Fate/Grand Mahabharata (ましまし)
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設定

主人公のサーヴァント設定です。

とりあえず思いついたものをひたすら書いたので、何か「これはやりすぎ」とか「これをつけた方が良い」などあったら遠慮なくご指摘ください。

5/15
編集しました。


真名:スラクシャ

クラス:ライダー(アーチャー、ランサー)

出典:マハーバーラタ

地域:インド

属性:中立・中庸

性別:女

身長:168cm

体重:52kg

武装:弓・短刀

 

天敵:クリシュナ

 

パラメーター

筋力:D 耐久:C(E) 敏捷:A+ 魔力:B 幸運:C 宝具:A(EX)

 

※補足

耐久:C(E)と宝具:A(EX)

スラクシャのとある宝具より。

 

 

クラススキル

対魔力:C

馭者の心得:A+

神性:A

 

※補足

馭者の心得:A+

 英雄の戦車を繰る手綱捌きの程。通常の騎乗に加えて、同乗者の実力を十全以上に引き出す技量を示す。騎乗スキルを持ってることが前提のスキルなので、騎乗もここに含まれる。騎乗とちがう部分は、誰かを乗せることが前提だということ。

 

「ぼくのかんがえたさいきょうのサーヴァント」のシャルヤ王より参考にしました。

 

 

保有スキル

魔力放出(炎):A

観察眼:A

守護(犠牲)の英雄:A

 

※補足

観察眼(貧者の見識):A

 カルナはその境遇から身に着けたスキルに対し、スラクシャは転生したことにより身に着けたもの。前世の経験や知識を生かして相手の性格や本質を見抜き、嘘や欺瞞も見抜くとまではいかないが違和感を感じ取ることはできる。

 さらに相手をより知ろうとすることで、行動パターンや癖までも見抜き、周囲を、果ては神すら騙しとおすことが出来る。千里眼もここに含む。

 これは前世関係なく、彼/彼女の才能ともいえる。

 

守護(犠牲)の英雄:A

 彼女の逸話から生まれたスキル。 

 FGO風に言うなら、味方全体に攻撃・防御・宝具威力・クリティカル・弱点耐性UP。無敵もしくは回避を3ターン付与。

 自分にターゲット集中。

 

 

 

宝具

 

日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)

ランク:A

種別:対人(自身)宝具

レンジ:0

最大捕捉:1人

 言わずと知れた黄金の鎧。

 

梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)

ランク:A+

種別:対国宝具

レンジ:2~90

最大捕捉:600人

 カルナと違い、呪いを受けてないため実力が自分以上の相手にも使える。眼からビームは出さない。自身の弓で射るか、戦車に纏わせて相手に突撃するか。

 

英雄よ、手綱をとれ(ラードヘーヤ)

ランク:A+

種別:対人宝具

レンジ:0~50

最大捕捉:200人

 ハヌマーンの加護を持つアルジュナの戦車と同等という最高の性能を持つカルナの戦車。カルナの事をよく知っていたスラクシャが操ることでより力を引き出すことが出来た。

 そこから「相手を知るほどに戦車に乗っている人物を強化することが出来る」能力を持つ。 

 

日輪よ、その身を隠せ(ソラージュグラハーン)

ランク:EX

種別:対人(自身)宝具

レンジ:0

最大捕捉:1人

 カルナに扮し、異母兄弟どころか神や呪いすら騙した宝具。姿を変える相手の事を知れば知るほどより完璧に、ステータスすら変えることが出来る。

 

 

-----(----)

ランク:EX

種別:対人(自身ともう1人)宝具

レンジ:0

最大捕捉:2人

 スラクシャを英雄たらしめる最大の宝具。一度解放したが最後、スラクシャ自身が発動を終わらせるか、死なない限り発動し続ける。

 

※補足

英雄よ、手綱をとれ(ラードヘーヤ)

「ぼくのかんがえたさいきょうのサーヴァント」のシャルヤ王より参考にしました。

 

-----(----)

詳細はいずれ。

 

 

 

 

見た目

 

 アポクリファ初期設定の赤カルナさんの女版みたいな感じです。顔は今のカルナさんと同じですが。

 服はランサータイツ(ページ左上)ではあるけど、スカサハ師匠のようにスカート(前もしっかり隠している)もついている。

 

 FGO風に言うならコート着用が1段階目、コートを脱いで(ページ左上)・胸に鎧あり・モフモフ少な目が2段階目。3段階目で鎧がなくなり(カルナさんと一緒)、最終段階は……ご想像にお任せします。

 

 あとコートに謎の動物の首はついてません。アレは流石になんなのかわからなかった。

 

 

 性別はやはり女なので、身長も(カルナさんに比べれば)低く、筋力はカルナさんより劣るが、その代わり速さで補っている。また、幸運は確実にカルナさんより高い。

 

 みなさん気になっているらしい胸ですが、カルナさんが身長のわりにあんなに体重がやばいってことは、幼少期にあまり食べてなかったかもしれないんですよね。それは主人公も一緒。

 そこから私の中では確実に貧乳です。むしろ絶壁です。いや無です。Aもないと思います。

 まあ、みなさん好きなように脳内補完していただければいいかと。

 

 




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設定2

アンケートQ2のご協力ありがとうございます!
結果、1章からFGO編を始めさせていただきます。


日刊ランキング1位……!? インドの人気舐めてました。お気に入りも凄いことになってますし、みなさんありがとうございます。


感想で何人かに返したように、この小説における「座」の説明です。
ついでに主人公と周りのお互いの印象というか思ってることをザックリまとめてあります。

これからは、こういう設定について何か聞かれたらこちらに書いていきます。


この小説における「座」の設定。

 

 

 

というよりも私の考えになってしまうのですが。

 

まず

 

「英霊や神霊は座にいるときは意志などはないのでは?」

「英霊や、神霊が座に干渉するのは不可能では?」

 

という質問に対して。

 

他の方も感想欄で言っているのですが、オリオン召喚の際にアルテミスがオリオンを心配して代わりに出てきたり(一応ぬいぐるみとしてついてきてるけど)、蒼銀でもオーディンがブリュンヒルデを遣わしたりとやっています。

 

玉藻の前も清姫とメル友みたいですし。

 

 

なので、この小説では英霊・神霊は座において意志があるし、干渉もできます。

○○神は宗教とか原典的に無理じゃね? とかはこの小説ではナシとします。

 

 

 

干渉に関しては力が強ければ強いほど、より強く干渉できるということにします。

 

干渉できるのなら色々されてるんじゃないのか?っていう

 

 

 

すっごく頭の悪い例えになるんですが、座って一つの高級マンションみたいなもんじゃないのかと。

 

インドで例えると、インドラやスーリヤ、クリシュナなど神霊がそのマンションの管理人。カルナさんやアルジュナたち英霊はそこの住人。各部屋が各英霊たちの座。

 

で、時代とかで階層が分かれてたり。縁がある、近しい英霊同士だと部屋も近い。

 

 

神様勢は管理人の権限みたいなものを分けて持っていて、力の強い神様のほうが色々権限を持っている。

 

 

英霊が部屋を持ったらカギは渡すから基本ノータッチ、ていうか無理。ただマスターキー、もしくは合鍵はある。ただ緊急時とかにしか使えない。職権乱用したらできるけど、する奴は滅多にいない。

強い力を持つ神霊がマスターキーを持っている。マスターキーはなくても、例えばインドラならアルジュナの、スーリヤならカルナさんの部屋の合鍵を持っている。

 

英霊がほかの英霊の座に行きたいときは、普通にチャイム鳴らして「遊びに来たよー」「いらっしゃーい」みたいな感覚ですかね。

 

座を自由に行き来できる間柄の場合は、合鍵を持たせているイメージです。

 

系統の違う英霊が座に訪れるのは、普通に別の高級マンションから訪ねてきてるだけです。

 

 

 

それで主人公の状態です。

マンションのたとえのままで行きます。

 

 

主人公は部屋入ったはいいものの、すぐにどこぞの親戚によってそのまま外側から扉やら窓やらをふさがれてしまった状態。

だからカルナさんがいつ来たとか知らないんです。

 

しかも座に時間の概念はないからどれくらいここにいるのかわからない。

神霊はともかく英霊たちはみんな座に朝・昼・夜の設定くらいはして「ああ、今一日終わったところなんだな」程度の感覚。何日たったとかはない。

 

でも主人公は窓を塞がれているので朝も昼も夜もわからない。時間の概念もないからただひたすらそこで待ってるだけ。

 

 

たぶんクリシュナは自分だけ入れるように職権乱用したけど、スーリヤお父さんが咄嗟に鍵の形を変えたのでセーフ。

 

でもこれで誰も入れないし、主人公もよっぽどの事がないと外に出れない。しかも元凶は扉も窓も開けずに今も干渉する気満々。だからスーリヤも入る事だけは防げたけど、それ以外は何もできない。

 

 

まさに膠着状態! ってわけです。

 

座についてはこんな感じです。

 

 

 

 

 

 

主人公と周囲のざっくり人間関係

 

 

・カルナ

 

強いし優しいしマジでいい兄。ただその施し思考は改善してください、胃が持ちません。あと言葉が足りなさすぎなのでそこも直してください。

兄が死ぬくらいなら自分が死んでもいい位には大事。今のところ兄のためなら何でもする。

 

↓ ↑

 

非常に出来た妹。一言多い(そう思ってる)自分の言葉を正確に読み取って周りにも伝えてくれるし、いろんなことを手伝ってくれるし感謝で頭が上がらない。本当は男装とかさせたくないけど、本人が望むなら仕方ない。

妹が死んで自分の生き方に初めて後悔が生まれてしまった。アルジュナの事は恨んでおらず、むしろ妹が死んだのに生き方を変えられない自分が憎い。座で会えると思ったらどこにもいないし、スーリヤは教えてくれないし、自分で探しても見つからないので不安。もし聖杯得たのなら「妹に会う」ことを願いそう。

 

 

 

 

・アルジュナ

 

最初は王子様いるわー程度の認識。競技大会で罵詈雑言を浴びせてしまった上にめっちゃ見られてたからちょっと苦手。いっそ何か言って欲しい。

周囲に期待されまくって疲れてかわいそう。誰か気づいてやれ。殺されたことに関しては恨みはない。ただ済まないことをしたと思ってる。

 

↓ ↑

 

カルナの弟程度の認識しか最初はなかった。競技大会で少し気になりだす。憐みの色がムカついたから問い詰めたら、内心を見抜かれて衝撃を受ける。カルナとは違う意味で気になる。

最終決戦で一番メンタルにダメージ受けた。宿敵を謀殺してしまったと思ったらまさかの弟。しかもカルナはクリシュナの罠で自害。全部終わってから母から兄で姉だと知らされ発狂。座に行っても会えないし(見つからない)会っても憎まれてるのではとSAN値ヤバい。

 

 

 

 

・クリシュナ

 

絶拒。なんか本能が危険って言っている。近づくな、見るな、笑うな。下手な受け答えをしたら死亡ルートかそれに近いバッドエンドルートに突っ込みそうで怖い。

いつか絶対に一発殴る。最終決戦でアルジュナが躊躇したときに唆してたのを実は見てた。次会ったときは覚えてろ、いつか殺すランキング第1位。

 

↓ ↑

 

アルジュナが気になってたなーって思ったタイミングで、クンティーにあの2人に合わせて欲しいと頼まれた。丁度いいやと会ってみたら予想以上におもしろかった。

カルナを殺した後でゆっくり遊ぼうと思ったらまさか変装しているとは思わなかった。ますます興味を持つ。カルナと誓っちゃったし座で遊ぼうとしたら今度はスーリヤが邪魔してきた。飽きてやめるなんてのはない。だって座には時間の概念がないから。

 




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序章
prologue:マハーバーラタ1


あらすじにも書きましたが、捏造、改変、時系列不明、キャラ崩壊、再構成要素など多々ありです。それを踏まえてお願いします。


 気が付いたら黄金の鎧を纏う赤ん坊になっていた。何があったのか分からないって? 俺が一番分かってねえよ。分かるのは同じ鎧をつけた赤ん坊がもう1人自分の横にいるってのと、今いる場所がゆりかごでも母親の腕の中でもない、堅い箱の中だってことくらいだ。

 しかもこの不安定な揺れ方は恐らく川もしくは海。川なら桃太郎よろしく誰かが拾ってくれるかもしれないけど海なら絶望的だ。俺も隣の赤ん坊も死ぬ。

 

 うーむ。この状況、そしてお揃いの鎧をつけているところを見るに多分、となりの赤ん坊は兄弟かなにかだ。そして1歳にも満たないだろう赤ん坊が木箱で水に揺られているとなると誘拐か、親の不注意か、可能性として最悪というか胸糞悪いが捨てられたか。

 現代日本ではありえない……いや、普通にあるな。うん、えー、明らかに時代錯誤にもほどがある鎧を見ると絶対に現代日本じゃない。というか、記憶はあやふやだけど、俺は確かに高校生を過ぎていた年齢のはず。それが成人か学生かは置いといて、少なくとも赤ん坊ではない。日本昔話に出てくる婆さんのように赤ん坊になるまで若返りの水だか酒だかを飲んだ覚え何てさらさらないぞ。あれか。流行りの転生とかいう奴か。死んだ覚えはないぞ、覚えてないだけかもしれんけど。誰か責任者を呼べ一発ぶん殴る。

 

 というかマジでどうしろと。せめて5才……いや贅沢言わないから2才くらいなら何とか泳げたかもしれないのに。このままじゃ餓死か箱がひっくり返って溺死か。どっちも嫌すぎる。というか凄いね兄弟(仮)。スヤスヤ眠りすぎでしょ。起きてよ。三人寄れば文殊の知恵だよ? 2人しかいないし赤ん坊だから泣くくらいしかできないけど。

 

 …………泣く…………これだ。

 

「オッギャァーーーー!!」

 

でも背に腹は代えられない。

 

「オギャーーーー!!」

 

 おおっと。兄弟(仮)が俺の泣き声に触発されて泣き始めたぞ。これで騒音被害は2倍だ。ここが人気のない山奥とかでもない限り絶対誰かに泣き声が届くはずだ。…………誰かいるよね?

 うん? 泣き声で聞こえにくいけどザブザブ聞こえて……おっ持ち上げられた。目を向ければそこには明らかに日本人じゃない少なくとも中年を超えてる男性の姿が。よっしゃ助かったぜ!

 しかし俺は眠い、とてつもなく眠い。高々泣いただけだというのにここまで体力と気力を消耗するとは赤ん坊恐るべし。あ、無理、もう寝る、お休み。

 

 

 

 

 

 

 

 気持ちのいい朝だ。

ふと、水に映った自分の姿が目に入る。

 

 思わずため息をついてしまった。

 

 

「どうした」

 

 振り返ると白い髪、青い目、黄金の鎧。色素以外はほぼ瓜二つというか同じ顔の兄――カルナがそこに立っていた。

 うん、赤ん坊からはや何年。未だに兄の気配を読むことができない。なんでだ。

 

「いえ、なんでも。そちらはなにか?」

「ああ少しな。それより、何でもないというのは嘘だろう」

 

 鋭い……。これで同い年とか本当に信じられない。精神年齢でいえば俺の方が年上の筈なのになぜだ。

 軽く現実逃避をするも兄は空のように澄んだ目でじっとこちらを見てくる。逃がす気はさらさらないらしい。俺は諦めて言うことにした。

 

「大したことはありません。ただ、自分の見目に少々思うところがあっただけです」

「なるほど確かに大したことはない。お前のことなど、誰も気にしない」

 

 …………うん、つまり「そんな事考えてたのか。気にしなくていいよ。周りの目なんか気にするな」ってとこか。

 

 この兄は一言多いように見せかけてその実、一言どころか二言も三言も足りない。それは兄の率直な性格と、欺瞞や虚飾を切り捨てるが故のそれだけど、なんか重要な部分も全部そぎ落としている気がする。

 

 普通人は相手を不快にさせないように、お互いに少しお世辞を言ったり、本音を隠したり、そうして純粋な行為にしろ、なにかの思惑があるにしろ関係を積み上げていくものだ。

 しかしこの兄は自分を偽らず(本音を隠す事)、取り繕う態度(お世辞)もその先の思惑(関係を作る理由)も全部見抜いて相手の図星、それも言われたくないことをつく。それがあまりにも率直過ぎて相手の怒りを買うわけだ。

 

 しかも兄は鉄面皮なので何を考えているかわからない。加えて、相手を気遣う言葉にしろ褒める言葉にしろ一言多い、と見せかけて言葉が足りなさすぎるために誤解を受ける。

 お蔭で何かしゃべるたびに敵を作るこの兄は、俺が割って入って必死で悪気が無い事と、本当に言いたいことを説明することで今のところ誤解による暴行は受けてない。

 

 俺が必死にフォローすると相手も悪気が無い事を分かってくれて(というか、俺の必死の形相に引いてると思う)少し不満顔ながらも「なんだそういうことか」と水に流してくれるのだが……次から兄が何か言うたびに俺に説明を求めてくるのは何でだ。俺は翻訳機か何かか!?

 

 まあ、兄が誤解を受けるのはそれだけが理由じゃないだろう。

 人間の第一印象は見た目で大きく左右される。周囲の人間曰く、兄は輝かしい威光とは正反対に姿は黒く濁って見目麗しくない、挙動が粗野、だそうだ。

 

 俺は思った。目ん玉腐ってんじゃないのかと。

 

 黒く濁ってるって、むしろちゃんと食ってるのか心配になるレベルで細くて白いだろう。これが黒いならその辺の人間なんぞまっくろくろすけレベルの黒さだ。

 次に挙動。確かに王族貴族様のように洗練されてはいないが、言う程粗野でもない。その辺で遊び回ってる悪ガキどもの方がよっぽどひどい。むしろ、年の割に諦観というか悟っているというか。

 

 逆に俺の方がよっぽどの姿をしていると思う。未だに俺の目を見つめてくる兄から視線を逸らして水面に映った自分を見る。

 周囲の評価はともかく、俺からすれば兄は超絶イケメンなので似ていることに不満はない。ただカラーリングが問題なのだ。

 

 カルナは太陽神の息子と呼ぶのにふさわしい外見だが、俺はそう名乗る、誇る事すらおこがましいと思ってしまうような容貌なのだ。

 

 なんというか、兄が闇堕ちした感じなのだ俺の姿は。

 赤い髪、赤い目。胸についた石も兄のと比べれば血の色に近い。

 しかも目つきが鋭いんだぞ。それなのに太陽のごとき輝かしい鎧だぞ。謙虚で目立つのが嫌いな元日本人としては死にたくなるくらいの目立ちっぷりだ。流石に慣れたが。あと俺の方が身長低い。

 俺の方がDQN扱いされそうな見た目だ。なのに兄より評価が高いのはおそらく言動と表情だろう。

 精神年齢(推定)20歳以上、しかも愛想では世界一な元日本人である俺に死角はなった。輝かしい笑顔というわけではないけど、不快にさせない程度の笑い、お愛想はお手の物。兄のコミュ力が30としたら俺は70はあるだろう。

 

 だがしかしコミュ力は確かにアレとはいえ、やっぱり兄の方が評価は低いのは納得いかない。この兄、人に頼まれれば何でもやる。あれやってこれやってと、人助けが必要なものから明らかにサボりとしか思えないような仕事すら二つ返事で引き受ける。なんだこの聖人と戦慄したのは何時だったか。

 確かに日本でも「困っている人には親切にしてあげましょう」とか言われてたがアレ親切とかそういう域を超えている。

 

 施し、うん、あれは施しだ。

 

 前に引き受けすぎだ、もっと自分の体を大事にしろ、そんなことよりも自分のしたいことをしろと言ったこともある。

 そしたら何て言ったと思う?

 

「人より多くのものを戴いて生まれた自分は、人より優れた“生の証”を示すべきだ。そうでなければ、力無き人々が報われない」

 

 あ、はい。そうですか………。

 しかもダメ押しに「やりたい事……特にないな。強いて言うのならお前の言う『仕事を引き受けること』がやりたいことだ」とまで言われた。

 

兄にはその他の細々した物を引き受けてもらっている。

 

 頼むからもう少し我欲を覚えてくれ。

 

 

 閑話休題(それはさておき)

 

「ありがとうございます。ところで兄上、何か私に要件があったのでは?」

「ああ少しな。クル族の競技大会があるらしい、参加するぞ」

「……………それ、全然少しじゃないですし聞いてませんが!?」

 

 聞いてねーよ! しかもクル族って王家じゃん!! 実父はともかく俺らの身分御者の息子だぞ!!

 

「あの、兄上。私達が参加するには身分が……」

「普通に参加すればいいだろう」

 

 つまり飛び入りってことか?

 

「行くぞ」

「…………はい」

 

 チクショウ、マイペースめ。

 百パー起こりうるだろう揉め事に頭痛を覚えながら兄について行くのだった。

 

 言い忘れていたが、今の性別は女である。敬語な理由は男でも女でも大して言葉遣いが変わらないから。

 

 

 

「いいですか兄上、カルナ、ほうれんそうです。報告・連絡・相談です。とくに相談! あなた口開くたびにトラブ……揉め事が起こるんですから、私もなるべく近くに居るようにしますから、できるだけ口を開かないように、まず私に相談してください。どうしてもという時は絶対に思っていることを全て口に出してください、それに虚飾が含まれていようとも!!」

「わかった。さあ、行くぞ」

 

 あ、ダメだ。今の兄の状態は遠足出発直前の子供だ。

 早起きして玄関前に待機し、親の「忘れ物ないか確認しなさーい」の言葉に「分かったー!」と返しつつ結局は何もしない子供だ。

 頭を抱えたくなったが、その間にも兄はさっさと行ってしまいかねないので見失わないようにしようと(まあ、あの鎧を見失う方が難しいけど)決意した。

 

 

 

 …………やばいやばいもうやばいって無理だって帰ろうって。

 なぜ突然こんなネガティブ思考になっているかというと、今注目を受けている1人の武人が原因だ。いや、彼に罪はない。ただ単に俺のチキン心が目を覚ましただけだから。

 

 なんでパーンダヴァの王子様達が居るんだよぉおおおお!!

 

 いや、当たり前か! だってこれクル族主催だもんねそりゃいるよね俺達の方がむしろ場違いだもんねえ!!

 それにしてもみんなすごい注目してんな。いや、確かにあの技はすごいや。

 

 

「手合せ願おう」

「………なに?」

 

「」

 

 しまった少し目を離したすきになにしてんだあの愚兄ぃいいいいい!? ちょ、待って、おま、えぇええ?

 

 予想外というか、余りにも斜め上どころか大気圏ぶっちぎった兄の行動に動揺している俺をよそに回りはざわつくし話は進む。

 

 王族である彼に挑戦するにはクシャトリャ(戦士、王族)の階級が必要だ。当たり前だが俺らにそんな身分なんてない。案の定カルナは答えられず、要求は跳ねのけられ、挙句に侮蔑までされてしまった。

 

 …………まあ、自業自得ともいえる状況だが、血のつながった片割れが笑いものにされている状況ははらわたが煮えくりかえりそうだ。

 目立つのが嫌いな日本人だけど、身内が馬鹿にされて黙っていられるような性格ではないのだ俺/私は。

 

 後さき考えずに飛び出そうとした時だった。

 

「問題ないぞ、彼は我らカウラヴァの身内、王族だからな」

 

 耳に飛び込んできた言葉。意味を理解するのに少しかかった。

 パッと声のした方を向けば、パーンダヴァと対立しているカウラヴァ百王子の長兄であるドゥリーヨダナの姿があった。

 なんでカルナを庇った上に王族として迎え入れたのか知らないが、これでカルナは挑戦権を得たし不名誉から救われたということだ。

 

 挑戦権を得た兄はパーンダヴァの3男・アルジュナと弓で競うことになったのだが…………我が兄ながら凄い。いや、もともとすごいのは知っていたけどここまでとは。

 カルナは完全にアルジュナを押していた。ドゥリーヨダナも、ここまでやるとは思ってなかったのか驚いた表情を見せている。

 

 このまま兄が勝つと思った。

 だから、ふと視線を逸らした先にいる人物を見て心臓が凍りついたと思った。

 

 なんで、このタイミングで、アディラタが、養父がいる――?

 

 どうやら俺は衝撃的なものや場面を見てしまうと、感覚が鈍くなるらしい。別に知りたくなかった、少なくともこんな状況では。

 養父が現れ、カルナの素性が結局ばれてしまったらしく、先ほどよりも激しく罵られている。

 それがどこか遠くから聞こえるように感じるのは、打たれ弱い元日本人だからだろうとぼんやり考えるのは現実逃避だ。

 

「御者の息子風情が恥を知れ!」

 

 ブチリと何かが切れたような音がしたのは絶対に気のせいじゃないし、観衆を押しのけ、激昂する兄よりもわざと大声で言ったのも現実だ。

 

「その御者の息子風情に劣る貴様ら……失礼、あなた方は御者の息子以下ということですか」

 

 

 

 日没を迎え競技大会が終わり、ドゥリーヨダナに気に入られたカルナと――何故か俺も――はカウラヴァの、えー、屋敷? 城? に招かれていた。

 目の前には豪勢な食事が並んでいるが俺はそれどころじゃない。

 

 ァアアアアア終わったダメだ死にたいむしろ死ね、向う見ずな行動は後に暗黒歴史となると中2の頃に学んだはずだろう。そもそもよくあの場で殺されなかったな俺。

 頭をかかえて項垂れる俺をよそに兄が不思議そうな顔で話しかけた。

 

「どうした。食わないのか」

「放っておいてください兄上。私は今強烈な自己嫌悪に襲われているところです……」

「なんだ、まだ気にしているのか。カルナの為に啖呵を切った姿は勇ましいものだったぞ」

 

 あああああああ!! やめて掘り返さないで!!

 

 俺の「お前ら負け犬以下だな」発言に当たり前にブチ切れたパーンダヴァと危うく殺し合いになりかけた。あっちは殺る気満々だったし、俺はカルナが言われた侮辱を倍くらいにして返した。自分でも意味がわかんないくらいにボロクソに罵った。もちろん殺る気満々だった。

 

 うわああああ絶対に目ぇ付けられた死ぬ、つか殺される、ていうかあの3男メッチャ怖い目がヤバかったもう「カッ!」って感じだった超こっち見てたぁあああ。

 

「すまん。俺のせいで、お前に迷惑をかけたようだ」

「は?」

 

 おい待て、なんでそうなる。

 

「違うだろうカルナ。ソイツはお前を助けたことを後悔してるんじゃなく、感情に身を任せた事を恥じているのだ。だろう?」

「……はい」

 

 そう。兄が散々言われているのに言い返したことは後悔していない。大人げなく、しかもあんなきったない言葉の羅列で、それも公衆全面の前で大人げなく(大事なことなので2回いった)ぶちぎれたことが恥ずかしいだけだ。あれだよ、ほら。夜中のテンションとか、若気の至りとかを後で思い返して悶えるアレ。

 

「…………そうか」

 

 嬉しそうにするな!! またなんかあった時にもやっちゃいそうだから! 調子乗っちゃうから!

 

「はっはっは。しかし弟もそうだが、兄も凄い。まさかパーンダヴァの3男に弓で勝つとは。よほど武の才があるのだろう」

「大したことはない。あの程度、誰にでもできる」

「『オレに才能なんてない。皆、努力すればできるようになる』……といっています」

 

 兄が言い終わると同時に、つい癖で通訳するとドゥリーヨダナは一瞬ポカンとしたがすぐに笑った。

 

「なるほど。先ほど言っていた『兄は一言多いようで足りない』というのはそういう事か」

「こういう事です」

 

 

 

 この日から、兄とはドゥリーヨダナを友とし、彼らカウラヴァ百王子の為に戦うことを誓った。

 

 

 ――――パーンダヴァとの過酷な戦いを覚悟したうえで。

 

 

 

「ドゥリーヨダナよ。言い忘れていたがコイツは弟では――うぐっ」

「? なんだ、どうした?」

「はははははいえなんでもないですよドゥリーヨダナ殿」

 

 鎧に防がれていない部分に肘鉄をぶち込んで兄を黙らせる。

 折角隠しているのにばらすな!

 




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prologue:マハーバーラタ2

 これでマハーバーラタは終了です。
 恐らくこのシリーズ最大の捏造、改変がありますので注意してください。
 書いていない話(嫁争奪戦とか)は番外とか幕間の物語的な感じで出そうと思います(多分)。

 5月8日:少し編集しました。カルナが呪われた理由が主人公にあります。


 後に「クルクシェートラの戦い」と呼ばれる戦いが本格的に始まる前のことだった。

 此処に至るまでに本当に色々あった。

 

 

 兄が嫁を獲得しに行ったり。

(テストに合格したのに相手が「御者の息子を夫とするつもりはない」と言ったらしい。絶拒)

 

 師であるドローナが奥義を全然授けようとしないから

(俺のミスで兄が呪われて、結局大事な場面で奥義使えなくなった。俺? 庇われてしまったチクショウ)

 

 パーンダヴァ5兄弟が賭けに失敗して身ぐるみどころか嫁さんまで巻き上げられた場面にでくわし、カルナがいつものように足りなさすぎる言葉で誤解を招いたり。

(即座にボディーブロー決めて真意をまくし立てた後にダッシュで逃げた。たぶん意味ない)

 

 

 他にも色々あったけど割愛。もう話すのが面倒臭いというかキツイ。主に俺の精神と胃がヤバい。何なの、俺の兄はどんだけ運が悪いの。

 

 そして俺は今、カルナと関係なく窮地に立たされている。

 

「……………」

「そんな、野生のクマに出会ったみたいな反応しなくても」

 

 安心しろ、野生のクマの方が危険だから。何も安心できなかった。

 

 目の前にいるのは兄の宿敵アルジュナ………の従兄、クリシュナだ。

 一応敵意はない(今のところ)みたいだが、危うく喉をかき切るところだった。避けられたけど。ていうかやればよかった。避けられたけど!

 

「…………態々敵の陣地にまでご苦労様です。それで? 暗殺でもしに来たのですか?」

「すっごい刺々しいね。親戚なんだから仲良くしようよ」

「当たり前でしょう。敵を警戒するのは当然……今何て?」

 

 親戚? え、気のせいだよね、親戚って聞こえたんだけど。誰と誰が?

 

「私と君だよ。勿論、アルジュナもね。むしろ、アルジュナの方が血筋としては近いけど」

「……………………」

 

 前を警戒してたら上から降ってきた、くらいの衝撃はあった。

 予想外とかそういうレベルじゃすまされない激白に驚いて固まっている俺を見て、クリシュナは話し始めた。

 

 カルナと俺、パーンダヴァの王子様達は異父兄弟だという事。

 兄弟同士で戦うなんて無意味だ、パーンダヴァと共に栄光を掴もう、とのことだ。

 

「つまり勧誘ですか」

「そうなるね。君たち……というよりカルナは本来、パーンダヴァの長兄なんだから。戦いはまだ始まっていないんだ。やりなおせるさ」

「何故私のところに? 長兄のカルナに言うべきでは?」

「カルナのところにはクンティーが、君たちの母親が行ってるよ」

 

 ―――母親。

 

「……カルナはおそらく、こう言ってるでしょうね」

 

 ――『あなたが俺を捨てた事に負い目を感じないというのなら、俺も恥じることなく過去を受け入れよう』――

 

「大体こんなことを言ってると思いますよ。……クンティーは、この質問に是と答えられる人間ですか」

「……答えられないだろうね。確かに彼女は身勝手だけど、恥を知らないわけじゃない」

「決まりですね。パーンダヴァにはつきません。クンティーを連れてさっさと帰って下さい」

 

 さっさと帰れという意味を込めて手でしっしと追い払うようなそぶりを見せると、クリシュナは苦笑する。

 

「ひどいねえ。でも、君の言い方だと『カルナが残るから自分も残る』と言ってるように聞こえるけど」

 

 君自身はどうなの? とあざとくも首をかしげながら言うこの親戚に思わず舌打ちが出た。このまま無視したいところだが、目が「答えないと帰らないし、帰さない」と言っている。

 

「それに、さっきから『クンティー』って。自分の母親なのに他人行儀だね」

「……俺は兄のように心が広くないんですよ。今までは名前すら知らなかったので便宜上母と呼んでましたが、俺達を捨てた時点で他人です」

 

 カルナは捨てられたことに対しては特に、恨みとか怒りとかそういう感情は抱いていないだろうが、俺は心が広くない。

 多分、直接会って謝られたとしても許せないくらいには。

 

 いや、現代日本と違って仕方ないことくらいは分かるよ? もし正直に不義を言っていたところで許される確率はかなり低いだろうし。最悪クンティーも兄も俺も殺されてただろうし。

 

 だとしても、理解していても納得はできないんだよなあ。

 

……なんて格好よく言ってるけど実際は「今更遅いんだよばーかばーか!」という男子高校生的な感じだ。言ったら台無しだから言わないけどね。

 

「仮に兄がパーンダヴァについたとしても私は絶対に行きませんよ」

「…………へえ」

 

 …………………………どうしよう。クリシュナすっごく楽しそうな顔してる。なんか選択肢をミスったような予感がする。これ以上下手なことを言わないようにしないと何かが終わる気がする!

