高校生、ロアナプラにて (羅刹那)
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1話

あぁ…、ほんとについてない!

 

あぁ、あぁ、あぁ!!

 

この見知らぬ街を足早に、誰の目にもとどまらぬように気配を殺して歩き続ける。そう思っているだけ。

 

おそらく、目立ちまくっているだろう。だって、こんなところに学生姿の日本人がいるというのだ。目立たないほうがおかしい。

 

「っ…!」

 

それでも、俺は誰にも気づかれたくないという一心で歩き続けた。

 

「なんなんだ…、この街は…。」

 

見るからに外国なのだが、どこなのかはわからない。いろいろな人種が入り混じっているのだ。異様な雰囲気をまとった街。

 

「くっそ…。」

 

不安で、怖い。そんな感情に支配されている。

 

街の人間たちがこちらを見ているのではないか、という妙な感覚に襲われ、刹那の視線はキョロキョロと落ち着かない。

 

周りを気にしつつ、それでも歩いている速さは緩めない。

 

それにしても、どうして刹那がこんなところにいるのか、話はそこから始まる。

 

 

 

 

 

学校に行き、いつものように中等部のE組のやつらと遊んで、いつものように帰って、いつものように勉強して、いつものように就寝した。

 

そして、いつものように目を…、覚まさなかった。

 

目を覚ました時には、薄暗い、埃っぽい知らない家にいた。

 

頭に鈍痛。

 

誰かに殴られたのだろうか、それとも寝すぎたのか。

 

わからないことが多くて、正直混乱していたが、行動しないことには何も起こらない、そう考えて刹那は外に出た。

 

 

 

 

 

そして今に至るというわけだが…

 

「結局何もわかってない…!とにかく、ここをでなくちゃ…!」

 

その時…、

 

「…。」

 

視界を横切っていった、Yシャツにネクタイを締めた人間。見るからに日本人。

 

「今のは…、ぶっ!?」

 

その男を目で追っていると、何かにぶつかった。

 

鼻を抑えて、ゆっくり下がると、視界に入るのはスーツにコート。

 

「っあ…。」

 

視線を上げれば、くわえタバコにサングラス。

 

そしてなにより…

 

「このガキ…、大哥にぶつかりやがった。」

 

周りの黒服たち。

 

「ヒッ…」

 

短い悲鳴を上げて、じりじりと後ろに下がる。

 

「ごっ…、ごめんなさいぃ!!!」

 

踵を返したように、俺は走りだした。

 

「まちやがれ!!」

 

後ろの奴らも追ってきているのがわかる。

 

「さっ、最悪だぁああアアア!!」

 

椚ヶ丘高校3年、東條刹那。

 

早速ピンチです。

 

「大哥、大丈夫ですか?」

 

「あぁ、どうってことはない。それより…、今のは。」

 

「日本語、でしたね。」

 

刹那がぶつかった相手、三合会タイ支部のボス、張維新。

 

彼は面白そうに刹那が逃げていった方を眺めていた。

 

 

 

中等部のやつらと鍛えたおかげで足は早いほうだ。

 

しかし。

 

「こっちだ!!」

 

「うあっ!?」

 

土地勘がなさすぎる。

 

すぐに回り道をされてしまい、すぐに囲まれた。

 

「やっ、やばい…!!」

 

「おい、ガキ。…俺らのボスにぶつかっておいて逃げるたぁ…、良い度胸してるじゃねぇか。」

 

「ご、ごめんなさいって、謝ったつもりなんですけど…。」

 

相手が英語でよかった。

 

なんとか通じているみたいだ。

 

「日本人のガキのくせに、言葉がつうじるんだな。」

 

「まぁ、一応は名門校に通ってますからね。」

 

相手を刺激しないように、ゆっくりと話す。

 

「はっ、いいとこの坊っちゃんってわけか。…まぁなんでもいい。おらっ!こい!」

 

「いっ!?」

 

ぐいっと腕を引っ張られ、連れて行かれる。

 

「痛い!!はなしてよ!!」

 

最悪だ、最悪だ!

