悠久たる郷里にて (悠里(Jurli))
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ここは悠久の地。
「私もいつか死ぬんだなあ。」
――ふと、そう思った。
死は突然迫り来る。そもそも死とは何なのか。生きる意味とは何なのか。考えれば考える程、その答えは遠くなっていく。小一時間経っても他のことに手が回らない。ああ、こんなことなど考えなければいいのに。しかし、考えずにはいられない。仕方あるまい、他のことをしよう。
「そうだ、職も名声も地位も捨てて旅に出よう。」
そうして私は、なんの宛も無いにもかかわらず、旅に出ることにした。
私はユエスレオネ連邦で生まれ、ずっとそこで暮らしてきた。故にリパライン語しか十分に話せない。ヴェフィス語も囓ってはみたものの、全く身につかなかった。こんな奴が旅に出ようなど、冷静に考えれば無理な話である。準備も全く十分とは言えない。しかし、私はもう決意したのだ。何故なら、死に怯え、冷静さを失っていたのだから。全く、自分でも呆れてしまう。
しかし、私は行くのだ。死に怯え、無駄な時間を過ごすくらいならば――。
「死」と、「生」。対立する概念であるが、両方、全くもって意味がわからないという点では共通している。旅をすれば、少しでも理解できるだろうという希望が心の内にはあるようだ。
――空は曇天、厚い雲が頭上を横切って行く。
「さて、どこに行こうか。出来れば行ったことのないところに行きたい。ああ、PMCFとかどうだろう。あそこは島国だし、色んな文化が混ざり合ってるらしい。旅には最適じゃないか。」さあ、そうと決まれば出国審査を受けてPMCFへ! ……ん? 待てよ? ユエスレオネ連邦は宙に浮いている。どうやってこの地を降りようか。極力使いたくなかったが仕方ない、ウェールフープを使おう。
そうして、PMCF最大のマナナ島についた。もう気がつけば日は暮れている。宿を探さなければ。入国審査も済ませている。この島に住むアイル人やパイグ人はアイル語やパイグ語を話すという。しかしリパライン語も通じるという。よし、そこの人に話しかけてみよう。
「Cene en nyrnenalorng?」(泊めてくれませんか?)
『a2? co iet-leu-ne la1-ta2?』(連邦人あるか?)
え? なんて言ったのか分からない……。 どうやら何か聞いたらしいが疑ってるのか?
「mi es yueslarta!」(私は連邦人だ!)
『a! xi1-zi1! ku1-lie2! ku1-lie2!』(アイヤー!来るよろし!)
今「klie(来い)」って言ったか?おそらく歓迎されてるようだ。
『hu-kua io!』(ここある!)
…着いたらしい。多分「fqa io es!」って言いたかったのだろう。
『休むよろし。』
「分かった。」
――バチンッ!
停電らしい。さっきのパイグ人はウェールフープ発電機を見て、何か悩んでいる。
『発電機壊れたある。電気使えないある。」
ああ、そんなことか。
「工具とかある?」
私はかつてウェールフープ技師だった。簡単な装置だから、すぐに直せるはずである。
『アイヨー!』
――数十分後――
「治ったよ」
『アイヤー!凄い凄いある!!』
――ここなら、なんとか上手くやって行けるだろうな。
今回アンケートはこちらです。
是非是非ご応募ください。
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民族の坩堝
宿を出た。
行くアテもなく、適当にふらふらと早朝から宿の周りをほっつき歩く。もちろん、金は払った。一夜泊まっただけなのに500ズー、つまるところ800レジュ近くぼったくられた。PMCFは物価が高いとは聞いたが、そのとおりといった感じであった。
当ても無くふらふらと街中を歩いてゆくと、ユエスレオネ連邦では見られないような光景が、見られる。道端で営業をする食い物の屋台やら、市営の人力車が走り回る様子。連邦ではとても見れない光景にあわせて、自分の悩みが些細にも思えてくるように皆が皆、自分を暖かく迎え入れてくれる気がした。
「ちょ、痛っ。フェネ フェェレ!」
そんなことを考えていると誰かにぶつかってしまった。さっきのアイル人たちとは打って変って猫耳が生えている。人型ラーデミン、だろう。ADLP時代における実験で開発された人造人間。ケートニアーともネートニアーとも違う第三の人種。とかいってしまうと人種差別案件になってしまう、口に出していいものではなかった。
「ファェド ジュンフェ ファミウ ヴワ? ペスヴァイ セレ!?」
何やらまくし立てて来たが良く聞くとヴェフィス語のように聞こえる。ただ発音がリパライン語話者のものだと思った。jenfais fammiouと聞こえたがjenfaisは生物名詞。ヴェフィス語の文法に沿うならjenfais fammioiにしなければならなかった。ほぼ忘れていたと思っていたヴェフィス語が段々と想起されてゆくが、ただ、想起される思い出に浸かる暇があるなら、突っかかってくる目の前の少女をどうにかする必要があった。
「フルサウリエ ペールラール メ フェニエ フェ ヴァル ファ ファミウ? ハン?」
「ところで君、リパライン語話せるよね。」
「え。」
----
どうやら彼女は自分をヴェフィス人なんだと勘違いしていたようであった。PMCFの構成国はアイル共和国、ヴェフィス共和国、リナエスト・オルス連合共和国の三つだ。いずれも隣国、相手の国の民族が居てもおかしくはない。むしろ、連邦人がPMCFに来ること自体がまれなのだから更に紛らわしくなるものだろう。リパラオネ人とヴェフィス人はほぼ同じ人種であり、ユエスレオネ人のような服を着ていれば、どちらも見かけ上同じようなものだ。分かりにくいのはお互い様で、相手はリナエスト風民族衣装の上着であるディチューフェを着ながら、肌は褐色で髪は銀という何人なのか良く分からない風貌であった。ただ、猫耳が付いているという事は人型ラーデミン、彼らの自称で言うところのラッテンメ人であると決まったようなものであった。
「ごめんね、スカート汚しちゃって。クリーニング代は払うよ。」
「いえ、いやいや、あたしが悪かったよ。そちらこそどこか体痛めてないかな?」
「いや、大丈夫だ。」
アイル人のような、愛嬌がありながら相手に対して尊重と興味を忘れずに持つような性格を感じさせる。
「ところでさ、君は何処から来たんだい?アタイはパニャルから人探しできてるんだけど。」
パニャル、ユエスレオネ連邦デュイン総合府に属する県の一つである。確か、デュインにあるひとつの県が彼ら人型ラーデミンの民族圏であった。ただ、彼らはADLPから見放された後、各地に散らばってしまった。差別を受けたり、人間としての扱いを受けられなかったり、そういった黒い歴史がファイクレオネにもあった。
「私はユエスレオネから来たんだよ。っていうか、わざわざ人探しにここまできたんだ。」
「彼はアタイの友達であって命の恩人なんだよ。苗字はウルグラーダって言うんだ。知らないか?」
「いや、申し訳ないが。」
ウルグラーダなんて苗字はユエスレオネでは一切聞いたこともなかった。少なくともADLPから賜われたアロアイェーレーム苗字ではないだろうとは予想が付いた。とすると、リパラオネやラネーメ以外の民族の苗字なんだろう。となるとユーゲやらテベリス系やらデュイン先住民系だとか酷い広がりようになる。
ふと見ると、彼女は私の返答に悲しそうな顔を見せたが、自分ではどうにも出来ようが出来ないことに気付き、私も悲しくなった。しかし、その彼女の悲しそうな顔も何故か一瞬で晴れ顔になり、次の瞬間こういった。
「そうだ、メイナ!一緒にウルグラーダを探さない?」
※メイナ(mejna)……リパライン語デュイン方言における「仲間」、「友達」の意味
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前略、さがしています。
「アイヤーそこのおふたりサン、これ見ていくよろし」
通り沿いは屋台や露店で溢れていた。あちこちで、客引きの声の張り上げられるのが聞こえる。そんな中を並んで歩く男女二人は、商売人にとって格好のターゲットであるようだ。
「へえ、首飾り……あっ、これは結構キレイだね」
「カノジョお目が高いあるね、その青い石は――」
手作り風のアクセサリーを売る露店商に引き止められてしまった。私は少し離れたところから、彼女の耳がひょこひょこするのを眺めていた。
その時ちらりと見えてしまった、所狭しと並ぶ値札――
(……た、高い!)
