ガールズ&ボトムズ (せるじお)
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TVシリーズ
第1話 『転校』


 

 

 

 ――装甲騎兵道。

 『乙女の嗜み』として百年以上も続いているこの武道は、かつては華道、茶道に並ぶ伝統文化のひとつでしたが、私が志願するころにはマイナー化が進み、今では文部科学省に属する大小20余りの学園艦が戦いに参加するばかりでした。

 

 私は戦いました。

 始めは西住流のためと信じて戦いました。

 でも、戦いは非情なばかりで……装甲騎兵道ってなんなのか、分からなくなってしまいました。

 ――私は疲れました。

 とてもとても疲れていました。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 ――考えた上での行動ではなかった。

 

『きゃあああああああああ』

 

 悲鳴を通信機越しに聞いた時、谷底を洗う濁流へと落ちていく騎影をスコープ越しに覗いた時、みほの体は反射的に動いていた。

 ローラーダッシュで雨でぬかるんだ斜面を駆け下りる。

 その間にも、赤星小梅のスコープドッグは頭から真っ逆さまに、水しぶきを挙げて川面へ飛び込んでいた。

 

『――副隊長、なにを!?』

 

 誰かが無線の向こうで叫んだが、みほの耳にその声は届かない。

 みほは滑り降りる――というより殆ど滑り落ちるに等しい速度で落ちた僚機を目指した。

 泥に汚れて茶色の波打つ水面は、瞬く前に視界を一杯に覆う。

 一瞬、自分自身が河に落ちる恐怖が背骨を走るが、みほはそれを強い意志で即座に追いやった。

 

「はっ!」

 

 ギリギリのタイミングでターンピックを斜面に打ち込み、みほのスコープドッグは急速に減速する。

 それでも相手はぬかるんだ地面。ターンピックは泥濘を引き裂くばかりで、完全に突き刺さってはくれない。

 

「ふっ!」

 

 息を強く吐くと同時に、左右のグライディングホイールの回転の向きを変える。

 機体は真横を向いて、地面への抵抗は大きくなった。同時に膝を曲げて重心を下げ、背中を地面につけて機体全体で地面に重みを掛ける。足先が水面に触れる――ギリギリの所でみほのスコープドッグは止まる。

 背負っていたミサイルポッドが、うまい具合に地面に引っかかってくれたのだ。

 

「――いた!」

 

 頭を回し、落ちた赤星機を探せば、すぐにそれは見つかった。

 彼我の距離、おおよそ十メートル。みほのスコープドッグはステレオスコープ搭載型で、立体視が可能だ。赤星までの距離はすぐに割り出すことができた。

 

『助けて! 誰か助けて!』

 

 赤星小梅は完全にパニックに陥っている。無線から聞こえる彼女の悲鳴は悲痛そのものであった。

 無理もない。カーボン加工を施されているとはいえ、ドッグタイプの気密性の低さはカーボン加工だけで補えるものではないのだ。恐らくはコックピットも水浸しになって、彼女は溺れる恐怖に取り憑かれているのだろう。

 今回の試合はその立地上の問題から、カーボンコーティング済みの耐圧服着用が義務付けられている。つまり理論上、溺れ死ぬことはない。

 だからといって、迫り来る水の恐怖に抗えるものではないのだ。

 

「落ち着いて! 今助けに行くから!」

 

 アームパンチで右腕を地面に打ち込み、楔とする。

 コックピットハッチを開き、みほは濁流へと迷わず飛び込んだ。

 耐圧服のヘルメットのお陰で、泥水のなかでも赤星のスコープドッグを見つけることができた。

 両手を無意味に動かす様は、溺れる人間の姿となんら変わりない。 

 唯一違う所は、その鋼鉄の両手に触れてしまえば、カーボン加工済みの耐圧服でも怪我は免れないという点。

 

(今!)

 

 タイミングを見計らい、ぎりぎりの所をくぐり抜けみほはスコープドッグに取り付いた。

 コックピットハッチを開こうとするが、反応しない。

 泥水に濁る視界のなか、必死に原因を探せば、何とかそれを見つけることができた。

 なぜ赤星がすぐに機体から脱出しなかったのか。それはコックピットハッチそのものが衝撃で歪んでしまっていたからだ。

 

(なら!)

 

 みほはホルスターからアーマーマグナムを引き抜くと、ハッチの歪みに銃口をかざした。

 

(――お願い動いて!)

 

 みほの願いは通じた。バハウザーM571は汚泥の中でも問題なく機能した。

 歪んだ鉄を撃ち抜き、手を突っ込んでこじ開ける。マッスルシリンダーはようやく機能し、ハッチが水を押しのけて開いた。

 水の中で藻掻く赤星はみほに抱きついて来ようとするが、耐圧服を掴んで押しとどめ、彼女の背中へと回った。

 そのまま羽交い締めの要領で赤星の体を捉えると、みほは沈みゆくスコープドッグを蹴って、水面を目指した。

 

 茶色い水の帳をくぐり抜け、黒雲に覆われた雨空が見えたのと、真っ赤な紅蓮の炎が見えたのはほぼ同時だった。

 

「あっ……」

 

 乗り捨ててきた愛機に、ミサイルが突き刺さる。

 爆音、爆炎、そして黒煙。

 呆然とするみほの見る前で、無情なる白旗がスコープドッグの頭部から揚がった。

 

 この瞬間、第62回装甲騎兵道全国高校生大会決勝戦における、黒森峰女学園の敗北が決定した。

 炎の熱にあてられ、蜃気楼のようにゆらめく白い旗の影。

 それは、蘇るみほの悪夢。

 遠く弾ける鉄のドラムの音を聞きながら、みほの視界もまた、炎の影のようにゆらめき、たわみ、そして白い闇に包まれていく。

 目覚めの時が来ているのだ。

 夢の地獄はもろくも崩れ、目覚めた先にあるのは――……。

 

 

 

第1話『転校』

 

 

 

 目覚まし時計の音に眼を覚ませば、一転、何の変哲もない白い天井がみほの視界に広がった。

 暫く、言葉もなく天井をじっと見つめる。思い出したくもない過去の余韻が、まだみほの心をベッドに縛り付けていた。

 

「……そうか。もう家じゃないんだ」

 

 そう呟けば、心が恐ろしく軽くなる。釘でも打たれたようだった背中が、難無くベッドから起こすことができた。

 まだ生活感に欠ける部屋をぐるっと見渡し、愛しのボコの姿を探す。

 寝る前に傍らにあった筈のボコは、ベッドの下に落ちて転がっていた。

 慌てて拾い上げて、ぎゅっと抱きしめる。

 

「……はぁ」

 

 新しい生活が始まった筈なのに、過去はまとわりついて決して離れてはくれない。

 ようやく忘れたと思った頃に、思い出させてやるぜと悪夢はやってくる。

 これでは、何のために転校までしたのか判らない。

 

(切り替えなきゃ、いけないのに……)

 

 どれだけ傷ついても立ち上がって戦う。そんなボコのようには、なかなかなれない。

 

「起きよ」

 

 しかし人の気持ちなんかは無視して今日はやってくる。

 歯を磨き、朝食を食べ、着替えて学校へと行かねばならない。

 みほはテキパキと歯を磨き、朝食を食べ、真新しい制服に身を通す。

 

「……」

 

 ふと、棚の上に眼をやった。

 そこにはホルスターに入ったままのアーマーマグナムがぽつんと置かれている。

 色んなものを捨ててこの大洗の学園艦にやって来たけれども、これだけは捨てることができなかった。

 みほは努めてアーマーマグナムから視線を外し、努力してそれを無視して朝食をぱくついた。

 

「……おいしい」

 

 人間現金なもので、空きっ腹が満たされれば気持ちにも余裕が出てきた。

 なんとなく、今日はいいことがありそうな気がしてくる。

 

「元気出さなくちゃ」

 

 頑張って笑顔を作り、朝食の残りをお腹に詰め込む。

 せっかく、『装甲騎兵道』から距離を置くことができたのだ。

 脳天気に楽しまないと損だと、みほは自分へと言い聞かせるのだった。

 ――そう、誰も知らない。訳も知らない。

 昨日までの私がどこへ行くべきなのかなど、誰も知らない。

 風の向くまま気の向くまま、風と共に歩いて行けば良い。

 そう、みほは思うのだった。

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 出会いというやつは、得てして唐突にやってくる。

 

「へい彼女!」

 

 町並みをぼんやりと眺めながら歩いてたみほは、唐突にかけられた声に思わずビクッと肩を震わせた。

 

「え、えと……」

 

 声のほうを向けば、その主の姿は一台のダング――車輪の大きな三輪バイク――の上にあった。

 色の明るい茶色のロングの髪に、女の子らしい凹凸の大きめな体つきをした女の子がそこにいる。大洗の制服を纏った彼女がバイカー用の風防ゴーグルを外せば、果たしてみほにはその顔に見覚えがあった。

 

「武部、沙織さん」

「あれ? 覚えていてくれたんだ」

「うん。誕生日は6月22日」

「そこまで!?」

「うん……名簿見て、クラスの全員いつ友達になっても良いようにって」

 

 武部沙織。

 まだちゃんと話したことはなかったが、彼女についてみほはちゃんと記憶していた。

 普通一課2年A組のクラスメートで、普段は黒髪ロングの美人さん、五十鈴華とよく一緒にいる生徒だ。

 

「……ねぇ、せっかくだから乗ってかない」

 

 沙織は言いながら、ダングの後部座席をポンポンと叩いた。

 三輪バイクのダングはかなり大柄な車体をしており、運転席の真後ろにもう一人乗せられるように助手席を設けたタイプがある。沙織が乗っているピンクのダングはそれだった。

 

「え、でも……」

「良いの良いの遠慮しないで。今日はたまたま後ろの席が空いてるし、折角だから乗って行ってよ」

「じゃ、じゃあ……」

 

 天真爛漫といった調子の明るい笑顔を向けられて、みほは誘いにすぐに乗ることに決めた。

 しかしそれにしても、クラスメートと早く仲良くなりたいとは思っていたとはいえ、こんな形で声をかけられたのは流石に彼女にも予想外だった。

 

「じゃあさ、後ろの席に座ってシートベルトしめて」

「よいしょっと……」

「準備は良い?」

「は、はい」

「それじゃしゅっぱつしんこー」

「う、うわ!?」

 

 思いのほか速いスピードに、みほは思わず軽い悲鳴をあげた。

 ローラーダッシュでこの程度の加速には慣れている筈なのに、やはりATと違って席がむき出しだからだろうか。

 強い風に、短めの髪がはらはらと揺れる。

 

「えへへ、ナンパしちゃった!」

 

 後部座席のみほを流し見ながら、沙織はいたずらっぽく笑っていた。

 

「あ、あの。わざわざ乗せてもらって、ありがとう」

「良いの良いの。実は前から声をかける機会を狙ってたんだ。西住さん、何かあわあわしてて面白いし」

「あはは」

 

 我ながらどんくさいことは自覚しているが、こうも真っ向から言われると気恥ずかしくなってしまう。

 しかしそれ以上に、まだクラスに馴染めていないみほにとって、こうして声をかけてもらえたことが何よりも嬉しくあった。

 

「武部さん、ダングの免許持ってるんだね」

「うん。最近だと運転はモテる女の条件だっていうからねー。去年頑張って免許取ったの」

「そ、そうなんだ」

「前に雑誌でもやってたよ。今流行のドライバー系女子って!」

「あー、それテレビでもやってたかも。ダングを自分流に改造するのが流行ってるって」

「そうそう! 後部座席にイケメンのせて首都高を飛ばしたり! いいよねー!」

 

 とりとめもない話題をきゃっきゃっと話している内に、学び舎の姿が見えてくる。

 今のみほの眼には、その姿がちょっとばかり輝いて見えた。

 友達の予感に、みほの心は久々に高鳴り始めていた。

 

 

 

 

 大洗女子学園。

 今現在、みほがその身を置く学校の校門は、転校当初より相も変わらず賑やかな様子だった。

 

「見てよ、西住さん。あれ!」

 

 沙織が不意にどこかを指差したので、みほが慌ててその指す先に眼を向けると、少し予想外の光景がそこにはあった。

 

「AT……」

「凄い。あんなので通学してる人初めて見たよ」

 

 今しがた校門を潜って中に入ろうとしている鉄の大きな背中は、確かにATだった。

 みほには後ろ姿で機種を判別するには充分だったが、詳細に見てみてちょっと驚いた顔へと変わる。

 

「へぇ~珍しい」

「何が?」

「うん。あのAT、胴体と頭はドッグ系のパーツ使ってるんだけど、両手両足はトータス系のパーツ使ってる。ちょっとめずらしい組み合わせかなって」

「……みぽりん、AT詳しいの?」

「え!? いや全然! まったく詳しくないよ! ATなんて全く知らないよ! ……ってみぽりん?」

 

 つい昔の癖で変わったニコイチATについて解説してしまい、焦るみほだったが、沙織が不意に呼んだ自分の呼び名のほうがむしろ気になった。

 

「あ、ゴメンゴメン。思わず呼んじゃった。でも西住さんって可愛いし、みほとかみぽりんって呼んでいい? あたしのことも沙織って呼んで良いから」

「……」

「あ、嫌だった? もし嫌だったら――」

「すごーい!」

 

 みほがいきなり大きな声で嬉しそうに言うものだから、今度はむしろ沙織のほうが驚いた。

 お陰で慌ててハンドルを切り間違えそうになったぐらいだ。(堪えたが)

 

「アダ名で、名前で呼び合うなんて女子高生みたーい!」

 

 こうまで嬉しそうに、明るく笑うみほの姿に、沙織はちょっと照れくさくなる。

 そして、やはり声をかけて良かった、と、自身の英断にうんうんと頷いた。

 

 かくして、どうやらうまい具合に友達になれそうなみほと沙織は、走ってきた特徴的な声の風紀委員に止められるATの背中を抜けて、新しい期待を胸に学び舎へと入っていくのだった。

 

「ちょっとそこのAT止まりなさい!」

「え? どうしてでありますか! 本校はAT通学を認められてるはずじゃー……」

「どう見てもそのAT、ガラクタの寄せ集めじゃない! 正規品のATじゃないと通学は認められません」

「そんな~。せっかく頑張って組み立てたのに……」

「駄目なものは駄目です! ちょっとそこの真っ赤なダング! どさくさに紛れて通ろうとするんじゃない! その変な旗は高さ制限違反じゃない!」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

『今日さぁ! 一緒にお昼食べない! ぜひともみぽりんと話したいって人がいてさぁ――』

 

 ……と、昼食に沙織に誘われたみほだったが、そんな彼女を食堂で待ち構えていたのは、やはりというかクラスメイトの美人さん、五十鈴華であった。

 

「五十鈴華さん」

「西住さんとこうしてお話するのは初めてでしたね。あらためまして、五十鈴華です。どうかよろしく」

「よ、よろしくおねがいします」

「お見合いか!」

 

 しゃなりと自然体でキレイにお辞儀する華に比べると、対するみほはぎこちない感じだった。

 聞けば華は華道の家元の娘だと言い、さすがはお嬢様とみほは素直に感心した。……みほ自身も、結構な家元の生まれの筈だが、華のおしとやかさの前に、彼女自身がそれを一瞬忘れるほどだった。

 彼女の食べる量に若干面食らいつつも、沙織を交えて和気藹々とみほは会話に興ずることができた。

 沙織の友達だけあって華も話していて楽しい相手であり、彼女とも仲良くなれて、みほは心底喜ばしい気持ちだった。

 

 久々に、彼女は過去を忘れた。

 今、ここにある生活を、新たな生活を、心から楽しめそうだと思えた。

 

 だが新たな友人によって得られた喜びへ、冷水をぶっかけられたのは同じ日の午後のことだった。

 

「西住ちゃん、必修科目なんだけどさ、装甲騎兵道取ってね」

 

 大洗女子学園生徒会長、角谷杏のそんな言葉によって。

 

 

 






 眠りは、質量のない砂糖菓子
 脆くも崩れて再びの装甲騎兵道
 炎に焼かれ、煙にむせて、鉄の軋みに身を任す
 誰が仕組みむか誰が望むか
 見飽きた筈の錆びた眼差しに、みほは再び向き合った

 次回『帰還』 懐かしき臭いに、我が身を任す
 









おまけ:簡易版AT用語辞典



【アーマードトルーパー】
:二足歩行のロボット兵器。略称はAT
:全高4メートル前後と、ロボットもののメカにしてはかなり小さい
:作中でもパワードスーツ的な立ち位置。簡単なオプションで宇宙も水中も行ける
:汎用性と攻撃能力は高い。装甲は押し並べて薄い

【スコープドッグ】
:たぶん最も有名なアーマードトルーパー。作品の顔役。
:主人公キリコ・キュービィーの愛機、というか一番使い慣れた機種
:戦車で例えるならM4シャーマンか。汎用性の高さと装甲の薄さが売り
:顕微鏡のような三連ターレットレンズが特徴。ついたアダ名は『スコタコ』

【ローラーダッシュ】
:ATの足裏、あるいは踵の部分には車輪がついている
:これをグランディングホイールというが、これによりATは地面を滑走できる
:機種ごとにグランディングホイールの数や位置は異なる
:キュィィィンと特徴的な駆動音が耳に気持ちの良い

【ターンピック】
:スコープドッグの系列機に備わった走行補助装置
:早い話が地面に杭を打ち込む装置。人間言う所の踝の辺りに装備されている
:ローラーダッシュ中につかえば機敏な方向転換が可能
:冴えたり冴えなかったりする

【耐圧服】
:アーマードトルーパー用のパイロットスーツ
:これ一枚で極寒の冷獄も灼熱の地獄もお茶の子さいさい
:ATには生命維持装置はほぼ無搭載に近いので、文字通りパイロットの命綱
:ゴーグルと一体化したヘルメットが特徴的な見た目をしている

【アームパンチ】
:多くのアーマードトルーパーに搭載された格闘戦用の装備
:火薬の勢いで拳を撃ち出すという恐ろしく豪快な武器。飛び出す薬莢がイカす
:使い過ぎるとマニピュレータが壊れるのが困り者
:だからか知らないが一部の機体はメリケンサックを併用している

【アーマーマグナム】
:正式名称はバハウザーM571。20mm口径の徹甲弾を撃ち出す化物拳銃。見た目もデカイ
:対AT用を謳ってはいるが、当然の如く正面装甲は撃ち抜けない
:フルアーマーの騎士の、鎧の隙間を尖ったナイフで刺すみたいな使い方をする
:地味にキリコはこいつを使っての撃墜スコアが多い

【マッスルシリンダー】
:人工筋肉の一種。ATの駆動系はほぼこれに依る
:ATが人間のような細やかな動きが出来るのはマッスルシリンダーのお陰
:その動作にはポリマーリンゲル液と呼ばれる薬液が必要だが、これが曲者
:引火性、揮発性ともに高い。そのせいでATは一層鉄の棺桶と化す



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第2話 『帰還』

 

 

「西住ちゃん、必修科目なんだけどさ、装甲騎兵道取ってね」

 

 降って湧いたような言葉に、みほは目の前が真っ暗になるような思いだった。

 虚ろな瞳に映るのはスローモーションに過ぎゆく今のみ。全ては過去に生えて、みほのところには何も残らない。

 つまるところ、彼女は午後の授業を何も聞いていなかった。

 

 あんまりにもあんまりな様子だったから、教師にも心配され声をかけられるも、それに対しても虚ろな返事だったのだからみほはすぐに営倉――じゃなかった、保健室行きを命じられた。

 

『装甲騎兵とは、鍛えられた肉体の更なる延長』

『鍛えるとは単に身体的な面を指すのではない。むしろ、鋼の体を操る心のありようこそが肝要』

『そのための鉄の規律。鉄の掟で心を鍛え、撃てば必中、守りは堅く、進む姿は乱れなし』

『それが西住流――』

 

 みほの眼に映るのは今ではなく過去の風景だった。

 何度か壁にぶつかりそうになりながらよろよろと保健室を目指す彼女の耳に、何度も何度も反響を繰り返し飛び込んでくるのは、他でもない母の言葉だった。

 

『味方の血潮で肩濡らし、連なる犠牲踏み越えて、圧倒的、ひたすら圧倒的パワーで蹂躪しつくす』

『犠牲なくして、勝利はありません。みほ。あなたは――』

『道を誤った』

『道を誤った』

『道を誤った』

 

『道を誤った』

 

「みぽりん! 大丈夫!? 顔真っ青だよ! 保健室保健室!」

「沙織さん、落ち着いて。西住さん、大丈夫ですか? 大丈夫ですか?」

「……はぇ?」

 

 みほを現実へと連れ戻したのは、両側から肩を貸してくれた沙織と華の二人だった。

 腕から伝わる人間の体温が、過去へと落ちていたみほの意識を覚醒させる。

 

「武部さん、五十鈴さん」

「んもー沙織で良いっていったじゃん~」

「とにかく、まずは保健室で休みましょう。だいぶ、具合が悪そうですから」

 

 ふたりに連れられ、保健室に入る。ベッドに潜り込めば、みほの気分も少し楽になる。

 奇妙なのは別段調子が悪そうでもない沙織と華も左右のベッドに潜り込んできたことだが、聞くに彼女たちも体調不良という建前で、わざわざ追いかけて来てくれたらしい。

 ……人に心配されるというのも、とても久しぶりな気がする。みほは心が温かいもので満たされるのを感じる。しかし同時に、そもそも自分たちが保健室に来た理由を思い出し、その温かさも急速に冷めていくのも感じていた。

 

「……」

 

 みほはシーツの下に潜り込むと、ひざを抱えて丸まった。

 そんなみほの尋常ではない様子に、左右の沙織と華も心配そうに顔を見合わせる。

 

「どうしたのみぽりん、なんか様子がおかしいよ? 生徒会長に何か言われた?」

「良かったら、お話してくださいませんか? 私達、ぜひとも西住さんの相談にのりたくて……」

「……」

 

 二人に言われてからも、みほは(しばら)く布団にくるまったままだったが、沙織と華は辛抱強くみほを待った。

 みほはおずおずと布団の中から顔を出した。そして、ぽつぽつと事の次第を語り出す。

 

「選択科目、装甲騎兵道取れって言われて――」

「装甲騎兵道……ってAT使ってなんかドドドバババする、あれ?」

「うん……」

「重々しき歌に送られ、厚い装甲に身を包み、乙女の誇りをかけて競い合うという、あの?」

「……うん」

 

 装甲は全然厚くないと、みほは思わず言いそうになったが飲み込む。

 今は、そんなことはどうでもいい事だ。

 

「あれ? でも選択科目に装甲騎兵道って……うちの学校、装甲騎兵道なかったような」

「今年から、復活するって……」

「ふーん……でもなんで? みほ、ATは全然詳しくないって言ってたじゃん」

「一昔前ならいざしらず、昨今では装甲騎兵道自体、あまり一般的な競技とは言いがたいですしね」

「……沙織さん、ごめんなさい」

「え? なにが? いきなりあやまってどうしたの?」

 

 みほはおずおずと、自分の本当の事情を二人へと話始める。

 

「実は私、というより私の家は代々AT乗りの家系で……本当はATにもそこそこ詳しくて……」

「ふーん。でも、わざわざ隠すほどのこともないじゃん。よく知らないけど、装甲騎兵道って昔はモテる女の嗜みだったんでしょ?」

「モテるかどうかはともかく、乙女の嗜みと言われていましたね。最近ではややマイナーになってしまった感はありますけれど」

「でもさ、どうせ必修科目なんだから、ちょっとでも得意なほうが良いんじゃない?」

「それに生徒会に直々に依頼されるだなんて、みほさん、もしかして金三十億にも値するような最も高価なワンマンアーミーだったりするのでしょうか」

 

 やや脳天気な二人の言葉に、みほは胃がきゅーっと締め付けられる思いだった。

 ――金三十億にも値するような最も高価なワンマンアーミー。命無用、情け無用の鉄騎兵。

 もし本当にそうだったなら、どんなに良かっただろう。戦いに飽きて、心が冷えることも無かったのだから。

 

「私、装甲騎兵道に良い思い出がなくて、それが嫌で、装甲騎兵道がない、この学校に転校した訳で……」

 

 みほは天井を見つめながら、掻き消えそうな弱々しい声で呟いた。

 その様子に沙織は、何とも不安な気持ちになってきた。意図せず、地雷を踏んでしまったような心境だ。おそらくは華も、自分と同じ心持ちだろう。

 だから彼女は、努めて脳天気に言った。

 

「だったら良いじゃん、別に」

「え?」

「断れば良いって。だって嫌なものは嫌なんでしょ? 無理にやることないよ。それに今時の女子高生に装甲騎兵道なんて似合わないって」

 

 沙織に合わせて、華も続いて言う。

 

「生徒会にお断りになるなら私達も付き添いますから」

 

 沙織と華に気を使ってもらい、みほは少し申し訳ない気持ちになった。

 自分がこうも弱くなければ、無駄な心配などかける必要などないのに……そう思う反面、気を使ってもらってやっぱり嬉しいという思いもある。

 

「ありがとう」

 

 だからみほは、今度ははっきりとした声で二人へと告げた。

 

『全校生徒に次ぐ、直ちに体育館に集合せよ。繰り返す、直ちに体育館に集合せよ』

 

 そして、空気を読まない放送が茶番を濁す。

 

 

 

 

第2話『帰還』

 

 

 

 

 体育館に集まった生徒たちはみな、度肝を抜かれた。

 沙織はうわぉと驚き、華は小さく感嘆し、みほは軽く呆然とする。

 それは無理も無いことだった。そりゃ体育館にいきなりATが乗り入れてくれば、誰だって驚く。

 大洗女子学園の校章を機体のスカート部に備えたATは、床に敷かれたカーボン加工シートの上をローラーダッシュで駆け抜け、生徒たちのそばを一通り走り抜けた後に、ステージ前へと向かって走る。何度かターンをしてちょうど真ん中の位置に止まる――ことができれば格好いいのだが、そうも上手く行かずちょっとズレて止まる。がしゃがしゃ歩いてステージ前中央までやってくると、ATは正面を向いた。

 

『静粛に! 静粛に!』

 

 件のATの上で、どよめく生徒一同に向けて吼えるのは、副会長――ぽい見た目だが実は広報担当の河嶋桃その人だった。

 拡声器を片手に、よく通る声で呼びかける姿は凛々しい。

 しかしみほはそんな桃ではなくて、彼女が乗ってきたATの方へと眼を向けていた。

 

「カブリオレドッグ……」

 

 それがこのATの名前だった。

 ドッグタイプのATのコックピットハッチを頭ごと取り外し、代わりに後部座席もとい上部座席を取り付けた改造機で、基本一人乗りのマシンであるATには珍しく複数人乗り込むことができる。

 現に今、ガブリオレドッグに乗っているのは三人。操縦席には本当の副会長、豊満な体つきが眼を惹く小山柚子が、後部座席には河嶋桃と会長の角谷杏の姿が見えた。

 本来は軍用品、あるいは競技用の機体であるATを民生用に作り変えた機体であり、もともとは改造機が主流だったが、現在では最初から既成品として流通を始めている。工事現場などでは、比較的良く見かけるATであった。

 

『これより必修選択科目のオリエンテーションを開始する!』

 

 桃がそう大きな声で告げるのに、みほの意識はATから生徒会のほうへと引き戻された。

 ATが仁王立ちする後ろ、ステージ上にはスクリーンが用意され、プロジェクターがそこにひとつの映像を映し出す。

 

 ――『装甲騎兵道入門』

 

 それが映像のタイトルだった。

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 ――嘘を言うなッ! と、いうのが映像を見終わった後の、みほの素直な感想だった。

 欺瞞に満ちたその内容に、温厚な性格の彼女ですら猜疑に歪んだ暗い瞳でせせら笑いたくなるぐらいだった。

 

 なるほど、映像そのものは良く出来ていた。

 過去の装甲騎兵道の試合映像やバトリングの映像など、様々な素材を繋ぎ合わせて拵えられたソレは、そのまま装甲騎兵道協会のPVに使えそうな出来だった。

 あんなものを見せられれば、装甲騎兵道をやりたくなる者が出てきてもおかしくはない。

 

「私、装甲騎兵道やる!」

 

 そう、みほの目の前ではしゃぐ武部沙織のようにである。

 例のPVが終わってから妙に眼をキラキラさせているのに、みほは嫌な予感を覚えていたが、やはりというかやはりであった。

 みほは折角友だちになった彼女が、あんな詐欺まがいのプロパガンダに乗せられているのに切なくなった。

 まるで悪い男に騙される娘を見る母親のような心境だった。

 

「最近の男子って強くて頼れる子がすきなんだって! どうせ運転するならダングよりATだよ!」

 

 きゃぴきゃぴと笑う沙織に、みほの眼はゆるやかに死んでいった。

 彼女の脳天気な明るさは、みほには眩しいぐらいに好ましいが、今はその明るさに脳が痛い。

 

「それに装甲騎兵道やればモテモテなんでしょ! みほもやろうよ! 家元って言ってたじゃん!」

 

 みほはとりあえず沙織に真実を知らせることにした。

 真実はいつも残酷だ。それは認めがたくもある。だが、それが真実というものだ。

 

「……鉄臭い」

「……え?」

「鉄臭いし、狭いし、身動きできないし、怖いし、煙いし、狭いし、揺れるし、むせるし」

「え? え? え?」

「汗臭いし、眩しいし、煙いし、狭いし、うるさいし、むせるし」

「え? 何? みほどうしたの? 急に虚ろな瞳で縁起でもない!」

 

 淡々と事実を告げるみほの様子に、沙織もちょっと怖くなって来たようだ。

 ここで畳み掛けよう。みほは決定的な一言を告げることにした。

 

「沙織さん、ボトムズって言葉の意味、知ってる?」

「え? ズボンとかスカートのこと?」

「沙織さん、それはボトムスでは」

 

 沙織のボケを華麗にスルーし、みほはその意味を教えてあげた。

 

「ボトムズっていうのは、AT、あるいはAT乗りの呼び名なんだけど……意味は」

「意味は?」

「最低野郎」

「え?」

「最低野郎」

「みほさん、それは言葉通り、最低の人、っていう意味でしょうか?」

 

 華が聞くのに、みほは頷いた。

 

「乗り手も最低の荒くれ揃いなら、乗ってるATも最低のマシン……それでついたアダ名がボトムズ……」

「えー……なんかイメージとちが~う……」

 

 みほの心底ウンザリした言い方に、沙織は早くも意見を翻しそうになっていた。

 だが華は違った。

 

「素敵じゃないですか」

「え?」

「え?」

「私、もっとアクティヴなことがやってみたいと、前々から思ってましたので」

 

 引き離すために話した中身に、今度は華が引き寄せられてしまった。

 キラキラと眼を輝かせ、もっと教えてくださいと自分を見る華の視線に、みほは頭を抱えた。

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 結論から言おう。

 みほは結局、装甲騎兵道を履修することになった。

 神にだって従わない。言うだけならば易いが、そんなことができる傑物は遺伝確率250億分の1の異能生存体かその近似値、あるいは神の後継者たる異能者、触れ得ざる者ぐらいのもので、残念ながらみほはそのいずれでもなかった。

 

 沙織と華こそ必死の説得で思いとどまらせることができたものの、そこでまたも水を差してきたのが生徒会だった。

 生徒会の脅迫に、みほは屈した。自分だけならばともかく、沙織と華を巻き込むことはみほには耐えられなかった。

 

 故に、みほはまた生きて『ここ/戦場』にあり。

 煙にむせて、鉄の軋みに身を任せる為に、彼女は装甲騎兵道へと戻っていた。

 

 ――そしてATの方もまた、彼女のことを待っていたらしい。

 

「1機だけ?」

「うん。ガブリオレドッグは流石に試合に使えないからね~レギュレーション違反になっちゃうし」

「何より搭乗者が危ないからな」

 

 みほに、沙織に華、そして装甲騎兵道を履修することになった20名弱の生徒たち。

 彼女たちが集められた古臭い倉庫の真ん中に、そのATは降着状態で鎮座していた。

 杏会長と桃の間から見えるその鋼鉄の佇まいに、みほは強い見覚えがあった。

 

「パープルベアー……」

 

 ATには珍しいステレオスコープのふたつ目頭は、みほが黒森峰で愛用していたスコープドッグのカスタムタイプと同じ種類のものだ。

 違うのは、みほの機体が純然たる装甲騎兵道競技用の機体だったのに対し、これはバトリング用のカスタム機だということだ。

 身軽さを追求し、もともと厚くもない装甲をさらに薄くした姿は、経年劣化による錆も加わって一層みすぼらしく見えた。

 

「1機だけ?」

「ふるーい」

「ぼろーい」

「侘び寂びでよろしいんじゃ?」

「これは只の鉄錆」

 

 パープルベアーの埃臭い姿に、集まった一同が騒がしくなるなか、みほは半ば無意識的にATへと歩み寄っていた。

 

「みほ?」

 

 沙織が呼び止めるのも聞かず、みほはパープルベアーまで歩み寄ると、コックピットハッチを開けようと試みた。

 錆にも負けず、ハッチは無事に開く。

 みほは言葉もなくコックピットに乗り込んだ。

 そこはみほにとって、皮肉にも懐かしい匂いのするところだった。

 手には冷たい鉄の肌触りしかなかったが、慣れ親しんだ感触が蘇ってきていた。

 そんな彼女の瞳の色が、普段と若干違うものになっていることに気付いたのは、この段階ではごく僅かだった。

 

 

 





 人の運命を司るのは、神か、偶然か
 捨てたはずの道に、眼をそむけた筈の道に、みほは再び足を踏み入れる
 まず求むるは鋼の騎兵。始まるはアテのない探索行
 だが、みほの躰に染みついた硝煙の臭いに惹かれて
 変わったヤツらが集まってくる

 次回『捜索』 木立の陰から、もじゃもじゃ頭が微笑む


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第3話 『捜索』

 

 ドッグ系やビートル系のATは乗り降りがし易いよう、操縦桿を手前に倒すことができる。

 昔から何度となく繰り返してきた習性の哀しさか、みほの体は半自動的に動いていた。

 折りたたまれていた2本の操縦スティックを起こし、操縦桿全体を自分の方へと引っ張り上げれば、小さく電子音が鳴って計器モニターが明るくなる。

 機体のサビ具合から考えて、ポリマーリンゲル液もとうに劣化し使い物にならなくなっている……と考えていたみほは、この鉄くずみたいなATがまだ生きている事実に少し驚かされた。

 

「……」

 

 どうせならこのATがどこまで動けるか試してみよう、という気持ちにみほはなった。

 埃まみれでべたつくゴーグルを装着し、コックピットハッチを下ろせばATには完全に火が入った形になる。

 プシュッとマッスルシリンダーの蠢く音と、がしょんという鉄の駆動音が合奏しながら、パープルベアーはまっすぐに立ち上がった。

 

『おぉぉっ~!』

『でかい!』

『高い!』

『うちのアタッカーに欲しい!』

 

 外から、一同が驚きの声を挙げるのが聞こえた。

 ドッグ系ATの全高は機種問わず4メートル弱。特別巨大という訳ではない。重機などにはもっと大きなモノもたくさんある。

 だがATには人型であるという、他の重機にはない大きな特異性が備わっていることを忘れてはならない。

 身長4メートルの鋼の巨人。それが目前で立ち上がったと思えば、驚くのも無理はない。

  その錆びた眼差しに、とうに見飽きた筈のみほですら、ATの立ち姿には時々どきりとされられることがあるのだから。

 

「……あれ?」

 

 パイロット用のゴーグルとATのスコープは有線接続され、外部の映像と音声をダイレクトに受け取ることができる。

 しかし車で言えば既にエンジンが掛かった状態であるのに関わらず、視界は真っ暗なままで、何も見えてこない。

 

「あれ? あれ?」

 

 コンソールを色々といじくってみるが、うんともすんとも言わない。

 

(やっぱり駄目か~。センサー系は完全に死んじゃってるみたい……古い機体みたいだから覚悟はしてたけど)

 

 しかたがないのでバイザー部分のみを上へ動かし、直接外を見ることにする。

 はっきり言って視界は良くないが、それでも何も見えないよりかはマシだ。

 

「えーっと……ミッションディスクは……無し、と」

 

 ミッションディスク――機体制御補助に使うデータディスク――がなければ完全なマニュアルで動かす他ない。

 ここ数年は競技用のカスタム機ばかり乗っていたから、ATを全て手動で動かすのは、みほにも久々のことだった。

 

「レバー良し。フットペダル良し……それじゃあ……」

 

 操縦機器のチェックを済ませれば、まずは一歩、右足で前へと踏み出してみる。

 

 ――がしょぉぉぉん。

『わ!? 動いた!』

 

 重苦しい駆動音に被さるように、沙織の驚く声が響いた。

 沙織と眼が合ったので、みほは軽く微笑むとさらに一歩、今度は左足で踏み出してみる。

 

 ――がしょぉぉぉん。

『こうして見ると、本当に大きいんですね』

 

 近づく巨体に、華が眼を丸くしている姿が見えた。

 心なしか、少し嬉しそうな様子だった。

 

「前進します! 通路を開けてください!」

 

 みほは自機へと注目したまま固まってしまった一同にそう声をかける。

 すぐにモーセの前の紅海のように、皆はすぅーっと左右に分かれて道を開けてくれた。

 

『会長の狙い通りにいきましたね』

『当然、ボトムズ乗りだもんね~ATを見たら血が騒いじゃったかな』

 

 何か会長と広報が言っている気がするが、みほにはよく聞こえない。

 構わず、歩行のテストにとりかかる。

 右、左と交互に踏み出してみれば、若干ぎぎぎと鉄の擦れる音が響くも、問題なく歩くことができた。

 

(サビ取りすれば、もう少しなめらかに動けるかな)

 

 次は両手のテスト。

 倉庫入り口の大きな扉を、開かせてみることにする。

 掌を開いたり握ったりして、マニピュレーターの駆動を確かめれば、やはり錆が引っかかるも一応は動いてくれる。

 両手を扉に押し当て、思い切り開いて外へと出た。

 

「わ……」

 

 暗い倉庫からいきなり出た為に、光のシャワーが目に飛び込んできて眩しい。

 センサーが動いていれば、こんなことはないのになぁと小さく呟いている内に、視界はもとに戻った。

 

「……よーし」

 

 今度は思い切ってローラーダッシュをやってみよう。

 ペダルを思い切り踏み込めば、足裏に設けられたグライディングホイールが独特の音と共に回り出す。

 

「……っ」

 

 バイザー下の狭い覗き穴に風が一気に吹き込んできて、目に当たって痛い。

 少し速度を緩めながら、コックピットハッチを開いて風量を調節し、ペダルを踏み込んで再加速。

 ――キュィィィィン、と一度聞けば忘れられないローラーダッシュの音が耳朶(じだ)を打ち、歩くのとは比べ物にならない速度の感触が体を走り、周囲の視界が勢い良く背後へと流れ飛んで行く。

 土埃があがり、風に舞う。

 

『げほ! げほ! げほ!』

『けむーい!』

『目に砂入った~』

『やっぱりローラーダッシュは最高ですね!』

 

 観衆の誰かが、それにむせる様子がかすかに見えた。

 ローラーダッシュは一応問題ない。これ以上顰蹙(ひんしゅく)を買う前に止めるとしよう。

 

「最後にターンピックの――ってあれ!?」

 

 ドッグ系AT特有の軽快な機動力は、その脚部に取り付けられたターンピック機構にある。

 地面に小型の杭を打ち込み、それを支点に機体を旋回させることができるのだ。

 ドッグ系ATの醍醐味はまさにこのターンピックにあると、みほは思っている。

 氷上のフィギュアスケーターのような華麗なターンは、このターンピックなくしてはあり得ない。

 

 だが、肝心のターンピックが動いてくれないのだ。

 

「わ、わ、わ!」

 

 ちょっと慌てながらも再度試すが、やっぱり動かない。

 ターンピックが冴えない、なんてレベルではない。完全に壊れてしまっている。

 

「しょうがないかぁ」

 

 壊れているものは仕方がないので、機体を斜めに傾けて大回りにターンしつつ、ゆっくりと減速する。

 

 気づけば装甲騎兵道履修者一同は、倉庫の外に出てみほの操縦を見つめていた。

 横一列に並んだ彼女らの、ちょうど真ん中辺りに、みほのパープルベアーは静かに止まった。

 それは、みほの意図した通り角谷杏のちょうど真ん前だった。

 

「どう西住ちゃん、乗った感じは?」

 

 手を振られ聞かれたので、みほは律儀に答えた。

 

「一応動けはしますが、ターンピックとセンサーが完全に壊れてますし、一回オーバーホールしないと試合には……」

「だよねーやっぱりねー」

「あの、他のATはないんですか! これだけの履修者いるんですから、最低十機はないと……」

 

 当然な質問をみほに返されて、答えたのは河嶋桃のほうだった。

 

「心配は無用だ。ATはちゃんとある。ただし、ここにはない」

「どこにあるんですか?」

「どこかだ」

「……え?」

「どこかだ」

「……何の答えにもなってないぜよ」

 

 列のうちの誰かが漏らした言葉に、みほは全く同意だった。

 人が言葉を得てより以来、問いに見合う答えなどないとは言っても、この程度の問には正確に答えてくれないと困る。

 

「本校より装甲騎兵道が廃止される前に使用されていたATが、学園艦のどこかに必ずある。加えて言えば、やはり廃部になったバトリング部のATも学園艦のどこかにある筈だ」

「えっと……だから……それは……」

「ぶっちゃけるとさ、ぜんぜん解かんないのよね~」

 

 頭をぽりぽり掻きながら会長は言うが、言い出しっぺの生徒会にも解らないものを一体全体どうしようと言うのか。

 ここで杏の口より出てきた答えは、みほの想定の斜め上を行くものだった。

 

「だからさ、AT探そっか」

 

 あまりにも簡単に言い放つ杏会長の姿に、またもみほは頭を抱えたくなった。

 

 

 

 

第3話『捜索』

 

 

 

 とにもかくにもATがなければ装甲騎兵道は始まらない。

 この学園艦の馬鹿でかい敷地のどこかに、生徒会の面々の言うようにATが本当にあるというのならば、手分けしてでも探す他ない。

 各自チームに分かれて探すことになった訳だが、当然、みほは沙織に華の二人と同じチームとなる。

 

「言ってもさぁ、どこから探せば良いんだろ?」

「ATの置いて有りそうな場所と言えば……工事現場とか、建設現場とかでしょうか?」

「そういう所に置いてあるのは、作業用のAT。今回探すのは競技用のATだから、ちょっと違うかなって」

「そうはいうけど、みぽりん。だったらどこ探せば良いのかなんて、もー見当もつかないよ」

「うーん……」

 

 沙織に言われてみほも考えるが、言われてみればみほにもそれらしい案など無い。

 装甲騎兵道の家元に生まれ、ついこの間まで通っていたのは名門黒森峰。

 気づけば当然のように傍らに置いてある――。みほにとってATとはそんな存在で、わざわざ探しにいくなんて経験は全くなかったのだ。

 

「じゃあ……駐車場とか」

「駐車場、ですか?」

「いやいや車じゃないんだから」

「でも法律上は一応軽自動車扱いだし……」

「え? そうなの?」

「うん。免許とかはちょっと違うんだけど」

「知らなかった~」

 

 などなどととりとめもない会話を交わしながら、他にあても無いので駐車場へと向かう。

 当然、そこにはATの陰も形も――。

 

「あった」

「ホントにあった」

「ありましたね」

 

 あったのだ。

 そう、ATは駐車場にあったのだ。

 学園の、来客用スペースの隅っこ。そこに降着状態でデンと鎮座するATが一機。

 

「でも、駐車場に置いてあるってことは、誰かの私物なんじゃ――」

「とにかく確かめてみようよ! 忘れ物だったらめっけもんじゃん!」

「沙織さん、それは泥棒です」

 

 三人して駆け寄ってみれば、みほはそのATに見覚えがあることに気づいた。

 

「このAT。今朝の……」

「え? あ! ホントだ!」

 

 そう、沙織とみほがダングで登校して来た時、校門付近で見かけたあのATだ。

 トータス系の手足に、ドッグ系の胴と頭。特徴的な機体構成に、見間違いはありえない。

 

「そういえば今朝。変わった乗り物で登校された方がいらしたと、少し噂になっていたような」

「なーんだ。本当に誰かの私物じゃん。折角見つけたと思ったのに~」

「……」

「あれ? みほさん?」

「みぽりんどうしたの?」

 

 沙織と華に呼ばれるも、みほにその声は聞こえていなかった。

 彼女の意識は奇妙な改造ATのほうに奪われていたからだ。

 

(ターレット機構は無し。標準モードカメラのみ……H級とM級の機体だけど、綺麗に繋げてる……左右の腕は、違う機体から持ってきてあるけど、形も対称になるように合わせてある)

 

 このニコイチATのベースになっているのは、恐らくは『スタンディングトータス』と『スコープドッグ』の二機種。

 スタンディングトータスはヘビー級、スコープドッグはミッド級と、機体の分類は異なっている。

 言葉通り、ヘビー級は大型でミッド級は標準型なので、両者のパーツは当然規格に違いがある。

 それを綺麗に繋いであるのだから、このATを組んだ人物はちゃんとした技術の持ち主に違いない。

 

 そしてその人物は――。

 

「あの!」

「ハィィッ!?」

 

 ――みほ達の後方、木の陰でそわそわした様子の彼女なのではないかと、みほはそんな予感がしていた。

 

「このAT! 作ったのはあなたですか?」

「は、はい! わたくしめがつくらせていただきました……」

 

 言葉の最後のほうはゴニョゴニョモニョモニョとなって掻き消えてしまっていたが、彼女は眼を伏せつつも確かに頷いた。

 

「あの、その」

「?」

「やっぱり……あんまり、よくできていなかったでしょうか……」

 

 伏し目がちに、不安そうに、ややカールのかかった髪の彼女は聞いてきた。

 みほは、首を横に振りつつ正直な感想を答えた。

 

「そんなことない! M級とH級を、違和感無く繋ぐなんて凄い! 左右の腕も別々の機体から持ってきてあるけど、違和感全然ないし!」

「ほ、本当ですかぁっ!」

 

 みほからの全肯定な評価に、もじゃっとした髪の少女の顔は一転明るくなった。

 ひゃっほうと喜ぶ彼女は今にも小躍りでも始めそうで、喜色満面の様子である。

 

「西住みほ殿からお褒め頂くなんて……本日は最高であります!」

「……? 名前?」

「あ、西住殿のことは存じあげてます! そ、その! 私のほうは、普通二科、2年3組の秋山優花里と言いまして――」

「秋山、優花里さん?」

「はい! 秋山優花里です!」

 

 もじゃもじゃ頭のちょっと風変わりな印象の彼女は、とにかく秋山優花里と言うらしい。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「へぇ~じゃあ風紀委員会に怒られて、駐車場なんかに」

「はい。なんでも、既成品のATじゃないと通学用には認められないーって……」

「わたくし、そもそもATが通学用に認められていたこと自体知りませんでした」

「私も~てか自分でAT作っちゃうとかすごいね。てか作れるもんだね、女子高生に」

「はい。完成させるまで半年かかりましたぁ!」

 

 ものの数分で打ち解けてしまうのだから、沙織も華もすごいなぁと、傍らで見ているみほは思った。

 駐車場の片隅で、四人連なって座って交流を暖めている訳だが、さっきから沙織や華ばかりが優花里に話しかけて、自分はうまく会話に加われていない。いや、優花里は自分のほうへと度々話を振ってくれるのだが、さっきから自分はストライク三振ばかりで、沙織がフォローに入ってくれなければどうなっていただろう。

 

(駄目だなぁ……)

 

 いくら自分が引っ込み思案だからって、ここまでひどくはなかった気がする。

 それがこうも酷くなったのは――。

 

(やめよう)

 

 思い出したくない過去へと意識が遡行(そこう)しそうなる直前で、みほは思考を今現在へと無理やり戻した。

 深く考えないで済むように、頭を何か別の考えで一杯にしようとする。

 そう、例えば優花里と何を話すのか、とか。

 

「……秋山さん、ちょっと良いかな」

「はい! なんでしょう西住殿!」

 

 優花里の話した中身に気になる部分があったことに今、みほは気づいていた。

 ハキハキと応える優花里へと、みほは次のように訊いてみた。

 

「優花里さんのAT。組み立てるのに半年掛かったって言ってたけど、そもそもATのパーツはどこから持ってきたのかなって、ちょっと気になっちゃって」

 

 その問いに、優花里は待ってましたと意気揚々答えたのだった。

 

「それなんです! ぜひとも西住殿にも、武部殿にも、五十鈴殿にも見ていただきたい場所があるんです!」

 

 





 かつて、あの重々しき歌に送られた戦士たち
 競技に掛ける誇りを厚い装甲に包んだアーマード・トルーパーの、ここは墓場
 潮香る夥しき鉄屑の山に、みほは何を見るのか
 たくまずして仕掛けられた出会いが、瓦礫の山に驚きを添える

 次回『探索』 鉄の棺の蓋が開く




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第4話 『探索』

 

 甲板上に一つの街を抱える船、学園艦。

 人はその街の部分にばかりつい眼を惹かれてしまい、その甲板の下に巨大な船体が隠れていることを忘れてしまう。

 だが、人間も一皮むけばその下に血肉が蠢いているように、甲板の下には無数のパイプが走り回り、発動機が蠢き、まるで細胞のように人々が動き回っているのだ。

 甲板上の街を、その大きさにおいて遥かに凌ぐ、船体部分。幾つもの階層に分割され、無数の船室と通路に隔てられ、その構造はまるで迷路のようになっている。

 長い学園艦の歴史の中で幾度と無く改装と改修が繰り返され、今やその姿形を完全に把握している者は誰一人いないと言って良かった。

 

 ――果たして、そんな鉄の迷宮をATを駆り走り抜けるのは四人の少女であった。

 

「ちょっと秋山さん、こっちの道で本当にあってるの!? 今通った道、何か見覚え有るんだけど!?」

『大丈夫です武部殿! 機体のミッションディスクに記録した道順通りに走ってますから、間違えようがありません』

「ほんとに~? こんな所で遭難とか絶対やだよ! 暗いし! じめじめしてるし!」

「もし迷ったら、生きて帰れるかも怪しいですね」

「縁起でもないこと言わないでよ!」

「あはは……でも携帯の電波は来てるから、困ったら電話すれば大丈夫だよ」

『無線機もあるので心配ご無用です! それに、もう少しで目的地ですよ!』

 

 優花里の操縦するニコイチATが両手で抱え持つベンチの上に、沙織、華、みほの三人は座っていた。

 ベンチは校庭のすみに置いてあったものを拝借してきた。優花里曰く「あとでちゃんと返しておきます」とのことらしい。

 シートベルトも何もついていないただのベンチであるため、落ちないように若干斜めに傾けて深々と座れるように優花里は配慮してれたが、沙織はそれでも怖いのか手すりにぎゅっとしがみついている。

 みほは単純にこの手のことに慣れていたので落ち着いたものだが、驚くべきは華の様子だ。別段慌てた顔も見せずに、お嬢様らしくしゃなりと座っている姿に、みほは驚くやら呆れるやら感心するやら。

 おっとりとした印象の顔をしてはいるが、なかなかどうして肝っ玉が据わっているらしい。

 

 しかし沙織がビビり気味なのも無理のないことだろうとみほは思う。

 今がどの階層かも解らない上昇下降の繰り返し、連続する似たような風景、辺りは薄暗く、しかも海面に近づく訳だから潮の臭いが鼻につく。

 優花里の自家製ATにはターレット機構がついていない。なんでも手に入ったパーツの内、機能していたのが標準カメラだけだったので広角と赤外線は取ってしまったらしい。代わりに腕の付け根の辺りに車のライトを流用した照明装置をつけて何とかしているが、場所が場所だけにあまり心強い光量とも言えなかった。

 

『ほら付きました! そこの扉を開けた向こう側です!』

 

 みほがつらつらと考えている内に、どうやら件の場所へとたどり着いたらしい。

 巨大な鉄の扉の前で、一行は止まった。

 みほは、扉の上に眼をやった。思った通り、そこには何の部屋かを示す案内板が貼ってあった。が、薄暗くてよく見えない。

 

「秋山さん、ライトで上の方を照らしてもらっても良いですか?」

『かしこまりました!』

 

 果たして、照らされた案内板には『第三廃棄槽』と書かれていた。要はゴミ捨て場ということだが、こんな船体の最奥のような所にゴミ捨て場とは妙な話だ。

 

『よろしいですか?』

「うん、ありがとう。それじゃ秋山さん、お願いします!」

 

 三人は一旦ベンチから降りると、空いた鋼の両手で優花里は鉄の引き戸を思い切り動かした。

 元は電動だったのだろう。錆びた金属同士がこすれ合う嫌な音が響き、沙織は小さく悲鳴をあげて耳を塞ぐ。

 

『開きました! なかへどうぞ!』 

「うわぁ……」

「すごい」

 

 ――果たして開いたのは扉ではなく、鉄の棺の蓋であったようだ。

 

 

 

 

第4話『探索』

 

 

 

 

 眩いライトに照らされ、顕になった室内は、一言で言えばそこは『アーマードトルーパー達の墓場』であった。

 おびただしい数のジャンク、ガラクタ、鉄くずの山、山、山。

 しかしその全てがATに由来するものであることが、みほには瞬時に解った。

 割れたターレットレンズ、曲がったコックピットハッチ、歪んだショルダーアーマー、折れたターンピック。捻くれた手足、錆びた眼差し。魂なきボトムズ達の亡骸が、所狭しとひしめいている。

 

「いったい、ここはどういう場所なんでしょうか?」

「なんか、不気味じゃない? ホント大丈夫なのここ?」

『全然問題ありません。私は週の半分はここに来てますが、何か問題が起きたことはありません』

 

 いよいよ怖がる沙織と対照的に、優花里の両目はギラつく欲望に爛々と輝いている。

 余人にはただのガレキの山でも、彼女にとっては宝の山なのだろう。

 それぐらいのことは、知り合ってまだ数時間のみほにも解った。

 

「錆が酷いですね。それに、なんでしょうこの臭い。凄い独特な……」

「たぶん、大昔に気化したポリマーリンゲル液の臭いだと思うけど……でも凄い。磯と錆の臭いで、殆ど消えかかってるのに」

「特徴的な香りですから、解っただけですよ」

 

 華はと言えば、相変わらずの調子で辺りを探索する余裕すらあった。

 華道の家元の娘だからか、彼女は鼻が利くらしく、空気中の僅かなポリマーリンゲル液の残り香を感じ取っている。AT慣れしたみほにもかろうじて感じられる程度だから、その能力にはみほは感心させられた。

 

『ところで、どうです西住殿。西住殿のメガネに適いそうな子はいそうですかね?』

「そうだね。まだちゃんと見てないから何とも言えないけれど……探してみる価値はあると思う」

 

 ――ATがたくさん手に入りそうな場所があるんです!

 と、優花里が意気揚々三人に紹介してくれたのがこのAT墓場であった。

 ニコイチ自作ATの材料も全てここから入手したとのことだが、彼女も一人でこの膨大なガレキの山を探索できた訳ではなく、故に――。

 

『手分けして探せば、かならず1機や2機、使えそうなATが残ってる筈です!』

 

 ――と力説した訳である。

 優花里の意見に、みほも概ね同意だった。これだけの廃棄ATがあるならば、幾つか使えそうな機体が見つかってもおかしくはない。それにいざとなったら、優花里同様ジャンクで一機組み上げることもできるのだ。

 

「……あ、これは可愛いかも」

 

 ようやく落ち着いたらしい沙織も、あちこちふらふらと見て回っている。

 何か気に入ったものが見つかったらしく、ぺたぺたと触ってみたりしている。

 

『ファッティーですねぇ! それも珍しい陸戦型のBタイプですぅっ! バララント軍の陸戦部隊で主力も務めた名機で、居住性の高いコックピットに優れた前面装甲! 大型で走破性に優れたグランディングホイールも素敵ですぅ! ギルガメスATで言うところのH級並の巨体は安心感満載だし、あぁ! そういえばファッティーというのは小太り気味に見える機体のシルエットから来た通称で、正式な名称はフロッガーだったってご存知でしたか!』

「……」

『あ……その……』

 

 突然コックピットハッチを開けて身を乗り出し、フルスロットルでまくし立てるようにATについて説明する優花里の顔は喜びに輝いていた。が、怒濤というか疾風というか、たわみにたわみ、そして、放たれたマニア魂を直に浴びたごく普通の女子高生たる沙織は、ただ呆然とする他ない。

 これまでも幾度と無く繰り返してきた失敗を思い出し、優花里の顔はみるみる曇った。

 

「凄い生き生きしてたよ!」

『すみませぇん……』

 

 沙織の渾身のフォローも、特に意味はなさなかったようだ。

 優花里はしぼむようにATの操縦席の中で小さくなってしまった。

 

「……それじゃあ、ATを探しましょうか」

 

 敢えて空気を読まずに華が明るい声で言ったのを合図に、四人は各々の仕事に取り掛かった。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「それにしても……なんというか、わたくしATには詳しくないのですけれど、変わった見た目のものが多いんですね」

 

 ATの山を手分けして物色する途中で、華が誰に向けてともなしに呟いた。

 

『五十鈴殿、いいところに気づかれましたね!』

 

 若干落ち込み気味だった優花里がこれに反応した。

 

『変わっているのも当然、ここに捨てられているATは全部バトリング用の機体なんです!』

「バトリング、といいますと……?」

『はい! 装甲騎兵道とはまた別のAT競技の一種で、いうなればAT同士の格闘技です!』

「へー……そんなのあるんだ」

「うん。最近だと装甲騎兵道より人気かも。時々衛星放送で試合が流れてたりするし」

 

 優花里の言う通りだとみほも納得していた。

 このAT墓場に並んでいるのは、左右非対称な機体や、ド派手な色でけばけばしく塗り固められた機体、クローアームを増設した機体など、客受けや格闘戦を意識した構成のものばかりなのだ。

 バトリング、それも武器を用いず手足のみで闘うブロウバトル用のAT、の成れの果てに違いない。

 

「そういえば、生徒会の人たちが昔バトリング部があったって……」

『はい! 自分が調べた所、どうも数年前までは大洗はバトリングが大変盛んで、中には裏で賭けバトリングをしていて放校処分になった生徒もいたとか』

「……ねぇじゃあここってもしかして」

「こんな目立たない所にATをかためて置いてあるということは……沙織さんの言う通りかもしれませんね」

(裏バトリングかぁ……)

 

 大昔の不祥事の証拠品たちを眺めながら、みほが思い出すのは黒森峰に居た頃の記憶だった。

 売られた喧嘩からは逃げるなの西住流の信条のもと、エリカという同輩と二人して野試合に臨み、他校の不良バトリング部員をとっちめる破目になったことを思い出す。

 あの頃はまだ、そこまで装甲騎兵道のことが嫌じゃなかったのになぁと……思い出してみほは一人哀しくなる。

 

(あ……)

 

 後ろ向きな気持ちを振り払い、AT探しに努めて集中すれば、ついに使えそうな機体を見つけることができた。

 

「このスタンディングトータス、使えそう」

『え! 本当でありますか! さすが西住殿、一番乗りですねぇ!』

 

 わらわらと皆で駆け寄って、機体を確かめてみる。

 

「塗料の臭いが強いですね。これなら錆も大丈夫そうです」

「触った感じもざりざりしないもんね」

「でも一番肝心なのは中身」

『早速確かめてみるであります』

 

 ハッチを開き、内装の状態を確かめる。

 操縦桿やコンソールなど、操作系統の故障や破損は外装の異常よりも深刻だ。

 故にまずはそれを確かめねばならない訳だが――。

 

「   」

「   」

「   」

『   』

 

 ――まさかハッチを開けたら人影が出てくるとも思わず、四人はカチンと氷のように一瞬固まって。

 

「きゅう」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁおばけぇぇぇぇぇぇ!?」

『あわわわわわわわわわわわわわ!?』

「――」

 

 華は気絶し、沙織は絶叫し、優花里は混乱し、みほは絶句し……。

 

「うるさい」

 

 人影はポツリとそう呟いた。

 長い黒髪の小さな少女。少女は大洗女子学園の制服を身にまとっている。

 

「……って麻子じゃん! なんで!? こんな所でなにしてんの!?」

 

 人影は幽霊ではなく、生きた人間であった。

 彼女は、名を冷泉麻子という。

 

 

 





 瓦礫の山も見る者が見れば、時に宝の山へと姿を帰る
 発掘された部品の数々は、死んだはずのアーマードトルーパー達をこの世に蘇らせる
 ずらりと並び戦列を組めば
 来るべき戦いの予感が、みほの体を駆け抜ける

 次回『閲兵』 かつてこの艦には、数えきれぬ鉄の騎兵が蠢いていた


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第5話 『閲兵』

 

 冷泉麻子。

 学年でもトップクラスの成績ながら、その体質故に遅刻魔の十字架を背負ってしまった少女。

 そんな彼女とみほは、地の底、ならぬ船の底で巡り合った。

 

「沙織か」

「沙織か……じゃないよ麻子! こっちは死ぬほどびっくりしたんだから!」

「安心しろ。沙織はその程度じゃ死にゃしない」

「そりゃそうだけど、そういう問題じゃない! とにかく何やってんのー! こんなところでー!」

 

 麻子へと食って掛かる沙織の傍ら、みほは気絶した華を抱き起こしていた。

 慌ててATから飛び降りた優花里も、傍らへと走り寄ってくる。

 

「五十鈴さん! 華さん!」

「五十鈴殿! 大丈夫ですか!」

「そうだよ華! 大丈夫!?」

 

 沙織も華の様子に気づいて駆け寄ってくれば、三人囲んで声をかける。

 幸い、華はすぐに意識を取り戻した。

 眼を覚ました華の視界に飛び込んできたのは、自分を心配そうに見つめるみほ、優花里、沙織の顔。

 そしてその頭越しに――。

 

「ひぃ妖怪!」

「ッ!?」

 

 覗き込んできた麻子の顔に、華は幽霊の影を見る。

 ついでに当の幽霊も幽霊の影を見る。青ざめた顔で、辺りをしきりに見回していた。

 

「華、よく見てよ。麻子だよ麻子」

「あ……すみません。取り乱してしまって」

 

 ガラにもなく慌てたせいか、華はちょっと頬を赤くする。

 大丈夫そうなのでみほ達はほっと胸をなでおろす。ついでに麻子も胸をなでおろす。朝より怖いお化けはいないらしい。

 

「それで、話を戻すけど、麻子ホントにこんな所でなにしてたのよ」

「寝足りなかったから寝てた」

「寝てたって……こんな所で!?」

「ここなら絶対に邪魔ははいらん」

「それは……そうですけど。授業のほうは大丈夫なんでしょうか」

「……」

 

 華が言うのに麻子の鉄面皮に僅かなゆらぎが見えた。

 みほが思うに、それは焦りの色だった。

 

「いま、何時だ」

「ええと……」

 

 右手の内側を差し出し、優花里は夜光塗料で薄緑色の輝きを放つ文字盤を麻子へと見せる。

 その長針が指す時刻を見て、麻子の顔は鉄面皮を崩してうげぇと呻いた。

 

「寝過ごした……」

「ちょっと! 麻子、何時間ここで寝てるのよ!」

「じゅ……いやはち……いや……なんでもない」

 

 もごもごと口ごもってしまう麻子の姿に、むしろ沙織のほうが嘆息した。

 要するにこの天才寝坊助は半日近くここで寝ぼけていたらしい。

 我が友ながら、その破天荒さというかぐーたらぶりには呆れるというかなんというか。

 

「もう……いくらテストで成績良いからって単位大丈夫なの? ただでさえ遅刻常習犯なのにサボりまで」

「大丈夫、な、筈だ……」

「筈、じゃだめじゃない」

「それより、一体こんな所に何の用だ」

「あ、ごまかした」

「何の用だ」

 

 話題を変えたがっているのが見え見えだったので、みほは助け舟を出してあげることにした。

 

「装甲騎兵道に使う、ATを探しに」

「ATか。たしかにここならそこいらじゅうにあるが……」

「それよりも、どうやってここを見つけたんですか、ええと……」

「冷泉、冷泉麻子だ」

「あ、ご丁寧に。私は秋山優花里です。話は戻しますけど、冷泉殿はどうやってここを? ATやダングならともかく、歩きなら1時間以上はかかりますし」

 

 今度は、麻子のほうが優花里の言葉に怪訝な顔になった。

 

「学校から、五分そこらで来れるぞ」

「……え?」

「ほら、そこのエレベーターを使えば」

 

 麻子が指差した方向をみほたちが見れば、薄暗がりの向こうに確かに、大型のエレベーターらしきものが見えた。

 

「学校の裏にハッチがある。藪に隠れて見えないが、そこからなら簡単に出入りできるぞ」

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「ほんとうだー。ここ学校の裏の林だよ」

「こんな所に、船の中に通じる道があっただなんて」

「私も気づいたのはつい最近だ。昼寝してたら、ハッチの角に頭をぶつけた」

「サボり場所を見つけるきっかけがサボりってどうなの」

「勘違いするなさぼってない。足りない睡眠時間を補っているだけだ」

 

 エレベーターに揺られること五分強。

 みほ達は学校裏手の林の一角の、地面から顔を出していた。

 外から見ればもぐらのような状況だが、すぐに頭のみならず手が出て胴が出て足が出た。

 太陽の下に出て、一番手の沙織は軽く伸びをする。

 

「ううう……私の苦労は……方眼紙使ってマッピングするのに何日も掛かったのに~」

「ま、まぁ秋山さんが見つけてくれなかったら、そもそも私たちは気づかなかったわけだし!」

 

 一方、地面に膝を突いて無念の声をあげる優花里を、みほは励ましていた。

 あの部屋まで来る道筋の複雑さ長さを思えば、彼女がいかに頑張ったのか解ろうもの。

 その努力が一瞬で無駄になってしまったのだから、無念の男泣き、いや女泣きも当然の反応であった。

 

「じゃあな。私は帰る」

「え? 麻子帰っちゃうの?」

「知ってると思うが私は書道選択だ。装甲騎兵道は沙織が頑張れ」

「冷泉さん、どうせなら装甲騎兵道の様子も覗いてみればいかがですか? これから皆で探してきたATをお披露目するので」

「五十鈴さん、お誘いはありがたいが、私は眠い。帰る」

「あんだけ寝てまだ眠いのか……」

 

 ――それじゃまた、と言い残して冷泉麻子は去っていった。

 みほ達は暫く、遠ざかるその背中を見送る。

 

「相変わらずマイペースなんだから……」

「でも、冷泉さんのお陰で、見つけたATを運ぶのは随分と楽になりましたね」

「そうだね。……秋山さん。とりあえず使えそうなATとパーツを運ばないと。もう一度ATの操縦、頼めるかな?」

「西住殿の頼みなら! 喜んで!」

 

 みほが頼めば即座に優花里は復活した。

 敬礼を一つすると、すぐに自作ATの元へと駆け戻っていく。

 

「……ふぅ」

 

 さて、大変なのはここからだ。大仕事の予感に、みほは頬を叩いて元気を入れた。

 

 

 

 

第5話『閲兵』

 

 

 

 

「ご苦労。これで全員分のATを一応は揃えることができた」

「中身が大丈夫か、まだ解かんないけどね~」

 

 優花里のATの力を借りつつ、みほ達はAT墓場からサルベージした諸々を地上――厳密には甲板上――の倉庫に運び込むことができていた。

 みほたちが作業を終える頃には、他のグループも各々の成果を元に倉庫へと戻ってきていた。幸いなことに、どのグループも放置されたり遺棄されたり、あるいは物置にほったらかしにされていたATを見つけることに成功していた。

 

「こうして見るとなかなかに壮観ぜよ」

「閲兵式と言ったところか」

「むしろ馬揃えだな」

「騎兵だけにか」

 

 軍帽を被ったり、赤鉢巻を締めたり、赤マフラーを巻いたり、羽織を纏ったりしている四人組のほうから、そんな会話がみほにも聞こえてくる。

 

(……)

 

 確かに壮観ではある。しかしみほが黒森峰で見飽きるほど眺めた黒い戦列に比べると、些か見窄らしいのは否めない。機種はバラバラだし、状態が良い物は殆ど無い。錆が浮いていたり、パーツが歪んでいたり。見た目は大丈夫でも中身は大丈夫とは限らない。

 

「ドッグ系にトータス系、ビートルタイプにファッティーに。おまけにベルゼルガまで! それもプレトリオタイプですよ西住殿! 私実物は初めて見ました!」

 

 しかし傍らの優花里はと言うと、色とりどりのATの群れにテンションだだ上がりで、今にも小躍りし出しそうな様子だった。

 

「私、どうせ乗るならかわいいのがいいかなぁ。ふぁってぃー……だっけ。あれとか良さそうじゃん」

「私はあの騎士然としたATがよろしいかと。あの盾に取り付いた鋭い槍……まるで剣山のようで、少しゾクッとします」

「華なんか怖いよその言い回し」

 

 沙織と華も横並びのATを次々と眺めてまわり、アレが良いコレが良いと盛り上がっている。

 他のチーム、体操服の四人組や、小さな一年生チームも似たような様子で、なんとも楽しげな雰囲気だ。

 

(……ふふふ)

 

 人間、まわりが楽しそうだと自分まで楽しくなってくるものだ。

 みほもなんだかしらないが気分がウキウキとしてくる。

 

「パーツが一通り揃っている機体は、『スコープドッグ』がその系列機を含めて六機」

 

 そうこう言っている内に、クリップボードを携えた河嶋桃が、揃えられた機種を読み上げ始めていた。

 

「ファッティーが四機。ベルゼルガが二機。ダイビングビートルが一機。そしてスタンディングトータスが八機です」

 

 桃がそう言い切った所で、軍帽を被った少女が怪訝な顔をした。

 優花里も同じような顔をして、彼女はと言うとわざわざ挙手してハイ! と大きな声を添える。

 

「なんだ。二年C組、秋山優花里」

「失礼ながら、ベルゼルガは二機ではなく一機かと」

「……なに?」

「右側のATをもう一度ご覧ください」

 

 言われて桃が改めて件のATを見て、優花里の言葉の意味を理解しうげっと呻いた。

 

「なんだコレは! よく見たらスコープドッグじゃないか!」

「いわゆる、ベルゼルガ・イミテイトです。ベルゼルガは高級機なので、手が出せなかったボトムズ乗りが、他のATを改造して見た目だけでもそれっぽくすることが良くありまして……」

「ええい。書き直さなきゃならないじゃないか。……ボールペンで書かなきゃ良かった」

 

 訂正する桃に追い打ちをかけるように、今度は軍帽の少女も続けて挙手をした。

 

「ええい今度はなんだ、2年、松本里子」

「エルヴィンだ。付け加えて言うなら、トータスは2タイプが混じっている」

「どういうことだ、解りやすく説明しろ」

「スタンディングトータスには、初期型と後期型の二種類があるんです」

 

 説明を引き継いだのは、思わず話に割って入ってしまったみほだった。

 全員の視線が集中し、ちょっとしまったと思いつつも、説明を続ける。

 

「H級のトータス系は、本来後方支援を目的に設計されたので、初期型には接近戦のためのアームパンチ機構もないし、ローラーダッシュ用のグランディングホイールもありません」

「つまり初期型はアームパンチもローラーダッシュもできない、のろまな鈍亀ということか?」

「まぁ、そういうことになります」

 

 改めて見てみれば、八機中六機が初期型だ。

 一昔前ならいざしらず、今時のATでローラーダッシュもできないのは色々と痛い。

 

「どーりでね~。お古のATにしちゃ妙に綺麗だと思ったら」

「売れ残りだったんですねぇ」

「売れ残り?」

 

 疑問に思ったみほの問いには、今度は杏会長が答えた。

 

「いやーバトリング部が解散になって装甲騎兵道がなくなって、その時にめぼしいATはみんな売っちゃたらしいからさぁ。だから綺麗なのが見つかったって聞いた時は、ちょっと不思議に思ってたんだけどね」

「……つまり現状は錆だらけの中古品と売れ残りと鉄くずしか我らにはないということだ」

 

 最後に、クリップボードの修正を終えた桃がそう締めくくった。

 

「それをどうにか使えるようにしなくてはならない」

「そういう訳で――」

 

 杏会長はポンと手を叩くと、満面の笑顔で一同にこう告げた。

 

「今度はAT作ろっか」

 

 

 



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第6話 『編成』

 

 

「おーらいおーらい! ストップ! 右、もうちょっと右! よーし降ろして!」

「違う! その腕はトータスタイプのだ! 左から三番目の機体の所に持っていけ!」

「この箱みたいなの使えるのかな~」

「ググッてみたけど、ミッションパックってのがないと無理だって」

「重い~華手伝って! こんなの一人じゃ持てないよ~」

「そうでしょうか」

「うそ~~」

「腕ならもう一本ぐらいならいけそうですね……よいしょっと」

「キャプテン! これなんかどうでしょうか!」

「大きい! これなら強力なスパイクが打てるぞ!」

「コイツの肩は赤く塗らないのか?」

「キサマ! 塗りたいのか!」

「むしろ全身塗って赤備えじゃー!」

「「「それだ!」」」

「がんばって桂利奈ちゃん!」

「みんなで頑張ればきっと持ち上がる!」

「あいい!」

「やったーあがったー!」

「それじゃあ全機総入れ替えするとして、PR液の発注に掛かるのは――」

「え! そんなにするんですか!」

「機体はなんとかなっても、それ以外でやっぱお金がね~武器もなんとかしないといけないし」

「自動車用のやつに余りがあるので、暫くはそれを代用できますね」

 

 みほは自身の作業の手を止めてAT修理、AT作りに取り組む皆の姿に眼をやった。

 スコープドッグの腕を軽々と持ち上げる華に、逆になんとか床に引きずってショルダーアーマーを運ぶ沙織。

 体操服の一団――バレー部(仮)の皆は、巨大なアイアンクローの前に集まってなにやらテンションを上げている。

 ミサイルランチャーを神輿のように担いで運ぶ一年生の傍らでは、スプレー片手に例の変わった格好の一団が何やら議論していた。

 桃はメガホンを携え指示を出してまわり、会長は干し芋を齧りながら副会長と一緒になって黄色いツナギの少女と相談している姿が見える。

 

『何というか……みなさん本当に活き活きした様子ですね』

 

 不意に後ろから声をかけてきたのは優花里だった。

 みほは振り返り、そして仰ぎ見た。優花里は自作ATで他のATの胴体を運んでいる所だったらしい。

 

「うん。最初はどうなることかと思ったけど。みんな乗り気になって良かった」

 

 最初、鉄と油の臭いに辟易した様子だった一同も、いざ始めてみると意外に乗り気になったのだ。

 共同で、一丸となって何かを作るという行為は、不思議と人間の心を高揚させるモノを備えているらしい。

 重い重いとぶーたれていた沙織も、華に負けるかと一生懸命になっているのが、みほにも解った。

 

「西住殿のほうはどうですか。だいぶ綺麗になってきたようですけど」

「うん。さっきセンサー系はまるごと取り替えて映るようになったけど、問題は駆動系かなぁ」

「でも、さっき動かした時は無事に動いてたような」

「それは西住さんが経験者だからかなぁ」

 

 会話の途中でひょっこり混じってきたのは、みほと一緒にパープルベアーの駆動系を直していた少女だった。

 黄色いツナギに黒いショートカット。同じツナギの少女は、この倉庫内には都合四人居て、誰もが手を油まみれにしているが、彼女はその四人のなかで一番小柄だった。

 

「あ! 自動車部の……」

「ナカジマ。秋山さんだったね、よろしく」

「はい! よろしくおねがいします! それで……このパープルベアーには、まだ何か問題でも?」

「ううん、問題があるというか、問題しか無いというかぁ。ま、簡単に言うとあてにならないパーツがざっと50はあるかな」 

「ご、ごじゅう!」

 

 思った以上に問題だらけだったのに驚いて、優花里はATの操縦席から転げ落ちそうになって、何とか堪えた。

 

「それもざっと見た限りでの話だから、詳しく見ればもっとかも」

「西住殿、よくそんな状態のATを動かせましたね」

「ATはああ見えて意外と、頑丈な所は頑丈だから……」

「軽トラみたいなもんだからね。多少ガタが来ても動ける辺りは、良く出来たマシンだと思うよ」

「パルミスの高原、オロムの荒野、ガレアデの冷獄……どんな戦場にも負けない鋼の兵士ですからね!」

 

 ATは戦場を選ばない。砂漠、湿原、荒野、平野、森林、雪山……あらゆる戦場でATは戦う。

 酸の雨に打たれても、暴風に晒され、灼熱の太陽に焼かれても、鉄の背中は果てしなく進むのだ。

 最低のマシンと蔑まれ、鉄の棺桶と忌み嫌われても、こうも普及したのは、その安さ故だけではない。

 この上ない汎用性と、ジャンクの組み合わせでも動く拡張性。これこそがATの真髄だった。

 

「それはそうと、秋山さん。それ、運ばなくて大丈夫?」

「そうでした! 西住殿、ありがとうございます! すいません今いきまーす!」

 

 優花里はハッチを閉じると、ちょっと早足にATを歩ませる。

 みほはふふっと微笑んだ後、折れたターンピックのほうへと眼を向けた。レールそのものが歪んでしまっているから、ここも総取り替えしないといけないだろう。

 

「ナカジマさん。ビズィークラブ借りれますか?」

「あれは今ツチヤが使ってるから。共食い用のタコの足なら、ツチヤに持ってこさせるよ」

「悪いです、そこまでさせちゃ! それに、自分で使う機体の部品は、自分で見ておきたいですし」

「おや、その子が気に入った?」

 

 ナカジマに言われ、みほはどことなく熊っぽいステレオスコープ顔を見た。

 そして答えた。

 

「はい。それに、使い慣れた機種が良いので」

 

 

 

第6話『編成』

 

 

 

「作業ご苦労だった。修理、整備にも一段落ついた以上、仕上げは自動車部に任せることする」

「一通り顔ぶれが揃ったから、今日のうちに編成決めないとね~明日決めるのも面倒だし」

 

 校庭が夕陽で真っ赤にそまる時分、一同爪の色がグリスの黒になるまで作業をし、みな疲れきっている様子だった。

 しかし、顔色は一様に明るいのは、ずらりと並んだ鋼の雄姿があるからだろう。

 機種はバラバラで背丈も不揃いで不格好だが、それでも大洗装甲騎兵の戦列は夕陽に映えて壮観だった。

 

 杏会長と桃は、一同への話を続ける。

 

「装甲騎兵道は分隊編成にその特徴がある。三名から六名でチームをつくり、各チームで使用する機体の希望を出してもらう」

「特に希望がないなら、とりあえず見つけたATを見つけた人が使うってことで」

 

 チームを作れ、との言葉に、一同がわいわいと騒がしくなった。

 その機を逃さず、沙織はみほに気になっていることを訊いた。

 

「ねぇみぽりん。分隊編成って?」

 

 訊かれてみほはすぐに問に答える。

 

「簡単に言うと、大きいひとつのチームを、小さい班に分けて戦うの。小さい班にはそれぞれリーダーと、無線を使う連絡係がいて、班同士が通信し合いながら戦う……装甲騎兵道の試合は、そんな感じになってるんだ」

「分隊長、通信兵の二人は絶対に必要です。ですから、公式ルールでは分隊は最低AT3機、最大6機とするってなってます」

 

 みほの説明を、優花里が補足する。

 

「でしたら、わたくしと沙織さん、みほさんに秋山さんの四人でちょうど良いですね」

「うん。私はそれで良いかなって考えてた。沙織さんも、秋山さんもそれで良いかな」

「当然! 大船に乗った気持ちで頼りたまえ」

「こちらこそ! 西住殿と同じ分隊で戦えるなんて、感激でいっぱいですぅ!」

 

 と、みほの分隊はあっさりとメンバーが決まった訳だが、他の分隊も早々とメンバーは決まっていった。

 元々の友達同士、仲間同士で連れ立って装甲騎兵道を履修した者が多かったためだろう。

 出来上がったのは、全部で五つの分隊。

 

「では、各分隊をA分隊、B分隊、C分隊、D分隊、E分隊と命名する。さて、肝心の機種選択だが、要望のある者は挙手をして発言するように」

「はい!」

「はい!」

「はい!」

「はい!」

 

 次々と手が挙がり、気づけば履修者の殆どが挙手をしている状況になっている。

 一方、みほはと言うと何か考える様子であり、沙織は手を上げつつ優花里にオススメなどを聞いていた。

 

「ねぇ秋山さん。秋山さんはあのなかだとどれがいいと思う?」

「そうですね。どのATも個性というか特徴があって一概には言えないですけれど……個人的な好みで言えばX・ATL-01DT ツヴァークですが、ここには残念ながらありません」

「ここにあるやつで! そう、できれば乗り心地がいいやつ!」

「だったらダイビングビートルがおすすめかと。H級ATの高級機で、コックピットも広くて乗り心地が良く、装甲も頑丈です。二時間も浮上無しで潜水が可能で、それにエアコンも完備されてます」

「え!? エアコンついてるの!」

「はい。水中用なので、温度管理は大切ですし」

「じゃ私決めた! はい! だいびんぐびーとるください!」

「私はベルゼルガを……」

「あ! 私は自分のAT使います!」

 

 わぁわぁやいのやいのやいのやいの。

 各々勝手に要望を話し始めるものだから段々と収集がつかなくなってくる。

 しかしこの喧騒のなかにおいても、みほは一人黙考する様子で、その姿を杏会長は見逃していなかった。

 

「西住ちゃん」

「……」

「西住ちゃぁん!」

「え、あ、はい!」

「何か言いたそうだね。とりあえず言ってみてよ」

 

 有無を言わせぬ口調だった。

 みほは自分に視線が集中する事態に居心地の悪さを感じながら、それでも考えを発言する。

 

「装甲騎兵道は大きな連携と、小さな連携の二つの連携が柱です。各分隊同士の連携、そして分隊内部の連携です」

 

 一旦話し始めると、言葉は流れるようにすらすらと滑り出てくる。

 

「ATは機種ごとに性質や性能が大きく違います。だから、分隊を構成するATの機種選びは各分隊に課せられた役割に応じて、決めなくちゃいけません」

「どの分隊にどの役割を与えて、しかも分隊のなかでの役割分担も決めないといけない訳ね」

「でもさ、ぶっちゃけ現状じゃそんなの解らなくない?」

 

 会長の指摘も最もだった。

 顔を合わせてまだ間もない間柄で、分隊の編成などできるわけもない。

 

「はい。ですから最初は簡単に、機種ごとに固めた分隊編成にすればいいかと」

「んー……まぁそれなら問題ないね。じゃあ、とりあえず割り振ってみようか。かわしまぁ!」

「はい」

 

 言われて桃は、手にしたクリップボードに何か書きつけて、それをもう一度ペンでなぞるような仕草をした。

 

(あみだクジ)

(あみだクジだね)

(……卦)

 

 くじ引きはすぐに終わった。

 

「よし決まった。それでは発表する」

 

 結局、大洗女子学園装甲騎兵道のチーム分け、機体振り分けはこのようになった。

 

 

●大洗女子学園装甲騎兵道チーム編成表

 

【A分隊】

みほ:パープルベアー

沙織:ブルーティッシュドッグ(レプリカ)

華:スコープドッグ(メルキアカラー)

優花里:ゴールデンハーフスペシャル

 

【B分隊】

典子:ファッティー(ノーマル)

妙子:ファッティー(ノーマル)

忍:ファッティー(左腕はクローアームに換装)

あけび:ファッティー(ハードブレッドガン装備)

 

【C分隊】

カエサル:ベルゼルガプレトリオ

エルヴィン:ベルゼルガイミテイト

左衛門佐:スコープドッグ(ガナードカスタム)

おりょう:ホイールドッグ

 

【D分隊】

梓:スタンディングトータス(初期型)   

あゆみ:スタンディングトータス(初期型・ミサイルランチャー装備)    

紗希:スタンディングトータス(初期型)      

桂利奈:スタンディングトータス(初期型)     

優季:スタンディングトータス(初期型)     

あや:スタンディングトータス(初期型・ロケットランチャー装備)

 

【E分隊】

会長:スタンディングトータス(スタブロスカスタム)

柚子:スタンディングトータス(後期型)

桃ちゃん:ダイビングビートル

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「エアコン盗ったの、絶対に生徒会の陰謀だよね」

「まだ言ってるんですか」

 

 みほ達は改めて割り当てられたATの前に並んだが、沙織は頬を膨らませてプンスカ怒っていた。

 

「だってどう考えたっておかしいじゃん! 絶対にずるしたって! 横暴だよ! 権力のふとーこうしだよ!」

「武部殿、そうは言いますけど、武部殿の機体もそう悪い子じゃありませんよ!」

「でもエアコンついてないんでしょ?」

「はい」

「だったらやっぱりやだもー!」

 

 不満を露わにする沙織に対して、華はと言うとそこそこ気に入った様子だ。

 

「華さんはスコープドッグで良かったの?」

「第一希望が通らなかったのは残念ですけど、でもこの子、色が良いですね」

「色? 機甲兵団カラーが?」

「はい。薄い紫は藤の色のようで。わたくし、花はどれも好きですけれど、藤の花は中でも格別ですので」

「そうなんだ」

 

 ATの塗装を花に例えるのを聞くのは、みほといえども流石に初めてのことだった。

 

「パープルベアー、ブルーティッシュドッグ……のレプリカ。正規軍仕様のスコープドッグ。装甲騎兵道というより、これじゃバトリングみたいな編成です」

 

 一方、機種はともかく、その組み合わせが不満らしいのが優花里だった。

 

「そこは武器の選択。それに戦術と腕かな」

 

 不満を言ってもしょうがないと、みほは優花里へとそんな風にフォローするのだった。

 

 




いよいよキャスティング完了


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第7話 『準備』

 

「ねぇ秋山さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな」

「はい! 何でしょう西住殿?」

 

 分隊の編成と機体の割り振りも終わり、日も落ちてきたので今日は解散という運びになった。

 一同がばらばらと帰り始めるなか、ふと、みほは優花里へと声をかけた。

 

「この辺りにATショップか、AT関連の品物を扱ってるお店ないかな? 知ってたら教えてほしいと思って」

「そ、そういうことなら是非とも私にお任せください! 何がご要望ですか!? 耐圧服ですか? それとも対ATライフル!? あ、ソリッドシューターを格安で売ってる店私知ってますよ!」

「ううん。ちょっとミッションディスクを買いたくて」

「ミッションディスクですか?」

 

 みほの口から出てきた単語は、優花里にはちょっと意外なものだった。

 ミッションディスクとは、ATの挙動パターンをプログラミングしたデータディスクで、これを用いることである程度のオート操作が可能になる。基本動作制御のプログラムも入っているため、ジャンクや中古でもないかぎりは必ず一機に一枚備わっており、ATが比較的シンプルな操縦システムでああも複雑な動きができるのも、このミッションディスクのおかげといって良い。無論、ミッションディスクに全く頼らないマニュアル操作も不可能ではないが、当然、難易度は大幅に違ってくる。自動車のマニュアルとオートマチックの違いを思い浮かべれば解りやすいだろうか。

 

「確かに大事なものですが、AT本体が授業用のものですし、ミッションディスクのほうも生徒会のほうで用意するのでは?」

 

 優花里の最もな問に、みほは首を横に振って答えた。

 

「そうかもしれないけれど、とりあえずチームみんなの分は今晩中に先に組んでしまいたいから」

「……もしかして西住殿、A分隊全員分のプログラムを組んでくださるんですか!?」

「うん。そのつもりだけど」

「わ、悪いですよそんなの! 西住殿ひとりに全部やらせるなんて! 四機ぶんもプログラム組んでたら徹夜になっちゃいますし!」

 

 心配する優花里にみほはありがとうと返しつつ、しかし次のように続けて言った。

 

「実は前の学校にいた時に幾つか作ったやつをUSBに入れて持ってきてたから……ある程度は流用が利くし大丈夫だよ」

「前の学校……黒森峰女学園ですね。……あ」

「……知ってたんだ」

「あ、はい」

 

 その名が出た瞬間、何とも気まずい空気が二人の間に流れた。

 みほも優花里も、互いに急に口ごもってしまって、何も言えなくなる。

 

「……あ、あの!」

 

 その嫌な空気を先に破ったのは優花里のほうだった。

 

「わたし、あの時の西住殿の行動は――」

「ねぇねぇ何の話~?」

 

 しかし二人の間の深刻な空気は、沙織が会話に割って入ったことで瞬時に霧消した。

 みほと優花里が二人で話し込んでいたから気になったのだろう。華も一緒だった。

 優花里は言葉を遮られ残念そうな様子だったが、みほのほうはホッとした様子だった。

 機を逃さず、みほは沙織へと会話を振る。

 

「あ、秋山さんと一緒に、ATのお店に行こうって話してて」

「え、なにそれ。買い物なら私付き合うよ」

「じゃあ武部さんも一緒に来る?」

「行く行く。私そういうお店行ったことないし! 華も一緒に行くよね!」

「ぜひともご一緒させて頂きますわ。わたしく、段々とATについてもっと知りたくなってきましたから」

 

 そのまま、どこのお店に行くのー、秋山さんが知ってるよーなどと話していれば、黒森峰云々についてはすぐに有耶無耶になった。

 優花里はまだ何か言いたそうであったことに、みほは気づいていた。

 しかし敢えて寝た子を起こすようなことはしなかった。

 今は、過去のことについてはそっとしておいて欲しかった。

 そう、明日に繋がる、今日ぐらいは……。

 

 

 

 

第7話『準備』

 

 

 

 

 電子音を伴奏に自動ドアが開けば、みほには懐かしい雰囲気が彼女を待ち受けていた。

 一見するとカー用品店やホームセンターのようにも見えるが、違う。明るい照明とBGMで多少緩和しても隠し切れない鉄と油の臭い。そして陳列棚の奥に覗く降着状態のATが、ここが何の店なのかを来訪者へと教えた。

 

「こんな所にATのお店があったなんて、わたくし知りませんでした」

「見て見て! 奥にAT置いてある! あれ装甲騎兵道で使えないかな!」

「残念ですが、このお店実機は作業用しか取り扱ってなくて……一部の装備品は中古で置いてあるんですけど。あとプラモデルだったらココが一番品揃えが良いですよ!」

 

 沙織達がキャッキャと話している一方で、みほはというと店内の様子をつぶさに観察していた。

 雑誌、書籍、整備用品に各種カスタムパーツ……と陳列棚を順々に眺めていき――見つけた。

 

「あった!」

 

 目当ての棚へと小走りに駆け寄ると、みほはすぐに品定めに入った。

 幾つも手にとって、パッケージ裏の表示を見比べるみほ。

 その背中越しに、追いついて来た沙織達も、みほの手の中のものを見た。

 

「みぽりん、何それ?」

「うん。ミッションディスクっていって、ATの制御に必要なものなんだけど……」

「まるでフロッピーディスクみたいな見た目ですね」

「ごめん華。まずそのフロッピーディスクが解かんない」

 

 ミッションディスクは黒い長方形の、四つの角の一つを切り落としたような形状をしている。

 マイクロSDをカードを縦長に大きくした感じだろうか。厚さもSDカード同様に薄っぺらい。

 

「ミッションディスクというのはですね――」

 

 と、優花里が沙織と華に説明している間も、みほは静かに性能表示を見比べている。

 黒森峰時代に使っていたメーカーのを使えればいうことなしだが、寮で一人暮らしの身分の今のみほには正直懐に厳しい金額だ。しかたが無いので、そこそこの容量かつ値段も安価なモノで妥協する。

 

「ねぇみぽりん、それ四枚全部みぽりんがお金出すの?」

 

 不意に、沙織がそんなことを聞いてきた。

 

「え? うん。これは私が自分のわがままで買うものだから……」

「そんな! みぽりん私達の為に作ってくれるんでしょ、それ! だったら私も出すよ!」

「わたくしも出させて頂きます」

「西住殿、私も出します!」

「どうせみんなでお金出すんなら、折角だしこの一番高いやつ買っちゃおう!」

「そ、そんな、みんなに悪いって」

「いいのいいの、みんなで使うものなんだから!」

 

 しばし出す出さないでやいのやいの言っていたが、結局黒森峰時代と同じモノを買うことになった。

 

「悪いよ、みんなに出してもらうなんて……」

「だから良いって、結局私らもそれ使うんだから。それにいざとなったら授業で使うモノだって言って生徒会に出して貰えば良いし」

「そうですよ! これも立派なAT用の備品なんですから! 領収書切って経費で落とせば良いんです!」

「良いのかな、勝手にそんなことして……」

「みほさんは生徒会のわがままを、これまで全部呑んできたんですから。少しはあちらにも呑んでいただきませんと」

「……あはは」

 

 お金まで出させてしまったのだから、これは全力で良い物を(こしら)えないと、とみほは堅く決意する。

 早速、帰って作業にとりかからなくては。

 

「それじゃあ、私は帰るね」

「みぽりん、もう帰るの? もうちょっと店のなかを見てまわらない?」

 

 沙織の誘いに、みほは首を横に振る。

 買ったばかりのミッションディスクを掲げ、言う。

 

「時間をかけてゆっくり仕上げたいから」

「何かお手伝いすることはありませんでしょうか?」

 

 華が聞くのにも首を横に振る。

 

「大丈夫だよ。リーダーとパソコンさえあれば、プログラミング自体は家で――」

 

 しかしそこまで言った所で、みほの体が固まった。

 

「西住殿?」

「みぽりん? どうかした?」

「顔色がすぐれないようですが」

 

 三人が様子に気づいて声をかけるも、みほはあああと呻いて頭をかかえるばかり。

 

「忘れてた。実家にリーダーもパソコンも置いてきちゃったんだ……もう使わないと思って……」

 

 どうしよう、どうしよう。折角みんなで買ったのに、これじゃあ間抜けすぎる。

 そう胸中で自嘲しながら、どうすればいいだろうかとみほは思案する。

 そんなみほの姿に、優花里はスッと手のひらを挙げて言った。

 

「あの~パソコンとリーダーでよろしかったら、私の家にあるのをお貸ししますけど」

「え! いいの!? 凄い助かる!」

 

 みほは思わず優花里の両手を握ってぶんぶんと振った。

 

「そ、そんなに感謝されると照れてしまいます~。それに、正直そんなに性能が良いわけでもないですし、西住殿のお眼鏡に適うかどうか……」

「大丈夫だよ! 道具さえあればあとは私の方でどうにかするから!」

 

 二人の話を聞いていた沙織が何か思いついたかポンと手を叩いた。

 そして言った。

 

「よし! じゃあみんなでみぽりんの家に行こうよ! 何か、手伝えることがあるだろうから!」

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「コーヒー入れたけど、みぽりん飲む?」

「うん、ありがとう」

「ドーナツもあるけど、食べる?」

「いただきます」

 

 沙織がキッチンから苦そうなコーヒーと、チョコレートで覆われたドーナツを持ってきた。

 みほはコーヒーを少しだけ飲むと、すぐに目の前のモニターに向かって一心不乱にキーボードを叩き始める。

 華も、優花里も、沙織も、ただ後ろからその様子を静かに見ていることしかできない。

 みほは自身の部屋に戻ってきてからというもの、優花里から借りたパソコンに向かって作業に没頭してしまった。

 その様子は話しかけるのも躊躇われるほどだったので、残りの三人はというと晩ご飯でも作りますかという話になった。

 みほは帰ってきてから休むことなくプログラミングに取り組んでいるため、終わった時はお腹が空くだろうと気を利かせたのと、ぶっちゃけた話他にやることがなかったからだった。

 

「みぽりん凄い集中力」

「まるで華を活けている時のような緊張感ですね」

「お手伝いしようにも、私程度だと足をひっぱりそうです……」

 

 下準備を進めつつ三人は努めて囁くように話し合った。

 

「私、恥ずかしながらミッションディスクを組んだことは余りなかったもので」

「てかATって毎回ああいうことしないと乗れないもんなの?」

「いえ、大半のかたは購入時についてくる既成品で済ましてしまうもので。私はマニュアル操作のほうがATを直に感じられるので、最低限の動作以外は入力しないようにしてますが」

「良く解らないけど、マニュアル通りに行くか、自分の考えでアタックするかってこと? 私だったらマニュアル通りにまずは映画から誘っちゃうかなぁ~」

「……なんの話をしてるんですか」

 

 そんなことを話しながらも、三人とも手は休めない。

 時々、華が危なっかしい動きで包丁を触るのを沙織が横から手伝ったりしつつ、優花里は優花里でご飯を炊いたりしていた。

 やっている内に時間は過ぎて――。

 

「できたぁ!」

 

 ちょうど夕飯の準備が終わる頃、みほはそう言ってガッツポーズをした。

 

「お疲れ様! ちょうど肉じゃが出来上がった所だよ」

「あ、ほんとだ。凄い良い匂い……ってごめんなさい! お料理してるの全然気づかなかった!?」

「こちらこそ全然手伝えなくて、申し訳ありません」

 

 ひとまずパソコンなどを脇に置いて、慌ただしく遅めの夕食の準備をする。

 腹がグーと鳴くなか、四人は机を囲んで、揃っていただきますをした。

 

「それにしても西住殿のミッションディスクへのこだわりは凄いですね。私、感服しました」

 

 優花里が眼を輝かせて言うのに、みほの顔はほんの少し曇った。

 

「ううん。単に私の場合は、こだわらざるを得ない事情があっただけだから」

「事情、ですか?」

「うん。私ね、実はあんまりATの操縦が上手くなくて……」

「え!? 今日、あんなに上手く操縦してたのに?」

 

 沙織が驚いて言うのに、みほは静かにそれを否定する。

 

「私よりも操縦の上手い人はたくさんいるから。私の場合は、その差を他のモノで埋めなくちゃいけなくて」

 

 みほの脳裏に浮かぶのは、二人の少女の姿。

 西住まほ、逸見エリカ。

 姉と、同輩。特にエリカの猛犬のような獰猛さは、今でも強い印象としてみほの心に刻まれている。

 

「……でも良いじゃない。スポーツできないんなら、勉強で頑張れば良いんだし! インテリ女子はモテるんだよ!」

「沙織さんはどちらをがんばってるんでしたっけ?」

「どっちも頑張ってない! って言わせるな」

 

 湿っぽい空気になりそうな所を、沙織がフォローを入れてくれた。

 すぐに空気は明るくなって、そんな様子にみほは思う。

 

(良いなぁ)

 

 沙織の快活さと気配りが、素直に羨ましいと思えるのだった。

 

 

 




次回『模擬戦』


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第8話 『模擬戦』

 

 

 

 ――その日の朝、みほは珍しく寝坊をした。

 早寝早起きが体に染み付いているみほだが、昨日の晩に限っては柄にもなく夜更かしをした為だ。

 皆が部屋より帰った後、いざ眠ろうとベッドに入った所で、思うように寝付けなかったのだ。

 ミッションディスクだのATだのの事が色々と気になって、結局ベッドから飛び出してパソコンに向き合っていた。

 パソコンは優花里から借りっぱなしになっていた。好きなときに返して頂ければ、とは優花里の弁。

 コンバットプログラムを何度も何度も組み直しているうちに夜は更けて、最終的に寝たのが何時なのかも良く覚えていない。

 

「わ、わ、わ……」

 

 寝ぼけ眼を朝の光で無理やり開き、パンだの何だのとりあえず手近にあってパッと食べられるモノを適当に口につっこみ、もぐもぐとやりながら同時に着替えも済ます。

 折角作ったミッションディスクだけは忘れないようにカバンの中に入れ、それ以外は必要そうなものをとりあえず放り込んで慌てて部屋を飛び出――そうとして立ち止まった。

 

「……」

 

 棚の上に置きっぱなしだったアーマーマグナム。

 みほは数秒ほどじっとその大きな姿を見つめ、何も言わずむんずと掴みとると、カバンの中に押し込もうとして、入らなかったので仕方なしに腰に吊るすことにする。大洗の制服に馬鹿でかいアーマーマグナムとホルスターは不釣り合いなことこの上ないが、他にしようもない。

 

「行かなくちゃ!」

 

 大慌てで部屋を飛び出し、階段を降りかけて引き返し、忘れていた鍵を閉めてまた走る。

 腰に大きな鉄砲下げて朝の街を疾駆する女子高生の姿に、すれ違った人々は思わず振り返る。

 そんなことに気づく余裕もなく、みほは通学路をひた走るのだった。

 

 

 

 

 

第8話『模擬戦』

 

 

 

 

 

「会長。予定通り積み荷は到着しました。中身についても問題はありません」

 

 相変わらず干し芋をかじってばかりの杏会長に、河嶋桃はそう報告した。

 

「ヘビィマシンガン、ミッドマシンガン、ペンタトルーパー、ハンディロケットガン、GAT-40 アサルトライフル、ソリッドシューター、肩部用各種ミサイルランチャーにロケットランチャー、また連盟公認の弾薬一式……全て、既に倉庫へと搬入済みです」

「んー……お疲れ。見た感じ、どうだった?」

 

 報告を聞きつつ窓から外を見ていた杏会長は、オフィスチェアをくるりと回して桃のほうへと向き直る。

 

「あくまで外見上の話ですが、想定よりは遥かに状態が良いように思えました」

「つっても中古だかんね~。見た目はキレイでも中身はどうだか。ま、使ってみないと解かんないけど」

「それにしても良かったんですかね、武器を中古で済ましちゃうなんて」

 

 ここで、一人事務仕事をしていたらしい柚子が顔を上げて言った。

 

「試合中や練習中に暴発したら、やっぱりまずいんじゃ……」

「大丈夫、大丈夫。流石にそのレベルでやばいのは買ってない筈だし、せいぜい弾が斜めに飛んで当たんないぐらいだから」

「その時点で大問題ですよ!」

「とは言え、今の大洗には必要な一式を全て新品で揃える予算なんて無いぞ」

「てかこの話も、もう何回目だっけ~。言っても変わんない上に、ブツが届いた以上はもう手遅れじゃん」

「それはそうですけど……」

 

 心配そうに俯く柚子へと、杏会長は手のひらをヒラヒラと振って、安心しろと軽く笑った。

 

「じょぶじょぶ。その為に西住ちゃんを引っ張りこんだんだから。自慢の腕と戦術で何とかしてもらうよ。是が非でも」

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 さて、何のかんの言っている内に時間は過ぎ、装甲騎兵道の時間がやってきた。

 履修者一同は件の倉庫の前に整列し、『教官』とやらの到着を待っている所だった。

 

 ――装甲騎兵道の教官が来る。

 その話自体は、最初のAT探しの時に桃の口から皆聞いていたので知っていた。

 しかしどんな人間が来るのか、どんなことをするのか、といった詳細についてはまるで何も知らされていなかった。

 

 予定の到着時間に遅れている、ということもあり、履修者一同はチームごとに今後の展開についての予想談義や雑談で盛り上がっていた。

 

「秋山さん、なんか今日えらい気合入ってるね」

「えへへ……今日から本格的な練習を始めると聞いたので、着てきちゃいました」

 

 沙織にしげしげと見つめられ、照れて髪の毛をわしゃわしゃと掻く優花里の身を包むのはカーキ色の『耐圧服』だった。いわゆるパイロットスーツの一種であり、装甲騎兵道においても、試合の会場や環境によっては着用を義務付けられている場合がある。水にも風にも炎にも雪にも真空にも負けない頑丈さと汎用性はボトムズ乗りの生命線とも言えたが、ややだぼっとした作りを操縦の邪魔と嫌って敢えて着ない者も多い。単純に値段が結構張るという理由もあるが。

 

「西住殿はお持ちではないんですか?」

「今はね。コレ、仕舞う時に結構かさばるから、実家に置いてきちゃって……」

「それはそうと」

 

 沙織の視線は、優花里から今度はみほへと移っていた。

 

「みぽりんのそれも凄いね。そんなの持ってるとまるでお巡りさんみたい」

 

 制服の上に掛かったホルスターと、その中の巨大な銃身を沙織は不思議そうに見ている。

 

「バハウザーM571、アーマーマグナムですね。ボトムズ乗りの最後の切り札です」

「え? これATやっつけられるの?」

「当たれば、だけどね。私も実際に撃破出来たの一回だけだし」

「むしろ、できたんだ、ホントに」

「すごいです! 対ATライフルならまだしもアーマーマグナムでなんて! さすがは西住殿です!」

「機甲猟兵の授業は前の学校だと必修だったから」

「……西住さん、ちょっとお借りしても良いですか?」

 

 会話に加わらず、じっとみほの腰のアーマーマグナムに注目していた華が、そんなことを言い出した。

 みほは即座に「いいよ」と返し、素早くホルスターから引き抜くと、用心金に指をかけてくるりと半回転。銃把を華へと差し出した。

 

「……」

 

 アーマーマグナムを手にした華は、じっと静かにそれを見つめている。

 沙織が不審に思い、顔を覗きこめば、口の端がかすかに釣り上がり、眼には危ない熱を帯びている。

 

「ちょちょちょ華華華!」

「……え? あ、何でしょう沙織さん」

「なんでしょうじゃないよもう……」

 

 そんな他愛のない雑談は、突如終わりを告げる。

 上空から響く大きな音に、一同の視線は釘付けになる。

 馬鹿でかい双発ジェットエンジンの轟音と共に雲を割って現れたのは、白い巨体の輸送機だ。

 

「C-1輸送機です! あれが来たってことは――」

 

 優花里が輸送機を指差し叫んでいる間に、尾翼下の貨物扉が開き、そこから次々と何かが吐き出されていく。

 正規軍を意味する薄紫色に塗り込められた機影は、背負ったパラシュートザックを次々に開き、学園艦へと向けて落下傘降下した。

 

「ラビドリードッグ……」

 

 みほはその機体の名を呟いた。

 補足するように優花里も興奮した声で叫ぶ。

 

「すごいです! 見てください西住殿! 最近導入されたばかりの新鋭機ですよ! しかも通常型ではなくてタイプSです! 武部殿、五十鈴殿解りますか! 左手が通常の腕に換装されて折りたたみ式のアイアンクローが外設されているのが見分けどころなんですよ!」

「あ、うん」

「はぁ」

 

 次々と、降着で衝撃をやわらげながら着艦を果たすのはみほと優花里の言う通り『ラビドリードッグ』の『タイプS』だった。スコープドッグに代わる次世代機として登場した高性能機で、みほも実際に動いている姿を自身の目で直接見るのは初めてだった。

 学園長の高級車を踏み潰しながら降下したラビドリードッグは全部で三機。

 正規軍らしい素早い動きで速やかに横一列に整列すると、隊長機らしい中央の機体のコックピットハッチが跳ね上がった。

 優花里と似たようなカーキ色の耐圧服に身を包んだパイロットは、一同の見守る前でヘルメットを外した。

 黒髪の、凛々しい美人顔が顕になる。

 

「こんにちはー!」

 

 顔から来る印象そのままの、凛々しい元気な声で彼女は言った。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 ――いきなりだが、模擬戦をすることになった。

 何を唐突にと人は言うかもしれないが、しかしこっちにとっても唐突だったのだ、とみほは思う。

 

『ATは人型のメカ。つまりは五体の延長。操縦は感覚でマスターすればノープロブレムよ!』

 

 とは教官であった例のラビドリードッグの操縦者、蝶野亜美一等陸尉の言葉だが、確かにそんなことを母も言っていた気もするが、そんないい加減で良いものだろうか、甚だ疑問、というのがみほの正直な気持ちだった。

 

「まずは各分隊ごとに役割を決めて。今回は分隊長だけでいいわ」

 

 蝶野教官の言葉に従い、各チームで相談が始まる。

 とは言え、前に分隊編成を決めた段階で、誰が隊長をやるかはある程度相談が済んでいたので、どのチームも簡単な確認程度のみで終わっていた。旧バレー部で占められたB分隊などは、すでに自機ATへと向かっている。

 

「じゃあみほりんが隊長ってことで」

「はい。じゃあ今日はよろしくおねがいします」

「よろしくおねがいします」

「よろしくおねがいします、西住殿!」

 

 正直に言えば、みほは分隊長をやるのに余り乗り気ではなかった。

 去年の全国大会の苦い過去が、スッと脳裏に蘇ってくる。

 しかし、この場で分隊を仕切れるのは自分だけであろうとも正しく認識していた。

 

「役割分担が済んだ分隊から、ATに乗り込んで! さぁ始めるわよ!」

 

 教官に急かされ、残りの分隊も割り当てられた自機へと走る。

 みほはパープルベアーへと乗り込もうとして、ATを前に戸惑っている様子の沙織と華に指示を飛ばした。

 

「乗り込んだら、前に付いている操縦桿を起こして、レバーを立ててください!」

「わ、わかった!」

「やってみます!」

 

 既に乗り慣れた優花里はともかく、沙織と華には細かいレクチャーが必要だろう。

 みほは2人が操縦桿を起こし、レバーを立て終えるのを待って、ようやく自機へと乗り込んだ。

 

「武部殿、五十鈴殿、次はゴーグルを装着して、ケーブルを繋いでください」

 

 今度は優花里は2人へと指示を出す。

 ゴーグルのレンズの色が赤から青へと変われば、機体と同期が済んだ証拠だ。

 ハッチが締まり、沙織のブルーティッシュ・レプリカと、華のスコープドッグは立ち上がった。

 

『う、うわぁ! ホントに立った!』

『その景色が……視界が高いです』

 

 無線を通して、2人の驚く声が聞こえてくるのを聞いて、みほは自機を立ち上げる。

 優花里もそれにならい、パープルベアーとゴールデンハーフスペシャルも沙織、華に隣り合って並んだ。

 

「みなさん、聞こえてますか?」

 

 改めて無線のチェックをした。問題はないだろうが、一応念のためだ。

 

『みぽりん! き、聞こえてるよ』

『こっちも大丈夫です』

『こちら秋山! 問題なしです!』

 

 よし、問題はない。ならばセカンドステップだ。

 

「それじゃあ、ミッションディスクを挿入してください。挿入口は右側にあります」

『右側、右側……あった!』

『西住さん、もう何か先に入っているようですが……』

「それは自動車部が入れてくれた既成品だと思います。イジェクトボタンを押して、取り出して、それはしまって置いてください」

『出して、しまって』

『入れ終わりました』

『西住殿、こっちも完了です』

 

 さらにサードステップ。

 

「通常、ATは無線上では互いにコールサインで呼び合います」

『コールサイン?』

『アダ名のようなものでしょうか?』

『戦闘中に、互いを識別するための暗号名みたいなものです』

「しかし、今回はこの分隊で戦う初めての試合となります。ですので分かりやすさを優先して名前で呼び合うことにします。いいですか?」

『わかったよ』

『わかりました!』

『了解です!』

 

 返事を聞きながら、みほは周囲を見渡した。

 パープルベアーのステレオスコープ越しに、倉庫中の様子がはっきりと見える。

 センサーは快調。最初に動かした時、完全に壊れていたとは信じられないほどに綺麗だ。

 他のチームも、何とか立ち上がるところまでは行ったらしい。

 ATはミッションディスクの助けもあり、比較的直感的操作でなんとかなる乗り物だ。

 だからこそ軍事民用の区別なく広く普及しているのだ。

 

『全機の起動を確認。上出来よ。それじゃあ、次は武器選びね』

 

 ザザザと微かなノイズと共に、蝶野教官の声が耳に飛び込んできた。

 それにしても、何と言った? 武器選び?

 

 みほの疑問への答えはすぐに出た。

 校庭の真ん中へと、最初に教官と一緒に降下してきたラビドリードッグが、二機がかりで何か大きなモノを運んできたのだ。細長い、大型の貨物コンテナーだ。二機がそれを地面に降ろし、レバーを引けば蓋が開く。

 

『わぁ~』

『武器がいっぱいです』

『宝の山です! 私興奮してきました!』

 

 コンテナーの中身はAT用の銃火器だった。みほはそのラインナップを素早く品定めする。

 

(ヘビィマシンガン、ソリッドシューター、ペンタトルーパー……。良し。一通り欲しいのは揃ってる)

 

 品定めを終える頃には、蝶野教官から新しい指示が無線に乗って届いた。

 

『各分隊。欲しい武器を取りに行くこと。早いもの勝ちだから、遅れると余り物よ』

 

 聞くや否や、みほはペダルを踏んでローラーダッシュで駆け出した。

 優花里も少し遅れてみほに続き、他の分隊からもATに慣れてきた者はまっすぐに走りだす。

 

『み、みぽりん!? 待って!?』

「2人の分は私が取ります! 待機して!」

 

 それだけ言ってみほは武器コンテナへと一番乗り。ヘビィマシンガンを二丁取ってクイックターン。

 優花里とすれ違えば、彼女の方はと迷うことなしにソリッドシューターへと飛びついた!

 

『ソリッドシューター! 頂きました! ヒャッフゥッ! 最高だぜぇぇぇぇぇぇ!』

 

 最高に最低野郎なテンションになりながら、ついでとばかりにハンディロケットガンも掴んでUターン。

 彼女の機体はトータス系の足回りを使っているため、ターンピックは使えないのだ。

 

「華さんはこれを使ってください」

『みぽりん!? 私のは!?』

「武部さんの機体は右手に最初から武器がついてますので」

『あ、そうだった! ……んも~焦って損した』

 

 沙織のAT。高級機ブルーティッシュドッグ、を見た目だけ模したレプリカ機は右手がマニピュレーターではなく固定兵装のガトリングガンになっており、おまけにアイアンクローまでついている。

 武器を選べないぶん汎用性には劣るが火力は高く、また大型グランディングホイールが備わっているためスピードも速い。無論、オリジナルの機体にはスペックでは遠く及ばないが。

 

『あの、西住さん』

「華さん? どうしました?」

 

 華のスコープドッグは、みほにヘビィマシンガンを差し出されても、彫像のように固まって動く気配が無かった。

 

『持ってきてくださって、ありがたいのですが……これ、どうやって受け取れば……』

「あ、そっか。華さん。右の操縦レバーを前に倒してもらえますか」

『はい。あ、上がりました!』

 

 メルキアカラーに塗られた腕が、ゆっくりと持ち上がるのがみほにも見える。

 

「次に、右、左の順でペダルを踏んで、足を動かして向きを調整します。手の部分がヘビィマシンガンの近くに来たら、あとはミッションディスクがオートでやってくれます」

『えと、右、左、と……あ! うまくいきました!』

 

 華のスコープドッグの手はまるで人間の手のようになめらかに動き、パープルベアーよりヘビィマシンガンを受け取っていた。ゆくゆくはマニュアル操作でもできるようになって欲しいが、今はこれで充分。

 

「ね、華さん。簡単でしょ?」

『いえ、西住さんが昨日の夜頑張ってくださったから』

「ううん。これぐらいの動きは、既成品のプログラムでもできることだから」

『それでも、お礼を言わせてください』

 

 みほには、スコープドッグの無機質な三連ターレットの向こう側で、華が微笑むのが見えたような気がした。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

『全分隊、武器の確保は終わったわね。さぁいよいよ試合の始まりよ! 各機にMAPデータを送るから、それに従ってスタート地点へと移動して! さぁ急いで!』

 

 一年生主体のD分隊が出遅れて、余り物部隊になってしまったりといった展開はあったが、一応全機が手持ちの武器を持つことができていた。それを見計らい、蝶野教官は全機へと一斉にMAPを送信する。

 

『わ、なんか映った!?』

『視界に被さって見にくいです……』

「華さん、一度ゴーグルと機体の接続を切って、操縦桿のモニターを見てください。タッチパネルになってるので、手で地図も動かせます」

 

 ゴーグルに直接ATのカメラの視界を投射する方式は、馴れればなかなかに便利なものでも、初めのうちは誰でも戸惑うのが普通だ。そういう時は、ゴーグルを一旦外して間を開けるのが一番の解決法だった。

 みほは手早く開始位置を確認すると、分隊の全機に告げた。

 

「A分隊、全機移動を開始します! 私が先頭を走るので、ついてきてください」

『わかった! みぽりんに付いて行く!』

『わかりました』

『了解です、西住殿!』

「出撃!」

 

 みほがローラーダッシュを始めれば、沙織、華、優花里の順で追従し走りだした。

 速度はかなり緩めだが、最初から全速で飛ばせば自分や優花里はともかく、沙織や華は木にぶつかるかバランスを崩して転がるか、いずれにせよろくな事にならない。

 

『これ思ったより狭いし暑苦しい~。シートがぶるぶる揺れるし』

『鉄臭いですね。それに油の臭いも。あと音が思った以上に大きいですね』

『でも、それが良いんですよ~』

 

 無線で呑気に雑談などしながら、一行は進む。

 ミッションディスクの助けもあるものの、思った以上に沙織も華も危なげなくATを操縦しており、みほは少しホッとした。沙織はダングで通学しているし、もともと運転慣れしているとは思っていたが、華も予想以上に筋が良い。この分だと、もう少しスピードを上げても良いかもしれない。

 

 などと、つらつら考えているうちに、所定のスタート地点へと一行はたどり着いていた。

 

「全機、停止」

 

 みほが止まるのに続いて、残りの三人も静かに停止した。

 みほはハッチを開けて、自分の眼でも周囲の地形を確認する。

 良し、間違いはない。

 

 しばし待てば、蝶野教官より再び通信が入った。

 

『全機スタート地点に着いたようね。ルールを説明するわね』

 

 説明されたルールは極めて簡単だった

 自分たちの分隊以外を全て撃墜せよ。単純明快なバトルロイヤルだ。

 

『装甲騎兵道は礼に始まり、礼に終わるの。全員、一旦ハッチを開けて』

 

 指示に従い、みほたちもハッチを開いた。そしてその場で立ち上がる。

 

『一同、礼!』

「おねがいします!」

 

 四人揃って、礼を済ませれば、いよいよその時が来た。

 

『それじゃあ、試合開始!』 

 




おまけ:簡易版AT武装図鑑


【GAT-22 ヘビィマシンガン】
:30mm口径。装弾数120発。ギルガメス軍では最も一般的なAT用の装備。
:ショートバレルバージョンがある。

【GAT-19 ミッドマシンガン】
:装弾数は少ないが、ヘビィマシンガン比べ小型で取り回しに優れる。
:劇中では主にダイビングビートルが装備。

【GAT-49 ペンタトルーパー】
:ステンガンの様な見た目のハンドガン。
:各種弾薬を使える汎用火器……と設定上はなっているが、劇中だとまんまマシンガンとして描写されていた。

【HRAT-23 ハンディロケットガン】
:4つの銃口からロケット弾を機関銃のように連射できる。命中率は良くない。
:設定上の装填数11発だが、劇中だと明らかに数十発連射している。

【GAT-40 アサルトライフル】
:ベルゼルガ専用火器。クエントセンサー搭載で命中精度に優れる。やや高価な特注品。
:専用とは言っても、他のATでも普通に使用できる。

【SAT-03ソリッドシューター】
:電磁カタパルト式無反動砲。いわゆる『バズーカ武器』。
:レールガンらしいのだが、劇中ではバックブラストが出てる場面もあるので良く解らない。



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第9話 『出会い』

 

 蝶野教官の号令のもと、模擬戦は始まった。

 みほ率いるA分隊の初期配置は森の中、木々の間を走る無舗装の獣道の上だ。

 

(まずは、移動かな)

 

 みほが真っ先に考えたのはその事だった。

 蝶野教官より送信されたMAPデータには、みほ達の初期配置のみならず他のチームの初期配置も記されていた。つまり各分隊は互いの位置状況を把握しているのであり、言うまでもなく初期位置に留まることほど危険なことはない。ヘタすれば複数のチームに囲まれて袋叩きに合うかもしれないのだ。ましてやみほ達のチームの初期配置は2つのチームの間に挟まれているのでなおさらだ。

 

(ここじゃ見晴らしが悪すぎる。高台か丘か、とにかく一帯を見渡せる場所は……)

 

 みほは改めてMAPデータを見直し、向かうべき場所を吟味する。

 あいにく、みほの考えた条件を満たす場所は見つからない。平地と森ばかりで、見晴らしのいい所といえば吊橋のかかった川しか無い。だがそれは単に遮蔽物がないというだけであって、陣取るには勇気が必要だ――。

 

『ねぇ!』

 

 沙織からの無線によって、みほの思考の糸は途切れた。

 物申したいといった強い調子の沙織の言葉に、みほは耳を傾ける。

 

『最初に生徒会潰さない! 約束のイケメン教官の話が大嘘だったんだもん』

『まだ言ってるんですか』

 

 沙織が言っているのは先日の話、杏会長が沙織を「今度イケメンの教官が来る」などと言いくるめた件だ。

 しかし蝶野教官は実際凛々しい人物であり、イケメンという言葉に一応嘘はない。

 

「生徒会のE分隊はここからだと距離があるから、最初に狙うには余り良くないんじゃないかな」

 

 みほはMAPを見ながら沙織に冷静に指摘した。

 生徒会チームは、橋を渡った川の向こう側。一年生主体のD分隊も同様で、このチーム同士は遭遇戦に展開する可能性が高い。漁夫の利を狙うという戦法もありうるが、予測される衝突地点にたどり着くまでに橋の上を含めて開けた場所を通過しなければならず、不慣れな沙織や華を連れて進むにはリスクがやはり大きい。

 

『えー……じゃあ、逆にこっから近いチームってどれだっけ?』

『地図によるとですね……B分隊とC分隊ですね』

 

 沙織の質問に答えたのは優花里だった。

 B分隊とC分隊。優花里の言葉にみほは両チームの編成を思い浮かべた。

 改造機を含むファッティー4機で編成されたB分隊。ベルゼルガ系を中心に……と見せかけて実はドッグ系を中心に4機で編成されたC分隊。重装備の多いC分隊よりも、機動力はあるが小回りにかけるファッティー4機のB分隊のほうが、ドッグ系ばかりのみほ達のチームには相手がしやすい。

 

『西住さんは、どちらのチームのほうを選ばれます?』

 

 華に訊かれて、みほは一時逡巡し、結論を出した。

 

「まずはB分隊のほうを――」

 

 結論を、出そうとした。

 その時、みほは気がついた。

 ステレオスコープのパープルベアーは視野が広い。

 だから気がつけた。視界の端、木々の間に微かに覗く輝きに。

 

「全機散開!」

『え?』

『な、なに?』

『!?』

 

 みほは叫んだ。しかしとっさに反応出来たのは優花里だけで、沙織も華もどうして良いのか解らず動けない。

 

「たあっ!」

『わわわ!?』

『に、西住さん!?』

 

 みほはペダルを思い切り踏み込んで、沙織と華のほうへと跳び込んだ。

 鉄の両手で2人のATを覆いかぶさるように押し倒す。

 

 直後、三機の直上を光の奔流が走り抜けた。

 

 

 

 

 第9話『出会い』

 

 

 

 

 必殺のハードブレッドガンは、木をなぎ倒しただけに留まった。

 

『キャプテン、外しました~』

「怯むな! すぐに再チャージだ! 近藤、河西、続け! アタックだ!」

『はい!』

『行きます!』

 

 ハードブレッドガンの再装填をするあけび機を残し、典子は妙子と忍を率いて突撃を開始する。

 通常型のファッティーにはローラーダッシュ機構はない。しかし大型のジェットブースターが備わっており、直線的な速度ならスコープドッグを大きく凌ぐ。

 不意打ちの一撃の筈が、なかなかどうして、さすがは西住流といった所、必殺スパイクは見事に避けられた。

 ハードブレッドガン。本来は対艦用という大型のビームキャノンは、威力だけならばATの数ある装備のなかでもダントツの性能を誇る。問題は巨大さ故の取り回しの悪さと、チャージに多大な時間を要する点だ。一発あたりの出力を減らして連続発射というテクニックもあるが、流石に今日初めてATに乗るあけびにそこまでのことを要求するのは酷だろう。

 ――だが問題はない。ブロックはされたが敵は態勢を立て直すまではいっていない。

 つまりここは機を逃さず連続アタックだ!

 

「行くぞー! そーれ!」

『『そーれ! それそれ!』』

 

 ATとは肉体の延長。

 普段から練習を欠かさぬバレー部一同は初戦ながら危なげなく機体を駆っている。

 それは鍛えられた直感がなせる技か、あるいはバレー部復活にかける意気込み故か。

 典子が引き金を弾くのを皮切りに、3丁のハンディロケットガンが次々と火を噴いた。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「聞こえたか?」

『聞こえた』

『始まったか』

『では密約の通りに』

 

 獣道を進むC分隊、歴女チームにも響き始めた砲声は届いていた。

 事前の取り決め通り、A分隊の背後をとるべくC分隊は道なりに直進する。

 ――A分隊の隊長は西住流という装甲騎兵道の家元の子である。

 これは蝶野教官の口より明かされた話だが、それを聞いた瞬間、A分隊を除く他の全チームの戦術は定まった。

 まずは最大の脅威である経験者率いるA分隊を合同で潰す、という戦術である。

 

「このまま前進して、A分隊の背後をとる!」

『信長包囲網じゃー!』

『薩長同盟ぜよ!』

『ローマン・ヴィクター!』

 

 機動力に秀でたB分隊が先陣を切り、C分隊は道なりに直進してA分隊の後方より攻撃、そのまま包囲殲滅する。それで仕留められずとも川向うのD分隊とE分隊が到着すれば数の力で押しつぶす。

 

「電撃戦だ! 川向うの部隊が来る前にカタをつけるぞ!」

『おぉぉー!』

『しかしカエサル、もう少し速く進めんのか?』

『しかたがないだろ! こいつは本当は湿地用の装備なんだ!』

 

 ――しかしC分隊の歩みはあまり素早いとは言えなかった。

 一番遅い機体に合わせての行軍なので、のろのとしたものにならざるを得なかったのだ。

 最後尾のカエサル駆るベルゼルガプレトリオは相当な旧式機で、当然のようにローラーダッシュ機構は備わっていない。そこで機体を組み上げるときに左衛門佐が提案したのは脚部に『スワンピークラッグ』に取り付けることだった。『スワンピークラッグ』は本来、湿地など地面が泥濘(ぬかる)んだ地域でATを運用する際に用いるオプション装備で、要するに『かんじき』だ。(左衛門佐的には水蜘蛛のイメージだったらしいが)

 『スワンピークラッグ』にはグランディングホイールが側面に備わっているので、これを使えば一応ローラーダッシュは可能になる。しかしそもそもが湿地を想定した装備なので、平地で使えば効果を十全には発揮できない。それでも2本の足で地道に歩くよりはマシなのだ。

 

『これ結果的に、洞ヶ峠を決め込むことにならないか』

『それを言うなら功山寺の時の山縣有朋ぜよ』

『いっそ隊を二分して、左衛門佐とおりょうが先行するのはどうだ』

「戦力の逐次投入はだめだ! 絶対だめだ! とにかく黙ってまっすぐ走る!」

『それだ!』

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「秋山さん! 左、30度!」

『は、はい!』

 

 みほは自機を転がり起こしつつ、優花里と即座に反撃の指示を出した。

 優花里もそれに応じてソリッドシューターを撃ち放つ。

 敵の弾を避けながらの発射であり当然命中はしないが、弾丸は木に当たって爆発、それに怯んでファッティー達の動きが止まる。

 

『は、はやく立ち上がんないと! ど、どーするんだっけ!?』

『右ペダルを踏みながら……ええと……』

「右ペダルを踏み込みながら右レバーを手前に引いてください!」

 

 まだ立ち上がれていない沙織と華の為に時間を稼ぐべく、みほは小刻みに動きながらヘビィマシンガンを連射し、弾幕を張った。ファッティー達はそれぞれ木に隠れたりスライド移動で避けたりと、弾は掠っただけで有効弾は無い。

 問題はない。最初から目的は敵の足止めだ。

 

『た、立ったあ! 逃げよう! みぽりん逃げよ――きゃああ!?』

『沙織さん!』

 

 しかし木の合間を駆け抜けながら、B分隊はハンディロケットガンを乱射してくる。

 今しがた沙織のブルーティッシュ・レプリカの左肩や頭頂付近を、弾丸が掠めて行った所だった。

 もともと弾をばらまくタイプの武器である上に走りながらの射撃、そうそう有効弾につながるものでもないが、しかしこれでは身動きがとれない。

 

(この位置に留まれば……C分隊の動きによっては背中をとられて包囲される……)

 

 バースト射撃の牽制を続けながら、みほは次の動きへと頭を巡らせる。

 C分隊が道なりに進んでくるなら、後退した先で遭遇する可能性は高い。

 だが全速で退けば吊橋近くの開けた場所まで、あるいは……。否、B分隊は初心者にも関わらず動きが良い。背中を見せれば自分はともかく沙織や華は撃たれる!

 

『西住殿、後退しますか!?』

 

 左手のハンディロケットガンを乱れ撃つ優花里が聞いてきた。

 みほは大声で、沙織や華へも向けて答えた。

 

「逃げたら狙われます……だから、突破します!」

『まじで!?』

「付いてきてください!」

 

 ヘビィマシンガンを撃ちながら、みほは前方の敵地とまっすぐに、ローラーダッシュで機体を走らせる。

 

『解りました!』

『了解です!』

『やだもー!』

 

 華が、沙織が、優花里がこれに続く。一列縦隊となって突き進む。

 ファッティー達は慌てて進路を塞ごうと集まってくるが、遅い!

 小刻みに左右に機体をカーブさせ、相手に照準を定めさせない。

 

「沙織さんも華さんも撃って!」

『で、でもどうやって!』

「右レバーの上の蓋を外して赤いボタンを強く押して!」

『う、うん、わぁぁぁぁ!?』

 

 ブルーティッシュ・レプリカの右手ガトリングが猛烈に火を吹き、明後日の方向に弾丸を撒き散らす。

 華もヘビィマシンガンを構え、単射で相手を狙い撃つ。当たらないが、構わない。牽制さえできれば良い。

 

「はっ!」

 

 ようやくチャージを終えたらしいハードブレッドガン持ちを狙って、みほは素早く三連射。

 撃破までいかずとも右手を撃ち抜き、重い得物を取り落とす。

 

「!」

 

 ハードブレッドガンの脅威を除いたと思えば、今度は別のファッティーが、みほ達の進路上に機体ごと割り込んでくる。ブーストダッシュそのまま、思い切り左手でみほ機へと殴りかかってきたのだ。

 

(今!)

 

 拳が自機へと届く寸前、みほは右のターンピックを打ち込み機体を半ターン、上体を斜めにしボクシングのスウェーの要領で拳を受け流す。と、同時に左拳を目前を過ぎゆくファッティーの横腹に当てる。

 ――バシュゥゥゥン! と鋼と鋼のぶつかり合う強烈な音と、火薬の音、そして飛び出す薬莢の音色がコーラスを奏でた。アームパンチの一撃にファッティーの体は吹っ飛んだ。

 視界を後方へと流れ行く薄手のコバルトグリーンの機影に、みほは流し目にヘビィマシンガンで狙いをつけバースト射撃を撃ちこむ。

 視界を前へと戻す時、機体の頭部から白旗が上がるのが見えた。

 まずは一機。

 

「このまま直進します!」

 

 そう叫ぶと、みほ達A分隊はさらに加速する。

 一機撃破で動揺したのか攻撃も止まるB分隊を尻目に、みほ達は正面突破に成功していた。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「うわぁぁぁ!?」

 

 横殴りの衝撃が来たかと思えば、気づけば機体は傾き転がり、それに対応する間もなく続けて来た衝撃に機体は揺れる。

 

『キャプテン!?』

『キャプテン!?』

『キャプテン!?』 

 

 妙子の、忍の、あけびの驚きが典子の耳に届いた直後、無線越しに例の蝶野教官の声が聞こえてきた。

 

『B分隊、隊長機撃破』

「やられたか~」

 

 ハッチを開いて外に出てみれば、確かに撃破判定の白旗が飛び出している。

 果敢にアタックをかけたが、やはり相手は経験者、そう甘くはないらしい。

 

『撃破されたパイロットは速やかに待機場所へ戻って。それと隊長さんは他の隊機に指揮を引き継いで』

「引き継ぎ?」

『そう。残りの三人の誰かに指揮を引き継ぐの。今回は殲滅戦ルールだから全機撃破されなきゃチームとしては負けてないわ』

 

 なるほど、そういうことか。

 自分を取り囲み、ハッチを開いて自分を心配そうに見る我らがバレー部員の一人、赤ハチマキの妙子を指差し典子は言った。

 

「近藤、キャプテン代行だ!」

「え? 私がですか!?」

「そうだ! そして一刻も早くA分隊を追うんだ! まだ三機もいる! 戦いようはいくらでもある!」

「は、はい!」

「みんな根性だ! 根性で頑張れ!」

「「「はい! キャプテン!」」」

 

 典子自ら激を飛ばしたお陰で、一同の動揺は去り、逆に闘志が(みなぎ)ってくる。

 

「よーし行けー!」

 

 典子の声に従い、B分隊はみほ達への追撃にとりかかった。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「よーし全機橋を渡り終えたな! このまま前進だ!」

 

 河嶋桃は背後を振り返りながら、そう命令を下した。

 桃の駆るダイビングビートルを先頭に進むのは、会長と柚子のE分隊に、一年生チームであるD分隊の計9機。

 最初にみほ率いるA分隊を合同で叩く密約に従い、両分隊は合流、たった今、吊橋を全機渡り終えた所だった。

 吊橋を渡るときはあっちにゆらゆらこっちにゆらゆら、特に一年生チームがビビってしまってなかなか進まず、予定よりも進行は大幅に遅れてしまっている。

 

「会長、既に西住たちとB分隊、C分隊は交戦を開始しているかと」

『さっき遠くからドンパチ聞こえてきたもんね~まぁとにかく急ごっか~』

 

 加えてD分隊のトータスにはローラーダッシュができない機体が混ざっていて、つまり歩きの速度に合わせて進まねばならず、これも大幅な遅れの原因になっていた。桃は何度も一年生相手に居丈高に急かしたが、だからといって歩くのが速くなるわけでもない。

 

「小走りに急げー! やつらに目に物見せてやるのだ!」

 

 別に誰に頼まれたわけでもないのだが、なんとなく桃が一行の実質的な指揮官となっていた。

 

『そんな急がなくても』

『おしり痛い~』

『隊長は私なのに~』

『でも先輩、怖いからついていこう』

『そうしようそうしよう』

『……』

 

 桃は表情も声もやや険しい調子なので、一年生チームは黙って彼女の指揮に従っていた。

 会長は相変わらずATのなかでも干し芋をかじり、柚子は会長が何も言わないのでとりあえず今は黙っていた。

 

「気をつけろ! 地図によるとそろそろ予定のエリアに――」

 

 しばし進み、道の交差点に差し掛かった頃だった。

 桃は不意に言葉を止めた。彼女の目がやや遠くに、ゆっくりと進むATの機影を捉えたためだ。

 数は4。見えるのはドッグタイプばかり――。

 

「おのれビーラーめ! 撃て! 撃て撃て撃て!」

『待って桃ちゃん! あれ味方――』

 

 突然の発砲命令。

 柚子は見えているATがC分隊だと気づき、桃を制止しようとした。

 だがその声は、銃声と少女たちの雄叫びによって掻き消されてしまった。

 

「撃て! 撃て撃て撃て! 見えるものは全て撃て! ここはビーラーの巣だ!」

『敵! 桂利奈ちゃん敵だって!』

『私達も撃て!』

『え!? ちょっと待ってあれ味方なんじゃ!』

『ぶっ潰せー!』

『ぶっ殺せー!』

『……!』

 

 桃とそれに従うD分隊は、見えた機影へと一斉射撃を開始した!

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「おわ!? 何だ!?」

『敵だぞ!?』

『どこから!?』

『左! 左ぜよ!』

 

 エルヴィンはとっさにシールドを掲げ、飛んでくるロケット弾より身を守った。

 カエサルのプレトリオ、おりょうのホイールドッグも同様に素早く盾を構えて攻撃を凌ぎ、隊で唯一シールドを持たない左衛門佐機を庇う。

 

『待て! ありゃ生徒会と一年生のチームじゃないか!』

「何をやってる!? こっちは味方だぞ!」

 

 エルヴィンはサインを送って撃つなと伝えようとしたが、その間もなく砲撃銃撃は激しさを増すばかり。

 

『一旦後退だ! 左衛門佐!』

「よし! 忍法霧隠れ!」

 

 左衛門佐のカスタムスコープドッグは左肩にスモーク・ディスチャージャーを装備している。

 発煙弾を発射し、その隙にローラーダッシュで後退、適当な木の影に身を潜める。

 

「やはり明確にこちらを狙っている」

 

 エルヴィンが覗き見れば、煙幕に向かって数撃ちゃ当たるとばかりに滅茶苦茶に乱射している。

 誤認で撃ったなどと生易しいものではない。確実に、撃破を意図した攻撃だ。

 その行動の、意味する所はひとつ。

 

『おのれ金吾! 寝返りうったか!』

『ブルータスおまえもか!』

『薩長同盟は解消ぜよ!』

 

 そう裏切りだ! 味方をすると見せかけての横合いからの奇襲!

 実際、たまたまシールド装備の機体が多かったが為に撃破こそ免れたが、そうでなければとっくに全滅していただろう。だが奇襲は失敗した。ならば反撃だ! 裏切り者に目に物見せてやる!

 

「全機突撃!逆バルバロッサだ!」

亀甲隊形(テストゥード)!』

『大鉄砲で狙い撃ちじゃあ!』

『見せるぜよ北辰一刀流!』

 

 元々ノリの良い彼女たちであったが、その闘志をいよいよ燃やし、四機一体となって煙幕の影を迂回し、敵側面をとるべく駆け出した。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「ダメだねこりゃ」

『皆さん、平静を失ってます』

 

 荒ぶる桃と一年生一同を見て、杏会長は干し芋を咥えながら呟いた。

 一見、その攻勢は猛烈であるが向かう相手は煙幕の彼方。

 滅茶苦茶に撃ってはいるが果たして内何発が標的のほうへ向かっているのやら。

 桃は完全に頭に血が昇ってしまっているし、D分隊も完全にそれに乗せられている。

 横から何を言っても、もう何も聞こえまい。

 

「小山、ここは河嶋に任せて先に行こう」

『え? 桃ちゃんの好きにさせて良いんですか?』

「良いって、どうせどのみち潰し合わなきゃいけないんだし、早いか遅いかの違い違い」

 

 付け加えるなら自分らが抜けようと戦力比7対4。しかもこちら側からの先攻で戦闘は始まっている。

 桃も、これならば自分で何とかするだろう。

 

「それじゃかわしまー、あとは任せたから」

『桃ちゃん先行くね!』

 

 と、そそくさと杏会長と柚子はその場を後にする。行く先は、言うまでもなくみほ達の所。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

『やったよみぽりん! 一機撃破だよ!』

『西住さん、やりましたね!』

『流石です! 西住殿!』

 

 歓声を上げる三人に対し、みほは飽くまで冷静だった。

 

「まだ一機。残りはまだ三機。それに敵は他にもいます! 全機後方を警戒し、追撃に備えてください!」

『また来るの!? ええい! 今度はちゃんと命中させてやるんだからー!』

『わたくしもです! じっくり集中して狙えば!』

『了解です西住殿!』

 

 みほは残弾を確認しつつ、どこへと向かいどう戦うかについて考え始める。

 

(残弾は90発。予備マガジンは無し。単射で弾薬を節約しながらの戦いになる。戦場は――)

 

 とまぁ考え事をしながらも、ちゃんと前方への警戒を怠っていないのは流石は西住みほだ。

 進路上に道端、切り株を枕に居眠りしている女子生徒の姿に、彼女はすぐに気づいた。

 

「前方注意! 全機停止してください!」

 

 号令のもと、みほ達は速度を緩め停止した。

 件の女子生徒はアイマスク代わりに顔に載せていた漱石全集を取って閉じると、すっくと立ち上がる。

 明らかになった少女の顔に、みほは見覚えがあった。

 

「あなたは!?」

「……西住さんか」

 

 ハッチを開いて直接向かい合ったのは、先日船底で巡りあった寝坊助少女、冷泉麻子であった。

 

 



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第10話 『奇襲』

 

「今朝はありがとう」

「え? ……ううん。良いよ、別に、あれぐらいのことは」

 

 今朝の事とは低血圧で生ける屍のようになっていた彼女を、みほが学校まで肩を貸して連れて行ったことだった。

 ――冷泉麻子。

 AT探しのために潜った船底の一室で昼寝していた変わり者の才女。武部沙織の幼馴染。それが彼女だ。

 果たして、みほは再び彼女と巡りあった訳だが、それは予想だにしないタイミングと場所であった。

 

「麻子じゃん! こんな所でなにやってるのよ!?」

 

 と沙織がどこかで聞いたように問えば、麻子答えて曰く。

 

「自主休講だ」

 

 要するにサボりである。相変わらずの自由人っぷりに、みほは乾いた笑いしか出てこない。

 

「それよりも……」

 

 と、華が心配そうな声で言う。

 

「今は装甲騎兵道の授業中ですし……このままだと危ないんじゃ」

 

 華の指摘も最もだった。

 装甲騎兵道は武道でありスポーツ。安全に配慮されているとは言え万が一ということもある。

 

「そうだね。本部に連絡して聞いてみる」

 

 ATは基本二人乗りができるようには造られていない。

 カーボンコーティングされて安全な機内に入ってもらうということもできそうにはなかった。

 

「本部へ、こちらA分隊隊長機、応答願います」

『聞こえているわ。何かトラブルでもあったかしら』

 

 装甲騎兵道に使用するATは試合中、通信兵用のATを通さなければ長距離の通信ができないようになっている。これは敢えて安易な通信を不可能にすることで、分隊同士のチームワークにより大きな意味を持たせるためにと決められているルールなのだが、例外は審判本部への通信で、これは試合中どこでも誰でも直通で連絡をとることができた。

 

「授業を履修していない生徒が一名、試合場に迷い込んでいます。安全に配慮し、一時練習試合を中止してその生徒を本部まで運ぶべきかと」

『なるほどね。その生徒を本部に運ぶことは了解したわ。ただ試合中止は必要ありません』

「え?」

『もう他のチーム同士も戦闘が始まっているから、今は中止をかけるのはタイミング的に無理ね。一機選んで、その子に例の生徒を運んでもらって』

「つまり……一時的にチームから1機減るってことですか?」

『そう。そういうアクシデントも練習のうちよ』

「わかりました……通信、終わり」

 

 みほは通信を切ると、軽く小さな溜息を吐いた。

 装甲騎兵道における試合中の一機は思いのほか存在が大きい。

 一機ATがいるかいないかで戦術の幅が変わってくるからだ。

 

「すまんな。何なら私は歩いて出て行くが」

 

 と、麻子が言うのに、みほは慌てて首をぶんぶん横に振った。

 

「そんなのダメです! 私が運んでいくので何の問題も――」

 

 ――『犠牲なくして勝利はありません、あなたは道を誤った』

 不意を撃つように、去年の苦い思い出が脳裏に浮かび、慌ててそれを胸の内へとみほは押し込んだ。

 去年のことは今は関係ない。ただ今なすべきことをなすだけだ。試合中に一機一時的に抜けるのが何だと言うのか。

 

「……みぽりん、私が行く!」

「沙織さんが?」

「武部殿がですか?」

 

 みほの様子を見て何か思ったのか、そう言って手を上げたのは沙織だった。

 

「私のATなら足回りが速いし、それに隊長機のみぽりんや、割と慣れてる秋山さんに行かせる訳にはいかないし」

「西住さん、どうします?」

「西住殿?」

 

 沙織の提案にみほはちょっと考えて、うんと沙織に頷いた。

 

「わかりました。沙織さん、お願いします」

「うん! 大急ぎで行って帰ってくるから! ほら麻子、とりあえず乗って!」

 

 沙織は跪いて自機の左手を差し出した。

 

「沙織の運転か。心配だ」

「なによもー! 前に遅刻しそうなときにダング乗せてあげたじゃん!」

「覚えてる。だから心配だ」

「もう、とにかく早く乗ってよ! 急いでるんだから!」

「わかった」

 

 沙織は左手に麻子を座らせると、自機を立ち上がらせてハッチを閉める。

 

『それじゃ、すぐに戻ってくるから』

「頼みます」

 

 沙織のブルーティッシュ・レプリカはグランディングホイールを増設されたカスタム機であり、その背中は木々に紛れてすぐに見えなくなった。

 みほは少しホッとした。ひとまず、これで不安要素がひとつ無くなった訳だ。

 意識を切り替え、みほは分隊長として指示を出す。

 

「……まずは移動します。B分隊が追撃をしていれば、そろそろ追い付かれる頃合いです」

『ファッティーは直線的な移動ならば、ATの中でも随一の性能ですからね』

『でも何処へ? 地図を見た所、川がある場所以外はどこも似たような地形ばかりですし』

 

 華の指摘通り、この試合場は川と吊橋以外は起伏も少なく代わり映えしない。

 だがみほの目から見れば少しでも自隊が有利になりそうな場所はピックアップできた。

 

「B-3地点に少し開けた場所があるから、そこで待ち構えます。小回りが利くスコープドッグなら格闘戦に持ち込めば有利ですし。それに――」

『……みほさん?』

 

 みほは急に言葉を途切れさせ、黙りこんでしまった。

 ステレオスコープを左右に動かし、周囲をつぶさに探っている。

 

(何もない……気のせいかな)

「ううん、なんでもない。B-3地点への移動を開始します」

『解りました。みほさんに続きます』

『了解です、西住殿』

 

 

 

 

 

 

第10話『奇襲』

 

 

 

 

 

「気づかれたかと思った」 

『流石は西住流……隙がない』

『このままだと、サーブ権とれないんじゃ』

 

 A分隊が走り去った後、ひょっこりと木陰から顔を出したのはB分隊のファッティー達だった。

 みほの予想した通り、ファッティー特有の高機動力で追いついた彼女だったが、先の奇襲が失敗して慎重になっていたのと、精神的支柱であるキャプテンの不在も重なり、攻めるに攻められず遠巻きに眺めていることしかできなかった。みほが彼女たちに気づかなかったのも、ひとえに距離が開きすぎていたのと、ファッティーの装甲が林に溶け込みやすいコバルトグリーン色だったからだろう。

 

「追いかけよう! キャプテンにリベンジを任されたんだから!」

『でも、迂闊に近づいて全滅したら目も当てられないよ』

『そんなこと言ってる暇があったらひたすらにアタックよ! キャプテンならきっとそう言う!』

 

 運動部(元)らしい元気と思いきりの良さが売りの彼女たちだが、その表情にはどことなく精彩を欠いている。

 それも当然、旧バレー部の内、2年生はキャプテンの典子のみで、後の三人は全員一年生なのだ。

 常に自分たちを引っ張って来ていた先輩がいきなり離脱したのである、全く動揺するなと言うのがどだい無理な話で、例え学内の練習試合に過ぎなくても、初めて尽くしのAT操縦に彼女たちは戸惑っていた。それでも、典子の激励のおかげで彼女たちは随分と落ち着いてはいたのだが。

 

「轍が残ってるから、それを追って行くよ」

『あっちは追われてるの気づいてるかな?』

『気づかれてるなら、待ち伏せしてるかも。気をつけないと……』

 

 木々の間を走る轍は、森の奥へ奥へと続いている。

 普段ならなんてこと無いただの森も、その向こうに敵が待っているかと思うと何となく不気味に見えてくるから不思議だ。

 

(……いけない)

 

 妙子は顔をパンパンと叩いて気合を入れ直した。

 何ともらしくない。こんな様子を先輩に見られたら、根性が足りていないと怒られてしまうだろう。

 

「みんな根性見せるよ! ファイトー!」

『『ファイトー! オォッ!』』

 

 分隊長代理の妙子が音頭取れば、忍もあけびも合わせて叫ぶ。

 すると不思議と元気が湧いてくる。萎えかけた戦意も改めて燃え上がった。

 

『いやぁいやぁ元気良いねぇ。感心感心』

 

 しかしいきなり無線から飛び込んできた謎の声に、一同頭に冷水をぶっかけられた気分だった。

 大慌てて周囲を見渡せば、ちょうど背後を取る形で、二機のスタンディングトータスが横並びに立っていたのだ。

 妙子も、忍も、あけびも急いで得物の照準を相手へと合わせる。

 

『待って待って撃たない撃たない。今はまだ敵じゃないんだからさ』

 

 落ち着いて見れば、A分隊をやっつけるまでは暫定味方のE分隊だった。

 生徒会長の紫色のトータスに、副会長の薄桃色のトータスの二機だ。広報担当のビートルはなぜかいない。

 

『隊長機がやられて三機か~。ねぇちょうどいいから一緒に行動しない。それで数の上じゃ西住ちゃんに勝るよ』

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 予想された追撃もなく、みほ達は予定していた場所までたどり着くことができていた。

 木々のトンネルをくぐり抜ければ、小さな空き地へと一行は飛び出す。

 

「地形の構造上、追撃がくるとしたら南側からです、全機散開して木々の陰に隠れて待ち伏せます」

『配置はどうしますか?』

「私を中心に、右側に華さん、左側に秋山さんがそれぞれ位置についてください。敵ATの姿が見えたら砲火を集中し一気に叩きます」

『解りました!』

『了解です!』

 

 空き地を通り抜けた向こう側の木々の陰に身を隠す。

 

「攻撃のタイミングを合わせます。私の機体が木陰から出るのに合わせて攻撃を開始してください」

 

 言いつつみほはヘビィマシンガンのセレクターを単射から連射へと切り替える。

 予備弾倉のない今回の模擬戦では弾薬の節約が重要だ。しかし待ち伏せ戦法をとる以上は、反撃を許さない為にも攻撃時に最大の火力を用いなくてはならない。幸い、装甲騎兵道は敵ATの武器を奪い取ることがルール上認められている。いざとなればファッティーの武器をいただくとしよう。

 

「……」

『……』

『……』

 

 しばし、待つ。

 みほも、華も、優花里も、誰一人声を発することもなく、木立ちに潜む。

 

「……」

『……』

『……まだですかね』

 

 もうしばし待つが、追撃者の姿は見えない。

 最初に焦れたのは優花里で、声には出さないが華も焦れて来ているらしいのがATの微妙な挙動で伝わってくる。

 

「……」

『もしかして最初から追ってきてはいなかったのかも』

『西住殿どうしますか? 移動しますか? それとも――』

「ちょっと待って」

 

 華と優花里の言葉をみほは遮ると、急にハッチを開いて身を乗り出し、ゴーグルを取って眼を瞑った。

 耳に手を当てて意識を澄ませば、色んな音がよりクリアになって聞こえてくる。

 風にそよぐ木々の音、遠雷のように鳴る砲声、そして――。

 

(ATの駆動音……)

 

 それもローラーダッシュのものではなくて、歩いた時に出る、膝関節の金属同士の擦れる音。マッスルシリンダーの蠢く音。それに重い鋼が地面を蹴るが故のズシンという低い音。微かではあるが、確かに聞こえる。近くに、ATが確実に居る!

 

(ローラーダッシュの音は大きい。気づかれないために敢えて歩いてこっちに向かって来てる)

 

 ATの中でスピーカー越しに聞いていれば解らなかったかもしれない。

 だがみほは気がついた。おそらく相手はこちらの待ち伏せを予期し、その裏をかいて奇襲をかけるつもりだ。

 みほはコックピットに戻ると華と優花里へと新たな指示を出す。

 

「左右から来てる。こっちに気づかれないように歩いて。数はたぶんだけど右が三機、左が二機」

『え? 追いかけてきているのは三機のはずじゃあ?』

「たぶん別のチームと合流したんだと思う。数が中途半端なのが気がかりだけど」

『西住殿、どうしますか? ここで待ち構えて迎撃しますか?』

「……ううん。打って出て、各個撃破します。敵に気づかれないよう、こちらも歩いて近づきます」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

『会長、そろそろAチームの真後ろに到着します』

「みたいね~。それじゃもう一回、段取りの確認しよっか」

『ええと、私が援護して会長が接近戦に……でも大丈夫なんですか?』

「いいのいいの。私のほうが小山のより足回りが良いんだから」

 

 杏会長と柚子の2人は、ゆっくりと歩きながら森の中を進んでいた。

 特に杏のスタンディングトータスはブルーティッシュ・レプリカ同様、大型のグランディングホイールを増設されたカスタム機だったが、今は敢えてそれを使わない。実際操縦してみて解ったが、思った以上にATというやつは音がうるさい。ローラーダッシュをすればすぐに相手に気づかれてしまうだろう。

 B分隊と杏らE分隊は、それぞれ左右から待ち伏せているであろうA分隊に、逆に不意打ちをかけるべくふた手に別れて行動していた。あまりひとつに固まると相手にバレるかもしれないからだった。

 みほ達の残した轍の方向と地図を見比べれば、相手が攻撃をしかけるならどこを選ぶか、ということは自ずと明らかになる。装甲騎兵道こそ未経験な杏だが彼女は中々の狸少女であり、腹芸には一日の長がある。知識はなくとも知性で後れをとるつもりはない。

 

「まともに正面からやりあったら勝負にならないだろうし、一気にせめて一気に畳む。まぁこれしかないよね」

『でも相手は西住流ですよ、大丈夫なんでしょうか?』

「戦う前からビビったってしょうがないって~。ぶっちゃけあとは出たとこ勝負かなぁ」

 

 そこまで言った所であった。

 爆音と黒煙が、木々の向こうに上がったのが見えたのは。

 

『会長……あれ』

「あちゃ~やられちゃったかな」

『でも、負けたのはAチームのほうかも』

「希望的観測はむなしいから止めようよ小山」

 

 合流予定のB分隊の居そうな辺りから上がった黒煙だ。意味することは明らかだった。

 

「ま、取り敢えず行こうよ。まだ生き残りがいたらうまい具合に挟み撃ちにできるかもだし」

『もうローラーダッシュは使っても?』

「隠れる意味もなくなったし、がんがん行こうよ」

 

 いずれにせよいずれぶつかり合う相手。ここは臆して動きを止めれば却って不利になる局面。

 今はただ、前進あるのみ。

 そんなことを、杏が考えていた時であった。

 

『会長、右側からなんか来ます!?』

「右?」

 

 杏が自機を右に向ければ、木々の向こうから猛スピードで突っ込んでくるATが一機。

 ピンクがかった赤い配色は、A分隊のブルーティッシュ・レプリカ!

 

「小山、援護」

『はい!』

 

 柚子機がGAT-40 アサルトライフルをぶっ放すのを、ブルーティッシュ・レプリカは細かなクイックターンで避ける避ける。

 

『あ、当たらない!?』

「……バルカンセレクター!」

 

 音声認識機能を使って、ヘビィマシンガンの連射機能をオンにする。

 杏もヘビィマシンガンを向けてフルオート射撃を浴びせるも、木々を盾に使って一発もかすりもしない。

 加えてその機動も、林の木や枝が邪魔ですぐに捉えられなくなる。

 ターンピックとグランディングホイールを駆使した連続する細かい半回転の軌跡。

 まるでフィギュアスケーターのスピンだが、それを足場も悪い木立の中でやるとは。

 

「っかしいなぁ。こんな操縦できる娘ウチの学校に――」

『会長危ない!?』

 

 柚子の警告は遅きに失していた。

 杏が相手にヘビィマシンガンを向けるよりも早く、ブルーティッシュ・レプリカ右腕部の鉤爪が視界一杯に迫って来ていた。

 

 

 



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第11話 『参戦』

 

 

『――左40、射角マイナス15!』

「はいっ!」

 

 優花里はみほの指示そのまま、ソリッドシューターの照準を合わせトリッガーを弾いた。

 バズーカ、もしくは無反動砲によく似た見た目のこの武器は、電磁カタパルトとロケット推進を併用し弾丸を撃ち出す。故に、そのいかにも大砲といった見た目からの印象に反し、反動は驚くほど小さい。

 白い煙の尾を引き、砲弾は今度こそ標的を過つことなく命中する。

 左手のクローアームを振りかぶり、その鋼の鉤爪を自分へと叩きつけんとしていたファッティー。その緑の装甲に砲弾は触れるやいなや弾け、爆炎を上げた。衝撃に鋼の巨体はゆらぎ、地面へと倒れこむ。

 ――1機撃破! ファッティーの頭頂より揚がった撃破判定の白旗に、優花里はニヤリとほくそ笑んだ。

 標的を射止めた時のこの快感、じんじんと背骨を走るが如し。

 試合中でなければ最高だぜぇと大声で叫び出しそうな所を、努めて平静を保ち次の標的へと向かう。

 優花里は、口角を釣り上げ、あるいは獣のように静かに破顔した。

 

『右レバーを手前に倒しながら、左ペダルを軽く踏んでください! それからバルカンセレクターって叫んで!』

『え……はい! バルカン、セレクター!』

 

 華が叫ぶのが無線を通して聞こえてくる。

 ATの操縦システムには簡易ながら音声認識機能が組み込まれており、特定のワードに反応して機体をオートで動かすことが出来る。バルカンセレクターとはヘビィマシンガンのフルオート射撃をオンにする単語である。華機のヘビィマシンガンはハンディロケットガン持ちのファッティーの足元目掛けて怒涛と火を噴いた。

 地面がめくれ上がり、草の混じった土が跳びはねる。

 命中弾は少ない。だが問題はヒットした数ではなく場所だ。

 ファッティーは膝の辺りを撃たれて煙を噴き立膝を突いた。

 

(チャンス!)

 

 優花里は好機にすぐさま反応した。

 ソリッドシューターの砲口を、照準器を動きの止まったファッティーへと向ける。

 電子音が、センサーが標的を捉えたことを告げた。あとはトリッガーを弾くだけだ。

 

「もらった!」

『秋山さん右!?』

「え? うひゃぁ!?」

 

 ソリッドシューターを撃つよりも一瞬早く飛び込んできたみほからの警告。

 慌ててカメラをそっちに向ければ、予期せぬものが視界を覆ってしまって変な声がでた。

 例のハードブレッドガン持ちのファッティーが間近に迫っていたのだ。それも得物のハードブレッドガンを上下逆さまに、棍棒か何かのように大きく大上段に構えて。

 避ける間もなく、フルスイングで放たれた横殴りの一撃が頭部センサーに直撃する。

 

「きゅうっ!?」

 

 ぐわんと大きく機体が揺れたかと思えば、そのまま優花里の愛機は横倒しになり地面へと激突する。

 立て続けの衝撃に、優花里の体は揺さぶられ、操縦桿から手を放してしまう。

 カメラがいかれたのか、視界も砂嵐で外が見えない。見えない内に何やら良く解らない衝撃がもう一度来て、コンソール隣のモニターに、赤い文字でデカデカと嫌な表示が顔を出す。

 

 ――『撃破判定』

 

「……ゆ、油断大敵」

 

 勝ったと思った時には殺られていた。

 一瞬の気の緩みが命取り。やはり装甲騎兵道は容易い競技ではない。

 優花里はそのことを強く実感した。

 

 

 

 

第11話『参戦』

 

 

 

 

「秋山さん! 大丈夫!?」

 

 そうみほが声をかけるとすぐに、ハッチを開いて優花里がATから這い出してきた。

 

「西住殿、すみません~」

 

 煙にむせて咳き込んではいるが元気そうだ。

 

「まともにアタック喰らった」

「う~頭ががんがん揺れてる」

「キャプテンやられちゃいました~」

 

 今しがた撃破されたB分隊バレー部の面々も優花里同様にハッチを開いてATから這い出してくる。

 結局、優花里のゴールデンハーフスペシャルを撃破したあけびのファッティーは、みほがヘビィマシンガンを使って撃破した。

 

(秋山さん撃破で残り三機。でも沙織さんが帰って来るまでは華さんと二機で頑張らないと……)

 

 手持ち火器の残弾数を確認すれば、ヘビィマシンガンは弾切れで、後はアームパンチ用の弾薬が何発かある程度だった。

 

「華さん、ヘビィマシンガンの弾の残りはどれだけですか?」

『……ここの数字で良いんでしょうか。ええと……ゼロになってます』

 

 予備弾倉が無いためしかたのないことだが、この場の二機のうち二機とも残弾なしとは有り難くない。

 

「西住殿~五十鈴殿~私のソリッドシューターに弾が残っているので使ってください!」

 

 そう言ったのは優花里で、彼女が使っていたソリッドシューターはマニピュレータより離れて地面に転がっている。

 

「ありがとう秋山さん。華さん、秋山さんのソリッドシューターを使ってください」

『解りました。でも、みほさんは?』

「私はこれを使うから」

 

 みほはと妙子のファッティーが装備していたハンディロケットガンを拾う。

 残弾は僅かだが、何も無いよりは良いだろう。

 

『B分隊、全機撃破。B分隊が最初に脱落ね』

 

 そうこうしている内に、蝶野教官の判定が無線より届いた。

 続けて他の撃墜判定についても述べられていく。

 

『A分隊、4番機撃破。E分隊、隊長機、2番機撃破』

『D分隊、2番機、3番機、4番機撃破』

 

 どうやら他の場所でもドンドンパチパチ賑やかにやっているらしい。

 全機無傷なのはどうやらベルゼルガ系中心のC分隊だけのようだ。

 

『生徒会長や副会長も既に撃破されたみたいですね』

「うん。D分隊も半分に減ってるし、次に私達がぶつかるのはC分隊かな」

『沙織さんも合流すれば3対4ですか』

「ちょっと苦しいけど、何とかできない数じゃないかな……」

 

 それにしても遅いのは沙織の合流だ。

 もうそろそろ麻子を本部に届けて戻ってきても良い頃合いの筈だが。

 

「ちょっと待って華さん。今本部に連絡して沙織さんについて聞いてみる」

『お願いします』

「こちらA分隊隊長機、本部聞こえますか」

『聞こえるわ。どうしたのかしら?』

「例の迷い込んだ生徒を運んだ本隊2番機ですが、もう本部に到着しているでしょうか?」

『ええ。もうその娘は本部で休んでいるし、運んできた2番機も既に試合場に戻っているわ。E分隊の隊長機と2番機を撃破したのもその娘よ? 無線で聞いてないのかしら?』

「……え?」

 

 蝶野教官の口から飛び出した言葉に、みほは戸惑いを隠せなかった。

 沙織が単独で二機のATを撃破した? 今日ATに触れたばかりの沙織が?

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 河嶋桃は必死にレバーを切り、ペダルを踏んで必殺の一撃をかろうじて避けた。

 

「うひぃっ!?」

 

 ダイビングビートルの丸っこい八方睨みのセンサーの真ん前を、パイルバンカーの槍が超高速で通り抜けていく。

 ATの視界はゴーグルを通してそのまま桃の視界となる。

 つまり桃の顔ぎりぎりの所を鋼鉄の槍が通り抜けていくのと、感覚的には殆ど同じと言う訳だ。

 

「おのれれれれれ!」

 

 最初に武器として選んだミッドマシンガンは、とうの昔に撃ち尽くしてしまっていた。

 代わりに拾ったヘビィマシンガンを、狙いもつけずに乱射する。

 これだけ弾をばら撒いていれば一発ぐらい当たっても良いものを、相手のベルゼルガ・イミテイトはシールドを巧みに使って全て防いでしまう。残弾は、心もとない。尽きる前に一発ぐらい当てなくては。

 

『D分隊、隊長機、5番機、撃破!』

 

 しかし蝶野教官の声が無情なる戦況を桃へと叩きつければ、既に先細り気味の闘志はいよいよもって掻き消える寸前となっていた。

 これで味方はD分隊の6番機のみ。彼我の戦力比は2対4。

 

「なぜだ!? 数では勝ってた筈だぞ!?」

 

 桃は絶叫するも現実は変わらない。

 唯一残った味方のD分隊6番機にも、ホイールドッグとベルゼルガプレトリオが迫っていた。

 

『眼鏡が割れた~!?』

 

 プレトリオのシールドタックルで体勢が崩れた所に、ホイールドッグがすかさず電撃ロッドを叩き込む。

 初心者同士という条件は同じ筈なのに、C分隊の連携のスムーズさはなんだろう。電磁ロッドの一撃に、D分隊最後のスタンディングトータスのてっぺんより白旗が揚がった。

 

『D分隊、全機撃破』

 

 ホイールドッグはスコープドッグのカスタム機で、主に警察の機動隊などで使用される機種だ。対AT戦を想定し左手にはスパイク付きのアームシールドを装備し、胸部にはロールバーによる補強が行われ、ドッグ系ながらかなり頑丈な造りになっている。最大の特徴である主武装の電撃ロッドは、先にスパイクのついた金属バットのような見た目だが、一撃でATを行動不能にする必殺武器だった。

 

「ぜ、全滅。そ、そんな馬鹿な」

 

 気づけば四方を塞がれ、完全に包囲されている。

 前右左の三方をシールド持ちに囲まれており、残りの後方もヘビィマシンガン持ちだ。

 対する桃の武器は残弾が既に3分の1を切ったヘビィマシンガンのみ。どうしようもない。

 

「待て待て待て、そんな一気に襲いかかってきて袋叩きみたいにするとかマジやめて会長柚ちゃん助けて」

 

 前方からパイルバンカーが、右から電磁ロッドが、左からパイルバンカー槍が、背後からはアームパンチが迫り、いよいよ桃は絶体絶命の窮地に陥った。

 だが、しかしである――。

 

「……?」

 

 思わず眼を瞑ってしまった桃だったが、いつまで経っても来ない衝撃に恐る恐るまぶたを開く。

 自分を取り囲んでいたC分隊の面々は、何か別のモノに気をとられたのか桃のビートルとは全然違う方へとカメラを向けている。

 桃もその方へとカメラを向けたが、果たして視線の先の木立の間から、赤いATが一機、薄暗がりを破って飛び出して来るのが見えた。

 A分隊のブルーティッシュ・レプリカだ!

 

「なんだ!?」

 

 飛び出してくるや否や、ブルーティッシュ・レプリカは右腕部のガトリングガンを出し抜けにぶっ放す。

 シールド持ちの三機は素早く盾を構え、バラ撒かれた弾丸の雨を凌ぐ。

 桃も三機の陰にいたので運良く流れ弾は免れたが、突然の乱入者は最初から銃撃で仕留めるつもりはなかったようだ。

 増設されたグランディングホイールから来る高速のローラーダッシュで、赤いATは瞬く間にC分隊へと肉薄、まず手近なホイールドッグへと襲いかかる。

 上段より振り下ろされる電磁ロッドを、ブルーティッシュ・レプリカはターンピックを使って避けたかと桃の眼には見えた。だが二機がすれ違った直後には、ホイールドッグの体が崩れ落ち、頭部から白旗が揚がる。まるで時代劇の、すれ違いざまに居合の一閃で敵を屠るが如く、すれ違いざまに鉤爪の一撃を食らわせていたのだ。だが桃の眼ではその動きは速すぎて捉えられない。

 

「え? あ? う?」

 

 続くプレトリオのパイルバンカー槍の刺突攻撃を最低限の動きで躱し、左手のマニピュレータで槍を掴み取る。槍を掴んだままローラーダッシュで機体を全速後退させ、その勢いでプレトリオの体勢を前のめりに崩させる。顕になった背中へと向けて、ブルーティッシュ・レプリカはガトリングの一撃をお見舞いした。

 プレトリオから揚がる白旗に目もくれず、射撃を継続したまま一転前方に全速力で突っ込んでいく。左手にはちゃっかり奪い取ったプレトリオのパイルバンカー槍が握られている。

 左衛門佐駆る赤備えのスコープドッグがヘビィマシンガンで応戦するのを物ともせず、機動力で射線を振り切った時には、投げ槍の一突きで撃破は済んでいた。

 残るは、桃を除けばエルヴィン駆るベルゼルガ・イミテイトの一機のみ。

 三機撃破するのに、要した時間はものの数秒。当然、桃の視力では追いかけることなどできない機動だった。

 

「!?!?!?」

 

 睨み合っていたのも一瞬、向い合って滑走し出した二機のATは、傍観する桃をよそに即座に間合いを縮める。

 先に仕掛けたのはベルゼルガ・イミテイトの方だった。パイルバンカーの射程にはまだ届かぬ内に、その尖った先端をブルーティッシュ・レプリカへと向け――たと見えたと同時に、鉄杭を銃弾のように打ち出したのだ!

 ――ベルゼルガ系AT最後の切り札、奥義パイルバンカー飛ばし!

 当たれば一撃必殺! 外せば武器がなくなる地獄!

 一か八かの一撃の賭け、制したのはブルーティッシュ・レプリカのほうだった。

 その赤い機体が沈む。足首の関節を動かし、機体は殆ど倒れる寸前まで下がり、そのままエルヴィン機の足元目掛けて突っ込んだ。足払い。古典的ながら有効な手段。体勢を崩したベルゼルガ・イミテイトが立ち上がるよりも、その背にブルーティッシュ・レプリカが足をかけるほうが先立った。

 背中を踏みつけ、動きを封じてから、ガトリングが火を噴いた。

 至近からの銃撃に、ベルゼルガ・イミテイトから白旗が揚がる。

 

『有効、C分隊全機撃破』

「……んな」

 

 蝶野教官が無線でそう告げるのを桃は呆然と聞いている内に、気づけば肉薄していたブルーティッシュ・レプリカの一撃で、ダイビングビートルは背中からぶっ倒れた。

 ついでとばかりの攻撃ながら、威力は充分。桃が正気に戻った時には、既に判定は下っていた。

 

『E分隊、全機撃破。A分隊を除く全分隊の全滅を確認』

『よって勝者、A分隊!』

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

『……いつのまにか勝ってしまいましたね』

「いつのまにか勝っちゃったね」

 

 みほも華も、狐につままれた気分だった。

 自分たちの見えない所で勝負が付き、気がつけば勝利の判定が出てしまっていたからである。

 

「沙織さんがやったのかなぁ……」

『沙織さんには悪いですが、ちょっと考えづらいんじゃないかと……』

 

 全機健在だったはずのC分隊四機が、瞬く間に全滅したのにはみほも驚く他ない。

 自分がやったのでもなければ、華がやったのでもない。だとすれば残った沙織の仕業以外ありえないが、彼女にコレほどの芸当出来るとも到底思えない。ラッキーヒットで一機落とした、などとは訳がちがう。相当の腕の差がなければできることではない。

 

「あ」

『あ』

 

 ――噂をすればなんとやら、話題のブルーティッシュ・レプリカが、ローラーダッシュでみほ達のもとへとやってきたのだ。赤いATはみほ達の前で止まると、そのハッチを開いた。

 コックピットに居たのは、沙織ではなかった。

 

「……あなたは!?」

『冷泉さん!?』

 

 

 



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第12話 『塗装』

 

 

「んもぉ! 麻子ひどいじゃん! 人のATに勝手に乗ってっちゃって!」

 

 例の校庭横のレンガ倉庫にみほ達が戻ってきた時、出迎えた沙織の第一声はそれであった。

 ほおを膨らませてぷんすかぷんという様子である。

 

「あの状況ではああするしかなかった」

 

 と返すのは、いつの間にかブルーティッシュ・レプリカに乗り込んでいた冷泉麻子である。

 ATを思う存分乗り回して少しは眼が覚めたのか、みほの知っている彼女より受け答えがしっかりしている様子だ。

 

「それより、沙織さんは大丈夫?」

「頭をぶつけたって冷泉さんに聞きましたけれど」

 

 実際、沙織のおでこには湿布が一枚貼ってあった。どうでもいい事だが眼がすーすーしそうだなとみほは思う。

 

「あ……あはは大丈夫大丈夫! ちょっとブツケただけだし」

 

 白い湿布に手をやって、その大きさに自分がどう見えているのかを想像したのか、沙織は少し頬を赤くして照れをごまかすように笑った。

 既になぜ麻子が沙織のATに乗り込んでいたのかを、当人から聞いてみほも華も事情を知っていた。

 蓋を開けてみればなんてことはない。

 急いで行って戻らなきゃと焦る沙織が操縦をミスし、横に飛び出していた枝にぶつかってATをひっくり返し、頭をぶつけて眼を回してしまったのだ。とっさにATの手から飛び降り無傷だった麻子が、仕方がないので操縦を代わり、沙織を本部に届けてからはなし崩しに模擬戦に出ることになったらしい。蝶野教官に早く試合場に戻ってとまくし立てられ、実は自分が件の迷い人ですとは言い出すタイミングがなかったそうだ。

 ――どうして操縦法が解ったかって? 備え付けのマニュアルを読んだらしい。

 嘘を言うな! と言いたい所だが、実際に操縦して見せたのだからこれ以上の証明はない。

 聞く所によれば麻子は今回の模擬戦で計7機撃破したというから、尋常でない。初心者同士の初の試合でのこととは言え、ビギナーズラックにしても有り得ないスコアだ。

 実際に動かしている所を見逃したのが、みほには心底残念だった。是非とも、ATの挙動を見せて欲しかった。

 

「私は西住さんに借りがあったからな。それを返しただけだ」

 

 麻子はそっけなかった。彼女は既に書道を選択しており、それを変えるつもりはないらしい。

 ちなみに麻子のいう『借り』というのは今朝、低血圧に苦しむ彼女にみほが肩を貸したことだが、貸し借りは良いから麻子も装甲騎兵道をやって欲しいと言うのが声には出さぬ、みほの本音であった。

 

「沙織、ATは返したぞ。私は校舎に戻る」

「今更授業に戻って大丈夫なの? 先生に怒られるよ?」

「気分が悪くて休んでたことにする。それじゃあな。西住さんも、五十鈴さんも」

 

 ブルーティッシュ・レプリカを降着させると、麻子はひらりとATから跳び降りた。

 小さい体ながら、運動能力も中々に高いらしい。

 麻子は、手を軽く振って立ち去ろうとする。

 

「待て!」

 

 立ち去ろうとする所を大声で呼び止めた者がいる。

 麻子が振り返り、合わせてみほも、華も、沙織も振り返る。

 腰に手を当て、仁王立ちする河嶋桃がそこに居た。やや服が煤けた感じなのは、乗機を撃破された為だろう。

 

「キサマ、何者だ! 本校に西住以外の装甲騎兵道経験者がいるとは聞いてないぞ!」

 

 ビシィッと効果音が聞こえてきそうな勢いで、麻子の顔を指差し桃は吼える。

 

「常識外れの反射神経、制御能力。恐ろしいやつ……いったい何者!? お前は一体誰だ!?」

「2年A組の冷泉麻子だ」

 

 答える麻子は飽くまで淡々とした態度だったが、みほに装甲騎兵道をさせるさせないの生徒会とのイザコザを思い出した沙織が、麻子を庇うように前に出る。

 

「ま、麻子は勉強学年主席だから! 単に何やっても人並み以上にできちゃうから! それだけです!」

「そんな馬鹿な話があるか! 以前からATに乗り慣れた人間でもなければ、ああも見事に動かせる筈はない!」

「麻子はATに乗るのも今日が初めてなんですよ!」

「ありえん! 絶対にありえん! 経験者でないというのなら……おのれまさか、キサマ! 他校からのスパイじゃあるまいな! わが校の現状を探りに来たのか!」

 

 何やら勝手に桃が一人盛り上がっている様子で、それに応じる沙織も徐々にヒートアップしてきている。

 

「みほさん……」

「うん、止めないと」

 

 みほと華は目配せすると、ATから降りて2人の間に割って入ろうとした。

 しかしそれよりも桃の背後より声が飛んで来る方が先であった。

 

「いやぁ冷泉ちゃん! 見事なもんだったね! 流石は2年学年主席!」

 

 杏会長であった。傍らには柚子もいる。

 さらにその後方には優花里を始め、他の被撃破組がこっちへと向けて歩いて来る所であった。

 『ビッグキャリー』――AT輸送用の大型トレーラー――に乗せられたAT達も続々と戻って来ているのも見える。

 

「確か書道取ってるんだっけ? でも今日から装甲騎兵道に変更ね」

「……そんなことを勝手に決める権限が、生徒会にあるとは思えんが」

 

 眉をひそめる麻子だったが、杏会長は例のなんとも言えない、笑っているようにもいないようにも見える顔で麻子へと近づいてくる。

 

「まぁ、ちょっと耳貸してみ」

 

 と言うと、麻子の返事も聞かずにスッと歩み寄り、何かぼそぼそと耳打ちをした。

 

「……っ!?」

 

 麻子の眠たげな眼が一瞬見開かれると、ゴクリと唾をひと飲み、囁くような声でポツリと呟いた。

 

「……やる」

「え、麻子、何?」

「装甲騎兵道をやる」

「えぇぇっ!? なんで!? 麻子どうしたのよ!? 会長に何を言われたの!?」

「それが我が運命なら……」

「何を悟ったみたいなこと言ってごまかしてるのよ! ちょっと麻子! 麻子!」

 

 冷泉麻子のいきなりの翻身に、沙織は何がなんやらと慌てふためき、みほと華は互いに顔を見合わせた。

 

「? ……どうかされましたか?」

 

 ことの推移を知らぬ優花里が、混沌たる状況に疑問を呈する。

 みほは静かに首を横に振った。

 

「なんでもないよ」

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 妖怪干し芋女が呼んでいる。

 全睡魔を敵にしても、我が下に来るべし。

 我は与えん、無限なる単位を。

 我は授けん、3000日の遅刻見逃しを。

 会長なる者の壮大な誘惑。麻子たる者の壮絶なる決意。

 いま大洗に、新たな戦いが始まる。

 今回、第12話『塗装』。全てを得るか、留年に落ちるか。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 模擬戦の後、蝶野教官からの総評が有り、反省会があり、ATの操作についての講習があり、無事に授業は終わって教官は原隊へと帰還した。

 大洗女子装甲騎兵道チームは明日に備えて解散となった訳だが、みほ達はまだ倉庫に残っていた。

 片付けなければならない問題があったからだ。

 

「じゃあ麻子のATはこのままブルーティッシュのレプリカで良いとして」

「問題は武部殿のATですね」

「沙織、本当に良いのか?」

「うん。なんか私よりも麻子のほうが上手く使いこなせそうだし」

 

 新たにチームに加わった麻子にブルーティッシュ・レプリカを譲ったため、沙織のATがなくなってしまったのだ。

 

「また、船底の例の部屋に行って部品を取ってきましょうか」

「そうですね。あれだけたくさんのATがあったなら、まだ使えるものは残ってそうですね」

「今回は前の時と違ってATも揃ってるから、手分けしてやればすぐに持ってこれるよ」

 

 この間の探索でめぼしいパーツは全部持ってきたとは言え、まだまだ遺棄されたATはあの墓場に残っている。

 今からでも探しに行けば、明日明後日には一機ぐらいなら何とかなる可能性が高い。

 

『いや、その必要はないかなって~』

「え?」

 

 後ろから突然かけられた声にみほが振り向けば、相変わらずの黄色いツナギ姿の4人組。

 

「自動車部のみなさん!」

「聞いたよ~。ATが一機足りないって。いやぁこんなこともあろうかと、準備しておいて正解だったねぇ」

「どういうことでしょうか?」

 

 優花里が問うのに、自動車部唯一の二年生、ツチヤはニヤッと笑い、倉庫の片隅を親指で差し示した。

 何やらシートに覆われたデカブツの影が一つ。隅に置かれていたので気付かなかったが、あれは――。

 

「もしかして……」

「そういうこと!」

 

 ナカジマがシートの端を思い切り引っ張れば、はらりと落ちて鋼の巨体が顕になる。

 

「スコープドッグ!」

「え! どこにあったのこんなの!?」

「いや、武部殿見てください! 両手両足全部色が違ってます! ということは――」

「もしかして、自動車部のみなさんが用意して下さったんでしょうか」

 

 華が聞く言葉にナカジマ始め自動車部一同は少し得意そうになった。

 

「この間ATを一通り組み直した時に、余ったパーツがたくさんあったからね。それを繋ぎ合わせて一機作れそうだったから。予備用に組んでみた訳」

「これ一機組むのにドッグ系を5機は潰したけどね」

 

 みほ達は自動車部謹製スコープドッグへと駆け寄って、改めて詳細を具に見る。

 

「よく見ると色だけでじゃなくて、細かい部分も違うんだな」

「さすが冷泉殿! よく気が付かれましたね!」

「え? どこが違うの? 華の乗ってるのと色以外おんなじじゃん」

 

 頭上に疑問符を浮かべる沙織には、優花里が嬉々として解説する。

 

「ほら、ふくらはぎの部分をよく見てください。右足は三本線のスリットが入ってますが、左足は」

「ホントだ! こっちは凹んでるのに、こっちは盛り上がってる!」

「腕のほうもそうです。左右で関節の構造が微妙に違います」

「なるほど、右手は甲を覆うプレートが動かないのに、左手は回転するようになってるのか」

「その通りです冷泉殿! 特に手首装甲が回転するタイプは、あのガレアデ戦線でも主力を務めた――」

「……スコープドッグにも、結構いろんな種類があるんですね」

 

 ATを囲んで盛り上がる沙織達を、後ろから眺めていたみほに、話しかけてきたのは華だった。

 

「うん。製造地や、製造年で結構細かい部分が違うから。特にドッグ系は数えきれないぐらい量産されたから、なおさらね」

「工事現場や建設現場でも良く見かけますしね。そういえば昔に家の方に来ていた庭師の方が、高い所の枝を整えるのにも使っていたのを、見たことがありました」

「うちでも庭に新しい池を作るってなった時、お母さんが昔に使ってたATを持ってきて穴を掘ってたっけ」

「ご自分で庭池を(こしら)えるなんて……やはり装甲騎兵道の家元らしくアクティヴなお家なんですね」

「あはは……うちのお母さんは、特にね」

 

 思い出すのは、ある日突然、母に姉ともども近所の山へと引っ張り出され、そこで対ATライフルを渡されて「ではこの母の乗るATをそれで撃破しなさい」とか言われた時のことだ。あの時は本気で死ぬかと思った。あの鋼のように強靭な姉が涙目になっていたのを、とても強く覚えている。

 

「みほさん、大丈夫ですか? なにか遠い目をしていましたけれど」

「ううん、なんでもないよ。なんでも」

 

 そうなんでもない。ただの未練もない過去がスローモーションに帰ってきたに過ぎない。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「ねぇ、このATに色塗らない? 流石にこのままだとカッコ悪いし」

 

 そう言い出したのは沙織であった。

 確かに、手足で色がこうもバラバラだと統一感もなく、見栄えは良くない。

 

「そうだね。沙織さんは何色が良いかな?」

「どうせなら可愛いのが良いし、ピンクとかどうだろ?」

 

 沙織が言うのに猛反対したのは、優花里であった。

 

「ダメですピンクなんか! スコープドッグの色は緑の迷彩色って決まってるんです! 100歩譲っても空挺部隊の紫色じゃなきゃダメです!」

「えー紫だと華のと被っちゃうじゃん。それに他のチームには赤色とかいたと思うけど」

「それはあれが元はバトリング用のATだから許されることであって……武部殿少々お待ち下さい!」

 

 言うやいなや優花里は飛ぶようにその場を抜け出して、ものの数分もしない内に駆け戻ってきた。

 その手の中にあるのは、どうやら何冊かの雑誌のようであるが……。

 

「武部殿! 御覧ください!」

 

 と、沙織へと優花里は雑誌の山を手渡した。

 その重さに沙織はちょっとよろけたが、傍らの麻子やみほが何冊か横から持って行ったので、持ち直す。

 

「なにこれ……『月刊 装甲騎兵道』?」

「『ATマガジン』、『バトリング・グラフィックス』……全部AT関連の雑誌か」

「あ、『ATワークス』だ。懐かしい」

「みほさん、ご存知なんですか?」

「うん、前の学校で定期購読してたやつだから」

「てかAT関連ってこんなに雑誌の種類あったの!?」

「はい! 装甲騎兵道にバトリング、それに単純にメカとしてATを好む者まで……ATマニアはこう見えて案外たくさんいるんですよ!」

 

 沙織はパラパラと手渡された雑誌をめくって見てみた。

 週刊誌などに比べるとページ数自体は少ないが、カラーページが大半で写真の量も豊富だ。

 紙が分厚く頑丈で、沙織は料理雑誌を思い出した。装丁としてはあれに似ている。

 

「あ、武部殿! そのページですそのページ! ちょうど今月号で特集してて助かりました!」

「えーとなになに……『AT彩色パターン特集』?」

 

 見開きのページには何機ものスコープドッグの写真がカタログのように一覧表となっている。

 それぞれの写真の上にはパターンの名称とページ数が書かれており、そのページヘと飛べば片面一枚を使って使用する塗料の種類を始め手順などが詳細に載せられていた。

 

「装甲騎兵道は森に林に湖に、砂漠に荒野に市街地にと、試合場の地形は様々です。ですがどの試合場であろうと大事なのはカムフラージュ、つまり迷彩です! 相手から発見される可能性を少しでも低くするのが勝利の鍵です! ですよね、西住どの!」

「あ、うん。そうだね……」

 

 急に話を振られてみほは曖昧に相槌を打った。

 ふと、逸見エリカという元同輩がファンになったAT乗りにあやかって機体を青く塗っていたのを思い出したが、彼女の名誉のためにも今は言わないでおいた。

 

「うーん、でも私には全部同じに見える~」

 

 ページをぱらぱらめくってATの写真を眺める沙織は口をすぼめて不満気に言った。

 これが優花里のマニア心にさらなる火を灯す。

 

「そんなこと無いです! 例えばこのマナウラパターンはバイザー部分が白く塗装されていて――」

「あ、でもコレは良いかも!」

 

 しかし、優花里の解説はしれっと沙織により遮られた。

 彼女が優花里に指差し見せたのは、雑誌も中ほどにあった一枚の写真だ。

 

「ほら、肩が赤いのがアクセントになってておしゃれじゃん! もう少し明るい色ならもっと良いと思うけど」

 

 右肩が暗い血のような赤で塗られた、完全装備のスコープドッグ。

 ミサイルランチャーにガトリングガンに小型のソリッドシューターと、まるで思いつく武器を全部のせしたハリネズミのようなATだった。

 

「うーん……確かにレッドショルダー仕様ならば……確かにこれならば」

「レッドショルダー、ってなに?」

「かつて存在した、史上最強とも呼ばれたAT特殊部隊の名前です。正式名称は『戦略機甲兵団特殊任務班X-1』。識別用に所属機の肩を赤く塗ったのがあだ名の由来です」

「へー……。だったら良いじゃんコレ! 要するに昔の凄い強いチームと同じなんでしょ! 武器も写真みたいにじゃんじゃかのせちゃって!」

「肩を赤く塗るのはともかく、やたらめったら武器を積んでも、どうせ使いこなせないんじゃないのか?」

 

 突っ込んだの麻子だった。最もな言い分に、そっかぁと沙織は残念そうな様子だった。

 だが、みほはふと『あるもの』の存在を思い出した。

 

「沙織さん、ちょっと待って!」

「みぽりん、どうしたの?」

「西住殿?」

 

 みほが駆け寄った先にあったのは、先日サルベージしてきたジャンクの山だ。

 記憶を探り直し、例のモノをどこで見たのかを思い出す。あの時は今はいらないと思っていたが、あれさえあれば――。

 

「あった!」

 

 みほは目当てのものを見つけ、よしっと歓声をあげた。

 沙織達もみほに追いついて、背中越しにみほの目当てのブツを覗き込む。

 

「なんでしょうか?」

「私にはただのおっきい鉄の箱にしか見えないけど」

「私も同感だ」

「西住殿、これって……」

「うん。『MCA-626』。これさえあれば」

 

 いきなり出てきたアルファベットと数字の羅列に、沙織、華、麻子の三人は説明してと優花里の顔を見た。

 声に出して問われずとも優花里は嬉しそうに解説を始める。

 

「『MCA-626』。火器管制コンピューターです。ATの背中にランドセルのように背負わせて使います。ミサイルランチャーなどの追加武装を効率よく使うためには、不可欠な装備品です」

「最新版の『MCA-628』には劣るけど、これでも充分に動かせる」

 

 みほは優花里の解説に頷きながら後を続けた。

 

「これとミッションディスクのプログラムを同期させて、操作レバーのバリアブル・コントローラーにショートカットキーを割り当てれば……比較的簡単に動かせる筈」

「……何がなんだか解かんないけど、とにかく上手くいきそうってこと?」

 

 沙織が問うのにみほは――。

 

「うん」

 

 

 ――と力強く頷くのだった。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「出来上がりましたね」

「頑張れば何とかなるもんだね」

「眠い」

「やっぱり肩の色は塗り直しませんか? 右肩に、もっと暗い赤で」

「んもう! ここまで頑張ったんだから良いじゃんそれぐらい!」

「だが右と左を間違えるのは実際マヌケだ」

「麻子!」

「あはは」

 

 彼女たちが見上げる先には、蛍光灯の白い光の下、威風堂々と立つ沙織のスコープドッグの姿があった。

 ハリネズミの様に搭載された様々な火器の数々。

 右肩には九連装のロケットポッド。右腰には二連発のミサイルランチャー。左腰には小型のガトリングガン。左手には小型のソリッドシューターがマウントされている。背中には火器管制コンピューターが載せられ、腰部ガトリングガンの弾倉も付属していた。

 そして左肩が赤く塗られていた。

 右肩ではなく、左肩。色も沙織の好みを反映して、ややピンクがかった明るく薄いルージュの赤だった。

 沙織がうっかり左右を取り違えて塗ってしまったからだが、沙織のオリジナリティーを尊重してそのままになっている。別に塗り直すのが面倒くさかった訳ではない。

 

「今日は遅いし、もう帰ろう」

「そうですね、陽も完全に落ちてしまいましたし」

「明日が楽しみ! 上手く動いてくれるよね!」

「武部殿……そのう……」

 

 優花里がおずおずと手を上げて、何か言いたそうだった。

 沙織は彼女らしくすぐに察して、うんと笑顔で頷いた。

 

「大丈夫! 秋山さんにも使わせてあげるから」

「良いんですか! ひゃっほう! 最高だぜぇ!」

 

 何のかんの言いつつ優花里もこの『レッドショルダーカスタム』に乗ってみたかったらしい。

 小躍りする優花里の姿に微笑ましいを感じつつ、みほは改めて『レッドショルダーカスタム』に目をやった。

 これだけの数の火器を積んだAT用のコンバットプログラムを、一から組むのは流石に初めてだった。

 今日も徹夜かも、と小さく呟いた後、みほは頬を軽く叩いて気合を入れるのだった。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「バレー部復活を祈願して!」

「目指せ東京体育館!」

「あるいは代々木第1体育館!」

「一筆入魂!」

 

 

「自分の愛機は、自分で演出する!」

「青のスプレーが足りないぜよ」

「流石に馬の毛を貼り付けるのは無理があったか。左衛門佐、赤のスプレーを貸してくれ」

「心得た。……くそうロールバーが邪魔でのぼり旗が上手くつけられない!」

 

 

「何色にしよっかー」

「私赤にする!」

「トリコロールカラーにしようよ!」

「ネットによると……錆御納戸色がオススメだって」

「何色なのよそれー」

「……」

 

 

「やはり生徒会らしくスペシャルでゴージャスな色がよろしいかと」

「だからって桃ちゃん金色はないんじゃ」

「良いんじゃないの? 縁起良さそうだし」

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 ――翌日、まるで仮装行列のような有様になったAT達を見て、優花里が絶叫したが、些細な問題である。

 

 





おまけ:登場AT図鑑


【パープルベアー】
:みほのAT。旧バトリング部の遺物だろうか
:スコープドッグのバリエーションの一つで、ステレオスコープ搭載型
:装甲はATのなかでも薄めだが、小回りが利き格闘戦が得意
:あてにならないパーツがざっと50はある

【スコープドッグ・レッドショルダーカスタム】
:沙織の新AT。自動車部謹製のジャンクAT
:伝説の特殊部隊、レッドショルダーにあやかって肩を赤く塗ってある
:しかし沙織の勘違いで左肩が明るい赤で塗られている
:みほの改造の結果、沙織でも運用可能な重火力支援機に仕上がった

【スコープドッグ】
:華のAT。色が紫な以外は極ノーマルなスコープドッグ
:大洗で完全なノーマルドッグに乗っているのは現状、華だけである
:色こそ空挺部隊用になっているが、性能的には通常機と変化なし
:追加兵装等も特に無し。手持ち火器とアームパンチのみ

【ゴールデンハーフスペシャル】
:優花里の愛機。自作のジャンクAT。
:トータス系の下半身・右手と、ドッグ系の胴体・左手を繋ぐという無茶な改造機
:故にドッグ系にしてはやや大柄。重心が下にあるので足回りは意外と安定している
:反面、センサー系は貧弱。カメラも標準ズームのみ

【ブルーティッシュ・レプリカ】
:当初は沙織の機体だったが麻子に乗り手が変わった
:パーフェクトソルジャー専用機であるブルーティッシュドッグのレプリカ
:増設されたグランディングホイールと右手のガトリング砲が特徴。元はバトリング用の機体か。
:原型機同様ピーキーな機体であるため乗りこなすのには技量が必要
※パーフェクトソルジャーとは脳や生理機能を戦闘に特化させられた強化人間のこと



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第13話 『聖グロリアーナ』

 

 大洗の町はちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。

 それも当然で、今日、この町を含めた周辺一帯が、装甲騎兵道練習試合の会場となるからである。

 たかが練習試合に何を大げさな――などと侮るなかれ。

 総勢数十機のAT同士が真っ向ぶつかり合う装甲騎兵道の試合は、例え練習試合であろうと見応えは充分だ。飛び交う銃火、ぶつかり合う鋼と鋼。閃光と硝煙。鉄の匂いとその軋み。響き渡るローラーダッシュ。鉄床打つアームパンチ。赤いインコの緑の眼、ぐるり回ってトットの眼……。

 AT同士が激突するのはバトリングも同様だが、しかし基本1対1のバトリングと異なり、多対多の装甲騎兵道はバトリングとはまた違ったダイナミズムと醍醐味を備えている。

 

 『大洗女子学園』対『聖グロリアーナ女学院』。

 突然の申し出にも先方は快く応じ、本日の開催の運びとなった。

 

 そして町民の興奮は、大洗女子学園装甲騎兵道チームが国道沿いに行進を始めたのを皮切りに一層の盛り上がりを見せていた。

 本来は試合開始地点まで『ビッグキャリー』で運ぶ予定が、会長の提案で急遽町中を行進することになったのである。

 大洗女子学園装甲騎兵道の知名度アップの為で、ゆくゆくの全国大会出場を見越して広く顔を売っておこうということだった。懐事情が決して豊かとは言えない大洗女子学園からすれば、これで義援金が少しでも増えるなら言うことなしだ。多少ポリマーリンゲル液の無駄遣いになるが、それでもお釣りが来る。

 

 さて、ウチのがっこーのAT達はどんなもんかと見物しに外に出てきた町民達は、やってきたパレードのようなきらびやかな戦列に更に盛り上がりを見せた。

 赤、青、黄、緑に紫。金色ピカピカに迷彩色。新選組カラーにデザートブラウン。中には幟旗を背中に差したり、表面をピカピカに磨いて赤マントまで背負わせたATまである。

 

『みぽりん、見て見て! みんな手を振ってるよ~やだもー私達モテモテじゃん!』

『嫌です~こんなの晒し者じゃないですか~』

『えーでも秋山さん、めっちゃ受けてるじゃん私達!』

『受けなんて狙わなくて良いんですよー! これじゃ地方巡業中の場末バトリング選手じゃないですか!』

 

 沙織は道行く人に鋼の手を振り返し、優花里は不本意であると異議を申し立てるが誰も聞いていない。

 他のチームもみんなノリノリの様子で、B分隊などはどこから持ち出したのか古びた応援旗を振り回している。よく見ると『大洗女子学園バレー部』と描いてあるのはご愛嬌だ。

 

『……眠い』

「冷泉さん、大丈夫?」

『問題ない。この程度で……操縦を誤ったりしない』

 

 みほは心配そうに麻子へと聞くが、一応返答はしっかりと返ってきた。

 背後にカメラを向ければ、隊列にもちゃんとついて来れている。

 今朝方、布団と一体化していた麻子を引き剥がしてここまで連れてくるのは大変だった。彼女の朝の弱さも大概なもので、最初今日の練習試合のために朝5時起きと聞いた時は、あらゆる報酬を投げ打ってでも装甲騎兵道を辞めると言い出したのだから説得に大慌てだった。沙織が彼女の祖母の名を出さなかったらどうなっていたことか。

 

『サイン頼まれたらどうしよー! 練習しとけば良かった! いやんもう告白されるよりドキドキするー! 』

『されたことありましたっけ?』

「……ふふふ」

 

 それにしてもこういう雰囲気は嫌いじゃないと、みほは一人微笑んだ。

 黒森峰に居た頃を思えば、試合を前にこんな愉快な気持ちになったことは一度も無かった筈だ。

 黒森峰という大いなる名前に、西住流という重い看板。同輩、先輩、そして母からの視線。

 試合の前はいつも緊迫感に押し潰されそうで、必死に乗り切ろうという気持ちしかなかった。

 

 ――『みほ! 解ってるの! (まこと)の選手とはどんな戦いにも勝たねばならないのよ!』 

 

 そう険しい口調と共に自分へと指先を突きつけたのは、同輩の逸見エリカだった。

 『完璧なる選手』を志向する彼女の姿は、自分などよりよほど西住流を体現していたのを良く覚えている。

 

『ああもう! こうなったら破れかぶれです! 恥ずかしいと思ったら負けです!』

『ちょっと秋山さん! ゆかりん! ATであんこう踊りなんてやめてよぉ!』

『燃やして♪ 焦がして♪ ゆーらゆら~♪』

『おーう良いじゃん秋山ちゃん! かーしま、一緒に踊るよ』

『会長!?』

 

 対するに、ここではある種の穏やかさすらみほには感じられる。

 エリカや母であればそれを『馴れ合い』と言って切って捨てるかもしれない。

 だが、みほにはそうは思えなかった。

 

(そうか……装甲騎兵道って楽しいモノだったんだなぁ……)

 

 久しぶりの感覚に、みほは心が何となく暖かくなるのを感じていた。

 装甲騎兵道を避けて流れ着いた先で、盗まれた筈の遠い過去の一部を見つけた気がする。

 

(でも……試合は試合)

 

 いざ戦うとなれば真剣にならねばならない。

 もうすぐにやってくるその時を思い、みほは頬を叩いて、気合を入れ直すのだった。

 

 

 

 

第13話『聖グロリアーナ』

 

 

 

 

 装甲騎兵道の試合は礼に始まり礼に終わる。

 それは公式戦だろうと練習試合だろうと変わりはない。

 故に、最初に審判員を挟んで、戦うチーム同士が列を組んで向かい合い、礼を交わすのが習いとなっている。

 果たして、大洗女子学園と聖グロリアーナ女学院、両校のチームはATを整列させ向かい合っていた。

 各分隊の隊長のみが自機を降り、直接向かい合っている。

 

「本日は急な申し出にも関わらず、試合を受けて頂き感謝する」

 

 最初に口を開いたのは河嶋桃だった。

 普段は横柄な口ぶりの多い彼女には珍しく、礼に則った言葉遣いである。

 

「構いませんことよ……それにしても」

 

 対する聖グロリアーナの隊長は笑顔で応じた。

 イギリスの近衛兵を思わせる赤い制服に身を包んだ、見るからに品の良さそうな少女である。

 金髪碧眼、肌は白くまるでビスクドールのようだとみほは思った。

 聖グロリアーナは一部の優秀な生徒のみコードネームのようなものを与えられるという。

 この隊長もそうした呼び名の持ち主であり、『ダージリン』という。

 

「『個性的』なATですわね」

 

 彼女は、どことなく(わら)うような調子で言った。

 桃は少し不機嫌そうに眉をひそめたが、みほとしては反論の余地はなかった。

 確かに聖グロリアーナ側の質実剛健といった砂色の戦列に比べると、大洗はまるでチンドン屋だ。

 

(……エルドスピーネ)

 

 事前の作戦会議で聞き知った通り、聖グロリアーナの主力は『エルドスピーネ』であった。

 隊長機を除く全機が、この機種で占められている。

 ――『X・ATH-11 エルドスピーネ』

 トータス系の流れを汲みつつ独自の進化を遂げた機種で、外見、装備ともに他のATとは一線を画するデザインをしている。イギリスのマチルダII歩兵戦車を思わせる無骨な見た目だが、スコープドッグ等よりも後に設計されただけあって機体の性能は高い。

 

(……ペンタトルーパー、ソリッドシューター、ショルダーミサイルガンポッド)

 

 ただ事前の情報と違うのは、各々の機体の装備だ。

 本来、エルドスピーネには『StG-3b シュトゥルムゲベール』という専用ATアサルトライフルは付属しているが、聖グロリアーナの機体はスコープドッグの装備からの流用が多く、バリエーションに富んでいる。

 

(……上手くいくかな)

 

 みほが思うのは、この練習試合の作戦会議についてだった。

 みほはその席で今回の試合における『隊長』を任され、作戦を遂行するに重要な役割を与えられていたのだ。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 生徒会室に集まった各分隊長たちを前にして、今回の作戦参謀を任された河嶋桃は、その戦術について一席打っていた。

 

「良いか、相手の聖グロリアーナ女学院の主力を務めるのはH級のAT『エルドスピーネ』だ。装甲は頑丈、ゴムタイヤ製の大型グランディングホイールは特に不整地において優れた効果を発揮する。元々防衛迎撃用を想定して設計されただけあり、守りは極めて硬い。主力のStG-3b シュトゥルムゲベールは装弾数と連射速度は別にしても威力射程ともにこちらの主力、ヘビィマシンガンに優っている」

 

 ホワイトボードに貼り付けた、拡大コピーしたらしいエルドスピーネの仕様書を指揮杖の先で次々と指しながら話を桃は続ける。

 

「加えて相手は固い結束と、そこから来る優れた連携力を誇り、正面切っての撃ち合いは我々に不利だ。そこで!」

 

 次に桃が指したのは彼女力作の地形図と作戦図だった。

 

「一個分隊を囮にし、敵を誘導、隘路(あいろ)の奥にあるキルゾーンに敵を誘い込む。両側は切り立った崖、こちらは高台の上。『高きによりて低きを視みれば勢い、竹を裂くが如し』。高低差を活かした総攻撃で一気に叩く!」

 

 ホワイトボードを手のひらでバンと叩いて桃は力説する。彼女が勢い良く作戦を語れば、みほを除く他の分隊長達はみなおぉと感嘆の声をあげたり、うんうんと頷いたりして肯定の意を示した。

 唯一、うつむいたまま無言なのはみほだけであり、そこを目ざとく見つけて指摘したのは静観していた杏だった。

 

「西住ちゃんの意見は?」

「え?」

「何か言いたそうじゃん。良いから言ってみ」

 

 発言を求められ、みほはその場で立ち上がる。

 全員の視線がみほに集まるが、特に桃からの視線は強く鋭い。

 それでもみほは物怖じせずに自らの意見を述べる。

 

「作戦そのものに問題はありません。オーソドックスながら、成功すれば極めて高い効果が期待できます」

 

 これは本音だった。極めてオーソドックスな、教科書通りの戦術だ。

 

「うむ。カルラエの戦い、沖田畷の戦いの戦例にもあるように。囮による誘導と包囲殲滅は極めて有効な戦法だ」

 

 言って頷いたのはカエサルだった。挙がった戦例はいずれも誘導と包囲殲滅の華々しい成功例である。

 

「ですが問題は、オーソドックスなだけに読まれやすいということです。敵の聖グロリアーナは強豪校です。その隊長が、易々とこちらの作戦に乗ってくれるでしょうか」

 

 このみほからの指摘に対しても、各分隊長からなるほどという呟きや頷きといった肯定の意が出された。

 こちらが考えることは、当然相手も考えているはず。特に、それが普遍的な戦術であればあるほどに。

 

「では西住! 私の作戦に代わる有効な作戦でもあるというのか! あるなら言ってみろ!」

 

 対して桃の剣幕は相当なものだった。元々尖った目つきをした彼女だが、その表情はいよいよ険しく、怒気に頭から湯気が立っているようにも見える。彼女としては自分のできる範囲で最上の作戦を立てたつもりであり、しかもその中で自分自身が一番懸念していた部分をピタリと、真っ先に指摘されたのだ。怒るのも無理は無い。

 

「……河嶋先輩の作戦。その大筋については私も異論はありません」

 

 しかしみほは依然静かな口調で自らの意見を述べ続けた。

 

「ですが敵と戦う場所はココではありません」

 

 みほは机の上に置かれていた大洗周辺の地図へと身を乗り出し、当初の待ち伏せポイントに指先を置いた。

 杏も、カエサルも、典子も梓も、それに桃までもが地図をのぞきに集まってくる。

 みほは待ち伏せポイントの高台から指先をツツとまっすぐに動かし……向かった先は――。

 

「大洗……」

「はい。市街地に敵を誘導、ここでゲリラ戦を仕掛け、各個に撃破します」

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 結局、みほの提案は通ること無く、当初の予定通り桃の指定したポイントで敵を待ち伏せる作戦で決定した。

 これは「今の大洗では、ゲリラ戦を出来る技量に達していない」という桃の強硬な反対があったからだった。

 それについてはみほも懸念していたことでもあり、最終的には杏会長の「取り敢えず河嶋の作戦で行くけど、隊長は西住ちゃんに任せるから臨機応変にお願いね」という仲裁案で決着した。

 お陰でみほは、隊長という大役を任されることになってしまった訳だ。

 

「でも、わたくし達はどんな相手でも全力を尽くしますの。何故なら――」

 

 聖グロリアーナ隊長、ダージリンの声で、みほの意識は現実へと引き戻される。

 

「戦いに貴賎は無く、全ては己が成長の糧でありますから」

 

 そう言ってダージリンは眼をつむると、歌うように囁くように、聞き慣れぬ言葉を紡いだ。

 

「ドゥ・オステ・オワグーラ・クレ・ヤシディーロ……グラッツィ・ミト・モメンダーリ……」

 

 それにどう返していいか解らず、桃が「教えろ」と横目に傍らのみほを小突く。

 

「『神聖なる闘争の極まるところ、武なる光、照たらん』」

 

 その意味する所を説いたのはみほではなくカエサルだった。

 よもや意味を解する者が大洗にいるとは思わなかったのか、ダージリンは嬉しそうに眼を細める。

 

「そういうことです。互いがより高い次元に進歩できるよう、騎士道精神に則り全力を尽くして戦うとしましょう」

 

 ここで話はそれまでと、審判員の声が割って入る。

 

「それではこれより、聖グロリアーナ女学院対、大洗女子学園の試合を始める。一同、礼!」

「よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします!」

 

 かくして大洗女子学園初の対他校試合が始まった。

 

「で、西住。あれは一体なんなんだ」

「マーティアルの祈りの言葉です。AT乗りにはマーティアルの信徒が結構いて――」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 紅茶の芳醇たる香りを充分に楽しんだあと、軽くカップを掲げ、麾下(きか)の隊員達にダージリンは告げる。

 

「それではみなさん。『Today's Fox/今日の得物』に」

 

 一同揃って、その味わいに舌鼓を打つ。

 戦いの前の紅茶は格別だ。戦いの後の、特に勝利の後の一杯を除けばこれほどの味わいは他にない。

 

「……ペコ」

「はい」

 

 副官たるオレンジペコにティーセットを片付けさせると、彼女はハッチに手をかけ、ATの足につま先をかけ、勢いをつけてヒョイとコックピットに跳び込んだ。

 彼女のAT、というよりマーティアル謹製のATは降着機能を有さない。お陰で乗り降りはいささか不便だ。

 

「では、そろそろ行くとしましょうか」

 

 ゴーグルを内蔵した戦闘帽をかぶり、ラインをコンソールに繋ぐ。

 ハッチを閉じれば、ATの駆動系に火が入る。

 オーデルバックラー……『秩序の盾』の名を持つダージリンのATの、特徴的な複合センサーがブォンという電子音と共に、怪しい光を帯びた。

 

「全機前進」

 

 ダージリンは号令し、聖なる軍勢は戦場へと向けて一斉に進行を開始した。

 

 



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第14話 『洗礼』

 

 

 今回のルールは『殲滅戦』。

 つまり相手チームを全滅させれば勝ちという極めてシンプルなものだった。

 ATの数は22対22。つまり個々の性能差はともかく、数の上では互角。

 むしろ機体、武装共に多様性に富んだ大洗の方が、手数が多いという意味では有利かもしれない。

 しかし平均すれば機体の性能で聖グロリアーナは勝り、各AT乗りの技量についてはわざわざ言うまでもない。

 

 要するに始まって見なければ何もわからないということ。

 勝負とは所詮、気まぐれな女神が遊ぶ双六だとしても、上がりまでは一天地六の賽の目次第。

 鬼と出るか、蛇と出るか。まずは挑むが肝要。

 しかるに大洗には出れば必勝の目があった。

 ――作戦名『こそこそ作戦』。

 内容は名前そのまんま、こそこそ隠れて敵をおびき寄せ叩く。

 当の発案者から姑息と評される内容だが、しかし囮戦法は時代を問わぬ有効な普遍的戦術でもある。

 

 だが言うまでもなくこの作戦、囮役の腕前に作戦の成否が掛かっている。

 囮の役割は適度な小競り合いと偽装撤退。

 特にこの偽装撤退が曲物だ。偽装の筈が本物の撤退……どころか潰走に至った例は枚挙に暇がない。

 言うは易し、行うは難し。

 

「敵は全隊でのデルタフォーメーションのまま、依然北上中……」

「流石、キレイな隊列を組んでますね」

「うん。あれだけの速度で、隊列を乱さずに進むなんて凄い」

 

 その難しきを実際に成功させるためには、細かな偵察は欠かせない。

 みほと優花里はより良い隠密性を期し、ATから降りて生身で偵察を行っていた。

 最新式の電子双眼鏡を通せば、砂煙を上げて走るエルドスピーネの群れも詳細に見ることが出来る。

 

「西住殿、相手のデルタの先端、隊長機のAT、あれは……」

「うん。XATH-11TC オーデルバックラー……」

「一機のみとは言え『秩序の盾』が相手とは……厄介です」

 

 聖グロリアーナ装甲騎兵道チームの先頭を走るのは、その左腕に巨大な盾を構えた白亜のATだった。

 『秩序の盾』を意味する名を冠したAT、オーデルバックラーはその型番が示す通り、基本的にはエルドスピーネのカスタム機である。型番の末尾にTC、すなわち『ターボカスタム』とあるが、これは別にジェットローラーダッシュ機構を装備しているという意味ではなく、エルドスピーネの高機動型ということだ。

 外見上は頭部などの一部を改修したのみで特にエルドスピーネとの違いは無い様であるが、実際は内部機構も大幅に改造されており、それは殆ど『作り直し』と言って良く、エルドスピーネとは別種のATと考えたほうが適切かもしれない。性能は全てにおいてエルドスピーネの一ランク上の高級機だ。

 

「でもATはAT。カタログ上でどれだけ性能に差があっても、実際は一発の砲弾で全てがひっくり返る」

「戦術と腕の見せ所、ということですね!」

「そんなとこかな」

 

 アーマードトルーパーは著しく攻撃に偏重している兵器だ。その火力に比べれば装甲はあまりに心もとない。

 装甲騎兵道という競技にも、その性質はそのまま反映される。

 一方が他方を試合開始早々瞬殺することもあれば、劣勢な筈のチームから出たラッキーヒットの一発で、勝敗がひっくり返ることも良くある。つまり駆け出しの大洗だからと言って、熟練の聖グロリアーナに勝てないという道理はないということだ。

 

「それそろ配置につかないと……秋山さん」

「はい、行きましょうか」

 

 岩陰に身を隠しつつ戻れば、降着したATが二機。

 さらにその背後にはズラリと大洗女子学園チームAT全機が勢揃いしていた。

 

「聞こえますか。これより『こそこそ作戦』を開始します。各分隊、所定の位置に移動してください」

『了解!』

『わかりました!』

『はーい!』

『万事おっけー!』

『その名前はどうにかならんのか。まるで姑息な作戦じゃないか』

『でも桃ちゃんが立てたんじゃない』

 

 パープルベアーに乗り込んだみほの号令のもと、一斉に行動を開始する。

 

「A分隊、一列縦隊で前進します。付いてきてください!」

『わかりました』

『了解です』

『麻子! 麻子! 起きて!』

『ふが……わかった、行く』

 

 みほ率いるA分隊は、他の分隊とは違う方向へと進む。

 さて、肝心要の囮役。大洗名物鮟鱇の疑似餌の如く、上手く敵を誘わねばならないが、さてさて。 

 

 

 

 

 

 第14話『洗礼』

 

 

 

 

 

 聖グロリアーナは紅茶党の牙城と言えたが、その例に漏れずダージリンも紅茶を愛している。

 ジョンブル達がそうであるように、世界中のどこであろうと、いつであろうとティーカップは手放さない。

 そう例え――ATの中であろうとも。

 

「やっぱりゴーグルが曇ってしまうのが少し考えものね」

『……それ以前に、試合中はご自重されたほうがよろしいんじゃ』

「わが校のATはどんな走りをしようと、一滴たりとも紅茶をこぼしたりはしないわ」

 

 他のH級ATがそうであるように、エルドスピーネもコックピット周りは広くつくられている。

 オーデルバックラーはコックピットの構造そのものはエルドスピーネの流用であり、つまり余裕がある。

 しかし広いだの余裕があるだのと言ってもそれは、「ATにしては」という枕詞を置いた上での話であって、世間一般の常識から見ればオーデルバックラーはコックピットは充分に狭い。私物などを持ち込めるような広さはない。

 ――筈だ。

 だがダージリンは単にティーセットを持参するのみならず、専用の湯沸し器を増設し、狭い機内でも器用にいつでも紅茶を楽しんでいるのである。試合の合間の待機時間などに紅茶を楽しむ聖グロリアーナ生徒は珍しくない、というより極普通だが、狭いATの中で、しかも試合中に紅茶を楽しむ心の余裕と技量を持った生徒は、ダージリンを除けば同学年の古株アッサムぐらいしかいないだろう。

 余談ながらオレンジペコも彼女らの真似を以前してみたが、火傷しそうになったので目下特訓中である。

 

「でもね。やはりペコの淹れた紅茶には敵わないわね。試合が終わったら、またお願いするわね」

『会敵もしていないのに、試合が終わった後の話をするのは、「とらぬ“狐”の皮算用」では?』

「いいえ。何故ならその勝利の美酒を楽しむために、これよりわたくしたちは全力を尽くすのですから。『状況とは何か。余が状況をつくる』のよ」

『ナポレオンですね』

 

 いつも通りの優雅な軽口を叩き合いながら、しかし隊列は一向に乱れることなく進み続ける。

 邪魔さえ入らなければこのまま一日中、隊列を保ったまま走り続けられそうな様子だが、だがこれはパレードではなく装甲騎兵道の試合だ。

 

『! ――10時の方向!』

「来たわね」

 

 オレンジペコの告げた通りの方向から、一発の砲弾が飛来し、地面へと突き刺さる。

 おそらくはソリッドシューターのものだろう。砂と土を爆ぜ飛ばし、塵芥を舞い上げる。

 ダージリンは紅茶の残りを飲み干し、専用のボックスにカップをしまう。

 

『続けて来ます! 数3!』

 

 射角を調整したのか、さっきよりもずっと正確な弾道で砲撃は飛んできた。

 しかしダージリンがいちいち指示を出すまでもなく、適度に散開した隊列には砲弾は当たらない。

 

『敵、捉えました! 10時方向、岩棚の上! ドッグタイプが4! ……敵、後退します!』

「全機、左に回頭。隊形を二列横隊へと展開しつつ、敵分隊への攻撃始め」

 

 通信装備のオレンジペコ機を通して、全体へとダージリンの指示が響き渡る。

 ソリッドシューターやライフル系でも射程に優れるシュトゥルムゲベールを装備したATが散発的に反撃を開始する。しかし彼我の距離もあり、相手はすでに後退を開始している。命中を期したものではなく、飽くまで牽制だ。

 

『敵分隊、なおも後退。入り組んだ岩場を進む模様』

「……」

 

 オレンジペコの報告通り、大洗の先遣隊は岩場の間を進むようだ。地図を確認すれば、岩場を隘路が縫う地形で、大軍を展開するのには向かない地形だ。

 

「……」

 

 ダージリンは敵の意図を考える。

 あの分隊は単なる偵察だろうか。否、相手先遣は4機。こちらは22機、先走って攻撃など言語同断。

 つまりはあれは陽動か誘導か。

 この先の地形を思えば隘路で隊列が細く延びた所を待ち伏せ攻撃し、寸断するつもりだろうか。

 

『アッサム機より、地図データが送られてきました』

「まわしなさい」

 

 アッサムよりの地図データを見るや、ダージリンはニヤリと笑った。

 流石はデータ装甲騎兵道のアッサムだ。周辺の地形、敵の進行より、予想しうる敵の『待ち伏せポイント』を割り出し、それを載せたデータを送ってきたのだ。

 隘路の中の高台。これが相手の考えるキルゾーンか。

 

「ペコ。アッサムにありがとうと伝えておいて」

『了解です』

「それが終わったら、各分隊長機に繋ぎなさい」

『はい』

 

 回線が開くのを確認すれば、 ダージリンは即座に指示を下した。

 

「ルクリリ、ニルギリは各分隊機と共に速度を落とし後方へ。デルタ、エコー各分隊は速度を上げて前方へ」

「デルタ、エコーは合流して縦隊を編成。本機以下アルファ分隊はデルタ、エコーの後方より追随」

「各個自由射撃。各個に狙い、各個に撃て。砲火のみは絶やさず、敵の注意を砲火のみに引き付けなさい」

 

 各分隊が指示通りに編隊を組み直す様を確認しながら、後退したルクリリのブラヴォー分隊、ニルギリのチャーリー分隊に新たな指令を飛ばす。

 

「ルクリリ、ニルギリ、並びに各分隊は――」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

『敵の攻撃がとまりません!』

『これ本当に大丈夫なの!? 戻る前にやられちゃうよー!』

『武部殿落ちついて! この速度、この距離での行進間射撃はATであろうと、そうは当たりません!』

『とにかく今は黙って逃げるだけだ』

「……秋山さん、敵隊列の間を狙って牽制攻撃! 私も続きます!」

『了解!』

 

 両側面を崖に挟まれた隘路を、みほらA分隊は必死に急行していた。

 誘導作戦は思いのほかあっさりと成功したが、しかし問題は相手の絶え間ない砲火だ。

 ここに来るまでに至近弾もすでに数発。いつ分隊の誰が脱落してもおかしくない状況だ。

 

 逃げるのに必死で反撃の余裕などない沙織や、やはり敵の攻撃を避けるのに精一杯な華、手持ちの武器の射程が短く、そもそも反撃できない麻子のためにも、みほと優花里が殿(しんがり)へと打って出る。

 速度を落とし隊列の後尾に来た所で、グランディングホイールを使いその場で旋回。

 改めて迫り来るエルドスピーネの群れを目の当たりにする。

 

 狭い道幅一杯にATの戦列が展開しているのはいつ見ても壮観だった。

 優花里は思わず口笛を吹き、見慣れてる筈のみほも軽く息を呑む。

 

「射角45、連続発射!」

『はい!』

 

 優花里は指示に従いソリッドシューターを三連射する。

 微妙に向きをずらしながらの三連射で弾は適度にばらけ、敵の戦列へと緩い放物線を描く。

 しかし敵は精鋭、聖グロリアーナ。僅かな隊形変化で攻撃を凌ぎ、進行速度は殆ど衰えない。

 

「バルカンセレクター!」

 

 みほも続けてヘビィマシンガンを連射、弾幕を張る。

 しかしこれも突き出した岩が邪魔をしたり、あるいは距離の問題で弾が散らばり、有効弾を与えられない。

 

『やはりこの距離では! もっと近づくか速度を緩めないと!』

「……」

 

 優花里の言葉に、みほはふと思った。

 攻撃が当たらないのが距離のせいならば、それは相手にとっても同じはず。

 よくよく考えれば『ここに来るまでに至近弾もすでに数発』……なのではない。

 あれほどの攻撃の勢いなのに、至近弾が数発『しか』出ていないのだ。

 にも関わらず、距離を一気に詰めて間合いに持ち込むでもなく、ただやたらめったら砲火を浴びせるだけ。

 無論、ドッグ系とエルドスピーネの足回りの性能差の問題もある。限界速度だけ言えばドッグ系は確かにエルドスピーネに勝る。だが、敵が追いつけないのは本当にそのせいか? 『敢えて追いつかない』のではなくて?