 

目立たないようにって思ってたのに、とんでもない人にぶつかってしまったみたいだ。

 

自分の運の無さに涙がでてくる。

 

すると、刹那の腕を掴んでいる男の携帯が鳴った。

 

「はい…。わかりました。失礼致します。」

 

短くそう返事し、胸ポケットに携帯をなおす。

 

「ボスがお前を連れて来いと言っている。…行くぞ。」

 

あぁ…、本当についていない…。

 

 

 

ーーー刹那君はすごいよ…、なんでも出来て、羨ましい。

 

ーーー刹那、俺は諦めないよ、お前のこと。

 

ーーー刹那君、いつでも先生を暗殺しに来てください、待っています。

 

 

 

E組の奴らの言葉が頭に浮かんだ。

 

みんな…、俺、大変なことになってるよ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します。ボス、連れて来ました。ほら、入れ。」

 

「あぅ…。」

 

どん、と押されて部屋に押し込まれる。

 

「ご苦労。お前は下がってていい。」

 

後ろ姿しか見えないが、さっきの男だ。

 

「失礼いいたします。」

 

部下らしき男は頭を下げ、部屋から出て行った。

 

「…。」

 

「よぉ日本人。…こっちに来な。」

 

「ぅ…。」

 

行きたくない。

 

でも、従うしかない。

 

近くに行けば、ボスと言われた男が振り返った。

 

「あっ…、あの…、先程は失礼いたしました!あなたが誰なのかは知らないですけど、本当にすみませんでした!!」

 

男が何か言うまえに、刹那は頭を下げる。

 

「だ、だから…、殺さないでください。」

 

それは正直な気持ち。

 

こんな短い人生で、こんなくだらない理由で殺されるわけにはいかないんだ。

 

「くっ…、はっはっはっ!!」

 

「…!?」

 

すると、男が大口をあけて笑い始めた。

 

「何を言うかとおもいきや、そんなことか!」

 

「え?」

 

「安心しろ、お前みたいなどこの人間ともわからねぇガキを殺したりなんかしない。むしろ、興味がある。」

 

「…。」

 

「俺が誰かわかってないのに頭を下げているあたり、とかな。」

 

「うっ…。」

 

「お前、名前は?」

 

「東條、刹那です。」

 

「刹那か。…俺は張、ここ、三合会のボスをしている。」

 

「…どうも。」

 

「お前はどこから来た?いつから?経路は?」

 

その問を投げかけられて、刹那は首を横に振るだけだ。

 

「…わかりません。気がついたら空き家のようなところで縛られていて。自分の家で寝ていたはずなのに。」

 

しかもご丁寧に制服を着せられている。

 

「ふぅん…、そうか…。」

 

「っわ!?」

 

急に腕を掴まれ、引き寄せられる。

 

「え!?」

 

「まぁいい。俺はお前が気に入った。」

 

「ちっ、近い…!!」

 

「なんだ…?刹那、お前、甘い匂いがするな。」

 

「ひぅ…!」

 

首筋に顔を近づけ、すんすんと匂いをかがれ、思わず変な声を上げる。

 

「へぇ。…日本人はこういうスキンシップが苦手なのかい?」

 

「そ、そういう訳じゃ…!」

 

刹那の顔は赤い。

 

その表情をみた張は、にやりと笑った。

 

「なんか、企んでる顔…、っあ!?」

 

ちゅ…、と首筋に吸い付き、さらに強く吸い上げる。

 

「ぃ、あっ…ん…!!」

 

ちくりとした痛みと、一瞬の快感。

 

「ふっ、しっかり付いたな。」

 

離れた張は満足気に笑った。

 

「…ふぇ?」

 

ガラス窓に向き直されて、先ほど張の吸い付いていた部分を見、刹那の顔は真っ赤になった。

 

キスマーク。

 

まさにそれだった。

 

「刹那、俺はお前が気に入った。これは、その証だ。」

 

ぺろりと唇を舐め、そう言う。

 

「なっ…、なっ…!!」

 

