似て非なるもの (八割方異形者)
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目覚めたもの

はじめまして、えるーくーるという者です。
投稿するのは初めてとなりますので、色々と拙い点があるかと思います。
どうぞ、よろしくお願いします。


 ――夢を見ている。

 俺は闇に塗り固められた空間の中を、一人ふわふわと漂っている。

 身体は動かず、上下左右の感覚もあいまいだ。

 

 「じゃあ、俺は――生まれ――転生――か?」

 

 ふと、闇の中から聞き覚えのある誰かの声が聞こえる。

 その誰かは声を弾ませ、まるで新しい玩具を与えられた時のように喜んでいるように聞こえる。

 

 「然り。そのかわり――代償――」

 

 なにかの音が頭に響く。

 それは判を下す閻魔のような、地の底から鳴り響く質量を感じる音だった。

 

 状況が理解できぬままに、その誰かとなにかの会話が進んでいく。

 会話は電波状況が悪いラジオのようにノイズが走っており、聞き取れない。

 いったい何を話している?

 転生や代償などといった、穏やかではない単語が聞こえる事が、さらに不安に拍車を掛ける。

 

 「了承した。では、よい生を」

 

 なにかがそう告げると、ふっと誰かの気配が消え去った。

 残されたのは、いまだに状況が掴めない俺と、そのなにかだけ。

 

 「さて」

 

 なにかが近づいてくる気配を感じる。

 その気配はすぐそばで止まり、告げた。

 

 「さて……お前はどうする?」

 

 「哀れな――よ」

 

 それに答える間も無く、ありえない夢は唐突に終わりを告げた。

 

 寒い。冷たい。息苦しい。

 それが次に感じた感覚だった。

 目を開ける。ぼやける視界。まるで水の中にいるような…いや、実際に水の中にいるのか?

 言葉を発しようとしても、意味を成す前に空気の泡となって水面へと消えて行く。

 疑問ばかり頭に浮かんでくるが、いい加減息が苦しくなってきた。ひとまず呼吸をしなければ。

 そう思い立ち、光が射す方角へ泳いでいく事にした。

 

 「ぷはっ」

 

 水面へと顔を出し、新鮮な酸素を肺へ取り込む。自分で思っていた以上に、水中に長い間居たようだ。

 身体が欲するままに息を荒げて呼吸をする。

 落ち着いてきたところで、周囲を見渡す。周囲は青い海が広がり、遠くに白い砂浜、上空にはこれまた青い空が広がっている。

 

 「なんだこれ。海……か? また随分と現実感のある夢だな」

 

 ……いや。夢にしては感覚がリアルすぎる。味覚は海水によるしょっぱさで埋め尽くされているし、ギラギラと肌を焼く陽射しの熱さまで感じる。

 水に関する夢なんて、それこそ寝小便を現実でしない限りは見ない……だろう。

 流石に日本地図を布団に描くような年ではないと、混乱した頭で結論づける。

 「駄目だ、頭が回らない。ひとまず陸に上がるか」

 先ほどから聞こえる自分の声が、透き通った――少女のような声だという違和感を無視しながら、俺は砂浜に向かった。

 

 砂浜に上がり、再度自らの状況を確認する。

 現在俺が立っている場所は砂浜。正面には鬱蒼と樹木が茂っており、日が射しているにもかかわらず、地面には黒々と影が落ちている。

 一つ息を吐き出し、砂浜の上に腰を下ろす。

 これは……どういうことだろうか。

 昨日はアルバイトが終わった後、まっすぐ家に帰り寝たはずだが……。

 

 「―――わからない」

 

 自分の脳みそで理解できる状況ではないと判断し、溜め息をつき首を振る。

 その勢いで、水を滴らせた長い黒髪が、海草のように頬に張り付いた。

 

 いや、これはもう認めるべきだ。

 まさか、ありえないだろうそんな事。

 二つの相反する思いが湧き上がってくる。

 俺は自分に起こっている変化を確かめようと、飛び上がるようにして立ち上がり、波打ち際まで走る。

 海水を含んだ黒いロングブーツが、地面を踏むと空気を押し出しガポガポと気の抜けた音を立てる。

 それに若干の苛立ちを感じつつも、俺は波打ち際に屈みこんで穴を掘り、そこに海水を溜めて自分の姿を映した。

 

 「これが……俺?」

 

 後頭部付近で結われた、左右で長さの違う二房の黒髪。

 一般的にはツインテール……と呼ばれる髪型だろうか。

 右の房は腰の辺りまで、左の房は膝の辺りまで伸びている。

 肌は透き通るように白く、染みの一つもない。

 そして両目は深海の様な深い青色。

 冷たい印象を与えるであろうその目は、不安に彩られ、力なく揺れている。

 

 心臓の動きが早くなり、自然と胸に右手を置く。

 手に程よい弾力が感じられ、慌てて自分の身体を確認する。

 

 「……胸がある」

 

 胸筋ではなく、胸板でもない。

 膨らみはささやかなれど、これからの成長に期待せざるをえない、可能性を秘めた胸が自らの胸部に存在している。

 ……いかん、雑念よ去れ。現実逃避は後回しだ。

 頭を左右に振り、着ている服を再度見直す。

 全体的に黒で統一されており、インナーはビキニ、その上にホットパンツを履き、上着はパーカーを羽織っている。

 さらに左肋骨の辺りと右わき腹に、バーコードのような模様が刻まれているのを確認できた。

 

 「この服装と顔……まさか」

 

 状況を考えて導き出された、現在の状況に乾いた笑いがこぼれる。

 少なくとも、俺の記憶ではエイリアンが攻めてきたとか、人類が絶滅の危機だとか。

 日常がマストダイな状況ではなかったはずなのだが……どうしてこうなった。

 

 「ある日、目覚めたら見知らぬ場所で、BRSになっていたと」

 

 自己確認するように、そう呟く。

 頭の中は、相変わらず疑問と困惑がぐるぐるとレースを繰り広げている。

 

 「……本当に、訳が分からない」

 

 何気なく空を仰ぐ。

 空は俺の気分を嘲笑うかのように、雲ひとつなく晴れ渡っていた。




む……難しい。
書くということがこうも難しいものとは。


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出会いは突然に

アーケードの深海勢はかわいい。


 「……っくしゅ!」

 

 ぶるりと、一つ身震いをする。ずぶ濡れのままでいた為か、体が冷えてきた。

 この身体がどれだけ丈夫かは不明だが、救助の当ても無い状況で体調を崩したら生命に関わる。

 俺は羽織っていた黒パーカーと履いていたホットパンツ、ブーツを脱いで

 海水を絞り、ちょうど近くにあった平たい岩の上に干す。

 全裸になって海岸を駆けまわりたい衝動に襲われたが、理性が邪魔をしたので

 現在の姿は黒ビキニっぽい服一丁で収まっている。

 

 「……明るい内に周囲の確認をしておくか」

 

 とりあえず、いつまでもこのままではいられない。なにか意味のある行動をしなくては。

 身体の状況や今までのこと、これからの事を棚に上げ、俺は島の探索をする事にした。

 

 「といっても、森に入るのは……怖いな」

 

 島の全体像は不明だが、森の中で迷ったらこの砂浜に戻れる保証は無い。

 もし、森の中でさ迷ったあげく、毒を持つ虫や、蛇、獣などに襲われたりしたら?

 もし、その状態のまま日が暮れた場合、さらに危険な状況になったりはしないか?

 嫌な想像が、際限なく頭からボコボコと湧いて出てくる。

 

 「島の周囲を回るか。もしかしたら誰か居るかもしれない」

 

 思い立ったが吉日。さっそく行動を開始する事にした。

 生乾きの服を着直して、サクサクと砂を踏みしめながら進む。

 木の枝や空になったラムネの瓶、ポリタンクらしき物など様々な漂着物が確認できる。

 なにかに使えるかも知れないと、使えそうなものを集めながら先に進む。

 

 「ラムネの瓶があるって事は、これを造った人がいるって事だよな」

 

 姿が変わってしまっても変わらない物があるんだと、変な安心感を覚えながら探索を進めていく。

 次第に砂地に岩が混じるようになっていき、岩場へと景色が変わってきた。

 急な斜面、勾配が立ちはだかるが、不思議と苦労することなく進む。

 

 外見は15、6才くらいの少女にしか見えないが、恐らく高い身体能力なんだろう。

 もともとは、人類側が用意した地球外生命体(エイリアン)への最後の切り札……という設定だったか。

 そんな重要な人物になってしまった俺が、何の因果か右も左も分からない状態で途方にくれている。

 そのギャップがおかしくて、少し笑ってしまう。

 

 岩場を抜けると、目覚めた場所と同じような砂浜が目の前に現れた。

 ただ違う所があるとすれば、砂浜にコンテナらしき物が打ち上げられている事か。

 近くまで寄ってみた所、全長は5、6メートルくらい。これもどこかの船から流れ着いたものだろうか。

 扉部分は半ば開いており、そこから入り込む事ができそうだ。

 扉の前に収集してきた漂流物を置き、扉の前に立つ。

 3度、ノックを行い反応が返ってこないことを確かめる。

 

 「……失礼します」

 

 侵入するという行為への背徳感か、はたまた現代社会ですり込まれた作法か。

 コンテナ内部に面接官がいたなら「どうぞ」と返答があるだろうという挨拶をした後、中に身体を滑り込ませる。

 当然、中には誰もおらず、挨拶に対しての返答もなかった。期待はしていなかったが、ちょっと寂しい。

 

 日光が照り付けたせいか、中は夏場のビニールハウス、浴場のサウナのような蒸し暑さだ。

 コンテナの中はがらんとしており、貨物物らしきものは見当たらない。食料や飲用水があればという甘い考えは見事に打ち砕かれてしまった。

 一つ舌打ちをし、踵を返そうとしてふと妙なものが視界に入る。

 あれは……いわゆるバケツだろうか。緑のカラーリングに白抜き文字で「修復」と描かれている。

 

 「………………まさか」

 

 拾い上げて中身を見てみると、中身は水色の液体で満たされている。

 味も見ておこう。疲れが取れるかもよ。と本能が理性に囁くが、鋼の精神でそれを押さえ込む。

 しかし、これがあるというという事は。俺が居るこの世界は。つまり。

 

 「艦隊これくしょんの世界……」

 

 理性が逃れられない現実を、突きつけてきた。

 

 俺は頬をつまんで、そのまま上下に引っぱる。

 やわらかな頬肉が、指を押し返してくる。まるでつきたてのお餅のような感触だ。

 

 「ああ……痛いな、普通に」

 

 知らない世界で独りになってしまった心細さか、強く引っぱりすぎた痛みか。

 目の奥が熱くなり、涙で視界がぼやけてくる。

 今までのことが夢で、ここで覚めてくれれば笑い話にできそうだったが、やはり現実は非情らしい。

 戦わなきゃ、現実と。という事か。さすがに訳の分からないまま命を失うのは、非常に嫌である。

 泣くのは後にして、衣食住を確保せねば。俺はこぼれそうな涙をぬぐい、生き残る為にどうするか考える。

 

 

 「使えそうな物はコンテナの中に……っと」

 

 ぶつぶつと呟きながら、此処にくるまでに集めた漂流物を入れていく。

 ひとまず、このコンテナを拠点にして動いたほうがよさそうだ。

 居住性はさておき、雨風をしのげる場所が確保できただけでも幸運と思わなければ。

 

 ふと、海上の方面から何かが羽ばたくような音が聞こえる。

 反射的にそちらに目を向けると、海鳥の群れが一斉に飛び立つのが見えた。

 なにか違和感を覚え、飛び去った跡に目を向ける。海は先ほどと変わらず凪いでおり、平穏そのものだ。

 なぜ、あの鳥たちは飛び立ったんだろうか。まるで、なにかから逃げるような印象を受けたが。

 

 目を凝らしてみると、飛び去った海面に筒の様な物体がちらりとのぞいているのが見えた。

 それは徐々に海面へと浮かび上がり、その全容を俺の目前に現す。

 表現するならそれは―――人と機械が混ざったような異形だろうか。

 ドラム缶の様な円柱型の胴体、その中央部には女性の形をした上半身。にしては両腕がやけに筋肉質である。

 胴体部分の両側と上部には数門の砲塔があり、もし発射された弾を受ければ、紙のようにこの身を貫くと想像できる。

 

 そんな異形が、こちらに向かってくる。

 フワフワと左右に揺れながら、確実に、ゆっくりと。

 全身が総毛立ち、歯がカチカチと音を立てる。

 頭では逃げろ、と警鐘が鳴り響いているが、恐怖という名の圧力に身体は縛り付けられ、全く言うことを聞かない。

 叫び声を上げようとしても、口は空気を求める魚のようにパクパクとするだけで、喘ぐような声しか出すことができない。

 足の力が抜け、ストンと尻餅をついてしまう。それは未知の脅威に対する恐れで、身体を支える役目を膝が放棄した結果だった。




ブラウザ版の深海勢もかわいい。


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はぐれた者、ふたり

異形に萌えてしまうのは私の性質だ。


異形が目の前で止まる。

 顔を覆っていたであろう、人の歯を模した様なマスクの半分は割れており、顔全体の形は捉えることができる。

 しかし、顔自体は黒い髪で覆われており、表情を伺うことはできない。

 ゆらり、とまるで影の様な動作で異形の右手が動き、こちらに手を伸ばしてくる。

 

 ――殺される!

 直感的にそう感じた俺は、せめて視覚的な恐怖からは逃れようと、ぎゅっと目をつぶった。

 目の前が闇に覆われ、感じられるものは自らの鼓動だけになる。

 あの巨大な腕で、花の茎を折るかのように首を折られるのか、もしくは両門から発射される砲弾で貫かれるか。

 どちらにしても、ろくな状態にならないことは簡単に想像できる。

 

 「……」

 

 目をつぶってから数瞬。

 実際には数秒しか経過していなくても、生かすも殺すも相手の出方次第、という状況のせいで、数瞬が永遠に感じられる。

 ふと、身体……正確には頭の部分に違和感を覚え、おもわず固くつぶっていた目を開いてしまった。

 これは――撫でられている?

 異形は俺の頭に手を置き、手のひらで軽く触れるようにして、何度も動かしてくる。

 どういった反応をすればいいか分からず、硬直していると、異形は頭を撫でるだけじゃ留まらず、俺の頬を軽くつまんでみたり、背中を擦ってきたりしてくる。

 こちらに触れてくる手は、濡れているためかしっとりと冷たく、恐怖とは別の意味でぞくり、と肌が粟立つ。

 

 「……えっと」

 

 何だこの状況。どうすればいいのだ?

 現在進行中で俺の頭を撫でている異形は、以前の世界の知識からすると人類の敵と称される深海棲艦の一種――軽巡ホ級と呼ばれている種だ。

 だが、ここまでの行動を察するに、相手からこちらを害するという意識は感じられない。

 ……とりあえず、コミュニケーションを取ってみよう。害意が無いなら、意思疎通も可能かもしれない。恐怖から抜けていた膝に力を込め、地面を踏みしめて立ち上がる。

 

 「……は、はじめまして」

 

 「……」

 

 「あの、ここってどこの場所かご存知ですか」

 

 「……」

 

 「えっと、もしかして何か海難事故とか近くであったりしました?」

 

 「……」

 

 「……あの」

 

 「……」

 

 勇気を振り絞って話しかけるも、全て無言。それとも言葉が通じないためか返答は無い。

 ……駄目か。ここまで手ごたえが無いと、少し傷つく。存在を否定するには、無視かスルーが一番効くというのは誰が遺した言葉だったか。

 崩れてしまいそうな豆腐精神を奮い立たせ、別の質問を投げかける。

 

 「それじゃ、貴方の名前は?」

 

 「名前ハ、無イ」

 

 初めて聞く深海棲艦の声は、消え入りそうな、糸のように細い声。

 だが、それでも返答が返ってきた事に、俺は心の中でガッツポーズをした。

 

 「そうですか、実は俺も名前……というか自分のことが分からなくて、困っていまして」

 

 「?」

 

 ホ級は首をかしげ、先を促すようにじっとこちらをみつめてくる。

 

 「まあ、なんといいますか。分かりやすく言うと迷子です」

 

 「オ前、ハグレ者ナノカ」

 

 髪で隠れているため、表情の変化は読み取れない。だが、ホ級から向けられる視線が若干同情的なものになったように感じる。

 はぐれか。確かに名も知らぬ島で一人ぼっちでいれば、群れ……艦隊からはぐれた者と思われても仕方が無い。

 ここは話を合わせたほうが良さそうだ。

 

 「そうですね、それで間違いはありません。まあ俺は元の場所に戻れる見込みも無いのですが」

 

 「ソウカ……私モ随伴艦ガ全テ艦娘ニ沈メラレ、行ク当テガナイ」 

 

 「なら、しばらくここで休憩……でもないですが、英気を養ってはどうです? これも何かの縁だと思いますよ。正直な所、俺も独りぼっちで寂しいですし」

 

 「……」

 

 ホ級からの返答は無いが、腕を組み考え込んでいる。その雰囲気から、こちらの提案に乗るか決めあぐねている様に見える。

 まあ、この提案は拒否されるだろう。相手側に旨みが無いし、俺の様な変わった存在を信用してくれるとは思えない。

 独りぼっちで寂しいのは本当のことだが、相手を縛ってまでこちらにつき合わせるのも――

 

 「ワカッタ。オ前ト行動ヲ共ニスル。コンゴトモヨロシク」

 

 ――なんて心配は無用のようだった。

 同じはぐれ者としてのよしみか、はたまた同情かはわからないが、ホ級は組んでいた腕を解き、こちらに右手を差し出してくる。

 提案が通るとは思っていなかった俺は、意外な結末につい差し出された手のひらと、ホ級の顔を見比べてしまった。

 

 「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 迷っていても仕方ない。俺は差し出された手をギュッと握る。

 人類の敵とされる深海棲艦。先ほどと違い、その手からは微かな温かみを感じた。




―――だが、私は謝らない

ウソですすいません。不快な表現ありましたら本当にすいません。


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お前の明日は……特訓だ!

