IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜 (フゥ太)
しおりを挟む

設定
登場人物設定(対オーガコアチーム)


98%ぐらい自己解釈が入った解説なので、そのあたりのツッコミはご遠慮いただきたいです。ハイ


名前:火鳥(かとり)陽太(ようた)

年齢:15歳

性別:男

身長:174cm

体重:63kg

血液型:O型

家族構成:シャル(妹か姉か今も彼女と審議中)、エルー(故人)

性格:頑固かつ若干?短気。だが他者を思いやれる深い情を持っており、シャルの認識曰く『ヘタレでツンデレ』

特技:格闘、銃火器取り扱い(拳銃の早撃ちは神クラス:本人談)、天測航法(空ばっかり眺めてたら出来るようになった:本人談)、ジェット機のエンジン音を聞いただけでどの国の機種かを判別する事

好きな物:空、航空機全般、速い乗り物、昼寝の時間

嫌いな物:書類、説教、人込み

好きな色:オレンジ、白、金

嫌いな色:灰色

好きな食べ物:ガルピュール(フランス伝統の家庭料理)、肉全般、蕎麦(日本で初めて食べたらハマった)

嫌いな食べ物:緑黄色野菜

好きな煙草の銘柄:マールボロ・ミディアム・KS・ボックス

好きな女性のタイプ:気立てがよく美人で男を立てて説教をしないナイスバディな美人…………本当の所は秘密

好きな言葉:お前のものは俺のもの、俺のものは俺のもの

休日の主な過ごし方:昼寝、航空機鑑賞(日本に来てからはできない)

所有IS:第3.5世代高機動汎用型IS『ブレイズ・ブレード』

IS適正:『S』

 

備考 自意識過剰、傲岸不遜、礼儀知らず、学習能力小学生レベル。普段は素行や言動に問題があるが、実際は仲間・他人を思いやる優しさと悪を許さない強い正義感の持ち主。W主人公の一人にして、作中屈指の実力者達から『戦いの天才』と言わしめるほどの実力を持った操縦者でもある。

 

 幼くして一人で孤独に生きることを余儀無くされていたが、シャルロットと今は亡き彼女の母親のぬくもりと優しさに救われ、そのためかシャルロットのことは大事な家族だと言っている。ちなみに自分が兄でシャルが妹だと言い張って聞かない。

 一夏や箒達の事も本心では対等に認めている節があるが、作中屈指のツンデレのため絶対に口にしない。ツンデレとは本心とは裏腹なことを言ってしまうものなのだが、最近微妙にデレだした。

 IS学園において歴代最高のトラブルメーカーであり、何をしても騒動を起こせるある種の特殊能力を有しているが、オーガコアのおかげで損益相殺されており、もうなんだか最近では『陽太だから仕方ない』という風潮すら流れ出している。あといらんことを言っては千冬かシャルにシメられるのはIS学園の名物になりつつもあり、なんだかんだで周囲に愛されつつあるお馬鹿なキャラ。嫌いな食べ物がピーマンを筆頭にした緑黄色野菜。生野菜とか出されたらキレる。そして15歳ですでにヘビースモーカー。将来成人病で早死にしそうな食生活である。

 

 ISの生みの親である篠ノ之束と最高の操縦者である織斑千冬両名から指導を受けていただけあって、いざ実戦ともなると上記にも書いた通りIS操縦者としての実力は圧倒的であり、劇中でも『国家代表すら凌ぐ』と言うお墨付きをもらっている。(しかし、相当いじめに近い扱かれ方をされたらしく影で性格と人生観が歪んだ気がしないでもない)

 戦闘スタイルは全ての距離、あらゆる状況において突出した強さを見せるオールラウンダーで、こと近距離の格闘戦と高速戦闘では無類の強さを発揮し、高機動戦において芸術的ともいわれるマニューバを取る。また普段の実生活ではバカ丸出しに思われがちであるが実際の戦闘IQは極めて高く、僅かな手掛かりと修羅場を潜り抜けてきた経験則から即時に最良の作戦を練り上げ、それを思わぬ形で実行するなど常識では計れないバトルセンスは本物。『大空炎帝(たいくうえんてい)』の通り名でも呼ばれて名高い。

 五感と直感に優れ、暴龍帝と比べれば幾分見劣りするが超人的な運動能力を有し、格闘技や銃火器の扱い、剣術にも優れている。現時点ではIS学園において彼に比類する操縦者は千冬のみであり本人は千冬との直接対決を望んでいるが、未だに叶ってはいない。

 

………が、最近、ついに親方様ことアレキサンドラ・リキュールにズタボロに完敗してしまい、現在リベンジに燃えている。

 

 

 

 

名前:織斑(おりむら)一夏(いちか)

年齢:15歳

性別:男

身長:172cm

体重:原作通り

家族構成:千冬(実姉)、マドカ(妹?)

性格:飄々としているが信念を貫く熱い心の持ち主。ミスター唐変木

特技:家事全般(姉が家事産廃のため)、剣道(後述に詳しく書くが数年のブランク有り)

好きな物:新しい家電製品(いつ見てもワクワクするから)、使い勝手のいいキッチン用品(主夫としての嗜み)、節約本(生活の参考です)

嫌いな物:理不尽、値段が高い物、浪費

好きな色:白、青

嫌いな色:黒

好きな食べ物:焼き魚定食、厳さんが作る野菜炒め

嫌いな食べ物:特になし

好きな生活用品のメーカー:無〇良品

好きな女性のタイプ:えっ? 今まで特に考えたことないby本人

好きな言葉:質素倹約

休日の主な過ごし方:家の中の大掃除

所有IS:第4世代機『白式』

IS適正:『B』

 

備考:自分の守りたい人のために強くなろうという真っ直ぐな向上心と熱い心を持った少年で、陽太とは度々反目しながらも、自分の弱さに目を向けることで、わだかまりを超えた友情を育みつつあるW主人公の一人。

 

 幼い頃から世界最強の操縦者に守られていたためか、こと誰かを守る戦いには意欲的に参加し、時に彼の存在が切り札になることもある。

 操縦者としての技量は未だに低く、陽太と比べ物にはならないが、元の素質字体は悪くないらしく、飲み込みの速さと初登場からほぼ実戦という他のIS操縦者にはないシュチエーションからか成長速度は驚くべきほどのもので、凄腕の陽太や千冬も驚かせるほどである。

 得意な距離は近接戦闘。むしろそれ以外できない。だが、専用機の性能が状況しだいで段違いに上がるため、評価がつけづらい。しかも土壇場の爆発力は相当なもので、現在最強のIS操縦者であるアレキサンドラ・リキュールをも驚かせる場面もあり、彼女の興味を大きく引かせる存在となりつつある。

 

 同じ男子相手で遠慮がいらないためかは知らないが、よく陽太から理不尽に殴られ、反撃しようにもケンカの実力も上なので歯軋りする場面がよくある。だがよくよく考えれば陽太の次に千冬にも殴られている。もはや彼はそういう星の下に生まれたとしか説明できない運命である。

 千冬に対しては姉として親代わりとして家族として大変慕っているが、代わりに進んで家事を率先して全て執り行ったためか女子力の不足に一役買った気がしないでもない。またそんなためか当初はIS学園に入学せずに普通の一般公立校の受験を希望しており、そのために中学三年間は知り合いの経営する店や新聞配達などのアルバイトに明け暮れていた。

 

 IS学園で再会した箒や鈴に対しては異性の意識はあまりなく、むしろ仲のいい友達で共に戦う仲間といった意識のためか乙女心をブロウクンする朴念仁ぶりを発揮するが、箒のスタイルを見て一部身体がユニコーンモードになったりと決してホモではないということだけは保障しておこう。

 

 

 

名前:シャルロット・デュノア

年齢:15歳

性別:女

身長;154cm

体重:聞いてはいけない

胸のサイズ:Cカップ。だがアニメではどう見てもそれ以上。美乳

性格:基本的には温和で、慈悲深く優しい心の持ち主。だが好意を抱いている異性には容赦しない。最近ヤンデレ属性があることが発覚。

特技:フランス家庭料理、家事全般、値切り

好きな物:アンティーク家具(温かみを感じるらしい)、値切りに成功して手に入れたお買い得の洋服(戦利品として愛着一入)、誰かさんと一緒に写ってるアルバム(誰かさんとは言わずと知れた・・・)

嫌いな物:誰か切り捨てる行為、過度が過ぎた装飾品(気後れしちゃう)、不衛生なもの(女の子だもの)、虫(毛虫と芋虫とか死んでもダメらしい)

好きな色:オレンジ、赤

嫌いな色:特にないが強いて言うなら紫色

好きな食べ物:ガルピュール(フランス伝統の家庭料理)、パスタ関係、ケーキ類

嫌いな食べ物:納豆(においがダメだった)、激辛料理

好きなケーキの種類:イチゴのショートケーキ、ホットケーキ(亡き実母がよく作ってくれたものだから)

好きな男性のタイプ:常に余裕があって落ち着いて乱暴な言葉や態度を使わない他人への思いやりがわかりやすい大人の男性…………本当のところは秘密

好きな言葉:恋が生まれるにはほんの少しの希望があれば十分です(フランスの小説家の実際の言葉)

休日の過ごし方:ウインドショッピング

所有IS:第3.5世代瞬時換装型IS『ラファール・ヴィエルジェ』

IS適正:『A』

 

詳細:メインヒロインの一人であり、陽太の幼馴染の少女。温和で優しい優等生であり、アクの強いIS学園のメンバーのフォローに回ることが多々ある(主に幼馴染の馬鹿相手)。あと陽太の姉だと宣言して引かない。

 

 デュノア社の社長である父親と愛人の間に生まれた子。いわゆる妾の子という奴に思われていた。家では自分の居場所はないとかつては言っていたが、実はそれは悲しいすれ違いの勘違いであり、物語最初の事件にて父親も義母も彼女のことを深く愛していたという事実によって無事和解。今は非常に良好な親子関係を築けている。

 幼馴染の陽太とフランスで劇的な再会を放たした後、お互いの成長もあってか家族としての陽太と異性としての陽太の双方を意識しており、時々それが暴走してしまうのが玉にキズ。あと原作よりも物理的なツッコミをよく行い、よく陽太がひどい目にあう。彼がほかの女性の事を考えるとなると結構の頻度で嫉妬を覚え、彼女自身も最近それを自覚しつつある………ヤンデレとか言うんじゃないんだからねっ!

 しかし、最近陽太が真面目に操縦者として訓練しだすと、再び目に見えない溝を感じ始め、かつアレキサンドラ・リキュールを強く意識していることを無意識に気がついているようだ。 

 

 IS操縦者としては元々から高い資質があり、最新鋭のISを一月で乗りこなすなどの本人自身も努力家。攻守共にバランスの取れた能力と、高速切替(ラピッド・スイッチ)によって距離を選ばない戦いができる。状況判断能力も悪くなく、咄嗟の機転も働くが、反面、これといった突出した能力がないため一人よりも誰かとタッグを組んだほうが強いかもしれない。あと射撃兵装を好んで使う傾向があるためか、射撃に比べれば近接の斬撃武装の方は苦手なのかもしれない。でもパイルは好んで使う。陽太を脅すときとかに

 

 ちなみに料理や家事全般が得意。作中では日常にだらしない陽太の半ばオカンと化しているWメインヒロイン

 

 

 

 

名前:篠ノ之(しののの)箒(ほうき)

年齢:15歳

性別:女

身長:160cm

体重:死にたくないので聞けない。

胸のサイズ:少なく見積も原作ではF以上。Gはあったかもしれない。巨乳

性格:実直で生真面目。反面脆い部分を抱えている。IS学園二大ツンデレの一人。

特技:古流剣術(実家がその道の名家)、剣道(中学時代は公式大会に出ていないが余裕で全国区らしい)

好きな物:日本舞踊(更識の縁者が見せてくれた舞踊が見事なのが縁)、剣道の試合(自分も出てみたいがIS関連などで忙しいから観戦がメイン)、あと一つは秘密

嫌いな物:不条理、テレビゲーム(操作が難しくてわからない)、大きすぎる部屋(落ち着けない)

好きな色:真紅、青、白

嫌いな色:ピンク

好きな食べ物:鯛茶漬け、肉じゃが、おはぎ

嫌いな食べ物:化学調味料が大量に入った食べ物(自然食品推奨派)

好きな軍人:山本五十六(座右の銘が……)

好きな男性のタイプ:箒「普段はなよなしくてもいざ誰かがいじめられていたら一人でも立ち向かってくれる・・・・・・何を言わせるか!!(激怒)」

好きな言葉:『常在戦場』『防人』

休日の過ごし方:防人としての修練

所有IS:第3.5世代展開装甲試験機『紅椿』

IS適正:『A』

 

備考:ISの生みの親である篠ノ之束の妹であり、一夏の幼馴染。あと防人。

 幼い頃に親元を離れ、各地を転々としながら生活していた少女。幼い頃から仲が良かった一夏のことを想っており再会した時にも、淡い想いを消しきれないでいたらしい。

 しかし、各地を転々としていた生活の後、心を閉ざしかけていたありのままの自分を受け入れてくれた親友である更識簪が謎のISに意識不明の重傷を負わされたことにより一辺、人類守護のためのTURUGIとして、戦場の最前線で戦う『SAKIMORI』と自分を戒め、日夜人目のつかない場所でオーガコアと死闘を繰り広げる生活を送るようになっていた………こらそこSAKIMORI特有の面倒くさい時期とか言わない。だが最近ようやく皆にも心を開き始めた。

 生い立ちのためか、その後の生活のためか、『天才』という言葉に敏感になりコンプレックスを感じているようで、束と同じく天才と呼ばれる陽太には複雑な想いを抱いている。まあ、それ以外を除いても一夏を目の前で殴られてばかりいるのであまり良い印象を得られないのもわかるが………。でもようやく信頼と友人としての気遣いも見せ始めた。

 

 幼い頃から剣道と剣術を嗜んでおり、オーガコアとの死闘で培われた実力はまさに『剣』を名乗るにふさわしい。さすがSAKIMORI。実戦の回数も隊長の陽太に次ぐ数を誇ることから彼からも信頼されている。

 以前は早期決着を焦って大技を連発していたが、入隊直前から落ち着きを取り戻し、近接戦闘では古流の技としなやかな動きを融合させた技巧を前面に出し敵に対して猛威を振るい、高い瞬発力で相手の間合いに一瞬で侵入、剣の名に相応しい技のキレで圧倒する。実戦では未だに未熟な一夏を彼女が牽引する形をとっており、専用機である紅椿はただの近接用ISではない第四世代区分の新技術である『展開装甲』を実装させることで中距離、遠距離、範囲攻撃と攻撃手段が豊富。チーム随一の技の多さと汎用性高い攻撃は陽太をも超えるといっても過言ではない。

 

 まったくの予断だがSAKIMORIって何?って人は「シンフォギア」というアニメを見るといい。画面からにじみ出るほどに意味を教えてくれるから。

 

 活躍の場に中々巡り合えないけど出ると濃いキャラをしているWメインヒロインです

 

 

 

 

名前:セシリア・オルコット

年齢;15

身長:158cm

体重:狙い撃たれたくないので聞けない

胸のサイズ:目測でDかE。でもアニメを見る限りシャルと大差無し。シャルが数値以上にデカイのかセシリアが数値よりも小さいのか・・・巨乳

性格:上品で気位が高く、他人に厳しいが、自分には更に厳しい。意外に友人想い。後妄想癖あり

特技:ヴァイオリン(本国では発表会に出れるほど)、テニス(イギリスでは人気のため)、刺繍(イギリス貴族女子の嗜み)

好きな物:クラシック鑑賞、ティーカップ(コレクションしてる)、恋愛小説(ハムレットとかも大好き)

嫌いな物:不衛生なもの(シャルと同上)、抽象的な表現で書かれている本(ハムレットは好きなくせに)、後ろめたい出来事

好きな色:青

嫌いな色:赤

好きな食べ物:ミートパイ、カスタードプティング、紅茶(一日に五度は飲む)

嫌いな食べ物:寿司、刺身(生魚など正気の沙汰じゃないと加熱しようとして日本人に大ひんしゅくを買った)、餃子(口が臭くなるのが許せないらしい)

好きなヴァイオリンの名曲:ヴァイオリン・ソナタ第5番ヘ長調Op.24「スプリング」

好きな男性のタイプ:セシリア「野生的で普段はそっけなくてもいざと言う時は優しい殿方と、優しい笑顔と振る舞いをされる殿型を比べるなんてできませんわ!」

好きな言葉:ノブレス・オブリージュ

休日の過ごし方:バラの花弁をふんだんに広げたお風呂で半身浴

所有IS:第3.5世代中・長距離射撃機『ブルーティアーズ・トリスタン』

IS適正:『A』

 

詳細:優雅な振る舞いと、貴族としての誇りを持ち、他人にも自分にも厳しい性格の持ち主……たぶん、きっと…

 原作と違って一夏のことは惚れているというよりも意識しだした異性という段階であるが、それは陽太にも言えるため、実質的には二股(本人の中だけ)状態になっている。もっとも、陽太のほうは異性というよりも、尊敬すべき操縦者としての意識が強いが………ウチのセシリアはちょろくないぜ! だが時々妄想が暴走して、周囲の人間に不審者扱いされたりする。そしてそのことを当人が気がついていない。

 鈴の時は彼女の突き放すような言い方をしながらも見捨てずに見守り、シャルと陽太の時も彼らを戦わせたことを深く後悔するなど、友情に熱い一面を持ち、そのことから戦闘も最近では名司令塔のスルーパスのようなフォロー上手な一面も持つ。

 

 所有しているISのブルーティアーズが示すとおり、戦闘スタイルは一貫した遠・中距離の狙撃・射撃戦闘を得意としており、装備している武装も全て銃という徹底ぶり。同じ射撃の名手である陽太とは『近・中距離の速度と精度は彼が上だが、遠距離ではセシリアが上』というパワーバランス。学内でも数少ない『BT』への適正が極めて高く、ISの方にはサポートOSがインストールされたため、BTを用いた範囲攻撃も併せ持ち、原作と違ってBT兵器のほうに処理を割りさかなくてもよく、実質的に大幅な強化がされている。あと30km先の敵の口という小さな的を狙い撃ったり、高速で入り乱れる乱戦状態で親方様の刀弾き飛ばしたりと、地味に超人的なことしてる実はすごい子。チームでは主に後方からの長距離支援攻撃を担当しており、局面を変えるという活躍には中々恵まれないが、彼女抜きでは勝利できない場面もいくつかあった。

 だが最近知らされた世界最高峰のBT使いであるアーチャー・トーラの圧倒的な技量の前に焦りを感じている。

 

 戦闘では作者に優遇されるキャラ。なぜなら作者は某成層圏まで狙い撃つ男が大好きだから……口癖が『狙い撃ちます』になっているキャラクター

 

 

 

 

名前:鳳(ファン)鈴音(リンイン)

年齢:15

身長:150cm

体重:「なに聞いてんのよ、死ねぇ!」

胸のサイズ:聞くな その言葉が 彼女を傷つける(A?)