「俺のことは張でいい、よろしく頼むぜ、刹那。」

 

そのまま、唇を吸われ、刹那の頭はパンクした。

 

 

 

 

 

 



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2話

「(こ、こわいいいいいい!)」

 

今、刹那は張と対峙していた。

 

「おい。」

 

「(ど、どうしよう…!っていうか、普通に俺のファーストキスとられた…!)」

 

刹那は頭を抱え、悶々と考え込んでいた。

 

「刹那。」

 

「(気に入ったってなんなんだ!?俺、何かした!?いや、ぶつかったけど…、ぶつかったけど!それだけだし、それ以外には何もしてない…でもっ)」

 

「刹那!!」

 

「は、はい!?」

 

びくぅ!と体をはねさせ、そこで初めて張に気づく。

 

張はタバコの煙を吐き出し、少しサングラスをずらして刹那の方を見る。

 

「…何考えてた?」

 

「えっ…。」

 

刹那は、張のほうをきょとんとした様子で見る。

 

「何…って…、別に…。」

 

張には関係ないことだ、と刹那は目をそらす。

 

「俺はわかるぜ、刹那。俺には関係ないだろって顔してやがる。」

 

「…。」

 

全く大当たりすぎて、刹那の顔はぐっと歪んだ。

 

「俺は…、日本に帰りたいんです。」

 

「それはさっきも言っただろう、却下だ。」

 

「なんで…!」

 

「お前は俺の所有物だからだ。」

 

「…は?」

 

「言っただろう?俺はお前が気に入った。だから、お前を俺のものにした。」

 

「ほっ…本人の了承とか、そういうものもあるでしょう!?」

 

「言わせてもらうが、今、俺がお前をここから出すとする。そうすると、どうなると思う?」

 

「…。」

 

「ま、想像はついてるだろうな。…死ぬぞ。」

 

わかっていたことだが、死という単語を耳にして、刹那は息を呑んだ。

 

「ここでお前を手放してしまうのはどうしても惜しい。だから、俺はお前を離さない。」

 

「っ…!」

 

まっすぐに見据えられ、刹那の頬は少しだが、熱を帯びた。

 

「なに、心配するな、ここにいる以上、刹那に不自由はさせないさ。」

 

「でも…、俺、学生だし…。」

 

「刹那、今はこうして保護されてはいるが、お前は誘拐された身だ。お前を誘拐した奴らについては何もわかっていない。そんな状態で日本に戻っても、何も解決しないと思うが?」

 

「そ、それは、そうなんですけど…」

 

張の言っていることは正しい、だからこそ、刹那は納得出来ないことがあった。

 

「だからって、俺がここにいても何も解決しない…と思う、し。」

 

「…それはちがうな。」

 

「…。」

 

「ここ、ロアナプラにはお前の力になってやれるやつらが多く存在する。この場でお前を誘拐した犯人の目的を探り見つけ出す。そうやって、お前の不安要素を根元から腐らせればいい。」

 

張は、すっと刹那の隣に座り、肩を抱いて自分の方に引き寄せた。

 

「わっ…」

 

「そして俺は三合会タイ支部のトップだ。俺も、お前の力になってやれる。だから、しばらくは俺のそばにいろ。」

 

「…。」

 

刹那の表情は暗いままだが、かすかに、頷いた。

 

「いい子だ。」

 

「こ、子供扱いするな…。」

 

頭を撫でると、ぱっと避けられたが、張は満足気に笑ったままだった。

 

「…でも、心配かけないように、ある人にだけ連絡させて欲しいんだけど。」

 

「ある人?そいつは、だれだ?」

 

「んーと、…一応先生。」

 

「だめだ。」

 

「なんでだよ!」

 

「それこそ、向こう側に心配をかけるようなもんだろ。」

 

「大丈夫、あの人は電話したら直接こっちに来て確認して帰ると思うし。それに、説明しなかったら、あの人ならすぐにでも俺を見つけて、あんたを攻撃すると思う。」

 

