

 

 

「そうそう、そうだった! よくぞ聞いてくれました! 実はね―――」

 

 

 おや意外だ……千歌にしてはしっかり用があって俺に声をかけて来たなんて。

 そう思ってビックリしながら、俺は千歌の続く言葉を待つ――その時だった。

 

 

 

「おぉーい、お二人さーん! 今日もアツいねー、なにやってるのさー?」

 

 

 

 遠くのほうから突然そんな声が聞こえて思わずそっちを見るとそこには、海に浮かぶゴムボートの上でウェットスーツ上半身のみ脱ぎビキニ姿という、非常に煽情的なスタイルでこちらに向かって手を振るポニーテールの女の子が居た。

 

 そんな、男の俺の目から見たら無防備が過ぎる格好の女の子だが――実は、この子も千歌と同じく小さい頃からの俺の幼馴染だったりする。

 

 そんな幼馴染の冷やかし文句に、俺は顔に熱が帯びるのを感じながらも、すぐさま向こうに届くような大声で言ってやった。

 

 

「そんなんじゃないって果南(かなん)ーーー!!!」

「ちっ……違うよーー果南(かなん)ちゃーん!」

 

「あはははは! ごめんねーあんまりにも仲よさそうだったからさー! 待ってて、今そっちに行くからー」

 

 

 俺と千歌が慌てる様子を見てその子――松浦(まつうら)果南(かなん)は、可笑しそうに笑った後、ゴムボートの横に付いているオールを漕いで浜辺の方にまでやって来た。そして、ボートを浜辺にあげて波にさらわれないようにした後、俺と千歌の方に歩み寄る果南。

 ウエットスーツ上半身半脱ぎ状態のその、高校三年生とは思えないぐらいの大きな胸を強調させた妙に色っぽい姿のままでやってくる果南の姿に、俺は思わず軽く目を逸らす。

 

 どうせ果南はさっきまでいつもの趣味のダイビングやってたんだろうけど――いくら着替えるのがめんどくさいからと言っても、そのまま来られたら男の俺にとって目に毒だからやめて欲しい。

 

 小さい頃から友達で、どうせ俺の事は正直弟みたいに思って意識してないんだろうけど――俺だって立派な思春期真っ盛りの男子高校生なんだからな! 

 その何も気にしてない脳みそ空っぽお気楽思考も、そろそろ何とかしてくれ!

 

 そう思って、俺は内心で果南に文句をつける。

 すると、その文句を言いたい気持ちが俺の表情に出ていたのか、果南は何故か申し訳なさそうに眉根をひそめて言った。

 

 

「――あ、もしかしてやっぱり私おじゃまだった? ゴメンね、ちょっと潜るの疲れたから休憩ついでに話そうって思って来たんだけど……」

 

「邪魔じゃない、邪魔じゃないって! なんでそんな無駄に変な方向に気を回すんだよ果南は!」

「そうだよ果南ちゃん、全然邪魔じゃないよ! それに私たちがそんな関係じゃないって果南ちゃんが一番よく知ってるよね!?」

 

 

 果南の言葉に対して俺と千歌が同時に文句を言うと、果南はまた笑いだしてしまった。

 

 

「あははははっ! 息ピッタリ、やっぱり二人はお似合いだと思うなー。

 ねぇ、本当に付きあってるんだったら気にせず言ってね? 私だって、二人っきりになれる時間を作ってあげれるように気を遣う事ぐらいは出来るんだから」

 

「もうからかうのもいい加減にしろーーー!!」

「果南ちゃーんーー!!」

 

「あははーごめんね、つい二人が仲良さそうだったからさー」

 

 

 果南のペースに引っ張られ続け、千歌と俺はついに我慢の限界を迎えて爆発する。

 そんな俺達を見ながら、果南はお気楽そうにそう言って笑った。

 

 もう、果南は全く……軽く笑って流せない話題だからやめて欲しい。千歌は覚えてないとはいえ、俺はしっかりとあの日の結婚の約束を覚えているから変にドキドキしてしまう。

 

 

「もー、果南ちゃんは……あ、そうだ! そんな事より、私、果南ちゃんにも話があって来たんだった! ねぇ、聞いて聞いて二人共!」

 

「え? なになにどうしたの?」

 

 

 興味をもったようにそう言って千歌の言葉の続きを促す果南の傍ら、俺は千歌の言葉に人知れずダメージを受けて胸を軽く抑えた。

 

 ああ……“そんな事より”かぁ……。

 さっきまで一緒になって反論してくれたから、もしかしたら心の中で意識してくれてるのかもって思ってちょっと嬉しかったのに……! 

 結局……千歌にとってはそこまで気にしてない事だったんだな。

 そんな胸の痛みを抑えつつ、俺は果南と一緒に千歌の話に耳を傾けた。

 

 そして千歌はそんな俺達に対し、瞳をキラキラと輝かせながら言う――

 

 

 

「ねぇ、私たち……スク―――」

 

 

 

 ♪~~♪♪~

 

 

 

 すると、今まさに何かを言おうとした千歌の言葉を遮るように、携帯電話の着信音が遮った。

 

 

「え……あ……もう! 今いいところだったのにっ!」

 

 

 そう言って文句を言いながら、千歌は携帯に出た。

 その電話で話す千歌の口ぶりから、電話の相手は千歌のお母さんだという事が伺える。

 そしてしばらくした後、会話が終わって電話を切り、千歌はげんなりした顔で言う。

 

 

「なんか……急に団体様のお客さん達が旅館に来たから、緊急で手伝いに来てくれだってさ……もー、わざわざこんなタイミングで呼び出さなくてもいいのに~。間が悪いよお母さ~ん……」

 

「まぁ、電話で話してる内容で何となくわかってたよ、ほら早く行って来いって」

 

「千歌の話だったら何時だって聞いてあげるからさ、ほら、千歌行ってきなよ」

 

「わーん! 二人共ゴメンね! またこの話は今度~~!!」

 

 

 そう言って、千歌は急いで旅館に向かって走って行ってすぐに見えなくなってしまった。

 そんなの走る千歌の後姿を見ながら俺は呟く。

 

 

「全く……千歌は慌ただしい奴だよな、見てて飽きないよ」

 

「まぁ、そこがちょっと放っておけない所なんだけどね……。

 あ、そうだ、千歌も行っちゃって二人で寂しいことだし、今から一緒に潜らない? 

 今日は海の中の透明度も良好だし、気温水温共に最適だから、最高のダイビング日和だよ~?」

 

 

 果南はそう言って、手に持った予備のものらしきシュノーケルを俺の方に差し出した。

 わざわざ予備を取りだしてくるという用意周到な所を見て、最初から果南は俺と千歌をダイビングに誘う気満々だった事を察した俺は、思わず笑ってしまった。

 

 

「はははっ! 果南はさっきまで潜ってたのにまだ潜る気? ってかもう今日は何時間潜ってるんだよ?」

 

「ええっと……四十五分ごとに十五分の休憩挟んで、もう三回ぐらい潜ってるから……大体二時間以上はもう潜ってる計算になるかな~? でも、今日はあと二回ぐらいは潜りたい気分かも」

 

「わぁ……すご、相変わらず体力あるな果南。あれ俺一回でけっこう疲れるよ?」

 

「いやいや、慣れたら全然そんな事ないって~。

 それに今日は特に海の中綺麗だからさ、ず~っと眺めてたくなっちゃうんだよね。

 だからほら、私がバディーになって綺麗な所いろいろ案内してあげるからさ、行こう行こうー!」

 

 

 そう言って、意気揚々と俺の手を引く果南。

 この瞬間、幼馴染とはいえ自然な感じで女の子と手を繋いでしまったが、千歌とは違って触られても全くドキドキはしない。

 でも、それは果南が俺にとって、一緒にいて心地良い存在であるという証明。

 果南はどこかあっさりとしたようなサバサバした性格をしていて、いつも一緒にいても、年が上だとか女の子だとか、そういう(わず)らわしいものを一切感じさせずに付きあえる奴だ。

 だから果南は俺にとって、一つ上の幼馴染のお姉さんというより、最早息の合う悪友とさえ言える関係だった。

 

 

「よっし、じゃあ俺も潜るの付き合うよ! 海中案内よろしくな、果南!」

 

「オーケー任されました! じゃあ、サイズ合うウェットスーツ取ってくるから、ボートの前で待ってて!」

 

 

 そしてその後、俺のサイズに合うウェットスーツをすぐに取って来た果南と共に海に出て一時間の間、海中に潜って遊んだのだった。

 

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 

「あー疲れたー! でも今日は果南の言う通り、今日は本当に綺麗だったな海の中!

 誘ってくれてありがとう、果南」

 

「でしょ~? あーあ、千歌にも今日の海見せてあげたかったな~」

 

 

 ひとしきり海の中に潜った後、俺と果南はウエットスーツ姿のままでそんな会話を交わしながら、果南の家のダイビングショップ店の裏手側で、ダイビングに使った道具を全て片付けていた。

 

 流石、内浦のダイビングショップ店長の孫娘である果南が絶賛するだけあって、今日の内浦の海水はとても澄んでいて透明で、まるで真っ青な空の中で周りににいる魚と一緒に空を飛んでいるような感じをも覚えた。

 だから果南が、千歌にも見せてあげたかったという気持ちもよくわかった。

 実際、千歌も居たらもっと楽しかったんだろうなと思うと、少し残念な気分になってしまうからだ。

 

 

「まぁ果南、千歌は家の手伝いなんだから仕方ないって、また今度今日みたいな日にみんなで一緒に潜ろうぜ」

 

「うん、まぁそうだね~また今日みたいな日に二人を誘えばいい話だし、そうするかなー。

 ――それに、落ち込んでそうな誰かさんには元気だして貰えたから、今日の目的は達成したって事で……ね?」

 

 

 そう言って、上手く隠せてるつもりでも私には落ち込んでるのを丸わかりなんだぞ――って言いたげに笑う果南。

 ――ああ、やっぱり果南にはバレちゃってたか。

 果南は普段は何にも考えてないように見えても、俺か千歌に何かがあった時には一番早くにそれに気づいてしまうぐらいには、周りの事をよく見る事が出来ているぐらいに、ある種の達観した大人な考え方をしている。

 だから、俺達三人組の中でまとめ役は誰かと問われれば、真っ先に俺は果南の名前をあげるだろう。

 ――ああ、また果南にお節介かけさせちゃったな。

 そう思って俺は観念するように軽く笑った。

 

 

「あはは……全く、敵わないなー果南には。

ああ、綺麗な海見てたらちょっと元気出たよ、内浦の海は本当にスゴイよ……ありがと、果南」

 

「うん、なら良かった。悩んでるならすぐに相談しなよ? 抱え込んでても良いことないんだからさ――任せて、大抵の悩みだったら私が全部受け止めて、明るく笑い飛ばして上げるから」

 

「そうだな、果南はこの海みたいに広い心持ってるもんな、相談しやすそう。

 ああ、悩みあったらその時はしっかり相談するよ、ありがとう果南」

 

 

 俺は果南の言葉に、実際に相談する事は無いだろうと思いながらそう返して、さっきまで潜っていた海を眺めた。

 さっきよりかはマシになったとはいえ、俺はまだズキズキと痛む胸を抑える。

原因は分かってる――千歌のことだ。

 いつもなら、千歌にさっきみたいな意識されていない態度を取られても平気だった。

 でも、今日は違った。

 あの小さい頃の約束の日を夢に見てしまって、あの日の気持ちがまたぶり返してしまったから、いつもはそこまで気にならない千歌の態度だったのに、今日だけは胸に突き刺さっていたのだった。

 ああ、一体何時まで俺は小さい頃の約束を大事にしてるんだろうか。千歌はもうどうせ、忘れてるに決まってるはずなのに……馬鹿だ俺。

 いっそ、この千歌が好きだっていう気持ちを、あの日の思い出と共に忘れてしまえたら楽になのに―――

 

 

 

「――はぁ、もうじれったいんだから。そんなに悩むぐらいに千歌の事が好きだったら、早く告白でもしちゃえばいいのに」

 

「え……!?」

 

 

 

 千歌の事を考えてる事を察せられてしまったのか、単刀直入もなんのそのな勢いで核心を突くような果南の言葉に、俺は心臓が飛び出そうな気分になってしまう。

 いや――果南なら、言わなくても何となく俺の気持ちを察してたとしてもおかしくないのかも。

 そう思い直して、俺は開き直った気持ちで今の気持ちを弱気と共に吐き出した。

 

 

「いや……果南、でも俺は千歌に全然意識なんてされてないし、どうせ千歌も俺みたいな奴に告白されても困るだけだって……」

 

「――そんな事ないと思うよ」

 

「え……?」

 

 

 思いがけない果南の言葉に、俺は今度こそびっくりして果南の顔を見た。

 すると果南は少し顔を背け、恥ずかしそうに顔を少し赤らめながら言った。

 

 

「他の人がどう思うのかは知らないんだけどさ、少なくとも私は君の事……その……か、かっこいい方だと、思うよ?」

 

「そう……なのか?」

 

「うん、だから断言してあげる、千歌は君が告白しても絶対嫌な顔しない。

 ほら、だから思いっ切って告白してきなよ――男でしょ?」

 

 

 そんな果南のハッキリとした真っ直ぐな発破に、俺は勇気を貰った。

 わかった――もう昔に結婚の約束をしたとかそういうのはどうでも良い。

 ただ今の千歌が好きだから俺は――!

 

 

「ありがとう……じゃあ、俺、思い切って告白してくる!」

 

「――よっし、そうと決まったらまずは告白場所だね!

 千歌は案外ロマンチックな所あるから、綺麗な所とかに呼び出してみたらいけると思うよ!」

 

 

 ノリノリでそう言って、告白する計画を立てるのまで手伝ってくれようとしてる果南に、俺は頭を下げて言う。

 

 

「ありがとう果南……本当、どうやってお礼を言えば良いのか――」

 

「私は大した事はしてないって――でも、じゃあ“一個貸し”ね、覚えといてよ~?」

 

 

 イタズラっぽく笑ってそう言う果南。

 その笑顔に俺は、後日何か奢らされることになるかもなという覚悟を決めた。

 

 

「ああ、好きなの何だって奢ってやるよ果南、じゃあ俺行って来る!」

 

 

 そう言って、店の更衣スペースに置きっぱなしの制服を着る為に俺は店内に向かって走る。

 

 

「あ、待って――君から連絡したら気配から察されそうな気がするし、私が代わりに呼びだしてあげるよ」

 

 

 すると、果南にそう言って呼び止められてハッっとする。

 確かにこの今の自分のテンションだったら、呼び出すときに意識していなくても千歌に今から告白しますよっていう雰囲気を出してしまうかもしれない。

 本当、果南にはしばらく頭が上がらないな。

 

 

「そう言えばそうだな……ありがとう果南、何から何まで……」

 

「いいよー。もう私にとって君と千歌は姉弟姉妹みたいな感じだもん、だから、二人には良い仲になって欲しいんだー」

 

 

 そんな果南の無駄にお姉さんぶった言葉に、俺は思わず笑ってしまう。

 全く……お節介なお姉さんだよ、果南は。

 そう思って俺はまた口を開く。

 

 

 

「本当にありがとう果南、やっぱり年上の威厳には敵わないもんだね」

「それに二人が――――と、私が――るし」

 

 

 

「――え? どうしたんだ果南、今なんて言ったの? 被っちゃってよく聞こえなかったからもう一回言って……」

 

 

 

 俺が言うと同時に、果南がいつもの印象とは違った暗い声のトーンで何かを言ったような気がしたので、俺は心配になって果南に聞き返した。

 でも、果南はいつも通りの気楽な笑顔で笑って言う。

 

 

「何でもない――ほら、私の事なんか気にしないで、千歌をどこに呼びだしてほしいか言いなよ」

 

「ああ、分かったよ……じゃあ、――――に頼む!」

 

「うん、分かった。じゃあどうやって呼びだすかは私に任せといて、絶対千歌を呼びだしてみせるから!」

 

 

 俺は果南の普段通りのその様子に、カン違いだったかと気にするのをやめ、千歌を呼びだしてほしい場所を指定した。果南も俺の言葉に意気揚々とそう返した。

 

 ――告白する場所は決まってる。

 

 場所は“あそこ”以外に考えられない。

 

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■ ■ 

 

 

 

 

 果南に千歌を呼びだして貰ってから一時間後。

 俺はあの日約束した砂浜で千歌が来るのを待っていた。

 

 果南の言葉では、千歌は旅館の手伝いが終ったら来るという事だったのでいつ来るかは分からなかったけれど、それでも俺は一時間もこの場所でずっと千歌を来るのを待ち続けていた。

 

 この思い出の場所で千歌との過去の約束に決着をつけ――そして、新しい関係を始める為に。

 そんな覚悟を抱えながら、ドキドキしながら俺は千歌を待っていた。

 

 そして、ついに俺の待った人影のシルエットが夕日に照らされた浜辺に、走ってやって来た。

 

 

「――はぁ……はぁ……ま、待たせちゃってゴメンね」

 

「あ、千歌……!」

 

 

 千歌は旅館の手伝いを終わらせて急いで来てくれたのか、旅館の作業着から速攻で着替えたのか分かるように、昼に会った時の学校の制服姿で俺の前に現れた。

 こんなに急いできてくれるなんて、果南の奴いったいどう言って千歌を呼びだしたんだよ。

 果南がどうしたのか気になるが、俺はそんな事を気にしてる場合じゃないと思い直して、話を始めた。

 

 

「ご、ごめんな……急に呼んじゃって。旅館の手伝いはもう良いのか?」

 

「うん、何とか後は人手が足りるから大丈夫だって言ってたから、もう大丈夫だと思う」

 

「そうか――なら良かった」

 

 

 軽くそんな他愛のない話しから初めて、本題を切り出す前に自分自身の心の準備を決めていく。――うん、もう大丈夫だ、そろそろ始めるか。

 そう覚悟を決めて俺は口を開く。

 

 

「じゃあ、千歌……今から話したいことがあるんだけど、聞いてくれるか?

 実は―――」

 

「――――待って!」

 

 

 千歌の言葉にびっくりして俺は話を止める。

 一体どうしたんだ千歌……まさか、俺の言おうとしてる事がわかって止めたんじゃ――

 そんな不安に駆られなから、俺は千歌の言葉を待った。

 すると千歌の口から飛び出したのは、俺の予想もしていなかった言葉だった。

 

 

 

「あの……さ、この場所、覚えてる?」

 

「―――え?」

 

 

 

 その言葉に、俺は捨てたはずの期待が膨らんでいく。

 さっきまで待ってた時とは違った意味で心臓がバクバクしているのを感じた。

 まさか……千歌。

 そう思って俺が黙っていると、千歌は少し震えながらも、意を決したように両目を閉じて言葉を紡ぐ。

 

 

「き、君はきっと忘れちゃってると思うんだけど……私は忘れた事なんて一度もない。

 私達……その……ここで……!」

 

 

 ああ……間違いない。

 もうここまで言われてしまったら、もう俺の都合の良いカン違いでもなんでもない。

 俺は震えながらそう言う千歌に、安心させるようにこう言う。

 

 

「――結婚しようって、約束したよな?」

 

「えっ……! 嘘……お、覚えて……」

 

 

 千歌は信じられないような表情で俺の顔を見た。

 その表情に、俺はずっと気になっていた事の答えがやっとわかったようなスッキリした気分になってしまう。

 

――そうか、そういう事だったんだな。

 俺達二人共、相手が忘れてるって思いこんで、何でもないように振る舞ってただけなんだ。

 

 

「俺だって、ずっとあの日から忘れた事ないよ。

 だから千歌――俺の話を聞いてくれ」

 

「う、うん……! どうぞ……」

 

 

 千歌はそう言うと、何かの覚悟を決めたようにグッと両足を踏んじばって俺の顔を真っ直ぐ見据える。

もう自分が今から何を言われるのか悟ったのか、千歌の顔は真っ赤で、浜辺を照らす夕日の色と全く同じ色をしていた。

 そんな千歌を見ながら俺は、自分でも驚くほどすんなりと“その言葉”が出て来る。

 

 

 

「千歌……好きだ。

 過去も今も――ずっと俺はお前の事が好きだったんだ」

 

「う……うんっ! 私も……ずっとずっと君のことが大好き!

 忘れてるかも知れないって思っても……それでも忘れられないぐらいに君の事が大好きだったの!」

 

 

 千歌の言葉に、俺は両足がふわふわするぐらいに嬉しい気持ちを感じる。

 そうか……俺と千歌ってずっと前から両想いだったんだ。

 

 

「あ……あははは……夢みたいだ……嬉しい。

 俺、千歌がてっきり約束忘れてるってずっと思い込んでたよ」

 

「うん……私も嬉しいっ!

 だってだって、ずっと私の事子供扱いしてからかってきて……てっきり忘れてるって思ってたから……わぁ、顔あついよ……」

 

 

 そう言うと、千歌は両手で自分の頬を抑えて熱を抑えにかかる。

 その仕草がとっても可愛く見えて、俺は思わず千歌を抱きしめたくなってしまう。

 うわぁ……気持ちを抑えていた分の反動がヤバい。無理やりみたいな感じにしないように気をつけて嫌われないようにしないと――

 

 

「あれ……? それにしても、今私告白されたって事は……あーーー!! 

 果南ちゃんもしかして私の事を騙したなーーー!!」

 

 

 すると、突然そう言って果南の名前を叫ぶ千歌。

 え、なんだよ千歌、一体どうしたっていうんだよ?

 

 

「ねぇ……今日女の子に告白されて、その告白を受けるかどうか悩んでるって果南ちゃんから聞いて来たんだけど……それって嘘?」

 

「――ブッ!!」

 

 

 思わず俺は、果南が千歌を呼びだした口実を聞いて吹き出してしまう。

 アイツ、そんな千歌焦らせるような嘘言ってどうしたんだよ。

 まぁ……おかげで上手くいった所もあるから文句は言えないんだけど――って、もしかしてその為にやったのか果南? 全く……らしくもなく気を回し過ぎだっての。

 

 

「あーー! 笑うって事はやっぱり嘘だったんだ! もう~~! 果南ちゃ~~ん!!」

 

 

 両手をあげて果南に文句を言う千歌に、俺は思わず笑ってしまう。 

 

 

「あはは、果南にやられたな千歌。でも、おかげでうまくいったんだから良いだろ?」

 

「まぁ……そうだね……うん!」

 

 

 元々そこまで怒っていなかったのか、千歌はすぐに頭を切り替えて笑顔で笑う。

 ――ああ、それにしても今でも信じられない。ずっと好きだった千歌と付き合う事が出来るなんて……本当に信じられないぐらいに嬉しい。

 そう思って俺は、明るく笑って千歌に言った。

 

 

 

「――でも、俺うれしいよ。ずっと好きだった千歌と両想いで付き合う事が出来るなんて……嘘みたいだ」

 

「――うんっ! 私も嘘みたい…………あ」

 

 

 

 すると、千歌はいきなり何かに気付いたかのような表情になって固まった。

 

 

「ど、どうしたんだよ千歌、またなんかやらかしたのか!?」

 

 

 思わず心配でそう声をかける俺に、千歌は勢いよく頭を下げて言う――

 

 

 

「――ごめん!! 私、君と付き合うの今は無理なの!!」

 

「え……えええええええええええーーーーーー!!!???」

 

 

 

 信じられないような千歌の言葉に、俺は驚愕するあまり大声でそう叫んだ。

 え……なんでだよ!? 完全に俺達付き合う流れだっただろ!?

 なのに……なんで……?

 

 

「なっ……なんでなんだよ!? 俺達……両想いじゃ……」

 

 

 信じられず俺は千歌にその理由を問う。

 すると、千歌は両手をグッと握りしめながら宣言する。

 

 

「私……決めたの! スクールアイドルになって、学校に人を集めて廃校になっちゃうのを何とかしたい!」

 

「――スクールアイドルって……()()()() 千歌が!?」

 

 

 俺はびっくりして千歌にそう言ってしまう。

 

 

 

「うん、そう言っちゃう気持ちは分かるよ――こんな田舎に住んでる私には無理だって前は思ってた――でも、そうじゃなかった!

 東京の音ノ木坂学院っていう学校の、伝説のスクールアイドルが教えてくれたの!

 始める前から夢を諦めるんじゃないって――やりたい事を思いっきりやって、夢を信じて突き進めば必ず夢は叶うって! だからスクールアイドルやりたいの!」

 

 

 そう言って夢を語る千歌のその瞳は俺は今まで見た中で、一番の輝きを放っていた。

 そして、最後に千歌はもう一回頭を下げて言う。

 

 

「でも……アイドルは、恋愛禁止だから! だから付きあえないの……ごめん!」

 

 

 そんな千歌を見て、俺は軽くため息をついた。

 俺がため息をついたのを聞いて、千歌は頭を下げたまま両肩をピクっと震わせる。

 違うよ千歌、俺は千歌に呆れてため息ついたんじゃないんだ――

 そう思って俺は、千歌の肩に手を置いて言う。

 

 

「――それって、一人で出来る事なのか?」

 

「え……? ううん、違うよ……でも、なんでそんな事聞くの?」

 

「ばーか。もう、察し悪いな千歌は。――その夢、俺も手伝わせろってことだよ」

 

 

 俺の言葉を聞いた千歌は、驚きで目を見開かせながら言う。

 

 

「うそ……怒ってないの……?」

 

「ばか、怒るもんかよ――それに、昔の自分が言った事、もう忘れたのか?」

 

 

 そう言って、俺は千歌に自分の記憶力を自慢するように笑った。

 

 

「え……? あっ……!」

 

 

 千歌は何かに気付いたようにそう言う。

 やっと、思い出したみたいだな。

 

 

 

 

 

 

 

 ――わたしとケッコンしたら、君に一生いっぱいめいわくかけるよ! もしこの先何かこまった事があったら、その時はずーーっとてつだってもらうんだから!

 どう? それでもすきって言える? ――わたしと、ケッコン出来るのっ!?

 

 

 ――うん、おれ千歌の事がすき! 千歌とケッコンする!

 一生めいわくかけてくれてもいい、だから笑って――

 

 ――おれ、千歌の笑顔が大すきなんだ!

 

 

 

 

 

 

 

「――怒るもんかよ。

 こちとら、一生千歌に迷惑かけられても良い覚悟で好きって言ってるんだ。

 だから――その夢、俺も手伝わせろよ千歌」

 

「~~~っ!!」

 

 

 俺がそう言った瞬間――千歌は急に俺の肩を掴んで、俺の右頬に顔を寄せる。

 そしてその直後、俺の右頬に柔らかくて少し湿ったような感触を感じた。

 ――え……まさか、千歌……今俺に……!?

 俺はジンジンと熱いぐらいに熱を帯びた右頬を抑えながら、千歌の方を見る。

 すると、千歌は俺と同じぐらい真っ赤になりながらも笑顔で言った。

 

 

「やっぱり……だから大好き!! 将来、絶対結婚しようね! 

 ――約束だよ!」

 

「あ……ああ! 約束だ!」

 

 

 

 そう言いあって、俺と千歌はまた新しく約束をした。

 ――結局は『恋人未満友達以上』って結果になっちゃったけど、でも充分それだけでも俺にとっては幸せな結果だった。

 

 

 

「――よーし! じゃあメンバー集めなきゃ!

 まずは、果南ちゃんからだー! 私を騙したお返しもまだだし!」

 

 

 千歌はそう言うと、一直線に果南の家の方に走って行く。

 ああ――本当に慌ただしい奴だな千歌。ま、そんな千歌の事が好きになった俺も、なんだかんだで変な奴なのかもな。

 そう思って千歌の背中を見ていると、千歌は急に振り返って言う。

 

 

「おーい! じゃあ私、先に果南ちゃんの家に行ってるからねー! 待ってるよーー!!」

 

 

 それだけ言って、千歌は走って行ってしまった。

 

 ――それはつまり、俺も来いっていう事だろうか。

 そう思うと、俺は面白くなってついまた笑ってしまった。

 だって、目に見えるからだ――これから先、千歌に付き合って色んな事がありそうだっていう事が。

 

 

 

「あっはははははっ! ――これから先、忙しくなりそうだ!」

 

「――なーにニヤニヤしてるの? 結局、振られちゃったんだよ?」

 

 

 

 すると突然隣りから声がして、ビックリした俺はそっちを向くと、そこには果南が呆れた様な表情をしながら立っていた。

 

 

「――果南!? あー……見てたのか?」

 

「当然。誰が協力してあげたと思ってるの? こっそりと隠れて見守ってたのにあんな曖昧な結果……本当に、君はそれでよかったの?」

 

 

 そう言う果南に、俺は迷わずに言い返す。

 

 

「ああ当然。――だって俺は、心から笑う千歌の笑顔が好きだからな」

 

「はぁ~~……変なの、何それ」

 

 

 ため息混じりにそう言う果南。

 本当、自分でも変なのは分かってるけど、でも好きなんだから仕方ない。

 これが、惚れた弱みってやつっていうのなら、俺は全力でそれを肯定するだろう。

 そうだ、今果南がこっちに来てるんだったら、早く果南がこっちに居るって事を千歌に教えてやらないと。

 

 そう思って俺は携帯を取りだそうとすると――果南は、らしくもないぐらいに真剣な声のトーンで言う。

 

 

 

「―――本当……なにそれ。

 二人が付きあって欲しいって思って、今までずっと心の中で応援してきたのに……それに、ここまで私が手伝ったから、もう付き合うだろうって思って安心して見てたのに。

 それなのに、あんな曖昧な結果……私、困っちゃうよそういうの……」

 

「か、果南……?」

 

 

 

 俺はそんな、らしくない果南の様子に驚いて声をかけた。

 すると果南は、しばらく顔を俯かせた後、吹っ切れたような表情で頭をあげた。

 

 

 

 

 

「――ゴメン千歌。私、もう我慢できそうにないや――千歌が、悪いんだからね」

 

「え……果南、何が我慢できないん―――――っ!!!???」

 

 

 

 

 

 ――予測不可能、回避不可。

 

 

 俺が気が付いたその時には、俺の唇に果南の唇が押し付けられていた。

 意味も分からず真っ白になってしまった頭で過ごす、永遠にも感じる五秒の後、ゆっくりと果南の唇が離れるのを感じた。

 離れた後、俺はゆっくりと果南から距離を取りながら、ロクに呂律(ろれつ)が回らない舌で言う。

 

 

「―――な……なに……? どういう事……果南(かにゃん)……?

 

「あははっ……ファーストキス、貰っちゃった。

 ――大丈夫、私も初めてだから。

 これで、いくらニブい君でも私の気持ち分かってくれたよね?」

 

 

 余裕そうな口調で果南はそう言うが、その顔は真っ赤に染まっていて、とても余裕なんて感じない表情をしていた。

 だからこそ今やっている果南の行動が、ふざけてるのでもなんでもなくて、真剣そのものだという事がわかる。

 

 

「な、なんで……? 果南、俺の事弟みたいに思ってたんじゃ……?」

 

「思おうとしてたよ……でも、いつからだろ……そう思えなくなっちゃったのは」

 

「――だ、ダメだって果南。俺、千歌の事好きだし……それに、結婚する約束だって」

 

「うん、でもそれ今付きあう訳じゃないよね? ――だったら、今私と付き合ってよ。

 私、君の事、実は小さい頃から好きだったんだ――だから、ダメかな?」

 

 

 俺の精一杯の反論をことごとく打ち返していく果南。

 しまいには本気で告白までされてしまって、俺はもう訳が分からなくなってしまう。

 

 

「ご……ごめん……! 俺、千歌の事が好きだから付き合えない! 本当に、ゴメン!」

 

 

 そんな中、ハッキリと断れたのは自分でも奇跡だと思う。

 でも果南は、そんな事もう知ってると言いたげに軽く笑うと、俺の腕に急に抱き着きながら言った。

 

 

「――じゃあ、勝手に私が好きでいるからそれでいい?

 君が好きって言ってくれるまで、私はずっと待ってるからさ」

 

「果南っ!? ちょっ……腕に胸が……あたっ……!」

 

「おー……ドキドキしてる……流石にここまでしたら意識してくれるみたいだね?

 よっし、意識されない関係から一歩前進……っと」

 

「もうーーー! 果南ーーーー!!」

 

 

 俺は沸騰しそうなぐらいに熱くなった顔の温度を感じながらも、せめてもの抵抗で全力でそう叫んだ。

 しかも、ただ抱き締められてるだけなら何にも気にならないんだけど、余裕そうに振る舞いながらも、俺の腕を抱き締めてる果南の早い心臓の鼓動を感じてしまって、そのギャップに果南の事を可愛いと思ってしまうんだからよりタチが悪い。

 

 

「あははっ、じゃあ今日はこれぐらいしといて……千歌の所行こうか! 呼んでるみたいだしね、じゃあ私もお先ー!」

 

 

 そう言って、果南は走って千歌の行った先を追い掛けて行く。

 

 そんな果南の背中を見ながら俺は、あんな事をされても果南の事を全く嫌いになれない自分にため息をつく。

 ――本当にややこしいことになってしまった。

 もう度重なる衝撃で俺の頭はパンク寸前。しかもこの後で千歌と果南が二人が揃った空間に行かなければならない――その事実に俺は思わず頭を抱える。

 それに、果南自身が千歌の事をライバルだからと思って敵視していないのもまた悩みどころだ。俺が言わない限り絶対に千歌にバレないのがまずい要素だ。

 しかも、ばれてしまっても果南のさっきの様子を見る限り、開き直りそうな気がするからなおの事マズい。

 

 つまり俺は、果南のさっきみたいなアタックに耐えながら、千歌の夢を応援すればいいのか――あはは、思わず笑っちゃうほど笑えない冗談だ。

 

 そう思いながら、俺は海の水平線に沈もうとする太陽を見て言った。

 

 

 

 

 

「千歌、やっぱりスクールアイドルやるのやめて、すぐに俺と付き合ってくれ~……」

 

 

 

 

 

 そんな弱音を一つ吐いたのを最後、俺は腹をくくって千歌と果南の後を追って走る。

 

 

 

 ――俺の苦労の日々は、これからがスタートだ。




ここまで読んで頂きありがとうございました。

千歌ちゃん可愛いなぁ……と思いながら、ノリノリで幼馴染設定で書いていたら、果南ちゃん交えて気が付けばこんな事に。
でも……まぁ、これも悪くないですよね!(ニッコリ) 私はこういうノリも結構好きです!

では、後に続く方の作品も、もし良ければ是非読んでいってください!


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黒き翼―比翼の鳥―

『小泉家の長男~スクールアイドルは政治を変える...かもしれない~』でお馴染みの真姫神rambleさんです。花陽ちゃんのお兄さんがいれば…という設定で、最愛の妹である花陽はじめ八人の女神に面白可笑しく振り回されています…By企画主催者


 

―――――わたし...おにいさんのおよめさんになるんだから!

―――――おーう待ってる待ってる~

―――――むぅー!しんじてないわね!?ぜーったいわたしの"とりこ"にしてやるんだから!

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

全くもってヒトの未来は読めないな、それもとりわけ女の子のは。子供の時から変わらない子もいれば、成長した姿を見たら「....誰ですか?」と聞きたくなるような変化というか変身する子だっている。俺にも幼馴染――と言っていいのか分からんくらい歳は離れているが――がいるが、彼女は後者だ。

 

小学校くらいまでは俺の後ろをついてくるような可愛いやつだったんだが、中学に上がってしばらく見なくなったと思ったら...怪電波を拾ったのかほんのり中二病を患ってた。あの時はマジで焦った...。

 

 

「おーい!おにーさーん!!」

「話をしていたら湧いて出ておってからに...諸悪の根源」

「ちょ、だれが諸悪の根源よ!ヨハネは何もしてないわ!」

 

 

今でてきたのが話題の少女、津島善子だ。病気に罹った末に自分の呼称が「ヨハネ」になってしまった(外見は)文句なしの美少女である。日常会話に支障をきたすほどの中二病ではないが、少し関わるのがめんどくさそうに思われる(らしい)性格の持ち主。まぁ言葉に関しては慣れるといい、俺は慣れた。

 

 

「おい善k「ヨハネ!」...面倒な。ここでは先生と呼べ、お前は生徒で俺は教師だ。分かったか?」

「もう授業は終わったんだからいいじゃない。そ・れ・に、私とお兄さんは堕天使の黒い翼を分け合った"比翼の鳥"なんだから!私のカンパ、軍団(レギオン)に属するリトルデーモンの第一号...それがお兄さんよ」

「だからなんなんだよリトルデーモンって...訳が分からんぞ」

「何って、リトルデーモンはヨハネの信者よ。...あっそうだ、これあげる!これを貼れば貴方もヨハネのと・り・こ♡」

 

 

なんて言いながら渡されたのはシールだった。黒い翼が広がったような...だが片翼だけだ。例えるならば「天使が広げた白い翼を片方切り取って黒く染めた」感じか。....分かりにくい例えだなオイ。

 

 

「誰が虜か...。というかこのシールはなんだ?」

「そのシールはヨハネがリーダーを務める"悪魔の軍団(デモニック・レギオン)"の団員である証ね。頑張って作ったの!」

「作ったのか!?」

「そうよ!結構頑張ったんだからね。あとお兄さんのは特別性なの、カッコいいでしょ?これだけすっごく気合い入れて作ったのよ」

「あん?なんで俺のだけ?」

「え!?そ、そそそれは...!」

 

 

善子の言葉を聞いて湧いてきた、当然の疑問をぶつけてみたらめっちゃ動揺した。なんでさ....。

 

 

「なぜそこで詰まる...俺"だけ"ってことは理由があるんだろ?」

「も、もちろんあるわよ!...でも秘密、教えられないわ」

「...は?なんでだよ」

「秘密ったら秘密なの!もうこの話は終わり!帰るわよお兄さん!!」

 

 

そう言って声を荒げた善子...強引に話を打ち切られてしまった。けどまぁこいつくらいの年になると言いにくいことの一つや二つでてくるだろう、と自分で理由を考えてこの場は追及しないことにした。

 

それに彼女も女の子であり、さらには思春期真っ只中なのだ...いわゆる"お年頃"ってやつかねぇ。なんとまぁ難儀なことよ。

お年頃というのも、実のところ...アイツには恋慕の情を抱く異性がいる。もちろん確証を得ての断言だ。根拠はいたって単純、好意を寄せられているのが俺だってこと――それだけ。

 

ラノベの鈍感主人公ではないから、恋愛感情向けられてることくらい分かる。...てかアイツら不思議だよな~。いくら「好き」って言われてないとはいえ、あれだけあからさまなアプローチ受けても気づかないんだから流石だぜ。

っとそんな話(鈍感主人公)は置いといてだ...俺は彼女の好意には応えられない、と思っている。別に善子の容姿が気に入らないとかではないぞ?贔屓目なしにしても、可愛い部類には間違いなく入ると俺は見ている。問題なのは容姿云々ではなく...年の差だ。なんせ10歳近く離れているからな。

 

俺みたいな片足おっさんに突っ込んだような年齢の奴よりかは、同年代の少年と青春を謳歌するほうがいいに決まっている。浦の星は女子高だから野郎はいない為、出会いがあるかは分からんがね...。

まぁいろいろ言っているが、俺は今の距離感が好きなんだ。この兄妹のような関係で以って騒いでいるときが一番楽しい。もっともらしい事を理由にしているけど...本当は今の関係が変わってしまうのを恐れている、大人のくせしてとんだチキン――ただの臆病者だったってだけの話。

 

 

....なんて情けない男だ。

 

 

 

 

 

***

 

―――男は不変を望む。臆病であるが故に。そんな自分を嫌悪しても、これまでと変わることのない関係が続くことを望む

 

―――少女は翼を求める。その翼はいつも隣にいてくれたから。彼がいるから、彼と一緒だから飛んでいられる。少女と男は比翼の鳥、片方が欠けると墜ちてしまう。故に少女は対の翼を求める

 

***

 

 

 

 

善子に話を切られてから少し経ち、学校から家に向かう道の途中...いきなり立ち止まったと思ったらこんなことを口にしてきた。

 

 

「ねぇお兄さん?ヨハネはお兄さんが好き」

「...藪から棒にどうした」

 

 

本当にどうした?突然歩くのやめたり、俺が好きだなんて口走ったり。俺からしてみれば"何をいまさら"って感じだが、なにか彼女なりに言いたいことでもあるのかねぇ...。

 

 

「小さいころから私とお兄さんはずっと一緒だった。...ううん、ヨハネがお兄さんと一緒にいたかったの。だって、好きになったから!お兄さんを好きになったから...」

「...!」

 

 

いくら知っていたとはいえ...実際に告白されてみるとクるものがあるな。なんせ俺は関係を変えたくないから。

 

 

「...そんなこと、とっくの昔に気づいてたさ。お前の気持ちを知りながらも、今までずっとそばにいた」

「じ、じゃあ「だが!」....え?」

「だが...俺は今みたいな関係が、兄妹のようなこの距離が心地よかった。できることならば、このままお前が離れていくまで変わらないでくれと...妹のままであって欲しいと、そう思っていた」

 

 

本当に情けない...。決心して告ってくれた女の子に対して、こんな本音をぶちまけるとは。度し難いほどに弱い男だな、俺は。

 

 

「お前が、津島善子が好きになったのはこんなに弱い男だぞ?悪いことは言わない...他のヤツ探せ。お前はかわいいからな、きっといい男を見つけられるだろうよ」

「....。....はぁ」

「おい、なぜため息が出る」

「だって...ねぇ。堕天使であるこのヨハネが、お兄さんの弱いところに気がつかない訳ないじゃない。お兄さんのことならなーんでも知ってるんだから!そんなところも含めて好きよって言ってるの!」

 

 

こいつぁびっくり、まさか全部ひっくるめて好きだと言われるとは...。予想外もいいとこだ。そこまで好きなのかと。

 

 

「...俺の心は弱いぞ?情けない奴だぞ?」

「知ってる」

「...だいぶ年が離れてるぞ?それに教師と生徒だ、どんな反感買うか分からんぞ?」

「年の差なんて関係ないわ。このくらいの差で結婚してる人たちなんていくらでもいるもの。それに、先生と生徒のイケナイ恋愛なんて...まさに堕天使のヨハネにはピッタリじゃない!」

「本気...なんだな」

「とーぜん!それに言ったでしょ?私の"虜"にしてやるって」

 

 

こんなにもまっすぐな思いをぶつけられて答えてやらねば男が廃る、か。

 

 

「...俺の負けだ!お前の気持ちはよーく分かった」

「ふふん、人を惹きつける魅力をもって生まれた堕天使って本当につらいわー....どうお兄さん?私の気持ちは伝えた。どんなお返事くれるの?」

「それはな...こうだ」

 

 

俺はそういってシールを台紙からはがして、自らの右手の甲に貼りつけた。そう、帰る前にもらったシールだ。こうして改めて見てみるとカッコいいな...。

 

 

「これで俺は軍団のメンバーだ。立ち位置は...."一番に堕天使の虜になった、人生の伴侶"ってとこか?」

「伴侶?伴侶ってことは...じゃあ!」

「あぁ...お前の告白、受け取った。ちょっと肩書きは変わるが、これからもよろしくな」

「うん...うん!もちろんよ!だってヨハネとお兄さん―いいえ、"あなた"は比翼の鳥であり...」

「黒い翼を分けあった存在、ってか。それなら、こうして手を繋げばいいな」

 

 

善子の左手をとって自分の右手と絡める―所謂"恋人繋ぎ"だ―と、俺は逆の手を彼女に差し出した。

 

 

「ほれ、はよ寄こせ」

「...?何を?」

「シールだよシール!どうせ自分のも作ったんだろ?貼ってやるから渡しなってこと」

「え!?は、貼って、くれるの?...やだちょっと恥ずかしい―」

「何言ってんだあれだけ好きだって言ってきたくせに。あと俺だって恥ずかしいんだよ早く渡してくれ」

「うー...なら、ハイ。....よ、よろしく」

 

 

シールを受けとって、貼る。ただそれだけなのに酷く緊張する。なんか結婚式の指輪交換みたいだ...この後に誓いのキスがああああっとこれ以上は危険だ、気恥ずかしくてヤバいことになる。

何も考えるな...無心だ...無心になれ...手、綺麗だな違うそうじゃない!無心だっていってんだろ!

 

...ぺたり、と。

 

 

「...これでいいな。俺の右手とお前の左手、手を繋げば一対の翼になる。これで、いいだろ?」

「さ、さすがは私の伴侶ね!発想にロマン...?があるわ!」

 

 

彼女は何とも満足げな表情を浮かべて、自分の手を眺めている。しばらく"己の手を見てニヤつく美少女の図"が道のど真ん中で繰りひろげられたが、ふとこちらを見上げてきた。

 

 

「このヨハネを満足させたからには、ご褒美をあげないとね!....ちょっとかがんで?...もうちょっと...うん、そのくらいでいいわ」

 

 

....だいたい予想はつくが、ここはおとなしく待ってやろうじゃないか。

 

 

「...ありがとう、私の大好きなお兄さん――」

 

――チュッ

 

「これからよろしく!私の恋人さん!今まで以上に...もっともーっとヨハネの"虜"にしてあげるから――」

 

 

あぁ分かってるさ、俺の恋人よ。こうなった以上、俺はお前を絶対に離さない。もっと素敵な生活を送ろうじゃないか!そのためなら、出来ることは何だってしてやる。"一蓮托生"の意味通り、どこまでもついて行ってやるから――

 

 

 

――覚悟しなさいよね!!

――覚悟しろよな!!




どうも、真姫神です。最近まったく更新してないけど、私は生きてます。

簡単な生存報告をしまして、書いた感想でも。
今回はサンシャイン二次ってことで「はじめての挨拶」をずっと聞いてたんですよ。そしたら久しぶりに聞いたヨハネちゃんの「夏風邪ね!」がツボりまして(笑)
じゃあ書いてみようってなったのがこの短編です。

文字数はそこそこ、内容考えるのがやっぱしんどかったです...参考になるもの少ないし。しかもビックネームに挟まれてるし。でもなんとか形になったこのSS、楽しんでもらえたら幸いです!

あんまり長いのもアレなんでこの辺で...読んでくださり感謝です!!


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ハジマリノクチヅケヲ

はじめまして。ハーメルン様にて「ラブライブ!平凡と9人の女神たち」を投稿させていただいております、ちゃん丸と申します。

この度、ご縁がありまして鍵のすけさん主宰のこの企画に参加させていただくことになりました。

私自身ラブライブ!の二次を書いていますし、サンシャイン!!の二次を書くかどうかはまだ考えていません。
しかし今回の企画を通して、サンシャイン!!の作品が少しでも増え、ラブライブ!というコンテンツを続けるひとつのきっかけになればと思い、参加を決めました。

前書きが長くなりましたね。

では、Aqoursのはじまり。高海千歌のはじまりを。


Thema song 「大塚愛/恋愛写真」



 俺には幼馴染が居た。

 

 いや、正確には〝居る〟だ。

 

 

 そいつはすごく呑気で、

 

 でも明るくて、優しくて。

 

 「スクールアイドル始めるんだ!」なんて言ってきたくせに、

 

 「千歌には得意なこと何もないから...」

 

 俺の前でそう言いながら必死に涙を堪えたりする。

 

 俺はそんなあいつが嫌いだった。

 

 でも、

 

 俺はそんな千歌が–––。

 

 

 

               ★ ハジマリノクチヅケヲ ★

 

 

 ついこの間まで冬だったことを忘れさせるぐらいの日差しが、窓の外から俺の机に差し込む。

 外に咲き誇る桜が美しい。その散り様すらも、見惚れてしまう。

 

 俺が通う“入江の月男子高校”。その名の通り、男子校ということもあってまあ自分なりにはかなり楽しんでると思う。女の子は居ないけど、居ないなりの楽しさもあってね。

 

 というかすぐ近くには〝浦の星〟もあるし。あ、ちなみにこの浦の星女学院。文字通り女子校だ。

 俺らの学校の中でもそことのつながりがあるやつも結構居た。もちろん、健全な男女の付き合いもあるはずだ。ま、俺にとってはどうでもいいことだけど。

 

 ぼーっと教室で駄弁っているクラスメイトを眺めながら、昼休み独特の眠気に身を任せようかと考える。

 

 そんな時だった。

 

「浦の星、廃校決まったらしいな」

 

 教室のどこかで話している言葉がふと耳に入ってきた。

 少しだけ俺の鼓動がどくんと高鳴った。変な感覚だ。

 

 決まった、のか...。

 

 最初に出てきたのはそんな感情。残念だ、とか、なんでだろう、とか。そんな感情よりも、ほぼ〝無関心〟に近い感情が出てくるということは、俺の中でそれぐらいの問題にしか過ぎなかったのだろう。

 だけど、ひとつだけ引っかかることがあった。

 

「...あいつ大丈夫か」

 

 あいつ。俺の幼馴染のことだ。いつもならあいつのことをそんな気にすることもないが、内容が内容なだけに。変にあいつを心配している俺に気持ち悪さすら感じる。が、時間もちょうど昼休み。寝るには短すぎるのもあるが、まあ確認するには丁度いい時間だろう。

 

 わざわざ席を立つまでもない。俺は携帯電話でそいつの名前を探す。

 

「...」

 

 通話ボタンを押し、携帯を耳に当てるとそれを見たクラスメイトが黙り込む。

 気を遣っているわけではない、ニヤニヤとこちらを見ている。単なる冷やかしだ。

 結局俺は席を立ち、教室を出る。あんな冷やかしの中話す勇気もない。

 

『もっしもーし!どうしたの〜?』

 

 第一声を聞いた俺は察した。余計な心配だったと。

 わざわざ席を立ってやったのに!立ってやったのにさ!ここまでしてあげたことに対する見返り?があまりにも軽く、彼女の反応は喜ばしいことだろうけど、俺としてはなんとも微妙な感情だ。

 

「その様子なら大丈夫そうだな...」

『んー?何がー?』

「廃校、決まったんだろ?浦の星」

『あぁ~...そのことで電話してくれたんだね』

 

 電話越しに聞く声は、廃校の話題を出してもそこまで落ち込んだ様子はない。

 本当に気にしていないのだろうか。それとも気にしているけど、俺に変に気遣っているのか。そうだとすれば余計なお世話だ。ま、千歌はそんなこと思ってないだろうけど。

 

『もう知ってたからね~。生徒は』

「まさかのそのパターンかよ!」

『えへへ』

「笑うところ違うけどー?」

 

 俺の幼馴染、高海 千歌(たかみ ちか)。俺と同じ高校2年生で、いま話題に上がっていた浦の星女学院に通っている普通の女の子だ。これといった特徴は...アホ毛があることぐらいか。

 よく昔、千歌のアホ毛をからかって泣かしたこともあった。その度にウチの親からこっぴどく叱られたこともあった。『そんなんじゃ千歌ちゃんと結婚出来ないぞ』なんて言われてさ。

 

 幼いながらに意味わかんねえと思ったよ。正直。

 好きでもない女の子、といえば語弊があるかもしれないが、別に特別好きな感情を持たない女の子と結婚だなんて。

 俺の中で、それがものすごくストレスだったのかもしれない。その反抗心からか、体が大きくなっていくにつれ彼女に対する対応もそっけないものになっていった。

 

 それを彼女も察したのか、中学生の頃ぐらいからやたら話しかけてくるようになった。いや、そこは引いてくれよって話だけど。

 それでも彼女を突き放すことなく、そっけないながらに相手をしてあげたというのは俺なりの優しさなのかもしれない。

 

『でもね』

 

 そんなことを考えていると、電話越しの彼女の声が少ししっとりとしたものになる。

 

「ん」

『やっぱり寂しいよ。自分の通ってる学校が終わっちゃうって...』

「...そっか」

 

 たまに見せるしおらしさ。普段は元気で少し男勝りだったりするのに、たまにそんな姿を見せられるとこっちとしても何とも言えない気持ちになる。

 いまに限らず、思わずそっけない返事をしてしまうのもそれが原因だとわかっている。だからそんな自分が嫌だった。

 

「...そろそろ授業始まるから切るな」

『うん。ありがとっ。電話くれて』

「...それじゃ」

 

 俺がそう言うと、はーいと〝いつもの〟彼女の声。

 別人、とまではいかないが、やはり印象が大きく変わることもあり違和感。ずっとだ。彼女と出会ってからずっと。

 この感情は何なのだろう。違和感は、しおらしい彼女を見ると、抱くこの感情は。

 

 ...まあいいか。戻ろう。

 

 これ以上考えても埒が明かない。こんなことを考えるのは今日に限ったことでもないし、今日この日までわからないのならちょっとやそっと考えたところで無駄だと。

 教室に戻る足取りもどこか重いものへと変わっていた。

 

 

 それからすぐ、だった。

 千歌がスクールアイドルをやると言い出したのは。

 

 

***

 

 

「で、なんでまたスクールアイドル?」

 

 後日。千歌が急に電話でそんなことを言うものだから、俺は家のリビングで彼女にそう問いかける。今家には誰もいないせいか、リビングでひとり電話するのはどこか寂しさすら覚える。

 

『どうしてかぁ...うーんと...』

 

 そこまで悩むことなのだろうか。そもそもいきなりそんなことを言い出すということは何かしらの理由があるはずだ。

 彼女の返答を待っていたが、答える様子は一向にない。質問を変えてやるか...。

 

「その前に、スクールアイドルってなに?」

 

 まずはそこだ。スクールアイドルとはいったいなんなのだろうか。文字通り学校のアイドルだろうが、それが本当にそうなのかはわからない。ここは直接聞くのが...

 

『学校のアイドルだよ!えへへ!千歌、アイドルになるんだぁ』

 

 期待した俺がバカだったよ、うん。

 まあ当の本人がそう言うってことは、きっとそうなのだろう。ひとつため息をつく。

 

「それで、なんでまたそれをやろうと思ったわけ?」

 

 話を元に戻す。今度は「どうしてやろうと思ったのか」とはっきりと千歌に伝える。

 すると千歌はさっきと同じようにうーん...と考え込むが、割とすぐに答えが返ってきた。まとまったのだろうか。

 

『やってみたい...からかな?』

「...なんで疑問系?」

『こんな理由でいいのかなって...あはは...』

 

 理由に体裁も何もない、はず。

 特に高校生の部活の一種、になるのかはわからないが、やりたいからやる。その理由はごく真っ当なものだと思った。

 

 それを変に考え過ぎるのも、高海千歌という人間。

 昔から知っているから、そう言い切れる。

 

「いいんじゃねえの?やってみれば」

『本当...?』

「本当だって。やりたいんだろ?」

『...うんっ。やりたい!』

 

 なんだかんだで背中を押す形になってしまったが、まあ吹っ切れたのならそれでいい。

 ずっと抱いている、彼女に対するこのわけのわからない感情が何なのか。それがわからない自分自身へのイラつきを心の中に押し込むように。

 

「それじゃ、切るな」

『あ、ちょ、ちょっと待ってよぉ!』

「...どうした」

『あ、あのぉ...さ?その...』

 

 電話を切ろうとすると呼び止められたもんだから、仕方なく彼女の言葉に返事をすると、その千歌はモジモジとなかなか言葉を発しない。

 

「なんだよ?」

『い、いまから会えないかなぁ〜。なんて』

「...なんで急に」

『...だって、しばらく会ってないじゃん。ずっとこうして電話だけ。すぐ近くにいるのに、すぐ会えるのに』

「それは...」

 

 ...千歌の言うことは正しかった。

 会おうと思えば、すぐに会える距離。思いつきで遊びに行けるぐらいに。

 

 それでも、会うことはなかった。ここ...何年だろう。少なくとも、高校生になってからは一度も会っていない。だが、こうしてお互いに声を聞くだけの関係でもあった。

 その頻度は多いこともないが少ないこともなかった。

 

 それが千歌には歯がゆかったのだろうか。冷静に考えればそれもそうだ。

 

 ...でも、俺は会いたくなかった。会うのが怖かった。

 自分のこの感情に、気づいてしまいそうで。理解したいけどしたくない、でも理解したい。

 その無限ループに嵌ってしまった気がした。

 

『...ま、いいか!いつでも会えるからね!』

「お、おい千歌」

『ううん。気にしないで大丈夫だからねっ!今日は背中押してくれてありがと!切るね!』

 

 俺の返答を待たずして千歌はひとり、そう言葉を発して電話を切った。ツーツーという音だけが、俺の耳に悲しいぐらいに響く。

 

 俺は知ってる。

 千歌の「大丈夫」は、かまってほしいということを。

 心配させたくないと、変にひとりで強がる優しい子だということも。

 

 やっぱり、俺はそういういらない気遣いをする君が嫌いだ。

 

 

 

 

 それから数日後。いつも通りに学校を終え、家への道を歩く。少し歩きたい気分だったから、少し遠回りで海沿いの道を。

 

 あれから千歌から電話は来ていない。上手くいっているのだろうか、大丈夫だろうか。そんな心配をしてしまう自分がダサいというか、なんというか。ま、いい。

 

 そんなことを考えていると。後ろから声が聞こえる。

 女の子の声だ。妙に聞き慣れた、声。

 

「やっほっ」

「...千歌?」

「違う。私だよ」

「果南姉か...」

「私で悪かったね」

 

 その声の正体は千歌の幼馴染の松浦果南(まつうら かなん)

 千歌の幼馴染ということは、自然と俺とも繋がりが出てくる。年も1個上だし、いい姉ちゃんと俺は見ていた。

 

「そんなに千歌に会いたかったの?」

「いや...そういうわけじゃ」

「ふーん。ならいいけど。いま帰り?だったら途中まで一緒に帰らない?」

 

 果南姉の提案に頷いて意思表示をする。彼女も俺の意思を見て少しだけ微笑む。

 

「...まだ会ってないんだ」

「...うん。わからないけど、会えないんだ」

「ふたりとも大きくなった、ってことじゃない?」

「大きく?」

 

 果南姉は「そう」と一言、言葉を発して少しだけ歩くスピードを速める。

 自然と俺も彼女のスピードに合わせてしまう。前からずっと一緒にいたからだろうか、まぁそれはどうでもいい。

 果南姉は不思議と、話しかけづらい雰囲気を醸し出していた。千歌とは違い、よくこうしてばったり会うことが多い。だから話しかけづらいなんてことは感じたことなかった。

 

 でも、今は違う。

 俺と千歌のことを心配してなのか、はたまた、違う何かか。俺には全く想像つかなかった。

 

「大きくなって、それと一緒に思うことも大きくなったんじゃないの?」

「思うこと...?」

「...自分で気付かないと。私はあの頃みたいに、また3人で...」

 

 そう言ったきり、果南姉は口を開かなかった。

 1番辛かったのは、彼女自身には違いなかった。それがわかっているのに、改善しようとしない、

 

 そんな自分が嫌いだった。

 心の底から、嫌いだった。

 

 

***

 

 

 それでも、俺なりに考えてみた。

 どうすればいいのかと。

 この感情は何なのかと。

 

 部屋でひとり、学校の課題に向かいながら考える。

 当然のごとく、意識は課題に向いていない。

 

 ––– 大きくなった、ってことじゃない?