 

「とにかく、帰って下さい。万が一誰かに見られでもしたら面倒ですし、そろそろ兄の方だって話は終わるでしょう。ほら、行ってください」

「わかったよ。次に会う時は戦場だね……アルジュナはカルナを殺したがってるし、私は君と戦おうかな」

「(絶対嫌だ)そうですか。どうでもいいですが、アルジュナに期待を掛け過ぎでしょう。戦う前に潰れないよう、少しは息抜きでもさせればどうです」

 

 アイツの事は苦手だけど、見てて可哀想になるくらいに期待を掛けられてるし。褒められるのは嬉しいけど、あんなん息が詰まるだけだろ。

 あれだよな、アイツ優等生タイプ。君ならできるよね~とか勝手に言われて学級委員長まかされて、しかもうまくいっちゃうもんだから益々仕事とかが増えるやつ。俺そんな立派じゃねーよ! って言いたくなる。ソースは前世のクラスメイト。

 

 って、昔の話はどうでもいい。

 

 アルジュナを気にしたのは、(あくまで他人事だが)そういう経緯で俺も期待を掛けられ過ぎる心痛を分かるからだ。主にいがみ合いしかしてないけど、あの堅物な性格だと早々弱音を吐くなんてことはしないだろうことは分かる。

 

 だから先の言葉は若干の同情と兄だってどうせ宿敵と戦うならお互い全力が良いだろうという意味があった。

 

「何を言ってるんだい。アルジュナは素晴らしい戦士だ、潰れやしないさ」

 

 思わず顔が引きつった。マジか、ちょっと本気で同情するわアイツ。

 

「でも、アルジュナのことをよく観察しているんだね。……女の子だったら面白かったのに、ってなんで逃げるの」

「悪寒がしたので。近づかないでください、ってかいい加減に帰れ」

 

 最期の部分が聞き取れなかったけどすっごい寒気がした!! でも聞いたら死亡ルートが確定しそうだから言わない。最後に思わず素が出ちゃったけどこれ位いいよね。だって三回目だし。仏の顔も三度までですよこの野郎。

 

「確かに長居しすぎたようだ。今度こそ帰るよ」

 

 そういって今度こそクリシュナは去って行った……すっごい疲れた……もう二度と来るんじゃねーぞマジで。

 

 その後、兄に会ったけどお互い特に何も言わずに夜を過ごした。

 

 

「俺は母との誓いでアルジュナ以外の兄弟を殺すことはできない。何かあったら頼むぞ」

「どんな誓いしてんですかそこは敵の大将以外を殺さない約束にしてくださいよ!!」

 

 嘘だろマジでこの性格なんとかしないといけないんじゃないの。

 

 

 

 クルクシェートラの戦い。

 あれから兄は何度もアルジュナとぶつかった。俺は御者としてついてったのでクリシュナとやり合う事も何度かあった。超怖かった。

 

 その最終決戦直前のある日。

 

 兄が沐浴をしている間に馬の面倒を見ていると、向こうの方がざわめき始めた。しかも悲鳴まで聞こえてくる。

 そして風に乗って漂ってきたのは……血の匂い。

 

 急いで騒ぎのする方向へ向かった。

 

「すいません、通してください。何があっ……た……」

「どうした、顔色が悪いぞ」

 

 騒ぎの中心にいたのは全身血まみれで、顔色悪いとか人に言えないくらいに全身真っ青(いつもよりひどい。たぶん、貧血)な兄の姿だった。

 

「……っ! 何があったのですか!? まさか暗殺でも仕掛けられて!?」

「落ち着け。これは自分で剥いだだけだ」

「剥いだ!? 剥いだって何を! それより早く手当をしないと!」

 

「落ち着け! 何があったんだ!」

 

 背後からの大声に後ろを振り返るとドゥリーヨダナの姿があった。どうやら彼のところにまで騒ぎが聞こえてしまったらしい。

 ドゥリーヨダナは騒ぎの中心の俺とカルナ――特にカルナを見てさあっと顔を青ざめさせた。

 

「カルナ!? どうしたんだその怪我は!? それに鎧まで……その槍は一体?」

「え? あ」

 

 怪我に気を取られていて気付かなかったが、確かに皮膚と同化しているはずの鎧が無く、手には見た事のない槍が握られている。

 

「インドラからの贈り物だ。鎧の代わりに授かった」

「「は」」

 

 おい待てやこら。インドラってアルジュナの父親じゃん? え、ちょっと意味が分からないんですけど。

 

「カルナ……すまないが、詳しく説明してくれ」

「沐浴をしていたところにインドラ神が来て鎧を譲ってくれと言われたのでな。鎧の対価にこの槍を貰い受けた」

 

 ……流石に、カルナが父の子である証ともいえる鎧をくれと言われて、あっさりあげるとは思えない。だけど兄の性格上、食い下がられると渡すだろう。

 インドラが来た理由はアルジュナだ。不死の鎧を息子のために取り払いたかったって所だ。兄はそれを見抜いたうえで渡したんだろう。

 

 なんで槍をくれたのかは知らんけど……とりあえずさ。

 

「こんの……っバカ!! ああもう、言いたいことがありすぎて何から言っていいかわからん!!」

「……ここまで言葉を乱れさせるお前を見るのは初めて見たな」

「言ってる場合か……場合じゃないです! 説教はあとでしますのでとにかく止血!」

 

 

 

 

 とりあえず体中に包帯を巻いて大人しくさせることにした。

 いまカルナは、枕に体をもたれさせている状態だ。

 

 医師が調合した薬を水に混ぜて飲ませる。

 

「兄上、あなたのその性格は長所でもあります(言葉が足りなさすぎるけど)。でも何でもかんでも施さないでください」

「しかし……」

「貴方の持論は立派ですが、血まみれの兄を見た私の気持ちにもなって見てください!」

 

 よっぽどひどい顔をしていたのか、兄は目を逸らしてすまない……とだけ答えた。

 

「だが、俺は生き方を変えられないだろう」

「しってますよ。兄上は妙な所で頑固ですからね。明日の戦もどうせ出る気でしょう。死にますよ?」

「ああ。それでも、奴とは闘わねば」

「そういうと思いました。止めません」

「そうか……」

 

 そう、止めはしない。止めは。

 

「ですが、少しでも体調を回復せねばあちらも納得しないでしょう」

「? 何を……っ」

 

「大人しく寝ていてください」

 

 ガシャン、と音を立てて湯呑が割れる。

 耐え切れなくなったカルナはそのまま横に倒れる。兄は何かを言おうとしたようだったが、すぐに目を閉じた。

 やっぱり鎧が無い上に弱っていると薬も効きやすいらしい、あんまり知りたくなかった情報だ。

 

 一度報告しようと寝所を出ると、既にドゥリーヨダナが待っていた。

 

「うまくいったのか……。お前だからカルナも油断したんだろう」

「……我儘を聞き入れてもらい、ありがとうございます」

「頼まれたものだ。後は、ここに人が近づかないようにすればいいんだな」

「ええ」

 

 渡されたものを受け取るとドゥリーヨダナはじっと俺を見詰め、溜息をついた。

 

「カルナのことを頑固だのなんだの言っていたが、お前も似たようなものだな……死ぬ気か?」

「まさか。呪いが無い分、兄よりはマシでしょう。そもそも、最初から死ぬ気で戦場に出るものなんていませんよ」

「それもそうだ。では、余り遅くならんように」

「はい」

 

 そう言ってドゥリーヨダナは寝所の前から立ち去った。それを見送り、俺もカルナの寝所の隣に用意されている自分の寝所へ引っ込む。

 

 いつも持っている小刀を取り出した。蝋燭のわずかな光が、刃に反射する。

 

 そして俺は――。

 

 

 

 

 

 血のにおいが漂い砂埃が舞う戦場で、アルジュナは宿敵の姿をとらえた。

 

「カルナ……!」

「いたいた。……? 彼がいない?」

 

 目を向けると、確かにそこに座っているのはカルナの片割れではなく別の姿があった。

 

「彼が居ないなんて、何かあったのか? まあ、邪魔されないのはいいことだ。彼以外じゃ、腕はよくてもカルナと息を合わせることは難しいだろう」

 

 宿敵に瓜二つの赤い男は、アルジュナと戦っているカルナが呪いによって窮地に陥ると絶妙なタイミングで横やりを入れてくる。

 馬に飛び乗って矢を射ってきたときには流石に度肝を抜かれた。

 

 しかし、それはクリシュナの言うようにあの2人が通じ合っていたから出来た事だ。他の者では到底不可能だろう。

 

「これはまたとない機会だよ、アルジュナ。彼がいないのなら、カルナも十全に力を発揮できないだろう」

「……そうですね」

 

 本音を言えば、万全の状態のカルナと雌雄を決したかったが仕方がないだろう。

 ……一瞬、己の闇を見透かされたあの日を思い出す。

 

 

 ―――奴と長く話したのはアレが最初で最後だったな。

 

 自分がカルナを殺したとなれば、あの男は自分の前に現れるだろうか?

 

 そんな考えが頭を過るが、すぐに頭から振り払う。

 雑念は戦場に於いて死につながるのだから。

 

 

 

 

 

 激戦。

 まさにその一言に尽きた。

 

 ともに一歩も引かずに、死力を尽くす姿は神々しく見えた。

 しかし、カルナは数々の呪いに足を取られているのだろう、動きが鈍い。また、攻撃にもどこか迷いがあるように見えた。

 

 ――だが、その時は訪れる。

 

 ガタンッ、とカルナの乗る戦車が大きく揺れ、彼はバランスを崩した。バラモンの牛を誤って殺した際に掛けられた「緊急時のさいに戦車が動かなくなる呪い」だろう。

 

 千載一遇の機会。だが、アルジュナは弓を引くことを躊躇った。

 

 ――相手が動けぬ状態で、こんな謀殺に近い形で殺していいのか――

 

「アルジュナ? どうしたんだ、早く弓をひくんだ」

「だが、」

「忘れたのかい、カルナが我々パーンダヴァに何をしてきたのか」

 

 クリシュナの言葉に押され、アルジュナは矢を放った。

 

 

 ――その瞬間、目が合った。

 

 ……血のように暗く、しかし強い光をたたえる赤い目と。

 

 

「、な」

 

 クリシュナも気付いたのだろう、驚愕に目を見開いている。

 

 ニヤリ、と決してカルナは浮かべないだろう笑みが目に焼き付いた瞬間。

 

 

 

 ――宿敵の弟の首に、放たれた矢が突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 いや、分かってたよ。俺じゃアルジュナに勝てないことくらい。でも結構いい線いってたと思わないか? 

 まさか兄に掛けられたはずの呪いが俺にまで作用するとは思わなかったけど……呪いすら勘違いさせるほど演技が上手かったって事かな? だとしたら死ぬ思いをして鎧を剥いだ甲斐があるってもんだ。

 

 これまでもが神々に仕組まれていた何て言ったら罰当たり覚悟で、全身全霊をかけて逆に呪ってやるけど!! 

 

 寝ている兄には俺の体から引きはがした鎧を装備させているし、起きる頃には傷も癒えてるだろう……大丈夫だよな? まあ、無いよりは遥かにマシだろうけど。

 

 

 ――人間、死ぬ時は周りがスローモーションに見えるってのは本当なんだな。

 

 避けきれないと分かる矢に、そしてその矢を放った本人を見やる。

 

 アルジュナと目が合った。どうやら気が付いたらしい、クリシュナも虚をつかれた顔をしている、やったぜ。

 ……弟、なんだよなあ、あれ。悪いことしたな、姉殺しとか。カルナは自分で殺そうとしてるんだからともかくねえ。クリシュナやクンティーが言わなければオールオッケーなんだけど、後は兄上がうっかりばらさないことを祈る。主に性別を。

 

 アルジュナ自身は悪くないけど、インドラやドローナの行動でかなり煮え湯を飲まされているんだ、これ位いいだろう。

 

 そう思いを込めて、矢が首を貫く直前、ニヤリと決して兄がしないだろう笑みを浮かべた。

 

 

 ――誰かの声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 ――これは、未来を取り戻す物語――

 

 

 

「――サーヴァント、ライダー。大したことはしてませんが、身代わり程度にはなります。よろしくお願いします、マスター。」




三人称難しいですね。


 ちょっとした質問、というかアンケートです。

Q.主人公の名前いりますか?

 一応考えてはいるんですが、何しろインド系の名前って難しいので。最悪「おい」「きみ」「ねえ」などで済ませようかとも考えています。
 「いるんじゃね?」「いや、なくてもいいっしょ」程度の気持ちでいいのでお願いします。


追記です。
アンケートですが、3日後を目安に締め切ります。それまでに多かった方の意見を採用します。
改めてご協力お願いします。

更に追記
すいません、私の不手際でアンケートを感想で取ってはいけないというルールに反してしまいました。
活動報告に改めて設置するので、これからはそちらでお願いします。
ご迷惑をかけて申し訳ありません。


誤字脱字・感想在りましたらお願いします。


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終幕の物語

今回の話にはうろぶち成分が入っています。苦手な方はご注意ください。



5/14
間違って消してしまいました。申し訳ありません。
内容は変わってませんので、気にしないでください。



 生まれた時から共にいた、同じ顔、違う色の妹、スラクシャ。

 

「兄上! いい加減に何でもかんでも、頼まれたら引き受けるのはやめてください!」

 

 そう言われたのはいつだったか。定かではないが、あの時は確か、荷を運ぶのを手伝った時だった。

 重いそれを、俺は誤って自分の上に落としてしまったのだ。幸い、父の威光である鎧のお蔭で大したことはなかったが、一歩間違えれば大惨事になるところだった。

 

 スラクシャはそれを心配したのだろう。しかし、オレは自分の信念を曲げることはなかった。

 

「人より多くのものを戴いて生まれた自分は、人より優れた“生の証”を示すべきだ。そうでなければ、力無き人々が報われない」

「……そうですか。なら、あなたが誰かに施すのなら、私が貴方に施します。それが嫌なら、自分を大事にしてください」

 

 その言葉にオレは「努力する」と頷いた。

 

 それ以降、性別を隠した妹はオレよりも先に人々の頼みを聞き入れた。オレが行ったときには、もうやる事は残っておらず、全て妹が片づけていた。

 

 オレに施すとはこういうことか。

 

 同じときに生まれた片割れとはいえ、隠しているとはいえ、女であるスラクシャはオレより細く、力も弱い。だからオレは、スラクシャが人々の頼みを聞き入れるより早く、それを聞き入れた。

 そうすると、スラクシャは更に早く、願いを聞き入れようとする。

 

 まるで2人で競っているようだと微笑ましくなった。

 

 

 ―――オレは、妹の言葉を、何一つ理解してなかった。

 

 

 

 あの競技大会の後、オレ達はドローナの元で修行を受けていた。

 そこにはアルジュナらも居る。元々オレ以外とは余り関わっていなかった妹だが、競技大会以来パーンダヴァの兄弟を苦手になったらしく、離れたところで修行をするようになっていた。

 

 その日、オレは途中で席を外し、師の元を訪ね自分と妹に奥義を授けてほしいと頼んだ。今まで何度も頼んできたが、師は決して首を縦には降らず、この日もすげなく断られた。

 恐らく、ここにいたところで奥義を授けられることはないだろう。

 

 ならば、ドローナの師であるパラシュラーマに教えを請えばいい。そう思い立った俺は、スラクシャのところへ向かった。

 

 するとそこでは、アルジュナが妹の隣に座り、首へ向かって手を伸ばしていた。

 

 アルジュナの表情に何かを感じた俺は声をかけてそれを止めた。そのままスラクシャの手を引き、アルジュナの視線を背に感じながら門を出た。

 

「……アルジュナと何をしていた」

「ああ、アルジュナがまた賞賛されていたので眺めていただけです」

「それが何故ああなる」

「いえ、なんでも目が気に食わなかったらしく」

 

 理由はよくわからないが、危害を加えられたわけではないらしい。

 

 

 パラシュラーマは、クシャトリャを深く憎んでいる。そこでオレ達はバラモンであると偽って弟子入りすることができた。

 そうしてオレ達は奥義を習得することができた。

 

 だが――

 

「兄上!」

「っ!」

 

 寝所に忍び込んだ蛇。オレを狙った牙は、間に飛び出したスラクシャに突きたてられた。その咄嗟の動きをみたパラシュラーマに偽りが露呈し、呪いをかけられた。

 

「……呪いをかけられることは構わない。だが、呪うのはオレだけにしてくれ。スラクシャは、俺が無理やり連れてきたのだから」

「……! か、るなっ」

 

 パラシュラーマは俺の願いを聞き届け、呪われたのは俺だけだった。

 

 

「馬鹿じゃないですか!? 何故自分だけ……!」

「お前はオレを庇った。それに報いただけだ」

「ですが! ……分かりました。ただ、私が庇ったことなど、兄上が受けた呪いに比べれば些細なこと。ですから、いつか兄上が窮地に陥った時は私がそれを肩代わりします」

「そうか」

 

 

 何故、あの時聞き流してしまったのか。何故、いつものやり取りだと思ってしまったのか。

 

 

 

 

 

「―――うっ」

 

 鈍い頭痛に苛まれながら目を覚ます。懐かしい夢を見ていたようだ。

 天井を見つめながらぼんやりする頭で意識を失う前の事を思い出す。

 

「(確かインドラに鎧を渡し、槍を譲り受けた。それから――)」

 

 

 ――大人しく寝ていてください。

 

 

「!」

 

 目を見開く。

 そう、妹に薬を盛られ、そのまま意識を失ってしまったのだ。

 

「何故……、いやそれより戦いは――」

 

 慌てて寝具から身を起こした。

 すると、毛布に隠れて見えなかったソレが姿を見せた。

 

「な、に」

 

 茫然と自分の体を――自分が身にまとっている黄金の鎧を見つめる。

 

「何故、鎧がここに――」

 

 

 ――あなたが誰かに施すのなら、私が貴方に施します。それが嫌なら、自分を大事にしてください――

 ――いつか兄上が窮地に陥った時は私がそれを肩代わりします――

 

 

 それは昔、己の信念を告げた時に、妹の呪いを肩代わりした時に言われた言葉。

 

 何故今この言葉を思い出した? 何故インドラから授かった槍がない? 何故ここに鎧がある?

 

 

 ―――なぜ、ここにスラクシャはいない?―――

 

 

 血の気が引いた。自分の寝所を飛び出し、いつも妹が使っている隣の寝所へ入った。

 しかし、そこには誰もいない。

 

「くっ、どこに!」

「カルナ? 起きたのか」

 

 後ろを振り返ると、ドゥリーヨダナの姿があった。

 

「ドゥリーヨダナ、スラクシャはどこだ? 何故俺に鎧が、それに戦いは……」

「…………」

 

 ドゥリーヨダナは黙って目を反らした。

 ……それが何よりの返事だった。

 

「――――!」

「なっ、カルナ!!」

 

 カルナは戦場へと駆け出した。

 

 

 

 既に戦いは始まっていた。

 周囲を気にせずに戦場を駆ける。時折、カウラヴァの戦士が驚いたような顔でこちらを見る。その表情を見るたびに、嫌な予感は確信へと変わっていく。

 

 そして―――

 

「っ!」

 

 見つけた。まだ距離はあるが、それでもわかった。

 赤い髪はなにかを塗ったのかオレと同じ白髪になっており、その手にはインドラから授かった槍が握られている。

 身に纏っているはずの黄金の鎧はなく、自分が身に着けているそれが妹の物だと確信した。

 

 

 ――あの痛みを、味わわせてしまった。

 そして、スラクシャが鎧を自ら剥いだ理由はカルナだ。

 

 罪悪感に首を強く振る。

 今は、そんなことを考えてる場合ではない。早く辿り着かなければ――

 

 ガタンッ

 

 突如響いた音に前を見ると、妹の乗っている戦車の車輪が動かなくなってしまっていた。

 

「(バカな!? アレは、オレにかけられた呪いのはず!)」

 

 何故スラクシャにその呪いが? いや、そんなことを考えている暇はない。アルジュナが矢をつがえている、早くしないと――!!

 

「スラク―――!!」

 

 だが、オレが辿り着くよりも早く

 

 目の前で、妹の無防備な細い首を、アルジュナの放った矢が貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 顔だけなら前から知っていた。同じ師から教えを乞うているのだから当たり前だ。

 

 初めて声を聴いたのは競技大会。ビーマ兄上がカルナを嘲った、その時に奴はそこまで大きい訳でもなく、良く通る声で言ったのだ。

 

「その御者の息子風情に劣る貴様ら……失礼、あなた方は御者の息子以下ということですか」

 

 そこからは凄まじかった。クル族主催の大会だからと殺し合いにまでは発展しなかったものの、カルナと同じ容貌から吐き出される罵詈雑言の嵐。ビーマ兄上が押されるほどの勢いで、しかし笑みを崩さぬままに。

 他の兄弟たちは全員対抗していたが、私だけは何を言うでもなく、ただその顔を見ていた。

 

 

 

 初めて1対1で言葉を交わしたのは、競技大会の後、師であるドローナのもとでともに修行を受けていた時だった。

 

 私の放った矢が的の中心に深々と突き刺さる。それを師が、兄が、弟が、周りの弟子たちが賞賛する。そして、更なる期待をかける。

 

 昔からそうだった。当たり前のように与えられる賞賛。

 

 ――立派だ、流石だな、お前ならもっとできるだろう――

 

 違う、私は、そんな期待をかけられるほどの人間では――!

 

 視線を感じた。そこにいたのは、あの男と同じ顔をした、赤い髪の、奴の弟。

 私を見るその目に写っているのは――憐み。

 

 カッと頭に血が上る。だが、それが表情に出る前に奴は手元の弓へと視線を下した。

 

 周囲の人間がそれぞれの修練に戻る中、私は奴の――スラクシャの下へと足を進め、隣に腰を下ろした。

 男は顔を上げると驚いた表情を浮かべる。しかし、そんなことはどうでもいい。

 

 じっと赤い目を見つめるが、先ほど浮かんでいた憐みの色はどこにもなく、今はただ驚きと疑問に満ちている。

 

「…………何か用ですか」

「…………あの目はなんだ」

「?」

 

 意味が分からないという風に首をかしげる奴に苛立ち、カルナより長いその髪を引っ張る。

 

「いっ!」

「とぼけるな、何故私を憐れんだ!」

「いっ、言うから、離してください!」

 

引っ張った部分を押さえながら睨みつけられた。

 意に介さず無言で待つと、渋々といったように口を開いた。

 

 

「あなたは、周りの賞賛を重荷に思っているように見えましたから」

 

 

 ―――呼吸が止まった。

 

 何故気づかれた、何故、何故―――!

 

「貴、様」

 

 無意識に、手が伸びる。このまま止めなければ、どこを掴むつもりなのか自分でもわからない。

 肩か、首か、体に触れる寸前まで手を伸ばし――

 

 

「戻ったぞ」

 

 

 ハッと、響いた声に意識が戻る。

 いつの間にかすぐ隣にカルナが立っていた。

 

「兄上、今までどこに行ってたんですか」

「行くぞ」

「え?」

 

 カルナはスラクシャの腕をとり、立ち上がらせるとそのまま門の方へ向かう。

 

「ちょ、兄上!? どこに行く気ですか!? そしてどこに行ってたんですか!?」

「ここでは得るものがない」

「……ドローナのところへ行ったがまた奥義を授けられなかったから、もういる意味がないということですか。わかりました、わかったので手の力を緩めてください、痛いです!」

 

 そのまま後ろを振り返ることなく去っていく赤を見つめていた。

 

 

 

 まともに言葉を交わしたのはあれが最初で最後だった。

 それからは顔を合わせることがあっても、私と話すことはなかった。

 

 そのうちに戦が始まり、お互いに殺し殺される関係となった。

 ただし奴は御者を務めており、直接殺し合ったのはカルナだったが。

 

 私とカルナが戦っている間に、従兄であるクリシュナが奴の相手をした。

 時折、カルナを窮地に追い込むと一撃を加えようとしたタイミングで奴は弓を放ってくる。馬から御者席へと飛び移っているのを見たときは目を疑った。まさか、走っている戦車の御者席から馬へと飛び移り、正確にこちらを射抜いたのか。

 

 一歩間違えれば本人も、カルナも死にかねない行為。だが、躊躇うことなくとったその行動に、互いが互いのことを信頼していることがわかる。

 

 クリシュナを信頼していないわけではないが、私が御者だったとして、スラクシャと同じことができるかと言われれば答えは否だ。

 互いに信頼し合い、またスラクシャがカルナを真に理解しているからこそできた事だ。

 

 ――そう思うと、何故か黒い感情が湧きあがった。

 

 

 

 

 そうして戦が激しくなり、とうとうその日が来た。

 

 見慣れた戦車の上に宿敵の姿はあったがスラクシャの姿はなかった。

 

 カルナの能力を十全に引き出せるのは奴だけ。しかも、カルナは見慣れた黄金の鎧を纏っていない。

 父が自分のためにしたことは分かっている。だが、呪いがかかっているとはいえ万全の状態の奴と戦いたかったのも事実。もしかしたら、奴にも何かしたのかもしれない。

 

 複雑な思いを抱きながらも戦い、そして決着がついた。

 

 

 

 ―――ただし、私が射殺したのは宿敵ではなく、カルナに扮したスラクシャだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

 

 気が付けばカルナは妹の亡骸を抱え叫んでいた。

 

 もっと早く目覚めていれば、

 もっと早く来ていれば、

 

 

 もっと、自分を大事にしていれば――

 

 

 さまざまな思いが悲鳴となってカルナの口から慟哭となって溢れ出した。

 

 

 

 

「―――っ、あ」

 

 

 その様子をアルジュナは茫然としながら見ていた。

 

 目の前の現実を認めたくなかった。

 目の前の光景を認めたくなかった。

 

 

 目の前に横たわる、赤を認めたくなかった――

 

 

 アルジュナは、ただただその場に立ち尽くす事しかできなかった。

 

 

 

 

「……構えろ、アルジュナ」

 

 ハッと顔をあげると、片割れの亡骸を丁寧に横たえ、槍を構えるカルナの姿があった。

 

「なにを……」

「スラクシャは、妹は、オレとお前を全力で戦わせるために自ら鎧を剥いだ。……オレを騙って戦場に出たのも、おそらく時間稼ぎだ」

 

 そこまで言うと、カルナは槍を持つ手に力を込める。

 アルジュナはというと、カルナの言葉に衝撃を受けていた。

 

「(今、この男は何と言った? 妹、だと――)」

 

 自ら戦場に出ていたとはいえ、自分は女性を謀殺したことになる。

 

「貴様、私が憎くないのか!!」

「ああ」

 

 あっさりと答えるカルナにアルジュナは目を見開く。しかし、すぐに顔を険しくさせ、カルナを睨みつけた。

 

「戯言を! 私は貴様の妹を殺した、憎まないはずが――」

「オレが憎んでいるのはオレ自身だ。アルジュナよ」

「どういう――」

 

「オレが、自らの生き方を変えられなかったが故に、スラクシャは死んだ」

 

「スラクシャを死に追いやったのはオレだ。お前の責ではない」

 

 

 アルジュナは信じられない思いでそれを聞いていた。

 カルナの言う通りアルジュナに責が無いとしても、目の前に直接手を下した敵がいるというのに、この男は―――!