性格:サバサバしてアグレッシブ。でも我慢弱い。

特技:中国拳法(元々は父系の親戚から習っていたが、本格的に習得したのは本国に戻ってから)、テレビゲーム(箒とは逆に得意)、中華料理(自称)

好きな物:健康器具(主に身長を伸ばしたり・・・)、ダンスゲーム(特に得意)、宴会

嫌いな物:うじうじすること、暗記(頭が痛くなる)、じっと待つこと

好きな色:薄紫、金

嫌いな色:黄色

好きな食べ物:酢豚(自称中国一上手いらしい)、青椒肉絲(母親の得意料理)、ラーメン(父親の得意料理)

嫌いな食べ物:フレンチのフルコース(ちまちま持ってこられるのがイライラするらしい)

好きな中国拳法の流派:ジークンドー(ブルース・リーかっこいい!!)

好きな男性のタイプ:鈴「わかってるくせに………なんならハッキリいってもいいんだよ一夏?」 一夏「ん?なんだって?(素)」

好きな言葉:『国士無双』

休日の過ごし方:みんなでカラオケ(休みがあえば部隊の皆とも行きたいらしい)

所有IS:第3.5世代可変機『甲龍(フェイロン)・風神(フォンシェン)』

IS適正:『A』

 

詳細:

 

〇レルヤ「やあ、呼んだかい?」

 

ハ〇「トランザム!(キリッ」

 

 

以上………

 

 

 という小芝居は置いといて、考えるよりも先に行動するアグレッシブな思考回路に、影ながら努力する才能を併せ持った少女。一夏とは中学時代からの知り合いで彼曰く『セカンド幼馴染』。普通に考えると結構失礼な言い草である。

 夫婦仲も良好な普通の一般家庭で生まれ育った鈴だが、中学二年の時に父親の故郷である中国に戻ると状況が一変、両親の離婚、そしてそんな親への反発から引き取られた母親の元から半ば勘当同然でIS操縦者となる道に入り、想像を絶する過酷さと他人を蹴落としてでも前に進まないと行けない状況の中で自分を擦り減らしてしまう。そんな中でも出会えた『恩人』との再会を胸にその才能を認められ、専用機を与えられたが、国から与えられた命令は幼馴染の少年を騙すことであり、彼女の心に再び深い闇を落とす。

 だが少年の必死な懇願、仲間達との出会いが彼女を光の下へと導き、正式に部隊に編入。以後は専用機の特性を生かしたサイドアタッカーとしてチーム全体の推進力となったのだった。 

 

 操縦者としては一夏を除く専用機持ちに比べれば操縦期間が短いながらも、劣らぬ実力を発揮し、努力と才能を垣間見させる。

 得意な距離は近距離からの格闘戦から、全IS唯一の可変機構を用いての一撃離脱戦法。火力は若干他のIS達に劣ってしまうが、『速度』というカテゴリーに関しては甲龍・風神の抜きん出た性能が遺憾なく発揮され、彼女抜きにしてはチームは成立しない。

 また思考のパターンが似ているためか陽太とはウマが合うようで、即席ながら強力なコンビネーションを即実行したりと、意外な一面も見せ付ける。

 

 

 

名前:ラウラ・ボーデヴィッヒ

年齢;15?(実際には不明らしい)

身長:148cm

体重:気にしたことがないので図ったことがない

胸のサイズ:鈴すらを上回る(下回る?)、だが軍人するには特に問題はない。AA

性格:質実剛健で実直。だが世間知らずでかなり天然。なんでも信じ込みやすい

特技:CQC(クロースクウォーターズコンバット)、サバイバル技術、トラップ技術

好きな物:頑強な銃火器(信頼できる)、頑強なサバイバルナイフ(信頼できr)、頑強な戦闘車両(信r)

嫌いな物:軟弱な思考をする奴、理知整然とできない事柄

好きな色:白ッ!

嫌いな色:………黒

好きな食べ物:お子様ランチ、抹茶(日本の味が知りたいから)、和菓子(抹茶が苦いと言ったら箒にススメられたのがきっかけらしい)

嫌いな食べ物:軍人がそんな軟弱なことを言ってどうするッ!?…………苦い食べ物

好きな著書:織斑千冬が直筆で書いたIS操縦マニュアル(家宝確定)

好きな男性のタイプ:ラウラ「強くて逞しくて凛々しくてカッコイイ、織斑教官のような男だ!」 千冬「・・・」

好きな言葉:センペル・フィデーリス(いつも忠実(誠実)であれ)

休日の過ごし方:野外演習場にて一人サバイバル訓練

所有IS:第3.5世代長砲撃支援型『シュヴァルツェア・ソルダート』

IS適正:『A』

 

詳細:世界最強の戦乙女である『織斑千冬』の教え子であり、彼女を心から崇拝するドイツ軍将校の少女。

元は優秀な才能を持った遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)。俗に言う『試験管ベイビー』で、ISが普及した後に後天的に移植された越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)の不適合(この場合不適合というよりも制御不能)によって能力が大幅に減退し、彼女の未来が閉ざされかけた時、ドイツに教官として招かれた千冬に鍛えられ、再び軍のトップクラスに返り咲いたことで彼女に強い憧れと敬愛が生まれた。

 千冬がドイツから日本に帰国した後、自国の特殊部隊の隊長として軍で働いていたが彼女の弟である一夏の存在を知り、IS学園に入学。彼を叩きのめして千冬の興味を自分に引こうとしたのだったが、そんな彼女の前に立ち塞がったのは兄弟子である稀代の天才操縦者と亡国機業であった。

 戦いの中、双方から圧倒的な力量の差を見せ付けられ、また対オーガコア部隊の隊長に陽太を招き入れていた千冬の行動が結果的に『自分よりも優秀な陽太の方が信頼されている』という誤解を招き、彼女をオーガコアへと誘ってしまう。

 

 だがそれを救ったのはあろうことか自分が踏み躙ろうとした織斑一夏であった。

 

 彼に救われ、自分のことを心から心配する千冬の姿を見て、彼女自身の意思で変わることを決意し、以後、対オーガコア部隊の副隊長として部隊の影となり日向となり仲間達を支える道を歩み続ける。

 

 唯一の部隊運営の経験者からか、部隊では主に作戦の立案と隊長の癖に単独行動と突撃思考をやめない陽太のフォロー、シャルと共に書類仕事から逃げる彼を追跡してちゃんと作成させるのが普段の彼女の任務。そして実戦場においてはチーム最大の火力を持って敵を薙ぎ払い、堅牢な防御性能を持って負傷者や固定物を守ったりと地味な任務から派手な行動まで文句一つ言わずにこなしてくれる苦労人。陽太があまりに大雑把な指示の出し方をするものだから、それを細かく噛み砕きフォローして皆に伝えるのも彼女の役目。てか基本は彼女が部隊の指揮官も兼任している。なんでそれで未だに陽太が隊長なんだか・・・。

 IS操縦者としては基本能力と身体能力、技術といった必要な物をすべて修めており、左目の越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)を開放することで高速戦闘にも卒なく対応する芸達者ぶり。また戦術プランなども日々練りながらチームのギアとして皆が滞りなく連動できるように頑張り続けている。

 

 そして最近は敵であった亡国機業陸戦隊のその見事な作戦展開ぶりに感服して、密かに彼らの情報も個人的に集めているらしい。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

THE・ EPISODE『Scarlet』
あらすじ


今回の太陽の翼外伝THE・ EPISODE『Scarlet』の主な登場人物の紹介をさせていただきます。

 

 

・朽葉秋水

 

亡国陸戦隊所属の少年にして、この度の外伝主人公。普段はやる気はそこそこの冷静沈着(笑)なツッコミ役だが、そんな彼に隠された秘密が………。

 

・セイバー『リリィ』

 

亡国陸戦隊を率いるジェネラルの一人。隊内最強の実力者であり、亡国屈指の剣士である姫騎士

 

・アーチャー『トーラ』

 

オーガコア製ISを纏う亡国特殊戦術部隊『ウリエール』の隊長。リリィの双子の妹で超美人

 

 

本編共通キーワード

 

『オーガコア』

 

・本来の仕様にない、特殊な能力を持ったISコア。現在発表されているISコアの数には含まれておらず、世界中で配布された量は、それを遥かに凌いでいる。既存ISを大きく超える戦闘力を持っていながら、制御不能の力は世界に混乱をもたらしているのが現状である。開発者は篠ノ之束

 

『アレキサンドラ・リキュール』

 

・亡国創設者のひとりであり、かつて世界中を裏から支え、守り続けていた英雄。彼女亡き後の世界は混乱を極め、彼女の死が現在の騒乱の要因であるともされている。

 

『亡国機業(ファントム・タスク)』

 

・英雄アレキサンドラ・リキュールと、彼女の同志達によって設立された私設武装組織。平和を守ることを第一の理念として、彼女とともに以前は平和維持と紛争解決のために動いていたのだが、彼女の死後、もう一人の設立者であるメディア・クラーケンの手によってその理念は大きく歪められてしまう。

 結果、現在は世界中に配備されているISを大きく凌駕する戦闘力を持ったオーガコア製ISを多数配備し、超人的な能力を持つ幹部たちによって運営される議会制に移行。世界中の軍隊を相手取りながらも、なお有利に戦えるだけの力を見せつけ、IS学園の『対オーガコア部隊』と激戦を繰り広げている

 

『陸戦隊』

 

・旧亡国実働部隊と言われ、生前の英雄がいた時代は花形として活躍。基本的に在籍しているのは見ていて楽しい社会の屑のようなオッサンたちなのだが、ひとたび戦場に出ればその実力は一騎当千。

 しかし、時代がISの時代に移行してからは、徐々に在籍している人もへり、活躍の場を持っていかれてしまっているのが実情であるが、彼らには一切の陰りも曇りもない。

 それは英雄が確かに遺した希望が常に傍にあることを、彼らがよくわかっているからである。

 

 

 

さてさて、時間軸としては、本編内の四章『武力衝突』と五章『迷いの海』の間の話になっており、本編中を注意深く見ていただければ、この外伝に関してのシーンがチラッと描写されているので、そちらのほうも見ていただきながら、並行した流れがあるのだと楽しんで頂ければ幸いです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

01.朽葉秋水─信者の末路─

さてさて、まずは改めて。

この度はフゥ太の小説『太陽の翼』の外伝を書いていただき、一徒さんには大変感謝しております。本編内の設定やらプロット構築にも、たびたび力を貸してもらっているというのに、こんなにも凝った設定の外伝を送ってもらえたのは、単に作者冥利に尽きるというものです



では、なんか緊張してきましたが、一風変わった作風になる『太陽の翼』正式外伝。

本編の正式な時間軸として、IS学園があれこれしている裏で、こんな風に世界が回っているのです!



 

 

 

 

 

 深く、暗い海の底で揺蕩い、微睡む── 唯一人、音もなく、光も届かない海の底に沈むような感覚。

 

 腕を伸ばせば手の先が暗闇に溶けて消えてしまい、見えなくなった世界は何も触れずにいつまでも水の中で浮かぶように独り漂う。

 

 震える身体は屍のように冷たいが、誰も居ない暗闇に孤独や恐れはなく、緩やかに崩れていくような気分だった。

 

 何もない目の前の世界に、もう自分が何も傷つけなくていいのだと、何も失うものはないのだと教えてくれるようで── 暗闇の中で虚ろう事を受け入れようと、自らの意思で静かに眼を潰して塞ごうとする。

 

 

 

 ──何もかも諦めていいのだと。

 

 

 

 ──手放してしまえばいいのだと。

 

 

 

 ──もう思い出せもしないのだから。

 

 

 

 遠く── ずっと遠くに置いてきてしまった記憶が彼岸の先にあっても、■■それを手に取る術は既に失い、その記憶すら意味を失ってしまう。

 

 

 

 ──それでいいのだと、自分の中で納得させて諦めてきた。

 

 

 

 

 

 全てを諦めてどうする! それもお前だろう!

 

 

 

 

 

 嗚呼、また余計な声が落伍者を掬い上げる。

 

 陽の光も届かぬ穴蔵に、忘れてしまえと押し込んだ願いを無作法に思い出させるような声が。

 

 無意味なものだと諦観し、塞いだ想いを忘れたがる本人の目の前で、人が割り切ろうとした願いもと担ぎ上げ、想いも願いも抱えようとする。有難迷惑な善人というのは、他人の心情を自分の道理で再定義してしまう悪辣さでも持ち合わせているのか、その善性が時として悪人よりも残酷に見えてしまう。

 

 

 

 自分自身の正しさを主張する善人ほど厄介な奴はいない。

 

 

 

 朽葉秋水は自分の隊長が語る正義とやらに未だに慣れていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「秋水、キリエとはどのような意味があるのだ?」

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 プロの試合で使用されるサッカーグラウンド並みの広さがある区画を満遍なく埋め尽くした陸戦アスレチック。その施設をフルに使用して少し引くレベルで訓練場を走り回った体力バカの隊長による自主トレに付き合わされた部下の秋水は、仰向けに倒れたままの姿勢で彼女の問いを酸欠の状態で聞き返す。

 

 因みに体力の限界を迎えると人間の身体は本人の意思とは関係なく倒れるという事を、身を持って体験している秋水。独り言の聞き間違いで済ませて今すぐにでも解散し、さっさと部屋に帰りたいという願いを込めている。

 

 

 

「秋水が使っている技にキリエという名称があるのは知っている。だが、名前の由来を知らなくてな……差支えがなければ意味を聞いてもいいだろうか?」

 

 

 

 聞き間違いじゃなかった。

 

 

 

 どうでもいい話題なのではぐらかして帰りたかったが、彼女が真剣に此方を見下ろしているのを見上げ、思わず咄嗟に眼を逸らす。

 

 金色の髪が照明に反射して僅かに輝き、彼女の顔がまともに見られない。その理由が照明だけでなく、自分の事を尋ねられている事への煩わしさ以外にも理由があるという事は、なんとなく自覚している。

 

 態々聞かれる事も無く、一々説明をするような話でもない。それくらいどうでもいい話なのだ。人に教えるような話でもなく、流派というものを正しく教わった事のない秋水には意味などあって無いようなモノなのだから。

 

 

 

 だから、彼女に気遣うような目で見られる様な事はこれっぽっちもない。聞きたいのなら、こんなどうでもいい話、聞かせてやる。

 

 そう思った秋水は気怠そうに上体を起こすと、そのまま足を伸ばしてつまらなそうに続けた。

 

 

 

「キリエって単語からお嬢は何をイメージする?」

 

「……礼拝の主よ憐れみ給え。だろうか?主をラテン語で表したものだと思っていたが、違うのか?」

 

「別に正しいとか間違っているとか無いよ、元々はお嬢の考えている通りで間違っていないだろうし。ただ、少し字が違うらしい」

 

 

 

 そう言うと彼女の前に端末を取り出した秋水は和訳ソフトを起動すると漢字を検索する。宗教やラテン語が語源だと考えていたリリィはしゃがみこみ端末に顔を近づけて覗いていると、画面に打ち込まれた単語は「斬」と「穢」。

 

 どうやらその二つを並べて「斬穢(キリエ)」と読むらしい。

 

 

 

「お嬢なら覚えていると思うけど、あの施設には技術があっても思想による流派なんてものは無かった。全員が記録として残っているデータを頭に落として、形状変化の『記憶』を繰り返し、そこから各自で『精製』していく工程がある」

 

 

 

 秋水は緋々色金とは『器』なのだと答えた。感情、主に思念伝達によって形状を変える流体金属としての役割が表立った能力とされているが、その思念伝達における形状変化にも個性というものは発現される。

 

 実際に実験記録の中には同じ武器を用意し、使用者に「刀身を伸ばせ」と命じただけで刀身が真っ直ぐ伸びる使用者と、真横に拡げるように伸びた使用者とで分かれた結果も残っており、正しいイメージによる『精製』は使用者の想像に左右されやすく、規格を揃える事も困難だったとされている。

 

 

 

「連中はヘッドギアみたいなモンを毎回頭に装着させてな、その機械から身に付けさせたい技術や武器の情報を大量に情報として送るんだよ。圧縮した情報を脳波とか映像とかに直接落とし込んで、技術だけを覚えさせるんだ」

 

「技というのはそういうものではないと思うが……」

 

 

 

 セイバーにとって技術とは人に教わり、自分で一から積み重ねる基礎の反復だと考えている、その考えが根底にある限り、秋水の所属していた施設での強引なやり方には異を唱えたくなるものがあった。

 

 

 

 秋水にも納得のいっていないリリィの表情は想定内だ。

 

 

 

「言いたいことは解るけどさ、あくまでも技術を落とすだけだよ。インスタントで爺さん達のように出来上がる訳じゃない、ただ形状変化を扱いやすくする為だけの下準備だ。 本番は毎回戦闘訓練だしな」

 

「ふむ、戦闘の積み重ねで精度を研ぎ澄ませるというのなら……」

 

 

 

 自分で武器を振るった鍛錬こそが糧になると信じて疑わない隊長殿にはこのぐらいでいいだろう。少し脱線した後、秋水は『斬穢』の話へ戻る。

 

 

 

「流派も無いが全員の技術や武器の精製は記録として残っている。特に精製された武器の中には成功例として保存するようなモノが幾つか残っていてな? その成功例をベースに俺用に『刀術』に仕組みを調整したのが『斬穢法術』という訳」

 

「法術?」

 

 

 

 また聞き慣れない単語に首を傾げたリリィに腕を見せ、秋水は右腕に意識を向けた。

 

 秋水の意思に従うように血中の緋々色金が反応すると、今度は手持ちの小さなナイフを右腕に向けて振り下ろす。

 

 硬い物にぶつけたような音が右腕から響き、刃先の折れたナイフを秋水は片付けると折れた刃物をリリィに見せた。

 

 

 

「刃の方が折れたな……」

 

 

 

 秋水の腕に当たった箇所は刃先が一撃で欠け、薄いせいで刀身が歪んでいる。それだけの硬度が秋水の右腕にあったという事だが、リリィの目に見ても発勁などは見えなかった。 

 

 

 

「自分を強化する技術。 大雑把に言えばこれも『斬穢法術』なんだよ、法術っていうのは緋々色金を用いて敵を倒す手段って意味な」

 

 

 

 元々、『斬穢』という名前の他にも呼び名には色々と候補があったのだと秋水は笑った。

 

 

 

 罪や穢れを落とす『(みそぎ)』、穢や災いを『(はら)う』、そういう意味合いでの命名や、血闘術、殺人剣、真っ当な感性など欠片も持ち合わせていない狂人の集まりが、自分達の実験でそんな言葉を選んでいると知った時には秋水も鼻で笑ったものだ。

 

