私のアトリエへいらっしゃい。 (ルコ)
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私のアトリエ

 

 

 

 

 

 

私のアトリエへいらっしゃい。

 

 

 

 

 

 

油絵具から香る独特な匂いに包まれる放課後の美術室。

 

選択授業で使用されたのか、画材が散らばった机を片付けながら、私は誰も居ない美術室から窓の外を眺める。

 

定期的に響き渡るブラスバンド部の音合わせ。

 

金属バットが硬球を打ち返す打球音。

 

 

……男と男が身体を寄せ合うサッカー部の喘ぎ声。

 

 

「…腐腐腐。今日も元気で良きかな良きかな」

 

 

片付け終えた机に鞄を置き、私は木の丸椅子を陽の当たる場所に移す。

 

お気に入りのイーゼルを取り出すため、美術室と繋がる備品室へ入ると、乱雑に仕舞われたイーゼルと中途半端に描かれた画板が数枚。

 

 

あらら、想いの見えない絵ばかりだねえ。

 

 

質感も構図もデタラメな、授業の課題であろうお粗末な絵はどこか物悲しい。

 

 

「…絵が泣いてるよ」

 

 

楽しくないのかなぁデッサン。

 

各々が自由に選べるのだろうか、そこにはりんごや花瓶や本が並んでいた。

 

 

……ん?

 

 

並べられたデッサンの中にある”異質”

 

異質なんて言ったら申し訳ないか。

 

……でも、これだけは雰囲気が違うような。

 

 

「……ティーカップ…、しかも3つ?」

 

 

私はそれを取り出し眺める。

 

Fサイズのキャンパスに描かれたティーカップ。

 

2つは近くで寄り添うに並んで描かれているが、もう1つは少し離れた所に描かれていた。

 

 

猫のティーカップと犬のティーカップ、そして、柄の無いティーカップ。

 

 

どこかで見たような…。

 

 

「…可愛いらしい絵。…描いた人の心が見える」

 

……。

 

なんちゃって。

 

少し恥ずかしいことを呟いてしまった。

 

さ、今日も続きを続き。

 

 

使い古したイーゼルと、描きかけの1枚を備品室から運び出し、私は丸椅子に腰を下ろした。

 

一つ息を吐き出し、新鮮な空気をお腹いっぱいに吸い込む。

 

 

擦筆を握り、さぁ描こうとキャンパスを睨んだ瞬間に

 

ガラガラ

 

と、美術室の扉がおもむろに開いた。

 

 

 

「おろ?」

 

「…ん?」

 

 

 

現れた彼はポケットに手を突っ込み、猫背な格好でアホ毛を頭に生やす。

 

 

どこか、私と似た空気を持った男の子。

 

 

彼女達に頼られ、心から信頼をされる、少し危うい奉仕部の一員。

 

 

「あれ?ヒキタニくん?ハロハロー」

 

「…海老名さん」

 

 

目を合わした瞬間、何故此処に?といった顔をされる。

 

いやいや、私の方こそ何故此処に?って感じだよ。

 

 

「ヒキタニくんが美術室に来るなんて珍しいね。何か用かな?」

 

「…まぁ」

 

「むむ?」

 

 

何かを隠してる?

 

比企谷くんが美術室に来る理由、いくら考えても何も浮かばないけど…。

 

 

「忘れ物?」

 

「いや…。何でもなかったわ。それじゃ」

 

「あー、待って待って!…私が居るとダメな用事?それなら出て行くけど…」

 

「…そういうわけじゃ」

 

 

歯切れ悪く言い淀む彼の姿は珍しい気がする。

 

普段から発言が少ないが、結衣や雪ノ下さんと話すときなんかは割とはっきり口にするタイプだと思ってたから。

 

 

「…選択授業の課題、少し手直ししようと思ってな」

 

「へ?ヒキタニくんって美術専攻なの?あはは、似合わないかも」

 

「うるせ。…海老名さんは、何でここに?」

 

「私、美術部だよ?」

 

「……知らなかった。…ま、まぁ、BLも芸術の一つだもんな」

 

「ちょ、ちょっと!別にBLを描いてるわけじゃないからね!?」

 

 

扉の外で立ち止まっていた比企谷くんはゆっくりと美術室に入ると、陽だまりに置かれたキャンパスを覗くために私の後ろに歩み寄ってきた。

 

み、未完成の作品を見られるのは少し恥ずかしいなあ…。

 

 

「へー。……普通の絵だ」

 

「当たり前でしょ!」

 

「校舎の絵?…上手いもんだな」

 

「へへへ。まぁ、本気で取り組んでるわけじゃないんだけどね」

 

「……?これ、生徒が1人も居ない」

 

 

やっぱり気が付いちゃうよね。

 

比企谷くん、見るからに間違い探しとか得意そうだもん。

 

 

「…これは私の世界だからね」

 

「……。ん、そっか」

 

 

一言、”そっか”とだけ呟いた比企谷くんは、それ以上何も言わずに絵を眺め続けてくれた。

 

なんだろ…。

 

近ず離れずな彼の距離に居心地の良さを感じる。

 

やっぱり、私たちって同類だよ…。

 

 

「あ、あんまり粗探ししないで!…そだ、ヒキタニくんの絵も見せてよ」

 

 

私は絵が見られないように身体でガードしつつ話題を逸らす。

 

比企谷くんもしつこく絵を覗こうとはせずにしてくれた。

 

 

「むむ。…俺のは海老名さんみたいに上手くないし、見てもつまらんと思うが」

 

「だったら私が少し指導したげるよ」

 

「え、まじで?続きを全部描いてくれるって?」

 

「指導するだけだって。ほら、早く見せてみなって」

 

「ほいほいな」

 

「……フレイアちゃん」

 

 

彼はのそのそと備品室に入っていくと、カタンコトンと木と木が軽く打つかる音を立てながら、暫くして美術室に戻ってきた。

 

手にはFサイズのキャンパスを抱えている。

 

 

「…あ、その絵…」

 

「ん?」

 

 

ふっくらと柔らかそうな雰囲気で、見ていると心が和む1枚の絵。

 

程よい暖かみ。

 

気持ちの良い絵だ。

 

 

そこにはやはり、2つの寄り添うティーカップと少し離れた1つのティーカップが描かれていた。

 

 

「…可愛い絵だね」

 

「うむ。これにマッ缶を描き足せば完成」

 

「それは絶対要らないよ」

 

「あらら」

 

「これ、奉仕部で使ってるティーカップでしょ?」

 

「…あ、あぁ、まぁ。別に…。いや、被写体が無かったから適当に描いただけ…」

 

「はは。なんか、君らしいね。…これ、何でこのティーカップだけは柄が無いの?」

 

 

私の質問に、比企谷くんは戸惑いながら、少しだけ照れ臭そうに、私から目を反らして返答する。

 

その口元はどこか拗ねた小学生のようにとんがっていた。

 

 

「……思い出せなかった」

 

 

「…ぷっ、あ、あははー!」

 

 

盛大に笑ってしまった。

 

彼は顔を赤く染めながら、恨めしそうに私を睨むが、そんな姿も可愛らしい。

 

 

きっと、比企谷くんは他人のことばかりに目を向けているから。

 

結衣や雪ノ下さんのティーカップはしっかりと覚えていたのに、自分のティーカップだけは覚えていなかったんだね。

 

 

 

「ん、んぅ。あはは。…ご、ごめんごめん」

 

「…別に構わん」

 

「怒らないでよ。…それじゃあ、奉仕部に行って自分のティーカップを確認しないと」

 

「……」

 

 

思い出せないなら確認すればいい。

 

そのティーカップは奉仕部の部室に置いてあるのだから何の問題も無いでしょ?

 

 

……なんて。

 

 

流石の私もそんな意地悪な事は言えない。

 

 

黙り込んだ彼の表情を見るだけで察してしまった。

 

 

あの日から君達は……。

 

 

「……まだ、仲直り出来ていないんだね」

 

「…ふん。仲を直すも何も、奉仕部は仲間でもなければ友達でもない」

 

 

カレンダーを眺めると、”修学旅行!”と花丸が付けられた日付が目立つ。

 

 

修学旅行が終わって2週間が経とうとする今日まで、やっぱり奉仕部はあの時の問題を引きずっているようだ。

 

 

と、他人事のように回想するわけにもいかず、私は比企谷くんに優しく尋ねる。

 

 

「私の依頼が…、いや、あの告白が原因だよね?」

 

「原因?何の?え、わからないんですけど?げんいん?げ、げんいん?」

 

「子供なの?分かってるよね?」

 

「…む。…まぁ、直接的とは言わずも間接的には原因になり得る可能性はあったのかもな」

 

「もう。正直に言ってくれてもいいのに」

 

「…あの告白は原因じゃない。海老名さんの依頼を解決すると決めたのは奉仕部だ。それを俺の勝手な判断で進めて…、こんな状況になった」

 

 

彼は腕を組み、自らが手掛けた絵を苦々しく眺めた。

 

 

「……。2人の気持ちに気が付かないフリをしたんだね」

 

 

比企谷くんが傷付くことで、心を痛める人が居る。

 

そんな純粋な気持ちの起伏に、彼は無関心を装ってしまったのだろうか。

 

いや、無関心を装うことで2人に予防線を張ったのだろう。

 

 

「…はぁ、あんまり勘ぐるなよ」

 

「ん、ごめん…」

 

 

私は、奉仕部なら…、彼なら、上手くやってくれると思っていた。

 

そして、彼は私の思った通りの人だったから、依頼の本質をしっかりと汲み取ってくれて、解決のために上手く立ち回ってくれた。

 

 

…ただ、それは私の世界が守られただけ。

 

 

私の世界を……、友達同士であり続ける”停滞した関係性”を保つために、私は彼の世界を壊してしまったんだ。

 

 

必死に歩み寄ろうとし合う3人の世界を…、ぬるま湯に浸かり続けたいと願った私のために。

 

 

ただ、言い訳をさせてもらうのならば、彼と同類の私とて、あんなやり方で私の依頼を解決してくれるとは露ほどにも想像していなかった。

 

 

自らを進んで傷付ける。

 

 

そんな彼を、私は少しだけ見くびっていたのだ。

 

 

「……ほんと、自分を大切にしないとだめだよ」

 

「…む」

 

「ヒキタ……、比企谷くん。…君が良ければ、明日も、その次の日も、この部室に顔を出してみない?」

 

「は?」

 

 

私は彼の背後に立ち、ひょろひょろと動き回るアホ毛の上から頭を撫でてあげる。

 

意外と柔らかい髪と、ピクリと緊張する姿がまるで猫みたいだ。

 

 

 

「奉仕部がもとの関係に戻るまで、相談でも雑談でも、何でもいいから私に話して」

 

「……」

 

 

 

陽だまりに満ちた美術室。

 

どこか儚くて脆い彼に、私は手を差し伸べなくてはならない気がした。

 

そうしないと、彼はまたフワフワと勝手気ままに浮いていってしまうから。

 

 

これって母性本能なのかな?

 

 

…お腹の奥が少しだけ暖かくなったのは気のせいかな…。

 

 

 

 

 

「…一緒に、居心地の良い場所を守ろうよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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彼の違和感

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教室に居る彼は特定の人物としか話さない。

 

彩ちゃん、結衣、そして隼人くん。

この3人だ。

 

偶にさきさきが顔を真っ赤にしながら彼の側に歩み寄る姿を見かけるが、声を掛けることに失敗し、ションボリとして自分の席に戻っていく。

 

 

教室での彼を色で表すなら黒。

 

 

周囲と混ざり合うことを拒み、心の内は愚か、表面すらも見せることのない真っ黒な彼。

 

黒い彼には、結衣すらも話し掛けることを躊躇っている様子で、どこか遠慮気味に近寄る姿を何度か見たことがある。

 

 

いつの日だったか、私が奉仕部を訪れたとき、彼は雪ノ下さんとお喋りしながら、文庫本を片手に結衣とじゃれ合ってた。

 

 

綺麗な色だと思った。

 

 

ふわりと香る奉仕部のティーカップがとても印象的で、教室では見せないような表情を作った彼が優しく結衣の手を振り払う。

 

罵倒されているのにどこか優しい雰囲気を醸し出す雪ノ下さんとの会話。

 

 

初めて見た。

 

 

暖かな赤色の彼を。

 

 

彼は何か違う。

 

 

私の知っているモノとは違う。

 

 

だから確かめたくなる。

 

彼が私の知らないモノならば、確かめてそれを知りたい。

 

そして、修学旅行を次週に控えたある日に、私は奉仕部を……、彼を訪れたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

.

……

………

…………

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

ペラペラと小説のページを捲る音が背後から聞こえる。

 

私はいつもの位置でキャンパスと向き合っているわけだが、普段なら一人ぼっちのはずの美術室に、私以外の人物が居座っていた。

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……あのさ」

 

「…ん?」

 

 

しばらくの沈黙を経て、私はようやく彼に声を掛ける。

 

言葉少なに返事はしてくれるものの、彼の視線が小説から上がることはない。

 

 

「…その、さっきから気になってるんだけどさ」

 

「ん」

 

「どうして美術室で本を読んでるの?」

 

「!?」

 

 

私の問い掛けに何故か驚く比企谷くん。

 

そんなに目をまん丸にさせて、”何をトチ狂ったことを”みたいな顔をされても困るのは私なんですけど。

 

 

「…海老名さんが、明日も来ていいって言ったんじゃ…」

 

「うん、言ったけど。…えっと、それはさ、大事な話があったり、相談があったりするときのことで…。本を読むだけなら奉仕部でもお家でも出来るでしょ?」

 

「…奉仕部はだめだ。空気が張り詰めてて本に集中できん」

 

「ならお家に帰ればいいじゃない」

 

「こんなに早く帰ったら小町に心配される」

 

「こ、小町さん…、ああ、妹さんだよね」

 

「天使な」

 

「……うん」

 

 

比企谷くんはドヤ顔で妹さん自慢をすると、再度本に目を落としてしまう。

 

あれ、もしかして時間潰しのためだけにこの部屋を使われてるの?

 

変な所で鈍感と言うか、察しが悪いと言うか…。

 

 

「…本を読むのは構わないからさ、そんな隅っこに椅子を持って行って読むのはやめてくれるかな」

 

「…え、なんか都合悪かった?」

 

「都合と言うか…、体裁?」

 

「ふむ」

 

 

すると、比企谷くんは立ち上がり、椅子を持ってこちらに近寄ってくる。

 

 

「…ね、ねぇ。比企谷くん」

 

「ん?」

 

「なんで私の隣に椅子を並べて座っているの?」

 

「ここ、一番 陽が当たるから」

 

 

ピタっと。

 

私の隣に椅子を並べて座り直す比企谷くん。

 

ふわりと香る甘い匂いはコンディショナーの匂いだろうか。

 

つまりは髪から漂う香りを嗅げるくらいに近いわけだ。

 

 

「…そこに居られると、描きにくいかな…」

 

「…はぁ」

 

 

なんでキミが呆れてるの?

 

その溜息は私が吐くべきだよね?

 

 

「…もういいや。今日は描く気になれないし」

 

「そうか。鍵なら締めとくぞ」

 

「なんで私が追い出されるの!?」

 

 

横に並んで座った比企谷くんは脚を組み直すと、何かに気づきポケットに手を入れた。

 

取り出されたの綺麗なスマホ。

 

カバーも何も付いていないそれは、無機質な形なままに光りだす。

 

どうやらメールを受信していたようだ。

 

 

「…」

 

「…?」

 

 

それを黙って見つめ電源を落とす。

 

なんとなく眺めていただけだけど、スマホを弄る指がしなやかに動き、細くて長い指はとても綺麗だ。

 

 

「…描く気になれないってのは、教室での違和感が原因か?……修学旅行後の遺恨が少し残っているように感じたが」

 

「…まぁ、ちょっとその事でテンションが落ちてるのは原因かな。よく見てるんだね」

 

「人間観察は得意だ」

 

 

よく見てる…、というか、よく分かったね。

 

私、隠す事には自信があったんだけど、キミには全部見破られちゃうみたい。

 

 

「前にも言ったが、戸部はあれで根は良い奴だし、無鉄砲な告白をしたりもしないと思う」

 

「うん。そうかもね」

 

「海老名さんの危惧することは何もないだろ」

 

「…そう、だね…」

 

「…?」

 

 

優しい彼の事だ。

あれだけ私達の為に身体を…、心を張ってくれたのに、まだ心配をしてくれているのだろう。

 

ただね、比企谷くんが感じた違和感は、別に戸部っちの告白が関係しているんじゃないんだよ。

 

 

時折見せる、結衣の悲しそうな顔。

 

 

それがキミの感じる違和感の正体。

 

結衣がそんな顔をしてしまう原因を私は知っているから、私も気分が乗らないんだ。

 

 

「…君は、自分のことには鈍感になるんだね。…それともワザと?」

 

「…まぁ、鈍感で居ることが一種の予防線にはなっているだろうな」

 

「そっか…」

 

 

 

美術室を包む静寂は、風にさらわれるのと同時に、彼のポケットから聞こえるバイブ音に壊される。

 

先ほどから何度か鳴っているけど、誰からのメールなのだろう。

 

 

「…メール、見なくていいの?」

 

「……」

 

「…。あ!空飛ぶマッ缶!!」

 

「なに!?どこだ!?」

 

「スキあり!!」

 

「む!?」

 

 

無防備になった身体から、私は彼のスマホを奪い取る。

 

程よい重さを感じさせるスマホを握り、私は何故か彼が見たがらないメールを代読してあげた。

 

 

 

 

『生徒会選挙のことでめぐりんセンパイが来てるよ\(^o^)/

ヒッキー、今日は部室来る?』

 

 

 

 

私はそっとスマホを返すと、彼はバツの悪そうな顔を浮かべながらそっぽを向く。

 

 

 

 

「…部室、行ってくる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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依頼の内容

 

 

 

 

 

 

 

 

キャンパスに鉛筆を向けるも、やはり気分が乗らないためか筆は進まない。

 

昨日よりも幾分雲が多い空を眺めながら、私は鉛筆を机に置き溜息を吐いた。

 

誰も居ない美術室には私の陰気な溜息がふわふわと。

 

どうしてこんな気分になってるんだろ…。

 

ほんと、修学旅行の前に戻れるなら奉仕部に向かう私を無理矢理にでも止めてやりたい。

 

 

…ん、そういえば昨日、比企谷くんに届いたメールでめぐりん先輩が部室に来てると結衣が言っていたっけ。

 

めぐりん先輩って城廻さんのことだよね。

 

城廻さんが部室に来るってことは何か依頼でもあったのかな。

 

 

「…その依頼で、あの3人が仲直りしたりして」

 

 

……。

 

…そうだよ。

 

あの3人のことだ。

きっと同じ方向を向き直すことができるのなら、なんだかんだ協力し合っていつも通りに戻る!!

 

…はず。

 

 

そんな淡い希望を抱くこと数秒。

 

 

ガララ……と。

 

 

私しか居ない美術室の扉が控えめに開かれる。

 

 

「…うす」

 

 

陰気臭さが増したかな。

 

昨日よりも目が死んでる気がするのは私の気のせい?

 

 

「は、はろはろー…」

 

「……」

 

「…座ったら?お茶は無いけど」

 

「…マッ缶ならある。1人分だが」

 

 

1人分かい。

 

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

 

「それで?昨日はどうだったの?」

 

「…ん。袂を分かつった。って感じ」

 

「……ちっ」

 

「…女の子が舌打ちをしてはいけません」

 

 

ほんとに思い通りにならない人だよ君は。

 

彼はゆっくりと缶を傾けると、窓の外に目を向ける。

 

小さな溜息を静かに吐くと、だらりと肩を垂らした。

 

…いつもより疲れているのかな。

 

 

「…何があったの?」

 

「……」

 

「この場所に来たってことは、何か相談したいんでしょ?」

 

「…相談って程じゃねぇが。…ちと面倒な依頼が来ちまってな」

 

 

面倒…。

 

奉仕部とは貧乏くじばかりを引く部活なのだ。

 

私の時もそうだけど、彼らはどうしてそんな問題事ばかりを引き受けちゃうんだろ…。

 

 

「ん。話してみなさい」

 

「…生徒会選挙で…、えっと、…、あぁ、なんだっけ。…あざとい奴。…色エンピツみたいな名前の…」

 

「もしかして、一色さんのこと?」

 

「おぉ、そうだそうだ。一色だ」

 

 

 

かくがくしかじかと。

 

 

 

掻い摘んで語られた奉仕部事情に耳を傾ける。

 

比企谷くん曰くーー

 

 

生徒会選挙が行われる。

 

一色さんが会長に立候補する。

 

その立候補は意地悪な友人の仕業。

 

一色さんは生徒会長をやりたくない。

 

ただ、立候補者は1名のみ。

 

信任投票で落ちて笑われたくない。

 

 

etc……。

 

 

ふむ……。

 

なんと言うか…。

 

 

「面倒だね」

 

「あぁ、面倒だ」

 

「それで?解決策は?」

 

「…一色の応援演説を俺が…」

 

「却下」

 

 

私は彼が言い終わる前に却下する。

 

どうせ自分が下手な応援演説をして落選させることで、落選理由を一色さんから自分に向ける、とか言うのだろう。

 

彼が言うことなんて想像が付くし、それを実行させる気だってない。

 

 

「……。雪ノ下と由比ヶ浜にも却下されたよ」

 

「当たり前でしょ。はい、他の解決策をはよ」

 

「……」

 

「……ないんだね」

 

 

ゆるりと脚を組み直すと、影のある表情で俯く。

飲み終えた空き缶の縁を指でなぞりながら、彼は私に視線を合わした。

 

 

「…海老名会長。よろしくお願いします」

 

「比企谷副会長。よろしくお願いします」

 

「…人選ミスだ」

 

「そっちこそ」

 

 

2人分になった陰気が美術室に立ち込める。

 

何度目かの溜息を吐くと、彼はおもむろに鞄から文庫本を取り出した。

 

なんとなく、その姿が絵になっていて心がドキって……。

 

 

え?ドキ?