 

 

「構えないのならこちらから行くぞ!」

 

 カルナが槍を振るう。

 戦士としての本能か、アルジュナは咄嗟に弓を構え応戦する。

 

 

 こうして、今度こそ2人の英雄がぶつかった――。

 

 

 

 

 スラクシャが女だという事実に驚愕したのは、アルジュナの背後で見ていたクリシュナも同じだった。女であれば面白いと思ったが、まさか本当に女だったとは。

 

「(惜しい事をしたな。できれば、カルナを殺した後に生け捕りにしたかったのに)」

 

 しかし、死んでしまってはそれもかなわない。クリシュナは、アルジュナをどうやって勝利に導くかに思考を巡らせる。

 

 鎧を所有しているカルナには、全力を出したクリシュナですら敵うか分からない。アルジュナが持ちこたえているのは、カルナの動きが精細さを欠いてるからで、しかしアルジュナもスラクシャの死に動揺し反撃どころではない。

 

 このままではアルジュナが負ける――。

 

 どうしようかと考えるクリシュナの目に、スラクシャの亡骸が目に入った。

 

 

 

「ぐっ――!」

 

 槍の側面に体を打たれ、アルジュナは膝をつく。

 反撃をしようと思わなかったわけではない。だが、攻撃しようとするたびにスラクシャの顔が脳裏をよぎり、どうしても矢を放てない。

 仮に放てたとしても、黄金の鎧を装備したカルナにはそのほとんどは効くことなく、仮にダメージを与えられたとしてもすぐに回復してしまうだろうが。

 

「――ここまでだな」

 

 カルナが槍を向ける。

 立ち上がろうとするが、どうしても足に力が入らない。

 

 アルジュナが覚悟を決めた、その時だった――

 

 

「そこまでだよ、カルナ」

 

 

 クリシュナの声が響く。

 アルジュナが痛みをこらえながら顔を向けると、

 

「っ!? クリシュナ、何を……!」

 

 クリシュナは、横たわったスラクシャの首筋に、彼女が所持していた短剣を突きつけていた。

 

「貴様っ!」

「動かないでね、カルナ。動いたら彼女の首を落とすから」

「――っ!」

 

 歯を食いしばり動かないカルナと、呆然と自分を見るアルジュナに、クリシュナは笑いかける。勿論、スラクシャの首に突き付けた短剣は動かさない。

 

「じゃあ、カルナ。まずはその鎧を脱いでもらおうか。スラクシャから譲ってもらったのなら、簡単に脱げるだろう」

「…………」

 

 ガシャリ、と音を立ててアルジュナの目の前で黄金の鎧を脱いでいくカルナ。アルジュナは何も言えずに、その光景を見ていた。

 

「これでいいのか」

「ありがとう。じゃあ、アルジュナ」

 

 

「カルナを殺そうか」

 

 

「……………………、え」

 

 言われたことが理解できず、声を漏らす事しかできなかったアルジュナにクリシュナは言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 

「黄金の鎧を身に着けたカルナじゃあどうやっても勝てない。でも、いまならカルナは無防備だ」

「馬鹿な! 出来るわけが……!」

 

 

「でも動けないスラクシャは殺せたじゃないか」

 

 

 ビクリ、とアルジュナの肩が跳ねる。

 

「大丈夫、あの時より距離は近いから簡単に殺せるさ。それに……殺さないとパーンダヴァの皆が殺されるよ」

「あ、ぁあ、ぁ」

 

 弱弱しく頭を振り、目に涙すら浮かべるアルジュナに、容赦なくクリシュナは言葉を投げかける。

 

「ほら早く。それともパーンダヴァを見捨てるのかい?」

「ちが、違う! 私は、私、は……!」

 

 

「その必要はない」

 

 

 さらにアルジュナを追い詰めようとしたクリシュナを、カルナの静かな声が止めた。

 

「なに? 妹を見捨てる気?」

「一つ誓え。決して、スラクシャを辱めるな」

「君が死んだら誓うよ」

「…………確かに聞いたぞ」

 

 そういうとカルナは、手に持ったインドラの槍を、自分の首筋にあてがった。

 

「!?」

「オレはどうやっても生き方を変えられないらしい」

「待て、カルナ!!」

 

 

「さらばだ、アルジュナよ」

 

 

 ズシャリ

 

 刃が肉を断ち切る鈍い音と、それと共に広がる血、その匂い。

 

 それらをアルジュナが認識した時にはカルナはすでに死んでいた。

 

「カ、ルナ……」

「自害か……。仕方ない、誓いは誓いだしね」

 

 クリシュナはスラクシャに突き付けていた短剣をそのまま地に投げ捨てた。

 

カルナとスラクシャが死んだ今、パーンダヴァの勝利は確実だった。

 

 アルジュナはクリシュナに手を引かれるまま歩く事しかできなかった。

 

 

 

 

「……まあ、辱めないとは言ったけど、座で何もしないとは言ってないよね」

 

 

 

 

 それから、パーンダヴァはクルクシェートラの戦いで勝利を収めた。ドゥリーヨダナも最後まで戦ったが、とうとう討たれた。

 

 パーンダヴァでは盛大な宴が開かれた。カウラヴァの中で最も厄介だったカルナとスラクシャを倒した英雄としてアルジュナも参加していた。

 表面上は普段通りの彼だったが、その内心は心臓に穴が空いたかのように空虚だった。

 

 

 そうして宴も終わり、夜も更けたころ、アルジュナを含む5人の兄弟は母親であるクンティーに呼び出された。

 

「母上、どうしましたかこんな夜更けに」

 

 長兄であるユディシュティラが代表して訊くが、クンティーは顔を青くさせたまま中々口を開かない。

 やがて意を決したのか、震える声で打ち明けた。

 

「……言わなければならないことがあります」

 

 

「カルナとスラクシャは……あなたたちの兄弟です」

 

 

 頭が真っ白になった。

 

 

「は、母上、何をおっしゃるのですか?」

 

 クンティーは過去に自分が犯した過ちを、カルナとスラクシャを捨てた事を、戦いが始まる前にクリシュナの協力でカルナに会い、カルナがアルジュナ以外の兄弟を殺さないと誓ったことを全て話した。

 

「……スラクシャには、最期まで会うことは叶いませんでしたが……」

「何故、今更……! もっと早く言ってくれれば!!」

 

 ユディシュティラが母を責める。ビーマが呆然とする。ナクラとサハディーが泣き崩れる。 

 兄弟全員がそれぞれ嘆き、怒るなか、アルジュナは茫洋とした目で虚空を見詰めていた。

 

 

 ……クリシュナは、カルナが兄だと、スラクシャが姉だと知っていたのか? 知っていて……。

 

 

「母上。スラクシャが、姉だというのは、本当ですか?」

 

 

 はっとクンティーが息を飲む。

 それは、肯定したのと同義だった。

 

「そんな……!」

 

 ビーマが悲痛な声を上げた。彼はあの競技大会で散々スラクシャと罵り合ったのだ。その時に投げかけた言葉の中には、酷い侮蔑の言葉もあった。

 

 

 アルジュナは思い出す、彼女を初めて認識した時のことを。彼女と初めて会話をした時のことを。

 

 

 ――あなたは、周りの賞賛を重荷に思っているように見えましたから

 

 

 バキリ、と。

 アルジュナの中で何かが壊れた音がした。

 

 

「―――ぁあああああああああああああああ!!!」

 

 

 悲鳴を上げ、崩れ落ちるアルジュナに、兄弟が、母が駆け寄り心配する。

 だが、その中の誰一人としてアルジュナを理解していない。

 

 唯一アルジュナを理解していたのはスラクシャだけで、その姉をアルジュナは、クリシュナに言われたとはいえ、自分の手で、自分の意志で殺してしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ん?」

 

 スラクシャは、誰もいない座で一人首をかしげる。

 自分の取った行動が、取り返しのつかないほどの悲劇を巻き起こしてしまったことを知らずに。

 

「……気のせいか」

 

 ヴィシュヌ神の化身によって隔絶されてしまった座の中で、彼女/彼は待ち続ける。

 

 他人に施してばかりだった愛しい兄と再会することを、もしかしたらあの真っ直ぐな弟と会えるかもしれないことを。




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第1章
序幕の物語


第1章です。まずは座の様子です。すっごい短いです。

すぐに1話目も投稿しますので少々お待ちください。


 

「……暇すぎる」 

 

 アルジュナに討たれ座に来たのはいい。いや、元一般人としてはかなりビビったけど。

 「座」は英雄が来るところ、というのをどういう仕組みか知らないがなんとなく理解した私は大人しく兄と弟が来るのを待っているのだが……。

 

「いくらなんでも遅すぎじゃないですか」

 

 座には時間の感覚がないから正確にどれくらいたったとかは知らんけど流石に遅い……と私は感じる。

 

 え、一人称? どうやら座に来た時間が「俺」が生きてきた年齢を越したようで体の性別に引きずられたらしい。

 単純に「私」っていう一人称に慣れすぎたってのもある。

 

 いや、それはどうでもいいんだ。

 

 ここずっと太陽昇ったまんまだからどれくらい過ぎてんのかマジでわからないし、景色だってある程度進んだらまたここに戻ってくるしで退屈なんてレベルじゃない。

 時間の概念がないからそんな暇じゃないんじゃないって思うだろ? 時間の概念がない=ずっとこのままだから地味にストレスたまるよこれ。

 

 退屈すぎて、目指せ☆石切り百回越えにチャレンジをはじめるくらいだ。

 

「というか、ここまで誰1人として遭遇しないとなると、私もしかして嫌われてるのでは……」

 

 おこ? おこなの? 流石のカルナも薬盛った挙句に槍まで勝手に持ってかれて怒っちゃった?

 もしくは神様勢がキレた? 「女のくせに戦場に出るなんて生意気!」みたいな感じで。んで……えー、父上、も怒っちゃったとか。

 

 ……あれ。私もしかして勘当された?

 

「うそー……」

 

 せめて一言ほしい。流石に放置はつらい。まあ、生前普通に内心で神々(っていうかインドラとクリシュナの野郎)に対して散々暴言吐きまくってたし、仕方ないか。……いや。やっぱり絶縁宣言はしてくれ。そうしたら踏ん切りつくから……たぶん。

 

 …………軽く言ってみるものの、やっぱりショックだ。いや、まだ勘当されたとは限らないけどさ。もしカルナに嫌われてたら……うん。自分でもどうなるかわからねえ。

 

 重くなった心を抱えて石切り千回チャレンジしようとした時だった。

 

 

ドォオン!!

 

 

「!?」

 

 突然の揺れに思わず構える。

 うっそだろ!? 今まで太陽すら微動だにせず風すら吹かなかったこの場所に変化が起きただと!?

 

「って、なんだあれ」

 

 視線の先には、何もない空間に入った亀裂。

 恐る恐る近づいてみる。

 

 

 ――……に、銀……つ

 

 

「ん?」

 

 

 ――降り立……を。……閉じ、……り出で

 

 

 所々、いや大部分が聞こえないが声が……詠唱が進むごとに自分の顔が期待に満ちていくのが分かる。

 

 ――間違いない、これ、サーヴァントを召喚するための呪文……!

 

 今まで何の変化もなかった座に、なんで突然呼びかける声が聞こえてきたのかはわからない。というか、サーヴァントがどういうものかも正直分かってない。なんか聖杯戦争ってのに呼び出されるってことくらいしか知らない。

 

 が、正直このなにもない状況から抜け出せるのならなんだっていい!!

 

「よし、早速……い゛っ!?」

 

 入口だろう亀裂に手を伸ばすと、突然衝撃が走ってはじかれてしまった。

 ちょ、なにこれ結界か!? 召喚にも応えるなってか!?

 

 しかし、何度でもいうが、この状況を打破できるのなら何でもいい。

 

英雄よ、手綱をとれ(ラードヘーヤ)!」

 

 生前、共に戦場を駆け抜けた戦車を召喚する。

 ……これ兄に与えられたもののはずなのになんで私のところにあるんだ?

 

 まあいい。いつか機会があったら返そう。

 

 

 ――まずはこの妙な結界をぶっ壊す!!

 何をやっても変化一つなかった座に、突然召喚の声が聞こえるようになったってことはこの妙な結界が破れかかってるということだ。いつから張られてたのかは知らんが。

 

 

 

梵天よ(ブラフマー)―――」

 

 戦車を一度後退させ、本来飛び道具として放出させる魔力を戦車全体に纏わせる。

 

 

「―――地を覆え(ストラ)ッ!!」

 

 

 手綱を操って一気に加速させ、亀裂に向かって突撃する。

 誰が張ったのか滅茶苦茶強力な結界だが、そのままぶつかり続ける。

 

 そして

 

 

パアンッ!

 

 

 結界が弾け飛び、わずかな亀裂が入口へ変わる。

 

「よっしゃぁ、見たか!!」

 

 ついつい素が出てきてしまったが、気にせずに戦車から飛び降りる。

 

 

 そのまま入口へと飛び込んだ。




誰も来ないのでネガティブになりかけてる主人公。

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story:第1特異点 邪竜百年戦争オルレアン1

続いて本編1話目です。

今回はだいぶダイジェストされてますが、ご容赦ください。


「……あの、マスター?」

 

 目の前で固まっている、私のマスターだろう少年と眼鏡をかけた白衣の少女。

 

 どうしようか困っていると、入り口が開いて医者のような恰好をした男性と……かの有名なモナ・リザが入ってきた。え?

 

「ちょっと玲くん!? 今とんでもない魔力が……って誰!?」

「す、すごいです、先輩! 初めての召喚でここまで強い英霊を呼び出すなんて!」

「そんなに強いのこの人!?」

「あの魔力の流れから察するにかなり破格の英霊だねー」

 

 私がどうやって声をかけようと悩んでいる間にすっごい盛り上がっている。

 なに、私そんなにすごいの? サーヴァントとして召喚されるの初めてだから良くわからないんだけど。

 

 何故か座に行っても誰にも会えなかったし。

 

「えーと、ごめんね? 俺の名前は玲。良ければ真名を教えてくれないかな?」

「は、はい。私の真名はスラクシャといいます」

 

 答えるとマスター以外の面々の顔が驚愕に染まった。

 

「スラクシャだって!? あの『守護の英雄』!?」

「なにその異名!?」

 

 召喚早々素が出てしまうくらいには驚いた。おま、『守護の英雄』ってなんだ。なんでそんな二つ名がついた?

 

「マシュ、『守護の英雄』って?」

「はい先輩。マハーバーラタに登場する大英雄――『施しの英雄』カルナの弟であり、『守護の英雄』のほかに『犠牲の英雄』とも呼ばれています」

 

 マシュと呼ばれた少女の説明に唖然とする。『施しの英雄』と兄が呼ばれるのはわかるけど。守護て、犠牲って!!

 ていうか連呼するのやめて! すっごい恥ずかしいから!!

 後性別はばれてないみたいだ、やったね!

 

「へー。俺は英霊に詳しくないけど、すごいんだね」

「いえ、私は大したことなんてしていません」

 

 兄について回ってただけだし。

 

「序盤から強力な英霊がいるのは心強いよ。特異点に行く前に強い英霊に来てほしくて」

「あの、すいません、マスター。その件なんですが」

 

 

「実は何が起こっているのか理解できていないので、できれば説明をお願いします」

 

 さらに驚かれた。

 

 

 

各時代に特異点を作り出している聖杯を確保。

 

 あー、それで座が揺れたのか。……私としてはそのおかげで座から脱出できたわけだから複雑な心境だ。

 

「と、いうわけです。それにしても、知識に関してのバックアップを受けていないなんて」

「故障はないはずなんだけど……」

「いえ、現代知識に関してはある程度あるんです。ただそれ以外は……申し訳ありません……」

 

 やばい、いたたまれない。聖杯仕事して。現代知識だけ(転生してるから)あるとか最悪かよ。

 

「っていうことは、自分が死んだあとの事もわからないのかい?」

「ええ」

 

 

「(ドクター。これはマハーバーラタを書庫から撤去した方がいいのでは?)」

「(うーん……。でももしインド系統のサーヴァントが来たら、後から大ダメージ受けるんじゃないかな)」

 

 

 マシュさんとドクターは何を話しているんだ。

 

「気にしなくていいよ。来てくれてありがとう、スラクシャ」

「マスター……こちらこそ、私を呼んでくれてありがとうございます。いえ、本当に」

「……なんかあったの?」

「……座に召し上げられてから、今の今まで誰にもあったことがなかったもので」

 

 今2015年ってことは……ダメだ、考えるのも嫌になるくらいに時間過ぎてんじゃん。

 

「えー? 英霊の座って結構好き勝手に訪問できるけど」

「嘘でしょう」

 

 一歩も外に出られなかったんですが。

 これはマジで縁切られてるんじゃないのか俺……。

 

「な、なんにせよ、スラクシャのような強力な英霊が来てくれたのは心強い。そろそろレイシフトを始めよう」

「そ、そうですね!」

 

 

 その後、微妙に気を使われながらレイシフトをした。

 

 

 

 

 フォウという謎生物も一緒にレイシフトしてしまったという小さい事件があったが特に問題はなかった。

 レイシフトをしたのは百年戦争時代のフランス。ただし今は小休止期間。という説明をマシュさんがしている中、何故か空をポカンと見上げているマスターに釣られて上を見上げると……なんだあのでっかい輪。どう考えても未来消失の理由の一端だ。正体はドクターたちが調べておいてくれるとか。

 

 とりあえずやる事は大量にあるので、まずは街に向かうことになった。

 途中、フランス兵がいたので話しかけたら突然戦闘になった。コイツら怪し過ぎるぞ! というフランス兵の言葉に何も言い返せない。

 殺すわけにはいかないので峰打ちでやる事にしたが、なんていうか……手加減って難しいんだな。生前は常に全力じゃないと死んでたから、危うく本気でやるところだった、セーフ。

 

 使ったのは鎧を引きはがすときに使った短剣。柄の方でこう、どすっと。

 弓はね。あれ、私の魔力で矢を編んでるから。神秘帯びてない鎧とか軽く貫通する。

 

 それにしても弱すぎないかフランス。アルジュナもクリシュナももっと強かっ……比べる対象間違えた、アイツら半神半人と神だった。しかも兵じゃなくて将だ。

 完全に基準が可笑しくなってしまってることに地味にダメージを受けつつ勝利。しかし甘かったのか逃げられてしまったので追いかけることになった。

 

 砦まで辿り着いたのはいいが……外壁は無事だが中身はボロボロ、大量の負傷兵。戦時中でもないのにどういう事だ。

 っていうか、外が無事で中がボロボロってなんでだ。空襲でもあったのか?

 

 と、先ほどの兵を見かけたので話しかける。今度はフランス語で挨拶をする。と、兵は警戒を解いた。おい、いいのかそれで。

 

 話を聞くと、和平条約を結んだはずのシャルル七世は殺されたらしい。……竜の魔女、ジャンヌ・ダルクに。

 竜か……空も飛べるし、だから中がボロボロだったんだなってどうでもいいわ。ジャンヌ・ダルクって。おま、最後に歴史を習ったのが……とにかくかなり前の私ですら覚えてるくらい有名だよ? 聖女ではあるが魔女ではなかったはず。

 

 そうこう話していると今度は骸骨兵の襲来。人間じゃないので特に手加減する必要はなし。弓の出番だぞ、やったね。流石にあの量を短剣オンリーで処理するのはきつい。

 

 マシュさんと協力して全部粉砕してからもう一度詳しく話を聞く。なんでも、このフランス兵はオルレアン包囲戦と式典に参加したらしい。髪や肌の色は異なるが、まぎれもなくジャンヌ・ダルクとのこと……いや、髪と肌の色が異なってたら案外別人だ。私が言うんだから間違いない。

 

 まあとにかくジャンヌ・ダルクは悪魔と取引して戻ってきたんだとか。

 

 そして来るワイバーン。おい、マジか。マジで竜種か。あんなのが十五世紀のフランスに存在するなんておかしいとはマシュさんの談。いてたまるかあんなもん。

 

 当たり前だがさっきの骸骨兵とはランクが違う。兵士に被害を加えないように動くなら少してこずりそうだと弓を構えた時だった。

 

「兵たちよ、水を被りなさい! 彼らの炎を一瞬ですが防げます!」

「!」

 

 そういって現れたのはでかい旗を持った金髪の美少女。ドクター曰くサーヴァントだが反応が弱いらしい。

 とにかく彼女と協力してワイバーンを蹴散らすことにした。

 

 マシュさんとドクターが漫才をしている。何してんだあの大人。何をする気だこの子。

 

「そんな、貴女は――いや、お前は! 逃げろ! 魔女が出たぞ!」

「え、魔女……?」

 

 あー、なるほど察した。この美少女がジャンヌ・ダルクね。ていうか兵士よ。お前今の戦い見てた?

 

「あの。ありがとうございます」

「気にしないで。それより、君の名前は――」

 

 

「ルーラー。私のサーヴァントクラスはルーラーです。真名をジャンヌ・ダルクといいます」

 

 

 ですよねー。

 

「ジャンヌ……ダルク!?」

「死んだはずじゃないの?」

「マスター。もう少しオブラートに包んでください」

 

 率直すぎるだろ! しかも兵士たちの言い方からすると、火あぶりにされてからそう時間経ってないんじゃないか!?

 

 とりあえず移動することになった。

 

 

 

「……此処ならば落ちつけそうです。まず、あなた達のお名前をお聞かせください」

「了解しました。私の個体名はマシュ・キリエライト」

「スラクシャです」

「玲っていうんだ。一応、マシュ達のマスター」

「マスター……? この聖杯戦争にもマスターはいるのですね」

 

 おしい。残念ながら聖杯戦争とは無関係だ。聞きかじりでしかないけど。

 というか、骸骨兵だのワイバーンだのが大量にいる聖杯戦争とか恐ろしすぎるわ。

 

 話を戻そう。

 なんでも彼女は、確かにサーヴァントだし、クラスも理解している。

 しかし、本来与えられるべき聖杯戦争の知識が大部分無い、加えてステータスもランクダウン。ルーラーの特権であるサーヴァント用の令呪も、真名看破もできないとか。

 

 こういっちゃなんだが、それもうルーラーじゃなくね?

 

「聖杯戦争の知識が与えられていない……スラクシャと似たようなものかな?」

「どうでしょう……」

 

 そもそもサーヴァントどころか、英霊になって座以外で自由に行動したことないからわからない。自由って言っても、やることなんて鍛練と石切りくらいだし。あ、賽の河原のごとく石積みはできた。

 

「先ほど、あの兵士が云っていました。ジャンヌ・ダルクは“竜の魔女”になった、と」

「……私も数時間前に現界したばかりで、詳細は定かではないのですが。どうやら、こちらの世界にはもう一人、ジャンヌ・ダルクがいるようです」

 

 うわ。面倒くさい。

 って、サーヴァントって同じ英霊から分霊っていう形で派遣されるんだろ? じゃあ、どっちにしろジャンヌ・ダルクが竜の魔女っておかしい……ん?

 いまなんか引っかかったような……まあいいや。

 

 ドクターによると、シャルル七世が死に、オルレアンが占拠されたということはフランス国家の崩壊を意味する。

 フランスが人間の自由と平等を謳わなければ、2015年あたりに生きる人間は未だ中世レベルだったかもしれないとか……フランスマジで感謝だな。

 

 と、何にもないところから聞こえてくるドクターの声に驚いたジャンヌ・ダルクに事情を説明する。

 やっぱりサーヴァントだからか簡単に信じてくれた。

 

「私の悩みなど小さなことでした。ですが今の私は――」

「フォウ?」

「サーヴァントとして万全ではなく、自分でさえ“私”を信用できずにいる」

 

 ……いや、聖杯戦争に関する知識どころか、それこそスタンダードな英雄でない限り真名聞いてもわからない私よりマシだと思う。

 マジでなんで俺だけ聖杯仕事しないの!? ジャンヌ・ダルクは同時に2人召喚、しかももう1人はマジでジャンヌか怪しいっていう状況だから何かしらバグが起こっても仕方ないけど!! 俺は別に異常ないからね!?

 

 

 ……あ。気づかないうちにジャンヌ・ダルクと共闘することになってた。別にいいけど。

 

 

 

 

 さて。ジャンヌと協力することになり問題が発覚。

 ルーラーのクラスはサーヴァントの探索機能が付いてくるらしいが、今のジャンヌには通常のサーヴァントと同様、ある程度近づかないと無理だとか。

 

 しかし、もう1人のジャンヌ……通称黒ジャンヌもルーラー。つまりこちらの居場所はすぐにばれると……マジかぁ。奇襲がかけられないのは痛い。

 

 まあ、それはもう仕方ない。明日に備えてマスターは就寝することにした。

 

 

 

 

「玲さんは眠りましたか?」

「ええ。慣れない野宿でしょうに意外とあっさり」

「お休み3秒とはこのことですね」

 

 すっごい寝つき良いな。

 しっかし、このジャンヌの様子……。

 

「……ジャンヌ・ダルク。まだ私たちに何か言ってないことが?」

「……」

「詮索するつもりはありませんが……。戦いの障害になるのであれば、払拭しておいた方がいいかと思います」

「そう、ですね。わかりました、告白します」

 

 ジャンヌによると、召喚が不完全だったせいか、はたまた本来のジャンヌが数日前に死んだばかりからなのか。

 

 今の彼女はサーヴァントの新人のような感覚らしい。

 

「新人、ですか」

「はい。英霊の座には過去も未来もない。ですが、今の私にはその記録に触れる力すらもない。故に、サーヴァントとしてふるまう事すら難しい」

 

 生前の、初陣のような気分だという。自分の方が、私たちの足手まといになるのではないかと。

 

「ジャンヌさん、それなら大丈夫です」

「え……?」

「だってわたしも、初陣みたいなものですから。わたしもジャンヌさんと同じです」

 

 デミサーヴァントの彼女は、英霊としての力をフルには発揮できていないという。

 しかし、マシュさんの内側にいる英霊は「それで良い」と言ってくれたと。

 

「先輩――マスターはこんなわたしを信頼してくれています。……うまく言えませんが、先輩は”強いから”戦ってるんじゃありません」

 

 

「あの人は当たり前に、当たり前のことをしているんだと思います」

 

 

 …………。ああ、そうだ。

 当たり前なんだ。万全ならともかく、ボロボロの兄を戦に向かわせるバカがどこにいる。

 

 私/俺は当たり前のことをやっただけだ。

 

 だから例え神々に、父に、弟に、兄に嫌われたのだとしても。

 

 そこに後悔なんて一切ない。当たり前のことを、しただけなんだから。 

 

 

 

 

 

「ですので、この中で一番戦いに長けているのはスラクシャさんということになります。何かあれば、彼を頼ってくれればいいかと」

「待ってくださいマシュさん。確かに生前戦に出てましたし慣れてはいますが、私もサーヴァントとして戦うのは初めてなんですからね」

 

 勝手に頼らないでくれるかな!?




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story:第1特異点 邪竜百年戦争オルレアン2

ちょっと早めの更新です。バイトが始まるので更新ペースが遅くなるかもしれませんが、ちゃんと続けますので大丈夫です。



今回は長いし、台詞をここまで入れたのは初めてです。戦闘描写も初めてです。
因みにまともな戦闘はこの話以降、しばらくありません。


story:第1特異点 邪竜百年戦争オルレアン2

 

 朝。

 直接オルレアンに乗り込むのは難しいということで、周辺の街や砦から情報を得ることになった。

 そうしてラ・シャリテという街に行くことになったのだが――その街からサーヴァントの反応が出た。反応自体はすぐに見失ったが、街が燃えているのが見えたので大急ぎでラ・シャリテへ向かった。

 

 街についた時にはもはや瓦礫しか残っておらず、生体反応はどこにもなかった。

 

 アンデッドが出たりワイバーンが死体を喰ってたりと嫌なものも見てしまったがとりあえず全部蹴散らす。

 終わってやっと一息つけると思ったら今度は先ほど去ったはずのサーヴァントがこちらを感知したのか戻って来たらしい。しかも数は5騎。しかもメッチャ早い。

 

パーンダヴァの兵士の方が強かったから別にいいよ?

 

 ただ少し展開が急すぎるので休ませろとは思う。

 

 

 

 仙人的な格好をした女性に、

 

 そして、黒い鎧のジャンヌ・ダルク。

 

「……っ!」

「――なんて、こと。まさか、まさかこんな事が起こるなんて」

 

 予想はしていたものの、やはり受け入れられないのか絶句するジャンヌ。

 

「ねえ。お願い、だれか私の頭に水をかけてちょうだい。まずいの。やばい。本気でおかしくなりそうなの」

 

 反対に、驚いてはいるが何か楽しそうな黒ジャンヌ。

 

「だってそれくらいしないと、あんまりにも滑稽で笑い死んでしまいそう!」

 

 あ、楽しそうじゃなくて楽しんでるわ。ていうか語彙力が俺と大して変わらなくないかあのジャンヌ。本当に中世の人?

 

「ほら、見てよジル! あの哀れな小娘を! なに、あれ羽虫? ネズミ? ミミズ?」

 

 いや。ジャンヌが小娘ならアンタも小娘だから。というか、虫から哺乳類に進化させた、かと思いきやまた虫にたとえるそのセンス嫌いじゃない。

 というか本当に楽しそうだな。

 

「ねえジル、貴方もそう――って、そっか。ジルは連れてきていなかったわ」

 

 居ないのかよ! てっきりそこのオジサマかと思ってたわ。今までこの場に居ない人物に話しかけてたの? ていうかジルジルってさっきからすっごい呼んでるな。お父さん?

 

 うんごめん。話を進める。

 

 街を襲った理由は、単にフランスを滅ぼすため。政治・経済的にとかが面倒くさくて物理的に潰す事にしたらしい。脳筋じゃねーか。いやまあ、確かにサーヴァントならそっちの方が簡単だけどさ。

 

「バカなことを……!」

バカなこと(・・・・・)? 愚かなのは私たちでしょう、ジャンヌ・ダルク」

 

 

「何故、こんな国を救おうと思ったのです? 何故、こんな愚か者たちを救おうと思ったのです? 裏切り、唾を吐いた人間たちだと知りながら!」

 

 

「それは――」

 

 ああ、そっちね。ジャンヌ・ダルクについて少し調べたらだれでも1度は思うことだ。「ジャンヌ・ダルクは、最期はフランスを憎みながら死んだのでは」って。

 俺も偉人の漫画みたいなのを読んだときに思ったけどさ、直接ジャンヌに会ってみるとそんなこと思わないんだなってのがなんとなくわかるんだよな。自分でもあっさり。

 

 ……ああ。身内に似たようなの居るからか。私はもしかしたら嫌われてるかもだけど……ヤバい、戦う前から精神的にダメージが。

 

 しかし黒ジャンヌの理論がすげえ。神の声が聞こえなくなった=この国に愛想を尽かしたっていう発想がすごい。しかも自分の憎しみも解消しているところがすごい。ストレス解消の達人かよ。

 

「まあ、貴女には理解できないでしょうね。いつまでも聖人気取り。憎しみも喜びも見ないフリをして、人間的成長をまったくしなくなったお綺麗な聖処女さまには!」

「な……」

 

 そのタイミングで「聖処女」って言葉使うと別の意味に聞こえるからやめろ。

 

《いや、サーヴァントに人間的成長ってどうなんだ? それをいうなら英霊的霊格アップというか……》

「――うるさい蠅がいるわね。あんまり耳障りだと殺すわよ?」

《!? ちょ、コンソールが燃えだしたぞ!? あのサーヴァント、睨むだけで相手を呪うのか!?》

 

 ドクター……私も思ったけど我慢して言わなかったのに……。

 

「…………。貴女は、本当に“私”なのですか……?」

「……呆れた。ここまでわかりやすく演じてあげたのに、まだそんな疑問を持つなんて」

 

 いや、今自分で演じたって言ってたじゃん。っていうかどう考えても別人だから。双子って言われた方がまだわかる。

 

 

「貴女はルーラーでもなければジャンヌ・ダルクでもない。私が捨てた、ただの残り滓にすぎません」

「……!」

 

 

 それ結局ジャンヌじゃないの?

 

「私と同一の存在で、尚且つクラスも同じであるなら、何かしら感じ入るものもあったでしょう」

 

 さっき自分で同じ存在っていってなかった? クラスもルーラーだよな。

 

「ですが貴女には何の価値もない。ただ過ちを犯すために歴史を再現しようとする、亡霊に他ならない」

「えっ」

 

 亡霊? 亡霊ってつまり幽霊だよね? いや、サーヴァントって幽霊みたいなものだけどさ。

 思わずジャンヌの手を取って確認してしまう。

 

「…………あの、何を……」

「いえ、亡霊というものですから……、ちゃんと触れますね。透けてもない」

 

 あー良かった。これで触れなかったり透けてたりしたらビビってたわ。幽霊はさすがに見たこと無いし。

 ん? ジャンヌの顔が赤……あっ。

 

「申し訳ありません。無遠慮に女性の体に触ってしまいました……」

「い、いえ! 大丈夫です、気になさらないで!」

 

 あー良かった。許してくれた。実際の性別は女だけど、隠している以上は男だしな(精神的にも)。

 そんなやり取りをする私たちを、というか私を黒ジャンヌと……何故かさっきからイケメンオジサマが見てくる。

 

 黒ジャンヌはまだわかるとして、何故イケメンまで。

 

「なにをやっているんだか……。バーサーク・ランサー、バーサーク・アサシン。その田舎娘を始末しなさい」

 

 っしゃあ! 戦闘だ! もう、座では時間の概念がないとはいえ、実際に計算したらヤバいくらい戦ってないからね俺!! 久しぶりすぎて血肉湧き踊るってやつだよ! しかも強そう!!

 平和的解決? そんな選択肢なんぞ遙か彼方へ投げ捨てたわ。どんだけ退屈だったと思ってる。

 

「勇者を平らげる事こそが貴方たちの存在意義。存分に貪りなさい」

「――よろしい。では、私は血を戴こう」

「いけませんわ王様(・・)。私は彼女の肉と血、そして(はらわた)を戴きたいもの」

 

 なんて物騒&グロテスクな会話なんだ……想像するだけで気持ち悪くなってきた。

 おい、やめろ。魂はどっちが貰うー? えー、そんなんのあっても可愛くなれないよー。じゃあ私が貰う! って女子高生の会話かよ! 内容全然女子高生じゃないけど!! むしろ猟奇殺人鬼のそれだけど!!

 

「皮肉なものだ。血を啜る悪魔に成り果てた今になって、彼女の美しさを理解できるようになったとは」

 

 ……血を啜る? あ、吸血鬼? え、ありなのそれ。サーヴァントってなんでもありなの?

 

「ええ。だからこそ感動を抑えられない。私より美しいものは許さない。いいえ、それより――私より美しいものの血は、どれほど私を美しくしてくれるのかしら?」

 

 白雪姫の継母かよ!? なに自分より美しいものの血が自分を美しくするって。とんだ美容パックだな、一歩間違ったらHIVに感染するぞ。

 

「ああ、新鮮な果実を潰すのは楽しいわ。果肉は捨てて汁だけを嗜む――これこそ夜の貴族の特権。私の宝具で、一滴残らず絞り出してあげましょう」

 

 ふざけんな。贅沢にもほどがある。ガキの頃は割と貧困生活送ってきた私らにケンカ売ってんのか。あと果物は実もあるからおいしいんであって。

 あとあんたさっき肉と臓物も欲しいって言ってたじゃん。思いっきり果実食おうとしてるじゃん。

 

 それと搾り出すて。人をジュースみたいに言うんじゃない。

 

「ところでそこの」

「…………え、私ですか」

「貴様、『赤のランサー』か?」

「髪は赤いけどライダーですね」

 

 いや、まあそういう意味じゃないだろうってのは分かってるけど。

 

「ふむ……言われてみればあの男の髪は白かったな」

「どうやったら見間違える……白?」

 

 まって。ランサーに適性があって髪が白くて、私と間違えるくらいには似ているであろう人物なんて1人しか思い浮かばない。

 

 考える私をマスターが不思議に思ったのか尋ねてくる。

 

「スラクシャ、知り合いなの?」

「いえ、私ではなく、おそらく兄の方ですね。別の聖杯戦争とかで会ったのではないかと」

 

 いいなー、兄ほどのサーヴァントなら結構引っ張り出されてそうだし、優勝も余裕……いや、あいつ変なところで運がないからな。途中退場しそう。

 

「ほう。あの男の弟か。我が宝具を体の内側から受けたにも拘らず、顔色一つ変えずに内側から燃やし尽くした男……」

「いろいろ言いたいことがありすぎる」

 

 体の内側から宝具ってなに!? しかも燃やした!? 自分で!? バカなの!?