 人を殺す手段を集めるような連中が、世の中の人に求められた英雄を殺そうとするイカれた殺人鬼の刀匠が、『英雄』を『穢れ』と扱うことが滑稽だった。

 

 英雄などいないのだと、民衆が助けを求めて手を伸ばす『英雄』はお前たちと同じ『人間』なのだと、何故そんな事すら解らずに負債を背負わせようとするのかと。

 

 途中までの心情は理解できなくもないが、何故そこから英雄と呼ばれた彼らのいう『人間』を殺す刀を生み出す方向に傾くのか。

 

 行き過ぎると大抵の科学者はあさっての方向に転ぶらしい。秋水は連中を思い出しても特に何も感じはしなかったが、その末路は思わず笑ってしまい、急に一人で笑いだした秋水にリリィも思わず引いた。

 

 

 

「そ、そういえば……秋水は何種類の武器を覚えたんだ?」

 

 

 

 会話を終えて帰ろうと立ち上がった秋水の背中へリリィは問いかける、その問いに振り返ること無く秋水は答えた。

 

 

 

「まぁ、色々。『十呪』に繋げば増やせるけど、兵装の開発が再開しなきゃ『十呪』の方は使う機会無いんじゃね?」

 

 

 

 秋水が扱える形状変化は『身体強化』、『形状変化』、『硬化』、『再生』、『蘇生』、『増血』、『刀剣精製』、『鋼糸』、他にも幾つか隠しているが、人前で使うのはその程度だろう。

 

 残りは『十呪神宝』として別の緋々色金による兵装が必要になる為、余程の狂人が開発を再開しない限りは表に出てこない。だが、一度施設のメインサーバーに接続した秋水は実験に参加していた被験者の中でも『成功例』として保存された十八人の精製を全て引き継いでいる。機器さえ用意すれば引き出す事は可能だが、その頃には亡くなった彼らの『器』も引き継ぐ必要があるだろう。

 

 

 

(まぁ、いつかは遺さなきゃいけないものだしな……)

 

 

 

 いつかは全て引き継ぐ。その事が『英雄殺し』としての機能の引き継ぎであるという意味を理解しながらも、秋水はリリィの方を振り向く事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 のんびりと気ままに、湖畔の水面を飛ぶ水鳥が、少年の頭上を越えていく。

 

 フランスでは珍しくもないが、地元の人間には珍しいアジア系、日本人の観光客らしき少年。湖畔から流れる風から寒さを防ぐように首元までファスナーを上げた腰丈の黒いジャケット、上着よりも濃い黒色の細身のパンツと足首丈の硬質そうなブーツは、上下を黒に纏めたコーディネートの為か、昼間の湖畔を眺める後ろ姿が一つの影法師のようにも見えた。

 

 巨大なカジノ施設を背に向けて湖岸を見渡すような駐車場から湖を眺めていた秋水は、暇を持て余すようにぼんやりとカジノのある街の方へと足を進めて歩き出す。

 

 ここはカンピオーネ・ディターリア。イタリア共和国に属する基礎自治体(コムーネ)でありスイス領に挟まれたルガーノ湖のほとりにあるイタリアの飛び地。

 

 イタリアと言っても、経済も行政もほとんどがスイスの一部であり、公式通貨もスイス・フラン。車のナンバープレートもスイスのもので、関税に関してもスイス側の法に従っている特殊な街となっている。

 

 一大産業はカジノ。街の住人の二割がカジノの関係する仕事に従事しており、人口二千人程の小さな街が丸ごとカジノの街として存在しているようなものだろう。

 

 ルガーノ湖の湖畔と山に囲まれたこの小さな街で、世界最悪規模のテロを起こしたテロ組織『亡国機業』の部隊の一つ『陸戦部隊』に所属する朽葉秋水は、あてもなく街の路地裏へと散策の幅を広げていた。

 

 

 

 本来ならば隊長であるセイバー・リリィと同行して街に向かう予定だったが、先日の『落日』に単機で大量のミサイルを破壊するという離れ技をやった事が原因で機体のメンテナンスを副官のレオンに進言され、彼女はアジアのヘパイトス博士の元へと出向いている。

 

 予定では博士と中国辺りで合流するそうだが、中国では先の戦争で将校が数名、裁判で銃殺刑を執行されている筈だ。その件を皮切りに軍部の人事が一斉に動いて混乱し、状況収束の為という事で戦闘に参加したIS関連の企業殆どが強引に国の管轄下に押し込められてしまい、企業と政府の間で冷戦状態になっているという。

 

 下手に外部からISなど入れてしまえば即座に強制執行の名目でISが徴収されてしまうだろうが、彼女のスケジュール管理に一切の不備を許さない堅物ジジィがいるなら余計な心配だろう。

 

 そうして一足先にカジノの街へ他の隊員達と秋水が出向いたのは少しばかり難解な目的がある。

 

 まだ話題も新しい『落日』の一件、どうやら戦闘区域に無許可でミサイルを撃ち込んだ以外にも、連合軍は準備段階から随分とやらかしていたそうだ。

 

 その内の一つがオーガコアの使用である。

 

 EUから参加していた軍の一部がプランの一つとして戦場内でオーガコアを解放し、暴走させるという頭の悪い作戦。結局は暴走させるよりも持ちこんだ後の事後処理で足の引っ張り合いのデメリットが大きい為、作戦自体は中止となっているが、オーガコアの本体は戦場に入る前に差し止められて何処かに保管されたままだという。

 

 

 

 その保管されたオーガコアが事後処理の最中に消えた。

 

 

 

 行方を探そうにも担当した職員は軒並み行方不明。参加者は殆ど死亡。現場はそんな兵器を戦場に持ち込もうとした上官と下士官が揉めて行方を追うどころでは無い。というのが差し止めている間に回収をしようとして失敗したジェネラル・ライダーからの情報。

 

 モニターの脇で何故かライダーに片手でぶん投げられたジェネラル・バーサーカーが映ったが、全員それは見なかった事にした。

 

 政府の内部調査という名目で行方を追うまでは良かったのだが、情報を探ろうにも責任者と関係者が軒並み行方不明の為、出来ることは限られてしまう。その為、ライダーが依頼したのはレオン達のような古株隊員達が独自に持つ傭兵や軍属同士のネットワークと情報源だった。

 

 蛇の道は蛇とでもいうのだろうか、依頼を受けた陸戦部隊はどんな手を使ったのか一切不明だが、スイスで用途不明の積荷が降ろされた事を突き止め、即座に運び出された経路を調べると一部の隊員が先行して各地へと到着。その隊員の一人に秋水もおまけで同行したというのが、秋水が此処にいる理由だ。

 

 実際はカンピオーネの対岸で宿を取っているが、秋水は観光という名目で飛び地のカンピオーネへと足を伸ばして暇を持て余している。

 

 

 

「いや、俺いらないし……」

 

 

 

 ここまで来た経緯を思い出せば独り言のようにセルフツッコミ。再度自分が先行した理由に頭を抱えたくなる。そもそも調べた情報に間違えがなければ、この街の対岸に位置する湖畔の向こう側には何処かへオーガコアが持ち込まれており、近場で暴走すればこんな小さな街なんて一瞬で皆殺しにされるだろう。

 

 実際、二年前にも小さな田舎町を何度も襲う特殊なオーガコアの襲撃による傷跡もまだ残っている街や、ネームレスと呼ばれるIS乗りの戦闘で巻き込まれた避難区域などもEUは他の国に比べて多いと聞いている。

 

 こんなもいつ爆発するか分からない火薬庫のような街での調査など、それこそライダーやバーサーカーの子飼いであるIS操縦者様に任せるような案件だ。

 

 

 

「アベルもホテルから出てこないし、ダグ爺さんも、というか先行した連中一人もホテルに帰ってないっていうし……マジでどうしろと……」

 

 

 

 隊長と副隊長が来るまでは観光客や記者に変装しての聞き込みという下調べの筈が、それすら仕事を貰えない。

 

 たまには遊んで来いと小遣いを渡される始末で秋水も手伝うとは口にしたものの、やんわりと断られてしまった。

 

 気遣われている事は直ぐに秋水も気がついた。

 

 

 

(ようは俺だけやれる事が少ない……)

 

 

 

 元々、曰く付きの集団であり、陸戦部隊に所属する前から名前の知られた兵隊でもある彼らに比べれば秋水など素人もいいところだろう。

 

 秋水自身のも二年前までは少々込み入った事情での経歴を持つ身ではあるが、陸戦部隊と比べれば囁かなものだ。

 

 父親や祖父と呼べるくらいには年の離れている男達との仕事は、経験や経歴が違い過ぎる為にサポートするどころかフォローされる方が多い。

 

 それでも二年もすれば仕事の覚えは悪くない為、今では事務や調査を人並みに出来る程度には覚えられているがが、本人としては求めていた『役割』とは異なる。

 

 未だに新人扱いされている今の立場には自分の『機能』と『現実』との差が拡がり続けているせいか、自分の中で擦り合せの出来ない事も多い。

 

 

 

「……痛っ」

 

 

 

 自分の『機能』を思い出そうとすると僅かに感じる熱と痛みに似た衝動。落日の日に感じた不可解な熱さとは違う別の衝動にも似た感情を、秋水は理解している。果たされないまま燻るような衝動が自分の中から抜け落ちているくせに、忘れることを許さぬように訴える痛みが秋水を不快にさせる。

 

 考えても無駄になりそうな自分の過去の情報から切り替えようとすると、通路の奥から奇妙な声が聞こえた。

 

 建物の壁が並ぶ狭い通路の奥から聞こえる子供の声に思わず足を止め、その隣に広がる小さな空き地に視線を向ける。

 

 奥へと続く通りを気付かれないまますれ違い、声のする場所を覗き込んだ。

 

 そこには黒いスーツを着た大柄の男が数名。そして、その男の一人に胸倉を掴まれ、壁に打ち付けられているボロ切れのような布を羽織った少女が一人。

 

 アテもなく路地裏を壁に沿って進んだ結果、興味本位の結果が幼女の誘拐現場とは自分も運がない。

 

 悪・即・斬な、勇ましい隊長もいないのだから潔く逃走させて頂こう。

 

 僅か一秒にも満たない矛盾した熟考の後、秋水はその場を即座に反転し──横合いから振り降ろされた刃を靴の踵で蹴り返す。回し蹴りの勢いに任せて回転した体躯を振り抜き、今度は壁に向けて右拳で迷わず壁を打ち抜き、鈍い衝撃と何かを同時に何かを砕いた感触。

 

 壁に打ち付けられた何かが壁面を割って崩れる音が聞こえ、目の前の景色にノイズが走ると透過コートを着た覆面の怪しい奴が、そのまま膝から崩れ落ちた。

 

 

 

「通り過ぎたのなら声かけてくれよ」

 

 

 

 誰かが隠れているのも気付いて、わざと隠れていた相手の注意を避けて通り抜ける自分を棚上げし、隠れていた不審者に苦情を出す。振り返れば通路の秋水に目掛けて誘拐犯の一人が広場から此方へと駆け出して、腕を振り抜いていた。

 

 

 

(気絶した覆面以外だと突っ込み、紳士っぽいの、チビッ子掴んでいるデカブツ。合わせて三人……)

 

 

 

 逃走を考えるも後の祭り、突っ込んできた男の左腕が石造りの壁を紙くずを破くように巻き込み、破けたスーツから見える鋼鉄製の鉄腕が秋水へと牙を剥く。

 

 咄嗟に右腕を盾に受け止めるも衝撃は殺せず、自動車にでもぶつかるような勢いで反対の壁に叩き込まれた秋水は瓦礫を巻き込んで石壁へと叩きつけられた。

 

 男は叩きつけた秋水の右腕を掴むと広場へと秋水を放り投げた。

 

 

 

「子供? ……子供一人見逃すとは、つまらないミスをしましたね」

 

 

 

 生身では受け止めきれない衝撃と異形の鉄腕。中央に打ち捨てられた紳士風に着飾る男の右腕が水銀のように溶け、細剣へと形状を変化させる。

 

 明らかに両名とも肉体に特殊な改造を施されている。

 

 

 

「些事ですが、このまま放置するのも無粋。殺しておきましょう」

 

 

 

 紳士の右腕がうねり、蛇のように細剣が伸びて背中越しに秋水の心臓を貫こうと突き刺さる。だが、それは思いもよらぬモノで遮られた。

 

 

 

「これは……」

 

 

 

 突き刺した細剣は秋水の背中で止まり、心臓を目掛けた刃が硬い装甲に阻まれるような感触。この少年も特殊な改造を受けた同類かと三人が警戒した瞬間──

 

 

 

「ガッ……ッ!!」

 

 

 

 目の前で秋水が消える。否、驚いた彼らの意識の間を察知した一瞬で飛び起き、紳士と間を詰めた秋水が即座に男の喉元を紅い刃で首を切断。

 

 首を切り落とされた紳士が膝から崩れ落ち、反応の遅れた鉄腕の男が再度秋水に拳を振るう。

 

 鉄腕を振るう衝撃が広場を震わせ、秋水は同じく右腕で防御すると衝撃から僅かに後方へずれる。だが、今度は吹き飛ばない。機械化した剛拳の砲弾のような威力が直撃したにも関わらず、その右腕は別物のような硬度で鉄腕を防いで男を驚愕させる。

 

 振り抜く豪腕は動きを加速させ、肩から腕に隠された加速装置が拳速を速める。間髪置かず怒涛の連続打ちが秋水を襲い、対して鋼鉄の剛拳を前に秋水の紅い刃は輝線が水飛沫を払うように流れ、拳を受け流す。加速した一撃の軌道を見極め、自らのいない虚空へと引き寄せるように誘われた刃が制御を鉄腕の動きを鈍らせる。

 

 判断を遅らせ、処理の間に合わなかった時間差の隙間に生まれた『空白』をすり抜けるように秋水の刃が両腕の肘から下を同時に切り落とす。

 

 両腕を奪われた男が後退り男が秋水から意識を離す刹那、攻撃から逃避へと意識の切り替わる絶対の『間』を、秋水の刀術は見逃さない。舞うような身のこなしで距離を詰めた秋水の一撃が男の左脇腹を刺し、特殊繊維のスーツと鋼鉄の拳を扱う為に強化された肉体が致命傷を防いだ。

 

 秋水は構わず刃を深々と突き刺して掌で刃を押し上げ、喰い込む刃が肉を噛む獣のように牙を突き立てる。男が思わず静止を訴えるも、それを無視して背骨に向けて刃を左から切り上げ胴を両断した。

 

 

 

(あと一人……)

 

 

 

 少女を掴んでいた大柄の男は既に秋水へ狙いを定めており、着込んだ狭苦しそうなスーツを破り捨てた。

 

 男の巨躯は殆どが重装甲で覆われ、パワードスーツを装着している防御特化かと思えばその予想は外れた。装甲部分と思われていたパーツがスライド。大量のマイクロミサイル、対戦車ロケット、重機関銃……

 

 

 

「……ずるくない?」

 

 

 

 少女を投げ捨てた両腕を正面に突きだし、膨れ上がる腕部が割けて収納された銃身を掌から展開。破けた人工皮膚の合間から皮を破り捨てた大口径の銃口が狙いを定め、両腕が二連装の重機関銃へと変形する。

 

 変形による排熱が蒸気に包まれた全身が姿を変え、胸部装甲が左右に開閉すると内蔵されたガトリング砲が。

 

 両肩の装甲らしきアーマーが開閉。内蔵されたミサイルの弾頭が露出し、両足の脹ら脛が膨れると装甲が肩のパーツと同時にスライドし、内蔵されたマイクロミサイルの発射口が秋水を狙う。

 

 射撃特化型の砲撃体勢が秋水を狙い、既に照準を済ませた銃口が獲物を捉えている。

 

 

 

「なぁ、ウォーターカッターって知っているかい?」

 

 

 

 刀を握った秋水が発射口を前になに食わぬ顔で飄々と尋ね、己を狙う重武装に狙われた光景を気にした様子もなく肩を竦めた。

 

 

 

「滅茶苦茶な速度と水圧で勢いよく水を飛ばして硬い物の加工とか、アンタみたいな堅物を切断する時に使う代物なんだけど…… 珍しくないよな、どこでも使えるし」

 

「……何処にそんなものが?」

 

 

 

 隠し持っていた刀は厚めの造りではあるが、鉄腕を一撃で貫けない強度ならば装甲を傷付ける事は出来ない。刃を防いだ瞬間、至近距離での最大火力による砲撃を男は既に狙っている。

 

 一体、何処にあんな武器を持っていたのか。疑問は尽きないが火力で勝る男には、目の前の青年を侮ってしまっている。

 

 

 

「……ああ、何処にというか……こうやるモンでして」

 

 

 

 距離にして約十五メートル弱、秋水の刀は届く距離には程遠い。だが、秋水は曲芸の一つでも見せるかのように薄い笑みを浮かべ、刃を握っていた右腕を一度だけ振り抜いた。

 

 

 

斬穢法術(きりえほうじゅつ)・“紅蛟(べにみずち)”」

 

 

 

 振り抜いた刀の刀身が消えた瞬間、男の視界に表示された照準にノイズが走り、命令が一斉に遮断される。自動での対応と修正が悉く却下され、直後に視界を埋め尽くすような電子情報が大量の警告と警報が眼前を覆った。

 

 

 

(警告:攻撃感知 回避不能 警告:攻撃直撃 警告:胴体部損傷確認 警告:左腕部切断及び武装強制排除 警告:損傷確認活動可能領域低下 警告:警告:警告:警告:警告:警告:警告:────)

 

 

 

 エラーが鳴り止まず、消えぬ警告で視界を覆われてしまい、目の前の光景どころか状況の確認すら対処が遅れる異常事態。男は咄嗟に秋水のいた方角へ身体を向けるも、それが正しく彼の方向を向いているのかも未だに判断できない状況だ。

 

 

 

(視角情報の復旧を最優先に……!)