観光地でもあるのだから致し方ない面はある、それにしてもぼったくりが過ぎる。私は浪費をする旅をしに来たのではない。
「もうそろそろいいだろう、人探しに戻っ」
「お気に入りならそこのカレに買ってもらうよろし、これを逃したら次はないあるよ!」
予想しうる最も最悪の展開が望めそうだ。胡散臭い笑顔を振りまく商人、私を見つめる彼女のきらきらした目を……。
「――見てはいけない!」
気づけば彼女の手をとり、走り出していた。
~
「いやあ、ごめんごめん。完全に乗せられちゃってたね」
「観光地っていうのはこういう場所なんだ、気をつけたほうがいい……それより」
「うん?」
「人探しをするんじゃなかったのか?」
彼女の瞳が少し揺らめいたのち、
「ああ、そうだった」
耳がぴょこんと立った。実に分かりやすい。
彼女は苦笑いを浮かべたが、すぐに真面目な表情になった。
私はWP技師だが、探偵ではない。そもそも人探しなどというのは専門外だし、まして手がかりがあるわけでもない。彼女の探しているその人について、少し尋ねてみる必要がありそうだ。
「ウルグラーダはテベリスの人だよ、上の名前は分からないんだけど……白髪の、老紳士って感じだった。観光で来ていたらしくてね」
彼女の出身であるパニャルはイェテザルと県境は接していないものの、ごく近くにある。そして、イェテザルに住むのは主にセベリス人だ。
「なるほど、ウルグラーダはテベリスの苗字だったのか。……まあ、それが絞れるのは大きいな」
連邦とテベリス人が交流を持って久しい。
聞いた話によれば、テベリス人とは主に3つの民族の総称であるらしい。そのうち、ケートニアーである一民族が、主にイェテザルに移住して暮らしている。ウルグラーダはケートニアーであろうか。
「いや、違うと思う。テベリス人ケートニアーは目の色が少しだけ黄色がかっているからすぐ分かるんだけど……彼の瞳はそうじゃなかったよ」
「……テベリス系デュイン人なら観光を終えてイェテザルに戻るだろうが、そうでないならWPで直帰するかもしれない。何にせよ、早く見つけないとな」
「あ、それからもう一つ」
彼女は空の一点をぼんやりと見つめている。何かを思い出そうとしているようだった。私もしばらくそれに気をとられていたが、しばらくして彼女が口を開いた。
「……レスタ。レスタって人の所に、戻るって言ってたんだ」
~
立ち止まっているとすぐに客引きに捕まってしまうので、歩きながら考えることにした。
当然だが、明らかにアロアイェーレームではない。テベリス系の名なのだろう。
あたりを見回すと、にぎわう街の中にちらほらと、黄色い目をした人が混じっているのが見える。
「それなら、テベリス人に聞くのがいいかもしれない。」
私は近くにいた女性に近づいた。彼女によれば、この黄色い瞳はテベリス人のものであるはずだ。
女性は一人きりで街を歩いていた。辺りをきょろきょろとして何かを探しているようにも見えるが、通りにある店にも目をくれない。私は意を決し、リパライン語で語りかけてみた。
「すみません。貴女はテベリス人ですか?」
「Fe?」
女性はこちらに気づくと変な声をあげ、しばらく黄色い目を泳がせていた。少しの間、何かを考えているようだった。
「……est、テベリス人です、私。リパライン、上手じゃない、あまり」
片言のリパライン語で答えてくれた。ある程度の意志の疎通は出来るだろう。
できるだけ簡単な言葉遣いをするのがいいだろう。私はできるだけはっきりした発音で、ゆっくりと尋ねた。
「貴女は、ウルグラーダという人を知っていますか?」
「ウルグラーダ……んぅ、知らない、です、wisol……」
女性は申し訳なさそうにうつむいて、セベリス交じりに謝った。
仕方ない。私が他の人をあたろうとしたとき、隣で黙っていた彼女が口を開いた。
「それじゃあ、レスタという名前は知らない?」
「レスタ、王女様……です、テベリスの、私たちの」
その名を聞いた時、女性ははっとしたように顔をあげた。隣には満面のドヤ顔をした彼女がいた。
テベリス人の国は今では民主国家であるが、かつてはいくつかの王国があったそうだ。その王家の一部は今でも残っており、民衆に親しまれているのだとか。
「王女……だとするとウルグラーダは王女の元に戻った、と?」
「じゃあ、王家に近い人かもしれないね。確かに、品のある人だったし」
「探しています、……私も。王女様が、旅行すると聞いて、会いたい、です。」
かなり重要な手がかりを見つけることができた。
この女性はイェテザル在住のセベリス人で、レスタとはテベリスの現王女なのだそうだ。どうやら王女が現在PMCFへ旅行中であるという噂を聞きつけ、ひと目見ようとやって来たらしい。
そしておそらく、ウルグラーダもそこにいるはずだ。
「それなら、私たちと一緒に探しませんか?」
「人が多いほうが効率はいいんじゃないかな?」
女性は黙ってしまった。二人からいっぺんにまくし立てられてしまったので、混乱しているのかもしれない。私としたことが、申し訳ないことをしてしまった。
そう思ったのもつかの間、女性は私達の方に向き直って、端整な表情を引きしめた。
「行きます、私、貴方達と一緒に」
「……そうか、良かった。それならこれからよろしく頼む」
「……私の、名前です……Þeplono Irugeši」
まったく耳に馴染まない響きだ。セプロノ……イルケシ?
ここに至ってようやく、名乗ることすらしていなかったことに気づいた。名乗られたからには私も名乗らなければならないだろう。
「私の名前はヴァレス・ユアフィス・フォン・ヴァイユ。それとなく覚えていてくれればそれでいい」
「それで、アタイが……って、ああっ!」
彼女が急に素っ頓狂な声をあげた。私も、セプロノと名乗った目の前の女性もびっくりしたように目を丸くしている。
「アタイのときには名乗ってくれなかったのに!」
「……ああ、すまなかった。私の名前は」
「もう良いって! ……それで、アタイがレシェール・フミーヤ・ユヤファ・フォン・レフミーユだよ。長いから適当に呼んでくれても大丈夫だけどね」
「うー、Cueget……ありがとうございます」
chyget、おそらく感謝の言葉なのだろう。どうやら、私も少しテベリスの言葉に触れてみる必要がありそうだ。
「――chugetって、ありがとうってことかな? じゃあ誰かに会ったときはなんて言うの?」
「ぬぅ、 leupurae……でしょうか?」
「lurpre! chuget! こうかな?」
……そうか、私はもっと積極的であるべきということか。
このあてのない旅のその先など、分かるわけがない。しかし今、思うことがある。
この旅は決して、
「無駄にはならない……か」
「うん? 何か言った?」
いつの間にか私は、一人事などを漏らしていたようだ。二人が不思議そうにこちらを見ている。
「……いや、何でもない。それより先を急ごう、君達には探すべき人がいるんだろう?」
――これで一つ、旅の目的ができた。
合同小説「悠久なる郷里にて」の3番打者、らいしゅです。
今回のお話にはテベリスという言葉が登場します。これは私の創作物に由来するものですので、興味がある方はぜひ調べてみてほしいと思います。
また、私の稚拙さ故にやや冗長で読みにくい物になってしまったことをお許しください。
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増えていく仲間。
旅の仲間が増えてきた。今ここに居るのは私「ヴァイユ」と、ラッテンメ人の「レフミーユ」、そして、テベリス人の「セプロノ」の三人だ。全員リパライン語が稚拙ながらも話せることは幸いした。しかし、全員PMCFの地理については詳しくない…。旅をするには全くふさわしくない
そう思いながら、宿を探し、今日は一睡することにした。男一人に女二人とはなんだか気まずい。
今掴んでいる情報といえば、「ウルグラーダ」と「レスタ」という名前と、彼らがテベリスの王室関係者なのではないかということ、そして、PMCFを観光旅行しているということだけである。しかも、彼らがこのマナナ島にいるとも限らない。マナナ島はPMCF最大の島とはいえ、他の島にも観光地は沢山あると聞いている。さて、これだけの情報で探すしかない…か。私はウェールフープ技師であるが、探偵ではない。せめてPMCFの地理に詳しい人がいればなあ。やはり地理のことなら現地の人に声をかけてみよう。しかし、あのパイグ訛りのリパライン語には、《苦い思い出》しかない。最初のパイグ人のリパライン語は文法も、語彙も、発音もむちゃくちゃというシロモノであった。アイル訛りも酷いと聞いた。さて、どうしよう。
…悩んでいると遠くから声が聞こえてきた。
…いや、パイグ語で言われましても。
どうやら相手も私はパイグ語を話せないということを察したようで、リパライン語で言い直してきた。
多少訛っているがまだ理解できる。「Jei, Liaxu harmie malfarno?」だろう。
「人探しをしていてね。私たちはパイグ語もアイル語も話せないし、地理さえもわからないんだ。協力してくれないか?」
「それならば、私、協力する、あなたたち。」
「そういえば、名前を聞いていなかった。なんて言うんだ。私はヴァレス・ユアフィス・フォン・ヴァイユ、そして…」
「アタイはレシェール・フミーヤ・ユヤファ・フォン・レフミーユだよ!」
「私の名前はセプロノ・イルケシです。」
紹介しようと思っていたら、突然割り込まれた。まあいい、手間は省けた。
「名前は、kua2-yua1tin1。」
…パイグ人の名前は非常に短いようだ。クア・ユアティンか。
「kua2は筆、yua1tin1は自分を磨く…という意味。」
名前の由来まで説明してくれた。
「それで、探している人はセベリスの王室関係者のようだが、どこに行けばいいと思う?」
「
「どうやって行けばいい?」
「山多い。故に船良い。」
「船か。どのくらいかかる?」
「思う、1時間くらいと。」
「まあそのくらいか、行ってみよう。」
「楽しそうだね!」
また耳をピョコピョコさせてる。結構、可愛い…。
「決まったなら、行きましょう。神社、見たいです。」
ところで、船はどこだ?港なんて……あ、あれか。港というかちょっとした船着場かな?漁船くらいの小型の船が浮かんでいる。
やはりアイル語やパイグ語が分かる人がいると楽でいいなあ。すぐさま手続きをしてきてくれた。アイルは漁業が盛んなので、1時間くらいの船旅ならタダでいいらしい。
「船、いい。」
船に乗り込み、ぼそっと呟く。みんな考えていたことは同じようで、同時に呟いてしまった。そしてみんな一斉に吹き出した。仲良くなってきたことを実感する。旅に出てよかったなあ。
さて、この旅はどうなるんだろう。いや、もうどうにでもなれ。と思った。旅に出る前の悩みがちっぽけなものに思えてきた。そうか、私に足りなかったのは「心の余裕」、そして「安らぎ」だったのか。ああ、ウェールフープ技師だった時は研究室に籠りっきりで友達も居なかったしなあ…あの時間は何だったんだろう。そんな事を考えながら船に揺られていると、
「何、ぼんやりしてるんだ?」
とレフミーユに聞かれた。
「いや、特に。空が青いなあ。ってね。」
話をはぐらかすと、
「何それ。」
くすっと笑ってレフミーユは空を見る。
「ほんとに青いね!」
本当に楽しそうだ。
「そういえば、ウルグラーダってどういう人なんだ?」
「白髪の、老紳士でね。あの人は恩人なんだ。詳しくはまだ、言いたくないけど…」
「言いたくないなら、仕方ないか。いずれ分かることだし。」
ウルグラーダってどういう人なんだろう?