艦これアーケードが楽しすぎて、前回の投稿から早くも1ヶ月経過。
ジャネーの法則だ間違いない。


 「とりあえず、貴方の事はなんて呼べばいいでしょうか? 軽巡ホ級……というのは人が勝手に呼んでいるわけですから、深海棲艦(そちら)にとっては敵性―――いや、不快な呼び方になったりしませんか?」

 

「コチラニ気ヲ遣ウ必要ハ無イ。オ前ノ好キニ呼ブトイイ。」

 

「わかりました。では、貴方の事はホ級と呼びますね」

 

「ソレデイイ。オ前ノ事ハ何ト呼ベバイイ?」

 

 ホ級の問いに、俺は今更ながらに自分というものが定まっていない事を認識する。

 以前の記憶、この身体に変化する以前の名を使うのは駄目だろう。見た目にそぐわない。

 かといって、本来の持ち主の名前を名乗るのは気が引ける。俺は彼女ではないのだから。

 困った。自身の名を名乗れないことが、こんなにも―――否定されたような気分になるとは思わなかった。

 

 「……スマナイ。オ前ハ自分ノ事ガ分カラナイノダッタナ」

 

 自問自答の堂々巡りに陥った自分に、ホ級が心配そうに話しかけてくる。

 しまった。ホ級に気を遣わせてしまった。

 軽くアイデンティティがクライシス(自己喪失)していたが、自分が思う以上に表情に出てしまっていたらしい。

 こういう時は気にせず話題を変えるに限る。俺は努めて明るくホ級に返答する。

 

 「気にしないで下さい。ところでここに辿り着くまでの間に、周囲に島とかあったりしました?」

 

 「辿リ着ク前カ。ココカラ西ニ行ケバ、人間ガ住ンデイタ島ガ在ッタナ」

 

 「住んでいた?」

 

 その言葉に違和感を覚え、思わず聞き返してしまう。

 

 「私達ノ侵攻カラ逃ゲル為カ、人間ハ本土ヘ非難シテイル。ダカラアノ島ニハ誰モ居ナイ。離レルノヲ嫌ガッテ、残ッテイル人間ガ居ル可能性モアルガ」

 

 頭の中で思考を巡らす。

 いずれにせよ、海に出なければホ級のいう島には行けない事になる。

 このままここにいても状況が好転しないのであれば、行動範囲を拡げるのは選択肢としてアリかもしれない。

 しかし、海に出るということは、その分危険をともなうことになるだろう。

 深海棲艦であるホ級がいるのであれば、それに相対する存在、艦娘がいることが想像できる。

 

 今の姿でもし艦娘に遭遇することがあれば新種の深海棲艦とみなされ、攻撃、よくて警戒の対象にされるか。どちらにせよ、プラスの方向にはならないだろう。

 いや、それよりもまず―――

 

 「海の上に立てるのか?」

 

 この世界で必要な技能、深海棲艦や艦娘が当たり前に行っている航行という行為が、俺にできるかという事を改めて考えてみる。

 無駄、無理、無謀と思考が一瞬で判断を下す。

 この身体は深海棲艦に似ているが、中身は異なるし、艦娘のように船から発生した存在でもない。

 なにより俺自身が、人の形をしたものが水面に立てる訳がない、と思っている。

 世界が変わったからといって、できない事が突然できる様になるとは思えない。

 

 駄目だ、後ろ向きの思考を捨てなくては。

 おもむろに俺は、両手で自分の頬を叩く。

 今まで積み重ねてきた常識をいきなり変えれるとは思えない。しかし、意識を多少なりとも変えないと、いつまでもこのままだ。

 俺の突然の行動を、不思議そうに見ていたホ級に話しかける。

 

 「ホ級、私に航行の仕方を教えてくれませんか」

 

 お願いします、とホ級に頭を下げる。

 ホ級からの返事は―――ない。

 ちらりと様子を伺ってみると、困惑しているような雰囲気を感じる。

 ……それは当然か。俺の頼みとはつまり、足の動かし方、歩き方を教えてといっているようなもの。

 自分が無意識に行っている事を教えて、といわれたら戸惑ってしまうことは当たり前だ。

 

 「ソレハ」

 

 「え?」

 

 「ソレハ命令カ?」

 

 どういうことだろうか。

 ホ級の意図が読めず、今度はこちらが困惑してしまう。そんな上からのつもりで言った訳ではないが、ホ級はそう感じてしまったらしい。

 俺は慌てて訂正する。

 

「命令ではありません。これは……そうですね、お願いとか頼みというやつです。ホ級が嫌と感じたら、断っても大丈夫です」

 

 「……ソウカ」

 

 なにか感じ入る所でもあったのか、困惑していたホ級が安堵したように見える。

 命令という言葉に対し、なにか怒りというか苛立ちのようなものを感じたが……ここで問うのは藪蛇か。

 

 「頼ミナラ仕方ナイ。任セテオケ、私ガミッチリ鍛エテヤル」

 

 「別にそこまで厳しくなくてもいいのですが」

 

 「鍛エテヤル」

 

 「私としてはお手柔らかにお願いしたいなと」

 

 「鍛エテヤル」

 

 「……はい」

 

 こちらの語尾を食う勢いで言葉を重ねてくるホ級。

 どうやら俺は押してはいけないスイッチを押してしまったらしい。

 ホ級の目は、爛々と獲物を見つけた獣のように光を放っており、やっぱりやめておくとは言い出せない雰囲気だ。

 

 「デハ、早速始メヨウ。訓練ニ適シタ場所マデ行クゾ」

 

 そういってホ級は海に向かって進んでいく。

 え、今すぐ?という言葉を寸前で飲み込む。

 そもそも、航行の仕方を教えてくれと頼んだのはこちらだ。ホ級は俺の頼みに対して真摯に対応してくれているだけ。

 だからホ級には感謝をしなければならないだろう。

 

 たとえ、ホ級が喧嘩をする前の不良のようにポキポキと指を鳴らしていたとしても。

 両門と上部に取り付けられている砲塔が、水を得た魚のように動いていたとしても。

 

 ―――この瞬間だけ神に祈る。

 

 どうか溺れたり、沈んだりしませんように、と。

 

 俺は祈りを一瞬で済ませ、ホ級の後を追いかける。

 水面の上を滑るという未知に対する好奇心と、ホ級にしごかれるのではないかという不安がブレンドされた、妙な高揚感を胸に秘めて。




アーケード版でも軽巡ト級は影が薄い…だと…?
馬鹿なッ!馬鹿なッッ!そんな事、許される筈が……!



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A drastic baby

水上スキーとはいったい……うごごご!


 「少シ沖マデ出ルカラ、ソコマデハ私ガ運ンデ行ク」

 

 運ぶ?という事は艤装の上にでも乗せてくれるのだろうか。

 ホ級と俺では結構な体格の差があるから、上に乗るとなると中々の高さになりそうだ。

 

 「ソノママ動クナ」

 

 そういうとホ級は俺の身体に手を伸ばしてくる。

 そのまま掴んで上に乗せてくれるのかと思ったが、ホ級の右手は俺の背面から手を回して、腰のやや上部の所を持ち身体を支えてきた。

 思っていたのと違う動きで呆気にとられる俺を余所に、そのまま左手を膝裏に回し、ふわりと抱き上げられる。

 

 「ヨシ、行クカ」

 

 まるで怪物(モンスター)にさらわれる女性のように、沖合いまで連れて行かれる。

 これはあれか。負担を無くす為に相手の首に手を回したほうがいいのだろうか。

 それとも身体を密着させて、重心を少しでも相手に預けたほうがいいのか。

 それより現在進行中で削れている、精神面へのダメージをなんとかしなくてはならないか。

 ――この状況でどういった選択をすれば正解なのだろうか。

 

 「……私ハ何カ間違エタカ?」

 

 やる気に満ちた雰囲気から一転。ホ級の声の調子が失敗を咎められた子供のように沈む。

 割れたマスクの下から、寄せられた眉と下げられた目尻がちらりと覗いている。

 よほど俺が苦虫を噛んだような顔をしていたのだろうか、時間が経つにつれ、ホ級の様子が段々と挙動不審になっていく。

 ホ級が困っているのを見るのは中々に楽しいが、この状態を続けるのもよろしくない。

 

 何か返答をしなければと思うが、フォローしようと焦るほどに言葉は上手く出てこらず、無意味な母音ばかり口から漏れる。

 その時、雷の様に天啓が走った。

 先ほどから俺の左ひじ辺りを圧迫している、ホ級の胸部装甲である。

 その感触たるや、柔らかくしなやか。肌の色は青白く健康的とはいえないが、それがかえって退廃的な美しさを醸し出している。

 サイズは両手で包むことができるくらいであり、大きいというより美しいという表現が相応しいだろう。

 そんな物体Xが当たっていることを指摘すれば、ホ級は俺の自尊心と自制心を削っている行為(お姫様だっこ)を止めてくれるに違いない。

 よし、と覚悟を決めてホ級に話しかける。何に対しての覚悟かは自分でも分からないが。

 

 「ホ級、実はさっきから当たっているんですよ」

 

 「何ガ」

 

 「胸が」

  

 ピタリ、とホ級の動きが止まる。

 そのままこちらを覗きこむように顔を近づけてくる。

 

 「ソンナ事ヲ気ニシテイタノカ、可愛イナァ」

 

 ホ級の表情は、先ほどとはうって変わり、柔らかな微笑み。

 おかしい。

 俺の予想ではそのまま海に放り投げられたりすると思ったのだが。

 こんな事をいきなり言われても怒らないなんて、ホ級って実は凄く優しいのでは――――

 

 「訓練ノ前ダトイウノニ、別ノ事ヲ考エテイタトハ余裕ダナ、厳シクイクカ」

 

 微笑みはそのままに、ホ級は俺に告げる。

 どうやら俺が、選択を間違えたらしい。

 結局、到着するまでホ級は精神を削る行為(お姫様抱っこ)を止めてくれず、俺はされるがままの状態だった。

 

 

 

 「……コノ辺リデ良イカ」

 

 ホ級の弁から察するに、目的地に到着したようだ。

 周囲は見渡す限りの青い海が広がり、先ほど自分達がいた島がうっすらと遠くに見える。

 

「マズ、海面ニ立ツ所カラダ。私ガ支エテイルカラ海面ニ足ヲ着ケテミロ」

 

 そういうと、ホ級は後ろから両脇に手を差し替え、身体を支えてくれる。

 そのまま宙ぶらりんの姿勢のまま、海面近くまでゆっくりと身体を降ろしてくれる。

 正直、子供扱いされているようで恥ずかしい。

 しかし実際に俺は航行の仕方について、全くの素人。羞恥心は捨てて集中しなければ。

 俺はホ級に一言礼をいうと、慎重に水面へと片足を下ろす。

 

 足を下ろした場所を中心に、波紋が広がる。

 ここまでは特に変わった現象は起こらない。

 このままもう片足を下ろし――水面に両足を着ける。

 

 「……立てる」

 

 泥でぬかるんだ地面に立っている様な、奇妙な感触が足裏に通じる。

 ()()()()()という未知の経験に、訳も無く膝が震え、胸が強く鼓動を刻む。

 片方の足が沈む前に、もう片方の足を前に出せば水の上に立てるという理論を信じていた俺としては、常識がひっくり返るほどの衝撃である。

 頭の隅からレベルアップのファンファーレでも聞こえてきそうだ。

 

 「感動スルノハイイガ、ソロソロ手ヲ離スゾ」

 

 「ちょっ」

 

 とまって、と言い終わるまでに、無慈悲に手が離される。支えを失った身体は、簡単にバランスを崩してしまう。

 ぐらり、と視界が回転し、海面に頭から突っ込むように倒れこむ。

 そのままくぐもった音を立てながら海中に沈む――かと思ったが、直前の所でホ級の手が伸ばされ、沈む身体を止めてくれる。

 ……ホ級の手はガッチリと俺の首根っこを掴んでいる。捕獲された猫の気分だ。

 

 「手ヲ離スノガ早スギタカ。スマナイ」

 

 「いや、いいんだ。あの感じを忘れないうちに、もう一度お願いします」

 

 ホ級はその言葉に頷くと、俺の首の後ろを掴んだまま、水面の上に立たせてくれる。

 

 「デハ、モウ一度ダ。波ノ動キニ注意シテ、重心ハ低メニ。気ヲ抜クト先程ノ様ニ沈ムゾ。注意シロ」

 

 ホ級のアドバイスを聞き、平衡を保とうとするも、足場は波間に漂う板の様に不安定で、気を抜くとすぐにバランスを崩してしまいそうだ。

 接面している足裏に意識を集中。体の中心――へその辺りに力をいれ、軽く膝を曲げる。足元に向けていた視線を前に向け、視野を広く保つ。

 

 「イイ調子ダ。ソノママ前ニ進ンデミロ」

 

 前に進む。

 前に進む?

 そういえば、どうやって前に進めばいいんだ? どうしたらいいかわからず固まっていると、ホ級が見かねた様子で声をかけてきた。

 

 「進メナイノカ? 仕方ナイ。私ノ手ヲ握レ」

 

 そういってホ級は俺の正面に回り、こちらに手を差し伸べてくれる。

 俺が手を握るのを確認したホ級は、ゆっくりと前に移動し始める。

 

 「凄い……。本当に水面に立てるとは」

 

 足元をみると、つま先が水面をかき分けるようにして滑っているのが確認できる。

 

「感覚ハ掴メタカ? ナラ手ヲ離スゾ」

 

「待った!」

 

 このまま手を離されたら、先程の場面をリピートする事になるのは火を見るよりも明らか。

 手を離そうとするホ級に必死にしがみつく。プライド、慢心は失敗ペンギンになれ。

 

 「ダガ、コノママデハ訓練ニナラナイ」

 

 「わかっています……けどもう少しこのままでいさせて下さい」

 

 「大丈夫ダ、必死ニナレバ大体ノコトハデキル」

 

 「ホ級。突然ですがスパルタの語源を知っていますか? かの古代ギリシアでは幼少期から厳しい訓練を課したといいます。そんな獅子を谷に突き落とすような所業をするものではない、と私は抗議したいのですが」

 

 「航行ノ仕方ヲ教エテ欲シイト言ッタノハオ前ダ。発シタ言葉ニ責任ヲ持ツ事ダ」

 

 的確な指摘をされ、顔がみるみるうちに熱を帯びるのがわかる。

 視線を合わせてくるホ級の顔を見ることができず、逃げるように視線を逸らす。

 

 「……ごめんなさい。弱音を吐いてしまった」

 

 「冗談ダ。ソンナニ落チ込ムナ」

 

 オ前ノ反応ガ面白クテナ、と続けるホ級。

 ……間違いない。ホ級(こいつ)S(サド)だ。しかもこちらの反応を楽しんでいる()()がある。

 少しの呆れと不審の感情を視線に込めてホ級に目を向ける。

 

 「ソウ怒ルナ。ソレハトモカク、今日ノ訓練ハココマデダ。ソロソロ日ガ沈ム」

 

 そう言われ顔を上に向けると、太陽が半分ほど沈み、あたりは薄暗くなってきている。夕暮れ時、というやつか。どうやら訓練に没頭するあまりに、時間に気を配るのを忘れてしまっていたようだ。

 

 「続キハ明日ニスルトシヨウ」

 

 「……正直、もうちょっと手心を加えて頂けると嬉しいなと」

 

 明日もこのスパルタ、もとい特訓が続くと想像しただけで、ヘタレた精神が顔を出す。

 

 「フフフ、怖イカ? 安心シロ、危険ト思ッタラ止メル」

 

 そんな俺の心中など知らぬ、といった具合で、ホ級はとても楽しそうに宣言してくれた。



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突くとデレっとするもの

 ――――暗い井戸から引き上げられるように、意識が浮上する。

 目の前にはベニヤ板で覆われた壁。周囲は灯りも無く薄暗い。

 ……ベニヤ板?白い壁紙じゃなかったか。俺の部屋は。

 ああ、そういやゲームでの壁紙は低予算の壁紙だったか……。

 とめどない思考が頭を流れ、半分眠っている意識のまま身体を起こす。

 周囲を見渡しても自分が何処にいるのか理解できず、混乱してしまう。

 数瞬の思考後、ホ級との訓練が終わった後に、コンテナに潜り込んで眠ってしまった事を思い出す。

 

「一夜明けても元には戻らず、か」

 

 誰に言うわけでもなく、ぼそりと呟く。

 ぶるぶると頭を左右に振り、残っていた眠気を完全に飛ばす。

 そのままあくびをしながら身体を大きく伸ばすと、身体のあちこちからポキポキと関節がなる音が聞こえた。

 床が固い板だったせいか、下にしていた右手の感覚が無い。

 

 何気なく、痺れたままの右手を見る。

 元の世界では節々が太くゴツゴツとしており、どちらかといえば武骨だった俺の手。

 今では節々は細く、透き通るように白い。一種の清らかささえ感じられる程だ。

 服の袖を捲くると、染みも無い雪の様な肌がするりと現れる。

 

 「本当に、以前の身体とは違うな」

 

 握ったり開いたりを繰り返していると、段々と感覚が戻ってきた。

 肺の底に溜まった空気を押し出すような、小さな溜め息が口から漏れる。

その溜め息が、元の世界に戻れない望郷の念からくるものか、いまだにこの身体に変化したことが受け入れられない精神からくる物かは、自分でも分からない。

 

 「起キテイルカ?」

 

 微かに金属がきしむ様な音を立てながら、半開きになっていた扉の片側が開けられる。

 扉から太陽の光が射し込み、俺の顔を照らしてくる。

 目の奥まで差し込んでくる眩しさに、思わず眼を細めてしまう。

 

 半開きになっている扉からひょっこりとホ級の顔――正確には人の形をしている部分が顔を出す。

 ビジュアル的に、テレビ画面から這い出てくる名状しがたきものを想像してしまった。

 be cool……be coolだ俺。内心を表情に出さず、ホ級へ挨拶を返す。

 

 「……おはようございます、ホ級」

 

 「オハヨウ。ソロソロ訓練ヲ始メルゾ」

 

 その言葉の意味する所を理解し、ついさっきまで無表情を保っていた顔の筋肉が硬直する。

 口の端が歪につり上がっているのが、自分でも分かるほどだ。

 もし目の前に鏡があるのなら、さぞかし引きつった少女の顔が見つめ返してくるだろう。

 ……まあ、その少女とは自分自身の事なのだが。

  

 「ドウシタ?ソンナ露骨ニ嫌ソウナ顔ヲシテ」

 

 軽く笑いながらホ級が話しかけてくる。

 その様子を見るに、どうやらまた俺をからかっている様だが、一応聞いておかないと。

 

 「冗談ですよ、ね?」

 

 「冗談ダ」

 

 強気に返そうと思ったが、自信が持てず後半の語尾が上がってしまった。我ながら情けない。

 そんな俺に対し、ホ級は堪え切れなかったのか――喉奥からこみ上げるようにクックッ、と笑っている。

 

 「勘弁してください……本当」

 

 深呼吸をする様に大きな息を吐き出す。

 硬直していた筋肉が一気に弛むのを感じる。

 

 「悪カッタ。ソウ言エバ、オ前ハ人間ノ住ム島ニ興味ヲ持ッテイタナ。一緒ニ行ッテミルカ?」

 

 全く悪びれた様子もなく、今思い出したかのようにホ級が提案してくる。

 たしかに以前、ホ級に対して周囲に島があるか聞いた記憶がある。ここから西の方角に誰もいない島があるといっていたか。

 提案自体はありがたい。海の上でどの方向に進めばいいのか、俺には全くわからない訳だし。

 だが、一方でホ級を俺のわがままで振り回してしまっているのでは、との疑念も湧いてくる。

 

 「それは助かりますが……いいんですか?そこまでして私に付き合う必要は」

 

 「気ニスルナ、私ガ好キデ行ッテイル事ダ。ソレニ」

 

 そこでホ級は一端言葉を区切り、腕を組み考え込み始めた。

 どうやら次に言うべきことが出てこないように見える。ここは相手の出方を待ったほうがよさそうだ。

 ほどなくして、意を決したようにホ級が口を開く。

 

 「ソレニ、オ前ガ心配ダカラナ」

 

 ――直球。予想だにしない直球。

 段々と語尾に力が無くなり、ホ級は言い終わった後にぷいっとそっぽを向く。

 心なしか頬も多少血色が良くなっているような、端的に言えば照れている様子だ。

 

 「勘違イスルナ。訓練ガ終ワッテイナイノニ、唐突ニ放リ出スノハ私ノプライドガ許サナイダケダ」

 

 教エタ責任トイウモノガアル、とそっぽを向いたままホ級は続ける。

 

 「そ、そうですか……ありがとうございます、ホ級」

 

 いきなりの直球に面食らった俺は、なぜか感謝の言葉を返す。

 それにホ級は小さく頷いてくれたが、恥ずかしいのかそのまま口をつぐんでしまった。

 お互いに黙り込んでしまい、微妙な空気がお互いの間に漂う。

 この空気は駄目だと本能的に感じた俺は、わざとらしく咳払いをし話題を切り替える。

 

 「じゃあすみませんがホ級、その島まで案内をお願いします」

 

 「ワカッタ。デハ、向カウトシヨウカ」

 

 善は急げだ、とばかりにホ級は海に向かっていく。

 俺はそれに対し、この感じ前にもあったな、とのんきな感想を抱きながらついて行く。

 ――その前に、コンテナの片隅に置かれていた緑色のバケツを手に取る。

 深海棲艦であるホ級や、異物である俺に効くかどうが不明だが、何かあったときの保険に、だ。

 

 そう自分に言い聞かせ、再度ホ級を追いかける。

 願わくば、バケツ――高速修復材を使うような事が起きなければ良いのだが。



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海辺ロックマン

 「ッ!」

 

 「気ヲ抜クナ」

 

 体勢を保てず、ぐらりと傾く。

 ホ級はそんな俺を、すかさずフォローして立て直してくれる。

 目的の島に向かう最中、俺は相変わらず慣れない航海に苦戦していた。

 バランスを崩してホ級に助けてもらうのも、これで三回目になる。

 

 先ほどから、ホ級は俺を直ぐに助けれるよう、真横にぴったりとついていてくれる。

 どうやら、水の上を滑るという行為に、俺の身体はいまだに適応していないようだ。

 こればかりは慣れしかないかと自分を納得させる。

 

 「……すみませんホ級。何回も」

 

 

 同時に、ホ級に対する負い目、自らへの無力感も湧いてくる。

 なにか、俺にも返せるものがあればいいのだが、あいにくこの身には何も無い。

 資材も無ければ、食料も、金銭の類も無い。

 ……自らを守るための自衛手段すらも。

 あるのはコンテナ内部で発見したバケツ(高速修復材)のみ。

 この状況を客観的に判断すると、俺の状態は。

 

 ――ひょっとして、素寒貧(すかんぴん)なのでは?