 

 

……なにそれ。私らしくない。

 

 

 

「…っ、ちょっと比企谷くん?どうして本を読み始めたのかな」

 

「…考えても仕方がない。一晩眠れば何か思い付くかもしれん」

 

「…。その件について、結衣や雪ノ下さんは何か言ってるの?」

 

「……。だったら自分が生徒会長になる、ってよ」

 

「雪ノ下さんが?」

 

「由比ヶ浜も」

 

「あはは。…でも、結衣はともかく、雪ノ下さんは会長でも簡単にこなせそうだね」

 

「……」

 

 

良い案だと思った。

 

雪ノ下さんなら生徒会長だろうが涼しい顔をして務めることだろうし、何より、選挙の相手が雪ノ下さんであるなら、たとえ一色さんが落選したとしても恥にはならない。

 

 

ただ、彼の顔がどこか悲しげに、わがままな子供のように、ほんの一瞬だけ曇った顔がすごく印象的で。

 

 

3人がふんわりと過ごすあの部室から、1人欠けてしまう、そんな想像が頭を過る。

 

 

 

「…雪ノ下さんが生徒会長になったら…、奉仕部は…」

 

「……。あいつのことだ、生徒会長と奉仕部部長、二足の草鞋になっても上手くやるだろ」

 

「…ほんとにそう思ってる?」

 

「ん…。思ってるよ」

 

 

……ウソ。

 

雪ノ下さんなら生徒会長になろうが、律儀に部室へ顔を出すだろう。

けど、必然的に3人で居る時間は減ってしまう。

 

そのうち、奉仕部の活動は限られていく。

 

きっと、そうなってしまったら、奉仕部はバラバラになる。

 

そう危惧しているのは私だけじゃないはずだ。

 

 

「……」

 

「…まぁ、雪ノ下が生徒会長になると決まったわけでもないし」

 

「…え?」

 

「あー、あれだ。雪ノ下が居ないと由比ヶ浜も…、いや、まぁ、アレだろうし。……何か良い案を、…考えとくわ」

 

 

優しく揺れていたカーテンが大きく捲れ上がる。

 

風が後押しするように、彼の柔らかそうな髪をなびかせた。

 

君は、雪ノ下さんのことも、結衣のことも、一生懸命に考えているんだね。

 

ほんとは、1番あの場所を守りたいと思っているのは君のクセに。

 

 

「そっか。うん、そうだね。それがいいよ」

 

「…なんで笑ってんの?」

 

「え?ふふふ、いやぁ、比企谷くんって可愛いなーって思って」

 

「く、口説いてるつもりか?でもすみません一瞬ドキッとしましたけど冷静に考えてみたら友達でもない海老名さんとお付き合いするつもりはありませんごめんなさい」

 

 

 

 

……。

 

 

 

 

 

私たちって友達じゃなかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 



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水面下のバタ足

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せんぱーい。幼気な後輩をこんな所に連れてきてどうするつもりですか?……はっ!まさか私の身体を!?」

 

 

「…うざ。いいから付いて来い」

 

 

 

いつもの放課後。

 

美術室の扉の向こうから聞こえる騒がしい声。

 

変わらずの毎日が、彼の訪問によって少しづつ崩壊していこうとする今日の良き日に、雲ひとつない晴天にも関わらず美術室で1人きりだった私の元に2人分の喧騒が届く。

 

 

「…うす」

 

「失礼しまーす」

 

 

言葉少ない入室する1人の男の子は、ここ最近毎日のようにココへやってくる比企谷くん。

 

そして、彼の後に続いて入ってきた女の子。

 

 

「はろはろー。おろ?今日は同伴さんが居るんだね」

 

「ん、悪いな。海老名さんの引きこもり部屋に人を連れてきて」

 

「ひ、引きこもり部屋!?そんな風に思ってたの!?…はぁ、それで?今日はどうしたの?」

 

「あぁ、例の件について、ちと話したいことがあって」

 

 

例の件、とは生徒会選挙のことだろう。

 

彼は猫背のままに私の側にある椅子へ腰を掛ける。

 

それを見て、彼が連れてきた女の子は不思議そうな目を向けていた。

 

 

「あの、私、なんで呼び出されたんですか?」

 

「一色、おまえもそこに座れ」

 

「なんなんですかまったく」

 

 

一色さんは文句を言いつつ、比企谷くんに指差された椅子へと座る。

 

何の説明もないままに、比企谷くんは机に数枚の紙を置くと、一色さんと私の前にボールペンを置いた。

 

 

…説明してほしいんだけどなぁ。

 

 

「…はぁ。ここは美術室だよ?何をする気か知らないけど、もっと良い場所があるでしょ?」

 

「図書室は受験生でいっぱいだったんだ。すまんがココを貸してくれ」

 

「ほぇ〜、美術室って初めて入りました」

 

 

三者三様で異様な光景。

 

いつから美術室はこんなに騒がしくなってしまったんだろう。

 

いや、嫌いじゃないけどさ。

 

 

呆れながら彼を睨みつけていると、彼は何かに察したかのように鞄へと手を伸ばす。

 

ガサゴソと、出てきたのは黄色と黒のストライプが特徴的な缶。

 

それをコトンと私の前に置かれた。

 

 

「…今日は海老名さんの分も買ってきたから」

 

「……ありがと」

 

「ん?先輩、私の分は?」

 

「…さて、話を始めるぞ」

 

「私の分は!?」

 

 

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

 

……。

 

黙々と、ボールペンが紙を走る音だけが美術室内に響く。

 

時計の針はゆっくりと動いているはずなのに、これを書き始めてからは既に1時間が経っていた。

 

 

簡単な作業だ。

 

 

と、渡された紙には数行に渡る空白の欄。

 

そして、もう1枚の紙にはパソコンから印刷したであろう生徒名簿。

 

この生徒の名前を書くだけだから、と言われて始めたこの作業だが、量が量だけにまだまだ終わる気配はない。

 

 

「うぅ〜。せんぱーい!手が痛いですぅ」

 

「じゃぁ逆の手を使え」

 

 

無言の作業が耐えられないのか、一色さんは先程から何かと駄々をこねながら、私や比企谷くんよりも随分と遅いスピードで名前を記入していく。

 

どこか、比企谷くんの雰囲気がいつもと違うように感じるのは気のせいか。

 

普段と同様に、彼は何を考えているのか分からない表情で淡々と名前を記入していた。

 

 

「…おまえの依頼のためだろ」

 

「分かってますけどぉ〜。てゆうか、雪ノ下先輩と結衣先輩も生徒会長に立候補するんですよね?だったらもう解決じゃないですかぁ」

 

「まぁな」

 

 

一息、小さな溜息を吐くと、彼は文字を書く事を止めた。

 

そして、一色さんに目を合わせると、抑揚の無い声で話し始める。

 

 

「雪ノ下と由比ヶ浜が選挙に出るなら、おまえの落選は決まったようなもんだ」

 

「む…」

 

「ちょ、比企谷くん…」

 

「ふ、ふん。もしかてー、私が勝っちゃったりしてぇ〜」

 

「勝ち目、無いだろ。おまえがあの2人」

 

「比企谷くん!」

 

 

私は思わず声を出してしまった。

 

特段、一色さんに肩入れをするつもりはないが、彼の言い方はあまりに冷酷で、彼女の機嫌を逆撫でするものだったから。

 

 

「…海老名さん。一色があの2人に勝てる部分ってどこだと思うんだ?」

 

「えっ、…そ、それは…」

 

「それは?」

 

「…わ、若さ」

 

「…え、海老名先輩!?」

 

 

ふと、彼の顔が少しだけ柔和になった。

 

その顔を私は覚えている。

 

そうだ、私に告白したときに見せたあの顔。

 

 

あぁ、君は何かを企んでいるんだね。

 

 

きっと、ここに連れてきたのも私が居た方が、その企みは上手く進むためなのだろう。

 

 

「現状、おまえがあの2人に勝てる要素は何も無い。よかったな。これで生徒会長にならずに済む」

 

「…そ、そうですけど」

 

「……」

 

「……」

 

「……腹、立つか?」

 

「べ、別にぃ?だって私が依頼したことですし。生徒会長にならずに済むなら…」

 

「違げぇよ。…おまえを利用して笑ってるクラスメイトにだ」

 

「っ!…そ、それはもちろん…、たちますよ…」

 

 

私は悔しそうな顔を浮かべる一色さんを盗み見るも書く手を止めない。

 

ふと、彼の広角がニヤリと上がる。

 

あぁ、そういうことか…。

 

ひたすら書かされているこの記入欄と、比企谷くんの物言い。

 

 

ようやく君の狙いに気付いたよ。

 

 

「それならさ、やり返しちゃおうよ」

 

「…や、やり返す?」

 

「うん。やられたらやり返さなきゃ」

 

「ま、まぁ、出来たらいいですけどぉ」

 

 

比企谷くんは書き終えた記入用紙をバサりと一色さんの前に置く。

 

数枚に渡る記入用紙には何人もの名前が書かれていた。

 

 

「出来る。出来るんだよ一色」

 

「へ?」

 

「俺たちが今まで書いていたのはなんだと思う?」

 

「す、推薦人名簿ですよね」

 

「ん。正確には、一色いろはの推薦人名簿、だ」

 

「ほ、ほぇ?え、こんなに…、っていうか、推薦人ならもう30人集まってるんですけど」

 

「推薦人に人数制限はないんだよ。つまり、ここに書かれた分だけおまえは支持されてんだ」

 

「えぇ!?」

 

 

一色さんは驚きを隠さないままに、目の前に差し出された名簿をまじまじと眺める。

 

その隙に、私は小さな声で比企谷くんにこの状況の顛末を問いただした。

 

 

「ねぇ、これだけの人数、どうやって集めたの?」

 

「…snsでちょちょいとな」

 

「sns?」

 

「数人の応援アカウントを作って支持者を募った。んで、最後に…」

 

「アカウント名を全部一色さんに変えたんだね?」

 

「…ん」

 

「へへ。相変わらず真っ黒なやり方ですなぁ」

 

「褒めるなよ」

 

「褒めてないよ」

 

 

私は呆れた目を彼に向けながら片手で頭を抱える。

 

よくもそれだけの悪知恵が働くものだ。

 

それって結構危ない作戦だったと思うよ?

 

水面下で…、誰にもバレないように、彼は全てをやり遂げてしまうから。

 

 

「ちょっとお二人さん?何をコソコソしてるんです?」

 

「ん。で?仕返しはするのか?しないのか?」

 

「そ、そんな急には決められないっていうか…、それに、生徒会長が私に務まるなんて…」

 

「…務まらんだろうな。だがそれをメリットに変えるのがあざと賢いイローチカだろ」

 

「……なんですか?それ」

 

「あらら。ジェネレーションギャップか」

 

「…ふふ。でも、そうですね。そういうのも…、アリですね」

 

 

一息吐くと、窓越しに見える太陽を見上げる。

 

どこか物悲しい顔を浮かべながら、一色さんはポツリと呟いた。

 

 

「……影で笑われるのも嫌ですし」

 

 

……。

 

彼女もきっと、彼に似たモノを持っている。

 

 

「乗せられてあげます!先輩の策略に」

 

 

可愛らしくウィンクをする一色さんに、比企谷くんは呆れながらも苦笑いを浮かべた。

 

肩の荷が下りたのか、彼は椅子に掛けていた腰を深くする。

 

 

「ふふ。良かったね。比企谷くん」

 

「あぁ、…ん、んんっ。よ、良かったって何がだよ?」

 

「はいはい。お疲れ様でした」

 

「ぐぬぬ」

 

 

これでこの依頼は解決のはずだ。

 

きっとこれを機に奉仕部は通常運転に戻る。

 

……うん、元どおり。

 

これで良いんだ。

 

彼の居場所は奉仕部だから。

 

ここにはもう来なくなる。

 

……。

 

 

 

「…ていうか、少し気になってたんですけど」

 

「「?」」

 

 

 

 

 

 

「お二人はどういうご関係なんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 



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雨の跳ねっ毛

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒会選挙は無事に終わりを迎えた。

新しい生徒会長が1年生の美少女だと教室の話題に上がる中、喧騒から孤立するように、私は雨雲のお空を見上げる。

 

すぐ隣の席では優美子を中心に、いつものメンバーが普段通りに会話を繰り広げていた。

 

ただ、そこに結衣の姿は居ない。

 

可愛らしくぴょんぴょんと跳ねるピンクの後ろ姿を見つけると、比企谷くんの頭に手を置いて、楽しそうに声を掛けている。

 

 

やれ、いろはちゃん大丈夫かな。

 

やれ、ゆきのんとお昼食べるんだ。

 

やれ、ヒッキーは頑張った。

 

 

……。

 

 

リア充爆発しろ…。

 

って、それは君の口癖だったじゃない。

 

不思議とお腹の下から湧き上がる苛立ちが、机を叩く指の力を強くする。

 

「…むぅ」

 

とんとんとんとんとんとんとんとん!!

 

 

「ちょ、姫菜?あんたどうしたし」

 

「は?何が?」

 

「……や、やさぐれてる」

 

 

こちらへと歩み寄ってきた優美子を皮切りに、隼人くんや戸部っち、大和くんに大岡くんまでもが私の机を取り囲んだ。

 

…なんでだろ。

 

今は誰とも話したくない。

 

 

ふと、選挙前に一色さんが発した言葉を思い出す。

 

 

 

”お二人はどういうご関係なんですか?”

 

 

普段のあざとさを感じさせない自然な言葉。

 

彼女の純粋な疑問だったであろうその問いは、言い淀む私の代わりに比企谷くんによって答えられた。

 

 

”クラスが同じだけだ”

 

 

……は?

 

同じだけ?

 

同じだけの関係なの?

 

もし一色さんの疑問対象が私ではなく”あの2人”だったら君はなんて答えたのかなぁ?

 

 

……。

 

 

…少なくとも、私はもっと身近な関係を築けているものだと思ってたよ。

 

 

私を取り囲む優美子達の会話は頭に入ってこない。

 

それでも顔には笑顔を貼り付けられている。

 

このまま時間が過ぎるのを待とう。

 

今は楽しく会話に混ざることなんて出来る気がしないし。

 

 

「っべー!っべー!じゃさ!海老名さんはどうする感じ!?」

 

「…え、なに?」

 

「だからー!今度みんなでディスティニーランド行くって話じゃん!もち海老名さんも行くっしょ!」

 

「えー、あ、あははー。予定を確認しなきゃかなー」

 

 

だめだ。

 

今日の私は全然擬態していない。

 

私は最終手段を使うべく、困った素振りを見せて隼人くんに目を合わせる。

 

 

秘儀、優男召喚!!

 

 

「……。そうだね、もうすぐ冬休みだし、打ち上げも兼ねて行くのも悪くないな」

 

 

あれー?

隼人くん、意図を読み取る才能枯れたの?

そこは話をすり替えてくれなきゃでしょ…。

 

 

「さすが隼人くんっ!それじゃ結衣も誘わなきゃっしょ!」

 

「…うん。いや、結衣には俺から言っておくよ」

 

「おっけー!それじゃいつ行くいつ行く!?」

 

「そうだね…。この日なんてどう?」

 

 

隼人くんを中心に予定が決められていく。

 

これだけ積極的に遊ぶ約束を取り付ける隼人くんも珍しいと違和感を感じつつ、行きたくないとは言えない空気に仕方なく私は乗っかった。

 

私はため息を我慢し、自然な装いで彼の姿を視界に入れる。

 

アホ毛を左右に揺らしながら、頬杖を付き結衣の言葉に耳を傾ける彼は、普段よりも少しだけ柔和なイメージだ。

 

 

と、彼の持つ独特な雰囲気に惹かれていると、何かに気づいたように、彼は私の方へ目を向けた。

 

 

「っ!」

 

 

咄嗟に目を逸らしてみたものの、これじゃぁ彼にはバレバレだろう。

 

なに、やってんだろ。

 

私。

 

 

心拍数が上がっている。

 

頬が少しだけ暑い。

 

ほんとに変だよ。

 

 

それでもやはり気になってしまい、私は視線だけを比企谷くんに向けてみる。

 

すると、彼は結衣に何か呟き、私の方へ指を向けていた。

 

結衣は彼の言葉に素直に頷き、とてとてと私達の元へと戻ってくる。

 

 

「姫菜ー、何か用?」

 

「え?な、なんで?」

 

「えー?ヒッキーが『海老名さんがお前のことを呼んでるぞ』って」

 

「へ、あ、うん。えっと…、ディ、ディスティニーランド!ね、ねぇ隼人くん。結衣も誘うんでしょ?」

 

 

私は無理やりに話題を作る。

 

やっぱりバレてたんだね。

 

てゆうか、私が見てたのは君なんだけど…。

 

 

「……あぁ。結衣、今度みんなでディスティニーランドに行こうって話をしているんだけど」

 

「へー!楽しそう!あ、でも私、ゆきのん達とも行く約束してるんだよね…」

 

 

ほう?

 

ゆきのん達と?

 

それはつまり雪ノ下さんと比企谷くんですかな?

 

あらあらあらあら。

随分と仲が深まりましたようで。

 

 

「……そうか。ちなみにいつ行くんだい?」

 

「えっとね、来週の日曜日だよ!」

 

「奇遇だね。俺たちもその日に行こうとしていたんだ。よかったらみんなで一緒に行かないか?」

 

 

賑やかに騒がしく。

 

話が次々とまとまっていく。

 

まるで予め用意されていたかのような言葉で。

 

……。

 

あぁ、もしかして。

 

隼人くんにも何か”狙い”があったのかな。

 

底浅く積み上げられる偽物に辟易としてきた頃、私は彼が教室から出て行く姿を見つけた。

 

どこに行くんだろ…。

 

もうすぐに次の授業が始まるというのに。

 

 

「……」

 

 

無関心なことには定評がある私に興味が湧くなんて珍しい。

 

少なくとも、この場で笑顔を貼り続けるよりは有意義な時間を過ごさせてくれるかもしれないな。

 

 

「ちょっと席外すね」

 

 

私は優美子に軽く言葉を掛けて自然に席を立つ。

 

 

彼の姿を見失わないように少しだけ早歩きで、凝り固まった笑顔を元に戻し、私も教室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

 

彼の姿を追って廊下に出たものの、何と言って話しかけるかを考えていなかった。

 

普段のように、はろはろー!と声を掛けるのも躊躇われる。

 

相変わらず猫背でポケットに手を入れた歩き方の彼は、授業の開始時間なんて気にした様子もなく廊下を歩き、階段を上っていく。

 

 

どこに行くんだろ…。

 

 

特別棟への連絡橋を渡り終えたところで、ようやくに行き先の目処が立つ。

 

おそらく、彼の行き先は…。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

美術室…?