 でもあの兄の事だからやりかねない、怖い!!

 

「貴様がどれほどの実力か、私が直々に試してやろう」

「それは光栄です。兄に及ぶほどの力はありませんが、試すつもりでやられないようにしてくださいね」

 

 わざと挑発するように言うと、バーサーク・ランサーは楽しそうに、獰猛に笑った。

 

「スラクシャさん!」

「ランサーは私が相手をします。マシュさんとジャンヌさんはアサシンを」

 

 そう伝えてランサーを真正面から見据える。

 ランサーは槍を構え、私は弓に自らの魔力で編んだ矢をつがえる。

 

 そして――同時に地を蹴った。

 

 

 

 

 バーサーク・ランサーが空間を大きく薙ぐ。スラクシャはそれを上に飛んで避け、複数の矢を同時に放つ。ランサーはそれを槍で払うが、彼女自身の魔力で編まれたそれは「魔力放出(炎)」の効果を応用し、払われたと同時に爆発し土煙を上げる。

 煙が晴れるとそこにスラクシャの姿はない。それを見とめた瞬間にランサーの背中に悪寒が走る。本能のまま後ろを振り向くと同時に盾にした槍がスラクシャの短刀とぶつかり高い音が響く

 2騎のサーヴァントはお互いの目を見てにやりと笑う。

 ランサーが槍を振るう一瞬前に飛びずさり、距離をとった。

 

「……やるな」

「そちらこそ」

 

 

 

 

「く……っ!」

 

 ジャンヌ・ダルクはその光景を見て戦慄する。スラクシャがアサシンを任せると言って数十秒もたっていない。

 

 マシュもあの一瞬の攻防で悟らされた。今の自分たちでは足手まといだと――。

 

 だが、目の前にも敵はいる。

 

「……マスター」

「……やるしかない。スラクシャを信じよう」

「はい! ジャンヌさん構えてください、来ます!」

「は、はい!」

 

 マスターの指示を受け、2人はバーサーク・アサシンへ向かって走り出した。

 

 

 

 

 久しぶりの戦いに気分がひどく高揚する。

 何度も何度も打ち合ったがお互いにかすり傷を負った程度だ。

 私の方がスーリヤから貰った鎧があるので傷は少ない、それにこのくらい軽傷なら見る見るうちに治っていく。

 どう考えても私の方が有利なのにとどめをさせない理由は、相手がバーサーカーだからだ。攻撃力が跳ね上がってる上に、狂化しているくせに理性がある。猪突猛進に突っ込んできてくれりゃあいいものを、しっかり避けたり、瓦礫とかを利用したりもするからやりにくいことこの上ない。

 

 そしてもう1つ。バーサーク・ランサーの隙をついてはマシュさんとジャンヌを援護しているからだ。

 昨夜、サーヴァントとしてはほぼ初陣と言っていた通り、致命傷はないがどこか危なっかしい。

 その上、ほとんどはマシュさんが防いでいるものの、時折マスターへも流れ弾が飛ぶのだ。私はある程度計算して調節できるがあの2人にはまだ無理だろう。

 

 以上2つの理由で私はランサーと決着をつけられなかった。

 

「そんな小僧1人仕留めきれないなんて……。もしや恩情をおかけになったのかしら。お顔に似合わずお優しいこと。“悪魔(ドラクル)”と謳われた吸血鬼(バケモノ)らしくありませんわね?」

 

 んだとコラ。誰が温情かけられてるって?

 ってかマジで吸血鬼だった!?

 

「“悪魔(ドラクル)”……まさか」

《ヴラド三世……ルーマニアの大英雄。通称“串刺し公”か……!》

 

 あー聞いたことあるような気がする。あくまで気がするだけど。本かなんかで読んだか?

 

「……人前で我が真名を露わにするとはな。その上、恩情をかけただと? 不愉快だ。実に不愉快だ」

「まったくです。誰が恩情をかけられたなどというのか。今この場において、この場で出せる全力で私たちは戦っています」

 

 それを温情をかけただのかけられただの、不愉快っていうか侮辱だろ。戦士に対しての侮辱だろ。

 

 というかあのアサシン怖っ! 言ってることからして拷問好きっぽいんですけど。いや、見た目からわかるか。手に持ってるの、あれアイアン・メイデンじゃん。

 

「最後の最後に、真に逃げ延びられた者の手で破滅に追い込まれたのは貴様の方だろう。エリザベート・バートリー。いやさカーミラよ。無残にして何とも滑稽な最期だったのはな」

 

 エリザベート・バートリー……。あ! 思い出した。なんかテレビの怖い女性特集みたいので紹介されてた!

 あれでしょ、女の子集めて血を抜き取ってそれを溜めた風呂に浸かった……うえ、気持ち悪い。

 

「……無粋な方ね。これだから根が武人な殿方は困ります。吸血鬼に堕ちていながら、高潔な精神(こころ)に縋るなんて」

「――私が、いまだに信仰に縋っていると?」

 

 まさかの仲間割れ。でも妙に息があってるような気がするのは気のせいか?

 あと別に吸血鬼になったって何を信仰するかは自由じゃん。

 

「あなたたちが敵意を向けるのはそこの小娘たちです。仲間割れは後にして頂戴」

 

 効率的に考えるならそのまま同士討ちしてくれた方が助かるんだが。まあ、そう簡単にはいかないか。

 

「まあ。誤解ですわマスター。私、先達としてヴラド公を密かにお慕いしていますのに」

 

 突然の告白。

 

「なるほど、初耳だ。慕う、とは暗殺する機会をうかがう事だったとはな」

 

 じゃなかった。

 

「続きを始めるぞ。『犠牲の英雄』よ」

「それやめてくれませんか」

 

 なんか脱力するだろ!

 

 

 

 スラクシャとヴラド公がまた目で追えないスピードで戦い始める。さっきよりもお互いに力を出しているのか、周りの瓦礫がすごい勢いで粉々になっていく。

 

 スラクシャは強いから大丈夫だろう。

 問題は俺たちだ。

 

「では、こちらも始めましょう。お優しいヴラド公とは一緒にしないでくださる?」

「マスター……エリザベート・バートリー。……ご存知ですか?」

「何かの本で読んだことあるよ」

 

 血の伯爵夫人……少女の血を浴びると若返ると信じ、数百人の少女を虐殺したと伝えられる怪物――!

 

 俺は男だから大丈夫だろうけど。万が一負けたらマシュやジャンヌがどうなるか考えたくもない。

 

「聖女の血は貴重品ですもの。目の前に宝石があれば、一粒たりとも見逃さないのが女という生き物よ……!」

 

 

 

 

 先の戦いより力のこもった一撃に受け止めるのは愚策だと判断する。

 筋力の低い私はこういう力の押し合いだと不利だ。その代りに敏捷と反動でそれ補っているが(スピード出して走った時に突然止まると力がかかるだろ? あれ)こうも怪力だと限界がある。

 改めて思うけど狂化ついてるくせに技術を問題なく使える位の理性があるって反則だろ!!

 

 とにかく、短刀で接近戦に持ち込んだら逆にやられかねない。魔力放出を使えば行けるかもしれないけどリスクが高い。

 

 宝具を使うのもアリだけど、耐えられてしまえば意味はない。というかあれは元々サポート用だ。それにまだ黒いジャンヌのほかに2名のサーヴァントまで残っている。

 

 アルジュナのガーンディーヴァ並みの攻撃力があったらなあ。あれは本当にビビった。避けるたびに後ろから轟音が聞こえるんだぜ? よくもまあアイツ相手にそこそこの時間持ちこたえられたと思うよ。

 

「考え事とは余裕だな、ライダーよ」

「低リスクであなたを倒す方法を考えてまして」

 

 やっぱブラフマーストラいくか?

 

「……妙な違和感があります。そちらのお嬢さん。貴女――イヤな匂いよ。年端もいかぬ少女なのに戦闘だけは熟練の技。矛盾しているわ。何者なのかしら?」

「……デミ・サーヴァントでしょう。人間とサーヴァントが入り混じった異質な存在です」

 

 聞こえてきた会話に意識がそっちへ行く。デミ・サーヴァントってかなりレアっぽいけど、なんで黒いジャンヌが知ってるんだ? ルーラーだから?

 

「……そして私の失策でした。貴方たちは他の物より残忍ですが、だからこそ遊びがすぎる。あの小娘たちの始末は、遊びの少ない残り二騎に任せるとしましょう」

「っ!」

 

 ジャンヌの言葉と共に上から突然襲ってきたワイバーンを躱し、すれ違いざまに翼と首を射抜いて殺す。

 そのままマスターの隣へ移動する。

 

「待て。私もカーミラも共に本気ではない。聖女の血は我らの、あのライダーは私の獲物だ。血の輝き、血の尊さを微塵も知らぬただの処刑人どもに譲るなど」

「黙れ。恥を知れ、ヴラド公」

 

 黒ジャンヌの言葉にヴラド公が黙る。さっきのカーミラの言葉を思い出す限り、あのサーヴァントたちのマスターは黒ジャンヌなんだろうし、基本マスターには逆らえないのがサーヴァントだ。

 っていうかサーヴァントがサーヴァント召喚するってできるのか? あ。聖杯を持ってるならできるのか。

 

「――私、そういう我が侭は嫌いなんです。だから反省して、今回は引っ込んでいてくださいね?」

「っ……! マシュさん、スラクシャさん、逃げてください! ここは私が食い止めます!」

「何をバカなことを! 今の貴女より、私の方が生き残る確率も逃げ切る確率も高い。私が残ります!」

 

 何を言い出すんだこの聖女は! 昨日自分でサーヴァントとしては新人みたいなもの、しかもルーラーとしての力もほとんど使えないって言ってただろーに!!

 

《あわわ、今度は後ろの二騎をけしかけてくる気か!? ど、どうしようどうしよう何かないか何かないか》

「ドクター、落ち着いてください。こちらまでパニックになりそうです……!」

《だ、だけど絶体絶命じゃないか! あわわ、メールメール、こういう時こそネットの力だ!》

 

 ここでネットの力は使えねーと思う。

 

《ネットアイドルのページにGO! マギ☆マリの知恵袋、マギ☆マリの知恵袋!》

 

 ネットアイドルの知恵袋で何を聞く気だこの大人!?

 

 当然役に立つわけもなく、突然見せられた特に面白くもないコントに俺が少しイラっとしただけだった。

 ワイバーンやゾンビも襲ってくるし、もう面倒くさくなってブラフマーストラをぶっ放そうと思った時だった。

 

「?」

「ガラスの――薔薇?」

 

 なんでこんなもんが突然。

 

 

「――優雅ではありません」

「この街の有様も。その戦い方も。思想も主義もよろしくないわ」

 

 

「サーヴァント、ですか」

「ええ、そう。嬉しいわ、これが正義の味方として名乗りを上げる、というものなのね!」

 

 現れたのは優雅と天真爛漫という言葉が似合いそうな美少女。なんなの? サーヴァントってのはイケメンもしくは美人ばっかりなの? 元日本人に対する嫌がらせなの?

 

 そのサーヴァントに、向こうの騎士のようなサーヴァントが反応する。

 

「貴女、は……!?」

「まあ。私の真名()をご存じなのね。知り合いかしら、素敵な女騎士さん?」

 

 あ、女なんだ。

 しかも衝撃の事実発覚。この女性サーヴァント、あのマリー・アントワネットらしい。

 

 ……いや待て。マリー・アントワネットってあの!? 後に訂正されたらしいけど、あの「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」で有名な!? サーヴァントって有名だったら誰でもなれるの!?

 

 ポカンとしている間にどんどん話は進む。

 

「わたしはそこの、何もかも分かりやすいジャンヌ・ダルクと共に、意味不明な貴女の心を、その体ごと手に入れるわ!」

 

 とんでもない爆弾が投下された。

 

「……え」

「な……」

「え、えっと……はい?」

 

「あ、しまった。しっぱいしっぱい。えっと、誤解なさらないでくださいね? 今のは単に、『王妃として私の足元に跪かせてやる』という意味ですから」

 

 どっちにしろひどい。

 

「――茶番はそこまでだ。いいでしょう。ならば。貴女は私の敵です。サーヴァント、まずはあの鬱陶しいお姫様を。雑兵はとっととあの連中を始末しなさい」

 

 

 痺れを切らした黒ジャンヌがサーヴァントやワイバーンを差し向けてくる。

 

 ――が、曰く茶番の間に準備は整えてある。

 

「【梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)】!!」

「なに!?」

 

 襲い掛かるワイバーンをブラフマーストラによって全て焼き尽くす。サーヴァントには流石に避けられてしまったが、ワイバーンたちは断末魔を上げながら消えていった。

 

 ……もちろん手加減してるからね? 威力0.5位には押さえてるからね。あれ一応対国宝具だしさ。抑えて です。

 

「貴様……!」

「やっと勘が戻ってきました……そう簡単にやられませんよ?」

 

 こちらを睨みつけてくる黒ジャンヌを見返す。うお、すっげえ形相。

 

「やるなライダー……」

「ありがとうございます、ヴラド公。残念ですが、今日はここまでです」

「そうですわね。ここは戦場ですもの、語らいはこのあたりで。貴女は世界の敵でしょう? では、何はともあれ――まずはあなたが殺めた人々への鎮魂が必要不可欠」

 

 

「お待たせしました、アマデウス。機械みたいにウィーンとやっちゃって!」

「任せたまえ。宝具、【死神のための葬送曲(レクイエム・フォー・デス)】」

 

 え、もう1人いたの!? しかもルーラーの探査能力に引っかからずに隠れられてたの!?

 

「もう1人……!! ああ、でもなんて壮麗で邪悪な音でしょう!」

 

 どっち!?

 

「くっ、重圧か……!」

「ちっ……!」

 

 重圧……私らには感じないけど、音なのにコントロールしているってことか? というか音楽家の英霊?

 どっちにしろチャンスだ。

 

「【英雄よ、手綱を取れ(ラードヘーヤ)】!! 今のうちです、皆さん乗ってください!」

「ありがとう! それではごきげんよう皆様。オ・ルヴォワール!」

 

 こうして私たちは黒ジャンヌたちから逃れることが出来た。




誤字脱字、感想ありましたらお願いします。


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story:第1特異点 邪竜百年戦争オルレアン3

詰め込みました。戦闘シーンは大幅カットです。


「――ふう。はい、ここまで逃げれば大丈夫かしら?」

「ドクター?」

《ああ。反応はもう消失している。ついでに言うと、そこからすぐ近くの森に霊脈の反応を確信した》

「わかりました」

 

 よかった。霊脈があるなら消費した魔力を少しは回復できそうだ。

 ……その前に。

 

「あのっ、そろそろ、げほっ、宝具消しても、いいですか……!」

 

 大きめとはいえ、本来2~3人用の戦車に6人乗りはキツい……! しかも魔力放出使って加速させてたから余計に。仕方ないから馬に直接乗ってるけど、重い!! 女性が大半を占めている中で重いっていうのは失礼だけど! 

 

「あ、ごめんねスラクシャ。ここまでありがとう」

「いえ、大丈夫ですマスター。皆さん無事で何よりです」

 

 全員が下りたのを確認して宝具を消す。いやあ。良く逃げ切れたと思うよ。

 

 

 途中、マリー・アントワネットのことを「マリーさん」と呼ぶことが決定した。

 

 ともかく霊脈を確保するために森へ向かうことになった。途中霊脈に群がるモンスターが何体か居たが問題なく蹴散らした。

 

 

「……それでは。召喚サークルを確立させます」

 

 

 一瞬まばゆい光が走る……どうやら成功したらしい。

 落ち着いたところで自己紹介になったが……この音楽家、まさかのモーツァルト。

 

 2人ともとんでもない知名度の英霊だ。

 

 それにしても英霊の座に行く基準が全く分からない。ジャンヌ・ダルクはわかる。「救国の聖女」という非常にわかりやすい偉業をもっているから。

 マリーさんとモーツァルト、もといアマデウスは「何かを救った」とかは聞かない。

 

 まあそれを言ったら私もか。

 うーん。謎だ。

 

「ほら、わたしたちに誘われてまた何か来たみたい!」

 

 ……いや、何かってそれウェアウルフだから! そんなもん誘うな!!

 

「邪魔です!!」

 

 ドシュッ! ドォオン!!

 ギャァア……

 

「……一瞬でしたね」

「イライラして、つい」

「そんなにヴラド三世と決着つけられなかったのが嫌だったの?」

「折角盛り上がってきたところで、あのジャンヌに邪魔されてしまったもので」

 

 不完全燃焼だったんだよこんちくしょう。

 

 

 

 

「――話はわかりました。フランスはおろか、世界の危機なのですね」

予想以上だなこれは。

 

 本当にね。私はマスターに召喚されてよかったよ…………本当に。

 

「あ。わかった、わたし閃きましたわ、みんな! こうやって私たちが召喚されたのは――英雄のように、彼らを打倒するためなのね!」

「多分そうじゃないかな」

「ええ、ええ!わたしこの世界でやっと、やるべきことを見つけられた気がします!」

 

 すっごいポジティブな人だなあ。兄と同じくらいポジティブなんじゃないのか。

 

「根拠のない自信は結構だけどね、マリア。相手は掛け値なしに強敵だぞ。ジャンヌとマシュ、特にスラクシャは戦いになれているとしても、僕と君は汗を流すタイプじゃない」

 

 確かに、音楽家と王妃が肉体労働得意だったら笑うわ。

 

 それは置いといて、アマデウスの言うように戦力差は酷い。

 ヴラド三世にエリザベート・バートリー。あの騎士はマリーさんによるとシュヴァリエ・デオンらしい。

 

 しかも全員に「狂化」スキルが付与されている。

 

 ウソじゃん……兄や弟なら相手がどんなに破格の英霊の集まりでも一掃できたかもしれないのに、私じゃあ……。タイマンならともかく戦争なんだから何でもありだろうし……。

 

 しかしジャンヌによると「聖杯戦争が開始されていないにもかかわらず、聖杯を勝ち取った勝者が存在する」というバグのような状況に聖杯が対抗し、他のサーヴァントも召喚しているかもしれないということだ。

 

 それも、相手の力が強大であればあるほどその反動も大きいと。

 

「まあ……! それって、まだ新しい誰かに出会えるという事ね!」

「それが希望ってワケでもないけどね。敵が増えるだけ、なんて結末もある」

 

 そんな上げて落とすようなことを……。

 

 とりあえず、今日はもう休むことになった。

 

 

 

 

「そういえば、君の音は少し変わってるね」

「はい?」

 

 ジャンヌたちとは少し離れたところで休んでいると、ふいにアマデウスが声をかけてきた。

 

「君の音は僕たちと比べて力強く感じるんだよね。まるで生きているみたいに」

「……死んでますけど」

 

 いや、サーヴァントとして現界しているという意味では生きているのかもしれないけど。

 

「そういう意味じゃなくて……うーん。難しいな」

「はあ……」

 

 なんか気になるな。

 

「っと、複数の足音……どうやら敵襲の様だ」

「え」

 

 あわてて耳を澄ますも何も聞こえない。

 少しして誰かが走ってくる音が聞こえてきたが、この気配はマシュさんだ。

 

「敵襲です先輩! 起きてください!!」

「うぇっ」

 

「ほらね」

「すごいですね。相当耳がいいと見ました」

「音楽家ってだけでサーヴァントになったんだぜ? 大気を震わす波なら正確に聴き分ける」

 

 いや絶対音感とかならわかるけど! 大気を震わす波なら正確に聴きわけるってすごすぎるよ!

 

「ついでに言うと、相手側にもサーヴァントがいるみたいだ」

「もっと早く言ってください!!」

 

 こんな夜中にご苦労様だなおい!!

 

「アマデウス、この距離でわかるの?」

「ああ。例えばキャンプの時のマシュやマリアの寝息。どちらもきっちり堪能させてもらった。もちろん寝息だけじゃない。もっと細かな生体音までじっくりたっぷり、脳内記録(ヴォルフガングレコーダー)に記録済みさ!」

 

 いや、普通に気持ち悪い。

 

「っ…………! セ、セクハラサーヴァント……!」

「ごめんなさいマシュ。監督役として謝罪します。でも我慢して。だって、彼から耳を取り上げたらもう変態性しか残らないのですもの!」

 

 昔馴染みにここまで言わせるって……いや、昔馴染みだからこそここまで言えるのか。

 どっちにしろ気持ち悪いけど。世の音楽家が泣くぞ。

 

「何を言ってるんだか。生き物っていうのは活動するだけで」

「あの、もうそれはいいので戦闘準備に入ってください」

 

 せっかく先に相手を感知しているっていうアドバンテージがあるんだから、こんなくだらないことでそれをふいにするわけにもいかないだろう。

 

「それもそうだ。――さて。我が耳に届くは複数の足音と、鞘から抜かれた剣の音」

 

 ルーラーのサーヴァント感知レベルですっごい能力なのに、なんでこんな変態に……。

 

 

 斥候として差し向けられたっぽいウェアウルフを倒していく。サーヴァント5体だと一瞬で片が付いた。

 

 残るはサーヴァントのみ。

 

《――来るぞ、準備はいいか!》

 

 

 

 

「……こんにちは、皆様。寂しい夜ね」

 

 

 ……あれ、想像してたよりは理性あるっぽい?

 

「――何者ですか、貴女は」

「何者……? そうね、私は何者なのかしら。聖女たらんと己を戒(いまし)めていたのに、こちらの世界では壊れた聖女の使いっ走りなんて」

 

 聖女……ダメだ。ジャンヌしか心当たりない。

 一見理性があるように見える聖女は、やはり狂化されていることに変わりないらしく、今にも襲い掛かりそうなのを必死で我慢しているという。

 

 ふむ……。この様子から見るに、元が善性のサーヴァントだとやっぱり狂化も効きにくいってことか? 

 ヴラド三世やカーミラは元から「怪物」としての適性もあるから狂化を受け入れやすいのか。

 

「では、どうして出てきたのです?」

「……監視が役割だったけど、最後に残った理性が、貴女たちを試すべきだと囁いている」

 

 

「あなたたちの前に立ちはだかるのは“竜の魔女”。究極の竜種(・・・・・)に騎乗する、災厄の結晶」

 

 

 究極の竜種……? ってことはつまり……竜種のボスってことか? 最悪じゃねえか。

 なるほど。試すってのは「あの聖女を倒すというのなら、自分ごとき倒して見せろ」ってことか。

 

「我が真名()はマルタ。さあ出番よ、大鉄甲竜タラスク!」

 

 そうして出てきたのはカメと恐竜のミックス(恐竜要素が大)みたいな感じの竜だった。

ていうか森の中でそんなの出すな! 環境破壊でしょうが!

 

「マルタ……聖女マルタか!? 気をつけろ、みんな! 彼女はかつて竜種を祈りだけで屈服させた聖女だ!」

 

 祈り……なんでだろう。なんかよくわからないけど観察眼スキルが言ってる。祈り(物理)だって。

 

「わが屍を乗り越えられるか、見極めます――!」

 

 ゲームのタイトルか!?

 

 

 

 

 結果、私たちは何とかマルタを倒すことが出来た。私の放った矢を受けたのがマルタの敗因だった。

 

 もちろん刺さった程度ではサーヴァントは死なない。具体的に何をしたのかというと、あっちこっち木の上を移動しまくり、時には短刀で襲い掛かり、傷を負わせようが防がれようがすぐに撤退。

 

 勿論その隙にタラスクの対処も怠らない。眼球を徹底的に狙わせてもらった。

 

 だんだん疲弊してきたマルタにほかのサーヴァントが攻撃し、意識がそれたところで大して魔力のこもっていない矢を放つ。それが刺さったのを確認し、魔力放出の要領でその矢だけを爆発。

 

 流石に怯んだところで懐に飛び込み、短剣でとどめを刺した。

 

 本っ当に疲れた……! 聖女とか嘘だろあれ、元ヤンの間違いだろ絶対に!!

 こんな森の中で通常のブラフマーストラとか何時もみたいに魔力放出とかしたら確実に大火事になるから木に登って弓で狙ったらあの女、あろうことかあの杖で俺が登っていた木の幹フルスイングしてきたんですけど!? しかもめっちゃ揺れたし!!

 

 あんのカメ恐竜も、目潰しされてキレるのはわかるけど執拗にこっち狙いすぎなんだよ! 見ろ! お前が高速回転してきたせいで犠牲になった木の数々を!! 森林伐採もいいとこだよ!!

 

「お疲れ、大変だったね」

「マスター……その言葉だけで報われます」

 

 ……荒んでる時にかけられる労いの言葉って、なんでこんなに心に沁みるんだろう……。

 

「マルタ。貴女は――」

「手を抜いた? んな訳ないでしょ、バカ。これでいい、これでいいのよ。まったく、聖女に虐殺させるんじゃないってえの」

 

 うん、この雰囲気でいうのもなんだけどさ、やっぱりお前絶対に元ヤンだよね!? 若いころにブイブイ(死語)言わせてた人だよね!?

 

 マルタは言う。私たちでは“竜の魔女”が操る竜に絶対に勝てないと。

 超える方法はただ一つ。かつてリヨンと呼ばれた都市に行って“竜殺し(ドラゴンスレイヤー)”を見つける事。

 

 そう伝えた彼女はタラスクに謝罪しながら消えていった。

 

「……あのマルタですら、逆らえないなんて」

 

 それな。どう見ても黒いジャンヌに従うような性格には見えないのに……狂化こわっ。

 

 ともかく次の行先はリヨンに決まった。

 アマデウスの言うとおり、善は急げという。すぐにもリヨンに向かうことになった。

 

 

 

 

「でも君、執拗に狙われてたね。やっぱり大英雄は先に倒しておけって思ったのかな?」

「やめてくださいアマデウス。これから先も集中砲火受けそうです」

 

 あ、今なんかフラグが立った気がする。

 

 

 

 

 

 

 さて。リヨンに行く前に近くの町で情報収集をすることになった。

 ジャンヌが行くとパニックになりかねないので人当たりのいいマリーさんに行ってもらうと、やはりリヨンは滅んでいると聞いたらしい。今ではモンスターどもがうろついているという。

 大きな剣を持った騎士がワイバーンや骸骨兵を蹴散らしていたと。

 しかし少し前に恐ろしい人間――サーヴァントたちがやってきて、その守り神は行方不明に。

 

「かくして、リヨンも滅びてしまった――」

「いくら“竜殺し(ドラゴンスレイヤー)”でも複数のサーヴァント相手にはやられてしまったと」

「生きているといいのですが……。いえ、聖女マルタの言葉を信じましょう」

 

 それと、シャルル七世が討たれたのを切っ掛けに混乱していた兵士をジル・ド・レェ元帥が纏め上げ、今はリヨンを取り戻すために攻め入ろうとしているとか。

 

 ジル・ド・レェ……ジル……あのジャンヌが言っていた人物……サーヴァントだよな。

 この時代はジャンヌが死んでから全然時間が経って無いようだし、サーヴァントの謂わば元ネタが生きていてもおかしくないか。

 

 まあなんにせよ、リヨンの町に住みついている怪物を人間の兵士が倒せるとも思えないので急ぐことになった。

 

 途中、賊に堕ちた兵士たちをさっさと拘束した。流石に峰打ちにも慣れてきた。

 

 

 そしてリヨン。外から見てもわかるくらいにボロボロの街。

 ドクターに探査を要求しようとしたが通信状態が悪いらしく、西をマリーさんとアマデウスが。東をマスターとマシュ、ジャンヌ、私が行くことになった。

 

 探していると、生きる屍(リビングデッド)にワイバーンがぞろぞろと。ワイバーンはいい加減に慣れてきたが、リビングデッドに関しては見ていて気持ちのいいものではない。

 

 ワイバーンはみんなに任せ、リビングデッドはなるべく私が倒す。

 

「ふう……これで掃討は終了ですね。彼らの魂に安らぎがあらんことを――」

 

 

「安らぎ……安らぎを望むか……。それは、あまりに愚かな言動だ。彼らの魂に安らぎはなく。我らサーヴァントに確実性は存在しない――」

「この世界はとうの昔に凍り付いている……!」

 

 

 いきなり出てきた顔の半分を仮面で隠し、手は鋭い爪でできているサーヴァント。

 全然気づかなかった……アサシンのサーヴァントか? それにしてもいい声だな。

 

「……サーヴァント!」

「――何者ですか?」

「然様。人は私を――オペラ座の怪人(ファントム・オブ・ジ・オペラ)と呼ぶ」

 

 オペラ座の怪人!? また本を読む奴なら知ってそうな奴が出てきたな! あとすっごいいい声してるな!

 

「“竜の魔女”の命により、この街は私の絶対的支配下に。さあ、さあ、さあ。ここは死者が蘇る地獄の只中(ただなか)。――君たちは、どうする?」

 

 その問いにマスターが一歩前へ進み、言い放つ。

 

「決まってるだろ――ブッ潰す」

 

「良く言いました、マスター!」

「その通りです先輩。……行きます!」

 

 

 

 

 そしてファントムを倒すことが出来た。

 昨夜のマルタに比べれば楽だった……いや、本当にマルタに比べれば楽だった……っ!

 

「く……しかし、勤めは果たしたぞ。報われぬ、全く報われぬ勤めだったが。私の歌はここで途絶える。されど地獄はここから始まる」

 

 務めを果たした……? 負け惜しみのようにも聞こえるセリフだが、こういう時にこの言葉を使われると大体後で面倒くさいことになる。

 

「来る。竜が来る。悪魔が来る。おまえたちの誰も見たこともない、邪悪な竜が!」

 

 邪悪な竜って、もしかしてマルタの言っていた究極の竜種ってやつか? 竜種のボスの事か?

 ……おい。マズイんじゃないのか。

 

「マスター! 早くここから逃げましょう!」

「スラクシャ?」

 

 その時タイミングよくドクターから通信が入った。

 

《ああ、やっと繋がった!! 全員、撤退を推奨する! サーヴァントを上回る――超極大の生命反応だ(・・・・・・・・・)!!》

 

 やっぱりかぁああ!!

 

「……サーヴァントを上回る!? そんな生命体が、この世に存在するんですか!?」

 

 いるよ! どこぞの神とか神とか神とか!!

 しかもサーヴァントが三騎も追随。完全にこちらをつぶす気満々だ。それとも、そんなに“竜殺し”を渡したくないのか。

 

 ここでの正解は全力で逃げることだが、その場合“竜殺し”は確実に殺される。そうなったら。究極の竜種を倒すことは難易度ハードからルナティックになってしまう。

 

「マスター、指示を!」

「……このまま逃げてもじり貧だ。闘おう」

「わかりました!」

「承知しました」

 

 結局“竜殺し”を探すことになった。

 この先にある城に弱いがサーヴァント反応が1つあるらしい、そこへ向かうことにした。

 

 

 

「……居ました!」

「酷い負傷……!」

 

 そのサーヴァントは傍目から見てもわかるほどに傷だらけだった。リヨンを守るために、複数のサーヴァント相手に必死で戦ったのだろう。

 

「くっ……!」

 

 ザシュッ!

 

「きゃっ!」

「次から……次へと!」

 

 あ、これもしかして私たちのこと敵だと思ってる?

