メカクシデイズ (T・A・P)
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メカクシデイズ Ⅰ

 カゲロウデイズ

 8月15日を繰り返す、創られた終わらないセカイ

 それは物語にすれば最終局面になるだろう。世界の秘密を解き明かした少年しかり、魔王との最終局面を迎える勇者しかり、ガラスの靴を履いた彼女しかり。

 推測し、試し、失敗し、挑み、攻略す。

思考錯誤の繰り返し、諦めかけるも立ちあがり、仲間と共に前へ進む。

 その現象を解き明かし、解放する彼等の物語の最終話。

 手に手を取り合って、皆が笑いあう大団円。

 飲み込まれていた人々を助けだすことに涙する英雄達。

 目が、体が、記憶が元に戻ることができた。

 これ以上ないくらいのハッピーエンド。

 笑顔に、微笑み、嬉し涙に歓喜の嗚咽。セカイは閉じられ、先へ進む。

 敵も味方も、正義も悪も。全てが平等に均等に。

 そんな、セカイの、終わらない夏の終わり方。

 真っ赤なヒーローによってたどり着いた。赤を残して喜ぶ終わり方。

 

 

 そんな反吐が出るほどに、つばを吐きかけたくなるほどに、踏みにじってしまいたくなるほどに、胸糞が悪い終わり方。

 彼等、いや、彼の物語が小説であり漫画ならそこで終わっていただろう。

 しかし、セカイは残酷で優しく目を覆いたくなるほどに現実でしかない。

勇者が魔王を倒して凱旋した後、勇者が幸せになったかなんて誰も知らない。ガラスの靴を履いた彼女が、本当に幸せだったのかなんて誰も分からない。

 もしかしたら、勇者はその強さ故に助けた人々に化物扱いを受けたのかもしれない、ガラスの靴を履いた彼女は自分の外面だけで中身を見てくれない王子に嫌気がさしていたのかもしれない。

 これはそんな御話し。

 使い捨てのヒーローにされた【彼】の御話し。

 

 

 

 メカクシ団アジト

カゲロウデイズが、終わらない夏が終わり、夏休みもようやく明ける事ができる夏の暑い日。戻ってきた家族と数日過ごしたメカクシ団の団員は数日ぶりにアジトへと集まった。

はじめにキドがカノとセト、そして夏なのにトレードマークの赤いマフラーを首に巻いたアヤノを連れてアジトの中に入る。

「アジトも久しぶりだな」

「そうっすね。見た感じ、ちょっと掃除が必要そうっすよ」

「じゃあ、皆が来る前に換気と掃除をしようか」

「さんせ~い」

キド達は持ってきた飲み物と食べ物を冷蔵庫に入れた後、数日分の空気を入れ替えるために窓をあけ、入ってくる風を感じ笑顔になる。そのあと、4人で手分けをしてアジトの中の掃除を始めた。キド、カノ、セトは久しぶりに会えるメンバーを楽しみにして、アヤノは自分を助けてくれた赤い少年に出会えることを楽しみに。

今日まで家族と過ごしていたため、あの日赤い少年の顔を見た以外の接触はできていなかった。会いに行こうとすれば、キドがカノがセトがなぜか引き止めて行かせてはくれなかった。アヤノはそんな三人を不思議に思っていたが、ようやくまた会えたから甘えているのだと自分で納得した。

だから今日のアヤノはかなり浮かれていた。

次にやってきたのは、マリーとモモだった。

「こ、こんにちは~」

「あ、団長さん達もう来てる!」

どうやらアジトの前でちょうど合流したらしい。

「久しぶりだな、マリー、キサラギ」

 キドが二人に向かって笑顔を向ける。あの日からキドは少しずつだが昔に戻ってきていた。今日は皆と会うと言う事でいつもの服装ではあるが、アヤノが戻ってきてから二人で女の子らしい服を数着購入して、部屋の中限定のファッションショーを行っている。

「セト、久しぶり」

「久しぶりっす、マリー」

「あ、団長さん。掃除手伝いますよ」

 セトとマリーはお互いに笑顔を交換し、モモは元気よく箒を持って掃除を始めた。カノはそんな光景を微笑ましく笑いながらチラリとアヤノの方を盗み見た。

 モモが来た時、アヤノは少しだけ緊張していた。ようやく赤い少年に会えるんだと思うと何を言えばいいのか。だが、どうやら赤い少年は一緒ではなく、少し残念に思いながらその光景を見ていた。

 それからヒビヤがヒヨリを連れてやってきた。

「メカクシ団の皆様、初めまして朝比奈日和です。そのせつは助けていただいてありがとうございました」

 と、礼儀正しく頭を下げていた。

「ひ、ヒヨリ、あの、僕が皆に……」

「黙ってなさい。私が助けてもらったんだから私がお礼するのが正しいのよ」

 ヒビヤがヒヨリを、ではなくヒヨリがヒビヤをの方が正しそうだ。

「ほら、皆が掃除しているでしょ。手伝うわよ」

「ま、待ってよヒヨリ~」

 そんな小学生二人のやり取りを笑いながら皆が見ていた。

 掃除も終わり、開けていた窓を閉めエアコンをかけて各々涼んでいるとドアを開けて入ってくる二つの影があった。

「こ、こんにちわ~」

 目つきの悪い少女がにこやかな少年を後ろにつれて、おずおずと中を確認するようにドアを開けて入ってきた。

「あ、貴音さんいらっしゃい」

 アヤノがいち早く気が付き入口に駆け寄って、榎本貴音と九ノ瀬遥の二人をアジトの中に迎えた。

「アヤノちゃん、本当によかった」

「貴音さんも、よかったです」

 さっきまでの態度から一変して腰に手を当てて、先輩風を吹かす。

「遥さんも病気が治ってよかったです」

「うん、これでずっと貴音といっしょだよ」

「ちょ、遥、何言ってんの!」

「あはは、本当によかったです」

「…うん、アヤノちゃんもね」

 うっすらとアヤノの目の中に涙が浮かび、慌てた貴音は両手を振り回して自分がもう大丈夫であることをアピールしていた。

「さぁ、皆集まったな」

 キドが立ち上がりコップを持つ。モモとマリーが最後に入ってきた貴音と遥にコップを渡して、なみなみとジュースを注いだ。モモはおしるコーラを注ごうとして騒ぎを起こしていたが、それも皆が笑っていた。

「俺達メカクシ団に」

《乾杯!》

 事前に打ち合わせをしたかと思うほどに、全員の息が合った。

 アジトの中は笑顔があふれる。

 アヤノは赤い少年が来ていないことに不思議に思った。しかし、ここ最近の赤い少年のことをなまじ知っていたからこそ、あとで来るんだろうな、と自己完結で終わっていた。

 もう一度言っておこう、この日のアヤノはかなり浮かれていた。

 赤い少年はこの日、メカクシ団アジトにはこなかった。

 

 

 

 如月シンタローはいつものように昼ごろ目を覚ました。

 いや、あの頃を思い出せばここ数日のようにだろう。あの頃は無理やり、あの青いエネミーに起こされていたなと寝ぼけた頭で思い出す。

 この数日、家族と会わず以前のようにずっと部屋の中で過ごしていたシンタローは家の中が静かな事に気がついた。

父親が戻ってきて、モモはずっと父親にべったりと張り付いていた。物理的にも精神的にもだ。一度だけシンタローも一言言おうと部屋を出ようとした、出ようとしたんだ。

「お兄ちゃん、部屋から出ないでもらえるかな。あと、お父さんに近づかないで」

 笑顔でそうモモが目の前に立っていた。

「じゃ、そういうことだから」

 モモは言う事だけ言って、強制的にドアを閉めた。

 シンタローは特に何も思いはしなかった。こんなことはいつからか、いや、昔から慣れている。化物を見るような目は、もう見飽きた。

 昔ならそんな相手など一瞬後には切り捨てるのだが、メカクシ団はあいつが作ったから、あいつの大切な奴らだから。

 だから……でも……

 頭が通常に戻ってきたようで、どうやら家の中には自分以外誰もいない事に気が付きドアを開け部屋を出た。部屋を出てリビングに行くと案の定誰もいなかった。母親も父親も、そして妹であるモモさえも。

 三人で出かけたのかと思ったが、今日までの数日を考えるとモモはそろそろアジトにでも行ったのだろうと考えた。案の定、テーブルの上に母親から父親と二人で出掛けてくると言ったメモが残されていた。

 頭を掻いてどうするかとシンタローは考える。

 モモがアジトに行ったということは、おそらくだがメカクシ団で何か集まりがあるのだろう。なら、ちょうどいいと呟いて部屋に戻り、もう最後だろうと赤いジャージに袖を通し家を出た。

 

 

 案の定、アジトの中から全員分の声が聞こえてきた。偶然全員が集まったとは考えにくく、事前に計画されていたか全員に連絡がいっていたのか。まぁ、どちらでもいい、どうせ結果は変わらないんだとドアノブに手をかけようと腕をのばした。