 

 

「…ん。鍵、持ってるか?」

 

「え!あ、気づいてたの?」

 

「まぁな」

 

「そ、そっか。あはは…、えっと、鍵だよね、持ってるよ」

 

 

私はお財布の中に普段から入れてある美術室の鍵を取り出し刺し口に挿れる。

 

軽く捻ると小気味良い音を立て鍵は開けられ、彼はゆるりと美術室へと入っていった。

 

 

「遠慮すんな」

 

「…私が鍵開けてあげたんだけど」

 

 

彼は窓際の、いつもの陽が当たる場所に腰を下ろす。

 

 

「…比企谷くん、もう授業が始まっちゃうけど…」

 

「次、自習。だから問題ない」

 

 

問題ないことはないけど…。

 

いつもなら気が張り詰める始鈴のチャイムも、今はただただ物悲しく。

 

美術の授業が始まるわけでもないこの部屋で、その音を拾うのは私と比企谷くんのみである。

 

 

「…また困りごとか?教室でこっちをちらちらと見てたように思ったんだが…」

 

「あ、あははー。み、見てないよー。自意識過剰過ぎるって、私は呟いてみたり…」

 

 

ふわりと、彼は私を不思議そうに見つめる。

 

全てを理解しようとはしないが、近くに寄り添い暖かさだけを残してくれる、そんな目だ。

 

 

「…もしかして、私が後を追いかけるって分かって教室を出たの?」

 

「……。それに近いフィーリングは有ったな」

 

「?」

 

「あ、イニシアティブがとれてなかったか?」

 

「…なに言ってるの?」

 

「なに言ってんだろうな…」

 

 

ボソリと呟く彼の姿はどこか疲れているようにも見えるし、いつも通りに見える。

 

ただ、私を心配してくれていたであろう発言がどこか嬉しく、その優しさに触れただけで、先ほどまで感じていた心の重みが消えて無くなった。 そんな感じ。

 

 

「…心配…、してくれたの?」

 

「……。依頼者のアフターフォローも奉仕部の役目だ」

 

「…うん。…比企谷くんは優しいね」

 

 

ザーザーと降りしきる雨足は止むことを知らない。

 

美術室内にまで聞こえる雨音はどこか冬の冷たさを増長させるよう。

 

 

「…優し過ぎるから、私にはとても眩しいの」

 

 

「…?」

 

 

私がぽつりと囁いた言葉は、彼に届くことなく床に落ちた。

 

それで良いいんだ。

 

もしも聞こえていたりしたら、察しの良い彼には私の想いが届いてしまうかもしれないから。

 

 

「最近も、一色さんのお手伝いで忙しいの?」

 

「ん、まぁな。クリパの準備で海総の意識高い系と仕事してるよ」

 

「クリスマスか…、あ、そうだ。今日、クリスマスのプレゼントを買いに行くのに付き合ってよ!」

 

「あ?そんなもん三浦や葉山と行けばいいだろ」

 

「ノリが悪いなぁ…」

 

 

雨の湿気かそれとも癖っ毛か。

 

彼の頭にひょろりとそびえ立つアホ毛は普段よりも少しだけ大きく跳ねている。

 

その姿が少しだけ幼く見えて。

 

私はそんな彼に近づき、飛び跳ねる髪の毛に手を乗せた。

 

 

「……。何をしてるんですか?」

 

「ふふ。結衣から聞いてるよ。頭を撫でられるのが好きなんでしょ?」

 

「ちょっと異性の人に髪を触られるのって生理的に受け付けないっていうかー、無理っていうかー」

 

「あはは。照れてる時、君は饒舌になるんだね」

 

「……。うるせ」

 

「今日、付き合ってくれる?」

 

「だから、俺じゃなくて…」

 

「君がいいの」

 

「…三浦、達と……。」

 

 

 

ピタリと。

 

雨の音が聞こえなくなる。

 

外は相変わらず雨模様なのに。

 

 

 

 

「…君と一緒に行きたいの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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買い物の途中

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の隣を歩くのは初めてかもしれない。

 

シトシトと降り続ける雨音をBGMに、無言のままに歩き続ける私達は周りからどう映っているだろう。

 

「……」

 

「……」

 

学生服の2人の下校風景だ。

 

少なくとも”唯のクラスメイト”には思われないはず。

 

 

ふと、隣を歩く彼の横顔が不自然にそっぽを向いていることに気がつく。

 

 

「…肩、濡れてない?」

 

「…ん。大丈夫」

 

 

うそ。

 

私達を覆う小さなピンクの傘は、2人が身を寄せ合ったとしても足りないくらい。

 

なにせ折りたたみ傘ですし。

 

 

「傘、誰に盗られちゃったんだろうね…」

 

「さぁな。安いビニール傘だし、間違われたのかもしれん」

 

「そっか…」

 

 

私は小さな傘を少しだけ比企谷くんの方へと傾ける。

 

 

「…そうすると海老名さんが濡れるだろ」

 

「そう思うならもう少しくっ付いてくれない?」

 

「だが断る」

 

「だがくっ付く」

 

「!?」

 

 

肩と肩の間に空いた数十センチの隙間は、私の接近により0へと変わった。

 

ぴったりとくっ付いた私の肩と比企谷くんの肩は、傘の下で身を寄せ合う。

 

ふわりと、雨で肌寒い空模様にも関わらず、彼に触れた所が太陽のようにポカポカと。

 

…あぁ、これが君の温もりなんだね。

 

もっと触れたい。

 

触れ合いたい。

 

 

小さな勇気を振り絞り、私は彼の手に自らの手を伸ばしてみる。

 

 

「……」

 

 

このまま、手を繋げたらどれだけ幸せだろうか……、なんて。

 

伸ばした手は空を切り、もとの場所へと戻ってくる。

 

 

「…雨に濡れて風邪を引かれても困るもん」

 

「海老名さんは困らないだろ」

 

「困るの」

 

「なんでだよ…」

 

「困るの困るの困るの!!」

 

「数の圧力だ…」

 

 

彼が少しづつ私から離れようとするものだから、思わず腕を掴み、逃がさないように固定してしまった。

 

 

「…これじゃぁ、君の嫌いなリア充みたいだね」

 

「まさしくソレそのものだな。…傘、持つ」

 

「うん、ありがと」

 

 

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

 

電車とバスを乗り継ぎ30分。

 

目的の大型ショッピングモールに到着する頃には雨も弱まり、分厚い雲からは傘を差さずとも濡れない程の小雨へと変わっていた。

 

ショッピングモールに入るや、比企谷くんは少しだけ湿った制服をハンカチでハタハタと叩きながら、館内の地図へと目を移す。

 

 

「よし、それじゃあ俺はコッチから…」

 

「ここで効率化だの分業だの言って別行動をするような厨二病に近い人って本当にいるのかなぁ〜」

 

「!?」

 

「あははー、いるわけないよね。じゃぁ比企谷くん、あそこから見ていこうか。一緒に」

 

「…はい」

 

 

とてとてと私の後ろを少し離れて付いてくる比企谷くんを確認しながら、私達は館内の入り口付近にあるファンシーショップに入る。

 

目が回るほどにカラーバリエーション豊かな店内は正直苦手かも。

 

ピンクの壁に緑の棚、店員さんのエプロンにはフルーツのワッペンがいくつも貼られていた。

 

 

「…さて、出ますか」

 

「分かる。分かるけど比企谷くん。もう少しだけ我慢して」

 

 

場違い感と言うかアウェー感と言うか…、確かに私の趣味かと聞かれたら即答でNOと言うだろう。

 

ふと、私に隠れるように身を縮こませていた比企谷くんが立ち止まる。

 

 

「……」

 

「ん?それ、気に入ったの?」

 

「…別に。」

 

 

彼が立ち止まり、見ていた物は小さなキーホルダーだった。

 

…ディズニーランドのキャラクターだったかな、確か…、パンさん。

 

ソレは憎たらしい笑顔を浮かべる2人のパンさんが、仲睦まじく抱き合う物であった。

 

比企谷くんはそのキーホルダーを手に取り、普段のような無表情でポツリと呟く。

 

 

「…俺の柄じゃねぇわな」

 

 

と、少しだけ残念そうな顔でソレをもとの場所へと戻した。

 

 

「…?」

 

「ん、クリスマスのプレゼントを探すんだろ?何か当てはあるのか?」

 

「へ、あ、ん〜。可愛い系?」

 

「渡すのは由比ヶ浜と三浦か。…由比ヶ浜はともかく、三浦がこの店のモンを貰って喜ぶとは思えんな」

 

「確かに優美子の趣味じゃないかもね〜」

 

 

彼は何も語らない。

 

悟らせない。

 

ただ、優しく微笑む先ほどの顔は、私の知る限りではあの2人にしか見せないから。

 

ほんの少しだけ、心を締め付ける嫌な痛みを感じつつも、私は何も気付かないフリをし続けた。

 

 

「ん〜、もうこのお店はいいかなぁ」

 

「帰るか」

 

「次のお店へ行くよ」

 

「あらら」

 

 

 

…………

……

.

.

 

 

 

 

「結衣にはこれが良いかも!」

 

「え、なにソレ。雑巾?」

 

「雑巾風ハンカチだよ」

 

「…今時のJKの感性が分からん」

 

「ふふん。結衣なら可愛いって喜ぶはずだよ!」

 

「…うん。使えなくなったら雑巾にリサイクルできるしね」

 

 

 

 

…………

……

.

.

 

 

 

 

「優美子って、実はこうゆうのが好きなんだぁ」

 

「パワーストーン?」

 

「恋愛運が上がるやつ!」

 

「…あいつ、幸薄そうだもんな」

 

「この前、神社で拾った綺麗な石を渡したら喜んでたよ」

 

「…それ、軽い嫌がらせだからね?」

 

 

 

 

…………

……

.

.

 

 

 

 

「あ、これ雪ノ下さんみたい」

 

「あ?どれ…」

 

「ほら、このカタツムリのぬいぐるみ」

 

「…本当だ。この憎たらしい目とかあいつにソックリだ」

 

「殻に閉じこもる感じとかもね」

 

 

「「あはははー」」

 

 

 

……………

…………

………

……

.

.

 

 

 

 

 

ーーーーー。

 

 

 

 

 

ショッピングモールの端から端までを網羅し買い揃えたクリスマスプレゼント。

 

プレゼント自体は小物ばかりで重荷にはならなかったが、流石に歩き疲れた私達はフードコートへと移動する。

 

 

「ふわぁ、流石に疲れたねぇ」

 

「もう動かん。動かんぞ」

 

「ふふ。付き合ってくれたお礼に何かご馳走するよ。何がいい?」

 

「マッ缶」

 

「ないよ」

 

「はぁ」

 

 

比企谷くんはまるでダラけたスライムのごとく椅子に纏わり付いた。

 

この人は本当に”格好付ける”ことをしない。

 

そんな自然体な姿に居心地の良さを感じるのだろうか。

 

 

「私はアイスクリームにするけど、キミもそれで良いかな?」

 

「おっけー」

 

「味は極上ビターチョコで良いよね?」

 

「良いわけないよね?」

 

 

スライムはのそのそと首だけをアイスクリーム屋さんに向けると、細目でメニューを睨みつける。

 

 

「…うむ。見えん」

 

「はいはい。それじゃあ私と一緒のアイスでいい?」

 

「良識の範囲内でのチョイスを頼みます」

 

 

軽く手を振り、比企谷くんは再度グデっとテーブルに突っ伏した。

 

例えば、もしトベっちなら

 

『ちょ、男が奢られるなんてダサいっしょ!俺が買ってくるから海老名さんはそこ座っててよ!』

 

例えば、もし隼人くんなら

 

『アイスか…。姫菜はどれがいい?買ってくるよ』

 

 

……。

 

 

ふむ。多感で見栄張りな男子高校生ならば上記2例が通例だろう。

 

考えてみれば、こうして私が私のままでお話しできるのって比企谷くんしか居ない気がする。

 

それはまぁ、彼が弱い部分でさえも恥じらい無くさらけ出してくれるからであって、そんな自然体な姿に落ち着く半面、心配でもあるわけで。

 

 

いつか、弱い所が脆く壊れてしまったりしないかなんて…。

 

 

「……」

 

「次のお客様ー!」

 

「あ、はい。…えっと」

 

 

考え事をしていたためか、メニューを全く見ていなかった。

 

種類の多さが売りなのか、ショーケースの中には様々な色のアイスクリームが敷き詰められている。

 

 

「えっとぉ〜…、あ」

 

 

ふと、沢山のアイスクリームの中で目に留まった一つ。

 

 

「あ、あの、ソレください」

 

「はい!カップル用、チョコベリーショコラアイスですね!」

 

「声が大きい!静かに!」

 

「え、あ、はい…。えっと、カップル専用カップでのご用意になりますが、スプーンは2つでよろしいですか?」

 

「当たり前でしょ!」

 

「……あ、はい。820円になります」

 

 

お金を支払いブツを受け取る。

 

こ、これがカップル用チョコベリーショコラアイス……。

 

神々しい!

 

ソレは少し大きめのカップに詰められたチョコとベリーのアイス。

 

満遍なく掛かったカラフルなチョコチップが可愛らしい。

 

 

1つのアイスカップに2つのスプーン。

 

まさしくカップル御用達のアイスではないか…。

 

 

「……か、買っちゃった…」

 

 

何を血迷った?なんて言われて呆れられるかもしれない。

 

……。

 

お得だから。

 

こっちの方が安くてお得だから!

 

 

火照る顔に手で仰いだ風を送りながら、私は比企谷くんのもとへと戻った。

 

自然…、自然な感じだ。

 

 

「…ん、結構時間掛かったな」

 

「お得だから!」

 

「は?」

 

「お得だからコレ!コレの方がお得だから!」

 

「お得?何が……っ!?」

 

 

ドンっ!!!

 

とカップを比企谷くんの前に置く。

 

頬杖を付いていた彼もその音に驚き、私の目とアイスクリームをパチクリと見つめる。

 

 

「……まぁ、大きい奴をシェアした方がお得だよな」

 

「そ、そうだよね!」

 

「……あれ、分け皿みたいなのは?」

 

「は?」

 

「え?」

 

 

アイスで分け皿って…。

 

サラダじゃないんだからそんなお皿はないよ。

 

や、彼に常識は通じない。

これまでに何度も痛感してきたことじゃないか。

 

そうだ、彼には少し強引なくらいの方が良い。

 

 

「…はいっ!」

 

「ん?」

 

 

私はスプーンにアイスを一口すくい、彼の目の前に差し出した。

 

 

「く、口開けなよ。アイス溶けちゃうでしょ」

 

「……。ならそのアイスを1度カップに戻せ」

 

「お行儀が悪いじゃない」

 

「自分で食えばいい」

 

「私、このアイス嫌いだから」

 

「この大きさを1人で食えと!?」

 

「す、スプーンが1つしか無いからこうやらなきゃ食べられないでしょ!」

 

「あるからね?も1つスプーンがアイスに刺さってるからね?」

 

 

アイスに刺されたスプーンを私は抜き出し空へと投げ捨てる。

 

それは放物線を描きゴミ箱へと吸い込まれた。

 

 

「…1つしか無いよ?」

 

「しょ、正気か?」

 

 

彼は投げ捨てられたスプーンの行方を追いかけると、苦笑いを浮かべながら私を見つめた。

 

少し無茶をしてしまったことは承知だよ。

 

でも、もう引き返せないから。

 

 

「…っ。もう、腕が疲れちゃう。はい、あーんして」

 

「…あーんって言っちゃってんじゃねぇかよ。…ん」

 

 

控え目に開けられた彼の口に、私は震える手を抑えながらおずおずとアイスを食べさせてあげる。

 

遠慮気味に加えられたスプーンを見て安心し、私はそれを引き抜いた……、引き抜こうとした。

 

 

「……なにをしているのかな?」

 

「…んー、んん。んーん」

 

「喋れてないよ」

 

「んー……」

 

 

引き抜こうとしたスプーンががっちり比企谷くんの口によって咥えられ引き抜けない。

 

スプーンと歯が当たる音なのか、私が力を入れるとカチカチと音が鳴る。

 

私は仕方なくスプーンから手を離すと、彼はそれを待っていましたとばかりにスプーンを握った。

 

 

「……」

 

「ふふ。スプーンが無ければこの辱めも出来まい。八幡大勝利」

 

「ぬかった…」

 

「ふん。ベタな展開さえも打破する俺のボッチ力。我ながら恐ろしい。…つか、本当にこの味は嫌いなのか?」

 

「別に嫌いじゃないけど…。でも、スプーン1つしか無くなっちゃったし」

 

「…自演乙とはまさにこの事だな。…はぁ、貰ってきてやるから待ってろ」

 

 

呆れたように肩の力を抜きながら、比企谷くんが席を立とうとすると、彼の背中越しに、こちらを凝視している女子学生に気がつく。

 

気のせい?

 

と、思ってはみたものの、どうやら彼女の視線は比企谷くんのみでなく、私にも向けられているようだ。

 

着崩した制服は恐らく…。

 

 

「海浜総合…?」

 

「あ?」

 

 

私の視線の先へ、比企谷くんも目を移す。

 

 

 

 

「あー!やっぱり比企谷じゃーん!あれ?今日も違う女の子連れてるの?」

 

 

 

 

 

 

 

 



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私の心

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

淡く茶色に染められ、軽くパーマの掛けられた髪の毛。

少しだけキツそうにキリッと上がる目と軽く、耳に開く1つのピアス。

 

彼女は親しげな振る舞いでこちらへと歩み寄ってくると、比企谷くんの肩を軽く叩いた。

 

 

「よっすー。クリパの準備もそっちのけでデートとか、比企谷ってマジで何者?」

 

「…デートじゃねえよ」

 

「へぇー。つか、一色ちゃんにはフられたん?」

 

「あ?まぁ、いつもフられてるっちゃフられてるわな」

 

「なにそれウケる!…あ、私邪魔だった?」

 

 

ケラケラと腹を抱えながら笑う彼女は、キョトンとしていた私に気が付く。

 

 

「邪魔じゃないよ。別にデートじゃないそうですしー」

 

「ふーん。…?でもそれ、カップル用のアイ……」

 

「違うよ!!お徳用アイスだよ!!」

 

「へ!?」

 

「あ、あははー。私、海老名 姫菜っていいます。一色さんの先輩で比企谷くんのクラスメイト」

 

「あ、うん。私、折本かおり。比企谷とは同中って感じ」

 

 

同中…。

 

もちろん比企谷くんにだって中学生の時代があっただろうが、その同窓生と親しげに話しをしている姿は想像出来なかった。

 

……ん?

 

海浜総合…。

 

そういえば、美術室で比企谷くんが海浜総合の人とクリパの準備をしていると言っていたな。

 

 

「んー。海老名さんも可愛い…」

 

「え?」

 

「…。比企谷の連れてる女の子って可愛い子ばっかりじゃね?」

 

 

折本さんが不思議そうに比企谷くんの顔を覗くと、彼は興味無さそうにそっぽを向く。

 

 

「…一色ちゃんも海老名さんも可愛いし、あの2人だって…」

 

「折本」

 

「っ、どしたん?急に大きな声出して」

 

「…。いや、おまえ、友達待たせてるんじゃねえの?」

 

「あ、そうだった!ごめん!私はこれで!…そうだ、比企谷。クリパ、ウチも負けないからね」

 

 

手を軽く振りながら、折本さんは軽い足取りで私たちのもとから離れていった。

 

台風のように現れて、台風のように去っていく。

 

そんな子だった。

 

 

「……さて、何から聞いていこうかな」

 

「下世話な奴。詮索はするなよ」

 

「…ってことは、聞かれたくない関係だったんだね。ズバリ告白してフられた…、とか」

 

「…ふん。察しが良すぎるのも考えもんだな」

 

「その割に普通に話せてたみたいだけど」

 

「色々あってな…。はぁ、俺の黒歴史だ。誰にも言わないでくれよ?」

 

「…うん」

 

 

それだけ言うと、彼はスプーンを取りに立ち上がった。

 

 

ふと、小さく胸が痛む。

 

 

比企谷くんの事を何も知らない自分。

 

知ろうとしない自分。

 

踏み込めない自分。

 

 

沢山の私がお腹の中を駆け巡り、先の見えないゴールを目指して迷っている感じ。

 

彼の近くに歩み寄ろうとすればする程、結衣や雪ノ下さんの顔が頭にチラつく。

 

 

「…私は…、どうしたいんだろ」

 

 

小さく呟いた言葉が、窓の外に広がる雨雲に吸い込まれ、それが雨へと変わるように。

 

私の陰気な溜息がアイスのスプーンに溜まっていた。

 

 

……はぁ。

 

 

溶けかけるアイスがカップの縁から溢れそうになっていたため、私は慌ててそれをスプーンにすくって口に運ぶ。

 

はむ…。

 

おいし…。

 

ほんのりと甘いチョコと酸っぱいベリー…、それと、比企谷くんの味。

 

 

……。

 

 

「っーーー!!?」

 

 

ひ、比企谷くんの味…、だと?

 

これってつまり…

 

 

「間接…キス…」

 

「ほい、新しいスプーン持って…、ん?なに固まってんの?」

 

「うわぁーーー!!」

 

「えぇ!?」

 

 

振り抜かれた私の腕からスプーンがまたも弧を描き飛んで行く。

それはクルクルと回転しながら窓に打つかると、カランコロンと床に落ちた。

 

 

「はぁはぁはぁ…」

 

「……。え、海老名さん?」

 

 

動悸を落ち着かせるためにゆっくりと深呼吸をする。

 

頬が熱い。

 

いや、もう身体がすごく熱い。

 

 

「だ、大丈夫か?なんかすごく息が荒いけど…」

 

 

ぽん、と比企谷くんの手が私の肩に触れた。

 

 

「…っ!…ぅ、ぅ」

 

「え?ちょ、マジでどうした?」

 

「…はぅ…、あ、あの、比企谷くん」

 

 

私は恋を知らない。

 

でも知識だけはある。

 

BLはもちろん、少女漫画だって人並みには読んでいるつもりだ。

 

 

「み、水持ってくるか?」

 

「いい。ねぇ、比企谷くん。キミは…、本当に人を好きになったことがある?」

 

「へあ?な、何を突然…」

 

「答えて!」

 

「っ。…ま、まぁ…、それなりには…」

 

 

彼は頬を指で掻きながら、照れるように目を反らす。

 

相変わらずアイスは溶けかけているが、比企谷くんの手に持たれたスプーンがそれをすくうことはない。

 

 

「…その人の事を四六時中考えてしまう」

 

「まぁ、そうだな」

 

「その人と居ると心が弾む」

 

「ん、そうかも」

 

「その人の事を必要以上に意識してしまう」

 

「あぁ」

 

「その人の事を全て知りたくなってしまう」

 

「……ん」

 

 

彼は真剣に、少しだけ頬を赤く染めながら真摯に答えてくれる。

 

 

「……全部、当てはまるよ」

 

「…?」

 

 

君の事ばかりを考えているよ。

 

君と居るとすごく楽しくて。

 

君が他の娘と話していると不安になる。

 

優しい君の暖かい手から伝わる体温が、私の冷めた心を全て溶かしていく。

それはまるでそこで溶ける続けるアイスのように。

 

 

 

ふわりと、甘く香る彼。

 

 

 

「全部、君に当てはまるの」

 

 

「…は?」

 

 

「私は……、君が…

 

 

 

 

 

好き

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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本物の始まり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜の1時。

 

 

両親が寝静まった頃に、私はカップに注いだブラックコーヒーを眠気覚ましにリビングのソファーに腰を下ろした。

 

部屋にテレビが無い為、深夜のアニメを見るときはいつも薄暗いリビングの大きいテレビに頼るしかないのだ。

 

 

リモコンを押し、テレビの電源を点けると、光を放ち始めたテレビには芸人とアイドルが楽し気に話し合う番組が。

 

ただ、私はそれを見ようともせずに、クッションを抱きながらコテンと横になる。

 

 

「……」

 

 

音だけが耳を素通りし、内容なんて頭にはまったく入ってこない。

 

今は考えることだけで頭のキャパシティーはいっぱいだから。

 

 

 

 

好き……。

 

 

 

 

と、思わず伝えてしまった場所は、色気もムードも無い、ショッピングモールのフードコート。

 

もしかしたら他のお客さんに聞かれていたかもしれないな…。

 

でも、どうでもいいや……。

 

眠気覚ましのブラックコーヒーが舌に馴染むと、苦さと同時に感じるほろ苦い記憶。

 

 

 

 

『好き……』

 

 

『……はは。あの時とは真逆だな。どこかで戸部が見てるのか?』

 

 

 

 

 

静かに微笑みながら、慌てた様子を1ミリと見せない彼の姿に、私は思わず逃げ出した。

 

恥ずかしい…。

 

恥ずかしい。

 

彼はまったく、私を意識していなかったんだ。

 

 

それなのに、私は1人で舞い上がって…。

 

 

「……っ、だから、…恋愛なんて嫌いなんだよ…」

 

 

時刻を確認すると、私が見ようと思っていたアニメの開始時間はとうに過ぎている。

 

 

はぁ、もうどうでもいいや…。

 

 

半分も減っていないコーヒーをキッチンに流し、私は重い足取りで自室に戻った。

 

 

明日から、また1人の美術室。

 

 

それで、いいじゃない。

 

 

創作活動が捗るってもんだよ。

 

 

我慢しないと溢れ出そうになる涙腺に力を入れながら、私は暖かいベッドに身を任せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………

………

……

.