 

 ...わかんねぇ。どういう意味なんだ...。

 果南姉に言われた言葉が、俺の思考を停止させていた。考えようと思っても、その言葉が俺の考えを遮る。まるで、自分を理解してほしいと言わんばかりに。右手に持っていたペンをクルッと回す。

 

 その時、ふと鳴り響く携帯電話。静かな自分の部屋にジンジンと響く。

 相手を見ると、まさにドンピシャな相手だった。

 

「もしもし。千歌」

『ごめんね急に。いまいい?』

「大丈夫。どした」

 

 電話越しの聞き慣れた千歌の声。どこかいつもよりも冷静さを含んでいるようにも聞こえた。

 なぜだろうか、彼女の声を聞くだけで、

 

『...うん、ちょっと...ね。あはは...』

「なんなんだ?それだけじゃわかんない」

『...人が集まらなくて』

 

 人?と思ったがすぐに彼女の話を思い出す。スクールアイドル、だっけ。千歌がやりたいと言ってたやつは。

 彼女の話を聞くと、いざ募集をかけてみたものの、やはり抵抗がある人が多いらしく、現段階では千歌以外にやりたいと言ってくれる人がいないらしい。

 

 ...ひとり、か。

 孤独、なんだろうな、なんて思ってしまった。

 話をしていくうちに、どんどん千歌の声も沈んでいく。

 

「...そっ」

『相談する相手もいなくて...あはは...』

「果南姉は?」

『あなたに聞いてみたらって言われたから...』

 

 全く余計なことをしてくれる。

 最終的に落ち込んだ千歌を励ますのは俺の仕事。昔からずっとだ。

 あれだけ威勢が良かったのに、すぐ壁にぶつかるとこうなる。千歌はそういうやつだ。

 

 だから嫌いなんだ。

 

 

 ...でも、

 

「いつまでお前はそうなんだよ。やるって決めたならいけるところまでいけばいい」

『べ、別に辞めるなんて言ってないもん...』

「今のままなら辞めるだろ?」

 

 放っておけないのも千歌なんだ。

 

 ...どうしてだろうな。わかんないさ。自分でも。

 わかっていたら、もっと笑っているんだろうな、なんて思ってしまった。

 どうして笑っていると言い切れるのか、どうして、いいことしか思い浮かばないのだろうか。

 

 好き、だから...?

 

 思考が止まる。ぴたりと、止まる。

 いや、そんなわけないと言い聞かせても、いままで頭の中に散らばっていた感情が綺麗に結び合わさっていく。

 

「...いやまさか」

 

 思わず声を出してしまう。その一瞬だけ、電話中であることを忘れてしまっていた。

 

『ん...?どしたの...?』

「あ、いや...」

 

 それを疑問に思った千歌が問いかけてきた。言葉を探すも、見つからない。

 うまく場を逃れることが出来る言葉が。

 

「ち、千歌」

『ん?なに?』

 

「い、いまから会えないか」

 

 どうして自分がこんなことを言ったのか、わかるわけがなかった。

 でも、いまの俺はそう思った。千歌に会いたいと。

 俺の言葉を聞いた千歌はというと、だ。

 

『...ふぇっ、えっ、あっ、ええっ!!???』

 

 電話越しでもかなりあたふたしているのがビンビン伝わってくる。

 そんな千歌に落ち着くように促す。

 

『だ、だってもう2年近く会ってないのに...ど、どうして急に...』

 

 千歌の言う通り、こんなに近くに居るのに2年も会っていない。そんな奴から急に会えないかと言われればそりゃ動揺しても不思議ではない。

 ただ理由を聞かれると、なんて答えればいいのかわからない。

 

「...なんとなくだ。今から、海辺に来てくれるか」

『いつもの場所“だった”あそこだね。...うん、わかった』

 

 いつもの場所。

 懐かしいな、なんてわずかな感傷に浸る。

 昔、3人でよく遊んだあの場所に、もう一度向かう。よく通ってはいても、足を踏み入れることはなかったからか、変に緊張している自分がいる。

 

 時間は、夜の20時を過ぎていた。

 それでも千歌は嫌だと言わずに電話を切った。時間が遅いから日にちをずらそうとも考えたが、なぜかそんな気にはなれなかった。

 

 なんか、懐かしい。この気持ち。

 どこか、体がふわふわと浮くような。

 

 緊張しているのか、いやそれはない。

 でもそうとは言い切れないと思ってしまう自分が居る。

 

 課題を投げ出して家を出る。真っ暗な夜道を駆け抜けていく。息を切らし、心を躍らせ。

 自分の感情が、あと少しでわかる。確信に変わる。

 

 確信に変わった時、俺には何が出来るだろう。ふと考える。

 少しだけ息が苦しくなってペースを落とす。

 その分、思考に意識を集中させる。少しだけ。でもすでに視界には約束の場所が目に入っていた。再び意識を身体に持っていく。

 

 海辺に足を踏み入れる。少しだけ硬い砂を踏みしめる感覚がジンジンと骨を伝って身体に染み渡る。

 真っ暗な海には月の光だけが映し出されていた。

 

 ふと、考える。これまでのことを。

 

 俺は、千歌が嫌いだった。

 

 親から毎回あんなことを言われて、イライラとしたことが全ての始まりだった。

 

 ...でもそれだけ?

 本当に、それだけの理由?

 

 違うと自答する。

 じゃあなんなんだ。どうして彼女を突き放さないんだ。

 どうして、彼女のことを考えるんだ?いつもいつも、申し訳ないと思いながら。

 

 あと少しで、答えに辿り着く。

 そう気付いた途端、考えるのをやめてしまった。まだ、半信半疑の自分がいる。

 もう会っていない彼女のことを考えるだけで、

 

「...久しぶりだねっ」

「...千歌」

 

 そこで意識を目の前に戻した俺は、辺りを見回す。すると後ろから声をかけられた。

 振り向かずともそれが誰かすぐにわかった。

 

 振り向いてみると、わずかな外灯で姿を確認できる。間違いなく、高海千歌だと。

 

 瞬間、胸の鼓動が高鳴る。今まで感じたことがないぐらいに、どくんどくんと。

 はちきれそうな胸を隠すので精一杯だった。彼女の顔を見るだけで、壊れてしまいそうな。

 

 久々に会った彼女は、美しかった。

 昔よりも、より女の子っぽくなって。

 でも昔の面影も残していて。

 

「...ようやく会えたねっ」

「...ごめん」

「どうして、謝るの...?」

「俺のせいで、いまお前を泣かせてるから」

 

 千歌はうっすらと流れる涙を手で拭いながら必死にごまかす。

 

「これは嬉し涙だよ」

「そうまでさせてしまったのは俺だから」

「...ばか」

 

 せっかくのフォローをなんで受け取らないんだと言わんばかりに顔を背ける千歌。

 涙は収まり、少しだけ顔が赤くなっていた。

 

 俺はその場に座り、千歌も俺の隣に腰を下ろす。

 俺は何も気にせず座ったが、砂の上にハンカチを敷いて座る彼女の様子を見ると、やはり女の子らしくなったんだなと、しみじみ感じる。

 

 夜の海は不気味。波の音だけがザーザーと響く。

 

「ねぇ」

「どうした」

「どうして、会ってくれたの?」

 

 至極単純な質問。なんと答えよう。

 いつもなら、適当にごまかしごまかし答えるような質問だが、今日だけはそんな気にはなれなかった。

 

「...自分の気持ちを」

「気持ち...?」

 

 そう言ったところで、言葉を飲み込む。

 どうしようか、と考える。が、俺自身まだ気持ちの整理がついていない。

 

 沈黙が、苦しい。

 

 ふと、千歌の左手が砂の上に突いていた俺の手の上に重なる。

 

「千歌...?」

「...ご、ごめんね...なんか...こうしたくなって」

 

 驚いた俺は、ふと昔のことを思い出した。

 昔はこんな風に、手を繋いで遊んでた。

 いまよりもっと笑っていた。

 

 いまより、ずっとずっと楽しかった。

 

 だから俺は、

 

 千歌を、失いたくない。

 

 ...あぁそうか。

 

 

「...俺はお前が嫌いだった。やりたいことはすぐにやるくせに、壁にぶつかるとすぐに弱音を吐くお前が」

「...そう、だよね...あはは...」

「...でも」

 

 千歌は、うつむきかけた顔を上げる。

 

「そういうのも全部ひっくるめて、」

 

 

「俺は...君が好きだ」

 

 

「えっ...?」

 

 2人の間の時間が止まる。止まったような感覚を覚える。

 俺はいま、彼女に想いを伝えた。『好き』だと。

 

「い、いまなんて...?」

 

 聞き返してくる千歌に、俺はどうしようかと戸惑う。もう一度言うべきか否か。そんな悩みは、波の音とともにすぐに消え失せる。

 

「君が好き。千歌のことが、好き」

「...うぅ」

 

 千歌は暗がりでも、はっきりとわかってしまうぐらいに顔を真っ赤にしてうつむく。

 夜の海は少し冷える。潮風の香りとともに、冷気を含んだ冷たい風と化して俺たちに吹き付ける。

 

「...嬉しい......」

「千歌」

「ずっと、ずっと、千歌もあなたが好きだったから」

 

 嬉し涙、だろうか。頬に伝う優しい涙。

 それを拭うこともせずに、泣き笑いの表情で俺にそう言ってくる千歌。

 

 嬉しかった。すごく、すごく。

 いままで彼女を避け続けていた自分をぶん殴ってしまいたいぐらいに、彼女が愛おしくて愛おしくて。

 

「...ずっと会いたくなかったんだ。千歌には」

「どうしてなの...?」

 

 まだ少し涙声のまま千歌はそう問いかけてくる。

 もやもやとした気持ちが晴れた俺自身、すぐに答えが出た。

 

「...千歌に嫌われたくなかったから。厳しく言いすぎたりして、千歌が離れていくのが怖かった」

 

 千歌はやりたいことはすぐにやる行動力がある。だがその一方で自分に自信がないためか、すぐになんでも自分に非があるのではと考え込んでしまう癖がある。昔からそうだ。

 

 何度も言うように、俺はそんな千歌が嫌いだった。

 嫌いな理由、それは、

 

 千歌はすごく可愛いし、彼女だけの魅力があるから。

 

 それなのに、すぐに悲観的になってしまう彼女に対する妬み、みたいなものも多少はあったかもしれない。

 だけど、実際は俺がそれを指摘して千歌に嫌われるのを恐れたからだ。

 

 でも、

 

 すごく弱い人間の俺を、彼女は愛してくれていた。

 本当にいいのだろうか、なんて思ったけど。

 

 俺も、君が好きだから。誰よりも、誰よりも、愛しているから。

 

「ねぇ。もっと、近くにいっていい?」

「...ああ。おいで」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 千歌はえへへと笑みを浮かべながら、俺にピタリとくっついて、肩に頭を委ねる。甘い髪の香りが、潮風にも負けず俺の鼻を甘く刺激する。

 

「千歌」

「ん?」

「...応援するから。頑張れよ」

「...うんっ」

 

 この先どうなるかなんてわからない。

 千歌のスクールアイドルが上手くいくかなんてわからない。

 

 それでも、きっと彼女たちなら何か奇跡を起こしてくれるんじゃないかって、密かに願う自分がいた。

 

 それが出来たら、叶ったら、この海辺で、

 

 君とキスがしたい。なんて、

 

 柄にもないことを思ってしまった。

 

 やっぱり、

 

 

 僕は君が好きだ。

 




ありがとうございました。

いかがでしたでしょうか?私の現在の推しである高海千歌ちゃんをヒロインにしまして書きました。
設定や、性格。それがほとんどわからない状態での執筆活動だったため、かなり難しかったです。
ですが、今だからこそ書ける話でもあったかなと。Aqoursの始まりに期待を込めて書きました。

最後に、この場をお借りして素晴らしい企画を考えてくださった鍵のすけさんに改めてお礼申し上げます。

それでは、明日以降も素晴らしい作家様の作品が待っています。一読者として、皆様と同じように楽しみにしてますね。

それでは、次回は私の作品でお会いしましょう。


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何色に染まる?

「輝く君たちとのヘンな関係」や「ラブライブ!~数奇な運命の果てに~
」、「笑って嗤う彼女と女神達」でお馴染みのトゥーンさんです!By企画主催者


どうも、この企画に参加させていただいたしがない二次作家トゥーンと申します。
千歌メインのお話となっています。
約4200文字程度と短いですが、お楽しみいただければ幸いです。
それでは、皆様の「高海千歌」を想像しながら、ご覧下さい。



「ほら、朝だよ。起きてよー」

 

早朝だというのにうるさい。多分あいつだ。この明るく、覇気のある声はあいつに違いない。

だからこそ布団に潜っても悪くない。あいつだから許される。

「もー、起きてってば。遅刻しちゃうよ?」

どうせ歩いて数分なんだからどうだっていいだろう。声を無視して更に布団に包まる。

「おーきーろーっ!」

そんな元気な声と共に布団がひっぺがされた。眠たい目で睨みながら、文句を言ってみると、彼女は──高海千歌は頬を膨らませながら、そんな勝手は知りません!と言ってベッドから引きずり落としやがった。

無言で睨んでも、ふふんとした態度を変えないまま。いつもの様に我が道を行く態度だ。こいつの竹を割ったような性格は好きだけど、幼馴染だからといって自分の部屋に入ってくるのはいただけない。そう言ってみれば、千歌はキョトンとした顔で

「別に長い付き合いなんだからさ、そう恥ずかしがる事ないと思うんだけど……」

あーあー、こいつやっぱりこういう奴だよ。

 

ふと気が付けば隣にいて、違和感無く寄り添ってくれる、いい女。

 

……いかんいかん、朝から何考えてる。

「それはそうと、朝ごはん用意しておいたよ。あっ、寝癖もひどいからちゃんと直しておくんだよ?」

通い妻かお前は。まるで出来の悪い息子に注意する様に母性溢れる表情でピシッと指を指すのはやめていただきたい。

とりあえず着替えるから出て行けとそれとなく伝えてみる。

「言われなくてもわかってるよ」

以心伝心である事を素直に喜べばいいのか、それとも悩めばいいのか。この奇妙な距離感は嫌ではないけど、なんというか……

そんな事を思考の片隅に置いて着替えてからリビングに行ってみれば、ご丁寧に千歌は椅子に座って待っていた。

「じゃあ、食べよっか」

いや先食べてろってお前。

「だってせっかく起こしたんだから、一緒に食べたっていいじゃん」

はいそーですか……全くコイツにはかないっこない。

ホント、可愛い人たらしだ。

 

 

 

もう通う学校も違うってのに、千歌と一緒に同じ道を歩く。一体何時からだったかも思い出せない。ただ、こうやって隣でひょこひょことアホ毛に近しいものを揺らして、どうしてか心地好さそうにしている千歌は、幼い時からそうだった。海に行く時も、遊びに行く時も、ほぼ全て。

「こうやって一緒に学校行くのも久しぶりだったね。何だか昔に戻ったみたいで不思議だね」

否定する物がないからそうだな、と同意すると、えへへと微笑みながら、恥ずかしそうに頬を赤くする。

「……反応薄いなぁ」

……聞こえてるぞ。

「それはそれとしてさ、この前ね──」

誤魔化しついでのたわいない話。嘘を吐くのが下手くそなのも、相変わらずだ。多少オーバーなリアクションの千歌に相槌を打ちながらブラブラ歩いてれば、もう別れ道。

「あっ……もうなんだ。じゃあ、また帰りにね」

……帰りも一緒かい。まあ、待ってやるか。

 

それでいざいつもの別れ道に来てみれば、千歌はいなかった。騙しやがったかと思ったけれど、考えてみればあいつも何かあったんだろう──

「おー待たせっ!」

後ろから衝撃、ついでとても柔らかな感触。そして重い。千歌が後ろからのしかかって来た。いい香りがする。

「ねぇねぇ待った?待ったでしょー?でもねでもね、君より早く来て私の方が待ってたんだよー?へへっ、びっくりした?」

横目で見てみればとても良い笑顔。耳に吐息がかかってくすぐったい。しかも胸が当たってるからどうも口が動かない。

「ねえ聞いてる?おーい」

のしかかるのをやめて正面に回り、頬に手を添えジッと見つめてくる。お前の所為だとは言えないから、お返しに千歌の頬を引っ張ってみる。

「いふぁいよ」

同じく引っ張られたが、こうしているのも何だか楽しい。不思議なものだと驚いて、つい笑ってしまえば、彼女もつられて笑い出す。磁石の様な関係だ。落ち着いた頃には、頬を引っ張る手も下ろしていて、何故か寄っ掛かりあっていた。

「あはは……はぁー、笑った。じゃあ帰ろっか!」

花が咲いたような笑顔で手を引っ張られる。よくわからないけど、まあ可愛いものが見れたのは嬉しいかな。

「ほら走ろうよ!時間が勿体無い!」

はいはいと返事をして千歌の後を追う。図らずも追いかけっこのような形で、自宅へと向かう……

「いやぁ〜、なんか疲れちゃったねぇ〜……」

自宅へ向かう……

「ん?どうしたの?じっと見つめちゃって。もしかして見惚れちゃったとかぁ〜?」

なんでお前がいるんだよ。なにしれっとソファーに座ってるんだよ。そしてなにしれっとみかん出して剥いて食ってるんだよ。

「え?ダメ?」

小首を傾げてうーんと悩む千歌。変なところで鈍い。更にみかんを食って、何か名案が浮かんだような、そんな顔して突然

「あー!エッチな本見られるの嫌なんだね?ごめん、でも興味無いから別にどうだっていいや」

全然違う。

「あれ?違うの?んー……じゃあ、何か女の子みたいな趣味があるとか?いや、そうだったらもう知ってるか。全然わかんないや」

鈍すぎるぞ千歌。ニブチンすぎてお前の心は小説か何かの主人公かと思ってしまうぞ。

「え、何々?何か簡単な事なの?」

男の家に女がそうやすやすと入るんじゃない、と告げてみる。が、さして効果はないようでああそっか、で終わりである。悲しいくらいに我々は仲良しこよしだ。男女のそれをも超越してしまった、なんというか、そういった……こう、長年寄り添った夫婦のような距離感のままだ。

けれどそれが悪いことだとは思わない。

「そうだ。前さ、クラスで話題になったんだんだけどさ、その……ウチの先輩に告白された人がいるんだって。あの、女の子同士で」

突然の話題である。

「それでさ、思ったんだ。もし……君か私か、どっちかがどっちかに告白したらどうなるんだろうかなって、不意に思ったんだ。果南ちゃんとか、曜ちゃんとか、色々聞いてみたんだ。でもみんな決まってこう言うの、『それは千歌にしか分からない』って。けれどさ、私にも分からないんだ。君なら……どうかな。分かる?分かるなら、教えて欲しいな」

……告白ね。一口に告白と言っても、それが愛の告白だとは分からない。もしかしたら千歌の先輩は後輩に何か大切な事を伝えたのかもしれない。それが歪んだ形で伝わって、そうなったかもしれない、とえらく真剣な顔をした千歌を見て思う。のほほんとしていた表情は、いつの間にやら今まで見た事ない真剣さを帯びている。千歌にとって、これは重要な意味を持つのだろう。

 

まあそれはそれとして、俺か千歌のどちらかがどちらかに愛の告白をした場合だが。

何も変わらないのが俺の意見だ。

「なにそれ?」

考えてもみろお前。こんな風に気付いたら隣でみかん食ってるクセに、不快感は無く、あるのは心地良さと違和感の無さだ。仲が良すぎる以上、何をしようが変わらないだろうよ。梨子や曜なら話は別だったろうが、幼馴染で人がグースカ寝ている間に家に勝手に入ってきて飯用意して寝癖注意して、一緒に学校行って一緒に帰ろうとして、そして気付けば人の家に入ってる。これの何処に変化する要素があるんだと、はっきり分かるだろう。

いくらか掻い摘んでだが伝えてみたものの、このニブチンは全く分かってくれなかった。

「だってさ、告白だよ。彼氏彼女の関係になったなら、何か変わるのが普通だと思うの。ほらさ、デートとかしたりするようになるじゃん」

はてさて困った。ではどう伝えるか。

デートと言っても一緒に出かける事だ。つまるところ、俺たちは結構な頻度でデートしている事になる。けれど、俺たちからしてみれば、幼馴染なんだから一緒に出かける事をデートとは思わなくて、その上別に甘酸っぱくもない。つまりもしも告白して、それが成立して、デートをしたとしても、幼馴染として長くいた時の感覚のおかげで、全く変わらないというわけだ。

「うーん……でもそうなると、一緒に出かけた時に恋人らしい事とかするようになると思うんだ」

千歌は何故かしたり顔で、そんな事をズイと身を乗り出しながら、楽しそうに言った。どうしてそんな顔でそんな事を言うのかは分からないが、愉しそうなのはよく分かる。

じゃあ恋人らしい事ってなんだろうか。生憎俺には想像つかない。千歌はどんな事が恋人らしい事だと思うのか、それを尋ねる。多分彼女はそれを知っているから、こんな事を聞いてきたんだろう。

「え、そっ、それは……キ、キス……とか」

極端だなおい。

「抱き合ったり、あとは……あとは……あれ、ないや。案外何も無い……?」

な?俺の言った通りだろう。

「なんかヘンに腹立つけど、確かにそうだね」

納得した顔でみかんを頬張る千歌。その千歌の手にあるみかんを少し千切り、同じように頬張る。そうした俺を驚いた表情で見て──しばらくしてから突然あー!と大声を出した。

「これ!この距離感なんだ!君が言ったのは!!やっと分かった!あー、そういう事だったんだぁ。なるほどねー……確かになにも変わんないね」

そうだろうそうだろう。

「でも私は」

千歌はそこまで言いかかって、何とも言えない表情に顔を歪めて、俯いて、手を握り締めて

「……やっぱなんでもない!」

少しの沈黙の後、自分で完結してしまった。

「みかんいる?」

俺の家のみかんなんだが。

「手出してるじゃん」

うっせ。

「素直じゃないねー」

渡されたみかんの皮を剥きながら、隣に座る幼馴染を見つめる。実に何とも変わりない、見慣れた横顔。肩が触れ合う距離でも、多分心はみかんの木一つ分くらいの距離があるに違いないと思う。

二つくらい食べたところで、千歌は突然頬に手を当てて振り向かせて、一言。

「大好き、だから付き合って」

しばらく思考する。数秒か、数分か、あるいは数十分か。沈黙の後、俺は了承した。千歌が肩にもたれかかる。だけど二人でみかんを頬張り続ける。

「本当になんにも変わらないんだ」

不満気に、しかし嬉しそうな声でそんな事を言う。

「……なんて言うか、告白って大した事ないんだね」

いや一人納得しないでくれ。

「さっきのは忘れて。私たちはやっぱり、こんな風に付き合ってなんとかよりも、何も意識しないで、隣で一緒にみかん食べてるのが一番だね」

確かに、こんな風に一緒にみかんを隣で頬張り合ってるのが、俺たちにはお似合いなのだろう。

 

「ずっと一緒がいいね」




いかがだったでしょうか。
あえて千歌の内心描写を削っていますが、これは読者の皆様の思う「高海千歌」を描きたいと思ったからです。
まだキャラ設定もあまり定かではないこの時期だからこそ、私の思う「高海千歌」を描くよりも、その方が面白いだろうと考えの元、そうさせていただきました。


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津島と俺の脳内世界物語

「後悔の音と約束の色」でお馴染みの専務さんです。
謎です。謎の方です。謎過ぎるのでまずは読んでください。By企画主催者


 

「なぁ、津島。」

 

「ヨハネって呼んで頂戴。」

 

「…いや、そのことなんだけどさ。」

 

固く握った、決意の拳が震える。

津島の事だ。根はしっかりしている子なんだ。だから、その体質がそれに寄るものでは無いとわかっている。

だからこそ言いづらかった。君は、こんなことを信じてくれるのか。

 

「…何、教えてよ。」

 

すこしぶっきらぼうな返事。いつもの成り切った姿では無い、俺に見せる昔からの姿。

俺も変わらない姿で伝える。ずっと秘密にしてきた。

俺の、一生一代の告白だ。

 

「…お前は、」

 

言葉が詰まる。でも言わなきゃ。浦が星女学院に入れたのも、中学を別々に過ごしたのも今日の為。伝えるんだ。

 

「…お前は、堕天使じゃない。」

 

すこし詰まったような、それでいて寂しげな表情を浮かべる。それに縋っていたから、今までを過ごして来れたのに。

 

「…何、そんなこと言いに」

 

「堕天使じゃないけど…」

 

津島の言葉が途切れる。きっと脳内は疑問符でいっぱいなのだろう。堕天使じゃないことは自分が一番分かってたはずだ。自分は、只の不幸体質な人間である…と。

彼女を救うのか、落とすのか、それはわからないけど。

俺は、伝える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 お前は、魔女なんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

せめて、受け止めてくれ。

この、馬鹿げた告白を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

津島が浦の星女学院に入るずっと前、俺と津島が小学生だった頃まで時間は巻き戻る。子供の頃の津島は、そのあまりにも不運な体質にいつも落ち込んで、泣いて、俺が励まして、途端にケロっとして、いつもの津島に戻る。そんなサイクルに生きていた。

俺も津島の不幸体質には同情したし、だからこそ、俺といる時くらいはその体質を忘れさせたいと一緒に遊ぶことも多かった。

不思議と、俺と遊ぶ時だけは何も起こらなかった。もちろん遊園地の予定で雨が降ることもあったが少し前に予報でわかってたことだったり、逆に晴れている時も予報に出ている天気だったり。とにかく、良くもなければ悪くもない普通の生活が出来た。

中学は別々になった。その時に初めて聞いたのが、「津島善子は魔女である。」という事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうのが流れ。ここまでいいか?」

 

津島の家にて3年間頑なに守り続けた秘密を告白した。当の本人はどうだろうか。

 

「…あー、うん。なるほど。」

 

理解ができていないようだ。それもその筈だ。普通の人間はまず混乱する内容だし、ここまで聞いてくれるだけでも有難いものだ。

 

「とりあえず、お前の不幸体質には原因があったってことなのよ。オッケー?」

 

「オッケーなわけないじゃないの。にわかに信じ難いわよ。」

 

もはや隠す気の無い素直な津島善子になっている。俺の慣れ親しんだ津島だ。

 

「んー、そうだな。そりゃそうだよな。俺ですら最初はわけわかんなかったもん。」

 

「はぁ、あなたでわからないなら私には到底無理よ。私と正反対の人間が理解不能だってのにわかるわけないわよ。」

 

そうなのだ。

 

「出かければいつも晴天、雪道はあなたの歩く道だけ溶けてるし、コンビニのくじは毎回1等。インフルエンザにかかったかと思えば1日で元気になって出席停止期間の後に連休が来て1人だけ長期休暇だったりするものね。」

 

俺は…異常なほどの幸運体質だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔女…この定義は世紀を跨ぐ事に変わっていったと言ってもいい、ひどく曖昧で確定した根拠の無いものだ。

それなのに、なぜ津島善子を魔女と決めたのか。

 

「俺とお前っていとこじゃん?」

 

「ええ、昔からの付き合いよね。」

 

「でも体質は正反対だろ?」

 

「…悔しいけれど、そうね。」

 

「魔女のうちの1人、モーガン・ル・フェイの存在を知っているかい?」

 

津島はきょとんとした顔で見つめてくる。知らないことが見え見えだ。

 

「アーサー王の伝説において度々出てくる魔女…とされてる人物だ。」

 

「されてる、ってことは確かではないのね。」

 

「他にも多くの文献で出てくるが、『女神』の異名をとることもあるし、普通の人間である場合もあるからな。」

 

「はぁ。で、その人がどうかしたの。」

 

「俺とお前の先祖をたどると、そのモーガンに当たるとしたら?」

 

驚いたような顔を浮かべた後、津島は笑い出した。

 

「何いってんの?正気?」

 

「…初めてモーガンの存在が出る文献、『マーリンの生涯』において、モーガンは美しい美貌と歌声を持つ博識の女性として書かれた。」

 

「…ふぅん。」

 

馬鹿にしていたような態度から、少しは話を聞く姿勢になったようだ。俺は続ける。

 

「その後、文献『アーサー王の死』によってモーガンは邪悪な魔女に変貌するが、興味深いのは彼女の両親だ。」

 

「…一体何が?」

 

だんだんと興味を持ち始めたことに手応えを感じる。こういう系の話はやっぱり好きなようだ。

 

「彼女…モーガンの母親はモーガンを産んだ後に離婚、とある男性と再婚して男の子を産む。」

 

「まさか、それが…」

 

「アーサー王、なんだよ。」

 

いつしか津島は真剣な眼差しで俺の話を聞いていた。堕天使を名乗るくらいのものだ。この話は彼女の興味をガッツリ掴んだらしい。

 

「後にアーサー王は己の子供、モルドレッドを相手にして最後を迎える…この時のモルドレッドの母親…アーサー王の妻が、モーガンって説があるんだ。」

 

「なるほどねぇ…」

 

「もし、そのアーサーとモーガンの血を俺とお前が継いでたとしたら…たまたまお前にモーガンの魔女の血が濃く受け継がれ、俺にアーサー王の血が濃く受け継がれてたとしたら…?」

 

「お互いの体質に筋が通るってことね。」

 

「そういうこと。少しは理解出来た?」

 

「えぇ…。確かに、納得いくものが多いわ。」

 

「今まで…正確にはお前が中学に入ってから秘密にしてきたことだったから、ドキドキしたよ。」

 

「そんな前から?」

 

「あぁ。」

 

「…ねぇ、その話一体誰から聞いたのよ。」

 

「あぁ、それなら…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋で1人、ベッドに横になる。

さっきまですぐそこには彼がいた。私が魔女の血を…それも、割と有名な魔女の血を継いでる、と。

正直、途中から普通に聞き入っていた。そういう話が元から好きだし。

でも、彼は詰めが甘い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…ねぇ、その話一体誰から聞いたのよ。』

 

『あぁ、それなら、俺が小6の頃の夜にさ、夢に出てきたんだ。』

 

『誰が?』

 

『わかんない。でもその人が俺に話しかけてくんのよ。でも聞き取れなくてさ、なんとか聞こえたのは魔女って単語と津島の名前。で、そっから調べたのよ。そしたらビンゴってわけ。な?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ホント、バカだなぁ。」

 

私は不幸な体質だ。反対に彼はとても幸運に恵まれている。ただ、昔から伝記や空想の世界が好きで、いつも自分がいろんな世界の主人公だと思って遊んでいた。私は逆に、物語と現実は区別がついている至って普通の女の子。不幸なことを除けばの話だけど。

きっと今日のアレも、それの延長上なのだろう。昔から変わらない彼の性格。高校生になった今でも変わらないとは思わなかった。

途中から『浦が星女学院には魔女を育成する目的もあるらしい』とか、完全に自分の世界を語り続けていた。昔は苦手だった。有り得ないし、意味がわからないし。

でも、彼がそういうこと話す時、決まって私も入ってて、決まって私の不幸に対する意味付けだった。

いつも不幸なために泣いてばかりいた私の為だったのか、自分の世界に浸ってただけなのかはわからないけれど。

それでも、彼のその世界に、私は惹かれていった。

小6の、卒業して中学が離れ離れになる直前、彼は私に話してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なぁ津島。お前って、実は堕天使なんだよ。』

 

『だてんし?』

 

『堕ちた天使で堕天使。悪いことをしたり掟を破った天使がそうなるの。』

 

『…私、なにか悪いことしたの?』

 

『ううん。でも堕天使ってさ、すっごい綺麗だったりするんだって、それってさ…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『津島にピッタリじゃん?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思い出して、顔を枕に埋めた。

今日も言ってたっけ。魔女は綺麗な容姿と歌声を持ってるとか。

どういう感情から来るのか知らないけど、本気で私のことをそう思ってくれてる。だからあぁやって素直に言える。それがわかっちゃうから、恥ずかしい。

 

「…まだしばらくは、堕天使のままでいいかなぁ。」

 

いつか、アーサー王に負けないくらいの魔女にならなきゃ。そう思って、眠りにつく。

私の不幸に現れた、たった1つの幸運を想って。



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初恋ライブラリー

「矢澤にことのキャンパスライフ!」や「その果実は花を咲かせ……」でお馴染みのゆいろうさんです!By企画主催者


はじめまして、ゆいろうと申します!
この度、鍵のすけさん主催の『ラブライブ!サンシャイン!!合同二次創作企画』に参加させて頂きました!

『告白』がテーマという事で、今回私は国木田花丸ちゃんの話を書いてみました。
それでは、お楽しみください!


 私――国木田花丸(くにきだはなまる)は、少し遠出して都市部の方までやって来ていた。

 

 

 今日の目的は、そこにある大きな図書館。借りていた小説の返却期限が迫っていたので、こうして足を運んだのだ。

 

 

 私は本が好き。

 鼻腔をくすぐる独特な匂い、ページを捲る時の感触、手に持った時の重量感。そして何よりも、書き手の紡ぐ物語が大好き。

 最近では電子書籍というものも流行っているみたいだけど、私は断然書籍の方が好きだ。

 

 

 借りていた小説をカウンターで返却して、私は新しく借りる小説を探し求めて本棚を回っていく。

 

 

 図書館という場所は不思議と落ち着く。

 人が多いにもかかわらず静かな空間。聞こえてくるのは本を探して歩く人の足音、ページを捲る音、人の僅かな息遣い。

 

 

 今は本を探して歩いている私の足音が、やけに大きく感じて恥ずかしくなる。

 私はより忍び足で歩く事にした。

 

 

 そうやって本棚を色々と見て回っていると、ふと気になるタイトルの本を見つけた。私はその前で立ち止まる。

 確か、以前テレビ番組で紹介されていたのを見た事がある。それ以来気になってはいたけど、何となく手をつけずにいた。

 

 

 折角なので、この機会に借りて読んでみよう。

 そう思い、本を取ろうと手を伸ばすと――

 

 

「――っ!」

 

 

 横から伸びてきた手に気付かず、その手と私の手が触れた。

 想定外の出来事にビックリして声を上げそうになったが、ここが図書館だという事を思い出し、出かかった声を飲み込んだ。

 

 

「あっ……ゴメンね」

 

 

 すると先に手の触れた相手が、抑えた声で謝ってきた。

 どこか温もりを感じさせる、男性の声。

 私はそこで初めて、手の触れた相手が男性なのだと理解した。

 もし私がルビィちゃんだったなら、今頃大声を上げていただろう。

 

 

「私の方も、ごめんなさい」

 

 

 男性に目を向けて、私は被せるように謝った。

 おそらく年上の、優しそうな男性だった。大学生だろうか、スラッとしていて大人びた雰囲気がある。

 

 

「そうだね。じゃあ、お互い様って事で」

 

 

 ニッコリとハニカミながらそう言う男性。

 私の目線は丁度男性の胸辺りで、その身長差に私は自然と男性を見上げる格好になる。

 

 

「キミが取ろうとしてた本、もしかしてこれ?」

 

 

 男性が一冊の本を本棚から抜き取り、それを私に見せて問う。

 私はコクリと小さく首肯した。

 

 

「そうか……なら、この本はキミに譲るよ」

「えっ、でも……」

 

 

 少し残念そうに言う男性に、私は思わず躊躇してしまう。

 この人が探していた本もきっと、私と同じ物だと直感的に分かってしまった。

 

 

「いや、キミの方が先に見つけたみたいだし。そこに僕が横槍を入れてしまったからね。だから、はい」

 

 

 そう言って男性は私に本を手渡そうとする。

 それを素直に受け取っていいのか、私は迷っていた。

 

 

「キミがその本を返却した時に、また借りればいいからさ」

 

 

 私の迷いを汲み取ったのか、男性は優しい声で言った。

 そう言われてしまっては、私はその本を受け取るしかなかった。

 

 

「ありがとうございます」

「いえいえ、こっちこそ邪魔してゴメンね」

 

 

 先ほど手が触れた事だろうか、男性は再度そう謝ってくる。

 そして踵を返し、私の前から去ろうとした。

 

 

「あ、あのっ」

 

 

 男性の大きな背中を、気が付けば私は呼び止めていた。

 男性が足を止め、振り返る。

 

 

「えっと、よかったら少しお話ししませんか?」

 

 

 何が私にそう言わせたのか分からない。

 同じ本を求めていたところに、自分に似たものを自然と感じ取ったのだろうか。

 無理矢理そんな理由を後付けしてみる。

 

 

「うん、いいよ」

 

 

 私の誘いに、男性はニッコリと微笑んで答えた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「へぇー、あの作家さんの作品が好きなんだ」

「うん! 文章が綺麗だし、ストーリーが好きなんだぁ!」

「うんうん、分かるよ。僕もその人の作品好きなんだ」

「本当っ!?」

 

 

 図書館にある屋外の休憩スペース。そこのベンチに腰掛けて、私と男性は小説談義に花を咲かせていた。

 高く昇った太陽の光を浴びながら、本の話をするのは気持ちいい。

 

 

 これまで男性と話して分かった事がある。

 私と男性の好きな本の趣向が、とても似通っているのだ。

 どちらかがこの本が好きだ、この作家さんが好きだと言っては、相手がそれに共感する。

 

 

 私と男性は、この短時間ですっかり打ち解けていた。

 

 

「お兄さんは、他にはどんな本が好きなの?」

 

 

 出会って間も無い男性を“お兄さん”と呼べる程に。

 

 

「そうだね、推理小説とかも好きかな。今ドラマが放送してるやつとか」

「あぁそれっ! オラも大好きずら!」

「……オラ? ずら?」

 

 

 大好きな作品の話題になり、ついついルビィちゃん達と一緒にいる時の口調になってしまった。

 気を付けていたのに……恥ずかしい。

 

 

「あっ……ごめんなさい、興奮したらついいつもの調子になっちゃって」

「さっきのが素の喋り方なの?」

「うん、小さい頃から。直そうと思っても中々直らなくて……」

 

 

 変な子だって思われていないだろうか。そんな不安に駆られる。

 

 

「この辺りの方言だけど、今は喋る人少ないよね」

 

 

 うぅ……やっぱり変な子だって思われてる。

 

 

「方言を大切にするって良いよね。それに可愛いと思うな」

「かっ、かわ――っ!?」

 

 

 唐突にそう言われて、私は取り乱した。

 

 

「あっ、ごめん。気に障ったかな?」

 

 

 お兄さんが心配そうに私の顔を覗き込む。

 私はその言葉をブンブンとかぶりを振って否定した。

 

 

「気に、障ってない……です」

「そっか。でも取り乱したみたいだし、ゴメンね」

 

 

 私を気遣って謝ってくれる、優しいお兄さん。

 私より頭一つ以上も背が高くて、おそらく年上の大人っぽい雰囲気の人。

 

 

「推理小説だと、今度映画化する作品は読んでみたいかな」

「あっ、マルはその本読んだずら!」

「……名前、マルちゃんっていうの?」

 

 

 今度は名前を出してしまう。

 私はコクリと頷いた。

 

 

「そっか。ねぇ、マルちゃんはその本どうだった?」

 

 

 お兄さんはあまり気にせずに話を戻す。

 

 

「面白かったずら! 予想外の展開の連続で、登場人物の人間関係も奥が深くて読み応えがあったなぁ」

「そっか。まだ図書館では貸出してないから、今度買ってみようかな」

 

 

 独り言のように言うお兄さん。

 

 

 その本は私も購入して読んだのだけど、お兄さんに貸してあげようかとは言えなかった。

 

 

 それ以降も私とお兄さんは外のベンチで会話を繰り広げた。

 そして太陽が傾いてきた頃合い。

 

 

「あ、もうこんな時間。そろそろ帰らないと」

 

 

 お兄さんのその言葉で、私達は互いに図書館を後にした。

 

 

 本当はもっとお兄さんと会話していたかったけど、時間がそれを許してくれなかった。

 

 

 また図書館に行ったら会えるだろうか。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 二週間後、私は再び図書館に来ていた。

 

 

 先々週借りた本をカウンターで返却し、また新しい本を求めて本棚を歩き回る。

 

 

 本を探すと同時に、二週間前に出会ったお兄さんの姿も捜していた。

 どうやら私は、あのお兄さんともっと本のお話をしたいらしい。

 

 

 ルビィちゃん達といる時とはまた違った楽しさが、お兄さんとの会話にはあった。

 本の話はルビィちゃん達とはあまりしないので、お兄さんとの会話は新鮮だった。

 

 

 そんな思いを秘めながら本棚を眺めていると、気になるタイトルの本を見つけた。しかし、

 

 

「高いずら……」

 

 

 ボソッと呟く。

 本棚の一番上にそれは陳列されていて、私の手では届きそうにない。

 

 

「んっ、んんーっ」

 

 

 精一杯背伸びをして手を伸ばすが、やはり届かない。

 もう一度、今度はさっきよりも高いように爪先立ちになって手を伸ばすが、届かない。

 

 

 図書館の人でも呼ぼうか。

 そう思った時――

 

 

「あっ……」

 

 

 横から伸ばされた誰かの手が、私が欲しかった本を掻っ攫った。

 思わずまた背伸びをしてその手を追うが、またしても届かない。

 私は今までで一番、自分の背の低さを呪った。

 

 

「はい、マルちゃん」

 

 

 聞き覚えのある声が横からする。

 私はパッと勢いよくその人物に目をやった。

 

 

「こんにちは、二週間ぶりだね」

 

 

 前言撤回。

 背が低くても良いことはある。

 

 

 そこにいたのは、二週間前に出会ったお兄さんだった。

 

 

「こ、こんにちは」

 

 

 ペコリと頭を下げて挨拶する。

 私はお兄さんに会えた事で込み上げてくる嬉しさを、抑えるのに必死だった。

 

 

「取ろうとしてたの、この本でしょ?」

 

 

 お兄さんのが手に持つのは、まさに私が取ろうとしていた本だった。

 

 

「ど、どうして分かったの?」

 

 

 そう聞かずにはいられなかった。

 

 

「この前いっぱい話したでしょ? だからマルちゃんの好みだったらこの本かなぁって。あれ、違ってた?」

「あ、合ってるずら……」

 

 

 お兄さんが先週の会話で、私の好みを覚えてくれて嬉しくなる。

 それと同時に、お兄さんに全てを見透かされているような、そんな恥ずかしさも感じる。

 嬉しさと恥ずかしさがごちゃ混ぜになり、自分でもよく分からない感情になっていた。

 

 

「はい、どうぞ」

 

 

 手に持っていた本を、お兄さんはスッと私に差し出す。

 

 

「あ、ありがとう」

 

 

 まるで二週間前の焼き増し。お兄さんから本を受け取る。

 前回はお兄さんに本を譲ってもらったけど、今日はお兄さんが私が求めていた本を取ってくれた。

 

 

「あ、あのっ」

 

 

 本を手に抱えて、私はお兄さんを真っ直ぐ見つめる。

 

 

「今日もお話し、したいなぁ……なんて」

「ん、いいよ」

 

 

 お兄さんはニッコリと微笑んで、私の誘いに答えてくれた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 それから二週間後も、私は図書館を訪れた。

 そこでまたしてもお兄さんに会い、私達は会話に花を咲かせていた。

 

 

 図書館の返却期限が丁度二週間なので、その日に本を借りた私とお兄さんは、また二週間後に図書館を訪れるのだ。

 

 

 二週間に一度のお兄さんとの会話は、とても楽しい。

 お互いに本について語り合い、時に笑い合う。

 

 

 お兄さんと出会って一月半。

 こうして会話をするのは今日で三回目。

 

 

「以前読んだ本にこんな文章があったんだ。『恋はするものじゃなく、落ちるものだ』って。マルちゃんはどう思う?」

 

 

 いつものように外のベンチに座って会話をしていると、お兄さんに尋ねられる。

 

 

「『Fall in Love』って言葉があるから、落ちるで合ってると思うずら」

「なるほど、確かにそうだね」

「その本、読んでみたいなぁ……」

 

 

 お兄さんの言葉で、私はその本が気になった。

 

 

「僕持ってるから、貸してあげようか?」

「えっ、いいのっ!?」

「いいよ。再来週持ってくるね」

「ありがとうお兄さん! あっ、前にお兄さんが読みたいって言ってた本、オラ持ってるから貸してあげるずら!」

「そうなの? ありがとう、嬉しいよ」

 

 

 

 

 

 そんな約束をして再来週。

 図書館でお兄さんに会って、お互いに持ってきた本を交換した。

 

 

 その場で読むのは何だか勿体無く感じて、私は家に帰ってからお兄さんに借りた本を読み始めた。

 

 

 よくある恋愛小説。

 主人公の女の子が、図書館で出会った男性に恋する物語。

 

 

「ふふっ、まるでオラとお兄さんみたいずら」

 

 

 二人の境遇があまりにも私とお兄さんに似ていて、思わず笑いが漏れてしまう。

 

 

 読み進めていく内に、私は主人公の女の子にすっかり自分を投影していた。

 少しずつ、図書館で出会った男性に惹かれていく女の子。

 

 

 本当に、私とお兄さんみたいだ。

 

 

『恋はするものじゃなく、落ちるものだってよく言うだろう』

 

 

 ページを捲ると、お兄さんが言っていた文章が目に飛び込んできた。

 恋に恋している印象の女の子に向かって、男性が言った台詞。

 

 

 その言葉をキッカケに、それまで男性の事を表面上でしか見ていなかった女の子は、男性の本質に触れていく。

 

 

 そして少しずつ、男性に惹かれていく。

 

 

 

 

 物語の結末は、女の子は男性に想いを告げ、二人はめでたく両想いとなった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「オラって、お兄さんの事好きなのかな?」

 

 

 カランと音を立てて、お兄さんが持っていた缶コーヒーが手から滑り落ちた。

 まだ中身が残っていたスチール缶から、ドクドクと液体が流れ出ている。

 

 

 お兄さんに本を借りて二週間後。

 いつものように図書館でお兄さんと会い、お互いに借りていた本を返した。

 

 

 そして外のベンチで会話をしていた時、私はお兄さんにそう尋ねた。

 

 

「え、ごめん。何?」

「オラ、お兄さんの事好きなのかな?」

 

 

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするお兄さん。

 いつも余裕があって大人なお兄さんが、珍しく感情を表に出していた。

 

 

 私はこれが恋なのかどうか分からないでいた。

 恋は落ちたら気付くものなのか、そもそも落ちた経験の無い私には知る由も無い。

 もしかしたら本の中の女の子と同じで、恋に恋にしているだけなのかもしれない。

 

 

「もしかして、本に影響受けた?」

「そう、かも……」

 

 

 お兄さんの問いに正直に答えると、お兄さんはお腹を抱えて大きく笑い出した。

 

 

「ちょっ、どうして笑うずら!」

 

 

 そんな反応をされて私は怒った。

 真剣に尋ねたのに、まさか笑われるなんて思わなかった。

 お兄さんなら、答えを知っていると思ったのに。

 

 

「僕なら知っていると思った?」

 

 

 こっちの気持ちを見透かしたようにお兄さんは言う。

 私は小さく頷いた。

 

 

「残念だけど、僕はマルちゃんじゃないから、マルちゃんの気持ちは分からないな」

 

 

 いつもより強い口調で言われ、私はスカートをキュッと掴み萎縮してしまう。

 

 

「マルちゃんは、どうしたいの?」

 

 

 しかし次の瞬間には、お兄さんは優しい口調で私に尋ねてきた。

 

 

「オラは……お兄さんの事、もっと知りたい……お兄さんともっとお話をしたいと思ってるずら」

 

 

 思えば、お兄さんの名前すら知らない。

 お兄さんも、私の事を全然知らないと思う。

 マルちゃんって呼ばれてるけど、それは渾名みたいなものだ。

 

 

 二週間に一度、図書館に来て会話をする。

 それが私とお兄さんの関係。

 

 

「そっか……じゃあまずは、ちゃんと自己紹介しなきゃだね」

 

 

 またしても私の気持ちを見透かしたかのように、お兄さんはそう言って自己紹介を始めた。

 

 

 お兄さんの名前、年齢、読書以外の趣味。他にもお兄さんは色々と自分の事を私に教えてくれる。

 

 

「僕もマルちゃんの事、もっと知りたいな」

 

 

 自己紹介を終えたお兄さんが言う。

 お兄さんも私の事を知りたいと思っていてくれたのが、とても嬉しかった。

 

 

 私もお兄さんと同じように自己紹介を始めた。

 

 

 名前、年齢、誕生日、血液型、趣味、特技、好きな食べ物、嫌いな食べ物。

 

 

 お兄さんにもっと私を――国木田花丸を知って欲しくて、お兄さん以上に自分の事を伝えていく。

 

 

「うん。よろしくね、()()()()()

 

 

 今までの“マルちゃん”ではなく、きちんと私の名前を呼んでくれる。

 

 

 私は今初めて、お兄さんと知り合った気がした。

 

 

「これからも二週間に一度、図書館でお話しよう。その中で少しずつ、花丸ちゃんが自分の気持ちを理解していけばいいから」

 

 

 自分の気持ちを理解する。

 それは簡単なようで難しいものだと、今しがた分かった事だ。

 

 

「うん! よろしくずら!」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 休日。

 私は外出に着ていく服をどれにしようか、小一時間ほど悩んでいた。

 

 

 あれでもないこれでもないと悩みに悩んだ末、ようやく納得のいく服装が決まった。

 

 

「よし、これでバッチリ!」

 

 

 着ていく服が決まると急いで支度をする。

 

 

 服選びにかなり時間を取ってしまった為、時間に間に合うかどうかギリギリだ。

 

 

「行ってくるずら!」

 

 

 支度を終え、両親に出かける旨を伝えて玄関に向かう。

 靴を履き終えると、玄関にある大鏡で自分の姿を確認する。

 

 

 いつもよりお洒落な服装。

 こんな格好で行って、変な子だと思われたりしないだろうか。

 

 

 いや、きっと大丈夫。

 

 

 根拠はないが、あの人はそんな風に思ったりしないだろう。

 

 

「それじゃあ、行ってきまーす!」

 

 

 もう一度そう言って、玄関を開けて外に出る。

 

 

「あっ、急がないと!」

 

 

 時間が無いのをすっかり忘れていた。

 私は慌てて歩き出す。

 

 

 時間に押されていて焦る筈なのに、私の心はいつも以上に浮かれていた。

 

 

 それもその筈。

 

 

 今日は二週間に一度の楽しみな日。

 

 

 私はお兄さんに会う為、図書館へと向かう。




今回はこのような企画に参加させて頂き、ありがとうございました!

『ラブライブ!サンシャイン!!』はまだアニメが放送されていないので、花丸ちゃんの特徴を掴むのに苦労しました。
でもそうやって花丸ちゃんの事を考えている時間が楽しくて、私は花丸ちゃんの事がもっと好きになりました。

企画を主催された鍵のすけさん、ありがとうございます!
このような素敵な企画に参加できた事、感謝しております。


そして最後に。
このアンソロジー企画小説を読んで下さった皆様が、『ラブライブ!サンシャイン!!』をより好きになってくれると嬉しいです!


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黒澤ルビィのお見合い事情

新谷鈴さんです。新谷鈴さんです。
参加してくださいましてありがとうございますBy企画主催者


「あ、あの…はっ初めまして、黒澤ル――」

 

「またどもってますわ、もう一度です」

 

今、黒澤ルビィは自己紹介の練習をさせられている。実の姉である黒澤ダイヤの目の前で。

 

「黒澤家の人間として恥ずかしく無いようにみっちりと指導して差し上げます」

 

「か、顔が怖いよ……」

 

 

事の始まりは数日前、娘に男の気配が全くないのを心配した父が勝手にお見合いの募集をかけたの事であった。

 

 

「ルビィちゃーん、ちょっと良いかしら?」

「はーい」

 

母に名前を呼ばれてルビィが居間へ向かうと机の上に書類が広がっていた。

 

「お母さん、これって……」

 

「そうなのよ、この間からお見合いの申し込みがいっぱい来ちゃって」

 

無下に断るのも体裁が悪いからと、一度目を通してくれという事でルビィが呼ばれたのだった。

 

「あ、あの……ルビィは………」

 

お見合いを受ける気はないと、そう伝えようとした。しかし母はルビィが言い終わる前に語り出す。

 

「分かっているわ。もう、あの人ったら本当に心配性なんだから。……でもね、これはチャンスかも知れないわよ」

 

「チャンス?」

 

「そう、この写真の人達は皆良家の出身。普通なら会うことは無かったかも知れない人達よ。そんな人達と知り合える機会があるっていうのは、チャンスだと思わない?」

 

「でも……」

 

「別に無理にという訳では無いの。でも、もしもその書類の中で気になる人がいたら前向きに考えてみて」

 

そう言って母は席を外した。

人と話すのは苦手で、特に男の人とは目を合わせるだけで緊張するのに気になる人なんて。そう思いながらも書類に目を通していると、その中の一枚に目が止まる。

 

「チャンスかあ」

 

写真を見ると優しそうな人だった、趣味は料理と音楽鑑賞でインドア派なのかなと勝手に想像する。

人と話すのは苦手で、緊張する。でもずっとそのままでは駄目だと思ってもいた、それじゃあ『成りたいもの』にも近づけない。それに――

 

「この人なら、話せそう。私だって別に男の人が嫌いな訳じゃない……から」

 

この機会に一歩、踏み出してみようと思った。

 

(お母さんの思惑とは少し違うけど)

 

ということで少し申し訳なく思いながらも母にお見合いを受けると報告すると一瞬ビックリしたが、「絶対に成功させてあげるから!」と張り切って準備を始めた。

 

そこで、騒ぎを聞いて姉が降りてくる。

 

「どうしたんですの?」

 

「あ、お姉ちゃん。実はお見合いを受けようと思って」

 

「なるほど、貴女がお見合いを……え?」

 

言ってから理解したのか、遅れて驚いた表情になる。

 

「あらっ、ダイヤちゃん丁度良かった!」

 

「お母様、ルビィがお見合いを受けるって本当ですか!?」

 

「本当よ?だからね、ちょっとお願いがあるの」

 

そう言って暫く話してたみたいだが「じゃ、よろしくね!」と言って母はまた準備に向かったようだ。

 

「……お姉ちゃん?」

 

「ルビィ」

 

「は、はい!」

 

母との会話が終わってから固まっていた姉を心配して声をかけたが、名前を呼ばれて背筋が伸びた。

 

「本気、なのね?」

 

「う、うん……」

 

「分かりました、じゃあついて来なさい」

 

そうして状況は冒頭に戻る。

 

「――よろしくお願いします!」

 

「…まあ良いんじゃないかしら」

 

数時間に及ぶ特訓のすえ姉からオッケーをもらうことが出来た。

 

「これだけ特訓したんだから本番も大丈夫よね」

 

特訓の目的は作法やら話し方がメインではなく、特訓をすることによってルビィに自信をつけさせる事にあった。

 

「お姉ちゃん、ありがとう」

 

「別に、これも黒澤家のためよ」

 

そう言ってそっぽを向く姉の顔が赤みを帯びてるのに気づく。

 

「照れて、る?」

 

「て、照れてなんかいませんわ!そんなことより、特訓は今日だけじゃありませんからね。お見合いの当日までみっちり指導してあげます」

 

「ええ!?」

 

先程までやっていた姉との特訓を思い出して悲鳴を上げるルビィであった。

 

 

そんなこんなで迎えたお見合い当日、緊張しながらもお互い紹介や挨拶も終わり問題なく進んでいたのだが……

 

「それでね、この間なんか――」

 

「あらやだ、うちなんかね――」

 

挨拶が終わってからずっとこの調子で親同士の世間話が終わらないのである。

 

「あはは……ん?」

 

「あっ」

 

そんな親達をみて苦笑いしている相手の男性と目が合ったが、恥ずかしくて思わず下を向いてしまう。

 

「あら、ついつい長話をしてしまったみたいでごめんなさいね」

 

「あとは若い二人にお任せしようかしら」

 

頃合いを見計らっていたのか、唐突にそう言って席を立つ親二人。去り際、ルビィの耳元で頑張ってねと言い残してそのまま部屋から出て行き二人きりになってしまった。

 

「あ、あの」

 

「あの」

 

突如訪れた沈黙の中、喋り出したタイミングは二人同時だった。

 

「あ、あのっ、お先に、どうぞ……」

 

目が合ってから目線を上げられないまま、ルビィはなんとか相手に先を促す。

 

「えっと、なんかすみません親の長話に付き合わせちゃったみたいで」

 

「い、いえ。そんな、あの」

 

あんなに特訓したんだからとか、落ち着いて話さないととか、色々な事が頭を巡っていたけれどいざ男の人と二人きりになると緊張で頭が真っ白になっていた。

 

「大丈夫?顔色が良くないみたいですけど」

 

相手の男性に心配されるほど酷い表情だったらしい。

 

「あの、私……」

 

「やっぱり体調が悪いんですか?」

 

「ち、違うんです、実は」

 

目線を上げ、相手の顔を見る。写真で見た通りの優しそうな雰囲気の男性だった、しかし今は心配そうにこちらを窺っている。

言わなければ、自分の気持ちを伝えなければ、そう思った。

 

「じ、実は私、男性の方とお話しするのが苦手で。そ、そんな自分を変えたいって、思ってこのお見合いを受けたんです。だから、その、お付き合いとかは考えてなくて……」

 

言ってから、付き合う気もないのにお見合いなんかして相手にどう思われるかと段々怖くなってきた。不誠実だと思われただろうか

 

「そう、なんですか……」

 

しかし、来ると思ってた反応とは違い彼はただ頷いた。

 

「おこら、ないんですか?」

 

「まあ少しショックですけどね」

 

そりゃそうだ、相手はルビィとそういう関係を望んでここに来たのだから。

 

「一つだけ、聞いても良いですか。どうして、僕だったんですか。ルビィさん可愛いしきっと、他にもお見合いの申し込みが来てたと思うんです」

 

「え、えっと、曲、です」

 

「曲?」

 

「はい、あの、趣味に音楽鑑賞で、その、好きな曲も書いてあって」

 

「えっと、確かあのとき書いたのは」

 

「SUNNY DAY SONG、ですよね」

 

そう、だからきっとこの人も――

 

「いや実は僕、μ'sのファンで」

 

「わ、私も!好きなんです!」

 

そう、だからこの人となら話せるんじゃないかと。そう思ったのだ。

 

「なるほど、同じ趣味だったから話しやすいだろうって事だったんだ」

 

「は、はい……」

 

それから彼は暫く考えるような素振りをして、告げる。

 

「ルビィさん」

 

「な、なんでしょう」

 

「これからも僕と会ってくれないか」

 

「……え?」

 

予想外の言葉に戸惑うルビィ。

 

「え、えっと、その、どうして」

 

「ルビィさんは男性と話せるようになりたいんですよね、なら僕がこれからもそれに付き合いますよ。それに、今は付き合う気が無くてもこれからずっとそうだとは限らないですよね?」

 

困惑しながら聞いていたが、話の内容を理解するにつれて顔が熱くなっていくのが分かる。

 

(え、こ、これって告白されてる!?)