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最初の犠牲者
船は順調に進んでいた。デッキから見る光景も少しづつ神秘的なものに見えてきていた。
「あ、見る、あれ 神社。」
クアがそういうとレフミーユとセプロノが集まってきた。確かに神社が少しづつ全貌を明らかにしてきていた。
「君等じゃためひこじゃ航路選ぶんひじかい、普通きねここねせ通れぬりじだよ!」
船長が私たちを見て言う。多分「きみたちのためにこの航路を選んだ~」と言ったのだろう。この人もリパライン語を話しているようだが、多分良く耳にするアイレン方言と言う訛りで喋っていた。
「わーっ!綺麗っ!綺麗だよ、メイナス!」
「分った分ったから落ち着けって。」
レフミーユの興奮のしようといえば、研究室暮らしを強いられていたヴァイユにとっては非常に眩しいものであった。自分もいつかこんな風な自分を、研究室に入る前の自分を取り戻したい……っと、また悲壮な考えを自分にめぐらせてしまった。今はあても無い旅に人探しという小さい任務が設けられた程度、それに充てた自分の心もまだ余裕を持てるといったものだった。
少しすると、船は乗った時のような船付き場に付いていた。四人とも、船長にお礼を言って、先を行こうとすると船長は何かをセプロノに渡してきた。
「これし地図在りゃち我要れぬち渡しゅんじ。」
「え、あ、ありがとうございます……。」
良く見るとこの島の一部が書かれた地図のようであった。
「それはなんだ?」
「うー……多分、地図です……feu」
やはり地図か。確かに私たちはアイル共和国はおろかPMCFすら一回も来たことも無い人間だと見られるだろう。大体合ってはいるが、一人を除くと。
私たち四人はセプロノの地図に従って、神社に向った。
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「ねーねーねーねーねー!」
「はあ、どうしたレフミーユ。ここまで来て神社を見ない手は無いだろう。」
「それは良いんだけどさあ。」
レフミーユが立ち止まって、全員が立ち止まる。
「ここさっきも通ったよねえ!ていうか、十回くらい通ってるよ!?どうなってるの!?心霊!?オカルト!?!?う、うぇー助けてアレフィス様あああああ!!!!!!!」
「落ち着け、セプロノの地図通りだ。このまま進めば……神社に着く……よな?」
自分でも言ってて途中で自信がなくなってきた。確かにここ一時間前くらいからループしているような気がするぞ。
周りが大自然なのは良いが、日暮れが近くてそろそろ現実問題遭難しそうな状態だ。
「どう、なってるんだ。ウェールフープで誰か空間を繋ぎとめでもしてるのか。」
「そんなこと観光地でするわけ無いでしょ!」
レフミーユが反駁する。
そんな言い合いをしてるとクアがセプロノに近づいて言う。
「セプロノ、地図、よめてる?これ、反対」
「あ、zie......」
レフミーユとヴァイユが地図を覗き込む、確かに持っている方向が反対のようであった。
「でも、PMCFの地図……読みづらい……です。」
「うーん、どうする?もうこんな日暮れだよ。これから神社に行っても、閉まってるんじゃない?」
確かにこれから行くにしても、観光には遅すぎる。しかし、ここの宿なんてヴァイユは全然知らない。というか現在地がどこか地図上でも分らない。
「一体どうすれば……。」
そんな事を考えていると道の向こうから人影が見えた。
「あれ?ヴァイユじゃねえか。なんで、こんなところに居るんだ?」
こちらのセリフだ。と言いたいところだった。
「俺はスカースナ・ハルトシェアフィス・ファリシーヤって言うんだ。ヴァイユとはユエスレオネ中央大からの仲で――」
「おい、スカースナ。他人の出身大学をべらべらと喋るなと毎回言ってるだろ。」
「ははっ、すまねえすまねえ。」
ガハハと笑うファリシーヤに後の三人は流れについていけないという風に目を点にして二人を見ていたが、レフミーユだけは耳がぴょこんと立って驚いたかのようにわざとらしい後ずさりをする。
「ヴァ、ヴァイユ……が連邦中央大卒!?え、えぇ!?」
「うー、中央大学……聞いたとこがあります。リパコールという偉人、居るところですね?」
「ヴァレス、意外に強かった。」
「一言余計じゃ!」
三人の反応に調子に乗ったのかファリシーヤは身を乗り出して、三人に小声で言う。
「しかもあいつは、あのアルシー・ケンソディスナルと同じフェグラダ・ヴェイユファルト・ア・デュアンの化学科卒業生で――」
「余計なことをッ言うなぁ!」
らしくもなくキレてしまったのは確か5年ぶりくらいだった。
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「お前、旅館なんて経営してたんだな、しかも風土に合わせずユーゲ風とはロックなことをやるな。」
木造のそれを見て、ヴァイユは言った。
「うるせぇな、それでうちャ客が減ってるんだよ。いいから、入った入ったほらお嬢さんたちも早く入らんとパンシャスティがぴすてぃるしに来るぞ。」
「……。」
幾ら中性的な風貌とはいえ『お嬢さん』に含められたクアは複雑な表情をしていたが、意気満々に建物に入って行ったレフミーユに遅れないように旅館の中へと入って行った。
「へぇ、今頃全部木造なんて珍しいですなあ。」
「さすがに対ウェールフープ塗装はしてあるけどね。リパコール先輩にやられちゃさすがに吹っ飛ぶけれども」
またもガハハと笑いながらファリシーヤが言う。こいつは何時もこんな感じで研究室通いのうちは心の支えにはなっていた。
「まあ、なんだ、部屋は二つ用意できてるからゆっくりしてくれ。まあ、その前に食事の用意が出来てるから荷物置いたら食堂まで来いよ。」
「すまんな、こちらが旅行下手なばかりに。」
「僕は、別に。」
クアが何か言った気がしたが、別に気にしないことにした。
「いいってことよ、こちらも商売になることだしな、ガハハハハ」
「この資本主義者め。」
小声で言った声は良いか悪いかファリシーヤの耳には入っていなかった様子であった。
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「ふー、疲れた。」
部屋に到着して荷物を置く。よく考えても見ると一緒の部屋に居るのはクアだったわけだが、クアとはまだ出会って久しい。色々知りたい事があった。
「クア、私たちの旅行の目的を知っているかな?」
「yee、一応は。」
なぜユーゴック語で返答したのか良く分からないが覚えてはいるらしい。ヴァイユは荷物の中身を整理して、時間を確認してから続ける。
「僕たちは僕たちの友達の命の恩人を探すのに手伝っているんだ。」
「名前、何?」
いきなり名前を聞いてくるとは思わなかったが、快く答えることにした。
「ウルグラーダだ。下の名前は分らないが、テベリス人らしい。そして、ここに旅行に来ているレスタとかいう文化的階級者の元に戻ると言っていた。」
「ウルグラーダ、ウルグラーダ・グリーザルフ……neitnaies var naicekyffès」
「え?」
良く聞こえなかったが、今ヴェフィス語を話したような。
「いえ、僕は先に食堂に行ってますよ。ヴァイユさん。」
「あ、ああ。」
あっけに取られて直ぐ動けなかったが、クアがリパライン語を流暢に一点の曇りも訛りも何も無く話したのに違和感を覚えたののはそれから直ぐであった。しかも、ヴェフィス語まで。語学と言うのはどうやら深層意識にまで染み込ませるもののようだ。さすがに前線に立つようなプロには勝てないなと思い、ヴァイユは食堂に足を運ぼうとしたところ下のほうから聞こえた悲鳴に足を止められた。
「な、なんだ?」
ヴァイユは好奇心半分恐れ半分で上階から降りてくるとようやくその惨状を確認する事が出来た。生理的な恐怖感で逃げようとする足を理性で抑えながら驚いて尻餅をついているレフミーユに恐る恐る聞く。
「これは……一体?」
食堂の小さな食卓に食事が並べてある。それは何にもおかしくは無いことであったが、目に入ってきた光景はそれより刺激的なものだ。
「あ、アタイが、入ってきたら、既に倒れてて……。」
「お、おい、大丈夫か?レフミーユ!直ぐに救急救命を呼べ」
「わ、わかった!」
頭から血を流してファリシーヤが倒れている。
良く確認してみると腰あたりも血塗れだ。これは、ケートニアー殺しのやり方だ。ケートニアーは腰辺りに造モーニ体を持っている。これを破壊することによってケートニアーはケートニアーとしての能力を失い、回復能力を著しく低下させる。