 

 「ドウシタ、何カアッタノカ」

 

 自らの状況を鑑みて、その至らなさにプルプルと震えだした俺を見かねたのか、ホ級が気遣わしげにこちらに声を掛けてくる。

 俺は首を横に振り、なんでもないと言う意図をホ級に伝える。

 それが伝わったのか、ホ級は何も言わず再び前を向いて進み始める。

 

 その際、ホ級の顔部分を覆っている、人の歯を模したような仮面が俺の眼に留まる。

 その仮面は出会った当初から、半分に欠けていた。

 ホ級は随伴艦が艦娘に沈められた、と言っていたか。。

 ならばあの仮面はその際に受けた傷だろうと推測できる。

 

 ふとそれを思い出して、ある事を思いつく。

 恩返しとまではいかないまでも、少しはホ級に貢献できるかもしれない。

 思いついたが吉日、俺はホ級に提案してみる。

 

 「そういえばホ級、実は少し試してみたいことがありまして」

 

 「……?」

 

 前を向いていたホ級が、不思議そうにこちらに視線を合わせてくる。

 

 「顔に着けている仮面を借りても良いですか」

 

 「別ニ構ワナイガ……何カスルノカ?」

 

 ホ級は不可解な面持ちのまま、仮面を外してこちらに預けてくれる。

 俺はそれを受け取ると同時に、持っていた高速修復材の中身を、少量ホ級のマスクに振り掛ける。

 するとみるみるうちに欠けた部分が修復され、元の完全な状態に復元される。

 どうやら、深海棲艦にも艦娘と同じように使う事ができる様だ。

 

 俺は修復ができたという結果に安堵しつつ、側で成り行きを見守っていたホ級に仮面を返す。

 これで少しはホ級が喜んでくれると良いな、と思っていたのだが――

 それをガラス細工のように恐る恐る受け取ったホ級は、警戒の色が多分に含まれた様子で俺から距離を取る。

 

 「……ホ級?」

 

 一体どうしたんですか?とホ級の行動が理解できず、思わず問いかけてしまう。

 ()()()()()()()()()()()()、ホ級は俺に質問を投げかけてきた。

 

 「何故『ソレ』ヲ使エル?」

 

 その声にこちらを気遣ったり、からかう様子は微塵も無い。

 抑えがたい嫌悪と憎悪――悪意に満ちている。

 それにはこちらが入り込むことができないような、他人を遮断する硬さすら感じられるようだ。

 

 「ソレヲ使エルノハ、鎮守府ニ居ル提督ト呼バレル人間ダケ。ソレガ作用スルノハ艦娘ダケダ」

 

 「答エロ。オマエハ……何ダ?」

 

 敵を前にしたようなホ級の様子と、繰り出される突然の質問に、頭が混乱する。

 ひとます両手を上げ、手向かいしない事をホ級に示す。

 

 「とりあえず……答えられる事には答えます。だから砲身を下ろしてもらえませんか」

 

 震える声ながら、なんとか言葉を形にして伝える。

 警戒しながらも、こちらに向けたままの砲身をホ級は下げてくれた。

 

 撃たれる危険は去ったが、ホ級からは今だにピリピリと張り詰めた雰囲気が伝わってくる。

 俺自身、この身体のことを理解しているとは言い難い。自分で把握できていない事を、どうやって説明すればいいのか。

 信じてもらえるかは分かりませんが、と前置きし俺はホ級に自分の事を話す事にした。

 

 元は人間であり、目覚めたら身体が変化して海の中に居た事。

 航行に不慣れな事、高速修復材が使えたのは元人間である事が要因ではないかと説明する。

 俺の説明を聴いていたホ級は、意を決したようにこちらに質問を投げかけてくる。

 

 「質問ハコレデ最後ダ。オ前ハ……私達(深海棲艦)ノ味方カ?」

 

 その声に怒りや憎しみといった感情は伺うことができない。

 だが、そこには有無を言わせぬ、追い詰めるような強い響きを感じる。

 

 その質問に俺は答える事ができず、沈黙するしかなかった。

 ここで深海棲艦の味方だと答えれば、この場をしのぐ事ができたのかも知れない。

 ……だが、そう答えればいずれ深海棲艦として艦娘と戦う事になる。

 俺の中に、未だに覚悟はない。感情があり、言葉があり、人の形をしたモノを撃つ事など、出来そうに無い。

 

 味方ではない、と答えればどうなるか。

 最悪ここでホ級に撃たれるか、もしくは決別してしまう事になるだろう。

 せっかく仲良くなれたのに、誤解から別れてしまうのは悲しい。

 なによりも、独りになってしまう事が、たまらなく恐ろしい。

  

 ――――結局、自分が可愛いだけか。

 

 頭の片隅から、ひどく冷ややかな声が聞こえた様な気がした。

 

 「残念ダ」

 

 その言葉に、考えに沈んでいた意識が呼び戻される。

 既にこちらに背を向け、ホ級は前に進み始めている。

 待って、と言おうとしたが、呼び止めた所でどうにもならないと判断し、言葉を飲み込む。

 

 その後は交わす言葉も無くなり、間には重い沈黙のみが横たわる。

 目的の島に到着するまで、互いに再び口を開くことは無かった。



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アイムノットクリーチャー

 「着イタゾ」

 

 先に沈黙を破ったのはホ級だった。

 どうやらここが、ホ級が言っていた『人間の住んでいた島』のようだ。

 たしかに、先ほどまで俺達がいた島とは明らかな違いが見て取れる。

 

 海岸沿いは整備されており、砂浜と言った類のものは見当たらない。

 船の発着場と思われる場所に小型船舶やボートなどが停留しており、周辺には宿泊施設の看板がちらほらと点在している。

 島の中心部には民家が集中しており、平常時なら人の営みがあったと感じられる。

 リゾート地の様な明るさ、華やかさを楽しむのでは無く、日々の暮らしに疲れた人が集まりそうな、のどかでほっとする雰囲気だ。

 

 「私ハ、島周辺ヲ哨戒シテクル。後デ落チ合ウトシヨウ」

 

 「哨戒?」

 

 「周囲ヲ見回ル、トイウ事ダ。探索ナラ一人デ行ケ」

 

 ホ級は突き放すように俺に告げる。

 やはり、先程の一件から俺に対して警戒をしているようだ。

 ――仕方の無い事か。こうなったのは自分の行いが原因。自業自得だ。

 

 「……わかりました。ホ級、そちらも気をつけて」

 

 ホ級にそう返答し、俺は上陸するために島へ近づく。

 足の裏に伝わる感触が、不確かな液体を踏む感触から、硬い人工物に接する感触へと変わる。

 しっかりと足裏を押し返してくる地面の感触に、なぜか安堵の感情が湧いてくる。

 

 何気なく、後ろを振り返る。

 ホ級の姿は既に小さくなっている。先ほどの言葉通り、見回りに向かったようだ。

 

 「よし、行くか」

 

 独りになってしまった不安を振り切るように、大きめの声を出し自己を鼓舞する。

 ホ級の話によると、この島の人達は深海棲艦の進行から逃げるために、本土に避難しているという事だった。

 だが、こうもいっていたか。可能性は低いが離れるのを嫌がって残っている人も居るかも、と。

 

 ――オ前ハ、私達(深海棲艦)ノ味方カ?

 

 ホ級の問いかけを思い出す。

 俺は深海棲艦なのか、それとも()()人なのか。

 それに対する答えは出ないまま、ただ一点、誰かに会えるかもしれないという淡い希望を抱いて、島の中心部へと足を進める。

 

 島に上陸する前に見えた、民家の前まで来ることができた。

 外観は、古民家――幼い頃に遊びに行った田舎の家を思い出すような平屋。

 玄関には木製の表札が掛かっており、そこには日本人苗字ランキング1位に入りそうな字が書かれている。

 

 ノックをし、どなたかおられますかと声を上げるも、帰ってくるのは静寂のみ。

 周囲の民家も同様で、中から人の気配を感じることはできない。

 やはり、全員避難しているか。

 少々の落胆を感じながら(きびす)を返す。

 

 その時、砂交じりのアスファルトを踏みしめたような音が、耳に飛び込んでくる。

 音の発生源に顔を向けると、民家の影からこちらの様子を伺っていたと思われる男性と眼が合う。

 俺は、その人に声を掛けようとして近づくが――

 

 「ひっ――来るな、化け物!」

 

 上ずった声をあげる男性。

 近づこうとした俺の足が、その言葉に縛り付けられたかのように止まる。

 男性は空気が足りない魚のように口をパクパクさせながら、腰が抜けたように地面に座り込んでいる。

 唇は引きつった様に歪み、蒼白い顔には恐怖という感情がありありと浮かんでいるのが一目瞭然だ。

 

 化け物……違う、俺はただ話をしたいだけなんだ。だからそんなに怖がらないでくれ。

 待て、と示すように男性に向かって右手を伸ばす。

 

 「待ってくれ! 俺の話を――」

 

 「来るなぁっ!」

 

 額に何かがぶつかり、鈍い音を立てる。その衝撃に一瞬、視界が白く染まる。

 地面に落ちていく物体を、半ば反射的に右手で掴む。

 掴んだ手の中には、一握りの石。それをぶつけられたと脳が理解した瞬間、左の視界が蒼く揺れる。

 まるで鬼火といわれる怪異が、左目に乗り移ったかのように。

 

 それに違和感を感じることなく、激情に任せて石を投げ返す。

 狙いをつけず力任せに投げた為か、石は男性の足元でバラバラに砕け散る。

 次は自分がこうなるとでも思ったのか、声にならない悲鳴を上げながら、脱兎の如く逃げ出した。

 逃げる男性の背中を、俺は酷く醒めた気分で見つめる。

 先ほどの感情は潮が引くように鳴りを潜め、揺れていた視界も元の色を取り戻す。

 

 「やってしまった。やっぱりそう、なるよなぁ」

 

 男性が視界から消えるのを確認した俺は、その場に崩れるようにへたり込む。

 思わず、弱弱しい声が口から漏れてしまう。

 分かっていたはずだった。こうなることは。

 ……いや、違う。正確には理解していた気分になっていた。

 人間と深海棲艦は戦争をしているのだから、この容姿で対策を立てぬままに、人と接触しようなどと考えたりはしない。

 それを念頭におかず、説明すればなんとかなるだろうと考えた、浅はかな過信がこの結果。

 

 「……戻るか」

 

 これ以上、ここに居ても仕方ない。

 俺はのろのろと立ち上がって、来た道を引き返す。

 奮い立たせたやる気が、自己嫌悪で急速に萎んでいくのを感じ、独り言(ご)ちる。

 結局、この島では――自分の存在がどういった物なのかを思い知らされただけだった。

 

 

 ホ級と別れた地点に戻ってきた俺は、キョロキョロと辺りを見回す。

 しかし、周囲にホ級の姿はない。どうやらまだ哨戒から帰ってきていないようだ。

 明確に約束を交わしたわけではないが、どうやら待ちぼうけをしなくてはならないらしい。

 ……待っている間、ニンゲンに見つかると面倒なことになりそうだ。

 そう判断した俺は、近くの岩陰へ腰を降ろし、身体を小さくして隠れる。

 

 先ほどの事を思い返す。

 化け物。普通に生きていれば、他人からそう呼ばれる事はそうそう無いと思われるが――実際に言われてみると結構堪える。

 人からああいった対応をされると言うことは、艦娘からも同様に攻撃される事は明確だ。

 先程のように、石を投げられるならまだしも、砲弾が直撃したら痛いではすまないだろう。

 恐らく、轟沈する。つまり存在が消えるという事。

 

 ぶるり、と身体が震える。

 轟沈への恐怖か、否定された悲しみかはわからない。

 カチカチと硬いものを合わせるような音が、絶え間なく頭の中に反響し、しばらくしてそれが自分の口から発生している音だと気付く。

 それを認識した途端に、鼻の奥にツンとした痛みが走り、時を待たずして熱い涙があふれてくる。

 

 決壊してしまえば、後は一瞬だった。

 他人に泣き顔は見られたくないという、最後に残った自尊心だろうか。

 俺は顔を伏せ、声を殺して泣き続けた。



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あなたは深海にいますか

 泣き続けてどれほどの時間が経っただろうか。

 先ほどまで溢れ続けていた涙も、小さく漏れ続けていた嗚咽も今は止まっている。

 涙を拭い続けた服の袖が、ぐっしょりと濡れて肌に張りつく。

 濡れた感触を不快だと感じるが、伏せた頭を上げようとしても、泥のようにまとわりつく脱力感に阻まれる。

 

 それに反抗せず、重力に任せるままに視界を閉じる。

 なるほど、これが泣き疲れからの寝落ちというやつか。

 眠りの海に沈む直前、頭をよぎったのはそんな呑気な思考だった。

 

 始めに感じたのは、ゆさゆさと左右に揺すられる感覚。

 意識の半分はまだ眠りに沈んでおり、身体と頭が上手く連結できていない。

 状況から察するに、誰かが俺を眠りから覚まそうとしているようだ。

 

 ――おそらく、ホ級だろう。

 普通の感性なら、岩陰でうずくまっている怪しい人物を起こそうなどとは考えないだろうし。

 俺は顔を上げて、哨戒から戻ってきたであろうホ級に挨拶をしようとして――

 

 「アラアラ、ヨウヤク起キタノネ」

 

 目の前にいるその姿に、言葉を失う。

 上半身に纏っている衣服は、一般的にセーラー服と呼ばれる物だろう。丈が短いせいか、腹部がほぼ露出しているが。

 その上から白い外套を羽織り、左肩部分には甲虫の背中に似た肩当てを装備している。

 冷静に考えてここまでは良い。ここまでは良いのだが――

 

 下半身はなぜかスカートを穿いておらず、飾り気のない黒いショーツのみ。

 よく見てみると、サイズが合っていないのか若干食い込み気味だ。

 セーラー服の丈が短い事も相まって、下腹部と太腿が丸見えになっている。

 太腿の下部から先は黒い甲板艤装……甲板ニーソに覆われており、白い肌との対比(コントラスト)が目に眩しい。

 自ら曝け出していくスタイルという奴だろうか。

 反射的にそんな格好して恥ずかしくないんですか?と聞いてしまいそうになるが、グッと堪える。

 

 その扇情的な光景から逃げようと、顔を上に逸らす。

 すると必然的にこちらを見つめる彼女と目が合う。緑色の瞳でこちらを見据えながら、申し訳なさそうに言葉を続けてくる。

 

 「休ンデイル所ヲ邪魔シテゴメンナサイネ。突然ダケド、コチラノ質問ニ答エテクレルカシラ?」

 

 その言葉に、曖昧に頷く。

 

 「同胞ガ言ッテイタ変ナ奴トハ、貴方ノ事?」

 

 同胞……仲間のことだろうか。彼女の言う同胞がホ級の事であれば、YESになる。

 だが、俺の思い違いという線もまだ捨てきれない。確認の意味も込めて返答する。

 

 「その同胞の方が軽巡ホ級だったなら、私と一緒に行動していましたが」

 

 「ソレナラ良カッタ。コレヲ貴方ニ渡シテ欲シイト頼マレタノ」

 

 そういってこちらに何かを手渡してくる。

 これは――この世界で艤装と呼ばれる物か。種類は不明だが大砲の一種だと思われる。

 砲身が1本という事は、単装砲と推測できるが……駄目だ、以前の知識からは種類まで判別できない。

 元の世界で艦娘を主としてみるのではなく、装備もちゃんと見ておくべきだったか、と自省する。

 

 気を取り直し、艤装に目を向ける。

 よくみると単装砲の上にちょこん、と青い水兵服を着た小さな人型が座っている。

 これはいわゆる……装備妖精さんといわれる者だろうか。

 こちらを伺う顔には、怯えの色が強く表れているのが見て取れる。

 

 ひとまず、コミュニケーションを図ろうと手を振り、こちらに害意がない事を示してみる。

 その行動に驚いたのか、妖精さんはすぐに艤装の中に隠れてしまった。

 ……何故だろう、悪い事をしていないのに訳もなく良心が痛むのは。

 

 「何故私にこれを?」

 

 若干の精神的ダメージを無視しながら、目の前の深海凄艦に問いかける。

 渡すだけなら他の深海凄艦に頼まずに、合流した際に直接渡せば済む話だ。

 ここから考えられることは……何らかの理由があり、合流できないという事が推測できる。

 もしくは餞別。端的にいえば別れの品という事。

 

 ――オ前ハ、私達(深海凄艦)ノ味方カ?

 

 ホ級の言葉が脳裏によみがえる。

 思い返すと、あれは俺に対し見切りをつけるか否かの質問だったかも知れない。

 心臓が圧縮されたように縮む錯覚。それに伴って、じっとりとした汗が背を伝う。

 もし後者だとするなら、俺は()()捨てられたという事に……また?

 今、俺は何を考えた……?

 

 「私ハ頼マレタダケダカラ、同胞――ホ級ノ考エハ分カラナイワネ」

 

 「そう、ですか」

 

 その言葉に、意識を引き戻される。

 返答した俺の声は、後ろ向きな事を考えたせいか、かすれて強ばっていた。

 

 「デモ……貴方ニホ級ト親交ガアッタノナラ、早ク合流シタ方ガ良イト思ウ」

 

 ためらいがちに、彼女は提案してくる。

 俺は言葉の代わりに、視線に疑問を乗せて見つめ返す。

 

 「恐ラク、ホ級ハ艦娘(てき)ト戦ッテイルワ」

 

 ありのままの事実を簡潔に告げられる。

 その先に続く言葉は、すぐに予想できた。

 予想、できてしまった。

 

 「コノママノ状態ガ続ケバ、ホ級ハ沈ム。貴方ハドウスル? 助ケニ行クノカ、ソレトモ――」

 

 そこで彼女の言葉が途切れる。

 それとも、見捨てるのか。暗に、そう言われているような気がした。

 

 ここで助けに行かずに、ホ級が沈んでしまえば間違いないなく後で悔やむ事になる。

 短くとも、こちらの面倒をみてくれた存在を見捨てるという行為は、自らの価値観に存在しない。

 だが、そうすれば自分は人と艦娘に敵対するモノになる。

 攻められ、疎まれ、壊される深海凄艦(モノ)に成り下がるのだと、思考の冷めた部分が警告を発している。

 

 頭の中に漠然と分岐路のイメージが浮かび上がる。

 俺は地面に座り込んだ姿勢から、もたつきながら立ち上がり、目前の深海凄艦と目を合わせる。

 相手の方が自分より身長が高かった為、少し見上げる形になってしまったが。

 

 「……私は」

 

 口の中は乾燥し、自分が発する声は酷くしゃがれている。

 膝は小刻みに震え、少しでも力が掛かればバランスを崩してしまうだろう。

 情けない。情けないが、自らの意思を伝えなければ。

 

 「ホ級を助けに行く。手伝ってくれませんか」

 

 そういって、右手を差し出す。

 それに対し、彼女はきょとんとした顔でこちらの顔と手を交互に見ている。

 相手の様子を察するに、なにか驚かせる行動をしてしまったらしい。

 

 いや、考えたら驚くのも仕方ない。

 いきなり見ず知らずの存在から協力を求められたらそうなるか。

 

 「お願いします」

 

 そう自己判断した俺は、右手を出したまま頭を下げる。

 これで誠意が伝わるかは分からないが、こちらが真剣だという事は伝わるだろう、恐らく。

 ……見方によっては、女性に告白する男性に見えるような気がするが、まあそれは気にしない事にする。

 すると数瞬の後、自分の右手にふわり、と柔らかな感触が重ねられた。

 

 「ソウイエバ、自己紹介ヲシテイナカッタワネ。私ノ名前ハ……戦艦タ級ト呼バレテイルワ。貴方ノ好キニ呼ンデチョウダイ」

 

 ヨロシクネ、と彼女――タ級はこちらの手を包み込むように握り返してくれた。

 




\ここにいるぞ!/


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砲・連・走

「……サテ、自己紹介モ終ワッタ事ダシ、救援ニ向カイマショウ」

 

 そういってタ級はくるりと方向転換し、進み始める。まるで何処で戦闘が起こっているのか把握しているようだ。

 電探(レーダー)でも積んでいるのだろうか。しかしタ級の頭部や艤装にそれらしき物体はみられない。

 まさかあの肩パットが電探の役目を果たしているのか……?

