ハピネス (thinsnow)
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ハピネス

こたつは気持ちがいい極楽のような居場所だ。

寒い日はなおさらそう思う。

下半身を暖めると全身の血行もよくなるし

こたつを考えた人は天才だと崇めたい。

 

結城さんはこたつに入って本を読んでいた。

本当にあった!(かもしれない)怖い話という

漫画雑誌だった。

絵が劇画調で幽霊の絵もリアルに描かれていたので

読みながら怯えるハムスターのようにびくびくしている。

 

 

すると玄関のドアがガチャガチャと音を立てた。

 

「ただいま」

マフラーを顎のところまで巻き付けたスイッチが

仕事から帰ってきた。

「おかえりなさい」

結城さんは本を読みながら声をかけた。

「ただいま、俺もこたつに入らせてくれ」

スイッチは滑り込むようにこたつへ入り込んで

足が結城さんの足にぶつかった。

「ちょっと、狭いのにそんなに入り込まないでよ」

結城さんはこたつの中でスイッチのお尻を蹴った。

「寒かったんだからいいだろう、それより

ご飯はまだか?」

「おでんを作ってあるわ」

「本当か!?ちゃんとジャガイモは入れてくれたか?」

「入れたわよ、アナタ一度はまるとそればっかりになるわね」

この間余ったジャガイモを入れたら思った以上に気にいったらしい。

結城さんは本を閉じて立ち上がり夕食の準備をした。

 

 

テーブルだと寒いので、冬はだいたいこたつで

夕飯を食べる。

おでんも冷めないようテーブルコンロで温めた。

「あったかいわね」

玉子を半分に割って口に入れながら結城さんは言う。

「五臓六腑に染み渡るだろう」

スイッチは大根とこんにゃくを皿に乗せている。

「あれだけジャガイモと言ってたのに食べないの?」

「好きなものは最後に取っておくんだ」

スイッチが大根を口にすると、出汁が染み込んでいて噛まなくても

口のなかでとろけた。

結城さんが手間隙かけて作ってくれたんだと味わいながら食べる。

 

「そういえば昔はコンビニの前でおでんを

食べたりしたわよね」

「若い頃は寒さにも強かったしな」

「あの寒い中で食べるおでんも美味しかったわよね」

「まぁな、寒いからこそ温かいものが染みるんだよな」

 

あの頃、たしか卵が一個しかなくて半分こしたのよね、そんなことをふと思い出した。

 

今は半分に分けなくても、二人分ちゃんと入っている。

暖かいうちで、暖かいこたつに潜って。

 

 

鍋から沸き上がる湯気が眼鏡にかかり

スイッチは眼鏡を外した。

 

 

あの頃より大人になった彼の顔は大人の男で

髭も生えるのが早くなって、シワも出来てきた。

もちろん自分もあの頃の自分とは違い

髪も短くして化粧もして猫背もしなくなった。

 

 

 

あの頃とは状況が全く違う二人。

 

 

でも、幸せな気持ちは今も昔も変わらない。

 

 

結城さんはこたつの中でスイッチの足をつついた。

「何だ、食事中にやめないか」

「ねぇ、ジャガイモ全部食べていいかしら?」

「ダメに決まってるだろう、俺が全部食べる」

「全部って、せめて半分ちょうだいな」

 

そう言って結城さんは菜箸でジャガイモを

半分に割った。



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