風雲トラック城の日々 (久山ミサキ)
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妖しい男、狐堂成実

ーーチリーン、チリーン。

 

海軍大本営。その建物の中に不釣り合いな涼しげな鈴の音が響く。通路を歩く士官らしき軍服の青年たちは不思議に思い、その音の発生源を探る。そして一人の男を見つけた。しかし彼らは更に首を捻ることになる。

 

軍服の中で、浮いた和装。それに帯びた一振の刀。よく見れば腰の辺りに音の発生源であろう鈴が結ばれている。そんな目立つ男が道の真ん中を堂々と歩いていた。しかし、青年達は誰一人として今までこの目立つ男を認識していなかったのだ。

 

その異常性に気づいた彼らはすぐさま声を掛けようとした。万が一、日ノ本の守護の要たるこの大本営に不審人物が紛れてはいけないと思ったからだ。しかし、それは叶わなかった。何故ならその男が警備の者に挨拶をし、一つの部屋に入ったからである。その部屋は確か、本日大将以上の者にしか入室を許可していなかった。

 

まあ、その視線に晒されていた当人は

(私、何かやらかしましたかねえ。一つも覚えがないのですがねえ…)

と考え事をしていただけであったが。

 

 

彼が部屋の中に入室すると数人の男達が中にはいた。どの者も並々ならぬ風格と威厳を持っており、戦時に位を持つ本物の軍人であると感じられた。そしてその中でも一際威厳を持ち、その軍服に幾つもの勲章を付けた五十代程の男が口を開いた。

 

「態々呼び出して済まないね。狐堂君、と呼べば良いかね?それとも他の呼び方があるのだろうか?」

「いえ、私の今の名は狐堂成実(こどう しげざね)ですので。狐堂でかまいませんよ」

「成る程、では狐堂君。いきなり呼び出して済まないね。私は海軍で元帥をさせてもらっている者だ。今回は君に海軍、いや政府から依頼があって呼ばせて貰った。しかし本題の前に聞きたいこともあるだろう。質問してくれて構わないよ」

 

元帥だと名乗った男はそうして狐堂に座るように促した。言われるがまま席に座った狐堂は質問を始める。

 

「ではお言葉に甘えまして。まず、私のことを何処でお知りになられたのですか?長らく世間とは関わっていなかったのですが」

「陰陽寮解体時の資料でね。君も覚えがあるだろう?」

「成る程、随分と骨董品を持ってきましたね。あんな山の中に使いを出した辺り本当に余裕がないのですか?」

「無くはないがね、多くはない。我々は兵が畑から採れる訳ではないのでね。優秀な指揮官が足りないのだよ」

 

元帥が大きくため息をつきながら答えたのを見て狐堂は問いかける。

 

「では今回のこともそういう?」

「ああそうだ。君にはとある泊地の鎮守府で提督をやって貰いたい」

「見返りは?」

「君の安全の保証と言ったところか。勘違い者が多いのだろう?」

「それだけでは弱いですね。軍内でのある程度の自由と権限を頂きたい。それ以外にも計っていただきたい便宜が幾つか」

「ふむ。良いだろう。私の権限で出来る範囲ならば確約、出来ない範囲も善処しよう」

 

元帥があっさりとそれを了承すると今まで黙っていた周りの男達がざわめき始めた。

 

「元帥!その様なことを勝手になさっては!」

「構わんだろう、全権は私に委ねられているしな」

「しかし!」

「そもそも、彼に反乱でもされれば私達ではどうしようもないよ。今回、我々が抱え込むのはそういうことだ」

「ですが!」

 

男達の対応をしていた元帥が狐堂の方を見る。

 

「済まない、少し掛かりそうだ。抑えておくから休憩も兼ねて少し外を歩いてきてくれないかい?」

「仕方ありませんね、ではまた後程」

 

そうして狐堂は一度部屋を後にした。

 

 

◇ ◇

 

ーーー姉さんは何時もベッドの上にいます。でも、いつだって無表情な私より元気で明るい笑顔で私に力をくれます。それでも急にふらりと倒れてしまいます。それでも私に笑うのです。大丈夫よ、と。絶対に大丈夫ではありません。大丈夫な訳ないのに、震えた手で私の頭を撫でるのです。