 

「駄目、ですか?友達からでも良いんです」

 

返答がないのを不安に思ったのか声をかけてくる彼。

 

「い、いえ、あの、駄目とかでは、なくて」

 

「いえすみません、急すぎましたね。その、さっきのはわす――」

 

「あ、あの!!ふっ、不束ものですがよろしくお願いします!!?」

 

動揺と混乱で思わず口走っていた

 

「良いの?」

 

「は、いえ、と、友達からならその……」

 

「良かったぁ」

 

言うと同時に机に倒れ込む、その時ゴツンという豪快な音が響いた。

 

「え!?あの、だ、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫じゃないです、正直駄目かと思ってました」

 

「自分で言ったんじゃないですか……ふふっ」

 

「あっ!今笑いましたね!?」

 

「わ、笑ってないですよ?」

 

「嘘!絶対笑いましたって!」

 

さっきまでの真剣な表情と違い緩んだ姿がなんだか可愛らしくて思わず口元が緩んでしまった。

 

「あの、改めてこれからよろしくお願いします。僕、頑張るんで」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

そうして二人の交流が始まったのだった。

 

この後、お互いの両親に散々弄られたり最終的に付き合うことになったりするのだがそれはまた別の話



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網元の次女と仲良くなるための、たったひとつの冴えたやり方

「μ's+ MUSIC START!!」でお馴染みの香月あやか(kazyuki00)さんです。この企画を立ちあげる際、あやかさんにはいろいろとお世話になりました。ではどうぞ!By企画主催者


初めましての方は、お初お目にかかります。
香月あやかと申します。

まず初めに、このような企画を主催して下さったすけたろうさん。寄稿して下さった他の作家のみなさん。そして、このページを見て下さっている読者のみなさんに改めて、お礼を申し上げたいと思います。

さて
今回のアンソロジー企画には、二つの大きなテーマがあります。
「ラブライブ!サンシャイン」
そして「告白」
これら二つを合わせた時にどうしたら面白いものが出来るのか、自分なりに答えを出してみたつもりです。
拙い文章ではありますが、少しの間お付き合い頂ければ幸いです。
それでは、どうぞ!!


「ねぇ、こっちこっち!早く早くぅ!」

 

「は、はぁい……」

 

笑顔を浮かべて、彼女は私の手を引く。その引力は、小柄な身体のどこから出ているのかと思うくらい強くて、私は文字通りぐいぐいと引っ張られた。バランスを崩さないようにおっとっとと小走りになりながら、その小さな背中を追っている。

 

時折そよりと吹く磯風が気持ち良い、内浦ののどかな町並み。

真っ青な空が延々と続く快晴は水平線の彼方で海と混ざり合っていて、逆立ちしたってどっちがどちらかわからないほど青く綺麗に澄んでいる。

 

 

 

でもそんな景色を眺める私の心は、絵画のような穏やかな風景とは裏腹に、緊張で張り裂けそうで――

 

繋いだ手から、この熱が彼女に伝わってしまわないかとても心配になる。

 

 

「アイス半分こしよ!ルビィじゃ落としちゃうから、あなたに割ってほしいな!」

 

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、腰掛けたベンチの隣で心底楽しそうに笑う彼女の瞳は、この海や空に負けないくらい純粋で透き通っていた。

幼子のような愛らしい笑み。額縁に入れて飾っておきたいくらい、それは正に天使のそれ。

 

 

でも同時に、その笑顔は私の鼓動を、より一層速いものにしていく。

 

 

「――はい、どうぞ」

 

「うわぁ、上手だねぇ!ありがとぉ!」

 

そう言って破顔する彼女があまりにも眩しすぎて、私は思わず目を逸らした。この日のために新しく買った、白のワンピースの影できゅっと掌に力が込もる。

 

 

「そのワンピース、可愛いね!初めて見た!

すごく良く似合ってるよ!」

 

「え?あ、うん。一昨日買ったの……

そう言ってもらえると嬉しいな」

 

姉に毎日のように怒られるくらいどこか抜けているはずなのに、意外にしっかりと見ていることに驚きつつ、同時にびくりとする。

 

もしかしたら、気付いているのだろうか?

でも、半分に割れたアイスの片方をかじりながら無邪気に破顔する彼女からは、そんなそぶりは微塵も感じられず、もやもやはますます募っていく。

 

 

……言わなくては。

今日こそ伝えなくては。

 

「――――ルビィちゃん」

 

「ん?」

 

意を決して上げた視線の先、大きく丸い空色の双眸をとらえる。こくりと唾液を飲み込んで、膝の上に置いた拳をぎゅっと握って、大きく息を吸った。

 

 

 

「あのね、私――

ルビィちゃんのこと――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

ラブライブ!サンシャイン!企画短編

「網元の次女と仲良くなるための、たったひとつの冴えたやり方」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『黒澤ルビィさん!一目見た時からずっと好きでした!!

付き合ってください!!』

 

 

『――――う』

 

 

『(……う?うん!?

もしかして快諾か!?)』

 

 

 

 

 

『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!

ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!』

 

 

『あ、ちょっ、待って!待ってくださぁぁぁぁい!!』

 

 

 

 

 

「……で、返事を聞くでもなく、断られるわけでもなく、

『ただ逃げられた』と

っくく……ダメだ……もう耐えられん……」

 

「そんなに笑うなよ!!

こっちは死ぬほど傷付いてんだぞ!?」

 

腹を抱えて爆笑する友人を、僕は顔を赤くしながら怒鳴りつけた。こっちは失恋のショックで心に深い傷を負っているというのに、笑うなんて不謹慎だ。

 

 

「それにしても、どうしてあそこまで嫌われてたんだろ……

逃げられるようなことはおろか、話したことさえほとんどないっていうのに」

 

「……ふぅ、笑った笑った。

お前それはアレだ。黒澤家の次女はとびきりの箱入りでな。

自分の父親以外の男とはまともに会話すら出来んそうだ。

俗に言う『男性恐怖症』ってやつだな」

 

「っ、お前、それを知ってて何で僕に言わなかったんだよ!?

僕の気持ち知ってんだろ!?」

 

「いや、面白そうだったんでつい」

 

「この野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

ここは、場所は静岡が沼津の内浦。海を臨む高台に建てられた学校、「入江の月男子高校」。

その教室の一角で、僕は友人に先日――先日と言ってもつい昨日起きた出来事なのだが――のことについて話していた。

 

 

そう、実は僕には好きな人がいる。

 

 

入江の月男子校から自転車で少し行った先にある、うちと双璧を成す様にして建っている学校「浦の星女学院」。

そこに通っている、元網元の名家「黒澤家」の次女。

 

黒澤ルビィさんに恋しているんです。

 

「あいたたたた……そんなに怒んなって……

にしても、どうしてあの子が好きなんだよ」

 

僕に叩かれていた友人がふと尋ねてきた。

 

「可愛いから」

 

「またざっくりだなおい!

きっかけくらいあるだろ!?」

 

「……あぁ、それは、まぁ」

 

きっかけと言っても、本当に大したことではない。

 

 

 

たまたま浦の星の近くを通りかかった時だ。

後ろから駆け足で僕を追い越して行った生徒のかばんから、学生手帳が転がり落ちた。僕はそれを拾い上げると、慌てて声をかけた。

 

「あのっ、これ落としましたよ!」

 

「ひうっ!?」

 

持ち主はビクッとしてこちらを振り返った。よっぽど急いでいるのか、こちらへ走ってきて、僕の手から手帳を受け取ると、

 

「あ…………ありがと、ござ……ます――――」

 

妙にカタコトな挨拶をして再び走って行ってしまった。

 

そして僕はその間、全く動くことも声を発することもできなかった。

 

艶のある、ほぼ真っ赤な明るい茶髪。

小動物を思わせる、小柄で身体と気弱そうな雰囲気。

吸い込まれそうな、淡い青色の大きな瞳。

 

幼さが残るあどけない顔に、年齢相応に成長した身体が、絶妙な美を演出している。

 

 

要は、彼女に見惚れていたのだ。

 

 

「名前は手帳に書いてあったから、それで覚えた」

 

「なるほどな、要はコシヒカリってやつか」

 

「一目惚れな。つまんないからそういうのやめろ」

 

心底楽しそうに話を聞く友人は、何を納得したのか大仰に腕を組んで頷いている。

一方僕はと言うと、彼女の情報を知ることができたという喜びと、知らなきゃ良かったという気持ちが同時に押し寄せていた。

 

「にしても、厄介な相手に惚れちまったもんだなぁ……」

 

「ほんとだよなぁ……まさか選んだルートがベリーハードとは……」

 

男性恐怖症、その単語のあまりの重さに頭を抱える。

今思えば、手帳を拾ってあげた時の妙な態度も、その片鱗だったのではないかと思う。直後は、突然話しかけられて驚いたからかな、とか考えていたわけだが。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!どうすりゃいいんだぁぁぁぁぁ」

 

「いっそすっぱり諦めたらどうだ?」

 

「それが出来たら苦労しないって……」

 

「女なんて星の数いるんだぜ?わざわざ茨の道を行かなくたってそのうち良い子に巡り合うって。

俺の姉ちゃんとかどうだ?身内補正除いても美人だしおっぱいでかいし」

 

「僕より背の高い女の子はちょっと……」

 

「ははっ!姉ちゃんも同じこと言ってた」

 

「お前なぁ!!いい加減にしないと……」

 

わかってる。女の子はみんな背が高くて大人な雰囲気の男が好きなんだ。僕みたいにギリギリ160センチくらいで、童顔な男なんて誰も相手にしてくれないって。

 

でも、そんな僕が勇気を振り絞って告白に踏み切ってしまうくらい、彼女は可愛くて魅力的に写ったんだ。

そんな簡単に気持ちを切り替えられるようなぬるい想い方ではない。

 

 

「…………男性恐怖症なぁ……

困ったもんだよなぁ……」

 

入学当初からずっとつるんでいる友人は、椅子に座って腕組みをしながらじっと僕の方を見つめて考え事をしている。

 

「いやぁ……お前が男である以上付き合うのは無理だろ……

 

 

 

……ん?」

 

穴でも開きそうなほどじっと僕の顔を見つめていた友人は、何かに気付いたような声を上げると。

 

 

次の瞬間、死ぬほど悪い顔を貼り付けた。

 

「…………俺、今最高に素晴らしい名案を思いついた」

 

「素晴らしい名案って意味被ってるからな。

んで、なんなんだよその名案ってのは」

 

「まぁまぁ、今すぐにというのは不可能だ。

少し準備が必要だからちょっと待っててくれ。

なぁに、親友のよしみで絶対に悪いようにはしないから」

 

「そんな極悪人の面じゃなかったら素直に喜べたんだけどな」

 

嬉々としてどこかへ電話をかけ始めた友人を見ながら、僕はほんのわずかな期待と大きな不安に駆られていた。

 

 

 

 

 

□ ■ □ ■ □

 

 

 

 

 

「あなたが、果南が言っていた人かしら?」

 

「は、はい。そうです」

 

「…………」

 

「…………」

 

その女性は、しばらく僕の頭の上からつま先までを観察するようにじっと見つめて、小さく息を吐いた。

 

 

「突然『ルビィに紹介したい人が居る』なんていうものだからどんな子が来るのだろうと思ってしまいましたわ」

 

ドーム何個分……という言葉が頭のなかでチラつくくらい大きなお屋敷の大きな門の前、そこで僕を迎えてくれたのは――

 

「初めまして、ルビィの姉のダイヤと申します。

友人の頼みとはいえ、今日こうしていらしたことを歓迎いたしますわ」

 

彼女の優雅な一礼に思わず見惚れてしまう。まだあどけなさが残るルビィさんに対し、ダイヤさんは大人びた雰囲気で、可愛いという言葉よりも綺麗とか美しいという形容詞が相応しい出で立ちだ。腰のあたりまで伸びた長い黒髪が麗しい。

 

「さ、立ち話もなんですし、どうぞこちらへ。

ルビィは部屋に居りますわ」

 

おっかなびっくり、案内されるまま広いお屋敷の中を歩いていく。全ての規模観があまりにも違い過ぎて、同じ日本かよと思ってしまうくらいだ。

 

「つかぬことを伺いますが、ルビィとはどちらで?」

 

「えっ……」

 

先を歩くダイヤさんがこちらをちらりと振り返り、そんなことを尋ねてきた。

まぁ、予想できる質問だ。赤の他人が何をどうしたら自分の妹と接点を持とうなんて思うのか。

警戒しているわけでもなんでもなく、純粋に興味本位であることは伝わってくる。

 

「えっと、その、ルビィさんも、アイドルが好きだと聞いて。

それで是非お話してみたいなぁって……」

 

「…………アイドル……ふぅん」

 

納得したのか、何度か小さく頷いて再び前を向いた。

 

 

ちなみに、これは嘘ではない。

しかし、僕が元々アイドルが好きだったことと、彼女もアイドル好きだったことは全くの偶然だ。

 

「姉の私が言うのもなんですが……

ルビィはとても難しい子というか、お友達を作るのがとても下手なんですの。

だから、もしあなたが仲良くしてくださったら、私も嬉しく思いますわ」

 

「……あ、はい。ありがとうございます」

 

凛とした、少し悪い言い方をすれば冷たい雰囲気を纏っていたダイヤさんから発せられた言葉。

それには自分の妹を大切に思う気持ちが篭っていて、思わず笑顔になった。

見た目以上に、とても優しい人なのかもしれない。

 

 

「――こちらです」

 

そこから更に歩くこと少し、長い廊下にいくつか点在している扉のひとつの前で足が止まった。

 

「こちらがルビィの部屋ですわ。あとでお茶とお菓子を持って来させますので、ごゆっくりどうぞ」

 

また堂に入った一礼を見せたダイヤさんは、そのまま背を向けるとローファーの音高らかにこの場を後にした。

 

 

この奥に、ルビィさんがいる――――

震える指を押さえつけて、ノックをする。

 

 

「はーい」

 

 

くぐもって聞こえる、彼女の可愛い声。それを聞いた僕の心臓は一段と速くビートを刻んだ。

ぱたぱたと近づく足音、そして、がちゃりと扉のノブが回る。

 

「あっ…………」

 

「あっ、初めまして――――」

 

扉の隙間からひょこっと顔を覗かせたルビィさんは、突然の来訪者に一瞬驚いたような顔を浮かべた後、困ったように笑った。

 

「え、えっと……どちら様ですか」

 

「あっ、あの……友達に紹介してもらって来ました……っ!」

 

「は、はい!お姉ちゃんから話は聞いてます。

ど、どうぞ……」

 

 

そうしておずおずと扉を開けてくれた。

 

「お、お邪魔します……」

 

そうして僕は、想い人の部屋に――もっと言えば女の子の部屋に、生まれて初めて入ることができた。

 

 

 

――それにしても、

 

「(本当に入れてしまった……こうも上手くいくものなのか?)」

 

お姉さんのダイヤさんには勘繰られるどころか快く迎えてもらい、ルビィさんとは逃げられるどころか部屋にすら簡単に入れてくれた。

 

これは不本意ながら――本当に気に食わないが、友人に感謝するしかないだろう。

 

 

「(良いたいことは山のようにあるけど、ありがとう!とりあえずありがとう!

これからどうなるかわかんないけど、僕頑張る!)」

 

 

この日のために用意した――正確には用意してもらった勝負服。

 

 

 

 

襟から縦に向かって、レースがあしらわれているパフスリーブのブラウス。

身体の両サイドに紐の編みが入っている、キュロットタイプの吊りスカート。

柔らかい素材で、暖かくもあり涼しくもある淡い色のカーディガン。

そして、厳選に厳選を重ねて選んだ(これも正しくは選んでもらった)かばん、タイツ、ウィッグ、その他の小物。

 

 

 

簡潔に言おう。

 

僕は今、「女の子の格好」をしているのだ。

 

 

 

 

 

□ ■ □ ■ □

 

 

 

 

 

「お前女装しろよ。小柄だし顔幼いし絶対可愛いわ」

 

「は?」

 

真面目な顔をしてふざけたことを言った友人に対し、考えるよりも先に口から言葉が出てしまった。

 

「は?は?はぁ?」

 

「それは1回でいいだろ。

 

とにかく、俺は大真面目だ。

黒澤家の次女は男性恐怖症で男が苦手。そしてお前は男。これじゃ付き合うなんて夢のまた夢だ。1回死んで女に生まれ変わるのが一番手っ取り早い」

 

「急に辛辣になったな」

 

「でもそれは現実的じゃない。だから、死なずに彼女と仲良くなる方法を考えた。

お前は小柄だし顔も中性的だ。おまけに声も高い。

上手くやれば完璧な男の娘になれる」

 

「人としての尊厳と引き換えにな」

 

「……おいおい、お前あの子が好きなんじゃないのか!?人間を辞めるくらいの覚悟がなきゃ、あの子と仲良くなること自体不可能だぞ!?」

 

「それは…………」

 

確かに、コイツの言うことも一理ある。僕が男である以上、ルビィさんと仲良くなることは不可能だ。

現状良い方法が思いつかない以上、僕は悪魔に魂を売る他ない。

 

 

彼女のことを忘れる――――無理だ。とてもできそうにない。できるはずがない。

 

衝撃だった。落雷に打たれたような心地だった。人生で感じた一番強い感情だった。

 

彼女が好きだ。仲良くなりたい。

そのためなら――――

 

 

 

 

「――――どうすればいい?」

 

「よし、それでこそ我が親友よ」

 

友人は満足そうに笑って頷いた。

 

「案ずるな。スペシャルなスーパーアドバイザーを手配した。

これで女装指南も、黒澤家とのコンタクトも問題ない」

 

「だからスペシャルとスーパーで意味が……まぁいいや。

…………ちなみに?」

 

 

「俺の姉ちゃんだ。

心配するな。必ずお前を超絶美少女へと生まれ変わらせてやる」

 

名字を「松浦」という僕の親友は渾身のドヤ顔を浮かべ、僕の肩をバンバンと叩いた。

 

 

 

 

それからの日々は、激動と呼ぶに相応しかった。

親友の姉の果南さんと、その友人のシャイニーさん(名前忘れた)に、服のコーディネイトの方法、メイクの方法、女の子っぽい所作等をひたすら仕込まれた。

 

 

「ほら、また無意識に脚が開いちゃってるよ!女の子はそんなはしたないことしないよ!

しっかりしなさい!美少女になるんでしょ!?」

 

 

すいません、別に女の子になりたいわけじゃないんです。

 

 

「ん~……ちょっとチーク盛りすぎかなぁ?

それじゃあ、あのオゥコノミヤキィのソースに載ってるジャパニーズマスクよぉ?

グラデーションさせるのよぉ?外側に向かって徐々に薄くなるようにねぇ。

そうそう、冠婚葬祭でもメイクって微妙に変わるのよぉ?」

 

 

すいません。この格好で結婚式やらお葬式には絶対に出ません。

 

 

「…………おぉ!やっぱ俺が見込んだ通りの美少女じゃねぇか!

俺お前すげぇ好みだわ」

 

 

すいません。僕ノンケなんで今すぐ帰るかくたばるかしてください。

 

 

そうして、スパルタで男の娘として仕込まれること2週間、鏡に写る自分の姿は、どこからどう見てもただの女の子にしか見えなかった。

ちなみに、ウイッグのセットもメイクも全部自分でやった。そうできるように仕込まれたからだ。

 

 

そうして爆誕した僕――もとい「私」は、あのダイヤさんの目を欺き、あの男性恐怖症のルビィさんさえ疑わないレベルに完成した女装でもって、想い人の部屋へ招かれることに成功した。

 

 

 

 

 

 

□ ■ □ ■ □

 

 

 

 

 

「あ、ルビィこの曲大好き!」

 

「私も好き!ライブの時のがまた一段と良くて……」

 

そうして無事に入ることが出来た彼女の部屋で、私と部屋の主は音楽プレイヤーの前に仲良く並んで座り、お手伝いさんが持ってきてくれたお菓子をつまみながら長いことおしゃべりに高じていた。

 

話題は、勿論好きなアイドルのこと。蓋を開けてみれば、ルビィさん――もといルビィちゃん(本人がそう呼んでと言った)は、見た目によらずかなりコアなアイドルファンであることがわかった。気になるアイドルを探しては、グッズをこっそり通販で買い集めているらしい。

 

「それにしても、ルビィちゃんって本当にアイドル好きなんだね」

 

「うんっ!テレビとかで写ってたらついつい見ちゃって、お姉ちゃんに早く食べてしまいなさい!って怒られちゃうくらい好き!」

 

頬をかきながらえへへとはにかむように笑う彼女の可愛さに、私は内心悶絶していた。

 

「自分でやりたいとは思わないの?スクールアイドルとか。

ルビィちゃん可愛いし、きっと絶対向いてると思うんだけどなぁ……」

 

「そんな!ルビィにアイドルなんて無理だよ……

どんくさいしお姉ちゃんみたいに美人じゃないし……」

 

「そんなことないって!ルビィちゃんすっごく可愛いよ!

応援するから!」

 

「う、うん……ありがと」

 

やはり共通の話題というのは強いもので、好きなアイドル、ひいては押しが一緒だとわかった瞬間にキャーキャーとなり、あとは加速度的に仲が深まっていった。

 

 

 

「わ、もうこんな時間。

それじゃぁ、そろそろお暇するね」

 

時計を見ると、そろそろ家庭では夕飯の支度が始まる頃だった。出来ることなら永遠にこの場所に居続けたい気分だが、一応私とルビィちゃんは初対面(ということになっている)。あんまり長居するのも憚られた。

 

 

「う、うん……わかった」

 

ルビィちゃんは一瞬残念そうに顔を伏せたが、すぐに笑顔を浮かべた。

 

「今日はすっごく楽しかった。また来るから、その時はよろしくね」

 

「うん、絶対だよ?今度は、夕飯も一緒に食べて帰ってね」

 

期待値を遥かに超える高感度の上昇に内心両腕を振り上げながら、私は笑顔で部屋を後にした。

 

すげぇ、女装すげぇ。

スキップでもしたい心地で(というか、多分してたと思う)、家までの道を最高に幸せな気分で帰った。

 

親友には本当に感謝しないと。

 

 

 

 

 

 

□ ■ □ ■ □

 

 

 

 

 

『おはよう!今日も良い天気だね!

よかったら、放課後一緒に新譜買いに行かない?』

 

 

『じゃーん!きょうのお昼はこれー!

ここのカフェセットがとっても美味しくて、マルちゃんとも良く行くんだ!

今度は、あなたも一緒に行こうね!』

 

 

『昨日お洋服買っちゃった!この間あなたが着てたのが可愛くって、こっそりお揃いにしちゃった……えへへ』

 

 

それから2ヶ月程、彼女との交友を深めていった。私の携帯には、毎日のように彼女からこんな可愛いメッセージが彼女から画像付きで届く。それを見ながら、私はベッドの上でひとりニヤけている。

 

ルビィちゃんは想像を遥かに超えて私に懐いてくれた。最近では親御さんに紹介してもらったり、ダイヤさんとも一緒にお話をしたりするほど、家族ぐるみで仲良くなっていた。

 

 

『……でもさぁお前、それって本来の目的と違ってきてねぇか?』

 

「そうなんだよねぇ……まだ本当のことは言えてなくて……」

 

『流石に電話の時くらいは男でいいだろ』

 

「あっ、ごめん。

あっ、あぁ~~~。

…………すまん」

 

『……本当に男の娘になっちまったんじゃねぇだろうな?』

 

「そんなわけあるかよ。ただ、時間が長くなってきたからつい、な」

 

女装を始めて2ヶ月あまり。

ルビィちゃんとの友情を手に入れた僕は、同時に罪悪感と寂しさも積み重ねていた。

 

彼女とのこの絆は、偽りの縁。

本当に僕が勝ち取ったものではない。

 

ルビィちゃんが好きなのは、「私」であって「僕」ではない。

僕が彼女と本当になりたいものは、「恋仲」だ。「友達」ではない。

 

 

でも、今のこの関係を失ってしまうのはたまらなく嫌だった。

 

良く笑って、良く泣いて、天真爛漫に振舞う彼女を一番近くで、見ていたかった。

 

でも、それは永遠に続けられるものではない。

2ヶ月間ばれずに過ごしてきたことは、もしかしたら奇跡のようなものだったのかもしれない。

いつまでも、このままでは居られない。

いつかは、言わなければならない。

 

――それでも、僕は怖かった。

もし、「私」が実は男である、なんて言ったら、ルビィちゃんとは二度と会えなくなってしまう。

涼しい顔をしてだまし続けていたダイヤさん、今までずっと良くしてもらっていた黒崎家の人達を裏切ってしまうことになる。

きっととても傷付くだろう。きっととても怒るだろう。

それくらいのことを、僕はしてしまっているのだから。

それが怖くて、ずっと先延ばしにしてしまっていた

 

『――いいか。俺はお前とあの子で友達ごっこをさせるために協力したわけじゃない。

とりあえず女として接することで、恐怖症の壁を乗り越える。後はお前の力で、1人の人間として好きになってもらうためだ。

女としてじゃなく、性別なんて関係なく、お前自身のことを好いてもらうためだ。

今のままじゃ何も変わらないし、女装だってじきにボロが出るぞ』

 

「…………」

 

親友の言葉が、肩に、心に、重くのしかかる。

わかっている。そろそろ潮時だ。種明かしをしなければならない、幕切れの時が近づいてきたのだ。

 

『大丈夫だ。姉ちゃんの話によると、彼女のお姉さんは最近妹に良い友達が出来たと本当に嬉しそうに話しているそうだ。

きっと上手くいくさ』

 

「――わかってる。わかってるよ」

 

 

そうさ、言いたいことはよくわかってる。

僕が意気地なしだから――彼女と過ごす時間があまりにも幸せで、別にこのままでもいいと思ってしまっているから、招待を明かした時に傷つけてしまうかもしれない、嫌われるかもしれない。

そう思っているから、今の今までずっと言えなかったのだ。

 

 

『次会うのはいつだ?』

 

「……明日。一緒に出かけることになってる」

 

クローゼットにかかっている、通販で買った真新しいワンピースを横目で見ながら僕は答える。

 

『そうか。それなら明日言っちまうことをお勧めする。

これ以上先延ばしにしても絶対にいいことはない。

仮にお互いの関係に亀裂が走っても、早い方が傷は浅くて済むからな』

 

 

 

「…………わかった」

 

数分の間沈黙して、やっとそれだけ絞り出して電話を切った。

スマホを枕元に投げて、ベッドへ身を投げる。

 

友情を捨てて賭けに出るか。

友情を取って退廃の道を歩むのか。

頭の中でそれらが永遠にぐるぐる回り続け、とてもじゃないけど眠れそうになかった。

 

そしてようやくまどろみの中に落ちたとき、空は既に白んでいた。

 

 

そして話は、冒頭へと帰って来る。

 

 

 

 

 

□ ■ □ ■ □

 

 

 

 

 

「私、ルビィちゃんのこと――」

 

 

 

 

 

「あ~~~~!!!」

 

騙してたの、とは言わせてもらえなかった。

 

彼女が、既に割られているはずのアイスを落としてしまったからだ。

 

 

「うわぁぁぁぁぁん!アイスがぁ…………」

 

「あぁもう……ほら、私のあげるから泣かないで」

 

地面に食べられた無残なアイスを涙目で見つめる彼女を宥めながら、自分の持っていたアイスを差し出す。

 

「ありがとう……

 

 

ところで、さっき何か言いかけなかった?」

 

 

「え?あ、あれは――――

 

 

別に、何でもないよ」

 

「そう?ならいいんだけど……」

 

燃料をかき集めてどうにか火を付けた勇気の炎は、落ちた氷の塊に消されてしまった。

自分自身にそんなしょうもない言い訳をして、「私」の時間は過ぎていく。

 

 

 

 

 

「今日は楽しかったね!」

 

「……そうだね」

 

どうしてこんな気分の時は、いつにも増して時間が過ぎるのが早いのだろう。気が付けば、

日はもう西へと傾いてしまっていた。先程まで真っ青だった空と海は、夕日に照らされて燃えるように赤い。

 

目の前を駆ける彼女の髪がぴこぴこと跳ねる。その光景は、束ねた髪が筆のように、世界を赤く塗りつぶしていっているかのような錯覚を覚えた。

 

「……私、あなたとお友達になれて本当によかった!

今度また、一緒に出かけようね!次はマルちゃんやお姉ちゃんが一緒でもいいなぁ……」

 

 

「……ふふっ、ありがとう。

楽しみにしとくね」

 

隣で嬉しそうに話しかけてくるルビィちゃん。その言葉とても無邪気で、とても嬉しくて、

 

――とても心を締め付けられた。

 

ダメだ。とてもじゃないけど、私には――僕には、とてもこの笑顔を曇らせることなんてできない。

 

 

 

そんなことを考えていた時だった。

 

 

 

 

「――――あっ!」

 

びゅうと、一際強い風が吹いた。

 

その風は、ルビィちゃんの頭から帽子を攫い、海面へと吹き飛ばそうとする。

 

咄嗟に腕を伸ばすもその手は空を切り、体勢を崩した彼女は海へと――

 

 

 

「――――っ、危ない!」

 

 

 

落ちることはなかった。

 

無我夢中で、何をしたのかは自分でもよく覚えていない。

無意識に彼女の腕を引っ張って、そのまま飛んで帽子を掴んで岸に向かって思い切り投げて、

 

 

僕が海に落ちた。

 

 

 

 

「――――ぷは」

 

 

冷たい水の感触。

我武者羅に腕を掻き、海面に顔を覗かせる。

 

「よかった!よかったよぉ…………

 

ごめんなさいごめんなさい、ルビィが不注意だったからあなたが――っ!

 

 

寒くない?大丈…………夫?」

 

帽子をぎゅっと握り締めて、泣きながらこちらを見るルビィちゃん。

 

 

そして、その表情が段々凍りついていくのがわかった。

 

 

「えっ、ルビィちゃん?

一体どうした…………の」

 

彼女の様子が急変した理由に気が付いて、慌てて自分の格好を確かめる。

 

 

いつもなら、肩やうなじにかかる髪の感触。

それがなかった。

 

茶色いウイッグが、遥か沖の方に流されているのが、どうにか確認できた。

 

 

 

「…………」

 

 

ついに、ついに彼女にばれてしまった。

最悪とも呼べる、こんな形で。

 

しばらく無言で見つめ合う、僕とルビィちゃん。

ぴしりと固まった表情を浮かべていた彼女だったが、不意に、

 

 

 

「――――っ」

 

 

一粒だけ涙を零し、何も言うことなく走って行ってしまった。

 

残されたのは、海に浮かぶ女装男子ただひとり。

 

 

 

「――終わった」

 

夕日を仰ぎ見ながら、僕は呟いた。

 

「完全に終わった」

 

あの時ちゃんと伝えていたならば、こんな幕切れにはならなかっただろうか。

 

 

いっそこのまま海を漂って、沖で魚のエサになってしまいたい。

僕は日が沈むまでの間、ずっと波に揺られ続けていた。

 

 

 

 

 

□ ■ □ ■ □

 

 

 

 

 

それから約2週間が経った。

 

あの日から一度も、ルビィちゃんからの連絡は来ないままだ。

まぁ、そりゃ当然だろう。今までずっと騙されてきた相手なんだから。

 

彼女をどれほど傷つけてしまったのかは、想像に難くない。

 

「……お前はそれでいいのか?」

 

向かい合って昼食を一緒に取っている親友がそんなことを尋ねてくる。

 

「――うん」

 

「…………それが納得してる奴の顔かよ」

 

「だって仕方ないだろ。

これは罰なんだよ。偽りの姿で、彼女の気持ちを弄んだ僕へのな」

 

 

僕が彼女の立場でも、怒るか傷付くかするに違いない。

 

これでよかったんだ。

どうあったって、僕は彼女とは結ばれない運命だったんだ。

 

 

「……まぁ、元気出せよ。

女なんて世の中には星の数――」

 

「その話はもう聞いたって。

……大丈夫だから」

 

親友は親友で、彼なりに気を遣っていてくれているらしい。

結果はこんなことになってしまったが、ほんの少しの間だけでも夢を見させてもらえて僕は幸せだった。

感謝こそすれど、恨む理由はない。

今度何かご馳走してやろう。

 

今はまだ新しい人を探す気にはなれないが、そのうち時間が解決してくれるだろう。

 

 

 

 

 

「――――おい、なんか鳴ってるぞ」

 

そんなことを上の空で考えていたら、親友に頬を叩かれて意識が現実に引き戻された。

弁当箱の隣、伏せて置いていたスマホが小さく震えて、机の上から逃げ出そうとしているかのように動いている。

 

普段そうしているようにロックを解除して、通知を確認する。

 

届いていたのは、一通のメッセージ。

 

差出人は――

 

 

 

「――――え?」

 

 

 

 

 

 

 

「…………どうも」

 

「貴方は『はじめまして』?

それとも『お久しぶりです』?」

 

「あ、いや、あはは……」

 

もはや見慣れた、黒澤家のお屋敷の大きな門。

久々に訪れた僕を待っていたのは、いつぞやの時と同じように凛と立つお姉さんだった。

しかし、その視線はいつにも増して厳しい。

 

 

「部屋でルビィが待っています。

ただし、くれぐれもお気をつけて。

あの子は殿方に対する免疫が皆無で、意思の疎通も困難なくらいです。

もし何か変な気でも起こそうそしたら――」

 

「ち、ちょっと待ってください!

別に何もしませんってば!」

 

「……どうだか。

今までずっと私たちに隠し事をしてきたと言うのに?」

 

「それは……」

 

彼女の部屋へ向かいながら、僕はダイヤさんの言葉に答えることができなかった。

ぐうの音も出ないほどの事実。ずっと騙してきた僕の言葉に、信頼できる要素は欠片も残っていない。

 

「…………『貴女』のことは、私自身もとても好ましく思っていただけに、ルビィからその話を聞いた時は少なからず残念に思いましたわ。」

 

次々と投げられる言葉の槍。ルビィちゃんだけでなく、ダイヤさんまで傷つけていたという事実を知って、僕はますます項垂れた。

 

「今日ルビィが貴方に何を話すのか、そこまでは聞いてません。

ですが、再び妹が泣くようなことが無いようにお願いします」

 

そうして着いてしまった、ルビィちゃんの部屋の前。ダイヤさんはいつものように礼をして、その場を後にした。

 

 

 

『おはなししたいことがあります

今日このあと、お時間ありますか?』

 

彼女らしからぬ、簡潔な文章。昼休みに僕のスマホに送ってきたのは、他でもないルビィちゃんだった。

一体何を言われるのだろう。

 

罵声?

非難?

恨み言?

 

最初に来た時以上に震える手で、小さくノックをする。

 

 

 

「ど、どうぞ……」

 

こわばった声が扉の奥から聞こえてきた。

 

意を決して、ノブをひねる。

 

 

「お、お邪魔します……」

 

「ひっ――――」

 

彼女の部屋は、いつも通りのままだった。

しかし、ベッドの上でクッションを抱きしめながら、入ってきた男子高校生を見て小さく悲鳴を上げた彼女は、初めて見るくらい青ざめていた。

 

告白したあの時と、全く同じ顔。

それは、僕らの時間がリセットされてしまったことを示している。

 

「や、やぁ……久しぶり――」

 

「…………」

 

軽く挨拶をするも、彼女はますます強くクッションを抱き、目を泳がせる。

 

そうして、両者の間に会話がないまま数分が経過した。

 

 

 

 

 

「…………あ、あの……」

 

「――っ、本当にごめんなさい!!」

 

「!?」

 

彼女の口が動く瞬間、僕は人生で最も深く頭を下げた。

ルビィちゃんに何を言われるか、怖くてたまらなかったからだ。

 

「今まで騙してて本当にごめん!

今日の今日まで謝らなくて本当にごめん!

ルビィちゃんを――ダイヤさんやおうちの人にまで迷惑かけて本当にごめん!

 

僕、どうしても君と仲良くなりたくて、友達に相談して女装のやり方を勉強したんだ!

女の子の格好だったら、お話したり、色んなところに一緒にいけるかなぁって!

でも男だってばれたら、君に嫌われるんじゃないかって、怖くて言えなかったんだ……

 

言い訳をするつもりじゃないけど、本当にごめん!ごめんなさい――」

 

 

最後の方は思わず涙がこみ上げてきて、声が裏返ってしまった。

ルビィちゃんの顔を見るのが怖くて、頭を下げたままじっと彼女の言葉を待つ。

 

 

 

 

「――――――わ、わたしこそ、ご、ご、ごめんなしゃい!」

 

 

彼女からかけられたのは、僕を責める言葉ではなく、

謝罪の言葉だった。

 

「せ、せっかく帽子を取ってもらったのに、わ、わ、私が海に落ちないようにし、してくれたのに、だ、黙って帰っちゃってほんとうにごめんなさい!」

 

がばっと頭を下げるルビィちゃん。

彼女の言葉が未だに信じられず、僕は顔を上げたまま呆然としていた。

 

 

要約すると、こうだ。

 

あまりにもびっくりしてどうしたらいいのかわからず、あの時は気が動転していてそのまま帰ってしまった。そのことをずっと謝りたかった。

今まで嘘をつかれていたことはかなりショックだったけど、仲良くしてくれたという事実は性別に関係ないとようやく思うことができたこと。

 

そして――

 

「こ、この帽子、マルちゃんからもらったとっても大切な帽子なの……

海に落ちちゃったらもう被れなくなっちゃってたから、あなたが取ってくれて本当に嬉しかったの。

 

 

 

……ありがとう」

 

「そんな、お礼だなんて……」

 

時折どもりながらも、こうして彼女は頑張って僕と会話をしてくれる。

それが嬉しくてたまらなかった。

 

 

そして、更に驚くことがあった。

 

 

「そ、それと……

あ、あの時は逃げたりしてごめんなさい……」

 

「あの時……?」

 

 

 

「る、ルビィ、こここ告白なんてされたの生まれて始めてで……

恥ずかしかったりびっくりだったりで頭いっぱいになっちゃって……」

 

僕の目が驚愕に見開かれる。

 

「あの時のこと、覚えてくれてたの……!?」

 

思い出したのは、濡れねずみと化した僕から逃げて家に帰ってからだったと、ルビィちゃんは小さく頷きながら教えてくれた。

 

 

 

 

「あ、あああのね。あの後色々考えたの……

いっぱい泣いて、いっぱい考えて、いっぱい悩んだの。

 

あなたが男の子だったことにはすごく驚いたし、嘘つかれてたことはすごく悲しかった。

 

――でもね、あなたとアイドルの話をしてた時、すごく楽しかった。

一緒に遊びに行ったり、お買い物をしたりした時、すごくすごく楽しかった。

 

それでね、ルビィ思ったの。

 

男の人は怖いけど、『あなた』は私の大切なお友達だって」

 

クッションをベッドの脇に置き、おもむろに立ち上がると、まっすぐこちらへ近づいてきた。

 

手を伸ばせば届いてしまうような距離。そんな近くで、彼女はがくがくに震えている脚を支えながら向かい合っている僕に――

 

 

 

「も、もう一度――

 

私とお友達になってください!」

 

その小さな手を差し出した。

 

 

 

 

 

「っ、こちらこそ――

 

よろしくお願いします!!」

 

手汗でびっくりするくらいに冷たくなっていたその手を、僕は触れるか触れないかの力で、包むように握り締めた。

 

 

もう彼女と会うために、「私」なんてものは作らなくていい。

 

これからは「僕」が、ルビィちゃんとの仲を深めていくんだ。

 

 

 

 

「…………う」

 

「(……う?)」

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁんやっぱり無理だよぉぉぉぉぉぉ!!!

おねえちゃぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

 

 

「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!結局こうなるわけね!!!

 

ルビィちゃん!誤解されちゃうからあんまり叫ぶのやめてね!!

ダイヤさん呼ぶのもやめて……ちょっ、ダイヤさん!?その長いエモノは一体何――薙刀!?いやいやいやいいですって!錆びになんてなりたくないですって!!だから誤解だってば助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

勿論、男性恐怖症のルビィちゃんのことだ。一筋縄ではいかないかもしれない。

前途多難であるかもしれない。

「友達」から再び始まる僕らの関係の行く末は、良くも悪くもまだわからない。

 

 

でも、

 

 

でも今だけは、

もう少しだけ、彼女の側に居られるこの時間を大切にしていこう。

 

 

彼女と「私」の思い出は、ここでおしまい。

これからは、彼女と「僕」の思い出を、沢山作っていこうと思う。

 




如何でしたでしょうか?
「告白」という言葉を「愛の告白」という意味に限定して解釈するのではなく、少し捻った形で扱ったらこんな内容となりました。

男性恐怖症である黒澤ルビィちゃん。それと仲良くさせるにはどうしたら?
→女装しかねぇだろJK

こんな安易な発想から生まれたお話ですw
所々に笑える要素を盛り込んでみたり、色々と新しい事にも挑戦しています。

企画もまだまだ折り返し。投稿作品はまだまだ続きます。
どの作品も絶対に面白いとお約束するので、最後までお付き合い願えればと思います。
それでは、みなさんにまた読んで頂ける機会を心待ちにしております!!


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高海千歌、恋のお話

「オリ主と9人の女神の奇跡の物語」でお馴染みのキャプテンタディーさんです!By企画主催者


どうもキャプテンタディーです!

今回、ラブライブ!サンシャイン!!の合同二次創作企画に参加し、話を書かせていただきました。

まず、こういう企画に参加するのが初めてなので、凄くドキドキしている自分がいます。

話に関しましては、シンプルな恋のお話です。

キャラがちょっとブレてたり、設定と違うところも多々あると思うので、そこはご了承ください。

長くなってしまいましたがよろしくお願いします!
それでは本編をどうぞ。



これは、私のちょっとした恋のお話。

 

「それで千歌、結局どうするの?」

 

「どうするってなにも…」

 

「千載一遇のチャンスなんだよ千歌!千歌なら出来るよ!やれるだけやってみなよ!」

 

「う…うん……」

 

私の小さい頃からの幼馴染の果南ちゃんと、友達の曜ちゃんに言われて、大きなため息をつく私…。

 

これが私、高海千歌!

 

とここで、私からの重大な発表です!

 

私…高海千歌はある人物に恋をしています!恋だよ恋!私…恋しちゃってるんだよ!?

 

えっ?誰に恋をしてるって?

 

そ…それはちょっと……言えないかな?///

 

性別はもちろん…男性の人だよ!

 

その人は、私が通う浦の星女学院からちょっと離れた共学の高校に通っているみたいなの。

 

えっ?何でそんなに名前とか詳しいのかって?

 

それは知るには、今から2日前に起こった出来事まで遡らなければなりません。

 

 

2日前…

 

 

「おっ、お嬢ちゃん可愛いね〜!』

 

「な…なんですか…?」

 

「俺らと一緒に遊ぼうよ〜!」

 

「や…やめてくださいっ!」

 

本当は果南ちゃんと曜ちゃんと3人お出かけするのに、待ち合わせ場所で待ってたんだけどね…。

 

その間で、とあるチャラい2人組の男が私にしつこく話しかけてきて、私をどこかへ無理やり連れて行こうとしてきたの。

 

「ほら行こうぜ!お兄ちゃんたち、楽しい場所知ってるからさ〜!おいでよ〜!」

 

「やぁ…やめてください〜!」

 

激しく抵抗しても、男に腕を掴まれていたため、私は逃げることもできなかった。

 

早く果南ちゃんが来て欲しいと思っていたけど、それだと私は連れ去られちゃう。

 

だから私は、心の中で叫んだの。

 

 

『誰か助けてっ!!』

 

 

ってね…。それでその心の叫びが届いたの。

 

「あの…何してんすか?」

 

「「あぁっ!?」」

 

チャラい人たちは声の聞こえた方向に首を振り、私もその方向へ顔を向けると、そこには1人の男子高校生がいたの。

 

その人こそが…その僕っていう人だったの…。

 

「その子、とても嫌がってるじゃないですか」

 

「んだとてめぇ!!」

 

「ヒーローごっこじゃねえんだぞ!!」

 

1人の男が怒って、彼に向かって殴りかかったの。私は人が殴られるのが見たくなくて、殴られる瞬間を見ないように目をぎゅっと閉じたの。

 

 

パシッ!

 

 

そしたらそんな音がして、恐る恐る目をゆっくり開けると、殴ろうとしていた男の拳を彼の左手が止めていたの!

 

私はそれを見てびっくりしちゃった!

 

だって、殴るのを止めるのって…凄くない?

 

「余裕だね…こんなパンチ…」

 

「てめぇ…調子こいてんじゃねぇぞこの野郎!」

 

「ぶっ潰してやる!」

 

私の腕を掴んでいた男の人も、私の腕を離して彼の元へと近づいていく。

 

手をボキッボキッと鳴らして、いかにも彼のことをやろうとしている雰囲気を醸し出していた。

 

それでも彼は、余裕の表情を見せていたの。

 

制服のブレザーを脱いで、ワイシャツの袖を捲り、いかにもファイティングポーズをとる。彼は…すごくやる気みたい。

 

すると彼は私に向かって口を動かしていました。声は全く聞こえなかったけれど…

 

 

『安心して、大丈夫だから…』

 

 

って言ってるように口が動いていたの。まるで私を助けてくれる王子様のようだった…。

 

「覚悟はできてんだろうな…クソガキ!」

 

「安心してください。あなたたちは終わる頃には、地面に這いつくばってる頃だと思うので…」

 

「てめぇ!クソガキが〜!」

 

「オラァ〜!!」

 

そしてとうとう喧嘩が始まっちゃった。

 

 

バキッ!ボコッ!ドカッ!

 

 

私にはもうどうすることも出来ないので、そこから離れ喧嘩が無事に終わることを願っていました。

 

そして願わくば、助けてくれた彼に勝ってほしい。

 

「オラッ!」

 

「ぐはっ!こ…この…」

 

「くたばりやがれ!クソ野郎ども!」

 

「ぎゃああああぁぁぁぁ!!」

 

凄い…。その言葉しか出てこなかった。

 

彼は2対1という状況で人数的に不利なのに、2人をメッタメタにしてる。この人…格好いい。

 

そして…決着がついた。

 

「オラァ〜!!」

 

「ぐっ!かはっ…!」

 

彼は男の腹にパンチして、それを食らった男の人はお腹を押さえながら地面に崩れ落ちた。

 

彼は喧嘩する前に言った通り、本当に私に絡んできた2人の男を地面に這いつくばらせていた。

 

「ク…クソが…」

 

「早くここから失せるんだな…」

 

私はこの時、上から目線ってこういうことだったんだなって初めて知った私であります。

 

「ちっ!覚えてろよ!!」

 

あっ、あの男の人たちどっか行っちゃった。私を助けてくれた彼が追い払ってくれたんだ。

 

「君…大丈夫?怪我はない?」

 

そして彼は優しく私の元に駆け寄ってくれた。心配そうに私を見つめて…尋ねてきました。

 

「は…はい!大丈夫です!」

 

私は彼を安心させるように元気よく答えた。

 

「ほっ。良かった…」

 

それを聞いた彼は安心して胸を撫で下ろす。

 

私は、彼のその言動や優しさに触れていって、もうその時にきっと…私は彼に“好き”という好意を持っていたのかもしれない。

 

そんな気がした…。

 

「あの…助けてくれてありがとうございます!」

 

「良かった!それじゃあ…僕は行くね!」

 

「えっ?あ…あの…!」

 

すると彼はそう言って、颯爽とその場から立ち去ってしまった。私は声をかけたけど、声に反応しないで振り返らずに行ってしまった。

 

出来れば色々と話したかったのに…。

 

「んっ?これは…?」

 

そう思っていた時に、地面に小さい手帳のようなものが落ちていた。それは私を助けてくれた人の生徒手帳だった。

 

それを拾った私は、その時に助けてもらった彼の名前を知った。

 

「これって…助けてもらった人の名前なのかな?」

 

「お〜い!千歌〜!」

 

その後、待ち合わせ時間の通りに果南ちゃんと曜ちゃんが来てくれた。

 

「ごめんね千歌。待った?」

 

「ううん大丈夫!でもね私、ちょっと変な人たちに絡まれちゃって…」

 

「えっ!?大丈夫だったの!?」

 

曜ちゃんは私の話を聞いては驚いて、私にそう尋ねてきたから私は彼のことを話した。

 

「うん大丈夫!ある人に助けて貰ったんだ!」

 

「「ある人?」」

 

それで、私は2人がここに来る前に、起こった出来事をすべて話した。

 

チャラい人たちに絡まれ、僕って名前の人が私を喧嘩してまで助けてくれたこと。それを2人に真剣に話したら、2人もすぐに納得してくれた。

 

「大変だったね…それ」

 

「でも、助けてもらって良かったね千歌!」

 

「うん…。それでね2人とも…」

 

私はそして、私にとって大事なことを2人に話す。

 

「あのね…私その人に、その…恋しちゃったかもしれないの…///」

 

「「えぇ〜!?」」

 

2人は最初は信じられないといった表情をしていたけれど、私は2人に話し始める。

 

「だってあの人を見てた時、胸がなんだか凄く熱くなってて…顔も少し熱くなってたの…」

 

「「……………」」

 

私の話を聞いていた2人は、しばらくの間は無言を貫いていた。けれど口を開いた時、私に言った。

 

「それは…“恋”ってやつだね、千歌」

 

「そうだね!千歌、それは“恋”だよ」

 

そんな気がしていたけれど、まさか本当に恋に落ちてしまうなんて思ってなかった。

 

「それで…“告白”するの?」

 

果南ちゃんからその言葉が発せられた。一層のこと、彼に思いを伝えたいと思った私は…

 

「………うん///」

 

「千歌はその人と付き合いたいの?」

 

「……あの人が良いって言ってくれれば…///」

 

私は恥ずかしがりながら首を縦に振ってそう言った。

 

すると私の言葉を聞いた果南ちゃんは、私に向かってこう言ってきた。

 

「よし!じゃあ私が告白の手ほどきを教えよう!」

 

「曜も多少であれば手伝うよ!」

 

「あ…ありがとう2人とも…///」

 

それで2人は私に協力するようになっていって、私が彼に告白できるように色々と教えてくれた。

 

告白の言い方とか、色々な手ほどきを2人からたくさん教わることが出来た。

 

だから告白もすぐに出来る…そう思っていた。

 

だけどそれから2日たった今でも、私は彼に告白できないで今に至っている。

 

告白する勇気がどうにも湧いてこないの。

 

「どうするの千歌?」

 

「うん……」

 

机に突っ伏している私に、果南ちゃんにそう言う。それに続くように今度は曜ちゃんが話し出す。

 

「今こうしている時にも、あの人が別の人に告白されているかもしれないよ?」

 

「…っ!それは…それで嫌かも…」

 

「だったらこうやって、1人でウジウジ考えても仕方ないよ。考えるより行動だよ千歌!」

 

「曜ちゃん…」

 

私を元気づけてくれる曜ちゃん。その笑顔で言われた言葉に、私はなんだか元気が湧いてきた。

 

「そうだね!ウジウジ考えても仕方ないよね!」

 

「そうそう!その意気だよ!」

 

「うん!私、やってみるよ!」

 

曜ちゃんから貰った元気をみなぎらせて、私はあの人に告白する決心をした。

 

生徒手帳を返すのも兼ねてね…。

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜※※※※〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

放課後

 

私は、あの人が通っている高校の校門前まで訪れていた。ちょっと遠かったけどね…。

 

「ここがその彼がいる高校だね…」

 

「うん…。ここにあの人が…」

 

もちろん私の告白を応援しようと、一緒に果南ちゃんや曜ちゃんも付いて来てくれています。

 

「いよいよここまで来たね…」

 

「なにその…ストーリーの最終局面的な台詞…」

 

「いいじゃん別に!気分を盛り上げていかないと、ちゃんと告白出来ないよ?」

 

なぜかテンションが上がってる果南ちゃん。

 

告白をするために手伝ってもらった果南ちゃんや曜ちゃんのためにも、告白は絶対しなきゃ!

 

だって…ここまで来たんだから!

 

私は心の中でそう強く決意を固めた。

 

「まだ学校終わってないのかな?」

 

「きっとそうだね。まだ人が出てくる気配もないし、出てくるまでここで待ってようか?」

 

「うん。果南ちゃんの意見に賛成!」

 

「曜もその意見に賛成!」

 

果南ちゃんの意見に私も曜ちゃんも賛成して、彼が出てくるまで学校で待つことにした。

 

じっと…じ〜っとね。

 

 

そして待つこと5分が過ぎた頃だった。

 

 

「生徒がたくさん出てきたね…」

 

「ちょうど学校が終わったんだ」

 

学校からたくさんの生徒が学校から出てきた。

 

帰宅するのか…どこかへ遊びに行くのかのどちらかだけど、学校が終わったのは間違いない。

 

そんな時、曜が突然声を上げた。

 

「あっ、出てきたよ千歌!生徒手帳に載っている人の顔と同じ人だよ!」

 

「…っ!本当だ!」

 

曜ちゃんの声で私は校門の方に目を向けると、曜ちゃんの言った通り、彼が学校から出てきた。

 

幸いにも、彼は1人。これは絶好のチャンス!

 

「じゃあ2人とも、行ってくるね!」

 

「頑張れ千歌!千歌なら出来るよ!」

 

「うん!頑張る!」

 

手を振ってくれる果南ちゃんや、いつものように敬礼をしてくる曜ちゃんに見送られた私は、彼の元へと勢いよく飛び出していった。

 

私は彼に叫ぶように声をかけた。

 

「あ…あの、す…すみません!」

 

「んっ?」

 

彼は私の声に反応して振り返る。私と目があったとき、彼はハッ!と思い出して私に言い放つ。

 

「あっ、あの時の女子高生…」

 

「はい!この間はありがとうございました!」

 

彼も私のことを覚えてくれていたので、私はこの間のことで彼にお礼を言った。

 

だけど彼は両手を振りながら首も振る。

 

「お礼なんていらないよ。僕は別に…ただ君が絡まれてる前を通りかかっただけだから…」

 

「でも…喧嘩強かったですね!」

 

「まぁ…喧嘩はまあまあ強い方だから、君のこと助けられて良かったよ」

 

「あっ、あとこれを返しに来ました!」

 

私は制服のポケットから彼の生徒手帳を取り出して、彼に差し出した。それを見た彼は生徒手帳が見つかって、少しホッとしたようだった。

 

「良かった!生徒手帳が一昨日からなくなってて困ってたんだよ。ありがとう!」

 

「…っ!ど…どういたしまして!///」

 

彼の満面の笑顔に見惚れてしまいながら、私は彼の精一杯のお礼を受け取った。

 

彼の笑顔って、こんなに眩しいんだなって思った。

 

「それじゃあ…僕はそろそろ行かないと…」

 

だけど彼は、自分の生徒手帳を受け取ったあと、そう言って帰ろうとしていた。

 

「じゃあ…またね…」

 

彼はそう言って歩き始め、私から離れていく。

 

言うんだ私。せっかくここまで来たのに、生徒手帳を返すだけなんてあり得ない!

 

「あの…!待ってください!」

 

私は彼を呼び止めるように叫ぶ。僕くんは私の声にビクッとしてこちらに振り向く。

 

「えっと…何ですか?」

 

恐る恐る尋ねてくる彼に、私はこう話す。

 

「私、あなたに話があってここに来ました!」

 

「……………」

 

私が彼に向かって強い口調でそう話すと、彼はいつの間にかあの時の真剣な表情を見せた。

 

彼は無言のままじっと私のことを見つめていた。

ていうか見つめられると何だか凄く恥ずかしい///

 

私をじっと見つめていた彼は今度は周りを見渡す。私もそれにつられて周りを見回すと、まだ他に生徒がたくさんいた。

 

それを見越した彼は私にこう言ってきた。

 

「人が多いので、どこかで話せるところへ行きましょう?それならあなたも話せると思うので…」

 

私を気遣ってそう話してくれた彼。

 

私はその彼の優しい気遣いに甘えようと思った。

 

「はい。そうしましょう」

 

「じゃあこっちに。ゆっくり話せる場所を知ってるので、僕についてきてください」

 

彼に言われるがまま、私は彼のあとについて行った。やっと言えるんだ。

 

彼に…やっと告白することが出来るんだ!

 

 

 

〜※〜

 

 

 

彼について行ってたどり着いた場所は、閑静な住宅街にある、とある小さな公園だった。

 

「ここ…ですか?」

 

「うん。僕の家から近いってのもあるけれど、ここなら話せるでしょ?あんなに人がたくさんいる前で話すのも嫌でしょ?」

 

確かに…たくさんの人の前で言うのも気が引けるというか…気まずいような感じがする。

 

「立ってるのもなんだから、ベンチに座ろう?」

 

「はい!」

 

私と彼は近くにあったベンチに座る。ベンチにはまだ余裕があったけれど、私と彼との距離は、少しだけ空いていた。

 

「それで…僕に話しって何かな?」

 

そして彼は、話したいことがあると言った私に問いかけてきた。

 

途端に私の心臓は、ドクンッ!ドクンッ!と脈が早く打つようになっていく。

 

緊張しているという証拠だ。

 

 

ドクンッ!ドクンッ!ドクンッ!ドクンッ!

 

 

静まれっ!静まれ私の心臓っ!

 

早くなっている鼓動を鎮めようと、私はゆっくりと深呼吸を数回行った。

 

その様子を隣で見ていたは彼は、心配そうに私に話しかけてきた。

 

「あの…大丈夫ですか?」

 

「はい!大丈夫なので気にしないでください!」

 

「は…はぁ……」

 

心配そうに声をかけてきてくれた彼を私は制して、深呼吸を終えた私は再び彼に向き直る。

 

「それで…私が言った話のことなんですけど…///」

 

「うん。どういった要件かな?」

 

少しばかり興味津々な表情を見せて私を見つめてくる彼。その彼に私は…思い思いに彼に言い放った。

 

 

「私!あなたの事が、好きなんです!///」

 

 

「………えっ?」

 

彼の第一声はキョトンとした声だった。

 

彼を見ると興味津々な表情だったのが、いきなり私が話したのを機に驚きを隠せない表情を見せた。

 

「えっと…君が…僕のことが好き?」

 

「はい!あの時に助けてもらった時に、私…あなたに一目惚れしてしまったんです!」

 

「喧嘩までして、君を助けた時だね?」

 

「私を喧嘩してまで助けてくれて、凄くかっこよかったです。それからなんです、私があなたのことを好きになってしまったのは…」

 

「………なるほど…」

 

私は彼を好きになった理由を、彼に全て話した。彼は無言のままじっと話を聞いてくれた。

 

そして彼は私に口を開く。

 

「………ありがとう。君の僕への好きという気持ちは、心に気持ち良く響いたよ」

 

「良かったです…」

 

私は彼の話を聞いてホッとした。気持ちはとてもではないけれど伝わったみたい。

 

でも彼はそのあと、私に向かってしんみりとした表情でこう言い放ったのだ。

 

その言葉は、私にとって非情なものだった。

 

 

「でも…僕はそれに応えられない…」

 

 

「…っ!そう…ですか…」

 

この瞬間…私の恋は終わったんだって思った。

 

彼への思いは届かなかったというのと、全くといって同じようなものだった。

 

彼は口を開いて話を始めた。

 

「でも君の好きという気持ちは届いた。それはとても嬉しかった。でも僕はそれに応えられない。言い方を変えれば、僕は君を大切にすることができないと思ったんだ…」

 

様々な思いが彼の頭の中で混ざりあって、考えて導き出した答えがそれだった。

 

彼にも色々と迷っていたみたいなんだなと、この時に初めてそう感じた瞬間だった。

 

すると彼は私にこう言ったの。

 

「君は…とても可愛いよ」

 

「えっ!?そ…そんな…///」

 

「だから、君は僕よりももっと素敵な人に出会えると思う。僕はそう思っている」

 

彼は、自分を下卑しているように思える言葉なんだけど、なぜか私は、その言葉にどう言えばいいのか分からなくて、どうする事も出来なかった。

 

そして彼はベンチから立ち上がり話を切り出す。

 

「これで話は終わりだから、僕は行くよ。君が素敵な人と出会えることを楽しみにしてるよ…」

 

そして彼はそう言い残し、私をその場に置いて、公園から立ち去ってしまった。

 

でも彼が立ち去る際に、少しだけ申し訳なさそうな表情をしていたような気がした。

 

でもそれよりも…この思いがあった。

 

 

私の恋は…終わってしまったんだという事を…。

 

 

そう考えてしまうと…心が苦しくなる。

 

恋に失敗すると、こんなにも悲しいものなんだなって、私は初めて分かった。

 

 

ポロポロ…ポロポロ…

 

 

いつの間にか私の目から涙が溢れてきて、頬を伝って地面に落ちていく。

 

「うっ…うぅ…ううぅぅ…!」

 

我慢が出来なくなって声に出して泣いてしまう。

 

「失敗…しちゃったね、千歌」

 

「ぐすっ…果南ちゃん…」

 

泣いている時に、私についてきた果南ちゃんと曜ちゃんが慰めようと寄ってきてくれた。

 

「こういう時もあるさ千歌!下を向かないで上を向こう!彼も言ってくれてたじゃん!」

 

「うんうん!千歌には、もっと素敵な人に出会えるって!千歌の恋はまだ終わってない!」

 

果南ちゃんは私の涙を拭い、元気つけてくれた。

 

「だから千歌、もう落ちこまない…」

 

そして曜ちゃんも、私を元気付けてくれた。

 

そうだね。彼は私に可愛いって言ってくれた。

もっと素敵な人に出会えるって言ってくれた。

 

今は彼の言葉を信じよう。そう思った私である。

 

「よしっ!じゃあ2人とも…帰ろう!」

 

「「うん!」」

 

私の声に2人はともに返事して、私と果南ちゃん、曜ちゃんの3人は家に向かって足を運んだ。

 

その途中、果南ちゃんはこう切り出した。

 

「そうだ!千歌が頑張ったご褒美に、何か美味しいものを食べさせてあげよう!」

 

「本当!?やった〜!ありがとう!」

 

果南ちゃんがご褒美をくれると聞いて、私は嬉しくてはしゃぎ出す。それを見ていた曜ちゃんは、苦笑いを浮かべて私を見ていた。

 

そして私たちはそこに向けて足を運び始めた。

 

 

 

私の1つの恋は終わり、新たな恋に向けて、再び全力疾走で走り出します!