 

(もしも……相手が囮に引っかかった『ふり』をしているだけで、本当の狙いは別にあるとしたら……)

(もしも……あの攻撃がこちらの眼を逸らすためのものだとしたら……)

 

 みほは頭のなかに、もう一度作戦図を思い描き、周囲の地形と照らし合わせてみる。

 その間も、トリッガーを引き、弾幕を張りながら、思考だけを加速させる。

 

「!」

 

 みほは気がついた。

 待ち伏せ場所は、『崖に囲まれた高台』。

 『崖に囲まれた』。

 『崖』。

 その崖は、どこと繋がっている? 左右に見回し、両側の崖が岩屋の入り口からずっと続いていたのを思い出す。そして崖の行き着く先は、大洗のほぼ全戦力が集結した待ち伏せ場所だ。

 みほはさらに思い出す。

 エルドスピーネのATとしての特性は、ゴムタイヤのグランディングホイールや頑丈な装甲に加えてもう一つある。

 左肩に装備された――。

 

「沙織さん!」

『え? なに? みぽりん何!?』

「河嶋先輩に通信繋いで! 急いで!」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 突然の通信に、河嶋桃はいささか面食らった。

 待たされるのは嫌いな彼女だが、しかしみほより通信が来るには予想の時間よりもかなり早い。

 何か、アクシデントだろうか。突発的な事態に弱い桃は、軽く冷や汗を滲ませながら無線に出た。

 

「西住か。どうした? 何があった?」

『――ザザ……すぐに迎撃――ザザザ……敵は上から――……』

「何だ? ノイズが酷くて聞こえないぞ! それに砲撃音が激しすぎる」

 

 砲声と雑音でかろうじてみほが喋っているということしか解らない。

 桃はイライラしながら、通信の回復を待つ。

 

『すぐに迎撃準備を! 敵は上から来ます!』

「……なんだとぉ!?」

 

 通信はいきなり回復し、そして飛び出してきた内容もいきなりだったので、桃は再度面食らった。

 

「おい西住! どういうことだ! おい西住!」

 

 通信は再びノイズと砲声でがちゃがちゃに乱された。

 恐らくは予算の問題で、取り寄せた通信手用の通信パックが安物だったせいだろう。

 みほが何か喋っているのは解るが、肝心の何をしゃべっているのかが解らない。

 

「ええい! クソ! 全員ATに乗れー! 敵が来るぞ! 今すぐに乗れー!」

 

 なんだか解らないが、とにかく敵が来るというのなら準備するだけだ。

 長引く待機に、すっかり気が緩んでバレーの練習を始めたり、トランプを始めたり、日光浴をしていた面々が慌てて自機へと乗り込んでいく。当の桃も開けっ放しにしていたハッチを閉じて、モノクルを外し慌ててゴーグルを装着した。

 

「それにしても西住め。敵は上から来る、だと……バカバカしい。ATに空が飛べるものか」

 

 などと言いつつも、桃はやっぱり不安だったのでカメラを上の方に向け、ゆっくりと辺りを見渡してみる。

 見えるのはキレイな青空ばかり。敵影のての字も見えない。

 

(やはり聞き間違えか……あれだけノイズが酷かったんだ。それも充分に――)

 

 しかるに桃の思考は突然の大音量無線に断ち切られ、みたび面食らう破目になった。

 

『やっと繋がった! 聞こえますか! E分隊! 聞こえますか!』

「~~っっっ! うるさいぞ西住! 鼓膜が破れるかと思ったじゃないか!」

『河嶋先輩! すぐに他の分隊を物陰に隠すか! そこから脱出してください!』

「しかもなんだ! いきなり何を言い出す!」

『敵は上から来ます!』

「上も何もさっき上を見たが――」

 

 言いつつ桃は上へとカメラを動かし、見えたものに面食らうどころか肝を潰した。

 彼女たちの待ち伏せ場所、隘路のなかの高台。その高台を覆う岸壁の上に、何機ものエルドスピーネの姿があった。

 桃は咄嗟に、徹夜で勉強したエルドスピーネの仕様書の中身を思い出していた。

 専用武器のシュトゥルムゲベール。ナックルガード付きのアームパンチ。大型のグランディングホイール……。

 そうだ、最後にこんな単語が載ってたっけ。名前は確か――『ザイルスパイド』。その内容は『登坂用のワイヤーウィンチとアンカー』。そう、相手はあの崖を登ってきたのだ!

 

「上だ! 撃て!」

 

 桃は大声で、回線をフルに開いて、その場にいた大洗全機へと向けて発信した。

 しかしその唐突な指示に反応できた者は僅かで、特に動きは遅かったのは一年生主体のD分隊。

 それは仕方がないことだった。

 彼女たちは忘れていなかった。最初の校内練習戦で、桃の指示に従って同士討ちし、散々な目にあったのを。

 

『え? 上?』

『なんで上?』

『あい?』

『え、えと?』

『聞いたほうが良いのかな?』

『……』

 

 彼女たちは疑い、迷った。当然、反応は遅れる。

 故に、真っ先に狙われる。

 

『うわぁ!?』

『嘘!』

『どうすんの!?』

『逃げろ~!?』

『みんな逃げちゃ――きゃぁっ!?』

 

 岩壁上に勢揃いしたエルドスピーネの戦列は、手にしたペンタトルーパーを一斉射撃した。

 直上よりの弾丸の雨は容赦なく、判断に遅れた陸亀たちへと降り注ぎ――次々と炸裂した。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

『!? ……うそ!? みぽりんこれ!』

『Dチームの皆さんが』

『まずいな、これは』

『西住殿!』

 

 皆に見えているものは、みほにも同様に見えていた。

 ゴーグルで覆われた視界、その左隅に小さく表示されたのは、いわゆる『キルログ』というもので、撃破された味方のATが簡単に表示されるようになっている。そこに、一瞬のうちに、5機の名前が並んだのだ。

 

『 O-arai D-1 』

『 O-arai D-2 』

『 O-arai D-4 』

『 O-arai D-5 』

『 O-arai D-6 』

 

 3番機を除いての5機撃破。つまりD分隊は壊滅したということだ。

 

「全機フルスロットル! 後ろの敵は無視します!」

 

 言いつつみほはペダルを目いっぱいに踏み込んだ。

 今なすべきこと。それは一転『キルゾーン』に落ちた味方を助けることだった。

 

 




おまけ




●聖グロリアーナ女学院装甲騎兵道チーム編成表(対大洗オーダー)

【アルファ分隊】
ダージリン:オーデルバックラー
オレンジペコ:エルドスピーネ(シュトゥルムゲベール装備)
アッサム:エルドスピーネ(ソリッドシューター装備)
アルファ4:エルドスピーネ(シュトゥルムゲベール装備)
アルファ5:エルドスピーネ(シュトゥルムゲベール装備)

【ブラヴォー分隊】
ルクリリ:エルドスピーネ(ペンタトルーパー装備)
ブラヴォー2:エルドスピーネ(ペンタトルーパー装備)
ブラヴォー3:エルドスピーネ(ペンタトルーパー装備)
ブラヴォー4:エルドスピーネ(シュトゥルムゲベール改 装備)

【チャーリー分隊】
ニルギリ:エルドスピーネ(ペンタトルーパー装備)
チャーリー2:エルドスピーネ(ペンタトルーパー装備)
チャーリー3:エルドスピーネ(ペンタトルーパー装備)
チェーリー4:エルドスピーネ(シュトゥルムゲベール改 装備)

【デルタ分隊】
デルタ1:エルドスピーネ(シュトゥルムゲベール装備)
デリタ2:エルドスピーネ(シュトゥルムゲベール装備)
デルタ3:エルドスピーネ(シュトゥルムゲベール装備)
デルタ4:エルドスピーネ(シュトゥルムゲベール改 装備)
デルタ5:エルドスピーネ(ショルダーミサイルガンポッド装備)

【エコー分隊】
エコー1:エルドスピーネ(シュトゥルムゲベール装備)
エコー2:エルドスピーネ(シュトゥルムゲベール装備)
エコー3:エルドスピーネ(シュトゥルムゲベール装備)
エコー4:エルドスピーネ(シュトゥルムゲベール改 装備)
エコー5:エルドスピーネ(ショルダーミサイルガンポッド装備)

総勢22機
※ローズヒップは諸事情により不参加




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第15話 『突破』

 

 

 エルドスピーネというATは、起伏の激しい山岳地帯の防衛という、局地戦闘を想定して設計されたATだ。

 故に、その装備には他のATには見られない個性的な部分が幾つかある。

 その中でも一際変わっているのが、左肩に設けられた『ザイルスパイド』という装備だ。

 先端に『ハプーネ』と呼ばれる銛が備わったワイヤーを射出し、『スピンラッド』という名の巻き上げ機と併用することで、機体を持ち上げたり、逆にラペリングしたりと、立体的な機動が可能になるのである。

 スコープドッグにも似たような機能のオプション装備は無くもないが、しかしAT本体と完全に一体化しているものは、エルドスピーネとオーデルバックラーぐらいしかあるまい。

 水中銃のようにハプーネを相手目掛けてぶつけたり、あるいは鞭のようにしならせて叩きつけたり、使い手に技量次第では様々な応用技が使える、極めてユニークな装備だった。

 

 ダージリンがルクリリ、ニルギリの各分隊長に与えた指示、それは以下の様なものだった。

 ――『崖を登り、敵の待ち伏せ予想ポイントに崖上から急行、発見次第奇襲をかけよ』

 

 読みは当たった。

 予測された地点に大洗女子の戦力の大半が集結し、手ぐすね引いて待っていたのだ。

 崖に囲まれた狭隘(きょうあい)な地形に高台。作戦通り行くならば敵を一挙に殲滅できる好地。

 しかしその好地は死地へと逆転していた。

 大洗にとっての――。

 

 

 

 

 第15話『突破』

 

 

 

 

 反応できずに瞬時に壊滅したD分隊とは対照的に、即座に動くことができた分隊もあった。

 

『分隊前進! 亀甲隊形!』

「おりょう、左だ! 味方の盾になるぞ!」

『左衛門佐は援護ぜよ!』

『任された!』

 

 特に目覚ましい動きを見せたのは歴女チームことC分隊だった。

 分隊長カエサルの号令のもと、即座に盾持ちの三機を全面に押し出しつつ、崖上のエルドスピーネへと反撃する。

 

『こちらB分隊! 援護する!』

「頼む!」

 

 続けて動いたのは旧バレー部のB分隊。

 ファッティー特有の高機動で適当な岩陰に走りこむと、それを盾にハンディロケットガンを乱射した。

 迎撃の弾幕に、相手もたまらじと岩壁に身を隠すが、その隙を逃さず通信兵たるエルヴィンはA分隊の沙織機へと向けて回線を開いた。装甲騎兵道用のATは意図的に通信機能を制限されており、一定以上の距離が開けば、各分隊に一機割り当てられた通信兵仕様のAT同士以外は交信ができない仕様となっている。これは分隊ルールにより大きな意味を持たせるための取り決めだった。

 

「C分隊よりA分隊へ! 聞こえるか!」

『え! あ、うん! こちらA分隊、聞こえてるよ!』

「隊長機に繋いでくれ、大至急だ!」

 

 僅かな間が空いたあと、ノイズを混じりながらも聞こえてきたのはみほの声だった。

 

『こちらA分隊隊長機! 聞こえてますか!』

 

 エルヴィンは少しホッとした。この状況下で経験者のみほの声が聞けるのはありがたい。

 

「こちらC分隊! 敵に奇襲を受けています! 現在東岩壁上の敵へと迎撃中!」

『! 相手は何機ですか?』

「えーと、見えた限りでは四機――ってうわぁ!?」

 

 努めて冷静に報告するエルヴィンだったが、通信は背後よりの衝撃に唐突に断ち切られる。

 

『エルヴィン! 後ろからもだ!』

「なんだと!?」

 

 左衛門佐の声にカメラを向ければ、反対側の崖の上にも新たに四機、こちらへと向けて攻撃してくる。

 

「ッッッ! 新たに四機、西岩壁にも出た!」

 

 転がるように、射撃を避けながら岩陰へと機体を滑りこませ、エルヴィンはみほへの通信を続けた。

 さらに無線機へと叫びながらも、自機の状況を確認する。

 どうやら敵弾は右肩のアーマー部に当たったらしい。距離のお陰か、破損はアーマーだけに留まっている。

 機体をデザートイエローに塗り直したことが、目眩ましになってくれたのだろうか。

 

『挟まれたぞ! 佐々木! ブロックだ! 反撃して攻撃を止める!』

『はい――って……攻撃が激しすぎて、身を晒せません!』

『そこは根性だ! 私から行くから続けー――っておわぁ!? ……』

『キャプテン!?』

『あ、危なかった~……ギリギリセーフ……』

 

 距離が近いため、他の分隊の通信もそのまま無線機から聞こえてくる。

 撃墜機こそ出ていないが、B分隊も挟み撃ち攻撃に動きがとれないらしい。

 盾にしている岩と岩の隙間から散発的に撃ち返しているのみで、敵の攻勢を止める役には立っていない。

 

『ええい! 反撃だ! とにかく撃て! 動くものは全部撃てー!』

『桃ちゃん今出たらあぶないんじゃ――きゃあああああ!?』

『小山!』

『柚ちゃん!?』

 

 我慢できず飛び出しそうなダイビングビートルを止めようと、手を伸ばしたトータスのほうが横転する。

 意識が敵から逸れた隙を、相手は見逃さなかったらしい。煙と白旗が倒れたトータスより上がる。

 

「……E分隊2番機撃破されました! 挟撃されて動くに動けません!」

『っ! ……副会長機の撃墜、こちらでも確認しました! とにかく持ちこたえて! 三分でそちらに到着します!』

「了解! みんな聞け! 隊長達は三分で来る! それまで何とか持ちこたえるんだ!」

 

 残存機全てへと通信を飛ばしながら、エルヴィン自身も反撃を開始する。

 今度の試合のために、エルヴィンが装備として選んだのは皮肉もシュトゥルムゲベールだった。

 この間合ならば、相手のエルドスピーネの持っているペンタトルーパーよりもこっちが有利な筈だ。

 単に名前がドイツ語だからと深い考えはなしに選んだコレが、こんな形で活きてくるとは。

 

「――よし!」

 

 カシャンと音を立てて、回るターレットは赤い精密照準カメラへと切り替わる。

 加えてベルゼルガ系に特徴的な、頭部の鶏冠状の部位に備わった追加センサーが、ターゲットロックをサポートする。ピピピと電子音が鳴り響き、スコープ越しの敵機へと射撃管制システムが照準を合わせていく。

 

「フォイアー!」

 

 エルヴィンがトリッガーを弾くのと、相手がこちらに気づいたのはほぼ同時だった。

 間一髪、敵は身を反らす形でクリーンヒットを避ける。

 

「外した!」

 

 セミオート射撃で連発するも、当たらない。惜しかった。気づかれなければ撃破できたものを。

 しかしこれが実戦というものだ。お返しとばかりの反撃より身を隠しながら、エルヴィンは奥歯を強く噛み締めた。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

「思ったよりも……やるようね」

 

 そう機中で漏らしたのはダージリンだった。

 デルタ、エコー両分隊からの集中砲火を浴びつつも、相手の囮部隊は未だ一機も脱落を許していない。

 隊長機のパープルベアーが殿に立ち、こちらの射線を見て指示を出しているらしい。

 塗る肩と色を間違えた偽レッドショルダーなど、動きの覚束無いATがまだ残存しているのがその証拠だろう。

 

『ミサイルランチャー持ちに追い越し射撃をさせますか?』

「必要ないわ。今回は予備弾も持ってきていないし、敵の本隊にたどり着くまで温存しておきなさい」

『了解です』

 

 オレンジペコからの進言をやんわりと退けつつ、ダージリンは味方の鉄の背中越しに僅かに見える、敵分隊へと眼をやった。

 ブラヴォー分隊、チャーリー分隊より奇襲攻撃成功の報告を受け、ダージリンら本隊も追撃速度を早めた。

 もう敵の囮作戦に乗ったふりをして、奇襲部隊到着までの時間をかせぐ必要はない。

 まず目の前の五機を蹂躙し、その余勢を駆って敵本隊を数の差そのまま押しつぶす。

 上下からの挟み撃ち、包囲殲滅戦。

 

「サンドイッチはね、パンよりも中のきゅうりが一番おいしいの」

『はい?』

 

 突然出てきた突拍子もない台詞にオレンジペコは思わず聞き返すが、ダージリンは構わず続けた。

 

「挟まれた部分が一番美味しいってことよ。さぁ、これからそこをひと掬いに頂きに参るとしましょうか。……ペコ。アルファ、デルタ、エコー全機に通達。全速前進。ここで一気にカタをつけるわよ」

『了解です。でも、追いつけるでしょうか?』

 

 ペコの懸念も解る。

 確かにカタログスペック上ならば、エルドスピーネではスコープドッグに追いつけない。

 限界速度はスコープドッグのほうが優っているからだ。

 しかし、ここは平らなテストコースではない。

 

「不整地ならばこちらが有利よ。それになにより、ペコ。私たちは聖グロリアーナだということを忘れないで」

『わかりました。全機に通達。全速前進で敵と間合いを詰め、一気に殲滅します!』

 

 先陣を務めるデルタ、エコー分隊がスピードを増していく。ダージリンらもそれに続き、一挙に間合いは詰められる。

 相手も気づいてスピードを上げたらしいが、思うように差は開かず、むしろジリジリと縮まる一方。

 

「この距離ならば問題無いわね。ペコ。全機に一斉攻撃を――」

 

 命じなさい――と続けて言う所、その言葉が止まる。

 理由は、逃げる敵から飛び出した、数発のロケット弾にある。

 例の偽レッドショルダーが撃ったようだが、しかし向かう先はダージリン達の方ではない。

 

「どこを狙って……っ!」

 

 ロケット弾の飛んでいった先は、崖の一部、突き出た岩の付け根の部分。

 ビキビキと音を立て、崖の一部が崩れる!

 

「全機停止!」

 

 ダージリンが言うまでもなく、先頭を進んでいたデルタ、エコーのATは進行方向に落ちてきた岩に驚いて急停止する。しかし全機全速力で進んでいたものだから、止まりきれなかった後続が次々と先鋒にぶつかって自動車の玉突き事故のようにすっ転び、横転し、将棋倒しになる。

 岩自体は実際はたいした大きさでもなかったが、落ちた衝撃で舞い上がった砂埃に、視界は完全に塞がれる。

 

「態勢を立てなおしてすぐに追撃!」

 

 ここは態勢を保ったままの自分がと、倒れた味方を追い越しダージリン自ら砂煙へと突っ込まんとする。

 

「!」

 

 その直前に、彼女は砂の煙幕の中に動く黒いかすかな影に気づき、機体を急停止させる。

 流石は歴戦のダージリンらしい、素晴らしい反応速度だったが、しかし彼女の後続は違った。

 

「アルファ4! アルファ5! 止まりなさい!」

 

 ダージリンからの制止に彼女たちが応答するよりも早く、煙を割って飛ぶ銃弾が二機のエルドスピーネに次々と炸裂! 二機とももんどり打って倒れ、頭より白旗を上げる。

 

「クッ!」

『撃て!』

 

 ダージリン、オレンジペコと砂向こうの影を狙い撃つが、影はまるで踊るように旋回を繰り返し、掠めすらせずにその場を走り去る。僅かに見えた横並び2つのレンズの反射光。敵の隊長機のパープルベアーだ。

 

『待て!』

「待ちなさいペコ。今追ったら相手の思うつぼよ」

 

 ペコを制止しつつ、背後を振り返る。流石は聖グロリアーナーの装甲騎兵乗りで、もう全機が立ち直り、隊形も立て直している。しかし敵との距離は完全に開いてしまっただろう。

 

「ペコ。ブラヴォー、チャーリーに繋ぎなさい」

『了解です』

「ルクリリ、ニルギリ。各分隊を率いて突入。敵の退路を封鎖しなさい!」

 

 先発隊に指示を出しつつも、今度は自ら隊の先鋒に位置取り、逃げ去ったみほ達への追撃を開始する。

 

「おやりになるようね。でもここまでよ」

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「みぽりん大丈夫かな……」

『西住殿ならやってくれますよ!』

 

 沙織が心配そうに漏らす言葉に、優花里は即座に大丈夫だと返した。

 一片も信頼に揺らぎのない、力強い返事だった。

 

『そうですね。みほさんならばタイマンはってシメてカツアゲだってしてくれる筈です』

『言い方に語弊はあるが概ね同意だ。それよりも私たちは私たちの仕事をするぞ』

 

 華や麻子の言葉に沙織はうんと頷いた。

 ――『時間を稼ぐから、先に本隊と合流して敵を抑えてください』

 というのが別れ際にみほが沙織たちへと出した命令だった。

 任された以上はなんとかしなけりゃ女がすたるというもの。

 

(大丈夫……さっきだって上手くいったから……)

 

 いきなりみほに「あの岩を撃ってください」と振られた時は、沙織も慌てふためいたものだった。

 しかしみほの出す指示通りに撃てば、ちゃんと標的に当てることができたのだ。

 

(何となくだけどATの使い方にも慣れてきたし……行ける。行ける筈!)

 

 みほ率いるA分隊では最大の火力を誇るのが沙織のレッドショルダーカスタムだ。

 敵の囲みを突破するための、与えられた役割は極めて大きい。

 

『もう少しで目的地につくぞ』

『見えました! あそこです!』

 

 麻子と優花里の言う通り、例の待ち伏せポイントの高台が見えてきた。

 狭い崖と崖の間を砲声が反響し、あちこちで砲火噴煙があがっている。

 

『沙織さん! 敵が崖から!』

「任せて!」

 

 沙織たちから見て右側に崖から相手が降下を始めようとしている。

 敵を止めなければ。沙織は右レバーの1番目と4番目のボタンを同時に押した。

 射撃管制システムが起動、ターレットレンズの照準機能が右肩のロケットポッドと同期する。

 

「……」

 

 この手の荒事にとんと縁のなかった沙織だけに、トリッガーを弾くのには恐ろしく緊張する。

 鼻の頭に汗をかくのを感じるが、それを拭っている余裕すらない。

 

「発射!」

 

 視界に覆い被さるように映った電子照準器が、赤く点灯し電子音が鳴り響く。

 右レバーの一番上、赤いボタンを親指で強く押しこめば、若干の衝撃と共に3発のロケットが煙の尾を引いて撃ち放たれた。

 

「外したぁ!」

『でも敵の動きが止まりました!』

 

 相手はこちらの攻撃に気づき、慌ててもといた岩陰へと舞い戻る。

 ロケット弾は岩壁の一部を削り飛ばしただけに留まった。

 しかし敵の突撃は止まった。結果オーライだ。

 

「左側からも来るよ!」

『五十鈴さんと秋山さんは左側。私と沙織が右側から』

『了解です!』

『解りました! 右側はお任せします!』

 

 例の高台への登り口は左右二路に分かれている。

 華と優花里が左側の坂を駆け登るのを尻目に、沙織と麻子は右側の坂を全力で走り登る。

 

『援軍だ!』

『騎兵隊が来たぞ!』

『奇兵隊……ならぬ力士隊の助太刀ぜよ!』

『みんな! 交代選手が駆けつけたぞ! 負けずに根性! ファイトだ!』

『そーれ!』『それ!』『それ!』

『遅いぞ! どこで道草食ってたぁ! ――うひぃ!?』

『かわしまぁー当たったぞ、大丈夫?』

『かかか肩を掠っただけってうぎゃあ!?』

 

 無線を通して聞こえるのは、他隊の皆の歓声だった。

 その嬉しげな声に応えるべく、沙織はさらにトリッガーを弾く。

 

「発射ー!」

『外したな。それに弾切れだ』

「大丈夫だもん! まだ腰にはみさいるもばるかんもあるもん!」

 

 弾切れになったロケットポッドをパージし、機体を身軽にする。

 ダイエット成功。足回りも動きが軽くなって、操縦しやすくなった気がする。

 

「それに麻子だって外してんじゃん!」

『銃は苦手だ。撃った後の弾が思い通りに動かん』

 

 麻子も右手のガトリングを撃ってはいるが、どうにも当たる様子がない。

 元々射程の長い兵装ではないが、なまじなんでも自分で出来る天才少女だけに、銃身から出た後は勝手に飛んで行くだけの銃は相性が悪いのだろうか。

 

『1機撃墜です』

『すごいです五十鈴殿! あの距離で当てるなんて!』

 

 言っている内に華は一機落としたらしい。自分と違って普通のヘビィマシンガンしか持っていない筈なのに。

 これは負けてはいられない。

 

「行くよ! ATも彼氏も百発百中なんだからぁ!」

『射止めたことありましたっけ?』

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

(二機撃破……もっと行けたかも。でももう遅い)

 

 弾の切れたヘビィマシンガンのマガジンを交換しながら、みほは逆向きに隘路をひた走る。

 ゴーグルには地図を表示し、微妙な凹凸などをそれを頼りに避けながら、前すら見ずにみほは走り続ける。

 聖グロリアーナは全国大会で準優勝を獲ったこともある、伝統ある強豪校だ。

 AT乗りの練度は極めて高い。岩落とし程度の足止めは、すぐに乗り越えて追ってくる筈だ。

 

(弾幕を張って、少しでも侵攻を遅らせないと)

 

 今のところキルログに新たな味方の表示はなかった。

 沙織達は恐らく間に合ったのだろう。あとは自分も一刻も早く合流し、岩場から脱出する。

 

(退避先は市街地。敵も分散せざるを得ないし、地の利はこちらにあるはず……)

 

 みほは地図に視界前方に見えない進行方向に気を配りながらも、今後の作戦への思考も止めない。

 装甲騎兵道は動きの激しい競技だ。一度にふたつのことをこなせなければ、勝つことはできない。

 

(でもそれは相手も解っている筈……何か手を打ってくるかも)

 

 そうこう考えている内に、敵の上げる砂塵がみほにも見えてきた。

 態勢を立て直すまでの時間が短い。やはり相手は強豪。油断はできない。

 

『みぽりん! みぽりん聞こえる!』

「沙織さん! 聞こえています!」

 

 無線から突然聞こえてきたのは沙織の声だった。

 

『なんか崖の上の相手が移動し始めたんだけど!』

「! ……崖のどちら側ですか?」

『左側の人たちがなんか奥の方へ撃ちながら……あ! 右側も動き始めた!』

 

 退路を塞ぐ気だ! みほは即座に敵の意図を察知した。

 

「沙織さん! みんなをつれて早くそこから離れて!」

『みぽりんはどーするのよー!』

「私もすぐに合流するから! とにかく急いで!」

『……分かった! でもみぽりんも急いでね!』

 

 沙織よりの通信が切れると同時に、機体を前向きに直して両足を揃え、膝を曲げて重心を低くし、グランディングホイールを最大限に回転させる。もう振り向いたり旋回したりを考えない、最速の直進フォーム。追う相手が撃ってくる音が聞こえるが意に介さない。今はただ、走る、走る、走る。

 

(見えた!)

 

 例の高台が見えるや否や、みほのパープルベアーは高台の麓へと滑りこむ。

 ターンピックを打ち込み、無理やり方向転換。体勢が崩れるのを、ヘビィマシンガンで地面を撃ち、その反動で立て直す。『ブースタンド』と呼ばれる高等技法だった。

 

「沙織さん!」

『みぽりん!』

「行けます!」

『全員準備おっけーだって!』

 

 沙織のレッドショルダーカスタムの横を素通りし、みほは大洗全体の先鋒の位置に立つ。

 

「全機付いてきてください! ここから脱出します!」

 

 追撃隊が高台に近づく気配を背骨に感じながら、みほは大声で全隊に告げた。

 

『心得た!』

『解りました! みんな隊長に続け!』

『ここまで来たら西住ちゃんに任せるよ』

 

 みほの後には、沙織、華、優花里、麻子とA分隊の面々が、さらにその後には典子らB分隊、その後に杏のスタンディングトータスが続き、殿を務めるのはC分隊ベルゼルガ隊だった。

 

「河嶋先輩は!」

『あそこの岩場でひっくり返っちゃって!』

『直撃弾喰らってどーんと』

 

 みほの問には沙織と杏が答えたが、確かに見れば岩場の窪地に頭から倒れこみ、両足を宙に向けたダイビングビートルの姿が見える。キルログに名前を見た記憶がないが、切羽詰まった状況だけに、恐らくは見逃したのだろう。

 

(……)

 

 次いでみほが眼をやったのは崖上だ。敵は移動を完了したらしく、影も見えない。

 恐らく向かったのは大洗市街地に通ずる道だろう。

 待ち伏せる敵を突破するのは難しい。加えて背中には敵の本隊。

 前門の虎、後門の狼。ならばどうする?

 

「全機、右折します! 付いてきて!」

 

 二股に別れた道をみほは右折した。

 しかしその道は大洗に通ずる道ではない。

 

『そっち行ったら、元の原っぱに戻っちゃうよ!?』

『事前の作戦では市街地に行くと……』

『大洗は庭です! 任せて下さい!』

 

 沙織が戸惑いの声をあげ、エルヴィンや典子がそれに同意する。

 しかしみほは断固として市街戦案を退けた。

 

「市街地への道は相手がすでに押さえている筈です。私が相手の隊長だったら、きっとそうします。だから――」

 

  そして新たなる作戦を高らかに告げるのだった。

 

「『こそこそ作戦』改め、『どうどう作戦』です! 荒野に相手を誘導、敢えて正面から堂々と迎え撃ちます!」

 

 

 





周到なる地蜘蛛の策謀
絡め取らんと迫る糸を逃れ、みほ達は荒野を目指す
追うダージリンの前に立ちはだかったのは
決死の覚悟を秘めた五つの騎影
秩序唄う盾を目掛け、騎兵たちは鋼の槍を突き立てる

次回『会戦』堂々たる者が牙を剥く


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第16話 『会戦』

 

 例の高台にダージリンが到達した時、すでに大洗勢はその場から去った後であった。

 残っているのは撃破された大洗のAT7機に、聖グロリアーナのATが1機。

 先の隘路で撃破された二機を入れても、これで19対15。

 数的に優位にはあったが、まだ油断はできない。多少の数差は一瞬でひっくり返るのが装甲騎兵道なのだから。

 

「ペコ。ブラヴォー、チャーリーの各分隊に繋いで」

『はい』

「こちらダージリン。両分隊とも大洗市街地ルートの封鎖は済んだかしら?」

『封鎖完了です』

『こちらも配置につきました!』

 

 ダージリンの問いに、先行し予定通り道を押さえ封鎖したルクリリ、ニルギリは即座にそう返した。

 しかし……。

 

「大洗の部隊が……来ない?」

『はい。いつまで待っても影も形も』

『近づく気配すらありません』

「ふぅん……」

 

 ダージリンの読みでは、相手は大洗市街地を目指す筈だった。

 相互の各選手技量、装備、数差、地の利……といった要素を総合的に考えれば、大洗チームは市街地で戦うのが一番理にかなっている。もし自分が相手側の指揮官でもそう判断するだろう。

 

(……待ち伏せを読まれていた?)

 

 それは充分にありえることだが、しかし地図を見るに彼女たちの進む先にある道はふたつ。

 一方は大洗市街地に通じる道。だがもう一方は、開始地点付近の原野へと出る道だ。

 

(迂回路をとったとしても、あまりに遠回りすぎる。市街地へと辿り着く前に私たちに追いつかれる……)

 

 単に封鎖を突破して市街地にたどり着く自信がなかったのか、あるいは正面切って会戦でも挑もうというのか。

 

「いずれにせよ。面白くなってきたわね」

 

 

 ダージリンは些か普段と違う調子で微笑んだ。

 お淑やかな、いつもの淑女の微笑みとは違う、ボトムズ乗りらしい獰猛さを秘めた笑みだった。

 

 

 

 

 

 第16話『会戦』

 

 

 

 

 

「う……うーん……うん?」

 

 河嶋桃は何とも言えない気だるさと共に意識を取り戻した。

 ゆっくりとまぶたを開けば、まず最初に見えてきたのは視界を覆う岩、岩、岩。

 

「うわっ!? な、なんだこれは!? どこだここは!?」

 

 一通り慌てて気づいたのは、自分がゴーグル状のものを装着しているという事実。

 慌てて取り外せば、視界は一転、狭い操縦席のような所に我が身が収まっていると気づく。

 さらに言えば自分の体がほとんど上下逆さまになっていることも。

 

「……!? そうだ試合だ!」

 

 半ば寝惚けた調子の意識が完全に覚醒し、ようやく桃は自らの現状を思い出した。

 聖グロリアーナとの記念すべき大洗初の練習試合。その途中で敵の直撃弾を――食らいそうになって避けようとしてこけてひっくり返って……。

 

「頭をぶつけて気を失ってたのか……ええいこうしちゃおれん!」

 

 コンソールまわりを一通り見渡せば、流石はカーボン加工済み、故障らしい故障もなくちゃんと動いている。

 ゴーグルを付け直し、操縦桿を握り、ATを立ち上がらせる。

 

「味方はどこだ? どこにいった?」

 

 辺りを見渡しても、撃破されたトータスやエルドスピーネが転がっているだけで(いつの間にやら乗り手は待機スペースへと向かったようで無人だ)、敵も味方も影も形も見えない。

 コンソールの通信ボタンを何度もパチパチと押してみるが、うんともすんとも言わない。

 べしべしと斜め45度で叩いてみても無駄だった。

 

「くそぅ! これだから安物は! ちょっとぶつけたぐらいで!」

 

 恐らくは転倒時の衝撃で、背中の通信パックが壊れてしまったのだ。

 内蔵無線を使えば短距離通信は可能だが、そっちを試しても応答は――。

 

「……ん?」

 

 何か音に違和感を覚えて、もう一度パネルを弄くり、ボタンをパチパチと押す。

 耳を澄ませば、シューという微かな音が聞こえてくる。これは……どこかに通信が繋がっている?

 

「おい! 聞こえるか! どこの誰だか知らんが返事をしろ! おい! 聞こえるか!」

 

 呼びかけてみるが、答えはない。

 ただ相変わらずしゅーっという空気とマイクの擦れる音しかない。

 

「撃破されたATの無線が入ったままなのか……しかし撃墜判定がでたらATの機能は――」

 

 言いつつ、なんとはなしに桃は振り向いた。

 そこに一機のトータスが立っていた。

 

「ふぎゅっ!?」

 

 驚きの余り声にならない叫びをあげて、桃は再びATをすっ転ばせる。

 幸い今度は目の前のトータスが手伝ってくれたために、すんなり立ち上がることはできたが。

 

「キ、キサマは! ええとD分隊三番機、1年の丸山紗希だな」

『――』

「なぜ返事をしない!?」

 

 梅を思わせるやや強いピンクに塗られたATからは何の返事もない。

 桃がイライラしていると、肩に3と雑に書かれたトータスは、自身の背中をチョイチョイと指差す。

 

「通信機が壊れていると言いたいのか?」

 

 トータスは上体を前後に揺らした。首を縦にふるしぐさのつもりなのだろう。

 

「だが私の声は聞こえている。送信はできないが受信はできるということか」

 

 トータスは再度上体を揺らした。

 

「しかしD分隊は全滅したものだと思っていたが……そう言えばキルログに出てたのは五機ぶんだったな」

 

 恐らくは通信機を破壊され、交信できぬ間に取り残されてしまったといった所か。

 いずれにせよ、この場に自分一人ではないという事実が、桃にはありがたかった。

 

「丸山。どうやら我が校はまだ負けてはいないらしい。ならば我々にも何らかの働きをせねばならない」

『――』

「すぐにでも西住たちと合流し、手助けをしてやらねばならん。私が臨時で隊長をやるから、お前はついてこい。良いな!」

 

 ちょっと間があって、丸山機は上体を上下に揺らし肯定の意を示した。

 

「ならばすぐにでも行動だ! 西住たちを探すぞ!」

『――』

 

 河嶋桃と丸山紗希。

 誰も予期せぬ形で大洗の伏兵となった2人は、独自の行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

「全機岩場より無事出れたようね」

『隊列はどうしますか?』

「梯形で行くわよ。ブラヴォー、チャーリーで前列、デルタ、エコーで後列。わたくしたちはその後方につくわ」

『了解。指示を伝えます』

 

 警戒していた岩場の出口での待ち伏せもなく、聖グロリアーナ隊は全機、原野へと出ることができていた。

 隊列を組み直し、発進する。ひとまずは大洗市街地への遠回りルートを辿る形で進むのだ。

 

「適度に機体間を開いて、周囲に警戒。敵はこちらに先行しているという事実を忘れないことね」

『仕掛けてくるとしたら何処でしょうか?』

「そうね」

 

 ダージリンは再度マップを表示し、進行ルートに合わせて動かしてみる。

 試合場に指定されたエリアの範囲、地形と合わせて考えても、やはり今自分たちが通っているルートを相手もとるのは間違いない。だとすれば、だ。

 

「市街地と原野の間に、区間は短いけれど別の岩場があるわね。私が相手の指揮官なら、そこに隊を伏せておもてなしするかしら。市街地まで逃げ切るだけの速力は、相手にはない筈よ」

『正面切って挑んでくる可能性は?』

「低いわね。数で劣り、機種もバラバラ。正攻法ではあまりに分が悪い。普通ならば選ばないわ。普通ならね」

『……何か含んでらっしゃる言い方ですね』

「『鳥は卵からむりに出ようとする。卵は世界だ。生れようとする者は、 ひとつの世界を破壊せねばならぬ』」

『ヘルマン・ヘッセですね』

「状況を真に打開しようと思えば、常識の殻を突き破って進むことも時には重要、ということよ。問題はそれを理解して選ぶか。あるいは単に破れかぶれか……」

 

 ダージリンは問いかける。

 

「あなたはどちらかしら?」

 

 まだ遠い向こう側。原野の真ん中に立って、ダージリン達を待ち構える機影が五つ。

 

『五機……だけですね。残りはどこに?』

「囮のつもりかしら? でもそれなら、二度も同じ手を使うなんて実に安直ね」

 

 パープルベアー。

 ブルーティッシュドッグ。あるいはそのレプリカ。

 スタンディングトータス。

 そしてファッティーが二機。

 合わせて五機。

 

「でも関係ないわ。残りの部隊と合流などさせない。何故なら、ここであなた達は全滅するのだから」

 

 またも獰猛な笑みを浮かべ、ダージリンが号令する。

 

「ブラヴォー、チャーリーはフルスロットルで突撃を開始。デルタ、エコー両分隊は援護しなさい!」

『了解。ですが私たちは?』

「敵伏兵を警戒するわ。残りの居所が気になるわね」

『わかりました。所でダージリン様』

「なにペコ?」

『以前、格言はイギリスのものに縛るとかおっしゃってませんでしたっけ?』

「……生れようとする者は、 ひとつの世界を破壊せねばならぬ。そういうことよ。時にはドイツ作家も悪くはないわ」

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

『西住ちゃん。来たよ』

『距離は950』

『大丈夫かな』

『怯むな! この役目は特に根性が大切! 気合で負けたらそのままゲームセット!』

「……うん」

 

 典子が叫ぶのにみほは静かに同意した。

 大事なのは敵の数に呑まれないこと。逆に呑まれれば勝負は一瞬で決してしまう。無論、相手の勝利でだ。

 

「全機、距離500まで相手が接近すると同時に、フルスロットルで前進、突入します。あとは手筈通りに」

『……打ち合わせで了解はしたけれど』

『やっぱり緊張する』

『私からすれば気が楽だ』

『しかし西住ちゃんも、思い切ったことするよね』

「足回りの速い機体を集めて戦うには、これしか無かったから……」

 

 みほは改めて迫るエルドスピーネの速度を測定する。

 パープルベアーのステレオスコープは、立体視に優れており、つまり距離の観測などに優れている。

 正確な距離が解るのならば、あとは時間を計れば速度が解る。

 

(速力42……やっぱり普通のエルドスピーネよりも素早い)

 

 特別なチューニングをされているのか、乗り手の技量の問題か、はたまた両方か。

 理由はどうあれ、やはり正面から挑むには恐ろしい相手。

 

(でもやるしかない。距離800。距離700。距離600。距離550――)

「全機前進!」

 

 みほの号令のもと、五機のATが一斉に、フルスロットルで荒野を駆け出す。

 一旦走り出せば個々の性能差から隊列は乱れる。しかしみほ達はそれを一切気にすること無く走り続ける。

 

「来た!」

 

 相手の戦列の中で、花火のように煌めいたのはマズルフラッシュの群れだった。

 銃弾が、砲弾が、あるいは地面に突き立ち、あるいは装甲の表面を掠め飛ぶ。

 みほはヘビィマシンガンを撃ち返しながら、蛇のようにくねくねとした機動で敵陣へと突っ込んでいく。

 

「!」

 

 しかしそんなみほの前進を止めるものが一つ。

 ザイルスパイドだった。

 本来は岩壁や建物に打ち込んで機体を持ち上げるための装備。

 しかし相手はそれをまるで矢のように相手へと向けて放ってきた。否、それだけではない。

 地面に突き立ったそれを全力で巻き上げ、ローラーダッシュと合わせて急加速してきたのだ!

 みほの予想を遥かに凌ぐ速度で、敵戦列が迫る。

 このまま勢いで踏み潰すつもりか。

 

「全機散開!」

 

 それを最後にみほは通信を『遮断』、臆すること無く、エルドスピーネの群れへと突入した。

 

 

 




それは心臓に向かう、折れた針のごとく
あるいは五臓六腑を毒す、目に見えぬ細菌のごとく
少数の精鋭は大軍に食らいつき、内側より突き破る
大いなる個を前にすれば、時に群れは、烏合に過ぎぬのか

次回『激闘』 だが、大いなる個とは決して己のみにあらず


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第17話 『激闘』

 

 

 少数で多数を相手にするならば……それも、猛烈なる勢いでこっちに向かってくる、そんな多数を相手にするならば、いったいどういう戦い方があり得るか。

 ダージリンが考えたのは二通りのパターン。

 まず第一に『逃げる』という戦い方。敵は大勢、こちらは寡勢とくれば、どちらが隊列を保ちやすいかは言うまでもない。大勢で駆ければ人間、自然と足並みを乱すもの。隊列が乱れ、数の利を生かせなくなった頃合いを見計らって各個撃破する。敵が乱さぬように速度を落とせば、そのまま逃げ切って次の機を待つのみ。

 第二に『突破する』という戦い方。縦に戦列を組み、敵戦列の薄い部分を狙って、ひたすら駆ける。犠牲も厭わず、落伍者を(かえり)みない。ただただ前へ前へと敵中横断のみを考える。突破に成功しても止まらない。力尽きるまで走り続ける。リスクは大きいが、相手に背中を見せずに済むぶん、時と場合によっては逃げるよりもずっと有効な手だ。ただし勇気が不可欠。ひとたび止まれば、それで終わりだ。

 

 しかるに大洗のとった戦術は、そのいずれとも異なるものだった。

 ザイルスパイドの応用技。地面に打ち込んで巻き上げ、ATを追加速し、間合いを一挙に詰める。

 ――浸透強襲戦術。聖グロリアーナのお家芸。それで決まりの筈だった。

 

『糞! 当たらないぞ!』

『馬鹿! 撃つな! 同士討ちに――』

『うぎゃあ!? やられたぁ!?』

 

 だが現実は違う。無線越しに響くのは相手ではなく味方からの悲鳴だった。

 

「やってくれたわね」

『こんな手があったなんて』

 

 19対5。数だけ見れば約4倍。

 単純計算でも大洗1機あたり聖グロリアーナ4機の照準が向けられることになる。しかし相手はこのことを逆手にとった。ターンピックとローラーダッシュを駆使し、デタラメとも言える機動で駆け回るのは紫と赤のドッグAT。

 パープルベアーとブルーティッシュドッグだ。

 隊列を乱され、右往左往する味方の間に、その影が見え隠れする。

 ダージリンが射線を合わせようにも、素早く味方の影に入り込み、攻撃ができない。

 それは他の味方機も同様で、互いに射線が重なり合い、同士討ちの危険にトリッガーを弾けない。

 

 ――大洗の五機のうち、先鋒を務めていたのがパープルベアーとブルーティッシュドッグの二機。

 この二機はこちらの弾幕を物ともせず、こちらの前衛の、その戦列の只中に突っ込んできたのだ。

 

 いったん潜り込めば相手の思うがまま。

 分隊同士の、分隊内部の連携などクソ食らえとばかりに、互いに示し合わせるでもなくスタンドプレーでこちらを翻弄する。マシンガンをガトリングを乱射し、隙あらばアイアンクローやアームパンチを叩きつけてくる。しかしこの両機に撃破された味方のATはまだない。

 つまり敵の本命は別にある。

 

『こちらブラヴォー3! 右腕部損傷!』

『こちらデルタ4! 足を撃たれた! 機体が!?』

「アッサム! あそこのトータスタイプの動きを止めなさい! 至急!」

 

 大暴れの二機に隠れて、すでにこちらのATを三機撃破し、撃破まで行かずとも破損させ戦闘力を奪ってきているのは、金色のトータスタイプのカスタム機に、それに合わせて動くファッティー2機だ。

 特にファッティー2機の連携が素晴らしい。がちゃがちゃに隊列を乱されたこちらに比べ、双子のように息が合った動きに、ダージリンは敵ながら感心する。トータスのハンディロケットガンの射線に、味方のエルドスピーネをうまく誘導している。アッサムがソリッドシューターで狙い、トータスの動きが乱れるのにも、うまくフォローに入っていた。

 

「全機散開しつつB140地点まで後退! そこで再集合し、逆襲するわよ!」

『全機散開! B140地点まで後退し再集合!』

 

 ――しかし彼女たちは聖グロリアーナである。

 ダージリンがひとたび号令を下せば、即座に反応し行動を開始する。

 パープルベアー、ブルーティッシュドッグが食い下がるのをものともせず、潮が引くように後退する。

 

 ――無論、ただ退くだけでは済まさない。

 

「ルクリリ! ニルギリ! 照準ブルーティッシュ!」

『了解です!』

『発射!』

 

 退きながらエルドスピーネの群れから放たれたのは、銃弾ではなくザイルスパイドであった。

 それが一本二本であればブルーティッシュも回避することができていただろう。

 しかし操縦の達者なこのATも、飛んでくる土蜘蛛の糸が何本にもなれば避けることも(あた)わない。

 

『エルドスピーネ。その名の意味するところは土蜘蛛』

「その蜘蛛の巣に、安易に近づき過ぎたようね。……撃て」

 

 ザイルスパイドで絡めとった所に、銃弾を叩き込む。

 白旗を上げて倒れるブルーティッシュをそのまま、聖グロリアーナ隊は後退を再開する。

 

「まずは一機。それも厄介なのを仕留めたわ。勝負はこれからよ」

 

 

 

 

 

 

 第17話『激闘』

 

 

 

 

 

「麻子が……」

「冷泉さんが撃破されるなんて」

「やはり聖グロリアーナ……油断はできません」

 

 優花里達はみほ達の奮闘を、遠くから窺っていた。

 岩陰に身を潜め、ATから降りて直接双眼鏡で戦況を窺うのである。

 少しでも長く、ギリギリまでここに隠れていることを相手に悟らせないためだ。

 

「キャプテン達大丈夫かなぁ……」

「大丈夫! キャプテン達ならやられるときだって相手を道連れにするぐらいするから!」

「そういう問題?」

 

 優花里たちの隠れている岩のすぐ隣では、同様にATから降りて妙子、あけびのバレー部2人も荒野での戦いを見守っていた。なお彼女たちは自前の視力での観戦であった。

 岩陰に待機しているのは五人。

 優花里、沙織、華、妙子にあけびの五人だった。

 

 ――『分隊を再編成します』

 とは、みほの口から出てきた言葉だった。

 『こそこそ作戦』に代わる『どうどう作戦』。しかし堂々と挑むといっても、みほに全機で一斉突撃するつもりはない。『高速の少数部隊による撹乱』からの『敵の反攻を待ち受ける形での集中砲火』と、多様なATがありそれぞれ特性がある大洗の雑多な編成を活かしての新たな作戦をみほは考えたのだ。

 

『敵は数に勝る上に統制された部隊。それを逆手に取ります。懐に飛び込んで、各自の判断で攻撃。撹乱します』

 

 そう言ってみほは分隊を敢えてバラバラにし、機種や乗り手の特性ごとに組み直したのだ。

 突撃隊に選ばれたのは、麻子に杏会長、そして典子と忍のバレー部2人。

 結果、みほ率いる突撃隊は通信機持ちが一機もいなくなってしまったが、問題はない。この部隊の役割は敵の連携を個々のバラバラな攻撃で無理やりかき乱すこと。スタンドプレー上等という、装甲騎兵道の常道に真っ向から反した戦法だ。

 

『ですが相手は聖グロリアーナ。不意打ちによる混乱も長くは続かない筈。だから敵が退いて隊形を立て直すのを見計らい、突撃隊は退きます。相手が追いかけてきた所を見計らって――』

 

 ――優花里たち待機組が集中砲火を浴びせる、という訳だ。

 作戦のアウトライン自体は桃の立てた『こそこそ作戦』と大差ない。

 しかし強襲し撹乱することで、相手の反攻と追撃は一層強烈なものへと転化するだろう。

 その勢いの鼻っ柱を、不意打ちの集中砲火で叩き折る……これが作戦の肝だ。

 堂々と突っ込むことが、囮と待ち伏せの効力を高めるのである。

 

「西住殿達が戻ってきます!」

 

 双眼鏡の先で、みほのパープルベアーが後退機動に移ったのが見える。

 合わせて杏のトータス、典子、忍のファッティーも後退を開始した。

 

「みんなー乗り込むよー!」

「急ぎましょう!」

「キャプテン達のバックトスを繋いで」

「決めろスパイク!」

 

 優花里達は駆け足にATへと乗り込んだ。

 岩と岩の間を、銃眼のように使い、そこから銃身を外へと突き出す。

 

『それじゃあ打ち合わせの通り、みぽり……隊長が合図したらみんなで合わせて撃つよ!』

『空に向かって3発……で合ってましたよね?』

「はい。空に向かって3発です。多くもなく、少なくもなく、きっかり3発撃ったらそれが合図です」

 

 言いつつ優花里は、意識をゴーグル越しに見えるATの視界へと集中させる。

 倍率をあげ、みほのATにセンサーを合わせる。目いっぱいに広がる、薄紫の機影。その機動は、何度見せられても惚れ惚れするものだ。あれで当人は「操縦は上手いほうじゃない」と言うのだから、謙遜にも程がある。だがそういう奥ゆかしい部分も、優花里的にはみほを尊敬する大きなポイントになっていた。

 

「――きた!」

 

 みほのパープルベアーがヘビィマシンガンの銃口を空に向ける動きが、はっきりと見えた。

 カメラを、砲口を、追ってきているであろう聖グロリアーナへと合わせようと動かす。

 そして気づいたのは、相手がみほが動くよりも早く、こちらへと砲口を向けていたという事実。

 

「敵弾、来ます!」

『え?』

『沙織さん! ミサイルが!』

 

 優花里が叫び、華が首肯し、沙織が慌てて隠れる。

 バレー部2人も慌てて岩陰に身を隠せば、次々と着弾するミサイルの衝撃に、ATが揺れ、視界が揺れる。

 

『うそ!? なんで!? 気づかれてたの!』

『ひょっとして……待ち伏せを読まれていたんじゃ……』

「撹乱を受けた後でも、一手二手先を読んでくるなんて……」

 

 流石は聖グロリアーナ、と言った所であろうか。

 ミサイル攻撃の第二波はすぐにもやってきて、優花里達は岩陰から顔を出すこともできない。

 

『! ……みぽりん! 解った今つなぐから!』

 

 沙織が叫べば、それに続いてみほの声が響いてくる。通信遮断を解いたようだ。

 

『聞いてください! こちらが隙をつくります! 合図したら攻撃を開始してください!』

 

 言うなりみほ機は反転、ヘビィマシンガンを乱射し、敵隊列の注意を引き付ける。

 

『今!』

 

 みほの号令に従い、待機組は一斉に岩陰から身を乗り出し、各々の武器をぶっ放し始めた。

 撃たれながらの射撃戦。当然命中率は低い。

 しかし問題はないと優花里はこっそりほくそ笑む。

 なにせこの作戦の本当の本命は――

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「所定の位置に到達した。これより作戦行動を開始する」

『腕がなるぜよ』

『南無八幡大菩薩!』

『後方からの騎兵突撃……まさしくカンナエの戦いの構図!』

「それだ! 味方と合流し敵を包囲殲滅だ!」

 

 カエサル、エルヴィン、左衛門佐、おりょうのいつもの四人組、通称歴女チームこと大洗C分隊である。

 彼女たちは長い迂回機動の末、ついに聖グロリアーナの後方を押さえることに成功していた。

 『どうどう作戦』の本命は、みほ達突撃隊でもなければ、優花里達迎撃組でもない。

 カエサル率いるベルゼルガ装甲騎兵部隊こそ、この作戦を完成させる仕上げの一撃を担うのである。

 

 古来、重装備の騎兵による突撃は、数多ある歴史的会戦における決定打の役割を果たしてきた。

 馬首を並べ騎槍を揃え砂塵巻き上げながら蹄で地面を揺らす、重騎兵の突撃。

 敵の戦列を食い破り、蹂躙し、崩壊させる。

 騎兵のもつ『衝撃力』は、一撃で勝敗を決する能力を秘めているのだ。

 みほが彼女たちに託した役割。それは重装甲と高い白兵能力で、聖グロリアーナの戦列に背後より強襲をかけること。これに合わせてみほ達も一斉に反攻に出ることで、挟み撃ちにする。

 

『賽は投げられた!』

『者共続け! 早駆けじゃあぁ!』

『左衛門佐! 抜け駆けはずるいぜよ!』

「その気合は接敵ギリギリまで取っておけ!」

 

 全速前進の直進行軍。

 ひたすらに、まっすぐに、目指すは晒されている筈の敵の背中。

 無人の野を征くがごとく、彼女たちは進む。その進行を阻む者など、いる筈はない。

 そう、その筈だ。

 

「……うん?」

『なんだ?』

『前方に二機!』

『敵の後詰めか! だが二機程度ならば!』

 

 一陣の風。舞い上がる砂塵。その向こうに見えた機影がふたつ。

 味方ではない。その砂色の装甲はあからさまに敵だった。

 

「左衛門佐!」

『応! 忍法・霧隠れ!』

 

 左衛門佐のスコープドッグ、その左肩に備わったスモーク・ディスチャージャーから煙幕弾が放たれる。

 風向きは追い風。このまま流れる煙に乗って、目の前の後詰もろとも敵陣へ討ち入りだ!

 

『なに!?』

『おわっ!?』

 

 しかし白煙の中からにも拘らず、狙いすましたような射撃が左衛門佐のATへと送り込まれる。

 間一髪、ターンピックで回避するも、相手の攻撃はここで止まらない。

 

『ぬ!?』

 

 次なる標的は、おりょうのホイールドッグだった。煙の内から次いで飛び出してきたのは、鎖分銅を思わせる太い銀線。半ば反射的に、おりょうは愛機に盾を構えさせる。

  

「おりょう、駄目だ!」

 

 エルヴィンの叫びも虚しく、放たれた銀線、ザイルスパイドの先端に備わった『かえし』が盾に引っかかり、ガッチリと掴んで離さない。そしてそのまま猛烈な勢いで、おりょうの機体は引っ張られた。

 

『南無三!』

 

 咄嗟に盾をパージし、ザイルスパイドの拘束より放れる。

 だがそれはいつもは守られてる半身を晒すことに他ならない。

 

『むぐぅ! ……もういかんぜよ』

 

 霧破る銃弾はホイールドッグの装甲で弾け、衝撃でATは背中から倒れる。

 白旗が上がった。撃破判定だ。

 

「散れーっ!」

『応さ!』

『頼光の蜘蛛退治じゃ!』

 

 散開するエルヴィン達を狙う銃撃を携えて、遂に相手は煙を抜けて姿を露わにする。

 オーデルバックラー……敵の隊長機だ!

 

『大将首だ!』

「敵指揮官だ! 必ず潰すぞ!」

『こうなれば白兵戦!』

 

 カエサルは手にしていたヘビィマシンガンを投げ捨て、背中にマウントしたパイルバンカー槍を構え、突進する。

 相手も得物のシュトゥルムゲベール改を連射しながら、プレトリオの動きに合わせて突撃の構えだ。

 

『見た! 来た!』

 

 カエサルは、槍を逆手に持ち替えると、まるで投げ槍の選手のように得物を構えた。

 

『勝った!』

 

 気合の一声と共に、槍は投げ放たれた。しかし単に投げたのではない。

 改造により、本来は備わっていないアームパンチ機構をカエサルのプレトリオは有する。

 このアームパンチの発動に合わせて、オーデルバックラー目掛け槍を投げたのだ。

 通常の倍、いや三倍の速度で迫る槍を、相手は間一髪で避ける。

 だがATの体勢が崩れた。そこを狙ってカエサルは更に加速。シールドタックルを狙い猛進する!

 

「!?」

 

 エルヴィンは驚いた。オーデルバックラーの体勢は確かに崩れていた。

 しかし相手の得物が何発か火を噴いた時、その反動でオーデルバックラーは持ち直していた。

 エルヴィンは思い出す。『ブースタンド』と呼ばれるAT操縦の高等技法!

 

『負けたぁっ!?』

 

 叫んだのはカエサルだった。

 体勢を直したオーデルバックラーは即座に左手を構え、そのシールドに備わったパイルバンカーの先をカエサルの盾へと向けたのだ。そこに描かれた鷲の紋章。ローマ帝国の国章めがけて電磁加速された鉄杭が叩き込まれる。衝撃に赤マントを翻しすっ転ぶプレトリオの、その頭部をAT突撃銃のマズルフラッシュが焼き、弾丸が注ぎ込まれる。

 揚がる白旗。これでC分隊はすでに半数。

 

『無念!』

「左衛門佐!?」

 

 いや、すでに残り一機。つまりはエルヴィン機を残すのみ。

 左衛門佐を撃破したのは、オーデルバックラーの影に寄り添うように動く僚機のエルドスピーネだった。

 左衛門佐の意識は完全にオーデルバックラーに向いていた。その隙を見逃さなかったのだ。

 

「……死なば諸共! せめて敵の隊長機ぐらいは道連れにする!」

 

 エルヴィンは腹をくくった。勝つのは難しいが、相討ちならば!

 シュトゥルムゲベール改の連射をシールドで凌ぎ、僚機のエルドスピーネには目もくれず突進する。

 

(普通にやればパイルバンカーを当てるのは無理だ。……ならば!)

 

 こちらの突進に逃れるでもなく、退くでも無く、オーデルバックラーは受けて立つとばかりに悠然と待ち構える。

 

「今!」

 

 相手までたどり着く直前、エルヴィンは敢えて『降着』の姿勢へと切り替えた。

 しかしローラーダッシュはフルスロットル。一段低くなった体勢のまま、相手の足元目掛け突っ込んだ!

 パイルバンカーは相手の足めがけて放たれるが、しかし寸前、オーデルバックラーは左右のホイールを逆回転させスピンする。旋回の動きは必殺の鉄杭を受け流し、わずかにかすり傷をつけたに留まった。

 

「『厚い皮膚より早い足』……良く言ったもんだグデーリアン」

 

 すかさず叩きこまれた銃撃に、いくらベルゼルガ・イミテイトとて耐えきれはしない。

 撃破判定。大洗C分隊。全滅。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

『読んでらっしゃたんですか? 敵の背後からの攻撃を』

 

 オレンジペコが聞くのに、ダージリンは正直に答えた。

 

「いいえ。ただ何となく、背後の守りを一機も残さないのは用心に欠けると思っただけよ」

 

 味方に突撃させつつ、ダージリンはペコと二機のみ敢えて我が身を後方に置いた。

 (はし)る気持ちを抑え、後詰を買って出る。モントゴメリー風の慎重な戦術。単にそれに習ったにすぎない。

 だが、今度ばかりはそれが功を奏した。偶然であろうと、戦果は戦果だ。

 

「時にペコ、『騎兵とかけて、拳骨ととく』……その心は?」

 

 不意に、ダージリンは相方へと問うた。

 彼女は当意即妙、間を一秒と置かず答えた。

 

『秋山好古ですね。答えは「当たると相手も自分も痛い」です』

 

 ダージリンは愉快な気分になって微笑んだ。

 そして彼女の答えを受けてこう結んだのだった。

 

「強烈な打撃を与えると同時に自らの拳も傷つく……騎兵とはベアナックルで拳闘をするようなもの。でもね――あなた方が叩いたのは薄い窓ガラスではなく、『秩序の盾』でしてよ」

 

 

 




 ぶつかり合う策と策
 限りない読み合いの応酬の果て
 待つものは一転、野蛮なまでの鋼同士の衝突
 もはや小細工はいらぬ。ただ勝利をかけて、鉄の拳が唸り吼える
 白磁と芳香、装甲と油臭が、奇妙な狂騒曲を奏でる

 次回「対決」 勝負の後に、茶会を開く


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第18話 『対決』

 

 C分隊全滅!

 そのニュースはキルログという形ですぐにみほ達のもとへと届けられた。

 

『嘘ぉっ!? なんで!? どうして!?』

『いやぁ……いくら強豪とは言え、ここまで読まれちゃオシマイだわ』

『まだだ! まだ負けてない! 根性で――うわぁっ!?』

『キャプテン! やっぱり無理ですぅ!』

『みなさん落ち着いて!』

『そうです! まだ試合は終わっていません!』

 

 慌てるもの、(たしな)めるもの、諦めるもの。

 いずれにせよ、頼みのC分隊全滅のニュースが、大洗チームに与えた衝撃は大きかった。

 これで戦力比は9対16。数字の上では挽回不能な数差ではない。だが問題はメンタルだ。

 華や優花里、それにバレー部キャプテンの典子は頑張って激を飛ばしているが、心なしか彼女たちの声も震えて聞こえる。作戦の要が全滅したのだ。動揺して当たり前だった。

 付け加えて言えば、敵も背後からの奇襲部隊を撃退し、意気が上がってきたのだろう、左右に戦列を延翼し、半包囲の形を作って攻め寄せてきている。このままでは不味い。

 

(だったら!)

 

 不味い状況を不味くならないように足掻くしか無い。

 動揺を吹き飛ばすにはどうするか。それは別のショックを与えて、心をそっちに向かせれば良い!

 

(角度は……30度から40度、いける!)

 

 ターンピックを使った急速旋回で潜り込んだ岩の、その傾斜を目測する。

 『充分な角度』があると解るや否や、みほがどこからか取り出したのはミッションディスクだった。

 すでに入っていたものをイジェクトし、新しいものと取り替える。

 読み込みが完了したことをランプの点滅で確認し、深呼吸のあと、みほは叫んだ。

 

「A分隊、援護してください! 吶喊します!」

『みぽりん!?』

『みほさん!?』

『西住殿!?』

 

 ペダルを全力で踏む込み、フルスピードでATをローラーダッシュさせる。

 例のギュィィィンという特徴的な駆動音と共に、砂が巻き上がり、パープルベアーは急加速する。

 目の前の岩をジャンプ台に、みほの体はATごと宙へと跳んだ。

 

『凄いジャンプ!』

『うちの部員に欲しい!』

『キャプテン言ってる場合じゃないです!』

『とにかく今はアターック!』

 

 みほは右レバーのバリアブルコントローラーを複雑な順番で押すと同時に、右ペダルを踏み込む。

 中空にも関わらずATの手足はミッションディスクのプログラムパターン通りに動き、特徴的なフォームを作った。

 右足をまっすぐ伸ばし、左膝を曲げる。そんな体勢のまま、パープルベアーは空中を駆け抜け――咄嗟に反応できなかった不幸なエルドスピーネの顔面目掛け『飛び蹴り』の一撃を叩き込んだ!

 

『ドロップキック!?』

『あんな動きがATで!?』

『「エアボーンキック」!? 実戦で使ってる所が見れるなんて……私感動です!』

 

 超ハイテンションな優花里が言った通り、エルドスピーネを一機蹴り倒した技は『エアボーンキック』と呼ばれる技で、早い話がATによる飛び蹴り技だが、殆どのATは翔んだり跳ねたりするようには作られていないし、そもそもわざわざATに飛び蹴りをさせる必要性がない。これは本来バトリング用の、それもプロレスのような筋書きのある『ショー』用のアクロバット技で、ブロウバトルであっても『実戦』に使うようなものではないし、また操縦の難易度的にも選択肢に入ってこない。装甲騎兵道にあってはなおさらだ。

 しかしみほはそんな技を実戦で使った。しかも単なるハッタリではなく!

 

「1機撃破!」

 

 パープルベアーがバトリング用のカスタム機で、機動性重視で装甲が削られているとは言えそれでも6トンはある。

 そんな鋼の塊がローラーダッシュで加速し、重力でさらに加速しているのだ。

 その衝撃はアームパンチの比ではない。不幸なエルドスピーネのカメラは一撃で破壊され、衝撃でそのままぶっ倒れ、頭部からは撃墜判定の白旗が揚がる。

 

「次!」

 

 滑りこむように着地したみほは、即座に左右のレバー、備わったボタン、さらにペダルの動きを複雑に組みわせて、次の『コンバットプログラム』を発動させる。着地の勢いそのまま、直線上にあるエルドスピーネ向けて再度疾走、足首と膝の向きで微妙な蛇行機動を描き、相手のFCS――火器管制――を混乱させ突進する。ようやく相手がこちらに照準を合わせたタイミングを見計らって、プログラムされたアクションの最後のキーを入力する。ATはいきなり膝を折り前かがみになり、左右のグランディングホイールの回転数を変えることで旋回機動をつくる。その回る勢いに合わせて、相手の膝目掛けアームパンチを叩き込む。

 

『見ましたか!? 「リボルバースイープ」です! 凄い! 信じられない! 西住殿すごいです!』

『ちょちょちょゆかりん危ない! 身を乗り出したら撃たれちゃうよ!』

 

 体勢を戻しながら銃口を倒れた相手に向け、その背中に容赦なくヘビィマシンガンを撃ちこむ。

 これで2機。数差は9対14。

 

「!」

 

 ターンピックを打ち込み機体を旋回、自分を狙ったザイルスパイドを回避する。

 地面に打ち込んだザイルスパイドを巻き上げ、そのまま自分へと突進するエルドスピーネに合わせて、みほも迎え撃たんとパープルベアーを加速させる。すれ違いざま、相手がナックルガード付きのアームパンチを打ってくるのを、右膝を曲げてギリギリ回避する。頭部をナックルが掠める異音に背骨を悪寒が走るも、みほはヘビィマシンガンを投げ捨てながら、迎撃のアームパンチを相手の腹目掛け打ち込んだ。

 

「3!」

 

 撃破判定は見ていないが、手応えで解った。これで累計撃破スコアは5になる。

 

(でも……そろそろ限界かな)

 

 右のマニピュレータから火花と煙があがり始めたのを確認し、みほはそう冷静に現状を分析する。

 コンバットプログラムは入力されたとおりに寸分違わずATを動かすことができる。それは決められた通りの動きでしかなく、ATの状態を考えての操作の機微などは存在しない。故に得てして機体を酷使しがちなのだ。

 みほがさっきパープルベアーへと入れたミッションディスクの中身は、俗に『グラップルカスタム』と呼ばれるプログラムだった。これはATの格闘技のアクションに重点を絞ったコンバットプログラムで、本来はバトリング選手などが使うものだ。しかしみほはATの動きにバリエーションを与えるために、敢えてそんなプログラムも予め自分で組んでおいたのだ。みほは操縦技術で、姉や、同輩の逸見エリカに敵わないという自覚がある。だがその穴を埋めるための努力を怠ったことはない。多彩なミッションディスクのプログラムもそのひとつだった。

 

『西住ちゃんを援護するよー! 全員突撃ー!』

『みぽりん助けるよ! みさいる発射ー!』

『わたくしも、負けていられません!』

『ターゲットロック! 発射! って弾切れ!? こんな時に!』

 

 みほの突撃に敵の注意がそれた隙を、会長は見逃さなかったようだ。

 残存機はすべて岩陰を飛び出し、聖グロリアーナとの正面戦闘に打って出る。

 動揺を突かれ、沙織のミサイルが命中したエルドスピーネが撃破された。

 これで9対12だ!

 

「もう一度白兵戦に――っ!」

 

 杏達の動きに合わせようと、前進する所をギリギリで後退。

 ステレオスコープの真ん前を銃弾が通り抜けていく。

 振り返るみほには見えた。迫ってくる2つの敵影。オーデルバックラーとその僚機!

 

 

 

 

 

 第18話『対決』

 

 

 

 

 

 

「ペコ。一時的にアッサムに指揮権を移すわ。一緒に大洗本隊を叩きなさい」

『了解です。ダージリン様、お気をつけて』

「心配ご無用……と言いたいところだけれど、どうかしらね」

 

 走り去るペコを見送ることもなく、ダージリンの眼はATのセンサーを通して真っ直ぐ、対峙するパープルベアーへと向けられていた。

 

「まさか大洗にコレほどの選手がいるとは思わなかったわ。相手にとって不足なし……」

 

 恐らくはバトリング用のカスタム機の流用だろう。

 そんなATでここまで頑張った相手に、ダージリンは素直に賞賛を送りたい気持ちだった。

 しかし勝負は勝負。試合を引っ掻き回し、予期せぬ苦戦をもたらした源こそは、自ら決着をつけねばなるまい。

 

「格闘を優先して、ヘビィマシンガンを捨てたのは悪手だったわね」

 

 別に相手に聞こえているわけでもないが、ダージリンはATの装甲に隠れた相手のエースへの言葉がけを止められなかった。ダージリンの心は踊っていた。大いに引っ掻き回されはしたが、それこそが実に面白い。こんなに楽しい試合は久しぶりな気がする。

 

「でもイギリス人は『戦争と恋愛では手段を――……」

 

 そんなダージリンの独白は不意に途切れた。途切れさせたのは相手のATの動きだった。

 右手を、ちょうど正拳突きのような格好で前へ突き出したかと思えば、手のひらを返し、クイクイっと手招きするような仕草をみせたのだ。ダージリンにはその仕草の意味する所がすぐに解った。

 

「ブルース・リーの真似事かしら。そうね……」

 

 ダージリンはちょっと逡巡(しゅんじゅん)した後に、シュトゥルムゲベール改を、せっかくの飛び道具を自分から投げ捨てた。

 あの手招きの仕草は、古いカンフー映画の、伝説的俳優の仕草だった。意味は『かかってこい』。

 

「受けた勝負は逃げないのが、わたくしの流儀よ」

 

 そう言い切り、ダージリンはATにファイティングポーズをとらせた。

 装甲騎兵道の試合ではめったに見られない、まるでバトリングのようなAT同士の徒手格闘。

 恐らく観客席は大いに湧いている所だろう。

 

(とは言え、私にはパイルバンカーの、それにH級AT故の体格差というアドバンテージがある)

 

 当然、相手もそれは承知の筈。そこをどう埋めてくるつもりなのか。それを考えるのも実に楽しい。

 

(パイルバンカーを打った隙を狙うか。あるいは足払いか……さぁ、どう来るつもりかしら)

 

 本隊同士のぶつかり合いをよそに、まるでそこだけが別の世界であるかのように、互いのエース機同士はにらみ合いを続けた。実際には30秒程度のことだったろう。しかしダージリンにはもっともっと長く感じる30秒だった。

 ――相手の動きには、何の前触れもなかった。

 なんの前触れもなく、ダージリンめがけて突進を始める。蛇行機動もない、馬鹿正直に真っ直ぐな機動。

 ダージリンも合わせてオーデルバックラーを走らせる。狙いはカウンター。相手が仕掛けてくるだろう技を見切り、それを躱してのパイルバンカーで仕留めるのが彼女の算段だった。

 

(距離40、距離30、距離20、距離10――!?)

 

 しかしパープルベアーは何一つ小細工なく、まっすぐコッチへと突き進み続けた。

 それが(かえ)って、ダージリンは虚を突かれる形になった。しかし彼女も聖グロリアーナのエース、相手が両手で掴みかかってくるのに合わせ、手四つで組合い、相手の前進を押しとどめる。

 

「H級にパワーで挑むなんて――!」

 

 ダージリンの目の前で、相手のATのハッチが跳ね上がるのが見えた。

 相手のAT乗り、栗毛の短い髪の少女が手に構える代物に、ダージリンの背筋は凍りつく。

 バハウザーM571アーマーマグナム。対AT用大型拳銃。オーデルバックラーの装甲を正面から抜くのは本来無理だが、この距離で、センサー系を狙えば!

 

「ッ!」

 

 ダージリンは相手がトリッガーを弾く寸前に行動していた。

 彼女がやったこと。それは自機のコックピットハッチを開くこと。

 風を押しのけぶわんと開くハッチに驚き、相手の動きが一瞬止まる。

 ダージリンは機内に備え付けの、対機甲猟兵用のウェブリー&スコットのリボルバーを抜き、撃った。

 

「わぁっ!?」

 

 相手の制服の、白の布地に広がる蛍光色の染み。

 装甲騎兵道のルールにはこうある。

 ――『操縦手を撃破した場合、ATが健在であっても撃破と同様に判定される』と。

 

「わたくしの勝ちですわ」

 

 パシュンと、音を立てて、相手のパープルベアーから白旗が揚がる音が聞こえる。

 相手の少女はため息ついて、がっくりとうなだれた。

 

「……負けちゃった」

「でも驚いたわ。こんな手を使ってくるとは思いも――」

 

 落ち込んでいる様子の相手の少女に、ダージリンがねぎらいの言葉をかけようとした時だった。

 パシュン、と新たに鳴ったのが聞こえた。でも、何処から?

 

「……え?」

 

 ダージリンの眼は点になった。

 白旗が出ていたのは、自身のオーデルバックラーからだったから。

 

「え?」

 

 辺りを見渡せば、原因はすぐに見つかった。やや離れた、小高い岩屋の上。

 そこには撃破したと思っていた、しかし実は撃ち漏らしていた、大洗のダイビングビートルとスタンディングトータスの二機が悠然と立っていた。その得物の銃口は、確かにダージリンのオーデルバックラーに向けられていた。

 

「……おやりになるのね」

 

 ダージリンには、そう返すのがやっとだった。

 あまりにも馬鹿馬鹿しい勝負の幕切れに、次の言葉は出てこなかった。

 

 なお余談ながら、撃破判定を出したのはスタンディングトータスのほうで、ビートルの銃口は実はてんで見当違いのほうを向いていたことだけは、記しておこう。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「ううう~頑張ったのに~」

「わたくしも二機は撃破したのですが……」

「弾切れさえなければ~」

「……もっと射撃の練習が必要だな」

「もっとチームワークを高める練習をしないと……」

「そうだ! バレーも装甲騎兵道もチームワークが全てだ!」

「そうですよキャプテン!」

「帰ったら猛練習です!」

「ローマ軍団兵の強さは訓練の強さだ!」

「巻狩じゃー!」

「伝習隊の結成ぜよ!」

「『1パイントの汗が、1ガロンの流血を防ぐ』。悔しいがパットンの言うとおりだな」

「……」

「くそう……絶好の位置に立ってたのに……」

「いやぁ残念だったね。河嶋もドンマイ」

 

 結局の所、試合は大洗の敗北だった。

 エースのみほが抜けた状態で、正面切って撃ち合いとなれば、やはり経験と数の差がものを言う。

 普通に撃ち合って、普通に負けた。それがすべてだった。それでも聖グロリアーナが残り五機になるまで粘ったのだから、むしろ褒められてしかるべきと言えるだろう。

 

 今は荒野のど真ん中、撃破されたAT達の真ん中で、大洗、聖グロリアーナの区別なく集まって、AT回収班が来るまでの、暇つぶしの雑談に興じていた。先に撃破された紗希以外の一年生チームや、柚子は待機場所に戻っているのでここにはいない。

 

「お名前を伺っても、よろしいかしら?」

 

 ATの中に積んであったティーセット一式に、何処から持ってきたのか折りたたみ式の椅子と机を広げ、紅茶を楽しんでいるのはダージリンであり、向かい合って座っているのは誘われたみほだった。

 

「え、えと……西住みほ、です」

 

 若干言いよどんだ後に、みほは小さな声でそう名乗った。

 ダージリンはちょっと驚いたような顔をして言った。

 

「西住流の……お姉さんとは、随分と違うのね」

 

 興味を惹かれた、といった眼でみほを見るダージリンが指をパチンと鳴らすと、オレンジペコがカップとポットを持って現れる。

 

「ぜひ召し上がって欲しいの。ペコの入れた紅茶は格別ですから」

 

 ダージリンは、そう言って微笑むのだった。

 

 

 






 籤が引かれ、組み合わせが決まる
 公式戦。全国大会と言う名の巨大な行事が、唸りを上げて動き始めた
 来るべき戦いに備え、みほ達もまた動き出す
 大洗の、その覚束無い未来を占うために
 だがその前哨とばかりに、捨ててきた過去が、忌まわしき過去が、みほの前に立ちふさがる
 
 次回「再会」 糾弾するは、我にあり


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番外編 不肖・秋山優花里のAT講座

 

 

 みなさん、こんにちは。

 秋山優花里です。

 今回はこの場を借りて、原作ガールズ&パンツァーの戦車に代わり、私達の愛機を務めているロボット兵器、その名もアーマードトルーパーについて、さらにはその原作となる装甲騎兵ボトムズについての解説を行いたいと思います。拙い解説になるかもしれませんが、不肖、秋山優花里、任務は全力で遂行いたしますので、暫しの間お付き合い頂けると幸いです!

 

【ガールズ&パンツァーについて】

 

 まずはガールズ&パンツァーについての解説です。

 2012年から2013年にかけて放映された、原作を持たないオリジナルアニメーション作品です。

 比較的最近の作品であり、また今現在(2016年6月時点)で劇場版が今なお放映中ということもあって、見たことは無くても名前だけは知っている、というかたは多いのでは無いでしょうか。

 女子高生が戦車に乗って戦う……という、そこだけ聞けば些か突飛にも思える設定を、拘りぬいた、しかしそれでいて映像的なケレン味も忘れない圧倒的戦車描写と、スポ根や往年のホビーアニメを思わせる熱いストーリーで引っ張る、ハートフルタンク青春エンターテイメントですぅ! わたくし、秋山優花里も主人公たる西住みほ殿の乗機、『Ⅳ号戦車D型』の装填手を務めさせて頂いています!

 テレビシリーズは全12話……ええと、実際には諸般の事情で2回ほど総集編が挟まりましたけど、とにかくストーリー的には全12話で、それに本編ではカットされたアンツィオ高校戦を描いたOVAが一作、加えて現在も絶賛公開中の劇場版と、ストーリー自体は極めてコンパクトに収まっていますので、とても取っ付き易い作品ではないかと思います。TVシリーズ、OVA、劇場版と一通り眼を通した後に、本編とは違う視点で描かれたコミカライズ版、ノベライズ版、さらには本編後の世界を描いたスピンオフ作品『リボンの武者』などの書籍での展開に触れてみるのもおすすめです!

 とにかく本作については、口で内容を語るよりも、実際に本編を見ていただくのが一番良いように私は思います。DVDもレンタルショップで取り扱っていますので、気になったら迷うこと無く全速前進ですぅ!

 ……ちょっとCMが露骨すぎましたでしょうか。つ、次に行きましょう!

 

【装甲騎兵ボトムズについて】

 

 次は装甲騎兵ボトムズについての解説ですね。

 装甲騎兵ボトムズは1983年から1984年にかけて放映された、ガールズ&パンツァー同様、特定の原作を持たないオリジナルアニメーション作品です。

 本作はいわゆる『ロボットアニメ』、つまりロボットを物語の中心に据えたアニメーション作品の一つで、劇中にはアーマードトルーパー、通称ATと呼ばれるロボットが多数登場します。

 TVシリーズは全52話と、一見、ガールズ&パンツァーとは対照的な長編アニメと映りますが、実はストーリーは『ウド編』『クメン編』『サンサ編』『クエント編』の4部構成になっていて、各部あたりは約13話と、1部辺りのスパンはガールズ&パンツァーとそう大差なくて、4クール1年の作品としては比較的取っ付き易い部類になっています。

 『ミリタリーロボットアニメの金字塔』と称されることの多い本作ですが、実はTVシリーズ終了後にリリースされたOVAシリーズはともかく、TVシリーズ本編ではミリタリー色が強いのは全4部のうち『クメン編』のみだったりします。鉄の軋みとその臭い、閃光と硝煙、ほのおのにおいしみつて、『むせる』……そんな殺伐として無情な戦場の現実を描いた作品と時に誤解される本作のメインテーマはずばり、『主人公キリコの自分探し』であり、『ヒロイン・フィアナとのラブロマンス』なんです! 意外に思われるかたも多いかもしれませんが、実は主題歌でも『盗まれた過去を探す』『砕かれた夢を拾い集める』と、割りとダイレクトにメインテーマが歌われているんですよね。それにしても『砕かれた夢を拾い集める』という部分には、私、何となく西住殿のことを考えてしまいますね! ……すみません、解説に戻ります。とにかく、恋愛に定評のある武部殿から見ても大満足間違い無しなラブストーリーは必見です! ロボットアニメの大御所ということで、TVシリーズは置いてあるレンタルショップも多いので、ガールズ&パンツァーと合わせてレンタルしてみるのも良いかもしれませんね。

 

【アーマードトルーパーについて】

 

 装甲騎兵ボトムズという作品のもうひとり、もとい『もうひとつ』の主人公とも言えるのがアーマードトルーパー、略してATと呼ばれるロボット兵器です。全高は4メートル前後の一人乗りの人型ロボット兵器で、ロボットアニメに登場するメカとしてはかなり小柄な部類となります。ちなみに装甲騎兵ボトムズ、のボトムズの部分は、このATあるいはその操縦者に対しての別称より来ています。劇中でも『ボトムズ乗り』という単語が何度か登場していました。

 アーマードトルーパーというロボットの第1の特徴として挙げられるのは、とにかく『ありふれた存在』であるということです。例えばキリコが愛用する機種『スコープドッグ』は数千万機もの数が量産され、百年戦争――百年戦争というのは、ボトムズの作品世界『アストラギウス銀河』を二分する、超大規模な戦争のことです――終結後は、余ったスコープドッグが大量に民間に放出され、街のゴミ捨て場にも残骸が大量に放棄されているほどです。実際、ボトムズ本編でもキリコがゴミ捨て場からATの残骸を拾い集めて、町工場程度の設備で一機組み立てるシーンがあったりするんですよ! ボトムズの監督を務めた高橋良輔氏がインタビューに答えて言うには『ATというメカはジープを意識して考えた』だそうです。なるほど、確かにこの手軽でありふれた姿には、戦車よりも、戦闘機よりも、装甲車や軍用車に近いものを感じますね。

 ATは何よりも生産性と機動力を意識して作られた兵器でして、そのために装甲や生命維持装置は必要最低限のものしか搭載していません。ガールズ&パンツァー本編、もといOVAでアンツィオ高校が使っていたCV33の装甲は一番厚い部分で14mmですが、スコープドッグの最大装甲も同値の14mmということからも、いかにATという兵器が生産性と軽さを意識した兵器かということが、おわかりになるかと思います。ただCV33とATの大きな違いはその火力で、スコープドッグが標準装備としているGAT-22 ヘビィマシンガンの口径は30mmと、手持ちのマシンガンと言いつつ機関砲並の口径と火力を有しています。さらに対艦用のオプション装備ロッグガンに至っては、小惑星の硬い岩盤を撃ち射抜くほどの出力を持っていますので、例え装甲は薄くとも、その攻撃能力はとても頼りになると私、断言できます。それに手持ちの火器がなくとも、アームパンチという最後の武器が備わっていますし。火薬の力で拳を撃ち出す訳ですから、そのパンチはATの装甲をへこませるぐらい強力です! あと、機種にもよりますけど足裏に搭載した車輪、グライディングホイールによる『ローラーダッシュ』で、ATはCV33に引けをとらない速力も持っています。軽快で走破性も高く、二本足のお陰で段差を超えるのも簡単です。装甲の薄さばかりが取り上げられがちですが、こうして見てみるとATも中々良い物だって、みなさんご理解いただけたでしょうか。

 

【ATの操縦法について】

 

 ATの操縦法は、M4シャーマン同様に極めて簡単です。

 操縦システムは前後に動く二本のレバーに、左右のペダルのみで行います。ただし二本のレバーについては、それぞれに指の位置に対応した5つのボタンが備わっていまして、このうち親指を除く残り4本に対応したボタンを『バリアブルコントローラー』と呼びます。基本的には脚部を左右のペダルで、腕部を二本のレバーで動かす訳ですが、ミッションディスク――ATの挙動をプログラムしたデータディスク――を合わせて使うことで、ある程度の動きはオートで行うことができます。他にも、音声認識によるオート操作も可能で、ボトムズ本編でもキリコが『バルカンセレクター』と叫ぶ姿が見られました。これはヘビィマシンガンをフルオートにする音声コードですね。他にもコンバットプログラムと言って、ミッションディスクに予め入力しておいた動作をオートで発動し、マニュアルでは難しい操作を繰り出すことも可能です。ガールズ&ボトムズの劇中においても、西住殿が幾つか技を繰り出していましたね。いやぁわたくし! 西住殿のあの動きには――(以下略)。

 

【ATの主な機種について】

 

 ATにはかなり多くの機種があるので、ここでは主な機種、おおまかな分類のみについて述べさせていただきます。その、あの、わたくし、自分の好きな話題に関しては、止まらなくなってしまいますので……とにかく始めます!

 え、ATにはおおまかに分けてH級、M級、L級の三区分があります。これは機体の全高と重量による分類で、H級はヘビー級を、M級はミッド級、L級はライト級の略です。殆どのATはM級もしくはH級で、L級のATは1機種しか存在していません。具体的に名前を挙げれば、

 

 H級……スタンディングトータス、ダイビングビートル、ベルゼルガなど

 M級……スコープドッグ、ファッティーなど

 L級……ツヴァークのみ

 

 となります。

 基本的にはM級は汎用型、H級は重火力型あるいは特機型、L級は機動型と見ることができますね。

 機体の普及率、という意味ではスコープドッグ、スタンディングトータス、ファッティーの三機種が三大ATと呼ぶことができると思います。いずれも機体のバリエーションに富み、湿地用、雪原用、山岳戦用、そしてバトリング用など、想定される戦場に合わせたカスタム機が多数存在しています。

 あとH級をベースに独自ルートをとった機種もありまして、マーティアル――アストラギウス銀河で最大の勢力を誇る宗教組織です――の聖地アレギウム防衛用に設計されたエルドスピーネや、そのカスタム機であるオーデルバックラーがそうですね。ガールズ&ボトムズ本編では聖グロリアーナの機体として活躍しました。他にもクロア星という惑星で独自に開発された、オクトバというちょっと一風変わった機種もあったりします。オクトバについては、開発元のクロア星が戦火で惑星丸ごと消滅してしまったので、残念ながら現存機が僅かになってしまい、今では見かけることも稀になってしまったのですけど。

 

【ATのギミックについて】

 

 アームパンチ、ローラーダッシュについては既に解説を済ませていますので、今度はそれ以外のギミックについて触れていきたいと思います。

 

・ターンピック

 これはATの方向転換に使う装置ですね。人間で言う所の踝の辺りに装着されていて、地面へと向かって杭を打ち込みます。ここを支点にローラーダッシュをすることで、急速旋回が可能になるわけです。整備が足りなかったり、パーツが劣化していたり、あるいは地盤が硬すぎたりするとうまく機能しません。ですが、硬い地面にターンピックを刺さらないのを承知で打ち込むことで、機体をわざとスリップさせるという運転技法も、あったりするんですよ。

 

・三連ターレットレンズ

 スコープドッグ系統のATのセンサーは、標準カメラ、広角カメラ、精密射撃カメラと、機能の違う三つのカメラがひとまとめになっていまして、その場その場に応じて回転させ、使い分けています。ちょうど顕微鏡のレボルバーを倍率に合わせて回転させるのと同じです。これを三連ターレットレンズと言います。そう言えば、戦車の砲塔を回転させる部分も、ターレットリングと呼びますね。次回予告の中でも『回るターレットから、キリコに熱い視線が突き刺さる』という一節が見られるように、ATの顔とも言えるギミックになっています。とは言え、実は回転するターレットレンズを持っているのはドッグ系ATのみで、トータス系やビートル系、ベルゼルガ系、それにラビドリードッグやツヴァークも3つのカメラが1組になっている点では同じですが、ドッグ系と異なり回転はしません。西住殿が使っているパープルベアーや、エルドスピーネのカメラは2つ、ファッティーを始めいわゆる『バララントAT』はすべてカメラが一つのみです。ブラッドサッカー、ストライクドッグといった次世代H級ATは4つのカメラが一体化した複合センサーを備えています。これはオーデルバックラーも同様ですね。カメラひとつとっても、ATにも実に個性があるということですね! ちなみに、ATのセンサーは機内でパイロットが装着するゴーグルと有線で連結されていて、カメラの視界はそのまま操縦手の視界に投影されるという、中々に画期的なシステムをとっています。操縦時のスリルも抜群ですぅ!

 

・降着

 ATは全高が4メートル前後と、立ったままではコックピットの位置が二メートルより上になってしまい、乗り込むのに不便です。そこでATには『降着』と呼ばれる足を折りたたむ機構が備わっています。これを使えば機体を格納するときにスペースもとりませんし、乗り込むのも楽で一石二鳥です。降着の方式はギルガメスとバララント、アストラギウスを二分する各陣営の機種ごとに異なっていて、ギルガメス系は足を後ろに、バララント系はちょうど体育座りの要領で足を前に折りたたみます。マーティアル系のATには降着機能がありません。ドッグに格納している時も立ったままで置いてあるようです。劇中の描写を見るに、ちょっと乗りにくそうでしたね。

 

・パイルバンカー

 既にガールズ&ボトムズ劇中に何度も登場しているパイルバンカーですので、改めて説明は必要ないかもしれませんが、念のため。これは主にベルゼルガ系に搭載されてる接近戦用の特殊兵装です。圧縮空気や火薬、あるいは電磁カタパルトを使って鉄杭を加速させ打ち出し、相手のATの中のパイロットを直接狙うという、なかなかに物騒な武装です。普通はベルゼルガ系が左腕に装着するシールドと一体化していますが、一部のスコープドッグはシールドを介さない、簡易式のリニアパイルバンカーを装備していたりしますね。後々のロボットアニメにも強い影響を与えた、極めてエポックメイキングな兵装なのですが、実はTVシリーズでは2回しか使っていません。パイルバンカーを有名にしたのはむしろ、スピンオフのOVA作品『機甲猟兵メロウリンク』で主人公を務めたメロウリンク・アリティー伍長ですね。彼は何と対ATライフル――対物ライフルのような大型ライフル銃です――の先に銃剣のようにパイルバンカーをとりつけ、それでATに生身で挑むという離れ業をやってのけました。いやぁ人間、頑張れば何でもできるものなんですね!

 

【バトリングについて】

 

 ガールズ&ボトムズ本編でも既に、名前だけは何度も登場しているバトリング。これもまたパイルバンカー同様、ボトムズという作品が生み出した極めてエポックメイキングなギミックなんですよ。内容は簡単『ロボット同士のバトルを見世物にする』というものです。劇中でのキリコの言葉を借りるなら『噂には聞いていた。俺と同じ戦場帰りのあぶれ者が、裏の世界で賭けの対象となってコンバットを見せている』となりますね。ロボット同士が戦うのはロボットアニメでは極当たり前のことですが、それをプロレスやボクシングのように見世物にしてしまうというのは、当時としてはとても画期的な発想でした。実はボトムズという作品も当初は『キリコが街々を巡ってバトリングをしていく』という内容で放映する筈だったと、みなさんご存知でしたか? しかし企画の段階では物語に対する比重がとても大きかったバトリングですが、実際のTVシリーズ本編では話のメインとして扱われるのは僅かに第4話『バトリング』の1エピソードのみ。余り大きな扱いとは言えませんでした。しかし模型誌とのタイアップで始まったスピンオフ小説『青の騎士ベルゼルガ物語』やOVA『ビッグバトル』などでバトリングは作品のメインに取り上げられ、後続のクリエイター達に強烈な印象を残しました。このバトリングのようなロボット同士のコンバットが見世物になる作品は、フルメタル・パニックやフロントミッション、そしてアーマードコアシリーズと、たくさん挙がります。

 話を戻しますが、バトリングには大きく二種類ありまして、『ブロウバトル』と『リアルバトル』の2つです。

 『ブロウバトル』はAT同士が火器を持たず素手で殴りあう、まさにプロレス、格闘技といった感じです。ただ、見世物性を重視しているのかキリコをして『あそこ(戦場)に充満していた息詰まるばかりの殺気、ビリビリしたあの張りが無い。ここには、馴れ合った穏やかさすら感じられる』とか『所詮、遊びだ』などと(くさ)されてしまっていますね。ただ、遊びと言ってもAT同士、鋼鉄の塊の殴り合いな訳ですから死者も頻発する危険なゲームには違いありません。

 もうひとつの『リアルバトル』、これはゲームの名を借りた『実戦』と言っても過言ではありません。ボトムズシリーズではむしろこちらが登場するほうが多いですね。以前、カエサル殿に教えていただいた、古代ローマの剣闘士を思わせる命がけのゲームです。実戦同様、参加するATは自由に武装し、会場は実弾が飛び交います。時には流れ弾が観客席に飛び込んで死傷者が出ますが、観客は『これもバトリングの醍醐味』とむしろ面白がってるぐらいでして、まぁ非常にアクティヴというかなんというか、アストラギウス銀河の住人たちのたくましさを良く表したエピソードといえるかもしれません。

 

 

 

 いささか長くなってしまいましたが、ここまでご静聴いただき、本当にありがとうございます。

 わたくし、話しっぱなしだったので喉乾いてしまいました。このまま話すとまさに『むせる』ですね。

 他にも解説するべきことができたら、またみなさんとこの場でお会いしましょう。

 それでは、パンツァー・フォー! ……じゃなかった! すいません、いつもの癖です。

 と、とにかく、また今度ーっ!

 

 



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第19話 『再会』

 

 

 聖グロリアーナとの練習試合は敗北に終わった。

 しかし実質素人軍団の大洗女子学園がここまで食い下がったことは評価されてしかるべきだし、各自の課題、チーム全体としての課題も明らかになり、何より大洗装甲騎兵道復活のいい宣伝になった訳で、総評すれば単純な勝ち負けを越えた良い結果に終わったといえるだろう。

 大洗チームの健闘っぷりには中継を通して地元民も盛り上がったし、地域を味方につけるのは大事なことだ。――おおむね杏会長の絵図通りにことは運んだという訳で、言うところ無しである。

 

「ふぇぇ~~」

「もうお嫁に行けない!」

「恥ずかしがったら負けです!」

「そうです! 華を生けるよう、無心に――ってやっぱ無理です!」

「諦めるの早いな」

 

 ――かといって負けは負けなので、当初の約束通り、みほ達のあんこう踊りの披露となった。

 ボディラインのくっきりと見えるラバースーツ状の衣装は、もはや立っているだけでセクハラといった塩梅だが、そこに中々に激しい振り付けが加わり、体のいろんな部位が揺れ動くので、いよいよもって公序良俗に反する。

 みほなどは顔を鮟鱇というより茹で蛸のように真っ赤にして、もう半ば破れかぶれに踊り狂う有様。沙織に華も似たような様子だが、優花里は開き直ったのか平然と踊り、麻子はいつも通りの鉄面皮であった。

 しかし言い出しっぺの生徒会の面々も一緒になって踊っているので、文句を言うこともできない。

 むしろ杏などは見るからにノリノリで、案外彼女だけは最初から罰ゲーム関係無しに踊るつもりだったのかもしれない。

 生身でのあんこう踊りの後は、ATでのあんこう踊りやタコ踊りも舞いに舞ったり、偶然出くわした華の母親が卒倒したり、華が母親と大喧嘩になったりもしたが、まぁ夜には無事に学園艦へと帰って来ることが出来ていた。

 

 そしてアッと言う間に、高校生装甲騎兵道全国大会、トーナメント組み合わせ抽選会の日がやってきた。

 

 

 

 

 

 

 第19話『再会』

 

 

 

 

 

 

 ――抽選会終了後の自由時間に、みほは珍しく『行きたい場所がある』と自ら言い出した。

 普段はだいたい沙織か優花里がどこそこに行きましょう、なにそれを食べにいこうよとみほを誘う。何か特別な用事でもない限り、みほはすぐにうんと頷いて一緒に来てくれるのだ。彼女はどちらかと言えば周りに合わせるタイプなのだ。

 つまり、ATに乗っている時はともかく、普段は余り自己主張が強いタイプでもないみほが、自分からどこそこに行きたいと言い出すのは珍しいパターンだった。

 最初みほはその場所に自分一人で行くつもりだったようだが、結局沙織達いつもの4人も一緒に付いて行くことになった。

 

(みぽりん……何か元気ないし)

 

 抽選会で初戦の相手に、強豪『サンダース大学付属高校』を引いてしまったからか、みほが元気がないというか、思い詰めているような顔をしていたのが沙織たちには気がかりであった。故に、そんな時は側に居てあげたほうが良いだろうと、沙織達は気を回した訳だ。

 さて、そのみほが来たかった場所はと言うと……。

 

「ええと、なになに……」

「『バトリング喫茶』……ですか」

「なんだそれは」

 

 取っ組み合いをするスコープドッグとスタンディングトータスの絵がデカデカと描かれた看板の下には確かに、『バトリング喫茶』の文字をみとめることができる。

 看板や、店の入口近くに貼られたポスターはアルフォンス・ミュシャ風の絵柄で、ポスターに描かれているのはレッドショルダー仕様のスコープドッグだった。恐らくは少しでも店をお洒落に見せようという店側の努力なのだろうが、描かれているモノがモノなので全然お洒落になっていないのが哀しい。

 

「……西住殿、もしかしてココって」

「え? なに? ゆかりん、ここが何のお店か知ってるの?」

「はい。飽くまで噂に聞いている程度ですけれど」

 

 観音開きの重い扉を開けば、店の中が顕に――なるより先に、厚い蓋により封じ込められていた『声』が一斉に飛び出してくる。

 

『うぉぉぉぉぉぉ!』

『いいぞ! そこだー!』

『殺っちまえー!』

『ぶっ潰せー!』

『ぶっ壊せー!』

 

 声と言うより怒号、と言った方が正確かもしれない。

 大きさもさることながら、そこに篭った活気、否、熱気がすさまじい。それも、触れれるのではないかと思えるほどの濃厚な熱気だ。

 

「え? え? なに?」

 

 沙織は思わず気圧されて後ずさる。

 そりゃそうだ。仮にも『喫茶』を名乗る店のドアを開けたら、殺せだの潰せだの物騒な単語が出てくれば誰だって普通はビビる。一般的な女子高生であればなおさらだろう。

 

「アハハ……いつ来てもガラ悪いね、ココは」

「やはり! 噂は聞いていましたが……まさか実在してたなんて!」

「まるで競馬場か競艇場ですね」

「じゃなきゃ競輪場だな」

「……華も麻子もなんでそんなとこのこと知ってるのよ!」

 

 ただし沙織の友人たちは揃って余り一般的とは言えない女子高生だった。

 みほは呆れの混じった顔になりながらも、懐かしいといった趣をのせて微笑み、敷居を跨ぐ。

 優花里は何やらテンションが上がってきたのか、鼻息も荒くみほに続く。

 さらに華と麻子もいつも通りの平然とした姿で2人の背を追う。

 

「ま、待ってよ~!」

 

 そして一人残されちゃたまらんと沙織は慌てて皆を追いかけた。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 店の内部は巨大な円形を成していた。

 ちょうどスタジアムのように、客席と机はすべて円の中央部を見ることが出来るよう配置されている。

 では、円の中央部には何があるかと言えば、それは『闘技場』だった。

 分厚い強化ガラスと鋼鉄の板で仕切られ、一面に砂がひかれた丸いバトルフィールド。

 正規のスタジアムに比べればずっと小さいが、それでも『ショー』を演ずるのには充分な広さがある。

 

「勝てー! 必ず勝てー!」

「あたしゃお前に小遣い全部かけてんだぞー!」

「それを言うなら私は一月分の仕送り全部かけたわ! 負けたら1ヶ月、三食水とパンの耳だわ!」

「負けたら土下座させてやるぅ!」

「操縦席から引きずり出してボコボコにしてやる!」

 

 声援と呼んでいいものか解らない声援を送りながら、手のひらに汗を滲ませ客達が観戦するのは、ATとATがぶつかり合う格闘技、見世物のコンバット、それすなわち――『バトリング』!

 そう『バトリング喫茶』とは飲み食いしながらバトリングを楽しめる画期的な喫茶店なのだ!

 

『おーっと「ウラヌス」! ロケットの一撃を見事に躱しました! あの至近距離から素晴らしい反応だ!』

 

 MCの実況がスピーカー越しに響き渡り、店の天井のあちこちから吊り下げられたモニターが、コロッセオ内部の戦いを様々な角度から映し出している。

 ぶつかり合っているのはどちらもドッグタイプのATだが、しかしその様相は互いに随分違う。

 一方は『ストロングバックス』と呼ばれるスコープドッグのバリエーション機で、頑丈な装甲とH級並のパワーが売りのATだ。その性質ゆえにバトリング選手が好んで用いるタイプで、今現在闘技場で戦っているのもド派手に真っ赤に塗られたいかにもバトリング用の機体だった。武器も見栄えの良い9連装のロケットランチャーである。

 それに比べると対戦相手は実に対照的だった。

 スコープドッグのカスタム機だが、見るからに『細い』。それもその筈、左手を始め全身各所、装甲という装甲を剥ぎ取り、ほとんど機械の骨格が剥き出しなような有様だ。

 通称『ライトスコープドッグ』。ただでさえ薄いATの装甲を極限まで削り、機動力と速力のみを強化した、半ば伊達と酔狂で出来上がっているようなカスタム機だ。基本戦法は『蝶のように舞い、蜂のように刺す』だが、ひとたび反撃を浴びればたちまち蝿か蚊のように叩き潰される。

 そんな機体の表面には、茶、焦げ茶、黄色、緑の四色で、旧帝国陸軍の戦車を連想させる特徴的な迷彩が施され、対戦相手のストロングバックスとはまた違った意味で人目を引く姿だった。左手には、スパイク付きのボクシンググローブといった風情のナックルガードが装着されていた。

 

『しかし「ウラヌス」の操縦はすさまじい! 一撃離脱が基本の筈のライトスコープドッグで、突撃を中心に据えた命知らずの戦法! 相手は完全に翻弄されている! バックス自慢の装甲も活かせてないぞ!』

 

 MCの実況通り、迷彩のライトスコープドッグの戦法は明らかに定石に反している。

 軽装甲の機体で迷うこと無く直進、懐に飛び込んで左手にはめたナックルで容赦なく殴打し、右手のショートバレルヘビィマシンガンで至近射撃を叩き込む。

 結局、ろくに反撃もできないままストロングバックスは撃破され、『ウラヌス』というリングネームのライトスコープドッグへと勝利の判定が下された。

 

『「ウラヌス」の勝利! これで三連勝だ! 誰か彼女を止められる奴はいないのか!』

「ちくしょー! 重ATであんな紙に負けやがってー!」

「全財産がぱぁだぁ~!」

「アハハハハ! 一ヶ月パンの耳生活の始まりだぁ~!」

 

 頭部から白旗を出し、行動不能になったバックスをセコンドのATがバックヤードへと引きずっていく。

 勝者の迷彩ライトスコープドッグは、観客へと向けてパフォーマンスのつもりか敬礼を送っていた。

 

「あのライトスコープドッグ、凄いですね! まさか重ATを相手にあんな戦い方があるなんて!」

 

 と、興奮した調子で感想を語るのは優花里だ。

 ちょうど真向かいの席に座っているみほへと、優花里は話しかけたのだ。

 

「うん。カーボン加工で安全だって言っても、怖いものは怖いから……勇気のある選手じゃないと、とてもできないよ」

 

 みほは同意して頷いた。

 自分も格闘戦を多用するAT乗りではあるが、ああも大胆に戦えるかといえば自信がない。

 ともすれば無謀な突撃にしかならない直進機動。使いこなすのは難しい。

 

「てか私はこんな店があった事自体にまだびっくりしっぱなしなんだけど……」

「まぁスポーツバーなんてのがあるから、ここも似たようなモンだろう。たぶん」

「この牛すじ煮込み美味しいです」

「こういう店は肝心の料理がおざなりだったりするからな。この焼きそばもいけるぞ」

「華も麻子もなんで馴染んでるのよ……私もなんか食べよ! すいませんタコ焼きひとつください!」

 

 一応は喫茶店と名乗ってはいても、メニューには喫茶店らしいモノはまるでない。

 バトリングという血の滾る見世物に合わせて、メニューも腹にどしっと来るものばかりが置かれていた。

 現にみほの右隣の華は牛すじ煮込みを食べているし、左隣の麻子も黙々と焼きそばを食べている。

 耐圧服姿の店員が運んできたタコ焼きを食べながら、沙織はみほへと話しかけた。

 

「それにしてもみぽりん。なんでこの店に来たかったの?」

「そうですね。確かにバトリングの試合が見れるのは興味深いですけれど……何かみほさんオススメのメニューでも?」

「あ、この店は鉄板餃子が美味しくて――」

「すいません! 鉄板餃子ひとつ追加でお願いします!」

「あ、鉄板餃子2つで! 私も試合を見て興奮したらお腹すいちゃいました!」

「ケーキは……ないか」

「そりゃあこういう店にはケーキはないでしょ……それよりもみぽりん、結局理由は――」

『それには――』

 

 不意に、知ってるような知ってないような声が、沙織の問いを遮った。

 

「わたくしがお答えしますわ」

 

 みほ達が声のほうに顔を向ければ、意外な人物の姿がそこにはあった。

 

「貴女は」

「聖グロリアーナの」

「ダージリンさん」

 

 聖グロリアーナ女学院、装甲騎兵道チーム隊長ダージリンその人である。

 しかしその格好は、聖グロリアーナの制服でもなければ、例のイギリス近衛兵風のユニフォームでもない。

 白のブラウスに青のロングスカートというラフな格好だった。

 

「席、ご一緒してもよろしくて?」

「あ、はい! どうぞ!」

 

 少し詰めて席を開けた沙織の隣に、ダージリンは座った。

 珍しく一人らしく、傍らには副官オレンジペコの姿はない。

 

「ここに来ればみほさん、貴女に会えるんじゃないかと思っていたけれど……私の勘は当たったようね」

「ダージリンさんもやはり……」

「ええ、貴女と同じよ。私服なのもそのため。ここに来ているのは飽くまでお忍びですもの」

 

 傍から聞いていると何について話しているのかさっぱりなみほとダージリンの会話に、沙織と華は互いの顔を見合わせた。沙織が代表して質問しようかと思った所で、先に口を開いたのは優花里だった。

 

「ダージリン殿! やはり西住殿も貴女もココには『偵察』に?」

「ええ。装甲騎兵道に心得のある者ならば必ずココに一度は顔を出すわね」

「偵察……ですか?」

 

 優花里へと頷くダージリンへと次いで問いを発したのは華だった。

 ダージリンは華のほうを向くと、右手の人差指を立てて、まるで先生のように説いた。

 

「全国大会の抽選会は毎年同じ会場で開かれる。そしてこのバトリング喫茶は、その会場から一番近いバトリング・コロシアムなの。全国の強豪が一同に会する抽選会……その熱気に当てられ、血の疼きを抑えられなかった選手たちがいつしか、この地に自然と足を運ぶようになった……」

「それじゃあ周りのお客さん、みんな装甲騎兵道の選手ってこと!?」

 

 沙織が慌てて周囲を見渡すのに、ダージリンはくすりと微笑んで、今度は彼女へと説く。

 

「みながみなじゃないわ。でも、一箇所に血気盛んなAT乗りが何人も集まれば自然、戦いは避け得ない。中には、対戦相手の実力を事前に知っておきたい、あるいは自分の力を見せつけ戦意を折っておきたい、と考え自分のATを持ち込む者まで現れたわ」

「その話は聞いたことがあります。全国高校装甲騎兵道大会。その『前哨戦』が行われる影の闘技場があると」

 

 優花里へとダージリンは再度頷いた。

 

「中にはみほさんやわたくしのように、偵察にだけ来る選手も大勢いるけれど。例えば……あそこで熱心にカメラを回しているのはサンダース副隊長。あそこでサングラスをかけて変装したつもりなのはアンツィオの隊長よ」

「じゃあ今試合をしているのも装甲騎兵道の選手か」

 

 麻子の指摘に答えたのは、今度はみほだった。

 

「うん。あの特徴的な迷彩に、機動力重視の軽装AT、それに勇猛果敢な突撃戦法……名前までは解らないけど、知波単学園の選手なのは間違いない」

「知波単学園と言えば、全国大会常連で、去年はベスト4にも輝いた高校ですね。ただ戦法の性質上戦績にムラがあって、ここ数年は初戦敗退ばかりでしたけど」

「あれだけの腕を持った選手がいるなら、例え黒森峰を相手にしても勝負がどう転ぶか……見ものね」

 

 それだけ言うと、ダージリンは静かに席を立った。

 

「それじゃあ、また。勝ち上がった先で、また巡り会えることを楽しみにしているわ」

「あ、はい」

 

 そして現れたのと同じぐらい唐突に彼女は去り、人混みに紛れて行った。

 

「……聖グロリアーナとは互いに決勝戦まで勝ち上がらないと再戦は無理ですね」

「うん。だからまずはサンダース戦を勝たないと」

「そう言えばみぽりん、サンダースってとこは強いって聞いたけど、大丈夫かな? ほら、あそこにそこの副隊長がいるみたいだし、それとなく探りを――」

『……副隊長?』

 

 それにしても今日は、やけに沙織の言葉が遮られる日である。

 またまた現れた来訪者の声が、沙織の声に覆いかぶさる。

 その声は、みほにとってとても聞き覚えのある声だった。

 

「ああ……『元』でしたね」

 

 あからさまに嘲笑を添えてそう言ったのは、灰色の髪の、尖った目つきの少女だった。

 

「エリ――逸見さん……」

 

 いや、彼女だけではない。その少女の傍らに、機械のような冷たい表情のまま、みほを見下ろす姿がひとつ。

 

「お姉ちゃん」

 

 西住まほ。みほの姉、その人。

 そして西住流の姉弟子であり、西住流そのものと言える人が、そこには立っていた。

 

 




 姉、そして好敵手
 捨ててきた過去が、眼をそむけてきた過去が、みほの前に立ちふさがる
 ゆるぎかけた自信、立ち上がる友たち
 新たに生まれる決意の陰で、また別の宿敵がその動きを開始していた

 次回「怪物」 呼ぶなれば、黒き獣か


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第20話 『怪物』

 

 

 ――逸見エリカという少女がいる。

 黒森峰時代の同輩であり、西住流の同門とも言える間柄だが、それ以上にみほは何かと彼女と縁があった。

 いや、エリカの方からみほに関わってきたと言うのが正解だろう。

 単に同学年の装甲騎兵道仲間だから、というのではない。

 みほが西住流の家元の子であり、エリカが尊敬するまほの妹ということもあるだろう。

 しかし結局の所、性格の違いが2人の縁の元だった。

 ある意味、みほよりもずっと西住流的な攻撃に次ぐ攻撃といった戦い方をするエリカに対し、みほはむしろ相手や僚機の動きを見て臨機応変に立ちまわる戦い方をする。黒森峰時代は西住流を体現するまほという姉の存在があったこともあり、みほの戦法も、そんな姉の動きに合わせるといった趣が一層強いものであった。これに、エリカは批判的であった。曰く『西住流らしくない』らしい。割りとズケズケと物を言うタイプのエリカは、相手が家元の娘だろうと容赦はない。ましてやみほとエリカは同学年なのだから尚更だった。

 ではみほとエリカは仲が悪かったのかと言えば、そうでもない所が面白い所だ。

 むしろ、家元の娘ということでみほとの間に一線を引いた感のある他の黒森峰生徒達と違い、飽くまで一人の選手としてみほに向き合ってくれるエリカという存在は、みほにとっては数少ない友人らしい友人と言って良かったかもしれない。

 狼のように勇猛果敢に挑むエリカに、鵺のように神出鬼没に戦うみほ。

 押しの強いエリカに、引っ込み思案なみほ。熱くなりがちなエリカに、冷静沈着なみほ。

 タッグを組んでバトリングの野試合に挑んだり、試合に備えての作戦会議を開いたり、意外と2人は良いコンビのようであった。割れ鍋に綴じ蓋、といった調子ではあったかもしれないけれど。

 だがそんな関係もある日を境にギクシャクしたものとなる。

 去年の全国大会決勝戦。その敗北。

 西住流にこだわるエリカと、むしろ西住流に外れたみほの在り方。

 みほが大洗へと転校したことを機に、2人の関係は決定的に破綻した。

 そして再び、巡り会ったのである。

 

 

 

 

 

 第20話『怪物』

 

 

 

 

 

 二対の視線が、みほへと突き刺さっている。

 ひとつは姉、まほからのものだった。

 昔からまほは表情を動かすことが少なく、四六時中厳しい顔をしているような所がある。

 現に今も冬の湖のように冷たく静かな瞳で、みほのことを見つめている。

 まほがただ単に冷たい人間ではないことを、むしろ意外と情が厚いことを、妹だけにみほはよく知っている。

 しかしそんなみほですら、時々姉が何を考えているのかが解らない時がある。

 特に装甲騎兵道に関する話となれば、彼女は即座に人の形をした西住流となってしまうから尚更だ。

 今、みほを冷厳と見下ろすまほがまさにそうだった。

 みほが拒んだ、あるいはみほを拒んだ西住流が、彼女を見下ろしていた。

 

「まだ装甲騎兵道を、続けているとは思わなかった」

 

 特に咎めるといった調子はそこにはない。いつも通りの淡々とした声で、ただ思ったことを口にしただけといった印象だった。それが却って、みほの胸にズシンと重く響いた。

 西住流から逃げ、黒森峰から逃げ、装甲騎兵道から逃げたはずのお前は、いったいそこで何をやっている?

 そう直接声に出して咎められたほうが、ずっと楽だったかもしれない。しかし咎めるのはまほではない。みほ自身……みほのなかに巣食った『負い目』の想いだった。

 

「お言葉ですが!」

 

 ここで、不意に立ち上がったのは優花里だった。

 まほとエリカの視線は彼女のほうへと向くが、それにたじろぐことなく、物怖じせずに優花里はハッキリと言った。

 

「あの試合のみほさんの判断は、間違ってませんでした!」

 

 自分が黒森峰出身であったと知っていたことから予想はしていたが、優花里はやはり去年の全国大会でのことについても知っているらしい。

 みほは更に胸が重くなった。『自分の行動は間違っていない』……そう思いながらも、決して言葉にして口に出せない自分。そんな本音を、優花里に代弁させてしまっている自分。事実は心臓を締め上げる。

 

「部外者は口を出さないで欲しいわね」

 

 まほに代わって口を開いたのはエリカだった。

 別に声を荒げてもいない、静かな言葉だったが、有無を言わさない強さがそこにはあった。

 優花里の勇気もこれには怯んだ。思わず俯いて、「すみません」と小さく漏らす。

 

「それにしても……良い度胸よね。ココに顔を出すなんて。ココに来れば隊長や私と顔を合わせるかもしれないって解ってたでしょうに」

 

 俯いた優花里から、エリカはみほへと視線を移す。

 彼女の瞳は青い。だが瞳に篭った感情はむしろ強い赤色にみほには見えた。

 (あざけ)りだろうか、それとも怒りだろうか。恐らくは両方だろう。まほとは対照的に、剥き出しの感情が双眸に宿っている。

 

「忘れたとは言わせない。責任から逃げたのはアナタよ。そのアナタが装甲騎兵道に舞い戻るなんて……」

 

 みほはエリカに対し、何も言い返さなかった。いや、言い返せなかった。彼女は事実以外言っていないから。

 それでも、視線だけは真っ向から受け止めた。どんな理由であれ、再びこの道を歩むと選んだ以上は、糾弾であろうと受け止めねばならないと思ったから。

 

「……まぁ良いわ」

 

 エリカは眼を細め、目線を逸らした。

 負けん気の強い彼女には珍しいその仕草に、みほはそれが何を意味しているのか良く解らない。

 

「一回戦はサンダースと当たるんでしょ。せいぜい『西住流』の名を汚さないことね」

 

 努めて西住流の部分を強調してエリカは言った。

 その言葉に、みほの脳裏に母の言葉が響き渡る。『道を誤った』という言葉が。

 

「なによその言い方! 何があったか知らないけど、でも言っていいことと悪いことがあるんじゃないの!」

「いくらなんでも失礼です!」

 

 事情を知らない以上は、口を挟むべきではないと思っていただろうか。

 今まで静かに推移を見守っていた沙織と華も、エリカの言い様に怒って立ち上がる。

 

「本当に失礼なのは誰かしらね。ねぇ、みほ」

「……」

 

 しかしエリカの視線の向く先はみほの方だった。

 心なしかさっきよりも、瞳に篭った怒りの度合いが強くなった気がする。

 

「……気が変わったわ。どうせサンダースが片を付けてくれるだろうと思ったけど、待つまでもない。ここで私が引導を渡してあげるわ」

 

 エリカが言いつつ指差したのは、『闘技場』のほうだった。

 

「ここがビジター用にATを貸し出してるのは知ってるでしょ。それで私と勝負しなさい。負けたらみほ、あなたが出場を辞退するのよ」

「ちょっと! 勝手に何を言ってるのよ!」

「横暴すぎます! 大会に出場するもしないも、決めるのはみほさんです! アナタが口出しする権利はありません!」

 

 沙織と華はいよいよ怒るが、エリカは意に介さない。

 ただただみほを挑むように睨みつけ、こう告げるだけだった。

 

「受けた勝負からは逃げないのが西住流よ。それとも何かしら? 自慢のミッションディスクの準備がないと、戦えないって言うのかしら。でもね――」

 

 エリカはその指先をみほの顔に突き付け、言った。

 

「真の選手というものは、どんな戦いにも勝たねばならないのよ!」

「――!」

 

 みほは思わず立ち上がっていた。

 エリカが犬歯をむき出しにしてニヤリと笑う。

 2人の間に、一触即発の空気が流れ、沙織も華も、優花里も心配そうにみほの顔を見る。

 

「……なるほど。ものは言いようだな」

 

 だがここでずっと黙っていた麻子が、火花散る2人の間に割って入る。

 

「万全に準備した西住さんには勝てないから、ここで潰しておこうというわけだ」

「……何ですって」

 

 エリカの視線が動いた。麻子を睨みつける目つきが、恐ろしく鋭くなっている。

 

「私はいつ戦ったって、どこで戦ったってみほに勝つわよ! 勝ってみせる!」

「そこまで言うなら公式戦で堂々と戦えば良い。それが『真の選手』なんだろ」

「ッッッ!」

 

 エリカは麻子に何か言い返そうとするが、言葉が浮かばないのか悔しそうに唇を噛む。

 うまく戦いの気配が途切れた所を逃さず、今度はやはり黙していたまほが動いた。

 

「今日はこのへんで良いだろう。どの道、全国大会が始まれば結果がすべてを証明する」

「ですが隊長!」

「この店に来た当初の目的を忘れるな。そろそろ『出てくる』頃合いだ」

「……わかりました」

 

 まほの平然とした調子に、エリカも冷静さを取り戻したらしい。

 みほの顔を流し目に見て、何も言わずに立ち去るまほの背を、エリカは追う。

 しかしまほと違って、捨て台詞を残すのは忘れない。

 

「せいぜい頑張ることね。サンダース相手にどこまでできるか知らないけど」

「べーっだ! 絶対に負けないわよ! あんた達にだって絶対に勝つんだから!」

「嫌な感じです!」

 

 捨て台詞に沙織が反論するが、エリカは振り向きもしない。

 普段は温厚な華もプンスカと怒ってしまっていた。

 一方優花里は、なんとも言えない微妙な表情をしている。

 

「今の2人……黒森峰女学園は去年の準優勝校です。その前は九連覇してて……」

「え! うそぉ!」

「じゃあ……みほさんのお姉さんも、それにあの感じの悪い人も」

「はい。西住まほ選手に、逸見エリカ選手。どちらも歴戦のボトムズ乗りです」

「……」

 

 椅子に座り込んで、うつむいてしまったみほ。

 彼女たちの周囲に、なんとも気まずい沈黙が流れる。

 その空気を破ったのは、MCの脳天気な声だった。 

 

『さーて快進撃を続ける「ウラヌス」に次なる挑戦者が現れました! 彼女同様、自機ATを持ち込んでの参加です! リングネーム「ブゥラン」! 意味はロシア語で「地吹雪」だぁ!』

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

『機体の調子はどうですか、カチューシャ』

「ハラショーよノンナ。それだけのお金はつぎ込んでるんだもの。むしろ動かないなら業者をシベリア送りよ」

『相手は知波単の……恐らくはエースです。油断は禁物ですよ』

「はっ! あんな低スペックATにこのカチューシャが負けるはずないじゃないの! 余計な心配は良いからノンナはデータ取りに集中しなさい!」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 闘技場に、その黒いATが姿を現した瞬間、優花里は思わず走り出して強化ガラスに勢い良く飛びついた。

 

「ゆ、ゆかりん!」

「どうしましたか!」

 

 その後を沙織、華、麻子、そしてみほと慌てて追う。

 

「すごいです! 西住殿見てください、あれ!」

 

 優花里が興奮して指差したのは、新たな迷彩ライトスコープドッグの対戦相手だが、その機種にはみほも確かに驚かされた。

 

「『エクルビス』!」

「でっか! 何アレ、あんなの初めて見たよ!」

「本当に大きいですね。スコープドッグよりも頭一つ分背が高いですし、肩幅も広いです」

「しかしザリガニか。確かに左手にはクローがあるが」

 

 赤いひとつ目の、黒く巨大なATだった。

 大洗にあるどのATともまるで似ていない、特徴的な姿の機体だ。

 強いていえばカメラの雰囲気がファッティーに似ているが、あれよりもずっと大きいし高性能そうに見える。

 大きい上に背の方に長く突き出した頭部。左手に備わった三本爪の大型クローアーム。右手にはパイルバンカーらしきものが装着されている。車輪がつま先の方に備わった大型のグランディングホイールがあり、腹部には二連装の機関銃が装備されていた。

 

「B-ATH-XX『エクルビス』! 写真でしか見たことありませんでした! 動いてる所を見るのは初めてです!」

 

 興奮しているのは優花里だけではなく、他の観客も席を立って分厚い強化ガラスにまで寄ってきている。

 

「そんな凄い機体なの、あれ?」

「凄いというか、とても貴重なATなんですよ! 少数が試作されたのみで現存数も少ないですし! それに操縦系統が極めて特殊な実験機なんです! 乗りこなせるのは極一部の限られた者だけとか!」

 

 MCの実況も、優花里の解説を裏付ける調子だった。

 

『これは珍しいATの登場だ! エクルビスがこの闘技場に来たのはこの十年でもたったの二回! それも一回はファッティーを改造して作った偽物だった! さぁコイツは本物かどうか! それは戦ってみれば解ること!』

「あの黒いのに賭けるよ!」

「ハッタリに決まってラァ! 見てよあのこれみよがしなクロー! 脅し以外の何の役に立つのさ!」

「へ! これだからトーシローは! あのATの凄さをしらないのかい!」

 

 観客たちも大いに盛り上がって来ている。

 闘技場の中央へとエクルビスとライトスコープドッグは乗り寄せ、向かい合う形になった。

 

『さぁて「ウラヌス」の四連勝か! それとも期待の大型新人の初勝利か! 今ゴングが鳴ります!』

 

 闘技場中央の天井より吊るされたシグナルのランプが灯り、ビィーッと開始を告げる電子音が鳴り響く。

 

『おーっと「ウラヌス」! いきなり突っかけたー!』

 

 相手がデカブツだろうとお構いなしといった調子で、ライトスコープドッグはいきなりのフルスロットル。

 エクルビスは胸部の機銃で迎撃をするも、「ウラヌス」は最低限の動きでこれを避け、懐へと潜りこむ。

 その顔面目掛け、左のスパイクナックルを思い切り叩きつけんと振りかぶり、一閃!

 

『お! おおおおおおおっ!』

 

 しかしそれに対してエクルビスが見せた動きは、MCがおもわず実況を忘れて叫ぶほどのものだった。

 

「嘘ぉ!」

「ATがばばばバク転!? 西住殿! 西住殿!」

 

 エクルビスはなんとATでバク転をして見せてこれを回避。着地同時に左手のミサイルを発射。「ウラヌス」が間一髪でこれを避ければ、その隙に今度はエクルビスが突っかける!

 「ウラヌス」がヘビィマシンガンを撃つのを、今度はジャンプで射線より逃れた。

 そして「ウラヌス」が銃口を向け終わるよりも早く、左のクローアームがヘビィマシンガンを叩き落とす。

 

『すごいです! グラップルカスタムされた軽量機ならならともかく重ATでやるとは、まさに離れ業だぁ!』

 

 ここで並のAT乗りなら距離をとろうとする所だが、「ウラヌス」は違う。

 何と再度左手のスパイク付きナックルガードでエクルビスの頭部を狙う。

 相手が僅かに機体を後退させれば、今度は右手のアームパンチ! コンビネーションパンチを思わせる動きでエクルビスを攻める!

 

『ああーっ! 「ウラヌス」右手を受け止められたー!』

 

 しかしエクルビスは急速後退すると同時に、突き出したクローでアームパンチを真っ向受け止めた。

 そしてそのまま――「ウラヌス」の右手を引きちぎる。

 

『これは万事休すか! いや、「ウラヌス」はまだ攻める気だ!』

 

 しかし自身の右手でエクルビスの左クローを封じている内に、ターンピックを駆使して「ウラヌス」はエクルビスの背後へと回りこむ。残った左手の狙いは、エクルビスの膝裏。関節を砕いて足を止め、逆転を狙う算段だ。

 

『しかし「ブゥラン」は急速後退! 背中からのタックルで「ウラヌス」を吹き飛ばしたぁ!』

 

 これには「ウラヌス」もどうしようもない。

 倒れた所を何とか立ち上がるよりも早く、正面に向き直ったエクルビスが、足裏の三連グランディングホイールを活かし間合いを詰めてきたのだから。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

『待ってくださいカチューシャ! まだマッスルシリンダーの稼働データの採取が――』

「遅いわノンナ。もう勝っちゃったわよ」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 エクルビスはライトスコープドッグの両足をパイルバンカーで破壊し、クローアームで頭を掴んで機体を無理やりひっくり返した。ちょうど「ウラヌス」が跪くような格好になった所で、背中を踏みつけ、左手のクローを掲げる。

 勝利宣言と同時に、試合終了のゴングが鳴り響く。

 

『強い! 圧倒的強さです! 善戦むなしく「ウラヌス」の連勝は3でストップだー!』

 

 みほ達は思わず言葉を失くしていた。

 その圧倒的な強さに。悪趣味な勝ち方に。

 

「相手のATの両足を破壊し、跪かせる。西住殿、この戦い方は……」

「うん。プラウダ高、『地吹雪のカチューシャ』」

 

 そう、敵はまほやエリカばかりではない。

 全国の猛者が集う公式戦。強敵は大勢いる。

 それは、次戦うサンダース大学付属高校とて例外ではない。

 

「……」

 

 みほは無意識の内に、己の拳を強く強く握りしめていた。

 

 

 

 

 





 大会が始まろうとしている。
 次々と現れる強敵の陰。みほは策を巡らし、戦いに備える
 しかし戦いとは戦場のみに非ず、訓練のみに非ず、会議室のみに非ず
 敬愛する者達のために、優花里はもう一つの戦いへと赴いた

 次回『潜入』 知ること、それもまた戦いか


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第21話 『潜入』

 

 大洗女子学園の学園艦の、何倍もの大きさを誇る巨大な船体。

 恐らくは、全国大会にエントリーしている学校の中で最もリッチなサンダース大学付属高校の学園艦である。

 空母然とした外見は大洗と大差ないが、縦長で幅の狭い大洗に比べれば横幅もがっしりとついている。

 傍らから見ればまるで巨大な海に浮かぶ要塞であり、今からそこに『潜入』する身の上としては、緊張に生唾を飲み込んでしまう程だ。

 

「……ふー」

 

 深呼吸して気合を入れる。

 別に命のやりとりをしに行く訳でもなし、そこまで緊張する必要はないのだが、事が事だけに自然と動悸が激しくなってしまう。

 

「……行きます!」

 

 誰に言うでもなく、一人コックピットにて叫ぶ。

 その声がトリッガーになって、彼女の体が動き始めた。

 右手に握ったレバーを倒せば、彼女の体の動きに合わせて、その身を包む鋼の巨体も動き出す。

 水の中から出てきたのは、一見して改造品と解るハンディロケットガンだった。

 本来ならばロケット弾が収まっているべき部分には、巨大な折りたたみ式アンカーが無理やり装填されている。

 人間で言う所の顔にあたる部分全体を回転させ、カメラモードを切り替える。

 機体の大部分を水に沈めたまま、頭だけ僅かに出すだけで自機上方を視認出来る放射型カメラ配置は、何度見てもよく出来た仕事だと感心させられる。『ダイビングビートル』……流石は高級機だ。

 精密照準カメラを動かし、標的位置をズーム。突き出たキャットウォーク周辺の、太い柱をロックオン。

 アレならばATの重みを支えることも出来るはず。

 

「……」

 

 一瞬、呼吸を止める。手ブレを止めるためにスナイパーがよくやる手法だが、ATには手ブレもクソもないので本当は必要ない。しかし気分的に、こっちのほうが集中できる気がする。

 FCSがターゲットをロックし、目一杯の画面が電子音と共に赤く染まる。

 優花里はトリッガーを弾いた。

 信管を外したロケット弾が、花火のように煙の尾を引いて飛ぶ。

 狙いは(あやま)たず。うまい具合にアンカーのフックが、支柱へと引っかかる。

 何度か引っ張ってみて外れないことを確かめると、ハンディロケットガンに増設したウィンチの電源をONにする。

 正規のAT装備、例えばエルドスピーネのザイルスパイドのようなちゃんとした装備品ではないので、このウィンチも単体ではATを持ち上げるのにはパワー不足だ。

 ならばどうする?

 

「よし、と」

 

 ATの足裏を学園艦船縁に押し付ける。

 ウィンチを起動。ワイヤーの巻き上げが始まると同時に、グランディングホイールを回す。

 海面より脱したダイビングビートルは、船端をまるで鯉が滝を昇るように上がり始めた。

 

「――ッッッ」

 

 決められたレールの上を走っているのではないので、ATの挙動は極めて不安定だった。

 走りは遅く、時に足裏が船端より外れ、宙吊りの状態になりさえする。

 ワイヤーの強度も不安だった。いつ海へと真っ逆さまに落ちないかと、耐圧服の中で優花里も冷や汗をかく。

 重いH級のATを持ち上げるだけあり、例の支柱にたどり着くまでにゆうに十分は掛かったかもしれない。

 

「ふぅぅ~~」

 

 何とか支柱に掴まり、キャットウォークの踊り場へとATを滑りこませる頃には、優花里は汗びっしょりになっていた。

 ヘルメットを脱ぎ、ハッチを開いて潮風に当たる。飛沫が目にしみるが、それでも涼しい風がありがたい。

 

「第一関門……突破」

 

 しかしこれはまだ序の口、学園艦にこっそり乗り込んだにすぎない。

 肝心はここから。目指すは、サンダース大学付属高校校舎。狙いはATと編成の情報だ!

 

 

 

 

 

 

 第21話『潜入』

 

 

 

 

 

 

 サンダースの制服は灰色のブレザーに黒のネクタイ、赤いスカートとなかなかにお洒落だった。

 普段は他校の制服など着る機会もないので、優花里は何とも新鮮な気分に包まれている。

 不思議と気分のほうも良くなってきたので、ここは振る舞いもサンダースらしくしてみよう。

 

「ハァイ!」

「ハァイ!」

 

 それっぽくすれ違った生徒に挨拶してみたら、即元気な声が帰ってきた。

 ついでに手も振ってみたら、手まで振り返してくれたのだから、なかなかにフレンドリーだ。

 しかし一般生徒に扮するのは何とかなりそうな気がする。

 普段の自分のキャラとは違うかもだが、これも大事な任務。不肖秋山優花里、必ずや完遂してみせる!

 

「ハァイ!」

『ハァイ!』

「ヘロー!」

『ヘロー!」』

「コーヒー・オブ・ウド・イズ」

『ビタァァァァッ!』

「ショルダー・イズ」

『レェェェッッド!』

 

 ――などとなるたけサンダース生らしく明るく振る舞いながら、着々と校舎の奥へ奥へと入り込んでいく。

 事前に校内図を見ておいて正解だった。多少迷ったが、ほぼ寄り道無しで格納庫まで辿りつけたのだから。

 

「格納庫に到着しました。中を覗いてみたいと思います」

 

 校章バッジ――に偽装したピンマイクに話しかけながら、格納庫の中に入ってみる。

 思いの外、中には大勢の人間がいたので、優花里一人増えた所でたいして目立たないのは好都合だ。

 警備員の類が見まわっている様子もない。

 装甲騎兵道は試合前の偵察を認められているが、しかし基本海の上の他校学園艦への偵察は極めて難しい。忍道履修者でもなければ早々できることではないし、だから聖グロリアーナなどは偵察専門のスパイチームまで持っているという噂だ。

 だがそんな学校は少数派で、故にサンダースも余りスパイを警戒はしていないようだった。

 これならば充分に当初の目的を果たすことができる。

 

「凄い数のトータスタイプです。一体何機あるのか……数えきれません」

 

 サンダースはお金持ち……そのことは格納庫一杯に並んだトータスの列を見ればわかろうというもの。

 H級ATは基本的にM級よりも高級だ。それをこれだけ備えられるのだからたまらない。

 

「14ST以外にも湿地用の14WPもありますね。それに……あそこに並んでいるのは『ストレートトータス』です! 言わばローカル仕様のマイナー機なのに、あれだけの数が揃ってるなんて。あ、向こうに並んでるのはダイビングビートルですが……なんて数! あれだけの数のビートルを揃えるお金があれば、ドッグ系なら倍の数は買えるのに!」

 

 しかし見れば見るほど大洗との資金力の差は歴然だった。

 どのATも装甲が驚くほどキレイだが、それは頻繁に交換できるほどのパーツのストックがあるからであり、ストックパーツもジャンクではなく新品だからに他ならない。ひょっとすると壊れたATは即廃棄して、新品と取り替えているのかもしれない。いずれにせよジャンクの継ぎ接ぎで出来た大洗ATの造りとは大違いだ。

 

(……ですが、最後にものをいうのは戦術と腕!)

 

 一瞬、装備の差に心を呑まれかけるも、みほ直伝の心得を思い返し、発奮する。

 ここに自分が来たのは勝つためだ。勝ちにつなげるためにスパイまでしたのだ。

 今更何を疑おう。西住殿を信ずるのみ!

 

「偵察を再開します。やはり今年もサンダースはトータス系を中心に来るようです。後期型のトータスが主力に、一部の戦場ではビートル系を投入してサポートする戦術でしょうか。特別な改装を施した機体は――」

 

 改めてざっくりと格納庫の内部を見回して回っているうちに、僅かながら他のトータスと毛色の違うのが混じっているのに優花里は気づいた。近づいてつぶさに観察してみる。

 

「少々変わった機体、見つけました。私も初めて見るタイプかもしれません」

 

 まず目につくのは、背中に負った、折りたたみ式の大型砲身だろう。

 ミッションパックの左側に取り付けられ、弾薬補給ベルトとアジャスターで繋がれている。

 

「ベースとなっているのは14STHACでしょうか。いわゆる重装型ですね。それにしても……『ドロッパーズフォールディングガン』とは些か変わった装備です」

 

 『ドロッパーズフォールディングガン』とは本来スコープドッグ用の追加兵装で、これを装備したドッグは通常機と区別して『バーグラリードッグ』と呼ばれる。拠点攻略や強襲攻撃に使用される特機だが、極めて癖の強いATで、使用されることは余り多くはない。

 その癖が強くなる最大の理由こそ、『ドロッパーズフォールディングガン』の装備で、折りたたみ式の大型ライフル砲は優れた初速と射程、そして貫通力を誇るが、ATに装備するにはやはり砲身が大きすぎるのだ。様々な調整により機体のバランスこそ保たれているが、無茶な仕様も多く使いこなすには技量がいる。装備が重いために稼働時間も長くはない。

 

「確かにH級ATこそ、この手の重装備には適していますが……カメラも配置はともかく機種が通常機とは違うようです。飽くまで私の勘ですが――」

『そこの二年生』

「はひぃっ!?」

 

 急に背中から声をかけられて、優花里は慌てて振り返った。

 声の主は、優花里のすぐ後ろにいた。10センチ弱、優花里よりも背が高いので、優花里はやや見上げる形になる。キリッとした切れ長の両目に、ベリーショートの髪、薄いそばかすはあるが、それも顔のアクセントに留まっている。宝塚にでも居そうな凛々しいタイプの御仁である。驚きの余り最初は分からなかったが、優花里はすぐに彼女が誰かを思い出した。サンダースのナオミ選手といえばエースの一人じゃないか!

 

「私のATがどうかした?」

「あ、いえ、その、あの……」

 

 一瞬『サインください』なんて場違いな台詞が出てきそうになったが、必死に飲み込む。

 マズい。実にマズい。返答次第ではスパイとばれてしまうかもしれない。

 このタイミングでバレれば間違いなく即座に捕まるだろうし、捕まればどうなるか想像もつかない。

 

「……? なんだ?」

 

 ああ! 早くも相手は怪訝そうな顔に変じている!

 なんでも良い! なにか言わないと!

 

「あのっ!」

 

 思わず大きな声が出てしまった。

 他のサンダース生も何事かとこっちを見ている。

 ままよ! 後戻りはできない。

 

「わ、わたし! どうしても……その……このATに乗ってみたくって!」

 

 あああと優花里は胸中にて絶叫した。

 よりにもよって選んだ言葉がそれか! 単に本音をそのまま出しただけじゃないか!

 こりゃ駄目だと思って、俯く。きっと頬は恥ずかしさで真っ赤になっているに違いない。

 

「……」

 

 相手が何も言わないので、恐る恐る優花里は顔を上げて、ナオミの表情を窺ってみる。

 彼女はというと――笑っていた。

 ニヤッとした軽い笑いだが、何故かとてもうれしそうに見えた。

 

「……『ファイアフライ』。乗ってみたいか?」

「乗せてくれるんです!?」

 

 またもやよく考えずに反射的に返してしまったが、相手にはそれが良かったのか、親指を立ててぐっと突き出してくる。優花里も同様にして返す。

 

「放課後ね」

「はい!」

 

 嬉しそうに踵を返すナオミに、優花里は力強く答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

「で……サンダースのATを思う存分乗って帰ってきた訳か」

「は、恥ずかしながら」

 

 麻子が言うのに、優花里は照れくさそうに頷いた。

 所変わってここは優花里の家であり、優花里の部屋である。

 今日学校に顔を出さなかった優花里を心配し、みほ達はわざわざ優花里を訪ねて見舞いに来てくれたのだ。

 ATが友達だった優花里には友人を部屋に上げるなど初めてのことで、これは実に嬉しい事だった。

 

「ファイアフライ……聞いたことないけど」

「ナオミ殿が提案して作られた、サンダースオリジナルのカスタムATだってことです。ナオミ殿が率いる分隊5機に、予備機の5機の計10機のみのレアな機体ですね」

 

 『せめて相手の編成が解れば……』と漏らしたみほの言葉を受け、優花里は一人サンダースへの潜入を決めた。生徒会の面々に「絶対に勝て」と念を押されたこともあり、責任を背負い込まされたみほを是が非でも助けたいという思いがあったのだ。目論見通りにはいかない部分もあったが、それでも収穫は充分にあった。

 

「乗ってみた印象はどうだった?」

「やはり通常のトータスタイプに比べるとかなりバランスが悪いです。重心が砲のある左側にどうしても寄ってしまいますし、センサー系も通常機と違う物をかなり使ってますので勝手が違います。H級ですから安定感はあるんですけど……」

「乗りにくい?」

「ナオミ殿には悪いですが。サンダースでもナオミ殿の分隊以外では使いたがらない娘ばかりだそうで。ナオミ殿が残念そうに漏らしてました」

「……でもドロッパーズフォールディングガン装備が5機……結構厄介かも」

 

 優花里からの報告に、みほはちょっと考えこんだ。

 遠距離砲戦能力に関しては大洗はかなり弱い。

 撃ち合いになれば不利を通り越して10:0で相手の勝ちかもしれない。

 

「ありがとう秋山さん。お陰で作戦の筋道は立てられるから」

「いえ! その……わたくし実質サンダースに遊びに行っていたようなものでして……ですが、実はサンダース生からブリーフィングの情報をいくらか聞き出すこともできまして、相手の大まかな編成の情報は何とか持ち帰りました。これ、それをまとめてあるので、後でご覧になってください」

 

 優花里はデーターの入ったUSBをみほへと手渡した。

 みほはうんと頷きながら、それを受け取る。

 

「それにしてもさ」

 

 不意に、沙織が言った。

 

「ゆかりん、大丈夫なの?」

「え? なにがですか?」

「いやぁ必要だったとは言え、生徒会の河嶋先輩のAT、勝手に借りちゃったんでしょ」

「はい。了解を得る時間がありませんでしたので。ただ授業の時に困らないように、私のATを代わりに置いておいた筈ですけど」

「いやぁそのことでさぁ」

 

 一拍置いて、沙織は言った。

 

「かなーり乱暴な使い方してたけど、大丈夫なのかなぁって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、自機の有様を見た優花里の悲痛な悲鳴が響き渡ったが、まぁこれは些事であろう。

 

 

 

 





 戦いとは、戦場でのみの出来事ではない
 その後方で蠢く、あまりにも膨大な物資の流れがあって、戦いは初めて成り立つ
 網の目のように張り巡らせた、複雑怪奇なる補給路を手繰り、操るもの
 その者こそが、あるいは真の勝利者か
 勝利の種を求め、杏達が今、昂然と立ち上がる

 次回『補給』 掴んだものは、玉か石か


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第22話 『補給』

 

 大洗女子学園の学校図書館は中々に立派な造りをしている。

 アンティーク風のインテリアで占められお洒落であり、蔵書も豊富である。

 気合が入っている割には利用者が少ないのが実に残念だ。

 しかし人気がないぶん、普通の図書館・図書室では厳禁とされるお喋りをしても、周りに気にする者も咎める者もいないというのが実に良い。談話室や自習室代わりに使うにはうってつけだった。

 さて、今日この学校図書館の一角に集まり、何やら勉強会らしきものを開いているのは、大洗装甲騎兵道D分隊。例の一年生チームであった。

 

「やっぱ本で読むだけだと全然よくわかんないねぇ~」

 

 間延びした特徴的な声でそう言ったのは宇津木優季である。

 『装甲騎兵道入門』とデカデカと表紙に書かれた本より眼を上げて、困ったような顔をしている。

 

「ネットで動画探したけどうますぎて参考にならないし」

 

 眼鏡にツインテールの大野あやが頷いた。

 学校の共用パソコンを開いて動画を覗いているが、検索ワードが悪いのか内容は少々ピントがずれている。

 

「でも頑張ってレベルをあげないと」

 

 と漏らしたのは黒いロングヘアーの山郷あゆみである。

 その顔にはどことなく焦りの色が見え隠れしている。

 

「そうだよ! このままじゃ先輩たちの足を引っ張っちゃうかもしれないし、何としても強くならないと!」

 

 強く口調で宣言したのはリーダー澤梓。黒のショートカットのやや地味な風貌だが、そのハッキリした声は実にリ-ダー然として責任感に満ちている。この勉強会――ATについての理解と、訓練法の研究だ――を発案したのもほかならぬ彼女なのだ。

 

「……」

 

 梓の言葉に静かに頷いたのは、丸山紗希。無口でボーっとしているが、聖グロリアーナ戦で見せたように思わぬ所で実力を発揮する一年生チームの隠し玉だ。

 

「次こそは格好いい所見せたいもん! 負けっぱなしじゃカッコ悪い!」

 

 最後にそう締めくくったのは阪口桂利奈だ。現状、一年生チームでは一番操縦が上手いが、それが発揮できる場面に恵まれず、彼女は燃えていた。割りと熱しやすい性格のようだ。

 

「でもさ。私達だけで考えて自主練するの、やっぱ無理あるんじゃない?」

 

 と言ったのはあゆみである。

 これにはあやもウンウンと頷いて言う。

 

「調べるって言ったって、装甲騎兵道関連の本とか、ここ古いのしか置いてないし」

「やっぱ誰かに聞くしかないよね~」

「聞くって?」

 

 あやの言を受けて優季が漏らした言葉に、桂利奈が反応した。

 装甲騎兵道が大洗女子学園から無くなって随分な年月が経つ。

 そんな現状聞ける相手と言えば――――梓が、立ち上がって宣言する。

 

「今から、先輩たちの所に行こう!」

 

 

 

 

 

 第22話『補給』

 

 

 

 

 

「西住隊長! 私たちに戦い方を教えて下さい!」

「「「「「「お願いします!」」」」」」

 

 放課後、例の校庭横倉庫にみほ達がやって来た時、出迎えたのは勢揃いした一年生チームの面々だった。

 

「私達、強くなりたいんです」

「負けてばっかじゃいられないです!」

「てか一機ぐらい落としたいです!」

「格好いいことしたいです!」

「逃げてった彼氏とより戻したいです!」

「……」

 

 その声の勢いにみほは面食らうが、真剣な眼差しで見つめてくる一同に、自然と表情が引き締まる。

 

「わかりました。公式戦も近いですし、改めてD分隊の戦い方を一緒に考えてみましょう」

「ありがとうございます!」

「がんばりまーす!」

 

 ――とは言ったもののである。

 

「初期型トータス……」

「新品同然のコンディション。これで後期型なら言うことないんですが」

 

 ずらっと並べられた一年生チームの乗機、スタンディングトータス初期型。

 それを前にしてみほは悩み、優花里も惜しいと言った調子で頷く。

 

「初期型と後期型で、そんなに違うものなのでしょうか?」

 

 この華の問に答えたのは優花里だった。

 

「やはりローラーダッシュ機構が備わっていないのが……無論、H級ならではの堅牢な構造に優れたパワー、余裕があり操縦性に優れるコックピット、またポリマーリンゲル液の浄化装置を装備できるので稼働時間も長いです。ですがローラーダッシュ機構がついているのが当たり前になった昨今のAT事情を考えると、機動力の面ではどうしても不利になってしまいます」

「会長達のように、足回りを改造してなんとかするのは無理なのか」

 

 というのは新たに麻子から出てきた疑問だが、これにはみほが首を横にふる。

 

「実は自動車部のナカジマさんに相談してみたんだけど、現状ではちょっと無理だって言われてて……」

「ん? 何故だ? パーツなら例のジャンク置き場にたっぷりあっただろう」

「修理用の予備パーツのことを考えると、思った以上にストックに余裕がないから」

「あぁなるほど。前の練習試合でも結構派手に壊れたからな」

 

 操縦席の中はカーボン加工で守られているが、それ以外の部分は凹みもすればヒビも入るし、場合によっては千切れたり爆ぜたりもする。試合用弾薬を使うことで破損は最小限度に抑えられるが、それでも壊れる時は壊れるのだ。聖グロリアーナ戦は思いの外の激戦で、大洗ATも大半が大きく傷ついていた。

 

「特に足回りは普通に使ってても損耗が激しい部位だから……ATのなかである意味一番酷使する部分だし」

「余計に予備が無い訳か。でも西住さん、このままじゃコイツらの活躍は難しいんだろう?」

「うん。だから他の手を考えないと……」

 

 ここで何か思いついたのかピンと人差し指を立てたのは沙織だった。

 

「要するに大きくて力持ちってことでしょ! だったら私のやつみたいにどーんと、でっかい大砲でも載せれば良いじゃん!」

 

 沙織が言うのに華や優花里も同意する。

 

「沙織さんの言う通りです。スコープドッグの肩に載るなら、より大きいトータスならば」

「走ることを最初から想定しないのなら、多少積載量が増えても動きに問題ありません!」

 

 しかしここで新たに現れて待ったをかける人影ひとつ。

 

「生憎だが、我が校にそれは不可能だ」

「河嶋先輩……」

 

 そう、生徒会広報、河嶋桃である。

 その後ろには会長、角谷杏に副会長、小山柚子の姿も見える。

 なお桃の姿を見た瞬間、優花里が彼女には珍しく顔を顰めたのはご愛嬌だ。

 

「まぁぶっちゃけちゃうとお金がないんだよね」

「手持ち装備の弾薬代だけでも結構な額になるし……正直ウチの台所事情は火の車で」

「この間の練習試合や大納涼祭のお陰で、多少は義援金集まったんだけどねぇ……必要経費でとんとんだし」

 

 杏、柚子の二人が、桃に続いてぶっちゃけた。

 なるほど、確かに先立つものがなければどうにもならない。

 現にミサイルランチャーやロケットランチャーを装備しているATは、沙織のレッドショルダーカスタムを含め3機程度しかいないのだ。

 

「……」

 

 みほは思案顔になって僅かに俯いたが、すぐに顔を上げて言った。

 

「ランチャーだけならジャンクからの流用でなんとかなります。弾薬については、ロケットを使えば」

「なるほど! 確かに西住殿の言う通り! ミサイルならともかくロケットで妥協するならなんとかなるかもしれません!」

 

 みほの言葉に優花里はうんうん頷くが、ここで静かに見に回っていた一年生チームより質問があがる。

 質問者はあやだ。

 

「あのぉ~そもそもミサイルとロケットって違うものなんですか?」

「どっちも同じに見えるんですけど~」

 

 優季も同じことが疑問らしく、例の特徴的な間延びした声で続けて問う。

 声には出さないが、他の一年生も同じことが疑問らしい。

 これに答えるのは優花里だった。

 

「ミサイルとロケットの違いは誘導装置の有無です。誘導装置があるのがミサイル、無いのがロケットですね」

「要するに! ミサイルは撃った後自分から相手に向かって飛んでくれて、ロケットは撃ったら撃ちっぱなしってこと! 解った?」

 

 優花里の説明に補足を入れるのは、こういう場面では珍しい事に沙織だった。

 彼女のレッドショルダーカスタムにはロケットとミサイルの両方が搭載されているため、ATだの兵器だのに詳しくない沙織でも、これについてはよく知っているのだ。

 

「誘導装置がないぶんロケットは単価も安いですし、これならば」

「しかし狙った所にしか飛んでいかんということだろう。一年生に持たせて大丈夫なのか?」

 

 みほが言うのに、疑問を呈したのは桃だ。 

 桃にとっては一年生チームの能力は懸念事項のひとつだった。

 なにせ彼女から見れば大洗内の練習試合でも、聖グロリアーナとの練習試合でも一年生D分隊は足を引っ張ってばかりという印象だからだ。正直彼女もどっこいどっこいなのだが、自分は数に入れていないらしい。

 

「ロケットはもともと命中精度を期待する武器じゃないので問題ありません。分隊全体で弾幕を張って面制圧をするのを基本としたいと思います」

「……会長、どう思われます?」

「そうだね~まぁ西住ちゃんが太鼓判押すなら大丈夫じゃない?」

 

 杏が賛成するならと桃も頷いた。

 

「しかし予算の問題は依然深刻だ。一旦分隊長全員を集めて、装備と戦術に関する会議を開いたほうがいいかもしれん」

「それについては私も賛成です。各分隊の個性も解ってきた所ですし、サンダース戦のことを考えて装備について考えを練り直さないといけないって、思ってましたから」

「そだね。取り敢えず西住ちゃん、あとで生徒会室来てよね。その子らの練習、終わってからでいいから」

 

 単に顔を出しに来ただけだったのか、生徒会の面々は話が終わったらすぐに帰っていった。

 みほは改めて横一列に整列した一年生チームに向き直り、息を深く吸って、大きな声と共に吐いた。

 

「それでは、ロケット砲撃に重点を置いた射撃練習をしたいと思います。ですが、まずは足りないランチャーを集める所から始めましょう」

「「「「「「ハイッ!」」」」」」

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「ところで」

 

 後日、実際に開かれた分隊長会議の席上のことだった。

 一通り所定の議題について話し終わった所で、挙手し発言求めたのはカエサルだった。

 

「これはC分隊全員の総意で、私も同意見だったのでここで述べさせて欲しい」

「……? 何だいきなり?」

 

 怪訝そうな桃へとカエサルはおもむろに言った。

 

「他でもない。チーム名の問題だ。アルファベットのチーム名だと混同が多い上に、何より味気ない。ココが一番大事な部分だ」

「あ! それについてはD分隊でも同じ意見が出ていました」

「B分隊でもそうです!」

「まぁ確かに面白く無いとは思ってたけどね、私も」

 

 カエサルが言うのに、会長を含めた各分隊長も次々と同意していく。

 唯一話の流れを上手く捉えられず、黙ったままなのはみほだった。

 黒森峰では分隊など番号で呼ぶのが普通だったので、別段不便を感じたことがなかったのだ。

 

「しかし我々の間では意見の相違が大きく上手くまとまらなかった。そこで隊長、アナタに決めてもらいたい」

「え?」

 

 いきなり振られたので、みほは咄嗟に反応ができなかった。

 きょとんと、カエサルを見返しただけである。

 

「あ、それ良いね。西住ちゃんが隊長なんだから、西住ちゃん、決めちゃって良いよ」

「え? え? え?」

 

 杏がこりゃ面白いとイタズラっぽい顔をして無茶振りしてくるのに、みほはいよいよ反応できない。

 

「じゃ、お願いね。期限は明日の装甲騎兵道の授業までってことで」

 

 ――それで放課後である。 

 

「いきなり家に来てくれっていうから、何事かと思った~」

「私、みほさんに何かあったかと心配でした」

「しかしチーム名ですか……」

「適当で良いんじゃないのか、そんなの」

 

 助けを求めるメールに、沙織、華、優花里、麻子とA分隊の一同はみほの部屋に勢揃いしていた。

 彼女たちの見守る先には、眉を顰めて真剣に悩んでいるみほの姿をみとめることができる。

 

「こんなの私、任されたことないから、どうすればいいか解かんなくて……色々と案はあるんだけど、それをみんなに聞いてもらいたくて……」

「へー面白そうじゃん! じゃあみぽりん、一緒に考えようよ!」

「それで……わたくしたちのチーム名はもう決まってらっしゃるんですか?」

 

 華が聞くのにみほは小さな声で答えた。

 

「あの、その……私達のチームは『あんこうチーム』か『タコさんチーム』か『クマさんチーム』が良いかなって」

「西住殿らしい、可愛いお名前ですね! その中だったらわたし、『タコさんチーム』が良いです!」

「えー……蛸は可愛くないよ~それなら私『クマさんチーム』が良い!」

「大洗の名物は鮟鱇ですから、あんこうチームがよろしいんじゃないかと」

「あんこうは解るが、タコとクマはどこから来たんだ……」

「冷泉殿、それはスコープドッグの愛称からですよ! 顔が蛸に似ているということで、スコタコって巷じゃ呼ばれてるんです! それにクマはパープルベアーのクマですよ!」

「ああなるほど」

 

 結局、大洗を代表するチームなのだから『あんこう』が良いのでは、ということで決着がついた。

 その後も、喧々諤々の議論を交わしながら、各チームに名前をつけていく作業は続いた。

 なお、みほは自チームに『ボコ』と名付けたいというのが隠れた本音だったのは、まぁ秘密である。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 さて、チーム名も改まり、各チームの戦術と装備案も固まった、ある日のことである。

 

「今日の午前中、発注していた新装備が届いた。この装備で公式戦を戦い抜く。全員気合を入れろ!」

「おー!」

「頑張りまーす!」

「根性ー!」

「えい、えい、おー!」

 

 桃が激を飛ばすのに合わせて、自動車部が運転するトレーラーが今朝届いた装備品を運んでくる。

 新たに発注した各種ランチャーに各種弾頭、また予備の手持ち火器も幾つか目新しいモノが混じっている。

 

「ふふふ……」

 

 何やら得意げな顔で怪しげに微笑む桃が、みほたちの元へと歩み寄ってくる。

 妙に上機嫌で、やや不気味だ。

 

「見ろ西住! 秘密兵器が手に入ったぞ! これでサンダース戦も勝利間違い無しだ!」

 

 そう言って桃がトレーラーへと駆け上り、覆いのシートを引っ張れば、果たして「それ」は姿を露わにする。

 

「交渉により格安で手に入れることができた! サンダース相手でも砲戦に負けることはない!」

 

 得意満面な桃が指差す「それ」に、みほは戸惑い、優花里も合わせて微妙な顔になった。

 

「西住殿……あれってまさか……」

「うん。たぶんあれは……」

 

 桃が格安で手に入れた――のではなく抱き合わせ商法で掴まされたのは、ATの背丈はあろうかという長大な砲身を誇る、巨大なライフル状の火器だった。

 そうこれぞ、試作されたは良いが使いこなすのは不可能とお蔵入りにされた珍兵器。

 カタログスペックは優秀だが、実際に運用するのは無理と見なされ倉庫に放置されていた不良在庫。

 ――その名も『アンチ・マテリアル・キャノン』。

 

 





 戦端はいよいよ開かれた
 揃いの耐圧服に身を包み、故郷の歌に送られて
 戦いの場へと足を踏み入れる、大洗の乙女たち
 その数二十二。対する敵は二倍の五十
 だが真の敵は、数の差とは異なる所にこそ在った

 次回『猛襲』 眼と耳は、偏在する





おまけ:簡易版AT武装図鑑

【アンチ・マテリアル・キャノン】
:超高速徹甲弾を撃ち出す対艦艇用大型砲。形状はアンチマテリアルライフルなどに似る
:ロマン砲。反動が強すぎて使い物にならないので試作後放置されていた。客観的に見れば産廃
:惑星デゲンの国、ヒュロスの軍にはコイツを使いこなすバケモノがいるらしい
:出典はボトムズ公式スピオンオフ小説『コマンド・フォークト』



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第23話 『猛襲』

 

 

 ――強烈過ぎる反動に、ATがひっくり返りそうになる。

 そこをローラーダッシュを使ったスピンで受け流す。

 機体はくるくると回転し、三半規管が揺さぶられ、気分が思わしくなくなる。

 反動を逸し終わった所で、ホイールの回転を左右入れ替え、機体を逆回転させる。

 怖気はいつの間にか治まった。しかし動悸が激しいのが自分でも解る。

 なんという衝撃。なんという感覚。

 

『華大丈夫!?』

『五十鈴殿!』

『華さん!』

『大丈夫か、五十鈴さん』

 

 皆の心配する声が無線越しに聞こえるのに、華はかろうじて返事をすることができた。

 

「ええ。大丈夫です……」

『やっぱり駐犂(スペード)無しで運用なんて無理だったんですよぉ!』

『今ATがものすごい勢いで回ってたよ! なんかもうぐわんぐわんって感じで!』

 

 優花里、沙織の声も、どこか遠くから聞こえるような気がする。

 目をつむり、深く息を吸い、ゆっくりと吐く。

 狭い機内で空気が悪い。ハッチを開き、外の風に当たる。

 これで少しは気分がマシになる。

 

「ふぅ……すみません、心配をおかけして」

「……はぁ~~。良かった~もう本気で心配したんだよ」

 

 みな一様にハッチを開いて華を案ずる表情をしているのが見える。

 それに対し大丈夫だと微笑み返しながら、華は視線を愛機の得物へと向けた。

 砲身より硝煙と蒸気を上げる大きな大きな怪物砲。アンチ・マテリアル・キャノンだ。

 本来であれば駐犂(ちゅうじょ)、あるいはスペードと呼ばれる、反動を受け止める二本脚の支持装置をATの背中に取り付けるのであるが、生憎そちらは発注書には含まれていなかった。

 故に反動は、我が身で受け止める他ないのだ。

 

 ――桃がその長大なる姿を披露した瞬間、華は形容しがたい興味を抱かされた。

 

 その威容より放たれた雷に撃たれたといった印象だった。

 即座に手を挙げ、使わせてもらいたいと頼み込む。

 芽生えた意識は行動を、行動は情熱を生み、情熱は理想を求める。

 

 心配するみほ達をよそに、華は訓練標的へとその砲口を向けたのだ。

 ヘビィマシンガンとは違う、肩に担がなければ支えることも覚束無い、ATの身の丈すら超える巨砲。

 その反動は凄まじく、撃った方のATがバラバラになるかと思うほどだった。

 

「……」

「華?」

 

 チラリと、的の方へと眼を遣った。

 外れている。だが、あの反動を思えば予想程は『外れていない』。

 

「……もう一発だけ、撃ってみます」

「え? ちょっと待ってよ華! これ以上やったらホントに倒れちゃうよ!」

 

 慌てる沙織を安心させようと、華は目いっぱいに微笑みながら言った。

 

「最後に一発だけですよ。わたくし、どうしても確かめたいことがあるんです」

 

 ハッチを閉め、アンチ・マテリアル・キャノンを再び標的へと構え直す。

 普段装備する火器とは大きさが余りに違うためか、射撃管制が上手く働かない。

 しかたがないので機能の一部を切り、古典的な目視照準で狙いをつける。

 簡単な補助線と三角形、数字だけで形作られた照準を通して、標的を覗く。

 

(中央の三角形は一片が4シュトルヒ……つまり標的との距離は――)

 

 頭のなかで計算し、その答えを小さな声で呟き、砲口の微妙な位置を調整する。

 反動で多少ずれることも計算し、やや砲身を低めに傾ける。

 

「……」

 

 無線越しに響いていた沙織やみほが自分を案じてかける声が遠くなり、最後は聞こえなくなった。

 花を生ける時の、あの感覚、あの緊張感。それが五体に満ち、意識をナイフのように研ぎ澄ます。

 

(――いまっ!)

 

 最後は理屈ではなく感覚だった。

 今だと思った瞬間に、華はトリッガーを弾く。

 轟音、そして衝撃。

 そして最後に来たのは、意外にも『快感』だった。

 ズシンと重く、五臓六腑を震わせる衝撃。指先の神経の先の先まで、揺さぶるような怖気が走り、肢体が揺れる。

 それでいて、意識はびっくりするほどまっさらだった。半ば無意識に、反動を逸らすための旋回機動へと操縦桿は動いている。

 

「――フッ!」

 

 肺腑の息を全て吐き出し、丹田に力を込めて気合を入れる。

 旋回が終わった後も、さっきと違って気分は悪くはならなかった。

 

『……凄い』

 

 優花里が呆然としてつぶやいた言葉に、華も標的の方を見た。

 弓道の的のように白と黒で塗り分けられた標的の、外苑の黒線へと確かに砲弾は突き刺さっていた。

 流石に真ん中の黒星を撃ち射抜くことはできなかったが、あんな無茶苦茶な撃ち方でこれならば上出来。

 

「……コレ、癖になりそうです」

 

 ハッチを開けて深呼吸を済ませた後、華はそう微笑みながら言ったが、その時の表情は沙織曰く『同性だけど思わずドキッとするような、大人の色気のある顔』だった。

 どうやら、桃の掴まされた不良在庫品は、倉庫で埃をかぶる塩漬け品にならずに済みそうだった。

 

 

 ――とまぁこんな感じで練習に練習を繰り返しているうちに、全国大会第1試合開始の時はやって来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 第23話『猛襲』

 

 

 

 

 

 

 試合用に目立たない迷彩色へと塗り直されたATの列を見ると、例えそれが寄せ集めのオンボロAT達であっても中々壮観に見えてくるものだ。

 少なくともみほの眼には、大洗装甲騎兵道チームの戦列は頼もしい存在として映っていた。

 決して高性能とは言えず、状態も良くない。それでも機種は多様性に富み、またその乗り手たちも実に個性豊かだ。この部隊を率いて強豪サンダース相手にどう戦うか……考えるだけで、不思議とワクワクと気持ちが昂ぶってくる。

 

「西住殿、あんこう分隊、全機チェックが終了しました!」

「隊長、『ニワトリさん分隊』もチェック終了だ」

「西住隊長、『カエルさん分隊』も終わりました!」

「こちら『ウサギさん分隊』も終了です!」

「西住、『カメさん分隊』も終わりだ――ってやっぱこの名前はどうにかならんのか」

 

 各分隊の隊長たち、あるいはその代理人がみほの元へと最終チェックの結果報告にやって来る。

 先だっての会議でチーム名を変更することになった訳だが、各隊長も皆その新名称を用いていた。

 みほ、沙織、華、優花里、麻子の5人で『あんこう分隊』。

 カエサル達歴女チームの4人で『ニワトリさん分隊』。

 典子ら旧バレー部4人が『カエルさん分隊』。

 梓率いる一年生チーム6人が『ウサギさん分隊』。

 そして会長が、実質的には桃が率いる生徒会3人が『カメさん分隊』。

 以上5分隊、総勢22機が大洗装甲騎兵道チームの全戦力であった。

 なお各チームの名前の由来は、『ニワトリさん』がベルゼルガの鶏冠から、『カエルさん』がファッティーの正式名称から、そして本当は一年生チームがトータス主体故に『カメさん』を名乗るところを、会長機が同じトータスであった為に桃がチーム名を強奪、よって機体の発見場所がウサギ小屋の隣であったことから『ウサギさん』、とそれぞれなっている。

 

「解りました。それでは全員、追って指示があるまで待機していてください!」

「御意!」

「解りました!」

「了解です!」

「西住殿、了解です!」

「それは私の台詞だ!」

 

 公式戦開始を受けて、ユニフォーム代わりに揃いの耐圧服に身を包んだ大洗女子一同。

 初の公式戦の割には、一同リラックスしているようにみほには見受けられた。

 これは良い兆候である、とみほは捉える。AT同士の戦いは時に一瞬で勝負を決する。そんな戦いにおいて過度な緊張に体を固くすることは禁物だった。

 

「――あ! ロケット弾忘れてた!」

「それ一番大事なやつじゃん!」

「ごめぇ~ん」

「あはははは!」

 

 ――いや、ちょっと呑気すぎるかも知れない。

 みほは一転、ちょっと不安になって苦笑いした。

 

『呑気なものね』

 

 奇遇にも同じことを考えていた人間いたらしい。

 しかしそれは大洗の生徒ではなかった。

 スラリと伸びた長い手足に、ショートカットに切れ長の瞳。

 その姿を見た瞬間、優花里が何とも複雑な表情をして麻子の背に隠れたのは、スパイとして潜入した時に気さくに接してもらえたのが、却って負い目になっていたからだろう。

 サンダースのナオミ。ベージュ色の耐圧服姿の彼女がそこにいた。

 公式戦においては、試合場に池や川、海岸があったり、あるいは雪原だったりする場合、参加者は耐圧服の着用を義務付けられる。今回の試合場には池と川があり、それゆえの耐圧服着用だろう。

 余談ながら、大洗の耐圧服はやや明るめの黒色で、袖口などのみ白地に赤い一本線のラインが入っていた。

 

「そんな調子で、よくのこのこと全国大会に顔を出せたもんね」

 

 ナオミに続いてこう言ったのは、同じくベージュ色の耐圧服に身を包んだ、短いツインテールの少女である。

 ナオミに比べると背は低く、そばかすは多めだが、中々に可愛らしい顔をしている。

 しかし性悪そうなその表情のせいで、せっかくの容姿が台無しだった。

 

「HEY、ユカリ」

「わ、わ、わ」

 

 そんな相方に相槌を打つでもなく、ナオミはと言うと優花里へと気さくに声をかけてきた。

 明確に自分の方へとやって来た訳だから、優花里も観念したのか、麻子の背後よりおずおずと進み出た。

 相手のほうが背が高いので、優花里は自然上目遣いになる。

 

「試合前の交流も兼ねて、食事でも一緒にどう?」

「……え? あ、はい。ですが……その……」

「ん?」

「そのスパイしたことを怒ってらっしゃったりするんじゃないかと思いまして……」

 

 優花里が不安げな様子で聞けば、ナオミはなんだそんなことかという調子でニヤリと笑った。

 

「偵察はルールの範囲内だし、別に気にしちゃいないさ。それに……ファイアフライを褒める奴に悪いやつは居ない!」

「……それは流石に単なる贔屓でしょ」

 

 隣で相方が突っ込むのもナオミは気にした様子はなかった。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 優花里と一緒にとみほ達、それに生徒会の面々も誘われたので、サンダース生たちの待機場所へと行ってみる。そこで見たものには、みほ達は驚きの声を上げる他なかった。

 

「すご!」

「救護車にシャワー車、ヘアーサロン車まで!」

「クレープにハンバーガー、フライドチキンにポップコーン、綿菓子にホットドック……どれも美味しそうです!」

「なるほど。金持ちというのは確からしいな」

 

 沙織たちと違い、既にサンダースの裕福さを知っているみほにとっても、何度見ても羨ましい限りの資金の潤沢っぷりだった。選手が最高のコンディションで試合に望むためにも慰安というものは欠かせないが、しかしサンダースが選手達の為に用意した設備の数々は最早慰安の域を超えている。このままここで祭りのひとつでも開けそうな規模なのだ。

 

「ふん! 見せつけておいてこちらの戦意を削ぐつもりだな。姑息な手だ!」

「でも桃ちゃん、ホントは内心羨ましいと思ってるよね。さっきから屋台から屋台に眼が泳いでるし」

「桃ちゃん言うな! 単に小腹が空いただけだ!」

「うちはおやつって言っても干し芋ぐらいだからねぇ~私はそれで全然問題ないけど」

 

 生徒会の面々の言う通り、単に好意で誘ったという訳ではないのだろう。

 装甲騎兵道の試合は、試合場のみで行われるのではない。実際に砲火を交えるよりも先に、偵察や牽制といった形で試合は始まっているのだ。

 

「HEY! アンジー!」

 

 不意にかけられた明るい声に顔を向ければ、やや癖のかかったブロンドの美人さんがこちらへと歩いてくる所だった。ナオミや、例のツインテールの少女――アリサというらしい――と同じくベージュの耐圧服に身を包んではいるが、それでも隠せない抜群のプロポーションの持ち主で、杏などはヒューと口笛を吹いてる。

 どうでも良いが、(アンズ)だからアンジーということなのだろうか。

 

「サンダース隊長のケイ殿ですね」

「へぇ、なんだか明るそうな隊長さんだね」

「みほさんのお姉さんは厳しそうな印象でしたが、やはり学校ごとに隊長にも個性があるんですね」

「学校ごとに人数もATも戦術も違うから……黒森峰は規律重視だったし」

「……」

 

 杏と和やかに談笑するケイの姿に、みほ達は良い印象を抱いた。

 ただ麻子のみは、ケイの胸元辺りを見て口をへの字に曲げていたが。

 

「HEY! あなたがユカリね! ナオミから聞いてるわよ!」

 

 一通り軽口を杏と叩き合った所で、ケイの関心は優花里の方へと移ったらしい。

 歩み寄って優花里の姿をまじまじと見てくるので、優花里は緊張してもじもじとしてしまう。

 

「ナオミが言ってたわ、なかなかに筋が良いって。もしサンダースに移籍するならいつでも大歓迎だから、考えておいてね!」

「オイ! 人の学校の生徒を勝手に勧誘するな!」

 

 ウィンクを飛ばしつつ冗談なのか本気なのか解らない勧誘をするケイに、桃が突っかかるがどこ吹く風。

 

「サンダースは来るものは拒まずよ! 実力のある選手や将来性のある選手はいつでもウェルカムなんだから! なんなら色々と特典もつけてもいいし! ま! 考えておいてね!」

 

 実力主義なアメリカ風の学校らしく、こんな時にもヘッドハンティングを欠かさないらしい。

 何やらみほの方にも意味深なウィンクをケイは送った。

 みほはそれに、複雑な気持ちで愛想笑いを返すしかなかった。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 各校の代表者同士が礼を交わすことで、全体の礼の代わりとなる。

 代表者同士の礼が済み、互いに初期配置に全員が着いた段階で、審判が試合開始の合図を出す。

 今大洗チーム一同は、その試合開始の合図を待っている所であった。

 

「作戦を確認します」

 

 沙織機の無線パックを通して、みほはチーム全体へと最終ブリーフィングを行っていた。

 

「敵は50機。数に勝る上、強力な火砲を有しているため、正面切っての撃ち合いは不可能と考えてください。幸い、今回の試合場は森林と平野が混在した地形です。平野での戦いを避け、森林地帯に誘い込んで木々を利用し敵を分断、各個撃破します。また必要に応じてウサギさんチーム始め、重火砲装備機の前に誘導してください。各分隊が個別に動いての戦いになります。連携を密にし、連絡を絶やさないでください」

 

 森林を軸にしたゲリラ戦法。それがみほの採った戦術だった。

 開けた場所での撃ち合いならともかく、間合いの近い戦いならば大洗にも勝機は充分にある。

 ましてや全国大会はフラッグ戦、つまりフラッグ機さえ撃破すればチェックメイトだ。

 エントリーできるATの数も最大50と制限されている。数は2倍以上だが、戦術次第でいくらでもひっくり返せる数差に過ぎない。

 

「また、今回の試合場には小川と大きな池がありますが、そこは敵のタートルタイプの独壇場です。付近にはできるだけ近付かないでください」

 

 ATにとって基本的に水は大敵だ。

 気密性が弱い大半のATはひとたび水が漏ればそのまま水没してしまう。

 故に渡河作戦、揚陸作戦、あるいは湿地や水場での戦闘には、それ用にカスタムされた専用のATを使うのが普通である、なかでもダイビングビートルが潜水性能において他のATと隔絶した性能を備えている。

 わざわざ相手の土俵での勝負に付き合う義理はない。

 

「以上です。何か質問は?」

『是非もなし!』

『大丈夫です!』

『作戦了解しました!』

『相変わらず姑息な作戦だ』

 

 会長が礼を終えて戻ってきた所で、試合開始のアナウンスが鳴り響く。

 

「それでは、『ばらばら作戦』を開始します!」

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 陽動と偵察を行うには機動力が不可欠だ。

 フラッグ機である杏機を有するカメさん分隊には、足回りの遅いウサギさん分隊と、盾持ちで防御力に優れるニワトリさん分隊を護衛としてつけている。必然的に偵察と陽動はカエルさん分隊、そしてみほ直属のあんこう分隊が受け持つことになる。

 

「全機停止。しばらくこの場に待機して、敵を待ちます」

 

 みほの指示に従い、あんこうチーム全機は行進を停止、木々の陰に隠れて森の切れ目の向こうに広がるだだっ広い草原へとカメラを向ける。

 

「敵を発見次第、おびき出します。攻撃は飽くまで誘導のためだから、撃破の必要はないけれど、可能な限り相手の数を減らしてください」

『腕が鳴るよね!』

『今度はちゃんと当たると良いな』

『なによもう! ちゃんと練習したんだから! それに射撃に関しちゃ麻子も人のこと言えないじゃん!』

『私は悪く無い。狙った所に飛ばない弾が悪いんだ』

 

 軽口を叩き合う沙織と麻子に、試合中だというのにみほは無性におかしくなった。

 この何とも言えない緩い感じが、不思議と心地良い。それでいて締める所はちゃんと締めてくれるから、安心して背中を任せることが出来る。

 

『フッフッフッ……修理ついでに改良したこのゴールデン・ハーフ・スペシャルの性能を試す時が!』

 

 桃が壊した部分を直すついでに改造を施した優花里のATは様々な部分が様変わりをしていた。

 標準ズームのみだったカメラを三連ターレットに換装し、合わせて内部機構をいじってある。

 戦車の履帯を流用した追加装甲に、左肩には新たにロケットポッドを増設している。主武装は相変わらずのソリッドシューターだ。

 

『わたくしも、ぜひとも練習の成果を活かしたい所です!』

 

 華はと言うと、流石に森の中にデカブツのアンチ・マテリアル・キャノンは持ち込めなかったので、今はソリッドシューターで妥協している。ただ柚子と得物を交換した、もとい預かってもらっただけなので、ブツそのものはちゃんと試合場に有るには有った。

 

『みぽりん! カエルさんチームから通信だよ。繋ぐね』

『こちらB085S地点。敵トータス発見。数は……10機です!』

 

 どうやら典子らカエルさんチームのほうが先に敵を見つけたらしい。

 みほは具体的なその後の指示を出そうと、無線機に話しかけようとした、その時だった。

 

『――』

 

 突然のノイズ。響く爆音。通信が不調となり、典子の声が聞こえなくなる。

 

『え! ちょっと! なに!? 壊れちゃった訳じゃないよね!?』

 

 これには通信手の沙織のほうが慌てた。

 どうやらコックピットで必死にコンソールをいじくっているらしいが、通信は回復しない。

 

「……」

 

 嫌な予感がして、視界の端を覗くが、キルログは流れてこない。

 みほはホッとした。だが、ホッとしたのも束の間だった。

 

『西住さん!』

 

 最初に気づいたのは麻子で、みほは反射的に木々の隙間から空を見た。

 空を埋め尽くすように、まるでこちらの居場所が解っているかのように、ロケットの雨が、みほ達の潜む森へと向けて、放物線を描きながら飛んで来る!

 

「全機散開!」

 

 みほは咄嗟に叫んだ。次いで轟音と閃光が来た。

 

 






 降り注ぐ砲火、攻め寄せる鉄騎軍。
 怒涛とはまさにこれ。疾風とは正にこれ。
 焼けつくような鋼鉄の嵐の中、みほの脳裏によぎる予感
 姿を見せぬ黒子へと、みほの熱い視線が突き刺さる

 次回『逆襲』 罠張る者に、罠を張る



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番外編2 ダージリン&ペコのAT講座

 

 

 

「みなさま、ごきげんよう。聖グロリアーナ女学院、ダージリンですわ」

「同じく、オレンジペコです」

「ペコ、こんな格言を知ってる? 『我々は得ることで生計を立て、与えることで生きがいを作る』」

「チャーチルですね」

「知識とは自分一人で抱え込むより、他人と分かち合うほうが豊かな実りをもたらすことが得てしてあるわ。折角こういう場で話す機会を頂いたのだから、私達の持てる知を皆様に分かち合っていただけるよう、精一杯お話させていただきましょう」

「ちょうど公式戦の始まるタイミングですし、本編に登場するATについて解説するには良い機会かもしれませんね……所でダージリン様。このコーナーは、大洗女子学園、秋山優花里さん担当のコーナーだったと思うのですけれど」

「秋山さんは所用があってここには来れないそうよ。代わりにわたくし達がコーナーを引き受けることになったの」

「ご用事ですか? いったいなんなんでしょうか?」

「さぁ何かしらね。秋山さんのご用事はどうあれ、わたくしたちはわたくしたちの務めを果たすだけですわ」

「は、はぁ……」

「それじゃあ、ペコ。合わせなさい」

「は、はい!」

 

「ダージリンと!」

「オレンジペコの!」

「「 よく解るAT講座! 」」

 

 

【 解説No.1 パープルベアー 】

 

 

「1番手はこの機体ね。それにしても……何度見ても、面白いというか、個性的な見た目のATね」

「ATM-09-SSC パープルベアーですね。ガールズ&ボトムズ本編では、西住みほさんの乗機になっています。バトリング用のカスタム機ということですけど、中には弾着観測用、あるいは偵察用の軍用機と書いてある資料もありますね。いったいどれが正しいんでしょうか?」

「全て正しいとも言えるし、同時に全て間違っていると言えるわね」

「どういうことですか?」

「『ボトムズにオフィシャルなし』とは高橋良輔監督の言葉だけれど、ムック本などの設定もどんどん取り入れる懐の広さがある反面、設定がころころと変わってしまうのもボトムズワールドの特徴なの。そもそも『パープルベアー』という名称は単なる一バトリング選手の『リングネーム』であって、機種の名前ですらなかった……。実際、ウド編の終盤、バトリング選手の集団にキリコとフィアナが襲撃されるシーンでは、紫色じゃないベアータイプのATも何機か登場しているわけだから」

「パープルじゃないのにパープルベアーというのもおかしな話ですしね」

「だから、後発のムック本だと正式名称は『ゲイジングベアー』で、ウドで使われていた紫色の機体はコレをバトリング用に改造した、という設定になっているものもあるわね」

「『ゲイジングベアー』……見つめる熊、という意味でしょうか」

「どの設定を採ろうと、このAT一番の特徴が人の目のように2つ横並びに配置されたカメラだということには変わりはないわ。そういう意味では、とてもぴったりな名前と言えるわね」

「SSCという形式番号は『ステレオ・スコープ・カスタム』の略称ですね。人間同様に2つの眼が横並びになっている……つまり立体視が可能ということ」

「その通りよペコ。弾着観測用のATという設定も、このステレオ・スコープ……立体視が可能な特殊カメラより来ているようね。間合いが掴みやすい訳だから、格闘戦に向いているとも言えるわ」

「バトリング選手が好んで使うという話も頷けますね。確かにブロウバトル向けのATです」

「逆に言えばブロウバトルぐらいにしか使い道のないATとも言えるわね」

「どういうことでしょうか?」

「ペコ、スコープドッグの最大装甲厚は解って?」

「14mmですね」

「パープルベアーの最大装甲は8mmよ」

「……は?」

「8mmよ」

(絶句)

「装甲を削ったぶん、機動性は増しているとのことだけれど、この装甲厚は実戦で使うには心もとないという次元では最早ないわね。現に劇中でもスコープドッグのアームパンチに、装甲を紙みたいに切り裂かれているわ」

「……みほさんは、このATでダージリン様のオーデルバックラーと渡り合ったんですよね」

「ええ。お姉さまとは違うようだけど、彼女も一流……いえ超一流の選手よ。そんな彼女だからこそできた、離れ業と言えるわね」

「カーボン加工でコックピットは守られてはいますけど……みほさん、見た目はおっとりとした感じですけど、随分と肝が据わってるかたなんですね」

「『勇気がなければ、他のすべての資質は意味をなさない』」

「チャーチルの言葉ですね」

「勇気こそ、みほさん最大の武器ということ……。公式戦での彼女の戦いにも、大いに期待しているわ」

 

 

【 解説No.2 スコープドッグ(メルキアカラー) 】

 

 

「話がみほさんのほうへと逸れてしまったので、改めて機体の解説に戻りましょう! 次はATM-09-ST スコープドッグですね。それもメルキア軍仕様の、色が紫のタイプです。本編では五十鈴華さんが搭乗しています」

「基本的には緑色のノーマルタイプと差はないわ。つまりただのスコープドッグな訳だけれど……このATはボトムズという物語を語る上では、ある意味欠かせない機体なの」

「そう言えば、第1話で最初の『敵AT』として登場したのは、この機体でしたね」

「その通りよペコ。第1話でいきなりの同士討ち……当時の視聴者はさぞかし困惑したでしょうね」

「何を隠そう、主人公のキリコ自身が一番慌ててましたからね」

「『野望のルーツ』や『ペールゼン・ファイルズ』といった、TV本編前の時間軸を描いたOVA作品を見た後にTV版第1話を見直すと、まるで新兵みたいに慌てるキリコの姿に、何とも形容しがたい感覚を覚えるわね」

「ちょっと砕けた言い方をするなら『オメーそんなキャラじゃねーだろ』って感じですかね」

「TV本編だけ見ても、1話のキリコには違和感があるのは、恐らくあの段階ではまだキャラは固まっていなかったという大人の事情なんでしょうけど――……何の話だったかしら?」

「ATの解説ですよぉ!」

「そうだったわね。とにかく、第1話で栄えある最初の敵を務めた以外にも、ストーリーの要所要所で重要な役割を担っているのが、このATなの。ウド編、クメン編の両方で終盤に登場し、正規軍故の圧倒的戦力で舞台を蹂躙、全てを炎で焼き尽くしていくという、一種のデウス・エクス・マキナね」

「デウス・エクス・マキナって言うと、演劇などで使われる用語ですよね。確か劇の終盤に現れて物語に収拾をつける役どころ……だったような」

「ペコは物知りね。その通り。言うなれば『オチ担当』といった所かしら。収拾をつけるどころか全てを燃やし尽くしてしまうのだから、果たす役割は本来のそれとは真逆だけれど」

「『雪のように降ってきた』……とは劇中でのキリコの台詞ですけど、確かに本当に雪のように空から舞い降りてくるAT部隊の落下傘降下シーンは圧巻でした!」

「わたくしの知識に間違いがなければ、ロボットアニメ初のロボットによる落下傘降下シーンですもの。ボトムズというアニメは劇中に登場する機種数こそ少ないけれど、他のロボットアニメでは余り見られないようなユニークなアクションを見せてくれるのが、その大きな魅力ですわ」

「着地の瞬間に降着をして、ショックを和らげたりするギミックも面白かったと思います」

「わたくし達以外にも、このATに強い印象を受けた視聴者は多いらしいわね。玩具やプラモデルがリリースされる際には、このメルキアカラーのスコープドッグが合わせて発売されることが多いのも、その証拠じゃないかしら」

「それって単に金型が使いまわせるからじゃあ……」

「ペコ、それは言わないお約束よ」

 

 

【 解説No.3 スコープドッグ・レッドショルダーカスタム 】

 

 

「解説に話を戻しますと、次の機体はスコープドッグ・レッドショルダーカスタムですね。本編では武部沙織さんが搭乗しています」

「劇中での『ハリネズミ』という例えが、実にしっくりと来るATね。搭載してある武装の数だけで言えば、歴代でも最多なんじゃないかしら」

「右手にはヘビィマシンガン、左手には備え付けの小型ソリッドシューター、右肩には9連装ロケットポッドに、右腰には2連装ミサイルランチャー、左腰にはガトリングガン……全部で5つも! 見た目は格好いいですけど、使いこなすのは難しそうです」

「キリコですら火器管制コンピューターの助けを借りての操縦だということを考えると、武部さんは初心者ながら本当に良く頑張っていると思うわ」

「元のATだと、バニラ・バートラーが勘違いで塗り間違ったから左肩が赤かった訳ですけど、大洗のものも何で左肩が赤いんでしょうか。色も心なしか明るいですし」

「さぁてね。彼女たちなりの個性というやつなのかも。それにキリコが乗ったATということで人気も高いから、あえて左肩を赤く塗るボトムズ乗りも少なくないそうよ」

「レッドショルダーカスタム、と銘打ってますけど、これ実はただの武装過積載スコープドッグなんですよね」

「ええ。もともとはウドの街のコロシアムにあったビジター用のATを、キリコ達が即席で改造しただけの機体だから、恐らくバランスなどは最悪でしょうね。そこを乗りこなすのがキリコの凄い所とも言えるけど。ウド治安警察を相手にジェイソン・ステイサムばりの大活躍を見せたわ」

「本物のレッドショルダー用のカスタム機は右肩が赤黒く塗装されている上に、内部もかなり細かい部分までチューンが施されているようですね」

「ジェットローラーダッシュ機構が備わっている、いわゆるターボカスタム機も複数いたようね」

「ターボカスタムについては本ATとは直接関係ありませんので、横道にそれる前に話を戻しますけど……所で、本機が登場しているシーンでは、ミッションディスクを使って機体をオート操作するという、なかなか珍しい場面も見られました」

「サンダースのように無駄にATが有り余ってるところなら、装甲騎兵道の試合でも実際使えそうな戦術だわ」

「我が校の主力エルドスピーネは比較的高価なATですから、そんな勿体無い使い方はできませんね」

 

 

【 解説No.4 ゴールデン・ハーフ・スペシャル 】

 

 

「次の機体はゴールデン・ハーフ・スペシャル。本編では秋山優花里さんが搭乗していました。……ダージリン様」

「何かしらペコ」

「恥ずかしながら、私このAT、全く知らないんですが……。大洗との試合以外では見た記憶もありませんし……」

「ペコが知らないのも無理はないわ。だって本編で登場するATの中でも知名度の低さではダントツでしょうから」

「そもそもこのATの出典元はどこなんでしょうか」

「ボトムズのスピンオフOVA『機甲猟兵メロウリンク』よ。色々と個性的なカスタムATが登場する作品だからか、大洗の機体にはゴールデン・ハーフ・スペシャル以外にもメロウリンク出典のATがいるようね」

「なるほど。それにしてもかなり変わったATというか……相当に変なATじゃないですかコレ」

「変というよりも存在自体が不可思議なATと言ったほうが適切かもしれないわね。スコープドッグとスタンディングトータス、M級とH級の混合機というのは、普通思いついても誰も実際にはやらないわ。下半身がトータスで、上半身がドッグだから、まぁ機体の重心が低めで案外乗りやすいかもしれないけれど」

「戦車で例えるならカーデン・ロイド豆戦車とセンチュリオンを組みわせて一輌作っちゃうような無茶じゃないですか! 問題なく動いてるというのが不思議でなりません」

「でも実際に動いているんですもの。これを一人で自作した秋山さんは、実に優れたATメカニックということよ」

「……大洗女子学園って本当にとんでもない人たちの集まりなんですね」

「ええ。だからこそ目が離せなくってよ。所でペコ、機体の解説に戻ろうかしら」

「あ、え、はい! それでこの無茶なATなんですけど、メロウリンクの劇中ではどんな活躍をしたんでしょうか?」

「そんなものはないわ」

「……え?」

「だから、そんなものはないの。だって列車強盗の山賊が使うモブATなんですもの。目立った活躍もなく、台詞もなしに撃破されて退場ですわ」

「えぇ~……」

「それにこの項を書くためにメロウリンク第7話を見直したらこのAT、映ってるカットごとに持っている武器が違うの。単純な作画ミスだけれど、誰も気付かないあたり作中での扱いの軽重は歴然としてるわね」

「ぶっちゃけましたね」

「ええぶっちゃけたわ。でも別によろしくなくって? 原典での扱いはどうあれ、ガールズ&ボトムズ本編では秋山さんの手で主役級ATへと生まれ変わったのだから」

「確かに。秋山さんのキャラも相まって、結構目立つATに変わっていますね」

「原作では日の目を見なかった存在が一転脚光を浴びる……それが二次創作の良いところなのよ」

「そうですね。そういえば、サンダース戦に合わせてさらなる改造を施したようですけど」

「元のATが一つ目だったのを、通常のスコープドッグと同じ三連ターレットに変えてあるわね。それに戦車の履帯を流用した追加装甲……これは『野望のルーツ』でグレゴルー・ガロッシュ上級曹長が自機に施していたのと同様の改造よ」

「秋山さんの手で日々進化するATになっているんですね。西住さんとは違った意味で眼が離せません」

 

 

【 解説No.5 ブルーティッシュドッグ・レプリカ 】

 

 

「さっきとは違って一転、有名なATが来たわね」

「ATM-09-GC ブルーティッシュドッグですね。本編では冷泉麻子さんが搭乗しています」

「本来であればパーフェクトソルジャー用の特別なカスタム機なんだけれど、冷泉さんが使っているのは見た目だけ似せたレプリカのようね」

「もともとスコープドッグのカスタム機ですから、見た目だけ似せるなら比較的簡単な改造で済みますしね」

「本当は内部のマッスルシリンダーからしてフルチューンが施され、通常機とは比べ物にならない機動性を獲得しているわ」

「脚部にも大型のグランディングホイールが増設されていますね」

「それに背負ったミッションパック……これはPRSPパックといって、本来ならH級ATに搭載するものなの」

「ポリマーリンゲル液の浄化装置が入っているんでしたっけ」

「その通りよペコ。ポリマーリンゲル液はATを動かすことで劣化していく訳だけれど、PRSPパックを通すことで有る程度の浄化が可能になるのよ。つまり通常のドッグタイプに比べると、遥かに長い稼働時間を有しているということ」

「全速力のローラーダッシュのような、ATの駆動系をフルに使用する際にはマッスルシリンダーへの負担は大きくなる訳ですから、この部分においても大きな役割を果たすという訳ですね」

「ええ。通常のドッグの倍近い時間、最大出力での稼働が可能なそうよ」

「TVシリーズ劇中ではジャンプしたりアッパーカットを決めたり、他のATにはできないような動きを見せていました」

「キリコに正面切っての戦闘で勝利した、数少ないATがブルーティッシュドッグなの。でもそれは乗り手がパーフェクトソルジャーたるフィアナだから出来たこと。普通のボトムズ乗りには乗りこなすのも難しい、そう例えるならリミッターを外した上フルチューンを施したMk.VI クルセーダーのようなATよ」

「右手の固定武装、7連装ガトリングガンにアイアンクローも、使い勝手は癖がありそうですね」

「片方の手が固定兵装でふさがっていて、しかも自由な取り外しはできないわけだから、汎用性という意味では通常のスコープドッグに劣っていると言えるわね。無論、ブルーティッシュドッグは最初からパーフェクトソルジャーのデーターを採るためのテスト機。汎用性など、最初から求めていないんでしょうけど」

「……ダージリン様」

「なぁにペコ」

「冷泉さんが乗っているものは、レプリカなんですから、フィアナさんが乗ったような動きは本来出来ない筈……ですよね」

「ええ」

「でも冷泉さん、それこそパーフェクトソルジャーのような無茶苦茶な機動を、本編内で披露していたような……」

「ペコ、冷泉さんは説明書を一回読んだだけでどんな戦車も完璧に乗りこなすスーパードライバーだってことを、忘れちゃいけないわ」

「……冷泉さんが黒森峰みたいな、戦車道が盛んな学校の生徒だったら」

「どんなモンスターに育っていたか、想像するだに恐ろしいわね」

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「さて、これでみほさん達のチームのATは一通り紹介し終わったことだし、今回はここでお開きとしましょうか」

「え? でもまだ紹介し終えてないATはたくさんありますよ?」

「駄目よペコ、そんなふうにがっついちゃあ。聴衆のみなさんもわたくしたちの長話に、そろそろ疲れてきた頃よ」

「あ、そうでした。思った以上に解説役が楽しくて……つい」

「ふふふ。焦らなくても、きっとこういう機会はまた来るわ」

「そうですね。それじゃあ今回はここで」

「終わりにしましょうか。それではみなさん、ごきげんよう、さようなら」

「またお会いする機会を、楽しみに待っています!」

 

 

 



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第24話 『逆襲』

 

 ――装甲騎兵道全国高校生大会。

 競技でありスポーツである以上、装甲騎兵道にも様々なルールがあるわけだが高校生大会にも特有のものが2つある。

 まず第一に『フラッグ戦ルール』。対戦する各チームはそれぞれフラッグ機を設定し、相手のフラッグ機を撃破したチームの勝利とするルールである。つまりチェスや将棋と同じで、相手の『王』を取ることで勝つという訳だ。ちなみに海外のプロリーグなどでは殲滅戦ルールのほうを採っている。

 第二に『最大機数制限』。エントリーできるAT数に上限があるのは海外プロリーグも同様だが、高校装甲騎兵道においては段階を踏んで上限が緩和されていく、という部分に特徴がある。具体的に言えば1回戦、2回戦までは最大機数が50機であり、準決勝で75機、決勝戦では最大100機までエントリー可能となるのである。

 最大100機! しかしこれだけのATを実際に揃えられる学校はそうありはしない。あの黒森峰ですら、歴代最多エントリー数は80機に過ぎないのだ――無論、これには黒森峰がフルチューンした高級ATを用いており、その乗り手も厳しく選別しているという事情もあるが。

 決勝戦で上限いっぱいの100機エントリーがコンスタントにできる高校といえば……サンダース大学付属高校をおいて他にはいない。なにせ生徒も豊富なら資金も豊富、加えてAT保有数も高校最多であり100機エントリーしてもなお、2軍3軍にはもうひとつ100機編成の部隊が組めるほどの控え選手が残る程であった。

 仮に黒森峰80機と決勝戦で当たると想定した場合、各選手の実力差から来るキルレシオなどを考慮しない単純計算だとしてもサンダース側は少なくとも20機の予備軍を捻出できることになる。戦いが大規模になればなるほど、気軽に動けない主力に代わって、機に応じて投入できる遊軍の価値は高くなる。フラッグ機狙いの奇襲という戦法も採りやすくなる。つまりサンダースにとっては勝ち進めば勝ち進むほど自陣にとって有利な状況で戦うことができるということだ。

 逆に言えば機数が厳しく制限される序盤の1回戦2回戦こそ、サンダースにとっては毎年鬼門であった。

 弱小校でも50近くのATは何とか出してくるのが普通であるし、何より50機以下のAT同士の戦いは結果が読めない怖さが有る。ATとは攻撃が防御に対し極端に優越しているマシーンだ。数に劣っていても、攻撃さえ上手くできれば僅かな数差など容易くひっくり返る。50以下同士の対戦の場合、予期せぬラッキーヒットでフラッグ機が落ちて、サッカーで言うジャイアントキリングが起きてしまうことも少なくない。

 

 ――故に、アリサは第1回戦から、電子戦装備を自機へと持ち込んだ。

 相手チームの通信を傍受し、妨害し、手際よく相手を撃破するためにである。

 相手は無名の弱小校で、投入する機数も22と少ないが、容赦はしない。

 逆転勝利の可能性など、欠片も残してやるつもりはない。

 来年にはなくなるような学校が、思い出作りのつもりか知らないが、そんなものは聞く耳を持たない。

 サンダースならではの高火力を活かし、フラッグ機も含めてチームごと一挙に殲滅する。

 確実なる勝利。その為にはいかなる手段をも問わない。

 勝ち上がれさえすれば、運の絡む序盤戦さえ乗り切れば、ケイの指揮するサンダースが負けるはずがないのだ!

 

「……チッ!」

 

 だからこそ最初の砲撃で仕留め損ねたと通信で聞いた時、万感の思いを込めてアリサは舌打ちをした。

 敵の先遣隊を集中砲火で葬るつもりが、思いの外すばしっこかったらしい。

 相手は森にこそこそ隠れていたから仕方のない部分もあるが、一機も落とせないとは我が校ながら情けない。

 敵は森の奥へと後退したようだし、一旦妨害電波を切って、相手に通信を再開させよう。

 位置を確定し、一機でも良いからそこで必ず撃破する。

 50機戦は準決、決勝と違って1機の価値が大きい。焦るにしろ、及び腰になるにしろ、初手で相手の動揺を引っ張り出すのが肝要だ。

 

「どこに行こうと逃がしゃしないわ。こちとらその気になれば宇宙船の通信だって傍受できるんだから」

 

 アリサの駆るスタンディングトータスは基本的には通常機と変わりないが、そのミッションパックの部分に大きな違いがあった。大きな2本の、羽根のような形状のアンテナがミッションパックの右側より伸びている。いわゆる『ブレードアンテナ』というやつで、左側にも同じものがあれば本当に羽根か翼のように見えたかもしれない。かつてレッドショルダーでも隊長機用の装備として使われていた、高性能通信装備だ。アリサが豪語する通り宇宙空間とすら交信できる優れものだが、装甲騎兵道の試合では普通使用しない。

 試合用の通信装備は装甲騎兵道連盟の認可を受けたものが別にあるし、そっちのほうが値段的にもずっと安い。加えてブレード部分を折りたたむ機能がついているとはいえ、展開すればかさばる上に何より目立つのだ。

 この忘れられた装備を使えば、相手チームの無線を傍受できると気づいたのは偶然だったが、気づいた時には今度の公式戦の隠し玉にしようとアリサは即断した。

 純然たるAT用の装備品であり、ルール上はなにひとつ違反はしていない。折りたたんだ状態でシートなどで擬装すれば相手にも(隊長にも)気づかれることはない。

 

『――隊長……聞こえま……ザザザ』

『カエルさ――了解――ザザ』

「……感度が悪いわね。移動するからついてきなさい」

 

 しかし学校の備品倉庫でホコリをかぶっていた年代モノをレストアして使っているせいか、ところどころ不具合が起きるのが玉に瑕だ。まぁ良い。1、2回戦を乗り切ればこんなものに頼るまでもないのだ。それに、どうせ強豪校にはいずれ気付かれるのは、わかりきった話なのだから。

 アリサは地図で次に向かうべき先を確認する。フラッグ機が自分である以上、隠れている場所からちょろちょろ出歩くわけにはいかないが、近場で少しでも傍受しやすい場所に移る程度は大丈夫の筈だ。

 

『……』

「なに? 卑怯だって言いたいわけ?」

『いえ……その……』

「戦いに卑怯も何もないわ! 手段を選んでると去年みたいになるのよ!」

 

 同じ分隊の僚機から、声に出さない不満を向けられたのに感づき、アリサは声を荒らげた。

 去年のサンダースは2回戦で知波単学園に敗北している。

 知波単お得意の――というよりそれしかない――突撃速攻戦術に見事にハマってしまい、試合は僅か30分で決着という屈辱的な結果に終わってしまったのだ。

 あの時だってせめて準決勝ならば数を活かして突撃を受け止め、逆襲できたとアリサは思っている。

 50機制限! これさえなければサンダースは安定して勝ち進むことができるのに!

 嘆いてもルールは変わらない以上、削られたアドバンテージを別のもので埋めるほかないのだ。

 

「今年こそは絶対に勝つのよ! どんな手を使っても絶対によ!」

 

 アリサは密かに燃えていていた。黒森峰の十連覇が阻まれた今、新しい時代の波が来ているのだ。それに乗らずしていかがする! 今年こそ優勝だ!

 

「そしたらタカシも振り向いてくれるんだから!」

 

 ただしその動機は極めて不純だったが。

 

 

 

 

 

 

 

 第24話『逆襲』

 

 

 

 

 

 

 

 間一髪で助かった。もし森の外で攻撃を受けていたら、そこで終了だったかもしれない。

 

「全機状況を報告してください!」

 

 木々を盾に後退機動に入りつつ、みほは無線機へと向かって叫んだ。

 カメラの方は森の外へと向ければ、そこに広がる草原が描く緩い稜線の向こう側からわらわらと文字通り『湧いて出る』といった感じに次々とトータスが姿を現してくる。手には各種ロケット砲を携え、肩に負うのは大型のランチャーだ。中身はロケットかミサイルかまでは解らないが、少なくとも残弾がゴマンとあることぐらいは一目で解る。

 

『大丈夫だよみぽりん! 問題なく動けるよ!』

『こちらも大丈夫です!』

『一発掠めましたが、追加装甲のおかげでほぼ無傷です』

『問題なしだ。どうする、西住さん? 反撃するか?』

 

 麻子が問うのにみほは首を横に振りつつ言った。彼女の仕草に合わせて、パープルベアーの頭も揺れ動く。

 

「いえ、ここから脱出します。相手が近づかないように牽制してください」

 

 みほがヘビィマシンガンをバースト射撃するのに合わせて、沙織たちも続けて攻撃する。

 間合いが遠い上に視界が悪いから命中は期待できない。問題ない。時間を稼げれば良いのだ。

 

「沙織さん、カエルさんチームと通信繋げますか?」

『今やってみるけど……やった! ちゃんと動いた! 今そっちに回すね!』

『隊長! 聞こえますか隊長! 良かった……無事通じてくれた!』

 

 無線からは少し焦った様子の典子の声が聞こえてきた。

 みほの方はと冷静にカエルさん分隊の現状を問う。

 

「そちらの状況を教えて下さい」

『敵のアタックを受けましたが、リタイアしたATはいません。敵は現在15機! 肩に大砲みたいなの背負ってるのが5機います!』

『ナオミ殿のファイアフライ隊です!』

『こっちは……20機です! 20機が追ってきています』

『カエルさんのほうが15、こっちが20……全部で35機か』

「……」

 

 優花里が聞き出した情報によれば、フラッグ機には同分隊の僚機以外護衛はつけないという話だった。

 そしてみほ達とカエルさんチームの所に来ていないのはそのフラッグ機分隊とダイビングタートル隊のみ。

 敵は機動戦力の実質全てをここで投入してきたことになる。

 

(……随分、思い切ったことするんだ)

 

 しかしピンチとは常にチャンスと背中合わせだ。

 どういう判断に基づいてのことかは知らないが、敵が主力を集めてくれるなら望む所。

 こちらも砲火を集中し、一挙に敵の主力を撃破するのみ!

 

「カエルさん分隊は0514地点へと向けて後退してください!」

『了解です!』

「あんこうは全機牽制射撃を続けながら後退! 0514地点でカエルさんと合流します! それと沙織さん、今度はウサギさんチームへと繋いでください!」

『解ったよ! ……OK、今度もちゃんとつながったよ!』

「ウサギさんチーム聞こえますか」

 

 若干の遅延のあと聞こえてきたのは、分隊長梓の声だった。

 

『聞こえています。隊長、どうしましたか』

「ウサギさんチームはカメさんニワトリさんと別れて0503地点へと移動してください。そこには岩場がある筈なので、そこで次の通信があるまで待機です」

『解りました! 今すぐ移動を開始します!』

 

 梓との通信が終わると、嬉しそうな声で聞いてきたのは優花里だった。

 

『0503地点は森の中の空き地……そこに誘い込んで、ロケット砲の火力で一網打尽ですね!』

「うん。上手く誘い出せれば良いけど……」

『敵が隊列を横に広げたぞ。包囲する気だ』

 

 麻子の指摘通り、木々越しに見えるトータス隊は鶴翼の形をつくろうと分隊同士の間隔を開き始めている。

 

「囲まれたら終わりです! 全機速力最大! 今はカエルさんとの合流が最優先で!」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「ふうん……敵の主力を誘い出して、H級の火力で殲滅か……教科書通りの戦術ですね」

「大洗は数も少なく、ATの性能も高くはない。採れる戦術は自然と限られてくるだろう」

「だからといって教科書通りで勝てる相手ならば苦労はしません」

「そうだな。今年のサンダースは練度が高いようだ」

 

 砲弾の飛び交う試合場からは離れた丘の上。

 そこに折りたたみ式の椅子と机を広げて、観戦と洒落こんでいるのは西住まほと逸見エリカの二人だった。

 装甲騎兵道という競技においては、勝負とは試合のゴングが鳴る前から始まっているものなのだ。

 強豪校の五指に数えられるサンダースの試合とあれば、偵察に来るのは当然のこと。

 さらにそのサンダースの相手がみほ率いる大洗と来れば、見に来ない筈もない。

 まほにとってみほは妹であり、西住流の同門であり、同じ家元の看板を背負う者同士だから。

 そしてエリカにしても、みほには一筋縄ではいかない『想い』を抱いている点ではまほと同じだった。

 

「それにしてもエリカ、気づいたか」

「ええ。サンダースの妙な動きについてですね」

 

 岡目八目と言うが、複雑な地形で多数のATが入り乱れて戦う装甲騎兵道においては、当事者よりも遥かに観戦者のほうが状況を適切に俯瞰することが出来る。

 ――だからこそ解る、サンダースの用兵の不自然さ。

 

「斥候も出さないのに、隠れた相手目掛けての迷いひとつない直進行軍……まぁ変と思わない方がどうかしてます」

「あれは、みほがあそこにいると知っていなければできない動きだ」

「……無線傍受、ですかね」

「ルールの範囲内でやっていると考えれば、それしかないだろう」

「小賢しいやり口ですね」

「だが、一回限りなら実に有効な戦法だ」

 

 二人は会話を切って、試合の様子を中継するスクリーンへと視線を戻した。

 着々と狭まるサンダースの罠の網の目に、それに捕らわれそうな大洗に、エリカはやきもきとした。

 気づくと苛立たしげに、机の端を指で叩いている自分に気づいて、一層ムカついた。

 ――なんで私があんなやつの心配をしてやらなきゃならんのだ、と。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

『暇だねぇ~』

『いつまで待ってればいいのかなぁ』

『隊長からの連絡まだぁ?』

『まだ』

『外出るわけにもいかないしぃ~』

『……』

「……みんな緊張感なさすぎ」

 

 何とも呑気な様子の分隊一同に、梓はそう漏らした反面、彼女自身待つのがしんどくなってきていたので、余り強い調子で注意することもできないでいた。

 みほに言われた通りに所定の位置に辿り着いたが、そこから先の指示はまだ受け取っていない。

 時が来れば連絡すると言っていたが、つまりそれまではただ待つしかないのだ。

 待つことが好きな人間は少数派だろう。

 ましてやいつ弾が飛んで来るかも解らない、装甲騎兵道の試合中に待つのが好きな人間など皆無だろう。

 ここでの待機を始めてから、まだたいした時間は過ぎてない筈だが、それでも既に梓達はくたびれて緊張の糸が緩み始めていた。

 

「……撃ち合いの音がだんだん近づいてきてる。みんなそろそろ出番だから頑張らないと」

『ううう~待つの疲れた! 早く撃ちたい~』

『あや、その言い方だとまるで危ない人みたいじゃん』

『あ、でも私ちょっとその気持ち解るかも』

『血の気多いなぁ桂利奈ちゃんも』 

『……』

 

 談笑しつつも、みな自然と声に緊張感が戻り始めていた。

 短時間とは言え、訓練の成果が着実に出てきていることに、分隊長として梓はホッとする。

 

『……』

『え? 紗希、なに?』

 

 しかしホッとできたのも束の間のことであった。

 一人会話に加わっていなかった紗希が、不意にあゆみのATの側面を鋼鉄の指でコツコツ叩いたのである。

 紗希は同じ指である一箇所を指差した。

 今ウサギさん分隊のいる場所は森の中の開けた場所かつ少々の岩場があって見晴らしが利く。紗希が指差したのは、岩場の上から見える森の外れの湖のほうだった。

 森の外れと言っても、この空き地からはそう遠い場所ではない。

 紗希の指差すのにつられて、あゆみに続いて梓もその先を覗いてみた。

 

『ねぇあれ……』

『なんか動いてない』

 

 そう、水面が動いている。それも風や流れによるものではない、不自然な波の立ち方だ。

 まるで湖の底を何か大きなモノが泳いでいるかのような――。

 

「……ダイビングビートル!」

『あ、そうだよそれだよ!』

『そう言えば、水に潜れるって先輩言ってたもんね!』

 

 梓が叫んだ言葉に、あゆみや桂利奈が即座に同意した。

 大洗でも生徒会の河嶋桃先輩の駆るダイビングビートル。その特徴は二時間もの潜水能力だ。

 

『ね~あれ、こっちに向かってきてない~?』

『うん! 向かって来てる! 来てる!』

『えーうそ! やだー』

『どうしよう! ねぇ梓、どうする!』

「……」

 

 皆の言う通り、水中の連中は確実にこっちのほうへと向かって来ている。

 それが自分たちを狙ってなのか、それとも単に進路上に自分たちがいたのか、それは梓には解らないが、確かなのはこのままだと遭遇は不可避ということだ。

 

『ねぇ、私達だけで行ってやっつけちゃわない?』

 

 そんなことを言い出したのはあやだった。

 

『え~でも~』

『ここで待っててって先輩に言われたじゃん』

『勝手に動いたらマズいんじゃ』

『でも私達だけ、まだ一機も撃破してないんだよ! それにあんなコソコソ動いてるの、絶対怪しいし!』

『そっか~やっつけたら大手柄かも~』

『敵の作戦を事前にやっつける! 格好いいじゃん!』

「……ちょっと待ってみんな!」

 

 何やらあやの意見に釣られて迎え撃つ方向に勝手に話が流れていくのを、梓は慌てて制した。

 

「とりあえず、隊長に無線で聞いてからじゃないと! 優季! 隊長達に繋いで!」

『解ったよ~……ってあれ?』

 

 まずは指示を仰いでから、とあんこう分隊へと無線を繋ごうとした。繋ごうとしたのだ。

 だが――。

 

『うそ……何か変な音が鳴って、ぜんぜん動かないんだけど~!?』

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「もうすぐ合流地点です、沙織さん、カエルさん分隊に繋いでください」

 

 何度目かもう数えるのも億劫なくらいの回避機動で、みほは木の陰にATを滑りこませつつ言った。

 サンダース側の砲火は相変わらず激しいが、M級とH級の機動力の差もあってか、なかなか距離は縮まらない。

 遮蔽物が多いことも有り、何とか一機の脱落者も出すことなく、ここまでやって来れた。

 キルログが流れない所、カエルさんのほうも無事なのだろう。このまま行けば絵図通りに事は運ぶが――。

 

『わかったよ――って何!? 嘘!? またぁっ!?』

 

 ――そうは問屋がおろさないらしい。

 沙織の口から飛び出した悲鳴に、みほの体に悪寒が走る。

 

『何か変なノイズが混じって……通信が全然通じないんだけど!?』

「沙織さん落ち着いて。無線機はちゃんと機能してますか?」

『動いてはいるけど……なんだろう、何か変な電波拾っちゃってるみたい! もうラジオじゃないんだから!』

 

 ……変な電波?

 沙織の発したその単語に、みほは試合開始直後から抱いていたある違和感の正体に気がついた。

 そもそも何故、相手は自分たちが隠れている所が解ったのか。

 何故、ああも素早く主力を集結し、一挙に攻撃することができたのか。

 何故、無線機が急に通じたり通じなくなったりするのか。

 その答えは、よく考えればひとつしかない。

 

(電子戦装備! それしかない!)

 

 気づいた直後に、みほは新たな指示を皆に下していた。

 

「全機、私に続いて一列縦隊!」

『みぽりん?』

『西住殿?』

 

 急な指示に沙織始め皆疑問を抱くものの、それでも彼女らは自分たちの分隊長に従った。

 みほはここに来るまで間違った指示を出したことはほとんどなかった。多少の疑問など吹き飛ばす、信頼があったのだ。

 

「南南西の方角へと向います! 立ちふさがる相手は撃破! 突破します!」

『……解りました、続きます!』

『援護なら任せろ』

 

 みほの緊迫した声から、一同は疑問を挟む時間がないことを察した。

 即座にみほの背後に回って列を成し、全力のローラーダッシュで駆ける。

 突然の反転と進路変更に、むしろ相手の方が戸惑った。

 遠巻きに撃ち合っているだけが、一転、降って湧いたような接近戦。

 その動揺を、見逃すみほでない。

 

「バルカンセレクター!」

 

 フルオート射撃で手近な一体を撃破! その隣のトータスを、優花里のソリッドシューターが撃ち落とす。

 サンダースは五機一個分隊の編成を基本とする。残りの三機は慌てて散開するも、初動の遅い一機が、麻子のガトリングガンの犠牲となる。

 立ちふさがる者は撃破した。後は――包囲される前に合流し、ここを突破するほか、道はない!

 相手の描いた包囲網を打破すべく、みほは新たな作戦へと我が身を任せた。

 

 

 

 

 

 





 問いに対する答えというものが、もし常に存在するものだとしたら
 人生というものは、もっと容易いものになるだろう
 だが、迷える梓の発した問いかけに、答えるものは誰もいない
 分隊長として、一人の選手として
 梓は、己の決断を迫られる

 次回『錯綜』 果たして、賽は投げられた


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第25話 『錯綜』

 

 

 

「こんな格言を知ってる?」

 

 毎度の事ながら、ダージリンは特に前振りもなく唐突に、ペコへと問いかけた。

 

「『知は力なり』」

 

 しかしオレンジペコは一瞬の間もなく、流れるように答えてみせる。

 

「近世イギリスの哲学者、フランシス・ベーコンですね」

 

 これにはダージリンもニンマリと微笑んだ。

 1年生でありながら聖グロリアーナ事実上の副隊長を務めるだけあって、オレンジペコは才気煥発当意即妙だ。

 これは知らないだろう、と時々意地悪なチョイスをしても的確に返してくるのだから、実に良い。

 会話をゲームのように楽しめる相手は実に貴重だ。

 

「知っているということは力になる。(こと)、それを知らない者を相手にする時には」

「……サンダースはいったいどういう手を使って、大洗の動きを把握してるんでしょうか?」

「さぁてね。現状では判断するのに、それこそ知識が足りてないわね。知らないという現状を把握し、その上で知を得ることを考えるのが賢いやりかたよ」

「『無知の知』……ソクラテスですね」

 

 ダージリンとオレンジペコ。二人の見守るなか、不意にモニターの向こうのパープルベアーが、みほの駆るATが不可解な動きを始める。彼女率いる分隊機もそれに続き、半包囲の隊形で距離を詰めつつあったサンダース右翼を食い破った。

 

「3機撃破! ダージリン様、大洗の先取です!」

「みほさんも気づいたようね、サンダースの張った罠に」

「でもどうして解ったんでしょう。みほさんの視点から考えれば、あのまま進めばキルゾーンにサンダースを誘い込めるのに……」

「ひとつだけ確かなことは、この試合を動かすのは最早サンダースではなく、大洗ということよ」

 

 

 

 

 

 

 第25話『錯綜』

 

 

 

 

 

 ゴーグルの画面に走る、キルログの連なり。

 右翼に展開していたイージー分隊からのものだった。

 3機撃破、だが幸い隊長機と通信機の二機は生きている。

 

「! ……イージー1に繋ぎなさい!」

『イエスマム!』

 

 ケイは即座に残存機に指示を出すべく通信を飛ばそうとする。

 アリサの『読み』ではこのままナオミ率いる三個分隊と連携し、ゆるゆると追撃を続ければ自然と大洗を包囲する形になり、相手の主力を包囲殲滅できるとのことだったが、どうやら相手はこちらの意図に気づいたらしい。

 問題はない、隊形を再編成、速度を上げて追撃戦に持ち込むだけだ。

 

『隊長! 電波障害でイージーと上手く通信が――あ、ノイズが消えました。無事繋げます!』

『こちらイージー1! 隊長すみません、3機やられました』

「Don't mind! ジョージ分隊と合流して後尾について! エイブル分隊を先頭にAフォーメーションに切り替えるわ。ジョージ、ハウも聞こえてる! ジョージ分隊がRight、ハウ分隊がLeftでArrowHeadよ!」

『イエスマム!』

『イエスマム!』

 

 総勢500人を数えるサンダース装甲騎兵道チームの中にあって、大会出場権を勝ち取ったメンバーがここには揃っている。黒森峰や聖グロリアーナ、プラウダといった強豪と比べても、選手の力量という意味では勝るとも劣らない。ケイの指示には即座に反応し、鬱蒼たる森林の中にあっても淀みなく隊形は変更される。

 

「全機FullSpeedで追撃よ! 弾には余裕があるんだから、もう出し惜しみはNothing! 一発でも当たれば良いんだから!」

 

 サンダースはお金持ち。

 そして金持ちだけに装備も良い。ケイ率いるエイブル分隊は全機『X-SAT-01 ソリッドシューター』を装備していたが、これは普及型の『SAT-03ソリッドシューター』に代わる最新モデルであり、脅威の三十六連発を誇る。大型の弾倉を備えているため、取り回しに癖はあるが、使いこなせばAT手持ち火器の中でも際立って優れた火力を発揮するのだ。

 

「エイブル2、ファイアフライに繋いで。ナオミにも出し惜しみは無しって伝えないとね」

『イエス、マム! ……フラッグ機より通信、繋ぎます』

「アリサから? OK、繋いで」

 

 ナオミへと回線を繋ぐ直前、アリサからの通信が入り込んできた。

 今度の試合では参謀として作戦の全権を担っているに等しいアリサは、もともと優れた情報収集能力と分析能力の持ち主ではあるが、特に今日の試合は勘が冴え渡っている。相手がこちらをキルゾーンに誘い込む動きを読んで、それを逆手に逆包囲をかける作戦を立案したのもアリサだった。正直な話、冴え渡り過ぎてチームメイトながら「なんでそこまで解るのか」と疑問の眼で見てしまうぐらいだ。

 

『隊長! 敵はファイアフライ隊の追っているファッティーの分隊と合流を図るようです。0624地点へ向かってください! 連中の進路を推測するに、落ち合うにはそこが最短の場所です。そこを包囲して殲滅します』

「OK! 今日はアリサの作戦通りに行くわよ! それにしてもまるで敵の動きが見えてるようじゃない」

『……女の勘です』

「HAHAHA! そりゃ頼もしい!」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 サンダース本隊がみほやバレー部を追い回している頃、また別の場所においても戦局が動こうとしていた。

 大洗VSサンダースの試合会場には大きな池と川が幾つかあったが、ことは湖のほうで起こった。

 

『――』

 

 不可思議な波を打つ水面を割って、ヌッと姿を見せたのは球形の何かである。

 そこにはレンズのようなものがついていて、ジィージィーと駆動音を立てて絞りをしきりに動かしている。

 左右に球体が動けば、それに合わせてレンズも動く。

 辺りを一通り見渡せば、岸辺へと向かって球体は進み始める。

 その後方、沖合のほうで同様の球体が次々と水中より生えるように出現した。

 数は9。今しがた岸へと向かったものも合わせれば全部で10となる。

 球体は岸に近づくにつれ、3つの眼がある丘陵上の物体と化し、続けて肩が出て腕が出て胴が露となる。

 ――ダイビングビートル。

 数あるATの中で最高の潜水性能を誇り、湿地や河川、湖に海では最大の力を発揮する。

 だがその性能の高さに比例して、調達には多額の費用を要するこのATを、まとまった戦力として運用できるのは高校装甲騎兵道のなかではサンダースぐらいのものだった。

 

「……よーし問題なしだ。チャーリー、ドッグ全機上陸開始!」

 

 チャーリー分隊5機に、ドッグ分隊の5機の二個分隊。

 湖を横断し、敵の背後を突く作戦を提案したのはアリサだった。

 ビートル系の利点を活かした、水中突破のショートカット。AT二個分隊という戦力は決して多くはないが、奇襲に徹すれば充分に戦果を望むことができる。

 

『チャーリー、全機上陸完了しました』

『ドッグ分隊も全機上陸完了、いつでも行けるよ』

「よーし全機、攻撃準備」

 

 機体背部のミッションパックにマウントしたミッドマシンガンを取り外す。

 

「ベーカー分隊に繋いで。今後の指示を仰ぐから」

『了解』

 

 別働隊の指揮は一応チャーリー分隊の分隊長が受け持っていたが、実質的な指揮官はアリサであった。

 上陸したは良いが、この先どうするのかについての詳細はまだ聞いていない。

 本隊を別れて行動する以上、連絡を密にするのは絶対条件だった。迂闊に動いて各個撃破など笑い話にもならない。

 

『あれ? ……まーたノイズが! なんでだろ、地質の問題かな』

「? ……どうしたの?」

『電波障害です。試合中に何度か起こってまして……でもおかしいなぁ、ちゃんと整備した筈なのに』

「なんでも良いから早く繋いでよ。こんな所で足止めはゴメンよ」

 

 通信が繋がるまでは手持ち無沙汰なので、つらつらと辺りを様子を見渡してみる。

 ドンドンパチパチと砲声が鳴り響く本隊周辺とは違って、ここは静かだ。

 周りも木々ばかりで、面白いものはなにも――……。

 

「……ん?」

 

 ――今何か、光るものが見えなかったか?

 そう思って気になったあたりにカメラを向けて、倍率を上げていく。

 あれは――ATのセンサーのレンズだ!?