『……姉さん、もうあいつに関わらなくていいんだ』

『そうそう、あんなやつもうここに来ないって』

 ……おい、やめろよ。

 シンタローの手は固まったように微動だにしなくなった。今すぐに耳をふさいでその場を逃げ出したかったが、どうにも足が動かなかった。

それはどうしてだったのか、恐れ? 怒り? それとも希望だったのか。

『アヤノちゃん、本当のこと言っていいよ。だって、ここにいる皆が』

『お兄ちゃんの事なんか、大っ嫌いなんだから』

 ああ、知ってたよ。すぐ分かったさ。全員が化物を見る目で見ていたことなんてな。

『アヤノさん、どうしたんですか? そんな顔をして。あ、分かりました。ようやく仲間ができてうれしいですね!』

『……う、うん、そうだね』

 …………………

 十分だ、それだけで、赤い少年だった如月シンタローはもろくも崩れ去った。

 希望? そんなのは絶望とセットだって最初から決まっている。

『シンタローって怖くなかった?』

『姉ちゃん、あんな気持ち悪い奴なんて忘れちゃえよ』

『あのおじさん、いちいちうるさいんだよ』

『そ、そうだったね。なんで一緒にいたか分からないよ』

『そうっすよ! 本当によかったっす!』

『そうだ姉さん。あいつまだメカクシ団の団員だと思っているから、俺達で追い出してやろう』

『いいね、それ。じゃあ、どうする?』

『あ、こんなのはどうですか? 始めからアジトを荒らしておいて、用があるからってメールを出すんです。アジトに入ったのを確認したら皆で入って行って追いつめるんですよ! これなら追い出せると思いませんか』

『あ、モモちゃん頭いい~』

『あの馬鹿の慌てる顔が目に浮かぶ』

『アヤノさん、いい案だと思いませんか!』

『う、うん。それだったら追い出せそう、だね』

『よし、それで行こう。やるなら早い方がいいだろう、明後日に決行する』

『あれ、明日じゃないんっすか?』

『準備が必要だろ。それに今日は遅くまでやるって決めただろ』

『ああ、忘れてたっす』

『まったく。そうだ、姉さん。あいつには姉さんから連絡入れてもらえるかな?』

『え、どうして』

『その方があいつも警戒しないだろうからな』

『キドも頭いい~』

『…うん、分かったよ』

 涙はとうに枯れつくした。

 赤い少年はもういない。

 どこかの誰かが言っていた。

正義の味方は期間限定だと。ヒーローは3分間で終わりだと。

結局、平和な世の中にヒーローなんて必要ないのだろう。

インスタントヒーローは使い捨てだ。

たった一人のヒーローは、救った相手に殺された。

心優しい化物は、心を失くした人間になり果てた。

 

 体は嘘みたいに軽くなった。さっきまで動けなかったことなんて嘘のように、今は羽よりも軽い。

 如月シンタローはアジトの前から離れて、今は公園のベンチに腰掛けている。道路から見られることのない、陰に隠れたベンチに座っている。

「よう、最善策。最高に面白いツラしてんな」

「まってたぜ、クロハ」

 クロハは少し意外な顔を見せた。

「おいおい、俺が来ることが分かってたような口ぶりだな」

「そんなことはどうでもいい」

 シンタローは真っ直ぐにクロハを見ながら、

「俺をそそのかせ」

 そう、言ったのだ。

 

 



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メカクシデイズ Ⅱ

 

「……あ、シンタロー?」

『…アヤノか』

「うん。シンタローに言いたい事があるんだけど、アジトに来てもらえない、かな?」

『電話じゃ言えない事か』

「う、うん。直接言いたいの」

『……で、今日の何時に行けばいい』

「えっと、今すぐじゃ、ダメ、かな」

『………分かった』

「シ、シンタロー」

『なんだ、もう準備したいんだけど』

「その……急いでね」

『分かってる』

 アヤノは携帯を耳から外し通話を切った。そして、後ろにいるメカクシ団に顔を向けた。キドを中心に、カノ、セト、マリー、モモ、貴音、ヒビヤ、遥、が立っている。その表情は、これから起こることが楽しみだといった歪んだ笑顔がそれぞれに浮かんでいた。

「あいつ、どんな顔するかな」

「そりゃ、まぬけな顔をするっすよ」

「あ~ドキドキしてきた。ちゃんとできるかな」

「大丈夫、昨日教えたじゃない」

「遥、あんたは笑ってるだけでいいわね」

「え~ひどいよ貴音、これでも頑張ってるんだよ」

 アヤノはそんなメカクシ団を見て、もう戻れないことに後悔をしていた。隠して接することはできるだろう。だが、シンタローが知らなくても自分は分かっている。自分がどんなことを言っていたのか。罪悪感を棄てきれるほど、まだ、鈍感にはなれていない。だが、それは、もう、時間の問題だろう。朱に交われば赤くなる、しかし、もう赤はいない。ごちゃ混ぜの黒に染まっていく。

 真っ赤な色はヒーローの主人公の色、赤いマフラーはもう、黒く染まった。

 少し遅れてヒヨリが合流し、

「遅いよヒヨリー」

「うるさいわね、良いでしょ別に間にあったんだから」

「で、でも~」

「あ~もう、ウジウジしない!」

「は、はい!」

 そんな小学生二人を見てクスリと笑ったキドが号令を出す。

「任務、開始だ」

 それぞれが散らばり、物陰に隠れてシンタローがアジトに現れるのを待った。

 

 

アジトの中に入ればすぐに目につくいのが、カッターやナイフ、鋏などで切り裂かれた服が部屋中に散乱している光景だ。その服はアジトに部屋を持っていないアヤノとヒヨリ以外の着古した服ばかりが使われていた。

個人個人が別々の刃物で切り裂いてあるので切り口手口は一致していなかった。シンタローなら一発で見抜くだろうが、仲間のいない人間に見抜かれても支障はないと深く考えはしなかった。

そしてズタズタに引き裂かれたソファカバーやクッション、割れた皿にマグカップ。一見すれば荒らされたと感じるアジト内は、しかし、どこかしらの違和感を漂わせるものではあった。テレビも、窓も、パソコンも、手じかにある高価な物が壊されていない癖に個々の部屋にあるはずの服をその場に放置はなくなぜかリビングに持ちだしている。

違和感だらけの荒らされたアジト。リビングだけ荒らされたアジト。

おそらく、外部の人間を同じ手で嵌める時にもこれと同じことどまりだったろう。シンタローがいれば、こんな杜撰でアニメに出てくるチーズに空いた穴のような作戦はたてないだろう。

これが、こいつらの限界。

子供だましのヒーローごっこ。

 

 

 電話から十分としないうちにシンタローがアジトの前に現れた。シンタローは扉を開けてアジトの中へ入って行った。

 キド達は急いでドアの前まで移動した。部屋の状況を見て逃げ出そうとするシンタローを待つためだ。買物から帰ったふりをして、逃げようとしたシンタローを引き止めて制裁という名の暴力を行使するのを今か今かと待っていた。

 しかし、五分経っても逃げ出す様子が無く、しだいに別の場所から逃げられることに気が付き急いでアジトの中になだれ込んだ。

 初めに飛び込んできたのが、カバーだけを切り裂かれているだけで本体は無傷のソファにどっしりと構えて座っている如月シンタローの姿だった。

「よう、どうした。模様替えの途中か」

 

 

 

『……あ、シンタロー?』

「…アヤノか」

『うん。シンタローに言いたい事があるんだけど、アジトに来てもらえない、かな?』

「電話じゃ言えない事か」

『う、うん。直接言いたいの』

「……で、今日の何時に行けばいい」

『えっと、今すぐじゃ、ダメ、かな』

「………分かった」

『シ、シンタロー』

「なんだ、もう準備したいんだけど」

『その……急いでね』

「分かってる」

 シンタローは通話が切れたのを確認し、視線を前に向け目線だけで伝える。受けた側は首を縦に振り走って行ってしまった。

 それ後ろ姿を確認して、ベンチから立ち上がる。

「クロハ、準備はいいか」

「当たり前だろ。つか、全ては昨日で終わってるじゃねぇか」

「ああ、そうだったな」

 いつの間にか横に現れたクロハにシンタローは目を向ける事なく、クロはも正面を向きながら答える。

「準備は上々、仕掛けの完璧、あとは野となれ山となれ。ま、お前の計画が外れることなんてねぇんだけどな」

 クロハは両掌を肩の高さまで掲げて哂う。

「そろそろ行くぞ」

「お、ついにか。楽しみにしてるぜ、最善策……いや、シンタロー」

 次の瞬間、シンタロー一人になった公園は静寂につつまれ、シンタローはアジトに向かって歩き出した。

 

 アジトに前まで来ると物陰に人の気配がするのが分かった。ここまで杜撰で、ひどいものかとため息をつきたくなる。本当に子供だましの集団だったなとかつての仲間を評価した。ドアには鍵がかかっておらず、そのまま土足でアジト内へ上がって行った。

 中は目も覆いたくなるような光景だった。ひどい、ひどすぎる。

ここまであらか様で、本気でやってんのかというくらいに杜撰だった。ため息をつき、エアコンをかける。数分で来るだろうから設定温度は最低にして冷房をつけた。

そして、カバーしか破いていないソファに座りメカクシ団の連中を待つ。

五分は度経ったか、入口が騒がしくなり、メカクシ団の全員が雪崩のようにリビングへ入ってきた。ソファに座っているシンタローを見つけると、全員があっけにとられた表情をしていた。

シンタローはその表情を見て笑いをこらえ、

「よう、どうした。模様替えの途中か」

 そう、言い放った。

 

 

 

 ソファに座っている座っているシンタローに驚いていたものの、初めにキドが戻ってきた。

「おい、シンタロー。なんだこれは」

 どうやらこのまま続ける気らしい。それに気がついたほかのメンバーも口を開こうとして、

「あ? おいおい、いつものように呼べよ。化物ってよ」

 シンタローに止められた。

「そんな事はどうでもいい! この状況はなんだと聞いているんだ!」

「それこそ、俺が聞きたな。なんだこれ、お前ら本当にやる気あんのか? 杜撰で稚拙で子供だましのこんな荒らし方。この服、別々の刃物で切ってあるじゃねぇか。一つに統一しておけよ。

それと、このソファ。舐めてんのか?