 

 「敵部隊ハ軽巡2、駆逐4。輸送、モシクハ遠征ノ途中トイッタ所カシラ。距離ハ……チョット、聞イテルノ?」

 

 タ級はこちらを振り返り、疑わしげな視線を向けてくる。

 

 「ええ、聞いてますよちゃんと、はい」

 

 俺は内心の動揺を悟られないよう、努めて平坦に、無感情に返答する。

 言葉の一部がカタコトしてしまったが、表情筋はピクリとも動かなかったはず……多分。

 

 「ナライイケド――モウスグ戦闘ガ始マルワ、切リ替エナサイ」

 

 タ級の声が低く、押し込めるような音調へ変化する。

 戦闘という単語の意味する所を想像し、背中の中心を走る神経が一斉にざわめき出す。

 落ち着けと自分に言い聞かせるも、本能的な恐れからくるものは、なかなか平静を取り戻しそうもない。

 なにか、なにかないか。この乱れた精神を静める方法は。

 

 切り替えろ。

 先ほどのタ級の言葉を自分なりに解釈すると、意識を戦闘時にしろという事だろうか。

 通常時と戦闘時……この身体が戦闘する際の変化といえば、左目に青い火が灯る事が印象に残っている。

 その際、なにか言っていたような――記憶を検索し、該当する単語を思い起こす。

変身、纏身、瞬着、招来。頭の中に断片的な単語が浮かんでくるが、どれもしっくりとこない。

 

 ――思い出した。たしか、こんな感じだったな。

 口の中で自分に言い聞かせるように、自己に暗示をかけるように、ぽつりと呟く。

 

 「――アグレッサー(侵略者)モード」

 

 言い終えた瞬間、視界の左半分が蒼く染まり、揺らめく。

 こちらの変化に気づいたのか、艦娘が忍者に転職(ジョブチェンジ)したのを見た時のような顔で、タ級がこちらを見つめてくる。

 

 「貴方、ソノ左目ハ……」

 

 「違います、これは違うんですタ級」

 

 何が違うのか、自分でも何故こうなったのか分かっていないが、慌てて否定する。

 そうしないと、誤解をされる未来が、ありありと想像できたからだ。

 釈明しようとして口を開こうとしたが、言葉を発する前に人指し指でそっと唇を押さえられてしまった。

 

 「今ハ、戦闘ノ事ニ集中シマショウ。貴方ノ《ソレ》ハ後カラ説明シテネ」

 

 了解の意味を込めて、首を縦に振る。

 それが通じたのか、タ級は俺の唇からゆっくりと指を離してくれた。

 

 「戦闘ニ入ル前ニ聞イテオクケド、作戦ハアル?」

 

 タ級は進むスピードを緩め、空気を切り替えるように質問を投げかけてくる。

 作戦……正直に言ってしまうと、無い。戦闘時にどういった行動をすればいいか良いのか分からない、というのが本音だ。

 ホ級を助けたいと言い出しておいて格好がつかないが……素直に白状した方がいいだろう。

 

 「すみません、タ級。具体的な案は……その、思いつかなくて」

 

 「気ニシナクテ良イワ。ダッテ貴方――」

 

 ――戦ウ事自体、初メテデショウ?

 

 確信めいたその問いに、自然と唾を飲み込む。

 図星を突かれ、きまりが悪くなった俺は、思わず俯いてしまう。

 

 「ソレヲ責メテイル訳デハナイワ。無謀、ト笑ワレルカモ知レナイケドネ」

 

 タ級は微笑みを浮かべながら、こちらに告げてくる。

 

 「ソレジャア今回ハ、私ノ考エタ作戦ヲ聞イテクレル?」

 

 素人が作戦を考えるより、タ級に任せたほうが成功率が高いのは明らかだ。願ってもない申し出を、俺は喜んで聞き入れる。

 それに満足そうに頷いたタ級は、人差し指を立ててレクチャーを始めてくれた。

 教えてタ級先生!と口走りそうになってしまうほど、その姿は不思議と様になっている。

 

 「マズ、優先スベキハホ級ノ救助。ソノ後、安全ナ場所ヘノ撤退ネ。艦娘トノ交戦ハ極力避ケマショウ」

 

 その方針はありがたい。できる事なら、艦娘との戦闘は避けたいと、俺も思っていた。

 だが、撃つか撃たざるべきかの状況になったなら、腹を決めなくてはならない。

 自らの意思で引き金を引く。その時が迫っていると言う事実に、首の後ろがヒリつく様な感覚に襲われる。

 

 「敵ヲ射程内ニ収メタラ、援護射撃ヲ始メルワ。ソノ隙ニ、ホ級ヲ連レテ逃ゲナサイ。私ハ貴方達ガ安全圏ニ入ッタラ離脱スル」

 「それは危険です。私達が逃げた後に、タ級が狙われる事になる」

 

 「アラアラ、心配シテクレルノ? 大丈夫、戦艦()ノ装甲ハ伊達デハナイワ」

 

 俺の不安を打ち消すように、タ級が胸を張る。

 ――揺れたな、今。

 何がとは言わないが、たゆんと。ひとつ咳払いをし、逸れそうになった意識を修正する。

 どうやら、余計な心配をしてしまったようだ。気を取り直して、今度はこちらから話を振る。

 

 「では上手く敵を撒けた場合、合流する場所を決めなくてはいけませんね」

 

 「ソウネ、ドコカ良イ場所ハアル?」

 

 思いついたのは、ホ級と最初に出会った場所。

 必ずホ級を助けて、あの島に帰らなくては。

 

 「ここから東の方角に無人島があります。海岸にコンテナが打ち上げられていますから、目印になるでしょう」

 

 「ナルホド、合流地点ハソノ場所デ良サソウネ――サテ、敵ガ射程圏内ニ入ッタワ」

 

 うんうん、と自分を納得させるように頷いた後、タ級はその場に止まり、俺の顔をじっと見据えてくる。

 そこにどんな感情が含まれているかは、経験の無い俺の頭では、推し量る事はできない。

 だが、おそらく――タ級は俺の命令を待っているのだろう。

 引き金を、引く時だ。

 

  「始めましょう、タ級」

 

 こちらへ向く目を見返し、そう返答する。

 それを受けたタ級は、右手を前に突き出し――聞いているこちらが奮い立つような、しっかりとした声で号令を掛ける。

 

 「敵艦発見。全砲門、開ケ!」



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√deep sea

誤字報告ありがとうございます。
反応が遅くて申し訳ありません。


 タ級の腰部から伸びる、人の顔に似た艤装――その数は6。

 いずれも、目に該当する部位から砲身が伸び、口の部分は人の歯並びを再現した外観。

 艦娘の艤装とは違い、機械のようでいて、どことなく人間(ヒト)じみた、いびつな形だ。

 

 その艤装が、タ級の号令に合わせて一斉に口を開ける。

 金属を擦り合わせるような、鈍い音を立てながら完全に口が開くと、内部から3つの砲身が姿を現す。

 そこまで認識した一瞬の後に、耳元で雷が落ちた様な轟音と、全身を揺さぶる空気の振動に襲われる。

 目の前には煙が立ち込め、それを吸い込んだ俺は思わずむせこんでしまう。

 

 上の空で、砲弾が飛んでいった方角を眺めていると、身体に軽い衝撃が走る。

 どうやらタ級に背中を叩かれたようだ。その衝撃で、呆けていた意識が我を取り戻す。

 

 「――着弾確認。ホラ、呆ケテナイデ行キナサイ」

 

 「……ホ級はどこにいますか?」

 

 「私ガ砲撃シタ方向ニ進メバ良イワ」

 

 つまり、敵の射程圏内に突っ込めと言う事。

 改めて、自分の艤装(そうび)を確認する。単装砲1門、使いかけの高速修復材(バケツ)1個、以上。

 貧弱というレベルではない。初期装備(ひのきのぼう)でボスに挑むようなものだ。

 

 「タ級、援護を……お願いしますね」

 

 「大丈夫、心配イラナイワ。貴方ガ離脱スルマデ、私ハココニイル」

 

 「……ありがとうございます。また後で、タ級」

 

 俺の返答に、気にするなとでも言うように、タ級はひらひらと手を振ってくる。

 タ級に背を向け、向かうべき進路へ目を向ける。

 援護射撃があるにせよ、ここから先は独りで行動する事になるだろう。

 息を吸い込み、肺の中を空にするように吐き出す。

 

 「――よし」

 

 身体を前に傾け、ホ級が居るであろう場所に向かって移動する。

 進みながら、ふと――どこからか見られている様な奇妙な感覚が身体を包む。

 なんとなしに右手の艤装に目を落とす。すると台座に座りながらこちらを見ている妖精さんと視線が合う。

 妖精さんは俺と目が合った瞬間に、すばやい動きで艤装の陰に隠れ、顔だけこちらに出しながら様子を伺っている。

 

 臆病な小動物を相手にしているようだが……気まずい、非常に。

 この外見(なり)では仕方の無い事だと思うが、明らかに警戒されている。

 妖精さん(あちら)としても、私はこれからどうなるの、といった感じなのだろう。

 

 敵に鹵獲された兵器がどうなるか。

 改造、もしくは転用。研究対象などになる事が考えとして浮かんでくる。

 もし深海側に工廠があるのなら、妙にぞわぞわする音が響き渡る事も否定できない。

 

 これは、対話が必要か。

 水面を滑るスピードを緩めることなく、妖精さんに話しかける。

 

 「……話をしてもいいですか?」

 

 端からみれば、大砲に話しかける変な人になってしまうが、周囲は海。誰を気にする事も無く、醜態を晒すことができる。

 

 「私は貴方を害する気はありません。むしろ助けてください」

 

 俺はきっぱりと断言したあと、手のひらを返したように協力を懇願する。

 航行の仕方、艤装の扱い。どちらも俺は素人。ゆえに妖精さんの協力があれば、多少はマシになるかもしれない。

 それをどう受け取ったのかは分からないが、伺うような視線は鳴りをひそめ、妖精さんはこちらを見つめ返してくれる。

 

 「これから艦娘と交戦します。その支援をお願いしてもいいですか」

 

 支援といっても、どこそこを狙えとかそんな感じでいいのですが、と付け足す。

 俺のお願いに対し妖精さんは――伏し目がちにすまない、といった表情でふるふると首を振る。

 言葉は無いが、そこには拒否の感情がにじみ出ているのが見て取れる。

 

 やはり無理か。駄目で元々、当たって砕け散れの精神で頼んでみたが、妖精さんは艦娘側に属するもの。

 深海側に協力する事はできないという事だろう。

 協力が得られないのは残念だが、ここまできたら進むしかない。心を蝕む不安も、行き先を閉ざす恐れも、底に沈めて。

 緊張か、それとも高揚か。いつの間にか荒くなっていた呼吸を押さえながら歩を進め、ホ級の姿が確認できる距離まで近づく。

 

 

 ……様子がおかしい。敵の撃った砲弾が、ホ級に迫っている。

 それなのにホ級は避けるそぶりを見せない。いや、あれは……動く事ができないのか。

 このままだと直撃する。その後に待っているのは、轟沈という名の――

 

 「……ホ級!」

  

 その先を想像してしまった瞬間、脱兎の如く駆け出す。

 早く、急げ、間に合え。

 散り散りの単語が頭の中を駆け回り、それに追いたてられるかの様に滑るスピードも上がる。

 ホ級の姿が間近に迫る。

 砲弾は刻々と迫ってきているが、ホ級はぐったりと腕を投げ出し、動く様子は見られない。

 

 迫る砲弾を撃ち落す――不可。

 残念だがそんな技能は備わっていない。

 ホ級を突き飛ばす――不可。

 この身体と体格が違いすぎる。弾き返されて終わりだ。

 

 つまり結論は。

 迫る砲弾と、ホ級との間に身体を滑り込ませ、手を広げてホ級をかばう――これだ。

 

 背後から息をのむ気配が伝わってくる。

 それに反応する間もなく、右腕に金属バットで叩かれた様な衝撃が走り、炸裂音と共に目の前が煙で覆われ視界がふさがれる。

 見通しがきかない中、攻撃を受けた右腕に目を向ける。肘から先の袖部分が吹き飛び、ボロボロになっているのがかろうじて確認できた。

 痛みはさほど感じないが、右前腕から先が感電したかのように痺れ、感覚が無い。

 右手を開き、閉じる。その行為を数回繰り返し、動作に不自由が無い事をたしかめる。

 ――大丈夫、()()動く。

 

 「ホ級、無事ですか?」

 

 背を向けたまま、ホ級に声をかける。

 正直な所、すぐにでもホ級の無事を確認したいが、俺は未だにホ級の質問にきちんと答えられていない。

 その事実が、振り向くという行為をためらわせる。

 ……言ってしまえば、誤解まがいのやり取りをしたまま別れてしまったので、どのツラを下げて話せばいいのか分からない。

 

 「ナゼ……ココニ?」

 

 背中越しに聞こえてくるホ級の声は、俺がどうしてここにいるのか図りかねている様に聞こえる。

 これは、自らの立場をはっきりさせるいい機会だ。しかしそれは、今まで積み重ねてきた大切ななにかを捨て去る事と同義。

 だがいつまでもグズグズしている様では、それこそ機を失うことになりかねない。

 

 「――私は」

 

 後ろを振り向き、ホ級と目を合わせる。

 

 「私は深海棲艦(ホ級)の味方です。ここに来た理由は――それだけです」



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西瓜ノ迷SAN値(直葬)

泊地棲鬼はいいぞ(深海言語でこんにちは、の意)


 言った。自分は深海棲艦の味方だと。

 人――いや、人類そのものを裏切る道を選んだ。

 

 「逃げましょう。ホ級、動けますか?」

 

 「……大丈夫ダ。スマナイ、助カッタ」

 

 ……考えるのは後回しだ。今はただ自分にできる事を、ホ級を連れてここから逃げる事を考えなくては。

 俺は艤装を左手に持ち替え、空いた右手をホ級に伸ばす。その手をぐっと力強くホ級は握り返してくれる。

 が、その力強さとは裏腹に、ホ級の声は今にも消えてしまいそうなほどの弱弱しい響き。

 もしかすると、予想する以上にダメージが深刻なのかもしれない。

 

 「ソンナ暗イ顔ヲスルナ。私ハ平気ダ」

 

 どうやら俺は相当不安そうな表情をしていたらしい。

 その不安を払拭するように、ホ級は明るい調子で話しかけてくる。

 しっかりしろ。助けに来た方が相手に気を使わせてどうするんだ。

 

 「退却スルノハ良イガ、行ク当テハアルノカ?」

  

 「ええ、その点は大丈夫です。それと恐らくですが、そろそろ――」

 

 言葉を言い終わる前に、放物線を描きながら頭上を多数の砲弾が飛び去っていく。

 その砲弾は、敵艦隊がいるであろう場所に先駆けるように突っ込んで行き、水面に着弾。

 衝撃によって作り出された水柱が、周囲の海上を白く染め上げている。

 

 「……すっごいな」

 

 援護をお願いします、とは言った。確かに言った。

 が、これはむしろ制圧といった方がいいのではないだろうか。

 タ級の援護射撃によって引き起こされた急激な景色の変化に、口から無意識に感嘆の言葉がこぼれ落ちる。

 

 ――突っ立っている場合ではない。敵が砲撃に浮き足立っている今が好機だ。

 頭を左右に軽く振って意識を切り替え、逃走する方面へ身体を向ける。

 

 「退却する場所は、私達が出会ったあの島です。あそこまで逃げましょう」

 

 「了解ダ」

 

 お互いにアイコンタクトを取り、全速力で逃走し安全圏へと向かおうと、敵に背を向けた瞬間。

 背中の中心に杭を打ち込まれたような衝撃が走る。

 保っていた体勢が崩れて海中へ沈みそうになるが、間一髪のところで体勢を整える。

 

 何が起こったか理解しようと思考を巡らせ、撃たれた、という事実を脳が遅れて認識。

 それを理解した瞬間に、背中から激しい痛みが溶岩のように溢れ出す。

 痛みのせいで口からは空気が漏れるようなかすれた声しか出す事ができない。

 同時に腹の底からこみあげてくる、激しい炎の様な感情。それが左目に灯った炎と呼応し、煌々と燃え盛っていくのが自分でも分かる。

 

 「くそっ、よくも……!」

 

 激情のままに敵に砲身を向け発射するが、放った砲弾は敵と見当違いな方向へ飛んでいく。

 当たらないという現実が、さらに感情を逆撫でしてくる。今度は確実に当てるという明確な意思のままに狙いをつけ――

 

 「落チ着ケ」

 

 激情で赤く染まる視界を、白い腕がさえぎる。

 それを咎める様に視線を向けるが、ホ級はこちらの視線をしっかりと受け止め、説き伏せるように俺に話し始める。

 

 「オ前ハ私ヲ助ケニ来テクレタ。私ハソレニ感謝シテイル」

 

 「ダガ、ココデ怒リニ任セテ戦ウノハ、良イ選択デハ無イ。今度ハオ前ガ沈ム事ニナル」

 

 その指摘に、潮が引くように自分の中で燃え盛っていた感情が静まっていく。

 艦娘から攻撃を受けたという現実に怒りを抱いていたが、冷静になってみれば当然だ。

 今の姿、自分の口から発した言葉、自ら行ってきた行動。この世界では、その全てが人に仇をなしている。

 それなのに俺は、艦娘から攻撃される事はないだろうと思っていたのか。自分だけは、大丈夫なのだと。

 

 ――自分の至らなさに、吐き気がする。

 

 口の端が歪に引きつり、つり上がるのが自分でも分かる。俺は今、自嘲めいた笑みを浮かべているのだろう。

 受け入れろ。これは全て自分で考え選択した結果。その現実を噛み締めながら、一つ息を吸い込み――吐き出す。

 いまだに左目の炎は静まらず爛々と輝いているが、少し落ち着く事ができた。

 

 「スマナイナ……コンナ言イ方シカ、デキナクテ」

 

 ホ級の声は先ほどの調子とはうって変わり、自らを責めるような暗さを内に含んでいる様に聞こえる。

 

 「いえ、私の考えが甘かった。止めてくれてありがとう、ホ級」

 

 俺の返答が意外だったのか、ホ級は一瞬きょとんとした後、笑いをこらえる様に俺に言葉をかけてくる。

 

 「マサカ、礼ヲ言ワレルトハ思ッテイナカッタ。オ前、本当ニ変ナ奴ダナ」

 

 変な奴、とあまりよろしくない評価を頂いてしまったが、もしあの場でホ級に止められなかったら、俺は感情のままに交戦し、そのままお陀仏だっただろう。

 どうやら俺は脳筋野郎なのかもしれない。そんな俺の危機というか、飛んで火にいる夏の虫になりそうな状況を止めてくれたのだから、感謝をするのは当たり前だろう。

 一応、そういったニュアンスを含んだ言葉を伝えたつもりだったのだが、どうにも上手くいかなかったようだ。

 

 「変な奴、という評価はひとまず置いておきます。今はとりあえず――」

 

 「逃ゲルカ」

 「逃げましょう」

 

 同時に同じ意味を表す言葉が口から発せられる。それが俺のツボに入ってしまい、クスリと笑みをこぼしてしまう。

 どうやらホ級も同じだったようで、隠し切れない笑みが口の端に浮かんでいる。

 ゆるい雰囲気が場を支配しそうになるが、それを振り切るように俺達は駆け出す。

 また直撃を食らいやしないかと怯えながら撤退するが、援護砲撃のおかげか敵の攻撃がこちらを害する事はないようだ。

 

 後で無事合流できたら、タ級にお礼を言わなくては。そんなことを思いながら、ホ級に先導してもらい海上を進んでいく。

 しばらくすると、見慣れた――とまではいかないが、コンテナが打ち上げられた海岸が見えてきた。

 

 帰ってくる事ができたという安堵が俺の全身を包むと同時に、俺は水面にへたりと座り込んでしまう。

 張り詰めていた気が抜けたためか、身体全体が鉛のように重く力が入らない。攻撃を受けた場所が、思い出したように痛みの信号を送ってくる。

 立ち上がろうと力を込めても、足はまるで泥沼にはまったかのように動かず、少しずつ水中に沈んでいく。

 