 

「ジーザス!」

 

 叫んだ時にはもう遅かった。

 木々の群れ、葉の帳をすり抜けて、一斉に飛んできたのはロケット弾。

 その速度に反応して動くのは人間には難しい。

 避ける間などありはしない。弾頭が機体へと叩きつけられたと思った時には、衝撃で機体はぐわんと吹っ飛ばされる。容赦のない撃破判定に、機体頭頂より白旗が揚がる。

 

『分隊長がやられたぞ!?』

『ロケット弾! アンブッシュ(待ち伏せ)です!』

『奇襲だと!? 全機さんか――おわぁぁぁぁ!?』

『前だけじゃない! 両側から来るぞ! みんな応戦――ぎゃふん!』

 

 勝敗は一瞬で決した。

 ATは防御に対し攻撃が著しく優越したマシーンである。奇襲には、実に脆い。

 茂みの中から顔を出した6機のトータスの見下ろすなか、十機のビートルはみな白旗をあげて地に伏していた。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「……やっちゃった」

 

 梓がそう呆然と呟くと、ウサギ分隊一同がそれに続く。

 

『やっつけちゃった』

『私達が』

『私達が』

『私達だけで』

『……』

 

 最後に紗希が静かにATでガッツポーズする。

 それを引き金に、歓声がわっと湧き上がった。

 

「やった! 先輩! やりました!」

『やったよ! 私達ついにやったんだ!』

『頑張ったよ桂利奈ちゃん!』

『あいいいいい!』

『いぇい! いぇい! いぇい!』

 

 AT同士でタッチしたり、ハッチを開いてタッチしたり。

 一同は各々声と身振りで喜びを露わにする。

 装甲騎兵道始めて以来の初撃破。それも先輩たちの力を借りない、自分たちだけの戦果だった。

 

 ――行こう。今ここで、戦えるのは私達しかいないから。

 

 そう決断した梓に率いられ、ウサギさん分隊一同は岸辺近くの木立に身を隠したのだ。

 結果は、びっくりするぐらいの大成功。ここまで上手くいくとは梓も思ってもみなかった。

 

『これ試合終わったらご褒美あるんじゃない!』

『いいね~ご褒美~なにもらおうかな~』

『でもこれ誰が何機撃破したか解かんなくない?』

『いんじゃない、みんなの通算成績ってことで!』

『そっか~みんなでもらえば良いもんね~』

 

 完全に浮かれまくっている一年生一同。

 しかし梓の脳裏に、ふと過る懸念があった。

 

「あ……でも、ロケットの残弾大丈夫かな。私思わず全部撃っちゃったんだけど」

『あ』

『え』

『う』

『い』

『……』

 

 空気は、一瞬で凍りついた。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「うぉぉぉぉぉ!」

『キャプテン! 大丈夫ですか!』

「問題ない! みんな根性の逆リベロだ! あんこうチームと合流するまでは、根性で頑張れ!」

『キャプテン! 逆リベロってなんですか!?』

 

 典子はAT背部のバーニアを噴かせ、間一髪の所で相手の砲撃を回避した。

 運悪く直撃を食らった杉の木が、一撃でへし折られ倒れるのも、何とか跳び越える。

 推進剤の残量が気にかかる。このままだと逃げ切る前にガス欠かもしれない。

 

「佐々木! ハードブレッドガンであの大砲背負ってるやつ狙えるか!」

『キャプテン、激しいスパイクの連続で、とても狙って撃てる状態じゃありません!』

「諦めるな根性だ! 直撃しなくても良いから相手の砲撃を弱めるんだ!」

 

 バレー部ことカエルさん分隊はファッティーの機動力を活かして何とかギリギリの所を逃げまわっていた。

 特に厄介なのが、肩に長大な大砲を背負ったAT……優花里の偵察によれば『ファイアフライ』という特注機。

 木々に砲身が引っかかるため、常に展開している訳ではないが、時々撃ってくる砲撃は驚くほど精確だった。

 ここが開けた地形だったらとっくに四機とも撃破されていただろう。森のなかであるということ、カエルさん分隊特有の優れたチームワークによる相互のカバーによって持ちこたえてはいるが、そろそろ限界に近いのも事実。

 問題は『推進剤』。ファッティーの高い機動力はバーニアを噴かしてホバーダッシュすることにより生まれる。従って他のATと違ってポリマーリンゲル液の劣化だけでなく、推進剤の消費にも気を配らねばならないのだ。

 最初に攻撃を受けて以来、ずーっと逃げっぱなしなのでそろそろ心配な数値になって来ている。

 ただ走るだけならともかく、翔んだり跳ねたりはもうそれほどできない筈だ。

 

『! ……キャプテン! ようやくあんこう分隊と通信繋がりましたぁ!』

「よしきた近藤! 回線開けー!」

『カエルさんチーム! まだ無事ですか!』

「ぴんぴんしてます! 隊長はどうですか!」

『こっちも大丈夫です! ですが作戦を変更します! 0624地点で合流しましょう!』

「了解!」

 

 こいつは重畳。遠くなるならまだしも近くなったのだから言うことなしだ。

 

「よーしみんなもう少しの辛抱だ! 根性で乗り切るぞ!」

『そーれ!』

『それ!』

『それ!』

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「くそう! 馬鹿にしてくれちゃって! 弱小校の分際で!」

 

 思わずアリサは一人コックピット内部で毒づいた。

 サンダースの被撃破数はすでに13機。対する大洗は未だ全機健在。

 それでもまだ数は37対22だから、依然サンダースが有利だが問題は士気だ。

 ケイがターンピックのように揺るぎないのは流石は我らが隊長といったところだが、他の隊員はそうはいかない。誰よりもアリサが焦りを感じ始めている。自分が動揺しやすいタチなことぐらいよーく知っているので、なおのこと不安だ。

 加えて妨害電波が味方にもうっかり作用してしまったこともあり、迂闊に使えなくなってしまった。無線傍受は問題ないが、しかし戦術の幅は大きく狭められる。

 

「まぁ良いわよ。0624に向かってくれてるみたいだし……見てなさい」

 

 アリサは自分を勇気づける意味合いもあって、一際狡猾そうな笑いをつくり、言った。

 

「そこがあんた達の死地よ。もう逃しはしないわ」

 

 

 

 

 





 砲声は、雷鳴の如く響いた
 ぶつかりあう鉄と鉄。巨大な砲身より放たれる一撃は、まさに稲妻
 身を包む鋼の鎧すら、この攻撃には意味を成さない
 横殴りの驟雨のなか、みほ達は挑む敵中横断
 
 次回『脱出』 微かに掴んだ、細糸を手繰る


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第26話 『脱出』

 

 野生動物は、そのほとんどが背後より獲物を攻撃する。

 言うまでもなく、面と向かって争うよりも遥かに少ないリスクで相手を仕留められるからだ。

 そしてこれは人間にとっても同じことだった。戦場において最も戦死者が出るのは逃げる時、退く時、つまり相手に背を向けた時なのだ。どうやら人間にも野生の本能が残っているらしく、背を見せた相手には一層闘志が湧くらしい。つまり戦場では敵兵に面と向かっている時よりも、実は逃げる時のほうが遥かに危険ということ。

 ――それは装甲騎兵道の試合であっても変わりないし、当然、みほもそのことは承知している。

 

『0624地点まで残り300メートル!』

 

 優花里からそう告げられて、みほは一層気が引き締まる思いだった。

 

「カエルさんチームと合流直後、ロケットとソリッドシューターの砲撃で突破口を開きます! 沙織さん、華さん、優花里さんは私が合図したら一斉に砲撃してください!」

『解ったよみぽりん』

『解りました!』

『了解です西住殿!』

「飽くまで目眩ましなので無理に撃破を狙う必要はありません。麻子さんと私は相手の隊形が崩れた所を狙い撃ちます。むしろコッチが本命です。ここで減らせるだけの数は減らします」

『任せろ西住さん』

「矢印型の隊形に変更です。沙織さん、華さん、優花里さんの三機で(やじり)を作り、私と麻子さんが縦隊で追随します」

 

 みほのテキパキとした指示を受け、あんこう分隊は変形型の『ハンマーヘッド・フォーメーション』をとった。

 一見すると前方に火力を集中しているように見える所がこの隊形の味噌だ。

 兵は詭道なり――とは孫子の言葉だったか。虚と実を入り混ぜ使い分け、相手の隙を突いて攻撃するのだ。

 

『0624地点まで残り100メートル! 西住殿、見えました!』

「カエルさん分隊、聞こえますか!」

 

 みほもまた木々の向こうを駆けまわるファッティーの姿を認めていた。

 即座に沙織機を通じて、カエルさん分隊長、典子機へと通信を飛ばす。

 

『聞こえます隊長! みんな聞いたか、あんこうが来たぞー!』

『待ってましたー!』

『凄いよ私達耐え切ったよー!』

『チャンスです! 反撃しましょうキャプテン!』

 

 驚くべきことだが、カエルさん分隊はまだ一機の脱落も出ていないのだ。

 これまで堪えてきたぶん、テンションの上がりっぷりも甚だしい。

 しかしみほはその勢いに押されることもなく、冷静に次の動きを指示していく。

 

「カエルさんはあんこうの後方に回ってください。私達が突破口を開きます」

『了解! 聞いたか回れ回れー!』

 

 カエルさん分隊のチームワークは素晴らしい。流石は運動部、それもハードなスポーツであるバレー部だと言った所だ。みほ達は迂回機動をとったカエルさん分隊と入れ替わる形で敵前へと姿を晒す。

 

『前方10機! いずれもトータスタイプです!』

 

 ――ファイアフライがいない?

 みほはそのことを疑問に思ったが、センサーの倍率を最大にしても、木の陰や森の奥を窺っても姿が見えない。

 理由は解らないが、好都合だ。ならばこのまま、小細工無しで一気に突破するのみだ。

 

「今です!」

 

 みほの合図と共に、沙織、華、優花里のATが一斉にその砲門を開いた。

 レッドショルダーカスタムの9連ロケットに、ゴールデン・ハーフ・スペシャルの6連ロケットが続く。

 何発かは木に当たって派手な爆音と煙をあげるが、生憎サンダース機への命中弾はない。

 だがそれで問題はない。

 

「……」

 

 華がソリッドシューターで、木々を盾に反撃を図る相手を牽制している。

 その隙にみほはモニターに精密射撃用のグリッドラインを表示した。

 視界全体に薄く細い白線のマス目が現れ、照準補助の数字や矢印が合わせて表示される。

 

(……方位マイナス0.4、射角プラス0.3。今!)

 

 レンズの反射光を目印に、相手の機体の動きを読んで銃口を微かにズラす。

 ターゲットマーカーと、モニター中央の狙点が重なった瞬間、みほはトリッガーを弾いた。タタタンッと銃声が鳴って、マズルフラッシュが木陰の闇を破る。

 三点バースト射撃は吸い込まれるようにトータスの一番脆い箇所、センサー系目掛けて飛んで行く。――直撃! 撃破判定が下り、白旗が飛び出す。

 

「全機突入! 進路11時! 単縦陣で行きます!」

『11時って言ったら……こっち!』

 

 みほの指示に合わせてまず沙織が先陣を切った。

 ヘビィマシンガンと左腰のガトリングガンを同時に連射し、弾幕を張りながら前進する。

 華に優花里が続き、カエルさん分隊もキャプテンを先頭に追従する。

 殿(しんがり)を務めるのは、みほと麻子だ。

 

「私達も行きます!」

『応よ』

 

 まず麻子が走り出した。

 こいつらだけは逃がさんと、9機のトータスは一斉に木々の背後より飛び出して麻子を取り囲もうと動く。

 手にしたハンディロケットガンが火を吹き、ひゅるひゅると複雑な軌道を描いてロケット弾が飛ぶ。

 

 ――だが麻子の操縦センスは尋常ではない。

 大型のグライディングホイールが土を蹴飛ばし、微妙な足首の制動のみでターンをしながら横殴りのロケットの雨を突っ切って行く。標的を捉えた! と思った時にはそれは残像で、赤い機影は既に過ぎ去った後だ。

 麻子は走りながら右腕のガトリングガンを撃つが、これは牽制に過ぎず相手に当たっても掠めた程度。

 彼女が本領を発揮するのは、格闘戦だ!

 標的に定めた隊列の最左翼の一機と、麻子のブルーティッシュドッグ・レプリカは真っ向から向き合う形になった。相手は獲物が飛び込んできたと砲口を向けるが、麻子は怯まない。

 ――捉えた! と相手は思っただろう。避ける素振りすら見せぬ獲物に、ロケット弾をお見舞いするつもりだったろう。果たして、砲弾は空を切った。

 相手のトータスは考える。ヤツは右に逃げたか左に逃げたか。しかしそのいずれにも機影は無い!

 フッと暗くなる視界。僅かにカメラを上げれば、視界は鋼鉄の足裏に覆われ、すぐに真っ黒に染まる。

 麻子は跳んだのだ。僅かな地面の段差を利用し、ATでジャンプをしたのだ。

 重量7トンはあるATは跳ぶには重すぎるが、問題はない。重さゆえに単なるストンピングが必殺技と化すからだ。直撃を食らったトータスは衝撃にひっくり返り、特に衝撃の激しかったセンサー系は一撃で破砕される。

 そのまま麻子のブルーティッシュ・レプリカは倒れたトータスを一顧(いっこ)だにせず走り抜け、みほも麻子が開けた『穴』をくぐり抜けた。

 

 

 

 

 

 

 第26話『脱出』

 

 

 

 

 

「西住殿達は大丈夫なんでしょうか」

『今通信が入ったけど、麻子と一緒に抜け出せたって!』

 

 沙織の言葉を聞いて優花里はホッとした。

 みほは隊長ながら何かと殿を買って出るきらいがあり、そういう勇敢で責任感溢れる所は優花里も大いに尊敬しているが、しかしみほは我らが隊長にしてあんこう分隊長なのだ。万が一を考えていつも心配してしまう。

 

『では、わたくしたちはこのまま0503地点へと向かいましょう。ウサギさんの皆さんとも、そこで合流できる筈です』

『隊長たちを待たなくて大丈夫かな?』

 

 華が言うのに疑問を呈したのは典子だった。

 これには優花里が代わって答える。

 

「西住殿達のATのほうが私達よりも足回りの性能は上ですので、まっすぐ進んでいれば自然と追いつく筈です」

『了解。それにしても……なんか試合始まってから逃げてばっかだな』

『キャプテン、暫しの辛抱です! ここから大逆転なんですから』

 

 ここでふと、思い出したように言ったのは忍だった。

 

『そういえば、あの大砲持ちどこ行ったんだろう?』

『そうだね。気づいたら居なかったし』

 

 あけびも無線越しに同意した。

 大砲持ち――と言えば。

 

「ファイアフライ……そう言えば先ほど会敵した際には姿は見えませんでしたが」

『居ないなら居ないで良かったんじゃないの? 厄介な相手だーってゆかりん言ってたじゃん』

「それはそうなんですけど……でも一体どこに」

『得物が大きいから広い所に移ったんじゃないでしょうか。時代劇でも槍や薙刀が柱に引っかかって、その隙をバッサリ! という場面は良く見ますし』

『でも、ついさっきまではそんなの関係ねぇとばかりに撃ってきてたんですよ』

「……」

 

 優花里は何となく嫌な予感がした。

 よくよく考えて見れば、さっきの突破攻撃も上手く行き過ぎた気がしてくる。

 相手は強豪サンダース。彼女たちの練度が高いことは偵察の時にもよくよく見てきたことだ。

 にも関わらず、ああもあっさり――。

 

『あれ?』

 

 優花里の思考を破ったのは、無線からの沙織の声だった。

 

『ねえ、なんか向こうで光ったような――』

 

 そして沙織が言いたいことを全部言い切るより前に、優花里の眼と耳にも飛び込んできた閃光と爆音がそれを遮った。

 

『佐々木!』

 

 典子が叫んだ通り、煙を吹いて横転したのはあけびのファッティーだった。

 ――『O-arai Frog-4』

 スコープに映る視界の端に、赤いキルログが流れる。

 

『みんなバラバラになって! 狙われてるよ!』

 

 沙織がそう叫ぶのを引き金に、優花里含め皆四方へと散る。

 フルスロットルのローラーダッシュで木々の間を駆け抜ければ、コンマ数秒前に盾にしていた木が爆発と共にへし折れた。優花里はとっさに音の鳴る方へカメラを向け、ターレットを精密照準へと合わせる。

 走りながらの優花里に見えたのは、森の奥、木々の下の暗がりのなかを煌めく砲火だった。

 

「――ファイアフライ!」

 

 その強烈なマズルフラッシュと、音を置き去りにする弾速に、優花里はすぐに自分たちを狙うモノの正体を理解した。ナオミ率いるファイアフライ隊はコチラの退路を塞ぐために動いていたのだ。

 

『みなさん! 反対側からも!』

 

 華が叫ぶ声にファイアフライとは反対側を見れば、木と木の間から見え隠れするトータスの群れだ。

 中には機体の各所を金色に縁取っているATが一機見える。あれは――隊長機! サンダース隊長、ケイの専用機じゃないか! さっき振り切った筈のサンダース本隊が、迂回機動の果てにたどり着いて来たのか。

 

『嘘! 囲まれた!? 何で!?』

 

 沙織が混乱して叫ぶ声が聞こえる。

 優花里も本音を言えば叫び出したい気分だった。

 なぜこうもどんぴしゃにコチラの位置を特定してくるのか。

 みほは何か気づいていたようだったが、生憎、それを聞く時間は無かったのだ。

 

(――でも)

 

 今は関係ない。理屈など、今この瞬間はどうでも良い。

 大事なのは、みほがここにたどり着くまで、生き残ること!

 

「臨時で指揮を執ります! 良いですか!」

『ゆかりん!?』

「全機、1時の方向へ前進! とにかく撃ちまくって敵を近づかせないでください!」

『……解りました!』

『こっちも了解です!』

 

 華や、典子は即決し、優花里が言うように動いた。

 優花里の言ったことはみほの出した事前に出してた指示と大差なく、それを現状に当てはめ微修正したに過ぎない。だがそれで良かった。混乱した時に大事なのは、まず確固たる指針を頼りに落ち着き直すことだ。そして落ち着くには、何か目的の為に体を動かすのが一番手っ取り早い。

 

「武部殿! すぐに西住殿に繋いでください!」

『わ、わかった! 今つなぐね!』

 

 さっきまでのノイズが嘘のように、今度もみほにはすぐに繋がった。

 

『秋山さん、状況は!』

「カエルさん分隊、佐々木殿のファッティーが撃破されました! 我々は相手を牽制しつつ、包囲を避けるべく0503地点へと移動中です」

『解りました! “空に注意しつつ”0503地点へと進んでください! そこで合流します!』

「……え? 西住ど」

 

 言われたことの意味に解らないことがあったため、問い直そうとしたが通信は切れた。

 優花里は素直にみほの言うことに従った。つまり、空を見た。木々の合間から見える空を見た。

 

「!」

 

 空を走る何かが見えた。それは銃弾だった。おそらくはヘビィマシンガンの銃弾。

 その弾丸が飛んで行く方向は、0503地点とは別の方向だった。

 

「せ――」

 

 みほの言葉の意味する所を理解し、優花里はみほに代わって指示を出そうとした。

 出そうとした。

 

『ゆかりん!』

 

 出すよりも先に、沙織の警告が飛んできた。

 続けて、砲撃も飛んできた。

 

「!?」

 

 衝撃に揺さぶられ、体勢を保てず機体が倒れこむ。

 咄嗟にレバーを動かし、左手で何とか地面をついた。

 機体の状態をチェックする。左腕部に若干の損傷――モニターに示されたのはそれだけだ。

 信じられず、カメラで直接目視すれば、左肩にあった筈のロケットポッドがそっくり無くなり、やはり左肩に取り付けておいた追加装甲代わりの戦車履帯が吹き飛ばされている。

 ラッキーだった。たまたま当たったのが撃ち切った後のロケットポッドでなければ、とっくに撃破されていた。

 

『大丈夫! 大丈夫なら返事して!』

「大丈夫です! 動けます! 全機、私の後に続いてください! 説明はあとでします!」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

『ウサギさんチーム! ウサギさんチーム聞こえますか!』

「隊長! 良かった、ようやく通じてくれた!」

 

 不意に聞こえてきたみほの声に、梓はほっと胸を撫で下ろした。

 ノイズが消えて、不通だった無線がようやく回復したのだ。

 

『すぐに0503地点を離脱してください!急いで!』

「え? ……わかりました! でもどうして」

『説明はあとです! それと武部沙織さんの誕生日知ってますか!』

「え? え? え? 武部先輩の誕生日?」

『チームに知っている人がいる筈だから、聞いてください!』

 

 そこでブチッと通信は切れた。

 独自の判断で動いたことも、ロケットを使い切ったことも、告げる間もなく。

 

「……武部先輩の誕生日? どういうこと?」

 

 梓の頭には疑問符が浮かぶばかりで、なにがなんのことやらさっぱり解らない。

 しかし二人の通信を聞いていた優季は違ったらしい。

 

『あ、私それ知ってるよ~』

「え? 優季が?」

『通信機担当同士ってことでメルアド交換したから~。ついでにプロフも交換したし~たしか6月22日~』

「6月22日……622……ん?」

 

 ――622?

 

「……」

 

 試みにコンソールを操作し、試合場マップを呼び出し0622と座標を入力してみる。

 ここからさほど遠くない場所が表示される。

 ローラーダッシュのできない初期型トータスでも、ここなら歩いて向かえる。

 

「みんな、0622地点に移動を開始するよ! それと、通信は切って、横窓を開いて直接話すこと」

『え? なんで?』

 

 言われたハナから、桂利奈が無線で疑問を(てい)したので、梓は機体を横付けし、機体側面に設けられた窓を開いた。トータスタイプはドッグ系と違い首がないので頭部が回転しない。そのため、側面確認用の小窓がついているのだ。

 

「隊長はわざわざ暗号みたいなの使ってたから、たぶん無線は使うなってことだと思う」

「……凄い。梓よく解ったね」

「単なる推測で、正解だなんて保証はないけど……わざわざあんな言い方した以上は、何かあるかなって」

 

 梓は今度はハッチを開いて、大声でみなへと叫んだ。

 

「みんなー今からはこうやって直接話すからねー! ピンチの時以外は無線禁止! 解ったー!」

「「「「はーい!」」」」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

『西住殿~』

『みぽりーん』

『みほさん!』

『隊長!』

『先輩!』

『西住先輩!』

 

 みほと麻子がようやくあんこう分隊、カエルさん分隊と合流した時、一斉に飛んできたのは皆の喜びに満ちた声だった。特に臨時とは言え指揮を買って出てくれた優花里などは、プレッシャーの反動か泣きそうな声をしている。

 

「全機、私に追従してください! 今度こそ相手を振り切ります!」

 

 具体的な座標名などは口に出さない。

 しかし目指す所は決まっている。

 0622地点。そこが向かうべき先だった。

 

 





 勝利を得るためには、時には犠牲を踏み越えねばならぬ
 かつて母が告げたその言葉が、刃となってみほの胸に突き刺さる
 得るために失う。これは人が、生きるが故に避け得ぬ業なのか
 選択の時は迫る

 次回『反撃』 いずれにせよ、選んだ先は茨の道か


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第27話 『反撃』

 

 

『カエルさんはあんこうに追従してください! 予定を変更します、ウサギさんは0524地点へと急行! そこで合流し、追う敵を迎え撃ちます!』

 

 大洗の隊長機から伝わってきた、そんな通信を聞いてアリサはほくそ笑んだ。

 傍受した内容をもとに、アリサは即座に各分隊に指示していく。

 

「アイテム分隊、ジグ分隊は0524地点へと急行! 0523地点を経由して迂回、相手の背部に回りなさい!」

『ハイッ!』

『イエス、マム!』

 

 続いてケイに対しても次の動きの指示を出した。

 

「隊長たちはそのまま逃げる敵を追撃してください。相手の速度から考えるに、ちょうど0524地点到着時には包囲が完成する筈です」

『OK! ……でもアリサ、私には相手が別の場所に向かっているように見えるんだけど?』

「単なるフェイントです。無理に付き合わず、場合によっては0524地点に直接向かってください」

『うーん、なんか敵をだらだら追うばっかでしっくりこないわねぇ。私としてはそろそろ本腰入れて追撃したいんだけど。さっきもそのチャンスがあった訳だし』

「深追いはダメだって、隊長自身がいつも口酸っぱく言ってるじゃないですか。そういうことです」

『ま、アリサがそこまで断言するなら言う通りにするけど……それにしても今日の読みの冴えは凄いわね』

「……地形などの情報を踏まえたうえでの総合的判断です。そこには岩場などの遮蔽物があるので、火力に劣る相手ならばそこでこちらを迎え撃つ筈です」

『そこをこっちは圧倒的な火力で飽和攻撃という訳ね。OK、アリサ。今日はアリサの言うとおり行くわよ。全機、やっぱり深追いはNG! 確実に攻撃出来る地点までは辛抱よ!』

 

 ケイが追従するAT達へと向けて命令を下すのを聞きながら、アリサは内心でホッと胸を撫で下ろした。

 明るく細かいことに頓着しない大らかでフランクな性格のケイだが、大所帯のサンダースの隊長を務めるだけあって本質的には『頭のキレる女』だ。アリサの出している指示が不自然に敵の動きを見通し過ぎていることには薄々感づいている筈だ。

 出来る女ではあるが、勝負に対し正々堂々とし過ぎる所が隊長の弱点だとアリサは思っている。

 きっと自分が無線傍受や妨害などをしていると知ったら、烈火の如く怒って怒鳴り散らされることだろう。

 そんな礼を逸した行為は、ATが泣くわ! と堂々と言ってのけるだろう。

 ――だがスポーツマンシップに則るだけでは、勝てる勝負にすら勝てない。

 武道の試合とはいえ、これは立派な『戦い』だ。そして戦いとは勝ってこそだ。

 ならばルールの範囲内で出来ることは全てするべきなのだ。たとえグレーゾーンぎりぎりだとしてもルールには違反してない。文句を言うなら、ルールを決めた奴に言え! これがアリサの考えだった。

 

(……早くフラッグ機の情報を喋っちゃいなさいよ。それさえ掴めれば!)

 

 ケイがいつ自分に不審の言葉を発するか……それを思うといよいよ切羽詰まった気持ちになってくる。

 アリサは苛立たしげに、操縦桿を指先でコツコツ叩いた。

 

 

 

 

 

 第27話『反撃』

 

 

 

 

 

「え~!? 無線傍受されてる~!?」

「それって反則なんじゃ!?」

 

 みほが告げた言葉に、沙織と華はそんな反応を返した。

 麻子はというと黙して思案顔であり、優花里はルールブックに齧りついて文面を細かく確認している。

 

「……確かに、ルールブックには無線傍受についての規定はありませんね」

「でも書いてないからって何でもやっていい訳じゃ……」

「そうですよ! スポーツはフェアプレーじゃないと! ボールが泣きます!」

「キャプテン、装甲騎兵道なのでボールは泣きません」

 

 ルールブックから顔を離した優花里が言うのに、梓と典子が異議を挟んだ。

 0622地点に無事に集結を果たしたあんこう、カエルさん、ウサギさんの三分隊は無線を用いず、ハッチを開いて直接生身で今後の作戦について話し合っていたのだ。

 しかし相手がいつ、偽情報に騙されていたと気づくかも解らない。

 方針は早急に決めねばならない。

 

「ねぇ審判に言っちゃおうよ」

「そうだよ~ズルしてるのはあっちなんだもの~」

「言いつけちゃえ! 言いつけちゃえ!」

「上手く行けば反則負けで不戦勝かも!」

 

 ウサギさんチームの面々が口々に言うのに対し、みほの反応は飽くまで冷静だった。

 

「ルール違反かどうかは微妙なラインだし、たぶん不戦勝とかにはならないと思う。ペナルティがあるにしても傍受機の使用禁止程度だろうから、それだけだとまだこっちが不利な状況は変わらない……かな」

「それじゃあ西住さんはどうするつもりなんだ?」

 

 ここで始めて麻子が口を開いて聞くが、みほはそれにちょっと間を空けてから答えた。

 

「……相手の傍受を逆手にとろうと思う」

「それってつまり」

「相手を嘘ついて罠にかけるってことですか~?」

 

 あゆみと優季にみほは頷いた。

 

「……先輩、ちょっと良いですか」

 

 みほが頷くのを見て、梓が意を決したといった調子で切り出す。

 みほを含めた一同の視線が集中するのに、緊張して生唾を飲み込んだ後、梓は自身の作戦を語り出した。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

『――作戦を変更します』

 

 ようやく本隊が0524地点へと辿り着こうかという所で、そんな通信をアリサは傍受した。

 またかよガッデム! とアリサは思わず叫びたくなった。この試合中、大洗の隊長は何度となく予定を変更してこっちの算段を引っ掻き回してくれたことだろう。

 だが、そんなアリサの怒りも次に飛び出してきたみほの言葉を聞いた時に全て吹き飛んだ。

 

『サンダースの動きを避けつつ、フラッグ分隊を含めた全戦力を128高地に集結させます!』

 

 ……フラッグ分隊? 今、フラッグ分隊といったか?

 フラッグ分隊とはつまり、フラッグ機が所属する分隊ということか?

 

『高所からの砲撃で一挙に叩きます。相手にはドロッパーズフォールディングガンを装備した機体がいることを考えればリスクは大きいですが、それでも平地で撃ち合うよりは遥かに有利な筈です。相手の戦力も損耗しています。勝機は充分にあります』

「……うふふふふふふ」

 

 思わず口から笑みが漏れてくる。我ながら不気味な声だと思うも、いかんとも抑えがたい。

 念願の瞬間がようやくやって来たのだ。

 ――連中、捨て身の作戦に出やがった! ざまぁみやがれ! 袋叩きにしてくれる!

 

「隊長、聞こえますか! 128高地に向かってください!」

『え? ……Why? アリサの言う通りに0524地点まで来たところよ? いったいなんで?』

「相手はこちらの動きを見て移動し、反撃の為に128高地に主力を集結させています。フラッグ機も含めて! これはチャンスです!」

『ちょっとアリサそれ本当? なんでそれが解るのよ~?』

 

 何故にと問う。故にと答える。

 だが、人が言葉を得てより以来、問いに見合う答えなどないのだ。

 アリサもまた、答えに代わってこう言い放つのみだった。

 

「私の情報は完璧です!」

 

 こう言い切られてしまえば、ケイも何も言うことはない。

 

『OKよ、アリサ。今回はとことんアリサに付き合うからね。それに、相手のフラッグ機がいるって言うなら行かないわけにもいかないしね』

 

 かくしてケイもまた、決着を望み決断した。

 

『全機GO AHEAD! 進路は128高地よ!』

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 ケイの指揮のもと、サンダースAT部隊の主力は件の高地のすぐ近くまで進軍を果たしていた。

 その途上で妨害は全く無く、まるでピクニックのような呑気な進行だったが、それもここまでの話だろう。

 森を抜け林を抜け、遮るものがまるでない原野に一同はたどり着いた。

 総勢三十機のATは、ケイのトータスを先頭に二十五機編成のデルタ・フォーメーションを組んでいた。

 ナオミ率いるファイアフライは別働隊として、ケイ直隷の部隊より若干後方より追従している。

 

「距離1000を切った時点で、全機一斉にロケットとミサイルで砲撃するわよ。森林地帯と違って遮るものはもうないから、どんだけ撃とうがNoProblem! 飽和攻撃で相手の出鼻を挫いたら、五機ずつ五方向から半包囲の形をとり、ローラーダッシュで一気に間合いを詰めるわ。ナオミは後方より援護射撃」

『イエス、マム』

 

 既に説明は済ませていたが、念の為にもう一度確認をしておく。

 目的地まではあと僅か。アリサの情報が正しければ、ここで勝敗が決する。

 

「ナオミ、何か見える?」

 

 ナオミのファイアフライは砲撃戦特化型のカスタムATである。

 そのカメラも特注製のものを使用しており、望遠倍率は通常のトータスよりもずっと高い。

 

『いや……128高地上に敵影は見えない。だが稜線の向こうにいる可能性はある』

「じゃあもっと近づかないとね。何か異変があったらすぐに教えてね」

『イエス、マム』

 

 もし128高地に本当に大洗の全隊が隠れているとしたら、もうとっくにコチラに気づいている筈だ。

 何らかのActionを起こしてきても、何もおかしくは無いはずだが、静かなものだ。

 

「……そっちから攻めないのなら、こっちからAttackするまでよ。全機、砲門――」

『隊長、見えた。何か頂上付近で動いてる』

「動いてるって何が?」

『ATにしては小さい……いや、あれは……ッ! 全機散開! 砲撃来るぞ!』

「What's!?」

 

 ナオミから飛び出してきた意外な台詞に驚きつつ、ケイもまた操縦桿をレバーを右に切っていた。

 機体を軽くスピンさせる、照準ずらしのテクニック。これが功を奏したか、ケイに着弾はない。

 撃たれたのは、ケイの右隣の僚機だった。

 

 ――『Saunders U.H.S Able-3』

 

 撃破判定がキルログとなって視界の端を流れるのと、ケイがその砲声を聞いたのはほぼ同時だった。

 音をはるか遠くに置き去りにしたまま、一足どころか二足三足先に標的を射抜く高速弾。

 こんなことが出来るAT用の火器など、それこそドロッパーズフォールディングガンしかない。

 

「DAMN IT! ナオミ、相手も砲撃戦仕様みたいよ!」

『いや……砲撃音が違う。あれは全く別の武器だ!』

「え? でもあんな攻撃できる武器なんて他に――って次来るわよ! 全機散開! HurryUP!」

 

 ケイの号令にトータス達は一斉にフォーメーションを崩して散開し、蛇行し、スピンして照準を外さんと努力する。しかし大洗の謎の射手の技量はケイの予想を遥かに超えていた。

 視界の隅でまた一機が空中でもんどり打ち、白旗を揚げる。

 そして砲声は相変わらず遅れてやってくる。ズシンとした、重い砲声は、確かにナオミの言う通りドロッパーズフォールディングガンとは異なるものだった。

 

『見えた! 相手はタコツボを掘ってそこから撃ってきてる!』

「タコツボ!? あの一人用のTrenchを!? なるほど、解ったわ」

 

 近づくまで姿が見えなかったのは地面の下に隠れていたからと言うわけだ。

 見れば他の箇所からもマシンガンやハンディロケットガンをこちらに向けて撃ってくるマズルフラッシュが見える。

 正面切っての撃ち合いに不利なら、遮蔽物を用意するのは戦術的には間違っていない。

 

「でもね……ATの最大の強みは機動力! それを自ら捨てるのはBadChoiceね」

 

 ゾッとしない砲を持っていたとしても、タコツボに篭って使うなら射角や方位は限定される。

 それが解れば恐ろしくはない。掩蔽壕のないトーチカみたいなものだ。攻略法は幾らでもある。

 

「全機、ランチャー射角を45に設定。距離800に入り次第、撃ち方始め」

 

 タコツボの位置と高さを確認し、ケイは冷静に指示を出す。

 ヘビィマシンガンの弾が機体を掠めるが恐れはない。飽くまで冷静に、ケイはタイミングを計る。

 距離800。今だ。

 

「OpenFire!」

 

 ケイの号令のもと、射程に入った機から次々とロケットとミサイルが発射され、128高地へと向けて降り注ぐ。

 迫撃砲のように敵塹壕の直上から砲火を降らせることはできないが、射角を調整することでそれに近いことはならば充分に可能なのだ。

 

「撃破判定……はOne、Twoと2機ね。反応が良いじゃない」

 

 隠れ損ねたATの頭部から揚がる白旗が二本、遠くからでもハッキリと見える。

 だが撃破したのは、肝心な例の大砲持ちではない。

 

「ッ! ……こっちもこれで撃破は三機目」

 

 またも銃声を置き去りにする高速弾が、別のトータスを撃ち飛ばす。

 ナオミのファイアフライ隊も迎撃射撃を開始するが、相手は高地の稜線も上手く使っているらしく、隠れるのが巧い。

 

「ジョージ、ハウ。128高地の両側から背後に回って。砲手を穴から引っ張り出して頂戴。そしたらナオミ、出番よ」

『イエス、マム』

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

『桂利奈と、あやがやられたよ!』

『うわーんもうこっちこないでー!』

『あんま近づくと痴漢で訴えてやる! あ、いや痴漢じゃなくて痴女か』

『どっちでもいーよそんなの!』

 

 タコツボに隠れて射撃を続けるウサギさんチームの悲鳴が無線越しに聞こえてくる。

 しかし華の心はまるで揺れ動かない。だんだんと狭まる包囲網に、激しさを増す敵の火線、着々と減る味方という状況にも、華は全く動揺しない。

 それは信じているからだ。自分たちがここで最善を尽くせば、みほ達は必ず応えてくれると。

 

 ――『私達が囮になって敵をひきつけます』

 

 そう提案したのはウサギさん分隊、分隊長の梓だった。

 聞けば虎の子のロケットを撃ち尽くし、肝心の火力がなくなった自分たちのATは、ローラーダッシュもできない以上、他の分隊に付いて動くのも難しいとのこと。そんな自分たちが役に立てるとすれば、囮しかないと。

 最初みほは反対したが、一年生一同のお願いに彼女は首を縦に振った。

 そして傍らの華の眼を見て、こう言ったのだ。

 

 ――『華さん、頼みがあります』

 

 友に頼まれて断れば女が廃るというもの。

 華だけが一旦別れて、カメさんやニワトリさんと合流し、預けていたアンチ・マテリアル・キャノンを受け取る。

 とんぼ返りして128高地に駆けつければ、既に塹壕はあらかた掘り終わった所だった。

 ATは重機の役割も果たせる。穴掘り程度なら朝飯前だ。

 

 ――『砲撃で、敵を引きつけてください』

 

 今のウサギさんチームの火力と射程では、囮役すら長くは保つまい。

 だがその傍らに、長距離射程の大型砲の持ち主がいたならば、話は俄然違って来る。

 サンダース本隊を高地に釘付けにし、その隙にみほ達が相手のフラッグ機を撃破する。

 『ばらばら作戦』あらため『ちょうちん作戦』。自分たちは疑似餌だ。そしてサンダースは見事食いついた。

 

(――次は、右から三機目)

 

 アンチ・マテリアル・キャノンの装弾数は18発。既に3発撃って残りは15発。

 全部撃ち切るまで自分が保つとは思わない。ただひたすらに、撃破されるまで相手を撃破するだけだ。

 

(射角、方位、良し。問題ありません)

 

 駐犂が無いという問題は、地面に反動を吸収させることで、この場だけは解決できる。

 砲身を地面に載せ、あるいは背中を土壁に預ける。

 動きまわるというATというマシーンの個性さえ投げ捨てれば、問題はない。

 

「――撃ちます」

 

 トリッガーを弾けば、狙い通りに弾は飛ぶ。

 しかし流石に4機目となればそう甘くはない。間一髪相手は避けて、地面を爆ぜさせるのみ。

 

(修正、プラス6)

 

 それでも依然、問題はない。若干の修正後にもう一発。これで4機目を撃ち落とす。

 

『きゃぁぁ!?』

『やられたぁ~』

『あゆみ! それに優季まで』

『……』

『頑張るよ紗希! 五十鈴先輩も!』

「はい!」

 

 これで高地の大洗ATは自分含めて3機。だがこれも問題ではない。

 

(……ファイアフライ)

 

 敵の砲撃機も出張ってきた。しかし問題はない。

 華はヘルメットの内側で微笑んだ。花を愛でるような穏やかな顔でありながら、まとった空気は剣呑そのもの。

 

「御相手いたします」

 

 はるか彼方の相手へと向けて、華はそう言った。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「……チッ。弱小チームの癖に」

 

 今日だけで何度目になるかも解らない台詞をアリサは吐き捨てた。

 無線から聞こえてくる戦況は、予想以上に敵が頑張っているということばかり。

 丘に陣取った砲戦用ATのお陰で、味方の撃破数がじわじわと増えている。

 

(……それにしても)

 

 味方の無線から解る、相手の数が、明らかに少ないのが気にかかる。

 確認できているのはせいぜい7機程度。じゃあ残りの14機はどこだ?

 

「……まさか嵌められた訳じゃ」

 

 嫌な予感と共に、自然とつぶやきが口から漏れるのと『ソイツ』が大きな藪をかき分け、姿を見せたのは同時だった。

 

「……え?」

 

 頭に鶏冠をのっけた、盾持ちの砂色のH級AT。

 ベルゼルガを模して作られた、スコープドッグのカスタム機。

 ベルゼルガ・イミテイトは、アリサのATから伸びた、フラッグ機を意味する旗竿と青い三角旗を認めるや否や、その盾に備わった鉄杭の先端を、アリサ機へと向けた。

 アリサは咄嗟にレバーを倒し、盾の圧縮空気はパイルバンカーを打ち出した。

 

 

 




 追うものと、追われるもの
 その立場は、時に余りにたやすく逆転する
 罠を張り相手を見下すものは一転、見下した者達の罠へと落ちる
 猟犬たちは逃げる餌食を追って、壮絶なる追走を開始する

 次回『追撃』 最早、しそんじるつもりはない


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第28話 『追撃』

 

 

 ――よもや避けられるとは思っていなかった。

 まさかいきなりフラッグ機と出くわすとは思っていなかったから、ほんのちょっぴり、慌ててしまった感はある。

 しかしそれを差し引いてもなお、この間合い、このタイミングなら必殺だとエルヴィンは思っていた。

 そこを避けられたのだから、心底驚いた。

 相手は腐っても強豪サンダースの一員ということか、鉄杭は僅かにトータスの装甲に掠り傷をつけるに留まる。

 

「チッ! 左衛門佐!」

『応よ!』

 

 エルヴィンのベルゼルガ・イミテイトの背後より、赤備えのスコープドッグが躍り出る。

 ヘビィマシンガンのフルオート射撃。注がれる銃弾に、フラッグ機のトータスが背負ったブレードアンテナが吹き飛ばされるが、機体本体にはかすめもしない。ターンピックのないトータスでも、グライディングホイールの使い方次第で急速ターンは可能とは言え、この小回りの冴えは乗り手の技量だ。

 

『御首頂戴!』

 

 ローラーダッシュで間合いを詰める左衛門佐は追撃の銃撃を――すると見せかけてヘビィマシンガンの銃床でフラッグ・トータスへと殴りかかる。相手は台尻を片手で受け止めると同時にアームパンチ! 衝撃によろよろと後ずさる左衛門佐機に逆襲の胸部機銃を浴びせる。左衛門佐は咄嗟にレバーを切って上体を斜めにし、角度を活かして致命傷を避けるが、それでも装甲は銃撃にべこぼこと凹み出す。

 

「代われ、左衛門佐」

『任せた!』

 

 後退する左衛門佐と入れ替わりにエルヴィンは盾を構えつつフラッグ・トータスへ突っ込む。

 フラッグ機の得物はショートバレルのヘビィマシンガン。ベルゼルガ用の盾の強度なら、至近弾でも完全に防御が可能だ。シュトゥルムゲベールをセミオート射撃しつつ彼我(ひが)の距離を縮めて行く。

 

『エルヴィン、左だ!』

「チッ!」

 

 あと僅かでパイルバンカーの射程距離、という所で邪魔が入った。

 慌てて駆けつけてきたのか、相手フラッグ分隊の僚機だろう。手にした『HRAT―30』は22連装の手持ちロケット砲。瞬間火力だけで言えばAT用の火器でも上位五指に入る。

 

「左衛門佐、カバーだ!」

『合点承知の助!』

 

 雨のように降り注ぐロケット弾をかろうじて避けつつ、左衛門佐のヘビィマシンガンの援護に合わせて手近な木を盾に後退する。しかしその隙に、相手のフラッグ機はこの場から離脱を図っていた。

 

「カエサル、おりょう! 敵フラッグが逃げる! 回り込めないか!」

 

 銃声砲声を伴奏にカエサルとおりょうから返ってきた答えは芳しくない。

 

『こっちも相手の近衛軍団3機と交戦中だ!』

『良い動きぜよ! 流石は御親兵!』

「感心してる場合か!」

 

 返答にエルヴィンは素早く頭を巡らせた。あっちに3でこっちにはフラッグ含めて2。

 敵の主力は全機、みほの欺瞞情報に引っかかって囮部隊に引き寄せられている。

 そしてサンダースは1個分隊5機の編成だ。

 

「ならば強行突破だ! シュトゥルム・ウント・ドラング! 畳み掛けるぞ!」

『ならば車懸りの陣だ!』

「二機しかいないがな!」

 

 逃げるフラッグ、追うエルヴィンと左衛門佐。

 護衛機は絶対に通すかと、ニワトリさん分隊の二機に立ちふさがった。

 

「こちらニワトリ! 隊長、敵フラッグは北北東に向けて逃走中!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 第28話『追撃』

 

 

 

 

 

 

 

 

『こ、こちらフラッグ! 大洗の攻撃を受けています! 現在、僚機を足止めに後退中!』

 

 いよいよ128高地にトドメの総攻撃をと考えていたケイの所に、不意を突くようにアリサからそんな連絡が飛び込んでくる。その内容にケイは思わず眉をしかめた。

 

「……落ち着きなさい。相手は何機? 少数の別働隊なら、そっちだけで応戦できるでしょ。僚機には腕利きを揃えてあげたんだから」

『それがその……うひぃ!? え! 嘘!? ……まだ増える!? お、大洗主力全機、こちらに向かってきています!』

「はいぃ~!?」

 

 しかしアリサの口から飛び出してきたのはのっぴきならない事態だった。

 

「ちょっとちょっと。どうしてそういうことになるわけ?」

『そ、それが……こちらの無線傍受を逆手に取られたかと』

 

 ああやっぱりそういうことか。

 ケイは腑に落ちない部分がストンと降りてきた気分だった。

 アリサが優秀なのは認めているが、彼女はエスパーでも魔女でもない。

 いくらなんでも相手の動きが読めすぎていると思っていたが、種を明かせば単純な手品だ。

 自分だけズルして相手の手札を見て、プレイしていたに過ぎない。

 

「ば~~~~~~~~~っかもん!」

『ヒィ! ……申し訳ありません』

 

 もともと小細工に走りすぎて裏目に出ることの多い後輩であり、それを承知でケイは彼女を重用してきた。

 しかし今度ばかりは、そんなケイでもアリサの所業は許容し難かった。

 

「何よりも大事なのはFairPlayのスピリットだっていつも言ってるでしょうに! ……合流するならどこ?」

『え、あ、はい! ……0765地点です。ここなら合流できます』

「じゃあFullSpeedでそこに向かうから、それまではとにかくがんばって生き残りなさい。手がもげようが足が千切れようが、這ってでも生き残ること! 解った!」

『イエス、マム!』

 

 ケイは口をへの字に曲げた。

 装甲騎兵道は武道でありスポーツ。正々堂々、ルールを守って全力で戦うから楽しいのだ。

 たとえ勝てても、正しくない勝ち方では楽しめない。そんな使われ方すればATだって泣くに違いない。

 それがケイの揺るぎない信念であり、口酸っぱくアリサにはそのことを教えてきたつもりだが、どうにも彼女は勝ちを急ぎすぎて本当に大事なモノを見落としがちだ。試合が終わったらみっちり反省させてやらねばなるまい。

 

「……でもまずは試合に勝たないとね」

 

 まずはアリサを助けなければならない。キングが落ちればクイーンが残っていても無意味だ。

 しかし大洗側もそれが解っていたから『ここ』にクイーンたる自分たちをおびき寄せたのだろう。

 

「丘の上のスナイパーが健在なうちは迂闊に動けないわね……ナオミ」

『……ラジャー、ダット』

 

 ケイが分隊機を率いて前進するのに、ナオミは意図を即座に察したらしい。

 こちらの動きに合わせて、ファイアフライ隊を展開させる。

 

「ジョージ、ハウの分隊は作戦を変更し、0765地点へと急行」

『しかしスナイパーに背中を晒しては……』

「私と分隊が囮になるからNoProblemよ。エイブル分隊、本機を基軸にラインを保ったまま前進。合図したら射角35で三点バーストの一斉砲撃よ。大洗ATに当てる必要はないわ」

 

 横一列、間隔を開けながらケイの分隊は微速前進する。

 ジョージ、ハウの二個分隊は急速に戦域を離脱、他の分隊はロケットやミサイル、ソリッドシューターの砲撃でそれを援護し、その砲煙に紛れてナオミのファイアフライ隊は着々と配置についている。

 

「Run!」

 

 ケイを含めた4機のトータスがローラーダッシュで丘を登り始める。

 128高地は相次ぐ砲撃で土がめくれ上がり、造成地のようになっていた。

 その土山状の丘の頂上付近に大洗のATとタコツボはある。

 タコツボの残存機が機銃をぶっ放し、その陰で例の砲手が得物を構えている。

 

(さぁ狙って来なさい。隊長機が直々に出てきてあげたんだから)

 

 ここまで近づけばハッキリと見える相手の得物は、ATが両手で抱えてやっと持てるほどの長大なライフル砲だった。アンチマテリアルライフルか対戦車ライフルか。ちょうどああいった調子の大型火器だった。存在自体はケイも知識として知っていたが、まさかあれを試合に持ち込む学校があろうとは。

 センサーをサーマルに切り替え、相手の動きを探る。

 僅かに見える、ATの微妙な挙動。それはAT内部のマッスルシリンダーの動きでもある。

 サーマルを通して見れば、マッスルシリンダーの動きは温度の動きとして見ることが出来る。

 動くATならともかく、座して撃つATならば、これで読める。

 

「――ハッ!」

 

 タイミングを読んで、間一髪で回避のターン機動。

 ギリギリだった。風を切って唸る砲弾に、ケイといえど冷や汗が額を湿らす。

 しかし、こちらも間合いへとたどり着いた。

 

「今よ、Fire!」

 

 少数でここまで自分たちを手こずらせた相手に敬意を表しつつ、ケイはトドメを刺すべく号令した。

 4門のソリッドシューターが火を吹き、計12発の砲弾は大洗スナイパーのちょうど真ん前の地面をえぐり、爆ぜ、舞い上がる砂と土で煙幕を作り上げる。これには、相手も一瞬動きが止まる。そこが狙い目だった。

 合図するまでもなく、ナオミらファイアフライ隊はその土の煙幕の向こう、大洗のスナイパー、五十鈴華のスコープドッグを狙い撃っていた。直接見えずとも、位置さえ解れば良い。ドロッパーズフォールディングガンの高速弾ならば、止まって撃つ限り標的は外さない。

 土煙が晴れた時には、紫色のスコープドッグの頭部からは白旗が揚がっていた。

 だがそれと同時に、ファイアフライ隊の、それもナオミのATからも白旗が揚がっている。

 見ずとも見えていたのは、ナオミたちだけではなかったらしい。

 ケイは改めて大洗のスナイパーに賞賛を送った。

 あのナオミと相打ちに持ち込むとは。無名と思っていた大洗には、どうやら虎が潜んでいるらしい。

 

「でもスナイパーを撃破すれば問題ないわね。全機急速回頭! アリサを助けに向かうわよ!」

 

 しかし試合は試合。勝負は勝負だ。

 最大火力の華機が落ちた時点で命運は決していた。

 ウサギさん分隊の残存機、梓と紗希のトータスは残りのファイアフライ隊の猛攻に奮闘むなしく撃破、これにて囮部隊は全滅した。しかし問題はない。彼女たちは自分たちの役割を十全に果たしたのだ。

 あとは、みほ達の頑張り次第――。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 逃げる。逃げる。逃げる。

 とにかく逃げる。遮二無二逃げる。ひたすら逃げる。

 コックピットのアリサは必死だった。ヘルメットの中は汗びっしょりで、今すぐ脱いでしまいたいのだがそれをする暇すら無い。一心不乱に操縦桿を動かし、背後から飛んで来る銃弾を必死に躱す。

 大洗のAT達がサンダースの猛攻を凌いだのと同様、木々が盾になって直撃を防いでくれる。

 お陰でアリサは何とかほぼ無傷で予定の行程の半分を消化することに成功していた。

 

「アーッハッハッハーッ! なめんじゃ無いわよこのスタンディングトータスを! あんたらの使ってるようなポンコツATとは違って、新造品な上に足回りも改造したカスタム機よ! 見なさい、この機動力!」

 

 ついさっき、分隊の護衛機が全滅したことがキルログで解った。

 つまり、本隊と合流しない限り、彼女は敵地のど真ん中でひとりぼっちということ。

 自分を落ち着かせ、なけなしの闘志を絞り出すために、コックピットの中でアリサは一人叫び続ける。

 

「装甲は頑丈でコックピットもATにしちゃ広くて居住性も高い。力持ちで重い装備もがんがん載せられるから火力も絶大! それでいてPR液浄化装置もついてるから稼働持続時間も長いのよ! 言うことなしの傑作AT! あんたらの乗ってるタコ頭の貧乏ATとは格が違うのよ格が!」

 

 そこまで言い切った所での至近弾。

 残っていたアンテナの基部が爆ぜて、今度こそ使い物にならないレベルで破壊される。

 

「よよよ良くもぶっ壊したわね! これ新品で買ったら高いのよ! あーもうこれじゃ修理するの不可能じゃない! あんたら弱小校と違ってこっちはまだ来年があるのよ! どうせなくなるような学校! 今すぐ潰れちゃえば良いのに!」

 

 追いかけてくるのはベルゼルガもどきの砂色のスコープドッグに、伊達か冗談かバトリング用かのように真っ赤に塗られたスコープドッグ。さらにその背後には何機ものATが木々の間に見え隠れする。

 敵はありったけの戦力を、残存する大洗のATの全てを投入してきたらしい。

 フラッグ機だけあって逃げ回れるように、足回りをカスタムしてあるアリサ機故に何とか追いつかれるには至っていない。しかしもともと足回りに関してはスコープドッグの方が上なのだ。このままでは追いつかれるのは時間の問題だ。

 

「喰らいなさい!」

 

 狙いもつけず、銃口だけ背後に向けてヘビィマシンガンを乱射する。

 しかし敵の弾を防ぐ木々の盾は、自分の弾を遮る壁でもあるのだ。

 マズルフラッシュでいたずらに自機を目立させるだけで、まるで牽制にもなりはしない。

 

(こんなことならミサイルの一発二発持ってくれば良かった! どっかに、使えそうな武器は――)

 

 道端にミサイルやロケットが落ちている訳もないのに、ついつい探してしまう。

 すると見つかった。ミサイル。

 

「え?」

 

 ただし、自分の方へと飛んで来るミサイルが。

 

「うぎゃぁぁぁぁぁっ!?」

 

 右腕が吹っ飛んだ。

 オマケに体勢が大きく崩れる。ギリギリの所を踏ん張って、何とか立て直すも、アリサは動揺で吐きそうだった。

 

「どどどどこから」

 

 ふと、左側面の小窓から見えた影に、ATを左に向けてみる。

 木々の向こうに見えたのは、回りこんできた赤い肩をしたスコープドッグだ。

 

「れれれレッドショルダーですって!? なによそれ反則じゃない!」

 

 しかし落ち着いてよく見れば赤く塗られているのは左肩。

 

「偽物じゃない! 肝心な所間違えて赤っ恥よ! ざまぁみなさいバーカ!」

 

 もうアリサ自身自分が何を言っているのか良くわかっていない。

 思いつくまま適当に叫んでいるだけなので、論旨も糞もなく滅茶苦茶だ。

 

「もう少しよ、もう少しで森を抜ける! 抜ければ勝ちよ! 逃げ切ったら勝ちよ!」

 

 右腕を吹っ飛ばされた怪我の功名か。

 重量が減ったおかげの更なる加速を以って、偽赤肩を振り切りひたすらに走る。

 微かに見える、白い光。

 あれは森の出口。その向こうから飛んでくる希望の光だ。

 それを目指してアリサは駆ける。

 

「――! 見えた! 見えた! 見えたぁっ!」

 

 ああ、かすかに見える。

 森を抜け出た先、草原の上、こっちへと向けて走るATの姿。

 おそらくは隊長が派遣してくれた援軍。トータスが何機か。これで勝てる!

 

「たあぁぁぁぁぁかぁぁぁぁぁぁしぃぃぃぃぃぃっ!」

 

 片思い人の名前を叫びながら、救いのトータス目掛けてアリサは駆けた。

 ああもう少し。もう少し。そうだ、援軍はもう目の前に!

 

「――え?」

 

 目の前? 目の前の訳がない。まだ味方の援軍は遠い。

 じゃあ、目の前にいるトータスは誰だ。

 そうだ。味方には紫色のトータスなどいない。

 援軍と自分との間に割って入ったコイツは味方なんかじゃない。

 

「ああああああああ!?」

 

 背中のミッションパックから伸びた旗竿に、青い三角旗!

 フラッグ機! 大洗のフラッグ機だ!

 一瞬、アリサの思考は大混乱しショートした。

 逃げねばという気持ちと、倒したいという欲望とをコンクリートミキサーにかけてぶちまけたようだった。

 結論を出すまでコンマ1秒。胸部機銃を使ってコイツを仕留めてやる!

 だがそのコンマ1秒は、至近距離でのAT戦においては致命的な隙だった。

 相手のフラッグ機、杏が駆るカスタムタイプのトータスの手にしたGAT-42 ガトリングガンが火を噴くのは、アリサの決断より一瞬早かったのだ。

 脚部に増設された大型グライディングホイールを活かした急加速と、敢えてフラッグ機に進路を塞がせるという奇策、疑似餌に獲物を引っ掛ける真の『ちょうちん作戦』。それが決め手になった。

 降り注ぐ銃弾の雨に、アリサのトータスが背中から倒れこむ。

 白旗が揚がり、審判は会場全体にマイクでこう告げた。

 

 

 

 

 

『有効! フラッグ機撃破を確認! よって――大洗女子学園の勝利!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 勝利とは、戦いの終わりではなく、新たなる戦いへの入り口
 次なる敵が、新たなる敵が、勝者の前には常に立ちふさがる
 挑戦者は勝者を観察し研究し、座より引き下ろさんと策謀する
 今、大洗の秘密を暴かんと、密偵の魔の手がみほ達へと迫っていた

 次回『アンチョビ』 勢いに任せ、虎口を覗く


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第29話 『アンチョビ』

 

 

『有効! フラッグ機撃破を確認! よって――大洗女子学園の勝利!』

「……勝ちましたね」

「ああ」

 

 ――決着は思いの外あっさりとついた。

 どうやらサンダースは小細工を逆手にとられたらしい。主力は見事なまでに囮に引き寄せられ、その隙にフラッグ分隊は大洗本隊に殲滅された。傍から見れば大洗の張った罠へとのこのこハマった形だが、実際はそう単純でもないのだろうとエリカは考える。現にサンダース主力の先遣隊はフラッグ機とあと一歩で合流を果たせていたのであり、仮に合流後サンダースが態勢を立て直せばどうなっていただろうか。

 大洗側は砲撃戦力――ロケット弾にアンチ・マテリアル・キャノン――を殆ど喪失しており、あのまま撃ち合いになれば火力で押し切られ負けていたかもしれない。H級主流の相手と比べれば大洗ATは継戦能力も低い。じわじわと追い詰められ、最後には一機残らず壊滅だ。そういう可能性は十分にあった。

 

「サンダースが妙な小細工をしなければ、どうなっていたか解りませんね。大洗の戦力で西住流を行うには余りに不足です」

「だがみほにはみほの流儀がある。今回はそれで勝利した。それだけだ」

「……私が見るに、相手の自滅というのが正確かと思いますけど」

「それでも、勝利は勝利だ。事実は、誰にも否定し得ない」

 

 それはそうなのだが、と思いつつもエリカはまほの物言いにどことなく釈然としなかった。

 鉄の乙女といった余人が覚える印象とは裏腹に、まほは妹のみほに甘い。少なくとも、エリカの眼にはそう見える。みほは西住流の流儀から外れた選手だ。それを西住流そのものとも言えるまほが認めると言う――血を分けた姉妹故の甘さでなくてなんだと言うのだ。エリカとてみほの実力は、甚だ遺憾だが認めている。彼女は強い。だが流儀に外れた『外道』である事実に変わりはない。

 ――敗北を背負って戦うという、家元の子としての、そして黒森峰副隊長としての責任から背を向けたことにも、変わりはないのだ。

 

「結果が全てだ。みほは結果で証明してみせた」

「……隊長は、この先もあの子が勝ち上がるとお考えで?」

「……さあな。だが確かなことは」

 

 少し間を開けて、まほは言い放った。

 

「対峙することとなれば、全身全霊を以って迎え撃ち、完膚なきまでに粉砕する」

 

 そこには肉親の甘さなどかけらもなかった。

 血を分けた姉妹といえど、戦うとなればまほはどこまでも西住流だ。

 エリカは改めて、我が隊長を尊敬の眼差しで見つめるのだった。

 

 

 

 

 

  第29話 『アンチョビ』

 

 

 

 

 

「いやぁうまい具合に勝てたね~」

 

 運搬用のビッグキャリーに一通りATを積み終わった所で、背中越しにみほに話しかけてきたのは会長だった。

 

「ATの傷も最小限で済んだし、1回戦から上々だねぇ~この調子で頼むよ~」

 

 会長は上機嫌にみほの肩をポンポンと叩いたが、傍らの桃はと言うと不機嫌そうにムスッとした顔をしている。

 

「それにしてもフラッグ機を囮につかうなどと……こんな危険な作戦は二度とゴメンだぞ」

「まぁまぁかーしまぁ、結果オーライじゃん」

 

 会長も最初にみほから相手フラッグ機への囮とトドメの役を任された時は、ちょっと驚いた様子だったが、すぐに快く応じてくれたのだ。体は小さいが、思った以上に器の大きい人らしい。正直、第一印象が最悪だったせいか苦手意識は強いものの、それも少しは和らいだ気がする。

 

「HEY! ミホー!」

 

 みほへとかけられた次の声は、誰からのものだろう。

 聞き覚えのあるような無いような声に振り返れば、サンダース隊長のケイが、みほのほうへと歩いてくる所だった。

 

「Congratulations!」

「!」

 

 そう言うなり、ケイはみほへと熱いハグをしてきたので、驚いたみほは声も出ない。

 

「つまらないことしちゃってごめんなさいね」

「え……いえ。こちらもそれを利用して作戦を立てたのでおあいこです。それに、正面切って戦ってたらむしろ不利だったのはこっちでしたから」

「次に戦うときは、フェアな条件で正々堂々とね! 私達のぶんも、じゃんじゃん勝ち上がってくれること、期待してるわ!」

 

 ウィンクしながらサムズアップするケイに、みほも若干照れながらサムズアップしてウィンクし返した。

 見れば、華や優花里も、ファイアフライ隊の隊長、ナオミと健闘をたたえ合っているのが見えた。

 聞けば華とナオミは射撃戦で相討ちにまでもつれ込んだとのこと。

 共に優れた射手である。通じ合うものがあるのだろう。

 

「じゃあね! See you again!」

「え、えーと。ばいばーい!」

「HAHAHA! ナイス・プロナンスィエーション!」

 

 相手のノリに合わせたつもりが、笑われてしまった。

 みほは思わず赤面するのだった。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 この後、ダージリンとオレンジペコのコンビが戦勝祝いの挨拶とばかりに襲来したり、祖母が倒れたとの急報に麻子が珍しく取り乱したり、偶然居合わせたまほが麻子のためにとATフライ(と操縦手のエリカ)を貸してくれたりとすったもんだあったが、麻子も祖母は幸い大事に至らず、大洗の生徒たちには怪我人も居ないし相手校と不必要に喧嘩することもなかったりと、実に理想的な形で全国大会一回戦を突破することができた。

 無名の大洗の初戦突破、それも強豪サンダースを下しての初戦突破のニュースは大会参加校並びに装甲騎兵道関係者の間を駆け巡り、少なからぬ驚きを皆に与えた。

 そしてそれは、マジノ女学院を破り大洗の次の相手となる高校、ノリと勢いに乗ったアンツィオ高校においても同じであった。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「ムムム」

「どうしたんすか姐さん。難しそうな顔なんてして」

 

 昼下がりのアンツィオ高校。

 石畳の道路の上、カフェテラスのように白い円卓に白い丸椅子を並べ、日よけパラソルを広げたその陰の下、ノートPCを前にうんうんと唸っているのは、特徴的なツインの巻き毛をした少女だった。

 安斎千代美――と彼女を本名で呼ぶ者は少ない。多くのは彼女をアンチョビ、あるいはドゥーチェと呼ぶ。ドゥーチェとは統帥を意味する称号であり、アンツィオ装甲騎兵道指揮官たる彼女の呼び名であった。

 果たして、画面に映った動画――中継されていた大洗VSサンダースの試合の模様を真剣な眼で眺めるアンチョビに話しかけてきたのは、彼女の副官ペパロニである。

 黒髪を短めにカットした、どことなく男勝りな雰囲気のペパロニは、アンチョビの背中越しにPCの画面を見つめつつ、しかしすぐにそこから眼を離して、注目したのは机上の安っぽいトレーだった。

 

「あーまーたダボフィッシュなんて食べて。そんなもんばっか食べてるから顔色も悪くなるんじゃないすか?」

「ええい静かにしろ!  集中できないじゃないか! それにダボフィッシュは確かに味はひどいが値段は安い。ペパロニ、お前も少しは経費削減に協力しろ」

 

 トレーの中身は食べかけの何かの魚の煮付けのような料理だが、深海魚のように眼がギョロッとした魚、ダボフィッシュは見た目からして既に美味しそうではなかった。少なくとも、食に関しては高校装甲騎兵道随一のアンツィオ生の審美眼に叶うような魚ではない。

 

「嫌っすよダボフィッシュなんて。それ食べるぐらいならまだ砂モグラでも食べたほうがマシっす」

「え~砂モグラ美味しいのに」

 

 歯に衣着せぬペパロニに、ハスキーな声で茶々を入れたのは、対称的な黄金色の長髪の少女だった。

 彼女はカルパッチョ。ペパロニがアンチョビの右腕ならば、彼女は左腕ともいえる存在だ。

 

「あ、それ大洗の試合ですね」

「うむ。大洗とサンダースの試合……見れば見るほど互いの動きが不可解な試合だ。しかしこれではまるで次の試合の参考にならないなぁ……」

「え、なんでですか? 大洗のATもサンダースのATもガンガン撃ち合ってるところが良く撮れてるじゃないすか」

 

 ペパロニが言うのに、アンチョビは顔を左右に振って否定した。

 

「個々の選手の技量を知るのも大事だが、もっと大事なのは各校ごとにあるドクトリン、つまりは戦術思想を知ることだ。でもこの試合だけだと、一番肝心な互いの戦術がまるで解らんじゃないか」

 

 サンダースが通信傍受を行っていたらしいという噂は既にインターネット上を駆け巡っている。

 そしてこの噂に関しては、ある程度事実なのではとアンチョビは睨んでいる。そうでもなければ、互いの部隊の動きが理解できないのだ。しかしそんな変則的な試合を見せられても、次の戦いの為に何の参考にもならない。アンチョビが知りたいのは、大洗の戦術の基本方針なのだ。

 

「大洗はウチ同様、ここんところずっと装甲騎兵道はご無沙汰だった学校だからなぁ。過去の試合データなんて実質ゼロみたいなもんだ」

「……そう言えば大洗の隊長は西住流の家元の子だと聞いています。それなら、黒森峰のデータが参考になるんじゃないですか」

 

  カルパッチョが言うのに、ペパロニも同意する。

 

「あ、その噂、私も聞いてまっす。西住流とかマジなんすかねぇ。もし本当なら半端ないっす」

「西住流なのは間違いないだろう。学校は違うが、去年も全国大会に出てた選手だ。西住みほ。あの西住まほの妹だ」

 

 高校装甲騎兵道にその人ありとうたわれた、西住まほ――の妹、西住みほ。

 その存在は偉大な姉の陰に隠れて、どうにも判然としない。

 

「どうも姉のほうとは違うっぽいんだよなぁ。戦術機動が西住流らしくないというか……むしろウチに近いんじゃないか?」

「ノリと勢いってことっすか?」

「少なくとも、西住流特有の真正面からパンチ! パンチ! パンチ! って感じじゃないなぁ~」

 

 アンチョビは腕組みしたまま、口をへの字に曲げて悩んだ。

 考えれば考える程、解らなくなってくる。ATの機種編成を見てもまるで寄せ集めと言わんばかりにてんでんばらばらで、そこからはいかなる戦術的意図も読み取れない。

 

「初戦突破でウチは勢いに乗っている。このまま2回戦も勝ちたい所だが、こういう相手はやりにくい……」

「あ、私、大洗に通っている友達がいるんですけれど、ダメもとで色々と聞いてみましょうか?」

 

 カルパッチョが提案するのに、アンチョビは頭を振る。

 

「相手とて馬鹿じゃないんだ。口裏合わせとか色々としてるだろうし、練習の風景を覗きでもしないと――」

「アンチョビ姐さん?」

「ドゥーチェ?」

「そうだ偵察だ!」

 

 アンチョビは不意に立ち上がると、パチンと指を鳴らした。

 装甲騎兵道は事前の偵察がルールで認められているじゃないか!

 

「直接出向いて、覗いてやれば良いんだ。相手の選手の様子も見れるし、一石二鳥だ!」

「偵察するんすか! 面白くなってきたっすね!」

「でもドゥーチェ。誰が行くんですか?」

「……」

 

 ここでドゥーチェは二の句が継げなくなった。

 偵察。密偵。スパイ。

 これは繊細さと注意深さが要求される仕事だ。だがアンツィオ装甲騎兵道の選手で、この任務に適した選手など――皆無だ。

 ペパロニは性格的に不向きだし、他の選手も大半はそうだ。カルパッチョは相手に顔が割れている。

 ならばどうする? 選択肢は一つしかない。

 

「……私が行く」

「え?」

「アンチョビ姐さんが?」

「ああ私が行く。私以外に、誰が居る!」

 

 半ば廃れかかっていたアンツィオ装甲騎兵道を一人で立て直し、全国大会に出るまでに引っ張ってきたのは、他ならぬアンチョビだった。その戦術眼と、ノリと勢い以外取り柄がないとまで言われたアンツィオの手綱を握るリーダーシップには定評があり、彼女自身少なからずそれを自負している。

 アンツィオにおいてスパイという仕事が完遂できるのは、自分をおいて他には居ない。

 

「でもアンチョビ姐さんがいないあいだはどうするんです? 練習は? ミーティングは?」

「どうせ前の試合で派手に壊したATの修理が終わるまで、本格的な練習再開は無理なんだ。基本練習だけならば、私がいなくてもお前達二人で充分にまわる。……それに例の『秘密兵器』もまだ届いていないしな」

「マジノ戦で結構ガタが来てましたからね。むしろ修理が無事終わるかも心配のような……」

「言うなカルパッチョ! それ私も心配してるんだからな!」

 

 アンツィオの主力は、デザートイエローに塗ったL級ATの『ツヴァーク』に、同色の旧式ベルゼルガである『ベルゼルガDT』、そしてハッタリ満載、レッドショルダー部隊仕様のスコープドッグ・ターボカスタムだ。

 対マジノ戦では、ミサイルポッド代わりに背負った大型スピーカーからレッドショルダーマーチを大音量で流す神経戦作戦、『アリーヴァノ・イ・マリーネス作戦』で見事に相手を翻弄することに成功した。レッドショルダーマーチとド派手なジェットローラーダッシュに相手が気を取られている隙に、ツヴァークとベルゼルガがちまちまと相手を攻撃する作戦だが、これが上手く行った。

 しかし何度も使える手では無い上に、ジェットローラーダッシュで酷使したスコープドッグRSTCはスクラップ同然になってしまった。懐事情に乏しいアンツィオでは古い機体をそのまま使い続けている。それだけに、ちょっとした無茶ですぐにATにガタが来てしまう。実質的な主力機であるツヴァークは機体重量が軽く機動力に優れる反面、その装甲材はまさかの特殊プラスチックであるため傷つきやすい。アンツィオ生はノリと勢いに優れるため攻撃能力は申し分なしだが、一戦越えることにATを毎回ボロボロにしてしまうのは頂けなかった。

 

「まぁ毎度のことだから整備の勝手も解ってきてるだろうし、大丈夫だろう。……大丈夫だよな?」

「なんで私に聞くんすか?」

 

 いずれにせよ、修理が終わるまでは空き時間が多い。この余分な時間を有効活用するに限る。

 

「『秘密兵器』が来るまでは、次の練習にも取り掛かれない……それにしても来るのが遅い。大きな注文とはいえ、もうとっくに発送されてもいいころだぞ」

「そう言えば、姐さんの言う『秘密兵器』っていったいなんなんすか?」

「私たちにすら秘密ですからね。ヒントはダメなんですかドゥーチェ」

「フフフ……ヒントすらダメだカルパッチョ。今回の『秘密兵器』は正真正銘の『秘密兵器』。火力不足なアンツィの現状を一挙に解消する特注品だ。ギリギリまで情報は伏せておかないとな」

 

 3度のおやつを2度に減らし、ドゥーチェ自らダボフィッシュで飢えを凌いで、それ以外にも数々の涙ぐましい努力を重ねてこつこつ貯めた、そのお金でようやく手に入れた『秘密兵器』なのだ。

 しかもこの『秘密兵器』の正体は、全国大会にエントリーする全ての高校を等しく驚愕させるに違いない珍品だ。おそらく殆どの選手は『アレ』が装甲騎兵道の試合に出れることすら知ってはいまい。何を隠そうアンチョビ自身、ルールブックを読み直している時に偶然気づき閃いた妙手だったのだから。

 

「『アレ』を万全に活かすためにも、やはり偵察は欠かせない……よし! 思い立ったが吉日だ! 私は行くぞ! 大洗に!」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 その日、大洗学園艦へと接舷したコンビニ定期便のなかに、密航者がいたことに気づいた者はいなかった。

 三つ編みに瓶底眼鏡。完璧に変装した彼女を誰もアンツィオ統帥とは思わない。

 

(ふふふ……大洗の秘密。必ずやこのアンチョビが持ち帰ってみせるぞ!)

「うまい具合に潜り込めましたね、アンチョビ姐さん」

「ああそうだ……ってなんでお前がいるんだ! てかその名前で呼ぶな気付かれるだろ!?」

「私もいまーす」

「カルパッチョお前もか!」

 

 ――策謀の魔の手が、大洗の地へと迫っていたッ!

 

 





 暴くべき秘密など、本当にあるのか
 謎など、いったいどこにあるのか
 余りにあからさまで、余りに明快で
 その事実が、アンチョビを翻弄する
 そして、カルパッチョは叫んだ
 タカちゃん!と

 次回『遭遇』 必然足り得ない偶然はない




【アリーヴァノ・イ・マリーネス】
:アルファベットで書くと『Arrivano I Marines』
:要はレッドショルダーマーチのこと。意味は『水兵の帰還』か
:元は古いイタリア産戦争喜劇映画の曲で、フリー音源となっていた
:だからボトムズサントラには載らない名曲。スパロボなどではよく似た別の曲が流れる



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第30話 『遭遇』

 

 空高く舞い上がる白球。

 ボールが自分の方へと飛んで来るのに、みほは構える。

 アンダーハンドパスでボールを直上に跳ね上げれば、優花里がすかさず飛び込んでオーバーでボールを回す。

 仕上げはバレー部(旧)切ってのアタッカー、河西忍だ。

 背部ノズルより吹き出す噴煙に、機体はふわりと浮かび上がる。

 換装したクローアームが弓のようにしなり、ぶわんと空気を質量が押しのける音と共に振り下ろされる。

 鋼鉄の手のひらによって加速したボールはネットを飛び越え、相手コートへと目掛けて向けて突き刺さる。

 その豪速球には、相手チーム、1年生ウサギさんチームも反応し得ない。かろうじて紗希の駆るトータスが僅かに前に出るも、反応が間に合わず、白球は地面を穿ち、土と砂を跳ね上げた。

 

「っしゃあ! 1点追加!」

「どんどんいくぞー!」

「バレー部半端ない!」

「全然玉が見えないよぉ!」

 

 みほ達はバレー部一同とタッチをしてまわり、ウサギさんチームは一様に悔しがる。

 勝負はみほ達の優勢だった。サーブ権が移り、次はみほ達の――。

 

「キサマら何やっとるかー!」

 

 と、いった所で盛り上がる一同に向けて、大声で叫んで喝を入れたのは河嶋桃だった。

 

「何って……ねぇ」

「バレーボールですけど」

 

 あゆみとあやが呑気な調子で返してきたので、桃は一層激昂した。

 

「そんなことは言われなくても解ってる! 私が言ってるのは何でATでバレーボールなんぞやってるのかということだ!」

 

 一体どこから持ってきたのやら。

 大型のネットに、ATでも使える大きさと耐久力を備えたボールに、校庭に石灰でひかれたコートと準備は万端。

 バレー部四人組にみほと優花里、ウサギさん分隊6人の2チームに分かれて対戦という訳だった。

 

「一体全体、誰の発案だ! 西住もしれっと混じってないで止めたらどうなんだ!」

「……」

「……ん? なんだ西住。なんで黙っている」

 

 桃が見ればうつむき加減のみほの頬は、若干赤らんでいるように見える。

 どうやら気恥ずかしいといった様子だが、それで桃も発案者が誰かを察した。

 

「あ、あの! 西住殿はバレーの練習時間が確保できないと、悩んでいた磯部殿のためにと必死に考えた訳でして」

「そうです! 隊長はわざわざ私達のために色々と用意してくださったんです!」

 

 優花里はすかさずフォローに入り、典子も即座にそれに同意した。

 流石に装甲騎兵道の時間にバレーをさせてあげる訳にもいかないので、みほが色々と考えた結論がこれだった。ATの操縦練習に、特に細やかな機体制動の練習になるし、ストレス発散になって良いとみほは考えたのだが、どうやら桃はお気に召さなかったようだ。

 

「ATでバレーした所で何の意味がある! ふざけたことを言っていないで、とっとと真面目に練習しろ!」

 

 桃はこんな風に怒鳴った訳なのだが、しかし彼女の背後から待ったがかかる。

 

「良いじゃん楽しそうで。いつも真面目な練習だと飽きちゃうし、ちょうど良いよ」

「会長!?」

「よーし私らもやるから、かーしま、一緒に入るよ! 西住ちゃんに秋山ちゃんは選手こーたい!」

「かいちょぉっ!?」

 

 こんな、大洗の呑気な様子を窺う人影がふたつ。

 

「……何やってんだアイツら」

「良いっすねぇATでバレーボール! ウチも真似しないっすか! あ、サッカーとかどうです! ATでサッカーっすよ!」

「誰がするかアホォッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 第30話『遭遇』

 

 

 

 

 

 

 

 三日月のような切っ先が迫るのを、僅かに頭のみを動かして逸らす。

 こちらはと右足で踏み込みつつ、その勢いに合わせて逆袈裟。得物の湾曲した刀身を活かし、股の内側から払いあげようとするも、相手はそのまま正面へと跳んで、コチラの真横をすり抜ける形で攻撃を避けた。

 踏み込み足を軸に体を転回させれば、相手もさるもの、既にコチラに向き直って上段に構えている。

 切っ先はコチラに、右手で柄を握り、左手は石突きに添える。『バランシング』特有の上段の構えだった。

 

「流石は左衛門佐。長モノを使わせれば大洗一だな」

「いやいやおりょうも負けてないぞ。北辰一刀流薙刀術の応用技。実に見事だ」

 

 エルヴィンとカエサルが観戦しつつ、相対する二人を批評した。

 左衛門佐とおりょう。左衛門佐は当世具足のレプリカを身にまとい、おりょうは胴着袴にボリュームのある癖っ毛を後ろで一つに纏めての白鉢巻姿だった。一見するとあからさまに左衛門佐の有利だが、これは別に殺し合いではないので防御力は無関係だ。むしろ甲冑の重みがあるぶん、身軽なおりょうのほうが有利かもしれない。

 さて、愛機達が見守る中、例のレンガ倉庫の真ん中で立会に勤しむ左衛門佐とおりょうであったが、二人の手に握られた得物は一風変わった見た目の品であった。

 ぱっと見、槍か薙刀の類と見えるが穂先の形状がいずれとも異なる。三日月状に湾曲した、まるで鎌のような奇妙な剣身がそこにはある。切っ先は細く尖り、安全用のカーボン加工がなければ人一人を死に至らしめるのに十分な鋭さを有していた。

 この奇妙なポールウェポンは『バランシング』と呼ばれる、さる国の伝統武術に用いる武器なのである。

 『バランシング』は装甲騎兵道のボトムズ乗りたちを始め、さまざまな界隈で今流行りのスポーツであり、歴女チーム間においても例外ではない。

 体を鍛え、反射神経を研ぎ澄まし、反応速度を養う……という名目のもと、小さなバランシング大会が開催された訳だ。まぁ校庭に出ている他の装甲騎兵道メンバーもATバレーなどしている訳で、文句を言われる筋合いはあるまい。

 

「エルヴィンはやらないのか?」

「私は銃剣術がもっぱらだからな。あれは他の長モノとは些か勝手が違う」

 

 カエサル、エルヴィンの二人が見守る中、左衛門佐とおりょうの勝負はいよいよ白熱していた。

 

「ちぇすとぉぉぉっ!」

 

 おりょうが雄叫びと共に上段から突くのを左衛門佐は足を引き半身となって避ければ、おりょうはそのまま腕の力で素早く三段に突く。沖田総司の三段突きの再現か、しかし左衛門佐もまた上体のみを動かすことで第一第二の突きを避け、第三の突きには敢えて己の頭を叩きつけた。会者剣術――戦国武者が使ったルール無用の喧嘩殺法には実際にある、兜の曲面で相手の刃を受け止める技。これにはおりょうも流石に驚き、衝撃に刃が跳ね上がって体勢も崩れる。そこを左衛門佐は見逃さない。

 

「せいやー!」

 

 横薙ぎからの巻き上げ技に、おりょうの手から得物は弾き飛ばされ宙を舞う。

 

「勝負あり! 左衛門佐の勝ち」

 

 審判役のエルヴィンが叫ぶと、弾き飛ばされたおりょうの得物が地面に落ちる――直前で何者かの手がそれを掴んだのは、ほぼ同時のことであった。

 

「なにやつ――って、ひなちゃん!?」

「やっほー、たかちゃん!」

 

 カエサルが乱入者に驚き見れば、その正体を知ってさらに驚いた。

 何の前触れもなく登場した昔なじみが、バランシング用の槍を片手に手を振っている。

 

「たかちゃん?」

「たかちゃん?」

「たかちゃん?」

 

 歴女チーム残りの3人はと言うと、乱入者そのものより乱入者の口から出た呼び名が気にかかっていた。

 カエサルとは魂の名前であって彼女の本名は『鈴木貴子』だが……。

 

「ひなちゃん何でここに? え? え? え?」

「まーいいじゃない、細かいことは。それよりも――」

「わ!?」

 

 乱入者――ひなちゃんことカルパッチョは得物をカエサルへと投げ渡すと、予備にと壁に立てかけてあったバランシング槍を掴んで、構えて言った。

 

「ひさびさに、一戦どう?」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「全く……カルパッチョはいったいどこに行ったんだ……」

「例の幼なじみにでも会いに行ってるんじゃないすかね?」

「遊びに来たんじゃないんだぞ! 私たちは!」

 

 小声でそんな掛け合いを交わしながら、こそこそ倉庫の裏手を歩きまわるのは、アンチョビとペパロニの二人組だ。たどり着いて早々にどこかに行ってしまったカルパッチョとは別に、ちゃんと当初の目的を果たすべく隠密行動に勤しんでいたのだった。大洗のAT編成やその練習風景への極秘調査……早い話がスパイ活動というわけだ。

 

「全く、あんなふうに遊んでてなんでサンダースに勝てたんだ? それとも普段は別の、もっとちゃんとした練習メニューをこなしているのかな……」

「でもアンチョビ姐さん。ATでスポーツやるってのは意外と悪くないアイデアかも知れませんよ? あれならATに細かい動きをさせるときの恰好の練習になりますし」

「毎回あんな風にATを酷使したら、うちのオンボロATだとすぐダメになるじゃないか! 前にもATグランプリとかやって一台足回りダメにしたばっかだろ!」

「あの程度で壊れるATのほうが悪いんスよ」

「反省しろよな!?」

 

 スパイにしては無駄に賑やかな二人であるが、幸い校庭はATバレーで盛り上がっているので、それがうまい具合に目眩ましになって気付かれていない。難なく倉庫の裏口から中へと忍びこむことができていた。

 そして二人は発見する。

 

「あれは……」

「ライアットドッグじゃないスか」

 

 二人の視線の先にあったのは、青っぽい塗装のスコープドッグだった。

 単に青い色のスコープドッグというのではない。左手にはアームシールド、頭部には機動隊を思わせる強化プラスチックの透明なレンズガードが備わり、右肩にはサーチライトが、左腰には拡声器が装着され、臀部スカートアーマーや後頭部には追加装甲が取り付けてある。胸元には茨城県の県花、薔薇のマークをあしらったエンブレムが誇らしげに、しかし経年劣化にくすんだ輝きを放っていた。

 ――ATM-09-STR ライアットドッグ。

 数あるスコープドッグのカスタムタイプの一種で、警察機関向けに特殊な改造が施されている。

 エンブレムから察するに、茨城県警AT機動隊に所属していた機体のようだが、なぜそれが大洗女子学園にあるのか。

 アンチョビとペパロニが陰から見守る中、ハッチがやや軋んだ音を立てて開いた。

 

「んー……やっぱりくたびれた感はあるわねぇ」

「中古品だから仕方がないだろう、そど子」

「だからー! そど子って呼ばないでよね! 私には園みどり子って名前があるんだから!」

 

 中から出来たのは、まるでヘルメットのような特徴的なおかっぱ頭の少女だ。

 おかっぱ頭の少女に話しかけたのはというと、アンチョビ達からちょうど陰になる形で見えていなかった場所に立っていたらしい、背の低い黒い長髪の少女だった。やや眠たげな様子で、ぼそっと喋っているのが却って印象的だ。

 

「でも風紀委員の端くれとしちゃ、実際に治安の担い手として働いていたATに乗れるのは、何というか悪く無いわね」

 

 二人が話している言葉を要約するに、どうやらこのライアットドッグは茨城県警のAT機動隊で実際に使われていたATで、機種転換をするため旧式化した本機は廃棄される所を、たまたま茨城県警にいた大洗OBがどこからか話を聞きつけて手を回してくれたらしい。地域振興の一環ということで、大洗女子学園に『寄贈』されたそうだ。……なにそれズルい、というのがアンチョビの感想だった。

 

「ちゃんと次のアンツィオ戦までに乗りこなせるようにならなくちゃな、そど子」

「なによ! 冷泉さんの助けを借りなくたって、私たちはATの操縦法ぐらいとっくに習得済みよ!」

「じゃあ別に練習を手伝わなくてもいいわけだな」

「待ちなさい! 西住さんに頼まれてるんでしょ! だったら自分の仕事は万全に果たしなさい! ほら早く!」

「はいはい」

「ハイは一回!」

 

「……今の聞いたか?」

「バッチっすよ」

 

 大洗はアンツィオ戦に備えて戦力増強を図るらしい。これは実に有益な情報だ。増強される機種まで解ったのだから言うことなしだ。

 

「よし……移動するぞ。他にも増強用のATがあるかもしれないぞ」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 物陰をこそこそと進めば、アンチョビ達はあらたなるATと出くわした。

 しかも既に稼動状態だったライアットドッグと異なり、こちらはたった今レストア中という様子だった。

 

「ホシノー! レーザートーチもう使い終わったー?」

「まだー! こっちは結構手こずってるから時間掛かりそう」

「グライディングホイールの消耗も激しいねぇ~……こりゃ車輪全部替えないと駄目かなぁ」

「なーに。すぐに目一杯走れるようにしてやるぞ!」

 

 黄色い揃いのつなぎの四人組が取り組んでいるのは、青みがかった灰色のATだった。

 手足を外され、ハッチを開かれ、頭部を覆うバイザーやカメラも一旦取り除いてバラバラにし、個別にパーツを交換したりと修理をしているようだった。バラされているので、パッと見では何のATかは解らないが、今修理中の一機と同型と思われるATが三機、横一列に並んでいるのにアンチョビ達は気づいた。

 サビだらけのくすんだ傷んだそのATのことを、アンチョビ達は知っていた。

 

「ストロングバックス」

 

 ATM-09-STC ストロングバックス。あるいはストロングバッカス。

 スコープドッグをベースに改造を施し、H級と変わらぬ体躯にまで拡張させたATがそこにはあった。

 

 





 狭苦しい鉄の棺桶
 その中に押し込まれる、アンツィオ乙女が3人
 カーボンに守られてなお、頼みのおけぬ薄い装甲
 決死の想いで3人は、見知らぬ大洗の地を走り抜ける

 次回『相乗り』 アンチョビは追い、そして追われる
 


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第31話 『相乗り』

 

 ――皆の様子を眺めていると、なんだか楽しい気分になってくる。

 ATバレーで大いに盛り上がる大洗女子装甲騎兵道一同の姿に、みほの心は温かいモノに満たされていく気分だった。もし、黒森峰でこんなことをしたいなどと言い出したらどうなっていただろう。周りは「副隊長、ご冗談を」と軽く流してしまうだろうし、エリカは「なにアホなことを言ってんのよ」と呆れたと言った調子でこちらを見てくるだろう。姉は、まほはどうだろうか。我が姉ながら、いったいどんな反応を返してくるのか、まるで見当もつかない。

 

「……」

 

 降着状態のパープルベアーの鋼の胸に背中を預け、ぼんやりとバレーを観戦する。

 桃は自機の激しい挙動に早々に目を回して、コート外でぐったりとノびている。代わりに入った柚子は思いの外そつなく後衛レフトの役割を果たしている。AT同士の試合なのだから、身長体格の差も関係がない。会長などは特にノリノリな様子で、エキサイトしているのが機体の挙動にありありと現れていた。

 バレー部の皆も熱中してくれているらしい。彼女らのストレス解消になれば良いと思ったが、これは上手くいきそうだ。それにしてもATの操縦とバレーの技量は無関係な筈なのに、彼女たちの動きがウサギさんや生徒会の面々と比べて明らかにキレが良いのは、やはり経験がものを言うというやつなのだろうか。

 

「西住殿」

 

 あんまりにもぼんやりとATバレーを見ていたものだから、傍らに優花里が歩み寄っていたのに気づかなかったらしい。みほはちょっとびっくりしつつ、優花里のほうへと目を向けた。

 

「おひとつどうですか?」

「あ、ありがとう」

 

 緑のパッケージに黄色い字で『Uoodo』と書かれているのは、大人向けなビターな味で有名な缶コーヒーの銘柄だった。よく冷えていて、蓋を開けて中身を喉に流し込めば、コーヒー特有の苦味に冷たさが加わって眼がすっきりする。

 

「すいません。本当ならスポーツドリンク辺りを持ってくるべきだったんですけど、それしかなくて」

「ううん。お陰で目が覚めたから」

「……」

「? ……どうしたの優花里さん?」

 

 お礼を言ったみほの顔を優花里はまじまじと見つめたあと、ニコニコと嬉しそうな顔になったのだ。

 別に面白いことを言った記憶もないし、理由が解らずみほはほんのちょっぴり戸惑った。

 

「いえ。西住殿が楽しそうな様子ですので、なんだか私もつられて楽しくなってきただけです」

「え? ……私、そんなにやけた顔とかしてたかな?」

 

 みほが赤面するのに、今度は優花里のほうが慌てた。

 

「いえいえ! 別にそういう意味で言ったんじゃあ……その、何というか、雰囲気が明るいというかなんというか……あうう、上手く言葉にできません」

「……そうか。そうかもね」

 

 優花里が言うこともあながち間違ってはいないというか、実際それが正解なのだ。

 今、西住みほは装甲騎兵道を楽しんでいる。それは紛れも無い事実だった。

 

(……黒森峰にいた時は、こんなこと考えたこともなかったけど)

 

 黒森峰にあったのは、鋼のような厳しさだけだった。

 いや、装甲騎兵道も武道である以上、厳しいこと自体は当然かもしれない。

 ――だがそこには厳しさ『しか』なかった。

 西住流の重みに周囲の期待。偉大なる姉という存在に、副隊長の重責。

 もはや成し遂げて当然という十連覇という偉業が、みほの『ミス』によって失われた時、みほの心はそういった諸々に遂に押し潰された。打ちひしがれたみほに、母は冷たかった。

 ――『あなたは道を誤った』。そう言い放ち、突き放しただけだった。

 故に、みほは装甲騎兵道を捨てた。捨てた筈だった。

 

「西住殿?」

「ん、あ、いや、大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけだから」

 

 ゆらめく影のごとく、不意を打つようによみがえる悪夢。

 たとえそれが夢の中の出来事であろうと、思い出すもおぞましいことがある。

 ましてや、この身、この体に染みついた鉄と油と火薬の臭いが、逃れられぬ過去を引き寄せる。

 さよならは言ったはずだし、別れもした筈の過去。鉄の騎兵に身を預ける限り、真の意味で決別することは叶わないのだろう。だが――後悔はない。

 

「優花里さんの言う通りだと思う」

「え?」

「大洗に来てから私、装甲騎兵道のことが楽しいから」

「西住殿……」

 

 狭くて暑くて脆い。そんな鉄の棺桶に体を押し込む。

 それでも昔、ずっとずっと小さかった頃、みほは装甲騎兵道を楽しいモノだと思っていた。

 その頃の気持ちを、何かに盗まれた過去をまた見つけられた気がするのだ。

 

「それに、みんな楽しく一生懸命やってると、私までウキウキ嬉しくなっちゃって」

「あ、それ解ります。カエルさんチームのみなさんも、楽しんでくれてるようで何よりです」

「うん。ATでバレーとか、実は言い出した私も出来るかどうか不安だったり」

「サンダースはATでバスケをやったことがあるそうですよ。ナオミ殿から聞きました」

「ナオミさんから?」

「はい。五十鈴殿もそうですが、メールアドレスを交換したので」

「そうだったんだ」

「西住殿にもよろしくお願いしますとのことでした。昨日の敵は今日の友、ですね~」

「うん」

 

 以前の練習試合の後、みほもダージリンとアドレスの交換をしたし、ケイにもいつでも練習試合を申し込んできてくれとお誘いを受けていた。ダージリンに関しては先日、サンダース戦の勝利のお祝いという名目でメールももらっている。実際は『決勝戦で必ずや再会しましょう』と、どちらかと言えば挑戦状に近い文面ではあったけど。

 高校装甲騎兵道最強の学校と名高い黒森峰だけに、練習試合の申し込みなどは後を絶たなかったが、しかし他校との交流に関してはもっと無味乾燥だった記憶がある。頂に立つ黒森峰は、他校とはどこか一線を画した所があったからだろう。隊長のまほも厳しさが服を着たような少女なのだから、歓談を楽しむようなタイプでもなかった。

 

「それにしても……ATのバスケなんてあったんだ」

「結構操縦の練習になるって話でしたけど、西住殿もご興味が? 良かったらわたくし、ナオミ殿に詳しい中身をお聞きしておきましょうか?」

「うん、お願いしてもいいかな。ちょっとどんなのか気になるし」

「お任せください!」

 

 ATスポーツを肴に、誰かとこうして語り合ったり、笑い合ったりできる。

 それだけでも、大洗に来て良かったと、みほには思えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 第31話 『相乗り』

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね華~。重いのばっか持たせちゃって」

「いいえ。これぐらいでしたら食後の腹ごなしにはちょうどいいですから」

 

 左右各々の手に、大きなウォータージャグ――蛇口付きの携帯式タンクを携えながらも華の足取りは普段と変わらない。中には満タンのスポーツドリンクが入っている筈なのに、華の様子だけ見るとまるで空のタンクかと思うほどだった。同じものを一個両手持ちにしているだけで、すでに足がふらついている沙織からすると、華のパワーは同い年の女子のものとは思えない。思えば前にATの腕を一人でひょいと抱えたりしていたし、ひょっとして華の家系にはクエント人の血でも混ざってるんじゃないか、と沙織は考えてしまう。

 粉末式のスポーツドリンクを、空のペットボトルに水で溶かして冷蔵庫に冷やしておき、ウォータージャグに入れて飲むというのは運動部などがよくやっていることだが、直接体を動かすわけでもない装甲騎兵道にそんなものが必要なのかと、疑問に思う人もいるかもしれない。しかし『ATとは鍛えられた身体の延長』なのであり、手足をこまめに動かすATの操縦は見た目以上に体力を消耗する。ローラーダッシュやターンピックを用いた急速旋回などでは、操縦者にかかるGも大きい。ボトムズ乗りが耐圧服を着るのは耐Gの意味合いもあるのだ。

 ATでバレーをするとなると、さぞかし喉も渇くであろう。

 沙織は彼女らしく気を回して、冷たい飲みものでもと、華を誘って準備してきた訳だ。

 

「そろそろみんな疲れてきてるだろうし、丁度いいタイミングかもね」

「次はわたくし達も加わりましょう。わたくし、アクティブなことには目がない方なので」

 

 装甲騎兵道を履修してから、親友のこれまで知らなかった部分を沙織はいくつも発見した。

 もともと凄まじい健啖家であったりと、華が見た目通りの正統派大和撫子ではないことを沙織はよおく知っていたが、彼女が思った以上に華はパワフルでアグレッシブな乙女であったのだ。最近だと彼女は花を生けるのと同じぐらいに、操縦桿を握り、長大な砲を構えるのが似合うように見えてきている。

 

「……なんか一般的な女子高生からどんどん遠ざかってる気がするんだけど私達」

「それ今更言うことですか?」

 

 そんな取り留めもない雑談を交わしながら、二人は例のレンガ倉庫へと戻ってきていた。

 倉庫の外からは、ATの駆動音が盛大に響いており、試合の激しさが伝わってくる。

 

「あんな風に動かしてAT大丈夫かな? 試合前に壊しちゃったりしそうで……」

「バトリングの試合では殴ったり蹴ったり組み付いたり締め付けたりするらしいですから、球技ならば問題ないんじゃないかと」

「まあそれはそうなんだけど――ってあれ?」

 

 沙織の目にとまったのは、修理用整備用の資材の山に隠れて、なにやらこそこそやっているらしい二人組の姿だった。大洗の制服を着てはいるが、その後姿に見覚えはない。

 

「あの――」

「なにか御用でしょうか?」

「!?」

 

 沙織と華が声をかければ、ビクッと肩を震わせて二人は振り向いた。

 三つ編みに瓶底眼鏡に活気有りそうな黒い短髪の二人組。

 やはりその面相には見覚えはないが、三つ編み瓶底眼鏡の左腕を見た沙織は『それ』に気がついた。

 

「あ、放送部のかたですか?」

「ア、はい! そうです! 取材にきました!」

 

 赤い腕章は大洗女子学園放送部の証だ。

 放送部と言ってもかなり本格的なもので、新聞を作成するのみならず特派員を送って部活動の試合中継を行ったりと、ちょっとしたぷちマスコミと言っていい規模と行動力があるのだ。

 一回戦を突破した直後などは、生徒会が大々的に煽り立てたこともあって結構な数の放送部員がこの倉庫にも押しかけていたのを沙織も華も覚えている。

 それにしても、このタイミングでいったい何の用だろうか。アンツィオ戦に対する意気込みでも取材に来たのだろうか。

 

「あ、私。放送部の……ええとバージル・カースンと言います」

「ば、ばーじる・かーすん?」

「まるで異人さんのようなお名前ですのね?」

「え、ええ。父がイタリア人でして! それでこんな名前なんですよ!」

 

 何やら挙動不審だが、みほも最初の頃は若干人見知り気味であったし沙織も華も特に疑問には思わない。

 なので続けて、その傍らのボーイッシュな少女に問いかけた。

 

「そちらのかたは……」

「あ、ペパロニっす。アンツィオのペパロニ」

「へぇアンツィオの」

「ペパロニさん……」

 

 ――ん? んん? んんん!?

 

「このアホ! 自分から正体をバラす奴があるか!」

「すいません、つい癖で」

「……正体?」

「……ばらす?」

「あ」

「あ」

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 4人の間を気まずい沈黙はものの数秒で破られる。

 

「みぽりーん! ゆかりーん! 麻子ーっ! 誰でも良いから来てー!」

「間諜ですわ! スパイです! 007です!」

「マズいっすよ! ズラカリましょう!」

「誰のせいだ! 誰の!」

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 レンガ倉庫のほうから聞こえてきた異音。

 それを耳にした瞬間、みほの表情は瞬時に変わった。

 ほんわかとした優しげな表情は一変し、凛とした剽悍(ひょうかん)なる相貌へと変じたのである。

 ATに乗る時、試合の時、みほはいつもこういう顔になる。

 優花里は普段の穏やかなみほも好きだが、こういう時のみほの顔が好きだった。憧れているし、尊敬している。

 戦士の顔というか、一流の選手の顔というか、ピンと一本の筋が通った凛々しい顔だった。

 ――しかし今は、それに見惚れている暇はない。

 

「優花里さん!」

「はいっ!」

 

 言われる前から既に体は動いていた。

 降着モードの愛機の前に立ち、ハッチを開いてコックピットへと跳び込む。

 横一列に並んだトグルスイッチを順々に入れていき、ATの人工筋肉に火を灯す。

 電流が走り、マッスルシリンダーが伸縮する。

 ゴーグルと操縦桿とをケーブルでつなぎ、目にかければ即座にハッチを閉じる。

 レンズ越しに見えていた狭いコックピット内部の景色は消え去り、晴天下のグランドの景色が視界を覆う。

 

『倉庫に向かいます! みなさんついてきてください!』

 

 みほの声が無線越しに聞こえてくる。

 自分のみならず、この場の全ATへと発信しているらしい。

 バレー参加組みも普段の練習の成果か、みほの声を聞いた直後にはもうレクリエーションの空気を捨てて試合同様の真剣モードへと入っている。そんなチームメイトの姿は、優花里は同輩として誇らしいと思う。

 

『倉庫から何か出てきます! あれは――沙織さん!』

 

 鉄扉の向こうから飛び出してきたのは、沙織の愛機レッドショルダーカスタムだった。

 しかし、その挙動はどこかおかしい。みほ達の姿を見るなりレッドショルダーカスタムはターンピックで進行方向を変えると、倉庫の裏手、校庭とは反対側へと逃げるように駆けていく。――否、逃げるようにではない。あれは実際に逃げているのだ。それを証拠に、倉庫から続けて飛び出してきたのは、武部沙織当人だったのだから!

 

『捕まえてー!』

『あれに乗っているのは、アンツィオの人たちです!』

 

 沙織と、その背後の華が二人して叫んだ内容は、実に由々しきものだった。

 アンツィオ――次回の対戦相手の生徒が大洗にいる理由など、ひとつしかない。

 

「西住殿!」

『うん! みなさん、アンツィオのスパイを捕まえます! 全機フルスロットル!』

 

 みほが号令を下せば、大洗AT一同一斉に駆けだ――そうとして、バレー組が次々と膝を突く。

 

『みなさん!?』

『た、隊長すみません!』

『PR液が!』

『全然動かないよー!?』

『うわあバレーではりきりすぎたからぁ!』

 

 そう、PR液の劣化限界が来ていたのだ。

 激しい挙動を伴うATバレーは当然、PR液を消耗する。

 普段の練習なら別に問題のない話だ。PR液を浄化装置にかければいいだけなのだから。だがそんなことをしている暇は、今はない!

 

「西住殿! 私達のATもそう長くは保ちません!」

『ッ! ……どうすれば……』

 

 予期せぬアクシデントに焦るみほ。

 だがそんな彼女のもとに、救いの主は現れた。

 

『問題ないわよぉ西住さん!』

 

 無線機を伝わってきたのは、一回聞いたら忘れられないような特徴的な声だった。

 

『あなたは――』

『風紀委員、園みどり子。栄えある初任務よ! 不届き者を捕まえてやるんだから!』

 

 特徴的な声の主、風紀委員のドン、園みどり子は無線を広域周波数に合わせると、大洗女子学園全域へと向けて号令を発した。

 

『全風紀委員に通達! 緊急出動! スクランブル発進! 相手は他校のスパイよ! 風紀委員の名にかけて、必ずやスパイを捕まえるのよ!』

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

「くそぉぉぉ! あっちも敵こっち敵。右も左も後ろも前も敵だらけじゃないか!」

「どうするんすかアンチョビ姐さん! このままじゃ私ら捕まっちまいますよ!」

「だぁれのせいだと思ってるんだ! ペパロニも少しは頭を使って逃げ道を考えろ!」

「はぁ~残念。もう少しでたかちゃんに勝てそうだったのに」

「カルパッチョも言ってる場合かぁ!」

 

 必死に操縦桿を切って盗んだ、否、一時的に拝借したATを駆けさせるアンチョビの行く手には、ことごとく白い装甲車両が通せんぼして来るのだ。『ガーシム』という名前の六輪駆動の装甲車で、側面にはでかでかと大洗の校章が掲げられている。乗り手はみな揃いのヘルメット――ではなくて揃いのおかっぱ頭で、やはり揃いの黒い腕章をつけている。白く染め抜かれた風紀という文字から察するに、風紀委員であるらしい。

 

「アンチョビ姐さん! 装甲車風情がなんでスか! 無理やり押し通りましょうや! 」

「ガーシムはああ見えて頑丈なんだぞ! 正面から力勝負すれば負けるのはコッチだ! ってええいカルパッチョ! 髪の毛が邪魔になってるからどかせぇ!」

「すみませんドゥーチェ」

 

 3人は今どこに居るかと言えば、驚く無かれ、スコープドッグのコックピットの中なのである。

 ――スコープドッグの狭いコックピットに3人も入れる訳ないだろ!

 と、おっしゃる方も多いとは思うが、確かにそれは当然の反応である。あんな狭い部分に3人も入れるとは普通は考えない。しかしスコープドッグに二人乗りしたケースは実在し、それは耐圧服を来た男性兵士二人の話である。軽装の、体格も小さい少女3人ならば、不可能ではないのだ!

 

「マズいぞマズいぞ。じきに大洗のATも出てくる。そうなったら本当に逃げ切れんぞ」

「戦って血路を開くってのはどうですアンチョビ姐さん」

「このATにはアームパンチ以外武器がないんだ! 近くにあったから咄嗟に選んだけど、こんなことなら武器のあるやつを探しておけば……」

「言っても仕方がないですし、今あるものでなんとかしないと……いっそATは乗り捨てて歩いて逃げれば」

「そしたらそれこそガーシムに追いつかれて……って待て」

 

 カルパッチョの言葉に何か思う所があったのか、アンチョビはゴーグルを上にずらしてカルパッチョの顔を直接見た。

 

「閃いたぞ! カルパッチョ、良い助言だ!」

「え? ……何が良いのか解らないけど、光栄ですドゥーチェ」

「閃いたって、何がっすかアンチョビ姐さん」

 

 ペパロニに得意げな顔を向けて、アンチョビは言い放った。

 

「名づけて『マカロニ作戦』だ! これは絶対にうまくいくぞ!」

 

 

 

 






 頑丈な装甲、連なる履帯、唸る転輪
 圧倒的な質量で、圧倒的な火力で、圧倒的な走破性で
 それは大地を踏み潰し、相対する敵を粉砕する
 あり得るのか、反則ではないのか
 そんなみほ達の疑念すら、大いなる火砲は吹き飛ばす

 次回『戦車』 アンツィオに潜むものは、何だ






【スコープドッグの2人乗り】
:ペールゼン・ファイルズ第6話で明らかになった衝撃の事実
:キリコとザキがたしかにスコープドッグに二人乗りしている
:どう考えても入るわけないけれど、実際出来ているからどうしようもない
:地味にPF仕様のスコタコは肩幅がTV版よりも広いので、一応理屈は成り立つ








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第32話 『戦車』 

 

 レバーを動かし、ペダルを左右交互に踏んでみて麻子が感じたのは、機体のレスポンスの悪さだった。

 まぁ仕方がない。コイツは中古の『お下がり』であり、自動車部の整備もまだ完全には済んでいない。

 今はストロングバックスのレストアに掛かりっきりであり、一応は動くということで茨城県警寄贈のライアットドッグの整備は後回しになっていたのだ。自動車部4人がいかに超人的な能力の持ち主とは言え、一度にこなせる作業の量には限界があったのだ。

 

「……やはり、面倒臭がらずにブルーティッシュドッグを持ってくるべきだったか」

『ぶつくさ言ってないで、さっさと追うわよ! 冷泉さんは私に付いてきなさい!』

「冷泉さんに私は付いて行くの間違いだろう、そど子」

『うるさいわね! じゃあさっさとエスコートしなさいよ! まだこっちは操縦をマスターした訳じゃないんだから!』

 

 自機が調整中だったり、PR液の劣化で動けなかったり、あるいは愛機を盗まれていたりと、諸々の理由により今逃げたアンツィオ一味を追跡できるATは限られていた。PR液残量が少なく限定的な動きしかできないみほと優花里の駆る2機を除けば、万全に動けるのは麻子とそど子のライアットドッグ二機のみであったのだ。麻子の愛機、ブルーティッシュ・レプリカは倉庫の隅に置いてあるため、そこまで走る余裕はないということから手近なライアットドッグに乗り込んだ訳である。これは本来ならばそど子と同じ風紀委員所属の金春希美、通称『パゾ美』が乗る予定の機体だが、彼女の方はと他の風紀委員と共にガーシムで先に出撃していた。

 

『AT相手だとガーシムじゃちょっと分が悪いわ。パゾ美やゴモヨ達が時間を稼いでいる間に私達も追いつくのよ』

「了解、そど子」

『だからそど子って呼ばないでよ! 園みどり子! それを言うならあなたなんて「れま子」よ!』

「なんだそりゃ」

 

 軽口を叩き合いながらも、ATを動かして前に進める。

 麻子は先にそど子を走らせ、自分はその後を追う形をとった。何かあった時に即座にカバーに入れるようにするためだ。

 

(武器はヘビィマシンガンにアームパンチだけか……左手にアームシールドがあるから重心の勝手が違うな)

 

 初めて乗るタイプのATでも麻子は難なく乗りこなし、操縦しながら機体の癖を淡々と把握していく。

 麻子愛用のブルーティッシュドッグは右手がマニピュレーターではなく固定兵装のガトリングガンであったりと、普通のスコープドッグとは操縦感がかなり異なるのだが、彼女の駆るライアットドッグの挙動には危うさはまったく感じられない。むしろこのATを自機とする予定のそど子のほうが危なっかしいぐらいだった。

 

「あんまりトばすなそど子。右ペダルの踏み込みを少し弱めれば安定する」

『それぐらい私も自分で気付いてたわよ! 言っておくけど私だってATは素人じゃないんだから!』

「オープントップのカブリオレドッグの話だろう。視界が狭くて戸惑ってるのが露骨に動きに出てるぞ」

『ッッッ!』

 

 ATは頭部のカメラやセンサーが捉えた視界を、そのまま操縦者と共有する。ATとは人型のマシーンであり、鍛え上げた五体の延長であると見ることができる。この観点に立てば、ATと操縦者が頭部からの視界を共有することは操作感をより人体の動きに近づけるという利点がある。しかしそれは同時に、ATの操縦感覚を他の乗り物、例えば自動車などと大きく異なったものにしてしまうという欠点でもあるのだ。そど子が戸惑っているのはその点だった。

 

「ATの操縦は難しくない。体を動かすのと同じだ。ペダルやレバーを通したとしても、それは変わらない」

『わ、解ってるわよ! ちょっと、ちょっと前が見にくいのに戸惑っただけよ!』

 

 口では減らず口をたたきつつも、麻子のアドバイスのお陰かそど子の挙動は落ち着きつつあった。

 麻子は小さくため息をつく。これで、ようやく追跡を本格的に始められるという訳だ。

 

 

 

 

 

 

 第32話『戦車』 

 

 

 

 

 

 

『こちら6号車。ATを発見! 繰り返します。ATを発見! 場所は――』

『こちら13号車、回りこんで進路を――あ、相手は右折して回避!』

『こちら8号車。進路妨害に失敗。逃亡ATは路地に入り込んで――』

 

 そど子のATを通して、麻子の無線にも次々と風紀委員ガーシム隊からの通信が伝わってくる。

 大洗女子学園は学園艦のなかでは決して大きい方ではないとは言え、それでもその敷地は広大だ。故に風紀委員の仕事には『足』が不可欠だった。大量に配備されたガーシムも、校舎内を素早く行き来するためのものだった。

 

『……随分とちょこまか逃げまわってるみたいね。わざわざATを盗むようなまねまでしたんだから、強行突破を図るかと思ってたのに』

「沙織のATは整備の為に武装を全部外してあったからな。たぶん、そのせいだろう」

 

 言いつつも、麻子は内心ではそど子と同じようなことを考えていた。

 ただ逃げまわるだけでは、地の利のあるこちらが必ず勝つ。相手も、そんなことぐらい承知の筈だが――。

 

『こちら9号車。逃亡中のATは第三棟の裏庭方面に逃走中』

『! ――了解よ! 9号車は付近の車輌と連携して裏庭の出入り口を封鎖しなさい。私達も至急駆けつけるわ!』

 

 ひょっとすると相手を買いかぶっていただけかも知れない、と麻子は思った。

 第三棟裏庭と言えば校舎配置の問題で出口が一つしか無いどん詰まりになっている。

 いくら地理に明るくないとは言え、追い回されて簡単に袋小路に逃げこむようでは、相手の程度も自ずと知れるというもの。慌てたのか考えなしだったのか、どちらにしろネズミは追いつめた訳だ。

 

『行くわよ冷泉さん。ふふふ……敵スパイを捕まえたとあれば、風紀委員の大手柄よ!』

「風紀委員の手柄というより、相手の自滅だがな」

『余計なこと言わないでよ!』

 

 二人は件の裏庭へと急行した。

 到着した時にはそど子の指示通り、風紀委員のガーシムが何両も集まり車体そのもので即席バリケードを構築、出口を塞いだ上で中へと向けて拡声器で投降を呼びかけていた所だった。

 

『退路は絶たれている! ATを捨てて投降せよ! 投降すれば命は保証する!』

『出てこーい!』

『出てきなさーい!』

 

 どこぞの治安警察のような剣呑な文句だが、あれじゃ却って逆効果ではと麻子は思った。

 まあ良い。自分たちが来た以上、役目はバトンタッチだ。

 

『突入するわ! 道を開けなさい!』

 

 そど子が左腰の拡声器を通して叫べば、ガーシムが動いて道が開く。

 

『冷泉さんは援護して! 行くわよ!』

「ほい」

 

 アームシールドを構えながらそど子機が最初に突入し、ヘビィマシンガンを構えた麻子機がカバーする形で追従する。少し進めば、問題のATはすぐに見つかった。明るい赤に塗られた左肩は、間違いなく沙織のレッドショルダーカスタムだ。

 

『追い詰めたわよ! 往生しなさい!』

「待て! そど子!」

 

 そど子がヘビィマシンガンを構えるのに、麻子は咄嗟にその射線へと割り込んだ。

 トリッガーを絞る寸前だったそど子は、麻子の行動にいたく不満気であった。

 

『邪魔しないでよ冷泉さん! そこに居られると撃てないじゃないの!』

「むしろ撃たれると困るんだがなそど子。あれは沙織のATだぞ」

『ちょっと撃ったぐらいなによ! カーボンがあるから大丈夫でしょ!』

「パイロットはな。沙織は次の試合もアレで出るんだぞ。壊してどうする」

 

 カーボンで守られているのは飽くまで操縦席とその周辺のみで、試合用の公式弾を使っても火力は充分、ATの腕は千切れるし足はもげる。たたでさえ新規加入のATのレストアで手一杯な自動車部に、半壊したATを試合までに修理する余裕はあるまい。

 

『だったらどうするのよ! 止まれ撃つぞとでも脅かすつもり? そんなんで止まるやつはどこにもないわよ!』

「何のために二機で来たと思ってるんだ。前後か左右から挟んで取り押さえるぞ」

 

 どうにもそど子は引き金を弾きたくてうずうずしているらしい。

 こんなトリガーハッピーだったとは少々意外ではあったが、初めてのATでの戦闘とあって気分が舞い上がっているのかもしれない。

 何故か相手はコチラを見たまま止まったままだ。一気に組み付いて動きを止めればそれで終わりだろう。

 

「行くぞ」

『命令しないでよ!』

 

 二機は同時にローラーダッシュを開始する。

 それを見てか相手もコッチを向いたまま、ローラーダッシュの逆回転で後退を始めた。

 

「合図したら、サーチライトを点ける。狙いは相手のカメラだ」

『目眩ましねって訳ね。癪だけど合図は任せたわよ!』

 

 縦列から横列へと走りながら隊形を変化させる。右が麻子、左がそど子。

 狭い裏庭はすぐにどん詰まりとなり、窓もない壁が迫ってくる。

 相手は振り返ることもなく麻子達の方を向いたまま後退を続け、壁にぶつかるギリギリのところでターンピックで急停止、ホイールを正回転させ急速前進を開始だ。麻子とそど子の間を駆け抜ける気であろうが、そうはいかない。

 

「今だ」

『灯火!』

 

 ライトを守るためのブラインド装甲が展開し、焼け焦げそうな程の強烈な光がレッドショルダーカスタムへと浴びせられる。当然、ATのセンサーにも採光量の調節機能はついているし、パイロットが失明しないように即座に反応するようには出来ている。だがそれでも、視界は一瞬喪失する。その隙に組み付く――つもりだった。

 

「なに?」

『え?』

 

 しかし相手は一切止まることはなく、そのまま二機の間を走り抜ける。

 これには麻子もそど子もあっけにとられるが、しかし呆気にとられたままで終わらないのが流石は麻子だった。

 左後腰に備わったフックに、吊るしてあるのは太いチェーンだ。本来は牽引用のものだが、麻子は咄嗟にそれを取り外すと、アームパンチに合わせて鞭のように逃げるレッドショルダーカスタムへと(しな)らせる。

 ビュッと風切る音と共に走った鋼の鎖が標的の左手に絡みついたのを麻子は見るや、ターンピックを打ち込み地面に自機を縫い付ける。増設された装甲にサーチライト、アームシールドを有するライアットドッグはノーマルのスコープドッグよりも重い。そして火器を根こそぎ外されたレッドショルダーカスタムはノーマルタイプと変わりない。

 ライアットドッグの重みを振りきれず、ローラーダッシュの勢いそのままレッドショルダーカスタムは仰け反った。グライディングホイールが空転し、逃げるATは背中から地面へと落ちた。

 相手に起き上がる暇を与えず、麻子のライアットドッグは相手へと覆い被さる。

 両手で相手の手首を掴み、抵抗を封ずれば麻子はハッチを開いてレッドショルダーカスタムへと飛び移る。

 

『冷泉さん!』

 

 いきなりATから飛び出した麻子に、そど子の慌てた声が聞こえる。

 だが麻子は一顧だにせず、盗まれた沙織のATへと降り立った。外部からハッチを開き、不届き者のアンツィオスパイとご対面――とはいかなかった。

 

「……なるほど」

 

 麻子は納得した。なぜ目眩まし作戦が効かなかったのか。

 それも道理だ。中には――誰もいなかったのだから。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「いやー上手くいったっスね。流石はアンチョビ姐さんっす!」

「正直な話、最初聞いた時は半信半疑だったけど……ドゥーチェの知略には脱帽です」

「フッフッフッ」

 

 相手が半ば身内であろうと、褒められて気分が良くならない人間は極少数派だ。

 アンチョビは鼻高々といった調子で、腕を組みペパロニとカルパッチョが褒め称えるのにうんうんと頷いた。

 一行は来た時と同じくコンビニの定期便に乗り込んでアンツィオまで無事に帰還することができていた。

 大洗の情報、例えば次の試合には投入されるであろうライアットドッグやストロングバックスといった新規参入ATについての情報も無事持ち帰ることができたし、潜入がバレた事を除けば作戦は成功したと言えるだろう。

 

「それにしてもミッションディスクを使った自動操縦でごまかすとか咄嗟に良く思いついたっスね」

 

 アンチョビが土壇場で思いついたマカロニ作戦とは何か。

 それは『空っぽの自動操縦ATによる陽動作戦』である。

 元々ATはミッションディスクを用いた自動操縦が可能だが、大洗側が持つ『相手はATを奪って逃げている』という思い込みを利用し、物陰でATを乗り捨てつつミッションディスクのプログラムに細工をして無人ATを逃走方向とは逆に走らせたのである。ミッションディスクのプログラムの編集には本来、パソコンと専用のリーダーが必要だが、簡易的な調整ならAT内部のコンソールを用いても行うことが可能だ。本来は戦闘中や試合中にバグが発生した時の応急処置用だが、それを使って障害物を避けながら走り続けるようにプログラムを細工したのである。見事に大洗側は食いついてくれて、アンチョビ達はまんまと逃げおおせたというわけだ。

 

「たかちゃんにも会えたし、今回の作戦は言うことなしでしたね」

「……カルパッチョは一体何しに大洗に行ったんだ全く」

 

 などと軽口叩き合うアンチョビ一行の前に、駆け寄ってきたのは装甲騎兵道履修者の一人で、今回はお留守番を担当していた生徒だった。

 

「ドゥーチェ! ドゥーチェ宛に荷物が届いてます! それも超おっきい荷物が!」

 

 その報告に、アンチョビはその双眸を怪しく輝かせた。

 来た、遂に来たのだ! 念願の『秘密兵器』がついに到着したのだ!

 

「ペパロニ! カルパッチョ! 続け! 遂に来たぞ! これで今年こそはアンツィオはベスト4――じゃなかった優勝だ!」

「おお! 遂に私らにも内緒だった秘密兵器とやらにご対面っすか!」

「まるでクリスマスプレゼントみたいで、楽しみですねぇ~」

 

 3人が駆けつければ、広場のド真ん中にデンと鎮座する巨大なコンテナの姿があった。

 アンチョビはすぐさまコンテナの端に備わった点検用の扉を開いて中を覗き込み、顔を出した時には満面の笑みになっていた。

 

「よーし開くぞー! 危ないから全員下がれ下がれー!」

「聞こえたかぁー! みんな下がれー! アンチョビ姐さんの秘密兵器のお披露目だぁ!」

 

 装甲騎兵道の履修の有無に関わらず、既に大勢のアンツィオ生徒達が集まっている。

 がやがやと口々にコンテナの中身の正体についてあれこれ推測を言い合いながら生徒たちは後ずさる。

 充分な距離が開いたことを念入りに確認し、アンチョビはコンテナ展開用のレバーを引いた。

 プシュッと油圧の駆動する音が鳴り、歯車とチェーンが噛み合い回転する異音が響く。

 コンテナはゆっくりと開き、その中身は徐々に顕になった。

 

 ペパロニもカルパッチョも、また他のアンツィオ装甲騎兵道選手たちも、コンテナの中身をてっきりATだと考えていた。だからこそ、顕になったその正体に、一同度肝を抜かれ、呆気にとられた。

 

 長大な二本の砲身。それを支える巨大な車体。

 スコープドッグなどとは対称的な分厚い装甲。

 あらゆる不整地を踏破する履帯と無限軌道。

 そして砲塔正面に取り付けられた、スコープドッグと同規格の三連ターレットレンズ。

 正面から見るとスコープドッグの亜種かと錯覚するような異様なる風体の持ち主。

 

「……戦車ぁっ!?」

 

 ペパロニが素っ頓狂な声をあげたのも無理は無い。

 コンテナの中から姿を表し、目前に鎮座する物体は戦車とスコープドッグの間の子のような外見だったのだ。

 その名は『GMBT-208-II アストラッド』。

 スコープドッグの血統に生まれた特異極まる戦闘車輌であった。

 

 

 





 遠雷の如く砲声は轟き、落雷の如く砲弾は大地を抉る
 頭上より降り注ぐ榴弾の雨、幽霊のように見え隠れする朧な機影
 みほへと向けて振るわれる、アンチョビの策謀の刃
 避けるか、受け止めるか、あるいは敢えて白刃の下に跳び込むか
 二人の隊長の、知恵と勇気が、意地と誇りが、火花を上げて激突する

 次回『炸裂』  目も眩む破壊の中を、みほが走る




【GMBT-208-II アストラッド】
:要はスコープドッグの顔を持つ戦車。アニメ的な二連装砲塔の持ち主
:元々は『ボトムズ・オデッセイ』というムック本の出身
:ガンダムのMSV同様、後年公式に逆輸入されたという経歴を持つ
:『野望のルーツ』『赫奕たる異端』『ペールゼン・ファイルズ』に登場
:それぞれの作品のどこで出ていたのかを探してみるのも一興かもしれない


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第33話 『炸裂』 

 

 扉を開けば、他のメンバーは既に全員が揃っていた。

 

「遅いぞ! 西住、キサマが来なければ始められないじゃないか!」

「すいません。ちょっと準備があって……」

 

 一番奥の上座にでんと鎮座しているのは河嶋桃で、他には梓、カエサル、典子と各分隊長が勢揃いし、更には今度のアンツィオ戦よりの参戦が決定している新分隊長、そど子こと園みどり子の姿もあった。

 定例の作戦会議だが、普段は生徒会室を使う所を今日は別の空き大教室を使用する。そのため、この手の会合にしては珍しく杏の姿はなく、カメさん分隊代表者として桃がやって来ていた。

 

「優花里さん、準備お願いします!」

「了解です~!」

 

 みほに続いて入室してきたのは秋山優花里で、みほは二人して色々と機材の準備を始めた。

 生徒会室ではなくこの教室を会議の場所に選んだ訳は、プロジェクターや大型スクリーンが使えるからである。ホワイトボードやコピーした地図に直接ペンで書き込むアナログ式な作戦会議が多い大洗では、この手の道具を使うのは少々珍しい。

 

「西住殿、準備完了です」

「ありがとう優花里さん。それでは対アンツィオ戦の作戦会議を始めます。澤さんは電気を消してください」

 

 部屋が暗くなると、プロジェクターから出る青い光がスクリーンを照らしているのがはっきりと見えるようになる。

 

「まずは現時点で判明しているアンツィオ保有ATのスペックについてです」

 

 まず最初に表示されたのはツヴァークの設計図と諸スペックが記載されたスライドだった。

 大洗は今のところ一度の交戦経験も無い未知のATである。その少し変わった姿に、「かわいい」とか「ゴリラみたい」とか、ボソボソっと分隊長達の囁きが漏れる。

 

「見ての通りかなり全高が低く、また重量も軽いです。サンドローダーユニットを脚部に増設することで、不整地や砂地での機動力が向上、他のATを大きく凌ぐ走破性を得られます。次の試合場はでこぼことした森林地帯です。相手の機動力には要注意です」

 

 レーザーポインターとリモコンを使って、みほはテキパキと説明をこなしていく。

 

「しかし装甲厚は薄く、材質的にも脆いです。一撃でも攻撃を当てられれば撃破判定が出る可能性は十分にあります。相手の機動力に呑まれず、冷静に攻撃してください」

 

 みほが目配せで優花里に合図を送ると、誰かが撮影したらしいアンツィオ対マジノ女学院戦の映像がスクリーンに映し出された。余り良くないカメラで撮ったらしく画質は粗いが、地形の高低差を活かし出たり隠れたりを繰り返しながらマジノ機を翻弄する姿ははっきりと見える。映し出された予想以上のその速度に、梓などはかなり驚いている様子だった。

 これは優花里がインターネットを通じて入手した映像だった。ネット上には優花里の同好の士が山程おり、そこを通じてこの手のものは割と簡単に手に入るのだ。

 

「ツヴァークと並んで、アンツィオの主力を務めるのが、このスコープドッグレッドショルダーターボカスタムです」

 

 スライドを切り替え、みほは次のATの説明へと取り掛かった。

 

 ――アンツィオへのスパイ活動は、対抗処置としてすぐに行ったものの、その効果は限定的だった。

 こちらにスパイを送り込む相手である、相手がスパイを送り込むことも想定済みだったのだ。

 ノリと勢いは凄い、逆に言えばノリと勢い以外は何も無いと言われるアンツィオだが、そんな彼女たちらしからぬ驚くべきガードの固さであったのだ。わざわざ制服を入手し、相手学園艦まで優花里が乗り込んでくれたに関わらず、手に入った情報は到底手間に見合わない質と量でしかなかった。

 僅かに窺い知れたのは、『戦車』という謎の隠語だけ。その意味する所は不明である。

 仕方がないのでみほは優花里に協力を仰いで、集められる情報だけはかたっぱしからかき集め、要点をまとめ、それをもとに大まかな対アンツィオ作戦を練ることに決めたのだ。

 しかしアンツィオは大洗同様に装甲騎兵道が廃れていた所を、現隊長のアンチョビこと安斎千代美が一代で持ち直させた学校である。公式戦への出場回数も少なく、したがって手に入った資料は限定的だった。

 それでも、出来る範囲で出来ることをするしかない。

 

「このようにアンツィオはミサイルポッドの代わりにスピーカーを搭載し――」

 

 正体の見えぬ相手へと、微かな焦りを覚えるみほを他所に、全国大会2回戦開始の時はすぐにやって来た。

 

 

 

 

 

 

  第33話『炸裂』 

 

 

 

 

 

 

「たのもー!」

 

 遂にその日が来てしまった、全国高校装甲騎兵道大会第2試合。

 試合直前のAT整備に勤しむ大洗一同の前に、砂塵巻き上げ近づいてくるダングが一台。

 今回の試合場は水場などが無いため、耐圧服着用の義務はない。

 アンチョビに、運転手のカルパッチョが纏った服装はマーティアルの警備部隊などで使用される黒い簡易ATスーツだった。肩にはでかでかとアンツィオの校章が描かれていた。

 

「やあやあチョビ子」

「何のようだ安斎」

 

 会長と桃が各々アンチョビへと呼びかける。

 ダングから跳び降りるとアンチョビは即座に自身の呼び名に否定の声を挙げる。

 

「チョビ子じゃなくてアンチョビ! 安斎じゃなくてアンチョビ!」

 

 某風紀委員のそど子とは逆に、自身を愛称で呼ばせることに拘りがあるらしい。

 みほはアンチョビさんと彼女を呼ぶことに決めた。

 

「試合前の挨拶に来てやったぞ! そっちの隊長は?」

 

 呼ばれてみほは一歩ズイと踏み出した。

 

「おお! アンタが噂の西住流か! だが例え装甲騎兵道の家元とて、負けてやる気はさらさらないぞ。むしろ積極的に勝つ!」

「こちらも負けるつもりはありません」

 

 アンチョビが手を差し出してくるのに、みほは差し出された手を強く握った。

 相手も強く握り返しつつ、ぶんぶんと勢い良く腕を上下させる。

 

「正々堂々と勝負しよう。正々堂々とな!」

 

 相手の物言いに若干の違和感を覚えつつ、しかしみほは相手の言葉へとウンと頷いた。

 アンチョビはたかちゃんひなちゃんと旧来の交友を温めるカルパッチョへと目を向け言った。

 

「挨拶はこれぐらいで良いだろう。待機場所に戻るぞカルパッチョ」

 

 走り去っていくアンツィオのダングを見送りながら、みほは覚えた違和感の正体を考えていた。

 暫時思考に意識を沈めて、違和感の正体をみほは理解した。

 装甲騎兵道は武道だ。つまり『正々堂々』など極当たり前のことだ。それをわざわざ、試合を前にして強調する意味とは? みほは嫌な予感を覚えた。しかし、相手が何を考えているかは、蓋を開けてみないと解らない。

 全ては、試合が始まって初めて明らかになるだろう。それを待つ他なかった。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 アンチョビは待機中のアンツィオ装甲騎兵道チームの陣容を、改めて眺めた。

 アンツィオ装甲騎兵道チームは総勢25名。これは今の大洗チームと人数の上では同じだ。

 機種編成はと言うと、ツヴァークは4機構成の4個分隊で計16機に、ベルゼルガDTは4機編成で1個分隊。さらにスコープドッグレッドショルダーターボカスタムが4機1個分隊に、虎の子アストラッド戦車が1輌。これは5人乗りであり、エントリー上の扱いはAT5機1個分隊と同じ扱いとなる。

 

『それにしても戦車なんて大丈夫なんですかアンチョビ姐さん!? 反則にならないっすか!?』

 

 最初にアストラッドをお披露目した時の、ペパロニのそんな反応をアンチョビは思い出す。

 確かに一見するとATとは余りにかけ離れた兵器に見えるアストラッドだが、しかしそこに大きな盲点があったのだ。

 

『ペパロニ。ATとは何だ?』

『そりゃロボット兵器じゃないんすか?』

 

 ペパロニが返した答えは、ある意味アンチョビが最も欲しい回答だった。

 

『それじゃあカルパッチョ。ボトムズとは何の略称か知ってるか?』

『英語でVertical One-man Tank for Offence & Maneuver-Sで、頭文字をとってVOTOMSでしたよね。直訳すれば「攻撃と機動のための直立一人乗り戦車」でしょうか』

 

 流石はカルパッチョ。流暢な発音で英語の正式名称をすらすらと述べてみせた。

 そしてカルパッチョが言ったAT、ボトムズの正式名称こそに、ヒントが隠れているのだ。

 

『え……ATって戦車だったんスか?』

『その通りだ。ペパロニ! ATはこんなナリだから見落とされがちだが、分類上は戦車であり車輌だ! 実際、私もお前たちも持っているAT運転免許証にも、車輌とはっきりと書いてある!』

『うわ、マジじゃないすか! これは見落としてたっスね!』

 

 財布から免許証を取り出したペパロニは、その文面を細かく見て車輌という文字をはっきりと確認していた。

 

『他の戦車ならいざしらず、アストラッドはAT、特にスコープドッグの技術をふんだんに使って設計された。構造的にも実はATにかなり近いのだ。つまり車輌という意味でも、構造的な意味でも装甲騎兵道に出場する資格は十分に有している! 何より見た目がかなりスコープドッグだ!』

 

 アンチョビが宣言した通り、連盟に確認をとった所アストラッドでの出場は認可されていた。

 少ない予算と人員の中、単機で火力を底上げできるアストラッドの存在はアンツィオには魅力的だった。

 搭乗員の数=エントリー数という公式戦のルールの都合上、AT5機ぶんの出場枠を取ってしまうデメリットも、もともとATの総数が少ないアンツィオにはまるでデメリットとならない。

 

「さぁ。全国の装甲騎兵道選手に視聴者の諸君に、見せつけてやろうじゃないか! アストラッドの強さを存分に!」

 

 アンチョビは今回の自機として選んだアストラッドのハッチを開き、中へと跳び込んだ。

 ATのコックピットに馴れたアンチョビには、世間一般的には十分に狭いと言えるアストラッド内部ですら広々として感じられた。

 アンチョビは操縦手用の運転席へと乗り込んだ。操縦桿はバイクのそれに似ていて、右の握りはアクセルになっており、また中央部には前進、ニュートラル、後退の切り替えスイッチが備わっている。ブレーキは左右のキャタピラにそれぞれ対応するペダルが2つあった。

 アンチョビは通信用のヘッドセットを取り付けつつ、イグニッションキーを入れた。赤いランプが点って、ATとはまた一風違った独特のエンジン音が車内に響き渡った。

 アストラッドのなかに居るのはアンチョビ一人だった。しかし戦車とは一人で操縦するATとは異なり、チームで動かすマシーンだ。車長、砲手、装填手、通信手、操縦手……と役割が決まっており、誰が欠けても戦車の性能を十全に発揮することは出来ない。しかしアンチョビはそれを気にしている様子はなかった。

 

Avanti(アヴァンティ)!」

 

 試合開始の合図が審判より伝えられると同時に、アンチョビは号令を下した。

 イタリア語で『前進』を意味する言葉と共に、アストラッドが、ツヴァークが、ベルゼルガDTが、そしてスコープドッグレッドショルダーターボカスタムが前へと進み始める。

 

「行くぞー! 勝利を持ち得る者こそが、パスタを持ち帰る!」

 

 アンチョビは激を飛ばしながら、アクセルを更に一段階上げた。

 履帯は砂塵を巻き上げ、排気口からは環境に悪そうな黒い煙を吹き上げて、アストラッドは進む。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 ――『試合開始!』

 審判からの合図が鳴り響くと共に、大洗のAT達も一斉にその行動を開始した。

 みほ率いるあんこう分隊を先頭に、鏃を思わせる逆Vの字を描く隊形は、戦車で言う所のパンツァーカイルに近いかも知れない。パンツァーカイルと違う所は、今回もフラッグ機を担当する杏会長以下3機のカメさん分隊が、Vの字の谷間の部分に入っていて、護衛をしやすいようになっている部分だろう。

 

「それでは事前に説明した通り、各分隊は適度な距離を保ちつつ前進、所定の位置に到着した段階で防御線を構築します。機動戦になれば相手のほうが遥かに有利です。相手の挑発に乗ること無く、留まって守りを固め相手の消耗を待ちます。『どっしり作戦』です」

『まさに動かざること山の如し、だな』

 

 みほの作戦に対し、そんな評を告げたのは左衛門佐だった。

 風林火山にある通り、まさに今度の作戦は『動かざること山の如し』だ。

 機動力で翻弄する戦法を得意とするアンツィオを相手取るなら、不動の戦術をおいて他にはない。

 

『ノリと勢いはアンツィオの信条だぞ! 守勢に回ってはコッチが不利じゃないのか!』

 

 桃は作戦会議以来一貫しての主張をここでもぶったが、しかしみほは静かに首を横にふる。

 

「どんなノリと勢いにも限度があります。一度ピークをすぎれば盛り返すことはありません。そこを狙います」

『攻撃の限界点というやつだな。シャルンホルストの言だったか』

『マキアヴェッリじゃなかったか?』

『いいや、小幡景憲だった筈だ』

『クラウゼヴィッツぜよ』

『『『それだッ!』』』

『ええい貴様ら五月蝿いぞ!』

 

 エルヴィン達の指摘する通り、攻撃の勢いには自然限界というものが存在する。

 当然だ。鋼作りに機械仕掛けのATですら長く戦い続ければ消耗する。ましてやそれを操るのは生身の人間なのだ。特にアンツィオの得意とする高速機動戦術は運用に体力と神経を消耗する。消耗すれば集中力は減退し、それは機体の制動に露骨に影響する。そして操るATは軽装甲揃いなのだ。注意力を欠けば、即撃破だ。

 

(問題は、そこまでコチラが耐えられるかだけど……)

 

 みほの懸念はそこにある。しかし彼我のATのスペックに、個々の選手の技量を加えて考えてみたが、我慢比べとなればH級ATを多数有する大洗側が有利という結論に達したのだ。……大丈夫、行ける筈だ。

 

「ヒバリさん分隊は大丈夫ですか?」

『こちらヒバリさん分隊1番機、園みどり子。万事順調よ』

『2番機、ゴモヨ、快調です』

『3番機、パゾ美、大丈夫です』

 

 今回の試合から参戦することになった新メンバー、『ヒバリさん分隊』の三機へとみほはカメラを向けた。

 コケても大丈夫なようにと最右翼を担当するヒバリさん分隊のライアットドッグ三機は、思いの外危なげなく隊列に追随している。今回の試合場は地形的にも際立って特徴的な部分はない。彼女たちの初試合には持ってこいかもしれない。

 

『転ばないように気をつけろよ、そど子』

『だからそど子って呼ばないでよ!』

 

 麻子の軽口にも普段通りの返しだ。緊張しているだろうにそれも表には出していない。風紀委員で鍛えているだけはあるらしい。生徒会がわざわざ新メンバーとして起用しただけのことはあるとみほは思う。

 ちなみに、なぜ『ヒバリさん分隊』なのかと言えばヒバリは茨城の県鳥であると同時に、茨城県警のマスコットキャラクターだったりするからであり、それにあやかった訳であった。

 

「ウサギさん分隊はどうですか?」

『分隊長、梓、平気です!』

『二番機、あゆみ、OKです。三番機の紗希も問題ないみたいです』

『四番機、桂利奈、ばっちぐーです!』

『五番機、優季、ちゃんと動いてま~す』

『六番機、あや、全然問題なしでーす!』

 

 みほが問えば元気な声が返ってきた。

 パープルベアーのステレオスコープを通して見えるのは、砂塵巻き上げ『ローラーダッシュ』を決めるウサギさん分隊のトータス六機の姿だった。

 何ということはない。湿地用の装備であるスワンピークラッグ――AT用のホイール付き田下駄――をトータスの脚部に外付けで増設したのだ。サンダース戦までには材料不足もあって改造が間に合わなかったが、アンツィオ戦には間に合わせることが出来た。しかし改造に使える時間も人手も限られていたため、パーツを外付するという簡単なタイプの改造が限界であった。故に攻撃を一度でも喰らえば破損は確実で、極めて危なっかしい。それでものろのろと試合場を歩きまわることを考えれば遥かにマシだった。

 自動車部の面々は各ATの整備修理改造に加えて、戦力増強をと実施した学園艦再探索の結果発見されたストロングバックスのレストア作業もこなしているのである。完全なオーバーワークであり、彼女たちにコレ以上の負担を負わせるのは酷だろう。それでもレストアが間に合えばアンツィオ戦にも出れるかもね~などと軽く呟いている辺り、彼女らも実に尋常ならざる存在だ。残念ながらレストアは完了せず、自動車部参戦は次の試合からとなりそうだ。

 ――しかしそれも、この2回戦を無事に突破してからの話だった。

 

『みぽりん、予定の場所まで――ええとあと800メートル!』

 

 沙織からのそんな通信に、みほは意識と視線を自機の前方へと戻した。

 ここまで妨害らしい妨害もない。互いの初期配置が離れていたこともあるだろうが、音沙汰もないのは少々不気味だ。

 

「隊形を変更します! フラッグ分隊を中央に配置してのダイアモンド・フォーメーション!」

 

 沙織機を通じて大洗全機に伝達すれば、日々の練習の成果か素早く隊形が変更されていく。空から見ればトランプのダイヤのようにも見える菱型の隊形は、どの方位からの攻撃にも対応できる防御陣系だった。

 

「全機一旦停止!」

 

 みほの指示に、大洗の隊列が止まった。

 何もない荒野の真ん中と見えるが、つぶさに見れば地形にはかなり凹凸が多い。軽く掘るだけで簡単に塹壕を(もう)けることができるだろう。機動力を完全に殺すこと無く、しかし防御力を底上げするにはこういう地形を利用するのが一番だ。

 

「カエルさん分隊は前方の森林へと偵察を行って下さい。あんこうとニワトリさんは周辺を警戒。他の分隊は防御線の構築を開始して下さい」

 

 みほの指示に、各分隊はテキパキと行動を開始する。

 みほ達あんこう分隊は20メートル間隔で散開をしながら、周辺を警戒、攻撃に備える。

 みほが駆るのはいつも通りのパープルベアーで、装備はいつも通りのヘビィマシンガンだ。腰だめ気味に構えて、即応できるように備えておく。

 

『静かですね……不気味なぐらいに……』

 

 そう漏らしたのは華だった。ターレットを広角に切り替えて、周囲を窺っている。その肩に負うのはソリッドシューターであり、今回はアンチマテリアルキャノンはお休みだ。足回りの速いアンツィオATを狙うには、あれでは重すぎる。いつでも射撃の態勢に入れるように、身構えは済ませていた。

 

『隠れられそうなのは、あそこの森くらいだし……ホント、だーれもいないね』

 

 沙織もまたカメラをズームさせたりして、手近な岩場の様子を見るも、動物の影さえ映ることはない。

 今回に限り、沙織のレッドショルダーカスタムはピンクショルダーカスタムになっている。これはアンツィオ側の赤肩スコープドッグと間違えて誤射するのを防ぐ為だった。それ以外は普段と変わらぬハリネズミのようなフル装備だ。

 

『アンツィオは機動戦が得意なはずです。そろそろ仕掛けて来ても良い頃合いなのですが……』

 

 優花里はと言うと、今回は連射性能を優先してHRAT-23 ハンドロケットランチャーを得物に選んだ以外の兵装は前回と然程変わっていない。大きな差異は後腰、チェーンで吊り下げられた小型のコンテナだ。中身は予備のロケット弾であり、継戦能力は上がるが、誘爆のリスクと重量を背負うことになる。パワーのあるH級の脚部を流用しているゴールデンハーフスペシャルだからこそ出来ることだった。

 

『攻めてこないなら来ないで良いじゃないか。こっちは準備に集中できる』

 

 重装備の沙織や優花里とは対照的に、麻子のブルーティッシュドッグ・レプリカは普段と全く変わらない通常兵装のままだった。火器は右腕部固定武装のガトリングガンのみ。しかしそんな彼女とそのATこそ対アンツィオ戦においては大きな戦力と成る。その機動力に速力、そしてそれらを使いこなす麻子の操縦技術は、相手の高速ATにも脅威な筈だ。

 

「沙織さん、ニワトリさん分隊へと繋いでください。状況を――」

 

 コチラ側に異常はない。自分たちとは反対側に陣取ったカエサル達へとみほが通信を入れようとした時だった。

 

『こちらカエルさん分隊! 敵ATを発見! 相手は――』

 

 典子からの突然の通信。その途中で彼女の声を遮る勇壮なるマーチの調べ。

 みほは知っている。この音楽は――『レッドショルダーマーチ』!

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「よーし、みんな来たか」

 

 事前に決めておいた『合流ポイント』。

 アストラッドのハッチを開き、キューポラから上半身を出して残りの乗員を待つアンチョビのもとへと、待ちに待った4人組が姿を現した。いずれもアンツィオ仕様の簡易ATスーツに身を包み、ゴーグル付きのオープンヘルメットを被っている。つまりはアンツィオ選手のボトムズ乗りということだ。

 

「上手く行ったか? 『ネオ・マカロニ作戦』は」

「ばっちしっすよドゥーチェ!」

「連中まんまと引っかかってますぜ!」

「オマケにペパロニ姐さんがダメ押してますからね」

「ドゥーチェの作戦通り、大洗はあそこに釘付けです」

 

 4人が元気よくそう返すのに、アンチョビは満足そうに頷きつつ、一旦アストラッドの外へと出て4人を招き入れる。短期間とは言え何度も何度も、おやつを我慢してした特訓の成果か、4人は淀みなく配置についた。操縦手、左右の砲各々の装填手に、砲手が揃った。最後に車長兼通信手のアンチョビが乗り込み、ハッチを閉める。さっきまでは寂しかった車内が、にわかに賑やかになった。

 

「よし! 全員揃った所でまずは……ペパロニ、聞こえるか?」

『聞こえてますよアンチョビ姐さん! 予定通り大洗への攻撃はもう始めてるっす!』

 

 ペパロニの元気な声が砲声に混じって聞こえてくる。

 しめしめ、どうやら大洗の注意を引いて釘付けにする作戦は成功のようだ。つまり作戦は第2段階へと移行!

 

「フェイズ2! 『フォルゴーレ作戦』発動だ! 203高地へと移動だ」

Si(スィ) signora(シニョーラ)!」

 

 勢い良く操縦手がイエスマムと返すと、アストラッドは無限軌道を回転させ移動を開始する。

 戦車は鈍重であると思われがちだが、実は違う。特に空挺戦車として設計されたアストラッドは、極めて俊敏だった。機動戦になればATには負けるが、そもそもATは機動力重視のマシーン。その点では負けて当然だ。

 

「ドゥーチェ! 間もなく203高地に到着です」

「良いぞ! 装填手! 左右共に砲弾を装填!」

 

 このアストラッドの主砲は左右二連装の、105mm滑空砲であった。

 本来、主砲身下部にはリニアランチャーが装備されているが、アンツィオでは主に予算の問題でAT用ヘビィマシンガンを流用した機銃が搭載されている。主砲二門に機銃二門。それがアストラッドの兵装だ。

 

「砲手は照準は右砲に設定。ターレットを精密照準に切り替え、狙いは大洗本隊中央部」

 

 アンチョビはハッチを開いて身を乗り出し、双眼鏡で周囲を窺った。

 高地の頂に到着すれば、木々の向こうに大洗のATが展開している姿が見える。

 しかし、傾斜と地形、そして木々が遮るために向こうからはコチラの姿は見えないはずだ。

 カシン、と音を立ててターレットが回る。レンズ自体が右方向へとスライドし、右砲用照準に合わさる。

 砲手はAT同様ゴーグルを機体と有線接続し、アストラッドと視界を共有する。

 昔の戦車のように、砲手は照準器を覗き込む必要はない。戦車と砲手が、そのまま視界を分かち合うのだ。

 

「ターゲット、ロックオン!」

「よし! 合図するぞ。合図したら撃て」

 

 アンチョビは双眼鏡の倍率を上げて大洗の動きを注意深く追う。

 砲に装填させたのは榴弾だ。その効果範囲に相手が最大に入るタイミングを狙う。

 よし! 相手は、中央部へと密度を高めた。ここが狙い目だ。

 

Fuoco(フォーコ)!」

 

 アンチョビは号令し、轟音と共に105mm滑空砲は火を噴いた。

 

 






 掻き乱される戦列
 実像と虚像が入り交じる試合場
 ばらばらとなる大洗。疾駆するアンツィオ
 個々が各々の戦いに投げ込まれた時
 個々は己が器量と、己が勇気を試される

 次回『四散』 ただ目の前の敵を、撃つ他はない


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第34話 『四散』 

 

 ――時間はやや前後する。

 カエルさん分隊ことバレー部一同は、みほの指示に従い森林へと向けて移動していた。

 バーニアを噴かし、地面を滑走するホバーダッシュ。その速度はローラーダッシュにも引けをとらず、地形次第ではむしろ勝るかもしれない。カエルさん分隊が偵察役を任されたのもこの素早さ故だった。

 

「私がセンター、河西がライト、近藤がレフト、そして佐々木がリベロだ!」

『はい!』

『了解ですキャプテン!』

『援護は任せてください!』

 

 典子が先頭を、忍に妙子がキャプテンの左右を固め、あけびは三機の後方で援護に回る。

 いつも通りの、彼女らお得意のフォーメーションだが、武装については普段と若干異なっている。

 典子、妙子、忍の三機はG・BATM-05 ガトリングガンを装備し、あけびはG・BATM-52Gで武装していた。前者は本来ならば陸戦ファッティー用の装備だが、アンツィオの優れた機動力と速力に対応するためには連射性能に優れた得物が必要だ。普段使っているカタパルトランチャーよりもガトリングガンのほうが今回は適当だろうという判断からの選択だ。あけび機も同様に、威力はともかく重く取り回しが難しいハードブレッドガンは今回お休みさせて代わりに試合には初登場のG・BATM-52Gを持ち込んだ訳だ。これは要するに『グレネードランチャー付きのマシンガン』であり、連射性能と取り回し、そして分隊支援をこなせるそこそこの火力という要求を満たすにはピッタリの得物だった。

 

「相手はスピードに優れたチームだ。だが私達のファッティーもスピードに関しては十分な力がある。相手の勢いに呑まれず、むしろホバーダッシュの勢いで呑んでやるぞ! そして最後は根性で勝つ!」

『そうです根性です!』

『行きましょうキャプテン!』

『この調子で2回戦も突破です!』

 

 件の森は目前に迫っていた。

 典子はその木々の陰に、何か動くモノを見た気がした。

 カメラをズームさせ、詳細を知ろうと試みようとして――止めた。なぜなら、相手の方からその正体を晒してくれたのだから。

 ――突如響き渡る勇壮なる行進曲。

 ATの装甲を通してなお、その音量が解るほどの爆音。

 過酷なバレーの練習で鍛えた肝っ玉をしても、思わず面食らってしまうほどの音だった。

 カエルさん分隊は慌ててその場に停止する。

 

「敵だ! 近藤、隊長に繋げ!」

 

 妙子が即座に回線を開き、典子はマイクに向かって叫んだ。

 

「こちらカエルさん分隊! 敵ATを発見! 相手は――レッドショルダータイプです!」

 

 木々の向こうに見え隠れする赤い残像。

 それはヘビィマシンガンのマズルフラッシュで、一層赤々と照らし出される。

 

「散れー!」

 

 ガトリングガンを連射し、カエルさん分隊は森の中のレッドショルダー部隊へと応戦を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

  第34話『四散』 

 

 

 

 

 

 

「行くぞテメェら!」

『ガッテンでさぁ姐さん!』

『やっちゃいましょうぜペパロニ姐さん!』

「いいか! 不必要に体を晒すんじゃねーぞ! 頭だけ出すんだ! 相変わらずコッチの主力が赤肩のタボカスだと思わせなきゃなぁ! 」

 

 ペパロニ率いるツヴァーク1個分隊は、例の赤肩4機と同様に森のなかに居た。

 しかし彼女らの駆るツヴァークは他のアンツィオ所属のツヴァークとはかなり装いが異なっている。デザートイエローに塗られた他機とは違って、スコープドッグのように緑色に塗装されている。さらに機体上部には、スコープドッグの頭部と両肩が載っかっているのだ。当然のように頭上の右肩は赤く染められていた。

 ツヴァークはトータス系同様に人間で言う頭に当たる部位が存在せず、カメラやセンサーは胸部に備わっている。頂上部はフラットになっており、一応その上に何か載せられるような形にはなっているが、無論、本来はそんな使い方をする場所ではない。段ボールとベニヤ板で拵えた軽いダミーだからこそできる仕掛けだった。

 

「行くぞ『新・マカロニ作戦』開始だ!」

『え? マカロニ作戦ドゥーエじゃなかったでしたっけ?』

『ちげーっすよ、ラビオリ作戦っすよ!』

『お前らアホかよ! マカロニ特盛り作戦だっただろ!』

「作戦名とか細かいことは良いから行くぞー!」

 

 サンドローダーの履帯が唸りを上げて回転を開始し、地面をえぐり土埃砂埃を舞い上げる。

 既にレッドショルダーターボカスタム分隊の連中は、大洗の先遣隊への攻撃を始めている。ペパロニ率いる擬装ツヴァーク分隊の役割は、その背後でちょこちょこ動きまわりながら派手にマシンガンをぶっ放すことだった。

 

Spara(スパーラ)!」

 

 ペパロニが叫べば、分隊は一挙にその両手に構えたショートバレルのヘビィマシンガンを乱射する。

 森は鬱蒼として、枝葉に陽光を遮られ薄暗い。日光がさんさんと降り注ぐ森の外の大洗側からは、より森のなかは暗く影に沈んで、見えるのはマズルフラッシュと怪しい赤い肩の光ぐらいだろう。銃口の数を増やせば銃火の数が増える。高速で動く赤い燐光はその数を読むのが困難だ。大洗はこの森に陣取ったアンツィの戦力を、きっと過大に見ているに違いない。それこそが『ネオ・マカロニ作戦』の狙いだった。

 ペパロニたちの前方で一定のパターンに沿って隠れたり射撃したりを繰り返している赤肩のスコープドッグ4機には、実は既に操縦手は乗っていない。彼女らはアンチョビ駆るアストラッドの乗組員と兼任であり、とっくにATを乗り捨てて後はミッションディスクによる自動操縦だ。装甲騎兵道はAT撃破前に乗り手が脱出していた場合、機甲猟兵として試合を続行することが認められている。つまり最初からATを乗り捨てて戦うのはルールに適っているのだ。

 スコープドッグRSTCは、対マジノ戦では速力と音楽で相手を翻弄する陽動役として大活躍した。しかしただでさえ扱いの難しいATを酷使したのだ。特にジェットローラーダッシュ機構の損耗は激しく、資金も人手も乏しいアンツィオ装甲騎兵道チームは『共食い修理』で何とかするほか無かった。……ちなみに共食いと言ってもある種の能力純度を(ふるい)分けするための過酷な実戦というわけではなく、2、3機のATから無事なパーツを持ち寄って1機のATを組み上げるニコイチ修理のことであるが、それにしたって大洗戦には修理が間に合いそうもないし、特に損耗の酷かった4機は修理した所で以前の動きは到底無理だろうという見立てだった。

 ――そこで、アンチョビはふと思い立ったのだ。スクラップ同然のAT4機をハリボテとして敵の陽動役にあてる作戦、大洗からの脱出の際に使った『マカロニ作戦』の応用、『ネオ・マカロニ作戦』を。少ない人員を有効に使いまわし、スクラップATも活用できる一石二鳥の一手だった。

 

「戦いはオツムの使い方で決まるんだ! せいぜい派手にやって敵を引き付けるぞ!」

 

 ダメ押しにペパロニらの擬装スコープドッグRSTCを投入することで、実質4機のATを倍の8機、いやそれ以上に見せる。派手な音楽と揺らめく赤い影は敵を誘き寄せるには格好だ。相手はアンツィオの主力が森のなかだと誤解するだろう。ペパロニ隊とハリボテ達へと向けて大洗側が戦力を集結させた所を見計らい、203高地に陣取ったアストラッドが榴弾で砲撃を加える。砲撃で相手が混乱した所に、予備機などをかき集めて何とか揃えたツヴァーク3個分隊12機が背後より回りこんで一斉攻撃だ。フラッグ機擁するカルパッチョらベルゼルガDT分隊は後方で待機。

 空からのアストラッドの砲撃は大洗にはとってはまさに青天の霹靂。突然降ってきた稲妻(フォルゴーレ)となるだろう。この『フォルゴーレ作戦』を完遂する為にはペパロニ達の頑張りがなにより欠かせない。アストラッドが所定の位置に着くまで、精一杯、しかし囮だとバレない程度に暴れまわるのだ。

 

「ぶっ放せ! 撃ちまくれ! 敵をガンガン引き付けるんだ……地獄の果てまで!」

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「あんこう分隊はカエルさん分隊の援護に回ります。ニワトリさん分隊は後退し本隊と合流して下さい」

『おおむね御意だが隊長、前に出すのは二個分隊で問題ないか?』

「機動戦が売りのアンツィオが森から部隊を出してこないのが気にかかります。フラッグ機後方を固めて奇襲に備えて下さい」

『了解だ!』

 

 みほ達はカエルさん分隊と合流を図るべく、再集合し前進していた。

 森に近づけばすぐにみほ達の耳にも直接『あのマーチ』が飛び込んでくる。

 何も知らずに聞けば単なる勇壮なるミリタリーマーチだが、しかしこの音楽と共に戦った赤い肩をした吸血鬼共を知る者には、怖気を催す地獄の行進曲、レッドショルダーマーチだ!

 

『なんというか……この曲を聞いているとお尻の辺りがムズムズしてきます……』

 

 優花里が言うのにみほも内心同意だった。

 敵の血潮で濡れた肩。地獄の部隊と人の言う。かつて無敵と謳われた情無用、命無用の鉄騎兵。それがレッドショルダーなのだ。例え相対しているのがそれに(あやか)っただけのレプリカATだとしても、かつて母に聞かされた伝説の数々を思い返し、自然と妙な気分になってくる。

 

『大丈夫だって! こっちにだってレッドショルダーがいるんだから!』

『今はピンクショルダーだがな』

『左肩を塗ってある時点で偽物ですって白状してるも同然ですけどね』

『んもー! そんな盛り下がること言わないでよ~』

 

 しかし沙織や麻子、華達の言葉に、みほはクスリと微笑んだ。

 気が一転楽になる。そうだ。相手は本物のレッドショルダーではない。何も恐れる必要などないのだ。

 

「カエルさん分隊! これよりあんこうが合流します!」

『待ってました! みんな隊長たちが来たぞ! ブロックしてからの反撃行くぞー!』

『『『おーっ!』』』

 

 カエルさん分隊はファッティーの機動力と地形の凹凸を利用し、敵の猛攻と互角に渡り合っていた。森の暗がりから飛んでくる銃弾の量、マズルフラッシュの煌めき、そして赤い肩の輝きは、かなりの数のATが森のなかにいることを示している。

 

「……?」

『西住殿? どうしました?』

『みぽりん?』

 

 みほ達はカエルさんと合流を果たしたが、しかしみほからの次の指示が出てこない。

 優花里も沙織も、訝しがってみほの方を、というよりパープルベアーの方へとカメラを向けた。

 

「……ううん。なんでもない」

 

 敵の射線に、何か違和感を覚えたのだが、その正体がみほには解らない。

 敵の攻撃は激しく、飛んでくる銃弾は(おびただ)しい。しかし何かが変だ。だが何が変かが解らない。

 

「ロケットで攻撃してから、一挙に突入します。遮蔽物の多い森の中での戦闘ならば、むしろ私達が有利の筈です」

『カエルさん分隊も了解です! サンダース戦で鍛えた森の中での戦いを見せつけてやりましょう!』

 

 沙織機と優花里機が森のなかへとロケット弾を撃ち込み、あけびもまたグレネードランチャーを発射する。

 これらは命中を期待していない攻撃だ。しかし爆炎と煙は良い目眩ましになる。

 

『――西住さん』

 

 続けて突入の号令を出そうとしたみほへと、短距離用の個人回線で通信してきたのは麻子だった。

 突入します、の言葉を飲み込み、みほは麻子の言葉に耳を傾ける。

 

『私も、アンツィオの攻撃に違和感がある』

「!」

『見た目ばかり派手で、撃ち方が雑だ。あんなのじゃ止まった標的にも当たらない。それに――』

「それに?」

『敵の動きに見覚えがある。何というか、妙にワンパターンというか……』

「ッ!」

 

 麻子に言われてみほも違和感の正体に気がついた。

 激しいように見えて、まるでデタラメな攻撃に、プログラムされたかのようにワンパターンな攻撃。

 特に後者は、ミッションディスクのプログラム仕掛けの、自動攻撃機の動きそのものじゃないか!

 

「あんこうにカエルさんは全機後退!」

『みぽりん!?』

『みほさん!?』

『西住殿!?』

『隊長!?』

『どうしたんですか西住隊長! 今がアタックのチャンスじゃ!』

 

 皆の当然の疑問に、みほは叫んだ。

 

「これは囮です! 敵の本命は味方の――」

 

 みほの叫びは、後方の砲声と爆発音により掻き消された。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「状況を報告しろー!」

 

 桃は砲煙と土煙のなかでとりあえずそう叫んだ。

 視界を覆う画面の隅っこをキルログが流れていったが、それが余りに早く、また予期せぬ攻撃の衝撃に見逃してしまった為だ。

 

『こちらニワトリさん分隊! 全機健在だ!』

『こちらウサギさん分隊! 桂利奈機とあや機が撃破されました!』

『こ、こちらヒバリさん分隊! 三番機が撃破されたわ!』

『かーしま、小山がやられたぞ』

「くそう柚子ちゃんまで! やられたのは全部で四機か!」

 

 土煙が晴れれば、報告通り四機のATの頭頂より白旗が揚がっているのが見えた。

 大洗のATは全25機。うち4機の撃破は実に痛い。

 

『聞こえますか! みなさん! 聞こえますか! 』

 

 飛んできたのはみほからの通信だった。

 桃は混乱した心持ちのまま、無線機の向こう側へと怒鳴り散らす。

 

「何があった西住! どういうことだ! こっちは4機もやられたんだぞ!」

 

 だがみほはそれに応えるでもなく、突拍子もない指示を飛ばしてくる。

 

『全機、防御線を放棄して前進して下さい! 目指すのは0548地点の森です!』

「何を言ってるんだ西住!? そこは敵の大部隊が陣取ってる所じゃないか!」

『説明は後です! 全機前進して下さい! 第2弾が来る前に!』

『かーしま、行くぞ』

「会長!」

『隊長は西住ちゃんだよ』

 

 そう言われれば桃も納得する他ない。

 

「全機ぜんしーん!」

 

 桃が叫び、ばらばらと大洗のAT達が走り出す。

 風切り音が鳴り響き、謎の空からの第2弾が降ってきたのは直後だった。

 爆音、爆炎、飛び散る土と泥、舞い上がる砂塵。

 桃はヒイッと上ずった悲鳴をあげながら、必死にペダルを踏み込みローラーダッシュする。

 砲撃は避けた。しかし敵は空からのみではない。

 

『こちらヒバリさん1番機! 後方よりアンツィオ部隊出現! 数は――12! 敵は12機よ!』

「ッ! どうする西住!? このままだと我らは全滅だぞ!?」

『……カメさんを先頭に、ニワトリさんを軸に逆矢印の防御隊形!』

 

 みほの指示に各分隊はてきぱきと動く。否、動こうと試みる。

 彼女らの動きを阻むのは、言うまでもなく空からの攻撃だ!

 

『また来たぞー!』

 

 誰かが叫び、またも砲弾は炸裂する。

 隊形を維持するどころではない。撃破されないよう、避けるのが精一杯だ。

 

「うひぃっ!?」

 

 桃のATの装甲を、銃弾が掠めて通り過ぎる。

 敵ツヴァーク隊も攻撃を開始したのだ。連中の武器はヘビィマシンガンにハンディソリッドシューター。

 恐ろしい勢いで猛追しながら、次々と銃撃砲撃を仕掛けてくるのだ。

 

『……全機散開!』

 

 この状況にみほが出した指示は予想外のものだった。

 

『散開しつつ各自0548地点へ急行して下さい! ただし会長機はできるだけウサギさんのトータスとカバーしあって進みます! 敵の砲撃の狙いを逸らしてください!』

「後ろの敵はどうするんだ!?」

『……ニワトリさん分隊、頼めますか?』

 

 対するカエサル以下4名の返答は確固たるものだった。

 

『了解ぜよ! 宇都宮城の戦いじゃー!』

『了解した! ゲルゴウィアの戦いだな』

Jawohl(ヤボール)! ダンケルクの戦いだ』

『合点承知! 金ヶ崎の退き口だろう』

『『『それだ!』』』

 

 ATにしては装甲の分厚い4機が、迫る12機へと向かっていく。

 その背中に続くATがさらに2機。

 

『こちらヒバリ1番機と2番機。私達も味方の後退を援護するわ!』

『ですが!?』

『悔しいけど、私達の今の操縦の腕じゃ逃げ切れないわ。西住さんに、冷泉さん。後は頼んだわよ』

『……そっちも頑張れ、そど子』

『こんな時ぐらい、ちゃんと名前で呼びなさいよ!』

「のんきなことを言っている場合か! ッッッ! また来たぞ!」

 

 第4弾、第5弾が地面に突き刺さり、各々の会話を中断させる。

 しかし砲声にも負けぬ、大きくはっきりとした声で、みほは皆へと号令した。

 

『各自生き残ることを最優先してください! あんこうは森の敵部隊を突破、あの砲撃の主を攻撃します!』

 

 





 物事には起点と終点がある
 矢は弓より放たれ、標的を射るか地に落ちる
 砲弾は砲身より吐き出され、敵の有無など知らず炸裂する
 ならば、あの空からの砲撃の主は誰か
 それはその軌跡より逆算すればいい
 みほは見据える。姿なき砲手を。木々の裏に潜むその大きな影を

 次回『肉迫』 狙い狙われ、戦いは回る



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第35話 『肉迫』 

 

 

 

「あんこう全機、本機を援護して下さい!」

 

 沙織たちに森の中のアンツィオ部隊を相手させている間に、みほは若干後退し、地面の起伏の凸部へとパープルベアーを置いた。コンソールを操作し、素早くグリッドラインをバイザーモニターへと表示する。ドッグタイプのATには頭はあっても首がないため、足を動かして見上げる体勢をとる。

 

「――見えた!」

 

 人の目からすれば一瞬だが、機械の目は砲弾の軌跡を確かに捉えていた。

 機体はオートで動き弾道を追い、着弾までを確かにカメラに収める。幸い、あの攻撃での味方の撃破機はいない。胸を撫で下ろしつつ、録画された映像が再表示、コンピューターがフル稼働し、即座に弾道の演算結果が画面へと表示される。みほはその軌跡を試合場のMAPへと重ねあわせ、弾道と地形が合致する位置を割り出した。みほの愛機、パープルベアーは元をたどれば弾着観測用のカスタム機だ。この程度の芸当は朝飯前だった。

 

「203高地……あるいは215高地だけど……」

 

 砲撃音と弾着までの時間差、そして弾道の傾斜から概算すれば、謎のアンツィオ砲兵が陣取っているのは……203高地だ!

 

「あんこう全機、正面を突破し、最短経路で203高地へ向かいます! カエルさん分隊は付いて来てください!」

『了解です!』

 

 相変わらずレッドショルダーマーチが高らかに鳴り響く森へと向けて、みほ達は手持ちの火器を乱射しながら突入する。それに相対するには森の中のスコープドッグRSTC達の動きは余りに機械的過ぎた。みほはパターンを読み、相手が木陰から身を晒した瞬間にすかさずバルカンセレクターを叩き込む。射的のマトのようにあっさりと、白旗を揚げて撃破される赤い肩の鉄騎兵の姿は、みほの見立て通りハリボテ同然だった。

 華のソリッドシューターが、沙織のヘビィマシンガンが、優花里のハンドロケットランチャーが、そして麻子のガトリングガンが火を噴いた。華と優花里がそれぞれ一機ずつの計二機、沙織と麻子が二人がかりで一機を撃破し、これでアンツィオ前衛のハリボテ4機は片付けたことになる。

 こちらが強引に、そしてあっさりと前衛を突破したのに、後方の“スコープドッグRSTC”達も慌てている様子がその挙動に見える。間合いを詰めて、一挙にこちらを撃破せんとのつもりらしい。

 

「カエルさん分隊! お願いします!」

『任せて下さい! 行くぞ根性見せろ!』

『『『バレー部ファイトォーッ!』』』

 

 後方から飛び出したカエルさん分隊とアンツィオ部隊が激しい撃ち合いの応酬を始めるのを見送りながら、みほ達は一路ATを駆けさせる。目指すは203高地だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

  第35話『肉迫』 

 

 

 

 

 

 

 

『アンチョビ姐さん! スンマセン! 突破されましたーっ!』

「なにぃ~! ちゃんと追撃はしてるんだろうなぁ!」

『それがっスねぇ……四機に張り付かれちゃってそれどころじゃないんで! そっちのほうには五機向かってますよ!』

「ぬう~」

 

 ペパロニからの報告にアンチョビは唸った。

 所詮はカラクリ仕掛けの無人機だ。いずれ気づかれるとは思ったが、しかし予想以上にそれが早い。

 大洗側が分散してしまった上に味方を巻き込むかもしれないので、思うほど榴弾砲の効果が上がっていないのも問題だ。そろそろ次の作戦に移行したほうが良いかもしれない。

 

「よーし解った。こっちに向かって来てる五機とやらは私達が直々に相手する。そっちは何としてもその四機に負けるなよ、じゃなかった絶対に勝つんだぞ!」

『ガッテンでさぁアンチョビ姐さん! 行くぞテメェら! 一息に畳んじまえぇっ!』

 

 ペパロニのほうは彼女たちに任せておいて問題はないだろう。

 少々軽率で考えなしで無鉄砲ではあるが、しかしペパロニ隊はアンツィオきってのボトムズ乗り達だ。

 扱いが乱暴でATをしょっちゅうクラッシュさせる点を除けば、アンツィオ随一の操縦の腕を持っている。同数同士の対戦ならば、よほど当たりどころが悪いのを一発でも貰わない限り、早々やられはしない。

 

(麓の方は……うーんやっぱり良くないなぁ)

 

 電子双眼鏡の倍率を上げて平野部での戦闘を観れば、こちらの12機は攻めている割には戦果が上がっていない。大洗側は頑丈なベルゼルガタイプを軸にした反撃組と、フラッグ機を逃す撤退組に別れて、しかもその上個々が勝手に走り回るスタイルなので、こちらも攻撃の焦点が定まらず、いたずらに砂埃を巻き上げるだけに終始してしまっている。援護しようにもこれでは照準が定まらない。

 

(しかも相手のフラッグ機、森の方に向かってきてるじゃないか!)

 

 砲撃を避けるためだろうが、一旦森林地帯に入られたらもうお手上げだ。

 105mm滑空砲の射程の利も活かすどころではなくなる。

 

「よし! 作戦は第3フェーズに入った。『ハンニバル作戦』発動だ!」

 

 アンチョビは即座に回線をカルパッチョ隊へと向けて開いた。

 

「カルパッチョ! ハンニバル作戦を発動する! 即座に合流しろ!」

Si(スィ) signora(シニョーラ)!』

 

 合流ポイントを相手へと告げると、アストラッドもまた移動を開始する。

 排気口から環境に悪そうな煙を吹き上げ、履帯は大地を踏み潰し、轍をくっきりと刻みつけながらアストラッドは前進する。アンチョビは相変わらずキューポラから上体を晒し、ヘッドセットのマイクを通じて戦車内へと指示を飛ばす。

 

「砲手! ターレットを中央に固定。照準システムを標準に戻し、左右の砲の焦点を正面に合わせろ!」

『了解でさぁ!』

「各装填手は機銃弾のチェック! これから接近戦もあり得るぞ! 残弾に注意しろ!」

『右機銃問題無いですドゥーチェ!』

『左機銃準備よし!』

「ようし操縦手はフルスロットルだ! 今度の作戦は、いや今度の作戦も機動力が要だ! 速度が命だぞ!」

『任せて下さいドゥーチェ! ぶっ飛ばしますぜ! カチコミ行くぞーっ!』

 

 慣性と風圧に体が仰け反りそうになるのを堪えつつ、指揮杖代わりの乗馬鞭を前方へと向けてビシっと振った。

 アストラッドには普段乗ってるスコープドッグとはまた違った感触がある。アンチョビはそれを楽しんでいた。

 このただ走るだけで溢れ出る圧倒的重厚感! 勝てる! これならば勝てる! 今年こそ悲願のベスト4入り――じゃなかった優勝だ!

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

『それにしても西住殿』

 

 203高地へと向かう道すがら、みほへと話しかけてきたのは優花里だった。

 

『あの空からの攻撃の正体はなんなんでしょうか? ソリッドシューターにしては砲弾が余りに大きすぎますし』

 

 優花里と同様の疑問をみほもまた抱いていた。

 AT手持ちの火器、それも実体弾を発射するタイプの武器しては火力が大きすぎるのだ。

 

『サンダースも使ってた、アレじゃないの? ほら、ファイアフライとかってATが使ってた――』

『ドロッパーズフォールディングガンだ』

『そう! それだよ麻子! あれなんか凄い遠くまで弾が届くんじゃなかったっけ?』

 

 沙織が言うのに、優花里が首を横に振る。

 

『ドロッパーズフォールディングガンは口径そのものはそこまで大きくはないですし……それに主に貫通力の高い徹甲弾を使用します』

『では、わたくしのアンチ・マテリアル・キャノンのような武器でしょうか?』

『それも違うかと。アンチ・マテリアル・キャノンに比べると弾速が遅いですから』

 

 華が言うのにも、優花里が首を横に振る。

 

『あと可能性があるとすれば「ハンマーキャノン」ですが……あれはそこまで小回りの利く武器ではありませんし』

『うん。私も「ハンマーキャノン」じゃないと思う。動く相手への再照準が早過ぎるから』

 

 二人が言うハンマーキャノンというのは、AT用の迫撃砲とでも言うべき代物で、大型の折りたたみ式ソリッドシューターだ。その運用には最低2機のATが必要であり、地面などに設置して使用する。故に走り回るATなどを狙って撃つのには当然向いていない。基本的には敵陣地や要塞など静止目標に向けて使うのが前提の武器だった。装甲騎兵道の試合でもルール上使用は可能だが、実際に使う学校は稀だった。

 

『やはりATが使うには砲弾が大きすぎるのが気になります……でもそんな武器なんて……』

『……』

 

 優花里はATマニアとして、相手の正体がどうにも解らないことが心底悔しい様子だった。

 みほも昨日今日装甲騎兵道を始めた身の上ではない。そんな自分が未知なる武器とは――。

 

『……ここであれこれ考えてもしょうがない』

 

 試合中なのに思考の渦に囚われそうになっていた二人を、現実へと引き戻したのは麻子だった。

 

『実際に見てみれば解ることだ。どうするかはそれから考えれば良い』

 

 麻子の言うとおりだった。

 今為すべきことは一つだけ。会長達が頑張って生き残っているうちに、アンツィオの砲撃を止めることだ。

 そのために今必要なことは、一心不乱にただ走れ! それだけだ。

 

「あんこう全機、スピードを上げます! 木にぶつからないように注意して下さい!」

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 ――速い!

 梓の抱いた相手への印象はとにかくそれに尽きる。

 現れたかと思えばもう視界からは消えている。撃ち込まれる砲弾銃弾を凌ぐのが精一杯で反撃をする余裕などまるでない。得物のヘビィマシンガンを当てずっぽうに撃つのがやっとだった。

 

『この! この!』

『全然当たらないんだけどぉ~』

 

 あゆみと優季も殆ど同様の状況で、いたずらに弾倉の残りを減らすばかりで相手には掠りもしていない。

 カメさん2機、ニワトリさん4機、ヒバリさん2機、そしてウサギさん4機。合計12機。これがこの場における大洗の戦力であり、数の上ではアンツィオ側と同じだ。しかし形勢は良くない。

 

『くそう! 当たれ! 当たれ!』

『かーしまぁ。当たってないぞぉ』

『知ってます!』

『素早いぞ! まるで大返しの時の秀吉だ!』

『いいやヌミディアの騎兵だ!』

『寄せては退き、現れては隠れるのはまるで奇兵隊ぜよ! 』

『イタリアで快速と言えばCV33(カルロ・ベローチェ)でしょ!』

『『『それだ!』』』

『のんきなこといってないで応戦しなさいよぉ~!』

 

 歴女チームは相変わらずの様子で士気は高いが、他のメンバーはそうではない。

 地面の起伏と機体の全高の低さを活かし忍者のような戦い方をするアンツィオ攻撃部隊を前に、戦況も精神もじりじりと追いつめられてきている。混戦気味なため同士討ちを避けるためか、空からの攻撃がおさまったのが不幸中の幸いだった。

 

(一発で良いのに。命中さえすればっ!)

 

 事前のブリーフィングで相手の装甲が馬鹿みたいに薄くて脆いのは承知済み。

 だからこそと梓は闇雲に乱射するも、当たれば終わりなのは相手も当然――むしろ相手のほうがよぉく知っていること。ちょこまかと動きまわって狙いを絞らせない。カシンという空撃ちの金属音が響き、残弾ナシとの警告がバイザーモニターに赤く灯る。

 不味い。予備のマガジンはあと残り一個。これが尽きれば武器は胸部機銃のみになる。

 

『え? あ! 嘘!?』

『このままだと弾がなくなっちゃう~』

 

 あゆみと優季の悲鳴が無線を通して聞こえてくる。

 良くない流れだな、と梓は思った。着実に、着実に追いつめられてきている。

 こんな時、いつもなら桂利奈やあやがお馬鹿なことを言って場を和ませる所だが、しかし彼女たちは既に撃破されてしまった。自分が、自分が代わりになんとかしなくては。しかし、どうやって? 何をすれば?

 梓が、悶々たる自問自答に陥った時だった。

 

『梓! あぶない!』

 

 あゆみが叫ぶのにハッとすれば、自分へと銃口を向けたツヴァークが一機。

 避けるか? 否、もう間に合わない!

 銃声が耳朶を打つのに、思わず目を瞑るが、しかし依然機体は健在で走り続けたままだ。

 

『……?』

 

 瞼を開けば、銃弾を受け、白旗上げて擱座(かくざ)したツヴァークの姿が見える。

 

『――』

 

 梓機の盾になるように割り込みつつ、すかさずの早撃ちで見事相手を撃ち落としたのは、丸山紗希の駆るスタンディングトータスだった。彼女は得物のミッドマシンガンのトリガーガードに鋼の指を掛けると、まるでピストルか何かのようにくるりとガンスピンをしてみせた。そして再び得物を構え直すと、迫るツヴァーク達へと果敢に挑んでいく。

 自分たちが慌てているのとは対称的な、紗希の寡黙で断固たる姿に、梓達は勇気づけらられた。

 そうだ。何も焦る必要はない。相手が素早いなら、落ち着いて狙って撃てばいいだけだ。重要なのはフラッグ機を生き残らせること。その為に一機でも多く追撃者を撃ち落とすことだ。

 

「みんな、行くよ!」

 

 梓の号令に、あゆみも優季も続いた。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 最初に、その異音に気付いたのは沙織だった。

 

『……ねぇ、なんか変な音しない?』

 

 みほもその音には気付いていた。

 最初はローラーダッシュの音かと思ったが、違う。もっと重く、もっと大きな音だった。

 

『わたくしも聞こえました』

『私もです! なんでしょう……サンドローダーの音とも違いますが……』

『工事現場のブルドーザーみたいだな』

 

 麻子の指摘に、みほは思考に微かな「引っ掛かり」を覚えていた。

 ブルドーザー……確かにそうだ。これは履帯が、無限軌道が、キャタピラが地面を踏みしめる音だ。

 ATにも不整地踏破用にと、グライディングホイールの代わりに無限軌道を備えた機種は存在する。ツヴァーク用のサンドローダーもほぼ同様だ。しかし、聞こえてくる音はもっともっと巨大な質量によってしか鳴り響くまい。しかし、ATにそんな重量機など居はしない。機動力はATの命だ。そして重さは機動力を奪い去る。

 

『――見て! あれ!』

 

 沙織が叫んで指差す方へとみほはカメラを向けた。

 藪を小枝を踏み潰すパチパチという音を立てながら、枝葉の帳を抜けて姿を現したのは――スコープドッグの顔を持った巨大な鋼の車体であった。

 

『なにあれ!?』

『戦車……でしょうか?』

『顔はスコープドッグだがな』

 

 優花里はその名を興奮した声で告げる。

 

『アストラッドです! 正確にはGMBT-208-II アストラッド! でもまさかアレが装甲騎兵道の試合に出てくるなんて!』

『てか反則じゃないのアレ! どう見たってATじゃなくて戦車じゃん!』

『でもお顔はスコープドッグそのもののようですけど……』

『だが手足が無いぞ』

 

 顕になった姿に、みほはようやく得心が行った。

 みほも存在自体は知っていた。アストラッド戦車――ATの技術を応用した空挺戦車。かつて戦場ではATの相方を務めたというこの兵器は、戦車とATの合いの子だ。しかし装甲騎兵道の試合に出ることが許されていたとは、西住流家元の子であるみほですら知らなかった事実だった。

 白い排気ガスを吐き出し、土埃を巻き上げ進む車体の、その上に載っかった奇妙な砲塔……スコープドッグの頭部左右に大砲を取り付けたような砲塔が動く。ターレットが回り、標準レンズから広角レンズへ、そしてまた標準レンズへと戻る。ズームし絞り器が動くターレットと、ステレオスコープ越しのみほの視線が重なりあう。

 みほは気付いた。左右の砲の狙いは、今自分たちへと合わされている。

 ATの手持ち火器を遥かに凌ぐ口径の砲弾を受ければ、ましてやこの距離ならばひとたまりもない!

 

「全機散開!」

 

 みほが叫ぶのと、アストラッドの砲が火を噴いたのはほぼ同時だった。

 

 

 






 大いなるゴリアテは、ダビデの放った小石に敗れた
 いかに巨体を有そうとも、その身を鋼の鎧で覆おうとも
 僅かな間隙、その急所を突かれれば巨兵とて斃れる
 みほ達は狙う、アストラッドの僅かな隙を、致命の一撃を
 アンチョビは放つ、圧倒的な火砲を
 鉄騎兵と戦車、戦場を制するのは果たしてどちらか

 次回『一撃』 勝敗を決するのは、誰か


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第35話 『一撃』

 

 スクリーン一面に映し出されるのは、木々の間を走る鋼の車体。

 唸る履帯に、吠える砲口、ターレットが回り照準が定まれば、スムースボアの砲身を榴弾が駆け抜ける。

 GMBT-208-II アストラッド――このマシンの登場は、オレンジペコにとっては完全に予想外であった。

 

「まさか……こんな手があったなんて」

「一輌導入するだけで劇的に戦力を底上げできるという意味では、確かに妙手だと言えるわね。一輌でAT五機分の枠をとってしまうのはいただけないけれど」

 

 大洗対サンダースの試合時同様、椅子にテーブルに衝立(ついたて)にティーセットと、聖グロリアーナ流の観戦セット一式を揃えて、ダージリンとオレンジペコの2人は大洗対アンツィオの試合の行末を見守っていた。

 

「……ダージリン様はそれほど驚いてはいらっしゃらないんですね」

「ええ。だって知っていたんですもの。アストラッドは装甲騎兵道の試合で使えるってことはね。何せ――」

 

 相変わらずの優雅なダージリンの姿に、オレンジペコの呈した疑問は想定外の事実を明らかにした。

 

「私自身、あれをわが校に導入しようと考えたこともあったから。結局止めたのだけれど」

「え? ダージリン様もアンツィオと同じことを考えていた、ということですか?」

「All is fair in love and war……ルールとコダワリの範囲内なら使えるものは何でも使うのがわたくしの流儀よ。装甲と火力。確かにアストラッドの攻撃能力はとても魅力的に見えたわ……でも、費用対効果その他様々なデーターを突き合わせて考えた結果は、NOよ。実戦ではともかく、装甲騎兵道の試合に用いるには欠点が多すぎるから」

「欠点……ですか?」

 

 試合中継用の大モニターに描き出されるアストラッドの猛威と勇姿。

 一撃でATを撃破判定に追い込む105mm滑空砲の威力を目前にして現状、それに呑まれてペコにはアストラッドの欠点などまるで思いつかない。

 だからこそダージリンの言葉に強い興味をひかれた。それに気付いてダージリンも、得意気に軽く微笑んだ。

 

「ペコ、戦車最大の敵は何かしら?」

「え? ……相手の戦車ではないんですか?」

 

 ペコの答えにダージリンは首を横に振った。

 

「答えは『歩兵』よ。戦車は圧倒的装甲と攻撃力を手にするのと引き換えに、視界と小回りを失ったの。圧倒的走破性を誇る無限軌道も、ロールスロイスのように優雅にターンを決めることは出来ないわ」

「なるほど……歩兵ならば戦車の死角に入り込んで弱点を突くことが出来るという訳ですね」

「正解。だから現代の戦場では戦車には必ず、その死角をカバーする歩兵、あるいはATを伴うのが常識なの」

「ATは訓練された歩兵の延長ですからね。ダージリン様、つまりATは戦車にとって……」

 

 こちらの言いたい事に即座に気がつく利発さは流石オレンジペコだと、我が後輩ながらダージリンは鼻高々となる気分だった。ダージリンは嬉しそうな声で言った。

 

「そう。ATもまた戦車にとって最大の敵よ。ATの機動力ならば容易く戦車の視界の外へと入り込み、履帯、排気口、ターレットリング、上部装甲……戦車のウィークポイントを的確に攻撃できるの」

「アストラッドの砲の射程と威力は恐ろしくても、懐に飛び込みさえすれば!」

「そう飛び込みさえすれば勝てるわ。――飛び込めれば、の話だけど」

 

 ダージリンは意地悪そうな声音でそう告げながら、スクリーンを走る戦車へと視線を戻した。

 

「当然、アンツィオ隊長の彼女もそんなことは承知済み。だから山頂からの遠距離砲戦に持ち込んだ」

「ですが、大洗側もアストラッドの位置に気付いて攻撃部隊を繰り出しました」

「山頂への寄せ手の指揮官はみほさんね。……ATが戦車最大の敵であるのと同時に、戦車もまたAT最強の敵。その装甲と火力は装甲騎兵を相手にするには過剰な程。でも――」

 

 モニターに映るみほの駆るパープルベアー。その姿を見たダージリンの口から出てきたのは、断定の言葉だった。

 

「みほさんならやるわ。絶対に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  第35話『一撃』

 

 

 

 

 

 

 

 

『全機散開!』

 

 みほの声に沙織は即座にペダルを踏み込みローラーダッシュをかける。

 左のターンピックを打ち込み方向転換、ATが完全に左を向いた所で鉄杭を抜き、そのまま木の陰へと駆ける。

 同様にして四方にあんこう分隊は散ったが、その残像を射抜くように馬鹿でかい砲弾が文字通り目にも留まらぬ速度で後方へ飛び去っていく。砲弾は木に命中し、それをへし折ってなお進み、藪の向こうに消えた。命中した箇所は粉微塵に叩き砕かれ、その衝撃の凄まじさを物語っている。

 

「ちょちょちょちょっと待って待って! あんなの有りなの!?」

 

 誰に向けて言うでもなしに、自然と驚きの声が口から漏れ出してくる。

 

『徹甲弾です! 当たれば一撃で終わりです!』

『あのぶんだと木は盾にならないな』

 

 無線からは珍しく慌てた様子の優花里と、いつも通りの眠そうな麻子の声が聞こえてくる。

 麻子の言う通り、確かに木ではあの砲弾の盾にはならない。慌てて別の木の陰目掛けてダッシュをかければ、間一髪、砲弾はさっきまで隠れていた木を紙のように引き裂き飛び抜けていく。

 

「やだもー!? どーすればいいのよー!?」

 

 恐らくは肩の塗装が目立つためだろう。自機を追う砲口から必死に逃れながら、沙織は叫ぶ。

 

『落ち着いて! 旋回能力はATに比べれば低いはずです。落ち着いて砲の死角に潜り込めば当たりません!』

 

 対するみほは冷静そのもの。沙織へとアドバイスを送りながら、自分へと注意を逸らすためかヘビィマシンガンをバルカンセレクターで連射する。しかし無限軌道を覆う装甲に銃弾は弾き飛ばされ、びくともしていない。

 

「こっちの弾も通らないし、どうするみぽりん!」

 

 試しに沙織もヘビィマシンガンでアストラッドを狙い撃ってみるが、正面装甲を射抜くことはできない。どうやら部位に関わらずヘビィマシンガンであの装甲相手に撃破判定を出すのは難しいようだ。

 

『アストラッドは装甲でATを圧倒していますが……しかし弱点がないわけじゃない! まずは履帯を狙って足を止めます!』

『だったら私に任せて下さい! このロケット弾で!』

 

 みほから飛んだ指示に真っ先に応じたのは優花里だった。

 左肩に負ったロケットポッドを構え、敢えてアストラッドの正面へと躍り出る。

 砲塔は相変わらず沙織に狙いをつけていた。完全に隙を突く格好だ。

 

『行きま――ってうわぁっ!?』

「ゆかりん!?」

 

 しかし先に火を噴いて撃破されたのは、優花里のゴールデン・ハーフ・スペシャルのほうだった。

 ミッションパック付近から白煙を上げ、頭部からは白旗を揚げる。背部のチェーンが切れて、予備ロケットポッドがごろごろと転がった。沙織は混乱した。アストラッドの砲口は相変わらず自分を狙っているのに、なぜ優花里が撃破される!?

 

『新手です! 方向は三時!』

 

 その訳に最初に気付いたのは華だった。射撃を得意とするだけに弾道を読むのも素早い。

 華に言われた方を見れば――気づけば三時と言われてパッと方角と解るようになった自分がいる――、こちらへと猛スピードで向かってくる3機のATの姿がある。デザートイエローに塗られた機体の左腕にはパイルバンカー付きの盾が備わり、頭部には鶏冠状の飾りがある。ベルゼルガタイプだ! 優花里と違って詳しい型番までは解らないが間違いない。

 

『沙織さん! 一旦後退します! ロケット弾で相手を撹乱して下さい!』

「了解みぽりん!」

 

 ターレットを回転させ、精密照準カメラにセットをする。

 ミサイルと異なりロケットには誘導装置が入っていない。しかしスコープドッグ自体に備わったFCSと背部の火器管制システムの合わせ技で多少は相手を狙い撃つ事ができる。ミッションディスクが連動し、バイザースコープの画面には次々と数式や図形が現れては消える。その意味は沙織には解らないが、機能を疑ったことはない。これを組んだのは他ならぬみほなのだから。

 

「ターゲット……ロック!」

 

 赤い画面のもと、その中に捉えたアストラッドと三機のベルゼルガへと、電子音と共にロックオンマーカーが重なる。今だ! 沙織は右レバー上部のカバーを親指で弾き開け、その下の赤いボタンを力いっぱい押し込んだ。

 バックファイヤーはポッドの裏側の排気口から逃されるため反動は殆ど無い。白煙と共に9つのロケットは次々と吐き出され、標的へと曖昧に向かっていく。相手は避けたり防いだりして、直撃は殆ど無く、撃破は全く無い。

 問題はない。最初から目的は目眩ましだ。

 

『後退します! 付いて来て下さい!』

 

 みほの指示に従い、沙織はペダルを踏み込み、グライディングホイールを回した。

 しかし退きながらも、自分の方へと転がってきていた優花里の予備ロケットコンテナを拾うのだけは忘れなかった。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

「遅いぞカルパッチョ!」

『すいませんドゥーチェ! 遅れました!』

 

 アンチョビはヘッドセットを一旦外して額の汗を拭った。

 相手を一機撃破出来たが、それも運が良かっただけで内心は大慌てであったのだ。

 歩兵やATの援護のない戦車ほど脆い物はない。そのことをアンチョビはよおく知っている。

 それだけにカルパッチョ率いるベルゼルガDT部隊と合流し、これのカバーを受けることで死角を無くし、その上で麓とへと一挙に攻め下る作戦――これが『ハンニバル作戦』の要諦だった。アルプスを越えてローマに攻め込んだ古代の将軍の名を借りたこの作戦は、ベルゼルガとアストラッドの連携に全てがかかっている。ベルゼルガの盾がアストラッドを守り、アストラッドの装甲と火砲がカルパッチョの駆るフラッグ機を守る。どちらが欠けても作戦は成功しない。ところが操縦手が頑張りすぎて予定よりずっと早くに合流地点へとアンチョビ達は到達してしまったのだ。そこに襲いかかってきたのが大洗の部隊だ。相手もアストラッドに出くわして驚いたのか攻撃が散漫だったのが救いだった。ガチで攻められればあっさりと撃破されていただろう。

 

「まあ良い! ベルゼルガはアストラッドの前と左右を固める。カルパッチョ、フラッグ機はアストラッドを盾にしつつ追従! この隊形を維持しつつ山を下って敵主力を叩く! 戦車前進! 一気に突っ走れ!」

「了解ドゥーチェ! 飛ばしますぜーッ!」

 

 アストラッドが前進を始めれば、それに合わせてベルゼルガ隊も行動を開始する。

 装甲騎兵と戦車が合わさればもはや敵はない。

 

「問題はさっきの部隊がどう動くかだ。麓に降りた所で背後を突かれるのだけは避けたい。道すがらで撃破できれば御の字だが――」

 

 アンチョビは小さく声に出して呟きながら、思考を巡らせる。

 アンブッシュ(待ち伏せ)をかけてくる可能性も充分にある。あのパープルベアーに乗っているのは大洗側の隊長、すなわち西住みほだ。正々堂々と正面から相手を蹂躙することを信条とする西住流の家元の子にしては珍しく、彼女は搦手を好むと既に装甲騎兵道界隈では噂になっている。さっきは退けたが、次はどんな手で来るだろうか……。

 

「――考えてもしかたがないか」

 

 アンチョビは思考を打ち切った。

 頭の回転は速いし優れた作戦立案能力もある。弱小のアンツィオをここまで立て直した指導力も特筆すべき資質だ。運も良い、腕もある。優れたボトムズ乗りであり、良い指揮官だ。

 ――しかしそうである以上に、アンチョビはノリと勢いを重んずるアンツィオ乙女であった。

 嵐が吹かねば太陽が輝かぬとするなら、迷わず大地を走る無謀な風となるのがアンツィオ流だ。思考の深みに入って足元をすくわれるぐらいならば、己の血の滾りに身を任せたほうが余程良い。

 今、アンツィオは勢いに乗っている。それに賭けて前進する。無論、勢いだけに任せて総崩れになるつもりなど毛頭ない。装甲と火力という裏打ちがあるからこそ、心置きなく勢いに身を任せられるのだ。

 

「どこからでも来るが良い! 西住流だろうが島田流だろうが今の私たちは負けない! いや勝つ!」

 

 そんなアンチョビの強気の発言に応えたわけでもあるまいが、果たしてソリッドシューターの弾は飛んできた。

 

「おわぁっ!? ……被害状況報告!」

「右側面に被弾! 損害軽微! ハッハー! この程度の攻撃が戦車に効くかよって!」

「油断するな! 敵の位置を弾道から割り出せ!」

 

 しかし位置を割り出す前に次弾が飛んで来る。

 これは射線に割って入ったベルゼルガが見事に盾で防いでみせたが、そのお陰でアンチョビは落ち着いてソリッドシューターの弾道を観察することが出来た。

 

「いたぞ! 左11時の方向! 弾種徹甲弾――いや、ここは機銃で攻撃だ!」

「了解! ぶっ放すぜーっ!」

 

 左右の砲身下部に備わったヘビィマシンガンが発射され、そこに混じった曳光弾が森の木陰の下を露わにする。

 見えたのは赤い、いやピンクの肩のスコープドッグ。例のレッドショルダーもどきだ。

 

「ベルゼルガ隊3番と4番は攻撃開始! 2番は後方警戒! カルパッチョはアストラッドの側を離れるな! 戦車はそのまま前進!」

 

 アンチョビはマイクに向かって次々と指示を出す。

 本当はハッチから体を出して周囲を細かく見回したいが、撃ち合いが始まった以上そうはいかない。

 このまま戦うしか無い。

 

「右5時の方向にもいるぞ!」

 

 今度はヘビィマシンガンの銃弾が飛んでくる。砲塔とカメラを向ければパープルベアーがちょこまか動き回るのが見える。例の西住流の隊長機だ。

 

「適当に応戦しながら前進を続けるぞ! 良いか忘れるな、狙いは飽くまで敵フラッグだ!」

 

 左右から大洗側は撃ちかけて来るが、積極的に飛び込んでくる様子はない。

 恐らくは麓にアストラッドが辿り着くのを遅らせるのが狙いだろう。しかしそうはいかない。

 

「装填手、榴弾用意!」

 

 こういう場合は敵を森ごと吹き飛ばしてしまうに限る。

 直撃させる必要はない。榴弾の火力でビビらせて後退させれば良いのだ。

 その隙に山を下りきってしまえばこっちのものだ。

 

「また来ました。左10時、右3時!」

「左砲身で例の赤肩もどきを撃ったあと、右砲で隊長機を狙うぞ!」

「ドゥーチェ! 相手の動きが速くて砲塔の回転が――」

「細かく狙わなくて良い! だいたいで良いんだ! そのための榴弾だ!」

 

 砲塔が回転し、例のピンク肩のスコープドッグを追う。 

 ターレットレンズが回転し、精密照準カメラに切り替わる。

 FCSが作動し、ターゲット……ロックオン!

 

「今だ! う――」

 

 アンチョビの号令はそこで途切れた。途切れざるを得なかった。

 突然の上下方向の揺れに、アンチョビは座席から転げ落ちそうになる。

 そこを何とか堪えて、椅子にしがみつきつつ、上ずった声で叫んだ。

 

「状況報告ーっ!」

「右の履帯が吹っ飛びました! 転輪も損傷! このままじゃ走行が!」

「なんだってーっ!?」

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 突如地面が爆ぜた――とアンツィオ側からは見えただろう。

 アストラッドの右側のキャタピラが煙を噴いている。その損傷は遠目にも明らかで、あれではもう走れまい。

 華はターレットレンズを精密照準から標準カメラへと切り替えると、機体を地面から起こした。

 黒煙をあげる地面の穴の中、カメラをズームにすれば、アストラッドから出たものとは異なる金属片が散らばっているのが見える。優花里機が残した予備のロケットポッドコンテナの破片だった。

 地面に埋めたそれを、華はソリッドシューターで狙い撃ったのだ。ロケットポッドコンテナは地雷と化して、アストラッドの履帯を吹き飛ばした。

 流石に重い車体をひっくり返す、といった派手な一撃は与えられなかったが、しかし相手の足は奪った。

 つまり――勝負はこれからだ。

 

『全機、一斉攻撃を開始します!』

 

 みほの号令に、華はペダルを強く踏み込んだ。

 

 

 






 友と呼ぶべきか、好敵手と呼ぶべきか
 あるいは、その両方だったのかも知れない
 昔なじみの腐れ縁、競い合う女と女
 大洗とアンツィオ、激突する二校の戦いの中で
 もう一つの戦いが今、火蓋を切って幕が開く  

 次回『雌雄』 ぶつかり合う剣戟が、火花を散らす


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第36話 『雌雄』

 

 予期せぬ事態にも即座に反応できたのは、流石はアンツィオにその人ありと言われたアンチョビであった。

 カルパッチョへと向けて無線を飛ばし、命令を下す。

 

「カルパッチョ! 分隊機を率いてここから離脱しろ! 大至急!」

『ドゥーチェは!? ドゥーチェはどうするんですか!?』

「アストラッドはこの場に残って敵を引き付ける! せいぜい暴れてやるからフラッグ機は全力で退け!」

『! ……了解!』

 

 そしてカルパッチョもまた、アンツィオには珍しい冷静な知性派である。アンチョビの思惑を汲み取り、即座に行動を開始する。

 

「弾幕を張って牽制しつつ後退! ドゥーチェ、ご無事で!」

『心配無用だ。むしろ自分のほうを心配しろ。良いかみんな、何が何でもフラッグだけは守りぬけ!』

『がってんドゥーチェ!』

『任してくだせぇ姐さん!』

 

 アストラッドの死角を埋めていたベルゼルガDT達が一斉にカルパッチョ機の周囲を固めに走る。

 アンチョビはその姿を覗き穴から確認すると、正面に向き直った。

 

「壊れたのは右の履帯だけだな? 左は動くのか?」

「そりゃ動きは動きますけど片っぽだけじゃ……」

 

 操縦手の返答にアンチョビは不敵な笑みを浮かべると指令を下す。

 

「構わん前進! カメのような歩みでも構わない。こっちがまだ戦える所を大洗女子に見せつけてやれ!」

「でもドゥーチェ! そんなことしたら転輪が痛むんじゃ……」

「ここで負けたらそんなことを気にしても意味がなくなる! こんな時こそノリと勢いだ! Avanti(アヴァンティ)!」

 

 ドゥーチェの揺るぎない姿に、車内の空気はたちまち活力を取り戻す。

 考えるのは苦手な彼女たちに代わり、常にその頭脳をフル回転させてきたドゥーチェがそう言うのだ。その言葉に間違いなどあるはずもない! ――本当は背中が冷や汗でびっしょりなのはアンチョビ絶対の秘密だ。

 

「よっしゃ! やったりますぜドゥーチェ!」

「その意気だ! 砲手、出し惜しみは無しだ! 弾倉が空っぽになるまでここでぶっ放すぞ!」

 

 履帯をふっ飛ばした爆発によってできた穴に右の転輪はがっちりと嵌っていた。

 しかし周りが見えなくなるほどの排煙を吐き出しながら、余計に大量の土を巻き上げつつアストラッドの車体が躍り出る。左右の砲身下部に備わったヘビィマシンガンが火を吹き、カルパッチョたちを追わんと動く大洗女子のAT達へと銃弾を浴びせかける。

 

「行くぞ! アンツィオ魂を見せてやれ!」

 

 

 

 

 

 

 

   第36話『雌雄』

 

 

 

 

 

 

 

『みぽりん! フラッグが逃げてく!』

『ですが――追いかけようにもこの攻撃では!』

『あの爆発でまだ動くのか、相手の戦車は』

「……」

 

 壊れた履帯を意に介さないかのごとく、アストラッドは猛然とみほ達に攻撃を仕掛けてくる。

 その姿と勢いに沙織も華も、麻子すらもが驚き圧倒されている。みほとて内心舌を巻いていた。

 足を潰した程度ではアンツィオ自慢のノリと勢いは揺るがないということなのだろうか。

 

「部隊を二分します。華さんと沙織さんは逃げた敵フラッグを追って下さい。麻子さんは私と一緒にアストラッドを攻撃します」

『え? でもみぽりん達のほうが足が速いんじゃ……』

『それに戦車を相手にするなら、火力の高いわたくし達のほうが向いています』

 

 沙織と華が言うのも最もなことだった。

 しかしみほは2人へと首を横に振る。

 

「防御が硬いのは相手フラッグのベルゼルガタイプも同じです。それに私達なら出遅れても速度の差で追いつけます。それに……アストラッドとどう戦うかは考えてあるから!」

 

 みほが断言するのに、沙織も華も今度はすぐに首を縦に振った。

 アンツィオの選手たちがアンチョビを信頼するのと同じぐらい、沙織も華もみほのことを信じているのだ。

 

「解った! 先に行くから追いついてきて!」

「ここはみほさんにお任せします!」

 

 沙織達がフラッグ機のベルゼルガを追わんとするのに気付いたのか、アストラッドは砲口を彼女たちの方へと向けてくる。みほはすかさず射線に割り込み、ヘビィマシンガンを撃ちながら戦車めがけて突進する。

 

「麻子さんは後方から回り込んで下さい!」

『了解』

 

 麻子へと指示を飛ばしつつも、みほは正面の鋼の車体から目を離さない。

 相手は沙織たちを追うのを諦め、パープルベアーに照準を合わせてきた。

 機銃が弾を吐き出すのを止めれば、105mm滑空砲の砲身がみほを狙う。

 ターレットレンズが回転する様がはっきりと見える。ターレットの向こうにいる砲手の、熱い視線がみほへと注がれる。当たればひとたまりもない一撃の予感に、みほの表情が険しく引き締まる。

 装甲騎兵道の試合において、AT内部はカーボン加工で完璧に保護され身の安全は絶対だ。それを解っていてなお、砲口へ身を晒すのには勇気が必要だった。ましてや相手が105mmの大口径を誇っているならなおさらだ。

 みほには、その勇気があった。意味もなく危険に跳び込む匹夫の勇ではない、本物の勇気があった。

 ――そしてみほがやって見せた『その動き』は、勇気無くしてはできないことだった。

 

「――ッ!」

 

 パープルベアーが持つステレオスコープだからこそ可能な、三次元立体視。

 ミッションディスクが起動し、内蔵されたプログラムがステレオスコープに連動、アストラッドの細やかな挙動を分析し、数値化して表示する。故にみほには見えた。相手がコチラに狙いをさだめ、トリッガーを絞るその瞬間が。

 

「たぁっ!」

 

 掛け声と共に打ち出されたターンピックは地面に機体を縫い止め、軸と化す。

 地を駆ける勢いそのまま、パープルベアーは独楽のように回転する。

 コンマ1秒以下の過去に機体が在った空間を、音速を超えた砲弾が通過する。

 一回転し正面に向き直った所でターンピックは引きぬかれ、首輪を外された猟犬のように機体は再度アストラッドめがけて走り出す。

 アストラッドが次弾を放つよりも、みほの機体が相手の懐に飛び込むほうが早かった。

 パープルベアーは恐ろしく装甲が薄いATだ。それだけに、素早い。

 ヘビィマシンガンを投げ捨て、腰を落とし体勢を低くする。地面の僅かな傾斜や出っ張りをステレオスコープで捉え、そこを目印にATを走らせれば、傾斜はジャンプ台と化してパープルベアーを宙へと跳び上がらせた。着地したのは、アストラッドの前面装甲の上。そのまま空いた鋼の両手で砲塔に抱きついた。装甲は薄くともATの重量は数トンはある。機体の重みで無理やりターレットリングの動きを封じる。

 

「麻子さん!」

 

 名を呼ぶだけで十分だった。言わずとも何をすべきかは明らかだ。

 背後より回りこんだブルーティッシュ・レプリカは、動きの止まった砲塔へと跳び上がり、その真上に立った。

 立膝を突き、ガトリングガンの銃口を突き付ける。

 戦車には幾つか弱点がある。履帯、排気口、ターレットリング……そして『上部装甲』。

 ガトリングガンが、束ねられた銃身が回転する。

 無数の銃弾が、手を伸ばせば触れられる距離から怒涛の如くアストラッド目掛け吐き出される。

 無敵とも見えた鋼の車体から、白旗が揚がったのは直後のことだった。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

「ッッッ! アンチョビ姐さん!?」

 

 ペパロニは視界の端を流れたキルログの内容に思わず叫んでいた。

 よもやアストラッドが撃破されようとは! 事実は余りに予想外で、豪胆な筈なペパロニですらド肝を抜かれる。

 

『ペパロニ姐さん!? ドゥーチェがやられたっすよ!?』

 

 だが僚機から飛んできた悲鳴に、ペパロニは瞬時に冷静になった。

 頭の良さではアンチョビに負けるし、カルパッチョほど理性的でも冷静沈着でもない。しかしペパロニはクソ度胸の持ち主だった。その点ではアンツィオのなかでも彼女に勝てる人間は居ない。

 

「ビビってんじゃねぇ! カルパッチョを援護するぞ!」

『でも、こいつらが食い下がって来てちゃ!』

「カエル野郎がなんだってんだ! 無駄にでかい土手っ腹に一発ぶち込んでやれ!」

 

 大洗カエルさん分隊とペパロニ達との、森の中での撃ち合いは完全に膠着状態に陥っていた。

 互いに機動力に優れたチームでちょこまか動き回っている上に、視界も悪く遮蔽物も満載の地形での戦いである。撃てども当たらずの繰り返しで、完全に将棋でいう所の千日手状態に陥っていた。

 

「……森から出るぞ! 開けた場所でケリをつけてやる!」

 

 この期に及んでオツムを使って戦ってもどうしようもない。

 後はノリと勢いで乗り切るのがアンツィオ流だ。ペパロニの性分的にもそっちのほうがずっと合っている。

 幸い、相手はこちらに付き合ってくれるつもりのようで、ピッタリと森の外に向かうペパロニたちを追跡している。

 

「上等だ! やるぞテメェら! 姐さん直伝『分度器作戦』発動だ!」

『『『Si(スィ) signora(シニョーラ)!』』』

 

 ペパロニの堂々たる号令に帰ってきたのは威勢の良い返事だが、しかしコンマ数秒後一転、弱気な調子のこんな問いが僚機から漏れ出てきた。

 

『……所でペパロニ姐さん。分度器作戦ってなんでしたっけ?』

 

 ペパロニは瞬く間程度逡巡した後、自信満々に言い放った。

 

「知らん!」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「急がないと……」

 

 カルパッチョは単騎、麓を目指して木々の間を蛇のようにうねる軌道で走り抜けていた。

 彼女の僚機は3機とも追撃してくる大洗機の抑えに回り、ここにいるのはフラッグ機のカルパッチョのみだ。

 問題はない。一旦麓に出さえすれば味方の三個分隊は多少の損害は出つつも健在だ。味方と合流したあと、戦力を立てなおしてフラッグ機を今度こそ撃破する。アストラッドが万が一撃破された時の為にと、アンチョビが用意しておいた反攻作戦プラン『分度器作戦』がこれだった。

 

「――ッ!」

 

 大洗側のATに邪魔されることもなく、カルパッチョは無事に麓までたどり着いた。

 もしも、木々の間から飛び出した先にいたATが『彼女のAT』でなかったなら、カルパッチョの腕ならば難なくそれをやり過ごし分度器作戦を成功させていただろう。

 だが、カルパッチョが出くわしたのは偶然も偶然、『彼女のAT』であったのだ。

 

(……あの鷲のマーク)

 

 カルパッチョが遭遇したのはベルゼルガタイプのATだった。

 それも彼女の駆る旧式のベルゼルガDTよりもさらに旧式のベルゼルガ・プレトリオである。

 数は作られているため希少価値は低いが、製造年代だけで言ったらもう骨董品と呼んでも差し支えないATだ。

 しかし装甲は綺麗に磨き上げられ、銀色の装甲が陽光に輝いている。

 最初から備わっている鶏冠飾り以外は装飾らしい装飾もないが、しかしその残滓は認めることができる。

 左手に携えた大盾、古代ローマの軍団兵が持つような巨大な大盾の表面にが微かに、一度描かれて落とされた紋章の跡がある。SPQRの四文字と、翼を広げた鷲のマークは、古代ローマ帝国の紋章に他ならない。

 こんなことをするのは、一人しか居ない。彼女だ。彼女に間違いない。

 

「……」

 

 相手は相手で突然森から飛び出してきたカルパッチョに驚いたのか、数瞬の戸惑いの静止を跨いでこちらへと手にした得物の銃口を向けてくる――よりもカルパッチョがアサルトライフルを相手に向けて構えるほうが先立った。

 だが、手にした優位を文字通りカルパッチョは投げ捨てた。アサルトライフルを投げ捨て、左腕に備え付けの盾も強制的にパージする。

 カルパッチョのそんな行動に、彼女も目の前のベルゼルガDTの中身が誰か察したのだろう。

 飛び道具と盾を投げ捨て、背部にマウントした槍を取り外す。

 パイルバンカーの穂先を備えた、ATの武器としては最も原始的な武器のひとつだ。

 カルパッチョもまた殆ど同じタイプの武器――違うのは彼女のは折りたたみ式だという点のみだ――を背部から取り外し、構える。多節棍状に幾つかの節に別れていたのが、中心を通るワイヤーの巻き上げと共に引き寄せあい、金具同士がガチっと音を立てて噛みあう。継ぎ目は殆ど見えない。とても折りたたみ式とは思えない出来栄えだ。

 

「……」

『……』

 

 互いに穂先を向け合いながら、バイザー部を開いて顔を晒し合う。

 ゴーグルを僅かに上げれば、直接眼と眼が合った。

 やはり彼女だった。相手も、同じようなこと考えているのが、表情の僅かな動きで知れた。

 互いに言葉はなかった。必要なかった。

 数秒の無言の邂逅を挟み、殆ど同時にバイザーを下ろす。

 今は試合中なのだ。交わすべきは声ではない。

 

「……」

 

 フラッグ機の採るべき行動とは言えないかもしれない。

 軽率であるという(そし)りもあるだろう。

 しかし一見冷静でおとなしく見えるカルパッチョも、ノリと勢いのアンツィオ乙女だ。

 燃えたぎる血潮に、身を任せない理由はない。

 

 どちらが合図するでもなく、完全に息が合っているかのように、互いに互いを目掛けて、二機のベルゼルガは駆け出した。

 

 

 





 アンツィオとの試合が終わる
 振り返れば遠ざかる緑の戦車。友よさらば!
 膨れゆく食欲の先に、仁王立つ数々の屋台
 舌に残る美味、鉄板に焼きつくパスタ
 かくして宴は終わり、次の試合が始まる
 試合と呼ぶには余りに厳しく、余りに哀しい。過去に向かってのオデッセイ

 次回『終宴』。みほは次の巡礼地に向かう


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第37話 『終宴』

 

 

「うぐぐぐ……」

 

 ハッチを開き、(うめ)きながら這い出てきたのはアンチョビだった。

 その顔は所々(すす)けてはいるが、怪我らしい怪我がまるで見えないのは流石はカーボンコーティングである。

 

「ま、まさか……アストラッドがこうもあっさりと……」

 

 撃たれた上部装甲からはまだ煙が上がり、被弾箇所は黒く焦げている。

 敗北を意味する白煙の向こうには、同じく敗北を意味する白旗がそよ風に揺れていた。

 大洗隊長機のパープルベアーに、その僚機の偽ブルーティッシュドッグの姿は既に近くにない。

 こちらの撃破を確認すると即座に踵を返し、麓へと一直線に走り去ってしまったのだ。

 

「……ペパロニ、カルパッチョ、みんな。頑張ってくれ。まだ勝機は十分にある……じゃなかった絶対勝てる!」

 

 しかしアンチョビはまだ諦めてはいなかった。

 期待していた戦果を挙げる前にアストラッドが撃破されたのは心底残念だが、だが所詮はそれだけのことだ。試合は未だ続行中であり、こっちのフラッグは健在な上に味方は相手フラッグに猛然と攻めかかっている。混戦極まる現状においては最早作戦も糞もない。重要なのは是が非でも相手をやってけようとする戦意と熱意だ。それこそ、ノリと勢いのアンツィの独壇場ではないか!

 

「お前たちは弱くない! いや強い! 絶対に強い! 絶対に絶対に強い!」

 

 ――これはアンチョビの偽らざる気持ちだった。

 確かに彼女たちはまだまだ未熟だし猪武者揃いだし考えなしだし勝ち気よりも食い気が勝っているしだが、素直で元気で何よりバイタリティに溢れている。その野性的なパワーをうまい具合に試合に向けさせるのが隊長たる自分の役割だ。一旦こっちのペースにさえ乗せてしまえば、あとはノリと勢いだ。そしてアストラッドが落ちてもまだアンツィオのノリと勢いは(つい)えてなどいない!

 

Forza(フォルツァ)! Forza! Forza!」

 

 イタリア語で頑張れと三唱し、アンチョビはアストラッドの上に立ち、指揮鞭を何度も振った。

 気づけば車中の他4人もハッチから這い出してきて、すぐさまアンチョビの声援へと加わった。

 

「「「「「 Forza! Forza! Forza! 」」」」」

 

 右の拳を天へと突き上げながら叫ぶ。

 声は届かなくても、想いはきっと届くはずだ。

 そう信じて、彼女たちは奮闘しているであろう戦友たちへとエールを送るのだった。

 

「「「「ドゥーチェ! ドゥーチェ! ドゥーチェ!」」」」

「……いや、この場合それは違うだろ!」

 

 どこか締まらないのもアンツィオ流だった。

 

 

 

 

 

 

 

   第37話『終宴』

 

 

 

 

 

 

『おわぁぁぁぁっ!?』

 

 絶叫と共に火を吹きふっ飛んだのは、河嶋桃駆るダイビングビートルだった。

 取り回しを優先した小型のハンディソリッドシューターとて、威力だけならば通常型となんら変わらない。ATの中では比較的装甲の厚いダイビングビートルも、ソリッドシューターの直撃弾にはどうしようもない。撃破判定は即座に下り、頭頂部からは白旗が揚がる。

 盾持ちのライアットドッグを駆るヒバリさんの2人、そど子とパゾ美はほんの数秒前に撃破されている。

 まだ経験の浅い彼女らは敵の動きに翻弄されてしまったからであり、さらにフラッグの貴重な壁役だったヒバリさんの全滅に動揺した桃が、止まったところを撃ち落とされた格好だった。 

 

「おりょう! フラッグ右側に回れ! 何としてもフラッグだけは守り切るぞ!」

『合点承知ぜよ!』

「くそう、この得物じゃあたらん! 左衛門佐! 射角左30でヘビィマシンガン斉射だ!」

『心得た! 喰らえ大狭間筒!』

「こんなことならHitlersäge(ヒトラーの電動ノコ)でも持ってくればよかったぞ!」

『そんなのウチには無いぜよ!』

 

 追い詰められつつもいつものノリを忘れず、歴女チームは奮戦していた。

 混戦のさなか、運悪くはぐれたカエサル機を除くエルヴィンら三機は、身を挺して杏のスタンディングトータスを守っている。おりょうは撃破こそされていないが右腕は吹き飛んで得物は左手のシールドだけ。文字通り盾役となって相手の射線に割り込んでいる。左衛門佐は肩アーマーやロールバーが吹き飛ばされているが一応は健在、大狭間筒――でもなんでもない普通のヘビィマシンガンで弾幕を張っている。

 一方、カエサルの代わりに分隊長を務めるエルヴィンはいまいち冴えない。左手のシールドはフラッグ機を守るのに大助かりだが、得物のシュトゥルムゲベールの連射能力が低いために、高速で動き回るアンツィオのツヴァークを捕捉できないのだ。相手が巧みに地面の凹凸を活かしているのもあるが、こんなに当たらないのならおとなしくマシンガン系の武器を持ってきていれば良かったと思う程だ。

 

 

『あゆみ、右3度修正、撃て!』

『えい! ……凄い当たった!』

『梓、西住隊長みたい~』

 

 一方、ウサギさん分隊はと言うと大いに冴えている。

 最初に謎の砲撃で桂利奈とあやの2人が脱落したにも拘らず、紗希が一機撃破したのを切っ掛けに見違えるように動きが良くなったのだ。特に活躍が目覚ましいのは分隊長の梓だ。梓を司令塔に、紗希や優季が射撃で相手をあゆみの銃口のもとへと誘いこむという戦法だ。ひとりひとりは決してまだ技量が高いとは言えないウサギさんチームだが、しかしメンバーの連携力はかなり高い。それが日々の練習で一層強化されている様子だった。

 

『あ~う~』

『ってああ! 調子乗ってる所を優季がやられちゃった!?』

 

 とは言え、相手も十分に練習を積んできたのは同じだったようだ。

 一機落として油断した隙を逃さず、ソリッドシューターの一発でまた一機大洗側のATが沈む。

 これでこの場の残存戦力は7機。フラッグの杏と半壊したおりょうを除けば実質5機だ。

 対するアンツィオ残存戦力は倍近い。しかし相手も機動戦の連続に疲労が溜まってきている筈。 

 もう少し、もう少しの踏ん張りだ。

 

『みんな! あとちょっとで西住ちゃんも来てくれるし、最後までがんばろーよ!』

 

 軽い調子に確固たる意志を滲ませて、杏はようやく得物のトリッガーを引く。

 柚子に桃と続けて撃破されて、流石の怠け者もようやく働く気になったらしい。 

 一旦働き出した会長の動きは俊敏だ。その姿に、エルヴィンはちょっとホッとした。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「行くぞDクイック!」

『はいっ!』

 

 キャプテン典子の指示にあけびは即応し、ツヴァークの一機にグレネード弾を直撃させる。

 横っ腹に一撃もらったツヴァークは衝撃にごろりと横倒しになって白旗を揚げる。

 バレー用語を交えた彼女らの通信は傍から聞いてると意味不明だが、しかし分隊の中では普通に通信するよりもずっと指示の通りが良いのだ。恐らくは普段から使い慣れた言葉であるからだろう。彼女らの反応速度は常人離れして素早い上に、交信能力(?)においても常人を隔絶している。

 

「河西、バックアタックだ! 合わせろ!」

『はいキャプテンッ!』

 

 典子機の背後へと忍機が回りこみ、そのまま我らがキャプテン駆るファッティーの背中目掛けて全力のブーストダッシュだ。このままだと衝突する――というギリギリの段になって、典子は自機を降着させた。

 典子機と相対するツヴァークは彼女の意図が読めず一瞬動きが止まる。その隙を、キャプテンの降着で正面への射線が開けた忍の銃撃が突く。典子の頭上を越えて飛んで行く銃弾を、流石はアンツィオ、僅かに機体を左右に揺らすことで避け、当たっても掠めるに損害を抑える。しかしキャプテンも忍も、そういう場合は既に織り込み済みだった。

 

「殺人スパイク作戦!」

『そーれ!』

 

 降着して体育座りの格好になっている典子のファッティー。その背中を踏み台に、忍のATは宙へと跳び上がる。

 これには相手も今度こそ本当に仰天した。反応する間もなく、振りかぶった忍のアイアンクローの一撃に横っ面を引っ叩かれて吹っ飛び、パシュッと音を立てて白旗を生やす。

 

「スパイク成功!」

『よし次!』

 

 忍はさらに、手近なツヴァークへと一発お見舞いすべくアイアンクローを振りかぶる。

 相手の左脇を駆け抜けつつ、一発ぶちこみウエスタンラリアットの体勢だ。これでもう1ポイント追加だ!