 

 

 

 視界情報を優先した男は武装のロックを設定して状況の把握に全力を注ぐ。無数に乱れる表示を最低限振り分け、処理を続ける度に増えていく警告文を瞬時に処理し、どうにか視界を復旧出切るだけのスペースを確保することが出来た。

 

 男は早急に視界領域を確保すると視界が一瞬で暗転し、白黒のスペースに立体の壁が組み立てられる。一つ一つの作業が並列で行われ、視界に映る映像の形状が変化し、建造物が輪郭を露に、それらが色彩を持って生身と変わらぬ視界を確保した瞬間、漸く開けた視界を前に、倒れた残骸は秋水の姿を認識できた。

 

 反射的に反撃をしようとするも、命令を四肢が受け付けず、内蔵された武装のどこも稼働しない身体の異常に機能が状況を把握していく。既に四肢の武装が首から下を全て切断され、秋水の足元には男の手足だった武器の残骸が転がされている。その四肢と胴体だったモノには無惨にも複数の紅い短刀によって串刺しにされ、此方の命令を意味のないものにされてしまっている。

 

 男が声を挙げようとした瞬間、秋水は首だけの崩れ落ちた男の喉へ刃を突き立て、残された頭部を足で踏みつけた。

 

 

 

「まだ喋れるだろ? このチビッ子を狙った理由を教えてくれよ」

 

 

 

 ゆっくりと圧し掛かる体重は秋水の見た目よりも遥かに重く、それが秋水自身の膂力で踏み砕かれようとしている事を男は察する。

 

 

 

「さぁな。俺達は命令を遂行するだけの道具に──」

 

「そうか、時間取らせて悪いね」

 

 

 

 圧殺。最後まで言い切る前に秋水は脚に力を込めて頭部を踏み砕く。果実を踏んだように残っていた燃料と部品が肉塊のように散らばるが、然程気にもとめずに秋水は残骸から離れ、すぐ目の前に落ちている紳士の着ていた服に目を向けた。

 

 先に首を切られて倒れた紳士風の男はいつの間にか首から上がその場から消えており、宿主を無くした胴体が液体のように溶け出して服だけを残していた。

 

 

 

(上司への報告かな……マジで何やってんだ俺……)

 

 

 

 潜入中の仲間を無視した勝手な戦闘、しかも敵はチンピラではなく明らかに手の込んだ私兵。余計な問題を自分から増やした事態に秋水は呆れたように息を吐き、その場を早急に離れて表通りへ向かう。早足に表通りへ向かいながらも平静を装って状況を確認し、次第に冷静さを取り戻していく。

 

 敵が逃げ出した事を気付いた瞬間に仕留めておくべきだったが、流石に秋水も重装備の堅物を前に一人では手に余る。『力』を使えばどうにかなるだろうが、命令を受けて動いている連中の端役を前にして、敵の規模も勢力も判らないまま全力で戦うなど秋水はやろうとは思えなかった。既に『血刀』は見せてしまっているが、初見で初動の遅れた連中への騙し討ちなら、連中の対応も後手で回るだろう。

 

 今は街を出て別のルートで戻り、陸戦部隊と合流せずに別の飛び地に向かう。ほとぼりが冷めるのを待てばいい。一晩か二晩、行方を眩ませれば隊長達が合流し、それでこの街の連中も詰む。隊長任せの片付けに説教コースは確定だろうが、どうせこの街のオーガコアを狙っているのは亡国機業だけではないのだから、外部の組織と混ざれば有耶無耶になるだろう。

 

 余計な手間に時間を割いて駆けずり回る今後を考えると、更に頭痛が酷くなりそうな秋水は一人問答を繰り返す。誰かが襲われていようと、顔も知らぬ子供に関わる理由など無かった筈だ。あんな光景を見れば陸戦部隊は……隊長のリリィは一番に立ち塞がるだろうが、それは彼女だけの話だ。

 

 自分の正しさを押し付けている訳じゃない。ただ、それが見過ごせないモノだと彼女は悪徳を許さず、見過ごして妥協も言い訳もしない。

 

 何万人も殺したテロリストの一派がこんな事を言うのはお門違いもいい所だろう。その悪徳を嫌う性質なら、彼女らはテロ組織なんているべきじゃない。それでも彼女は間違っているかもしれない自分の正義で、正しかったかもしれない行いを、自分の正義を持って否定する。

 

 嗚呼、そう考えれば彼女はテロリスト向きかもしれない。正しさを求めすぎて悪よりも性質(タチ)の悪い正義なんて、本当に正しいのか本人にもわからなくなる。その正しさすら自分でも理解できなくなってしまえば、今度は正しさを無関係な誰かが勝手に感じたまま線引きをするだろう。

 

 

 

 ──彼女こそが『■■』だ。

 

 ──彼女は間違っている。

 

 ──彼女こそが正しい。

 

 

 

 掲げた本人すら成し遂げる事も出来ない絵空事に勝手な名前を載せて、自分達の好きなように見知らぬ誰かへ届けてくれる。そうなれば、自分の正しさの主張も悪辣さの後悔も、きっと見た事もない無関係の誰かが勝手に切り分けてしまうのだから。

 

 

 

 そうして世界から殺された『■■』がここには存在していたのだから……

 

 

 

 どうやら余計な事を考え過ぎたらしい。もう少しで路地裏を出ようとした途端に、唐突に秋水がバランスを崩して膝から崩れ落ちそうになった。気にしていなかった頭痛が痛みを増して視界が霞む。それが発作的なものと理解しながらも、思わずその場で秋水は立ち止まって身動きがとれなくなってしまう。

 

 その頭痛が本来の『機能』に対する機能不全の訴えだと理解はしているが、今日は特に酷い。体調管理のようにうまくいかないとは理解していても、もう少しタイミングを読んで欲しいと思わずにはいられない。

 

 

 

「お、おい、大丈夫か? そんなに痛かったのか……? ご、ごめんな?」

 

 

 

 耳鳴りが続くのに奇妙な声が聞こえ、秋水は思わず声の方へと顔を上げた。目の前にはボロ切れで顔を隠した少女が狼狽えたように立っており、どうやら秋水の頭痛が自分のせいではないかと勘違いしたようだ。

 

 

 

「なんでもない……休めば歩ける」

 

「あ、漸く話を聞いてくれる気になったか……ずっと早足で声を掛けても反応しないし、ここまで無視されるとちょっと泣きたくなったぞ……」

 

 

 

 見ればボロ切れの少女に見覚えが有る。

 

 というか、さっき連れて行かれそうだった少女だ。厄介事の元凶だ。

 

 秋水はボロ切れの首根っこを掴み、猫を捕まえたように釣り上げた。

 

 

 

「わっ、わっ、わっぁ、まてまてまて!」

 

「悪いね、忙しいんだ。ゆっくりするのは別の機会にするよ」

 

「違う違う! それじゃなくて!」

 

 

 

 抵抗しようと足をばたつかせる少女の声は見た目より随分と大人びて聞こえるが、正直どうでもいい。今はさっさと逃げたいしこの場を離れたい。勝手に助けた事を反省はしているが、助けたからといって子供の面倒を一から十まで全て見ようとは秋水だって思わない。

 

 少女の方も反応を返した秋水が捨てるか元の場所に返そうとする気配は察しているようで、必死に足をばたつかせて何かを喋っている。「離せ! いや離すな!」だとか、「今はマズイ!」だとか、慌てた様子ではあるものの、何かを必死に堪えているようなぎこちなさだ。

 

 確かに秋水の手元から離してしまえば、少女を待つのは別の誰かに回収されるだけだろう。生憎、今の秋水には関係がないし、これからも関わりの無い話だ。

 

 強引に掴んだ布切れを路地裏へ放り投げようとした瞬間、ボロ切れの持ち主である少女が秋水の手元から落ちて地面に尻餅をついた。

 

 

 

 ボロ切れをまとった少女の中身は肌着もない生まれたままの姿だった。

 

 

 

 少し間を置いて秋水も見下ろした少女の姿に納得。成程、確かにこれは離すとマズイ格好だろう。生まれたままの少女の姿を見れば、路地裏でも表の通りでも、通報待ったなしである。

 

 だが、秋水が驚いたのはそれだけではなかった。

 

 背丈は小さく小柄で、年齢からすれば十歳前後だろう。背中まで届きそうな長い髪は整えられておらず、少し色素の薄い銀色と金色の混じるくすんだ色の長髪は、所々が色褪せて見える為か、生まれつきの色というより使い回されて擦り切れたようなフィルムのように感じさせた。

 

 尻餅をついた少女が金と銀のオッドアイを涙目にしながら急に落とした事を怒り、布を返せと非難するが、少女の瞳と表情から目を離せず、ボロ切れを片手に立ち尽くす。

 

 自分の友人であるアーチャー・トーラと、隊長として部隊を率いるセイバー・リリィ。彼女達の特徴を連想させるような面影が、秋水の言葉を詰まらせるくらいにあった。

 

 

 

「お、おい……急に黙るなよ……また動かなくなっちゃうのか……? せめて布を返して欲しいのだけど……」

 

 

 

 ろくに反応も返さない秋水に少女の方も不審に感じたらしい。怒った様子よりも戸惑いの方が強くなり、二人でお互いに固まってしまうが、ふと二人は視線に気がついて表通りの方を向いた。そして目の前には偶然通りがかったらしき住人。

 

 手持ちの荷物が少なく、ラフな格好から観光客には見えず、恐らくは住人かと思われるが今はどうでもいい。寧ろ秋水達の状況を見て、彼女がこの光景をどう思うかが問題だ。

 

 問いかけようと女性が手を伸ばし、秋水へ何かを喋るよりも早く、秋水はボロ切れと少女を両脇に抱えて路地裏へと逃走した。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 夜の帳も落ちた頃。陸戦隊のメンバーは冷や汗でシャツを濡らしながら全員がお互いに、自分と同じ顔をしているのだろうと思っていた。

 

 酒の余韻などとっくに覚め、自分達を代表して情報を報告しているアベルと、突然報告を求めて通信を繋げた彼女のとの会話によって、任務がこの先どう変わっていくのか……

 

 

 

『──それじゃあ、秋水とは連絡が取れていないんですね……』

 

 

 

 無造作に伸びた髪を後ろで一纏めに束ねただけの金髪に手入れのしていない無精髭。フレームの無い丸眼鏡をかけた陸戦隊では珍しい後方支援と情報管制を担当するアベルの報告を聴き終え、彼女は静かに目を閉じた。

 

 モニター越しに銀色の長髪と整った美しい顔立ち。その可憐な表情を悲しみに染め、彼女は小さく唇を噛み、必死に何かを耐えるようにも見える。

 

 

 

 十秒ほどの沈黙。そして小さくトーラは呟く。

 

 

 

『ボクもそちらに合流します。皆さんはセイバーに連絡をしてください』

 

「ちょっと待ってください! 貴女が出撃なさるほどの案件では無いはずですジェネラル『アーチャー』!!」

 

 

 

 あっさりと言い放つトーラの言葉に報告役のアベルが真っ先に反応する。別の部隊の一兵卒の為に組織の最高幹部が出撃するという馬鹿げた行動への批難もあるが、彼女の秋水への感情も考えれば仕方のない事だとも思えるが、彼女を此方へ向かわせる訳には行かなかった。

 

 部隊としての判断に対し、トーラは心中穏やかではいられない。秋水への対応を優先できない彼らへ、彼女は幹部としてではなく少女として感情的になってしまう。

 

 

 

『秋水との連絡が取れないじゃないですかっ!! どうしてもっと早く連絡をくれなかったの!』

 

「陸戦部隊がジェネラル・ライダーからの要請で受けた任務です! この件に貴女が関わるのは組織としての座を無視した行動になります! そうなれば貴女の姉君も責任を問われる事になります!」

 

 卑怯な台詞だと自覚しながらもトーラに向けるワードの中で最も彼女を竦ませる言葉の一つを選びながらアベルは続ける。

 

 

 

「この任務で僕ら場末の部隊は捨てられても文句は言えません。ですが、貴女のお姉さんは自分の何を犠牲にしてでも、僕らを守ろうとするでしょう…… そして、彼女がそうしようとすれば、僕らも彼女を守る為に動きます。守ろうとする隊員の中には、今、貴女が座を無視してでも救援に行こうとしている少年兵も含まれている事を貴女は理解している筈だ」

 

 

 

 ──彼を無理やり助けて、二人を追い詰めたいですか? 

 

 

 

 その台詞を最後にトーラは髪で顔が隠れるのも構わず下を俯く。流石にやり過ぎたと思うが、他のメンバーの「お前……アーチャーに姫さんと秋水使って黙らせるのはズルい……」という視線は黙殺する。

 

 ラテン系の黒人でドレッドヘアーの似合う陽気そうな男、ヘリパイロットのドゥエが普段の陽気さを感じさせない古株の隊員としての貫禄を見せ、資料をアベルから受け取ると項垂れたままのトーラへ話を続けた。

 

 

 

「資料は送らせて貰いましたよ。 貴女には全部渡した方が、聞き分けが良さそうですしね」

 

 

 

 トーラへ送信したデータを隊員全員が見られるように拡大化し、ホログラムに映し出す事によって資料を表示させる。

 

 資料によるとのオーガコアの納入は落日の日よりも以前から進められており、実験の開始は数年以上前に遡る。

 

 当時スイスはイグニッションプランの選考から完全に外れフランス、イギリス、ドイツを筆頭に周辺国が開発を有利に進めていた状況にあった。

 

 新世代の開発に躍起になっていたスイス政府の一部が暴走した事により、資金難に陥った開発部署は軍関係へ関わりのあった企業へ手当たり次第に協力の要請を募り、援助という形で足りない資金面のカバーを求める程に火の車だった時期すらあったという。

 

 スコールが見つけたというオーガコアの持ち込みと売買。アベル達が参加者から抜き取った情報と亡国機業が調査してきた情報。この二つには誤差というには少々大きすぎる問題があった。

 

 亡国機業が優先していたオーガコアの確保。彼らも今回の事件で確認されていたISにオーガコアが使用されていると想定したが、そのISにオーガコアは使用されていなかった。

 

 起動履歴からコアのパターンを探り他の屋敷で資料を回収した結果、あのゲームに参加させているのはスイスが研究用に委員会から貸与されていた研究目的のISコアだったという。

 

 研究目的で貸与したISコアを戦闘に使用するだけでも重罪に辺り、使用したISコアの没収。悪ければ所有権を持っているISコアの返還すら考慮される罰則にも関わらず、スイスはそれを表沙汰になる段階で行わせている。

 

 

 

「問題は違法使用だけじゃない」

 

 

 

 そう告げたアベルが別の資料を差し出す。それに記されていたのは銀行から送金履歴。何重もの偽装を重ねているが、名義は全てスイス政府からカンピオーネ宛に送られている。

 

 

 

「ISに装備させているという事は完全にISコアの使用権をこの街に譲渡しているという事です。初期化もさせず操縦者専用として扱わせ、使用料を支払わせるどころか毎月多額な資金援助を寄り合いのような集まりに国が行っている…… この異常さは、貴女にも解って貰える筈です」

 

「これだけでも危険な橋だが、俺らがどれでも渡らなきゃならんのはコイツが送られてきたからだ」

 

 

 

 ドゥエが差し出したのは古ぼけた写真。その一枚をトーラが見返すことは無かったが、それを無視して他のメンバーが続ける。

 

 オーガコア回収任務にも拘らず、陸戦部隊に呼び出しが掛かったのは彼らが過去に使用していた空き家に匿名での手紙が来た事からだ。

 

 スイス郊外に放置されたままで誰も住んでおらず、住人登録を確認されても住人が亡くなった事にされている架空の住所に向けて送られたのは一枚の写真。

 

 誰が書いたのかも解らない一枚の便箋。それを陸戦隊が雑用ついでに回収した時から事態が急変する。

 

 中に入っていたのは古ぼけた一枚の写真。そこにはかつての英雄『アレキサンドラ・リキュール』と若かりし頃の陸戦部隊の面々が一斉に集められた記念撮影のような写真だった。

 

 

 

「詳細は未だに不明ですが時期からしても十年から二十年前程…… その頃の隊員達に確認し、彼女の写っていた町がカンピオーネでした」

 

 

 

 それこそがカンピオーネ。当時の街に住まう有権者達は既に殆どが亡くなってしまっていたが、彼らの名義でオーガコアが引き取られている事は少し調べれば直ぐに解った。

 

 街一つを束ねた彼らはいつしかIS開発に関与し、各国とも共同して開発を行えるほどの組織となっていた。

 

 

 

「どういう経緯でこうなったのかは調査中です。しかし、現状で貴女がここに来てしまえば彼らの計画は止める事が出来ても、彼ら以外の組織が……」

 

『もう……いいです』

 

 

 

 状況さえ理解できれば彼女も踏み留まる…… アベルはそう願っていた。トーラも亡国機業幹部。感情的な行動よりも、いざとなれば組織を優先して判断を下せる……そう信じたが故の報告だったが、彼の報告に対してトーラの反応は酷く冷たく、冷淡なものだった。

 

 尚も報告を続けようとしたアベルに対して、トーラは少女とは思えない程の力強さで睨み付け彼らの大半を黙らせる。

 

 

 

『それは……』

 

 

 

 だが彼女の口から零れるのは幹部としての凛とした言葉ではなく、年相応よりもずっと幼い叫びだった。

 

 

 

『それは……ぐすっ、秋水を……たすけちゃ、いけない……りゆうに、なるんですか……?』

 

 

 

 力強かった視線はほんの一瞬で涙目に変わり、耐えようとする彼女の瞳にはぽろぽろと雫が零れて頬を濡らしてしまう。

 

 

 

 

 

『ぜんぶ、よんで……だから、だから、秋水に……会いに、いかなきゃいけないのに……』

 

 

 

 トーラ・マキヤにとって優先すべき事は任務の完遂ではなく、あくまでも朽葉秋水の保護。まだ涙は止まらないが、それでも彼女には伝えなければならない。

 

 

 

「秋水は『兵装』を出しています。 『血刀』を別の外部兵装に接続した実験は聞いたけど、彼は生身で『兵装』まで出してしまうような事態なんです……」

 

『だから…… だから、秋水に会いにいきたい……』

 

 

 

 トーラは涙を流したまま訴え続ける。ワガママを通せば秋水を助けられる。でも、そのワガママのせいでリリィが、秋水が立場を悪くする。

 

『自分のせいで』大切な人を傷つけるという事が怖くてたまらない……

 

 

 

『秋水が……自分の血を嫌いな事なんて、ボクでも知っています…… だからボクは 秋水の傍にいたい…… ボクは秋水に守って欲しいけど…… ボクは、秋水を守りたい……』

 

 

 

 もし暴走させてしまえば秋水は自分を許せない。きっと悲しい顔をする。

 

 悲しい顔も好きだけど、秋水には笑って欲しい。傷ついてもリリィが笑顔にしてくれるけど、それでもトーラは秋水に傷ついて欲しくなんか無い。

 

 嫌われるのは怖いけど、嫌われてでも秋水を助けたい。

 

 

 

 秋水に会いたい。

 

 

 

 それだけがトーラが無理にでも通したいワガママだった。

 

 

 

「幹部殿の心遣いは有難いがの、そう易々と暴走させない為にワシ等がおるのよ」

 

 

 

 会話に割り込むような形で別室にいたダグがふらふらと覚束ない足取りで部屋に戻る。他の数名が彼に手を貸して近くのソファーへ座らせると、ダグは一息つけたような表情でソファーに身を埋めるように背中から寄り掛かった。

 

 

 

 普段は年寄り扱いするなとむくれる所だが、彼も今回の報告は大分苦労したようだ。

 

 

 

「ダグ爺さん、副隊長はなんて?」

 

「秋水に専用回線繋いでやれと。ついでに、場所が分かれば拾ってやれと言うとったよ」

 