 

高海千歌なのでした!

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございます!
至ってシンプルな恋物語でしたね(笑)

ではまず先に、今回このような企画に参加ささてくださいました鍵のすけさんにはとても感謝しています。今回は本当にありがとうございます!

このような企画に参加することがなかった自分には、今回参加して良い経験になったと感じました。


さて、まだ企画は続きます。
他のラブライブ!作家陣が書くお話が、次々と投稿されますので、皆さん是非、ご覧になってください!

ご覧にならないとおやつにするぞ!(・8・)


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ルビィをからかってもだいたいヨハネが貧乏クジを引くことになる話

「ラブドライブ!〜女神の守り人〜」や「噂の魔法少女と…」でお馴染みの希ーさんです!By企画主催者


初めまして希ーです!


とにかくやりたいようにやりました。反省も後悔もしていない←
箸休め的な作品になれればいいなぁ、と思っております。

それではどうぞ


ここは浦の星女学院。静岡県沼津市内浦に所在する女子高である。廃校することが決まっているこの学校だが、ここには〈Aqours〉という名のスクールアイドル達がいるのだ。そして今、そのグループのメンバーの中の3人が部室で何やら集まっていた……。

 

 

 

 

 

 

 

「お話ってなぁに、善子ちゃん?」

 

 

彼女は黒澤ルビィ。浦の星女学院の1年生で〈Aqours〉のメンバーの1人。男性が苦手で「男は父親としか話したことがない」というまるで都市伝説みたいなことを言う女の子。

 

でも真実だから仕方ない。「小学校とかに男の先生居なかったの?」とか聞いちゃいけない。例え居ても話してないんだからセーフなんだ。彼女は穢れなき天使なのだ。

 

 

「実は貴女に告白が………って、善子じゃなくてヨハネよ!ヨ・ハ・ネ!」

 

 

もう1人の少女の名前は津島善子。厨二病。

 

ルビィと同じ1年生でヨハネと名乗っているが住民票は津島善子。出席簿も津島善子。保険証だって津島善子。この学校を受験する時、身を切る思いで解答用紙の名前欄に〈津島善子〉と書いた哀しい過去を背負っている、自称・堕天使である

 

 

そしてそんな2人をイスに座ってコーヒー啜りながら見守っているようでそこまで気にしていないのが3年生の小原鞠莉。金目鯛のシャイ煮。

 

 

「そんなことより、一体どうしたの?」

 

 

今日は早く帰って昨日の夜中に録画したアイドル番組を100回リピートしなければならないというのにこの堕天使(笑)に捕まってしまった。さっさと終わらせたいから別に善子だろうが四隅だろうが吉田だろうがルビィにとってはなんだっていいのだ。

 

 

「そんなことって何よ!?全く、失礼しちゃうわ!」

 

 

失礼なのは呼び止めたテメェだこの野郎……とか思ってしまったが決して口にはしない。何故ならルビィは天使だからだ。天使のルビィはこんな堕天使擬きの話しも聞いて差し上げるのだ。流石は天使のルビィだ。

 

 

「……心して聞いてね?ルビィちゃんには……ショッキングな内容…だから…」

 

 

無駄に溜めてくる堕天使に内心イライラしながらも笑顔を崩さずにいる天使・ルビィ。そしてヨハネは下を向き、徐に口を開いた

 

 

 

 

 

「実は………ルビィちゃんとダイヤちゃんは、本当は姉妹じゃなかったの!!」

「………は?」

 

 

おっと、少し口が滑ってしまった。だって目の前の()天使が妙なことを言ってるものだから。なんてふざけた告白だ、私とお姉ちゃんが姉妹じゃない筈がないだなんてあり得ない。確かに髪の色は似てない。てか、姉黒なのに妹赤とか遺伝子どうしたの?って感じではある。でもありえない……。だってお姉ちゃんが1人で部屋で腕時計みたいなの付けて「レッツモーフィン!」とか訳わかんないこと叫んでいたのだって知ってるし、そんなことアリエナイ……。一時期手鏡を持って「ウルトラマン絶許」とかなんとか言ってたのだって知ってるし……そうだ絶対にアリエナイ…アリエナイ………。性格だって似てないけど…スタイルも似てないけど…ルビィに対して物凄く厳しいけど……。でも、でも……まさか…!?ルビィの中で様々な思いが、走馬灯のように廻っていた……。

 

 

 

 

 

 

 

一方ヨハネは、心の中でクスクスと笑っていた。もちろん今言ったことは嘘である。彼女曰く堕天使・ヨハネがリトルデーモンに贈るちょっとした不幸を感じさせるイタズラらしい。まぁ、こんなことをしてもルビィなら許してくれるだろうと思って彼女に対して実行したのだ。例え怒ったとしてもヨハネの罪の口付け(Guilty Kiss)でもすれば絶対許してくれるだろう……。そんな甘い考えでこのイタズラを実行したのだ。でも、そろそろネタばらしをするには丁度良い頃合いだろう。そう思ったヨハネは堕天使スマイルを浮かべて顔を上げた。

 

 

「なぁーんて冗談よ、冗談っ!どお?ヨハネのちょっとした不幸はぁ………ってあれ?」

 

 

しかし、ルビィの姿は既に部室には無かった。辺りを見回しても居るのは鞠莉だけ。

 

 

「ル、ルビィちゃんは何処に…?」

「ああ、絶望した顔をして涙目になりながら出て行っちゃったわよー」

「えっ、何時の間に?」

「〔なぁーんて冗談よ、アメリカンジョーク!〕って言う5秒前くらいから」

 

 

アメリカンジョークなんて言ってねぇよ。とか思いながら、ヨハネにある考えが浮かぶ。……もしもこのことがダイヤに知れたら…?普段は妹であるルビィに厳しい彼女だが、実際ルビィのことを誰よりも大切に想っているのも彼女である。こんなイタズラして泣かせただなんて知られたらどんな制裁を受けるか分かったものではない。

 

 

 

や ば い

 

 

 

これは非常にマズい。そう思い冷や汗ダラダラになったヨハネはイスから勢いよく立ち上がって部室を飛び出して、ルビィのことを捜しにに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、運に見放されたヨハネがルビィを見つけられるだろうか?

 

 

 

 

 

 

答えは無理である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だ…嘘だ…嘘だぁ……」

 

 

ルビィはグラウンドの木の下に座りそんな言葉をポツポツ呟いて涙を流している。ヨハネから聞かされた「ルビィとダイヤは姉妹ではない」という嘘を信じてしまい、ショックで意気消沈となっていたのだ。厳しい姉だが、誰よりも大好きな姉であることに間違いはない。そんな姉が実は本当は姉妹ではなかっただなんて、何よりも知りたくない事実であった……。

 

そんなルビィの元に、2人の少女が近付いてきた

 

 

「あれ?ルビィちゃん」

「どうかしたの?」

 

 

高海千歌と渡辺曜。2人は浦の星女学院の2年生で千歌は〈Aqours〉のリーダーだ。因みに言うと、千歌、曜、ルビィの3人でユニット〈CYaRon!〉が完成する

 

 

 

「えっと…実はね…」

「あ、わかった!みかんだね!みかんが食べたいんだね!」

 

 

 

んな訳ねぇだろみかんオタク。心の中で千歌に対してそう毒突きながらも苦笑いして「違うよ」と返す。だが、千歌はそれでもみかんを勧めてくる。どんだけみかん食わせたいんだコイツは…?などとルビィが思っていると、曜が自信満々な顔で彼女の前にしゃがんだ。

 

 

「大丈夫だよルビィちゃん、曜に任せて!」

 

 

 

そう言ってニッコリと笑顔を見せてくる曜。どうやら彼女はルビィの心中を察してくれたようだ。ルビィは〈CYaRon!〉にまともな人が居てくれたということに喜びを感じてまた涙が出そうになっていた。

 

 

 

 

「曜ちゃん…!」

「はい、はっさく!あと、ポンカンもあるよ!」

「」

 

 

一瞬でも彼女を信じた自分が愚かだった。鞄からはっさくとポンカンを取り出してルビィの前に置いていく曜。そしてそこに更にみかんを並べていく千歌。目の前で繰り広げられる柑橘類・オン・パレードに段々と頭痛を感じてくるルビィ。どうせならポテトを出せよ…とは思わずにいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_______________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

適当なことを言ってから柑橘類タッグと別れたあと、ルビィは次に屋上に来て空を見上げていた。するとそこに、これまた2人の少女がやってきた

 

 

「あれ、ルビィじゃん?何してるの?」

「こんなところに1人で居るだなんて珍しいね」

「果南ちゃん、梨子ちゃん…」

 

 

松浦果南に桜田梨子。2人も〈Aqours〉のメンバーだ。果南は3年生で巨乳………チッ。梨子は2年生で、おそらく貧乳の部類に入るだろうとルビィは推測している。きっと勝てる、ワンチャン有りだと。

 

まぁ、そんなことは置いておき、ルビィは果南と梨子に事情を話した。

 

 

「あー……善子の言葉を鵜呑みにしちゃったんだね…」

「よっちゃんたら…変な嘘吐いちゃって、困ったものね」

 

 

2人はヨハネが言ったことは嘘だと言って苦笑いしている。しかし、信じ込んでしまっているルビィにはそれを信じることこそ難しかった。

 

 

「で、でも、本当に善子ちゃんの言う通りだったら…?そしたら…ルビィは…ルビィは…!?」

 

 

また不安になって来て涙が溢れそうになるルビィ…。そんな彼女の頭に果南は優しく手を乗せた。

 

 

「果南ちゃん…?」

「もしダイヤが本当のお姉ちゃんじゃなかったら、どうなるの?」

「え…それは……」

「例えルビィとダイヤが血が繋がってなくても、2人が互いを大切に想い合ってるのは変わらないんじゃないかな?」

 

 

果南のその言葉を聞いてルビィはハッとした。例え血の繋がった本当の姉妹じゃなくても、自分がダイヤのことが大好きなのは決して変わらないと。優しくルビィに微笑む果南と梨子。2人の暖かさに触れ、詰まらないことを考えていた自分が馬鹿らしくも思えた。

 

 

「ありがとう、果南ちゃん……ルビィ、どんなことがあっても、お姉ちゃんのこと大好きでいるね!」

「うん、その意気だッ」

 

 

元気を取り戻したルビィはハツラツと屋上をあとにした。その後ろ姿を、果南と梨子は微笑ましいものを見る目で見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

ルビィはダイヤの居るであろう生徒会室へ向けて歩いていた。真偽を直接確めに行く為である。しかし、少し不安も残っており時折足が止まってしまう。いくら先程果南に言われた通りとはいえ、もし本当に姉妹で無いんと言われたら………。葛藤しながらも少しずつ歩んでいると、ルビィの前に1人の天使が現れた。

 

 

「ルビィちゃん!」

「マルちゃん!」

 

 

彼女は国木田花丸。ルビィと同じ1年生で〈Aqours〉の仲間。そしてルビィにとって大親友であり大天使である。花丸は大天使。とにかく大天使。異論は認めない。それくらいにルビィは花丸大好きなのだ。

 

 

「今日は早く帰って録画したアイドル番組鬼リピートするだよね?」

「うん、そのつもりだったんだけど……あれ?ルビィ、マルちゃんに言ったっけ?」

「ん?ああ、勘で言っただけだよ。決してルビィちゃんの携帯に盗聴器仕込んだりとかしてないから安心してほしいずら」

 

 

なんか安心出来ない発言が聞いて取れたがとりあえずはスルーしよう。そしてルビィはこれまでのことを話そうとしたが……。

 

 

「実はねマルちゃん……」

「あ、大丈夫。もう事情は知ってるずら。既にDNA鑑定してルビィちゃんとダイヤちゃんが姉妹であることは実証済みずら」

「えぇ…」

 

 

流石のルビィもこれには引いた。本当に何時の間にだよ?あの堕天使のカミングアウトからまだ1時間も経ってない筈だぞ?おっとりした感じの花丸からは想像出来ない驚異の行動力は彼女を軽く戦慄させることになった。とはいえこれでルビィとダイヤが姉妹であることは確実。ルビィは花丸に対して若干苦笑いしながらお礼を言った。

 

 

「お礼なんていいずら。………それよりも、オラには殺るべきことがあるずら…」

「殺る…べきこと?」

 

 

そう言ってルビィに背を向けた花丸。なんか字がおかしいし、身体中から殺気ビリビリ出てるし、拳ギリギリ握ってるしでヤバい感じしか伝わって来ない。

 

 

「ルビィちゃんを泣かせたあのクソ厨二病に鉄拳制裁ずら…!!」

「え、ちょ、マルちゃん!?」

「ルビィちゃんの涙は宝石よりも価値あるもの!!それを流させ、舐めていいのはオラだけ!!なのにそれをしょうもない嘘で流させるなんて、決して…決して許さないずらああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!」

 

 

 

マジかぁ……。怒りの叫びと共に疾風烈火の如く走り出した花丸。捕まれば確実にヨハネは堕天使どころか仏になるだろう。ヨハネ逃げて超逃げて。そしてとりあえず携帯は捨てようと思ったルビィであった。

 

 

 

 

 

「あら?ルビィ、そこで何してるの?」

「ッ、お、お姉ちゃん…!」

 

 

突然背後からかけられた声。その主は黒澤ダイヤ。今まで話題に出ていたルビィの姉である。

 

 

「えっと…その……ね」

「何?言いたいことがあるなら、はっきりと言ってみなさい」

「お、お姉ちゃん…!」

 

 

ダイヤの登場に驚いて少しオドオドしてしまうルビィ。そんな彼女にダイヤはちょっと厳しめの言葉をかけた。ルビィは意を決してスカートをぎゅっと握ってダイヤの目をまっすぐに見る。今一番伝えたいと思っていることを告白する為に……。

 

 

 

「お姉ちゃん………大好き!」

 

 

ルビィは軽く跳ねてダイヤにへと抱き付いた。突然のことに驚いたダイヤ……しかし、ルビィのことを突き放したりはせず、逆に微笑んでその頭を優しく撫でる。

 

 

「まったく……いきなり何ですの?」

「えへへ…何だか、どうしても伝えたくなって…」

「………そう」

 

 

ぎゅっと抱き合うダイヤとルビィ。その光景はとても微笑ましく、まさに仲の良い姉妹といったところだった。

 

そしてその様子を隠れて涎を垂らしながらカメラで盗撮する梨子。その光景は恐ろしく、まさに音ノ木坂出身のエリートレズといったところだった。

 

そして梨子の後ろには息切れ切れで倒れている果南。その光景は艶やかで、まさに事後といったところだった

 

 

 

(わたくし)も––––––」

「えっ?お姉ちゃん…?」

「ッ……な、何でもないわッ」

 

 

小声で何かを呟いたダイヤ。その小さな声はルビィには聞こえなかったようで何を言った彼女は尋ねたが、ダイヤは教えてくれなかった。

 

 

 

でも……言葉にしなくても、ルビィにはきっと伝わっている筈だ。ダイヤのその告白………

 

 

 

 

 

 

 

 

––––私もルビィが、大好きよ––––

 

 

 

 

 

 

 

………と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、ちょ!?マ、マルちゃん許して…!?」

「問答無用!ずらああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!!!!!!!!」

「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!???」

 

 

 

 

 

 

 

一部生徒によるとその日、校舎裏で何か大きな叫び声が聞こえたらしい。詳細は不明である。

 

 

 

 

〈完〉




いや、悪気しかないんだ。本当にごめん←

いやぁー、最初は普通に恋愛的な告白にしようかと思ったんですよ。でも、それは自分らしくないと思ってこんな話になりました。どうしてこうなった?どうしてこうなった?←

イチャイチャ話の多い中、ちょっとした箸休めになれたでしょうか?


次のまたたねさんはきっと素晴らしい話を見せてくれるでしょう!絶対凄いはずですよね!期待大ですね!楽しみですね!


またたねさんのハードを上げたところで私はこの辺で……


今回はこの様な企画に参加させて頂き、ありがとうございました!


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3度目

「ラブライブ! ─ 背中合わせの2人。─」でお馴染みのまたたねさんです!By企画主催者


どうも、初めましての方は初めましてまたたねと申します!
普段は「背中合わせの2人。」という作品を書いております。
今回初めてサンシャインの小説を書いてみて、µ’sとは全く違うキャラの扱い方になかなかの苦戦を強いられましたが非常に楽しく書き上げることができました。
私らしい、『ラブライブ!サンシャイン‼』を描けたのではないかな、と思います。
少しでも私の作品を面白いと思っていただければ嬉しいです。
それでは、よろしくお願いします。


 1度目の告白は、夕暮れに染まる河川敷で。

 ただがむしゃらに、心の底から溢れ出す君への愛を叫んだ。

 

 

 2度目の告白は、雪の降る噴水広場で。

 これからの未来を、君の隣で過ごしていきたいと叫んだ。安物しか買えなかったけど、気持ちだけは誰に負けないほど詰め込んだ“誓い”を手に。

 

 

 

 3度目の告白は─────

 

 

 

 

 

 

「ねえ()()()!起きて、もう朝よ?」

 

 2月のある休日。

 アメリカの大手企業に勤める至って普通のリーマンである俺は恋人の声で目が覚めた。

 

「んぁ……まだ寝させてくれよ……マリー」

 

 俺の恋人…マリーこと小原鞠莉(おはらまり)はイタリア系アメリカ人の父と日本人の母との間に生まれたハーフで金髪に金色の瞳……そしてモデルのような体つきをした美女。

 

「だって今日はアナタの久々の休み!さぁ早く起きて!遊びに行きましょ!」

「お前……久々の休みだから俺をゆっくり休ませてくれるっていう選択肢は」

「無いわよ?」

「デスヨネー……」

 

 彼女の魅力はその天真爛漫さ。やると決めたことは絶対に曲げず、どこまでも“我が道を行く”チャレンジャー。

 ……最も、今日だけはそのポリシーの対象から俺を外していただきたい。

 

「……おやすみ」

「ちょっとおおおおお!?何で寝るわけ!?」

「昨日何時に帰ってきたか知ってるだろ……?」

「夜中の2時だったわね」

「で、今は何時だ?」

「朝の5時よ?」

「そーだよな!だって外真っ暗だもん!!まだ外も暗いこんなクソ寒い時間帯に起こすんじゃねぇ!軽い迷惑だわ!!」

「だって!だってだってだって!アナタが休みだと思ったら……夜も眠れなくて……てへっ」

「ふーん」

「扱い雑っ!」

 

 知らん知らん。俺は今眠りたいんや。

 例えそれが愛するハニーからの頼みでも今この時だけは寝る。そう決めたんや。

 ……因みに俺は関西生まれでもなければマリーほど頑固でもない。

 

「へー、そんなことしちゃうんだー…えいっ!」

「おわっ!?ちょ、マリー!?」

 

 するとマリーは俺の布団の中へと潜り込み、俺へと抱きついてきた。

 

 そして俺の顔と文字通り目と鼻の先まで己の顔を近づけ───

 

 

「────これでも、ダメ?」

 

 

 照れたように少し頬を赤らめて俺に言う。

 ……ズルい奴だ。これをされると俺が逆らえないことを知ってるくせに。

 

 はぁ、と溜息をついて俺は彼女の金色の髪を撫で、指ですくように触れる。

 

「……いいよ。でも8時。8時まで寝させて」

「やったぁ♪ありがと!じゃあ朝食作って待ってるから!」

「え、まだ早す」

 

 俺の言葉を最後まで聞くことなくマリーは寝室を出てキッチンへと向かって行ってしまった。俺の起床まではあと3時間もあると言うのに。

 

「……ふふっ」

 

 そういうところが可愛いと思ってしまうあたり、俺が彼女をどれだけ愛しているのかが窺い知れるのではないだろうか。

 そんなことを考えながら俺は2度目の眠りについた……先ほど抱きしめられた時に残ったマリーの香りを感じながら。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、今日はどこに行く??」

「いや、君が言い出したんだから君が決めてよ」

「もーう!いっつもそればっかじゃない!たまにはアナタが決めてよ!」

 

 時刻は8時半。マリーが作ってくれた朝食を食べながら俺はやや寝ぼけた頭で彼女の話を聞いていた。

 

「んー、じゃー、えーっと、あ、買い物」

「何の?」

「……食料品?あ、あとキッチンペーパー切れかけてたよ」

「それじゃデートじゃないわよぉーぅ!!」

 

 うーん、いっつも彼女が行きたいところに行って、彼女が食べたいものを食べて……ってしてきたからいざ自分で決めるとなるとなかなか難しいんだよなぁ。

 

「……はぁ…あの時はこんな人だとは思ってなかった…」

「ん、なにが?」

「……ほら、アナタが私に…」

「……あぁ、あの日か」

 

 懐かしい話だ。

 俺が彼女に想いを告げた────

 

 

 ───“1度目の告白の話”。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 俺の恋人、小原鞠莉は高校時代にスクールアイドルをやっていた。

 静岡の浦の星女学院という廃校の危機を迎えたその学院で、彼女たちは見事な輝きを放ち…伝説まで上り詰めた“女神達”と遜色ない存在として語られるようにまでなって。

 

 じゃあ俺は何をしていたとかというと……彼女達のプロデュース。当時大学1年生だった俺は、高海千歌という俺の幼馴染が始めたこのアイドル活動に成り行きで参加することになったのだ。

 まぁそんな感じで俺も関わることになったそのアイドル活動の中で俺は……

 

 小原鞠莉に、恋をしたのだ。

 

 今思えば一目惚れという奴だったのかもしれない。

 初めてメンバーの皆にあった時から俺は彼女の事を可愛いと思ったし、いつしか俺の目は頑張る彼女を追いかけることになっていて……

 気づけば俺の頭は、彼女のことしか考えられなくなっていた。

 しかし当時の俺は自分に言い聞かせ続けるのだ……相手は年下だ、と…一時の気の迷いだ、と。

 

 そんな思いは3月のある出来事によって脆くも崩れ去る。

 

 

『小原鞠莉は高校卒業と共にアメリカへ帰国する』

 

 

 この事実を千歌から聞かされた時、途方もない虚無感が俺に襲いかかった。

 

 

 居なくなるなんて考えたことなくて

 

 会おうと思えば会えるんだと思ってて

 

 『もう会えない』と自覚した瞬間───

 

 俺はすぐに家を飛び出した

 

 

 どこにいるかなんてわからない、知らない。

 それでもただひたすらに会えると信じて俺は走る。

 運命ならば、逢えるはず。

 そんな非現実的な何かに縋ってでも彼女に会いたくて。

 

 

 そして────見つけた

 

 

「───鞠莉!!」

 

 

 夕暮れに染まる河川敷、1人歩く彼女を

 

 

「……あら、どうしたの?」

「……やっと……見つけ……た……」

「そ、そんなに息切らして……私に何か用?」

 

 

 言うんだ 決めたから

 

 

「────俺は君が好きだ!!」

 

 

「ふぇええっ!?ちょ、ここ人沢山っ……!」

「君が行く場所なら、どこへだってついて行く!今すぐには無理だけど、絶対にアメリカに行く!!だから!!

もし俺が来年アメリカの大学に編入出来たなら!!

────俺と付き合ってください!!!」

 

 

 誰が聞いてようが関係ない。

 何も言わずに君が行ってしまうことの方が俺にとって耐えられないことだったから。

 そして彼女は俺の言葉を聞いて、ただ一言。

 

 

「────はい?」

 

 

 惚けたような顔でそう言うだけ。

 

 

「えっ、だから……俺と」

「付き……合う?」

「……うん」

「……………………」

 

 しばらくの間目をパチパチとさせて……

 

「……ふふっ、あははははは!」

 

 彼女は声を上げて笑う。

 

「……本気、なんだけど……」

「い、いやだっていきなりこんな告白されるなんて…!あはははは!」

「……………………」

 

 彼女に笑われて初めて自分がしたことの恥ずかしさに気づいた。

 ただただ夢中に愛を叫んだあの行為、冷静さを取り戻した今になって猛烈な羞恥に襲われる……今すぐにこの横を流れる川に身を投げてしまいたいほどに。

 

「…はー、久し振りにこんなに笑ったわ。ええ、いいわよ!」

「そーだよね、俺なんかじゃ……え?」

 

 彼女は満面の笑みで俺に歩み寄り

 

 耳元に優しく囁く

 

 

 

 

「───待ってる、会いに来て」

 

 

 

 それだけ言い残して、彼女は俺に背を向け行ってしまった。

 残された俺は1人呆然と立ち尽くし、時間が経つと共に鞠莉から言われた言葉に実感を持ち始めて…

 

 

「ぃよっしゃああぁぁぁぁぁあ!!!」

 

 

 河川敷を吠えながら走る。

 やってやる。彼女に会うためならなんだって!

 

 

 

 1年後、死ぬ気の猛勉強を重ねた俺はアメリカの大学の編入試験を受け見事に合格し、見事彼女と結ばれることになったのだ。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「あの時はカッコよくて行動力がある人だと思ってたのに、はぁ……」

「……何だよ、今はヘタレで意気地なしって言いたいのか?」

「あら?そうじゃないの?」

「……何も言い返せません」

 

 事実普段の俺はマリーに告白した時のような行動力はなく、やらずに後悔することの方が多いまである。あの時あんな芸当ができたのはもはや奇跡としか言いようがない。

 

「あ、そーだ!今日はあそこに行きましょ!」

「んぇ、どこ?」

「いーからいーから!ほら、早く行くわよ!」

「ちょ、まだ俺、飯っ!飯の途中!」

 

 食事中だった俺の目の前の皿は無残に片付けられ、俺は寝間着のまま本当に外に引き摺り出されることになったのである。

 

 

 …本当に少しは周りを見ようぜ、マリー……

 

 

 

 

「ぶぇっくしょぉぉい!!う゛ーさぶっ」

「……アナタもう少しくしゃみの仕方どうにかならないの?」

 

 あれから本当に出発しかけたマリーを何とかして引き止め、“キチンと”仕度をしてから改めて家を出た。アメリカの2月は日本のそれよりも寒く、着込まなければ凍死してしまうのではないかというほど。それは言い過ぎか。

 

 

「んぁー、なんだってこんなクソ寒い日にどっか行くんだよー……。家で2人でゴロゴロしてても良いじゃんかー」

「あ、それもアリだったねー」

「おぉ!じゃあ今からでも……」

「それはナシ」

 

 うん、知ってた。

 

「っていうか今日は君にとっても久々の休みだろ?明日からの“仕事”大丈夫なのか?」

「だーい丈夫大丈夫っ!このマリーに不可能はないわ!」

 

 そう言いながらマリーは“かけていたサングラスを取り”、俺にウインクをして見せた。

 彼女の職業は……“女優”。

 まだまだ新人のレベルだが世間の扱いは全くそんなこともなく、彼女の人気は凄まじいものになっている。

 彼女が持つ美貌と抜群のプロポーション……

 そして一度見たら忘れられない彼女の口癖通り“シャイニー(光り輝く)”な笑顔。

 そんな彼女が初めて主演を務めた映画は大ヒット、新人を主演起用した映画の中で歴代最高利益を叩き出した。

 

 故に彼女は今ベージュのニット帽を被り、サングラスで目元を隠して外を出歩いている。

 ……でもコレ、意味あるの?

 どっちかっていうと隠さなきゃいけないのは目元よりもその誰よりも綺麗な金色の髪だとおもうんだけど。違う??

 

「まぁ君が大丈夫なら別に良いんだけど……んで、今日はどこに行くワケ?」

「まだわからないの?ここまで来て」

 

 俺の質問に、マリーは頬を膨らまして拗ねてしまった。

 

「えぇ、だって…………って……“ココ”……」

「わかった?」

 

 わかったもなにも、ここはマリーにとっても…もちろん俺にとっても忘れられない場所で。

 だってここは────

 

 

 ────“俺の2度目の告白”の場所。

 

 

 

 

 詳しい話は省略させてもらうが、2ヶ月前……雪の降るクリスマス。俺はここ、“噴水広場”で彼女へプロポーズを果たした。

 指輪……安物だけど、想いだけはありったけ込めた“誓い”を手に。

 

 彼女はただ、俺の言葉に────

 

 

『─────はい』

 

 

 とだけ返した。

 

 

 

 そう、つまり俺とマリーはただの恋人ではない。

 互いに生涯を誓った“婚約者”なのだ。

 

 式は彼女の誕生日である6月13日に行う予定。

 

 

「あの時のアナタも、まぁまぁカッコよかったわねぇ」

「うるせぇっ。一言余計なんだよマリーは」

「えへへっ♪まぁ良いのいいのっ!私はそんなアナタが大好きなんだから」

「ちょ、マリー……っ!」

 

 唐突にマリーが俺の右腕へとしがみ付く。

 その時に感じる彼女の柔らかな膨らみは、俺の精神衛生面上、非常によろしくない。

 

「あー、照れてるんでしょ、顔赤くなってる」

「べ、別に……。?な、慣れてるからな………」

「もーう素直じゃないわね、日本人は」

「お前も日本人だろ」

 

 マリー曰く、“日本人は間接的過ぎる”と。

 思ったことはズバッと、感じたことは大胆に表現。

 これがマリーの“道理”。いつだって直球一本槍の彼女の生き方。

 学生時代から変わらない、そんな眩しすぎる生き方が俺は大好きだった。

 

「……ねぇ」

「……ん?」

 

 

「────ずっと一緒にいてね?」

 

 

「…………当たり前だろ?」

「ふふふ♪ さ、次のところいきましょ!!」

「ちょ、引っ張んなって……!っていうかどこに」

「おしえなーい♪」

「なんだよそれ!…おい、マリー!」

「さぁ、いっくわよーー!!」

 

 俺の言葉を無視して、走り出そうとするマリー。

 

 いつもと何も変わらない姿を微笑ましく感じて…

 

 俺は一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

 はずだった

 

 

 

 

 

 

 俺の足は、ピクリとも動かない

 

「……?」

 

 俺が動かないことを不審に思ったマリーが振り返り……その表情が驚愕のそれに変わる。

 

「アナタ、鼻血……」

「えっ?」

 

 鼻を拭うと……(おびただ)しい量の血が手に付着していて。

 

「なんだよこ…………んぐぅっ…!?」

「どうし……きゃあああっ!?」

「がブッ…ふぁあっ……!」

 

 突如猛烈な吐き気に襲われて、耐えることも間に合わず吐き出してしまった。

 しかしその色は……赤。

 

 誰の目にも、俺が嘔吐でなく……“吐血”したのが明らかだった。

 

「どうしたの!!ねぇ!!」

「あっ……ぐぁ、あ…………」

 

 頭が……割れそうだ

 金槌で頭を何度も殴打されるような激痛

 体の奥からこみ上がり口から零れ出る血液

 

 あぁ、やべぇ

 

 これ、ダメだ

 

 堕ちる

 

 

「……マ……り…………」

「しっかりして!!ねえってば……ねぇ!!」

 

 

 突然の事態に、俺も彼女も理解が追いつかない

 

 俺、死ぬのかなコレ

 

 ってか、なんでこんなに落ち着いてんだろ

 

 マリー、心配かけてごめん

 

 

 

 不意に俺を襲う黒い闇。

 それに身を委ねるように俺は意識を手放した。

 

 

▼▽▼

 

 

 

 

 

 

 “夢”という言葉がある

 

 

 それは人々に見ている間希望を与えるもので

 

 

 はたまた醒めた後に絶望を与えるもので

 

 

 人は言う───“夢ならば醒めないで”

 

 

 そして人は言う───“夢なら醒めろ”

 

 

 夢を望むも、夢を拒むも人の(さが)

 

 

 これから彼が試されるのは─────

 

 

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

「うっ……くっ…ぁ…………」

「っ! アナタ!!目が覚めたのね!?」

「マ…リー……」

 

 未だ頭に響く鈍痛、ぼやけた視界…それらに悩まされながらも俺は辺りを見回して状況の理解を試みる。

 俺が身に付けているのは白衣、右腕には点滴の針、背中に感じる柔らかな感触……恐らく俺は“何らかの理由”で病院に搬送され今まで意識を失っていたのだろう。

 問題は、その何らかの理由を俺自身が覚えていないということ。

 

 そこまで考えて初めて先程まで自分を苦しめていた頭痛と視界不良が幾分か収まっていることに気づいた。

 大分調子が戻ってきた、俺はそこでずっと気になっていたことをマリーに言う。

 

「マリー」

「ん?どうしたの?」

 

 

「──()()()()()()()()()()()()()()()()()()?重くて足が動かないんだよね」

 

 

 俺の気持ちとしては、軽いお願い程度。

 しかしそれを聞いたマリーの表情は青ざめ、わなわなと震えだす。

 

「……マリー?」

「………………ない、よ…?」

「えっ?」

 

 

「何も、ない……()()()()()()()()()()()()()()()……?」

 

 

「は……?いや、だって」

 

 そんなわけないと思いながら俺は自分自身の足を見て───戦慄した。

 

「なん……だよ、これ……!!」

 

 俺の足には重いものはおろか、毛布1つかかっていなかった。それなのに一向に動かない俺の足……そこで悟る。

 

 俺の足に何かが乗っていたのではなく

 

 ───“()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「くそっ……くそっ!くそッ!!」

 

 

 膝から下が、自分の言うことを聞かない。

 力を込めたり、指を曲げたりすることはおろか…足首を動かすことさえも出来ないのだ。

 どれだけ動かそうとしても、俺の足はそれには応えない。そもそも俺は、“足の動かし方なんて知らない”。

 普段動かそうと思わなくても足は動くし、足が動かなくなるなんて考えたこともなくて。

 俺の心は今、足が動かないという“未知”への恐怖に侵されている。

 

 

「おい動けよ……!動けって!!おい!!」

「やめて!落ち着いてっ…」

「動けっつってんだろ!!動けよ!!動け!!!」

 

 動かない足をバシバシと叩き、怒るように──祈るように『動け』と叫ぶ。

 

 

 嘘だ、これは夢だ、信じない、

 

 ありえない、こんないきなり、足が、

 

 なんで、どうして、こんなことに、

 

 

 細切れになる思考、奪われていく冷静な判断力。

 そんな焦燥に満ちた思考の中、ある1つの声が俺の耳に届いた。

 

「───落ち着いてください」

 

 ふと気づくと病室の入り口は空いていて、そこには白衣を着た黒人の男性が立っていた。

 

「……あなた、は…」

「初めまして、あなたの主治医を務めさせていただくことになりました」

「……先生、足がっ……俺の足がっ!!」

「詳しい話は診察室で。……取り敢えずこれに」

 

 医師は、横に携えてあった車椅子を指差した。一瞬躊躇したものの、動かない足のことを思い返して乗るしかないと思い直す。そして俺は人生初の車椅子を後ろからマリーに押され、診察室へと向かった。

 

 そこで聞かされる事実は、俺の人生史上最悪のものとなる。

 

 

 

 

 

 

「“脳神経性筋硬化進行症”……?」

 

 医師の口から告げられた聞き慣れない病名を、俺はおもわず聞き返してしまった。

 

「はい。それが貴方の病名です」

「……聞いたことありませんが」

「そのはずです。

 

───この病気を発症した人は、貴方を合わせて世界で3人しかいない」

 

「っ……!!」

 

 絶句した。

 世界でたった3人…………?

 

「……どういう病気なんですか?」

 

 驚きのあまり言葉を失った俺の代わりに、マリーが医師へと問いかける。

 

「……この病気は端的に言ってしまうと脳の異常です。人間は“筋肉を動かす”という命令を脳から受けて体を動かしているわけですが、その時に脳から電気信号が発せられ、それが神経を通って可動箇所に指示を出しています。

 ところが貴方の病気の場合、この脳から出る電気信号がだんだん弱くなっていき…“可動箇所に到着する前に遮断されてしまう”のです」

「それで、足が…………」

「しかもこの症状は段々と悪化していき……過去の2人も最初は足からだったのですが、足、太もも、指、腕、肩、顔と登っていき……最終的には完全に()()()()()()()()()()()()()()()()()

「─────っ」

「……治療法は」

「発症の原因もわからない上、症例の絶対数が少なく……()()()()()

「そん……な…………」

 

 人はこのような感情を絶望というのだろうか。

 突如背中を突き飛ばされ、暗く何も見えないどこまでも広がる湖の底に堕とされたような感覚。

 

 そしてその言葉は、トドメのように

 

 

「───your life is...one month , only(貴方の命は……一ヶ月も持たないでしょう)

 

 

「……………………………………」

 

 

 不思議だ。恐ろしいくらいに心が冷めていく。

 ……否、許容範囲を超えた悲劇が負の感情を呼び起こすことすら許さないのかもしれない。

 しかし……

 

 

「───ふざけないでよ!!!」

 

 

 俺の隣に立っていた彼女は、そうではなかったらしい。

 

「あなた医者なんでしょ!?よくもそんなに淡々と…っ!!人の命が掛かってるのよ!?医者なら治しますって言いなさいよ!!ねぇ!!!」

「マリー!おいっ……!」

 

 マリーは医師に掴みかかり、感情のままに叫ぶ。

 

「彼を治してよ!!何のためにあなたがいるのよ!!!これで彼に何かあったら……絶対にあなたを許さない!!!」

「……もういいんだ、マリー」

「良くない!!何も良くないっ!!さぁ言いなさいよ、彼を絶対治しますって!!」

「……ホントに頑固だなぁ。落ち着いて、マリー」

「落ち着けるわけないでしょ!?大体なんでアナタはそんなに冷静なの!?だってこのままじゃ……」

 

 

 冷静、か。他人から見るとそう見えるのか。

 

 ───そんなわけない。

 

 今でも油断すれば後ろから迫り来る絶望の波に飲まれてしまいそう。そんな俺が今こうして平静を装っていられるのは───

 

 

「───君が俺のために怒ってくれたからだよ」

 

 

「えっ……?」

「俺の不幸を君は俺の分まで……いや、俺以上に怒ってくれた。それが今どれだけ俺に勇気をくれているか、わかるかい?」

「アナタ……」

 

 

「───俺は生きるよ、マリー。残り全ての時間を君のために使いたい。だから君の一ヶ月を、俺にくれないか」

 

 

「……どうして…そんなに強いのよ……っ」

「俺が強く見えるなら──それは君が隣にいるからだ。俺は君のためなら、何回だって強がってみせるから」

「バカっ……バカぁ……うわあぁぁん……」

 

 堪えきれなかったかのように彼女は俺の胸に飛び込み、嗚咽をあげて泣き噦り出した。

 その頭を優しく撫でながら、俺は改めて決意する。

 

 

 残された時間は長くはない

 

 けど残された時間全てを使って

 

 

 ───俺は君を、愛し抜こう

 

 

 

 

 

 

 病名を告げられて2週間後。

 俺の身体は先生が言ったようにどんどん動かなくなっていった。

 足はもうピクリとも動かず、指先にも痺れが見え始めている。

 最初は若干寂しかった入院生活にも今はもう慣れ、俺は一日中動画を見たり寝たりしながらダラダラと過ごしている……ある時間を除いては。

 

 

 ────ガラララ。

 

 

「……ハァーイ♪」

「ん…わざわざ毎日ありがとな、マリー。ただ入るときはノックをしてくれよ」

 

 机の上で行っていた“作業”を片付けながら、俺はマリーに苦言を零した。

 

「いいじゃない、私とアナタの間に秘密なんてないでしょっ?♡」

「帰れ」

「酷いっ!?」

「はははっ。冗談だよ、いつも本当にありがとね」

「きゅ、急に素直にならないでよ……」

「お?照れてるのか?可愛いなぁマリーは」

「ううううるさーーい!!ほら!早く行くわよ準備しなさいっ!」

「はいはい。少し待ってて……んしょっ」

 

 自力で車椅子に乗れるようにわざわざ低く調整してあるベッドの上を、手だけを使って器用に移動し、約1分程で車椅子に乗り終えた。

 

「大分早くなったね」

「毎日何度も乗り降りしてるからね……あ、マリーそこの上着とって」

「ん、はいどーぞっ」

「ありがと。待たせてごめんね、行こっか」

「大丈夫よっ♪今日はどこに行きたい?」

「そうだなぁ…今日は屋上のガーデンテラスがいいな」

「いいね、そうしましょ!さぁしゅっぱーつ!」

 

 元気良く宣言したマリーは俺の車椅子のハンドルを握り、屋上へ向けて歩き出した……俺の身体に負担をかけないよう、彼女のテンションに反してゆっくりと。

 

 

 

 

 

 

「うわぁいい天気っ……風が気持ちいい!」

 

 屋上に出た俺たちは2月にしてはそこそこ暖かい、絶好の散歩日和の容器に感嘆を打った。

 俺が入院して以降、マリーは毎日俺の元へと訪れ、一緒に散歩をしている。

 女優としての仕事も夕方以降に限定してもらっているようで、新人女優である彼女のこんなワガママな言い分が通る辺り彼女が如何に人気であるかが窺い知れるというものだ。

 

 そして俺たちは話す。

 他愛もない話……互いに1日何があったのかを。

 マリーの話は面白い。彼女が本当に楽しそうに話すのも相まって聞いているだけで笑顔になれる。

 

 普段なら2時間ほどそんなことをしてマリーを見送るのだけど、今日はいつもと違う結末を迎えた。

 

「……ねぇ、マリー」

「ん?どうしたの?」

 

 

 

「───君は俺と過ごせて、幸せだったかい?」

 

 

 

 俺がずっと気になっていたこと。

 永遠に寄り添って行くはずだった彼女との時間は、図らずして僅かに限られたものになってしまって。

 

 きっと俺は彼女を残して逝ってしまう

 

 あの時はあんなことを言ったけれど、そんな俺のためにまだ沢山の未来を残しているマリーを一時でも縛ってしまうことは、果たして正しいことなのだろうか。

 

 

 俺はもう直ぐ───彼女の前から居なくなるのに

 

「…………」

 

 俺の質問を受けた彼女は車椅子を押す足を止め、立ち止まる。数秒の沈黙の後、彼女は口を開いた。

 

 

 

「決まってるじゃない────“最悪よ”」

 

 

 

「───────っ」

 

 ある程度想定していた答えだとはいえ、正直に言うとやはり傷ついた。

 マリーは絶対に“嘘を吐かない”。

 だから彼女が今言ったことは事実で───

 

 

「─────だって」

 

 

ところが終わったと思っていた彼女の言葉には続きがあって

 

 

 

 

「アナタがもうすぐ、居なくなっちゃうから」

 

 

 

 

「っ……!!」

 

 

「なんで居なくなっちゃうのよ…ずっと一緒にっ……!私の隣に居てよぉ、ねぇ……」

 

 

 それ以上は彼女自身の涙声にかき消され、聞き取ることができなかった。

 そして俺の目からも───涙が溢れる。

 

 

 俺だって、君と一緒に居たい。

 

 君と結婚して、子供作って、一緒に年を重ねて、孫も出来て、おじいさんとおばあさんになって、最後はやっぱり君の隣で。

 

 それなのに

 

「…………なんで…だよ……」

 

 今まで病気の診断を受けて一度も吐かなかった弱音が今、初めて明確な音となり口から放たれた。

 

「なんで俺なんだよ……!!俺だって君と離れたくなんかないのに、どうして……っ!なんで!!」

 

 運命を呪う言葉と共に、俺は涙を流す。

 なんで。どうして。

 心の奥に閉じ込めていた思いは、一度溢れ出せば止まらない。

 

 

 俺は今日初めて、“俺のために”涙を流した。

 

 

 

 

 診断から3週間。俺はついに腕すら動かなくなり、自力での移動が不可能になった。

 この時期になるといつ“最悪な事態”が訪れてもおかしくないということで、マリーとの散歩も禁止された。

 2人で過ごす時間は病室での会話に限定されたが、それでも良かった。

 この時間が幸せなことに変わりなんてなくて。

 俺はただ彼女と過ごす掛け替えのない時間を…この一分一秒を動かない身体に刻み付けるように日々を過ごした。

 

 ただ……この頃の俺にはもう、口先にも痺れが出始めていて。日を増すごとに彼女との会話もおぼつかなくなっていった。

 そんな俺の姿を見て涙を流す彼女の頭を撫でてやることも、声をかけてやることも今の俺には出来ない。

 

 

 そして3日後。俺の心臓は一度止まった。

 そこから息を吹き返したのは、“生きたいという思いが起こした奇跡だ”と医師は言っていたが……確実に“次”はもう無い。

 

 

 そしてその“次”は、一週間後に訪れた。

 

 

 

 

 

 

 診断を受けてから、32日。

 余命宣告を乗り越えて数日後のこと。

 遂にその時は訪れた。

 

 俺の身体の中で言うことを聞くのは、もう目だけ。

 先程から尋常じゃない眠気が俺を襲っている。

 これに負ければ、俺は2度と目覚めることができないだろう。

 

 病室にいるのは、医師とマリーの2人。

 

「……心臓の動きが弱まり始めています。このまま脳が止まるのも…時間の問題かと」

「そう……です、か…」

 

 医師とマリーの会話が、朧げな意識の中耳に響いてきた。

 

 もうすぐ、か。

 

 終わってみれば、あっけなかったな。

 

 俺の人生は、もうすぐ終わる

 

 俺の人生は、もうすぐ

 

 俺の人生は、

 

 俺の

 

 俺

 

 俺は

 

 俺は、

 

 俺は、まだ

 

 俺はまだ────────死ねない。

 

 

 

 嫌だ

 

 

 逝きたくない

 

 

 彼女と過ごした日々に 不満なんてないけれど

 

 

 心残りが 1つだけ

 

 

 それをやり遂げるまで───俺は死ねない

 

 

 

 

「…………ぁっ…ぁ…………」

「っ!!先生、彼が!!」

 

 

 なぁ、俺の身体よ

 

 

「……………………ぁぁ……ぁっ、ぁっ…………」

「口が動いている……!?バカな…………!!」

 

 

 頼むから少しだけ、俺のワガママを聞いてくれ

 

 

 口よ、動け

 

 

 声帯よ、震え

 

 

 俺の最期のコトバを  どうか彼女に─────

 

 

 

『笑ってくれ、マリー』

「ぁ……ぇっ……ぁ…ぃ…………」

「何……何て言ったの、アナタ!?」

 

 

『最後にもう一度だけ、君の笑顔が見たい』

「ぁ……ぃ………ぇ………ぃ……ぉ……ぁ、ぃ…」

「聞こえない……聞こえないわよアナタ!!はっきり言ってよ!!ねぇ!!」

 

 

『最期は涙じゃなくて』

「……ぃ……ぁ……ぅ…………ぇ……」

「ちゃんと言ってよ!!アナタぁ………!!」

 

 

『君の笑顔を、目に焼き付けて』

「ぃぉ……ぉ…………ぇぃ…………ぇ……」

「お願い…いかないで……アナタ……っ」

 

 

 ───────畜生

 

 なんでだよ、どうして最期までこうなんだ

 

 彼女は俺にたくさんのものをくれたのに

 

 俺は彼女に何も返せていないじゃないか

 

 現に俺のために涙を流す彼女に俺が出来るのは、ただただその姿を眺めていることだけ

 

 頭を撫でたい 一言『大丈夫だよ』と声をかけたい

 

 彼女の心に傷だけつけてこの世から消え去るなんて

 

 絶対に嫌なんだよ───────!!

 

 

 

 その時

 

 

 

 

 ────ぽんっ。

 

 

 

「…………えっ…?」

 

 感覚としては、数年ぶりのような……実時間としては約2週間ぶりの感覚が、俺の脳へと届いた。

 

 動くはずのない俺の左手は不思議な力に支えられたかのように持ち上がり───吸い寄せられるように、マリーの頭の上へ。

 

 

「「っ!!!」」

 

 

 先生とマリーがあまりの驚愕に目を見開く。

 それはそうだろう、俺自身も驚きで困惑しているのだから。

 

 

「………………………………………………」

 

 

 その代償に、俺の口はピクリとも動かなくなってしまった。

 これじゃダメだ。俺の伝えたい思いは何も───

 

 しかしマリーは微動だにしない俺の口元を見て……涙を拭い、自分の頭上に乗せられた俺の手を優しく握り───

 

 

 

「───待ってて、“()()()()”会いに行く」

 

 

 

 笑った。

 

 

 

 

────『───待ってる、会いに来て』────

 

 

 

 その笑顔は夕暮れの河川敷で見たあの笑顔のようで

 

 

 ────あぁ、伝わった。

 

 

 根拠はないけど、そう思った。

 俺は本当に────幸せだったよ。

 

 

 ……やっぱりこれも伝えたいなぁ

 

 

 照れくさくて、最期の最期まで言えなかったけど

 

 

 正真正銘、俺の人生最期の

 

 

 ────最期の告白

 

 

 

 マリー 俺は君 のそ の笑が  おが   大

 

 

 

 

 

 

 

 ピ────────ッ ピ────────ッ

 

 

 

 

 

 

 

「アナタッ……!!嫌あぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 “3度目”の告白は、君の心に届くことはないまま。

 

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 

 彼を喪ってから約半年が経った。

 彼の葬式は彼の故郷であり、私…小原鞠莉の第二の故郷である日本の静岡、内浦で行われた。

 葬式には多くの人が参列し、その中にはもちろんAqoursのメンバーの姿も。

 千歌、曜、ルビィ、花丸、善子なんかは号泣してたし、果南、梨子、そしてあのダイヤでさえも涙を見せた。

 Aqoursメンバーだけに限らず、参列した皆が涙を見せた彼との最後の別れ。

 

 そんな中でただ私だけが───泣くことも、声を出すこともせず……ただ立ち尽くすだけ。

 

 そう、私はあの日彼と共に

 

 

 ────“声と心”を、喪った。

 

 

 オーバーフローした私の中の哀しみは、それを認知できなくなるほど大きくなり……私の中の“哀しみを知覚する何か”を、壊してしまった。

 それだけ彼は私の中で特別で大切な存在で。

 けれど私は彼を亡くした哀しみで泣くこともできなくて。

 

 ───皮肉なものね。

 “彼を亡くした哀しみ”が故に、“彼を亡くして哀しむ”ことが出来ないなんて。

 神様は私からどれだけのものを奪っていけば気が済むのだろう。

 

 それから私は女優業を休業し、彼との思い出が残るあの家で無気力な生活を送っている。

 季節はもう夏。アメリカでの夏は日本のそれよりも気温こそ高くないものの、数年もここにいるとやはり耐え難い暑さに感じてしまう。

 彼と過ごしたあの日々は肌寒くて、外に出た彼はくしゃみをしてたっけ……。

 そんなことを思いながら、日々の流れを実感する。

 

 ───こんな私を見たら、彼は何て言うかしら。

 

 怒るのかしら、笑うのかしら。

 

 ………………顔を見せに、行こうかな。

 

 彼の遺骨は、私の強い意向で彼の実家に預かってもらっている。

 毎日毎日彼の死を実感するのは耐えられないと思ったから。

 彼の両親にも葬式以来挨拶をしてないし、Aqoursメンバーにも会いたい。

 

 “やると決めたらやる”。私の事をそう評したのも、彼だったかしらね。

 

 少しだけ懐かしみを感じながら、私は帰省の準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 暑い…………。

 

 図らずして私の帰省はお盆になってしまった。

 8月の猛暑はやはりアメリカのそれよりも遥かに暑く、私の白い肌をジリジリと焦がす。

 今は彼の初盆。つまり彼の霊は今彼の家にいる…………

 なんて、バカバカしい。

 そんなものに縋るのは、死者への冒涜と同じ。

 

 彼は逝ってしまった。もう会えない。

 

 それが全てなんだから。

 

 

 

 

 空港から様々な交通機関を駆使して、やっとの事で辿り着いた彼の家。

 その大きなドアを3回叩く……少し強めに。

 『すいませーん』と言いたいところだけど、生憎私は声が出ない。

 

『はぁーい!!』

 

 家の中から元気な返事が響く。そしてそのあと聞こえたのは『ダダダダダッ』という音。

 そしてその音はだんだんこちらに近づいてきており……

 

 

 ────ガラララッ!!

 

 

「いらっしゃーい!待ってたよ、マリーちゃん!」

 

 出てきたのはそう、彼の幼馴染でありAqoursのリーダーでもある高海千歌(たかみちか)

 この展開を予測していた私は、予めスマホで作成していた文面を彼女の目の前に示す。

 

『……相変わらず元気そうね、チカ』

「……やっぱりまだ声は出ないんだね…」

『えぇ。会話に間ができちゃうけど、ごめんなさい』

「ううん、気にしなくて大丈夫だよ!さぁ上がって上がって!汚い家だけどごゆっくり〜!」

 

 そう言いながら居間へと駆けて行くチカ。

 

 ……あなたの家じゃないでしょうに。

 

 チカはいつまで経ってもチカのままで。

 それを微笑ましく思いながら、私も家の中へと入った……心の中で『お邪魔します』と言いながら。

 

 

 

 

 居間に上がるとそこにはもう1人、思いがけない姿があった。

 

「───久しぶりだね、鞠莉」

『果南……!どうしてここに?』

 

 そう、Aqoursメンバーで私の最も信頼する友人である松浦果南(まつうらかなん)

 

「千歌から鞠莉が帰ってくる、って聞いたから。話さなきゃいけないことがあって」

『話さなきゃいけないこと…?』

「……まずはこれを」

 

 そう言って果南はバッグから一枚の茶封筒を取り出して、私に差し出した。

 

『……これは?』

「手紙。───彼から」

「!?」

 

 彼から……?いつ、何の時に……?

 

「半年くらい前、私の所にこれが届いた。『もしマリーがこっちに帰ってきたら、君の手からこれを渡してほしい』っていうメモと一緒にね」

「………………」

「……最初は夫婦ゲンカの避難先がウチになったのかな、って思ったよ。鞠莉の行動力ならありえない話じゃないし。だから怪しむこともなく預かってたけど……まさかあんなことになるなんて、ね。鞠莉、彼のこと私達には伝えてくれなかったから」

『…………ごめん、なさい…』

「それはもういいよ。終わったことだしね」

『ありがとう。それで中身は?』

「開けてない。早く読みなよ」

 

 果南の促しにコクリと頷いて私は封を切り、手紙の内容に目を通す。

 

 そこには彼の直筆で綴られた────

 

 彼の最期のコトバがあった

 

 

 

 

 

《拝啓、親愛なる君へ。

 

……なーんて言葉は俺には似合わないよね。

どーも、君の愛しのダーリンです》

 

 彼らしい、フランクな感じでその手紙は始まった。

 

《これを書いてるのは診断を受けてから3日後。力が残ってる間に、暇潰しがてら1日1日ゆっくり書いていこうかなぁと思いまーす。君がいつこの手紙を読むか、当ててみせようか。

ズバリ、5月だ!こいのぼり立ってるでしょ。どう?当たってた?》

 

 残念、今は8月よ。

 ……私が来た時、慌てて机の上を片付けてると思ったらこんなことしてたのね。

 

《まぁそれはさておき、この手紙が俺の遺書ってことになるのかな。いやー、まさかこんなに早く遺書を書く時が来るとは思いませんでしたなぁ。

あ、俺の遺産とか貯金とか、そんな大した額じゃないけど全部君のものにして良いからね。

家にある俺の私物も、全部君にあげる。どうするかも君の自由だよ。

……あ、俺の部屋の本棚に、本の裏に隠した“アレなDVD”があるけどそれは許して。マジごめん(笑)》

 

 ……知ってるわよ、それくらい。しかも結構ハードなプレイのやつ。

 見つけた瞬間粉々に砕いてゴミ箱にぶち込んでやったわ。

 隠し場所が本棚の裏なんて……在り来たり過ぎて私が声を出せたらきっと『中学生かよ!!』と叫んでやりたくなってたはずよ、全く。

 

《んー、あんまり書くこと思いつかないなぁコレ。そーだ、どうせだから君に対して思ってることをたくさん書いていこっと。

 

まず1つ。───君結構いびき大きいから、気をつけてね(^ー゜)》

 

「っ〜〜〜〜!?」

「ま、鞠莉…?どうしたの……?」

 

《あと昼寝中に寝返りを打って尻を掻くのもちょっと女性としてどうかと思うし、涎を口から垂らしてるのも頂けないかな。まぁ気持ち良さそうな寝顔は可愛いけどさ。

そうそう、君が作ってくれる日本食。ちょーっと味が濃いかも。あれはあれで美味しいんだけど日本のご飯はアメリカと違って素材の味を生かした薄味だから。これ、俺からのアドバイスね(^ー゜)》

 

 

「〜〜〜〜!!〜〜!?ーーー!!!」

「ま、マリーちゃんが顔を真っ赤にして悶えてる……」

「こ、声が出せない分逆に滑稽に見えてきちゃうね…何が書かれてるんだろ、あの手紙には……?」

 

《おぉおぉ!君の悪口(?)ならどんどん筆が進むぞ!これなら良い暇つぶしになりそうだ(^ー゜)》

 

 余計なお世話よまったく!

 しかもいちいち腹立つのよその下手くそなウィンクの顔文字!!センスなさすぎ!!