.

.

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

変わらぬ放課後。

 

変わらぬ美術室。

 

変わった私。

 

 

普段通りを装い、優美子達と接した時間は嫌に長く感じた。

 

ようやく訪れた放課後に、私は駆け足で美術室に駆け込む。

 

やっと1人になれた。

 

 

 

 

……なれるはずだった。

 

 

 

 

「おっす。はぁ、教室に居れば由比ヶ浜、部室に行けば雪ノ下、廊下をフラつけば一色…、仕事をサボろうにも安住の地が無いってやつだ」

 

「…な、な、な」

 

「あ、海老名さん、裁縫とか出来るか?クリパの出し物でちょっと人手が居るんだが…」

 

「き、キミがなんで…」

 

「うわ、一色から鬼電が…。シカトシカト」

 

「ど、どうしてキミがココに居るの?」

 

「…分かってる。海老名さんが言いたいこと…」

 

「…っ!」

 

「…ほら、マッ缶。…ちゃんと海老名さんの分も…」

 

「要らないよ!クソが!!」

 

 

 

 

 

 

 

✳︎

 

 

 

 

 

 

コトン、とマッ缶が私の前に置かれると、比企谷くんは満足気な顔を浮かべながら先ほど座っていた椅子に座りなおす。

 

 

「美術室でマッ缶…。最強だな」

 

 

なんだコイツ…。

 

若干の苛立ちを覚えながらも、私は昨日、彼の前から突然逃げ出したことについてどう触れようか思考する。

 

ただ、彼の顔にソレを気にしていている様子はない。

 

あれ?

 

夢!?

 

 

「あ、あの…、昨日は突然帰っちゃってゴメンね」

 

「…む。俺こそ気付けなくて悪かったな…」

 

「へ?」

 

「あの後、折本から聞いたんだよ」

 

「え?お、折本さん?」

 

「んぁ?『海老名さん、急用が出来たって慌ててたよー?比企谷に謝っといてって言ってた』…と、言ってたが…」

 

 

似ているのか似ていないのか微妙なラインのモノマネを披露する比企谷くんが不思議そうな顔で私を見つめる。

 

折本さんから聞いた?

 

何の事?

 

私はただ、その場から逃げ出しただけなのに…。

 

 

ふと、比企谷くんは思い出したかのようにポケットに手を入れると、小さなメモ用紙を取り出した。

 

 

「コレ、折本が海老名さんに渡してって。……LINEのIDだと」

 

「…LINE…。あ、ありがと」

 

 

私はそれを受け取り、直ぐにID検索をかけた。

 

 

【折本かおり】

 

 

友人たちと映った写真をプロフィール画像にした彼女は折本さんで間違いない。

 

友達になりました。

 

と、表示されると同時に、私は彼女にLINEを送る。

 

 

『海老名です。昨日のことで聞きたいことがあるんだけど…』

 

 

すると、そのメッセージは直ぐに既読となり、数秒と経たない内に返信が来た。

 

 

『おっす!折本です! 昨日のこと、もしかして余計な真似しちゃった…?』

 

 

『全然余計な真似じゃないよ。…でも、どうして?』

 

 

どうしてあなたが、私を助けてくれるような嘘を?

 

そんな意味を込めた短文に、彼女の返信は直ぐに返された。

 

 

『ごめん、実は全部見ちゃってたんだ…(•ω≦)』

 

『殺す\(^o^)/』

 

『怖いっ!』

 

 

……

.…

..

.

 

 

 

その後、何度かのやり取りを繰り返し、私は折本さんとのLINEを終了した。

 

ようするに、最初っしょから私の態度がおかしいことに気が付いていたらしい。

 

カップル用のアイスを2人で、しかも一つのスプーンで食べている時点でバレてるよね…。

 

 

「……ぅぅ」

 

「…?」

 

 

狼狽える私を不思議そうに眺める比企谷くんと目が合った。

 

彼は相変わらずに、どこか自分とは無関係と言わんばかりの態度で缶を傾けている。

 

 

「…ふぅ。ここってストーブとか無いのか?室内とはいえ冷えるな…」

 

「あ、うん。…えっと、私の膝掛け使う?」

 

 

寒そうに手をこすり合わせる姿に、私は自らが掛けていた膝掛けを渡してあげたくなる。

 

それを受け取ると、彼はゆるりとマントのように肩から包まった。

 

そういう使い方じゃないんだけどなぁ…。

 

 

「ん。…あれ、そしたら海老名さんが冷えちゃうじゃん」

 

「私はそこまで寒くないから大丈夫だよ」

 

「へぇ、女の子は強いんだな」

 

 

もそもそと私の膝掛けに身体を潜らせながら、器用に手だけを出してスマホをいじりだす。

 

 

「…そういえば、来週の日曜だね」

 

「…あー、憂鬱イベントな。一緒に行く事になったんだろ?」

 

「みたいだね。偶然、私達も同じ日にディスティニー行こうって話をしてたから」

 

「その偶然は葉山の下心が生み出した必然な気もするが…」

 

「あはは。…はぁ、人混みを歩いて並んで避けて…、もう今から憂鬱だよ」

 

 

私がため息混じりの言葉を呟くと、比企谷くんはいじっていたスマホを私の方に向けた。

 

スマホの中には綺麗なお城が映し出されていて、それがディスティニーランドのシンボル、ディスティニー城だと気付くのに1秒といらなかった。

 

 

「…ここなら雨風雷雪ノ下を防げる。しかも観光アトラクションだから人も少ないときた」

 

 

雨風雷雪ノ下……。

 

雪ノ下さんに怒られるよ。

 

 

「鬱仲間同士、迷子のフリしてここに隠れてようぜ」

 

「…え、えっと…。わ、私とでいいの?」

 

 

おそらく彼は知らない。

 

ディスティニー城がどんな所か。

 

ネットで流行っている噂を。

 

 

「?」

 

 

可愛らしく左右に揺れるアホ毛を眺めながら、私は赤く染まり行く頬に手を当てる。

 

……チャンス、なのかな…。

 

普段からお参りすらしないような私だけど、ディスティニー城に伝わる”とある噂”を信じてみてもいいのだろうか。

 

 

…信じてみよう。

 

 

信じなくちゃ。

 

 

逃げる言い訳ばかりを探すのはもう止めよう。

 

 

ディスティニー城の最上階で、私は彼に想いを改めて伝える。

 

 

噂によれば、そこで結ばれる2人には、永遠の愛が宿るのだから。

 

 

 

 

「ふ、不束者ですが、一緒にお城へ同行させていただきます…」

 

 

 

 

 

 

 



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大人の魅力

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ…。…え!?」

 

 

彼女は素っ頓狂な声を上げながら、マックのポテトを机に零す。

 

綺麗なブリーチがふわりと浮かぶと、彼女は慌てた様子で私に詰め寄った。

 

 

「あ、あんた、マジで言ってんの?」

 

「…うん。…私、ディスティニーランドで比企谷くんに告白する」

 

 

愕然と、落ちたポテトを拾うこともせずに口を開き続ける優美子は、おずおずと上げていた腰を椅子に戻す。

 

放課後の暇つぶしに訪れたマクドナルドは同じ目的の高校生で溢れているが、そのおかげで声を周りに気にすることなく話すことができた。

 

 

「…あーし、知らなかった…」

 

「…誰にも言ってなかったからね」

 

「ディスティニー城にそんな噂があったなんて……」

 

「そっち!?」

 

 

想像の斜め上を行く優美子の返答に、私も思わずポテトを落としてしまう。

 

あぁ、机が落ちたポテトの残骸だらけに…。

 

 

「……わ、私が比企谷くんに告白することには驚かないの?」

 

「あ?まぁ、ちょっとだけ驚いたけど、最近のあんた見てたらそうなるかなぁとは思ってたし」

 

「へ?さ、最近の私?」

 

「だって、ヒキオのことばっかり見てたし」

 

「み、見てないけど!?」

 

「ぬわっ!?…ちょ、今更照れんなし…」

 

「照れてないもん!」

 

「…そ、そう。…まぁ、頑張んなよ」

 

 

優美子はストローを咥えながら、私の落としたポテトをペーパーで集め始める。

 

相変わらず面倒見の良いことで。

 

すると、机に置いていた私のスマホが静かに震えた。

 

画面を確認すると、そこには1通のメッセージが。

 

 

『よっす!また比企谷が浮気してるよー!』

 

 

ほうほう。

 

折本さんや、あなたは私の優秀な諜報役として任命しよう。

 

私はメッセージに添付された画像データをタップする。

 

折本さんが撮った写真だろうか、その写真には比企谷くんがしっかりと写っていた。

 

窓の枠にクリスマスの飾りつけを行う比企谷くんと、そんな彼を困らせようとお腹に抱きつく一色さん……。

 

 

あの小娘、調子付く前に消しとかねば…。

 

 

「……姫菜、目から正気が無くなってるし」

 

「…小娘…。狩るか」

 

 

 

 

 

 

 

✳︎

 

 

 

 

 

 

 

その後、ポテトを頬張り平静を保った私は、優美子と共にショッピングモールへと訪れた。

 

この前にも彼と行ったばかりだが、誰と行くかによっては店内を歩くテンションが大幅に変わってくる。

 

隣を歩く優美子を見て、私は思わず溜息を吐いてしまった。

 

 

「…はぁ」

 

「…あんた、失礼だかんね」

 

「いやね?比企谷くんが隣に居た時は心がすごく弾んだけど、優美子じゃ……」

 

「あ、あーしじゃなんだし」

 

「心が平静を保ってるよ。何とも思わないみたい。だから溜息を吐くのも仕方ないよね。…はぁ」

 

「あんた、最近あーしに酷すぎるからね……」

 

 

泣きそうな顔を浮かべる優美子はほっておいて、私は目的の場所を探してキョロキョロと辺りを見渡す。

 

とりあえず、ディスティニーに着ていく服を買おう。

 

普段よりも少しだけ女の子らしいオシャレをして、比企谷くんにちょっとでも私を意識してもらわなければ…。

 

 

「あ、このお店可愛い…。ちょっと寄って行こう」

 

「えー、なんか地味じゃね?」

 

「優美子の感性は常人とは違うからね。ほら、このニットとかすごく良いよ」

 

「むぅ。…あんたは大事な事を忘れてるし」

 

「え?」

 

「自分のコーデをする時に、1番大事な事……、それは…」

 

「…そ、それは?」

 

「下着だし」

 

「……ビッチ乙」

 

「ビッチじゃないし!いや、でもマジだかんね。男が興味あるのは外見より中だかんね」

 

「むむ」

 

 

優美子は自慢の胸を強調するかのように突き出しながら、勝ち誇った顔で私を挑発する。

 

…別に、比企谷くんに下着を見せる機会なんてないもん…。まだ。

 

少なくとも、彼が下着の良し悪しで人の評価をするとは思えないし…。

 

はぁ、ホントに優美子は脳内がフワフワな綿あめみたい。

 

まったく。

 

……。

 

 

「……でもまぁ、優美子がどうしてもって言うなら?…下着?買いに行っても?……いいけど?」

 

「……」

 

「わかったよ。優美子の勝ちだね。行きます行きます。下着を見にいくの付き合うよー。…まったく」

 

「……」

 

「ほら!早く行くよ!」

 

「……こいつ、ダメな気がする」

 

 

 

…………

……

.

.

.

 

 

 

 

早足にたどり着いたランジェリーショップは、派手派手しい色で店内を騒がしく彩る。

 

スタイルが良すぎるマネキンは下着しか着ておらず、遠目からだと露出狂が店前に立っているようにも見えた。

 

 

「ふふん。これなんていいんじゃね?」

 

「うわぁ、それ、ほぼヒモだよ?何処を隠す気で作ってるんだろうね」

 

「ちなみにあんたってカップ数いくつ?」

 

「……。あ、これ可愛いー」

 

「……」

 

 

比企谷くんはどんな下着が好みだろう、と、ふしだらな事を考えつつ、私はピンクや白の明るく可愛らしい物を見て回る。

 

無意識に彼のことばかりを考える自分にはもう慣れた。

 

お店の鏡に映る私の頬が少し赤くなっている。

 

…素直な私はすごく可愛い。

 

なんて、彼に言ってもらえたらどれだけ幸せだろう。

 

 

「えへへ。そんなに可愛いかなぁ」

 

「…あんた、鏡に向かってなに言ってんの?」

 

「へへ。ちょっと予行練習をね」

 

「予行練習?」

 

 

優美子の呆れ顔も何度目だろう。

 

今日の私ってそんなに浮かれてる?

 

でもそれは仕方がないことなの。

 

これは恋する乙女のちょっとした病なんだから。

 

 

「〜♪」

 

 

鼻歌交じりに下着を何着か手に取り眺め、その度に彼を頭に浮かべた。

 

優しく微笑む彼は、柔らかい手つきで私の頭を撫でてくれる。

 

ディスティニーランドに行く日が待ち遠しい。

 

こんなにも時計の短針に焦らせれたことは他にあっただろうか。

 

 

ふと、店内の壁には女優をモデルにした広告が貼り付けられていた。

 

黒いレース生地の下着を身に付けた女優は、豊満な身体を惜しみなく露わにし、唇を尖らせる。

 

 

 

 

 

大人の魅力は下着からーー

 

 

 

 

 

 

 

「…ちょっと大人っぽい下着にしようかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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本当の気持ち

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真新しい服に身を包み、私は鏡の前に立つ。

 

ヒラヒラと太ももを露わにする短いスカートがどこか気恥ずかしい。

 

「…だ、大丈夫だよね?」

 

くるくると鏡の前で回ってみせるも、彼の事を考えると不安でしょうがない。

 

むぅ…。

 

くるくるくるくるくる。

 

むむむぅ。

 

「…可愛いはず。…比企谷くんも可愛いって言ってくれるはず」

 

鏡の前に映る私に問いかける。

 

それに答えが返ってくるはずもなく、不安な気持ちが消えることはない。

 

ふと、私はメガネを外す。

 

ティーン誌によれば、普段とのギャップで男の子はときめくとのこと。

 

……。

 

 

私はクローゼットの奥からコンタクトレンズの箱を取り出す。

あまり付け慣れていないから時間が掛かるかもしれない。

 

 

「……ん。…よし。…きょ、今日くらいは……、ね」

 

 

ケースに入れたメガネを鞄にしまい、私は時計を確認する。

 

まだ集合時間には早いけど、比企谷くんの性格上、彼も早く着いているに違いない。

 

 

玄関で靴を履き、扉を開けた途端に肌寒い風が太ももに吹き付ける。

 

ふわりと捲れそうになるスカートを抑えながら、私は布の薄い下着を気にしながら家を出た。

 

 

 

 

 

……………

……

.

.

 

 

 

 

 

「あ!やっはろー!姫菜も早いねー!」

 

「結衣、はろはろー」

 

 

ディスティニーランドの最寄駅には、改札を抜けた人達でごった返していた。

 

その中で、恥らないの無い大声が私を呼び止める。

 

ひらひらと手を振りながら結衣の方へと近づくと、結衣はモコモコなアウターを着込んでいるにも関わらず鼻が赤くなっていた。

 

 

「結衣…、いつから待ってたの?」

 

「30分前だよ!」

 

「早過ぎない!?」

 

 

そわそわと嬉しそうな顔を絶やさない結衣は、そのワクワクを打つけんばかりに私の腕に引っ付いてくる。

 

 

「ゆきのんもね、あと少しで到着するって!」

 

「あはは。奉仕部はみんな早いんだね」

 

「えへへ」

 

 

う、浮かれている…。

 

結衣の浮かれようはおそらく、ディスティニーランドに来たことだけが原因じゃない。

 

その原因の半分以上を占めるのおそらく…。

 

 

「あ!おーい!ヒッキー!!ヒッキー!!!」

 

 

彼は結衣の声に振り返ると、必要以上に注目を集めるその声に渋々と答える。

 

 

「ヒッキー遅い!!」

 

「え、まだ30分前…」

 

「そっか!なら許したげる!」

 

「…おまえに許される筋合いはない」

 

 

その光景は幸せの形を表しているかのようにキラキラと輝いていた。

 

ふわりと浮かぶ幸せのお星様は、結衣と比企谷くんの頭上を照らす。

 

まるで、スポットライトの下にいるかのよう。

 

 

……。

 

 

…浮かれ過ぎていたのは私か。

 

 

「…海老名さん、おっす」

 

「…っ、ん、うん。はろはろー、比企谷くん…」

 

 

彼の声が遠く、遠く。

 

雑踏に紛れて消えていく。

 

 

「…?」

 

「あ、わ、私!飲み物買ってくるね!」

 

 

逃げなきゃいけない。

 

逃げないと私が潰れてしまいそうだから。

 

私は近くの自動販売機を探し、そこへ行こうと踵を返す。

 

その場を離れるために足を踏み出した。

 

 

踏み出した時……。

 

 

「海老名さん…」

 

「ひ、比企谷くん?」

 

 

彼が私の腕を遠慮気味に掴んだ。

 

 

「…一応、今日も海老名さんの分を用意してる」

 

「へ?」

 

 

彼はいつもと同じ声で、いつもと同じ様子で、いつものジュースを私に手渡した。

 

それはとても甘いコーヒーで、黄色と黒が特徴的な缶。

 

 

「…ふふ。…うん。ありがと」

 

「ん。今日も噛み締めて飲みたまえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

✳︎

 

 

 

 

 

 

 

「よーし!全員集まったし中へ行こー!」

 

 

結衣の号令と共に、雪ノ下さん、一色さん、優美子、隼人くん、戸部っちがそれに続く。

 

ゆるりと、一歩遅れて付いてくる比企谷くんに目を向けると、彼はスマホのカメラでディスティニーランドのゲートを連写していた。

 

い、意外だなぁ…。

 

 

「っべー!っべー!海老名さんはどれから乗りたい?」

 

「え?え、えぇっと…」

 

「…。ほら、戸部。あんたアホなんだから隼人にしっかり付いて行きな」

 

 

はしゃぐ戸部っちの首根っこを優美子が引っ張る。

 

優美子はちらりと振り返ると、心配そうな瞳で私と比企谷くんをチラチラと見つめた。

 

…本当に、優美子は母性本能の塊だね。

 

 

「せんぱーい!私あっちの絶叫系に乗りたいで…、痛いっ!?」

 

「あんたもこっち!」

 

「な、なんで蹴るんですか三浦先輩!」

 

「うるせ!ぽっとでゆるふわバカ!」

 

「なんですと!?」

 

 

戸部っちと同様に、一色さんも優美子によって引きずられていく。

 

なんか、面白いコだなぁ…。

 

 

「あ、あはは。比企谷くん、好かれてるんだね」

 

「…利用されてるだけだろ」

 

 

ファンタジー色溢れる園内にそぐわない態度で、彼は面倒臭そうに腰を曲げて歩いていた。

 

にも関わらず、右手に握ったスマホで時折写真を撮っている姿は少し笑える。

 

 

「…ん。そろそろ身を隠すかな」

 

 

ふと、彼が小さく呟き気配を消し始めた。

 

ステルスヒッキーを発動させるとはこの事か、彼の姿は徐々に薄くなり、園内の来客者に紛れて消えていく。

 

 

ま、まずい…。

 

私も彼を見失ってしまう!