レフミーユが電話を外部に掛けているところ、ヴァイユはファリシーヤの元に置かれていた紙に気が付いた。何かがデュテュスンリパーシェの筆記体で書いてあるようだ。
『ウルグラーダとそれに協力する粗悪なネートニアー共へ
ウルグラーダは俺たちのシマに無断で入って、秩序を破壊しやがった。
次はお前の番だ、セベリスの貴族・王族はイェテザルから立ち去れ。
そうすれば、金輪際一切うちの組の奴等がお前等の仲間を殺すことは無いだろう。
しかし、ウルグラーダだけは許さん、お前の関係者は皆殺しにする。
俺らレロド・フォン・イェテザルのシマを荒らした奴等は、
仁義やら任侠やら関係無しに報復をする。
これが最後の警告だ。
ウルグラーダとそれに協力するネートニアー共は
今すぐイェテザルから立ち去れ。
今すぐ、そして永遠にだ。』
「なんだ……これは……。」
シマを荒らした?秩序を破壊した?一切意味が分らない、ウルグラーダがどんな人物なのかも、自分たちが誰に狙われてしまったのかも。
文章を見ながらヴァイユはぼやけた意識を保ちながら救急隊が来るのを待っていた。
「レフミーユ!三人をこの部屋に集めるんだ!」
「もうセプロノさんはこっちに居るよ。でもクアが見つからないんだ。」
「なん、だって……?」
寒気がした。もしかして、クアまで謎の文章の書き手に殺されたのかと思い心配になってきた。ヴァイユはレフミーユとセプロノに部屋で纏まっているように指示して旅館中を探し回った。しかし、一階にも、二階にも、三階にもクアの姿はなかった。
まだアンケートは続けていますので是非ご応募お願いします~~~~
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情の若葉か恋の芽か
こんな山の中にでも、救急救命はすぐにやってきた。しかし、それを待っている長くないはずの時間は、ヴァイユが今まで過ごしたどんな時間よりも長く感じた。
「どういうことなんだ、スカースナが……レロド・フォン・イェテザルが……」
「レロド・フォン・イェテザル……イェテザルに勢力を持ってる、まあそういう団体だよね」
一行が敵に回してしまったのは、不正な金を取引し、麻薬の売買まで行う、いわば『社会の裏側』の人間だ。実態は掴めず、またいずれ襲撃があるかもしれない。
「ies, ies rof...hue seu oum...」
セプロノは魂ここに在らずといった表情で、ただ虚ろに呟き続けるだけである。
無理もない。ウルグラーダとその関係者に対する報復宣言は、セベリス王家の殺害予告を意味する。
それは彼女の民族としての象徴を、踏みにじることに他ならない。
「――このままじゃ埒があかないよ。クアの行方も分からないんだし……今はとりあえず神社に向かって、少しでも情報を集めよう?」
ヴァイユは親友を気にかけるあまり周りが見えていない。セプロノも正気を保てる状態ではない。
こんな時こそ、自分がしっかりしなければ。そう思いつつも、レフミーユは必死に平静を装っていた。
「しかし、ここを離れるわけには」
ヴァイユが血まみれの食堂に目を向ける。救命士が大勢集まって、手当てを行っている。その一人がヴァイユの様子に気づいたらしい。
「ご友人様のことはどうかご心配なく。私どもにお任せくださいますよう」
「……わかった。ファリシーヤを……スカースナを、宜しく頼む」
「ありがとう。行こっか?」
レフミーユが無理をした笑顔を浮かべる。ヴァイユはうつむいたまま、それを見ることはなかった。
「行きます……私も。王女、私たちの……私が、守りたいから」
やがて、セプロノも二人に向き直る。先程とは違う、凛とした決意の眼差しだった。それを見て、レフミーユは少しだけ表情を緩めた。
~
翌日。
三人は旅館に別れを告げ、昨日と同じ道をまた行くことにした。ファリシーヤは集中治療のため、別施設に搬送された。
「私は下の食堂に降りるクアを見たんだ。悲鳴が聞こえたのはその直後……レフミーユ、下の階でクアを見かけなかったか?」
「食堂からものすごい音がしたから、すぐに行って見てみたけど……血まみれで倒れてるファリシーヤの他には誰もいなかったよ」
『前科』のあるセプロノに代わり、レフミーユが地図を持って先導する。その後ろにヴァイユ、そしてセプロノが後について山道を歩く。
「となると、スカースナを狙った奴等と一緒にさらわれたか、あるいは……」
――クアが食堂に降りた直後、その食堂で悲鳴が上がった。
ヴァイユはそこまで考えて、すぐに首を横に振った。
「……いや、彼女を疑うことはしたくない」
「んっ、彼女……?」
レフミーユが背中越しに不思議そうな声をあげる。ヴァイユはそれに気づくと、気まずそうに瞳を泳がせた。
「あ、あぁ、彼、だな」
「勘違い、クアさん、女の子と……」
中性的で物静かなクアを女の子だと勘違いするのも無理はない。現に、あのファリシーヤもさらりと間違えていた。
「――あっ、そこの横道を左だった」
レフミーユがふいに振り返る。最後尾を歩いていたセプロノの後方に、少しだけ道幅の広い分かれ道があった。三人は引き返し、今までと逆の順番でその道に入っていく。
「うー、良くないと思います……私、先頭に……」
「大丈夫だよ、地図はアタイが見てるから!」
心配そうな足取りのセプロノ。その後ろを歩くヴァイユに、レフミーユがそっと近づいていく。
その道は、二人が並んで歩くのにも十分な広さがあった。そしてそのまま、ヴァイユの右手側にゆっくりと――
「……おい何してるっ!」
ヴァイユの右腕に、レフミーユがぴったりと寄り添う。ヴァイユは反射的に振り払おうとするが、絡む腕がそれを許さない。
「ほら、セプロノさんに見つかっちゃうよ? しーっ」
「何のつもりだ、よせっ」
「レフミーユさん、道、正しいですか……?」
前を歩いていたセプロノが歩みを止めて振り返る。途端、レフミーユはすばやく彼の横を離れて背中に隠れた。その温もりが残る右腕をさすりながら、ヴァイユはなんとか真顔を作った。
「うん、しばらく一本道だよ。そのまま進んで」
「est、分かりました」
セプロノが再び歩きはじめると、レフミーユもまたヴァイユに身を寄せる。
「へへ、こんなスリルもいいかもね?」
「大学時代、それはそれは多くのスリルを経験したが……思えばこんな“スリル”はなかったな」
がっしりとしているわけではないが、筋肉の存在がはっきりと分かるヴァイユの二の腕に、頬を寄せるレフミーユ。その両耳がひょこひょこ動いて、ヴァイユの頬をくすぐっている。
この子はこんな大胆なこともするんだな、と色々な思慮を巡らせるうちに、一つの結論を導き出した。
思えばあの襲撃の後、落ち込んでいた自分を励ましてくれたのは他でもない彼女ではないか。今この道を歩いているのは、彼女が先頭に立って自分を引っ張ってくれたからではないか、と。
レフミーユは自分を励まそうとしてくれているのだ。ヴァイユはそう考えて、照れ隠しかただ痒いのか、右頬を掻きながら、彼女の耳にそっとささやいた。
(ありがとうな)
「ひぁ……!?」
レフミーユが急に調子のはずれたような声をあげたので、ヴァイユもびっくりして思わず立ち止まった。それに気づいた先頭のセプロノも、何事かと振り返る。
「……ありましたか、何か……二人に?」
レフミーユはあわててヴァイユの腕を放して、その手にあった地図に顔を落とした。
「う、ううん! あっ、その細い道を右! もうすぐ神社だよ!」
「よ、ようやくか……着いたら少し休憩しよう」
各々、なんとか誤魔化そうとする二人。セプロノは何も言わずに歩きはじめ、その右へ続く道に進路を変えた。
まもなくして広い階段が現れ、目的のものが徐々に目の前に明らかになっていく。最後尾のレフミーユが、一番先に歓声をあげて飛び出した。
「あ、見えた見えた! やったー!」
階段を勢いよく駆け上がるレフミーユの後ろを、ヴァイユが追いかけるようについていく。
「――Xein bael...þac le――」
数段先をのぼる二人の耳に、その声は届かなかった。
すこし更新の間が空いてしまいました、三番手のらいしゅです。
他の二人の更新ペースについていけていない感が否めませんが、空き時間を利用して更新を続けたいと思っています。
前回のシリアス展開を受けて、すこし早めのブレイクタイムをご用意しました。三の倍数にあたるお話は、基本的に私が書いているシリアスブレイクだと思って、気楽に読んでいただければと思います。
それでは、S.Yさんによる次話更新をお待ちください。
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謎が謎を呼ぶ。
ふう。やっと階段を登り終わった……。
やはり神社の階段は長い。私とレフミーユと…よし、全員……いない!?