 沈んでいく身体を止める術を、俺は持ち合わせていない。声を出そうとしても、口は空気の泡を吐き出すだけで、明確な言葉を発する事はできない。

 まずい、沈んだらどうなるかは分からないが、今の状態が良くないという事はさすがに理解できる。

 それなのに身体は妙に心地よい感覚に包まれ、視界が少しずつ狭まってくる。このまま目を閉じれば楽になるのではないだろうか。そんな考えすら浮かんでくる。

 

 その考えに抵抗するように、右手を水面に向かって伸ばす。そんな俺の抵抗を嘲笑うかのように目蓋が重くなり、視界が閉ざされ、身体と意識が深く沈んでいく。

 伸ばした右手をふわり、と柔らかな何かが包み込んだような感触を最後に、残っていた意識が波に洗われる砂城のように崩れ去った。

 




前書きの()の部分は嘘です。


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侵略者と異星人

 おぼろげに浮かび上がる意識。

 最初に感じたのは、右頬に触れている柔らかな、弾力のある何か。

 目を閉じたまま、左手でその何かに触れてみる。表面はすべすべしており、それでいてほのかに温かい。

 まるでマシュマロのような、それでいてしっとりと吸い付いてくるような不思議な感触。

 その心地よさに、思わず頬をすりよせてしまう。すると、その何かは子供をあやす様に頭に手を置き、そのままやんわりと撫でてくる。

 何度も髪を通り抜けていく誰かの手。それを不快と思うどころか、されるがままに身を任せてしまおうかとも考えてしまう。

 そのまま襲来してきた睡魔という波に、再度意識がさらわれそうになる寸前、背中と右腕に疼く様な痛みを感じた。

 

 痛みという刺激に急速に意識がクリアになっていき、同時に少しずつ自分がどういう状態なのか理解ができてくる。

 どうやら俺は右側を下にして横になっており、頭を誰かの身体の一部に乗せている……と思われる。

 ひとまず、自分が起きている事を相手に知らせなくては。眠っているふりもほどほどにしておかないと、後が恐い。

 というかこのままの状態を続けていると、削れる。主に理性とか、自尊心とかがゴリゴリと。そういったある種の危機感を抱き、伏せていた目蓋を開く。

 

 「良カッタ。目ガ覚メタヨウネ」

 

 頭上から安堵した様な、穏やかな声が耳に流れ込んでくる。

 横になっていた状態から身体を起こし、声の方面に顔を向ける。

 するとそこには予想とは少し違った人物がいた。

 

 「……タ級?」

 

 何故ここにという意味を込めて、彼女の名を口にする。

 

 「不思議ソウナ顔ネ。貴方、自分ガ沈ミソウニナッタ事……覚エテイル?」

 

 タ級の言葉に、先ほどの光景が脳裏によみがえる。動かない身体。感覚は徐々に薄れ、もがいても水面に届かず暗い水底へ沈んでいく。

 それを思い出し、自然と両手で自分の身体を抱きしめる。もし、あの時伸ばした手を掴まれていなかったら、今頃俺はここに存在していなかった。

 ずぶ濡れになった犬のように、身体が震えだす。そんな俺をどう思ったのか、タ級は励ますように俺の頭に手を置き、そのまま頭を撫でてくる。

 一瞬、意外に優秀な軽巡の台詞が頭をよぎったが、口に出したら死にたくなる事は明確……!なので抵抗せず、状況に身を任せる。

 

 「深海棲艦(私達)ハ、艦娘トハ違ウ。沈ンダラソコデ終ワリ……無茶ハ禁物ヨ」

 

 俺の頭を撫でながら、言い聞かせるようにタ級は告げてくる。その言葉に、僅かな違和感を覚える。

 沈んだらそこで終わりなのは、艦娘も深海棲艦も同じ。轟沈したものは二度と戻らない。これは元の世界でも原則としてあった事だ。

 だが、タ級の口ぶりからすると……艦娘には轟沈に対して何かしらの安全装置(ストッパー)みたいなものがある様に聞こえる。

 ……ここはタ級に聞いてみよう。自己知識で判断を下すのは危険だ。

 

 「艦娘と違うとは?」

 

 「深海棲艦(私達)モ艦娘モ、致命的ナ損傷ヲ受ケタラ沈ム。コレハ分カルデショウ?」

 

 でも、とそこでタ級は話を区切る。

 

 「艦娘(ヤツラ)ハ大破シテモ踏ミ止マル事ガデキル」

 

 タ級は俺を撫でる手を止め、問いかけるようにこちらを見つめてくる。どうやら、自分で考えてみろという事らしい。

 深海棲艦と艦娘の違いか。艦娘と決定的に違う事、やはりそれは。

 

 「妖精さんの存在でしょうか」

 

 「ソノ通リ」

 

 よくできました、と感心した様な声色でタ級はこちらに返答してくる。

 要は、艦娘には妖精がいるから大破状態でも沈まないという事か。逆に深海棲艦は妖精の恩恵を受けられない。

 なるほど、つまり妖精さんはすごい。

 

 「コチラニモ、妖精ガ()エル個体ガ居レバ話ハ違ッテクルノダケド、ソンナ個体ハ見タ事ガ無イシ」

 

 そういってタ級は物憂げに呟く。

 

 「妖精さんですか。私、見えますけど」

 

 「エ?」

  

 ほら、そこに。

 そういって先ほどまで持っていた単装砲――今は俺の手から離れ、砂場に転がっているが。

 その単装砲の台座に座っている装備妖精さんを指差す。突然話を振られた妖精さんは、慌てた様に台座の影に隠れてしまった。

 素面で言ったら、間違いなく黄色い救急車を呼ばれてしまいそうだが、実際見えるから仕方ないし。

 

 「嘘ヲ言ッテイル訳デモナイヨウネ。ヤハリ――」

 

 タ級は絶句していた顔を引き締め、口に手をあてて考え込み始めた。

 後半は声が小さかったため聞き取れなかったが、何かを決めかねているようだ。

 さらっと言ってしまったが、もしかすると地雷を踏んでしまったのではないだろうか。そんな若干の後悔が頭をよぎる。

 

 「話ハ纏マッタカ」

 

 考え込んでしまったタ級に対しどうしたものかと悩んでいると、いつのまにか俺の隣にホ級が佇んでいる。

 

 「ホ級? いつからここに」

 

 「オ前達ガ仲良ク膝枕ヲシテイタ辺リカラ、ダ」

 

 ……それってつまり、最初からいたんじゃないだろうか。

 気付かなかった俺もアレだが、居たなら声をかけて欲しい。みられた方は非常に恥ずかしいのだが。

 

 「妖精ガ見エル、カ。マアイイ。ソレヨリ身体ハ大丈夫カ?」

 

 そんな俺の心境などいざ知らず。ホ級は心配そうにこちらの身体を気遣う発言をしてくる。

 

 「少し痛みますが、動く事に問題はありません。ホ級は今までどこに?」

 

 「私ハ周囲ヲ警戒シテイタ。先ホドノ艦隊ガ追ッテクル可能性ガアッタカラナ」

 

 そのまま互いの状態や現在の状況について、軽く情報交換を行う。

 すると、タ級が意を決したように俺達に話しかけてくる。

 

 「貴方達、行ク当テハアルカシラ。良ケレバ私達ノ泊地ヘ来ル事ヲ勧メルワ」

 

 「泊地?」

 

 聞き慣れない単語を、オウムのように聞き返す。

 察するに、艦娘側でいう所の鎮守府みたいなものと推測できる。つまりこれは一種の勧誘だろうか。

 正直にいうと願っても無い助けだ。このまま広大な海をさまようより、どこかの集まりに属してその庇護下に入る方が身を守れるだろう。

 そこが受け入れてくれるかどうかは、別としてだが。

 

 「泊地の場所はどこですか?」

 

 思わず反射的に場所を聞いてしまう。

 しまった。これでは行きたいですと言っているも同然じゃないか。

 タ級は腕組みをしながら、我が事成れりといわんばかりの顔で泊地の場所を教えてくれる。

 

 「ココカラ南に下レバ到着スルワ。人間達ハ私達ノ泊地ヲ、()()()ト呼ンデルミタイダケド」

 

 思わず言葉を失ってしまう。聞き間違いだろうか。今なにかとてつもなくアロハ的単語が聞こえたような。

 ハワイ、はわい、hawaii、羽合布哇、はわい、ハワイ……頭の中で単語が意味も無くクルクル回る。

 十回ほど単語の意味を咀嚼し、思考を巡らすも、返ってくる単語はやはりハワイ。

 俺は動揺する精神を押さえ込み、タ級に問いかける。

 

 「ちなみに、深海棲艦の方々はなんと呼称しているのでしょうか」

 

 動揺が抑えられなかった為か、妙に形式的な問い方になってしまう。

 まるで逃げ道がどんどん無くなっていく様な、バラバラだったパズルのピースがかみ合うような奇妙な感覚を覚える。

 糸をたぐり寄せるように、記憶を思い返す。

 ――そうだった。深海棲艦の、人類にとっての元凶が居る場所は。

 

 「私達ハ、中枢泊地ト呼ンデイルワ」



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言語的な会話ver.WO

 タ級の案内で泊地へと進み始めてどれくらいの時間が経過しただろうか。俺達は横一列に並列し、水面をかきわけ道なき海を進む。

 俺は列の中央に位置しており、ちょうどホ級とタ級に挟まれる感じだ。二人がいうには、また沈みそうになられても困る、ということだが……それを言われるとぐうの音も出ない。

 

 何気なく空を見上げると、出発した時の晴天とはうって変わり、一条の日の光さえ許さないとばかりに、厚く継ぎ目の無い雲に覆われている。

 その空模様に少しばかり憂鬱な気分になり、足元に視線を移す。いつの間にか、広がる海の色は静謐な青から、時間が経った血のような赤へと変化しており――思わず足を止めてしまいそうになる。

 いや、これはおかしいだろう。赤潮でも急に発生したのだろうか。もしそうなら微生物頑張りすぎ。

 

 「ココマデクレバ、当分ハ安心ネ」

 

 若干の混乱に陥る俺をよそに、気を張っていたのだろうか、隣にいるタ級が一安心した様に息をつく。どうやらここから中枢泊地内という事らしい。確かに深海棲艦にとっては安心できる場所となる。

 だが、恐らく今から深海棲艦のトップに会う事になる俺にとっては、最終面接に臨む新人の気分というか。正直どういう扱いをされるのか、全く不明。下手な事を口走ればその場で敵とみなされる危険も容易に想像できる。

 緊張のためか、先ほどから胃を絞り上げるような痛みが断続的に走り、喉の奥から酸っぱい物がせり上がってくる様な感覚を覚える。

 

 「大丈夫カ? 顔色ガ良クナイガ」

 

 よほどひどい顔をしていたのか、ホ級が心配そうに顔を覗き込んでくる。それに大丈夫と返答し、ホ級に何気なく質問を投げかけてみる。

 

 「ホ級は、深海棲艦のトップに会った事はありますか?」

 

 「無イナ。ソウ簡単ニ会エル方デハ無イ」

 

 「では、私達はなぜここまで連れてこられたのでしょう」

 

 「オ前ノ、妖精ガ見エルト言ウ発言ガ要因ジャナイカ?」

 

 「……ですよね、やっぱり」

 

 自身の迂闊な発言に自己反省しながらしばらく進んでいると、目の前に黒く変色した陸地が現れる。変色した地面はあらゆる箇所がひび割れ、割れた部分が血管のように赤く脈動している。

 まるで陸地自体が一つの生命という印象を受ける、奇妙な外観。タ級の先導で、島へ足を進めていくと一つの人影が視界に入る。

 

 「出迎エノヨウネ。少シ話ヲシテクルワ」

 

 ここで待っていろとばかりに、タ級がこちらに向けて広げた手を突き出してくる。

 ここからではよく分からないが、タ級はその誰かと軽く言葉を交わした後、こちらに手招きをしてくる。どうやら話がついたようだ。

慎重にその人影に接近していくと、少しずつ相手の全貌が明らかになる。

 

 相手の上半身はぴっちりとした灰白色のウェットスーツらしき物に覆われ、腰から下は皮膜のような薄く黒いレギンスの様な物に包まれている。

 タ級とは違い露出はほぼ無い……が、いかんせん身体に張り付くような服のせいか、女性らしい身体のラインが浮かび上がっており、それが目の保養――いや、毒だ。

 手には黒く捻れた杖を持ち、同系色のマントを上から羽織っている。その姿になぜか、魔法少女という単語を連想してしまう。

 

 顔のほうに目を向ける。両目とも黄色の瞳だが、左の目には戦闘状態の自分と似たような青い炎が漁火のように灯り、どこか虚ろな印象を受ける。

 髪は短く整っているが、唯一、両耳の前で伸ばされた灰色の髪が胸の辺りまで垂れ下がっている。

 だがやはり目を引くのは、頭の上に乗っている帽子のような艤装だろう。軽母ヌ級に頭をかじられ……いや、そのまま頭に被ったような異様な風貌。

 すらりとした身体とは相反する巨大な艤装に、思わず目が吸い寄せられる。

 

 「ヲッ」

 

 すごいなーでっかいなーと子供の様に眺めていると、彼女……ヲ級は硬い表情のまま、こちらに向けてビシッと敬礼をしてくる。

 その様は訓練された兵士、もしくは本拠地を守る番兵だろうか。

 

 友好的かは判断できないが、せっかく向こうからコミュニケーションを取ろうとしてくれたのだ。返さなくては失礼だろう。

 

 「ヲッ」

 

 ヲ級に向けて見よう見まねの敬礼を返す。

 

 「ヲヲー」

 

 すると、無表情だったヲ級の雰囲気が一変する……どうやら感動しているようだ。

 光を映さず、淀んでいた目は主人を見つけた犬のように輝きを増し、さっきまで固まっていた顔の筋肉は緩み、微笑みをたたえている。

 そのわずかだが劇的な変化に――少しばかりのいたずら心が湧き出してくる。こちらからの行動にはどう反応するのだろう、と。

 あちらが軍隊礼式でくるのなら、こちらは世界で通用する握手で対応だ。俺は無言で右手を差し出し、相手からの反応を待つ。

 

 ――五秒

 

 ヲ級は差しされた俺の手と、自分の手を見比べている。

 

 ――十秒

 

 おずおずと、ゆっくりと。しかし確実に黒色の手袋に包まれたヲ級の手がこちらに接近し、そのまま影のように静かに、互いの手が重なり合う。

 ミッションコンプリート(任務完了)、成し遂げたという謎の達成感に満たされ、思わず俺の顔も緩んでしまう。

 

 「何ヲ遊ンデイルノカシラ」

 

 和やかな雰囲気になっていると、タ級の呆れたような溜め息が耳に届く。

 失礼な。これはれっきとした相互理解を深める為の第一歩であり、決して遊んでいる訳ではない。むしろ俺はこの上なく真面目なのだが、タ級はそうは受け取ってくれなかったようだ。

 

 「私はただ握手しただけなのですけど」

 

 「ハイハイ、イイカラ進ムワヨ」

 

 俺の言い分を聞くことなく、タ級は俺の手を取り先にずんずんと先に進む。

 そのまま手を引かれるままに進むが、島の沿岸に差し掛かった所でタ級の足が止まる。

 

 「私ハココデ待ッテイルワ。ココカラハ貴方一人デ行キナサイ」

 

 「なぜ、と聞いても?」

 

 「私達ノ司令ガ、ソレヲ望ンデイルカラヨ」

 

 俺に向けてタ級が有無を言わさない、とばかりの強い調子で告げてくる。正直、聞きたい事はまだ残っている。その司令とは誰で、なぜ俺をここまで連れてきたのか。なぜ一対一でなければならないのか――俺に、ここで何をやらせるつもりなのか。

 ……まあ、それは直接相手に聞けばいいだろう。

 

 「わかりました。ではその司令と呼ばれる方に会ってきます。その前に」

 

 まあ、それよりも目下の問題は。

 

 「どこに向かえばいいのか分からないので、道を教えてもらってもいいですか?」

 

 今進むべき方向が、全く持って分からないという事だ。

 



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レッドスパイダー・リリィ

 黒く変色した陸地を、踏みしめる。足裏に伝わる感触は以外にも、砂を踏む感触に近い。言うなれば黒い砂浜といった感じだろうか。

 両足が地面を踏みしめているのを確認し、足を前に進める。

 

 先ほどまでいた青い海は、潮の香りといったものが多少なりともした。しかし泊地内に入ってからは、そういった臭いは感じない。

 周りから聞こえてくるのは、寄せ返す波の音と自分自身の足音のみ。生物の気配を感じないというか、環境に適応しなかったモノが淘汰されたような、病的な静寂が周囲を包んでいる。

 まるで、世界が滅んでしまったかのような――

 

 その違和感に思わず、眉間に力が入るのを感じるが、今思考を巡らせてもあまり意味は無いだろうと判断し、悪い方向に向かいそうな考えを打ち切る。

 振り払うように頭を左右に揺らし、改めて周囲を観察する。どうやら島の中央は小高い丘のようになっており、そこから島全体を見回す事ができそうだ。

 あそこなら島の全景を把握する事ができるかも知れない。そう思い中央に向けて足を進め――さほどの障害も無く、丘の上にたどり着く。

 

 島のあちらこちらに点々と崩れかかった建物が存在しているのが見て取れるが、家屋なのか、何かの施設なのかは判別できない。

 岸辺には墓標のような、半ばからへし折れたクレーンが並んでおり、それが一段と異様さを引き立てている。

 

 「誰もいない……か」

 

 思わず、ため息が口からこぼれ落ちる。タ級は結局、司令と呼ばれている深海棲艦の居場所を教えてくれなかったが……もしかして俺、だまされたのではないだろうか。

 あまり疑いたくはないが、これほどまでに周囲に気配が無いとさすがに不安になってくる。この島には俺独りしかいないのではと。

 ……駄目だ。一人でいると、どうしても思考が後ろ向きになる。恥ずかしいがタ級に居場所を教えてくれるようにお願いしよう。

 そう思い立ち、来た道を戻ろうと後ろを振り向く。

 

 そこには、いつの間に存在していたのか。

 

 こちらを押しつぶすような威容を漂わせ、()()は座している。巨大なヒトの頭蓋を模したような艤装に、憂いを帯びた顔で頬を寄せながら、白い少女がこちらをじっと見つめてくる。

 身体は抜けるような白さの皮膚……というより、全身が皮膚に付随する外骨格に覆われている様にも見える。よくよく注意してみると、関節部や太腿部にはひび割れた様な赤いラインが走っており、まるで血管が表面に浮かび上がっているようだ。胸部から腹部にかけては、ひび割れというより装甲が剥がれ落ち、内部構造が剥き出しになっている。

 

 ともあれ、冷静に観察している場合ではない。というかまだ心の準備ができていない。振り向いたら中枢棲姫とか、誰が想像できるというのか。

 彼女に寄り添われ、見方によっては護っているようにも見える艤装が口を開く。

 

 「再ビ……ココニ……タドリ着イタノカ……貴様ラガ……?」

 

 ――喋った。艤装が。

 

 こちらの気構えが整わないうちに、白い少女がゆるりとこちらに手を向け、その動きと連動するように、艤装に装着された砲身がこちらに向けられる。

 しかし相手は俺を図りかねているのか、すぐさま砲弾が発射される事はないようだ。

 その対応に少しホッとする。実際の所有無を言わさずハチの巣、なんておぞましい事になる可能性も考えられたが、対話する余地はまだ残されているようだ。

 

 どうも、相手は俺が艦娘ではないかと疑っているように思える。貴様ら、とは恐らく艦娘を指しているのだろう。再び、と言う事はこの泊地に以前、艦娘が現れたとも受け取れるが、あくまでも推測の域を出ない。ここは誤解を解くのが先決か。

 嘘偽りを並べ立てるのも選択として有りかもしれないが、腹芸は得意ではない。舌が回るほうでもないし、正直に対応したほうがいいだろう。

 

 「何か思い違いがあるようですが、私は艦娘ではありませんよ」

 

 「ナゼダ……ドウヤッテキタァ……ドウ……ヤッテ……?」

 