窓もパソコンもテレビも、普通壊すだろうが。点数をつけるとするなら、つけれて10点か。ああ、もちろん100点満点でだ」

シンタローは看破していた。そんな、目の前の少年におぞ気が走りながらも、自分達が正しいと、ヒーローだと本当に思っていた。

「……そんなの、誰が信じると思う? 君、もう一人ぼっちでしょ。そんな人間、いや化物を信じる人なんていないんじゃないかな」

 カノがあの頃のように笑いながら言う。

「そ、そうだよ! 誰もお兄ちゃんの事なんか信じない! お母さんたちも!」

「そうっすよ、だいたい誰があんたなんか信じるんっすか」

 威勢のいい事だな、とシンタローは見えないように俯いて哂う。

「あ~なんつったっけ。ああ、そうそう、如月桃だったな。お前、俺のことを兄って呼ぶけどさ、化物の妹って事はお前も、化物ってことだろ?」

 モモは、一層顔を歪めた。

「おい、化物。化物はお前だけだ、キサラギは俺たちの仲間の人間だ」

「ば、化物!」

「おじさ……化物、さっさと出て行ってくれないかな」

「化物。あんたは私達の後輩だったなんて言うんじゃないわよ」

「えっと、化物さんって呼べばいいの、貴音」

 そんな中、アヤノは一言も言葉を発することができなかった。目の前にいるのはシンタローで間違いない。でも、あの頃のシンタローは赤いヒーローはもういなかった。そして、それが、己のせいだとどうしてか分かってしまった。

 ふと、視線に気が付きその方向を向くと、ヒヨリがアヤノの顔を見ていた。その顔には表情という感情が無く、無表情に無表情を重ねた無表情をしていた。

 その表情で、確信した。

 アヤノは、ここで一回目の絶望をした。あれほど好きだったのに、あれほど合いたかったのに、あの優しかった、ヒーローだったシンタローを絶望させたのが自分だったことに、自分自身に絶望した。

「姉さんも、言ってやってくれ!」

「姉ちゃん!」

「姉ちゃん、頼むっす!」

 それは、処刑宣告と同じだっただろう。

「……シ、シンタロー」

「………あ? お前、誰だっけ」

 そこで、二回目の絶望を憶えた。

 アヤノは体の力が抜け、土下座をこれからするかのごとく膝を床につけて正座の体勢になった。涙は出ない、当たり前だ、涙を流すことなど許されない。

「おい、化物。覚悟はできているんだろうな」

「キド、僕にやらせてよ」

 カノは一歩、シンタローに近づいて立ち止まる。

「なにがおかしい」

 シンタローは小さく笑い始め、徐々にその笑い声は大きくなっていった。

「覚悟? それはこっちの台詞だろうが。覚悟ってのは人間がするものだ。化物は最初から覚悟もなく、気まぐれに、遊び半分で面白がって人間を殺すんだぜ」

 シンタローは立ち上がる。

「ああ、それと、その化物はまだメカクシ団No.7なんだぜ。だからさ、俺がする事は全て、メカクシ団の仕業だ」

 邪悪に、醜悪に、悪意に満ちた言葉を浸透させる。

「化物! お前をメカクシ団から永久追放する! メカクシ団のこと今後一切口にするな! それともう二度とメカクシ団とここに近づく事は、俺が許さない!」

「はぁ、ようやく脱退できた。これから先、メカクシ団なんて糞みたいなとこに名前があるのは迷惑だったんだよ。てか、前らこそ俺の名前を使うんじゃねえぞ」

 頭を掻きながら長いため息を吐き出し、その顔はすがすがしく明るい表情だった。

「キド、セト、こいつここから力づくで追い出そう」

 それは暴力に訴えると言っていた。

「ったく、物騒だな。ま、言われなくてもすぐに出ていくさ。

 クロハ、もういいぞ」

 黒い大きな蛇の頭がシンタローの横に現れた。メカクシ団は知っている、それがなんなのか。

「よう、まぬけで滑稽で愚かな諸君」

 蛇の中からクロハが現れ、シンタローの横に立ち見下すよう視線を向けた。

「ああ、そうそう、言い忘れたが、俺が化物だって話。それ、正しいんだわ」

 シンタローは一旦目をつぶったかと思ったらすぐに見開き、その双眸が真っ赤に染まっていた。

「それとこのジャージも、もう要らないか」

 赤いジャージを脱ぎ、クロハの方へ手を差し出す。クロハは何も聞かずにライターを手渡した。シンタローはライターに火をともし、赤いジャージに火をつけた。ジャージは瞬く間に燃えはじめ、あとかたもなく、灰と散った。

 三度目の絶望だ。

 赤は、シンタローの色だと、ヒーローの色だと。アヤノは絶望の中に少しだけ希望を見出していた。赤いジャージ、シンタローがそれをまだ着ているということは昔のシンタローに戻ってくれるかもしれない。

だが、それを燃やしたということは、もう、戻る気はないという意思表示だった。

「ほれ、着とけ」

「ああ」

 真っ黒なパーカーをシンタローは羽織る。

 クロハが来たこと、シンタローの目のことで動けないメカクシ団の面々だが、一人だけシンタローに向かって動く影があった。

「ヒ、ヒヨリ?」

「お、おい、危ないぞ」

 ヒヨリはシンタローの目の前に立ち、それからクロハと反対側に立ちメカクシ団の方に向いた。

 アヤノは分かった。そして、羨んだ。

 本来、自分がいるべき、自分が望む場所に、そこに居る事ができる少女に。

 メカクシ団はその行為がまったく分からないといった表情を浮かべている。

「はぁ、分からないの。私はシンタローさんについて行くの、これはわたしの意思よ!」

 



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メカクシデイズ Ⅲ

 

「すまない」

「すみません」

 開口一番に、邂逅一番に、頭を下げられた。

 

 

 シンタローはあの後、公園からすぐに自宅へと戻った。

 運よく両親は戻っておらず、今日シンタローが家から出たことを知っている人間はいなかった。家に帰るとすぐに部屋の戻り、ベッドに座り部屋の中でクロハを呼んだ。部屋の中に黒く大きな蛇の頭が現れ、どんな存在も飲み込めるような口の中からクロハが現れた。

「クロハ、全ての蛇はお前を除いてアザミのところで間違いないか」

 そんな登場の仕方にも驚かず、冷静に訊く。

「ったく、少しは驚けよ。

 ああ、女王を含めて全ての蛇はあいつの元に戻ったぜ。俺もこうしてはいるが、結局あいつの物だ。忌々しいがな」

 苦虫をかみつぶしたようにクロハは答える。

 シンタローは一言『そうか』と呟き目を閉じる。やるべき事を、やるべきままに、やり終えるために。

最善策、機械のように、機械的に、人道を排して、外道を歩き、導き出される、最善の策。今ある情報から、今まで積み重ねてきた情報から、必要な事を、必要なだけパズルのように繋ぎ合わせる。

クロハはそんなシンタローを椅子に座りながら眺めながら待つ。

 

 

クロハはカゲロウデイズが解放された時、消滅する運命にあった。あがき、もがき、最後には涙を流しながら『消えたくない』と、あがいた。しかし、英雄達は見向きもしない、勧善懲悪、悪は消えるべきだと体現していた。

『消えたくないと思うことの何が悪い!』『死にたくないとあがくのはお前らも同じだろう!』『俺は俺でありたかっただけなのに!』『消えたくない!』『死にたくない!』『なんで、なんで、俺ばかり』『好きで生まれてきたんじゃない』『……助けて』『助けてよ………ヒーロー』

 誰も、誰にも聞こえないような声で呟く。涙を流し、セカイに絶望して。

 英雄達は見向きもしない、正義を、ヒーローであることに酔いしれた。もう、消滅寸前、霧となって、塵となって存在が消失する寸前、手を掴む感触があった。

 クロハはそこで希望を持った。目線を、向けて。

『良かった、間に合った』『すまない、遅くなった』『えっと、願いだったな』

「クロハ、俺の友達になってくれ」

 ヒーローがいた。

本物のヒーローが。

 赤いジャージを着た、自分だけのヒーローが。

 クロハの消滅は反転して創世となった。消えていった体が、涙が、言葉が元に戻っていった。クロハは王に忠誠を誓う騎士のように、シンタローの片手を取りその顔を眺めた。この時、クロハはとめどなく涙を流していた。