「随分早いね……?」

 

「滅茶苦茶おこじゃけどな。秋水にもおこじゃが、ワシらにおこじゃよあの爺」

 

 

 

 大分疲れているらしい…… ダグの言葉遣いが若干おかしくなっていた。

 

 レオンが大激怒しているという現実からのは逃避してアベルは端末を操作する。亡国機業に入隊する前に陸戦部隊を暴いてやろうと若さ故の過ちで自分から内線地帯の地雷原でバカンスをするような暴挙にでたアベル作成の一回限りの使い捨ての専用回線による緊急連絡手段。

 

 緊急時、亡国機業の組織員全員に一斉送信される時の端末にも一部が流用されているアベル特性の秘匿通信で秋水の端末へ直接繋ぎ、他の電波妨害、盗聴、逆探知のそれら全てを無視する。

 

 数秒も掛からずに繋がった秋水への通信に、真っ先にトーラが反応した。

 

 

 

『秋水っ!!』

 

 

 

 感極まった声で彼の名を呼ぶ少女の叫びに他の面々は空気を読んで少しだけ黙っておく。

 

 これからどんなやり取りが起こるか分からないが、トーラがなけなしの勇気を振り絞って秋水へ安否を尋ね、十代の特権ともいえる甘い空気でも出してくれないかと全員が新たに酒瓶の蓋を開けた。

 

 決してネタにして弄る為ではない。

 

 

 

『……トーラ?』

 

 

 

 秋水の声を聞いただけでトーラの顔が一気に赤くなり、無事だった事への安堵と多幸感から、本気で嬉しそうな表情のまま秋水の映るモニターを見つめる。

 

 ノイズが消えて鮮明になった画面に秋水の声だけでなく、端末から映像が映し出された。

 

 どうやら何かに乗せているようで、秋水の表情がハッキリと映し出される。その時点で他のメンバーも僅かに安堵し、何人かがフライングして酒を開けた。そして、秋水の表情に誰かが酒の瓶を落とし、全員が言葉を失った。

 

 

 

 初めて秋水と出会った場所のような何処かの施設とも思える無機質な壁面。床の全体を沈めてしまうような赤い水が血液なのか、それとも別の何かなのかを画面越しでは彼らには判断ができなかった。

 

 一面を真っ赤に染めた血の海のような場所で秋水は一人で立ち尽くし、右腕には秋水の『最終兵装』が顕現している。見渡す限りの景色に敵の姿は何処にも映らず、そこで何があったのかも無関係な人間には理解できないだろう。だが、過去に一度でも秋水と戦った陸戦部隊の彼らは、そこで何があったのかを一瞬で理解した。

 

 

 

 暗がりの画面越しに見える月明かりの下で、秋水の両眼だけが煌々と紅く染まり、人としてではなく、『兵装』としての役目を起動した状態だと一目で理解できる。

 

 

 

「迎えにいくね……秋水」

 

 

 

 その瞳から目を逸らさずに彼女は見つめ、安堵したように息を吐き出す。どんな状態でも、秋水の無事が確認できた事が、彼女にとっては一番嬉しかった事なのだから。

 

 それでも、声が震えてしまう事は抑えられず、それでもトーラは、全てが終わった後だと理解しても精一杯の強がりで笑い返す。

 

 

 

 例え秋水と呼ばれた『兵装』が何も答えてくれなくとも、彼女はただ彼に会いに行きたいのだから。

 

 

 

 これは秋水がカンピオーネに入った二日後の事。彼らが動き出した頃には、朽葉秋水は全てを終わらせた後だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

02.─屍者の国─

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れの街。日も暮れだした街はカジノが動き出すとライトアップされた施設が夕暮れを照らし、表通りから外れたホテルまで光が届き、照明設備の少なさによる暗さを感じさせない程だ。

 

 

 

 結局、秋水は少女を放り出せずに適当なホテルに身を隠した。

 

 

 

 無人のカウンターでボックスに鍵を掛けてあり、料金を払えば希望の部屋を借りられる無人のモーテル。その一室を借りると秋水は一人で部屋へと入っていく。

 

 

 

 置いていかれたと少女はまた付いていこうとするが、当然金を持っていない少女には通路の奥に行ける手段もなく、誰も通らないホテルの前で途方に暮れるしかないのかと思っていた。戻ってこない薄情者を諦めてホテルから出ると空から秋水が降ってきて、どこに持っていたのかワイヤーを使って少女ごと昇り、二人で借りたホテルの一室まで戻っていく。

 

 

 

 少女が何をしているのかと聞けば、全裸の変態を抱えて部屋に行けば、自分も変態の仲間入りだと半ギレで答えられた。

 

 

 

 少女も自分の姿格好に文句は言えなかったが、慣れた手つきでホテルに侵入する姿を見て何か別の理由で空き巣まがいな侵入に慣れているのだと思い、思わず同情してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

「おい、何を考えているのか分かるぞ、全裸女。誰の為に一手間掛かったと思ってやがる」

 

 

 

「自分の世間体だろう?」

 

 

 

「原因はお前だけどね?」

 

 

 

「服が無いことを恥ずかしいと思うからややこしくなる。アナタだって産まれた時は裸だった筈だ、敢えて言うなら着飾る事に神経を使う今の時代を恥じるべきだと思うな?」

 

 

 

「このボロ布と一緒にしてダストシュートにダイブするか?」

 

 

 

「全面的にごめんなさい。この布は許して欲しい」

 

 

 

「まず裸になる事に危機感を覚えてくれない?」

 

 

 

 

 

 

 

 危機感のベクトルが別の方向に偏っている幼女に呆れ、窓の外を確認する。路地裏とはいえ、そこまで街も広くない。夕方ともなれば帰宅途中の通行人や、これから仕事に向かう住人。買い物客や露店の主が観光客相手に商売をしているのが見える。

 

 

 

 しかし賑やかそうに見える光景も、騒がしいとは思えなかった。従業員らしい彼らの呼び掛けも、観光客相手に商売をする店主の声も、客同士のにこやかなやりとりや、子供同士の歓声も聞こえてくる。だが、その誰もが何処か白々しく、街が活気づくような雰囲気が色彩の抜けた絵画を眺めているように感じる。

 

 

 

 

 

 

 

「気味が悪い光景だろう? 全員の生活が役割を演じている演劇のようで作り物みたいだ」

 

 

 

 

 

 

 

 まるでいつもの光景だと云う様に、少女は街を眺めずに嘲笑う。

 

 

 

 そんな彼女を一瞥して、秋水は街で一際目立つカジノの建物へと視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

「なら、お前が路地裏で襲われているのも脚本(シナリオ)の一部だったかもな。悪いね、監督に謝りたいから会わせてくれよ」

 

 

 

「あれはアドリブだから大丈夫。それに毎日こなしていたら飽きちゃうし、新鮮さを取り入れるなら新しいエキストラも歓迎するさ」

 

 

 

「ならお前はどんな設定で襲われているんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 独り言のように呟く秋水の視線から逃げる事もせず、少女はくすりと微笑む。

 

 

 

 

 

 

 

「街の秘密を知る役。……抱えた時に気付いているだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の身体を隠すように包まれたボロ布がはらりと床に落ちる。恥じらう仕草も見せずに無造作に腕を横に広げれば、少女の腕の中を血液が流れるように、薄らと紅く何かが流れるように光り、少女の体内にある『物質』が、彼女の存在が生身の人間とは違う特殊な出生なのだと証明している。

 

 

 

 

 

 

 

「嗚呼、お前の身体に『紅緋血装(ブルート・スカーレット)』が流れているのか……」

 

 

 

「『紅緋血装(ブルート・スカーレット)』に対して、どれくらい知っている?」

 

 

 

「旧世代兵器の後期開発プランの一つに登録され、バイオセンサーの一つとして機体に搭載される流体金属の一種。GSなどの旧型パワードスーツの関節部や四肢のパーツに使われ、旧世代のパワードスーツ開発においては常に問題とされていた『擬似神経反応回路』の完成に大きく貢献してきた。……まぁ、その程度」

 

 

 

 

 

 

 

 秋水の思い出すような説明に少女は、にこやかに頷いた。

 

 

 

 今から二十余年前。旧世代パワードスーツ開発の黎明期とも呼ばれた当時、災害現場での救護活動や未開領域の開拓作業などの活動に対して遠隔操作での限界が来ていた頃、安全圏での遠隔操作ではなく、操縦者本人の安全確保と現場での作業環境の改善として使用者が装備するという当時としては異端とも言える真逆のプランを着手し始めた。

 

 

 

 その頃の情勢や団体からの運動などの細かな経緯は割愛するが、使用者が装備するというプランに対して、常に問題点として上がってきたのは外部パーツによる操作ラグという問題。

 

 

 

 遠隔操作とは違い、生身と同等の動きを求められるパワードスーツにとって、操縦者とパワードスーツの四肢の動きにズレが生じてしまう操作ラグというのは当時、まさに難題とされていた。

 

 

 

 それを解決したのが、朽葉という研究者が開発していた流体金属だった。

 

 

 

 当時その特殊金属の開発責任者だった朽葉博士は、その頃に博士自身が開発していた可変型圧縮金属と人体の神経伝達の調和を可能とさせ、常識では考えられない特殊金属の開発をしていた。その試作品の作業工程と開発過程を全面的に無条件で開放することで、パワードスーツ開発に携わる全ての企業に対しての協力を願い出たのだ。

 

 

 

 朽葉博士の協力を開発関係者や企業は許諾。

 

 

 

 彼の研究を主体として開発された『擬似神経反応回路』は、彼が公表した精製方法と管理技術を記した研究書『朽葉文書』として普及し、その後のパワードスーツ開発における操作ラグという問題面に対して各企業が開発、製造をするにあたって多大な貢献をしたとされている。

 

 

 

 十年後、朽葉博士は金属名を『緋々色金』と変えて開発を続けるも研究事故により行方不明。

 

 

 

『朽葉文書』に記された特殊金属に改良を重ねた製品は旧世代の軍用パワードスーツだけでなく、医療や工業地帯でのパワードスーツにも転用され、かつて大衆の為に在れと願った朽葉博士の願いを引き継ぐかのように、『紅緋血装(ブルート・スカーレット)』と名称を変えて広がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

「……『紅緋血装(ブルート・スカーレット)』や『朽葉文書』には、例の事件から使用や開発に厳しい制限が掛かっていたよな……」

 

 

 

「私を作った連中も事件の事は知っているよ。開発には資格を所持した刀匠のスタッフが常駐した状態での開発になってそうだから」

 

 

 

「……刀匠」

 

 

 

 

 

 

 

 朽葉文書の公表された頃から特殊金属の精製と管理行うことの出来る研究者を刀匠と呼ばれ、国はその刀匠の存在を十五年前から閲覧に規制を掛け、近年では二年前から閲覧に更に厳しい規制を増やして厳しく管理されている。

 

 

 

 ある事件から朽葉博士の危険思想と緋々色金の危険性が明らかになり、個人が精製と管理をすることを法律で禁止したからだ。

 

 

 

 精製と管理の難しさとIS関連開発には使用できす、旧世代パワードスーツにしか利用されていないというデメリット。そして刀匠資格持ちは、各国で正式に登録された上に監視対象のリストに挙げられる事から過去の技術を学びたいという刀匠希望者は殆ど残っていない。

 

 

 

 

 

 

 

「資格を持っていた元刀匠を雇用して開発を始めたらしい。刀匠が言うには、これをあの人のように武器に転じることが出来れば……とか、なんとか」

 

 

 

「人体転用なんて国際問題だろ……紅緋血装の使用にはGSも含めて厳しい制限が掛けられている……何処の連中か知らないが無断での開発と独断での実験なんて、一つ間違えれば街の連中全員巻き込まれるぜ?」

 

 

 

「それをお前が言うのか? あの刀を見て確信したよ。お前もアタシと同じで、体内に紅緋血装を内蔵された調整体だろう? あそこまで正確な武器の精製と身体強化は、余程刀匠の腕が良いみたいだな」

 

 

 

 

 

 

 

 何事もないように話を続ける少女の態度に、秋水も不調の原因を漸く理解した。

 

 

 

『紅緋血装』を兵器として開発する事は禁じられている。実験事故の報告書と被害者達の経緯から、それらの研究と開発は国際法で定められているにも関わらず、それを無視してこの少女を造った連中はこれ程までの人形を造り上げた。

 

 

 

 その結果に秋水は、まず驚き、そしてそれ程までに仕上げた刀匠、もしくは開発者達に向けて冷笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

「……はっ、いつまでも無様にしがみつくよな」

 

 

 

 

 

 

 

 少女ではなく別の誰かに吐き出されるのは生み出した成果への恨み言と、切り捨てられない『父親』への侮蔑。

 

 

 

 生み出された意味と、造られた理由。時代が変わり、求められるモノが変わっていく……それを割り切ることも出来ずに、いつまでも絡みつく呪いが秋水の血潮を沸き立たせ、今も尚彼の中で自分を生かそうとざわめき震える。

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫か?」

 

 

 

 

 

 

 

 ボロ布を自身に被せた少女が痛ましい者を見るような気遣う視線で秋水を覗き込む。自分の出生を答えた事よりも、自分と同類である事を告げた事が、秋水を不快にさせたのだと思ったらしい。秋水としては頭痛の種になっている原因の一つが明かされただけでも、マシな方だ。

 

 

 

 

 

 

 

「で、同類のお前が俺を追いかけた理由はなんだよ」

 

 

 

「一人で来た訳じゃないだろう? お前の仲間、若しくはお前の上司から連絡をしてISの出動を要請できないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の要求はただ一つ。この街に巣食うISを回収して欲しいという事だった。秋水の目的もオーガコアの回収の為、仲間が調べている情報と無関係とは思えない。

 

 

 

 そのISの姿を確認してから連絡をしたかったが、どうやら秋水にも時間は無かったようだ。

 

 

 

 少女からISの保管されている施設の場所を取り調べ、それを知った時期や運び出された日付、搬入業者と納入ルートなど、少女がISと呼ぶ敵の情報を可能な限り聞き出していく。

 

 

 

 聞き出しは意外な程、すんなりと進んだ。少女は途中で思い出そうとするとき以外に黙秘する事もなく、聞きたかった情報に矛盾や露骨な嘘も混じっていない。

 

 

 

 事前にライダー・スコールが調査した情報や陸戦部隊の集めた知識から外れるものもなく、そのISらしきモノがカンピオーネに匿われているという情報が、真実味を帯びてきた。

 

 

 

 余計な情報といえば、少女がやたらと妹の自慢をする事だろうか。同じ内容を何度でも話したがるし、秋水が妹の事を聞き返せば、嫌な顔もせずに自慢気に妹の事を語りだす。

 

 

 

 その表情はセイバー・リリィが自分の事以上に、アーチャー・トーラを褒める時や、またその逆に、アーチャー・トーラが楽しげに姉であるセイバー・リリィの訓練風景を眺めている姿によく似ていて、秋水は必要の無い情報だと頭では理解しても途中で遮るような事は出来なかった。

 

 

 

 妹の自慢を多く含んだ聞き込みは、いつの間にか少女の妹自慢だけになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽も沈み夜の帳も落ちた真夜中。寝静まる事を知らぬ街の街灯が月明かりを遮るように街を照らし、人工的に生み出された光源が届かぬ影の中で小さく乾いた音が響いた。

 

 

 

 硬い靴底に踏まれた古い板張りの床が軋み、近づく足音が目的の扉の前で停止する。

 

 

 

 複数の男が音もなく静かに銃を構えると部屋の住人に狙いを定め、扉越しに乾いた銃声が一斉に響く。

 

 

 

 襲い掛かる無数の弾丸は一瞬で部屋の壁を巻き込んで銃声と硝煙に掻き消し、通路側の壁面が数分間続いた弾幕の嵐に蹂躙されてオープンテラスのようにぽっかりと穴が開いた。硝煙に反応した防犯設備がスプリンクラーを起動させ、立ち込める瓦礫の煙を消していく。

 

 

 

 数名が先行し無残に崩れた部屋を確認しようとすると、隣の部屋から振り抜かれた秋水の紅い刃が侵入者の胴体を滑り、血中の循環作用を高めてウォータージェットのように放出された血刀が切断した。

 

 

 

 秋水の右腕に握られた刀は掴も鍔もない無骨な刀で、五尺はある刃幅の厚い直剣が壁を貫通した勢いを威力に上乗せて敵を切り落とす。

 

 

 

 いつの間にか一つ隣の部屋に移動していた秋水の動きに対応が遅れ、秋水のいる部屋へ向き直すも、反応が遅すぎる。秋水の左腕は急速に凝固された血液の塊を鷲掴みにしており、その血の塊を手の中で砕く。瞬間的に血中速度を引き上げて循環機能を引き上げて脈動を加速。急激な循環による反動から身体の中で毛細血管が千切れるが、その損傷すら即座に自動修復される。秋水の意思に応えるように背筋から左腕、両足に掛けて循環された血液が肉体強度を跳ね上げ、血液の塊を散弾銃のように投擲。

 

 

 

 人体強化による投擲は拳銃の弾速を容易く越え、弾丸よりも硬質な秋水の特殊な血液が敵の肉体を貫通する。

 

 

 

 

 

 

 

「斬穢法術(きりえほうじゅつ)・“紅蛟(べにみずち)”からの……血塊弾?」

 

 

 

「血の塊を投げた方に技はないのか?」

 

 

 

「そりゃ固めてブン投げただけですし? 技と呼べる程でもないわな。出るぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 最初に彼女を部屋へ放り込んだ時のように血で造ったワイヤーで隣の部屋へ侵入し、わざと部屋の痕跡を残して隣の部屋で待機していた秋水は使役目を終えた端末をその場で捨てる。

 

 

 

 街に入る前に購入した端末で部屋を借りたお陰なのか、襲撃者は秋水がわざと借りた嘘の部屋を襲撃してきた。逆探知を警戒して使い捨ての端末を使い、違う部屋の情報を送ってみたが、闇討ちを防ぐにはこの程度でも効果があったようだ。

 

 

 

 何はともあれ、場所がバレているのは想定内。さっさと逃げさせて貰おうと秋水が少女を連れてホテルの外へ出る。

 

 

 

 初撃で襲撃者が居なくなったのか、ホテルの通路には誰も見かけない。否、ホテルの通路や扉の半開きになった部屋には、確かに他の利用客がいる。秋水が身を隠した隣にも、先客の夫婦がいて、勝手に入った言い訳をどうしようかと、考えたくらいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし客への気遣いなど全てが無駄な徒労に終わる。

 

 

 

 

 

 

 

 秋水が勝手に侵入しようと夫婦は気にした様子もなく、歯車の壊れた玩具が壊れたまま動き続けるように決められた動きを続けているだけだった。

 

 

 

 外に出ようと廊下の客は通路での銃声など気にも止めずに談笑を続け、呑気に空っぽの秋皿を並べて、ルームサービスを受けた真似事をしている。

 