 

《……でもねマリー。

 

俺はそんな君の変なところも、大好きなんだ》

 

「……!」

 

《君があの日俺を“待つ”って言ってくれたから、俺を選んでくれたから。俺がアメリカに来てからの日々は幸せで、忘れられないものになった。

それは俺の隣に、君が居てくれたからだよ。

君とのたくさんの思い出を作れてよかった。

その思い出を抱えて、俺は“あっち”へ旅立ちます。

 

 

今までずっとありがとう

 

 

だからマリー

 

 

───()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「─────!!」

 

《君にはまだ、未来がある。何年も、何十年も。

俺との思い出に縛られるよりも、新しい幸せを探す方がきっと君のためになる。

 

君との過去にしばられるのは……俺だけでいい。

 

君の時間を、ほんのわずかでもうばってしまって本当にごめんね。

きっと俺が君の心にのこすのは、きずあとの方が多いと思う。

でも俺は、君の笑がおが好きなんだ。

俺がてんごくから見る君は、わらってるすがたがいいからさ》

 

 

「……………………」

 

 

《さっきはふれなかったけど、君にはいいところがたくさんある。そのなかでも俺が一番だと思うのは、どこまでもまっすぐな君の心。

まわりをおきざり にしてでも前をみてい るそのじゅんすいな心は、得ようとして得られるものじゃない。

人はそれを……“向こう見ず”とか、“自己中心的”とかい うかもしれない。

でもねマリー。そのこ ころだけは……どうかすてないで。

 

おれはきみの そんなところが、大すきだったから》

 

 

「………………っ」

 

 掠れてゆく文字、段々と読めなくなっていく漢字、増えてゆくひらがな……

 この頃の彼には、指の痺れが出始めていたのだろう

 

 

《あぁ、だめだ なぁ  

  まだきみにいいたい と が たくさ んある のに

ぜんぜ ゆ びが いうこ きかなぃや

 

 

 

もつと きミ の ソバ に ぃたかつた

 

   もしき  ミがこっち にき  たら

 

 また ふ たリで  く らし た    いな

 

 

 

まリー いま  ま で ありが  と  う》

 

 

 

「─────ぅ…………」

 

 

 

《き みの ことか ゛ だ いす    き》

 

 

 

「ぅぁぁ──────」

 

「マリーちゃん……!」

「声が…………!」

 

 

 

《し  ぁ  わせ  に  な つて  ね》

 

 

 

 

「───あぁぁああああああぁああ…………」

 

 

 半年振りに、私の口から放たれた“オト”。

 “哀しみ”で凍った私の心を溶かしたのは、やっぱり彼の……彼がくれた“カナシミ”で。

 

 

「あぁああ……うぁあああぁん…………」

 

 

 彼が私にくれた、“ヤサシイカナシミ”は

 

 不思議と暖かい何かを私にくれて

 

 

「───、─────!!」

 

 

 恋しくて、ただ恋しくて

 

 会いたくて、ただ会いたくて

 

 

「嫌、嫌よぉ……いかないでよぉ……!」

 

 

 何度も何度も彼の名を呼んだ

 

 心の中にずっと溜まっていた思いと共に

 

 

 

「うぅっ…ひっぐ……うわあぁぁあああん……」

「鞠莉……っ」

「マリーちゃん…………」

 

 

 涙が止まらない。半年間、無意識のうちに心に溜まっていた涙は今洪水のように目から零れ落ちていく。

 

 手紙を胸に抱えて子供のように泣きじゃくる私を、チカと果南の2人が横から抱きしめてくれた。

 その暖かさが心地よくて、私はまた泣いてしまう。

 

 

 

 

 

 

 1度目の告白は、夕暮れに染まる河川敷で

 

 

 2度目の告白は、雪の降る噴水広場で

 

 

 3度目の告白は、私には聞こえなかったけれど

 

 

 

 ─────“4度目の告白は”

 

 

 

 

 

「───ちゃんと届いたわよ、アナタ」

 

 

 

 

 4度目の告白は、彼が遺してくれた暖かい“想い”。

 

 

 

 その想いに背中を押された気がして、私は顔を上げて……笑う。

 彼が“好き”と言ってくれた、彼が“見たい”と言ってくれたあの笑顔で。

 

 

 不意に窓から潮風が吹く。

 

 なびく髪を手櫛で整えながら……風が吹いてきた窓を振り返った。

 そこに広がる一面の蒼い海。

 彼も愛したその海が、何故かいつもより輝いて見えて。

 

 

 ……見ててね、アナタ。

 

 次にアナタに逢うときは

 

 もーっと“シャイニー”な私になってみせるから!

 

 

 再び優しい風が吹き込む。

 その風に、不思議と彼の香りを感じた私は

 

 

 

 ────最後に一粒だけ、涙を流した。




ここを読んでくれているということは、長い本編を読み終えてくれたということでしょう。
まことに感謝申し上げます。
扱ったネタは決して明るいものではなかったのですが、これも一つの恋の形としてはアリかな、と。
今回使用した病気はメイド・イン・またたね。完全にフィクションなので悪しからず。

さて、今回このような素晴らしい企画に参加させてくださった鍵のすけさん、本当にありがとうございました!
鍵のすけさんのサンシャイン小説と鍵のすけさん自身をこれからも応援していきます!
企画も折り返しを越え、そろそろ終盤へと差し掛かってきました。
私の後ろにもまだ作品投稿を控えた作家たちが今か今かとその時を待ち構えております!えっ、うそっ!まさかあの方が出るなんて………! なーんてこともあり得るかも?笑

長くなりましたがここまで読んでくださった読者の方、企画に参加されている作家の皆さま、鍵のすけさん、本当にありがとうございました!
それでは!


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Small Island Love Story

秩序鉄拳さんです。二回目です。二回目なのです。その分もうどこが見どころかはもう分かってますよね???By企画主催者


静岡県沼津市、その中でも伊豆半島の海岸線沿いに降りたところにある【淡島(あわしま)】。

そこはパーク島であり、昔は釣り堀が二か所、ロープウェイが運航していたりとあったが、今ではその半分が老朽化などで運営停止。

今では水族館と、小さな方の釣り堀と、水族館に隣接されているカエルばかりの施設、そして――

 

 

 

「それでは、お部屋の鍵はこちらとなります。島外へ外出の際はフロントにてお知らせください」

「ありがとうございます。あ、ここら辺の地図とかありますかね?」

「ええ、こちらになります、どうぞ」

「ありがとうございます、それでは」

 

 

 

――ホテル施設が運営されている。

宿泊費は少々お高めで、その分サービスは致せりつくせりで、さらに景色もいいもの、その中でも露天の温泉が特におすすめらしい。

だということが自分の調べた口コミに書かれていた。

そんな場所に何故、特にお金持ちというわけでもない俺が、東京というコンクリートジャングルからきているのかと言えば。

 

 

それはここの水族館が面白いという口コミと、さらにこの俺が泊まる二泊三日の間に、【コスプレイベント】なるイベントが行われるという話があるからだ。

俺はもともとコスプレに興味がある人で、しかしながらいきなりコミケだとかそんな大きな企画でコスプレをするのはとても精神的な重圧がかかる。

だからこそ、今回のような規模の小さいコスプレイベントから地道に参加していこうという考えがあったのだ。

それに、高校生になったならば、一度でいいから奮発して良い場所に泊まりたいという、軽い挑戦心があったというのもある。

家族に頭を下げて、可能な限り短期バイトなどをして稼いだりと、頑張ったんだ。

 

 

 

「イベントは明日だから、今日はとりあえず下見を兼ねて水族館にでも行くかなぁ……」

 

 

 

部屋に荷物を置く前からこの後の予定をつらつらと考え始める。

折角来たのだからいろんなところを周ってみたい。

島の外に行くのもいいかもしれないけど、調べてみると特に何かあるわけじゃないし、今からの時間だと沼津駅のほうへ行ってもどこも閉まってしまうと思う。

そうだとすると、やはり今日は島のほうに集中し、明後日帰るときに駅までよればいいかな――

そうプランを立て、エレベーターから自分の部屋の階に降りると、何かがぶつかってくる感じに会った。

 

 

 

「あ、Sorry! 前を見てなかったよ~!」

「い、いえ。大丈夫……です」

「キミ、ここの宿泊客? 同い年位だと思ったけど――幾つ?」

「えっ、あっ、あー……16……です」

 

 

 

どうやらぶつかってきたのは目の前にいる金髪の……美少女。

ニッコリと笑顔で話しかけてくる彼女に俺の鼓動はさっきからバクバクと余裕のないリズムをたたき出している。

――文化祭でバンドライブしたときもこんな感じだったなと思いながら、上手く動かない口を無理やり開いて彼女の言葉に返していく。

 

 

 

「へぇー、私も16なの! やっぱり同い年だねぇ!」

「えっええ、うん、そうですね……はい」

「……ゴメンネ? 今あったばかりなのにまくし立てちゃって」

 

 

 

俺のぎこちなさに気付いたのか、彼女は口に手を当てて謝罪を述べた。

さっきからオーバーなリアクションをしているけど、絵になるなぁ……これが美少女かぁ。

あとどもるのは単に俺が女性慣れしてないだけなんです、男子校なんです……

 

 

 

「いっいや、大丈夫です。大丈夫……」

「そーう? じゃあなんでキミは目をそらしてるのかなぁ?」

「いっいやぁ、あの……恥ずかしくて……」

 

 

 

俺の反らした視線に回り込んでくるように、目を合わせようとする金髪の少女。

ぐるぐるとやり取りをするうちに向こうも疲れたのか、フーフーと息を漏らしながら俺の肩を掴んだ――え?

 

 

 

「最初からぁ、キミのことをこうやってHoldすればよかったんだよねぇ!」

「あっ、あの、近……」

「なぁに? 私の顔に何かあるの?」

「じゃっじゃなくて近い……!」

 

 

 

目を合わせようとして近づいてくる少女からふわりと香水――それもキツくない柔らかな匂いが漂う。

女性だなんて妹である梨子(りこ)と母位しか接したことが無い俺は、そんな彼女とのやり取りに顔が熱くなるのをはっきりと感じた。

いや、だってふと合う彼女の目――黄色がかった緑っぽい目――碧眼というのかな、そんな綺麗な目と、薄くだけどつけられてるっぽいマスカラだとか、そういう初めて見るものだらけなんだよね。

そりゃあドキドキするじゃないか、だって美少女なんだもん……

 

 

 

「恥ずかしがらなくていいのに、もしかしてキミ……」

「都会の男子校なので、じょ……女子と話したことは少ないです」

「ふぅん、いろんなところを転々としているけど、Cityの子ってやっぱりShyなのね!」

「いや……俺を基準に都会っ子評価されても――あれ、そういえば妹の梨子もシャイな奴だったような……」

 

 

 

『見た目だけならめっちゃ明るそうなやつ』って言われたりするんだけどなぁ……

梨子も目立ちたくないのか、身内の贔屓抜きで可愛いと思うのだがあまり化粧や着飾ることを嫌っている。

そんな俺だからこそ、なんとなく都会っ子がシャイだという少女の意見に異を唱えきれず、うなることしかできないのであった。

 

 

 

「――あ! パパに呼ばれてるんだった! そろそろ行かなくちゃ!」

「あっ、ああ、そうなんだ……それじゃあ」

「あっ待ってキミ!」

 

 

 

慌てるしぐさをする少女を置いて、俺は部屋へと向かう。

いや、早めに荷物置いておかないと外に行けないんだけど、話し込んでてまだ置いてないじゃん、ということに焦っているんだよね。

そんな俺を先ほど以上に慌てるような声で呼び止める少女。

 

 

 

「私は小原(おはら)鞠莉(まり)、マリーって呼んでいいわよ? キミは?」

「ぁ……ええと、桜内(さくらうち)……です」

「Non! そうじゃないの、名前、Nameのほうが聞きたいの!」

「えっ……ええと……」

 

 

 

女子に名前を教えるだなんて恥ずかしいというか、初めての経験でどうしたらいいのか戸惑ってしまう。

名前を教えてあげればいいのだろうが……どうしようか、と迷っていると――

 

 

 

「もう! 本当にShyなのね! わかったわサクラウチ、また会ったときに名前を聞いてみせるんだからね!」

「あっ、ああ……」

「それじゃあね! チャオ!」

 

 

 

一方的にまくし立てると小原さん――マリーは走って行ってしまった。

突然のことだらけで戸惑う頭を振り、再び俺は宿泊部屋へと向かって行った。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

この淡島のホテルでは、夕食も朝食も別料金だ。

その金額は宿泊だけで手いっぱいな庶民の俺にとっては全く手の届かない万越え。

そんな現実に俺は、仕方なくロビーの売店で晩飯代わりになりそうなものを物色していたのだが――

 

 

 

「Hi、サクラウチ! さっきぶりね!」

「やっやあ、小原さん。ほんとださっきぶりだね」

 

 

 

――マリーに突如声をかけられた。

今まで女性とろくな縁がなかった俺からすればこういうシチュエーションは苦手な方で。

ワーワーと高いテンションで話しかけてくる彼女にどことなく苦手意識を感じている。

 

 

 

「…………」

「え、えっと……小原……さん?」

「ツーン」

 

 

 

わざわざ『ツーン』と口で言うマリー。

そっちから話しかけてきたというのにそっちが無視してどうするんだと思うが、何か理由でもあるのだろうか……

 

 

 

「……わからない?」

「えーと、なにが……?」

「私が、今不機嫌な理由」

「……ごめんなさい、わからないです」

 

 

 

いや、マジでわからないんだって。

何かを訴えかけるマリーの視線から目をそらそうとすると、再び肩を掴まれ、顔を覗き込まれる。

温泉に入った後なのか、昼間に漂った香りとはまた違うフローラルな……梨子と母からも感じるシャンプーなどの匂いに近いものを、ふわっと感じる。

髪のほうは先ほどと違って垂らされていて……しっとりと少しだけ濡れているのも分かる。

とにかく……ドキドキしてくるし、顔が熱い。

 

 

 

「サクラウチ、本当にわからないの?」

「わっわかりません!」

「もう、本当にInsensitiveなんだから! サクラウチ、Ladyの扱い方がなってないわよ?」

「そんなこといわれましても……」

 

 

 

理由も分からぬままマリーに非難され、困惑を隠しきれない俺。

肩を掴まれてるから逃げられず、顔をそらすと――

 

 

『ちょっとサクラウチ、Talkの最中に目をそらすなんてNonsenseよ?』

 

 

――と言われてしまい、視線を合わせることを求められ……

マリーは美少女と言われる部類の子なんだろうなと思っているので、そんな長い時間目を合わせていたら……

未だ夕食を食べていない腹が空腹を訴える声を上げた。

 

 

 

「……サクラウチ、お腹空いているの?」

「えっあっああ、まぁ……うん」

「Dinnerは食べてないの? 今日はItalianがお薦めなの!」

「いっいやぁ……それが……お金なくて……」

「サクラウチって結構Foolね?」

 

 

 

Fool(おばか)とはひどい言われようだ、流石に並の英語力しかない俺でも今の英語は解った。

いや、否定はできないのだけどさ……

宿泊費にお金持っていかれて食費が全然ないし、ホテルのごはん食べることなんて夢のまた夢みたいな現実になってるわけだし。

そんな事実に否定や弁明の言葉が出ない俺のことを、マリーはジト目でにらみ、ため息をついた。

 

 

 

「――わかったわ。サクラウチ、一緒に来て」

「えっああ、ハイ」

 

 

 

マリーの後ろをついていくとそこは食堂。

思わず立ち止まった俺を、マリーが背中に回って押し、入ってゆく。

――って、待って待って!

 

 

 

「おっ小原さん、俺、金、持って無いので!」

「No problem、安心してサクラウチ……あ、彼は私のFriendだからServiceで案内してちょうだい!」

「かしこまりました、こちらへどうぞ」

「えっ、えっ!?」

「ほら、ボーっとしないでCome on!」

 

 

 

なんか色々と急すぎて頭が追い付かないまま、気付けば俺は個室みたいなところに通され、マリーと向かい合わせに座っていた。

後ろには先ほど俺たちを案内した従業員がいて、俺の首にテレビくらいでしか見たことのない【前掛け】を付けている。

――マリーはさっき『Serviceで案内して』と言っていた……つまり、俺は、飯を奢られたということなのだろうか?

 

 

 

「あっあのー……小原さん、流石に俺――」

「サクラウチ、さっきなんで私がAngryだったのか教えてあげる」

「――あっ、はい」

「私のことをFamily name、『小原さん』としか呼んでないわ!」

 

 

 

いや、仕方ないじゃん。

『マリーって呼んでもいい』と言われたとしても、そう簡単に女子の名前を呼ぶのは恥知らずだとか聞いたことがあるし……

――ということを簡単にまとめて弁解したのだが、マリーは逆にさらに怒る。

 

 

 

「い・い・か・ら! アナタは私のことを『マリー』って呼ぶの!」

「えっでも……」

「Understand?」

「ア、 アイムオーケー――まっ、マリー……」

 

 

 

俺の精神的な理由でのストップも凄みで却下されてしまい、ドッドッと音を立てて揺らぐ呼吸を抑えながら彼女に求められた名を呼ぶ。

するとマリーは満足げにウンウンとうなずき、笑顔を見せる。

 

 

 

「サクラウチ? もうDishは来てるわよ、食べないの?」

「――あっ、ああ、食べます、いただきます」

「フフッ、So funnyね、サクラウチ」

 

 

 

いけない、どうやら彼女の笑顔に目を奪われていたようだ。

目の前に気付けば料理が並んでいる――まずい、何が何だかさっぱりわからない。

一庶民である俺にはイタリアンのどんな料理がどうとか全く知らないのだ……

後ろから従業員の人が丁寧に解説してくれてはいるが、ほとんど耳に入ってこない――あれ、テーブルマナーってどういう感じなんだっけ?

 

 

 

「Take it easyよ、サクラウチ。もっとEnjoyしましょ?」

「あっああ、ありがとう……じゃあ、改めて……いただきます」

「ええ、自慢の味を召し上がれ!」

 

 

 

――初めて食べた本格イタリア料理の味は、よくわからなかったけども、とにかく美味しかったとだけ、言わせてほしい。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

あの食事のあと、マリーにコスプレイベントのことを話したのだが――

 

 

『なぁにそれ! とってもEccentricでUniqueな催しね! マリーそんなPartyがあるってこと、パパに教えてもらったことないわ!』

 

 

――と、えらく興味を引いたらしく――

 

 

『Take me with you! サクラウチ、イイでしょ?』

 

 

――と、半ば強引にではあるが連れていけと要望された。

親御さんには上手いこと言っとくらしいが――女もののコスプレとか俺持って無いんだよなぁ……

まぁ、明日の朝食時にまたその話をするらしく、またもや勝手に朝食堂に来るように決められてしまった。

つまりはまたもやマリーの奢り……彼女はいったいどんな家の出身なんだろう、めっちゃお金持ちってことだよね……

自分の飯一つ自分で満足に用意できていない飯を奢られる情けない人は、俺でした。

 

 

そんなわけで食堂に来た俺。

ビュッフェ形式の朝食はどれもいい匂いを漂わせていて、空き始めた腹が抗議の声を上げ始めている。

テーブルのほうを見渡すと、先日俺に色々説明してくれていた従業員が歩み寄ってきた。

 

 

 

「お待ちしておりました桜内様、ご案内いたします」

「あ、はい。本日もありがとうございます」

 

 

 

従業員の人に案内され、マリーのいるテーブルに着く。

マリーの目の前には、既に盛り付けられた料理があった。

自分の分だけ先に取ってきたのだろうか? いや、もう一つ同じものがあるから、俺の分もあるな……

とりあえず座り、従業員の人にお礼を言う。

彼は一礼し、スムーズに、それでいてぶれない動きで去っていった……カッコイイなぁ。

 

 

 

「Good morning、サクラウチ。昨日はよく眠れた?」

「グッモーニンマリー。いやぁ、部屋でゆっくりしてると改めて値段を意識しちゃってね……ちょっと寝付けなかったよ」

「It’s so bad、確かに、ここはリゾートホテルみたいなものだからサクラウチの気持ちもわからなくはないけど、ダメよちゃんと寝ないと」

「うん、ありがとうマリー。ごめん、待たせたね、それじゃあ食べようか。いただきます」

 

 

 

そして食べ終えた俺は一度マリーと別れ部屋に戻る。

とりあえずコスプレ衣装を持ち出し、ロビーでマリーと合流する。

そのあとで一度陸に回り、更衣室で着替えてから島に渡ることになっている。

ちょっとめんどくさい手順ではあるが、まぁ仕方がないだろう。

というか、マリーはコスプレ衣装持ってるのか……?

 

 

 

 

***

 

 

 

 

結果を先に言おう、マリーのコスプレはお流れとなった。

いや、パンクロッカーのコスプレは規約的にグレーゾーンで、確認してる暇もないということで不確定だと却下したのだ。

俺としてはコスプレ云々よりマリーの趣味がそういう系統だということ自体に驚きがあるんだけどね。

移動中それについて興奮して語っていたマリー。

言ってることの大半は解らなかったけどお勧めされたロッカーについては後で調べて聞いてみようと思う。

 

 

 

「サクラウチ、あのコスプレはOut、次はもっとCoolなキャラを選んでちょうだい」

「そっかぁ……島と海に合わせてみたんだけどなぁ」

「アナタは普通にかっこいいのだから、それを生かせばいいのに」

「カッコイイかぁ……あんまり言われたことないからうれしいなぁ……」

 

 

 

マリーに容姿をほめられて、思わず照れてしまう。

やっぱり彼女と話していると顔が熱くなってしまうなぁ。

 

 

 

「ねぇ、サクラウチ……」

「なんだい?」

「明日、帰るのよね? Tokyoに」

 

 

 

そうだ、マリーと過ごす時間が楽しくて忘れてしまいそうになったが、明日には東京へ、家へ帰らないといけないんだ。

……たぶん、俺は二度とここのホテルに泊まることはない。

そうすると、マリーと偶然一緒の時に同じホテルに泊まるということも当然ない。

つまり、もう会うことはないのかもしれない。

 

 

 

「……そうだね、寂しいけどさ」

「私、楽しかった」

「……俺も楽しかった。奢ってもらって情けないけど、いろいろ話せて……よかった」

 

 

 

いろんなことを話した。

マリーの特技、俺の趣味、互いの好物、やってみたいこと。

いっぱい話して、気付けば彼女と普通に会話できるようになっていて――別れが惜しくなった。

 

 

 

「ねぇサクラウチ」

「なんだいマリー」

「結局、君の名前聞いてなかったこと、思い出しちゃって」

「そうだね……」

 

 

 

自分の名前、あの時は気恥ずかしかったけど、今なら言える。

そう思って顔をマリーのほうへと向けると、彼女はその柔らかな掌で俺の口をふさいだ。

 

 

 

「――教えなくてもいいわよ」

「……?」

「だって、今Answerをもらっちゃったら、もうアナタに会えないんだって――マリーは感じちゃうから」

「…………」

「だからね、次会った時に教えてもらうの。だから待ってる」

 

 

 

そう俺に告げて、彼女は立ち上がり、ホテルの中へと戻っていく。

――また会いましょうという言葉を残して、彼女は帰っていった。

初めてまっすぐ見れた彼女の瞳は、彼女の涙か、俺の涙かはわからないけど、ゆらゆらと水面のように揺れていたように見えた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

翌日、島を発つ俺を、マリーが見送ることはなかった。

一人寂しく東京に帰り、そして一年の月日が流れた。

父親の転勤によって、俺達一家は俺の思い出の場所――静岡県沼津市の内浦地区に引っ越すこととなった。

たった二日間の小さなロマンス……と、俺だけが思っているそれは、ここに引っ越してくるときに梨子に聞かせたところ――

 

 

『まるで物語みたい。また会えるといいね、兄さん』

 

 

――と、やんわり励ましの言葉をもらったものだ。

しかしながら、俺は島の向こう、本土のほうに住んでいる。

彼女は島にいて、それもただの宿泊客のためいつ来るのかわからない。

連絡先も交換し忘れていて、秘密の場所なんてそんな約束もない。

正直会うことは絶望的であったからこそ、梨子の励ましは余計に胸に刺さった。

 

 

そうして引っ越しから半年、俺はいまだに情けなくズルズルとあの時のことを引きずったままなのだが……我ながらになんて女々しい男か。

そんな情けない兄がうじうじしている反面、梨子は学校に慣れたのかスクールアイドル活動を始めたとか話してきた。

スクールアイドルと言えば梨子が通っていた音ノ木坂学院でも居たな。などといった話を彼女としていた時のことだ。

 

 

『兄さんに会わせたい人がいるの、次の休みあけておいてほしいな』

 

 

――と、梨子に言われた。

今日はその当日、待ち合わせ場所に指定してきたのは梨子の通っている浦の星女学院校門。

スクールアイドルの練習が終わる頃に来てほしいと言われたので、俺はその時間に校門前で、不審者ではないという証に学生証を常に開き手に持って待っていた。

 

 

 

「兄さん、待たせてしまいました?」

「いや、時間通りだよ梨子」

 

 

 

制服姿の梨子が学内から走ってきた。

スクールアイドルと言えばダンスをするらしく、今日もその練習のためか梨子の額には汗が浮かんでいた。

俺は念のために持ってきていたタオルを、彼女の額に数度押し当てる。

 

 

 

「あっ、ありがとうございます、兄さん」

「いいってことさ。妹が頑張っているのに、これくらいしかできなくて寧ろ悪いな」

「いえいえ、いつも兄さんには――じゃなくて、会わせたい人がいるんでした」

「そうだったな、それで、その人は何処にいるんだい」

 

 

 

俺の言葉に少し不敵な笑みを浮かべる梨子。

不敵? いや、この場合は『待ってました』という顔だろうか?

直後――聴き覚えがある、懐かしい声が、俺の耳に届いた。

 

 

 

「リコ、Lessonが終わったらすぐに来て欲しいって、一体なにが――」

「――ぁ、やっ……やぁ」

「――サクラウチ?」

「鞠莉ちゃんが、私の名前を聞いた時真っ先に『アナタに兄っている?』って聞いてきたので、兄さんの話と合わせてですね、もしかしたらって思ったのだけど、当たってましたね……よかったぁ」

 

 

 

マリーが、梨子の後ろにいた。

何故マリーがここに? 彼女はただホテルに泊まっていただけの子じゃあ……?

などと、俺の頭はとにかくぐるぐる回る。

だけど、それだけれども、そうだけども、俺は、彼女に対して、確信はあった。

あの金髪も、あの瞳も、あの声も、俺を呼ぶ【サクラウチ】の響きも――間違いなく、あのマリーだった。

 

 

 

「Hi、サクラウチ。私ね、あれから……コスプレ、頑張ってみたの」

「俺も……教えてもらったあのアーティスト聴いて、この前文化祭でやったよ」

「……久しぶり、また会えて、わたし……とっても、ハッピーよ!」

「俺も……はっぴーだよ、まりー、ひさしぶりだね!」




・告白内容
再会の喜び(桜内、鞠莉)
会わせたい人(梨子)



読了ありがとうございました、作者の秩序鉄拳と申します。
【出会いの海、始まりの話】、【Small Island Love Story】と二作品を上げさしていただきました。
皆様、いかがでしたでしょうか?

今回投稿いたしました二作品では、それぞれで【島】の扱いが大きく異なっております。
果南ヒロインの【出会いの海、始まりの話】ではアニメ、漫画にできるだけ近づけた【有人島】として。
逆に鞠莉ヒロインの【Small Island Love Story】では現実世界に限りなく近づけた【無人島】として描いております。
アニメ、漫画と、現実とではきっと様々なところが違うことでしょう、皆さまもその違いをアニメ開始後は是非探してみていただければと思います。

そして私が今回ピックアップしました三年生組の二人。
人気投票の結果ではあまり目を向けられていなかった二キャラですが、今回の私の作品を気に、【松浦果南】を、【小原鞠莉】の魅力を皆様にも探していただければなと思っております。

最後に企画主である鍵のすけさん、副企画主である香月あやか(kazyuki00)さんへの感謝と労いを以って私の手番を仕舞にいたします。
お二方、大変お疲れさまでした、そしてありがとうございました。


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幸福海洋論

「空と雲、時さえ早し履歴」でお馴染みの笠雲さんです!どうぞ!どうぞ!By企画主催者


はじめまして笠雲と申します。
この度は、鍵のすけ様が主催するラブライブ!サンシャインの合同企画に参加させていただきました。
私の今作品のテーマは「過ぎ行く日々」「時の流れ」「万物に存在する有限」と言った感じでしょうか。
ラブライブ!サンシャインの風景観を少しでも色濃く出来ていればと思います。
それでは、よろしくお願いいたします。


海が好き。その感情はどこからくるのだろうか。

答えは既に出ている。それは一つじゃない、例えば、海に沈む夕日が好きだから海が好き。

海鳥が天高く声を上げて、生命を謳歌しているから海が好き。何も考えずにぼーっとできるから海が好き。

波の音を聞いてると小さな悩みがどうでもよくなってくるから、海が好き。

考えれば考えるだけ出てくる数々。でも、一番真っ先に頭に思い浮かぶのは

 

――――キミと海を見ていたから。

 

 

 

 

好きな人がいる。

突然として話しかけられて、出会い方は謎だったものの、気付いたらその気持ちは芽生えていた。

これは、キミを通して過ごす3年間の履歴的な海洋論。

 

 

 

 

 

出会いを遡るとそれは高校一年生の春になる。

 

 

 

親の都合で中学を卒業した後に父親の実家に家族で帰ることになり、高校も実家の近くの場所に通うことになった。

最初に話をされた時は断固拒否していたのだが、東京にもすぐ行けるしよく考えれば隣の県に移動するだけ。そう考えた俺は考えを改めて『大丈夫』という返事をしてしまった。

この『大丈夫』はどうやら俺の口癖らしい。全然大丈夫ではない時にも『大丈夫』と言ってしまう。それは親にも指摘された。

そしてこの時の『大丈夫』で、引っ越してからの後悔は凄まじかった。

東京までは快速に乗っても2時間以上の時間が掛かり、金額にすると2,270円。普通に高い。

そう易々と中学の友達に会いに行く、という考えは完全に除外されてしまった。そして通い始める高校は女子校から共学になったばかり。

浦の星女学院というらしい、せめて共学にするなら浦の星学院に直してほしかった。男子生徒数は全然見込みが持てないと入学が決まった後に言われ、そこで俺は再び絶望の淵に立たされたのだ。

こんなことなら東京でバイトをしながら一人暮らしをして高校に通った方がまだ良かったのではないだろうか。そう何度も頭の中で考えた。

希望的観測を胸に抱けずにいたので、投げやりな気分になりながら気分転換に外へ出掛けた。

すると自転車を少し走らせたところに絶好のオーシャンビューが臨めるスポットがあるではないか。

気分転換に海はちょうどいい、そう思い自転車を停め砂浜へと降りた。

 

あの時、時間は昼下がりくらいだったかもしれない。

上空、テトラポット、防波堤、見える範囲には鳥が羽ばたいているだけ。聞こえてくるのは波の満ち引きと、生命の呼応。

東京にいるだけでは絶対に味わえなかったであろうシチュエーションに、少しだけ感動したのを覚えている。

それと同時に、どうしてこんなことになったのだろうという、やりきれなさと切なさが急に込み上げてきて、本当に頭が空っぽになって海をずっと見つめていた。

 

気付いたら、夕焼け。辺り一面が真っ赤に染まり、深紅の世界が広がったその光景に、まるでこの世が終わってしまうかのような美しさを見出していた。

 

「海の夕焼けって、こんなに綺麗なのか」

 

意識よりも先に飛び出していた言葉に、自分で納得してしまった。むしろ、綺麗という言葉では終わらせてはいけないくらいの、簡単に崩れ去ってしまう硝子細工のような光景がそこには広がっていたのだ。

東京にいたころは、それこそ近くの海と言ったら東京湾くらいで。ちょっと離れて熱海とかに行けば見れるけどわざわざ海の夕陽を見に数時間を掛けて遠出をする、ということもなかった。

無言で語りかけてくるような夕日に、脳裏に思い浮かんだのは東京での暮らし。そして引っ越してきたことへの後悔。

でも、目の前にある赤色の光景を見て最後に浮かび上がったのは、見れて良かった、という心情。

 

少しは、引っ越して良かったと思った。

 

夕日が沈むにつれて、周りの街灯が徐々に光を帯びてくる。

視界に広がる赤色は徐々に海の元へ収束していき、波の音がその主張を抑えてくる。

ありふれた光景なのかもしれないけれど、どこか現実離れした光景に、自然と目頭が熱くなったのを覚えている。

 

 

その時、足音がしてふと横を見ると女の子が立っていた。

 

 

 

 

キミとの出会いは、ここが始まりだった。

 

 

 

 

 

「…………明日の天気は、きっと晴れ!」

 

「……もしかして、俺に言ってます?」

 

「うんっ!キミしか人いないでしょ?」

 

「まぁそれもそうですけど……何か用?」

 

 

 

 

暁鼠色の髪を肩くらいまで伸ばした活発そうな彼女は、突如として声を掛けてきた。

どこか大人びている顔から、無邪気な喋り方。悪い人ではなさそうだが、突然に明日の天気を告げられたので少しだけ警戒していた。

 

 

「海を見に来たんだ。そしたら暗い顔をしたキミがいたから」

 

「声を掛けた、と?」

 

「そういうこと!」

 

「はぁ……暗い顔してたのか、それはどうも」

 

 

当人は特にそんな気ではなかったのだが、どうやら顔が曇っていたらしい。

隣まで来て笑顔で話す姿に、少しだけ動悸が早くなったのを覚えている。

 

 

「でも、なんで天気のことを?」

 

「私の特技なんだ、この街の天気予報!」

 

「へぇ……」

 

 

思いっきり疑いの眼差しを向けた。

特技が天気予報ってなんだよ、タウンページでも配ってろよ。お天気コーナークビになっちゃうぞ。

軽々と声をあげるキミに、そんな考えを浮かべていた。最も、他の誰が来てもいきなり声を掛けられるのは驚くと思う。

 

 

「あ、その顔……信じてないな~?」

 

「そりゃあ知らない人に急に言われてもな……」

 

「だって暗い顔してたから……」

 

「そんなか?」

 

 

流石に申し訳ないと思ったのか、少し顔に影が差してキミは言った。

しかし、初対面の彼女にすらそう思われるほど顔が落ち込んでいたのだろうか、はたまた彼女が人の感情や表情に敏感なのだろうか。

少し、申し訳ないことをしたと思ってしまう。

 

 

「うん、元気なさそうだなぁって思ったんだ」

 

「そっか……いや、確かに気持ち的には暗かったから正しいんだけどな」

 

「あ、やっぱり??私の予想は当たってたんだね!」

 

「まぁ……少し落ち込んでただけだから、海見てたらなんかどうでもよくなっちゃったし」

 

 

ホントは、どうでもよくはなってないんだけれども。少しだけ和らいだ気持ちから、自然と言葉が出ていた。

キミは清々しいほどの笑顔を、薄暗闇の中でこちらへと向けてきた。

 

 

「うんうん、海は良いよね!分かるよ!」

 

「そうだな、こんなにきれいな海は初めて見た」

 

「初めてっていうのはここに来るのがってこと??」

 

「ああ、先週引っ越してきたばかりなんだ」

 

「お~!そうだったんだね!」

 

 

少し驚いたような表情で、キミが言う。

波音と木々のざわめき、磯の香り、走行音。鮮明に聞こえてくる音たちが、まるでオーケストラのようでこれは夢かと疑いたくなる。

このまま全てが凍りそうな、どこか外れた雰囲気に心まで飲み込まれそうだった。

 

 

「どうして落ち込んでいたの?」

 

「それは……東京から引っ越してきたのは良いけど友達とは離れるし、何もないし。思った以上に不便だったから投げやりになってたんだ」

 

「なるほど!うんうん、東京からだったらそうなるのも分かるよ」

 

「で、気分転換に外に出たらここを見つけて……それで今までずっといたんだ」

 

「そうだったんだ!ここはね、私のお気に入りの場所なんだ」

 

 

少しだけ前に歩みを進めて、こちらに振り向いてキミはそう言った。

 

 

「そうなのか、確かにここからの夕日は最高だったなぁ」

 

「そうだよね!私も夕日が見たくて来たんだけど、お父さんのお手伝いしてたら間に合わなかったぁ」

 

「お手伝い?」

 

「うん!私のお父さんは船の船長なんだ!それで海に出てお手伝いしてたの」

 

「へぇ……海沿いの場所だとそういう家庭も多いのか」

 

「うん、海がなくちゃ生活が成り立たない家は沢山あると思う!」

 

 

土地柄、というやつなのだろうか。やはり海に近い町だとその職が海に携わることが多いらしい。

街中のコンクリートジャングルでは、滅多に見掛けない光景。海を見渡すと、恐らく漁師のものであろう船が何隻も泊まってみえた。

漁港の灯台、停泊した漁船、幾重にも重なる開けた空。改めて辺りを見ると、都会では到底味わえない風景が広がっている。

 

 

「そういえば!学校はどこに通うの?」

 

「浦の星学院……って名前だったはず」

 

「あ、じゃあ私と学校一緒だね!」

 

「女子校だったらしいし正直気が進まないけどな」

 

「大丈夫だよ!新一年生?」

 

「そ、先月卒業したばかり」

 

「じゃあ私と同い年だから同じクラスになるかもだね!」

 

 

そう言ってキミは今度、後ろに向かって歩みを進めた。

少しの間砂浜を歩く音が耳に入り、薄暗闇の中で後ろへ振り返る。

 

 

「私の名前は渡辺曜!今年から浦の星学院の1年生!好きなことは海に飛び込むこと!特技はこの町の天気予報と高飛び込み!よろしくね!」

 

 

何かと思えば、突然自己紹介を始めたキミ。

 

 

「暗くなるとお母さんに注意されちゃうから、もう帰るね!また会えるといいね!」

 

 

そして、こちらの自己紹介も聞かずに帰ってしまった。

 

 

ここに引っ越してきて1週間。

投げやりな毎日を道端に転がし、今に到った俺は、海風のようなキミに出会った。

 

 

 

 

 

あれから、キミとは結局同じクラスになれなかった。

でも、此処に来るとたまにキミがいた。それは休日だったり、平日の夕方だったり。

いつしか、それが日課になっていて。何の気なしに此処に来てしまうようになっていた。

 

 

「明日の天気は雨かな……」

 

「いや、これは晴れだな」

 

「えー雨だよ!向こうにあるの雨雲だよ!」

 

「天気予報で晴れだって言ってたから!キミも見てみろよ!」

 

「……ホントだ。で、でもあれは雨雲だから雨降るよ!!」

 

「往生際が悪すぎるぞ、分かった。明日晴れだったら昼にここな?雨だったらまた今度な??」

 

「うん、絶対降るからね!私の天気予報は外れません!」

 

 

特技が天気予報、というよりは趣味が天気予報だったキミ。

会う度に明日の天気は~と言って予想を立てはじめる。正直何を基準にして言ってるのかさっぱりわからない。

それを横目に俺はアプリの天気予報を起動し、予測と外れるかを予測するのだ。

間違う時もあれば、合う時もある。つまりどこぞの占い師のように曖昧なのだ。とは言っても自然を人間が予測できるなんて言うのはおこがましいから、占い程度の予測でちょうど良いと思った。

完璧に天候が知れたら便利かもしれないけれど、偶然的な奇跡に出会えることは少なくなるだろう。

例えば、雨上がりに空一面に掛かる虹。雲の隙間から太陽が照らす斜陽の兆し。そして、あの日のような夕陽。

 

 

 

「こんにちは」

 

「こ、こんにちは……」

 

「雨が降るって言ったの誰だって?」

 

「うう……で、でも夜中降ったじゃん!雨雲あったよ~!」

 

「でも今は??」

 

「は、晴れてます……」

 

「はい、これで64回中26回外れな」

 

「そんな~……今日は当たる気がしてたんだけどな」

 

「もうすぐ当たりと外れ半々になっちゃうけど?ほんとに特技として名乗って良いのか??」

 

「うっ……特技だよ!天気予報と高飛び込みは特技!」

 

 

 

 

入学してからほぼ途切れることがなくキミと会っていた。

知らぬ間に芽生えた気持ちへの名付け方など、その時の自分は分からなくて。表しがたい感情を、いつしか胸に秘めていた。

その気持ちに気付く間もなくという時に、キミから告げられた喜ばしくも残酷な知らせ。

 

 

 

「その……ね、私、アイドルっていうのをやることになっちゃいまして……えへへ」

 

「……アイドル?」

 

「そう!千歌ちゃんと梨子ちゃんと一緒にね!」

 

「あの2人か……なんでまたアイドル?」

 

「ほら、私達の学校廃校危機じゃない?だからスクールアイドルをして売り込みをしよう!って」

 

「ああ……そういえば何年か前に都内の学校がそれに成功してたな」

 

「うん!千歌ちゃんがそのグループが好きだったんだって。それで誘われたんだ」

 

「アイドルねぇ……」

 

 

正直告げられた時は気が気じゃなかった。

この平坦だけど、それでも心地良い日々が終わる様な気がして。今まで隣にいたキミが遠くに行く気がして。

……他の誰かに、獲られるような気がして。

素直に応援してあげれない自分が、なにより惨めで。元々誰のものでもないのに、勝手に落ち込んでる自分に嫌気がさした。

それと同時に、キミのことが好きだったんだということを頭の中で理解したんだ。

 

 

「私、アイドルなんて出来るのかな……その、ね、やるとは言ったんだけどやっぱり私って海と運動大好きだし、アイドルとは程遠いし」

 

「……はぁ、いつもの元気はどうした?キミは元気があってこそだろ」

 

「うん……でも皆みたいに可愛くないしキラキラもしてないのに大丈夫かなって……」

 

「あのなぁ……キミも十分可愛いから、そんな謙遜しなくて良いぞ」

 

「うんうん……そうだよね……って、え!?なんて言ったの?!」

 

「だから十分可愛いから謙遜しなくて良いって」

 

「な、ななな……なにもう!急に恥ずかしいこと言わないでよね!どーしよ!」

 

 

普段から活発なだけあってリアクションも元気がよろしい。

きっと、こうやって何事にも純粋な反応をするキミが可愛くて好きになったんだろう、そう考えた。

 

 

「そ、それでね!会えなくなるかなって思ったんだけど週に一回とかは休みありそうだし、夕方には練習が終わるときもあると思うから会えなくなるってことはないよ!」

 

「あ、そうなんだ。でも良いのか?アイドルだったらスキャンダルされるぞ」

 

「えっ……えっと、だ、大丈夫だよ!ここあんまり人来ないし!来てもランニングの途中に会ったって言えば大丈夫って感じ?」

 

「それで引いてくれるのか……?いや、キミが良いなら俺は良いけど」

 

 

結局、今までより少し会いづらくなったというだけで会うことは可能だった。

回数は減ったけど、その後も少しずつだけど会っていったんだ。勿論、こっちの気持ちは向こうには言ってなかった。

言ったら、この関係が崩れてしまうかもしれない。スクールアイドルの活動に影響が出てしまうかもしれない。

その気持ちを隠しながら、向き合う毎日。

 

 

「やぁ!今日は練習帰りです!」

 

「おつかれ、俺もさっき来たところ」

 

「ほんと?一人で寂しくなかった?なんちゃって……えへへ」

 

「大丈夫だけど……ずっと漁船が行ったり来たりしてるの見てたから」

 

「何か面白いことでもあったの?」

 

「いや、あの漁船のとこ行ったら生魚食べさせてもらえるのかなって」

 

「えぇ……う~ん、どうなんだろ!」

 

 

少し困ったような顔で言ったキミに、違和感を覚えた。

 

 

「なんでそんな微妙そうな顔なんですか」

 

「え、えっとぉ……その、私お刺身嫌いで」

 

 

瞬間、脳に衝撃が走る。

あれだけ海好き!船ラブ!海の中って素敵!!みたいな子がまさかの魚嫌い、と。

海洋を泳ぐ生物を食べるのはあまりに残酷すぎるから食べないと。嫌い、と。

 

 

「好き嫌いはダメだぞ」

 

「お刺身じゃなかったら食べれるよ!法華とか!」

 

「好き嫌いはダメだぞ」

 

「うぅ……苦手なのは仕方ないでしょ!ほら、その代わり私ハンバーグ好きだから!」

 

「いや、代わりって何?!変なこと言うな!」

 

 

何気ない日常は、音の速度で過ぎていき、いつしか海洋を誇る時も終わりを告げようとしていた。見えずとも赤い空。

 

 

高校3年生の夏。アイドル活動による効果は思った以上に大きく、伝説の再来と呼ばれるほどにまで到っていた。

最も、グループ自体は高校2年生の3月時点で解散している。なぜなら3年生の進路がバラバラだったからだ。

それぞれが幾つもの分かれ道や決意を潜り抜けて、中間地として集まった此処。そこからまた新しい分岐と選択の道が始まっていこうとしていた。

それは、キミからの言葉がきっかけだった。

 

 

「私ね、東京の大学に進学しようと思う」

 

「……はい?」

 

「東京の大学に!進学しようと思います!」

 

「ってことは?」

 

「受かったら東京でも会えるよ!」

 

「なんでまた東京に」

 

「乗船実習が出来る大学があるみたいで、そこなら夢を叶える一歩になりそうなんだ!」

 

「……フェリーの船長だっけ?」

 

「正解!私のファン第一号なだけあるね」

 

「誰がファンになったんだよ、誰が!」

 

 

その知らせとは東京の大学を目指すという決意。

出会った時から船の船長が夢と言っていたキミは、本格的にその道を歩むらしい。

こちらといえば海とは関係ないが、東京の大学に進学を考えていた。

そして、この時に同時に思ったのだ。告白するなら、高校の間しかない、と。

 

ここでキミに気持ちを伝えないなら、自分の気持ちに嘘をつくことになる。

過去も未来もない、有限。今日と昨日の境目も関係なく、生きている限り続く自分自身の物語に嘘をつきたくなかった。

というのはそれなりの決意表明で、単にキミに好きだと伝えたいから。2人で会える機会が減る可能性があるなら、今言うべきだと思ったからだ。

 

 

 

人生を本に例えよう。

時間は有限、つまりどんな今日だって限りある一生の一ページなのだ。だから、読み飛ばしても良い今日はない。

そして、自分が執筆者だったらどうだろう。生まれた時からページを書き足していくのは、自分自身。

だとしたら、新しい次の章は自分自身が書き始め、自分自身が完結させなくてはいけない。

ちぐはぐだとしても、内容が全然違ったとしても、登場人物が違ったとしても、そんなものなのだ。

だから、これからの一ページを作り上げる自分として、キミに伝えるのだ。

 

 

 

 

「はいはい!今来たよ!」

 

「お、おいっす」

 

 

緊張し過ぎて挨拶まで意味が分からなくなった。

昨日はずっと考えていたから、今日、何を伝えようかを。

 

 

「あのさ……伝えたいことがあるんだ」

 

「お?ついに曜ちゃんマニアを認める気になったのかな?」

 

「まぁ聞けよ。ずっと前から……それこそ、遡ったら去年の春から、いや、自分で気づいてなかっただけでもっと前からなのかもしれない。その、キミのことが……あー!つまり、好きだ。キミのことが、好き。」

 

 

ついに言ってしまった。

終わりか始まりか、審議の言葉。新しい一ページの、書き出し。

 

 

「そ、それは……人としてってことかな?」

 

「人としても勿論好きだけど、異性としても」

 

「そ、そっか……うん、そうだよね」

 

「その、今じゃなくてもいいから、答えを貰えると嬉しい」

 

「いや!今返すよ!あのね、正直私は女の子って感じじゃないし、恋愛とかにも疎いし……でも、キミといると安心できるんだ。Aqoursをしてた時も変わらず会ってたし」

 

「うん?」

 

「だからその……私も、好きなの……かなぁ?」

 

「疑問形かよ!」

 

 

心臓が高鳴る今、疑問形で返される今、全部が有限で、全部が過ぎ去る時。

 

 

「だからね、その……私も付き合ってくれると、嬉しいの……かな?」

 

「また疑問形かよ!……でも、じゃあオーケーってこと、だよな?」

 

「うん……これからはもっと曜ちゃんマニアになってもらって、抜け出せなくさせるからね!」

 

 

全部同じ重さで、全部同じ尺度で、目の前にあるものすべてが有限で。

海から始まったこの物語は、これから第2章の執筆に入る。

 

 

2章のタイトルをつけるなら……そうだな。

「海洋幸福論」これが良い。

 

 

 

 

 

 

 

 

これは、これから始まる有限と分岐の物語。

 




 お読みいただきありがとうございます。
少しでも、何か響くものがあったなら幸いです。今回は言葉の語感や発音した時のリズムの良さなどに意識を置いてみました。
曜ちゃんかわいいですよね、最高。

 さて、次の企画参加者はカゲショウさん。
彼の捻られた文章は読んでて純粋な面白さがあります。恐らく私とは違ったベクトルでの読み応えがあると思うので、是非一読を!
 
 では、ラッシャイ企画。是非最後までお楽しみください。
読了ありがとうございました。


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ごく一般的な恋愛物語

「ラブライブ!~胸(ポケット)にはいつも転学届~」でお馴染みのカゲショウさんです!どうぞ!By企画主催者


どうも、カゲショウです。
実はも何も、こういった企画に参加するのは初めてで、いざ前書きで何を語ればいいのか分かりません!!
しかもかなり豪華な作者様に挟まれて最後らへんとなると、結構プレッシャーを感じております(笑)しかも被災してちょっと執筆が出来なかった時期もあり、締め切りに間に合うかもひやひやした作品でもあります。
ですが、一応カゲショウらしく書けたつもりです。よろしくお願いします!



「好きな人が出来ました」

 

 空高く、窓から吹いてくる風が少し肌寒く感じ始めるようになった秋の昼。

 母が作ってくれた手製の日の丸弁当を机に、僕の対面で購買のパンを頬張る親友に唐突に告白してみた。

 親友はもさもさと咀嚼するのをやめて、明後日の方向に向けていた視線を僕に向ける。僕の親友はイケメンで感情の起伏が小さくてイケメンで無表情クールで有名だけど、流石に親友の突然の告白に驚きを隠せないのかな?

 そう思って優越感を感じている僕に、親友は変わらぬ表情でパンの無くなった口を開いた。

 

「そうか」

 

 それだけ言ってまた視線を明後日の方向へ向け、もっさもっさとパンを食べ始めた。何か食い方が寝起きのおっさんみたいな食い方だなぁと激しくどうでもいい事を思ったのは、親友がソフトフランスパンを半分ほど食べ終わった所だった。

 そしてそれ以上のコメントが無い事に気づいたのもほぼ同時だった。

 

「って、え? それだけ?」

「そうだが、何か問題でも?」

「問題が大ありだよ!! 何でそんなドライなのさ!!」

「興味がないから」

「クールすぎだよ! でもそんなところもカッコいい!!」

 

 なんて親友だ。コイツがびっくりすると思って昼ご飯時に唐突に暴露したのに……驚くどころか凄くドライな反応をされるなんて予想外だよ! もっとこう、「マジで?」とか「びっくりぽんや!」とか「それって……俺の事?」とか反応が欲しかったのに!! このドライ星からやってきたドライアイスマンめ、カッコいい!

 そんな不満を唇噛みしめながら親友を睨んで思っていると、箸休めの『おいしそうな牛乳』を飲むのをやめて、親友が呆れたような眼で僕を見る。

 

「あのさ、元々他人の恋愛に関してそこまで興味ないのに、そんな事突然言われてもドライな反応しか返せないのは分かってただろ?」

「他人じゃなくて僕達親友じゃないか!」

「気のせいだろう」

「そんな! 僕が信じていた事は嘘だったというの!?」

「何でいちいちそんな大げさなんだよ……」

「知らないよ!!」

「知らないのかよ」

 

 自分の事さえ分からなくなる時ってあるよね。そう、例えば恋をしてしまった時のように……。

 キメ顔でそんな事を思っていると親友にひかれた。具体的には椅子ごと十センチくらい後退された。心の溝を感じるよ、親友ぅ……。

 えぐえぐと大の高校二年生が涙を流しながら日の丸弁当を食べる。あぁ、しょっぱい。ご飯がしょっぱ……酸っぱい。梅超酸っぱい! これが青春!!

 

「…………で、何だ?」

「? ??」

「お前は数十秒前の自分の発言すら忘れるのか、鳥人間」

「コンテストに出たことは無いよ?」

「そういう意味じゃ……いや、まぁいいや」

 

  何かを言いかけたけどすぐにやめて、最後の一口のソフトフランスパンを口に入れた。頬が少しだけ膨らんでるその姿はさながら木の実を頬張る小動物みたいで可愛かった。おっさんみたいな親友はいなかったんだね!!

 

「で、だ。さっさと要件言ってくれるか? 俺はこの後寝るって用事が入ってるんだが?」

「えっと、何の事でしたっけ?」

「お前に好きな人が出来たとかなんとか。そんな感じの話」

「おお! そうだった!!」

 

 すっかり忘れてたよ。何でそんな大事な事を忘れたりしたんだろう? あれ、そもそも何の話してたっけ?

 話の経緯を思い出せないが、まあいい。そんな事より話の続きだ。

 

「そうそう、僕好きな人が出来たんだ」

「おめでとう。で、だから?」

「相談に乗ってくださいイケメンの親友」

 

 机の上に三つ指ついて頭を下げる。前髪が日の丸に触れたような気がしなくもないが、きっと気のせいだろう。

 

「……何か嫌味に聞こえるんだが?」

「まさか!? 僕が君に嫌味なんて言うわけないだろう!?」

「それは分かってるつもりなんだが……まぁいい。取り敢えず前髪についてる米粒とれよ」

「あ、はい」

 

 まさか付いていたとは……ちょっと恥ずかしいな。

 取り敢えず前髪についた米粒をとってパクッと食べる。親友がうわぁと更に三センチほど後退した。泣ける。

 でも流石にここで泣いて日の丸弁当を食べてたらさっきのループになるかもしれないので、何とか涙をこらえて僕は話す。

 

「その子にどうアプローチしていいのか分からないんだ。何かいい方法無い?」

「まずそいつが何者なのか説明するところから始めてくれないか?」

「あ、そうだね」

 

 大事なところを省いてしまった、僕反省。

 僕は一つ咳ばらいをした後、いたって真剣な顔をして親友と向き合う。

 

「えっと、その子は毎朝学校に向かうバスの中で見かける子なんだけどね、すっごく可愛いんだ」

「ウチの学校の奴じゃないのか?」

「多分。あの制服はどこだったっけ……。えっと、浦スターミッションみたいな所。制服姿もすっごく可愛いんだ」

「浦スターミッション? …………………………もしかしてミッション系の浦の星女学院の事か?」

「あぁ、そうそう。其処だよ。あの子はそこの中間服姿もすっごく可愛いんだ」

「『浦』しか合ってないじゃねーか。というかうざいから可愛い言うのやめろや」

「解せぬ」

 

 本当は彼女の可愛さは言葉にすると長いから、簡潔に万人にも分かる表現をしたというのに……。あ、もしかして語尾に可愛いってつけるのが気にくわないとかかな?

 

「バスで談笑してる姿も可愛い。で、その子はね――」

「じゃあな。昼休み終わるまで外で寝てくるわ」

「え、ちょ、待って!?」

 

 席を立って僕に背を向け歩き出す親友。僕はその裾を掴み必死に引き留めた。親友のデレの無いツンデレはちょっとわかりにくいから困るね、まったく……。

 必死に懇願して親友を席に座らせ、話を再開する。

 

「で、その子が好きすぎてたまらなくて毎日心が輝いて仕方がないからどうしたら結婚できるか教えてください!!」

「お前、恋愛が下手なのか思考回路がぶっ飛んでるのかはっきりしてくれないか?」

「しいて言うなら奥手……かな」

「あ、そ」

 

 はぁあああとこれ見よがしに大きなため息を吐いて額を抑える親友。お疲れかな? まだ午後の授業があるのに大変だなぁ。

 じろりと僕を半ば睨むように見て、どんと拳で机に軽くたたいた。

 

「冗談もネタも天然もいらねぇ。さっさと話せ」

「い、イエッサー!!」

「まずそいつに惚れたのはいつなんだよ」

「えっと、春頃です!」

「春……というと半年くらい片思いしてんのか」

「え? いや、一年の春ね」

「片思いこじらせすぎだろお前!!」

 

 流石に自分でもそう思います。奥手だからと言い訳してきたけど、流石にこじらせすぎかなと思い、今日相談した次第です。はい。

 完全に呆れた表情で僕を見る親友を見るのが辛く、窓の外に視線を逃がす。あぁ、秋の空があんなに高く澄み渡ってる……。

 

「……はぁ。まぁそんだけ期間があったんなら何かしら情報は持ってるだろ。名前は?」

「知らないよ?」

「…………お前との間柄は?」

「バスで見かける赤の他人」

「………………会話を交わした回数は?」

「ゼロだよ!」

「………………………………………そいつの容姿は?」

「明るい茶髪のショートで、左耳の上あたりから結ってる短い三つ編みがキュートなんだ。ぴょんって伸びてるアホ毛も悶えるほど可愛い。そして幼さを残した顔に浮かべる屈託のない笑みが凄く素敵なんだ。くりっとした丸くて大きいガラス玉みたいな純粋な瞳とかもうあの子の性格を表してると言えるよね。身長は160位で服の上からは良く分からないけどスタイルも悪くないはず。いや、どんなスタイルでも可愛いんだけどね? それで聞いてるだけで元気のもらえる声が最近の僕の生きる源にさえなり始めたね。こう、伝説のスクールアイドルのリーダーの子を彷彿とさせるけどカリスマ性とかまったく感じなくて、でも誰よりも全力でやるよ! みたいな性格がこれまた魅力的で――」

「おう黙れストーカー」

「ストーカー!!??」

 

 ストーカー。それはある個人に対して付きまとい行為を働く者を指す。最近ストーカー規制法などの法律が整備され始めたが、いまだに被害報告は絶えない。ストーカーの中には凶悪行為を働く者いる。

 要約すれば迷惑野郎である。

 

「僕が、そんなストーカーと一緒…………?」

「こじらせすぎだお前は。もはや一歩手前みたいな所あるぞ……」

「犯罪には走らないよ。困る様な事はしたくないからね」

「……お前が他人に誇れる親友で俺は安心だよ」

 

 中々嬉しい事を言ってくれるじゃないか、親友! 僕も君が大好きだよ! バスで見かけるあの子の次位に!

 愛情表現の為に抱きつこうとしたけどデコクラッシャー(別名デコピン)をくらい、あえなく断念。

 若干痛む額を押さえつつ、僕は親友に助言を乞うた。

 

「それで、こんな奥手な僕が彼女と結婚するためにはどうすればいいの?」

「まず最終目標があれだが、無難に挨拶から始めるしかないんじゃないか?」

「という事は彼女にこれから毎朝「おはよう」を言えば良いわけだね!!」

「最初はそれだけでいいが、ある程度回数をこなしたら少しずつ会話を広げるように気をつけろよ」

「成程! 流石親友、頼りになる!!」

「そいつはどーも。じゃ、俺は寝るからな」

 

 照れているのか少しだけ鉄皮面を赤くさせてそっぽを向き、机に突っ伏してしまった。そんな親友も可愛いと少し思いつつ、ありがとうと小声で呟いた。

 高く澄み渡る空。無限に広がりゴールの見えない空は、これからの僕の人生のようでなんだか少しだけ怖くなる。

 だけど、僕はそれ以上にこれから先の誰も知らない未来に期待せざるを得なかった。

 

「小さな事から一歩ずつ。頑張るか」

 

 教室の喧騒の中に、その言葉は飲み込まれていった。

 

 

○●○●○

 

 

「フられました」

 

 翌日の昼、昨日に引き続き澄み渡る秋空から涼風が吹き込む教室で母特製ののり弁(海苔と白米のみ)を食べながら親友にそう告げた。

 親友は購買で買ったチョコチップメロンパンを咀嚼している口を止め、数回瞼を開閉した後に表情を変えずメロンパンを机の上に置いた。

 

「お前さ、取り敢えず一から説明する癖をつけようぜ」

「オッケー。取りえず回想入るね」

「漫画じゃないんだから一から十まで口で説明しろよっ!!」

「いひゃいいひゃい!! わひゃった! わひゃったはら!!」

 

 軍艦のサルベージよろしく、右親指と人差し指で僕の左頬を釣り上げてくる。冗談抜きでかなり痛い! 指先で最少面積をつまんでくるからかなり痛い! 青春は甘いだけではない、苦いだけでもないんだね!! 痛いよ!!