 しかし、こんな事を英雄達が見逃すはずもない。再度、クロハを殺そうとはしなかったが、その全てをシンタローに上乗せした。もう、利用価値のなくなったシンタローを追い出すことは、口にして言わなくても、メカクシ団の総意となった。

 クロハはそのことを知らない。あの日、公園で再会するまで知らなかった。あれからずっとアザミと一緒に過ごしてきた、シンタローの友人となるために学びながら。アザミがあの日、公園に行けと言うまで知らなかった。心苦しそうなアザミに、そう言われるまで。

 あの日、公園でシンタローに再会した時、本当は嬉しかった。嬉しくて、素直になれなくて、名前で呼べなかった。

 しかし、すぐにシンタローの様子がおかしい事に気がついた。アザミの表情を思い出し、完全に何かあったことを悟った。

「俺をそそのかせ」

 メカクシ団を、今から潰しに行こうと思った。

 しかし、シンタローはそんな俺の表情ですぐに感づいたのだろう。

『いや、クロハ、お前は手を出さないでくれ。俺のやるべき事なんだ』

 そう言って、俺は我慢した。

それから、今、俺はシンタローが最善策を出すのを待っている。

 

 

「明日、アザミのところに案内してくれ」

 目を開けたシンタローはクロハに向かって頼む。

「ああ、それはいいが、何があったのかそろそろ教えろよ」

「……明日、アザミのところに行ってから教える」

 クロハは今すぐに聞きたそうにしていたが、シンタローのことだ、何か考えがあるのだろうと特に考えなかった。

「んじゃ、どうすんだ? 明日まで時間があるぜ」

「そうだな……遊ぶか?」

「……おお、いいな! 何して遊ぶんだ!」

 目を輝かせて頷いたクロハは楽しそうにしていた。

「シューティングでも、するか」

 シンタローはパソコンを立ち上げ、コントローラーを繋いでクロハに渡し自分はキーボードを抱えた。

「手加減しねぇぞ」

「っは! 負けるかよ、最善策」

 照れ隠し、それでも顔はあの頃の醜悪な笑顔ではなく、すがすがしいほど輝いていた。

 

 

 

 翌日、シンタローはクロハにつれられて森の奥の隠れ家のような家まで来ていた。途中、体力が無くなりクロハにおんぶされながらようやく目的の場所まで到着し、勝手にドアを開けて入るクロハについて家の中に入った。

 もちろん、家にモモがいないことを確認してから外出した。昨日はどうやらそのまま泊まったようだ。

 家の中に入ると分かっていたののように、いや、分かっていたのだろう、アザミとシオンが待っていた。二人はシンタローを確認すると始めに頭を下げた。

「すまない」

「すみません」

 一瞬、何のことか分からなかったがすぐに理解した。

「孫がすまない事をした」

「わたしの所為です、どんな罰も受けます」

「おい、なんのことだ!」

 何かが起こっている事は分かっていても、状況が分からないクロハは三人に向かって大声で訊ねる。

「クロハ落ち着け。今見せてやる『目をかける』」

 アザミはクロハに伝える。自身が見たことを、その想いも。

「…………ん、だよ! シンタロー! なんで言わなかった!」

 激高したクロハはシンタローに掴みかかろうと手を伸ばした。しかし、それはアザミとシオンによって止められた。

「クロハ、すまなかった」

 それが、自分の所為かのように頭を下げる。

「…………………」

 無言、いや、歯を食いしばり、言いたい事が多すぎて何を言っていいか分からず何も言えなくなっていた。

「クロハ、これは我々の責任だ」

「は? 俺の所為でもあるのかよ!」

「ううん、わたし達二人の責任よ」

 クロハはようやく腕の力を抜いた。それを見て二人もクロハの腕を離した。

「シンタロー、お主は全ての蛇をもらいに来たのであろう」

「はい」

「それが我々の罪滅ぼしとなるかは分からん。だが、拒むことはできん」

 アザミとシンタローは真剣に、真摯に向かいあって話す。

「お主がなにをしようとしているか、だいたいのことは見当がついておる」

 そう言って、アザミはクロハの方へ目を向ける。

「クロハ」

「なんだよ」

「シンタローを頼むぞ」

 アザミはもう一度、シンタローに向き直り。

「目をかける」

 アザミから全ての蛇が這い出てきた。蛇はそのままシンタローに巻き付き胎内へと潜り込んでいった。

「シンタロー、孫を頼む」

 深く、深く、二人は頭を下げた。

 

 

 帰りも徒歩だったが、シンタローは息も上がらず体力が尽きる事はなかった。『目を醒ます』によって、少しばかり身体能力を上げているからだ。

森を抜け街に戻ってきたシンタローは、アザミに借りたマリーの持ち物を使い『目を凝らす』

どうやら、メカクシ団の全員がアジトに居るらしいことを確認し家に帰ろうと歩いていた。もし、今、メカクシ団に会えばクロハが何をするか分からなかった。帰る途中、咽が乾きいつもの公園にある自販機でコーラを二人分買い、片方をクロハに渡して一緒にベンチに座りながら並んで飲んでいた。

ふと、道路の方へ目を向けると一人の少女が誰かを探すように周りを見回しながら歩いているのが見えた。

シンタローは、その少女に気が付いていないクロハを連れて急いでその場を離れようとしたが、少女と完全に目が合った。少女は一目散にシンタローの方へ駆け寄ってきた。いくら『目を醒ます』を使っているシンタローとはいえ結局中身はヒキニートである、まだ上手く使えず逃げる事ができなかった。

「シンタローさん、探しましたよ!」

 少女、ヒヨリは息を切らして目の前に走ってきていた。

 ヒヨリを見た瞬間、クロハはまだ中身の入ったコーラのペットボトルを握りつぶして、飲み口から中身を飛び散らせていた。それを気にせず今にも立ち上がり、捻りつぶそうとしている様子だったが、シンタローがそれを片手で制していた。

「……どうした?」

 昨日のアジト内の会話を思い出しつつも、何も知らないようにふるまった。『目を欺く』傍から見たら、優しく笑っているように見えただろう。

「……昨日の会話、聞いてたんですね」

 ヒヨリはその笑顔に違和感を感じた。そして、その笑顔とシンタローを探していた理由とすぐに結びつけた。

 その言葉を聞いたシンタローは、欺くのをやめ本当の顔を見せた。

「!! ……ごめんなさい、シンタローさん。あの場に居たのに、何も言えなかった」

 ヒヨリは謝りたかった。自分は悪口を言っていないとはいえ、ヒビヤが、そして何も言えなかった自分が許せなかった。恩人であるシンタローに、恩を仇で返すのはヒヨリには耐えがたかった。涙を我慢するように俯いて、目を堅く閉じていた。

 シンタローには『目を盗む』ことができる。この言葉が本当か、嘘かなんてすぐに分かるだろう。しかし、目の前の少女にはそんなことをしたくなかった。

「…………」

 無言のままシンタローは座ったまま、ヒヨリの頭を撫でた。

「! ……ありが、とう。ありがとう、ござ、います」

 固く閉じた目の端から、雫が落ちていく。

 

 そのまま、泣きやむまで撫でていると横に居たクロハがどこかつまらなそうにしていたので、開いた手でクロハの頭も撫でてやった。クロハはそっぽを向いていたが、手をはねのけようとせずに、されるがままになっていた。

 ヒヨリは泣きやむと、少し恥ずかしがっていたが大切な事を思い出して叫ぶように口に出した。

「シンタローさん! 明日、絶対にアジトに行かないでください!」

「ああ、俺を追い出す計画だろ。知っている」

「じゃあ!」

「でも、俺は行くよ」

 その言葉を聞いて心の底から心配している表情になった。

「なんで!」

「俺がやらないといけないんだ」

 本気の、真剣なシンタローの表情にヒヨリは何も言えなくなった。

「本当は、ヒヨリにはメカクシ団に居て欲しかった。でも、俺がこれから話すことを聞いて、どうしたいか自分で答えを出してほしい」

「ええ、そうね。私ことは私が決めるわ」

 シンタローは笑う、強いな、と。

「俺は【メカクシデイズ】を創り出す」

 

 

「私は、シンタローさんと一緒に行くわ」

 うすうす、分かっていた。そんな目をしていた。

「なら、ヒヨリにも分けないとな」

 一旦目をつぶり、赤い目を見開く。

『目をかける』

 一匹の蛇がシンタローからヒヨリへと渡っていった。

「ヒヨリに渡したのは『目を覚ます』蛇だ。能力は不老不死、これからヒヨリに必要になってくる能力だ」

「これで、シンタローさんと同じね」

「おい、俺も忘れんなよ」

「あら、居たの」

「ほぉ、痛い目にあいたいらしいな」

「ったく、仲がいいな」

「「良く(ねぇ!)ない!」」

 シンタローは笑う。それにつられて、ヒヨリもクロハも笑った。

 



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メカクシデイズ Ⅳ

 