 

 

「ま、待って比企谷くん」

 

「?」

 

「私まで、君を見失っちゃうから…、その…」

 

「…?」

 

「手を…、繋ぎましょう…」

 

「…」

 

「手を…。」

 

 

冬の寒空にも関わらず、お腹の底から汗をかくほどの熱が湧き上がる。

 

差し出した手の平が空を彷徨い、いつかの雨の日に繋ぐことの出来なかった記憶が蘇った。

 

幸せは近くて遠く。

 

胸の高鳴りが不安と緊張をごちゃごちゃに混ぜてしまうみたい。

 

 

「…手を繋がなくても迷子にはならんだろ」

 

「あぅ…」

 

「…。裾、勝手に掴め」

 

「…っ!…うん!」

 

 

彼は私から目を反らす。

 

差し出されたのは手ではなく服の裾をだったけど、私はそれをチョビっと握り、彼との距離をしっかりと詰めた。

 

ほのかに漂う甘い香りが彼の物だと気がつくのに確認は要らなかった。

 

いつもの美術室で感じる彼の香り。

 

彼は気まぐれで可愛らしい猫

 

そんな彼が帰ってくるのをまだかまだかと待っている私は寂しがりやの子猫みたい。

 

 

 

目前に見えるディスティニー城で、私は彼に全てを伝える。

 

 

彼に振り向いてもらえないとしても。

 

 

この気持ちを隠すことはもう出来ないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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魔法の国(12/13-大幅改編)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冬空を突き刺すようにそびえ立つディスティニー城は多くの人で賑わっていた。

 

ディスティニー城の前にある噴水広場には、ぜひともディスティニー城をバックに写真を撮ろうとするカップルが溢れ、ベストポジションを取り合い殺伐としている。

 

巷で流行っている自撮り棒たるものが多く見受けられる中、撮影係を兼ねた清掃スタッフは手持ち無沙汰になっていた。

 

 

「おぉ、意外に大きいんだな」

 

「そりゃお城だからね。あれ?比企谷くん、ディスティニー城に来るの初めて?」

 

「ん。…小町が幼稚園の頃に家族で来たことがあるらしいがあまり覚えてない」

 

 

物珍しそうに、比企谷くんはスマホでディスティニー城を撮り始める。

 

すると、それを勘違いしたスタッフさんが私達の元へと寄ってきた。

 

 

「2人の記念に写真を1枚!私がお撮りしましょう!」

 

 

ハキハキとした女性のスタッフさんはドヤ顔さながらに比企谷くんに声を掛ける。

 

迷惑そうに視線を逸らす彼を他所に、スタッフさんはグイグイとスマホを受け取ろうと手を伸ばした。

 

 

「せっかくの思い出です!彼女さんと幸せな写真を残しましょう!」

 

「わ、私、彼女じゃないです…」

 

 

ふと、私が小さく呟くと、スタッフさんはニヤニヤとした顔で私達を交互に見比べる。

 

照れてるんですね?と、言わんばかりな顔で何度も頷きながら、スタッフさんはありがた迷惑な親切心を爆発させた。

 

 

「分かります。分かりますよ。…彼氏さん、ここは男がリードする所です」

 

「…なに言ってんのキミ」

 

「ぐっと勇気を振り絞って!」

 

「だからね、キミ…」

 

「今は今しかないんです!時間は過ぎ行く物なんですよ!?」

 

「…はぁ、わかったよ。わかったからグイグイ来んな」

 

 

ため息を吐き、比企谷くんはスマホをスタッフさんに投げ渡す。

 

 

「…海老名さん、悪いけど頼める?」

 

「…へ?」

 

 

優しく掴まれる私の腕。

 

伝わる体温がほんのりと暖かい。

 

比企谷くんに導かれるがままに撮影スポットに移動すると、スタッフさんが彼のスマホを構えた。

 

 

「彼女さーん!もっと彼氏さんに近寄ってくださーい!」

 

「え、は、はい!」

 

 

ギュッと。

 

私は思わず彼の腕にしがみ付く。

 

照れたようにそっぽを向いた比企谷くんの横顔がどこか印象的で、耳を赤くする姿に安心感を覚えた。

 

 

恥ずかしいのは私だけじゃないんだね…。

 

彼以上に頬を赤く染めてしまった私の顔を見られることなく、スマホのシャッターは静かに落とされる。

 

 

「あ、あははー。初めての思い出が出来たね」

 

「…ん。初めての思い出が出来たわ」

 

 

元気なスタッフさんからスマホを受け取り、彼は撮影した画像をゆっくりと眺めた。

 

赤くなった私がバレませんようにと願いを込め、私も彼の隣から画像を覗く。

 

 

「…はは。海老名さん、目線が他所を向いてるな」

 

「比企谷くんだってそっぽ向いてるじゃない」

 

「ったく、とんだ辱めだぜ。…あれ!?ディスティニー城が天辺まで写ってねぇ!?」

 

 

彼は驚愕の眼差しで画像を睨みつけ、悔しそうな顔でスマホを握りしめた。

 

ディスティニー城へのこだわりが強すぎない?

 

なんて思いながら、私は彼の腕を軽く引っ張る。

 

自然に触れてしまったことに驚きながら。

 

 

 

「もう行こうよ」

 

 

「ぐぬぬ…。くそが、主役を写し損ねるとは…」

 

 

「ディスティニー城が主役だったの!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー★

 

 

 

 

 

 

 

トクン。と、鼓動の音が大きくなる。

 

それは海老名さんが俺の腕にそっと触れたから。

 

その鼓動の高鳴りは、女性に触れられたことによる恥じらいとは少し違った。

 

暖かく、穏やかに…。

海老名さんの手から伝わる熱が、俺の身体へと充満していくような…。

 

 

そっと、隣を歩く彼女を盗みる。

 

 

ほんのりと赤く染まった頬を綻ばせる彼女の顔。

 

教室で硬い笑顔を貼り付ける海老名さんでもなく。

 

美術室で寂しそうに絵とにらめっこする海老名さんでもない。

 

隣に居るのは、純粋で柔和な表情を浮かべる海老名さんだ。

 

 

「…そんなに、ディスティニーランドが好きだったのか?」

 

 

なんて、鈍感を装った質問が俺の口から溢れた。

 

 

「え?なんで?」

 

「…珍しく女の子っぽい表情だったから」

 

 

可愛らしい笑顔だったから、なんてのは口が裂けても言えない。

 

すると、彼女は頬を膨らませ、怒ったような表情で俺を睨みつける。

 

 

「酷いなぁ。私だって楽しかったら笑うし、悲しかったら泣くんだからね?」

 

「作り笑いは良く見てるけどさ」

 

「作り笑いも可愛いでしょ?」

 

「あぁ、戸部が惚れるくらいには可愛いんじゃねえの?」

 

 

減らず口ばかりを叩くのは俺の悪い癖。

 

今日はコンタクトなのか?似合ってるな。くらい言った方がよかったのだろうか。

 

ただ、少なくともそんな事を言うのは俺のキャラじゃない。

 

 

「ねぇねぇ、さっき撮った写真、私にも送ってね」

 

 

そう言って、彼女は俺の腕を再度掴み直した。

 

さっきのスタッフじゃないが、その光景はまるでカップルのように見えるだろう。

 

 

「……」

 

「ん?比企谷くん?」

 

 

ららぽのフードコートで彼女が口にした言葉を、俺はどうしようもない程に幼稚な態度ではぐらかした。

 

好き…、だなんて、言われると思わなかったから。

 

打算や悪知恵を働かせる暇もなく、口からはいつもの()()が飛び出していた。

 

 

あぁ、終わったんだ。

 

 

ほんのりと心地良い美術室で、似た者同士が過ごす日々が。

 

 

…なんて思っていたのに。次の日になれば、なんとなく勝手に脚が美術室に向かっていた。

 

気付けば、下らない会話に興じ、彼女の()()を無い物としようとしてて…。

 

 

「…騙して、隠して、傷付けて…、それって俺が1番嫌悪する、偽善ってヤツなんだよな」

 

「え、な、何?急にどうしたの…?」

 

「……。ディスティニー城の噂って知ってる?」

 

「…っ!」

 

「ディスティニー城の最上階で結ばれた2人には永遠の愛が宿るんだと…」

 

 

…その反応は、知っているんだろうな。

 

海老名さんにしては歯切れの悪い返答に、似た者同士だからこそ理解できてしまう心情。

 

 

美術室で、彼女が俺に言ってくれた言葉。

 

 

一緒に、居心地の良い場所を守ろうよーーー。

 

 

陽の当たる場所でキャンパスに向き合う顔も。

 

 

たまに見せる年相応な可愛らしい笑顔も。

 

 

彼女の言葉や行動が、俺のお腹の中で暖かい陽だまりで有り続ける。

 

 

 

「登ろうぜ」

 

「っ。の、登って…、どうするの?」

 

 

 

まだ明るい内に登りたい。

 

 

暗くなってライトアップなんかされちまったら雰囲気が出てしまうしな。

 

 

程なく、俺は()()()()()()()()()になるかもしれないのだから。

 

 

 

 

「話をしよう。少しだけ、本音をさらけ出してさ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 





すみませんが、内容を大幅に変更させて頂きました。


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近い、そのうち。



前話を大幅に修正しています。

すみません。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ディスティニー城の噂を知っているか?

 

 

 

彼は静かに私へ尋ねた。

 

その瞳はどこか儚げで、偽りに染まり続けた私には羨ましい程の綺麗な色をしていて…。

 

きっと、奉仕部で過ごした彼の時間が、似通った性格を持つ私には無い()()を授けたのだろう。

 

 

上辺だけをすくい取り、噂の最上階へ登ろうと誘われた事に喜ぶような鈍感な女じゃない。

 

 

私は疑り深くて察しが良過ぎるから。

 

 

彼の雰囲気と切なそうに揺らぐ表情が、私にとって良くない事を言う前触れだと、感じずには居られなかった。

 

 

「話をしよう。少しだけ、本音をさらけ出してさ」

 

「…っ。ほ、本音…」

 

 

聞きたくない…。

耳を塞いで目をつぶりたい。

嫌だ。また私は1人になっちゃう。

 

比企谷くんは優しいから、奉仕部を大切にする傍らで、私とも静かで抑揚の無い関係を持続させてくれるだろう。

 

ただ、それが同情だと気付いてしまえば、私が哀れでしょうがない。

 

 

無意識に歩く私は、ディスティニー城内に設置されたエレベーターへと乗り込み、他の入場者に肩を押される形で奥へと追いやられていた。

 

まるで、もう彼の隣にいちゃダメだよ、って言われてるみたいに。

 

 

エレベーターの上昇中も終始無言な比企谷くんと私は、きっと数分後には少し前の関係に…、互いに無干渉だった頃の関係に戻ってしまう。

 

 

チン、と。

 

 

エレベーターは上昇を止めて扉が開く。

人波にさらわれるまま、私達はエレベーターから観覧テラスへとたどり着いた。

 

 

そこで、私は彼を見失うために足元に目を向けた。

 

このまま、何事も無かったように逃げ出せたら……、なんて虫の良い事を思いながら。

 

 

それなのに。

 

 

 

「海老名さん。結構人多いから、手…」

 

 

 

そうやって、私の心を惑わすんだもの。

 

 

 

「…大丈夫だよ。ほら、あそこなら空いてるし」

 

 

 

私は彼を拒絶して、テラスとは真逆の、風景が全く見えないベンチを指差した。

 

夜になれば、綺麗な夜景が写るこの場所で、昼間の明るい時間に、それも観覧柵から離れたベンチに座る2人を、周りはどう思うのだろう。

 

 

カップルのようには……、見えないだろうな…。

 

 

「…意外に高いんだな」

 

「うん…」

 

 

口は重く、心は空っぽ。

 

 

「……」

 

「言いたい事があるなら、早くいいなよ。…私に気を使うことなんてないからさ」

 

 

風が強く吹き付ける。

髪はゆらりと舞い上がり、彼のアホ毛は左右に揺れた。

 

 

「…奉仕部の事。俺は結構大切に思ってる」

 

「……」

 

「あの2人に居なくなられたら、多分悲しくなるし。2人が悲しんでると、俺も悲しいし」

 

「…そう」

 

「俺にもそういう優しさってのがあったみたいだ」

 

 

彼がふわりと笑うから、空っぽになった私は思わず彼に見惚れてしまう。

 

誰よりも優しくて、誰よりも一生懸命で、そんな彼だからこそ、あの2人は惹かれ、私は惚れて。

 

自分を卑下してばかりの君は、人間味の溢れる凄く暖かい人間なんだよと、私は心の中で呟いた。

 

 

「…比企谷くんは、2人の事が大切なんだね…」

 

「ん…。小恥ずかしいがそうなんだろうな…」

 

 

だめだ。

 

涙腺が弱く震えだしちゃう。

 

我慢しなくちゃ、今にも涙がこぼれ落ちそう。

 

 

「私は…、っ」

 

 

あなたのことがとても好き。

 

2人に負けないくらい、比企谷くんが好き。

 

それなのに、過ごした時間は彼女たちには到底及ばず、彼の信頼を得ることも出来ず。

 

 

彼の隣に立つ権利は

 

 

私にはない。

 

 

だから、私は居なくならなくちゃいけないの。

 

 

 

ーーーそう思っていた。

 

 

 

「でも…、海老名さんと一緒に居る時は心がフワフワする」

 

 

 

彼の言葉には魔法が掛けられている。

 

ふわりと浮かぶ優しさの言葉が、一つ、また一つと、彼の口から紡がれた。

 

それは私の耳に入ることなく、直接心へ響くような。

 

そんな甘い声。

 

 

「落ち着かないっていうか、ドキドキするっていうか…」

 

「…っ!」

 

 

彼は恥ずかしそうに頬を掻きながら、赤色に染まる暖かい笑顔を向けてくれる。

 

 

「…大切な人って言うよりも、側に居て欲しい人って感じ…」

 

「…ぁぅ、あ、あの、それって…」

 

 

そっと。

 

優しい香りの風が私を包み込んだ。

 

 

 

「…す、す、す、好きって…、こういう事なのか?」

 

「っ!!ぅ、そ、それは…、わ、私にも分からない…、分からないけど!!」

 

 

私はギュッと、彼の手を両手で握る。

 

 

「わ、私は…、比企谷くんの手を握ると幸せな気持ちになるの…」

 

「…そうなのか」

 

「う、うん…」

 

「…そっか」

 

「…うん」

 

 

彼の目が光るように潤み、そんな切ない視線で私を見つめた。

ほの少しだけ肌寒いディスティニー城の天辺で、彼は小さく勇気を込める。

 

 

……こ、これはアレだ。

 

こ、こ、こ、告白!

 

告白されるパターンのヤツだ!!

 

 

「それじゃあ、そろそろ降りるか。寒いし」

 

「………うん?」

 

「ん?」

 

「あ、あぁ、夜になったら告白してくれる気?比企谷くんって意外にロマンチストなんだから」

 

「え?告白?そんなのしないけど?」

 

「おいちょっと待てよ」

 

 

……あれ、私がおかしいの?

 

いま、すごく良い雰囲気だったじゃない。

 

それなのに、なんで彼はそそくさとこの場を後にしようとしているのだろうか。

 

 

「告白する流れだったじゃない。相思相愛を確かめたんだから、後は告白するだけだよ?」

 

「え?なんだって?」

 

「そこで難聴!?お、おかしいよ!私、絶対に告白されると思ってたのに!」

 

「こ、告白って…、おま、恥ずかしいこと言うなし…」

 

 

あれ!?

私の勘違いだったの!?

 

ドキドキとかフワフワと側に居て欲しいとか、告白よりも恥ずかしいセリフをいっぱい口走ってたくせに!!

 

ふと、彼は途端に呆れたような顔で私を見つめた。

 

 

「…海老名さんも言ってたろ、()()()()()って」

 

「む」

 

「好きかもしれない、なんて曖昧な気持ちのままに告白なんて出来ないじゃん」

 

「…れ、恋愛観のクセが強い…」

 

 

 

空に近いこの場所で、彼はほんのりと頬を赤らめる。

 

恋に悩む1人の男の子。

 

彼は曖昧な関係を望まず、ただ真っ直ぐに本物だけを求めるのだろう。

 

一瞬、強くて冷たい風が私と比企谷くんの間を通り過ぎた。

 

 

それはまるで、私達を隔てた壁を取り払うような、綺麗で素敵な藍色のつむじ風。

 

 

そっと。

 

 

彼が小さく呟いた。

 

 

 

 

「…それが分かったらさ」

 

 

「うん…」

 

 

「告白させてくれよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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決別

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢の国で味わった夢のような時間。

 

どこかヤキモキとする気持ちを残しつつも、私は彼の真摯な態度と純粋な瞳に負け、その日は半同棲ならぬ、半恋人みたいな関係を受け入れた。

 

その一幕を知る由も無い優美子は、私の心境の変化に何かを気づきながらも、深く干渉してこようとはしなかった。

 

 

どこか、不思議で曖昧なままに終わった1日。

 

 

ディスティニーランドから帰り、夜も深まり始める24時頃。

 

お風呂に入りパジャマに着替えた私に、疲れは無いが、彼の言葉は耳に残り続ける。

 

フワフワしていると言ってくれた言葉に悶えつつ、私は今日の日を忘れまいと日記を付けることにした。

 

 

 

『ディスティニーランドには色んなドキドキがありました。

比企谷くんと一緒に居ると、心がポカポカして暖かいです。

明日と彼に会えるといいな。』

 

 

 

うむ。我ながらバカっぽい日記だ。

 

感情の赴くままに筆を走らせたけど、きっと数日もすれば恥ずかしくなって破り捨ててしまうであろう日記。

 

でも、そんなバカっぽい日記すらもノリノリで綴ってしまう私の心境とは…。

 

へへ、コレが恋ってヤツなんだね。

 

 

「…うん。やっぱり好きなんだ。比企谷くんのことが」

 

 

ふわりと優しい彼の表情を思い出しながら、私は幸せな夢を見るべくベッドに潜り込む。

 

 

明日は学校だから彼に会える。

 

 

きっとまた、ドキドキで胸をいっぱいにしてくれるのだろう。

 

 

そう思いながら、私はゆっくり目を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

で、週明けの月曜日。

 

毎日のことながら、平日を迎えて憂鬱気味な生徒で溢れる教室は、普段同様に賑やかな喧騒に包まれている。

 

 

「でさでさ!ディスティニーランドのお土産とかめっちゃ買ってきたわけよ!」

 

 

そう言って、なぜか私の机の周りに集まったいつものメンバーへ向け、苛立ちを覚えさせることには定評がある戸部先生が口を開いた。

 

相変わらず内容の薄い話だなぁ。

 

きっと中身も軽薄で薄情な人間なんだろう。

 

そんな彼と楽しそうに話す大岡くんと大和くんもきっと同種な人間だ。

 

 

ふと、そんな事を考えていると、優美子が心配そうな顔で私を見つめていることに気が付いた。

 

 

「ん?優美子どうしたの?」

 

「あ、いや。…今日は擬態しないの?」

 

「へ?」

 

 

そう言われ、初めて自身が笑顔も貼り付けずに、それどころか眉間にシワを寄せていたことに気づく。

 

慌てて取り繕おうとするも、どこかうまく笑顔が作れない。

 

 

「…姫菜?」

 

 

優美子は心配性なんだから。

別に怒っているわけじゃないよ。

 

ツマラナイだけ。

 

本当に大切な事を知って、本当に一緒に居たい人を知った私は、この場で笑顔を作ることさえも億劫になってしまったのだろう。

 

 

そんな私の態度に何を勘違いしたのか、大岡くんと大和くんは顔を見合わせて「だな…」「あぁ、あれな…」と呟きながら、ニヤついた笑顔を私に向けた。

 

こいつら腹立つな、マジで…。

 

ついでにここ最近めっきり役に立たない隼人くんとムカつく。

 

 

「戸部となんかあったろ?」

 

「だな」

 

 

挙句には、私の逆鱗を逆なでするようなことを言うのだから堪ったもんじゃないよね。

 

 

「え、ちょ、おまえら変な事を言うなよっ!…ま、マジで何もねぇって…、な、なぁ?姫菜…」

 

 

おい戸部、誰が私をファーストネームで呼んで良いと許可した?

 

本当にツマラナイ人達…。

 

…もう、こんな下らない関係…、捨てちゃおうかな…。

 

そう思いながら、私は教室に結衣と比企谷くんがまだ居ないことを確かめる。

 

はぁ、と、ため息を吐く優美子に目配せをし、私は目一杯の作り笑顔を浮かべて口を開いた。

 

 

「ディスティニーランドで、夢は叶いかけたかな」

 

「お、おい戸部!おまえマジでやったのか?」

 

「だな!」

 

 

何も伝わらないモブ2人に、どこか期待に視線を揺らす戸部勘違い先生。

 

 

「好きな人と行くディスティニーランドはすごく楽しかったよ」

 

「え、海老名さん…、俺も…、俺もマジ楽しかったって!」

 

「比企谷くんの事、もっと好きになれたしね」

 

「お、おう!俺も海老名さんのこともっと………、へぇ?」

 

 

一瞬の静寂。

 

凍りついたように表情を固める戸部先生とモブ2人。

 

隼人くんも目を見開きながら、私と優美子を交互に見つめていた。

 

優美子は知っていたのか?みたいな隼人くんの視線も、我関せずに目を細める優美子。

 

 

「ちょ、ちょっと冗談キツイっしょ海老名さん!しかもヒキタニくんって…」

 

「冗談なんかじゃないよ?私が好きなのは比企谷くん。誰よりも好きだし、誰にも渡したくない」

 

「う、嘘っしょ?だって修学旅行でヒキタニくんの事を振ってたっしょ!?そ、それにヒキタニくんって悪い噂とかもいろいろあるし!」

 

 

どこか、周りにも聞かせるような比企谷くんの悪評を、戸部くんは平静を装いながらに口にした。

 

あまりに気持ちの悪い見栄と吹聴が、私の胸にある何かを黒く染める。

 

 

やっぱり、こんな関係は何の役にも立たないんだなぁ…。

 

 

わざと声を大きくする戸部くんも。

 

 

それに呼応して笑う大岡くんと大和くんも。

 

 

ただ棒立ちに、苦笑いを浮かべる隼人くんも。

 

 

 

「……全部全部、いらないなぁ…」

 

 

 

こんな関係を、なんで私は守ろうとしてたんだろ…。

 

…あぁ、そっか。

 

あの頃の私には何も無かったから。

 

本当にバカだなぁ、私って。

 

あれだけ暖かくて綺麗な色を持った男の子が近くに居たのに、気付けなかったなんて…。

 

 

「…優美子、ごめんね。私もう、いらないや」

 

「姫菜…」

 

「…何度でも言ったげる。私が好きなのは……」

 

 

と、害悪でしかない元友人に向け、嫌悪の気持ちを込めながら口を開きかけた時に。

 

明るい声を引き連れて、アホ毛を揺らす彼が教室の扉を開けた。

 

 

「だからね!ヒッキーが迷子になったときに私とゆきのんはいろいろ探し回ったんだよ!」

 

「…あぁ、それはご苦労だったな」

 

「むぅーー!なんだしその態度!!」

 

「…ん?」

 

 

先程までの喧騒が嘘だったかのように静まり返った教室に、気付く様子も無く現れた2人。

 

先に異変に気付いたのはやっぱり比企谷くんで、結衣の事を振り払いながら、目ざとくも異変の中心と化した私へ視線を向けた。

 

 

だから、私も彼の瞳を見つめてーーーー

 

 

 

「…私が好きなのは、比企谷くんだよ」

 

 

 

ーーーと、呟いた。

 

 

一層に静まる周囲を無視し、私は突然の出来事に戸惑いを見せる比企谷くんの元へと歩み寄る。

 

もう、ツマラナイしがらみは何もないし。

 

これからは教室でも彼の側に居れるんだ。

 

 

「はろはろー。どう?ドキドキしてる?」

 

「…西野先生の絵本を読んだとき程はドキドキしてないな」

 

「む!それならフワフワしてる?」

 

「…はぁ。由比ヶ浜の頭の方がフワついてるよ。つか、恥ずいからそのセリフは忘れてくれ」

 

 

一瞬の戸惑いを見せた比企谷くんは、すぐ様に冷静な態度を取り戻し、普段と変わらぬ態度で近からず遠からずな距離感を私に作る。

 

彼なりの優しさか、それとも本質か…。

 

必要以上に他人のパーソナルスペースに踏み込まない彼の隣はとても心地が良い。

 

 

「…結衣。はろはろー」

 

「ぅえ、あ、うん…、やっはろー…」

 

「聞こえちゃった?」

 

「…う、うん…」

 

 

それでも、彼の隣は一つしか無くて、その一つを欲しがる人が意外と多いんだから困っちゃう。

 

 

ゆっくりと、私は結衣の瞳を見つめながら。

 

 

本物の言葉を彼女に投げ掛けた。

 

 

 

 

 

「私も比企谷くんが好き。…絶対に負けないんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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あなたに向けて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決別をした日の授業はどこか静かに、されどもザワつきを残しつつも進んでいく。

 

6限目に現れた平塚先生は「ん?どうした?今日はヤケに静かだな…」なんて、空気の読めない発言をしたものの、特定の誰かがそれに答える訳でもなく、ただただ空気と雰囲気だけが時間を支配した。

 

 

そんな中、私は平塚先生の授業を聞くこともせずに、スマホに向かって一生懸命にタップを繰り返す。

 

 

海老名ーーーーーー

 

今日は部活あるの?