――ま、まさか彼女まで彼らの襲撃に遭ってしまったというのか。なんていうことだ…。
っと、いらぬ不安が脳裏をよぎったがそういうわけではなかった。はしゃぎ回るレフミーユを追いかける余り、セプロノを置いてけぼりにしていただけだった。
「ふう、よかった…」
胸を撫で下ろす。
「何が良いです!置いてけぼり!」
「あ、ごめん。」
初めてセプロノが声を荒げ、少し驚いた。
「そういえば、クア、相変わらず出てこないよね。」
「そうだな。まずは事件を整理しないとなあ。」
「疑いたくない、私。クアを…」
「そうだね!」
「この事件には不可解な点がいくつもある」
「まず、手紙の中で[ネートニアー共]と書いているにもかかわらず造モーニ体を破壊するというケイトニアー殺しのやり方をしている。これは明らかに矛盾している。」
「手紙から察するに犯人はこちらの事情を余り分かってないようだ。」
「それにさあ!手紙なんでこんな血まみれなの!?もっと血に濡れないところに置かない普通!」
「手紙、書く時間、無いはずです。」
「確かに…それに。なぜファリシーヤを攻撃したんだ!?あいつは何かウルグラーダに関係したか?ウルグラーダを探しているのは俺達だろ!?」
「ヴァイユ、落ち着いて。」
「あ、ああ。すまん…」
思わず声を荒げてしまった。
「あと、[イェテザルから立ち去れ。]って、ここイェテザルじゃないし。」
『そして、クアが意味深な発言をした。「ウルグラーダ、ウルグラーダ・グリーザルフ……neitnaies var naicekyffès」と。』
「ウルグラーダのフルネームを知っていた。そして、neitnaies var naicekyffès、つまり…」
『…「嘘つきなネイトニアー」だね。』
「そう。でももしクアが奴らの手下だとして、こんな非効率的な方法をとるか?初めは誰を探してるか言わなかった。なのに彼はついてきた。しかも話しかけてきたのはクアの方からだった。[ie1, Lia-xu ha1-mie ma1-fa1-no?]こんなことを話しかける必要があるか?誰かを襲撃しようとしている人間は、リスクを避けるんじゃないのか?リパラインやユーゴック、ヴェフィスにも通じてるようだが、書記の家系だから何らおかしくは無いはずだ。突然流暢になったのは疑問だが…」
「あっ。」
「どうしたレフミーユ?」
「もしかして、クアはなにか勘づいたんじゃないかな?」
「え?」
「え?」
「あっ、えっと…なんというか…その…見てしまった、クアは見てしまったんじゃないかな?襲撃の様子を。それで今、追われてるのかも…。」
「だとすると、クアは無事なのか!?」
「やばい…かも。」
「クア、知ってるか。私たち、ここにいる。」
「それは大丈夫だと思う。ここに来ようと言ったのは彼だし。」
「ん?あれって…?」
「クアじゃない!?服も着替えて、民族衣装になってるけど!」
「!? 本当だ! クア!クア!」
「BAI YU! LEK MI YU! TEP LO NO!」
「やっと会えた…。何ともない?」
「わぇ何有りねぇ。しかど、わぁ追あらとー。」
「予想は、当たっていた…か。」
「ところでneitnaies var naicekyffèsってなんで言ったの?」
「あー、かぇデュイン旅ん折ん、会うた、故ぇ名ん知とー、てぇ、かぁわん奴らかー守る為ぇ嘘ゆーたぁ。」
「クアにとっても恩人…なんだね。」
「デュイン行ったこと、有るですか!?」
「それでヴェフィス語も。しっかし、ウルグラーダという人物はまさしく聖人だな。一体彼が何をしたっていうんだ?」
「うー、わぁ忘るとー。許せぇ。」
――謎が謎を呼ぶ。この事件はもっと詳しく調べる必要がありそうだ…。
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遡る
「き、綺麗……」
一面にエキゾチックな模様を散りばめられた壁を眺めてレフミーユが言う。これは皇論における陰と陽の概念を表したものであるという。
一行はカミ・ア・マカティ、天神神社を観光していた。一度事件から心理的な距離を置くために全部を忘れて、観光するべきだと思ったからだ。ヴァイユ自身、葛藤に思考スペースを刈られていた。最初は人助けだった、レフミーユもセプロノもクアも全員がただの人探しと観光をしていたはずだった。だが、考えもしないところで人脈というものはその力を発揮するもので多分レロド・フォン・イェテザルの奴と思わしき人間が私の友人を傷つけて行った。私はこの事件を追及するつもりだ。しかし、そのために彼らについていくというのはどうも罪悪感が残る。彼らを危険な目に会わせたいとも思わないし、私の目的のために利用しているような気がしたからだった。
「ねぇ、ヴァイユ?どうしたの?」
考えに没頭しすぎて周りが見えてなかったのか、目の前にレフミーユが居て先にセプロノとクアが居た。どうやら、ここで立ち止まって考えてしまったようだ。
「いや、なんでもないよ。次は?」
「次は山の神の堂だって、ほら行くよ~!」
走ると危ない、といつもの自分なら言っていただろうが言う気も起きなかった。自分から観光を提案しておいて無様だと思った。これでは勘付かれないかと冷や冷やしていたが、ホテルに戻るまで目的に対しては感づかれる事は無かった。
「はー、今日は楽しかったね。ねえ、ヴァイユ?」
「凄かった、です。あの壁……。」
「わぁも思う。」
皆興奮冷め止まない様子であった。こんな中で一人だけ沈痛な表情で居るのも違和感を覚えさせると思ってヴァイユは気丈に振舞っていた。
「そろそろ風呂に行った方が良いんじゃないか?食事の時間までは丁度いい時間だと思うけど。」
ヴァイユは手持ちのウェールフープラジオの調子を確認しながら言うと、レフミーユがヴァイユを指を指した。
「女の子の湯を覗いちゃダメだからね!」
「はぁ、誰が……覗くかよ。私はこれを修理しなきゃ行けないから先に行ってきたら。」
三人は笑っている。大丈夫、自分の心が揺らいでいる事は分かっていない様だ。
---
携帯電話の番号を書いた紙を置いてホテルを出て、山へ向う。
実はウェールフープラジオが調子悪いわけでも何でも無かった。そんなのは三人と別に行動するための時間を作る口実に過ぎない。考えても見ろ、手紙を血塗れで置いているのもそんなものを書く時間が無かったことも表しているのは『犯人は手紙を書いていない』ということだ。それに関するクアやレフミーユ、セプロノの嫌疑は既に晴れている。クアは犯人に追われ、後の二人は時間と空間的にそんな事をするのは不可能である。つまり、残されているのはファリシーヤ、つまり奴があらかじめ書いておいてポケットに入れておいたものが襲撃をされ、腰の周りに落ちたと考えると自然だ。理由は犯人は何故ファリシーヤを殺そうとしたのか。それはあまり信じられないがファリシーヤは実はRFJ(レロド・フォン・イェテザル)の構成員で私たちのうちの誰かを殺そうとしていた、だがファリシーヤはRFJに逆らって私たちを庇おうとした。だから、報復を受けた。
証拠を掴んでやるという事が心の中身を覆っていたが、外の風に当たって歩いていると証拠を掴んだところでどうなるのかと思えてきた。ただ、足はずっと山の、友の旅館に向っていた。
旅館が見えてくるとどうも数十人の人がそこを囲っていた。マスコミではない、そんなものはもっと後から来る。制服を着ているところを見るとPMCFの警察組織なんだろうかFaiches blaèjautと書いてあるのを見るとユエスレオネの刑事警察に当たるんだろう。ぼやけた意識と共にその警察達の中に入っていく。
「ちょっと、君。ここは立ち入り禁止ってあなたユアフィス先輩じゃないですか!なんでここに!」
「え?ちょっと待ってくれ、先……輩?君は……誰だ?」
自分を止めようとした少女は右手を前方に掲げ、手を直立させたユエスレオネ式敬礼を行なった。