 

「落ち着いてください。私たちは貴方に危害を加える気はありませんから」

「……? ……! 赤の、ランサー……か?」

「ライダーです。そして予想が正しければそのランサーは兄です」

「兄……!?」

 

 驚いた。兄はこのサーヴァントとも面識があるらしい。案外顔が広いな……そりゃ、聖杯戦争に参加してたら私よりはあるか。

 

「とにかく急いでください! ここに、竜種がやってきます! 他、サーヴァントも数騎。戦力的にこちらが圧倒的に不利で――」

「竜……か。……なるほどな。だからこそ俺が召喚され、そして襲撃を受けた訳か」

 

 ってことはやっぱりコイツが“竜殺し”か。間に合ってよかったー。

 

「手を貸しましょう、脱出します!」

「私の肩を貸します。急いで!」

「すまない、頼む……!」

 

 外に出るとマリーさんが焦った様子で声をかけてきた。どうやら彼女にも感知できるほど近づいているらしい、っていうか近づいている。私にもわかる。

 

《視認できる距離まで接近したぞ! これは……おい、まさか……!》

「ワイバーンなんか比較にもならない。あれが、真の竜種……!」

 

 

 ギシャァアアアアア!!!

 

 

 究極の竜の雄叫びが辺りに響き渡る。

 ていうかデカァア!! 何だあのデカさ、いや、マジ、でっっか!! 嘘だろ。今肩貸してるこのサーヴァントこれ倒せるの!? 倒したの!? 

 「【日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)】」とかならいけるだろうけど! 流石俺の兄!! ヤバイ。かつてない危機に思考がパーンってなってる。

 

「……何を見つけたかと思えば、瀕死のサーヴァント一騎ですか。いいでしょう、諸共滅びなさい……!」

 

「わ、わたしが出ます!」

「マシュ!? 何を言ってるんだ!?」

「マスターの言うとおりです! 私の鎧なら耐えきれる、私が!」

「ダメです!! スラクシャさんは、彼を守ってください! マシュさん、ここは一緒に……!」

「は、はい!」

 

 くっそ!! こんな時に役に立てないなんて!!

 せめて言われた事は全うしようと“竜殺し”に覆いかぶさる。

 

「!? 何を……!」

「今の傷だと余波でも危ないでしょう! 大人しくしてください!」

 

 ……あ、鎧が痛いのか? だが仕方ない。我慢してもらおう。

 

「【我が神は(リュミノジテ)――ここにありて(エテルネッル)】!」

「仮想宝具、展開します!」

 

 巨大な竜の攻撃をマシュさんとジャンヌの宝具が防ぐ。直接ダメージを受けることはないが、それでも余波が大きすぎて瓦礫やら何やらが飛んでくるしでかなり危ない。

 

「きゃっ……!」

「ぐっ……!」

《うわっ!? 莫大なエネルギーだな、これは……! そっちは大丈夫か!? っていうか聞こえてる!? ……な、何か言ってくれーっ!!》

 

 うるっせえ!!

 

「ロマン、うるさい!」

《あっ、はい》

 

 マスター強えぇ!!

 

「くっ……ぅぅぅぅぅっ!! やはり、これでは……!」

「耐えられない、もうダメ……!」

 

 マシュさんとジャンヌも限界のようだ。

 やっぱり、私が……!

 

 

「――いや、間に合ったようだ。君たちのおかげでわずかだが、魔力を回復できた」

 

 

「……え?」

「……大丈夫なのですか?」

 

「ああ。――久しぶりだな。邪悪なる竜(ファヴニール)二度(にたび)蘇ったなら、二度(にたび)喰らわせるまでだ……!」

 

 久しぶり? ってことはこの竜……ファヴニールと会ったことがあって、しかも生きてる、生きてたって事? なにそれすごい。

 

「蒼天の空に聞け! 我が真名はジークフリート! 汝をかつて打ち倒した者なり!」

 

 かっけええええええ!! なにこの人カッコイイ!! すっごいイケメンなんですけど、ウチの兄弟に負けないくらいイケメンなんだけど!?

 

「宝具解放……! 【幻想大剣(バル)――天魔失墜(ムンク)】!!」

 

 黄昏色の光がファヴニールに向かって走る。

 しかし黒いジャンヌが咄嗟にファヴニールに上昇の指示を出し、撤退されてしまった。

 

「……はぁ、はぁ、はぁ。すまないが、これで限界だ。戻ってこない内に、逃げてくれ……」

 

 バランスを崩しかけたジークフリートを慌てて支える。

 

「今の内に撤退しましょう、皆さん!」

「【英雄の手綱(ラードヘーヤ)】!!」

 

 二回目の撤退英雄の手綱(ラードヘーヤ)。1人増えた(しかもデカい)からメッチャクチャ疲れるだろうが仕方ない。馬たちには頑張ってもらおう。

 

 

 

 

《先の極大生体反応は確認できない。だが、まだ追跡は止まっていない。急ぐんだ!》

「もう1人くらいライダーいないんですか!? 出来れば戦車とか馬車持ちの!!」

「ごめんなさい、一人乗りで……!」

 

 なら仕方ないな!!

 

「もう迎撃した方が良いんじゃない?」

「確かに、もうこうなったら迎撃するしか……!」

「待ってください。前方に何か見えます、あれは……フランス軍!」

 

 戦車を御するのに神経使ってたから気付かなかったが、確かに前の方にフランス軍がワイバーンに襲われているのが見えた。さらにゾンビまで寄ってきている。あっぶね、このまま進んでたらまとめて轢く所だったわ。

 

 そしてそのまま救出することになった。ええい、怪我人もいるのに面倒な!

 

 

 

 

 ワイバーンたちを始末し、次はいよいよサーヴァント2体だ。

 全身鎧のまさにバーサーカーみたいな声を上げている黒いのが1人、重厚なコートを羽織った銀髪童顔の……剣持ってるしセイバー? いや、そんな風には見えない。

 

「……野郎……!」

「――まあ、なんて奇遇なんでしょう。貴方の顔は忘れたことがないわ、気怠(けだる)い職人さん?」

 

 ん? 知り合いか? それにしては態度に差がありすぎる気が……。

 

「それは嬉しいな。僕も忘れた事などなかったからね。懐かしき御方。白雪の如き白いうなじ(・・・・・)の君」

 

 なんでうなじをピックアップした……肌とか手とか、セクハラかもだが足とか色々あったでしょ……。

 

「……生前のみならず、今回もマリアを“処刑”するつもり満々ときたか。シャルル=アンリ・サンソン。どうやら本気でイカレてたってワケかい?」

=アンリ・サンソン。どうやら本気でイカレてたってワケかい?」

 

 それってつまり、マリー・アントワネットを処刑したのがこの人ってことだよな?

 英霊って本当に何でもありか!? 処刑人が悪いとは言わないよ。ただマリー・アントワネットを処刑した人物を知ってるやつなんてそうそう居ないと思うぞ?

 

「……人間として最低品位の男に、僕と彼女の関係を騙られるのは不愉快だな」

 

 品位云々は激しく同意だ。

 

「人間を愛せない人間のクズめ。彼女の尊さを理解しない貴様に、彼女に付き従う資格はない」

 

 価値観の違う人間がぶつかるとこうなるのかあ……。ウチの兄と弟は価値観というか、最早あれはそういう次元を超えてたからなあ。タイミングが悪いよね、何で片方がひどい目に合ってる時に限ってもう片方来るかな?

 しかもビーマの野r……が絶妙に煽ってくるからね! 何度罵り合いをした事か……。

 

「……Arrrrrrrrrrrrr!」

 

 そしてこっちの黒いのはグイグイ来ますね!?

 

「なんて一撃……! マスター、退がって下さい……!」

 

 全身フルアーマー野郎はガンガンこっちに攻撃してくるし、あっちは犬猿の中で睨み合ってるし、空にはワイバーン飛んでるし、そのワイバーンはフランス兵襲うし……いい加減にしろ少しは休ませろ!!

 こっちは重量オーバーしてる戦車を全力で駆ってきてるから真面目に疲れてんだよ!

 

「っ……! 私がフランス軍の救出に向かいます! お二人はそのサーヴァントを!」

「分かった! スラクシャ、ジャンヌの援護を!」

「はい! ジークフリート、ここで大人しくしててください!」

 

 返事を聞く気はサラサラないので言い終わってすぐにジャンヌの後を追った。

 

 

 

 

 結論。兵士うぜえ。

 

 いや本気でウザい。ジャンヌも私も被害が行かないようにワイバーン仕留めてるのにボケッと突っ立ってるだけなんだもん。ねえ、君たちがいるから下手に魔力放出(炎)もできないんだよ? わかる? しかもカーミラまで来てチョイチョイワイバーンに指示出すわ攻撃してくるわでうっとおしい。

 

 挙句の果てには相打ちになればいいだのなんだの……お前ら目ぇ見えてる? 今ジャンヌ必死でお前ら守ってるよね? 眼科行ってこい、確実に目に異常があるから。

 

 

「守っている相手に散々な言われようですね、聖女様。彼らが呑気に見物できているのはワイバーンを貴女が引き付けているからですのに」

「……放っておいてください」

 

 それな。高みの見物しかしてねえくせに煽りスキルは無駄に高いなテメエ。はい、煽り云々は私が言えた義理じゃないね。生前の思い出(五兄弟二男とのバトル)を思い出して地味にダメージが来た。

 

「聞かせてくださらない、ジャンヌ・ダルク? 貴女はいま、どんな気分でいるのかを。死にたい? それとも殺したい?」

 

 うるっせえよ!! 覚えてるからな! 初対面の時に黒いジャンヌに遊び過ぎって怒られて引っ込められてたのを!!

 

 

「……普通でしたら、悔しいと思うのでしょうね。絶望にすがりたくなるのでしょうね。ですけど、生憎と私は、――楽天的でして。彼らは私を敵と憎み、立ち上がるだけの気力がある

 それはそれで、いいかと思うのです」

 

 

 一瞬、とある光景が過った――

 

 

 

 

 

「兄上、あんな臆病……もとい穏健派どもに言わせっぱなしでは舐められてしまいますよ! アイツら、自分では戦わないくせに兄上の実力を貶めてばかり! 一度でいいから何か言った方が……」

「……普通ならお前のように怒るのだろう。だが、オレを不当に貶めることで奴らが団結するというのならば、それもまたいいだろう」

「……いや、結局内部分裂してますよね!? 全然よくありませんよ!」

 

 

 

 

 

 

「……正気、貴女?」

「さあ、フランスを救おうと立ち上がった時点で正気ではない、とよく言われましたが……」

「そう、白かろうが黒かろうが、どちらもイカれているということね……! ワイバーン!」

「く……!」

 

 

「砲兵隊、撃ぇぇぇぇっ!」

 

 

「え……?」

「くっ……!」

「ジル……!」

 

 

「周囲の竜を優先しろ!! ありったけの砲を撃て!」

 

 

「今だ……!」

「おのれっ……! く――さすがはルーラー。力を奪われていてもこの膂力……! 撤退するわ。ランスロット! サンソン!」

「待ちなさい!」

 

 …………あ! 人が生前に思いをはせている間に逃げやがった!

 

「A―――――――urrrrrrrr!!」

 

 あれ。なんかバーサーカーだけ全然言うこと聞いてない。ていうかむしろテンション上がってないか?

 

「……どうやら、ジャンヌ・ダルクが彼の琴線に触れたらしい」

 

 なんで? ランスロットって円卓の騎士だよね、流石に知ってる。アーサー王とランスロットとマーリンとモードレッドぐらいしか知らないけど。詳しい事も知らないけど。なんで接点が無いはずのジャンヌにテンション上げてんの? 誰かに似てるのか?

 

 向こうのアサシン×2はランスロットを囮にすることにしたらしい。時間稼ぎにしては豪華すぎやしないか。円卓の騎士だろ……。

 

「……Aurrrrrrrrrrrrrrrrrr!!」

「くっ……! 何故、私を……!?」

 

 どんだけ!? 他の奴に一切見向きせずにまっすぐジャンヌに向かって突っ込んでいったんだけど、なに、お前ジャンヌかそれに似た円卓にいた人物A(仮)に恨みでもあるの!?

 

 でもこれはチャンスだ。

 

「マスター。今のうちかと!」

「騎士道に反しますが、このままランスロットを仕留めます!」

「よし、やろう! あれ、どう見ても騎士じゃないし!」

 

 確かに。どっちかっていうと狂犬だ。

 

 

 

 

 

 

 

「……A……アー……サー……」

 

 疲れた……。ヴラド公やマルタ、カーミラみたいに後付けの狂化ではなくマジのバーサーカーのくせに技量がそのままって……。流石、騎士の中の騎士って言われてただけはあるな。

 いやでも、なにあの宝具……。ランスロットだよね? 円卓の騎士だよね? なんで銃弾乱射してんだよ。その手に持ってる剣は飾りかよ。聖剣が泣くぞ。

 

 銃弾は私が前に飛び出すことによって防いだ。鎧万歳。父上ありがとうございます。

 

 というか、コイツはジャンヌをアーサー王と勘違いしてたらしい……アーサー王って男だよね? ジャンヌはどっからどう見ても女だろ私と違って。

 

「……。ああ、そうか」

「マシュ?」

「ランスロットがジャンヌさんに拘った理由がわかりました。ジャンヌさんは、アーサー王に似てるんですね。顔形ではなく、魂が――」

 

 そっちか。私はどっちかっていうと――いや、いいか。

 

「王……よ……私は……どうか……」

 

 バーサーカー……喋れたのか。声的に絶対イケメンだな。

 

 立ち去ろうとすると、ジル・ド・レェ(生きてる)がジャンヌを呼び止めたが、ジャンヌは振り返ることなく先へ進み、私たちもそれに習った。

 これで他の兵士どもも気付けばいいんだけどな……気づかなかったら、今度こそジャーマンの刑に処してやろう。




少し皆様に協力してほしい事がありますので活動報告に書いておきました。良ければ見てください。

誤字脱字・感想お願いします。


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story:第1特異点 邪竜百年戦争オルレアン4

運よくというか、確認するとバックアップに残ってたので投稿し直します。




 放棄された砦でジークフリートの容態を見るが、どうやら呪いの類らしく回復効果のあるマリーさんの宝具でも無理らしい。

 私の鎧なら……いや、呪いは関係なかったな(兄参照)。じゃあ、ダメか。

 

「あ、私の宝具に」

「やめてくれ」

 

 はやっ!?

 

「え? スラクシャ治せるの?」

「いや、治すというか、移すというか」

「移す?」

「頼む、やめてくれ。どのような宝具かは知らないが、君が移すと口に出してから寒気が止まらない」

 

 ええ……。そんな危険なものじゃないのに……。でもまあ、そこまで言うなら仕方がない。

 

「すまない……。君が悪い訳ではないんだ……ただ悪寒が……」

「いえいえ。気にしないでください」

 

 しっかし、この人なんか親近感感じるんだよなー。どっかで見た事があるっていうか、いや無いんだけど、知り合いに似てるっていうか……。でも1人じゃないんだよなー。複数に似てる……?

 んんー? 経歴を知ったらわかると思うんだけど……スッキリしないな。ああもう、ほんと聖杯仕事してくれ。

 

 

 ジークフリートは比較的早く召喚されたらしく、マスターもいないし放浪していたところをリヨンが襲われているのを見つけて助けに行ったと。

 生前とは違うが幻想大剣(バルムンク)もあるので何とかなったが、複数のサーヴァントを一気に相手どるのはさすがに難しかったと。

 

「……ただ、その中の一騎が俺を城に匿ってくれた。傷は治らず、誰かに助けを求める事もできず。ああして、待つしかなかった」

「それは、もしかして竜を操る女性でしたか?」

「竜……? いや、あれは亀……いや竜……竜亀……言われてみれば……なるほど、ああいう竜もありか……」

 

 ほら!! やっぱり亀だよね!! 竜殺しが戸惑うくらいなんだから、やっぱり亀だよねあれ!!

 

「そうだ、雰囲気はルーラー、君に似ていたな」

「聖女マルタ……でしょうね」

 

 なるほど。だからリヨンに行けって言ったんだ。

 

 ジークフリートには複数の呪いが掛かってるようで、ジャンヌ曰く「生きているのが不思議」とのこと。なにそれ……こわ……。誰だよ呪いを、しかも死んでもおかしくないのを複数掛けやがったのは。ふざけんなよ、直接死に至らない呪いでも一つあるだけで戦闘で相当ヤバいんだぞ。それが複数?

 

 呪いを解くには高位のサーヴァントによる洗礼詠唱が必要。ジャンヌならと思ったが、彼女の力だけでは足りないらしくもうひとり聖人が必要だとか。

 

 いや、ジャンヌ・ダルクって世界的に有名な聖人の1人だろ? 幾ら弱ってるとはいえ、そのジャンヌが解けないってどんだけ強いのよ。

 

 それで肝心の聖人だが“竜の魔女”たるジャンヌが聖杯を持っているなら、その反動――抑止力的な何かで聖人が召喚されている可能性はあると。

 

 ただし当てがない。

 ジークフリートにとっては私達が初めて出会うサーヴァントだし、私らは敵のサーヴァント以外はわからない。

 

 結果、手分けしてフランス……と言っても半分以下を巡る事になった。

 マリーさんの希望でチーム分けはくじ引きで決まった。私はジャンヌとマリーさんと一緒に行くことになった。

 

 

「ジークフリート。気を付けてくださいね。貴方があのデカブ……失礼。邪竜を倒すカギなんですからね。あと兄について聞きたいことが幾つか」

「ああ。俺も、君とは話してみ……!」

「え、なんですか!?」

「いや、また寒気が……」

 

 なにそれこわい。

 

 

 

 

 

 

 

 しっかし、深い話だったなあアマデウスとマリーさんの会話。

 「愛されたから、憎まれた」ね。ふっつーに聞いたらヤンデレのそれだよね。しかもそれであんなにポジティブに考えられるマリーさんがすごい。「フランスに恋された女!」って……。

 

 

 逆に言えば、憎まれてたってことは愛されてたってことか?

 

 じゃあ、奪われ続けてたカルナは、与え続けられていたのか?

 

 ……いや、流石に無理矢理すぎるか。

 駄目だ。軽く考えてただけなのにドツボに嵌りかけてる。やめやめ。

 

 

「ジャンヌ、スラクシャも。怖い顔をしてますわよ?」

「え……こ、怖いですか!?」

「本当ですか」

 

 顔に手を当ててみるがいつも通りに感じる。

 

「うふふ、怖いっていうか……難しい?」

「はぁ……。そう、ですね。少し考え事をしていたもので」

「それは“竜の魔女”について?」

 

 黒いジャンヌの話題が出た事に顔をあげる。

 

 ジャンヌは神の啓示を受けて走り出し、振り返ることなく進み、英霊となり、ルーラーとして召喚された。そのことを当然のことと受け止めている。

 

 “竜の魔女”の言葉には何一つ、身に覚えがないと。

 

「あの“私”は、一体……誰なのでしょう」

「――うん、やっぱりジャンヌは綺麗よね。すごく、すごく、すごく――美しいわ」

「か、からかわないでください」

 

 いや、その王妃様の言葉は全部本心だぞ。短い付き合いだけど分かる。

 

「いいえ、真実よ。だってもし、わたしがジャンヌの立場だったら――“竜の魔女”の話を、多分受け入れているもの」

「……マリー?」

 

 マリー・アントワネットは自分を処刑した民を憎んではいない。それは9割の確証を持って言える事。

 だが残り1割、ほんの小さなものだが。

 

 彼女は、自分の子供を殺した人たちを――少しだけ、憎んでいる。

 

 

「…………」

 

 少し、彼女の子供が羨ましいと思った。

 

 

 

「――……シャ? スラクシャ?」

「! はい、なんでしょうか」

 

 いけない、いけない。ついぼーっとしてしまった。

 

「そろそろ連絡しないといけないんじゃないかしら?」

「ああ、すいません。今連絡を取ります」

 

 

 

 

 

 

 

 街についたころ、こちらにサーヴァントが向かったという連絡がマシュから来て、ほぼ同じく、おそらくそのサーヴァント――聖ゲオルギウスとコンタクトを取れた。

 

「そちらで止まって下さい。何者ですか?」

「わたしはサーヴァント、クラスはライダー。真名をマリー・アントワネットと申します」

「同じくライダー。真名はスラクシャです」

「……なるほど、狂化されてはいないようですね」

 

 よかったー、まともなサーヴァントだ。まともっていうか常識のあるサーヴァントっぽい。マシュとジャンヌ以外に初めて常識のあるサーヴァントを見た気がする。

 

 ジークフリートの呪いのことを説明するとゲオルギウスは街の人々を完全に避難させてから出発すると言ってくれた。

 

 

 

 

 ! ワイバーンの鳴き声……いや、違う!

 

「ワイバーンの襲撃か? ここのところ激しいですね」

「違います! この気配は……」

「この感覚は……“竜の魔女”……!」

 

 くっそ! このタイミングで来るか普通、いや、このタイミングだからか! ええい、別に幸運が低いってわけでもないのに!!

 

「撤退しましょう、ゲオルギウス! 今の我々では歯が立ちません!」

「……そういう訳にもいきません」

 

 そう、市民の避難がまだだ。

 残れば死ぬと分かっているのに、市長から守護を任されたと言って譲る気配は全くないゲオルギウス。

 

 ああもう! 聖人とか、なんか、信念もってるやつってみんなこうなの!?

 

「ゲオルギウスさまったら、頭も体も、そしておひげも堅い殿方ですのね」

「なんですと?」

 

 おいおい。いきなり何を言い出すんだマリーさん。

 

「でも、そんなところがたいへんキュートです。わたし、感動してしまったみたい。ですので――どうか、その役目をわたしにお譲りくださいな」

 

 ――は?

 

「え……?」

 

 ちょ、ちょ、おい待て。待てって。今なんて言った? 譲る?

 つまり……ここに残る?

 

 ジャンヌも血相を変えてマリーさんを止めるが、彼女は言う。自分はこのために召喚されたと。

 その目を見る限り、決意を変える気はないことがわかる。

 

「あ、でもアマデウスには謝っておいてくださいね。ピアノ、やっぱり聴けなかったって」

 

 ……待っていると、すぐに追いつくという敵わないだろう約束を交わし、私達は街を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うん。やっぱむり。

 

「…………すいませんジャンヌ! 先に行ってください!! 絶対に来ないでくださいね!!」

「え、スラクシャ!?」

 

 あははー、きこえませーん。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――宝具展開。【愛すべき輝きは永遠に(クリスタル・パレス)】!!」

 

 

 マリー・アントワネットは宝具を展開させるが、邪竜の攻撃を防ぐのは不可能だろうと分かっていた。

 それでも、わずかでも時間を稼ぐために全力を注ぐ。

 

「……さよなら、ジャンヌ。ええ、会えて良かったわ」

 

 

 

 

「そのまま宝具を発動させていてくださいっ!!」

 

 

 

「――えっ!?」

「なにっ!?」

 

 魔力放出も利用しながら全力ダッシュでマリーさんの正面に回り、抱き込む。文句も平手もあとできっちり受けることにしよう。

 

 そしてファヴニールの攻撃が直撃した。

 

「ぐっ……あ゛あああああ!!」

「スラクシャ!?」

 

 ――――――!!!

 

 生前でも早々味わうことなかった衝撃と痛みを体全体に受ける。皮膚が焼け爛れるそばから修復していく。

 

 鎧効果で治るから余計に辛い! あ、でも鎧を皮膚から剥したときよりはマシかも。そう考えたら余裕出てきた。

 ちょっと父上本気出し過ぎじゃないですか? よかったのか、強請られたとはいえこんなの赤ん坊2人に渡して! いや、おかげで色んなところでむちゃくちゃ助けられているから良いんだけどさ!

 

 邪竜の攻撃が止まり、思わず膝をついてしまった。

 

「い゛っ……つぅ……」

「スラクシャ! どうして戻ってきたの!?」

 

 どうしてって、

 

「仲間を、みすみす死なせられますか……。少なくとも、私が生きている内は、絶対に死なせない……!」

 

 目の前で死なれるくらいなら、私/俺が代わりになってやる。

 

 

 それが私/俺の生き方だから……!!

 

 

「わざわざ死にに来るなんて……ファヴニール!」

 

 ジャンヌがファヴニールに指示をだし、邪竜がまた攻撃の準備を始める。

 

「……っ!」

「マリーさん後ろに! 絶対に離れないでください!」

 

 弓を呼び出し、構え、矢をつがえる。

 

 ――大丈夫。使える魔力をギリギリまで込めての攻撃だ。

 

 

「死になさい!!」

「【梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)】ッ!!」

 

 邪竜の攻撃とブラフマーストラがぶつかり合う。

 

 周囲をなるべく破壊しないように威力を出来る限り抑えているので対国宝具本来の力には届かない、それでも込めれる分の魔力は全力で込めたその矢は――

 

 

 ――ファヴニールの翼を貫いた。

 

「な、に……っ!?」

 

 

 チャンス!!

 

「失礼っ!」

「きゃあっ!」

 

 マリーさんを横抱きにして待機させてた【英雄よ、手綱を取れ(ラードヘーヤ)】……の馬に飛び乗って一気に走らせる。

 私の宝具であるこの馬も魔力放出で加速させる事もできるので、少人数の時は魔力の消費を抑えるためにこいつだけを召喚する。

 

「しっかり捕まってください!」

「でも……!」

「ファヴニールの治療ともなればそれなりに魔力も時間も使うはずです! 今のうちに引き離します!!」

 

 それまではずっとこの体勢(横抱き)なわけだが我慢してほしい。

 

「……ありがとう。でも、女の子が無茶してはダメよ。体に傷が残ったらいけないもの」

「ご忠告感し……いま、なんて」

「ふふっ。大丈夫よ、誰にも言わないわ。アマデウスももしかしたら気付いてるかもしれないけど、口止めしておきます」

「……お願いします」

 

 危うく落馬するところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 そういえば通信機を持っていたことを思い出してドクターに連絡を取ったら死ぬほど驚かれた。間違いなく私らは助からないと思ったらしい。そりゃそうか、私も大怪我くらいすると……あ、いや。鎧が無かったら死んでた。

 

 ドクターにマスターたちの現在位置を教えてもらい、なんとか合流したまでは良かった。

 

 が、さすがにファヴニールの攻撃が直撃したのは痛かったらしい。マリーを下した途端に気絶してしまった。

 

 

 原因は多分魔力不足。街を破壊しないようにしたとはいえギリギリまで魔力を込めてのブラフマーストラ。

 加えて馬だけとはいえ魔力放出を使って加速しながらの全力疾走。

 

 その前には邪竜の攻撃が直撃。大事なことなので2回言った。

 改めて良く死ななかったと思う。

 

 ただ本当に体が鈍ってる。時間に換算して数千年戦ってない訳だから仕方ないのか? いや、英霊なんだからその辺どうなんだろ。

 というかなんか体が重いんだよな。重いというかキツイというか。こう、無理やり枠におしこめられてる感じがして思うように体を動かせないっていうか。

 

 

 まあとにかく倒れてしまったわけですが。

 目を覚ました時にはもう夜だったのはさすがに情けなかった。しかもマスターや、特にジャンヌにめっちゃ心配されたもんだから心が痛かった。

 

 そういえば気絶する直前に悲鳴を聞いたような気がする。

 

 

「申し訳ありませんマスター、ジャンヌ」

「いやいや。マリーさんから聞いたよ、すっごい頑張ってくれたじゃん」

「そうです! むしろもっと休まないと」

「そういうわけにはいきません! この程度で倒れるなんて兄に顔向けできない……」

「インドの英雄ってどうなってるの?」

 

 それは私も聞きたい。

 

「しかしあのファヴニールの攻撃が直撃してもほぼ無傷、その上傷を負わせるとは……」

「無傷というよりは怪我をした傍から修復した、が正しいですね。それに文字通り一矢報いたとはいえ翼のみ。おそらく回復されてるでしょうし」

 

 せめて胴をやれたら良かったんだろうけど……。

 

「……すまなかった。」

「? なにがですか?」

「いや、君には大分迷惑をかけてしまったからな……」

 

 ああ、そういうこと。

 

「別に迷惑ではありませんよ。それに、こういう時はすまないではなく、ありがとうです」

「すま、いや……ありがとう」

「はい」

 

 マスター。その微笑ましいものを見る目をやめなさい。

 

 

 

 

「それよりマスター」

「ん?」

「そちらのお二方は?」

 

 目線の先にはゴスロリっぽい服を着て角と尻尾の生えた少女、もう1人は白が基調の清楚な着物の少女。こっちも角が生えてる。

 さっきからきゃんきゃんと言い争いをしている。犬猿の仲という奴か? いやどっちかっていうと腐れ縁的な距離感か。

 

「エリザベートと清姫だよ。聖人探しの時に会ったんだ」

「なるほど」

 

 ……エリザベートって、たしかヴラド公がカーミラに言ってたような……英霊って過去の姿で、しかも同一人物が同時に召喚されることもあるのか?

 

「何を考えているかは分からないが、君はもう寝た方が良い」

「え、あの、さっき起きたばかりなんですが」

「でも、スラクシャ今日だけですっごい宝具使ってるよね……魔力大丈夫?」

「ぐっ……」

 

 反論できない。カルデアから供給があるとはいっても、元々バカみたいに力を使うのだ私は。計算したとはいえ今日だけで……3? 3回も宝具を使ってるのか。

 

「うぅ、わかりました……あ。それではジークフリート」

「?」

「兄に会ったことがあるのでしょう? どういうふうに戦ったのか、寝物語代わりに聞かせてください」

「俺が実際に彼と会ったのはほんの僅かだぞ?」

「構いません!」

 

 生前はずーっと、それこそ戦場にもついて回ってたので何気にすっごい楽しみだったのだ。

 

「あ、俺も聞いてみたい」

「そ、そうか。では……あれは――」

 

 話は確かに短かったが、第三者から聞いた兄の話はスっごく面白かった。

 ただ出会った理由に頭が痛くなった。こう言っちゃあなんだが、この時代に召喚されたジャンヌがその時の記憶を持っていなくて良かった……もしあったら土下座だな。

 

 というかあのカルナと数時間も戦ってしかも生還って……ジークフリートがこちら側でよかった。

 

 いやマジで。



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story:第1特異点 邪竜百年戦争オルレアン5

やっと書けた……!
アポクリの公VSカルナさんを参考にしました。

なので、これ以降の戦闘は質が落ちるかもしれません。


追記
位置がおかしかったのであげ直しました

更に追記
間違って1章4話を消してしまいました。
今すぐは無理ですが、朝にはあげ直します。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません。


「この中で軍を率いた経験は……どうやら俺とスラクシャだけらしいな」

「私というかカルナですね。戦場ではセットで扱われてましたから、一応兄が指示を出せない時は私がしてましたけど」

 

 なんだろう。このお得感。

 

「俺とて、国という国を軍で攻め落とす、という絢爛な軍歴がある訳ではない。気にするな」

 

 さりげないフォロー。絶対に生前モテたね、こいつ。

 

 それはおいといて。

 こちらは数こそ少ないが、実際に戦闘になったら圧倒的にこちらが強い、いわば少数精鋭状態なわけだ。

 この場合正面突破か、後ろから不意打ちするかになる。

 

 が、あっちにはサーヴァント探索能力を持つルーラーがいるのでこっちの居場所なんかバレバレ。必然的にとる手段は正面突破となる。

 

「ファヴニールは俺とマスターのグループが受け持とう。他のサーヴァントは敵のサーヴァントとワイバーンたちから、俺たちを守って欲しい」

 

 マスターとマシュ、ジークフリートがファヴニールを倒せるか否かがこの戦争の分け目になるわけだ。

 

「……了解しました。未熟ですが、精いっぱい戦わせて戴きます」

「あ、子イヌ。アタシちょっと殴り合わなきゃならないヤツがいるの。アタシはそいつに専念してもいいかしら?」

「それでしたら私も。一度戦った以上、決着をつけないと気がすみません」

 

 言わずもがな、私が戦いたいのはヴラド三世だ。決戦ともなると、邪魔されずに全力で戦うこともできるだろう。

 

「いいよ。でも、スラクシャは昨日倒れたばかりなんだから無理しないでね」

「もう回復してますよ」

 

 父上の鎧マジありがたい。何度だって言おう。父上万歳。もし嫌われてたとしても私は大好きです。勿論カルナも大好き。

 

 全員がお互いの戦うべき相手を、役目を確認する。

 

「つまり、全員問題ないという事か。では、マスター――我々に命令を」

 

 マスターが令呪の宿った手を胸元に持って行き、こぶしを握る。

 

 

「――勝とう!」

 

 

 

 

 

 

 オルレアンにつくと、まあ予想通りワイバーンがうじゃうじゃと。できるだけ迅速に終わらせないと数の少ないこっちはじり貧になってしまうので、ワイバーンに関してはちぎっては投げ、ちぎっては投げという表現がぴったりだった。

 

 道中、強制的に狂化させられたアーチャーと出会った。本来ならば“竜の魔女”の下につくような性格ではないだろうアーチャーは、何故か私を見ると一瞬動きを止めた……またカルナの知り合いか? 多いな。

 

 アーチャーを打ち破ると、消滅寸前に狂化が解けたのか安堵の表情で消えていった。

 

 そして――。

 

 

「こんにちは、ジャンヌ(わたし)の残り(かす)

 

 ファヴニールと共に“竜の魔女”が降り立った。……ちっ、やっぱり翼の傷は癒したようだ。

 

「……いいえ。私は残骸でもないし、そもそも貴女でもありませんよ、“竜の魔女”」

「……? 貴女は私でしょう。何を言っているのです」

 

 そもそも同じじゃない……ああ、なるほど。そういうことか。

 本当になんでもありなんだな、聖杯ってのは。

 

 

「……今、何を言ったところで貴女に届くはずがない。この戦いが終わってから、存分に言いたいことを言わせてもらいます」

 

 ジャンヌの言葉に“竜の魔女”は激高した。

 

「ほざくな……! この竜を見よ! この竜の群れを見るがいい!! いまや我らが故国は竜の巣となった! ありとあらゆるモノを喰らい、このフランスを不毛の土地とするだろう!