「はぁ、分からないの。私はシンタローさんについて行くの、これはわたしの意思よ!」

 ヒヨリは目を見開き、全員を睨みつけて怒鳴るように断言した。

 メカクシ団の面々は、その言葉に動揺し、いまだ言葉の意味を理解できず、ヒヨリからシンタローの方へ目線、いや、敵意を向けた。

 どうやらと言っていいのか、予想通りと言っていいのか、全ての責任を全ての原因をシンタローに押しつけて張り付けた。今のメカクシ団、いや、カゲロウデイズを解放する前から何かあるたびにシンタローの所為だと決め付け、罵倒していた。流石に罵詈雑言までいかなくても、言葉の節々に棘が生えていた。

シンタローはそれでも、メカクシ団から離れていかなかった。

今、シンタローに向けている敵意は、虚言によってヒヨリを騙したと勝手に決め付け押しつけた、身勝手なヒーローの、戯言だ。

「化物め」

「ヒヨリ! そんな化物の言葉なんて嘘に決まってるよ!」

「ヒヨリちゃん! そんな化物の横にいたら危ないって!」

「ほら、早くこっちに戻ってくるっす!」

「そんな奴と関わるといい事ないいわよ」

 口々に言う言葉は、相変わらず非難の言葉。

 アヤノは無言で、誰にも気がつかれずに小さく首を横に振る。

違う、と。

 彼女の方が、自分が今いる場所よりどれだけ正しいのか。

どうして、こうなってしまったのか、どうしてあんなことをしてしまったのか。どうして、『やめて』って言えなかったんだろう。

そんな想いが、ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる、何度もループしていた。

答えなんか出ない、出ても意味が無い。だって、もう、戻れないのだから。

本当なら、涙を流して泣きたい、でも絶対に涙を流してはいけない。涙を流した時点で、また、シンタローを裏切ってしまうからだ。

そんな、アヤノの心境なんて誰も分からない。なぜ、へたりこんでいるのかさえ分からない。

ヒーローがヒーローでいるためには、必ず悪役が必要だ。悪役がいれば、悪役にしてしまえば、ヒーローはヒーローとして自分が正しいと思うことができる。自分が悪であると自覚するのは、非常に難しい。自分が正しいと思い込む方が楽なのだ。

故に、シンタローを悪として、自分達のためだけに、仕立て上げた。悪役と言うスーツを仕立て上げて着飾った。

なんども、なんども、なんども、なんども、ヒヨリに向かって呼びかける、言い聞かせる。これが本当に騙されていたのなら、仲間を取り戻すために必死になるヒーローになるだろう。いいシーンだ、非常にいいシーンだ、ほんと、どうでもいいシーンだ。

ヒヨリの表情がどんどん怒りに染まっていく。そんなことさえ分からずに、ずっと呼びかけ続ける。ただ呼びかけるだけ、誰一人として近づく気配さえない。クロハが怖いのか、シンタローが怖いのか。ヒーローが聞いてあきれる、本物は、どんな状況でも、どんな相手でも救うために体が動く。

ヒヨリの怒りが頂点に達したのか、メカクシ団全員の声を押さえて、

「うるさい! あんた達、どれだけ自分の事しか考えていないのよ! 黙って聞いてたら好き勝手言って! 私の言葉を聞いていなかったの、私は私の意思でシンタローさんの味方をしているのよ!」

 あれだけわめき散らしていたメカクシ団は、一気に静かになった。

 だが、悲しいかな、自分達のやっている事を顧みたのではなくいまだに自分達が正しいと思い込んだうえで、理解できない言動に戸惑っただけだった。

 

 

 

 ヒヨリは呆れかえって、怒り狂っていた。

『ヒヨリはそんな化物と一緒に居たらいけないよ!』

 うるさい、ヒビヤ。あんた、シンタローさんにどれだけ助けられたか忘れたみたいね。

『流石化物だね。人を騙すのが得意みたいだ』

 あんたが言うの? ずっと他人どころか自分にも嘘をつい続けていたくせに。

『ほら、君はこっち側っすよ』

 なに勝手に決めてくれてるの。あんた、私の何を知ってるの。

『ヒヨリちゃん、ほら一緒に戦おうよ』

 戦う? 何とよ。あんた、シンタローさんの妹じゃなかったの。あ、もう妹じゃなかったわね。

『まったく、化物の言葉なんて信じる方がおかしいのに』

 私の方こそ、あれだけ頼っていたくせに裏切ったあんた達なんて信じられないわよ。それにずっと笑ってばかりのコノハさん。今は遥さんだっけ、そんな人を一時でも好きになっていた私を殺してやりたいわ。

『ば、化物、さっさとどっかいって』

 化物が何言ってんの? 

『化物、さっさとヒヨリを返せ。最終的には殺してでも奪い返す!』

 メカクシ団の団長のくせに、団員だったシンタローさんを真っ先に裏切ったくせに。そんなのが団長だったら結局こうなるのは当たり前ね。

『ヒヨリ! 今助けるから!』

 ……なら、早く助けに来てみなさいよ。だからあんたは口だけなのよ、ヒビヤ。ほんと、なんであんたなんかを連れてきたのか、思い出せないわ。

 もう、我慢できない。

「うるさい! あんた達、どれだけ自分の事しか考えていないのよ! 黙って聞いてたら好き勝手言って! 私の言葉を聞いていなかったの、私は私の意思でシンタローさんの味方をしているのよ!」

 

 

「なに? シンタローさんが化物? あんたたちの方がずっと化物よ。あれだけ助けてもらった癖にお礼一つ言わずに追い出す相談? どんな神経してんのよ」

「そいつは考えるだけで、実際に実行に移したのは俺たちだ。安全なところから、ただ見てるだけの奴に助けられたはずないだろ」

「そうそう、僕達だけでも大丈夫だったのに勝手に混ざってきて作戦立てただけだよ、そいつは」

「そうっす! ケガしたのは俺たちっす」

 どうあっても、認める気はないだろう。そんな、言葉をヒヨリは聞き流す。

 ヒヨリはそんな中、すがるような表情で首を小さく振っているアヤノを見る。

 アヤノだけは、自身のしてしまったことを自覚していると言うことは明白だった。おそらく、そのことはシンタローも分かっている。他の奴らに比べれば、まだましな方だろう。

 しかし、頑なに自覚しない奴ら以上に、アヤノの罪は重い。人生を七度生まれ変わったとしても許されないことをした。

 アヤノは口々に罵りだしたメカクシ団からヒヨリに、シンタローに向かって目線を向ける。シンタローは気がついたみたいだが、上から見下して目線を外した。

 そして、ずっとアヤノの方へ視線を向けていたヒヨリと目が合う。

『あなたの所為よ』

『私の方がふさわしいわ』

『失望した』

『ここは、もうあなたの場所じゃないの』

 そんなことを言っているように思えて仕方がなかった。

「結局、メカクシ団なんてのはお遊びのヒーローごっこなのよ。仲間も信用できなくて、仲間を陥れようとして、よく自分達をヒーローだって思えるわね。

 あと、どさくさに言っていたわね。

 人殺し、だって。

 そこの、アヤ……マフラーをつけたおばさんを見殺しにしたって? なら、あんたたち三人は家族だったのに悩んでることを気が付かずに、見捨てたって事でしょ」

 ここで、ヒヨリは大きく息を吸い込んだ。

「人の所為にして甘えるな!」

 

 

 

「人の所為にして甘えるな!」

 シンタローは少し、笑う。

 本当に、強いな、と。

「そもそも、化物ってなによ。そこの元凶だって化物でしょ」

 ヒヨリはマリーを指差した。

「マリーは化物じゃないっす! 俺達と同じ人間っす!」

 セトが化物と呼ばれて泣きそうなマリーをすぐに庇った。

「それは、なに? クォーターのメデューサだから? カゲロウデイズが解決したから? 能力が無くなったから?」

「最初から人間っす! なんでそんな事言うんですか!」

「なら、なんであんたたちはシンタローの事を化物って呼んでたのよ」

「化物だからに決まっているだろう」

 怒るように団長が口を挟む。

「その子と、シンタローに何の違いがあるのか言ってみなさい!」

 そう言って、団長を睨みかえす。一歩も引かないその姿は、凛々しかった。

「簡単だよ、マリーは化物じゃない。でも、そいつは化物。ね、簡単な話さ」

「そう、なら、私も化物よ」

 その言葉に、一斉に凍りつく。

「なに? 私は不老不死の化物よ。ほら、言ってみなさい、化物って!」

 目を真っ赤にしたヒヨリは見せつけるように一人ずつ見回す。

「……化物! ヒヨリに何をした!」

 ヒビヤはシンタローに食ってかかる。だが、シンタローは相手にしない。

「おい、答えろ!」

 逆上したヒビヤはシンタローに駆け寄って、ヒヨリに蹴り倒されてさっきまで立っていた場所まで吹き飛ばされた。

「ヒビヤ、何しようとしたのか知らないけど、またシンタローさんに手を出そうとしたらこれくらいじゃ済まないわよ」

 再び見回す。

「言ったでしょ、私が決めたって」

 誰も、動けなかった。

 それを見たヒヨリは言い聞かせるように話し始める。

「あなたたちにはこれから、シンタローさんが作った【メカクシデイズ】に入ってもらうわ。もちろん、拒否権なんて無いわよ。

 そこでずっと終わらないセカイを楽しみなさい。永遠に終わることのないセカイをね。

 それにカゲロウデイズと同じだと思わないことね、どうせあなた達には攻略できないと思うけど」

 シンタローの方へ全員の視線が突き刺さる。

 恨みの、憎しみの、憎悪の視線。

 そして、懺悔の視線。

「シンタローさん」

「お前らが言ったんだろうが、化物だと」

 