 

「待て河西! ツヴァークの手の部分は――!」

 

 キャプテンの警告は残念ながら間に合わない。

 相手ツヴァーク左手のマニピュレーターが“折れた”かと思えば、手首に内蔵された三連装の11mm機銃が顔を出す。避ける暇などあるわけもなく、至近からの直撃弾に忍はあっさりと撃破された。

 

『きゃあっ!?』

「くそう! 近藤までやられたか!」

 

 相手は手持ちの得物を投げ捨て、両手首を展開。三連装が2門で計6門の11mm機銃の斉射で妙子を撃破したらしい。そしてそのまま両手の銃口を典子達にも向けてくる。残った相方も同様に腕部機銃を展開しての攻撃だ。一気に勝負を決めるつもりらしい。横殴りの銃弾の雨をなんとか凌ぎながら、典子は叫ぶ。

 

「これで2対2だ。根性だ佐々木!」

『はいキャプテン!』

 

 機銃には機銃で対抗だ。典子はガトリングガンで弾幕を張り、あけびがその陰でグレネードの一撃を狙う。

 一方相手は――残っているのは隊長機と僚機が一機だ――役割分担も何もなく、弾が切れるまでトリッガーを引きっぱなしにするつもりらしい。

 

「私がトスで繋ぐ。佐々木がアタックだ! いつもとポジションが違うが、いけるな!」

『はい! それこそ根性で行きます!』

 

 典子が正面に出ることで敵の攻撃を集中させる。

 11mm機銃はATの装備の中では比較的小口径だが、それでもいわゆる『重機関銃』なみの大きさだ。それが6門、否、相手は二機だから12門。銃弾は容赦なく注ぎ、装甲を削り、振動にコックピットは揺れる。急所への直撃は防いでいるが、このままだとダメージの蓄積で撃破判定が出かねない。

 

「おおおおおおおっ!」

 

 分隊長機らしい相手のツヴァークへとブーストを最大まで()かして肉薄する。

 ペダルを目一杯踏み込み、フルスロットルで加速した所で、典子のファッティーからは白旗が揚がった。

 しかし一旦付いた慣性は早々には失われない。白旗を掲げたまま、典子のATは分隊長らしいツヴァークへと正面からぶつかった。その衝撃に相手のATは体勢を崩し、もつれ合うように地面を転がる。

 僚機のツヴァークが気を取られて動きを止めた所に、あけびのグレネード弾が直撃する。

 あけびが倒れた敵分隊長機――ペパロニの駆るツヴァークへと照準を向けるのと、ペパロニが典子のファッティーから得物をもぎ取りつつ身を起こすのはほぼ同時だった。

 銃声と砲声。異なる音色が重なり合った時、あけびとペパロニのATの両方から白旗が揚がった。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 もう何度目になっただろう。

 ぶつかり合う槍身と槍身。鳴り響く金属音。

 必殺のパイルバンカーが装甲を掠め、塗装を、表皮をえぐり取って行く。

 砂色に塗られたカルパッチョのベルゼルガはその黒い地金を所々で晒し、カエサルのプレトリオは猛獣に組み付かれ引っ掻かれでもしたような有様だ。

 

「たあっ!」

 

 ベルゼルガDTの両足のかかとの部分には、サンドトリッパーユニットと呼ばれる砂漠を走るための無限軌道パーツが取り付けてある。それをフルに回転させて加速し、カルパッチョは思い切りプレトリオの横腹を狙って蹴りを放った。プレトリオはローラーダッシュで後退し避けるが、これで均衡を保っていた2人のせめぎ合いは、攻守の両面へと分かたれた。言うまでもなくカルパッチョが攻め、カエサルが守りだ。

 

「てやっ!」

 

 白兵戦は気合の勝負だ。一度の後退は果てしない後退へと繋がる。そして行く行くは追い詰められ、勝利を相手にもぎ取られるのだ。

 だが、カエサルとてそんなことは知っている筈だ。

 

「っ!」

 

 やはりというかカエサルは退いた勢いを攻めへと転じ、攻めかけてきたのだ。

 機体の重心を右に寄らせつつ、左のグライディングホイールのみを回転させる。

 右足が重みでターンピックの代わりを果たし、後退の動きは回転軌道へと転回される。

 同時に上半身のみを回転させ膝裏をカルパッチョへと向けながら、しかし上体と騎士然とした輝く機械の三つ目顔で彼女を見据えたのだ。人の形をしていてもATは機械だ。だからこそ可能な動きもある。

 カルパッチョは自分の方へと突き出されたパイルバンカーの穂先を、とっさの降着機動で回避する。そして相手の膝蹴りがセンサーへと叩き込まれる前に、降着状態のままローラーダッシュタックルを喰らわせたのだ。未だ上半身と下半身がそれぞれ逆方向を向いていたカエサルのベルゼルガプレトリオにとっては、ちょうど膝裏の窪みに蹴りを入れられたのと同じような格好になった。腹を殴られた訳でもないのに、くの字を描くカエサル機は、今度こそ完全にバランスを失って倒れる。カルパッチョ機は疾走を続けながら降着状態を解いた。膝の動きでターンを描いて、立ち上がってもまだ戦える状態ではないプレトリオへと人機槍一体となって突進する。

 

「もらった!」

 

 カエサルはまだこちらへと槍の穂先も向け終えていない。

 回避運動をとる余裕もない。

 

「勝ったよたかちゃ――んっ!?」

 

 否。そうではない。

 カエサルは敢えてパイルバンカー槍を地面へと向けていたのだ。

 試合場は荒野。当然硬い岩盤が剥き出しな地形も所々にある。

 その岩盤目掛け、あからさまに貫通しない角度でカエサルはパイルバンカーを放った。

 鉄杭の穂先は岩の表面を叩き、その反作用でプレトリオの機体は押し出される。

 車輪を用いるローラーダッシュでは出せない瞬間加速。

 カルパッチョの狙いを飛び越える形で、カエサルのプレトリオは懐へと飛び込んでくる。

 

「――」

 

 石突き部分をコチラへと叩きつけんとするカエサルを迎え撃つ為に、敢えてカルパッチョは得物を手放した。

 手放した掌を迫る石突きへとかざし――激突。衝撃に右のマニピュレーターは粉砕されるが、問題はない。

 空いた左拳は、殆ど密着した状態にあったカエサルのプレトリオの、その脇腹目掛けて放たれた。

 アームパンチ! それも一発ではない。二発、三発、四発の連撃だ!

 空薬莢が跳ねまわり、鋼と鋼が打突し合う音は鼓膜を突き破らんばかり。

 左腕部のアームパンチ用のカートリッジが尽きた時、頑丈を以って知られるプレトリオも流石にダウンした。

 膝からがっくりと崩れ落ち、白旗が鶏冠飾りの中から飛び出した。

 

『ひなちゃん、私の負けだ』

「たかちゃん、私の勝ちね」

 

 カルパッチョは勝負に勝った。

 しかし――試合には敗れた。

 

「ッ!?」

 

 衝撃を感じた時には手遅れ。

 殿(しんがり)のカルパッチョ分隊僚機三機を撃破し、突破してきた沙織と華。

 共に満身創痍ではあったが、最後の一撃を叩き込む得物は残っていた。

 

『有効! アンツィオ高校フラッグ機撃破! よって……大洗女子学園の勝利ッ!』

 

 そう高らかに、審判は告げたのだった。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「勝ったね……なんとか」

「ですね」

 

 沙織と華は愛機から降りて、だらしなく地面に腰を下ろしていた。

 はしたないとは我ながら思うことだが、しかし疲労困憊でもう格好を気にしている余裕もない。

 

「……ほんと。よくやったもんだよね、私ら」

 

 沙織が見上げるレッドショルダーカスタムの姿は酷いの一言で、右手は吹き飛んでいるし、左手も肝心のソリッドシューターが直撃弾で半壊している有様。ミサイルもロケットも弾切れで、頼みは僅かに残った腰のガトリングガンだけ。華の方はと言えばAT自体は綺麗なものだが得物が残弾なしであり、沙織のガトリングガンの不意討ちで何とかなっていたが、相手が万全の態勢だったらどうなっていただろう。

 

「てか、目の前のことに手一杯で気づいてなかったけど、結構ぎりぎりだったんだね私ら」

 

 戦力を映し出している巨大スクリーンに表示されているのは、フラッグ機まであと一歩という所まで追い詰められている味方の姿だった。アストラッドを倒してなお健在だったみほや麻子が全力で麓へと下っていても、タッチの差でこちらのフラッグ機が撃破されて大洗の敗北だったかもしれない。

 たまたま自分たちが間に合った。ただそれ故の勝利だった。

 

「沙織さーん! 華さーん!」

 

 声がするほうを向けば、優花里や麻子と連れ立ってこちらへと駆け寄ってくるみほの姿がそこにある。

 だが沙織にとって意外なのは、みほに連れ合いの中にアンツィオの隊長の姿があるということだ。

 

「なるほど……お前たちがうちのカルパッチョを撃破したのか。今年こそはいけると思ったけど、してやられたよ」

 

 アンチョビは敗者の身にあってなお不敵に微笑むと、沙織へと掌を差し出した。

 沙織はそれを握り返し、アンチョビに引っ張られながら立ち上がる。

 アンチョビはそのままぶんぶんと力強く握手した後、沙織へと熱いハグをかけてきた。

 呆気にとられた沙織は小さく「やだもー」とつぶやきながら照れて赤くなった。

 華はと言うとノリノリでハグをし合っていたのが好対照だった。

 

「さて――それでは諸君!」

 

 アンチョビはいつのまにやら集まっていたアンツィオ選手たちへと向けて指揮鞭をかざし号令した。

 

「湯を沸かせ! 釜を炊け! 宴の準備だーっ!」

 

 試合が終われば敵も味方もない。

 勝利も敗北も分かち合い、大いに労い合って飲み食い騒ぎ、歌い踊り楽しむ。

 それがアンツィオの流儀というやつだった。

 

 

 

 こうして全国高校装甲騎兵道大会2回戦第4試合、大洗女子学園対アンツィオ高校の戦いは、大洗の勝利に終わった。予期せぬ事態に驚いたり驚かされたりもしたが、終わってみれば実に後味の良い幕切れであった。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 宴が終わって数日後、大洗にひとつの知らせがもたらされた。

 トーナメントを勝ち上がり、準決勝に駒を進めた学校、すなわち次の大洗の対戦相手はどこか。

 それは、プラウダ高校。昨年、黒森峰を破り優勝を勝ち取った強豪。

 そして、みほにとっては忌まわしい過去の象徴とも言える相手だった。

 

 





 勝利とは所詮、次の戦いのためのプレリュードに過ぎない
 強敵を突破した先に待つのは、立ちはだかる更なる強敵
 敗北するか優勝するか。その二択のどちらかを選ぶまで、連綿と続く戦い
 その最中、ある者は悩み、ある者は傷つき、ある者は決断する
 そしてまた新たに誰かが呟く。たまには火薬の臭いを嗅ぐのも悪くない

 次回「思惑」。思い惑い、それでも進む 


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第38話 『思惑』

 

 

 パスタは金色に輝き、トマトからなるソース類は鮮烈にして濃厚な真紅をその液面にたたえている。

 仔牛のコトレッタから漂う(かぐわ)しい油と肉の香りに混じる、バジルソースの匂いのなんと爽やかなことか。

 純白のテーブルクロスがかけられた長机を、一面覆わんばかりの料理、料理、料理、料理――。その品目を箇条書きにするだけでも白紙が真っ黒になりそうな程のバリエーション。しかもそれでいて、どれひとつとっても見る者の口から唾液を溢れさせる美事な見栄えを有しているのだ。美と食の学び舎と、人はアンツィオを呼ぶ。みほ達の目前に広がる景色こそ、そんなアンツィオの面目躍如であった。これらは全てアンツィオが用意した御馳走なのだ。

 アンチョビとカルパッチョは立ち上がって一同の様子を見回していた。自分たち2人を除く大洗、アンツィオの選手たちが残らず席についているのを確認し、アンチョビは腕組みしながらしみじみとつぶやいた。

 

「ここの所、経費削減その他諸々の事情で食に関してもわびしい限りだったが……哀しいながらもそれも今日で一旦終わりだ」

 

 繰り返すようだがアンツィオとは美と食の学び舎。そんなアンツィオに籍を置く選手たちが勝利のためとはいえ3度のおやつを2度に減らしてまで軍資金貯蓄に努めたのだ。それ以外にも筆舌に尽くせぬ涙ぐましい努力の積み重ねがあったのだ。しかし結果は敢闘虚しく二回戦敗退……だがドゥーチェ・アンチョビの声に悲壮感は全く無い。彼女は確信しているからだ。アンツィオは負けはしたが一時の勝敗に勝る大きなモノを得たと。そして獲得した成果は、努力に見合うものであったのだと。

 三年生のアンチョビは今年で卒業するが、ペパロニにカルパッチョはまだ二年生であるし、彼女ら3人を除く他の選手は残らず1年生なのである。そう、アンツィオ装甲騎兵道チームは大洗ほどではないが実に『若い』。まだまだ成長途上の若獅子なのである。つまり、来年度こそは!

 

「たとえ今日敗れても明日のアンツィオの装甲騎兵道がなくなった訳じゃない。戦いは明日も、明後日も、明々後日も、週を跨いでも月を経ても年を越しても続く。仮にここにいる選手一同が全員卒業したあともアンツィオの装甲騎兵道は続く。そう! 戦いに果てはなく、努力に終わりはない! つまり頑張れば頑張っただけアンツィオは強くなる!」

 

 今回撃破されたアストラッドも、ちゃんと修理を施して来年度再出場すれば良い。

 次はちゃんと時間をかけてクルーを選抜し訓練すれば、アンツィオの秘密兵器は正しく決戦兵器と化して未だ高い壁の強豪達にも立ち向かう力になるのだ。

 

「だが今日この日、この瞬間だけはそんなことは忘れよう! 我慢してきた分、大いに飲んで大いに食べて大いに笑って大いに歌え! さぁ無礼講だ!」

 

 アンチョビの高らかなる宣言を、カルパッチョが引き継ぐ。

 

「それではみなさん、お手を拝借!」

 

 大きな声で言いながら、彼女は両の掌を軽く合わせた。

 

「いただきます!」

 

 カルパッチョの合掌に、アンツィオも大洗も関係なく、その場の全ての人間が彼女の言葉に続いた。

 

「「「「「「いただきます!」」」」」

 

 かくして宴会は始まった。

 みほ達を始め、大洗の面々も大いに飲んで食べて笑ったが、例外もいた。

 角谷杏。大洗女子学園生徒会長その人。

 

「明日も、明後日も、明々後日も、週を跨いでも月を経ても年を越しても……」

 

 杏が少し酸味のある葡萄ジュースを(あお)りながら呟いたのはアンチョビの言葉だ。

 

「続くといいね、ウチの学校も……」

 

 嬉々たる周囲からそこだけ切り取られたような、場にそぐわぬ(うれ)いの空気を纏い杏は独り言った。

 しかしそんな彼女の言葉は宴の喧騒に掻き消され、誰一人聞いたものはいなかった。

 

 

 

 

 

 

  第38話『思惑』

 

 

 

 

 

「ねぇ、みぽりん大丈夫かなぁ」

 

 沙織がそんなことを言い出したのは、昼食の時のことであった。

 あんこう分隊の面々にとって、AT格納庫に集まってお弁当を広げるのは半ば日課に近くなっていた。

 午前授業との兼ね合いで上手く揃わなかったり、また皆で学食行く場合もあったが、おおむね5人揃って車座になり、雑談を交わしながら弁当をつつくのである。装甲騎兵道の授業のコマはほぼ午後に固まっているため、その日の訓練についてのミーティングも出来てちょうど良いのだ。

 しかし今日は肝心のみほがこの場にいない。付け加えて言うなら昨日も一昨日もみほは昼食時に姿を現さなかった。その理由を沙織も、華も、優花里も、それに麻子も知っていたが、しかし心配は心配だ。沙織が見せた不安の表情に、残りの三人もすぐに同じような顔になった。

 

「3回戦の対戦相手が決まってから、みほさん、ずっと一人で忙しそうですね」

「あんこうだけじゃなくて、他の分隊のことでもあちこち飛び回ってるらしい」

「お手伝いできれば良いのですが……」

 

 遂にやってきた準決勝の対戦相手は、昨年の優勝校にして伝統と実績を有する強豪プラウダ高校。その事実を知ったその日から、みほはどこか焦った様子を終始見せている。協力を申し出るあんこう分隊一同に対しても「これは私の仕事だから」と、無理して微笑んで誤魔化していた。装甲騎兵道を通し競技の内でも外でも仲間として、友達として打ち解けてきた所だったのに、対プラウダ戦が決まってからのみほの姿はどこか頑なで、一人で何でも抱え込んでいる様子だった。昼食時間も惜しんで、対プラウダ戦の準備に追われているらしい。

 

「みぽりん、最近装甲騎兵道やってて楽しいって言ってたのに……」

「無理してらっしゃるんじゃないかと、わたくし心配です」

「言っちゃ悪いが、今の西住さんは西住さんらしくない感じだな」

「……」

 

 みほが見せる憔悴した姿の訳を、唯一知るのは優花里だった。

 彼女は知っている。なぜみほが黒森峰を去らねばならなかったのか。

 それは昨年度の装甲騎兵道全国大会決勝戦での黒森峰の敗北と、10連覇失敗の責任がみほにあると見做されたからだ。

 優花里は断言できる。戦友を救うためにとったみほの行動に間違いはなかったと。

 しかし人として正しいことをしていれば勝負に勝てるかと言えばそうではないのだ。現に黒森峰はプラウダに敗北した。装甲騎兵道始まって以来の、10連覇という偉業の達成は、その栄冠を掴む機会は潰えたのだ。

 その後、黒森峰内部で何があったかを部外者に過ぎない優花里は知らない。はっきりしているのはみほは黒森峰から大洗へと転校し、装甲騎兵道からも背を向けようとしていたという事実。そして昨年度の黒森峰敗戦に、みほがどこか無意識的に責任というか罪悪感のようなものを覚えているということだ。

 

「……」

 

 秋山優花里は西住みほを敬愛している。

 それは単に装甲騎兵道選手としてではなく、仲間として、友人として彼女を慕っている。

 故に助けになりたいと思っていた。みほが抱いているであろう、プラウダに対し抱いているであろう、恐怖にも近い不安感を、少しでも和らげてあげたいと思っていた。

 その為に、自分に出来ることはひとつしかない。

 ――優花里は独り、静かに心を決めていた。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 ――『ラゲーリ補習島』一度はおいで、 寄せる荒波身を(みそ)ぐ。

 他にもシベリア島だとかツンドラ島だとか呼ばれているこの小さな島はプラウダ高校が学園艦の外に校地として保有している離島で、その名そのまま補習教室用に特別に(あつら)えられた施設だった。

 コンクリートうちっぱなしの簡易宿舎が軒を連ね、岸は残らずコンクリートで塗り固められた上に高いブロック塀で完全に閉鎖されている。一見するとまるで刑務所のようだが、事実その運用は殆ど刑務所と大差なかった。

 島の中央には露天掘りで造られたすり鉢状の大穴があって、その中では大勢のプラウダ生徒がドリルやツルハシ、スコップを手に、懸命に地面をほじくり返していた。

 

『手を休めるな~サボった奴はシベリア送り5ルーブル追加だぞ~』

『今日来る船でちゃんと帰りたいだろ~だったら最後までキリキリ働け~!』

 

 地上から降り注ぐ監督生達の声に、地の底をツルハシで叩く小柄な少女、ニーナは思わず天を仰いだ。

 顔面をすっぽり覆う防塵マスクに、ほぼ全身を包む防塵ポンチョは重くて暑い。今にも雪が降りそうな曇空にも拘らず上がった体温にマスクのレンズ部分は何度も曇って、そのたびにマスクを外して拭わなければならない。しかしそうすれば砂埃まみれの周囲の空気にどうしてもむせ返ってしまう。マスクを着けようが着けてなかろうが変わらぬ不快感に、ニーナは深くため息をついた。

 そう嘆くな。今度の『補習』は短期間で済んだ。今日の午後の帰還船でちゃんと学園艦に戻れるじゃないか。それまで……それまでの辛抱だ。

 ニーナは急いでマスクを着け直し、再び地盤をツルハシで叩いて砕く作業へと戻った。

 ある程度細かく砕いた所でもっこかネコグルマで集め、分別班の所に持っていくのである。

 補習労働のハードさを思えば、採掘できるブツの量は余りに少ない。しかしあんな少量でもこまめに貯めておけば、換金するときに結構な額になる。プラウダの装甲騎兵道の大きな支えにもなっているのだ。手は抜けない。

 

「にっしても、もー少しがっぽりと採れねーもんがな……」

 

 ニーナがそう呟いたのは、今掘っているブツ、『ヂヂリウム』のことである。

 ヂヂリウムは半導体などの材料になる稀少鉱で、これを用いることで電子回路やコンピューターはその性能を飛躍的に増大させることが出来る。それだけに高額で取引されており、この島もかつては鉱夫やその相手をする諸々の商売人たちで大いに賑わったものだった。しかし鉱脈はあらかた掘り尽くした所で閉山、ただ同然で売りに出されていた所をプラウダ校が買い取ったのである。鉱脈を掘り潰したといっても、それは費用対効果に見合わないぐらいに採掘量が減少しているという意味であって、完全に採れなくなった訳ではないのだ。プラウダは厳しい校風で知られる学校である。学業不振、素行不良その他、生徒の不始末に対するペナルティは重い。この補習島でのヂヂリウム採掘補習もそうしたペナルティの一環であり、特にこの補習はそのハードさにおいて生徒たちから大いに恐れられていた。

 

「えっほ、えっほ、えっほ……っと」

 

 ニーナがこの補習島へと叩きこまれた理由は、プラウダ装甲騎兵道隊長カチューシャの不興を買ったからだった。

 次期隊長候補の筆頭であり、普段はカチューシャのお気に入りと言えるニーナだが、例えそんなニーナであってもプラウダの小さな暴君カチューシャを怒らせればヂヂリウム掘りのペナルティは免れない。それにニーナ自身もしでかした事を思えばヂヂリウム掘り程度で済んで良かったと少しホッとしていたのだ。粛清と通称されるペナルティの数々の内、最も重いのはATを取り上げられて機甲猟兵科へと格下げを食らうことなのだから。

 

「ん~」

 

 作業が一区切りついた所でよっこらせと体を反らせて背骨を解すニーナの視界に、具合の悪そうな補習生の姿が映った。重い電動ドリルを肩に負い、えっちらおっちら歩いている。その動きが余りにぎこちなく、ふらふらとしているのがニーナには気にかかった。ツルハシを傍らのボタ山に突き刺し、てとてととその補習生へと駆け寄った。

 

「おめさんダイジョブか? 監督生に言って医者に見てもらうだべか?」

「い、いえ……暑くてちょっと立ちくらみをしただけなので、大丈夫です……」

「ぜんぜん大丈夫じゃねーぞぁ。とりあえずスミ寄ってマスク外したほうが良いよぉ。んなもんつけてると息が詰まるから。肩かしてけろ。一緒に行くべぇ」

「あ、ありがとうございます」

 

 訛りのない綺麗なイントネーションがニーナの耳にはこそばゆい。 

 プラウダの生徒は青森出身者と北海道出身者に大別されるが、目の前の彼女は後者なのだろう。同じく後者のカチューシャ隊長やノンナ副隊長はきれいな標準語を話せるのだから。

 

「ふぅ~……噂には聞いていましたが、プラウダの補習授業のキツさは格別ですね~」

「……見かけない顔だげど、ひょっとして転校生かなんがか?」

「あ、はい。転校早々に補習に行くハメになるとは思わなかったですけど……」

「何やらかしたおめぇ~」

 

 マスクの下から出てきたのは癖っ毛が特徴的な少女であった。

 背は自分より高く、雰囲気も若干大人びている。もしかすると自分より学年は上かもしれない。

 

「あ、私はルルシー・ラモンと言います。貴女は……」

「ニーナです。それにしても随分ハイカラなお名前ですなぁ」

「あはは。ありがとうございますぅ」

 

 ニーナへと爛漫とも言える笑顔を返したこの少女。

 その明るい様子はとてもスパイのそれとは思えないが、何を隠そうルルシー・ラモンを名乗る彼女こそ、大洗よりプラウダへの潜入を試みた、秋山優花里その人に他ならない。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 プラウダが鉄壁の警備を誇っているのは、装甲騎兵道界隈では有名な話だった。

 特に現隊長カチューシャの体制となってからは、副隊長のノンナがブリザードのように厳しい眼を光らせ、諜報に長けた聖グロリアーナの密偵ですら容易に忍び込めない厳戒態勢が敷かれているとのこと。サンダース潜入時のように正面から挑むのは無理だと、優花里は早々に見切りをつけた。

 そこで優花里が注目したのはプラウダ特有の補習島の制度だった。

 普通、喜び勇んで補習島に忍び込みヂヂリウム掘りを買って出る輩などいない。

 刑務所から脱獄する不逞の輩はいても、好んで侵入する不届き者は滅多にいないのと同じ理屈だ。

 夜間にうちにATで海を渡り上陸、補習生を装い、帰還船に潜入。そのままプラウダ学園艦へと忍び込むという手はずだった。ATは使い捨てる可能性も強いために、ジャンクのスコープドッグをマーシィドッグへと即席改造しての潜入だった。補習島が本土から比較的近い場所にあって心底助かった。

 

「ニーナさんありがとう。お陰で助かりました」

「こ、こちらこそ。先輩も気をつけて下さい」

「はい! 今後は口が裂けてもカチューシャ隊長のことを小さいとかお子様とか言いません」

「言ったはなから言ってるだべなー!?」

 

 そしてそれは成功した。

 ニーナという装甲騎兵道の一年生選手と会話し、多少なりとも交流を深めることが出来たのだ。

 後は彼女と行動を共にすれば良かった。本物の刑務所ならまだしも、過酷とは言え学校の補習である。補習生の人数把握は大雑把で、難なく帰還船に乗り込むことができたのだ。後は学園艦に接舷するのを待つだけだ。

 

「学園艦に帰ったら何か温かいものでもおごりますよ。何が良いですか?」

「え、良いんですか?」

「はい。危ない所を助けてもらいましたから」

 

 優花里はニーナへとにこやかに笑いかけた。

 これでスパイ活動は成果の少なかったアンツィオ潜入を含め三度目。

 最初のサンダースの時は色々と失敗やヘマもあったが、三度目となれば色々と慣れてくる。

 お陰で割りと自然な態度でプラウダ生徒にも接することが出来ていた。

 

「そ、それじゃ、学園艦に戻るまでに考えておきますぅ」

「解りました。着いたらいつでも言ってくださいねぇ~」

 

 その後は風に当たって来ると言い訳しニーナと別れ、単独行動へと移った。

 単なる学園艦潜入のための足に過ぎないこの船だが、脱出の際に何か役立つものもあるかもしれない。

 あちこちで雑談し学園艦に返ったらあーしたいこーしたいと楽しそうに語り合うプラウダ生の間をすりぬけ、優花里は立ち入り禁止と書かれたプレートのある扉の前に立った。左右を見渡し、誰も自分を見ていないのを確認してから、僅かに扉を開いて体を静かに潜りこませる。後ろ手に扉を閉じれば、これで船内潜入の開始だ。

 靴を脱ぎ、靴紐同士を繋いで左手で背負い持つ。足音を消すための古典的な手法だった。

 

「……」

 

 艦内は無人かと思うぐらいに静かで、人気がない。

 学園艦と補習島を結ぶ短距離航路であるため、恐らくは最低限の人員で航行しているのだろう。

 潜入者である優花里にとっては好都合であった。

 

(内火艇の場所を把握しておくのが先決。えーと、船内地図は――!?)

 

 不意に、奥からガチャガチャと何やら金属音が響いてきた。

 優花里は壁際に身を寄せつつ、懐に手を突っ込んで『得物』を引き抜いた。

 プラウダの制服が比較的余裕のある作りで助かった。

 対機甲猟兵用のリボルバー拳銃を腹にサラシで巻いて括りつけておいても、違和感が出ないのだから。

 銃身部のみステンレスの銀色で、弾倉やメインフレームはガンメタルブルーという若干変わった見た目のリボルバーは、傭兵部隊などで士官用に良く使われる代物である。装填されているのは競技用のペイント弾であり、威力はないに等しいが、とりあえずハッタリにはなる筈だ。

 

(音は……あの部屋から)

 

 優花里は壁にピッタリと背中をつけながら、音を立てないようにゆっくりとにじり寄る。

 扉は開いていた。ちょっとだけ顔を出して覗きこめば。何やら物色しているらしい人影が一つ。

 格好は黒の耐圧服。体格的に女性。肩口にかかる灰色がかった長めの銀髪。

 その髪の色に優花里はどこか既視感を覚えた。故にやり過ごさずに、こちらを振り向かせて見ようと思い立った。

 

「……」

 

 靴紐に指を引っ掛けて、ブーツをだらりと垂らす。

 軽く振り子の勢いを付けて、部屋の中へと投げ込んだ。

 

「!」

 

 音に反応して謎の人物は靴のほうへと視線どころか体ごと向けた。

 その反応の素早さに、優花里は瞠目(どうもく)した。いつの間に拳銃を抜いたのかも解らなかった。

 箒の柄(ブルームハンドル)を思わせる銃把の大型自動拳銃。到底早撃ちには向かないそれを瞬時に抜くのは並大抵のことではない。脅威を感じた優花里は反射的に物陰から飛び出し、リボルバーを謎の人物へと向けた。

 

「ッ!」

「!?」

 

 相手は投げた靴の方を向いていた筈。

 だが実際はどうだ。こうして銃口を向け合っている。優花里は冷や汗に背を濡らした。なんという反応速度!

 

「――!? あなたは!?」

 

 そして優花里は相手の正体を知ってさらに驚いた。

 銀色の髪に青い双眸。鼻筋の通った顔立ちは、黒森峰女学院副隊長、逸見エリカその人に他ならなかった。

 

 

 





 なぜ、ここにいる。なぜ銃を向けあう
 ともに落ちた船底で、互いの心の中を覗く
 そこには、信じる誰かの為に敵地へ我が身を投ずる己の姿が在った

 次回「共闘」 呉越同舟、互いを分かつまで






【優花里のリボルバー】
:ボトムズ本編でカン・ユーが使っていたのと同じリボルバー
:神聖クメン王国の親衛隊も同タイプのものを仕様。ポタリアもこれを使っていた
:見た目以外は何の変哲もない6連発のリボルバー

【エリカの自動拳銃】
:機甲猟兵メロウリンクにおいてキーク・キャラダインが愛用した拳銃
:ぶっちゃけモーゼルM712。実銃とは若干細部デザインが異なる
:余談ながらキークは声優、大塚明夫氏の初演キャラでもある


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第39話 『共闘』

 

 

 新月は密かに動くにはもってこいの夜である。

 ましてや、今夜みたいに雲の多い日は格別だった。僅かな星明かりすらも、雲の帳が遮ってしまうから。

 墨を流したような漆黒の闇を前にすれば、一人乗りの小型ヘリなど容易く全て覆い隠されてしまうのだ。

 『ATフライ』の操縦席に座り、前方180度見渡せるキャノピー越しに夜空を眺める。

 パイロット用のバイザーには無線機と暗視装置が内蔵してある。こんな夜でも人の目には捉えられない光はあるもので、暗視装置はそんな光を拾い上げ画面へと薄緑がかった景色を映し出す。

 バイザー越しには小さな白点と映る小島が、視界の端に入り込んできた。

 進路を修正、機首をその小島の方へと向けた。

 

「逸見副隊長、目標地点まであと5000。降下準備、最終確認をお願いします」

 

 ATフライのパイロット、赤星小梅は機体下部にフックとチェーンで吊り下げた一機のATへと無線で呼びかけた。

 この小型ヘリは小型ながら高い馬力を誇り、AT一機程度なら吊り下げて輸送することが出来るのである。戦地はもとより、装甲騎兵道でも遠い試合場へとATを持ち込む場合はたびたび使われる乗り物であった。

 

『マッスルシリンダー、動作快調。ハイドロジェット……動作確認。エアーも満タン。システム、オールグリーン。最終確認終了。小梅、問題はないわ』

 

 さて件のATの方からは、スピーカーからいつも通りの凛々しい声が聞こえてきる。

 ATのパイロット、逸見エリカの声色は落ち着き払い、冷静そのものだった。

 あの警備の硬いプラウダ高校にこれから単独潜入しようと言うのに、加えて夜の海での潜水作戦だと言うのに、流石はエリカさんだなぁと小梅は思った。自分など、慣れない夜間飛行というだけで緊張しているのに。

 

『いい。手はず通り島の監視網ぎりぎりまで接近、私を降下させて小梅は即帰還よ。あとはコッチでやるわ』

「迎えは明日の午後6時半、あの小島……であってますよね?」

『ええそうよ。そして5分待って私が現れなければ、貴女はそのまま引き返す。それを忘れないで』

「でも……」

『でもも何もないわ。万に一つ私がしくじってプラウダに捕まっても、決勝戦まで拘束されるだけ。心配は無用よ。まぁ、重ねて言うけどそんなこと万に一つもありえないけど!』

 

 その点に関しては小梅も心配はしていなかった。

 エリカ副隊長は勇敢で、しかも優秀だ。自分と違って肝心な時にヘマをやらかすようなことはしないだろう。

 

『合流ポイントに着いたら軍用の発光信号を送るから、それが目印よ』

「解ってます」

『……』

「……」

 

 互いにそこで言葉が尽きた。

 ヘリは淡々と目的地へと近づき、時期に降下ポイントのすぐ手前までやって来ていた。

 小梅は徐々に高度を下げた。風も強くない。制動は安定している。

 

「降下ポイントに着きました。秒読みを開始します。着水時の衝撃に備えて下さい」

『万事問題はないわ。始めなさい』

「はい。秒読み始めます」

 

 十、九、八、七……――。

 

「ゼロ! 降下!」

 

 小梅がカバーを開いてトグルスイッチを入れれば、カシンと音が鳴ってフックが外れる。

 ATは一直線に海面へと落下し、水しぶきを立てた。

 小梅がシートから身を乗り出して海面を覗けば、湧き出る白い泡の中から光る三連レンズが顔を出す。続けてATの右手が突き出て、親指を小梅の方へとグッと立てた。それを見てホッとした。ATは正常通りに機能しているらしい。まぁエリカのATは彼女自ら手を入れたカスタム機だ。滅多なことはないだろう。

 深い青色に塗られたATは夜の海の黒に呑まれてすぐに見えなくなった。

 水中戦用にハイドロエンジンを搭載し、表面を青く塗ったスタンディングトータスのカスタム機、通称『スナッピングタートル』は、エリカが一年生の頃に愛用していたATだった。それを今度の作戦のために引っ張り出して来たのである。

 スコープドッグのカスタム機や系列機で占められていた当時の黒森峰ATのなかではかなり目立つ存在で、実際それ故に試合になると相手からの集中砲火を良く浴びていたものだった。しかし、それはエリカも承知済みのこと。エリカが目立つATで相手を引きつけている間に、その隙をみほの駆るATが突きスコアを稼ぐのは、あの頃の一年生チームの常套戦法だったのだ――。

 

「……」

 

 昔を思い出して、小梅は胸に痛みを覚えた。

 みほはもう、黒森峰にはいない。エリカも、ATを乗り換えてしまった。

 あの敗戦が原因で、色んなものが、色んなことが、ガラリと変わってしまった……。

 小梅は頭をぶんぶんと左右に振って、無理やりそうした感情を脳裏から吹き飛ばし、ヘリの操縦へと専念した。

 機首を回し、黒森峰への帰還コースをとる。

 

「エリカさん……頑張って」

 

 一度だけ振り返り、誰へともなく小梅はそうつぶやくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

  第39話『共闘』

 

 

 

 

 

 

 

「あなたは! 黒森峰の逸見エリカ殿!」

「~ッ!」

 

 あからさまにこちらの事を見知っているプラウダ生徒――プラウダ校の制服を着ているから間違いない――の様子に、エリカは思わず舌打ちしていた。補習島学園艦間の定期便に乗り込む所までは上手く行っていたのに、よもやこんな所で潜入がバレてしまうとは!

 

(どうする? どうする? どうする!?)

 

 相手には対機甲猟兵用のピストルを向けているとは言え、装填されているのは競技用のペイント弾でしかないし、おまけに銃を手にしているという点では相手も同じだ。とにかくハッタリでも何でもかましてこの場だけでも――。

 

「ま、待ってください! 私は敵じゃありませんよぉ! ……少なくとも、今この場では」

 

 だがここで相手のとった行動はエリカの予想から完全に外れていて、呆気にとられたエリカは不覚にも心身共に固まってしまった。相手はリボルバーを収め両手のひらを突き出し左右に振ったのだ。

 敵意はない――ということらしい。何が何だか解らないが、エリカも取り敢えず愛銃をホルスターに戻し、改めて闖入者の顔をまじまじと窺った。……見覚えがある、気がする。だがどこで見た顔だったか。量の多い癖っ毛に、たれ目気味な双眸など、確かにどこかで見た筈だ。エリカは記憶を探り、そしてピンと来た。

 

「貴女……大洗の。しかもみほのチームの娘だったわよね」

「はい。わたくし、秋山優花里と言います! まさか覚えていて下さるとは、光栄です!」

「……別に。仮にもあの娘のチームの一員なんだから、一応チェックぐらいはしてただけよ」

 

 声を聞くうちに、エリカはどんどん優花里について知っていることを思い出し始めていた。

 そうだ。確か例のバトリング喫茶で、みほを弁護して真っ先に食って掛かってきた娘だ。

 サンダースとの試合中は妙なATに乗っていたから印象に残っている。操縦の腕もまずまずだった筈だ。

 

「あ! わたくし、知波単学園や継続高校との試合、衛星放送で拝見させて頂きました! 生は無理だったので録画でしたけど……それでも、逸見殿の活躍はバッチリ映ってましたよ!」

「え……ああ、そうだったかもね」

 

 憧れのアイドルやスポーツ選手を目の前にしたファンのように、妙にハイテンションかつフレンドリーな優花里の姿にエリカは大いに戸惑った。エリカの記憶では、自分は彼女の隊長、西住みほにバトリング喫茶で手酷く接していた嫌なやつ、という印象しか優花里達には無い筈だった。あの場でとった行動が間違っているとは毛ほども思ってはいないが、しかし、ああいうことをすれば人に嫌われることぐらいはエリカにも解る。ましてや大洗の娘らとみほは、とても仲が良さそうに見えたから。

 

「特にストライクドッグを駆り、率先して切り込み隊長を務める逸見殿の姿は、私の目に焼き付いています! ストライクドッグはH級の、しかもスペシャル機。扱いが難しいATなのに、ああも見事に使いこなすとは! 流石は――」

「ストップ! ちょっと待ちなさい!」

「え、あ、はい」

 

 エリカはずいと掌を突き出して優花里を制止する。

 額に指を当て、軽く深呼吸し、混乱を抑え努めて冷静になる。良し。落ち着いた。

 

「いい。貴女と私は敵同士なのよ。それを貴女はなんでそうもフレンドリーに……」

「敵同士……と言われましても。それは試合での話であって、ここは試合場じゃありませんが」

「私は西住みほの敵なのよ! つまりあの娘の味方の貴女は私の敵!」

「そ、そんな……」

「~~っっっ!」

 

 エリカとしては極当たり前のことを言ってるだけのつもりなのに、優花里から返ってくる本気でショックを受けているらしい表情に心が大いに乱される。なんだこれは。これじゃ私が悪者みたいじゃない!

 

「……ああもう! なんなのよ貴女。貴女はみほの味方で間違いないんでしょう!」

「それはもう! 私は西住殿を、ボトムズ乗りとしても人間としても、誰よりも尊敬しています!」

「だったらやっぱり私の敵じゃない!」

「それは違いますぅっ!」

「なんでよ!?」

 

 優花里の理論が、エリカには理解できない。

 

「装甲騎兵道は戦争じゃありません! いざ試合となれば全力で戦うのは当然ですが、一旦試合が終わればライバル同士でこそあれ、決して敵同士ではありません。むしろ、同じ競技に身を置く仲間じゃないですか! 確かに私は西住殿を尊敬していますし、去年の決勝戦で西住殿がとった行動は絶対に正しかったって、誰になんと言われようとも断言できます! ですがそれとこれとは問題が別で、競技者としての逸見エリカ殿は私も尊敬しておりますし、あ、いや西住殿には負けますけど、それでも逸見殿は一流のボトムズ乗りでありまして、去年の試合の時点でわたくし、実は注目させて頂きましてそのあうあ……スミマセン」

 

 濁流のような優花里の早口に、エリカがちょっと引き気味になっている。

 それに気付いた優花里の声は急にしぼむように小さくなって、最後は掻き消えるようだった。

 

「……はぁ。良いわ。とにかく今は敵じゃないってことね」

「あ、ハイ」

「まぁ敵地でスパイ同士争ってもしょうがないし……取り敢えず靴を履きなさいよ。そもそもなんで脱いでるのよ貴女」

 

 何とも調子が狂う。

 プラウダの船の底での、大洗の奇妙な生徒との対面に、エリカは何とも形容しがたい妙な感覚を味わっていた。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

(なんだか大変なことになってしまいました)

 

 と優花里は思う。何せ傍らでプラウダ高校の制服を着て、変装用の伊達眼鏡にロシア帽姿の逸見エリカその人がいるのだから。脱いだ耐圧服は、船室で入手したズタ袋に入れて背負っている。彼女がなにやら物色していたのは、これの為だったらしい。

 ――逸見エリカ。

 優花里からすれば“あの”黒森峰のエースであり、高校装甲騎兵道きってのボトムズ乗りであり、期待の若手選手として雑誌で特集を組まれたこともある、あの逸見エリカである。

 みほにこそ及ばない――というよりも、秋山優花里の中において西住みほという人間はあらゆる意味で別格なのだが――ものの、エリカも優花里からすれば充分に憧れのボトムズ乗りと言える相手であったのだ。そのエリカと何故か同行することになったのである。

 

『敵の敵は味方。ここは協力して事に当たるわよ』

 

 とまぁそういう理屈である。

 確かに一人よりも二人でやったほうが仕事は早い。だとしても、あの黒森峰のエースが自分の隣にいるというのは何とも妙な感じだった。

 彼女とみほの間に、昨年の決勝戦が原因の確執があるのは知っているし、みほを敬愛する優花里としてはその事に関してもやもやした感情が全く無いわけではない。しかしそれを差し引いても、あこがれのボトムズ乗りと共闘できるという現状は、なんともこそばゆい感触があったのだった。

 

「それにしても意外でした」

「何がよ」

「いえ、あの黒森峰がプラウダにスパイ戦をしかけるだなんて。やはり、今年はプラウダこそが黒森峰の最も警戒している相手ということなんでしょうか」

 

 優花里としてはそこまで深い意図があって発した言葉ではない。

 それだけにエリカの見せた反応には心底驚かされた。

 彼女は優花里の胸ぐらを掴むと、顔をぐいと自分の方へと寄せたのである。驚きに言葉も出ないは優花里へと向けて、エリカはまくし立てるように言い放った。

 

「いい! これは私、逸見エリカの完全な独断専行であって、黒森峰女学院とは一切関係ないわ。ましてや西住隊長とは微塵も、完全無欠に、徹底的に関係は無い! 隊長も学園も関知も関与もしていない! ……解った?」

「ええと」

「解った!?」

「ああはいぃ! 解りましたそれはもう!」

 

 優花里はぶんぶんと首を縦に振って頷いた。

 それをじっと睨みつけ、じっとじっと睨みつけ、ようやく気が済んだのか掴んでいた手を離した。それから自分でも思った以上に乱暴なことをしてしまったと思ったのか、バツ悪そうに乱れた優花里の襟元を直した。

 

「……黒森峰は、西住流は事前偵察などしないわ」

「え? でも事前偵察は公式に認められた――」

「いい? 黒森峰は王者であり、西住流は王者の戦い方よ。だから小細工なんてしないの。どんな敵が来ようとも正面から粉砕するだけよ。……だから、これは私の独断なのよ」

 

 エリカは優花里から目線を外し、苦虫を噛み潰したような顔になっていた。

 強豪校、それも九連覇校故の苦しみしがらみというやつがあるらしい。

 優花里は自身のエリカを見る目が、少しだけ変化したのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 プシュッと音を立ててタラップが学園艦と接舷する。

 安全確認が済み、鉄扉が開けば補修生達は雪崩れ込むようにタラップを駆け抜け、懐かしの学園艦の土を――船なのに土というのも妙な話だが――何度も何度も踏みしめた。焦る理由もない優花里にエリカと、単純に出遅れたニーナは他の補習生がはけた後に悠々とタラップを潜り学園艦へと足を踏み入れる。

 

「じゃあ約束通り、温かいものでも飲みに行きましょうか」

「あ、私、そのココアが飲みたいです」

「はいはい。それじゃあ手近な喫茶店でも――ってルスケさん、何ですか?」

 

 ルスケ――という偽名を今は使うことにしたエリカが、肘で優花里を軽く小突いたのだ。

 優花里が耳を寄せればエリカは囁き声で言った。比較的顔の割れているエリカは、余り大きな声で話したがらず、優花里はニーナに「引っ込み思案で内気な娘なんですよ~」と誤魔化していた。

 

(ちょっと! こんな所で油売ってる暇なんてないでしょ! とっとと本来の目的に移らないと……)

(スパイの基本はまず現地の人間と仲良くなることですよ。特に彼女は装甲騎兵道関係者らしいですから、そうしておいて損はありません。それに――)

 

 この時、優花里がエリカに見せた顔は、ちょっと得意気であった。

 

(スパイとしては私のほうが先輩なんですよ)

 

 それを言われたらエリカは何も反論ができない。

 確かにスパイ戦は黒森峰といえど守備範囲外であるからだ。

 

(解ったわ……この場は貴女に合わせてあげる)

(ありがとうございます。助かります)

「あのぉ~先輩方はなんのお話を~」

 

 ニーナが聞くのに、優花里は満面の笑みを浮かべて答える。

 

「いいえぇ。ルスケさんも甘くて美味しいチョコレートが食べたいって話で」

「チョコレートですかぁ~だったら私、美味しい店を知ってますぅ~」

「ホントですかぁ。ではニーナさんオススメのお店に、ぜひ連れて行ってもらいましょうか」

 

 とてもついこの間まで人見知り気味で他人に話しかけるのを躊躇っていた少女とは思えない。

 秋山優花里の、快活たる姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 エリカはやや仏頂面気味に、ニーナとにこやかに会話する優花里の姿を眺めていた。

 前にサンダースと大洗の試合を見に行った時は、みほの回りでちょろちょろしている変な奴程度にしか思っていなかったが、なかなかどうして芸達者な娘ではないか。

 

(ふん……案外やるじゃないの)

 

 エリカは秋山優花里という少女の名前を、胸に強く刻みつけた。

 大洗には、みほ以外にも見るべき人がいるらしいから。 

 

 

 





 降り注ぐ猜疑、溢れ出る弁明
 学園艦という閉塞空間、逃げ場などどこにもありはしない
 地吹雪のような傲慢が、ブリザードのような冷徹さが
 優花里とエリカの心臓へと突き刺さる

 次回、『狙撃』 銃弾を潜り、秘密を狙う


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第40話 『狙撃』

 

 コンクリートとアスファルトで隙間なく舗装された広大な地面には、所狭しとATが並べられ、幾つもの列を描いている。ATの内訳は陸戦型のファッティーに、そして『チャビィー』。小太りを意味するアダ名のこのATはファッティーに比べ小型で取り回しが良い高性能機だが、コスト等の問題から生産台数は決して多くない。高校装甲騎兵道では主力機としてチャビィーを使用しているのはプラウダ高校ぐらいだろう。

 列なすファッティーにチャビィーはどれもが雪原対策にと白か灰に塗られているので、日光を反射して実に眩しい。補習島とは対照的にプラウダ学園艦の天気は快晴で、一層強さを増した反射光に、エリカは思わず目を細めていた。プラウダ高校が装甲騎兵道受講者の為に割り当てた区画は、実に広大だった。

 

「いやぁ~ほんとうに凄い数ですねぇ。ATも、それに生徒の数も!」

「あたぼうですぅ。全国のどこの高校と比べても、プラウダの装甲騎兵道は大きさじゃ負けないですよぉ」

 

 隣を歩く優花里はと言うと相変わらずの様子で、キラキラした瞳を並み居るATたちへと向けつつ、ニーナへとしきりに話しかけている。

 確かに生徒の数の多さにはエリカも驚いた。プラウダ校がマンモス学園艦なのは知っていたが、実際に足を踏み入れてみればエリカの想像よりもずっとずっと大きいのだ。修理や整備のためにと、今も夥しい数の生徒がATの列の合間を走りまわっている。赤い詰め襟シャツに茶色掛かった深いアーミーグリーンのジャケットと、あまり女子高生らしくないプラウダ制服姿の娘もいれば、似たような配色のATスーツに身を包んだ姿も見える。大洗や黒森峰で使っているのとは違うタイプのもので、ヘルメットと酸素ボンベが一体化したタイプのやつだ。バイザーの上下機能もないやつで、エリカは個人的にこのタイプのATスーツは好まない。肉眼で外を見たい時にいちいちヘルメットを脱がなきゃいけないのは、エリカ的には実に不便だった。

 

「それはそうと、ニーナさん……『例の場所』まではまだなんですか?」

「もう少しですけんど……くれぐれもぉ、内緒でお願いしますぅ」

「大丈夫ですよ。口が固いのが私達のイイトコロですから!」

(それこそどの口が言うのよ)

 

 優花里が言う『例の場所』とは、プラウダ秘密の格納庫のことだ。

 1回戦、2回戦はチャビィーで参加したニーナだったが、決勝戦、場合によっては準決勝でも『特別なAT』に乗り換えをする予定らしい。喫茶店でAT関連の話題で(主に優花里とニーナが)盛り上がってる時に、うっかりニーナが口を滑らせたのだ。詳細を聞き出そうと優花里はしつこく食いさがったが、ニーナは首を横に振るばかり。

 

『秘密です! これは例え先輩でも、同じプラウダの生徒でも教えるわけにはいかねぇです』

『そうですか……』

 

 しかしここで優花里が顔を俯かせ、あからさまにしゅんとした様子で声を(すぼ)ませたのが効いた。

 ニーナは罪悪感をありありと顔に出しながら、左右を何度か見回し両隣の席に誰もいないのを確認してから、優花里の耳に顔を寄せて言ったのだ。

 

『絶対に、絶対に内緒ですよ! 他の誰にも言っちゃいけないんですがらね!』

 

 ニーナという少女は良くも悪くも素朴で素直な娘らしい。

 優花里が見せたパァッ! という擬音が聞こえてきそうな爛漫の笑顔に、あっさりと陥落させられていた。

 単に口頭で説明するのみならず、その秘密兵器とやらを実際に見せてくれるという所まで、あれよあれよと話は膨らんでいた。

 決勝戦にて敵味方で相まみえるかもしれない相手ながら、エリカはニーナがこの先に詐欺にでも遭いやしないかと少し不安になった。

 

「ここです! ながにはぁ……今は誰もいねぇみたいですので見るなら今のうちです」

 

 エリカが回想に浸っている内に、目的地には着いたらしい。

 一見すると何の変哲もない倉庫のようだが、正面の扉には巨大な南京錠が掛かっている。

 ニーナが懐から大きな鍵を取り出し、扉を開く。

 促されて優花里、エリカとニーナに続いて中に入る。

 

 そこで二人を待っていたものは、彼女たちの想像を遥かに超えたものだった。

 

「エクルビスが!?」

「6機!?」

 

 雪上迷彩の白に塗られた、ザリガニ頭の巨体が6つ。

 そこには鎮座していた。

 

 

 

 

 

 

  第40話『狙撃』

 

 

 

 

 

 

「ここからの眺めは何度見ても最高ね、ノンナ」

「はいカチューシャ。特に今日のような綺麗に晴れた日は」

 

 プラウダ高校から装甲騎兵道用にと割り当てられた区画に、その塔はある。

 通信用のアンテナ施設で、巨大な見た目の割には居住階は7階までと決して高いわけではない。

 しかし回りが丈の低い建物ばかりな為に、やっぱり7階からの眺めはプラウダでは格別だった。

 7階のなかでもっとも眺めのいい部屋がカチューシャ専用の事務室となっている。

 窓が高いため、やはり専用のお立ち台の上からカチューシャは地上もとい甲板上の世界を見下ろしていた。

 

 カチューシャはここからの風景が大好きだ。

 特に、今みたいに装甲騎兵道の訓練の前の、慌ただしい準備の光景を見下ろすのが格別だ。

 

 カチューシャも昔はあそこにいた。小さい体をフルに使って、ファッティーとチャビィーを整備してまわっていたものだった。あの頃のカチューシャは常に誰かに見下されていた。先輩たちと、同級生の間ですら、面と向かい合えば自然とカチューシャが『下』になる。それがたまらなく嫌だった。

 だが一旦ボトムズ乗りとしてATに乗り込めば体格など関係がない。

 そして今年、カチューシャは隊長の座にまで上り詰めたのだ。

 あの頃のカチューシャは常に誰かに見下されていた。今は違う。今はカチューシャが全てを見下ろす側で、皆が自分を見上げるのだ。隊長の責務は重いが、それすら今のカチューシャには心地良いものだった。

 

「今年も勝つわよ。ノンナ」

「はい。カチューシャはそのための準備を入念に進めてきましたからね」

「当然よ。黙って勝利の方からこっちに歩いてくるなら苦労はしないわ。準備と作戦。戦う前に勝負を決めちゃうのがカチューシャのやりかたよ」

 

 去年の勝利は天候と、そして黒森峰のミスで勝利を拾ったと陰口を叩かれているのはカチューシャも知っている。

 

(見てなさい……プラウダは運なんかじゃない、実力で勝利を手に入れたってことを世間に明らかにしてやるんだから)

 

 だからこそカチューシャは機体のオーダーを始め多くの部分にカチューシャ流の新方式を導入し、復讐戦に燃えているであろう黒森峰がどんな手をとろうと絶対に勝てると確信できる段階にまでプラウダを引っ張ってきた。個々の選手の判断力、アクシデントへの即応力といった部分に過大要素というか不安要素はあるが、しかし、そこは指揮官たるカチューシャの戦術と腕の見せ所。プラウダに二連覇の栄光をもたらすのはこのカチューシャだ!

 

「ところでカチューシャ」

 

 優勝旗を抱きながら皆に胴上げされている自分を想像し、ニヤニヤと空想の世界に浸っていたカチューシャをノンナの静かな声が現実へと引き戻す。……今のニヤケ面、ノンナに見られてなかっただろうか。照れ隠しの咳払いでごまかしつつ、カチューシャはノンナに何事かと聞く。

 

「え? あ、なにかしらノンナ」

「あそこ……例の『秘密の格納庫』へと入っていく三人を御覧ください」

 

 言われて見てみれば、確かに三人分の人影が『秘密の格納庫』に入っていく姿が見えた。

 カチューシャの視力では顔の詳細までは解らないが、背格好から判断するにあれはニーナ達だろう。

 ならば問題ない。ニーナを『秘密兵器』の操縦者へと抜擢したのは他ならぬカチューシャ自身なんだから。

 

「ああ。ようやくシベリアからのお帰りのようね。これ以上補習に時間をとられると訓練にも体調にも差し支えるから、ニーナにももう少しシャキッとしてもらわなきゃね」

「はい。確かに先頭はニーナでしたが。残り2人はギガント分隊のメンバーではありません」

「……なんですって」

 

 ノンナの口から飛び出した不穏当な内容に、カチューシャの雰囲気は一変した。

 緊張感に表情がキュッと締まり、隊長らしい面構えに変わったのだ。

 

「ノンナ、間違いない?」

「ええ。私ならばこの距離でも顔の判別も可能ですが、ニーナに続く2人はギガント分隊員でないばかりか、装甲騎兵道受講者ですらありませんでした」

「……直ちに機甲猟兵科の連中を集めなさい! ATもスクランブル! 倉庫を囲んで一網打尽にしなさい!」

 

 即座に状況を理解したカチューシャはノンナへと号令を下した。

 一斉放送でも同じ指令を出すべく、事務机上の内線機へと手を伸ばす。

 それを、ノンナが静かに制した。

 

「いえ。ここは私に、そしてクラーラにおまかせを」

「どうしてよ!?」

「下手にことを荒立てれば、却ってスパイに逃げる隙を与えてしまいます。ここは少し泳がせてから確実に捕まえましょう」

「……確実に捕まえるのね?」

「はい」

 

 ノンナは落ち着いた、しかい確固たる声で断言した。

 カチューシャは黙って頷き、それを受けてノンナは動き出す。

 携帯電話を使い、必要な人員へと必要な指示を下す。

 

「クラーラ、至急同志カチューシャのオフィスへと来るように」

「アリーナ、私のATの準備をしておきなさい。武装は……2番タイプを用意しなさい」

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

(想像以上ね)

(想像以上ですね)

 

 エリカが耳打ちしてくるのに、優花里も頷き返した。

 プラウダがエクルビスを保有していたのは例のバトリング喫茶で彼女ら自身が披露していたから誰もが知っている。しかしこれほどの特機、用意できるのは恐らくカチューシャ用の一機のみだろうと、あれはいわばハッタリ用の見せATで、いざ試合となれば例年通りファッティー・チャビィー中心の構成で来るだろうというのが装甲騎兵道関係者の大方の予想だった。だが現実はどうだ。エクルビスが確かに6機、立ち並んで優花里たちを見下ろしているのだ!

 

「これが私のAT! 残りは同じギガント分隊のATです!」

「つまりこれはカチューシャ隊長の分隊機……ということになるんでしょうか?」

 

 優花里の質問に対し、ニーナは首を横に振る。

 

「いいえぇ。カチューシャ隊長にはカチューシャ隊長専用のエクルビスがありますんでぇ」

「え!? じゃああのエクルビスが全部で7機もあるってことなんですか!?」

「はいぃ! といってもぉ、カチューシャ隊長のとわたしらのとじゃちょーっと作りが違うんですけれども」

「……そういうこと? 詳しく聞きたいものね」

 

 基本、ニーナへの質問は優花里に任せきりだったエリカまでが口を開いた。

 彼女もH級特機がこれだけそろっているという事実に衝撃を受けているらしい。

 

「本物のエクルビスはカチューシャ隊長用の一機のみでぇ、私達の六機はその図面をもとにうちの学校で作ったものなんです! 私もここの辺りとか溶接しました!」

「作った!? このATを!? 全部!?」

「はい!」

 

 恐らく黒森峰ではATは買うもので、学校ではせいぜいカスタム改造がメインなのだろう。

 大洗ではジャンクからATを(こしら)えるのが当たり前だったから、優花里にはエリカほどの驚きはない。しかしパーツの削り出しなど1から始めて6機も拵えるとなると尋常じゃないのは確かだ。

 

「もしかしてファッティーやチャビィーのパーツを流用して……」

「はい。使えるパーツはなんでも使いました。他にもスコープドッグや、トータス系のパーツも入ってます」

「なるほどぉ……それにしても凄い出来ですねぇ! 私、写真や映像での知識しかありませんけど、本物と見分けがつきません!」

 

 装甲をペタペタと撫で回し、しまいにゃ頬ずりまで始めた優花里の姿に、ニーナは得意満面の様子だった。

 一方エリカはもう冷静になったのか、機体の構造、関節部の形状などを細かく観察し、想定しうる性能表を頭に思い描いているらしい。もともと目つきは厳しい彼女だが、殆ど睨みつけるような格好になっていた。

 

「コックピットを見てもよろしいですか?」

 

 スパイであることを隠す余裕もないらしいエリカに気づき、優花里はあわててニーナへと話を振った。

 しかしこれまで快く応じてくれていたニーナの顔が、ここに来て始めて曇った。

 エリカのほうもニーナが気になったのか彼女の方を見ている。

 

「もうしわけねぇです。先輩といえど……いえ、実は私ですら、勝手にこのATに乗り込むことはできなくてぇ」

「? ……ニーナさんは、このエクルビスの操縦手なんですよね?」

「はいそうです。だども、ですけど、その、このATのコックピット、ちぃと普通のATと変わってて……」

 

 要領を得ないニーナの答えに優花里とエリカは顔を見合わせた。

 

「私、詳しい理屈はわがんねぇですけど、なんでもたまげた値段の、たまげた装置さ使ってる話で、下手に触って壊したら……」

「あー……解りました。無理言ってスミマセン。それに、外から見るだけでもこのATの凄さは十分に解りました」

「ホント。今日はいい物を見せてもらったわ」

 

 優花里とエリカが言うのに、ニーナの顔がまた明るくなった。

 

「今度、『鳥のミルク』でも御馳走させてください。今日のお礼に」

「ホントですか! 私、実はまだアレ食べたことないとですよ!」

 

 『鳥のミルク』というのは東欧やロシアで好まれるケーキで、最近プラウダでも出す店ができたとのこと。

 スパイたるもの、そうした細かい部分の調査も万全だった。

 優花里は『鳥のミルク』が解らないらしいエリカのほうをちらりと見て、ニヤリと得意気に微笑んだ。

 エリカは軽くむくれた。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 これから訓練なので着替えがあります――。

 そう言ったニーナと別れて、優花里とエリカはまたもATの連なる訓練場へ戻ってきていた。

 

「今年のプラウダは手強いわ。対策は立ててたつもりだったけど……プランの練り直しが必要かも」

「ボンプル戦やヴァイキング戦は例年通りの構成でしたからね。恐らくは決勝戦の切り札として隠しておいたんでしょうね」

 

 小声で話し合いながらも、2人は堂々と連れ立って歩く。

 こういう時、こそこそすると却って目立ちやすいもので、まるでここにいるのが当たり前かのように動くのが味噌だ。

 不審者とは不審な行動をするから不審者なのだ。

 

「それにしてもエクルビス内部の特殊な操縦装置とやらも気になります」

「予定の変更が必要かもね。場合によっちゃここで一晩明かして、例の倉庫にもう一回……」

「夜襲ですか! わたくし、ちょっとわくわくしてきました!」

「……貴女もたいがい呑気な娘ね」

 

 一般的にいってこの手の特殊工作は緊張を要するタイプの仕事の筈なのだが、優花里はというとまるで緊張感がない。むしろ楽しくてしかたがないといった様子で、そんな姿を見ているとエリカも緊張感が緩み、気が楽になる感じだった。

 

「い……ルスケさんは帰りの方法は考えてあるんですか?」

「そうね。例の補習用の島への定期便にもう一回乗り込んで、そこで仲間と落ち合う予定よ」

「奇遇ですねぇ。私も殆ど同じプランを考えてました。私の場合は完全に独り仕事ですけど」

「……ここへは大洗のため? それとも『あの娘』のためかしら?」

「……」

 

 エリカが言う『あの娘』など、独りしかいない。

 

「両方ですよ。それにチームのみんなのためもあります。……でも、やっぱり西住殿のためって部分が一番大きいですかね」

「……あの娘のため、ね」

 

 エリカは優花里から視線を外した。

 何か考えこむような、思い悩むようなその仕草をエリカは見せた。

 その姿に、何を言えば良いのかは解らないが、何か言わなくてはという気分に優花里はなった。

 

「あの――」

 

 だが、そんな優花里の言葉は、掛けるハズの相手のエリカによって掻き消された。

 

「しっ!」

 

 不意にハッと目を見開いたエリカは人差し指を押し当て優花里の言葉を塞ぐ。

 目を白黒させる優花里をよそに、静かに周囲の気配を探り、確信を得た所でボソリと、優花里にしか聞こえない程度の声で呟いた。

 

「……囲まれた」

「……え!?」

「右に2、左に2、後ろに4。正面はまだ開いてるけど……」

 

 優花里が回りをキョロキョロと見渡しそうになるのを、今度は人差し指を頬に当ててエリカが抑える。

 

(キョロキョロしたら相手にこっちが感づいたってバレるじゃない。いい、合図するまでは気づかないふりをして)

 

 小さな小さな囁き声に、優花里は視線で肯定の意を示した。

 そしてそのまま何事もないかのように2人は歩き続ける。

 エリカが振ってきた何気ない雑談にも、優花里は挙動不審にならないよう、努めてフランクに返事する。

 ――合図とやらは、突然にやってきた。

 

「走るわよ!」

「はいっ!」

 

 合図に合わせて全力疾走。

 尾行者達は慌ててこちらの逃走経路を塞がんと、左右のATの陰から躍り出る。

 エリカと優花里は、今度も殆ど同時に各々の得物を抜いた。

 それぞれの標的目掛けて、それぞれのトリッガーを引く。

 ピンク色の蛍光塗料が制服の腹部に広がり、プラウダの生徒はその場にフニャッと崩れ落ちた。

 死んだふりをする生徒の真横を駆け抜ける二人の耳に、背中越しにプラウダ生達の怒鳴り声が突き刺さる。

 

「ばかたれ! 今は試合中じゃねぇんだぞ! 撃たれたからって死んだふりする必要なんざねぇ!」

「あっ! しまったぁ!」

「つい、いつものくせでぇ!」

「追え! 追え! 追え!」

 

 鳴り響くサイレン。にわかに慌ただしくなる周囲。

 エリカも、そして優花里もそれぞれ探す。待機状態で、今すぐ起動できそうなATは何処だ!?

 

「あった!」

「見つけた!」

 

 体育座り型の降着姿勢のファッティーとチャビィーがそれぞれ一機ずつ。

 パイロット達が慌てて立ちふさがるのには銃口を向ければ、装甲騎兵道選手の哀しい性か、とっさに回避行動をとってしまい道を開ける。

 

「しまった!」

「くそう!」

 

 嘆いても遅い。

 エリカはファッティーへと、優花里もチャビィーへと乗り込み、機体を立ち上がらせる。

 

「機体を奪ったらこっちのものよ! 補習島への定期便まで走るわよ!」

「はいっ!」

 

 ハッチを開いて直接叫ぶエリカに、優花里は勢い良く応えた。

 パイロットスーツはないので、座席に置いてあったヘルメットのみを被り、センサーとバイザーをリンクさせる。

 見た目は格好悪いが、そんなことを言っている場合でもない。

 エリカがファッティーを走らせるのに続いて、優花里もチャビィーの足を一歩進めた。

 

 その瞬間、前方のエリカのファッティーの、その右足が突然『裂けた』。

 

 膝関節から下が吹っ飛び、急に支えを失ったエリカのファッティーは正面から地面へと倒れこむ。

 何が起こったか解らない優花里の耳に、銃弾より遥かに遅れた銃声が響き渡る。

 

『そこのスパイ2機。ATを捨てて投降しなさい』

 

 拡声器越しに反響する声は永久凍土のように冷たく、優花里は背筋がゾッとした。

 声の方へとカメラを向ければ……見えた。

 巨大なライフル状の得物を携えた、血のように赤黒く塗られたチャビィーが一機。

 肉眼では豆粒同然の大きさにしか見えないだろう距離から、エリカのファッティーを狙撃したであろうその赤いチャビィーのことを、優花里はよぉく知っていた。

 

「ブリザードのノンナ……」

 

 血のように赤いパーソナルカラーは、プラウダきってのエース『ブリザードのノンナ』のものに他ならなかった。

 

 





 銃弾を掻い潜り、監視を通りぬけ
 肩を並べて走る乙女
 敵同士であるはずの二人の、奇怪なる共闘
 目指すは廃棄された鉄道の駅、遠い過去の時代の遺物
 線路の繋がる先は、天国か地獄か。二人の己の運を占った

 次回『終着駅』 歩廊の闇が、茶番を隠す



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第41話 『二人』

 

 エリカは咄嗟に操縦桿を起こし、ファッティーの両手で地面を突いた。

 流石は黒森峰のエース、逸見エリカだ。完全に転倒するのだけはギリギリで回避する。

 掌が地面を打つ衝撃が機体全体を走り、中身のエリカも揺さぶられるが、根性で堪える。

 頭を振って衝撃に揺らぐ頭をハッキリとさせると、まずは現状認識にとりかかった。

 

(撃たれた!? 損傷箇所は――っ! 右脚部が完全に破損ですって!?)

 

 瞳へと投影された画面には、ATの右足が完全にオシャカになったことを告げる警告表示が踊り狂っている。

 機体の体勢的に損傷を直接見て確かめることはできないが、警告表示が間違っていないことはペダルを踏み込んでみればすぐに解った。反応が全く無い。断線してしまっているのは確かだ。

 

『ブリザードのノンナ……』

 

 オープンになっていた回線を通して、優花里の声が聞こえてくる。

 出てきた名前に、エリカも得心がいった。ブリザードのノンナ。なるほど、彼女の仕業であった訳か。

 プラウダにその人在りと言われたボトムズ乗りにしてスナイパー。特にその狙撃技術に関しては高校装甲騎兵道界でも髄一という評判だ。

 

(脚部の関節部……そこをこうも精確に撃ち抜けるヤツなんて、プラウダには他に居ないわ)

 

 爆発の衝撃も音もなかったのに綺麗に足が吹っ飛んでいるのは、恐らくは超高速の徹甲弾を使ったからだろう。

 AT用の装備にもスナイパーライフルはある。使用者は限られているが、使い手は決まって凄腕だった。

 標的は射的のマトじゃなくてローラーダッシュしているATだ。その関節を一発でぶち抜くなど、ボトムズ乗りとしては自身も一流だと自負するエリカですら、出来ないと認めざるを得ない所業だ。

 

(……このATで逃げるのはもう無理ね)

 

 降着状態ならば一本足でもローラーダッシュは一応は可能だが、スピードが出ないしなにより降着している間にもう一発撃ち込まれて今度こそ終わりだろう。ならばATを捨てて生身で逃げるか? それも賢いやり方とは言いがたい。

 

『逸見殿! 大丈夫ですか!?』

 

 優花里の呼びかける声が聞こえてくる。

 不安に震えるその声に、エリカはやり場のない苛立ちを覚えた。

 心配されているというのか、この黒森峰の逸見エリカともあろうものが! 不甲斐ない自分に腹が立つ!

 

『今、助けに行きます!』

「必要ないわ! 私が時間を稼ぐから、貴女一人で逃げなさい!」

 

 何も秋山優花里を気遣ってこんなことを言ったわけではない。

 ただ単に、醜態を晒した挙句誰かの足を引っ張るのが我慢ならないだけだ。

 

「元々私と貴女は敵同士! ここからは慣れ合いは無しよ!」 

 

 ATはまともに使えない。生身で逃げるのはまるで不可能。それでも何とか逃げる方法は?

 叫びながらエリカは計算する。だが彼女は失念していた。優花里が、あのいけ好かない“アイツ”のチームメイトであったということを。そして“アイツ”ならこんな状況で、どんな行動をとるだろうかということを。

 エリカの望みとは全く逆の行動を優花里はとった。彼女を救うべく、優花里は我が身を敵の射程内へと晒したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

   第41話『二人』

 

 

 

 

 

 

 

 血のような赤に塗られた狙撃用のAT、と人が聞けば、狙撃用の機体なのに何で派手な塗装をするのか、と大半が疑問に思うことだろう。だが、それに乗るのがあの『ブリザードのノンナ』だと聞けば、ああ彼女ならばと、みんな納得するだろう。彼女は隠れる必要がない。むしろ、その存在を晒すことで畏怖させることこそ彼女の望み。

 ブリザードのノンナ。カチューシャの側近、右腕、親友、相棒、信奉者……そして、一流のボトムズ乗り。

 彼女の駆る真紅のチャビィーがもしも視界に入ったならば、あなたは即座に何かに隠れなければならない。

 何故なら、あなたにノンナの姿が見えているのなら、ノンナにもあなたのことが見えているからだ。

 ――つまり、彼女の『射程圏内』に入っているということだ。

 

(あのファッティーはもう逃げられない……チャビィーのほうは、まだATの列のなか)

 

 上手くこちらの照準から逃れているが、それも時間の問題だ。

 クラーラ達の別働隊が回りこみ、こちらの射程内に追い込んでくれる手はずだから。

 

(風……南南西、風力4。位置修正、射角マイナス0.3)

 

 瞳に投影された画面には様々な数値数式曲線直線が踊り、それを読み取って銃口の向きを調整する。

 ATの操縦はミッションディスクによるオート操作が多いが、ノンナは敢えて脚部駆動系を除いてマニュアル仕様に再設定を行っている。狙撃は繊細な作業だ。機械に頼りつつも、最後の最後だけは機械任せにできない。

 

「……」

 

 ノンナのチャビィーには3つのセンサーカメラが備わっている。

 元々装備してある頭部カメラに、得物の狙撃用カスタムライフルのスコープカメラ、そして背部ミッションパックへとミサイルランチャーと同じ要領でマウントした大型のサブカメラだ。この3つの視界を使い分け、あるいは複合的に使うことでノンナはより精度の高い狙撃を実現させていた。

 倍率の高い肩部カメラへと切り替え、足を射抜いたファッティーのほうへと向ける。

 なにやらもぞもぞと動いているが、無駄な足掻きだろう。念の為にもう一発撃ちこんで完全に撃破判定を出しておくべきか。

 ノンナが得物とするのはG・BATM-52G マシンガンをベースに狙撃用に改造し作成した、一品物のAT用ライフルだ。装弾数はたったの5発。弾丸が大型なのもあるが、銃全体のバランスを考慮して弾倉が小型なのが理由として大きい。腰部には予備マガジンもあるとはいえ、ノンナ専用チャビィーの武装はこのAT用狙撃ライフルのみ。白兵戦用の装備などは一切ない。だが問題もない。近づく前に全て仕留めればいいだけだ。

 

「!」

 

 ファッティーへと止めを刺そうと銃口を僅かにずらした、その瞬間だった。

 例の隠れていたチャビィーが、ATの列から飛び出してきたのは。

 しかしノンナは慌てない。照準を修正し、狙いをチャビィーのほうへと合わせる。

 照準器中央、狙撃スコープのように白線が十字を成し、その交叉点に標的が重なる。瞬間、トリッガーを弾く。

 ――命中! 激突する装甲と弾頭に火花が飛び散る。しかし、手応えがない!

 

「!?」

 

 手応えのない理由はすぐに解った。

 スパイの駆るチャビィーは飛び出す際に、自身の傍らの無人ATを引っ張り出し盾として使ったのだ。

 撃破判定の出た無人ATからは白旗が飛び出し、動きが完全に止まる。それが遮蔽物になって、その向こうのスパイ2機のATが狙えない!

 

「……やられた」

 

 すでに撃破判定の出たATへの攻撃は装甲騎兵道公式ルールで明確に禁止されている。故に試合用のATには必ず、撃破判定の出たATへの攻撃ができないよう、照準にロックがかかる仕様になっているのだ。つまり撃破された無人ATが盾になって、ノンナの狙撃を邪魔している訳だ。

 撃破済みのATを盾にするような行為もまたルールで禁止されているので、公式戦ならば審判が飛んできて止めさせる所だが、今は試合の場面ではない。

 

「……」

 

 ノンナは照準をATから外した。そしてその足元の地面を狙った。

 真下のアスファルトを抉り取られ、空いた穴に盾代わりの撃破済みチャビィーがバランスを崩す。

 ようやく、視界が開ける。

 

 スパイの駆るATは既に走り出していた。

 遠ざかる姿に、ノンナは焦らず狙いを定める。残弾は二発。

 相手は小癪にも蛇行を繰り返して照準を定まらせないつもりらしいが、問題はない。

 確かに複雑な動きをする標的を狙うのは難しい。ならば、その動きを止めれば良い。

 最初の一発は相手の予測進路の地面。絶妙のタイミングで出来た窪みに逃亡チャビィーがつんのめって止まった時には、既に銃弾は機体へと叩きつけられていた。撃破判定の白旗を上げながら、ATは倒れ伏す。

 ――しかしノンナは違和感を覚えた。手応えがない。

 

『ノンナ副隊長! 中には誰もいません!』

『こっちもです!』

 

 やられた!

 敵は既にATを捨てて生身で逃げる選択をしていたのだ。

 恐らくは無人ATの陰に隠れた一瞬の隙を突いて。

 

「……追いなさい。クラーラ。アリーナ」

Поняла(了解)

『わっかりましたです!』

 

 ノンナは空になったライフルの弾倉を投げ捨て、交換した。

 まぁ良いだろう。この場から逃げたところで、ここはプラウダ学園艦。

 つまりは私の、そして偉大なる同志カチューシャの庭だ。最後には必ず追い詰めて、カチューシャの前に引きずり出してやるまでだ。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「……ここまで逃げればひとまずは大丈夫ね」

「はぁ……はぁ……はぁ……そ、その、逸見殿」

「なによ優花里」

「息が……あがっちゃって……少し……休んでは」

「全く。まぁここまで付いて来たのは褒めてあげるけど。そんな体力じゃ黒森峰だと練習前のアップで潰れるわよ」

 

 薄暗く湿っぽく、そして塩の臭いの強い船底の一角。

 そこにエリカと優花里は逃げ込んでいた。

 上手い具合にエリカをファッティーから助け出した優花里は当初、例の補習島への定期船へと逃げこむつもありだった。そこを、エリカが手首を掴んで止めた。

 

『逃げるなら、もっと良い場所があるわ』

 

 言うなり全力疾走を始めたエリカを、優花里は必死で追った。

 どこをどう走ったかも覚えていない。動悸が、鼓動が、胸を打ち頭を叩く。自分の体を流れる血潮の巡りすら、はっきりと音として聞こえてくる。口からは息が漏れ、白くなって漂い、暗闇に呑まれ消えていく。

 だが、ひとまずは逃げ切った。自分たちを追う人影はもう見えない。

 どれほど疲労していたとしても、それを癒やす時間はあるはずだ。

 

「……もう廃棄されて長いとはいえ、流石は学園艦の中ね。ちゃんと電気が通ってるわ」

 

 エリカがスイッチを入れれば、今じゃすっかり姿を見なくなってきた白熱電球が灯り始める。

 経年劣化のためかその明かりは弱く、それにオレンジがかっているが、それでも光は光だ。

 船底の闇をいくらばかりか明かすことができた。

 

「……『プラウダ上野駅』?」

 

 さっきまでは闇に隠れて見えなかった看板。そこに書かれた文字が明らかになったが、しかし書いてある意味が解らない。何度か深呼吸して息を整えれば、ようやく周囲を見回す余裕が優花里にもできた。

 

「ここは……駅ですか?」

 

 しかし疑問は深まるばかり。目に映る景色はどう見ても鉄道駅のプラットフォームだが、しかし何で学園艦の底に鉄道の駅舎があるのだ?

 

「昔、何でも列車で運んでた時代の名残よ。港に接岸した時に、中に物資を乗り入れる為に使ってたみたいね。そう……ちょうど青函連絡船みたいなものよ」

「おお! 星間連絡船ですか! 一生に一度はメルキアに行ってみたいものですよね~」

「……その『せいかん』じゃないわよ」

 

 ボケたことを言う優花里に対し、エリカはこめかみを指で押さえつつも説明は続ける。

 

「今じゃどこもトラックで荷物を運ぶから、この駅も線路も廃線になったって訳。こんな所に逃げこむなんて、連中思いもしないでしょうね」

「なるほどぉ~! ……でも逸見殿はどこでそのことをお知りに?」

「プラウダ高校のホームページに書いてあったからよ。プラウダの歴史って記事にしっかりと」

「あ、ホームページに載ってたんですか。恥ずかしながらわたくし、そこは見逃していました」

「ま、基本自校を褒めることしか書いてないし、別にチェックはいらなわね。私があの記事見つけたのもたまたまだったし」

 

 説明しつつエリカは、ホームから線路へと跳び下りると、線路を伝って歩き出す。

 優花里も慌ててその後を追う。

 

「何か探しているようですけど、あの、何を?」

「ここは接岸時に物資搬入用に使ってた、って言ったでしょ?」

「物資搬入用? ……ああ! なるほど!」

 

 物資搬入用ということは、この線路の先には『出入り口』があるということ!

 つまりそこから脱出できるかもしれないということ!

 

「ですが、廃線になって久しいというお話ですけど、本当に使えるんでしょうか?」

「知らないわよ、そんなの。でも他に行く場所もないじゃない」

「それもそうですね。悲観的じゃダメだって、明るい物の見方をして、前途に希望を持たなくっちゃってオッドボール軍曹も言ってましたからね」

「……誰よソレ?」

 

 灯りが少なく、線路の上も薄暗い。

 足を引っ掛けて転んだりしないよう、ゆっくりと歩く内に自然と二人の間に会話は消えて沈黙が場を満たす。

 聞こえてくるのは、どこかで響く潮の音と、自分たちの足音だけだった。

 

「……ねぇ」

 

 なんとなく気まずくなって、何か言おうと優花里が考え始めた頃、先に口を開いたのはエリカのほうだった。

 

「なんであの時、私を助けた訳?」

「訳……と言われましても」

「たまたま今は利害の一致で協力し合ってるけど、元々私と貴女は敵同士なのよ。別に見捨てて逃げたって誰も咎めないし、私も別に恨んだりしないわ。少なくとも、私と貴女の立場が逆だったら、私は貴女を見捨てていた。でも、貴女は私を助けた。何故?」

「……何故でしょうかね」

 

 考えた上での行動ではなかった。

 エリカの声を通信機越しに聞いた時、地を這い身動き取れぬ騎影をスコープ越しに覗いた時、優花里の体は反射的に動いていたのだ。

 結局、優花里が出した答えはこんなものだった。

 

「強いて言えば……西住殿ならきっと、私と同じことをしたでしょう、ってことですかね」

「……アイツなら、ね。そうね。貴女はアイツのチームメイト、アイツの友達だものね」

 

 ――本当に甘っちょろいんだから。というエリカの呟きを、優花里は聞いていなかった。

 

「? ……どうしたのよ急に震え出して? 具合でも悪いの?」

「――もだち」

「はぁ?」

「わたくしと西住殿が友達……わたくしと西住殿が友達!」

 

 優花里は相好を崩して、癖っ毛を両手でわしわしと掻き始めた。

 

「わたくしが西住殿と友達だなんて光栄ですぅ~!」

「……変な奴」

 

 エリカは嬉しさに悶える優花里の姿に、呆れてふうとため息を突くのだった。

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

「見つけましたね」

「見つけたわね」

 

 エリカと優花里の前にせり立つのは、大きな大きな鉄の扉だった。

 チェーンとギアに接続され、機械仕掛けで開閉するらしい。線路はこの扉を前にして終わっている。

 聞こえてくる潮の音が大きい。この扉の向こうが海なのは間違いないだろう。

 

「あとはこいつを何とか開いて、外に迎えを呼ぶだけね。携帯は……よし使える!」

「ホント、便利な世の中ですよねぇ~」

 

 小梅への連絡手段は確保した。だが肝心の扉を開けないことにはそれも無駄骨になる。

 

「開閉装置は故障してるみたいだし、こいつを開くにはATが必要ね」

「ここに来る道すがら、ビズィークラブを見つけましたけど、あれ使えませんかね?」

「どうかしら。でも試してみる価値はあるわね」

 

 ビズィークラブと言えば旧式のATで、技術水準が低いためにマニピュレーターの代わりにハサミ型のクローアームがついている代物だ。右手は機銃か、作業用の機械に換装してあり、センサー系が未熟なためにコックピットはガラス張りで、直接自分の目で見て操縦する。所定の改造を施せば装甲騎兵道への参加も一応は認められているが、コイツを持ち出してくる高校は大昔ならともかく現代ではまずいない。作業用ならまだしも、試合に用いるには基本性能が低すぎるためだった。

 

「ガラスがホコリでベトベトね……」

 

 線路の片隅にそのビズィークラブは放棄されていた。

 一応は手も足もパーツは欠けなく揃っているが、果たして動くかどうか。

 エリカもこれに乗るのは始めての経験だが、見たところ、操縦系統はドッグ系のコピーであるらしい。

 これならば自分にも動かせる筈だ。動けばだが。

 

「……」

 

 コックピット横のトグルスイッチを順に入れていけば、電子音が鳴り響き、モニターが次々と点灯する。

 

「動いたわ。一応内部にカーボン加工もしてあるみたいね」

「解るんですか?」

「触った感触でね。それにしてもコイツを試合に使ってたかもしれないとは驚きね」

 

 ローラーダッシュ機能は備わっているらしく、一応それなりのスピードで動けるようだ。

 左腕部はクローアーム。右腕部は機銃の代わりに工作用のレーザートーチを取り付けてある。

 

「エネルギーが残ってるから、あのデカブツを何とかするぐらいはできそうよ」

「では早速試してみま――!?」

「!?」

 

 突然鳴り響いた異音の数々に、エリカも、優花里も頭上を仰ぎ見た。

 重いものを金属製の床に思い切り落としたような音が、次々と鳴り響く。

 何か大きな機械が駆動する時の重低音がそれに合わさった。

 エリカも、そして優花里も何が起きたかを即座に理解した。

 

「マズいです! 追手のATが真上に居ますよ!」

「ここに来るのに5分……いや10分……優花里」

「あっはい!」

 

 真剣な声で呼ばれるのに、優花里は慌ててエリカのほうを見た。

 

「貴女、機械は得意?」

「……人並み以上には」

「じゃあアレの修理は任せたわ。私は邪魔が入らないよう、コイツで時間を稼ぐから」

「ビズィークラブでファッティーやチャビィーに挑むんですか!?」

 

 優花里が叫ぶのに、エリカは笑みを返した。

 それは、牙をむき出しにする獰猛な肉食獣を思わせる笑みだった。

 

「私を誰だと思ってるの? 私は、黒森峰の逸見エリカよ!」

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

『あと一階降りたら、例の場所に着くんだよなぁ』

「ほんとに、厄介に所に逃げ込んでこれたなぁ~」

 

 アリーナは嘆息した。

 こんな学園艦の底の底に足を踏み入れたのは彼女もはじめての経験だった。

 敵がどこに潜んでいるかも知れない船底潜りの作戦は、あまり心臓に良いとはいえない。

 

『なんだども、相手は所詮生身だろう?』

「ノンナ副隊長が言うには、相手もたまげたボトムズ乗りだって話」

『ノンナ副隊長が言うんだから、相当なもんだよなぁ』

「んだんだ」

 

 アリーナ率いるファッティー四機はいわば斥候として本隊に先立ちここに辿り着いたのだ。

 狭い船の通路に機体をぶつけて壊さないかとおっかなびっくりしながらの行軍だったが、底に近づくにつれ作業のために道幅広くなってくれて助かった。ここから先はいつも通り、学園艦甲板上と同じように進めるだろう。

 

『でもいくらたまげたボトムズ乗りでも、肝心のATさ無かっらなぁ』

「それもそうだ。まぁとっとと見つけて船の上ば帰ろ」

『アリーナに賛成! こんな狭いところさいると息が詰まって詰まって』

 

 ノンナに油断するなと言われて警戒しつつここまで来たが、なんのことはない、何一つ攻撃はなかったのだ。

 訓練場から逃げられて、ノンナ副隊長も気が立っていたのだろう。

 よく考えれば生身二人、怖がる理由などない。

 

「じゃあさっさとその駅とやらを押さえて――」

 

 アリーナの言葉を途切れた。

 ローラーダッシュの音が聞こえてきたからだ。

 

「聞こえたか?」

『聞こえた』

『私らじゃねーな』

『上からの音でもね。あの通路の先から聞こえて来た』

 

 ATはないはずじゃなかったのか。

 4機は警戒しつつ、得物の銃口を通路の向こうへと向けた。

 暫時待てば、暗がりを横切る影一つ!

 

「撃て!」

 

 アリーナの号令を合図に四機一斉射撃。

 その影は瞬く間に穴だらけになり、粉微塵になって四散し、中のモノをぶちまけた。

 

『……ATじゃないね』

『ATじゃねーな』

『なんかの木箱っぽかったけど』

「……ちょいと見てくる」

 

 アリーナは生唾を飲み込み、ゆっくりと一歩一歩砕けたモノへと近づいた。

 カメラをズームすれば、何か大昔の雑貨品の残骸のようなものが床に散らばって――。

 

『アリーナ! 危ない!?』

 

 警告に反応する間もなく、ATに走る衝撃にアリーナは魂消(たまげ)た。

 何かを投げつけられた。恐らくはさっきと同様の木箱を。

 カメラに覆い被さった木箱を払いのければ、カメラいっぱいに映った、白髪碧眼のボトムズ乗りの顔。

 

「ひゅいっ!?」

 

 その凶暴な表情にアリーナが悲鳴を上げた直後。クローアームの一撃にファッティーは横っ飛びに吹き飛んだ。

 ――撃破判定。

 

『撃て撃て撃て!?』

『うそう! 何でこの距離で当たらな!?』

『化けもんだ~バケモンが出た~!』

 

 僚機三機がアリーナと同じ目にあったのはコンマ数秒後のことだった。

 

 





 船底の闇を、ただ行く。
 巨大な鉄の箱。そこから逃げ出すか、あるいは牢獄に繋がれるか
 闇を銃火が裂き、暗がりは装甲と装甲がぶつかる火花に照らされる
 着々と迫るプラウダの手に、エリカは、優花里は足掻いた
 天から降ろされる、か細い蜘蛛の糸を求めて
 
 次回「血路」。 掴んだ糸で、登るか、落ちるか






【ノンナ専用チャビィー】
:狙撃仕様にカスタムされたチャビィー。機体表面は真っ赤に塗られている
:『ガールズ&ボトムズ』オリジナルAT。カメラ増し増しの狙撃用AT
:元ネタはコマンドフォークトのカシェキン専用狙撃ファッティーに、ケスウリ専用チャビィー
:また同じくコマンドフォークトのゼトラ専用狙撃タコの要素も入っている
:狙撃戦に特化している以外は普通のチャビィーと性能上の差はない


【プラウダ上野駅】
:ドラマCD『あんこうチーム訪問します』に登場
:プラウダには夜行列車で来たかったと言う麻子のぼやきに、夜行列車はないがとノンナが紹介


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第42話 『血路』

 

 無線を通して聞こえてくる報告の内容に、最初、カチューシャは眉を(ひそめ)めた。

 次いで、顔をしかめた。

 最後には、怒髪天を突いた。

 

「なぁにをやってるのよ! たかがスパイ二人ぐらいに!」

 

 カチューシャは無線のマイクを投げ捨て、椅子から立ち上がり両手をわっと上げて吠えた。

 カチューシャは優秀な指揮官だがやや短気なのが玉に瑕だ。

 幸いなことに怒りが余り長く続かないタイプだし、嬉しいことがあればすぐに機嫌を直してはくれるのだが、それでも時々こうして大噴火を起こすことがある。

 背格好が小さく御人形のように可愛らしいカチューシャが怒っても正直な所怖くはない。

 にも拘らずその回りを固めるプラウダ生徒達が揃いも揃って青い顔をしているのは、カチューシャの怒りの結果もたらされるモノが怖いからだ。期間未定の補習島送りなど考えただけでゾッとする。

 

「ノンナ! どうなってるのよ! 確実に捕まえるってカチューシャと約束したわよね!」

「はい同志カチューシャ。ノンナはスパイを確実に捕まえると約束しました」

 

 しかしカチューシャに怒りを向けられても、ノンナはというと相変わらずいつも通りの涼しい顔をしている。

 ノンナのATは閉所に向かないため、カチューシャ同様地上――もとい甲板上で待機しているのだ。

 相手がカチューシャが存在も知らなかった旧貨物列車乗り込み用駅に逃げ込んだことに気付いたのも、そこにアリーナ達をATに乗せて送り込んだのもノンナだ。

 そこまでは良い。実にノンナらしい優れた手腕だが、しかしそこからが良くない。

 アリーナ以下、突入部隊は次々と撃破され、無線越しに聞こえてくるのは悲鳴と泣き言ばかり。スパイが捕まる気配はまるでしてこない。やはり、訓練場で即座に捕まえたほうが良かったのではないのか?

 ノンナはカチューシャ一番の側近で相棒で、友情……ともまた違う固い絆で結ばれている間柄だ。しかしカチューシャも、相手がそんなノンナといえど約束を違えるなら容赦をするつもりはない。ノンナだけ特別扱いすれば、他の選手たちに示しが付かないからだ。

 だが、それはノンナも承知のこと。それでいてこの涼しい顔……カチューシャは冷静になった。気付いたからだ。ノンナは多少手こずろうが、最終的にはかならずあのスパイ二人を捕まえると確信していることに。

 

「アリーナは不覚にも撃破されたようですが、バックアップとしてクラーラを既に送り出しています。彼女ならば確実に務めを果たすでしょう」

「クラーラ……ねぇ」

 

 カチューシャの見せた表情は、何とも微妙なモノだった。

 クラーラは海をまたいだロシアの地からの留学生で、実はカチューシャも彼女の詳しい氏素性については知らない。というのも彼女はいつもノンナとロシア語で会話をしており、カチューシャには何を話し合っているのかまるでサッパリなのだ。故にいつも口酸っぱく日本語か、せめて標準アストラーダ語で話しなさいと言っているのに、クラーラはそんな時だけ都合よく言葉が解っていないフリをする。本当はどちらもペラペラのトライリンガルな癖に。

 

「カチューシャには今ひとつクラーラのことが信用出来ないわね」

「彼女の実力については私が保証します。相手が何者であれ、彼女は必ずスパイを捕まえて来ますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   第42話『血路』

 

 

 

 

 

 

 

 右ペダルを思い切り踏み込み、右足のみグライディングホイールを回転させる。

 左足は強く床板を踏み込んで、ホイールは回さない。ビズィークラブにはターンピックがないが、これで一応、その代わりは果たせる。ギャリギャリと耳に悪い金属のこすれ合う音をかきたてながら、エリカ駆る旧式ATは独楽のように回転した。その回転の勢いを、クローアームにのせる、殴り抜く!

 こちらに組み付こうとしたファッティーのメインカメラに、鉄の鋏は直撃した。カメラを粉砕し、装甲の一部をひしゃげさせる。機体は吹っ飛び、壁にぶつかって止まり、白旗を揚げる。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 エリカは額の汗を手の甲で拭った。

 髪の毛が肌に張り付いて気持ち悪い。

 普段はそうならないように、試合前に色々と工夫をするのだが、今回はそんなことをしている暇がなかった。

 

(これで……十機!)

 

 我ながらよくもまぁこんな時代遅れのポンコツでここまでやったものだ。

 相手もコッチがATを使ってくるのは想定外だったろうが、それにしてもここまで上手くことが進んだのは、薄暗い船底の、狭い船倉と廊下で戦ったためだろう。開けた場所での真っ向勝負だったなら、即座に蜂の巣にされて撃破されていた所だ。

 

「……」

 

 だが改めて自分がやってきた戦い方を思い出してみれば、物陰の暗がりだの捨てられていた空き箱だのを利用し、奇襲不意討ち陽動と、余り西住流らしくない戦い方だった。それについては極めて不本意かつ遺憾ではある。しかし現状他にしようがない。

 

(充分時間は稼げたはず。そろそろ優花里の所に戻るべきね)

 

 右手のレーザートーチは既にエネルギー切れ寸前であるし、本来は作業用の左手クローアームもこの短時間の戦闘で既にガタが来始めている。PR液の残量も不安だ。

 さっさと優花里と合流して、ここからトンズラするべきだ。

 

(……アイツをどうにかしたら、の話だけど)

 

 近づいてくる足音は、徐々にその大きさを増し、今や通路全体に反響している。

 恐らくはH級AT、もしくはそれ相当の重量を持ったM級のカスタム機。いずれかがコチラに近づいてきている。

 つまりは……新手だ!

 

「……」

 

 今退いても追いつかれるのは明らか。

 だったらここで迎え討つまで。エリカは相手のATが来るのを待つ。

 暗視装置が使えないのがもどかしい。相手が暗がりを出るまで姿も見えないとは。

 

「ベルゼルガ?」

 

 非常灯の明かりの下、姿を露わにしたのはベルゼルガタイプのATだった。

 少なくとも、最初エリカにはそう見えた。だが、違う。よく見ればベルゼルガではない。

 

「――のイミテイト」

 

 黒味がかった紫に塗られたそのATの、ベースになっているのは恐らくファッティーだろう。

 だが頭にはセンサーを積んだベルゼルガタイプ特有の鶏冠飾りに、左手にはパイルバンカー付きの盾まで装備している。おまけに右手にもチャビィー用の外付け式デュアルパイルバンカーまで装備しているのだ。

 この閉所では銃火器よりも白兵戦用装備が良いとの判断だろうが、両手に杭打ち機とは普通は思いついてもやらない機体構成だ。

 

(ハッタリか……あるいは)

 

 パイルバンカー付きの盾にしろデュアルパイルバンカーにしろ大きくかさばる上に重い装備だ。それを両手につければATの挙動は遅くなるしバランスも崩れる。つまりこんな装備でのこのこ出張ってくるということは、凄く腕が立つか、あるいは単なるハリボテかのどちらかだ。

 

「確かめて……やろうじゃないの!」

 

 先手必勝!

 戦法はシンプル。ローラダッシュで一直線、間合いを一挙に詰めて殴りかかる。

 対するに相手は動きもしない。待ち構える気か、さもなきゃ動くに動けないのか。

 知った事か! やることはひとつ。

 膝を曲げて機体の体勢を低くし、右足を前に、左足を後ろに下げる。

 クローアームの左手を折り曲げ、合わせてATの上体自体を大きく左方向に旋回させる。

 

「たあっ!」

 

 ここだ! っと思った瞬間、エリカは全てを『逆方向』に動かした。

 曲がった膝は上がり、左足のグライディングホイールが急速回転、前方へと急加速する。それに合わせて今度は腰部ターレットリングを回転し上体を右方向に旋回、折り曲げた左手をクローアームをフックの軌道を描きつつ相手AT目掛け思い切り伸ばした。

 『ガゼルパンチ』、とボクシングでは呼ばれる大技だ。体重と勢いを拳に乗せて、アッパーとフックの動きを併せ持つこのパンチは、当たれば一発で相手をKOできるパワーを秘めている。

 それを鋼鉄の塊であるATでやるのだ。ローラーダッシュの速力に、約8トンの質力、さらに硬いクローアームの三拍子揃って威力は絶大だ。

 ――決まった! とエリカは思った。彼我のタイミングは完璧だった。外すはずなどなかった。

 

「ッッッ!?」

 

 だが必殺の一撃は外れた。

 最低限の動き。僅かに右足を後退させ、ATの体勢を若干に斜めにしただけで避けたのだ。

 しかるに『ガゼルパンチ』は必殺技だが、反面動きの隙は極めて大きい。つまり外せば反撃は必至ということ。

 エリカはローラーダッシュで後退を試みるが、それよりも早くに相手のタックルが機体中央に叩きつけられる。

 転けそうな所を必死にバランスを保つが、当然その瞬間、それ以外の動きは不可能になる。

 防御ががら空きになったエリカのビズィークラブ目掛けて、相手はデュアルパイルバンカーの切っ先を向ける。

 

「舐めるなッ!」

 

 ここでエリカは敢えて操縦桿を手放した。バランスを失ったATは背中から倒れこむが、しかしそれゆえに必殺の二連鉄杭の急所直撃を回避する。

 パイルバンカーがかすめた衝撃にガラスにヒビが入るが、気にしない。

 エリカは相手が次撃に移る前に、ビズィークラブの膝を折り曲げて足裏を床面へと付けた。

 寝転んだ体勢のまま、全速力のローラーダッシュ。背や腰が床とぶつかり火花上げヘコむがお構いなし。

 

「フッ!」

 

 肘で床を打ち、その衝撃に乗せて立ち上がる。

 起き上がった所で、エリカは真正面に迫るベルゼルガもどきのファッティーの姿を見た。

 今度はシールド備え付けのパイルバンカーをコチラに向けている。

 よし、あれを受け流して――。

 

「ガッ!?」

 

 だが前方に気を取られていたエリカは思い切り、ATの背中を壁へとぶつけてしまった。

 コックピットを覆うガラスの亀裂が、さらに大きさを増す。

 相手ATとの間合いは、この間にゼロとなっていた。

 咄嗟にレーザートーチを掲げるが、もう遅い。右腕の付け根に当てられた鉄杭の先は、火薬の力で勢い良く射出され、右腕の付け根、肩と胴体の接合部を一撃で貫く。右腕が床面に落ちて()ね、続き左腕もデュアルパイルバンカーの2連撃に同じ運命を辿った。

 三連発のパイルバンカー。その衝撃はガラスの耐久限界を容易く突破した。コックピットカバーのガラスは自動車のフロントガラスのように、無数の小さく無害な珠の雨となって砕け散り、エリカの頭に体に降り注ぐ。

 だが衝撃に体を揺さぶられたエリカは俯き、そのままその動きを止めた。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

(ええと……ここの線とここの線を繋げば電源が入って……)

 

 恐らくはかつては管制室だっただろう場所で、優花里は独り格闘していた。

 例の引き込み線入り口の開閉は、この装置で行うだろうことは案内表示や看板を見るに確かだ。

 しかし問題はこの装置、どこかの配線が切れているらしく、スイッチを入れても上手く動かない。

 故に点検用の扉を外し、中に頭を突っ込んで怪しい所を探っている所だった。

 

(うう……埃っぽいし、息がしづらい……)

 

 何年間も放置されていたらしい場所だけに、積もりに積もったホコリが層をなし、ネバネバとべたついて優花里の髪や肌に粘りつくのだ。おまけにペンライトを口に咥えながらの作業なのでかなり辛い。早いところ怪しい場所を直してここから抜け出してしまおう。

 

(青の線と赤の線とを繋げば……)

 

 赤い皮膜の電線と青い皮膜の電線の、互いの露出した銅線部を接触させれば、火花がパチっと散った。

 それを切っ掛けに何処かで発動機が目を覚ましたのか駆動音が、モーターが回転する音が響き渡る。

 

「ひゃった!」

 

 口にペンライトを咥えたままだったので若干間の抜けた快哉をあげながら、優花里は制御装置から外へと出た。

 装置に幾つか備わったモニターが点き、ボタン内部の電灯が灯っている。

 ペンライトで細かいボタンの表示を見ながらモニターを切り替えれば、黒い画面の上を緑の文字列が流れる。

 えらい骨董品だが、優花里には動かすことが出来た。旧式のドッグタイプのコンソール画面がちょうど同じ形式だったのだ。

 

「ぽん、ぽん、ぽんと!」

 

 キーボード部分を操作し、文字列が指示する通りのコマンドを優花里は打ち込んでいく。

 幾つかそうした操作を繰り返していくうちに、ピーっと電子音が鳴って、モニターにはActiveの文字が踊った。

 よし、これで良い。あとは開閉用のレバーを下ろせばあの鉄扉が動くはずだ。

 

「お……逸見殿ですね!」

 

 タイミングの良い事に、こちらへと向かってくるATの、ローラダッシュの音が優花里の耳に届いてきた。

 さっきまで遠くで鳴っていたドンパチの音が収まったことから察するに、流石は逸見エリカ、追手を難なく撃破したらしい。

 管制室を出て、向かってくるエリカを待ち構える。

 一時はどうなることかと思ったが、これで二人揃ってここから脱出できそうだ。

 重要な情報を大洗に、みほのもとへと持ち帰ることができるわけだから、優花里は独りフニャッとニヤけた。

 大戦果だ! 西住殿もほめてくれるに違いない!

 

「……え?」

 

 そんな優花里の皮算用は、大きさを増すローラーダッシュの響きによって断ち切られた。

 

(ローラーダッシュの音が……違う!?)

 

 自他共認めるATマニアの優花里だけに、自動車マニアがエンジン音だけで車種を当てるのと同様、ローラーダッシュの微妙な駆動音の違いからある程度機種を聞き分けることができる。

 そして少なくとも、今聞こえてくるローラーダッシュ音がビズィークラブのものとは違うことは解った。

 もっと重苦しく、力強いグライディングホイール音だ。

 

「……」

 

 優花里は物陰に隠れてリボルバーを抜いた。

 ATを相手にすれば普通の拳銃など豆鉄砲同然だが、それでもお守り代わりにはなる。

 

(……やはり)

 

 通路の向こうから姿を現したのは、優花里も初めて見る未知のATだった。

 ベルゼルガ風のファッティーとでも言うべきそのATは、盾に左右2つのパイルバンカーとかなり尖った構成の機体だ。言うまでもなくエリカが乗っていたビズィークラブとは似ても似つかない。

 

(逸見殿がまさか負けるだなんて……)

 

 黒森峰の試合は衛星放送で欠かさずチェックしてきた優花里である。

 逸見エリカの試合での様子もTV越しに何度も見てきたが、そのいずれにおいても彼女は怪物的な働きをしてきたのを知っている。そんな彼女でも、一世代前の旧式ATでは勝負にならなかったということなのだろうか。

 

「……」

 

 エリカを救う算段はゆくゆく考えるとして、とにかく今はこのベルゼルガもどきをやりすごすことを考えなければ……。そう考える優花里だったが、しかし問屋はそうは降ろさない。

 

「!」

 

 ベルゼルガもどきのファッティーの、カメラがコチラのほうを向いたのだ。

 慌てて僅かに出していた頭を引っ込めて物陰に身を沈めるが、どうやら見られてしまったのか、ATの歩み寄る足音が響いてくる。絶体絶命だ!

 

『……優花里。隠れる必要はないから出てきなさいよ』

「……え?」

 

 スピーカーを通して聞こえてきた声には覚えがあった。

 優花里が恐る恐る顔を出せば、ハッチが開いて操縦手の顔が露わになる。

 

「逸見殿!?」

 

 ベルゼルガもどきのパイロットは、撃破されたはずの逸見エリカであった。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 ……完全に気絶してしまったのだろうか。

 コックピットで俯いたまま動かなくなった相手パイロット、栄光あるプラウダに忍び込んだ密偵の姿に、クラーラは心配になってきた。カーボン加工故にAT内部の安全は保たれている筈だが、相手は旧式の骨董品だ。もしもということがあるかもしれない。クラーラはATを降着させ、降りて相手へと近づいた。

 

「……」

 

 やはり相手は俯いたまま動く気配がない。

 肩が上下している所を見るに、息はしているらしい。

 クラーラはひとまず俯いた顔を起こそうと考えた。

 相手の両肩に手を当て、軽く押してみれば、気絶している人間にしてはあっさりを顔が上を向いた。

 そして、クラーラの顔に向けて拳銃の銃口が突きつけられた。

 

Что()!?」

「手を上げなさい」

 

 ボトムズ乗り最後の切り札、『死んだふり』。

 それを失念していた不覚を、クラーラは内心で嘆いた。

 

「取り敢えず、貴女のATを借りようかしら?」

 

 相手は悪そうな笑顔でそう言った。

 

 

 

 

 

 

「――とまぁこんな感じよ」

「なるほど! 相手のATを奪取するとは流石は逸見殿です!」

「……本当はこんな手は使いたくなかったんだけど」

「え? 何かおっしゃりましたか?」

「なんでもないわよ。なんでもね」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 その後、乗り込み専用の鉄扉を開き、そこで小梅のATフライと合流して2人は脱出した。

 一旦飛び立ってしまえば、さすがのプラウダも追撃は不可能だった。

 エリカと優花里は、空に向かって吼えるカチューシャに見送られながらプラウダを去った。

 

「はい」

「あ、ありがとうございます」

 

 かくして2人は(おか)へとたどり着き、海岸沿いのベンチに座って夕陽を眺めていた。

 優花里の手の中には、エリカから手渡されたUoodoの缶コーヒーがある。

 小梅は今ここにはいない。ATフライの燃料を補給しに出ているからだ。

 ここにいるのは、互いにホコリまみれの煤けた姿の二人組だけだ。

 だが二人共、その表情は穏やかなものだった。苦労はしたけれど、それに見合うモノは得てきたのだから。

 

「……優花里」

「なんでしょうか?」

 

 急に改まった調子でエリカが呼びかけてきたので、優花里は缶コーヒーを傍らに置いて背筋を正す。

 

「……勝ちなさいよ」

「え?」

「プラウダによ。石にかじりついてでも、何が何でも、絶対に勝ちなさいよ。もしも勝ち上がってこれたなら、私達が相手をしてあげるわ」

「……はい!」

 

 優花里は嬉しそうに頷いた。

 

「……アイツにも伝えなさい。『勝ち上がってきた時は、王者の戦いを見せてあげる』ってね」

「はい! 必ず!」

「言っておくけど。容赦はしないわよ。ケチョンケチョンに叩きのめしてやるんだから」

「はい! 楽しみに待ってます!」

「……やっぱり変な奴」

 

 エリカは呆れを含みつつも、優花里へと微笑んだ。

 そしてその右手を差し出した。優花里もソレを握り返し、2人は固い握手を交わすのだった。

 

 






 ここにあるのは澄み切った大気と汚れなき氷だけ
 容赦なく降り注ぐ極寒の雪。北緯50度を超えた試合場
 五臓六腑を焼くような、ぐらぐら煮えるコーヒーを伴に
 みほ達は、運命の戦場へと足を運ぶ
 そこでは忌まわしき過去の象徴が、報復の大義を掲げて立ち塞がる

 次回『冷獄』 みほは過去と対面する
 






【クラーラのベルゼルガ・イミテイト】
:ファッティーをベースに作ったベルゼルガの模造品
:元ネタは『装甲騎兵ボトムズ CRIMSON EYES』に登場
:クエント人女傭兵ハリラヤが作品終盤で搭乗した


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第43話 『冷獄』

 

「パターン1に従って、退避ルートを示せ」

 

 牛乳瓶の底のような、分厚い眼鏡越しに、今時珍しい黒いモニターを睨みつける。

 普段使っているPCとは違うMS-DOSのような画面には、めまぐるしく円や直線、数式や曲線が踊り狂う。

 その意味する所を読み取り、打ち込んだコマンド通りにプログラムが起動しているかをチェックする。

 肉眼と、機械によるダブルチェック。何か異常があればコンピューターのほうがエラーを検出してくれるが、自分の目で見ても機械の方でも異常は認められなかった。

 

「……ルート1における交戦確率、ならびに敵戦力を示せ」

 

 ヘッドセットのマイクに指示を出せば、それに従って画面がまた動き出す。

 見た目はレトロだが、機能は最新式。音声認識機能はちゃんと働いてくれている。

 

「敵戦力のバトルフィールド1における最大値を示せ」

 

 今度は、囁くような声で話しかけてみる。

 それでもマシンはちゃんと反応してくれた。

 黒い画面に白線のみで描かれたバトルフィールドへと、数字とドットで予測される敵戦闘配置が打ち込まれ、その中を矢印が走り回る。矢印は自機の動きだ。澱みなく矢印は走り回り、想定される戦場で想定しうる最適解を示していた。

 

「……チェック終了」

 

 画面には『 : exit 』の文字が現れると同時、カシュっと音がなってミッションディスクがリーダーから排出される。

 

「終わったよ、西住さん」

「ありがとう、猫田さん」

 

 瓶底眼鏡の少女、猫田がミッションディスクを差し出せば、傍らのみほは笑顔でそれを受け取った。

 

「こっちもおわったっちゃ~」

「こっちでも出来たなり~」

 

 猫田にみほの真向かい、コンピューターを挟んだ向こう側で、突き出した二本の手がそれぞれミッションディスクをひらひらと揺らしている。どこかおっとりとした様子の少女に、個性的な桃形の伊達眼帯の少女だ。

 

「みなさん。本当にありがとうございます。お陰で今日中には全部終わりそうですし」

「そんな……ボクはこんな形でしかお手伝いできないから……」

「ううん! ミッションディスクの調整は結構時間が掛かるし、今日は独りでやるしかないと思ってたから……」

 

 腕の立つボトムズ乗りでも、いやむしろ一流の選手ほどミッションディスクは既成品で済ませてしまう者は多い。

 最低限の動きだけオートで済ませて、後は自分の腕でなんとかしようという発想だ。

 だが姉やエリカといった腕において自分を凌ぐボトムズ乗りたちを間近でみてきたみほは違う。自分には彼女たちほどの力量はない。ならば、それ以外の所で勝負するしか無い。

 現状、大洗装甲騎兵道チームにおいて、ミッションディスクのプログラミングに長じているのはみほだけだ。

 最近では独学で身につけた優花里や、みほに教わってみるみる上達した麻子がいる上に、沙織や華も自分たちのできる範囲で手助けをしてくれているが、対プラウダ戦を前にみほが気負ってしまったこともあって、気がつけば膨大な仕事を独りで抱え込んでしまっていた。

 だからといってあんこうのメンバーに頼むのも気が引けた。

 彼女らは彼女らで、みほの頑張る姿を見て自分たちの仕事に取り組んでいたからだ。

 優花里はプラウダへと偵察へ向かったらしく今日は学校を休んでいるし、麻子はカエルさん分隊の面々に請われて操縦の手ほどきをしている。華と沙織は自動車部の仕事を手伝っていた。

 そんな時だった。猫田が話しかけてきたのは。

 

「えへへ……ボク達のゲーマー道も捨てたもんじゃなかったね」

「そうだっちゃ~」

「やったなり~」

 

 猫田はみほのクラスメートだが、その個性的な見た目――ちなみにメガネを外すと凄い美人だ――に反して、教室の中でも余り目立つ方ではない。みほ以上の引っ込み思案で、ぼそぼそと蚊の鳴くような声で話すためだが、そんな彼女が意を決して今朝、みほに言ったのだ。

 

 ――『ボクにも何か手伝えることないかな』

 

 聞けば前から装甲騎兵道に是非参加したい、あるいは頑張ってるみほ達に協力したいと思っていたらしい。

 合わせて色々と聞けば『ATには慣れてる』とのこと。……ただし装甲騎兵道ではなくて、それを題材にしたオンラインゲームに、の話だが、そこでふとみほは思ったのだ。コンピューターに詳しそうだし、ミッションディスクのプログラミングを手伝ってもらうことはできないものか、と。

 早速、同校生のゲーマー仲間に声をかけて、みんなでやってみようとなった訳だ。

 

「あのゲームは本格派だから……MDも自分で組んで戦うんだ」

「できるだけ本物に近く作るってのがコンセプトのゲームなので」

「ゲームで鍛えた技がそのまま使えるなり!」

「……私もやってみようかな、そのゲーム」

 

 ねこにゃー、ぴよたん、ももがー……というのがそれぞれのゲーム上でのハンドルネームであるらしい。

 なら自分ならボコにしようかなぁ、などと、みほは考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   第43話『冷獄』

 

 

 

 

 

 

 

「ホシノー! バリアブルコンプレッサーはどう~?」

「あー……まだダメだねコレ。バルブクリアランスが合ってないよ」

「要調整かぁ~。スズキー! マッスルコンプレッサーはぁ?」

「ちょっと待って……ツチヤ、右チャンバーのバルブを開いてみて」

「りょーかい! ……うーん、加圧ポンプかなぁ。ここが良くない感じだね」

 

 いつも通りの黄色いツナギ姿で、マシンオイルとグリスに塗れながら作業に勤しむのは自動車部の面々だ。

 彼女たちの前に広がるのは、一旦バラバラに分解されたストロングバックス、スコープドッグベースながらH級並の体格を誇るカスタム機だ。既に分解修理が終わった三機は横並びに列をなし、ホコリよけのビニールシートが上にかけられている。あとはツチヤ機になる予定のこの一機のみで修理は全て完了する。

 

「ターレットは……回転がちょっと遅いか」

「シャフトにしこりができてる。大昔の応急修理の跡みたいだね」

「ちょっとツチヤ、今は改造はお預けだって! 一通り直すことに集中集中!」

「えぇ~でも自動車だろうとATだろうドリフトこそが運転の醍醐味じゃんか~」

 

 1回戦、2回戦と裏方に徹してきた彼女たちだが、このストロングバックス4機の修理が完了すれば、新チームとして晴れて試合参加する予定だ。船底に遺棄されていた4機のジャンクATを、偶然見つけた時は修理が上手い行くかどうかは50対50だと思っていたが、どうやら杞憂に終わりそうだった。完璧に修理して、新品同然の状態で試合場へと連れて行けそうだ。

 

「みんな~! 差し入れ作ってきたよ~!」

「こちらにはお茶もありますから、どうぞ召し上がって下さい」

 

 声のする方に自動車部一同が目を向ければ、ランチボックスを抱えた沙織に、大型ジャグを左右一個ずつぶら下げた華が歩いてくる所だった。どうでも良いが、あの大型ジャグはかなり重いはずなのだが、華の様子だととてもそうは見えないのが色々と凄い。

 

「おぉ~三角おむすびだ!」

「漬物も三種類とは気が利いてる! ちょうど塩気のあるもの食べたかったんだぁ」

「具は鮭に昆布に辛子めんたい! あ、脇の列はワカメおにぎりになってるから」

「私、ワカメおにぎり頂き!」

「ツチヤ抜け駆けだぞ!」

「へへへ! 昼飯もレースも早い者勝ちってね!」

 

 華が紙コップへとお茶を注いでいき、ナカジマ達はおむすび片手にそれを呷った。

 程よい苦味が冷たさと唱和して実に喉越しが良い。一仕事終えて乾いた体には最高の贅沢だ。

 

「あ、そういえば武部さん。PR液の配合比率に関してなんだけど……」

「おっけー! 今チェックするから見せて~」

 

 スズキからクリップボードを受け取った沙織は、メガネを取り出し、そこに書かれた数式と暫時にらめっこする。

 しかし数字だけでは何か納得出来ないものがあったのか、クリップボードから顔をあげると言った。

 

「サンプルのほうってもうできてますか?」

「うん、さっき試しに調合したものがあるから……ツチヤ、その水筒取って!」

「はいよ~! それじゃ武部大先生! お願いしまぁ~す」

「やだもー、おだてないでよね!」

 

 ツチヤから水筒を受け取り、続けて渡されたステンレス皿へと沙織は中身をゆっくりと注いだ。

 青色に近い濁った緑色の、粘度の高い液体が皿の上に広がる。

 適当な所で注ぐのを止めて、まず沙織はそれを華へと手渡した。

 手で仰いで臭いを嗅ぎ、少し考えてから華は答えた。

 

「良い臭いだと思いますわ。よく調合されたPR液は決まって、こういう整った雑味のない臭いをしていますから」

「華チェックはOKね。それじゃ今度は私が」

 

 華から戻された皿のPR液へと、沙織は指を突っ込んで絡ませた。

 そのまま口へと持っていき、沙織はなんとそれを舐めた!

 考えこむ沙織の様子に、自動車部一同が生唾を飲み、固唾を呑んで見守った。

 

「……」

 

 沙織は目をつむり、腕を組んだ後、数度黙して頷いて、Vサインを見せた。

 

「OK!」

「やったぁ!」

「武部大先生のお墨付きだぁ~!」

「武部さん、何度も何度も本当にありがとう!」

 

 差し出されたナカジマの手を、握り返す沙織の顔は得意満面だった。

 そんな沙織を見る華の顔も実に嬉しそうだ。

 

「それにしても武部さんは凄いよね。PR液取り扱い免許って結構取るの難しいって話なのに」

「私もPR液は既成品で済ましちゃうからなぁ。アレは機械をいじくるのとはまた別の知識が必要になってくるからねぇ」

「えへへ~コツを覚えればあとは料理と一緒だからね~。大体はひと舐めすれば味で区別はつくし~」

「普通はつかないと思うけどなぁ」

 

 ツチヤがおもわず漏らした言葉に、沙織はさらに得意満面になるのだった。

 頑張るみほを、彼女とは違った形で手伝うことができる。それが沙織には嬉しかった。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「秋山優花里! ただいま戻りました!」

 

 大洗へと舞い戻った優花里は、埃まみれのプラウダ制服も着替えぬまま生徒会室へと直行した。

 そこにはみほ以下分隊長一同に、生徒会の三羽烏も既に勢揃いしている。

 対プラウダ作戦会議のためだ。

 

「お帰り優花里さん!」

「ただいまです西住殿!」

 

 みほへと笑顔を返しつつ、優花里は懐からデータディスクを取り出し桃へと手渡した。

 

「良くやってくれたな秋山。それで、お前の目から見てプラウダはどうだった?」

「それなのですが……」

 

 桃に問われて、優花里は掻い摘んでプラウダでのすったもんだについて皆へと話す。

 

「エリ……逸見さんが偵察?」

「はい。去年までの黒森峰ならまずしなかったことです。それだけ今年の黒森峰は焦っているのかもしれません」

 

 黒森峰、そして西住の流儀を知るみほからすれば、それは驚くべき事実だ。

 ましてやエリカは黒森峰や西住流に対し強い誇りを抱いている。

 今年の公式戦に懸ける黒森峰女学園の、そして逸見エリカの心意気は並大抵のものではないらしい。

 

「……それにしてもウチをさしおいてプラウダに偵察か」

 

 桃は舌打ちして顔を顰めた。

 まだ大洗とプラウダの試合が始まってもいないにも関わらず、プラウダのほうへと偵察を仕掛ける……それが意味することはひとつしかない。

 

「つまりウチは必ず負けるだろうと黒森峰は踏んでる訳か。……馬鹿にして!」

 

 桃があからさまに苛立った様子を見せたのに対しての、優花里の言葉は飽くまで冷静だった。

 

「お言葉ですが、客観的に見れば大洗とプラウダが戦えばプラウダが勝つ可能性のほうが遥かに高いです。今度の偵察で、プラウダも連覇に向けてかなり力を入れてきているのが解りました。無論、そこを戦術と腕で何とかしようと言うわけですけれど……何とかなるかは――」

「何とかするんだ何とか!」

「そうは言いましても……仮に負けても大洗はベスト4入りですよ! 初出場でこれは快挙です!」

「くだらん! ベスト4がなんだ! そんなもの、何の意味もない! わが校は優勝しなくちゃダメなんだ!」

 

 この桃の物言いには今度は優花里がムッとした。

 そのベスト4にも入れなかった高校はたくさんあるが、そのいずれもが各々に課せられた状況の中で全力で戦っているのだ。例えば聖グロリアーナは先の試合で惜しくも黒森峰に敗れたが、しかし彼女らの見せた勇戦っぷりは例え敗れたとしても賞賛に値するものだった。それを『くだらない』の一言で切り捨てる桃の物言いには、優花里は納得ができない。

 

「全国大会でベスト4ですよ! それも初出場校がです! 失礼ながら河嶋殿はその意味を――」

「無意味だ! 良いか、わが校には優勝以外無意味なんだ!」

「わたくし納得が――」

「無意味だと言ってるだろうがッ!」

 

 桃は不意に、窓ガラスが震えるほどの怒声を発し、目の前の机へと拳を叩きつける。

 分隊長勢もどちらかと言えば優花里の言うことに同調的な者が多かった為に、この桃のいきなりの怒号には優花里同様に驚き、言葉を失った。突然の緊迫した空気のなか、桃はまるで自分に言い聞かせるかのように言った。

 

「勝たなくちゃ駄目なんだ! 勝たなくちゃ……」

 

 ――気まずい雰囲気だ。

 桃の尋常でない様子に、カエサルも梓も、典子やそど子ですら互いに顔を見合わせる。

 優花里もたまらずみほのほうを見るが、みほも訳が解らず困惑した様子で、静かに首を横に振るばかり。

 

「……」

 

 会長は相変わらず干し芋を齧るばかりで、何を考えているのかが解らないし、柚子は気が気がない様子で桃と会長とに向けた視線を交互にせわしなく動かした。

 

「……所でさぁ」

 

 流れる嫌な空気を、最初に断ち切ったのは杏だ。

 

「次の試合場、北緯50度より上の凄い寒い所らしいんだよね。それこそ雪と氷ばっかのさ」

 

 柚子がホッと胸をなでおろすのが優花里には見えた。

 杏会長はつくづく不思議な少女で、彼女があの掴みどころのないゆるゆるとした声で話すと不思議と場が和む。

 

「だからウチの今のATだと色々と不味いよねって話になってねぇ……秋山ちゃん、当然プラウダはその辺り対策済みな訳だよね?」

「あ、はい。お渡ししたデータディスクにも入っていますが、プラウダの寒冷地対策は万全です」

「うんうん。だからさ、こっちはこっちで寒い所で戦うための対策ってのがいるわけじゃんか」

「まぁ、そうですね」

「そこでねぇ~」

 

 杏が入ってきてぇ~と呼びかけると、敷居を跨いで意外な人々が姿を現したのだ。

 

「え!? ケイさん!?」

「HEY! ミホ、久しぶりねーっ!」

「ナオミ殿まで!?」

「よ、優花里。遊びに来た」

「私もいるわよ!」

「あなたは……ええと」

「確かアサリさん!」

「アリサよ! ア! リ! サ!」

 

 果たしてそれは、サンダース大学付属の隊長三人組、ケイ、ナオミ、アリサだった。

 

「ほんじゃ、みんなにもアレをお披露目しよっか」

「OK! ウチでは暫く雪上戦はないから、心置きなく使ってね!」

 

 杏へとケイがウィンクを添えてサムズアップする。

 それにしても雪上戦で役に立つモノでサンダースが貸してくれるようなモノとはなんだろう。

 

「あ!」

「もしかして!」

 

 みほと優花里が同じ答えに達したのは、ほぼ同時のことだった。

 

「「アイスブロウワー!」」

 

 二人の答えに、ケイはウィンクで答えた。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 北緯50度を超えれば、そこは極寒の地だ。

 あるのは澄み切った大気と汚れなき氷のみ。

 一面の銀世界。一片の曇もない雪原が広がる試合場。

 静謐なる空間。だが、その凍てついた沈黙を破る異音が、その音色と段々と大きくする様が見える。

 

『イェエエエエエエエエエイ! ピーカンだぁ!』

『凄いよ~コレ! 雪の上を滑ってるみたい~』

『まるでレイヅナーのSPTだぁ~!』

『こんなの初めて!』

『……』

『ちょっと、みんなあんまトバさないで!』

 

 雪煙を上げて銀世界を走り抜けるのは、ウサギさん分隊のトータス六機。

 まるで昨日までのノロノロとした陸亀っぷりが嘘のように、一流のスキーヤーの如き走りっぷりだ。

 雪の上を滑っているかと思うほどの軽快な動きは、後続のみほ達が付いて行くのがやっとな程だった。

 

『すごーい……今まではウチの学校で一番スピードが遅かったのに』

『水を得た魚とでも言うべきでしょうか』

『むしろ雪の上の白ウサギだな』

 

 沙織も華も、予想を遥かに超えたウサギさんチームの姿に、殆ど呆気にとられているありさまだ。

 ある程度予測はついていたみほですら、思わず驚いてしまう程の爽快な動きだった。

 

『わたくしも負けてはいられません! 西住殿、わたくしもひとっ走り行って参ります!』

 

 優花里は独りATを駆けさせると、ウサギさん分隊をまるで同じ動き、同じ走りで雪上を滑るように進み始める。

 

『かーしまー、置いてくぞ~』

『桃ちゃん先に行くね~』

『会長、柚子ちゃん! 待って~』

 

 杏や柚子、それを必死に追いかける桃ですら、ウサギさんチームや優花里と同じ走りっぷりを見せている。

 そんな彼女たちのATの足元には、同じ装備品の姿が見えた。

 

「やっぱり『アイスブロウワー』は凄いなぁ……」

 

 AT用スキー靴とでも例えるべき見た目の、雪上戦用装備の勇姿にみほは誰に向けてでもなくその名を呟いた。

 ――『アイスブロウワー』。

 長靴というアダ名でも呼ばれるAT用装備の一種だ。

 追加モーターと大型のスノーグライディングホイールのパワーでATを雪の上を滑るように駆けさせる。

 次の試合場が雪の上と聞いたケイ達が、わざわざ大洗に貸し出すためにと、学園艦まで持ってきてくれたのだ。

 

 ――『ウチじゃ暫く用がないから、心置きなく使ってね!』

 

 とはケイの言葉だが、決して安いモノでもないのにホイホイと他校に貸し出せるとは流石はサンダース、リッチなのが持ち味の学校というだけはある。

 

『ねぇ、私達もひとっぱしりしない?』

『試合前にはしゃいでどうするんだ。どうせ試合になったら嫌って言うほど走らされるんだぞ』

『それはそうだけど~』

『でも、わたくしも何だか体がウズウズしてきました』

 

 アイスブロウワーは比較的汎用性の高い装備で、ドッグ系でもトータス系でも、著しく脚部の形状が特殊でもない限りは機種を問わず装備することができるのだ。一部、部品が干渉してうまく装備できないATもあったが、そこは自動車部が部分的に改修を施してクリアしている。

 

『わたくしも行きます!』

『あ、ちょっと華待ってよ!』

『……全く。子どもじゃあるまいし』

 

 華や沙織も、優花里達の後を追って走り出す。

 それを見ていたみほも、何だか知らないが無性に愛機を走らせたくなってくる。

 

「私も行きます!」

 

 みほも華達に続いて、雪煙を挙げながら雪原を駆け抜ける。

 

『西住さんもか……』

 

 見送る麻子の呆れ声だけが、虚しく雪に吸い込まれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 大洗女子学園対プラウダ高校。

 全国高校生装甲騎兵道大会、準決勝の試合である。

 大洗一同が試合前の待機場所に辿り着く頃には、晴天だった空は一転曇り始め、まるで夜のように辺りは暗くなりだしていた。

 まるで試合の行末が良くないとでも言うかのような天の有様に、みほ達は何とも不吉な予感に包まれていた。

 そこへ――。

 

「あれは……」

 

 やって来たのは、二機のAT。

 黒く巨大なエクルビスに、真紅に塗られたチャビィーのコンビ。

 それを見て優花里は叫ぶ。

 

「地吹雪のカチューシャに、ブリザードのノンナ!」

 

 

 





 無能、怯懦、虚偽、杜撰
 どれ一つとっても勝負では命取りとなる
 張り巡らされた罠、仕組まれた退路
 雪と氷の覆い尽くされた戦場
 その中に見え隠れするプラウダの影
 気づけば、みほ達は敵の策のド真ん中に墜ちていた

 次回『包囲』 暗雲が、大洗を覆う


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第44話 『包囲』

 

 

 改めて間近でみれば、その大きさにみほは圧倒される気持ちだった。

 単にH級ATというだけなら黒森峰でも何度も見たが、それらと比べてもエクルビスの巨躯は圧倒的だ。

 相方の真紅のチャビィーといい、敢えて雪原用迷彩を施さずオリジナルの黒いカラーのまま試合に臨むのは、それを駆る操縦手の自信の現れだろうか。

 二機は、みほ達から2、30メートル離れた所で止まった。

 最初に地に降りたのは、真紅のチャビィーのほうのボトムズ乗りだった。

 大洗とはデザインの異なる、深緑と赤の二色仕立てのATスーツの姿で、スラリと背の高く長い黒髪の少女である。みほはその美しくも冷たい横顔に見覚えがあった。傍らで優花里が囁き声でその名を耳打つ。

 

「あれがブリザードのノンナです」

 

 プラウダきってのスナイパーは、去年の黒森峰対プラウダの決勝戦にもいた筈だ。

 直接相対したことはこれまでなかったが、それでもその猛威は嫌というほど噂でみほは聞かされていた。

 そのブリザードのノンナはというと、横並びに停止したエクルビスの前に立ち、静かに操縦手が降りてくるのを待っている様子だ。

 

「……?」

 

 見ている間にエクルビスのハッチが開いたが、みほは怪訝に思った。

 中にパイロットの姿が見えないのだ。よもや自動運転でここまで来たということもないだろうが――。

 

「あ、降りてきた」

「随分と、可愛らしいボトムズ乗りさんですね」

「ありゃ私より小さいんじゃないのか」

 

 コックピットの縁に足を引っ掛けて、何とか乗り越え出てきたのは、ややだぼっとしたATスーツに身を包んだ、フランス人形のように可愛らしい金髪の小柄な少女であった。だがその姿を見るみほの表情は険しい。あの可愛らしい少女こそが去年黒森峰を降したプラウダ優勝の立役者、地吹雪のカチューシャなのだから。

 落ちるように降りてきたカチューシャをノンナは受け止めると、そのまま彼女を自分の上に載せ、肩車をした。

 カチューシャを載せたノンナの体はゆらぎ一つ見せること無く、水面を滑るかのようにみほ達の方へと歩み寄る。

 上体が揺らがないその姿は、まるで武道家のそれである。恐らくは狙撃手という、同じ体勢を続けることを強いられる仕事に熟達しているからだろう。

 近づくノンナ、カチューシャの二人の姿を見て、不意に杏が口を開く。

 

「……かーしま」

「はい会長」

 

 流石は杏とは三年来の付き合いの桃である。

 名を呼ばれただけで何をするべきかを理解し、行動した。身を屈めたかと思えば、会長を肩車したのだ。

 

「……」

「……」

 

 正面から二組は向かい合う。

 スラリと背を伸ばしたノンナに対し、担ぎ馴れてないためか桃の背は曲がり気味だ。

 それが差となって、カチューシャとノンナの組のほうが若干全高が上回っている。

 カチューシャがニヤリと嗤った。それは勝者の微笑みであった。

 

「かーしま」

「はいッ!」

 

 杏が言うのに、桃がフンッと気合を入れる。

 曲がっていた背が一転すらりと伸びて、今度は杏と桃の組が全高で上回った。

 桃とノンナを比べればノンナのほうが背が高いが、カチューシャと杏を比べると杏のほうがずっと大きい。

 結果、純粋な合計値では大洗組のほうが勝ったのだ。

 

「~~ッ!」

 

 カチューシャから笑みが消え、見る間に頬が怒りに赤くなって、眉間にシワが寄る。

 それでも怖いというより可愛らしい印象のカチューシャは、杏の顔めがけ指先を突きつけ吼えた。

 

「よくもこのカチューシャを侮辱したわね! かならず粛清してやるんだから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

  第44話『包囲』

 

 

 

 

 

 

 

 

「ノンナ! 何としてもあの失礼極まりない連中をコテンパンに叩きのめすのよ!」

「はい。同志カチューシャ」

「フラッグ機を残して後は全滅させたあと、全員にカチューシャの前にひれ伏させてやるんだから! 特に相手の会長には念入り土下座させたあと、そのあとは私の肩を揉ませてやるのよ!」

 

 大洗へと挨拶と言う名の挑発をしにでかけた筈のカチューシャだったが、しかしむしろ結果はカチューシャが挑発される形になっていた。

 隊員たちが見ている中でもお構いないし怒鳴り散らす彼女の姿に、とばっちりを恐れて周囲が恐れおののいている。だがそんな怒り狂い荒ぶるカチューシャの姿も、ノンナには微笑ましさすら感じられる。

 不安はない。怒り狂おうとカチューシャはカチューシャ、その頭脳の冴えが鈍ることなどありえないからだ。

 

「西住流家元がなによ! 去年私たちは黒森峰に勝ってるんだから! 今年だって西住流なんて瞬殺よ瞬殺!」

 

 カチューシャが言う西住流家元とは大洗女子学園装甲騎兵道チーム隊長、西住みほのことだ。

 去年の決勝戦敗退で何があったかはしらないが、彼女は黒森峰を去って大洗の地に落ち着いていたらしい。

 黒森峰を去った西住姉妹の妹が、なぜわざわざ無名の高校の装甲騎兵道チームを率いることになったかは知らないが、確かなのはひとつ。

 

 ――『そんな無名の学校を準決勝まで引っ張ってきたのよ、みほさんは』

 

 何日か前、プラウダの学園艦まで遊びに来た聖グロリアーナ女学院装甲騎兵道チーム隊長、ダージリンが言っていた内容がまさしくそれだ。無名校が思いつきで参加して勝ち上がれるほど装甲騎兵道は甘くはない。単にボトムズ乗りとして優れた技量があれば良いという問題ではなく、隊長には隊員を日常においては指導し、試合場においては指揮する能力が不可欠だ。そして西住みほにはそれがあるということだ。あの皮肉屋のダージリンが素直に賞賛し、中々に入れ込んでいる辺り、相当な力量が西住みほにはあると見て良いだろう。

 だがやるべきことに変わりはない。全力で叩き潰す。それだけだ。

 

「ノンナ! 失敗は許さないわよ。今度は確実に標的を仕留めなさい!」

「当然です、カチューシャ」

 

 プラウダの学園艦内部に潜入した他校スパイを取り逃がした……この失態は、本来であればATを取り上げられて機甲猟兵科へと格下げを喰らっても文句は言えないレベルの代物だった。

 ノンナはそうなるのが当然だと思っていたし、仕方がないことだと思っていた。

 カチューシャはわがままな暴君のようにも見えるし、実際かなりの気分屋ではあるが、隊長として押さえるべき点は確実に押さえている。例えノンナが相手だろうと依怙贔屓はしない。隊全体の規律に関わるからだ。

 だが実際にはATが取り上げられることもなく、こうしてペナルティらしいペナルティもなく試合に参加できているのは、同志カチューシャの英断があったからに他ならない。

 ノンナやアリーナ、クラーラだけではない。結果的にスパイを施設内に引き入れるという大失態をしでかしたニーナを含め、今度の一件に関わった全選手を不問に付したのだ。対大洗、ひいてはその先の対黒森峰戦が迫る今、内輪揉めをしている場合ではないとの判断だ。無論、不問に付した上でこう付け加えるのも忘れない。

 ――全ては対大洗戦での試合への貢献度による、と。

 

「例の西住流は譲りなさい。それ以外は好きにして良いわ」

「はいカチューシャ」

 

 しかしスパイの一件があろうがなかろうがノンナのやる事に変わりはない。

 偉大なる同志カチューシャの為に、私は狙い、トリッガーを弾く。

 それだけだ。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「とにかく、相手の数に呑まれずに慎重に行動して下さい」

 

 試合開始前の最終ブリーフィング。

 勢揃いした『28名』の選手たちを前に、みほは作戦を改めて説明していた。

 皆が身に纏うのは、ユニフォーム代わりの揃いの耐圧服。

 やや明るめの黒を基調として、袖口が白地に赤い一本線が入っているというデザインだ。

 氷に閉ざされ雪が降り積った寒冷地での試合とあって、安全に考慮し今回は選手全員に耐圧服の着用が義務付けられているのだ。

 

「準決勝からは参戦可能機数の上限が75機となります。プラウダは、上限いっぱいにATを出してくるのに対し、私たちは全部で29機。厳しい戦いになると思いますが、ゆっくりと相手の動きを見て、粘り強く戦えば必ず勝機は掴める筈です」

 

 言いつつも内心、みほは不安で一杯だった。

 黒森峰から逃げ出し、この大洗に辿り着いたそもそもの始まり、それは去年の公式戦決勝でのプラウダへの敗北に端を発している。あそこで自分がとった判断は、今でも間違ってはいないと思っている。だが、みほの独断が原因で黒森峰は敗れたこともまた事実だ。

 

『装甲騎兵とは、鍛えられた肉体の更なる延長』

 

 まただ。

 寝かしつけた子が目を覚まし騒ぎ出すように、思い出したくもない過去がまた押さえつけた忘却の蓋を開いて顔を見せる。

 

『鍛えるとは単に身体的な面を指すのではない。むしろ、鋼の体を操る心のありようこそが肝要。そのための鉄の規律。鉄の掟で心を鍛え、撃てば必中、守りは堅く、進む姿は乱れなし……それが西住流――』

 

 脳裏に響き渡る過去の声。ここには居ないはずの、母からの冷たい視線を背中に感じる。

 

『味方の血潮で肩濡らし、連なる犠牲踏み越えて、圧倒的、ひたすら圧倒的パワーで蹂躪しつくす。犠牲なくして、勝利はありません。みほ。あなたは道を――』

 

 追憶の声は、そこで途切れた。

 回想を断ち切ったのは、現実からの呼び声だった。

 

「隊長」

「あ、はい。なんでしょう」

 

 挙手していたのはエルヴィンだった。

 ニワトリさんこと歴女分隊の参謀格。WWⅡマニアの彼女は、比較的現代戦にも精通している。

 

「ここは敢えて電撃戦で行くべきだと具申する」

「え?」

「私も同感だ。我らは今や準決勝と言う名のルビコンを前にした。後は賽を投げるのみ」

「天王寺の戦いの例もある。敵のフラッグ目掛けて戰場を駆けるのみ」

「戦いは常に先手必勝。さもなくば商機、ならぬ勝機を逸するぜよ」

 

 カエサル、左衛門佐、おりょうもエルヴィンの意見に賛同し、頷いている。

 

「プラウダは数で勝る上に雪原の戦いに熟達していると聞く。持久戦になればむしろ我らが不利。時間と寒さに身を削られる。冬将軍に負けたコルシカの砲兵将校や伍長殿と同じ轍を踏むだけだろう」

「……そんなこちらの焦りを相手も計算して、待ち構えているかもしれません」

「隊長、私もここは積極的に攻めたほうが良いと思います!」

 

 歴女チームの意見に続けて賛意を見せたのは、典子率いるバレー部一同だ。

 

「ここはクイックアタックで行きましょう!」

「アンツィオの人たちも言っていました。ノリと勢いが大事だって!」

「今まさに、私たちは勢いに乗ってます!」

「バレーも装甲騎兵道も大事なのは勢いと根性です!」

 

 さらに一年生主体のウサギさん分隊が同意する。

 

「それに相手はこっちを舐めてます!」

「絶対にギャフンと言わせてやりましょう!」

「言わせてやりましょう!」

「いいねギャフン!」

「ギャフ~ン!」

「……」

 

 そど子、もとい園みどり子も周囲の流れに戸惑いつつも、遅れじとばかりに発言する。

 

「風紀を守らせるにはまずは威圧よ! 最初に一発ブチかまして、こっちが上だって解らせてあげないと! 私達も速攻に賛成よ!」

「……そど子、無理して合わせなくても」

「そど子は意外と流されやすいからなぁ」

「五月蝿いわよ、パゾ美! ゴモヨ!」

 

 みほの視線はヒバリさん分隊の隣、新規参戦の『ウワバミさん分隊』の方へと向かった。

 長らく裏方で大洗装甲騎兵道チームを支えてきた、自動車部念願の参戦の時だったが、そんな彼女らにも初めて作戦に意見する機会がやって来た訳だ。

 

「……」

 

 ちょっと間を置き、考えたからリーダー、ナカジマが意見を述べた。

 

「作戦に関しては私は専門外だから意見は差し控えるけど、この寒さに加えて雪まで降ってるし、ウチのATの活動可能時間はそう長くないんじゃないかな」

 

 ナカジマにつづいて、スズキ、ホシノ、ツチヤもATの専門家としての意見を述べる。

 

「PR液に不凍処理はしてあるけど、それでも普段とは環境が違うから、劣化も早くなるだろうし」

「『長靴』履かせた以外は、特別な改造はしてないから、雪が隙間から入って故障って可能性もゼロじゃない」

「それ以前にマッスルシリンダーが凍てついちゃうかもね~そうなると試合中にまた動けるようにするのは手間かなぁ」

「……」

 

 ナカジマ達の技量を知るみほとしては、自動車部の専門家としての意見は是非とも尊重したい。

 それにエルヴィンに典子、梓が言っていることもあながち的外れというわけでもない。

 しかし、みほにはどうしても自分から攻めるという決断が下せない。

 そしてその理由が、戦術的思考から来るものではないことをみほ自信が自覚していた。

 ――『恐怖』だ。また自分の判断で負けるかもしれないという恐怖だ。

 

「西住、お前が決められないというならば副隊長として私が代わって決断するぞ」

 

 早くも焦れていたらしい桃が苛立たしげにみほを急かす。

 

「西住さん。桃ちゃんの妄言はともかく、私もノリと勢いは大切だと思う」

「柚子ちゃん!?」

「んまぁかーしまの迷言は置いといて、孫子が言うには『兵は拙速を尊ぶ』らしいけどね。『兵は神速を尊ぶ』ってのもあったっけ」

「会長まで!?」

 

 みほは会長の眼を見た。

 相変わらず、何を考えているのか全く窺わせない瞳の色をしている。

 だがみほはいつもと違う印象をその瞳から受けた。

 まるで、こちらの胸の内の、恐れの心を見透かされているような、そんな気持ちになった。

 みほは視線を彷徨わせ、あんこう分隊の皆のほうを見た。

 彼女たちは静かに、みほの決断を待っていた。

 どんな決断をみほが下そうと、自分たちは信じて付いて行く。そんな顔をしている。

 

「……解りました。一気に攻めます」

 

 みほは決断した。

 己が胸に巣食った恐怖を振りほどき、みほは決断したのだ。

 それはみほにとって大きな一歩と言えたかもしれない。

 だが、その大いなる決意を前にみほは忘れていた。

 飢えたる者は常に問い、答えの中にはいつも罠だと――。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「十一時の方向、敵AT発見!」

『敵、数3、いや4。機種は……ファッティーです。雪上仕様のカスタムタイプのようです』

 

 進軍する大洗部隊の進路上に、待ち構えるように現れた4機のAT。

 一番先に気づいたみほが警戒を促し、続けて優花里が情報を補足する。

 

(……一個分隊だけ。斥候か、あるいは)

 

 みほが相手の意図を察するよりも、先に相手のほうが動きを見せた。

 手にした得物を散発的に撃ちかけてくるが、あからさまな射程外、この距離では当たらない。

 

(挑発?)

 

 あからさまな挑発だが、しかし速攻で行くと作戦を立てた以上は前進する他ない。

 

「全機、エシュロンフォーメーションを維持したまま前進! 十時方向の森林に警戒。アンブッシュがあるかもしれません」

 

 しかし森の木立の横を通り過ぎる際にも、プラウダからの攻撃はなかった。

 

『我々をどこかに誘導しようというのか、猪口才な!』

 

 桃が吼えるのが無線越しに聞こえてくる。

 みほは試合場のマップをバイザーモニターに出力し、地形を確かめる。

 待ち伏せに使えそうな箇所は事前にピックアップ済みで、マーカーが施されている。

 だが、相手の向かう先にはマーカーされた地形はまるでない。

 

(雪原で正面から撃ち合い? でもセンサーの性能では相手との差は無いはずだし……)

 

 例のノンナの駆る赤いチャビィーを除けば、プラウダも大洗もATのカメラ性能に置ける優劣はない。

 つまり相手から見えればこちらからも見えるし、こちらから見えているということは相手からも見えるということ。

 平野部での撃ち合いが不利なことは余りに明らかすぎる事実だ。正面から潰し合いを演じるつもりはみほにはない。

 

(じゃあなんで……!?)

『西住隊長!?』

『西住先輩!』

『隊長!』

 

 みほが驚いた光景に、皆も驚いたようだった。

 一定の距離を保って、逃げつづけていたファッティー。

 その姿が、不意に、掻き消えるように見えなくなったのだ。

 だが回りに、隠れることのできるモノなどなにもない。

 見渡すかぎり、一面のなだらかな雪原。

 ――この時点で警告だと気づかなければいけないのだ。

 

『カエサル、例のクエントセンサーとやらを起動してみたらどうだ』

『例のひなちゃんとやらにもらったとか聞いたぜよ』

『そうだ、使ってみればいいじゃないか、たかちゃん』

『そうだぜよ、たかちゃん』

『そうだな、たかちゃん』

『ええい、五月蝿い! もらったんじゃなくて借りただけだし、それに肝心のクエント素子が劣化してて性能は保証出来んと言われてるんだ。そこを一応念の為にと借りてきただけだ! あとたかちゃん言うな!』

 

 みほも歴女チームが話していることについての報告を受けていた。

 アンツィオのベルゼルガ乗りの選手が、アンツィオでは使っていないお古の『クエントセンサー』を貸してくれたという話だが、しかし例え中古であろうとクエントセンサーがあるのは非常にありがたいことだった。

 クエントセンサーはクエント素子という特殊な鉱物を使って作る高性能金属センサーで、従来型の金属探知機を遥かに凌ぐ精度と範囲で、周囲の金属反応を探ることができる。

 

『じゃあ点けてみるが……あー、やっぱり壊れてるなコレ』

『なんで解るんだ?』

『いやだってあたり一面、金属反応でびっしりだ。見ての通り回りにはなにもないのに』

 

 カエサルの口から出た言葉に、その内容に、みほの背筋が凍りついた。

 『姿が見えない』のに『金属反応がびっしり』! そんな反応が出る理由は、ひとつしかない!

 

「全機、全速でこの場をりだ――」

 

 離脱せよ、との号令をみほは発することが出来なかった。

 みほのパープルベアーの足元、ほんの数メートル先、雪煙上げて飛び出してきたのは、どす黒い装甲のH級AT。

 エクルビス。

 雪の中に潜んで待ち構えていた特機の動きは素早く、みほは咄嗟にコックピットを両手で庇う他できなかった。

 そしてみほ機の両腕を、エクルビスの鉄爪は容赦なくもぎ取っていった。

 

 

 





 バラバラになるか固まるか
 その間にある限りなく薄い不安定な一線
 完璧なる包囲、隙無く仕組まれた罠
 絶体絶命を前に、指揮官の決意が、隊員たちの思いの丈が問われる
 信じるか、信じられるか
 賭けるか、賭け切れるか
 だがそんな窮地にあろうとも、容赦なく現実は突き刺さる

 次回、『籠城』 真実はいつも残酷だ


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第45話 『籠城』 

 

 

 パープルベアーは身軽さ素早さを優先し、装甲を薄く設計されたATである。

 つまり防御は最初から捨てており、ただでさえ戦闘兵器としては脆いと評判なアーマード・トルーパーのなかにおいてもさらに脆い。故にその基本戦法はヒット・アンド・アウェイとなる訳だが、そのアウェイができないとなれば最早どうしようもない。

 相手の、雪中より飛び出してきたエクルビスのタイミングは完璧だった。

 それでもかろうじて防御体勢をとることが出来たのは、みほの実力と日々欠かさぬ訓練のたまものだったろう。

 撃破されることだけは避けることが出来た。

 逆に言えば『撃破されていない』というだけに過ぎない。

 

「っ!?」

 

 左手の三本の鉄爪に腕を掴まれ――もしなかった。相手はただ、振りかぶり、振り下ろしただけだ。

 それでいて、この威力! パープルベアーが脆いことを差し引いても、肘から先を二本分持っていく一撃は尋常じゃない。もう一発喰らえば、もう後がない。

 みほは操縦桿を思い切り引きつつ、ペダルを力いっぱい踏み込んだが、しかし既に相手は第二撃の準備を終えている。右手のパイルバンカーで、今度こそ止めを刺すつもりだ。

 後退は間に合わない。ならばどうする?

 みほは操縦桿を手放すと、左手でATのバイザーカバーを開きつつ、右手では同時に、腰に吊るしたアーマーマグナムを抜いていた。バイザーカバーを開けば、外の景色が顕になる。

 エクルビスの赤い一つ目と、みほの双眸が真っ向向かい合う。

 一つ目へと向けて、みほはアーマーマグナムの銃口を向けた。

 単に一矢報いるだけのつもりが、意外にも、相手は驚いた様子であたかも人間のように肩をビクッと震わせ、一瞬、ほんの一瞬だけ動きが止まる。

 

『タアッ!』

「優花里さん!?」

 

 そこを狙って優花里が仕掛けた。

 ATの重量は6トンを超え、H級ならば7トンにも達する。

 そんな鋼の巨体が全力で駆ければ、例え雪原上とは言え単なるタックルでも下手な銃弾を凌ぐ威力を持つ。

 ましてや優花里特製のゴールデン・ハーフ・スペシャルは、追加装甲にロケットポッドにとかなりの重武装機。体当たりの強さは尚更だ。

 

『逃げて下さい、西住殿!』

 

 しかし相手のエクルビスの反応速度は、みほの目から見ても信じられない程だった。

 完全に不意を突く形での優花里のタックルにも、エクルビスは即座に対応した。その場でターンを描けば体当たりを見事にいなし、逆にゴールデン・ハーフ・スペシャルの肩へとアイアンクローで掴みかかる。

 

『うわぁっ!?』

 

 そのまま腕をひと薙ぎすれば、圧倒的なマッスルシリンダー出力そのまま優花里のATは赤子のように振り回される。そして遂には肘から先が引きちぎられてしまった。

 

『このお! みぽりんゆかりんから離れろー!』

『みなさん、撃って下さい!』

 

 両腕を、そして片腕を失ったみほや優花里へと追い打ちかけんと動くエクルビスに、沙織に華が得物を向けた。

 沙織はヘビィマシンガンを、華はそのショートバレルを撃ちかける。

 

『うそー!?』

『ATに、こんな動きが!?』

 

 粉雪を白煙と舞い上げて、黒い鋼の異形は宙を舞った。

 白雪降り注ぐ黒く灰色の空にあってなお、遥かにどす黒いエクルビスの姿は闇に映える。

 しかし動きは凄くとも回避手段にジャンプを選んだのは悪手だ。

 基本的にATは空を飛べるようにはできていない。つまり跳べばかならずいつか着地する。

 そして着地の瞬間はどうしても無防備になる。そこを狙う。

 沙織や華だけではない。大洗チームのほぼ全員が、着地の瞬間を狙うべく銃口砲口を向けている。

 例外は5人。みほ、麻子、杏、紗希、そしてカエサルの5人はまるで別の方向に視線を向けていた。

 みほは叫んだ。

 

「全機周囲警戒!」

 

 瞬間、雪の天井を突き破って、白く塗られたファッティー、チャビィーの群れが一斉にその姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

  第45話『籠城』 

 

 

 

 

 

 

「うぉぉぉぉぉっ!」

 

 カエサルはクエントセンサーの映し出した敵へと向けて、手当たり次第に銃弾を叩き込んでいた。

 ベルゼルガ用のアサルトライフルは装弾数が少なく、あっという間に弾切れになる。しかし撃ちまくった意味はあった。雪から顔を出しかけていた相手のチャビィーやファッティーは、殆ど無防備な状態の時に一撃貰うことになったのだから。当たりどころの悪かったATからは白旗が揚がり、急所を避けた者も不意を撃つつもりが逆襲されて混乱している。カエサルと違って『見えていた』訳ではないが、相手の意図を読んでいた麻子や杏、そして紗希も牽制の銃撃を放ち、半包囲の形で出現したプラウダ部隊へと若干の混乱を引き起こす。

 だがそれも長くは保つまい。早くも比較的後方に出現したチャビィーやファッティーは態勢を立て直し、コチラに銃口砲口を向けている格好だ。

 

『今です! 全機13時方向に向けて全速力で走って!』

 

 西住隊長の鶴の一声。

 走る先は、包囲のされていない方向……ではなく、包囲網の一角、カエサルが開けた穴。

 その意図を考えている余裕はない。今はただ、我らが隊長の指揮に従うのみ。

 

「いくぞぉ!」

『南無三!』

『後退的ブリッツクリーク!』

『それ、要は撤退ぜよ!』

 

 ニワトリさん分隊もカエサルの命令一下、盾持ちを前に押し出しながらの突破軌道をとった。

 左衛門佐の赤いスコープドッグが煙幕弾を撒き散らし、続く部隊のための目眩ましをする。

 銃弾が盾に当たる音が鳴り響き、奥歯を強く噛みしめる。

 

『ぎゃあ!? 何か今真上を掠めたぁ!』

『うそぉ! 左腕が持ってかれちゃった!?』

『鉄砲落としちゃったよ~』

『重くて走れない~』

『みんな落ち着いて! 優季! 勝手にミサイルをパージしないで!』

 

 ウサギさん分隊の方からは悲鳴が次々と飛んできて、聞いているカエサルのほうも生きた心地がしない。

 

『キャプテン! 激しいスパイクの連続です! もう駄目かもです!』

『みんな、こんな時こそ根性だ! せーの!』

『こんじょー!』

『こんじょー!』

『こんじょー!』

 

 カエルさん分隊はと言えば良くも悪くもいつも通り。

 彼女らに関しては心配いるまい。

 

『ヒバリさん全機、フォーメーションZ! シールドを構え防御形態』

『凄い数の攻撃だよそど子』

『これもう駄目なんじゃ』

『パゾ美! ゴモヨ! 泣き言はやめなさい! こんなの暴徒鎮圧と一緒よ! 普段の風紀委員の仕事と変わらないわ!』

『……そんなことしたことあったっけ?』

『大洗に暴徒なんていないんじゃ……』

 

 ヒバリさんのほうも通信内容はともかく、声の調子は落ち着いている。

 シールド持ちであることを活かし、逃げる大洗の最後尾に陣取っている。

 

『それじゃ私達も殿しよーか』

『ついにこの子の力をお披露目か~』

『待ちに待った出番っしょ』

『へっへっへ~100ミリの装甲を抜けるかっての!』

 

 今回初参戦の筈の『うわばみ分隊』こと自動車部の面々も、相も変わらずの飄々(ひょうひょう)っぷりである。

 ヒバリさんの脇を固める形で、列の後方、一番危険な役を買って出てくれている。

 

「私らも負けていられないぞ! 一旦囲みを抜けたら反転、味方の突破を援護する」

『煙玉! 焙烙玉! がんがんいくぞ! 川中島の戦いだ!』

『幕末で霧といえば母成峠の戦いぜよ』

『寒くて霧と言えばバルジの戦いだろう』

「『『それだ!』』」

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「ダージリンさま、大洗のピンチです!」

「落ち着きなさいオレンジペコ。大洗は包囲を脱したわ」

 

 見晴らしの良い高台の上。

 降り注ぐ雪を意に介することもなく、ダージリンとオレンジペコはいつものように大洗の試合を観戦していた。

 辺りは身を切るような寒さだが、ATスーツを防寒具代わりに纏えば問題はない。

 加えて傍らには携帯式の湯沸し器に、淹れたての紅茶が注がれたティーカップまであるのだ。

 湯気の熱さは降り注ぐ雪が触れたら溶けてしまう程で、外気で冷ましながら飲めば五臓六腑がたちまち火を入れたようになる。それが心地よい。

 

「少なくとも、この場だけは何とかしのげたようね」

「プラウダ高校のATは全部で75機……。先程の戦闘で何機か撃破はしましたが……」

「カチューシャは攻撃の手を緩める気はないようね」

 

 脱出した大洗部隊へとすぐさま、カチューシャ駆るエクルビスに率いられたファッティー、チャビィーの大群が追撃を仕掛けている。どのファッティーもチャビィーも、足にアイスブロウワーを装備するか、あるいは雪原用のカスタマイズを施されていて、その速度では大洗側に勝っている。このままでは確実に追いつかれるだろう。

 それに加えて、観覧席からは別働隊のプラウダ部隊の姿をみとめることができた。

 ノンナ駆る赤いチャビィーに、一年生のニーナとかいう選手率いる量産型エクルビス部隊。

 大洗への包囲が完成するのも時間の問題だ。

 

「初撃で強烈なのを貰っていましたいけれど、みほさんは大丈夫でしょうか」

「あら、その様子じゃ貴女もすっかり彼女のファンね」

「……貴女『も』?」

 

 ペコが聞き返すのに、ダージリンは微笑で応えた。

 

「あら、それこそ今更ですわ。わたくしはみほさんのファンですもの」

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

「全機反転! 追いつかれる前にこちらから迎撃を仕掛けます!」

 

 みほは瞳に投影された電子地図を手繰りながらも、みほは大洗一同へと指示を飛ばす。

 プラウダ相手に雪原で正面から戦いを挑むなど普段なら決して採らない作戦だが、しかしこのまま逃げ続けてもいつか追いつかれるのは明白だ。背中から撃たれるよりは、まだ正面から撃ち合うほうがマシだ。

 パープルベアーに残された最後の武器、ステレオスコープを最大限に駆使し、闇の彼方のプラウダ部隊の姿を探る。追撃部隊の数は30機以上。この場に限って言えば数的に差はない。射撃戦で勝負を決めるのは困難でも、一時的な膠着状態を作る程度ならば可能だ。

 ――よし!

 

「あんこうを中心に置きつつ、左右に延翼してください! AT同士は10メートル、いや15メートル間隔! 横列を組みつつ、各個に撃ちまくってください!」

 

 横に広い戦線を構築し、乱射の射線によってプラウダ追撃隊を足止めする。

 相手が隊形を組み射撃戦に備えたならば、準備が整った所を見計らって全力で後退する。

 これがみほが立てた作戦だった。

 

(H43地点……向かうべきはここ!)

 

 電子マップからみほが割り出した、大洗が向かうべき先。

 H43地点周辺には廃村がある。つまり雪や風を凌ぐ屋根も、遮蔽物となる壁もある。

 今は目の前にいるのは30機程度に過ぎなくとも、プラウダには都合あと40機の別働隊が控えている。

 右から来るか、左から来るか、はたまた背後か、それは解らない。

 とにかく、相手が戦力を合流させ、こちらを完全に包囲殲滅する形を作ってしまう前に動かねばならない。

 

「っ!」

 

 撃ち始めた味方に合わせ、自分も攻撃を仕掛けようとして、ATの両腕がもがれてしまったことを思い出す。

 なんと歯がゆい。戦いたい時にそれができないことが、こんなにも歯がゆいとは!

 

(……違う。今するべきことはそうじゃない)

 

 冷静になれ。

 自分は隊長だ、指揮官だ。

 得物はなくとも、戦うことはできる。隊長としての戦いが。

 ミッションディスクをイジェクトし、別のものへと入れ替える。

 カメラ性能の最適化に特化した、偵察用のプログラムだ。

 念の為と持ってきていたが、まさか本当に使うとはみほも思ってはいなかった。

 

(今はコレだけが頼り、かな)

 

 ディスクの読み込みを知らせる赤いランプが灯り、バイザーモニターに投影された画面の質がガラリと変わる。

 細かく走る細いグリッド線に、外気温をはじめとするコックピット外界の状況が数値化されて画面端に表示される。ATの全センサーが探知観測へと動員され、CPUは全リソースをセンサー系オペレーションへと向ける。普段は火器管制などに回しているリソースを、探知システムの方へと全振りしたのだ。

 ――故に気づくことができた。

 

「っ!」

 

 警告の電子音が鳴り響き、サブカメラが捉えた新手の到来を告げる。

 メインカメラを向ければ、まだハッキリとは見えぬ朧な白影の群れが彼方に踊っている。

 その中央部に灯った赤い火。あれは火ではなくATで。あの血のように赤いATは、プラウダのノンナ、ブリザードのノンナに他ならない。

 センサーと内蔵データーベースが、迫るAT群の機種と数を割り出して映し出す。

 画面の脇にて、白線で次々と描かれるのはワイヤーフレームのプラウダATだ。

 だがファッティーとチャビィーばかりで、エクルビスの姿は見えないが、それでも数は30機。

 特に遮るもの、身を隠すもののないこの開けた場所で、迫る敵中には狙撃手がいるのだ。

 

「ニワトリさん、ヒバリさん、左翼に展開! シールドを前に突き出し防御線を構築して下さい!」

『え!? なによいきなり! でも解ったわ!』

『こちらニワトリ、Why not(了解)!』

 

 盾持ちのATが左翼に展開を始めると同時に、パッと彼方で何かが光り輝いた。

 光が、そして砲弾が音を置き去りにして飛んで来る。

 おりょう駆るホイールドッグのシールドが弾け飛ぶ異音にすら遅れて、暗がりの向こうから銃声が追いついてくる。

 

(高速徹甲弾!)

 

 間違いない。報告にあったノンナ機専用装備、AT用スナイパーライフルだ。

 

『い、いっぱつで盾がお釈迦ぜよ!?』

『下がれおりょう! 私が前に出る!』

『忍法霞隠れ! ――って煙幕弾が切れた!?』

『左衛門佐落ち着け! 再装填だ!』

「全機、これから指定するポイントへとミサイル、ロケットで砲撃をしかけてください!」

 

 混乱するニワトリ分隊とは対照的にみほは一貫して冷静だった。

 指揮に徹するしかないという状況が、却ってみほの思考を冴え渡らせる。

 いかにしてここから撤退し、H43近辺の廃村まで辿り着くかを考える。

 

「相手の進路上に砲撃を仕掛けます! E21-5044、5046、5048!」

 

 パープルベアーの原型機は、偵察用あるいは弾着観測用に使用されていたATだ。

 その外見的特徴たるステレオスコープをフルに使えば、砲兵への標的指示などお手の物。

 

『西住殿、相手も撃ってきました!』

 

 優花里が叫んだ通り、左の、そして正面から迫るプラウダ部隊から一斉に放たれるロケットの群れがみほにも見えた。弾道観測、弾着予測。みほは即座に指示を飛ばした。

 

「あんこう、カエル、ヒバリ10メートル後退! それ以外の部隊は一切動かずやり過ごして下さい!」

『正気か西住!?』

 

 桃の泣き声同然の叫びが聞こえるが、今のみほにはそれに返事をする余裕もない。

 必要なのは間髪入れずの反撃だ。ミサイル、ロケット持ちのATへと通信を飛ばす。

 

「今です!」

 

 まず沙織が、次いで優花里が、次いでウサギさん分隊がと次々と発射されるロケット弾。

 微かな放物線を描いて飛ぶ敵味方のロケット弾は空中で交差し、その様はあたかも花火の用に暗闇に映える。

 そして着弾。砲火、砲煙、そして雪煙が暗がりの空の下を舞った。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

「ココアとコーヒーがありますけれど、どちらにします?」

「じゃあコーヒーのほうで」

「はい、西住殿」

「ありがとう優花里さん」

 

 優花里が差し出した紙コップの中身を喉に流し込めば、苦味が口いっぱいに広がってむせそうになる。

 そこを堪えて熱いコーヒーを飲み込めば、少し呆としていた頭がくっきりしてきた気分だ。

 

「あ、ゆかりん。私コーヒーちょうだい!」

「わたくしもコーヒーを」

「私はココアだぞ」

 

 沙織、華、麻子も寄ってきたので、優花里も含めて5人並んで地べたに座り、各々の自機も様子を眺めた。

 

「よくもまぁ撃破判定がでなかったもんだな」

「ホントだよね」

「よく頑張ってくれました」

「……わたくし、ここまで辿りつけたのが正直不思議でなりません」

 

 みほもまた皆に倣って愛機パープルベアーの姿を仰ぎ見た。

 両手は既に失われ、アンテナはへし折れ、ステレオスコープの片割れは既に割れている。

 あちこちに競技弾が突き刺さったままになっており、もしもカーボン加工がなければ穴だらけになっていたのではないか。

 優花里のゴールデン・ハーフ・スペシャルは片腕がなく、随所に貼り付けてあった戦車履帯流用の追加装甲は、その殆どが既に剥げ落ちている。

 沙織、華、麻子のATはみほや優花里ほど全体的な損傷は酷くないが、それでもあちこちに受けたダメージの痕跡がハッキリと見受けられた。

 特に麻子機は頭部の一部に一発もらっていたので、撃破判定が出てもおかしくはなかった格好だ。

 他の分隊もほぼ似たような状況で、多かれ少なかれどこかが傷ついている。

 中でも特に酷いのは、自動車部の駆る4機のストロングバックスだった。

 

「いやぁ、ボロボロだねぇ」

「やられもやられたり、か」

「でも撃破はされてない」

「100ミリの装甲は伊達じゃない、ってね!」

 

 自動車部の面々はと、表面がスクラップのようになった四機のストロングバックス、否、ストロングバッカスを誇らしげに見上げていた。酒の神の名を冠するATは、しかし確固たる二本足で揺るぎなく屹立している。

 ウワバミ、大酒飲みの大蛇のエンブレムを掲げた4機のH級並のカスタムATは、ツチヤが得意げに言うように100ミリの装甲を(一部だが)有している。危険あふれるバトリングの選手が好んで使うだけあって、その頑丈さはATのなかでも折り紙つきだ。むろん、そんな重装甲カスタムを施せば機体はあらゆる意味で重くなる。自重に加えて、その自重が機体の機動力そのものの足かせになる。機動力が命のアーマードトルーパーというメカにおいてそれは致命的のようにも感じるが、そんなマシンを実用に耐えうるよう改造したのは自動車部が高校生とは思えぬ隔絶した技術の持ち主達だからだろう。

 撤退する大洗部隊の最後尾を陣取り、文字通り我が身を盾としたのだ。

 

「……」

 

 みほは立ち上がって、逃げ込んだ先、廃村中央の元教会のとおぼしき建物のなかを見渡した。

 神の棲家というよりは瓦礫の山と呼ぶにふさわしい場所を占めるのは、アーマードトルーパーというよりガラクタと言ったほうが適切な大洗のAT達の姿だ。

 かろうじて、一機も撃破はされていない。

 しかし、単に撃破されていないというだけで、実質戦闘不能なATもちらほらある。

 隊長機の筈のみほのパープルベアーがその筆頭だった。

 

「ロケットもミサイルも撃ちつくしちゃった……」

「私もガトリングガンの予備マガジンはあと2つだな」

「アンチ・マテリアル・キャノンのほうはともかく、私もヘビィマシンガンのほうは弾切れです」

「一応予備のロケット弾は持ってきましたが、右腕部も吹っ飛びましたし、実質武器はそれだけです」

 

 撃破を避け得たのはなりふり構わずロケットにミサイルと重火器をぶっ放して目眩ましにしたからだ。

 その結果が、沙織達が口々言うような弾切れ状態だ。

 他の分隊も同様で、残された弾薬は僅かだし、使える武器の種類も限られている。

 対するプラウダはいまだ70機前後が健在で、弾薬はたっぷり、エクルビスのような特機まである。

 今は攻撃の気配はないが、村をぐるりと取り囲み、攻撃の機会を窺う、その殺気のような気配はひしひしと感じ取ることができる。

 

(……)

 

 みほは考える。

 こんな状況で、どう勝つ?

 どう戦えばいい?

 遮蔽物のある廃村まで逃げ込めたのは良いものの、逆に言えば大洗が今プラウダに勝っている部分はそれだけだった。そんな優位も、相手の飽和攻撃で簡単に消し飛んでしまうだろう。

 

(どうすれば)

 

 みほは今までの人生で、ただ一度の例外を除いて勝負を途中で投げ出したことはない。

 勝つにしろ負けるにしろ、ぎりぎりまで考え抜き、戦い抜いた結果だった。

 そんなみほですら、考えれば考える程絶望的な状況だった。

 迂闊に前進し、先手をとられた時点で既に形勢は――。

 

「何だお前たち! 何をぼさっとしている!」

 

 広い廃教会のドーム内に、虚しく反響したのは桃の怒号だった。

 今しがた抜けてきたプラウダの集中砲火に、疲れて座り込む一同へと向けて、睨みつけ叱責している。

 

「敵はもうすぐそこまで来てるんだぞ! 反撃だ! すぐにでもこんな所を抜け出して、反撃を食らわせるんだ!」

「いくらなんでも無茶です!」

 

 さすがのみほの、この状況での桃の言い様は看過しかねた。

 あの砲火を脱落無しでくぐり抜けただけでも賞賛に値するというのに、これ以上何を求めるというのか。

 

「みんな既に疲れきっています! 心身ともに調子を整えなきゃいけないし、ATの応急修理だって!」

「知った事か! 今すぐ立ち上がって戦うんだ! とにかく反撃だ! 反撃するんだ勝つために!」

 

 桃は果たして誰に向かってそれを言っているのだろう。

 みほには、それが自分を奮い立たせるために、敢えて無茶苦茶なことを言っているようにも見えた。

 だからみほは桃の物言いに対しての、怒りよりも不審が勝った。なぜそうも勝ちにこだわる?

 

「勝つ、勝つと口で言うのは簡単だが、どう勝つつもりだ。こっちには武器も弾もないんだぞ」

 

 みほへの助け舟か、麻子の冷静な指摘が場を鎮まり返させた。

 どうしようもない現実を前にして、桃もグッと言葉を呑んだ。

 

「それにですよ! 私達、初出場で準決勝まで勝ち上がったんですよ」

「準決勝っていえば、ベスト4だよね!」

「初出場でベスト4入りなんて、装甲騎兵道始まって以来の快挙かもしれませんよ」

 

 優花里、沙織、華も麻子に続いた。

 ベスト4入りという事実を思い出し、にわかに空気が明るくなる。

 そうだ、例えここで負けても、誰に言っても誇れる快挙なことに変わりはないのだ。

 そりゃどうせならもっと上に行きたかったけど、それこそ実質初心者集団にしては高望みじゃなかろうか。

 そんな雰囲気に、みほもこんなことを口にした。

 

「例え負けても、来年度があります。ベスト4まで勝ち抜いた実績があれば、来年の履修者はもっと増えるはずです。ゆっくりと練度を上げて、次の戦いに――」

「……来年?」

 

 みほの言葉に、桃は肩をビクリと震わせた。

 みほの言葉が、引き金になったのか。

 流れ出るように、嗚咽混じりの叫びが桃の口から吹き出した。

 

「何を言ってる! そんなものはない! 勝たなきゃ、ここで勝たなきゃ我が校は今年で無くなるんだぞ!」

 

 

 






 誰が仕組むのか、誰が望むのか
 大洗に忍び寄る策謀の魔の手が、その一端が明かされる
 告げられた真実、溢れ出る絶望
 だがその絶望を乗り越えた先の、ただ一筋の希望の灯を目指して
 みほは走る、皆は走る

 次回『決意』 求めるものは、ただひとつ









【100mmアーマーストロングバッカス】
:自動車部の駆る特注製カスタムAT
:ボトムズTVシリーズ『ウド編』にて、PSと互角に戦うという大活躍を見せた
:「100ミリの装甲だ!そんなもんじゃビクともしないぜ!」
:設定担当の井上幸一氏曰く「これはハッタリですね。体型が変わっちゃいますよねぇ」
:自動車部のカスタム機も、100ミリの装甲板を貼ってるのはごく一部に過ぎない
:それでもATとしては例外的な頑丈さを誇る




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第46話 『決意』

 

 

 ああ、ついにバレちゃったかぁ――というのが杏が真っ先に考えたことだった。

 今にも泣き出しそうな、いやもう既に眼は潤んでいるのだけれど、とにかくそんな桃の顔と声と、何より飛び出してきた言葉の内容に皆がしんと静まり返ってしまっている。

 常に一生懸命なのだが、どこか努力の方向性が斜め上で力みすぎて空回りしてしまう……それが河嶋桃という少女だ。そんな彼女が彼女なりに精一杯クールを装って胸の内側に溜め込んできた色んな感情が、いよいよ暴発してしまったらしい。

 傍らを流し目に見れば、柚子は柚子で青い顔をしているし、間に挟まれている自分の居心地の悪さったらない。まぁ廃校の事実を隠しているように命じたのは他ならぬ自分なんだから、この居心地の悪さも自業自得と言えなくもないか。

 

「……河嶋の言っていることは本当だ」

 

 みほを筆頭に、一同の視線が桃から自分へと移るのを感じ、杏は自分のほうから先に口を開いた。

 あれほどひた隠しにしてきた真実なのに、一旦口にしてしまえば、自分で驚くぐらいスラスラと言葉は紡ぎ出た。

 

「この全国大会で優勝しなければ……今年度をもって大洗女子学園は廃校になる」

 

 杏は淡々と告げた。

 それが却って、皆に自分の言っていることが冗談でもなんでもない、本当のことだということを知らせたらしい。

 ざわりと、青褪めた空気が走り、一同の不安げな双眸(そうぼう)が杏へと向けられる。

 杏は口を(つぐ)んだ。視線が一瞬踊り、みほのほうを見た。

 ああ、自分らしくないなぁとぼんやりと杏は思う。

 内心はどうあれ、見た目だけはどんな時も余裕綽々な調子で乗り切ってきたから、こういうの本当に調子が狂う。こういう真面目で深刻なのは、自分のキャラじゃないのに。

 声にならない声を僅かに漏らした後、杏は意を決して告げた。

 

「学園艦も解体される。私たちに来年は、ない」

 

 

 

 

 

 

 

  第46話『決意』

 

 

 

 

 

 

『動きませんね』

『ええ。そうみたいですね』

 

 傍らのクラーラがロシア語で言うのに、ノンナもまたロシア語で返した。

 普段ならここでカチューシャがすかさず「日本語で話しなさいよ!」とプンスカ膨れながら口を挟んでくる所であるが、今に関してはそれはない。何故なら、カチューシャはわざわざATに試合会場まで曳かせてきた専用のベッドソリの中でお休み中だからだ。

 

「……」

 

 暗視装置付きの双眼鏡から眼を離しノンナが振り返れば、ソリのなかで毛布にまるまったカチューシャの姿が見える。普段であればノンナが傍らで子守唄でも歌う所だが、今回はその必要もない。それほどまでにカチューシャの疲労は大きく、眠りが深かったのだ。

 

「……」

 

 ノンナは視線を正面へと戻すと、暗視装置によって薄緑に光る景色が眼を覆う。

 大洗女子学園の部隊が逃げ込んだ廃村、その悄然(しょうぜん)たる姿は、ノンナ達がいる丘陵から一望することができた。

 廃村はすり鉢状の盆地の中央にあり、四方360度を緩やかな傾斜に囲まれているのだ。

 プラウダが誇る総勢70あまりのAT部隊は稜線に沿って戦線を描き、完全に廃村を包囲している格好だ。

 

『オオアライは中央の教会に入ったきり、出てくる気配はありません。ミサイルで砲撃しましょう』

『待ちなさい。同志カチューシャの休息が終わるまでは待機です。ニーナ達を起こすのも禁止です』

 

 クラーラが提案するのに対し、ノンナは首を横に振った。

 部隊長は、指揮官は飽くまでカチューシャだ。つまりプラウダの勝利はカチューシャの勝利だ。そうでなくてはならない。それがノンナの考えであった。

 

『30分待機します。その間に大洗側に動きがあれば、そこは臨機応変に。しかし、こちらから先に手を出すのは厳禁です』

『わかりました』

『クラーラ。貴女も塹壕の設営に協力しなさい。ここは私が見張ります』

 

 立ち去るクラーラを見送り、そのまま視線を下げてノンナは眠るカチューシャの様子を窺った。

 普段のお休みの時は寝言のひとつやふたつは呟くカチューシャだが、今日はいつになく静かな姿だった。やはり、眠りがかなり深い。それだけ体に負担が掛かっている、ということに他ならない。

 

「……アリーナ、聞こえますか?」

『あ、はい! こちらアリーナ、ちゃんと聞こえてます!』

 

 携帯無線を使ってアリーナを呼び出す。

 自分が眠るカチューシャを見守っているのと同様、アリーナの役割は休息中のニーナ達の付き添いだ。

 

『ニーナ達なら、全員ぐっすりと眠っています。いびきひとつたてません』

「今から30分後にカチューシャがお目覚めになりますから、あなたもニーナ達をそれに合わせて起こしなさい。いいですね」

『あ、はい。わっかりましたです』

 

 伝えるべきことを言い終われば、通信を終えて意識を廃村への監視へと戻す。

 相変わらず、廃村では何の動きも見えない。例の廃教会からも、誰一人AT一機出てくる様子はない。

 

(……どういうつもり?)

 

 こちらが攻撃してこないことを良い事に、一時休息をとっているのか、あるいは単にこちらが沈黙しているがゆえにどう動くべきか解らず、出方を待っているのか。

 いずれにせよ、カチューシャが起きた時、それが大洗チームの最後だ。

 それだけは確かだった。

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 まず、最初に抱いた想いは困惑だった。

 何を言っているのかが、何について話しているのかが解らない、そんな印象だった。

 だが桃に続いた杏の冷静な言葉が、否応なくみほに現実を認識させた。

 ――大洗女子学園は廃校になる。そんな現実を。

 

(ああ……だから)

 

 ようやく腑に落ちた。

 何故、こんなにも急に装甲騎兵道を復活させたのか。

 何故、一選択履修科目に過ぎない筈の装甲騎兵道にこうも力を注いでいるのか。

 何故、あそこまで自分に対し、脅迫まがいのことまでして装甲騎兵道の履修を迫ったのか。

 全ての意味は、『廃校』という言葉を鍵に解くことができる。

 

「廃校を避けるためには、何か解りやすい成果を挙げる必要があった……ってことだったんですね」

「その通り。全くもって西住ちゃんの言う通りだよ」

 

 みほの言葉に、力なく笑いながら杏は頷いた。

 

「なぜ、装甲騎兵道だったんですか?」

「昔は盛んだったって話だし、それにバトリングのほうなら数年前までやってたって聞いてたしね。設備とかATとか多少は良いのが残ってないかなぁ~って期待もあったし」

「……残ってなかったじゃん」

「いやぁゴメン、ゴメン。まさかめぼしいのは全部売っちゃってたとは予想外過ぎてね~」

 

 思わず横合いから突っ込んだ沙織への応えも、どこか弱々しい。

 表情自体はいつもどおりの真意の知れない笑い顔ではあるが、そこには隠し切れない(かげ)りがあった。

 

「でもさ、装甲騎兵道を始めれば助成金も出るし、ATは比較的値段も安いからそれで何とかなるかなぁってね。それに、これは完全に偶然だったけど西住ちゃんもいたし」

「でも初出場で優勝なんて……」

「無茶ですよ~」

「無茶だな」

「無茶ですね」

 

 人気も高く競技人口も多く、従って競争も激しいバレーという競技に身をおく典子達の表情はそろって険しい。強豪集う全国大会勝ち上がることがいかに難しいか、種目は違えど彼女たちはよく知っていた。

 

「それしか……それしかなかったんだ。古いというだけで、なんの特徴もない学校が生き残るには、それしか……」

 

 しかし桃の口から訥々(とつとつ)とこぼれ出た言葉に、場は再び静まり返った。

 桃の言うことは最もだったからだ。歴史は古くとも、良くも悪くも『普通』であって、特色のない地方校。

 それが大洗女子学園だった。

 

「ここでしか咲けない、花もあるのに……」

 

 華が呟いた。

 それに触発されたか、一年生の中には泣き出す者まで現れて、やはり涙ぐむのを我慢している梓が必死になだめようとしている。いつも元気なバレー部一同や、いつもマイペースな歴女チームの面々ですら沈み込んだ様子で、場の空気は最悪だった。

 

「……」

 

 みほは立ち並ぶAT達を見返した。

 皆もそれに倣って愛機たちの姿を見た。

 そこにあったのは、勇姿と言うのは余りに程遠い、撃たれ、叩かれボロボロになったスクラップ寸前の装甲騎兵達だった。加えて言うなら弾薬は不足し、数でプラウダに劣り、しかもこの廃村に追い詰められている状況だ。何故か相手は攻撃を中断し、沈黙していたが、この不可解な休戦状態が破られるのも時間の問題だろう。

 

「わたしたち、バラバラになっちゃうのかな」

 

 沙織が誰に対してでもなく言った。

 

「そんなの嫌です」

 

 答えたのは優花里だった。

 

「やっと、やっとみなさんと仲良くなれたと思ったのに……友達に、なれたと思ったのに……」

 

 優花里の言葉は、みほの心にも強く響いた。

 優花里の言っていることは、みほの想いと全く同じだった。

 この学校にきて、友達が、仲間ができた。それだけじゃない。見失いかけていた、装甲騎兵道の楽しさ。それを思い出させてくれた。

 ――だからこそ、負けるわけにはいかない。

 

「まだ勝負はついていません」

 

 みほは努めて大きな声で、なおかつ落ち着いた声で皆へと言った。

 

「状況は確かに最悪です。ATの多くは損傷し、弾薬は残り僅か、敵は大勢で、それに包囲までされてます」

「最悪ぜよ」

「それって勝ち目ないってことじゃない!」

 

 おりょうとそど子が言うのに、みほは首を横に振った。

 

「それでも私たちは勝ちます。必ず勝ちます」

「……そこまで断言するからには、理由があるんだよね、西住ちゃん」

 

 みほは杏へと頷き言った。

 

「……昔、おかあ――西住流現家元に聞いたことがあります。『異能者』と呼ばれる存在について」

「『異能者』?」

 

 柚子が疑問を(てい)するのに、みほは即座に答えず、敢えて逆に皆に問いかける。

 

「不思議に思ったことはありませんか? 私たちは一部を除いて初心者揃い。ATの性能も、装備も貧弱です。でもここ迄勝ち抜いてこれました。何故ですか?」

 

 皆が顔を見合わせる。

 それでいい。疑問に思ってくれ、疑問を感じてくれ。

 私が、それに対する『答え』をあげるから。

 

「『異能者』とはごく僅かに、ある種の突然変異によって生まれる人たちのことを指します。彼ら彼女らのその大きな特徴は電子機器、特にコンピューターへの適性が極めて高いことです。そして、ATに対する適性も」

「私達が、その『異能者』かもしれないってこと?」

 

 絶妙なタイミングで、杏が問いを挟んでくれた。

 流石は腹芸に長けた会長だ。みほは自分の意図を読んでくれた杏に感謝した。

 若干の胸の痛み、仲間をペテンにかける罪悪感がみほの心をよぎった。 

 だがしかし、毒を食らわば皿までも!

 

「みなさんは腕もいいですし、用心深くもあります。時には策略も用いました。そして何より運がいい。……でもそれだけでしょうか。それだけで勝ち続けたというのでしょうか? 違います。それは――私達が『異能者』だからです。だから負けないんです。絶対に勝つんです」

 

 皆がまたも顔を合わせ、囁きあった。

 沙織が、みほのことを見ていた。みほは見返した。これで沙織も、みほの意図を察した。

 沙織は、彼女の持つ演技力の全てを駆使して、ごくごく自然な調子で言った。

 

「そういえば不思議だよね。私達、みぽりん以外は素人の集まりじゃん。それが全国大会の準決勝だよ! 普通じゃ絶対ありえないよ!」

 

 優花里、華、麻子も沙織に続く。

 

「そうです。何か、何か理由がなくては変です」

「装甲騎兵道は過酷な競技です。それを私たちは勝ち抜いてきたんです!」

「私達を勝たせうる、何か大きな要因があると考えたほうが自然だ」

 

 ざわめきが大きくなってきた。

 誰とはなしに、誰に言うでもなく、この言葉を口にしていた。

 

「私たちは負けない」

「そうだよ、私たちは負けない」

「だって異能者だもん!」

「いのーしゃだもん!」

「そうだ! 私たちは負けない! 私たちは負けない!」

 

 いつしか言葉は、重なりあい、響きあい、堂内を満たし、外へと響き渡り始めた。

 

「私たちは負けない!」

「私たちは負けない!」

「私たちは負けない!」

「私たちは負けない!」

「私たちは負けない!」

「私たちは負けない!」

「私たちは負けないんだ!」

 

 締めくくるようにみほは叫んだ。

 

「そうです私たちは負けません! 勝つんです! 絶対に勝つんです!」

 

 空気は、一変していた。

 そうだ、でまかせでもなんでも良い。

 今この瞬間、すがれる何か、信じられる何かを支えに戦い抜く。

 今は、それだけでいい。 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 応急修理は急ピッチで進み、手の空いた者は偵察を、あるいはみほの立てた『作戦』の準備に奔走していた。

 そうこうしているうちに、よくやくプラウダ側でも動きが見えた。

 相手は廃村をぐるりと囲んだ丘陵地帯に塹壕を作り、そこにATを配置している。

 雪の中の動きが慌ただしくなったのが、サーマルで捉えられる熱の動きや、カエサルの持つクエントセンサーで解った。

 

「西住殿、やはり敵は既に攻撃の態勢を整えたようです。すぐにも砲撃が来ると思います」

「わかりました。ありがとう優花里さん」

 

 教会の鐘楼に登って偵察をしていた優花里が戻ってきた。

 みほも窓から外を見れば、急に外が明るくなって、思わず目を瞑る。

 薄目を開けて窺えば、空から落ちてくるのは数々の照明弾。

 言うまでもなく総攻撃の予兆だ。

 

「『もぐら作戦』を開始します! 全員、ATに乗り込んでください!」

 

 みなが慌ただしく走り回る。

 みほもまた、愛機パープルベアーのもとへと駆け寄っていた。

 

「……西住ちゃん」

 

 不意に、背後から杏が呼びかけた。

 みほは振り返り、彼女のほうを見た。

 

「今までありがとう。私達をここまで連れて来てくれて」

 

 白い光の雨が雪と共に降り注ぐなか、照らし出された杏の顔。

 そこにあったのは、みほが今まで一度も見たこと無いのものだった。

 どこか寂しげで、しかし翳りはひとつも見られない、清々しいものだった。

 恐らくそれは、会長の仮面の下に隠れた、角谷杏という一人の少女の顔だったのだろう。

 ――だからこそ。

 みほは不敵に笑った。こんな顔をするのは、まだ流派の枠などなかった、幼き日以来のことかもしれない。

 見慣れぬみほの表情に珍しく驚く顔の杏に、みほは不敵に言った。

 

「感謝なら、この試合に『勝った後』に言ってください」

 

 杏はキョトンとして、破顔して、ニヤッしつつ言った。

 

「そうだね」

 

 

 





 己が異能者であるなどと、己が神に愛された子であるなどと
 そんな夢物語を信じる者は誰ひとりとしていない
 それでもなお、『私たちは負けない』と叫ぶのは
 その身に背負った覚悟の現れか
 ならばなろう、大地を走る無謀な風に
 嵐が吹かねば、太陽が輝かぬとするのなら
 
 次回『死線』 負けられぬ戦いが、始まる








【異能者】
:古代クエント人のなかに現れた突然変異種
:彼らの成れの果てがあの『ワイズマン』である
:キリコもこの異能者であるという話だが……
:異能生存体の設定が登場してからは、どこかうっちゃられた感がある






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第47話 『死線』

 

 

「状況は?」

 

 ノンナが振り返れば、すぐ後ろにカチューシャが立っていた。

 特注製のATスーツに身を包んだ姿はシャンとしていて、顔つきもプラウダの隊長らしい凛としたものになっている。ついさっきまで、分厚い毛布に包まれてヌクヌクこっとり寝入っていた人間とはとても思えない。小さな暴君のアダ名にも相応しい、体躯の慎ましさを感じさせない堂々たる立ち姿だ。

 

「カチューシャがお休みの間も監視を続けましたが、相手は廃村に籠もったまま、出てくる気配はありません」

 

 ノンナから双眼鏡を受け取り、自分自身の眼で廃村の様子を窺うカチューシャ。

 暫し観察し、ノンナの報告と相違ないことを確かめると、カチューシャはちょっと考えこんだ。

 

「どういうつもり? 城を枕に討ち死にでも気取ってるのかしら」

「単純に打つ手がなくてあそこに籠る以外に戦いようがないのかもしれません。先ほどの戦闘であちらはかなりの弾薬を消費しています」

「ふふ~ん。貧乏校は哀れよね。我が校は武器弾薬に予備ATはたんまりとあるんだから。十年だって戦えるわよ」

「どれも訳有品を格安で買ったり、あるいは自前で組み立てたりしたものばかりですけどね」

「余計なこと言わないでよ! 限られた予算のなかで最大限の物資を調達するのも隊長の務めなんだから!」

 

 カチューシャはノンナへと双眼鏡を投げ返すと、イカリ肩にがに股で周囲を威圧しながら自機へと向かった。

 黒い巨体には若干ながら雪がつもっている。それを払い落としながらハッチを開き、カチューシャはエクルビスへと乗り込んだ。

 そのコックピットの内装は、通常のATのそれとは余りに異なった様相を呈していた。

 まずそのATの巨体さに似合わぬ狭さが目についた。所狭しと何やら謎めいた機械が並べられ、機械の間を無数の光ファイバーケーブルの束が走り、その中を正体不明の燐光が規則的に走っている。

 コンソール系も通常機とはまるで仕様が違う。増設された幾つもの計器類が各々何らかの数値を映し出しているが、その意味するところは解らない。

 ひとつだけ確かなのは、操縦席を覆い尽くす機械計器配線の全てが、カチューシャの座るシート部へと集約されているということだろう。

 カチューシャはシート上に置かれたヘルメットを手にとった。シートの背もたれ、その裏側と無数のケーブルで繋がれたヘルメットである。他のプラウダ選手が使っているATスーツのヘルメットとは形状が異なり、その材質の良さなどから特注製の一品であるとうかがい知れた。

 カチューシャがシートへと座り、件のヘルメットを被る。

 大洗の使っている耐圧服付属のヘルメットと異なり、このヘルメットには肉眼で外部を見る機能は備わっていない。視界は真っ暗。このままでは視界ゼロだ。

 だが問題はない。

 カチューシャが手探りでトグル・スイッチを入れると、瞬間、ヘルメット内にATのカメラから外界の光景が投影されて――などといったレベルではないことが起こった! まるで肉眼で直接外を見ているかのような、クリアな視界が広がったのだ。

 

(積もった雪が鬱陶しいわね)

 

 カチューシャは思った。 

 思ったと同時に、ATに鋼の巨体は我が身のように動き、身じろぎして雪を払い落とした。

 回りを見渡そうと思えば、思ったが直後、一切のタイムラグなしに機体が動き、カメラが周囲の景色を拾う。

 まるで……ATと肉体が一体化したかのような、そんな感覚だった。

 比喩ではなく、言葉そのままに。

 

(フフフ……西住流がなによ。このエクルビスたんとこの新型操縦システムがあれば、軽く一捻りなんだから)

 

 カチューシャが喜悦に口角を釣り上げると、それに合わせてエクルビスの肩もプルプルと喜びに震えた。

 表情のないエクルビスの一つ目顔ですら、あたかも笑い顔であるかのように、外から様子を見守っていたノンナの眼には見えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  第47話『死線』

 

 

 

 

 

 

 

『カチューシャ隊長、ヒガシガワ、ハイチにツキました』

『カチューシャ隊長、こちらアリーナ、西側も準備万端です』

 

 クラーラ、次いでアリーナから各方面部隊の攻撃態勢が整った旨の無線が飛んで来る。

 カチューシャがATごと振り返れば、ノンナの真紅のチャビィーから相変わらず頼もしい静かな答えが返ってくる。

 

『同志カチューシャ。ノンナ五個分隊、全機所定の位置につきました。指示を』

「はらしょーノンナ。別命あるまで待機」

 

 廃村の四方、東、西、そして北には塹壕を掘り進め、ATを等間隔に配置してガッチリ固めてある。

 塹壕は廃村を囲む丘の稜線に沿って引かれているため、大洗側から攻める場合は『登り』になる。

 ATには空を自由に舞う性能などない以上、堅固に構築された防御線を突破するには地道に攻撃しながら坂を上がるしかない。だが大洗にはそれを可能にする火力も弾薬も残っていまい。

 

「自然、がら空きの南に行くわよね。でもそうは問屋が卸さないわ。ニーナ、そっちはどう?」

『あ、はい! カチューシャ隊長、ギガント分隊、ちゃんと例の場所に隠れてまぁす』

「いい! 相手が近づいてくるギリギリの所まではちゃんと隠れてるのよ! 連中がノコノコと逃げ込んできた所を横合いから一撃、後は囲んでおしまい!」

『そううまく行くでしょうか?』

 

 ノンナが無線で茶々を入れてきた。

 

「カチューシャの戦術にケチつける気! 相手は弾なし兵なしATなしのないない尽くしよ! これでもし負けたらカチューシャがノンナに土下座してあげても良いわ!」

『……それは楽しみにしてますとでも返すべきなんでしょうか?』

「楽しみにしてもらっちゃこまるのよ! とにかくニーナ! わざわざギガント隊を預けて上げたんだから、それに見合った働きは見せなさいよ! いいわね!」

『あっハイ! はいです!』

 

 カチューシャはニーナへの個人回線を切り、プラウダ全機届くよう周波数を合わせた。

 

「全機攻撃準備! 15秒後にまずは照明弾をH43地点へと撃ちこむわ。それで動きが見えなかったらまた15秒後にミサイルとロケットで一斉砲撃よ! ノンナ! 秒読み始め!」

『はいカチューシャ、15、14、13――』

 

 ノンナの静かで冷たく鈴のなるようなカウントが響き渡る。

 

『1、0』

「全機照明弾発射!」

 

 噴煙が急角の放物線を描き、一旦空高く舞い上がった後、光り輝きながら目標地点へと雨のように降り注ぐ。

 そう、それはまるで光の雨だった。

 雪雲に覆い隠された黒い空を裂き、白光は雪原をスクリーンに乱反射する。

 薄暗い廃村は朝日が昇ったように明るくなった。

 しかし、やはり大洗側の動きは見えない。

 

「……そう。カメみたいに縮こまってるつもりね。でもそうはいかないわ。全機、ミサイル・ロケットによる砲撃準――」

『カチューシャ、教会からATが』

 

 ノンナの冷静沈着な報告に、カチューシャはカメラをズームさせ廃教会から飛び出してきたATを見た。

 肘から先が両手とももげた、ボロボロのパープルベアーだった。

 大洗女子学園装甲騎兵道チーム隊長にして、例の西住流家元の子の妹の方、西住みほのATの筈だ。

 

「降伏にでも来たのかしら」

『そうではないようですよ』

 

 ノンナの言う通り、パープルベアーは奇妙な蛇行を描きながら確実にカチューシャ達の陣地へと近づいてきている。

 それにしても文字通り手も足も出ない癖にどういうつもりなのか。

 

「ノンナ、撃ちなさい」

『いいんですか? カチューシャは直々に撃破するって息巻いてましたけど』

「あんなの撃破した所でスコアにもならないわ。いいから足でも何でも撃って動きを止めなさい」

 

 ノンナのチャビィーが狙撃用ライフルを構えた。

 狙撃用に3つのセンサーを有するノンナのチャビィーにかかれば、あんな単調な蛇行軌道など赤ん坊のハイハイと大差ない。果たして構えてからものの数秒もしないうちに、ライフルからは銃弾が吐き出され、狙いを過たずパープルベアーの左足を撃ち抜いた。

 姿勢を崩し、雪の上へと倒れ伏す。

 ――その瞬間だった。

 

「……は?」

 

 思わず、そんな呆れ声が出た。

 倒れ伏したパープルベアーが、爆発炎上したのだ。

 それも尋常な爆発ではない。火薬に引火し、PR液が燃焼しているとしか思えない、そんな壮絶な爆発だった。

 爆音と爆炎にカチューシャは思わず肩をびくっと震わせ、連動してエクルビスの肩もびくっと震える。

 

「ななな、ノンナ!?」

『審判に確認をとります』

 

 装甲騎兵道は飽くまで安全に配慮された競技である。

 PR液には燃焼防止剤が混ぜてあるし、カーボン加工によって万全の安全を期している。

 それがご覧のとおりの爆発炎上だ。慌てないほうがどうかしている。

 

『問題はありません。競技を続行してください』

「ななな何でよ!? 燃えてるじゃない! 燃えてるじゃない!」

 

 飽くまで冷静な審判に、むしろカチューシャのほうが慌てた。

 

『あのATには搭乗者はいません。操縦手は既に機甲猟兵として試合続行を申請し、それは承認されています』

 

 ――機甲猟兵だって?

 つまりあのATは無人ということか?

 

「……やられた!」

 

 陽動だ! とカチューシャが気づいた時には遅かった。

 廃村の各所で、連鎖的に爆発が発生する。噴煙と噴炎は廃村を覆い尽くし、何がどうなっているのか、まるでわからなくなる。

 

「全機警戒! 敵の強襲よ! 即座に迎撃態勢!」

 

 カチューシャのそんな急報ですら遅きに失していた。

 カチューシャの視界の端を、撃破判定の数々が通り抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

「うぉぉぉぉぉ!」

 

 エルヴィンは目の前のファッティーへと向けてパイルバンカーの先端を()し、トリッガーを弾く。

 圧縮空気で打ち出された鉄杭は容赦なくファッティーのカメラを粉砕し、実際はカーボンに阻まれながらも仮にカーボンがなければ貫通しパイロットを貫いていたということで撃破判定が下る。

 

「おりゃぁぁぁぁぁ!」

 

 歴史になぞらえた台詞を(こしら)える暇すらない。

 雄叫びを挙げながら、狭い塹壕内にひしめく敵へと、目に映る端からパイルバンカーを叩き込む。

 アイスブロウワーの持つ塹壕構築能力。

 これを最大限に活用し、塹壕と塹壕を繋ぐ。

 広い平野ならまだしも、狭い塹壕内では数的差など有って無きが如し。むしろ白兵戦に長じた大洗の独壇場だった。

 ――西住みほ発案、『もぐら作戦』。

 廃村各地に仕掛けたロケット弾の残りやPR液を爆発炎上させ、それを目眩ましにアイスブロウワーで一気に塹壕を掘り進む。アイスブロウワーの能力を用いれば、新雪が積み重なっただけの雪原に塹壕の線を引くことも容易い。いきなり雪の壁を割って出現した大洗のAT達に、プラウダの選手たちは咄嗟の反応ができなかった。

 

『御用改! 御用改である! 討ち入りじゃ! 斬りこみじゃぁ!』

 

 おりょうが絶叫しながら出くわしたチャビィーの脳天目掛けスタンバトンを振り下ろす。

 電撃が走り、煙を吹いてチャビィーが白旗を揚げる。

 

『武田信玄直伝、土竜攻め! とくとご照覧あれ!』

 

 左衛門佐が快哉(かいさい)と叫びながら、アームパンチを出会い頭のファッティーへと叩きこむ。

 

『今宵のグラディウスは一味違うぞ!』

 

 カエサルがシールドバッシュで転ばせたファッティーへと目掛けて、柄を取り外し短くしたパイルバンカー槍を叩き込む。

 

『うおりゃぁぁぁぁぁぁ!』

『ぶっ潰せー!』

『ぶっ殺せー!』

『やっつけちゃぇ~!』

『みんな行くよ! ガンガン行くよ!』

『……』

 

 何処か別の塹壕で進撃を続けるウサギさん分隊の怒号が無線越しに聞こえてくる。

 ウサギさん分隊だけではない、カメさん、ヒバリさんと、プラウダ塹壕への突入組はいずれでも雄叫びを挙げ、手当たり次第にプラウダATへと一撃をぶち込んでいる。

 

「そうだ、私たちは負けない!」

『私らは負けんぜよ!』

『我らに敗北なし!』

『来た、見た、勝った!』

「『『『私たちは負けない!』』』」

 

 まるで呪文のようにそう繰り返しながら、ただひたすらに塹壕を突き進む。

 たまらんとばかりに塹壕から飛び出そうとしたプラウダATには容赦なく、燃え上がる廃村の、煙と炎の陰に隠れた五十鈴華駆るアンチ・マテリアル・キャノン装備のスコープドッグに撃ち抜かれる。

 塹壕での白兵戦と、塹壕外の狙撃戦の混合作戦!

 これがみほの編み出した大洗起死回生の一手だった。

 

『私たちは負けない! 絶対に負けない!』

 

 どこかの戦場で河嶋桃が叫んだ。

 

『そうだよ桃ちゃん! 私たちは負けない!』

 

 またどこかで小山柚子が相打った。

 

『私たちは負けない! 私たちは負けないんだ!』

 

 会長が、あの角谷杏が、普段の姿からは想像もつかない雄叫びを上げた。

 

『『『私たちは負けないんだ!』』』

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

「突入するわ! ノンナ、援護しなさい!」

『よろしいのですか?』

「廃村のスナイパーを黙らせないと味方が塹壕外に出れないじゃない! あの様子じゃ他にも何機か隠れてるだろうし、今度こそ(いぶ)り出してやるわよ!」

 

 ノンナのバックアップを受けながら、カチューシャの命令一下、エクルビスを先頭に合計20機余りのファッティーとチャビィーの群れが坂を下って廃村目掛け疾走する。

 一機、敵の狙撃に撃破される。

 即座にノンナから反撃の一発が飛び、敵の狙撃を中断させる。

 

『物陰に隠れました。思ったよりすばしっこい』

「撃破は狙わなくていいわよノンナ! とにかくあの鬱陶しい砲を黙らせて! あとはこっちでやるわ!」

 

 雪原を駆けるのに最適化されているのに加えての下り坂だ。

 瞬く間にカチューシャ率いる部隊は例の廃村へと駆け下りていた。

 未だ噴煙噴炎が村を満たし、どこに大洗のATが隠れているか、まるで判然としない。

 

「ッ! ――右!」

 

 カチューシャが真っ先に敵襲に反応した。

 左肩を赤く染めたスコープドッグが、こちらへとヘビィマシンガンを向けた所だった。

 

「撃ちまくりなさい!」

 

 全機一斉にそのスコープドッグへと銃弾を浴びせかける。 

 たまらじと建物の陰に隠れるが、建物ごと粉砕せんとばかりに銃撃は続く。

 

「ぶっ潰しちゃうのよ! 火力はこっちが上なんだから!」

『カチューシャ隊長! 16時方向に熱源!』

 

 急報に振り返れば、新手が物陰から躍り出た所だった。

 ブルーティッシュドッグ。旧式ながらエクルビスと同じく特機に分類されるATだ。

 

「面白いじゃない。カチューシャのエクルビスの凄さを示す、ちょうどいい踏み台よ!」

 

 赤肩のスコープドッグを配下に任せ、カチューシャのエクルビスは雪蹴って跳ね、ブルーティッシュドッグ目掛けて宙を舞った。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

「優花里さん、良い?」

『いつでもどうぞ、西住殿』

 

 手にした得物の弾丸の装填を確かめた後、みほは自身が腰掛けた鋼の左手の主、ゴールデン・ハーフ・スペシャルと名付けられた自家製ATの主、優花里へと呼びかけた。彼女から帰ってきたのは快活な返事だ。

 

「じゃあ、合図したら突入するよ」

『……西住殿、本当に大丈夫なんですか?』

 

 優花里の不安そうな声に、みほはヘルメット越しに、ATのカメラ目掛け微笑んだ。

 

「大丈夫だよ。機甲猟兵をやるのは今回が初めてじゃないんだから」

 

 そんなみほの手の中で冷たく輝くのは、バハウザーM571、アーマーマグナムの黒い銃身だった。

 

 

 





 最大装甲厚十四ミリ
 わずか、たったの十四ミリ。だが薄かりしとは言え鋼の鎧
 生身で装甲騎兵に挑むを思えば、天と地ほどの差がそこにはある
 凍てつく白原、孤影を踏んで、手にした得物、拳銃ひとつ
 バハウザーM571 アーマーマグナム
 今この瞬間、コイツに全てを賭ける

 次回『急襲』 さだめとあれば、心を決める


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第48話 『急襲』

 

 

緊張で掌が汗まみれなのが、手袋をしていても解る。

 激しい動悸に首筋の血管すら激しく脈打ち、緊張に頭はバクバクだ。

 念入りに曇り止めを塗っておいたから、ヘルメットのフェイスガードが息に曇ることこそないが、狭いヘルメット内に自分自身の生暖かい呼気が充満して何とも気持ちが悪い。

 適度な湿気はお肌に良いとは聞くが、こうも蒸すならむしろ髪の毛に悪いのではなかろうか。

 耐圧服用のヘルメットは適度に大きいので特に髪対策はいらなかった為に軽くゴムでまとめてきた程度だったが、こんなことならば多少は何か工夫をしてくれば良かった――。

 

「やだもー!」

 

 ――などと現実逃避をしている場合ではない。

 次々と飛んで来る銃弾を必死に逃れながら、沙織の駆るスコープドッグレッドショルダーカスタムは並び立つ廃家屋の隙間を次々と駆け抜ける。

 敵は20機余り。廃屋が目眩ましの役割を果たしてくれているとはいえ、銃弾砲弾は薄い壁を易易と貫通、あれではまるで盾にはならないだろう。つまり一歩でも止まれば、そこに集中砲火を喰らっておしまい、ということだ。

 重たいロケットポッドにミサイルポッドは既にパージ済みで、それに加えてのアイスブロウワーの効果で動きはいつもより素早い。それでも20の銃口に狙われている現状に対しては気休めにしかならない。

 

「この! この! この!」

 

 ヘビィマシンガンでとりあえず反撃を――しようにも残弾が乏しいので左腰のガトリングガンでお茶を濁す。

 近い間合いならば撃破判定も十分に出せる一品だが、この距離では文字通り虚仮威(こけおど)しにしかならないだろう。

 でも問題はない。沙織はターレットを回転させ、精密照準カメラへとセンサーを切り替える。

 左腰のSSMミサイルの照準器と連動しているために、カメラを自分を追うプラウダ機へと向ければ、FCSが働き自動でロックオンがかかる。だがミサイルに残弾はない。バイザーモニターの下の端には『EMPTY』の赤文字が点滅している。

 

(3267458……)

 

 しかし沙織が見ていたのはロックオンマーカーが描き出す、敵機の座標を意味する数列のほうだった。

 試合場の地図データと、ATが背負った『MCA-626』火器管制コンピューターををリンクさせ、ロックオンされたATの現在位置座標を割り出す。沙織はプラウダのATから狙いやすい動きの鈍い一機を選び出す。

 だが実際に狙うのは沙織ではない。沙織は無線機へと向けて叫んだ。

 

「3267459!」

 

 瞬間、プラウダATの一機が横合いから殴りつけられでもしたかのように吹っ飛び、雪煙あげて倒れると同時に白旗を揚げた。それに驚いたか動きが止まった別のチャビィーも、やはり横合いからの一撃に機体をくの字に曲げて吹っ飛ぶ。

 彼女らの隣にある廃屋の壁には、穴が開いていた。

 大きな大きな穴が二つ。

 砲声が響けば、穴は三つに増えた。

 慌てて散開するプラウダATのなか、やはり初動が遅かった一機が吹っ飛んで白旗を揚げた。

 

「ナイス華!」

『沙織さんも続いてください!』

「りょーかい!」

 

 温存していたヘビィマシンガンをここぞとばかりに撃ちまくる。

 追うものは、今や追われるものだ。

 退いて態勢を立て直そうとしたファッティーが一機、新たに撃破される。

 これで5。残りは15。

 

(まだ15!)

 

 そうまだ15機もいる上に、麻子たちが相手をしているエクルビスも健在だ。

 沙織が囮になっての華との連携攻撃も、最初の不意討ちが終わればもう通じまい。

 だが華がこちらでの戦いに集中すれば、村の外、塹壕のなかで必死に戦う味方への援護は不可能になる。

 

(15機が何よ! みんなやっつけちゃうんだから!)

 

 相手は昨年の優勝校、こっちは実質素人集団。

 ましてや自分たちは『特別な存在』なのではない。

 ――みほが嘘をついているなど、最初から気づいていた。

 それでも承知で、敢えてそれに乗った。

 今この瞬間を乗り切るために、例えそれが幻にすぎないとしても。

 それを信じて――いや、その幻を掲げるみほを信じて戦うしか無い。

 昨日も、今日も、明日も、硝煙に閉ざされて見えない。だからこそ、友を、切れぬ絆を信じて。

 

「行くよ華! 早くみんなを助けないと駄目なんだから!」

『手早く行きましょう。明日のためにも!』

 

 

 

 

 

 

  第48話『急襲』

 

 

 

 

 

 

 雪の戦場で闘いを繰り広げる大洗とプラウダ。

 ぶつかり合う両校の有様を、高台から見下ろす人影が三つ。

 古の武将のようにどっかり堂々と座すれば、折りたたみ椅子も床机が如し。

 先を切りそろえた黒い長髪に、黒い背広にワイシャツ姿の凛とした女性だ。その相貌は鋼のように冷たく硬く、なかなかの美人さんであるにも拘らず、視線は触れれば切れそうな程に鋭い。

 装甲騎兵道家元、西住しほ、その人である。

 

「……無様」

 

 その横顔そのままな冷たい言葉が、その唇からは紡ぎ出される。

 

「包囲され、追い詰められたのみならず、自機を失い機甲猟兵にまで身を落とすとはね」

 

 声色は飽くまで平淡で冷静沈着と聞こえるが、しかしその瞳には隠しきれぬ怒りの炎が燃えている。

 みほは単に我が娘というに留まらない。みほは西住流家元第一番の高弟なのである。

 その事実は黒森峰より他校へと移ろうとも変わりはない。少なくとも世間はそう見る。

 世間が何をほざこうがしほからすれば一切合切知ったことではないが、それでも手塩にかけて育てた筈の高弟が公衆の面前で無様を晒すのは見ていられない。

 

「……」

 

 しほは無言のまま、スックと床机より立ち上がった。審判に提言するためである。

 もはや勝敗は決したに等しい。少なくとも、例え逆転で勝ちを拾おうとそれは西住の流儀ではない。

 そんな勝ちに意味は無い。ならば、直々に引導を渡してやるのが師であり母たる者の務めだ。

 

「待ってください」

 

 傍らから呼び止められた。

 背筋を正し、黒森峰の制服に身を包んだ少女である。

 顔立ちはみほに似ているが、雰囲気はまるで違う。

 鋼のように冷たく固い空気を身にまとった姿は一見してしほと母娘と解る有様だった。

 黒森峰装甲騎兵道部隊隊長、西住まほ。みほの姉である。

 

「試合はまだ終わってはいません」

 

 似たところの多い母娘同士である。言いたい旨を伝えるにはこれで十分だった。

 

「……」

 

 しほは黙したまま床机へと戻った。

 そして二人黙ったまま、黙々とみほたちの試合の様子を見つめている。

 

(――気まずい!)

 

 堪らないのは間に挟まれた逸見エリカだ。

 彼女はと言えば先のくだりの間も、正面を向いたまま冷や汗まみれで身じろぎ一つできていなかった。

 隊長に「大洗の試合を観戦に行く」と言われた時は、まぁみほの戦いっぷりでもちょいと見物してやるか、ついでに優花里の様子も見ておきたい、程度の心づもりだったのだが、まさか西住流家元ご本人まで居るとはまったくの予想外であった。しかも、何故か自分の席はしほとまほの間だ。

 家元が隣というだけでも緊張するのに、ましてや日常的に張り詰めた空気に満ちたしほとまほの二人の間に入るのである。正直、生きた心地がしない。畏まり切ったエリカは試合の様子も頭に入ってこないしで、もう何がなんやら解らない有様だった。

 

(隊長……)

 

 救いを求めるようにまほの方へと視線を送ってみるが、まほはと言えばただただ一直線、みほたちの試合を真剣に観戦している。しほのほうをこっそり窺い見れば、視線に感づかれたか、しほと眼が合いそうになるのを慌てて正面へと目線を戻す。

 

(もしかして)

 

 妹の試合を妹と現在進行形で母娘喧嘩中の母と二人きりで見に行くのが気まずいから、もしかして自分は体よく盾役にされてしまったのでは?

 まほの冷たく揺るがない表情からは、エリカは何一つその真意を読み取ることはできなかった。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 迫り来る鉤爪を、掠めるか掠めないか、そのぎりぎりの間合いで避ける。

 お返しとばかりに右腕部のアイアンクローで仕掛けるも、これは体よく躱される。

 

「……ッ!」

 

 すれ違いざまにパイルバンカーが来る!

 予測と同時に行動、アイスブロウワーの塹壕構築機能を起動、雪の地面に膝まで埋めて『車高』を下げる。

 ビンゴ! 機体の直上を鉄杭が通りすぎるのを感じながら、即席の壕を駆け抜け、勢いそのままピョンと雪上へと躍り出た。

 

「……」

 

 ――流石にしんどいな。

 麻子は胸中でそう呟いた。

 眠たげな眼は今はハッキリと見開かれ、長い髪の毛が逆立つかと自分で思うほどに緊張が全身の神経を漲っている。装甲騎兵道の試合においてはいつも常に無い緊張を味わい、眠気は吹き飛んでしっかりと意識を覚醒させてきたが、ここまで頭がクリアになったのは初めてのことだった。いや、そうなっていなければ自分はとっくに撃破されていただろう。麻子が全神経をATの操縦に駆使してなお、ギリギリの所で動きに付いて行くことができる……。それぐらいに、相手のエクルビスの挙動は素早い。

 ――麻子はATというマシンをそこそこ気に入っている。まるで五体の延長であるかのように、この鋼の五体は己の意のままに操ることができる……他のマシンには無いそんな独特の操作感がATには備わっているからだ。

 そこに加えて麻子は類まれなる操縦センスの持ち主でもある。五体の延長どころか己の五体そのもののように自然に動かすことができるのだ。動かしていて楽しくない筈もない。

 

「……」

 

 だが今の麻子には操縦の妙を楽しんでいる余裕など一欠片もない。

 大洗随一、否、全国レベルで見ても有数の操縦技量を持つ冷泉麻子をしてこう断言せざるを得ない。目の前のエクルビスのパイロットの技量は、自分とは『次元が違う』と。

 いや、どの学校の一番操縦の巧い選手を連れて来ても、その制動の見事さにおいては目の前のエクルビスに勝つことはできないだろう。『己の五体そのもののように』、などではない。『己の五体』そのものだ。それぐらいに相手のATは動きが自然体で、気持ちが悪いぐらいに人間染みている。

 全身全霊で相手しなければ、攻撃を凌ぐことすらおぼつかなくなるだろう。 

 

「……」

 

 ATの操縦は二本のレバーと二つのペダルで行う。

 ミッションディスクのサポートによるオート操作もあるが、麻子はこの機能をオフにしていた。

 マニュアルであればこそ、直にATに触れている感触を得られる。だが、あのATの動きに比べれば、自分はまるで手袋を嵌めてでもいるかのようだ。完全にATの挙動を己のものにしている。そうでなければあんな動きはできない。

 

(……やはり西住さんの予想通りか)

 

 みほはこの試合で真っ先にこのエクルビスと交戦した。

 一瞬の攻防の中で、みほのパープルベアーは為すすべなく両手をもぎ取られてしまったと見える。

 しかし西住みほというボトムズ乗りの本領は単純な操縦技量やAT格闘能力などにあるのではない。類まれなる戦術眼と分析力、そして土壇場で見える心の芯の強さである。

 あの僅かな立会の中でも、みほは確かに相手の『正体』の一端を掴んでいた。

 

 ――『これは推測ですけど。相手の隊長機はこちらのATとは根本的に操縦システムが違います』

 

 みほが言うには、対決の最中、ATのバイザー部を開いてアーマーマグナムでの攻撃を試みたらしい。その時だ。単に一矢報いるだけのつもりが意外にも、相手は驚いた様子であたかも人間のように肩をビクッと震わせ、一瞬、動きを止めたというのだ。

 

 ――『噂だけは聞いたことがあるんです。ATを脳波でコントロールする新型の操縦システムのことを』

 

 麻子もみほと同じ結論へと達していた。

 相手のATのあのレスポンスの速さは、意識とATを直結でもさせなければ出すことは不可能だ。

 麻子もまた一流のボトムズ乗りだからこそ解る。

 

(それなら速さ勝負で勝てないのも納得だ)

 

 ATの操縦は二本のレバーと二つのペダルで行う。

 ミッションディスクのサポートによるオート操作もあるが、それでも肝心の部分は操縦桿を用いる。

 つまりパイロットが思考し、レバーやペダルを動かし、それに従ってATが動くというプロセスがアーマードトルーパーの操縦プロセスであるということ。つまりボトムズ乗りが考えてからそれがATの動きに反映されるまでは、若干のタイムラグが存在するということ。

 それは僅かな、本当に僅かな時間に過ぎない。

 しかし腕利きのボトムズ乗り同士の戦いとなれば、その一瞬の差が勝敗を分かつ。だからこそ相手の動きを読んでの偏差攻撃であったり、ATにオートで行わせるコンバットプログラムが重要になってくる。

 

(そういうのも、相手には関係ないわけだ)

 

 理屈は解らないが、とにかく相手は脳波とAT駆動系を連結させることで、操縦プロセスを一段階省略することができる。こっちが3手必要な所を相手は2手で済む。機動力で勝てないのも道理だ。

 

(……だがその強みが弱点にもなる)

 

 みほは言っていた。

 アーマーマグナムを不意に突きつけられた時、相手は驚いた様子であたかも人間のように肩をビクッと震わせ、一瞬、動きを止めたのだと。

 そこに、勝利へと繋がるヒントがある。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

「ちょこまかちょこまかと……やるじゃないの、無名の弱小校のボトムズ乗りにしては」

 

 正直カチューシャは驚き、素直に感心していた。

 大洗女子学園などこれまで聞いたこともないぽっと出の学校だ。

 例の西住流家元の娘の妹のほうならばともかく、他は正直取るに足らない連中であると見くびってもいた。

 それがどうだ。この新型の操縦システムを搭載したエクルビスとも、かろうじてながら互角に渡り合っている。

 ちょこまかと逃げまわり、20の僚機とは気づけば完全に引き離されていた。

 

「褒めてあげるわ。このカチューシャをここまで手こずらせたことを……」

 

 鼻の頭に汗が滲んできたことを感じる。

 ヘルメットの下で浮かべた強気の笑みと言葉とは裏腹に、内心ではカチューシャは若干の焦りを覚えていた。

 この新システムは素晴らしい。まるで本物の手足のようにATを動かす事ができる。しかも考えただけで、だ。

 だが皮肉にも、この手足をろくに使わなくてもATを自在に動かせる装置は、普通に手足を使ってATを操縦する場合よりも、遥かに大きな負担を体にかけるのだ。つまり短時間で酷く疲れる。

 試合中、カチューシャがお昼寝休憩を挟んだのもそれは別に彼女の我儘ではない。

 インターバルを挟まなければ、むしろ相手に利することになるからだ。

 意識とATが連動しているが為に、疲労の影響もより露骨に表に出る。

 

(とっととケリをつけて味方と合流しないと)

 

 隊長としての体面もあるが、何よりもカチューシャ自身のプライドの問題で、特機を駆りながら弱小校の無名エースに数を頼んで勝ったなどとみっともないことはできない。故に応援は呼ばない。ここで、自分自身でコイツは撃破する。

 

「……」

 

 深く考える必要はない。

 ただ歩こうと思えばATが鋼の足で歩み、走ろうと思えばグライディングホイールが回る。

 カチューシャが闘志を込めれば、雪を蹴り飛ばして黒い巨体は駆けた。

 相手のブルーティッシュドッグも合わせてこちらへと向けて雪面を滑る。

 アイスブロウワーを用いたスキーのように華麗な蛇行機動。普段なら翻弄もされるかもだが、今のカチューシャには余りにスローな挙動に過ぎない。

 彼我の距離は見る間に縮まる。

 カチューシャは左手で相手に掴みかかるイメージを思い描いた。

 エクルビスの左手が、三本鉤爪が蠢きぐわっと広がり、掴みかかる形をとった。

 振りかぶった体勢のまま、カチューシャのエクルビスは突っ込む。

 対する相手は僅かに膝を曲げて腰を沈めたばかりで、工夫らしい工夫もなく突き進むばかり。

 破れかぶれになったか? いや、相手は無名ながらエースだ。そんな筈はない。

 

「!」

 

 相手の右手が回転する。

 ガトリングガンが備わった右手をまっすぐに伸ばし、ぐるんぐるんと下から上に腕を回したのだ。

 その勢いそのまま、ガトリングガンの先端を雪に叩きつければ、回転の勢いもそのまま雪が跳ね上げられ、その向かう先はカチューシャのエクルビスだ。

 目眩まし! だがカチューシャには相手の動きがつぶさに見えていた。

 だからこそ、見てから反応できた。

 

「無駄よ!」

 

 胸部機銃が雪を弾き飛ばし、その壁を貫いて向こう側のブルーティッシュドッグの装甲へと叩きつけられる。

 相手は咄嗟に右手でガードしたようだが、それで完全に右腕部はお釈迦だ。

 隙を逃さず、カチューシャはブルーティッシュドッグの右肩を掴み、力いっぱいに引っ張った。

 引きちぎれる右手。相手は足掻き残った左手のアームパンチを繰り出さんとする。

 

「無駄なんだから!」

 

 今度はパイルバンカーの一撃!