 それでこの世界は完結する。それでこの世界は破綻する。そして竜同士が際限なく争い始める。無限の戦争、無限の捕食。それこそが、真の百年戦争――。邪竜百年戦争だ!」

 

 

 “竜の魔女”から発せられるのは狂気と憎悪。触れるだけで焼き尽くされそうなそれに、しかしジャンヌは顔色を変えなかった。

 

 “竜の魔女”に応えるようにファヴニールが雄たけびを上げたその時、砲弾が邪竜とワイバーンたちに撃ち込まれた。

 

「何……!?」

「……ジル……!」

 

 

 

「撃て! ここがフランスを守れるかどうかの瀬戸際だ! 全砲弾を撃って撃って撃ちまくれ! 恐れるな! 嘆くな! 退くな! 人間であるならば、ここでその命を捨てろ!

 もう一度言う! 恐れることは決してない! 何故なら我らには――

 

 

聖女がついている(・・・・・・・)

 

 

 

 

 ある意味歴史的瞬間に立ち会った気がする。ジャンヌ・ダルクの汚名が撤回されたっていう歴史的瞬間に。

 

 おっと。ふざけてる場合じゃなかった。フランス軍がワイバーンをひきつけている今がチャンスだ。

 

「お久しぶりです、ヴラド三世。……あの時の続きをしましょう」

「……いいだろう、守護の、いや犠牲の英雄。サーヴァントという名の2度目の人生で、貴様が人理のために犠牲になるのか見届けようではないか」

「犠牲? 冗談はやめてください……今あなた方に立ち向かう全員が、生きてフランスを救う。私が代わりになる必要なんて――ない!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴラド三世がわずかに指を動かした瞬間、無数の杭が殺到してくる。反射的に空中へ跳躍することで避けるが、杭は落下する体を突き刺そうと次から次へと飛び出してくる。

 矢を放って杭を破壊するも、その間を縫うようにして新しい杭が現れる。

 

 ――わかってたけど壊しても意味ないか。

 

 咄嗟に片手で杭を掴むとさらに杭が襲ってくる。ちょっとビビったけど、落ち着いて対処する。大丈夫、大丈夫。この鎧の回復力なら少しくらい怪我してもいける。

 

「なるほど……その鎧、赤のランサーの物とは違い、回復重視のようだな」

「っ!?」

 

 いつの間に接近したのか、ヴラド三世が首筋に槍を突き付けていた。

 

「杭に気を取られすぎたな、ライダー」

「チッ……」

 

 一つの事に集中しすぎて他の事が吹っ飛ぶのは前世からの悪い癖だ。ていうか鎧の事までばれたし。

 

 私の鎧はカルナのものに比べれば些か耐久というか、防御力が低い。その代り回復が速い。

 例えるならカルナに100の攻撃が来たとして、鎧の効果で本人が受けるダメージは10とか20に軽減される。

 私は100の攻撃で最低でも50は喰らうけど、すぐに受けたダメージ分回復する。ただし致命傷や呪いで修復不可能な傷はのぞく。

 

 

 それにしてもばれるとは思わなかった。前に出るのは主にカルナで、最初に目にするのがその鎧だから、みんな私の鎧も同じものだと騙されてくれるのに。

 

 

 

「だが、いくら回復が早かろうが首を落とせば終わりだ」

 

 他の仲間はそれぞれサーヴァントやファヴニールの相手をしており助けは求められない。杭によって動く事もできず、首には槍が付きつけられたまま。傍から見れば絶体絶命の状態だが、まだ何とかできる状況だ。

 

 ヴラド三世が槍を突きたてようとした瞬間、魔力放出使って杭を燃やし尽くす。体を拘束していた杭が燃えるとすぐに飛び退いた。

 

「ほう……。対処の方法まで兄と同じか」

「彼を見て戦いを学んだようなものですからね」

 

 しかし面倒くさい宝具だ。一騎当千って言葉があるけど、それでも数の暴力は凄まじい。それに私が本調子でないことを差し引いても強い。知名度補正は殆どないのにあそこまで強いのはやっぱり聖杯か。そりゃあ、莫大な魔力が無限にあるようなもんだしね。カルデアもなかなかのもんだけど、やっぱり聖杯には届かないのだろう。

 

 

 そう考えている間にも杭は襲ってくる。

 

 うん。一騎当千とか数の暴力って言ったけど、これそんなレベルじゃないわ! だって全然尽きないし、兵士は倒したらそこで終了だし!

 

 それに相手は指一本動かすだけで何百何千という杭が一斉に召喚されるが、こっちは弓と短剣だ。どうやっても手が足りない。魔力放出で燃やしたりして凌いでるが微妙に押され気味だ。

 

「……貴様は赤のランサーの身代わりになって死んだのだったな」

「? それがなにか」

「なに。紛い物とはいえ神すら騙すほど兄を演じた――すなわち、見目だけでなく技術すら完全とは言わなくとも兄と同等の物を誇るということだ」

「…………」

「それでだな、ライダー。貴様はどこまで兄と同じなのかな?」

 

 瞬間

 ぞわり、と背筋が凍った。咄嗟に避けようとするが、これは避ける避けないの問題ではなかった。

 

 体内で何かが膨れ上がる感覚――硬く、鋭利で冷たいこれは――!

 

「杭か……!」

 

 体を内側から突き破ったそれを認識した。一瞬の衝撃の後に襲い掛かる激痛に悲鳴を上げないように、膝をつかないように歯を食いしばる。

 

「…………っ!」

「ふむ。痛みの耐性は赤のランサーよりないのか」

 

 あれは耐性云々より精神的な問題だと思う。

 

「どうする犠牲の英雄。どうにもできないのなら……此処で死ね」

 

 襲い掛かる無数の杭、槍を持って突撃してくるヴラド三世。杭の総量はわからないが、どれだけ壊しても聖杯から魔力の供給がある限り尽きることはないだろう。

 つまり、私は四方を敵に包囲されている状態も同然という訳だ。

 

「…………」

 

 ラ・シャリテで会った時、ヴラド三世が言った言葉。聖杯大戦の記録。兄は自ら内側から杭を焼き尽くしたと。

 私にはできないだろう、兄だからこそできたそれ。

 

 ――カルナだから、できた。

 

 

「【日輪よ、その身を隠せ(ソラージュグラハーン)】」

 

 

 宝具を開放する。炎が私を中心に渦を巻く。炎は体の内側から杭も焼き尽くす。

 

 その感覚は昔、寒さに震えていた私をカルナが包み込んだ感覚によく似ていた。

 

 炎の向こう側、ヴラド三世が目を見開くのが見えた。

 

「赤の……ランサー……!?」

「……ちがいます」

 

 杭を焼き尽くすにはこの数秒で十分。すぐに宝具の発動を止めた。

 自覚はないけど、彼の目には私がカルナになり、また私に戻ったように見えているはず。

 

「ライダーですよ?」

「……それが貴様の宝具か」

 

 【日輪よ、その身を隠せ(ソラージュグラハーン)】。

 私が兄に変装して戦ったことから生まれたのだろうこの宝具は、相手を知っているほど本人に近づける。

 

 仮にも双子だ。カルナになら、本人が召喚されているのとほぼ同じステータスになれる。

 

「さて、そろそろ終わりにしましょうか……【英雄よ、手綱を取れ(ラードヘーヤ)】」

 

 召喚されてからお世話になりっぱなしの戦車を呼び出す。ほかのサーヴァントたちの戦闘も終盤に差し掛かっているのだろう、周囲からすさまじい魔力を感じる。

 

「いいだろう、犠牲の英雄。……貴様を杭で貫き、その血で祝杯を挙げてやろう!!」

 

 

 

「【梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)】ッッ!!」

「【血塗れ王鬼(カズィクル・ベイ)】ッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 2つの宝具がぶつかり合い、土煙が晴れたとき――ヴラド三世は既に消滅しかけていた。

 

「――ここで、終わりか。余の夢も、野望も、またも潰えるか……。ふん。そして此度もまた“竜殺し”とインドの大英霊が関わるとはな。皮肉なものよ」

 

 先の大戦で何があったのか詳しく問い詰めたい衝動に駆られた。

 

「良い、許す。……次は狂気ではなく槍を持って貴様と闘いたいものだ」

「……ええ、私もです」

 

 

 その言葉を最後にヴラド三世は消えた。

 

 

 

「ふう……」

 

 命がけの戦いには、一度それで死んだのにもかかわらず、いつまでたっても慣れないらしい。

 戦っている最中は冷静でも、終わるとふいに体が震えてくる。

 

 それは、戦ってすぐの時もある。何度か戦闘を繰り返し、ふとした拍子に来る時もある。

 恐怖はない。ただ震えるだけだった。

 

「…………」

 

 振るえる手を固く握り、目を閉じて一呼吸置く。

 次に目を開いた時には震えは収まっていた。

 

「よし」

 

 踵を返してマスターの下へ向かう。

 

 もしこの震えが無意識の恐怖からくるものだとしても、私がそれを認識していないのなら問題ない。

 そもそも、カルナを、マスターを守ることが出来るのなら私の恐怖なんてどうでもよかった。




一緒にバレンタインイベントの話も投稿しました。よければどうぞ。

誤字脱字・感想ありましたらおねがいします


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story:第1特異点 邪竜百年戦争オルレアン6

頑張った! 戦闘すっごい頑張った! 次も戦闘だけどね!(白目)

次回で終わります。絶対に今月以内に投稿します。(戒め)


 マスターのもとには既に全員が集結していた。多少傷ついてはいるけど、誰1人欠けることなく勝てたのだ。

 

 これから逃げたジャンヌ・オルタを追跡するのだが……追跡班、つまりマスターにマシュさん、ジャンヌと私のグループに清姫とエリザベートが付いてくることになった。

 

「(宝具を使われると耳が痛くて……。清姫は敵味方関係なく炎を吐くし……)」

「(両者共に宝具が……)」

「(エリザベートのアレは世界最低の宝具だ、と断言したい)」

 

 男三人衆、心の声がまる聞こえである。その場にいた全員が「あっ……(察し)」といった表情になった。本人たちには伝わって無いようだけど。

 

 ……私もそっちがいい。

 

「コホン。い、行きましょう二人とも!」

 

 なんかしまらないなあ。

 

 

 

 

 

 城には簡単に入ることが出来た。が、おそらくジャンヌ・オルタがいるだろう場所までが遠い。

 

 っていうかあっちこっち血が飛び散ってるわ、破壊された家具はほったらかしだわですごい有様なんだけど。

 

「急ぎましょう! 遅れてしまえば、また新たなサーヴァントが召喚されてしまいます!」

 

 もー! なんで古今東西城の造りってこうも面倒くさいかな!? 元現代日本人としてはシンプル・イズ・ザ・ベストでいいと思うんだよね!

 

「わ、わかってるってば! でもほら、この城ちょっと見所あるっていうか。なんでいうの、趣味が、ほら?」

「「ああ、最悪だ/です!」」

 

 いるよね、女子高生に目玉のキーホルダーとかつけてるやつ!!

 

 

 立ちふさがる雑魚を薙ぎ払い、一気に駆け抜ける。

 その先、立ち塞がったのはさっきジャンヌ・オルタに撤退を進言した男だった。

 

「――おやおや、お久しぶりですな」

 

 何故邪魔をするのか、何故ジャンヌ・ダルク(オルタ)を殺そうとするのかと激昂するジル・ド・レェにジャンヌは静かに聞いた。

 

「彼女は本当に、ジャンヌ(わたし)なのですか?」

「……何と、何と何と何と許せぬ暴言! 聖女とて怒りを抱きましょう、聖女とて絶望しましょう!」

 

 彼は言った。あれは紛れもなくジャンヌだと。その闇の側面だと。

 

 ……そうだと、彼は信じているのか、望んでいるのか。

 

 

 

 さて。ジル・ド・レェが召喚したこの巨大ヒトデ。強さは大したことないが数が多すぎる。まさしく数の暴力。ヴラド三世のように本人も肉弾戦が得意(しかも強い)とかじゃなくてよかった。

 しかもワイバーンまで襲ってくる始末。清姫の言うとおり、こんな狭い城内で器用なことである。

 

 が、狭いことに変わりはないのかワイバーンは思うように身動きが出来ずヒトデごと清姫の炎の餌食となった。

 

 私の魔力放出も炎だけどアレには押し負ける気がする。いろんな意味で。

 

 次はジル・ド・レェ本人が襲ってきたが、一対多数の上に相手は筋力や耐久がほぼ紙のキャスター。対してこっちは弱体化(体調不良)しているとはいえジャンヌと私、清姫にエリザベート。それから防御特化のマシュさん。

 

 止めは刺せなかったが、清姫とエリザベートが残ってくれたお蔭で先に進むことができた。

 

 

 

 

 

 とうとうジャンヌ・オルタとご対面だ。彼女1人しかいないところを見ると、新たなサーヴァントを召喚されずに済んだらしい。

 

「――“竜の魔女”」

「とうとう、此処まで辿り着いてしまったのですね。ジルは――まだ生きていますが足止めされましたか」

 

 準備は整っていると余裕の表情を見せるジャンヌ・オルタに、ジャンヌは静かに問い掛けた。

 

「極めて簡単な問い掛けです。貴女は、自分の家族を覚えていますか(・・・・・・・・・・・・・)

「…………………………………え?」

「ジャンヌ……さん?」

 

 予想外で簡単で、何ともない質問。だけど、ジャンヌ・オルタは虚をつかれた顔をして、すぐに狼狽した顔になった。

 

「戦場の記憶がどれほど強烈であろうとも、私はただの田舎娘としての記憶の方が、遙かに多いのです」

 

 ああ、分かる。

 怒号と血の匂い、体に刃が、首に矢が突き刺さったあの瞬間は絶対に忘れられないくらい強烈だ。

 

 それでもカルナと一緒に走り回ったり、共にドゥリーヨダナとバカやったり。「英雄」としてはどうでもいいだろう記憶の方が多くて、大事で。

 

「忘れられないからこそ――裏切りや憎悪に絶望し、嘆き、憤怒したはず」

「私、は……」

「――記憶が、ないのですね」

 

 ……確定だな。

 

「それが……それが、どうした! 記憶があろうがなかろうが、私がジャンヌ・ダルクである事に変わりはない!!」

「確かにその通りです。貴方の記憶があろうがなかろうが、関係はない。けれど、これで決めました。私は怒りではなく哀れみを以て“竜の魔女”を倒します」

 

「――サーヴァント!」

 

 ジャンヌ・オルタの呼び声に反応し、現れたのはサーヴァントというには薄く、凶悪な影。

 

「これは……冬木の街にいたサーヴァント! それもこんなに……!」

「通常のサーヴァントを召喚する程の暇はなかったですが、この程度ならばいくらでも量産できます」

 

 む。つまりこの影もどきはサーヴァントの超劣化版みたいなものか。簡単に召喚できる代わりに本来の力とかは出せない感じか。

 

「屠れ!」

「マスター、来ます!」

 

 

 

 

 サーヴァント(影)の群れを倒しきった。予想していたよりは弱くて助かった。

 

「今度こそ決着の刻です。“竜の魔女”――!」

「黙れ! ならば、勝負だ! 絶望が勝つか、希望が勝つか――あるいは殺意が勝つか、哀れみが勝つか。この私を、超えてみせるがいい――ジャンヌ・ダルク!」

 

 

 

 

「はあっ!」

 

 ジャンヌ・オルタが突きだしてきた槍を避ける。物凄い音を立てて扉が木端微塵に吹っ飛んだ。見た目に反して凄い力だ。武器の鋭さとか重さとか抜きにしても凄い。

 

「マシュさんは玲さんの傍に居てください! スラクシャさん、手伝って!」

「はい!」

「分かりました」

 

 矢をつがえ、放つ。それと同時に短刀を出して走り出してジャンヌ・オルタに接近する。矢は簡単に落とされ、短刀も黒い旗で受け止められる。

 

「どうしました? こんな単純な攻撃では私に届きませんよ」

「でしょうね」

「?」

 

 

「はっ!」

 

 

「……!」

 

 背後からジャンヌが白い旗を振るう。ジャンヌ・オルタ……面倒くさくなってきたから以下オルタ、はギリギリで躱すがその頬に赤い線が走る。

 身を翻したオルタを、そのまま追撃し短刀を振り抜く。僅かだが、血飛沫が舞う。神経には達していないだろうが、彼女の腕にそこそこの深さで傷つけることが出来た。

 

「くっ!」

「チッ!」

「きゃあっ!」

 

 しかし相手もただでやられるわけがない。オルタが大きく薙いだ旗に吹き飛ばされる。

 私はすぐに体制を整えるが、3秒にも満たない内に旗を構えなおしたオルタは上に跳び、体勢を崩したままのジャンヌへと振り下ろした。

 

「――っ!」

「ジャンヌさん!」

 

 咄嗟に二人の間に割り込み、オルタの旗を弓で受け止める。よほど力を込めていたのか足元の床にクレーターが出来た。

 全身の骨が軋んだ音が聞こえたような気がしたが、というかむしろ罅が入ったような気もしたが無視する。

 

「ぐっ……!」

「スラクシャさん!」

「っ、ジャンヌ! 早くどいて!」

「は、はい!」

 

 マスターの指示に慌ててその場からジャンヌさんがどいたのを確認してから旗を振り払い、さらに短刀を突きだす。

 オルタは後方に飛びずさってそれを避けた。

 

 すぐに矢を放つが、先のダメージがかなりデカかったらしく、完全に回復できていなかったので上手くコントロールすることができなかった。

 しかも、一瞬だけど膝をついてしまった。

 

「っ、!」

「スラクシャ!?」

「さっき攻撃を受け止めたときに……!」

「大丈夫です、もう回復しました」

 

 立ち上がって油断なく弓を構え、オルタの方を見る。

 オルタは余裕そうに、しかし忌々しそうな顔でこちらを、正確に言えば私を見ていた。

 

「……骨に罅か、関節が壊れるくらいはしていたと思うのですが。厄介な鎧ですね」

「よく言われます。褒め言葉ですね」

「減らず口を!」

 

 オルタが手をあげると、地獄を連想させるほどに禍々しく憎悪を感じさせる火球が彼女のまわりに幾つも浮かぶ。

 

「貴女の属性は炎。鎧の効果も考えるとこの程度では大したダメージにならないでしょうが」

 

 火球が集合する。バスケットボール程の大きさだったそれが1つに合わさる。軽く人を飲み込むほどの大きさになったそれは、狭い室内とはいえ、それなりに距離を取っているにも関わらずとてつもない熱気を感じた。

 

「これなら、貴方はともかくその足手纏いな聖女さまやデミ・サーヴァントは無事では済まないでしょう!」

「なっ……!」

 

 マズイ、私の炎で相殺するにしても結局マスター達も巻き込んでしまうし、そもそもアレが直撃したら怪我が治る間もなく燃え尽きる。

 

「ここは私が!」

「ジャンヌ……!?」

 

 

「我が旗よ、我が同胞を守りたまえ! 【我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)!!】」

 

 

 威力だけで言えば先日のファヴニールの攻撃よりはマシだろうが、熱やそこに込められている魔力、なにより憎悪と悪意。

 

 それらを旗一本のみで耐えるジャンヌの姿は、まさに聖女だった。

 

 しかし、サーヴァントとしてかなり弱体化してしまっているジャンヌは既に限界が近いようだった。

 

「ダメ……この、ままじゃっ……!」

「っ! ジャンヌさん、私も……!」

「ダメです! マシュさんは、玲さんを守って!」

「どうやら盾としても役に立たないようね。さあ、そのまま燃え尽きてしまいなさい!!」

 

 

「いいえ、役に立っています」

 

 

「!? なに!?」

 

 ハッとこちらに向き直るが遅い。既に放った矢が何本か腕や脚に突き刺さり、振り抜いた短刀がオルタの脇腹を切り裂いた。

 

「っ、そんなっ! いつの間に……そうか、令呪……!」

 

 オルタがキッとマスターを睨みつける。その視線にマスターは一瞬体を震わせるがすぐに挑発するような(ぶっちゃけ童顔だからそこまで効果はない)笑みを浮かべる。

 

 そう、ジャンヌが私たちを守ってくれていたあの時、マスターに念話で「令呪でジャンヌ・オルタの近くに移動させてくれ」と頼んだのだ。

 炎によって視界も悪くなっていたこともあり、気づかれずに成功した。

 

「……先にそのお綺麗な聖女さまと『犠牲の英雄』から片付けようと思いましたが……気が変わりました。貴方から先に殺してあげましょう!」

「!!」

 

 オルタが地を蹴る。まるで弾丸のような勢いで魔力を纏った彼女が進む先は――

 

「マスター!!」

「マシュさん! 宝具を!!」

 

 

「先輩、私の後ろに! ――【仮想宝具 擬似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)】!!」

 

 

 マシュさんの盾にジャンヌ・オルタがぶつかる。一点集中は相性が悪いのか、火球よりも魔力を込めているのか、騎士王の聖剣すら防いだらしいマシュさんの宝具は不穏な音を立てている。

 

「くっ……!」

「っ、令呪を以て命ずる! 耐え切れ! マシュ!」

「! はい、マスター! はぁあああああ!」

 

 

 マシュさんは耐え切った。オルタは盾を破れないことを悟ったらしく、魔力を霧散させて華麗に宙返りをして後方に――

 

 

 ――ニヤリ、と笑った顔が見えた。

 

 

「――罠だ! 皆さん、そこから離れて!!」

「えっ……!?」

 

「これは憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮!」

 

 くそっ! マシュさんもジャンヌもあのバカみたいに威力の高い攻撃を、宝具を使ってギリギリで持ちこたえたせいですぐには動けない!

 

 

「【吼え立てよ(ラ・グロメント)――」

 

 

 頼む、間に合え――!

 

 

我が憤怒(デュ・ヘイン)】ッ!」

 

「マスタァアーーッ!!」

 

 

 

 

 

 ――――(アグニ)を纏って大分緩和できたとはいえ、回復重視の鎧で宝具を受けるのは流石にキツかったようだ。

 

 

「ゲホッ……!」

「スラクシャ!!」

 

 良かった、マスターたちは無事だったらしい。

 そう思った途端に全身から力が抜けて、無様にも床に倒れ込む。

 

 全身が火傷と、それから串刺しにされた傷で痛いなんてものではない。致命傷はないようだが、生前でもそうそうなかった大ダメージに回復も追いついていないようだった。防御の方も、余りに凄まじい攻撃にほぼ貫通したようだった。

 

 いや、それでも早いけどね。ただ内臓にもダメージ受けてるし、なにより呪いも喰らったようで、そっちのせいで回復が邪魔されているらしい。

 

「っはははははは! 予定とは違ったけど、この中で一番厄介な『犠牲の英雄』はこれで暫らく使い物にならない。あとはジャンヌ――貴女と、そこの2人を殺せば終わりです!」

「くうっ!」

「っ! マシュ、頼む!」

「はい! 先輩、スラクシャさんをお願いします!」

 

 大ダメージを受けて動けない私の代わりにマシュさんがジャンヌと一緒にオルタと戦っているが、2人とも宝具を使って消耗しているので押され気味だ。

 

 オルタの攻撃を、業火をマシュさんが防ぐ。その隙にジャンヌがオルタへ突っ込むが躱される。

 

 

「このままじゃ……!」

「ぐっ、……マスター……」

 

 熱で喉もやられたらしく、結構痛むが無視してマスターに話しかける。

 

「スラクシャ!? 喋ったらダメだろ!」

「大丈夫です、それより打開策を思いつきました」

「え……」

 

 

 

 

 マスターには猛反対されたが、このままじゃ全滅だと説き伏せて無理矢理承諾させた。リアル言いくるめ成功である。

 

 震える足を叱咤しながらマシュさんたちの方に向き直ると、オルタの鋭い一撃がジャンヌに当たるところだった。

 

「! ジャンヌ!」

「マシュ防いで!!」

 

「はい、くっ!!」

 

 ギリギリで間に合ったらしく、その攻撃は防げたがマシュさんは大きくバランスを崩してしまう。

 すかさずオルタが追撃しようとした。

 

「【梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)】!」

「!?」

 

 部屋が吹っ飛ばないギリギリの威力でブラフマーストラを放つ。まさか私がこんなに早く動けると思ってなかったのか(私もこんな早く動けるようになるとは思わなかった)、まともにそれを喰らったオルタは壁に叩きつけられた。

 

「くっ……この、死にぞこないが!!」

 

 威力を押さえたとはいえ、かなりダメージがあったはずなのだが怒りがリミッターを外したとかいう奴か、ジャンヌ・オルタは一直線にこちらに向かって突っ込んできた。

 

「喰らえ!!」

「っ!!」

 

 繰り出された旗を致命傷を避けつつ、でも完全に躱さずに受け止める。脇腹を深く抉られるが、サーヴァントなのでこの程度では死なない。

 

「がっ、ぁ……!」

「ハァッ、ハッ……くっ、ふふふ。馬鹿ね。余計なことをしなければ、まだ生きられたものを……!」

「は、はは。これで、いい……」

「なんですって?」

 

 

「そこですっ!!」

 

 

「! しまっ……!」

 

 ジャンヌの旗が、ジャンヌ・オルタを切り裂いた。

 




2、3、4章飛ばして5章から始めちゃダメかなぁ……(遠い目)

次の話投稿と同時に、活動報告の番外編リクエストでいただいたジューンブライドネタを投稿するので良ければ見てください。

誤字脱字・感想在りましたらお願いします。


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story:第1特異点 邪竜百年戦争オルレアン7

完結しましたー! 後半急いだ感じ有るのでちょくちょく修正するかもしれません。(多分)


「な……に……」

 

 ジャンヌ・オルタは信じられないといった面持ちで受けた傷を見詰めている。私の攻撃も喰らっていたのだ。あれは致命傷だろう。

 彼女が旗を取り落とすと同時に、私にも限界が来た。またも崩れ落ちてしまう。

 

「スラクシャ!」

「スラクシャさん! はやく、手当しないと……!」

 

 いえ、鎧あるので放っておけばそのうち治ります。

 と言いたかったけどその気力もなかったのでなされるがままにしておいた。

 

 

「そん、な。馬鹿な。有り得ない、嘘だ

 だって、私は――聖杯を、所有しているはず――! 聖杯を持つ者に、敗北はない。そのはずなのに……!」 

 

「おお、ジャンヌ! ジャンヌよ! 何という痛ましいお姿に……!」

「ジ、ル……」

 

 吹っ飛んだ扉から飛び込んできたのはジル・ド・レェだった。あの2人の包囲網を突破してきたらしい。普通にすごい。

 

 ジル・ド・レェを見て安心したような表情をするオルタに、彼は後のことは自分に任せて眠るように言う。

 フランスを滅ぼせていないと彼女は無理に起き上がろうとするが、重ねて休むように言われると安堵の表情で消滅していった。

 

「……」

「――やはり、そうだったのですね」

「勘の鋭い御方だ」

 

 無言で佇むジル・ド・レェにジャンヌが確信を以て声をかけた。

 

「あ、此処に居た!」

「いきなり逃げ出すとは……」

 

 続いてエリザベートと清姫が部屋に飛び込んでくる。どうやら勝負の最中に逃げたらしい。ジル・ド・レェの到着より遅れてきたことを考えるにあのヒトデを大量に召喚されて足止めでも喰らっていたのだろうか。

 

「あの、ジャンヌさん。一体――?」

「聖杯、を、持っているのは、“竜の魔女”ではなかった、ということです……」

「スラクシャさんの言うとおりです。そもそもあのサーヴァントは英霊の座には決して存在しないサーヴァントです。私の闇の側面でない以上、そう結論せざるを得ません」

 

 しかし、そこで疑問が残る。あの強力な力はどうやって手に入れたのか。

 

「それは即ち、聖杯に他なりません。つまり“竜の魔女”そのものが――」

「その通り。“竜の魔女”こそが、我が願望(・・・・)。即ち、聖杯そのものです」

 

「な……!?」

「え? え? え? どゆこと? 竜って聖杯なの? じゃあアタシも!?」

 

 素っ頓狂なことを言うエリザベートに清姫の容赦ないツッコミが入る。

 なんか和んだ。

 

「貴方は――ジャンヌ・ダルク(わたし)を作ったのですね。聖杯の力で」

「私は貴女を蘇らせようと願ったのです。心から、心底から願ったのですよ。当然でしょう?」

 

 しかし、それだけは叶えられないと聖杯に拒絶された彼はジャンヌ・ダルク――“竜の魔女”を聖杯そのもので造り上げたのだ。

 そして“竜の魔女”は、最後までそのことを知らなかったのだろう。

 

 ジャンヌは自分が蘇ったとしても“竜の魔女”にはならなかったという。

 

 裏切られたのに、嘲弄されたのに、無念の最後、だったのに――。

 それでも祖国を恨みも憎みもしない。何故なら……この国にはジル・ド・レェたちが、大事な人たちがいたのだから。

 

「……お優しい。余りにお優しいその言葉。しかし、ジャンヌ」

 

 そう。ジャンヌ・ダルクはフランスを恨まなかった。でも、

 

「私は、この国を、憎んだのだ……! 全てを裏切ったこの国を滅ぼそうと誓ったのだ!」

「ジル……」

「貴女は(ゆる)すだろう。しかし、私は許さない! 神とて、王とて、国家とて……!!」

 

 ……前世があったから客観的に見ることが出来てただけで、もし普通に生まれてたら私もああなってたのかもしれないんだよなあ。

 

「我が道を阻むな、ジャンヌ・ダルクゥゥゥッ!」

 

 

「…………そう、そうですね。確かにその通りだ。貴方が阻むのは道理で、聖杯で力を得た貴方が国を滅ぼそうとするのも、悲しいくらいに道理だ」

「そして私は――それを止める。聖杯戦争における裁定者、ルーラーとして。あなたの道を阻みます。ジル・ド・レェ……!」

 

 

 どうやら、これがこの特異点最後の戦闘になりそうだ。

 

「っ、さて、と」

「聖杯を確認しました! 先輩、指示を!」

 

「……気合いをいれろ」

 

「はい! マシュ・キリエライト!」

「ライダー、スラクシャ」

 

 

「「行きます!!」」

 

 

 

 

 聖杯をその手に持っているからか、先ほどよりもヒトデどもの量も力も段違いになっている。

 もう群れというか海だ。ヒトデの海。

 

「スラクシャさん! 大怪我をしているんですから、無理をしないでください!」

「治ってるから大丈夫です!」

 

 いや嘘だけど。流石にまだ治ってないけど、一応露払いくらいはできる。

 

 しかし減らない。射殺しては切落とし、また射落とすを繰り返している。幾らなんでも可笑しいだろうと思ったその時、

 

「スラクシャ! 清姫! 炎を使うんだ! そいつら、倒した残骸からも生まれてきてる!」

 

 マスターからの指示が聞こえた。なるほど、そりゃ減るわけがない。

 

「シャアアアア!!」

「はあっ!」

 

 2人で炎をだしてヒトデを焼き払う。塵一つ残さずに焼き払うとさすがに復活はしなかった。

 

「ほぉーら。まだまだ行きますよ?」

「げっ」

 

 ジル・ド・レェの持つ本に魔力が集中したかと思うと、また倒した分のヒトデが召喚されていく。

 

「あーもうっ! 全然減らないじゃない! そこのアオダイショウと赤いの! もっと炎出しなさいよ!」

「待って。赤いのって私ですか?」

「そちらこそ、仮にも竜の端くれなら火くらい吹いたらどうです?」

「竜属性持ちは火を吹くのが普通なんですか!?」

 

「ちょっとそこ! 気が抜けるから真面目にやって!」

 

 私のせいじゃないですマスター!