姉さんはもう長らく海を見ていません。良い意味など持たない戦場である海を姉さんは見たいと言います。そんなに良いものではありませんよ、と私が言っても、それでも見たいのよ、と笑います。

ある日、とある会議が聞こえて来ました。それは、兵器として戦う事の出来ない姉さんの処分の話でした。

そこからのことは余り覚えていません。姉さんを海に連れて行くのだと困惑する姉さんの手を引きながら走ったことは覚えています。その中で姉さんではなく私が倒れてしまったことも。

 

そして薄れゆく意識の中、鈴の音が聞こえたような気がしました。

 



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探索者の見つけたもの

まーた、随分短いです。
あと、やたらシリアスっぽい話が続いてますけどそろそろほのぼのしたり日常したりしたいです。



狐堂が未だ喧騒の続く部屋を後にしながらため息を吐く。

 

(いやはや、久々に俗世に関わってみましたが案外人ってやつは何年経っても変わりませんね。あの時は気軽に相談に乗っていましたが、彼の気苦労を実感出来る日が来るとは思いもしませんでした)

 

そう、憂いた顔をしながら腰に帯びた刀を手で撫でる。チリーン、と同じく腰につけた鈴が涼しげな音を鳴らして狐堂を物思いに沈ませる。

 

「あの…?」

「あ、はい?」

 

それを破ったのは1人の男の声だった。全く予測していなかった声に素っ頓狂な声で対応する狐堂。そこに立っていたのは入室の時にも挨拶をした警備の男であった。

 

「ええと、会議の方はいったいどうなったんでありましょうか?」

 

その質問に狐堂も納得する。明らかに部外者である自分だけが部屋から出てきては警備の彼も困惑して当然だろう。

 

「ああ、はい!すいません、私だけ出てきたのでは訳が分かりませんよね。どうも一旦休憩との事でして、私は館内の散策を勧められたんですよ。暫くしたら戻ってきますので、その時は入れて下さいね?」

 

そう、彼は冗談めかして笑うと廊下を歩きだした。

 

(まあ、目的もありませんが近代軍事施設です。なにか愉快な物くらいはあるでしょう)

 

 

そうして館内を散策していく。幾つかの番号が振られた会議室に食堂へ繋がるであろう廊下、地下に続くのは入浴施設だろうか。その中で彼は一つの部屋が目に留まった。

 

「戦術資料室、ですか…。こんな誰でも入れる様な場所にこういう施設があるのは人以外との戦争ならではでしょうか」

 

少なくとも自分が戦と呼べる物に関わっていた頃はこういう物はかなり重要な機密だったのだが。それに、どうやら扉が少し開いているようなのも気になる。

 

「こういう所を開けているのは資料にも良くないんじゃないですかね。それとも今日日こういった資料は紙媒体ではないのでしょうか」

 

そう言いながら、扉を開けると一番最初に目に入った物は紙媒体の資料でも電子媒体の資料でもなく、2人の少女だった。

 

 

◇ ◇

 

突然、私の病室に妹が訪ねてきた。何時もと違って随分焦った声で、姉さん海に行きましょうって。そうやって焦った妹の声を聞いて、

 

(ああ、遂にね)

 

って思った。私、処分されちゃうんだーって、気づいた。だっていっつも冷静な妹がこんなに焦っているんだもの。わからきゃお姉ちゃん失格だ。だから私の手を引っ張る妹に逆らわず私は駆け出した。

 

でも。そんなの聞いてない。なんであんたが倒れるの?それは私がなるものじゃない。なんで、なんでよ。誰か、どうか。

 

その時、私達の隠れていた部屋の扉が開いた。連れ戻しにきた士官かと思ったけど軍服じゃなくて和服だった。軍人じゃない!えらく短絡的だけれども考える余裕のなかった私はそう考えると口から言葉をこぼしていた。

 

「…妹を、不知火を助けて!」

 

 




演出上、私になってますけど不知火の一人称は不知火です。落ち度があるのは僕です。


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