「ユエスレオネ特別警察第一局から派遣されてきたフィア・ド・グリフタヴィエ・フィグリフハイトであります!なんちゃって……。先輩は私の事を覚えてないんですか?」
「いや……済まないが全く……。」
フィアは人指し指を立てて、頭の横でぐるぐると回転させた。
「ほら、中央大でウェールフープ実験する姿を窓から……」
「窓から?」
先を聞きたくなったが、フィアは手を振って、なんでもないと言っていた。しかしながらこれは使えるかもしれない、例の事件の追及の手がかりになりそうだ。
「グリフタヴィエさん、ちょっと手助けして欲しい事があるんだ。」
「え?何ですか?」
ヴァイユは事前に用意しておいた三人分の指紋データの入ったペンドライブをフィアに渡す。
「そこに私とそこに当日泊まった後の三人の指紋データが入っている。あとは、ファリシーヤはPMCFの鑑識から貰えるだろう。この四人以外の指紋が手紙にあるか、調べてくれないか。」
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想いのかたちはさまざまに
旅館の風呂場は“三人”で入るには少し小さかった。さして広くもない空間に、あたたかな湯気がその奥を遮るように満ちている。
「――何故此処え在る……?」
見通しが悪いせいか、風呂場はどこまでも続いているように見える。クアはそこに一人、“入浴するにふさわしい姿”で、困ったように立ちつくしていた。その手には白い布一枚だけが、不安の拠りどころとして湯気を吸っているばかりだ。
「――クアも早く入ろー!」
「――冷えてしまいます、身体……」
湯気の向こうから少女の声が聞こえる。水音と混ざり合って浴室に響き、真っ白な視界を華やかに彩る。
「――わぁ男え、あになぁと入るぇ得ると……?」
クアは浴室から出ようとした。しかし後ろを振り返って見ても、白い空間がずっと続いているのみで出口が見えない。それでも、声のする方を背にして走り出す。
「――クア、良いです……あなただから」
いくら走っても、その声は徐々に近づくばかり。床は濡れていてうまく走れない。浴室はどこまでも白く霞んでいる。端整な顔に焦りが浮かぶ。
やがてクアの背中に、ほんのりと温かな手が触れ、
「捕まえたっ――」
~
「――輩、……先輩っ」
ヴァイユの頬が、手の平から勢い良く落ちる。急に開けた視界は勢い良く縦に流れ、
「ユアフィス先輩っ!」
顔を上げたとき、目の前にいたのは特別警察、ヴァイユにとっては大学の後輩にあたるフィアであった。
ヴァイユは目を擦りながら辺りを見回す。ここに来たときよりも大勢の警察関係者が、あわただしく駆け回っているのが見えた。
「あ、ああ……?」
「さっき話していた、観光疲れですか? 熟睡してましたよ。先程のお話をしたいのですが……目は覚めました?」
ヴァイユは大きくため息をついた。自分はいったい、こんな時に何を考えているんだ。自分自身への苛立ちと、失意の念を込めて。
「大丈夫だ。……湯気は晴れたからな」
「は、はあ……? では、こちらで」
フィアは怪訝に首をかたむけつつ、ヴァイユを連れて旅館を離れた。
~
鑑識や刑事の声が遠くから聞こえる。向かった先は、静かな旅館裏であった。
ヴァイユはフィアに渡したペンドライブを受け取った。続いて、フィアは透明の袋に入れられた血塗れの手紙を取り出し、ヴァイユに向き直る。
「こんなにすぐ調べられるものなのか?」
「先輩がデータの収集をしてくださっていたおかげです。それに、先輩が居眠りしていたくらいの時間があれば充分ですよっ」
フィアがいたずらっ子のような顔で微笑む。ヴァイユはその顔を改めて観察してみた。大学時代のあれこれを思い出してみるが、やはり彼の記憶に残っている顔ではなかった。そのまま見続けているうちに、フィアはしだいに頬を赤くした。
「せ、先輩っ、そんなに見ちゃ……あっ、もしかして怒ってます……? 大丈夫です! 寝顔は見てません、見てませんから!」
「それはいいが、本題に入ってもらっていいかな」
「はいっ、只今!」
フィアは両手を持っていた手紙の入った袋を、ヴァイユの目の前に突き出した。その大声に気づいたのか、関係者らしき一人がこちらを振り向いてすぐに去っていった。
「この手紙……まあ内容についてはここでは触れないでおきますが、鑑識の結果……」
フィアはわずかに口元を引き締め、真面目な表情に戻る。ヴァイユもそれを感じ、小さく深呼吸をして次の言葉を待った。
「――表面積の四十七パーセントについて提示されたデータ、および被害者のものと一致しない指紋が検出されました。現在、データベースとの照合を急いでいます」
フィアが鑑識結果をヴァイユに渡す。ヴァイユの指紋が九パーセント、レフミーユ・セプロノ・クアの指紋はゼロ、ファリシーヤの指紋が四十一パーセントとあった。
そして、確認されていない指紋が大量に付着している。これが何を意味するか。
「手紙は第三者が書いた可能性がある……か」
「被害者の指紋も多く検出されているので、そのどちらかと考えるのが自然ですね」
ヴァイユはフィアの右のつま先に目を落とし、首をひねって思考を巡らせた。
ファリシーヤがあの手紙を書いていないとしよう。あの手紙は組織の別の人間、おそらく計画犯にあたる何者かによって書かれたのではないか。その手紙を受け取り、イェテザルで計画を実行するのがファリシーヤの役目だった。
レロド・フォン・イェテザルが目の敵とするのは、ウルグラーダらテベリスの王族や貴族であり、それに協力する者も含まれる。ウルグラーダを恩人と仰ぐレフミーユ、クアは何らかの敵性因子とみなされ、目を付けられた。
そして、ヴァイユ達と接触、襲撃する臨時任務を与えられたのがファリシーヤであった。彼はその後、予定通りイェテザルへ行くはずであった。しかし任務の執行ができなかった彼を、組織は裏切り者として処分した――。
「しかし、妙だ」
手紙は、ウルグラーダとその協力者である「ネートニアー」に向けられている。ヴァイユ達が標的になるということは考えにくい。
ヴァイユの頭の中には氾濫した情報が廻り、これ以上の推理を難しいものにしていた。
「それよりも、先輩……」
「ん、何だ?」
フィアが真面目な表情をやめ、困ったように見つめている。
我に返ったヴァイユの耳に、聞きなれた着信音がようやく届いた。
~
ホテルに備え付けられた電話を手にとった。もう片方の手には、数字が走り書きされた小さな紙が握りしめられている。その後ろでは静かな面持ちで、二人がそっと見守っている。
「……」
無機質な呼び出し音が一回、二回。ごく短いはずのその瞬間が、何倍にも引き伸ばされていく。握られた紙切れがくしゃりと音を立てた。空気がまとわりつくように粘っこい。
ぷつり、と、
『こちらはヴァレス・ユアフィス……』
電話口からの声が、
「ヴァイユっ!!」
遮られる。
『……! その声は……。悪いな、少し修理に手間取ってしまって』
「心配しています! 私、いえ、みんなが!」
『申し訳ない……』
ヴァイユの声には驚きが滲んでいた。これほどまでに大声をはりあげる彼女の姿に、後ろの二人ですらもびっくりしていた。
『もう夜も遅いから、先に休んでいてくれて構わない。今からそっちに戻るよ』
「あ、……」
再度ぷつりと音がして、声は聞こえなくなった。
わずかに震える手で受話器を戻す。綺麗に整えられた爪が手の平に深い痕を残した。
「嘘……嘘つき、です」
彼女がはじめて見せた、怒りの表情であった。
更新を滞らせる係になってしまいつつある三番手、らいしゅです。
このたび、新しく本企画に参加する方が私の後ろ、四番になってしまったので、更新の停滞が進むにつれて罪悪感がつのる今日この頃。
私も皆さんを見習って、素早くかつ洗練された文を書けるように精進いたします。
また、活動報告にて行っているキャラクター募集も随時受け付けております。興味を持っていただけた方、ぜひ私達と一緒に作品をつくり上げませんか?