 やばい。なにがやばいかって、どうにも話が通じてないぞこれ。敵ではないと立ち位置を示しても、砲身を下げる様子は無いし。

 ひとまず、聞かれた事に答えよう。意識を切り替え、相手の発言の意味を考える。

 しかし、どうやってといわれてもそれはこちらが聞きたい。むしろどうやって貴方はそこに現れたんですかと。

 ……とりあえずあえて返答するなら。

 

 「徒歩で来ました」

 

 そう返すしかないだろう。実際上陸してから歩いてここまで来たのだし。水の上を滑るのも変則的な徒歩の一種だと思いたい。

 

 「……」

 

 帰ってきた答えは沈黙。どうやらあちらが望む答えではない様子。というか致命的に会話が噛み合ってないような気すらしてきた。

 何言ってるんだこいつという、呆れが多分に含まれた視線に晒されながら相手の動きを待つ。

 もしかしてこれは虎の尾を踏んでしまったか。向けられた砲身が先ほどから小刻みに震えているが、あれは怒りの感情による作用かもしれない。

 

 まずいと思ったのもつかの間、先ほどから黙っていた白い少女がふわりと、羽毛のような軽やかさをもって艤装から離れる。

 それを止めようとした艤装がわずかに動くが、少女が待て、と犬に向けるように艤装に示すと、大人しく動きを止める……砲身は未だにこちらに向いたままだが。

 少女は白く長い髪を揺らしながら、俺が立っている位置まで近づくと、何かを堪える様な表情で話しかけてくる。

 

 「貴方、ここまで歩いてきたの?」

 

 こちらを不安がらせない為だろうか、彼女は努めて優しい調子で問いかけてくる。

 その質問に対し、俺はうむ、と真面目に頷くと――彼女と、彼女の艤装が決壊したダムのように笑い始める。

 前者は押し殺そうとしているが、耐え切れない笑いが口端から漏れ、後者にいたっては腹筋の安否を心配してしまう程に笑い転げている。艤装に腹筋があるのかは不明だが。

 俺はそんなに変な返答をしてしまったのだろうか。若干の心配と、笑われているという事実に対しての不満で、思わず顔をしかめてしまう。

 そんな俺の雰囲気を察したのか、肩を震わせながらも彼女はこちらへ向き直る。

 

 「ごめんなさい。あまりにも変わった答えだったから、つい」

 

 「……いえ、気にしていませんよ」

 

 謝罪をされたのだから、いつまでも引っ張るのは良くないだろう。少し間があったのは……ご愛嬌という事だ。本当に気にしていない。全く。

 

 「そう、優しいのね……じゃあひとつだけ、確認させてくれる?」

 

 緩んだ空気を引き締めるように、赤い瞳をこちらに向け、彼女は問いただしてくる。

 

 「ここに来た、という事は深海棲艦(わたしたち)に協力するという事でいいかしら――()()()()()?」



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ファイナル・メンセツ

 どこか確信しているような響きをもって、その言葉は俺の耳へと届く。どうやら、俺の素性は既に割れているらしい。

 相手の言う通り、ここに来た以上は深海棲艦に協力する。その点は自己の中で既に決定済みだ。恐らくだが、相手もそこは承知しているだろう。

 だが、ここで断ったら相手はどう反応するのだろうと、自分の中にある子供じみた部分が切ない声を上げている。

 

 「もし、協力しないといったら……どうなるのでしょう」

 

 結局、口から出た言葉は断るといった強い言葉ではなく、相手の顔をうかがう微妙なもの。

 そんなヘタレた返答に対して、中枢棲姫はこちらから視線を外し、まるで今日の天気を確認するような気軽さで続ける。

 

 「貴方と一緒に来た――ホ級だったかしら。貴方が身を差し出しても守るほどの存在。そんな存在が今、私の部下(タ級)と一緒にいる」

 

 ギシリと、間に流れる空気が軋むような幻聴がした。

 

 「ここまで言えば理解できるでしょう? 優しい貴方が、そんな選択を取るとは思えないけど」

 

 外していた視線を再度こちらに向け、からかうような口ぶりでNOという道を打ち砕いてくる、目の前の中枢棲姫(しろいあくま)

 

 「……わかりました」

 

 降参、という意を込め両腕を上に挙げる。もとより敵う相手ではない。相手の気を損ねないうちに折れた方が賢明だろう。

 

 「よかった。それでも断るようなら、四肢を引き抜いて海溝に沈める所だったわ」

 

 ピュアにエグい事をさらりと口走る相手の顔は、微笑みをたたえたままで、真意を読み取る事はできない。

 うん。本当に良かった。相手がどこまで本気か不明だが、そんな事にならなくて。

 

 「交渉は成立ね。それじゃ早速で悪いけど、これを見て」

 

 どこから取り出したのか、彼女はこちらに向けて一枚の紙を渡してくる。交渉じゃなくて脅迫ではないだろうかと、少しの抗議を視線に込めながら、手元の紙に視線を落とす。

 その紙には周囲の海域を示したようなものが載せられており、一部分に赤丸で印が付けてある。

 salmon……サーモン……アイランドという事は……島、だろうか。すごく鮭を狩猟してそうな名前だが。こう、クマッと。

 

 「その赤丸で囲んだ海域の情報収集をお願い」

 

 「この地点で何か問題が?」

 

 そう聞き返すと、中枢棲姫は困ったような顔で一つため息をつく。

 

 「その地点で部下が消息を絶つ……そういう事が最近頻発しているのよ。しかも、戻ってこないというオマケ付き」

 

 つまり沈められているという事ね、と困り顔のまま彼女はそう話を締める。深海棲艦を沈めるという事は、よほど強力な艦娘がいるのだろうか。

 想像するに、今は少しでも相手の情報が欲しいといった所か……情報収集なら、そこまで危険な事には出会わないだろう、恐らく。

 

 「わかりました。すぐ向かったほうがいいでしょうか」

 

 「貴方のやる気は嬉しいけど、少し身体を休めてからの方がいいわ。こちらから指示があるまで待機していて」

 

 意外な返答に、思わず自然と口が開いてしまう。今すぐ向かえといわれるとばかり思っていたが、まさか休息の指示が出るとは思わなかった。

 ……まあ、正直にいうとありがたい。少し落ち着いて考える時間が欲しかった所だ。

 

 「話は変わるのだけど」

 

 頭の上で電球がピコン、と灯ったかのように中枢棲姫は提案をしてくる。

 

 「いつまでも貴方、というのも味気ないと思うわ。呼び名を考えたらどうかしら」

 

 つまり俺に名前を付けるという事か。腕を組み、頭の中で思考する。すぐに思い浮かぶのは提督、または司令という呼び名。

 だがそれは目の前に居る中枢棲姫のもの。つまりこれは無理。この体の元になった物から連想すると……黒、岩、流星といった単語が頭に浮かぶ。

 流星棲姫……爆発する未来しか視えない。不吉すぎる。

 

 「大丈夫? さっきから表情がくるくる変わっているけれど」

 

 考え込んだ俺を心配に思ったのか、中枢棲姫が気遣わしげに声を掛けてくる。自分では気付かなかったが、知らぬ間に一人で百面相をしていたらしい。

 ――どうも、こういった事は苦手だ。言いだしっぺの法則ではないが相手に考えてもらおう。端的に言えば、丸投げともいうかもしれないが。

 

 「そうね……貴方の特性を考えると、工廠棲姫(こうしょうせいき)というのはどう?」

 

 「工廠……棲姫」

 

 耳から飛び込んでくる新たな名前を、言い聞かせるように呟く。工廠……たしかに以前ホ級の傷を治したが、アレは高速修復材の力を借りただけだ。なんだかとても大層な名前を頂いてしまったが、いいのだろうか?

 相手の提案を受け入れるか、それとも別の案を考えるか悩んでいると、中枢棲姫は不安そうな表情でこちらの様子を伺ってくる。

 

 「……ダメかしら?」

 

 「いえ、大変光栄です。ありがとうございます」

 

 ほぼ間を置かずに、新しい名前を受け入れる。せっかく考えてくれた名を無下にするのは失礼に値するし、あの表情を見た手前、断るという選択肢はすでに消滅した。

 むしろこれは、名前負けしないように頑張らなくてはならないだろう。一種のプレッシャーともいうかもしれない。

 

 「――よかった」

 

 こちらに届くか届かないかの、長いため息に似たような弱々しい声が耳に届く。

 不安そうな色は影をひそめ、変わりに相手の表情には、今までの真意が読めない微笑みではなく――灯りがともったかのような笑みが浮かんでいる。

 

 「では、私はこれから工廠という名を使います。私は貴方を何と呼べばいいでしょうか」

 

 「貴方……工廠の好きに呼べばいいわ」

 

 自らの事には関心がないのか、俺の名を決めるときより幾分かそっけない雰囲気を感じる。それともあまり踏み込んで欲しく無いのか……この場では判断がつきかねる。

 

 「わかりました。それでは中枢と呼ばせて頂きます」

 

 これからよろしくお願いします、と挨拶をし、その場で頭を下げる。

 

 「ええ。これからよろしく、工廠。貴方の働きに期待しているわ」

 

 我ながら薄情、そして単純だと思う。これから艦娘と戦わなくてはいけないというのに、必要とされているという事実だけで人間を裏切り、深海棲艦()に肩入れ……いや、そのものになろうとしているのだから。

 静かに、中枢棲姫が右手を差し出してくる。誘惑されるように、何かを掴むように、俺は差し出された手を握る。

 

 「……?」

 

 中枢の手を握った瞬間、左の視界が一瞬、紫色に染まったような気がしたが――気のせいだろう。




いつになるかは不明ですが、そのうち活動報告というのを上げさせて頂きます。
よろしくお願いします。


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ディフェンスオブザハート

環境が変わり遅くなりました。すいません(艦これアーケードしてました)


 中枢棲姫との面談が無事終了し、開放された気分のままに息を吐き出す。泊地に滞在する事は許されたが……これからどうするか。来た道を引き返しながら、思考を回転させる。

 まずはここまで案内してくれたタ級にお礼。あとはホ級とヲ級に無事終わったと報告するくらいか。歩く足を緩めず、あの三人が待っていると思われる地点を目指す。

 正直、誰も居なかったらさすがに泣く自信がある。

 

 「……疲れた、もう帰りたい」

 

 選択を間違えたら即終了という針のむしろ状態は、予想以上に自分の精神を削っていたらしい。口からうっかり素がこぼれ落ちるのを、隠す気力さえ湧いてきやしない。

 ひとまず生き延びたという安堵もプラスされ、疲労感がドンと身体にのしかかる。さらに倍、とならないだけまだ有情といった所……そんな考えもぼんやりと浮かんでくる。

 そんなくたびれた思考とは裏腹に、身体は冷静に上陸した地点に歩を進め――見覚えのある三人の姿が視界に映る。

 

 「ヲッ」

 

 最初に気がついたのは、二人の話に加わらず、どこか所在なさげにしていたヲ級。

 俺の姿を認識すると、どこか期待を込めた……いや、明らかに期待した様子で敬礼をしてくる。ホ級とタ級は何か話し込んでいる様で、こちらにはまだ気付いていないようだ。

 

 先ほどのやり取りがよほど気に入ったのか、それとも今までまともに挨拶を返す深海棲艦がいなかったのか。前者なら嬉しいが、後者なら……不憫というしかないだろう。

 その期待に対し返答をしない、無視を決め込むといった鬼畜行為は許されるだろうか――否、許されない。頭によぎった悪魔的選択を刹那で否定。即座にヲ級にむけて挨拶を返す。

 

 「ヲッ」

 

 話し込んでいた二人の視線が、ヲ級をちらりと見た後、敬礼をしたままの俺へと向けられる。

 

 「戻ッタカ」

 

 「……ソレ、気ニ入ッタノ?」

 

 「とても(トテモ)

 

 同じ単語が、同時に異なる口から発せられる。今更ながら、ヲ級の声……というか意味のある発言を初めて聞いた気がする。

 そんな俺達を見て、痛い子を観察するような生温い目でこちらを見てくるホ級とタ級(ニ名)

 その視線に若干居心地の悪さを感じるが、さらっと流して中枢棲姫との間であった事を手短に報告する。

 

 「ナルホド。コレカラハ工廠棲姫様、ト呼ベバ良イノカ」

 

 「工廠でお願いします。長いし、私は敬称を付けられるほど偉くも無いですから」

 

 俺は肩をすくめ、ホ級からの冗談が多分に混じった提案を丁重にお断りする。

 もっともらしい理由を並べたが、正直な所、姫様と呼ばれてしまった場合、違和感を覚えるというか、肌が粟立つというか。

 まあ、もう既に胸部に無い物があったり、大事な場所に存在していたモノが無かったりしているのだが、それはそれ。これはこれ。

 要は自身の精神安定を図る為のワガママである。

 

 「ひとまず挨拶は無事終わったので、私は少し泊地内を周ってきます」

 

 そんな本心を隠すため、多少強引に話を切り替える。中枢との思いがけない出会いもあり、精神的に疲れたため横になりたいという思いもある。

 先ほど見えた崩れかかった建物の中に休める場所があれば幸運なのだが、まずその場まで行ってみなければ判断がつかないだろう。

 ……とりあえず行動か。俺は軽く頭を下げ、その場から離れようと踵を返す。

 

 「工廠、私モ付イテ行ッテ良イカシラ」

 

 呼び止める声が耳に入り、その場から離れようとした身体をそちらに向ける。

 

 「いえ、そこまで世話になる訳にも」

 

 「案内役ハ必要デショウ? 貴方、迷子ニナリソウダシ」

 

 半ば語尾を食う勢いで、タ級が俺への同行を申し出てくる。たしかに、全く周辺の状況がわかっていない状態で一人歩きをしたら迷子になるかもしれない。

 その申し出はありがたいが、どこかタ級の雰囲気がおかしいように感じる。出会ってからの期間は短いが、ここまで強引に話を進める印象は受けなかったが。

 

 「分かりました。一緒に行きましょう」

 

 タ級の意図は不明だが、わざわざ断る理由も見当たらない。こちらとしても単独行動するより安心だ。

 

 「私ハココデ少シ休ム」

 

 「見回リ……シテマス」

 

 二人はどうするのか視線で問いかけると、どうやらこの場所に残るようだ。少し残念だが、無理強いもできない。

 俺は軽く二人に手を振り、先ほど見えた建物に向けて足を進め――ちょうど、振り返ってもホ級とヲ級の姿が視認できなくなった位の所で、タ級が思い詰めたような声色で話しかけてくる。

 

 「工廠、ゴメンナサイ」

 

 突然タ級がこちらに向けて頭を下げ、謝罪してくる。

 俺はいきなりの謝罪が理解できず、疑問符を浮かべたままタ級に視線を向ける。思い当たる節がないが、俺に謝罪をしなくてはならない事をタ級はしたのだろうか。

 

 「貴方ヲ私達ノ仲間ニ入レヨウト、汚イ手ヲ使ッテシマッタワ」

 

 ごめんなさい、とタ級は一度頭を上げた後、重ねるようにもう一度頭を下げてくる。タ級が謝罪しているのは、先ほどの交渉中にあった、ホ級に対する事だろうか。

 たしかにあれは、一種の人質といっても過言ではなかったし、その時は感情的にも納得はできなかったが……今の俺には相手を責める気持ちは無い。

 中枢棲姫からの命令ならば、従わなければタ級の身が危険に晒される事になるだろうし、もし自分がタ級の立場であったとしても、恐らく同じ事をするだろう。

 この世界ではどうか不明だが、基本、上司の出した命令に従わないのはよくない事だろうし。

 フォローになっているかはわからないが、別に気にしていないし、あの状況なら仕方がないという事をタ級へ伝える。

 

 「貴方、何時カ悪イ人ニ騙サレソウダワ」

 

 一つ溜息をつき、タ級が心配そうにこちらを見つめてくる。どこか呆れられているような雰囲気を相手から感じるのは気のせいだと思いたい。

 

 「大丈夫、人には騙されませんよ。深海棲艦ですからね」

 

 軽く、冗談めかしながら断言する。

 いくら俺が元人間であると主張しようが、 人と艦娘(あちら)にとっては戯言にしか聞こえないだろうし、対話する事は不可能だろう。

 ゆえに騙される等の選択肢は存在しない。言葉より先に鉛玉が飛んでくるのは簡単に思い浮かべる事ができる。

 

 「ソウネ、私達ハ――深海棲艦ダモノネ」

 

 俺の返答に対し、タ級は一瞬不思議そうに視線を泳がせたが、すぐに合点がいったようだ。

 タ級はおかしげに顔を緩ませながら、それでいてどこか安心した様に、俺に向かって笑いかけてくる。よく分からないが、俺の返答はタ級の心配を払拭するものであったようだ。

 

 「時間ヲ取ラセテゴメンナサイネ、行キマショウ」

 

 要は、俺に謝りたかったという事でいいのだろうか。話を切り上げ足早に先へ進むタ級を、わからないままに追いかける。

 結局どういう事なのか、その後何度かタ級に問いかけるが、笑顔ではぐらかされるばかりで満足のいく答えは得る事ができなかった。



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水底ノ彼女ハ永久ニ

「……あと5分だけ」

 

 ゆさゆさと、身体が揺さぶられる感覚で意識が浮上する。

 眠りの沼に半分ほど浸かった脳をどうにか動かし、起こそうとしている相手に拒否の意を伝える。

 相手からの返答は無いが、身体を揺さぶってくる動きがピタリと止まる。よし、どうやらこちらの言い分を理解してくれたようだ。

 

 ――それではおやすみなさい。

 

 俺は再度、睡魔の波に身を委ねようとして、ふと左頬に妙な感覚を覚える。

 ペチペチと一定の間隔で左頬を叩いてくる何か。こちらを気遣っているのか、痛みは無い。むしろ赤子を寝かしつける様な力加減だ。

 最初は指かと思ったが、感触的にそれとは違うようだ。スベスベしているが、かじかんだ指先で触れられているようにヒヤリと冷たく、それでいてぬるりとした湿り気がある。

 

 「困リマシタ。起キマセンネ……ソレナラ」

 

 困惑していると、起きない俺に業を煮やしたのか、頬を叩いていた何かの動きに変化が起きる。

 この時点で眠気は8割方吹き飛んでいるのだが、相手が何をしてくるのか気になったため、そのまま狸寝入りを決め込む。

 するとその何かは頬を一撫でした後そのままニュルリと耳の中に入り込んできて――

 

 「っ!?」

 

 思わず音にならない声が口から漏れ、飛び起きる。

 反射的に入り込んできたソレを掴もうとするが、すんでの所で取り逃がしてしまった。

 

 「……ヤリマシタ。現在時刻、0805(マルハチマルゴー)。オハヨウゴザイマス、工廠」

 

 抑揚の少ない、落ち着きのある声。

 だが耳に届くその声は、どこか成し遂げたような満足感に満ちている様にも聞こえる。

 とんでもない起こし方をしてきた相手の頭には、スラリとした体躯とは対照的な、大きな艤装。

 そして艤装の両端から伸びる、イカの触腕に似たモノ。それはヲ級の感情を表現しているのか、ゆらゆらと左右に揺れている。

 いあいあまさか……いやいやまさか。思わず左耳をかばう様にさすってしまう。

 混乱と動揺が思考を埋め尽くしているが、ひとまず朝の挨拶を返さなければ。挨拶は相手の存在を確かめる行為でもある訳だし。

 

 「お、お」

 

 「ヲ?」

 

 「ヲ……おはようございます」

 

 「呼吸ガ荒イデスネ。ドウカシマシタカ?」

 

 「……ちょっと夢見が悪くて」

 

 主に貴方のせいで。とは言いだせず、適当にお茶を濁す。

 そんな俺をヲ級は不思議そうに見つめた後、本来の用件を思い出したのか、表情を引き締め話し始める。

 

 「司令カラ伝令デス。目ガ覚メタラ丘ノ上ニ来ルヨウニ、ト」

 

 「ちなみにどういった用件でしょうか?」

 

 「私ハ内容マデ知ラサレテイマセン。直接司令ト話シタ方ガ良イデショウ」

 

 了解、と寝ぼけた身体に気合を入れ、座った姿勢から勢いをつけ立ち上がる。その衝撃で今まで寝ていたベッドが大きく軋む。

 外の天候は――どうやら晴れているようだ。半壊した壁の隙間から、光が差し込んでいるのが見て取れる。

息を吸い込み、伸びを一つ。体中の関節から小気味よい音が聞こえ、それが妙に心地よく感じた。

 