 

 

 階段を降りて街へと出れば照明や街灯の消えた店で昼間と同じように住人や観光客が店を利用し、従業員らしき男が客の対応をしていた。

 

 

 

 余りにも歪で異常な光景に呆気に取られてしまう秋水だったが、視線を離した刺客から刀を持っていた右腕の肘から下が吹き飛ばされ、鋭利な刃によって切断された右腕から鮮血が溢れ出す。

 

 

 

 

 

 

 

「っ……うぉっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 攻撃された瞬間を察する事ができず、何処からの襲撃なのかも解らない秋水は背筋を震わせる悪寒から反射的に振り返り、空を見上げた。

 

 

 

 夜空を照らす白い光。空から降りてきた女性を見上げる。

 

 

 

 空から降りてきた「それ」がISだと秋水は最初は気付かなかった。ISを装備した操縦者と異なりラファールや打鉄のような装甲を装備しておらず、現れた女性は少女の面影を残しながらもリリィやトーラと歳の差は変わらないように見える。

 

 

 

 フリルをあしらい、肩口を晒した白いドレスのような衣装と外見は、凡そ戦闘ではなく、舞踏会にでも呼ばれていそうな外見に見える。武器らしきものを一切装備していない外見の女性がふわりと着地すると、秋水に追いついた少女は、現れた彼女を見て驚いたように目を見開いて声を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

「オイ……コイツが例のISか?」

 

 

 

「そうだ……私の、妹だ……」

 

 

 

「それは、初耳だな……」

 

 

 

 

 

 

 

 少女の発言に秋水も驚いて言葉を失う。少女がISの回収依頼をする為に秋水達を頼ったのは間違いないが、目的のISを操縦しているのが少女の妹だというのは、秋水も聞いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「……確認したよな。ISの操縦者はお前の身内なのか……って。記憶違い?」

 

 

 

「まだ時間がある筈なんだ……入れ替えてから時間もそんなに経っていないし、装着しても引き継ぎにはまだ時間がある筈……間に合うと思ったのに……!」

 

 

 

 

 

 

 

 秋水に伝えていないようだが、少女の要求には時間指定があったらしい。自分の見通しの甘さに思わず舌打ちをしてしまうも、状況は既に手遅れだ。

 

 

 

 

 

 

 

「凄いわね、もう右腕が修復されている……」

 

 

 

 

 

 

 

 敵が驚いたように見つめた先は秋水の右腕。何が嬉しいのか、彼女は頬を朱に染めて歓喜の笑みを浮かべている。妹と呼んだ彼女の表情に少女も思わず秋水を見ると、その光景に驚いたように声を上げた。

 

 

 

 秋水の切り落とされた右腕は着ていたジャケットの袖を破き、秋水の右腕を晒している。喪失した傷口は鮮血が既に止まり、凝固した血液が傷口を覆っていた。欠損した傷口部分が赤い煙を薄く立ち上らせ、骨と筋肉が同時に修復されていく。

 

 

 

 指先の細かな部位まで修復は止まらずに続き、数分も経たない内に秋水の右腕は何事もなかったかのように治療を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

「生憎、そういう『機能』でね。細かい事は答える気も無いが、筋力、治癒能力、敏捷性、色々な面で人間扱いできない程度にはオーバースペックらしい」

 

 

 

 

 

 

 

 欠損そのものに痛みは伴うものの、修繕と回復には然程問題はない。何事も無かった用に指を曲げて動作を確認し、恍惚そうな笑みを浮かべた敵に笑い返す。

 

 

 

 

 

 

 

 嗤って、嗤って、嗤って、秋水はゆっくりと敵へと向けて前に進み、次第に走り出す。

 

 

 

 治癒によって活性化された血液が全身を強化し、循環速度を強化された秋水の加速が一瞬で最高速度を越え、一つの鉄塊と化して正面から突撃を仕掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

「単調ね……目的は別でしょうけど、でも今は付き合ってあげる」

 

 

 

 

 

 

 

 加速した秋水を突風で壁に叩きつけられたような衝撃が襲うと共に、敵が周囲に纏うような薄い透明な膜が変貌し、秋水の胴体を複数の刃が貫いた。

 

 

 

 ドレスのように思えた白い衣装はその全てが装甲で、彼女の意思に従って攻撃と防御を行う特殊な装甲。流動する表面の膜が秋水を貫き、刺し口から複数の刃に貫かれた事を流れ出る血液で理解する。

 

 

 

 目の前に展開されていた流体は彼女の意志とは別の生き物のように姿を変え、使用者の意志とは異なる反応を見せている。至近距離で血刀を抜こうとした秋水の両腕を即座に切り落とした武器は、波打つように表層を揺らし、成果を誇るように歓喜に表現しているようにも見えた。

 

 

 

 欧州共同防衛プランにおける『イグニッション・プラン』で提出される武装とは、どの国のコンセプトとも違うこの特殊兵装。何処の国家にも属さない独自の兵装だということは見れば直ぐに理解できる。女性はその表層を撫でながら、我が子を慈しむように微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「私の『氷血銀装(アナスタシア)』の性能はこの程度では無いわ……」

 

 

 

「……みたいだな。なら、これでどうだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 血溜まりを吐き出す秋水を吊るした女性が首を傾げる。反撃を許さぬと即座に両腕を切り落とした秋水だが、腕がなくとも殺す手段など幾らでもある。

 

 

 

 

 

 

 

「斬穢法術(きりえほうじゅつ)・暗剣奇殺(あんけんきさつ)”」

 

 

 

 

 

 

 

 吊るされた秋水の胴体から刃が突出し、肋骨に見立てた獣の爪のような異形の剣先が六本、彼女へと突き刺さる。自らの自傷すら無視するような攻撃に思わず敵も目を見開くが、眼前で流体が秋水の刃を防ぐ。

 

 

 

 至近距離での組み技への対抗として、徒手空拳で騙された間抜けへの騙し討に使う技だが、ISに対しては単純に出力が足りないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

(嗚呼、やっぱり『これ』もISには届かないか……)

 

 

 

 

 

 

 

 自分の『機能』が今のままでは敵に届かないと実感しながら、自分の性能がどのレベルなのかを秋水は正確に把握する。既に役目はある程度終え、この場で自分と連絡が取れなくなれば、合流した隊員達とも最悪捨てられた後に合流できると踏んでいる。

 

 

 

 故に、秋水にとって自死は然程のデメリットにはならない。問題は少女の安全だが、逃走しても殺されない程度には、役割があると考えている。ならば、連れて行かれた後でも約束は守れると秋水は判断し、反撃によって全身を切り刻まれ、血風を撒き散らすように吹き飛ばされたまま、その意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤黒く爛れた闇の中で一人、立っている。

 

 

 

 果てなく広がる赤い海に膝下まで浸かり、水面まで浮かび上がる程の夥しい数の亡骸が秋水の足元を埋め尽くす。

 

 

 

 赤い海と同じ鮮血のような深紅の空と、この世の全てを飲み込む虚(ウロ)のような漆黒の満月。

 

 

 

 ……今日もこの夢の中で、秋水は歩き始める。

 

 

 

 沈む亡骸の上を歩き、まとわりつく泥のような赤い水を掻き分けて歩いていく。

 

 

 

 どこまでも続く赤い海は途切れることがなく、血のように温かい海は秋水が動く以外には波もなく酷く穏やかで静かだった。

 

 

 

 

 

 

 

 数え切れない程に埋め尽くされた亡骸に一つとして同じものはなく、男性、女性、若人、老人、老婆、少年、少女、生まれたばかりの幼子まで漂っている。

 

 

 

 

 

 

 

 ──これがお前の道だ。

 

 

 

 

 

 

 

 水辺に浮かび上がった亡骸の誰かが機械のように無機質な声で秋水へ呼びかけた。

 

 

 

 軍服を着た白人らしき男から響いた声は、黒人の神父に続けられる。

 

 

 

 

 

 

 

 ──これが君の生み出す悲劇だ。君は生きているだけでこれだけの人を穢し、殺し続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 TVで見掛けた俳優と同じ衣装の男が、見かけた喫茶店のウェイターと同じ制服の女性が、子供を連れていた母親と同じ服の女性が、生徒に授業を教えていた教師と同じ服の男性が、公園で遊んでいた子供達と同じ洋服の子供達が繋ぎ合わせるように、誰もが口にする。

 

 

 

 

 

 

 

 ──君が殺した。

 

 

 

 ──お前が殺した。

 

 

 

 ──貴方が殺した。

 

 

 

 ──貴様が殺した。

 

 

 

 ──お兄さんが殺した。

 

 

 

 

 

 

 

 否定することは許されない。自分の血がこれ以上の死を生み出すものだと秋水は知っていたから。

 

 

 

 怒りもなく、恐怖もなく、恨みもなく、ただ淡々と事実だけを告げるように繰り返す彼らの一人に触れる。振り返った誰もが様々な人種、年齢、性別、職業にも関わらず、誰一人として顔がなく、本来顔があるべき場所には陶器のような白塗りで埋め尽くされていた。

 

 

 

 顔のない亡骸は水底からも秋水へ告げ続け、目の前の一体が何かを訴えるようにその腕を秋水へと向けた。

 

 

 

 水面から浮かび上がる死者の腕が秋水を掴む。

 

 

 

 幾重にも続く亡者の腕は秋水の全身へ伸ばされ、縛り付けるように秋水の身体を鷲掴みにした。誰かの手が武器を握り、抵抗もなく掴まれていた秋水の腹部に刃を突き刺した。

 

 

 

 何十もの腕が武器を握り、様々な形状をした刃の群れが秋水の全身へと隙間なく貫き続ける。

 

 

 

 流れ落ちる血潮が秋水の肉体から零れ落ち、滴る血液が刃となって掴む亡者と刺してくる武器を切り裂いた。

 

 

 

 いつの間にか秋水は右腕に刀を握り、五尺はある刃幅の厚い刃が振るわれる。

 

 

 

 刀に重さはなく、自分の思うように目の前の誰かを切り伏せていき、秋水は亡骸が前にある限り休みなく敵へと刀を振るい続けた。

 

 

 

 切り捨てられた亡骸は水飛沫を上げて水の中へと落ちて、水底にはまた新しい亡骸が積み重なっていく。

 

 

 

 自分と共に有り続ける呪いが秋水の意志とは無関係に刃へと姿を変えて獲物を切り捨て、一体が倒れるとそれを合図に後ろからもう一体が立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 亡骸が起き上がる度に斬り伏せていく。一体、二体と切り捨てた水飛沫が秋水を真っ赤に染めていき、気の遠くなる程の時間の果てに最後の一体を斬り伏せた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──それでこそ■■■■。

 

 

 

 

 

 

 

 その声に喜びはなく、当然の行為だと秋水に向けて肯定する。

 

 

 

 それが貴様の生まれた証明だと。

 

 

 

 たとえ幾億の死を刻もうとも殺さねばならない。他の誰でもなく、■■■■が殺さねば、英雄を、彼女を『それ』が殺さねば世界が彼女を永遠に穢す。

 

 

 

 故に■■■■、貴様が殺せと。その刃で『彼女』を殺せ。『世界』を否定し、其の全てをその血で否定しろと。

 

 

 

 

 

 

 

 全ての亡骸が落ちた静寂の中で男の声が秋水の中から響く。

 

 

 

 人の世から切り捨てられ、世界の全てに否定され、幾億の憎悪に貫かれよとも砕けぬ憤怒。

 

 

 

 胸の奥で揺らめき続け、決して消えない炎が燃え続ける男の声。

 

 

 

 

 

 

 

 ──お前が■■を殺せ。兵装■■■■。

 

 

 

 

 

 

 

 景色が遠くなる。

 

 

 

 

 

 

 

 痛みもなく、苦しみもなく、消えてゆく夢の中で男の呪詛だけが、悲しみを持っていた。

 

 

 

 それだけがいつまでも残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 目覚めた秋水の腕には助けて欲しいと願った少女が抱かれていた。

 

 

 

 首から下を失くし、ただ眠るように瞼を閉じた亡骸を腕に抱え、秋水は辺りを見回す。

 

 

 

 

 

 

 

 首のない死体をどけて積み重なる亡骸の山から降りれば、水面にも漂う亡骸。水面を埋め尽くすような数の死体は誰もが同じ作りで、似たような顔立ちをしており、ここが死体の廃棄場だという事は秋水にも理解できた。

 

 

 

 自分が考えているよりも少女の命は軽く、引き継ぎを終えたISには必要のないモノだったと今更理解し、犠牲を出した自分の考えの甘さに秋水は切り替えるよう、小さく溜息を吐く。

 

 

 

 カジノの駐車場から眺めた湖畔によく似ているが、水面に浮かぶ死体など秋水は記憶にはない。だが、見上げた天井から見える明かりの漏れた景色は、カジノの内装に似た内部を覗かせる。

 

 

 

 どうやらカジノ自体もまともに営業などされておらず、全てが人形を作る為に稼働していた工場だったらしい。カジノ側の工場は地下とは違い、中年の男女、ホテルのウェイター、観光客など、街の住人や最近になって行方不明になった近隣の人間が生産されている。

 

 

 

 その中には落日の日に参加した軍人と同じ部隊の軍服が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

「夢のような光景だな……」

 

 

 

 

 

 

 

 少女と同じ顔の亡骸が積み重なるように沈み、百や二百では数えきれない人数が水面に浮かぶ。少女の一人、一人に視線を向けると、誰もが同じ顔をしており、それが全うな出生ではなく大量に製造された部品なのだという事だけは理解できている。

 

 

 

 虚ろな視線をさ迷わせるように漂う少女達を通り過ぎて、秋水は通路の奥にある小さな個室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 恐らく、そこが終着……始まりなのだと感じて。

 

 

 

 




ぶぅぅあいおれんすな作風ッスな、一徒さんや

次回の外伝更新予定は土曜日ごろになる予定


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

03.─兵装─

ごめんなさい!

土曜日と言ってたのに、日付を間違えてたよw


 

 

 

 

 

 

 心拍数モニターの小さな電子音と人工心肺装置の微かな呼気が、静寂の中で規則正しく響いている。

 

 

 

 分厚い扉には鍵は掛かっておらず、電子パネルには埃が積もっていた。回線の壊れて動かない隔壁と監視カメラや、電流の流れていない鉄条網。外見だけは隔離施設のような作りをしているが使われなくなって随分な時間が経過しているようだ。

 

 

 

 見覚えのある施設の作りにはなっているが、秋水が過ごした施設とはまた違う道の作りに、設計者とは似たような研究をすれば、外観まで似たような作りになるのかと侮蔑と懐かしさを滲ませるような軽薄な笑みを浮かべて一人苦笑する。

 

 

 

 厳重なロックを施されていたかつての隔壁を何度も通り抜けて奥へと向かい、辿り着いた小さな部屋は、秋水の過去とよく似た景色が広がっていた。

 

 

 

 病室のような個室は検査で使われるような密閉型のベッドが置かれ、その周囲を見慣れた機器が取り巻いている。役目を終えて壊れているかと思っていたが機器はまだ電気が生きており、秋水は記憶してある手順に従って見よう見まねの手付きで使用した経歴を遡った。

 

 

 

 暗い室内を表示パネルの微かな緑光が照らし、画面に表示された最終履歴を確認。最後に起動して作業を終わらせたのは、秋水がカンピオーネに入国した当日。つまりは出会った彼女は本当に生まれたばかりなのだという事が理解できる。

 

 

 

 彼女を製造した製作者はこの地下から動く事が出来ず、端末として彼女を産み出して外に向かわせたらしい。

 

 

 

 淀んだ空気と薬液の香りが混ざり合い、そして通路は更に奥へと続いている。秋水は奥へと進み、使われている部屋へと入っていく。

 

 

 

 唯一『使用中』と表示されていた部屋は医療用カプセルが中央に鎮座し、幾重にも繋がれたケーブルが床一面に張り巡らされるように壁へと伸びている。カプセルの中には出会った少女と同い年位の少女が透明な液体の中で浮かんでいた。

 

 

 

 肩口から覗く背中に繋がれた大量のケーブルが初めに目についた。ケーブルに繋がれた身体を計測する機械の類いが彼女の呼吸と脈拍を計測しているが、弱々しい反応は彼女の身体が既に限界なのだろう。肌の見える箇所は至るところが傷だらけで、それが戦闘ではなく強制的な成長と無理な複製による細胞への負担で出来た、内側からの劣化で出来た損傷だという事は履歴で確認している。

 

 

 

 秋水は機械類を触らないように少女のもとへ歩み寄るとカプセルの中へ手を伸ばし、液体で濡れる事も構わず少女の頬に触れた。

 

 

 

 

 

 

 

「あったかい……」

 

 

 

 

 

 

 

 瞼を閉じて身動きを取らなかった少女が見上げるように秋水を見つめ、触れられた事を拒むことなく震えた掌で秋水の手へ触れた。秋水は傷だらけの掌を両手で包むように握り、少女の視線に合わせて膝を曲げる。薬品に浸る彼女の手は冷たくなっていたが、それでも生きている事を訴えるように掌に熱を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

「そう、あなたはここまで来たのね」

 

 

 

 

 

 

 

 呼吸が落ち着いてきた少女が小さく呟き、身体を此方へ向けた。ケーブルが彼女の動きを制限しているようで、酷く重たげに身を起こす。

 

 

 

 

 

 

 

「ここでの実験は私達の複製」

 

 

 

 

 

 

 

 秋水は静かに頷き、知っていると答えた。

 

 

 

 出会った少女も目の前の彼女も、恐らくは襲ってきたISもベースは同じ人間なのだろう。

 

 

 

 そして、その複製元となった試験管ベビーの情報はリリィやトーラ達と同じ亡国機業が出自元だ。

 

 

 

 スイスか、カンピオーネか、そのどちらかは不明だが、この国の誰かは亡国機業からデータを買い取り、自らの技術で不完全なコピーを複製し続けた。そしてオーガコアに手を出し……乗っ取られた。

 

 

 

 だが、この街がこの実験を始めた理由とオーガコアの暴走するタイミングがどうしても秋水の中でずれる。仮に落日の日にオーガコアを此方に引き寄せたとすれば、この実験は何の為に繰り返されていたのか。どれだけ繰り返せば、あれだけのコピーを使い潰せたのか。

 

 

 

 

 

 

 

「オーガコアを呼び寄せたのは大人じゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 秋水の疑問に答えてくれたのは少女だった。

 

 

 

 

 

 

 

「オーガコアが私達を複製し続けて、新しい力の為にもう一つのオーガコアを取り込んだの」

 

 

 

 

 

 

 

 さっぱり話についていけずに、秋水は目をしばたかせた。オーガコアとは本能の塊。破壊衝動と使用者の欲求に従って理性なく暴走する化物の筈だ。仮に制御できたとしても、亡国機業のように独自の制御方法が必要になる筈。それを可能とする開発者がカンピオーネに潜伏しているというのか。