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キャミソールの少女
「大丈夫だったんですか?先輩」
「ああ、大丈夫だ」
ここで大丈夫でないと告げたところで、解決するのだろうか。今彼女らが無事なのかはもはや祈るしかないだろう。いつまでもここにいるわけにもいかない。はやく宿に戻らなければと、ヴァイユの足を急かした。早く山を下りなければ。
「じゃあ、私はもう行くよ、宿に戻る」
「ああっ、その前に、連絡先お願いします。新しい情報が分かり次第、お伝えしますので」
ヴァイユは急ぎながらも、小さな弱弱しい文字をメモに躍らせた。半ば、宿に残った三人に残したメモのコピーのようなものだ。
「うわっ、先輩こんなに字ヘタクソでしたっけ…ありがとうございますー」
「今度時間があればメシェーラを使って芸術的に書いてやるよ、今は急いでいるんでね」
急いで山を下りる。駆け降りる。こういうときにはウェールフープは便利だ。別に戦闘の訓練を受けていたわけでもないので、誰かと戦うことは上手ではない。ネートニアーよりかは多少強い程度しかない。当然リパコールにはかなわない。だが、こういう少し大変な移動とか、そういう実用面では便利なものだ。特に今は急いでいるので、これでも使わないと。
先ほどの宿に着く。質素な作りの壁が見えるはずだったが、それは今緋色の炎に包まれており、焦げ臭いにおいが若干漂っていた。
「・・・・・・オイオイこれはどういうことだ」
先ほどにも増して焦りが募る。こんな時間だ、三人はもうそろそろ寝るだろうし、何処かの誰かがたばこの始末を怠ったとしか思えない。燃えているのは三人が泊まっているはずの部屋の反対の部屋だ。今から駆けつけて連れ出しても間に合うし、とっくに火災報知機などで避難出来ていても不思議ではない。だが、何かが心配で、それを確認しなければならないと思った。
建物の周辺にはすでに消防車、救急車が到着しており、時折やけどを負った宿泊客が運ばれていた。死者は出ていないのだろうか。避難したという人間達の中をまず探した。さすがに真反対にいたからとっくにそれを察知して避難しているだろう。焦燥感に駆られ、もはや三人のことしか頭に浮かばない。
夢中になって探していると、後ろから男性の声で話しかけられた。消防隊員なのだろうか。防火服を身にまとい、ヘルメットを装着していた。
「あの、どちら様をお探しですか?」
「ウルグラーd……じゃなくて、レフミーユとセプロノとクアを探しているんだ。共にここに宿泊していた者たちだ」
「その者達なら、余の保護下にいるぞ、青年」
冷静な声色に反応して振り返ると、明らかに立場を間違えたような呼称を用いた少女が避難民に紛れて座っていた。火災から逃れるためかまだ片手にハンカチを持っており、それを今まさに仕舞おうとしていた。そしてボロボロの黒のキャミソールを着ていた。
「保護下にいる…ていうのはどういうことだ?」
「事情を話そう。ちょっとこっちへ」
親指を奥の方へ向けながら、ヴァイユを誘導する。集団から少し離れたところに着いたところで、その少女は話した。
「余は旅の者だ。例の三人は何者かに襲撃された。場所は余の部屋の前だ。余の部屋はホテル内でも真ん中の方で、階段も近い。彼女ら三人はもしかしたらお前の事を探しに行っていたのかもしれない」
とりあえず聞いていた。なんとなく嘘くさい気もしたが、相手が何者なのか一切わからない。そして名乗りもしないことも怪しかった。
「だがそこで、覆面の男が窓ガラスを破って侵入してきた。余はちょうど玄関前にいたからすぐさま駆けつけて三人を救出したが、その時に男が放った流れ弾がちょうど反対側にある部屋のドアに着弾して、そこから火災が発生したんだ」
彼女の説明では、つまり覆面の男が不意に火災を発生させたということになる。
「だが例の三人はどうやら足を切られたらしく、動けそうにもなかった。そこで説得をして三人をここから遠く離れた安全地帯にウェールフープで強制送還したというわけだ。男の襲撃を避けるためにもな。というのもその時にもまだ男は息があったから」
「なるほど」
ずいぶんと大きなお世話をやってのけたようだ。
「だがそのかわりに一つ条件を猫耳の娘からつけられた。余は承認したが。」
「その条件とは?」
「『ヴァイユが帰ってきたら三人で無事に会わせてほしい』とのことだ。どのように会せればいいかはリクエストを受けていないが、そのままここに呼べばいいか?」
「その方がいいと思うが、男はどうなったんだ?」
「ひとまず男は逃げて行ったが、よっぽどパニックだったらしく、そのまま火元の方に走って行ったよ。その後彼の行方は余も知らない。見た感じケートニアーだったようだが」
「…そうか、まあ大丈夫だ」
俺がいれば、と付け加えたいところだったが、流石にそんなキザなセリフを年頃の女の子に堂々と吐けるほど大胆な男ではない。
「では今から呼んでくる、しばしそこで待っていてくれ」
「ちょっと待て、俺はヴァレス・ユアフィス・フォン・ヴァイユ。君の名前は?」
一息置いて答えた。
「余はレソル・カルメレスドゥン。こんな名前だが出身はリパラオネ連邦だ」
彼女は姿を消した。
今回より参戦いたします、KPHT(かぱはた)です。前回の投稿からちょうどテスト期間に入っており、その中での更新となります。いきなり時間が空いてしまって申し訳ありません。
「ヒカピン?いえ凡貧ですが?」氏からのキャラクターを採用させていただいております。名前設定は私が勝手に考えました。
キャラクターの受け付けは随時受け付け、反映していきますので、どうかよろしくお願いします。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=111768&uid=145870
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嘘
「これ、探していたのはこの者たちで宜しいか。」
「いや、探しているのはウルグラーd…じゃなくて、そう、その三人だ。」
思わず、その似つかわぬ口調にもう一度同じ失態をしてしまった。そう、レソルだ。
「では、余はこれにて。」
「待て。何故なぜお前はそんな名前なんだ?連邦人に似つかわしくないが。(口調もな)」
「ああ、余か? 余はユーゲ平野に気まぐれで出現し、ペーセ人として過ごしていたからな。ペーセの名なのだ。」
「き、気まぐれ…」
「左様。では、余はこれにて。」
最後まで変な奴だったな。奴は一体……。
「それよりヴァイユー!」
耳をピョコンと。
「何あ在りたや?」
「知りたいです、私。」
ああ、久々に聞く声だ。やっぱり仲間、
~
「知りたいって、何をだ?」
「今まで何をしていたか。です。」
「ラジオの修理なんて、絶対にぜったいに嘘だよねえ!?」
「あ、すまん。嘘だ。」
レフミーユが若干想定外と言うような顔をした。
「本当に嘘なの!?」
「うむ。あの手紙に付いた指紋について調査をしてきた。結果は、一致なしが四十七パーセント、ヴァイユの指紋が九パーセント、レフミーユ・セプロノ・クアの指紋はゼロ、ファリシーヤの指紋が四十一パーセントだった。」
「故、第三者あこん事件ん関わるとー。」
「…第三者、ですか。」
「そうだな。まあ、これで私以外の疑いは限りなく0になったな。」
「ヴァイユはやってないでしょ。」
「とは言え、一応9%付いてるからな。」
「この火事も、関係あります。恐いです。」
「あんまり心配しても身体に悪いし、捜査は警察に任せて息抜きしようよ!」
「そうするか。アイルとか、パイグの文化にもほとんど触れていないしなあ。人探しも兼ねて戻るか。」
〜
そして、ふたたび神社へ我々は戻った。
「こん近くん、わん村あるえ、そん処ん行くあー。」
〜
「近くって言ってたけど、いつ付くの?」
「すぐ着くあー。」
〜
「まだ、ですか?」
「すぐ着くあー。」
〜
「まだ着かないのか?」
「すぐ着くあー。」
〜
「着く在り。」
「『すぐ』って言ってたけど、めっちゃ歩いたよ!?」
「嘘つき…です。」
「ああー!疲れたー!」
「
「
「
「
「
「
「
「
名前くらいしか聞き取れなかったが、クアが説明してくれた。
「Siss mirvia nim2 tak1. Coss laozia perger'd zalizal?」(彼らは民族衣装を貸す。パイグの装飾品作る?)