 「よし、行きますか……ヲ級はどうしますか?」

 

 「工廠ヲ、司令ノ所マデ連レテ行クノガ任務デスカラ」

 

 ひどく真面目に返されたが、つまり一緒に来るという事と解釈。

 さて、用件とは一体なんだろうか。崩れかかった建物から抜け出し、目的地へと足を進め――さほど時間もかからずに、待ち合わせ場所に到着する。

 ……そこには自らの艤装に寄り添ったまま、すやすやと眠っている中枢と、どこか困ったように中枢に話しかけているタ級の姿。

 

 「司令、工廠棲姫様ガオ見ミエニナリマシタ……司令、聞コエテイマスカ」

 

 タ級はちらりとこちらを視界に収めた後、再度中枢に視線を戻し、呼び掛け続けている。状況を見るに、タ級は中枢を起こそうとしているようだ。しかし、肝心の中枢は――全く起きる気配がない。

 呼んだ当人が眠っているという事実。そして無防備に気持ちよさそうに眠る中枢に対し――わずかのいら立ちと、それ以上の悪戯心が湧き出してくる。

 仕掛けるか――いや、まずその前に普通に起こそう。後で言い訳するための逃げ道を残しておかねばなるまい。俺は眠る中枢に近づき、声をかける。

 

 「中枢、起きてください」

 

 肩を軽く揺するも、反応ナシ。

 

 「朝になりましたよ、中枢。そろそろ起きる時間ですよ」

 

 ほっぺたを軽く叩くも、くすぐったそうに身をよじるだけで、すぐに規則正しい寝息を立て始める。

 

 「警告、起きなさい」

 

 「あと5分だけ……」

 

 目標は再三の呼びかけに応じず。弱々しく返ってきた言葉は、二度寝確実の決まり文句。ならば。

 俺はおもむろに、眠る中枢の耳に口を近づける。

 

 「工廠、何ヲスルノ?」

 

 俺の行動に不信感を抱いたのか、隣にいたタ級が待ったをかけようとするが、その行動を手で制し、軽く息を吸い込む。

 そして口をすぼめて――中枢の耳に向け、息を吹きかける。

 

 「っぁ――!?」

 

 反応は劇的。閉じられていた両目はぱっちりと開き。抜ける様に白い肌は羞恥か、それとも別の何かで紅潮し。

 次の瞬間、中枢の傍らで成り行きを眺めていた艤装から、大砲が流れる様に展開され。

 

 ――そのまま砲口がこちらに向けられる。

 

 「なにか言い残すことは?」

 

 「中枢は耳が弱い、覚えました」

 

 「よし、沈めるわ」

 

 「落ち着いて、中枢。いちおう私は起こしましたよ。それでも起きずにいた中枢がダメなんだと思います」

 

 「……こちらが呼びつけたのに、眠っていた事に関しては謝るわ」

 

 ――でも、とそこで中枢はいったん言葉を切り、じろり、と擬音が付きそうなくらい剣呑(けんのん)な視線をこちらに向け。

 

 「次にやったら折檻(せっかん)するから」

 

 ギロチンの刃が落ちる様な宣告を俺に下してくれた。

 次にやったらという事は、今回は許されたという事。そう前向きに判断し、はーい、と気の抜けた返事を中枢に投げかける。

 

 「……まあ、いいわ。さて、貴方をここに呼んだ理由だけど――その前に。2人とも(ヲ級、タ級)席を外して」

 

 中枢のその言葉に、2人は会釈をし、引き下がる。わざわざ人払いをするという事は、なにか重要な事なのだろうか。思考はそう判断し、無意識のうちに身構えてしまう。

 

 「これでよし。さて、工廠。貴方は深海棲艦の事を、どの程度理解しているかしら?」

 

 「……それは、遠慮せずに答えてもいい質問ですか? 気分を害する可能性もありますが」

 

 「大丈夫よ。元人間の貴方が、深海棲艦(わたしたち)をどう思っているのか、個人的に興味があるだけだから」

 

 「……わかりました」

 

 あくまで私見だと前置きし、深海棲艦へのイメージを伝える。

 

 「倒すべき人類の敵、深海からやってくる異形、過去の亡霊、あとは……艦娘の成れの果て、でしょうか」

 

 俺の返答を黙って聞いている中枢の表情からは、これといって大きな感情を読み取ることはできない。

 だが、ときおり相づちを打ってくれたり、先を促すように視線を向けてくれるので、激情に駆られているということは無いと思われる。

 

 「その中で言うのなら、成れの果てというのが当たらずといえども遠からずね」

 

 こちらの意見を聞き終えた中枢は、自らに落とし込むようにうんうんと頷いている。

 

 「端的に言うわ。私達は、()()()()()()()よ」

 

 「捨てられたもの?」

 

 相手の言っていることが理解できず、言われたままの言葉を返す。

 

 「定義するなら、艦娘から分かれた負の感情や思念。それが私達(深海棲艦)を形成している根幹になるわね」

 

 中枢は、それが常識であるかのように、自らの存在がどういったものかを俺に語ってくれる。

 だが、さすがにそれを一から十まで受け入れる事には抵抗がある。だってその理論でいけば、俺という存在も。

 負の感情から生まれ、そして捨てられたものという考えに至ってしまうから。

 

 「では、私も……私も艦娘から分かれたものですか?」

 

 自らの存在がどういったモノなのか。それが判明することによる緊張からだろうか。自分の口から出た声は、調子の外れた楽器の様に上擦っている。

 俺の問いに言葉はすぐに返ってこらず、少しの間をおいて言葉を選ぶように中枢は話し始める。

 

 「……よく分からないというのが正直な所ね。貴方の身体は深海棲艦に近いものだけれど、今まで直すという概念を持った個体は現れなかった」

 

 つまりこの世界では、今まで存在していなかった新種という扱いになるという事か。

 しかし、どうにも解せない。何故中枢はそんなに俺のことを気にかけてくれるのだろうか。

 

 「そうね、なぜかしら……私の事を、貴方に知ってもらいたかったのかもしれないわね」

 

 不思議ね、と。どこか嬉しそうに中枢は微笑んでいる。ある意味一種の告白のような、不意打ちとも言える言葉に思考が一瞬停止する。

 

 「あと、これは別件になるのだけれど」

 

 誰が聞いても一発で分かるような、露骨な話題そらし。もしかして中枢は照れているのだろうか。

 

 「サーモン海域に向かわせていた偵察部隊、その生き残りが夜間帯に帰還したわ」

 

 そんな俺の茹で上がった思考は、中枢の言葉により一瞬で凍り付く。

 

 「彼らは遭遇した敵について、断片的だけど情報を残してくれたわ。酷い損傷と、恐慌状態だったからまともに話を聞けなかったけど」

 

 「その、情報とは?」

 

 「要領を得ないけど、最後には皆同じ事を言っていたわね」

 

 アレは化物だ、味方と思っていたが、アレは違う――――まるで、1個の艦隊が1人の深海棲艦になったようだと。




日が変わるあたりで活動報告を書きます。
内容は……そこまで重要な事でもありませんが、よろしければご覧頂けると喜びます。


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<(゜∀。)

1年とか間隔空きすぎじゃ……本当に申し訳ありません。

これまでのあらすじ
主人公、BRSの姿で艦これ世界に誕生。
      ↓
深海棲艦とキャッキャウフフ
      ↓
本拠地についていく
      ↓
上司の命令により周囲の探索
      ↓
あ! やせいの レきゅうが とびだしてきた!(今ココ)


 ▼

 

 「退屈だナァ」

 

 名もない島の波打ち際で、気だるげにそれは呟く。

 黒いレインコート、同系色のストールに身を包み、自らの臀部から伸びた巨大な尾に腰掛ける、異形の少女。

 その人間染みた部位と相反する深海棲艦の部分。それが彼女の印象を、ひどくちぐはぐなものにさせている。

 ぶらぶらと揺れる足先は通常の形とは違い、馬の蹄のようになっており、見ようによっては足首から先が存在しないように見える。

 

 「この間遊んだ玩具も、スグに壊れちゃったシ」

 

 不満そうに頬を膨らませ、足先を波打ち際で遊ばせるそれからは、どこか未成熟な――子供じみた印象を受ける。

 

 「そうダ、わざわざ待たなくても、こっちから探しに行けばいいじゃないカ」

 

 ――次に出会う誰かが、簡単に壊れないとイイナ。そう期待しながら、彼女は当てもなく動き出した。

 

 ▽

 

 簡易的に作成した海上の的に向かい、揺れる海面に立った状態で左手の艤装を構え、狙いをつけ発射。

 発射の反動で左腕が跳ね上がるが、無様にバランスを崩す、という事は幸いにもなさそうだ。

 だが自己流で適当な姿勢のままに発射した砲弾は、弧を描くように目標に向かう……訳もなく、何もない海面へと着弾し、派手に水柱を上げる。

 気を取り直し、もう一度――当たらない。いや、まだあきらめるには早い。当たると信じれば、必ずいつか命中するだろう。というか当たるまで止めない。何か負けた気分になるし。

 視認、構え、発射の流れを何度か繰り返した所で、ふと後方に気配を感じ、そちらに顔を向ける。そこには腕を組んだまま、こちらをジトッと見ているホ級の姿。

 

 「10発ノ内、至近弾ガ1発、他ハ外レ。端的ニ言ッテ下手糞ダナ」

 

 ホ級は腕を組んだまま、こちらの精神に直接攻撃(ダイレクトアタック)を仕掛けてくる。

 ……もう少しオブラートに包んだ言い方をしてくれないと、普通に心が折れると思うのだが、そんな俺の心境は華麗にスルー。

 

 「端的ニ言ッテ下手糞ダナ」

 

 「ホ級。わざわざ繰り返さなくても聞こえています」

 

 俺の内心を知ってか知らずか、さらに追撃を加えてくるホ級。なぜわざわざ傷口に塩を塗り込んでくる様な事を言うのか。

 理由は不明だが、その声色はどこか刺々しい。ホ級を怒らせてしまう様な事をした記憶はないのだが……どこかで人知れず地雷を踏んでしまったのかもしれない。

 といっても、荒ぶっている相手の心を察する事ができるほど、俺は鋭くない。むしろ鈍感な方だと自認する。

 結局の所、直球で聞いてみるしかないだろう。

 

 「……何か、怒ってますか?」

 

 「別ニ」

 

 自己判断に基づき、ホ級の意図を探ろうと会話を切り出すも、取り付く島もない。

 ぷい、とホ級はそっぽを向き、俺との会話を一方的に打ち切る。ふむ、どうやらバッドコミニュニケーションの模様。

 ……切り込む方向を変えてみよう。わざわざここにいるという事は、なにか俺の訓練に言いたい事があると推測。 

 

 「見ての通り全くといっていい程、当たらなくて困ってます。もしよければアドバイスを頂いてもいいですか?」

 

 俺の言葉が届いたのか、ホ級は組んでいた腕を解きながら、こちらに近づいてくる。

 その表情は、しかめっ面とも笑みとも言えない、なんとも微妙なもの。

 

 「私ニ航行ノ仕方ヲ聞イテキタノダカラ、砲撃ノ方法モ私ニ聞ケバ良イジャナイカ、馬鹿メ」

 

 「え?」

 

 「……何デモナイ。マズ、撃ツ時ノ姿勢ガ良クナイナ」

 

 ……もしかして、ホ級は拗ねていたのだろうか。

 一瞬、明後日の方向に思考が飛ぶも、その隙にホ級はそのまま俺の後ろに回り――そっと身体を密着させてくる。

 背中に柔らかいものが押し付けられている感触を感じるが、ここでふざけた事を抜かせば本気で怒られると直感で理解。必死で表情の筋肉を無に保つ。

 

 「撃ツ時ハ肘、膝ヲ余リ延バサズニ……両脚ハ肩幅クライマデ広ゲル」

 

 そんな俺の内心など露知らず、ホ級は俺の至らない点を丁寧に指摘し、一つ一つの動作に改善点を示してくれる。

 言われた通りに姿勢を変え、海上の的に向け砲身を向ける。足元は海面の為若干揺れているが、撃つ事に対しては問題は無い。

 密着したままのホ級にちらりとアイコンタクトし、再度、的に向けて発射――着弾地点を目で確認すると、先ほどより的に近い場所に弾が落ちる。

 

 「上々ダ。打ツ際ニ頭ハ動カサズ、相手カラ目ヲ逸ラサナイ事。基本ヲ疎カニスルノハ禁物ダ」

 

 生徒を導く教官の様に、ホ級は俺に手ほどきをしてくれる。

 今、こうして海の上に立っているのも、素人同然の射撃がどうにか形を成しているのも、ホ級のおかげだ。

 だからだろうか。そこで疑問が頭をよぎる。なぜホ級は人の形から逸脱しているのに、人型の俺に対して効果的に教えることができるのか。

 どうして自身の体の一部であったかのように手慣れた様子で、この単装砲の撃ち方を教える事ができるのか。

 私達は捨てられたものという、不意に脳裏に蘇る先ほどのやり取り。ならばもし捨てられていなければ、ホ級も深海棲艦ではなく、別の形だったのだろうか。

 ――そんな、意味のない考えが頭をよぎった。

 

 「ドウシタ? 私ノ顔ニ何カ付イテイルカ」

 

 どうやら無意識に、ホ級の顔をみつめていたらしい。

 ……馬鹿な事だ。愚かな考えだ。そんなif(もしも)を考えた所で、何になるというのだろう。軽く頭を振り、浮かび上がってきた考えを振り払う。

 

 「……上カラ来ルゾ、気ヲツケロ」

 

 「上?」

 

 そういってホ級は密着した状態から静かに離れる。その言葉に導かれるように、上空へと視線を向ける。

 そこには視界いっぱいに広がる一面の暗がり。一瞬、夜になったのかと勘違いしそうになるも、そんな事はあり得ないと一蹴。

 同時に此処にいてはマズい、と本能が警鐘を鳴らし、それが命じるままに、立っている海面を蹴り後ろへ下がる。

 瞬間、ガキンと金属同士が噛み合った時に出る様な、甲高い音が鼓膜を震わせてくる。

 

 距離を取ったことにより、俺に接近していた物体の全容が見えてくる。

 白くつるりとした球体に、歯が剥き出しになった巨大な口。この物体には見覚えがある。たしかコレはタコ焼きとも呼ばれていただろうか。

 ふよふよと宙に浮き、こちらを見つめて……いや、目に値する部分が存在しないので分からないが、こちらに注意を向けている気がする。

 記憶の中の特徴と一致。これは間違いなく浮遊要塞と呼ばれるモノだろう。しかし、今こいつ俺に噛みつこうとしなかったか?

 

 「あら……丸呑み、という訳にはいかなかったようね」

 

 巨大な口から聞こえてくるのは、いたずらが失敗したとでもいいたそうな、聞き覚えのある声。

 ぶっちゃけると、その異様な外見から女性の声がする、というのは非常にミスマッチだが――まあそれは置いておく。

 それでいて相手が噛みつくつもりではなく、丸呑みするつもりであったという衝撃的事実もひとまず置いておこう。まず相手の意図が不明すぎる。

 

 「……突然何をするんですか、中枢」

 

 「サーモン海域の不明存在について、正確な位置が把握できたから教えに来たの。場所は海域の北方部よ」

 

 「そこは素直に感謝します……が」

 

 「連絡は普通にしてください、死んでしまいます」

 

 「……善処するわ」

 

 回答までに間があった事を考えると、絶対反省してないだろうと思われるが、ここで問い詰めても仕方ない。

 不明存在の位置が把握できたという事は、いよいよそれと対峙しなくてはならない時が来たという事か。

 

 ――まるで、1個の艦隊が1人の深海棲艦になった様だ。

 

 以前聞いたこの言葉で思い当たる……というか、自らの記憶から思い起こし、結び付けてしまったというのが正しいというか。

 脳内で導き出された答えから想像するに……いや、やめよう。まだ相手の姿を見ていないのに断定するのはあまりよろしくない。

 ……正直に言ってすごく行きたくない。すごく行きたくないのだが。主に、死にたくないという理由で。

 だがここで断る選択肢など、初めから存在していないというのも、以前のやり取りから学習している。

 

 「ところで――貴方の訓練を見ていたけれど、砲撃が致命的に下手ね」

 

 ……仕方ないと思う。一般的に生きてきて、銃器の類に触ったことがない訳だし。だから自主訓練をしていたのだ。

 だがそんな事情を話した所でどうなる訳でもなし。言い訳として受け取られるだけだろう。

 まあ、心中で自己弁護に走ってみても、実際の俺はホ級よりもさらにド直球な指摘に反論できず、ぐぬぬとうめき声を上げるしか事しかできないのだが。

 

 「……すいません。砲撃は苦手なもので。すぐにサーモン海域に向かいますね」

 

 「ちょっと待って。工廠、貴方にこれを渡しておくわ」

 

 どことなくいたたまれない気持ちになり、そそくさと退散しようとした俺を中枢の声が引き留める。

 すると浮遊要塞の口が何かを咀嚼するようにモゴモゴとうごめく。正直に言うと気持ち悪い。

 数瞬の後、ペッと口から黒い棒状の物体が吐き出され――反射的にそれをキャッチしてしまう。

 その物体は若干ヌメヌメしているが、よく見ると――

 

 「……刀?」

 

 飾り気の無い黒い刀身に、同系色の柄。それを収めるこれまた簡素な造りの鞘。長さはちょうど、自分が振り回しても身体を持っていかれないぐらいに調整されている。

 パッと見の印象で名をつけるなら、まんま黒刀(ブラックブレード)というべき物体だろう。

 

 「海上で白兵戦……ナンセンスだけど、いざという時使うかも知れないわ」

 

 中枢からの突然の贈り物に、状況把握できずにわたわたしていると、サーモン海域まではこの子が案内するわ、と一方的に用件を伝え浮遊要塞は沈黙。こちらを先導するように動き出す。

 まるでさっさとついてこいと言わんばかりのその動きに、慌てて追いすがる。

 

 「……大事に使わさせて頂きます」

 

 ありがとうございます。と先導する浮遊要塞に向け謝意を伝える。ヌメヌメしている事を除けば、シンプルでいい刀だと思う。

 深く考えるとこのヌメヌメの正体に行き当たりそうなので、思考を無理やりストップさせ、浮遊要塞の後をついていく事に専念する。

 ……ああ、ひとつ言い忘れていた。傍らで中枢と俺の会話を聞いていたホ級に一言いっておかなければ。

 

 「それじゃあ任務に行ってきますね、ホ級」

 

 ホ級はどこか上の空の様だが――俺の言葉に我を取り戻したのか。どこか感慨深そうにホ級は言葉を返してくれる。

 

 「私ガ見送ル側ニナルトハナ……工廠、気ヲ付ケテナ」

 

 

 周囲は青。上空を見上げても青。下を見つめても青――中枢泊地を離れてから、どれほどの時間が経過しただろうか。

 静まり返った赤い海から、見慣れた……この形になる前に見ていた、青い海が広がる。懐かしい、戻ってきたと感じるには――まだ短いだろうか。

 妙な感傷に浸る俺の前を、浮遊要塞が依然沈黙を続けたまま、ふわふわと一定の速度を保ちながら進んでいる。

 

 「――」

 

 「……」

 

 間に横たわるものは沈黙。というか感情というものが備わっていないのか、それとも案内役としての任務に忠実なのか。

 どちらかは分からないが、浮遊要塞の間に会話は無い。というかどんな話を振ればいいのか。脳内でシミュレーションしても全く回答が出てこない。

 

 「――危険」

 

 「……え?」

 

 前触れもなく、浮遊要塞がポツリと呟く。その意味を聞こうと、そちらに顔を向けた瞬間、周囲の景色が一変する。

 いや、一変というか……一瞬で何も見えなくなった、というのが正しいだろうか。周囲を何か――海面に何かを思い切り叩きつけたような着水音。

 バケツをひっくり返した様に上空から降り注ぐ海水が、服に染み込み、肌に張り付く。

 

 「至近弾、確認。攻撃、感知」

 

 呆気にとられていた意識に飛び込んでくる、簡潔で平坦な浮遊要塞の警告。

 遠距離からの砲撃――視界内に相手は確認できず――危険、迎撃は不可能――!