 必死に懇願してようやく指を放してもらえたので、ひりひりする頬を押さえながら、今朝の経緯を親友に語る事にする。

 

 

 そろそろ朝も肌寒くなり始めた朝、僕はいつもの時間に起きて身支度をし、朝食の磯辺上げと昆布の佃煮を食べて家を出た。

 バス停でバスを待つ間、今日もあの子に会えるだろうかと踊るほどの胸は無いけれど胸が躍った。そしてそれと同時に、今までにない緊張感も襲ってきた。

 

「と、取り敢えず今日は挨拶だけ……いや、何か一言でも会話をした方が……っ」

 

 そう、昨日親友に言われた事を実践するからだ。

 今まで奥手で話しかける事すら困難だった僕だけど、やっぱり好きな人だから一生傍にいたい。いきなりは無理だけど、一歩ずつ歩みを進めよう。今日はその記念すべき第一歩なんだ!

 ドキドキと心臓が僕の寿命をどんどん縮めていく中、バスが来たので大きく深呼吸を一つして乗車口から乗り込んだ。

 まだ人がそんなに多くない時間帯、バスの中はがらんとしていて空席が酷く目立っていた。もっとも、ここら辺は若者の人口がそんなに多くないから多くてもそんなに変わらないんだけど……。

 苦笑しつつがらんとした車内を見回し、ある一点で僕は視線を動かすのをやめさせられた。

 

「ぁ…………」

 

 その子はバスの最後尾席の窓際に座って窓の外を眺めていた。

 秋の優しい朝日が当たって淡く反射する明るい茶髪、そして左耳上辺りで結った三つ編みがバスの振動で上下左右に尻尾のように揺れている。

 まだ少しだけ幼い顔にはいつものような花丸笑顔ではなく、何処か物憂げな大人びた様子でガラスの瞳で遠くを見ていた。

 いつもとは少し違う彼女。どうしたのだろうと心配な気持ちはある。

 でもそれ以上に物憂げな彼女の普段とのギャップが愛おしすぎて、僕はその場から中々動けなかった。

 ……………………ミカエルあたりの方ですか?

 

「はっ! トリップしてる場合じゃない。挨拶をしなきゃ……」

 

 パンパンと両頬を思いっきり叩いて気合を入れる。大切なのは第一印象なんだ、とちらないように、だけど自然に笑顔に……。

 その事を頭の中で反芻しながら揺れる車内をバランスを取りながら進む。

 ドクンドクンとなっていた心臓が彼女に近づくにつれて強く聞こえる。血流が良くなりすぎて顔が熱い。

 おはようございますって言って前の席に座ればいいんだ。取り敢えず今日はそれだけでいいんだ……っ!

 そして遂に僕は彼女の目の前まで来た。

 僕の気配に気づいたのか、彼女が少しだけ顔を此方に向けたため視線と視線が交錯した。

 今を逃すわけにはいかない!

 

「あの――」

 

 僕は逸る胸の鼓動を抑えながら、それを表に出さずあくまで自然な笑顔で彼女に声を掛けた。

 

 

「おはようございます。僕と結婚してくれませんか?」

 

 

「………………ぇ?」

 

 背景親友殿。今年……いえ、人生最大のやらかしをしてしまいました、まる。

 いや、ホント凄いやらかしだよね。レベル的に言えばテニスの試合でラケットからユニフォームの試合セット忘れて、パジャマで会場来るくらいのレベルだよ。

 わっはー、やーらかしたぜー!! あの子もすっごい目見開いて固まってるし、ほかの乗客もこっちをばっちり見てるし……恥ずかしっ。でもそんな表情も可愛いっ!

 

「あー、えっと……」

 

 取り敢えず弁明して『いきなりプロポーズしてきた謎の高校生不審者』から、『何かの手違いでうっかりプロポーズした謎の高校生不審者』にイメージを改めないと!!

 

「あの、弁明してもいいですか!?」

「ひゃ!? え、あ、はい!」

 

 困惑と注目されてる事の恥ずかしさからか、彼女はいつの間にか熟れたリンゴのように顔を真っ赤にして口をパクパクとしている。うーん、正直この顔もずっと眺めていたいけど、これからの未来の為に弁明の方が優先かな。

 

「その、操作ミスというかなんというか……さっきのはちょっとした手違いで……。あ、でも結婚したいというのは違わなくてですね!?」

「ぇ、ぁぅ……」

「可愛い! じゃなくて! えっとですね、まとめると去年の春から僕は貴女と結婚したい程愛してるんですが、取り敢えずまず挨拶から始めようって思ったんですけど今日の貴女が凄く綺麗でそれで、その!! 大好きです!!」

「ぁぅぁ~……」

 

 片膝をついて彼女に手を差し出した状態での告白。僕と彼女だけを切り出せばドラマのワンシーンのような光景なのだろうが、場所は揺れる電鉄バスの中で互いがほぼ初対面だということを含めればただの変な奴だよね。僕は気にしないけど!

 完全に茹で上がったタコみたいに……いや蟹みたいに顔が真っ赤だね。太陽ですか? いいえ天使です。

 しかしこのまま反応がないというのも心配だな。別に返事が欲しいわけじゃないけど、ちゃんと弁明できたのかだけは知っておきたいし……。

 僕は片膝付いたポーズのまま少し遠慮気味に彼女に声を掛けた。

 

「えっと……大丈夫ですか?」

「――――――っ!!!!」

 

 真っ赤な顔で急にガタッと席を立ち、ちょうど止まったバスの降車口からお金を投げ捨てるように払って全力疾走で走って行ってしまった。

 完全に取り残された僕と乗客たちは、ただ呆然と走り去っていく彼女の背を眺め続ける事しかできなかった。

 

 

「――とまあ、こんな感じの朝でした」

「オーケー、お前もう黙ってろ。二度と喋るな」

「酷いよ親友!!」

「せっかくアドバイスした先から全てを駄目にしてるお前に言われたかねぇよ!!」

「本当にすんませんでしたぁ!!」

「ちょっとキレ気味に謝るなよ!」

 

 だって僕だって殆ど希望がついえて悲しいんだもん!!八つ当たり位したくなるでしょ!! なんだかんだ少しは気にかけてくれてた親友大好き!!

 こうして僕はありふれているかは分からないけど、そんな悲しみを感じつつ、親友と言い合いながらのり弁を食べるのだった。

 その日ののり弁は、何故か少ししょっぱかった。

 

 

○●○●○

 

 

「ぅーぁー……」

「…………千歌ちゃん?」

 

 お昼なのに少しだけ肌寒い、何の変哲もない筈の昼休み。私こと桜内梨子の前で私の友達で『Aqours』のリーダーの高海千歌ちゃんがお弁当も広げずに机に突っ伏している。

 今朝からどうも心ここにあらずの状態で話しかけても上の空、顔も若干赤いので具合でも悪いんじゃなかなと思ったけど本人が違うって言ってるし……どうしたんだろう?

 千歌ちゃんの事が心配で私もあまりお弁当が進まない。どうしたものかと頭を捻っていると、教室後方のドアが開いて「ただいまー」と明るい調子で同じメンバーの渡辺曜ちゃんが購買のパン片手に入ってきた。

 

「いやー購買が今日は思ったより混んでて遅くなっちゃった。ごめんね」

「ううん。こっちも先に食べ始めたから」

 

 あははと笑いあう。ただその間も千歌ちゃんはうーとかあーとか唸ってるだけだった。

 

「ねぇ曜ちゃん、今日の千歌ちゃんどうしたの?」

「千歌ちゃん? ……あぁ、ホントどうしたんだろうねぇ?」

 

 にやっと悪戯に笑い、何処か含みのある言い方を曜ちゃんがするとさっきまで唸ってしかいなかった千歌ちゃんがびくっと身体を硬直させた。

 …………曜ちゃんは知ってるのかな?

 純粋に千歌ちゃんが心配だったのと、少しの好奇心から私は曜ちゃんに尋ねることにした。

 

「曜ちゃんは何か知ってるの?」

「ん? まぁ知ってるよー。色々と」

「それ私にも教えてくれる?」

「私は寧ろ話したいんだけど……。こういうのは本人の口から聞いた方が確実だよねぇ? 千歌ちゃんっ」

「ぅぅ……」

 

 曜ちゃんに言われてゆっくりと机に突っ伏していた上体を起こす千歌ちゃん。その顔は熟れたイチゴのように赤くて、私の心配を加速させるほどだった。

 

「曜ちゃーん。どうしよーう…………」

「どうしようって事は……何かトラブルでもあったの?」

「まぁトラブルと言えばトラブルだよねー」

「?」

 

 二人の口ぶりだと千歌ちゃんは朝に何かトラブルに巻き込まれたって感じだけど……なんかまだもやっとするなぁ。

 深刻なトラブルって訳じゃなさそうだけど、あの元気な笑顔がトレードマークの千歌ちゃんが、顔真っ赤にして唸ってると結構大きな問題なのではと心配になる。

 

「曜ちゃん、千歌ちゃんに今朝何があったの?」

「……まぁそのうち広まる事だろうし、言ってもいいか」

 

 ぼそっと曜ちゃんが呟いて私に耳を貸してとジェスチャーをする。

 私は何があったのか知りたくて、素直に机に身を乗り出して耳を曜ちゃんの顔に近づける。耳に少し当たる吐息が少しくすぐったい。

 そしてちょっと悪戯好きな子供のような声音で曜ちゃんは教えてくれた。

 

「千歌ちゃん、今日バスの中でプロポーズされたんだって」

 

 私の中の時が止まった気がした。

 多分私が生きてきた中で一番の衝撃的な話だと思う。現に私の口は何か言いたくて上下するけど、喉の奥から空気は吐き出されていないのだから。

 取り敢えず完全に動揺してしまった頭を落ち着かせるために深呼吸を数回して、だけどまだ少しだけ混乱している脳のまま、千歌ちゃんに問いかけた。

 

「千歌ちゃん、それ、本当なの?」

「…………うん」

 

 千歌ちゃんの言葉で私はもう一度固まってしまう。きっと頭の中では曜ちゃんの嘘なのではと思っていたからかな……。曜ちゃん、ごめんなさい。

 

「しかも、一年半くらい片思いしてた男子から急にだもんね~。嬉しくないわけないよね」

「え、そうなの!?」

「え、えへへへ……」

 

 顔を真っ赤にしてだらしなく頬を緩ませて笑う千歌ちゃん。心なしか頭のぴょこんと出てる髪の毛がぴこぴこ揺れてるようにも見えた。

 ふにゃっとした効果音が似合いそうに笑う千歌ちゃんはとても幸せそうで、見ているこっちもほっこりするような顔だったので、深刻そうな問題じゃなくて、ようやくほっと胸を撫で下ろせた。

 

「千歌ちゃんの思い人はすっごい面白い人だよねー。今までと雰囲気違ったからいきなりプロポーズって……」

「そんな軽い理由でプロポーズしてきたの?」

「えっと、よく覚えてないんだけど、なんか今までずっと好きだったけど間違えてプロポーズしたんだって。……えへへぇ」

「なんというか、凄い人だってことは分かったわ……」

「面白い人だよねー」

「面白いだけじゃないよ? 別にイケメンさんって訳じゃないんだけど、すごい優しい顔してて、杖ついてる人が乗る時とか手を貸してるの!! 声も聞いてるだけで安心できるちょっと低めの声でね? こう、耳元で囁いてほしいとかじゃなくて隣に座ってお話してたい感じの声で――」

「あーうん。わかってる、わかってるからそんなに熱く語らなくてもいいから」

「むぅー」

「あ、あはは……」

 

 好きな人を語ろうとするのを曜ちゃんに止められて、少し頬を膨らませて不満そうな顔をする千歌ちゃん。私はそんな千歌ちゃんの勢いに圧倒させられて愛想笑いしかできなかった。

 さっきから思い切り頬を緩ませてる千歌ちゃんと、からからと笑う曜ちゃん。そして、千歌ちゃんの思い人に少しだけ引いて苦笑いする私という構図は結構奇妙なのではないかと思う。

 

「ま、千歌ちゃんは何の返答もせず全力疾走で逃げ出したんだけどね」

「逃げちゃったの!?」

「うぅ……ごめんなさいぃ……」

 

 曜ちゃん言葉にさっきの好きな人を語ってるテンションとは打って変わって、目に見て落ち込む千歌ちゃん。アホ毛も一緒に萎れてるように見えるのはきっと気のせいだよね?

 何となく、今朝から千歌ちゃんに元気がなかった理由がわかった気がする……。

 いや、まぁいくら好きな人でもいきなりプロポーズされればそういう反応してもおかしくないよね。多分同じ状況なら私も逃げてたし……。

 

「曜ちゃんどうしよーう!!」

「よしよーし。取り敢えず一度落ち着こうねー」

「このまま嫌われちゃったら嫌だよぉ!!」

「大丈夫大丈夫。向こうも一年半片思いできる人だからきっとこれくらいじゃ嫌いにならないから早めに謝ろうねー」

「顔を合わせるの恥ずかしいよぉ!!」

「それじゃ謝れないんじゃ……」

 

 この春で来た友達の新しい一面を知れて嬉しいような、これからの友達の恋路が不安なようなお昼。

 女心と秋の空、男心と秋の空。そんな言葉が日本にはあるけれど、窓の外に見える天気が一向に変わりそうにない空を見て大丈夫だよねと、何故かそう思えた。

…………この後お互い名前すら知らない現状を聞いたら、少し不安になったけど。

 

○●○●○

 

 

「…………ねぇ、親友」

「…………なんだ?」

「告白して二週間しても何の返事もない時ってフラれたって考えていいのかな?」

「まぁ、脈なしと考えるのが妥当だろうな」

「oh…………」

 

 あれから二週間。僕は彼女に会う事は出来たち、挨拶もできた。だけど、その数秒後には全力疾走で離脱されてしまうので進展も何もない状況が続いていた。

 メンタル面にかなりの自信がある僕でも流石に泣くよ? 母謹製のお湯で作ったカップラーメンをすすりながら僕はそう思った。

 

「……ま、元気出せよ。女は月の数だけいるんだからさ」

「それオンリーワンじゃん! 世界に一つだけの花じゃん!!」

「まぁいきなりプロポーズするお前が悪いわな」

「ぐうの音も出ない!! でも励ましてくれてありがとう!!」

 

 欲を言えばもっとちゃんと励まして欲しかったけどね! 多くを望まない、それが親友との正しい付き合い方さっ。

 とまあ少し強がって見たけど、やっぱり心にくるものがあるよね。一年半ほど片思いして思い続けてきたのにフラれたんだから当たり前と言えば当たり前なんだけど……。

 意図せずはぁ、と大きなため息が出てしまう。それを見た親友が流石に気の毒に思ったのか、珍しく心配げな気色を顔に浮かべて声を掛ける。

 

「…………今日、飯でも食わせてやるよ」

「………ありがと」

 

 きっと飯と言ってもファミレスとかじゃなくて、そこら辺のコンビニで何か一品とかなんだろうね。コイツあまり奢ったりするの好きじゃないから。

 それでも珍しく奢ってくれるというのだから、ここは遠慮するわけにはいかないよね! いっちばん高いもの奢ってもらおう!!

 

 

「お待たせしました、アイスコーヒーとアイスティーになります。ごゆっくりどうぞ」

「はい、アイスティー」

「あ、ありがとうございます」

 

 そう言って僕の目の前に座る女の子はアイスティーを受け取り、こくりと一口口に含む。ティーカップを持って飲むその仕草が綺麗で、少しだけドキリとする。

 綺麗な長い髪。雪のように白い肌。全体的に細く、整った顔立ちはそこら辺のモデルさんなんかよりよっぽど綺麗だ。

 彼女は桜内梨子さんといって、どうも僕が求婚した子――高海千歌さんの友達らしい。こんな美人の友達がいるなんて高海さんは凄いなぁ……。いや、僕は高海さんの方が断然好きだけどね?

 僕も彼女にならってアイスコーヒーを一口飲む。ちょっと苦い。

 

「さて、桜内さん。まず聞いてもいいですかね?」

「あ、はい。なんでしょう?」

「…………なんでこの状況になったんだっけ?」

 

 はい、コーヒー飲んでようやく現実に戻ってきましたよ。何この状況?

 何で僕は桜内さんと二人でカフェにいるの? 親友は? 擬人化コーヒーちゃんとのブレークタイムは? 最初からないですね、はい。

 

「なんでって……。私が貴方にお話があるから校門でお待ちして、この喫茶店にはいったんですけど……」

「…………あぁ、そうだったね。うん。ちょっと混乱してたからよく覚えてなかったや」

 

 そうだった。放課後にさっそく奢ってもらおうとしたら校門前に桜内さんがいて、どうも僕に話があるからって言って誘われて此処に来たんだ。あれ? その過程で親友は何処へ?

 

「すみません、急に押しかけるようなまねをしてしまって……」

「あぁ、大丈夫大丈夫。何か僕に話があったから来たんだよね? だったら邪険に扱ったりはしないよ」

「……ありがとうございます」

 

 ぺこりと頭を下げて、少し申し訳なさそうに微笑む桜内さん。

 うーん、この子は何か大人っぽいよなぁ……。高海さんが天真爛漫な子供だとすれば、それを見守るお姉さん的な? そんな感じがする。

 

「それで、僕に話って?」

「あ、えっと、その……」

 

 僕が話を促すと、少し顔を赤くしてさっきまでまっすぐ僕を見ていた綺麗な瞳がうろうろと寄り道を始める。一体僕にどんな話があるっていうんだろう……。

 桜内さんが何かを言い出せずに、ずっと金魚の模倣をしている間、僕はアイスコーヒーを一口飲んで彼女が何の話をしようとしているのか考える。

 多分このタイミングで高海さんの友達を名乗って僕の前に現れたって事は、それ関係なんだろうね……。

 高海さん関係。僕はフラれてる。言い辛い事。頬の赤さ。二人きり。話。

 これらから導き出される結論は…………。

 

「もしかして…………告白!?」

「へ?」

 

 そうか、そうだったのか! 僕がフラれて傷心の所を狙って告白をしようって事だったのか!! 流石僕、親友から「お前は想像力だけは逞しいな」って言われただけあるよ!!

 言おうとしていることを見抜かれたからか、呆けた顔になる桜内さん。この様子だと本当に正解かな。 

 

「あ、えっと、私は別に――」

「大丈夫、みなまで言わなくても分かってるから。桜内さんが何を言いたいのかは分かってるから」

「多分一ミリもかすってないと思う――」

「ごめん!! 僕は高海さんの事が好きなんだ!!」

「話を聞いてください!!」

 

 真っ赤な顔で声を荒げる桜内さん。ちょっと大人びた大和撫子的な人かと思ったけど、やっぱり年頃の女子高生なんだね。恥ずかしかったら取り敢えず相手を威圧して立場を優位にしようとする所とかそれっぽい~。ぽいぽいぽい~?

 

「ごめんね、桜内さん。僕はフラれたとしても、やっぱり高海さんの事が忘れられないんだ……」

「何か私が告白してフラれた流れになってる!?」

「本当に好きだからさ……」

「…………はあ」

 

 桜内さんは一瞬やさぐれた表情をした後にアイスティーをこくりと飲む。

 そして少しだけ僕を攻めるような眼で僕を見ると、トーンを一つ下げて僕に問いかけてきた。

 

「貴方は…………本当に千歌ちゃんが好きなんですか?」

 

 うっすらと感じる敵意。きっとそれは彼女が高海さんの友達だからなのか、それとも一人の人間として判断したいからなのかは分からない。ただ、彼女が真剣だという事は、テーカップを持つ彼女の手に若干力が入ってる事で容易に理解できた。

…………ここでふざけたら水の一つでもぶっかけられるよね。

 

「好きだよ。どれくらい好きかって言われても”好き”に形は無いから上手く言えないけど、好きなんだ」

 

 きっとこの気持ちに形をつけようとしたら、僕の好きは霞んでしまう。だから形のないままの、ありのままの自分を彼女に伝える。

 伝える相手を間違えてると言われたら何も言えないんだけど、彼女が真剣に聴いているのだから真剣で答えるのが流儀ってもんだよね。

 

「そう、なんですか……」

 

 目をぱちくりと丸くさせて僕を見る桜内さん。そんな風に見つめられると流石の僕も照れちゃうね。

 ちょっと恥ずかしくなったのでアイスコーヒーを飲んで気を紛らわせる。

 

「まぁ、フラれちゃったからこの気持ちは高海さんには迷惑なんだろうけどね」

「……なんでフラれたと思うんですか? 返事はまだ貰ってないんですよね」

「あぁ、まぁ、そうなんだけどね……。流石に二週間も避けられ続ければ嫌われたって事はわかりますって」

 

 寧ろ二週間も避け続けられて、好かれているという結論にいたるのはかなり難しいと思うんだけど……。

 はははと笑ってコーヒーを飲んでみるけど、悲しくなってくる。最初飲んだ時より少し苦いな、これ……。

 悲しみに暮れてコーヒーをちびちびと飲んでいると、桜内さんが大きくため息を吐いて、少し大きめな声で呟いた。

 

「だってさ、千歌ちゃん。早く何か言わないと愛想つかされちゃうかもよ」

「…………へ?」

 

 思わず素っ頓狂な声が出てしまった。

 でもまあ仕方ないよね。だってこの子近くに高海さんがいるみたいに言うんだもの。びっくりするでしょ。びっくりぽんや!! …………え、マジでいるの?

 きょろきょろと辺りを見回す。するとちょうど桜内さんの陰になってかくれていた小柄な人影がすっと立ち上がって僕に近づいてきた。

 

「あ…………」

 

 まず目に飛び込んできたのは小柄な体躯だった。本当はそんなに小さくは無いのだろうが、縮こまっている為に僕にはそう見えた。

 そしてこの一年半、見つめ続けてきた見慣れた明るい茶髪のショートカット。左耳の上で結った短い三つ編みとぴょこんと伸びてるアホ毛。

 少し日焼けした健康的な肌には、朱がさして幼い可愛らしい顔は僕を見ていた。

 

「高海……さん……?」

「うん……」

 

 こくんと頷く少女。見間違うはずもない。

 

 彼女は高海千歌さんだ。

 

 何で此処にいたのか。話を聞いていたのか。今日は逃げないのか等色んな疑問はあった、だけどあまりにも聞きたい事ばかりですぐには口に出なかった。

 そんな僕を見かねたのか、桜内さんが話を切りだしてくれた。

 

「さっきは貴方の千歌ちゃんへの好意を疑うようなことを言ってすみませんでした。……後は千歌ちゃんが貴方に伝えたい事があるそうなので聞いてもらえませんか?」

「え? そりゃもちろんバッチコイだし何時間でも聞くけど……」

「ふふっ。ありがとうございます」

 

 薄く笑って、桜内さんは高海さんにほらと促した。

 高海さんはえっと、と暫く言葉をためた後にほぼ九十度の角度で思い切り頭を下げた。

 

「二週間も逃げたりして本当にすみませんでした!!」

 

 店内に響き渡るくらい大きな声だった。勿論そんなに大きな声で謝ったら周りの人たちは何事かと思う訳で……要は店内にいる人全員がこっち見てる。

 だけど彼女はその事に気づいていないのか、ボリュームを下げないまま言葉を続ける。

 

「本当は告白された時凄く嬉しくて、すぐにお返事を返すつもりだったんですけど、パニックになって逃げちゃって……本当にすみませんでした!」

「あ、いや。流石にバスの中でプロポーズされれば誰だってパニックになるよ、うん」

 

 自分でしたことだけど流石に常識外れすぎたよね。親友にも恋愛とは何たるかを切々と説かれたし……散々だったよ。

 申し訳なさと過去の自分への羞恥とではははと笑う。高海さんも少しほっとしたのか、その顔に僕の大好きな笑みを浮かべた。

 その笑顔を見れただけで僕は心が満たされた。隠したナイフとかは無いけど、今なら空だって飛べる気さえした。

 …………あぁ、本当に僕は高海さんが好きなんだなぁ。

 

「高海さん、仕切り直しって感じになって格好つかないけど……もう一度告白してもいいかな?」

 

 周りが一気にざわつく。おいおい、此処にいる全員聞き耳たててるんかーい。司会の端に見える桜内さんも凄い期待した目でこっち見てるし……。

 いや、まぁいっか。バスの中でも周りの人気にせず告白してしまったわけだし、今更恥じらう必要は無いし、大好きを躊躇う理由にはならないもんね!!

 僕はじっと高海さんを見て彼女の返答を待った。

 高海さんは最初こそ目を見開いて驚いてはいたけど、数回深呼吸したら心が落ち着いたのかスカートの端を握って、頷いた。

 

「高海さん」

 

 大好きを伝えよう。なんか今回は凄い珍妙な事になったけど、それでも僕はこの気持ちを彼女に伝えたい。

 いつも見てるだけだった彼女。

 バスの中で彼女を見かけるたびに、愛おしくて、心が満たされていて。でも接点すらない事が苦しくて、悲しくて、もどかしくて……。そんな全てが重なり合ってできた僕の大好きを高海さんに伝えたい!!

 僕は大きく息を吸って、ありったけの気持ちを込めて彼女に伝えた。

 

「大好きです!! もしよろしければ僕と付き合ってください!!」

 

「………………はいっ。此方こそよろしくお願いします!!」

 

 店の中が僕の大好きと拍手で包まれた。




自分の書いたサンシャイン!!の二次はいかがでしたか? え? サンシャインキャラが生かせていない? はい、おっしゃる通りだと思います←
今回のテーマの「告白」を意識していたらこうなってしまいました(笑)ですが、自分としては楽しく執筆できたのでいいかなーと思っております。

自分の前に書かれている千歌とは……というよりヒロイン出番少なすぎだという突っ込みはあると思いますが、実際恋愛って当人同士のドラマより、裏で起こるドラマメインですよね? という考えの下書きました。決していちゃラブを書くのが苦手だから逃げたわけじゃないですよ(棒)

という訳で、今回このような企画を考案して参加させてくださった鍵のすけさん、本当にありがとうございました!! 参加させていただいた事大変光栄に思います!!
読んでくださった読者の皆様も本当にありがとうございました!


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夜空に咲く花、君の笑顔

『ラブライブ〜みんなで奏でる物語〜』でお馴染みの紅葉久さんです!どうぞ!!はいどうぞ!どうぞぉ!By企画主催者


鍵のすけ読者の方々へ
鍵のすけ様と同じくハーメルンで『ラブライブ〜みんなで奏でる物語〜』を執筆させて頂いている紅葉久と申します。
初めましての方は初めまして。知っている方はお久しぶりです。
今回、このような企画・機会に参加出来たこと、数々の名高い参加者達と同じテーマを書けることに恐縮してる紅葉です。
拙い物書きの一人として、次の方へ良いバトンを渡せるようなモノを書けたかな?と思いつつ、私なりの『告白』をサンシャイン!で綴らせて頂きました。
初めて書いたサンシャイン!ですが、皆様に楽しんで頂ければ幸いです。


 真夏の夜は、思っていたよりも涼しかった。

 肌に感じる風が心地よく、月がのぼっている夜だと真夏の気温が下がっている今がとても居心地が良い。

 昼間の鬱陶しい暑さが、まるで嘘のようだと思わずにはいられない。

 

 

「今日は月が綺麗に見えてる。きっと花火も綺麗に見えるんだろうな……」

 

 

 自宅の縁側に座りながら、僕は呑気に夜空を見上げた。

 住んでみてわかったが――この町の夜は、凄く綺麗だ。この時期は月の光が夜の町を照らし、鮮やかな景色が視界に広がっている。

 この町に来て、まだ一年も経っていない。春に僕がこの町に引っ越して来て、最初の夏だった。

 田舎だと思いたくなる何もない辺鄙な場所に来たと最初は思っていたが――意外にもここでの生活が充実していることに、心なしか満足している自分がいる。

 

 父親の仕事の関係で、僕はこの町へ引っ越してきた。

 

 父親の仕事は、教師だった。最初は父親が一人でこの町へ単身赴任をするはずだったのだが、母親のお告げにより僕もほぼ“強制的”にこの町へと連れて来られた。

 

 廃校になる予定の学校に転勤なんて断れば良いのに、と僕は思った。しかし大人になると、そんな自分勝手なことは通りにくいらしい。

 

 そんな父親の仕事の関係で、この町で引っ越してきた僕は新しい学校へ転校を強制されたわけだ。

 しかも僕がこの町で転校する学校が“女子校”だと聞かされ、心からウンザリしていたのが……この町に来る前の僕の正直な感想だった。

 

 しかし、いざ転校して少しばかりか過ごしていると、意外にも毎日が楽しく過ごせているのだから人生どうなるか分からないモノだと思いたくなる。

 

 転校した学校で同じクラスになったこの町に住むクラスメイト達と親しくなり、僕には幸運なことに友達がたくさん出来た。

 

 いつも楽しげに笑う子。男の人が苦手な歳下の子。すこし方言の訛りが強い変わった子などなど、色んな個性豊かな友達が気付けば僕の周りに出来ていた。

 そんな友達と楽しい毎日を過ごす日々。それが僕にはかけがえのない思い出になっている。

 仲間達と過ごす楽しい毎日。それは前に居た街では得られなかったモノだ。

 楽しくて、賑やかで、そして僕の毎日が華やかに彩られていく。こんな日々がずっと続いたら良いのになと、僕は思わずにはいられなかった。

 

 それもきっと――僕が、この人に出会ったからかもしれない。

 

 

「うん! 今日は空が晴れてる! これなら花火も綺麗に見えるねっ!」

 

 

 僕の隣で座る少女が楽しげに笑みを浮かべた。

 縁側に座りながら足をぷらぷらとバタつかせ、その少女――渡辺曜はにひひと魅力的な笑顔を見せた。

 肩までの髪を風に靡かせ、大きなくりりとした目が可愛い、とても魅力的な女の子だ。

 この町の学校に転校して、沢山の友達が出来た。彼女もその一人だ。

 余所者の僕に親しみを持って接してくれていることに本当に感謝しつつ、今もこうして僕の家に遊びに来てくれている彼女を――僕は今後も大事にしたい人だと思わずにはいられない。

 

 

「もうちょっとかな? 花火の時間まで?」

 

 

 縁側から見える僕の家の時計を見て、曜ちゃんはそわそわと肩を揺らせる。

 

 

 そう、今日は花火大会の日だった。

 

 

 夏休みに入った最初の週末の二日間。町で行われるお祭りの一大イベントとして、花火大会が行われる日だった。

 噂で聞く限り、かなり凄い花火が見られるとのことでわざわざその為に外から町に来る観光客もいると聞いている。

 曜ちゃんから以前に見せてもらった昔の写真では、僕が思っていた予想以上に大きな花火が打ち上げられていた。

 確かにその写真を見れば、この花火は実際に見てみたいと思えた。

 

 そんな話を僕が曜ちゃんにしたのが、今回の僕の家で行われる――二人だけの花火大会のキッカケだった。

 

 僕に写真を見せてくれた曜ちゃんから何気なく提案されたのだ。

 

 

『ねぇ! もし君が良かったら私と一緒に来週の花火大会見ようよ!』

 

 

 断る理由はなかった。むしろ二つ返事で僕は頷いた。

 他の人も誘うのかと思ったけど、曜ちゃんは僕と二人で見たいと言ってきた。

 少しだけ頬を赤らめて俯きながら上目遣いで話す曜ちゃんに、少しだけ僕の心臓の鼓動が早くなったのは今でも覚えている。

 普段は陽気で気さくな曜ちゃんのそんな違った一面に、僕は思わず見惚れていたに違いない。

 

 彼女の何気ない仕草。たまに家族の職業柄で癖になっている彼女の敬礼がとても似合っていて可愛らしい。

 楽しげな表情。悲しげな表情。怒った表情。どれもが僕の目には目新しく映る。

 

 

「エヘヘ〜今日は本当に天気が晴れてて良かった! 君との花火大会が中止になったらどうしようかとそわそわしちゃんたもん!」

「……そんなに楽しみだった?」

 

 

 コトッと小首を傾げて、僕は曜ちゃんに訊き返す。

 僕の態度に曜ちゃんは少しだけ目を大きくすると、ムッと頬を膨らませた。

 

 

「む〜! なに! 君は楽しみじゃなかったのっ!」

 

 

 頬を膨らませてジトッと目を細める彼女に、僕は思わず笑みを浮かべる。

 そんな僕に曜ちゃんは馬鹿にされたと思ったのか隣に座る僕の肩を掴むと「もぉ〜!なにぃ〜!」と言って肩を揺らしてきた。

 左右に揺らされる身体に、僕は彼女の手の温かさを感じながら笑っていた。

 

 

「もちろん僕も楽しみだったよ。曜ちゃんと一緒に花火大会を見るのは」

「……もう、急にそんなこと言わないのっ!」

 

 

 曜ちゃんがキョトンとした表情を見せる。そして僕の言葉を理解すると、乱暴に彼女は僕の肩を軽くパンッと叩いた。

 

 

「でも本当に良かったの? 千歌ちゃんとか呼んでも大丈夫だったんだよ?」

 

 

 きっと今頃、僕と曜ちゃんのクラスメイトである高海千歌ちゃんをはじめとする友人達は町で行われているお祭りを楽しんでいるに違いない。

 千歌ちゃん達には、曜ちゃんから今日のことは話さないようにと言われていたので僕は話していない。

 勿論、千歌ちゃん達にお祭りに行こうと誘われた。しかし僕と曜ちゃんは二人で花火大会を見る約束をしていたので断った。

 曜ちゃんと僕はそれぞれ用事があるから行けないと、それに残念そうに肩を落とす千歌ちゃんだった。

 

 

「千歌ちゃん達とは明日一緒にお祭り行くって約束してるから大丈夫! それに今日は、君と一緒に花火を見たかったから!」

 

 

 しかし花火大会は二日間ある。だから明日の花火大会とお祭りは一緒に行く約束をして、彼女の機嫌が治ったから良しとした。

 

 

「だから今日は君と一緒だよ! 今私と一緒ってことは、つまり私を独り占めだよ! どう! もしかしてドキドキしたりしてる?」

 

 

 にひひと笑みを見せる曜ちゃん。

 曜ちゃんと僕の家の縁側で一緒に座って夜空を見て話している今は……正直、楽しいとしか思えなかった。

 

 

「うん、してるよ。曜ちゃんと一緒にこうやって花火を見れるなんて……初めて会った時は思っても見なかった」

 

 

 初めて曜ちゃんと会った時のことを僕は懐かしく思い出す。

 人見知りを全くしない千歌ちゃんと一緒に僕のところに来たのが、僕達の始まりだったと思う。

 

 もともと僕が転校してきた曜ちゃん達の学校が女子校だったのもあるのか、転校してきた男子の僕を面白そうなだと言いたげに話しかけてきたのが始まりだ。

 

 そんな小さなキッカケで僕は千歌ちゃん達と一緒に過ごしている内に、いつの間にか曜ちゃんとも仲良くなっていた。

 曜ちゃんとくだらない話で笑いあったり、彼女の家に遊びに行ったりなど色々と気付けば遊ぶ機会が多くなっていたと思う。

 

 そしていつの間にか数ヶ月も一緒に過ごしてきたと思うと、本当に時間が過ぎるのは早いなと改めて僕は思った。

 

 それはみんなといる今の時間が楽しいからなのか、それとも……曜ちゃんと一緒だからなのか、僕にはどっちなのか自分でもよく分からなかった。

 

 

「……そ、そっかぁ」

 

 

 僕の返事を聞いた曜ちゃんがキョトンとする。そして彼女がそう言うと、頬を緩ませるなりにひひと笑顔を見せていた。

 

 

「まぁ君がそう言ってくれるなら、私も嬉しいかな?」

「……どうして疑問系なの?」

「ん〜? なんとなく?」

「なんだよ、それ」

 

 

 曜ちゃんの言葉に、思わず僕は眉を寄せた。

 正直に言ったつもりだったのに、何か引っかかる曜ちゃんの言い方に僕は思わず口を尖らせていた。

 そんな僕の表情に、居心地が悪そうに人差し指で頬を掻きながら曜ちゃんは苦笑いした。

 

 

「えっと……正直に言うと、もしかして君は私と一緒にいるのが嫌なんじゃないかなって思ってた時があったんだ」

 

 

 目を伏せがちにして、縁側に座っていた曜ちゃんが足をぱたぱたと振る。まるで何かしてないと落ち着かないような、そんな印象を受けた。

 

 

「そうなの?」

 

 

 間髪入れずに、僕は曜ちゃんへ訊き返していた。

 意外だった。まさかそんな風に自分が思われていたとは、少しも思わなかった。

 

 

「だって私って“こんな感じ”でしょ? なんか女の子っぽくない感じで、馴れ馴れしい人とかって思われてるかもって思ったりしてた」

 

 

 こんな感じ、と言うのがどういう事を言っているのかイマイチ僕は理解出来なかった。

 たぶん、自分の性格というか人柄が女の子っぽくないと言いたいのだろう。

 

 曜ちゃんと初めて会った時、僕が思った彼女の印象は、活発な元気一杯の明るい女の子という印象だっだ。

 

 趣味が筋トレと言っていたので最初はもしかして男勝りな女の子と思ったりもしたが、そんなことはなかった。

 ふとした仕草、時折見せる女の子らしさを見せる曜ちゃんは僕にはとても魅力的な女の子に見えた。

 

 

「僕にとって、曜ちゃんは可愛い女の子だよ。むしろ女の子以外に何に見えるか聞きたいくらいだよ。それに馴れ馴れしいなんて思ったこともない。すごく親しみ易くて、こんな風に曜ちゃんと仲良くなれたことが嬉しいと思ってるくらいだから」

 

 

 だから不安そうにする曜ちゃんに、僕は笑顔で答えた。

 嫌いなら一緒に遊ぶわけない。馴れ馴れしいと思っていたなら、君と一緒に居て楽しいと思うわけない。

 僕は曜ちゃんとこの町で日々を過ごせて、本当に楽しいと心から思っているから。

 

 

「だから今日も曜ちゃんと一緒に居れるのが楽しいよ。こんな風に一緒に話してるだけで僕は楽しいし、不思議と曜ちゃんと一緒にいるだけで落ち着くから」

 

 

 湧き出てくる言葉を僕が口にする。つい頬が緩み、思ってしまったことをそのまま話していた。

 伏せていた曜ちゃんが僕の話を聞いている内に顔を上げていた。

 

 

「あう……」

 

 

 そして僕の話を聞いている内に、曜ちゃんは次第に頬を赤くすると口を震わせて目を点にしていた。

 どうして顔を赤く染めているのか僕には分からなかったが、曜ちゃんは顔を見られなくなさそうに俯くと、ポツリと漏らした。

 

 

「ひきょうだよ……そんな風に言うなんて」

 

 

 チラリと顔を上げて、曜ちゃんが僕を見る。そして僕と目が合うと彼女はまた目を逸らして俯いていた。

 

 

「なんか僕……変なこと言った?」

「あわわわ……!」

 

 

 曜ちゃんの様子がおかしくなったことに、僕は思わず俯いた彼女の顔を覗き見る。

 しかし曜ちゃんはそれに気づくと慌てて身体を捻って僕に背を向けていた。

 

 

「言っていない言ってない! だから今は私の顔見ないでっ!」

 

 

 背を向けた曜ちゃんが首を横に振った。

 一体、どうしたのだろうか?

 顔を合わせない曜ちゃんに僕は怪訝な顔を作る。

 しかし曜ちゃんはそんな僕の表情に気づくこともなく、何度も深呼吸をしていた。

 

 何か変なこと、言ったかなぁ?

 

 僕が内心でそう思う。ただ思ったことを言っただけなんだけど。

 僕が自分の話したことを思い返しても、特に曜ちゃんを傷付けるようなことを言ったつもりはなかった。

 だが曜ちゃんの様子が変なのは、きっと僕の所為だろう。

 それを考えようと僕が思考を巡らせようとした時――家の時計から時刻を伝える音が響いた。

 

 

「あ……花火が始まる時間だ」

 

 

 時計の音に気づいて僕が時計を見ると、時刻はいつの間にか随分と過ぎていた。

 確か曜ちゃんが僕の家に来たのは、花火大会が始まる一時間くらい前だった筈だ。

 本当にあっという間に、それだけの時間が過ぎていたのだろう。

 

 最近思うのだが、曜ちゃんと一緒にいると時間が過ぎるのが早く感じるのは気のせいだろうか?

 

 楽しい時間はすぐ過ぎると言う。僕自身が曜ちゃんと一緒にいるのが楽しいと思っているから、それも当然のことなのだろう。

 僕はそう納得して、満足げに頷いていた。

 

 

「ねぇ、曜ちゃ――」

 

 

 僕が花火大会の時間を曜ちゃんに教えようとする。

 しかしその時――ドン、と外から大きな音が響いた。

 大きな音が響き、そしてひゅーっと響く音が耳に聞こえる。

 

 そして音が止むとその瞬間、夜空に大きな花が輝いた。

 

 僕等を照らす光に、思わず僕はその光を見上げた。

 そこには確かに、夜空に描かれた綺麗な光の花があった。

 それは前に曜ちゃんに見せてもらった写真と変わらない。見惚れるような花火だった。

 

 

「…………」

 

 

 僕が声も出ずに、空に視線を釘付けにされる。

 それは、本当に見てよかったと思えるような景色だった。

 綺麗。その言葉しか僕は出て来なかった。それ以外に、僕には言葉が出て来ない。

 夜空に輝く七色の光達。様々な形を描く光達は、本当に輝かしく、そして儚く消えていく。

 次々に空に放たれる七色の光。それに僕は釘付けにされるしかなかった。

 

 

「……綺麗だね。毎年見ても飽きないよ」

 

 

 ふと、僕の右肩に心地良い重さを感じた。

 思わず僕が顔を向けると、そこには曜ちゃんがいた。

 僕の肩に、恐る恐る寄り添う曜ちゃん。頭を僕の肩に乗せ、身体を優しく寄り添わせる彼女を――僕は払うことはしなかった。

 

 頬を今まで見たことがないくらいに赤く染め、曜ちゃんは夜空に映る花火を見ていた。

 不思議と僕の肩が小さく震えている。きっとこれは曜ちゃんの身体が震えているのだろう。

 

 

「うん。本当に……すごく綺麗だ」

 

 

 それは花火に対して言ったのか、それとも曜ちゃんに対して言った言葉なのか、僕にはわからなかった。

 

 いや……多分、僕はわかっているのだろう。

 ただ、それを認める勇気がなかった。本当に、ただそれだけのこと。

 

 僕は曜ちゃんの肩にそっと手を乗せた。

 ビクッと身体を震わせた曜ちゃんだったが、僕の顔をチラリと見ると――どこか安心したような表情を見せただ。

 

 僕の肩に乗る恐る恐るだった重さが、更に強くなった。

 

 安心した面持ちで、曜ちゃんが僕に寄り添う。そんな曜ちゃんに思わず、僕も自然と彼女に寄り添った。

 自分でも顔が赤くなるのが、嫌でもわかった。心臓の鼓動が早くなっているのが心地良いと思う反面、鬱陶しいと感じる。

 

 

「私……今すっごくドキドキしてる」

 

 

 花火を見ながら、曜ちゃんが言った。

 顔を互いに赤くしながら、曜ちゃんも僕と同じだということにどうしてか無性に僕は凄く嬉しかった。

 

 

「ねぇ……君は?」

 

 

 僕の顔を見上げて、曜ちゃんが訊いてくる。

 訊かれるまでもない。僕はゆっくりと頷いた。

 

 

「えへへ……そっかぁ……良かった」

 

 

 安堵した声色で曜ちゃんが笑みを浮かべる。

 それはいつも見ている笑顔とは違う。僕が初めて見た……可憐な笑顔だった。

 

「あのね、私ずっと……君に言いたいことがあったんだ」

「……なに?」

 

 身体を寄り添わせながら訊いてくる曜ちゃんに、僕は訊き返す。

 曜ちゃんが僕を見ていると気づくと、僕も彼女へ顔を向けた。

 

 互いに吐く息が掛かるくらいの距離。目と鼻の先に曜ちゃんの顔がある。

 

 たぶん、人生で一番顔が赤くなっていると思う。それぐらい顔が熱くて、そしてこんなにも心地良いと思ったことはなかった。

 目を潤わせる曜ちゃんの瞳を見つめながら、僕は彼女の言葉を待つ。

 

 そして曜ちゃんは、声を震わせながらたどたどしく言った。

 

 

「ずっと、ずっと、ずっと言いたかったの……だけど私、勇気が出なくて……君との今の時間が楽しくて、温かくて……今の関係がなくなっちゃうかもしれないって思うと……怖くて……だって今も――」

 

 

 そこから先の言葉を、曜ちゃんは紡がなかった。

 

 

――そっと僕が曜ちゃんの口に、自分の口を重ねた

 

 

 目の前にある曜ちゃんの目が大きくなる。しかしすぐに僕の行動を理解すると、目に涙を溜めて彼女はゆっくりと目を閉じた。

 

 息が少しだけ苦しいと思うまで、僕と曜ちゃんは互いに離れなかった。

 今の時間が終わらないで欲しい。ただ僕はそう思った。

 離れてしまうと、彼女が居なくなってしまう。そんな錯覚を覚えて。

 そして何秒か、それとも何分か、時間すら忘れて――僕と曜ちゃんはそっと離れた。

 

 曜ちゃんが僕を見つめる。目に涙を溜めて、そっと頬に涙が流れる。

 

 

「あう……」

 

 

 僕はそれをそっと手で拭ってあげると、曜ちゃんはくすぐったいそうに目を細めた。

 不安と安堵が混じった曜ちゃんの表情に、僕は笑みを見せる。

 そして曜ちゃんは僕の顔を見ると顔を歪ませて、目から何度も涙を流した。

 

 

「ひっぐ……」

 

 

 嗚咽を漏らして涙を流す曜ちゃん。手で何度も涙を拭うが止まらない涙に、彼女はただひたすらに表情の歪んだ顔を手で覆った。

 静かに嗚咽を漏らして泣いている曜ちゃんを僕がそっと抱き寄せる。

 なにも言わず、僕は曜ちゃんが泣き止むまで彼女の背中を優しく摩った。

 

 

「――ありがと、もうだいじょうぶ」

 

 

 そして曜ちゃんが泣き止むと、彼女は僕からそっと離れた。

 目をゴシゴシと拭い、そして曜ちゃんは僕をまっすぐに見つめた。

 

 

「ちゃんと言わせて欲しいの……私の気持ち。私の言葉で……聞いてくれる?」

「うん。僕も、曜ちゃんにずっと言いたかったことがあるから」

「だめ。私が先だから」

「……うん。わかった」

 

 

 目を赤く晴らせた曜ちゃんが、まっすぐに僕を見つめた。

 そして曜ちゃんは――僕に言った。

 

 

「――ずっと、ずっと前から、君のことが大好きでした! 君が良かったら……私と付き合ってくださいっ!」

 

 

 涙で目を赤くし、頬を赤く染めた曜ちゃんが想いを告げる。

 僕は彼女を抱き寄せると、同じように自分の想いを彼女へ告げた。

 

 

「僕も……君のことが好きだ。だから僕にも言わせて欲しい――良かったら、僕と付き合ってくれませんか?」

 

 

 僕の言葉と同時に、曜ちゃんが僕に抱きついてくる。

 そして僕を見上げるように見つめて、彼女は一度だけゆっくりと頷いた。

 

 

「うん……もちろん。これから、ずっとよろしくお願いしますっ!」

「僕も、他の人より頼りないかもしれないけど……これからもよろしくお願いします」

 

 

 ギュッと強く彼女が僕を抱き締めた。筋トレしているおかげなのか、身体に強く彼女の存在を感じる。

 だから僕も曜ちゃんのことを強く抱き締めた。同じように、彼女が更に強く抱き締めてくる。

 

 

――バンッと、大きな音が響いた。

 

 

 僕と曜ちゃんが揃って夜空を見上げる。

 夜空には、大きな二色の花火が打ち上げられていた。

 まるで僕と曜ちゃんみたいで、思わず見惚れてしまう。

 

 

「今日、忘れられない日になったね」

 

 

 耳元で曜ちゃんが囁いてくる。

 僕は「うん」と頷いた。

 

 

「これからもずっと私と一緒に居てくれる?」

 

 

 続けて、曜ちゃんが訊いてくる。

 答えは決まっている。寄り添う曜ちゃんに向くと、そっと顔を近づいた。

 

 

「うん。ずっと一緒に居よう」

「……ありがと」

 

 

 そっと僕と曜ちゃんが口を重ねる。

 僕等を照らす花火の光を浴びて、僕等は互いを実感する。

 もう離れないように、ずっと一緒に居られるように。

 この幸せが終わらないように、彼女の存在を感じる時間がずっと続くようにと。

 

 絶対に、忘れられない日になった。

 

 これから、彼女と沢山の時間と思い出を作れたら良いな。

 沢山のことを彼女と一緒に共有出来ることを楽しみにしながら、僕は目の前にいる彼女を強く抱き締めた。

 

 

 今日から僕の彼女になった――渡辺曜ちゃん。

 

 

 この町に引っ越せたことを心から感謝して、僕は夜空に輝く花火に――ありがとうと言った。

 そして花火の光に照らされる曜ちゃんと出会えたことに、僕は彼女に「ありがとう」と言った。

 

 

「私も……君と会えて良かった。君と出会わなかったら、私は恋なんてしなかったから」

 

 

 そっと曜ちゃんが僕の頬に口を添える。そして僕を見るなり「……えへへ」と頬を緩めた。

 

 夜空に輝く花火を、僕等は寄り添って見上げる。

 今日から始まる僕等の関係の最初の思い出が増えた。

 これからの日々で、二人の思い出を増やせていけたら良いなと切に願う。

 曜ちゃんの横顔を見ながら、僕は彼女に小さな笑みを浮かべた。




読了された方へ。お疲れ様です。
はい。そういうわけで紅葉久が綴った『告白』でした。
少し季節が早いですがテーマは『告白』。加えて、『花火』と『夏』を追加しました。
あまりこういった内容を書く機会がなかったので私自身新鮮な気持ちで書けました。
サンシャイン!の中で曜ちゃんを選んだ理由は簡単です。
ただの一目惚れ、これに尽きます。
彼女のことを何も知らない状態から書きましたので、皆様の知る“渡辺曜”を綴れたか心配したりしています。
魅力的なキャラクタでしたので、読者様達に少しでも“渡辺曜”という人間を好きになって頂ければ良いなと思う次第、ヨーソロッ!

地の文が多く読みにくいと思われた方がいるかと思いますがご了解ください。好き勝手に紅葉久が書くとこうなるのです。

さて、企画に続く人達と物語はまだまだあります。
これから数々の書き手が綴るサンシャイン!のキャラクタ達と数々の『告白』が待っています。
皆様が“知っているかもしれない”沢山の作者が綴るAQUAの物語を楽しみにして頂ければと思います!

それでは、今回の企画を立てた頂いた鍵のすけに感謝して。次回の物語をどうぞ、それでは!


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「ラブライブ! ~奇跡と軌跡の物語~」でお馴染みのたーぼさんです。た~ぼさんではありません!ではどうぞ!By企画主催者


どうも、今回鍵のすけさんのラブライブ!サンシャイン企画小説に参加させていただく事になりました。たーぼです。


約20人近くいる参加者の中、最後から2番目というある意味プレッシャーのある順番になりましたが、それが狙いなので個人的には満足しています(笑)

夏から始まるラ!サンシャインのアニメ。
それが始まる前にまだキャラ掴めてないけどいっちょやってみっか!ってなった結果が今回の自分の小説です。


さて、前話はこの辺にしておいて、他の方々とは少しだけ方向性が違う(?)ストーリーになったかもしれません。
ラストの前に、中々のボリュームある話を楽しんでください!


これが私が作った『サンシャインの物語』です。


では、どうぞ。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “恋というものは必ずしも叶うわけではない。”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな言葉を小説で見た事があります。

 

 

 

 

 

 

 “そんな事は人間なら幼稚園、小学校、中学校、高校、大学、社会と、その過程を踏んでいく事で嫌でも現実を突きつけられる。”

 “初恋は叶わないだとか、叶ったとしても徐々に恋が冷めて別れるだとか、とにかく『恋』というものは確かであって不確かな気持ちなのである。”

 

 “叶っても、叶わなくても、『恋』は良いものでもあるしそうでないのかもしれない。そこいらの問題は結局個人の価値観で億万通りもあるわけなのだが、恋する乙女という言葉があるように、女の子はそういう事に対して思春期であればあるほど敏感になるらしい。”

 

 

 

 

 “話を戻そう。”

 

 

 

 

 “恋というものは必ずしも叶うわけではない。”

 

 

 

 

 “それだって色々なパターンがある。”

 

 “単純に相手に好意を持たれていないからフラれる。そもそも一目惚れした場合相手はこちらの存在自体を告白されてからようやく認識するから受け入れられる事がなかったり。まず告白する勇気がなくて引きずっているうちに誰かに取られる。取られないにしても結局時間だけが経ち離れ離れになってしまう。”

 

 

 

 

 

 

 

 “そして。”

 

 

 

 

 

 “そして。”

 

 

 

 

 

 “そして。”

 

 

 

 

 

 

 

 

 “複数人が同じ人を好きになった場合、確実に誰か1人しか勝ち得る事はできない。それ以外の者は敗者と同義。”

 

 

 

 

 

 

 “それがもし、自分の大事な友人と好きな人が被ってしまったら?”

 “2人とかではなく、3人同時に同じ人を好きになってしまったら?”