 

 余りの多さに矢をつがえる暇もなく、今は短刀で近づいてくるヒトデを切り伏せている状態だ。マスターのところに行こうとするのはマシュさんが守る前に清姫が焼き払っているので大丈夫。

 

 しかし、このままじゃジリ貧だ。どうにかして召喚を止めないと。

 

 そう思った時ジャンヌの声が響いた。

 

「皆さん! この使い魔を召喚しているのはジルではなく、あの本です! あれさえなんとかできれば……!」

 

 なるほど。だから本に魔力が集中したのか。

 ……本……紙……。

 

「マシュ、俺の護衛をおねがい! 清姫、スラクシャ!」

「了解ですマスター! エリザベート、手伝ってください!」

「む! 仕方ないわね。いいわ、手伝ってあげる!」

「分かりました旦那様(マスター)

 

 いまなんか可笑しくなかったか!?

 

「(気のせいにしておこう)先のダメージがまだ残っているのでエリザベートは正面に回るまでヒトデをひたすら刺しちゃってください。正面に行けたら清姫が奴の周辺のヒトデを焼く。道が開けたら私が突っ込んであの本を焼きます」

 

 多分、それで限界が来るだろうし。

 

「あら。それでは、私が本を焼いても良いのでは?」

「念のためです。私は神の血を引いてますからね」

 

 火は浄化の力があると言われてるし、太陽神の血を引いている私の魔力から生み出した炎なら多少なりとも効果があるだろう。

 

「なら仕方ないですね……。残念ですが、今回はお譲りしますわ」

 

 なにを? いや、ツッコんだら負けだ。理性がある(会話可能な)バーサーカー=なんか別のところで吹っ飛んでるに決まってる。例外はあるだろうけど。

 

 

 それはさておき。さっさとケリをつけようとすぐに動く。

 エリザベートがグサグサとヒトデを刺し、刺さったまま力任せに振り回して他のヒトデにぶつけて吹っ飛ばす。密集しているもんだからそれはもう当たる当たる。

 

 それでも多い。私たちも勿論切ったり焼いたりしているけど少しずつしか前に進めない。

 

「面倒ね! こうなったら……!」

 

 エリザベートがドン! と床に槍を打ち付ける。

 それを見た清姫の顔色が変わった。

 

「ちょ、あなたまさか……!」

「サーヴァント界最大のヒットナンバーを、聞かせてあげる! 【鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)】!」

 

 彼女の宝具が発動した途端、

 

 ――なんと形容すればいいのか。音痴、いや、そんなんじゃなく。言葉じゃ言い表せれない。

 

 テロい、そう。テロだこれは。一番近い言葉がテロだ。まさか音楽をこんな風に喩える日がくるとは。

 

 声はいい。歌詞も、まあこんなのもアリだろう。

 しかし音程。テメーはダメである。何処に行ったんだ戻ってこい。

 

 それが大音量、至近距離、狭い空間。耳を押さえているとはいえ、至近距離で巻き添えを喰らった私の耳は一瞬だが使い物にならなくなった。

 

 

 ……ああ、ドゥリーヨダナのところで聞いた演奏は綺麗だったな……。

 

「スラクシャー! 戻ってきて! チャンスだよチャンス!!」

「……ハッ!」

 

 あっぶな! 一瞬とはいえ意識が飛ぶとは……なんて恐ろしい宝具なんだ。

 周囲を見ればヒトデどもが体を縮こませて身を寄せ合っていた。

 

 ……罪悪感半端ないな!

 

「き、清姫! お願いします!」

「どうかご照覧あれ! 【転身火生三昧(てんしんかしょうざんまい)】!」

 

 清姫の姿が大蛇へと変わり、炎の息を吐く……あっつ! 超熱い! 同じ炎なのに執念とかそういうのがプラスされてるから熱さ倍増してるのか! そりゃ安珍も焼け死ぬわ!!

 

 炎が収まり、清姫の姿が元に戻る頃には、私達のまわりに居たヒトデの7割近くは灰になっていた。

 勿論、部屋一杯にいたので全体で言えばまだまだ残ってるけど……。これ、やっぱ清姫に任せても良かったんじゃ……。

 

「何を呆けているのですか。さあ、道は開きましたよ!」

「っ、ありがとうございます!」

 

 ヒトデは勿論、ジル・ド・レェも直接喰らいこそしなかったが、間近で宝具は2回連続で発動されて余波を受けたのかすぐには反応できないようだ。

 

「――(アグニ)よ!」

 

 召喚した炎を矢に纏わせ、放つ。擬似ブラフマーストラのようなものだが、あれよりは全然威力はない。というか今の私では出せない。

 

 2人の宝具によって駆逐されたヒトデに気を取られていたジル・ド・レェが気が付いた時にはすでに遅く、矢がジル・ド・レェの持つ魔導書に突き刺さる。

 

 

 炎はすぐに燃え移り、本は灰になった。

 

 

 すると、いままで部屋中にひしめき合っていたヒトデが一斉に液状化し、飛び散った。

 

 

「ジャンヌ! マシュさん!」

「令呪を以て命ずる! やれ! マシュ! ジャンヌ!」

 

 

「「はぁあああああ!!」」

 

 

 2人の攻撃がジル・ド・レェに当たる。

 令呪の支援も有り、残るすべての魔力を使ったその一撃は、ジル・ド・レェの霊核に致命的なダメージを与えた。

 

 

 

 

「馬鹿、な……! 聖杯の力を以てしても、届かなかった……だと……。そんなはずはない! そんな理不尽があってたまるか! 私、は、まだ……!」

「ジル。もう、いいんです。もう大丈夫です。休みなさい。貴方はよくやってくれた」

 

 ジャンヌの心からの言葉。最後の最後まで、決して後悔しない。自らの屍が誰かの道へ繋がっている。それだけで良いと。

 

「さあ、戻りましょう。在るべき時代(クロニクル)へ」

「……ジャンヌ。地獄に堕ちるのは、私だけで――」

 

 その言葉を最後にキャスター、ジル・ド・レェは消滅し、その場には聖杯が残った。

 

 

 

「聖杯の回収を完了した! これより、時代の修正が始まるぞ! レイシフトの準備は整っている。すぐにでも帰還してくれ!」

 

 え、もう還らなくちゃいけないの? いや、流石に疲れたし体中痛いし休みたいんだけどさ。

 外に残ったジークフリートやマリーさんたちにも挨拶くらいしたかったのに。

 

 エリザベートが、清姫が別れを告げて座に還っていく。

 清姫が何か意味深なことを言っていたが、多分気にしたら負けだ。

 

 

 

 ふと、部屋の外から騒がしい音と焦ったような気配。

 

「ジャンヌ!」

「ジル……!」

 

 飛び込んできたのは、この時代のジル・ド・レェ。ワイバーンは恐らく消えているだろうから、急いで駆け付けてきたのだろう。

 

 ジャンヌの姿を見てジル・ド・レェは希望を持つが、ほかならぬジャンヌがそれを否定する。

 

 此処に居るジャンヌはサーヴァント。この世界は泡沫の夢にしか過ぎない。ジャンヌは死ぬし、ジル・ド・レェは悲嘆し、歴史通りに大量殺人を犯す。

 

「ジャンヌ……」

「でも、違う形で、違う在り方で。共に戦うこともできる……そんな予感があります。だから、これは一時の別れです」

「やはり、貴女は……。いや、それでも。死してなお、この国を……!」

 

 

「赦して欲しい、ジャンヌ・ダルクよ! 我々は、フランスは、貴女を裏切った……! おおおおお……!」

「大丈夫、大丈夫です。せめて笑って、この世界から離れましょう」

 

 

 泣き崩れる騎士に優しく笑いかける聖女。

 

 とても神々しくて、とても……。 

 

 

「………………」

 

 長い間会ってないせいで感傷的になり易くなってるようだ。

 

 

「マスター……そろそろのようです」

 

 

 レイシフトの準備が整った。これでフランスは元に戻る。失われた命も、荒れ果てた土地もすべて元に戻る。

 しかし、ジャンヌたちと出会ったことも、共に戦ったこともなくなる。

 

 

「みなさんとは、またどこかで出会えそうな予感がします。私の勘は、けっこう当たるんですよ?

 

 ――さようなら。そして、ありがとう。全てが虚空の彼方に消え去るとしても。残るものが、きっと――」

 

 

 

 

 

 

 

 そうして私達はカルデアに戻ってきた。

 初のグランドオーダーは無事に遂行された。

 

 カルデアが半壊する原因となったレフ・ライノールなる人物は現れなかった。まあ、いずれ姿を現すだろうしそれまでに要鍛錬だ。

 

 緊張も解け、あとは部屋に帰って休むだけとなった。

 が、連続で大ダメージを喰らった挙句に魔力切れを起こした私はすぐにぶっ倒れてしまった。

 

 

 

 

 

 

「――よ。――は、―――にいる――」

 

「――――会―――。―――なら―――って」

 

「―――が―――――ら。―――が―――!」

 

「――――――――」

 

「――今―――る。―――」

 

 

 

 

 

「スラクシャ――」

 

 

 

 

 

 

 

「…………?」

 

 なにか、夢を見た気がした。

 酷くおぼろげで、ほとんど覚えてないけど。

 

 

 ――カルナに会いたくなった。




此れにて第1章完結。

次は皆さんのお言葉に甘えて5章いっちゃおうかと考えてます。私も書きたいし。

予告していた番外編もありますので、よければどうぞ。

誤字脱字・感想ありましたらお願いします。


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第5章
序幕の物語


やっと書けました体験クエストもとい五章の序章。
スランプと課題(はまだ続いてますが)を乗り越えてなんとか書く事が出来ました。

原作の内容とは結構違ってますのでご注意を。

それでもよろしい方はどうぞ↓


 ――私はその瞬間を、繰り返している。

 

 

〝スラク――!"

 

 最後まで呼ばれることのなかった名前。

 こちらを射抜く視線。

 細い首を貫いた矢。

 倒れ伏す体。

 

 

〝―――ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!"

 

 

 息絶えた体を抱え、悲鳴を上げる宿敵の白い髪や肌は片割れの血で赤く染まり。

 血を流す片割れは、兄より白い肌をさらに白く、赤い髪をますます赤く――黒く染めていた。

 

 

 

 

 

 

「……きなさい」

 

 ――?

 

「起きなさい、そこの貴方」

 

 

 

 目を覚ますと船の上で嵐の真っただ中でした。

 うん、また変な特異点に巻き込まれたのか。正直慣れた。たまに聖杯探索より疲れたりすることもあるけど、スラクシャに愚痴ったら「それは考えないようにしましょう」って言われた事があったなあ。

 

 目が死んでたのは気のせいだと思おう。

 

「大丈夫ですか?」

「うわっ!?」

 

 隣を見るとこっちを見下ろす白い服、褐色の肌をしたイケメンの姿が。多分、確実にサーヴァントだ。雰囲気が人間離れしてるし。

 

 ……そうだ。この声に反応して起きたんだ。

 

「この嵐の中でのんびり昼寝とは、豪胆さもここに極まった感じですね」

 

 言葉遣いは丁寧なのにバカにされているような気がするのはなぜだろう。

 

「あー、うん。ありがとう。……貴方は誰?」

 

 コミュニケーションの基本。まずは名前を聞こう!

 

「……それが困ったことに。どうやら私もそれを、理解していないようです」

 

 初っ端から躓いた……!?

 じゃないや。

 

「つまり、記憶喪失……?」

「ええ、名無しの男です。唯一覚えているのは、私が弓使い(アーチャー)のサーヴァントである事だけ」

 

 アーチャーかぁ。……アーチャーかぁ……。

 弓で殴るとかそういうパターンじゃないことを祈ろう。

 

「どうやら、貴方はマスターのようだ。よろしければ、しばらく行動を共にしませんか?」

「ありがとう、心強いよ。でもその前に……マシュは……」

 

 どの特異点でも常に……ではないけどほとんど一緒に行動していたマシュとスラクシャの姿がどこにも見当たらない。

 スラクシャは強いし無茶さえしなければ大丈夫だろうけど。

 

 マシュはなんていうか、後輩だし? うん、自分でも良く分からない。敢えて言うのなら「守りたい、後輩の笑顔」。

 

「マシュ、ですか? さて……もしかしたら船の内部に誰か」

 

 

「マスター!? いらっしゃいますか、マスター!?」

 

 

「いるようですね」

「マシュー!」

 

 パッとこちらを振り向き駆け寄ってくる後輩。うん、さっきも声を出せてたし怪我の心配はなさそうだ。

 

「この方が?」

「うん。愛らしい後輩」

「あ、愛らしい後輩……。いえ、私などまだまだで……」

 

 頬を赤らめるマシュは本当にかわいい。もし普通の高校とかに通ってたら絶対にモテてただろうなあ。

 

「そ、それより状況を報告します。どうやらレイシフト中に奇妙な特異点に吹き飛ばされてしまったようです」

 

 ドクターとは連絡が通じない、の言葉にだろうね、とか思ってしまうあたり完全にマヒしてる。

 

「スラクシャさんも居ません。私たち以外に誰かいる様子はなかったので、別の場所へ飛ばされてしまったか、あるいは私たちだけがここへ来てしまったのか」

 

 うーん、できれば後者がいいなあ。何度も言うけどスラクシャって無茶ばっかりするし。ヘラクレスに単身アタックとかね。あの時は本当に心臓止まるかと思った。

 

 

 

「っ……?」

 

 

 

「ところでそちらの御方は……。とても名のあるサーヴァントだと思うのですが」

「それが記憶喪失らしくて」

「記憶喪失……ですか?」

「はい。ですが自分がアーチャーであることは分かります。この通り、獲物も弓ですし。恐らくはそうでしょう」

 

 ああ、アーチャーって獲物で判断したんだ。一気に信憑性がなくなった。

 

「あの、その……すみません。お言葉ですが、武器でクラス特定はあまりしない方が」

 

 世の中には……と後輩が今まで遭遇したことのあるアーチャーの特徴を挙げていく。

 あれ。アーチャーってなんだっけ?

 

「弓を持っていたからといって、アーチャーだと考えるのは早計かもしれません」

「武器は弓でもクラスはライダー、宝具は戦車で特攻するサーヴァントもいるしね」

 

 言わずもがなウチにいる守護の英雄の事である。プラスで短剣も使えるからちょっとズルいんじゃないかな。キャスターのクーさんなんか「俺も槍が使いたかった!」って言ってるし。

 

「……。世界には色々な英雄がいるのですね……」

 

 十人十色と言うけれどあれはあんまりじゃないかとオレは思う。飛び道具=アーチャーみたいな図式になってきちゃってるからね。聖杯の基準が良く分からない。

 

 

「とことで先輩はこちらで何を……」

「あ、えーっと」

「のんびり昼寝をしていました」

「なんで言っちゃうの!?」

 

 なんで言っちゃうの!?

 

「なんと、お昼寝ですか? さすが先輩、カルデアの廊下で堂々の安眠スタイルだっただけはありますね」

「ははは……」

 

 いつでもどこでも寝られるのがオレの特技だからね。全く誇れないけど。

 

「これで何度目かの経験ですが、嵐の甲板は慣れません……」

「船体はなかなか頑丈なようですが、こう嵐が続くとさすがに不安ですね……」

 

 たしかに。バラバラになるってことはなさそうだけど、今にもひっくり返りそうな勢いで揺れまくってるしね。

 

 ……って、あれ? 今なんか発光する物体が見えたような。

 

「あれは……」

「ゴーストタイプのエネミーです!」

「うわ、そこそこいっぱいいる……。ごめんアーチャー? 悪いけど手伝って」

「わかりました。ですが、何故疑問形なのですか」

 

 

 

 

 アーチャー? はアーチャーだった。ちゃんと、ちゃんと弓で攻撃していた。真名を忘れているからか、宝具を見ることはできなかったけど、ちゃんとしたアーチャーだった。

 宝具は弓じゃないかもしれない? 宝具以前に弓すら使っていないアーチャーもいるんだから、アーチャーが弓を使っているってだけで感動してしまうんだよ。

 

 ……アーチャーばっかり言いすぎてアーチャーがゲシュタルト崩壊してきた。

 

 それにしても、アーチャーを見ていると何か引っかかる。どこかで見たことあるような……。

 

 

「殲滅完了しました。マスター、お疲れ様でした」

「……不甲斐ない。あまりお役にたてず、恥じ入るばかりです」

 

 そういって彼は謝罪してくる。記憶喪失なんだから気にすることはない……と言いたいところだけど、彼の場合は記憶喪失とは違う。

 

「もしかして、戦いたくないとか?」

「……優れたマスターは、自分のサーヴァントですらないサーヴァントでも理解してしまうのでしょうか?」

 

 サーヴァントは全盛期の姿で召喚されるって聞いた。つまり、記憶が無いとしても体は戦い方を覚えているはずなんだ。もちろんハンデはあるだろうけど、彼の動きはそれを考えてもおかしかった。

 

「私は――どうやら戦いに憂いを抱いている」

 

 自分の技量に絶大な信頼を置いているアーチャーは、幾つの聖杯戦争に参加し、勝利したのか覚えていなくとも負けたとは思わないらしい。

 

 その自信には呆れるやら感服するやら、何とも言えない気持ちになった。

 でも、素人のオレから見てもあの弓捌き(と言っていいのかな?)は確かに凄いと思った。

 

 あ、また何か引っかかった。喉元まで出かかっているんだけどなあ……。もやもやする。

 

「そして生前も、恐らく私は敗北などしなかった。……それゆえに――」

 

 そこでアーチャーは不自然に言葉を切った。

 

「どうし――!? ? !??」

「え、あ、あの、なんで泣いて――!?」

 

 ポロポロと、呆然とした表情で涙を流し始めたサーヴァントにオレもマシュも狼狽える。

 待って!? どうすればいいのこれ!?

 

 

「わかりません、何故このようなことを思うのか。――あの瞬間、矢を放たなければ良かった、などと

 いつ、どこで、だれを、なぜ――

 見つからないのです、会いたいのに、どこを探しても――!」

 

 

 オレもマシュも声をかけることが出来ないまま、彼の慟哭を聞いていた。

 

 

 

「あの時、私が、私が死ねば――!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――その先をいう事は許さんぞ、アーチャー」

 

 

「――――!」

「え、誰……!?」

 

 バッと後ろを振り向くと、サーヴァントらしい誰かが立っていた。――何故かその姿に既視感を覚える。

 らしい、というのは黒い靄で覆われ、その正体が分からないからだ。冬木でよく見かけるシャドウサーヴァント……なのか?

 冬木だけに限らず、シャドウサーヴァントはまぎれもない殺意をオレ達に向けてきた。でも、このサーヴァントからは敵意が感じられない。

 

 敵意、殺意というよりこれは怒りだ。それもオレやマシュじゃない――アーチャーに向けられている。

 

「お前が――いや、オレたちがその先を言うことは決して許されない」

「お前は……誰だ!? いや、違う、私は、私が殺したのは……!?」

「後悔しているのはオレも同じだ。だが、否定をしてしまえばそれこそアイツの死は無意味なものとなるぞ」

「――ッ!!」

 

 どこに激高したのか、所詮部外者であるオレ達にはわからない。

 わかるのは、今、アーチャーが放った一手は、■■■■■に比べてとても乱暴なものだってくらい――。

 

 あれ? オレ、いま誰と比べた?

 

「アーチャーさん落ち着いてください! まだ彼が敵と決まったわけでは――!?」

「……分かっています、分かっていますが……。私はどうあってもあの男が、いや

 

 

 私は、お前が許せない!! 理不尽だとはわかっている――何故間に合ってくれなかった!?」

 

 

 アーチャーのその言葉に、サーヴァントは息を呑み、辛そうに目を伏せる。

 まるで、そこには居ない誰かを見つめるように。

 

「――少しは調子が戻ってきたか。その猛り、理不尽な憎悪。その傲慢さこそがお前の真価だ。だが

 

 

 お前がそう言うのなら――何故気づかなかった!? アレがオレではないことに、誰よりもオレを憎んでいたお前がなぜ!?」

「――ぐっ!!」

 

 

 血を吐くような叫びと共に、サーヴァントはいつの間にか手に持っていた槍をアーチャーに振り下ろす。彼は弓でかろうじてそれを受け止め、大きく後ろへと跳んだ。

 

「神罰の如き怒りを、誰はばかることなく振り下ろすがいい。なに、遠慮は無用だ

 オレも一切の手心無く、この影の槍をおまえの喉に打ち込もう!」

 

 槍を持ったサーヴァントは甲板を蹴り、アーチャーとの距離を一気に詰める。

 

「アーチャー避けろ! マシュ!!」

「はい! マシュ・キリエライト、援護します!」

 

 

 

 

 

 

 アーチャーと恐らくランサーの戦いは激しいなどというレベルなんかじゃなくて、船が壊れないのが不思議なくらいだった。

 マシュに援護させているけど、精細さを欠いたアーチャーに出来る隙をカバーするのが精いっぱいだ。

 

「先輩っ……! このままでは!」

「…………!」

 

 例えば、オルレアンのように令呪を使ってマシュをランサーの背後に……。

 いや、ダメだ。マシュが弱いってわけじゃないけど、あのランサーはそんな小細工が通用するような相手じゃあない。

 

 それに――マシュが倒すんじゃだめだ。

 

 この戦いが彼らの中に残らないとしても――アーチャーが、自分の手で決着をつけないと――!!

 

「っ、ああっ!!」

「マシュ!?」

 

 ランサーの槍に耐えきれず、マシュが吹き飛ばされる。

 そのまま海に放り出されるのを、ギリギリのところで体を滑り込ませて受け止めることが出来た。

 

「あぐっ! ……っ」

「先輩っ!? そんな、大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫。背中打っただけ……」

 

 マシュ自身の体重はそんなにないんだろうけど、鎧と盾の重さにGが加わって衝撃が凄かった。あと背中が凄い痛い。

 

「くっ……!」

 

 ハッと前を向くとアーチャーの腹部を槍が切り裂き、白い服を赤く染めていた。

 

「アーチャーさん!?」

「くそっ、このままじゃ……!」

 

 

 

「くっ、うぅ……!」

「無様だなアーチャー。アイツを見つけられず、謝ることもできず、過去に囚われ過ぎた結果がそれか」

「だ、まれっ」

「今のお前をアイツはどう思うだろうな」

「黙れっ!!」

 

 

 

「アーチャーさん、落ち着いて! 先輩からも――先輩?」

「――あ」

 

 わかった。さっきから感じる引っ掛かりの正体が、いま。

 

「マシュ、頼みがあるんだけど――」

 

 

 

 

 

「っ……!」

 

 腹部の痛みと、出血の多さにアーチャーは耐えきれずに膝をついてしまった。

 

「……ここまでのようだな」

「…………!」

 

 失望の色をにじませるその声に、アーチャーは影を睨みつけるが言い返すことはできなかった。

 

 ――何が、「自分の技量に絶大な信頼を置いている」だ。肝心なところで、矢を放つこともできないくせに!――

 

 影の槍がアーチャーの頭上に振り下ろされた――

 

 

 

 

 

「はぁあああああ!!」

「――!」

 

 寸前、マシュは2人の間に飛び込み振り下ろされ槍を受け止めた。重い一撃にマシュは危うく体勢を崩しかけるが、それを耐え切り、槍を弾き返す。

 

 その勢いのままサーヴァントをアーチャーから引き離し、近づけさせないようにする。

 

「アーチャー!」

「!」

 

 その様子を呆然と見つめるアーチャーの下に玲は駆け寄った。

 血で染まった服を見て顔をゆがめ、すぐに礼装を使い治療をする。

 

「ありがとう、ございます……」

「……なんで矢を放たないの」

 

 玲の言葉にアーチャーが息を止め、視線を下へ落とす。

 

 ――その行動は、先ほどのシャドウサーヴァントと全く同じだった。

 

「……ダメなのです。あの男を倒したい、倒さねばならない。なのに――」

 

 そういう彼の目に光はなく、視線はどこか遠くを――今の彼にはない過去を見ていた。

 

「オレはアーチャーの事も、あのサーヴァントの事もなんも知らない。でも」

 

 そこで玲は一度言葉を切り、ぐらぐらと焦点が定まらないアーチャーの目を正面から見つめた。

 

 

「その誰かは、今のアーチャーを見ても喜ばない。自分を責めるだけだよ」

「―――――!」

 

 

 ぐっ、と甲板の上でアーチャーはこぶしを握り締め、固く目を閉じる。

 

 目を開いた時、アーチャーの目には確りと光が宿っていた。

 

 

 

「……情けない姿を見せてしまいましたね」

「気にしないで。カルデアだと情けないどころか、英霊にもなって黒歴史レベルの恥ずかしい姿を見せる人たちもいるから」

 

 茶化すように言う玲にアーチャーはフッと笑い、立ち上がった。

 真っ直ぐに矢をつがえ、相手を見据えるその姿は、玲が見慣れた姿と同じだった。

 

「彼女を下がらせてください。このままでは、矢が当たってしまうかもしれません」

「――いや、アーチャーのタイミングでやって。それに合わせてオレが合図する」

 

 彼の言葉に、アーチャーは信じられないと目を見開く。無理に決まっていると、もう一度マシュを下げるように進言しようとしたが――自信に満ちた玲の目を見て抗議の言葉は消えていった。

 

「……いいでしょう。後悔しないように」

「あはは。分かってるって」

 

 軽いようで真剣な玲に溜息を一つ吐き、アーチャーはタイミングを計る。

 

 ランサーの動き、マシュの動き。風の向き、速さ、強さ。自分の呼吸。

 それら全てが完璧に合わさり、確実に射抜くことのできるその瞬間を――。

 

 

「―――はっ!」

「―――マシュッ!」

 

 アーチャーが矢を放つのと玲が声を出すのは全く同じで、玲と長く時間を共にしていたマシュはすぐさまそれに反応することが出来た。

 

 シャドウサーヴァントは予想外の――真正面の死角から来た矢に反応することが出来ず、

 

 

 アーチャーの放った矢がシャドウサーヴァントを貫いた。

 

 

 

「やった……!」

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 マシュが勝利に喜びの声を上げると同時に、アーチャーは息を切らして甲板に膝をつく。

 玲によって立て直したとはいえ、相当トラウマになっているのだろう。顔色は悪く、辛そうだった。

 

「……ここまでだな。我らは互いに、もう一度『神の詩(バガヴァッド・ギーター)』を問い直す必要がある。話はそれが終わってからだ。……そこのマスター」

「えっ、あ、はい」

 

 突然声を掛けられて間抜けな返事をしてしまい、きまりが悪そうに笑う玲にシャドウサーヴァントは、ふと笑った。

 

「……余計な世話だろうが、彼を導いてやってくれ。それは君にしかできないことだ」

 

 そういうと、彼の姿はどんどん薄くなっていく。

 

「待ってください! 一体、何が目的で……」

「敵に答える義理はない。そもそも、オレの目的など小さなものだ」

 

 素っ気なく答えるサーヴァントにマシュは言葉を詰まらせる。

 が、玲は思わず吹き出してしまった。

 

「せ、先輩?」

「ごめ、だって、聞いてたより言葉が足りないんだなあって。やっぱり兄弟だからわかるのかな」

 

 兄弟――その言葉に、サーヴァントは大きく目を見開いた。

 

「……そう、か。いるのだな、アイツは、オレの――」

 

 影に覆われ、上手く判別できない彼の頬にしずくが流れ落ちたのは気のせいだったのか。

 最後まで言い終える前に、彼の姿は黄金色の粒子となって消えていった。

 

 

 

「……マスター、私は後悔しています。あの時、矢を射る前に気づけなかったことに。できる事なら、あの瞬間を無かったことにしたい

 しかし――あの『誰か』が、それを望むことは決してないのでしょう」

 

 アーチャーが言葉を紡ぐごとに、雲に覆われた空が晴れ渡っていく。

 

 

「……どうやら嵐は過ぎ去り、夢からも覚めるようです

 私は未だ彷徨うもの。もしも現実で会えた時は、共に『誰か』を探していただければ嬉しく思います

 ――さようなら、我がマスター。また会える日をお待ちしております」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……きて」

 

 ……?

 

「起きてください、マスター!」

 

 

 

 目を覚ますとそこは、見慣れた医務室の天井。

 覗き込んでいるのは、見慣れた赤と金の色彩だった。

 

「……スラクシャ?」

「ああ良かった……! レイシフトに失敗して――マシュさんは先に目を覚ましたのに、マスターだけ中々起きないからみんな心配したんですよ」

「あー、うん、ごめんね。……スラクシャは大丈夫だった?」

「私は何故かレイシフトできなかったので、ずっとカルデアにいましたよ」

「そっか……。スラクシャ」

「はい?」

「がんばって。相談くらいは俺も乗るから」

「はい!?」




ぐだーずは召喚で来た英霊の逸話はすべて調べてるイメージが。

それと番外編を改めて別に投稿しなおしました。
私が未だに小説投稿機能を使いこなせてないばかりに申し訳ございません。
整理という形で移しましたので、今は新しい話はありません。


誤字脱字、感想ありましたらどうぞ。



追記 先ほどから投稿したり削除したりで申し訳ありません。
   今ちょうど整理できたところですのでもう大丈夫です。


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story:第5特異点 イ・プルーリバス・ウナム1

 書きました本編1話目ーー! 出だしって一番難しいですよね! ちょっと短め、今回は割とギャグです。序幕から読む方は温度差で死なないようにしてください。

それではどうぞー


 

 

 辺りを見渡す限り一面の荒野。これ、なんだっけ、なんかカウボーイみたいな人たちが銃撃つやつ……の映画とかで見た事ある光景だ。

 

 あ、思い出した。西部劇だ。

 

 うん。

 

 あのさ。

 

「誰もいねえ……!」

 

 

 

 

 

side:master

 

「ロマンこれどういうこと」

《いやあの僕にもよくわからな――ごめんって!》

「どうしましょう……! まさかスラクシャさんとはぐれてしまうなんて!」

 

 5つ目の特異点であるアメリカ。

 ブリーフィングを終えてすぐにマシュとスラクシャ、そしていつも勝手についてくるフォウと一緒にレイシフトをした。

 

 そしたらスラクシャがどこにもいなかった。

 

 ちょっとした用事でのレイシフト程度ならともかく、聖杯探索で逸れるなんてシャレにならない。最悪周りが敵だらけかもしれない状態なんだし。

 

 それに、もしこれで彼……もとい、彼女に何かあったらオレは夢で出会ったあの2人に呪われかねない。ヤバい。

 

《申し訳ないけど、現時点で彼……じゃなかった。彼女の居場所は分からない。近づいてくれれば反応で分かるんだけど……》

「……仕方ない。スラクシャには戦車もあるし大丈夫……だと、思う……きっと、多分」

「先輩、もっと自信を持ってください。こっちも不安になってしまいます!」

 

 いやだって特異点に行くたびに大なり小なり怪我するんだよ!? 前の特異点なんか本気で消滅しかけてたくらいだし……。

 

《って、すまない緊急事態だ! その先の荒野で、大規模な戦闘が発生している! これはちょっと、普通の戦いじゃないぞ!?》

「了解しました。スラクシャさんのことは心配ですが、マスター、今は」

「そうだね、行こう!」

 

 

 

 たどり着いた荒野では銃を持った兵士と機械が、槍を持った野性的な兵士たちと戦っていた。

 

「あ、あれは……バベッジさん!? 先輩、バベッジさんです!」

「落ち着いてマシュ。なんでもないよ」

 

 オレもちょっと思ったけど。

 

 と、機械兵士の銃口がこっちに……どうやら野生兵士たちの仲間と勘違いされたようだ。

 

「先輩!」

「ともかく応戦だ……!」

 

 いつもは2人のところを、今日は1人だから少し苦戦してしまった。なんとか両方の兵士を撤退させることができたけど……さっき銃を持った人が言ってたサーヴァント型っていうのが気になるな。誰かが教えたんだろう。

 

「マスター! なるべく後方に退がって――ダメ、逃げてください!!」

「フォーーーーーーウ!!」

 

 

「はい?」

 

 

ドゴォッ!!