 これに関しては実に奇妙な操作感だった。

 『手首を折り曲げたあとに、中指を伸ばす』ような感覚とでも言えば良いのだろうか。

 とにかく普通ならばありえないイメージに連動して、AT故の人体とは異なる構造のギミックが起動、左手首が折れ曲がり、パイルバンカーの鉄杭が打ち出される。

 アームパンチの拳に当てられたパイルバンカーは、拳もろとも相手の左手をも粉砕した。

 

「トドメよ!」

 

 カチューシャが叫んだと同時に、背後で廃屋の一つが爆発した。

 カチューシャは驚いた。驚いて体がびくりと震え、思わず振り向いた。

 背後の廃屋は爆発炎上していた。ただ爆発炎上していただけに過ぎなかった。

 

「バカね! そんなのひっかかるわけないわよ!」

 

 カチューシャは即座に正面へと向き直ったが、そこには半壊し、殆ど戦闘不能になったブルーティッシュドッグが倒れているのみ。

 果たして相手は背後より、炎をくぐり抜けて姿を現した。

 

「……ッッッ!」

 

 猛烈な勢いのタックル!

 見覚えがあるその機影は、先の前哨戦でもカチューシャ目掛けて体当りしてきた不埒者だ。

 両手での反撃は相手に勢いを見るに間に合わない。

 カチューシャは地面を蹴って跳んだ。

 相手の頭を背を軽々跳び越え、くるりと宙に舞う。

 このまま相手のバックをとって、反撃を――。

 

「あ」

 

 目があった。

 相手の、突っ込んできた奇妙なニコイチAT、ゴールデンハーフスペシャルの背中にロープで体を括りつけた、一人の機甲猟兵とだ。

 

(あ……まず……)

 

 機甲猟兵、西住みほが手にしたアーマーマグナムの銃口は、まっすぐコッチに向いている。

 逆さまの景色のなか、銃口とみほの視線だけがまっすぐだ。

 固い決意を込めた視線に、カチューシャの体は中空で射竦められた。

 ただでさえ自由のきかぬ空中で、カチューシャの意識は一瞬、自分を狙うみほへと捕らわれた。

 

 ――新型操縦システムの弱点。それは驚きや恐怖といった感情すらも、ATへと反映してしまうこと。

 

 不意討ちに驚き、みほの視線に竦んだカチューシャの視界に、アーマーマグナムの銃弾が突き立ち、罅割れた。

 

 

 





 勝ち残った事が幸運とは言えない
 それは次の地獄へのいざないでもある
 プラウダの悪鬼が目覚め、極寒のブリザードと化して襲いかかる
 迫り来る苦境が、廃校の予感が、お前達はいらないと呻きを上げる
 だが少女たちは叫ぶ。希望を掴むために叫び続ける

 次回、『射線』 スコープを覗き、赤き怒りと対す


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第49話 『射線』

 

 声に出してはいけない。

 顔に出してもいけない。

 そんなことは解っている。

 だが、自分を抑えることができない。

 

「もうだめだよ柚ちゃん! 私たちは駄目なんです、会長!」

『泣きごと言わないでよ桃ちゃん!』

『かーしま、今の状況でその発言は洒落なんないからさぁ~かんべんしてよ』

「だって……だって……」

 

 こういうのは自分のキャラではないと思っていても、溢れ出る嗚咽を止められない。

 

「ひゅいっ!?」

 

 銃弾がAT頭部を掠め、異音と衝撃に嗚咽はしゃっくりのような悲鳴へと変わった。

 だが涙はと言えば相変わらず止まる様子もない。

 当然だ。桃たちカメさん分隊は完全に包囲下にあったからだ。

 

『会長! 敵ATはじわじわと接近してきます!』

 

 雪原に掘られたタコツボのなか、桃、柚子、杏の三機のATは背中を向け合って三方の敵に対していた。

 相手はアイスブロウワーの機能を利用、即席の塹壕を掘り進めつつ、雪を壁にして接近してくる。

 頭を出して反撃を試みればすかさず、雪上に待機した別のファッティーからの集中砲火を受ける。

 相手は7機。約2個分隊といったところ。対するにこっちは3。完全に押し負けている。

 

『まわり全部敵ばっかだよ~』

『このままじゃ私達全滅しちゃう~』

『私たちは負けない! 私たちは絶対に負けない! みんな落ち着いて応戦して!』

 

 ウサギさん分隊の、桂利奈と優季が叫ぶ泣きごとが無線越しに聞こえてくる。

 隊長の梓が必死に士気をあげんとみなを鼓舞するが、彼女自身その声には焦りが滲んでいた。

 

『無理だよ梓! こんなの、もうどうしようもない!』

『やっぱり私たち、ただの女子高生なんだよ。ただの女子高生には、この状況をひっくり返す力なんて……』

 

 だがあゆみやあやの口からも出てくるのは絶望的な言葉ばかり。

 独り黙しているのは紗希だが、彼女はもともと無口だから内心の程は解らない。

 

『カメラをやられた……もういかん』

『おりょう諦めるな!』

『私たちは負けない! 来て、見て、勝つんだ!』

『だがこれは完全にスターリングラードのパターンだぞ! 包囲されてる!』

 

 士気の高さではカエルさん分隊に並ぶ大洗随一のニワトリさん分隊ですら、既に諦観がその声色には見え始めていた。

 

『こちらカエルさん分隊! フラッグ機、脱出を図るも敵に阻まれて進めません!』

『硬いブロックに』

『激しいスパイク』

『無理です、敵のフォーメーションを崩せません!』

 

 フラッグ機を有するカエルさん分隊の声にもいつもの覇気がない。

 

『こちらヒバリさん! 敵の砲火が厚すぎてカエルさんを前進させられないわ! 手の開いてる部隊は救援を!』

『こちらウワバミ。こっちは例の巨人ザリガニ部隊に見つかっちゃった。時間は稼ぐけど、援護は無理かなぁ~』

 

 カエルさんの護衛についたヒバリさん分隊も同様に進めていないらしく、ウワバミなど最悪の敵と交戦中だ。

 

「やっぱり無理なんだ……あんなに倒したのに……敵は途切れることもなく……」

 

 『もぐら作戦』は初動こそ完璧だったが、後が続かなかった。

 最初の混乱を乗り越えれば、流石は昨年の優勝校、態勢を立て直し、即座に反撃に転じたのだ。

 頼みのあんこう分隊からの援護射撃が、敵隊長とその部隊の突入で中断されたのも大きい。

 また叫びながら、気勢を上げながら、そして魔法の言葉で自分を騙しながらの突撃は、結果分隊同士の連携を失わせ、気づけば各分隊がバラバラに戦う状況に陥っていた。狭い塹壕内を駆け抜ける戦法も災いした。無線で連絡を取り合っても、自分たちが今何処にいるかが解らなければ無意味だ。

 数的利と個々の練度の高さを活かし、プラウダは大洗各分隊を各個に包囲し各個撃破の構えだ。

 塹壕を飛び出し脱出を図れば、それこそ今度はこっちが『ブリザード』の餌食だ。

 

「やっぱり最初から無理だったんだ……私達みたいな、なんの特徴もない平凡な女子高生にこんなことなんて――もうおしまいだ。廃校は避けられない」

 

 ――みほのかけた『魔法の言葉』は解けつつあった。

 

『桃ちゃんやめて! 今はそんな話聞きたくないよ!』

『かーしま。まだ試合は終わってないんだからさ。せめて最後までは頑張ろうよ。結果はどうあれ』

 

 自分をたしなめる柚子や会長の声にすら元気が無い。

 柚子は声が泣き声混じりになってきたし、会長の言葉にすら飄々の合間に諦めが滲んでいる。

 それが、いっそう桃の心を締め付ける。

 

「駄目なんです。私たちには無理だ。私たちはもう勝てな――」

 

 桃は操縦桿から手を放し、ヘルメットを投げ捨て、恥も外聞もなく泣き叫びたい気分になっていた。

 本来感情の起伏が激しいタイプであるのに、彼女としては著しく日々無理をして冷静に振舞ってきた。

 溜め込んできた全てが、いよいよ爆発する――かに見えた。

 

『――みなさん聞こえますか!』

 

 桃の泣き言が途切れた。

 柚子の叫びも、杏のぼやきも途切れた。

 否、大洗の全ボトムズ乗りたちが一斉に黙し、彼女の、我らが隊長の、西住みほの言葉の続きを待った。

 

『敵隊長機を撃破しました。相手の指揮官がいない今がチャンスです! 全機全分隊、敵フラッグを見つけ出し、これを全力で叩いてください!』

「んな――」

 

 桃は目をむいた。

 敵隊長機といえば、あの化物みたいな黒いATじゃないか!

 それを撃破した? 誰が? 生身のみほが!?

 

『戦況は最悪ですが、でも勝機は十分にあります。酷ではあっても、各選手、全力で敵フラッグの発見と撃破に集中してください! 敵の指揮は必ず乱れます。それがチャンスです! チャンスなんです! 敵フラッグを撃破さえすれば勝てるんです!』

 

 不思議と、心の暗雲が晴れてくる感覚だった。

 そうだ。みほはあの化物みたいなATだって生身でやっつけられたんだ。だったら私達だって!

 

『今がチャンスなんです、当てさえすれば勝つんです! どれだけ苦しくても、どれだけ厳しくても、それでも、あきらめたら、負けなんです!』

 

 手放しかけていた操縦桿を握り直した。

 そうだ、これはフラッグ戦だ。誰でも良い。相手フラッグに当てさえすれば、勝つ。

 

『勝ちましょう! だって、来年もこの学校で、装甲騎兵道をやりたいから。みんなと!』

 

 その言葉が大洗、二度目の反撃の引き金となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   第49話 『射線』

 

 

 

 

 

 

 

 カチューシャ撃破の報を、キルログで知ったニーナは、試合中だと言うのに一瞬思考を停止し、固まってしまった。目の前のストロングバッカスがヘビィマシンガンを撃ってくるのにかろうじて反応、持ち前の跳躍力でこれを凌ぐが、内心驚きと戸惑いで動転、冷や汗に背中が濡れるのを感じる。

 

(カチューシャ隊長がやられた!? あのカチューシャ隊長がか!?)

 

 お子様隊長などと時々内心からかったりする相手ではあってもしかし、ニーナは本心ではカチューシャのことを尊敬している。確かにナリやメンタリティはまるで小学生だし、わがままで時に理不尽でもある。だがそんな些細な欠点など問題ならないほどの知性とカリスマ性を備えているのだ。カチューシャは本質的に合理主義者だ。ここぞという場面では常に理にかなった行動ができる。だからこそプラウダの皆は彼女を担ぎ、同時に敬服する。カチューシャの指揮通りにやれば問題はないからだ。

 だが今、そのカチューシャが沈んだ。

 

(どうする? どうする? どうするんだぁ?)

 

 ニーナはどうすれば良いかが解らない。

 プラウダでは考えるのは常にカチューシャの仕事だ。

 自分たちは彼女の手足であれば良い。だが、肝心の頭が不在の今、手足はどう動けば良いんだ?

 

「ノ、ノンナ副隊長? わたしら、どすればいいんですかぁ?」

 

 縋るようにニーナはノンナへと通信を飛ばした。

 

『……』

 

 だがノンナからの返答はない。

 

「ノンナ副隊長!」

『ノンナ副隊長!』

『副隊長! 指示をください!』

『ノンナ副隊長、わたすらどうすりゃええんですか!?』

 

 ニーナだけではない。

 プラウダの選手たちは次々と副隊長たるノンナへと指示を請い始める。

 だがノンナは黙して語らない。恐らくは彼女自身がカチューシャ撃破に動揺しているからだろう。

 無理もない。ノンナとカチューシャは互いに格別の存在なのだから。

 

『――です』

「え?」

 

 ノンナが何事か呟いた。

 それは蚊の鳴くように小さな掠れた声で、何を言っているのかが聞き取れない。

 

『殲滅戦です』

 

 一転、今度は良く通る声だった。

 掠れた声だったが、無線越しにも関わらず、鼓膜を通り抜けて胸に直接刺さるような、そんな凄味のある声だった。

 

『殲滅戦です。フラッグ機も、戦術も、戦力も、最早これまで』

 

 静かではあったが、断固たる口調であった。

 ニーナは感じ取っていた。ノンナには珍しく、極めて珍しく、彼女は怒っているらしかった。

 

『カチューシャの撃破は私達の落ち度です! カチューシャの作戦を万全に遂行していれば、こうはならなかった。カチューシャは私達の尻拭いをしたのです』

 

 口調は相変わらずだったが、しかしそこに籠もった熱量は着実に増していく。

 

『カチューシャに報います。目に映る敵は全て撃破します! 殲滅戦です! かくなれば私達のみで成しうる完全なる勝利を!』

 

 やるべきことは決まった。

 それがシンプルであるからなおのこと良い。

 

「Ураааааааа!」

『Ураааааааа!』

『Ураааааааа!』

『Ураааааааа!』

『Ураааааааа!』

『Ураааааааа!』

 

 ニーナたちは一斉に(とき)の声をあげた。

 試合はいよいよ混迷の度合いを深めていた。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

『みぽりん、相手の動きが変わったよ!』

『なりふり構わず手近な相手へと攻撃を加えているようです! みほさん、そちらでも注意してください!』

「ありがとう、沙織さん、華さん!」

 

 みほは報告に対し礼を言うと、別の回線へと即座に切り替える。

 廃村の外部、周辺の丘陵地帯で戦う味方へと通信を繋ぐ……と、同時に矢継ぎ早に報告がみほの元へと届けられる。

 

『こちらウサギさん分隊、包囲していた敵が攻めてきています!』

『こちらニワトリ! 敵が一転攻勢に出た! 指示を乞う!』

『こちらヒバリ分隊! プラウダ部隊は攻撃に転じた模様! どうすればいいの!?』

『こちらウワバミ。なんかねー急に敵さん積極的になったみたいなんだけど、どーすりゃいいかなぁ西住さん?』

『こちらカエルさん分隊! 相手チームの激しいスパイクの連続です! 指示を下さい!』

『こちらカメさん! 西住! 敵が攻めてきてるぞ何とかしろ!』

 

 飛び込んでくるのは一様にプラウダ側が攻勢に出たとの急報だ。

 隊長機を撃破され、指揮系統に混乱を来したのか、あるいはそうなる前に決着をつける気か。

 いずれにせよ、こちらのやることはひとつだ。

 

「プラウダの攻勢に対してですが、ここは敢えて攻撃を正面から向かうこととします。攻撃をしかけ、隙を見て包囲を脱出してください。逃げれば狙われます。突破するんです!」

 

 必要な指示を出し終えれば、ヘルメットとATのコンソールとを繋いでいたケーブルを取り外した。

 降着した優花里のゴールデンハーフスペシャルの無線を使ったのだ。

 先ほどのチーム全体への広域発信もやりかたは同じだった。

 

「西住殿、我々はこれからどうしますか?」

「武器の無いATに拳銃一つじゃもうどうにもならんぞ」

 

 優花里に麻子が続けざまに聞いた。

 隻腕武器無しのATに、両手が破壊されたAT、そしてアーマーマグナムが得物の機甲猟兵が一人。

 一般的に考えて戦える状況ではない。しかしみほはそうは考えていなかった。

 

「代わりのATを調達します。私たちは遊軍になって敵フラッグ機を探し出し、撃破しましょう」

「代わりのAT?」

「そんなことができるのか?」

 

 二人へとみほは頷き言った。

 

「装甲騎兵道のルールでは一定の手順を踏めば相手チームのATを奪取することが認められています。実際に成功した例は僅かですが、不可能ではありません」

 

 みほはアーマーマグナムのマガジンを取り外し、弾丸を補充した。

 フォアグリップとしても使える弾倉部には弾丸は三発まで装填可能だ。少ないと見えるかもしれないが、しかし込められるのは口径20mmの徹甲弾であり、大きさは散弾銃のショットシェルにも匹敵する。

 コレほどの大きさの銃弾でありながら、ATを撃破するためにはギリギリまで接近して、しかもカメラなどのウィークポイントを狙う必要性がある。ゆえに殆どのボトムズ乗りにとってこの拳銃は実質お守り程度の価値しか無い。だがみほにとっては違う。少なくとも今のみほにとっては、試合の勝敗を決める……いや、大洗女子学園の運命を決める重要な得物だった。

 

「行きましょう。私に考えがあります」

 

 マガジンを装着し、撃鉄を起こしつつ、みほは言った。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 そのチャビィーのパイロットは、カチューシャを撃破した相手を探し、僚機と連れ立って廃村を駆け抜けていた。

 我らが偉大なる同志カチューシャを撃破した不届き者を見つけ出し、白旗を揚げさせてやるためにである。

 一体全体、どんな卑劣な手を使って同志カチューシャを降したか知れないが、いずれにせよあの同志カチューシャが相手に手傷も追わせず敗北することなどありえない。少なからず、相手も消耗損耗している筈。そこを狙う。 

 

「みぃづけだ! 10時のほうの家の後ろに行っだぞ!」

『10時? 今はまだそんな夜更けじゃねーべよ?』

「おめぇさアホか! ああもう左斜め前!」

『はじめっからそーわかりやすく言え!』

 

 今しがた両手の破損したATが隠れた廃屋を、左右から彼女たちは包囲する。

 挟み撃ちにすれば、半壊のATごときは赤子の手をひねるような――。

 

「……え?」

 

 ドスンと、何かが頭上に落ちてくる音。

 不意に視界が暗くなったかと思えば、目の前には銃口があった。

 

「あ」

 

 視界はブラックアウトし、すぐに砂嵐へと転じた。

 カメラ越しにパイロットが撃ち射抜かれたとの判定に、自機からは即座に白旗が揚がる。

 ――廃屋の屋根から飛び降りたみほの、驚くべき早業だった。

 

 

 

 

 

 

 

「……どうしたべか?」

 

 反対側から回り込んでいるはずの相方からの通信がない。

 それを不審に思うのと同時に、例の両手の壊れたドッグタイプのATがまたも視界を過ぎった。

 

「待て!」

 

 それを慌てて追うのに、微かな疑問はあっさりと脳裏から押し出される。

 しかし彼女はもっと深く考えるべきであった。

 カチューシャのリベンジを果たすことに気をとられすぎて、逃げるATの進行方向にあった、雪の小山にまで意識を回してはいなかったから。

 

「ぶ!?」

 

 突然の、背後からの衝撃。

 後ろから引っ張られる勢いに、消えない慣性で彼女の体はつんのめり、頭が揺らされて変な声が出る。

 慌ててカメラを回し背後を見やれば、雪山を突き破って現れたらしき片手のATが自機の背中をガッチリと掴んでいた。しまった……逃げるATは囮だ!

 それと気づいた時にはもう遅い。反転した逃亡AT、もとい元逃亡ATは壊れた両手で彼女のファッティーへと正面から抱きつき、その両手の動きを封じる。

 相手は火器が無いためにこちらを撃破することはできないが、これでは身動きがとれない!

 

「っ!?」

 

 そこへすかさず、一人の機甲猟兵がこちらへと駆け寄ってくるのが見えた。

 必死に操縦桿を動かし、機体を揺り動かして拘束を逃れようとするが、AT二機分の重量はいかんともし難い。

 焦って足掻く内に、機甲猟兵は間近まで来ていた。

 機甲猟兵はファッティーへと取り付くと、獣のような素早さでよじ登り、胸部上部に備わった予備ハッチ、ファッティー特有の整備用予備ハッチを強制開放、コックピットへと得物の銃身を突っ込んだ。

 例え中身が試合用の安全な弾丸であろうとも、20mmの大口径銃身を鼻先に突きつけられて、肝を潰さない人間などどれだけ居るだろう。

 彼女は反射的に操縦桿から手を放し、降参とばかりに両手を上げた。

 機甲猟兵は依然、黒光りする銃身をこちらに()しながら、思いの外可愛らしい声で言った。

 

「装甲騎兵道公式戦試合規則に基づき、このATを奪取します!」

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 混戦続く試合場を、静かに窺っていたのはノンナだった。

 彼女は機を待っていた。

 こちらの攻勢に対し、相手が反撃をしかけてくるその瞬間を。

 それはすぐにやってきた。

 ノンナは、彼女の愛機の真紅のチャビィーは得物を構え、獲物を狙った。

 照準を終え、トリッガーを絞るのに要した時間はコンマ数秒。

 空気を引き裂く銃声が、冷たい雪上を音速で駆け抜けていった。

 一機が倒れ、白旗が揚がる。

 撃破されたのは河嶋桃のダイビングビートル。

 

「……」

 

 ノンナは無言のまま、真紅のチャビィーを進めた。

 新たなる、標的を求めて。

 

 

 

 






 大いなる支柱を失った時、堰を切り開かれた
 満ち満ちた感情は撓み、溜められたエネルギーが出口を求めて沸騰する
 怒りと混乱、焦燥と希望、誇りと意地
 条件は揃った。今や暴走が始まる
 その先頭を彼女は、みほは急ぐ。怒涛のままに、たったひとつの標的を求めて

 次回『崩壊』 メルトダウン……はじまる


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第50話 『崩壊』

 

 

 河嶋桃という少女は良くも悪くもいつも全力投球である。

 根が真面目なものだから、何事に対しても力み過ぎで、故に得てしてそれが空回りへと繋がる。

 能力がない訳ではない。いや、身内贔屓抜きにして見ても桃は本当はもっと優秀な筈なのだ。

 一直線過ぎる性格が足を引っ張る場合が多いだけで。

 

『うぎゃぁ!?』

 

 女の子が発するには余りにあんまりな悲鳴を挙げながら機体をふっとばされ、白旗揚げて撃破される桃のダイビングビートルの姿に、杏はふとそんなことを思った。

 

『会長! 桃ちゃんが!』

「うん。ちょっと不味いかもねぇ~……」

 

 迂闊に飛び出した桃が撃破されたのはある意味当然のことで何もおかしくはない。

 問題はその桃を撃破した敵の姿が全く見当たらない、ということだ。

 攻め寄せるプラウダ部隊を強引に突破し、ひたすらフラッグ機を求めて突き進んだカメさん分隊だったが、ようやく追っ手を振り切ったと思った所でこれだった。

 小さな雑木林を目眩ましに、がむしゃらしゃにむにに突っ込んでくるプラウダ機をやり過ごし、桃は「ようし、相手が明後日の方を向いているうちに後ろから!」と息巻いていた所だった。

 不用意に木陰から出たところを、桃は撃破された。

 どこからとも無く、銃声を置き去りにする一撃にやられたのだ。

 

(着弾と銃声のラグは僅かだったから、そう遠くは無いはずなんだけどねぇ~)

 

 しかし飽くまで杏は冷静だった。

 飄々としてつかみ所のなく、胡散臭い笑顔の下には常に怜悧なる頭脳が隠されている。

 側近の僚機が目前で撃破されようとも、状況をつぶさに分析し、いかに対応すべきか思考を高速で巡らせる。

 杏たちの今いる雑木林の向こうは、一面遮るものの無い雪原であるが、敵の姿は見えない。

 空は厚い黒雲に覆われて雪まで降っているので薄暗い。遮蔽物はないのに視界は最悪、まさに不意討ちには最適のロケーションだ。

 

「カメラを精密照準に切り替えてー……と」

 

 杏駆るスタンディングトータスにはドッグタイプのATと異なり『頭』にあたる部分がない。

 人間に例えて言うならば胸元に顔が張り付いているような構造になっている。

 ターレットリングも存在せず、カメラは完全に機体のメインフレームと一体化している。可動部分や部位同士の連結部が少ない分、ATとしては堅牢な造りになっているわけだが、それ故にパイロットの視界は正面に固定されてしまうという欠点がある。一応機体の左右に覗き窓はあるが、つまりその場で隣を見たければ肉眼でするしかないという不便さだ。

 だが、今度の場合はそんな不便さも気にする必要がなかった。

 

「こりゃあまいったね。どうする小山?」

『どうすると言われましても……』

 

 杏に見えたものが、柚子にも見えたらしい。

 風は勢いを増し、降り注ぐ雪は吹きすさぶ雪へと姿を変える。

 ブリザード――と呼ぶには大げさにしても、軽い吹雪と呼べる程度には天候は荒れ始めていた。

 白い帳に隠された薄暗がりの向こうから、徐々に顕になるゆらめく影はなんだろうか。

 その揺らめく赤い紅い影は少しずつ詳細を明らかにした。

 長大なる得物を携えた、真紅のATは間違いなく、プラウダ校きってのエースに間違いはない。

 

『ブリザードのノンナ……』

「ご自慢の狙撃用ライフルと一緒にご登場って訳かぁ。ありゃ随分と射程が長そうだねぇ」

 

 桃を一発で撃破したのはあのライフルだろう。

 優花里の潜入偵察や、杏自身が事前に集めた情報によれば、ノンナの駆るチャビィーには特別なカスタマイズが施され、その有効射程距離は普通のATのゆうに数倍はあるという。

 遮蔽物のない平野での撃ち合いではまず勝ち目がない。

 

(でもそれは『常識』で考えた場合……)

 

 あいにくと今の大洗には正攻法を貫くような余裕はない。

 一見どれほど奇抜に見えようとも、無謀に見えようとも、少しでも勝ち目があると信じられる戦い方をするしかない。

 そう考えが及んだ所で杏はひとりニヤリと、いたずらっぽく笑った。

 何ということはない。むしろそういう奇をてらったようなやり方のほうが本来の自分のスタイルじゃないか。

 

「小山、危ないけどギリギリまで相手に近づくよ」

『会長!? そんなことが可能なんですか!?』

「かーしまには悪いけど、私と小山ならね」

 

 柚子は装甲騎兵道こそ初心者だが、ATの操縦経験に関しては実はそこそこ長い。

 カブリオレドッグのような作業用のATが中心だったが、基本的に試合用も作業用も操縦系統には大差がないので無問題だ。そんな柚子の経験と技術が、今杏が(こしら)えている作戦の鍵だった。

 この作戦は連携が命だ。その点、二人に比べて操縦技量に劣る桃のフォローを考えずに済むのは怪我の功名だったかもしれない。

 

「さてさて。かーしまもATの中から見てるだろうし、久々にカッコ良い所見せちゃいましょうかね」

『会長……解りました! 指示を下さい!』

 

 柚子も覚悟を決めたらしいのを見て、杏はまたもニヤリと笑い、ペダルを踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

  第50話『崩壊』

 

 

 

 

 

 

「さぁ行くよー!」

『はいっ!』

 

 白雪を蹴って二機は駆け出した。

 柚子が先行し、杏はちょうどその軌跡をなぞるように間を空けて進む。

 くねくねと蛇行し、ターンするときは敢えて急カーブを決めて粉雪の煙幕を跳ね上げる。

 どこまで有効かは解らないが、少しでも目眩ましになるならそれで良い。

 

「……」

 

 操縦技量に優れる柚子を前に出すことで、その陰に隠れられる杏には若干の余裕ができる。

 その余裕を杏は、待ち受けるプラウダの紅いブリザードを『観察』することへと全て注ぎ込んだ。

 

(ライフルを持ち上げた……銃口は下がっているから、まだ攻撃は来ない――)

 

 精密照準のカメラを最大倍率に上げて、全力でノンナ駆るチャビィーの一挙手一投足を注視する。

 僅かな動きも見逃すまいと、瞬きするのも忘れて、杏はノンナを観察する。

 

「!」

 

 僅かに、本当に僅かだが銃口が持ち上がった。

 肩部のカメラに、頭部センサーが稼働し、妖しい赤光を放つ。

 

「小山、用意」

『はい!』

 

 杏は柚子へと呼びかけた。

 無線越しに聞こえてくる声はあからさまに緊張に固いが、それでも力強さが優っていた。

 これならば、きっと――。

 

「いま!」

 

 杏の想いは確信へと変じた。

 杏の声に従って柚子は、ベストのタイミングで操縦桿を切ったのだ。

 機体はフィギュアスケーターのように白い平面上を轍を描きつつターンする。

 まさに入れ違いといった調子で、柚子の残像を銃弾が、高速徹甲弾が貫いていく。

 杏はニヤリと笑った。

 撃った直後の、彼方の相手が動きを止めた意味。それは驚きに違いない。

 必殺の一射を、回避された驚きに違いない。

 

「よーしその調子!」

 

 相変わらず二機は進み続ける。

 間合いは少しずつ縮まる。杏はセンサーの倍率を少しずつ落とした。そんなものに頼らずとも真紅のチャビィーの詳細は十分に見ることができるから。

 

「いま!」

『はい!』

 

 今度は逆回転のスピン。

 銃弾は僅かに柚子のトータスの表面装甲を削り、カーボン加工部と擦れて火花を散らす。

 距離が縮まっているために回避が難しくなってきている。

 だが、まだこちらの間合いに相手は入っていない。つまり、もっともっと近づかなければならない。

 

「小山! もっと軌道を複雑に相手をおちょくる感じで! ギリギリまで、行ける所まで!」

『――はい会長!』

 

 返事に一瞬の間があったのは、柚子も二回の回避行動で神経をすり減らしているためだろう。

 だが後残り一発……いや二発は彼女に凌いでもらわねばならない。

 こちらの射程に相手を捉えるためには、それが不可欠だった。

 

(ここでアイツを撃破しないと駄目だからね~)

 

 恐らくはたったの三機相手ぐらいは自分一人で十分と、相手のノンナは思ったのだろう。

 それは確かに事実だ。ボトムズ乗りとしての技量差、ATの性能差、それらにおいて杏たちはあからさまに劣っている。それ故にノンナは単機で自分たちを仕留め、他のATは別の戦線へと向かわせた訳だ。

 しかし、自分たちがノンナに劣っているのは『全て』においてではない。

 杏は、これだけは自分がノンナよりも、否、誰よりも勝っていると信じられるモノがある。

 それは――『洞察力』。

 

(一対二だからこそ使える戦法。ここでやっつけないと次はない)

 

 例えば、杏はじゃんけんで負けたことがない。

 五十回連続でじゃんけんをして、あいこ三回、勝ちを四十七回という驚異的な成績を叩き出したこともある。

 それは単に運がずば抜けて良いから――などといった理由では無論無い。

 確かに杏は人よりは運は良いほうだと自分でも思っているが、しかし運とは黙っていてあちらから歩いてくるものではない。運はこちらから引き寄せた時、初めて向かってきてくれるものなのだ。

 そういう流れを、杏は読む。

 持ち前の怜悧な知性で、流れを読み、感情を読み、空気を読み、状況を読んで最善を引き寄せる。

 じゃんけんで負けないのは、相手の僅かな感情の動きや、気配の変化を観察し、予測して手を決めているからだ。一見ちゃらんぽらんに見える彼女が大洗の生徒会長の職務を見事に務め上げているのも、ひとえにこの洞察力のお陰であった。

 それを、杏はノンナの射撃のタイミングを読むのに使った。

 ATの僅かな挙動から、その内側のパイロットの感情を読み取る。

 今、ノンナはむき出しの殺気に包まれている。相手チームの隊長を撃破したが故だろうか、とにかく相手は攻撃の意志を隠すこと無くこちらに向かってきているのだ。

 いかに相手が優れた狙撃技術を持とうとも、性能の高い狙撃銃を持とうとも、撃つタイミングを読んでしまえばその一撃を回避するのは理論上不可能ではない!

 

(……ま、言うほど簡単じゃないんだけどね)

 

 少なくとも、杏には理論上可能なだけで実現不可能な作戦だった。

 例え撃つタイミングを読めても、操縦が思考に追いつかないためだ。

 自分であれば例え読めていても、実際には体の反応が伴わずに撃破されてしまうだろう。

 だからこその柚子の先行。柚子であれば自分の読みを使えば相手の一撃を避けることができる。

 

「あと2回。小山、いける?」

『はい。少ししんどいですけど、頑張ります』

 

 少しどころかかなりしんどそうだが、それでも柚子の声には力があった。

 やり遂げようという意志……今はそれに賭けるしかない。

 

(カメラの位置と銃口の位置を修正……構えたまま静止。ベストな射線にコッチが入るのを待つ……)

 

 杏は観察を再開し、相手の挙動から次の攻撃パターンを読み取る。

 柚子の動きのリズムと、相手の射線の交差するタイミングを測る。

 

(5、4、3、2――!?)

『きゃあっ!?』

 

 いまだ! というタイミングの直前、真紅のチャビィーのスナイパーライフルが予期せぬ銃弾を吐き出した。

 一撃は柚子のATの右肩へと命中し、彼女のトータスは大きくそのバランスを崩す。

 転倒を免れたのは、柚子のもつ操縦技術のお陰。

 だが物理的なダメージよりもむしろ、心理的なダメージのほうが大きい。

 柚子にとっても、杏にとっても。

 

(読まれたか~。こっちが逆に)

 

 流石はプラウダ校のエース。一筋縄でいく相手ではない。

 だが必殺の間合いにはまだ遠い。

 

『……会長! 続いてください!』

「小山!?」

 

 意を決したらしい柚子が、猛然と愛機を走らせる。

 回避を考えぬ、一直線最大速度の疾駆に、拭きあげる雪煙はまるで瀑布の水しぶきだ。

 杏は、柚子の言葉の意味を考え、瞬時に理解し、即座に反応した。

 柚子のATの真後ろに、自分のATでぴったり張り付いた。

 するとATは自然と、柚子のATの速度が上がるのに合わせてスピードを増していく。

 ――スリップストリーム。

 モータースポーツやロードバイクレースでも用いられる運転技法。それを応用し、二機のATは急速で雪原を駆け抜ける。

 

『会長!』

「おうさ!」

 

 柚子のATは直撃弾に白旗を揚げて、前のめりに倒れた。

 その背中を、杏のATは勢いもそのままジャンプして跳び越える。

 自分を狙う銃口、スコープ、そして殺気闘志に真っ向から向かい合う。

 着地の瞬間、その硬直を狙われるかと身構えるが、果たして、相手は得物の銃口を若干下げていた。

 ――弾切れだ。

 マグチェンジをする相手の動きを注視しつつ、杏は冷や汗が頬を伝うのを感じた。

 スロットルを入れつつ、ひゅぅと口笛をひとつ。

 

(こえぇ~……)

 

 3年間、常に共に歩んできた自分の『両腕』にも、今度ばかりは頼れない。

 1対1の勝負。今この瞬間は他でもない、自分が、角谷杏がなんとかしなくてはならない。

 精密照準スコープの倍率をあげ、正面に真紅のチャビィーを捉える。

 杏は得物を構えた。GAT-22 ヘビィマシンガン。何の変哲もない一般的なAT用機関銃だが、今はこれだけが自分の武器だ。対する相手は特注製のカスタムスナイパーライフル。この差にはもう笑うしかない。

 弾倉交換を素早く済ませ、真紅のチャビィーは得物を構え直していた。

 ライフリングが刻まれた、スナイパーライフル銃口の真っ黒い穴は、見ているだけでこちらの意識が吸い込まれそうになる。それを堪え、溢れる冷や汗を拭うこともなく、ただただ愚直に間合いを詰め続ける。

 

「バルカン・セレクター!」

 

 音声認識でフルオート機構をONにする。

 後はトリッガーを弾けば良い。指が強張っているのに気づき、正面を見据えつつ親指だけを左右に動かし解す。

 相手の弾倉交換、そして柚子が敢えて無謀な突撃を仕掛けたお陰で距離が稼げた。 

 あとすこし、あとすこしでコチラの間合い!

 

「!」

 

 しかし杏は感じ取った。

 真紅のATの中に、その得物の銃身の内側に膨れ上がる殺気を。

 もう待つことは出来ない。例え間合いの外であっても、もう撃つ他ない。

 

「西住ちゃん! あとは頼んだよ!」

 

 聞こえるかどうかは解らないが、それでも杏は叫んだ。

 彼方で灯ったマズルフラッシュの輝きが見えた時には、杏はトリッガーを弾いていた。

 直後、直撃弾。杏のATは横転、白旗を揚げていた。

 撃破判定――。にも関わらず、杏はヘルメットの下でニヤリと笑っていた。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 手応えあり!

 彼方で雪の上に転がるATの姿を見とめて、自身の感覚が正しかったことをノンナは知った。

 しかし獲物を射止めていながらノンナの表情は厳しい。

 ただでさえ冷たい表情が、忸怩たる思いか一層強張っている。

 たった三機を仕留めるのに、思わぬ時間を食ってしまったばかりではない。

 

「……」

 

 バイザーモニターに走るノイズと、エラーを知らせる赤い警告表示。

 機体の状態データを続けてモニター上に表示すれば、『肩部サブカメラの破損』が明らかになる。

 ノンナのチャビィーには3つのセンサーカメラが備わっている。

 元々装備してある頭部カメラに、得物の狙撃用カスタムライフルのスコープカメラ、そして背部ミッションパックへとミサイルランチャーと同じ要領でマウントした大型のサブカメラだ。この3つの視界を使い分け、あるいは複合的に使うことでノンナはより精度の高い狙撃を実現させていた。

 その3つの眼の、ひとつが潰された。

 最後に大洗のトータスが放った機銃弾は、ただ闇雲に撃ったのではなかった。これが狙いだったのだ。

 

(問題はありません)

 

 まだセンサーは二つ活きている。

 確かに精度やロックオン速度が若干落ちるかもしれないが、そこはマニュアルで補えばいい。

 だがノンナには嫌な予感があった。

 ある種の虫の知らせが、彼女の脳裏を駆け巡る。

 カチューシャの撃破に加えての、自機の、それも肝心のセンサー部の破損。

 ノンナが思い返してみれば、ここ半年ほど練習試合を含めてもノンナのチャビィーに敵弾が命中することはなかった。ノンナは優秀な狙撃手である。相手がこちらを捉えた時には、相手は既にこちらの射程内だからだ。

 にも拘らず今日、今この瞬間、三つあるセンサーのうちの一つを射抜かれている。

 

「……各機に通達。攻勢を強めなさい。敵に反撃する間を与えず、一挙に勝敗を決しなさい」

 

 ノンナがそんな指示を改めて下したのは、あるいは焦りのためだったかもしれない。

 客観的に見て、こちらは依然優勢のままの筈だ。数的差から考えても、各選手の力量差から考えても、決して負けなどありえない筈だ。

 だがノンナはどこかで感じていた。

 何かが……着実に崩れ始めている、と。

 

 

 




 極寒の凍土が、闘志を焼ける
 それぞれの望み、それぞれの想い
 せめぎ合うプライドと、交差する射線
 弾幕をくぐり抜けたとき、突然訪れる運命の時
 沈みゆく夕陽に、二つの影が重なる
 二つの手が結ばれた時、新たなる旅が始まる

 次回『握手』 選手は誰もが愛を見る


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第51話 『握手』前編

 

 

「おっりゃぁぁぁぁっ!」

 

 ツチヤは右操縦桿を倒すのと同時に右のペダルを踏み込んだ。

 左足を軸にATを回転、勢いそのまま目の前の巨体に殴りかかる。

 フックは相手の横っ面に直撃、白い巨体がよろめく。

 

「――やっぱりだめかぁ!」

 

 クリーンヒットと傍目には見えるが、成したツチヤは悔しげな顔。

 事実、ダメージは若干の凹みとATのよろめきのみ。頭部を殴ったにも拘らず、センサー系には傷一つない。

 

「雪に足とられちゃって、ステアリングがまるでだめだねぇこりゃぁ」

 

 平地ならば今の一撃でK.O.でも、やわい新雪の上では十分な加速がつかなかったのだ。

 アイスブロウワーを装着してもなお、彼女らの駆る重いATは雪に足をとられてしまう。

 

『寒さにマッスルシリンダーも稼働率が落ちてる。やっぱローレックとスレックのニコイチは無理があったのかなぁ』

『PR液の限界、近いよ。DT-MO 10.2だとこんなものかもしれないけど』

「いやぁ~こりゃあもうダメダメですなぁ」

 

 

 流石は専門家。

 戦いながら自機の問題点を的確に指摘していく。

 それでいて、彼女らの言葉には悲壮感が欠片も見られない。

 

『でも私達が、ここで退くわけにもいかないかなぁって』

『だね』

『そうだね』

「ですよね~」

 

 ナカジマが言う言葉に頷き、不退転の決意を固める一行。

 ナカジマ率いるウワバミ分隊が対峙しているのは、プラウダが虎の子エクルビスの分隊。優花里のもたらした情報によれば『ギガント分隊』と呼称される敵の精鋭だ。その分隊名はエクルビスの巨体故か、あるいは街道上の怪物と呼ばれた旧ソ連の重戦車になぞらえたか。

 いずれにせよ、名前負けしない容易ならざる難敵。乗り手の技量もさることながら、その駆るATが実に恐ろしい。巨体にパワーと火力を兼ね備えた、ATとしては規格外すぎるその性能。そしてまるで乗り手の五体とATが完全に一体化しているかのような運動性能。

 

 これに正面から挑んでそれなりに持ちこたえているのは、ウワバミ分隊こと自動車部チームのATが手作りオーダーメイドの特注機だからに他ならない。

 

 装甲板の設計を担当したツチヤが豪語するには100mmの装甲を有するストロングバッカスだ。そんなモノを搭載したらATのシルエットが変わってしまうのではないかと疑問に思う者も居るではあろうが、問題はない。全ての装甲が100mmに換装してあるわけではなく、飽くまでごく一部、急所を固めているに過ぎない。

 だが、そのことを差し引いてなお、とてもM級ATとは思えぬ巨体とタフネスが彼女らのストロングバッカスには備わっている。マッスルシリンダーを始めあらゆる部分に彼女らオリジナルの工夫を凝らした特別なストロングバッカスなのだ。先の雪原におけるプラウダ大部隊との会戦時も、大洗部隊の盾役を務めながらも依然健在で戦い続けている。外見はスクラップのようになっているが、それは飽くまで表皮のみの問題。ATとしては極端に分厚い装甲故に撃破判定は下らない。

 だがそれも『今まで』の話だ。

 

「時間稼ぎもそろそろ潮時じゃないかなぁ」

『殆ど弾切れに近いのに、ここまで良く保ったもんだよね』

『頑丈さと持続力だけは特機にも負けないからね』

 

 4対6の数的不利をもろともせず、ウワバミ分隊はギガント分隊を相手に一歩も退かずに戦ってきた。

 自分たち以外で、この化物6機を正面から抑えるのは不可能だ。

 例え勝てずとも、味方が相手フラッグ機を撃破するまでの時間を稼ぐ……それがギガントと会敵した時点でウワバミ分隊に課せられた仕事だった。

 敵の胸部機銃を装甲板で凌ぎ切り、鉤爪にパイルバンカーは持ち前の操縦技術で直撃を避ける。

 チャンスを逃さずのアームパンチにキックの肉弾戦。多少なりともザリガニ頭を凹ませる程度の戦果は得られた。

 

 ――しかし、そこまでが限界。

 いかに頑丈でタフに作られていようとATはATだ。その稼働時間には自ずと限界がある。ましてや試合場は極寒の雪景色。PR液の劣化は早く、マッスルシリンダーも凍りつく。

 

『でもせめて一機か二機は撃破しておかないと……西住さん達にコレ以上の負担は掛けられないよ』

 

 ナカジマが相変わらずの軽い調子で言うが、しかし彼女自身、その口調ほど簡単な事とは思ってはいまい。

 相手は特機だ。しかも自分たちと違ってコンディションは悪く無い。このままただ戦ってもジリ貧は変わらない。

 

「……ねぇ、せっかくだから『アレ』使ってみない?」

 

 ツチヤが、悪戯っぽく微笑みながら皆に提案した。

 彼女の視線の先、コンソールに特別に備えられた三つのボタンのひとつ。

 その一つの赤いボタンの上にはこんな表記があった。

 『TURBO』の五文字が、金属プレートの上に黒インクで踊っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 第51話『握手』

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 ニーナはヘルメットを脱ぎ捨てたい衝動を我慢するので必死だった。

 暑いししんどいし、汗は滝のように流れて蒸れてひどい。

 何よりも酷いのは頭痛だ。脳みそのなかで鐘でも突き鳴らしているかのようにガンガンする。

 

(でも我慢! 踏ん張れニーナ! 負けるなニーナ!)

 

 自分を励ます言葉を胸中で叫んで背筋を正す。

 カチューシャ隊長が撃破されてしまった今こそ、自分たちが頑張らなくてどうするのか。

 目の前にいるのは四機のAT。異様に頑丈なストロングバックスはニーナたちの予想に反してこちらの攻勢に粘り強く食い下がり、今だに一機も撃破出来ていない。そんな体たらくでいかがする!

 ニーナたちの駆るエクルビスの性能を思えば、妙な話かと思うかもしれないが、この現状の理由は彼女らのコンディションにある。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

『しんど……しんどい』

『なーにへばってるだぁよ! 根性さ見せろ!』

『だども、根気をしぼろーにもねーもんはねーだべさ』

「泣き言言うでねぇ! カチューシャ隊長が観覧席から見てるんだぞ!」

 

 ニーナを始め、分隊員の誰もが脂汗を浮かべ苦しげに肩で息をしているのだ。

 エクルビスに搭載された新型の操縦システム。これは従来型のATとは文字通り別次元の運動性能を獲得する反面、それを操るボトムズ乗りへの負担もまた別次元だ。

 カチューシャともども、試合中かつ圧倒的優位な戦況にも拘らず戦闘を一時中断せざるを得なかったのは、インターバルを挟まなければとても試合どころではないという如何ともし難い理由からであった。

 カチューシャの指揮下であればこうした欠点も全く問題はなかった。

 カチューシャの用兵の妙は高校装甲騎兵道のなかでも随一と言われている。

 戦局の膠着状態、味方の窮地、あるいは敵へのトドメの一撃……。ここぞという場面でのみニーナ達を使う。これならばボトムズ乗りにかかる負担も問題にはならない。

 

(カチューシャ隊長が居れば、こんなことには……)

 

 ――だがカチューシャ撃破で状況が変わった。

 内心の思惑はどおあれ、ノンナの下した速攻殲滅戦術が理にかなっていないというのではない。

 カチューシャというプラウダの支柱を撃破された以上、隊が空中分解する前に勝負を決しようとするのは正しい。しかし遮二無二な攻勢は攻めている間は問題なくとも、相手がその攻勢を凌ぎ始めると話が変わってくる。

 ひとたび攻勢が滞れば、誤魔化していた疲労が一気に押し寄せるのだ。

 ニーナを初め分隊員は一様に野良仕事で鍛えた者ばかりだったが、新型システムの負担はそんな彼女たちをしても耐え難いほどだった。

 

(……駄目だ。こんなんじゃ駄目だぁ!)

 

 弱気になる自分に気づいて、ニーナは慌てて気合を入れた。

 カチューシャ隊長は被撃破者用の観覧席から自分たちの動きを見ている筈だ。

 エクルビスという特別なATを任された、その信頼に応えなければ!

 

「こんな所で道草食ってる場合でねぇさ! とくこいつら畳んで相手のフラッグ機さ探さねぇと!」

『だども~』

「ノンナ副隊長も見てるんだぞ!」

『!? ……ノンナ副隊長……』

『……負けたら何言われるが、何されるかわからねぇ……』

『おっかねぇなぁ~』

『もうヂヂリウム掘りはたくさんだぁ~』

 

 ニーナがノンナの名前を出して発破かけたのが効いたらしい。

 萎えかけていた士気が、にわかに回復を見せる。

 ノンナ副隊長はおっかない。それはプラウダ装甲騎兵道チーム一同の共通した認識だった。

 

「全機、わたしに続け! ちゃんと連携してこのストロングバックス――」

 

 ニーナが隊長らしく指示を下そうとした時だった。

 相対する敵、ウワバミ分隊こと自動車駆るストロングバッカス四機に異変!

 アイスブロウワーを突如パージしたかと思えば、キュゥゥゥンと独特の始動音。

 瞬間、四機のストロングバッカスはニーナ達目掛けて『ぶっ飛んで来た』!

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 ガシャンと音を立てて、脚部裏側、人間で言えばアキレス腱とややその上部周辺の装甲板が開かれる。

 上下それぞれの鋼板が展開すれば、小型のジェットノズルが顔を覗かせる。

 点火――と同時に特有の響きを携えて、四トンを超える鋼の巨体が翔ぶが如くに直進する。

 こんなこともあろうかと、仕込んでおいた自動車部特製のジェットローラーダッシュ・システムが起動したのだ!

 

「いやっふっぅぅぅっ!」

 

 ツチヤが叫べば、機体は波にでも乗っているかのように雪原を滑る滑る。

 ちょうど石の水切りの要領。圧倒的な加速で、やわい雪原を跳ね飛んでいく。

 ATの全身を流れる化学の血液、ポリマーリンゲル液。この鉄の血液が今、大いに燃え盛っている。

 電撃が走り、人工筋肉が収縮し、放出される膨大な熱量に湯気が立ち上り、降り注ぐ雪はみぞれに変わる。

 

 ――ジェットローラーダッシュ。

 脚部に仕込んだブースターを吹かして、その勢いで機体を急加速させるという豪快なカスタムだ。

 自動車部特製のストロングバッカスはこれに加えてマッスルシリンダーにも細工を施し、ポリマーリンゲル液をガソリンのように燃やしてATの『筋力』すら一時的に倍加させる。

 

「そーれ!」

 

 事前予測など不可能な急速接近に、驚き固まってしまった手近なエクルビス目掛け、ツチヤは思い切り右拳を振りかぶり、フルスイングで殴り抜ける!

 その一撃で十分だった。

 ちょうどボクシングの試合のK.O.そのまんまだった。

 その鋼の拳を横っ面に受けたが最後、白いザリガニ頭が水平にスライドして吹っ飛んでいく。

 

「ドリフト――」

 

 殴った勢いを殺すこと無く、足首の制動のみでATを横滑りさせる。

 

「ドリフトォォォッ!」

 

 ドリンクバーキンヨウビかはたまたドリフトキングか。

 『ドリキン』、ツチヤの面目躍如。別のエクルビスの背後へと滑り込み、慣性を使っての回し蹴り攻撃。

 背部から強烈なキックをもらったそのエクルビスからも、撃破判定の白旗があがる。

 ツチヤに続いて、ホシノ、スズキ、ナカジマの各機もそれぞれ一機ずつ、拳撃か蹴撃を決めて撃破する。

 瞬く間の五機連続撃破! しかしウワバミ分隊の攻勢もここまでだった。

 

『ありゃあっ!?』

 

 まずナカジマ機がギガント分隊唯一の残存機、ニーナ駆るエクルビスに撃破された。

 ジェットローラーダッシュで格闘戦を仕掛けるナカジマ機の直線的な素早さよりも、エクルビスの運動性能が勝った。パイルバンカーの一撃は向かってきたナガジマ機に見事なカウンターのパイルバンカーを決めたのだ。

 

『ツチヤ、スズキ!』

 

 ホシノの呼びかけに、自動車部の連携の良さを活かした連続攻撃で反撃を試みるも――。

 

『っ!?』

『あー……こいつは……』

「限界だったかぁ……」

 

 不意に動きを止めたホシノ機に、鉤爪の振り下ろしが浴びせられ撃破判定が下る。

 スズキ、ツチヤ機に至っては、ニーナが直接手を下すまでもなかった。

 動きを止めたまま煙を吹いて、ボンと軽い爆発が手足のマッスルシリンダーから走れば、そのまま白旗が揚がる。

 ジェットローラーダッシュはポリマーリンゲル液を消費する。加えてのマッスルシリンダーへの高負荷だ。

 オーバーヒートとガス欠の合わせ技。自動車部の怒涛の攻勢は自爆するリスクと背中合わせだったのだ。

 

 ツチヤは火花を散らし、白煙を吐き出すコンソールを眺めながら、ヘルメット越しに頭を掻いた。

 

「やっぱり重ATにターボカスタムは無理があったみたいね~」

『要調整ってことかな』

『やっぱポリマーリンゲル液をもっと高品質なのに変えないと』

『まぁ次回までの課題かもね』

 

 彼女たちの声には相変わらず悲壮感はない。

 ギガント分隊は残り一機。ATの性能差を考えれば大金星だ。

 務めは果たした。あとは戦友たちを信じるのみ。

 そして我らが隊長は、今まで信頼を裏切ったことは一度もない。きっと、これからも。

 

「頼んだよ~西住隊長」

 

 ツチヤは独り操縦席で呟いた。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

『奥義・星王剣!』

 

 かの坂本龍馬も達人であったと知られる北辰一刀流が奥義――の名を借りた我流の一閃をおりょうは放った。

 下から切っ先を跳ね上げる太刀筋は、人間がやれば難しいがATでは違う。

 肩関節が回転し、スタンバトンが風を切ってチャビィーの下腹部に叩きつけられる。

 飛び出す電撃はAT内部の電子機器へとダメージを及ぼし、撃破判定の白旗を引っ張り出す。

 カメラが半壊し、シールドもないにも拘らず、おりょうは奮戦していた。

 

『赤備え十文字槍!』

 

 負けじと左衛門佐も得物の十文字槍――ならぬ弾の切れたヘビィマシンガンを逆さに持って鈍器としたモノを振るい、銃床の部分を思い切り手近なファッティーへと突き出した。センサー部にクリーンヒット! 続く蹴り足で体勢を崩せば、倒れた所に思い切り振り下ろしを一発。

 

『敵将討ち取ったりぃっ!』

 

 左衛門佐は快哉と鬨の声を挙げた。

 敵の攻勢に押される大洗勢のなかにあって、歴女チームことニワトリさん分隊は大いに善戦していた。

 

「残存敵は残り三機!」

『時代は我らに味方している!』

 

 クエントレーダーは周辺のプラウダ残存機を映し出し、その結果にエルヴィンが喜び吼える。

 元々大洗女子学園装甲騎兵道チームのなかでもあんこうを除けば練度随一な上に、互いに気心を知り尽くした四人組だ。搭乗ATが比較的高性能なこともあって、倍近いプラウダ機を相手にしながら彼女らは見事に逆襲を果たしていた。

 あとは一刻もはやく残存敵を撃破し、しかる後に敵フラッグ機の探索だ。

 カエサルがカルパッチョより譲り受け、愛機に搭載したクエントレーダーを以ってすれば、必ずや敵フラッグ機を発見できる! その為にも、ここでコレ以上の時間を費やす訳にはいかない。

 

『続けていくぜよ! たぁぁぁぁぁっ!』

 

 おりょうが、手近なプラウダATへとスタンバトンを振りかぶった。

 脳天唐竹割りの構え。

 対するに相手はおりょうの動きに追随しきれないのか棒立ちのまま。

 

(……ん?)

 

 ここでカエサル、相手にATのその奇妙なる装いにここで初めて気がついた。

 自分たちと同じベルゼルガ……ではない。一見そうと見えるが、エルヴィン同様にイミテイトだ。ただベースとなっているのはファッティーであるらしい。

 右手にデュアルパイルバンカー、左手にシールド付きのパイルバンカーと、そのあまりに傾いた装備に左衛門佐が思わず口笛を吹く。だが、おりょうが肉薄するのにも為す術がないらしいその姿に、見てくれだけのハッタリである――と左衛門佐も、エルヴィンも、それにカエサルも思った。

 勘違いであったと、すぐに解った。

 

『!? やられたぜよ!?』

「おりょう!?」

『おりょう!』

『おりょうが!?』

 

 相手のベルゼルガイミテイトの体勢が僅かに斜めに傾いたかと思った瞬間、おりょう機の打ち下ろしの一撃は紙一重で回避され、すれ違いながらおりょう駆るホイールドッグの背部に回りこみ、デュアルパイルバンカーの2連撃。

 おりょうがやられた! その事実にニワトリ分隊一同が驚いている間にも、相手のファッティー・ベルゼルガは動いていた。その狙いは、左衛門佐!

 

「退け左衛門佐!」

『逃げろ左衛門佐!』

 

 カエサルとエルヴィンが叫ぶが、左衛門佐がそれに応ずるよりも相手に動きが勝る。

 相手がパイルバンカーを構えるのに、左衛門佐は咄嗟にヘビィマシンガンを盾のように正面にかざすが、ファッティー・ベルゼルガは意に介さない。

 必殺の鉄杭が打ち出されれば、その鋭い先端はヘビィマシンガンを貫き、あっさりと左衛門佐のスコープドッグの装甲へと到達した。カーボン加工故にこちらは貫かれることはない。だが衝撃は表面を凹ませ、撃破判定を引き出すには十分。真紅の塗装が剥がれて飛び散り、白雪の上に広がり、地金を晒しながら左衛門佐機は横転した。

 

「……不味いぞ」

『相手はエースか!』

 

 二人も遅ればせながら気がついた。

 このファッティー・ベルゼルガイミテイトは、単なる変なATではなくて、エース用の特機であったのだ。その両手パイルバンカーは傾奇者の伊達装束ではない。決まれば必殺の恐るべき兵装だ。

 

「……退くか? でもできるか?」

『させてくれるか、だな』

 

 カエサルの顔に焦りが走る。無線越しに聞こえるエルヴィンの声も同じような感情で揺らいでいる。

 余計な大立ち回りをしている余裕はない。だが、相手もそう易易とこちらを見逃してはくれまい。

 では、いかにして振り切る?

 考える時間をファッティー・ベルゼルガは与えてくれない。

 その僚機二機もこちらにトドメを刺さんと合わせて動き出す。

 

「! ……これは!」

 

 迫るファッティー・ベルゼルガ達へと盾を構えたの同時に、クエントレーダーに接近する複数の機影が映り、警告音が鳴り響く。果たして来訪せしは敵か味方か――。

 

「天祐神助! ラビエヌスの騎兵だ!」

『つまりは味方か!』

 

 暗がりを裂いて飛来した銃弾を、ファッティー・ベルゼルガはシールドで防ぐ。

 カエサルたちが見れば、大洗の校章を掲げたスタンディングトータスがウサギさん分隊6機が駆けつけてくる所だった。無線からは梓の力強い勢い溢れる声が聞こえてくる。

 

『先輩たちは先に行ってください! ここは私達が引き受けます!』

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

『こちらニワトリ! レーダーがおかしな敵影を捉えた! おそらくは敵フラッグ機だ!』

 

 強奪したファッティーを駆り、迫るプラウダ部隊を迎え撃っていたみほのもとへと、カエサルからそんな無線が届いた。ついさっきキルログでウサギさん分隊の壊滅を知って、沈みかけていた気持ちが一転明るくなる。

 

「こちらあんこう! 敵フラッグ機と思われるATの座標は!?」

『E1450地点! 場所は雑木林のなかだ。 あからさまに隠れているから間違いない!』

「了解しました! ニワトリさんはそのまま敵フラッグの捕捉に努めてください!」

 

 ニワトリ分隊――と言っても残存機はカエサルとエルヴィンの二機だが――に追跡の指示を出しつつ、自らもまたフラッグ機へと向かうべく動かんとするが……。

 

『やだもー! 倒しても倒してもきりがないよ~』

『残弾も心もとないです』

『西住殿、敵は左から回り込むつもりです!』

『右からも来てるな。いよいよ包囲を狭めてきたか』 

 

 まずは隊長機を潰さんという意図か、あんこう分隊のもとへと次々とプラウダのATが群がり、圧倒的火線に晒されてみほたちは身動きがとれなくなっていた。沙織が華と連携してかなりの数を撃破した筈だが、この敵の攻勢を前にすれば、相手にはATの数が限りないんじゃないかと錯覚してしまうほどだった。

 廃村の家屋を盾とするのもそろそろ限界だった。長引く銃撃砲撃にその殆どが瓦礫の山と化してきている。

 

(……やっぱり数差が大きい。相手フラッグを叩くしか)

 

 隊長を撃破され戦術がゴリ押しへと変じたプラウダだったが、しかし物量差があるために戦術の粗さがカバーされてしまっていた。いかにこちらが精妙に相手を倒そうとも、一機倒しても次の一機が来るのだからどうしようもない。

 

『……西住殿!』

 

 優花里が意を決して言った。

 

『ここはわたくしが殿をつとめます。西住殿たちは敵フラッグ機を!』

「でも優花里さんのATは!」

 

 優花里のATは既に半壊状態に等しかった。

 

『だからこそです! 私が撃破された所で、今の大洗にはもう痛くも痒くもありません。むしろ西住殿! 西住殿がここを脱出することこそが重要です!』

『私も秋山さんの意見に賛成だ』

 

 麻子が横から同意する。

 

『私のブルーティッシュ・レプリカももう限界だ。だが最後に敵に一泡吹かせるぐらいはできるぞ』

『西住殿、五十鈴殿、武部殿、行ってください! ここは私達が!』

 

 考えるみほが返事をするより早く、今度は沙織が決意した様子だった。

 

『みぽりん、私も残る!』

「沙織さん……」

『武器のない麻子に、片手のゆかりんの二人に任せるのはいくらなんでも酷過ぎるから……だから私もここに残って足止めをするよ!』

「……」

 

 声には出さずとも心配しているのが明らかなみほに、沙織は一転、気軽に笑いながら言った。

 

『それに……どうせこの子はちょっと足が遅いから、みぽりんや華の足手まといになっちゃうよ。だから、行ってよみぽりん! 華!』

 

 沙織が言うのに、先に決断したのは華だった。

 

『行きましょうみほさん』

「華さん」

『わたくしたちがフラッグ機を撃破するんです。その分の弾ぐらいは、私の武器にもまだ残っています』

「……」

 

 アンチ・マテリアル・キャノンを肩に背負い直す華のスコープドッグは、今すぐにも走り出せる格好だった。

 みほも、覚悟を決めた。

 

「隊を二分します。優花里さん、麻子さん、そして沙織さんはここに残って敵ATの迎撃を。華さんは私に続いてください。敵フラッグ機を撃破します!」

 

 

 





長くなったので初の前編後編二分割
次回、プラウダ戦決着


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第51話 『握手』後編

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 ノンナは単機、試合場を駆けていた。

 この期に及んではもう、作戦も何もない。

 ただ相手フラッグ機をこちらのフラッグ機が撃破される前に仕留める……なすべきことはそれだけだった。

 

「……」

 

 大洗側は着実にその戦力を減らし、プラウダ側は多少の損害は出ているとはいえそれでもなお数では圧倒的優勢。加えて言うなれば、双方に残された武器弾薬の差は最早比べるのも馬鹿らしいだろう。

 

「……」

 

 しかしヘルメットの下のノンナの表情は晴れない。

 カチューシャの前以外では鉄仮面のごとき冷たい無表情でいることの多い彼女だが、今はいよいよ以って極寒のシベリア平原のごとしだ。しかしカチューシャに代わってプラウダの隊長を臨時で務めるがための、決意故の冷たさのなかにも一抹の焦りが見え隠れしている。

 押している……筈だ。だが、勝っているという実感が無い。

 むしろ、着実に敗北へと自分たちが突き進んでいるかのような、そんな嫌な予感ばかりが募ってくる。

 

『ノンナ副隊長! こちらフラッグ!』

 

 果たして、嫌な予感は現実のものとなった。

 

『発見されました~! 合流しますか!? てか、合流させてください!』

 

 フラッグ機からの悲痛な呼びかけに、ノンナは飽くまで冷徹に返した。

 

「駄目です。迂闊に遮蔽物のない雪原に出れば敵の射線に身を晒すことになります」

 

 フラッグを伏せておいたのは雑木林のなかだ。あそこであれば多少持ち堪えることはできるだろう。

 

「待機地点周辺を動きまわって時間稼ぎをしなさい。頼れる同志を送ります」

 

 ギガント分隊はニーナ機が残存している筈だ。

 彼女には酷かもしれないが、フラッグ機待機場所には白のエクルビスのいる所が一番近い。

 あの巨躯と性能を活かせば、壁役となってフラッグの退く隙を作ってくれるだろう。

 それと同時並行で――。

 

『ノンナ副隊長! 敵フラッグ分隊が――』

 

 ――敵フラッグを狙う。

 アリーナからの報告に、ノンナはペダルを力強く踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

『よし! 敵のブロックを突破したぞ!』

『やりましたキャプテン!』

「油断しないでよカエルさん分隊! 相手もどうせすぐに追撃をかけてくるんだから!」

 

 吼える典子に、快哉(かいさい)を送るあけび達。

 横から(たしな)めるのはそど子である。

 フラッグ機擁するカエル分隊とその護衛を務めるヒバリ分隊。

 両分隊は立ち塞がるプラウダ部隊の戦列を突破し――典子たちは知らぬがアリーナ率いる部隊だ――、夜のような曇の闇が垂れ込めた雪原へと走り出した。

 

「私達が後ろ三方を固めるから、カエルさん分隊はフラッグ機以外で前方を固めて! どこ方向から攻撃が来ても防げるように!」

『みんな聞いたか!』

『了解ですキャプテン!』

『三枚ブロックいきます!』

『どんなスパイクにも耐えて見せます!』

 

 キャプテン典子の号令一下、即座に防御隊形をとる動きの素早さは流石に日々鍛えているだけはある。

 バレーはチームスポーツ、連携が命だ。そしてそれは装甲騎兵道もまた同じだ。

 カエル分隊が典子を前方にやや左右両斜めを固めてから数秒遅れて、ヒバリ分隊が典子の後衛につく。

 六角系の防御フォーメーションはあらゆる方向からの攻撃に対応する。唯一の弱点は上方からの攻撃だが、装甲騎兵道に原則空爆はない。

 

『とにかく、身を隠せる森とか廃村とかを探して直進! 私たちは逃げることに徹する! その間に隊長たちが何とかしてくれるはず! 』

 

 力強く断言する典子の言葉には、みほへの信頼感に満ち満ちている。

 自分たちが時を稼ぎさえすれば、後はみほたちが何とかしてくれる。そういう確信が典子の声にはあった。

 そど子も同意だった。普段は頼りない印象の我らが隊長西住みほだが、鉄の騎兵にひとたび跨れば別人のようになる。表情は引き締まり、声には自信が満ち、そして何より適切な指示が次々と飛んで来る。

 そんなみほだからこそ信じることができる。

 自分たちが自分たちの務めを果たせば、きっと彼女はそれに応えてくれると。

 

「パゾ美、ゴモヨ、何が何でもフラッグ機を守るのよ! 風紀委員の腕の見せどころよ!」

『はい!』

『わかったよ、そど――』

 

 そど子、とゴモヨは言おうとしたのだろうか。

 しかし彼女の台詞は全部を言い切る前に途切れた。

 最初に光、次いで炎、次いで爆音、そして最後に砲声が響いた。

 横転するATからは白旗が揚がる。

 今度も、即座に対応したのはカエルさん分隊。

 

『三枚ブロック!』

『そーれ!』

『それ!』

『それ!』

 

 弾道を割り出し、フラッグ機の前へと立ち塞がる。

 やや遅れて事態を察知したそど子とパゾ美も動く。

 

「……見えたわ! アイツね、不意討ちしてきた不届き者は! ズルよ! ルール違反よ!」

 

 カメラの倍率を最大限に上げれば、仄かに見えるのはゆらめく赤い影。

 血のような色を纏ったそのATの右手には、長大なるライフル銃が握られている。

 

『気をつけろ! 相手は敵のエースだぞ!』

『殺人レシーブのノンナ!』

『必殺スパイクのノンナ!』

『ロシアの赤鬼のノンナ!』

 

 全員間違った二つ名で呼んでいるが、だれもそれを指摘する人間はここにはいない。

 そんなことをしている心理的余裕もない。

 

(すぐにも次弾が来るわね……)

 

 そど子は必死に考える。

 今、自分たちが為すべきことはなにか。

 

「ここでフラッグ機を守れなかったら風紀委員の名折れよ! パゾ美、仕掛けるわ! 続きなさい!」

『そど子!?』

『そど子先輩!?』

 

 パゾ美は驚きつつも、突如彼方のノンナ機へと走り出したそど子に続き、典子たちも驚愕しつつも防御態勢は崩さない。

 そど子は振り向きざま、無線越しに叫んだ。

 

「カエルさん分隊、健闘を祈る!」

『『『『はいっ!』』』』

 

 バレー部四人は力強く返事をした。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 ――堪え切れずに、飛び出してきたか。

 フラッグ護衛の二機が、戦列を離れてこちらへと全速力で駆け寄ってくる。

 スコープドッグのカスタムタイプが一つ、ライアットドッグだ。

 装甲騎兵道で使われることは少なく、珍しい部類のATと言っていい。

 

(ポイント、プラス10.5、マイナス11.3……)

 

 だからといってどうということはない。

 単に若干ノーマルドッグと装備品が違うだけのバリエーションに過ぎない。

 ただ急所を狙い、トリッガーを引くだけだ。やるべきことは、他のATを相手取る時と何もかわりはない。

 相手は左手にアームシールドを備え、カメラ部はフェイスガードで覆われている。

 アームシールドはともかく、フェイスガードは所詮は対投石用の強化プラスチック製。

 他の部位を狙えばアームシールドに阻まれる可能性があるが、逆になまじフェイスガードがあるぶん、頭部は実質ノーガード。照準は定まった。

 

(軌道はまっすぐ……やはり破れかぶれ……)

 

 相手の動きにはなんら工夫は見られない。

 先ほど相手したトータスタイプ二機のことを踏まえて少しは警戒したが、杞憂であったようだ。

 ノンナは視界をライフルに取り付けたスコープへと切り替え、いよいよ着実に狙いをつける。

 標的は目の前。トリッガーを引く。

 

「ッ!?」

 

 瞬間、視界が白光に包まれ、目が眩む。

 センサーが対応して採光をシャットダウンするが、その復旧の間は決定的隙になる。

 

(サーチライト!)

 

 ノンナは視界がホワイトアウトした理由を既に解っていた。

 迂闊だった。侮った。装甲騎兵道じゃ何の使いみちもない筈のサーチライトに、こんな使用法があったとは。

 

「でも……問題はない!」

 

 機体の左右を銃弾が駆け抜け、中にはATの装甲を掠めていくのを聴覚と触覚とで感じる。

 だが致命傷がないなら無問題!

 ノンナはセンサーの回復を待たずに得物を構えた。

 ライフルセンサーを捨て、メインカメラへと視界を移す。倍率は下がり、精度は落ちる。

 知った事か、一年生の頃は、何のカスタムもないファッティーに自主改造のカタパルトランチャーで相手を狙い撃っていたのだ。あの頃の感覚を思い出せ。

 

「ひとつ」

 

 まず左のサーチライトを撃ち射抜く。

 ヘビィマシンガンの銃弾が飛んでくるが、気にしない。

 

「ふたつ」

 

 次いで右のサーチライトをぶち抜いた。

 音速を超えた銃弾が掠めるが、意に介さない。

 

「みっつ、よっつ」

 

 立て続けにトリッガーを弾く。

 それぞれ一発ずつで十分。フェイスガードのプラスチックボードは水晶のように砕け散り、その下のカメラを潰して白旗を引っ張り出す。

 

「……」

 

 ノンナは得物のマガジンを交換しながら愛機の状態を確認した。

 試合続行に問題はない。ただし――。

 

(ライフル部センサー破損、使用不能……)

 

 狙って撃ったとは思えない。

 ライアットドッグ二機がかりでコチラを狙った時の、流れ弾が当たった為だろう。

 肩部センサーに続いて、ライフル部センサーの破壊。残るはメインモニターのみ。

 

「……問題は、ありません」

 

 もう一度思い出せ。

 一年生の頃は、何のカスタムもないファッティーに自主改造のカタパルトランチャーで相手を狙い撃っていたのだ。あの頃の感覚を思い出せ。

 ノンナは、大洗フラッグ機への追跡を再開した。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

『くうう、ちょこまかと!』

「落ち着けカエサル! この戦況では無駄弾は厳禁だ!」

 

 雑木林の間を駆ける相手フラッグ機を、カエサルとエルヴィンは必死に追撃していた。

 だが追いつけない。相手は足回りを改造しているらしいファッティーなのに対し、こちらは共にベルゼルガ(とその海賊版)である。装備品の多いH級ATは、それだけ重みも増している。

 

「どうする! こうなれば余計な装備品をパージしてスピードを上げるか?」

『ベルゼルガの持ち味を殺してどうする! 下手すれば当の標的に返り討ちだ! ザマの戦いのハンニバルのように!』

「むむむ!」

『何がむむむだ!』

「そりゃ三国志だ!」

 

 軽口を叩き合ってはいるが、内心二人共大いに焦っている。

 キルログを通して伝わってくる戦況は、大洗のATが着実に撃破され数を減らしているという事実。

 一刻も早く、敵フラッグを叩いて決着をつけなければ!

 

『! クエントレーダーに新たに反応“4”!』

『4! どこだ? 敵か、味方か!』

 

 反応パターンで何が来たかはすぐに判った。

 カエサルは叫んだ。

 

『両方だ!』

 

 敵フラッグが動きを変える。

 雑木林をひたすら逃げ続ける機動を止め、レーダー上に映った一方の二点へとひた走る。

 カエサル、エルヴィンもそれを追って雑木林を飛び出した。

 

『でたな!』

「ギガント!」

 

 果たして、ザリガニ頭の白亜の巨人が、ファッティーベースのベルゼルガの模造品を引き連れてそこに居た。

 フラッグ機を守るべく、カエサル、エルヴィンの前に立ちはだかる。

 

『遅れました! お二人に加勢いたします!』

 

 だが二人の味方もまたやってきた。

 肩に巨大な大砲を負った藤色のスコープドッグは、五十鈴華のATに間違いなかった。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「バレー部ファイトォォォッ!」

『『『おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』』』

 

 気合を入れて、駆けて、逃げる。

 追ってくるのは真紅の死神。放ってくるのは必殺のスパイク。

 あけび、忍、妙子の三機は典子の後方に列を作り、相互にカバーし合いながら左右に機体をターンさせつつ進んだ。典子のみ、余計な動きはせずに直進し続ける。

 大事なのは典子のフラッグ機を逃すこと。今は全員が壁となり、相手を翻弄し、キャプテンを守るのだ。

 

『くうっ!?』

「河西!」

『キャプテン、振り返らないでください!』

『ここは私たちに任せて! キャプテンは前だけを!』

「くぅぅぅっ!」

 

 バレーボールはチームスポーツ。

 加えて彼女たちはバレー部復活という同じ目標のもとに募った仲間であり同志。

 その結束は硬く、心の結びつきも鋼のように強い。

 それだけに、結果的にチームメイトを捨て石のように使うことは、典子の心を締め付ける。

 

『きゃっぁぁぁっ!?』

「近藤!」

『キャプテン!』

「くぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」

 

 振り返りそうになる所を、あけびに窘められて堪える。

 辛い。身を切るように辛い。分隊は姉妹。分隊は家族。それは彼女らに限って言えば真実だ。

 

『キャプテン! 前へっ!』

 

 そう言い残して、あけび機からの通信が途絶えた。

 恐ろしいペース。残るのは自分一人。

 

「ッッッ!」

 

 その事実に気づいた時、典子の背筋には嫌な感触が走った。

 自分たちは常に共に戦ってきた。試合中に誰かリタイアしても、別の誰かが傍らで支えてくれた。

 今は違う。自分だけ、独りだけだ。白い荒野に孤影を刻み、孤軍奮闘する他ない。

 

「……根性」

 

 すぐ足元を砲弾が掠めるのを感じながら、典子は必死に機体を左右に蛇行させる。

 

「根性」

 

 描かれる(わだち)。轍穿つ砲弾。

 構わず、典子は走り続ける。

 

「根性っ!」

 

 典子は独り、叫ぶ。

 それは己を叱咤激励するために。

 あるいは、己が背負った皆の想いがために。

 忍の、妙子の、あけびの、そして大洗の皆の想いのために。

 

「こんじょぉぉぉぉっ!」

 

 典子は吼える。

 しかしそんな彼女の想いなど斟酌などしないとばかりに、典子のファッティーの背中に砲弾は突き刺さり――。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 プラウダ高校フラッグ機がパイロットは、コックピットの中でほくそ笑んでいた。

 一時は危ないかと思ったが、なんのことはない、ニーナとクラーラが助けに来てくれたのだ。

 所詮は弱小校。選手の層の薄さはいかんともしがたいはずだ。

 自分を追っていた二機も、新手の一機も、ニーナとクラーラには敵うまい。

 彼女たちは強い。それはプラウダ高校装甲騎兵道チームの一員であれば誰もが知っていることだ。

 

「おーい!」

 

 そうこう言っている内に、味方の影が見えてきた。

 機数は僅かに一機だが、例え一機でも味方と合流できるならば心強い。

 

「……ん?」

 

 おかしい。IFF(敵味方識別装置)の故障だろうか。

 目の前のファッティー、それもプラウダの校章を掲げた、白塗りのファッティーへとFCSはロックオンをしている。

 敵を意味する赤いハザードランプが、視界の片隅に灯る。

 ――考えが、ある事実へと至った。

 ほんのすこし前、ログで流れてきた情報。

 大洗女子学園に、我らがプラウダのATが一機奪取されたとの情報。

 

「しま――」

 

 気づいて、銃口を向けた時には遅かった。

 既に相手は得物を構え終えて、トリッガーを弾いた後だった。

 銃弾が無防備な胸部装甲へと叩きつけられ、あっさりと撃破判定がくだり、白旗が揚がった。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 大洗女子学園

 プラウダ高校。

 フラッグ機の撃破のタイミングは、ほとんど同時であった。

 審判が協議し、ビデオ判定が行われた。

 皆が固唾を呑んで見守る中、審判は下された。

 

『有効! 大洗女子学園の勝利!』

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

「やるじゃないの、貴女達」

 

 初対面の時の横柄さは今や消えて、素直に賞賛する気持ちがその声には篭っていた。

 差し出された小さな手を、カチューシャの掌を、みほは握り返した。

 

「決勝戦、見に行くわ。負けたら承知しないんだから」

 

 カチューシャが挑発的に笑うのに、みほもまた微笑み返して言った。

 

「はいっ!」

 

 ――大洗女子学園、決勝進出決定。

 

 






 ファウストは、メフィスト・フェレスに心を売って明日を得た
 マクベスは、三人の魔女の予言にのって、地獄に落ちた
 杏は得体のしれぬ三人組に、己の運命を占う
 ここ、大洗の艦で明日を買うのに必要なのは、優勝と少々の危険
 群がる怪人たちを前に、みほは冷や汗秘めて立ち向かう 

 次回「取引」。みほの商売には紅茶の匂い



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第52話 『取引』

 

 

 

 

「はい……ええ……そのように……」

 

 ダージリンの手の中にあるのは、ダイヤル式の古風で、かつ優雅な電話機である。

 性能的にはお世辞にも優れているとは言えないだろうが、反面、そのデザイン性はそのままインテリアとして使える程である。そして何より、ダージリンの持つ雰囲気と良く合っている。つまり『様になっている』のだ。

 オレンジペコは改めて、我らが隊長殿は見た目だけなら正統派かつ瀟洒(しょうしゃ)な美少女であると思う。

 ただし、その中身はストレートに見目麗しい容姿と違って、とても一筋縄ではいかないのだが。

 

「それではおねがい致しますわ。ええ……よしなに。ごきげんよう」

 

 ダージリンは受話器を置いた。チン、と鈴のような金属音が鳴り響く。

 オレンジペコは少し間をおいてから聞いた。

 

「それで、何のお話だったんですか?」

 

 オレンジペコはダージリンと誰が何の話をしていたのかを知らない。

 彼女が部屋に入った時には、もう既に随分と長く話し込んでいる様子であったから。

 しかしオレンジペコは察していた。どうも自分たちに関係のある話であるらしいと。

 一年生にしてダージリンの副官に選ばれるだけあって、オレンジペコはダージリンの気心を知り尽くしている。

 

「ちょっとした商談。お相手は風まかせの吟遊詩人といった所かしらね」

「……はいぃっ?」

 

 時々ダージリンはこういう要領を得ないことをのたまう。

 オレンジペコはかなり察しの良い少女ではあるのだが、それでも時々ダージリンが何を言っているのかが解らない。

 しかも、ダージリン自身ペコが解らないのを承知で言っているふしがあるからたまらない。

 それを証拠に、ダージリンはにこやかに微笑んでいる。ペコを見つめながら、にこやかに微笑んでいる。

 取り敢えず、無視して話を先に進めることにする。

 

「商談と言いますと、以前にお話していた新型ATの一件ですか?」

「いいえ、それとはまた別件よ。大洗に関することで少し、ね」

「大洗? またみほさんに妙なちょっかいでもかけるおつもりですか?」

「まぁ、だいたいそんな所かしら」

 

 ダージリンは西住みほという少女をいやに気に入っているらしい。少なくとも自らファンを公言する程度には入れ込んでいる。オレンジペコ自身、あの西住みほという少女は応援したくなる何か不思議な魅力を持っているとは思うが、それにしてもダージリンの執心っぷりはなかなかのものだ。トーナメントのブロックも違うにも拘らず、ましてや世間では全くのノーマーク、冷やかし程度にしか見られていなかった大洗の試合を全戦、わざわざ出向いて観戦しているのである。確かにその行動の有様はまるでアイドルの追っかけだ。

 

「彼女の方も、そろそろ途方に暮れているころでしょうから」

「途方に暮れる? みほさんがですか?」

「ええ。……『決して屈するな。 決して、 決して、決して』」

「チャーチルですね。第2次世界大戦の時の」

「彼女もまた、いかなる状況を前にしても屈せず、戦う道を選ぶでしょう。それが、新たなる母校の為ならば、かつて追われた古巣を相手取ることであったとしても」

 

 ダージリンは、目の前のテーブルにおかれたカップを手にとった。

 中身の紅茶で少しばかり唇を潤すと、その視線を窓の外へと向けた。

 今はまだ天気は晴れだが、彼方には雨を孕んだ黒雲がじわじわ迫るのが見える。

 

「決勝戦は、大洗女子学園と黒森峰女学園の対決です」

「理由は異なれど、共に負けられぬ二校の対決……それは同時に、姉妹の対決でもあるわ」

「みほさんと、姉にして高校装甲騎兵道最強と名高い西住まほの対決……」

「ねぇペコ。どうせ見るなら――」

 

 ダージリンがペコのほうへと向き直った。

 

「万全、あるいはそれに近い条件での対決が見たくはないかしら。西住流姉妹対決という絶好のカードを」

 

 そう言うダージリンの顔は、あからさまに何かを企んでいる顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 第52話『取引』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その少女はいつも、轟と共にやってくる。

 床板を踏み鳴らすドタドタという異音は徐々にその大きさを増し、走る勢いには床のみならず壁までもが揺れているような錯覚をもたらす。

 バーンという効果音と共に扉を外れるかと思う勢いで開いて、赤毛の少女は姿を現した。

 

「 お よ び で ご ざ い ま す か ー ダ ー ジ リ ン さ ま ー !」

 

 登場早々の大音声に窓ガラスはビリビリと震え、オレンジペコは大声に脳みそが驚いて目の前に星が散る心持ちだった。来訪せし赤毛の少女、ローズヒップの後ろからやや遅れて追いついてきたアッサムは、思わずこめかみに手をやって頭が痛そうな様子だった。ローズヒップのマナーの指導は彼女の担当だが、一向に粗忽(そこつ)な調子が治る様子はない。しかしダージリンは気にしない、というかそんな粗忽な彼女がお気に入りらしい。ローズヒップの大声もどこ吹く風で平然と、優雅に紅茶を味わっている。

 

「出かけるわよローズヒップ。飛行機の操縦、お願いできるかしら」

 

 ダージリン直々のご指名に、ただでさえ高いテンションはもはや爆裂寸前らしい。

 小躍りする勢いで「やったですわー」とローズヒップは快哉をあげる。

 

「ダージリンさまとおでかけですわー! 嬉しいですわー! 最高ですわー!」

「落ち着きなさいローズヒップ。喜ぶのは良いけれど、その調子じゃスカートが捲れちゃうじゃないの、はしたない」

 

 実際に踊り出しそうなローズヒップをアッサムが窘める。

 その調子は先輩というよりも落ち着きのない妹を相手にした姉のようですらある。

 そんな二人の様子にダージリンはニヤニヤかつ上品にと器用に笑い、そんなダージリンの様子にオレンジペコが今度は頭が痛そうであった。

 

「例の飛行機の準備をして下さいなローズヒップ。30分後には出発するわよ」

「了解ですわダージリンさま! リミッター外しちゃって全速力で準備いたしますですわー!」

「ちょっとローズヒップ!?」

 

 現れた時と同じ、否それ以上の俊足というか爆走ですっ飛んでいったローズヒップの背中を、アッサムが慌てて追いかける。二人の姿が余りにおかしかったのか、ダージリンは堪え切れずクスクスと笑い出した。

 ダージリンが声を出して笑うというのは珍しい。現状一日の内で共に過ごす時間が一番長いオレンジペコでも、ダージリンが声を出して笑うところは余り見た記憶が無い。そういう珍しい彼女を見ることができるのは、決まってローズヒップ絡みの時だった。

 

「全く……」

「あらアッサム、戻ってきたのね」

「速すぎて追いつけたもんじゃないわよ……」

 

 疲れた様子ながら優雅な立ち居振る舞いは崩さない。

 流石は聖グロリアーナの三年生にして、ダージリンと数少ない対等な立場のアッサムだ。

 オレンジペコの隣に座る姿も優雅で、様になっている。

 

「それで?」

「それで……何かしらアッサム」

「とぼけないでよダージリン。わざわざローズヒップまで引っ張り出して何を企んでいるの?」

 

 アッサムがジト目で訊いてくるのにも、ダージリンは涼しい顔だ。

 ただ一言、こう返すだけだった。

 

「ひとりの少女の一ファンとして行動するまでのことでしてよ」

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

「いやぁ~まいったねぇ~」

「どうすればいいんだ……」

 

 杏が相変わらずの全然深刻じゃない声色で深刻そうに言って頭を掻けば、傍らの桃はと対照的に彼女なりの『できる女』の仮面を脱ぎ捨ててお先真っ暗な様子だった。

 みほはと言えば顔にこそ出さないが内心は同じ気持だった。

 

(どうしよう……どうすれば……)

 

 考えは堂々巡りで答えが出てこない。

 古巣の黒森峰のことはなまじよく知っているが為に現実がハッキリと見えてきてしまう。

 それが辛い。頭のなかの現実のイメージが邪魔をして、良い考えが出てこないのだ。

 

「改めて見ると……ひどい……」

「ボロボロ……」

「ズタボロ」

「これじゃまるでスクラップだよぉ~」

「泣き言言わないで! みんなで一生懸命修理すれば何とかなるよ! ですよね、隊長!」

 

 あや、桂利奈、あゆみ、優季も絶望的な調子で言うのを、梓が窘めつつみほへと聞いた。

 しかし梓の問いにしても、『大丈夫だと言ってほしい』という願望が声色に滲み出ている。

 つまる所、根っこの気持ちは梓もあや達と同じということだ。

 

「……」

 

 みほは梓の問に即座に答えない。

 どう答えていいものか、みほは珍しく判断がつかない。

 かろうじて小さく、「大丈夫だよ」と返すのがやっとだった。

 

「矢尽き刀折れ」

「当方に余剰兵力なし」

「そこで潔く戦死せよ……か」

「……銀河英雄伝説?」

「いや、ワーテルローのウェリントン」

「ナポレオン戦争は守備範囲外だ」

「ナポレオン三世なら詳しいぜよ」

 

 歴女チームはと言えば相変わらずだが、しかし彼女たちにすら元気はあまり無い。

 

「……こんな時も根性だ」

「そうですねキャプテン!」

「根性ですねキャプテン!」

「根性で全機修理しましょうキャプテン!」

 

 バレー部はさすがと言うか、典子の号令一下、全員が奮い立っている様子である。

 みほにはその姿が好ましく頼もしい。しかし現実を見れば、バレー部の燃える姿すら空元気に見えてしまう。

 

「ゴモヨ、パゾ美! なにぼさっとしてるのよ! 修理に取り掛からないと次の試合に間に合わないじゃない!」

「わかってるけど、そど子」

「私達のATももう駄目かも」

「駄目じゃないわよ! 変える所を変えればちゃんと動くわよ!」

 

 空元気なのはそど子も同じで、ゴモヨ、パゾ美を叱咤激励する様子には無理が見て取れる。

 

「……うう」

「ゆかりん、元気出して!」

「そうですよ。そもそもこの子は優花里さん自らが作ったAT。もう一度、一緒に作り直せば良いじゃないですか」

「そうそう! 華の言うとおりみんなで作れば良いんだよ!」

「私も手伝うぞ。まぁできることは限られているだろうが」

 

 すっかり沈みきった優花里を、沙織、華、麻子が励ましている。

 みほは一旦、堂々巡りを思考を断ち切って優花里のもとへと歩み寄った。

 

「私も手伝うから。みんなで直そうよ」

「西住殿」

「みぽりん」

「みほさん」

「大丈夫なのか。西住さんは秋山さんのATにだけ構っている訳にはいかないだろう」

「それを言ったら麻子もじゃない」

「沙織もな」

「……よく考えたら私もですね」

「でも西住殿のATのほうが最優先じゃないと……」

 

 優花里に言われて、みほは改めて愛機、パープルベアーの様子を仰ぎ見た。

 無人機だから構うまいとばかりに、満載された爆薬に焼かれながらも何とか原型を保っているのは、流石はカーボン加工のお陰だろう。しかしもはや試合に用いることは不可能なのはひと目で明らかだった。

 焼け焦げ、ねじれ千切れた両手のないパープルベアーは完全にスクラップだった。

 もともとサビだらけの中古であったにも拘らず、ここまでよく頑張ってくれたものだが、もう戦い続けることはかなわない。

 そして、多かれ少なかれ大洗のATはみほのパープルベアーと似たような状況にあった。

 去年の優勝校プラウダ。

 その巨豪を打ち負かした代償は余りに大きい。

 武器弾薬の損耗もそうだが、それ以上に深刻なのはATの状態だ。

 激戦区に身を起き続けたあんこうチームのATはいずれも損傷が酷く、沙織や華のスコープドッグは修理すればまだ使えるだろうけれども、優花里のゴールデン・ハーフ・スペシャルに麻子のブルーティッシュ・レプリカは完全にお釈迦だ。

 ウサギさんチームのトータスは一見損傷は酷いが、まだ修理すれば使えなくもない。

 一方カメさんチームやヒバリさんチームはダメージが少なく見えて一個一個の損傷の度合いが深い。おそらくはノンナの高速徹甲弾に撃たれたがためだろう。これならばパーツをまるごと交換したほうが余程良いぐらいだ。同様の理由で、バレー部のファッティーも外見から来る印象に反してコンディションはガタガタだ。

 歴女チームは左衛門佐とおりょうのドッグタイプの損傷が甚大で、エルヴィン・カエサルはまだ大丈夫だろう。

 

「……何とか修理自体は間に合いそうだね」

「まぁもとが頑丈に出来てるからね、ストロングバッカスは」

「プラウダ戦で改善点も見えてきたし」

「今度こそドリフトドリフトォッ!」

「まぁそれも、他の仕事が済んでからなんだけどね~」

 

 自動車部のストロングバッカスは元が頑丈だけに見た目ほどダメージは大きくない。 

 だが彼女らが直さねばならないのは自機だけではないのだ。

 いかにスーパーマンもといスーパーウーマン染みた彼女たちであっても、決勝戦までの限られた期間で大洗の損傷機を全て修理するのは手も時間も足りない。

 

 ――つまりこのままでは、大洗女子学園は戦わずして黒森峰女学園に敗れるということ。

 

 「……」

 

 試合中は無我夢中だったから何とかなった。

 だが準決勝戦を乗り越え、一息ついて落ち着いたからこそ、見えてくる過酷な現実。

 勝たねば廃校。だが、このままでは戦わずして廃校。

 絶望的な状況を、冷静な心情で受け止めねばならない。

 皆の上に、黒い不安の雲が広がっている。

 空気は沈み、顔まで俯く。

 みほは飽くまで視線を落とさず、この状況の打開策を考えるが――考えがまとまらない。

 

(どうしよう……)

 

 どうしよう。

 どうする。

 どうすれば。

 考えても答えが出ないなら、後は体を動かす他ない。

 

「とにかく――」

 

 修理に取り掛かりましょう。みほがそう言おうとした時だった。

 ――不意討ちの着信音。

 

「!?」

 

 鳴っていたのは桃の携帯電話であった。

 桃は慌てて電話に出た。

 

「あ……はい、はい。その節はどうも……はい」

 

 知っている相手であったらしい。

 たださほど親しい相手でもないのか、その返事は硬く形式的だ。

 

「……え?」

 

 桃の硬い表情と声が、崩れた。

 

「いつ? ……今からぁ!? そんないきなり――え? え? え?」

「かーしまぁ~落ち着きなよ。一体何が――」

 

 急に慌てだした桃へと杏が話しかけるが、そんな杏の言葉も突如止まった。

 杏は空を見ていた。みほたちも天窓から空を見た。彼方から、鉄の塊が音の壁、空気の層を裂く唸りが聞こえた。

 

「外です!」

 

 みほが駆け出せば、みなもそれに続いた。

 格納庫の外、校庭へと一同は飛び出す。

 青い空を見れば、ジェットの轟音がいずこからか響き渡り、しかもその轟を増している。

 

「見て!」

 

 沙織が指差す方を皆は見た。

 最初は空に浮かんだ染みのように見えたそれは、瞬く間に正体を明らかにした。

 四発エンジンを搭載した航空機である。白がかった青に塗られた機体はかなり大きい。

 

「アレギウムの連絡艇です! 何でこんな所に……」

 

 優花里が言ったとおり、アレギウムで使用される連絡艇であるが、塗装が違う。

 アレギウムのものは褐色の入った赤色の塗装の筈だ。

 連絡艇はみほたちの頭上を駆け抜けるとターンし、機体を斜めに傾けてその側面を見せた。

 

「あれって……」

「聖グロリアーナ!」

 

 機体側面に描かれていたのは、聖グロリアーナ女学院の校章であった。

 機体は再度みほ達の頭上を通り抜けた後、機体後部のハッチを開いた。

 そこから、降着状態のATが次々と吐き出されていく。

 連絡艇とはワイヤーで繋がれ、同時にパラシュートを展開する。

 二段重ねで機体は急速に減速し、折りたたんでいた脚部を展開、ワイヤーをパージしつつ着地する。

 勢いに若干地面を滑るが、短めの轍を描いてターンを決めれば機体は止まった。

 降下してきたのは3機。

 いずれも同様の軌道で着陸を果たし、横一直線に素早く並ぶと、ターレットを動かして何かを探す。

 隊長機らしいAT――カメラの構造が異なる――とみほは目があった。

 ATはすぐさまみほめがけて駆け寄ってくる。

 

「!」

 

 後ずさるまもなく、AT三機は距離を詰め、みほのすぐ手前で急速停止。

 戦列にはまるで乱れが見られない。良い腕だ。

 

「バウンティドッグ!」

 

 優花里がATの機種名を叫んだ。

 バウンティドッグ。山岳地帯や高地を攻略するために造られたスコープドッグのカスタム機。

 大型ラジエーターの搭載、ダブルターンピック、大型グライディングホイールの装備といった改良点があるが、一番の特色は左手に備わったワイヤーウィンチだ。

 背部のミッションパックと一体化したそれは、先端にフックが備わり、それを射出することができる。

 両足のダブルターンピックと併用することで、余程の悪路でもない限り、ノーマルのドッグには登攀(とうはん)不能な場所も踏破することが可能だ。ATの使い勝手としては、ドッグ系よりもむしろエルドスピーネなどに近い。

 

「何? 何なの!?」

 

 突然の事態に、沙織などは戸惑いの声を上げているが、みほは冷静だった。

 冷静にバウンティドッグの動きを見て、そして予測していた。この奇妙な来訪者の正体を。

 その見事な操縦技術かつ、聖グロリアーナ所属といえば独りしか居ない。

 

(……やっぱり)

 

 みほの予測は当たった。

 ハッチを開いて優雅にバウンティドッグから跳び降りたのは、英国近衛兵めいた赤いATスーツを纏った、金髪碧眼の少女。聖グロリアーナ女学院装甲騎兵道チーム隊長、ダージリンだ。

 続けて、副官オレンジペコに、やはりダージリンの相方のアッサムがATから降りる。

 VTOL機能を用いて校庭に着陸した聖グロリアーナ連絡艇からは、見慣れぬ赤毛の少女がかけ出してくる所だった。

 ヘルメットを外しつつ、ダージリンはみほへと微笑みかけた。

 

「みほさんお久しぶりですこと。そして大洗のみなさん、ごきげんよう」

 

 そして得体の知れない笑みを添えて、こう言った。

 

「急に押しかけて御免遊ばせ。でもわたくしたち、皆様と取引をしにまいりましたの。大洗に損はさせませんことよ」

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 大洗の一同がダージリンに気を取られていたなか、ただ独り、紗希だけがそれに気がついた。

 彼女は振り返った。今しがた後にしてきた格納庫、無人のはずの格納庫から、不思議な音色が聞こえてくる。

 紗希は知らぬがそれは、カンテレという珍しい弦楽器が奏でる音色だった。

 

 

 

 






 その口から紡がれる言葉の一つ一つに、無限の謎を秘めた少女。
 香る紅茶にカンテレが唱和し、謎は謎を呼び混乱を呼ぶ
 みほは戸惑い、杏は乾いた笑いを漏らし、桃は思わず怒鳴り叫ぶ
 だが二人の風変わりな少女は、そんなことは知らぬとばかりに己が流儀を貫き続ける
 話に収集をつけられるのは、果たして誰か。

 次回「会談」。ただ、風だけが知っている





【聖グロリアーナ連絡艇】
:孤影再びでテイタニアが搭乗していたアレギウムの連絡船と同じ機種
:四発エンジンのジェット機風だが、実は星間飛行もできる超高性能機
:大型の機体で、内部には数機のATを格納可能




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第53話 『会談』

 

「……」

 

 紗希は一人、振り返った。

 鼓膜打つ微かな調べは、優しく、そして妖しい。

 皆は空から降りてきた紅茶香る聖グロリアーナの一同に釘付けで、気づいた様子はない。

 ただ独り、自分だけが気づいているらしい。

 

「……」

 

 丸山紗希は個性的な少女である。

 単に無口で茫洋としているというだけでなく、感性の面でも人とは違うものを持っている。

 故に、時に人には見えていないもの、聞こえていないものに気づくことがある。

 その事が周りを助ける場合もあれば、逆に振り回す場合もある。だが温和な性格も相まって、彼女のそういう部分は人に好かれてはいた。

 そして今回も、紗希のみが格納庫からの奇妙な演奏に気づいたのだ。

 

「……」

 

 彼女は周りに告げること無く、とてとてと格納庫の中へと歩いていった。

 やはり耳のせいなどではなく、格納庫に近づくに連れて奇妙な音色はその大きさを増していく。

 紗希にもそれが弦楽器によるものであるということは解った。

 だがそこからが問題だ。何の楽器かが解らない。初めて聞く音色だった。

 

「……」

 

 紗希は音の源を求めて辺りを見渡した。

 しかい目に映るのは半壊した大洗のAT達ばかりで、人影はどこにも――。

 

「……」

『……』

 

 いや、いた。

 半壊した、みほのパープルベアーの、その頭の上に見慣れぬ少女が座っている。

 水色と白色の布を交互に縫い合わせて仕立てたチューリップハット風の帽子。

 やはり水色の布地に白線が染め抜かれた上着。

 それらを纏うのは灰色がかった黒髪に、大人びた見目麗しい少女である。

 自分達よりも年上と見えるが、今ひとつ外見だけでは年齢が判然としない。

 ずっと年上のようでもあり、然程変わらないようにも見える。

 膝の上に載せた奇妙な弦楽器を静かに爪弾き続けている。

 

「……」

『……』

 

 紗希はじっと、と言っても相変わらずのちょっと焦点のぼやけた不思議な目線で謎の少女を見つめた。

 謎の少女はと、眼を閉じたまま、一言も発することもなく、弦楽器を奏で続けている。

 

「……」

『……』

 

 両者ともに、言葉はない。

 ただ優しげな調べだけが二人の間を流れる。

 ですわーですわーと格納庫の外からは赤毛の少女の元気で威勢の良い声が響いて来るが、二人の耳には届いていないらしい。ただ黙々と、見つめ、奏でる。

 ――演奏が終わる。

 

「……」

 

 紗希はぱちぱちと小さく拍手した。

 謎の少女は初めて目を見開き、紗希のほうへと視線を向けて、ニコリと微笑んだ。

 

「……たっ!」

 

 少女は弦楽器――カンテレという――を小脇に抱えると、片手と両足のみで器用にATの頭から滑り降りた。

 ストンと軽やかに紗希の前へと降り立つと、紗希とはまた違った意味で不思議な、悪く言い換えるなら得体のしれない眼で見つめてきた。

 不意に紗希の右手首を優しく掴むと、自分の方へと引き寄せてジッと見た。

 

「……いい手だね」

「筋良さそうじゃん」

 

 紗希は彼女にしては珍しく驚いて眼を見開いた。

 どこから現れたのやら、紗希の両隣に新たな見知らぬ少女が一度に二人も出現している。

 どちらも紗希と変わらぬ小柄な体躯をしていて、どちらも髪を左右二つに結っている。

 その違いは容姿と服装。一方は色素の薄いプラチナ然とした銀髪で、一方は赤みがかって鮮やかな栗毛だ。

 一方は弦楽器の少女と同じ格好をしているが、もう一方は似たような配色のジャージ姿である。

 ジャージの胸元には白で『継』と染め抜かれている。

 紗希はそのロゴに見覚えがあったが、しかし何のロゴかまでは思い出せなかった。

 

「ねぇねぇ」

「よかったらさぁ」

 

 2人は揃いの怪しげな笑顔で紗希の顔を覗き込みながら言った。

 

「私達と組んでひとつ稼いでみない?」

「こう見えても結構評判なんだよ。マッチメーカーとしての腕に関しちゃさ」

 

 そして2人は揃って紗希を握り、交互にカン・ユー……ならぬ勧誘をしてきた。

 

「聞いたことあるよね、バトリング!」

「ボトムズ乗りならもってこい! お金は入るし、美味しいものも食べられるしで言うことなし!」

「装甲騎兵道から見ればちょっとしたバイトみたいなもんだよね! 気楽だよ!」

「上手くやれば明日から人気者!」

「島田流が新しくバトリングの団体を立ち上げるって話でさ! 筋の良さそうなボトムズ乗りを探してるんだよ!」

「見た感じ、将来有望間違いなし!」

「ほら、ここに契約書もあるからさぁ!」

「サインしちゃいなって!」

 

 キラキラした眼をしながら弾む声と共に、どこからとりだしたのやら、突き出された契約書を紗希は思わず手にとってしまった。気づいた時には、一方の手にはペンが握らされている。

 二人の勢いに完全に呑まれている紗希を見て、手近な木箱の上に腰掛けたチューリップハットの少女は、カンテレを改めて爪弾き、言った。

 

「アキ、ミッコ、刹那主義には賛同できないな」

 

 片目を瞑り、紗希のほうを見る。

 

「契約書はサインする前にちゃんと読んでおいたほうが良い。さもないと、お尻の毛まで毟られてしまうよ」

 

 紗希が契約書とやらの中身を具に読もうと思えば、アハハと笑って誤魔化しながら栗毛の少女、ミッコが横からかっさらっていって、ビリビリと破いてしまった。

 銀髪の少女、アキはと言うとカンテレの少女、ミカのほうをジト目で見て言外に言った。

 ――もうミカ、いいとこだったのに!

 可愛い見た目に反して存外、商売っ気の強い気質らしい。

 だが当のミカはと微笑みながらカンテレを奏でるのみだった。

 

「……いやぁ。ウチの生徒を勝手に勧誘されても困るんだよねぇ~」

 

 ようやく格納庫の闖入者に気づいたか、角谷杏その人が入り口に立っていた。

 その傍らではみほが眼を丸くしている。

 

「貴女がたは……継続高校の……」

 

 継続高校装甲騎兵道チーム隊長、ミカは軽くみほへと会釈した。

 

「やぁ。こうして会うのは久しぶりかな」

 

 ポロロンとカンテラを鳴らせば、ニコリと不可思議な笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第53話『会談』

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって生徒会室。

 机を挟んで向かうあう、大洗隊長勢と来訪者七名。

 ダージリン、オレンジペコ、アッサム、ローズヒップの聖グロリアーナの四人組に、ミカ、アキ、ミッコの継続高校三人娘の合計七名。相対するのは桃、みほ、カエサル、典子、梓、そど子、ナカジマの隊長(含む代理)の合計七名。向かい合った二列のちょうど真ん中上座の位置を、しれっと杏が占めて傍らには柚子が控えている。分隊長以外の大洗装甲騎兵道チーム一同も遠巻きに会談の様子を窺っていた。

 

「粗茶ですが」

「あら、ありがとう」

 

 華道の家元の娘である華だが、茶道に関しても心得がある。

 華が淹れた茶を、沙織と二人して客人へと振る舞った。

 みほ達の分は優花里と麻子がテキパキと並べる。

 

「結構なお点前で」

「まぁ。そうほめて頂けるとは、光栄ですわ」

 

 ダージリンが華へと賞賛の微笑みを送るのに対し、華は上品な謙遜の微笑みを返した。

 そんな二人のすぐ隣では、湯のみの中身を一気飲みしたローズヒップをアッサムが顔を真赤にしながら窘めているのはご愛嬌だ。

 

「……それで。いかなる要件にて本校を訪れたか。その訳を話してもらおうか」

 

 暫し(一部を除いて)静かに五十鈴印の美味しいお茶を楽しんでいた一同であったが、話を進めるべくまず桃が口を開いた。例の割りと簡単に取れる才女の仮面を被って、努めて威厳を出しながらダージリン、そしてミカへと問う。

 対する二人はと言えば、方向性は違えど平凡には程遠いボトムズ乙女達だ。

 桃が厳しい目つきを添えた精一杯の低音で訊けども、揃って平気な様子だった。

 

「最初に申し上げました通り、皆様と取引をしにまいりましたの」

「取引……と言うと?」

 

 桃に再度問われると、ダージリンは少し間を空けてから言った。

 

「わたくしたちが持参した三機のバウンティドッグ……」

 

 言いつつ、みほの方を見た。

 みほにはダージリンが何を考えているのかが解らない。

 人よりも優れた洞察力を持つみほだが、そんなみほから見てもダージリンは中々に謎めいている。

 

「これら全て、大洗にお譲りいたしますわ」

「……見返りは?」

「見返り?」

 

 桃が当然の問いを返し、ダージリンが小首を傾げる

 

「そうだ見返りだ! 自慢じゃないが今の大洗に返せるものはそんなにない!」

「そんなにっていうか全く無い?」

「お金もモノもありませんから……」

 

 しらばっくれるなと桃ががなりたて、杏と柚子が相槌打った。

 ATの譲渡に見合う程の見返りが用意できるのであれば、そもそもこういう現状にはなっていない。

 今の大洗はガス欠寸前であり、かろうじて次の一戦分の武器弾薬の用意するのが限度で、あとはまだ稼働可能なATへの応急修理が関の山。立派なカスタムATに見合うバーターなどあるわけもない。

 

「別にそんなモノは求めてはおりませんの。大洗の現状がいかなるものか、わたくしたちも充分に存じ上げてるおつもりですことよ」

「……ならばタダで譲るとでもいうのか!」

 

 そんな訳はあるまい、と語気をさらに強くして桃は訊くが、ダージリンから帰ってきた答えはと言えば――。

 

「その通りですわ」

 

 と、この通りである。

 はぐらかされているとでも思ったのか、桃の顔がどんどん険しくなるのに、はたと気づいたらしいみほが二人の会話に割って入る。

 

「……もしかして、廃棄予定のATの」

「流石はみほさん。ご明察ですわ」

 

 みほの答えに、ダージリンは実に嬉しそうだった。

 

「廃棄予定の」

「AT……ですか?」

「あんなに綺麗なATなのに?」

 

 会話に入り込むタイミングもなく、黙って他の大洗分隊長一同も、飛び出してきた予期せぬ単語に思わず疑問を口にした。それに答えるように、カンテレの弦が鳴り響く。

 

「それに関しては私から説明させてもらうね」

 

 だが実際に答えを述べる役はアキであるらしい。

 

「ATは扱いとしては軽車両だから、普通の一般ごみみたいにポイポイ捨てるわけにはいかない。廃棄処分の代金を役所に支払わないといけないようになってるんだけど、これが結構馬鹿にならなくて。だから、不法投棄のATが後を絶たないんだよね」

 

 みほの脳裏に浮かぶのは、大洗学園艦船倉最深部のAT墓場のことだった。

 あそこもまた、処分に困ったジャンクATの不法投棄場所だったのだろう。

 あれだけのジャンクを処分するとなると、費用は馬鹿にならない。

 

「つまり機種転換なんかをやって、大量にいらないATが出てきちゃったら処分にも困っちゃうのよ」

「そこで私らの出番ってわけ!」

 

 アキの説明を、ミッコが引き継ぐ。

 

「余裕のある学校のATを、余裕のない学校へと回す……その仲介役が私らのお仕事」

「……要するにリサイクル業者ということか」

「風は行先を塞がれれば淀んでしまう……その抜け道を用意してあげるだけさ」

 

 桃が言うのに対し、ミカが解ったような解らないような台詞を口ずさみ、カンテレを鳴らす。

 継続高校も大洗に負けず劣らずの貧乏所帯とは聞くが、そんな継続がそこそこの数のATを揃えられるのも、こうしてこまめに小銭を稼いでいるからなのだろう。

 緑茶を飲み終えたダージリンが、ミカに続けて言った。

 

「ミカさんに相談した所、そうするのが良いのでは、とのことでしたのでわたくし達も継続高校を真似ることにしましたの。聖グロリアーナとしては、エルドスピーネが主力となった現在、使い道のないバウンティドッグを引き取って下さるなら言うことなしでしてよ。ましてや相手が、それを熱烈に欲しているとあればなおさらですわ」

 

 ダージリンのいうことは、要するに古ATの処分代の節約をしたいということだけなのだが、しかし大洗にとっては渡船には違いない。プラウダ戦のダメージによる深刻なAT不足。それをタダで解消できるならば最高だ。

 

「まぁ、全くのタダというのも芸がないことですから。少しばかり、ささやかなお返しを頂けるとなおよろしいのですけれど」

「……やはりそうか。何が望みだ! もったいぶらずに言ったらどうだ!」

 

 桃が吼えるのにも、ダージリンは動じない。

 余裕の表情のまま、ただこう言った。

 

「わたくしが求めるのは大洗の勝利ですわ」

「……勝利?」

「ええ。大洗の優勝、黒森峰を打ち破ること。それが望みですことよ」

「……それだけか?」

「それだけ?」

 

 桃が呆けた顔で言うのに、ダージリンはわざとらしい驚きの顔を作って返した。

 

「随分な自信ですわね。大洗としては黒森峰に勝つことは『それだけ』のことに過ぎないといった所かしら……」

「あ、いや、そういうわけでは……」

「ならば問題はない筈でしょう。わたくし達としても元我が校のATが黒森峰を打ち破る姿が楽しみですもの」

 

 ダージリンは口元に手を添えて、上品に笑いながら嘯く。

 そんなダージリンの様子に、オレンジペコはどこか呆れた様子でため息をついた。

 ――手助けするなら手助けするで、そんなもったいぶったやりかたせずにストレートにやれば良いのに。

 こんな感じことを思っている顔だった。

 そう易易といく話ではないとはペコも承知だが、それでも思わずにはいられぬといった顔であった。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

「そじゃさ。今度は私達のほうの商談ね!」

「損はさせないよ~。なにせ扱ってるモノが良いからね。しかも値段も格安!」

「ATに困ってるっていうなら、実質ウチ以外に選択肢はないぐらい割が良いよ!」

「そこの聖グロリアーナの人たちから事情は聞いてるし、わたしらとしても大洗が黒森峰に勝つのは悪く無いから、色々とサービスも増し増しで!」

 

 聖グロリアーナの要件は終わったと見るや、今度は継続高校のほうがズズイと押し出して来た。

 アキとミッコはダージリンとは方向性の違う胡散臭さ溢れる笑顔で、交互に明るい調子でまくし立てる。

 

「ターボカスタム仕様のスコープドッグに、ちょっと傷んでるけどバーグラリードッグ!」

「ミサイルランチャー他各種武器もオマケでつけちゃうよー! あ、ただし運賃はそっち持ちね!」

「稼働確認は済んでるし、一通りの整備も済んでるからそのまま試合にも出せるレベルだよ!」

「何せ――」

 

 そしてミッコは驚きの一言を口にした。

 

「元は黒森峰のATだしね!」

「――え?」

 

 みほからは、思わず驚きの声が漏れていた。

 それに合わせたわけでもあるまいが、ミカがまたもポロロンとカンテレの弦を弾くのだった。

 

 

 




 変わる。変わる。変わる
 この世に変わらざるモノなどなく、不動なるモノなどない
 人も、組織も、いつかは変わらざるを得ない
 だが、かつての母校が、慣れ親しんだ古巣が
 見せた我知らぬ姿を目前にしたとき、みほの心に予期せぬ想いが木霊する
 それは未練か、郷愁か

 次回『分析』。そしてみほもまた、かつてのみほではない


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第54話 『分析』

 

 

 

「……盗んだんですか?」

 

 言ってから、みほはアッと口を手のひらで押さえたが、時既に遅しだ。

 覆水盆に返らず。『こぼれたミルクを嘆いてもしょうがない』とダージリンならば英国のことわざを引用だろう。

 幸いなことに、アキもミッコも「またか」といった様子でかすかに眉をひそめたのみで、然程気に障った感はない。

 ミカはと言えば、曖昧な表情のままカンテレをポロンポロン弾いているばかりで、何を考えているのかがまるで解らない。取り敢えず、怒ってはいないらしい。

 みほは内心でホッと胸を撫で下ろした。せっかく掴んだ伝手をもし自分がダメにしたとなったら色々とお先真っ暗だ。

 ――しかしみほが思わず失礼なことを言ってしまったのも無理からぬこと。

 何せ継続高校には色々と妙な噂が多い。

 曰くプラウダから定期的にATをかっぱらってくる、試合場に迂闊にモノを置いておくと持って行かれてしまう、などなど……。ちなみにプラウダ云々に関しては双方合意の上での一種の賭け試合、『鹵獲 ルール』に基いての正式な取引であるために問題はない。ただし問題の試合でプラウダ側が継続高校が不正をしたと主張しているので実際問題にはなっていたりもするが、まぁそれは些事(さじ)だろう。

 

「酷いなぁ! 流石に人のものを盗ったりはしないよ、ねぇアキ!」

「うんうん! 『落ちてるモノ』を拾ってくることはあっても、盗んだりなんてしないよ!」

 

 ……落ちているものを無断で拾ってくることを、一般的には盗みと言うのでは?

 アキとミッコが言うのに、みほはそんなことを思ったが、今度は口に出さずにおいた。

 

「スコープドッグさんがね、囁くんだ。僕たちは戦える、僕達を使ってって、ね」

 

 だがミカがこんなことをのたまうのには、流石に突っ込まずにはいられなかった。

 

「……それを世間一般では盗むって言うんじゃあ」

「違うさ。ただ私たちは、微かな声に耳を傾け、その意に沿うように手助けしているだけさ」

 

 そのツッコミも風のように流されてしまったので、みほは重ねて問うのを止めた。

 

「ええい! どこから持ってこようが盗んでこようが構わん! 重要なのは、そっちが持ってきたのがちゃんと使えるATなのかどうかだ!」

 

 桃が進まぬ話に苛立ち、ドンと机を叩いた。

 それに対しては怒ってはダメだとばかりにミカがカンテレの優しい音色を奏でるが、それはむしろ桃に怒りに火を注ぐだけだった。

 

「……一応言っておくならば、私達が今回持ってきたのは正真正銘、法を犯すこと無く手に入れた元黒森峰のスコープドッグにバーグラリードッグだよ。何なら、当の黒森峰に問い合わせてみると良い」

 

 ミカがアキのほうをちらりと見た。

 アキはすかさず手元のかばんからホチキス留された紙束を取り出し、桃へと手渡した。

 みほも横から覗いてみたが、どうやら今回、継続高校が大洗に売り渡す予定のAT他各種装備品のリストだった。

 

「うわぁスゴっ! こんだけのATを中古で捨てちゃうとか!」

「流石は強豪校ですね。お金持ちなんでしょうか」

「すごいです。STTCタイプがこんなに……DDタイプも従来型じゃなくて後期型ですよ!」

「ATをこんだけとっかえひっかえできるとは羨ましい限りだな」

 

 気づけば沙織、華、優花里、麻子と他のあんこう分隊のメンバーも集まってきており、さらにその背後からはカエサル、典子、梓と各分隊の隊長勢に、エルヴィン、忍、遠巻きに見ていた装甲騎兵道メンバー達が押し合い圧し合いしながら覗き込んでいる。

 皆も、どんなATがやって来るのかが気になっているのだ。

 

「ええい! 後で見せるから散れ! 散れ!」

 

 桃がギャラリーを手で追い払えば、沙織などはブーと不満そうな顔ながらも退散した。

 そして桃が背後に気を取られた隙に、杏の手が横からニュッと伸びてきて、桃の手の中からリストを掻っ攫う。

 

「……ふぅん」

 

 リストに素早く眼を通した杏は、何か考えるようなしぐさをした後、ミカ達のほうをジッと見た。

 ダージリンやミカも十分に胡散臭いが、我らが会長殿も胡散臭さでは負けてはいない。

 ニヤニヤと笑う杏の姿に、不可思議な圧迫感でも覚えたか、アキとミッコはちょっとだけ表情を固くする。ミカはと言えば相変わらずの何処吹く風な様子なのは流石だ。

 

「随分と数が多いよねぇ。しかもどのATも悪いATじゃない。ウチのATと比べたら、例え中古でもこっちの方がスペックでも状態でも上だしさ。……これ、どういう経緯でソッチに来た訳?」

 

 杏が聞くのに、ミカはちらりとダージリンの方を見た。

 彼女はと言えば華が差し出したお茶のお代わりを口にしていたが、湯のみを静かに置いて言った。

 

「『古き革袋に新しき酒を入れることなかれ』」

「……はぁ?」

 

 ダージリンが言い出した突拍子もない台詞に、桃は面食らったが、しかしオレンジペコは違う。

 当意即妙。即座に、ダージリンのした引用の続きを述べた。

 

「『さすれば革袋は破れ、酒は地に流れ、共に失うこととなろう』。新約聖書、マタイによる福音書ですね」

 

 ダージリンは満足気に頷くと、杏のほうを見て曰く。

 

「その疑問につきましては、こちらの映像をご覧になればたちまち氷解することでしょう」

 

 ダージリンが取り出したので、一枚のデータディスクであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第54話『分析』

 

 

 

 

 

 

 

 

 灼熱の太陽に、荒野は灼け、陽炎があちこちに立ち上っている。

 くすぶる大地に風は淀んで、辺りの空気はまるで火に焼べた鉄釜の底のようになっていた。

 見渡すかぎりの砂、礫、土、時折の岩、そして擱座した陸上戦艦の残骸。

 ――ここは試合場。第63回装甲騎兵道全国高校生大会が準決勝戦、聖グロリアーナ女学院VS黒森峰女学園の試合場にほかならない。

 相対するのは、砂色と黒色の二色に塗り分けられた二大陣営。

 双方ともにエントリー限界数の七十五機での参戦である。決して狭くはない筈の試合場も、総勢一五〇機のATを擁すればたちまち砲火と硝煙に破裂寸前の大動脈瘤と化す。

 

『敵、三個分隊接近! 一〇時の方向!』

「迎撃しなさい!」

 

 アッサムの号令一下、砂蜘蛛の群れたちは地を這うように体勢を低くしながら戦列を組み、弾幕を張る。

 砂色に塗られたエルドスピーネは一度周囲の景色に溶け込めば、発見は容易ではない。

 迫り来る黒い戦列に、岩を盾にし、砂を壁とし、巧みに隠れながらの銃撃を浴びせる。

 ――だが止まらない!

 

(……このままでは五分以内に防御線が突破される可能性が七五%!)

 

 データ装甲騎兵道に定評のあるアッサムの愛機には、わざわざ持ち込んだ外付けのコンピューターが備わっており、装甲騎兵道の試合に関する様々なデーターや、各種演算プログラムが入っている。プログラムがはじき出した冷徹なる数字は、現状、聖グロリアーナが圧されているという現実をまざまざと突きつける。

 もしもこの試合場を空から見たならば、褐色の塊へと四方より攻め寄せる、黒く彩られた鉄の背中の群れが見えただろう。

 どこまでも続く黒い背中。吐き出される砲弾は横殴りの驟雨(しゅうう)のごとく。それらは容赦なく降り注ぎ、装甲までも溶かさんとする。

 主力兵装のGAT-45RSC『ブラッディライフル』はヘビーマシンガンの強力なニューモデルであり、その銃撃は強烈で盾にしている岩をも容赦なく削り砕いていく。

 そこにすかさずミサイルの砲撃。左肩に負った12連装のミサイルランチャーだ。

 圧倒的火力。圧倒的機動性。

 聖グロリアーナ主力のエルドスピーネもかなりの高性能ATの筈だが、圧倒的な黒い攻勢にはその事実すら忘れてしまいそうだった。

 ――X・ATH-P-ST ブラッドサッカー。

 かつてあのレッドショルダー部隊が最後の乗機として使ったと言われる高性能H級ATだ。

 原型機との違いは肩が赤く塗装されておらず、全身が黒く塗られているという点と、ミッションパックが換装されてミサイルランチャーが装備されているという二点のみ。

 かつてのレッドショルダー部隊よろしく、怒涛の攻勢をしかけてきている。

 

 去年まではスコープドッグのカスタム機がチームの九割を占めていた黒森峰であったが、去年のプラウダ戦敗北の衝撃が余程大きかった為か、驚くほど大胆な機種転換を行っていたのだ。

 

 ――ブラッドサッカーの主力機導入である。

 

 今や黒森峰のATは一部を除いて全てブラッドサッカーへと置き換えられている。

 高性能のH級ATとなればコストも馬鹿にならない筈だが、しかしそこは天下の黒森峰。

 

(侵攻速度は想定の115%。流石は西住流……)

 

 聖グロリアーナが得意とするのは強襲浸透戦術。

 つまる所が行進間射撃しつつの積極攻勢戦法だ。

 試合場中央の陸上戦艦残骸をいち早く確保し、ここを拠点に迫る黒森峰部隊に先制攻撃をしかけ、黒森峰の攻勢を留めている間に別働隊が斜め後方より奇襲をしかけるというのがダージリンが当初立てた作戦だった。

 アッサムが集めた膨大な黒森峰の試合データによれば、いかに速攻がお家芸の黒森峰であったとしても、不整地での機動戦に関しては聖グロリアーナに分があるとの分析結果が出た。それを踏まえての作戦ではあったのだが、恐るべきは西住流の進撃速度だ。

 

(まさかドッグキャリアーを準決勝から出し惜しみ無しで使ってくるなんて!)

 

 ドッグキャリアーとはAT用のジェットソリとでも言うべき装備で、降着モードのATを一機、ないし二機を載せることができる。二機のジェットエンジンが付いており、その力で急速前進する。値段は安くはないにも関わらず基本的には使い捨ての装備なので、装甲騎兵道では大会の決勝戦など限られた状況でしかまず使われない装備だった。だが黒森峰は準決勝からそれを使った。それを使って得たスピードで先鋒をこちらに先駆けて送り込み、橋頭堡を築くのに成功したのだ。

 

(さらにこの砲撃!)

 

 その進撃を後押しするのが後方からの援護砲撃だ。

 おそらくはバーグラリードッグ部隊による砲撃だろう。総数こそ減らされこそすれ、数少ない去年からの残存ATであり、ブラッドサッカー隊の攻勢を見事に支えている。

 

「このままではジリ貧ね……」

『その通りだと思うわ、アッサム』

「ダージリン」

 

 アッサムのひとりごとに答えたのは、別の戦線で陣頭指揮をとっているダージリンであった。

 無線越しに砲撃音や銃声が響いてまことに喧しい。

 

『だからここらで反転攻勢に出ようかと思うの』

「この砲撃の中で、ですか?」

『ええ』

 

 ダージリンの側でも攻め立てられているのは変わらないはずであるのに、しかしダージリンの声には余裕があった。

 

『わが人生の成功のことごとくは、いかなる場合にもかならず15分前に到着したおかげである』

『ネルソン提督ですね。でもダージリンさま。現在進行形で敵に先手をとられてる真っ最中のような気がするのですが』

 

 格言をいつも通りに引用するダージリンに対し、いつもの様に合いの手入れるオレンジペコの声にもまた余裕が感じられた。アッサムは怪訝になった。あらゆるデーターは聖グロリアーナの劣勢を示しているにも関わらず、指揮官はそうはみていないのだ。単なる脳天気や楽天主義ではない。ダージリンは変わり者だが、こと戦術戦略に関しては怜悧(れいり)冷徹な灰色の脳みその持ち主であることは、これまでの実績が証明している。

 

『そうねペコ。だから今度はこっちが相手の先手を取る番よ』

 

 彼女がそう言ったのがトリッガーになったように、不意に、遠距離からの砲撃が止んだ。

 

『ローズヒップ、よくやったわね』

 

 言ったダージリンへの返事は即座であった。

 

『お 褒 め に あ ず か り 光 栄 で す わ ー ! ダ ー ジ リ ン さ ま ー !』

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 黒森峰の使用するバーグラリードッグは特注製であった。

 不整地踏破装備であるトランプルリガーの形状も、普及型のそれとは見た目も構造も違う。

 ミッションパック等も同様で、より値段は張るが、より高性能なものを使用していた。

 そして中でも一際目を引く仕様が、頭部アンテナの独特の構造だろう。

 通常のドッグタイプのアンテナは二本の細いワイヤーアンテナが真っ直ぐに伸びているが、黒森峰の使うバーグラリードッグの頭部アンテナは折りたたみ式のブレードタイプであった。横から見ると『稲妻』を思わせるユニークな形状で、これは黒森峰女学園バーグラリードッグ部隊のシンボルともなっており、この装備のATを任されることを部隊員は誇りにしていた。

 ――だが。

 

「チョイヤァァァァですわぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 誇り高きシンボルマークを掲げた頭部を、鋼鉄の爪ががっしりと掴み、ギチギチと締め上げる。

 エクルビスを連想させる三本爪のアイアンクローは特大で、ドッグタイプのAT用オプションとしては破格の大きさだ。

 

「ごめん――」

 

 必死に逃れんと藻掻くバーグラリードッグを左手のアイアンクローでがっちりとホールドしつつ、胸元目掛け空いた右手を思い切り叩きつける。右手には小型のパイルバンカーが取り付けてあるが、それを使うまでもないとまるでナイフのように尖った鉄杭でそのまま殴り抜いた。

 

「――あそばせ!」

 

 その一発で十分。一発でバーグラリードッグからは白旗が上がった。

 

「次は――っと!」

 

 頭部を回し、ターレットレンズを回せば、敵部隊唯一の残存機が一目散に逃げ出す所であった。

 僚機がその背に狙いをつけるが、ローズヒップは鋼の手で制す。

 

「逃しは――いたしませんことよぉっ!」

 

 右手のパイルバンカーを逃げるバーグラリードッグへ擬《ぎ》し、トリッガーを弾く。

 ワイヤーウィンチへと接続された鉄杭は火薬の力で撃ち出され、逃げるバーグラリーの背部ミッションパックへと突き刺さった。機体本体はカーボンで厳重にコーティングされているが、装備品はそうではない。撃ちだされたワイヤー・パイルバンカー内臓の『かえし』が起動、ガッチリと逃亡ATを捕え離さない。

 ワイヤーを巻き上げれば、足掻くバーグラリーが釣り上げられる魚のように引っ張られ、十分引き寄せた所でローズヒップのアイアンクローが炸裂、撃破判定を引き出した。

 

「一丁上がり! ですわ!」

 

 ローズヒップはATでガッツポーズをした。

 彼女の赤毛によく似合う、赤く染められたそのATは極めて特異な見目形をしている。

 ドッグタイプがベースであることは解るが、全身隈なくカスタマイズが施され、スコープドッグなどとは殆ど別機種と化している。四連ターレットにアイアンクロー、ワイヤーウィンチ付きパイルバンカーに強化通信アンテナと、装備もかなり特殊なモノを搭載していた。

 実の所、これらは全て乗り手であるローズヒップのためにと用意されたモノなのだ。

 ――ATM-09-STC ローズヒップスペシャル。

 アッサムが設計、ダージリンが監修、そしてローズヒップ自らが整備科の生徒たちと共同で組み上げた特注ATだ。原型はデボラ・グレンというボトムズ乗りが使っていたという専用のカスタム機だが、ローズヒップスペシャルはデボラ機を原型としつつも主に内部にアレンジを加えているので見た目以外は実質別機体と言っていい。

 スピード狂の彼女の眼鏡にかなうよう、ローラーダッシュ機構にはコアレスモーターが追加され、その加速は彼女以外には乗りこなせぬじゃじゃ馬となっている。

 

「バニラ、クランベリー、行きますわよ! 次の狙いは敵フラッグ機ですわ!」

 

 僚機に呼びかけた時にはもう既に彼女は走り出していた。

 僚機のピンクに塗られたエルドスピーネは脚部を強化した特別機なのだが、それでもローズヒップの俊足には付いて行くのがやっとの様子だった。

 ローズヒップ率いる分隊こそが、当初の作戦では黒森峰の背後よりの奇襲の先鋒を担当していた部隊であったのだ。他方面からはルクリリやニルギリ率いる分隊が突入の為に行動している。

 作戦は一部変更にはなったが、しかしローズヒップ達のやるべきことは変わってはいない。

 立ち塞がる敵を蹴散らし、王手をかける。駿足の切り込み隊長、ローズヒップには自他共認める似合いの仕事であった。

 

『ローズヒップさま、前方にてきえ――きゃぁ!?』

「バニラ!?」

『うわぁっ!?』

「クランベリー!」

 

 しかしそう易易と背後をとらせる黒森峰であれば、優勝九連覇の偉業など果たせる訳もない。

 一直線に猛進するローズヒップ達の前に、立ち塞がる黒い影四機。

 

「でましたわね!」

 

 自分を狙ったミサイルの一撃を躱しながら、ローズヒップが獰猛な笑みを作った。

 僚機を瞬殺した相手は、黒森峰が背後の守りを任せるのも当然な精鋭部隊であったからだ。

 入念にカスタマイズされたスタンディングトータス三機を率いるのは、ブラッドサッカーに似たシルエットを持ちながらも、明らかに一回り大きい体躯を持った特機であった。

 ――黒く塗られたストライクドッグ。

 黒森峰の影のエース、逸見エリカの愛機に他ならない。

 

「ストライクドッグ、いざ尋常に勝負ですわ!」

 

 立ちふさがった黒い巨躯に、ローズヒップはそう啖呵を切った。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

「ぎ ゃ ぁ 負 け ま し た わ ー ! ぐ や ぢ い で づ わ ー !」

 

 自らが撃破されるシーンを改めて見たためにローズヒップは涙目で絶叫した。

 ハンカチを噛む彼女を、アッサムがどうどうと真っ赤になりながら宥めている。

 プロジェクターを使ってスクリーンに上映されているのは、さきの準決勝の試合のダイジェストであった。

 結局、奮戦むなしく聖グロリアーナは黒森峰に敗北するのであるが、こうして見ると聖グロリアーナの奮戦っぷりと黒森峰の怒涛の攻勢が実に目覚ましい。

 特に黒森峰の攻勢の凄まじさは、単に選手達が頑張っているというだけでなく、使用するATの質や装備の良さ、つまり掛かっている資金量の凄まじさでもある。それだけ黒森峰女学園という学校組織が、さらにはそれを後援する卒業生達のバックアップが厚いということだ。

 今年の大会にかける、黒森峰の気合の凄まじさが試合の様子からは伝わってくる。

 それを浴びせられた大洗一同は皆、沈んだ顔色になっていた。

 ――こんな連中を、これから相手するのだ。

 

「ねぇ、みほさんはどう思うかしら?」

 

 出し抜けにダージリンが問うのに、みほは彼女の方を見た。

 まるでチェシャ猫のようなイタズラっぽい微笑みを浮かべた彼女は、言外にこう問ういていた。

 

 ――あなたにはわかるかしら? 圧倒的な強さの陰に隠れた真実を。

 

 問われた以上、答えなければなるまい。

 みほは慎重に言葉を選びながら言った。

 

「……誤解を恐れず敢えて言うならば――黒森峰は去年より弱くなっています」

 





 この胸にくすぶるのは、愛か憎悪か
 目を瞑れば見える、懐かしきその姿
 友か、宿敵か、あるいは仲間か
 己の心に問いかけても、答えが出てくることはない
 ならば問う他はない。戦場で対峙することで

 次回『追想』。己が拳に、答えを託す







【ブラッドサッカー】
:メルキアの自機主力機と目されながらも、それを逃した悲劇の傑作AT
:そしてレッドショルダー部隊の最後の乗機
:だがその実態はボトムズ史上最も格好いい雑魚キャラ
:ザ・ラスト・レッドショルダーではイプシロン搭乗機以外良いとこなし
:デザインは最高に格好いいので人気は高い。てか好きですこのAT
:『戦場の哲学者』にも再登場。でもやっぱり扱いは……

【黒森峰仕様バーグラリードッグ】
:稲妻型のブレードアンテナが目印の黒いバーグラリードッグ
:元ネタは『孤影再び』の黒い稲妻旅団仕様のバーグラリードッグ
:折りたたみ式のブレードアンテナが展開するギミックが格好いい

【ローズヒップスペシャル】
:スコープドッグベースのカスタム機
:武装はアイアンクロー、ワイヤーウィンチ付きパイルバンカー、隠し武器のミサイルランチャー他多数
:あらゆる面でハイスペックさを発揮するまさにスペシャル機
:元ネタはパチスロボトムズの『デボラ・グレン専用機(デボラスペシャル)』
:デボラ・グレンはマーティアルのボトムズ乗りで、キリコを狙うネクスタント(テイタニアのプロトタイプ?)






あけましておめでとうございます


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第55話 『追想』

 

 思い返せば、つくづく妙なやつだった。

 撃てば必中、守りは固く、進む姿は乱れ無し――というのが西住流の在り方ならば、アイツの普段の姿はそこから最も程遠い所にある。いつもアワアワしているし、ドン臭いし、自信なさげで、確かに優しいし気立ては良いやつなのだが、とてもじゃないが装甲騎兵道という過酷な競技に身をおく人間とは見えない。

 例のバコだかベコだかいう妙ちきりんな熊のヌイグルミに子どもみたいにはしゃぐ姿にはしょっちゅう呆れさせられたし、西住流らしからぬ気弱で自分ではなく周りを立てようとする性格には何度もやきもきさせられ、見てるコッチが歯がゆい気持ちにもなった。その気持を抑えることもなく、嫌味だの皮肉だのも言ったりもした。

 それがどうだ。いざ試合となれば鋼の心で鉄騎兵を操り、巧みな采配で味方を動かす。

 我が敬愛する西住まほ隊長の影に隠れて目立たないが、アイツはアイツで十分に凄い。

 その点は、自分も、この逸見エリカも悔しいながら認めている。

 こと試合となれば何だかんだでアイツの判断を信頼していたのも自分だ。

 そんなアイツは自分にとってどういう存在だったのだろうか。

 

「――シュッ! シュッ!」

 

 目前にしたサンドバッグを殴りながら、エリカは考える。考えてしまう。

 練習を終えての気分転換にと、鋼の鎧を脱いで生身で体を動かすのがエリカの習慣だ。

 特にボクササイズがエリカのお気に入りで、ストレス解消なども兼ねてこうして砂袋を殴っている。

 一心不乱に体を動かすことで雑念を払う訳だがしかし、いつもと違って今のエリカの脳裏は雑念でいっぱいだった。

 いや、大洗と決勝戦で当たると解って以来、気づけばアイツのことを思い浮かべてしまうのだ。

 アイツ、西住みほのことを考えてしまうのだ。

 

「シュッ! シュッ!」

 

 憎いのかと言えば別にそういう訳ではない。

 嫌いかと言えばこれも違う。苛立つことはあっても、嫌ったことはなかったと思う。

 羨む所は間違いなくあった。ATの操縦技量に関してはともかく、隊長の指示をテキパキと的確に実行に移すあの頭の回転の速さは、正直言って羨ましかった。ミッションディスクの組み方でもみほは黒森峰随一の腕前だった。遺憾ながら自分もアイツの助けを借りたことがある。

 

「ハァッ!」

 

 学校の外でも共に(くつわ)を並べたこともあった。

 不良バトリング選手と揉めた時は、みほと組んで2対40とかいう滅茶苦茶なマッチを受けたこともあった。

 ガンガン攻める自分を、みほはうまい具合にサポートしてくれた。

 みほがサポートしてくれると思えばこそ、自分は前に出ることができた。

 

「……ハァ、ハァ、ハァ」

 

 思い切り砂袋を殴り切った所で、息の方も切れた。

 グローブ越しにサンドバッグに手をつき、呼吸を整える。ついでに思考も整える。

 ――ひょっとするとアイツ、西住みほとは、世間一般で言うところの友だち同士というやつだったのかもしれない。

 

「……ッッッ! おりゃあ!」

 

 エリカは改めてサンドバッグを思い切り殴った。

 感情に任せて、殴り抜いた。

 友達だと思えばこそ、なおのことアイツのことに腹が立つ!

 

(……アイツは逃げた! それは事実!)

 

 エリカは去年の決勝戦でみほが濁流に転落した小梅を助けたことを咎めたことはない。

 思うところはなくもないがしかし、結局のところああするしかなかったのだと納得もしている。

 問題は、その後。

 アイツが、黒森峰を、西住流を、そして自分たちをほったらかして逃げ出したこと。

 そして逃げ出しておきながら別の場所で、西住流に非ざる邪道を邁進しているということ。

 エリカは、怒っていた。憎むでもなく、蔑むでもなく、ただただ苛立ち、怒っていた。

 

(……見てなさい)

 

 必ずや、西住みほに正しき装甲騎兵道を突きつけて、コテンパンにやっつけてやる。

 そして、自分が間違っていたということを思い知らせてやる。

 

(それに……優花里との約束もあるわね)

 

 プラウダ潜入時に偶然知り合った、みほに憧れているらしい変わり者、秋山優花里。 

 優花里にも、王者の戦い方を見せてやると啖呵切ったのだ。

 言った手前、なんとしてもみほには自らが引導を渡してやらねば――。

 

「エリカ――取り込み中、すまないな」

「た、隊長!?」

 

 放課後、それも厳しい練習後にも拘らず、黒森峰の制服を一部の隙もなく着こなしたまほが、出し抜けに部屋に入ってきた。独り決意に熱くなり、頬を紅潮させ拳をぐっと握りしめるエリカの顔は一転、気恥ずかしさに赤くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 第55話『追想』

 

 

 

 

 

 

 

 

「……誤解を恐れず敢えて言うならば――黒森峰は去年より弱くなっています」

 

 そう、みほが言うのにダージリンはニッコリと笑い、ミカもまたカンテレへと落としてた視線を上げて、みほの方を興味深いといった様子で見た。

 杏は彼女には珍しくちょっと驚いた様子で、桃はと言えば呆気にとられている。沙織達も揃って「えっ!?」と唖然顔になっている。

 

「そうみほさんが分析した理由、聞かせて頂きたいものですわね」

「はい……いくつかありますが……」

 

 みほは考えをまとめるためにちょっと間を置いてから答え始めた。

 

「まず気になったのは、黒森峰の部隊展開が遅いことです」

 

 この答えには突拍子もない展開には慣れているはずの大洗一同すらも困惑顔になる。そんな皆の様子に、今度は逆にみほのほうが慌てた様子になった。

 

「ちょっと待ってみぽりん。まずそこがおかしい」

「え、あ、うん?」

 

 みほが困っているのを見かねた沙織が、横から合いの手代わりのツッコミを入れる。しかしみほはなおも戸惑った様子で首をかしげた。

 

「沙織さん。私、そんな変なこと言ったかな?」

「変なことっていうか……どうみても黒森峰の動きは遅くないっていうか……」

 

 沙織が皆の困惑を代弁して言うのに、桃はウンウンと腕組みしながら頷き、カエサルら大洗の他の分隊長もそれにならった。確かに先の試合映像を見て、普通はみほのような指摘は出ては来ないだろう。それも承知のダージリンは、ニコニコと相変わらずの不穏な笑顔と共にみほに助け舟を出した。

 

「それは黒森峰がドッグキャリアーを用いているからですわ」

「ドッグキャリアーって、あのソリみたいな?」

「ええ。ドッグキャリアーを用いた速攻に、皆惑わされてしまう……。でも、真実はその後ろ側にあるの」

 

 ダージリンが視線で続きを促すのに、みほは軽くありがとうと視線で返しながら説明を再開した。

 

「ドッグキャリアーで速攻をかけて、まず先手をとるのがお姉ちゃ――西住まほ隊長の作戦なんだけど……沙織さん。ここ少し巻き戻してもらって良い?」

「うん」

 

 沙織がリモコンで聖グロリアーナ対黒森峰の試合を前半戦まで巻き戻す。みほの指示に従い、黒森峰がドッグキャリアーで突っ込んできた辺りから再生しなおした。

 

「ドッグキャリアー隊の役割は、後続部隊のための橋頭堡、つまり通り道を確保することなんだけど……」

「あっ! 本当だ! 確かにみぽりんの言う通り遅れてるじゃん! 凄い、みぽりん!」

 

 みほが画面を指差しながら説明するのに、沙織も合点がいったらしくポンと手のひらを拳で叩いた。一方、桃などはまだ全然何がなんだか解っていないらしく、視線で「もっと解りやすく説明しろ」とみほを急かす。

 

「先発隊が橋頭堡を確保した以上、後続部隊はそれを確固たるものとするために即座に増援をかけなければいけません。さもないと、先発隊が孤立してしまいますから。でも、この試合での黒森峰の動きは――」

「……なるほど。確かに後続の部隊がサポートに入るのが遅いと言えば遅いな」

 

 桃の目からすれば黒森峰の動きは十二分に迅速と言えたが、確かにこうして俯瞰(ふかん)してみると先発隊の孤立している時間が長すぎる。後方のバーグラリードッグの援護砲撃で上手く取り繕ってはいるが、ダージリン達の攻勢がもう少し早ければ先発隊は各個撃破されていたかもしれない。

 

「次に気になったのは、黒森峰の攻めの弱さです」

 

 ――大洗の一同はまたも困惑しそうになったが、抑えた。

 みほの戦術眼分析力の確かさはみなが知っていることだから、ひとまず隊長を信じて聞いてみようと思ったのだ。だが隠した困惑を読み取ったみほがまたも焦り出すのに、今度は華が手助けに入った。

 

「みほさん、私にはむしろ黒森峰の方々が圧倒的な火力で攻め立ててらっしゃるように見えるのですが……」

「うん。華さんの言うとおり、一見すると黒森峰が攻めているように見えるけど……」

 

 沙織から受け取ったリモコンを使い、適当な戦闘の場面をやや早送りで再生してみせる。確かにそこに映し出されていた黒森峰の攻勢は確かに激しい。激しいのだが――華がはたと気がついた。

 

「……何というか、単なる印象なのかもしれませんけれど」

 

 そう断ってから華は自分の意見を述べた。

 

「激しく撃ってらっしゃる割には単位時間辺りの撃破数が少ないような……」

 

 華のこの答えには、ダージリンが微笑み、ミカがカンテレを鳴らし、アキにミッコは腕組みながらうんうんと頷いた。

 

「華さんの言う通り、確かに見た目は派手だし、弾幕で相手を抑えこんで有利には持って行っているけれど、実はそれが撃破に繋がっていない……お母さ――西住流は確かに速攻を重視するけれど、一方で効率のよい攻撃を第一とするから、これは本来の黒森峰のやりかたじゃないかなって」

「射撃の精度が下がっていると?」

「つまりは、そういうことかな」

 

 今のままでも十分強そうだよ~、そうだよねー、ねーっと素朴な感想が一年生チームの面々から上がってきた。確かにもみほも、今のままでも黒森峰は圧倒的に強い装甲騎兵道チームであるとは思っている。しかし……今の黒森峰は何かが欠けている。それだけは間違いない。

 

「……敗北した者がこんなことを言うのは無作法かもしれませんが、そこを敢えて言うならば」

 

 みほの分析を受けて、今度はダージリンが口を開いた。

 

「今年の黒森峰のボトムズ乗りたちの殆どは、動きに精彩を欠いていた印象ですわ」

「……そうなんですか?」

 

 一年生のオレンジペコにはピンと来ないらしく、頭上に疑問符が浮かんでいるが、アッサムは概ね同意なのか成程といった調子でダージリンの言葉の続きを持っている。ローズヒップはずっと話しているのに飽きてきたのか椅子の上でもぞもぞしていた。

 

「ミカさんもそう思ってらっしゃるのではなくて?」

「敗者に口なしさ。外野の陰口は避けさせてもらうよ」

 

 話を振ってみるが、ミカはとつれない。 

 ただ言葉の内容に反して語調にはどこか同意する色合いが聞くものには感じられた。

 

「ならば私が代わりに言わせていただくわね。たぶん、みほさんも同じ意見だと思うから」 

 

 ダージリンは結論を述べた。

 

「たぶん合ってないんじゃないのかしら。ブラッドサッカーというATが黒森峰のボトムズ乗り達に」

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

「……準決勝戦でもエリカには世話をかけたことを、申し訳なく思っている」

「そそそそんな隊長自らお礼だなんて! 恐縮であります!」

 

 練習メニューについての一通りのミーティングの後、出し抜けにまほがこんなことを言い出したのでエリカはしゃちほこばってしまった。敬愛する黒森峰装甲騎兵道チーム隊長、西住まほから直々に感謝されるなど、早々あることではない。

 

「いや。これは私の素直な気持ちだよ、エリカ。今年の黒森峰は激戦続きだった。知波単学園、継続高校、そして聖グロリアーナ女学院……どれひとつとして容易な相手ではなかった」

 

 西住まほという少女は普段はかなりの無口で無表情であり、隊長としての命令か事務連絡などを除けばこうして普通に喋っている場面が恐ろしく少ない。四六時中、常に黒森峰の隊長として、そして西住流家元の子として相応しい立ち居振る舞いを心がけているのか、その雰囲気は硬く、冷たい。

 だが副隊長としてまほの近くにいることが多いエリカは、その実、まほという少女が温かい性根の持ち主であると知っている。そういう点に関しては、姉妹らしくみほとまほはよく似ていた。

 

「だが、戦局が悪化した時にすかさずエリカがカバーに入ってくれた。そのお陰で本当に助かっている」

「それは隊長の指示が的確だからです! ただ単に私は隊長の指揮に従っているのみです!」

 

 まほは首を横に振った。

 ふとエリカは、まほの顔に明らかな疲れが溜まっていることに、そしてまほが毅然とした表情でそれを隠そうとしていることに気がついた。

 

「各選手の撃破スコアが全てを物語っている。エリカ、エリカは何機のATを準決勝の試合で撃破したか覚えているか?」

「それは……」

 

 エリカは言いよどんだ。

 まほが言わんとしていることに、エリカも薄々感づいていたから。

 

「今の黒森峰の撃破スコアは、エリカや小梅、他数名のエース達の活躍に完全に依存している」 

 

 まほはハッキリと事実を告げた。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「『英雄がいない時代は不幸だが、英雄を必要とする時代はもっと不幸だ』」

 

 ダージリンがいつものように唐突に引用し言った。

 

「ドイツの劇作家、ベルトルト・ブレヒトですね」

 

 オレンジペコがいつものようにすかさず合いの手をいれた。

 だが二人が何を言いたいのかは、周囲の人間にはまるで解らない。

 さっきまでブラッドサッカーの話をしていたのに、このいきなりの引用……余人には前後の文脈の繋がりが不明だ。

 

「黒森峰の逸見エリカ……良いボトムズ乗りですのね」

「はい! 黒森峰の全国大会での試合は全て拝見させてもらっていますが、逸見殿は素晴らしいボトムズ乗りです!」

 

 ダージリンがエリカの名前を出したのに、嬉しそうに反応したのが優花里だった。

 

「素晴らしい反射神経、制御能力の持ち主です! 今年からはスタンディングトータスからストライクドッグに乗り換えましたけれど、特機の性能を存分に活かしてどの試合でも迫り来る敵をちぎっては投げちぎっては投げ――」

「そう、それが問題ですの」

「え?」

 

 優花里がハイテンションに言うのを静かに遮ると、意外そうな顔の優花里へと諭すように言った。

 

「真に優れたチームにエースは生まれませんの。なぜならばエースの力に頼らずとも勝利できるのが、良いチームの条件なのですから」

「……いやぁ耳が痛いねぇ」

 

 杏がハハハと乾いた笑いを漏らしながら頭を掻いた。

 各人頑張っているとはいえ、確かに今の大洗装甲騎兵道には西住みほという存在は不可欠だろうから。

 

「そして天下の黒森峰ともあろう学校が、一部のエースのフォローをあてにしなくてはならないのは、主力機にブラッドサッカーを導入したがためですわ」

「どうしてですか? ブラッドサッカーと言えばH級の高性能ATですよ! 装甲、機動性、操作性、センサー性能、マッスルシリンダーとあらゆる面でスコープドッグよりもワンランク上の性能で、しかも手堅くまとまっている汎用性の高いATです! 特にマッスルシリンダーはスレック方式からローレック方式に改良することで従来の――」

「そこだよ優花里さん」

「え!? どういうことでしょうか、西住殿!」

 

 優花里がブラッドサッカーについて詳細に語る途中で、みほがそこに問題の核心を見出したらしい。マッスルシリンダーの形式? それがそこまで問題なのだろうか。

 

「M級からH級へと機体の等級が上がったこともあるだろうけど、やっぱりマッスルシリンダーの変更が大きいと思う」

「特に黒森峰はスコープドッグのカスタム機を、それもターボカスタムを乗りこなすのに熟練していたからなおさらかしらね」

「……もしかして、操作感の違いですか?」

 

 優花里が言うのにみほは頷いた。

 

「うん。特にウチみたいな尖ったカスタムのATを乗りこなす訓練を重ねてきた学校には、僅かな機体の操作感の違いは大きく響くから」

「確かに黒森峰はここ何年もスコープドッグのターボカスタムがATの8割以上を占めるという、極端に偏った編成で試合に臨んできてました」

 

 優花里は過去に何度も繰り返し見てきた全国装甲騎兵道大会の試合の様子を思い返した。

 

「私の記憶が正しければ、たしか西住殿も去年まではステレオスコープ仕様のATM-09-STTCに乗ってましたよね」

「うん。私も、まほ隊長も、みんなスコープドッグのターボカスタムに乗ってきた。例外はトータス乗りのエリカさんぐらいかな」

「……ATなんてどれも同じじゃないのか?」

 

 横でじっと黙って聞いていた麻子が、小首を傾げた。

 確かの彼女のような天才ボトムズ乗りには、些細なATの操作感の違いなど屁でもないだろう。

 だが――だ。みほは首を横に振る。

 

「確かに大まかな操作法はどのATも共通で、だから基本的な操作法さえ知ってればどんなATにも乗れるんだけど……」

「ただ乗るのと、乗りこなすこととの間には天地ほどの隔たりがある……ということですわ」

 

 これには外野で聞きに徹していたエルヴィンが何故かうんうんと首肯した。

 

「戦車で例えるなら、Ⅳ号とティーガーの違いだな。戦車という点では同じでも、操作感はまるで違う」

「自動車もおんなじだよ。軽と大型の四駆は同じ自動車でも違うからね」

 

 ナカジマも続けて頷いた。

 

「無論……弱くなったと言っても黒森峰。わたくしたちが敗北したように、依然その力は圧倒的」

 

 ダージリンが指摘の通り、現実に黒森峰は並み居る強豪を撃破して決勝まで駒を進めているのだ。

 『弱くなった』といってもそれは飽くまで黒森峰基準でしかない。殆どの高校生ボトムズ乗りは、黒森峰の選手達には手も足も出ないだろう。

 しかし、そんな彼女らにも『瑕疵(かし)』があるということもまた事実。

 機種転換による操作感の違いが、彼女らの優れた操縦技術を却って損なっているという事実。

 もしも大洗に勝ち目があるとすれば、そこを突くしかない。

 

「それにしてもなんで黒森峰は使い慣れた――」

 

 ――スコープドッグを捨てて、ブラッドサッカーに乗り換えたんでしょうか?

 優花里がそう口に出しそうになった時、彼女はみほの表情が暗くなったのに気づいた。

 その訳を理解し、優花里は慌てて己の口を手のひらで閉じた。

 慌てて青くなった優花里に、みほは『気を使わせてゴメン』と伏し目がちに顔を赤らめた。

 

(……事実は事実なんだから、受け入れなきゃいけないのに)

 

 みほは胸中で己の心の弱さを恥じた。

 黒森峰の機種転換の理由……それはみほの去年の決勝戦での振る舞いにこそあるのだから。

 

 

 





 完璧なる戦士、完璧なる編成
 だが果たしてそんなものがこの世に実在するのか
 綺麗に並べられ立てた数字の連なりだけが、全てを証明するのなら
 人の苦悩はかくも深く、重く、そして長くはない
 それでもなお、求めうる最善を求めて
 戦士は己が心の刃を磨く

 次回『パーフェクトソルジャー』 いかなる時も、いかなる場所でも


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第56話 『パーフェクトソルジャー』

 

 

 西住まほという少女はとかく誤解されがちな少女である。

 まほは表情を動かすことが少なく、四六時中冷たく厳しい顔を、悪く言えば常に仏頂面をしている。そのために極めて厳しい性格の人間か、さもなくば何かに怒っているとしか人には見えない。何を隠そう、血を分けた妹であるはずのみほにすら誤解されている始末であった。

 みほは自身の姉が、自分を咎めていると思い込んでいた。

 黒森峰の敗北の原因となった自分を、黒森峰から、西住流から逃げ出した自分を咎めている、と。

 まほが、まさに西住流の体現者として存在しているからこそ、みほにはそう思えたのだ。

 

 だが、それは真実ではない。

 

 西住まほは本質的には情に厚い性格をしている。

 だから妹のことを案じこそすれ、怒る気持ちなどまるでなかった。

 こと、装甲騎兵道に関して妥協はない。それでもあの試合の最中にみほがとった行動は、母はどうあれ、まほは内心致し方無いと感じている。母校を離れ故郷を捨てて、遥か彼方大洗の地に去ってしまったみほのことを、ずっと心配していた。装甲騎兵道からも完全に背を向けてしまったみほの姿を、不安に思っていた。

 だから全国大会の抽選会でみほの姿を見かけた時も、バトリング喫茶で再会した時も、装甲騎兵道をまた始めた彼女の姿が、素直に喜ばしく嬉しかったのだ。

 問題は、まほの場合はそういう想いがまるで顔に出てこない所だった。

 いつも通りの仏頂面のまま、いつも通りの冷たい視線で言えば、みほは顔を固くするばかり。

 まほは感情表現が苦手だった。

 そしてそれ故に、人知れず悩みを抱え込んでいるタイプでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第56話 『パーフェクトソルジャー』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今の黒森峰の撃破スコアは、エリカや小梅、他数名のエース達の活躍に完全に依存している」 

 

 二人がいる談話室は今は他に人影もなく、まほの声だけが嫌に大きく響いた。

 エリカは改めてまほの顔を正面から見つめた。

 一部の隙もなく着こなされた黒森峰の制服に、定規で入れているかのような真っ直ぐな背筋、表情は凛として厳しく、その口は真一文字に結ばれて甘さは一切ない。

 しかしエリカも伊達に副隊長をしている訳ではない。

 己が隊長の隊長然とした顔の下にある疲労の色は見逃さない。

 実際、ここの所まほは明らかにオーバーワークであり、疲れが溜まっているのは明らかだった。ただ彼女は、鋼の意志でそれを押さえ込んでいるのに過ぎないのだ。

 

「そんな……むしろ私達こそ隊長に依存してしまっています。お疲れの様子ですし、どこかで一旦休みをとられたほうが――」

「そんな暇はない。エリカもそれは知っているだろう」

「……」

 

 まほはエリカの提案をバッサリと斬って捨てた。

 確かに決勝戦を控えたこの時期に、天下の黒森峰の隊長が休養をとるなど普通はありえないことだろう。

 しかし、それでもエリカは何か休む理由をでっち上げようかと思ったが、うまく言葉が出てこない。

 そんな自分がもどかしくて、唇の端を噛んだ。

 

「相手はみほだ。手を抜いて勝てる相手ではない」

 

 西住まほは西住流の体現者だ。

 二十四時間三百六十五日、いつ何時も西住流家元の娘として相応しい姿で振舞っている。

 例え血を分けた妹が相手であろうと、容赦も油断もない。西住流を以って全力で粉砕するのみ。

 しかしそれにしても、まほの顔にみなぎるこの緊張感はなんだろう。

 エリカは、まほをして最大限の警戒を強いるみほへと、胸中で対抗心が湧き上がるのを感じる。

 

「……相手は準決勝のプラウダ戦で消耗しています。いくら元副隊長が相手とはいえ、そこまで気を張らずともただ王者の戦いに徹すれば自ずから勝利すると想いますが」

「装甲騎兵道にまぐれはない。あの逆境続きの戦いのなかで、大洗女子学園が勝ち続けたのは『何か』があるからからだ。そして、その『何か』がある限り、決して油断はできない」

「『何か』……ですか?」

 

 指示も発言も常に明瞭的確な隊長にしては、珍しく曖昧な言い方だった。

 まほ自身、上手く言語化出来ないことに戸惑っているらしい。

 表情が僅かに揺らぐのが、エリカには見て取れた。

 

「……大洗は独自の装甲騎兵道を持っている。各分隊ごとに個性があり、その各分隊ごとが己の為すべきことを把握し、一見バラバラに動いているように見えてその実連携している。大洗のボトムズ乗り達の個性なのか、あるいはそれがみほの装甲騎兵道なのか……。恐らくはその両方だろう。定石に囚われない自由度の高い戦い方が、大洗の強みと言えるかもしれない」

「ですが、所詮は邪道です。理想の選手は徹底した訓練から生まれる……大洗にはそれが決定的に欠けています。数差を活かし、編隊を組み、連携し、正攻法で挑めば、大洗がいかに奇策を練ろうとも勝ち目はありません」

 

 エリカとてみほの実力は認めている。

 優花里を始め、無名の弱小校にも拘らず有望なボトムズ乗りが揃っているのも事実だ。

 だが、それだけでは駄目なのだ。ATの数と質。それを支える学校の体制や後援組織の存在。そして伝統の中で培われた練習法に戦法。そして厳しい日々の訓練を許容する校風。

 こうしたモノが揃って初めて、強豪校を名乗ることが許される。

 少なくとも、エリカはそう考えている。

 

「徹底した訓練……確かにな。だがなエリカ」

 

 まほが微かに笑った。

 エリカはまほの見せた表情に心底驚いた。

 笑ったことに対してではない。その笑みが、自嘲の笑みだったからだ。それはおよそ西住まほらしくない。

 

「それが欠けているのが、今の黒森峰だ。エリカも、それが解っている筈だ」

「――ッ!」

 

 相手が副隊長のエリカだからとは言え、黒森峰としては認めたくないことを、まほは躊躇いなく断言してみせた。

 

「それは――……」

「……エリカはプラウダに偵察に行ったそうだな」

「へっ!?」

 

 唐突にまほの口から出てきた言葉に、エリカは思わず変な声を上げてしまった。

 確かにエリカはプラウダに潜入したし、そこで優花里と出会ったりとすったもんだあった訳だが、しかし偵察した事実は飽くまで小梅とエリカの二人だけの秘密だった筈だ。

 黒森峰女学園は事前偵察などしない。なぜならば黒森峰は王者だからだ。王者は小細工などしないのだ。

 だがエリカは敢えてそれをやった。無論、『独断』でだ。逸見エリカというボトムズ乗りが、個人的に偵察を行ったという形でだ。しかし、いずれにせよ西住流を信奉するエリカとしては余りにらしくない行動だ。

 

「あ、いや、その、た、隊長! あのですね!」

「別に咎めているわけじゃないんだ、エリカ。ただ、こう言いたかっただけだ」

 

 みほは再び微笑んだ。さっきとは真逆の明るいほほ笑みだったが、それは直ぐに消えて、いつもの顔に戻る。

 

「エリカですら事前偵察をやりたくなるほどに、黒森峰の現状は危ういということだ」

 

 一旦言葉を切ってから、それから相変わらずはっきりした声で言う。 

 

「ブラッドサッカーの新規導入。……一見すればATの性能は格段に上昇し、我が校は他校に優位になったと見える。見た目だけは」

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

「……黒森峰がブラッドサッカーを導入した訳なら、解かります。あ、予測ではあるんですけど、たぶん正解じゃないかなって」

 

 みほは自ら敢えてこの話題へと踏み込んだ。

 逃げてばかりはいられない。過去の自分と向き合わなくてはならない。

 皆が自分のほうを見つめてくるのに、ちょっと緊張し、深呼吸でそれを解いてみほは話し始めた。

 

「去年のプラウダ校への敗北、果たせなかった十連覇、のがしてしまった優勝旗……伝統ある黒森峰は、今年は絶対に勝たなくちゃいけない。負けることはもう、許されないから。だから、『安心』できる何かが必要だった」

 

 皆がじっと聞いているのを受けて、みほは独り話を続けた。

 

「選手たちもそうだけど、学校や、そして後援してくれる人たちも納得させないといけなかった。今年は絶対に勝てるんだって、絶対に黒森峰は負けないんだって」

「……OG会ですわね」

 

 みほが言う『後援してくれる人たち』という単語に反応して、ダージリンがポツリと呟いた。

 彼女には珍しく、思い悩むような複雑な表情をしているのは、OG会からの干渉が極めて強い聖グロリアーナの隊長を務めている故か。彼女にも想像がつくのだろう。黒森峰がどういう状況に置かれているのかを。

 

「つまり、現場の選手たちのためっていうより、外野勢を納得させるための新機種導入ってわけだねぇ~」

 

 杏が身も蓋も無い要約をし、みほは静かに頷いた。

 勝つための布陣、というよりも『これならば勝てるはずだ』と外野が納得するための布陣。

 いかなる競技でも起こりえる外部からの干渉。それがうまくいく場合もないではないが、多くの場合は現役選手たちの意向を無視した形になりがちだ。

 現に黒森峰はそうなっている。選手たちのAT訓練の経験値がリセットされてしまったに等しい。

 みほのような一流のボトムズ乗り達を見ていると忘れがちだが、機種転換とは、それだけ難しいということなのだ。

 

「プラウダ校に確実に勝つためのH級編成……プラウダ主力のファッティーをまずマシンスペックで圧倒できる……そういう思惑なんだと思います」

「そして、彼女たちに必要とされなくなったスコープドッグたちは、必要とする大洗へと流れ着いたわけさ」

 

 みほのまとめをミカが引き継ぎ、カンテレを鳴らして話にオチをつけた。

 事情を知った大洗一同は微妙な表情になった。

 良いATが手に入るに越したことはないが、それにしても何とも奇妙な縁である。

 去年の黒森峰の敗北が、大洗に西住みほのみならず、この窮地に(中古だが)新しいATまでもたらしてくれるとは。

 

(……お姉ちゃん)

 

 みほはふと、姉のことを思った。

 まほは、私の姉は、いったいどんな気持ちでこの決勝に臨んでいるのだろうか、と。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

「確かに我が校は今、極めて危うい状況にあります。ですが……」

 

 エリカは力強くみほを見返し、力いっぱいに断言した。

 

「必ず勝ちます。なぜなら、わたしたちの隊長は西住まほだからです」

「理由になっていないぞエリカ」

 

 まほが冷静に返すのに、エリカはぶんぶんと首を横に振ってからから再度断言した。

 

「隊長こそは真の『PS』です! 完璧に西住流を身につけた、まことのPSです」

「……PS?」

「はい! PSです!」

 

 エリカは身を乗り出し、まくし立てるように言った。

 まほはちょっと驚いた。激情家と見えるエリカだが、普段の彼女は静かな皮肉屋だからギャップが凄い。

 

「常に冷静沈着で、どんな状況にも的確に対応する判断能力! 明確な指示を下し、部隊を手足のように操る指揮能力。そしてATへの高い適応力。選手に完璧さを求めれば隊長となります。そんな隊長が率いる黒森峰が負けるはずがない」

「……私はただ、西住流として振舞っているだけだ」

「だからこそです。隊長は西住流そのものです」

「私はみほみたいに器用じゃない」

「だから何ですか! 確かにアイツは、元副隊長は強くて優秀です! でも小器用さだけじゃ装甲騎兵道は勝てない! 鉄の騎兵を乗りこなす、鋼の意志があってこそです。隊長にはそれがあります!」

 

 エリカには珍しく、まほが気弱になっていると見えた。

 それゆえに、己の胸の内を正直にさらけ出してみた。

 だがまほの顔色はいよいよ冴えなくなった。

 

「……決して完璧な選手じゃない」

 

 それは西住流そのものにならざるを得なかった独りの少女の素直な気持ちだったかもしれない。

 

「不器用な私には、みほと違って愚直に西住の道を進むしかなかった。私は偏った、切れ味のいい人間でしかない」

「それの何が駄目なんですか!」

 

 エリカが大声を出したのでまほは驚いていた。

 

「それこそ、選手として優れている証です! 戦いを極めてこその選手です! だからこそ私は隊長についていこうと決めたんですから。みなも同じ気持のはずです」

「……」

 

 まほは不意にエリカから視線を外し、向き直った時には弱気は表情から完全に消え去っていた。

 

「ありがとう、エリカ。らしくないことを言った」

「いいえ。隊長に元気を出していただけたならなによりです」

 

 フフッとまほが笑った。

 笑った顔も魅力的だと、エリカは思った。

 

「所でエリカ」

「はい」

「PSって何だ?」

 

 エリカはキリッとした表情で自信満々に答えた。

 

「パーフェクトな選手、略してPSです!」

「PS……」

「はい、PSです!」

 

 まほは呟くように言った。

 

「かっこいいな、それは」

 

 





 鉄は鍛えられて初めて鋼となる
 アーマードトルーパーもまた同じだ
 人が手を入れ、人が鍛えた時、初めて武器として完成する
 一校の運命を、数千のさだめを担った鋼鉄の騎兵達
 みほは、己の五体を託すその冷たい双眸を見据える 

 次回『改造』 戦いは、すでに始まっている 


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第57話 『改造』前編

 

 

「……凄いね」

「ええ、壮観です」

 

 沙織が感嘆し、ため息を漏らすのに華が相槌を打った。

 彼女の方は彼女の方で、絢爛たる戦列を前にして瞳をキラキラと輝かせている。

 普段見慣れた錆びた眼差しと比べていることもあるだろうが、チューンされたATを前にこうも感動しているのは、華がボトムズ乗り染みてきた何よりの証拠だろう。

 

「西住殿! 西住殿! スコープドッグが! スコープドッグが!」

「秋山さんは落ち着け」

 

 優花里はというと鋼の脚に飛びついて頬ずりしそうなハイテンションなので、相変わらず落ち着いた様子の麻子がその肩を押さえて窘める。だが当の麻子のほうも頬が赤らんでいる辺り、珍しく興奮しているらしい。

 

「……揃いましたね」

「ようやく揃ったね」

「いやぁ、これならなんとかなりそうだねぇ~」

 

 生徒会の面々も、桃は腕組み何度も頷き、柚子は手を合わせて感極まり、杏はカラカラと笑っている。

 

「なにこれぇ!」

「ピカピカ~!」

「逆の意味でありえなーい!」

 

 一年生チームの皆も、夏休みを前にした小学生のようなはしゃぎっぷりだ。

 普段使っているATが旧型のトータスなためか、感動は尚更な様子だった。

 

「黒いぜよ……」

「赤備えならぬ黒備え……」

「黒シャツ隊というわけだな」

「黒尽くめの精鋭部隊と言えば、オットー・スコルツェニーの『フリーデンタール』でしょ!」

「「「それだっ!」」」

 

 歴女チーム始め、大洗装甲騎兵道チーム一同、搬入され整列させられたATたちへの印象は抜群だった。

 

「ありがとうございます」

 

 並び立つ漆黒の騎群、元黒森峰のAT達を前に、みほはカンテレ爪弾く少女に礼をした。

 対して少女、ミカはカンテレをかき鳴らしながら曖昧に微笑むのみ。

 

「別に感謝されるいわれはないよ。ただ風の流れに従ったまでさ」

 

 そう言うと片目を瞑るのだった。

 

 

 

 

 

 

 第57話 『改造』

 

 

 

 

 

 

 大洗が新たに手にしたATは全部で十三機

 聖グロリアーナから譲渡された三機のバウンティドッグ。

 そして継続高校経由で入手した黒森峰女学園のカスタムスコープドッグが全部で十機。その内訳はタイプ20、もといターボカスタムタイプが七機に、バーグラリードッグが三機だ。継続高校が黒森峰から仕入れた中古ATの数は実際はもっと多いらしいのだが、大洗の予算等々を(かんが)みればこの数が大洗が新たに購入できるATの限度であったのだ。

 

「それでは、後日代金は指定の口座に振り込んでおく」

「まいどありー!」

「今後ともご贔屓にね!」

 

 桃が言うのに、ミッコとアキが嬉しそうにお辞儀をしてからハイタッチした。

 継続高校はお世辞にも懐事情が豊かな学校とは言えない。

 こうした稼ぎは彼女たちには貴重な活動費となるのである。

 

「おや。これを忘れているんじゃないかな?」

 

 そう言ってミカが胸元から取り出したのは、一通の茶封筒だった。

 桃はそれをやや憮然とした表情でひったくるように受け取ると、「西住!」とみほを呼ぶ。

 みほは封筒の中身を一瞥(いちべつ)すると、そこにサインを書き込もうとしてペンなどを持っていないことに気づいた。

 

「西住殿」

 

 そこですかさず、どこから出したものだか優花里がクリップボードとボールペンを差し出してきた。

 「ありがとう」と微笑みながら礼を言ってみほはそれらを受け取り、茶封筒の中身にサインした。

 

「確かに」

 

 ミカはみほのサインを確認し、書類の入った茶封筒を懐へと戻した。

 かくして契約は成立する。

 

「これでこの子たちは、晴れて君たちのものとなったわけだ」

「また何かご要望があったら言ってよね!」

「そうそう! それこそ対ATライフルからテルタイン級宇宙戦艦まで! ご要望とあらば揃えてみせるから!」

 

 商魂たくましく追加の注文を促すアキとミッコの姿に、ミカはカンテレを奏でながら歌うように言うのだった。

 

「私たちは装甲騎兵道が産んだパンドラの箱さ。質さえ問わなきゃなんでもあるよ」

 

 実際、その通りかも知れなかった。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「ナカジマさん、どうですか?」

 

 みほに呼ばれて、ナカジマはコックピットからひょこっと顔を出した。

 鼻の頭が機械油で黒く汚れているが、彼女の場合は不思議と様になっていた。

 

「いやぁ、凄いね。色々と」

 

 なんとも要領を得ない答えが返って来た。

 ナカジマに続いて、ATの下からひょこひょこと顔を出したホシノ、スズキ、ツチヤも何とも微妙な表情をしている。

 

「うん凄いね」

「凄い凄い」

「いやぁ~こりゃちょっと、迂闊に手がつけられないですわぁ~」

 

 ホシノとスズキはウンウンと頷き合い、ツチヤは困った困ったと髪をくしゃくしゃと掻いた。

 格納庫中央に横たえられた元黒森峰のスコープドッグ。その状態を確認するために、自動車部一同に簡単なチェックを頼んだのだ。装甲の一部を取り外し、その内に隠れた機械仕掛けの筋肉を調べてもらったのだが、吟味を終えた彼女たちの表情は実に複雑であった。

 

「凄い、と言いますと?」

 

 優花里が問うのにナカジマは何と言ったものかとウンウン唸るので、代わって答えたのはツチヤだった。

 

「凄いも凄い。ものっっっっっっすごく尖った調整をしてくれちゃってさ~。いやぁこんなピーキーなATをよくもまぁ使いこなせるもんだなと」

「そんなにですかぁ?」

「うんそんなにそんなに……正直、これを普通に使えるように調整し直すとなると相当に時間を喰うかもねぇ」

 

 ツチヤが「どーしたもんか」といった調子で、腰に両手を当てて言うのに、ナカジマもホシノもスズキも相槌を打つ。

 隣でこのやりとりを聞いていたみほはと言えば、すでに予想はできていたのか「やっぱりか」と声に出さずとも表情で語っていた。みほもかつては同じようなATに乗っていたのだから、こういう事態が起こりうることはある程度理解していたつもりだった。だが彼女自身が一流ボトムズ乗りであったためか、ナカジマら自動車部をしてそこまで言わせるほどかつての母校チームのATがぶっ飛んだ仕様だったとは気がついていなかった。

 それはミカ達も同じなのだろう。継続高校は変わり者揃いだが腕は立つ。彼女たちならば乗りこなせるだろうし、故に動作確認の時も気づくはずもなし。

 しかし多少調整は必要かもとはみほも思っていたが、そこまで尖っていたとは――。

 

「ちょっといいか?」

 

 誰かと思えば麻子であった。

 スッと軽く掌を挙げて彼女は言った。声にはやや熱が入っている。

 

「それ、試しに乗ってみても良いか?」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 今しがた装甲板を外したばかりのATに乗るのも何だったので、似たような仕様であろう別の黒森峰ターボカスタムに麻子は乗ることになった。念の為に耐圧服に着替えて、降着モードの黒い機体へとひょいと跳び乗る。

 ヘルメットを被りゴーグルを下ろし、シートから伸びたケーブルと連結する。折りたたまれた二本のレバーを押し上げ、倒された操縦桿全体を引っ張り起こす。ハッチが降りて、冷泉の顔が黒く塗られた顕微鏡顔に覆われる。

 ターレットレンズが何度か回転し、ブゥンと鈍い音と共にスコープに火が灯った。

 曲がった脚が真っ直ぐに伸び、四メートルの巨体が立ち上がれば、その姿に見慣れた筈のみほですら、不意に圧倒される気分を覚えるのだ。ましてや目の前にそびえ立つ巨体はかつての母校のATで、相変わらずの黒い機体は光を受けてガンメタルブルーに鈍く輝き、重厚なる威厳を放っているのだから。

 

『道を開けてくれ』

 

 スピーカーを通して響く麻子の声にみほや沙織、周囲に集まっていた観客が後退すると、ズシンズシンと重い鋼の足取りでスコープドッグが歩き出す。

 二、三歩歩いた所でまたも麻子が言った。

 

『動くぞ』

 

 言われてみほなどは即座にさらなる後退をしたが、意味を飲み込めなかった桃は下がるのが遅れた。

 グライディングホイールが回転し、巻き上がった砂埃は桃に直撃する。

 砂塵の臭いまとわりついて、むせる桃に鋼の背中でさよならを言ってスコープドッグは走り出す。

 みほは麻子の操縦を注視した。

 パっと見、麻子は見事に黒森峰印のスコープドッグを操っているようである。

 だが、実はそうではないとみほは気づいた。

 

(動きにくそう……)

 

 足首間接を動かし足先を揃え、その向きを変えて方向性を決める。

 ローラーダッシュ時のATの動きはスキーヤーのそれに近い。

 みほにはターン時のエッジが効きすぎているのが見て取れた。

 余分に土埃が舞い上がるのは、余計な力が加わっているからだ。麻子には実に珍しい。

 

「わぁ!」

「ジェットローラーダッシュですねぇ!」

 

 沙織からは驚きの声が、優花里からは喜びの声が飛び出した。

 ジェットローラーダッシュ自体は既に自動車部がストロングバッカスに導入済みであるので、二人共どういうものかはよく知っている筈だ。しかし若干の趣は異なれど、優花里も沙織も揃って初見のように驚いている。それだけ、麻子が今駆るATの速度は彼女らの常識を隔絶していた。

 ウサギさん分隊の面々などは、全神経を集中して、黒いATの素早い動きを追っている様子だった。

 

「まるで疾風の如き加速ですね」

「ウワバミさんチームのストロングバッカスと違って、機体の重量が軽いから」

 

 黒森峰印のターボカスタムの動きには、華も感嘆のため息をついた。

 みほが解説した通り、分厚い装甲のストロングバッカスと機動性重視にカスタマイズされたスコープドッグとでは同じジェットローラーダッシュ機構を使うにしても事情がまるで違う訳だ。

 それにしても麻子が操る黒いATのスピードの凄まじさよ。

 

「そのぶん、機体の制御は至難ということです。実際、タイプ20はあまりの安定性と操作性の悪さに事故が頻発し、わずか半年で正規の生産は停止されてます。一部の熟練のボトムズ乗りが個人的にカスタマイズした機体は別ですけど」

「凄いじゃじゃ馬ってことだね。でも、激しければ激しいほど燃え上がるのが恋なんだよね!」

 

 優花里の言うとおり、スコープドッグ・ターボカスタム、通称タイプ20の安定性と操作性の悪さは折り紙つきだ。

 しかし熟練のボトムズ乗りであればあるほど、自機をカスタマイズするときはそれらを蔑ろにして火力と速力のみを追い求めた、乗り手の技量頼りのバランスの悪い機体になりがちなのだ。そしてそんな熟練ボトムズ乗り達の需要に完全にマッチしているのがタイプ20であった。

 

「あら、麻子さんにしては珍しい……」

「うん、珍しいね。麻子さんが操縦をミスするなんて……」

 

 華とみほは不安げに麻子のATの動きを見つめていた。

 ついさっきだが、ジェットを切って慣性に機体を委ねながらの、ターンピックを使ってのターンを麻子はしようとしていた。だが彼女には珍しく、機体のバランスを崩して転倒しそうになったのだ。だがそこで実際には転倒まで行かないところは流石は冷泉麻子だった。

 

「麻子、どうだった?」

「麻子さん、どうですか?」

「冷泉殿! タイプ20のご感想は?」

「麻子さん、操作感はどうかな? 使いにくそうだったけど」

 

 一通りスコープドッグを乗り回して麻子が戻ってくるのに、沙織を皮切りにあんこう分隊一同で声をかけた。

 ハッチを開き、ヘルメットを脱いだ麻子が顔を出した。その表情は……はっきり言って浮かないものであった。

 

「……ターンピックが冴えすぎている。それに制御系も体に張り付くみたいで気持ちが悪い」

「繊細過ぎるってことですか?」

「まぁ、そんな感じだな」

 

 みほが要約して言うのに、麻子は頷いた。

 

「ただ、これは単純に慣れの問題もある。もう暫く乗り回してみるつもりだ」

「乗りこなせそうですか?」

「3時間あればな」

 

 疲労を顔ににじませながらも、麻子はそう言って不敵に笑った。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 麻子が慣らし運転に勤しんでいる傍らで、残りの12機のATの割当をどうするかで、みほは他の大洗装甲騎兵道チームを集めてミーティングに勤しむことにした。ミーティングと言っても、長話をしている余裕はない。決勝戦、対黒森峰戦まで残された時間は然程無い。速やかに割当を決めて、練習に取り掛からなくては。

 

「勝手知ったる黒森峰のATだろうし、ある程度は西住ちゃんが決めてもいいよ~」

 

 とは杏会長から既にもらった言質だ。

 みほはまず自分のプランを出し、反対がなければそれで通すというやりかたで行くことにした。

 

「まず、生徒会のみなさんにはバーグラリードッグを使ってもらいます」

「かーしまも?」

「射撃の下手な桃ちゃんもですか?」

「柚子ちゃん!? 会長!?」

 

 杏と柚子からコンマ1秒も間をおかずに飛び出した反論に、桃は心外だと叫び声を上げた。

 無論、桃の抗議の声は一同華麗にスルーして、みほは割当の理由を説明する。

 

「河嶋先輩のATからはドロッパーズ・フォールディング・ガンを取り外して通信機能を強化、そして弾薬のキャリアを取り付けます。対黒森峰戦は長丁場になると思われます。特に砲撃戦は激しくなるものと予想されますので、手持ちの弾薬は多いにこしたことはありません」

「なるほどね~。それならかーしまに任せられるわけだ」

「桃ちゃんでもそれなら安心ですね」

「柚子ちゃん!? 会長!?」

 

 これでまずは3機が決定した。

 残りは9機。タイプ20が6機に、聖グロリアーナ印のバウンティドッグが3機だ。

 

「カメさん分隊の元のATは分解してパーツに転用します。ヒバリさんチームのライアットドッグも同様です」

「ううう……鋼のようなたくましさに、隠し切れない愛らしさ……私の、私のライアットドッグが……」

「泣いちゃってるよそど子」

「そんなに感情移入してるとは知りませんでした」

 

 ノンナの狙撃用チャビィーに挑んだそど子達のATは、見た目が綺麗な割に内部の損傷が酷いため、やはり交換せざるを得ないという状況になっていた。しかし、装甲騎兵道に後から加わった彼女らは、操縦技術にまだ不安が残る。故にタイプ20は任せられない。

 

「ヒバリさんチームにはバウンティドッグを割り当てます。ライアットドッグ同様、ノーマルのドッグとは若干勝手が違いますが……」

「いいえ、やるわ!」

 

 そど子は涙を拭って力強く断言する。

 

「風紀委員を舐めないでよね! 捕物用の鉤縄を備えたAT……気に入ったわ! 決勝戦までに使いこなしてみせるわよ!」

 

 いささか権威主義的で融通が利かない所はあっても、生真面目で一生懸命なのが彼女の美徳だ。

 ワイヤーウィンチがついているのも、そど子の眼鏡にかなったらしかった。

 

「して、残りのATは6機」

「話の流れ的には……次は私らぜよ」

「はい。ニワトリさん分隊のお二方には、ターボカスタムに乗ってもらいます」

 

 左衛門佐とおりょうが言うのに、みほは頷いた。

 エルヴィンとカエサルはともかく、二人のATは損傷がひどかった。

 しかし幸いにも二人はドッグ乗りである。しかも大洗の中では操縦技術の腕は上から数えたほうが早い。

 彼女らならば、タイプ20を任せることができる。

 

「お二方のATもまた解体してパーツにまわします。そしてやはりATの損傷が激しいカエルさん分隊ですが……やはり皆さんにもターボカスタムを使ってもらいます」

「全機入れ替え……」

「大丈夫でしょうかキャプテン……」

 

 典子が俯き言うのに、傍らのあけびが不安そうな顔を見せた。

 彼女らのATは分隊名の由来ともなったファッティーであり、スコープドッグとは随分と勝手が違う。

 一応センサー系などはある程度共通規格であるため、例えばドッグ用のパイロットゴーグルをそのままファッティーでも使用することは出来るが、それでもコックピットの大きさも違えば各種計器、操縦桿の位置も異なる。

 もしタイプ20が割当てられると、この短期間でその操縦を習得する必要があるが――。

 

「大丈夫です。皆さんならば」

「西住隊長……」

 

 みほが微笑み、確信を持って言うのには、バレー部一同も思わず顔を見合わせた。

 隊長の言うことを疑ったことはないが、しかしその確信の理由が彼女たちには解らない。

 

「皆さんの操縦技術は、この大洗チームのなかでも随一です。初めてATに乗った時も、皆さんは直ぐに乗りこなしてましたから。だから、このタイプ20も皆さんならば!」

 

 バレー部の皆の実力はみほも認める所であった。

 運動部らしいタフネスとチームワーク、そして飲み込みの良さ。

 ぐんぐん上昇する彼女らの技量にはみほも瞠目(どうもく)する。単純な操縦技量のチーム平均値では、あんこうチームを除けば彼女らはダントツと言ってよかったかもしれない。

 

「解りました。やってみせます!」

「キャプテン!」

「やりましょうキャプテン!」

「西住隊長が任せてくれたんです! 期待に応えましょう!」

 

 そして何より彼女らはポジティブでノリと勢いがある。

 困難な任務を委ねられても、折れるどころか燃え上がる。

 機種転換という難題にも、彼女らならば――。

 

「バレー部ファイトォー!」

「「「おぉっ!」」」 

 

 典子が天に拳を突き上げ吼えれば、忍、妙子、あけびも続けて吼えた。

 かくして割当は完了した。

 みほは無事に終わったとホッとした様子だったが、優花里はその傍らで不安と意外さ入り混じったような顔をしていた。なぜなら、まだ解決していない問題もあったからだ。

 まだ二機足りない。

 すなわち、みほと、優花里のATの代わりが無かった。

 

「それでさ、肝心の西住ちゃんのATどうすんの? それに秋山ちゃんのも」

 

 当然、他の皆もそれに気づいている。

 会長が代表して、皆の当然の疑問を口にした。

 みほは一瞬、ちらりと優花里の方を見た。

 瞳に浮かんだ申し訳無さそうな想いを読み取った優花里は、みほが考えていることを察知した。

 果たして、みほの口から出た答えは優花里の予想通りだった。

 

「私と優花里さんのATは……これから用意します。つまり、作るっていうことです」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 みほと優花里、そして沙織に華、慣らし運転を終えた麻子は床に並べられたATのパーツの群れを前にしていた。元はヒバリさん分隊のライアットドッグや、左衛門佐のスコープドッグに、おりょうのホイールドッグ、カエルさん分隊のファッティーに、杏と柚子のトータス、桃のダイビングビートル、そして優花里のゴールデン・ハーフ・スペシャルだ。それら全てがバラバラに分解されて、使えるパーツだけが並べられている。

 既に日は落ちているが、辺りにはまだ喧騒が木霊している。

 他の大洗装甲騎兵道チームのメンバーたちも、機体の修理やカスタマイズ、慣らし練習や特訓に没頭している。校則にうるさいそど子たちですら規則を忘れて練習に明け暮れているのは、皆が必死になっている証だった。

 ただの勝ち負けの問題ではない。この学校の存亡がかかっているのだから。

 

「……みんな、ごめんね。みんなの練習の時間を」

 

 みほが申し訳無さそうに言いかけたのを、沙織が掌で口を塞いで制した。

 

「いいのいいの。だって私達がやりたくてやってるんだもん」

「みほさんたちだけに辛い思いはさせません。わたくしたち、仲間ですから」

「むしろ私は未だに西住さんがタイプ20を使うべきだと思っているんだがな」

 

 皆が口々に言うのに、みほは(かえ)って言葉に(きゅう)してしまった。

 仲間か、なにやら照れくさい。今更ながら、そうハッキリと言われたことに胸が暖かくなる。

 

「わたくしは感激しっぱなしです! 西住殿がわたくしを作業のパートナーに選んでくれてたなんて!」

 

 優花里はと言えば癖っ毛をもじゃもじゃと掻き回して、体いっぱいで感激を表現している所だった。

 当初、みほは優花里と二人で協力して互いのATを(こしら)えるつもりだったのだ。

 優花里もまた自機を失い、そしてかつてATを一人で組み上げた実績を有している。

 みほにとって、今回の作業の相方として、これほど頼もしい相手もなかった。

 

「でもゆかりんだけがこっそりみぽりんとデートとかズルいもんねぇ~」

「みほさんはみんなのみほさんですから」

「抜け駆けはなしだな」

 

 そんなみほ達を見るに見かねた沙織、華、麻子が自分たちの練習時間も投げ打って、みほ達に加勢を申し出たのだ。それを見て他の分隊からも私も私と手伝いを申し出てきたが、これは流石にみほが断った。

 あんこう分隊の事情のために、他の分隊の都合を邪魔できる余裕は、今の大洗にはない。

 沙織達に手伝ってもらうことすら、みほの心のなかには壮絶な妥協があったのだから。

 

「よっしゃ!」

 

 沙織が、気合を入れるためか両手のひらで軽く、自身の頬を叩いた。

 

「それじゃあ始めちゃおうか!」

 

 かくして、改造の時間が始まった。

 

 

 



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第57話 『改造』後編

 

 

 何よりも重要なのはATのコンセプトだ。

 これが決まらないことには図面すら引けない。

 

「今の黒森峰はバーグラリードッグ隊による援護を受けながらの、H級ATによる一極集中攻撃……いわゆる電撃戦をその基本戦法としています。逸見殿のストライクドッグ隊のような遊撃部隊もないわけではありませんが、黒森峰としてはかなり例外です」

 

 優花里が指摘する通り、黒森峰の戦い方、というより西住流の戦い方は、速度、精度、そして打撃力を重視し、それ故に分隊を過度に分散させることなく、相手の隊列の弱点目掛けて一挙に集中砲火を浴びせ、その綻びから敵部隊を分断、離散させ、後は一方的に蹴散らすというものだ。

 ――撃てば必中、守りは固く、進む姿は乱れ無し、 鉄の掟、鋼の心。

 物心ついた頃から、寝物語にまで聞かされた西住の流儀。

 訓練に次ぐ訓練で鍛え上げられた、砲撃精度、編隊の堅固さ、非撃墜率の低さ、砲火を恐れぬ直進と、それを可能にする堅固な統率、そして個々のボトムズ乗りの精神性……これらを相手に、自分はどう戦うべきか。

 みほは考える。

 

「つまり、とにかく真っ向特攻(ぶっこ)むイケイケ路線ということでよろしいのでしょうか」

「……言い方はなんだが、まぁそういうことなんだろうな」

「あんまり強引なのは感心しないぁ~。いやぁ肉食系は肉食系で悪くないんだけどさ、あんまりガツガツしてるのはねぇ~。もっと雰囲気を大事にしてほしいよ」

「何の話をしてるんだ」

 

 華、麻子、沙織はと言うと、何やら話が横道にそれるどころか明後日の方を向いていた。

 

「恋は1に積極、2に積極! でも時には引くことも大事なんだよ!」

「流石は武部殿! 参考になります!」

「いや秋山さん、騙されてるぞ」

「沙織さんのは飽くまで畳の上の水練、机上の空論ですから」

 

 だが沙織印の恋愛理論、むしろ閃きの鍵を得たのはみほだった。

 

「それだよ沙織さん」

「え?」

「押して駄目なら引いてみる……後退のないお母さんのやりかたに勝つにはそれしかない」

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「西住殿~! 使えそうな図面を幾つか、持ってまいりました~! とりあえず、これは09-GSCのです」

「ありがとう優花里さん!」

 

 優花里が持ってきた図面ファイルを受け取り、みほはさっと目を通した。

 一から図面を引いている時間は今の大洗にはない。既存のATをベースに、現状に合わせたカスタマイズを施していくのが適切な選択だろう。

 

「みぽりーん、これとりあえずここに置くので良い~?」

「あ、はい! 沙織さんありがとう!」

 

 自動車部から借りてきたビズィークラブを操る沙織に、ありがとうと返すみほの横では、黙々と華が人間が素手では到底運べないような鋼鉄の塊をひょいと担いで持ち運んでいる。五十鈴家にはクエント人の血が混じっているのでは……とは前からあった噂だが、みほも時々本当なのではと思うことがある。

 

「……よっ……はっ」

 

 麻子は言うと、工作用のクレーンの操作を確認している所だった。

 天才的な操縦技術を持つ彼女だが、それでも久しぶりに使うモノに関しては多少の慣らしも必要だった。

 

「ベースは09-GSCだけど……ある程度の火力が必要だから……」

「河嶋殿の09-DDのDFGが余っていますから、それを装備するのはどうでしょう? 最も、機体の総重量が相当に上がってしまいますけど……」

「うん。それでいこうと思う。重量調整に関しては別の部分の装甲を減らすしか無いかな。ある程度の防御力は必要だから、被弾率の高いところや急所のみを重点的に固めれば……」

「それならば総重量を調整できますね!」

 

 機体の設計はみほと優花里とで行いつつ、その指示を受けて沙織、華、麻子が組み立てていくという役割分担だ。内部の電子装備やミッションディスクの調整となればあとはみほの、PR液とマッスルシリンダーの調整は沙織が担当することになる。

 

「脚部のベースになるのはドッグ系のパーツに……ブースターはどうしましょうか?」

「ファッティーのホバーブースターを流用すればいいかなぁって」

 

 みほ達がひとまず選んだ、当座のベースとなるATは、名を『スラッシュドッグ』という。

 正式には『ATM-09-GSC スラッシュドッグ』。スコープドッグのカスタム機ながら他のそれとは些か趣を異にする一機である。ストライクドッグ、そしてブラッドサッカーといったH級次世代ATの影響下のもと作成されただけあり、スコープドッグを原型機としながらも次世代機に迫る驚くべき性能を発揮するダークホースであった。

 問題はそのコストの高さ。民生品からの流用が大半とはいえ高価な高性能パーツを使用しているために、改造費を考えれば結局次世代H級ATの新品を買うのと変わらないという本末転倒さ。特殊な事情がなければ使われることもまず無いATであるが、今の大洗に求められるのはまさにこういうATであったのだ。

 

「増設用のグライディングホイールはトータスタイプの脚から持ってくるとして、シールドは……」

「ホイールドッグ用のものと、ライアットドッグ用のものを組み合わせて使いましょう」

「シールド内臓のクローはどうしましょうか?」

「たぶん私達が即席で作っても構造的に脆くなると思うから……何か代用できるものを考えないと」

 

 無論、今の大洗に完璧なスラッシュドッグを一機拵える資材も資金も無い。

 従って、スラッシュドッグをひとつの理想図としつつ、現実に目の前にある部品や道具でどこまでできるかを考えるのがみほ達の仕事になるのだ。

 

「みぽりーん! とりあえず全部並べ終わったよ~!」

「みほさーん! こっちも終わりました」

「西住さん。こっちももう行けるぞ」

「は、はい! それじゃあ、まずは脚部の組み立てから開始します!」

 

 視線で優花里を促しつつ、みほは作業へと取り掛かることにした。

 上半身はひとまず置いておいて、プランが確定している脚部から取り掛かることにする。

 ぶっつけ本番、行き当たりばったりも良いところであるが、しかし他にしようもない。

 プランを練っている時間すら大洗にはないのだ。

 

「~~♪」

 

 しかし優花里は、みほから響く小さな鼻歌に気づいていた。

 彼女から見えるみほの横顔が、どこかしら楽しそうで、またイタズラ好きな少女のような勝ち気に溢れているようだった。

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

「おーらいおーらい! はい、そこまでー」

 

 沙織のナビゲート通りに麻子は、ドッグの右足をワークベンチの上に降ろした。

 

「はなー!」

「はーい!」

 

 麻子がレバーを操り、即座に左足の方へとクレーンを回せば、待機していた華が素早くチェーンとフックを繋ぐ。

 全員、汚れても良いように自動車部と同じオレンジ色の作業服に着替え、頭にはATヘルメットを流用して作った安全帽をかぶっている。お揃いの大洗校章にあんこうマークが簡単に描かれていた。

 二本のドッグタイプの脚が並べられ、作業の準備は整った。

 各々違うATから持ってきたために塗装も違えば、生産ロットの差から大きさも僅かながら異なっている。

 細かい部分を調整しながら、改造を進めていく必要性がありそうだ。

 

「まずはロケットブースターの増設からかな」

 

 眼球保護用のゴーグルを下ろし、みほは早速作業に取り掛かる。

 小型のレーザートーチを使って、人間で言うところの脹脛にあたる部分の鋼板の取り外しにかかる。

 みほが担当したのは右足。左足の方はと華が別の工具で器用に取り組んでいる。

 彼女の個人的な好みの問題でレーザートーチは好かないらしい。イオン臭が酷いからともいう。

 

「それじゃいくよ! いち、に、の」

「「さん!」」

「やったぁとれたぁ!」

「これが目当てのブースターだな」

 

 沙織、優花里、麻子の三人はとワークベンチ近くに置かれたファッティーの脚にとりかかっている。

 カエルさんチームが使っていたファッティーは陸戦用ではなくノーマルタイプであり、脚部にはグライディングホイールが備わっていない。代わりにホバー走行用のブースターが備わっているので、これを取り出そうというのだ。

 

「沙織さーん! ブースター本体だけじゃなくて、点火制御装置もセットで引っこ抜いてください」

「りょーかい!」

 

 ネジ止めしてある所はドライバーで、溶接してある所は出力を絞ったレーザートーチで切り取り、配線などを無駄に傷つけぬよう慎重に取り外していく。ATの足裏真ん中にでんと備わっているものだけあってなかなかに大きく、取り外すのは見た目ほど簡単ではないが、しかし沙織たちは伊達にあんこう分隊ではない。

 

「……ふー」

「武部殿、お見事です」

「あの沙織がまぁこういうことをできるようになるとはな」

「なによー麻子、その言い方」

「別に。感心してるだけだ」

 

 ダング免許こそ持っていたものの一般的な女子高生らしく機械だのATだのから程遠かった筈の沙織も、今は鼻先をグリスで黒く染めて工具を難なく振るっているのだ。心なしか体つきもマッシブになった気がする。元々可愛らしい少女だったが最近は少し凛々しさが加わった。

 

「じゃあ二個目はわたくしが行きます!」

「ゆかりんおねがーい」

「任せて下さい! わたくし、慣れていますから!」

 

 そんな沙織達の賑やかな声をBGMに、みほと華はと黙々と作業を続ける。

 ふたりとも芸道に身を置く娘らしく集中力は並外れている。

 ゴーグル越しに鋼と火を見つめ、仕損じぬように得物を操る。

 

「よし」

「こちらもです」

 

 二人はほぼ同時に互いの作業を終えた。

 鋼板に指を掛けてゆっくりと引っ張る。たがか板でも鋼の板だ。

 重く、そして硬い。うっかり脚の上にでも落とせば骨折は免れない。

 タイミングを合わせて外せば、重い鉄板がコンクリートに当たってドッグ全体に響き渡る。

 みほも華も、それに沙織、優花里、麻子も背中をビクリと震わせた。

 

「び、びっくりした」

「思わずノズルを落とすところでした」

「心臓に悪い」

「ご、ごめんね」

「思った以上にジンと来る音でした」

 

 しかしひとまず準備は整った。

 剥がされた鋼板の下の、マッスルシリンダーを確認する。

 ドッグタイプのそれは、降着機構を組み込むために余裕のある作りをしている。

 ポケットの大きさを目分量で測れば、やはりというかちょうどいい大きさだ。

 あんこう一同は、ファッティー由来の追加ブースター取り付けに取り掛かった。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 脚部が終われば、次は両手、腰、胴体、コックピット、頭部……である。

 休んでいる時間はない。

 

「それじゃあ、ここにMCA-628を入れて……」

「ちょっとまってみぽりん! それだとここのマッスルシリンダーのMAと干渉しちゃって危ないよ!」

「大丈夫! ここのパーツを押し上げて若干迂回させれば……」

「えー! それだと操縦席すごい狭くなっちゃうよー!? もーだいじょーぶ?」

「ATの操縦席が狭いのは元々だから、慣れてるかなって」

「いやいやそういう問題じゃないから。いくらなんでもこれは無理だから」

「そうかなぁ」

「そうだって!」

「……違う方法を考えてみる」

「私も考える! 役に立つか解かんないけど!」

 

 考えている時間もないが、考え無くてはならない。

 みほと沙織は顔を真っ赤にして考えて、どうしようもないので操縦席を狭くすることで妥協した。

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

「みほさん。腕部の装甲がいくらなんでも足りないのでは」

「それですが五十鈴殿。ATの総重量を考えるとどうしてもここは削らないと……」

「でも、これではヘビィマシンガンの反動にも腕がぶれてしまうんじゃ」

「そこは反動の少ないロケット系の武器を用いることで」

「……だが腕が脆いのは流石に困る。補強は必要だろうな」

「冷泉殿! ……ですが装甲をつけるとなると」

「……優花里さんがやってたみたいにすれば良いじゃないですか」

「え?」

「ほら、あの、戦車の脚に巻いてある蛇腹状の……ベルギーワッフルみたいな格子模様の」

「無限軌道ですか? ……なるほど。それに近いものならば!」

「……ベルギーワッフル?」

 

 麻子のツッコミは、快活なる優花里と華を前に虚しく宙に溶けた。

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

「ねぇ、みぽりんは中のコンピューターの仕事もあるんだから、先に休んでてよ」

「沙織さんもポリマーリンゲル液の仕事があるから、先に休んでて」

「いやみぽりんが」

「沙織さんが」

「みぽりんが」

「沙織さんが」

「みぽりんが」

「沙織さんが」

「……」

「……」

「二人で頑張って早く済ませよっか」

「……うん」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「んもーみぽりんたら結局最後まで全然休んでないじゃん!」

「ご、ごめんね。でも自分のATは自分で仕上げなきゃって……」

「隊長たるもの、時には人任せにするものですよ、みほさん」

「同感だな」

「わたくし、西住殿のご命令とあらばミヨイテ、パルミス、サンサ、オルム、ガレアデいずこなりとも行ってまいります!」

 

 とまぁ話している少女たちが座り込みながら見上げる先。

 鼻先指先髪先、着ている上下に柔い肌まで黒い油に汚れたみほたちが見上げるのが、一晩費やした彼女らの作品、そのまだ点睛(てんせい)を欠きながらも堂々たる姿で屹立している。

 スラッシュドッグ――とは随分と勝手が違う見た目だが、それでもATには相違なかった。

 

 背にはドロッパーズフォールディングガンを背負い、顔はみほ愛用のステレオスコープ仕様。

 一見するとパープルベアーのそれに似たプロポーションは、しかしより細部に(わた)って装甲の減量化が行われている。しかし急所の防御力を上げるべく、所々から伸びた三角形状のパーツの先には、ちょうどフックに引っ掛ける要領で追加装甲が備わっていた。ちょうど古い兵器である戦車の追加装甲『シュルツェン』の要領だが、一定のダメージを受けると勝手に外れて、本体への衝撃を緩和する仕組みだ。

 色合いは余っていた焦げ茶色の塗料で一色に塗られ、一転、ベアータイプながら地味な装いになっている。

 

「この子、名前はどうするの?」

 

 沙織に言われて、みほはきょとんとした。

 そんなことは、まるで考えていなかった。

 

「そうだね」

 

 みほは逡巡した。

 

「この子の名前は――」

 

 

 




 新たなる愛機、新たなる戦友
 迫り来る苦境を前に、大洗は乗り越えるべく備える
 見慣れぬ奇怪な鋼の五体。名前すらなきその鋼の騎兵に
 みほは、叫んだ。――と。

 次回『名前』。かくして役者は全てが揃う


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第58話 『名前』

 

 黒く透明なバックグラウンドの上を、滑るように流れ落ちる黄色の文字列。

 それは数字でもアルファベットでもない、標準アストラーダ文字と呼ばれる異星の文字であった。

 しかしATというメカが星の海を越えてこの地球へとやってきたものである以上、これに関わる者はこの異郷の言葉に通じていなければならなかった。

 沙織は赤縁メガネ越しにモニターを睨みつけ、タッチペンでこめかみのあたりをグリグリと掻いた。

 

「やだもー! なんで標準アストラーダ文字ってこうもわかりづらいのよー!」

「よくそれで試験をパスできたもんだな」

 

 傍らの麻子が呆れたように言った。

 

「だって試験の問題文は日本語で書いてあるから何とかなったんだもん! でも制御コンピューターは全文アストラーダ語だなんて聞いてないよー!」

「全く……吼えているところ悪いが、またミス発見だ」

「や だ も ー ! 」

 

 沙織のポータブルPCから有線接続された出力機から、次々と吐き出される紙テープ。

 そこにパンチされた内容を読み取って麻子が冷静に告げるのに、沙織は髪の毛をくしゃくしゃと掻き乱した。

 今二人が取り掛かっているのは、みほの新造AT用のポリマーリンゲル液の配合比率の割り出しだ。

 単にATを動かすだけならばレディメイドのものでも十分であるが、しかし相手はあの黒森峰であり、みほの新造ATはそれを想定した特注機だ。当然、使うポリマーリンゲル液も特別なものでなくてはならないのだ。

 沙織は大洗で唯一の「PR液取り扱い免許」持ちだ。その気になれば舐めて舌でその品質を見極めることすら出来る。しかし、PR液調合において人間の感覚が求められるのは最後の最後。大半は地味なこうした計算作業だった。

 

「や だ も ー ! 」

 

 またも沙織の叫びが、大洗学園艦に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第58話 『名前』

 

 

 

 

 

 

 

「武部殿は大丈夫ですかね?」

「大丈夫ですよ沙織さんなら」

 

 優花里が心配そうに言うのに対し、華の答えはしれっとしたものだった。

 沙織達が作業している場所からは結構離れているはずなのだが、優花里たちの耳にも彼女の叫びはハッキリと聞こえてくる。だが華はと慣れているらしく涼しい顔のまま己の仕事を黙々と続ける。

 みほはコンピューターとミッションディスクの作業のために外れ、沙織と麻子はPR液の調整のために外れたので、優花里のATは彼女と華の二人で作っている状況だ。

 これは優花里自身が提案したことでもある。

 みほの機体はコレほどまで無いほどにチューンを施したATであったために、優花里のほうは敢えて個人的嗜好を抑えてシンプルなコンセプトのATにすると決めたのだ。

 

「沙織さんはああ見えて結構タフですから」

「そうなんですか?」

「はい。どれだけフラレようとへこたれません。まぁそもそもモテたこともないからフラれた経験もゼロでしょうけど」

 

 しれっと毒を吐いている華ではあるが、それは沙織相手ならばこの程度のこと大丈夫だろうという信頼感があるからだ。伊達に友達をやってはいない。

 

「優花里さん。ここの装甲も剥がしてしまってよろしいのでしょうか」

「あ、はい。ぜひお願いします」

 

 華はバール一本のみを使って、器用にスコープドッグ脚部の装甲板を引き剥がしていく。

 こういう作業の時の華は実に輝いている。なにせ彼女の怪力にかかればほとんどの作業で道具いらずなのだ。

 それにしても華と優花里の二人と言えば珍しい組合せと見えるが、実はそうではない。

 あんこう分隊のメンバー同士となってからは、その繋がりでこれまでなかった組み合わせで行動することも増えているのだから。

 

「それにしても随分と装甲を取ってしまわれるんですね。これじゃ殆ど裸です」

 

 沙織さんなら、やだもーえっちーとか言いそうな状況ですね、などと冗談を飛ばしながらも華はベリベリと装甲板を引き剥がし続ける。機体構成はドッグタイプのパーツを寄せ集めてのオーソドックスなスコープドッグではあるのだが、しかしその装甲の薄さはただでさえ装甲の薄いATとしても異常なレベルだ。

 装甲の減らしようのない頭部以外のあらゆる部分から装甲板が取り外され骨格とマッスルシリンダーがほぼ丸見えの状態になっている。軽量化としても限度を超えたレベルであった。

 

「問題はありません。これで覆いますから」

 

 そう言って優花里がどこからか取り出したのは、迷彩色のビニールシート状の布である。

 かなりの大きさがありそうな代物だ。

 

「それは?」

「カーボンコーティングシートです。基本的にはただのナイロンなんですけど、表面にカーボン加工が施されているので頑丈です。装甲騎兵道の試合規則もちゃんと満たしてるんですよ」

 

 これにはさすがの華も眉をひそめた。

 いくらカーボン加工が施されているとはいえナイロンはナイロンである。

 そんなもので覆った程度で果たして大丈夫なものなのだろうか。

 

「五十鈴殿のご懸念は解りますが、まったく問題はありません。これは『パジャマ』と呼ばれるれっきとしたスコープドッグ改造法のひとつなんですよ!」

「パジャマ……ですか?」

「はい。パジャマです」

 

 優花里は得意気にそう言った。

 

「ある意味、ATというメカのコンセプトに一番忠実な改造法なんです!」

 

 優花里が言うには、装甲を外すことで重量を軽減し速力を劇的に向上させる。

 総重量が軽くなった分、強力な火器を搭載できるために攻撃力も向上する。

 足りない防御力はスピードで補う。つまり当たらないのが前提で戦えばいい。

 そこれこそが『パジャマ改造法』! ……ということであった。

 

「黒森峰の攻撃は熾烈です。わたしの操縦技術では、下手に防御力を上げても意味がありません。むしろ速力が落ちれば的になる可能性が大です」

「だからこんな改造を?」

「西住殿を支援するならば、これ以上に適したATはありませんから!」

 

 優花里は力説した。

 華も、彼女の言葉の強さに、何となくそんな気分になってきていた。

 

「それじゃあ、仕上げにかかりましょうか」

「解りました。丁寧にやりましょう」

 

 二人は並べられたパーツへと、シートを取り付けていく作業に取り掛かるのだった。 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

「西住さん……」

「? 猫田さん、どうしました?」

 

 不意に呼びかけられて、みほはねこにゃーのほうへと目を向けた。

 相変わらずの瓶底眼鏡に猫耳という不思議な姿がそこにある。

 

「ボクたちも今からから手伝えないかなって思って……ATの操縦法は一応知ってるし……」

 

 そうゴニョゴニョと彼女が言ってきたのは、みほと共にミッションディスクのプログラミングをしている所だった。

 ももがーにぴよたんと、いつもの相方達も一緒だ。

 例の新造機を始め、今度の試合に必要なミッションディスクを組むために、みほはまたも彼女たちに協力を要請したのだから。

 

「こういう裏方仕事以外でも、ぜひともお手伝いしたいって思って……学校がこのままだと危ないって聞いたし……」

 

 学園艦廃艦の噂は、どこからともなく広まって今や大洗の皆の知る所になっている。

 ねこにゃー達にも何か思う所があったらしかった。

 

「ありがとう。でもATの数が足りなくて……」

 

 みほがそういうのに、ねこにゃーは小首をかしげて聞いた。

 

「あのATは使えないのかな?」

「あのAT?」

 

 ねこにゃーが言っているATとやらが、みほには良くわからない。

 

「ほら、中庭に飾ってあるやつは――」

 

 言われて、みほはねこにゃーが言う意味を理解した。

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 4人連れ立って行ってみれば、いつもと変わらぬ様子で目当てのAT達は鎮座していた。

 モニュメントのようにそれぞれがポーズをとって鎮座している光景は、やはりというかモニュメントとしか見えない。

 白銀の騎士然としたATに、左右非対称なドッグタイプ、手に大鎌を携えた死神然とした異形のAT。

 いずれも、往年のバトリング名選手の愛機を象ったATばかりだ。

 ――レイジング プリンス。

 ――トロピカル サルタン。

 ――ヘルミッショネル。

 それがこれらのATの名前であった。

 

「これ、モニュメントだと思ってた」

 

 みほが思わず口から漏らしたように、当たり前のようにここに居たが故に、ずっと単なるオブジェとしか見ていなかったのだ。しかし、もしも本当に動くというのなら――。

 みほは恐る恐る、スイッチに手を伸ばしてみた。

 

「!」

 

 果たして、コックピットハッチが淀みなく開いたのだ。 

 それは三機のAT揃ってそうであった。

 カーボンコーティング故に、野外に吹きっさらしであっても劣化を免れたのだろう。

 それにしても、灯台下暗しとはこのことか。

 

「それじゃあ……よろしくお願いします」

 

 みほが言えば、ねこにゃー達は三人揃ってハイタッチした。

 予期せぬ形での、新たなる仲間たちの参戦であった。

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

「ねぇみんな!」

 

 その夜、みほの部屋であんこう分隊の会合を開いていた時だった。

 みほが嬉々とした様子で切り出したのに、一同は揃って言った。

 

「駄目だよみぽりん」

「駄目ですみほさん」

「駄目です西住殿」

「駄目だ西住さん」

 

 揃って出てきた否定に、みほは面食らった。

 

「え……私、まだなにも」

「みぽりんの新ATの名前でしょ? ボコにしたいって言うんでしょ」

「うん! 沙織さん解ってくれたんだ! ボコって名前に――」

 

 みほが目を輝かせて言うのを、沙織達は一撃で斬って捨てた。

 

「駄目」

「だめです」

「だめですよ」

「駄目だな」

「なんで!?」

 

 みほには解らない。なぜ皆がボコを否定するのか。

 

「だってみぽりん。前に見せてもらったけど、ボコって最後には絶対に負けるんでしょ?」

「それがボコだから……でも! ボコはどれだけ負けてもめげずに――」

「でも負けるんでしょ?」

「……うん。でもね!」

 

 みほが食い下がるのを、沙織達は手で制した。

 

「そんな絶対負けるキャラの名前、このここ一番で使うには不吉過ぎるから!」

「そんな!」

「いえみほさん。わたくしもボコさんの名前を使うのは悪すぎるかと」

「華さんまで!」

「西住殿、わたくしも同感です。ボコは嫌いではありませんが、この状況では……」

「優花里さん!」

「どうせなら縁起の良い名前にすべきだろうな」

「麻子さんまで!?」

 

 みほ的にはまさかの全否定に、瞳のハイライトが消える心持ちであった。

 

「同じ熊ならまだく○もんの方がマシだよね。みぽりんの地元だし」

「いっそア○イッペでよろしいかと。地元ですから」

「梨汁ブシャー! ですね」

「秋山さん。それは違うキャラだ」

 

 く○もんよりもボコのほうが絶対に良いのに!

 そんなみほの心の叫びは皆に届かなかった。

 

「そういえばエルヴィン殿が、西住殿の新ATを見て、第二次世界大戦のドイツ戦車に似てるっておっしゃってました。確か、四号H型……とか」

「じゃあ四号でいんじゃない! 解りやすいし!」

「四号ならぬマーク4ならどうでしょう」

「最後にはスペシャルとかつけたらどうだ」

「あ! 採用! それでいこうよ」

 

 沙織の鶴の一声で、みほのATは「Mk.4スペシャル」と相成った。

 その日、みほはずっと落ち込んだ様子であったことだけは記しておこう。

 

 そしてそうこう言う内に、早くも決戦の日がやってくるのであった。

 

 

 





 戦いの質が変わる
 戦いのスケールが変わる
 ぶつかりあう鋼と鋼
 大地埋め尽くす鉄騎兵
 百をも超える鋼鉄の軍勢に
 大地が裂け、そして吼える
 みほまた吼える。勝利を求め、ただ吼える

 次回『決勝』 もう、後戻りはできない 


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第59話 『決勝』

 

 決戦前日。

 この日は大洗でも練習を休んで、明日への準備に使う日となっていた。

 校庭にAT達が一列に並べられ、一斉に点検が施されている。

 大洗女子学園装甲騎兵道チーム、全32機。

 その内訳は以下のようになる。

 

【あんこう分隊】

みほ:パープルベアーMk.Ⅳスペシャル

沙織:スコープドッグレッドショルダーカスタム

華:スコープドッグwith自家製スペード

優花里:パジャマドッグ

麻子:黒森峰仕様タイプ20

 

【カエルさん分隊】

典子:黒森峰仕様タイプ20

忍:黒森峰仕様タイプ20

妙子:黒森峰仕様タイプ20

あけび:黒森峰仕様タイプ20

 

【カメさん分隊】

杏:黒森峰仕様バーグラリードッグ

柚子:黒森峰仕様バーグラリードッグ

桃:黒森峰仕様バーグラリードッグ(砲無し)

 

【ウサギさん分隊】

梓:スタンディングトータス

あゆみ:スタンディングトータス

紗希:スタンディングトータス

桂利奈:スタンディングトータス

優季:スタンディングトータス

あや:スタンディングトータス

 

【ニワトリさん分隊】

カエサル:ベルゼルガ・プレトリオ

エルヴィン:ベルゼルガ・イミテイト

左衛門佐:黒森峰仕様タイプ20

おりょう:黒森峰仕様タイプ20

 

【ヒバリさん分隊】

そど子:バウンティドッグ

パゾ美:バウンティドッグ

ゴモヨ:バウンティドッグ

 

【ウワバミさん分隊】

ナカジマ:ストロングバッカス改

スズキ:ストロングバッカス改

ホシノ:ストロングバッカス改

ツチヤ:ストロングバッカス改

 

【アリクイさん分隊】

ねこにゃー:レイジング プリンス

ももがー:ヘルミッショネル

ぴよたん:トロピカル サルタン

 

 以上32機。

 100機投入してくるであろう黒森峰と比べれば、あまりに頼りのない陣容。

 しかし、今はこの戦力で戦い抜くほかないのだ。

 みほは現実を前にして、改めて決意を固めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 第59話 『決勝』

 

 

 

 

 

 

 

 ついに来るべき日はやってきた。

 泣いても笑ってもこれが最終決戦。大洗の命運はこの日決するのだ。

 長い列車での旅を経て、大洗装甲騎兵道チーム一同は、この地へとやってきた。

 百年戦争の古戦場……かつて実際に鉄の騎兵が蠢いていた土地である。

 装甲騎兵道の決勝にはもってこいの場所であった。

 

「随分と広い場所なんですね」

 

 華がそう漏らしたように、今度の試合場は実に広大だ。

 何せ、最大百対百の二百機のATがぶつかりあう試合場である。当然、広くとらねば溢れてしまう。

 廃墟と化した市街地を北西部に有する試合場には、北から西へと斜めに流れる川があり、試合場中央部には巨大な台地が広がっている。

 北東部と南西部にはそれぞれ山があり、特に廃鉱山である南西部の山は大きい。

 戦略上、真っ先に確保すべき地点なのは間違いないだろう。

 

「……」

 

 みほは振り返った。

 急場拵えのプレハブドッグには、大洗のAT達が並べられ、最終チェックを受けているところであった。

 自動車部の皆が走り回り、その指示を受けて皆も動き回っている。

 あんこうチームの皆……といっても華、沙織、麻子の三人であるが……は華のスコープドッグのチェックにとりかかっている所であった。その背中に取り付けられた、『スペード』のチェックをしているのだ。

 スペード……駐鋤(ちゅうじょ)と言えば野戦砲用の反動制御補助脚のことである。

 アンチ・マテリアル・キャノンを用いるのであれば、本来、ATにもこれを取り付けねばならない。

 しかし華はと言えばこれまではスペード無しでアンチ・マテリアル・キャノンを使いこなしていたのだ。それ自体は見事なことであるが、しかし黒森峰を相手とする段となって、そうも言っていられなくなった。

 みほと優花里のATをこしらえた後、余ったパーツで自家製のスペードを完成させたのは試合の数日前のこと。

 一通りの動作テストは済ませてあるが、本番で壊れては洒落にならない。入念なチェックが欠かせなかった。

 だが、いつもなら誰よりも率先して作業の先陣を切る少女の姿が、今はない。

 優花里だ。彼女には珍しいことだが、今はこの場にいないのだ。

 秋山優花里は、誰よりも皆のことを、チームのことを、そしてみほのことを優先して行動する。そんな彼女が、自分の都合でいなくなるのは本当に稀なことだ。

 申し訳ないと謝る彼女を、みほ達は暖かく送り出した。

 いつもの彼女の頑張りを思えば、当然のことだった。

 どんな理由であれ、彼女にとって大事なことならば、優先させてあげるべきだろう。

 みほは心のどここかにほんのちょっぴり寂しさを感じながらも、確かにそう思うのだった。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 逸見エリカにとっても今日は待ちに待った特別な日であった。

 あの、西住みほと、アイツとついに真っ向対決する……そんな特別な戦いの日であった。

 だからエリカは、朝から決意を固めてここに来た。

 アイツと戦う……そんな決意を固めてここに来た。

 果たして、そんな彼女をニコニコで出迎えたのは、そんな決意を固めて戦う相手の一番の友だちみたいな少女だった。エリカ的にはノコノコとエリカの前に現れた彼女が、例の天真爛漫な笑みでこちらに向けると、開口一番。

 

「逸見殿! お久しぶりですー!」

 

 と笑いながら手をふりふり言いやがってくれたのである。

 これには、近くにいいた黒森峰選手が一斉に自分の方を見てきたので、慌ててエリカは優花里の手を引くと、彼女を木陰まで連れて行った。そしてなぜか嬉しそうな彼女を前に、エリカは思わず大声をあげていた。

 

「バッカじゃないの貴女! ここをどこだと、今をいつだと思ってるのよ!」

「え!?」

「え? じゃないわよ! あのね、貴女と私は今日敵同士なの! 今日互いに戦う相手なの! そんな風にヘラヘラと挨拶に来るような状況じゃないでしょうが!」

「そ、そんな……」

 

 ――まただ。

 自分がこう言うと決まって優花里は傷ついたような顔をする。

 それを見るたびエリカは戸惑うのだ。なんだこれは。これじゃ自分が悪者じゃないか。

 

「そんなおかしいです! ATを降りたら私たちは同じボトムズ乗り同士の仲間じゃないんですか!」

「んなわけあるか! 今日は試合の日なのよ! 貴女、もう少し殺気というか闘志というか、そういうのはないわけ!?」

 

 ああ、こういう声を荒らげるのは自分のキャラではない。

 私はこう見えて冷静沈着な副隊長で通っているのだ。確かに試合中に怒鳴りつけることはあっても、それは状況が必要としているからに過ぎない。だが優花里のなかの自分は、常に怒っているキャラになっているような気がする。それが実に不本意だ。

 どうにもこの優花里という少女には調子が狂う。

 何せエリカの周りには、こういうストレートでなんの目論見も裏もない好意を向けてくる相手など殆ど居ないから。

 黒森峰は徹底した実力主義だ。あの西住みほですら、一度のミスでその地位を失い、結果的に彼女は学校を去るまでに追い込まれてしまった。エリカが副隊長の座にあるのは何もなりゆきだけが要因ではない。彼女がこの地位を保つために人一倍努力を重ねているからだ。

 優花里のことは嫌いではない。

 嫌いではないが、彼女の険のなさがエリカの調子を狂わせる。

 今思えば、みほにもそんな所があった気がする。

 

「エリカ、どうした」

「え、あ、隊長!?」

 

 そしてよりにもよってこんな場面に現れたのは、我が敬愛する西住まほ隊長その人ではないか!