 

 “それも同じ。誰か1人しか勝ち得る事はできず、他の2人は敗者となる。そこで友情に亀裂が入ってしまう可能性の方が大きい。誰が勝っても勝者以外は敗者になるバッドエンドが付いてくる。”

 

 “逃れられない現実で、だからと言って逃げる事はしたくないという気持ちが『恋』というものでもあるのだ。”

 

 

 

 

 

 

 

 “そしてこれは。”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “奇しくも友人同士である複数の女の子が1人の男子に好意を寄せている。”

 

 

 

 

 

 

 

 

 “そんな複雑で、バッドエンド直行にいくしか道はないのか。それとも他の道を探すのか、という物語である。”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 過去に読んだ事のある小説をもう一度読み終わり、あらすじ部分だけをまた見る。

 そして最後の空白のページを一瞥してから閉じて、

 

 

 

 

 

「はあ……」

 

 

 

 

 

 溜め息が出る。

 だって、だって……その小説のような物語が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第一回!チキチキッ!梨子ちゃんのお兄さんの事が大好き3人衆、同じ人が好きなら全員で話し合って協力しよう大作戦~ッ!!」

「本来ならギスギスするはずの展開なのにこの異様なまでの元気はさすが千歌ちゃんだね。よおーし、やるぞー!!」

「あはは……お兄さんって言っても血の繋がってない従兄なんだけどね……」

 

 

 

 

 

 

 今目の前で繰り広げられているんですから……。

 でも、千歌ちゃんの第一声のおかげであの小説みたいなギスギスシリアス展開はあっけらかんと破壊されちゃいましたね、あはは……。

 

 今は高海千歌(たかみちか)ちゃん、渡辺曜(わたなべよう)ちゃん、そして私、桜内梨子(さくらうちりこ)の3人で私の家で、特に目立つ物も置いてないし、まさに地味という言葉が似合うパッとしない部屋なんですけど、とある話し合いをするために来てもらいました。

 

 

 

「まあまあ、そんな事は良いんだよ梨子ちゃん!さっそく本題に入ろう!」

 張り切って言う千歌ちゃんを見て凄いなあと思う反面、今から話す事についての緊張感が私を襲ってくる。うう……大丈夫かなぁ……。

 

「さっきも言った通り、私も曜ちゃんも梨子ちゃんも、梨子ちゃんの従兄であるお兄さんの事が好きって事でいいんだよね?もちろん恋愛的な意味で!」

「そうだよー」

「うっ、そう、です……」

 あ、改めて聞かれるとやっぱり恥ずかしいよこういう事言うの……。

 

 

 

 

 そう、私には歳が2つ上の従兄のお兄さんがいます。

 両親も一緒の家に住んでるのに何で従兄のお兄さんがって話にもなるかと思いますけど、お兄さんが通っている大学がお兄さんが元に住んでいた場所よりここの近くだったから、急遽一緒に住む事になったんです。

 

 それで、もちろん両親も私も断る理由はなかったから一緒に住んでいたんですけど……わ、私はお兄さんの事がす、す、好きだし……って、今はそうじゃなくてッ!……私が千歌ちゃんに誘われてスクールアイドル、Aqours(アクア)に入ってから、お兄さんは何度か手伝ってくれたんです。

 

 男手が必要な荷物持ちとか、暇な時にメンバーがランニングしてる時は荷物を見張ってくれてたり、そうやって色々とAqoursのみんなと接する機会がどんどん増えていったんです。そしたら、気付けば私の他に千歌ちゃんや曜ちゃんがお兄さんの事を好きになったらしくて……。

 

 3人が全員他のみんながお兄さんの事好きって気付いたのは最近の事で、同じ恋する乙女だからこそ分かるというか、お兄さんと話してる千歌ちゃんと曜ちゃんの表情を見たら、ああ、私と同じ表情してる。あの2人も好きなんだなあって思ってたんです。

 

 するとある日、千歌ちゃんに呼ばれて曜ちゃんと3人だけの場所に連れて行かれたと思ったら、そこで千歌ちゃんがいきなり確信を突いてきて、見事に3人共同じ気持ちだったんだって吐き出す事になって、今現在このような状況になっています。

 

 

 

 

「ふむふむ……、じゃあさっそく本題に入ろうよ!どうしよっか!?」

「いきなり聞いちゃうんだ!?」

「だってこの作戦も咄嗟に思い付いただけで何も考えてなかったし~たはは」

 千歌ちゃんはたまに、というか大体いつもこうやって咄嗟に浮かんだ事を猪突猛進のように実行してくる。そのおかげで今の私達があるんだけど、たまに空回りするのが難点です。

 

「梨子ちゃんはどう思う?」

「うぇ、わ、私っ!?」

 うんうんとニッコリ笑顔でこちらを見てくる千歌ちゃん。でもいきなり振られても私にはどうしたら良いかなんて分かんないよ~……。わ、私だって初恋がまさかお兄さんだって自分で分かった時でもパニックになったのに……。

 

 でも、法律上従兄妹同士の結婚は禁止されてないし、それなら私にだってほんの少しはチャンスはあるわけで~……って、何勝手に結婚とか飛躍してるんだろ私ッ!?いやでも正直言うとそれが1番望ましい結果なんだけど……。

 

 

「梨子ちゃん!」

「わひゃっ!?な、何千歌ちゃん!?」

「もぉ~、さっきからずっと呼んでたのに~!また何か考え事でもしてたんでしょ」

 私ったら自分の考え事で頭いっぱいになって千歌ちゃんの呼びかけに気付かなかったんだ……。悪い事しちゃったな。だけど自分の意見をはっきり言えない私は考え事するのが癖になってるからそう簡単には直せないんです。

 

 

「でねでね、私ちょっと思い付いたんだけど」

「おお、言いだしっぺの千歌ちゃんの考えとは何かな?」

 私が思考の海に沈んでいるあいだに千歌ちゃんが何か案を思いついたらしい。何だろう。どうあがいても誰かが傷付いちゃう未来しか見えないんだけどなあ。

 

 

 

 

 

 

「いっその事同時に3人でお兄さんに告白しちゃうってのはどうかな!」

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!?」」

 曜ちゃんと声がシンクロしました。

 

 

 

 

「い、いやいやいや!千歌ちゃん、さすがにそれはいきなりハードルが高いというか何というか、私達の度胸的にそれは大丈夫なのかな~って思うんだけど……!」

「そ、そうだよ!それに3人同時に告白なんてしたら、逆にお兄さんが困っちゃうよ!?」

「あ、それもそっか。うーん、お兄さんの事も考えないとね~難しいな~」

 いくら咄嗟に思い付いた事でも、この案はぶっ飛び過ぎてるよ千歌ちゃん……。何をどうしたらそんな事思い浮かぶんだろう。さすがの曜ちゃんもそれには同意しかねたみたいです。というか頬が真っ赤です曜ちゃん。

 

 あの曜ちゃんでも好きな人に告白するという事は結構ハードルが高いようで、今にも頭から煙がプシューと出てきそうなくらい顔が真っ赤になってる。多分私も同じような感じなんだろうけど、千歌ちゃんは平気なんだろうか。

 

 

「……千歌ちゃんは、お兄さんに告白するの……緊張とかしないの?」

 恐る恐る聞いてみる。すると千歌ちゃんは他の案を考えていた様子からキョトンとした顔で答えた。

 

 

 

「え?そりゃとんでもないくらい緊張するよ?」

「「え?」」

 思いもよらない答えが返ってきた。曜ちゃんも思わず聞き返したとこを見ると、私と同じ事を考えてたのかもしれない。じゃあ何でそんな事を言ったんだろうかと。

 

 

「そりゃあいつもお気楽でポジティブシンキングな私だってお兄さんに告白するってなると凄く緊張するよ!……でもね、好きって気持ちは3人共変わらないんだし、好きなら結局最後は告白しないといけない。だったら3人で思い切って告白した方が緊張もほぐれて少しは楽になるかな~って!」

 あの千歌ちゃんが頬を染めながら照れて言った。それを見て、お兄さんの事が好きな3人はどこまでも同じ気持ちなんだと思えました。そりゃそうだよね。千歌ちゃんでも緊張しちゃうよね。私だけじゃないもんね。

 

 

 みんな同じなんだ。いつも引っ込み思案な私も、いつも元気でポジティブな千歌ちゃんも、いつも陽気で明るい曜ちゃんも、『恋』というたった1つの感情で女の子になる。それも同じ相手に。

 

 それが良い事なのか悪い事なのかで言うと、そんなのは誰にも分からない。だって、誰かを好きになるのに理由はいらなくて、そう考えると、誰かが自分と同じ人を好きになるのもてんでおかしい事じゃないんだから。

 

 

 

 

 たまたま同じ人を好きになっただけ。たったそれだけ。

 

 

 

 

 

「でもこの案じゃダメっていうなら、他に何か考えた方がいいか~」

「かと言ってそう簡単に出てくるわけじゃないもんねえ」

 私がまた思考の海に沈んでいるあいだに千歌ちゃんと曜ちゃんは他の案を考えていた。私も考えないとっ。

 

 

 

 

 

 

 そんな時でした。

 突然私の部屋がノックされると同時に開かれたのです。お母さんはちゃんと返事を待ってから入ってくる。つまりこんな事をしてくるのはただ1人でした。

 

 

 

 

 

 

「やあ、千歌ちゃんも曜ちゃんも来てたんだね。こんにちは」

「「「お、お兄さん!?」」」

 3人の声が重なる。お兄さんはいつもノックはしても返事をする前に入ってきちゃうんです。もし私が着替えてる時に入ってきたらどうなるんだろう……。恥ずかしさで窓から飛び降りるかもしれない……。

 

「も、もう!いつも返事を聞いてから入ってって言ってるじゃないですかぁ!」

「ああ、ごめん。そうだったね。ついいつもうっかり忘れちゃうんだよ」

 本当にお兄さんはいつもそうやって忘れて入ってくるからタチが悪いんです……。でも、一体何の用なんだろう。

 

「あ、お兄さん、こんにちは!お邪魔してます……!」

「こんにちは!私もお邪魔してます~……」

 私がお兄さんに何の用か聞きだす前に千歌ちゃん達が挨拶をした。まあ当然の事だから仕方ないよね。でも千歌ちゃんも曜ちゃんも、あんな話をしてた最中にお兄さんが来たものだからいつもと少し態度がドギマギしてる……。

 

「うん、こんにちは。どうぞゆっくりしていってね。梨子も、2人に失礼のないようにね」

「わ、分かってますよ……」

 もうっ、不意にそんな笑顔で言われたらドキッとしちゃうじゃないですか……。チラリと後ろを見ると、千歌ちゃん達も少し頬を赤く染めながら俯いてる。うん、今の私達じゃどうあがいてもお兄さんの前で変な態度とっちゃうかもしれない。

 

 

 

「そ、それより、私の部屋に来たって事は、何か用でもあったんじゃ……」

 私が取り繕うように尋ねると、お兄さんも思い出したかのように後ろに隠していた物を前に差し出した。

 

 

「そういやそうだった。シュークリームを買ってきたんだけど、ちょっと買いすぎてね。ぼく1人じゃ食べきれないから梨子にも分けようと思ってたんだけど、丁度良いや。千歌ちゃんと曜ちゃんも良かったら食べてくれないかな?」

「「ぜひ!!」」

 それはもう素晴らしいくらいに綺麗な即答でした。千歌ちゃんも曜ちゃんもお兄さんの頼みとあらば何でも聞いちゃいそうで少し不安にもなってみたり……。

 

 

 

 

「そりゃ良かった。梨子は?食べるかい?」

「ぜひ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私も2人と変わらないなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一応お兄さんに話を聞かれる危機はこれで去ったわけだけどモグモグ」

「私達の作戦はまだ何も進んでいないというのが現状なんだよねえはむはむ……おいしっ!」

「どうすればいいんだろ……パクッ」

 

 

 

 何とかお兄さんが去ったあとに貰ったシュークリームをモグはむパクッと食べながら、作戦会議?を再開させたけど、イマイチ良い案が出ません……。

 

 

 

「……じゃあさ、バラバラで同じ日にデートに誘って、お兄さんが誰の誘いを受けるか……とかはどう?」

 曜ちゃんの提案でした。でもそれって……。

 

 

「それだと、断られた人って凄くダメージでかいんじゃないかな……」

「しかも全員断られる可能性もあるわけだし……」

「だよねえ……全員で一緒に告白するのとそんなに大差ないし」

 それに、私じゃ上手くデートに誘う事すらできないかもしれないし……。いつものお出掛けならまだしも、デートって意識しちゃうと絶対に変な態度とっちゃうよ~!

 

「ねえねえ、梨子ちゃんは何かないの?」

「うぇっ!?私!?……え、えと、その……、どこかにら、ラブレターでも置いとく……とか……?」

「こ、古典的すぎるよ梨子ちゃん……」

「それにラブレター置くにしても、お兄さん同じ学校じゃないし大学のロッカーにわざわざ入れに行くのもねえ」

「うぅ……ごめんなさい……」

 

 

 全然出ない。良い案が全然出ないよぉ……!私の案が1番意味不明だし……、でもこれ以上2人も良い案が出なさそうだし、どうするんだろ。やっぱりこのまま3人それぞれ頑張って誰かが傷付く未来しかないのかな……。

 

 

「……ねえ」

 すると、千歌ちゃんが何か意を決したような声音で呟いた。

 

 

「やっぱり3人一緒に告白しよう!」

「ええ!?」

「ほ、本気なの千歌ちゃん!?」

 最初に出た案を、千歌ちゃんがやろうと言いだしました。でも、それっていくらなんでもハードルが高いというか何というか……私達にできるのかな。

 

 

「本気だよ!いつまでこうやって考えても何も出ないなら、やってみるしかないよっ!例え誰か1人しか報われなくても、誰も報われなくても、私達が大事な友達だって事には変わりないし、それに……大好きなお兄さんだからこそ、お兄さんが幸せになるなら私はお兄さんが誰と一緒になってもそれを応援するよ!」

「……、」

「……、」

 千歌ちゃんは言った。言ってみせた。本当なら言えないような事を、お兄さんが大好きだからこそ、言ってみせた。

 

 私が恐れていた事を、最悪私達の関係が変わってしまうなんて事を考えていた私と違って、千歌ちゃんは真っ向から向き合ってその言葉を吐き出した。やっぱり凄いなあ、千歌ちゃんは。言えないような事を思いきって言うその姿に、私は心を奪われてAqoursに入ったのかもしれない。

 

 

「確かに3人一斉に告白なんてしたらお兄さんの迷惑になるかもしれない。でも、2人共大事な友達だから、1人だけ抜け駆けなんてしたくないから、逆にお兄さんに見せつけてあげようよ!3人もの女の子がお兄さんの事を大好きなんですよって!」

 とても張り切って言う千歌ちゃんは、私からしたら羨ましいと思えるほどに輝いているように見えました。

 

 千歌ちゃんの案は決して褒められるようなものじゃない。結局は誰かが傷付いちゃうのには変わりないんだし、1番にお兄さんにとてつもない迷惑をかけてしまう。だっていきなり3人の女の子に一斉告白されるなんて、困らない方がおかしいんだから。

 

 ……でも、考えても他の案が出ない以上、既に出た案を改めて考えてみても、千歌ちゃんの言った案が1番平和的で、みんな平等だという事も分かる。お兄さんの事も考えなくちゃいけないかもしれない。

 

 だけど、最優先は私達なんです。多少強引だけど、恋する乙女っていうのはこういう事を言うんじゃないかって思うんです。相手の事はとりあえず2番目に。まずは自分のやりたい事を1番に。

 

 相手の事を一々気にしていたらいつまで経っても告白なんてできやしない。ましてや見た目も性格も地味な私なんて到底無理かもしれない。だから千歌ちゃんと曜ちゃんと一緒なら、お兄さんに告白できるかもしれない。

 

 本当ならこんな事考える私はいけないんだろう。1人で頑張るべき事を2人と一緒ならできるなんて考える時点で、私はダメダメだっていう事も分かってる。だけど、それでもお兄さんの事が好きだから、諦めきれないから、やるしかない。

 

 

 

「……分かった。私は千歌ちゃんの案に乗るよ。3人一緒に告白してフラれる展開が待っているとしたら怖いけど、このまま何もしないで終わって後々後悔するより、今当たって砕けた方がいいもんね!砕けちゃダメなんだけど、あははっ」

 曜ちゃんも千歌ちゃんの案に賛成の意を示した。本当に2人はどこまでも優しくて、強くて、私なんかとはどこまでも違う。

 

 

 でも。

 だけど。

 

 

 お兄さんの事が好きっていう意味では、私は2人にも負けるつもりはありません。私の方がずっと前からお兄さんといて、ずっと前からお兄さんを知っていて、お兄さんの良いところをたくさん知っている。

 

 いとこ同士だから本当なら私がお兄さんの事を好きになるの自体おかしいんだっていう事も分かってる。だけどもう好きになってしまったんだから仕方がないんです。小さい頃から知っているから、ずっと優しくしてくれたから、自然と異性として好きになっていった。

 

 私の方が好きになったのが早いんだから有利とか思うつもりはない。むしろ近すぎるからこそお兄さんは気付かないし拒否を示すかもしれない。それでも良い。拒否されても、受け入れられなくても、私の想いを伝えるのが大事なんだ。

 

 千歌ちゃんか曜ちゃんのどちらかがお兄さんとくっつく事になっても、本気で応援するには時間が掛かってしまう事はあるけれど、折り合いを付けて本気で応援していこうとも思ってる。

 

 

 っと、ダメダメ!こんな時にまでマイナス思考になったらダメだよ私!千歌ちゃんも言ってたでしょ。見せつけるって。だったら私もお兄さんの事が大好きなんですよって見せつけなきゃ……。

 

 

 

 

 少し俯いていた私をそっと見ていた千歌ちゃんと曜ちゃんに、覚悟を決めた事を伝えるために、私は言います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私も、その案に賛成する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日は変わって日曜日の夕方。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日はAqoursの練習は休み。

 だから私達2年組とお兄さんは4人で買い物へ行ってから現在帰宅している途中です。

 

 

 

 

 あれから話は割とサクサク進み、決行日は日曜という事になって2年で買い物に行くという事をお兄さんに伝えると、当たり前のように『じゃあぼくは荷物持ちでもするよ』と言ってくれて着いて来てくれました。言っちゃダメなんですけど、お兄さん、作戦通りですありがとうございます。

 

 

 3人共既に覚悟は決まっているはず。かくいう私はもうすぐ告白するという事実にさっきから心臓バクバクで落ち着かないんですけどね……。

 

 太陽が夕陽という赤く燃えるような、けれど優しく美しいオレンジの綺麗な色に変えて空を染める。それが告白する絶好のチャンスだとネットとかで色々調べていた曜ちゃんは言っていました。

 

 夕焼けは既にできている。あとは、3人で決めた道中まで歩いて、そこでお兄さんを止めて告白するだけ。それだけで、そこへ近づく度に心臓の動きが激しくなっているような感覚に襲われます……。

 

 

 

「今日は一段と夕焼けが綺麗だね。じっくり眺めていたい気分だよ」

 不意にお兄さんがそんな事を呟いた。歩きながら私達もそんな夕焼けを見る。こんな田舎だって千歌ちゃんは言ってたけど、人が少ない、だからこそ落ち着けて。しかも海を土台に綺麗な夕空と夕陽をバックに見れるこの景色は、とっても贅沢なんじゃないかっていつも思います。

 

 東京にいた頃では絶対に見る事ができない景色。何気ない道中でこんな景色が見れるのは、ここが内浦だから。今でもここに引っ越してきて良かったと思えてます。大事な友人が増えて、大好きな人と暮らせて、大事な友人と同じ人を好きになれた。

 

 

 

 

 

 

 いつものように考え事をしてると、目的地まであっという間に着いてしまった。

 

 

 

 

 

「あの、お、お兄さん!」

「ん、どうしたんだい?」

 千歌ちゃんの言葉に普通に聞き返すお兄さん。千歌ちゃんが止まった事により、私達は当然、お兄さんも足を止める。

 

「せっかくだし、少し砂浜で景色を見ていきませんか!」

 あくまでいつものテンションを装って自然と切り出す千歌ちゃんですけど、さすがにいよいよ緊張しているのか少し笑顔がぎこちなく見えるような……。

 

「それもそうだね。ぼく達はタイミングが良かったみたいだ。今のこの景色、凄く良いしね」

 お兄さんもこの光景に圧巻されて千歌ちゃんのぎこちなさには気付かなかったらしく、普通に了承してくれた。

 

 

 そう。

 

 

 ここが私と千歌ちゃんと曜ちゃんが告白しようと決めた場所。

 海と、夕陽と、夕焼け。全ての景色が最高潮に達した時、最もそれが綺麗に見える場所。それがこの砂浜。

 

 

 

 

 告白するには絶好の場所。ロマンチックすぎるかもと思うけど、女の子なんだからこのくらいはしないとダメでしょっていう千歌ちゃんの意見を参考にした結果、この場所になりました。

 

 

 

 この日になるまで、それぞれお兄さんに言う事を考えてきたはず。何を言うか、告白するのはもちろん、どう告白するか。それ自体は誰にも相談せずに自分だけで考える、まあ当たり前の事なんですけどね……。

 

 

 

 

「ははっ、こりゃ良いや。たまにはこの景色の中でのんびり見るのも悪くないね」

「お、お兄さんッ!!」

「ん、何かな?」

 

 

 千歌ちゃんが切り出した。いよいよです。いよいよ始まってしまう。アニメやマンガの中だけでしかないような、女の子3人からの一斉告白という前代未聞な事を、私達がやるんです。やっちゃうんです……!

 

 

「実は……私達から、お兄さんにお話があって……」

「話?それに私達って、曜ちゃんも梨子も何かあるって事かな?」

 お兄さんの問いに私達は軽くコクリと首を縦に振る。そこから自然と私達3人は並んでお兄さんと向き合う形になった。お兄さんはそれをキョトンと見ているだけでした。

 

「……えっと、今から3人で歌でも歌ってくれるのかな?」

「ち、違います!お兄さんもふざけないでちゃんと聞いてください!」

「ふざけてるわけじゃないんだけどね……」

 あう……緊張のせいか少しいつもより声を上げちゃった。そんなつもりなかったのに~!お兄さんもいつもの私とちょっと違うから苦笑いされてるし……幸先悪いよ~……!

 

 

 

「えと、その……私達が今から話す事は、私達にとってとても大事な事だから、お兄さんにもちゃんと聞いてほしいんです!」

 すると曜ちゃんが本題に入ろうとしだした。ありがとう曜ちゃん~、さりげなく私のフォローまでしてくれて……ただでさえ自信がないのに余計落ち込んじゃうよ……。

 

「あ、ああ、分かったよ。それで、一体どんな話なのかな。どこか合宿に行くから保護者の代わりに来てほしいとか?」

 千歌ちゃんは俯いて首を振る。いつもは元気な千歌ちゃんがそういう大人しめな態度をとる事に違和感を覚えたお兄さんは、そこからはもう黙って話し出すのを待っていました。

 

 

 最初に切り出したのは千歌ちゃんだった。

 

 

 

 

 

 

「……最初は優しくしてくれて、いつも私達の面倒を見てくれたり、何かあれば手伝ってくれたり、ただの梨子ちゃんの良いお兄さんっていう印象しかありませんでした。……でもそうやって接していくうちに、お兄さんの事が少しずつ気になり始めて……」

 

 少し俯きながら言う千歌ちゃんは、普段の天真爛漫のような元気はなくて、普段よりとても女の子らしくて可愛くて、恋をしている女の子の表情そのものでした。

 

「気付けば私は……私は……」

 

 まるでそこから先の言葉が中々出てこないような、そんな感覚に襲われているのかもしれない。大事な核の部分を伝える重圧。そんな緊張感がありながら、千歌ちゃんは俯いていた顔を上げて言った。そこには頬を夕陽のように赤く染めながらも覚悟を決めたような千歌ちゃんがいた。

 

 

「お兄さんの事が男の人として大好きになってました!!」

 

 

 凄い。素直にそう思いました。千歌ちゃんは言った。言ってみせた。お兄さんだけじゃない。私達もいるこの場所で、覚悟を決めて、言った。私もこの後やらないといけないのに、無意識に千歌ちゃんを凄いと思ってしまっていた。

 

 

「……え、……あ……」

 それを聞いたお兄さんは、ただただ呆然としていた。何とか声は出すけど理解が追いついてないかのように。でも、まだ()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 理解が追いついてないなら今のうちにオーバーヒートさせる必要がある。だから、次に言葉を出したのは曜ちゃんだった。

 

 

 

 

 

 

「私も最初は普通に好青年なお兄さんだなあとしか思ってませんでした。……だけど千歌ちゃんも言ってるように、接していくうちにお兄さんの笑顔に惹かれて、そんなお兄さんの笑顔が見たくて、学校のためだけじゃない。お兄さんの楽しそうな笑顔が見たくて練習を頑張ってる私がいたんです」

 

 曜ちゃんはずっとお兄さんの目を見つめていた。まるで今でもお兄さんの笑顔が見たいとでも言っているかのように。告白の最中でも、好きな笑顔を見せてと言っているかのように。

 

「もっとお兄さんの笑顔が見たい……楽しませたい……大好きな笑顔で私に微笑みかけてほしい……いつしかそう思うようにばかりなっちゃって……だからもう単刀直入に言います」

 

 いつまでも曜ちゃんはお兄さんの目を見つめていた。それに射抜かれたように、お兄さんも戸惑いながらも曜ちゃんから目を離せないでいた。そして曜ちゃんは言いました。

 

 

「お兄さんが好きです。その笑顔を、私に向けてください!!」

 

 

 どこまでもその目と目は合っていた。私自身何故かは分からないけど、そう確信が持てました。相手の目を見つめて、自分の想いの強さをしっかりと伝えた曜ちゃんはとても凄い。

 

 

「な、ん……ッ」

 お兄さんを見ると信じられないものを見ているかのような顔をしていました。そりゃそうですよね。いきなり告白されたかと思えば、まさか2人同時に告白されるなんて、普通に考えればおかしいんですよね。……でも、ごめんなさいお兄さん。まだこれでは終わりませんよ。

 

 

 

 

 ――――最後は……私。

 

 

 

 

「……お兄さん」

 ゆっくりと、だけど、しっかり届くように、声を届ける。

 

「私は小さい頃から何かあればお兄さんに遊んでもらっていました。2つ上だから本当のお兄ちゃんって感じでいつもお兄ちゃんお兄ちゃんって着いていって構ってもらって……それでもお兄さんは不満の1つも言わずに私と遊んでくれて、一緒にいてくれましたよね」

 

 千歌ちゃんや曜ちゃんとは違う、確かな過去の出来事。そこからもう、私の『恋』はきっと始まっていたんだ。

 

「あの時からお兄さんの事が大好きだったけど、私も成長するにつれてその思いは恋心に変わっていきました……。親戚だからいつも私の家にいるわけじゃない。お兄さんも中学や高校や大学に行く事になってから会う事が少なくなって、たまにしか会えないようになった時は凄く悲しくて、寂しかったです」

 

 私は今俯いてるからお兄さんの表情は見えない。でもきっと困ってるんだろうなあとは思う。まさか親戚の子に告白されるなんて思ってもいないだろうし……。でも、私の想いは止まらない。

 

「だから私は考えたんです。何でこんなに寂しいんだろうって。成長した今なら分かると思って。……そしたら、答えは1つしか浮かばなかったんです。小さい頃からのお兄さんへの思いが、今はもう『恋』という想いになってるんだって……」

 

 千歌ちゃんや曜ちゃんと言う話の長さが違うのは自覚してる。だけど、私は私の想いをぶつけたい。いつも地味で控えめな性格の私だからこそ、ここは絶対に伝えなくちゃいけない気がするから。

 

「普通なら従妹が従兄の事を好きになったらいけないんだって事も分かってるんです……。親戚同士じゃ、きっと幸せな生活も送れない可能性が大きいってよく聞くから。……でも、それでも……もう好きになっちゃったんだからしょうがないじゃないですか……ッ!」

 

 想いが爆発すれば、それは嗚咽となる。かくいう私も気持ちが抑えきれなくなって、流したくもない涙がどんどん溢れてきた。堪えないといけないのに、我慢しないといけないのに……。

 

「何で、何で好きになっちゃったのかな……?ダメなのに、幸せになんかなれないのに……!私とお兄さんが出会わなければ、好きになる事も、苦しくなる事もなかったはずなのに……ッ!お兄さんと他人の千歌ちゃんと曜ちゃんが羨ましいんです……。ただ好きでいられる事が、どれだけ良いか……」

「「梨子ちゃん……」」

 

 千歌ちゃんと曜ちゃんの視線が私に集まっているのが分かる。分かってる。私がこんな事言うのが予想外だから戸惑ってる事も分かってる……。告白なのに、何で自分でこんな最悪な事言ってるんだろうって自覚もある。

 

 だけど……これが自分の奥に潜んでた本音だって事も分かってしまった。歯止めが効かない本音ほど、タチの悪いものはないのかもしれない。これじゃ、千歌ちゃんや曜ちゃんの事も悪く言ってるようなものだもん……。

 

「私とお兄さんが他人だったら、私も何の心配もせずに好きになれたのに……。こんなのってないよ……。ズルすぎるよ……」

「梨……子……、」

 お兄さんが心配そうに見つめてくる。けど、今の私を見てほしくない。こんな醜い私なんかを見てほしくない。だから、自分でどうにかしなきゃ……、隠せなかった本音はもう出てしまったんだから。あとはもう、素直な気持ちをぶつけよう。

 

 

 

 

 ―――そして、私はあとで、お兄さんの『従妹』として普通に戻ろう。

 

 

 

 

「……でも、今更この気持ちをただ捨て切るだけじゃ、私の気持ちが収まらないんです。だから、言わせてください……。お兄さんならたとえどう思われてもいい、何を言われてもいい。普通の『従妹』として接する事に戻るだけです。……なので、最後に私の本当の気持ちだけは、言わせてください……」

 

 涙が出るのをもう止めはしない。流れ出る涙も、醜い私の奥底の本音も、私の姿も、全部でお兄さんの事が好きだから。

 顔を上げてお兄さんの顔を見る。その表情は、とても困惑していて、悲しそうで、今にも怒りそうで、でも、どこか慈愛に満ちたようにも見えた。ああ、そんな顔されたら、余計想いが爆発しちゃいそうだよ……。

 

 

 

 これが私の最後の気持ち。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大好きだよ……お兄ちゃん……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言った。

 そして。

 終わった。

 

 

 

 

 

 これで私の初恋は終わり。あとは千歌ちゃんと曜ちゃんのどちらかが選ばれれば、私はそれを全力で応援するし、誰も選ばれなくても、大事な友達には変わりはないんだから。

 

 

 

 やがて、お兄ちゃんがようやく口を開いた。

 

 

 

 

 

「……正直のところ、今でも頭が現状の理解に少し追いついていないんだ」

 それはそうですよね。いきなり3人の女の子に告白されて、しかもそのうちの1人は従妹なんだから。これで理解しろって言う方が難しいです。

 

「でも、きみ達がぼくの事を、その、異性として好きだって言ってくれた事はちゃんと分かるよ」

 少しぎこちなそうに言うお兄さんは、まだ少し戸惑いを隠せていないようでした。でも私達の気持ちが確かに伝わった事だけは良かった。

 

「まさか3人の女の子に告白されるなんて、どこかのマンガやアニメだけの話と思っていたんだけど、自分に降りかかるとはね……」

 現実味のなさすぎる事が起きれば、人は混乱すると聞きますけど、それが今のお兄さんの事を言うならそれはとても的を得ていますね。……って、え?

 

「さ、3人……?」

 思わず聞き返してしまった。私はもう諦めていたのに、あとは千歌ちゃんと曜ちゃんだけのはずだったのに、そこに私が入れられているなんておかしいはずなのに……。

 

「ん?そうだよ。だって梨子も告白してくれたじゃないか。昔みたいにお兄ちゃんって言われたらそりゃあもう、そう受け取るしかないでしょ」

 お兄さんの言葉に耳を疑うと同時に、言葉も失った。自分の中ではもう終わった話のはずだった。なのに、お兄さんはちゃんと私もカウントに入れてくれて考えてくれている。その事に喜べばいいのか否定しないといけないのか、そんなのはもう、言葉を失った私の状態が答えを表していた。

 

 

「……言っちゃ悪いんだけど、今のぼくにはこの中の誰かと付き合うなんて事はまだあまり考えられない」

「「「え?」」」

 突然の言葉でした。

 

 告白のカテゴリーに自分も入れられていた事へ少しばかり喜びを感じていたら、いきなり奈落の底に落とされるような感覚に襲われた。

 

「色々とシチュエーションがありすぎて混乱してるんだ。3人の女の子への告白の返事なんて、そう簡単に思いつくはずがないだろ?」

 あ……確かに。言われてみればそうでした。

 

 ここで私達3人はお互いの目を見ながら苦笑い。お兄さんに3人の女の子が一斉に告白するという事を見せつけるためにと、その事ばかり考えてお兄さんからの返事の考慮をまったくしていませんでした……。

 

「けれど、きみ達はわざわざこんな綺麗な景色を用意してまで告白してくれた。だったら今そういう返事する方が良いって事は理解してるつもりだよ」

 やっぱりお兄さんはどこまでもお兄さんだ。いつも私達の事ばかり優先して考えてくれる。自分の事も考えないといけないのに。でも、そんなとこも含めて私達は惹かれ、好きになったんです。

 

 

「ふむう……でもどうしたものか……。誰も悲しまなくて済む、そんなハッピーエンドで終われる結果にしたいんだけど、それが難しいな」

「は、ハッピーエンド……?」

「ああ、お兄さんの変な癖が出ちゃった……」

 基本的にお兄さんは誰よりも最悪の結果を回避したがる癖があるんです。誰も傷つかない。誰もが笑って終われるような、そんなハッピーエンドばかりを求めて何が何でもそこから手を離そうとしない、いわゆるちょっとしたワガママ。

 

「お兄さん……別に私達が嫌いとかそういうわけではないん……です、よね?」

「当たり前じゃないか。嫌いなわけがない。むしろぼくだってみんなが大好きだ。3人共魅力的で、本当ならみんなと1人1人付き合いたいくらいだしね。だからこそ1人でも傷付くような結果にはしたくない」

 曜ちゃんの問いにお兄さんは清々しいくらいの即答をした。こういう時のお兄さんは凄く素直で、一切の嘘を付かない。そして何故かいつもそれで上手くいっちゃうから不思議なんですよね……。

 

 

 

 でも、今回ばかりはそうはいかない。

 3人が告白して、お兄さんが返事するとして、誰も傷付かない結果になる事なんて絶対にない。

 

 誰か1人と付き合えば、他の2人は必ず心のどこかしらで傷付くし、全員振ったら言わずもがな、全員傷付くに決まってる。誰も傷付かないなんて、そんなのは理想に過ぎないですよ、お兄さん……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?待って」

 

 

 

 と。

 ここで何故か千歌ちゃんが声をあげた。

 

 

 

「どうかしたのかい、千歌ちゃん?」

「普通に考えればおかしい事なのは絶対分かってる。日本じゃ認められない事も承知の上。それでもいいなら……あるよ。お兄さんが望んでる誰も傷付かない方法が!!」

「「「え?」」」

 思わず千歌ちゃん以外の声が重なった。

 

 

「どういう事、千歌ちゃん?そんな方法、普通あるはずが……」

「それだよ梨子ちゃん!普通ならってのが問題なんだよ!」

 千歌ちゃんの言う事に頭の中が疑問符でいっぱいになる。い、一体何が言いたいんだろう……。

 

「普通に囚われていれば誰かが傷付く結果にしか繋がらないよ。でもさ、梨子ちゃんもさっき言ってたでしょ?『普通なら従妹が従兄を好きになってはいけない』って。でも梨子ちゃんはお兄さんに伝えたじゃん。普通じゃないって自覚しながらもさ!」

「う、うん……」

 うう……さっきの事あんまり引っ張らないでほしいんだけどな~……。お兄さんがあっさり私の告白も聞いてくれたからちょっと恥ずかしいんだけど……。

 

 

 

「だったらさ、()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 今度の今度こそ。一度言われた言葉の理解を放棄しそうになった。

 

「…………………………………………………………………えっと、つまり、どういう事、なのかな?」

「簡単だよ!私達はお兄さんの事が好き。そしてお兄さんはさっき『本当ならみんなと1人1人付き合いたいくらい』って言ってたじゃん?ならもう答えは1つしかないでしょ!」

 そこからはもう、いくら理解が追いつかなかった私でもその先の言葉が分かった。曜ちゃんも、お兄さんも何か分かったような表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、お兄さんと私達全員でお付き合いしちゃえばいいんだよっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予想通りの爆弾を千歌ちゃんは投下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、それ……本気で言ってるの……千歌ちゃん……?」

「本気に決まってるよ曜ちゃん!お兄さんのお望み通りの、誰も傷付かなくて、誰もが笑って終われるハッピーエンドなんだよ!!」

 この千歌ちゃんは本気だ。それが一目で分かるくらいには、千歌ちゃんのテンションが今まで以上に高かった。た、確かにそれは誰も傷付かないけど……。

 

 

「……千歌ちゃん、それをお兄さんがどう思うかによって変わるんじゃないかな~と思うんだけど……」

 千歌ちゃんに言ってから恐る恐るお兄さんを見てみると、

 

「う、うーん……確かにその案なら誰も傷付かないハッピーエンドになる……。でもそれでいいのか……?男としてその判断は果たして正解なのか……?」

 もの凄く迷っていました。む、無理もないよね……。

 

「お兄さん!男としてはともかく、誰よりもハッピーエンドを求めるお兄さんなら優先するべき事は私の案のはずです!!というか男なら逆にこの展開は美味しいはずです!!」

 千歌ちゃんがもういつものテンションになってる!?ていうか展開美味しいとかそれ言っちゃダメなやつだと思うんだけど……!?

 

 

「う、うーむ……ぼ、ぼくとしては嬉しい提案だしお願いしたいくらいなんだけど、曜ちゃんや梨子がそれに賛成してくれるか……」

 千歌ちゃんにそそのかされたようにチラリとこちらを見てきたお兄さん。まるで私達の返答を待っているかのような視線だった。

 

 

「私は……みんなが良ければいいと思うよ。大好きなお兄さんの笑顔が見れるなら、私はそれで満足だしね!」

 曜ちゃんも賛成のようだった。残るは私だけど……もう、答えは1つしかないもんね……。

 

 

 

 

 

 

「私も、お兄さんと付き合えるなら、千歌ちゃん達と同じように笑い合えるなら、それがいいです!!」

 迷う必要なんてどこにもなかった。これがお兄さんの望んだ結末なら、私はそれを喜んで享受しよう。たとえ従兄でも、好きな人と笑い合えるなら、それだけで嬉しいんだから。

 

 

「……決まったようだね」

 少し長めの告白劇がようやく終盤に差し掛かる。夕陽は沈みかけていた。

 誰に言われる事もなくまた自然と一列に並んだ私達と、それに向き合うように立つお兄さん。言葉は、優しく放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ改めて。これは確かに普通じゃない。本当なら認められるはずがない事だ。でも、きみ達はぼくを好きでいてくれて、ぼくもきみ達が好きだから、そこに法律なんてくだらない概念は捨てよう。だから、ぼくと付き合おう。千歌ちゃん、曜ちゃん、梨子」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迷う必要なんて、どこにもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「はいっ!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長い告白劇が終わり、少し薄暗くなってきた道を帰宅している時。

 千歌ちゃんと曜ちゃんは私とお兄さんの数メートル先で楽しそうに話していました。

 

 

 

 

 ふと、お兄さんが私に話しかけてきた。

 

 

 

 

 

「すまない、梨子」

「え?」

「辛かっただろう、せっかくの告白であんな事を言ってしまうくらいに、ずっと悩んでいた事なんじゃないのか?」

「は、はい……、」

 それは今日だけの事じゃない。過去の今までの事全てに対してお兄さんは私に謝ってくれた。そんな必要はないのに。でも、少しだけそんな気持ちを吐き出す事も、今なら許してくれるかな。

 

 

「……正直今でも思ってるんです。本当にいいのかなって。従妹なのに、私なんかがお兄さんを好きになっていいのかな、良かったのかなって……」

 それは、ちょっとした弱音。全てが上手く収まってからの、私のちっぽけな弱音でした。でも、

 

「良かったよ、絶対に。例え従妹でも、親戚でも、誰かを好きになるのに理由なんていらない。気付いたらなってるもんなんだ。梨子にとってはそれがたまたま親戚のぼくだったってだけで、何もおかしい事なんてない。それに、梨子がぼくの事を好きって言ってくれてぼくはとても嬉しかったんだ」

 そんな不安をいとも簡単にふっ飛ばしてくれるお兄さんの返し。それはまだ続いた。

 

 

「確かに千歌ちゃんや曜ちゃんも好きって言ってくれてとても嬉しかったよ。だけど、ぼくが小さい頃から面倒を見て一緒に遊んでた梨子に隙って言われた時は、少し特別に嬉しくなったというか、そう言ってもらえて良かったって思えたんだ」

 とても温かくて、とても心地いい、お兄さんの言葉。

 

 

 

 

 

「だからさ、もうあんな事言うのはやめてくれよ。ぼくはぼくで梨子が大好きなんだ。たとえ世間じゃ普通じゃなくても、ぼく達はぼく達なりに幸せを見つければいい」

 どこまでも優しく包み込んでくれそうな、小さい頃から聞き慣れた安心する声色。

 

 

 

 

 

「別れ際に千歌ちゃん達にも言うつもりだけど……好きだよ、梨子」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私も、大好きだよ、お兄ちゃん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “恋というものは必ずしも叶うわけではない。”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前に読んだ事のある小説を開く。

 

 

 

 

 

 

 “そんな事は人間なら幼稚園、小学校、中学校、高校、大学、社会と、その過程を踏んでいく事で嫌でも現実を突きつけられる。”

 “初恋は叶わないだとか、叶ったとしても徐々に恋が冷めて別れるだとか、とにかく『恋』というものは確かであって不確かな気持ちなのである。”

 

 “叶っても、叶わなくても、『恋』は良いものでもあるしそうでないのかもしれない。そこいらの問題は結局個人の価値観で億万通りもあるわけなのだが、恋する乙女という言葉があるように、女の子はそういう事に対して思春期であればあるほど敏感になるらしい。”

 

 

 

 

 “話を戻そう。”

 

 

 

 

 “恋というものは必ずしも叶うわけではない。”

 

 

 

 

 “それだって色々なパターンがある。”

 

 “単純に相手に好意を持たれていないからフラれる。そもそも一目惚れした場合相手はこちらの存在自体を告白されてからようやく認識するから受け入れられる事がなかったり。まず告白する勇気がなくて引きずっているうちに誰かに取られる。取られないにしても結局時間だけが経ち離れ離れになってしまう。”

 

 

 

 

 

 

 

 “そして。”

 

 

 

 

 

 “そして。”

 

 

 

 

 

 “そして。”

 

 

 

 

 

 

 

 

 “複数人が同じ人を好きになった場合、確実に誰か1人しか勝ち得る事はできない。それ以外の者は敗者と同義。”

 

 

 

 

 

 

 “それがもし、自分の大事な友人と好きな人が被ってしまったら?”

 “2人とかではなく、3人同時に同じ人を好きになってしまったら?”

 

 “それも同じ。誰か1人しか勝ち得る事はできず、他の2人は敗者となる。そこで友情に亀裂が入ってしまう可能性の方が大きい。誰が勝っても勝者以外は敗者になるバッドエンドが付いてくる。”

 

 “逃れられない現実で、だからと言って逃げる事はしたくないという気持ちが『恋』というものでもあるのだ。”

 

 

 

 

 

 

 

 “そしてこれは。”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “奇しくも友人同士である複数の女の子が1人の男子に好意を寄せている。”

 

 

 

 

 

 

 

 

 “そんな複雑で、バッドエンド直行にいくしか道はないのか。それとも他の道を探すのか、という物語である。”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何回も見たからか、ストーリーは最後まで知っていた事もありパラパラと読み流す。

 そして最後の空白のページを開く。

 

 

 

 何故かはずっと分からないでいた。他の小説と違って、この小説だけは本編の最後のページが空白でした。私はその意味がずっと分からなかった。強いて言えば、小説の最後が何故か煮え切らない終わり方だったという事。

 

 

 

 あれだけ悩んで複雑になって読んでいた物語が、結局は結果が分からずに終わってしまったのだから。

 

 

 

 

 でも、前代未聞な告白劇が終わった今。

 私にはその意味がようやく分かったような気がしました。

 

 

 

 

 

 途中の物語が空白ならば、自分で書き足せばいいんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ペンを用意して、その小説の最後のページに願いと自分達の祈りは届いたという気持ちを込めて書き込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それでも探し続けたその先にハッピーエンドは待っていて。そこで少女達は、一緒に笑っていた』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やっぱり最後は笑顔で終わらないとねっ!




さて、いかがでしたでしょうか?

他の作者様方が大体1人の女の子をヒロインにしているであろうと思い、ラストの手前で少しばかり変化球を用意させていただきました。
まあ実際は梨子視点だったので梨子がメインヒロインみたいなとこはありましたけどね(笑)

変化球は複数人のヒロインだけでなく、相手がまさかの梨子の親戚、従兄にあたるというとこですかね。
本来なら好きになってはいけないはずの人物。好きになったらおかしい人物。
そこに焦点を当ててみました。
それだけで少し違うドキドキ感を感じていただければ狙い通りですね(イケナイ意味とかではない)

『誰かを好きになるのに理由はない』
意外とよく見かける言葉であり、聞く言葉ですよね。だったらそれは親戚や身内でも当てはまるんじゃないか?
『普通』ならおかしいけれど、であれば『普通』じゃなくしてやればいいんじゃないか?というコンセプトもあるわけでございます。

μ'sも2年組が好きであり、Aqoursも2年組が好きなんですよね(笑)
だから2年メインになりました!!
私なりのサンシャインストーリー、楽しんでいただけたら幸いです!


ではでは、最後にこの企画に参加させてくださった鍵のすけさんに感謝を。
この物語を読んでくださった読者の皆様にももちろん感謝を。



ありがとうございました!



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砕けないハート

ちょっとリアルがごたごたしてて結構グダグダですが、この企画がいかに素晴らしかったか、俺個人がいかにこの企画を気に入ってたかを知ってほしかったので今回サプライズ寄稿させていただきました。




皆様、こんにちは。ご機嫌いかがでしょうか、(わたくし)は最悪の極みでございますわ、おほほ。

……いえ、最悪ではありませんわね。人生そんなに悪いことばかりではありませんわ。

 

ただ、悪いことも起きるだけでして……

 

「会長! 好きです! 付き合ってくださ~い!」

「嫌ですわ」

 

私の目の前にはアスファルトと熱い抱擁を交わしている男性の姿が。彼は起き上がると実にヘラヘラと軽率そうな笑みを見せつけた。

 

「いやぁ、相変わらず黒澤会長は手強いなぁ」

「そういう貴方はかなりしぶといですわね……これで五年目ですわよ」

「あぁ覚えててくれたんですね!」

 

「別の意味で、ですわよ」

 

流石に五年間暇さえあれば……いいえ暇がなくても作ってでも告白してくる男を忘れろという方が無理な話、よくもまぁ飽きませんわ。

 

「貴方、いったいどういうつもりで毎日私に会いに来るのですか?」

「え? そりゃあ好きだからですよ」

「わかりました、とりあえず私が馬鹿でしたわ」

 

認めたくないけれど、本気らしいですし。そもそもなぜ私なのでしょうか……あぁそれは当然ですわね、私の美貌に惹かれているに違いありませんわ。だって私ですもの。

ただどうにも、解せないことがあります。五年も、毎日毎日私に愛を捧げにくるうち気付かないのでしょうか……叶わない恋なんだ、と。

 

彼と出会ったのは私が中学二年生になった春。彼が私を会長と呼ぶのは、私が生徒会長だったからですわ。そのときの名残で私を今でも会長と呼んでくる。まぁ今でも浦の星の生徒会長ですから呼ばれ慣れていますし間違ってはいませんけど……

 

「それでは会長また明日です!」

「違う学校に通っているのにまた明日、ね……」

 

彼が言うのだから、また明日で間違いないのだろう。たとえ休日だったとしても、会いに来るのだろう。

だけど、それもあと少しだけ。残された時間はそう多くは無いということを、彼は知らないのだから。

 

それでも私はどうしても「あと少しの辛抱」と、思うことは出来なかった。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「今日は、なかなか来ませんわね」

 

翌朝、晴れた空の下。私は縁側で静かに彼が来るのを待っていた。待っていたというのは少し違いますわね、彼がしっかり習慣をこなせるかどうか確かめているところですわ。

だけども、今日はなかなか現れません。雨の日はメリーポピンズのように傘を持って飛んでくるというのに、晴れの日で風も無い日に現れないというのはなかなか不気味ですわね。

 

「まさか、どこかで事故に遭ってたり……」

 

少しだけ、ゾッとしました。ちょっぴり厄介な殿方ではありますが自分を慕い続けてくれている人が事故に遭ったなどとは、いくらなんでも考えすぎですわ。どうせ寝坊しているに違いありませんもの。

 

「…………」

 

振り子時計が折り返す音のみが部屋に木霊する。私はしばらく無言で、その音だけを聞いていましたがやがて湯飲みを叩きつけるようにして立ち上がってしまいました。

 

「…………っ~」

 

自分でも自分が分からずとりあえず家の門を開け放ちました。外へ出てみると、結論から言ってしまえば彼の姿がありました。彼は海を眺めていたのです。

なんだかやりきれない気持ちになって、気持ちずかずかと歩み寄ると私は彼の耳を思いっきり引っ張ってやりました。

 

「あれ、会長。奇遇ですね、これから挨拶に行こうと思ってたのに」

「少しはっ、痛がりなさい! このっ! ここまで来てるならさっさと挨拶に来なさい! 海を眺めるなら追い返されてからになさい!!」

 

どこかで事故に遭ってるかも、そんなことこれっぽっちもありませんでしたわよ数分前の私! タイムマシンなんて非現実的なものは信じませんがあるならすぐにでも過去の私に伝えてやりたいですわ!

しかし耳をどれだけ引っ張っても彼は痛がる素振りを見せないどころかいつものニコニコへらへらとした笑みを浮かべていて、無性にイライラさせるのでした。

 

「あー、もう……いいですわ、何事も無ければそれで! 心配なんかこれっぽっちもしてませんから!」

「え、え~。もう帰っちゃうんですか? もう少しお話しましょうよ~」

「嫌ですわ、私あなたを待っていたせいで無駄な時間を過ごしすぎましたもの。今から取り返さなきゃ今日が無駄になるわ」

 

そう言って彼に背を向けた瞬間だった。あまりのあっけなさについ不安になって振り返ると、彼はきょとんと呆けていた。

 

「待っててくれたんですね~!! 俺感激です!」

「誤解よ! というか、語弊ですわ!」

 

ああもう本当に楽観的で馬鹿馬鹿しい人ですわね……まったく、ちょっと困らせてみようかしら。

 

「貴方を待つ(いとま)はございませんわ。なぜなら私、卒業後に控えて今度お見合いをする予定ですの」

「見合い、ですか。これまた古風な」

「古風でもなんでもございませんわ、今でもする人はするでしょう? 私は、私含め黒澤家をさらに発展させてくれるような素晴らしい人材をこの目でしかと見定めるつもりです」

 

実のところ、これは嘘でもなんでもない、真実ですわ。私はもうすぐ様々な男性を見定めて、この人だっていう殿方を黒澤家へと迎え入れる。それが両親の望みでもあり、私が生きてきたうちの最初の大きな目標でもある。

それに対し、彼はへらへらとも切り詰めたような顔でもなく、ただニコニコしていた。

 

「そうなんですか。会長に釣り合う男見つかるといいですね~」

「え……?」

 

思わず虚を突かれた気分でした。いつもの彼なら、いいえ、彼の返答としてあまりに相応しくない言葉が飛び出して目と耳を疑いました。

彼が私を諦めた? こんな唐突に? 今までの五年間は? すべて、無意味になってしまっても良いというの……?

 

「そんじゃ、今日も会長の顔が見れたんで俺は帰りますね! お邪魔しました!」

「は、はい……御機嫌よう」

 

そこからは、いつも通りだった。彼は手を大きく振って、フェンスに掛けていた自転車に跨った。私は、そんな彼の背中を見て少しの罪悪感に襲われた。

どんな気持ちだろう、好きな人から、他の殿方とお見合いするので自分のことは早々に諦めなさいと言われたら。

 

「そんなの、知りませんわ……」

 

生まれてこの方、人を好きになったことなんかありませんもの……私を認めてくれる人はたくさんいた。けれど、その人たちが全員私を好きになってくれたかと言うと自信ががありませんわ、黒澤家の長女が聞いて呆れますわね。

いいえ、むしろこれは転機ですわ! 私は彼の屍を乗り越え、私を愛してくれる男性を必ず見つけてみせますわ!

 

「頑張るのよ黒澤ダイヤ! 私は絶対に愛されてみせますわ!」

 

こうして、私が覚悟を決めたのですわ。けどそれは長いようで短い、壮絶な数週間の始まりでした。

 

 

 

 

 

 

「お初にお目にかかります、黒澤ダイヤと申します。本日は、よろしくお願い致しますわ」

 

しずしずと頭を下げる。我ながら、素晴らしい所作だと感嘆の息が漏れてしまうわね。っとと、いけないいけない。いいですこと私、私はお見合い中ですの。従って自惚れるようなことがあってはいけませんわ。相手を立てて、優雅に、淑やかに――――

 

「いやぁ、本当にお美しい。お名前の響きに負けておられない……まるであなたは天女のようだ」

 

相手の男性は東京の方ではとても名の高い企業の御曹司だそうで、気品に溢れ私に相応しい優雅さを兼ね備えていました。気立ても良く、優しさが滲み溢れていますわ……!

そうですそうです、私はこういう男性を待っていたのですわ!

 

「いえいえ、そんな……行く先々でからかわれますのよ? ダイヤだなんて、仰々しい名前だって。私はもう少し、日本の女性らしい名前が良かったですわ」

「それこそもったいない、あなたはダイヤという名前で正解だ。ご両親の先見に狂いは無かったのです」

 

堪えるのです黒澤ダイヤ! ここでニヤケてしまってはいけないわ! 私は家名を背負ってこの場にいるのですから、私のせいで家に泥を塗るだなんてそんな馬鹿な真似が出来るものですか!

 

「僕も、お見合いなど歳不相応だと思っていたのですが、あなたさえよろしければこれからもよろしくしたいものです」

 

っ! 来ましたわ! 一発目にして最高の殿方が――――!

 

 

 

「やはり、美しい女性でなければダメなのです。あなたのその美貌は美醜という概念を超えている、どんな芸術家であっても貴女のような美しい彫刻は作れないでしょう」

 

 

 

その一言は、確かに私を賞賛するような声でした。しかし私の心に何か、異物があるような違和感を残していきました。まるで歯が抜けた後のあの空間のように、何も無いのに気になって仕方がない。

結局、その後のやりとりに私の魂はありませんでした。だんだんと胸がムカムカするような気持ち悪さに変わっていって、最後の方は眉すら顰めていたかもしれません。

 

 

 

 

 

「う……」

 

「大丈夫……? ダイヤ、顔色悪いよ?」

「平気ですわ……ただ眠くてお腹が空いただけです」

「Oh!? ダイヤ、オネムでハングリーなの?」

「騒がないで鞠莉さん頭に響きます……ふぁ……っ」

 

あれから数週間後、あっという間に過ぎ去った私のお見合い強化期間。結果は言ってしまえば散々、でしたわ。最初の殿方以降も、優しくとても紳士的な方ばかりでした。

しかし、どの人も共通していることがありました。私しか見ていない、または私をまったく見ていない人しかいなかったのです。

 

私しか見ていない人は、私という人間……少しだけ不躾な表現をするなら私という女が欲しいだけ、と顔にありありと書いてありました。

さらに私を見ていない人は論外ですわね、黒澤の名前が欲しいだけのように思えました。私の目を見ながら、私の後ろを見ていたのです。そんな殿方に私の伴侶は務まりません。

 

そんな有象無象を相手にしたストレスか、最近私はまったくというほど寝付けませんでした。ついでにご飯も喉を通らなかったのです。

私という人間、ここでいう人間とは私という全ての要素であり、それら含めて愛してくれる男性がいないということに気付いたことが想像より少しショックが大きかったようですわ。

 

欠伸をこらえることも出来ずに涙目を擦ると、昇降口の先に下校中と思われるあの人を発見しました。

お見合い期間中は一度も現れなかったからか、妙に新鮮な雰囲気を感じていました。けれど彼は私に気付くと手を振るだけでそのまま立ち去って行った。

 

ドサッ、と私の肩から通学鞄が落ちた。しかし私は寝不足に宛てられすぎた頭ではさすがに処理しきれない情報と戦っていました。

 

「へぇ~、彼がダイヤを見て挨拶も告白もしないで会釈だけなんて珍しいね~」

「ホントね~、もしかして喧嘩でもした? ダメよ、せっかくダイヤが好きだって言ってくれる唯一の人なのに意地悪しちゃあ」

 

好き、好き……そうですわ、彼は私のことを好いているのですわ。だというのに、だというのにここでスルー!? あんまり……じゃなかった、あまりにもいい加減すぎませんこと!?

 

「ちょっと、お待ちなさぁぁああああああああい!!」

「ダイヤ!?」

「Wow! ダイヤ!?」

 

私は鞄を拾うのも忘れて彼の背中を追いかけた。昇降口を飛び出すと彼の背中目掛けてタックルでもしてやりたい衝動を解き放ちながら追いかけた。しかし彼は足音か何かで私の存在に気付くと顔を真っ青なのか真っ赤なのか分からないような奇妙な顔色にして逃走しました。きっと私に対して何か負い目があるから逃げたに違いありませんわ!

 

「待ちなさい!」

「い、いやですよー! ぜ、絶対いやですよー!」

 

さすがは男性、全力で追いかけてるのになかなか捕まらない。けれど私は寝不足、空腹というハンデを背負ってでも彼を捕まえなければというどこか執念めいた思いに突き動かされていた。

やがて、彼自身も消耗してきたのか、だいぶ走ったところで観念したのか走るのをやめた。しかし私は考えるよりも先に足を動かしていたため、彼が止まったと認識した瞬間思い切り彼を突き飛ばしていました、私自身の身体で。

 

「うごぁ!」

 

彼の悲鳴の後、私はようやく彼の背中の上にうつ伏せになっていることに気付いた。慌てて立ち上がろうとしたけれど、私の腕は彼の腕の下に挟まっていて下手に身動きが取れない姿勢だった。

そのとき、私の胸に直接叫んできたのは彼の心臓の鼓動。必死で走っていたのでしょう、バクバクと私にその旨を伝えてきた。その心臓のリズムが私の心臓のリズムと重なって、正直かなりドキリとしましたわ……

 

「なんで逃げますの!?」

「会長、お見合いするって! だから、俺応援しようと思って!」

「これがお見合い成功した女の顔に見えますの!? あなた私のことが好きだと言うのならもっと目を凝らしなさいな!」

 

彼を転がして、拙い化粧では隠しきれなかった酷い顔を見せる。しかし彼は、私から目を逸らすとやや強引に立ち上がった。

 

「すいません! もちろん会長のことは好きですけど、今日は特売があるんです! それじゃ!」

「はい……?」

 

そう言い捨てるようにして彼は鞄を拾ってそそくさと去って行った。残された私は立ち上がるのも忘れてぽかんとしていました。

 

――――が。

 

「ちょっと、お待ちなさいなぁぁぁぁあああああああ!!」

 

「えぇー!? なんで追いかけてくるんですかー!!」

「傷心の私よりもお買い物の方が大事なんですの!? その程度の男でしたの!?」

「死活問題なんですよー!!」

 

私よりもいつもよりちょっと安い卵やその他の方が大事だなんて認めませんわ! 絶対に!

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「お、弁当も安い。買っておこ」

「あなた、いつもこんなものばかり食べてますの?」

「はい、ここのお惣菜絶品なんですよ~」

 

なんやかんや、もう一度彼を捕獲した私は彼に説教するついでになぜか買い物に付き合っていました。追いかけてくるなら、と腹を括った彼が卵のパック二つを安く買うために協力してほしいと頭を下げてきました。正直意味が分からないけれどこれ以上追い掛け回すと私が倒れそうだったので譲歩案として受け入れただけですわ。

 

「ダメですわ、きちんと自炊しなさい」

「えぇ~……学生に自炊はキツイですよ……」

「あなたの性格上、好きなものしか食べないでしょ。サラダを好き好んで食べているようには思えませんわ」

 

そう指摘すると彼はバレてる、と言った風に目を逸らした。図星を突いたようなので私は彼の手からお惣菜をやや強引に奪い取るとコーナーの一角に戻した。彼曰く美味しいお惣菜さんごめんなさい、どうか他の誰かに美味しくいただかれてくださいませね。

 

「どうにもあなたは自己管理が甘いですわ。この際だから、私があなたの私生活をチェックして差し上げます!」

「いやいやいや、結構ですって。会長の手は煩わせませんよ」

「卵を一パック多く買うためだけに私を使うだなんて納得行かないわ、ここまで来たら徹底的に監修します」

 

彼からカートを引っ手繰ると、手当たり次第に材料を放り込んでいく。すると見る見るうちに彼の顔が真っ青になっていく。まるで自炊するくらいなら餓死すると言わんばかりの往生際の悪さ――――

 

「ま、待ってくださいよ! こんなにたくさん、冷蔵庫に入りませんし!」

「あなたの家の冷蔵庫はどれだけ小さいんですの!?」

「いや一般家庭の冷蔵庫のキャパと会長のお家の冷蔵庫と一緒にしないでください!」

 

これがギャップというやつですのね、一つ勉強になったわ。にしても、まさかそんなに冷蔵庫が小さいだなんて、大きい冷蔵庫を使えない理由でもあるのかしら……ひょっとして彼の部屋はとても小さいんじゃ……?

 

「おやつは五百円までよ」

「会長、バナナはおやつに入りますか?」

「栄養価が高く、房でも比較的安価で手に入りますから、許可します」

「やったー、わーい……バナナか」

 

バナナ苦手なのかしら、バナナがおやつ入りしたせいで彼はひどくげっそりしていた。しかし高校生にもなって食べられないものがあるだなんて、中身はまだまだお子様ですわ。ちなみに私はハンバーグとグラタンが嫌いなだけで食べられないわけではございませんわ。

 

「あと、食後にヨーグルトなんかも効果的ですわ。特にサラダを定期的に食べない貴方に乳酸菌が食物繊維の変わりになってくださいますわ、感謝なさい」

「会長ありがとうございます」

「わ、私じゃなくてヨーグルトに……いえ、この際だから受け取っておきますわね」

 

なんだか、いつもとはペースが違うような。言ってしまうと、なんだか変な気分。ここまで彼と話をしたことがあったかしら……

 

いつもは、告白されて、けれど私が相手にしなくて、彼はすぐにいなくなっていたけど……今日は違う。

 

今日は、私から話を振って、彼が一喜一憂の反応を示す。そしてまた私が返し、彼も続く。いつもの私たちと、全然違うのです。

そしてなぜだか今日はとても暖かな気分。あれだけ白熱したチェイスを繰り広げたからか、身体は火照っているし鼓動がいつもより速い。

 

「あ、先輩この卵ですよ。はい、お願いします」

「……はいっ!? そ、そうですわね。卵を買いに来たんですものね……」

 

最初こそ、ついでに私を担ぎこんだことに対してブツブツ文句を言いましたが、その……彼とのお買い物、商品の取捨選択は今まで以上に彼を知ることになってとても不思議な気持ち。

たかが買い物、されど買い物。お見合いによって私に溜め込まれたストレスがすとんと落ちていくみたい。彼はまるで軽石のようで、彼を掴んでいる間はふわふわとした気持ちでいられる気がしますわ。

 

レジ部の係員の下へカートを運ぶ。端から見ればどういう風に見えているのだろう。

ひょっとして、私たちがそういう関係に見えていたりするのかしら? いやいや、ありえませんわ。こんな、こんな……

 

「こんな、なんですの……」

 

どうして、彼に対する不満が出てこないの……いつもだったら、軽薄だとか、嘘っぽいとか、とにかく出てきた言葉を粗方投げつけて彼を追い払えるのに。

 

なぜこんなにも、彼に対して辛辣な言葉をかけることに抵抗があるのですか……?

 

彼とどういう関係に見られているのですか? 私は、それをどう思っているのですか?