お願いします!と頭を下げると、張は頭を掻きながらため息を吐いた。

 

「仕方ねぇな…」

 

「ありがとう。」

 

そして、刹那は電話をかけはじめた。

 

「あっ、もしもし、殺せんせー?」

 

「(殺せんせー…?)」

 

日本語であまり聞き取れないが、張はその単語だけは刹那の言う、”ある人”なのだということを理解した。

 

「うわっ!?お、落ち着いて…、俺は大丈夫。今、周りに渚たちはいないよね?…うん、うん…。とりあえず、今俺が居る場所までこれる?…ん、わかった、…くれぐれも、渚たちには気づかれないようにして。じゃあ、切るね。」

 

「終わったのか?」

 

「うん、今からくるって。」

 

「は…?」

 

「大丈夫、今の俺の状況を説明するだけだから。」

 

その時、豪風とともに、何かが目の前に現れた。

 

「な、なんだ!?」

 

「刹那くーん!無事ですかー!?」

 

その何かは、黄色く、タコのような風貌に黒い服を身にまとっていた。

 

「殺せんせー、俺はここだよ。」

 

「刹那くん!!」

 

素早い動きで刹那に飛びつき、がくがくと揺さぶる。

 

「本当に大丈夫なんですか心配したんですよ!急にいなくなったと聞いて、渚くんたちもすごく心配していたんですよ!そもそもなんでこんなところに君がいるんでs…」

 

「す、ストップ!殺せんせー。」

 

乱れた髪型を直し、息を整えて再び殺せんせーに向き直る。

 

「俺は、誘拐されたんだ。」

 

「にゅっ!?そ、それは、そこにいる男にですか?」

 

「ううん、違う。この人は、…………うーん、えーっと?」

 

「おいおい、なんでそんな困った顔でこっち見るんだよ。言っただろ?俺はお前に協力するってな。」

 

「信じていいのですか?」

 

「うん、多分、信じて大丈夫。」

 

気に入られたみたいだし、と小さく呟いて、本題に移る。

 

「どうして俺が、どういう目的で誘拐されたのかはわからない。でも、ここで保護されておとなしく帰ったところで、他のみんなに火の粉がかかったりしたら、先輩として面目が立たない。そこで、殺せんせーにだけ、俺は無事だよってことを伝えておこうかとおもったんだけど…。」

 

「そうなると、やはり渚くんたちにも刹那くんのことは教えておいたほうがいいんじゃないですかねぇ?」

 

「ううん、それは、なるべくやめてほしい。あいつら、絶対に俺を助けに来ようとする。張に聞いた限り、この街はとっても危険なところだから、俺のことについては触れないで欲しい。」

 

「にゅうう…。」

 

「とりあえず、俺は張のことを信用して、ここにいようと思う。…彼が張だよ。」

 

「初めましてだな、殺せんせーとやら。張だ、よろしく。」

 

「…あなたのことを教えてもらっても?」

 

「そうだな、教えてやれることといえば、三合会タイ支部のトップの張維新ってことぐらいだな、あとはテメーで調べたらいいと思うぜ。」

 

「三合会…」

 

「その様子だと、知ってそうだな。」

 

「あなたのことを本当に信じていいのか、先生にはわかりかねます。」

 

「まぁ、だろうな。だが、安心してくれていいぜ、俺は刹那に惚れた。絶対にこいつに手出しはさせないさ。」

 

「刹那くんの身に何かあった時、私はあなたを、殺すかもしれません。」

 

「あぁ、勝手にすりゃあいい。そんな時はこねぇからよ。」

 

 

 

 

 

 

 

殺せんせーが帰ってから、張は息を吐いた。

 

「ったく…、なんなんだ?あのたこみてーなやつは。」

 

「俺がお世話になってる先生。」

 

にこっと笑って言うと、張は、くくっ…と笑いながら刹那を引き寄せる。

 

「お前は飽きねぇなぁ。」

 

「…?」

 

 

 

 

 

 

 

「これから仲良くしようぜ、刹那。」

 

「………少しくらいなら。」



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