 

 物凄い衝撃が走り、一瞬の浮遊感。そして全身を叩きつけられるような感覚。

 

 

「先輩!? 先輩!! ドクター! 先輩が! キリモミ回転しました!!」

《はい!? ええと、マシュ。君は何を言ってるんだ!?》

「ですからキリモミ回転です! こう、ジャンプと同時にくるくる回って……! 先輩! しっかりしてください! 先輩、せんぱい……!」

 

 オレを覗き込んでくるマシュを認識してオレの意識はブッツリ途絶えた。

 

 

 

 

 

 

「こんな機会はまたとない。私も参加させてもらう事にしよう」

 

 

 

 

 

 

「………………………………」

「…………」

 

 誰かが歩いてきた。すぐ近くにいるのはわかるけど、まだ寝ていたい。

 

「患者ナンバー99、重傷。右腕の負傷は激しく、切断が望ましい」

「…………」

「ここも……駄目でしょうね。左大腿部損壊。生きているのが奇跡的です。やはり切断しかないでしょう」

「!?」

 

 切っ!? 切断ってなに!? オレそんな大怪我してるの!?

 

「右脇腹が抉れていますが、これは負傷した臓器を摘出して、縫合すれば問題ないはず」

「!?!?!?!?!?」

 

 いや、臓器傷ついてたらもっと痛いはずなんだけど……ていうか取り出したら死ぬから!!

 

 ていうかこの声どっかで聞いた事が……!

 

「さて、では切断のお時間です」

 

 

 

「ちょっと待って待って待って!!」

 

 慌てて身を起こすと、赤い軍服に桃色の髪の毛……メルセデス!?

 

「歯を食い縛って下さい。多分ちょっと痛いです。そうですね、喩えるなら……。腕をズバッとやってしまうくらいに痛いです」

「語彙少ないんですね!?」

「我儘を言ってはダメです。少なくとも、死ぬよりはマシでしょう」

「縫合! せめて縫合でお願いします!!」

 

 本当にメルセデスか!? シャトー・ディフと全然キャラ違うんだけど、記憶喪失だったことを考えても変わりすぎでしょ!

 

 確かに痛いけど、打撲か少しひどい擦り傷くらいしかないというのにあくまで切断したいらしいメルセデスに押されているオレに救いの手が差し伸べられた。

 

「待ってくださーい! ストップ! その人は違うんです!」

 

 マシュ……!

 テントに入って止めてきたマシュに、メルセデスは素っ気なく返す。

 

 言っていることは立派だ。誰であろうが可能な限り救う。うん、軍医とか言ってたしメルセデスは医者? の英霊、もしくは今の時代の人間なんだろう。

 

 でもそこまで酷くない怪我を切断するのはなんか違うと思う!

 

「その為には、衛生観念をただすことが必要なのです。いいですね? そこを一歩でも踏み込めば撃ちますから」

 

 

パァン!

 

 踏み込んでないじゃん!

「ふ、踏み込んではいませんが!?」

 

「踏み込みそうな目をしました」

 

 やだ、この人怖すぎ……!

 

「じゃなくて! オレは大丈夫だから!!」

「先輩……! 良かった、意識が……!」

 

 ああ。マシュに心配かけちゃったなあ。意識が飛ぶ前の会話だとキリモミ回転したらしいし。マシュ可愛いし。癒される……。

 

「何が大丈夫なものですか。砲弾と榴弾の直撃を喰らって、手足が繋がっている方が奇跡です」

 

 それは……本当かどうかはさておき、たしかに奇跡だ……。

 こういう時に何だけどスラクシャがいなくて良かったあ。だって絶対に盾になるんだもん。いや、英霊だしそこまでダメージはないと思うんだけど。それでも庇われる方からしたら心臓に悪いなんてレベルじゃないし。

 

 って、いまはそうじゃない! この赤い軍医の暴走を止めないと!!

 

「安心してください。私は殺してでも(・・・・・・)あなたを治療します」




しばらくぐだ男視点が続きます。
夜中テンションで書いたので誤字が多くないことを祈ります。


誤字脱字・感想お願いします。


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story:第5特異点 イ・プルーリバス・ウナム2

おひさしぶりです。みなさんイシュタル実装は見ましたか?
まさかの凛ちゃん疑似サーヴァント化にびっくりと同時に士郎と桜、ザビーズも来るのでは? と1人盛り上がっています。

それにしても、七章ではエルキドゥピックアップかもしれないのにここでイシュタルとは運営も鬼畜ですね。イシュタル引いたらメソポタミア夫婦は来てくれなさそうなので回すかどうか悩みます。

他にも2016クリスマスイベントの交換アイテムを何にするか悩んだり、イベントに合わせてもう一度クリスマスネタを投下するか元旦に回すか悩んだり、気分転換・見切り発車で遊戯王やBLEACHを連載するか悩んだり(書けてるとは言っていない)。悩みっぱなしですね。

それはさておき、更新です。やっぱりスラクシャの出番は少ないですが、よければどうぞ。


 とりあえず歩き回って森を見つけたからいいものの……もしあのまま居たら干からびるとこだった。

 それにしたって小さな特異点を直す程度のレイシフトならともかく、聖杯探索で逸れるとか……。

 

「―――っ、―――!」

「―――! ―――、―――!」

 

「…………ん?」

 

 耳に届いたのは複数の男の声と、紛れているが女性の声も1人分聞こえる。気配からしてサーヴァントは2人だけか。周りの奴らはエネミーっぽいな。

 

 ……うん。どういう組み合わせなのか、野良サーヴァントなのか人理焼却側なのかも分からない。安全を期して近づかない方が最善なんだろうけどさ……。

 

 複数の男性に対して女性は一人。ここは深い森の中で、何やら言い争っているようである。

 

 ……いや、もしかしたら私が考えているのとは違うかもしれない。例えばカルデアで見る怒ったマルタVS怒らせた男性陣みたいな、そういう感じのアレかもしれないし。

 

 でも万が一ってこともある。

 

 ……うん、ちょっとだけ! ちょっとだけ覗いてみよう。大丈夫そうだったら即離脱しよう。大丈夫じゃなかったら? その時はその時だ。

 

 

 

 

 

 

 メルセデスによって腕をズバッとされるのを防ぎ、彼女の真名がナイチンゲールだと分かった。

 その後すぐにキャンプが襲われ、ナイチンゲールとマシュが2人で撃退してくれたんだけど……あー、うん。彼女、バーサーカーだったんだね。予想はしてた。

 

 それにしても敵がどんどん強くなってるなあ。勿論こっちも強くなってきてるんだけど、それにしたって数が多い。1人倒したと思ったらまた1人、その1人を倒したらさらに1人。まるで台所の黒い悪m……なんでもない。

 

「膠着しました。彼らにとって、対サーヴァント戦闘は初めてなのかもしれません」

「ナイチンゲールは治療に専念してたみたいだしね」

 

 他にサーヴァントは見当たらないし、こっちの陣営にはいないか、または別の場所にいるか。

 

「テントに届くことはなさそうですが――む。むむ、む」

「――敵性サーヴァントの反応がある。二騎!」

 

 

 

「王よ。見つけましたぞ。どうやら彼らがサーヴァントのようです」

「さすが我が配下ディルムッド・オディナ。君の目はアレだな。そう、例えるなら隼のようだ!」

 

 

 ――! どっちも見覚えがある。1人は燃える冬木で、もう1人は霧に覆われたロンドンで。

 ディルムッド・オディナとフィン・マックール。ケルト神話に登場する英雄。

 

 

「……滅相もありません。貴方、フィン・マックールの知恵に比べれば私如きは」

「ハハハ。謙遜はよしこさん。君の審美眼は確かだ。グラニアを選んだのもそれを証明している」

「……い、いや。それは……その……ええと」

 

 

 いきなり生前の超デリケートな話題ブッ込んできた!? なんか軟派な人だってことは知ってたけど、すっごい軽い感じで自分から……。

 

「す、すごいです先輩……。生前のデリケートな話をあんなに軽くネタにする人初めて見ました……」

「ね。スラクシャですらそういうのに触れたら怖いのに」

 

 地雷に触れたときのスラクシャ? 瞳孔開いたまま黙って笑ってたよ。皆大急ぎで話題をすり替えてたのはいい思い出。今までにないくらい連携がとれていた瞬間だった。

 

「つまり、貴方がたが病原の一つということですね」

 

 病原……? ああ、まあ人理を焼却する側=病原ということか。確かに病原と言えなくもないね。

 

「病原……?いや、我らはただの戦士だ。それ以上でもそれ以下でも――」

 

 パァン!!

 

「うおっ!?」

 

 いきなり撃った! せめて話くらいは聞こうよ!

 

「――その死を以て、病を根絶させます!」

「くっ……! 人の話を聞かないタイプの女性か……! 苦手だ、そういう女性は本当に苦手だ……!!」

 

 うっわあ。戦う前からダメージを与えてるよこの看護婦。よし、ディルムッドはナイチンゲールに相手してもらおう。

 フィンの方はマシュだ。基本防御になるからその辺は上手く連携をとるしかないか。主にマシュがナイチンゲールに合わせる形になるな。

 

 

 

 

「マスター、攻めきれませんでした……!」

「気にしないで。むしろ良くやったマシュ!」

 

 2人は(というかマシュが)上手い事連携を取ったことでフィンとディルムッドを同時に相手することができた。マシュは攻めきれなかったと悔しがっているけど、フィンの癒しとディルムッドの魔槍相手に良くやった。

 

「……! 怪我人の気配が……!」

「って、え!」

 

 ナイチンゲール、何処へ!? っていうかはやっ!?

 

「おや、彼女は気づいたようだね。真名を明かせぬシールダーのサーヴァントよ。この聖杯戦争は、字義通りの戦争なんだよ。我々としては、君を踏みとどまらせておけば良かったんだ」

 

 ……! しまった、やられた!

 

「他の兵士たちを……!」

 

 くっそ! サーヴァントにとっては大したことのない相手でも、アメリカ軍にとっては強敵だ。合流するにも、背中を見せればやられる……!

 

 パシュン!

 

「……! 王よ、お退りを!!」

「――何!?」

 

 

 

「右翼、左翼、敵を包み込め! 我々は中央突破を謀るぞ! 連中は目の前のことしか処理できぬ獣だ! こちらには知恵がある!」

 

 

 

 軍を率いて敵を囲い込もうとしているのは褐色肌の、インディアン風の男――多分、サーヴァント。

 

「あれは……噂に聞くレジスタンスか……! サーヴァントが増えたのであれば手の施しようがない」

 

 レジスタンス? アメリカ軍とは違うって事か?

 つまり、この特異点には現在、3つの勢力が存在しているということか。

 

「よい。ここは一目散に撤退だディルムッド! 戦士たちにも命令を下しなさい!」

 

 どうやら撤退するようだ。この場は一先ず凌げそうなことにため息が出る。が、まだ油断はできない。

 

「連中は女王(クイーン)を母体とする無限の怪物。ここで数千失ったからといって、困るものでもない!」

 

 ……それって数千がすぐに増えるってこと!? 本当にゴキブリじゃん! 今までのエネミーでも数千はそうそうすぐに出てこなかったのに。

 

「ああ、その前に大事を忘れていた。麗しきデミ・サーヴァントよ」

「わ、わたしですか?」

 

 マシュ? フィンがマシュにいったい何の用が……あれ、なんだろう。ロクでもない予感しかしない。

 

 フィンの自分たちと戦うことを決めているのかという問いに、マシュはハッキリと、彼らを討つと答えた。

 

「よい眼差しだ。誠実さに満ちている。王に刃を向ける不心得はその眼に免じて流そう。その代り――」

 

 

 

「君が敗北したら、君の心を戴こう! うん、要するに君を嫁にする」

 

 

 

「……はい?」

「楽しみだな、実に楽しみだ! 実に気持ちのいい約束だ! では、さらば! さらばなり!」

 

 ………………………………はぁ?

 

「失礼、我が王の細やかな悪癖です」

「あ、悪癖ですか」

「あのお方はあなたの勇姿に参ってしまったのでしょう。敗北した暁には、どうか降伏と恭順を考慮して戴きたい。では、さらば! さらばです!」

 

 

 

「あの、最後のあれは何だったのでしょうか」

「ウチの可愛い後輩はまだ嫁には出しません!」

「先輩!?」

 

 ちゃんとマシュを幸せにしてくれる人じゃないと先輩赦さないからね! 人理焼却側なんてもっての外です!!

 くそう、オレがサーヴァントだったら問答無用で追撃して座に送り返してたのに……!




なかなかシリアスになれないこの頃。

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story:第5特異点 イ・プルーリバス・ウナム3

メリークリスマス! 3話です! やっぱりぐだ男視点。いつになったらスラクシャの視点に移れるんでしょうか。彼女の視点は完全オリジナルになるのでもうしばらくお待ちを。

ではどうぞ!


 ナイチンゲールがドクター・ラッシュさんに患者に対する対処法を伝えている。

 

 パァン!

 

 ……患者に対する、対処法を、教えている。

 

「あの……今、銃を撃ちませんでしたか?」

「気のせいです、行きましょう」

「いや、気のせいじゃないよね。今、思いっきり撃ってたよね?」

「峰打ちです」

「銃に峰打ちなんてあるの!?」

 

 銃で峰打ちって……どうやってするんだ。

 

「おそらく……グリップの底で、こう、優しく脳震盪を起こすのではないでしょうか?」

 

 なるほど。それは峰打ち……かな? 撃つのに比べたら峰打ちだけど、でも銃声してたような……。

 

「失礼。治療現場でに私語は控えるように。行きましょう」

「「あ、はい」」

 

 

「お待ちなさいなフローレンス。何処に行くつもりなの?」

 

 

 パッと後ろを振り向くと、ラベンダー色の髪に大きな本を持った女性。そしてその後ろに控えるバベッジ、基、機械化兵士。

 ナイチンゲールに戻るように言う彼女は実力行使も辞さないようだ。

 

「バーサーカーのあなたに行かせる訳にはいかないでしょ。戦線が混乱したらどうするのよ。王様は認めないわよ、絶対に」

 

 王様? アメリカに王様何ていたっけ。そして彼女の言い分にちょっと納得してしまった自分が悔しい。

 

「……王様? そんな人物に私を止める権利などありません。より効果的な根幹治療の提示があるのなら別ですが」

「うわお、やっぱりバーサーカーは話通じないわねえ。どうしたものかしら」

 

 

「これまで何度も思想的に衝突してきたし、いい機会だから片付けてしまおうかしら?」

「……その発想はエレガントではありませんが、同感です。この先の無駄話が省けます」

 

 

 ……可笑しい。二人の間に火花が散って、いやブリザードが吹き荒れているのが見える。

 

《なんで行動的な女性サーヴァントが揃うと、こう修羅場っぽくなっちゃうんだ!?》

 

 それは違うよロマン。スラクシャはかなりアグレッシブな女性サーヴァントだけど修羅場になったことは……。

 …………本当の意味で修羅場になったことはあったや。血塗れ的な意味で。

 

 まあとりあえず。

 

「マシュ、仲介をお願い」

「了解です! お、お話中、失礼しますっ!」

 

 頑張れマシュ。女性同士の修羅場に男が首を突っ込んではいけないってエミヤに何回も言われてるんだ。

 

「あなたも? って……まあ! サーヴァントがこんなに! よくってよ! ケルトの連中を撃退したと聞いて、まーたフローレンスが一人で暴れたのかと思ったけど……」

 

 またってことは、何度もやってるんですねナイチンゲールさん。

 

「どうやらそうでもなかったようね。これは王様にとってグッドニュースかしら?」

「王……?」

 

 彼女によると今のアメリカは二つに分離し内戦中らしい。

 一方はさっきの戦士たち、もう一方が「王様」率いるアメリカ西部合衆国。この西側が彼女たちの陣営らしい。

 

 そんな彼女の真名はエレナ・ブラヴァツキー。ロマンによると、魔術協会とは余り関わらず、独自のスタンス、独自の力だけで神秘学を編纂した才女らしい。

 

「しかし、サーヴァントとしてここにいるという事は、魔術協会側のエージェントだったりするのかい?」

「無いわよ。この世界には。そもそもアメリカ以外の主要国家は全て滅んでいるし」

 

 アメリカ以外は全てって……。新たな特異点が見つかるたびに被害が大きくなっているような気がしてたけど。

 

「それにしても、誰に仕えているの?」

「あら、あなたが此度のマスターなのね。でも残念。あたしたちは既にあるじを定めているの」

 

 それがさっきから話題に出ている王様。彼が世界を制覇すればこの特異点は、何処の次元からも分離した大陸となり、彷徨い続けるらしい。

 

「英霊の座みたいなものよ。これはこれで、救いがある結末だと思わない?」

「――そんなもの、治療とは認めません。悪い部分を切断してそれで済まそうなど、言語道断です」

「……まあ、あなたはそういうと思ったけど。そちらはどうかしら?」

 

 

 

 ――――座に召し上げられてから、今の今まで誰にもあったことがなかったもので――――

 

 ――――隔離された英霊か。人理を焼却した影響でようやく座から脱出できたのか――――

 

 

 

 ……もしエレナが言うようにここが英霊の座のようになったら、此処に居る英霊たちはどうなるんだろう?

 まあどんなふうになるにしろ、

 

「ノー、マム!」

 

 オレたちは聖杯を回収しにて特異点を元通りにしに来たんだから、そんな結末却下だ。

 

「マムって何よ、マムって。……コホン。じゃあ、あなたたちはフローレンスを連れてどこへ行くの?」

「……この世界の崩壊を防ぐために、その原因を取り除くつもりです」

「そう。それじゃ、あなたたちはあたしの敵ということになるかしら」

 

 まあ、やっぱりそうなるよね。

 今回は味方側についてくれるサーヴァントがナイチンゲールしかいないようだ。

 

「話は終わりましたね。では出発しましょう、玲。一刻も早く、一秒でも早く、この戦争を治療するのです」

 

 コミュニケーションはギリギリだけどまあ大丈夫だろう!

 

「玲君! ナイチンゲールと一緒に、そこから脱出だ!」

「わかった! マシュ、ナイチンゲール!」

「は、はい!」

 

 二人と一緒にエレナとは反対の方向へ向かって駆け出す。

 

「あーあ、仕方ないか。こちらも虎の子を呼び出さないといけないわ。機械化歩兵、前に出なさい!」

「うわっ!?」

 

 エレナが声を上げると、今まで微動だにしなかった機械化兵士たちがオレたちの進行方向に立ちふさがった。

 

「先ほどの量産型バベッジさん……!」

「あら、ミスタ・バベッジに遭遇したの?」

 

 バベッジの知り合い? そういえば年代が被ってるな。生前からの知り合いなのかな。

 

「でも、こちらは敗北などしないわ。だって王様が張り切って滅茶苦茶にしたんだもーん!」

「め、滅茶苦茶?」

 

 滅茶苦茶に、なに。砲弾と榴弾を撃てるようにしたの?

 

 バベッジは宝具と聖杯を使って分身を生み出したが、この機械化兵士たちは科学の力で大量生産した兵士らしい。

 

「……まあ、王様の言葉を借りて言うと「蒸気より電気の方が良いに決まっているだろ、馬鹿者」ね!」

「で、電動式……!?」

 

 電動……! ううっ、ここでつい興奮してしまうのは男子ならわかるはず。憧れるもんね!

 

「せ、先輩の目が輝いています」

《男の子だからね》

 

 

 

 幾ら大量生産されているとは言っても、ここは一応彼らの陣地内。派手に暴れるわけにもいかず、割と簡単に倒すことができた。

 

「蒸気であれ電気であれ、壊せば倒せます!」

「明白な事実ねー。でも、これで終わりっと。じゃ、カルナ! ちゃっちゃとやっちゃってー!」

 

 ……………………………なんだって?

 

「え……。あの、すいません。今、何と……?」

 

 

「……出番か。心得た」

 

 

 待って待って、嘘だろ。何でよりによって――

 

《わ!? いきなりサーヴァント反応だ! 君たちの直上! 強引に転移させるなんて、令呪なのか!? しかもこの何処かで見たような霊基数値と魔力反応はまさか――!》

カルナ(・・・)って、そんな……!?」

「……………」

 

 なんでスラクシャがいないこのタイミングで!?

 

「悪いけど、捕まえちゃってくれないかしらー? 一応ほら、敵に回るみたいだし」

「その不誠実な憶測に従おう。異邦からの客人よ、手荒い歓迎だが悪く思うな。――【梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)】!」

 

 撤退……、無理だ、何度も見たからよく知ってる、速い!

 

 

 ドォオン!!

 

 

 

 

 

 

 

「…………!?」

「あの、どうかしましたか……?」

「いえ、大丈夫です」

 

 何だ今の。懐かしいような……それでいてなんかやっちまったような、覚えのある感覚が……。




それにしても魔神柱あっけなかったですね。寝て起きたら既に倒れてるという。そしてハルファスのではインド兄弟にテンション上がりすぎて奇声が出ました。

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story:第5特異点 イ・プルーリバス・ウナム4

あけましておめでとうございます。
皆さん風邪はひいてませんか? もちをのどに詰まらせないように気を付けてください。

この小説を書き始めた時はまさかこんな大勢の人が読んでくれるとは思いませんでした。
さすがインド兄弟。
皆さんの感想にはいつも励まされ、モチベーションを上げさせてもらっています。
今年から私生活が忙しくなるので月一更新も難しくなるかもしれませんが精いっぱい努力します。

FGOマテⅢも出て公式との違いも出てくると思いますが、この小説のはそういう設定なんだな、という生暖かい目でお願いします!

今年もよろしくお願いします。



最後に一つ。
スラクシャ全然出てこなくてすいません!!


 なんか固いな……。

 

「先輩、先輩……! 良かった、起きました!」

「マシュ、一体……?」

 

 起きて周りを見渡して……びっくりした。固いはずだ、オレを荷物担ぎ(仰向け)みたいな体勢で運んでいるのは機械化兵士だった。まあ、マシュやナイチンゲールに抱えてもらう訳にもいかないか。

 

「宝具の一撃をあなたのサーヴァントが防ぎました。が、その余波だけで全員が見事に失神」

 

 宝具……。あー、【梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)】か。余波だけで気絶って。

 

「あら、起きたのね~。今、あなたたちは輸送中。逃げたいなら逃げてもいいけど……」

「すいません、降ろしてもらっていい?」

「あ」

 

 

~しばらくお待ちください~

 

 

「大丈夫ですか、先輩」

「うん、もう大丈夫」

 

 ようやく気持ち悪さが収まってきた。どれくらいの時間運ばれてたのかは分からないけど、頭ずっと下げっぱなしは酷いと思う。

 

 マシュが差し出してくれた水を飲みながら相手の様子をうかがう。うん、逃げるのは無理だ。機械化兵士たちが周りをガッチリ固めているし、サーヴァントが二体。しかも、その内の一体は色んな意味で相手がし辛い。

 

 インドの叙事詩、マハーバーラタを原典とする大英雄カルナ。スラクシャの兄。

 

 本当に、なんでこのタイミングで出会っちゃったかなあ……。

 

「先輩、あの……」

「今は黙っておこう。スラ……ライダーと合流して意見を聞いてからだ」

 

 彼女に見つからないようにマハーバーラタをざっと読んでみたことがあるけど……あれはひどかった。

 この特異点にレイシフトする前に見たあの夢から考えても、スラクシャのことは完っ全に地雷だろうし、他人が口を出す事でもない。当事者が揃うまではお口チャックだ。

 

「もういいかしら? さあ、行くわよ」

「何が目的なんだ?」

「まず、こちらの王様に会ってもらうわ。その上で、どちらの味方になるか決めなさい。そっちのサーヴァント二人は味方にならないだろうけど、貴方を説得できれば話は別でしょ」

 

 む……。確かにナイチンゲールはともかく、マシュはオレが彼らに付くと言えばついてきそうだ。ナイチンゲールはともかく。

 

「……あの、レディ・ブラヴァツキー。どうして、そこまで“王様”という方に肩入れするのですか?」

「レディ! いいわね、あなた、とてもいい。礼節ってものをわかってる!」

 

 マシュの態度に気をよくしたエレナが王様に肩入れする理由を答えてくれる。

 彼、とは生前に因縁があったとか。肩入れするんだから悪い事ではないんだろう、友人とかかな。

 

「そもそも東部を支配しているケルトは、ケルト人以外を認めないからね」

 

 降伏しても殺されるか、生贄にされるかじゃないか、という彼女をよそに顔が引きつるのがわかった。

 

 ケルト! てことはランサーとランサーとキャスターとセイバーとランサーとらんさ……ランサー多い!

 ロマン曰く「頭のネジが吹っ飛んだ天然バーサーカー」。酷い言いようだけど、その通りだから仕方がない。

 

《うわあ、これは面倒くさいことになって来たぞ……。せめて彼女がいればなあ……》

 

 カルデアにいるケルト組がスラクシャにセクハラ発言をして言い負かされ、セクハラをして投げ飛ばされていたのは最近の話だ。

 

「? なにいまの魔力波? もしかしてもうひとりいる? もしかしてグラハム・ベルでもいるの? でもあんなのいたら、王様、今度こそ本気でキレちゃうしなぁ……」

 

 ベルって、電話を発明した人だったような気がする。そんな人にキレるって、王様ってどんな人なんだろう。

 

《挨拶が遅れたねブラヴァツキー女史。僕は彼らのナビゲーターだ。Dr.ロマンと覚えておきたまえ。いずれ縁ができるかもしれないし》

「うわあ……聞くだけで軽率な男とわかる声ね。ろくなコトしてないでしょ、あなた」

《なんでみんなファーストコンタクトでボクをディスるんだい!?》

 

 そういう雰囲気を出しているからじゃないかな?

 

 

 

 

 エレナに「私たち」とは結局なんなのかを聞いたが、黙っていた方が面白いとはぐらかされてしまった。

 途中でエネミーに襲われたりした以外は概ね何事もなかった。どうせ倒さなければならないから手伝ったけど……カルナいるよね? オレたち必要だったかなあ。

 

 そうして――

 

「さ、到着」

「……アメリカにあるまじき城塞ですね」

「ホワイトハウスは奪われちゃったし、仕方ないのよ。城は一から作ったわ」

 

 これを一から……!? やっぱり機械化兵士たちにさせたのかな。

 

「ブラヴァツキー夫人、カルナ様。大統王がお待ちかねです、すぐにおいでください」

 

 つい癖でカルナに目線を向けてしまった。勿論、意味が通じるわけもなく、彼は首を傾げたけど。

 その仕草は余りにもスラクシャにそっくりだった。色合いとか身長が違わなければ、うっかり間違えてしまったかもしれない。

 

 それにしても大統王って……すごいネーミングだ。

 

「さ、ついてきて。王様、ああ見えて気が短いから」

「……この先に、あなたの雇い主がいるのですね?」

 

 そういって腰の銃に手を掛けるナイチンゲール……って待って待って! 戦闘態勢待ったなし!?

 

「待て、それは悪手だナイチンゲール。もうしばらくその撃鉄は休ませてやれ。世界の兵士を癒そうと言うのなら、病巣を把握しろ。それとも、おまえも短絡的なのか?」

 

 ……これは止めてるんだよね? 煽ってるわけではないんだよね。スラクシャの言う「一言多くて、一言足りない」ってこういう事か。付け加えるなら言葉のチョイスも悪い気がする。

 

 ともかくカルナの説得によってナイチンゲールは銃を収め、オレたちは王様とやらに拝謁することになった。

 

 

 

「連れてきたわよ、王様~」

「了解しました。大統王閣下がご到着されるまで、あと一分です」

 

 

「……緊張してきましたね、先輩。いったいどんな王様なんでしょうか……」

 

 緊張するマシュには悪いけど、なんだろう、微妙に嫌な予感がする。これは、そう。サンタオルタと会った時のような……。

 

《新しいサーヴァント反応が近づいてきているけど、これがどうも奇妙というか……。うーん……これ、本当に英霊なのかなあ?》

「奇妙……ですか。ドクター、それは一体どんな風に?」

《いや、憶測でキミたちに先入観は与えたくない。ともかく、すべては本人と面会してからだ》

 

 まあ、百聞は一見にしかずというしね。

 それからすぐに機械化兵士が大統王の到着を告げる。

 

「おおおおおおおおお! ついにあの天使と対面する時が来たのだな! この瞬間をどれほど焦がれた事か!」

 

 ――ビリビリと体が震えるような大声が轟いた。

 

「……はあ。歩きながらの独り言は治らないのよねぇ。独り言はもう少し小声でやってくれないものかしら」

「今の独り言なの!?」

「す、すごいです先輩……! 人間の限界を超えています!」

 

 そして扉が開く。そこに立っていたのは、筋骨隆々のスーパーマンのような服を着た、何故か胸に大砲、肩にランプをつけている――

 

「――率直に言って大儀である! みんな、はじめまして、おめでとう!」

 

 ――獅子の頭をしたなにか。

 

「……」

「……」

「……」

《あれー? モニターの故障かなー? クリーチャーしか映ってないぞぅー?》

 

 全員が、ナイチンゲールですら絶句した。ロマンは現実から逃げることを選んだ。

 いや、だって、これ。えぇ?

 

「もう一度言おう! 諸君、大儀である、と!」

「ね、驚いたでしょ。ね、ね、ね?」

 

 ものすごく楽しそうなエレナは百パー確信犯だ。面白そうって、此れの事か!

 

「……それはまあ、驚くだろうな」

 

 目を逸らしながら困った顔をするカルナは、彼もさすがに初見はビックリしただろうことが察せられた。

 これはまあ、誰だってビックリする。

 

「あの……あなたがアメリカ西部を支配する王様……なのですね?」

「いかにもその通り。我こそはあの野蛮なるケルトを粉砕する役割を背負った、このアメリカを総べる王――」

 

 

 

「サーヴァントにしてサーヴァントを養うジェントルマン! 大統王、トーマス・アルバ・エジソンである!!」

 

 

 …………。

 

「え!?」

《じ!?》

「ソンな馬鹿な!?」

 

 なんでさーーーーー!!




皆さん終章クリアしましたか? 私は号泣しました。これからクリスマスが待ち遠しいとともに心苦しい日となってしまいました。おのれ運営、最高のストーリーでしたよ!!


まだ5章も終わっていないのに気が早いのですが、終章を書くかどうか悩んでいます。
おおまかな内容は浮かんでいますが、やっぱりあのシーンこのシーンは実際にプレイしてほしい気もしますし。
もし書くとしたらまた6章、7章すっ飛ばして終章いきそうですし。

まあ5章も終わりに近づいてから考えることにします。

あ。番外のほうにも正月ネタを投稿しましたので良ければ見てください。
誤字脱字、感想ありましたらお願いします。


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