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メカクシデイズ Ⅴ

 

【メカクシデイズ】

 アザミの願いから創り上げた『カゲロウデイズ』と、マリーの想いから創り上げられた『カゲロウデイズ』を核にしてシンタローが創り上げたセカイ。

 現実世界と隔絶されたセカイだが、カゲロウデイズとは違い現実世界を元にして作られている。色も、形も、臭いも、空気も、全てがそっくりなセカイ。メカクシ団以外の人間も存在し、それぞれが自我を持って生活している。

 ただ、カゲロウデイズに接触した人間だけはいないセカイ。

 正確に言うなら、アヤノ以外の接触者がいないと言った方がいいだろう。

 カゲロウデイズなんて始めからなかった、そんなセカイ。当然、能力なんてあるはずもない。

 キドは、火事のさなか姉に助けられて楯山家に引き取られた。

 セトは、氾濫された川で可愛がっていた子犬に助けられ楯山家に引き取られた。

 カノは、強盗に殺されかけたが母親に助けられ楯山家に引き取られた。

 マリーは、暴行されている時に母親に助けられたがその怪我が元で母親を亡くした。

 モモは、海難事故の時父親に助けられた。

 エネは、病気なんてなく榎本貴音として過ごしてきた。

 ヒビヤは、ヒヨリと共に街を訪れたと言うことになっている。

 コノハは、貴音と同じく病気なんてなく久ノ瀬遥として榎本貴音のクラスメイトとして過ごしてきた。

 楯山夫妻は、あの日、土砂崩れに巻き込まれて死んだ。

 アヤノは、そもそも自殺する理由が無かった。

 アヤノはメカクシ団を作り、始めはキド・セト・カノの四人で活動しはじめた。両親が亡くなった後、その結束は一層強くなった。

それからセトがマリーを連れてきて、キドが街中で困っていたモモを助けて友達になった。アヤノは学校の先輩である貴音と遥を連れてきて、訊ねてきた自分の母親の妹であるヒヨリが連れてきたヒビヤも加えた。

 そんな、設定のセカイ。

 シンタローのみが最初から存在しない、セカイ。

 聞いていると、どこまでも優しいセカイに思えるだろう。親類の死を乗り越えて、信じあえる仲間を見つけて仲間と共に未来へ向かって生きて行こうとしている輝かしいセカイ。

 ふざけているよね。

 まぁ、実際は違う。これは全て立ち位置としての設定。

 メカクシ団が飲み込まれた後、それぞれが、それぞれの立ち位置に、それぞれの記憶を持ったまま割り振られる。当然、その世界での設定は飲み込まれた瞬間に記憶へ焼き付けられる。

 それが、始まり。何度も繰り返されるセカイの始まり。

 8/14

 この日が、このセカイの始点。

 この日から、メカクシ団の面々は現実世界でシンタローを追い出そうとしたその日まで過ごすことになる。

その日が、終点。

終点の日、シンタローは一度だけメカクシ団に問う。

「どうだ?」

 と。

 それが、メカクシデイズから解放される唯一の手段。

 そして、メカクシデイズをループさせるための条件でもある。

 メカクシデイズはループする。

終点から始点へと経ち帰り、また、始点から終点へ時は流れる。

 マリーのカゲロウデイズでは、記憶の蓄積はできなかった、しかし、メカクシデイズでは記憶の蓄積が発生する。

強くてニューゲーム? 違う、地獄のニューゲームである。

その蓄積される記憶が数回ならまだしも、十数回、数十回と数を重ねていけば、気が狂ってしまうだろう。最終的に待っているのは、絶望か、崩壊か。

 精神崩壊システム【メカクシデイズ】と言ってしまっても良いだろう。

 

 

 

「お前らが言ったんだろうが、化物だと」

 ヒヨリから言葉を引き継いで口を開く。

ヒヨリは言いたい事を言い終わってソファに腰をおろしたが、いまだ何も考えようとしないメカクシ団の面々に呆れているのか表情は厳しいものだった。

クロハとはいえば、ヒヨリが言いたいことを言っている途中から既にソファに座って欠伸を隠そうとせず面倒くさそうにメカクシ団とのやり取りを眺めていた。

「化物が化物として行動しなかったら、それはもう詐欺だろ。だからさ、お前らが俺を化物と呼ぶなら、化物は化物なりに考えたんだよ」

 一人を除いて、一人一人の顔を順番に嘲笑するように眺めていく。その表情はどれも似たり寄ったりで、その表情によく飽きないなという感想しか湧いてこなかった。

「人間のふりをした化物と、化物のふりをした人間。前者は俺で、後者はお前らって事になんのか。

 化物が人間のふりをするのは許されないよな、でもよ、化物の側からしたらただの人間が化物のふりをするのも許せないんだよ。

 いくら化物が最初から覚悟もなく、気まぐれに、遊び半分で面白がって人間を殺すんだと言っても、化物のふりをしている人間を気分次第で見過ごすなんてありえないよな。化物は化物だから化物である、化物じゃないただの人間風情が化物を騙るってのは化物からしたら屈辱でしかない」

 シンタローは両腕を少し広げ、口元を三日月のように開いて、少しだけ首を横に傾けた。

「だってそうだろ? 虫けらが人間のふりをしているなんて、踏みつぶしたくなるよな。叩き潰したくなるよな。

 人間より小さなアリを踏みつぶすように、飛びまわる蚊を叩き潰すように、人間が人間としておこなう当然の行為のように、俺は化物として持つ化物の当然な力でお前らを蹂躙しつくしてやるよ」

 爛々と赤く紅く光る両眼は、捕食者の輝きを持ちその迫力から表情を憎悪から恐怖へと変えていた。しかし、悲しいかな自身が正しいと思っている人間ってのは厄介極まりない。そのまま恐怖を受け入れていれば良かったものの『赤信号みんなで渡れば怖くない』正義の味方ごっこの集団は仲間がいれば大丈夫、なんて甘ったれた集団だった。

 シンタローもその事に気がついたのか、ため息をつく。

 キド、セト、カノの三人が下半身に力を入れ、アイコンタクトを取っているのにシンタローは気がついた。

 ほかの面々もそれに合わせるように動く準備をしていたが、視線から何をしようとしているのか、だいたいは簡単に想像できた。

 マリー、モモ、は出口の方を気にしておりアジトから逃げる、もしくは退路の確保をしようとしていた。

 貴音、遥はすでにアヤノの両脇に立っており、おそらくへたり込んだアヤノを抱える準備をしているのだろう。

 ヒビヤは露骨にヒヨリの方を見ており、確実にキド達が飛びかかった隙を見て連れて行こうとしている。

 

 まぬけで愚鈍で滑稽なメカクシ団、そんなお前らが、

 

 

『大好きだよ』

 

 

 

 

 キドが先頭でシンタローに突っ込んでくる。

 その後ろから、セトとカノがクロハに向かって間合いを詰め、そのまた後ろからヒビヤがヒヨリに向かって走りだす。

 出口付近では、モモとマリーがドアを開けようとドアノブを掴み、貴音と遥がアヤノを両脇から抱え上げ出入口に向かって引きずるように移動しているのが見えた。

 

キドはその短い間合いを詰める瞬間、確かに見たような気がした。

 シンタローが一度ため息をついて、自分に向かって優しく笑っているのを。

 見たと思った瞬間、体が固定されたように動かなくなっていた。それに気が付き、一度自分の体に目を落とすと数匹の紅い蛇が纏わりついているのが目に飛び込んできた。それを確認した後にすぐシンタローの方へ目線を向けると、笑っていたように見えた顔は無表情に自分達を眺めていた。

 顔だけは動かすことができ、他の仲間はどうなっているかアジト内を見回すと同じように紅い蛇に纏わりつかれて身動き一つ取れない面々がそこにはあった。

 セトとカノは簀巻きにされたかのように床に転がされ、モモとマリーは手錠で腕をドアノブに固定されるように身動きが取れず、貴音と遥はその仲を引き裂かれるように対面になるように壁に磔にされ、ヒビヤはうつ伏せのままガリバーのように捕らわれていた。

 

 アヤノは自分以外が紅い蛇に纏わりつかれているのをただただ、見ていた。

 そして、自身だけが纏わりつかれていないことを、それを、自分への罰だと言うことを分かっていた。

 自分も皆と同じようになっていたら、少しはそれがシンタローからの罰だと思って心が休まっただろう。しかし、そんなことは既にお見通しだと言うように何もなかった。何もないと言うこと自体が、自身の甘い考えを突きつけるための罰だと。相手から与えられる罰ではなく、自身が気がつく罰である。それは、直接的でないゆえに、許された感覚は皆無だ。

自身で気がつくと言っても、それが本当に罰であるか、曖昧なのだから。

 