 攻撃されているという事実に、白から黒へ、オセロの様に思考が裏返る。ならば、どうする? 決まっている。

 砲撃が飛んできた方向に、全速力で突っ込む。このままでは一方的になぶられるだけだ。まず相手を自分の射程圏内に捉えないと。

 

 それは相手も承知している様で、接近すればするほど、近づけさせまいとばかりに、こちらへの攻撃が苛烈になる。

 長距離から飛んでくる砲撃を回避したのも束の間。視界に黒い飛行物体を捉える。その物体は急降下しながら俺のいる場所に何かを落とす。

 瞬間、脳裏をかすめたのは爆撃という単語。その考えに至った瞬間、反射的に水面を蹴っ飛ばし、真横に飛び――僅差で先ほど居た場所から水柱が立ち昇る。

 

 「――まずい」

 

 考えろ。次は何が来る? 砲撃、爆撃は何とか回避した。相手への距離はさっきより詰まっている。とくれば次にしてくる事は。

 海面に目を向けると、地を這う蛇の様にこちらへ向けて何かが高速で迫ってくるのが視認できた。直撃を食らわないよう、左右へ揺さぶりをかけながら前へ。

 

 砲撃、航空機からの爆撃。そして恐らく先ほどの魚雷。単独でこれ程の火力を有する艦娘は、記憶の中には存在しない。

そう、艦娘の中には存在しない。ならば必然的に相手は――

 

 「へえ、ここまで来れたんダ」

 

 こちらを眺める赤い目は、新しい玩具を見つけたとばかりに輝き――人の形では決して存在しない巨大な尾が、感情を現わすように揺れている。

 ああ、やっぱり。当たって欲しくはなかったが、あの姿形はまさしく。目の前の事実を自分に落とし込む為か、ほぼ無意識に相手の呼び名が口からこぼれ落ちる。

 

 「……戦艦、レ級」

 

 「へえ……それ、ボクの名前?」

 

 浮かべているのは人好きする、無邪気な顔。だが瞳の奥にはなにか、それ以外の感情が潜んでいる様な――どこか歪さを感じさせる表情だ。

 それゆえに、身体が反射的に身構えてしまう。第六感めいたなにかが、こいつはヤバいと警報を鳴らす。

 

 「それで、ここまで何しに来たノ? ボクの攻撃に反撃しないなんテ、沈められたいノ?」

 

 カクン、と首が傾き――先ほどまで顔面に張り付いていた笑顔が消え去る。

 

 「……調査です。ここで味方が沈められていると聞いたので、その原因を探りに」

 

 ふーん、とレ級はつまらなさそうに鼻を鳴らす。まあ、原因はレ級だと分かったのだし、これ以上は不毛だ。

 サクッとこの顛末を報告すれば、後は上司――中枢が何かしらの対応をしてくれるだろう。

 ……問題を丸投げしているという事実が、良心をキリキリと締め付けてくる。だがしかし、ここに留まっているとものすごく面倒な事になりそうな予感がするのも事実。

 

 「じゃあ、原因も分かったので私は帰りますね」

 

 シュタッと手を上げクルリと踵を返し、レ級の姿を視界から外す。

 ぴた、と貼りつくような小さな手の感触を右肩に感じる。その体温の低さと、逃がさん……お前だけは……とばかりに鎖骨に食い込んでくる指に、びくりと肩が震える。

 思わずチッと舌打ちをしそうになり、ギリギリ踏みとどまった自らの表情筋を自賛したい。

 

 「待って待っテ、せっかくココまで来たんだかラ」

 

 振り向いた俺の目に飛び込んできたものは。

 

 「もう少しボクと遊ぼうヨ、お姉さん」

 

 もう待ちきれないとばかりに、きらきらと目を輝かせたレ級の姿。

 この状態でYES、と答えればどうなるか。恐らく速攻で蜂の巣にされる事は想像に難くない。

 かといってNO、と答えればどうなるか。十中八九、レ級の怒りを買うことになり、土手っ腹に風穴コースだろう。

 ああなるほどつまり、この状況はいわゆる。

 

 ――詰みというやつなのかもしれない。




このあとめちゃくちゃ戦闘(オープンコンバット)する(予定)


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ディスコミュニケーション①

タイマン、フル装備、サーモン海域北方にて。

レ級に蹂躙されたいだけの人生だった。
 
かゆい うま


 「……工廠です」

 

 「コウショウ?」

 

 「ええ、それが私の名前です。よろしくお願いします。では自己紹介も終わったので帰りますね」

 

 「ダメ」

 

 レ級の手が乗せられた右肩から、こう、なんというか木の枝が軋むような音が……人の身体が出してはいけない音が聞こえてくる。

 話を強引にそらし、戦闘に突入しそうな空気をうやむやにするという作戦はあえなく御破算。

 チィッ! と今度は相手に聞こえる様に、露骨に舌打ちをする。レ級はそんな失礼極まりない行為もどこ吹く風。

 

 「仕方ないなア……じゃあ、ボクが満足するまで遊んでくれたラ、他の奴らを沈めるのは止めるヨ」

 

 よっぽど俺が嫌そうな顔をしていた為だろうか――相手は一つの折衷案(せっちゅうあん)を提示してくる。

 レ級の表情は、言う事を聞かない姉妹をたしなめるような、どこか年上の威厳を感じさせる――いや、違うか。これはいわゆるドヤ顔というやつに分類される表情だ。

 こちらのお願いを聞く代わりに、自分と遊べ。レ級の条件はひどくシンプルなもの。わかりやすいが、ろくでもない。

 こちらが断る事は100%ないという圧倒的優位な状況から繰り出されるにもかかわらず、こちらの意見も尊重するという姿勢を見せることにより、懐の深さをアピールするという高等テク。

 ……恐ろしい深海棲艦だ。

 

 どうやら俺は、いまだに頭の片隅で会話できるのならなんとかなる……そう思っていたがそんな甘いものではなかった。

 先ほどから左右に揺れているレ級の尾、それを犬の様だと感じたが――違った。あれは獲物を狙う狩人。鎌首をもたげた蛇、というのがふさわしい。

 要は、相手は既にやる気マンマンであるという事だ。

 

 ふぅ、と肺に溜まった空気を押し出す。これ以上の問答は不毛だ。

 どうあがいてもレ級との遊びに付き合うことになるのなら、せめて前向きな気持ちで事に当たろう。

 一種諦めの境地に至った精神で、相手の顔を見据える。やけっぱち、という状態であるのかもしれないが。

 

 「わかりました。満足してくれるかは分かりませんが、全力で遊び相手を務めさせて頂きます」

 

 考えようによっては、これはチャンスかもしれない。ここでレ級を止めることができたら、おそらく中枢は喜ぶだろう。

 そうすれば、俺は戦力としてカウントされる。無価値なものとして捨てられない為には、自らの価値を示し続けるしかない。

 だが、始まる前に一応確認をしておかなければ。

 

 「レ級。これは遊びだから――沈む事はありませんよね?」

 

 努めて冷静を装い、レ級へ問いかける。

 

 「それは君次第かナ? ボクがつまらないと感じたラ、そこで終わらせるヨ」

 

 おう、がっでむ。終わるではなく終わらせる、ときやがった。つまりレ級を楽しませる事ができなければどうなるか、容易に想像ができる。

 そんな相手の返答に、逃げるという道を選択しようとしていた意識が崩れ去り、かわりに新たな感情が湧きたってくる。

 それは、この調子に乗っていると思われる深海棲艦に、一矢だけでもお見舞いしてやろうという反骨めいた心。

 

 「――アグレッサー(侵略者)モード」

 

 意識を切り替えるための言葉を呟いた直後、左目にぼんやりとした熱が灯る。

 

 「準備はできたみたいだネ……それじゃあ、始めようカァ!」

 

 瞬間、レ級が背負っているリュックサック型の艤装から大量に黒い戦闘機が発進。尾の部分の飛行甲板を伝い、一斉に飛び立つ。

 戦闘機の群れは、まるで獲物に群がるカラスの様にこちらへ向かってくる。数瞬の後、おびただしい数の爆撃が降り注ぐが――全力で海面を蹴っ飛ばし、攻撃が到達する地点から退避する。

 

 「うんうん、初撃で終わりとはいかないカ」

 

 こちらに爆撃してきた戦闘機が、統率された動きでレ級の艤装へ戻っていく。

 爆撃のどさくさに紛れて、ちゃっかりとこちらとの距離を取っているあたり、先ほどの言葉に嘘は無いようだ。

 レ級がつまらないと感じた時が、俺の命が潰える時という事か。ぶわりと、背中を伝う形のない……だが明確な戦慄。

 

 相手の弾が切れるのを待つか? いや、あの艤装から吐き出される弾幕が途切れるまで、俺の集中力が持つだろうか。

 それに、相手は一応『遊ぶ』と言ったのだ。遊びの終わりが弾切れでは消化不良になるだろう。恐らくそれでは、相手が満足しない。

 

 だが、状況的に長期戦は不利だ。レ級の攻撃は段々と正確さを増してきている。

 間近の海面に着水した砲弾の衝撃が、叩きつける様に全身にぶつかってくるのがその証拠だ。

 この状況を鑑みて――頭の中でプランを練り上げ、解を引っ張り出す。

 

 こちらが直撃を食らう前に、一撃を叩き込む。

 

 結論は以上。単純明快、乾坤一擲。

 素人がひねり出した考えなので自信は無いが、この際贅沢は言っていられない。策は決まった。後はいつ仕掛けるか。

 戦力は圧倒的にレ級が有利。自分が所持する武器は、左の短装砲と右の刀。短装砲の内部にはいつの間にかしまい込んだのか、使いかけの高速修復材が1つ。

 

 「逃げるなラ……今の内だヨ?」

 

 自らの攻撃が当たらない事に業を煮やしたのか、レ級が声を一際張り上げ、空に向かって咆哮する。

 レ級が何をするか分からないが、おそらく、いや確実に良くない事が起きる。

 狙いを定める様に、レ級は両手をこちらに突き出し、その動きと連動するように、尾の砲門から空気を切り裂くような速度で砲弾が発射される。

 それを視界に収めた瞬間。回避する為にその場から離れようとした直後。タイミングを計ったかのごとく、周囲の水面から水柱が吹きあがる。

 

 「ぐっ――!」

 

 足元の水面が揺さぶられ、回避に移ろうとしていた体勢が崩れる。その隙を逃さないとばかりに、レ級が放った砲弾が俺を喰いちぎろうと、一直線に迫ってくる。

 

 ――避け切れない、まずい、直撃する……!

 

 最悪の未来が脳裏をよぎり、思わず目をつぶって反射的に頭を両腕でかばう――が、その瞬間がいつまで経っても訪れない。

 不思議に思い、薄く目を開いて状況を確認する。

 

 「任務――防衛――防エイ……ボウ……エイ」

 

 目の前には、黒煙を吐き出しながら、海中にズブズブと沈んでいく浮遊要塞の姿。

 

 「あ――」

 

 気の抜けた、間抜けな声が自らの口から漏れる。

 味方が沈んだという事実を処理できず、立ち尽くしてしまう。

 

 「当たらない……当たらない……! コレでも沈まないカ……イイ、イイなぁ、キミ!」

 

 そんな俺とは裏腹に、レ級の声は高音混じりに歪んでいき、とめどなく大きくなっていく。その様はまるで、アクセルを思いっきり踏み込んだエンジンの様。

 普通、自分の攻撃が当たらない場合、苛立ったりして狙いが荒くなるものだと思うが……逆に相手はテンションが上がっているようだ。

 どうやらレ級は負けず嫌い――いや、トリガーでハッピーになる気質なのかも知れない。

 

 仕掛けるタイミングは、ココしかない。あれほどの攻撃を行ったのだから、多少なりとも次の攻撃までに時間が空くだろう。

 沈む事への恐怖を振り切るためか、それとも浮遊要塞を沈められた事の怒りか。どちらかは自分でも分からないまま、声を張り上げながらレ級に向かって突撃する。

 先ほど行った攻撃の反動か、こちらを狙ってくるレ級の攻撃は狙いが甘い。幸いにも直撃をもらう事もなく、こちらの射程内まで間合いを詰める事ができた。狙うはストールで覆われた――首。

 それを一薙ぎで。

 

 「――死ねぇッ!」

 

 

 右手に持った刀を、力任せに振り抜く――が、キンという金属質な音と共に刀が動かなくなる。

 なぜ動かないのか、振り抜こうとした刀に目を向けると、刃の部分をレ級が()()()()()()()()

 その馬鹿げた光景に、一瞬、意識が奪われる。

 

 「そ……んな」

 

 「――捕まえタ」

 

 キシッ、と。いたずらが成功した子供の様に、レ級の口が吊り上がる。

 

 真剣白歯取り。

 誘いこまれた。

 現状を理解した瞬間。

 跳ねられたと錯覚する衝撃が身体に走り、直後に景色が回転した。



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ディスコミュニケーション②

Q.なぜこの作品のレ級はボクっ娘なんですか?

A.すまない、趣味なんだ。すまない。


 一瞬の衝撃から、自我を取り戻す。

 レ級との距離は――吹き飛ばされた為か、先ほどの刀が届く距離から少し開けてしまっている。

 

 殴る、蹴るという反撃を想定していたが、尾で薙ぎ払われるという事態は考慮していなかった。相手は人の形であると思い込んだのが浅はかだったか。

 気分は、水切りした感じ……といった所だろうか。投げる方ではなく投げられる石の立場だが。

 水面を生身でバウンドしながら吹き飛ぶ経験なんて、そうそうできるものではないだろう。

 グルグルと視界は回り、衝撃にシェイクされた身体は時間が経たないと動きそうにない。つまり、現在の状態は最悪に等しい。

 

 「近づけば、なんとかなるとでも思っタ?」

 

 右腕の状態をチラリと確認――形は保たれているも、肩から先に全くといっていい程力が入らず、だらりとぶら下がっている状態。

 握っていた刀も、先ほどの攻撃でどこかに飛ばされてしまった。恐らく、反射的に先ほどの薙ぎ払いを右腕で防いだ為だろう。

 ナイス生存本能。下手をすれば草を刈る様に、サクリと首をもぎ取られていたかもしれない……あり得たかもしれない最悪を想像し、悪寒が身体を駆け巡る。

 動かない俺を見て、勝利を確信したのかひたりひたりとレ級が近づいてくる。幸いにも左腕、短装砲は無傷。だが反撃に転じるより、レ級の手が俺の首にかかる方が早い。

 温度を感じない手が、軟体動物のように首に巻き付き、締めあげてくる。

 

 「これで終わリ……ボクの勝ちだネ」

 

 万力の様な締め付けが、ギリギリと首にかかる。

 

 「ぐ……ぁ」

 

 「工廠、ここでキミを沈めるのは簡単ダ。でも――」

 

 「ボクはキミが気に入っタ。このままずーっとボクの遊び相手でいてくれれバ、キミは沈めないヨ」

 

 グッ、と。レ級の高ぶりを表すかの様に、首にかかる締め付けが強くなる。

 レ級が提案してきた事は、断られる事が100%ないだろうという、確信に満ちたもの。

 

 「……ッ!」

 

 「ごめんゴメン、これじゃ返事ができないよネ」

 

 レ級は悪びれる事なく、俺の首にかかった力を緩めてくる。圧迫されていた気道が解放され、新鮮な空気を必死で取り込む。

 酸素が足りない。頭がクラクラする中で、途切れ途切れの思考を回す。レ級の背後には、ゆらゆらとこちらの様子を伺う様に尾が揺れている。

 詰みだ。ここで首を縦に振らなければ、アレから発射される攻撃で間違いなく、何も思考する事ができなくなるだろう。

 だが、もう少しだ。あと少し、あの尾が開いてくれれば何とか突破口が見えるかもしれない。あと、一押し。危険だが、あの尾を開かせる為には……相手の機嫌を損ねない様にした後で。

 

 「本当に、これからもレ級の遊び相手を続ければ、命は助けてくれるんですか?」

 

 「うん、そしたらボクともっと一緒に遊べるヨ!」

 

 「――お断りします」

 

 急転直下――明確に拒絶する。

 生殺与奪を握っている相手からの拒否。相手が自分の思った通りにならないという現状。

 それがあまりにも理解できなかったのだろう。レ級の笑顔は時が止まった様に固まる。

 

 「……なんデ?」

 

 「心に決めた深海棲艦(ヒト)がいるので」

 

 数瞬の後、笑顔のまま固まったレ級の表情が、顔面の神経を全て引っこ抜いた様に変貌し、先ほどの浮ついた声から、抑揚を感じさせない平坦な声色へ変わる。

 冗談めかした俺の返答が、よっぽど癇に障ったのか。どうやらレ級は俺を自分の意に沿わないものと判断したらしい。こちらを始末するためか、ガパリとレ級の尾が口を開く。

 ――()()()()()

 相手がこちらの望むとおりに行動してくれたという結果。高揚にも似た感情に耐えられず、口の端が吊り上がる。騙して悪いがなんとやら、だ。

 

 「もういいヤ――死んデ」

 

 「そちらがね!」

 

 狙いは、こちらを吹き飛ばすために砲身をさらけ出したレ級の尾、その内部。

 いくら俺の射撃が壊滅的であろうと、この超至近距離を外す訳がない。左手に握った短装砲を内部に向け、ありったけの力で突き刺す様に押し込み、間髪入れず砲弾を撃ち込む。

 レ級は、一瞬何が起こっているのか理解できないという表情を浮かべた後、黒煙を上げながら爆発を繰り返す自分の尾をみて現状を理解したのか。

 数瞬の後、突き刺すような、笑い声とも叫び声ともつかない声が辺りに響き渡る。さすがになりふり構っていられなくなったのか、こちらの首にかかっていた力も弱まる。

 爆発に巻き込まれないよう、レ級の手を振り払い、距離を取り呼吸を整え、相手の様子を探る。

 砲弾を複数回撃ち込んだ尾の部分が、過熱したポップコーンの様に爆発を繰り返した後、レ級の小さな身体がガクリと崩れ落ちた。

 

 「……やったか?」

 

 死が迫る状況から離脱したという、気のゆるみ。思わず。そう、思わず。口にしてはいけない単語(死亡フラグ)が口から滑り落ちてしまった。

 ――しくじった。この状況でそれを言ってしまったら、次に来るのは当然、容赦のない反撃がくると相場は決まっている……!

 そう思っていたが、俺の予想に反し、レ級はぺたりと海面に座り込んだまま動かない。心ここにあらず、といった風で水面を見つめたままだ。

 だが、いつ攻撃が繰り出されてくるかわからない。いつでも発射できるように砲身を向けた所で。

 

 ――火が付いたように、レ級が泣き始めた。

 

 「な――」

 

 泣いている。レ級が泣いている。いや、俺が泣かせてしまったのか。ああ、これはマズい。演技とかそういったモノを疑うまでもなくこれは本気(マジ)泣きというやつだ。

 反撃が来ると警戒していた心構えはどことやらへすっ飛んで行き、泣かせてしまったという罪悪感にも似た感情が湧き上がってくる。

 

 「えっと、ご、ごめんなさい」

 

 よくよく考えてみると、俺はそこまで悪くないと思うのだが。さすがに目の前で相手がこんな状態になっているのをみてしまうと、反射的に謝罪してしまう。

 そして目の前のレ級は、俺の謝罪など耳に入っていないようで、爆発でボロボロになってしまった自分の尾を、ギュッと抱える様に抱きしめたまま、顔を伏せてしまった。

 

 「……これじゃアもう、他の奴らを沈める事ガ、できないヨ」

 

 ポツリと。誰に聞かせるわけでもなく、レ級の口から零れ落ちた言葉。この状態になってまでも、他を沈めたいと望む目の前の深海棲艦。

 助かりたいとかそういった発想が出ないのは、レ級だからなのか。それともこれが、深海棲艦の共通認識なのだろうか。

 いや、今はそんな事を考える時ではない。今決断するべき事は――ここでレ級を直すか、それともレ級に向けたままの砲を発射するか、だ。




 この時点でレ級フラグを立てておくと、レ級とのバトルは後半戦へ。
 この程度! 想定の範囲内だヨ!! ハハッ、ハハハ!!! と言いながら襲い掛かってくる。
 主人公は死ぬ。


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