 

ーーーーーーーーー

 

 

ディスティニーランドでLINEのIDを聞いてから、これでもかと言うくらいにメッセージを送り続ける私。

 

返ってくるメッセージは淡白で素っ気ない物ばかりだけど、うん、とか、そうか、とか、彼がそう言うであろう姿が容易に想像出来て面白い。

 

すると、私のスマホが微かに震える。

 

 

ーーーーーー比企谷

 

あるよ

 

ーーーーーーーーー

 

 

海老名ーーーーーー

 

ないよね。

結衣に聞いたよ。

 

ーーーーーーーーー

 

 

ーーーーーー比企谷

 

あらら

 

ーーーーーーーーー

 

 

海老名ーーーーーー

 

デートしようよ。

 

ーーーーーーーーー

 

 

そこでLINEのメッセージは止まる。

 

あれ?

 

比企谷くん、照れてるのかな?

 

なんて思いながら、こっそりと彼の方を盗み見ると、どうやら彼は平塚先生に問題の答えを要求されたようで、嫌そうな顔を浮かべて席を立った。

 

 

「…いと恋しければ、行かまほしと思ふ」

 

「うむ、正解だ。大変に恋しいので行きたいと思う。…とっても良いセリフだな!!」

 

 

……いと恋しければ!?

 

ひ、比企谷くん…、そんなに私と放課後デートに行きたかったんだね!!

 

アラサーが切なそうに悶えている隙に、私はLINEにてメッセージを送る。

 

 

 

海老名ーーーーーー

 

そ、そんなに恋焦がれなくても…。

 

でも、比企谷くんの気持ちは伝わったよ!

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

ーーーーーー比企谷

 

伝わってたまるか。

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

海老名ーーーーーー

 

それじゃあ放課後に正門の前で!

 

あ!スマホの電池切れちゃう!

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

ーーーーーー比企谷

 

おい待て

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

…よし、後はスルーしておけば大丈夫かな。

 

まったく、捻デレな比企谷くんはデートの約束をするのも大変だよ。

いと大変だよ。

 

 

ふふん、と。

私は数分後に終わる授業のチャイムを待ち望みながら、相変わらず悶え続ける平塚先生の講義を聞き流した。

 

お外は寒いかもしれない。

 

あまり歩かせると、比企谷くんがクタクタになっちゃうし。

 

それなら、やっぱり喫茶店とかでお喋りデートが無難かな…。

 

 

なんて、幸せな妄想に更けている間に過ぎ行く時間はとても楽しいものだった。

 

 

 

 

 

.

……

………

 

 

 

 

 

 

「デートプランの発表です!」

 

「…む。テンション高いな…」

 

「比企谷くん!これの中から一つ選んで!!」

 

「は?」

 

 

放課後の教室で、6限目の終わりのチャイムと同時に駆け出した私は、勢い余って比企谷くんの机に激突してしまう。

 

だがしかし、そんな痛みすらも気にせずに、私は彼の前に3つの手紙を差し出した。

手紙と言っても、ノートの切れ端で作った小さなメモ用紙程度の物だが。

 

その手紙を前に、予想通りに訝しげな表情を浮かべる比企谷くん。

 

 

「…なに、呪いでも書いてあるの?」

 

「違うよ。書かれているのは愛のデートプランだよ」

 

「愛とか言うなよ。…はぁ、面倒なのは勘弁な」

 

 

ため息一つに手を差し伸ばし、彼が選んだのは2番の手紙。

 

そ、それは……っ!!

 

比企谷くんは狼狽える私を気にする事なくソレを開封しようとする。

 

 

「ちょ、ちょっと待った!2番は間違えて呪いを書いちゃったんだよね。だから無し無し」

 

「え、呪いって間違えて書いちゃう物なの?」

 

「うん。ケアレスミスだよ。はい、それじゃあ3番ね」

 

「結局、海老名さんが選ぶのか」

 

捲り捲って3番の中身、それは喫茶店に立ち寄りお喋りをするデートプランだ。

 

ちなみに1番は美術室でお絵描きデート。

 

そして2番は…。

 

 

「…きょ、今日はお母さんも居るし、また今度だね…」

 

「ん?なに?」

 

「な、なんでもないよ!それじゃ、行こっか」

 

 

火照る顔に手で仰いだ風を当てる。

お家デートなんて、まだまだ私達には早いもの。

 

それに、両親への紹介は、本当の恋人になれたら…。

 

な、な、な、なんてね!

 

 

「え、えへへ。あんまり待たせないでね」

 

「…さっきから喜怒哀楽が激しいな」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

場所を喫茶店に移し、注文を先に終えた私はマフラーとコートを椅子に掛ける。

 

後から、のろのろとやってきた彼の両腕には、私の頼んだホットコーヒーと、彼が頼んだカプチーノが乗せられていた。

 

のろのろもそもそと、比企谷くんは私の対面に座ると、そのカプチーノを被写体にスマホのカメラを向ける。

 

 

「…ラテアートでスヌーピーを描いてもらった」

 

「へぇ、可愛いね。私も写メっていい?」

 

「おう。アートを独り占めにするほど愚かじゃないさ」

 

 

パシャりパシャりと。

 

よし、可愛いのが撮れた。

 

 

「…なんかカメラレンズと目があったんだけど」

 

「え、気のせいでしょ?」

 

 

私のスマホに収まる、キョトンとした比企谷くんの顔。

可愛いからホーム画面にしておこう。

 

私が無言でスマホを操作している最中、比企谷くんはラテアートを存分に楽しんだのか、大量のスティックを絵の上からかけた。

 

あ、やっぱり苦いの飲めないんだね。

 

 

「ふぅ。ちょっと苦いな。大人の味だ」

 

「はは。随分とお子ちゃまな大人だね」

 

「海老名さんは大人なお子ちゃまだよな」

 

「へ?」

 

 

彼は甘々なカプチーノを傾けながら、小さな声でそう呟いた。

 

 

「朝の件、三浦母さんに聞いたよ」

 

「み、三浦母さん…」

 

 

朝の件とは教室での話だろう。

 

私があのぬるま湯のような関係を断ち切った出来事。

 

 

「変に態度は変えるもんじゃない。ましてや、俺の悪口で怒ってくれたってんなら…」

 

「違うよ」

 

「…」

 

「比企谷くんの悪口を言われたから怒ったんじゃないよ。比企谷くんの事を知りもしないのに、知った風な事を言うから怒ったの」

 

「…はぁ。哲学か?よく分からん…」

 

 

哲学なんかじゃない。

 

これはただの恋愛学だ。

 

私はただ比企谷くんの事が好き。

 

それだけの事。

 

好きな人を知った私にとって、あそこで無感情に笑顔を貼り続ける事は無意味でしかなかった。

 

それに、本物を知ったせいか、戸部くんや大岡くん達の言葉に偽物が混じっているように感じてしまう。

 

 

……いや、本当の事を言うならもっともっと前からそう感じていたのかもしれない。

 

 

結衣が部活を始めた頃くらいから。

 

 

私は奉仕部に本物の何かを感じていたんだ。

 

 

「好きな人が優しすぎるから…。私が守ってあげないと、すぐに傷付いちゃうでしょ?」

 

「…そうでもないだろ」

 

 

照れ隠しに、彼は甘くないカプチーノを傾け続ける。

 

 

赤く染まった頬が丸見えだよ。

 

 

…それは私もか。

 

 

 

 

 

「私がしっかりしないと!頑張るぞい!!」

 

 

「……青葉ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 



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頑張るぞい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頑張るぞい!!

 

とは言ったものの…。

今の私と比企谷くんを取り囲む環境はあまりよろしくない。

 

 

例えば、あれだけ悪態を付いてしまった私に対する戸部くん達の嫌がらせ。

 

例えば、何かと突っかかってくる相模さんの陰口。

 

 

そんな悪意が教室に充満してしまえば、優し過ぎる彼はきっと無茶をする。

 

また、自分を傷付けようとする。

 

そうさせないためにも、私が頑張らないといけないんだけど…。

 

 

「…どうしたらいいんだろ」

 

 

あれだけ自分のために周りを利用してきた私が、彼1人を守るための方法が一つも思い浮かばない。

 

……むぅ。

 

最近、パジャマになると悩んでばっかりだな…。

 

そしてまた、時間は24時になろうとする。

 

今日が明日へと変わる。

 

 

「…誰かのために頑張るって、すごく難しいんだなぁ」

 

 

そんな難しい事をなに食わぬ顔をしてやってきたのが彼なわけで。

 

優しい彼の頭には、きっと自分よりも他人を優先するための不思議回路が廻られているのだ。

 

 

そうやって、少しばかり自己嫌悪に更ける夜。

 

 

明日のことは明日の自分にバトンタッチ。

 

明日は比企谷くんに頭を撫でてもらおう。

 

できれば褒めてもらいながら。

 

俺のためにありがとな、姫菜。

 

……なんて。

 

 

 

「ずるいぞ。明日の私」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「それでね。比企谷君のために頑張る算段を考えながら寝たんだよ」

 

「……うん。それは出来れば俺に内緒で頑張ってくれ」

 

 

朝の教室。

 

鞄を置くや直ぐに向かったのは比企谷くんの席だった。

 

普段は早い登校の彼は、私が教室へ着いたときには既にイヤホンを耳に付け、ノートを開き予習をしていた。

 

 

「はぁ…。少なくとも、直接的な嫌がらせは無いと思うぞ?」

 

「へ?なんで?」

 

「12月ってのは学生でも師走な気分になるんだ。そんな無駄なことに興じる時間も惜しいくらいに忙しいからな」

 

「ほうほう。来週には期末テストもあるもんね」

 

「そ。だから海老名さんも、そんな下らんことを考えてないで勉強をしなさい」

 

 

それだけ言うと、彼はまたノートに目を向ける。

 

意外に勤勉なんだなぁ…。

 

今日は頭を撫でてもらうつもりだったんだけど…。

 

 

「下らなくないと思うけど…って、海老名はショボンとします」

 

「え、君っていつからクローンになったの?」

 

「でも実際に、あんまり変な事は起きてないんもんね。私も勉強に集中しようかな」

 

 

そう思いながら、私は彼のノートへ無意識に視線を移した。

 

綺麗な字が羅列され、細かな計算式に淡々と数字が当てはめられていくノート。

 

 

……ん?

 

 

「…比企谷くん、そこ間違ってる」

 

「む」

 

「その上の問題も間違えてるよ。あ、これも違う」

 

「…好い気になるなよ?」

 

「え!?なんで!?」

 

 

彼は恥ずかしそうに、私の指摘した箇所を消しゴムで消していく。

ノートに書かれた半分以上の解答が消えると、彼は涙目になりながらノートをそっと閉じた。

 

 

「そういえば、数学が苦手なんだっけ?」

 

「…苦手じゃない。嫌いなだけ」

 

「あはは…。私、数学は得意だから教えてあげるよ」

 

「……」

 

「ほら、いじけないで。放課後、美術室で一緒に勉強しよ?」

 

「…頼む」

 

 

案外素直な所もあるんだ。

 

なんて、からかう気にもなれず、私はそんな彼の頭を優しく撫でてあげる。

 

柔らかい髪質は撫で心地が良く、倒してと倒してもぴょんと伸びるアホ毛はどこか可愛らしかった。

 

 

すると、そんなふんわりとした空気に亀裂を入れる1人の生徒。

 

 

彼女は怒ったような、寂しいような口調でその空気に乗り込んできた。

 

 

「ヒッキー!!私も教えてあげるけど!?」

 

「…おまえに何を教わるんだ」

 

「ははーん。良いの?そんなこと言って…。私、数学だけならヒッキーと同じくらいだし」

 

「だめじゃねえか」

 

 

そんな一幕。

 

嫉妬深い彼女が、純粋で寂しそうな瞳のままに私と比企谷くんを交互に見つめるものだから、なんだかご主人がお出掛けしてしまったペットのように見えて…。

 

…ゆ、結衣も誘ってあげようかな…。

 

でも、そうしたら雪ノ下さんも来るだろうし。

 

ついでに一色ちゃんも来ちゃったり…。

 

 

……ちょっと比企谷くん、なんなのこの比企谷ハーレムは…。

 

 

「ゆ、結衣ぃ…、その、私達はただ勉強するだけだからさ…」

 

「うぅ」

 

 

どうどう。

 

結衣が今にも噛み付いてきそう。

 

わ、私だって心苦しいけど、コレは戦いなの!

 

恋の戦争にルールは無いわ!!

 

 

「ごめんね、結衣。今日は私が比企谷くんに……」

 

 

と、私が口を開いた時だった。

 

 

「ちょっと待てし!」

 

 

威勢のある声が、金色で情熱な女王様から上げられる。

 

 

「…あーしのことはどうするの?」

 

「へ?ゆ、優美子?」

 

「あーしだって算数苦手だし。国語も社会も道徳も苦手…」

 

「…道徳…」

 

「結衣は雪ノ下さんに教わりな。あーしはヒキオと一緒に姫菜に教わるから」

 

 

ちょ、優美子、なに勝手な事言ってんの?

 

下心があったわけじゃないけど、美術室で2人きりになれるチャンスだったのに…。

 

気付けば、比企谷くんはどこ吹く風にスマホでツムツムをプレイし始めていた。

 

俺に関わらせるなと言う空気を出しながら、一つ足りとも視線をこちらへ送ることをしない。

 

 

か、カオスってこの事だ。

 

 

恋する人を取り巻く、暗黒な裏世界。

 

 

……なんだかんだ、君って人を惹きつける能力があるんだよね…。

 

 

そんな人を好きになったんだから、私も…、結衣も雪ノ下さんと大変だよ。

 

 

 

 

「…あ、あははー、それじゃぁ放課後に3人で勉強会だね〜…」

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

で、放課後の美術室。

 

陽当たりの良い窓際の席で微睡む比企谷くんと、デッサン用の模型に興味津々と歩き回る優美子。

 

この2人は勉強をする気が無いのだろうか…。

 

私が呆れながらに教科書を開こうとすると、優美子は比企谷くんの元へ、とてとてと歩み寄っていった。

 

 

「おいヒキオ。これ見ろし」

 

「あ?デッサン用のリンゴがなんだよ」

 

「へへ。…アイ ハブ ア ペーン。アイ ハブ アン アポー……、んっ!アポーペーン!!」

 

「…TPPだ」

 

「PPAP!!これのどこが環太平洋戦略的経済連携協定なんだし!」

 

 

と、2人でケラケラ笑い合う。

あれ!?この2人ってこんなに仲良かったっけ!?

 

それよりも、勉強はしないのかな…。

 

そんな2人に向かって、私はため息をわざとらしく吐く。

 

すると、それに察した比企谷くんが、優美子からリンゴを奪い取り「ニュートンか…」と呟いた。

 

 

「ほら、もう勉強しようよ」

 

「ん。それじゃあ頼む」

 

 

比企谷くんは教科書を持って、のそのそと私の右隣へ席を移した。

 

それに習って優美子も私の左隣へと席を移す。

 

なんだか、仲の良い兄妹を持ったお母さんの気分になってきたの気のせいかな…。

 

 

「比企谷くんはこの問題をやってね。教科書を見ながらでいいから。それでも分からなかったら私に聞いて?」

 

「あいよ」

 

「優美子は…、【道徳とは何か】について、1600字以内の論文を書いておいて」

 

「おっけー」

 

 

おっけーなんだ…。

 

まぁ、優美子は今更勉強をした所で赤点は免れないだろうし、それだったら、努力だなんて無価値な事に時間を使わず、静かにしていてもらおう。

 

途端に静まる美術室で、私は比企谷くんの動く手と、書き記されていくノートに目を向けた。

 

さらさらと、シャーペンがノートを走る音。

 

その音をBGMに、時折見せる真面目な横顔に心を擽られる。

 

なんだか、変な気分だなぁ…。

 

こうやって、苦手面を堂々とさらけ出す所は幼くて可愛らしいのに、横顔だけは一端の大人みたいなんだもん。

 

 

「…面白い男の子だよね。本当に」

 

「…おい。俺の横顔を見て面白いって言ったな?どれ、disり合いに興じようってんなら乗ってやろうじゃねえか」

 

「む?あーしもdisり合いには自信あるし!」

 

 

私を挟んだアホな子が2人。

 

案外、結衣の事もバカに出来ない2人だよね。

 

 

「集中して?2人とも、あんまり私を困らせるなら、末代の孫まで腐らせるよ?」

 

「「!?」」

 

 

1人は好きなった不思議な男の子。

 

もう1人、私を理解してくれる高慢な友達。

 

 

変に凝り固まった先入観か、それとも臆病な私が招いた災いか。

 

こんなにも面白い2人と一緒に居れる機会を、年が終わりを迎えるこの時期まで見逃し続けていたなんて。

 

 

 

あぁ、そっか…。

 

 

 

奉仕部は、こういう関係を築いていたんだね。

 

 

これだけ暖かい関係を、彼女達はこの1年で築き上げていたんだね。

 

 

 

そう思うと、彼を奪おうとする事に心苦しさを感じてしまう。

 

 

 

「……」

 

 

 

失う辛さを知っているから、その分彼女達に申し訳ないと思ってしまうんだ。

 

そんな辛さを覚えつつ、私はカリカリとノートへ夢中になる大好きな彼を見る。

 

優しく微笑みながら、解の無い答えを求めて。

 

 

 

「…ん。出来た。答えは15だ」

 

 

 

「答えは…、y=3x-2だよ」

 

 

「……あらら」

 

 

 

 

 

 

 



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あの果てに見える思い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…うぅ、寒っ…」

 

 

 

 

12月も半ばを過ぎた頃。

 

それは期末テストを無事に終え、後はウィンターバケーションを待つだけだと息巻いていた時の出来事だった。

 

ーー明日のテスト明け休みはどこ行こうか?ーー

 

なんて、可愛らしく浮かれた彼女が言うものだから。

 

俺は咄嗟に

 

ーーあ、あぁ、ららぽ…とか?ーー

 

と言ってしまった。

 

 

一緒に出掛ける事は決定してたんだなぁ…。

別に構わないけど…。

 

……構わない?

 

なんだよ、ソレ。

 

俺らしくないな。

 

せっかくの休みなんだから家でゴロゴロしてれば良いってのにさ…。

 

どうしても…。

 

どうしても彼女に笑顔を向けられると……。

 

 

「はろはろー。ごめんね、比企谷くん。待った?」

 

 

断ることが出来ないんだ。

 

 

「…寒い。さっさと行こうぜ」

 

「じゃーん。そう言うと思って、暖かいマッ缶を用意してきたよ」

 

 

俺の柔らかい所を的確に突くようで、それなのに嫌がるような事をしてこない所とか、彼女と一緒に居ることに苦痛を感じない。

 

それどころか。

 

心地良いとさえ思ってしまう。

 

 

「む…。分かってきたじゃないか。海老名さんもマッ缶連盟の一員にしてやろう」

 

「あはは。よし、それじゃあ行こっか」

 

 

分厚い雲に覆われる空の下で、愉快に手を振って歩き出した海老名さんの横に並んで俺も歩き出す。

 

天気予報によれば、今夜は雪が降るらしい。

 

降る前に家に帰れれば良いが…。

 

 

 

 

 

「来週はXmasだよ。今日は比企谷くんに贈るプレゼントを選ぼう」

 

 

「…それじゃあ、俺は海老名さんに贈るプレゼントでも選ぼうかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Xmas仕様に彩られたららぽーと。

 

どこかこの時期ならではの幻想感を抱きつつ、私は比企谷くんに並んでららぽーと内を歩き回る。

 

 

…そういえば始めて彼と出掛けた場所もココだったなぁ。

 

 

あの頃はどこかよそよそしくて、今のように、私の隣に並んで歩いてくれることはなかった。

 

一歩下がった距離、それがあの時の距離感だった。

 

 

「…」

 

「…?どうした?」

 

「手、繋ご?」

 

「…恥ずい」

 

「でも繋ぎたいの」

 

「…手汗が気持ち悪いとか言うなよ?」

 

 

手を繋げる2人の距離感。

 

そっと繋がれた手から、比企谷くんの緊張が伝わってくるみたい。

 

もしかしたら、私の緊張も伝わってるかも…。

 

 

「あ、あははー、やっぱり恥ずかしいね」

 

「…あぁ、吐きそうな程恥ずい」

 

「そんなに!?」

 

 

彼の得意な歪んだ照れ隠し。

頬を赤く染めながら、口を尖らせ視線をそらす姿は幼くみえて可愛らしい。

 

Xmasムードに当てられたのか、どことなくぎこちない私たちは、まるで付き合いたての恋人のよう。

 

こうやって、彼がずっと側に居てくれたらなぁ…。

 

 

「あ、画材屋さんだ。海老名さん、あそこは寄らなくていいの?」

 

「なんで?」

 

「え、だって美術部じゃん。最近、絵は描いてるか?」

 

「あー、そんな設定もあったね」

 

「設定!?」

 

「あははー、冗談だよー。絵はあまり描いていないかな」

 

「あの絵が泣いてるぞ?未完成のままに放置されちゃって」

 

 

彼が言う()()()とは、私の世界を写した、誰も居ない校舎の絵のことだろう。

 

実際、あの絵はあれで完成でも良いと思っていた。

 

私の世界は誰にも侵されることはなく、あの静かな校舎のように在り続ける物だと思っていたから。

 

 

「…そうだね。完成させてーって泣いてるかもね…」

 

 

でも、あの絵は君次第で完成するか否かが決まるんだよ。

 

君が私を選んでくれたら。

 

君が私の世界に優しい色を加えてくれたら。

 

あの絵はきっと完成するんだ。

 

 

 

 

「中途半端はだめだろ。俺は嫌いだな、中途半端」

 

「君にだけは言われたくないよ!」

 

「!?」

 

 

 

 

 

 

.