「作る作る!楽しそう!」
「楽しそう、ですね。」
「おお!」
そうして、部族長が民族衣装を持ってきてくれた。クアによるとどうやら二種類あるらしく、二之衣と四之衣というらしい。どちらも簡素な作りだが、着用のし易い四之衣を貸してくれるそうだ。そして、首飾りの材料は陶器だそうだ。宝石で作る場合もあるようだ。さてと、
粘土をこねる。陶芸もPMCFの文化だ。粘土は余り触ったことは無いが、ひんやりしていて気持ちが良い。そして、岩絵具をつけ、植物の灰や長石の粉を水で溶いた釉薬を塗る。いよいよそれを窯で焼く。パン窯のような見た目の小型のものだ。
すると美しい球体が出来上がった。クアは「もう少し」というがさっきの件があるので信用出来ない……。と思っていたらレフミーユが完成させてしまった。綺麗なオレンジ色をした、首飾りを掛けている。彼女の笑顔とあいまってとても輝いている。そうして惚れ惚れしていると、セプロノまで完成させてしまった。いけない。遅れている。私は故郷を、そしてこの海を想い、青く着色をした。ふう。やっと完成か。ああ、質素だが美しい。パイグ語も、この服も……そう言えば、首飾りに気をとられて服のことを忘れていた。周りを見渡すと一行ともども着替えていなかった。
「着替え、見ないでよ///」
「と、当然だろ。」
おっと。心がふわり。動いた気がした。
S.Yです。いやあ、一ヶ月って早いですなあ……。今回はパイグ語、そして文化に力を入れて書いてみました。
では続いて、FAFS氏の作品にご期待あれ。
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殺し損ねた蟻
ホテルの火災後、イェテザル・ポルトジャール某所――
「こいつか。奴等のホテルに侵入して襲撃しようとしたは良いものの火事を起こした馬鹿は。」
黒髪、白肌、モノクルに黒いベストの紳士のような風貌をした『彼』は、そういって目の前の男を蔑むように睨み付けた。
レロド・フォン・イェテザルの敵である『奴』を殺そうとするのは別に良い、しかし、足跡を嗅がれ、国際問題にされるとレロドの存続が関わる。
「しかし、ですなあ旦那ァ。あいつ等をどこかにやったのはレソルとかいう女ですぜェ。」
引きながらぜいぜいと息が漏れるような音を出しながら、その男は釈明し始めた。『彼』はそれが気に入らず、さらに男を睨みつける。
「何?レソルだと?お前はレソルと会ったのか?」
「え?レソルがどうかしたんです?」
男が少し驚いたような顔をして聞く。
「レソル・カルメレスドゥンはアルのレロドの人間だ。嗅ぎつけてきやがったな……。」
歯軋りする。イェテザルのシマは俺らのレロドのものだ。だが、イェテザルの始末はまだ関係を持っているアルのレロドにも関係を持つ。少しでも余計な事をやれば、レロドの構造自体が破壊されてしまう可能性がある。そうはしたくない。イェテザルは、テベリス人は懐柔しやすい比較的慣れてない移民だ。ここできちんとした秩序を挙げて、レロドを永遠に続かせる。それが、アルの離脱組でイェテザルのレロドを負う俺、ファリーア・ラヴュール・ダティヤの使命なのだ。
そんなことを考えていると男がダティヤに不思議そうに問う。
「しかし、何であんなセベリス人の……ウーウグラフダを追うんです?」
ダティヤは瞑目する。
「ウーウグラフダじゃない、テベリス文字をリパライン語読みするな、正確にはウルグラーダ。テベリス系人の姓の一つで、トルニア王国とかいうところの貴族姓らしい。お前はこの家にされたレロドへの屈辱行為を忘れたのか?」
男は首を傾けて疑問を表す。
「ウルグラーダは、俺らの秩序を破壊した。イェテザルのファークの売買はレロドが仕切ってることは分ってるな?」
男が頷く、ダティヤはそこまで喋って疲れたのかファーク入れから少量の粉を吸う。男はその様子を物欲しそうに見ていた。
「あぁ、ウルグラーダは、イェテザルのヤクのネットワークを根絶させる目的でうちのレロドを越える大金で警察を買収しようとした。事実上、警察の実権がレロドからウルグラーダ家に移るわけだから、最終的には奴等のやり放題ってわけだ。」
話を聞くのに疲れた男は冷蔵庫を開けて、中身を物色し始めた。もちろんのこと連邦諸国には酒等無いので、アチェアか水かリウスニータくらいしかない。
「おい、話は最後まで聞けよ。」
怒ったダティヤにリウスニータをグラスに注ぎながら、男は言葉を返す。
「あいあい、それで続きはなんです?」
「ウルグラーダはレロドを潰すつもりだ。でもなければ、警察を買収したりはしない。今のところ、台帳に載せてるテベリス人以外は拘留して、アルのレロドに送るか、殺してる。そいつらに聞くところ、ウルグラーダの関係者はウルグラーダがテベリス人を救うだののために警察を買収しようと手を回してるだとよ。」
リウスニータを一口で飲み干し、男はダティヤに向き合う。
「それじゃ、レスタとかいう女王を殺すとかいったのは割りに合わねェんじゃねえですかい?レロドが壊れちゃ堪ったもんじゃありゃせんですがねェ、さすがにやりすぎると」
ダティヤがビンを部屋の下から出す。黄金色の液体が入っていた。
「密造酒ですかい?旦那は一体何の宗教の教徒なんだい?」
密造酒はもちろん連邦では禁止であり、重罪だ。しかしながら、それはここでは通用しない。
「俺はリパラオネ教徒だよ。それより、コップを渡してくれ。」
コップを渡す男は怪訝にダティヤを見つめる。
「旦那、人の信仰にゃとやかく口出さないようしとるけどよ。さすがに、フィアンシャンに書いてある事を守らないのはどうかと思いますぜ。」
「あれはフィシャ小僧が勝手に書いたことだ。本当の教徒は、スキュリオーティエやレチ記から神の真意を学ぶものだ。」
ビンからこぽこぽとグラスに黄金色の液体を注ぐ。男はダティヤがファークに悪酔いしているものだと思ったので気を紛らわすためにリウスニータをもう一杯グラスに注いだ。
「それで、レスタの女王の件はどうなんです?脅しなんですかね。それともマジで殺すんですか?」
「見せしめに殺す。今はPMCFに居るらしいが、このまま殺せなくてもトルニア州に送ったレロドの工作員がその他の王侯貴族を殺す。これでもウルグラーダが引かなければ、レロド・フォン・アルから助けを呼んで一緒にトルニアの奴等と全面抗争になるな。」
話を聞いていた男はリウスニータをもう一杯飲むと、深刻な顔でダティヤを見た。
「そうならないといいですがね。」
「ああ、こちとら、死傷者は最小限に抑えたいしな。」
ダティヤはそういうとグラスの中の黄金色の液体を一気に飲み込んだ。
「死傷者を抑えるプロ。」
男はそう言うと拍手しながら部屋を出ていった。
※ファーク(fhark)……サームカールト(tharmkarlt)から向精神作用のある物質を抽出し、作用を強化したもの。デュイン・マフィアが密造、売買を行っている。乱用によって向精神剤成分による依存、統合失調症様症状、身体の機能障害が起こる。また、精製が十分であっても、不十分であってもウェールフープ可能化剤成分が残るため、不適合による反応が乱用で成分が蓄積された場合、発現する可能性がある。所謂ヤク、不法薬物たるもの。
いかがでしたでしょうか、Fafs F. sashimiです。
今回はレロド・フォン・イェテザルが何を考えているのかについてでしたね。これでヴァイユたちが目的にすべきことも決まりますが、ヴァイユたちは依然どうするべきか方向があやふやなままです。
さて、次回はどうなるやら、らいしゅさんの次話をお楽しみに。
あ、ちなみにまだキャラ募集は受け付けてますよ。
活動報告を見に行ってね(威圧)
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