 シンタローはまず、キドを飲み込んだ。

 上から紅く大きな蛇の頭が現れ、キドを文字通り頭から飲み込んだ。それをメカクシ団の面々は目を見開いて、

『や、やめろ!!』

『化物が!』

『殺してやる!!』

 怒りをあらわに怒鳴りながら飲み込まれる一部始終を見ていた。

 キドは一切言葉も発せずに飲み込まれていった。

「言っただろうが、化物が化物らしく化物としてお前らを蹂躙してやるって」

 それでも、騒ぎ足りないようで、より一層わめき散らし始めた。

 そんな言葉なんて気にもせず、今度はクジラが海面の魚を捕食するように下からカノを飲み込んだ。蛇は飲み込んだ後、後退するようにそのまま床へと沈みこんだ。

 ようやく、面々に恐怖の表情が戻ってきた。

 それから、次々に飲み込んでゆく。

 モモとマリーの蛇をわざと緩ませ二人にドアを開けさせた後、二人揃ってドアの向こうに居た蛇に飲み込こませた。

 この時、マリーが飲み込まれる所をセトに見せつけ、意識がマリーの居たドアに向けさせ、足の方から飲み込んだ。

 貴音と遥には、二匹の蛇でお互いがお互いの飲み込まれる瞬間を見せ合うように飲み込まれていった。

 ヒビヤにはヒヨリが直々に合図を出すようだ、ヒビヤの真下に、大きな顎を開いた蛇を設置し体に纏わりついている蛇で落ちないように支えている状態だった。ヒヨリは見上げるヒビヤを見降ろし、見下し、

『ヒヨリ、助けて!』

 という、ヒビヤの言葉を聞き流して、

「落として」

 その一言を、シンタローに向かって放った。

 纏わりついていた蛇は一匹ずつほどけていき、ゆっくりゆっくりと体が口の中へ沈んでいく。そして、支えきれなくなったのか全ての蛇がほどかれる前に口の中へと落ちていった。その時、ヒビヤはその様子を見降ろす無表情なヒヨリの顔を見た。

 

 最後に残ったのはアヤノ、ただ一人だった。

 アヤノは、立ち上がっていた。

 シンタローは、そのアヤノに近づき横に立ち、

「あいつらの事、頼んだぞ」

 そう、頭を乱暴に撫でた。

「………うん!」

 アヤノはようやく気がついた。

 シンタローはシンタローだと言うことに。

 最後に大きく顎を広げている蛇がアヤノの目の前に現れた。それは、飲み込んでいった蛇とは違いトンネルのようにどこかへ通じている道のように見えた。数歩その蛇に近づき、ある事に気が付き立ち止った。

「シンタロー、ごめんね。それと、」

 体をシンタローの方へ向けて、後ろ姿のシンタローに言葉をかけ、少し照れくさそうに下を向きながら、

「私は、シンタローのことが一番大好きだよ」

 そう言って、真っ赤な顔で蛇の口の中へ小走りで駆けていった。

 



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メカクシデイズ End

 

「シンタロー、あれでよかったのか」

「ああ、言っただろ」

 クロハは座ったまま、シンタローに声をかけた。クロハは明らかに不完全燃焼を抱えている表情を浮かべて、ため息をついた。

 ヒヨリも座ったままで、あれだけ言いたい事を言っていたはずなのにまだ言い足りない表情を浮かべてシンタローに視線を向ける。

「シンタローさんは、やっぱり優しいんだね」

 言い足りない言葉を飲み込まず、表面に出したままだがそんなシンタローを見てふっと微笑んだ。

 シンタローは破けた服や、割れた陶器類を分別しながら片づけている。後ろ姿しか見えず、どんな表情をしているのか一切みえなかった。

 そんな後ろ姿をクロハとヒヨリは静かに見守る。

 クロハはシンタローから始めに話を聞いた時から際限なく湧き上がる自身の行き場のない衝動を持て余しながら、ヒヨリはこの先に待っている状況を想いシンタローの心を護るために再度自分自身に誓っていた。

シンタローが自分のことを好きにならないことは既に分かっている。でも、それが分かっているからこそずっと一緒に居たいと、支えてあげたいとヒヨリは心の底から湧き上がる気持ちにゆだねた。

そんな慈愛に満ちたヒヨリの横顔をチラリと見た後、クロハは退屈そうに開いたり閉じたりしている自分の手を眺めていた。

クロハとしては、この終わり方に納得いってなかった。

どこから納得いっていないかと言えば、始めから今までのずっとである。話を聞いた後、クロハは自分の手でメカクシ団全員を殺さないにしろ死ぬ方がいいと思えるまで蹂躙しつくす腹積もりであった。しかし、シンタローはそのことを手に取るように自分のことのように理解していた。

だから、蛇を貰い受けたその帰りにシンタローはクロハに一言だけ頼んだ。

「俺に、協力してくれないか?」

 ただただ、それだけを、頼んだ。

 それは、クロハの強行に歯止めをかける一言だった。クロハはこの言葉を受け入れざるをおえなかった。仲間だったはずの人間に裏切られたシンタローを、もうこれ以上は裏切れないのだから。

 納得はいっていない、しかし、これはシンタローの問題でありシンタローがやるべき事だ。横から手を出す資格は始めから存在しない。

 納得はしていない、しかし、そのことは理解している。だから、シンタローに協力した。自身がやろうとしたことはただの、やつあたりだと言うことも理解している。

 それでもクロハは、自分の手を眺める。

「一発ずつ、殴っとけばよかったかもな」

 

 シンタローの片付けが終わり、しゃがんでいた体を伸ばし二人の方へ顔を向けた。

「じゃ、行くか」

 その顔はなんて言ったらいいのか、無表情ではないにしろ、様々な感情がごちゃ混ぜになった複雑だがどこかしら軽くなった表情をしている。

「おう」

「ええ」

 二人はソファから立ち上がりシンタローのそばまで近寄った。

「クロハ、ヒヨリ……もし、俺について行けないと………」

「ったく、シンタロー。ここまで来てそれはないだろ」

「そうよ、私は私の意思でシンタローさんについていくって言ったでしょ」

「……そうか、ありがとう」

 シンタローは二人に向かって微笑んだ。

「……だったら、俺も俺の意思で決めたことをしないとな」

 一歩、後ろに下がり少し距離を開ける。

クロハとヒヨリはそれが蛇を出すための行動だと思い、特に気にしなかった。シンタローが自分達を置いていくはずがないと、シンタローには自分達が必要だと思っていたから。

 しかし、シンタローはヒーローだ。いや、ヒーローだったか。まぁ、どちらでもいいか、シンタローはシンタローであることを貫いた。

 ヒーローの条件と言われれば、様々な意見が出てくるだろう。

 例えば、強いこと。例えば、優しい事。例えば、諦めないこと。例えば、勇敢であること。

 あげればきりがないが、その中でも今回の条件に当てはまる物がある。

 自己犠牲を行えること。

 よくあるヒーロー、英雄譚、正義の味方の終わり方だろう。自分の命を犠牲に世界を助けるなんてよくある話過ぎて飽和状態だろう。

 【メカクシデイズ】それはメカクシ団としても地獄だが、そのセカイを作り上げた創造主であるシンタローからしても地獄でしかない。シンタローはメカクシ団を見守るために【メカクシデイズ】に入る。

 シンタローはこれ以上自分のわがままに、二人を巻き込めなかった。それは、最初から決めていた。

シンタローがどうして【メカクシデイズ】を作ったのか、それは…………

「ありがとうな」

 泣きそうに、笑った。

「シン、タロー?」

「シンタロー、さん?」

 ここで、二人も異変に気がついた。気がついた瞬間、二人は同時にシンタローに向かって手を伸ばす。しかし、二人のその手は空を切った。シンタローはもう一歩だけ後ろに下がっていた。

 一歩、シンタローがこの世界から遠ざかった距離で、世界がシンタローに与えた距離だった。その一歩はとてつもなく遠く、誰にも近づく事ができない距離。

 二人は、崖から落ちていくように地面へと飲み込まれていくシンタローを見送った。

 それと同時に、ヒヨリの足元に蛇一匹分が通れるほどしかない赤い蛇の口が開いたことも気が付かなかった。

 

 

 

 あの日、シンタローはメカクシ団を退団することを伝えるためにアジトへと向かった。キドだけではなく、メンバー全員に直接言うために。そして、あの家を出る踏ん切りをつけるために。幸い、この時代には部屋を出ずに稼ぐ方法がごまんとあった。

 シンタローは通常口座に二年分の迷惑料と、隠し口座に一財産を築き引っ越し先も既に決めていた。完全に姿をくらませる準備は整っていた。それでも今の今まで、カゲロウデイズが攻略された後すぐに行動を取らなかったのは、心残りを心に携えていたからだ。

 それさえも、踏ん切りをつけるための一日としたかった。

 結果はどうだ、心残りは楔となって心は崩壊した。アリの穴一つで崩壊するダムのように。一瞬、当てつけるように学校の屋上から飛び降りてやろうかとも考えていた。

 化物と呼ばれた少年は、どこまでも誰よりも、人間だった。

 始めは死にたくなった。そして、復讐を考えた。でも、自分が外に出るきっかけを作ってくれた、最初の短い間ではあったが受け入れてくれた。そのことを言葉に、表情に一度も出した事はなかったがとてつもなく、嬉しかった。