 

 

 

 秋水の疑問に対して、少女はゆっくりと首を横に振る。傷だらけの顔を秋水の方に寄せ、身体を支えていた秋水に寄り掛かるように身体を預けた。

 

 

 

 小さな右手には小さな子供用の玩具のような指輪が握られ、それを秋水に震えた手で握らせる。そうして、秋水がその指輪をしっかりと受け止めると、安心したように息を吐いた。

 

 

 

 震えた唇は秋水の疑問に答えるように呟き、その眼には悔しさを滲ませた涙が溢れ落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

「オーガコアは……私達に寄生を繰り返したの……最初は産み出された一体に取り付いて内蔵付近に食い込み、試験管ベビーと一緒に成長していった。でも、途中で製造に追い付かなくて自壊すると、別の個体に自分のコアごと引き継がせた……新しい身体が産み出される度に寄生を繰り返して、試験管ベビーがオーガコアの規制に耐性を付けるまでそれは続けられた。

 

 

 

 当時の科学者がどこの研究者なのかは私には解らない。でも、彼らは単体で寄生を繰り返して成長を続けるオーガコアに喜び、その成長を妨げる事はしなかったと研究資料に残ってる……」

 

 

 

 

 

 

 

 少女は苦痛を堪えるように唇を噛み、涙を溢して続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「他の子達は皆殺された。……私達は製造ラインから放棄され、別のデータに改良された試験管ベビーが増やされた。自己成長を繰り返したアイツの言いなりになっているとも気付かずに……」

 

 

 

 

 

 

 

 秋水は近くにあった機器を操作して履歴を遡る。破棄されたデータの虫食いから少女が口にした履歴を探り、小さな圧縮データから少女の記憶していたIDコードを打ち込み、情報を閲覧した。

 

 

 

 英雄作成。その為の幾人もの素体を実験に使った人体実験データと、始まりとも呼べる英雄を信じた人々が迎えた一つの末路。

 

 

 

 

 

 

 

 秋水は事件の始まりとも呼べる各国の暴走を知り、読み進める。

 

 

 

 

 

 

 

 カンピオーネには過去に一度だけ、アレキサンドラ・リキュールが立ち寄った経歴があった。

 

 

 

 偶然か必然か、どういう理由にせよ彼女は陸戦部隊の一部を連れてカンピオーネに滞在し、それを過去の住人は喜んで迎え入れた。

 

 

 

 そして何事もなく彼女は街を離れ、協力を申し出た街の有権者達へ一つだけ言い残したという。

 

 

 

 

 

 

 

 ──「決して自分達から、私に協力したとは伝えないでくださいね?」

 

 

 

 

 

 

 

 英雄からの一つだけの願いに彼らは頷き、そのまま時は流れていく。

 

 

 

 そして十年前。「それ」は起きた。

 

 

 

 街への爆撃。それは過去にアレキサンドラ・リキュールが立ち寄ったというだけで引き起こされた襲撃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 英雄が立ち寄った。

 

 

 

 彼女の信奉者が残っているかもしれない。

 

 

 

 彼女亡き今、報復があるかもしれない。

 

 

 

 英雄の意思を継いで何かをするかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 ありもしない恐怖が騙し討ちをした各国の恐怖を煽り、凶行へと走らせた。

 

 

 

 巨大な爆弾が地上へ落下して炎と衝撃を撒き散らし、爆炎と爆風が容赦なく建物を薙ぎ倒、街路を妬き尽くす。

 

 

 

 寝静まっていた平穏な街は一瞬で炎に包まれ、人々の悲鳴と絶叫の渦巻く地獄へと変わった。

 

 

 

 街が無惨に焼け崩れ、紅蓮の炎に包まれながらも生き残った一握りの住人。彼らの願いは虚しく、英雄に関わったという訳のわからない名目で裁かれ、誰も救われる事が無かった。

 

 

 

 爆撃の事実も強襲すらも航空機の墜落という嘘で塗り固められ、まるで不幸な事故とでもいうように襲ってきた悪魔が笑みを浮かべて生き残った住人を嗤う。

 

 

 

 

 

 

 

 生き残ってくれて良かった。

 

 

 

 街の再建を協力しよう。

 

 

 

 亡くなってしまった人達の分まで生きて欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 生き残った人々は願う末路の果てに壊れ、その日より地獄は再編される。

 

 

 

 街の再建で使われた資金がISに関わり、立ち止まりそうな時には見ず知らずの誰かが資金援助や技術提供を申し出てくれた。

 

 

 

 試験管ベビーの遺伝子情報やスイスから提供されたISコアも彼女からの援助だという。

 

 

 

 彼らに協力する名も知らぬ誰かを疑う事もあったが、それを疑う事も許さぬ程に潤沢な援助を差し出され、二年前にはオーガコアすら用意された。

 

 

 

 技術提供と技術者支援によって続けられた研究は街の生き残りすら置いて瞬く間に続けられ、最後には街の住人や研究者ごと巻き込んで皆殺しにしたらしい。

 

 

 

 そうして、完成した悪鬼はただ一つ。それが今のカンピオーネを支配し、何万もの死者を敷いた屍者の国を作り上げたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 オーガコアが暴走をするのではなく、オーガコアが死を繰り返して自我を手にし、遂には街の人間すら呑み込んで女王となる。

 

 

 

 荒唐無稽とも取れるような事態に秋水は世界がぐらりと歪んだ気がして、思わず頭を押さえた。

 

 

 

 頭痛は止まらず、何かを訴えるように秋水の記憶を遡らせる。

 

 

 

 傷だらけの少女も、壊れた機械も、積み重なった死体も、秋水が既に『経験』し思い起こせぬ『記憶』として彼岸の先に置いてしまった壊れた景色だ。どれだけ思い起こそうとも秋水の意識は『過去の自分』を思い出せず、額縁に飾られた出来の悪い絵画でも眺めるように遠くから眺める今年か出来やしない。

 

 

 

 それでも、その景色を思い出せと『記憶』が訴えてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 自分を産み出した父を殺した瞬間を。

 

 

 

 助けられなかった同じ境遇の仲間と呼べたかもしれない犠牲者を。

 

 

 

 自分を残して居なくなってしまった同類を、家族と呼べたかもしれない人々を。

 

 

 

 

 

 

 

 自分から■そうと目覚め(覚醒し)た始まりの記憶が、秋水の意思とは無関係に『機能』を呼び起こそうとする。

 

 

 

 

 

 

 

「たぶん、私も……もう、もたない……最後の力で作ったのが、あの子だから」

 

 

 

 

 

 

 

 秋水の耳元にこだまする少女の声が力無く響いた。思わず抱き起こし、頭痛も無視して彼女を抱き止める。

 

 

 

 小さくなった身体は酷く軽く、抱き上げても重さを感じなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「何人も見てきた……使えなくなる子達も、侵食されて作り替えられる子達も……色々と失敗して、身体が保てなくて……」

 

 

 

 

 

 

 

 言葉を切り、絞り出す。悔しさを……

 

 

 

 

 

 

 

「頑張ったの……頑張ったのよ…………いつかは、外に、出られるように………………頑張ったの…………造られていく、妹が……ひとりでも助かるように…………っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………………………頑張ったの」

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………………………頑張ったのよ?」

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………………………お願い……私は、もうダメだけど…………助けて、あげて……………………」

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………………………殺して、終わらせて……」

 

 

 

 

 

 

 

 ふっと、彼女の手から力が抜けた。秋水はその手を握り返す。でも、もう握り返される事は無かった。小さな腕を握り締めると、不意に不愉快な高い笑い声が響く。

 

 

 

 生きていた事を嗤う様な笑い声だ。心から可笑しそうに、少女をそいつは嗤っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「困るのよね。勝手に助けてーなんて。元々産み出された後は使い潰されるだけの命ですし? ほら、あなた方も家畜とか可愛いからっていつまでも育てたりしないでしょう? それと一緒 」

 

 

 

 

 

 

 

 着飾った白いドレスのISに乗る少女。それがオーガコアの宿主ではなく、オーガコアそのものだという事は理解している。

 

 

 

 

 

 

 

「元々自分から産み出せる『能力』まで付与できたのは少なかったんですが……まぁ、寿命なら仕方無いわ。それに、引き継ぎ出来るのは私だけですし、端末はまた造ればいいですから……アハッ、持っていかれます? 街の特産品みたいなものですし。死んだだけならまだ使えますよ? ふふ、何なら外のもお好きなだけ」

 

 

 

「そういえば、お前ってオーガコアなんだよな。ベースは何?」

 

 

 

 

 

 

 

 少女の亡骸をそっと寝かせ、興味なさげに秋水は聞き返す。獣や昆虫をベースとして成長していくオーガコアにしては、随分と流暢に喋るせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「私のベースは『人間』よ。獣や昆虫なんて有り得ないわ。私は理想の自分を産み続けて、完全な美しさを手に入れるの。元々ベースとなったデータの姉妹も完成品とは程遠いし、外見も私の好みじゃなかったわ。ねぇ、それより聞いて? 観光客も、街の住人も、誰も私が認められる美しさなんて持ってなかった……酷い話よね? 見た目が汚い人間なんて、何人重ねても意味ないのに。どうせならもっと大きい街が良かったわ」

 

 

 

 

 

 

 

 饒舌に語る悪鬼が奪い続けた命を嗤い、使い潰して尚も辱める。彼女にとって街の人間も、巻き込んだ誰かも、その全てが餌でしかなく、自分の材料としか思っていない倫理観の無さは、確かに壊れている。否、最初から人間としては破綻しているのかもしれない。

 

 

 

 そうまでして積み重ねた研鑽の果てに何を望むのか。そうまでして、何に成りたいのかと秋水は聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

「完璧な人間に決まっているでしょう? 過去には英雄と呼ばれる人がいたじゃない。私はああなりたい。歳も取らず、姿も変わらず、永遠に美しいままでいたい。そこまでいけた英雄さんは自分から死んでしまった事は情報で理解しているわ。馬鹿よね、永遠に美しいままでいられるのに、自分から手放すなんて。私はそんな事、絶対にしないわ。美しいままいられるなら、その美しさを残すべきよね!」

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、悪鬼は愉しげに嗤う。

 

 

 

 

 

 

 

「こんな小さな街じゃ足りなわ! もっと大きな街で綺麗な人を沢山集めて、私はもっともっと綺麗になるの! 永遠の美しさで永遠に生きるのよ! その為の力は私にはある。生み出して、使い潰して、全ての命が私の為にあるの!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ──だから貴方の命も私に頂戴? 

 

 

 

 秋水を『氷血銀装(アナスタシア)』と呼ばれた兵装が貫く。その右腕にはもう一つの宝石が嵌め込まれ、生き物のように煌めいた。

 

 

 

 

 

 

 

「この兵装を自立させる為にもう一つのコアが必要だったの。私は幾らでも人形を増やせるけど、あくまでも人形を増やすだけ。使い潰しても武器には出来なかった。でもね、この子は違うわ! 最初に破壊衝動と食欲だけをセットで育てて、私のコアに繋いで制御したのよ。元々は私と同じコアだけど、既に上下関係は完成させているの! 私の言うことに従う、とても可愛い子(ペット)なのよ! この子だけは特別。永遠を生きる私の傍に置いてあげているの」

 

 

 

 

 

 

 

 オーガコアを利用した悪鬼兵装(オーガウェポン)とでも呼称すべきか。

 

 

 

 恐らく装備として使用されているのがスコール達の探していたオーガコアだろう。その前から動いていた悪鬼がどの段階で街に侵食し、屍を増やしていたのかは秋水にはどうでもよかった。

 

 

 

 秋水は子供用の指輪を握り締め、静かに悪鬼達を見下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

「貴方が握り締めているのはただのISコアよね? スイスから運ばれていたのは聞いていたけど、私の言うことも聞かないから捨てていたの。子供用の指輪なのは何故かしら? あ、ねぇねぇ、もしかしてだけど、あの死に損ないが子供達に握らせていたの? やだ、そう思ったら凄く可笑しいわ! 本気で生き残れるって信じたのかしら? 生きていても、どうせ長くないのに! 調整が出来なければすぐに壊れてしまうような不完全品が、私の傍から離れようとしたの? ふふっ、材料のくせにね」

 

 

 

 

 

 

 

 秋水の血液に浸る指輪が淀みなく稼働を続け、精製を繰り返す。亡くなる最後に少女が装着を命じ、自分が死ぬ事を条件に全て権利を秋水へと譲渡した、一機のみ。

 

 

 

 世界でただ一つ、少女が手放したたった一つのコアにだけ繋がるISの使用権利。男性でも使える事に科学的根拠はなく、非科学的な理屈。

 

 

 

 

 

 

 

 命を賭して秋水へ託した自由への翼。

 

 

 

 

 

 

 

 貫かれ、投げ捨てられた秋水が死体の山へと吹き飛ばされて水面に叩き付けられる。

 

 

 

 異常な再生能力で傷の癒した秋水の身体をISの装甲が纏う。緋色の全身装甲。従来のISとは違い、四肢のパーツは驚く程に小さく、秋水の全身を包むのは彼と変わらない体躯のパワードスーツ装甲。

 

 

 

 大型スラスターや飛ぶ為の大型可変翼は無く、小型の翼が背中に繋がるバックパックと、足の裏から展開された装置がシールドを展開し、秋水の足場を空中に形作る。

 

 

 

 表情を覆い隠すようなマスクが更に薄緑色のバイザーで表情を隠し、装着が完了した秋水の背中を緋色の光る翼が噴出する。

 

 

 

 

 

 

 

「なぁに、その紅い色……私のより綺麗な色なんてこの街にはいらないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 不愉快そうに告げた悪鬼が左腕を空へと掲げ、彼女の号令に応えるようにカジノの床に面した天蓋が砕け、秋水達のいた水面へと兵士を降下する。

 

 

 

 住人を模して造られたまま、待機していた兵器が悪鬼の意思に従い獲物を殺す忠実な兵士として武器を展開。数にして凡そ二千を超える悪鬼の走狗となった亡霊の群れが、王女の命を受けて名も無きISへと矛を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 起動したばかりのISは初期段階から操縦者への適合を開始する為、本来であれば稼働したなかりの秋水は十全に扱う事が出来ない。それが通常の状態であれば。

 

 

 

 だが、指輪型の待機状態を握り締めた秋水の血液はISコアへ直接伝わり、秋水の情報は既にISコアが適合を終えている。

 

 

 

 装着したISは自らの意思で操縦者となった秋水の情報と獲得すると同時に、秋水の特殊な能力を一時的に獲得する。

 

 

 

 

 

 

 

『緋々色金』と呼ばれた紅緋血装とは異なる旧世代最悪とも呼ばれた『英雄殺し』を目的とした禊の呪いを──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──迫り来る二千を超える亡者の群れを前、朽葉の『秋水』は真の能力を起動させた。

 

 

 

 

 

 

 

(兵装:『八握剣』拘束開放 最終兵装:『天璽瑞宝』顕現 ■■■■:『十呪神宝』接続 失敗 単独顕現開始)

 

 

 

 

 

 

 

 頭の中に自然と浮かび上がる指令と忌々しい祝詞。

 

 

 

 亡者が眼前に迫る中で、秋水は何も見えていないかのように瞼を閉じて祝われる事の無い祝詞を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

「布留部 由良由良止 布留部(ふるべ ゆらゆらと ふるべ)」

 

 

 

 

 

 

 

 敵の刃が秋水の身体に突き刺さる。槍か剣か、数える気にもならない歪な刃の群れに突き上げられ、オーガコアの持つ『絶対破壊』の能力がISのシールドを貫通して装甲ごと秋水に刃を突き立てた。

 

 

 

 突き上げられた肉体から零れ落ちる血潮が、自分を兵士(人)として繋ぎ止める最後の枷が外すような感覚。

 

 

 

 突き刺した胴体から溢れる血液が誰の目で見ても致命傷と思わせるが、それ以上に目を奪われた光景は秋水の右腕。だらりとぶら下げ脱力していた右腕の掌から鮮血が溢れ、刺された傷口よりも大量の血液が秋水の右腕を中心に循環していく。

 

 

 

 敵全てを殺す『血刀』。抜刀すれば目の前の敵を必ず殺す。己の殺意を血刀へ映す『禊』から秋水は『兵士』でなく『道具』へと。

 

 

 

 秋水は頑なにこの刃を抜こうとはしなかった。抜いてしまえば誰かの命を奪い、自分の意思に関係なく手を汚す。それが避けられない機能だったから。

 

 

 

 

 

 

 

 循環した血液が薄く引き伸ばされるように広がり、まるで何かが回転するように円を描く。その異物は秋水の右腕を中心に広がり、ISの右腕を包み込んで一つの手甲へと姿を変えていく。

 

 

 

 通常のISと同じ人型の五指は爪先の鋭い形状に変化して腕の先までは漆黒に染まり、武士甲冑のような無骨な装甲に包まれる。

 

 

 

 右腕の肘から下が身に纏うISとは違う装甲に包まれ、回転を終えた血液が振り払われるように、秋水の右手の甲には剥き出しの刃が装備される。

 

 

 

 緋色の刀身で誂えた両刃の刀剣。右手に繋がる部分に柄や鍔は無く、手の甲に装備された円形の部品と刀身だけが接続された状態だ。

 

 

 

 

 

 

 

「……ハッ なぁに、ソレ? 貴方が人間だなんて、もう人か武器かも疑わしいじゃない……」

 

 

 

 

 

 

 

 嘲笑う悪鬼の声に侮蔑と嘲笑。振り抜かれた刃の醜さを嗤うままに群れへ追撃を命じ、亡者の刃は突き上げられた秋水へと再び攻撃を繰り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 ──刹那、突き刺した刃先から秋水が消え、亡者の群れの真下に着地する。

 

 

 

 秋水の着地から数秒もせずに秋水に向けられた武器の先端が無残に崩れ落ち、刃を失った武器の先端から秋水が右腕の剣を振り抜いた事だけは目の前の光景から理解できた。

 

 

 

 

 

 

 

 目に追えない速度に悪鬼すら驚愕するが、それも彼女は余裕の笑みを浮かべる。そうだ、この化物は何も理解していない。ただ攻撃をするだけでは自分の子供達を傷つけることなど出来はしないのだ。

 

 

 

 敷き詰めた血液による無限の再生と増殖。この能力がある限り、あれがどのような武器であろうと自らの優位は変わらない。

 

 

 

 速度には驚かされた。──だが、それはなんの驚異にもなりはしない。

 

 

 

 悪鬼は追撃を命じ、武器を再生して秋水へと反撃をしようとしたがそれは叶わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 一度斬られれば、ただの傷一つで終わる。

 

 

 

 

 

 

 

 切断面に血刀の破片が付着し、その破片、緋々色金は秋水の殺意に従うままに即座に侵攻を開始する。恐ろしい速度で体内へと。

 