……

………

…………

 

 

 

 

 

 

 

で、なんやかんやと数時間後。

 

 

「ブランケットを買いました。比企谷くんは寒がりなので」

 

「俺もブランケットを買いました。海老名さんのブランケットをこの前汚してしまったので」

 

 

2人揃って同じ紙袋で色違いのラッピング。

 

ピンクのリボンがふにふにと揺れ、どことなく比企谷くんのアホ毛みたいだなぁって思ってみたり。

 

 

ちなみに、私のブランケットを汚してしまった件はまた別の機会に…。

 

 

「選ぶのが面倒だからって私の真似っこしちゃってさ」

 

「真似っこじゃない。色違い」

 

「真似っこじゃん」

 

「あらら」

 

 

互いのプレゼントを買うのに、一緒に行動してたらワクワクが無い。

そう思って、私は別行動を提案したのに、彼はちょろちょろと私の後ろを付いてきては同じ店に入り、私が手を伸ばした物に彼も手を伸ばしたのだ。

 

まぁ、なんかピカチュウみたいで可愛かったけどさ…。

 

 

「じゃあ、コレはXmasに交換しようね」

 

「む。今じゃないのか?」

 

「Xmasだよ。…だから、その日も一緒に居てね?」

 

「…ん」

 

 

なんて、ちょっぴりドキドキするセリフを言うと、彼は小さく頷いてくれた。

 

…よ、よかった…。

 

先約があるなんて言われたら発狂してららぽを破壊する所だったよ…。

 

 

「…そろそろ帰るか。今夜は雪が降るみたいだしな」

 

「え、そうなの?折り畳み傘あったかなぁ」

 

「海老名さんもまだまだだな。…雪の日に傘をさす必要なんてないっていうのに…」

 

「子供じゃないんだから」

 

「千葉に雪が降るなんて奇跡みたいなもんだろ?俺はその奇跡を身体で味わいたい」

 

「はいはい。それじゃあその奇跡とやらがまだ降ってないことを祈ろうか」

 

 

 

 

 

ーーーーで。

 

 

 

ららぽから出ると、そこには幻想的で奇跡的な光景。

 

 

 

空からは白くてフワフワな雪が…。

 

 

 

横殴りの猛吹雪と化し降っていた。

 

 

 

 

「「……」」

 

 

 

これは奇跡だ。

 

千葉でこれほどの雪が降るなんて。

 

今やコンクリートには深くて白い絨毯が敷かれ、数メートル前すらも霞むほどの吹雪に目を覆う。

 

 

「よ、よかったね。奇跡がこんなにたくさん…」

 

「…これは奇跡じゃない。温暖化に伴う気候変動だ」

 

「……だよね」

 

「…あぁ」

 

 

これだけの雪を目の前に、私たちは千葉県民は足が竦む。

 

だって雪なんて慣れてないんだもん……。

 

 

「…駅まで行っちまえばコッチのもんだ。電車に乗れば雪なんて関係ないしな」

 

「だ、だね…」

 

 

 

と、内地育ちな私たちの安易な発想。

 

 

それが如何に愚かで、愉快で、痩せた発想だったかなんて、今の私たちには分かりようがなかった。

 

 

 

 

.

……

 

 

 

 

 

『現在、吹雪により運休中となります。再開の目処は立っていません。繰り返します……』

 

 

「「!?」」

 

 

混雑と喧騒で溢れた駅に流れるアナウンス。

 

そのアナウンスと同時に飛び交う罵詈雑言は誰に向けたモノなのか、普段から雪という自然災害を受けた事のない千葉県民は、ただただ帰れない怒りの矛先を右往左往へと発射した。

 

 

「…あ、あの総武線が雪なんかで止まるだと…」

 

「総武線を過信しすぎでしょ」

 

「総武線は最強なんだぞ!埼玉と東京を結ぶ埼京線よりも最強なんだ!」

 

「どこまで過信するの!?」

 

 

と、冷静に突っ込んでみたものの、家から5駅以上離れたこの地で足止めを食らう私も内心では慌てている。

 

迎えに来てもらうにも、家の車だってこの雪じゃ走れないだろうし……。

 

 

 

だがしかし、この絶望的な状況をも一変させる悪魔的な案が私にはある。

 

 

 

それは残忍で苦行な発想。

 

 

 

誰にも浮かばないであろう奇行。

 

 

 

私はゆっくりと口を開き、彼に向けて視線を送る。

 

 

 

 

 

「……あのさ、比企谷くん…」

 

 

 

「あ?」

 

 

 

「…ラブホテル…、行かない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 





次回はR12だ!!!



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雪の足止め

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…ラブホテル…、行かない?

 

 

海老名さんは赤く染めた頬を隠すことなく、恥ずかしそうに、されども力強く、俺に向かって言葉を発した。

 

ふと、その表情から伝わる確かな決意。

 

察しも勘も良すぎる俺だからこその気づき。

 

気づかなければどれだけ楽だったことか…。

 

おおよそ、ポテンシャルが高すぎた故の失敗、蛮行、破綻……。

 

って、違う違う。

 

今は中間管理職の利根川さんの真似をしている場合じゃない。

 

出来るだけ、彼女の勇気を無碍にしない断りの言葉と、降り続ける雪に妨げられた帰路を復活させる思考を巡らせなければ。

 

 

「…断る理由を考えてるの?」

 

「はいや!?え、い、いや…」

 

 

彼女の眼光が俺の胸を貫く。

 

熱く火照った身体を底冷えさせるような冷たい眼光。

 

行くも地獄、戻るも地獄の生き地獄。

 

 

「……っ。ら、ラブホテルはダメだ」

 

「なんで…?」

 

「…だって未成年だし、未成熟だし、未経験だし…」

 

「……むぅ」

 

 

ほっぺを小さく膨らましながら、彼女は俺の裾を優しく掴んだ。

 

まるで、駄々をこねる子供のように、幼い瞳を潤ませながら、じっと俺の目を見続ける。

 

 

「…わ、私も未経験だから…、その…」

 

「だ、ダメだ!俺たちはその…、ま、まだ付き合ってるワケじゃ…」

 

「……私じゃ、比企谷くんを満足させらないから断るの?」

 

「は?」

 

「だって、胸も小さいし…」

 

 

ふに、と。

自らの手で胸を触りながら、その確かな膨らみ(小)を強調させる。

 

確かに小さい……。

 

由比ヶ浜 〉三浦 〉〉〉〉一色 〉海老名さん

 

越えられない壁

 

〉るみるみ 〉雪ノ下

 

この公式が頭に浮かぶも、俺はそれを気にしないように頭を振るった。

 

 

「…む、胸は関係無い」

 

「ウソ。だって比企谷くん、結衣の胸ばかり見てるもん」

 

「違う!あ、あれは、由比ヶ浜の胸の重力係数の計算をだな…」

 

 

じゅ、重力というか反発というか?

まぁ、なんて言うの?

ほら、なんで重みで下に垂れないの?なんて思ってるだけで、別に由比ヶ浜の胸を凝視しているのは学術的な意味合いが多いわけで。

 

 

「…っ」

 

 

ただ、そんな言い訳ばかりを並べれば、目の前で悲しそうに震える彼女を傷付けるだけだろう。

 

なぜだか、海老名さんが悲しんでいると俺も悲しくなるし…。

 

 

だから、俺は彼女の頭に手を伸ばす。

 

 

「…お、俺は貧乳が好みだ…」

 

 

柔らかい髪を撫でながら、とっておきの魔法の言葉を口にした。

 

全く、こんな特別な魔法を唱えさせるなんて困った貧乳コンプレックスのお姫様だ。

 

言わせるなよな?恥ずかしい…。

 

 

「…な?そういう事だから…」

 

「……じゃない」

 

「へ?」

 

「貧乳じゃないもん!!」

 

「!?」

 

「ゆ、結衣とか優美子の胸が大きすぎるだけだもん!!雪ノ下さんはともかく、私は貧乳じゃない!!」

 

 

……っ!

 

稀に見る愚行っ!

 

俺は見誤ったのか!?

彼女が自らを貧乳だと認識している、そんな勝手な推測に手を伸ばし、俺は窮地から生還するべく偽りを口走ってしまったと言うのか…っ!?

 

ぞわりと、背中から漂う只ならぬ悪寒。

 

敗走の言葉が頭をよぎる。

 

よせ…、よせ!!

 

逃げるは恥だし役にも立たん!!

 

考え直すんだ、この間違えた過ちをっ!!

 

 

「た、確かにそうだ。一般論を語らずに相対的な考えを述べた俺のミス…。…え、海老名さんは貧乳じゃない…」

 

「ぅぅ」

 

「…う、うん、よく見れば、結構大きいよ」

 

「…ぐすん」

 

「…気にしちゃダメだよ…。まだこれからじゃん。な?」

 

「…うん」

 

 

シュンとした彼女の頭を何度か撫でてあげる。

 

うつむく彼女と癒める俺。

 

雪がしんしんと降り続ける中で、どこか心暖まるようなその光景に、きっと神様は目を細めて微笑んでいることだろう。

 

 

なぁ、神様…。

 

 

出来ることなら早くこの雪を止めてくれ。

 

 

余力があれば、海老名さんの胸を大きくしてやってくれ。

 

 

そう願うことが、ほのかに肩を震わせる彼女のために出来る、俺の精一杯だった。

 

 

 

 

 

 

.

……

 

 

 

 

 

 

で、結局のところ、この駅で足止めをくらっている状況に変化はないわけで。

 

俺はスマホで天気予報を確認しながら、駅内の伝言掲示板に注視する。

大雪による運行中止の文字が流れるままに、駅内の人の数も増えていった。

 

本当に帰れそうにないな…。

 

ラブホテルに行くとかは無しにしても、どこか身を置ける場所を探すのが最善か?

 

 

「…迎えは期待出来ないだろうし、バスは長蛇の列。タクシーを使おうにも金が足りない」

 

「…ら、ラブホテルに…」

 

「うるさいぞ貧乳」

 

「!?」

 

「ネットカフェなんかも手だが、この様子じゃ皆んな同じ考えだろうな…。さて、どうしたもんか…」

 

 

八方塞がりにも程がある。

いい加減寒くて身体がもたないし、どこか暖かい場所に避難したいのだが…。

 

グーグル先生、何か良い案を授けてくれ。

 

そう願いながら、冗談半分で【雪】【電車止まる】【帰れない】の検索ワードを打ち込む。

 

 

★近くに住む友達の家に泊めてもらう!

 

居ねえよ…。

 

★彼女とラブホテルへGO!

 

ぶり返すな。

 

★不可能を可能にする人に頼る!

 

……不可能を可能に…?

 

 

「……あぁ、居るな。1人。そんな化け物が」

 

 

まるで全てを見透かしたように語る、地獄の番長を張っていた経験もありそうな悪魔的な女性。

 

雪ノ下 陽乃こそ、不可能を可能にする唯一無二の人物だろうさ。

 

……。

 

頼ろうにもリスクが高いな…。

 

リスクばかりが高すぎて、もう耳がキーンってなるどころか鼓膜が破裂するレベル。

 

ふむ……。

 

 

「……」

 

「…?」

 

 

隣には、ほんのりと白い息を吐きながらキョトンとする海老名さんが。

 

……はぁ。

 

電話、してみるか…。

 

 

かじかむ指でスマホを操作し、電話帳から雪ノ下陽乃の欄をタップする。

 

電話をするのは初めてだ。

 

なぜだか緊張してくるし。

 

 

『おっす!私、陽乃!!』

 

「…あ、ども。比企谷です」

 

『あらあら珍しい。どうしたの?可愛らしい眼鏡っ娘とデートして帰ろうとしたら大雪で足止め食らってラブホに行く行かないの一悶着があった末に私に迎えに来てもらえないかと考えながら初めて電話をしてくれた、みたいな声だけど…』

 

「あ、さすがっすね。まさしくその通りですよ。へへ」

 

『…ちょ、ちょっと。私の扱いに小慣れないでよ」

 

 

もうさ、なんでもアリだもんね、この人は。

 

衛生とかドローンとか、この人なら苦もなく俺の事を監視出来そうだし。

 

ていうか、何を勘違いしたのだろうか、海老名さんが不満気な顔で、電話中の俺のアホ毛を引っ張ってくる…。

 

痛いからやめてね?

 

 

「いやぁ、参りましたよ。まさか雪で電車が……、あ、こっちの話なんですけどね?」

 

『え、なにその漫才の喋り出しみたいな話し方…』

 

「…すみません。単刀直入に言いますけど。雪ノ下さん、迎えに来てもらえませんか?」

 

『えぇ〜。こんな雪道じゃ車も動けないよー』

 

「普通はね。でも、あなたは雪ノ下陽乃でしょ?」

 

 

むしろ、雪ノ下さんならトランスフォームしそうな除雪機で迎えにきてくれそう。

 

…え、何それ、めっちゃカッコいいじゃん。

 

 

『ふーん。別に迎えに行ってあげてもいいけどさ…。私に頼るってことが何を意味するか、分からないわけじゃなよね?』

 

 

はいはい。大魔王キャラ乙。

 

分かってますよぉ〜、どうせそう言うと思ってましたしぃ〜。

 

 

「…全裸で靴を舐めるくらいで勘弁してもらえませんか?」

 

『私そんなこと強要しないからね!?…もぅ、なんだか浮かれてない?』

 

 

浮かれてる?この俺が?

 

雪で足止めくらって寒さに身体を震わせる状況に、どうやったら浮かれられると言うんだ…。

 

海老名さんにはアホ毛を引っ張られたり、背中をちょんちょんと突かれたり、踏んだり蹴ったりだ!!

 

心が温まるったらりゃありゃしない!!

 

 

「ねぇ、比企谷くん。誰と電話してるの?」

 

「…痛いから引っ張らないでくれる?」

 

 

ぐいぐいと、それはもうアホ毛を抜かんばかりに、彼女は兄離れの出来ない妹のようにちょっかいを繰り返す。

 

 

『……リア充爆発しろ』

 

「!?…、お、俺はリア充なんかじゃ…」

 

『へぇ、プレゼントを買い合う仲の女の子と出かけて、それでもキミはリア充じゃないって言うの?』

 

「……あれ?もしかして、俺ってリア充に堕天したんすか?」

 

『……』

 

「こりゃあ、闇に呑まれるかもしれませんね。そうなる前に迎え早よ」

 

『迎え早よじゃないよ!!』

 

 

つーつー…と、雪ノ下さんの怒号とともに電話が切られた。

 

あの様子なら迎えに来てくれそうだな…。

 

俺はそう思いながら、スマホをポケットにしまい、尚もアホ毛を引っ張り続ける彼女へ振り向く。

 

 

「誰と電話してたの!どうせ女の人なんでしょうけどね!!」

 

「え…、なに?」

 

 

普段なら考えられないような大きい声。

怒った表情でプイっとそっぽを向きながら、彼女はグイグイとアホ毛を引っ張った。

 

 

「へへ、なんてね。嫉妬系乙女な私はどう?可愛い?」

 

「…なんだコイツ」

 

「お迎え、誰か来てくれるの?」

 

「まぁな。もう少し掛かるけど大丈夫か?」

 

 

喜怒哀楽をコロコロと変える彼女。

 

ふわりと、アホ毛から離された手が俺の右手を包み込む。

 

 

「うん。ちょっと寒いけど、比企谷くんの手はとても暖かいし」

 

「そっか…」

 

 

ギュッと握られた手を、俺は目をそらしながら握り返してみた。

 

それに負けじとにぎにぎする海老名さんの頬はほんのりと赤く染まる。

ただ、彼女は俺から目をそらす事なく、幸せそうな瞳で俺を見つめ続けた。

 

そんな彼女が、ちょっとだけ愛おしいと思ってみたり。

 

 

「…今度は君から繋いでね」

 

「……ん」

 

 

舞い散る雪を彩るように、幸せな黄色の煌めきが小さく瞬く。

 

それが、駅のロータリに設置された簡易的なイルミネーションの光だと気付くと、ふんわりとした心の和らぎが強く呼応して。

 

 

海老名さんと居ると感じる、暖かくて柔らかい気持ち。

 

 

たぶん…、いや、きっと…。

 

 

これが()()って事なんだろうな…。

 

 

 

 

 

「ーーーだ。海老名さんのこと」

 

 

「…へ?何か言った?」

 

 

「……いや、何も」

 

 

「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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聖夜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

喫茶店の一席でホットコーヒーを飲みながら、私は先日の出来事を思い出す。

 

大雪が舞う中で彼と佇んだ数分。

 

困惑な表情を浮かべる彼は、言葉を慎重に選びながら、私が傷付かないように気を付けて、優しく、されどもはっきりと、一線を越えようとした私の提案を断った。

 

 

ラブホは…、行かない…。

 

 

むしろ、そう言ってほしいと願った自分も居た。

 

逆に、このまま既成事実が出来上がればと思う自分も居た。

 

 

ゆっくりと傾けたマグカップから、ほろ苦く舌を包み込むコーヒーが流れ込む。

恥ずかしい記憶を消すように、その苦味はゆらゆらと口の中に充満していった。

 

あのまま、もしもラブホに行くようなことがあって、逃げ場の無い曖昧な関係を持つことになっていたら、私は結衣や雪ノ下さんにどんな顔をして会えばよかったのだろう。

 

いや、会わせる顔は無い。

 

そんな最低な事をしてまで、私は彼女達から彼を奪いたいわけじゃないのだから。

 

本心から伝わる本物の気持ちを。

 

互いに分かち合うような関係。

 

それなのに、どうしてあの日の私はあんな事を言ってしまったのだろうか。

 

簡潔に言えばーーー

 

 

「…失言」

 

 

だ。

 

 

冷静に周りを観察して、自分を傍観者に起き続けてきた私は、優美子や結衣に比べて冷めていると思う。

 

修学旅行のときだってそう。

 

色恋沙汰なんて、安泰で静閑な私のパーソナルエリアを侵す悪どい事象でしかない。

 

 

そう、思っていた。

 

 

彼を知るまで。

 

 

恋を知るまで。

 

 

ただ、周りよりも冷めていた分、恋愛事にだって冷静に対処できる自信があった。

 

純粋で変わり者な彼は、なぜだか他人の事ばかりに優しくて、危うくて、脆くて。

 

それでも無我夢中に誰かのために走り回る姿は、多くの女性の心を震わせた。

 

ぼっちだなんてのは彼の虚言だ。

 

彼の周りにはいつもたくさんの優しさが溢れている。

 

 

ひとえに、私の失言は、そんな彼が誰かに奪われてしまうと思う焦燥感に起因するのだろう。

 

 

彼が誰かを選んで、もしもその人が私じゃなくても、幸せになってくれればと……。

 

そんな風に思おうとすればするほど、心は擦り切れそうな痛みに襲われる。

 

 

「…っ」

 

 

もう自分を騙せない。

 

好きで好きで好きで。

 

誰にも渡したくない。

 

 

「…むぅ。こ、これが会いたくて会いたくて震えるってやつなんだね…」

 

 

12月24日ーー

 

am11:00

 

 

待ち合わせ時間にはまだ1時間もある。

 

あぁ、あの短針を指でチョイっと動かしてやりたい。

 

もしくは長針をクルっと一周させたい。

 

そんな子供染みた考えを持つほどに私は彼を待ち望んでいた。

 

 

 

 

…早く会いたいなぁ。

 

 

 

そう、思った時。

 

喫茶店の入り口から小気味好い鈴の音が聞こえてきた。

 

 

 

ふわりと。

 

 

 

いつもの甘い香りを携えて。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

玄関で靴を履き、俺は普段よりもほんの少しだけオシャレなアウターを着込んで戸を開けた。

 

開けた瞬間に身体へ吹き付ける冷たい風。

 

だが、空は明るく晴れている。

 

いわゆるデート日和ってやつか。

 

なんて、俺らしくもない発想に頬が熱くなってしまう。

 

 

「…ふぅ」

 

 

吐き出した白い息はゆらりと小さな雲となり消えていく。

 

足取りは軽い。

 

寒いのに、いつもより身体がほかほかしている気もする。

 

 

あぁ、多分コレはアレだな。

 

 

好きな人に会う前の高揚感ってのだ。

 

 

なんて、またしても俺らしくない発想。

 

でもまぁ、こんなのも悪くない。

 

自分に正直に、とまでは言わんが、少なからず、好きなヤツに好きだと言えるくらいの正直者にはなろう。

 

それを彼女が受け止めてくれるかは別として…。

 

 

「…っ」

 

 

はぁ…、そんな事を考えるのはよそう。

 

俺は黒歴史ばかりが浮かぶ頭を振りながら、雪の残る道を足早に歩き進む。

 

待ち合わせ時間にはまだまだ早い。

 

駅前の待ち合わせ場所に着いたら喫茶店に入ろう。

 

この調子なら1時間くらいは早く着いてしまうだろうし。

 

うんと甘いホットコーヒーを飲みながら、告白のセリフでも考えておこうかな……。

 

 

なんて。

 

 

やっぱり今日は俺らしくない事ばかりが頭に浮かんでしまう。

 

浮かれているんだろうな…。

 

好きな人とのデートに。

 

 

「…♪」

 

 

待ち合わせ場所に到着したものの、やはり時間にはまだ早い。

 

喫茶店にでも入ろうか、と、俺は近場に位置する喫茶店の戸を開けた。

 

小気味好い鈴の音が店内に鳴り響く。

 

まばらに埋まった席を何の気なしに眺めていると、そこには見覚えのある眼鏡を掛けた女性が1人。

 

マグカップを傾けるその女性もまた、ぼーっとこちらを眺めていた。

 

 

 

「…はは。時間にはまだ早いぞ?」

 

 

 

「えへへ。比企谷くんもね」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

マフラーに顔を埋めた、真っ赤なお鼻の比企谷くん。

 

会いたいと思うと、彼は突然に現れるから。

 

私はいつも、溢れそうになる笑顔を隠す事なく彼に向けてしまうんだ。

 

 

暖かいコーヒーの香りと、彼の甘い香り。

 

 

そっと、彼は私の元へと歩み寄ってくる。

 

 

「…たまたま早く起きたから、気まぐれに早く到着した。本当にそれだけだからな」

 

「ふふ。はいはい。ツンデレ乙って感じだよ」

 

「むむ」

 

「私もね、楽しみで仕方なくて早く来ちゃったの」

 

「…そうか」

 

「少し早いけど、もう行く?」

 

 

私の問いかけに、彼は小さく頷いてくれた。

 

照れたように顔を背けるも、そんな姿がいつもより愛おしくて、マフラーに隠された頬には赤みが増しているのだろうと勘ぐってしまう。

 

私は席を立ち、先に店を出ようとする彼の後ろを追い掛ける。

 

横に並んで、店を出たときに。

 

そっと、私の手が暖かい何かに包まれた。

 

 

「…い、嫌でしょうか?」

 

「…んーん。全然嫌じゃないよ。むしろ今日はずっと繋いでいたいくらい」

 

「む。トイレの時とかは?」

 

「一緒に入るよ」

 

「!?」

 

 

私をドキっとさせた罰。

 

意地悪な事を言ってみても、心臓の早まりは治らない。

 

急に手を繋がれれば、私だって恥ずかしいし、緊張するし…、嬉しいし。

 

 

「えへへ。暖かいね。もぎゅっとLoveで接近中って感じだね」

 

「……それ、μ'sの歌だよね?」

 

「それじゃあ行こうか!」

 

「ん」

 

「……」

 

「……」

 

「「?」」

 

 

あれ、比企谷くんが動こうとしないぞ?