 相変わらず一部の隙もなく黒森峰の制服を着こなした彼女は、優花里の制服とエリカの制服を見比べて、ちょっとだけ不思議そうな様子でこう言った。

 

「そうか。エリカも大洗女子学園に友達がいたんだな」

「へ?」

 

 意外というか、そういう言葉が隊長の口から出てくるとは予想外だった。

 何と答えたものだろう。エリカはちらりと横目に優花里の顔を見た。

 期待半分不安半分なうるうるとした目でこっちを見てくる優花里に押されて、エリカは思わずこう言っていた。

 

「はい。彼女は大洗での私の友人です。以前に知り合う機会がありまして」

 

 ぱぁっと優花里の顔が明るくなったのが、見ないでも解った。

 まほは顔を僅かに綻ばせ、本当に微かな微笑を浮かべると、エリカを窘め言った。

 

「そうか。それならばエリカ、さっきの態度は歓心できないな」

「はい!?」

 

 変な声で返事をしてしまったエリカだが、しかしそれはそれだけ驚いていたからだ。

 目を丸くし、変な顔になったエリカには特に何の反応も見せず、まほはただ静かに言葉を続けた。

 

「装甲騎兵道は礼に始まり、礼に終わる。だが武道を修める者として、試合の外にあっても礼儀正しさは必須だ。いかに試合の前で気が昂ぶっているとはいえ、友人を怒鳴りつけるのはよくない」

「  」

 

 唖然であった。

 いや、言っていることは真っ当ながら、よもや西住まほ隊長からそんな言葉が出てくるとは予想外にも程がある。

 だって貴女自身、四六時中殺気と厳しさの塊みたいな人じゃないですか。いや、根が優しいのはご存知ですけど。それにしたっていつも無表情で雰囲気は人を寄せ付けないですし――。

 そんな想いがエリカの胸中に渦巻いているのを知ってか知らずか、まほはエリカの肩をポンと叩くと言った。

 

「肩に力が入りすぎだ。少しリラックスするといい。それにええと……君は確かみほの部隊の――」

「あ、わたくし、妹殿の西住みほ殿の部隊員をさせていただいております、秋山優花里と言います! あの西住まほ選手と直接会えて、わたくし、光栄でありますぅ!」

「そうか」

 

 まほはあっさりと返した。

 

「みほとエリカを頼んだぞ。ふたりとも方向性は違うが、不器用なのには変わりはないからな」

 

 それを貴女が仰りますか、とはエリカの素直な心情であった。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「~♪」

「……」

 

 いったい私はなにをやっているのか。

 そんな事を思いながらも、目の前の鉄板上で芳香を立てる洋麺の魅力には逆らえず、黙々とフォークを動かす。

 

「いやぁ相変わらず絶品ですね!」

「だろうぅ~!」

 

 優花里が言うのに対し、コックコート姿のボーイッシュなアンツィオ生徒――確か装甲騎兵道チームの副官だったような――は胸を張って得意げな様子だった。

 全国大会の決勝戦ともならば観戦客もこれまでの戦いとは比較にならなくなる。

 そのチャンスを、万年金欠で小遣い稼ぎには目のないアンツィオが見逃すはずもなく、ここら周辺にはアンツィオから出張してきた屋台が軒を連ねている。ついさっき、アンツィオの隊長が幟旗で飾り立てたアストラッド戦車で宣伝に回っていたのを見かけた程であった。

 

「今日は大洗の応援も兼ねてるっすからねー! さぁもりもりたべてもりもり元気出してもらわないとー!」

「ありがとうございます! 今度、練習試合などもできたらいいですね!」

「……」

 

 それにしてもアンツィオにも知り合いがいるとは、秋山優花里という少女は顔が広いらしい。

 鉄板ナポリタンを食べながら、ケチャップで口元が赤くなっている優花里を横目に見た。

 本当に変わった少女であるし、大いにこっちを引っ掻き回してくれる。

 だが、悪い気もしないのは、徹底して優花里に悪意がないからだろうか。

 

「あっちで座って食べませんか」

「そうね」

 

 誘われるまま、揃ってベンチに腰掛けてアンツィオ名物鉄板ナポリタンを二人は味わった。

 名物と名乗るだけあって確かに旨い。アンツィオは装甲騎兵道は弱いが飯は旨いというのがもっぱらの評判だった。

 

「……どうしても、試合を前にしてお伝えしたいことがありまして、それでここまで来たんです」

 

 優花里は現れた時と同じように唐突に言った。

 

「逸見殿が、去年のことで西住殿に何か(わだかま)りを抱いているのは知っています。部外者が口出しすべきことではないことも……」

「……」

 

 エリカは黙って優花里の言葉を待つことにした。

 

「でも、それでも私は、去年の西住殿がやったことは間違ってはいなかった思っていますし、今度の試合には過去の禍根を持ち込むようなことはしたくないって、わたくし、その思ってしまいましてですね……その」

 

 何やら肝心の部分になると、優花里は急にしどろもどろになった。

 人一倍度胸があって快活な少女なのに、こういう場面では慌てるとは意外だった。

 

「とにかく、西住殿にも逸見殿にも、去年のことなどは関係なしに、精一杯正面から装甲騎兵道の試合をしてもらいたい! わ、わたくしが言いたいことはそれだけです!」

 

 顔を真っ赤っ赤にして、優花里は一気に言い切った。

 エリカは少し間を空けて、返事した。

 

「そんなの当たり前じゃないの」

「え」

「いざ試合が始まれば、余計なことを考えている余裕は元々ないわ。ましてや西住みほが相手ならばね」

「逸見殿……」

「ま、でもアイツの装甲騎兵道は邪道よ。それを王道で叩き潰すだけだわ」

 

 本当にそれだけだ。

 黒森峰の戦い方は王者の戦い方だ。

 それを、ただ貫くだけだった。

 

「あんたも気を引き締めてかかってきなさい」

「はい!」

 

 嬉しそうに優花里が言うのに、やっぱりエリカは調子が狂う心持ちであった。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「たのもぉ~!」

 

 そんな呼び声に振り向けけば、彼方から砂塵を上げてこちらに近づく車影がひとつ。

 その特徴的なシルエットに、来客が誰かはみほには直ぐに解った。

 

「安斎さん!」

「何しにきた安斎」

 

 みほがその名を呼んで、たまたま傍らにいた桃もその名を呼んだ。

 

「安斎じゃなくてアンチョビ! アンチョビ! 何度言えば良いんだ!」

 

 言いつつも怒っている様子はない。

 アストラッドからピョンと飛び降りると、つぶさにみほの表情を観察し、うんうんと一人頷いた。

 

「元気も良さそうだし、緊張している様子もない。流石は西住流といったところだな!」

 

 安心した安心したと重ねて言う所を見ると、どうやらアンチョビは激励に来てくれたようだ。

 

「応援してるぞ! このアストラッドを破って決勝戦まで勝ち上がったんだ! 黒森峰だろうとみほならば一捻りだ!」

「ありがとうございます」

 

 アンチョビが右手を差し出すのを、みほは握り返した。

 

「あっちこっちに屋台を出しているから、てっきり商売で来ているものだと思っていたが」

 

 桃が言うのに、フフンと笑いながらアンチョビは顔を横に振った。

 

「それもあるが、メインは大洗への応援だ。それを証拠に、御覧じろ!」

 

 アンチョビが例の指揮鞭の指す先には、アストラッドに括りつけられた鮟鱇型アドバルーンがある。

 鮟鱇は大洗の象徴だ。

 

「今回は特別メニューに鮟鱇の肝いりパスタも揃えてあるぞ! あと杏との約束通りに干し芋パスタもだ!」

 

 宣伝用の幟旗にもハッキリと、干し芋パスタやあんこうパスタの文字が見える。

 今回の為にわざわざ作ったのだと思えば、実に手の込んだことだ。

 

「材料は全て大洗の商店から購入した。つまり地域振興にもなる! これぞアンツィオ流の応援術だ!」

「……商工会に代わって、礼は言おう」

 

 桃にしては珍しくあっさりと礼を言った。

 商工会にはこれまでの試合の後援でも世話になりっぱなしだ。こういうやりかたは素直にありがたい。

 

「まだあるぞ。応援に来ているのは何も私達だけじゃない」

 

 アンチョビの呼び声に応じて、戦車のハッチが開き次々と乗客たちが顔を見せる。

 

「数日ぶりですわね」

「HEY、みほ!」

「ミホーシャ、カチューシャが来てあげたんだから!」

 

 ダージリンにオレンジペコ。

 ケイにナオミにアリサ。

 そしてカチューシャにノンナ。

 後からは「たかちゃーん!」と言いながらカルパッチョも顔を出してきた。

 

「みなさん!?」

 

 みほが驚き顔になったのに、アンチョビは得意満面だ。

 

「応援に来たいと聞いたので、どうせならばと同乗してもらった」

「アストラッドに乗れると聞いたら、是非にと思いまして」

「一度、これの運転をしてみたかったのもあるけどね!」

「ま、一度は乗ってみるのも悪くはないかなって思っただけよ」

 

 確かにアストラッドを操縦する機会はそうそうないから、ボトムズ乗りならば乗ってみたいのも同意だった。

 ダージリン達は次々とみほの前に立つと、それぞれの激励の言葉を順々に述べていく。

 

「『悲観主義者はあらゆる機会の中に問題を見い出すが、楽観主義者はあらゆる問題の中に機会を見い出す』」

「チャーチルですね」

「状況は悪いけれど、必ずや勝機はあるわ。まぁわたくしがわざわざ言わずとも、みほさんならば常に実践していることでしょうけど」

「そうよ! みほの戦術眼はジョージ・パットン級なんだから。今回もExcitingでCrazyな戦い方、期待してるわよ!」

「何よりもこのカチューシャに勝った以上、決勝だって勝たないと承知しないんだから! このカチューシャが応援に来た以上は絶対に勝ちなさいよ! 負けたらシベリアでチヂリウム掘らせるんだから!」

 

 口々に言いながら差し出された手を、みほは握り返す。

 彼女らは一様に笑っている。それは単にみほを励まそうと思ってそうしているのではなくて、彼女らは確信しているからであった。みほならば、きっとのあの黒森峰相手にも一矢報いてくれるだろうと。

 

「それでは御機嫌よう。試合、陰ながら応援させて頂きますわ」

「最初から最後まで、ばっちりと観戦させてもらうわね!」

「じゃあねぇ~ピロシキ~」

「До свидания」

 

 みほは皆へと一礼しつつ言った。

 

「みなさん、ありがとうございます! 頑張ります!」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 そうこう言っている内に、遂に来るべき時がやってきた。

 十メートルほど間を空けて、相対する二つの戦列。

 戦力の差は明らか。

 黒を基調とした耐圧服に身を包んだ大洗女子学園は若干32名。

 対する伝統的な赤い耐圧服に身を包んだ黒森峰女学園は総勢100名。

 決勝戦のエントリー上限まで投入された黒森峰の戦力は圧巻で、ずらりと並んだ赤い百人の威圧感よ。

 だが、みほは若干表情を固くしつつも、それでも緊張に固まった様子は見られない。

 堂々たる様子でみほは審判たちの控える場所まで桃を伴って歩を進める。

 反対側からも、懐かしい赤い耐圧服姿のまほに、特注製の青い耐圧服姿のエリカが歩み寄ってくる。

 蝶野亜美に審判三人娘を間に、両校の代表が向かい合った。

 

「――」

 

 エリカの口が何がしか言おうと動き、止まった。

 これにはみほは却って戸惑った。皮肉や嫌味の一つは言われるのを覚悟していたから。

 

「それでは正々堂々戦いましょう」

 

 戸惑いからぬけ出すまもなく、蝶野亜美が言うのに、みほは大声を伴って一礼した。

 

「よろしくお願いします!」

 

 これに続いて131名のボトムズ乗り達が一斉に一礼し、叫んだ。

 

「 よ ろ し く お 願 い し ま す ! 」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 エリカが皮肉や嫌味を言うのを止めたのは、まほの言葉が脳裏に引っかかっていたからだ。

 装甲騎兵道は礼に始まり礼に終わる、と。

 だから今度ばかりは自重した。

 それが何だ。アイツめ、こっちが自重したらしたで意外そうな戸惑い顔をしやがって。

 お前の中の私はいったい、どういう人間になっているのかと。

 

「行くぞ」

「はい」

 

 礼を交わして、互いに背を向けて互いのチームへと戻る。

 だが不完全燃焼感のあったエリカは、敢えて歩みを止めて、振り返りながら何故か立ち止まったままのみほへと言った。

 

「邪道は叩き潰してやるから」

 

 そう言うのが精一杯だったが、途端にみほは安心したような顔になった。

 なーんだ、いつものエリカさんだ、と。

 エリカは壮絶にムカついて、頬をふくらませながらプンスカとガニ股怒り肩で戦列に戻った。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「みほさん!」

 

 戻ろうとしたみほを、駆け寄ってきた赤い耐圧服姿が呼び止めた。

 ヘルメットを被ってしまうと誰だか解らないが、その声にみほは聞き覚えがあった。

 慌ててヘルメットを取ったその下にあったのは、赤星小梅の顔である。

 みほが去年の決勝戦で助けた少女だ。

 

「去年のこと……本当にありがとうございました! ただ、それだけが言いたくて――」

 

 涙ぐみながらそう言う小梅の言葉に、みほの心の中の凍りついていた部分が溶け出す思いであった。

 ずっと胸に残っていたしこり。罪の意識が、解れていくような、そんな感覚。

 母は間違っていると言った。西住の流儀に倣えば、確かに間違っているかもしれない。

 それでもあの時、助けたかった。だから動いた。

 

「みほさんが装甲騎兵道を辞めてしまったかと思うと……本当にそれが申し訳なくって……」

 

 涙声で言う小梅に、みほは優しくこう返した。

 

「私は止めないよ」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 試合開始前の最終ブリーフィング。

 緊張した面持ちの皆を前に、みほは最後の作戦確認を行う。

 

「敵の黒森峰は速攻をその基本戦術としています。試合開始地点は離れていますが、例えそんな状況だろうと会敵までの時間に余裕はありません。とにかく迅速に動いて、先手を取る必要があります。まずは一路、廃鉱山を目指します。ここを確保できなければ、私たちに勝利はありえません。全力でまずはこの地を押さえます!」

 

 一同に作戦内容が染み渡ったのを確認して、みほは叫ぶ。

 

「それでは、全員、搭乗!」 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 陽光浴びて、並び立つ鉄騎兵。

 その二つの戦列の双方の先頭に立つ少女たちは、ほぼ同時に、同じ言葉を発した。

 それは古い戦車乗り達の言葉。

 伝統重んじる黒森峰がそれを受け継ぎ、戦いの鬨の声としてきた言葉。

 みほは敢えて、封印してきたその言葉を、ここで発した。

 

「「Panzer―― / 装甲騎兵―― 」」

 

 みほは、まほは、互いの誇りと意地にかけて、その言葉を発した。

 

「「――Vor!/――前進!」」

 

 決勝戦、ついに開幕。

 

 

 






 空を駆け、大地を走り、ただひたすらに前へ
 彼女らが目指すは、あの台地
 何よりも大事な、あの台地
 ここだ、ここが黒森峰の喉首だ
 必勝の覚悟を胸に、鋼の群れの先頭を行くは、いつも――みほ!

 次回『奪取』 兵は、神速を尊ぶか








久々に秋山優花里のAT講座をやる予定です


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第60話 『奪取』

 

 鳴り響く試合開始の号令。

 それを合図に、黒い戦列は一斉に走り始めた。

 総勢百機の大軍勢。回る車輪が巻き上げる土煙砂煙だけで辺り一面が覆われる勢いであり、彼女らが通った後は原野も耕された後のように剥き出しになってしまう。

 先頭を行くのは、黒いフラッグを掲げたブラッドサッカー。

 黒く塗り固められた黒森峰仕様のブラッドサッカーの戦列にあって唯一、右肩が赤く塗装されている。

 それこそが、彼女が精鋭黒森峰の隊長である証だ。

 西住まほの愛機であった。

 

「全機最大戦速。試合場中央部の台地を奪取する」

 

 まほから飛ばされる簡潔な指示に、麾下(きか)の選手たちは即座に応じた。

 黒森峰お得意の速攻戦術。フルスロットルで目指すは、試合場の中央部にある台地だ。

 ここが戦略上重要な地点となる。みほも狙ってくるだろう。だが、ここを押さえるのは自分たちが先だ。

 総勢百機もの大軍勢でありながら、その動きには全く淀みがない。

 日々重ねられた訓練と、鉄の規律のなせる技だった。

 

「第22分隊、遅れてるわよ!」

 

 それでも人のやることだけにミスもある。

 だがそこにはまほの後方に控えたエリカからの指示が飛び、即座に修正させる。

 彼女が駆るのは愛用の黒のストライクドッグ――をわざわざ決勝戦用に青く塗り直したモノだった。

 黒森峰の校章と、部隊番号である24の数字がスカートアーマーに染め抜かれている。

 従うのはスタンディングトータスをフルチューンした『スナッピングタートル』が3機。当然全てが青色だ。

 規律を重んじる黒森峰において、基本的にはパーソナルカラーなど許されない。

 それが許されたエリカは、例外となることが許容されるレベルの選手であるということであった。

 ――さて、ここで決勝戦に臨む黒森峰女学園装甲騎兵道チームの編成を改めて見てみよう。

 

 【第1分隊】西住まほ直属部隊4機

 ブラッドサッカー(レッドショルダー)×1

 ブラッドサッカー×3

 

 【第2分隊~第15分隊】総勢56機

 ブラッドサッカー×4×14

 

 【第16分隊~第18分隊】総勢12機

 バーグラリードッグ×4×3

 

 【第19分隊~第23分隊】総勢20機

 スコープドッグ黒森峰カスタム×4×5

 

 【第24分隊】逸見エリカ率いる精鋭突撃隊4機

 ストライクドッグ×1

 スナッピングタートル×3

 

 【第25分隊】シークレット部隊4機

 ???×1

 ???×3

 

 ――合計100機。

 第25分隊はこれまでの試合では参加することが無かった、黒森峰とっておきの部隊である。

 その編成内容すら秘密とされ、試合経過を伝える巨大モニター上でもクエッションマークが並んで詳細は不明であった。

 さらにやはり準決勝戦までは試合に出ていなかった、予備の旧型スコープドッグ部隊も今回はエントリーしている。新旧入り交じる形での、今の黒森峰の総戦力がこの試合場に集結していた。

 西住まほの号令一下、百の装甲騎兵は進む。

 対するみほも、大洗三十二機を率いて行動を開始する。

 百対三十二。

 常識で考えれば勝ち目のない戦いだが、しかし試合場を見つめる観客たちの視線は熱い。

 大洗女子学園はここに至るまでに、常識はずれの勝利を重ねてきた。

 ましてやそれを率いるのは、西住まほの妹、西住みほ。

 何もかもが型破りな、空前絶後の姉妹対決。

 ダージリンが、アンチョビが、ケイが、カチューシャが、蝶野亜美が、そして西住しほが見守る中、試合は動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第60話 『奪取』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、まほの予測に反して、みほが目指していたのは試合場中央の台地……ではなく、そのやや手前の廃鉱山であった。

 改めて試合場の地形について書けば、おおよそ以下のようになる。

 廃墟と化した市街地を北西部に有し、北から西へと斜めに流れる川があり、試合場中央部には巨大な台地が広がっている。北東部と南西部にはそれぞれ山があり、特に廃鉱山である南西部の山は大きい。

 みほの目的地は南西部の廃鉱山のほうだが、まほはこの廃鉱山にはあまり注目していなかった。

 確かに、戦略上重要な地点である。試合場内では一番標高が高い場所であるからだ。

 だが、かつて鉱山と使われていただけあって、山道などが整備されすぎている。つまり、登るのは容易ということだ。大洗は少数で数にまさる黒森峰に立ち向かう以上、必ず、地形を利用し陣地を構築し、城を枕に立ち向かってくるとまほは読んでいた。そう考えれば、廃鉱山は飽くまで通過点に過ぎない筈だ。

 廃鉱山上に偵察用の何機かは配置するかもしれないが、みほはここを通りすぎて必ず台地に向かうとまほは考える。試合中央部の台地は大きく、しかも地面は剥き出しで土砂で起伏に富んでいる。防御線を張るならここしか無い。

 戦略台地を先に獲った側が、試合の主導権を握る。

 みほはそのことは理解していた。そして自身の姉が、そんな自分の考えを読んでいるだろうことも。

 みほは思う。だからこそ、自分は姉の、まほの考えを上回らねばならない、と。

 そのための策を携えて、今日、試合に臨んだのだ。

 

『西住隊長、廃鉱山が見えてきました!』

 

 先行していたカエルさん分隊、典子から通信がみほの耳へと届く。

 ステレオスコープの倍率を上げれば、確かに見えてきた。

 幾つもの山道が周囲をめぐる廃鉱山。

 大洗のATであっても、この廃鉱山ならば簡単に登ることができる筈だ。

 単純なスピード勝負ではどれだけ急ごうと大洗に勝ち目はない。

 ならば、何らかの形でショートカットして、戦略台地に先回りをかける他はない。

 

「全機、廃鉱山北側に向かいます! 優花里さんにヒバリさん分隊は用意は良いですか?」

『任せてください、西住殿!』

『了解よ!』

 

 優花里とそど子からの力強い返事が来た。

 みほの作戦は彼女らがキーパーソンになる。

 優花里のATに、そど子らヒバリさん分隊のATは、その装備品が些か奇妙なモノとなっていた。

 パジャマスコープドッグの背中には、当初搭載されていた弾薬用ドラムの代わりに別のモノを背負っている。

 元は『ラウンドムーバー』であったのだろう。スコープドッグの宇宙空間戦闘用のジェットパックであるが、それを改造して下方向きにノズルを集中させたものであるらしかった。

 両の脇には幾重にも折りたたまれた板切れの塊のようなものを抱えている。

 ヒバリさん分隊のバウンティドッグはと言うと、基本的には元のバウンティドッグとは変わっていないが、装備の規模に関しては著しく拡張されている。背部には通常の数倍の大きさのワイヤーリールが備わっているのだ。既成品にはこんなものは無いので、廃材から拵えた自家製品らしい。使用するワイヤーは細くともカーボン加工が施されているから、リールの大きさから察するに相当な長さを伸ばすことが出来るだろう。ワイヤーの先のフックにはロケットが取り付けられ、長距離を飛ばすことが出来るように改造されていた。

 しかし優花里にしてもそど子達にしても、その謎の装備品が邪魔になって武器は一切携帯できないでいる。

 代わりにウサギさん分隊などが手分けして彼女らの武器を運んでいた。

 

『廃鉱山の麓に到着しました! まだ黒森峰の姿は見えません!』

 

 先鋒の典子からの再度入電。

 

(予定通り……かな)

 

 そう、ここまでは予定通りだ。

 台地までの到達競争はともかく、この廃鉱山ならば必ず自分たちが先にたどり着ける。

 だが黒森峰の動きは素早い。作戦の準備のために残された時間は僅かだ。

 

「カエルさん分隊はそのまま先行してください! 私達も後に続きます!」

 

 廃棄されて随分経つとの話であったが、山道は十分使用に耐えうる状態だった。

 みほを先頭に、優花里にヒバリ、沙織、華、麻子と続けばニワトリ、ウサギ、カメ、アリクイとすいすい登っていく。殿を務めるのはストロングバッカス改を駆るウワバミ分隊だ。

 廃鉱山北側斜面の中腹には、かつては重機や資材を置く用途であったろう広い踊り場があった。

 雑草がまばらに生い茂った荒れ地に、三十二機のATが勢揃いする。

 

『みぽりん!』

 

 沙織が叫ぶ方へとセンサーを向ければ、舞い上がる土埃が見えた。

 黒森峰だ。黒森峰の大軍勢だ。

 百の鋼の群れは今や戦略台地に迫りつつある。

 今からまともに地を走っても、先を越すことは不可能だ。

 ――ならば、それ以外の道をとる他はない。

 

『優花里さん!』

『はい! 五十鈴殿! 武部殿! お願いします!』

 

 優花里から例の折りたたまれた板切れ状のものを受け取った沙織機、華機は、それらを開き伸ばしていく。

 たちまちそれらは飛行機の翼のようなモノへと姿を変えた。

 ただし嫌に薄く、軽そうではあった。

 沙織達は二枚の翼状のものをパジャマスコープドッグの背中、例の改造ラウンドムーバーへと取り付けた。

 外れないように金具が正しく嵌っているのを確認した後、みほは叫んだ。

 

「これより、『ふわふわ作戦』を開始します!」

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

『目的地まであと僅か! 大洗側の機影は確認できません』

「当然よ。マシンのスピードがまるで違うんだから」

 

 先行する部隊からの入電に対し、エリカは獰猛な笑みを添えて返した。

 第25分隊を別働隊としつつ、依然96機の黒森峰部隊は試合場中央の台地までわずかの地点にまで迫っていた。このペースで進めば確実に黒森峰側が台地を先に奪取できる筈だ。

 

(そうなればどんだけアイツがじたばたしても何もかも無駄よ!)

 

 エリカの言うとおり、大洗側が黒森峰に勝利するには地の利の助けを借りるしか無い。

 だがその地の利を先に黒森峰が得てしまえば、もはや大洗には勝ち目がないと言うわけだ。

 みほのことだから、セカンドプランとして試合場北西部の市街地へと向かうかもしれないが、そこには別働隊の第25分隊が待ち構えている。第25分隊のATは特別だ。対プラウダを想定して用意された秘蔵の特別機だ。どれだけ西住みほが知恵を絞ろうとも、勝てる筈は――。

 

『ふ、副隊長!?』

 

 エリカの思考を遮ったのは、僚機から飛び込んできた慌て声だった。

 

「何? いったい何があったの?」

『あ、あれを! 空を、空を!』

 

 空?

 エリカはひとまず空へとカメラを向けることにした。

 そして視界に入ってきた光景に、我が目を疑い、驚きのあまり、思わず目をこすろうとした。

 拳がヘルメットにぶつかって、自分が馬鹿げたことをやらかしたのに毒づきつつ、センサーの倍率を上げて再び空を見た。

 ありえない光景がそこにあった。

 ATが――空を飛んでいる!?

 

「……バカじゃないの!?」

 

 思わず叫んでいた。

 ここにはいない西住みほへと向けて叫んでいた。

 いったいどこの誰が、ATに飛行機のような羽を背負わせて宙を舞わせるなどと考えるのか。

 果たして、迷彩色の布カバーに覆われた奇妙なスコープドッグが、背中から飛行機のような翼を左右に伸ばして空を駆け抜けているのだ。

 

『撃ち落とせ』

 

 そしてこんな状況でも、西住まほは冷静沈着だった。

 黒森峰の全選手が唖然とするなか、彼女だけは現状をありのままに受け止めていた。

 あの空飛ぶATが向かう先は、まほ達が目指す台地に他ならない。

 たかが一機先に乗り込まれてもどうということはないが、みほのことだ。必ず次の策を打ってくる。

 そうなる前に、叩く!

 

「攻撃開始!」

 

 エリカも冷静さを取り戻し、まほの命令を復唱する。

 一斉に手にした武器を構え、トリッガーを弾く。

 機関銃が火を吹き、砲が噴煙を上げる。だが命中弾はない。

 当然だ。装甲騎兵道のATは対空戦など想定していない。センサーは正常に機能せず、銃弾砲弾は何もない空中を飛び交うのみ!

 

「ッ!」

 

 エリカはストライクドッグのソリッドシューターを構え、狙いを絞った。

 ストライクドッグならではの高性能センサーをフル動員し、慣れぬ空中の標的をロックオンする。

 

「今!」

 

 エリカは撃った。

 そしてそれは命中した。

 相手の右の翼。そこを見事にぶち抜いた。

 だがエリカは叫んだ。

 

「なんでよ!?」

 

 翼を貫かれても、相手の動きは全く止まらない! 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「飛行機じゃないんです! そんなもの効きません!」

 

 強気の言葉とは裏腹に、優花里の頬を冷や汗が伝い、心臓は自身が感じられる程に高鳴っている。

 しかし、まだこのATは落ちていない。それで十分。あとほんの僅かな距離さえ保ちさえすれば。

 ――『ふわふわ作戦』。

 限界まで重量を減らした優花里機の特性を活かし、背中にグライダー用の翼を取り付け、改造ラウンドムーバーの力で離陸、あとは滑空して台地へと舞い降りる。

 装甲騎兵道の常識を無視した、あまりにも奇想天外な作戦は、最初聞かされた時は流石の優花里も驚いた。

 しかし優花里は即座に、みほからの任務を承知した。

 西住殿が、あの西住みほが直々に任せてくれた仕事だ。

 全身全霊をかけて遂行するのみだ。

 対空砲火をくぐり抜けて、見事、優花里は台地へと到達することに成功していた。

 ラウンドムーバーを使ったのは最初の離陸時だけ。そこで全燃料を使いきってATを飛ばし、後は風を受けて滑空するのである。エリカに撃たれても墜落しなかったのはこのためであった。

 

「……5、4、3、2、1」

 

 地表が近づいたことをセンサーが知らせ、ブザーが鳴り響く。

 視界の端に点灯するカウントダウンを復唱しながら、優花里は着陸態勢に入った。

 

「ゼロ!」

 

 着地と同時に降着し、落下時の衝撃を殺す。

 見事、優花里は台地へと降り立った。

 用済みの翼を取り外し、ラウンドムーバーも除装して、即座にみほへと無線を入れた。

 

「西住みほ殿! 不肖、秋山優花里! 作戦成功しました!」

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「……」

「……」

 

 ダージリンも、オレンジペコも、このまさかの試合展開には言葉も無かった。

 特に驚くべきはダージリンの反応だろう。彼女は常に優雅で、綽々(しゃくしゃく)としている。

 そんな彼女が、唖然とした顔のまま固まっているなど、滅多にないことだった。

 

「……ATって飛べたんですね」

「そのようね」

 

 ペコがかろうじてそんな言葉を発するのに、ダージリンもウィットに富んだ返しをする余裕もない。

 そうこう言っている内に、みほの作戦は次の段階に入っている。

 廃鉱山から台地へと向けて、打ち出される三発のロケット弾。

 白煙を引き、放物線を描いて飛ぶロケットには、ワイヤーが括りつけられている。

 ワイヤーのもとは、他ならぬダージリンが提供したバーグラリードッグだ。

 

「……さすがね、みほさん」

 

 ダージリンは素直に脱帽した。

 あんな使い方をするだなんて、いったい誰が考えつくだろう。

 三機のバーグラリードッグから発射されたワイヤーロケットは台地へと着弾、フックの先端を優花里が地面深くアームパンチを使って叩き込み、それが済むやいなや、みほは次なる行動を開始する。

 廃鉱山から台地へ。

 真っ直ぐに渡された三条のワイヤー。

 それを伝って、大洗のATは次々と、台地目掛けてゴンドラのように滑り降り始めたのだ。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「第16、第17、第18分隊に告ぐ。状況を報告しろ」

 

 まほは冷静だった。

 予想外の事態にも、即座に対策の手を打っていた。

 バーグラリードッグで構成された三個分隊を、試合場北東部の山へと即座に向かわせたのだ。

 廃鉱山と違って未開発の山地であるため、通常であれば登るのに時間がかかるだろう。

 だがバーグラリードッグにはトランプルリガーという、不整地でこそ真価を発揮する装備があるのだ。

 

『第16分隊、配置につきました』

『第17分隊、攻撃準備完了です』

『第18分隊、いつでもどうぞ!』

 

 まほの判断が迅速だったこともあり、既に三個分隊は所定の位置に到達したようだ。

 

「攻撃を開始せよ。目標、台地上の敵ATだ」

 

 ワイヤーを滑車で滑り降りている大洗のATに命中させるのは、この距離では不可能だろう。

 だが、台地に降りた直後の無防備な状態ならば当てることも出来るはずだ。

 

『了解! 攻撃開始!』

『撃ち方始め!』

『射撃開始!』

 

 山の中腹に達したバーグラリードッグ隊が、ドロッパーズ・フォールディング・ガンを展開するのが見えた。

 まほはカメラを台地の方へと戻した。これで、何機か大洗のATを削れる筈だが――。

 

『た、隊長!?』

「状況報告」

 

 第17分隊分隊長からの悲鳴にも、まほは冷徹に対応した。

 

『て、敵スナイパーが廃鉱山頂上付近にいます! 砲撃は精確かつ猛烈! この状況では台地を攻撃できません!』

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 廃鉱山の頂上付近。

 次々と台地へと滑り降りる戦友たちを他所に、彼女らは彼方の山地の上に陣取った、黒森峰バーグラリードッグ隊へと猛烈な砲撃を浴びせていた。

 カメさん分隊の、杏と柚子のバーグラリードッグ。

 そしてアンチ・マテリアル・キャノンを構えた、五十鈴華のスコープドッグだ。

 背部のスペードを展開し、がっちりと地面でATを支え、強烈な反動をものともせず、華は攻撃を続ける。

 

『五十鈴さん、三機目撃破です』

『いやぁ華ちゃんも凄いもんだねぇ』

『信じられん……』

 

 柚子が、杏が、そして一応は観測手兼弾薬運びとして同行している桃が驚嘆の声を上げるのも、華の耳には全く届いていなかった。

 華の意識は完全に、スコープの向こう、仲間たちを、友たちを狙う黒森峰の砲手達へと注がれている。

 

(……風力3。東から。修正マイナス0.3、プラス0.7)

 

 僅かに砲口をずらし、敵を狙う。

 皆の、沙織の、優花里の、麻子の、そしてみほの邪魔をさせるわけには絶対にいかない。

 『ゴンドラ作戦』の成功は、大洗の勝敗を大きく左右する。

 みほは言った。この台地こそが、黒森峰の喉首になると。

 

(撃ちます)

 

 だからこそ、絶対に邪魔はさせない。

 華の撃った砲弾は、はるかな距離を音を凌ぐ速度で飛び越えて、黒い稲妻を掲げる機影へと突き立った。

 

『4機目です』

『私らも撃破したいなぁ』

『信じられん……』

 

 彼方で、新たな白旗があがった。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

『到着なり~!』

『無事辿り着いたっちゃ~』

『緊張で心臓が飛び出しそう……』

 

 ねこにゃー達、アリクイさん分隊が滑り降りたことで、『台地チーム』全員が無事にここまで来れたことになる。

 ワイヤーは切り離され、彼方でそど子達がそれぞれの得物へと持ち変えるのが小さく見えた。

 華を除くあんこう分隊4機に、カエルさん、ウサギさん、ニワトリさん、ウワバミ、アリクイさんが台地で、華、カメさん、ヒバリさん達は廃鉱山でそれぞれの役割を果たす。

 

(……これで、やっと勝負ができる)

 

 みほはひとり生唾を飲み込んだ。

 そうだ。これだけやってもなお、まだ黒森峰とマトモに勝負できる状況に持ち込んだに過ぎない。

 本番は――ここからだ!

 

「各分隊、配置についてください! この台地で迎撃します!」

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「隊長、全機配置完了です」

『そうか』

「山地からの偵察によれば、大洗は台地の端に沿って既に防御線を固めています。そこでこちらを迎え撃つともりかと」

『想定通りか……よし』

 

 突発的な状況を前にしても、西住まほは揺るがない。

 エリカは、頼もしい気持ちで一杯だった。

 自分もが取り乱してしまう中、まほだけはいつも通りであったのだから。

 しかも、この予期せぬ事態への策を、既に打っているのだから。

 

(……それにしても)

 

 まほの戦略眼にエリカは舌を巻いていた。

 第19分、第20、第21、第22、第23分隊の五個分隊20機に持ち込ませた、『あの装備』。

 何故わざわざあんなものをこの試合場に持ち込むのかと、エリカですらまほの真意を読めず首を傾げたものだが、今ならば解る。隊長は想定していたのだ。台地を大洗に、みほに、アイツに先に獲られるという可能性を。そして事前に予防線を張っておいたのだ。

 

『座標指定は問題ないか』

「廃鉱山からの砲撃が激しく、偵察は限定的なものにとどまりましたが……問題はありません」

『そうか。ならば――』

 

 まほは、第19分隊から第23分隊の5個分隊へと指示を飛ばした。

 それを隣で聞きながら、エリカは犬歯を剥き出しにして獰猛に笑った。

 見てなさいみほ――今度はこっちがそっちの度肝を抜いてやる番よ、と。

 

 





 空気を裂く雷鳴、台地を揺るがす轟音
 驟雨のように降り注ぐ、火の玉の群れ
 天から、麓から、襲いかかる黒い戦列
 白煙をばらまき、煙に巻き、繰り出される反撃の一手
 攻めるか、退くか。互いに繰り出される戦術と策謀
 丁々発止の火花が散る

 次回『砲撃』 硝煙の彼方の、光を目指す






【ATの空中戦】
:実はATは空を飛べるのは意外と知られていない
:ただし重力の弱い惑星であるとか、ワイヤーの助けを借りるなど、条件は厳しい
:TVシリーズでもサンサ編において、AT同士の空中戦のシーンがあったりする
:宙をふわふわ飛び交うスコープドッグとストライクドッグの違和感と衝撃は凄い




 秋山優花里のAT講座は、諸般の都合により次回とセットで行います





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第61話 『砲撃』前編

 

 ついに辿り着いた台地の上の平面は、みほの作戦にこの上なく叶う土地だった。

 平面と言っても、テーブルのように本当にまっ平らになっているわけではなく、風雨の侵食によって削られたり穿たれたりで凸凹だらけなのだ。ハイキングには向かない地形だが、装甲騎兵道的には素晴らしい場所だった。つまり、ここは自然の塹壕であり、天然の野戦陣地ということなのだ。

 台地に降り立ってからのみほ達の行動は迅速だった。

 各々の分隊の装備の射程・性質を踏まえて、てきぱきと配置していく。

 麓から狙い撃ちにされるのを警戒しての、頭部などが晒されないように車高(というよりも機体高)を低くしてのゆるやかな移動ながら、大洗のAT達は淀みなく位置についていった。

 上からの狙撃に気を使う必要はない。

 廃鉱山の上に陣取った、大洗きっての狙撃手が睨みを効かせている、その限り。

 絶好の位置を押さえながらも、稲妻を掲げるバーグラリードッグ達は、ただ息を潜めるほかはない。

 結局、一切の邪魔が無いままに配置は完了した。

 大洗側から見て、最右翼にはあんこう分隊が着く。

 次いで配置されたのはウサギさん分隊で、華が抜けて火力の落ちたあんこう分隊をH級ならではの重装備で支援する。

 ウサギさん分隊の左には、カエル、アリクイ、ニワトリの順に配置された。

 大洗の張った防御線の中央部をこの三個分隊が担当する。大洗装甲騎兵道チームの中でも実力が高く、機体性能も優良なカエル、ニワトリの両分隊の間に、経験の浅いアリクイ分隊を挟んでサポートする配置だった。

 最左翼を陣取るのはウワバミ分隊のストロングバッカスの四機だ。

 自動車部が決勝戦に備えて最終調整を施し、また大洗の予算で手に入る範囲での高火力の武装でガチガチに固めたストロングバッカス四機は、ATらしからぬ頑丈さとATならではの攻撃力を兼ね備えている。他の分隊からやや離れた配置だが、それも彼女らの実力とATの性能を考慮してのことだった。

 

「各分隊、状況を報告してください」

 

 みほからの無線に、各分隊長は即座に返信を返した。

 

『こちらウサギ。黒森峰はこっちの射程の外で止まったままです』

『こちらカエル。麓の岩陰に隠れたままで動きが見えません』

『こ、こちらアリクイ。……えと、見た感じ相手は下で固まったまま……かな』

『こちらニワトリ。敵軍に動きなし。繰り返す、敵軍に動きなし』

『こちらウワバミ。こっちもこっちでぜんぜん動きなーし』

 

 聞こえてくるのは、黒森峰に動き無しの報告のみ。

 みほも台地の下から狙撃を受けないギリギリの高さで頭部を出し、ステレオスコープで麓の様子を窺う。

 あんこう分隊が守るエリアの麓にも黒森峰の分隊が展開している。

 しかし、転がっている岩々や盛り上がった土の後ろに隠れてじっと動かない。

 黒いATは、泥が剥き出しの台地の地面に溶け込んで、一体化したかのように見える。

 それぐらいに、黒森峰には動きがないのだ。

 

『……どういうことでしょうか?』

「……うん。たしかにおかしい」

 

 優花里が呈した疑問の声に、みほも頷いた。

 黒森峰は速攻こそ常法。それは相手がどんな構えを見せようとも変わりはない。

 こちらが台地上で防御を固めたからといって、それで動きを封じられる相手ではないのだ。

 防御は攻撃で叩き潰し、硬い防御はさらなる攻撃で粉砕する。それが西住の流儀。

 こちらの防御態勢が整う前に総攻撃をかけてくるであろうというみほの予測は裏切られた。

 

『こっちの防御が完璧だからじゃなくて?』

『数もATの性能もあっちが上なんだ。物怖じするような状況じゃない』

 

 沙織の楽観的な予測を、麻子が冷静に斬って捨てる。

 沙織もそっかと小さく頷いて返した辺り、彼女も彼女で言葉とは裏腹に不自然さを感じていたらしい。

 本番ギリギリまで、過去の黒森峰の試合データを総ざらいして分析を行ったのだ。その結果が示しているのは、そう易易と流儀を変える黒森峰ではないという事実。

 

『うーん、じゃあ相手が頑なな感じだから、とっておきのプレゼントを用意してるとか。どーんと、一発で心を開いてくれるような』

『何の話をしてるんだ』

 

 沙織が相変わらず畳の上の水練な恋の駆け引きに例えて言うのに、麻子はと言えば呆れたといった調子だ。

 だが、隣でそれを聞いていたみほの反応は違った。

 

「沙織さん……今言ったのをもう一回お願いします!」

『え? なに、みぽりん? プレゼントの話がどうかしたの?』

「プレゼント……」

 

 プレゼント。相手の頑なな態度を(ほぐ)すプレゼント。

 攻撃。相手の防御を崩す、特別な攻撃。

 

「カメさん分隊! 聞こえますか!?」

『なーにー? 西住ちゃん』

 

 何か思い当たるところでもあったのか、みほが通信を繋いだ相手は杏だった。

 

「バーグラリードッグ隊の動きはどうなってますか?」

『んーとねー。何かみんな物陰に隠れてこっそりコッチを窺ってる感じかなぁ。五十鈴ちゃんの攻撃が怖すぎて、出てこらんないみたいだねぇ~』

 

 バーグラリードッグ隊は山に残って偵察を続けている。

 つまり攻撃は出来ずとも、こちらの動きは全て見えているということ。

 

『それに――』

『みほさん!』

 

 杏が続けて何かを言おうとした時、それに被さるように華が叫んだ。

 礼儀正しい華には珍しい無作法だが、それをみほも杏も咎めない。

 それだけの切迫感が、華の声には篭っている。

 

『黒森峰のATの轍が見えます! 相手は山の裏手にまわって、何か企んでいるようです! 注意してください!』

 

 みほは再度機体頭部を塹壕から出して、ステレオスコープの倍率を上げてみる。

 華の言う轍は見えない。おそらく、廃鉱山の一番高い位置に陣取っている華だから気づけたのだ。

 

『何を言っている五十鈴。山の向こうで何をしていようが、こちらを狙うことなどできまい』

 

 横から桃が口を挟むが、みほはそれを聞いてはいなかった。

 みほが思い返していたのは、自分の知っている黒森峰の装備品の数々だ。

 この状況下で、姉が、まほが使ってくるであろう得物は何だ?

 

「ッ!」

 

 みほは気がついた。

 そうだ『アレ』があった。

 『アレ』ならば山の向こう側からでもコチラを狙い撃ちにできる!

 

「全機、頭上に注意!」

 

 センサーが鳴り響く風切り音を拾い、みほへと知らせる。

 アンツィオ戦で頭上からの攻撃に散々悩まされた大洗だけに、みほの号令からの反応は素早かった。

 素早く凹凸の中を移動し、防御に適した場所へとATを滑りこませる。

 アリクイさん分隊が些か危なっかしくもギリギリの所で安全地帯に飛び込めば、直後、空からの一撃に大地がめくれ上がり、土と埃の柱が天へと伸びた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第61話 『砲撃』

 

 

 

 

 

 

 

 

『だんちゃーく……今!』

 

 第19分隊長の声と同時に、爆音が鳴り響き、砲弾が大地を抉る様がまほの眼に飛び込んでくる。

 だが台地の上、平らな部分に陣取った大洗側の様子も、砲撃の成果もまほの場所からは見えない。

 すぐさま背後の山に控えた、バーグラリードッグ隊へと回線を繋ぐ。

 

「どうだ?」

『すみません、まだ土埃が激しくて視界が……見えました! 残念ながら敵は健在。砲弾はやや手前に落ちました』

「わかった。再度座標を送信だ」

『了解!』

 

 慣れぬ武器に、偵察も十分でない現状を思えば、山の裏の『砲兵隊』は実によくやっている。

 次の砲撃までには座標の修正は済むだろう。そうなれば十発の『迫撃砲弾』が大洗女子学園の防御線を食い破ってくれる筈だ。

 

『こちら砲兵隊。照準の修正が完了。いつでも撃てます!』

「よし。こちらも攻撃態勢に入る。三十秒後に砲撃を再開しろ。奇数番の砲を連続発射したあと、偶数番の砲を今度は逆順に連続発射だ」

『了解! 秒読みを開始します!』

 

 まほは即座にエリカへと回線を切り替え、テキパキと指示を下す。

 

「エリカ、砲撃に合わせてこちらも攻撃を開始する」

『了解です! 各分隊、味方の砲撃開始と同時に前進! 総攻撃を仕掛ける!』

 

 エリカの凛々しい声に、台地を前に黒い戦列に適度な緊張感が満ちる。

 まるで一個の生き物のような一体感。これならば機械のように前進し、相手をその歯車で挽き潰せる。

 

(みほ……グライダーでの飛行や、ワイヤーを使っての高速移動には感心した。あんなやりかたは私では思いつかなかっただろう。その柔軟性がみほの強さだ。だが――)

 

 台地の向こう、そこにいるであろう妹に、まほは胸中で語りかける。

 

(奇策だけで勝てるほど、西住流は、黒森峰は軟弱ではない)

 

 まほはみほをよく知っている。

 咄嗟の機転や、土壇場での閃きにかけて我が妹は、姉たる自分を遥かに凌ぐ才覚を持っていることも。

 僅かな手札であっても、その中で最大限の工夫を凝らして相手の意表を突いてくることも。

 だから予防線を張っておいた。

 第19、第20、第21、第22、第23分隊の五個分隊に持たせた、『ハンマーキャノン』がそれだった。

 

(いかな奇策といえど、圧倒的な火力を前にすれば――無意味だ)

 

 『ハンマーキャノン』とは、一言でいうなればAT用の迫撃砲とでも言うべき代物だ。

 大型の折りたたみ式ソリッドシューターであり、基本的にはAT手持ち火器のソリッドシューターとは構造に差異はない。しかし非常に大型で、大口径である。地面などに設置して使用し、その運用にはATは最低二機が必要となる。一旦設置した後は、AT手持ちの武器と違って簡単に向きを変えるなどはできない。故に走り回るATなどを狙って撃つのには当然向いていない。基本的には敵陣地や要塞など静止目標に向けて使うのが前提の武器だった。装甲騎兵道の試合でもルール上使用は可能だが、実際に使う学校は稀だった。

 まほ自身、実際の試合で使うのは今日が初めてであった。

 しかし問題はない。いざというときに備えて、件の五個分隊から『砲兵隊』への綿密なレクチャーは済ませてある。本来ならば決勝戦にはエントリーが叶わない一年生の補欠メンバーから選抜された砲兵隊のメンバーは、まほからの期待に応えるべく全力で練習に臨んでいた。そのおかげで、実戦での初使用ながらも彼女らの動きは淀みがない。

 

『5、4、3、2、1――』

 

 砲兵隊の隊長を任せた第19分隊の分隊長の秒読みは、遂に攻撃の時を知らせた。

 

『ゼロ! 撃ち方始め!』

 

 山向こうからまほの頭上を越えて、急な放物線を描いて砲弾が飛んでいき、着弾した。

 吹き上がる土煙は、黒森峰の攻撃の合図となった。

 まほは号令する。

 

「攻撃はじめ」

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 スコープを覆う土砂を、クリーニング機構を起動させて拭い落とす。

 洗浄液を高圧で吹き付けることで、泥だの砂だの程度ならば簡単に取り除くことができるのだ。

 丸い頭部に被さった土を払いのけながら、みほは僅かにカメラ部を出して外の様子を偵察する。

 

『……ただでさえ酷い地面の凸凹が、もっと悲惨なことになってきたな』

『流石は対要塞攻撃用兵器……威力は抜群です』

『やだもー! こんなの反則じゃん! どうすりゃいいのよ~』

 

 みほに続いて窪地から顔を出した、麻子、優花里、沙織のAT達のカメラも砲撃後の有様を捉えたらしい。

 合計10門のハンマーキャノンの猛威に、台地の上の土は耕され、天然の塹壕も吹き飛ばされている。

 直撃を受ければ撃破判定は確実だ。

 

「各分隊、状況を報告してください」

 

 幸いなことに、返信は直後に来た。

 

『こちらウサギ。全員無事です』

『こちらカエル。根性で耐え抜きました!』

『こ、こちらアリクイ。生きてるよ……一応。生きた心地はしないけど』

『こちらニワトリ。全機健在!』

『こちらウワバミ。ピンピンしてるよー西住さん』

 

 黒森峰の次なる砲撃を予期し、僅かに防御線を後退させたお陰で砲弾の直撃は免れた。

 そのお陰か、幸運も手伝って未だ被撃墜機はいない。

 しかし、次なる砲撃はすぐにでもやってくるだろう。

 防御線をさらに後退させれば、それも凌ぐことはできようが――。

 

『どうする? このまま下がってたらいつか台地から追い出されるぞ』

 

 麻子の指摘した通りである。

 これでは、この台地を確保した意味がない。

 しかし、直上からの砲撃に(にわか)仕立ての自然の塹壕だけでは踏みとどまって戦うにも限度がある。

 加えて言うなれば、敵は空からだけ来ている訳ではないのだ。

 

『こちらウサギ! 黒森峰の部隊が台地を登り始めています!』

『こちらカエル! こちらでも黒森峰部隊が前進を開始しました!』

『西住さん! 来てる! 敵来てる! \(^o^)/オワター!』

『こちらニワトリ! 敵前進を開始!』

『こちらウワバミ。なんかねー、もうぞろぞろと上がってきてる感じだよー』

 

 みほ達がいる塹壕に面した斜面でも、黒森峰部隊は登攀(とうはん)を開始していた。

 スピードは意外にも緩やかながら、しかし鋼鉄の脚で踏みしめつつ着実に登ってくる。

 その隊列状は歩んでいるのが状態の悪い斜面であることを忘れるほどに見事で、マシンのように規則正しい。

 

「カメさん分隊、援護をお願いします!」

 

 みほは即座に廃鉱山の杏達へと回線を繋ぐが、返って来たのは厳しい現状報告だった。

 

『そんな状況じゃないぞ西住! やつら、損害も気にせず撃ちこんでくる! ひぃ!?』

 

 桃の発する悲鳴には砲声が唱和し、コーラスを奏でていた。

 このぶんでは華も遠距離での撃ち合いで手一杯になっているだろう。

 

「なら」

 

 自分たちでやる他はない。

 みほはその歩みを止めるべく銃撃を加えようとしたが、果たせなかった。

 ヘビィマシンガンの銃口を向けロックオンしようとした直後に、炎と土に視界を遮られたのだ。

 倍率を落として空を見れば、正確にこちらを狙っていた砲撃は大洗と黒森峰の間の空間目掛けて次々と撃ち込まれている所であった。

 矢継ぎ早に飛んでくる砲弾は大洗の頭上を脅かし、あるいは爆炎と土砂の帳で視界を遮る。

 そして砲撃と砲撃の合間に見えるのは、じりじりとこちらへと迫り来るブラッドサッカーの群れだ。

 今や、そのカメラアイの緑のきらめきもはっきりと捉えられる。

 

『「這う砲撃」か! これでは手出しができんぞ!』

『移動弾幕射撃……まさかこれを装甲騎兵道の試合で使ってくるなんて!』

 

 エルヴィンと優花里が悔しげに叫ぶ。

 移動弾幕射撃とは、歩兵や戦車隊の進度に合わせて徐々に着弾点を前進させ、弾幕を立てて歩兵・戦車の攻撃を援護する戦法である。有効な戦法ではあるが、装甲騎兵道で用いることはほぼ無い。

 故に、対処法もマニュアルにはない。

 つまり、この場で考え出す他はない。

 

『どうするみぽりん!?』

『このままじゃ空と陸の挟み撃ちでオシマイだぞ』

 

 沙織と麻子に問われてから、みほが答えを出すまで、僅かにコンマ3秒。

 

「……会長、聞こえますか!」

『なーにー西住ちゃん! ちょいとばかし立て込んでるけど!』

 

 いつもの軽快な調子に、若干の焦りを交えて杏が応えた。

 

「一時、華さんに反撃を任せて下さい!」

『お! さては「アレ」をやるね!』

 

 杏の声から焦りが消えて、快活さが戻ってきた。

 

「はい! 『モクモク作戦』を開始します!」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

『っ! 隊長!』

「慌てるな、ただの煙幕だ」

 

 廃鉱山から飛んできた砲弾は斜面に突き刺さり、弾けて濃い白煙を吹き出し始めた。

 まほの指摘した通り、それは煙幕だった。

 続けて台地の上からもゆるい放物線を描いて筒状の砲弾が飛び、煙幕をさらに濃いものとする。

 組成は不明だが、重い気体であるらしい。

 地球の重力に従い、黒森峰の戦列へと向けて白煙は降り始めていた。

 このまま進めば、味方の砲撃の誤射を受けてしまう危険性が高くなる。

 

『全機一旦停止! 砲兵隊の攻撃で煙幕を吹き飛ばさせるわ! 座標は――』

「……」

 

 エリカが即座に的確な指示を出したために、まほはみほの手を読むことに集中することにした。

 さて、みほはどう出るだろう。

 煙幕でコチラの動きを止めて、その隙に今や戦略的価値を失った台地を放棄するつもりだろうか。

 台地を放棄してもまだ廃鉱山がある。道が良すぎて籠るには向かないが、それでも平地で戦うよりマシだろう。何より、あそこを狙おうと思えば砲兵隊を山の裏手から動かさねばならない。姿を露わにさえすれば、みほならばいくらでも対応法を考え出すだろう。しかし、砲兵隊を排除したとしても、ブラッドサッカーの群れを前にすれば最早無意味になる。

 

「……」

 

 試合場には森林地帯が多い。そこにこちらを誘い込んでゲリラ戦を行うつもりだろうか。

 しかし、こちらは数で圧倒的に勝る。限られた範囲の試合場では、いかにゲリラ戦を展開しようとも限度が生ずる。消耗戦になれば大洗に勝ち目はない。

 つまり、みほの取りうる作戦は――。

 

「!」

 

 まほは全機へと回線を開いた。

 

 

 

 

 

 エリカは麾下(きか)の選手たちへと指示を出しながらも考えていた。

 アイツなら、こういう状況でどうするだろう?

 煙幕越しに砲撃を仕掛けてくるか。

 あるいはコチラの足止めをしている隙に逃げ出すか。

 

(アイツなら……)

 

 エリカは必死に黒森峰時代のみほの言行を思い返していた。

 みほは副隊長として飽くまでまほの影に徹していたが、だからといって自身の意志を見せなかった訳じゃない。

 

(アイツなら――ッッ!?)

 

 ここでエリカは思い出した。

 アイツが、西住みほが口癖みたいに言っていた、あの台詞。

 

 

 まほは思い返していた。

 みほがこういう状況だと常に言っていた、あの台詞。

 

 

 ――『逃げると狙われます。突破するんです』

 

 

 まほは号令を下した。

 

「全機、攻撃態勢」

 

 エリカはほぼ同時に号令を下した。

 

「全機! 攻撃態勢! 来るわよ、アイツが!」

 

 果たして、やって来た。

 煙幕を突き抜けてやって来た。

 みほ自身では無かったが、そのみほの指揮のもとに、黒いATが姿を現した。

 奇しくもそれは、黒森峰から流れ着いた旧式機、漆黒に塗られたスコープドッグ・ターボカスタム。

 四機のタイプ20を駆るのは、大洗きっての精鋭、カエルさん分隊!

 

 

 

 



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第61話 『砲撃』後編

 

 『今です!』――というみほの号令一下、カエルさん分隊は一斉に煙幕の向こうを目掛けて走り出した。

 脚部、人間で言うところの脹脛(ふくらはぎ)の裏側が開いて、ブースターノズルとサブホイールが姿を現せば、直後火を吹き飛ぶように地を駆けた。

 大洗が陣取る台地は元々が不整地だった上に、黒森峰のハンマーキャノンの砲撃で今や地面のコンディションは最悪を通り越している。麻子の言葉を借りるならば『悲惨』の一言だ。

 タイプ20、スコープドッグ・ターボカスタムは極めてバランスの悪いATだ。ジェットローラーダッシュユニット起動時には確かにサブホイールが展開されるし、これは姿勢制御やサスペンションの役割を担ってはいる。しかしその効果は限定的で、このATがかつて正規採用された際には事故が頻発し、調達は僅か半年で打ち切られたという不名誉な逸話まであるほどだ。そんなATをこんな凸凹な場所で用いれば、即座の転倒は免れ得ない。

 ――普通であれば。

 

「行くぞー!」

『『『そーれっ!』』』

 

 だが、それを駆る典子らバレー部四人娘は並のボトムズ乗りではない。

 両足を奇麗に揃えてジェットを吹かし、起伏の激しい斜面を駆け下りる様はまるでスキー競技のモーグルだ。

 しかも、一列に突き進む四機の隊列には全く乱れがない!

 

「煙幕抜けるぞ! 河西!」

『はい! 準備出来てます!』

 

 ファッティー乗りであった彼女たちがこのピーキー極まる暴れ馬、ならぬ暴れ顕微鏡面犬を乗りこなすのは並大抵のことではなかった。勝手の違うATな上に仕様は極めて独特、加えて練習のための時間は極わずか。それでもなお、こうしてタイプ20を自在に操っているのは、元々が黒森峰印のカスタム機で質が非常に良かったこと、そして彼女らの持つ人並み外れた反射神経と運動能力のお陰だった。

 

(――くっ!)

 

 だが、常人離れした彼女らを以ってしてもタイプ20は御し難い代物だった。

 急カーブ、急ターン、勾配による跳躍のたびに体にはGがかかり、そのまま機体を横転させてしまいそうになる。

 典子は歯を食いしばり、重力に耐えて操縦桿を切る。

 彼女らが元々愛機としていたのはファッティーだ。ファッティーは基本性能こそスコープドッグに大きく劣るものの、後発機体だけあってコックピットも広く造られていて乗り心地はずっと快適であり、また構造がシンプルであるから取り回しも良い。また本来は宇宙空間用であったこともあって、ローラーダッシュの代わりに足裏のジェットノズルを用いたホバー走行を採用している。これも細やかな機動性はスコープドッグに劣るが、反面動きが単純で使いやすかったのだ。

 それを思えば、ファッティーからタイプ20への乗り換えは、自動車で言えば軽自動車からF1カーに乗り換えるような無茶苦茶な機種転換であったのだ。

 それでも、彼女らはタイプ20を受け入れ、これを使いこなすべく特訓した。

 与えられた僅かな時間のなかで、全力で練習に練習を重ねた。

 ――ATとは鍛えられた身体の延長である。

 元々タフネスと運動能力に関しては大洗随一のバレー部一同だ。

 ATという鋼の騎兵を、半ば力尽くで己が躰の一部とすることを成し遂げたのだ。

 ほんの数カ月前まではアーマード・トルーパーのアの字も知らなかった少女たちであったことを思えば、これは驚嘆すべき事実であった。

 

「根性ーっ!」

 

 典子は吼える。

 自分の操るのはとんでもないじゃじゃ馬だ。

 それを御するのは根性だ。何が何でも根性だ。

 上りも下りも横揺れも縦揺れも、砲弾もミサイルも全部根性で乗り越えるのだ。

 

『根性ーっ!』

『根性ーっ!』

『ど根性ーっ!』

 

 忍が妙子が、あけびが続いて吼える。

 根性でATを抑えこみ、手綱を引いて突撃する。

 煙が晴れる――。

 煙の向こうには、隊列を組んだブラッドサッカーの黒い連なりが待ち構えているのが見えた。

 数えきれないほどの銃口が典子たちへと向けられ――ほんの一瞬、ぶれる。

 煙幕をくぐり姿を現した敵機は、かつて身を預けた黒い騎影であったのだ。

 反射的に、銃口をそらしてしまいそうになったのだろう。

 生じた隙は一瞬に過ぎなかった。黒森峰はこの程度で動揺してくれるほど甘くはない。

 だが、典子達にとっては隙はその一瞬で十分だった。

 

「河西!」

 

 典子が再度叫ぶ。

 忍がその声に応じて、鋼鉄の右手を高々と掲げた。

 その掌のなかには、円筒形状の何かが握りこまれている。

 側面のランプに赤い光が灯った。――『秒読み』の開始だ。

 

『アターック!』

 

 忍のバレーでのポジションはアタッカーである。

 ATでバレーをやったこともあったが、その時もポジションに代わりはなかった。

 機体が段差によって低く跳躍した瞬間、掲げられた右手を思いき振り下ろす。

 握りこまれた指を開けば、掌底の一撃が弾け飛ぶ薬莢と共に打ち出される。

 ――アームパンチ。その強烈な勢いに押し出され、掌中の円筒は砲弾のように黒森峰戦列へと撃ち込まれた。

 その動き、その様は、あたかも女子バレー強豪校選手のスパイクであるかのような力強さ。

 敵ATの予期せぬ動きに、黒森峰のブラッドサッカーたちは思わず地面に突き刺さった円筒へとカメラを向ける。

 円筒の正体は、AT用の手榴弾だった。

 慌てて散開する間もなく、手榴弾は炸裂!

 数機のブラッドサッカーが吹っ飛ばされ、この一撃に白旗を揚げる。

 つまり、敵の戦列に穴が空いたのだ。ここを一気に畳み掛けて、突破口をこじ開ける!

 

「近藤!」

『はい!』

 

 サービスエースに定評のある妙子が撃つのはミサイルだ。

 忍同様、傾斜を活かした小ジャンプからの、見下ろした形のミサイル攻撃。

 右肩に装備した12連発の大型ミサイルランチャーのうち、6発が発射されて手榴弾の魔の手を逃れたブラッドサッカーたちへとトドメの撃破判定を下した。

 何機撃破出来たか正確には解らないが、それでも突破口は開けた。

 後はこれを維持するのがあけび、そして典子の仕事だ。

 

「佐々木!」

『はい!』

 

 カエルさん分隊きっての射撃手、佐々木あけびの今回の得物はソリッドシューター。

 華などにはまだ及ばないものの、彼女の腕も相当なもの。

 手にするのはサンダースや黒森峰と違って旧式のSAT-03ではあるが、装弾数だけならともかく威力は十分。

 態勢を立て直し、妙子や忍、そしてキャプテンを狙うブラッドサッカーを優先的に狙う。

 電磁加速とロケット推進の合わせ技は素晴らしい加速を生み、真鍮色に輝く砲弾は避ける間もなくブラッドサッカーを吹き飛ばす。ジェットローラーダッシュ中とはとても信じられない精度だ。

 

「うぉぉぉぉっ!」

 

 先頭を行く典子のタイプ20の両手には、二丁のショートバレル・ヘビィマシンガンだ。

 短い銃身故に射程距離はいまいちだが、このような戦局では取り回しの良さが何よりも重要なのだ。

 典子の雄叫びと共に、バルカンセレクターが二条の火を放つ。

 命中弾は少なく、当たっても撃破判定には程遠い、大雑把な銃撃。だがそれで良い。敵を圧倒し、後続への道を拓くことこそが、典子達の役割だ。

 二丁のヘビィマシンガンに続いて、再度忍が手榴弾を投げ込み、隊列を崩す。

 今度はあっさりと退避され、爆炎は黒い騎影を掠めもしない。

 妙子は武器をHRAT-23に切り替え、ロケット弾をばら撒き、あけびは相変わらずのソリッドシューターだ。

 しかし、態勢を立て直した黒森峰には命中弾はない。それどころか、反撃は間近を掠め、典子の耳にも装甲の表面を銃弾が擦る異音が響き渡る。ジェットローラーダッシュのスピード故に、かろうじて避けている状況だ。

 それでも、それでもバレー部一同の奮闘に、黒森峰の戦列に空隙が出来る。

 だが、長くは保ちはしないのは解りきった話。

 

「隊長!」

 

 典子は無線でみほを呼ぶ。

 今、この瞬間しかチャンスはない!

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

『返り撃ちにしなさい!』

 

 エリカの号令に、小梅は攻撃態勢を整えた。

 赤星小梅はその配下たる第3分隊の僚機たちと共に、黒森峰の隊列中央左側にいた。

 そして見た。煙幕を突き抜け、自分たちへと襲いかかるかつての乗機、黒く塗られたタイプ20の姿を。

 一瞬、動揺した。だが、それも一時のことだった。

 即座に平静に戻った小梅は、僚機達へと指示を飛ばす。

 

「全機、攻撃用意。あのタイプ20部隊が味方の戦列を通り抜けたら、指定した座標目掛けて一斉射撃」

 

 昨年度は試合中に機体を水没させ、結果黒森峰の敗北のキッカケを作ってしまった小梅だが、しかし彼女はその後ろめたさを何とか乗り切ってここまで戦ってきた。

 今では実力もメキメキとつけ、分隊長としての経験も十分に積んでいる。

 故に彼女の判断は迅速かつ的確だった。

 あのタイプ20部隊はただの尖兵に過ぎない。本命は、あの部隊がこじ開けた脱出路目掛けてやってくる。

 彼女の分隊は全機、X-SAT-06 ハンディソリッドシューターを得物としている。

 小型かつライフル型のソリッドシューターであるが、装弾数はともかく威力では大型のものと全く同じだ。

 その一斉射撃を前にすれば、いかに防御を固めた重ATでもひとたまりもない。

 

『煙幕の向こうに影!』

「よし、これより攻撃――」

 

 二番機からの報告に、射撃開始の号令を小梅は下すつもりであった。

 しかしそれは、全く逆の方向から来た砲弾に遮られた。

 

『きゃぁっ!?』

「っ!?」

 

 二番機が、一発で撃破される。

 小梅は反射的な動きで操縦桿を切りペダルを踏んでいた。

 相手のFCSを混乱させるためのクイックターン回避に、小梅は即座に飛んできた次弾を回避した。

 

『うわっ!?』

『うそっ!?』

 

 ただし、僚機のほうはそうはいかなかったが。

 三機の僚機から一瞬のうちに白旗をもぎ取る早業。その主が、小梅には直感的に解った。

 

「みほさん!」 

 

 カメラを向けた先には、煙のうちより姿を表わす継ぎ接ぎだらけの奇怪なATの姿がある。

 黒光りするブラッドサッカーとは対照的な、明らかにスクラップから拵えたと解るシルエット。

 顔は黒森峰時代からみほが愛用していたステレオスコープ仕様。焦げ茶色の塗装は極めて地味だが、反面、その装備品はバランスが悪いぐらいにゴテゴテだ。

 右肩には硝煙吐き出すドロッパーズ・フォールディング・ガンを負い、左肩には何やらクローのようなものがついた巨大なシールドを備え、あちこちの装甲板を外して軽量化すると同時に、必要最低限の急所は追加装甲で強化している。

 ――『パープルベアーMk.Ⅳスペシャル』。

 この最後の戦いのために拵えた、みほのATに他ならなかった。

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「優花里さん! 麻子さん!」

『ハイィッ!』

『ほーい!』

 

 声質の正反対な返事と共に、パジャマドッグとタイプ20がみほ機の背後より左右に飛び出す。

 『予期せぬ方向』からの攻撃に、ブラッドサッカー達は今度こそ本当に慌ててブラッディライフルの照準をみほ達へと合わせようとするが、優花里と麻子の動きはそれを凌いでいる。

 装甲を限界まで削ったが故の、黒森峰特製のカスタマイズを施されたが故の、圧倒的なその速さ。

 相手の銃口が自機へ向き直るよりも先に、二人は攻撃を開始する。

 ガトリングガンが銃弾を吐き出し、ブラッドサッカーが一機沈んで両隣は慌てて散開する。

 ファッティー用のGAT-42ガトリングガンをベルト給弾式に改造し、背に負った弾薬用ドラムと連結させてあるのだ。これならば弾幕を途切れなく張ることができ、パジャマドッグならではの装甲の弱点を補うことができる。

 一方、麻子のほうの得物はダイヤルマガジン式のヘビィマシンガン・ショートバレルであった。ダイヤルマガジンとは二基の120発マガジンを連結させ、240発仕様に改造した代物だ。極端に重心が前に移動したバランスの悪い武器ではあるが、至近距離での火力は絶大であるし、多少の取り回しの悪さなど、冷泉麻子にとっては一切問題にならない。

 二機が弾幕を張る影では、みほがドロッパーズ・フォールディング・ガンで次なる獲物を見定め、さらにやや遅れてやって来た沙織が、レッドショルダーカスタムならではの大火力を展開する。

 

『ええ~い! やー!』

 

 沙織らしいどこか様にならない掛け声と共に、機銃が唸り、ソリッドシューターが咆哮する。

 さらに背後からは、ウサギさん分隊、さらにまだ煙幕で見えないが後続のニワトリさん分隊も突撃を開始する。

 戦線の反対の端からも、ウワバミ、そしてアリクイさんの分隊も攻撃を開始していた。

 黒森峰の選手たちの殆どは、先に突撃し突破口を開いたカエルさん分隊に残りの大洗部隊が真っ直ぐそのまま続くと考えていた。それが最短経路であるからだ。

 みほはその思考読んで、敢えて逆を行った。

 戦線の両端からの、弧を描く二方面突撃。カエルさん分隊の怒涛の攻撃に意識を奪われていた黒森峰選手達にとっては、完全に不意を突く形になっていた。

 戦線が長く横に伸びすぎていたのが問題だった。何せ黒森峰は総勢百機。

 この場所だけでも64機のATがひしめいている。まほ、そしてエリカという優秀なボトムズ乗りを以ってしても、予期せぬ方向からの攻撃に即応させるのは困難であった。

 後学のためにと試合観戦にきていた某知波単学園の某西絹代ら装甲騎兵道選手達が見事な突撃ぶりにモニター目掛け拍手喝采するなか、そんなことは知る由もないみほは、凛とした声で号令する。

 

「全機、中央部へと目掛け、突撃します!」

 

 






 騎軍と騎軍がぶつかり合う戦場に、余りに似つかわしくないもの
 古式ゆかしい、人と人との決着の方法
 決闘
 この埃臭くも危険な遊戯が、あるいはこの戦場には相応しいか
 強大なる敵に一矢報いるべく、一人の少女が、捨て身の勝負に打って出る

 次回『決闘』 切っ先に込めるは、致命の一撃





AT講座は、黒森峰のシークレットATが判明する回と合わせて行いたいと思います
もっとはやくそこに行き着く予定でしたが、まだ先になりそうです




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第62話 『決闘』

 

 大洗女子学園の見せた中央突破機動。

 その最後尾を務めることになったのがアリクイさん分隊であった。

 現状、大洗女子学園装甲騎兵道チームの中で、もっとも技量に劣っている分隊である。

 それは当人らも認めていることであり、周りもそれは仕方がないことだと思っている。

 チームに参加したのは最も遅く、しかも決勝戦の直前だ。正直な所、チームメンバーの大半が彼女らの活躍を期待してはいなかっただろう。百機の大軍勢を誇る黒森峰に対するうえで、少しでも数差が埋まるのならば――と、まぁこの程度の認識であっただろう。

 所が、実際はどうだろう。

 

「ねこ……にゃーっ!」

 

 特徴的な掛け声と共に繰り出される一突きはブラッドサッカーのカメラアイ、その緑に輝く光点をあやまたず穿つ。本来であればそのまま貫通してコックピットを串刺しにする一撃も、絶対安全のカーボンコーティングに阻まれてレンズを粉砕するに留まった。しかし、撃破判定を引き出すのには十分。

 敵ブラッドサッカーの白旗が揚がるのを確認するのもそこそこに、次なる相手を探して細身の長剣を振るう。

 レイピアを思わせる丸いヒルト――拳をガードする鍔のようなもの――に、針のような細く長い剣身。しかし特殊な加工を施されたそれは、容易に折れも曲がりもしない。『ストライクフェンサー』。これこそがねこにゃー駆るレイジング・プリンス、狂乱の貴公子の得物である。

 余りにもATらしからぬ優美な武器を操るのは、やはりATらしからぬ白銀のシルエットだ。

 パープルベアーをベースにしたこのATの表面は磨き上げられた白銀色で、陽光に砲炎に照らされて煌く様はとてもスコープドッグと同じ括りに入るマシンには思えない。

 マント形の装飾を背負う姿などは、ほとんど儀仗兵用のATさながらだ。

 しかしこのレイジング・プリンス、かつてはバトリング用のATとして歴史に残る大活躍を見せた名機であり、ねこにゃーが駆るのはその精巧なレプリカであったのだ。

 

『ももがーっ!』

『ぴよ、たんっ!』

 

 ももがーとぴよたんの駆るAT達もまた同様だった。

 円錐状の頭部が特徴的な、死神然とした異形のAT『ヘルミッショネル』、地獄の宣教師も。

 左右非対称で異様に長く大きな左手を持つドッグタイプ『トロピカルサルタン』、熱砂の皇帝も。

 共にかつてバトリング界で伝説的な活躍をした選手たちの愛機、その良く出来た模造品であった。

 ももがー駆るヘルミッショネルの得物は大鎌。それでブラッドサッカーの足をなぎ払い、倒れた所に鋭い石突を振り下ろす。ぴよたんは愛機のトレードマーク、長く巨大な左手で黒い機影を掴み、他の黒森峰機へと叩きつけた。アームホップと呼ばれるその技は、かつてトロピカルサルタンを駆ったボトムズ乗り、スラ・ムスタファの得意技であった。

 三機の見せる、八面六臂の活躍。その余りに手慣れた動きに、取り囲もうとする黒森峰選手たちですら躊躇いを見せるほどだった。――いったいどういうからくりか。

 

『猫田さん! 撤退してください! このままでは逃げ遅れます!』

「大丈夫だよ西住さん! このぶんならあと何機かスコア増やせる筈!」

 

 撤退を促すみほに対し、ねこにゃーは興奮に震える声で応えた。

 そんな彼女の手の内にあるのは、操縦桿ではなくて何故か携帯ゲーム機と思しき代物だった。

 操縦用コンソールとLANケーブルで接続され、本来ならばゲーム画面が表示されるモニターには数字と標準アストラーダ文字の連なりがめまぐるしく踊っている。

 ねこにゃーの、スコープ越しに見える世界の端、そこにブラッドサッカーが一機、新たに出現すた。

 

(BS、pop1!)

 

 FCSが赤いロックオンマーカーをブラッドサッカーに灯らせるのと同時に、ねこにゃーはちょうど格闘ゲームの必殺技コマンドの要領で、ジョイスティックとボタンを操った。

 入力されたコマンドに従ってミッションディスクが稼働し、コンバットプログラムを起動させる。

 ストライクフェンサーの長い剣身が、レイジング・プリンスへと向けられたブラッディライフルを絡めとり、その銃口をそらす。がら空きになったその胴体へと向けて、左手のAT用ハンドガンが火を吹いた。

 かつて本物のレイジング・プリンスを駆ったエル・ブリアンは、相手の技を受け流してからの攻撃を得意とした。

 ねこにゃーが今やって見せた動きは、まさにエル・ブリアンその人の動きであった。

 ――つまりはこういう仕組みだ。

 ミッションディスクにバトリング選手の戦闘データをベースにしたコンバットプログラムを書き込み、それを専用のインターフェイスを通じて格闘ゲームのコマンド入力よろしく打ち込めば即座に発動する。

 シンプルだが、しかしゲーマーとしての腕ならば大洗随一のアリクイさん分隊にはもってこいのシステムだ。AT操縦技能に劣る彼女たちが黒森峰相手に見事な立ち回りを見せているのも、コマンド入力の速度とタイミングが絶妙であるからに他ならない。

 当初の予想に反して、アリクイさん分隊は順調にその撃墜スコアを伸ばしていた。

 しかし――。

 

「次!」

 

 ねこにゃーは額に汗を滲ませながら、次なる標的を求めてカメラアイを回す。

 その姿には余裕はなく、むしろ焦りしか感じ取ることができない。

 無理もない。彼女たちはこの決勝戦が初めての試合なのだ。

 ましてや、足を引っ張ってはいけないという気負いもある。

 その上でなまじ撃墜スコアを得てしまったのだ。

 彼女らは戦況を見失っていた。

 初めての実戦の気に当てられて、焦燥と興奮で意識は完全にのぼせ上がっていたのだ。

 だが、装甲騎兵道は多対多の競技。しかも参加人数は両チーム合わせて最大二百。

 戦況を冷静に見極め、チームとして動けなければ勝ち残るのは難しい。

 ブラッドサッカーからの厚い弾幕に晒されて、みほ達は助けに戻ることもできない。

 全力でこの地を脱せんとする大洗の戦列から、彼女たちは取り残されつつあった。

 

「今の!」

『敵の』

『フラッグなり!』

 

 一瞬、視界を過ぎった赤い影。

 血の色に塗られた、大きな二枚の羽飾りを肩に負った姿は見間違える筈もない。 

 西住まほの乗るブラッドサッカー、すなわち敵のフラッグ機に他ならない。

 

(フラッグ機さえやっつければ――)

 

 ――勝てる。

 そんな健気な野心が、判断を誤らせる。

 三人の注意はまほのブラッドサッカーへと向いていた。

 それこそが、黒森峰隊長の狙いとも気付かずに。

 

『ふきゅうっ!?』

『だっちゃ!?』

「ッ!?」

 

 心の空隙を貫いたのは、稲妻のようにあらわれた青い装甲騎兵たち。

 重装備のスナッピングタートル三機がいつの間にか背部に回りこみ、ロケット弾を撃ちこんできたのだ。

 コンバットプログラムを起動させる間もなく、ももがーとぴよたんは撃破され白旗を揚げる。ねこにゃーのみがレイジング・プリンスのトレードマークとも言える背部マント、正確にはマント型の装甲板に守られて撃破を(まぬが)れる。

 必死にローラーダッシュで敵の射線から逃れ、反撃の機会を探る。だが、見渡す限り敵ばかり。攻撃を凌ぐだけで精一杯。

 

(せめて敵フラッグを――)

 

 それでも諦めず、赤い影を追う。

 だが、正面に割り込んだのは青い影だ。

 

「ボ、ボスキャラ!?」

 

 スコープドッグよりも一回り大きな青い巨体。

 スコープドッグと異なる複合センサータイプのカメラアイ。

 スカートアーマーに描かれるのは、黒森峰の校章と分隊番号。

 24分隊隊長機、黒森峰副隊長、逸見エリカ駆るストライクドッグ!

 

「し、死なばもろとも!」

 

 この時ねこにゃーが見せた指捌きは神速と呼ぶにふさわしいものだった。

 それに応えるレイジング・プリンスは定められた通りの動きを最大の効率でこなしてみせる。

 グライディングホイールをフルスロットルで回転させ間合いを詰める。

 それに合わせたか迫り来るストライクドッグと、相互の間合いからやや手前でホイールを左右逆回転。

 機体そのものの旋回に腰部ターレットリングの回転を同期させると同時に、腕を真っ直ぐに伸ばしストライクフェンサーをストライクドッグへと突き出す。機体、上半身の二重円機動に合わせての突きの一撃は、遠心力をその切っ先に込めることで加速する。

 その加速が頂点に達した、その瞬間にアームパンチ! 脚部、腰部の回転の勢いに火薬の爆発を乗せて、白銀の衝角は速く長く伸びた。生身の人間がやるには余りに高度なテクニック。こんなことがマニュアルでできるのは一流のボトムズ乗りのみ。だがミッションディスクを用いればそんなことは無関係!

 旗獲った! ――とねこにゃーは技が発動した瞬間に確信していた。

 繰り出すタイミングは完璧だった。アームパンチ分伸びた間合いは敵の虚を突き、避けることなど出来るはずがない。

 

「!?」

 

 ストライクドッグが見せた動きは僅かだった。僅かに、機体を屈ませたに過ぎなかった。

 それだけで必殺の一撃は空を切った。

 コンバットプログラムに則った機械仕掛けの攻撃は確かに完璧だ。だが、だからこそ読めば避けるのも容易い。

 攻撃を外され、体勢の崩れたレイジング・プリンスではH級ショルダータックルには耐えられない。

 あっさりと弾き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がる。

 何とか立ち上がった所に、視界を覆う鋭い鉤爪。アイアンクローのアッパーカットは優美なカメラアイをひしゃげさせ、そのまま撃破判定を引き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第62話 『決闘』

 

 

 

 

 

 

 

 表示されたキルログの連なりは、アリクイ分隊が全滅したことをみほへと知らせた。

 これで大洗側の戦力は29機。

 対する黒森峰は華やカエルさん分隊、そしてアリクイ分隊の奮戦もあって損害は与えているもまだ80機を割ってはいまい。戦力差は、未だ2倍以上に開いたままだ。

 しかも数少ない優位に戦える絶好の場所だった台地を放棄してしまっている。

 ここからの戦いは、むしろ大洗側が出血を強いられるものになりかねない。

 

「ウワバミさん分隊、後方の様子はどうですか?」

 

 みほが問いかけるのに、相変わらずナカジマは独特のゆるい調子の声で答えた。

 

『ん~とねー……バラバラと撃ってきてはいるけど、ありゃ単なる牽制みたいだね~。アチラさんも無傷じゃないから、態勢を立て直してる所みたい』

『猫田さんたちが頑張ったお陰かな』

「……そうだね」

 

 沙織が呟くのにみほは、ちょっと間を開けてから頷いた。

 アリクイさん分隊が独断で、というよりもその場の勢いに呑まれて攻撃を続けたのは褒められたことではない。

 結果的に彼女たちを置き去りにしてしまったこともみほにはどうにも引っかかる。

 しかし、彼女らの見せた奮闘は決して無意味ではなく、黒森峰主力部隊の足を止める結果をもたらした。

 みほの今すべきことは、この結果を活かして次なる戦略を再構築することだ。

 

「北西部の市街地を目指します」

『あそこならばゲリラ戦で黒森峰の大部隊にも対抗可能です!』

『そういうのの方が私も得意だからありがたい』

 

 優花里が嬉しそうな声をあげ、麻子がうんうんと同意した。

 彼女たちの言う通り、思い切りの良い分隊長ばかりの揃った大洗にとっては、市街地でのゲリラ戦のほうが野戦よりもずっと相性が良い。初期位置と黒森峰の進行速度の問題があって即市街地へと向かうことが出来なかったが、これでようやくベストポジションを獲るめどが立ってきた。

 みほは廃鉱山の別働隊へと回線を開いた。

 

「カメさん分隊、聞こえますか」

『はーい西住ちゃん! こっちもそろそろ撤収?』

 

 流石は角谷杏。みほが無線を入れたタイミングだけでどうするべきかを理解できるらしい。

 

「はい。廃鉱山の南側から出て、そのまま試合場西部の林道から市街地に向かってください。川を渡れば市街地はすぐそばです。そこには橋はありませんが、浅瀬があるので渡河できる筈です」

『ほいほーい。五十鈴ちゃんはどうするの? しばらくは私達と一緒?』

「はい。華さんにヒバリさん分隊と共同で市街地へと向かってください」

『りょうかーい』

 

 暫くは援護砲撃を受けられなくなるが、互いの安全を考えればこの方法以外ない。

 黒森峰が追撃を再開するまで時間はあまり残されてはいない。今はとにかく市街地へと向かって一直線に進むことだ。市街地の前には大きな河が流れている。橋はひとつだけ。浅瀬はあるが、そこを使えば遠回りになる。先に渡りきって、これを爆破すれば市街戦の態勢を整えることができる。

 

「隊形を変更します。あんこうを先頭に――……」

『どしたのみぽりん?』

 

 指示を出そうとしたみほの言葉が不意に止まる。

 不審に思った沙織が聞くが、みほは答えず、そして不意に叫んだ。

 

「全隊! 左10時の方向に旋回!」

 

 みほの緊迫した声に、疑問を挟むこともなく皆一斉に従った。

 大洗の戦列が、一個の生き物のようになめらかに左に曲がった。

 するとどうだ。直進していればそこにいたであろう位置が爆ぜ、煙が上がり土が散る。

 

「全隊! 右4時の方向!」

 

 次なる爆発もみほの指示で避けた所で、皆も何が起こってるかを理解した。

 砲撃だ。あの台地を砲撃したハンマーキャノンが、今再び自分たちを狙っている。

 

『見えた! 3時の方向!』

 

 クエントレーダー持ちのカエサルが叫んだ。

 みほもステレオスコープをそちらに向ければ、彼方からこちらへと爆走する黒い騎群が見えた。

 

『さっすがたかちゃん! ひなちゃんパワーぜよ!』

『でかしたぞたかちゃん、ひなちゃん!』

『見事だカエサル! じゃなかった、たかちゃん!』

『うっさい!』

 

 こんな状況下でも茶化し合っているニワトリさん分隊はともかく、みほはどうするべきか考えていた。

 マイクが拾った風切音から砲弾が飛んで来るのは判っていたが、よもや『あんな撃ち方』しているとまでは想定外だった。

 コチラに近づく敵スコープドッグ隊は恐らくは山越にこちらを狙っていた部隊だろう。動けぬ本隊の代わりに追ってきたのだ。しかし、彼女らの得物のハンマーキャノンは設置して用いる野戦砲だ。故に機動戦には本来は適さない。

 ところが相手は四機がかりでハンマーキャノンを抱え持ち、走りながらこちらに砲弾をぶっ放していたのだ。総勢二十機。ハンマーキャノンは五門。恐るべき大砲の数は減ったが、代わりに間合いが縮まったために脅威度ではむしろ倍以上!

 

(……ここで時間を使うわけにはいかない!)

 

 みほは即断し、即座に命令を下した。

 

「速攻を仕掛けます! 麻子さん!」

『ほい』

 

 名を呼んだだけで、天才少女は為すべきことを察した。

 ショルダーアーマーの備わったスモーク・ディスチャージャーから、煙幕弾が三発吐き出される。

 それらは黒森峰隊と大洗の間に煙幕を張り、互いの視界を遮る。

 

「ウサギさん分隊! 機銃お願いします!」

『了解です隊長!』

『喰らえおりゃぁ~!』

『喰らえ喰らえ!』

『バリバリバリ~!』

『鬼さんこちら~手の鳴る方へ~』

『……』

 

 トータスタイプのAT固有の武装、腹部の二連11mm機銃を、一年生たちは一斉に発射する。

 煙幕の向こうから飛んでくる機銃弾に苛立ち、敵は煙幕を吹き飛ばそうとするだろう。

 それを見越して、みほは次なる指示を矢継ぎ早に飛ばす。

 

「ウサギさん分隊は散開しつつ後退してください! カエルさんもPR液や弾丸を温存し後退! ウワバミさんにニワトリさんは細かく動いて相手を翻弄しつつ援護射撃!」

 

 そして最後に、華を除くあんこう分隊に号令した。

 

「あんこう突撃します!」

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 黒森峰砲兵隊は煙幕を吹き飛ばすべく砲を構えた。

 本来ならばこうした追撃を任されることもない筈の足の遅い砲兵隊に、敢えて追っ手を任せる……このまほの采配には当初彼女らも驚いたが、直ぐに頷いて追跡に掛かった。

 荷重となるハンマーキャノンを半分置き捨てて、二機で一門が規定なのを四機で一門持つことで速度の低下を抑える。これにより脱兎のごとく逃げる大洗に追いつくことが出来ていた。

 しかも、こちらには強力な砲が未だ五門もある。

 相手は煙幕越しに撹乱のつもりか機銃を撃ってくるばかり。恐らくは文字通り煙に巻いて逃げるつもりだろう。本隊はすぐにでもここに追いついてくる筈だ。相手もそれを解っているだろうから。

 ――ならばこそ、本隊と合流するまでもなく、ここで叩く。

 第19分隊から第23分隊の砲兵五個分隊は、まだ未熟な一年生を主体としている。

 本来ならば全国大会など出ることを許されぬ選抜漏れの選手たちだ。それだけに彼女たちには野心があった。少しでも撃墜スコアを稼いで、先輩たちに認めてもらいたいとする健気な野心。

 任されたのは足止めだけだったが、彼女らは余計な欲を抱いたのだ。

 しかし一流のボトムズ乗り、西住みほにとってそんな健気な野心は心の空隙でしかない。

 そこを――貫く。

 発射される砲弾が爆裂し、煙幕を吹き飛ばす。

 辺りに立ち込めるほのおのにおいは噎せ返る程。

 ならば、炎の向こうに待ち受ける、ゆらめく影は何だ。

 

『!?』

 

 驚いた時には、もう遅い。

 先頭の一機が、頭部を撃たれて白旗揚げる。

 慌てて反撃を期せば、立て続く銃撃は彼女らの得物ハンマーキャノン、その弾倉や砲口を狙った。

 爆散――必殺の得物が、自滅の地雷原と化す。

 散り散りになる戦列。何とか腰に吊るした各々のヘビィマシンガンに手を伸ばすも、狙いをつける間もなく地面に沈む。

 奇怪なる迷彩布で包まれた姿は余りに素早く、何とか影を追いかけることしかできない。

 そちらに気をとられていれば、己達が駆るのと同じATが、しかし肩には深海の捕食魚の紋章を掲げたATが拳を振り上げ、容赦なく叩き伏せる。

 敵の血潮に濡れたのか、真っ赤な肩をした針鼠が、機銃を唸らせミサイルを弾けさせる。

 砲火を潜り抜ければ、待っているのは見たことがない奇妙な敵フラッグ機。

 好機に飛びつけば、それは鮟鱇の罠。

 左肩のシールド――に備わったクローアームに捕えられ、逃げる間もなくゼロ距離の射撃が火花を散らす。

 もう、追撃どころではない。

 手柄も忘れ、得物も捨てて、逃げるしか無い。

 退きながら振り返る。

 硝煙の彼方に屹立するは、大洗女子学園精鋭あんこう分隊。

 一番目立つ左肩の赤いスコープドッグが、実は一機も落としていないのは秘密だ。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

『何とかなりましたね、西住殿!』

『流石に連戦はきついな……少し休憩を入れたい』

『ひい、ふう、みい……私調子に乗って撃ち過ぎちゃったよ……弾が保つかなぁ……』

「大丈夫だよ沙織さん。いざとなったら相手のを奪えば良いから」

『そんなのできるのみぽりんだけだよ……』

 

 追撃隊を見事蹴散らしたあんこう分隊は目的の橋に到達することができていた。

 バラバラのタイミングで後退を開始した割には、あまり時間差もなく合流が果たせたのは嬉しい誤算だ。

 あんこう、カエル、ウサギ、ニワトリ、そしてウワバミの五個分隊は何とか欠けなくここまで辿り着くことができた。

 後は橋を渡って別働隊と合流を果たすのみだ。

 

「橋は老朽化しているので、慎重に渡ります。殿は……ウサギさん分隊お願いします」

『任せて下さい!』

『やったるよー!』

『あいあいあいーっ!』

 

 石造りの古い橋はAT部隊が一度に大勢渡れば崩れてしまうかもしれない。

 よって各分隊ごとに渡る。

 遠距離砲戦がこのなかで一番得意なウサギさん分隊に警戒を任せ、まずはウワバミが、次いでカエルが、アンコウが、ニワトリがと次々渡っていく。

 

『妨害もなし……この無事越えられそうですね』

『やったー……やっと一息つける』

『昼寝の時間でもとれれば最高なんだがな……そりゃ流石に無理か』

 

 対岸についた優花里、沙織、麻子も少し肩の力を抜いてリラックスした様子だった。

 しかしみほはと言えば、油断なく鋭い視線で向こう岸を見守っていた。

 

「……よし。それじゃウサギさん分隊、移動を開始してください」

 

 そう言った直後だった。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 あんこう分隊に蹴散らされた黒森峰砲兵隊。

 地に倒れ伏し、白旗揚げて回収を待つAT達の下から、這い出てきた一機のスコープドッグ。

 僚機に巻き込まれて倒れ、下敷きになりつつも撃破は免れた彼女は、何とか這い出した所ですぐに行動を開始した。自分の為すべきことは一つ。黒森峰装甲騎兵道チームの端くれとして、相手に眼にもの見せてやること。

 彼女のスコープ越しの視線の先には、置き捨てられたハンマーキャノンがある。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 みほは大声で叫んだ。

 

「待って! 中止! 移動中止! 引き返して!」

 

 みほの声に、梓は即応し続く皆を踏みとどまって押しとどめ、急速バックで押し返す。

 何とか全機岸へと戻ったのと同時に、砲弾が、ハンマーキャノンの砲弾が石橋を直撃する。

 経年劣化で脆くなった石橋にはそれで十分だった。

 アッと叫ぶ間も無く、石橋は崩落し河へと落ちて水しぶきを上げた。

 もう渡ることはできない。ウサギさん分隊の駆るスタンディングトータスには潜水能力はない。

 

「――」

 

 みほは彼女には珍しいことだが一瞬言葉を見失っていた。

 ウサギさん分隊六機。大洗に女子学園にとっては数少ない重火力AT部隊と今、みほ達は完全に分断された。

 黒森峰本隊が追いつくまで、あと僅か――。

 

 

 





 余りに広く、余りに深く
 それ故に、それ故に忌々しいこの大河を
 必ずや渡らねばならぬとしたら
 橋なき大河を、渡しなき濁流を超えねばならぬとしたら
 姿なき道を、在り得ざる道を求めて、みほは考え、そして決断する

 次回『渡河』 心に浮かぶ、ただ一筋の道


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第63話 『渡河』

 

 

 オレンジペコは思わずカップを取り落としそうになるのを堪えた。

 照れ隠しにコホンと咳払いをひとつ。観戦へと戻る。

 

「崩れましたね」

「ええ、ものの見事に」

 

 ペコが言うのに対し、ダージリンが頷いた。

 大型モニターに映し出された石橋は、その半ばで爆発を起こしたのを皮切りに、連鎖反応で次々と崩落し始めていた。恐らくはもともとガタが来ていたのだろう。水しぶきと埃が治まった後には、橋は僅かに両端部分を残して他は全て崩落し、水中に没してしまっていた。

 川幅は五〇メートル程だろうか。然程広いわけではないが、問題はその深さだ。落ちた石橋の瓦礫が完全に沈んでしまっている所を見るに、河はかなり深い。そして大洗側には潜水が可能なATは一機もない。

 たかだか五〇メートル。されど決して超えられぬ五〇メートルを挟んで、大洗装甲騎兵道チームは完全に分断されてしまっていた。

 

『……』

『……』

『……』

 

 ダージリン達の近くではケイ、アリサ、ナオミの三人も折りたたみ椅子を広げて愉快に観戦していたのだが、その彼女らもポップコーンに伸ばしていた手を止めて、固唾を呑んで見守っている。

 カチューシャはと言えばノンナの肩の上という定位置にいたが、何ともやきもきした様子で落ち着かない感じだ。

 フレーフレーと騒がしく応援していたアンツィオ一同ですら、今は静かに、そして不安そうな姿だった。

 

「『逆境が人に与える教訓ほど、うるわしいものはない』」

 

 不意にダージリンが唄うように呟いた。

 即座にペコが引用元を注釈した。

 

「シェークスピアですね。『お気に召すまま』だったかと」

「不運を嘆くことは簡単だけれど、しかし、真に賢いものはその逆境からこそ活路を見いだせる……」

 

 ダージリンは紅茶で唇を湿らせると、まるで己のことであるかのように誇らしげに言った。

 

「それがみほさんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 第63話 『渡河』

 

 

 

 

 

 

 突然の危機的状況を前に言葉も無かったのは僅かな時間に過ぎなかった。

 このアクシデントに対しての澤梓の反応は迅速だった。

 

『先輩! 私たちに構わず行ってください!』

 

 分隊長の言葉に、皆も即座に続いた。

 

『行ってください!』

『後から追いかけます!』

『おいかけます!』

『私達ならだいじょうぶですからぁ~』

『……』

 

 あゆみが、あやが、桂利奈が、優季が言う。

 紗希も言葉こそないが、彼女は沈黙を以ってみほへと行けと促している。

 

「……」

 

 みほは考える。

 まずは状況を整理してみよう。

 今や河を挟んで大洗本隊は分断された。取り残されたのはウサギさん分隊。

 H級ならではの搭載量を活かし、目一杯のミサイルにロケットを装備した重火力部隊だ。

 つまり大洗の反撃の要となりうる戦力であり、ここで失うことは許されない。

 しかし、眼前に広がる河がある。ATには渡ることができない河が。

 

(迂回する?)

 

 試合場で河を渡ることができる箇所は全部で三ヶ所。崩落した石橋以外にも浅瀬が2つある。内一つは杏や華達の別働隊が今渡っている筈だ。ならば北にあるもうひとつの浅瀬にウサギさん分隊を向かわせるべきだろうか。否――それはできない。

 

(黒森峰に追いつかれる)

 

 本格的に追撃に入った黒森峰からは、ウサギさん分隊では逃れられない。その重装備が足を引っ張るからだ。主力分隊の各個撃破という最悪のシナリオがみほの脳裏をよぎる。

 

(でもどうやって助ける?)

 

 あまり考えている時間はない。ぐずぐずしていれば本当に黒森峰が追いついてしまう。

 今大洗が黒森峰に対して優っている点は、先手をとっていることだけに過ぎない。

 秒針が回れば、リスクが上がる。時間的余裕は全く無い。

 

『こんなこともあろうかと持って来てたんだけど、どう使うかだよねぇ~』

『向こう側に飛ばす方法がないとなると……ね』

 

 ツチヤとスズキがこんなことを言っているのにみほが振り返れば、ツチヤが腰にマウントしていたらしい予備のワイヤーの輪を鉄の掌の上でプラプラ揺らしている所だった。カーボンコーティング仕様の予備ワイヤー……しかしフックもなければ射出装置もなく、巻上機もない。ならばいったいどうやって向こう側にワイヤーを飛ばす?

 

(ミサイルに括り付けて――)

 

 しかし失敗が許されないことを思えば確実性にあまりに欠ける。

 だが他に手がない以上、こうするしか……。

 

『……ATも泳げたら良いのに』

 

 沙織がふと呟いた。

 

『無理だろう。鋼鉄の塊だぞ』

『だって宇宙空間には普通に出れるじゃん!』

 

 麻子がツッコミ、沙織が切り返す。

 傍らで聞いていたみほの脳裏に、潜水用のAT達の姿が次々と過ぎっていく。

 ダイビングビートル、スタンディングタートル、スナッピングタートル――……。

 

「!」

 

 みほは閃いた。

 彼女の視線の先にあるのは、優花里が駆るパジャマ・スコープドッグだった。

 

「優花里さん!」

 

 急に大声で呼びかけてきたみほに、優花里がビックリして反応する間もなくみほは叫んだ。

 

「優花里さんのAT、私に貸してください!」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 ――ちょっと待って! とみほは言った。

 待機命令を受けて、ウサギさん分隊は周辺を警戒しつつその場で静かに待っていた。

 黒森峰が今にも来るかもしれない――そんな危機的状況に否応なく緊張は高まり、普段は明るく騒がしい一年生たちも皆言葉一つ無い。

 そして元々も口数の少ない紗希ばかりがいつも通りの様子であった。

 

「……」

『ん? なに、紗希?』

 

 紗希があゆみの乗るATの肩を、鋼の指でコツコツと叩いた。

 相変わらず一人だけ他と違う所を見ていた紗希。彼女の見ていたのは対岸、つまりみほ達の居る方向だ。

 あゆみは促されて対岸の、崩れず残った橋の端を見た。

 見て絶句した。言葉が出てこないので隣の桂利奈のATの肩を、鋼の指で叩いた。

 

『え? なに、なに? いったい何事――』

 

 桂利奈は促されて対岸の、崩れず残った橋の端を見た。

 見て絶句した。言葉が出てこないので隣のあやのATの肩を、鋼の指で叩いた。

 

『え、なに? こんな状況で何を――』

 

 あやは促されて対岸の、崩れず残った橋の端を見た。

 見て絶句した。言葉が出てこないので隣の優季のATの肩を、鋼の指で叩いた。

 

『どーしたの~?』

 

 優季は促されて対岸の、崩れず残った橋の端を見た。

 見て絶句した。言葉が出てこないので隊長の梓のATの肩を、鋼の指で叩いた。

 

『ちょっと何? 黒森峰が来るかもしれないから、全員で正面を――』

 

 梓は対岸の、崩れず残った橋の端を見た。

 そこに立っていたのは、思わず言葉をなくすほど珍妙な存在だった。

 パンパンに膨れ、まるで著しく肥えたかのような不可思議なシルエットが、元は優花里のパジャマ・ドッグのものであったことは解る。

 だが、今のその姿の奇妙さよ。ATの形をした風船のような姿よ。

 オマケにその両手には、みほのパープルベアーMk.Ⅳスペシャルから取り外したらしい装甲板をそれぞれ携えている。

 

「浮き輪と、オール」

 

 紗希は相変わらずの微かな声で言った。

 それは対岸のパジャマドッグの奇妙な姿の意味を的確に捉えた答えだった。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 今や飛び込み台と化した橋の端に立ち、みほは改めて渡らなくてはならない川幅を見た。

 たかだか五〇メートル強。たったそれだけの距離が、恐ろしく遠く感じられる。

 

「――」

 

 ヘルメットを外し、深呼吸。

 気分を落ち着けた所でヘルメットをかぶり直し、センサーとバイザーを同期させる。

 ATの視界が、己の視界となる。まっすぐに河を見据えて、ルートを脳内に思い描く。

 チャンスは一度切り。そう思えば、整えた息がまた荒くなる。

 

『みぽりん』

 

 呼び掛けられて、振り返る。

 沙織がハッチを開き、ヘルメットを外してこちらを見ていた。

 微笑んでいた。それにサムズアップを添えた。

 

『西住殿! ご武運を!』

『賽は投げられた! ルビコンを渡れ!』

『自分の人生は、自分で演出する……隊長の信じた道を行け!』

『上策は敵も察知す! 相手の思いもよらぬ策で行くのみだ!』

『世の人は我を何とも言わば言え、我が成す事は我のみぞ知るぜよ!』

 

 優花里は敬礼を送り、カエサルたちニワトリ分隊もそれに倣った。

 

『行って来い』

『待ってるよ~』

『メンテナンスは任せて』

『水が入らないようにね』

『ドリフトドリフトォ! ……は水上じゃ出来ないか』

 

 麻子が手を振り、自動車部の皆も同じように手を振った。

 

『隊長ファイトー!』

『『『ファイトー!』』』

 

 バレー部の皆は力強いエールを送ってくれた。

 それで迷いが消えた。

 

 ――助けたかった。

 母は間違ったと言ったが、あの時、去年の決勝戦のあの時、沈みゆく戦友を自分は助けたいと思った。

 だから飛び込んだ。今度も飛び込もう。自分のやり方を貫こう。

 母にだって、いや、西住流にだって私は従わない。

 

「『ぷかぷか作戦』、開始します!」

 

 ローラーダッシュで勢いをつけて、みほは川面へとダイブした。

 水しぶきで視界が覆われる。だが、それも一瞬のこと。機体が『浮かび上がった』ことで、カメラには目指すべき対岸がハッキリと見えている。

 

(上手く行ってくれた!)

 

 浮力の源は、パジャマドッグを覆う装甲代わりのカーボンコーティングシートだ。

 ここにパンパンに膨れ上がるまでに詰め込まれた圧縮空気――エルヴィンのベルゼルガ・イミテイトのパイルバンカーから生み出したものだ――によって、ちょうど浮き輪の要領で機体を浮かしているのだ。

 発想の大元は、スコープドッグのカスタムタイプの一つである『マーシィドッグ』。腰に備わった二基のエアバージ(フロート)によって浮き、ハイドロジェットで推進する。潜水こそ出来ないが、水上戦に一応は対応できるという代物だ。マーシィドッグはたかだか二基のエアバージで浮くことができるのだ。ならば機体のほぼ全てを覆うパジャマスーツを膨らませれば、浮けないことがあるだろうか……いやない!

 

「後は前に……進むだけ!」

 

 両手に持った装甲板を、拳部マニピュレーターを回転させることで水を掻く。

 ちょうど大昔の外輪蒸気船の要領だ。思いの外速いスピードでATは向こう岸へと進む。

 その背にはワイヤーが結ばれ、2つの岸の間を繋ぐ役割を担う。

 

 皆が見守る中、みほの駆るパジャマドッグは進む。

 その姿はお世辞にも格好いいとは言えず、むしろ間抜けにすら見えるが、誰一人笑う者はいない。

 大洗の皆も、観客の誰一人すら、笑う者はいない。

 皆が応援し、見守る中、遂にみほは河を渡り切ることに成功した。

 

「隊長!」

「隊長!」

「隊長!」

 

 ハッチを開き、ヘルメットを脱いで涙目でみほを出迎える梓達に、みほは笑顔でこう返した。

 

「みんな、おまたせ!」

 

 

 

 

 ――みほの渡したワイヤーを伝って、ウサギさん分隊は全機渡河作戦に成功した。

 黒森峰の大部隊が崩れた橋のもとへと到達したのは、ウサギさん分隊が渡り終えたのとほぼ同時であった。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 間一髪の所で、窮地を脱した大洗女子学園。

 遠回りする黒森峰を他所に、彼女らが目指すのは試合場北西部の廃市街地だ。

 百年戦争の時に、流れ弾の星間ミサイルが着弾し開いたすり鉢状の穴なかに造られた階層式のバラック街。

 今では再開発の結果打ち捨てられ、酸の雨によって朽ちるに任せている。

 みほ達は遂に、目的地へと到達しようとしていた。

 

『華や会長達はまだ来てないみたい』

『どうします西住殿? 皆が来るまでここで待ちますか?』

 

 沙織の言う通り、まだ別働隊の姿は見えない。

 優花里が問うのに、みほは首を横に振りつつ答えた。

 

「先に偵察隊を出して、安全を確保します。黒森峰の別働隊が居ないとも限りません」

 

 みほが言うのに、今度はエルヴィンが答えた。

 

『ならば我らの出番だな。カエサルのクエントレーダーがあれば潜んだ敵も察知できる』

『盾持ちのベルゼルガを前に押し出せば、出会い頭の戦闘でも優位に立てる』

 

 エルヴィンが言うことを、カエサルが補足する。

 

「では、ニワトリさん分隊に偵察をお願いします」

 

 みほもこれに頷いて、カエルさん分隊に偵察を命じた。

 ベルゼルガタイプを二機に、黒森峰譲りのタイプ20が二機。

 彼女らの腕の良さも相まって、危険な偵察任務をまかせるに足る能力を有している。

 

『Jawohl!』

『心得た!』

『合点承知の助!』

『道を切り開かねばいかんぜよ!』

 

 かくしてニワトリさん分隊は偵察任務へと打って出た。

 彼女らの進む先に、何が待つかも知らず――。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 しばし進んだ所で、カエサル機に搭載されたクエントレーダーが、廃墟の街に潜む敵影を捉えていた。

 

『見つけたか?』

「11時の方向……敵は全部で3……いや4!」

『いぶり出すぜよ?』

『ならば一番槍!』

 

 左衛門佐がミサイルを数発撃ちこめば、吹き飛ぶスクラップの影から飛び出してくる三機の黒い影。

 ブラッドサッカーだ!

 

 

「? ……何だ?」

『逃げの一手か』

『臭うな』

『臭いぜよ』

 

 ブラッドサッカーが三機。数では劣るとはいえ、機体性能ではあちらが遥かに勝る。

 にもかかわらず黒森峰らしくもない。見つかった直後に牽制の弾幕を張るばかりで、ひたすら逃げ続けていく。

 廃墟の街の道はスクラップの覆われて複雑だが、しかしクエントレーダーを以ってすれば敵の動きは丸見えだ。

 

「……別行動中だった一機と合流したようだ」

『誘導された?』

『おびき出されたぜよ』

『つまり釣り野伏だな』

「『『それだ!』』」

 

 相変わらず緊張感があるんだか無いんだかのやり取りを交わしながら、廃墟の街を進むカエサル達。

 今、目の前のカーブを曲がれば敵は目前だ。

 

「ローマ式に盾持ちが先行する!」

『怪しいところには、弾丸をぶち込め!』

 

 ロンメルからのエルヴィンが引用して言うのを受けて、カエサルは盾を構えつつカーブの向こうへと躍り出た。

 そして敵の反応を引き出すべく、アサルトライフルを乱射する。

 返答はすぐに来た。

 

「……!?」

 

 暗闇の向こうからまっすぐに自分へと向けて走る光条。

 その正体がミサイルと気づいた時、カエサルは既に盾を構えていた。

 何度も繰り返し練習したがゆえの反射的な行動だ。

 

「何だ!?」

 

 辺りを満たす爆煙越しに覗けば、暗闇の向こうから一機のATが姿を現した所だった。

 その恐ろしく巨大なATのことをカエサルは知らなかったが、秋山優花里であればその名を叫んでいたことだろう。

 『ブラッディドッグ』と――。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 【第25分隊】シークレット部隊4機

 ブラッディドッグ×1

 ブラッドサッカー・カスタム×3

 

 

 

 

 

 

 






 遂に姿を現した黒森峰の伏兵
 圧倒的火力、圧倒的巨体、圧倒的性能
 あらゆる意味で圧倒的なる敵が、その圧倒的なる力を存分に振るう
 潰されるか、切り刻まれるか、あるいは焼かれるか
 だが前に進まんと欲するならば、このゴリアテへと立ち向かうほかはない
 知恵と勇気を振り絞り、少女たちは立ち向かう 

 次回『羅刹』 小石を以って巨人を穿つ


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第64話 『羅刹』(リライト)

色々考えた結果、第64話をリライト致しました
それに合わせて第63話の末尾部分も若干書き換えました


 

 最初、カエサルはそれがATだとは解らなかった。

 それはあまりに大きく、そして規格外だったから。

 闇の奥から、影の向こうから姿を見せたのは、砂、茶、緑の三色で波状に迷彩が染め抜かれた魁偉(かいい)かつ怪異な巨人だ。

 

『……AT?』

『ATなのか?』

『だとすれば反則ぜよ……』

 

 エルヴィン、左衛門佐、おりょうの声にも戸惑いと驚きが入り混じっているのが解る。

 当然だとカエサルも思う。戸惑いと驚き以外に、どんな感想をあのデカブツに対して抱けというのだ。

 膨れ上がった両脚の形状はアイスブロウワーを履いた姿に似ているが、シルエットはずっと太く、殆ど脹脛同士が接着しているように見える。足の両外縁には、恐らくはパイルバンカーを流用したであろう大型ターンピックが備わっている。

 胴体と両腕には然程変わった部分は見られない。ドッグ系のもの、それも恐らくはスコープドッグのマイナーチェンジ機である『ラピッドドッグ』から持ってきたものだろう。

 ただし、頭部は別だ。このATの頭部は、他に類例のない極めて奇怪な形状をしている。

 スリットカバーのついた二基のステレオスコープ式のセンサーに加えて、両側頭部にも小型のカメラがびっしりと埋め込まれている。頭部中央には不可思議なスリット群があり、緑に発光していて不気味だ。あれもセンサーの一部なのであろうか。

 そして一際目を引くのが、背負い込んだバックパックユニットだ。普通のATならミッションパックなどを装着している場所からは、二本の特大アームが伸びているのだ。長さだけでAT一機分はありそうなアームには、右は三本爪のアイアンクローが、左には三連装式のパイルバンカーが装備されている。特大アームは左右ともシールドと一体化しており、さらに左シールドからはトータスタイプの顔が生えているから異様だ。

 カエサル達からは見えてはいないが、よく見ると背負っているのは上下逆さまにしたビートルタイプであって、二本の特大アームもその脚部マッスルシリンダーを改造したものと解る。さらに、背負い込んでいる8トン以上の重みに耐えるために、腰部にはグライディングホイール付きのスラスターユニットがマウントされ、三本目の脚の役割を果たしていた。

 何から何まで異常なATだった。それも単に見た目が異常というだけではない。

 

「マズイな」

『マズイ』

『南無三……』

『いかんぜよ』

 

 本体部分には肩部左右二基のミサイルポッドを有し、腰部からは左右二基のガトリングガンが顔を覗かせ、おまけに左右の手にそれぞれショートバレルのヘビィマシンガンとペンタトルーパーを構えているのだ。

 瞼が開くようにツインアイのカバーが開けば、妖しく緑に煌く機械の眼が、カエサルたちへと向けられる。

 そこには、乗り手の闘志が映し出されていた。

 

「全員退却ー!」

『退避ー!』

『退け! 退け!』

『逃げるぜよ!』

 

 慌てて逃げ出すニワトリさん分隊目掛けて、ミサイルがガトリングガンが、そしてマシンガンにペンタトルーパーが一斉に火を吹いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第64話 『羅刹』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『隊長、敵だ! それも物凄いやつだ!』

 

 無線を通して聞こえるカエサルの声は焦りに上ずっていた。

 どんなピンチの中でも、歴史になぞらえた台詞を拵える余裕のあるのがニワトリさん分隊の面々だ。

 しかし今の彼女らにそれはない。つまりそれだけ状況が逼迫(ひっぱく)しているということ。

 

「敵の詳細を報告してください!」

 

 みほが問えば、砲声爆音に混じりながらも、カエサル達の状況報告が次々と届けられる。

 

『背中から二本の腕が生えてる! それも盾持ちで頑丈! まるでスクトゥム! いやテストゥードだ!』

『喰らえ! ……こちらの攻撃をものともしない! まるで織田右府めの鉄甲船だ!』

『大きい……五メートルはある。巨砲に装甲なら、まるで甲鉄艦、あるいは東艦ぜよ!』

『陸戦で大火力・重装甲といえば、ドイツの超重戦車マウスでしょ!』

『『『それだ!』』』

『言ってる場合!?』

 

 そんな余裕はない筈だが、しかしそこは彼女らなりの意地なのか。

 焦った声でも歴史ネタを手放さない歴女の面々に、沙織がおもわず突っ込む。

 一方、優花里はというとニワトリさん分隊からの情報で、相手の正体を既に割り出していた。

 

『背中から生えた二本の腕……巨大な盾……五メートルの巨体……』

 

 ハッと何かに気づいたのは優花里だった。

 

『カエサル殿! そのATのメインカメラはステレオ形式で、各々の眼に二基のセンサーが入っていませんか!?』

『その通りだが……知っているのかフォークト!』

『はい! その特徴ならば間違いありません……「ブラッディドッグ」です! そうですよね、西住殿!』

 

 優花里の推測は当たっていた。みほは厳しい表情で頷く。

 

「うん。何年か前に、いざという時の切り札用に造ったって話は聞いたことがあったけど。まさかこのタイミングで……」

 

 どんな相手も全力で叩き潰すのが黒森峰の、西住の流儀。

 それにしてもあの怪物を引っ張り出して来るとは――。

 

『「ブラッディドッグ」!? 聞いたこと無いATぜよ』

『フォークト! 説明してくれ!』

 

 エルヴィンにソウルネームで問われて、アンドレアス・ヴァン・フォークトこと秋山優花里は答えて曰く。

 

『「ブラッディドッグ」というのは、かつて悪名高いバトリング選手ペイガンが駆ったとされるカスタムATのことです。ベースとなっている機体はドッグ系列のローカルマイナーチェンジ機「ラピッドドッグ」ですが、改造に改造を重ねた為に最早原型を留めていません。ライバルだったバトリング選手に勝つために火力と格闘性能を追い求めた結果、トータスタイプやビートルタイプのパーツを流用、機体に増設することで元々の機体性能の枠を超えた怪物的ATです。脚部にはアイスブロウワー式の長靴を増設、腰部には走行補助用ブースターユニットをマウント、機体を安定させた上でさらに速力をライト級並に引き上げています。そしてこのATの眼玉とも言えるのが、背部にAT一機を丸々逆さまに取り付けるという豪快なカスタムです! これによってAT二機分のマッスルシリンダー出力を得るばかりか、背負ったATの腕部脚部を改造した四本のアームを使うことができるようになります。特に脚部を改造した特大アームは、左右ともシールドと一体化していて防御力が高く、右のアイアンクローに左の三連パイルバンカーの格闘戦能力の高さは計り知れません。他にもミサイルポッド二基にガトリングアーム二基を装備し、射撃戦においても十分な火力を有しています』

 

 ――優花里の解説を要約するなら、射撃も格闘も秀でた、ATの枠を超えた怪物であるということだ。

 

『弱点は!? 弱点はないのか!?』

 

 必死に問うエルヴィンへの優花里の答えは芳しくない。

 

『これといった弱点は……強いて言えばその巨体故の稼働時間の短さに死角の多さ、それと複雑すぎる操縦系統でしょうか』

 

 優花里の答えを裏付けるようにみほは静かに頷いていた。

 ブラッディドッグは凶悪無比なATだ。使いこなせる者は限られているが、黒森峰のボトムズ乗りであれば――。

 

(……どうしよう……どうすれば?)

 

 一難去ってまた一難。

 渡河作戦をやっとの想いで成功させたかと思えば、次なる脅威がもう立ちはだかっている。

 

『うわぁっ!?』

『掠めた!? 今ギリギリを掠めたぞ!?』

『えいい! 喰らえ真田の――ってうわわわ』

『お供の攻撃も激しいぜよ』 

 

 加えて、無線の向こうのカエサル達の声は刻一刻と緊迫感を増している。

 みほは頭を振って迷いを振り切ると、飛び交う砲声に負けぬ大声で指示を下す。

 

「ニワトリさんとにかく逃げまわってください! 生き残りを再優先で! 私達も全力で駆けつけます! それまでなんとか持ち堪えてください!」

『りょ、了解!』

「E21ブロックで合流しましょう。地図によればここは廃物置き場です。物陰を上手く使って、ここでブラッディドッグを撃破します!」

『……ならば逃げの一手! 島津の退き口よ!』

『ダイナモ作戦開始!』

『函館で巻き返しを図るぜよ!』

『ここはファビウス・マクシムスの戦法だろう』

『『『それだ!』』』

 

 士気の上がるニワトリ分隊だったが、しかし傍らの優花里は意外とばかりに疑問の声をあげる。

 

『五十鈴殿や会長達を待たなくても良いんですか?』

 

 優花里が疑問に思うのも解る。

 相手は規格外の超火力超装甲の怪物ATだ。攻撃力と射程に優れた華達の加勢を待つほうが得策に思える。しかしみほはそう判断しない。

 

「黒森峰の主力に追いつかれる前に市街地を確保しないと、挟み撃ちになります。ブラッディドッグは規格外のマシンですが、ベースがATであることには変わりません。必ず倒せる筈です。だから――」

 

 みほは号令を下す。

 

「一気に攻めます!」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「逃げの一手……と請け合ったものだが」

 

 エルヴィンは頬を伝う冷や汗を感じながら、操縦桿を切り機体を小刻みに蛇行させた。

 照準を外されたロケット弾が、僅かにそれてジャンクの壁を穿ち、破片を撒き散らし爆煙を上げる。

 煙をくぐり抜けながら超信地旋回の要領で機体をクイックターン。

 得物のStg-5Aシュトゥルムゲベール改を向け、トリッガーを弾く。

 本来はオーデルバックラー用の新式機銃は決勝戦に備えてわざわざ取り寄せた虎の子だった。

 しかし――。

 

「やはりか!」

 

 吐き出される銃弾は巨大な盾に阻まれ、ブラッディドッグの本体まで届くことはない。

 それどころか、その図体の大きさに似合わぬ超機動力で間合いを詰めてくれば、そのまま相手は巨大な右腕を伸ばし、鉄の三本爪で掴みかかってくる!

 

「くっ!」

 

 エルヴィンはペダルを踏み込み、敢えて迫るクロー目掛けて踏み込む。

 完全に爪が開ききるその前に、巨大な手首を抜けて腕までベルゼルガ・イミテイトは走る。

 エルヴィンが間近に迫れば、ブラッディドッグはヘビィマシンガンで出迎える。

 読まれていたのだ。

 

(避ける暇は――)

 

 エルヴィンは、右の操縦桿を思い切り前に倒した。

 

(ない!)

 

 下がっていたシュトゥルムゲベール改の銃身が跳ね上がる。

 ぶつかり合う鋼と鋼。銃口を逸らされたヘビィマシンガンは明後日の方向を撃ち、今度は逆にエルヴィンの銃口が奇怪な顔を捉える。形勢逆転!

 

「もらった!」

 

 エルヴィンは快哉(かいさい)するも、次の瞬間には衝撃に、体が揺れる。

 バランスが崩れそうになるのを、機体を回転させることで持ち堪える。

 

「蹴られた!?」

 

 あの肥大化した脚に、そんな真似ができるのは計算外。

 虚を突かれたが、呆けている暇もない。

 間合いが開いたとばかりに、ブラッディドッグは左右の得物をエルヴィン目掛け構える。

 

「チイッ!」

 

 咄嗟に盾で防いだ。

 カエサル同様、エルヴィンもベルゼルガ系ならではのこの装備の使い方を熟知している。

 使いこなすための練習を欠かしたこともない。それ故の反応速度だ。

 

「!?」

 

 それでも、一度に防げる方向は一箇所だけ。

 ローラーダッシュの音に眼を向ければ、自分めがけ得物を構えるブラッドサッカーの姿。

 

(不覚っ)

 

 あの巨体はあまりに大きすぎる。嫌でも、意識はそっちに向いてしまう。

 そこに隙ができて、その隙を小さなお供が的確に突く。上手いやりかただ。

 エルヴィンは撃破を覚悟した。だが、予期した衝撃は来なかった。

 

『エルヴィン!』

「応!」

 

 ジェットノズルを蒸かし、黒い稲妻がフォローに割って入る。

 エルヴィンは即座に退いて、左衛門佐が躍りかかる。

 ジェットローラーダッシュの突撃は完全な不意打ちだった。黒森峰のボトムズ乗りといえど、反応する暇もない。

 

『討ち取ったり!』

 

 すれ違いざま、至近距離からのミサイル攻撃にブラッドサッカーは白旗を揚げる。

 駆けつけた僚機がブラッディライフルで左衛門佐の背中を狙うが、今度はエルヴィンがフォローする番だ。マシンガンが吼えれば、相手は銃口を逸らす。その隙に、左衛門佐のタイプ20は走り去る。

 ブラッディドッグがかけようとした追い打ちは、カエサルとおりょうが気を逸らさせた。

 エルヴィンは物陰にへと駆け込み、状況を再度確認する。

 

(これで相手は残り3。だがお供はともかく、あのデカブツを我らだけで倒すのは無理か……)

 

 彼女らが今いるのは、約束のE21ブロックの手前、E20ブロックであった。

 バラックの残骸が立ち並ぶこの場所は、適度に広い上に適度に障害物がある。

 追いつかれたのがこの場所で幸いだった。

 ――ここでなら、何とか時間を稼ぐことができる。

 

『! ……朗報だ皆聞け! 西住隊長たちの機影がレーダーに映った!』

 

 さらにカエサルからの嬉しい知らせだ。

 エルヴィンは即座に回線をみほへと開く。

 

「こちらニワトリ。E21ブロックへと敵を誘導する」

『あんこう了解! E21で待ちます!』

 

 ――さて、ここからが大変だ。

 残弾の少なくなったマガジンを入れ替える。

 あのバケモノを相手に、立ち回りを演じながらリロードするなど自殺行為だから。

 

「まずは僚機を仕留める。誘導はそれからだ。左衛門佐、おりょうは『マウス』の相手を任せた」

『承知!』

『任されたぜよ』

「カエサルと私はお供をやるぞ!」

『よし。合図は任せた』

 

 今やニワトリ分隊は全機物陰に隠れて機を窺っている状態だ。

 相手の方はと言えば流石は黒森峰、適度な間隔を保ちながら周辺の警戒を怠らない。

 だからこそ、僚機をまず撃破しなくてはならないのだ。

 そもなくばあの怪物を打ち倒すなど夢のまた夢だろう。

 

(『マウス』が左衛門佐達に背を向けた時がチャンスだ)

 

 ブラッディドッグを超重戦車になぞらえながら、エルヴィンは息を殺してチャンスを待つ。

 クリアリングをしながら進む彼女らの隊列が、左衛門佐、そしておりょうの隠れた瓦礫を通り過ぎる――。

 

(今だ!)

 

 エルヴィンがあらぬ方を撃って、銃声を鳴り響かせる。

 一斉に黒森峰が自分の隠れた方を向くやいなや、左衛門佐とおりょうのタイプ20が瓦礫から飛び出した。

 完全なる奇襲――とは言え、これであの怪物を撃破できるとはおりょうも左衛門佐も思ってはいない。

 それでも背後をとれば鬼だって驚く。注意をひきつけ、陽動するならもってこい。

 ――の筈だった。

 

『――なっ!?』

「左衛門佐!?」

『何故ばれた!?』

 

 ブラッディドッグの腰部に据えられた二本のガトリングアーム。

 それらは今や背後に向けられて、おりょうと左衛門佐を狙っている。

 おりょうはギリギリの所で避けたが、左衛門佐は右手に直撃弾を受けていた。

 右手の肘から先が吹き飛ばされ、千切れたケーブルとマッスルシリンダーの断面が晒される。

 

『くそぅ!』

『喰らうぜよ!』

 

 三連装の銃身が回転し、銃弾が吐き出される。

 必殺を火線を、左衛門佐は見事な操縦で躱してみせる。

 おりょうはミサイルを放ち、アーム基部を狙うが、これはシールドに防がれる。

 

(何故だ!?)

 

 最早段取りも何もない。飛び出し銃撃するエルヴィンの脳裏を満たすのは無数の疑問符だった。

 いったいどうやって背後からの奇襲を見越すことができたのか。

 背中に眼でもついている訳じゃあるまいに――。

 

(!?)

 

 シュトゥルムゲベール改をぶっ放しながら、エルヴィンは気がついた。

 左シールドから生えた、トータスタイプの三角形の顔。

 あれは単なる飾りか何かかと思っていたが、違う。

 センサー部分が、確かに動いているのが見えたのだ。

 

「おりょう、左衛門佐! 奴の背中に顔はあるか!?」

 

 突拍子もない質問だが、二人は即座に応えた。

 エルヴィンがこの状況で意味のない質問などしないことは、二人にとっては言わずもがなだ。

 

『あるぜよ! ビートルタイプのが一個、スコープドッグが一個!』

『壊せばいいのか!?』

「頼む!」

 

 そして行動に移すのも即座だった。

 まずおりょうがミサイルをぶっ放す。出し惜しみなし。残弾すべてを叩きつける。

 これに合わせて、エルヴィンのシュトゥルムゲベール改もまた吼える。

 カエサルがブラッドサッカーをひきつけている間の、前後両方からの攻撃。

 しかしまるで前も後ろも同じように見えているかのように、左右の特大アームを使って器用に防ぐ。

 ――だがこれでは『本命』は防ぎ得まい!

 

『南無八幡大菩薩!』

 

 ミサイルの降ろした煙の帳を貫いて、飛び出してきたのは左衛門佐。

 二基のガトリングアームが器用に動いて左衛門佐を狙うが、射線が合い、トリッガーが弾かれた瞬間、黒い機影は射線より外れる。

 果たして、走りながらの降着で射線より逃れた左衛門佐は、低くなった視線の先、まっすぐ先にあるスコープドッグの頭目掛けて、ヘビィマシンガンの銃弾を叩き込む。

 

『獲ったぞ!』

 

 これでひとつ。

 

『続くぜよ!』

 

 すかさずおりょうもビートル頭目掛け、30mm弾を雨よ霰よと叩きつけた。

 これでふたつ。

 

『替われ!』

「よしきた!」

 

 ブラッドサッカーに追い立てられたカエサルと代わり、エルヴィンが銃撃をしながら相手を買って出る。

 退いたカエサルはその実退いてはいない。退くと見せかけ、スピードを手にした槍先にのせる。

 そう槍先だ。背部にマウントしていたパイルバンカー槍を、アサルトライフルの代わりに手にしているのだ。

 

 『見た!』

 

 カエサルは、槍を逆手に持ち替えると、まるで投げ槍の選手のように得物を構えた。

 

『来た!』

 

 気合の一声と共に、槍は投げ放たれた。しかし単に投げたのではない。

 改造により、本来は備わっていないアームパンチ機構をカエサルのプレトリオは有する。

 このアームパンチの発動に合わせて、ブラッディドッグ目掛け槍を投げたのだ。

 以前、同じ技をダージリン駆るオーデルバックラー目掛けて使ったことがある。

 その時は失敗した。

 だが今は違う。ここに来るまでに、幾つもの戦いを乗り越えてきた。

 だからこそ――。

 

『勝った!』

 

 槍は見事、シールドに張り付いたトータス頭のど真ん中に突き刺さった。

 これでみっつ。

 目に見える『サブカメラ』は全て叩き潰した。

 目に見えて、相手の動きが変わる。

 素早く動きまわるカエサルを、おりょうを、左衛門佐を、怪物は追いかけることができていない。

 

「やはりか!」

 

 状況を察知し、フォローに入らんと激しい銃撃を加えてくるブラッドサッカー二機を相手取りながら、エルヴィンは快哉した。

 あんなデカブツを頭部のセンサーだけで動かすのは無理がある。 

 その為にあちこちにATの頭部を装備したのだろうが、それももうこれで終わりだ。

 

「隊長を待つまでもない! 我々が先に倒してしまっても構わん! アルデンヌの森を越え、マジノを突き破ったロンメルのようにな!」

『ルビコンを渡れ!』

『首級をあげよ! 兜首じゃぁ~!』

『甲鉄といえど回天の斬りこみにかかれば……やってやれんことはないぜよ!』

 

 エルヴィンがお供を抑えている間に、三機は一挙に勝負を決するべくブラッディドッグへと飛び掛かる。

 最初に仕掛けたのはおりょうだったが、ふとエルヴィンは思った。

 ――宮古湾海戦は幕府側の負けじゃなかったか?

 

 果たして、三連パイルバンカーがおりょうを向かえ撃ち、その三連撃の一撃に、敢え無く白旗が揚がった。

 

 

 





 ゴリアテは一石を額に受けて首を掻き切られた
 アキレスは、その腱を射抜かれて地獄に落ちた
 ならば、目の前の怪物の、その急所はいったいどこにあるのか
 圧倒的、余りに圧倒的な暴力の奔流に、少女たちは打ちのめされる
 それでもなお、心は萎えず、炎は消えず
 帰るべき住処を、ただ護るがために

 次回『鬼神』 ただ突き立てよ、その牙を








塩山紀生先生のご冥福をお祈り致します
先生の描くキリコが大好きでした



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第65話 『鬼神』

 

 おりょうが撃破された直後に、エルヴィンが見せた反応は迅速だった。

 

「喰らえ――」

 

 敵の巧みな動きに銃撃では倒せぬと割り切るや、それでもシュトゥルムゲベール改の銃口をブラッドサッカーへと……いや、そのやや手前の空間へと向ける。

 

「パンツァーファウスト!」

 

 第二次大戦時、ドイツ軍が用いた対戦車兵器の名を叫びながら、エルヴィンが放つのはアームパンチの一発。

 『装甲鉄拳』のその名の如く、全力で打ち出されたシュトゥルムゲベール改の銃身は鋼鉄製の空飛ぶ拳となって、対銃弾用の回避速度をとっていたブラッドサッカーの顔面に直撃する。

 タイミングを崩され、予期せぬ攻撃にクリーンヒットの一撃。衝撃はカメラアイを壊すに留まらず、拳で白旗をもぎ取る形となる。

 仇討とばかりに残ったブラッドサッカーがマシンガンを乱射してくるのを目掛け、シールドを盾に突撃する。

 これまでの時間を稼ぐような戦い方とは根本的に異なる戦法に、相手が戸惑う間すら与えずエルヴィンは肉薄する。

 間合いは詰まった。パイルバンカーの射程内!

 銃撃での撃破を諦めた相手は、得物を棍棒のように構えてからの、銃床での上段叩きつけ攻撃。

 これを盾で防ぎ、そのまま鉄杭の一突き――と見せかけて左足のグライディングホイールを逆回転。突然の後退に相手が体勢を崩した隙を狙った、空いた右手のボディーボロー。拳を密着させてからのアームパンチに、ブラッドサッカーの黒い機体が揺れる所にすかさず二発目のアームパンチ。続けて三発目のアームパンチ。とどめの四発目のアームパンチに、敵は白旗を揚げつつ背中から倒れむ。

 

「……これで護衛機は片付けた!」

『ならば!』

『三機で包囲する! ハンニバル式で行くぞ!』

『鶴翼の陣形だ!』

「アラスの戦いだな!」

『『それだ!』』

 

 お決まりの流れも、一名欠けて実に寂しい。

 撃破されたATは通信がすぐにできなくなる仕様はどうにかして欲しいものである。

 だが、この寂しさも今は却って闘志を燃やしてくれる。

 

「私とカエサルが正面から、左衛門佐は背後をとれ!」

『寝首を掻くとはこのことだな!』

『それは用法が違うんじゃないか?』

 

 おりょうが撃破された時点で後退すべきである――と、思われるような状況で、彼女たちは敢えて攻撃を続けた。今は一機失うことも大洗にとって大きな損失になると彼女らも知っている。だからこそ彼女らは死力を尽くし攻撃に転じたのだ。ここで逃げれば背中を狙われ、おりょうどころか皆で全滅だ。

 みほ達が来るまで待っていることを許す相手でもない。だとすればもう戦う他はない。

 そして――状況は必ずしも不利とは言えない。

 敵は巨大だが視界を制限されており、その穴を埋める味方もいない。

 三方向からの同時攻撃ならば、仕留めることは不可能ではない!

 

「いかに一機が強くとも」

『眼は効かず僚機もいない』

『今攻めれば勝てる!』

 

 少女たちはブラッディドッグ目掛けて肉薄する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第65話 『鬼神』

 

 

 

 

 

 

 

 まず真っ先に仕掛けたのはカエサルだった。

 

(上手くいくか? 練習はした。特訓もした。模擬戦では上手くもいった。だがここ一番で誤れば――)

 

 カエサルは思考をそこで断ち切った。

 考えてもしかたがない。もう迷っている時間もない。

 

(そう! 賽は投げられた!)

 

 盾を左手から右手へと持ち替え、正面から突っ込む。

 相手もカエサルの動きに合わせてか、相変わらずの巨体に似合わぬ駿足で向かってくる。

 彼我の距離は一瞬でゼロになる。おりょうを倒して味をしめたか、三連パイルバンカーがプレトリオを狙う。

 こうして間近に寄れば赤子と巨人の体格差。

 だが委細問題なし。

 

(ローマ人は、体格で勝るケルト人にもゲルマン人にも勝った。ならば私も勝てる! いや勝つ!)

 

 三連パイルバンカーが迫る。鉄杭が視界を塗りつぶし、肝をつぶしそうになる。

 それでも踏みとどまる。むしろ前進する。

 火薬が弾け、パイルが打ち出される瞬間を狙い、操縦桿を切る。

 ギリギリの所を、それこそ表面を擦り装甲を皮一枚程度削り取っていくような所を避ける。

 僅かにずれていれば撃破は免れ得ぬ至近距離。それだけに成功した今は反撃に絶好の機会。

 

「うぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 本体目掛けて懐に飛び込むのではなく、敢えてカエサルは敵の外側へと逃げた。

 それでは反撃が叶わぬと見えるが、実はそうではない。

 シールドを左右持ち替えたことが、ここで効果を発揮する。

 右回りにパイルバンカーの一撃を避ければ、目前にあるのは敵の伸びきった左特大アーム。

 パイルバンカーとアームを繋ぐジョイント部に、シールドの先端をカエサルは押し当てた。

 アームパンチ! 薬莢が舞い、拳が撃ち出され、その勢いに盾はギロチンと化した。

 分厚い鋼板がジョイント部に突き刺さり、情け容赦なくワイヤーを切断、マッスルシリンダーが破砕される。

 プレトリオのシールドが、旧式のATが直接マニピュレーターで保持するタイプだからこそできるシールド・ギロチン殺法だった。

 

『続くぞ!』

 

 パイルバンカーを失い、大きく攻撃力を削がれた敵左側へとエルヴィンが続いて仕掛ける。

 盾を真っ直ぐブラッディドッグへと向ければ、今度こそ本当のバンカークラッシュ。

 圧縮空気で撃ち出されたパイルは、敵の巨大な左脚部――と見せかけて右脚部へと突き刺さる。

 鉄杭は深々と刺さり、右脚部増設部が火花を散らし、黒煙を吐き出す。

 

『トドメだ!』

 

 左衛門佐が攻めるのは背後からだ。

 相手も慌ててガトリングアームを後ろへと向けて銃撃を加えるが、背部カメラを破壊された今、その攻撃は素早いタイプ20の影すら捉えない。

 攻めるのはブラッディドッグの左側。それを読んだか、脚部に装備された巨大ターンピックを回転させ、迫る左衛門佐目掛けパイルバンカーの要領で撃ち出す。

 

『とりゃ!』

 

 それを単に避けるに留まらず、左衛門佐は太い鉄杭を掴むと、それを手掛かり足掛かりにATを宙に舞わせた。

 唖然とする敵の背中に取り付けば、ゼロ距離射撃をすかさず叩き込む。

 狙うのは敵AT本体、ではなく装甲の薄く確実な場所。左特大アームの関節基部。

 

『おりょうの仇!』

 

 マズルフラッシュと銃撃に二重に焼かれながら、アーム関節基部が火を吹き出した。

 強腕が千切れ、地面へと落ちる。

 機体の左右バランスが崩れ、ブラッディドッグが傾く。

 踏ん張ろうと藻掻くが、踏ん張るべき右足は火花散らすばかり。

 堪え切れず、遂にATは横転した。その衝撃で、遂に白旗が揚がる。

 

 ――ブラッディドッグ撃破。

 歴女チームの面々は、僚機を失い、大洗の戦力を不覚にも一機減らした雪辱を果たしたのだった。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

『申し訳ない』

『面目ない』

『かくなる上は、腹斬って詫びる他ない!』

『『それだ!』』

『ええい! マジなんだか冗談なんだかわからんかけあいはやめろ貴様ら!』

 

 エルヴィン、カエサル、左衛門佐が次々と謝罪を口にする。

 それに突っ込んだのはようやく合流を果たしたカメさん分隊河嶋桃だ。

 

『ようやく華と会えた……私、なんかほっとしたよ』

『あら。寂しがり屋さんなんですね、沙織さんも』

『おかえりなさい、五十鈴殿!』

『五十鈴さんがいてくれると心強い。沙織の援護はあてにならんからな』

 

 華もようやくあんこう分隊に復帰している。

 

 損害は出しつつもニワトリさん分隊の鬼神の如き奮闘で敵の秘密兵器を撃破し、ようやく大洗女子学園チームは市街地の確保に成功していた。

 黒森峰本隊は今にもここへと到達するだろう。

 速やかにゲリラ戦の準備を進めなくてはならない。

 

(現状の戦力は……)

 

 改めて現状を確認すれば、以下のようになる。

 

『いよいよ……なんだね』

『ええ! いよいよ最後の決戦です! 惑星モナド攻防戦を思い出しますねぇ!』

『わたくし、腕がうずうずしてきました』

『私も眼も冴えてきた。今なら何機でも相手できるな』

 

 あんこう分隊。全機健在。残弾は半分程度。まだまだ戦える。

 

『おお三日月よ! 願わくば、われに七難八苦与えたまえ~!』

『今は真昼だぞ』

『だが、その意気や良し!』

 

 ニワトリさん分隊。おりょうが撃破され三機。ブラッディドッグ戦で損耗し残弾は僅か。

 

『最終セットだ……気合入れて行くぞ!』

『はいキャプテン!』

『行きましょうキャプテン!』

『根性ですねキャプテン!』

『そうだ! せーの!』

『『『『こんじょ~!』』』』 

 

 カエルさん分隊。全機健在。台地脱出時にPR液を余計に消費するも、十分に戦闘可能。

 

『なんだか……緊張してきた!』

『あ、私も私も』

『あやや桂利奈ちゃんが緊張するなんて~明日は雪がふるね~』

『もう! 優季ったら茶化さないでよ!』

『みんな! 隊長のために、学校のために頑張るよ!』

『ウサギさんチーム、ふぁいとー!』

『ふぁいとー!』

『ふぁいと~!』

『ファイトー!』

『……』

 

 ウサギさん分隊。全機健在。残弾も十分。コンディションで言えば現状大洗で一番良い。

 

『泣いても笑っても、これが最後か』

『ううううううううう……武者震いがしてきた……』

『桃ちゃん震えすぎ。もう殆ど痙攣だよそれじゃ』

 

 カメさん分隊。全機健在。台地の戦いでDFGの弾薬を大幅に消費。砲戦は苦しいが通常戦闘は問題無し。

 

『いい! 風紀委員の腕の見せどころよ! ヘマしたら許さないんだからね』

『ヘマするというと……』

『むしろそど子のほうがしそうだよね~』

 

 ヒバリさん分隊。全機健在。眼玉のワイヤーも通常版に換装済み。火力は不安だが十分、戦闘可能。

 

『最終ラップだね』

『ここでどれだけ詰められるかが味噌かな』

『そこはスリップストリームで』

『むしろドリフトドリフトォッ!』

 

 ウワバミさん分隊。全機健在。台地脱出時に若干被弾したが問題なし。火力も十分で頼りになる。

 

(……これなら、戦える)

 

 正直な所、ここまで戦力が揃った状態でここまでたどり着けるとはみほにとっても予想外なことだった。

 特にあのブラッディドッグをニワトリさん分隊が単独で倒してしまうとは……。

 撃破された跡を見た優花里の大興奮に、思わずみほも合わせて踊り出しそうだったが、堪えた程だった。

 まだ試合は終わっていないどころか、むしろここからが本番なのだ。

 

「全機、これから指示する場所へと移動を開始してください」

 

 モニターに表示された市街図を見ながら、みほの頭脳はめまぐるしく回転し、新たなる戦術を弾き出し始めていた。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 一方、黒森峰本隊も長い迂回機動の果て、遂に市街地付近まで到達していた。

 戦力はまだ七〇機を超えており、戦列が動けば黒い大地が動いているかと見るものに錯覚させる程だ。

 赤い右肩の西住まほに率いられ、漆黒の装甲騎兵は進む。

 その中にあって青い戦化粧を誇るのは、逸見エリカ率いる第24分隊。

 来るべきみほとの戦いを想い、犬歯を剥き出しにしながら、エリカは見た。

 アイツが手ぐすね引いて待っているであろう市街地を。

 エリカは思った。

 いいだろう。どんな手でも使ってくるがいい。

 その全てを王道で打ち砕き、私がアイツをとっちめてやるのだ、と。

 

 





 幾日にも及ぶ戦いが、遂に終わりへと向けて疾駆する
 最後の戦い、迷宮たる市街地へとに投入される戦力、両軍合わせ百機余り
 だが、この作戦の要はたった二人
 激突する姉妹。ぶつかり合う知恵。火花散らす誇り
 今や、帰趨を決すべき時 
 街が、炎に燃える 

 次回『砲火』 全国大会で黒森峰が犯した最大の誤り……
 それは――みほを敵に回したことだ!!


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第66話 『砲火』

 

 増築に増築を重ね、有機体染みた不規則かつ複雑な構造。

 何層にも重なり、数定かならぬ地階を有する廃墟の街。

 その曲がりつじの陰、瓦礫の裏側、朽ちた橋の上、廃屋の闇の中、そして延々と広がる地面の下……。黒森峰本隊が到着するまでの僅かな間に、大洗女子学園一同は所定の位置についていた。

 

「全機、そのまま静かに待機していてください。指示があるまで攻撃は避けてください」

 

 みほは廃墟の街で2番目に高い場所、墜落した宇宙船を再利用したらしきビルの一室から黒森峰を窺う。

 手にした電子双眼鏡を通して、街の外に展開した黒森峰の戦列が一望できた。

 その数、七十あまり。まだこちらの2倍以上はいる。

 だが、その標的となるのはたったの一機。姉であり、西住流を体現したボトムズ乗り、西住まほの駆るブラッドサッカー1機。

 どれほどのカスタマイズを施そうとも、その内側にどんな隠し玉を仕込んでいようとも、同じATを駆る者同士の戦いであることに変わりはない。

 

「相手は市街地攻略のセオリー通り、まずはハンマーキャノンでの砲撃を仕掛けてくると思います」

 

 みほは再び、無線で皆へと語りかけ始めた。

 

「試合開始地点からの行軍距離から考えると、黒森峰もPR液をかなり消費しています。だからここで決着をつけるべく、全戦力を投入した総攻撃に出てくる筈です。残弾を全て使い切る、激しい砲撃が予想されます。ですが、砲撃が止むまでは絶対に反撃は堪えてください。数で劣る私達が勝つには、市街地での奇襲攻撃しかありません。黒森峰と私達の、我慢比べです」

 

 みほは話を続けつつも双眼鏡でもう一度黒森峰の陣容を見た。

 予想通り、ハンマーキャノンが運び込まれ、設置作業が行われている。

 先の小競り合いで砲撃手のスコープドッグを撃破された為か、ブラッドサッカーまでもが作業に加わっていた。

 

「偵察を出している様子が見られないので、恐らくはこちらの奇襲を警戒して、飽和砲撃を仕掛けてくるようです。音と爆発は凄まじいですが、精度は高くは無いはずです。落ち着いて、慎重に凌いでください」

 

 そう話している内に、相手の砲撃準備も終わったらしかった。

 

「砲撃……来ます!」

 

 最初の一門が火を吹くのを合図に、ハンマーキャノンは次々と砲弾を吐き出し始めた。

 急な放物線を描きながら、殆ど真っ直ぐに市街地へと砲弾は突き刺さった。

 十の爆発が途切れなく続くが、どれも大洗のボトムズ乗り達が伏せている所とはまるで違う場所でのことだった。

 

『凄い音……』

『大地が震えてます』

『この廃棄都市は底ががらんどうだからな……屋台骨が軋んでいるらしいな』

『ハンマーキャノンは要塞攻略用ですからね。威力も絶大です』

 

 ビルの麓に待機している沙織達が言う通り、見当はずれな所に着弾しているにも拘らず、轟音は腹腔にズシンと響く。だが、その恐怖や驚きは虚仮に過ぎない。各分隊の配置場所は事前に試合場の地図を見て、こういう状況になった場合の為にと考えておいたものだ。早々見つかる場所ではない。

 

『うわ!? また来た!』

『でも全然見当はずれみたい~』

『とりあえず大砲でドーン! ってちょっとワンパターンだよね』

『わんぱたーん、わんぱたーん!』

『ちょっと! まだ始まったばかりなんだから油断しないでよ!』

『……』

 

 二度目、三度目の一斉砲撃も、やはり狙いを外している。

 まるで攻撃が当たらない様子なので、ウサギさんチームなどは明るく賑やかな素の部分が出てきている程だ。

 だがみほも声にこそ出さないが、内心では一年生たちに共感する部分があった。

 未偵察での飽和砲撃であればもとより精度など有って無きが如し。

 事前の台地での戦闘もあって、皆この馬鹿でかい砲撃音にも慣れてきている。恐慌を来し、先走る心配もない。

 

(これなら――)

 

 みほはみたび双眼鏡を覗き込んだ。

 前衛後衛に分割された黒森峰の戦列の内、突撃要員らしい前衛には動きが見えない。

 一方、先程から的外れの砲撃を繰り返していた後衛の方には動きがあった。

 最初の3回の砲撃の時も少しずつハンマーキャノンを動かしてはいたのだが、今度はかなり大幅な調整を行っているらしいのが見て取れる。

 

「……」

 

 ――嫌な予感がする。

 理屈ではなく、第六感のようなものだった。西住の勘とでも言えば良いのか、まるで自分が狙われているかのような、そんな悪寒めいたものを感じるのだ。

 

「……」

 

 倍率を上げて、砲の向きや角度を詳細に観察する。

 迫撃砲タイプの砲であるために、遠目に見ただけで弾道を完璧に読み取ることなどみほにも不可能だが、しかし大まかな向きぐらいは解る。そして気づく。

 

「ッ! 全機伏せて!」

 

 大声で叫びながら指示を出すと同時に、みほは身を窓から外へと踊らせた。

 西住みほを西住みほ足らしめているのは、その圧倒的決断力だ。

 決断即行動。時にそれは突拍子もない行動と人の目には映るが、しかし彼女の勘はパイルバンカーの尖端よりも鋭い。

 この時も彼女は、己の直感に即座に従った。それ故に危機一髪の所で難を逃れた。

 彼女が飛び降りた直後に、廃棄宇宙船ビルへと砲弾が直撃していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第66話 『砲火』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビル壁面に通された排水パイプに手をかけて減速しつつ姿勢制御。

 着地寸前にパイプから手を離し身を宙に躍らせれば、迫るアスファルトの地面に両足裏を揃えて向ける。

 着地――と同時にATの着地降着と同じ要領で膝を折り、体を捻って接地、衝撃を分散させる。ここにカーボンコーティング済みの耐圧服が加わることで、全くの無傷でみほは飛び降りに成功していた。

 すぐさま立ち上がると、愛機目掛けて走る。

 

『みぽりん!?』

『みほさん!?』

『西住どのぉぉぉっ!?』

『大丈夫か?』

 

 心配して駆け寄ってくる沙織達のATを手で制すと、降着モードのMk.Ⅳスペシャルへと跳び乗り、ATを起動させる。

 

「各隊、状況を報告!」

 

 みほが問えば、コンマ一秒と置かずに返信が飛んできた。

 

『こちらウサギ! 間近に着弾しましたが全員無事です!』

『あやです! ついでに言っておくと耐圧服のポッケに入れといたメガネは割れました!』

『こちらニワトリ! ビッグバーサもかくやといった調子だが……全員健在だ!』

『こちらカエル! 凄まじいサーブでしたがラインは超えてました。問題ありません!』

『こちらヒバリ! 頭ギリギリ掠めたけど何とか凌いだわ』

『こちらウワバミ! 隣のビルが吹っ飛んだり、破片に降られたりしたけど大丈夫』

『100mmの装甲舐めんなっての!』

『こちらカメ~いやぁ西住ちゃん、何とか大丈夫だよ~わたしらはね』

『……凄い衝撃でしたね』

『し、死ぬかと思った……』

 

 みほは返って来た答えにホッとした。

 今の一撃で全滅も十分にありえた。それが一機も欠けずに済んだのは天佑としか言いようが無い。

 何せ黒森峰隊長、我が姉西住まほは、完全にみほの考えた部隊配置を読んで、砲撃を仕掛けてきたのだから。今思えば最初に外したのはブラフであり、砲を調整するためのテストを兼ねていたのだ。

 

「全分隊、即座にその場を離れてください! 第二撃が来る前に早く!」

『離れるって……』

『隊長、どこにですか?』

 

 梓に聞かれて、みほは一秒ほど悩んだ。

 一秒間の間に、頭脳の中を稲妻のように思考は走り、ジャストコンマ一秒後に結論は出た。

 

「街の外縁部、黒森峰のいる方向へ真っ直ぐです! 敵がすぐにでもやってきます、迎撃してください!」

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 みほが皆へと迎撃の指示を出したのと同時に、黒森峰戦列中央最前に陣取ったまほは、愛機の掲げた右手をスッと正面へと降ろした。

 その水平に揃えられた五本の指が指し示す方へと、黒森峰前衛部隊は一挙に攻撃を開始する。

 赤い肩を掲げたまほの真横をすり抜け、真っ黒なブラッドサッカーの群れは地を駆け流れるが如く進む。

 それは奔る大河そのものであった。誰が果たしてこの濁流に抗し得よう。そう見るものに思わせる、見事な進軍だった。

 先頭を進むのは、逸見エリカ駆る蒼いストライクドッグ。

 その両脇と背中にはやはり青のスナッピングタートルが付き従う。

 普段、まほはエリカをいざという時のためにと控えさせることが多いが、今は違った。

 恐らくはコックピットのなかで狼のような獰猛な笑顔を浮かべていることだろう。

 彼女は本来、攻めのボトムズ乗りだ。今は、その本領を発揮させる時だった。

 

「……」

 

 まほが思うのは、我が妹みほのことだった。

 キルログも流れず、アナウンスもかからない以上みほは健在なのだろう。

 だが、完璧な待ち伏せの態勢を一撃で崩され、そのフォローにおおわらわな筈だ。

 そこを西住流らしい、一極集中の突撃戦法で貫き通す。

 

(みほ……)

 

 西住みほについて、誰よりも知っているのは自分、西住まほである。

 この点においては、母西住しほですら自分には及ばない。そう、まほは考えている。

 何せ一番彼女の近くにいたのは、誰でもない自分なのだから。

 

(だから解る)

 

 みほの指揮と機転と奇策には、自分では勝てない。

 まほは妹が自分にはない種類の才覚の持ち主であるとありのまま認識し、そして誇らしくも思っている。

 だが同時に思う。奇策とは確固たる基本の上にこそ成り立つもの。ではみほとまほの依って立つ基本とは何か。

 ――西住流に他ならない。

 そしてその西住流においてこそ、まほはみほを遥かに凌駕している。

 みほが考えた迎撃配置図は、いかにして西住流を抑え込むかという、言うなれば西住流の応用的発想に過ぎない。だとすれば読むのは容易い。

 まほはみほ達の立てこもった廃都市図を見て、すぐさまその戦術を見破ったのである。

 

(だが、本当の戦いはむしろここからだ)

 

 みほが定石で来れば必ずまほが勝つ。

 しかし一旦定石を崩された時にこそ、みほは本領を発揮する。

 初撃でみほを仕留められなかったということは、寝た子を起こす真似をしでかしたとのと同じだ。

 みほはいよいよ機転を効かせ、まほの及ばぬ才を全力で発揮してくるだろう。

 それは自軍が不利になるということに他ならないが、しかしまほは悪手を打ったとは思っていない。

 全力を出さぬみほを倒したとて、それが一体なんになるだろう。

 ――フッ。

 珍しく、まほが笑った。滅多に見せぬその笑みは、獣が牙を剥く様に似ていた。

 王道で奇策を破る。それこそが西住の流儀に他ならない。

  

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

『カメさんだけは、陣地を放棄して後退してください!』

 

 みほは矢継ぎ早に指示を繰り出してくる。

 つい今しがた、完璧なる待ち伏せを崩されたばかりだと言うのに。

 彼女が指揮官で本当に良かったと思う。彼女でなければ、ここまで来ることは出来なかったから。

 

「ごめんねぇ~西住ちゃん。それ無理」

 

 努めて明るい声でみほへと返す。

 迫るブラッドサッカーの群れが間近に見えて、武者震いがする。

 らしくもないぞ角谷杏。そういうのは隣の河嶋桃のキャラじゃないか。

 

『え?』

「逃げたくても逃げられなくなっちゃってさぁ~……ね、小山」

『……はい』

 

 杏達が陣取っていたのは、街外縁部に近い廃屋の中。

 かつては何かの公共施設だったのか、頑丈に造られたこの建物は即席のトーチカとして使えた。

 杏達はここに立てこもり、敵の最前衛にドロッパーズ・フォールディング・ガンをお見舞いして退くのが務めだった。

 だが――。

 

『さっきの砲撃で、出入り口が塞がれて……』

『終わりだ! もう終わりだー!』

 

 柚子の言う通り、彼女らが入ってきた通路は崩落し瓦礫に塞がれている。

 ATを降りて機甲猟兵になれば、建物の色んな隙間から逃げ出すこともできようが、そんなことをしても意味をなさない。迫る敵、逃げ場のない袋小路。

 人並み以上には頭が回る方だと自負する杏でも、この状況を切り抜ける策は思いつかない。

 

「せいぜい時間は稼ぐし、何人かは道連れにするから、後はよろしくね~」

『……解りました。任せてください』

「それでこそ隊長だねぇ~」

 

 杏はみほとの通信を切って、目の前の敵へと集中した。

 柚子も覚悟を決めたのか、建物に開いた穴から覗く、黒い機影へと照準を合わせる。

 桃もやけくそになったのか、右手にヘビィマシンガン、左手にハンディソリッドシューターを携えて二機に並ぶ。

 

「行くよ小山!」

『はい!』

「河嶋は援護!」

『わかりました!』

 

 手近な相手へと照準を合わせ、トリッガーを弾く。

 超高速の徹甲弾は敵ATの装甲に突き刺さ――らない。

 残像を射抜くも、ただそれだけだ。

 柚子と共にD・F・Gを連射するも、当たらない。

 敵は見事なターンで、僅かな軌道修正だけでこれを避ける。

 弾速は素早いから見て避けたわけではない。つまり、弾道が読まれているのだ。

 

「黒森峰は伊達じゃない……ってか。やっぱ九連覇校は甘くないかぁ~」

 

 狭い自然の銃眼に頑丈な壁は敵の射撃を受け止めてくれるが、そのぶん射角も狭くなってしまう。

 射角が固定されてしまえば、黒森峰のボトムズ乗りなら避けるのは簡単ということだ。

 

「それでも……ね!」

 

 杏はトリッガーを弾く。

 一発でも当てて、一機でも仕留める。

 その心意気で挑むも、敵は健在のまま近づくばかり。

 そのまま敵はトーチカへと取り付いて――。

 

『ええい喰らえ喰らえ喰らえー!』

 

 桃が破れかぶれに撃った弾は、見事にブラッドサッカーの正面へと吸い込まれ、機体を吹っ飛ばした。

 白旗揚げて地に転がったそのATは、ちょうど杏の撃った弾を避けた直後の機体だった。

 

「! 小山!」

『はい!』

 

 四六時中連れ添った柚子だから、ただ名前を呼ぶだけで通じる。

 杏と柚子がそれぞれ撃った弾を避けたブラッドサッカーへと、桃の撃った『狙いを外れた』弾が叩き込まれる。

 下手くそ極まる鉄砲玉に撃破される僚機を見て、敵の進撃が少し鈍る。

 

「! 小山!」

『はい!』

 

 そこへすかさず杏と柚子が撃つ。

 それでも相手は避けるが、桃の流れ弾が狙ったように吸い込まれて撃破されてしまう。

 この異様なる光景に、杏は爆笑した。

 

「ぷぷぷ……あーはっはっはっはー! こりゃまいったわたははははははは!」

『か、会長!?』

 

 杏が何に笑っているかが解らない桃が戸惑うのを他所に、杏は一通り笑い、そして言った。

 

「この試合、勝ったね小山」

『……かもしれませんね』

『!?!?!?』

 

 独り疑問符を浮かべる桃へと杏が解いて曰く。

 

「河嶋のへなちょこ弾に当たるような相手なら、西住ちゃんなら楽勝ってことだよ」

『桃ちゃんの弾に当たる相手ですもんね! 絶対勝てますよ!』

『会長!? 柚子ちゃん!? 何かしれっとひどいことを言って――』

 

 答えてゲラゲラ笑う杏へと抗議の声を桃が上げようとした時、遂に敵がトーチカに取り付かんとしていた。

 杏は、柚子は、笑いながらも油断せずにヘビィマシンガンを向けたが、しかし相手は取り付く直前にクイックターン。

 ――逃げた? 否。単にそれ以上近づく必要が無かっただけだ。

 必殺の一撃を、投げ入れた今となっては。

 

「あ」

『あ』

『あ』

 

 三機の足元に転がっているのは、投げ入れられたAT用の手榴弾である。

 拾って投げ返す間も無かった。灯っていた、赤いランプが消える――。

 

「やーらーれーたー」

 

 ――爆発。装甲騎兵道用に威力は抑えてあったが、十分だった。

 角谷杏、小山柚子、河嶋桃。

 大洗女子学園『カメさん分隊』三機。撃破。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 カメさん分隊の三機が撃破された事実が、キルログに流れるのを横目に追いつつ。

 みほは最後の作戦を発動せんとしていた。

 泣いても笑ってもこれが最後。

 土壇場で思いついた作戦をみほは叫ばんとした。

 その名は――

 

 

 





 入り組んだ街路にひしめく、敵味方の機影
 錯綜する戦場では混乱が混乱を呼び
 敵味方入り混じって銃火を照らす
 その最中にあって、冷厳と策を練る者
 人は、その者のことをこう呼ぶ

 次回『哲学者』 怒涛のドミノ倒しが始まる



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第67話 『哲学者』

 

 

 迫り来るファッティー、チャビィーの大群に、真っ向立ち向かう白いベルゼルガの騎群。

 そう、白いベルゼルガだ。

 金に縁取られた純白の装甲でその体躯を成し、夏の空のような蒼穹の盾を左肩に掲げている。

 蒼穹の盾に備わったのは、長さにおいて通常の二倍はありそうな特注製のパイルバンカーだった。

 P・ATH-Q01-D『ホワイトオナー』――惑星パルミスのアボルガ王国近衛大隊専用機として、わざわざクエントの職人に特注して造らせた芸術品の如き一機。これを駆ることが許されるのは、アボルガ王国近衛大隊第三儀仗中隊『蒼穹の盾』の隊長のみである。

 この白い騎士が率いるのは、ほぼ同型ながら鶏冠飾りを欠いた隊員用のホワイトオナーだ。その数、三〇機。

 相対するのは、夥しい数のバララント軍である。

 国土を守る大流砂が、衛星の軌道の影響で止まる時を狙って、バララントはアボルガへと侵攻してきた。

 ギルガメスの後ろ盾があったからこそ、百年戦争の渦中にあって小国ながらも独立を保つことができたアボルガ王国である。百年戦争が終結し、駐留していたギルガメス軍が引き上げた今、アボルガを護るものは無い。

 王国の滅びは避け得ない。

 だからこそ、最後に一矢報いなければならない。

 儀仗兵として王国の誇りを守ってきた『ホワイトオナー』達は、確実なる死へと向かっての騎行を開始していた。

 絢爛たる葬列に迷いはなく、真っ直ぐに敵軍との間合いを詰める。

 スモークが撒かれ、アボルガ儀仗兵、バララント軍の両方を包み込む。

 隊長機のホワイトオナーが、トランプルリガーを展開し砂地を全速力で駆け抜ける。

 牽制の銃撃を仕掛けながら、獲物めがけて肉薄する。

 視界を覆う煙幕はホワイトオナーには関係がない。クエント仕立ての特注のセンサーが、煙の向こうのシルエットをくっきりと捉えているのだから。

 ホワイトオナーならではのカスタム・パイルバンカーがファッティーを一機串刺しにすれば、右手のライフルで続けざまに二機を仕留める。

 しかし多勢に無勢であった。

 秒速で銃弾は消費され、撃針が虚しく空の弾倉を撃つ。

 その隙を突く敵弾を装甲に受けながらも、隊長機のホワイトオナーは、なおもバララント相手に足掻いた。

 左腕のパイルバンカーが除装され、上空へと放り投げられる。

 迫る銃弾を軸足を変えながらの半回転機動で避けながら、右手のロングライフルを天へと向けて真っ直ぐに掲げた。

 ロングライフル銃身下部にはジョイントが設けられている。ミッションディスクに打ち込まれたプログラム通りに、このジョイントで落ちてきたパイルバンカーを受け止めた。即座に両者は接続され、パイルバンカーはロングライフルの銃剣と化していた。

 絡繰仕掛けだからこそできるトリック。弾薬を失ったロングライフルは、今や長大な騎槍となった。

 肉薄するファッティーの装甲を、一撃でボール紙のように貫く。

 串刺しの敵をそのまま右に振り回せば、運の悪いバララント機二機が激突、吹っ飛ばされて爆散する。

 一騎当千とはこのことか。しかし如何に奮戦しようとも、バララントの圧倒的兵力は揺るがない。

 ホワイトオナーに次々と銃弾砲弾が突き刺さり、爆散こそ免れるも四メートルの機体が紙人形のように吹き飛ばされる。跳ねながら砂上を転がり、右手はへし折れてライフルが鋼の掌から溢れる。

 矢折れ刀尽きた。

 誇り高き『蒼穹の盾』隊長機と言えど、もう戦い続けることは叶わない。

 最後に残された手段は、機体もろとも敵機を道連れにすることぐらいであろう。

 だが、ホワイトオナーを駆るボトムズ乗りはそれを選ばなかった。

 ハッチを開いて、身を躍らせた装甲騎兵は、纏っていた栄光の白装束をあっさりと脱ぎ捨てた。

 大地に同化する砂色のボトムズ乗り、本来ならば白いベルゼルガを駆って名誉と共に死ぬ筈だった儀仗兵隊長と入れ替わった傭兵は、死にゆく味方を残して走り去る。

 逃げているのではない。隠された愛機を目指しているのだ。

 友と呼べる男の名誉を敢えて奪い、生き恥をさらさせた傭兵。その名はドジル=ボン=ハリバートン。

 通称『フィロー』。あるいは人は彼をこう呼ぶ。

 『戦場の哲学者』と――。

 

 

 

 

 

 

 大画面のプラズマハイビジョンに映し出される光景は、愛機『ブラッドセッター』が二百機からなるバララントAT部隊の中を駆け抜ける様へと変わっていた。 

 『戦場の哲学者』が迫る敵群を蹴散らし擦り抜けるその姿を、食い入るように見つめているのは六人の少女であった。

 梓、あゆみ、優季、桂利奈、あや、紗希。

 大洗女子学園装甲騎兵道チーム、ウサギさん分隊の一年生六名である。

 普段は茫洋としてあらぬ所を見ている紗希を含めて少女たちはモニター上に展開される殺陣の数々に熱中している。

 戦闘シーンの最中に挟まれるショット。

 ホワイトオナーの隊長として、本来ならば部下たちと共に最後の戦場で散るはずだった『ホワイティー』と、その肩を支える美女『クレメンタイン』。二人の男女が見つめているのが、フィローがホワイティーの愛機を奪って戦っていたマランガの大流砂地帯であった。

 このワンシーンを見るや、優季と桂利奈は涙ぐみ、桂利奈などはハンカチを噛み締めている程だった。

 映画はいよいよ終わり、エンドロールが流れる。

 梓はリモコンを手に取ると停止ボタンを押し、プレイヤーから記録メディアを取り出した。

 

「何か見入っちゃったね……」

 

 大作を一本見終わった時特有の高揚感と倦怠感を伴に、梓は呟くように言った。

 

「途中から勉強会だったの忘れてた」

「あ、それ私も」

 

 あゆみが言えば、あやもすかさず頷く。

 

「フィローがかっこ良かったよね~」

「最後の戦闘シーン、実機使って撮ってるってさ! めっちゃ燃えた! 超燃えた!」

 

 優季がいつものほんわかした声で微笑めば、桂利奈は頬を興奮に赤らめながら叫ぶ。

 

「……」

 

 紗希は相変わらず静かな様子だったが、それでもウサギさんチームの皆から見えれば、彼女が楽しかったであろうことは容易に知ることが出来た。

 彼女たちが見ていたのは、映画『戦場の哲学者』シリーズの一作目『絢爛たる葬列』であった。

 百年戦争後に起きた実話をベースに制作されたこの映画は、戦闘シーンでは本物のATを用いたという大作で、迫力のある描写が放映当時の話題を誘った作品だった。

 迫る黒森峰との決勝戦を前に、勉強会として集まった彼女らがこの映画を見ていたのも、その珠玉の戦闘シーンが、装甲騎兵道の試合に活かせぬものかと考えたからであった。

 

「ストーリーも面白かったし、大満足だったけど」

「……試合の参考になるかって言うと、ね」

 

 梓とあゆみが顔を向け合って頷いた。他の皆もうんうんと頷く。

 迫真のバトル描写は燃え立つものがあったし、ムーディーな大人の香り漂う物語も素晴らしかったのだが、しかし肝心の戦闘シーンは死に華を咲かせに往く話であったのだ。

 

「こっちのほうも見てみようよ。こっちは一作目よりも戦闘シーンが多いって話だし」

 

 そう言って梓が取り出したのは、『戦場の哲学者』シリーズの二作目だった。

 タイトルは『鉄騎兵堕ちる』、であった。

 

 

 

 

 

 

 第67話 『哲学者』

 

 

 

 

 

 

 

 みほは叫んだ。

 声高々と叫んだ。

 

「『ふらふら作戦』を開始します! ふらふらと敵を誘導、分断した上で、敵フラッグ分隊を直接叩くんです!」

 

 これが、最後の作戦となるだろう。

 ここまで生き残って来た大洗装甲騎兵道チームの一人一人に、緊張が奔る。

 未だ鳴り止まぬハンマーキャノンの砲声にも負けぬ、みほの凛とした声が作戦の詳細を告げた。

 

「ウワバミさんを除く全分隊がこの任務に当ってください。敵の誘導の方法などは全て各分隊に一任します」

『ほう?』

『え?』

『ええぇっ!?』

『いいんですか?』

 

 エルヴィンが、典子が、そど子が、梓がが一斉に戸惑い、聞き返す。

 それはそうだろう。この大一番で重要な任務を各分隊長に委ねるというのだから。

 

「はい。皆さんに全てお任せします。全力で暴れまわって、相手をボコボコにして、カンカンに怒らせてください!」

 

 みほはヘルメットの内側で微笑みながら言った。

 その声には迷いがない。心から同じチームの仲間たちを信頼していなければ、出ては来ない声だった。

 

『そういう仕事ならば我らは適任だ! 古今東西のあらゆる軍略、試させてもらう!』

『解りました! 根性で喰らいついて、絶対に離しません!』

『……不良みたいなやり方は気に喰わないけど、学校のためなら規則を曲げるのも風紀委員よ!』

『解りました。敵の誘導、任せてください!』

 

 活気と決意にあふれた返事を残して、通信は終わった。

 もう言葉は必要ない。ただがむしゃらに、成すべきことを成すだけだ。

 

『ウワバミさん分隊は、あんこうに付いて来てください』

『りょーかい。西住さん最後の作戦、何をするにしても全力でやりとげるから』

『腕がなるねぇ!』

 

 あんこう分隊五機、ウワバミ分隊四機で(しば)し街中を進む。

 皆が黙していた中、口を開いたのは麻子だった。

 

『……敢えて各分隊長に任せたのは、お姉さんに手の内を読まれないようにするためか?』

 

 流石は麻子さん、とみほは舌を巻いた。

 学園一の才女の洞察力は伊達ではない。

 

『どういうこと、麻子?』

『さっきの黒森峰の砲撃は、こっちの待ち伏せ箇所をピンポイントに狙い撃ちにしてきた。サンダースみたいに無線傍受を使ったのでなければ、西住さんの手の内を相手に読まれたと考えるしか無い』

『……みほさんもお姉さんも同じ西住流』

『でも、いくらお姉さんだからってそんな完璧にみぽりんのやること何て解るもんなの?』

『西住まほ選手であればこその芸当でしょう。西住殿を除けば、高校装甲騎兵道最強のボトムズ乗りですから』

 

 皆の言う通りであった。

 幼き時から身に沁みついた西住の流儀は、そう簡単に消えはしない。

 母から流儀に適わずと放逐されようとも、この身、この身体に染みついた火薬の臭いが、 逃れられぬ過去を引き寄せる。

 みほは知っている。西住流同士の勝負であれば、まほには勝てない、と。

 ならば、西住流を捨てるしか無い。

 

「ここまで勝ち抜いてきた、みんなのボトムズ乗りとしての力……それは黒森峰にだってひけを取らない」

 

 みほは、自分の想いを確かめるような、そんな調子で呟いた。

 

「私一人じゃ、絶対にここまで辿りつけなかったから。みんながいたからここまでここまで来れたから」

 

 呟き声は、最後には大きな決意の声へと変わっていた。

 

「だから最後まで戦い抜くんです。みんなで!」

 

 皆も、笑みが滲んだ声で同意した。

 

『任せて!』

『はい!』

『全力で頑張ります!』

『だな』

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 黒森峰砲兵隊はハンマーキャノンの運用数を一〇から五の半分に減らしながらも、依然砲撃を継続していた。

 ひとえに、大洗の奇襲・待ち伏せ・不意打ちの効果を減ずる為である。

 空から砲弾が降ってくるとなると、一箇所に腰を据えて待ち構えることも出来はしない。

 いや、黒森峰が大洗チームの位置を掴んでいなければそれもできたかもしれない。だが黒森峰は、というよりも隊長の西住まほは大洗側の配置を見透かしていた。それに基づいて初撃で揺さぶりを仕掛けたのだ。

 廃屋に隠れていた先鋒部隊も、その出口をハンマーキャノンで塞いでそのまま撃破した。

 大洗側は怖気づいている筈だ。自分達の居場所が知れれば、待ち伏せは不可能になる。そうなれば数で劣る大洗には勝ち目はない――と。

 実際には、最初の砲撃以降、攻め込んでいるブラッドサッカー隊の進行方向に露払いの一撃を叩き込んでいるのに過ぎない。最初の砲撃で相手も位置を変えた筈であり、そうなると次を読むのは西住まほでも難しい。しかし、そんなことは大洗が知る由もないことだった。

 自分たちが狙い撃ちされるかもしれない。

 空から必殺の砲撃が降ってくるかもしれない。

 そう、思わせることが重要なのだ。

 

『こちら第11分隊! 大洗のAT部隊を発見しました! トータスタイプが5、いや6! 追撃します!』

 

 分隊ごとの連携を重視し、各選手の回線は全開となっている。

 それでいて通信が混乱しないのは黒森峰の訓練がなせる技だった。

 

「第11分隊へ。支援砲撃を行う。座標を指示されたし」

『こちら第11分隊。座標は――』

 

 指定された箇所へと、ハンマーキャノンを向ける。

 訓練に訓練を重ね、ハンマーキャノン用に特別にカスタマイズされたミッションディスクを備えた彼女らの砲撃は正確無比だ。ブラッドサッカー隊の攻撃がなくとも、位置さえわかれば自分たちだけで大洗を仕留められる。

 少なくとも、砲兵隊を指揮する選手はその自信があった。

 

「照準良し! 十秒後に砲撃に入る!」

 

 カウントダウンが開始される。

 狙いは完璧だ。逃げる大洗のATの速度と、発射から着弾までのタイムラグを計算に入れた完璧な偏差砲撃だ。

 

「4、3、2、1――」

 

 発射、と彼女は叫ぶつもりだったが、それは果たせなかった。

 横合いから飛んできた砲弾にATを吹っ飛ばされ、二転、三転した所で白旗揚げて地に大の字に倒れたから。

 驚いた砲兵隊が見れば、自分たちとよく似た――いや自分たちのATとほぼそっくりそのまま同じATが、カスタマイズされた黒塗りのスコープドッグがそこにいた。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「アタックだ!」

 

 タイプ20の機動力を活かし、敵砲兵隊まで一直線に駆けてきたのはカエルさん分隊であった。

 元黒森峰のATを駆っていたのが幸いした。

 視界の悪い市街戦では、瞬時に敵味方の判別をするのは難しい。

 市街地へと乗り込んできたブラッドサッカー隊の横をすり抜けて、砲兵隊まで肉薄できたのはそのお陰だった。

 

「そーれ!」

『『『そーれ!』』』

 

 典子の号令一下、一斉にターボを吹かしてバレー部の少女たちは走る。

 回る車輪が朽ちたアスファルトを削り、黒い砂埃をあげながら走る、走る。

 

「受けてみろー! 必殺の――」

 

 苦し紛れにタイミングのズレた砲撃をぶっ放すと、黒森峰の砲兵隊ATは慌ててヘビィマシンガンを手にとった。

 それは今やタイプ20を使いこなした、カエルさん分隊から見るとあまりにスローだった。

 

「バルカンセレクタースパイク!」

 

 音声認識がトリッガーを弾き、典子の二丁機関銃が銃弾を吐き出す。

 手近な黒森峰ドッグが叩きのめされる鉄のドラムと化し、耳をつんざく金属音を奏で響かせる。

 

『木の葉落とし!』

 

 忍が投げ込んだAT用手榴弾は、東洋の魔女のサーブよろしくストンと砲兵隊の隊列中央に落ちて爆ぜ、何機ものスコープドッグを弾き飛ばす。

 妙子のHRAT-23、あけびのソリッドシューターが追い打ちを仕掛ければ、精鋭黒森峰も為す術がない。

 典子は現状をスパイクとサーブの両方を同時に晒されている状況と考えた。

 ならばブロックと陽動は他の味方に任せ、自分たちはバックを狙う。

 背中を突けば、必ず敵もこちらにATを繰り出してくるはずという典子の計算もあり、彼女らは強襲を決断した。

 そして強襲は成功した。

 一分と経たずして、黒森峰の砲兵隊は全機白旗を揚げていた。

 

「そのまま回転レシーブで行くぞ!」

『はいキャプテン!』

『行きましょうキャプテン!』

『今度はこっちがサービスエースですよキャプテン!』

 

 弾の尽きたソリッドシューターを投げ捨てたあけびが、ハンマーキャノンを一丁背負うや否や、現れた時と同じ迅速さで、カエルさん分隊は市街地へと舞い戻る。

 狙いは、黒森峰の背後を突くことだった。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 カエルさん分隊が砲兵隊を攻撃していたのと同時に、ウサギさん分隊もブラッドサッカー隊と会敵していた。

 

「ーッ!? 危なかった……みんな大丈夫!?」

『だいじょうぶ!』

『転びかけたけど大丈夫!』

『あちこち穴だらけで危ないよも~』

『うわ! こっちにも穴が開いてる……ホントこの街、下がスカスカだ』

 

 砲兵隊が苦し紛れに撃ったハンマーキャノンは、それでも彼女らの間近へと着弾し、薄っぺらい床板に穴を穿つ。穴を避けると同時に、背後よりの銃撃を躱しながら六機はあんこうから敵を引き離す格好で走り続ける。

 

『どんどん撃ってくるよー!』

『このヤロー! ミサイル撃つぞこのヤロー!』

『うっちゃえ! うっちゃえ!』

『撃っちゃえ~!』

「まだ待って! この距離で撃っても相手には当たらないよ!」

『……』

 

 彼女らの駆るスタンディングトータスの両肩には、未だ一発も放たれぬままのミサイルにロケットが満載されている。ウサギさん分隊こそは大洗装甲騎兵道チーム随一の重火力部隊だ。

 ここぞいう場面に備えて何とかここまで温存してきたが、いざとなるとその好機がやって来ない。

 ここは入り組んだ市街地だ。遮蔽物は山程ある。それは敵弾を凌ぐ盾となる反面、味方の弾をも遮ってしまうのだ。

 

『でもこのままだと追いつかれちゃうじゃん!』

『くそう! ずるいぞ自分たちだけ足速いATなんか乗っちゃって!』

『ズルイぞ! ズルイぞ!』

『ずるい~♪』

「何とかして足止めしないと!」

 

 しかしどうやって足止めしたものか。

 煙幕弾は台地の戦いで使い切ってしまったし、生半可な射撃をしても弾が無駄になるだけだ。

 かといって立ち止まるのは危ない。路地が狭いので全容は掴めないが、かなりの数が追ってきているらしい。

 こちらが重装備と見て集中的に狙ってきているのだろう。

 敵を誘い出すという作戦は果たせているが、このままではジリ貧だ。

 

「うわっと!?」

 

 そうこう言っている内に、敵のミサイルが頭上を通り抜けて進む先の地面を穿ち、新たなる穴を開ける。

 違法に積み重なったバラックの大地は、一発のミサイルで容易に破れる。

 ポッカリと空いた口に、ATの脚でも嵌まれば抜け出せない!

 

「みんな、ジャンプ!」

 

 ギリギリのタイミングながら、梓が跳んで超えれば、残りの五人も続く。

 

『えい!』

『あいぃっ!』

『どぉりゃぁぁー!』

『え~い!』

『……!』

「何とか乗り切った――って……え?」

 

 皆無事に落とし穴を乗り切ったことに安堵する梓に、不意の通信が入る。

 相手は――まさかの紗希だった。

 

『「鉄騎兵堕ちる」……』

 

 滅多に喋らない彼女が、呟いたのはそんな一言。

 この決勝戦の前夜、みんなで見た映画のサブタイトル。

 だが梓には、この一言で十分に意味が通じた。

 

「そうか! ありがとう紗希!」

 

 梓は隊の仲間へと向けて、紗希発案の『作戦』を披露した。

 

「ねぇみんな聞いて! 紗希が考えた作戦があるんだけど――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒森峰の追撃隊は、いよいよ逃げるトータス部隊を追い詰めていた。

 開けた広場のようなその場所は、しかし入り口が一つしか無いどん詰まりだった。

 あたふたと慌てるトータス達の背後から、次々と広場へ飛び込んでくるブラッドサッカーの群れ。

 その数は20――いや25。

 相当な数のATであるが、逃げるトータス部隊が重火力だったことがその理由だった。

 僅かな反撃の芽も確実に摘むのが黒森峰式なのだから。

 一斉にブラッディライフルの銃口を向ければ、相手もハッとした様子で振り返る。

 照準を合わせたまま一歩一斉に前に出れば、相手は2歩後退して廃屋とジャンクの壁にぶつかった。

 鋼の拳で叩いたり触ったりするが、逃亡を阻む障害はビクともしない。

 わんさと背負ったミサイルを一発も撃つことを許さぬまま撃破できるのは幸いだった。

 装甲騎兵道は基本的に攻撃が防御を遥かに凌駕する競技。弱小校のチームでもミサイルの一発で予期せぬ逆転をしてくる危険性が――。

 

(……?)

 

 追撃隊の先陣を切っていたボトムズ乗りがふと気がついた。

 そう言えば、後生大事に背負っていていたミサイルランチャーをどのATも装備していない。

 どこに消えた? デッドウェイトと思って捨てて来たのか? だが一発も撃たずに?

 

(……!)

 

 さらに気がついた事実。

 追っていたトータスは全部で六機だった筈だが、今は五機しかいない。

 

「ッ!?」

 

 おまけに気がついた事実。

 敵のATはいずれも、ジャンクや廃屋をガッチリと握りしめて鋼の躰を支えている。

 

「マズイ!」

 

 と、叫んだ時には全てが遅きに失していた。

 浮遊感――。

 爆音と共に、床が、地面が崩れ、消えた。

 鉄騎兵が、黒鉄の鉄騎兵が堕ちる。 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

『紗希! 今だよ!』

 

 梓からの合図と同時に、丸山紗希は得物のトリッガーを弾いた。

 撃針が薬室を撃ち、爆ぜる液体火薬が弾丸を次々と吐き出していく。

 ショートバレルのヘビィマシンガンが狙うのは、細い柱の根本に置かれたミサイルポッドにロケットポッド。

 ただ一機広場の真下に潜った紗希は、薄っぺらい天井を、広場の床を支える柱を吹き飛ばす。

 機関銃が爆薬を射抜けば、生じた爆発で今度は床板が崩れる。

 地球の重力に従って落下する黒い鉄騎兵達は、降着の受け身を取る間もなく地階へと墜ち、落下の勢いでさらにもう一枚床をぶち抜いて底へと呑み込まれた。

 紗希がセンサー越しに覗きこめば、累々と横たわったブラッドサッカーはいずれも白旗を揚げ、健在なものは一機もいない。

 

『やったね紗希!』

『凄いよ紗希ちゃん!』

『紗希ちゃん天才~!』

『戦場の哲学者だぁっ!』

『これで二五機……やった! やったんだ!』

 

 梓命名『戦場の哲学者』作戦は見事に成功した。

 映画の二作目、『鉄騎兵堕ちる』のラストシーンで主人公フィローは、迫り来るブラッドサッカーの大群を、爆薬で地面をふっ飛ばし、廃坑道の奈落に突き落とすことで勝利した。

 この作戦は、そのシーンの再現だった。

 紗希以外の、地上に残って敵を誘き寄せる組はいずれも壁面にしがみついて、落下を免れている。

 全機健在でこの戦果。

 みほから任された務めを、ウサギさん分隊の少女たちは見事に達成していた。

 

「……」

 

 紗希はいつも通り静かに、しかし微笑みを浮かべながら、用心金に鋼の指を引っ掛け、クルリと機関銃をスピンさせるのだった。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

『すごいです西住殿! ウサギさん分隊が一気に二十五機撃破です!』

『凄い! 凄いよ! あの娘達!』

『わたくし、感激です』

『勝利の目が見えてきたな』

 

 優花里が興奮して叫び、沙織と華は鋼の掌でハイタッチし、冷静な麻子の声にも喜びが滲んでいる。

 みほも後輩たちの活躍に胸が鳴る想いだった。

 しかし、そんな彼女らの喜びも、直後に掛けられた冷水によって押し流される。

 突如、怒涛と流れた赤いキルログの連なりに、みほ達は思わず息を呑んだ。

 

 ――『O-arai Lark-1』

 ――『O-arai Lark-2』

 ――『O-arai Lark-3』

 ――『O-arai Rooster-1』

 ――『O-arai Rooster-2』

 ――『O-arai Rooster-3』

 

 意味する所は、ヒバリさん、そしてニワトリさん分隊の全滅に他ならなかった。

 

 

 




 

 燃えたぎる闘志を持つ娘が、座標を定めて走り始めた
 宿敵、好敵手、超えるべき壁、邪道を選んだ者、あるいは我がかつての戦友
 壮烈な決意が、自らを加速させる。決着を、この手に

 次回『修羅』 蒼の鉄騎兵が、みほを狙う







『戦略大作戦』に代わっての『戦場の哲学者』
映像化するのを夢に見ています
第一話『絢爛たる葬列』は矢立文庫にて読むことができます


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第68話 『修羅』

 

 

 勝負はほぼ一瞬で決した。

 

『我らの歴史に……』

 

 右腕を引っこ抜かれた、ベルゼルガ・イミテイトが瓦礫の山に沈んでいる。

 

『幕が、降りた……』

 

 センサーを粉砕され、右足を撃ち射抜かれたベルゼルガ・プレトリオが横転している。

 

『無念なり……』

 

 全身隈なく銃弾に叩きのめされ、凹凸だらけになった黒森峰仕様のタイプ20は、白旗揚げたまま五体投げ出し空を仰いでいた。

 大洗女子学園随一の精鋭部隊、ニワトリ分隊。

 おりょうが欠けての三機になったとは言え、そう易々とやられる彼女らではない――筈だった。

 しかし彼女らの前に現れたのは、悪鬼羅刹のごとき一騎のストライクドッグ。

 『敵打つ猛犬』の名に相応しく、左腕のアイアンクローで手足を殴り裂き、内臓機銃で滅多打ちにすれば、歴戦の歴女達でさえひとたまりもなかった。

 

『て……手も足も出ないなんて……』

『と、言うより手も足も出せない、って言うほうが正確かも』

『何よそのAT! 反則よ! 校則違反よ! 色なんて青く塗っちゃってまるで不良じゃない!』

 

 ニワトリ分隊と行動を共にしていた風紀委員三人娘はと言えば、彼女らの駆るバウンティドッグの得物、ワイヤーアンカーによって逆に彼女ら自身が雁字搦めにされ、ひとまとめにされて白旗を揚げている。

 やったのはストライクドッグの僚機、三機のスナッピングタートルだった。

 隊長機にこそ及ばないものの、彼女らのスピード、動きの冴えも並ではない。大洗女子学園チームのなかでも比較的新参なヒバリさんでは、相手取るのは荷が重すぎた。

 

 

 両分隊が瞬く間に撃破される様は、観客席のモニターにもまざまざと映し出され、ウサギさん分隊の大健闘に明るい雰囲気に包まれていた大洗応援団も、今では一転、一様に沈み込んだ顔をしている。

 それはダージリンら他校の観戦組も同様で、特にアンツィオ乙女たちの反応などは顕著そのもの、応援旗は垂れ下がり、いつもの活気は鳴りを潜めて、緊張した面持ちでモニターを見つめている。

 当然だった。黒森峰のブラッドサッカーを25機一挙に撃破したのは大戦果だが、大洗の負った損害のほうが遥かに深刻なのだから。数の上では六機に過ぎずとも、これで大洗は全戦力の約四分の一を失った計算になる。

 カチューシャもやはりノンナの肩の上でもじもじと落ち着きがなく、動じることの少ないケイですら難しい顔をして大洗チームを見守っていた。

 そんな中で、いつも通りの様子なのはダージリンである。

 カップを脇に置くと、ふと、唄うように引用を紡ぐ。

 

「『One man is no man.』……」

 

 そしてこちらもいつも通りなオレンジペコが、即座にその出典を当ててみせた。

 

「ギリシア由来の古いイギリスのことわざですね。『独りとは人無きなり』という意味だったかと」

 

 嬉しそうにダージリンは微笑むと、その引用の心を述べる。

 

「いかに優れたボトムズ乗りでも、独りで戦う限り、それは匹夫の勇に過ぎない。装甲騎兵道はバトリングに非ず、集団対集団の競技なのだから。エースの頑張りに依存している今の黒森峰ならば、大洗にも十分勝機はあるわ」

「でも、逸見エリカ選手の戦闘能力は、もはや匹夫の勇という域を超えています」

 

 楽観的なダージリンに対して、オレンジペコは彼女らしく慎重な指摘を返す。

 これにはダージリンも頷かざるを得ない。聖グロリアーナもまた、準決勝の戦場でエリカには煮え湯を飲まされている。

 

「悔しいけれど、それは事実ね。なにせ、逸見エリカはあのローズヒップを一撃で下したんですもの」

 

 聖グロリアーナ乙女としてはいささかそそっかしいのがローズヒップだが、しかしボトムズ乗りとしての腕前だけで言えば彼女こそが聖グロリアーナ一番なのだ。指揮能力を含めた、装甲騎兵道選手としての技量はともかく、一対一のバトリングであればダージリンと言えどローズヒップに必ず勝つという自信はない。

 

「でも……『勇気の最上の部分は分別にある』」

「シェークスピア、『ヘンリー四世』ですね」

 

 ダージリンは頷き言った。

 

「蒼い猛犬を打ち倒すのに必要なのは勇猛さじゃない。冷静な計算に立った、捨て身の精神よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第68話 『修羅』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ATに宙を舞わせ、ワイヤー伝いに台地を確保する。

 こちらが砲撃で応ずれば、煙に巻いて風のように走り去る。

 足止めの一撃で橋を壊した筈が、いかなる手段でか見事河を渡り切る。

 万が一にと廃墟の街に伏せた隠し玉のブラッディドッグは、敵を一機墜としただけで返り撃ちにあった。

 今や砲兵隊は壊滅し、さらには二十五機もの味方を一挙に失う大失態だ。

 事ここに至るまで、アイツの策に翻弄されてきた。

 実際、見事なものだった。

 口では邪道、邪道とこき下ろしても内心、アイツが矢継ぎ早に繰り出してくる奇策に舌を巻いていた。

 だが、快進撃もここまでだ。

 

『周辺に敵影無し』

『分隊長。どうやら、この区画の敵はコイツらで全部のようです』

 

 眼前に広がるのは、自分と僚機で撃破した大洗のAT達が白旗を揚げて地に伏している姿だった。

 ブラッディドッグの操縦者が撃破前に飛ばしてきた通信から察するに、このベルゼルガ達がコッチの隠し玉を撃破した連中だろう。

 腕は良い。元が無名の弱小校――というよりも殆ど素人同然であったことを考えれば、この技量の成長は驚異的ですらある。

 それでも、自分には及ばない。

 

「よし。このまま市街地中央部へと向けて移動する。大洗フラッグ分隊は、隊長があっちのキルゾーンに入るのを待ち構えているはず。コッチが、逆にそれを叩く」

 

 エリカは静かな声でハッキリと指示を飛ばした。

 数で劣るアイツがこっちに勝とうと思えば、フラッグ機、すなわち西住まほ隊長を直接狙う他はない。

 そしてその役を担うのはアイツ自ら率いる分隊である筈だ。

 アイツの性格的にも、あるいは大洗選手の技量面から考えてもそれ以外無い。

 

『副隊ちょ――じゃなかった、元副隊長と戦うんですね』

「そうよ。ここまで長かったけど、ようやくケリを付ける時が来たってことね」

『……勝てるんでしょうか?』

「……まだそんなこと言ってるの?」

 

 同じ蒼い色を纏った第24分隊の僚機達からは、その駆るスナッピングタートルの勇姿に似つかわしくない恐れの気配が漂ってくる。

 アイツ自身はあまり自覚していなかったようだが、西住みほという選手は未だ黒森峰のボトムズ乗りの間で一目置かれている。みな知っているからだ。去年の決勝、その敗北が決するギリギリの所まで、隊長西住まほの指示を完璧にこなし、チームの勝利を影から支えていたのは誰かを。

 だからこそエリカは黙って去った彼女へと怒り、僚機達は畏れを抱く。

 

「アイツは邪道に堕ちた。だったら王道の私達が負けるはずはないわ」

 

 そう答えるエリカの声には、ゆらぎは一切ない。

 彼女は確信している。最後に勝つのは自分たちであり、西住まほ隊長であるのだと。

 

「私が、それを証明してみせる」

 

 しかしエリカは無意識の内に、操縦桿を強く握りしめていた。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 エリカが無意識的に感じ取っていた危惧を、まほはより明確に認識していた。

 

『こちら第5分隊! 例のウチのお古部隊の強襲です!』

『こちら第9分隊! トータスタイプがちょこまかと――ええい逃げるな!』

『こちら第1戦闘団! 敵の狙撃を受けています! くそう! どこから撃ってきて――』

「……」

 

 ――翻弄されている。

 敵の分隊が見せる不規則な動きに、骨の髄まで叩きこまれた王道の精神がかき乱されているのだ。

 みほが戦術を変えてきたことを、まほは既に理解していた。

 恐らくは各分隊は各分隊長の独断で動いているに違いない。

 部下たちから寄せられる報告、そこから割り出される敵の位置や動きはまるでバラバラで一貫性がないのだ。

 まほに思考を読まれたことを、最初の砲撃で見抜いたのだろう。

 だからこそ、みほは敢えて自分で考えることを止めた。

 

(……みほらしいやり方だ)

 

 こういう思い切りの良さは流石はみほだと感心する。

 同時に、羨ましくも思う。こうもあっさりと各分隊に自由な戦いを許せるのも、相手のことを信頼しているからこそ成り立つことだ。

 どうしてもマニュアル型の装甲騎兵道になりがちな黒森峰では、そこまで思い切った采配は振るえない。

 

(それでも、勝つのは我々だ)

 

 25機を一挙に撃破された心理的ダメージもあり、今はいつになく慌てている黒森峰選手たちも、少し経てば落ち着きを取り戻す。そうなればATの数、性能、そしてボトムズ乗りの技量に勝る黒森峰が必ず勝つ。

 故に、廃市街の各所で展開されている戦闘に関してまほは心配などしていない。

 彼女が懸念しているのは、やはりみほだ。

 

(どのタイミングで、どこで仕掛けてくるか)

 

 みほは慎重に考え過ぎると(かえ)って裏目に出ることが多い反面、ここぞいう場面での果断さは随一だ。

 特にひとつの目標へと一直線になった時が一番恐ろしい。

 他の分隊に陽動を任せている間に直接自分を狙うのがみほの手であろうが、相手がみほだけにどんな不意打ちを企んでいるものか――。

 

(ならば……)

 

 まほは傍らに控えている僚機たちへと回線を開き、言った。

 

「13区画中央部、バトリングコロシアム跡地へと向かう。等間隔を保ち、本機を先頭に単縦陣をとれ。敵の後方からの奇襲に警戒せよ」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

『西住殿! 黒森峰フラッグ分隊が移動を開始しました!』

 

 優花里からみほへと、待ちに待った報告がもたらされた。

 朽ちたペンシルビルの上に登って、電子双眼鏡でずっと敵フラッグの動きを見張っていたのだ。

 まほのブラッドサッカーの血のように赤い右肩は、遠くからでもよく見えた。

 

「どちらへと移動していますか?」

『待ってください。ええと……どうやら第13区画へと向かっている模様です』

「第13区画……! バトリングコロシアム!」

 

 廃市街の地図をバイザーの画面に映し出せば、みほにはたちまち、まほが何を考えているかが理解できた。

 眉根を寄せ、不覚といった様子のみほに、沙織が疑問を呈する。

 

『どうしたのみぽりん? コロシアムなら一対一で戦うのに一番良い場所じゃん』

『お供のATはわたくし達に任せて、みほさんがお姉さんとタイマン張って、やっつけるんですよ!』

 

 華も珍しく興奮している様子だった。

 普段はおっとりとした彼女だが、こういう『アクティヴ』な状況には奮い立つものがあるらしい。

 

『五十鈴さん、沙織、だからこそだ。だからこそ隊長は悩んでいる』

 

 しかし麻子はと言うと彼女らしく冷静な様子で、的確に状況を把握しているらしかった。

 彼女も、みほと同じことを考えているのだろう。わざわざコチラにとって有利な場所へと、相手が移動する意味を。

 

『誘われている……ということですか?』

『なるほど。そういうことですか?』

『? ……え? 何が?』

 

 優花里が察し、華が頷く。そして疑問符を浮かべているのは沙織だ。

 みほがその疑問を解くために口を開く。

 

「あの場所が私たちにとって有利なことは当然、お姉ちゃんも解ってる。解って、敢えて私達に見せつけてる」

『……あ! わかった! そうやって私達を誘い出そうっていうんだ!』

 

 沙織がポンと手を叩いて言った通りだった。

 まほは敢えて隙を見せることで、こちらの攻撃を誘導しようとしている。

 

(どうしよう)

 

 みほは悩んだ。

 目前に晒されているのは、待ち望んだ格好の機会。

 だが、その機会の先では狙う相手が手ぐすね引いて待ち構えている。

 現状、不規則な味方の動きで黒森峰を翻弄し、まほはみほの出方が読みきれずにいる。だが敢えて解りやすい攻撃の筋道を自分か用意することで、みほの出方を限定しようというのだ。

 攻める者が守る者に対して有利なのは、攻める側は自由に攻撃の場所・時間・規模を決定できるのに対し、守る側はそれに合わせて動かねばならないからである。まほの動きは、まさにこの攻める者の優位を崩す為のものなのだ。

 

(でも……)

 

 ここを逃せば攻撃の機会が巡ってはこないかもしれない。

 みほ達に残された時間は少ない。ウサギさんもカエルさんも、今は黒森峰を相手に見事な立ち回りを見せているが、それもいつまでもは続かない。数と経験でこちらに優る相手が、かならず勝つ時間がやってくる。

 その前に、みほは決着をつけなくてはならない。

 

「……」

 

 みほは目をつむり、思考を巡らせた。

 その時間は、僅か数秒に過ぎない。その数秒の間に、みほの脳裏を電光のように策が飛び交い、思考が弾けた。

 みほは目を見開いた。

 そして決断した。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 まほが第13区画を目指すと聞くやいなや、エリカは敬愛する隊長の意図を理解した。

 エリカは、回線を全黒森峰ATへと開いて、大声で号令した。

 

「敵の攻撃を振り切り、全機第13区画へと急行せよ! そこに敵のフラッグがいる!」

 

 銃声砲声越しに分隊長達の応答を聞きながら、エリカは自らの分隊へも号令する。

 

「私達も第13区画へと急行するわよ。あそこにはコロシアムがある。アイツは……みほは必ずそこに現れる!」

 

 エリカの指揮のもと、蒼い精鋭は迷いなく目的地へと走り出す。

 流石は隊長だと、我が事のようにエリカは誇らしい気持ちであった。

 アイツが何を望むかを読み、アイツの前に欲しいものを差し出してみせる。

 それが罠と知りつつも、アイツは飛びつくしかない。

 勝つためには、それしかないのだから。

 

(でも……アンタが戦うのは隊長じゃないわ)

 

 私だ。

 私、逸見エリカが西住みほを倒す。

 いよいよもって、エリカは闘犬のように犬歯を剥いて笑った。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 敵の血潮に濡れたとばかりの、黒味がかった赤で右肩を染めた、黒い鉄騎兵を駆って西住まほはやって来た。

 両脇と背後に影のようにピタリと従うのは、二年生選手のなかでも随一の腕を持つボトムズ乗り達だ。

 四機のブラッドサッカー達が相対するのは、既に廃墟と化して久しいバトリングのコロシアムである。

 人間だけでなくATやその運搬車が通れるように、かなり大型に造られた正門が、まほ達を出迎えた。

 センサーで辺りを探るも、敵影は無い。

 だが、じきにみほ達も追ってくるだろう。

 まほが鋼のハンドシグナルを出せば、右脇の二番機が先頭に立ってスタジアムの門を潜る。

 三番機が続き、まほもその後を進んだ。

 色褪せたコロシアムの正門、そこに掲げられた闘う鉄騎兵達のレリーフを一瞥して、まほも敷居を跨ぐ。

 しんがりの四番機が警戒しながら門を潜った。

 配線はとうの昔に断絶し、通路は真っ暗だった。

 ただやや離れた場所に白く四角い光が見える。そこを目指して、まほ達は前進する。

 トンネルを抜ければ、待っていたのは円に仕切られた闘技場だった。

 足元には一面、砂が敷かれ、過ぎた年月故にさらに埃や砂利が覆いかぶさっている。

 まほがセンサーをぐるりと四方に廻せば、今は人影ひとつない観客席が見えた。

 かつて無数のカリギュラたちが座席を埋め尽くし、そのギラつく欲望に晒された拳闘士が、ただ己の生存を賭けて激突したであろう場所。

 今、このコロッセオに身を置く者は、誇りと青春を懸けて鉄騎兵を駆る乙女たち、黒森峰の乙女たち四人だけだった。

 いや――そうではない。

 

「……来たか」

 

 まほ達が潜った門とは真向かいの所に、設けられたもうひとつの門。

 ぽっかりと開いた闇の口から、特徴的なステレオスコープのATが姿を見せた。

 開けっ放しの僚機との回線を通じて、戦友たちが思わず息を呑むのが解った。

 あからさまにジャンクを繋いで造ったと思しき、あまりにも不格好な褐色の装甲騎兵。

 にも拘わらず、その纏った気配は歴戦のボトムズ乗りのそれ。

 当然だった、あれに乗るのは血を分けた自分の妹なのだから。

 

(2……いや3)

 

 みほの駆るMk.Ⅳスペシャルに続いて、左肩の赤いスコープドッグに、黒森峰仕立てのタイプ20が姿を見せた。

 コロシアムは広い。

 みほとまほ。二人の率いる騎軍は、互いの必殺の間合いの外で向かい合った。

 まほは、みほへと向けて回線を開いた。

 この通信は審判員、そして観客席にも伝わる公開回線だ。

 装甲騎兵道は武道である。鉄騎兵の上でも挨拶を交わすことができるようにとの配慮だった。

 

「……こうして正面からフラッグ分隊で戦えば、勝てるという計算か、みほ」

『……』

 

 みほからの応答はない。応答はないが、構わずまほは話し続けた。

 

「バトリングでの模擬戦ではいつも私が勝っていた。単純なボトムズ乗りとしての技量なら私はみほに勝る」

 

 別に驕るでもなく、誇るでもない、淡々とした口調だった。

 みほも反論しない。それは紛れも無い事実だから。

 

「それでなお、私に挑むのは、何か策があるのか、それとも追い詰められたが故か。いずれにせよ、西住流に後退はない」

 

 それは自分へと、そしてみほへと向けられた言葉だった。

 ただみほは一言、こう返しただけだった。

 

『受けて立ちます』

 

 それが合図であったのだろうか。

 ――突如、異音が響き渡る。

 

『! た、隊長!?』

「うろたえるな」

 

 僚機を窘めながら、まほは冷静に現状を観察していた。

 異音と共にせり上がってくるのは、コロシアムに備わった障害物だった。

 かつての興行主にとってバトリングは飯の種だ。会場のどの施設よりも、闘技場の設備に細心の注意を払ったのだろう。長い年月を経てもなお、それは起動した。

 

『たいちょ――ザザ――待って――今――』

 

 ノイズの混じったエリカの声が無線から聞こえてくる。

 どうやらみほは他にも何か仕掛けをしているらしい。

 だが、まほにとってそれはどうでもいいことだった。

 

「……行くぞ」

 

 ただ、配下へとそう告げた。

 そして、展開された障害物の迷路へと迷いなく踏み込む。

 いずれにせよ、西住流に後退はない。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 エリカもまた、第24分隊を率いてコロシアムの中へと突入する心づもりだった。

 だが、それは果たせなかった。阻む者たちがいたからだ。

 

「チィッ!」

 

 自身を狙う砲弾を、右足を軸としたハーフターンで回避する。

 続く一撃を、今度は左足を軸のターンで避ける。

 

「そんなモノ! 裸のマヌケにしか効きはしないわよ!」

 

 エリカは吠え、そして反撃した。

 X・SAT-01 ソリッドシューターが火を吹き、攻撃の主へと砲弾を降らせる。

 相手は弾の切れた得物、アンチ・マテリアル・キャノンを投げ捨てながら跳び、飛びながらも背部の旧型ソリッドシューターの砲口をこちらへと向けていた。

 迫る真鍮色の砲弾を見るまでもなく、エリカは手近な瓦礫の陰へと飛び込んだ。

 背後で爆発。されどこちらは無傷。

 全速で瓦礫の裏を駆け抜け、飛び出しざまに左手の内蔵機銃を展開する。

 狙うのは相手砲手の着地硬直の瞬間だ。

 

『分隊長!?』

 

 僚機の警告よりも、エリカの反応の方が優っていた。

 グライディングホイールの回転と、足首の動きを連動させたクイックターン。

 自分を狙ったガトリング弾を最低限の動きで逃れれば、左の11mm機銃はもう一機の敵へと向けられた。

 トリッガーを弾けば、マシンガンが唸る。

 だが銃弾は相手の残像を貫いただけだった。素早い。それもそうだろう。なにせ、あの纏った布切れの下には装甲板の一枚もないであろうから。

 

「邪魔よ! どきなさい!」

 

 エリカは吠えるが、相手は意に介さない。

 二機の大洗AT。華と優花里の駆る二機のスコープドッグは、足止めを仕掛けるべく、蒼い猛犬たちへと敢然と立ち向かう。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「はい。これで良し。こっからは次のお仕事だね~」

 

 ナカジマは配電盤の蓋を閉めると、制御室を飛び出し、降着モードの愛機へと跳び乗った。

 立ち上がり、視界が機体のセンサーと同期すれば、待ち構えていた仲間たちの姿が画面に映る。

 ストロングバッカス四機。

 何とかここまで生き残って来たが、本当の仕事はここからだ。

 

『もうすぐお客さんが来るからね』

『精一杯、出迎えるといたしますかぁ!』

『新機能のちょうどいいテストにもなるしね』

 

 程なくして黒森峰の部隊がこのコロシアムへと押し寄せるだろう。

 ウサギさん、カエルさんの皆も精一杯押しとどめようとするだろうけれど、全ては無理だ。

 ウワバミさん分隊四機。自動車部の四人に課せられた任務は、100mmの装甲板を以って黒い騎軍を受け止めることに他ならない。

 

「じゃあ、行こうか」

 

 いつも通りの気軽さで、ナカジマ達は戦場であれば死地と言うべき場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 観客席では最早、誰一人話す者も居なかった。

 今、この瞬間から、いよいよ勝敗を決する最後の戦いが始まるのだと気づいていたから。

 独り離れた場所から、試合を観ていたのは西住しほだった。

 氷の様に冷たい表情で、しかしその裏に隠しきれぬ熱狂の炎を燃やしながら、彼女は視る。

 彼女の視線の先では今、彼女の娘達二人の、姉と妹との、西住流を継ぐ者と背を向けた者との戦いが始まっていた。

 

 





 いよいよクライマックス、いよいよ大詰め
 舞台に立った全ての者が、雌雄を決する時が来た
 猛犬か戦友か、大洗か黒森峰か、継承者か反逆者か、姉か妹か
 万雷の拍手にも似た轟音と共に、眩しすぎるカーテンコールを受けるのは誰だ?
 次回、『決着』  全てを得るか、地獄に落ちるか
 
 


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第69話 『決着』前編

 

 

「――っふぅ……」

 

 みほは溜息をつきながら、手の甲で額を拭った。

 窓を全開にして風通しを良くはしてあるが、季節は既に夏なのだ。

 海の上の学園艦ではあるが、甲板上は地上と殆ど大差ない。

 外では虫達が大合唱し、天井から吊るされた蛍光灯には蛾が群がっていた。

 

「あれ? 西住殿?」

 

 ぼんやりと羽虫達の舞を仰いでいたみほに、横から声をかける者がいる。

 

「優花里さん」

「もうお帰りになられたかと思っていました」

「優花里さんも、こんな遅くまで何を?」

 

 自動車部から借りたのか、例の黄色いつなぎ姿の優花里は、親指で己の後ろを差しつつ答える。

 

「スコープドッグのパジャマの調整をしていました。手作りですから色々と細かい隙間があったので。西住殿は……その様子だとミッションディスクの調整ですね」

 

 みほの前の折りたたみ机の上には、大昔のマイコンを思わせるようなレトロな端末が乗っかっている。

 MS-DOS染みた真っ黒な画面には、緑色のアストラーダ文字に直線と曲線の幾何学模様が踊っている。

 みほは頷き言った。

 

「うん。やっぱり黒森峰と戦うなら、ミッションディスクの調整は不可欠だから……特に、お姉ちゃんや、エリカさんを相手にするのなら」

 

  ちょうど自動車が、運転者が誰であろうとも自動車の性能には変化を及ぼさないのと同じように、操縦するのが誰であろうと、ATは操縦者問わず同じ運動性能を発揮する。

 どんな運動パターンも、予めミッションディスクにプログラムされているからだ。

 だからこそATは百年戦争において億兆もの数が投入されたのだ。誰もが使えるということは、ATが『優れた』兵器である何よりもの証だ。

 

「確かに、逸見殿を相手にするならレディメイドのMDでは通用しませんね。専用のメモリーを作らないと」

 

 だが『より良い運動性能』を発揮させようと思うと、話は違ってくる。

 麻子のような天才的ドライバーならばマニュアル操作に切り替えることで、出来合いのプログラムには出せない動きを発揮することが出来るが、誰しもがそんなことが出来る訳ではない。少なくとも、みほにはマニュアル操作でまほやエリカに勝つ自信はなかった。

 単純にボトムズ乗りとしての腕を比べるならば、みほはまほやエリカに対して勝ち目がない。

 だからこそ、違う手で対抗しなくてはならないのだ。

 

「対エリカさん用と、対お姉ちゃん用のコンバットプログラム……何とか決勝戦までに仕上げなきゃ」

 

 みほが今組んでいるのは、黒森峰の二枚看板と互角に戦うためのプログラムだ。

 機種転換の結果、黒森峰選手の戦闘能力には僅かながら確かな低下が引き起こされたが、まほとエリカの二人は例外だ。いかなる時も西住流を貫くまほは、どんなATを駆ろうともそれを完璧に使いこなしてみせるし、エリカはストライクドッグという新たなる得物を手にしてむしろその戦闘能力は倍化されている。

 この怪物たちに立ち向かうのに必要なのは、その対策の為だけに組み上げられた専用のメモリーだ。

 そしてそれを組むことが可能なボトムズ乗りなど、まほとエリカの間近で共に戦っていたみほ以外に居るはずもない。みほだからこそ、みほだけにしか出来ない仕事であった。

 

「わたくし、コーヒーを淹れてきます!」

 

 優花里もそのことをよく解っているから、彼女の出来る形でみほを手助けするのだ。

 みほはあくびをすると、微笑みながら優花里へと注文した。

 

「出来るだけ濃くて、苦いのをお願い」

「了解です!」

 

 

 

 

 

 

 ――そんなやり取りを思い出しながら、優花里は耐圧服のポケットからミッションディスクを取り出した。

 みほが対エリカ様にと組んだ専用のメモリー。

 

「今は……これだけが頼り……」

 

 誰に対して言うでもなく優花里は呟くと、スロットに黒いデータディスクを挿し入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第69話 『決着』

 

 

 

 

 

 

 

 ――時間はやや前後する。

 

「チィィッ!」

 

 エリカは思わず舌打ちしていた。

 大洗のAT二機の予想以上の喰い下がりに、彼女はこの場に釘付けにされてしまっているのだから。

 ソリッドシューターの一撃を避けて、瓦礫の裏へと潜り込む。

 すぐさま飛び出して反撃したいが、迂闊に飛び出せば餌食となる。それだけ、相手の射撃は精確だ。

 

(相変わらず通信状態は悪い……隊長!)

 

 急に悪くなった通信状態。ノイズと銃声砲音が混じり合って、とても会話など出来る状況ではない。

 一刻も早く駆けつけたい。そんな想いに、エリカは焦り、頬を汗が伝う。

 ――敬愛する西住まほの身を案ずるなど、普段であれば己自身の杞憂を鼻で笑う所だ。

 しかし相手はあの西住みほなのだ。普通は在り得ないようなことを何度もしでかしてきたアイツなのだ。

 『まさか』は十分に起こり得ることだった。

 だからこそ、自分は向かわねばならない。

 姉妹相争う闘技場へとたどり着かねばならない。

 

『副隊長!』

 

 その焦りを感じ取ったのであろうか。

 一番機が、エリカへと無線を入れてくる。

 

『ここは私たちに任せて、副隊長は隊長のもとへ!』

『アイツラを蹴散らしたら私達もすぐに追います!』

 

 二番機、三番機とも続けて回線が繋がる。

 そして三機揃って促すのは、エリカが先行してまほを援護に駆けつけることだった。

 エリカは苦虫を噛み潰したような顔になった。

 戦友たちにこうも気を使われる程に、自分は余裕のない気配を辺りに振りまいていたのだろうか。

 だが、今は彼女らの言うことが最適解なのは間違いない。

 よもや隊長がアイツに負けるとは思えないが、兎をも全力で屠る獅子に倣うのが西住の流儀だ。

 

「……連中を撃破したらすぐに私に追いつきなさい」

『了解!』

『分かりました』

『任せて下さい!』

 

 威勢の良い返事を背に受けながら、エリカはアリーナを目指し駆け出した。

 

 

 

 

 風のように遠ざかるストライクドッグの姿が、センサーを通して優花里の眼にはハッキリと見えた。

 ――行かせない! と思った時には足はペダルを踏み込んでいた。

 鋼の背中を追いかけて、優花里は走りだし、即座に引き返す。

 ターンピックを利かせた急旋回で、迫る敵弾をギリギリの所で躱し、瓦礫の陰へと逃れて凌ぐ。

 エリカの僚機の青い『カミツキガメ』が三匹、薄っぺらいパジャマドッグの表皮を噛み破らんと喰らいついてきたのだ。文字通り薄皮一枚しかない優花里のATは一発でも当たれば終わりだ。

 だが、あの強力な蒼い精鋭三機を前にすれば、装甲を犠牲にしてまで得た優花里の優位、圧倒的機動性ですらその効力を十全には発揮できない。それだけ、彼女らは素早く精確だ。

 

『――優花里さん』

『!? ……五十鈴殿』

 

 気がつけば真後ろに居たのは華だった。

 右手のSAT-03 ソリッドシューターに加えて、相手の得物を拾ったのかX-SAT-06 ハンディ・ソリッドシューターをいつのまにか左手に携えている。

 

『あの三機はわたくしが引き受けます。優花里さんは、あのストライクドッグを!』

 

 この華の提案に対して、優花里は即答した。

 

『五十鈴殿、よろしくお願いします!』

 

 優花里はエリカの跡を追った。

 振り返ることもなく前進する優花里のもとへと、飛び込んでくるのは無線越しに聞こえる華の決意だった。

 

『ここから先は、一歩も通しません! 』

 

 そして飛び交う砲弾の奏でる爆音の協奏曲が、優花里の背中を見送った。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 ――追ってきている。

 エリカは既に気がついていた。

 センサーの感度を最大に上げれば、耳朶を打つのは独特の軽いグライディングホイールの駆動音だ。

 例の、妙ちきりんなパジャマ姿のスコープドッグに間違いない。

 空を飛んだりなんだりとやりたい放題の、あのATだ。

 

(……追いつかれるわね)

 

 あのスコープドッグはとにかくスピードが凄まじい。

 布切れの下は全く見えないが、恐らくは装甲板を残さず取り外しているのだろう。

 一発でも当てられればそれでオシマイだろうが、防御を完全に捨てて素早さを採っているだけはあって、そう易々と当てさせてはくれない。

 あのパジャマドッグに周りをウロチョロされたのでは、何時までたってもアリーナへと辿り着くことは出来ないだろう。ならば、ここで迎え撃ち、しかるのちに目的地へと向かうまで。

 エリカは機体を反転させた。

 追いかけて来ていたパジャマドッグも、その足を止める。

 互いの間合いの外で、暫し向き合う。

 

「……」

 

 何を思ったか、エリカはハッチを開き、我が身を晒した。

 ヘルメットを外し睨みつければ、何を思ったか相手もエリカに応じた。

 

「……やっぱり貴女だった訳ね」

「ええ」

 

 顕わになったには秋山優花里の顔だった。

 ただし、その表情は今まで見たことが無い類のもので、真剣そのものといった調子だった。

 

「止められるつもり?」

「止めてみせます」

 

 優花里の言葉に、エリカは笑みで応えた。

 牙を剥き出した、猛犬の笑みで応えた。

 ほぼ同時に、二人はハッチを閉じてシートへと身を沈める。

 カメラアイに火が灯り、互いの戦意闘志を受けて鉄騎兵は動き出す。

 

 

 

 優花里は耐圧服のポケットからミッションディスクを取り出した。

 みほが対エリカ様にと組んだ専用のメモリー。

 

「今は……これだけが頼り……」

 

 誰に対して言うでもなく優花里は呟くと、スロットに黒いデータディスクを挿し入れる。

 画面には白いグリッド線が縦横に走り、アストラーダ文字と方向指示の矢印が踊る。

 優花里はその指示に忠実に操縦桿を切った。

 

「西住殿のお力、お借りします!」

 

 

 

(――!?)

 

 初手でしとめるつもりだった。

 だが出し抜けに展開されたアイアンクロー内蔵の11mm機関銃が撃ちぬいたのは、標的の影だけに過ぎない。

 反射的に右ペダルを踏むと同時に左の操縦桿を前に倒す。

 左を軸足にATが半回転し、GAT-42ガトリングガンの横殴りの銃弾の雨をかろうじて回避する。

 立て続けに飛んでくる鉛の塊の群れを、小刻みなターンを繰り出すことで照準を外し、避ける。

 相手はジグザグ形の軌跡を描きながら、途絶えることのない銃撃を加えてきていた。陸戦型ファッティー用の得物をベルト給弾式に改造し、背に負った弾薬用ドラムと連結させているのだ。回転する三連銃身は代る代る高速弾を途切れることなく吐き出す。エリカの優れた機体操作が無かったとしたら、とうの昔に叩きのめされている筈だ。

 

「くっ!」

 

 ソリッドシューターを連射し、無理矢理に相手の射撃を中断させる。

 目にも留まらぬ速さで動く相手を、しかしエリカは動きを予測して、想定される軌道上に左腕機銃を割りこませる。そしてトリッガーを弾く。

 

「なっ!?」

 

 今度は声に出して驚いた。

 銃弾が当たるか当たらないかのギリギリで、パジャマドッグはターンピックで身を翻したのだ。

 またも必殺の連撃は空を切り、逆襲の連撃がエリカへと襲いかかる。

 

(読まれている!?)