 だから、復讐や仕返しという感情よりも感謝の感情が強かった。ただ、その影に隠れて悲しみ、悲痛に蝕まれていた。

 心の分だけ軽くなった体を公園へ向けて、おそらくこの光景を見ているであろうアザミがクロハを寄こすまでの待ち時間を利用し頭を回転させる。現状を確認し、情報を整理し、状態を把握する。今の自分は何ができるか、これからの自分に何ができるのか、未来の自分がどうなっているのか、頭の中でシミュレーションする。

 今を見て、未来を推測する。いや、シンタローは未来を観測している。起こりうる現象を考慮し、起こり得ない偶然を予測しながら、どう動けば思い描く未来が創れるのかを計算する。

 ちょうど、近づいてくる足音が聞こえてきた。

「よう、最善策。最高に面白いツラしてんな」

 未来が決まった瞬間、クロハが現れた。

 これさえも、シンタローの観測した出来事だ。シンタローはここから動く、自分のためだけに動き出す。

 メカクシ団の全員に別れを告げる事、そして、最後の最後に全員からちゃんと『如月伸太郎』を見てもらう事。

最初の時のように。

 

 

 

 クロハとヒヨリは手を伸ばしたまま、動けなかった。

シンタローはちゃんと言っていた、クロハとヒヨリに言っていた。

シンタローは二人に向かって『最後まで一緒だ』と。

メカクシデイズ内でメカクシ団全員が如月シンタローという人間の大切さを思い知るまでの何度も繰り返すループの中で、メカクシ団が危険に合わないように気が狂わないようにするための役割を三人でになう事になっていた。

その役割もメカクシデイズ内で行うため、メカクシ団と同じようにループに捕らわれてしまう。だから、ヒヨリは『目を覚ます』蛇を貰っていた。シンタローを一人にしないために。

クロハもいるとはいえ、シンタローたった二人じゃ寂しいだろうと、一人でも多くでいた方がループの中でも耐えられる。

そう、『三人』でいつ終わると知れないループの中で過ごすことになっていた。

でも、シンタローは始めからそんな苦行を一人で背負う事にしていた。

 

 

メカクシデイズと現実世界との時間の流れは同じだ。シンタローはまず、メカクシデイズ内の時間の流れを速めるためにメカクシデイズ内限定能力を蛇を使って編み上げた。

『目を駆ける』

常時発動型、メカクシデイズ内の時間を現実世界の何倍もの早さで流れさせる。これで元の世界に戻す時、現実世界では数分しか経ってないようにできた。

タイムマシンを使って過去や未来へ行き、戻ってくる時はその出発時間より少し先に設定した、と同じような感じだろう。

その他にも能力を編み上げた、

メカクシデイズ内で起こったことのみの記憶を操作する『目を伏せる』

メカクシデイズに入った時を始点として、メカクシデイズ内で起こったこと全ての記憶をリセットして始まりに戻す『目を戻す』

そして、メカクシデイズその物を創りかえる『目の色を変える』

 

 

二人は悔しく唇を噛みながら戻ってくるのを待っていた。

おそらく数分、現実世界では数分だろうが、シンタローは何年も過ごしているであろう。数年じゃなく数十年かもしれない、下手をすれば数百年かもしれない。全てはメカクシ団に左右される。

2分、二人には2時間にも20時間にも思えただろう。

いくつもの赤い蛇が突如としてアジト内に現れた。数は、9匹。蛇はそれぞれ口を開けた後、床や、壁、天井の中に下がっていった。

後に残ったのは、メカクシ団全員だった。

キド、カノ、セトの三人は魂が抜けたようにただ立ち尽くし、モモとマリーそしてヒビヤはその場にへたり込んで微塵も動く様子もなく、貴音と遥は苦い顔を張り付けたまま無言で壁に寄り掛かっていた。

そんななか、いつもの赤いマフラーを巻いていないアヤノが二人に向かって顔を向けた。アヤノは、現れたメカクシ団を睨みつけている二人に向かって臆することなく

近づいた。近づくにつれ二人の表情は憎悪に変わっていった。

「よう、裏切り者ども」

 クロハはあの頃と同じように見下しながら、ヒヨリは射殺さんばかりの眼光を黙って向けていた。

「シンタローから、二人にって」

 アヤノの手にはシンタローが使っていたスマホが握られていた。クロハはひったくるようにアヤノの手からそのスマホを奪い、ロックのかかってない画面をスライドするとたった一つだけアイコンが残っていた。クロハはそのアイコンをタップした。

『あ~、クロハ、ヒヨリ、悪かった』

 そう、シンタローの声が聞こえてきた。クロハとヒヨリは音量を大きく出来ることなど忘れたようで、スピーカーギリギリまで耳を近づけた。

『始めから、俺一人でメカクシデイズに入るつもりだったんだ。お前らを裏切ることになったとしてもこればっかりは、お前らを巻き込めなかった。俺はお前らが味方になってくれて、その、嬉しかったからだ。

 クロハ、お前が蛇だったとしても、カゲロウデイズを体験していたとしても、それはお前を巻き込んでいい理由にはならない。いくら覚悟を決めて俺についてこようとしても、俺の方がお前を巻き込む覚悟はできないんだ。

 ヒヨリ、ごめんな。一人だけ俺に味方してくれて、ちゃんと俺を見てくれたのに、嘘をついた。弁解はしない、ヒヨリを連れていかなかったのは俺のわがままだ。一生根に持ってくれてもいい、一生恨んでくれても良い、それが俺の罰だろうから。それこそ、俺のことを忘れてくれてもいい。ヒヨリは、幸せになってくれ。

 それと、ヒヨリの蛇は既に取っておいたから安心していい。ヒヨリは、人間だ』

 シンタローのボイスメッセージは二人に対しての謝罪から始まっていた。クロハに対しての、ヒヨリに対しての。

 その中で、ヒヨリは能力の確認のためメカクシ団にやって見せたように能力を発現させようとしたが、目は赤くならなかった。それは完全に、能力が失われたことを意味していた。

『もう一つ、言わなきゃいけないことがある』

 それは、二人にとっても、この場に居る考えを改めたメカクシ団にとっても、不幸な不幸なバッドエンドと呼ばれるものだった。

『俺はそっちに戻ることはできない。

 メカクシデイズは創り上げた時からそう設定していた。俺だけはメカクシデイズに入った時点で現実世界には戻ることができないように。これで蛇自体もメカクシデイズ内から出られない。もう、化物と呼ばれるような人間は出ないように。

 これは、俺からの最後のお願いだ。

 俺のことは忘れて、二人は幸せに過ごしてくれ。

それと、皆を頼んだ。全員、分かってくれたから、恨まないでやってくれ』

 メッセージはここで声が途切れた。クロハはスマホを取り落とし、いつの間にか近づいていたアヤノがキャッチした。しばらく回し続けていると再び声が戻ってきた。

『………ああ、そうだアヤノ、マフラーありがとうな。ずっと大事にするから』

 今度こそ、本当にメッセージは終わった。

 アヤノは大事そうにそのスマホを胸の前で抱きしめ、絶望しきっているメカクシ団の面々と、クロハとヒヨリに聞こえるように少し大きな声を出す。

「シンタローを一人にしたままでいいの?」

 そう、全員に聞いた。

「いいわけねぇだろ」

 最初にクロハが声を返した。

「ええ、そうね。シンタローさんがいなきゃ幸せになれるわけがないもの」

 少し怒り気味に声を出す。

 しかし、メカクシ団の面々はバツが悪そうに顔を伏せたままだ。自分達が起こした事なのに、そんな自分達が助けていいのか分からないといった様子だった。

「皆、どうするの?」

 再び、アヤノはメンバーに語りかける。

「俺は……」

 キドはすがるような視線をアヤノに向ける。しかし、アヤノは何も言わない。これは、こればかりは、自分で決めるべき事だから。

「………俺は、助けたい。でも、本当に俺たちが助けていいのか、分からない」

「そう。でもつぼみ、シンタローは関係ないんだよ。大切なのはつぼみがシンタローを助けたいか、ただそれだけ。シンタローも言ってたよね、自分が決めたことだって。だから、つぼみも、つぼみが決めたことをやればいいの」

「なら……俺は……助けたい。いや、シンタローを助ける」

 キドは真っ直ぐに、アヤノを見据える。

「……私も、お兄ちゃんを助ける! それで、もう一回謝る!」

「うん、シンタローに謝りたい」

 モモとマリーが立ち上がる。

「そうっすね、まずは助けてからっす」

「そうだね、僕もシンタローくんに言わないといけないことがあるからね」

「おじさんに宣戦布告もまだだし」

 セト、カノ、ヒビヤも元に戻ってきた。

「まったく、世話の焼ける後輩なんだから」

「貴音、照れ隠し?」

「ち、違うわよ!」

 貴音と、遥の二人もどうやら決めたようだ。

「皆、ありがとう」

 アヤノは微笑む。クロハとヒヨリはまだ許せず嫌そうな顔をしていたが、それでも味方が、同じ先を目指す仲間がいると言う事は頼もしかった。

「つぼみ団長、お願ね」

 アヤノはキドにバトンを渡す。今度はちゃんと、団長を任せられるから。

「分かった」

 キドもそのことを理解した。

「任務、開始だ」

 



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