 

それどころか、キョトンとした顔で私を見てるし。

 

どうしたのかな。

 

お腹でも痛いのかな…。

 

 

「どこ行くんだ?」

 

「え!?」

 

「ん?」

 

「比企谷くんが考えてるんじゃないの!?」

 

「…ほえ?」

 

 

なんだコイツ!

めっちゃアホ面で私を見てるけど!

 

え、え!?デートのプランって普通男の子が考えてくるものだよね!?

 

 

…はっ!ぬ、ぬかった!

 

 

比企谷くんは普通じゃない……っ!

 

 

普通じゃない男の子なんだぁーー!!

 

 

「く、ぅぅ、ご、ごめん、比企谷くん。私の考えが及ばなかったばかりに…。キミに普通を期待した私のミスだよ…」

 

「おい。謝るのかdisるのかはっきりしろよ」

 

「ひ、比企谷くんは普通じゃないと、いつも念頭に置いているのに…。愚行だよ!まさに私の愚行だよ!!」

 

「…あの、ちょっと…」

 

「待ってて!今すぐヤホーで定番デートの検索をするから!!」

 

「おい。待て待て。冗談だよ。冗談。ちゃんと考えてきたよ」

 

「…………ほ?」

 

「え、そんなに驚かれるの?ちょっとショックなんだけど…」

 

 

寒空の下で、彼は小さくため息を吐きながら、私の手を優しく引っ張る。

 

手から伝わる熱が熱くなり、ほんのりと頬を赤めた彼が、小さな声で呟いた。

 

 

 

 

「ちゃ、ちゃんと考えてきたから…」

 

 

 

「ぁ、ぅ、うん…。ありがと…」

 

 

 

 

 

 



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馴れ初めの終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

バスに乗り、偶々空いていた席に2人で腰を下ろすと、比企谷くんは私から身体を遠ざけるように、腕掛けへ肘を置き頬杖をついた。

確かに、この狭い席に座ると、否が応でも身体は密着してしまうが、そこまであからさまに避けなくても…。

 

だがしかし、比企谷くんがそういう態度を取るなら私にも考えがあるよ。

 

さりげなく、されども着実に、私は身体を比企谷くんの方へと動かす。

 

 

「…む、せ、狭くないか?」

 

「そう?」

 

「…。ん?って、そっちにスペースめっちゃ余ってるじゃん!なんでこっちに詰めてくんだよ!?」

 

 

尚もグイグイと身体を押し当てる私。

比企谷くんは赤く染まった顔で慌てふためくも、流石に押し返してくるようなことはしない。

 

 

「ふふふ。ドキドキしてる?当たってるんじゃないの。当ててるんだよ」

 

「あ、当たる程の大きさも無いくせに…」

 

「ははーん。そうやって照れ隠しするんだ?」

 

「事実を述べたまでですけど…」

 

 

私達の静かな喧騒を乗せて、バスはゆっくりと動き続ける。

窓の外から流れる風景は退屈なのに、比企谷くんとの戯れ合には全然退屈をしない。

 

ふと、いくつかの停留所を過ぎた頃に、比企谷くんが「…お、次だ」と呟いた。

 

 

「海老名さん、次降りる」

 

「途中下車の旅だね」

 

「うん。バスに乗る人は大体が途中下車だけどね」

 

 

私が意気揚々とボタンを押すと、次、停まります。とアナウンスが流れる。

降りるバス停は千葉駅前らしい。

 

千葉駅付近で遊ぶのかな?

 

なんて考えていると、バスは減速し、簡易的な停留所の横に着けて止まった。

ICカードで支払いを済ませ、私は軽快な足取りでバスステップを下る比企谷くんの後に続く。

 

 

「さて、次は電車に乗ります」

 

「電車に?」

 

「今日の目的地はお台場です」

 

「お、お台場!?東京に手を出そうとは…っ、ひ、比企谷くん…、本気?」

 

「大丈夫。予習してきたから。複雑怪奇な地下鉄ダンジョンもスマホのナビアプリで攻略済みだし」

 

 

そう言って、ドヤ顔満載な比企谷くんはスマホを掲げた。

今日のために予習までしてきてくれるなんて…。

姫菜的にポイント高いよ!

 

 

「えらい!偉いよ比企谷くん!私は嬉しい!」

 

「…うん、喜んでくれるなら俺も嬉しいよ」

 

 

そう言って、柄にもない事を言いながら、彼は私の手をそっと握ってくれる。

握られた手から伝わる熱。

頬は赤くなるばかりで、比企谷くんと目が合わせられない。

 

あぅ…、て、照れるのは比企谷くんだけでいいのに…。

 

 

「…ぅぅ。禁止!そうやって優しい顔するの禁止!」

 

「む。優しい顔なんてしてるつもりはないけど…」

 

「そ、その顔を自然に…っ!?て、天然なの!?天然の優男なのね!?」

 

「…ちょ、もう駅前だから静かに…」

 

「大人かよ!」

 

「ホントにもう黙ってくれ…」

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

京浜とゆりかもめもを乗り継ぎ、千葉から東京湾越しに小さく見えていたお台場が近づいて来る。

 

定番を嫌うイメージの彼が最初に連れてきてくれたのは、意外にも海浜公園だった。

 

 

「ほえ〜、定番のデートコースだけど、初めて来たかも…。あれはレインボーブリッジだよね?」

 

「うん。大きい…。あれを人間の手で作ったと思うと感激するな」

 

「あはは。こうやって砂浜を歩くのも久しぶりだなぁ」

 

「海老名さん、海とか行かなそうだもんな。海老なのに…」

 

 

ぽつりぽつりと浮かぶ会話をしながら、私と比企谷くんは手を繋ぎながら海岸沿いの砂浜をゆっくり歩く。

 

なんとなく、こんな普通なデートをしている自分が可笑しくって、くすりと笑みを浮かべてしまう。

 

 

「行っても泳がないし、ただぼぉーっとパラソルの下で座ってるだけ…」

 

「それあるー。クラゲとか怖いしな。あと塩水が目に入ったら痛いし」

 

「そんな理由じゃないけど…。ほら、優美子や結衣と一緒に行くとどうしても…」

 

「…お胸の劣等感か…。総武高校の劣等生も大変だな…」

 

「違うよ!…2人と行くとどうしても隼人くんや戸部っちも付いてくるから、その、あんまり見られたくないし…」

 

「…ふむ」

 

 

……ふむ?

ふむだけ?

 

いやまぁ、嫉妬してほしいとかじゃないけど、『あいつらの前で水着になったのか?』くらい聞いてほしいんだけど。

 

心の底に生まれた苛立ちに、私は思わず手を握る力を強くする。

 

 

「…バカ」

 

 

.

……

………

 

 

 

 

「おー。等身大のガンダムだ…」

 

 

比企谷くんはアホ毛を激しく揺らしてガンダムを見上げると、普段から落ち着いている彼らしからぬ、スマホのカメラをガンダムへ向けて連写した。

 

 

「ガンダム好きなの?」

 

「アニメは見たこと無い。でも男は大きい機械に弱いから」

 

「弱いんだ」

 

 

テンションのバロメーターとなるアホ毛の揺れは、残像を残す程に早く振れている。

 

よっぽど大きい機械が好きなんだな…。

 

私は、頬を緩ませ目を輝かせた彼の顔をスマホでパシャり。

 

うん、可愛い…。

 

 

「カッコイイ…」

 

「可愛い…」

 

「え?」

 

「えへへ。あ、そうだ、比企谷くんとガンダムのツーショット撮ったげる」

 

「お、さんきゅ。いえーい」

 

「いえーい」

 

パシャり。

うん、コレも可愛い。

 

ぎこちない笑い方にも関わらず、浮かれたダブルピースをする比企谷くん。

 

 

「へへ。一生の宝になった」

 

「本当に好きなんだね」

 

「うん。()()

 

 

ガンダムが羨ましい。

彼に好きだと言われる、あの角張った顔のガンダムが。

 

ふと、彼は満面の笑みを浮かべながら私へ振り向いた。

 

 

「海老名さんは好きなものとかないの?」

 

「比企谷くん」

 

「は?」

 

「1番好きなのは比企谷くんだよ」

 

「あ、あぁ、そう…。そ、それじゃぁ、ツーショットでも撮っておくか?」

 

「うん!」

 

 

そう言って、比企谷くんは私の隣にそろそろと近寄り、自らのスマホのカメラを私に…、私達に向ける。

 

 

「「…い、いえーい…」」

 

 

 

 

.

……

 

 

 

 

ヴィーナスフォートに入ると、中世ヨーロッパの街並みを模したモール内に、どこか異国に来たような高揚感を持たされる。

 

天井は夕刻の空のように深い蒼色を浮かべ、噴水広場の女神は、まるでどこかの水の女神みたいな素晴らしく祝福に満ちた笑みを浮かべていた。

 

 

「…セイクリッドブレイクスペル!!」

 

 

と、比企谷くんが隣でそう呟く。

 

 

「比企谷くんはアクシズ教団なの?」

 

「んや、俺はダクネス派」

 

「へぇ。てっきりめぐみん派だと思ってた」

 

「おい、それは俺を暗にロリコンだと言っているのか?」

 

「ちなみにめぐみんとゆんゆんはどっちが好き?」

 

「ゆんゆん」

 

 

ダクネスにゆんゆん…。

やっぱりキミはお胸が大きい娘が好きなんだね…。

なんだかショックだよ。

別に私の胸が小さいって自虐しているわけではないよ?

 

 

「あっちは普通に雑貨とか売ってるみたいだな。覗いてみるか」

 

「うん」

 

 

✳︎✳︎

 

 

その後も、まったりとモール内を歩き、催しを見たり可愛い雑貨を買ったり。

ただただ一緒に居るだけにも関わらず、時間の経過だけは嫌に早い。

 

好きな人と共にする時間は、まるで早足に急かすように針を進めた。

 

せっかくのクリスマス。

もっともっと一緒に、楽しい時間を…、なんて我儘を言えば、世界の理が私を許さないのだろう。

 

 

そして、腕時計の短針が6に差し掛かろうとする頃。

 

 

「…ん、暗くなってきたな…」

 

 

ヴィーナスフォートから出ると、彼は小さな声で私に話し掛ける。

 

目の前には暗い空の下でライトアップされた観覧車がくるくると回っていた。

 

それを見て、何の気なしに彼へ訪ねる。

 

 

「…綺麗だね。…観覧車」

 

「…ん」

 

 

観覧車に乗って告白、なんてのはとてもありきたりで、面白味もなく、現実味もなく…。

 

にも関わらず、どうしても女の子はそんな幻想に近い妄想に憧れてしまう。

 

もしも、好きな人と観覧車に乗って、優しい言葉で告白をしてくれたら…。

 

なんて……。

 

 

 

ふわりと、私は彼の顔を見つめる。

 

 

 

「観覧車…、乗らない…?」

 

 

 

彼は優しいから。

 

こんな素敵な日に、私のお願いを断るようなことはしない。

 

楽しかった今日を台無しにするような事を絶対にしない。

 

 

そう、私は思っていた…。

 

 

 

 

 

 

「…観覧車は…、乗らない…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 






つぎが、最終話です。


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おわり

 

 

 

 

 

 

 

彼の口から溢れた言葉が、白い息を伴って空へと消える。

 

観覧車には乗らない。

 

その言葉が、黒い錘となって私の胸へ重たくのしかかった。

 

痛い。

 

胸がすごく痛い。

 

ただ観覧車には乗らないと言われただけなのに、()()()()を勝手に理解した私は酷く落ち込んだ。

 

気づけば離れていた手を見つめ、途端に訪れる静寂。

 

 

…全部、全部、私の思い上がりだったんだ。

 

美術室に顔を出してくれた彼も、傘に並んで入った彼も、ディスティニー城で話を聞いてくれた彼も、手を繋いでくれた彼も。

 

 

全部偽物だった。

 

 

私が1人で思い描いた物語。

 

 

きっと、こうなってしまうと心のどこかでは分かっていた。

 

 

彼は()()()から。

 

 

私を選ばなくとも一緒に居てくれる。

それを勘違いして、私は本物を彼に押し付けた。

 

彼の本物はあの2人にしかないのに。

 

 

そっと頬を流れる涙を見せないよう、私は彼に背中を向けた。

 

流れる涙は1つ、2つと頬を伝い、止まることなく私の感情を吐き出していく。

 

 

あぁ、あんなに楽しかったのになぁ。

 

今日は、本当に素敵な1日だったのに…。

 

…どうして、私じゃ駄目だったんだろう。

 

 

「…っ、…」

 

 

そんな私を見下ろすように、素敵な幻想を抱かせた観覧車はくるくると回り続ける。

 

1番高いあの場所で、彼が私を選んでくれると願っていたのに、蓋を開ければ観覧車に乗ることすら拒絶されてしまう。

 

なんて愚かで思い上がりの強い女なんだろう…。

 

本当に、私はバカだ…。

 

 

「…ごめんね。そうだよね…、うん、…っ、わ、分かってた事だから…」

 

 

見苦しい言い訳を吐露する。

 

今日が終わればまた、傍観するだけの詰まらない日常が始まるのだ。

 

詰まらない自分、詰まらない毎日、詰まらない…、詰まらない…、彼の居ない明日。

 

 

「…海老名さん」

 

 

「…やめて」

 

 

彼の声はそれでも優しく。

 

私の心を深く傷つけようとするから。

 

そっと、私はその場から逃げようと脚を出す。

 

失う怖さに耐えられなくて、私はその場から逃げ出したい一心に走りだそうとーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

した時に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っ!」

 

 

「海老名さん!」

 

 

私の冷たくなった右手が、彼の暖かな左手に掴まれた。

 

 

「…っ、やっ、いやっ!もう分かったから…っ、分かったから…」

 

 

これ以上、私に期待を抱かせないで。

 

そう、叫ぼうとした。

 

 

「…何も分かってないだろ」

 

「…ぅ、っ、…」

 

「海老名さんは、変な所でアホなんだよな」

 

「…っ?」

 

 

そっと、彼は私を抱き寄せると、目尻に浮かんだ涙を自らの袖で拭き取ってくれる。

 

優しく、いつもの彼が微笑んだ。

 

 

「…察しが悪い。本当にバカ。…恥ずいから、黙って付いて来い」

 

「…?っ、…?」

 

 

ぽんぽん、と比企谷くんは私の頭に手を置くと、繋ぎ直された手を力強く引いた。

 

冷えた夕暮れに、彼の顔が一瞬赤く見えたのは気のせいだろうか。

 

私は何も分からぬまま、考えられぬまま、彼に手を引かれ続ける。

 

 

「……」

 

 

未だ溢れる涙に視界を奪われるも、繋がれた手が暖かいと実感するだけで歩むべき場所は示された。

 

観覧車には乗らない。

 

そう言った彼は、当の観覧車から遠ざかるように大股で歩く。

 

 

ふわりと一つ、彼の手が熱くなった。

 

 

すると、途端に噴水を中心とした大きな広場が現れる。

 

そこは暗い広場にも関わらず、噴水の周りだけがライトアップされた不思議な場所。

 

ここはどこ?と聞こうにも、声が震えて喋れない。

 

 

立ち止まった比企谷くんは腕時計を1度だけ確認すると、溜息を静かに吐いてから私に向き直す。

 

 

「…ここは特別な場所」

 

「……特、別…?」

 

 

こくりと頷く彼が、また、腕時計を確認した。

 

 

「なにを勘違いしたのか分からんが、俺が今から言う事は本心だから…」

 

「…っ」

 

 

小さく、彼は勇気を振り絞るように

 

 

「俺は海老名さんがすごく好き。誰よりも好きで…、たぶん海老名さんが思ってるよりも好きだ」

 

 

優しい言葉を幾つも紡いだ。

 

それが本心だと。

 

それが本物だと。

 

それが私に向けられた物だと。

 

理解するための頭は正常に動かない。

 

 

「…好きなんだけど…、あ、あれ?え、海老名さん?」

 

 

黙ってしまった私を見て、困惑したように狼狽える彼は、私の手を再度ギュッと握る。

少しだけ汗ばんだその手がちょっとだけ彼らしい。

 

 

「…っ!な、なんで…」

 

「へ?」

 

「…、なんでっ!なんでそんなに、分かりづらい告白なの!!…わ、私…」

 

 

もうダメだと思って、すごく辛い未来を想像しちゃった。

 

観覧車の前で、私はキミが居ない未来を想像してしまった。

 

 

「…ご、ごめん?」

 

「それに!ここはどこなの!?もっと、もっと早く言ってよ…っ、こ、怖かったんだからね…っ!」

 

 

と、私が嗚咽交じりに叫んだ時だった。

 

そのライトは建物を照らすように、黄色と青と赤の光に包まれる。

 

気づけば、どこかで18:00を告げる鐘が鳴ったようだ。

 

彼が腕時計をちらちらと確認し、告白の場所をここに選んだ理由。

 

その理由が鐘の音と光に明かされる。

 

 

「…っ、え、こ、ここって…」

 

「…えっと、チャペルだ…」

 

 

アニヴェルセイと彫られた彫刻の立て札と、噴水から伸びる小道。

 

その先には白い洋風の建物が光に包まれていた。

 

 

「…結婚式場…」

 

「ん。ちょっと知り合いに無理言って入れてもらった」

 

「…ぁ、あの、私…」

 

 

綺麗なウエディングヴィレッジで、彼は頬を掻きながら照れた顔を隠さずに私を見つめ続けてくれるのに、好きだと言ってくれた彼から、勘違いして逃げ出そうとした私は思わず目を反らしてしまう。

 

素敵な場所で素敵な告白。

 

どうしようもなく嬉しくて、留まることのない涙は頬から芝生へ落ちていった。

 

 

結婚式場での告白。

 

 

もう、私はキミの居ない世界なんて考えられないから。

 

 

「…ずっと好き…っ、好きなのっ!…、絶対に、私はキミを離さない、こんな所で告白する比企谷くんが悪いんだからっ!」

 

 

 

考えられないから、私は比企谷くんのお嫁さんになると決めた。

 

決めたからにはもう覆せない。

 

ずっと、これからも一緒に居るために。

 

 

「…っ、ぁ、わ、私…」

 

「…はは。…うん。期待してくれて構わないよ…」

 

 

私は彼の言葉を聞き終える前に抱き着いた。

 

 

そんな私を、彼はやっぱり優しく迎えてくれてーーー

 

 

「期待してて。…俺も、海老名さんとずっと一緒に居たいから」

 

 

ーーーなんて言ってくれるから。

 

ふわりと浮かんだ幸せに、私はそっとキスをする。

 

 

 

 

「っ、…うん。…約束。絶対に私をお嫁さんにしてね?」

 

 

 

 

 

endーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 





おわり。
ありがとうございました。

このすば面白いです。
ダンまちも面白い!


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