 

 認めがたいが、認めざるを得ない。

 そうでなければ、優花里の動きは説明がつかない!

 

 

 

 

(凄い……見える。逸見殿の動きが完全に追える――!)

 

 対逸見エリカ用ミッションディスクは完璧に機能していた。

 常に戦友として共に試合場を駆け抜けたみほだからこそ作ることが出来た専用のメモリーは、逸見エリカの動きを余すところ無く読みきっていたのだ。

 

「たあっ!」

 

 再度トリッガーを弾けば、さっきまではギリギリの所で避けられていた銃弾が、相手の装甲の表面を掠った。

 火花が咲き、塗装が剥げ落ちて散る。

 撃破判定には程遠い、かす当たりに過ぎない。

 しかし、着実に相手を追い詰めている実感がある。

 

「西住殿のところには向かわせません! ここで逸見殿を倒します!」

 

 機動性を活かして一挙に肉薄し、至近弾を狙う。

 ストライクドッグはソリッドシューターを迫る優花里へと向け――当たらないと見たかその目前の地面へと照準を変えた。薄っぺらい路面はあっさりと穿たれ、地階への穴が開く。

 優花里は敢えてこれを避けずにスピードはそのまま跳び越える。

 ――秋山優花里が逸見エリカを追い詰めているのは、確かにみほが作ったミッションディスクのお陰である。

 しかし、ディスクが矢継ぎ早に出して来る指示通りに機体を駆っているのは、他でもない秋山優花里自身である。みほ、華、麻子といった腕利きのボトムズ乗り達の印象に隠れて見落としがちだが、彼女の腕前も並々ならない。そこに、みほの戦術が加わった今、秋山優花里は逸見エリカへと肉薄しつつあった。

 そして――。

 

(捉えた!)

 

 モニターに映しだされたコンバットプログラムのガイドと、実際のストライクドッグの動きが完全に重なり合う。

 優花里は、トリッガーを弾いた。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 一方、第13区画のアリーナでも戦端は開かれていた。

 せり出してきたバリケードもまた、西住流の前進を止めるモノではない。

 黒森峰フラッグ分隊は、一機・一機・二機と分かれつつ別々の入り口から障害物の迷路へと迷いなく踏み込む。一見すると戦力分散の愚を冒したようであるがそうではない。入り組んだ地形での集団行動は却って危険だ。特に最悪なのは隘路において戦列が縦に長く伸びてしまうことだ。先頭と最後尾を撃破されれば、狭い場所で身動きがとれなくなる。そうれなれば残りは射的のマトと同じなのだ。

 

「連絡を密にしつつ進む。単独での攻撃は避けろ。敵影を見かけたらすぐさま報告せよ」

『了解』

『了解』

『了解』

 

 まほは真後ろにフラッグ護衛機を一機従え、自機を全面に出して進む。

 警戒すべきは背後からの攻撃だった。正面からの攻撃には、むしろ相手より先にコチラがトリッガーを弾ける。

 

(……地形図が無いのが気にかかるが、問題はない)

 

 試合場の全体の地図は事前に協会から支給されているし、事前の下見も綿密に済ませてある。

 しかし広い試合場内の一施設の、しかも一機能の詳細に至るまでは流石に誰もカバーしていない。

 そもそもこの朽ちたバトリング・コロシアムの障害物が稼働するなどと、今日この瞬間初めて知った人間が殆どだろう。恐らくは、これを仕掛けたみほですら現場に来て初めて気づいたのではなかろうか。

 そういう意味では、大洗は、みほは極めて幸運だと言える。

 みほ得意の不意打ちを封じるためにここに誘いだしたかと思えば、肝心のアリーナは彼女の望みの場所だったのだから。

 

(だが幸運を引き寄せるのは、他でもない自分自身の意志と行動だ)

 

 時に利己的に、時に利他的に取り巻く環境を変えてまで勝ち残る。

 そう。それが真のボトムズ乗りだ。

 みほは西住流を外れはしたが、真にボトムズ乗りであるという点に変わりはない。

 

(それでも、勝つのは我々だ)

 

 この迷路の構造を知らないという点ではみほ達も同じはず。

 

(奇襲、待ち伏せをしかけるならば、地形の把握は欠かせない。ならば――)

 

 まほの率いる分隊もブラッドサッカー達は、単なる僚機ではなくフラッグ機の護衛も兼ねている。まほ自身が卓越したボトムズ乗りであっても、不意を討たれる危険性はゼロではない。だからこそ、その僚機は精鋭で固められている。

 出会い頭の戦闘となれば、反応速度に勝る黒森峰側が圧倒的に優位だ。

 

『隊長、敵AT発見! 左肩の赤いドッグタイプです。……すぐに物陰に引っ込みました。逃げたようです』

「距離を置きつつ追跡」

 

 ――早速仕掛けてきたようだ。

 左肩の赤い、レッドショルダーもどきを繰り出して来たのは色彩でコチラの注意を引くためか。

 だとすれば相手の攻撃の本命は、逃げる偽レッドショルダーの陰に隠れている筈。

 

「左右に注意しつつ進め。……近くの障害物の高さはどうだ?」

『かなり高いです。ATで登るのは容易ではないでしょう』

 

 恐らくはリアルバトルの展開に多様性を持たせるためなのだろう。

 床からせり出してきた障害物はその大きさにかなりバラつきがあり、中にはATが簡単に跳び乗れるものもある。

 試みに左手で触ってみれば、かなり脆い材質だと解る。

 その気になれば、壁を撃ち抜いて向こう側の敵を攻撃できるだろう。

 

「壁越しの攻撃に注意。誘導役の動きから待ち伏せを割り出し、逆襲せよ」

『了解』

 

 最初に会敵した二番機は、順調に敵を追いかけているらしい。

 ブラッドサッカーの歩行音と、ローラーダッシュ音が交互に淀みなく聞こえてくる。

 それと同時に断続的に送信されてくるのは、各機から送られてくる迷宮の地図情報だ。

 黒森峰のATともあらばミッションディスクにオートマッピング機能も搭載されている。

 徐々に徐々に未知の迷路は、既知の『明』路と化す。

 そうなれば平野で戦うのと最早大差ない。大洗の優位は完全に消える。

 

『ショルダーもどきは袋小路に入った模様』

「そこで撃破せよ」

『了か――』

 

 まほからの指令に即応せんとした二番機からの無線が、不意に途切れる。

 機材の故障ではない。相手が絶句しているためだ。

 

『敵直上!?』

 

 そう叫んだ直後、マイクロフォンを砲撃音が震わせ、モニターの端にキロルグが赤く流れた。

 ――『Schwarzwald Sqd.01-02』

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 ブラッドサッカーが一機、白旗を揚げて沈み込む。

 それを為したのは、茶褐色の奇怪な継ぎ接ぎのATが、肩に負いたるドロッパーズ・フォールディング・ガン。

 特徴的な両眼で他の敵影を確認し終えた鉄騎兵は、ATならばすんなりと登れる筈もない高さの障害物から跳び降りた。着地の瞬間に降着し、衝撃を殺す。

 降りた所では、麻子のタイプ20が待っていた。

 

『何とか登れたな』

「うん。強度が心配だったけど、少なくとも一回の攻撃ぐらいは耐えられるみたい」

 

 アームパンチでもそのまま貫通できそうな脆い障害物だ。

 乗った拍子に崩れはしないかと心配はあったが、そこはバトリング用の障害物。絶妙な頑丈さで作られているらしい。

 ATでは登れぬ筈の障害物上からの攻撃は、完全に黒森峰側の意表を突いていた。

 ――種を明かせばどうということはない。

 沙織のATで誘い出し、麻子のATを踏み台代わりにして、障害物に登って上からの不意打ちを仕掛けたのだ。

 何度も使える手ではないが、少なくとも一機は撃破出来た。

 

『やったねみぽりん! これで一機撃破!』

『ようやく一機撃破だ』

 

 壁の向こうの沙織が嬉しそうに言うのに対して、麻子は相変わらず茫洋とした声で冷静に戦況を告げる。

 麻子の言う通り、『まだ一機』だ。黒森峰の援軍がここに来るまで、そう時間はかかるまい。特にエリカがここに来ればみほ達に勝ち目はなくなる。

 

「次は麻子さん、相手ATの誘導をお願いします」

『りょーかい』

『頼んだよ麻子。ばっちり相手を誘い出してよね。目指せ、モテ道!』

『モテる相手はATだがな』

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

『こちら三番機。敵ATを発見。今度は我が校のお下がり、タイプ20のようです』

「……追跡しろ。ただし攻撃は指示あるまで待て」

 

 まほは既に違和感を覚えていた。

 二番機が撃破されて間を置かずに、また別のATがその姿をチラつかせる。まるで誘っているかのように。

 その手際の良い動きは、この迷路の構造を理解し、こちらがどこに居るかをある程度予測していなければできない筈だ。

 ――だがどうやって?

 

(残された施設のどこかから、この試合場の構造図を入手した? だがそれをどうやってATに取り込む?)

 

 この廃棄都市は住民たちに捨てられてから結構な年月が経っていると聞いている。

 こうしてアリーナのリアルバトル用バリケードが機能しているだけでも驚くべきことなのに、電子機器などが生き残っているとは到底考えられない。

 仮にパーソナルコンピュータの類が残っていたとしても、短時間の間にデーターを抜き出せるものであろうか。

 

『隊長』

「なんだ」

 

 まほの意識は、三番機からの通信で思考から現実へと引き戻される。

 

『タイプ20が曲がり角の向こうで動きを止めているようです。壁越しに狙えます』

「確かか?」

『駆動音が止まっています。隠れて待ち伏せているつもりでしょうが、丸見えです』

「よし。攻撃しろ」

 

 即座に、三番機はブラッディライフルをぶっ放した。

 

 

 

 

 横薙ぎのバルカンセレクターは、わざと脆弱に造られたバリケードを撃ち射抜いた。

 エメンタールチーズのように穴だらけにされた障害物の向こうにはしかし、撃破された敵タイプ20の姿は見えない。それを三番機が疑問に思う間もなく、逆向きの銃撃が壁を撃ち抜いて襲いかかってきた。

 避ける間など、あるわけもない。

 ――『Schwarzwald Sqd.01-03』

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 相手の弾丸はうまい具合に『頭上』を通り抜けてくれた。

 麻子は降着モードだった機体を起こしながら、みほ達へと回線を繋いだ。

 

「しとめた。一機追加だ」

『えへへー。どうよ、麻子。私の言った通りだったでしょ』

「……悔しいが、上手くいった。沙織にしては上出来だ」

 

 待ち伏せをしている様をあからさまにすることで相手の攻撃を誘い、相手の攻撃から逆に位置を特定し壁越しの銃撃を叩き込む――という戦法は麻子自身の考えだったが、この場所を指定したのは沙織だった。他の分隊と通信する役を任されることが多いからからか、沙織は『地図』を読むのに慣れている。

 

『お姉ちゃん……相手フラッグ機は試合場の中央部へと進んでくる筈。ここは障害物が少なくて、比較的開けてる場所だから。どのバトリングのコロシアムでも、こういう部分の構造は変わらないはずだし、お姉ちゃんもそれは解ってるから』

「つまりそこに辿り着かれる前に仕掛ければ良い訳だな?」

『やっぱ、自分からグイグイいかないとね~』

 

 沙織が言うのをスルーしつつ、麻子は手元の画面に指を這わし、画像の目当ての部分を拡大し確認した。

 恐らくはみほも沙織も今、同じものを見ていることだろう。

 手元の携帯電話端末の画面に表示されているのは、試合場に広がる障害物迷路の構造図だった。

 構造図は、この設備の管理室にあった。ただし金属板に刻まれ、壁に打ちつけてる形で。

 思案するみほに、沙織が一言。

 ――ケータイで撮れば良いじゃん。

 果たして、大洗は構造図を機内に持ち込むことに成功していた。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 ――大洗は、この試合場の構造図を掴んでいる。

 まほは二番機、三番機の立て続く撃破でそれを確信した。

 相手は地形を知った上で、着実に待ち伏せを仕掛けてきている。

 これで2対3。数の上では逆転されている。

 

「……」

 

 だが、西住まほに動揺はない。

 多少の不利で心を乱すことが許される程、西住の道は甘くはない。

 幼少より叩きこまれたこの不動心こそが、西住まほの最大の武器なのだ。

 

(……試合場の中央部に進む予定だったが)

 

 この自分たちの動きを、おそらくみほは読んでいるだろう。

 ならば、逆手にとるまで。

 

 

 

 

 

 麻子は微妙な障害物の段差を利用し、階段のように跳び上がれば、最も高い障害物の上に出た。

 視界に一面広がるのは、つい数秒前まで壁と見えていたのが、今は飛び飛びの足場となったバリケードの数々だ。

 麻子がペダルを踏み込めば、折りたたまれていたジェットローラーダッシュ機構が展開され、ノズルに火が灯り一挙に加速した。バリケードの上を、滑るように走る。

 スピードはそのまま、バリケードとバリケードの間の空隙をも跳び越え直進する。

 目指すは予測される西住まほの進路上。広場に到着する手前で強襲を仕掛け、撃破を狙う。

 

(――見えた)

 

 突き進む先、障害物と障害物の間に覗く、ブラッドサッカーの黒い頭。

 その数はひとつ。隣に見える肩のブレードアンテナの先端は、黒い。

 

(フラッグ機は――ッ!?)

 

 赤い肩をしたフラッグ機を麻子が見つけ出そうとした瞬間、機体の下部から衝撃を受けた。

 彼女ならではのテクニックで制御されていた機体は、空中において手綱を放され、動きを失う。

 障害物の一つへと正面から飛び込み、質量と重力加速でそれを破砕しながら機体は止まった。

 同時に、頭頂から揚がる白旗。

 麻子には見えなかったが、彼女が最後に飛び越えようとした障害物の真下。床を背にした赤い肩のブラッドサッカーが得物を天へと構えていた。得物の銃口からは、紫煙が立ち上っている。

 まほはみほの思考を読んだ。

 自分の進路を塞ぐために、あるいは自分の行先へと回りこむために、みほがやりそうなことを考えた。そしてそれは的中した。

 これにて、戦力比は2対2――。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 丁々発止が続くアリーナを前にして、その朽ちた威容を見つめる鉄騎兵がひとつ。

 その蒼いATの右腕は吹き飛んでいるものの、左手にはまだ鋭い鉄の鉤爪が残っている。

 

 

 



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第69話 『決着』後編

 

 

 ――捉えた! と、胸中には優花里は叫んだ。

 モニターに映しだされたコンバットプログラムのガイドと、実際のストライクドッグの動きが完全に重なり合う。

 優花里は、トリッガーを弾いた。

 

「!?」

 

 そして度肝を抜かれた。

 照準は完全に合っていた。

 専用に組まれたメモリーは完璧にエリカの動きをトレースし、100%命中するコースを示していた。

 ――にも関わらず弾は標的を素通りし、何もない空間を通って廃屋の壁を穿つ。

 同時に、機体へと走る衝撃。操縦席が揺らぎ、意識を揺さぶられる。

 こちらの弾を避けると同時に、ストライクドッグは反撃を仕掛けていたのだ!

 ソリッドシューターの真鍮色の砲弾が左肩に突き刺さり、一撃で左腕をまるごともぎ取っていった。

 鋼の骨格を覆うシートは当然のように防御力は皆無で、マッスルシリンダーやシャーシ諸共に千切れ飛ぶ。

 ギリギリまで重量を削ったがために、衝撃には弱いのに加えて、片腕になって重心がズれ、バランスが崩れる。

 優花里は半ば反射的に操縦桿を切りつつ、左ペダルを踏み込んだ。

 半回転運動で反動を逃がしながら、追い打ちのソリッドシューターを回避する。

 相手へと向き直ると同時に牽制の銃撃。ガトリングガンで弾幕を張れば、さしものストライクドッグも追撃を諦める。

 

(今度こそ!)

 

 優花里は再度、ミッションディスクに従って必殺の攻撃を仕掛けた。

 何故かギリギリの所で先の攻撃は外れた。だが、みほの組み上げたコンバットプログラムは完璧だ。

 ならば、次こそは当ててみせる――。

 右操縦レバーの先端。そこに備わったカバーを指先で撥ね上げる。

 顕になった赤いボタンへと親指を当てる。

 回転銃身すら焼き切れる程のバルカンセレクターを、叩き込む。これならば外しようもない。

 白い格子模様の中を、陽炎のように左右に揺れるストライクドッグは一見捉えようがないが、しかしその動きを数列と矢印のガイドは漏れ無く先読みしている。

 

「今!」

 

 叫ぶと同時に、親指で赤いボタンを押しこむ。

 三連の銃身はフル回転し、弾幕は嵐のように蒼い影を撃つ。

 そう影だ。

 撃ったのは影に過ぎない。

 

「くっ!?」

 

 あるいは、心のどこかで気づいていたからだろうか。

 コチラの銃撃に合わせた11mm機銃弾は間一髪の所で避ける。

 ピンチは凌いだ。だが、優花里の焦りは消えない。

 いや、むしろいよいよ追い詰められている。

 

(やはり――)

 

 認めざるを得ない。

 相手が、逸見エリカが、こちらが動きを読んでいることに気づいていることを。

 そして、その動きがミッションディスクのプログラム予測を超えつつあることを。

 

 

 

 

 

「よし!」

 

 と、エリカは思わず声に出して快哉していた。

 二度目の反撃は外れこそしたが、既に相手の左手は奪っている。

 この調子で攻め立てれば、防御を捨てた相手だ、時を要せずして撃破できるだろう。

 ライトスコープドッグのような軽量級を使いこなすには、まず何よりも強い精神力が不可欠だ。

 被弾の恐怖に呑まれず、相手を果敢に攻撃し続ける……そんな心が必要なのだ。

 エリカは、機体の動きを通して伝わる優花里の動揺を感じ取っていた。

 今はうまい具合に抑え込んでいるらしいが、必ず動きが乱れ、崩れる時が来る。そこをすかさず、叩くまで。

 

「……ハァ……ハァ……ハァ」

 

 ヘルメットの中を満たすのは、自分自身の吐息だ。

 自分の声なのに、それをうるさいと思いながらも止めることができない。

 汗が髪先を伝い、額や頬を湿らせるのもうっとおしい。だが、拭っている暇もない。

 

(……正直、この戦法はコッチもキツイわね)

 

 本能に反して動くことがかくも大変であったとは――

 エリカほどのボトムズ乗りとなれば、戦い方というものは躰に染み付いている。

 訓練に次ぐ訓練で、骨の髄まで叩きこまれたAT操作は、その殆どが反射的なモノだ。

 その反射を意識で抑え、逆らうのは至難の業だった。

 だが、その見返りは極めて大きい。

 

(戸惑ってるでしょうね、優花里は。何故、アイツが作ったプログラム通りにコッチが動かないかって)

 

 優花里に動きが読まれていると理解してしまえば、その手品の種に感づくまでさほど時間は掛からなかった

 当然だ。相手の指揮官が西住みほであることを思えば、答えは一目瞭然なのだ。

 みほはATを操ることについては自分や隊長には及ばない。しかしミッションディスクを組んだりATをカスタマイズしたりといった分野に関してはピカイチの能力を持っている。おまけに自分とアイツとはそれなりに付き合いも長い。コッチの操縦の癖は知り尽くされていると言っていい。ならば、対自分用のメモリーを用意されていても何も不思議ではない。黒森峰時代にも、他校のエースへの対策プログラムを組んでいたから間違いあるまい。

 

(アイツのプログラムは本当によく出来ている。コッチの動きは完全に読まれている筈。ならば――)

 

 ――ならば、自分の本来の動きとは『逆』を行くまで。

 

 

 

 

「くっ!?」

 

 またも相手はこちらの照準より外れた。

 銃弾は虚しく空を撃ち、弾倉の中身は着々と消費されていく。

 背負ったドラム型弾倉にはありったけの弾薬を詰め込んできたが、残りは今や心もとない。

 弾が切れればいよいよオシマイだ。逸見エリカに片手のアームパンチだけで勝てるわけがないのだから。

 今や、ミッションディスクはその用をなしてはいなかった。

 エリカはコンバットプログラムとは全く逆の動きでコンピューターを翻弄し、実際の動きとメモリーの動きの違いにエラーを吐き出し始めている。

 画面の端をデバッグログのアストラーダ文字が流れ続け、とどまるところを知らない。

 弾幕を張って稼いだ間に、視界をコックピット内へと戻せば、嫌な色の煙がスロット部から吹き出していた。

 慌ててイジェクトボタンを押せば、焼き付いたミッションディスクは弾き出され、優花里の足元へと転がった。

 視界をATのセンサーとを再リンクさせれば、アストラーダ文字も数列も方向指示も白いグリッド線も消えていた。

 もう、『みほ』の助けは借りられない。

 

(だったら!)

 

 優花里は二本のレバーを握りしめた。

 手袋の内側が、手汗に滲む。

 あとは、自分独りの力で戦うしか無い。

 

 

 

 

 

 エリカは優花里を追い詰めていた。

 動きは精彩を欠き、射撃は精度を失い、大雑把に弾幕を張ってストライクドッグの接近を阻むだけ。

 もう少しだ。あとは隙を逃さず突いて、白旗を掴み取るだけだ。

 

「随分と頑張ってくれたけど……これで終わりよ優花里!」

 

 声に出して叫ぶエリカの顔は、獰猛な笑みを浮かべていた。

 このパジャマ姿のスコープドッグを倒すことの意味は、単に秋山優花里という少女を撃破した、ということに留まらない。彼女が使っていたであろうコンバットプログラムをエリカが超えたということであり、それはすなわちエリカが『みほ』を超えたことを意味しているのだ。

 ――勝てる。アイツに勝てる!

 そうエリカは確信していた。今や自分は、アイツの読みを超越しつつある。

 

「貴女をぶっ飛ばして、隊長のもとへ、アイツのところへと行かせてもらうわ!」

 

 いよいよ動きが乱れたパジャマドッグへと、ストライクドッグは肉薄した。

 11mm機銃を乱射すれば、ぎりぎりの所で致命傷は避けるも、表面のシートは次々と引き裂かれる。

 終いには、マッスルシリンダーと骨格が剥き出しの姿が晒される。身を守るモノは何も無い。

 

「沈みなさい!」

 

 トドメはソリッドシューターで――と思い構え照準を合わせれば、カメラの先で不意に見せた優花里の動きは、今までのモノとは全く違ったものだった。

 背部のドラム弾倉をパージし、ガトリングガンとのベルトリンクも切り離す。

 余計な重しを取り去った骨組みだけのATのスピードは更に増し、エリカの視界からたちまち走り去る。

 

「ッッッ!」

 

 慌てて、カメラを回し、その姿を追う。

 視界にATを捉えた時には、枯れ木のようなスコープドッグは既にコチラに銃口を向け終えていた。

 だが、肝心の弾薬は既に相手自身が捨て去ってしまっている。弾の切れた得物で一体何をする?

 装甲を取り去ってしまっているために、そのマッスルシリンダーの動きはエリカにもよく見えた。

 何をしようとしているのかはすぐに解った。

 だから即座にペダルを踏み込んだが――遅かった。

 カートリッジ内部の液体火薬が爆ぜ、その圧力は拳を前へと突き出す。

 同時に手のひらはパッと開いて、ガトリングガンを手放せば、アームパンチの勢いで銃身が弾丸のように射出される。狙いはエリカの駆るストライクドッグ――ではなく、右手に構えたソリッドシューター、その弾倉部。

 機体の外側に大きくせり出したその部分への攻撃は、エリカの操縦技術を以ってしても狙いを外すに至らない。

 直撃し、弾倉がひしゃげる。衝撃は内部の残弾へと伝わり、花火を投げ込んだ弾薬庫さながらに弾け飛ぶだろう。

 エリカは、右レバーを思い切り横へと切った。

 ソリッドシューターは手放されたが、しかし完全に安全圏へと放られる前に爆裂。

 破片と爆煙の直撃を受けた右腕へのダメージに、警告アラームが鼓膜を乱打し、画面の端で警告メッセージが赤く点滅する。だが、エリカはそのどちらにも注意を向けてはいなかった。突進してくる優花里を迎え撃つために、ただ彼女の方だけを見ていた。

 右腕は使えない。左腕を構えながら、エリカは両ペダルを踏み込んで優花里目掛けて加速、彼我の距離はたちまちゼロになる。

 ――両者がアームパンチを放ったそのタイミングは、全くの同一だった。ならば相討ちか。

 

「……危なかった」

 

 否。勝ったのは逸見エリカだった。

 鉤爪にカメラを砕かれたスコープドッグが地に倒れ、頭頂から白旗を揚げていた。

 

「……」

 

 エリカが想うのは、画面をいっぱいに埋め尽くした優花里の鋼の拳。

 そのままセンサーを叩き割るその直前、エリカのアイアンクローの方が先にそれを為した。

 勝因は単純明快。M級ATとH級ATの、その大きさの差、腕の長さの差から来るリーチの優位に過ぎない。

 つまり、同じドッグタイプの勝負だったら、共に地に倒れていただろう。

 

「……やるじゃないの」

 

 エリカは機能停止した右腕を引きちぎりながら、優花里への賞賛を呟いた。

 最後の彼女の動きは、プログラムに依らない彼女自身の動きだった。

 その動きが、ストライクドッグの右腕を持って行ったのだ。

 エリカは表情を引き締めた。

 プログラムはプログラムに過ぎない。AT戦の勝敗を分かつのは結局、乗り手だ。

 みほのプログラムを超えたからといって、みほを超えたことにはならない――。

 そんなことを考えながら、エリカはアリーナへと向けて機体を走らせた。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 ――『O-arai Angler-4』

『みぽりん!』

「……」

 

 キルログを通じて、みほ達は優花里が撃破された事実を知った。 

 ほんの十数秒前に、麻子の撃破を告げるキルログが、爆音と共に流れてきたばかりだというのに。

 これであんこう分隊の残存数は3。だが、このアリーナに今居るのはみほと沙織の二機に過ぎない。

 こちらは相手の護衛機を二機撃破した。

 これで2対2。

 数の上では同じだが、実質的には相手のほうが優位。

 最新鋭のブラッドサッカー二機に対して、ジャンクの寄せ集めのオンボロドッグタイプが二機。

 他の黒森峰選手と異なり、まほとその僚機のボトムズ乗りは完璧にこの黒い騎兵を乗りこなしている。

 つまり、ブラッドサッカーの優れた性能を最大限に引き出すことが出来るということだ。

 

 ――『O-arai Frog-2』

 ――『O-arai Rabbit-4』

『また!? 一気に二機も!』

 

 そうこう言っている間に、新たなキルログが画面端を流れた。

 カエルさん分隊の二番機に、ウサギさん分隊の四番機と言えば、忍にあやの二人だ。

 合わせて黒森峰数機のキルログが流れたのが、彼女らの奮闘を示していたが、しかし、陽動班が敵を引きつけられるのも限界が近いのは明らかだった。

 

「何とかして、相手の護衛機を先に撃破できれば……一対二に持ち込めさえすれば……」

『……』

 

 切迫した声で呟くみほに、沙織は何も応えない。

 鋼鉄の装甲に包まれてその顔は覗えないがしかし、無線の向こう側で意を決したように沙織が息を呑むのが、みほの耳には聞こえていた。

 

『――ねぇみぽりん』

 

 沙織は息を大いに吐き出してから言った。

 

 

 

 

 まほと僚機の二機のブラッドサッカーは、目的地であった試合場の中央部へと到達していた。

 バリケードの迷路のなかにあって、そこだけが開けた円形の広場となり、幾つもの迷宮への入り口と繋がっている。

 

「……」

 

 まほはATの左腕を掲げ、鋼のハンドシグナルで後続機へと停止を促した。

 僚機のブラッドサッカーと、背中合わせの形で、広場の中央部を陣取る。

 これでどの方向から攻撃を仕掛けてこようとも、不意を撃たれることはない。

 

「ここで相手を待つ」

『……仕掛けてくるでしょうか。こうもあからさまだと罠だと疑うのでは?』

「必ず来る。いや、大洗は来ざるを得ない」

 

 フラッグ機を射止める絶好のこの機会を逃せば、陽動部隊を壊滅させたブラッドサッカーの大軍がここに雪崩れ込む。そうなってしまえば大洗はお終いだ。だから来る。大洗は、みほは必ず来る。

 そんなまほの読みは、まさに的中した。

 

「来た!」

『こちらからも!』

 

 挟み撃ちのつもりか、まほから見て前方と斜め右後方から攻撃。

 まほの正面に現れたのは、意外にもみほが駆る奇怪なカスタム機ではなく、左肩を赤く塗ったレッドショルダーもどきだった。

 まほの記憶では、あれを駆るのは大洗のフラッグ分隊では一番操縦技術に劣るボトムズ乗りの筈だ。

 それが何故、自分の方へと向かってくるのか。

 囮か何かのつもりだろうが、関係はない。まほは相手が乱射してくる腰部機銃もミサイルも必要なものだけ回避しながら、照準を合わせ、トリッガーを弾いた。

 

「!?」

 

 ブラッディライフルの銃弾は、バリケードに風穴を開けた。だがそれだけだ。

 まほは即座に逃れた相手を追い、再度照準を合わせ、銃撃。

 穿たれる壁。やはり――当たらない!?

 

(ミッションディスクか!)

 

 流石は姉といった所か、まほはみほの繰り出してきた仕掛けをすぐさま見破っていた。

 あの赤肩もどきが見せたのは、ギリギリの所で相手の照準を外す急速ターンで、それ自体は特別な技法でもないが、問題はその反応速度。生身の人間の操縦では到底不可能な機動であったのだ。

 つまりは機械仕掛け。

 それにあの乗り手の体のことを無視したような急な制動。

 間違いなく相手は、『ラビット』と呼ばれる無人操縦AT!

 

(ならば乗り手は――!)

 

 まほは気がついた。自分を翻弄せんと動き回る偽物のレッドショルダーの右手が空になっているのに。

 最初から何も無かったか? いや、最初にこのアリーナでみほ達と対面した時、あの左赤肩も何か得物を持っていた筈だった。それは何だ?

 その答えは、横殴りに襲いかかるロケット弾が教えてくれた。

 

(『HRAT-23』!)

 

 バリケードの壁の僅かな隙間、壁と壁の陰に密かに置かれた四砲身の武器の名は、確かにまほの言う通りだった。HRAT-23 ハンディロケットガン。それがこの武器の名前だ。

 AT用にしつらえられたトリッガーを、全体重と力をかけて押しこんでいるのは、耐圧服姿の武部沙織に他ならなかった。

  

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 みほの放ったヘビィマシンガンの銃弾が、まほの僚機のブラッドサッカーのカメラアイを撃ち破り、センサーの破片を撒き散らしながら白旗を揚げる。

 崩れ落ちる黒いATの向こう側に、脚部に生じた爆発と、地面に開けられた窪みによって転倒する、右肩の赤いブラッドサッカーの姿が見えていた。

 西住まほ。私、西住みほの姉にして、黒森峰女学園装甲騎兵道チーム隊長。すなわち、相手チームのフラッグ機。それが今、目前で転倒している。

 絶好の、待ちに待った好機。

 みほは確実なる撃破を期すために、背部のドロッパーズ・フォールディング・ガンを展開、転ぶブラッドサッカーへと照準を合わせる。

 横殴りのロケット弾は止まっていた。もともとHRAT-23は装弾数が少ないのだ。そして生身の沙織にはAT用火器のマガジンチェンジは流石に無理だった。

 脳裏に浮かぶのは、ほんの数分前のこと。

 沙織が、自分へと向けた言葉。それからのやりとり。

 

『私が囮になるから、その隙にみぽりんはお姉さんをやっつけて』

『そんな……沙織さん!』

『私の実力じゃ、正直お姉さんたちの相手をするのは厳しいかなって。撃墜スコア、何気に今回ゼロなんだもん。……でも、私だってみぽりんの役に立ちたいし』

 

 沙織はハッチを開き、バイザーを上げて、直接自分の眼でみほの方を見て言った。

 みほもハッチを開いて沙織の視線を受け止めた。いつも明るくて、どことなく緩い雰囲気の沙織だが、今彼女がみほへと向けている視線は真剣そのものだった。

 

『……こんなのも一応作って持ってきてたけど、役に立つ場面もなかったし。今の私に出来そうなのは、囮ぐらいしかないんだもんね』

 

 みほが余りにも悲痛な表情で見返してくるからか、沙織は耐圧服付属のポーチから取り出した小さなノートを、照れ隠しもように笑いながらみほへと開いて見せた。

 それが何かはみほは知っていた。

 優花里にいろいろとアドバイスを受けながら、しかし沙織が独力で作り上げたATや装備品のスペックデータブックだった。彼女が楽しげにATのイラストを描いていたのを、みほは良く覚えている。

 今、開かれていたのは、AT装備品の一覧表のページだった。

 ずらりと並んだ武器の名前と、可愛らしいミニイラストと、簡単なスペックデータ、そして沙織らしい一言コメントがカラフルに書き込まれているそのページの中に、『HRAT-23 ハンディロケットガン』の項目があった。何故か、みほの眼はその項目の所で止まった。それは、沙織のレッドショルダーカスタムが、今回の試合で右手の装備品としているものだった。沙織は、こんな一言コメントを添えてあった。

 ――反動小さいらしい。使いやすそう。

 その一言で、みほは作戦を閃いた。

 

(囮のATは、対お姉ちゃん用MDでラビットにして、本命は沙織さんの機甲猟兵アタック!)

 

 HRAT-23 ハンディロケットガンは生身の人間でもトリッガーを押しこめば発砲できる。

 しかも、ロケット弾を使うお陰で反動はほぼない。だから機甲猟兵もこれを砲のように使うことが可能なのだ。

 作戦は見事に成功した。

 必死に機体を起こそうとするブラッドサッカーの挙動は極めて素早いものだったが、だがみほの照準から逃れるにはもう遅すぎた。

 ターゲットマーカーが赤く点灯し、完全にロックオンしたことをみほへと告げた。

 みほはトリッガーボタンを押し込んだ。

 それで、全てが終わる――筈だった。

 

「くぅっ!?」

 

 突然機体に走る衝撃に、みほは思わず眼を瞑っていた。

 コンマ一秒も経たぬうちにハッと双眸を見開けば、機体の状況を知らせるべく、画面の端に機体の略図が表示される。だから、何が起こったかはすぐに解った。

 ドロッパーズ・フォールディング・ガンが破損している。

 砲身は吹っ飛ばされ、発射は不可能になっていた。

 なんで!? ――と疑問に思う間もなく、『頭上』からの銃撃が降り注ぎ、みほは必死に機体を左右に振って攻撃を回避する。

 11mmの機銃弾に追加装甲板が何枚か吹き飛ばされるなか、みほは足の角度を微妙に変えることで銃撃の源を仰ぎ見た。

 アリーナの観客席に、座席を踏み潰しながら仁王立ちし、マシンガンを乱射してくる蒼い影ひとつ。

 

「エリカさん!」

 

 みほは思わず、右腕のないストライクドッグを駆るボトムズ乗りの名を呼んでいた。

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「みほぉぉぉぉっ!」

 

 みほが呼ぶのに応えたわけでもないが、偶然、エリカも同時にみほの名を叫んでいた。

 そして、アリーナの中央部目掛け機体を宙へと向けて跳び上がらせた。

 ストライクドッグは空間戦闘をも想定した高性能機である。宙を舞うための機能も、当然備わっている。

 背部ミッションパックに備わったスラスターが点火し、ほんの数秒であるが鋼鉄の塊に空を駆けさせる。

 エリカはこれまで、背部、そして脚部両外側にも備わったロケットブースターを、擬似ジェットローラーダッシュ用にしか使ってこなかった。宇宙での試合や低重力下での戦いならいざしらず、地球の大地の上でこの『飛行機能』を使う場面などある理由無いと思っていた。

 だが、優花里が空をATで滑空して見せた時、エリカのなかの常識がひとつ崩れた。

 ATは地上でも空を飛べる。ならば自分にも出来るはずだ――。エリカは実際に跳んでみた。 

 まずは外からアリーナの観客席目掛けて。次は観客席からコロッセオの中央部へと。

 

「ハァァァァァァッ!」

 

 空中にいる間に狙い撃ちされるのを避けるべく、エリカは銃撃を続けながら跳んだ。

 みほは何とか11mm機銃弾の雨を凌いで機体を退ければ、その隙にまほのブラッドサッカーは立ち上がって距離をとる。

 隊長の窮地を救ったことを確認しながら、エリカはひとっ飛びに迷宮の中央部、広場のど真ん中へと着地した。

 着地した同時にローラーダッシュ。スラスター用の燃料を全て使い切る、背部ジェットのジェットローラーダッシュでみほとの間合いを詰める。

 後退したみほは態勢を立て直し、エリカを迎え撃つべく前進していた。

 左腕の機銃の残弾はもうない。アイアンクローだけがエリカに残された最後の武器だった。

 だから、この一撃でアイツを撃破する。

 みほとエリカの間の距離は一瞬で消滅し、網膜へと投影されるストライクドッグの視界も、マークⅣスペシャルの姿で埋まってしまう。

 エリカは、ぎりぎりのタイミングで右ペダルを放した。

 右のグライディングホイールが停止し、ちょうどターンピックを打ったのと同じ要領で機体の右側を縫い止める。

 左のペダルをもっと強く踏み込めば、右の軸足を中心に右半回転。

 機体が真横を向いた時には、左腕は真っ直ぐ横へと、つまりみほの方へと向いていた。

 アームパンチ。薬莢が吐き出され、鉄の爪が伸びる。

 

 

 

 みほは、鉄の爪に対するのに、鉄の爪を用いていた。

 Mk.Ⅳスペシャルの左肩のシールドの先端には、クローアームが備わっている。

 『ジャイアントスラッシュクロー』と呼ばれるこの装備は、Mk.Ⅳスペシャルの原型機となったスラッシュドッグの名前の由来だ。

 本家の本物のジャイアントスラッシュクローとは異なり、Mk.Ⅳスペシャルのものはジャンクで作った模造品に過ぎない。鉄の爪同士がぶつかり合えば、真作たるストライクドッグが勝利する。

 Mk.Ⅳスペシャルのクローアームはひしゃげ、シールドは剥ぎ取られた。

 それがみほの狙いだった。シールドを犠牲にして、反撃の機を作る。

 シールドが千切り取られるのと同時に、みほは機体を加速させた。

 ストライクドッグの背部を通り抜けると同時にターンピックで機体を反転、エリカの右側面をとった。

 優花里によって破壊され、それ故にエリカ自らが腕を引きちぎった右側面には、身を守るものなど何も無い。

 アームパンチを一発。だが装甲の継ぎ目を狙った一発は、撃破判定を引き出すには十分な威力があった。

 

 ――ストライクドッグの頭頂部から、白旗が揚がる。

 蒼い猛犬の躰が、アリーナの砂の上へと沈み込む。

 

 だが、みほはそれを最後まで確認することもせずに、ATを再反転させた。

 窮地を脱したまほが、攻撃に転じるのは解っているのだから。

 みほが向き直れば、『ラビット』となっていたレッドショルダーカスタムが撃破された所であった。

 まほのブラッドサッカーが、銃口をみほへと向けた。

 みほのMk.Ⅳスペシャルが、銃口をまほへと向けた。

 数秒睨み合う。

 睨み合ったあと、姉妹らしく、同時にトリッガーを弾き、同時に戦いの口火を切った。

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 沙織は、やきもきしながら姉妹の決闘を様子を観ていた。

 ATを失い、ただの機甲猟兵となった彼女には、ただ観ているだけしかできなかった。

 頼みのHRAT-23は弾切れ。予備弾倉はない。あったとしても交換する術もない。

 アーマーマグナムは自分用にも一丁携えているが、こんなものはみほのような軍神染みたボトムズ乗りが使うから意味があるものなのだ。自分が使っても豆鉄砲にしかならない。

 

「どうしよう。どうしよう」

 

 沙織は思わず声に出してオロオロと慌てていた。

 友を信じる心の篤い彼女が、姉妹の戦いをじっと見守る、心の余裕がないのには訳がある

 

 ――『O-arai Frog-3』

 ――『O-arai Rabbit-5』

 

 妙子と優季の撃破を知らせるキルログが、流れたのはほんの数秒前のこと。

 着々と味方は減り、それは敵がここへと迫ることを意味する。

 まだウワバミ分隊などは一機も欠けずに頑張っているが、そんな彼女らも黒森峰の総攻撃には長く保たない。

 

 ――『O-arai Frog-4』

 ――『O-arai Rabbit-2』

 

 今度はあけびとあやの撃破を知らせるキルログだ。

 カエルさん分隊などは、これでもう典子駆る一機しか残っていない計算になる。

 さらにみほの方はと言えば、赤い肩のブラッドサッカーに押され始めていた。

 追加装甲が全て吹き飛ばされ、本体が剥き出しになっている。

 

「うぅぅぅぅ~」

 

 考えろ。考えろ沙織。今の自分が出来ることはなんだ?

 沙織はポーチの中に手を突っ込んで探ってみた。何か、何か役に立ちそうなモノは――。

 

「!」

 

 沙織がつかみとったのは、愛用の携帯通信機だった。

 女子高生らしい可愛いデザインのそれを展開し、沙織はリダイアル履歴からその名を探した。

 目当ての名は、すぐに見つかった。

 彼女は電話をかけた。相手はすぐに出た。

 

「もしもし! 今電話しても大丈夫!?」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 新たなキルログが流れだしたのは、みほがブラッディライフルの銃撃を避けて、バリケードの裏に逃げ込んだ直後のことだった。

 

 ――『O-arai Frog-1』

 ――『O-arai Rabbit-3』

 

 カエルさん分隊の全滅と、桂利奈の撃破をキルログが知らせた。

 ウサギさん分隊も、生き残っているのはもう梓と紗希の二人だけだった。

 タイムリミットはあと僅か。

 だが旗色は悪い。一対一では、やはりまほはみほに優っている。

 壁越しに浴びせかけられる銃撃をローラーダッシュで回避しながら、みほは必死に反撃の策を考える。

 だが、思いつかない。実質バトリングのこの状況下で、まほに打ち勝つイメージが思い描けない。

 

「――」

 

 絶望に沈みそうになったみほの意識を、引っ張りあげたのは聞き慣れた電子音だった。

 それは、こんな状況下で鳴り響くのは余りに似つかわしくない音色だった。

 みほの、携帯通信機の着信音だ。

 ATを操りながらも、みほは携帯通信機をポケットから取り出した。

 こんな状況下で電話が鳴るなど、何かの冗談のようであったが、かけてきた相手の名を見て、そんな思いは吹き飛んだ。

 沙織が、こんな状況で冗談など言うはずもない。

 

「沙織さん!?」

『みぽりん! 今から私の指示する場所へと全速力で向かって!』

「わかったよ沙織さん!」

 

 即答だった。

 

「お姉ちゃんから、逃げたいけど逃げれない感じで逃げれば良い!?」

『そんな感じ! とにかくお姉さんを私の言う所まで頑張って引っ張ってきて!』

 

 沙織の開口一番の言葉の内容から、これが誘導作戦のたぐいだということはすぐ察しがついた。

 問題は、どこに、何のために誘いだすのか。

 

「走りながら聞くから、説明して沙織さん!」

『わかったみぽりん! アリーナの外には――』

 

 

 

 

 

 

「……逃げたか?」

 

 どうもそうであるらしい。

 迷路の中を必死に駆け巡るみほの背を追いながら、まほはこの勝負の終わりが近づいているのを感じていた。

 みほはもう万策尽きた様子であった。大洗のATは着々と撃破され、黒森峰との数差は歴然として覆し難い。

 

「……」

 

 まほはやや残念な心持ちだった。

 我流を以って王道に挑むみほの挑戦が、こうも冴えない結末を迎えようとしている様に。

 

 

 

 

 

 

 

 みほは迷路を抜けると、アリーナの出口へと向けて一直線に走った。

 直後に、まほも迷路を突破してみほの後を追う。

 

 ――『O-arai Rabbit-1』

 ――『O-arai Rabbit-6』

 

 梓と紗希が撃破されたと、キルログが知らせた。

 いよいよ、ウサギさん分隊も全滅したことになる。

 だが構わずみほは闇のトンネルを駆け抜ける。

 続けてトンネルに入ったまほは、ブラッディライフルのマガジンを交換すると、三点バーストで射撃した。

 マズルフラッシュに闇が裂かれ、一瞬一瞬、二機のATの姿が顕になるが、すぐに闇が追う者と追われる者を隠してしまう。

 

 ――『O-arai Python-2』

 

 ウワバミさん分隊にもついに撃破される者が現れたらしい。

 100mmの装甲を以って黒森峰のAT達を食い止めていた彼女らのなかで、最初に脱落したのはスズキだった。

 みほは、トンネルを駆け抜け、外へと出た。

 まほも、続けてトンネルを抜け出た。

 

 ――『O-arai Python-3』

 

 次に脱落したのはホシノだった。

 みほは反転し、ヘビィマシンガンを射かけた。

 

 ――『O-arai Python-4』

 

 次に脱落したのはツチヤだった。

 まほが反撃し、Mk.Ⅳスペシャルの左手が完全に吹き飛んだ。

 ブーケスタンドでみほは転倒だけは免れる。

 

 ――『O-arai Python-1』

 

 最後に脱落したのはナカジマだった。

 これで大洗生き残りは、あんこう分隊だけになった。

 だがカシンと空の薬室を撃鉄が打つ虚しい音が鳴り響き、みほのヘビィマシンガンの弾切れを告げた。

 左腕の吹っ飛んだみほにはもう、マガジンチェンジはできない。

 まほは、トドメの刺すべく、照準を合わせた。

 トリッガーを弾いた。

 銃弾は、みほが咄嗟に掲げたヘビィマシンガンを撃ち、これを破砕せしめた。

 もう身を守るモノは無い。

 まほはトリッガーを再度――。

 

「!」

 

 みほが、不意に降着をした。

 機体が照準から外れ、視界から消える。

 代わって新たな機影が、まほの視界へと入り込んでくる。

 

「――」

 

 まほは驚愕に息を呑んだ。

 そこにいたのは、満身創痍の一機のスコープドッグ。

 左腕は吹き飛び、脚部は半壊状態。カメラアイは破砕され、通信アンテナはへし折れている。

 だが、この藤色のスコープドッグはまだ生きていた。

 逸見エリカがの僚機たる三匹のカミツキ亀との死闘を切り抜け、生き延びていた。

 そして残った右手で、まだソリッドシューターを構えていた。

 開かれたバイザー部から、そのスコープドッグの乗り手、五十鈴華は肉眼で照準を合わせた。

 華はトリッガーを弾いた。まほもトリッガーを弾いた。

 だが、極わずか、ほんの僅かだけ華のほうが速かった。

 真鍮色の砲弾は真っ直ぐに、ブラッドサッカーの胸部へと撃ち込まれた。

 

 ――数秒後、審判が判定を下した。

 

『有効。よって――大洗女子学園の、勝利! 』

 

 

 






 宇宙の闇の中、銀河の果ての惑星の上を走る光
 6000年の歴史の中、瞬いては消え、瞬いては消えた無数の流れ星
 その一つに人々が見たものは、愛、戦い、友情
 今、全てが終わり、駆け抜ける喜び
 今、全ての始まり。きらめきの中に、闘志が生まれる
 最終回、『優勝』 嗚呼、まさにその名のごとくに


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最終回 『優勝』

 

 

 

『有効。よって――大洗女子学園の、勝利! 』

 

 審判がそう告げるのを聞いて、ああ私は負けたのか、とまほは声もなく呟いた。

 緊張の糸が切れ、脱力しシートへと沈み込む。

 撃破判定が下り、機体は一時的にその機能を停止していた。

 全ての電子の灯が消えて機体内は暗い。まほは手動で油圧装置を起動し、ハッチを開け放った。

 青い空が瞬く間に広がり、遮光機能のついたヘルメットバイザーと通していなければ眼が眩んだかもしれない。

 まほはヘルメットを脱ぐと、外の空気を思い切り吸い込んだ。

 外気には火薬と炎のにおいが染み付いていたが、戦い終わった今となってはむせる程ではない。

 むしろ、ボンベから供給されるモノでない自然の空気は、どんな風味がついていようと美味に感じれるのだった。

 

「……」

 

 まほが頬に当たる微風を感じていると、対面のスコープドッグのハッチが開く。

 乗り手はヘルメットを外し、まとめていた髪を解いて首を左右に一度振った。

 豊かな長い黒髪が揺れる。絹糸のように細く、しなやかな髪の持ち主だった。

 そしてその黒髪の下にあるのは、やはり絹のような肌をしたお淑やかな少女であった。

 前にもバトリング喫茶で見かけたことのある、みほの戦友の一人だ。

 

「……」

「……」

 

 彼女と、まほの眼が合った。

 まほは暫し彼女と見つめ合って、問いた。

 

「無線が通じない状態で、どうやって私の居場所を知ったんだ?」

 

 自分を撃破してのけた視線の先の少女は、ここで待ち伏せいたのではなくて、どこかから駆けつけてやって来たのだ。だが、彼女の駆るスコープドッグの通信アンテナは一本はへし折れ、もう一本はひしゃげている。あれでは、味方と通信など出来る筈もない。

 

「これです」

 

 少女は微笑みながら、耐圧服のポケットより取り出したモノを掲げて見せた。

 それは何の変哲もない、女子高生ならば誰でも持っていそうな、極々普通の携帯通信機だった。

 まほは彼女には珍しく眼をパチクリさせて、携帯通信機をじっと見つめた。

 

「……ふふ」

 

 まほは笑い出した。

 声を出して笑うのは、まほにとって久しぶりのことだった。

 彼女は思った。実に、実にみほの戦友らしいやり方だと。

 

「……お姉ちゃん?」

 

 降着したATから、声を出して笑う姉の姿を見た妹は珍しい光景に唖然としているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 最終回 『優勝』

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 耐圧服を上だけ脱ぎ、タンクトップ姿で空をぼんやりと見上げるのは逸見エリカだった。

 試合場の隅っこにあったベンチに腰掛けて、どこを見るでもなく、ただ呆然としていた。

 ――今は、『表彰式』の準備が終わるのまでの待機時間だった。

 敗北したとはいえ、黒森峰は準優勝校である。当然、表彰はされる。

 去年は『事故』もあったためにその辺りが有耶無耶になっていたが、今年はそれはない。試合をして、負けた。ただそれだけなのだ。だから、表彰は受けなくてはならない。

 例え不本意だったとしても。

 

「……」

 

 装甲騎兵道は参加人数が非常の多い競技である。だからこそ、全国大会の閉会式も兼ねた表彰式の準備には何かと時間がかかる。待っている時間も長い。

 エリカは戦友たちから離れた場所でひとり、時間を潰していた。

 本来ならば、敗戦に傷心の戦友たちや後輩たちを、叱咤激励するのが自分の役割ということも解っていた。

 だが、今は完全に気が抜けてしまっていて、何をする気にもなれない。

 戦い終わって一番に疲労困憊しているのは、他でもない彼女自身であったのだから。

 ――黒森峰は敗れた。それも二年続けてだ。

 疲労困憊も実に道理であった。

 

「逸見殿」

 

 エリカの視線がゆっくりと、空から声の主の方へと下がっていく。

 見えたのは、癖っ毛が特徴的な少女の顔だ。それはエリカが知っている顔であった。

 

「……貴女」

「隣に座ってもよろしいでしょうか?」

 

 黒い耐圧服から、大洗の制服に着替えた優花里は、その両手の各々にソフトクリームを携えていた。

 

「好きにすれば良いじゃない。別に私専用のベンチって訳でもないんだから」

 

 エリカがぶっきらぼうに答えれば、優花里はニコリと微笑んで左隣りにちょこんと座ってきた。

 ――本当に変なやつだと思う。あんなふうにつっけんどんに返されてニコニコしてるやつがあるか。

 

「食べますか?」

「……いただくわ」

 

 右手のソフトクリームを優花里が差し出してきたので、エリカは一瞬面食らった後に受け取った。

 私が受け取らなかったらどうするつもりだったのよ、ふたつとも食べるにしてもどっちか食べてる間にもう一方が溶けるじゃない、などとぶつくさ言いながらも、エリカは受け取ったソフトクリームを舐めた。

 

「……美味しいじゃない」

「アンツィオ特製ソフトクリームです」

 

 それから暫くは、互いに言葉もなく黙々とソフトクリームを食べた。

 冷たい甘みが広がり、ぼんやりとしていたエリカの心に良く染み渡った。

 エリカと優花里。

 二人並んで静かに、どことはなく遠くを見る。

 

「……」

「……」

 

 互いに黙したまま、しばしどこかを見続ける。

 その合間、優花里がエリカの方を横目に観ていた。

 何かを話したい。でも、上手く切り出せない。そんな様子であった。

 

「お見事でした」

 

 それでも、先に口を開いたのは優花里のほうだった。

 彼女自身、何を話したいのか良く解らないけど、とにかくエリカと何かの話をしたい、といった調子だった。

 話の切り出し方も、やや唐突であった。

 だが、エリカは話に応じた。

 

「どこがよ。ボロ負けだったじゃない」

「でも、西住殿の組んだMDには勝っていました。西住殿の組んだメモリーは完璧でしたのに」

 

 嫌味や皮肉ではない。

 混じり気のない賞賛を浴びせられて、エリカは却ってばつが悪かった。

 自分は、自分たちは負けたのだ。この事実は覆せない。

 

「機械は所詮、機械よ。肝心の本人に負けたら世話ないわ」

 

 そこまで言ってふと思った。

 自分は右手を失ったために生じた、AT右側面の隙を突かれて敗れた。

 仮に、仮に優花里によって右手を破壊されなかったら、アイツに、みほに勝てたろうかと――。

 エリカは、そんな意味のない想像を胸中から即座に掻き消した。

 勝負にIFはない。優花里は良いボトムズ乗りで、みほはもっと良いボトムズ乗りだった。この二人に、自分は及ばなかったのだ。ただそれだけのことなのだ。

 

「貴女に右手を潰された時点で、勝敗は決してた。それに――」

「それに?」

 

 エリカは一瞬言いよどんだが、結局言葉を続けた。

 

「もしも貴女に右腕を潰されなかったとしても、大洗の他の誰かがそれをやったでしょうね」

 

 エリカのその言葉は、確信に満ちていた。

 

「貴女たちは皆、ひとりひとりが自分の考えで動いていた。勝利のために全力を尽くし、それぞれの役割を全うしてた。誰かが撃破されても、別の誰かが役目を引き継いだでしょうよ」

「でも……それは逸見殿たちだって同じはずです」

「違うわ」

 

 首を横に振り、自嘲気味に出た言葉も、やはり確信に満ちていた。

 

「私らは結局、どうやって隊長の指示を全うするか……そればかりを考えてた」

 

 黒森峰隊長、西住まほは王道の体現者だった。

 その彼女の命令を、忠実に実行することこそが、勝利への道と固く信じていた。

 いや、それ自体は真実である。そこにはエリカも一片の疑いも抱かない。

 問題は、自分たちが手段と目的を取り違えてしまっていたこと。

 手段に汲々として、肝心なことを見失ってしまっていた。

 正しく戦い、正しく勝つこと。その両方が全うできてこその、西住流であったのに。

 

「それに比べて貴女達は、本当の意味で隊長の指示に、アイツの想いに『応えて』いた。だから勝った」

 

 改めて声に出し、言葉にしてみると、モヤモヤした思いが晴れて、問題の焦点がハッキリしてくる。

 

「要するに……私達が弱かったってことね。ただ隊長に頼るだけで、想いに応えられなかったんだから」

「そんなこと――」

 

 ――ないですよ、と優花里が言おうとするのを、エリカは手のひらで制した。

 

「でも見てなさい。私たちは必ず、真の『PS』になってみせるわ。そして、貴女達をけちょんけちょんにしてやるのよ」

 

 エリカの表情は、彼女らしい力強いものへと戻っていた。

 それを見た優花里は、嬉しそうに――。

 

「はい! 楽しみに待ってます!」

 

 ――と、言うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついに表彰式の時間がやってきた。

 

『大洗女子学園 隊長 西住みほ 前へ!』

「はい!」

 

 呼名を受けて、みほは並び立った戦友たちの間を抜けて前へと進み出た。

 柔い地面に足跡を刻みながら、みほは一歩一歩、歩み出る

 視線の先には、大きく設えられた表彰台があり、その上で待つのは儀仗兵用の白いベルゼルガ、通称『ホワイトオナー』だった。右肩のショルダーアーマーには、でかでかと日本装甲騎兵道連盟のロゴマークが描かれているのが目についた。

 ホワイトオナーが手にしているのは、高校生装甲騎兵道全国大会の優勝旗だ。

 当然、ATが持つのに丁度いい大きさと重さに造られている。

 受け取る側も、だからATに乗らねばならない。

 激戦を潜り抜けた後のMk.Ⅳスペシャルは満身創痍で、追加装甲も殆ど剥げ落ちた丸裸の姿だった。

 特に、待ち受けるホワイトオナーの雅な姿と比べれば、そのみすぼらしさは歴然としていた。

 だが、みほはそれを恥ずかしいとは思わない。

 いや、この場にいる誰一人として、そんなことを考える人間はいない。

 その傷だらけの姿こそが、このATを駆る者、そしてその戦友たちが勝者である何よりもの証であったから。

 

 表彰台の階段に足をかけ、金属のふれあう音を奏でながら一段一弾登る。

 台上に辿り着いた時、視界が開けて一面が目に入ってきた。

 夕陽を背に、ホワイトオナーが自分のほうを見つめている。

 白い機体が沈み行く陽光を受けて、淡い橙色に染められている様は、神秘的ですらあった。  

 みほは深呼吸をひとつして、レバーを軽く前方へと倒した。

 差し出された優勝旗を、受け取り、鋼の指で握りしめる。

 観客たち、そして両校の選手たちへと向き直る。

 ATに優勝旗を高く掲げさせると、みほはハッチを開いて、操縦席で立ち上がった。

 観客たちが、選手たちが、一斉に拍手した。

 ダージリンたちが、ケイたちが、アンチョビたちが、カチューシャたちが賞賛を贈る。

 大洗のみなも拍手し、あるいは抱き合い、あるいはモノクルを曇らせながら泣き崩れる。

 みほの視線は黒森峰の方へも向いていた。

 既に準優勝の証である特大の『楯』を受け取ったまほも、ブラッドサッカーの操縦席でみほへと拍手を贈っている。他の黒森峰の選手たちも、今となっては蟠りのない顔でみほを見守っていた。

 

 ふと、エリカと眼があった。

 

 彼女は不敵に笑った。笑みと共に、眼で言った。

 ――『次は負けないわよ』、と。

 

 声に出さずとも、みほには解った。

 だからみほも、不敵に笑い返して、眼で応えた。

 ――『はい!』、と。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは全て終わった。

 後は、帰路が残っているだけである。

 黒森峰女学園装甲騎兵道チームは、彼女たちらしい規律ある動きで、撤収の準備は全て済ませていた。

 総勢100機にも及ぶATを輸送するのに、ビッグキャリーやトレーラーを使うのは効率的ではない。

 予算も豊富な黒森峰は、四本足の見た目が特徴的な『LCH-05-AT 宇宙揚陸艇』を試合会場までの移動に用いていた。宇宙空間から大気圏を突入してそのままATを10機地上へと輸送できる優れモノである。大気圏内部の移動であれば、ここから黒森峰の学園艦までならひとっ飛だった。

 

「……」

 

 まほは隊長として、全ての行程を見守っていた。

 そして、彼女が地上に残った最後の一人になっていた。

 確認を終え、タラップに足をかける。

 

「お姉ちゃん」

 

 呼ばれて、振り返ればみほがいた。

 いかにも普通の女子高生然とした大洗の制服に身を包んだ彼女の姿は、何故か黒森峰制服を纏っていた時よりも勇ましく見えた。それはきっと、彼女の表情のせいであろう。

 みほは、ずっと明るい顔をしていた。

 確固たる信念のある顔をしていた。

 まほは、そんな妹の姿に安堵の微笑みを送った。

 

「みほらしい戦い方だった」

 

 そう言ってまほはみほへと掌を差し出した。

 ちょっと間をおいてから、みほも掌を握り返す。

 

「良い戦友たちだな」

 

 まほはみほの背後へと視線を向けながら言った。

 みほも振り返り見れば、やや離れた所でみほを待つあんこうの皆の姿があった。

 

「優勝、おめでとう」

 

 最後にそう言って、まほは握手を解いた。

 

「お姉ちゃん」

 

 別れ際に、みほは言った。

 

「見つけたよ。私の装甲騎兵道」

 

 まほは静かに頷いて返した。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 お金持ちの黒森峰とは対照的に、大洗のATは8台のトレーラーで運ばれる。

 各分隊ごとに一台のトレーラーが割り当てられているが、その車種も大きさもバラバラで、実に雑多なのが実に大洗らしかった。

 プラットホーム上に降着状態で並べられたAT達はみほのMk.Ⅳスペシャル同様、どれ一つとして破損がないものはない。焼かれ撃たれ叩かれ倒され、煤けてへこんでひしゃげて欠けている。手足は千切れ、カメラは砕け、スクラップ寸前か同然だった。

 

「お疲れ様」

 

 沙織が、ひとまずの務めを終えた凱旋の騎兵達を労えば、あんこうの皆もそれに続いた。

 

「お疲れ様です」

 

 華が上品にお辞儀をしてみせれば。

 

「お疲れ様ですぅ!」

 

 優花里は目をうるませながら力強く敬礼し。

 

「お疲れさん」

 

 麻子は相変わらず緩い声で愛機たちの奮闘にお礼をする。

 他の分隊もそれに続いた。

 バレー部のみなは円陣組んで、来年も装甲騎兵道やるぞと誓い合い(それで良いのか)、歴女の皆は各々想い想いのポーズで騎兵たちを賞賛し、一年生チームはプラットホームの上へとよじ登るとAT達を撫でて褒め称え、生徒会の面々は泣き崩れる桃をあやすのに忙しく、風紀委員達はATを日々の活動にどう活かすかの算段を立て、ゲーマーの少女たちは次の試合でのリベンジを誓い、自動車部は今晩中にオーバーホールしてみせると常人には不可能な、しかし彼女たちには朝飯前な仕事をこなしてみせると宣言していた。

 

「お疲れ様でした!」

 

 最後にみほが大きな声で愛機に告げた。

 先頭車両の一番前に設置されたATはその肩に、誇らしげに優勝旗を負っていた。

 みほの言葉を合図に、大洗の皆は一斉にトレーラーへと乗り込んだ。

 あんこうの車両を運転するのは麻子だった。

 助手席には沙織が座ってナビを担当し、後部座席にはみほ達三人が腰掛ける。

 

「出発するぞー」

 

 麻子が無線機でそう呼びかければ、8台のトレーラーは一斉にエンジンを蒸し始めた。

 あんこう車を先頭に、大洗の車列は一路、彼女らの母校へと向けて走りだす。

 その『存続』の証である、勝利の旗を掲げながら、絢爛たる戦列は進む。

 

「帰ったら何する?」

 

 ふと、沙織が皆に問うた。

 

「そうですね――」

 

 優花里が顎先に指を当てて思案顔をすれば、

 

「まずはお風呂に入りましょうか」

 

 と、華が提案し、皆がうんうんと頷いた。

 

「あがったらアイスを食べよう」

「わたくし、干し芋アイスが食べたいです」

 

 麻子がその味を想像しながらうっとりとすれば、優花里がにこにこと相槌をうつ。

 

「それから――」

 

 さて、それからどうしようか。

 沙織がちょっと考えたあとに、こう言った。

 

「AT乗ろっか」

 

 みほは、即座に応えた。

 

「うん!」

 

 そして想ったのだった。

 

 大洗の、みんなに会えてよかった。

 そして――華さん、優花里さん、麻子さん、沙織さん、あんこうのみんな、と。

 

 

 

 赫奕たる異端者達が、沈む夕陽へと向かってゆっくりと進む。

 だが、今や夜の中へと入る彼女らの心に浮かぶのは、闇への恐れではない。

 確実に来る、輝ける明日への希望であった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――完

 

 





本作を書き始めた時、よもや完結まで一年以上も掛かるとは思いもよりませんでした。
せいぜい中編程度で済ませる予定が、書けば書くほど展開は広がり、気づけば全70話でようやくの完結となったわけです。おそらくこれはガルパンとボトムズという2つの素晴らしい作品のもつ原作力がなせる技でしょう。もし本作を通して、ガルパンとボトムズという二つに素晴らしい作品の魅力を引き出せていたのならば、コレ以上の喜びはありません。

最後に一言。
ガルパンの良さが染み付いて、むせる――。

それではまた。
別のどこかでお会いできれば幸いです






































――勝ち残った事が幸運とは言えない

それは次の『地獄』へのいざないでもある

息を詰め、足元だけを見詰め

ただひたすらに爛れた大地を踏みしめる

敗残の騎兵達

振り向けば未練だらけの過去がスローモーションとなる

遠く弾ける鉄のドラムが、戦いへの道を急かせる

ここは百年戦争『後』の最前線

朽ちゆく船が断末魔をあげれば

全てはそう――振り出しに戻る



『劇場版ガールズ&ボトムズ ビッグ・ボコル』


――戦い抜いたとして、その先がパラダイスのはずはない



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劇場版ガールズ&ボトムズ ビッグ・ボコル
stage01  『ムーンベース』



――勝ち残った事が幸運とは言えない

それは次の『地獄』へのいざないでもある

息を詰め、足元だけを見詰め

ただひたすらに爛れた大地を踏みしめる

敗残の騎兵達

振り向けば未練だらけの過去がスローモーションとなる

遠く弾ける鉄のドラムが、戦いへの道を急かせる

ここは百年戦争『後』の最前線

朽ちゆく船が断末魔をあげれば

全てはそう――振り出しに戻る



『劇場版ガールズ&ボトムズ ビッグ・ボコル』


――戦い抜いたとして、その先がパラダイスのはずはない



 

 ――真夜中よりも深い、どす黒い闇。その只中に、みほは包まれている。

 闇は果てしなく、海溝の底のように深く、じっと見つめていれば、そのうち吸い込まれてしまいそうだった。

 いや、いかに深かろうと、海溝にはちゃんと底がある。

 だが、この闇には果てがない。比喩でも何でもなく、文字通り底も果てもない。

 地球上のどんな場所の夜であろうとも、これほどの深い闇は持ち合わせてない。

 当然だった。

 

 ここは、地球上ではないのだから。

 

(――3時、プラス45度!)

 

 みほは視界の端に揺れる三次元表示センサーに従い、機体の向きを変えた。

 背負った『ラウンドムーバー』を起動し、右上方の前方ノズルを軽くひと吹きさせる。

 重力が著しく弱い――というより殆ど存在しないこの場所であれば、この程度の力でも3.8メートルの鋼の躰を動かすのに充分足りる。

 視界は目まぐるしく動き、数々の光の花が闇の中に咲くのを見送って、狙いの『相手』を正面に捉えた。

 極彩色の赤に彩られたトータスタイプが一機。横窓からコチラの姿を覗くのは、みほの動きに追いつけていないからだろう。

 方向は0時。緯度も0度。正真正銘の真正面。銃口は真っ直ぐターゲットへと向いている。

 相手が逃れようと藻掻くのが、ステレオスコープならではの立体視でハッキリと見えた。

 

 だがもう遅い。

 

 みほがトリッガーを弾けば、HRAT-23が火を吹き、ロケット弾がほぼ直線の軌跡を描いて標的に命中する。

 闇の中に新たな火の花を咲かせれば、白旗を挙げて相手の機体は動きを止め、そのまま勢いに流されて闇の奥へと飛んで行く。

 飛び去っていく相手を最後まで見送ることもなく、みほは辺りを見渡し、敵を探す。

 この試合場に関して言えば、敵はどこからでもやってくる。

 前後左右、そして上下斜方、限りなどはない。

 

「!」

 

 最大限に感度をあげたセンサーが新たなる敵影を捉えた。

 電子音が鳴り響くのを聞くやいなや、ラウンドムーバーを再度起動する。

 ラウンドムーバーはアルファベットの『X』状の形状をしており、斜め四方にのびた先にはそれぞれノズルが三つ取り付けられ、それぞれのノズルが異なった方向を向いている。みほは上方へとのびた二本の、各々に備わった前方ノズルを噴射した。

 踏みしめるべき大地のないこの空間では、みほの駆るATはぐるりと宙を半回転し、上下さかさまになりながら背部へと瞬時に振り返る。

 果たして、自分を狙う相手の姿がそこにあった。

 みほは即座に下方二本の、機体下方を向いたノズルを噴射した。

 機体に宙を泳がせ、相手の照準より我が身を外す。

 相手のファッティーがカタパルトランチャーを撃ってきたのと同時に、みほは反撃のトリッガーを弾いた。

 みほの真下を敵弾が走り抜けた時には、相手は避ける間もなくみほのロケット弾を身に受けていた。

 無重力に近いこの場所ならばこそ、ロケット弾は放物線を描かず真っ直ぐに飛ぶ。

 客受けの良さを考えてファッティーの表面はド派手に塗られていたが、みほの弾を受けて塗装は細かくカラフルな破片となってド派手にばら撒かれた。

 ラウンドムーバーを吹かし、飛び散るペンキの欠片の雨を潜り抜ける。

 ステレオスコープで左右を、見渡せば、幾つもの花火のような光があがり、闇の中を飛び交うAT達の姿が見える。

 どのATも極彩色の姿をしているのは、宇宙の闇に負けることなく、より多くの人目を引くためだ。

 

 

 ――そう『宇宙の闇』だ。

 みほは今、宇宙空間のど真ん中、月軌道上に設けられた特設アリーナのなかにいるのだ。 

 

 

 真っ暗闇の試合場の中を、砲炎と極彩色で彩るAT達のなかにあって、みほの駆るATは恐ろしく地味だった。

 ベアータイプのスコープドッグをベースとし、宇宙の闇に紛れやすいように機体は黒く染められている。

 だが『バトリング』用のATらしく、単なる黒一色ではない。

 所々に包帯を思わせる白いストライプが走り、頭部のバイザー部には赤いペンキで傷の縫い目のような図像が描かれている。右手にはHRAT-23を構え、左手は何やら補強が施され、丸く太くなり白く塗られた見た目はまるでギプスのようだった。

 その右肩のショルダーアーマーには、装飾的なアストラーダ文字が金色に刻み込まれていた。

 『ボコ・ザ・ダーク』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――stage01

 『ムーンベース』

 

 

 

 

 

 

 

 

 月軌道上に設けられた三次元アリーナは、満ち満ちた観客たちの興奮で融解寸前の有様だった。

 カーボンコーティングが施された特殊強化プラスチックは、鋼鉄の硬度とガラスの透明度を併せ持ち、観客たちは完璧なる安全を保証されたままで、鋼鉄の剣闘士たちの戦いを愉しむことができるのだ。

 観客席は球体状のアリーナ外壁に張り付くように設けられ、360度あらゆる方向から試合を観戦可能だ。

 ATと併せてメルキアからもたらされた最新技術で造られた、月軌道上ならではの無重力のコロッセオであった。

 

「いいぞ~やれ~っ!」

「儲けさせてくれよ~!」

「テメェに全財産賭けてんだぞ!」

「潰せー! やっちまえー!」

「ぶっころせー!」

 

 観客達の目は血走り、その掌には馬券船券ならぬAT券を握りしめ、選手たちへの応援というより怒声罵声を送っている。ちなみに言葉の汚さからくる印象に反して、観客は女性のほうが遥かに多かった。

 

「アキ? 全部はけた?」

 

 周囲の喧騒――を通り越して最早狂騒の中にあって、黙々とパイプ椅子の上で何やら金勘定に勤しむ小柄な少女へと話しかけたのは、同じぐらいの背丈の栗毛の少女だった。呼ばれて金を数える手を止めて、色素の薄いプラチナブロンドの少女、アキは顔を上げた。

 

「はけたはけた! 完売御礼!」

 

 アキが手をかざせば、すかさず栗毛の少女、ミッコも手を出してタッチを交わす。

 

「このぶんだと、今週中には目標額まで行きそうだよアキ!」

「ミカもやる気出してくれてるし、いよいよ手に入るかもね、エクルビス!」

 

 この月のバトリングアリーナは万年金欠の継続高校装甲騎兵道チームにとっては貴重な稼ぎ場所なのだ。

 装甲騎兵道は何だかんだで金がかかる競技であり、元が資金に乏しいチームは何らかの手段で稼ぐしかない。

 その点、月軌道上のこのコロシアムは、場所が月だけに装甲騎兵道連盟の目は及びづらく、賭け試合が公然と行われるバトリングであっても心置きなく参加することができる。

 普段はミカが選手としてファイトマネーを稼いでいる間に、ミッコとアキの二人は観客席で券を売りさばくという塩梅であるが、ここの所彼女らの稼ぎはいつにも増して良い。絶好調と言っていい。

 それも当然。何せ今、闘技場にいるファイターはミカに加えて『三人』もいるのだ。

 ファイトマネーは単純計算で四倍。さらに今まではエントリーできなかったチームデスマッチにも出場できる。

 

「あ、またミホが一機しとめた!」

「これでもう三機目だよ! やっぱミホを引っ張りこんで正解だったよね!」

 

 観客席の各所に備えられたサブスクリーンの中で、みほの駆る特徴的なベアータイプがドッグタイプを一機撃破した所だった。

 1チーム4機編成での全五チームが参加する、無重力の三次元アリーナだからこそ出来る、二〇機のATが入り乱れる変則チームデスマッチ。

 みほの駆る『ボコ・ザ・ダーク』の背後の空間では、ミカの駆る青みがかった灰色のファッティーが――プラウダ高校から『捕獲した』機体を改造したモノだ――ソリッドシューターをぶっ放し、別のチームの一機の右手を吹っ飛ばした所であった。

 装甲騎兵道全国高校生大会、決勝戦直前の黒森峰でおこった旧式ATの大量放出。

 中古品の再利用と思われたこの一件、陰で糸を引いていたのは他でもない、ミカ達継続高校三人娘。

 廃校撤回を懸けた一戦に勝利した大洗からは、事前の約束通り一人の腕利きボトムズ乗りを借り受けた。

 敵の血涙で濡れた肩。 地獄の流派と人の言う。

 かつて無敵と謳われた、 情無用、命無用の鉄騎兵。

 その命、30億ギルダン也。 最も高価なワンマンアーミー。

 すなわち、西住みほ。

 彼女に加えて、この月面の競技場で仲間に引き込んだ武者修行中のボトムズ乗り二人を合わせての四人チームだった。

 そして、残りの『二機』もまた、大いにその活躍っぷりを観客に見せつけていた。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

「くっ!」

 

 弾幕を張りながら、バーニアを逆に吹かして後退する。

 しかし相対するファッティー2機はロケット弾を避けながらみるみる間合いを狭め、迫ってくる。

 ファッティーは宇宙空間での集団突撃戦法に特化した設計のATだ。

 宇宙空間での直線機動に関してはドッグ系の動きを大きく凌駕する。

 このままでは肉薄されて撃破されるは必定!

 だが、チームで戦っているのは相手ばかりではない!

 

「『絹代さん』!」

『かしこまりました!』

 

 みほがチームメイトの名を呼ぶや否や、みほへと迫るファッティーの内一機が撃破されて白旗を挙げる。

 相手から見て右側面下方からの鋭い一撃。恐らくはペンタトルーパー系統の武器によるモノ。

 残る一機がこの奇襲に慌てて機体を新手へと転じるも、その隙を見逃すみほではない。

 右腰に備わった二連装SMMミサイルのFCSを起動。彼我の距離の短さゆえに、ロックオンは即座についた。

 画面が赤く染まり、電子音が標的を捉えたことを知らせる。

 みほは赤いトリッガーボタンを右親指で押し込んだ。

 避ける間もなく、もう一機のファッティーにもミサイルが直撃し、爆炎のなかで白旗を挙げる。

 

『撃破! このまま後続にも突撃します!』

 

 みほへの救いの一手を差し伸べた相手はしかし、そのままみほの横を素通りしてファッティー達の後続のスタンディングトータスMk.2の二機へと一直線に突っ込んで行く。

 

「……援護します!」

 

 しかしみほも特に慌てた様子もなく、手慣れた様子で援護へと回る。

 既に何試合も共に戦っているだけに、彼女の性格や戦い方はみほもよく理解していた。

 

 右手にはペンタトルーパーを携え、左手にはスパイクグローブを装備し、背部ミッションパックの右側には四連装のロケットポッドを載せた僚機のATは、みほから見ても恐ろしい高速で相手チームへと向かっていく。

 

 ――みほの傍らを超高速で飛び抜けて行ったのは、一機の『ライトスコープドッグ』であった。

 

 バトリングでライトスコープドッグを駆るボトムズ乗りは珍しい。

 いかにカーボンコーティングで安全性を保証されていようとも、基本一対一の真っ向勝負なのがバトリングなのだ。並のボトムズ乗りであれば少しでも装甲の厚いATを使いたがるし、実際、バトリング選手はストロングバックスを駆る者が多かった。

 対して、今やみほの視界の先で新たなる敵、二機のトータスタイプのカスタム機へと向かうボトムズ乗りが跨るのは、装甲をギリギリまで削った、いわば『非』装甲騎兵とでも言うべきアーマードトルーパーであったのだ。

 茶、焦げ茶、黄色、緑の四色で波型迷彩が施されたライトスコープドッグは、コックピット周辺と脚部の一部を除くあらゆる部分の装甲を取り外し、殆どマッスルシリンダーが剥き出しになっている。

 例外的に装甲されている脚部も今は、その鋼板が展開されて、火を吹くジェットノズルが覗いている。

 ジェットローラーダッシュだ。

 このライトスコープドッグは、ラウンドムーバーを背負う代わりにこの不安定な加速機構で宇宙空間を駆けているのだ。いよいよもって酔狂と言う他ないATではないか!

 

『とぉぉぉぉっ!』

 

 そんな酔狂なる愛機「ウラヌス」を駆るのは、知波単学園装甲騎兵道チーム隊長につい先日就任したばかりの、新進気鋭のボトムズ乗り、西絹代その人であった。

 フルスロットルで待ち構えるトータスMk.2の二機へと突っ込んでいけば、相手はバーニアで反動を殺しながらヘビィマシンガンで弾幕を張る。

 絹代はといえば巧みな操縦捌きで銃撃をいなしつつ、スピードを一切緩めることなく全速前進の突撃。

 その勢いを前にAT同士の激突を恐れてか、相手二機は慌てて別々の方向に逃れようとする。

 しかし、絹代はといえばそのまま突撃すると見せかけて僅かにバーニアの向きを変え、相手二機から見て頭上の空間を駆け抜けた。

 

『今だ! 反転的突撃!』

 

 絹代の「ウラヌス」、ミッションパックの左側に搭載されたマシーンが起動する。

 ジャイロ、と呼ばれるその装置は、機体のモーメントを制御して宇宙空間でも自在に機体の向きを制御できる。

 絹代は相手ATの上を通り過ぎた直後、ジャイロを起動して機体を反転させた。

 がら空きの相手の背中を目掛けて、ペンタトルーパーのトリッガーを弾く。

 一方からは白旗を、もう一方からは右腕を絹代はもぎとる。

 仕留め損なったトータスは反転し反撃しようとするが、みほの援護の一撃が白旗を引っ張りだした。

 絹代の「ウラヌス」が、みほへと敬礼を贈る姿が見えた。

 同時に、絹代を狙う別チーム所属のストロングバックスの姿も。

 

「絹代さん!」

 

 みほの呼びかけに絹代が反応するよりも速く、別の方向から来た攻撃がストロングバックスに突き立った。

 ミカではない。このマッチではみほ達は四機一チームでエントリーしている。

 つまり、最後のチームメイトからの援護だった。

 放たれたのは、先端部を電磁マグネット形式に改造されたハプーネ――つまりは銛だ。ハプーネはストロングバックスの右腕部にピッタリと張り付いて外れない。

 それでも何とか引き剥がそうと藻掻くストロングバックスの巨体が引っ張られる。

 ストロングバックスへと繋がれたザイルスパイドは、スピンラッドと言う名の巻取り機によって巻き上げられている。

 しかしここは無重力空間。巻き取っている側もその力によって宙を舞い――。

 

『ちょいさぁぁぁぁぁぁっ!』

 

 引き寄せ合う力そのままストロングバックス目掛けて飛び蹴りをお見舞いしたのは、一機のエルドスピーネだった。

 灰色がかった水色に塗装されたエルドスピーネの足は、ストロングバックスの頭部へと叩きつけられ、カメラアイを粉砕する。巨大質量を持った鋼の塊をぶつけられれば、どれだけ重装甲を誇るストロングバックスと言えどひとたまりもない。

 

「ローズヒップさん!」

『助かったぞ、ローズヒップ』

『お褒めに預かり、光栄ですわ』

 

 みほと絹代が揃ってチームメイトへの感謝を告げれば、エルドスピーネの操縦者、聖グロリアーナの有望新人、ローズヒップの威勢のいい返事が無線越しに返って来る。

 相手の頭部から白旗が出ると同時に、エルドスピーネはハプーネの電磁マグネットを切り、ザイルスパイドを戻す。そしてアリーナ内に幾つか浮かんでいる障害物用の岩塊目掛けてハプーネを再発射した。

 ローズヒップのATは頭部装甲をソロバン玉状のものに換装している以外は通常機と特に違いは無いように見えるが、エルドスピーネは本来、聖地アレギウムの防衛用に設計されたATだ。つまり完全な陸戦用であって、宇宙空間での使用は想定されていないはずだ。

 だがローズヒップにはそんなことはお構いなしだった。

 ザイルスパイドを使い、敵ATや障害物、さらには試合場外壁すらをも足場にして、ローズヒップ駆る愛機「クルセイダー」は縦横無尽の戦いっぷりを見せていた。

 

「ミカさんの援護へと向かいます。絹代さんにローズヒップさんは先行してください」

『了解です!』

『かしこまったですわ!』

 

 ミカ、絹代、それにローズヒップ。

 学校の枠を超えて集まったバトリングチームはしかし、みほこそが指揮の要だった。

 絹代もミカも、ローズヒップも、みなアクが強い性格の持ち主達で、それぞれが自分の流儀で戦うタイプのボトムズ乗りだ。そんな彼女らをまとめ率いてみせているのは、大洗女子学園装甲騎兵道チーム隊長、西住みほの面目躍如と言えた。

 

 ――果たして暫時後、みほ達のチームは他のチームを下して試合に勝利した。

 

 

 地球より遠く離れた月の闘技場。

 みほは、新たに得た戦友達と共にそこにいた。

 先の戦いでの借りを返すために。

 

 しかし、そんな戦いをみほが月の上でこなしているその間に、眼下の青い星、海の上、新たなるみほの学び舎となった学園艦へと暗雲が立ち込めつつあることを、みほはまだ知らない。

 知る由もない。

 

 

 





 ――予告

「予測されない形で、次の戦いは始まる。新学期の開始を前に、大洗へと帰るみほを待ち受けていたのは新たなる脅威、破局、そして絶望。次回もみほや私達と一緒に、地獄に付き合ってもらうとしようか」

 次回『フォーリングダウン』






劇場版次回予告はメロウリンク風で
語り部はミカさんです


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stage02  『フォーリングダウン』

 

 ローズヒップは、机上に置かれたガラスの盃を、しばしジッと見つめたあと手にとった。

 凍てつかんばかりに冷やされた大杯。その取っ手を握り、同じぐらいに冷えた黄金色の内容物を呷る。

 泡立つ液体は喉を通って胃へと至り、そして五臓六腑に独特の快感をもたらす。

 弾ける炭酸の感触が、口と喉とを叩く感触が心地よい。

 一気に飲み干し、空になったジョッキをテーブルの上へやや乱暴に戻して、ローズヒップは思わず快哉した。

 

「かぁっ~~~~うまいですわー! たまらないですわー!」

 

 口元に残った黒森峰印ノンアルコールビールの泡を拭い、眼を細めながら彼女は叫ぶ。

 

「ならばこちらもだ!」

 

 負けじとばかりに絹代もジョッキに並々と注がれたノンアルコールビールを呷り、一息に飲み干し一言。

 

「うまい!」

 

 絹代らしい晴れ晴れした笑顔で言う。

 二人のあまりに良い飲みっぷりに、みほも負けじとノンアルコールビールを一気飲みにかかる。

 黒森峰では水のように消費されるこの飲み物ならば、みほも大いに飲み慣れている。

 二人を凌ぐ速度で胃へと流し込み、ジョッキをテーブルの上にトンと置いた。

 

「ふう」

 

 そして小さく溜息をひとつ。

 みほの姿に絹代は何を感心してかうんうんと頷き、ローズヒップは負けじとお代わりを頼んだ。

 騒がしいバーラウンジの片隅で、三人のボトムズ乗りたちはバトリングでの疲れを癒やすべく、アルコール抜きの酒盛りに興じていた。

  試合が終わるとみほ達は決まってここに足を運んでいる。

 月面アリーナの傍らに設けられたこのバーラウンジには重力が働き、地球上と同じように飲み食いができる。

 オーナーと黒森峰女学園とどういう繋がりがあるかは知らないが、黒森峰名物のノンアルコールビールが手軽に飲めるのも大きい。

 そして何より、この店は景色が素晴らしい。 

 天井は全面、カーボンコーティングされた特殊強化ガラスで出来ており、宇宙空間の大パノラマを直に眺めることができるのだ。

 みほがふと外に眼をやれば、バーの近くの空間を一隻の艦が横切る様が見えた。

 そのテルタイン級宇宙戦艦の側面には、でかでかとサンダース大学付属高校の校章があしらわれている。

 サンダース所属の宇宙練習艦だった。前にケイから、宇宙空間での練習に何度か使ったことがあると聞かされたのをみほは思い出す。

 テルタイン級といえば既に旧式艦で、宇宙戦艦としては比較的安い価格で払い下げられているらしい。とは言え、型落ちとは言え宇宙戦艦を練習用にポンと購入するサンダースの財力には、みほも目を見張らざるを得ない。黒森峰と言えど、宇宙戦艦までは持ってはいないのだから。

 

「おーやってるやってる!」

「ごめーん、待ったかな? 計算にちょっと時間かかっちゃって」

 

 みほが声の方を向けば、アキとミッコの二人が歩いてくる所だった。

 バトリングのギャラと、AT券を売上とを合わせて勘定をしていたのである。

 この後、貸し借りや必要経費等を抜いたうえで六人で山分けすることになる。

 

 アキもミッコもいつも通りの格好で、継続高校のジャージ姿だ。みほはミカ、アキ、ミッコの三人娘が他の姿をしている所を見たことがない。バトリングの会場であっても、彼女たちはお構いなしに母校の名前が入った格好で歩き回っているのである。最初の頃はみほも大丈夫なのかとヒヤヒヤさせられたものだったが、観客も競技場のスタッフもまるで気にしている様子がない。どうやら、彼女らはみほが来るずい分前からここに入り浸っているらしかった。

 ちなみにみほ達はと言えば試合用の耐圧服姿のままだ。

 みほは黒森峰でも使われている一般的な赤い耐圧服を、絹代は帯青茶褐色、いわゆる国防色の耐圧服を纏い、ローズヒップはと言えば機体色に合わせた水色の耐圧服を着ていた。

 

「あれ? ミカさんは?」

 

 みほは首をかしげつつ聞いた。

 用事があるからと、試合後一旦別れたきり、みほ達はミカの姿を見ていない。

 てっきり、アキ達と共にいるとばかり思っていたのだが。

 

「ああ、ミカね。ミカならもうすぐ出番なんじゃないかな?」

 

 ミッコが言いつつ、親指でラウンジ中央の方を指せば、果たしてバックヤードから闇色のカーテンをくぐり抜けて一人の少女がステージへと向かって歩いている所であった。

 ミカだった。

 いつの間にやら、耐圧服からナイトドレスに着替えている。普段かぶっているものよりも大きめのチューリップハットで顔を半ば隠しながらミカは登壇する。丸椅子に座ると、小脇に抱えていたカンテレを膝の上に置いて、音程を確かめるように何度か軽く爪弾いてみる。

 それで調子が整ったのか、ミカは柔らかくカンテレを奏でながら、鈴の鳴るような不思議な響の声で歌い始めた。

 

「いいさ♪ 付き合って、あげよう♪」

「あの娘が来るまでだろう♪ 気にするまでもないさ♪」

「いいさ、君よ♪ 慣れっこさ、わたしはね♪」

 

 一人の女を想う無口な男を、陰ながら愛する女の心を歌ったバラードは、切ない歌詞の中に不思議な明るさがあって、実に耳に心地よい。

 最初は面食らったみほ、絹代、ローズヒップの三人であったが、いつしか、ミカの歌声とカンテレの調べに、時を忘れて聞き入るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――stage02

 『フォーリングダウン』

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そう言えば」

 

 ミカの演奏が終わり、金勘定も一区切りついた所で、みほがふと言い出した。

 

「新学期も近いですし、私、そろそろ大洗に帰らないと……」

「あーそうか、もうそんな時期か」

「新学期とか正直ほとんど忘れてたよ」

「……学校よりも大切なことが、ここには沢山あるんじゃないかな?」

「いや、ミカ。普通にサボりたいだけでしょ。ちゃんと学校行かないとダメじゃない」

 

 ミッコがぽんと掌を叩き、アキが面倒くさそうに髪の毛をがしがしと掻いた。

 ミカはと言えばいつも通りの思考を窺わせない曖昧な笑顔を浮かべて、カンテラをぽろろんと奏でながら詩的な声色でとぼけた言葉を紡ぎ、アキが横から突っ込んだ。

 

「そうでしたわ……夏休みの宿題、まだ済ませていませんでしたわ……」

「それはいかんなローズヒップ。装甲騎兵道に身を置く者は文武両道でなくてはならない。勉学を疎かにするのは駄目だ」

 

 ローズヒップが苦虫を噛み潰したような顔になる横で、絹代は腕組みながら諭すように言う。

 規律を重んじる知波単学園の生徒だけあって、絹代は他校生であろうとも一年生のローズヒップには先輩として振る舞う。

 

「それに関しては言われるまでもないですわ。淑女たるもの、競技のみならず学問にも通じてこそ、とはダージリン様が直々に教えてくださった言葉ですわ。ほら、ちゃんとソラで言えましたですわ」

 

 面白いのはローズヒップもそれを受け入れて後輩として振舞っていることであり、絹代と共に戦うことを通してその突撃戦法から色々と学び得ていることである。

 共に極めて攻撃的な戦法を好む二人だけに、相通じる部分があるらしい。

 絹代とローズヒップはなかなかのタッグであるが、猪突猛進に過ぎるのが玉に瑕だ。

 だがそこをみほがフォローすることで、彼女たちは最大限の戦果をこの月の闘技場で出していた。

 

「ならば、その勉学の力を私が試験してみよう。この問題が解けるか!」

「うけてたちますわ!」

「なんかいきなり始まったよ」

「いつも元気だよね、二人共」

「あははは……」

「……」

 

 唐突になにやらクイズらしきことを始める二人に、もうみほ達は驚かない。

 武者修行に来たは良いものの、勝手がわからず二人揃って右往左往していた姿が、今となっては懐かしいぐらいだった。

 

「水は零度以下ならば固体、常温ならば液体となる。ならば沸点を超えれば何になる?」

「簡単ですわ。中学生でも解りますですわ。答えは――」

 

 ローズヒップは得意満面、勢い良く回答した。

 

「湯気!」

「正解!」

「気体ですよぉ!?」

 

 みほは思わず突っ込み、叫んでいた。

 絹代とローズヒップは揃いのきょとんとした様子で、みほの方を見る。

 

「西住さん、湯気で正解なのでは?」

「湯気で正解ですわよ?」

「固体、液体、とくれば気体だと思うんですけど……」

 

 絹代とローズヒップは顔を見合わせ、おぉっと同時に驚きを顔に浮かべた。

 

「なるほどぉ! 流石は西住さん。勉強になりました!」

「わたくし、またひとつかしこくなりましたですわ!」

 

 二人共実にいい笑顔でみほへと感謝の言葉を述べた。

 これにはみほも乾いた笑いを返す他なかった。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 話の腰は折れたが、新学期に合わせて帰らねばならないのは皆一様に変わりない。

 ミカ達も当初の目標額よりも遥かに稼げたということもあって、今回の『興行』は一旦ここで打ち切り地球に戻って、それぞれの母校に行くという運びになった。

 

「選手登録さえ残しておけば、いつでもエントリーできるし。冬休みでもまた来れば良いよね」

「その時は、またご一緒できると良いですね」

「ぜひわたくしも誘っていただきたいものですわ」

 

 ミカ達は色々と後始末もあるらしく、一足遅れて月を発つことになった。

 みほはミカ達の輸送船で月まで来たために自前の足がない。

 なのでローズヒップの操縦する聖グロリアーナ連絡艇に同乗し、みほは大洗へと帰る。絹代も同様だった。(ちなみに、絹代は月に来るのには定期貨物船を使ったらしい)

 

「色々と勉強になりました。冬休みももし興行するなら、ぜひ誘ってください」

「当然! みほ達みたいに腕の良いボトムズ乗りは大歓迎なんだから」

「装甲騎兵道には人生の大切な全てがつまってる。でもバトリングも悪くはない。何より、お金は大事さ」

 

 ミカの奏でるカンテレの調べに見送られて、聖グロリアーナ連絡艇は地球へと向けて飛び立つ。

 飛行距離や燃費の都合から、最初に向かう先は大洗学園艦だった。

 

(……みんな、元気にしてるかな?)

 

 定期的に連絡はとっていたとは言え、いざ帰るとなるとそれが気になってしまう。

 みほは携帯連絡端末を取り出すと、まずは沙織へと連絡を入れようとコードを入力する。

 

「あれ?」

「どうしました、西住さん?」

 

 隣のシートの絹代が問うのに、みほは困り顔を返した。

 

「ううん。なんでか通信が上手くつながらなくて……」

 

 これにはローズヒップが答える。

 

「宇宙空間を航行中は、そういうこともよくありますですわ。大気圏突入を済ませてから、また連絡してみればよろしいですわ」

「そうかな。……ローズヒップさん、ありがとう。あとで連絡してみるよ」

「いえいえですわ。それよりも、そろそろ大気圏に突入するので、衝撃に備えてくださいな」

 

 みほと絹代はシートベルトを締め、耐圧服のヘルメットを被った。

 暫しの連続する衝撃を経て、みほの眼には青い空が窓越しに見えてくる。

 

「うわぁ」

 

 シートベルトを外し、窓へと駆け寄る。

 青い海、青い空、白い雲。

 それほど長く月にいたわけでもないのだが、それでも地球のこうした景色は懐かしくみほには見えて感慨深い。

 絹代も同感らしく、ヘルメットを外し、深呼吸しながらじっと海を眺めていた。

 

「……みほ様、そろそろ大洗学園艦に到着いたしますわ。準備を」

「あっ、はーい」

 

 聖グロリアーナ連絡艇はマーティアルでも用いられる高性能宇宙船で、星間飛行すら可能だ。地球と月の間程度であれば、電車で田舎に行くような感覚でちょいと一飛びであった。

 

「みほさん」

「はい?」

 

 絹代に呼ばれてみほが振り返ると、彼女の方から右の掌が差し出されているのが見えた。

 別れの時が近づいたからか、絹代はやや感傷的な表情になっているのが解る。

 

「月で共に戦って頂いて、ありがとうございます。非常に勉強になりました」

「え!? いや、こちらこそ! 試合の時は何度も絹代さんに助けて頂いて……」

 

 はにかみながら、みほは絹代の手を握り返す。

 

「いえ。みほさんに背中を任せられると思えばこそ、私もローズヒップも心置きなく突撃することができましたし、ミカさんも思うがままに風まかせに戦うことができたのだと思います。みほさんの戦い方は、私には見習うべき手本です」

 

 絹代が月のバトリングコロシアムに武者修行に来たそもそもの理由は、先の大会後、彼女が新たに知波単学園装甲騎兵道チームの隊長を任されたことと深い関連がある。

 絹代は知波単学園の生徒らしく何よりも突撃を愛するが、しかし隊長の職責は、他の一般選手同様に単に突撃を愛するだけでは務まらないこともまた強く理解している。

 知波単学園は伝統ある強豪校ではあるが、その戦績は極めてムラがあり、勝つときは圧勝するも負けるときは完敗するのが常だった。

 先の全国大会の対黒森峰戦では大いに善戦するも、最終的には黒い戦列に抗し切れず蹂躙されるのを許してしまっていた。そんな経験もあって、絹代には一抹の不安がずっと心にへばりついて取れなくなっていた。

 ――知波単学園は、このままで良いのだろうか、と。

 

「月で共に戦うことを通して、私は隊長として為すべきことをみほさんの行動の中に見出しました。皆が気持ちよく勝利へと一直線に突撃できるよう、その陰で采配をとることこそが隊長の務め。それが解ったのはみほさんのお陰です」

 

 西絹代はその戦法そのままの性格の持ち主であるため、好意を向ける時もまっすぐである。

 こうも賞賛一直線であると、みほは照れてしまって言葉が上手く見つからない。

 暫しモゴモゴとして、ようやく何がしかみほが話そうとした――その時であった。

 

「え? ちょっとどういうことですの?」

 

 ローズヒップが不意に大声を出したのだ。

 その声色に何やら妙な気配を感じ取り、みほと絹代は顔を合わせた後、揃って操縦席へと向かう。

 

「ローズヒップさん、どうしたんですか?」

 

 みほが背後から聞けば、ローズヒップは彼女には珍しく困惑した表情を二人に見せた。

 

「それが……大洗学園艦の管制塔に着艦許可の通信を入れたんですの。でも返答がその、意味が解りませんの。何を聞いても着艦できないの一点張りで……」

「え?」

 

 着艦できない?一体どういうことであろうか。予期せぬ事態に、みほもまた困惑する。

 

「大洗学園艦管制塔、こちら聖グロリアーナ所属、連絡艇クルセイダー。着艦許可を乞う。オクレ」

 

 ローズヒップで彼女的には珍しい堅苦しい言葉で告げれば、即座に管制塔からは返答が来る。

 

『こちら管制塔。着艦は許可できない。繰り返す。着艦は許可できない』

「ローズヒップ。こちらにそれを貸せ」

 

 管制塔からの返答を聞いて、絹代が動いた。

 ローズヒップは無線マイクを絹代へと手渡す。絹代は、凛とした声でハッキリと相手へと告げた。

 

「こちらクルセイダー。本艇は大洗女子学園生徒を一名乗せている。彼女を貴艦に降ろしたいが着艦できないか? オクレ」

『こちら管制塔。着艦は許可できない。繰り返す。着艦は許可できない』

 

 だが、相手の返答は全く変わらない。その声は極めて威圧的で、居丈高にみほには感じられる。

 

「こちらクルセイダー。加えて本艇は燃料が乏しい。貴艦において給油はできないか? オクレ」

『こちら管制塔。着艦は許可できない。繰り返す。着艦は許可できない』

 

 判で押したように返答は変わらない。

 なるほど、確かにこれは不自然である。絹代も、自然としかめっ面になっていた。

 

「ローズヒップ。大洗女子学園校庭に着陸できるか?」

「この子はVTOL機ですのよ。委細問題なしですわ!」

「絹代さん?」

 

 どうやら絹代は無断着艦をするつもりらしい。

 みほが心配そうに聞けば、絹代は首を横に振りながら言った。

 

「西住さん、これはどう考えても様子がおかしい。ここは敢えて強引に動いて、相手の出方を見るのが得策かと」

 

 実際、絹代の言う方法以外に手はなさそうだった。

 故に、みほは頷いた。

 

「では――行きますわよ!」

 

 ローズヒップは大洗女子学園校庭目掛けて舵を切った。

 瞬く間に大洗の見慣れた校舎が眼下に見えるようになったが、みほはその光景に違和感を覚えた。

 ――生徒の姿が、見えない。

 夏休み期間と言え、部活動などは普通に行われている。

 にも関わらず、校庭には人っ子一人見えないのだ。不穏な空気に、みほは自身の背が汗ばむのを感じた。

 

「着艦しますわ」

 

 ローズヒップは機体高度を下げ、淀みなく綺麗に着艦した。

 吹き付けるジェットに砂埃が上がり、暫し視界が煙に覆われる。

 瞬間、煙の向こうから響き渡る異音。その音に、みほは聞き覚えがあった。

 ――スコープドッグのローラーダッシュ音!

 

「!?」

 

 煙を突き破って姿を表したのは、藤色に機体を塗られたスコープドッグの大群だった。

 煙が晴れる頃には、聖グロリアーナ連絡艇がAT部隊にぐるっと包囲されている様が明らかになった。

 みほは自分たちを取り囲むスコープドッグ達の、その右肩に掲げられた紋章を見た。

 羅針盤をモチーフとしたその紋章は――……。

 

「文部科学省!?」

 

 みほの言うとおり、羅針盤をモチーフとした紋章は文部科学省のものだった。

 文部科学省直属のAT降下部隊。それが、みほ達を包囲する者達の正体だった。

 

 

 

 





 ――予告

「空から雪のように降り注ぐ鉄騎兵。大洗の学園艦は、一瞬の内に占拠されてしまう。みほ、これは随分まずいかもしれないね。出てきた相手は、どうやら文部科学省の学園艦教育局長だ。一筋縄で行く相手じゃあないみたいだよ」

 次回『アンダーシージ』


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stage03  『アンダーシージ』

 

 深呼吸をひとつすれば、鉄のにおいが鼻を突き、鉄の軋みが耳朶を打つ。

 目を見開けば、スコープ越しに見えてくるゆらめく赤い影、青い影。

 標的はふたつ。いずれも素早く、その軌道は不規則だ。

 視界を覆う画面に映しだされた白い照準線を、沙織はまっすぐに見つめる。

 

 ――なんだか隅っこでガイドが色々とうるさいが、そんなものは無視して感覚で撃てば良いんだ。

 

 と、神がかった操縦技術は持つも射撃はからきしな幼馴染はのたまった。

 話半分に聞いていれば、今度は逆に天才的な射撃センスを持った親友は言う。

 

 ――わたくしもガイドのほうは余り見ていません。華を活けるように集中して、銃口と意識がまっすぐになるように引き金をひけばよろしいかと。

 

 何だ、銃口と意識がまっすぐになるようにって。天才タイプ特有の抽象的な説明に沙織は頭を抱える。

 親友はいずれ華道の家元になろうという少女だ。弟子にも解るように話す稽古は受けている。しかし装甲騎兵道と華道では勝手が違うのか、手ずから教えてくれようと頑張っているのは解るのだが、明らかに説明に悪戦苦闘していた。

 

 ――大事なのは、自機と標的機との距離と速度ですよ、武部殿。相手の動きを見て、その進む先を読んでトリッガーを弾くんです!

 

 そう力説してくれたのは、戦友にして新たなる親友の1人となった、装甲騎兵道マニアの癖っ毛少女だった。

 持ち前の知識を活かし二人の天才少女の言葉を、沙織にも解りやすく噛み砕いて説明してくれるのは実に有り難かった。沙織も、そのお陰で随分と射撃の腕が上達したと思っている。時々、解説に熱が入り過ぎるのが玉に瑕かなぁ、ともちょっぴり思ってたりもするが。

 

(ええと……ガイドを参考にしながら、中央の菱形に相手を入れて――)

 

 画面上に表示された戦闘情報をつぶさに見ながら、沙織はヘビィマシンガンの銃口を動かす。

 照準線とセンサーから相手の距離と速度を割り出し、白線の交わる場所に備わった菱形の位置、すなわち銃口の向く先を走る標的の前へと据えた。

 

(1、2の――)

 

 精神を集中し、トリッガーボタンに指をかける。

 

「3!」

 

 掛け声とともに、赤いボタンを勢い良く押した。

 放たれた銃弾は、微かな放物線を描きながら、青い標的――青く塗られたスタンディングトータスへと吸い込まれるように着弾した。蛍光色の塗料が、その青い装甲へとぶち撒けられる。

 沙織は息を一つぎすると、矢継ぎ早に赤い標的へと照準を合わせ、トリッガーを弾く。

 赤いスコープドッグの装甲もまた、蛍光色に染まった。

 

「やったぁ!」

 

 沙織はコックピットの中で快哉すると、ハッチを開いてゴーグルを外した。

 見れば、標的役を努めてくれた二人も、ハッチを開きゴーグルを外して沙織を賞賛していた。

 

「武部殿! やりましたねぇ!」

「まさか沙織に当てられるとはな……不覚千万だ」

 

 青いトータスタイプに乗っていたのは優花里で、赤いスコープドッグに乗っていたのは麻子だった。

 安全な所で見守っていた華も、とたとたと小走りに寄って来て、小さく拍手する。

 

「見事な射……沙織さん、お見事です」

「えへへ……華に褒められちゃった」

 

 射撃の天才、五十鈴華に褒められたとあっては沙織も照れてしまう。

 頬を赤らめながら、くしゃくしゃと自身の髪を掻いた。

 ――大会が終わったからといって、装甲騎兵道が終るわけではない。

 夏休みを利用し機体を修理改良改造し、大洗ではAT戦の練習が再開されていた。

 みほが居ない間も、あんこうの皆は――否、大洗装甲騎兵道チームの皆は練習の手を抜かない。

 

「あああああ!? なぁぜだぁぁぁぁぁぁ!?」

「桃ちゃんまた外してる……」

「いやぁ芸術的なまでに下手くそだね~」

 

「見たかぜよ! この砲撃! 」

「うむ! オットー・カリウスもかくやといった腕前だ!」

「パルティアの弓兵顔負けだな」

「それを言うなれば雑賀孫市並の手並みと言うべきであろう」

「「「それだ!」」」 

 

「いい! 桂利奈が相手の進行方向に撃って動きを止めて、すかさずそこを優季が撃つの! 解った!」

「あいぃっ!」

「まかせて~」

「梓もすっかり分隊長が板についてきたね」

「ホント! 目指せポスト西住隊長!」

「ちょっと……変におだてないでよ! 紗希までちょっとおもしろがってるじゃない!」

「……」

 

「レシーブ!」

「トス!」

「スパイク!」

「根性ーっ!」

 

「うほぉっ!? すごいすごい! ATがあんな高くジャンプしてる!」

「ATってマシンは基本『跳ぶ』ようには出来てないはずなんだけどねぇ~」

「見た感じ、降着機能と脚部MCの伸びをうまく同期させてるみたい」

「あれ、うまく応用したらもっと高く跳べるAT造れないかな」

「くぅぅ~! 俄然燃えてきましたなぁ!」

 

「あ、そこ! リスポーン地点押さえて!」

「相手チーム、えらいマナー悪いっちゃ」

「でも陣地は先にこっちが確保したなり! これでこっちの優位が――ってうわぁ!?」

「「「隠して隠して!」」」

 

「もう遅いわよ! やっぱ練習中にゲームしてたわね貴方達!」

「夏休み中の自主活動中なんだから、目くじら立てることないんじゃないかなぁ、そど子」

「越権行為だよ、そど子」

「黙りなさい、ゴモヨ、パゾ美! 世間が夏休みだろうと、風紀委員の仕事に休みはないのよ!」

 

 ――まぁ一部手を抜いている人々もいないではないが、おおよそ手を抜かずに頑張っていると言える。

 

「じゃあ、次は麻子の番ね」

「……別に相手を倒すなら、殴ろうが撃とうが変わらんだろう」

「もう! 露骨に嫌そうな顔しないの! ……今じゃあんこうで一番射撃下手なの麻子なんだからね。私よりも下なんだよ」

「……体よく乗せられるのは癪だが、沙織以下はもっと癪だ」

「なら頑張ろ!」

「流石は武部殿は、冷泉殿のことが良くわかっていますね!」

「幼馴染って素敵です」

 

 幼馴染同士というより保護者と手のかかる子どもな二人を見ながら、沙織と華はねーっと言いながら笑い合うのだった。

 

 

 

 

 

 練習を終えて、一休みする。

 大洗装甲騎兵道チームのみなは、思い思いのメンバーで固まって雑談したりゲームをしたりしていた。

 あんこう分隊はと言えば、ベンチに四人、横並びに座って干し芋アイスの冷たさを味わっていた。

 

「美味しいですねぇ」

「だよねー」

 

 日に当たったアイスのように、沙織と優花里は顔をとろけさせる。

 麻子は言えば目を爛々と輝かせながらスプーンを動かし、華は他の三人の2倍、いや3倍の量を黙々と消費していた。

 ひと仕事した後の、晩夏の昼下がり。

 アイスを食べるにはもってこいの日和だった。

 

「みぽりん、早く帰ってこないかなぁ」

「新学期が始まる。今日明日にも戻ってくるだろう」

「是非、みほさんには上達した沙織さんの腕前を見ていただきたいものですね」

「わたくは、月のアリーナでのお話を西住殿から聞かせていただいたら、もう感動です! わたくし、恥ずかしながら月のアリーナを実際に見たことがなくて……」

 

 あんこう娘、四人よれば自然と話の種は不在の隊長、みほになった。

 

「ねぇ……今度は逆に私らで月にいかない?」

「いいですねぇ! 日帰りならばそこまで費用もかかりませんし!」

「静かの海で食べるアイスは絶品と聞いた」

「みほさんオススメのレストランに皆で行って、乾杯しましょう!」

 

 皆、みほが帰ってくるのを楽しみに待っていた。

 ――沙織はふと思った。

 みながこうして笑顔でいられるのも、みなみほのおかげなのだと。

 みほのおかげで、こんな楽しい日々が続いているのだと。

 そして、これからもこんな日々が続くのだろうと、なんとなく思った。

 なんとなく思いながら、沙織は空を仰ぎ見た。

 

「……あれ?」

 

 視界の端、雲の切れ目に、光り輝く何かが過ぎった。

 気になって目を凝らしてみると、光点は徐々にその数を増し、そして大きくなっていった。

 沙織の視線につられて、華も、優花里も、麻子も空を見た。

 やや離れた所では一年生たちも空を見て何だろ何だろと首を傾げている。

 正体はすぐに明らかになった。

 機体を陽光に銀色に輝かせる夥しい数の飛行機、それも大型の四発ジェット輸送機……それが光点の正体であった。数は、およそ二十。空を埋め尽くすかと思うほどの、大編隊であった。

 

「なんだこれは!? 今日は学園艦上を編隊が飛ぶなど聞いてないぞ!」

「無線機で問い合わせてみるね!」

「まったく、困ったもんだね。学園艦から飛び立つ飛行機がいたらどうするつもりなのかねぇ~」

 

 桃と柚子が叫び、杏がぼやくのがジェットの音に混じって聞こえた。

 

「あっ!?」

 

 ――と、叫んだのは誰だっただろうか。

 沙織たちの見ているなか、上空を飛ぶジェット輸送機の後部ハッチが開き、何かが宙へと次々と投げ出された。

 白い大きな布の傘が開き、紫色に塗られた鋼鉄の騎兵が舞い降りる。

 雪のように降り注ぐAT降下部隊を前に、皆一様に声すら凍った。

 

 ずっと続くと思っていた平穏な日々は、当然に打ち砕かれた。

 それは、みほが大洗学園艦へと舞い戻る、わずか12時間前の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 ――stage03

 『アンダーシージ』

 

 

 

 

 

 

 みほは半ば反射的に、風防から自分たちを囲むスコープドッグたちへと視線を巡らせた。

 自分たちを取り囲む騎群の数、その装備を即座に観察する。

 見える範囲だけでも十三機。さらに後続のATがこちらに向かってくる様が視界に入る。

 敵はこちらを完全包囲しているらしいのが機体の駆動音や、ローラーダッシュ音で解った。

 機体のセンサーモニターに目をやれば、機体を取り囲む赤い点が見えて、みほの感覚の正しさを裏付ける。

 改めて、機外にみほは視線を飛ばす。

 得物はいずれもヘビィマシンガン。それもセレクターは『バルカンセレクター』に合わせられている。

 つまり、あちらがその気ならば、この機体も瞬く間に穴だらけのスクラップに変えることができるのだ。

 

(退路は……)

 

 みほは自分自身でも驚くぐらいに冷静だった。

 氷のように冷たく冴えきった頭脳がフル回転し、ローズヒップや絹代が呆気にとられている間にもこの危機的状況を打開すべく策を練る。

 

 ――何が起きたかは解らないが、少なくとも、今何が起きているかは理解できる。

 大洗女子学園は今、文科省の紋を掲げるAT集団に占拠されている。

 それ以外は不明。皆の安否も不明。

 この状況でまず自分がするべきはここを脱し、せめて我が身や戦友二人の身の安全だけは確保すること。

 情報収集も皆の安否の確認も、我が身の自由がなければ元も子もない。

 

 西住みほという少女の本領は、土壇場や突発的かつ危機的状況において最大限に発揮される。

 決断力こそは彼女の最大の武器だった。

 

 ――相手が動き出す前に、こちらが動かねばならない。

 

 みほは凛とした声でローズヒップへと指示を飛ばした。

 

「ローズヒップさん! 機体を離陸させてください!」

「え!?」

 

 これにはさしものローズヒップも驚いた様子だったが、彼女が固まっていたのもほんの一瞬のこと、良くも悪くも落ち着きのない少女は指示を受けて再起動した。

 

「かしこまりましたわ!」

 

 威勢の良い返事とともに、ジェットが地面へ向けて蒸され、土煙砂埃が舞い上がる。

 吹き付けられる爆風に、文科省のスコープドッグたちがひるむ。

 包囲し、数で圧倒し、銃口で射竦め、そして降りてくるように命令するつもりだったのだろう。

 VTOL機の突然の、予期せぬ動きには、相手も相当に面食らったらしい。

 慌てた様子で通信をこちらに飛ばしてくる。

 

『ま、待て! 即座にエンジンを止めて機体を降ろせ! さもないと――』

「撃つとでもいうか? やるならやってみろ!」

 

 銃口を突きつけながら叫ぶ相手に、啖呵を切ったのは絹代だった。

 突撃魂一筋、知波単学園装甲騎兵道チーム隊長は伊達ではない。

 握ったままだった無線マイクへと、絹代はきりりとした声で爽やかに恫喝をしかけた。

 

「こちらは星間飛行も可能な機体だ。エンジン、燃料ともに特別仕立てだ。そこに銃弾なんて撃ち込んでみろ、すぐさまドカンとなって、貴様らもただでは済まんぞ!」

 

 ローズヒップが「え!? そうだったんですの!? わたくしも知らなかったでございましてよ!?」と言った調子の、ギョッとした顔で振り返るのに、絹代はその唇に人差し指を当ててみせた。

 ハッタリである。だがこれにはみほも静かに頷いた。

 今大事なのは、機体が飛び立つまでの時間を稼ぐこと!

 

『は……ハッタリだ! かまわん! 翼を撃て!撃って着陸させろ! 』

 

 一瞬の間が空いたあと、相手の指揮官らしい男が号令する。

 それに対して、ローズヒップが犬歯を剥き出しに笑い返した。

 

「もう遅いですわよ!」

 

 エンジンはフルスロットル。機体は垂直に浮かび上がり、吹き付けるジェットに、文科省のAT部隊はその動きを止められる。

 

「今だ! 南南西方向に突撃!」

「アイアイサー、ですわ!」

 

 すかさず絹代が指示を飛ばせば、ローズヒップは南南西に舵を切って、みほ達を乗せて一目散に飛び出した。

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

「……ええ。そのまま見逃してください。はい。あとはこちらがなんとかしますので。はい。それでは」

 

 飛び去る聖グロリアーナ連絡艇の機影を見据えながら、文部科学省学園艦教育局長、辻廉太は通信を終えた。

 七三分けの髪に眼鏡に背広と、絵に描いたような役人然とした出で立ちのこの男は、感情を見るものに伺わせぬ鉄面皮か、さもなくば愛想笑いを浮かべているか、必ずどちらかの表情を顔に張り付かせているのが常だった。

 生徒会室、杏の席の傍らに陣取り、念願の大洗学園艦の文科省による接収を果たした彼の顔に浮かぶのはしかし、彼には珍しい苦虫を噛み潰したような渋面だった。

 彼はやや躊躇ってから、それでも役人としての役目を果たすべく、携帯通信端末の回線を開いた。

 目当ての相手は、すぐに電話に出た。

 

『こちらでも彼女が飛び去るのを確認した。果たして向かう先は聖グロリアーナか、あるいは……まぁどちらでもかまわん。ビーコンは確かに取り付けたんだな?』

 

 電話の相手は、低く威厳のある、それでいてどこか諧謔に満ちた声で辻へと向けて問う。

 文部科学省学園艦教育局長ともあろう辻が、相手からは見えないにも関わらず条件反射で思わず頭を下げながら慇懃に返答した。

 

「はい。右翼、第2エンジンの下部に、確かに取り付けました。たとえ月に向かったとしても追跡可能です」

『当然だ。地球製ならばともかく、ビーコンは我がバララントから私が直々に持ってきたものだからな』

「はい。貴重な最新技術をご提供いただきまして、感謝の念にたえません」

『追従は結構だ。先に退去させた娘達の、場所の手配は済んでいるな?』

「はい。すでに彼女たちは例の場所に向かっております」

『よろしい。今しばらくは西住みほへの監視を続けろ。彼女の行動次第で、こちらの動きも変わってくる』

「はい、しかと――」

 

 相手に見えていないことをこれ幸いにと、辻は通信機の向こう側の人物へと精一杯の嫌悪の表情を浮かべる。

 政府からの直々の命令とあっては、高級官僚たる辻と言えど、否、文科省そのものが一丸となってこの人物の要望を叶えるべく動かなくてはならない。たとえ相手の望みがが文科省の目論見通りの、大洗女子学園学園艦廃校であったとしても、かくも露骨な内政干渉には、一役人として忸怩たる想いがあった。

 しかし、辻に何ができるだろう。

 なにせ相手は――。

 

「承りました。ジャン・ポール・ロッチナ閣下」

 

 ――星の海を越えてやってきた、銀河を2つに分かつ超大国、バララントからやってきた男なのだから。

 

 

 

 





 ――予告

「からくも窮地を脱したみほ達だけれども、状況はちっとも良くなってない。学園艦は、大洗の友たちはどうなったのか……肝心なことは何一つ明らかになってないんだからね。こればかりは風まかせともいかないから、みほは自ら動かなきちゃいけない。真実を明らかにする、そのために。さぁ、みほ、いったいどうしょうか?」

 次回『エスケープ』








劇場版ならではのゲストキャラ登場




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stage04  『エスケープ』

 

 

 ローズヒップ駆る聖グロリアーナ連絡艇は、南南西の方角めがけて、大洗学園艦より飛び出した。

 瞬く間に大洗学園艦は後方に小さくなっていって、雲に飲み込まれてすぐに見えなくなってしまう。

 聖グロリアーナ所属、連絡艇クルセイダーはアレギウムで用いられている星間連絡艇と同型の機体だ。星の海を渡り得る鋼の鳥であれば、たとえ太平洋だろうとひとっ飛びで越えることができる。

 レーダーには追っ手らしい機影も見えない。

 みほ達は、完璧に逃げ切ったと言ってよかった。

 

「……」

「……」

「……」

 

 だが、みほ達の顔に喜びはない。

 みほは口を真一文字にきつく結んで、思い詰めた様子でうつむいている。

 豪放磊落な絹代も、明朗快活なローズヒップですらも、同じように押し黙って厳しい顔をしていた。

 

 窮地は脱した。

 だが状況は全く改善していない。みなの所在も状況も、そもそも今何が起こっているのかすら、解っていない。

 ただ我が身の自由さだけは確保した、というだけに過ぎないのだ。

 

「――それで」

 

 そんな中、真っ先に立ち直ったのはローズヒップだった。

 直情径行で知られる彼女だが、その愛すべき単純さはこういう時に真価を発揮する。

 余人が考え込んで動けなくなるような状況でも、感ずるままに動けるのが彼女の強みなのだ。

 

「行き先はどこにいたします、みほ様?」

「……え?」

 

 急に話し掛けられて、みほは呆けた声を出し、唖然とした表情であったが、それも一瞬のこと。

 思考の海からひとたび引き出されれば、隊長然とした凛々しい顔に一変する。

 

「今、私達が向かうべき先は――」

 

 みほは、ローズヒップへと指示を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 ――stage04

 『エスケープ』

 

 

 

 

 

 

 電話が鳴り出したのは、ダージリンが一人、アフタヌーンティーを楽しんでいた時だった。

 アッサムも、いつもは傍らに控えているオレンジペコも今は共に居ない。

 ダージリンはヴィクトリア朝様式のテーブルの上に置かれた、豪奢な装飾の電話を手に取った。

 

「もしもし」

 

 と、優雅な声で電話に出れば、代わって来たのは聞き慣れた騒々しい声であった。

 

『あー! ダージリン様ですか! 一発で出てくださって超うれしいですわー! ローズヒップ! お電話差し上げましたですわー!』

 

 最初の「あー」が僅かに鼓膜を揺らした瞬間には、ダージリンは受話器から耳を離していた。

 元気のいいことは結構であるが、彼女の大声を直に聞けば、暫く耳が利かなくなるのはありがたくない。

 

「じゅうぶんに聞こえているわよローズヒップ。もう少しばかり声を抑えてくれないかしら」

『そうでございましたわ! 私としたことがうっかりしておりましたわ!』

 

 と、それでもじゅうぶんに大きな声でローズヒップは声をひそめて言った。

 

『緊急事態ですわ、ダージリン様! 即刻お知らせせねばと思って、お電話差し上げましたわ!』

「お待ちなさい、ローズヒップ」

 

 ローズヒップの言葉に、不穏な何かを感じ取ったダージリンは一旦彼女の話を制止し、電話機の下、単なるインテリアと思えたテーブルの上に指を這わせた。

 するとどうだろう。木製と見えたテーブルの表面がパカっと開いて、その内側に隠されたコンソールがあらわになる。

 ダージリンがキーパッドでコードを入力すれば、暗号化装置が起動したことを液晶画面が告げた。

 名門、聖グロリアーナの隊長ともあれば、電話一つとっても抜かりはない。

 

「大丈夫。そちらの装置もスイッチは入れたわね?」

『万事抜かり無しですわダージリン様!』

「そう。なら、何があったのかを話してくれるかしら、ローズヒップ」

 

 ローズヒップは簡潔な言葉で事の経緯について説明し、今自分たちがいるのが、ひと目につかない無人の海岸であることなども付け加えて告げた。

 ダージリンは静かに、適度に頷きながらローズヒップの話を聞いていたが、話が進むに連れて受話器を握る力は段々と増していき、左指に電話のコードを絡ませる回数も増えていった。

 

「――そう、大変だったのねローズヒップ」

 

 話が終わった時、ダージリンが漏らした言葉は、彼女には珍しく微かに感情に震えていた。

 それはオレンジペコのような、彼女に近しいものにしか解らない程の微かな震えだったが、しかしそれは確かに、怒りの感情によるものであった。

 

「みほさんに、代わって頂けるかしら」

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

『ごきげんよう、みほさん』

「ダージリンさん……」

 

 相変わらずの優雅で落ち着いた声を耳にすれば、みほもどことなく安心した心持ちになった。

 降って湧いたような突然すぎる緊急事態には、みほと言えども心労を感じずにはいられないのだから。

 

『どうも大変な事態になっているようね』

「はい……。正直な所、何がいったい、どうなっているのか解らなくて……」

『それも当然だわ。こんな状況になれば、誰だって不安でおかしくなりそうになってしまう……でもね、みほさん』

 

 ダージリンはいつもの余裕に乗せて、古代ギリシアの哲人の言葉を引用してみせた。

 

『「順境において友を得るは易く、逆境において友を得るは難し」……でもみほさんには居るわ。逆境であろうともすぐさま手を差し伸べてくれる友人たちが大勢ね。私も含めてだけれど』

 

 いたずらっぽく最後に付け加えるダージリンの声は優しかった。それが何よりも今のみほにはありがたい。

 

『ひとまず、聖グロリアーナにいらっしゃいなさい。暫くの間はウチで過ごせば良いわ。元々、みほさんならばいつでも大歓迎なんですけれど』

「それは遠慮させて頂きます」

 

 だがみほはダージリンのこの申し出は、はっきりと断った。

 受話器の向こうで、ダージリンが驚いたのが何故かみほにも解った。

 

『どうしてかしら?』

「この機体が聖グロリアーナ所属であることを相手は既に知っています。私がそちらにお世話になれば、それもすぐに相手に知られます。そうすれば、迷惑をかけることになります」

『あら? 多少の迷惑で揺らぐ聖グロリアーナではなくってよ』

「それでもです。相手が相手である以上、どんな手段に訴えてくるか解らないから」

 

 大洗学園艦で何があったのか。その本当の所をみほは知らないが、確信に近い推測がひとつあった。

 ――文科省直属の機甲兵団のAT降下部隊を用いた、学校占拠と強制廃校。

 もしこの推測が本当に当たっていたなら、今の文科省は一切手段を選ばない相手ということになる。

 既に相手の制止を振り切って逃げた後なのだ。これ以上自分と関われば、聖グロリアーナに対しどんな手を出してくるか知れたものではない。

 

「私は、私で何とかやってみたいと思います」

 

 みほは、ダージリンへとそうはっきりと告げた。

 今はただ、自分の信じたやり方で、進むしかない。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 受話器を置いたダージリンは、暫し静かに考え込んでいた様子だったが、不意に俯いていた顔を上げれば、机上の呼び鈴を鳴らしてその名を呼んだ。

 

「アッサム」

 

 当のアッサムが現れたのは直後であった。

 聖グロリアーナきっての諜報員たる彼女らしい、魔法のような神出鬼没さである。

 

「状況は思った以上に深刻よ、ダージリン」

 

 合理主義者らしく、余計な前置きは抜きにしてアッサムは大洗の状況について述べた。

 

「文科省からの正式発表はなし。けれども既にSNSなどを通じて大洗学園艦に何か異常事態が起こっていることは広まりつつあるわ。住民が撮ったと思しき画像がインターネット上に出回っているのだけれど……」

 

 アッサムの手にした小型PCの画面をダージリンが覗き込めば、手ブレがひどく歪んだ画像ながら、はっきりと鋼の機影が写っているのが解る。その肩に染め抜かれた、紋章もである。

 

「文部科学省機甲兵団のAT降下部隊……」

「全く隠す気がない、堂々たる武力制圧よ……ダージリン、こんな暴挙は許されて良いものじゃないわ」

 

 文科省の余りのやり方に、冷静を以て知られるアッサムですら、怒りに頬を紅潮させていた。

 ダージリンの方はと言えば相変わらずの曖昧な、どうとでも解釈できる微笑み顔ではあったが、紅茶のカップを持つ手は彼女には珍しく微かに力んで、ごく僅かながら震えていた。

 

「……まずは情報ね。文科省に直接問い合わせることから始めて、少しでも現状を明らかにするのよ。それとペコ」

「はい。ダージリン様」

 

 ダージリンが呼べば、まるで隣に今まで控えていたような自然さで、オレンジペコが姿を現した。

 実際にはつい今しがた部屋へと入って来た所なのだが、こういう唐突な呼びかけにも応えられなければ、この気まぐれでいたずらっ気溢れる聖グロリアーナ装甲騎兵道隊長の側近は務まらない。

 

「学校備品の紛失届が一枚、短期転校の届け出用紙を一枚、それと便箋に万年筆を用意してくれないかしら」

「紛失届けと転校届けはローズヒップさん用でしょうけど、便箋と万年筆は何にお使いになるんですか?」

 

 流石はオレンジペコで、ダージリンの望みを言わずして半分まで当ててみせている。

 当てられなかった残りの部分については、ダージリンが自ら講釈して見せた。

 

「手紙を書こうと思うの。装甲騎兵の道を進む学友たちに向けて」

「……それは『ふれぶみ』ってやつですか?」

「ええ。世間を沸き立たせ、騒動を燃え上がらせるようなね」

 

 ダージリンはペコに向けて微笑んだ。

 しかしその両目が全く笑っていないことが、オレンジペコにはひと目で解った。

 

「……みほさんに手出しは無用と釘を刺されたんじゃなかったでしたっけ?」

「『戦争はいちばんあとから、宴会は真っ先かけて』――」

「『これが腰抜け武士と食いしん坊の守るべき掟だ』……。シェークスピア、『ヘンリー四世』のフォルスタッフの台詞ですね」

 

 ペコが二の句を継いで、引用元まで言い当てた所で、ダージリンは付け加えて言った。

 

「でも私の場合は、『戦争は真っ先かけて、宴会も真っ先かけて』。それが聖グロリアーナのダージリンの守るべき掟なの」

 

 それを聞いてアッサムがため息をついて、額に人差し指を押し当てた。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

「……遅いですわ。すごく遅いですわ」

 

 ローズヒップが、イライラした様子で、貧乏ゆすりをしながら呟いた。

 

「ローカル線だから致し方なしだ。それはそうと貧乏ゆすりはやめろローズヒップ。行儀が悪い」

 

 絹代がそんなローズヒップを窘めた。

 

「……」

 

 みほはと言えば、申し訳無さそうな顔をして俯いてしまっている。

 そんな彼女の肩を、絹代はポンポンと叩いて言う。

 

「気にしないでくださいみほさん。窮地の友人を見捨てるのは知波単魂に反します」

 

 すかさずローズヒップも絹代に続いた。

 

「そうですわよ! ダージリン様もおっしゃっていましたわ! 『ミヨイテ過ぎたる夕立なり』!」

「……『義を見てせざるは勇なきなり』ですか」

「そうとも言いますわ!」

「……っ」

 

 みほは思わず吹き出して、少しばかり気分が軽くなった。

 そして、外をゆっくりと過ぎゆく、景色に目をやった。

 独り行かんとしたみほの、両腕をがっしりと組んできたのは絹代とローズヒップの二人。

 もとより二人は、みほに一人で戦わせるつもりなどない。

 連絡艇はその中のATごとさる場所に隠した。相手にマークされているであろう機体を使う愚行はおかさない。

 それらを「落とし物として拾う」役は、月面の彼女たちに任せ、在来線の電車に揺られながら、三人が向かう場所は、さる港町。

 千葉県銚子市。

 知波単学園の、寄港地のひとつであった。

 

 

 

 





 ――予告

「……やれやれ。何やら面倒事を押し付けられてしまったようだけど、まぁビジネスパートナーともあれば見捨てるわけにもいかないかな。それはそうと知波単学園を目指すみほ達や、水面下で動き始めるダージリンたちの一方で、大洗のみんなはと言えば彼女たちは彼女たちで大変だ。押し込められたのは酸の雨降り注ぐ廃棄都市。迫りくる砂もぐらのあぎとをぬって、まず得るべきは今日の糧かな」

 次回『ゴーストタウン』




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stage05  『ゴーストタウン』

 

 瞼を閉じれば闇になる。

 しかし、ここでは瞼を開いても闇だった。

 窓はなく、閉め切られた空間のなか、聞こえるのはただ電車がレールの上を走る音だけ。

 いや、それだけではなくて、がたんがたんと鳴り響く金属音に混じって微かに聞こえるのはすすり泣く声だ。

 

「えぐ……えぐ……」

「ふぐぅ……」

「ううう……」

 

 沙織には、それはうさぎさん分隊、一年生の皆の声だということが解った。

 恐らくは、優季、桂利奈、あやの三人だろう。

 だがそれ以外の皆も、声には出さなくても同じ泣きたい気持ちであろうことは沙織にも解った。

 何を隠そう、まず沙織自身が声をあげて泣き出したい想いだったのだから。

 

「……」

「沙織さん?」

 

 涙をこらえた沙織は、暗い中を這うようにして一年生たちのもとに向かった。

 不意に動き出した沙織に声をかけたのは華だが、沙織は応えることなく這い進んだ。

 

「あ……」

「先輩……」

「せんぱい……」

 

 沙織が三人を包むように抱きしめる。

 闇の中でも、彼女らの顔が自分へと向くのが解る。

 だから沙織は見えていないのを承知で、温かい笑顔で後輩たちを励ました。

 

「大丈夫だよ。全国大会も私たちは勝ったんだから。これもきっと何かの間違いだって!」

 

 空元気を承知で、沙織は言葉を続ける。

 

「それに……それにまだみぽりんが無事だから! きっとみぽりんが助けてくれるって!」

 

 心底、みほがこの突然の理不尽を逃れたことだけが沙織には喜ばしかった。

 彼女はまだ、月にいるのだろうか。もしもこの事態を知ったら、みほはどう思うのだろうか。

 

(やっと……やっとみんなで卒業まで行けると思ったのになぁ……)

 

 ――ダメだ、後ろ向きに考えたらダメだ。

 沙織は闇の中で微かに首を振って、仮初の笑顔を取り繕う。

 

「みぽりんが凄いのはみんな知ってるでしょ! 今度のことも何とかしてくれるよ!」

「……そうですよね、西住隊長なら」

 

 沙織が空元気で叫ぶのに、応えたのは梓だった。

 

「だよね! 西住隊長って最強じゃん!」

「あんな連中も、びびーってやっつけちゃいますよね! ウルトラメンみたいに!」

「びびーってやっつけちゃえ~」

「やっつけちゃえー」

 

 あゆみが続いて囃し立てれば、桂利奈が、優季が、あやが闇の中で立ち上がって快哉した。

 ――だが、そこで終わりだ。

 嫌な沈黙が流れ、誰も何も口にしない。

 否、できないのだ。

 それは囃し立てた当の本人たちが、内心よくわかっていることだった。

 

「……ふぐぅ」

 

 最初に堪えきれなくなったのは、桂利奈だった。

 緊張の糸が、我慢の糸が切れたのか、彼女は堰を切ったように泣き出した。

 

「うわぁぁぁぁぁん」

 

 触発されるように、涙は連鎖していく。

 あやが、優季が、あゆみに梓までもが泣き出していく。

 

「お、おまえらなぐなぁぁぁうるざいだろうがぁぁぁ」

 

 闇の向こうで、そう自身が泣きながら叫ぶ桃の声が聞こえた。

 その隣の闇からは、柚子の押し殺した嘆きが、微かに響いてくる。

 

「ええい泣くな近藤! 佐々木! 河西! 根性で堪えろ!」

 

 典子が後輩たちを叱咤激励する涙声が聞こえる。

 

「願わくは、我に七難八苦を与えたまえ~」

「さみだれの かぎり有りとは しりながら 照る日をいのる こころせはしき……」

「神よ、帝国を失う皇帝を許し給うな。都の陥落とともに、われ死なん……」

「ドイツの元帥は降伏しないものだ……」

 

 歴女のお歴々はこんな状況でも相変わらずの様子だったが、それでも彼女らの引用は悲壮感に満ちている。

 

「あなだだぢうるざいばよ! ごんなどぎぐらいまじめにやんなざい!」

 

 そど子が窘めようとするも、そんな言葉すら涙で震えてぐちゃぐちゃになっている。

 

「……」

「……」

「……」

 

 ゲーム女子三人衆はコレばかりはと手放さずに持ち込んだ携帯ゲーム機に齧りついている。

 いつもは割りと賑やかにわいわいとプレイする彼女らが、言葉もないのは現実を忘れるためだろう。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 そして常に飄々として動じない自動車の面々ですら、闇の中で沈み込んで押し黙ってしまっているのだ。

 だがそれも当然だと沙織は思う。

 彼女たちは、愛車たちに別れを告げる時間さえ与えられなかったのだから。

 

 いや、ここにいる全員がそうなのだ。

 

 鉄の騎兵に急き立てられ、愛する艦にも別れも言えず、訳も分からず窓もない列車に押し込められ、親しき人や想い出とも引き離され、行先も知れぬ旅路に投げ込まれてしまったのだ。

 どれだけ考えても、希望的な未来が沙織には浮かんでこなかった。

 

「う……く……」

「優花里さん。泣かないでください」

 

 優花里すらもが、一年生たちや桃に連れられて泣き出しそうになっていた。

 それを華が、優しく諭す声が聞こえた。

 

「……」

 

 麻子は、我が親友の天才少女は今何を考えているのだろうか。

 闇の中で彼女は黙しているばかりで、考えは沙織にも解らない。

 

「……」

 

 沙織は、ひとまずできることをしようと考えた。

 泣き叫ぶ一年生たちを、改めて抱きしめてあやした。

 内心、沙織自身が一番泣きたかったが我慢した。

 

(みぽりん……)

 

 だが、胸中でここにはいない、こんな時こそ誰よりも頼りになる親友のことを考えるのだけは止められなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――stage05

 『ゴーストタウン』

 

 

 

 

 

 

 

 押し込まれたときと同じ唐突さで、大洗装甲騎兵道チーム一同は電車から放り出された。

 かなり長い時間、闇の中に閉じ込められていたがために、急な陽光の視界が眩む。

 杏は思わず両手で目を覆い、指の間から外を覗い見ていた。

 努めて、冷静に状況を観察する。

 空から鋼鉄の騎兵達が降り注いできて以来、杏は状況に翻弄されっぱなしだった。

 有無も言う間もなく、ただ圧倒的な暴力によって制圧されるがままだった。 

 それは、実に自分らしくないと思う。

 冷静に、トボけた仮面に真意を隠して、現実を捉え、行動しなくてはならない。

 

「……ねぇ、ここどこ?」

「ホントに日本なのかここは」

 

 背後で、沙織と麻子がそんな風に漏らす声に、杏も同感だった。

 徐々に光に慣れてきた瞳に映ったのは、風雨に晒されて半ば朽ちたコンクリートのプラットフォームと、その向こう側に広がる延々たる荒野だったからだ。

 地平線が見えるのではと思うほどの荒野は一面赤い砂に覆われ、まるで惑星サンサのような有様だった。

 

「なんもない」

「ほんとに」

「みごとに」

 

 まだ涙のあとが頬に残る一年生たちですら、予期せぬ光景には唖然とするばかりだった。

 

「……」

 

 策士を以て知られる杏も、この荒涼たる景色を突然前にしては思考がまとまらない。

 何をどうするべきかが、まるで思いつかない。

 

 ――そんな彼女たちの背後で、貨車の引き戸が閉まる音が響いた。

 

 慌てて杏達が振り返れば、既に列車は走り出した所だった。

 

「ねぇちょっと!?」

「待ってください!?」

 

 沙織と優花里が慌てて追いすがるが、列車は無情にも走り去っていく。

 最後に機関車の窓が開いて、何か紙束のようなものをホームに投げ残して、列車はもと来た線路を逆走して帰っていった。

 後には、途方にくれた少女たちだけが残された。

 

「どれどれ」

 

 その中で、一番最初に再始動したのは杏だった。

 紙束を拾い上げ、結んでいた紐を解く。

 地図であった。丸められた古びた地図と、地図上につけられた丸印の場所に向かえという簡潔な指示、というよりも強制命令が書かれた紙切れが一枚、というのが紙束の内訳だった。

 

「……あの先かなぁ」

 

 大昔に廃止らしい、プラットフォーム以外は何もない駅からは、うっすらとではあるが荒野に道がのびていた。

 振り返れば、ホームの反対側にも線路を挟んで荒野が広がっている。ただし、こちらには道はない。

 線路は果てが見えず、これを辿って戻るのは現実的とは思えなかった。

 結局、道はひとつしかない。

 

「会長……」

「行くんですか?」

 

 桃と柚子が不安げな表情で問うのに、杏は努めてあっけらかんとした顔で答えた。

 

「まぁそれしかすることないしね。ちょっとしたピクニックとでも思えばいいよ」

 

 そう言うと、杏自らが先頭に立って、ホームから降りて歩き始めた。

 皆も、それに続いてゆっくりとあるき出した。

 西住ちゃんのいない今、みんなを引っ張る役割は自分のものである筈だ――杏の行動は、そんな確信からのものだった。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 大洗女子学園の生徒達は、小さなグループに無理やり分けられて、学園艦から下船されていた。

 杏たちにとって数少ない幸運だったのは、気心のしれた装甲騎兵道チームのメンバーでひとまとめにされたことだろう。そのお陰で、突然の事態ながら比較的迅速に動くことができていた。

 杏はふと、見ず知らずで無理やりまとめられ、自分たちと同じように未知の場所に無理やり放り込まれたかもしれない生徒たちのことを考えた。胸が締め付けられるような思いに、杏は無理やりその連想を脳裏から追いやった。確かめようもないことを、今ここで想像してもなんの意味もない。

 杏達は殆ど着の身着のままで、手にした荷物は僅かだった。

 文科省のAT降下部隊は、ヘビィマシンガンを突きつけて無理矢理に大洗学園艦を制圧した。

 強制退去は無茶苦茶なやり方で、家に帰って荷造りする時間すら与えられなかったのだ。

 学園艦に保護者や住居を持つ生徒たちの不安は計り知れない。

 

「この赤い砂、まるで惑星サンサですねぇ~!」

 

 ――なんて敢えて脳天気なことを言って、優花里などは努めてお気楽に振る舞ってみせてはいるが、内心、両親達がどうなっているかという不安で頭がいっぱいだろう。

 空元気の雑談で気を紛らわせながら、少女たちは一路、陽光照りつける砂の道を歩く。

 遮るものはまるでなく、汗が流れ、皆の体力を奪い取る。

 次第に口数も少なくなって一同、ただ道の終わりだけを目指して歩き続けた。

 

「……あれ?」

「なんでしょう、キャプテン」

 

 最初にそれに気がついたのは、視力も良いバレー部たちだった。

 杏も目を凝らして見れば、確かに赤い砂の上にのっかった黒い何かが見える。

 道は、その何かへと続いていた。地図と照らし合わせれば、それが目指すべき場所らしい。

 

「あれ……みたいだね」

 

 ゴールが解れば自然、皆は早足になった。

 杏はその先頭に立って、一足先を行く。

 まず第一、いの一番に、自分が確かめねばならない。

 廃校後の一時待機所がいかなる場所であるかを、会長として、最初に確認せねばならないのだ。

 

「……」

 

 徐々に徐々に、砂上の黒い何かはその大きさを増し、詳細が明らかになっていく。

 それにつれて杏のなかの不安もどんどん大きくなっていく。

 ここから見る限りだと、どう見ても単なる瓦礫の山なのだ。

 そんな不安を顔に出さぬよう、必死に抑えながら杏は歩き続けた。

 

 ――果たして、辿り着いた先は本当に瓦礫の山だった。

 恐らくは、百年戦争の余波で破壊された古い街の残骸の一部。

 道と街を隔てる、半ば朽ちた門の傍らにはかろうじて文字がまだ読める看板が斜めに垂れ下がり、それが辛うじて、ここがかつて学校として使われていた事実を杏たちに告げていた。

 

「……」

「……」

「……」

 

 疲労もあって、誰一人一言たりとも口にしなかった。

 廃駅に降ろされた時以上の嫌な沈黙が、大洗の女子たちの間を満たしていた。

 

「……戻るぞ!」

 

 たまりかねて、桃がそう叫んだ!

 踵を返すと、もと来た道を戻ろうと大股に歩き出す。

 

「かーしまぁ」

「止めないでください! 会長! 流石にもう我慢の限界です!」

 

 どうするべきか解らず、自分と桃の間で行き来する皆の視線を感じ、杏が呼び止める。

 桃は半泣き顔で振り返りながらさらに大きな声で叫んだ。

 

「約束を反故にして無理やり廃校させるばかりか、ここまでの仕打ち……ここまでされるいわれはありません!」

 

 桃の言うことはこの上なく最もだ。杏も内心同意している。

 それでも、彼女は桃を引き止めざるをえなかった。

 

「わたしらが勝手にここを抜け出したら、他のみんながどういう目にあうか解ってるか、だってさ」

 

 地図と共に投げつけられた紙切れには、そんな内容の一文が付け加えられていたのだ。

 桃にもそれを見せれば、彼女はもう言葉もない様子だった。

 

「そんな……」

「人質じゃないですか!」

「卑劣すぎます!」

 

 沙織達が怒っていうのにも、いちいち最もだと杏は胸中で頷いた。

 だからといって、怒ったからといって、何か状況が改善するわけでもない。

 加えて――。

 

「……」

「え、なに、紗希?」

 

 不意に紗希が梓の肩を叩いて、どこかを指差すのを杏は視界の端に捉えた。

 杏がそちらをみれば、皆もつられてその方向を見た。

 

 砂地から、モンゴリアンデスワームをおもわせる巨大なミミズの化け物が、その巨体を晒していた。

 

「す、砂モグラ!?」

「なんでこんな所に!?」

「いやぁ、わたしらの足音につられて、集まってきちゃったみたいだね~」

 

 これで、道をそのまま戻ることはどのみち不可能になった。

 だが、問題はそれだけではない。

 そう遠くない空から、あからさまに酸の雨をはらんだ雲が近づいてくる様もまた、杏達の視界には入ってきていた。

 もう、この鉄の廃墟の山の中へと入る以外の選択肢は、ない。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 装甲騎兵道の練習直後に学園艦を追い出されるという不幸が、唯一良い方に働いた、

 携えていた耐圧服に着替えて、瓦礫の山の中へと少女たちは逃げ込む。

 酸の雨は思いのほか早くに止んだが、誰一人、瓦礫の陰から立ち上がる者はいない。

 雨が穢すのは大地だけではない。雨は、打たれる者の心を冷やし、戦意と活力を洗い流す。

 鉄骨とコンクリートと強化プラスチックで出来た、かつては人が日々過ごした学び舎の成れの果て。

 その只中で少女たちはただ、途方に暮れるしかなかった。

 

「……」

「華?」

 

 否、そうではない。

 まだ酸の雨の残り香も立ち上るなかで、華は何を思ったか耐圧服のヘルメットを脱いだ。

 目を瞑り、酸と鉄と埃の臭いの中に、微かに漂う懐かしい香りを吸い込む。

 

「こっちです」

「え、あ、まってよ華!」

 

 華がスタスタとあるき出せば、沙織は慌ててそのあとを追う。

 

「……行きましょう」

「だな」

 

 それを見ていたのは優花里と麻子。

 二人のあとを、立ち上がって追いかける。

 

「フォークトを追うぞ」

「応さ」

「ぜよ」

「うむ」

 

 歴女の皆が、優花里のあとをさらに追う。

 

「キャプテン、冷泉先輩に続きましょう」

「よし! 行くぞ!」

 

 バレー部の皆も、立ち上がってあとに続く。

 

「私らも行こう!」

「私らも行こうか」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

「み、みんな待って」

「きさまらぁ! 勝手に動くじゃないぞ!」

 

 一年生たちが、自動車部の皆が、風紀委員達が、ゲーマーっ娘達が、そして生徒会の皆も立ち上がる。

 果たして、華がたどり着いた先は、朽ち果てた校舎の傍らに立つ、同じぐらい朽ち果てた倉庫の跡。

 その中を占める瓦礫の山の片隅に、腰掛けるような調子で、鉄の戦士は少女たちを待ち受けていた。

 鉄の腕は萎え、鉄の足は力を失ってはいるが、錆びた三連ターレットの眼差しが、破れた屋根の隙間から差し込む太陽を受けて、微かに輝いた。

 見慣れた、いや見飽きたかもしれないスコープドッグの姿が、今の少女たちには頼もしく見えた。

 

「ドッグ系、もう一体あるよ!」

「こっちにも!」

「見て! あっちにはトータスタイプもある!」

 

 華をここまで導いたのは、嗅ぎ慣れたポリマーリンゲル液の香りであったのだ。

 それにこの臭いの濃さ、まだどこかにそれを満たしたタンクがあるに違いない。

 

「……ひとまず、ここを人が住める場所にしないといけませんから」

 

 華は、集まった皆の方へと振り返り、言った。

 

「その為には、力が必要ですわ。だから……」

 

 錆の浮いた鉄の脚を、愛おしげにさすって、彼女は皆へと笑いかける。

 

「この子を、直してあげるとしましょう」

 

 これには、杏が笑顔で即座に応じた。

 

「だね。みんなでさ、もう一回AT作ろっか」

 

 会長がそう言えば、俄然、装甲騎兵娘達の心には力が再び漲ってくる。

 目的を見つけ、それに向かって走るときの大洗女子に、敵うものなどいない。

 

「「「「おおおお!」」」」

 

 誰が音頭を取った訳でもなく、皆で拳を天へと突き上げて、鬨の声を上げる。

 そのさまを見て、華は確信したのだった。

 

 ――そう、華は咲けるのだ。どこであろうとも。

 

 





 ――予告

「奮闘する大洗女子の皆の一方で、みほもまた彼女の戦いを続けていた。ひとまず逃げ込んだ知波単学園の校風に戸惑いながらも、みほは反撃の牙を着々と研ぐ。でもねみほ、気をつけたほうが良い。例のバララントの軍人とやらが、また何か怪しげな動きをしているね。それに今度は、ギルガメスからも、別の密使の影がのぞく。さてさて、風はどういうふうに吹き出すのかな」

 次回『ベース』


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stage06  『ベース』

 

 

 夜が明けると同時、鶏が鳴くよりも早く、起床を告げる喇叭が鳴り響く。

 それは知波単学園艦の甲板上に、余すことなく鳴り響く。

 

「起床!」

「起床!」

「起床!」

「起床であります!」

 

 知波単女子達の朝は早い。

 学期中であろうと休業中であろうと、常に夜明けと共に目覚め、かといって早寝をする訳でもない。

 厳しいながらも規則正しい、質実剛健たる校風を反映した生活秩序がそこにある。

 絹代が跳ね起きるとほぼ同時に、その後輩たちも寝床から跳ね起きる。

 その寝間着は着替えやすい極めて簡素なものだった。

 

「起床します!」

「起きましたわ!」

 

 知波単乙女達にコンマ一秒遅れて、しかしそれでも充分な素早さで起床の声を上げたのは、ボコられクマのプリントされたパジャマに、聖グロリアーナの校章が入ったジャージを纏った少女が二人だ。

 共に髪は乱れて、眼は半開きになってはいるが、声にはもう既に寝ぼけの気配はなかった。

 二段ベットの上階から、ぴょんと飛び降りて背筋を伸ばした。

 

「まずは朝一番の点呼だ!」

 

 寝間着もはだけた、胸元が艶っぽくも凛々しい絹代の声が一同にかかる。

 

「玉田います!」

 

 と、いの一番に大きな声で答えたのは、デコッパチおさげの少女、玉田だった。

 

「細見健在です!」

 

 間髪入れずに続いたのは、頭上に二つの渦巻き髪という不可思議な頭をした細見だった。

 

「福田! 頑張って起きました!」

 

 三番手は一番背が低い、二つおさげの眼鏡の少女、福田であった。

 心なしか、声の調子も他二人に比べると幼い印象だ。

 

「西住! います!」

「ローズヒップ! ここに!」

 

 西住の家、あるいは元黒森峰生徒としての習性か、みほも必要もないのに元気に返事した。

 それにつられてローズヒップも快活に大声をあげた。加えて彼女は胸元に拳まであてて、無駄に気合が入っている。

 皆が朝から元気な様子なのに、絹代は満足げにうんうんと頷いた。

 

「よし! まずは着替えと清掃! その後は体操に乾布摩擦! そして朝食だ!」

「「「了解であります!」」」

「了解です!」

「かしこまりましたわ!」

 

 絹代の号令一下、知波単娘達と同時にみほ達は動き出す。

 素早くインナーに着替え、シーツをたたみ、タオルケットを折り曲げる。

 掌でシワを伸ばせば、まるでホテルのベッドメイクのように整ったベッドが六つ並んだ。

 

「よし! ならば校庭に向かうぞ!」

「「「了解であります!」」」

「了解です!」

「かしこまりましたわ!」

 

 絹代を先頭に一列早足に校庭に向かえば、ちょうどの他の部屋の知波単生徒達も寮から駆け出て来る所だった。

 知波単学園は全寮制であり、全ての生徒が規律ある生活を送っている。

 中でも、装甲騎兵道チームのメンバーの規則正しさは際立っていた。

 

「各班! 点呼!」

 

 絹代が大声を張り上げれば、即座に各室長がそれに応じる。

 当然のようにチーム全員は揃っている。夏休み中だろうと寝坊するような不届き者は知波単学園にはいないのだ。

 

「ラジオ鳴らせ~!」

「了解しました!」

 

 福田が古めかしいラジカセの電源を入れ、つまみを調節すれば、お馴染みの曲がスピーカーから鳴り響く。

 

「いっちにっさんしっ!」

「にいにっさんし!」

 

 絹代がラジオの声に合わせて声を張り上げ、一同はそれに唱和する。

 当然、みほもローズヒップももである。

 知波単学園へと逃げ込んで二日目。

 二人は完全に、知波単学園の空気に馴染んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――stage06

 『ベース』

 

 

 

 

 

 

「これより、ミーティングを行う!」

 

 朝食を済ませた後、まずは基礎体力づくりのランニングに出かけた下級生達とは別に、寮の会議室に集められたのは、知波単学園装甲騎兵道チームの主だった分隊長達だった。

 上座中央には絹代が立ち、その左右にみほとローズヒップが座っているという形だ。

 こういう畏まった席には慣れていないのか、ローズヒップはきょりょろと辺りを見渡し、落ち着かない様子だった。

 

「西隊長! 本日の議題は、やはり大洗女子学園に関することでありますか!」

 

 と、真っ先に挙手して発問したのは玉田だった。

 今や知波単学園の装甲騎兵乙女たちの間では、大洗女子学園の話題で持ちきりだったのだ。

 なにせ全国優勝を果たしたチームの隊長たる西住みほが、わざわざこの知波単学園を頼って『亡命』してきたのである。加えて、大洗学園艦は文科省のAT降下部隊に占拠されているという噂まで飛び交っているのだ。

 気にならない筈もない。

 

「そうだ! 文科省からはいぜん公式発表は無いが、大洗女子学園が強制廃校のために占拠されたのは最早明らかだ! 福田!」

「はい!」

 

 絹代に促されて起立し、正面ホワイトボード前に立った福田は、模造紙に書かれた報告書を貼り付けた。

 知波単は基本あらゆることがアナログである。だがそれは自分たちの手で何事も達成しようという積極性、ならぬ突撃性へも繋がっているのだ。

 

「昨日、マ式09で大洗学園艦への強行偵察を実施した所、乗艦を阻むべく甲板上には夥しい数のATが配置されていて、周辺の海への警戒にあたっておりました! 福田、誠に遺憾ながら、艦の内部にまでは潜入することあたわずであります!」

 

 マ式09とはマーシィドッグのことである。

 知波単学園はATを呼称するときも、極力外来語は用いない。

 外来語は知波単娘をしても突貫容易にならざる難敵なのだ。

 

「しかし! 僚機と連携し稼働時間ぎりぎりまで偵察を行った所、相当数の回転翼機が着艦する様子の撮影に成功いたしました! 機の規模から察するに、あれは単なる人員輸送などではなく、大型機材を持ち込んでいると推定されますであります!」

「ぬうう! 文科省め! 学園艦を洋上で解体でもするつもりか!」

「学び舎を相手になんという所業!」

 

 直情径行な知波単娘達である。

 大洗を襲った不幸を、あたかも自分たちの身に起こったことであるかのように哀しみ、怒っている。

 みほが改めて思うのは、黒森峰時代に経験した彼女らの突撃戦法だ。

 まさに疾風怒濤。あの勢いの凄まじさも、今の彼女たちを見ていると大いに納得できる。

 

「さらに、別働隊が追い出された生徒や住民の行先を探った所、少数のグループごとに列車やバスに乗せられ、バラバラに連れ去られたとの目撃情報を入手しましたが、その行先に関しては依然不明であります」

 

 福田からの報告を聞いて、知波単制服に身を包んだみほは、その裾をぎゅっと握りしめた。

 みほの表情がこわばったのを見たせいか、細見が立ち上がって福田を指差し叫ぶ。

 

「福田ァ! それじゃ肝心なことが何も解っとらんじゃないか! 西住隊長のご学友はどこに消えたのだ!」

「そうだぞ福田ァ!」

「それでも試験満点の女か福田ァ!」

 

 福田は返す言葉もなく、ぐぬぬと表情を強張らせた。

 しかしここで西絹代、隊長として皆の間に入り制止にかかる。

 

「待て! 相手は国家権力だ。早々手札を晒す容易い相手ではない。そのなかで福田達は良くやってくれた」

 

 絹代がこういうからには、一同も納得するしかない。

 細見達は静かに着席するが、福田の表情はこわばったままだ。

 彼女自身でも、肝心な情報が得られなかったことを気に病んでいたのだ。

 

「あの!」

 

 ここで発言を求めて挙手したのはみほだった。

 絹代が視線で促せば、みほは立ち上がる。

 知波単娘達の真っ直ぐな視線が集まるのを感じると、一瞬戸惑って生唾を飲み込む。

 だが次の瞬間には、落ち着きを取り戻し、鉄の騎兵を駆るときと同じ表情でみほは話し出す。

 

「突然やって来た私を、暖かく向かい入れて下さった皆さんには、本当に感謝の念にたえません」

 

 続けてみほは福田を見た。

 みほにその瞳を見つめられて、福田はさっきとは別の意味で緊張にこわばった。

 

「みなの行方を、探って頂いてありがとうございます。何の縁もゆかりもない私達の為に……」

「そ、そんなことはありません!」

 

 みほが頭を下げたのに対して、福田は激しく頭を振った。

 

「若輩ながらこの場の総意を代わって言わせていただければ、我らは同じ装甲騎兵道を歩む同志でありまして、その同志、それも道を極められた戦の名人が苦境にあるとあれば、助けるのが当然であります!」

 

 福田が熱っぽく言えば一転、分隊長達からは賞賛の声が飛ぶ。

 

「良いぞ福田ァ!」

「その通りだ福田ァ!」

「流石は試験満点だぞ福田ァ!」

 

 絹代もうんうんと頷いており、ローズヒップまでもがコクコクと頷いている。

 戦友たちから引き離された今のみほには、こうした声は暖かく胸に響いた。

 

「さて、ここからが本題だが、我らが知波単学園としてはこの大洗の危急に対しいかなる行動をとるべきか、各分隊長に意見を貰おうと思った訳だ」

 

 皆が気持ちをひとつにした所を見計らって絹代が意見を求めれば、玉田、細見、さらには他の分隊長達も次々と立ち上がっては拳を天井へと振り上げる。

 

「無論、学園艦を奪還すべく本校一丸となった突撃を敢行すべきかと!」

「手ぬるい! ここは文科省に対し正面突撃だ!」

「まだ手ぬるい! もっと上を狙ってこれは直接国会に異議申し立ての抗議的突撃を!」

「その策乗りましたわ! 聖グロリアーナ一同も馳せ参じて一緒にチャージ&アサルトですわ!」

 

 ローズヒップまでもが一緒になって盛り上がり始めるが、ここで絹代がパンパンと大きく手拍子し、皆に座るように促した。

 

「皆の気持ちは良くわかった。私としても皆の先頭に立って突撃したい気持ちだが……」

 

 しかしここで玉田が再度立ち上がって拳を天へと振り上げる。

 

「そうですよ! 西隊長を先頭に突撃です!」

「西隊長ご指示を!」

「不肖福田、ご命令あれば一秒と間をおかずに突撃してみせます!」

「いえ、一番槍は是非このローズヒップめにお任せを!」

 

 福田やローズヒップまでもが再び立ち上がって同調すれば、一瞬の戸惑いの顔の後、眼を見開いた絹代は腰に手を当てて声高らかに言った。

 

「よし解った! ここは皆で文科省に突撃だ! ATの準備を――」

「駄目ですよぉ!?」

 

 思わずみほは突っ込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

「……で、みほからは何だって?」

 

 ミッコが振り返って聞けば、アキは無線機のヘッドセットを外して、首に引っ掛けた所だった。

 

「うーん。なんか良くわかんないんだけど、知波単のみんなを何とか抑えているから、その間に飛行機とATの回収をお願いってさ」

「……向こうは何が起こってる訳さ」

 

 ミッコとアキが顔を見合わせて首をかしげれば、相変わらず独りカンテレを爪弾くミカは、詩を詠う調子で言う。

 

「風が吹き込めば炎はあがる……ましてやそれが、強い風ならばなおさらなのさ」

 

 アキとミッコはと言えば「またわけのわからんことを……」という思いを視線に込めて見つめたあと、それぞれの仕事へと戻っていく。

 彼女らが操るのは古びたモーターボートであり、三人乗ればもういっぱいいっぱいなボロ船だった。

 みほからの緊急連絡を受けて、急遽予定を切り上げて地球へと舞い戻ったミカ達の仕事は、隠してある聖グロリアーナ連絡艇と中身のATの回収だった。

 基本的に商売人気質で、銭に繋がらない仕事は殆ど受けない彼女らだったが、今回だけは例外的に前金無し全額後払いということで引き受けた。

 みほは、今や単なる商売相手ではなく共に鉄騎兵の轡を並べる仲間であるのだ。

 刹那主義には賛同しないのがミカの主義だが、しかし情に棹さして流されるのも時には悪くはない。

 

「あー、目当ての入江、見えてきたよ」

「えーと、入江の中の……ここの辺りか」

 

 アキの水先案内に従って入江の中に船を進め、適当な所でエンジンを停止した。

 ミッコ達は海の中を覗き込んでみるが、緑色が深い海でよく見えない。

 

「とりあえず言われた通りにやってみようよ」

 

 アキが携帯情報端末を取り出し、電話番号のようなものを入力した。

 すると深い海の底から、気泡が徐々に上がってきて、その量も範囲も拡大していく。

 

「ミッコ、ちょっと船ずらして」

「んにゃ」

 

 ミッコが指示通りに船をずらせば、果たして巨大な鉄の固まりが元いた場所に浮上してきた所であった。

 絡みついていた水が流れ落ちれば、水色の機体が顕になった。

 聖グロリアーナ連絡艇は本来星間飛行にも用いられる宇宙船だ。宇宙空間にたえられて、海中に耐えられない道理はない。

 

「さて、それじゃ仕事に取り掛かって……」

 

 ミッコが連絡艇の乗り移ろうとした、正にその時、不意に携帯情報端末の着信音が鳴り出した。

 自分のものではなかったのでミッコがアキのほうを見れば、アキも首を横に振っている。

 二人の視線がミカのほうに集まれば、彼女はポケットからそれを取り出した所だった。

 ミカは緊張に震える手で通信に出た。

 彼女は人に端末の番号は教えないし、掛かってくることなど滅多にない。

 

「誰かな?」

 

 聞き知らぬ男の声は手短にこう告げた。

 

『右翼、第2エンジンの下部……そこに面白いモノがついている』

 

 ミカが誰何する間も与えず、通信の主は回線を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 男は受話器を戻すと、電話ボックスから外に出た。

 鳴り響く電子音を遠ざかる背中で聞きながら、男は煙草を一本取り出すと、紫煙をくゆらせる。

 金髪を短く刈り込んだ男は、ギルガメス軍服をまとい、その上から青いストールを肩に掛けていた。

 肩章は、彼が中尉であることを示していた。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「ロッチナ大佐」

 

 情報部員らしく、普段はろくに表情を動かさない部下が、珍しく戸惑った顔をしている。

 

「どうかしたか?」

「いえ、それが……」

 

 部下に促されてロッチナがモニターを後ろから覗き込めば、監視ビーコンのシグナルが一つ、ロストしているのが見える。ロッチナも部下と同じ怪訝な顔になった。

 

「これは例の機体に取り付けてあったものだな」

「はい。例のアレギウムの船と同型のやつに取り付けたやつです。……多少荒事慣れしているとは言え、女学生に見つかるとは思いませんでしたが」

「……」

 

 みほ達が大洗学園艦から逃げ出した際に、文科省のAT部隊が取り付けた探知ビーコンが外された。

 自然に外れたのか、あるいは隠してあった艦を回収した誰かが取り外したかのか。

 しかし、どうやってビーコンの存在に気づいたのか。

 地球の探知機では発見するのが著しく困難であった筈だが……。

 

「もしかして、ギルガメス情報部の仕業なんじゃぁ」

「私も今、全く同じことを考えていた所だよ。……大使館の連中を使って、近日中にこの惑星にやって来たギルガメス人を探らせてみよう。どうも、連中も我々と同じ意図のもと、水面下で動いているという噂もある」

「連中も例のものがねらいなんでしょうか」

「さてな」

 

 ロッチナは夥しい数のメモランダムが留められたコルクボードの前に立つと、そこに新たな一枚を付け加えた。

 コルクボードには、みほが知波単学園に隠れているという事実、聖グロリアーナはじめ各校の動向、ミカ達継続三人娘達の行動、さらには文科省や装甲騎兵道連盟の動きまで逐一まとめられている。

 バララントは銀河を二つに割ってギルガメスと並び立つ超大国だ。

 その諜報能力の凄まじさは想像を絶っしている。

 

「いずれにせよ、コレを先に手に入れるのは我々さ。文科省を動かすことで、既にゲームの主導権は握っている」

 

 ロッチナは視線を落とし、椅子の上に座らされた、一体のぬいぐるみに目をやった。

 そこには奇怪なクマのぬいぐるみが鎮座していた。

 手足に包帯を巻き、縫い傷を幾つもつくった異形の姿。

 それは、ボコられクマの『ボコ』のぬいぐるみに他ならなかった。

 

 






 ――予告

「月刊装甲騎兵道が白日の下に晒した、大洗強制廃校の事実。装甲騎兵道を歩む少女たちに怒りと驚きをもたらしたこの異様なニュースに、遂にあの女性が動き出す。みほ、どうやら君のお母さんは、敵に回しては行けないたぐいの人らしいね。でも、その彼女をもってしても容易ならざる難敵が、敵の牙城では待ち受けているみたいだ。はてさて、話がどう転ぶのか、これは見ものだね」

 次回『キャッスル』


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stage07  『キャッスル』

 

 

 

 

 その日、ニーナが郵便ポストの蓋を開くと、珍しいことに中身がちゃんと入っていた。

 

「あれまぁ~なんだべ?」

 

 プラウダ学園艦甲板上、装甲騎兵道チーム練習施設の一角、打ちっ放しのコンクリートの上にポツンと立った古臭い意匠の郵便受けの中身を確認するのは、ニーナ達一年生の仕事だ。防諜上の理由から、外部の人間が頻繁に出入りする郵便受けは施設の一番外に配置され、しかも辺りには遮るものもなく吹きっさらしだ。今は夏だから良いが、秋に入ればもう寄せる風波に凍え上がるハメになる。だからこそ一年生の仕事になっている訳だが、ほとんど場合、郵便受けの中身はどうでも良いAT関連の広告か、請求書の類でしか無い。

 だが、今日に限って珍しく、封筒に入った普通の手紙が入っていたのだ。

 

「は~これまたたっかそうな封筒」

 

 コンビニで売っているような茶封筒ではなく、絹のような肌触りの白い封筒で、裏面を見ればわざわざ封蝋まで押されていた。その封蝋の紋章には、ニーナも見覚えがあった。

 

「これって……聖グロリアーナの!」

 

 湯気を吐くティーポッドとカップの紋章は間違いなく聖グロリアーナのものだった。

 差出人の名の部分には、ただDの一文字が記されていたが、それが何を意味するかは誰の眼にも明らかだった。

 

「てぇーへんだぁ~!」

 

 聖グロリアーナの隊長が直々に手紙を送ってくるとはただごとではない。

 ニーナは大急ぎでだだっ広い訓練場のアスファルトを駆け抜け、七階建ての通信アンテナへと向かった。

 その最上階こそが、プラウダ高校装甲騎兵道チームが隊長、カチューシャの根城に他ならない。

 エレベーターに乗って一息に最上階へ。最初に出迎えたのはノンナだった。

 

「カチューシャ隊長に~お手紙です」

「誰からですか?」

「聖グロリアーナの、ダージリンさまからですぅ」

 

 ニーナから受け取ったカチューシャ宛の手紙を、躊躇うことなく開封し、ノンナは中身をじっくりと読む。

 蝋封をどこから取り出したのかカミソリでスッと切り開く業前は、手慣れたものにしかできない動きだった。

 

「……」

 

 紙面を目で追うノンナの眉の間が、徐々に険しさを増していく。

 元々が怜悧な美人であるノンナである。眉を顰めれば、その美貌の冷たい気迫は否が応でも増す。

 カチューシャの機嫌を損ねたときのようなノンナの表情に、ニーナは震え上がった。

 

「……ニーナ」

「はいです!?」

 

 裏返った声でニーナは応えた。

 

「装甲騎兵道受講者を召集しなさい。大至急」

「はいです!」

 

 再度裏返った声で応えれば、ニーナは飛ぶように駆け去った。

 手紙を手際よく封筒に戻したノンナは、隊長室の一角、専用のベッドで眠るカチューシャを優しく揺り起こす。

 

「……ムニャ……なによ、ノンナ」

 

 眼を擦りながらカチューシャがあくびをすれば、ハンカチに続けてダージリンからの封筒を差し出した。

 

「何よコレ。ダージリン? なんでわざわざ手紙なんかで……」

 

 装甲騎兵道関連の連絡は主にメールかSNSで行っている。

 それをわざわざ手紙など出してくるとは。何か特別な意味があるのか否か。相手があのダージリンだけに判断がつきかねた。

 

「ナイフ」

「はい」

 

 ノンナが銃剣風のペーパーナイフを差し出せば、不器用な手つきでカチューシャが封蝋を外す。

 中に入っていたのは、センスの良い文様が描かれた便箋だ。

 そこには恐らくは万年筆を使ったものであろう、ダージリンらしい優雅な筆跡が踊っている。

 寝ぼけ眼をこすりながら、カチューシャは読み進め……徐々に顔が険しくなり、最後は怒りに真っ赤になった。

 

「……のんなぁっ!」

「はい。カチューシャ」

「いぃまぁすぐ同志達を召集しなさい! 大至急! 今すぐに!」

「もうやってます」

 

 ノンナの返事を聞いた直後には、カチューシャは肩を怒らせてエレベーターへと向かっている。

 なんでノンナがカチューシャが出すであろう指示を解っていたのか、それを疑問に思うこともなく、怒りに便箋を握りしめながら、カチューシャは歩む。

 手紙に書かれたいたのは他でもない、大洗強制廃校の経緯であった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――stage07

 『キャッスル』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダージリンが四方に放った檄文を読んだ装甲騎兵道娘の反応は決まって同じだった。

 皆一様に、驚き、哀しみ、そして憤りに燃えていた。

 

「即時全員招集! Hurry up!」

「「イエス、マム!」」

 

 ガッデーム!と思わず吠えたケイもまた、アリサとナオミに即座に招集指示を下す。

 いつもはなんだかんだで明るくフランクなケイが、こうも怒りを露わにするのは珍しく、それだけにアリサなどは顔を青ざめさせながら走り出す。広いサンダース学園艦の中を、瞬く間に急報が駆け巡る。

 

「号外! 号外!」

「全員コロッセオに集まれー!」

 

 アンツィオではカルパッチョがツヴァークを走らせ、その平たい頭上に設けられた即席のキャットウォークから、ペパロニがビラを撒き散らし、アンチョビが拡声器で叫ぶ。ビラの中身を見たアンツィオ装甲騎兵乙女達は、こりゃ一大事とコロッセオに走る。

 

「エリカ」

「はい隊長」

 

 一方、黒森峰ではまほが表面上は冷静にエリカにチームの招集を命じていた。

 余人には普段と変わらぬと見えるまほの鉄面皮も、エリカの眼からすればどこか落ち着かない様子に見えた。

 実際、エリカからは見えぬ後ろ手では、まほはダージリンからの檄文を握りしめていたのだった。

 

「……」

 

 冬の湖のように静かな瞳の奥で、怒りの炎を燃やすまほ。

 そんな彼女の携帯通信端末が、出し抜けに着信音を鳴らす。

 

「はい」

 

 相手も確かめずまほが電話に出れば、相手は予期せぬ人物であった。

 

『まほ』

「!……はい、お母様」

 

 いつも変わらぬ、冷たく厳しい呼び声。

 しかし何故だろう、娘だから解る些細な違和感か。

 母の、西住流家元、西住しほの声はかすかに震えて聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 ――まずいことになった、と、辻廉太は額の汗をハンカチで拭いながら胸中で嘆息した。

 

「納得のいく説明を頂きたい」

 

 黒の上下に白いシャツを纏った姿は剽悍として、来客用のソファーにどっかり座る様はまるで戦国時代の武将さながら。口調そのものは丁寧だが、その落ち着いた声色の陰に込められているのはあからさまな恫喝だ。

 西住流家元、西住しほ。どこで事の次第を知ったか知らないが、彼女が出張ってくるのは辻にも全くの想定外であった。

 確かに大洗女子学園は彼女の娘、みほを擁してはいるが、そのみほを黒森峰からの追放に追い込んだのは他ならぬ西住しほ自身。この女傑が不肖の娘の学園艦程度の問題で動くは考えてはいなかったのだ。

 

(くそう……何で私が批判の矢面に立たねばならないのだ)

 

 自分自身も大洗の強制廃校を考えたこともある辻ではあるが、流石にこの降ってわいたような状況には愚痴のひとつも言いたくなる。

 自分の立てた策謀ならば、もしくは文科省の上司達の意向なら、あるいはもっと上の政界のお偉方の意向であるならば恨み辛みを浴びるのも一向に構わない。それが仕事であると最初から割り切っているからだ。何を言われようと、自分のキャリアに響かない限りは痛くも痒くもない。

 だが、自分の今の行動のひとつひとつが、遥か彼方星の海を越えてきた異邦人からの指示に拠るものであることを思えば、自分にも理不尽を嘆く権利ぐらいあると辻は感じる。

 そして居丈高に指示を飛ばしてくる当の金髪碧眼のバララント人はと言えば、こういう面倒な仕事は完全に自分に押し付けて奥に引っ込んでいるのだからたまらない。

 恐らくはこの応接室も盗聴されているのだろう。だとすれば迂闊に弁解も述べられないのだからなお苦しい。

 

「……先程もお話した通り、廃校は既に確定し、その予定も既に先方に告知済みのこと。こちらとしては当初の予定通りの業務を実施したまででして」

「廃校は年度の切り替わる三月末日に行われるのが通例。年度も半ばの八月付で行うのは異例では?」

「飽くまで通例は通例です。大洗の件に関してはその必要に応じて繰り上がった部分はあるやもしれませんが、全て規定通りに物事は運んでおります」

 

 なんと言われようと、これは規定通り、法令遵守の行動であると言い訳を続けるしかないのは正直苦しい。自分たちの描いたものではない絵図通りに動かねばならないのは、策を弄する側に慣れきっていた辻には苦痛そのものだった。

 

「そうですか……どうも、マスコミの報道とは著しく齟齬があるようですが、これはいかなことでしょうか」

 

 ……マスコミの報道?

 徹底した箝口令をしき、情報がもれぬように大洗学園艦の生徒・住民は特別列車か特殊車両でバラバラに一時待機所に移送し、しかもそこでは外部との接触が容易に持てないように処置は済ませてある。

 ネット上ではすでに様々な噂が飛び交っているのも辻は把握しているが、そんなものは所詮流言飛語に過ぎないと幾らでも蹴散らせる。

 だがマスコミはマズい。だからマスコミには重要な情報は回らないように手は下していた筈だ。

 そんな風に辻が考えている前で、しほは傍らのブリーフケースから一冊の雑誌を取り出してみせた。

 『月刊装甲騎兵道』。辻も仕事柄読み慣れた雑誌だが、受け取って見れば即座に日付がおかしいのに気づいた。本来の発行日は何日か先になっている。

 

「個人的な縁で譲って頂いた一冊ですが、数日後には書店に並ぶのと同じものです」

 

 しほの言葉を、半ば辻は聞き流していた。

 それほどまでに、辻の意識は目前の誌面に集中していた。

 雑誌の巻頭記事にて特集されているのは、大洗の強制廃校に関してだった。

 大洗内部の人間しか知り得ぬはずの赤裸々な情報が誌面には並べられ、文科省への強い世論の抗議を生むのに充分な起爆剤が仕込まれているのが解る。いつのまに誰が撮ったのか、大洗学園艦を闊歩する文科省AT部隊の姿すら激写されている。

 情報を垂れ込んだのは西住みほか? いや、彼女はいまだ知波単学園から動いてはいない。あの学園と外部との交信は全て傍受している筈だが、それらしい報告は上がってきてはいない。ではいった誰が?

 

「……ガセネタですよ。これは。西住流家元ともあろうものが、このような風聞に踊らされてはいけませんな」

 

 辻は飽きるほどに使い慣れた愛想笑を顔に浮かべながら言った。

 しかし、対するしほはじっと辻を見つめるばかり。あの様子だと、彼女なりの裏とりは既に済ませているらしい。

 

「聞く所によれば、大洗装甲騎兵道チームとの間で交わしていた廃校撤回の約束を反故にしたとか」

「それは誤解です。先方にはただ、考慮すると申したまでで……こちらとしても最善は尽くたのですが」

 

 現状、目の前の女傑がこちらの手札をある程度知っているという前提で話を進める他はない。

 全くもってやりづらい!ことの発端は異邦人達だと言うのに、どうして私が苦しむ!

 

「大洗女子学園は全国大会の優勝を勝ち取った高校です。文科省の掲げるスポーツ振興の観点から見れば、存続させるのが筋が通っている思いますが」

「それは解釈の問題です。大洗の優れた人材には新たな活躍の場所を広く全国に持つことで、高校装甲騎兵道全体の振興を図ることが出来ます」

「……母校を守るという約束を踏みにじられた彼女たちが、新天地でも装甲騎兵道を続けるとは到底思えませんが」

「それは彼女たち次第です。こちらとしましては、彼女たちの競技に対する熱意に期待したい」

「……どうやら、若手の育成に関するこちらと文科省の見解は大きく食い違っているようですね」

 

 しほは眼を伏せながらすっくと立ち上がった。

 雑誌をブリーフケースに戻し、今にも立ち去りそうな気配に、辻は嫌な予感を覚えた。

 

「これほどまでに見解に相違があるからには致し方ありません。プロリーグの件、辞退させて頂きます」

「あ、いや! それはお待ち下さい!」

 

 予感的中。しほが切ってきた最悪の予想通りのカードを受けて、辻は思わず立ち上がって引き止める。

 プロリーグの件とは、文科省が進めている装甲騎兵道プロリーグ設置に関しての話だ。西住しほは、その設置委員の一人に数えられている。いや、最も重要な委員の一人であると言って良い。装甲騎兵道会に絶大な影響力を有する彼女の力なくして、プロリーグ設立は叶わないのだ。

 もしも彼女が離れてプロリーグの設立が立ち消えになれば、合わせてプロリーグ設立を誘致の条件となっている世界大会の件も夢と消える。そうなれば同時開催予定のバトリングの世界大会も開催が怪しくなるし、さらにそれを見越して新たにバトリング団体を立ち上げた『島田流』すらもが文科省の敵になりかねない。

 後門のバララントも怖いが、前門の西住流もまた別の意味で恐ろしい。

 

「先生に委員を辞任されたら、プロリーグ開設は難しいことは、先生もご存知でしょう。それに大洗の一件とその件は無関係で」

「そこは解釈の違いというものですよ」

 

 こちらの言葉をそのまま返されたのならば、辻と言えどぐうの音も出ない。

 

(どうする?)

 

 相手が相手だけに普段ならば忖度のひとつしてみせる所だが、今度の仕事は飽くまでバララント人の都合だ。

 連中の機嫌を損ねれば――。

 

「よろしいですか?」

 

 そう扉を叩いて顔をのぞかせたのは、直属の部下の一人だった。

 何やらコチラに内密に聞かせたい話があるらしく、自分としほの顔を交互にしきりに見る。

 

「失礼します」

 

 そう断って、辻は部下からの耳打ちを声を聞いた。

 そして彼には珍しく一瞬驚いた顔をしてから、すぐにいつもの鉄面皮へと戻る。 

 辻はしほの方へと振り返った。

 辻の気配の変化に、しほは僅かに胡乱げに眼を細めた。

 

「……廃校の件、撤回するのもやぶさかではありません」

「条件はなんでしょうか?」

 

 しほはすかさず聞いた。

 

「大洗女子学園が――」

 

 辻は眼鏡を怪しく輝かせながら条件を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 ひとり文科省の門をくぐり出たしほの顔は、相手の譲歩を引き出したにも関わらず冴えない。

 差出人不明の密書と、月刊装甲騎兵道からのタレコミで事の次第を知ったしほは、まほにも同様の密書が送られており、その送り主が聖グロリアーナのダージリンであることを確かめてから行動を開始した。

 一人の母として、あるいは西住流の家元として我が娘に対する妥協は絶対に避けたいことだった。

 娘恋しさに動くなど母のプライド、家元としての矜持が許さない。

 しかし文科省の異様なやり方を前にしては、一人の武道家としてその動きを見過ごすわけにもいかなかった。

 

 そして一定の譲歩は引き出した。後は全てみほと大洗の少女たち次第とあいなった。

 自分が文科省を訪れた目的は完全に達せられた。

 だが、にもかかわらずしほの心は冴えない。

 

「……」

 

 文科省の、あの小役人の背後にいる誰か、あるいは何か。

 それを否が応でもしほは感じ取ってしまっている。

 この世の舞台をまわす巨獣が、奈落の底で動き回るのを確かに感じるのだ。

 では、その獣の正体とは――。

 

「ひとまず、姿を現しなさい」

 

 しほは静かに、自分を尾行する人物へと告げた。

 しらばっくれても無駄だと観念したか、尾行者はあっさりと姿を晒した。

 

「……流石は一流の武道家というやつだ。地球は平和な星と聞いたが、侮りがたし、というやつですな」

 

 ハスキーな声で軽妙に話し始めたのは、背の高い金髪碧眼の男だった。

 金髪を短く刈り込んだ男は、灰色の軍服を纏い、その上から青いストールを肩に掛けていた。

  肩章は、彼が中尉であることを示していた。

 

「ギルガメス……それもメルキアの中尉が私に何の御用で?」

 

 民間人のはずがひと目で自分の身分を言い当てたしほに対し、男は愉快と口角を僅かに笑みに歪ませた。

 

「キーク。キーク・キャラダイン中尉ですよ西住しほ師範代。いや、今はもう家元か」

 

 キークと名乗った男は握手のつもりか右手を差し出してきた。

 しほはその手を握り返すこともなく、油断なくキークの委細を観察し続ける。

 

「こっそり後を追ったことは謝ります。ただ、少しばかりお話がしたかっただけでしてね」

 

 キークは近くのコーヒーショップへと親指を向ける。

 

「お時間を頂けるとありがたいですな。貴女が気にかかっていることについて、私ならば正しい答えを教えて差し上げられる」

「……」

 

 暫時考えたあと、しほは頷いた。

 

「良いでしょう。ただし、私も忙しい。時間は30分を限度とします」

 

 つっけんどんな答えに、キークは肩をすくめた。

 

 

 




  ――予告

「西住流家元が動く一方で、装甲騎兵の道を歩む少女たちも、それぞれの戦いへと動き出す。そして告げられる、大洗廃校撤回の条件。銀河を、装甲騎兵道を二つに分かつ陣営が、互いを陥れんと策謀する。その狭間でみほ、君はどう動く?」

 次回『アナウンス』


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stage08  『アナウンス』

 

 赤い砂に覆われた荒野が、どこまで続く。

 遮るものなど何一つとしてなく、風はひとたび吹けば留まることを知らない。

 大小無数の砂嵐が旋風に巻き上げられ生まれ、空を赤く染める。

 視界は最悪で、こんな状況でこの荒野を通り抜けようなどと思う者は、普通に考えれば居ない。

 ――普通に考えれば、だが。

 果たして砂塵の向こうから、鳴り響くのはバイクのエンジン音。

 それも旧式の、しかし力強く頼もしい爆音を鳴り響かせながら、赤い帳をくぐり抜けて一台のバイクが走る。

 ヘッドライトの輝く先に覗く、僅かに残された視界を見据えながら、ライダーは鉄の馬を駆けさせる。

 ギルガメス軍で用いられているのと同型の、サイドカー付きの軍用バイクだった。

 サイドカーには動力のついていない、ギルガメス軍の装備の中では最も旧式と言っていい生きた化石だ。

 しかし、質実剛健なその作りゆえに愛用する兵士は多く、遠く離れたこの地球の地においても全く問題なくエンジンは轟音を響かせている。

 

「……」

 

 ライダーはハンドル部に無理やり外付けにした、携帯情報端末の画面へと視線をおろした。

 電子ネットより送られてきた地図には、いかなる建造物も記されず全くの空白になっている。

 しかしライダーは知っていた。地図には記されずとも、衛星写真にははっきりと建造物が写っていることを。

 ライダーは衛星写真と地図を重ね合わせ、地図のほうに赤いマーカーを設定した。

 それを、それだけを目印にライダーは砂嵐の荒野を駆けているのだ。

 一見、無謀とも思える行動だが、だがライダーの進む姿には一切の迷いはない。

 この先に、必ずや自分の目指すものがあると、確信している運転であった。

 

「……」

 

 ライダーは黒い耐圧服に身を包み、その上から軍用のポンチョを纏っている。

 ポンチョには頭をすっぽり覆うケープが付いているが、風で飛ばないように紐で固定した状態で被っていた。

 防砂ゴーグルに防塵マスクで、その顔は全く解らない。男か女かすら、傍目にははっきりとしなかった。

 騎乗でも抜きやすいように腹部に拳銃用のホルスターを下げている。

 それはずっしと重そうな、相当なデカブツであった。

 

「……!」

 

 不意に砂塵が晴れて、曇り空と赤砂原がライダーの視界を覆った。

 今にも酸の雨が降り出しそうな黒雲が彼方に見える。

 砂嵐こそ抜けたが、急いだほうが良さそうだった。

 

「……来たわね」

 

 タイヤからハンドルへと伝わる振動が、微かに変化したことをライダーは感じ取っていた。

 何かが、自分へと近づいてくる。この沙漠を震わせる何かが、恐らくは地の底から。

 ライダーは左手で腹に抱えるように吊るしたホルスターのカバーの留め金を外した。

 地面からの振動が強さを増し、サドル部からも体へと伝わるようになった。

 相手は近づいてきている。それも急速に!

 

「!」

 

 間欠泉のように、吹き上がる砂の柱!

 続けて姿を現したのは、モンゴリアンデスワームめいた異形の巨大蚯蚓だった。

 スナモグラだ。それも三匹同時。サイドカーバイクの進路を塞ぐように出現している。

 酸の雨に侵された赤い砂漠だ、スナモグラも飢えているのだ。本来ならば餌とみなさぬ筈の人間へと襲い掛かってくる。

 

「ハッ!」

 

 ライダーの左手がハンドルから離れたかたと思えば、次の瞬間には大型の自動拳銃がその掌に収まっている。

 まるで手品のような早業で抜き放たれたのは、箒の柄《ブルームハンドル》を思わせる独特の銃把を持った、変わった見た目の自動拳銃だった。トリガー前方に二十発は入りそうな大型の弾倉を備えた拳銃には、側面にセレクターがついていた。セレクターは既に「フルオート」に合わせられている。

 トリッガーを弾けば、自動拳銃は野良猫のように手の中で暴れまわった。

 ライダーは拳銃を横倒しにし、恐ろしい反動に跳ね上がる銃口を横薙ぎの銃撃に転ずる。

 あっという間に弾倉は空となったが、問題はない。

 込められていたのは試合用の弾丸だ。当たっても死にはしないが、痛いことには変わりない。

 野生動物のスナモグラにはそれで充分で、痛みに身を捩らせている隙にアクセルを全開にして、サイドカーバイクは化物と化物の間をすり抜けた。

 サイドミラーを見ても、スナモグラは追ってくる様子はなかった。

 野生動物はリスクを何よりも嫌う。餌食にするには危ういとさえ思わせればいい。

 ライダーは拳銃をホルスターに戻すと、目的地へと向けてさらにスピードを上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――stage08

 『アナウンス』

 

 

 

 

 

 

 サイドカーバイクを止めれば、道と街とを隔てる、半ば朽ちた門がそこにはあった。

 傍らにはかろうじて文字がまだ読める看板が斜めに垂れ下がり、ここがかつて学校として使われていた事実を告げていた。

 ――間違いない。ここが大洗の生徒たちが連れ去られた場所に違いない。

 念のために自動拳銃に弾倉を取り替えると、セレクターを単射に戻し、ホルスターに戻した。

 いつでも抜けるように留め金はかけず、ゆっくりとサイドカーバイクのエンジンを吹かす。

 門を潜り、僅かに進む。――その時であった。

 

「!?」

 

 スナモグラの奇襲にすら気づいた彼女の不意を突くように、背後から砂を掻き分け飛び出す人影。

 忍者のように地中に潜んだ襲撃者は二名。それぞれ手には鉄パイプのようなものを握っている。

 サイドミラーでそれに気づいたライダーは車体を反転させ、背後に向き直った時には既に自動拳銃が抜き放たれていた。

 

「うご――」

 

 動くな、と警告を発するつもりだった。

 だが、耐圧服に身を包んだ襲撃者達の、スコープ越しの視線でその真意に気づいた。

 気づいた時には、既に手遅れ。

 ライダーの背後、かつての進行方向に隠れていた別の襲撃者が砂中より姿を現す。

 しかも数は五人。うち二人は自動小銃を持ち、真ん中の一人はリボルバーを携えている。

 

「武器を捨てて両手をあげて!」

「両手をあげろー!」

「あげろー!」

 

 黒っぽい耐圧服のヘルメットの向こうから聞こえてくるのは、見た目に反した幼さを感じさせる声。

 ちょうど、高校一年生ぐらいの女子高生めいた声だった。

 五人組の側の真ん中の、リーダー格らしい耐圧服が続けて言った。

 

「何者ですか、ここにやって来るなんて。もし文科省の手のものならたたじゃぁ……」

 

 ライダーには、真ん中のリーダー格が手にしたリボルバーに見覚えがあった。

 銃身部のみステンレスの銀色で、弾倉やメインフレームはガンメタルブルーという若干変わった見た目のリボルバーは、傭兵部隊などで士官用に良く使われる代物である。その使い手に一人、心当たりがある。

 リーダー格が発した声はまさしく、その心当たりの人物のものであった。

 

「……何やってるのよ、優花里」

「え!? まさかその声は!」

 

 バイクを再反転させ、エンジンを切る。

 降りて防塵マスクを取り、ゴーグルを外し、ケープを取れば、銀髪をした少女の顔が顕になった。

 リーダー格の少女も耐圧服のヘルメットを外した。特徴的な癖っ毛が溢れるように広がった。

 

「やっぱり逸見殿!」

「ひさしぶりね、優花里。色々と大変だったみたいだけど」

 

 黒森峰女学園装甲騎兵道チーム副隊長、逸見エリカ。

 単身、大洗女子学園の皆が連れてこられた廃棄都市にたどり着いたライダーは、彼女であったのだった。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「どうぞ」

「悪いわね」

「いえいえ」

 

 差し出されたインスタントコーヒーを、エリカは口で冷ましながら飲んだ。

 目の前には薪が燃え、その上では古びた薬缶が湯気を吐いている。

 いよいよ振り始めた酸の雨がトタンの屋根を叩くが、見た目よりもずっと精巧に造ってあるらしく雨漏りひとつない。大した仕事だとエリカは内心感心していた。

 

「はふ! はふ!」

「甘いもの食べるの超久しぶり!」

「チョコレートってこんな美味しかったんだ!」

「口の中でとろける~」

「……」

「ありがとうございます、本当に美味しいです」

「……別に、大したことはしてないわよ」

 

 エリカがサイドカーに積んできた差し入れ用の食品や菓子の類を、一年生チームの皆は満面の笑みで頬張っている。梓の感謝に対し、エリカはそっけなく返した。だがそれが照れ隠しなのが優花里には傍目にも解った。頬がかすかに赤くなっていた。

 

「……ちょっと見ない間に随分とたくましくなったわね、貴女たち」

「そうでないとやっていけませんでしたから」

 

 優花里がしみじみと言った。その言葉には、万感の想いがこもっているのがエリカには解った。

 顔にフェイスペイントを施した優花里や、ウサギさん分隊の面々の纏った空気は山賊さながらで、良く言えば野性味に溢れ、悪く言えば無頼感丸出しだった。

 エリカも正直、身ぐるみ剥がれて荒野に放り出されるかと思ったぐらいだ。

 

「スナモグラ以外にも得体の知れない生き物が住み着いてましたので、そいつらを追い払うのも一苦労で」

「誰も寄り付かないように見える所ですけど、実は鉄屑泥棒も大勢居るんです、この辺り。使えそうなパーツは取り合いになります」

「まぁ、とっちめてやったけどねぇ」

「ねぇー!」

「ねぇ~」

 

 鉄屑泥棒というのは、いわゆる『再生武器商人』のことだろう。早い話がジャンク屋だが、商売の性質的に胡散臭い連中も多い。そんな輩共とやりあっていれば、気配が剣呑になるのも頷けるというやつだ。

 

「それにしても、ここがどこか良くわかりましたね」

「住んでる私らですらここが何処か知らないもんね」

 

 優花里の言葉に、あゆみが相槌を打った。

 鉄屑を漁り、再生武器商人の中でも話の通じそうな連中とは物々交換などもしているのだが、肝心の情報は全く手に入らないままだ。

 にも関わらず、エリカは単身ここへとやって来た。その絡繰が、皆一様に疑問だった。

 

「……私がここに来れたのは隊長の、いえ、家元のお陰なのよ」

「家元? 西住殿のお母様の? 西住しほ殿のことですか?」

 

 エリカは頷いた。

 

「島田流と並んで装甲騎兵道を二分する西住流……その門下生はあらゆる界隈に散らばってるけど、特に多いのが自衛隊や警察、それに官公庁。当然、文科省直属の装甲騎兵部隊にも」

「なるほど! その門下生の方々が、こっそり教えてくれたんですね!」

 

 あの蝶野亜美一尉も、西住流の門下生であったことを思い出しながら、優花里はポンと手を叩いた。

 

「人の口に戸は立てられないわね。ましてや横車を押すようなことをしてるんだから、なおさらね」

 

 エリカは彼女らしい皮肉っぽい表情で冷笑的に言った。

 優花里は心底同意とばかりに力強く首肯を返した。

 

「まぁ、ここを探すのを志願したのは私自身だけどね。結構大変だったわよ。文科省の監視があるだろうから航空機は使えないし。砂嵐に紛れてオートバイで近づく以外に方法はなかったわ」

「……」

「なによ優花里」

 

 何やら意味深な視線で自分を見つめてくる優花里を、エリカは眼を細めて視線を向けた。

 

「いえ……そこまでして、何故私達のことを探してくれたのかと……」

 

 優花里が伏し目がちに問えば、エリカは「何を今更言ってるんだ」といった顔で答えた。

 

「アイツや、貴女がひどい目にあってるのに、放おっておけるわけないじゃないの」

 

 そう言い終えて、慌てて「来年倒すべき相手がいなくなるのは不本意だ」とエリカは付け加えたが、それはどう考えても照れ隠しなのが、彼女の表情から明らかであった。

 

「逸見殿ぉ!」

「うわ!?」

 

 優花里は思わずエリカの胸元に飛び込んで抱きついていた。

 癖っ毛をエリカの胸元に押し付ける優花里の肩は震えていた。

 エリカはため息をひとつ吐くと、その肩を抱きながら、癖っ毛頭を撫でるのだった。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 酸の雨が止めば、バラックに避難していた皆がエリカのもとへと集まってくる。

 沙織が、麻子が、華が、桃が、柚子が、大洗の皆がエリカのもとへと集まってくる。

 居ないのは、杏会長だけで、それ以外の皆が集まってくる。

 

「――」

 

 エリカが語るの外界の情報を、一言も聞き漏らすまいと耳をそばだて、一字一句真剣に耳を傾ける。

 みほが知波単学園に身を寄せているという知らせには、皆が隊長の身の安全を喜び、ホッと安堵のため息を漏らす。西住みほが無事ならば、きっと何とかなる――そんな確信が、大洗の皆にはある。

 

「家元は既に動かれていて――」

 

 エリカの語りが、しほの動きについて差し掛かりそうになった時だった。

 エリカの携帯情報端末が、新情報を受信したことを告げるアラームを鳴らしたのだ。

 その中身を見て、エリカは言った。

 

「あなた達のことが、ニュースに出てるわよ」

 

 大洗の皆が、そのニュースを見るべく、エリカへと殺到する。

 

 

 

 

 

 

 

 みほは、そのニュースを知波単学園にて聞いていた。

 そのニュースが齎されたのはちょうど、みほが自身の立てた文科省襲撃計画を絹代らに説明している所だった。

 

 一人廃墟より脱出し、外界へとたどり着いていた杏は、訪ねた先、蝶野亜美一尉と共にそのニュースを聞いていた。

 

 ダージリンは午後のティータイムの最中に、アンチョビはパスタを茹でながら、ケイは特別メニューの訓練の途中で、カチューシャは昼寝明けの寝ぼけまなこで、ミカ達は聖グロリアーナ連絡艇の機上でニュースを聞いていた。

 

 しほは自宅のテレビからそのニュースを聞いていた。傍らにはまほがいて、さらにその傍らには紫煙を燻らせるメルキアの情報将校の姿があった。

 

 ロッチナは文科省から借り受けたオフィスでニュースを聞いていた。来客用のソファーの上には、扇子で口元を隠す島田流家元の姿があり、その隣にはフランス人形のような一人娘の姿があった。

 

 テレビのニュースは告げていた。

 大洗女子学園と、大学選抜チームのスペシャルマッチが近日開催されるという特報を。

 ニュースを読み上げているのは、役人然とした眼鏡姿の文科省の役人であった。

 

 

 






  ――予告

「いよいよ舞台は整った。あとは役者を揃えて、幕を開くまでさ。西住流が、島田流が、装甲騎兵乙女達が、文科省が、ギルガメスが、バララントが、それぞれの役を演じ、物語を紡ぎ始める。さて、今度の場面の主役は杏、大洗女子学園生徒会会長だ。みほ達の陰で、彼女は彼女の戦いを戦っていたというわけさ」

 次回『ムーブメント』
  


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stage09 『ムーブメント』

 

 その日、東京市ヶ谷にある日本装甲騎兵道連盟本部正門前に、奇怪なATが一機、姿を現した。

 通行人は思わず立ち止まってその姿を見つめ、中には携帯情報端末で撮影しているものもいる。

 受付係が表の騒ぎを聞きつけ、飛び出してきた。

 ――狙い通りである。杏はコックピットのなかでほくそ笑んだ。

 頭部には工事用の黄色地に安全第一の緑の文字ペイント。

 胴体は使用していた運送会社のイメージカラーに企業ロゴ。

 右腕部は通常の緑色に、左腕部は軍用カラーの紫。

 右脚部は警察用の白地に黒のライン、左脚部には何やら可愛らしいキャラクターがプリントされていた。

 ありあわせのジャンクパーツで構成されたフランケンシュタインの怪物のごときATは、その表面のどこを見ても傷がついていない所はなく、塗装が禿げていない所もなく、錆が浮いていない所もない。

 まるでゴミ捨て場のジャンクの奥底から這い出てきた、ATの亡霊とでも評すべき姿だった。正直、ここまで辿り着けたこと自体、半ば奇跡だったように杏には思えた。

 

(……)

 

 杏は首を左右に振って、奇跡、という脳裏に浮かんだ単語を掻き消した。

 奇跡などである筈もない。

 このスコープドッグ一機仕上げるのにも、皆がどれほどの努力をしたのかを、杏は知っている。

 全ては、自分を外へと送り出すためだ。これは皆の想いの形なのだ。断じて奇跡などではない。

 

「たのもー!」

 

 外部スピーカーをオンにして、音割れだらけの声を響かせる。

 そして一歩、正門の方へと踏み出した。

 まずこの継ぎ接ぎだらけのATが動いたという事実に野次馬達は驚いた

 慌てて受付と守衛が杏の駆るスコープドッグの前へと立ちはだかり、両手を広げて止まれとジャスチャーした。

 ノイズだらけのカメラを通じて、ATの異様な姿に驚く人々の顔が杏にも見えた。

 見た目の悪さは承知の上。むしろ話題になってくれて大いに結構。今大事なのは、大洗の惨状を世に知らしめ異議の声を引き起こすこと。

 杏はATのハッチを開くと、小さな体を宙に踊らせ、危なげなく着地してみせた。

 やや草臥れた見た目になってしまった大洗の耐圧服のヘルメットを外し、一転、会長らしい丁寧な口調で受付へと告げた。

 

「大洗女子学園生徒会長、角谷杏です。理事長にお取り次ぎをお願いします。アポイントメントはとってあります」

 

 呆気にとられた受付係に代わって、応えたのは杏にも聞き覚えのある声であった。

 

「よく来たわね。待ってたわ」

 

 陸上自衛隊の制服に身を包んだ凛としたその女性は、大洗に最初に装甲騎兵道を手ほどきした教官、蝶野亜美一尉に他ならなかった。

 

 

 

 

 

 

 ――stage09

 『ムーブメント』

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、そうは言われてもね……今度のことばかりはこちらにとって寝耳に水でね」

 

 言いつつハンカチで額を拭うのは、禿げ上がった頭部をした、和服姿の男性だ。

 厳つい顔立ちに浮かんでいるのは、うら若い装甲騎兵乙女の強い視線に押されての困り顔だった。

 日本装甲騎兵道連盟理事長、児玉七郎である。

 装甲騎兵道という健全かつ安全ながらも荒々しいこの競技を、全国的に総括する連盟の総帥であるわけだが、それに相応しい威厳に溢れる人物……には残念ながら見えない。

 顔立ちそのものはいかにも大人物といった造作なのだが、自分の孫ほどの娘二人の視線を受けてたじろいでいる様子は、上司と部下との間で板挟み状態の中間管理職めいていた。

 

「つまり、文科省は連盟には特に通達等もなく、一方的に廃校を断行したということですか?」

「そうとも言えるし……そうでないとも言える……」

「私たちは優勝すれば廃校が撤回されるとの約束を信じて戦ったんです。その約束を文科省は一方的に破棄したばかりか、一切の事前通告もなく、権力を振りかざし強引に学園艦を占拠しています」

「このような非道を放置するのは、連盟の、いえ装甲騎兵道の精神にも大きく反していると言えます。それに優勝する実力のある高校が、力づくで廃校にされようとしているこの状況は、連盟のメンツにも関わります」

「……」

 

 亜美がすかさず杏への後方支援の言葉を放ってくれるが、理事長の顔色は冴えない。

 杏はいささか不審に想った。公衆電話からアポを入れての強引な来訪だ。煙に巻かれて何の答えも得られずに帰る可能性も、最悪覚悟していた。

 しかし目の前の理事長の表情は、最大限にこちらのために何かしてあげたいと想っている一方で、何らかの事情からそう動くわけにもいかない、その事情を言いたくても話せない――そんな印象を杏に与えるものだった。

 杏は自身の洞察力への自負がある。自分の見立は、おおよそ間違ってはいまい。

 

「……理事長がはっきり仰らないのなら、私が代わりに言います」

「ちょ、蝶野君。それはちょっと……」

 

 痺れを切らしたのか、亜美が苛立たしげに言うのを、理事長は制しようとした。

 しかし亜美は意に介さずに杏へと話し出す。

 

「今度の文科省の行動は、どうにも文科省の独断ではないみたいなのよ」

「……外部からの圧力があったということですか?」

 

 亜美は頷いた。

 

「文科省直属の装甲騎兵部隊には自衛隊からの出向員も所属してるし、そこから内々に今度の出撃は色々と様子がオカシイという話が回ってきてるのよ。でも相手の正体が解らない。一官庁を動かしうる存在なんて、そうそうありはしないのに……」

 

 亜美は理事長の方へと視線を移した。そして眼で問うた。貴方ならば事情を知っているでしょう、と。

 杏も亜美に合わせて理事長を見た。

 

「……ううむ」

 

 理事長は視線をそらして咳払いした。

 そして僅かに目線を動かして杏達のほうを窺った。

 亜美の自衛官らしい、強い視線が突き刺さり、杏の女子高生らしい強い怒りの感情の篭った熱い視線が注がれる。理事長はハンカチで額の汗を拭って、ため息を一つ挟み、観念したと話し始めた。

 

「……実は文科省がああも強引に動いたのは、バララントからの圧力があったかららしいんだ」

 

 唐突に飛び出してきたその名前に、亜美と杏は思わず顔を見合わせていた。

 バララント? あのバララントか? 銀河を二つに分かつ巨大陣営の一方のほうの?

 

「君たちが驚くのも無理はないよ。私も最初聞かされた時は意味がよく飲み込めなくてなぁ……」

「いや、その飲み込めないもなにも」

 

 豪胆さに定評のある亜美だが、このあまりに予想外な大国の登場には、彼女らしくもなく戸惑っている様子だった。

 

「正直、意味が不明です。なぜバララントに大洗を廃校にしなくてはならない理由があるんですか?」

 

 逆に思いの外、冷静な様子だったのは杏だった。

 既に充分に理不尽な目にあってきた。今更一つ増えた所で何だと言うのだ。

 

「それはだね……」

 

 理事長が、なにがしか言おうとした、その時だった。

 

「理事長……」

 

 連盟の職員の一人が、不意にドアを開けて言った。

 

「文科省から、何か発表があるようです。テレビをつけないと――」

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文部科学省が開いた緊急記者会見の席で、文部科学省学園艦教育局局長、辻連太は以下のように述べた。

 

『――しかるに、装甲騎兵道のさらなる発展を祈念し、大学選抜チームと、本年度高校生全国大会で優勝した大洗女子学園との取り組みで、ここに高大連携エキシビションマッチを開催することを、決定致しました。本エキシビションマッチにいたしましては、より自由度の高い装甲騎兵道を目指し、敢えてバトリングリアルゲームルールを採用する予定であります――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 杏は上手く寝付くことが出来なかった。

 亜美が眠る寝袋の傍ら、ベッドの上で何度も体勢を変える。

 杏が今いるのは亜美の住居と言うか寝床だった。多忙な彼女は家には寝るためだけに帰っているようなものであり、物も少ない質素な部屋だった。だが寝床の当てもなかった杏には、高級ホテル以上に亜美に誘ってもらったのが有難かった。

 

「……」

 

 寝返りを打ちながらの杏の脳裏をグルグル回るのは、あの文科省の眼鏡役人が宣った勝負の条件の数々だ。

 特に杏の脳裏に焼き付いて離れないのが、二つの事柄。

 相手は大学選抜。

 ルールはバトリングリアルバトル方式。

 大学選抜チームと言えば、島田流の秘蔵っ娘、島田愛里寿率いる最精鋭チームであり、社会人選抜を打ち破った今、事実上日本最強の装甲騎兵道チームと言っていい。優秀な選手が揃っているばかりか、ATも特殊なカスタム機ばかりで、まともにやりあえばまず太刀打ちはできない相手だ。そのことには、理事長も亜美も共に厳しい表情をしていたことから明白だった。

 そして試合方式として伝えられた、リアルバトル方式。

 早い話が、ノールールの実戦形式であるということだ。弾薬と機体の安全面の規格さえ満たしてしまえば、その他は一切自由。装甲騎兵道では認められていない装備やカスタマイズも思いのまま。そしてフラッグ戦が基本の高校装甲騎兵道と異なり、バトリングのチーム戦は原則「殲滅戦」……すなわちどちらかが全滅するまでの勝負となる。

 ATを奪われた現状での、相手には一切ハンデ無しの正面衝突、ガチンコ一発勝負。

 これは試合ではない。公開された私刑に過ぎない。

 絶望など通り越して、最早怒りしか無い。杏は胸を突き破らんばかりの憤りに、目が冴えて全く寝付けなかった。彼女は今夜何度めか解らない寝返りを打った――その時であった。

 不意に、杏の携帯情報端末が着信音を鳴らし始めたのだ。

 

「はい」

 

 杏は殆どを間を置かずに端末を手に取り、電話に出た。

 マイクロフォンの向こうから、聞き覚えのない男の声が、聞こえてくる。

 

『バララントが何故大洗を潰そうとするか、知りたくはないか?』

 

 この問いかけに、杏は敢えて問いかけで返した。

 

「ギルガメス……特にメルキアのかたですか?」

 

 この質問返しには、相手は暫時言葉を無くしてしまっていた。

 数秒後、ため息を一つ挟んでから、口調を軽いものに変えて、メルキア男は再び話し始める。

 

『どうやら地球の女性は勘の鋭いしっかり者揃いのようですな。こちらとしては仕事がやりにくくてしょうがない』

「何が目的ですか?」

 

 杏は軽口に応じず、手短かつ厳しい口調で返す。

 端末の向こうで、相手が苦笑いした。何故か杏には、相手が向こうで肩をすくめているのが見ずとも解った。

 

『バララントの目的を潰すのが私の仕事でしてね。その為におたくらを手助けしたい……まぁそんな所ですかな』

「なぜ、バララントが大洗女子学園を潰す必要があるんですか?」

 

 電話の向こうの男――メルキアの情報将校が告げた理由は、杏にはまったくもって理解不能のものだった。

 

『苦境に追い込んだ大洗に大学選抜相手に散々足掻かせてから敗北させる。それこそが連中の目的でね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キーク=キャラダインと角谷杏が電話越しの会話を交わしていたのと、ちょうど同じ頃。

 遠い国からやってきたかつての「神の目」もまた、今の上司を相手に星間通信を交わしていた。こちらのほうは音声のみならず、映像付きであったが。

 恒星間を跨いだ超技術による超高速通信により、ロッチナは遥か彼方の上官と今後の成り行きを話し合っていた。上官側の声は小さく、暗い部屋の中で響くのはロッチナの声ばかりだった。

 

「ええ……計画は順調に進んでおります。文科省は内心はともかく、表面上は協力的です。閣下のお名前を出したのが効いたのでしょう。辺境惑星の小役人には口答えできる相手ではありません」

 

 画面の向こうの上官に、相変わらず何を考えているか解らない曖昧な笑みと共にロッチナは話し続ける。

 

「大洗女子学園は予定通りに追い込みました。ここで少し手を緩めて、彼女らに愛機を返すように手配します。無論、我々の仕業とはさとられないように。万が一の細工は済ませた上で」

 

 ロッチナは膝の上にのせたモノをその右手で撫でながら話し続ける。

 

「圧倒的な相手を前に、足掻いて藻掻いて、そして敗北する。それでもなお、戦おうとする姿……これこそが、戦争に疲れたバララント市民、いやギルガメス市民すらをも魅了するのは間違いありません」

 

 アストラギウス銀河の住民たちは「描かれた勝利」に慣れきっている。

 戦時中、両陣営ともに自国の勝利を謳うプロパガンダ作品を垂れ流し続けたから。

 

「戦争は終わりましたが、戦いは続きます。直接銃火は交えずとも、武器を用いない形で」

 

 すなわち情報戦であり、広告戦だ。

 今やギルガメスとバララントの星間戦争は、娯楽という分野でのメディア戦争へと転じつつある。

 生の殺し合いに見飽きたアストラギウスの住民たちには、血を流さない乙女たちのコンバットは実に真新しい娯楽だ。この乙女たちの麗しき闘争を、全銀河に発信する権利は、なんとしてもバララントが得ねばならない。そして今、バララントは文科省、そして島田流と結びつくことで、ギルガメスの一歩先を行っている。

 後は、最初のプロデュースをどうするかだ。

 

「島田流は勝利を得ます。文科省は望みの廃艦を得ます。そして我らがバララントは装甲騎兵道の全銀河への格好の初舞台を得るのです。戦って戦って、そして最後には美しく破れるその姿を。まさに――」

 

 ロッチナは、その顔に似合わぬ可愛らしいぬいぐるみを撫でながら、陰謀を愛でる笑みで言った。

 

「ボコられくまのボコのように。閣下には必ずや良い知らせをお伝えできるでしょう。我らが『ビッグボコル計画』の成就の知らせを――」

 

 ロッチナの膝の上にあるのは、みほが愛してやまない、ボコのぬいぐるみ、それも限定生産のレア物に他ならなかった。 

 

 

 

 

 

 

 






  ――予告

「いよいよ風が吹き始めた。運命の風車を回す旋風に誘われて、ついに二人の少女が相まみえる。みほ、気をつけたほうが良い。相手は超一流の装甲騎兵道選手、そして君に匹敵するボコマニアさ。二人の少女の、意地と愛とがぶつかり合い、華々しい火花が散りそうだ。そんな予感がするね」

 次回『エンカウンター 』


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stage10 『エンカウンター』

 

 

 

 

 

 「それら」が送り返されたのは、奪い取られた時と同じような唐突さだった。

 瓦礫の校舎の中を、響き渡る轟音の源は空にある。

 住処代わりにしたバラックの群れから飛び出して、大洗の少女たちは頭上を仰ぎ見た。

 優花里に促されて、一晩を流刑地で明かしたエリカもまた、錆びついた屋根の下から顔をだす。

 はじめは音だけだったが、次第に彼方より姿があらわになっていく。

 

 いつも酸の雨をはらんだ黒雲に覆われたこの地にしては、極めて珍しい晴天だった。

 

 最初は空に芥子粒をばらまいたかのように見えた白い影の数々は、徐々に大きさを増して最後には四発のジェット輸送機群となっていた。

 空を埋め尽くすような編隊の鋼鉄の表皮に陽光が照りつけて、サーチライトのようにピカピカと光り輝く。

 その輝きに、沙織始め大洗の装甲騎兵乙女達は、皆一様に忌まわしい記憶を呼び起こされた。

 彼女らの愛すべき学び舎が、青春を賭して守った場所が、理不尽にも奪い取られた日。

 あの日も、ちょうどこんな様子であったのだ。

 雪のように降り注いだ文科省AT降下部隊に、大洗女子学園は占拠された。

 そのことを思えば、自然と身が硬くなる。

 沙織は右隣の華と、左隣の麻子の手を握り、麻子は反対側のそど子の手を握った。

 優花里ですらも、普段の快活さを潜めてエリカの腕にしがみついている。

 歴女チーム、一年生チームと、各分隊ごとに固まって、互いに手を取り合って固唾を呑む。

 

 少女たちの見守る前で、輸送機のハッチが開き、その内容物を空へと向けて放ち始めた。

 飛び出してきたのは、色とりどりの大きな何か。

 花吹雪を撒いたような華やかさの正体は、降着モードのAT達だった。

 空中で形態が崩れないよう、鋼の枠に包まれている。フレームに内蔵された大型のパラシュートが自動的に開き、緩やかに赤い荒野へと注がれる。

 降り注ぐATの顔ぶれに、少女たちは見覚えがあった。

 

「ねぇあれ!?」

「間違いない! 間違いないよ!」

「うわぁぁぁぁ~」

「わたしたちの~」

「私達の!」

「……」

「「「「「スタンディングトータス!」」」」」

 

 あやが、あゆみが、桂利奈が、優季、梓が、そして無言ながらも紗希が、互いに手を寄せ合って叫ぶ。

 

「私のヤークトパンター! じゃなかったベルゼルガイミテイト!」

「我が愛馬! 月影!」

「見た! 来た! 勝った!」

「夜明けぜよ! 大洗の夜明けぜよ!」

 

 エルヴィンが、左衛門佐が、カエサルが、おりょうが、感激にむせび泣き、勝鬨をあげる。

 

「キャプテン! スコープドッグ達が戻ってきました!」

「チームの皆が帰ってきました!」

「これで八人! またバレーが出来ます!」

「よーしATバレー復活だ!」

 

 忍、妙子、あけび、そして典子のバレー部一同、右拳を突き上げて快哉した。

 

「良かった、あんま傷ついてないみたい」

「でも中身まではわかんないんじゃない?」

「悪い虫でもつけられてたらたまんないですなぁ~」

「ちゃんと整備してあげないとねぇ~」

 

 相変わらず飄々とした様子で、自動車部一同は優しく愛機達を向かえ入れる。

 

「……よし来たわ! これで風紀委員は完全復活よ!」

「まぁ肝心の取り締まる相手の生徒が全然いないけどね」

「はやくの他の皆と会いたいです」

 

 そど子は見つけた愛機の姿に絶好調な様子だが、脇を固める二人はいつも通り冷めていた。

 

「そろそろリアルに飢えていた」

「こんなこともあろうかと……鍛え続けたこの腕前」

「試す時がやっと来たっちゃ~!」

 

 マイペースなゲーマー三人娘は、意地で持ち込んだ携帯ゲームで鍛えた技を、現実で試したくてうずうずしていた。

 

「あー! 私達のATもあそこに!」

「ひい、ふう、みい……みほさんの以外、全部揃ってます!」

「なんだか……えらい久しぶりな感じだな」

「西住殿にも早く会いたいです」

「会えるわよ。アイツはアイツでピンピンしてるんだから」

 

 沙織が指差す空からは、あんこう分隊のAT達が降下してきていた。

 左肩を赤く染めた、スコープドッグ・レッドショルダーカスタム。

 メルキア機甲兵団と同色の、藤色のノーマルドッグ。

 ブルーティッシュドッグを思わせる淡い赤色に塗られたタイプ20。

 大破してしまったライトスコープドッグに代わって、今の優花里の乗機となった青いスタンディングトータス。

 そして、その前方の空でただ一人、生身で宙を舞う影ひとつ。

 

「会長! 戻ってきてくれたんですね!」

「がいじょぉぉぉぉぉぉ! おばぢぢで! おばぢぢでぼりばじだ~!」

 

 小ぶりなパラシュートで滑空しながら降りてくるのは、大洗女子学園生徒会長、角谷杏その人だった。

 柚子が目尻に涙を浮かべながら、桃が涙で顔をくしゃくしゃにして出迎える。

 

「諸君! おまたせぇ!」

 

 杏は不敵な笑みを浮かべながら、眼下で自分を待つ皆へと大声を張り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――stage10

 『エンカウンター』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――時間はやや遡る。

 ほんの数時間前、角谷杏は『文部科学省学園艦教育部』の執務室にいた。

 応接用の椅子にどんと腰掛け、その両脇は児玉連盟理事長に蝶野亜美一尉だ。

 さらに応接机の横側、第三者席とでも言える場所には西住流家元、西住しほその人が戦国武将のような佇まいで控えている。

 そして杏ら四人分の視線に晒されているのは、珍しくやや気圧された様子の文科省の眼鏡役人、辻連太その人だった。

 

「それで……確かに返して頂けるのですね」

 

 杏は改めて確証を求める為に、辻へとハッキリした声で訊いた。

 辻の耳に、そしてここに姿はあらねど、確かに自分の言葉に耳を傾けているであろう異邦人達に。

 杏の制服の襟の裏側に仕込んだ盗聴マイクの向こうの、メルキア情報将校、キーク=キャラダイン。

 そして杏にはいまだ正体不明な、辻を通して盗聴をかけているバララントの情報将校。

 彼らに向けて、杏は堂々と声をあげる。

 

「……エキシビションマッチを行う以上、ATがない、というわけにもいかないでしょう。飽くまで、文科省預かりのものを一時的に貸し出す形になり――」

「試合に備えてのATへのカスタマイズは、装甲騎兵道のいかなるルールにおいても認められています。この当然の権利を行使するためにも、正式にお返しして頂く必要性があります」

 

 相手の話を途中で遮るのはあからさまな無礼だ。

 だが杏は敢えてそれをやる。それぐらいのことはしなくてはならない。杏が向こうに回す相手は強大だ。

 恐れが全く無いなどとは、口が裂けても言えない。それでも、やるしかない。

 たとえそれが、修羅道であろうとも。

 

「付け加えて言うならば、この試合に我々が勝利した際の、廃校撤回の確約を頂きたい」

「……ATの件はわかりましたが、廃校撤回の件は飽くまでやぶさかではないと、家元のほうにも申し上げた通りでありまして――」

「当然、書面で頂きたい。文科省が認める、公式の書式で、公式の文書で」

 

 言葉を畳み掛けて、強引に要求を押し通す。

 相手は苦渋の表情は見せても、結局は呑むだろうと杏には解っている。いや、『知って』いる。

 この眼鏡の文科省役人はこう考えているのだ。

 大洗の小娘共がどう足掻こうとも、結局は敗れ去るのは決っている。何故ならば、大学選抜の、島田流の、自分たち文科省の背後にはバララントがついているのだから。だから全ては、筋書き通り行くはずだ、と。

 杏は知っている。キークを通じて知らされた真実を知っている。

 それを承知で、杏は挑む。

 

「自分からも、文科省の考慮には大いに期待したい、とだけ申し上げておきましょう」

 

 傍らからしほが杏への援護射撃を出せば、辻はわざとらしく額の汗をハンカチで拭いながら、しぶしぶといった体で傍らのアタッシュケースから紙切れを何枚か取り出した。

 

「こちらの書類に、サインを頂きたい」

 

 苦渋の表情を浮かべる辻の姿に、もしも真相を知らないならば杏も内心で快哉しそれを顔に出してしまう所だったろう。それを思えば、この男も大した役者だ。

 だから杏もそれに応じて相手が望むような喜悦を隠しきれないような顔で、書類にペンを走らせる。

 キークは言った。

 現状、バララント情報部に先手を取られてしまっている以上、自分たちが余り表に出るのは得策ではない。

 自分たちが出来るのは最低限の支援のみ。あとは自力で何とかしてもらうしかない、と。

 つまる所、杏達を、大洗女子を体よく鉄砲玉に使うつもりなのだ。

 

 望む所だ。

 

 自分たちは、ずっとそうやってここまで来たのだ。

 もう一度、自分たちの力で、奇跡を掴み取るだけのことだ。

 この世の舞台をまわす巨獣が、奈落の底でまた動きはじめたというのならば、それすらもねじ伏せてみせよう。

 それが、私達の運命(さだめ)ならば。

 杏は署名した。運命を扉を開くための、その鍵を得るために。

 

 かくして杏は、大洗の皆の元へと舞い戻る。

 運命を切り開く武器、装甲騎兵たちと共に。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 杏が大洗へと愛機たちと共に舞い戻っていたのと同じ頃、独り別途を辿っていたみほもまた行動を起こしていた。

 

「それじゃあ、給油が済むまでは別行動だね」

「はい。時間までには戻りますので」

「しっかり稼いできてよね~今後のためにもさ」

 

 聖グロリアーナ連絡艇へと燃料補給の作業に取り掛かるアキとミッコ、そしてそれを応援でもしているつもりなのか、伴奏のようにカンテレを鳴らすミカへとひとまずの別れを告げて、みほは愛機『ボコ・ザ・ダーク』へと乗り込んだ。

 その両隣には、絹代の駆る『ウラヌス』、ローズヒップの駆る『クルセイダー』の姿もある。

 

「それじゃあ、ボコミュージアムのほうへと向かいます。座標はちゃんと入っていますか?」

『問題ありません、西住さん』

『ノープロブレムですわ!』

 

 文科省が大学選抜とのエキシビションを発表した直後に、みほ達は動き始めていた。

 ミカたちと合流し、知波単学園をあとにする。

 絹代はみほに同行し、福田以下知波単学園装甲騎兵道選手たちは彼女らで別個に行動する。

 その行動の指針は、みほが立てたプランに基づいている。

 今度の「作戦」には、知波単学園の協力が欠かせない。彼女たちの好意には、みほは感謝してもしきれなかった。

 

「……上手くいくといいんだけど」

『大丈夫ですよ西住さん。所詮は地方の野良バトリング……月面での我らの死闘に比べれば』

『それこそお紅茶の子さいさいですわ! スコーンよろしくさくっくと勝ち割ってしまいますわ!』

 

 みほの当座の行動指針はふたつ。

 第一に大洗の皆との合流。第二に資金の調達だ。

 大学選抜とのエキシビションが、単なるエキシビション以上の意味をもっていることはみほにも解っていた。

 その上でまず考えるのは、大学選抜の強さ、島田流の強さだ。

 今の大洗のATの陣容では、勝つことは極めて難しい。相手に合わせた機体のカスタムが不可欠だ。

 その為には資金が必要だが、みほ達が手っ取り早く現金を手に入れる術はひとつしか無い。

 つまるところ賭けバトリングだ。

 特に、飛び込み参加歓迎の地方の野良バトリング……これ以外ない。

 

 みほ達は連絡艇への給油の時間を活かして、着陸した農業飛行場の近くへとATで繰り出したのだ。

 既に携帯端末を用いて近くの野良バトリングについては調べてある。

 幸運なことに、近くの「ボコミュージアム」の敷地内で、ちょうど野良試合が開かれている所らしかった。

 

(……ちょっと、いや、すごく楽しみかも)

 

 みほには個人的にも、その試合の開催場所に期待を膨らませていた。

 「ボコミュージアム」……こんな所にあるという話は寡聞にして知らなかったが、その名を思い浮かべるだけでも、思わず顔がにやけてしまう。

 あんこうの皆や、大洗の皆のこと、自分を支えてくれる絹代やローズヒップのことを思えば不謹慎だと自分を戒める気持ちもある。しかしそれでもなお、色々と期待してしまうのはボコマニアの一人として、我ながら致し方ない所だった。

 

 ボコミュージアムへの道は空いていたから、すぐにそこに辿り着くことができた。

 見れば極めて、いや無駄にと言っていいくらいに広く造られたボコミュージアムの駐車場にいかにも俄仕立てのリングが設けられ、エントリー済みらしいATとその乗り手達がたむろしている様が見える。

 一見して、大した腕前ではなさそうなのが解った。

 これならば、きっとうまくいくに違いない。

 

 エントリーするべく、みほはATを適当な所に停め、絹代達にその番を頼むと受付らしいテントへと駆け寄った。

 道すがら、風船を配っているボコのきぐるみを見て、思わず足を止めそうになるも、我慢する。

 名残惜しく歩きながら振り返って、ふと、ボコから風船を受け取っている少女とみほは目があった。

 やや銀の輝きを帯びた灰色の髪をした、まるでお人形のように可憐な少女だった。

 ボコのぬいぐるみを抱えながら、ボコのきぐるみから風船を受け取るさまは実に画になっている。

 みほはそれにうわぁと感嘆し、それに気づいた少女と視線を交わらせた。

 

 みほは知らない。

 少女、島田愛里寿も知らない。

 これが、同じボコを愛する者ながら、それぞれの流派と意地を背負って激突せねばならない者たちの、最初の邂逅であったなどとは。

 ふたりとも、まだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 





「言うなれば運命共同体。 共にボコ道を歩む者同士、同じ価値観を、同じ信念を共有する。私たちは仲間、私たちは同志、私たちは姉妹同然……嘘 を 言 う な ! 猜疑に歪んだ暗い瞳がせせら嗤う。 お前は偽物だ、お前はまがい物だ。少女たちの、互いのボコに賭ける意地が火花を散らす。そして突きつけられる、本当の己の姿。それを前にして、少女は何を思うか。次回『コンフリクト』。真実はいつも残酷だ」
「……ミカ、なんか知らないオッサンに次回予告とられちゃってるけどいいの?」
「良くないけど……これもまた風というやつなのかもしれないね」


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stage11 『コンフリクト』

 

『さあ、始まりましたバトリングinボコミュージアム! 今回は新顔を交えての戦いだ。さぁ誰が一番稼がせてくれるのか! どいつもこいつもはった、はった!』

 

 MCがマイクで大声でがなりたてれば、試合を前にしてそれなりに集まってきた観衆達が、熱っぽい声を張り上げる。地方の野良バトリングとは言え、そこで賭けが行われるとあれば自然と観客は熱を帯びるものだ。

 そんな無数のカリギュラ達のギラつく欲望にさらされて、コロッセオに引き出されるのは、ボコの園の剣闘士達だ。

 

『おおっと! 青コーナー、初戦で登場はいきなりの新顔チームだ! 3対3のブロウバトル! 青コーナーチームは、「ボコ・ザ・ダーク」! 「ウラヌス」! そして「クルセイダー」の三機だ!』

 

 呼び声に従って即席の鉄柵で囲われたアリーナのなかに、みほ、絹代、そしてローズヒップの三人はATを進ませる。みな、月のアリーナのときとは違って、ブロウバトル用の装備へと切り替え済みだった。みほは機体の右手に小型のシールドを装備し、絹代はやはり機体の右手にリニア式のパイルバンカーを備え、予備の鉄杭を後腰と左右の脛部にマウントしている。ローズヒップの愛機は特に追加の武器は持ってきていないが、彼女のクルセイダーにはもともザイルスパイドと、打突用のナックルガードが左右の拳に装備されている。そのままでも充分にブロウバトルには対応できた。

 観客の反応は歓声と野次がちょうど各々半々といった所だろうか。地方の野良バトリングは良くも悪くも参加メンバーが固定しがちだ。だからこそ新入りを歓迎する一方で、余所者を嫌う風潮もある。しかしどちらにしても大事なのは自分の賭けたチームが勝利し、稼がせてもらえることだ。まずは両者ともに、新入りのお手並みを拝見、とった様子だった。

 

『赤コーナー! こちらはみなさんお馴染みの面子だ! 「鋼鉄の密猟者」! そして「アイアンマン1」「アイアンマン2」の「アイアン・ウォリアーズ」の姉妹の三機!』

 

 続いてMCに呼び出されリングへと乗り込んできたのは、どうやら地元の有力チームらしい三人組だった。

 『鋼鉄の密猟者』と呼ばれたATは機体はタイプ20、つまりスコープドッグ・ターボカスタムをベースにカスタマイズされており、その右肩にはブロウバトルにも関わらずミサイルランチャーが乗っかり、両手で三叉の槍を抱えている。

 『アイアンマン1』『アイアンマン2』はそれぞれダイビングビートルとスタンディングトータスの改造機で、共に赤と黒をベースとしたカラーで塗装されている。アイアンマン1のほうは右手を巨大なクローアームに換装し、アイアンマン2のほうは両肩部に何やら火砲のようなものを背負って、携えた長い鎖分銅をじゃらじゃらとさせていた。トゲ付きの鉄球が一方の端についた、凶悪な得物だった。

 観客は即座に口笛や指笛、そして歓迎の叫びをあげた。どうやら人気の選手たちのようだ。実際、その機体の制動からみほはそれなりの腕前の持ち主達であるということを見抜いていた。

 

「相手はベテランのようです。気を引き締めてかかりましょう」

『ですね。しかし臆することなく突貫するもまた肝要かと!』

『ステゴロは最初の一撃が肝心ですわ。相手が誰だろうと先制のパンチでノックアウトしてみせますわ!』

 

 みほが言うまでもなく、絹代もローズヒップも相手の力を理解していたようだ。

 それでいて、二人共怖気づくようなことは全く無く、戦意と自信に満ち溢れている。

 みほも彼女らの気持ちに共感していた。相手が誰だろうと、負けるつもりはない!