 

「お会計以上でよろしいですか?」

「はい、ちょうどでお願いします」

「お会計ちょうどですね、お預かり致します……こちらレシートでございます。ありがとうございました、またお越しくださいませ」

 

けれど、私はどう答えたらいいのでしょう。彼の五年を、認めるべきなのか。それとも、黒澤の家に相応しい殿方を探し続けるべきなのか。

彼との触れ合いは心を鈍らせる。あまり好ましいこととは思えませんわ。だけど、だけど……

 

「会長……?」

 

認めなくてはいけない、彼の隣にいたこの数分はとても、居心地が良かった。だらしなくて、ちょっぴり危なっかしい彼を放っておけなくなる。

心を、どんどん鈍らにされていく。けど、鋭い刃でい続けるには、精神を研ぎ澄まし続けなければならない。この誘惑に屈してしまいそうになる。でも屈することで得る幸せも見つけてしまった。

 

そこまで考えていたときだった。やや乱暴なくらい強い力で、手を引っ張られた。くっと握られた掌から彼の異常なまでの熱を感じた。

 

「次のお客さん来てますから、早く行かないと……!」

 

彼が私の手を引っ張っていた。その表情は真剣で、私はぼうっと突っ立っていたことをすっかり忘れるほど顔に熱がこみ上げた。それから、彼の買った商品を袋に入れるまでも考え事が止むことは無かった。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「お邪魔しますわ……」

「ホント狭いんで、すみません」

 

そう言って彼は先に上がると買った商品の中で冷蔵する必要のあるものを率先して冷蔵庫に入れていく。ちなみに彼の冷蔵庫だが確かに私が選んだものまで買っていたら間違いなく入らなかった。こんな小さい冷蔵庫があるんですのね……

彼が冷蔵庫に夢中になっている間に、彼の部屋の中を見渡す。冬制服がハンガーにかけてあったり、朝のまま整ってないシーツや布団がベッドの上に散らばっていたり。

 

「まったくだらしないですわ」

 

私はちょっと目に付いたシーツや布団を皺が残らないようにパンパンと伸ばしながら畳んでいく。すると、シーツやふとんからふわりと、微かに彼の匂いが漂ってきて心臓が止まるかと思うほどの衝撃が走りましたわ。

 

「ありがとうございます会長のおかげで、しばらく卵には困らないと思います」

「ふぁっ!? あ、あ~! え、えっと……そうですわね、無駄遣いしないよう計算して使用するように!」

「はい、わかりました。じゃあ送りますよ」

 

そう言って彼は再び部屋の鍵を手に取った。どうやら私を家に送り届けるつもりらしかった。けれど私は先ほど生じた迷いに結論を出すまで、彼から離れるつもりはない。

 

「いいえ、まだ帰りませんわ」

「え……いや、俺は嬉しいですけど……やっぱ会長は帰らなきゃダメですよ。婚活してるのに、男の部屋で二人きりだなんて……」

「婚活じゃありませんわ! とにかく、私の気が済むまでここにいさせなさい!」

 

ヤケになって怒鳴ると彼は困ったように頬を掻いた。なんですの? 私がここにいたら困るんですの? 私のことが好きなら、嬉しいはずでしょ。

私はとにかく座るスペースも無かったようなので、彼のベッドに腰を下ろさせてもらった。すると彼はさっき買ってきたペットボトルのお茶をコップに注ごうとしたが、私はそれを手で制した。

 

「少し、話がありますの。さっき話題に上がったお見合いのことですわ」

「……会長は、その話を俺にしてどういうつもりですか。結構、ひどいことだと思います」

「承知してますわ、ただ少しの間だけ我慢して聞いてほしいのです。私はこの数週間のお見合い期間で、ずいぶん心をすり減らしました。ここまで私個人に魅力がないと叩きつけられたのは人生で初めてですわ」

 

彼はそんなことない、そう言ってくれましたが私はまた彼を制した。

 

「何度も何度も、私の外しか見ない人間。さらには私を見ているようで、私の後ろ、家を見ている人たちを相手にして、若干男の人というのが分からなくなりつつあります。少なくとも、ここ数年は貴方以外に私と接してくれる男性などいませんでしたから」

 

覚悟は決まった。この質問に彼が答えられないのなら、私はもう黒澤家の長女としての価値を失くす。

いいえ、答えたとしてもきっと茨の道を行くことになる。それでも、私は答えが欲しい。

 

「だから、聞かせてほしいのです。あなたは、いったい私のどこが好きになりましたの?」

 

そう訪ねて、彼は思案するように顎に手を当てた。彼のベッドから降り、彼の正面に座して答えを待ちました。

どんな考えを繰り広げているのだろう。私が気に入るような最善の答えを探しているのだろうか、しかしそれは繕った言葉。身体や心の正直さの前に脆く儚く崩れ去る。

 

「そう、ですね……確か最初は入学式の時のスピーチで、一目惚れしたのがきっかけだったのであの時は会長の外見から好きが入っていったと思います」

「そうですか、続きがあるのでしょう?」

 

私が促すと彼はこくりと首を縦に振った。

 

「で、しばらくは会長のことを遠くから見てるだけだったんですよ。それで、夏休みに入る頃くらいかな……会長と初めて話をする機会が来たんですよ。と言っても、出逢い方はある意味最悪でしたね。なんせ踊り場から振ってきた段ボールが直撃してきたわけですから」

 

そういわれて思い出した。私は当時会長職に慣れず、やれることすべてを抱え込もうと必死でどんな仕事も一人でこなそうとして、結果大量の荷物を運んでいた最中バランスを崩して彼を書類まみれにした。

 

 

 

「あの時の会長で、会長の中身を知りました。すげぇ凛としてて、かっこいいのに本質はやっぱり女の子で、予想外のことに弱くて……そんな凸凹で、歪な会長が好きになったんだと思います」

 

 

 

……なんですの、それ。凸凹で歪、それが人に、好きな人に対する評価なの……? 

だけど、そうかこれが……これが彼の答え。彼はこのときに私という原石を見つけて、五年かけて研磨してきたんですのね。

 

金剛石の原石を、ひたすらに。五年という歳月、一日ずつ、確かに磨いてきたんですのね。

 

「……やっぱりあなたは他の殿方とはどこかが違う。でも、そうですわよね。あなたが私に捧げた歳月は五年、最近会った殿方()()()が敵うはずありませんわね」

「ごときって、会長かなり辛辣ですね」

「あなたを持ち上げてるのですから当然ですわ」

 

「ははは、でも会長にそう言ってもらえてなんか嬉しいです。なんか……満たされました」

 

彼はそう言って照れくさそうに頬を掻いた。しかし私はその一言を受けて少しムッとしてしまった。

 

「満たされた、ってどういうことかしら? もしかしてこの程度で満足してるのかしら。だとしたらまだまだ程度が甘いですわ。」

 

「けど、会長が認めてくれたから……なんか、これ以上はバチが当たりそうで……」

「そうですわね、仮に! ですけどあなたが私の伴侶候補になるのなら、間違いなくお父様たちから叱責が飛んできますわね! だらしない私生活がこの部屋から見て取れますもの」

「いやぁ割と綺麗にしてるつもりなんですけどね……」

「確かに綺麗ですわ、でも詰めが甘いのよ。冷蔵庫の中も整理が追いついてないし、ベッドも朝のまま!」

 

先ほど私は彼の冷蔵庫の中を見たが、入れ方を工夫すればまだ十分にスペースが取れるような感じでしたし、少しずぼらすぎるのですわ。

 

「なんか、褒められた嬉しさ以上のショックで少し気分が……」

「下がってきました? ならちょうどいいわ、あなたにチャンスを上げますわ」

「チャンス……ですか?」

 

そう鸚鵡返しをする彼に対し私は不躾と分かっていても指を突きつけ、宣戦布告する。

 

「私と勝負なさい。競技は問いませんし、あなたの得意なことで私を打ち負かしてみなさい。あなたが勝てたら、あなたの望みを叶えてあげます」

「俺の、望み?」

「有り体に言えば、私を好きにしても良いわ。ただし勝てたら、あなたが負けたら私の望みを聞いてもらいますからね」

「俺に出来る限りのことで勘弁してくださいね……? と言っても、この部屋で勝負できるといえば……ゲームくらいしかないけど……」

 

キョロキョロと周囲を見渡す彼。私も失礼にならない程度の彼の机の上などを探してみる。そして、賭け事にはちょうどいいアイテムを発見した。

 

「これで、どうでしょう?」

「トランプ……ですか。二人でやるなら……ババ抜き?」

「お子様ですか! ……そうですね、大人っぽくポーカーで行きましょう」

 

ポーカーが大人っぽいという発想が既に子供っぽいですが、この際気にしないわ。私は山札をシャッフルし、彼と私の交互にカードを配っていく。

妙に静かな雰囲気がテーブルを中心に広がっていく。

 

「私から行きますわね、二枚捨てま…………」

 

そこまで呟いて、私は言葉を失いました。揃いすぎていたのです。いえ、確かに一番強いという役ではございませんが、それでもスペードの5が二枚、クラブのQが三枚(フルハウス)

彼がよほどの運を持たない限り、彼はまず勝てない。そして、彼の番になり彼は――――

 

「ノーチェンジ、俺は何もしません」

 

その言葉はあまりにも衝撃だった。私の手札を知らないからこその大胆な行動。いえ、知っていたとしても彼はノーチェンジ、札を変える必要が無い。

なぜ? 彼にとってこの勝負は片手間にするような勝負ではないはず。五年の集大成と言っても過言ではない、彼の努力を彼自身が称える大事な一戦。

 

だというのに、彼は自らの手に舞い込んだ最初の五枚を、そのうちの何枚かに掛けた想いからか一枚も手放さない。

 

それはなんですの……?

 

賭けを振ってまで誇示したいそのカードはいったい、なんなんですの……?

 

「じゃあ、オープンでいいですか? 会長からどうぞ」

 

彼はいたってにこやかにポーカーフェイスを保っていた。私はなんだかその見透かした目にここ数週間相手してきた男たちに似たものを感じて少しだけ機嫌が悪くなりました。

 

「フルハウス、ですわ。あなたの手札は、いったいどんな役なのかしら」

「…………まぁ結論から言えば、ワンペア……ですね。完璧に俺の負けです」

 

手札を公開するより先に、彼は負けを認めた。私にはなおさら、その手札から勝負に出なかった彼を疑った。私が役無し(ブタ)である可能性に賭けたのでしょうか、それとも別の理由が?

 

「あなたの手札、いったいどんな手札なの……? この勝負、あなたが何の意味もなくワンペアを維持するために手札を変えなかったとは思えませんわ」

「確かに、ちょっとワケ有り……ですね、ってあぁちょっと!」

 

私はまだるっこしい彼から五枚のトランプを奪い取った。クラブの3、5、ハートとダイヤのA、スペードの8と確かにワンペアでした。この五枚に、勝負を投げるほどの意味が含められている。

 

「なぜ、この五枚なんですの……」

「五枚っていうか……この二枚です、これはどうしても外せないっていうか……俺からの、そうですね……」

 

彼が言葉を千切った瞬間、私の中で答えが繋がった。

 

 

 

「「――――――告白」」

 

 

 

まったく、酔狂な殿方ですわ。確かにこの勝負でダイヤのAとハートのAを引き当てたのは、強運としか言いようがありませんわね。

 

「1月1日、会長の誕生日でしたよね」

「そして、ダイヤにハート……ですものね。えぇこれは負けましたわね、私のフルハウスを上回る運ですわ」

 

 

――――この世に"たった一人"の"黒澤ダイヤ"へ捧げる、"たった一つ"の"愛"。

 

 

この札のために彼は勝負を投げた。彼にとってこの勝負の勝ち負けは札を配られた瞬間に決まっていたのです。

 

「ですが、勝負は私の勝ちですわ。最初に言った通り、私の願いを聞いて叶えてもらいましょう」

「お、お手柔らかに……」

 

こんな大胆な告白をされて、正直顔が緩んでしまいそうなのだけれどここはかっこよく決めなくてはいけませんわね。

これから宣告するのは、彼にとっても私にとっても過酷な未来。けれど、きっと彼なら乗り越えてくれる。

 

 

「じゃあ貴方に下しますわ、私からの命令よ。よーく聞きなさい」

 

 

 

 

 

一生、私と添い遂げなさい。

 

健やかなるときも、

 

病めるときも、

 

喜びのときも、

 

悲しみのときも、

 

富めるときも、

 

貧しいとき……はきっとありませんわね。

 

とにかく私を愛し、私を敬い、私を慰め、私を助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いなさい。

 

約束、ですからね!

 

 



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奴隷告白~Aqoursハーレムの主になった~

 どうも薮椿です!
 トリを飾るのならやっぱりハーレム、そしてハーメルンのラブライブ!小説でハーレムと言ったら私ということで、話の内容としてはガチガチのハーレムモノです!
 しかしこの私が普通のハーレムを執筆する訳ではないことは皆さんもうご存知の通りだと思うので、そこのところはご覚悟を!


 

 

 

 

 

 

 ――――――いつもこうして、彼女たちを見ているだった。ステージから遠く離れたところから、彼女たちの笑顔を眺めることしかできなかった。

 

 

 

 ――――――でも、今は……。

 

 

 

 

~※~

 

 

 

 

 アイドルというのは目の前で現実として存在しているのにも関わらず、俺たち一般庶民にとって決して手の届かぬ存在だ。そう考えればもはや二次元と三次元の境界とさほど変わらないような気がする。どうせ画面で見るか生で見るかの違いしかない。手が届かないなら同じことだ。

 

 もし俺が富豪だったら、もし俺が芸能関係の仕事に携われていたら、もし俺が彼女たちの兄妹や幼馴染であったら、何かが変わっていたのだろうか?正直考えるだけ無駄だ。今の俺はただのしがない高校生。勉強やスポーツが特に飛び抜けている訳でもないし、これといって得意と言えるものもない。もちろん交友関係が広い訳でもなく、プライベートで女の子と話したことなんてほとんどない。

 

 

 

 

 平凡、いやそれ以下の存在だ。

 

 

 

 

 そんな俺でも、彼女たちは優しい笑顔を振りまいてくれる。もちろんその笑顔が俺だけに向けられたものではないことは分かっている。分かった上で更に言う――――――

 

 

 

 

 あの笑顔を、俺だけのモノにしたい。

 

 

 

 

 あの笑顔が欲しい。あの笑顔を他の連中に振りまかないで欲しい。その笑顔は俺だけに向けて欲しい。言ってしまえば――――彼女たちが欲しい。

 

 そんな欲望が俺の心に煮えたぎって止まらない。何もない俺が彼女たちを追いかける内に、いつの間にか彼女たちのことを女性として好きになっていた。だがさっきも言った通り、彼女たちは俺とは別の次元にいる女神たち、俺が必死に手を伸ばしても届くはずもない。

 

 

 しかし、だからこそ欲しくなる。

 

 

 清純な女神たちを俺の手中に収めて、全員俺の恋人にしてやりたい。ステージの外にいる観客には営業スマイルしか見せない彼女たちが、もし恋人になったらどんな顔を見せるのだろうか?俺は彼女たちの()()()()()、そして恋をする()()()()を見てみたい。

 

 

 そしてあわよくば、()()()となった彼女たちも――――――

 

 

 

 

 しかし誰しもがそんなもの儚い夢だと思うかもしれない。だが俺には、昨日携帯に強制的にダウンロードされていた謎のアプリがあった。

 

 

 その名も『MC催眠』。

 

 

 対象となる人にカメラを向けて写真を撮ることで、その人の意識を意のままに操れるというイタズラも過ぎたアプリだ。俺も初めは胡散臭いと思っていたのだが、やはり催眠で女の子を操り人形にできるのは男の微かな夢でもある。試しに妹で実験してみたところ、なんと催眠術に掛けることに成功したのだ。妹は俺の命令なら何でも従い、どんなことをしても疑うこともなかった。

 

 このアプリさえあれば、今まで手の届かなかった女神たちを全員俺のモノにできる。友達にすることも恋人にすることも、更には俺だけの牝奴隷にすることだって……。

 

 

 そうだ、俺はこの催眠アプリでAqoursハーレムを築いてやる!

 女神たち全員を俺の虜にして、俺が黙っていても向こうから身体を擦り付けて抱きついてくるような、俺に従順な牝として洗脳する。全身に走るゾクゾクとした背徳感が堪らない……。

 

 

 そうと決まれば早速行動だ。まず初めに狙うのなら――――――

 

 

 

 

~※~

 

 

 

 

 俺が最初に目を付けたのは、Aqoursのリーダーである高海千歌(たかみちか)だ。

 俺と彼女は途中まで通学路が同じで、今までに何度か彼女を目撃したことがある。向こうはどう思っているのか分からないが、あのAqoursの高海千歌と同じ道を歩けるというだけでも俺は恵まれているのかもしれない。

 

 

 まず俺の催眠の対象を彼女に絞ったのは、それなりの理由がある。

 それは彼女が俺にやたら笑顔を振りまいてくるからだ。彼女を見ていると出会った人には全員挨拶をしているので、俺だけが特別でないことは分かっている。だがその健気な行動がかえって男心を勘違いさせるのだ。その明るい笑顔で何人の男の心を惑わせてきたのだろうか?

 

 

 もちろん俺もその1人だ。だからこそまず彼女を俺のモノにする。その太陽のような笑顔は俺だけに向けてくれればいい。俺の心を散々掻き回した代償は、俺の牝奴隷になることで償ってもらおう。

 

 

 彼女が朝ここを通る時間は大体把握している。もうそろそろだな……。

 

 

 

 

 ――――と思ったその瞬間、彼女の姿が見えてきた。俺はポケットから携帯を取り出すと、例の催眠アプリを起動してカメラモードに入る。俺はもう待ちきれなくなって、彼女が近付いてくるより先に俺から彼女に近付いていた。

 

 

「あっ、おはようございます!」

「お、おはよう……」

 

 

 相変わらずの太陽スマイルの輝かしさに惑わされ、俺は少し後ずさりをしてしまう。だがこのアプリさえあればもう彼女は俺のモノなんだ。そんな欲望が心の内から湧き上がってくる。俺は若干震えた手で彼女に携帯を向けた。

 

 

「えっ、もしかして写真ですか!?いやぁ~私も有名になったなぁ~♪ちょっと待ってくださいね、少し身だしなみを――――」

 

 

 今から俺のモノになるというのに吞気なもんだ。こんな無邪気な彼女を俺の意のままに操れると思うと、僅かながらに罪悪感が生まれないこともない。だがしかしそんな罪悪感さえ潰してしまうくらい、俺の欲望は肥大化している。

 

 

「うぅ~こんな時に寝癖が直らないよぉ~!!もう少しだけ待ってくださいね、アハハハ……」

 

 

 ここだ……ここでシャッターを切れば彼女を俺のモノに!!

 

 

 そして俺は、内心ドキドキしながらも欲望に任せてシャッターを切った。さっきまで笑顔だった彼女の表情が一変、ぼぉ~っとした雰囲気に様変わりする。果たして上手く成功したのだろうか……?

 

 

「…………」

「ほら行くぞ千歌。彼氏を待たせるものじゃない」

「ご、ごめ~ん!朝全然起きられなくって……でもずっと私を待ってくれてたんでしょ?やっぱり優しいねあなたは。さっすが私の恋人さんだよ♪」

 

 

 来た……遂に彼女を俺の手中に収めることができた!!

 千歌は完全に俺のことを()()だと思い込んでいるようだ。付き合ってそこそこの仲で、お互いの生活事情も知っている幼馴染のような関係。

 

 そして持ち前の笑顔を俺に向けると、両腕で俺の右腕に絡み付いてきた。これまで高嶺の花で絶対に手が届かないと思っていた彼女が、今となっては俺の恋人となって抱きついてきている。それに目線が合うたびに彼女は笑顔で俺に微笑みかけてくれる。

 

 

 これだ……これこそが俺が望んでいた展開だ!!

 

 

「もうっ、そんなに見つめられちゃうと恥ずかしいよぉ……」

「悪い悪い、お前の笑顔が可愛くってついな。頭撫でてやるから許してくれ」

「そ、そんなので騙されないもん…………んっ、でも気持ちいいから許してあげる!私の寛大な心に感謝することだね♪」

 

 

 ヤバイ……あの高海千歌と恋人同士の会話ができるなんて!!彼女が見せる笑顔もふてくされる顔も、そして気持ちよさそうな顔も、全て俺のモノになったんだ!!

 

 それにさっきから腕に当たっているこの柔らかな感触は、女の子特有の双丘――――!!

 

 

「おいおい、くっつき過ぎて胸が当たってるんだけど」

「えへへ、当ててるんだよ♪」

「全く、お前がそこまで淫乱だったとはな!」

「きゃっ!あ、ん……こ、こんなところで触っちゃだめぇ~……んっ、あっ!」

 

 

 これがあの高海千歌の胸なのか、思っていた以上に大きいんだな。これは揉みがいがある!手が彼女の胸に吸い付いて離れなくなりそうだ!

 

 

「ふぁ、んっ、あ……!!」

「どうだ?気持ちいいか?」

「うん……自分で触るより、あなたに触られるのが……んんっ、一番気持ちいいよ♪」

 

 

 道の真ん中で、女神の1人である高海千歌が淫猥な吐息を漏らして軽い喘ぎ声を上げている。しかもそれが俺の手によって引き起こされているのだから心底興奮する。それに何より、彼女は一切抵抗してこない。完全に俺のことを愛する恋人だと思い込んで安心しているようだ。そんな騙すような真似も全て背徳感へと代わり、俺の欲望増幅の後押しとなっている。

 

 

「さてと、そろそろ学校に行かないと遅刻しちゃうな」

「え……ここで終わり?さっきから身体が疼いて仕方がないんだけど!?」

「だって学校もあるしなぁ~」

「学校なんてどうだっていいよ!私の身体をこんなのにした責任、ちゃんと取ってもらうから……」

「全く、お前は相当な淫乱だな。言ったからには覚悟ができているんだろうな?」

「うんっ!近くに公園のトイレがあったよね?そこでお願い……できるかな?」

「もちろん」

 

 

 俺から命令しなくても自分からエロいことを懇願してくる。まさに俺の想像通りの牝奴隷になったな。この調子で他の奴らも全員俺のモノにしていくとするか。千歌を使えば他の奴らの呼び出しも容易だろうし。

 

 

 でもまずは、彼女の身体の疼きを抑えてやるとしよう。

 

 

 

 

~※~

 

 

 

 

「こ、これは一体……!?」

 

 

 浦の星女学院。Aqoursの活動拠点となっている部室で、俺のハーレム計画の第二幕が上がる。部室に入ってきた桜内梨子(さくらうちりこ)は、部室で起こっている惨状に目を丸くして一歩後ずさりした。

 

 

 それもそのはず。だって――――――

 

 

「もうっ!千歌ちゃんばっかりじゃなくて私も構ってよぉ~!」

「曜はさっき散々相手してやっただろ?今は千歌に譲ってやれ」

「ねぇ今度はちゅーしようよちゅー!あなたとのキスはいっつも頭がぽわぽわして気持ちがいいんだぁ♪」

「あーいいないいなー!次は私ね!」

「分かった分かった!全く2人共甘えん坊だな」

 

 

 俺は千歌を恋人にしたあと、次は渡辺曜(わたなべよう)を例の催眠アプリによって俺の2人目の恋人にした。彼女たちが同級生で同じクラスだったことも幸いして、千歌を利用して曜を催眠に掛けることは容易だった。今はこうして椅子に座っている俺を取り合うようにして左右から2人に抱きつかれている。何とも素晴らしいシチュエーションだ。

 

 そして俺が恋人の3人目に選んだのは梨子。彼女もこの2人と同じ学年同じクラスなので呼び出すのは簡単だった。だが催眠アプリを使ってすぐに恋人にしてしまうのは展開としてもマンネリ化してしまうため、今回はすぐにアプリを使うのではなく少し彼女の様子を見てみようと思う。我ながら下衆な考えだが、更なる興奮を得るためだ仕方がない。

 

 

「千歌ちゃん?曜ちゃん?それにあなたは……?えっ、えぇ!?」

「何言ってるの梨子ちゃん。この人は私たちの彼氏だよ♪」

「彼氏……?曜ちゃん付き合ってたの!?」

「私だけじゃないよ。私たちAqoursのご主人様なんだよ!」

「ご、ご主人様!?」

 

 

 これは状況の理解にかなり苦しんでるな。それも無理はない。だって親友2人が見知らぬ男に抱きつき、しかも堂々と恋人宣言をしているんだから。もちろんただの恋人ではなくて、ご主人様と牝奴隷という上下関係付きでな。

 

 

「ねぇねぇご主人様、早くキスしよ♪」

「分かってる分かってる。ほら、こっち向いて」

「うん――――あっ、んっ……」

 

 

 このように、もはや彼女たちは自らキスをしてくるくらい俺の虜となっている。

 千歌は自分の唇を俺の唇に押し当て、気持ちよさそうにキスをし始めた。唇同士が唾液と共に触れ合う淫猥な音が部室中に響き渡る。彼女はもう俺への愛が溢れ過ぎて、梨子に見られていることすら忘れてしまっているだろう。

 

 

「ねぇねぇ!次は私だよ!!」

「はぁ、はぁ……おいおい、少しは休ませて――――んんっ!!」

「あっ、ん……!!」

 

 

 休む間もなく、今度は曜が俺の唇に元気よく吸い付いてきた。もはや曜も俺を恋人兼ご主人様と信じて疑いもすることはない。ただ俺を想いの人と信じ込んで、俺への愛をキスで流し込んでくれる。唾液の音と卑猥な吐息を漏らしながら……。

 

 

「そ、そんな2人共……私たちはスクールアイドルなんだよ!?男の人と付き合う、しかも2人同時にだなんてダメだよ!!」

「ダメなことなんてないよ。この人は私たちAqoursを導いてくれる、私たちのご主人様なんだから!」

「だから梨子ちゃんもご主人様に可愛がってもらお?今の私たちよりもっともっと魅力的になること間違いなしだよ♪」

「おかしい……2人共おかしいよ……」

 

 

 いい感じに絶望の色に染まっているな。気が弱そうな女の子がビクビクしている様子はやはり様になる。こうして間近で見ていると特に興奮が沸き立つってもんだ。

 

 だがそれももう十分に堪能した。次は慌てふためく彼女ではなく、俺に従順な牝奴隷となった桜内梨子を見せてもらおうか。俺はポケットから携帯を取り出すと、またしても例のアプリを起動させて構えた。

 

 

「あなた、一体千歌ちゃんと曜ちゃんに何をしたんですか!?2人を元に戻してください!!」

「心外だなぁ。2人は俺の彼女なんだから……それにキミもそうだろ?梨子ちゃん?」

「違います!!私はそんな――――――」

 

 

 ここで俺は携帯のシャッターを切る。

 その瞬間、あんなに反抗的だった梨子の言葉がぱったりと途切れた。もう完全に元の意識はなくなり、俺の命令に忠実な奴隷へと様変わりしたのだろう。

 

 

「さぁ梨子、おいで。キミも千歌と曜と一緒に可愛がってあげよう」

「嬉しいです!ありがとうございます♪」

 

 

 さっきまで俺を睨みつけていた彼女だが、催眠によりあっという間に俺の恋人となった。やはりすぐ俺に従わせるように催眠を掛けてもいいけど、こうして反抗的な子の意識を無理矢理書き換えるのもゾクゾクしていいものだ。これからは俺がたっぷりと可愛がってやるとするか。

 

 

 左右からは千歌と曜に抱きつかれているため、梨子を俺の正面から抱きつくように指示をした。もちろん催眠によって彼女は嫌がる素振りどころか、嬉しそうに喜んで俺の膝に跨り抱きついてきた。

 

 

「お前たちの身体は柔らかいな。どれ?ちょっと揉みくらべてみようか」

「あっ!そ、そこはおっぱいだよぉ~……ん、あっ♪」

「なるほど、千歌と曜の胸は大体同じ大きさか。初めて知ったぞ」

「んんっ!あっ、はぁ……♪」

「曜もいい声だ。もっと聞かせてくれ」

 

 

 俺は2人の背中に腕を回して、両手で彼女たちの胸を弄った。千歌と曜からは牝の喘ぎ声が漏れ出している。その吐息が左右から俺の耳に掛かって何とも艶かしい。彼女たちのおかげで程よく興奮してきたので、この3人にはもっと俺の性欲を満たしてもらおう。

 

 

「次は梨子、お前の身体を差し出しなさい」

「はい♪でも私は2人みたいに胸は大きくないですが……」

「大きさよりも重要なのは感度だ。お前がいい声で鳴いてくれればそれでいい」

「あんっ!あ、ああっ!!」

 

 

 梨子ももう躊躇いなく俺に身体を差し出してくれた。俺は遠慮なく彼女の胸を真正面から鷲掴みにする。確かに言う通り大きさは2人に負けているようだが、俺の期待通り淫らな雌の声で鳴いてくれているので何の問題もない。むしろ俺の股間に響いてくる声で興奮の度合いが一気に高まる。

 

 

「さて最後の仕上げだ。みんな下を脱いで順番に俺の腰に跨るように。たっぷりとご主人様の種子を埋め込んでやるぞ」

「やった!朝からずっと我慢してウズウズしていたんだぁ♪」

「キスは千歌ちゃんからだったから、次は私からね!」

「2人はさっきからずっとご主人様に可愛がってもらってたでしょ?だからここは私から……」

「喧嘩はよせ。全員平等に出してやるから」

 

 

 こうやって俺との性交渉の順番争いをするほど、彼女たちは俺への愛が止まらないようだ。3人でこれなんだから、もし9人全員が牝奴隷となった場合、全員回る前に俺が力尽きてしまいそうだ。そうならないためにも、この3人でたっぷりと練習をしておかないとな……。

 

 

 

 

~※~

 

 

 

 

「んっ……ご主人様とのキス、癖になっちゃうよぉ♪」

「オラもご主人様とのキスで身体が熱くなってきたずら……」

 

 

 今度は空き教室で1年生の黒澤(くろさわ)ルビィと国木田花丸(くにきだはなまる)、Aqoursのロリ組を催眠で俺の恋人へと変貌させた。催眠で俺の支配下に置かれているのにも関わらず2人は仲が良く、キスをする時も2人同時に懇願してきた。2人の身体はかなり小柄なため、男の俺なら同時に抱くことなんて容易い。折角だからこれからも一緒に俺へ奉仕してもらおう。

 

 

「あなた!!ルビィたちにそんなことを……!!」

「残念ながらルビィも花丸も俺の可愛い恋人さ。もう俺に全身全霊で尽くすことしか考えられないだろう」

「この手錠を外しなさい!!さもないと――――」

「さもないとどうするって?悔しいだろ?可愛い妹と後輩がこんな姿になってしまって……なぁ、黒澤(くろさわ)ダイヤさん?」

「くっ、この下衆が……」

 

 

 この流れで分かる通り、ダイヤにはまだ催眠を掛けていない。ルビィと花丸を使ってこの空き教室に彼女を呼び出し、手錠と縄で椅子に縛り付けて拘束状態にしてある。もちろん口だけは動かせるようにしてな。さっきの梨子とは違って、このお嬢様はかなり気が強い。そんな子の絶望する表情を見るための、まあ神々の戯れってやつだ。

 

 

「2人共、次はブレザーを脱ぐんだ。ご主人様の俺にお前たちの綺麗な身体を見せてくれ」

「ふ、ふふふ服を脱ぐんですか!?は、恥ずかしいです……」

「マル、あまり身体には自信がないよぉ……」

「何言ってんだ。ルビィも花丸もいい身体をしてるじゃないか。だから臆することはない、俺にありのままの君たちを見せてくれ」

「マルがいい身体……?ご主人様がそう仰るのなら……よろしくお願いします!」

「ご主人様がそこまで褒めてくれるのなら、私、ご主人様を満足させられるように精一杯頑張ります!」

 

 

 この2人は妹のようでついつい優しくしてしまう。千歌たちの時のように少々強引に命令するのも気が引けるくらいに。でもダイヤにとってはこっちの方が受ける精神的ダメージが大きいだろう。自分が可愛がっている妹と後輩が、突然現れた見知らぬ男に服を脱いでしまうくらい懐いているんだから。

 

 

「ルビィ!花丸さん!そんな破廉恥なことやめなさい!!どうしてそんな人の言うことなど聞くのですか!?」

「何を言っても無駄だよ。もうコイツらは俺の恋人だ。それにこれから一生俺の性欲を満たす奴隷になってもらうんだからな」

「ご主人様に一生使って頂けるなんて、オラとっても嬉しいずら♪」

「私もです!ほら、お姉ちゃんも一緒にご主人様のモノになろうよぉ~♪」

「なる訳ないでしょう!?いい加減目を覚ましなさい!!」

 

 

 無駄無駄、コイツらはもう俺のモノになることに喜びを感じている。まるで自分たちの使命であるかのように、2人はずっと俺に奉仕し続けるだろう。妹キャラ抜群の2人で性欲を満たせると思うと、もう今からでも血が滾ってきそうだ。

 

 

 そんなこんなでルビィと花丸はブレザーを脱ぎ捨てた。そして2人の上半身は白いシャツが1枚のみ。先程のキスで汗をかいているせいか、シャツにブラがくっきりと浮き出ている。そして汗で身体にピタッと張り付いたシャツは、彼女たちの胸の大きさがそのまま現れていた。

 

 

「花丸……お前こんなに胸大きかったのか。かなり着痩せするタイプみたいだな。どれどれ、ちょっと触って確かめてみよう」

「あっ!はぁ……♪そんなに強く揉まれると……はっ、んんっ♪」

 

 

 ロリ巨乳とはまさにこのことなのだろう。手に余らず漏れすぎずのこの胸は、俺の手を吸い付かせる魔力でもあるらしい。ずっしり実が詰まっているみたいに重さがあるのに、何故か柔らかい。そしてさっきから彼女の胸を弄る手が全然止まる気配がない。まだ高校1年生だというのにこの胸はけしからん。この俺がしっかりと管理してやらなければ……。

 

 

「次はルビィの番だな。どれどれ――――」

「んっっ!はあぁ……♪」

「大き過ぎず小さ過ぎず、俺の手にフィットするいい胸だ。こんな小さい身体でここまでいい胸を持っているとは、誇っていいぞ」

「ひゃっ!……あ、ありがとうございます……は、ふあぁ……♪」

 

 

 Aqoursメンバーの胸の大きさは、ステージから見た限りではルビィが一番小さいように感じた。その予感は的中していたのだが、貧乳と呼べるほど小さい訳ではない。むしろずっと握っていても違和感がないくらい、彼女の胸は俺の手にジャストフィットしていた。そして彼女、感度はかなりいいみたいで、シャツの上から触っているのにも関わらずもう既に顔が真っ赤になって表情も蕩けている。

 

 

 俺は両手で片方ずつ彼女の胸を弄りながら、手のひらで乳首部分を刺激してやる。

 

 

「あ、んっ!はぁ……♪」

「あっ、ふぁ……んんっ!!」

 

 

 2人共幼気ながらも漏らす声はしっかりと牝の声をしてやがる。優しく扱ってやろうかと思ったけど、こんな淫らな声を聞かされては乱暴をしたくなるもんだ。妹キャラで幼い彼女たちが乱れる姿、何とも唆られるじゃねぇか……次に命令する時は俺専用のオナホールになってるかもな。

 

 

 そして、さっきから喚いているコイツも――――――

 

 

「許しません……あなたを絶対に許しません!!よくもルビィと花丸さんにこんな……こんな破廉恥なことを!!」

「もうさ、いい加減うるさくなってきたんだよね」

「い、一体何を……!?」

「もうお前も俺の恋人になれ。そして牝奴隷となり身をもって俺に尽くせ。なぁに心配するな、お前の身体は俺が有意義に使ってやるから……」

「や、やめて……私は……」

「俺の携帯で写真を撮られれば、お前はもう俺のモノだ」

「い、いや……」

「俺に忠誠を誓え――――――ダイヤ」

 

 

 そして俺は、カメラのシャッターを切った。ダイヤが最後に見せた絶望の顔を脳裏に焼き付けながら、俺は己の欲望のためにまた1人、Aqoursのメンバーを手中に収める。

 

 

「ダイヤ、お前は俺のなんだ?」

「はい。私はご主人様に性欲処理されるためだけの牝奴隷です。いつでもお好きな時に私の身体をお使いください。ご主人様に使われることこそ、牝奴隷の喜びなのですから♪」

 

 

 きたぞ奴隷告白。この告白を聞くたびに俺は女の子をもっと堕としたいという衝動に駆られる。そして女の子が牝奴隷になる瞬間は、いつ見ても俺の心を騒がせやがる。ドス黒い闇のような感情が俺の身体を支配しているみたいだ……。

 

 あれだけ俺を毛嫌いしていた女が、あれだけこの状況に絶望していた女が、たった携帯をワンタッチするだけで俺に忠誠を誓う従順な奴隷と化した。もはや元のダイヤの意識など消え、俺への恋心で満たされているだろう。もう俺に使われることしか考えていない、ただの雌豚だな……。

 

 

 俺はダイヤの拘束具を全て外し、彼女の身体を解放させる。彼女は自由になったが逃げるなんてことはしない。むしろ真正面から俺に抱きつき、恍惚な表情で俺を見つめてきた。

 

 

「ご主人様を見ていると身体の疼きが止まらないのですわ!!ご主人様の手で早く……早く沈めてください!!」

 

 

 あれほど反抗的だったのに、今となっては自分から俺の身体を求めてくる始末。数分前のダイヤにこの光景を見せたらどうなるのか試してみたいよ。きっとさっきより絶望に染まった表情が見られたのだろう、女の子を無理矢理堕とすのはやはり気持ちがいい。

 

 

「さあ、お前も脱ぐんだ。そして俺に性欲処理されるだけの玩具となれ」

「はい、ご主人様の仰せの通りに……♪」

 

 

 これで6人目。この調子でAqours全員を俺の奴隷にし、誰もが羨むハーレム生活を送ってやる。いっそのことコイツらのファンの前で、9人全員をはべらせてやってもいいかな……。

 

 

 

 

~※~

 

 

 

 

「やっといた……」

 

 

 次に俺が目を付けたのは津島善子(つしまよしこ)。彼女も催眠術に掛けたAqoursのメンバーを使って適当な教室に呼び出そうと思ったのだが、単独行動が好きなのか上手くいかなかった。仕方ないので歩き回って探していると、ようやく浜辺にいるところを見つけたって訳だ。わざわざお前のご主人様になる俺に手間を掛けさせやがって……意識を書き換えたらどうしてくれようか。

 

 

「おい、探したぞ善子」

「善子って呼ぶな!私はヨハネよ――――って、アンタだれ?」

「誰って失礼だな。お前の恋人だよ、恋人」

「はぁ?堕天使ヨハネは常に孤独で孤高なの。余計な使徒は邪魔なだけよ。それに、ナンパなら他所でやってちょうだい」

 

 

 津島善子は右手を振って俺を追い払う真似をする。

 それにしても、ファンの間で聞いた噂通りの中二病だな。まさか初対面の俺にまで自分のことを堕天使と名乗る痛い子だったとは……。だがその設定は案外利用できそうかもしれない。もう普通に催眠を掛けるのも飽きてきたし、ちょっくらコイツで遊んでみるか。

 

 

「俺のような崇高な堕天使は他にはいないぞ。ほら、お前も堕天使の端くれなら、神に反旗を翻す英雄の俺を崇め奉るがいい」

「…………ちょっと何言ってるのか分からない」

 

 

 コイツ、乗ってやったら乗ってやったで急に態度が冷たくなりやがった!!遊んでやるために仕方なく催眠までの執行猶予を与えてやったっていうのに、馬鹿な奴だ。もう面倒だからやっぱ催眠を掛けて楽しむとしよう。

 

 

 俺はもはや慣れた手つきで催眠アプリを起動し、すぐにシャッターを切れるようにしてポケットに忍ばせる。

 

 

「言うなれば、俺はお前のご主人様だ。下級の堕天使が神に等しい堕天使の使徒になるのは当然だろ?」

「フッ、ヨハネこそが真の闇。永久の闇の深さを知らないアンタなんか崇めたりするものですか」

「そうかそうか、だったら分からせてやる必要があるみたいだな。どちらの立場が上なのか……」

「え……?」

 

 

 俺はそこでポケットから素早く携帯を取り出すと、善子……もといヨハネに向かってシャッターを切った。その瞬間、善子の目から光が消える。良かったな、これで本当の闇を知ることができるようになるぞ。もう俺の恋人兼奴隷として戻ることはできない、これこそが永遠の闇なのだ。

 

 

「あ、あなたはご主人様!?どうしてヨハネの目の前に!?」

「今日はお前に取り憑いてしまった呪いを解くためにやってきたんだ」

「の、呪い!?ヨハネが呪いに掛かるなんてヘマをするはずは……」

「それがお前の知らない間に身体の中へ乗り憑ってしまったみたいなんだ。しかもその呪いは神と同等の闇を持つ俺にしか治せない。だからこうしてお前の元へ出向いたんだ」

「わざわざヨハネのために……?嬉しい!」

「おっと!」

 

 

 善子は笑顔で俺の胸へと飛び込んできた。俺は突然の突進に若干仰け反りつつも彼女を抱きしめて支える。

 

 さっきまでは俺の方を向くこともせずただあしらっていただけなのにこの変わりよう、いつ見ても堪らなくゾクゾクする。だがさっきまで恨みは忘れてないぞ。呪いなんてもちろん嘘だが、それらしい設定を彼女に植え付けた。こういったごっこプレイができるのも催眠の魅力の1つだ。

 

 

「その呪いをお前の身体から抽出するには、胸から吸い出すしかないんだ。だからこの場で脱げ。俺が直々に口で吸い出してやる!」

「こ、ここで!?それに直接口でだなんて……う、うぅ」

「恥ずかしがってるのか?でも早く呪いを取り出さないとお前の身体はどんどん蝕まれていくぞ。それでもいいのか?呪いが進行すれば、堕天使として存在できなくなるんだぞ!」

「そ、それは嫌!!堕天使として存在できないってことは、私自身が消滅しちゃうってことじゃない!!」

「そうだ、俺はお前を守りたい。だから上だけでいい――――――脱いでくれないか?」

「分かった脱ぐ!!早く呪いを浄化してもらわなきゃ!!」

 

 

 すると善子は見知らぬ男が目の前にいるのにも関わらず、躊躇なく制服を脱ぎ始めた。まあ今の俺は彼女の恋人でありご主人様であり堕天使の長でもあるんだがな。

 

 彼女も割りと小柄な体型だと思っていたのだが、ブレザーを1枚脱いだだけでその引き締まった身体のラインがよく分かった。流石スクールアイドルをやっているだけのことはある。

 

 次にシャツのボタンも外され、その隙間から彼女の黒い下着が顕になった。黒という大胆な色なのは、自らを堕天使ヨハネと名乗っている影響なのか。理由は何にせよ俺が興奮できればそれでいい。シャツを完全に脱ぐと、彼女の白い肌と黒の下着が対照的に輝いて非常に艶やかだ。

 

 

 そして、遂に善子が下着へと手を掛けた。海風の音すら聞こえないこの浜辺で、下着と肌が擦れ合う音だけがして思わず息を飲んでしまう。

 

 

「こ、これでいいの……?」

「あ、あぁ……」

 

 

 この世界に上半身裸の堕天使、いや俺から見れば天使が降臨した。いくら決心をしても裸なのは恥ずかしいのか、両腕で胸を挟むように擦り寄せモジモジしている。しかしその行為は胸をより強調していることになるので、俺の興奮を煽るという点では逆効果だ。もちろん俺の欲求はこれまでにないくらい膨れ上がっているのだが。

 

 彼女の胸は形もよく至って普通だが、女の子の胸なんて見られれば大体興奮できる。今から何をされるのか分かっているからなのか、胸の乳首が両方共ピンと立って俺の唇を受け入れる体勢が出来上がっていた。小さな乳輪の中央で、ツンと控えめに主張していた小豆のような乳首は、俺にまじまじ見られるたびにどんどん肥大化していく。

 

 

「こんな綺麗な胸を、呪いなんかに蝕ませる訳にはいかないな」

「綺麗って……うぅ」

「恥ずかしがらなくてもいい。ご主人様である俺には全てを曝け出せ。さあ、胸から腕を離すんだ。お前の胸を俺の口で浄化してやろう」

「よ、よろしくお願いします!!」

 

 

 善子は顔を真っ赤にしながらも覚悟を決めて、胸から腕をどけた。腕の抑え付けがなくなった彼女の胸は、俺に向かってより強調される。俺は程よく張っている双丘とピンと立っている先端を見て、もう我慢が出来ず彼女の右胸にしゃぶりついた。

 

 

「あぁんっ!あっ……!!そ、そんなに強く吸っちゃ……んっ、ふぁ……!!」

 

 

 俺は善子の胸を吸う卑しい音を出しながら、まだ僅か高校一年生の胸の味を堪能する。強く吸い上げるたびに彼女はいい声で鳴くため、手玉に取っているようでやみつきになりそうだ。そしてこれだけやっても一切抵抗しないどころか、むしろ向こうから懇願するように俺を自分の身体に抱き寄せてくるので更に興奮が唆られる。

 

 

「片方だけじゃ呪いを完全には吸い出せない。左も吸うぞ――――んっ」

「ひゃっ!あ、んんっ!!はぁ、あんっ♪」

 

 

 この牝の声こそ俺の心と股間に響き渡る。もっとだ……もっと聞かせろ!!お前が俺の牝奴隷だということを、もっと俺に感じさせろ!!俺に服従し、その身体を差し出すんだ!!

 

 

「ふぅ、これで呪いは全て浄化されたぞ。だがいつまた同じ呪いに掛かるか分からない。だが俺に任せてもらえれば大丈夫。決してお前を呪いの餌食にさせたりはしない」

「ご主人様……はいっ!このヨハネのこと、一生掛けて守ってください!!その代わり、ご主人様が望むことならヨハネは何でもしますから……♪」

 

 

 もう何度目か分からない奴隷告白。こうして俺の右腕、いや片翼がまた増えた訳だ。お望み通り、お前の身体は俺が一生掛けて性処理として使わせてもらおう。それもこれも堕天使ヨハネとして生きるため、そう思い込ませておくのも一興かな……?

 

 

 

 

~※~

 

 

 

 

「Oh!ご主人様の手付き……んっ、素晴らしいわ!あっ、はぁ……!」

 

 

 所変わって、再び学院の空き教室へと戻ってきた。もちろんただ戻ってきた訳ではなく、Aqoursメンバーの1人である小原鞠莉(おはらまり)を催眠アプリによって俺の恋人兼奴隷にしてやった。こうしていとも簡単に女の子を奴隷にできるあたり、俺も支配者が板についてきたな。

 

 

 そして女の子を少しずつ焦らせながら堕としていくのも焦れったいので、鞠莉に関してはサッサと上を脱がせ、寝そべっている俺の身体に跨って胸で奉仕させるようにした。俗に言う"ぱふぱふ"というやつなのだが、彼女の胸はAqoursで一番大きいこともあって、胸に顔全体が埋まるほどだ。2つの胸の心地よさと気持ちよさに、意識せずとも勝手に手が胸へと伸びてしまう。

 

 俺の手が胸に触れると、鞠莉の鮮やかなピンク色の乳首は、むっちりぷっくりと……まるで母乳が自然と垂れてくる妊婦かのようにいやらしく膨らんでいた。

 

 

「やっぱ巨乳は乱暴に扱ってこそだな。毎度毎度ステージでぶるぶる揺らしやがってこのやろ!!」

「あっ、ん!……そんなに激しくされたら……あぁっ!!」

 

 

 スタイルの抜群のお姉さんも、催眠の手に掛かれば他の奴と同様ただの牝だ。正直喋り方からして少し近寄り難かったのだが、牝奴隷に堕とし込んでしまえば何の問題もない。さてそろそろ胸だけでなく下半身も使わせてもらうとするか……。

 

 

 

 

 だがその時だった、誰も来ないはずの空き教室の扉が開いたのは――――――

 

 

「えぇっ!?ま、鞠莉!?そんな格好で一体何を……それにその人は……?」

「な、なにっ!?」

 

 

 突然空き教室の扉を開けたのは、鞠莉と同じAqoursのメンバーである松浦果南(まつうらかなん)だ。彼女は後々催眠を掛けようと思って今はスルーしていたのだが、まさか洗脳する前にこの現場を目撃されてしまうとは……。彼女は机と椅子を持っているので、いらなくなったそれらを空き教室へ置きに来たといったところだろう。これは想定外の事態だ!

 

 

「あっ、果南だぁ~♪果南も一緒にご主人様にご奉仕しよ?ほら Hurry up!!」

「ご、ご主人様!?ご奉仕!?全然状況が飲み込めないんだけど……それにどうして男の人の前で服脱いでるの!?」

「だってぇ~ご主人様はご主人様だし。それに彼はAqoursをもっと魅力的にするために私たちを導いてくれる人なんだから、これくらいはして当然でしょ!」

「えぇ……」

 

 

 もうどのような言葉を掛けたらいいのか、どうやってこの状況に対処したらいいのか全然頭が回ってないっぽいな。だがそれでいい。どうせお前も俺の奴隷になって一生を尽くすはめになるんだから、余計なことは何も考えずずっと俺を悦ばせることだけを考えておけばいい。

 

 

 想定外の事態に焦りはしたが、この催眠アプリを使って意識を書き換えてしまえば何の問題もない。そしてこれが最後の催眠となるだろう。果南さえ俺の奴隷にしてしまえば、俺だけのAqoursハーレムが完成する。毎日コイツら全員をはべらせる生活を送ってやるよ!

 

 

「な、なに?こっちに携帯を向けて……」

「お前も俺の下僕にしてやるよ。ダイビングで引き締まったそのエロい身体を、俺に堪能させてくれ」

「は……?そんなこと誰が――――あっ……」

「どれだけ抵抗しようが、催眠には敵わないんだよな」

「…………」

 

 

 遂にAqoursのメンバー全員を催眠に掛けることに成功した。もうAqoursは俺だけのモノなんだ!!この学院のモノでもファンのモノでもない、完全に俺の支配下にある。俺の命令だけに忠実な牝奴隷たちの完成だ!!

 

 その祝杯にそうだな……催眠と言えば一度は命令をしたくなるアレにするか。

 

 

「よし果南、そこに座ってオ○ニーしろ。俺に見せつけるようにいやらしくな」

「はい、ご主人様のためなら……」

 

 

 果南は床に割座、いわゆる女の子座りをすると、ブレザーとシャツのボタンを開けスカートを捲った。そこから見える鮮やかな青色の下着は、高校生のくせに大人の魅力が感じられた。そして彼女は右手を胸に、左手の指を下半身に当てると、自らゆっくりと弄り出す。

 

 

「はぁ……あぁ……」

 

 

 次第に果南の胸を揉む手付き、そして下半身を弄る指の動きが激しくなっていく。表情も蕩け、身体もかなり火照ってきているようだ。ファンの情報ではコイツはダイビングが得意と聞いていたのだが、このスレンダーな身体付きはそのせいか。胸も程よく張っているし、オ○ニー姿がこれほど様になる女は中々いないだろう。

 

 そして段々彼女の下半身から粘りがある水のような音が聞こえてくる。具体的には"くちゅり"と、淫らな音が教室中に響き渡っていた。これだけの短時間で乱れてしまうとは、よほど俺に対して興奮していたらしい。

 

 普段から自慰行為をしているのかは知らないが、こんな姿を男に見られるのは本来なら屈辱的に違いない。だがそんな姿でさえ羞恥心なしで公開させてしまう催眠の恐ろしさ、俺はもうこのチカラから離れられそうにもないな。

 

 

「おい鞠莉、手が止まってるぞ。その無駄にデカイ胸で俺を満足させてみろ」

「Wow!ゴメンなさい!果南のオ○ニーを見ていたら、身体が熱くなっちゃって……」

「だったらお前も果南と一緒にしろ。お互いでお互いを慰め合うんだ」

「私が果南と!?」

 

「あっ……あぁ♪」

 

 

 鞠莉は今もずっと自慰行為を続けている果南を見つめると、ゴクリと唾を飲み込んだ。案外期待していたりするのだろうか?俺は特段女の子同士には興味ないのだが、俺の命令、俺の支配下で女の子同士がエッチし合うのは見ているだけでも男の性が刺激される。

 

 

「果南……私たちでご主人様を楽しませましょ♪」

「鞠莉……うん、ご主人様のためなら鞠莉とでも……ん、ああっ!!」

 

 

 鞠莉が果南の胸を弄り、女の子同士の百合空間が形成され始めた。まあ精々2人でお互いの欲求を高め合うがいい。仕上げは俺の下半身がお前たちの下半身を貫いて、その最高潮にまで上り詰めた欲求を全て解放してやる。その時に見せる、コイツらの性によって緩んだ表情と牝の喘ぎ声が今でも楽しみだよ……。

 

 

 

 

~※~

 

 

 

 

 こうして俺はAqoursハーレムの主になった。

 

 彼女たちはスクールアイドルとして活動する裏で、俺の恋人かつ奴隷として生きている。俺は彼女たちのご主人様という立場なので、コイツらが普段ファンに見せないような顔も十分に堪能することができる。俺に恋をしているが故に見せる少女の顔から、快楽に身を任せて性に溺れる恍惚とした表情まで、全て俺だけに向けられる。もう誰にもコイツらを渡さない。いっそのことAqoursを解散させ、ずっと俺の性欲を満たし続けるだけの存在にしてやってもいいかな。

 

 

「今日の晩飯当番は梨子だっけ?」

「はいっ!ご主人様の大好物ばかり作るので、是非ご期待下さい♪」

「曜も早く宿題を終わらせて、梨子の手伝いをするんだぞ?あとでご褒美が欲しかったらな……」

「ご褒美……ただいま全力で終わらせます!ご主人様からご褒美だなんてテンション上がってきたぁあああ!!」

 

 

 Aqoursのメンバーはみんな俺の家に住むようになった。もちろんそのためにはAqours以外の人にも催眠を掛けなければならなかったが、憧れのハーレム同棲生活のためなら関係ない人たちの意識を変えることなど容易いことだ。どうせもうあとには戻れない。

 

 そしてメンバー全員には、なるべく元の性格を崩さずに意識を改変した。やはりありのままの彼女たちに俺を愛してもらいたいからな。梨子も自信なさげな初々しさを取り戻し、曜も普段通りの元気っ子になった。そうすることで、催眠が掛かっていない素の状態で俺を愛してくれているような感覚になるのだ。

 

 今の彼女たちは全員が俺の恋人なのだが、誰もそれを疑うことはしない、むしろメンバー全員が俺のモノになれて幸福に満ち溢れているだろう。

 

 

「ご主人様、お風呂が湧きましたわ。お先に入浴をされてはどうですか?今日は私たちがご主人様のお背中をお流ししますから」

「いつも気が利くなダイヤは。なら果南と鞠莉も一緒に入ろう。俺がお前らの身体を隅から隅まで洗ってやる」

「ご主人様と一緒にお風呂……幸せ過ぎて練習の疲れが吹き飛んじゃいそう♪」

「そうと決まれば早く行きましょ!そしてお風呂でもたっぷりイってくださいね、ご主人様♪」

 

 

 お風呂は毎日メンバーをローテンションさせる形で入浴している。そして俺の身体を洗う時は自分たちの身体(主に胸や股)を使って洗うようにと命令してあるため、浴場の中では全員常に全裸。泡まみれになった彼女たちの綺麗な身体を毎日拝むことができて、いい目の保養になる。Aqoursメンバーのソーププレイなんてどれだけ金を出したとしても味わえない、もうお風呂では毎日発情しっぱなしだ。

 

 

「そういや今日の夜の担当は1年生たちだったな。よろしく頼むぞ」

「ご主人様を気持ちよくさせることがヨハネたちの存在意義なんだから、当たり前でしょ任せといて!!」

「それももちろんだが、今日の練習で溜まったお前らの疲れを癒すためでもあるんだぞ」

「マルたちのことまで考えてくれているなんて……やっぱりご主人様大好き♪」

「私も……粗相のないように精一杯ご奉仕致します!!」

 

 

 1年生たちは小柄だが柔らかい身体をした奴らばかりだから、今晩たっぷり可愛がってあげたあとコイツらを抱き枕にして寝るのも悪くはない。ご主人様に抱きつかれるなんて、嬉しさで興奮してコイツら寝不足になってしまうかもしれないな。奴隷でもありラブドールでもあり抱き枕でもある、いいポジションじゃないか。

 

 

「もうみんなすっかりご主人様の虜ですね♪」

「お前らの恋人でもあるんだから当然だ。お前もそうだろ、千歌?」

「ひゃっ!急に胸を触って……あっ、ん!」

「何を言ってるんだ、お前らは俺のモノだ。だからお前らの身体に何をしようが俺の勝手だろ。それに俺の奴隷になると忠誠を誓ったのは、千歌たち方からじゃなかったか?」

「そうです……ご主人様のいない人生なんて、もう考えられません。私たちを奴隷として一生飼い続けてください。ご主人様の命令は絶対、私たちの身体も好きにお使いください。それが私たちAqoursの最高の悦びなんですから……♪」

 

 

 千歌の告白に、俺の男の欲望が更に活性化する。これから絶対にお前らを手放さない。今まで憧れで手も声も届かなかった彼女たちが、今はこうして俺だけのモノになった。その幸福と欲望の両方を噛み締める。

 

 

 

 

 そう、こうして俺はAqoursハーレムの主となったのだ。




 このサンシャイン企画のテーマが"告白"ということだったのですが、普通の告白を書いては他の作家さんと同じ純愛モノにならざるを得なかったので、今回は思い切って"告白"を捻じ曲げてやりました。他の作家さんたちがあくまで"普通"の域を脱しないことから、私はいっそのことアブノーマルでもいいかなぁと。もちろんどんな"告白"でもいいと事前に情報を頂いていたからできたことなんですけどね(笑)

 こうして執筆してみると、やはり催眠モノはいいですよね!ただ普通に意識を書き換えるのも好きですが、本編の梨子やダイヤみたいに、初めは抵抗しているけど催眠に掛かったあとは従順になる、そのギャップに素晴らしく興奮を覚えるタチなのです!しかしいつもこのような外道な話ばかり執筆している訳ではないので、描写が短調になってしまった感は否めないですね。今回は意識なし催眠だけでしたが、機会があれば意識ありの催眠も執筆してみようかなぁと思っていたり。

 そしてそろそろ真面目な話でも。
 今回の企画によりサンシャインキャラを初めて描写しました。まだドラマCDくらいでしかキャラの特徴を掴めていなかったのですが、いざ執筆してみるとなるとやはり穂乃果たちと比べて描写が難しかったです。いつも私は妄想で文才を補ってきたので、ドラマCDのように声だけだとまだまだ妄想が沸き立たちませんでした。しかしアニメが放送された暁には、今回のような千歌たちのR-17.9描写もパワーアップするかも!?




 長くなりましたが最後に――――

 前書きでも紹介があったかとは思いますが、普段は『ラブライブ!~μ'sとの新たなる日常~』を執筆しています。ラブライブ!のハーレム小説なら評価は抜きん出て高いので、知っている方も多いと思われます。こちらは今回とは違って()()()正統派なμ'sのハーレム小説なので、もしまだ読んだことないという方がいましたら是非よろしくお願いします!




 それではこの辺で。皆さんサンシャイン企画お疲れ様でした!


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