 

『それでは……試合開始だ! ゴングを鳴らせ!』

 

 レフリー役のスコープドッグがAT用の巨大なゴングをやはり巨大なハンマーで殴れば、赤青に別れた六機のAT達は、自らに敵へと目掛けて真っ直ぐにグライディングホイール走らせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――stage11

 『コンフリクト』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  鋼の脚でアスファルトの地面に火花を上げながら、みほは、絹代は、ローズヒップは即席のコロシアムの上に愛機を駆けさせる。

 それは相手もまた同様――狭い試合場だ、間合いはすぐに消え去った。

 みほ達は『ボコ・ザ・ダーク』を最前に置くエシュロン隊形をとっていた。斜線を描きなら絹代、そしてローズヒップと続く。

 一方、相手方は『鋼鉄の密猟者』と『アイアンマン2』を前面に出し、『アイアンマン1』を後方に据える逆デルタ隊形をとってうた。。飛び道具持ち二機を前面に出していることから、こちらの間合いの外から仕掛けるつもりだとみほは判断する。

 ――果たして、その通りになった。

 ぱぱぱ、とモニターの向こうでマズルフラッシュが輝けば、スピーカーが喧しくアラートをかき鳴らす。

 まず仕掛けて来たのはアイアンマン2。その両方に担いだ砲が、交互に火を吹けば、弾幕がみほへと向けて襲いかかる。

 バトリングのレギュラーゲームやブロウバトルでは原則飛び道具は禁止だが、実は例外が無いわけでもない。

 装薬量を減らし、撃破判定が出ない程度に火力を抑えたものであれば、使用を許されているのだ。

 つまりは、見た目は大層でも実際は虚仮威しにしか使えない豆鉄砲な訳だが、みほの直感は警戒を告げる。機体を左右に振って弾幕を凌ぐと同時に、避け得ない弾道へとシールドを滑りこませる。

 

「やっぱり!」

 

 予感的中。シールドに当たった弾丸はまるで水風船のようにベシャリと弾け、シールドの表面に内容物をぶち撒ける。見ずとも解る。目潰しのペイント弾だ。野良試合のバトリングらしく、情け無用、ルール無用、牙を持たぬ者は生き抜くことも能わない!

 みほがペイント弾を防ぐことに意識を向けた一瞬を逃さずに、アイアンマン2は右手の内で小さく回していた棘付き鉄球を、アームパンチに乗せてみほ目掛けて投げ放って来た。

 みほから見て左斜め下方から、逆袈裟懸けの軌道で弧を描く鉄球が、まさしくボコ・ザ・ダークへと叩きつけられんとする。

 

「ローズヒップさん!」

『ガッテンですわ!』

 

 ギリギリのタイミングでのターンピック。

 右足の鉄杭をアスファルトに打ち込み、左のホイールを逆回転させて鉄球を躱す。

 回避の隙を相手が狙うのを予期し、ローズヒップへと援護を頼む。

 ダージリン、そして聖グロリアーナ随一の参謀アッサムの秘蔵っ子だけはあって、その名を呼ぶだけでみほの意図は伝わった。避けられた鉄球と鎖を頭上で一回転させ、もう一発とばかり振りかぶったアイアンマン2目掛けて、クルセイダーのザイルスパイドが走る。

 攻撃に意識を囚われていたのだろう。避けることも出来ずにハプーネは胸部装甲へと電磁マグネットで張り付き、そのままローズヒップ駆るエルドスピーネは改造スタンディングトータスを巻き上げ引っ張り寄せた。

 つんのめるようにフォーメーションから抜け出るアイアンマン2。その相手はローズヒップにまかせて、みほ達は残りの二機と相対する。今や、互いに相手は目と鼻の先。すなわち接近戦だ。

 みほと向かい合ったのは、鋼鉄の密猟者を名乗るスコープドッグ・ターボカスタム。

 三叉の槍をローラダッシュの勢いそのままボコ・ザ・ダークへと突き出せば、みほは右手の盾でその穂先をいなし、二機のドッグタイプは交差する。

 立て続けにみほへと巨大なクローアームで襲いかかったアイアンマン1をターンピックでやり過ごし、振り返って相手が追撃しようとするのは――。

 

「絹代さん!」

『かしこまりました!』

 

 ウラヌスへと任せ、みほは鋼鉄の密猟者と再度対峙した。

 鋼鉄の密猟者は右肩に負ったミサイルランチャーをみほへと向けていた。

 ブロウバトルのレギュレーションでは、ミサイルは火砲同様に本来虚仮威しにしかならない。ならばそれを装備する意味は何だ? みほの頭脳が、コンピューターのように高速回転する。

 

(――そうか!)

 

 みほは感づいた。感づいたと同時にミッションディスクに打ち込まれたコンバットプログラムを起動する。

 グライディングホイールの回転数が急速上昇し、そのあまりに若干の空転をきたし、足裏が僅かに宙に浮いた。すかさず、ターンピックが地面に対しやや斜めに突き立てれば、アスファルトの表面を削りながら機体が地面を滑った。ボコ・ザ・ダークは敢えて背中から地面へと倒れ、勢いそのまま路面を機体が滑る。

 みほの視界は空へと向けられた。視界を、黒い何物かが過ぎった。ミサイルポッドから撃ち出された代物は、空中で弾け飛んで鉄の網を広げる。鋼鉄の投網――とでも評すべきか。鋼鉄の網が広がって、標的の残像を絡め取らんとしていた。みほは相手の切り札をやりすごしたのを見つめながら、鋼鉄の密猟者の脚部へと、ちょうどスライディングの要領でATを突っ込ませた。

 鋼鉄の塊が地面を滑れば、自然とそこに勢いが備わる。ボコ・ザ・ダークは重量に速度の二乗を掛けた力で、鋼鉄の密猟者の脚を刈りとった。

 ATの滑走を無理やり止めれば、みほは即座に愛機を立ち上がらせる。

 バイザーモニターの中央、縦横二本のグリッド線の交差点に備わった、白い菱形の向こうで、鋼鉄の密猟者もみほに遅れて立ち上がろうとしていた。一刻も早く体勢を立て直し反撃せんと、乗り手の注意は完全に機体の制動に向けられている。

 この好機を逃さず、みほは愛機の『秘密兵器』を起動する。

 ボコ・ザ・ダークの左手には補強が施され、丸く太くなり白く塗られた見た目はまるでギプスのようになっている。

 ギプスのように見えた白い外装がパカリと割れて中身が露わになれば、登場したのは奇妙な得物だった。

 一見するとU字型の磁石を思わせるそれは、U字の窪みの部分に縦三連に並んだ鋼杭とその射出装置を備えている。伸びたケーブルが、得物と背部ミッションパックとを繋げていた。

 ――『痛い聴診器(ペインフル・ステソスコープ)』。それがこの武器の名前だった。

 本来であれば要塞や陣地の硬い外壁などを破砕するために用いる特殊装備を、バトリング用に改造した代物であり、特にブロウバトルやレギュラーゲームで効力を発揮する。

 みほが機体の左手を真っ直ぐに標的へとかざせば、ロックオンでモニターのグリッド線が赤く点灯する。

 鋼鉄の密猟者のターレットレンズがみほへと向けられ、相手が狙われている自分に気づいたことがレンズ越しに伝わってくる。だが、もう遅い。みほは赤いトリッガーボタンを親指で押し込んだ。

 リニアパイルの機能を応用し、『痛い聴診器』を射出する。

 伸びたケーブルはエルドスピーネのようなワイヤーではなく電線だ。ミッションパック内部の発電機が稼働し、電磁石が起動、鋼鉄の密猟者の胸元にバチンと音を立てて張り付いた。

 みほは再度トリッガーを弾く。

 先の平たい鉄杭が次々と火薬の力で撃ち出され、装甲を越えてATの内部機構を揺さぶり叩きのめす。

 真鍮色の薬莢が機関銃でも連射したようにばらまかれる。

 『痛い聴診器』とは要するに『電磁吸着式パイルガン』だ。

 電磁石で相手のATと密着したパイルガンにより、ゼロ距離から鋼鉄の鎚で叩きのめされれば、例え装甲はカーボンで守られていようとも、内部への衝撃で機体を行動不能に出来る。

 横から『痛い聴診器』へと差し込まれた弾倉が空になった時、鋼鉄の密猟者は膝をつき、白旗を揚げた。

 みほが相手を降したのと殆ど同時に、絹代のスパイクグローブはアイアンマン1の顔面を殴りぬき、ローズヒップのナックルガード付きのアームパンチはアイアンマン2の横っ面にフックを決めていた。

 電光掲示板には、みほ達のチームの勝利を示す文字列が浮かんでいた。

 あまりにも早い決着に、MCは一瞬驚きに沈黙するも、プロらしくすぐさま平静を取り戻してマイクへと叫んだ。

 

『こ、こいつは凄い番狂わせだ! まさかあの鋼鉄の密猟者たちがこうもあっさりやられてしまうとは! 予期せぬニューフェイスの出現だ!』

 

 観客も続いてどよめきを上げ、屑になった賭け札を投げ捨てたり、あるいは新顔の賭け札を求めて今更ながらチケット売り場へと殺到している。

 どうやら、相手チームはこの野良アリーナではそこそこに名のしれたボトムズ乗り達であったらしい。

 しかし、既に月面のアリーナで幾つもの激戦を制してきた、みほ達の敵ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 もともとそうだったのか、あるいは予期せぬ新人の勝利に台本を換えたのか。

 気づけばバトリングは勝ち抜き戦形式となり、さらに二つのチームがみほたちへと挑みかかってきた。だがどちらもみほ達の敵ではない。愛機達にダメージを負わせることもなく、早々に試合を片付ける。

 このころには、観客たちにも携帯情報端末などを通じてみほ達の正体が知れ渡っていた。月のアリーナ帰りのボトムズ乗り。ならば強いのも当然だと、観衆は盛り上がるが、ボトムズ乗り達は物怖じし始めたのか次の対戦相手は中々姿をあらわさない。

 

「……今日はここまで、かな?」

『そのようですわね』

『もう一戦くらいしたい所でしたが……致し方ありません』

 

 これ以上派手に暴れてアリーナ荒らし扱いされるのも面白くはない。

 もう切り上げて、勝ち分を貰い受けよう……そんなことをみほ達が考えていた時だった。

 

『おおっと! ここで新たな挑戦者が登場だ! こちらも新顔! その上なんと、言ってくれるじゃないですか!』

 

 MCは何やら興奮した様子で次なる対戦相手のことを告げる。

 

『なんと彼女は1対3での勝負を申し出ているぞ! さぁ、連戦連勝の「ボコ・ザ・ダーク」チームを止めることが出来るのか! こいつは見ものだ! 「パーシング」入場!』

 

 「パーシング」を名乗るそのATがアリーナへと現れた時、観客はおおっと驚いていた。

 

『……? あれ? なんでしたっけ、あのAT?』

『トータス系ベースの改造機と見えるが……西住さんはご存知ですか?』

「ううん。私もあのAT、見たこと無いかも」

 

 みほは改めて現れたATの姿を詳細に観察した。

 絹代の言うとおり、トータス系をベースにした改造機と見える。

 バトリング用のATには珍しい、地味な緑一色の機体はH級の大型で、全体的なシルエットはほぼスタンディングトータスそのものだが、両肩にショルダーアーマーが装備され、さらに機体と一体化していた頭部が独立し、新たに人間の首に当たる接続部が設けられている。原型機よりも人形に近づき、スマートになった印象だ。

 得物はない。全くの素手のみ。つまりはアームパンチのみだった。ローズヒップのエルドスピーネのように、ザイルスパイドも装備していない。

 

『上等ですわ! タイマン張るならわたくしがお相手でしてよ!』

『侮るなローズヒップ! どんな隠し武器を用意しているかわからん。油断大敵、大胆かつ慎重に突撃だ!』

 

 ローズヒップは無手勝流には同じ流儀で立ち向かうつもりらしい。

 独り歩み出る彼女の背に、絹代がアドバイスを送る。その内容にみほは頷いた。

 バトリングは、装甲騎兵道と異なってスポーツではあっても武道ではない。金が絡むことも多く、それだけに勝つためにはどの選手も手段を選ばない。ATに隠し武器を仕込む程度は日常茶飯事だ。

 

『どうやら「ボコ・ザ・ダーク」チームも、最初は一対一で応じるつもりだ! まず最初の相手は「クルセイダー」、ともに素手同士の対決だ!』

 

 ローズヒップと「パーシング」が10メートル程の距離を空けて向かい合う。

 クルセイダーの鋼の背中に、彼女らしい剥き出しの闘気が浮かび上がる。

 みほと絹代が見守る中、レフリー役のスコープドッグが開始のゴングを叩く。

 

『ちぇぃさぁぁぁ!』

 

 クルセイダーは初撃で決めると言わんばかりに、ローラダッシュに乗せての真っ向ストレートのアームパンチ。

 対するパーシングは棒立ちのまま、鋼の拳を避けるも能わず直撃し――たかとみほが思った時だった。

 パーシングの姿が、ぶれたようにみほには見えた。

 

『へあ!?』

『何と!?』

「えっ!?」

 

 気づけば、轟音を上げてアスファルトの上へと転がっていたのはローズヒップのクルセイダーのほうだった。

 みほと絹代が唖然とする間に、起き上がろうとしたクルセイダーの頭部を、パーシングの太い鋼の脚が蹴り上げる。強烈な一撃に、クルセイダーの頭部から白旗が揚がる。

 

『――吶喊!』

「絹代さん!?」

 

 これまでの相手とはその技量において天と地ほどの差を開いて一線を画するパーシングに対し、絹代は敢えて速攻で挑んだ。下手に考えれば相手の勢いに呑まれる、ならばここは突撃を敢行し、ローズヒップを撃破した直後で、まだ次の標的に照準を合わせ終えていない、相手の心の隙を突くまで!

 知波単ならではの突撃精神と、ぎりぎりまで重量を削ったライトスコープドッグの俊足。その合わせ技で、パーシングへと絹代はしかけた。

 だが、相手の即応力は絹代の、そしてみほの予測を遥かに上回っていた。

 並のATを置き去りにする速度で迫る絹代のウラヌスへと、パーシングは超信地旋回で向き直り、真っ向応じた。

 絹代はパーシングとの間合いをギリギリまで詰め、このままでは相手と正面衝突する直前で右足のターンピックをアスファルトへと打ち込んだ。機体が時計回りに半回転した瞬間、右のターンピックを引き抜くと同時に左のターンピックを地面に突き立てる。右足裏のグライディングホイールが逆回転し、さっきとは逆向きの半回転。それが住ん済んだ所で鉄杭を引き抜けば、機体はスピンを描きながらパーシングの背後へと回っていた。

 剥き出しの背中目掛け、スパイクグローブを叩きつけんとウラヌスが構え、振りかぶる。

 

『どぉぉぉっ!?』

 

 またも、パーシングの姿がぶれたかと思えば、地面に伏しているのは絹代のほうだった。

 だが今度はみほにもパーシングが何をしたのかを理解することが出来た。そして戦慄いた。

 

(バランシングリリース!)

 

 恐ろしく高度なテクニックだ。

 いわばAT版の柔術とでも言うべき技で、相手の攻撃の勢いをそのまま受け流して転倒させ、そこに追い打ちをかけるのだが、言うのは容易いが並の技術ではない。MDのサポートがあったとしても、実戦で使うことが出来るボトムズ乗りは果たして何人いることだろうか――。

 絹代に追撃のアームパンチを打ち込み、白旗を揚げさせたパーシングは、カメラをみほのほうへと向けた。

 みほは右腕のシールドを前に突き出すような構えでそれに応じる。

 まさか地方の野良バトリングでこれほどのボトムズ乗りとぶつかるとは想定外だが、しかし一旦勝負が始まった以上は全力を尽くし、勝たねばならない。

 相手が受け技を得意とするならば、真っ直ぐに仕掛けてもいなされてしまうだろう。ならば相手の出方を待つ。

 

「――」

『……』

 

 構えたまま動きを止めたみほに、相手はバトリング選手らしく口撃を仕掛けるでもなく、ただ数秒間視線を向けたのみだった。

 暫時睨み合い試合は膠着するも、飽くまで数度瞬く間でのこと。

 だしぬけに、相手はローラダッシュでみほへと真っ直ぐに仕掛けてきた。

 

(速い!)

 

 H級のトータス然とした姿であるにも関わらず、パーシングの動きは異様なほどに素早かった。その速度は、殆ど絹代のライトスコープドッグと変わらない程。一体どんなカスタムを施せばそうなるのか――そして相手はそんなモンスターマシンを使いこなしている!

 蛇行しフェイントを入れながらパーシングは迫る。

 右か、左か。相手は右膝を若干曲げ、その爪先を地面へとこすれるぐらい下げる。

 

「っ!」

 

 みほは察知した。相手がどこから仕掛けてくるのか。だから敢えてATを前進させる。

 巨体が、H級の巨体が宙を舞う。ATが跳躍するのは、難しいが不可能ではない。そして相手は、それを可能にする腕前を持っている。

 ローラダッシュしながらの降着。頭上を巨体が通り切るのを感じながら、みほは相手のジャンプの下をくぐり抜けた。

 アスファルトが、鋼の塊の降下を受けて表面を爆ぜさせる音を聞きつつ、みほは機体を起こしながらの反転。

 着地の硬直を狙わんとするも、相手はすでにみほの方へ向き直っていたばかりか、右拳の拳を振りかぶっている。

 迫るアームパンチを、みほは右手のシールドで受け止める。

 鋼の拳と鋼の盾が接触するタイミングに合わせて、みほも迎撃のアームパンチ!

 シールドにアームパンチの力が加わり、完全に相手の打撃を弾き返した。

 だが一撃凌いだ程度で止まる相手ではない。みほは連撃に備えて意識を研ぎ澄ます。

 

「?」

 

 だが相手はなぜか、本来ならば繰り出せる次の一撃を出すこともなく、たたら踏むように後退している。

 誘いの技にしては、あまりにもあからさま過ぎて相手の力量にあまりにそぐわない。

 みほはそのことに大いなる違和感を覚えながらも、無防備な相手目掛けて、痛い聴診器を打ち出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 試合には勝ったが、相棒二人が撃破されてしまったことを口実に、みほ達は試合から降りた。

 勝ち分の報酬を受け取りながらも、みほの顔色は冴えなかった。

 パーシングの操縦者、あの圧倒的な技量を持ったボトムズ乗りの見せた、最後の奇妙な動き。

 その意図が理解できず、違和感が脳裏に引っかかり続けている。

 絹代もローズヒップも、見ていて同じことを感じたらしいが、しかしどんな形であれ勝ちは勝ちだ。

 取るものは取った。あとは大洗の皆のほうへと歩みを再開するのみだ。

 ミカ達の燃料補給もそろそろ終わった頃合いだろうと、みほは愛機へと乗り込もうとする。

 

 ふと、背後に視線を感じた。

 

「?」

 

 振り返ってみれば、一人の少女がそこにいた。

 やや銀の輝きを帯びた灰色の髪をした、まるでお人形のように可憐な少女だった。

 ボコのぬいぐるみを抱え持つその姿に、みほは見覚えがあった。会場の入口で、ボコのきぐるみから風船を貰っていた女の子だった。

 

「……」

 

 その少女が、じっとみほのことを見つめている。

 みほは戸惑った。その瞳にはあからさまな、そして極めて強い敵意の火が灯っている。

 

「……えと」

 

 みほは自分を睨みつける少女へと、困り顔で訳を問うことにした。

 

「どうか、したかな?」

 

 少女は、不意に右手を上げてみほを指差すと。静かな、しかしハッキリとよく通る声で言い放った。

 

「ボコじゃない」

 

 指先が移動する。

 みほはそれを追うように振り返れば、そこには愛機『ボコ・ザ・ダーク』の姿がある。

 少女は重ねて言い放つのだった。

 

「あなたのボコは、ボコじゃない!」

 

 

 







  ――予告

「少女、島田愛里寿の放った言葉の刃が、みほの胸へと突き刺さる。どうやら、あの娘の放った言葉は、みほにとって研ぎ澄まされたナイフだったようだね。瞳から光をなくし、みほは崩れ落ちる。でも忘れないで欲しいなみほ、打ちひしがれる君へと手を差し伸べてくれる、そんな友たちが君には、大勢いるってことを」

 次回『ブレイクダウン 』







【痛い聴診器】
:『鉄騎兵堕ちる』より。主人公フィローが自作したバトリング用装備。
:ただし原作にはリニア式の射出装置はなく。直接殴って電磁石をくっつける必要がある
 
【鋼鉄の密猟者】
:『鉄騎兵堕ちる』より。フィローがゴルテナの街でのバトリング二戦目で戦った相手
:装備は原作通り。やはり痛い聴診器の直撃を受けて撃破される。
 
【アイアンマン1&アイアンマン2】
:『青の騎士ベルゼルガ物語』に登場したバトリング用AT
:本編では殆ど碌に描写もなく撃破された。外見描写はボークスのガレージキット準拠



 ガルパン最終章第1話見ました
 良い意味でいつものガルパンで大満足でした 


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stage12 『ブレイクダウン』

 

 

「あなたのボコは、ボコじゃない!」

 

 少女がハッキリとした声で言ったにも関わらず、みほは最初、少女が何を言ったのかが理解できなかった。

 彼女の指差す先にあるのが、愛機『ボコ・ザ・ダーク』であることは見れば解ることな筈なのに、脳がそれを拒否している。ボコじゃない――そんな言葉は、生まれて初めて向けられたのだから。

 

「……ボコじゃない?」

 

 みほが鸚鵡返しに聞けば、少女、島田愛里寿は怒りを込めた瞳とともに頷いた。

 愛里寿の言葉の意味を理解した時、みほは愕然とした。

 これまでの人生において、ボコ好きを呆れられることこそあれ、それを否定されることなど皆無であったから。

 時間が止まった気すらした。周囲の音が急速に遠のいていって、怖気立つほどの静寂がみほの周囲に立ち込める。

 

「どうして?」

 

 半ば反射的にみほは訊いていた。

 しかし愛里寿は答えることなく、ただみほを睨みつけている。

 

『簡単な理屈だ』

 

 回答は、みほの予期せぬ方からやって来た。

 みほと愛里寿の二人だけになった世界に、突如闖入者は出現した。

 

『君の愛機も、君の戦い方も、ともにボコたるべき要件を満たしてはいないからだ』

 

 みほが声に振り向けば、そこには一匹のボコが立っていた。

 より正確に言えば、ボコのきぐるみ、ボコぐるみが立っていていた。

 ボコは相変わらず手には風船を手にし、愛里寿へと歩み寄るとそれを手渡した。

 

「ボコ……」

 

 みほが呼べば、ボコぐるみはみほへとその顔を向けた。

 プラスチック製の黒い瞳はみほを見るが、当然ながらそこからは何の感情も読み取ることはできない。

 

『……生憎だが』

 

 ボコぐるみは、ボコに似つかわしくないハスキーな声でそう言いながら、その頭部を自ら脱いだ。

 みほは心底驚いた。きぐるみが中の人を見せるなどご法度な筈だ。

 だが目の前はそんなことを知ったことではないとばかりに頭を取り外した。

 出てきたのは、余りにもボコらしからぬ金髪碧眼の男だった。

 角ばった顔立ちの、この上なく胡散臭い雰囲気の男はみほへと怪しげな笑みとともに言った。

 

「私はボコではない。強いて言えば、神の国からやってきた男といったところかな」

 

 かくして西住みほは、バララント情報将校、ジャン=ポール=ロッチナと邂逅を果たしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――stage12

 『ブレイクダウン』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼女の言うとおりだ」

 

 ロッチナは愛里寿のほうへと視線を一旦向けたかと思えば、改めてみほへと向き直って続けた。

 

「君はボコを名乗る資格がない」

「どうしてですか!?」

 

 みほは、彼女には極めて珍しいことだったが、声を荒げて問う。

 その切羽詰まった姿には、思わず絹代やローズヒップが何事かとATから降りてくるほどの緊迫感がある。

 ロッチナはと言えば、相変わらずの謎の余裕を顔に浮かべたまま言葉を続ける。

 

「簡単な理屈だ。君にはボコたるべき条件を満たしていない」

「条件……?」

「そうだ。君のATはボコの名に値しない」

 

 これにはみほは怒りを抱いた。

 みほは滅多に怒ることはない。何事か起きたときに、いつも自分のほうが悪かったかと考えてしまうのが彼女だ。

 だが、今だけは違った。自分のボコへの愛を否定されるのだけは、温厚なみほと言えど我慢ができない。

 

「どうしてですか! こんなにも! こんなにもボコなのに!」

 

 黒く塗られた『ボコ・ザ・ダーク』の装甲には所々に包帯を思わせる白いストライプが走り、頭部のバイザー部には赤いペンキで傷の縫い目のような図像が描かれている。『痛い聴診器』を内蔵した左手を覆う隠匿カバーは白いギプスのようでもある。みほ好みのステレオスコープのセンサーも相まって、百人に聞けば百人がボコを意識したデザインであることを認める姿だった。

 だがロッチナは首を横に降る。

 

「包帯や傷跡は絶対条件ではない」

 

 冷徹な青い瞳が、冷徹な言葉が、みほの心へと真っ向突きつけられる。

 

「最後に敗北することこそが重要なのだ」

 

 これには、みほもハッとさせられた。

 ロッチナの言うことが、それが真実だった。

 ボコは、最後に敗れるからこそボコなのだ。それが、ボコだから。

 

「その点、君の戦闘スタイルは条件を満たしているとは言い難い……君には『ボコ』を名乗る資格はないな」

 

 愕然とした。みほは愕然とした。

 いちいち目の前の男の言うことが正論であったから。

 そして本来ならば自分こそが気づくべき真実を、ボコイズムとでも言うべきものを、他人に突きつけられた事実に!

 

「先の試合、愛里寿は敢えて隙を見せた」

 

 ロッチナが言えば、愛里寿はコクリと小さく頷いた。

 先の「パーシング」のボトムズ乗りが、こんな小さな少女であったという事実は、みほを驚かさない。

 そんなことすら瑣末に思えるほどに、みほは動揺している。

 

「その意味に、君は気づかなかった。愛里寿は、君をボコたらしめるべく、敢えてあの動きをしたにも関わらず」

「もしかして!?」

「そうだ。君が敢えて大ぶりの攻撃を繰り出し、そこを彼女が反撃する。そうすることでボコが完成する」

 

 最大の衝撃が、みほの心を打ちのめした。

 気づかなかった。全く気が付かなかった。気が付かなかった自分にみほは驚愕した。

 ボコを誰よりも愛していると自負していた自分が、こんな簡単なことに気づかなかったなんて!

 

「もう一度言おう」

 

 だが情け容赦なくロッチナは告げる。

 

「君のボコはボコではない」

 

 言うだけ言って踵を返すロッチナと、それを追う愛里寿を、みほは引き止められなかった。

 力が抜けて、意識の糸が途切れる。

 膝をついたみほへと、絹代とローズヒップが駆け寄り、何かを叫んでいる。

 だが、みほの耳にその言葉は届かない。

 みほは、目の前が真っ暗になるのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 ――僥倖であった。

 そうロッチナはほくそ笑んでいた。

 よもやこんな所で西住みほと遭遇するのは想定外であったが、しかしその好機を逃さず彼女の心を折った。

 西住みほを失った大洗にはいよいよ勝機はない。全ては、ロッチナのシナリオ通りに進むだろう。

 

「所で、どうだったかな」

 

 ロッチナはかたわらの愛里寿に聞いた。

 愛里寿は首を横に振りながら、小さく答えた。

 

「動きは速い。でもそれだけ」

「これは手厳しいな。ギルガメスの新鋭機と言えど、君にはそんな評価か」

「事実だもの。他に言いようもない」

 

 愛里寿が言っているのは、先のバトリングで彼女が乗った「パーシング」、正式名称「ライジングトータス」についての評価だった。

 ライジングトータスこそは、ギルガメスが現在開発を進めている次期主力機のプロトタイプであった。見た目こそスタンディングトータスに似ているが中身は全くの別物であり、その性能は従来のATを遥かに凌駕している――筈であった。しかし、天才島田愛里寿から下された評価は厳しいものだ。単に速いだけで、それ以上ではない。

 なぜ、バララントに属しているロッチナがギルガメスの最新鋭機を持っているのか。それはひとえに彼が持つ個人的なコネクションがためなのだが、しかしわざわざ彼が取り寄せた新ATも、島田流の天才はお気に召さなかったらしい。

 

「実は別のATを用意してある。きっとそっちならば君も気に入ってくれると思うよ」

「……私はATを選ばない。何が来ても、いつも通りに戦うだけ」

「そんな君でも、あのATはきっと別だと思うはずだ。まぁ、楽しみにしていると良い」

「そんなことより」

 

 愛里寿は初めて自分からロッチナのほうを見て、初めて強い感情を滲ませながら言った。

 

「約束、守ってよね」

「当然だ。君が勝った暁には、バララント政府が総力をあげて、ボコミュージアムを再建しよう」

 

 愛里寿はロッチナの答えに頷くと、僅かに口角を上げて、微笑を見せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 優花里は心弾んでいた。それは、傍から見ても解るほどだった。

 

「何をにやにやしてんのよ」

 

 エリカが呆れて言うのにも、優花里は何も返さない。

 いや、言われたことに気づかないほどに、優花里は喜んでいたのだ。

 彼女だけではない。

 大洗の皆は一様に、今までとはまるで違う陽気に包まれている。

 その理由を、エリカは知っている。

 無線で先程知らされた一報が伝えた、ある一言。「みほが帰ってくる」の一言。その一言が皆を変えた。

 ATが戻ってきた以上の大歓声! 杏も含めて、一様に天に拳を突き上げて快哉をあげていた。

 エリカはそれを見て若干複雑な心境でもあった。かつての戦友で、かつての副隊長が、自分たちのもとを出た先で、こうも大きな存在となっている事実に。反面、それを当然と思う自分もいる。アイツならば、こうあっても当然と思う自分がいる。

 形容し難い感情を抱えながら、エリカは自身の髪を人差し指に絡めた。

 そして独りいつも通りのテンションのまま、空を見上げる。

 

「……来たわよ」

「来たんですか!?」

「え!? みぽりん来たの!?」

「あちらです!」

「確かに見えるな」

 

 エリカが空に僅かに輝く光点に気づいて呟けば、優花里が空を見上げるのを皮切りに、あんこう一同から他に皆へと波紋のように広がって、北の空を見上げた。

 聖グロリアーナの連絡艇は、宇宙空間をも航行し、星と星との間をも軽々と飛ぶ性能を有する。

 見えた! と思った時にはもうすぐ側にまで機体は近づいていた。

 瞬く間に大きくなった機影はエリカたちの頭上で停止すると、ゆっくりと降下してくる。

 皆が固唾をのんで見守る中、機体はいよいよ接地し、エンジンの音が止まる。

 ハッチが開いて梯子が降りれば、最初に姿を見せたのはみほだった。

 

「西住ど――」

 

 優花里が叫びながら最初に駆け出そうとした直後に、その動きが止まる。

 皆も一転、戸惑った様子でみほの姿を見つめる。

 エリカも混乱していた。いや、恐怖していたといったほうが適当だったかもしれない。

 

「どうしたのよ、貴女」

 

 思わずエリカがそう言ったのは、みほの纏った気配が、彼女の知っているそれと余りに違っていたからだ。

 

「……」

 

 目の下に大きなくまを作ったみほは、底知れぬ闇を背負っていた。

 まるで己を無慈悲な人殺し、吸血鬼とでも言うかのような、そんな自棄的な気配がみほを包んでいる。

 

 みほは、絶望しきっていた。

 ボコの光、ボコの影、ボコの痛み。

 それが彼女の心を打ちのめしていた。

 

 

 

 





  ――予告

「たとえそれが、夢の中の出来事であろうと、 思い出すのもおぞましい事がある。ボコからの銃弾が、みほの魂を射抜く。 傷ついた魂は、敵を求め暗闇を彷徨う。でもねみほ、まわりを見てごらんよ。そんな君へと差しのべられた数え切れない掌のことを」

 次回『ソルジャー・ブルー 』



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stage13 『ソルジャー・ブルー』partA

 

 

「ほら」

「サンクスですわ!」

 

 ローズヒップは、投げ渡されたスパナを飛んでくるほうを見もせずに受け取った。

 投げたナカジマもローズヒップが受け取るだろうとの確信のもと、彼女の方を見もしない。

 ローズヒップと自動車部の面々は、ストロングバックス改の整備と改修に一丸となって取り組んでいる。まるで大昔からの馴染みのように、彼女らの動きには一体感があって淀みがない。

 元々が聖グロリアーナきっての行動派のローズヒップだ。機体の整備も自分の手でいつも行っている。自動車部と同じオレンジのツナギに着替えた彼女の姿は実に様になっていて、まるで彼女も自動車部の一員の様だった。

 

「さて、この状況ではいかがすべきか。意見のあるものは挙手を」

「はい!」

 

 一方、ローズヒップ達からやや離れた所では、ホワイトボードに戦例図を描き絹代が問いかけている。並べられたパイプ椅子に座ったバレー部一同に一年生一同、さらにはゲーマー女子一同が集まって、知波単流の戦術講座に勤しんでいるようだった。

 そして、絹代の問に、真っ先に手を挙げたのは典子だ。

 

「根性で踏ん張って、根性で突破すべきかと!」

「正解だ! この状況では突撃に次ぐ突撃あるのみ! 突撃こそが状況を突破し得る!」

 

 典子の答えに、絹代はうんうんと嬉しそうに頷いた。

 

「流石はキャプテンです!」

「やはり根性こそが第一です!」

「根性で突撃です!」

 

 忍、妙子、あけびが立て続けに言いながら拍手すれば、典子は誇らしげに胸を反らす。

 

「やっぱ先輩すごいねぇ~」

「すごいすごい!」

「こんじょーさいこー!」

「ボクらも見習わなきゃ!」

「そうなりー!」

「だっちゃー!」

 

 一年生達もゲーマー女子たちも、典子へと賞賛の拍手を送った。

 典子は一層誇らしく胸を反らし、絹代は一層深く頷きを返した。

 ほとんど突然に大洗女子装甲騎兵道チームと合流を果たしたローズヒップと絹代だったが、彼女らは瞬く間に打ち解けて、まるで大昔からのチームメイトでもあったかのように馴染んでいた。

 

「よし! ここは敢えて両手大型シールド装備でいこう」

「なるほど、竹束の要領で前にでるのだな!」

「いや、鳥羽伏見の伝習隊の防御陣地よろしくぜよ!」

「後続を防御しつつ前進するなら、イギリスのマチルダⅡでしょう!」

「「「それだ!」」」

 

 歴女一同はと言えば、カエサルが自ら線を引いた愛機改造案の図面を囲んで、侃々諤々の議論をいつものノリで交わしている。

 

「いい? 私達の分隊は全機、背部ミッションパックにバッテリーを載せて、ザイルスパイドに電気鞭を仕込むの。相手のATを内側からズタズタよ!」

「でもそど子、電撃攻撃は確かルール違反じゃ」

「今回はバトリングルールよ! 実質ノールールなんだから反則だってないのよ! それに相手の方が先にルール破りをしたんだから、私達には落ち度はないのよ!」

「無茶苦茶だよ、そど子」

 

 風紀委員の皆も歴女達と同じように、自機の改造プランを練っていた。文科省の横紙破りが余程腹に据えかねたのか、今回はそど子もルール無用のリアルバトル精神で臨むつもりらしい。

 

「ねぇ、ミカも手伝ってよ」

「~~♪」

「まーたそうやって鼻歌うたって誤魔化すんだから!」

 

 継続三人娘はと言えば相変わらずのマイペースで、自分たちのATの整備をしていた。

 

「みんな、張り切ってるよね」

「当然だ。これで負ければ、今度こそ我々は後がない」

 

 着々と来るべき戦いに備える大洗装甲騎兵道チームの乙女たちの姿を、キャットウォークの上から眺めつつ柚子に、切羽詰まった声で傍らの桃は答える。

 

「……」

 

 いつも一緒の二人とはやや距離をとりながら、独り杏は彼女には珍しく思い詰めたような表情で皆の様子を見つめている。ローズヒップと絹代、そしてミカたち三人らに加えて、大洗装甲騎兵乙女全員がその愛機を並べてもなおスペースに余裕を持つだだっ広い空間。彼女たちはその空間を贅沢に使って、対大学選抜戦の準備を着々と進めていた。ATを改造し、装備を新調し、あるいは内部機構をクリーンアップする。必要な道具は一式揃っているばかりか、この巨大な倉庫の隅っこには予備のATが大量に並べられ、そこから部品を流用することもできた。

 ――全てはキーク=キャラダイン、すなわちそのバックにいるギルガメスからの提供だ。

 例の廃墟からようやく脱出した大洗女子の少女たちは、キークの用意したこの倉庫兼ガレージを拠点としていた。ここに揃えられた全てのものは、ギルガメスからの無償提供なのだ。彼らの望みはただひとつ、バララントの推す島田流と大学選抜に勝利すること――。

 

「……」

 

 杏にとって気がかりなのは、今の大洗はギルガメスの支援に依存しきっているという部分だ。

 ギルガメスが自分たちを支援するのは、飽くまで彼らの都合だ。つまりその都合が変われば、たやすく自分たちを『切る』ということでもある。それを杏は恐れる。相手は海千山千かつ銀河規模の国家権力だ。二大陣営の間で妥協のひとつやふたつ成り立てば、辺境惑星の一学園艦はすぐさま生贄に早変わりする。

 

「……」

 

 いかにして、大洗が独自に生き残る術を見出すか――そんなことを一人考える杏の傍らに、亡霊のように気配もなく歩み寄る人影がひとつ。

 

「随分と物憂げな様子だ」

「!」

 

 言うまでもなくメルキアから来た男、情報将校キーク=キャラダインその人だ。

 杏が声のする方を向けば、タバコを吹かし、どこか斜に構えた金髪碧眼のメルキア軍服姿がそこにあった。

 

「こちらとしては至れり尽くせりしてるつもりなんだが、お嬢さんのお気には召さないようで」

「……その至れり尽くせりが、ことが済むまでちゃんと続くなら、話は別だけどね。袖にされるだけならまだしも、いきなり背中から刺されるのは御免被りたいかなぁ」

 

 杏が軽口に軽口を返せば、キークは鼻で笑いながら肩をすくめてみせた。

 

「そればっかりは、どこかの誰かの言葉を借りれば『風の吹くままに』、としか言いようがないですな」

「……」

 

 相手の手の内を読むことならば人一倍上手いという自負のある杏だが、相手は『本職』だ。

 超大国の情報将校だけあって、その青い瞳の裏側をそう易々と覗かせてはくれない。

 ふと、杏はこの男を相手にじゃんけんをしてみようか、などと突拍子もないことを考えた。自慢じゃないが、杏はじゃんけんで負けたことがない。相手の表情、言動、さまざまな仕草、そして周囲の状況などを観察し、そして相手の出してくる手を見切るのだ。その技を、この男を相手に使ったとして、いったいどんな結果がでるのか、実に興味はある。

 

「ねぇ」

 

 ――と、杏がキークに声をかけようとするのを果たして察知でもしたのか、あるいは単なる偶然か、キークは杏の言葉を遮るような絶妙なタイミングで言った。

 

「ところで……『彼女』の姿が見えないようだが、お出かけですかな?」

 

 キークの視線は杏にではなくて、『あんこう分隊』へと注がれている。

 大事な愛機たちをカスタマイズする沙織、華、優花里、麻子の間には、逸見エリカの姿もあった。

 今、あんこうの皆は麻子のATの改造に取り掛かっていたが、エリカは隣から色々とアドバイスを与えている様子で、優花里などかしきりに感心しいしいであった。沙織などは、エリカにあまりいい印象を抱いていないであろうにもかかわらず、彼女のアドバイスを素直に聞き入れているようであった。

 傍見ると一見元気そうな彼女らであるが、しかしその笑顔には陰が差している。

 あんこう分隊だけではない。よくよく見れば大洗の皆のみならず、助っ人達の表情にも明るさの下にどこか暗い陰が浮かんでいるのが解る。その理由は明らかだ。本来この場に居るべき人物が、ここには居ないのだから。

 

「……」

 

 メルキアの情報将校ともあろう者が、彼女の居所を知らない筈もない。それを承知で聞いているのだ、この男は。杏は抗議の意を込めてキークを睨めつけるが、当人はどこ吹く風な様子だった。

 

「せっかく、彼女のためにとプレゼントまで用意して来たんですがね。どうやら無駄足になったようだ」

「プレゼント?」

 

 キークの口から出てきた気になる単語に杏は反応した。

 その委細を視線で問うも、キークはやはりチェシャ猫みたいに笑うばかりで答えはしない。

 まだるっこしいと内心で憤りつつも、敢えて言葉に出して杏が問おうとするが、またもそれは遮られた。

 

「……どうやら件の人物がお帰りのようだ」

 

 倉庫の外から、微かに聞こえ始めた航空機のエンジン音が徐々に大きさを増していく。

 これに真っ先に反応して動き出したのはあんこう分隊とエリカの一同で、一斉に作業の手を止めて倉庫の入り口へと駆け出せば、他の皆も彼女たちに従った。

 一斉に少女たちが馳せ集まるなか、重い倉庫の扉が左右に開く。

 一機のATが、血のように紅い夕陽を背にして現れた。大洗の少女が見守る中、倉庫へと歩み入ったATは不意に止まり、そのハッチが開く。

 ひらりと、中から飛び降りたのはみほだった。

 黒森峰時代に愛用していた赤い耐圧服に身を包んだみほの姿に、いや、その目つきに皆は戸惑い、ある者は怯えた。恐ろしいまでの隈をつくり、不健康に青白くなった顔をしたみほは、その背中に、まるで亡霊のような凄絶たる気配を負っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――stage13

 『ソルジャー・ブルー』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 光のない瞳で、出迎えた一同をぐるりと見渡した後、みほは一言も発することなく歩き出す。

 

「ちょっと、みぽりん!」

 

 何も言わずに傍らを通り過ぎようとするみほに沙織が呼びかけるも、みほにはまるで聞こえていないかのようであった。

 

「西住殿!」

「みほさん!」

「……」

「……」

 

 優花里に華が続けて呼びかけるが、やはり返事はない。

 思案顔の麻子に、不機嫌そうなエリカは敢えて無言でみほを見送る。

 あんこう分隊ですらみほを引き止められないのに、どうして他の誰が彼女を止め得ようか。

 紅海に杖を突き立てたモーセのごとく、大洗装甲騎兵女子達の間には自然と道ができて、そこをみほはあるき続ける。行く手を阻むものは誰一人――。

 

「おい西住!」

 

 いや、いた。

 キャットウォークから降りてきた桃が、みほの前に立ちふさがっている。

 良くも悪くも空気を読まない桃ならではの行動であるが、しかしみほは桃を僅かに一瞥すると、耐圧服のポーチの蓋を外し、その中身を放り投げた。それは、輪ゴムで無理やりまとめられた札束だった。

 

「おわ!? わ! わ!」

 

 モノがモノだけに、思わず受け止めてしまった桃の意識がそれた隙を突いて、みほはその横を通り過ぎていた。

 結局みほは倉庫の奥の扉を開いて自室に入り込むと、そのまま出てこなくなってしまった。

 慌てて沙織が追いかけてドアノブを回すも、鍵がかけられていて開けられない。

 

「……」

 

 杏は一部始終を上から見ていた。

 キークは、その隣で軽く呟いた。

 

「これは、プレゼントを渡すのも無理そうですな」

 

 杏は、それに対し何も返す言葉がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇミカ、放おっておいて良いの?」

 

 作業に戻りつつも意気消沈した様子の大洗女子たちの姿を見ながら、アキは言った。

 ミカはそれに対しカンテレでまず応えながら、ついで言葉で答えた。

 

「全ては彼女の心の問題さ。彼女がどうにかしない限り、どうにもならない」

「実際、なんでああなったのかさっぱりだもんね」

 

 ミッコが鼻先についた機械油を拭いながら言うように、ミカたちにも絹代にもローズヒップにも、どうしてみほがああもおかしな様子になってしまったのか、その理由がまるでわからない。

 傍らにいた絹代とローズヒップが言うには、何でもお人形のような少女ときぐるみ姿の不審な中年男性に何か言われたのがきっかけで、みほは突然におかしくなってしまったということ。近くに居た絹代達にすら解らないのだ。ましてや様子がおかしくなってから再会した大洗女子達にはまさに青天の霹靂だった。ようやく再会できた大洗希望の星が、闇に落ち込んでしまっていたのだから。

 

「お金を稼いできてくれるのは地味にありがたいんだけどねぇ~」

 

 ミッコの言うように、みほは合流して以来早朝には倉庫を飛び出し、夕方に帰ってきては即座に自室に引きこもるの繰り返しだった。どうやらあちこちのバトリング会場を荒らし回っているらしく、Web版の月刊装甲騎兵道には謎のコロシアム荒らしの記事が毎日のように載っている。ファイトマネーには興味がないらしく、いつも桃に投げ渡してはそれっきりだ。酷使された愛機はボロボロで、特にかつては誇らしげに掲げられていた『ボコ・ザ・ダーク』のロゴは掠れてほとんど消えかかっていた。

 

「まるで戦いに取り憑かれたみたい……ミカ、やっぱ放おっておくのはマズいんじゃ……」

「……ごらん」

 

 心配そうなアキに対し、やはりミカは目をつむってカンテレを奏でながら不意に爪先で何処かを指し示し言った。

 

「風の流れが、変わってきたみたいだね」

 

 指し示す先にいたのは、あんこう分隊の少女たちだった。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

「んもー! 限界!」

 

 うんともすんとも返さないみほに、仕方がなく自機の整備に戻っていた沙織だったが、唐突に手にしたスパナを投げ捨てると、発奮した様子で大股に歩きだす。

 

「武部殿!?」

 

 向かう先がみほの部屋なのを見て、優花里達も慌てて沙織の後を追う。

 プンスカ頭から湯気を発しながら、沙織は進み、かつ咆える。

 

「いくらなんでも焦らしがすぎるよ! そりゃあ彼氏の気を引くために敢えてつれない態度をとる時もあるけどさ、いくらなんでもやりすぎだよ!」

「そんな態度、とる相手もいないじゃないですか!」

 

 華の真っ当なツッコミもスルーして、沙織は再度ドアノブに取り付いて、がちゃがちゃと回すも当然扉は開かない。

 

「開けて! みぽりん開けて! あーけーてーよー!」

「……何の策も持たずに来たのか」

 

 ドアノブを引っ張りながら叫ぶ沙織に、麻子が冷静に突っ込む。

 息が切れた所で、ドアノブから手を離し、ぜぇはぁぜぇはぁと喘ぎながら、しかし沙織は麻子に言い返した。

 

「だってもうどうにもなんないじゃん! なんかみぽりんがしんどそうだから最初はそっとしておいてあげようとか思ったけどさ、ここまで来たらもう強引にいくしかないよ!」

「それには私も賛成ね」

 

 ここで沙織の主張に賛意を見せたのは、第三者としてやや離れた壁に背を預けていたエリカだった。

 

「あの娘、基本的に何でも抱え込む質だから。前よりは色々と表に出すようになったけど、こんな時は結局昔のまんまね。もう扉を破ってむりやり引っ張り出すしかないんじゃないかしら」

「……誰にだって、他人に踏み入れさせたくない心の庭があると言います。迂闊な動きは禁物では」

 

 華は慎重論を出すが、しかし拳を強く握りしめている所を見ると、本音では沙織と同じであるらしい。

 それに気づいた優花里は、意を決して挙手し大きな声で発言する。

 

「わたくしも武部殿に賛成です! 西住殿には悪いですが、ここは強行突破しかありません!」

 

 優花里はポケットから何やら怪しい小道具を取り出すと、ドアノブの鍵穴へと取り付いた。

 

「潜入工作で磨いたこのピッキング術ならば……開いた!」

「ホント、何でもできるのね、貴女」

 

 エリカが感心と呆れの半々の想いで見つめるなか、優花里は見事に鍵を突破してみせた。

 しかしである。

 

「え! 嘘ぉっ!?」

 

 優花里が珍しく素っ頓狂な声を上げたのは、さらなる壁として立ちはだかるチェーンロックと、無理やり追加で取り付けたらしいシリンダー錠だった。

 

「……よし、次は私だ」

 

 唖然として手をこまねいている優花里の横をすりぬけ、今度は麻子がシリンダー錠に取り掛かる。アルファベット4文字の単語式のシリンダー錠である。麻子はみほの趣味を幾つか思い浮かべながら、これと思うものを試みれば、見事、一発で解錠してみせる。

 

「麻子すごい!」

「さすが冷泉殿!」

「いや、どう考えたって『BOKO』は簡単すぎるだろ」

 

 呆れる麻子だが、しかしこれで関門は二つ突破した。

 しかし、最後に残ったチェーンロックをどうするか――。

 

「ここはわたくしが」

 

 進み出る華の手の内には、生け花用の鋭利な鋏が握られている。

 研ぎ澄まされた刃が、稲光のように煌めいたかと思えば、チェーンは微塵に断ち切られていた。

 

「お見事」

「何なのよ、貴女たち……」

 

 麻子が拍手を送り、エリカは完全に呆れ返っている。

 しかしいずれにせよ、扉は開いた。後は踏み込むのみ!

 

「みぽりん!」

 

 沙織がいの一番に踏み込めば、そこには机に突っ伏したみほの姿があった。

 右手にはショットグラス、左手には半ば空けられた『ノンアルコールハバネロラム酒』の瓶が握られている。

 

「うわーもう何飲んでるのよみぽりん!? こんなの飲んだらお腹壊しちゃうじゃない!?」

 

 無理やりノンアルコールな酒瓶を沙織がむしり取れば、みほはショットグラスを手放して、腕の中に顔を埋めた。

 

「なに? 何をそんなにふてくされてるわけ?」

 

 敢えて挑発的な口調で、エリカがみほへと問う。

 みほは腕の間から僅かに瞳をエリカに向けて、ハバネロに掠れる声でポツリと言った。

 

「……ないから」

 

 小さいながら、その声は不思議とよく響いた。

 

「私にはもう、戦いしかないから」

 

 

 




お待たせしました
partBはできるだけ早くに


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stage13 『ソルジャー・ブルー』partB

 

 

「私にはもう、戦いしかないから」

 

 か細い声でそう絞り出すように言いながら、みほは僅かに視線をエリカへと向けた。

 二人の視線が重なり、みほの瞳がエリカの眼に映る。

 敢えて煽るようなセリフを吐いて、みほから言葉を引き出そうと考えていたエリカだが、みほの眼を見て思わず言葉を飲み込み、バツ悪そうに視線をそらした。

 みほの瞳に渦巻く絶望の色に、エリカは見覚えがあった。

 去年の決勝戦に敗れた後のみほの眼。どうしてもそれを思い出して、エリカは何とも居心地が悪かった。

 

「ちょっとみぽりん! いったいどうしちゃったのよもー!」

 

 黙ってしまったエリカに代わって、強引にみほの顔を起こして向き合ったのは沙織だった。

 毎朝布団に貝のように閉じこもった麻子を相手にしているだけはあって、こういう事態には手慣れている。

 

「何があったか、ちゃんと言ってくれないとわかんないじゃない!」

 

 みほの肩を持つとぐわんぐわん揺さぶりながら、沙織は強い声で言う。

 その目尻には僅かに涙が浮かんでいて、これを見たみほは、きまり悪げに顔を俯かせる。

 

「「!」」

 

 固く閉ざされていたみほの心が、僅かながら開いたのを、華も優花里も見逃さなかった。

 

「みほさん、何があったのか私達に話してください」

 

 華は飽くまで冷静に、しかし確かな強さの込められた声で言った。

 

「そうですよ西住殿! わたくし、どんなことでもご相談におのりますぅ!」

 

 優花里も、沙織のが移ったのか涙ぐみながらみほに詰め寄り手を握って上下に振りつつ叫ぶ。

 

「……やせ我慢よせ。度が過ぎるのは、見ていて辛い」

 

 麻子は飽くまでいつもどおりの抑揚のない声だったが、しかし聞く人が聞けば、確かな気遣いの色があるのが解る。

 

「……て、言ってるわよ。貴女も意地はってないで話したら?」

 

 エリカも眼をそらしながらも最後に付け加えた。

 

「……うん」

 

 みほは俯きながらも、ぽつりとぽつりと話し始めた。

 島田愛里寿、そしてジャン・ポール・ロッチナとの出会いが自分に何を引き起こしたのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 みほの語りを皆一様に聞き終えた。

 誰一人言葉を発する者もなく、沈黙だけが部屋の中を満たしていた。

 たかがマスコットキャラクターのことで何をバカなことを、くだらない――などと言うような輩はここにはいない。

 みほを少しでも知っている人間であれば、みほにとってボコがいかに大きな存在か知らない筈もない。

 そのボコを否定されることは、みほにとって人間としての根底を覆されることなのだ。

 皆それを知っている。皆それを解っている。

 だからこそ――。

 

「はっ!」

 

 エリカは敢えて鼻で笑った。

 そしてみほを見下ろしながら告げた。

 

「くだらないわね、貴女のボコ道とやらも」

「……!」

 

 みほが顔を上げて、初めてエリカを真っ向から見返してきた。

 それを見て、エリカは敢えて一層の煽りを加えた。

 

「だってそうでしょ? どこの誰かも知らない相手に、ちょっと言われたぐらいで折れてしまうんだから。つまりもともと大したものじゃなかったんじゃない?」

「……ッ」

 

 無表情だったみほの顔が僅かに動く。

 

「ちょっと! そこまで言わなくたって!」

「事実じゃない。事実じゃないならこんなザマになってないわ」

 

 沙織の抗議を切って捨てて、エリカは尚も煽り続けた。

 

「何よ? もし違って言うならば、反論してみなさいよ。貴女のボコ道が下らないものじゃないってことを、証明してみなさいよ」

「……」

 

 みほは、エリカに反論したくて口を開こうとした。

 しかし言葉が出てこない。もやもやした想いが頭のなかをグルグルまわるばかりで、どんな単語も紡ぎ出せない。

 

「……西住殿!」

 

 そんなみほの姿に、意を決したらしいのは優花里だった。

 

「人には、人それぞれの道があります!」

 

 みほの手を握り、力強く説く。

 

「私には私のAT道があります。私の装甲騎兵道があります。時には、それが人に受け入れられない時もありました。でもだからどうだって言うんですか」

 

 それは秋山優花里という少女の心底から出た言葉だった。

 だからこそ、それはみほの心を強く打つ。

 

「極寒の宇宙へも、燃え盛る火砕流の中へも、凍てつく雪原へも、果て知れぬ密林でもATは進むんです。西住殿だって、これまでどんな戦いでも、自分を信じて突き進んできたじゃないですか! なのに、どうして自らのボコ道を信じてあげないんですか!」

「優花里さん……」

「そうだよ! ゆかりんの言う通りじゃん! 私だって、私だって……えーと、私のモテ道をどんなに馬鹿にされても絶対に諦めないもん!」

「沙織さん……」

 

 優花里につづいて沙織も叫ぶ。

 拙い言葉だが、むしろそれゆえにみほには届く。

 

「なぁ西住さん。根本的な質問なんだが、本当にボコっていうやつは勝っちゃだめなものなのか?」

 

 麻子のこの問には、華が横から頷いた。

 

「ボコさんにだって負けられない時があるのではないのですか? わたくしたちがそうであるように」

「そんなこと……」

 

 あるわけがないよ――と、みほは返そうとして言い淀んだ。

 何かが、頭に引っかかっている。古い記憶だ。とても古い記憶だ。それが、何かをみほに告げようとしている。

 

「あ――」

 

 不意にそれが何かが理解できた。

 みほにとってはもう大昔の話で、すっかり忘れてしまっていたこと。

 そう、あれは確か、八年ぐらい前のこと――。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 その日、突然ボコが我が家にやってきた。

 みほがまほと二人で、家で遊んでいた時に、ボコはやってきた。

 みほはそれが嬉しくて嬉しくて、みほが自ら描いた絵を渡したり、まほも一緒に写真を撮ったりもした。

 だが、それ以上に印象に残ったのが、ボコのライバルで、町の不良の黒猫までやって来たことだ。

 

 みほの家にやって来たボコはいつものように黒猫と対決した。

 だが、その後の展開はいつもと違っていた。

 黒猫がどんな攻撃を繰り出そうとも、ボコはその全てを避けてしまって、まるで当たらない。

 いつもとは違いすぎる展開に、みほは困惑し困惑し困惑した。

 

 ――今日のボコ、いつもと違う。

 

 思わずみほは口に出してそう言っていた。

 ボコじゃない……こんなのはボコじゃない……絶望と失望で、胸が覆われそうになった時だった。

 

 まほが言ったのだ。

 

 ――そうだねみほ……ボコはいつもと違う。だって……。

 

 まほは、こう言ったのだ。

 

 ――今日のボコは私達を守るために戦っているんだ。

 

 まほは、さらに言ったのだ。

 

 ――いつものようにボコられてしまったら、あいつに私達が酷い目に遭わされるかもしれないじゃないか。

 

 絶望と失望を、理解と喜びの光が吹き飛ばす。

 ボコが、私達の為に戦ってくれている! その事実が、みほの瞳を輝かせる。

 そして姉妹の見守る前で、ボコ――中身は西住しほ――の一撃が、黒猫――中身は西住常夫氏――を殴り倒したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

「そうか……そうなんだ」

 

 みほの様子が見る間に変わるのを、沙織は、華は、優花里は、麻子は、そしてエリカは感じた。

 声には力が戻り、瞳には再び煌めきが灯る。

 

「戦って良いんだ……みんなのために!」

 

 余人には解らぬ何かがみほのなかで起こったことに、皆は気づいた。

 沙織などは泣き笑い顔でみほへと飛びつき抱きしめる。

 あんこうの皆が駆け寄る中、エリカだけは少し寂しそうな顔で踵を返すと、独り部屋から立ち去った。

 その背中に気づいた優花里は、やはりその姿を寂しそうに見つめながらも、小さく敬礼を送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 部屋より再び出てきたみほの姿は、明らかに元気な姿を取り戻していた。

 大洗女子一同に絹代にローズヒップはこれに喜び、揃いも揃ってみほのもとへと馳せ参じる。

 継続三人娘達はそんな姿を見守りながら、ミッコとアキはハイタッチし、ミカは相変わらずカンテレを奏でていた。

 

「……」

 

 キャットウォークの上から様子を窺っていたキークの表情は一見静かなものだが、内心では少々面白くなかった。

 頼みの大黒柱が不安定であってくれたほうが、より一層、大洗はメルキア頼りとなって彼には仕事がやりやすかったからだ。

 紫煙燻らせるキークの横顔からは、そんな想いを余人は読み取れない。

 彼は諜報員だ。顔には感情など滅多に現れない。

 

「ねぇ」

 

 しかし杏は違う。杏には今はっきりと、キークの内心の微妙な揺らぎを、初めて読み取ることが出来たのだ。

 だからその背に不意打ちで声をかけると――。

 

「じゃーんけん!」

「!?」

 

 唐突に繰り出されたのは小さな拳。

 この小さな星の小さな遊戯のことも知悉していたキークは、反射的に自身の拳も返していた。

 

「ぽん!」

 

 キークの出したのはグーだった。

 対して、杏が出したのはパーだった。

 

「これでようやく一勝」

 

 杏はいたずらっぽく笑った。

 キークは苦笑いする他なかった。

 

 






「いよいよ決戦の時が迫る。鋼の騎兵が足並みを揃え、相対し激突するまであと僅か。残された時間のなかで、少女たちは刃を磨き、矢玉を揃え、鎧を拵える。そしてみほは出会う。新たなる愛機、新たなる鉄騎兵。未知なる装甲騎兵に跨り、みほは、そして大洗の乙女たちは疾駆する。次回『ブラッディ・セッター』、劇的なるものが牙をむく。


 ……所で、今回の話のみほの回想だが、あれについて詳しく知りたいと思うのならば『ガールズ&パンツァー もっとらぶらぶ作戦です!』の第七巻を見ると良い。フフフ……何もスピンオフが作られ続けるのはガ○ダムだけではないと言うことだ。さて、また別の回でお目にかかるとしよう」


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stage14 『ブラッディ・セッター』

 

 視界を覆う激しい光に、みほは思わず目を瞑った。

 遮光ゴーグルをしてくれば良かったと心底後悔する。瞼の裏側には炎が焼き付いて、赤い影のように暗い視界をチラつく。そんな揺らめく影が消えた頃に瞼を開けば、とうの昔に光は消えて、一隻の宇宙艇が鎮座していた。

 LCH-05-AT宇宙揚陸艇。ギルガメスが用いる一般的なAT用宇宙艇だった。10機前後のATを搭載可能な突撃艇であるが、今回積んでいるのはたった一機のATであるらしい。ベルトコンベアーが稼働すれば、大型のコンテナーを2つばかり、みほ達の目の前へと下ろされれば、宇宙艇は再び宙へと舞い上がってどこかへと姿を消した。

 コンテナを前にするのは勢揃いしたあんこう分隊の面々に、エリカ、絹代、ローズヒップに杏、そして紫煙を燻らせるキーク・キャラダイン。

 

「メルキア政府直々のプレゼントだ。気に入ってもらえると良いんだがね」

 

 そんな軽口が合図にでもなったか、コンテナが自動で展開され、その中身を露わにする。

 

「うわぁ~」

「M級か……の割には大きく見えるな」

 

 明らかになったその姿に、沙織が驚嘆の声をあげ、麻子が淡々と分析し呟いた。

 

「赤い……それも不吉な赤です。まるで彼岸花のような」

 

 華が機体を彩るその真紅の色合いに、若干の畏れを込めて評する。

 

「……すごい。すごい! すごいです!」

 

 対照的に目を輝かせ、興奮した様子で叫ぶのは秋山優花里だった。

 

「そんなに凄いATなのですか、秋山さん?」

「わたくし、どっかでこのAT見たことありますですわ」

「そりゃそうでしょ。だってストライクドッグそっくりじゃないの」

 

 絹代は優花里に問い、ローズヒップは首を傾げ、エリカはつまらなそうに言った。

 しかし優花里の興奮は収まることなく、絹代へと熱の篭った声で答える。

 

「恥ずかしながら、わたくしも写真ですらお目にかかったことがありません。ですが、伝え聞いた特徴から判断するに『あのAT』で間違いありません! 断片的な情報や何枚かの再現図で存在自体は知られていましたが、誰も本物をみたことがない……まさに幻のATですぅ!」

「おおそうなのですか!」

「なんだか凄い気がしてきましたですわ!」

 

 優花里の興奮が伝わったのか、絹代までキラキラした瞳で赤いATを見上げ、さらにそれにつられてローズヒップまでもが同じように瞳を輝かせた。

 

「……で、なんていうのよ、このATは」

 

 独り冷静なエリカが問えば、優花里は嬉しそうにその名を告げた。

 

「X・ATM-09-ST『ブラッディセッター』です。形式番号からするとスコープドッグの系列機に見えますが、実は全くの新造ATで、従来機を凌駕する性能を備えた新鋭機です。等級こそM級ですが、そのスペックはむしろH級のストライクドッグやラビドリードッグに近く、マッスルシリンダーの改良の結果、最大で160時間を超えて連続稼動が可能と言われています。戦闘用コンピューターも新型のものが搭載された他、武装に関しても従来の流通品は使用可能なのは言うまでもなく、聞く所によるとバララント製の装備、それも機体にアタッチメントするタイプのものすらそのまま使用可能という驚くべき仕様と聞いています!」

 

 優花里は一気に喋り終えるとキークの方を見て、今の説明であってましたか?と視線で問いかけた。

 キークは苦笑ひとつすると、紫煙を吐き出しながら言った。

 

「まぁ良く調べてるとは感心するね。このATは普通に市場に出回ってたタイプじゃないから、詳細を知っているのは限られた人間だけだ。それをそこまで知っているなら大したもんさ」

 

 ホッとする優花里の姿にキークはふたつめの苦笑を浮かべ、詳細な説明を付け加えた。

 

「マッスルシリンダーは『2P-MJ-S4』にPR液は『DT-MS-P』。どちらもまだ市場じゃ余り出回ってないニューモデルで品質は言うまでもなし。制御コンピューターにはブラッドサッカーのものを改良した新型を、さらに火器管制コンピューターは『MCA-707』を使ってる」

「『MCA-707』!? それ本当なんですか!?」

 

 優花里は頭から湯気が出てきそうな勢いの興奮ぶりだ。

 傍で見ていた沙織はみほにこっそりと耳元で問う。

 

「ねぇみぽりん。その…えむしーなんとかってそんな凄いものなの?」

「うん。今流通してる最新版が『MCA-628』で、『MCA-707』はそれをさらに改良したものらしいんだけど……実は私もまだ使ったことがないから」

「みぽりんですら使ったことないないんだ。……よくわかんないけど、凄いことだけはわかったよ」

 

 みほ達がそんな囁き話をしている横では、さらにヒートアップした優花里がキークを質問攻めにし、メルキアの情報将校は得意顔でそれに答えていた。

 

「……」

 

 その様子を横目に見ながら、改めてみほはブラッディセッターへと向き合った。

 血の赤に塗られた装甲板。ストライクドッグを連想させる、上下二連のレンズと左右を固める2つのセンサーからなるカメラアイ。そして左肩のショルダーアーマーから伸びる白い二枚のブレードアンテナ。

 スコープドッグと類似しながら、それとは一線を画するシルエットに、みほのふたつの掌は無意識の内に固く握り締められていた。

 実の所、みほにはこの手の特注機を操縦した経験は殆ど無い。いかなるときも勝負から逃げないのが西住の流儀……それ故にみほもまほも、カスタマイズこそ施されているとはいえ、基本的には一般普及機であるドッグ系ATを愛機として戦ってきた。パープルベアー、Mk.Ⅳスペシャル、そしてボコ・ザ・ダーク……どのATも、飽くまでドッグ系カスタム機の域を出ていない。

 ――だが、ブラッディセッターは違う。

 ラビドリードッグ同様に、スコープドッグの次の世代を担うべく作り出された新世代ATなのだ。

 それを自分は乗りこなさねばならない。メルキアからの贈り物を、使いこなさねばならないのだ。

 最大の敵、島田愛里寿が駆るであろう、バララントからの贈り物に立ち向かうためには。

 

「どう、西住ちゃん。気に入った?」

 

 振り向けば、気配もなく歩み寄っていた杏の姿がそこにある。

 その問いかけに、みほは決意を込めた不敵な笑みを添えて返した。

 

「はい! でも色を塗り替えたら、もっと好きになれそうです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――stage14

 『ブラッディ・セッター』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廃校の是非を賭けた決戦、『高大連携エキシビションマッチ』開幕はいよいよ明日へと迫った。

 大洗の乙女たちは、ようやく出揃った愛機達の最終確認に取り掛かっていた。広い倉庫には明日試合に臨むAT達が分隊ごとに並べられ、各分隊員達が自らの手でラストチェックする。

 

「西住殿、これでどうですか!」

「すごいゆかりん、上手!」

「どこからどうみても立派なボコさんです!」

「よかったな、西住さん」

「うん!ありがとう、優花里さん。わたし、美術はちょっと苦手だから」

 

 機体色を薄めのブラウンに塗り直されたブラッディセッターの右肩にはあんこうのエンブレムが、そして左肩にはボコのイラストが綺麗に描かれている。いずれも優花里の筆になるもので、伊達にATマニア兼モデラーとしての経験値を積んでいない。この手の仕事は彼女のお手の物だ。

 

「これで準備は万端だな」

「はい! 明日と言わず、今日今からでも試合に臨めるぐらいです!」

「でもこうして見ると随分と様変わりしたよねぇ」

 

 沙織が言うように、あんこう分隊の構成は全国大会の時とは大きく異なっていた。

 黒森峰との決勝戦を終えた時、ATの損傷が最もひどかったのがあんこう分隊だった。故に大会直後の時点で優花里や華は別のATに乗り換えていたのだが、メルキア提供の大量のATストックがあることもあって、沙織も合わせて新しい機体に乗り換えていた。麻子だけは黒森峰仕様のタイプ20を気に入っていたこともあり、そこに彼女なりのカスタマイズを施して継続使用している。

 現在のあんこう分隊の構成を列記すれば以下のようになる。

 

 

 

【あんこう分隊】

みほ:ブラッディセッター・ボコカスタム

沙織:デスメッセンジャー

華:スコープドッグGGG(メルキアカラー)

優花里:スタンディングトータス

麻子:スコープドッグ・ターボカスタム

 

 

 

 まずリーダ機のみほが駆るのは「ボコ仕様」にカスタマイズされたブラッディセッターだ。他に特別な改造は施してはいない。みほ的にはステレオスコープに換装したかったのだが、高性能センサーを取り外すことのデメリットなどを考えて泣く泣くそのままの仕様となっていた。武装も、もう一つのコンテナで運んできたものをマウント済みだ。

 

 次いで沙織が乗るのはいわゆる『デスメッセンジャー』タイプのカスタムスコープドッグで、脚部はやや爪先が長く尖ったものへと換装され、ミッションパックは通信機能やデータ処理能力を向上させ、よりサポート力を発揮するように改造されている。左肩には六連装のミサイルランチャー、右手のメインウェポンはソリッドシューター付ガトリングガンを装備している。そして左手にはAT用の大型チェーンソーをマウントしてある。今回の試合はリアルバトル方式であり、それ故に普段は許されないような装備も可能なのだ。そして相変わらず赤いのは左肩だった。

 

 華のATは相変わらずのメルキアカラーに塗ったスコープドッグだが、その装備が今までと大きく異なっている。何よりも人目を引くのは特徴的な大型ミッションパックに接続された右手の得物だ。その得物の銃口はレンズ状になっており、他のいかなるAT用装備とも似ていない。『GAT-TP-101』の形式番号を持ったこの武器は、ATには極めて珍しいレーザー兵器であった。このフォトンシューター装備のスコープドッグは、ドッグ系カスタムタイプでも最も新しい仕様のひとつで、ATM-09-GGGの名を与えられていた。強力ながら取り回しの不便さとマウントできる弾数に限りのあるアンチ・マテリアル・キャノンに代わる、華の新たな武器であった。

 

 優花里は思い切った機種転換を行った結果、今はスタンディングトータスに乗り換えている。陸戦型ファッティーを思わせる大型グライディングホイールを装備して足回りを強化し、カメラアイ部分にロールバーを追加した以外はそこまで大掛かりなカスタマイズは行ってはいない。しかしその機体色は、エリカの影響でも受けたのかスナッピングタートル風の青色ベースに塗り替えられていた。また左肩には彼女独自のアレンジか、スコープドッグ風のボコのエンブレムも描かれていた。(あとでせがまれてみほのATのスカート部にも同じエンブレムを描き足した)

 

 麻子も機体色を赤ベースに塗り替えてはいるが、ATそのものは全国大会決勝戦以来のタイプ20を継続して用いている。しかしその右手は鉤爪突きの固定重火器の7連装ガトリングガンへと換装しており、その見た目は元々の麻子の愛機であったブルーティッシュドッグに近くなっていた。彼女なりに、先代ATへの愛着があったらしい。背部ミッションパックもPRSPパックへと換装され、従来機を大きく凌ぐ稼働時間の獲得にも成功していた。

 

 では、他の分隊はどのような構成になっているのか。列記すれば以下のようになる。

 

 

【カエルさん分隊】

典子:スコープドッグ・ターボカスタム

忍:スコープドッグ・ターボカスタム

妙子:スコープドッグ・ターボカスタム

あけび:スコープドッグ・ターボカスタム

 

 

 カエルさん分隊の面々は、隊名の由来になったファッティーではなく、全国大会決勝戦以来の黒森峰仕様のタイプ20を継続して用いている。しかし古いパーツは新しいものに取り替えるばかりではなく、カラーリングは薄めのカーキ色に塗り直され、さらに各所にバレーボールのエンブレムが描かれたり、バレー部復活と力強い文字で書き殴られていて、彼女たちの戦意の旺盛さが姿に現れていた。

 

 

【カメさん分隊】

杏:バーグラリードッグ(稲妻アンテナ)

柚子:バーグラリードッグ(稲妻アンテナ)

桃:バーグラリードッグ(稲妻アンテナ)

 

 

 生徒会一同もバレー部一同と同様、決勝戦からの同じATの継続使用だが、やはり色はデザートイエローに塗り直されている。また決勝戦では砲弾運搬役を担っていた桃にも、その僅かながらの成長を認められてかドロッパーズフォールディングガンが再装備されていた。

 

 

【ウサギさん分隊】

梓:スタンディントータスMk.2

あゆみ:スタンディントータスMk.2

紗希:スタンディントータスMk.2

桂利奈:スタンディントータスMk.2

優季:スタンディントータスMk.2

あや:スタンディントータスMk.2

 

 

 一見すると何も変わっていないように見えて、実は全機別機種に乗り換えたのがウサギさん分隊の一年生達である。本来は宇宙用のスタンディングトータスMk.2の脚部にローラーダッシュ機構を全機増設し、地上戦にも対応させてある。バーニアからのジェット噴射で飛行――まではいかないにしてもATながらハイジャンプが大気圏内でも可能な筈だ。知波単学園直伝の突撃戦法に加えて、彼女らならではの奇想天外な戦法にも役立つに違いない。

 

 

【ニワトリさん分隊】

カエサル:ベルゼルガ・プレトリオ

エルヴィン:スコープドッグ・フォックススペシャル

左衛門佐:タイプ20(真田仕様)

おりょう:タイプ20(新撰組カラー)

 

 

 ある意味一番やりたい放題なのが歴女の面々だった。カエサルのベルゼルガ・プレトリオは両手に「黒いギロチン」とも呼ばれる厚さ200mmはある大型シールドを装着し、その内側にはパイルバンカーらしきものまで取り付けられている。流石に飛び道具が無いのは問題かと思ったのか、両肩には無理やり機関砲がマウントしてあった。

 エルヴィンは乗機をスコープドッグに換えていたが、彼女の駆るスコープドッグが普通のものであるはずもない。第2次大戦中のドイツ・アフリカ軍団使用の砂漠塗装に塗られたこのATは、右腕が奇妙に肥大化した特別仕様で、また左腕にはアームシールドが装備され、その裏側にはやはりというかリニア式のパイルバンカーが納められている。原型機はギャルビン・フォックスというバトリング選手が用いたとされるカスタム機だが、半ばエルヴィンオリジナルカスタムとなっていた。

 左衛門佐とおりょうは決勝戦からのタイプ20継続であるが、しかしやはり彼女らも彼女らならではのカスタマイズは施している。左衛門佐は頭部アンテナを鹿の角状のものに換装して色は真田の赤備えで、ヘビィマシンガンには長槍のようなパイルバンカー銃剣を装着している。おりょうは機体色を新撰組カラーにするという比較的おとなしい改造だが、腰には日本刀の代わりかAT用スタンバトンをマウントしてあった。

 

 

【ヒバリさん分隊】

そど子:バウンティドッグ(電撃鞭装備)

パゾ美:バウンティドッグ(電撃鞭装備)

ゴモヨ:バウンティドッグ(電撃鞭装備)

 

 

 風紀委員一同は怒りの余り風紀を投げ捨てたらしい。彼女らのバウンティドッグの背部には大型の発電機が搭載され、それはザイルスパイド部へと連結されている。そして本来はハプーネがあるべき部分には、棘が無数に生えた鋏が備わっていた。「バイオレット・ヴァイパー」というリングネームのバトリング選手のATを真似た装備品で、この棘付き鋏を飛ばして相手を捉え、絶縁処理が施されていない内部機構に直接電撃を叩き込むという恐るべき装備だ。カーボンコーティング故にパイロットは無傷だがATの内部はずたずたになる。ある意味、一番リアルバトル方式というルールに忠実なのがそど子達かもしれない。

 

 

【ウワバミさん分隊】

ナカジマ:ストロングバッカス改ver.2.0

スズキ:ストロングバッカス改ver.2.0

ホシノ:ストロングバッカス改ver.2.0

ツチヤ:ストロングバッカス改ver.2.0

 

 

 見た目だけならばまるで変わっていないように見えるのが自動車部謹製のストロングバッカス達の姿だ。しかしこのAT達のつくり手が大洗きってのモンスターチームである自動車部・ウワバミ分隊であることを忘れてはならない。中身は更新されて、全てVer.2.0にバージョンアップしている。いかなる隠し玉を秘めているかは、それは試合までのお楽しみとしておこう。ちなみに彼女たちは同じくストロングバックスを愛機としたバトリング選手『ダーク・オックス』を参考にしたらしいが、果たして。

 

 

【アリクイさん分隊】

ねこにゃー:レイジング プリンス

ももがー:ヘルミッショネル

ぴよたん:トロピカル サルタン

 

 

 アリクイさん分隊のATは元々がカスタム機だけあって、部品交換と整備を済ませただけで機体自体は何の変化もない。しかし一番変わったのはその乗り手だ。ゲームの禄に出来ない虜囚生活の無聊を慰めるべく、鍛え上げられた彼女たちの身体……ある意味では最高のカスタマイズ、ボトムズ乗りの強化という点では彼女たちが一番目覚ましい成長を上げていた。後は全国大会の汚名返上をするのみだった。

 

 ――以上32機。

 これが大洗の今の戦力だった。

 

「絹代さん」

 

 新たなる愛機、ブラッドセッターのラストチェックを済ませたみほは、歩み寄ってきていた絹代達へと振り返った。

 あんこう分隊の皆も、みほの後に続く。

 

「ローズヒップさん、ミカさん、アキさん、ミッコさん、エリカさん」

 

 一人一人の顔を見つめた後、みほは静かに頭を下げた。

 

「今まで、ご協力ありがとうございました。この御恩は決して忘れません」

 

 そう、彼女らの協力を得られるのもここまでの話。

 ここからは大洗女子学園装甲騎兵道チームと大学選抜チームの問題になる。

 こちらの戦力は32機。対する大学選抜は150機を繰り出してくるという。戦力比は1対5。まともな勝負になるはずもない戦力差だが、みほ達はやるしかないのだ。

 そんな悲壮な決意を秘めたみほの一礼に対し、絹代達は顔を見合わせた後、一斉にその懐から一枚の紙片をそれぞれ取り出した。

 

「大洗女子学園、西絹代!」

「同じくローズヒップ!」

「えーと、私達三人も加えて」

「計6名、短期転校で試合参加、って訳ね」

 

 絹代とローズヒップが高らかに声を張り上げ、アキがその勢いに押されながら付け加え、エリカが最後に冷静にまとめて言った。

 

「みなさん!」

「試合でも協力してくれるの!?」

 

 優花里が感極まって涙ぐめば、沙織が喜色満面に問う。

 そして沙織の問に答えたのは、予期せぬ、しかし聞き知った静かな声であった。

 

「あら、彼女たちだけではなくってよ」

 

 みほは、皆は、一斉にその声のする方を向いた。

 影に隠れて見えぬその人物は、スポットライトの下にその姿を現した。

 綺麗に整えられた金髪に、白い肌に青い瞳。上品そうなその姿を包むのは、彼女が着れば斬新な大洗の制服だ。

 紅茶燻らせ現れた、その淑女の名をみほは大きく呼んだ。

 

「ダージリンさん!?」

 

 ダージリンは、みほへと微笑みながら言った。

 

「ごきげんよう、みほさん。こうして直接顔を合わせるのは久しぶりじゃないかしら」

 

 

 

 

 







  ――予告

「どうやら来るべき時がやって来たみたいだ。いよいよ大詰めも近しってところだね、みほ。 でも、お相手は頭のてっぺんから足の先まで鋼の鎧に身を固めた、数でも優るタフなボトムズ乗りだ。さぁ、戦士たちは集った。後は君の手並みをゆっくりと拝見させてもらうとするよ。無論、手助けくらいはするけどね」

 次回『バトルフィールド 』


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stage15 『バトルフィールド』

 

 

 

 

 

 

 眼鏡のレンズを怪しく輝かせ、いかにも役人然とした鉄面皮に珍しくもあからさまな喜悦を浮かべ、男は目前の丘陵を見上げた。丘の稜線に沿うように、組まれたAT150機の隊列は幾何学的な美しさを湛えている。

 島田愛里寿以下大学選抜装甲騎兵道チーム、総勢150機。

 装甲騎兵道に関して然程深い造詣がある訳でもない男にも、その威容を感じ取ることは容易だった。

 文部科学省学園艦教育局長、辻廉太。ここの所ストレスの多い日々を過ごしていたが、この時ばかりは得意満面、恍惚にも似た感情に満たされて大いに満足であった。

 さんざん自分を苦しめてくれた大洗女子学園も今日で終わりだ。結果だけ見れば、一度は覆った廃校の予定を予定通りに潰すことが出来る。おまけに、大国バララントの機嫌も損ねることもない。外務省にだって恩を売れるかもしれない。

 

「――」

 

 愛里寿の小さな姿は、大学生選手たちの中にあって却って目立っていた。

 黒と灰色からなる耐圧服に身を包み、テキパキと自分より遥かに年上の隊員たちに指示を飛ばしている。何を話しているのかは辻には聞こえないが、その凛々しさが実に頼もしい。まだ13歳の少女とは思えない貫禄だ。

 いや、堂々たるは島田流の天才少女のみならず。

 昇りつつある朝日を浴びて、可憐なる姿を見せる大学選抜の装甲騎兵乙女たちもまた頼もしい。

 彼女らが試合直前のラストチェックを済ませているのは、鋼の頭部の頂から鉄の爪先まで余すところなくカスタマイズを施されたスコープドッグにスタンディングトータスだ。主力を成しているのはスタンディングトータスであり、一部偵察用と思しきスコープドッグが所々に混じっている格好だ。

 

「……フフフ」

 

 だが小さく辻がほくそ笑むのは名刀の如く鍛え上げられた鋼鉄の軍勢に大してではなく、今この男の視界には写っていない、島田愛里寿とその直属分隊のAT達と辻自らが持ち込んだシークレット枠用のAT達だ。愛里寿達の乗機は、あの鼻持ちならないバララント情報将校がわざわざ本国から運ばせた特注機であるし、辻が選んだのはこの試合のルール、何でもありのリアルバトル方式でこそ効力を発揮するであろう規格外の品だ。特に辻セレクトの一品は、飽くまで彼女ら流の機体構成で試合に臨むつもりの大学選抜側に強引に押し付けたものだった。

 辻からすれば彼女らの流儀など知ったことではないし、極々単純に、大学選抜があらゆる想定外の事態をも物ともせず順当に勝てるようにするまでのことだった。同じ理由で大学選抜に150機投入を促したのも辻である。これにも何故か大学選抜側は難色を示したが、辻には何故確実に勝てる布陣にすることを渋るのか、実に理解に苦しんだ。これだけの数とスペックならば絶対に勝利は揺るがない。

 

「――うぉっほん」

 

 不意に背後より響いた咳払いが、辻の意識を完全勝利の幻影から引きずり出した。

 振り返れば羽織袴にカンカン帽という時代がかった格好の初老の男の姿がある。日本装甲騎兵道連盟理事長、児玉七郎だ。相変わらず何か困ったような顔をして、額に流れる汗を手ぬぐいで拭いている。

 

「彼女らが到着した。今こちらに向かっている所だそうだ」

「そうですか」

 

 辻は踵を返し、大学選抜一同が陣取った丘の真向かい、もう一つの丘の斜面へと目をやった。

 ようやく昇りつつある朝日がまだ稜線の真上でオレンジ色に輝いているだけで、大洗女子学園のATの姿はまだない。

 だが後ろ手を組んだ辻の顔には既に勝利の愉悦が浮かんでいる。

 なにせ彼の掴んだ情報によれば、大洗女子学園のATは全国大会と変わらぬ32機足らず。それと相対する大学選抜は150機で、大洗が決勝戦で破った黒森峰の100機を凌ぐ。さらに試合ルールはリアルバトル方式であり、フラッグ戦のような一発逆転も通用しない。さらに辻の仕込んだ隠し玉もある。

 大洗に勝ち目はない。それは素人目にも明らかだ。

 陽が上がりきった所で始まる試合も、1時間足らずで終わることだろう。ランチは冷房のきいた東京のレストランでとれるかもしれない――。別の世界線の優花里とエルヴィンならば、そんなことを考える余裕綽々な辻の姿を見てこう言うかもしれない。第2次世界大戦中、ドイツの伝説的戦車乗りの言葉を引用して。

 

 ――やつら、もう勝ったつもりでいやがる

 ――そうらしいな、では教育してやるか

 

「お」

「来たようですね」

 

 稜線の黒い影が僅かに膨らんだかと思えば、次々と湧き出るように膨らみが数を増す。

 数秒もしないうちに大学選抜に負けない美しい隊列を組んで、ATの一団が姿を現したのだ。

 朝日を背にした機影は黒々として詳細を見ることは叶わないが、しかしそのシルエットは実にバラバラで、整然と統一感のある大学選抜チームとは違って寄せ集め感が丸出しだった。

 しかし、辻はその姿に不穏な違和感を覚えた。

 あるいは、その影法師の不吉な大きさに惑わされでもしたかと、気の迷いよ消えよと頭を横に振って改めて大洗の隊列を見る。

 だが、違和感は消えるどころかさらに強まる。

 その正体を探ろうと、大洗の隊列を具に眺めていて、ふと気がついた。

 まさかと思って一機一機、影法師を数えれば、終わりの頃には辻は喘ぐように呟いていた。

 

「――多いじゃないか!?」

 

 果たして、辻の言うとおり大洗女子学園装甲騎兵道チームの機数は倍近くになっていた。

 その数、総勢60機。しかも中には、よく見ると戦車然としたシルエットまで見える。

 

「どういうことだ!?」

 

 叫ぶ辻に応えた訳でもあるまいが、大洗側隊列中央では絶妙のタイミングで一機のATのハッチが開き、小さな耐圧服姿が地面へと降り立っていた。

 降りてきた少女、西住みほはヘルメットを外すや、反対側の丘へと向けて大声で呼びかけた。

 

「大洗女子学園装甲騎兵道チーム、全60機、到着しました! 今日一日、よろしくお願いします!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――stage15

 『バトルフィールド』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 抗議の声を受けて、一斉に突き出された短期転校届けの白い列。

 確かに押された保護者の判子の紅さを前にしては、あの慇懃無礼傲岸不遜の七三分けも公僕の端くれ故にぐうの根もでない。

 散々自分たちを苦しめてくれた男の、唖然とした顔には何度それを思い返しても溜飲が下がる。

 杏はもう何度目か解らない回想から意識を現実に戻し、目の前に広がる夢のような光景を眺めた。

 

「数を勝る相手には浸透強襲戦術で内部から相手を食い破るまででしてよ」

「それなら中央部に楔を打ち込み一点突破を図るべきよ」

「こっちには戦車も居るんだから火力集中で圧倒すればいいんじゃないかしら」

「どっしり構えて冬を待てばいいじゃない! 幸いここは緯度も高いし効果は抜群よ!」

 

 ダージリンが、エリカが、ケイが、そしてカチューシャが、高校装甲騎兵道を代表するエースたちが揃って同じ机を囲み、侃々諤々の議論を交わしている。

 

「わたくしとしては、様々な案を比較検討した所、やはり突撃しかないかと!」

「とりあえず頭を動かすのは腹ごなしをしてからだ。パスタ茹でるけど、リクエストあるか~?」

「ではカレースパゲティで頼む」

「隊長!?」

「……冗談だ」

 

 いや、その四名のみならず、同卓にずらりと座るのは西絹代であり、アンチョビであり、西住まほであり、とにかく高校装甲騎兵道オールスターといった様相を呈しているのだ。一同とやや離れた所にはミカの姿も見えるが、彼女は相変わらず一人静かにカンテレを爪弾くのみで、作戦会議に加わる様子はなかった。

 

「……みほはどう考えている? みほの意見を聞きたい」

「えっと……じゃあ鮟鱇のムニエルと蛤のクリームソース仕立てのパスタで」

「パスタのリクエストの話じゃないだろう!」

「じゃ、私は干し芋パスタいっちょうで」

「会長!?」

 

 姉妹揃ってとぼけ倒している姿に、書記役を務めていた桃が思わず突っ込んでいた。

 そんな三人の姿に、ダージリンがクスクスと笑い、釣られてケイまでが吹き出すのを堪えている有様で、エリカとカチューシャは呆れ、絹代は「パスタってナポリタン以外食べたことないんだよなぁ」などと小さく呟いていた。

 一大決戦を前にして、何とも緊張感のない様子だが、杏は却ってそれを頼もしく感じた。

 あれほどの大軍勢、しかも率いるのは島田流の秘蔵っ子であるというのに、彼女らは全く臆してなどいないのだ。

 確かに数では劣っているが、こちらには聖グロリアーナ、サンダース、プラウダ、知波単、アンツィオ、継続そして黒森峰の各隊長陣と各校の精鋭選手たちが揃っている。勝ち目は、充分にあると杏は思う。後は、いかにして戦うか、つまり作戦こそが勝利の要になる。

 試合開始を一時間後に控え、大洗女子学園連合チームは最後の作戦会議に入っていた。

 仮設テントに集まった隊長達はみほを中心に地図を囲んで議論を交わす。

 地図の上には走り書きで、大洗救援のために短期転校という裏技で集った各校チームの陣容が記されていた。

 

【聖グロリアーナ女学院】

ダージリン:オーデルバックラー

オレンジペコ:エルドスピーネ

アッサム:エルドスピーネ

ルクリリ:エルドスピーネ

ローズヒップ:クルセイダー(エルドスピーネ改)

 

 今回の短期転校の仕掛け人、ダージリンが率いるのはいかにも彼女ららしいオーソドックスな機体構成の五機からなる分隊だ。唯一ローズヒップだけが普段とは異なりバトリング用のATで試合にも臨む。

 

【サンダース大学付属高校】

ケイ:スタンディングトータス・ガタスペシャル

ナオミ:ファイアフライ

アリサ:スタンディングトータス砂漠戦仕様

 

 聖グロリアーナとは対象的なのがサンダースチームであり、三人揃ってスタンディングトータスのカスタム機での参戦だ。普段は全体の連携を重視して通常機で試合に臨むケイも、バトリング選手ガタ・パッカードが使ったのと同じ仕様にATを仕立てての試合参加である。ナオミは全国大会の時と同様に、オリジナルのファイアフライカスタムであるが、アリサは無線傍受用の装備から本来は砂漠戦仕様へと転換していた。カルビン・ウォーカーというボトムズ乗りが用いていた仕様であり、大型のロケットポッドをミッションパックにマウントするなど、恐ろしい程の重装備になっていた。

 

【プラウダ高校】

カチューシャ:エクルビス

ノンナ:ノンナ専用チャビィー

クラーラ:グレーベルゼルガ

ニーナ:エクルビス(量産機)

アリーナ:陸戦型ファッティーType.B

 

 プラウダ高校の編成は全国大会の時とほぼ変わっていなかったが、クエント人の血をひくと噂のクラーラはファッティーベースの模造品ではなくて、本物のベルゼルガへと乗り換えてた。なお、カチューシャのもニーナのものも、乗り手に負担がかかる脳波コントロールシステムは取り外してあった。殲滅戦は長丁場となることが必至なのだ。

 

【知波単学園】

絹代:ウラヌス(ライトスコープドッグ改)

玉田:ライトスコープドッグ

福田:ライトスコープドッグ

細身:ライトスコープドッグ

池田:ライトスコープドッグ

名倉:ライトスコープドッグ

 

 絹代率いる知波単勢は全機ライトスコープドッグという一見すると狂的とも言える編成での参戦である。しかし知波単学園ならではの突撃戦法にこの軽量機が合わさった時、発揮される突撃力の凄まじさは、装甲騎兵道に携わる者で知らぬ者が居ないほどだった。

 

【継続高校】

ミカ:ベルゼルガ・ブルーナイト

アキ:ファニーデビル

ミッコ:オクトバ

 

 いつもの編成がまるでバトリングのような一風変わった継続高校の三人娘は、いずれも独特のATに乗り込んでいる。ミカが駆るのはかつて『200人殺し』とも謳われた伝説のボトムズ乗りと仕様を同じくするベルゼルガ、アキが操るのは明るい黄色に塗装されたファッティーのカスタム機、そしてミッコが乗るのはオクトバという極めて珍しいATであった。生産工場のある母星がまるごと吹っ飛んでしまったがために、今や殆ど流通していない変わり種だ。

 

【アンツィオ高校】

アンチョビ(withジェラート、アマレット、パネトーネ):アストラッド戦車

ペパロニ:ツヴァーク

カルパッチョ:ベルゼルガDT

 

 大洗連合チームのなかで実は最大の火力を誇るのはアンチョビ率いるアンツィオチームであった。全国大会に続いてのアストラッド戦車での参陣であり、乗りては勢いのある一年生選手で固めてある。ペパロニとカルパッチョは全国大会と同じATでの参戦だ。

 

【黒森峰女学園】

まほ:ブラッドサッカー(レッドショルダー)

エリカ:ストライクドッグ

小梅:スコープドッグ・オーガワラスペシャル

 

 黒森峰も基本的には全国大会の時と変わらないが、小梅は特別仕様のスコープドッグへと乗り換えていた。これでもかと火器を満載しており、砲戦となれば凄まじい威力を発揮することが期待できた。

 

 ――以上60機。

 これが大洗連合の機体の内訳である。

 いずれも一騎当千の強者であり、わざわざ取り寄せた大洗仕様の耐圧服に皆着揃えていたが、見事なまでに機体構成はバラバラである。

 つまり、作戦を立てるのが極めて難しい。議論が紛糾するのもむべなるかな。

 

「……今回の指揮官はみほだ」

 

 会議がまとまる気配がない様子を見て、まほが動いた。

 静かな視線で、みほを見据えながら言う。

 

「みほに従うのが筋だろう。みほ、作戦は?」

 

 皆が一斉に自分を見つめるのに、みほは生唾をごくりと飲み込んだ。

 しかし持ち前の肝っ玉で、確固とした口調でみほは作戦を告げた。

 

「作戦は――」

 

 

 

 





  ――予告

「さぁいよいよ戦いの火蓋は切って落とされた。みほの立てた作戦に従って、皆一様に戦場の荒野を駆ける。でも今度の敵は正面からではなくて、お空の上から現れた。試合の行く末は硝煙に包まれたみたいに見えないけれど、結局の所は風まかせ。さぁ、どんな風が吹くか、見てみようじゃないか」

 次回『ウィルダネス』










いよいよ試合開始


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stage16 『ウィルダネス』

 

 

 

 

 

 見渡す限り、草原と山岳と湖水だけが広がる大原野。

 いかに高校生最強と大学選抜の対決が見られるとは言え、会場が余りにも悪すぎる。

 普通であれば集客は見込めそうもない立地であるが、にもかかかわらず朝から満員御礼の有様だった。

 学園艦の存亡がかかっている大洗サイドの観客はともかく、大学選抜側の観客も大いに熱を帯びている。いや、あからさまに試合の裏事情を知らぬ普通の観客も凄まじい数が集まってきているではないか。

 西住流と島田流、二大流派激突――のキャッチコピーで密かに宣伝工作を繰り広げたのは、双方の陣営の裏で糸をひく超銀河規模の軍事大国ふたつ。より厳密に言えば、そんな国々から派遣されてきた情報将校達の仕事である。

 血の流さないバトリング。装甲に身を包んだ麗しき乙女たちの決闘。

 全く新しい娯楽として、アストラギウス銀河での装甲騎兵道大興業を目論む男たちは、監視衛星までもを動員して、試合の様子をくまなく中継している。

 いや、単に中継するにはとどまらず、お空の彼方の国からやって来た男たちはわざわざ用意させた特等席に足を運び、自らの眼で直に試合の様子を見守っていた。自らが描いたシナリオ通りに、正しく事が運ぶのかを。

 

「もうすぐですわね」 

 

 紅の瀟洒な淑女、島田千代が右手の裏側の腕時計を見ながら言った。

 

「双方配置についてあとは号令を待つまで。ここまでは予定通りだ」

 

 それに応えたのが、『今は』バララント情報将校の制服を身にまとったジャン=ポール=ロッチナであった。日傘をさして上品に座る千代の右側で、膝の上に肘をのせ両掌を組んで、その上に顎を乗っけて怪しげに微笑んでいる。

 

「……そしてこれからも、ですか?」

「フフフ。そんな所だ」

 

 千代が微笑みと共に問えば、ロッチナもチェシャ猫のような顔で答えた。

 今回のスペシャルマッチでは、文科省を通して手を組むことになった両者だが、関係は思いの外良好だった。

 千代からすれば西住流に対する島田流の格好のデモンストレーションを演出出来る上に、愛する娘の念願、ボコミュージアムの再建も達成できる。ロッチナからすれば装甲騎兵道をプロデュースする上で欠かすことのできない格好の偶像――愛里寿――と、確かなコネクション――千代――を同時に手に入れた形になる。

 まさしくWIN-WINの関係であり、理想的なビジネスパートナーと言えた。唯一の問題点を挙げるとすれば、間に入った文科省の干渉が小うるさい程度だが、ロッチナからすれば些末なことだった。

 

「……全てはシナリオ通り、と。はてさて、そう上手く事が運びますかね?」

 

 そう紫煙を吐き出しながら呟くように、しかしあからさまにロッチナに聞かせるように言葉を漏らしたのはキーク=キャラダインだった。千代の左側、間に一人の女性を挟んで、特等席ならではの背もたれに身を預けながら、紙巻煙草を再び口に咥える。

 

「……勝敗を決めるのは、実際に戦う選手たち同士。外野がいかに筋書きを書き並べ小細工を弄しようとも、常に真実はひとつ」

 

 キークと千代の間に、戦国武将のようにどっかりと堂々と腕組み座るのは西住しほその人であった。いつも通りの黒い背広に纏い、無骨そのものの格好であるが、研ぎ澄まされた刃のような、凛然とした有様である。

 

「より強いものが勝利する。ただそれだけ」

 

 しほは静かに、されど強く言い放った。

 千代は扇子で口元を隠しながら笑み、ロッチナは相変わらず内心の読めない微笑を返す。

 西住流と島田流。

 ギルガメスとバララント。

 宿敵ともいえる者たちが一堂に会し、肩を並べている様は余人が見れば胃が痛くなる光景だった。

 空気は張り詰め、緊迫感が覆うなか、四人の視線は正面の大型モニターへと注がれる。

 大型スピーカーを通して、連盟の派遣した審判が、号令を告げた。

 

 ――試合、開始!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――stage16

 『ウィルダネス』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合会場、中央部付近は南北に長く伸びた高地が控え、その東側には森林地帯が、西側には湿地帯が広がっている。

 大洗側は会場南部から、大学選抜側は北部からそれぞれ相手を目指して前進を開始したので、自然と『デライダ高地』と名付けられた中央部の高地を両者ともに目指す形になる。

 みほは眼前へと映し出された地形図を一旦閉じると、ATのセンサーとバイザーゴーグルを同期させる。

 視界いっぱいに広がるのは、延々と続く草原に彼方に聳える高地、そして綺麗に澄み渡った青空だった。

 まだ、大学選抜側の機影はどこにも見えない。

 

『間もなく分岐点だ。偵察隊を先行させる』

『わたくし達もそろそろ別れますわ』

 

 呼び声にみほが自身の右側を向けば、同調した頭部のカメラアイが機外の様子を捉え投影する。

 まほの駆るブラッドサッカーが、ダージリンの駆るオーデルバックラーの姿が、そして彼女らの後ろに連なった戦列が映し出される。

 眼には直接見えはしないけれど、みほの背後にも同じようにATが一列をなして追従しているのが、モニターの脇のミニマップには表示されていた。

 

 草原に二条の筋を描きながら、鋼の列車のように走る3つの戦列。

 大洗連合チームは総勢六〇機。みほはこの大部隊――大学選抜と比べると少数だが――を3つの中隊に分割して運用していた。

 一五〇機を擁する大学選抜に正面から挑めば数的優位で押し切られるのが目に見えている。故に敢えて数は劣っていることを承知で部隊を分割し、連携重視の機動戦を仕掛ける。みほらしい思い切りの良い作戦だった。まぁ、エリカに横から「急造チームでチームワークぅ~」などと茶化されもしたが、隊長一同の同意も得られて、結局みほのプランで行くことが決まった。

 

 ――『それで、作戦名はどうするのかしら?』

 

 続くダージリンのこの発言で、その後も一悶着あった訳だが、これも再びみほが決めることで決着した。

 

 ――『作戦名は「ぼこぼこ作戦」です。3つの中隊で相手を包囲し、四方からボコボコにします』

 

 掻い摘んで説明するとこうなる。

 まず一隊が高地を先に奪取して高所より砲撃、敵をおびき寄せる。

 次いで高地の東西のそれぞれから二個中隊が北上し、敵の両側面をとる。

 最後に高地の部隊が逆落としをしかけ、三個中隊連携して敵を一挙に殲滅する。

 

 ――『まさしくカンナエの戦いのハンニバルだな!』

 

 そう後から聞いたカエサルが評したように、お手本通りのような包囲殲滅戦のプランである。

 みほはその定石に自分なりのアレンジを加え、定まったコンセプトにもとづいて部隊の配置を決める。

 

 みほ率いる『グレゴルー中隊』。あんこう分隊に、ニワトリ、ヒバリ、アリクイと大洗中心の編制に、プラウダチームを加えての二〇機。

 

 まほ率いる『バイマン中隊』。大洗からのカメさん、ウサギさん、ウワバミの三分隊に、アンツィオチーム、サンダースチーム、そして黒森峰チームの計二二機。

 

 そしてダージリン率いる『ムーザ中隊』。大洗からはカエルさん分隊が参加し、そこに知波単、継続、聖グロリアーナのチームが加わって計一八機。

 

 この三中隊で作戦は実施される。

 

『……カメさん分隊を先行させつつ、我々は高地奪取に向かう。各隊、健闘を祈る』

『かしこまりましてよ、まほさん』

「了解です。こちらも高地西側面より北上を開始します」

 

 三つの中隊のうち、最大火力を持つのはまほ率いる『バイマン中隊』である。

 カメさんのバーグラリードッグを始め、砲撃戦に優れた装備のATで固められ、その上大洗連合では最大火力を誇る、アンチョビ達駆るアストラッド戦車が加わっている。大学選抜をおびき寄せ、釘付けにする重要な役割だけに、火力も装甲も最も充実した編制になっていた。

 

『それではみほさん、丘を越えて彼方へ(Over the Hills and Far Away)♪ また後ほどお会い致しましょう』

『イギリスの古い民謡ですね。軍歌としても用いられました』

 

 ダージリン率いる『ムーザ中隊』は対照的に、スピードと格闘戦能力を重視した構成になっている。

 彼女らの部隊はみほたちに先行して森を突破し、大学選抜に側面から奇襲を仕掛ける算段になっていた。

 

「私達は高地左側の湿地帯を突破します。速力を重視し、このまま一列縦隊で前進!」

『突き進むわよミホーシャ! いっそダージリン達よりも先に着いたって良いぐらいよ! 私達だけで相手をボコボコにしちゃうんだから!』

『『『『ypaaaaaaaaaaaaaaaaaa!』』』』

 

 カチューシャが威勢よく答えるのに、プラウダチームの残りの四人が――さり気なくノンナを含めて――が鬨の声を挙げた。大所帯に定評のあるプラウダが、いつもと違って少数での参戦であるにも関わらず、その戦意の高さはいつもと変わりないらしい。みほはそれを頼もしく覚えた。

 みほ直属の『グレゴルー中隊』は、砲撃戦能力と格闘戦能力を併せ持ったバランスの良い編制になっていた。部隊の速力では『ムーザ中隊』に劣るものの、火力は華のスコープドッグGGGやノンナの狙撃用チャビィーを擁する『グレゴルー中隊』のほうが勝っている。

 『ムーザ中隊』の速攻で大学選抜側の注意を東側と高地に集中させた所を、『グレゴルー分隊』の火力で相手の隙を突く、部隊の移動速度の違いを活かした時間差攻撃。これがみほの作戦だった。

 

 三条の戦列はそれぞれの務めのために別れ、それぞれの道を走り始める。

 そのさきに何が待つかも知らずに――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こちらカメさん~頂上に到達。敵の姿はなーんもなし』

「了解。カメさん分隊はそのまま山頂部を確保、周囲を警戒してくれ」

『ほいほ~い』

 

 杏の緊張感のない通信にも、いつものように凛とした声を返しながら、まほは『バイマン中隊』に前進のハンドシグナルを送った。

 カメさん分隊の三機はバーグラリードッグであり、元々山岳戦を意識して設計されたATだ。その特色とも言える不整地用のトランプルリガーは、まさにこういった戦局で効力を発揮する。だからこそまほは杏たちに偵察役を任せたのだ。

 

「よーし行くぞ~! エンジン吹かせ~!」

 

 独り車外に身を乗り出したアンチョビの号令に応じて、アストラッドの排気口から環境に悪そうな黒い煙が吐き出され、無限軌道が大地を踏みしめ始める。その重みに大地に轍を刻みながら戦車が進めば、それに続いてまほの駆るブラッドサッカーが、ツヴァークが、ベルゼルガDTが、ストライクドッグがとAT部隊が続いて斜面を登り始めた。

 デライダ高地は南北に細長く伸びた高地であるが、北側は緩やかだが長い斜面で、逆に南側は短く急な勾配になっている。急勾配といっても断崖絶壁というわけでもないので、ATでも登るのは難しくはないが、しかし作戦は一刻を争う。デライダ高地を大学選抜側よりも先に確保できなければ、ボコボコ作戦は根底から破綻するからだ。距離の短さを活かして、なんとか一気に登りきらねばならないのだ。

 そこでまほが考え出したのがアストラッド戦車を先頭にしての踏破登頂作戦だった。アストラッドのパワーと重みを用いて無理やり道を作り、ショートカットする。

 

「往くぞ火の山へ! 戦車は火砕流の中だって進む! 我らの進む場所、すなわち道となる! 」

 

 指揮杖を振るいテンションも高くそう断言するアンチョビの言葉通り、アストラッド戦車は淀みなく前進し、バイマン中隊一同もおかげで問題なく斜面を登ることが出来る。

 実際、余りに順調すぎて予想よりも遥かに早く登頂に成功したぐらいだった。

 丘の上の空気は澄み切っていて、恐らくは耐圧服のヘルメットを外せばさぞ気持ち良いことだろう。

 杏機が鋼の掌をひらひらと振る様も、それにアンチョビが手を振り返す様もハッキリと見える。

 

「登頂に成功した。敵影なし。このまま待機する」

 

 みほへとそう通信しながらも、まほは自分の胸中に膨れ上がる違和感に苛まれていた。

 余りにも、余りにも順調に物事が進みすぎている。

 高所を敵に奪われることの不利は、当然大学選抜チーム隊長、島田愛里寿も承知の筈のこと。

 では、敢えてこの高地を獲らせてしまう、その意図は何か――。

 

「散開し、北を正面に半円の防御隊形をとる。アストラッド戦車は正面だ」

 

 しかし、今はそれを探る時ではない。

 まほはテキパキとデライダ高地確保のための指示を飛ばし、北から来るであろう大学選抜に備える。

 アストラッドを中心に、その右側にはペパロニのツヴァークとカルパッチョのベルゼルガDT、カメさん分隊の三機に、小梅、エリカの順で等間隔に配置につきに、最右翼はまほが占める。

 左翼にはウサギさん分隊の六機に、サンダースの三機、そしてウワバミ分隊四機の順に配置についた。最左翼を務めるのはツチヤだった。

 

「各機、自身の持ち場の前方を警戒。相手はあの島田流だ。予想外の方向からの奇襲も在り得る」

 

 言いつつ、自身も一旦機体センサーとのリンクを切り、ハッチを開いて双眼鏡を覗く。

 ATはどうしても視界の広さに制限を受けてしまうため、場合によっては肉眼のほうが偵察には向いているからだ。

 

「……ねぇ、やっぱり貴女も気にしてる?」

「何をだ?」

 

 不意に話しかけてきたのはケイだった。

 強豪サンダースの隊長だけあって、まほと同じ違和感に勘付いていたらしい。

 

「なぜ、大学選抜が私達にこの高地をとらせたのか、だろう?」

 

 そしてアンチョビも同じ想いを抱いていたようだった。

 双眼鏡を覗きながら、皆へと回線を開きながら言う。

 

「どういうことスかドゥーチェ。目当ての場所を先に獲れたんだからラッキーじゃないっスか」

 

 ペパロニが問うのに、アンチョビは腕を組み、頭を振りながら答える。

 

「普段ならそう思う。でも今度の相手はあの島田流だ。高所に陣取られることの怖さは解っている筈……なのになんで我らに易々とここをとらせた? 是が非でも防がなくちゃいけなくはないか?」

「そういや、そうっすね……」

 

 考え込むペパロニに、苛立たしげに吐き捨てたのは桃だった。

 

「相手の初動が遅れた。それだけのことだ! 何も案ずることはない!」

 

 だが声に隠しきれない震えがあるのは、彼女自身も不安でたまらないからだろう。

 

「んまぁ、確かに妙ではあるけどね。いくら向こうの方がここまで距離があるったって、影も形も見えないのはオカシイし」

 

 杏は軽い調子で、だがその裏側に緊張感を滲ませながらまほやケイ、アンチョビの懸念を肯定する。

 

「何か、策があるってことですか?」

 

 バイマン中隊では唯一の一年生チーム、ウサギさん分隊からは代表して梓が声を発した。他の五人も、不安げにそわそわして、梓の問への答えに聞き入っている。

 

「……向こうがどんな手で来るか知れないけれど、やることは一つ。真っ向から受け止めて叩き潰す。それだけよ」

 

 学校は違えど後輩を前にして、エリカは力強く断言した。

 この言葉には、まほも強く頷き、ナカジマも飄々とした調子で同意する。

 

「まぁ、結局の所、ここで相手を待つしか無いんだし、のんびり構えるしか無いかなぁって」

「ジタバタしたって始まらないから、気楽にいくしかないんじゃないですかねぇ~」

 

 ツチヤが眼を細めながら明るく言う。

 しかし一同から緊張感が去ることはなく、皆一様に自分の持ち場で、大学選抜の姿を探していた。

 

「……あら」

 

 ――最初に「それ」に気がついたのは、カルパッチョであった。

 

「どうした、カルパッチョ」

 

 車上から問うアンチョビに、カルパッチョは双眼鏡から目を離さず、見るべき方を人差し指で指し示す。

 

「2時の方角に砂煙。それもかなり大きいです

「……!? 確認したぞ! みんな2時の方を見ろ!」

 

 アンチョビの呼び声に四十四の瞳が一斉に2時の方角へと向けられる。 

 確かに尋常ではない砂埃が立ち上り、着実に高地へと向けて近づいてきている。

 

「……全員、戦闘配置」

 

 まほの号令に、皆即座に愛機へと潜り込み、ハッチを閉じる。

 自機のセンサーをカメラを、迫り来る砂埃へと向ける。

 

『……先制するぞ。弾種は榴弾で良いかな?』

「それで良い。先に仕掛けてくれ」

 

 旅費等々の都合もあり、アストラッド戦車は乗員を独り減らして四人で動かしている。

 車長のアンチョビが砲撃手を兼ねて、この試合最初の砲火を放つべく、照準器を覗き込んだ。

 スコープドッグを連想させるターレットレンズが回転し、望遠レンズで砂埃の向こうを狙う。

 杏に、桃に、柚子も、ドロッパーズ・フォールディング・ガンを展開し、追撃のために備えた。

 

『……なぁ、ちょっと良いか?』

 

 アンチョビが、何やらもって回った調子で言った。

 まほは嫌な予感がした。同じ三年生選手だけに、互いに知らぬ仲でもない。アンチョビは真っ直ぐな性格であり、基本的に遠回しな言い方は好まない。そんな彼女が、こんな話し方をするということは、何か良くないことが起きつつある証だった。

 

『悪いニュースともっと悪いニュースがあるんだけど、どっちから先に聞きたい?』

 

 いよいよもって嫌な予感がしてきた。

 まほが、より悪いニュースから頼むと言う前に、先に答えたのは杏だった。

 

『マシな方から頼むよ、チョビ子』

 

 チョビ子という呼び名には特に反応も示さず――そんな精神的余裕もなく――アンチョビは言った。

 

『あの砂埃の正体だが……バララントの地上戦艦だ』

「!?」

 

 まほですらもが思わず驚きに眼を丸くする。

 言葉の意味を飲み込んで、まほが問を発するよりも先に、アンチョビがさらに悪いニュースを告げる。

 

『そしてなお悪いことに、砲門が全部こっちを向いてるぞ!』

 

 次いでアンチョビが警告を発するよりも素早く、まほは愛機を地へと伏せさせていた。

 

『みんな伏せろ! こっち見てるぞぉぉぉぉぉーっ!?』

 

 一瞬の後、空から雨のように、無数の銃弾が降り立ち、地面へと次々と突き刺さった。

 

 

 

 




  ――予告

「時代遅れの過去の遺物……陸上戦艦という兵器は、はっきり言ってしまえばそんな代物さ。でもそんな代物でも、装甲騎兵道の試合に使うとなれば話が違ってくる。圧倒的な装甲に、圧倒的な踏破力。まるで動く要塞、くろがねの城。おまけにその中には、数えきれないぐらいのATを隠しているときてる。さてまほ、この怪物にどう立ち向かう?」

 次回『フラッド』


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stage17 『フラッド』

 ――時間は少々遡る。

 

『!? 今の音、聞こえた!?』

「え?」

『音……ですか?』

『自分のほうはなにも』

『私もだ』

 

 沙織が唐突に叫ぶ声に、あんこう分隊一同は思わず鋼の足を止めて振り返る。

 先頭が止まれば、後続も止まる。『グレゴルー中隊』全隊が行進を停止し、さらなる指示を待つ。

 

『うわっ!? ……いきなり止まるんじゃないわよ!』

 

 後続のカチューシャは沙織の急停止に驚いてコックピット内部でつんのめったらしく、ハッチを開いてプンスカ猛抗議している。すかさずノンナが傍らへと乗り寄せ機体から跳び出し、カチューシャの頭をヘルメット越しに撫でて跳ね除けられていた。

 

『……』

 

 しかしそんな微笑ましい様子も沙織の眼には入らないのか、何やら機体のコンソールの操作に集中しているらしい。かき鳴らされる電子音をマイクが拾い、ATをまたいでみほの耳にも響き渡る。

 沙織はみほのように家元の子でもなければ、華のように射撃に恐ろしく秀でている訳でも、優花里のように並外れた知識があるわけでも、麻子のように群を抜いた操縦センスがあるわけでもない。ボトムズ乗りとしては極めて平々凡々な彼女だが、あんこうの他の四人が持っていないものを彼女は持っている。独特のセンスとでも言うべきか、他の皆が気が付かない何かを、無意識的に感じ取ることがあるのだ。そして、何気なく彼女の言ったひとことが、今までも大きく戦局を変えてきた。

 その沙織が、何やら緊迫した様子を見せている。

 

 ――嫌な予感がする。

 

 胸騒ぎがみほの体を走り、耐圧服の下の掌に嫌な汗が浮かぶのが解る。沙織が感じ取ったモノが何であるにししろ、碌でもないものであることだけは確かだから。

 

『沙織殿のデスメッセンジャーはセンサー系に特別な強化を施しています。それが何かを捉えたのかもしれません』

 

 優花里が言うように、沙織の乗機『デスメッセンジャー』はミッションパックを換装し通信機能やデータ処理能力を向上させ、よりサポート力を発揮するように改造されている。つまり他のATが感じ取れない音や振動、光を感知することができるのだ。あんこう分隊の縁の下の力持ち、武部沙織らしいカスタマイズといえる。

 

『! やっぱり聞こえる! なんか変な音、聞こえるよみぽりん!』

「沙織さん、音声、みんなに飛ばせる?」

『やってみる!』

 

 数秒の後、『グレゴルー中隊』全員の耳にも沙織が聞いていたのとの同じ音が響き渡る。

 

『……何よコレ? 確かに何か鳴ってはいるけど』

『なんか揺れてる感じだよ、そど子』

『ブルドーザーとか、重機が走っているときみたい』

 

 そど子らヒバリさん分隊の言うように、重いものが地面を進む時に出るような振動音に似ていた。

 

『もし、これが地面の振動音なら、音の主は相当な大物だな』

『はい。加えて言うならここは湿地帯です。泥濘んだ地面でここまで響くとすれば相手の重量は数千……いや万トンクラスになる筈です』

 

 麻子が茫洋と呟くのに対し、優花里の声には緊迫感がみなぎっている。彼女の脳裏では今、音源の正体を探るべく知識が総動員されているに違いない。

 

『それ、地面に沈んじゃうんじゃないでしょうか?』

『うむ。ドイツの超重戦車マウスは188トンだが、路面や橋梁を壊してしまうので普通の地面は走れなかったと聞く』

 

 華が当然の疑問を呈すれば、横からエルヴィンが首肯する。

 

『大学選抜側は150機もいるんでしょ? おまけに主力はH級のどん亀なんだし、それが一斉に走ればこんなもんじゃないの?』

 

 カチューシャの言葉には傍らのノンナが即座に頷きを返したが、優花里は首を横にふる。

 

『スタンディングトータスの基本重量は8トン強です。仮にトータスが150機集まっても1200トンにしかなりません。実際にはより軽量なドッグ系も相当数相手には混じっていますから、1200を割るのではないでしょうか』

 

 1200トンでも超重量には変わりはないが、それでもこの振動音には吊りあわない。

 所で余談ながら、優花里の指摘にふくれっ面になったカチューシャの頭を、ノンナは再度ヘルメット越しに撫でて跳ね除けられていた。

 

『……ねぇ、これもしかして「アレ」じゃないかな? ほら、この間のイベントボスの』

 

 ここまで一言も発していなかったねこにゃーが、何かに気づいたのか不意に声を挙げる。

 

『確かに、「アレ」のあの大きさならこれぐらいの音はするナリ!』

『でも、「アレ」、装甲騎兵道に使ってもいいものピヨ?』

 

 ももがーは肯定し、ぴよたんは疑問を呈する。

 しかし肝心の「アレ」が何なのか、周りの人間にはさっぱり解らない。

 

『……ああ!? あれのことですか! 確かにイベントボスとして登場していましたねぇ!』

 

 ただ一人、ゲーマ女子達の会話の内容を理解したのはやはりというか優花里だった。彼女は純粋な装甲騎兵道マニアであって特別ゲームだけに入れ込むことはないものの、ATの登場するゲームは一通り眼を通してはいる。

 

『いや、でも待ってください。確か、過去に「アレ」を実際にバトリングに持ち込んだケースが――』

『だから「アレ」ってなんなのよ! 解るように説明しなさいよ!』

 

 しかし「アレ」が何かを言うこともなく、独り言と共に思考の海に潜ってしまった優花里に、カチューシャがしびれを切らした。こうして議論している間にも音はその大きさを増し、今や耳障りなレベルにまで至っている。これ以上ここに留まるのも、作戦の遂行の差し障りになりかねない。

 

『いやですね、「アレ」というのは――』

 

 優花里が言おうとした時だった。突如鳴り響いた銃声が、砲声が彼女の言葉を半ばで引き裂く。

 一同は、音の方へとカメラを向けた。

 試合場中央部の高地。ほんの数分前に、まほ率いる『バイマン中隊』が先取した筈の場所。

 山の端に、何か黒く大きな塊が見えた。

 轟音と土煙とともに走る鉄塊の姿に、一同は言葉を失う。

 ただ優花里とアリクイさん分隊だけが、自たちの考えが正しかったことを理解していた。

 

 ――バララント地上戦艦。

 

 それが恐るべき振動音の正体であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――stage17

 『フラッド』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その車輪のひとつひとつ、履帯のいち枚いち枚が、たやすく人を踏み潰せる大きさを持つ無限軌道。そんな無限軌道を全部で十二本も備わっている。

 黒に近い銅褐色の車体はおおよそ台形で、底面を除く全表面に夥しい数の砲座銃座を有し、一言で言うならば鋼鉄製のハリネズミである。しかしその有様は地を駆ける戦艦と言うよりも、動く城、地を這う要塞と言う方が適当に思える。実際このジャガーノートは移動基地として開発され、母艦としての機能を重視された作りになっているのだ。

 

 ――『地上戦艦』。

 

 百年戦争の初期においては、陸の上の戦いで無敵を誇った旧世代のメカニズム。

 その栄光は膨大な建造コスト、維持費、そして戦争の質的変化とより安価なATの台頭によって消え去った。

 しかし完全に戦場から姿を消したわけではなく、マナウラ政府軍の保有する地上戦艦『ブッチーノ』のように、その圧倒的砲戦能力を活かして未だ現役のものも少なくはない。

 たった今役員席に設けられた専用モニターに大写しになっているバララント製の地上戦艦も、あのレッドショルダーが参戦した第3次サンサ戦にも投入されていたのだ。

 

 大地を踏み潰し、無限軌道を震わせ走る鋼鉄の巨体の姿に、装甲騎兵道連盟理事長、児玉七郎は思わず立ち上がり、傍らに悠然と座る男を睨みつける。

 

「これは曲りなりにも装甲騎兵道の試合ですよ! こんな無茶苦茶が許されて良いはずがない!」

 

 温和で知られる児玉理事長が、珍しく厳しい声で言い放つ。

 しかし真っ向ぶつけられた糾弾を前にしても、いつものいかにも役人然とした作り笑顔を辻は崩すことはない。

 

「本試合は『リアルバトル方式』であると、事前に、何度も申し上げた筈ですが」

 

 飽くまで何もおかしな事はないという悠然たる態度のまま、そう嘯いてみせた。

 

「確かにリアルバトルとは基本的に『なんでもあり』ではある! しかしね! なんでもありとは言ってもバトリングはバトリング! AT同士のコンバットであるという点は外してはならんはずだ!」

 

 当然極まりないこの指摘にも、余裕をもって文科省の役人は答える。

 

「過去にア・コバという街で地上戦艦VSアーマードトルーパーの異種バトリングが行われた先例があります。興行として成立する限りにおいては、あらゆる自由が許される……それがバトリングというものなのでは?」

「……ぬ」

 

 児玉としては実に不本意ながら、この役人の言うことも一理あったので言葉を噤まざるを得なかった。自分自身、リアルバトル方式の試合にゴーサインを出した以上、これ以上の異議を唱えるわけにもいかない。そして何より、試合直前での短期転校による大洗への事実上の助っ人というグレーゾーンぎりぎりの手を先に認めてしまっている。だからこそ、相手の横紙破りにも強く出ることができないでいた。

 

「装甲騎兵道にまぐれなし、真に強き者が勝利する……でしたか? あの西住流師範その人が言った通り、最後には互いの選手の力が勝敗を分かつことになる。仮に大洗女子学園がこの試合に敗北したとしても、それは単に彼女らの実力が大学選抜に対し劣っていたに過ぎません」

 

 だから地上戦艦を投入した所で、そんなものは誤差の範囲に過ぎない――と言いたいらしい。よりにもよってこの男に装甲騎兵道を講釈されるとは……。それも西住流の教えを語るとは! だがそれを吐いた男の意図はともかくとして、言葉そのものに誤りはないのだ。児玉と言えど、反論を飲み込んで座り直す他ない。

 今、彼にできることは、大洗女子学園の少女たち、そしてその旗のもとに集った装甲騎兵道乙女達の武運を祈ることだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「被害状況知らせ!」

 

 まほが愛機を降着させれば、頭上を大口径機銃弾が通り抜けていく。

 地に膝ついて伏した格好のままペダルを踏み込み、ブラッドサッカーを後退させて追撃の銃撃を避けつつ、回線を開いて応答を待つ。

 

『こちらカメさん~一機に一発掠ったけど問題なーし』

『死ぬ~死ぬ~!?』

『桃ちゃん落ち着いて!』

 

『こちらウサギさん! 梓機無事です!』

『あゆみも大丈夫です!』

『あや生きてまーす!』

『桂利奈も生きてまーす!』

『ぎりぎりの所で外れてラッキーで~す!』

『……』

『紗希も問題ないって言ってます!』

 

『こちらウワバミ。避けきれなかったけど何とか凌げたみたい』

『100ミリの装甲をなめんなってのー!』

『まぁ実際は機体を斜めにして傾斜つけたんだけどね』

『装甲いじってあるのも全部じゃないしね。流石にATの装甲に直撃弾はまずいっしょ』

 

『こちらケイ! 全機オールグリーン! ただし配置の確保は難しいので移動中!』

『DAM IT!』

『うわぁちょっとあたったあたったたたたたた!?』

 

『こちらアンチョビ! 直撃したが問題無しだ! 流石は戦車! ATとは装甲の厚みがダンチだ!』

『こちらペパロニ! 背丈が低いから弾は素通りしたっス』

『カルパッチョです。盾で防ぎましたので大丈夫です』

 

『エリカです! 隊長、ご無事ですか!?』

『小梅です! 危なかったですが大丈夫です!』

 

 応答は全員から即座に返ってきた。不幸中の幸い、一機の欠けもないが、まほにはそれに安堵する暇すらない。地上戦艦が備える無数の砲座銃座から土砂降りよろしく砲弾銃弾が依然降り注いで来ているのだから。

 

『こちらグレゴルー中隊! おねえちゃ――西住まほ選手! 大丈夫ですか!?』

『こちらダージリン。そちらに何やら途方もない化け物がいらしたみたいですけど、まほさん、助っ人をご所望かしら』

 

 みほからは焦った声で、ダージリンからは相変わらず人を食った調子で通信が飛んでくるが、まほと言えど即座に返答はできなかった。余りにも、余りにも膨大な鉛の驟雨には彼女と言えど閉口し、回避運動に専念せざるを得ない。

 

「……こちらバイマン中隊。全機健在。救援は不要だ。むしろ両中隊長には注意を促したい。地上戦艦の攻撃に合わせて、相手も動く」

 

 まほの予想は残念ながらすぐに的中した。

 みほへと、そしてダージリンへと開かれた回線からは次々と新たな砲声が飛び込んでくる。電波の向こう側でも戦端が開かれつつあるのだ。

 

「各機に伝達。相手大学選抜地上戦艦はその形態から推測するに母艦だ。今に内部からAT部隊が繰り出してくる。頭上に注意しつつも、前方を警戒」

 

 しかし流石は黒森峰の鉄の乙女、西住まほである。この想定外すぎる相手の無茶苦茶な攻撃にも、冷静に次の手を打つ。脳内では限定的ながら確かに知っている地上戦艦のスペック情報が走り回り、採るべきプランが浮かんでは消える。黒森峰と言えど可動する陸上戦艦は保有していない。そもそも、単にATを試合会場まで運ぶだけならばこんなものは必要ないのだ。稀に試合の場所に百年戦争中の名残の残骸が放置されていることもあるとはいえ、動いた所を実際眼にするのはまほと言えど初めてだった。

 

『どう考えてもレギュレーション違反じゃないのかなぁ、アレ』

『反則だー! ルール違反だー!』

『審判に言いつけてやる!』

『言っちゃえ~! 言っちゃえ~!』

 

 ナカジマが呑気に呟けば、桂利奈が、あやが、優季が抗議の声を張り上げる。

 

『いや……装甲騎兵道ですら戦車がOKだったんだ。ましてやこれはバトリングルール。褒められたことじゃないがルール違反じゃない』

『ルール違反じゃなかったとしてもゲテモノすぎるっスよこれは!』

 

 アンチョビが言うように、確かにこうして試合に出ている以上、ルール違反ではないのだ。

 たとえ、どれだけ装甲騎兵道にそぐわないマシンであろうとも。

 

『JESUS! 宇宙戦艦のやっつけかたなら解るのに!』

『撃て! 撃て! 撃て! 撃てぇぇぇぇっ!』

 

 ケイが舌打ちしながら叫び、桃が砲声と共に叫ぶ。

 他校のまほですらノーコンであることを知悉している桃であるが、標的の巨大さ故にまさかの全弾命中である。しかし、その銅褐色の表面には爆炎があがり、傷こそつきすれ、進行を止めるには至らない。

 

「無駄だ。正面から撃っても意味はない」

『だがどうする! このまま黙って押しつぶされるつもりか西住姉!』

『そうそう~どうする姉住ちゃん』

『隊長に変な呼び方しないでください!』

 

 エリカが一応は先輩であるということを弁えながらも杏へと食って掛かるのを傍らで聞きながら、まほは思案を続ける。傾斜のゆるいデライダ高地北側からならば、あの地上戦艦と言えど頂上まで登りきることは可能な筈だ。つまり、このままでは座して撃破を待つのみ。

 

「……ミサイル、ロケットを装備している機体は敵地上戦艦の履帯、あるいは地面を狙え」

 

 ならば撃破は最初から諦めて足止めだけを考えれば良いのだ。

 高校装甲騎兵道では今や名の知れた選手ばかりが集っているだけはあって、まほが皆まで言わずとも意図を理解して一同、重火砲を地面や無限軌道へと向けて発射する。

 

『弾種榴弾! 相手の足元をふっとばすぞ~! ジェラート、アマレット、急げ!』

『進路クリア! アリサ、合わせなさい!』

『Yes、Mom! Firte!』

『ミサイルの大判ぶるまい、いっきまーす!』

『みんな出し惜しみしないで、撃って撃って!』

 

 ミサイルが、ロケットが、煙をひいて飛び出したかと思えば、またたく間もなく着弾、爆炎をあげ、土塊を天高く舞い上げる。履帯にも何発か命中するも、これはやはり効果はない。しかし――。

 

『……あれ?』

 

 誰が最初に気づいて呟いたか。誰とも知れぬ声が響いたかと思えば、地上戦艦は突然、その歩みを止める。砲撃に掘り返された地面の穴は確かに大きいが、あの履帯ならば跨げない程でもない。あるいは、傾斜と穴が合わさったが故に、まほたちが思った以上に地面の砲撃が効力を発揮したのであろうか。

 

 ――いや、違う。とまほは察知した。仮に足止めが成功していたとして、相手が砲撃まで止まるのは妙だ。砲撃まで止めうる理由があるとすればただひとつきり。

 

「……来るぞ」

 

 味方AT部隊を繰り出す際に、誤射をしないがためだ。

 まほが言うやいなや、地上戦艦上部から、次々と降りてくるのはスタンディングトータスの群れ、群れ、群れ!

 

『なんて数! ううううううううててててててて』

『桃ちゃん、落ち着いて!』

 

 夥しい数のトータスが、降下システム『バケツ』を用いて鋼の城の表面を滑り降りてくる。

 降りてくるや否や、バケツを乗り捨て、ローラーダッシュでバイマン中隊を目指し駆け上る。

 その数、おおよそ五十機。まほが数えたのだ、間違えなどある筈もない。

 

「武器をマシンガンなどに切り替える。弾幕を張るぞ」

 

 言いつつブラッディライフルをバルカンセレクターに切り替えながら、まほはスコープ越しに見据えた。

 自分たちへと迫りくる、鋼の大津波を。

 

 

 





  ――予告

「怒涛、っていうのは、こういうことを言うんだろうね。百五十機が全部、襲ってきたんじゃないかと思うぐらいの大攻勢だ。でも、何やら妙な部分がある。違和感を覚えながらも、その正体にみほも、まほも、ダージリンもが気づけない。島田愛里寿、その策謀がいよいよ垣間見える。さぁ、どう相手したものかな」

 次回『アサルト』


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stage18 『アサルト』partA

 

 

 

 眼下には、ひたすらにこちらを目指して斜面をのぼる、大学選抜チームの姿が一面に広がる。

 耳元で鳴り響くアラートの電子音。合わせて視界を覆う赤い警告の数々。スコープドッグのものとは若干違うレイアウトの画面の端には、自分への向けられたロックオンの数が表示されていたが、そんなものを見ている暇はない。

 左右のペダルを頻繁に踏んでは離し踏んでは離し、ブラッドサッカーを小刻みに動かす。機体の真横を唸りあげてソリッドシューターの真鍮色をした砲弾が通り過ぎていく。背後で幾つもの、立て続く爆発音。鼓膜へと届く頃には機械が補正をかけてくれている筈なのに、それでもなお騎中のボトムズ乗りの体を震わせる程の爆音。

 

 だが、西住まほの心は平静そのもの。

 

 横殴りに打ち付ける銃火も、地獄のように揺らぐ炎も、鉄の軋みもむせかえるほどの硝煙の臭いすらも、彼女の鋼の精神を揺るがすには役者不足だ。またも自分を狙う銃口を感じ、ペダルを踏み込んで僅かにATを後退させる。自動照準というやつは意外と繊細に出来ている。距離のズレから来る僅かな再調整のタイムラグを突いて、まほはブラッディライフルを三点バーストで撃ち放った。

 赤いトリッガーボタンを親指で押し込めば、リズミカルに銃声が短く鳴ってマズルフラッシュが煌めく。まほが次なる敵の攻撃に愛機を再後退させた時には、相手のスタンディングトータスは白旗上げて地面に倒れ込んでいた。後続がつかえ、動きが止まった所に攻撃をしかけたのはエリカだ。彼女の放ったソリッドシューターが爆炎で大学選抜を二機ほど吹き飛ばすのを横目に、まほは新手をバルカンセレクターで出迎える。

 まほの駆るブラッドサッカーの赤い右肩は昼間でもよく目立ち、相手はそれを目印に殺到してくるが、西住流の申し子を討ち取るには至らない。むしろ変に一点に攻撃を集中したがために、生じた隙をバイマン中隊の装甲騎兵乙女たちは容赦なく突く。

 

『近づかせるな! 機銃、弾幕張るぞ!』

『援護しますドゥーチェ!』

『しゃらくせぇ! まとめて相手してやらぁっ!』

 

 中でも際立った活躍を見せているのが、アンツィオメンバー、特にアンチョビらの駆るアストラッド戦車だ。榴弾に徹甲弾に機銃弾と手数も豊富なら、銃砲それぞれ二門ずつあるために攻撃できる範囲も広い。唯一の弱点はATに比べて小回りが利かないことが、それもカルパッチョとペパロニの援護のおかげで防御の死角が埋められ、正面からの攻撃は自慢の装甲で見事に受け止めている。

 サンダースメンバー他、基本的に重火力のATばかりを集めたのがバイマン中隊だ。H級を中心にした大学選抜側も重装備には変わりは無いはずだが、高低差と地面の凹凸を利用したバイマン中隊は見事に倍近い相手に渡り合っていた。

 否、むしろ押していると言っても良い。

 相手は数差を活かすどころか、むしろ数の多さが却って互いの連携を阻害してすらいる。

 

「……」

 

 しかし戦局の予想外の良さを前にしても、まほは鉄面皮を崩さない。それどころか、仮面のように動かない彼女の表情は、みほのような近しい者が見れば解る曇の色を見せていた。

 

『姉住ちゃーん。ちょっと良い~?』

 

 半ば反射的にATを駆りトリッガーを弾きながら、大きくなる懸念に注意を奪われていたまほの意識を戦場へと呼び戻したのは、ドロッパーズフォールディングガンの砲声をBGMにした杏の声だった。

 

『ねぇさぁ、これ、私の勘違いじゃなけりゃいいんだけど……相手、大学選抜の割に弱すぎない?』

 

 試合中とも思えぬ呑気な調子で、杏が続けた言葉に、まほは胸中の懸念が再び大きくなるのを感じる。

 

『会長ぉっ!? 何をおっしゃって――ててててまた掠った掠った!?』

 

 桃が横から異を唱えようとするも、自身に向かってくる攻撃を凌ぐの精一杯でそれどころではない。

 柚子がカバーに入る傍ら、異議を引き継いだのはウサギさん分隊の一年生達である。

 

『えー。単に私らが強くなっただけじゃなくてー?』

『私達、ゆーしょーしたんだもんね! このあいだ!』

 

 あやがヘビィマシンガンをぶっ放しながら言えば、桂利奈がロケットを発射しつつ声高に主張する。優季やあゆみがうなずく声も聞こえてくるが、まほはそんな楽観的な声を即座に切り捨てた。

 

「大学選抜チームはそんな甘いものではない。社会人チームにも勝った相手だ。その攻撃が、意味もなくこうも温いハズはない」

 

 大洗女子からすれば西住隊長のお姉さんであるまほの言葉だ。

 一年生チーム一同は特に強く響いたのか、意識を正面に戻して攻撃に再集中し始める。

 だが、彼女らがついさっきまで見せていた隙を突かれなかった事実が、何よりも今こうして攻撃をしかけてきている相手が、大学選抜と呼ぶに値しない実力しか備えいないことの証だった。

 

「……」

 

 弾幕を張りながらカメラを動かし、地上戦艦の様子を窺う。

 動く鋼の巨城は相変わらず奇妙な沈黙を守ったまま動くこともない。

 ただ自身の吐き出したAT部隊だけに我武者羅に攻撃を強いているだけなのだ。だが我武者羅に数で押す攻撃に不気味な地上戦艦の姿は、まほ達をこの場に釘付けにしておくのには最適な戦法だ。

 ちょうど、自分たちが相手に対して仕掛けようとしていた戦法と同じ――。

 

『お姉ちゃん!』

 

 電波に乗って鼓膜へと届いてきたのは、自分を公的に「西住まほ選手」と呼び直す余裕もない、切羽詰まった妹みほの叫び声。

 

『敵の精鋭が来る! 相手の本命はそっちで――』

 

 みほが全て言い終わるよりも早く、どこからか飛んできた砲弾が、バイマン中隊隊列へと突き刺さる。

 

『きゃぁっ!?』

『小梅!?』

 

 そしてその一発の砲弾は、一撃で赤星小梅の駆るATを撃破せしめたのだ。

 ATとしては大洗連合チーム最大火力を誇る小梅のカスタムスコープドッグは、その弾薬を半分も消費することなく白旗を上げる。大洗側では初の被撃破。既に大学選抜側を何機も撃破しているとは言え、数が劣る分一機の重みはまるで違う。無論、悪い意味で。

 

「来たぞ!」

 

 地面に突き立つアンカーを前に、まほが生き残った全機に警告する。

 みほが言うように、敵は西側の斜面から来た。

 灰色に塗られたスコープドッグ・ターボカスタムはその背中にミッションパック『ATU-MP-88』と、そのオプション装備のアンカーロッドを背負い、アンカーの勢いにジェットローラーダッシュを乗せて、まるでスキーが斜面を降りるような勢いで、それとは真逆に斜面を滑りのぼる。

 その数は僅かに十機だが、その実力は前座の大舞台の数倍、いや十数倍と言い切ってもまだ足りない。

 大学選抜きっての精鋭選手アズミ、そして彼女が率いる大学選抜のなかから選抜されたコマンド部隊であった。

 

 島田流の本領。

 それは少数部隊を用いた浸透戦術に他ならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――stage18

 『アサルト』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――時間は若干前後する。

 

「全機、このまま予定通りこの湿地帯を抜けて敵の背後を突きます。迅速に行動してください」

 

 地上戦艦の影に、まほからの救援不要の通信。みほの決断は素早かった。

 相手が想定外の代物を繰り出してきたとは言え、しかし戦局全体を俯瞰すればむしろみほの描いた絵図の通りに事態は進行している。大学選抜側は戦力を試合場中央部高地へと集中させ、その奪取を目論んでいる。ならば自分たちの役割は、ダージリン達ムーザ中隊同様、迂回して敵の背部を突くことだ。地上戦艦をどう撃破するか――その手段をどうするかは大問題ではあっても、足を止めて議論している時間もない。動きながら考えるしか無いのだ。

 

「この湿地帯を突破します。沙織さん、比較的深みの浅いルートを割り出せますか?」

『もうやってるよみぽりん!……やった! 少し遠回りだけど、抜けられそうな所があった』

 

 本来であればグレゴルー分隊の速度調整も兼ねて湿地帯は正面突破する予定だった。しかし今は最短コースで突っ切るのが最適なはずだ。みほ達にとって幸いだったのは沙織の存在だ。彼女のATの持つ高い情報処理能力が、こういう状況では最も役に立つ。

 

『データを送信します! 地図中に赤く示されたルートを通って前進してください! 』

 

 みほを始めグレゴルー中隊のボトムズ乗り達のバイザーモニターには、白線で描かれた地形図が表示され、そこには一筋の赤いラインがひかれていた。血のように赤い、その道を通って、みほ達は敵の背後を狙う。

 

「先遣隊を出してルートを確保しつつ、重ATを先頭部に配置して一列縦隊で進みます。偵察は――沙織さん、優花里さん、エルヴィンさん、ノンナ選手にお願いします!」

 

 みほは隊の陣容を改めて見定めるまでもなく、脳内のリストで即座に偵察隊を編制する。沙織のデスメッセンジャーの持つ機能は言わずもがな、優花里は優花里自身が偵察慣れしているし、エルヴィンはその乗機が偵察機の護衛に適している。そしてノンナのカスタム・チャビィーは色こそ派手だが高性能センサーの塊で、他のATには見えざる距離から相手を一方的に狙うことも可能だ。

 

『了解みぽりん! 先に行くね!』

『了解です西住殿!』

『先駆けを任されるのは武人の誉れ……アルデンヌの森を越えるが如く、駆けさせてもらおう!』

『ノンナ! 真っ先にやられてプラウダの面子を潰すようなら承知しないわよ! ミホーシャが直々に選んだんだから、なおさらなんだから!』

『はいカチューシャ』

 

 そして乙女たちのみほの指示に応える様もまた即座だった。

 瞬く間に彼女らは駆け去り、それを横目にみほ達は素早く縦隊を作る。

 エクルビスなどの重ATを前にすることで速度を自然に合わせるのが目的だ。

 

「偵察隊に続きます! 装甲騎兵前進(PanzerVor)!」

 

 みほは黒森峰式の古めかしい言い回しで、中隊の進撃を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あとは……この浅瀬を渡ったら終わりですね!』

『敵影は依然無し……まるで丘の上の戦闘が嘘のようだな』

 

 優花里にエルヴィンの言う通り、地上戦艦とそこから湧き出してきたATの大部隊によってここまで響くほどの大激戦を繰り広げているデライダ高地とは対照的に、沙織達の進む湿地帯は気持ちが悪いぐらいに静かだった。

 

「みぽ……中隊長も何分かしたらこっちに来るみたいです」

『……そうですか』

 

 沙織が告げた言葉に、平板な声で返したのはノンナだ。

 

(うう……やりづらい)

 

 何とも事務的な調子で、沙織は試合中ながら気まずさを感じずにはいられない。

 彼女の腕前は知っているし、敬愛するカチューシャの命令ありきとは言え大洗の窮地に駆けつけてくれたのだ。しかしブリザードの二つ名そのままな態度を味方にまで貫くのは、どうにも沙織には苦手な相手だった。

 

『相手はあの島田流……ここまで静かだと待ち伏せを警戒してしまいますが……しかし! ノンナ殿がいれば!』

『うむ。かのヴァシリ・ザイツェフもかくやという腕前、頼みにさせてもらう!』

 

 優花里にエルヴィンは余り気にしている様子はないようであるが。

 

『さぁ行きましょう武部殿!』

「あ、うん!」

 

 促されて、沙織は湿地帯の最後の浅瀬を踏破すべく、ペダルを踏み込もうとした。

 だが、何かが沙織の足を止める。何か、よく解らない予感めいたもの。しかしセンサーを見ても特に異常は検知してはいない。ただの杞憂と、改めてペダルを踏み込もうとして――。

 

「うひゃぁっ!?」

 

 突如やってきた背後からの衝撃に、機体ごと沙織はつんのめる。

 何事が起こったのか――それを理解する間もなく響いた、耳朶を叩く銃声に沙織は再度乙女然とした悲鳴を上げた。

 

『!? あんな所に!?』

『攻撃来るぞ! 散開だ!』

 

 続けて聞こえてきたのは、距離を置いてのマシンガンの発射音と、辺りに群生する葦が30mm弾の直撃に文字通り消し飛んでいく音であった。

 背部よりの圧力は唐突に失せて、急に機体の自由が戻ってくる。

 銃声を警戒し、沙織はATを敢えて起こさず機体を泥濘の上で転がし、カメラを上手く北へと向けた。

 いま進まんとしていたその先、湿地が途切れた先に控える鬱蒼とした森。

 その木々、枝葉を縫って見えるマズルフラッシュに、その輝きに合わせて迫る30mmの奔流。

 

 ――待ち伏せだ。沙織が覚えた違和感は、間違ってはいなかったのだ。

 

『……良い勘をしています』

 

 ノンナがそう無線越しに囁やけば、続けて鳴り響くのは彼女の得物、狙撃用ライフルの分厚い銃声。

 再度湿原の向こう側で、白旗のあがる音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

「沙織さん! みんな大丈夫ですか!?」

 

 みほ達が駆けつけた頃には、湿地はデライダ高地と変わらない激しい戦場と化していた。

 湿地帯北の森林からは相変わらず途絶えることなく銃弾が撃ち放たれ、時にはミサイルロケットの尾を引く噴煙がそれに混じる。

 

『みぽりん!』

『西住殿! お待ちしておりました!』

 

 沙織と優花里の返事には疲労が滲んでいたが、しかし声そのものは全くの元気そのもの、エルヴィンは得物のシュトゥルムゲベール改で応戦し、ノンナは平然とマズルフラッシュを目印にトリッガーを弾く。

 

「中隊各機、先遣隊を援護しつつ、散開して前進します! 敵の射線を分散させてください!」

 

 縦隊は糸が解けるように散兵線へと転じた。

 各々が敵の潜む森へと弾幕を張りつつの前進である。標的が余りに分散して、相手の射線が散らばり始める。

 

『今ね! 攻勢を仕掛けるわ! ニーナとクラーラは続きなさい! ノンナとアリーナは援護!』

『はいです!』

『Да! Катюша!』

 

 弾幕の密度が薄まれば自然、肉薄するのは容易になる。

 みほが指示を出すまでもなく、カチューシャは砲火と砲火の隙間目掛けて恐ろしい速度で駆け始める。流石はエクルビス、流石は地吹雪のカチューシャと言った所か、H級とは思えない程の身軽さで澱んだ水も泥濘もものともしない。

 このまま順調に進めば、大学選抜の背後へと迂回することができる。

 みほは森の中の敵を一掃すべく、キークより贈られたブラッディセッターのオプション装備を構えんとした。

 このオプション装備の火力に合わせてカチューシャ達が吶喊をしかければ、確実にこの地点を突破できる!

 

『――みほさん』

 

 トリッガーを弾く指を止めたのは、静かな呼び声。

 銃声砲声に覆われた試合上でも、澄んだ調べのその声色は、聖グロリアーナの隊長のものに他ならない。

 

「ダージリンさん?」

『「人生は歩き回る影法師、哀れな役者に過ぎぬ」』

「……え?」

 

 いくらみほと言えど、鍛えられたペコと違ってシェークスピアのマクベスからの引用を喋られても解るわけもない。

 無論、ダージリンもそれは承知の上。クスリと微笑すると、何事もなかったかのように本題へと入った。

 

『つい十数秒前からこちらでも敵と遭遇いたしました。でも様子が随分と妙なの』

「妙、とは?」

 

 森よりの砲火から眼は放さず、みほは意識の一部をダージリンの言葉へと向ける。

 

『攻撃は激しいけれど、それはただの見せかけ。影法師のように実態がない。恐らくは一機に二丁の武器を持たせたりして、手数を増やして実数をごまかしている。ビーラーゲリラよろしく、森を利用して撃っては隠れ撃っては隠れを繰り返しているわ。それも、無視をするのは難しい程度の絶妙な塩梅ね』

「――っ!? ちょっと待ってください!」

 

 みほはダージリンの言葉を一旦遮って、カエサルへと通信を繋ぐ。

 

「カエサルさん! クエントレーダーを起動してください!」

『え? あ? なんだ? 藪から棒に?』

 

 驚きながらもニワトリ分隊の一員だけあって動きは素早い。即座にカルパッチョ印のクエントレーダーを起動、そして見えた結果に今度は彼女が素っ頓狂な声をあげた。

 

『我らが、我らともあろう者が見たいと思う物しか見ていなかったとは!』

『どうしたぜよ、カエサル!』

『釣り野伏か!? あるいは天王寺の真田幸村か!?』

 

 オープン回線でカエサルはグレゴルー中隊全機に告げた。

 

『森のなかの敵は囮だ! あそこには僅かなATしか隠れてない!』

 

 やはり!

 みほは直ぐ様、ダージリンとの回線を再度開く。

 

「ダージリンさん! これは!」

『ええ。してやられたわね』

 

 そう全ては囮だ。

 こうして自分たちの前に立ちふさがったのも、ダージリン達を足止めしているのも、そして恐らくはまほ達を襲う大軍ですら。

 

「お姉ちゃん!」

 

 みほはまほへと無線を飛ばす。 

 

「敵の精鋭が来る! 相手の本命はそっちで――」

  

 だが、この警告は遅きに失していた。

 直後、モニターの端を流れたのは、赤星小梅の撃破表示であったのだから。

 

 

 

 

 



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stage18 『アサルト』partB

 

 ――大洗から、撃破機が出た。

 大学選抜側は既に無数の脱落機を出している中での、ようやくの一機撃破。何の事情も知らぬものが見れば、そう映るシチュエーション。

 だが島田愛里寿は視界の端を過る撃破ログを無感動に見送った。

 彼女からすれば、全ては予定通りの展開。いや、彼女からすれば自分にとっての真の試合は、ここから始まったと言っていい。

 少数からなるコマンド部隊を縦横無尽神出鬼没に運用する、ゲリラ的とも言える戦法こそが、島田流の忍者戦術の本領。そして各コマンド部隊の分隊長達は、アズミ、ルミ、メグミの大学選抜三羽烏、バミューダの三人娘だ。彼女らの実力は愛里寿も信を置いている。此処から先は、完全にこちらのペースに成るはずだ。

 

 本来ならば、最初からこうするつもりであったのだ。

 

 スコープ越しに見えるのは、高地の稜線の半ばで動きを止めた地上戦艦。その周りに転がるのは、撃破されたスタンディングトータスの山だ。

 愛里寿にとっては共に無価値なそれらを、冷めた眼差しで一瞬見つめ、すぐに視線を高地頂上の戦闘へと移した。

 総勢150機による物量作戦。

 地上戦艦による一方的な蹂躙。

 これら全ては、文科省の役人、辻廉太が一方的に進めたことだった。

 いかにも素人考えらしい、必勝への方程式。だが愛里寿からすればいずれも邪魔なものでしかない。

 元々大学選抜チームは『選抜』の名を冠するだけあって、全国から選びぬかれたメンバーで構成されている。故にその正規隊員数は本来ならば50名。しかしその50名はいずれも一騎当千の古強者ばかり。真っ向圧殺の西住流に対し、少数精鋭のゲリラ戦法こそが島田流の本来のありかただ。

 では、今のチームを構成する残りの100機はどこからやって来たのか。

 それは辻がその権限を用いて、本来ならば選抜から漏れたはずの選手たちをかき集めからに他ならない。

 まほ達が地上戦艦から出撃してきたAT達をたやすく撃破できたのも当然なのだ。愛里寿が最初に繰り出したのは、彼女としては指揮するに値しない二流選手たちばかりなのだから。

 しかしそんな連中でも役には立ってくれたと愛里寿は冷たく考える。彼女らが目くらましになってくれたお陰で、アズミのコマンド部隊は難なく奇襲を成功させた。時間差でルミにメグミの部隊も攻撃に移るはずだ。

 愛里寿は大洗連合の戦術を既に読み切っている。オーソドックな『鎚と金床』戦法。効果的だが、それだけに読みやすい。

 

 ――『O-arai Saunders-03』

 

 また新たな大洗側の撃破――サンダースのアリサだ――が視界の端を流れるのを見ながら、愛里寿はATを前進させた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 

『うぎぁぁぁぁっ!?』

 

 絹を引き裂くような悲鳴をあげながら、アリサのスタンディングトータスは白旗揚げて地面へと倒れ伏す。

 

「チィィッ!」

 

 続け様に自分へと飛んでくる銃撃に、エリカは機体を小刻みに左右させながら、反撃のソリッドシューターを放った。だがエリカの一撃は標的をそれて、その背後にいたスタンディングトータスへと直撃する。撃破判定。揚がる白旗。しかしエリカはそんなものは見ていない。彼女が追うのはただ逃した獲物だ。

 いや――と、エリカはふと考える。

 果たして獲物は私達かアイツらか。胸中に湧き出た不安を、即座に弱気と断じ、犬歯も剥き出しにしてエリカは咆える。

 

「なめんじゃないわよ!」

 

 左手の内蔵機銃を展開。相変わらず異様な素早さで鈍亀達の間をすり抜け走る、灰色のスコープドッグの予測進路上に狙いを定め、トリッガーを弾く。残弾を考えてのセミオート射撃。相手はターンピックで機体を急速反転してこちらの攻撃を凌ぐが、エリカの追撃は続く。逆行する形で逃れる相手に、銃撃で追うエリカ。運悪く射線に割り込んだ鈍亀を一機撃破しさらにスコアを稼ぐも、黒森峰のエースは一切意に介さない。

 

「隊長!」

 

 本当の狙い、もうひとつのターゲットゾーンへと標的が入った、その瞬間に叫ぶ!

 ただその名を呼ぶだけで良い。示しを合わせる必要すらない。まほの駆るブラッドサッカーは既に得物の銃口を向け終えていた。マズルフラッシュが煌めき、直後爆発音。撃破判定の白旗が、音を立てて頭頂部から揚がる。

 

「――クソ!」

『素早い。流石だな』

 

 思わず吐き捨てるエリカに対し、まほは相変わらず冷静そのものだった。敬愛する隊長のそんな落ち着き払った姿に、エリカも激する感情を抑える。仕留めそこねた標的頭の中から消して別の相手をエリカは探す。

 

『くそ! 当たれ! 当たれ! 当たれ! 当たれ!』

『DAM IT! すばっしこいわね!』

『ちょっと速すぎなんですけどー!?』

 

 桃の叫び声が、ケイの苛立った声が、あやの驚きの声がマイクロフォンより響き渡る。

 自分や、隊長だけではない。バイマン中隊の全員が、あの突如現れた新手に翻弄されているのが解る。

 今だからこそ解るが、地上戦艦も最初の一大攻勢全て囮に過ぎなかったのだ。斜面を翔ぶように遡行してきたあの若干10機程度の分隊こそが、敵の、島田流の本命。相変わらず真っ向攻め上がってくる味方を時に盾にすらしつつ、現れては消え、現れては消えを繰り返し、着実にこちらにダメージを蓄積させていく。

 

『うわお!? ……これ以上食らうと流石にまずいかなぁ~』

『くそう! 戦車の装甲と言っても限度があるんだぞぉ~』

 

 ATとしては規格外の堅牢さを誇るウワバミ分隊のストロングバッカスも、装甲厚だけなら大洗最強のアストラッド戦車も、共に蜂の針のように刺さる一撃を受けて、刻一刻と撃破へと近づいていく。他のATからも、いつ撃破判定がでてもおかしくはない。

 対するこちらは、目くらましのトータスを撃破できても、肝心の敵エースのスコープドッグを一機たりとも撃破するに至っていない。

 

『姉住ちゃん、どうする~? このまま踏みとどまって戦うのはマズイと思うんだけど』

『……』

 

 踏みとどまるか、後退か。

 まほには珍しく即座に次の指示が出ない事実に、エリカは驚いた。逆に言えば、それだけ相手、島田流の戦術が読みづらいということなのか。

 

『撤退だ』

 

 数秒後、まほは静かに言い放った。

 西住流家元の娘としては、極めて不本意な選択。しかし今の彼女は飽くまでみほのチームの一員。ここでコレ以上の犠牲を出すわけにはいかない。

 

『こちらバイマン中隊、高地頂上を放棄して退却する。三中隊、再度合流して戦術を再編する必要がある』

『わかりましたわ』

『了解です! グレゴルー中隊も後退します!』

 

 ダージリン、みほの返信は極めて素早かった。今、試合のペースは完全に相手側に握られている。仕切り直しのためにも、一度戦場を変える必要性は、三中隊長共通の考えであったのだ。

 

『合流ポイントは――』

 

 ブラッディライフルを単射しつつ、通信を続けるまほ。

 エリカはそんな彼女をサポートすべく、ブラッドサッカーの死角へと愛機を滑り込ませる。

 

『まほ! 危ない!』

 

 だが、次なる一撃はまほも、そしてエリカも予期せぬ所からやって来た。

 ケイからの警告も虚しく、曲射軌道を描くロケット弾は斜め上方から襲いかかってきて、ブラッドサッカーの左肩へと叩きつけられた。

 

「隊長!?」

『慌てるな。撃破されていない』

 

 まほの声は飽くまで冷静だ。

 しかし吹き上がる白煙のなかから転げ落ちたのは黒い鋼の腕だ。

 左手は完全に吹き飛ばされ、ショルダーアーマーもひしゃげて破れており、かろうじて肩部のみが繋がっているに過ぎない。

 中隊長機の被弾に一同に動揺が走るが、しかし敵が態勢を立て直すのを待つ者などいるはずもない。

 

『また来た!』

『こんどは東からだよ!』

『ピンチじゃんピンチじゃんピンチじゃん!』

『もういやぁ~』

『……』

『みんな落ち着いて!』

 

 うさぎさん分隊の一年生達が悲鳴をあげたのは、ブラッドサッカーの左手を奪い取った当事者たち、大学選抜三羽烏の一人、メグミ率いるコマンド部隊が高地東側の斜面を駆け上ってくる姿だ。

 いや――新手は東側のみではない。

 

「ッ――全機警戒! 前方敵集団後方より、敵別働隊!」

 

 それに気づいたエリカは即座に回線を開いて全中隊機へと呼びかける。

 やはりアンカーロッドとジェットローラーダッシュの組み合わせで急速登坂を成し遂げるのは、三羽烏最後の一人ルミ率いるコマンド部隊だった。

 2方向からの新手が誰かまでは知らずとも、彼女らが本命のエース部隊であることは明白。

 

「隊長!」

『……』

 

 エリカが次の指示を乞うのに、まほは答えない。

 否、答えられないのだ。退却すべきは明白。されど敵の追撃は必至かつ苛烈。ならば誰かが囮になるしかない。

 

「――」

 

 ならば既にATが傷ついた自分こそがそれをなすべきだ。

 まほがそう考えていることを察したエリカは、それは駄目だと声を張り上げようとした。

 だが、エリカが声を発するよりも先に、行動を起こした少女たちがいる。

 

Avanti(アヴァンティ)!』

 

 快活にイタリア語でそう号令し前進したのは、アンチョビ達の駆るアストラッド戦車。

 ペパロニ、そしてカルパッチョのアンツィオ乙女二人も、その後に続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

『安斎』

「アンチョビだ! アンチョビ! ……こんな時くらいちゃんと呼んでくれ」

 

 まほからの通信にお約束通りにそう返す。

 いつも通りの、彼女らしい元気な声だ。だがそこに微かに漂う哀愁の色を、まほは聞き逃さなかったのだろう。

 

『アンチョビ』

 

 すぐに呼び直してみせた。

 アンチョビもまた、まほの静かな声に潜む苦しみを感じ取る。だから敢えてもっと明るく言い放った。

 

「後は任せた!」

『頼む』

 

 通信はそれで終わりだったが、互いにとってそれで充分だった。

 九連覇校の黒森峰と、初戦敗退ばかりのアンツィオ。

 率いるチームの実力こそ違うかもしれないが、共に三年選手、知らぬ仲でもない。

 アンチョビの決意を理解し、それを無駄にしないために即座にまほ達は撤退を開始する。

 

「……せっかくの晴れ舞台なのに、こういう役目に付き合わせてしまってスマンなぁ」

 

 アンチョビは砲撃用のターゲットスコープから眼を離すこともなく、寂しげに呟いた。

 

「なにいってんすか!」

「むしろオイシイっす! 大勢相手に大暴れっす!」

「腕がなるぜ!」

 

 だが砲声爆発音のBGMに負けぬ大声で気勢を上げるのは、ジェラート、アマレット、パネトーネの一年生の少女たち。まだ経験は乏しいが闘志は充分だ。

 

『ドゥーチェ』

『水臭いっすよ。なんで何も言わずにしれっと前進してるんすか』

 

 アンチョビからは見えないが、声の主二人、カルパッチョとペパロニがアストラッド戦車のすぐ傍らにいることはすぐに解った。言わずとも死地についてきた彼女らの心意気に感じ入るものがありつつも、アンチョビは敢えて言う。

 

「お前たちも後退しろ。足の遅いアストラッドと違ってお前たちは逃げ切れる」

 

 だが彼女らの答えは即座の否だ。

 

『何言ってるんすかドゥーチェ。戦車は意外と死角が多いって言ってたのドゥーチェ自身じゃないスか』

『弾除けぐらいにはなりますから、ドゥーチェは存分に暴れてください』

「お前ら……」

 

 アンチョビは嬉しさ半分呆れ半分で独り苦笑いした。

 だがそれもすぐに消えて、アンツィオ乙女らしい明朗なる獰猛さを浮かべ、犬歯を剥き出しにする。

 

「ならば行くぞ! 今こそノリと勢いだ! カルパッチョ! ペパロニ! 怪我しない程度についてこい!」

『はい! ドゥーチェ!』

『付き合いますよ! それこそ、地獄の果てまで!』

 

 そして三人は揃って鬨の声を挙げた。

 

『『「Avanti(アヴァンティ)!」』』

 

 アストラッドから撃ち放たれるスモークディスチャージャーが四方に飛び、辺りは白煙に包まれる。

 二門の砲から絶え間なく105mm弾が発射され、白煙が時に爆煙によって切り開かれる。

 戦車の自身を顧みぬ突撃には、大学選抜の精鋭達も応戦せざるを得ない。

 

 

 

 アンチョビたちが時間を稼ぐ中、まほ達はなんとか撤退を成功ささせる。

 

「……」

 

 まほは、その最後尾でATのハッチを開き、高地の方を顧みた。

 頂上付近に広がる白煙のなかから、ちょうど3つの爆炎が吹き上がるのが見えた。

 それらが意味するところは、まほにもすぐに解った。

 

「……」

 

 だが鋼の乙女は感情を顔に出すこともなく、ハッチを閉じて後退を再開する。

 感傷に浸っている間に、アンチョビ達の稼いでくれた時間を無駄にすること。

 それだけは、絶対にあってはならないのだが。

 

 





  ――予告

「試合の風向きが変わったみたいだ。あっちには追い風、こっちには向かい風。でも向かい風に真っ向挑むだけが正しい道とは限らない。敢えて風の流れに身を任せれば、見えないものも見えてくる。みほ、時にはそういう決意も大事ってことさ」

 次回『ランナウェイ』


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stage19 『ランナウェイ』

 

 

 

 

 

 

『……敵部隊はデライダ高地上に集結中。こちらを追撃する様子は見られません』

「了解です。偵察を切り上げて合流してください」

『聞こえたノンナ! がら空きの背中を見つけても、妙な欲は出さないで帰ってきなさいよ!』

『……はい、カチューシャ』

 

 若干気になる間を空けて、しかしノンナは素直に頷いて通信を切った。

 みほはブラッディセッターの足先は進行方向へと向けたまま、上半身のみを背中の方へと回転させる。

 聳え立つデライダ高地の上には、無数の蠢く人影が見えるが、それら全てが大学選抜側のATなのだ。

 まほ達、『バイマン中隊』が撃破したのは20機余り。いや、実際にはかなりの損傷を与えて継戦不能にしたATもあるため、大学選抜の実質的残機数は120前後といったところだろうか。

 

「……」

 

 みほは操縦をミッションディスクに任せながら、ハッチを開いて仁王立ちになる。

 自分自身の瞳で彼方の敵を見つめながら、思いを馳せるのは一足先に試合から自由になった選手達のこと。

 赤星小梅、アリサ、そしてアンチョビ達、アンツィオ高校の面々……。

 撃破されたのはAT四機に、戦車が一両。大洗連合の残存戦力は、AT五五機。

 スコアボードの数字だけ見れば大洗連合の大戦果だが、しかし実際にはそうでないことは誰もが理解している。

 特に、アンチョビ達の脱落が痛い。大洗連合は最大の火力を、バイマン中隊の撤退に必要だったとはいえ失ってしまったのだから。

 ヘルメットの下のみほの顔は険しく、拳は強く握り締められている。

 地上戦艦の登場といった想定外の事態が続いたとはいえ、そんなものは言い訳にはならない。

 要するに、相手のほうが一枚上手だったというだけのことなのだ。

 

 ――あなたのボコは、ボコじゃない!

 

 みほの脳裏を過るのは、ボコミュージアムでの一幕。

 島田愛里寿に突きつけられた、ナイフのように鋭い糾弾の言葉。それは確かにみほの心臓を抉った。だが、その痛みはもう乗り越えた。乗り越えたはずだ。乗り越えたはずなのに、まるで古傷のように胸元が痛みだす。

 まだ緒戦に過ぎないにも関わらず、愛里寿に先手を取られたという事実そのものが、みほの心を毒のように苛み、癒えたはずの傷すらをもほじくり返そうとする。

 

「ここからが本当の試合……というわけだな」

「お姉ちゃん」

 

 そんなみほを現実の世界へと引き戻したのは、誰の声よりも聞き慣れた声。

 呼ばれて傍らを見れば、同じようにハッチを開いたまほの姿が見える。

 不意に、忌まわしい記憶を上書きするように脳裏を過ぎったのは、共に鋼の騎兵に跨って幾つもの試合場を駆け抜けた想い出。こうして肩を並べて一緒に戦うのは、何だかひどく久しぶりにみほには思える。まほのブラッドサッカーは片腕が吹き飛ばされ、装甲の各所に激戦の爪痕を残しているにも関わらず、その姿は頼もしく見えた。

 

「『終わりよければ全てよし』……でも、その終わりを良くするのは、ここからの頑張り次第ということかしら」

「チョビ子達のガッツを、ムダにするわけにはいかないものね」

 

 まほと反対側に機体を寄せてきたのは、ダージリンとケイの二人だった。

 やはりハッチを開き、ヘルメットこそ脱がないが我が身を外にさらし、バイザーを上げてみほを見つめている。

 

「ミホーシャともあろう者が、いいようにやられてるじゃない! なんなら、私が知恵を貸してあげても良いんだから!」

「わたくし、色々と今後の作戦について考えてみましたが、ここは相手が再集合を完了する前に突撃するしかないかと」

 

 その向こうにはカチューシャと絹代の姿も見える。

 高校装甲騎兵道を代表する隊長陣がみほを見つめる眼には、一点の曇とてない。

 彼女らは表に見せた態度こそ異なっても、その内側の想いは共有している。

 

 ――みほへの信頼。

 

 幾つもの激戦を乗り越え、逆境を踏破してここまで辿り着いたのだ。

 今更一手二手、相手に制されたからといって、百戦錬磨の装甲騎兵乙女、西住みほへの信頼は揺るがない。

 

「……」

 

 大洗の戦友たちだけではない。

 今や自分は、より多くの人々の想いを背負ってここにいる。

 

 とっ散らかった思いは、いくら考えてもまとまらないが、だからといって止めるわけにはいかない。

 いまは過ぎたことの正否はとわない。

 いえることは一つ。勝つまでは闘い続けなければならないということ。

 敗北には意味がない。それがどんな葬列に彩られようとも。

 勝たねば、未来は閉ざされる。

 

「……作戦を変更します」

 

 みほは回線を開き、言い放つ。

 

「今から送る座標へと向けて全速力で向かいます。そこで態勢を立て直し、相手を迎え撃ちます!」

 

 その声は力強く、最早迷いはない。

 どこかでミカが、その決意を後押しするようにカンテレを爪弾いた、その調べがATの駆動音に混じって響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――stage19

 『ランナウェイ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カメラの倍率を上げて、その詳細を彼方から見る。

 群れるように並び立つ建造物の連なりに、いかにカメラの倍率をあげようとも、その全てを視界に収めることは能わない。

 

「カエサルさん、どうですか?」

『こちらのセンサーには反応はない。相手の伏兵はいないようだ』

 

 みほの問に答えたのは、親友ひなちゃん、もといカルパッチョの仇討ちに燃える「たかちゃん」ならぬカエサルだ。

 中古品とは言え、カエサルの駆るベルゼルガ・プレトリオに搭載されたクエント製のレーダーは大洗の危機を何度も救ってきた。その実績故に、みほは今度こそ相手に先手を取れたと確信を深める。

 

「わかりました。早速、あの廃コロシアムに向かい、迎撃体制の構築にかかります。全機、追随してください!」

 

 みほ機を先頭に、速度に優れる一列縦隊で進む大洗連合の向かう先にあるのは、高さ十数メートルはあろうかという、高くそびえる円壁に囲まれた巨大な施設だった。

 その円い壁の内側の様相はまさにカオスの権化。

 砂漠があったかと思えば密林があり、それらに隣り合って一粒の砂もない程に地面を埋め尽くす鋼の地面と、そこに生え広がる高層ビル群が控えている。

 古の趣をたたえた寺院があったかと思えば、幾つもの戦闘機や宇宙艇を擁する戦闘基地があり、その間には赤い荒野が境界線を成している。

 まるでアストラギウス銀河に煌めく惑星の数々から、その一部一部を切り取って無理やり一箇所に押し込んだような、そんな不自然極まる空間。それも当然で、これは自然に出来上がった街ではなく、ある一定の意図をもって作られた人工の円都なのだから。

 

 ――総合遊戯施設アストラギウス・パーク。

 

 それがこの原野のただなかに広がる奇怪成る街のかつての名前だった。

 遊園地のようなその肩書に反して、その実態は巨大なバトリングコロシアム。様々なシチュエーションでのコンバットを売り物とし、その巨大な城壁の内側に数多の戦場を備えている。その内容物のモチーフは、揃ってメルキアの名所か百年戦争の古戦場であり、時に数十対数十の大規模チームデスマッチを興行したりと、かつてはバトリングファンの間ではちょっとした聖地扱いされていた場所だった。

 何故に遊戯施設を名乗ったかと言えば、どうも当局によるバトリング・コロシアムに求められる法の規制の穴をくぐり抜けるためだったという。だからこそ、かつては万の観客を迎え盛り上がっていたこの闘技場も、今では廃業に追い込まれ、冷たい亡骸を大地の上に晒している。

 ここは聖地などではない。ただの瓦礫の山だ。

 

 だが、その瓦礫の山も、今のみほには拠って立つべき城塞なのだ。

 

「聖グロリアーナの皆さんに、ヒバリさん分隊は壁の上から偵察を行ってください」

『かしこまりましたわ、みほさん』

『任せておきなさい! 見張るのは得意なんだから!』

 

 ザイルスパイドを有するダージリン達にそど子達のATが次々と頭上へと消える中、みほが真っ先に目指したのはこの巨大施設の北端に位置する、中央管制室だった。中央なのに何故北端にあるかと言えば、この廃墟の中央部はバトリング用の設備や観戦用の座席に占められていて、スタッフのスペースなど置く余裕もないからだ。

 砂漠を越え、密林を潜り、ビルの森に呑まれ、イミテーションの神の家を覗き、並び立つ無可動のATオブジェの列を抜けて、一同は手分けして目的の施設を探る。

 

『あったよみぽりん!』

 

 会場内に残され朽ちかけた案内板を頼りに、探し始めた一同のなかで、目当てのものを見つけたのは沙織だ。彼女の駆るデスメッセンジャーの有する、優れたセンサー能力の面目躍如。巨大な廃墟の片隅にあったのは、施設の大半を占めるド派手なイミテーションの大伽藍とは対照的な、何の変哲もない方形のビルだ。だが、これこそがみほの求めたもの。みほはATを降りるや扉へと駆けより、下ろされた錠もアーマーマグナムで撃ち抜いて、易易と入り込み、目当てのものを探す。

 

「……あった」

 

 この施設は当局の手入れがあって潰れた。故にこの手の書類は持ち去られていた可能性もあったが、それだけに事務所らしき部屋に残されたものは少なく、却って目的のものをすぐに見つけることができた。

 探し出した図面を手にし、外へと出て地面の上に広げる。

 城壁上での偵察に徹しているダージリンを除き、各分隊の隊長達が図面を中心に集まる。

 

「デライダ高地との位置関係から、相手は東側から攻撃をしかけることが通常では予想できますが、相手は島田流、どんな手を使ってくるか解りません」

 

 みほは手にした枝切れを指揮杖代わりに、図面を指し示しながら次々と指示を飛ばす。

 

「ですので、東側の入り口に防備を固めつつも、残りの北、西、南の門にも防衛部隊を配置、主力を施設中央部に置いて、どこからの攻撃にも即応できるよう備えます」

 

 アストラギウス・パークは主に五つのエリアから成り立っている。

 北部に広がるのがクエントを模した砂漠エリア。

 東部に広がるのはメルキアを模した軍事基地エリア。

 南部に広がるのはクメンを模した密林エリア。

 西部に広がるのはウドを模した市街地エリア。

 中央部に広がるのはマーティアルの聖地アレギウムを模した寺院エリアだ。

 他にも所々にサンサを模した赤い砂漠や、今は電力供給がないため人工雪が無く何のエリアか解らないガレアデ極北エリアなどがある。

 みほは中央部の寺院を司令部とし、東西南北に部隊を分け、あらゆる攻撃に備えるつもりなのだ。

 

「北の入り口はサンダースチームとウサギさん分隊に」

「OK! 任せて!」

「了解しました!」

 

「東側は黒森峰チームとウワバミさん分隊に」

「了解した」

「任せときなさい」

「解った。任されたよ」

 

「南側は継続高校チームとカメさん分隊に」

ポロロン――とミカはカンテレで答える。

「ほいほーい」

 

「西側は、知波単チームとカエルさん分隊に」

「かしこまりました!」

「了解です! 相手は全部ブロックしてみせます!」

 

「それ以外の分隊は中央部で待機し、必要に応じて動きます。敵戦力の位置や数の把握が何よりも重要です。連携を密にして、チームワークで闘います」

 

 みほの最後の言葉には、茶々を入れる者もなく、一様に頷きを返す。

 既に、相手の巧みな用兵を見た以上、こちらもそれに負けない部隊機動を見せない限り、勝利はないと解っているから。

 

「それじゃあ……『ごっつん作戦』開始します!」

 

 みほは、高らかに作戦の開始を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 愛里寿はハッチを開いてATから身を乗り出し、電子双眼鏡で眼下の廃墟を探る。

 朽ち果てた夢の跡を囲む灰色の壁の上には、何機もの相手ATの動く姿が見える。

 恐らくは、こちらの接近は既に気づかれているだろう。だがそれが、いったい何だと言うのか。

 

「……」

 

 愛里寿がその左手を掲げ、ゆっくりと前へと下ろせば、彼女の背後から、彼女の左右を通って次々とスタンディングトータスの大部隊が、大洗の立てこもった廃墟を目掛けて前進を開始する。

 

「……」

 

 こちらがゲリラ戦を得意とすることを既に西住みほは知った筈だ。

 ならば、ゲリラ戦に格好の入り組んだ廃墟地点に決戦の場を据えた意味とは……愛里寿は考えるのを止めた。必要がないからだ。最早、相手がどんな手を打ってこようとも、自分たちが負けることは決してない。

 

「ねぇ、そうでしょ」

 

 耐圧服のポーチの中から、取り出したのはボコの小さなぬいぐるみ。

 そのつぶらなプラスティックの瞳を見つめながら、人形のごとき少女は確信を深める。

 真にボコを愛すものと、そうでないニセモノ。

 どちらが勝つかなど、戦う前から明らかなことなのだから。

 

 

 

 






  ――予告

「追い風を受けて、勢いそのままに攻め込んでくるのは百機を超える大軍団。四方手を回し、相手を惑わす策を振るい、相手を殲滅せんと包囲の輪を狭める。しかしそれに動きを封じられるようなみほじゃあない。今や、彼女自身が風となって、この試合の趨勢をかき乱す時だ。さぁ奏でよう、反撃の調べを。勝利の歌を、風に乗せて相手へと飛ばすのさ」

 次回『カウンター』




短めの更新
次回の更新には、若干時間が長くかかる見込みです
そのかわり、次話は長めになる予定です



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stage20 『カウンター』partA

 

 ダージリンはカメラの倍率をあげて、今はまだ彼方に姿を見せた濃灰色の戦列を窺った。

 

『多いですね』

『最低でも120機……対するこちらは55機。数字の上でも劣勢に加え、相手には自由に攻撃点を設定し、自由に戦力を集中できる利がある』

 

 右からはオレンジペコが呟き、左からはアッサムが評する。

 ルクリリはダージリンたちの背後でみほへと回線をつなぎ、敵発見の緊急連絡を飛ばす。ローズヒップはその傍らで、落ち着き無く機体を小刻みに動かしていた。

 

『相手は強大よ……少なくとも、城壁を盾にしたからといって、スコーンを割るように容易く迎撃できる相手ではないわ』

「『悲観主義者はあらゆる機会の中に問題を見出す。楽観主義者はあらゆる問題の中に機会を見出す』」

『チャーチルですね』

 

 戦局が明るくはないことをデータ主義者らしく冷徹に告げるアッサムに対し、ダージリンは鋼の鎧の下で相変わらずの胡散臭さ漂う笑みを添えて引用し、オレンジペコは素早くその出典を告げる。

 

「さらにこう続くわ。『私は楽観主義者だ。それ以外のものであることは、あまり役に立たないようだ』と……いくら島田流が強敵だからといって、過度な恐れは幻影を生み、却って真実を覆い隠すことになるわよ、アッサム」

『……生憎だけど、戦場の霧に呑まれるつもりはないわ』

「ええ、知ってるわ。でも念の為にね」

 

 聖グロリアーナらしい優雅な軽口を交わしながらも、ダージリンは一瞬たりとも大学選抜の動きから眼を離さない。それはペコもアッサムも同様で、相手の一挙手一投足を見逃すまいと、細心の注意を払っていた。

 

「……来るわね、まっすぐ」

『ええ』

『清々しいぐらいに直進ね』

 

 だが実際には、ダージリン達は6つの瞳を忙しなく動かす必要はなかった。

 90機余りのトータスにドッグのAT部隊が、廃墟東部の通用門目掛けて、整然と隊列を組み、突き進んでくるのだ。

 

「戦力分散は愚の骨頂……とはいえ、これは却ってやりすぎじゃないかしら」

『そうでもないわダージリン。この施設はバトリングのために造られたもの。通用門はATの大部隊を通るのにも充分な大きさがあったわ』

 

 パーク東部に広がるのはメルキアを模した軍事基地エリア。

 そこを守るのは大洗ウワバミさん分隊と、まほ率いる黒森峰チーム。

 

「……」

 

 ダージリンは大軍から眼を離し、その向こう側に密かに控える、恐らくは島田愛里寿とその直属部隊らしい影を見つめた。余りに距離が遠く、オーデルバックラーの優れたセンサーでも、その乗機の詳細を捉えることはできない。

 しかし、それでも解ることはある。

 

「みほさん、聞こえる?」

 

 ダージリンは回線を開き、敬愛する我らが指揮官へと自身の考えを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――stage20

 『カウンター』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背の低い倉庫に、ダミーの砲塔やミサイルポッド。見せかけの管制塔に、無可動のハリボテATの列。

 メルキアの軍事基地を模して造られたその訳は、障害物を活かした、トリッキーなコンバットを観せんがため。アストラギウス・パークの東部エリアはこんなふうになっていた。

 

「……」

『……』

 

 そこに息を潜めて来るべき敵を待ち構えているのは、まほにエリカの黒森峰の二人。

 

『……聞こえてきた。ずっしりと重い音』

『相手のATはトータス系がメインだから、地面を踏みしめてるぶん、そうなるよね』

『数も多いからなおさらかな。コンクリート床のこっちまで来たらもっとすごくなるかも』

『いやぁ! そりゃ楽しみですなぁ~!』

 

 一方、同じように身を潜めてはいても、無線でわいわいと楽しげに、ATのローラーダッシュ音談義で盛り上がる自動車部ことウワバミ分隊は、実に黒森峰の二人とは対称的だった。

 しかし、まほはそれを咎めない。むしろ、頼もしいとすら思う。

 大学選抜の大部隊が一挙、このエリアに押し寄せていると聞かされてからのあの様子だ。大洗の少女たち全般に言えることではあるが、彼女たちは際立って肝が据わっている。

 

「……」

『……』

 

 まほ以下6名の任務は、中央部からみほらの援軍が駆けつけるまで、敵を足止めすること。

 状況としてはデライダ高地でのものと似ているが、しかし現状はなお悪い。

 味方はより少数で、相手はより多数。唯一のこちらの利点は、身を隠すのには充分な障害物があるという点だけ。加えてまほのブラッドサッカーは、その片腕をもぎ取られている。戦闘中のマガジンチェンジすら危ういために、みほのはからいで麻子と得物の交換を行って、ダイヤルマガジン式のヘビィマシンガン・ショートバレル420連発を装備しているが、これの弾が尽きたらその時は撃破される時だ。

 

「……緊張しているのか?」

『――へ? いや、そんなことは!?』

 

 不意にまほが訊くので、虚を突かれたエリカは上ずった声で慌てて返事をする。

 恐らくは図星だったのだろう。モニターもないのに、稀に見せる彼女の慌て顔がまほの眼には浮かび、何となく可笑しい。

 

「心配するな、私もだ」

『……え?』

 

 飢えたる者は常に問う。

 ならばこそ、問うことは己が答えに飢えていることのなによりもの証だ。

 まほは我ながら珍しいことに、自分が緊張しているのを感じる。

 黒森峰の隊長になって以来、久しくなかった感覚だ。

 ――だが、今のまほにはそれは闘志を燃え上がらせる油のようなもの。

 隊長という枠を離れて、一人の選手として戦う。それも、最愛の妹の為に、最大の宿敵を相手取って。

 この緊張は、武者震いそのもの。

 

『隊長、それは――』

「来たぞ」

 

 高鳴る金属音は、グランディングホイールがアスファルトを駆ける音。

 それが反響しあい、重なり合い、協奏曲となるのは、大学選抜の部隊が、通用門を越え、園内に侵入した証だ。

 二人の黒森峰娘は、途端に言葉をしまい込み、猟犬のような目つきに変じ、来る“餌食”を待ち受ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 取っ組み合うドッグとトータスの様子が、かつてはけばけばしい色によって彩られていたであろう客引き用の看板も、今は色があせて、惨憺たる荒廃を一層強調する。

 今、新たにこの廃都を訪れた者達はしかし、そんな虚栄の跡に目をくれることもなく、巨大な通用門を通って進軍する。彼女らが目指すのは、今を戦う大洗連合の乙女たちであって、過去の亡霊などではない。

 ATが通ることを前提に設計された通路は広く、大部隊でも容易く通ることができる。

 高く造られた観客席の間を抜ければ、メルキアの軍事基地めいた佇まいが一同の眼に入った。

 

(面倒ね)

 

 そう胸中で漏らしたのは、大学選抜きっての精鋭三羽烏、通称『バミューダの三姉妹』が一角のアズミだ。

 三姉妹といっても、実際に血がつながっているわけではないのだが、その息のあった連携故に、対峙する者に血の繋がりすら感じさせるということで、いつしかそう呼ばれるようになっていた。

 今、件の三人娘は揃って、アストラギウス・パーク東通用門からの侵攻部隊に潜むように同行している。

 これは三人が揃って敬愛する愛里寿隊長の指示である。

 

 ――『拙い味方を目くらましに、その陰から相手の急所を突け』

 

 それが三人娘にくだされた指示。

 忠実極まる三姉妹は、僚機を伴って大軍に身を隠す。

 数を以て敵を引きつけ、囮の陰より飛び出し、相手の側面を突く。

 島田流お得意の忍者戦法の典型であり、故にアズミ・メグミ・ルミ、揃って得意とする戦術に他ならない。

 

(でもこの地形だと、相手はゲリラ戦をしかけてくるはず)

 

 見渡せば身を隠すのに適した障害物だらけの場所だ。

 そのどこに相手が潜んでいるのか、自然疑心暗鬼となって歩みは滞る。特に、数合わせで入れた大学選抜に本来満たざる選手たちは、一層恐れ、歩みを遅くする。それを盾に、陰にとするアズミ達も、合わせて足踏みせざるを得ない。

 

(何処? 何処から来るのかしら?)

 

 アズミは神経を研ぎ澄まし、四方にカメラを向け、警戒網を張る。

 メグミもルミも同じようにしているだろうから、大部隊内の三箇所で相手へと注意の網を貼っていることになる。

 どこから来ようと、見逃すつもりはない。

 

「!」

 

 銃声! その直後に、ダミーの列のなかに動く影!

 アズミは即座にトリッガーを弾き、動いた影目掛けて銃弾を叩き込む。

 それに応じて他の選手たちも一斉に、手近なダミーAT目掛けてトリッガーを弾いた。

 

「待て! 撃ち方止め!」

 

 そして違和感に最初に気づいたのもアズミだった。

 

『攻撃中止! 攻撃中止!』

『攻撃止め! これは罠だ!』

 

 彼女の言葉の意図を即座に理解したのは、やはりメグミとルミの両名。その僚機たちも、一斉に射撃を中断する。

 辺りに散らばるのは、ダミーの破片ばかり。見れば最初に倒れたと思しきATも、中身がないハリボテの一体。だがその足首は不自然な形に壊れ、折れている。最初に聞こえた銃声、それはこれを倒してこちらの攻撃を誘発するためのもの!

 しかし彼女らとその僚機を除く面々は、やはり指示への反応が遅かった。

 その隙を、逃す西住まほではない。

 

「右!」

 

 アズミが叫ぶのと、倉庫の影より姿を現したまほが、トリッガーを弾くのはほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 集弾性の悪いショートバレルも、こういう戦況では好都合そのもの。

 まほは横倒しにしたヘビィマシンガンを、反動の向きに合わせて右から左へと振るう。

 次々と直撃弾に倒れる相手のスタンディングトータスを尻目に、反動の勢いで機体を回転させ、その勢いで敵部隊の只中へと跳ぶ。

 

「バルカンセレクター!」

 

 着地と同時に、右足のグランディングホイールを回転させ、左足のグランディングホイールはその一瞬に逆回転を開始する。独楽のようにくるくると回るブラッドサッカーは、420連発の弾倉も尽きよとばかりに弾を履き続ける。

 

『喰らいなさい!』

 

 エリカが吼えれば、ソリッドシューターの砲弾が釣瓶撃ちに叩き込まれ、次々とスタンディングトータスが白旗上げて地に沈む。

 

「ダージリン! 今だ!」

 

 最初の混乱から相手が立ち直るであろう、そのタイミングを読み取り、まほは叫ぶ。

 

『大きな声を出さずとも、聞こえていましてよ』

 

 静かな声でダージリンが答えれば、円壁からの銃撃が、態勢を立て直そうとする大学選抜部隊へと、頭上より新たに襲いかかる。

 エルドスピーネ系の得物、シュトゥルムゲベールはヘビィマシンガンに比べ新しい武器というだけあって、威力・射程と、様々な面でより優れた性能を持つ。遠く離れた円壁の上からでも、見下ろし射撃ならば、威力を減衰させずに狙い撃つことも可能だ。

 

『ぶちかましますわよー!』

 

 オレンジペコ、アッサム、ルクリリも続き、ローズヒップなどは二丁拳銃の要領で、二丁のシュトゥルムゲベールを乱れ撃つ。

 

『そらそら!』

『行くよ!』

『もう一発おまけに!』

『どっせーい!』

 

 ウワバミ分隊の四機も飛び出せば、ロケットランチャーをぶっ放し、爆炎と混乱を相手へと撒き散らす。

 

「みほ!」

 

 グランディングホイールを両足とも逆回転させ、急速後退をしながら叫ぶ。

 呼び声に応じ、中央部から駆けつけてきたみほ率いる援軍が、建物の陰から姿を表す。

 先頭は、みほの駆るブラッディ・セッター。

 その手には、キークより贈られたコンテナの中身、とっておきの隠し玉がマウントされている。 

 まほとエリカが射線から逃れると同時に、みほはその得物のトリッガーを弾いた。

 

 

 

 

 



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stage20 『カウンター』partB

 

 

 

 

 

 ATの眼(センサー)には瞼も瞳もないが、もし仮にあったならばそれをカッと見開いたことだろう。

 大学選抜選手たちの前に姿を現した、みほの駆るブラッディ・セッター。その右手に構えた巨大な得物は、ATの装備としては余りに規格外だった。

 鮮血のように赤いATが右手に腰だめに構えているのは、八本の銃身を一つに束ねたガトリングガン。左手には巨大な円筒形の、まるで樽のような弾倉を抱え込んでいる。そしてそのどちらもが、ATのマニピュレーターでは保持し難いためか、ショルダーアーマーに繋がれたチェーンで吊り下げられていた。

 みほがトリッガーを弾けば、モーターが銃身を回転させ、途切れることのない火箭をスタンディングトータス達へと浴びせかける。

 

「――凄い」

 

 その使用者自身が思わず漏らすほどに、ガトリングガンの火力は素晴らしいものだった。

 ドラム型の弾倉から矢継ぎ早に注がれる銃弾は次々と回る銃身から吐き出され、白旗の山、いや林を築いていく。恐ろしいほどの手応えは、みほですら今まで感じたことのない種類のものだった。

 そんなみほと正反対の想い、未知の脅威を感じているであろう大学選抜の選手たちは、火線から逃れるべく必死に散開しようとする。

 

「華さん!」

 

 みほが叫ぶと同時に、緑の閃光が煌めき、機関銃から放たれる曳光弾のように輝きながら走る。

 鷹のように鋭い目で狙い、撃ち出されたレーザー光線はその特性を最大限に発揮し、次々と標的に命中して白旗を揚げさせる。

 今までの得物とはまるで勝手が違うはずのGAT-TP-101『フォトンシューター』を、十年来の相棒のように操り、華はトリッガーを弾く。

 五十鈴華の駆るスコープドッグGGGが姿を見せたのは、みほが現れたの場所の右斜め前方の倉庫の陰からだった。みほと華、それぞれが撃つ銃弾と光弾は十字砲火をなし、交差点に入り込んだ不幸なATは立ちどころに地に倒れ伏す。

 

「!」

 

 みほの耳元で警告音が乗り響いた直後、モーターの回転音だけを残して銃声が途絶える。バイザーモニターの画面の端には、赤いエンプティの文字が踊る。滝のように地面に注いでいた薬莢の濁流が途絶え、今だ落下の勢いを失わぬ真鍮の空筒が地面と何度もぶつかって、ちりんちりんと金属音を奏でる。キークからのプレゼントは強力だが、その魔法が解けるのも早かった。相当数の大学選抜ATを撃破できたとはいえ、肝心の本命はまだ生き残っている。

 

「沙織さん! 優花里さん! 麻子さん!」

 

 敬愛する隊長の指示通り、無能な味方を盾にして怒涛の銃撃を凌いだアズミ、メグミ、ルミのバミューダ三姉妹にその僚機達がみほの弾切れを見るや早速反撃を加えてくる。

 みほは弾切れのガトリングガンと弾倉をパージしながら、控えの三人へと無線を飛ばす。

 

『まかせてみぽりん!』

『行きます! 西住殿!』

『うおおおおおおおおおお』

 

 沙織のデスメッセンジャー、優花里の青いスタンディングトータス、麻子のブルーティッシュドッグのイミテーション。

 五〇発を連射し、銃身とレンズのクールタイムに入った華もみほに合わせて後退するなか、援護するように三機が新たに飛び出す。

 沙織と優花里が快活に叫び、それに押されてか麻子までもがヤル気のない平坦な雄叫びをあげる。

 デスメッセンジャーが得物の銃身下部のソリッドシューターから、スモーク弾を撃って辺りを白煙に包む。すかさず青いスタンディングトータスがヘビィマシンガンを、ニセモノのブルーティッシュドッグが借り受けたブラッディ・ライフルをバルカンセレクターで乱れ撃つ。

 

『続くぞ!』

『はい!』

 

 あんこう分隊の応援に、交代していた黒森峰の二人が再び攻撃を開始する。

 

『私らもいくよー!』

『うらうらうらー!』

『ここで減らせるだけ減らすよ!』

『まだオオモノも控えてるし、ね!』

 

 ウワバミ分隊もそれに続けば、いよいよ大洗側の火線は激しさを増し、着実に撃墜スコアも嵩んでいく。

 だがしかし――。

 

「っ!」

 

 白煙の向こうから飛んできた銃弾は頭部装甲を掠め、表面の塗料を剥ぎ取っていく。

 みほは背部にマウントされた二丁のヘビィマシンガンを素早く構えると、左右交互の三点バーストを放つ。狙いを定めない、大雑把な牽制射撃だが、すぐさま返ってきた応射は精確だ。装甲の表面を掠めたに過ぎないが、至近弾には変わりない。相手も最初の混乱を抜けて、着実に迎撃体制を整えつつあるらしい。

 

(……数では相手が上。しかも本命の精鋭部隊は無傷のまま)

 

 みほは冷静に戦局を見通し、状況を分析した。

 大洗が今展開している『ごっつん作戦』とは、要するに遭遇戦を軸にしたゲリラ作戦である。

 出会い頭にゴッツンと頭突きをかまして退き、相手を複雑なパーク内部へと引っ張り込んで各個撃破する戦法だ。しかし相手はこちらの想定に反して分散せずに大軍を維持したまま反撃してきている。恐らくは最初の地上戦艦からの大量投入作戦のときと同じ、技量に劣った味方を盾あるいは囮として使い潰すことが前提の作戦。数的差を最大限に有効活用する戦法だ。

 このまま戦っても、いずれ数の差と、烏合の壁の目くらましの、その向こうから来る鋭い一撃にジリ貧になるのは明らかだ。

 ならば、プランBで行くしかない。

 

「……各機に通達! 『どっきり作戦』開始します!」

 

 言うや否や、みほはペダルを思い切り踏み込むと、フルスロットルでグライディングホイールを回転させ、煙の向こうの敵へと目掛けて一転、突撃を敢行する。パイクホイールがアスファルトを削って火花を撒き散らし、ジグザグに走るブラッディ・セッターのローラーダッシュ音は、ある種の獣の唸りめいていた。

 

「バルカン・セレクター!」

 

 みほが叫べば、左右に構えたヘビィマシンガンが同時にフルオート射撃を開始する。

 ガトリングガンと違って液体火薬を用いるヘビィマシンガンは薬莢を必要としない。故にこうした高速機動戦でも空薬莢を踏んでのスリップを気にかける必要もない。ブラッディ・セッター自体が一発の砲弾と化したが如く、自身が放つ銃弾に負けじと凄まじい勢いで肉薄する。

 白いブレードアンテナの先端で風を切り、轟音を伴いながら迫るみほに、大学選抜側の前衛は浮足立つ。その動揺は、さらなるスモーク・ディスチャージャーの一弾に、続く銃撃の雨あられで否応なしに強まっていく。

 みほの突撃に合わせて、沙織が放った煙幕弾。さらに優花里に麻子が射撃を開始し、華もまたサブウェポンのペンタトルーパーで追い打ちをかける。煙幕弾でレーザーが拡散して、威力が減衰してしまうが故だ。

 まほ、エリカ、ウワバミの皆もあんこうに続いて攻勢を強める。中でも特に激しい動きを見せているのは言うまでもなく――。

 

『うぉぉぉぉぉぉぉっ!』

 

 蒼い闘犬、ストライクドッグを駆る逸見エリカだ。

 左の内蔵機銃を乱れ撃ちながら、小刻みにATを揺らして相手のロックオンを揺さぶりつつ突き進む。

 充分に間合いを詰めた所で、左レバーのバリアブル・コントローラーでコマンドを入力し、トリッガーボタンを親指で押し込む。ミッションディスクが起動し、定められたプログラム通りにATが動き出す。みほや優花里と共に組んだコンバットプログラムは淀み無く信号を機体に走らせ、マッスルシリンダーがそれに応じて収縮を開始する。背部バーニアが火を吹き、機体をジェット・ローラー・ダッシュの要領で急加速させる。相手からはあるいは、ストライクドッグが残像をつくるほどの速度に見えたかもしれない。

 左足が強く地面を踏みしめたかと思えば、次の瞬間には思い切り地面を蹴っている。

 バーニアの火はストライクドッグの跳躍をアクセラレートし、蒼い矢となって大学選抜のスタンディングトータスへと突き刺さる。飛び散る塗料、カメラのレンズ、将棋倒しになるATの数々。

 

 ――エアボーンキック。

 

 本来ならばバトリングで用いられる荒業が炸裂し、あらゆる意味で相手ヘと衝撃を与える。

 エリカは蹴りの反動を活かしてATを宙返りさせた。

 ショーならばともかく、血が流れないとはいえ実戦でこの技を繰り出し、かつ実現させる彼女の技量。

 年齢も経験も上なはずの選手たちが揺らぐ。

 その揺らぎは、新たに現れた赤いブレードアンテナの煌めきで恐慌に変わった。

 戦列の一部が崩れ、後退しようとして後続の味方に激突する。

 相次いで倒れるトータス。追撃のソリッドシューターが降り注ぎ、共に白旗上げて真に斃れる。

 それでもメグミ達精鋭選手達は、一貫して攻勢を強めるみほたちへと反撃を続けていた。

 エリカ、まほにも至近弾が掠め、やもすれば直撃弾が出かねない激しさだ。

 

 みほたちの攻勢がいかに激しくとも、分厚い大学選抜側の戦線を突破することは叶わない。

 では、この攻撃は何のためか。

 

『マスタアーム・オン!』

 

 彼方であがった声は電波にのって、即座にみほたちの耳へと届いた。

 大学選抜側の後方で、爆炎が上がり、白旗が上がる。

 

『我らこれより、修羅に入る! 目指すは家康の首ただひとつぞ!』

『さぁいくわよ! いよいよ出番なんだから! プラウダの力、見せつけてやりなさい!』

『いよいよ特訓の成果を見せるときにゃー!』

『頑張るなり!』

『いっちょやるぴよ!』 

 

 みほ達が時間を稼ぎ注意を引きつけていたその間に、ダージリンたちの壁上からの銃撃を目くらましにして、敵背部への迂回機動を完成させたのは、ニワトリ分隊、ありくい分隊、そしてプラウダの重AT部隊。

 

 ――どっきり作戦。

 

 敵を正面に注目させてからの、背中からの不意打ちの一撃。

 そして作戦の第二段階にして本領は、前後からの包囲殲滅にこそある。

 

 いよいよ、大洗が反撃を開始する。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 アズミ、メグミ、ルミから相次いで来る危急を告げる無線に、愛里寿は思わずボコを強く握りしめる。

 なぜ抗う?

 なぜ戦う?

 ニセモノに過ぎない癖に、もう勝負は見えているのに。

 冬の湖のような愛里寿の心にさざなみが走る。

 歳に似合わぬ冷静沈着なる島田の申し子には珍しいその姿は、西住みほを相手にするがゆえのもの。

 西住流は宿敵である。しかし愛里寿にとってはただ倒すべき相手であって、それ以上ではない。

 しかし西住みほは違う。

 彼女はニセモノであり、ボコを騙るものだ。

 だからこそ、本当の戦士(ボコ)が倒さねばならない相手だ。

 チェスを打つように後方にあって、ただ指揮に専念していた彼女。

 ボコを両手で優しく持ち、ハッチを開き、空へと翳す。

 ヘルメットの下で、小さく口を開けば、紡がれる言葉は徐々に大きさを増す。

 

 それは電波によってバミューダの三姉妹へと届き、彼女たちに確信させた。

 チェックだ。勝負は終わった。自分たちの勝利で。

 なぜならば、歌声が聞こえたからだ。

 かの吸血部隊の行進曲にも似た、地獄からの呼び声、恐るべき死神の歌。

 

 島田愛里寿が『おいらボコだぜ』を歌う。

 それはいよいよ彼女が、一人の戦士として戦場に降り立つことを意味する。

 

 

 

 

 

 





  ――予告

「台本もなければ、譜面もなし。百話続いたバカ騒ぎ。鉄と炎と混沌の、舞台客席境なく、役者観客ごちゃまぜのATオペラもいよいよ佳境さ。主演女優が一礼すれば、たちまち始まる阿鼻叫喚。拍手喝采ある一方、意気消沈し敗色濃厚。でも案ずる必要はないさ。なにせもうひとりの主役は、そんな窮地にこそ、その真価を発揮するんだからね」

 次回『ソング』
 


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stage21 『ソング』

 

 

 ――不可思議な光景だった。

 

 大人以上に大人びた、永久凍土の如き冷たさと揺るぎなさを備えた少女が、無邪気な声で歌っている。

 フランス人形のような、美しくも幼い容姿の上に、満面の笑みを浮かべて、少女は歌っているのだ。

 音程はとても洗練されているとは言い難く、力任せで感情そのままの調べは、まるで幼稚園児のお遊戯のようですらある。

 小さな人形を掲げ、無邪気な顔で歌う島田愛里寿の声は無線を通じて響き渡り、その姿は中継機のカメラを通じて観客席のモニタースクリーンに大きく映し出されている。彼女のことをよく知らない観客は一様に唖然として、天才少女の見せた奇妙な振る舞いに首をかしげ、あるいはざわめいた。愛里寿の急変に、戸惑い、困惑していた。

 全く真逆の反応を見せたのは、島田流側、あるいは大学選抜側の観客達。

 思わぬ苦戦に強張っていた表情は、愛里寿の唄を合図に一斉に緩み始める。安堵の空気が流れ、揃って余裕の笑みすら顔に浮かび始めていた。

 

「……」

「……」

 

 特別席からスクリーンに映されたものを視ていた、西住しほと島田千代の反応もまたそれぞれ真逆だった。

 しほは鋭い視線を一層鋭くし、口元には強い力がこもる。千代は笑みを深め、緩んだ口元を扇子で隠した。

 

「……これもまた筋書き通りというわけか?」

「まぁそんな所だ。予定よりは少々早いかもしれないがね」

 

 同様の姿を見せたのは、星の海を超えてやって来た間諜二人。

 キークはしかめっ面で紫煙を深く吸い込み、ロッチナは口元で手を組み、その下で微笑んだ。

 

「隊長が!」

「歌った!」

「ということは――!」

 

 最も顕著な反応を示したのは、バミューダ三人娘、アズミ、メグミ、ルミの三人。

 高校生相手のまさかの苦戦に、険しくなっていた彼女らの表情は一転、明るいものになっていた。

 否、三人は口の端を獣のように釣り上げ、ヘルメットの下で獣のような相貌をつくっている。

 募っていた苛立ちと不安は、尽く狂熱的な闘志と変わり、大洗への反撃の機を彼女らに窺わせる。

 今は耐えろ。攻めるべきは、我らが隊長がまさに駆けつけたその瞬間。さすれば、大洗の戦線は崩壊するだろう。――これは希望的観測などではなく、彼女らには確定した事実であった。あの、島田愛里寿が直接動いた以上は。

 

「――」

 

 一通り歌い終えた愛里寿は、ボコのぬいぐるみをしまいハッチを閉じた。

 いつもの、冷徹なる戦士の顔を取り戻し、少女はATを駆けさせる。

 自らを神の眼と嘯く男から贈られた、黒く、そして巨大なATを駆って、戦場へと一直線に走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――stage21

 『ソング』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分へと向けられる、無数のガラスの瞳。

 同数の、いやそれ以上の銃口砲口もまた同時に突きつけられるが、カチューシャは恐れない。

 いやむしろ彼女は獰猛に嘲笑った。

 相対した機械の眼々は無機質そのもので、当然泣きも笑いもしないが、カチューシャには解るのだ。その内側にいる、ボトムズ乗りたちが自分へと向ける恐れや慄きが。自分よりも年齢的にも経験的にも体格的にも上であろう相手を、自分は今圧倒している。その事実に、カチューシャは暴君らしく嘲笑を深くする。

 

Feuer(撃て)!』

 

 無線を通して聞こえる号令と共に、背後から黒鉄の肩を飛び越えて機銃弾が走る。

 カチューシャと共に攻撃を開始した、大洗ニワトリさん分隊からの援護射撃だ。

 自機の左右を飛び抜ける銃弾に合わせて、カチューシャのエクルビスはアスファルトを蹴り散らしながら走る。

 

 大学選抜チームを完全にパーク内へと誘い込み、逃げ場を無くした上で包囲殲滅する――より具体的に言えば、相手正面からは黒森峰、ウワバミ、そしてアンコウの三個分隊が、後方からはニワトリ、アリクイ、そしてカチューシャ率いるプラウダの三個分隊が、そしてパーク円壁上からは聖グロリアーナ、ヒバリの二個分隊が、時間差で攻撃をしかけ、波状包囲攻撃をしかける、みほ命名「どっきり作戦」は見事に発動した。

 

「流石はミホーシャね! ハラショーな作戦よ!」

 

 カチューシャは眼の前のスタンディングトータスをアイアンクローで殴り倒しながら快哉する。

 白旗あげて倒れる相手の向こうに見えた新手目掛けて牽制の機銃を放ちつつ、地面を強く蹴って機体を宙へと舞わす。脳波コントロール装置を外したところで、カチューシャが一流のボトムズ乗りであることに変わりはない。格闘戦に恐ろしく秀でたこのエクルビスならば、これぐらいの芸当は彼女としてはできて当然のことだった。

 だが、相手にとってはそうでなかったらしい。H級の巨体が宙返りを決める様に、驚いたかその動きを止めてしまっている。

 

「迂闊ね!」

 

 相手の背後に着地すると同時にグライディングホイールを起動、機体を急速回転させる勢いにあわせて、鋼の爪を横薙ぎに振るった。ちょうど相手の顔を掌で叩くような格好だが、しかしそれをなすのはAT、それも特機の振るうアイアンクローだ。相手トータスのカメラアイ部分に爪は直撃し、フレームのいち部をひしゃげさせ、レンズガラスを粉々に粉砕する。もしもカーボン加工がなければ、センサー部分を根こそぎ千切り取られているところだろう。当然のように撃破判定は下り、機能を停止させられた相手ATは吹き飛ばされるように横倒しになった。

 

「!」 

 

 立て続けの二機撃破。

 しかし相手も大学選抜チーム、やられっぱなしで終わる筈もなく、着地の隙を刈り取らんと一斉にエクルビスへと銃口を向けてくる。

 

「ニーナ! クラーラ!」

 

 だがプラウダの小さな暴君は単なる切れ味の良いだけのボトムズ乗りなどではない。

 相手の行動を読み取り、その裏をかくのもお手の物――例えて言うならば彼女は小さな毒蛇だ。その小ささに油断していると、気がつけば既に毒牙にかかっている。後はじわじわと縊り殺されるだけ。

 跳躍攻撃後の硬直程度、最初から計算済み。エクルビスを包囲していたトータスたちへと向けて、アイアンクローとパイルバンカーとが新たに襲いかかる。

 

『やったるだ!』

Отложитьr(仕留める)!』

 

 プラウダ謹製量産型エクルビスに、灰色に塗られたベルゼルガの攻撃だった。

 一年生にして特機を任された腕利きのニーナに、クエント人の血を引くと噂される長身銀髪の異邦人クラーラ。

 

「アリーナ!」

『は、はいです!』

 

 ミサイルランチャーを放つのは、やはり一年生のアリーナが操る陸戦型のファッティー。

 

「ノンナ!」

『はい』

 

 さらにその後方から、空気裂き走る稲妻のように、音すらも置き去りにしてライフル弾が飛ぶ。

 トリッガーを弾いたのは言うまでもなく、プラウダの赤い狙撃手、ブリザードのノンナだ。

 突撃するカチューシャ、ニーナ、クラーラの後方、彼女らを援護するアリーナよりさらに後ろから、スナイパーライフルを構え、狙い撃つ。

 血のように赤いチャビィーの姿は、人目を引いて狙撃手に似つかわしくないように見える。

 だが、それがノンナの狙いだ。想定外の方向から来た攻撃に大学選抜側はざわめき、否応なく、遠目にも姿が明らかな赤いATへと意識が向いてしまう。そこですかさず攻撃をしかけるのは二機のエクルビスにベルゼルガの近接三機に、中距離支援のファッティーだ。水が流れるような連携は、統率力を第一とするプラウダならではといえる。

 

『この戦いはバルジの戦いに似ている!』

 

 その傍らでシュトゥルムゲベールをバースト射撃しながら突撃するのは、大洗ニワトリさん分隊のエルヴィンだ。

 

『沖田畷の戦いだ!』

 

 左衛門佐はヘビィマシンガンに装着したパイルバンカー銃剣で手近な一機を撃破すると、そのままバルカンセレクターで弾幕を張る。

 

『池田屋に御用改ぜよ!』

 

 おりょうが駆る新選組カラーのタイプ20が左手で操るのは、AT用のスタンバトンだ。電撃でATをその内部機構から麻痺させる得物は、装甲騎兵道に用いるには余りにバトリング的であり、より正統派な選手こそこれに戸惑い、太刀筋を受けて白煙をあげる。

 

『それを言うならザマの戦いだ!』

 

 しかし派手揃いのニワトリ分隊4機にあって一番ひと目をひくのはカエサル駆るベルゼルガ・プレトリオだった。「黒いギロチン」とも呼ばれる厚さ200mmはある大型シールドを両手に装着し、攻防一体となったその姿はまともな装甲騎兵道に慣れた選手を驚かせ、情け容赦なく叩き潰していく。

 

『『『それだ!』』』

 

 ヒナちゃん――もとい、カルパッチョの仇討ちに燃えるカエサルは隊の先頭を駆け、残りの三人はカエサルのギロチン盾を目くらましにしながら積極的攻勢を仕掛ける。辛口評論家のカチューシャの眼からしても、実に優れた連携だ。

 

『ボクらはたわみにたわみ、そして、放たれた!』

『疾風とは、まさにこれピヨ!』

『怒涛とは、まさにこれナリ!』

 

 プラウダ分隊の左翼では、大洗アリクイさん分隊の三機も同時に猛攻撃をしかけていた。

 レイジングプリンス。

 ヘルミッショネル。

 トロピカルサルタン。

 往年の、伝説的バトリング選手達の愛機を模したレプリカ。

 かつてはその動きすらも、本物のボトムズ乗りたちの動きをミッションディスクで完璧に再現していたものだった。

 故に敗れた。所詮は偽物に過ぎぬが故に。

 だが今は違う。黒森峰との全国大会決勝戦での雪辱を果たすべく、彼女たちは腕を磨き、鍛え続けたのだ。

 MDのサポートは最低限、彼女らは彼女らの実力で、本物の乗り手たちを思わせる恐ろしい動きを見せていた。レイピアが、大鎌が、必殺の『アーム・ホイップ』が、次々と繰り出され、白旗をもぎ取っていく。

 

(順調! 順調過ぎて笑いがとまらないぐらいよ!)

 

 カチューシャはほくそ笑む。

 みほの作戦は今度こそ完璧に機能している。

 このまま自分たちとあんこう分隊、黒森峰分隊、ウワバミ分隊の6個分隊だけで、相手を包囲殲滅できるのでは? そんな気すらしてくる程に。

 

(――それが逆に気にかかるけど)

 

 快調の笑みは一転、冷静な思案に取って代わられる。

 調子に乗りやすい所は多々あれど、カチューシャの本質は策士だ。

 大学選抜の脆さが気にかかる。例の連中、相手の本命の本命、スコープドッグからなる精鋭達は何をしている?

 カチューシャが思うのは、赤い四角形、黄色のダイヤ、青の三角形のシンボルマークを掲げた大学選抜のコマンド部隊とでも言うべき選手たちだ。鮮やかな速攻を、見せた筈の彼女らは何をしている?

 

(冬眠中のクマみたいに動きがない……そうまるで)

 

 恐らくは自分と同じ懸念を、みほもまた抱いているのではなかろうか。

 そんな予感がカチューシャの脳裏を過る。

 

(何かを待っているかのように)

 

 ――残念ながら、カチューシャの予感は当たっている。

 

 戦場を急行し、地獄を運ぶべく進むのは、黒いAT。

 

 紅いカメラアイを炎のように燃えたぎらせながら、駆けるは島田愛里寿。

 

 聞こえるか、あの軽快なる歌が。

 

 ボコの歌が。

 

 来る。

 

 彼女がやって来る。

 





 ――予告

「条理不条理所詮は夢さ。東西南北、天と地の、サイコロしだいの転がりに、身託して戦場を渡る。勝ってあればの空と風。迫る悪鬼に愛機を駆って、風に任せて損を負う。鉄の背中が、捨て台詞かもね」

 次回『ブルー・ナイト』









 久方ぶりの更新です。最終章第2話の予定がようやく決まって嬉しい
 プラウダ戦記も実にいい感じですね



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