 

 

 再生する刃先の再生速度よりも遥かに速い速度で切断面から破裂するように、歪に形状を破壊して武器を持つ腕や接続部へと侵食し、武器だけでなく装備した腕や肩、胴体にも破壊を繰り返していく。

 

 

 

 メインユニット、ISコア、操縦者の命、それがどのような『部品』であれ破壊を目標として、それは一気に駆け上がり、相手の命を切り裂き奪う。

 

 

 

 

 

 

 

 緋々色金は人の思念に反応して形状を変える性質を持つ。秋水の相手に対する明確な殺意に呼応したならば、その変化は殺すまで止まらない。

 

 

 

 無論、緋々色金と為手の同調律は、通常それが出来る程ではない。

 

 

 

 だが唯一、朽葉秋水だけ。朽葉秋水だけは自分自身の一部として緋々色金を内在させ、十余年の実験で生き延びた彼だけが、この呪いを可能とするのだと。

 

 

 

 この無形必殺の刃だけが『英雄』アレキサンドラ・リキュールを殺すのだと信じられ、十年前に彼女が亡くなった今でも刃は生かされているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして切り裂かれた亡者は一機たりとも残らず機能を停止させ、斬られた全ての機体が崩れ落ちた。再生する筈の機体が無残にも装甲を膨れさせ、歪な形状のまま殺されている。

 

 

 

 

 

 

 

「……っ! 殺しなさいっ! あの化物を全員で殺すのよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

(■■■■:『十呪神宝』接続 失敗 領域展開:『静寂暗翳(しじまあんえい)』縮小起動 戦域描画機構最適化開始)

 

 

 

 

 

 

 

 命じられるままに飛び出す亡者が秋水の目の前を覆い尽くし、その群れに対して秋水は右腕を跳ね上げて一番近くにいた敵の首を即座に数体分切り落とす。

 

 

 

 止まらない進軍と止むことのない攻撃が数千の群像に映り、秋水の視線には彼らの動く数秒先が薄い幻像のように敵の次の動きを予測させてくれる。

 

 

 

 バイザーで隠れた秋水の目元が漆黒に染まり、秋水の認識する視線の先が白と黒の二色に塗り分けられた。

 

 

 

 影法師のように分けられた二色の世界の中心に赤い点が一つ。赤い点は瞬時に敵の目の前を駆け巡り、幻像ではない敵の心臓を、首を、急所を正確になぞるように埋め尽くしていく。

 

 

 

 まだ赤い線が走り抜ける間にも関わらず、秋水は目の前の赤い線を右腕の剣でなぞり、剣は秋水の意志に応えるように線の上に沿って滑り始め、それに呼応するように秋水の肉体は運動を開始する。

 

 

 

 一閃、赤い線を正確になぞった剣筋がその位置に存在した敵の首を正確に切り落とし、それらが毒を全身に巡らせて機能を停止させる。

 

 

 

 殺した敵の背を足蹴に不安定な姿勢から宙で一回転。迎え撃つ亡者の反撃に対して武器を切断し、肘から腕を無くした亡者の首の上に映る赤い線を一閃。返す刃で振り抜かれた血刀が更に数体を仕留めた。

 

 

 

 勢いを殺すことなくISの運動能力に任せた機動力と血中の緋々色金を活性化させた身体能力で数名の亡者を切り倒し、赤い線をなぞる剣筋は無駄を極限まで削ぎ落としたように流れるような動きで速度を増して命を奪っていく。

 

 

 

 秋水を中心に展開された『静寂暗翳』は秋水が敵を斬る為に最適な軌道を常に計算し続け、肉体の機能、その骨格、身体バランス、緋々色金の状態、装備の性能、重量、敵の能力、戦闘予測、地形の形状、それら全てを常に情報として血中濃度が上がって処理速度の強化された秋水の脳内に叩き込むように強制的に算出を続け「もっとも効率の良い運動の軌跡」を秋水の視覚情報に与え続ける。

 

 

 

 理論上、その情報を使用者本人が処理し続けていられるならば最短時間に最大多数の敵を葬る事の出来るその演算は秋水の能力と合わさる事で、本来の性能を活かしたまま多くの敵を殲滅できるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

(警告:血中緋々色金濃度危険域突破 解:身体損傷無視 対処:強制再生継続 余剰血液体外放棄 兵装展開継続)

 

 

 

 

 

 

 

 その全ての負担を秋水本人が負担するという代償に。

 

 

 

 遠距離から銃撃が秋水を穿とうと放たれ悪鬼の特性を付与された弾丸が秋水を襲う。

 

 

 

『静寂暗翳』の映し出す赤い線が即座に銃弾をなぞり、秋水の意志とは別に反応した右腕が刃を創り出した光景と同じく秋水の肉体から緋々色金を噴き出した。

 

 

 

 急激な緋々色金の造血によって体内で処理しきれない鮮血が秋水の体外へと吐き出され、彼の身を守るように穿たれた弾丸へと降り掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 噴き出した血潮が瞬間的に凝結と硬化を重ね、薄い何層もの装甲へと変化し、血で作られた霞のような盾は食い破られながらも加速を殺して秋水への致命傷を避けた。

 

 

 

 構えた天璽瑞宝の刃が弧を描いて線をなぞる。狙撃者の首へ目掛けて刃がしなり、それを防ぐように狙撃者と秋水の間を遮る亡者が立ち塞がった。

 

 

 

 盾役の亡者を死角に仲間ごと貫く反撃をした敵の刃と弾丸が盾の層を貫いて秋水の腹部と肩へ深々と突き刺さる。

 

 

 

 身体を貫かれた衝撃を無視した秋水の殺意が噴き出す血液を吐き出した直後、秋水のIS装甲ごと貫通させて敵を刺し貫き、新たな刃が精製される。

 

 

 

 傷口から創られた装飾のない両刃で出来た洋装の短刀。刀身だけの投げナイフのような刃が花の種が飛ぶように無造作に射出され、近くの悪鬼を無造作に突き刺していく。

 

 

 

 天璽瑞宝は使い手の殺意に忠実に応え、突き刺さる悪鬼の傷口から毒を巡らせ、秋水を狙撃者へと届かせる道を繋ぐ。

 

 

 

 視線の先で赤い線が陽炎のように揺れ動き、赤い線をなぞるように秋水の剣筋が『殺意』を届かせる。

 

 

 

 味方に貫かれた亡者は回転した秋水に斬撃に首を落とされて機能を停止させ、貫いた短刀の毒が刺し傷を中心に全身を膨れ上げて殺した。

 

 

 

 味方を刺した亡者も全身を貫かれ、秋水の殺意を伝播された刃に首を落とされ、攻撃をした姿勢のまま殺された。

 

 

 

 狙撃した亡者は即座に離脱するも、仲間の血と残骸を斬り裂いた刀身が逃げる背中に刺され、血の泉に釘付けにされる。機能として反射し、抵抗したのはほんの一瞬。全身に巡る殺意が原型を残さぬ程に崩し、また首を落とす。

 

 

 

 秋水自身も体に叩き込まれた損傷が心臓からの指令により再生。血液を噴き出した傷口は即座に損傷した体組織を蘇生させ、全身を巡る緋々色金の金属が失われたISの装甲を修復。

 

 

 

 敵を追い求めた刀身が役目を終えて強制的に機能を失うと腕の部品から切除され、亡者に残された刃の残骸が一瞬で錆びて崩れる。

 

 

 

 

 

 

 

 これが朽葉の『秋水』。英雄を殺す為に生まれ、英雄を殺す事を目的とした殺戮兵器『十呪神宝』の性能の一端。

 

 

 

 

 

 

 

 英雄を殺す為だけの呪いとして創られた『十呪神宝』は適合者の肉体を制御下に置き、緋々色金に侵食された者の肉体を、ありとあらゆる肉体的損傷を修復・復元する。

 

 

 

 その圧倒的な性能は適合者の生命活動が停止したとしても強制的に蘇生し、心臓として活動する『天津璽瑞宝』が稼働する限り、その肉体を強制的に稼働して戦闘を継続する。

 

 

 

 かつての研究で適合者の全てが『天津璽瑞宝』の稼働に耐え切れず、心臓部分から自壊してきたが『秋水』は製造の過程から被験者達とは異なっていた。

 

 

 

 長期間の実験と『天津璽瑞宝』を破壊しようとした朽葉博士の実験により、秋水の心臓が通常の実験以上に破壊と再生を繰り返し、その再生回数と修復速度は博士が破壊を試みる度に加速度的に耐性を獲得し、遂には適合者の侵食から『秋水』本体が既に彼らの手にも負えない段階までの再生力を獲得する事となる。

 

 

 

 ただ一つ。『英雄』に対する尋常ならざる殺意と破壊衝動を負荷の代償として。

 

 

 

 仮にアレキサンドラ・リキュールのように、『英雄』のように人を導き、人を救う事を可能とした人物がいたとするだろう。

 

 

 

 そんな人物が『秋水』の目の前に現れたとして、その瞬間から『秋水』は殺意と破壊衝動により『英雄を殺す』為だけに『天津璽瑞宝』を起動し、それに関わる全てを殺し尽くす。

 

 

 

 例えそれが『秋水』にとってどのような人物であれ、家族も、親友も、恋人も、隣人も、恩人も、『英雄を殺す』障害となるのであれば、それらの全ての倫理と思考を殺意で塗り潰して彼らを全て鏖殺する。『秋水』は止まらない。

 

 

 

 目的を果たす為に『秋水』としての『人』としての全てを取るに足らないモノとして殺意が塗り潰す。『天津璽瑞宝』が求めるのは『英雄』の殺害のみ。その結果として使用者が傷付き、最終的に死んだとしても『秋水』ならば死なない。だが『秋水』の周囲が彼自身の手で奪われた罪過も後悔も『天津璽瑞宝』という機能にとっては瑣末な事象であり、『秋水』とは『英雄を殺す』為だけの最適な部品に過ぎない。

 

 

 

 ただ唯一の存在理由として『英雄殺害』を以て存在する兵装。現存する過去の遺物の中で最悪最凶として完成を忌避された呪いの一つ『十呪神宝』。

 

 

 

 必ず殺せ、と。

 

 

 

 なにを犠牲としても『英雄』を殺せ、と。

 

 

 

 英雄など世界の何処にも在りはしない。縋る全てを殺し、『英雄』などという機能など否定しろ。

 

 

 

 

 

 

 

 ──殺意で情報が塗り潰される秋水がどこか遠く誰かの願いを聞いたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 この殺意を秋水は否定しない。ここにいる亡者の全てが誰かの人生の残骸だ。

 

 

 

 一人、一人が確かに生きて、彼らにしかない生き方があった。彼らにしか分からない人生があり、大切なものがあり、帰りを待つ人がいて、多分、自分とは違って愛する人がいた。

 

 

 

 彼らはその大切な全てを悪鬼に奪われた。

 

 

 

 そして、彼らの帰りを待つ人がいる事を知っていながら自分は彼らを殺す。

 

 

 

 自分という存在が『人』としてではなく、『兵装』として『英雄』を殺す為に造られた全てを以て刃を振るう。

 

 

 

 そうしなければ彼らは還れないのだ。英雄を信じた信者も、大切な人の為に戦った彼らも。

 

 

 

 

 

 

 

 ──そして、家族を愛した彼女も、いつまで経っても救われやしない。

 

 

 

 

 

 

 

 彼女がそれを知ってしまえば、きっと自分の全てを掛けて救いに向かうだろう。今だって見ず知らずの連中を従えて、見たことも無い連中の為に一番前にいる。

 

 

 

 彼女にはそれを知って欲しくない。多分、いつか泣くと思うから。自分で思うよりも彼女は色々な事を受け止めて、気付かない内に傷を増やしていくと思うから。

 

 

 

 

 

 

 

 だから今だけは自分が殺そう。どれだけ後悔しても、誰も元に戻せない。誰かを殺す事で終わらせてしまうという当たり前の行為を、自分の意思で。

 

 

 

 大切なものを壊したままでも、守りたいものを守れるのなら、何度自分が壊れて構わない。自分の中で遠くに置き去りにしてしまった喪失の記憶。失くしたくないものを失う苦しさも、それを嘆く弱さも、秋水は多分知っている。でも、あの日を思い出せても涙の一つも流せない。

 

 

 

 

 

 

 

 英雄なんて機能に巻き込まれて縛り付けられている連中が居るのなら、もののついでに殺してやると。

 

 

 

 殺すことに救いなど押し付けるつもりなど秋水には無い、これはただの人殺しだ。

 

 

 

 

 

 

 

 英雄殺し。皮肉と憎悪を込めた救われたい側の泣き言も、悪と責める罵りも、そんなもので『秋水』は止まらない。繋がれた願いがあり、託された想いがあり、救わねばならぬ理想がある。

 

 

 

 ならば朽葉秋水は止まらない。たとえこの悪鬼が幾億の亡霊を生み出して阻もうと、秋水はそれら全てを『殺す』と誓ったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 ISが操縦者の意思に応えるようエネルギーを散布し、全身から紅い光を溢れ出す。

 

 

 

 その光景に、初めて亡霊を従えた悪鬼は恐怖を覚えた。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

04.─楽園追放─

 

 

「何よ、何よ、化物! 死んだ奴らの為に何を必死になっているのよ! 意味がないでしょう! 解っているの? もう壊れているの、役目を終えたの。そいつらは使い捨ての残骸なのは理解しているでしょう!!」

 

 

 

 目の前で斬られていく。情けも容赦もなく殺される自分の道具が、無惨に壊される事に憤り、悪鬼の女王は秋水へ怒りをぶつける。彼女からすれば捨てた塵芥を咎められ、その責任を責められるような秋水の暴虐に理解など出来はしないだろう。

 

 化物の殺す理由など女王には関係がない。化物が暴れようと、それを叩き潰して一から組み直せばいい。作り直せばいい。その為の無限に製造できる力は自らが持ち、外敵を屠る牙は既に兵装として自分に従えさせている。

 

 

 

「ああ、もういいわ。もういいわよ。貴方が暴れたいなら好きになさいな! 私も好きに殺すわ! だってここは私の国だもの。全員を殺して私が作り直した私だけの場所だもの。誰も救えない貴方が此処で何人殺そうと変わらないの、同じなのよ? 貴方を殺して私はまた作り直せばいいだけだもの!!」

 

 

 

 思考を奪い、自らの完成の為に戦闘以外の機能を演算に回した愛しき我が子。

 

 兵装に定着させたこの生きた武器は刀を振るう化物への恐怖など微塵も感じさせず、溜め込んだ血を震わせて唸る。この獣に恐怖など元より存在しておらず、既にこの武器に宿らせた我が子は化物を餌と定めて殺意を滾らせている。

 

 ただ目の前の獲物を屠り、その血肉を喰らおうとする肉食獣として自らの役目を果たし、自分を完璧な存在へと完成させる為の最高の武器にして最愛の子。それが殺意を滾らせるうねりの、なんと頼もしき事か。

 

 

 

「殺して! 殺しないさい! 私の世界にあんな化物必要ないの。さっさと殺してゴミ箱に捨ててきなさいな! 貴方が私の最強。そうでしょう!? あんなチビに私の獣は負けたりしないんだからっ!!」

 

 

 

 兵装『氷血銀装』の拘束を解錠し、本能を呼び起こす。兵装を餌とする異常なまでの食欲の本能と獣を掛け合わせたような異形の牙。『死肉屠獣』を縛り付ける為の制御を悪鬼は完全に解放した。

 

 右腕に埋め込んだ悪鬼のもう一つのコアが波打ち、形状を変形させる。丸みを帯びた頭部が大きく口を開くように裂ければ、獰猛な牙を揃えた頭部が獣の顎を造り出し、秋水へと狙いを定めた。

 

 

 

 最終兵装『暴呑巨蛟(おおみずち)』

 

 

 

 秋水の技『紅蛟』を模倣した高圧水圧による悪鬼兵装の体当たり。瓦礫と亡骸の残骸を巻き込んだ超大型の質量は蛇を真似、丸呑みにする巨大な顎。大量に放出された水銀の兵装を一点に集中させた大質量による力業は、例えどれ程の殺意であろうとも、一振りの刀剣では斬る事の出来ない水量を持って仕留めに掛かる。暴食の悪鬼は自身を一つの武器として秋水へと突貫する。

 

 斬り殺された残骸を巻き込む暴力と水量が生み出された亡者を巻き込み、名も無き群れが化物を押し潰そうと景色を埋め尽くす。

 

 

 

「ねぇ、化物! そんな小さな身体で何をするのか見せてくださいな? 貴方の刀なんてISには届かない! 私の獣に食べられて、そのままゴミと一緒にぐっちゃ、ぐっちゃに潰れて引きちぎれちゃえばいいのよ!」

 

 

 

 悪鬼は迎撃不可能な大質量の攻撃に勝利を確信し、破顔した顔で歓喜の瞬間を待ち望む。

 

 秋水はその光景を前に、静かに上体を屈めて構える。回避を捨て、異様に傾けた前傾姿勢が肩を低く落とす。質量を前にして倒れるように膝を崩して前のめりに崩れた。ISの姿勢制御による僅かにも満たない一瞬の浮遊感。倒れるような不自然な姿勢から右足を軸に足元で回転を始め、練り上げた呼気が一瞬で最高速での踏み込みへと切り替わる。崩れた姿勢から全身を捻る高速で回転、ほぼゼロ距離から助走を必要としない超加速。そこから生み出す零から百への音速での突撃が水圧の壁へと飛翔し、体重を乗せた姿勢からISによる瞬間加速を加えて獣へと斬り込む。

 

 狙うは獣の首ただ一つ。攻防一体の瓦礫と水圧によって遮られた要塞を前にして秋水は赤い線が示す軌道へと刃を振り抜いた。

 

 獣の咆哮とも錯覚する水の勢いが秋水を越えて、目の前の残骸を巻き込み全てを押し流す。

 

 

 

「斬穢法術(きりえほうじゅつ)・“叢(むらくも)”」

 

 

 

 一瞬の交差で造り出された巨大な体躯は幾重にも斬り刻まれて下腹の形状を崩す。下腹部を両断され、重なるように刻まれた刀傷がより深く切断。切り裂かれた傷口は溜め込まれた水量を支えきれず、腹部からの圧力で内蔵を撒き散らすように内部から残骸が溢れ出す。

 

 原型を保てずに地に伏した獣の残りが天璽瑞宝の毒に蝕まれ、斬られた傷口が赤黒く全身を蝕む劇毒に悪鬼兵装は呻き、ぎちぎちと歪むように蠢いた。

 

 静寂暗翳の標は正確にコアを斬り伏せ、肉厚の脂肪にもならない水量と残骸を秋水の刀術は容赦なく切り伏せる。悪鬼の核へと届いた刃は確かに傷を遺し、他の亡骸と同様に悪鬼兵装は蝕まれて巨体が毒によって至る箇所が爛れ、膨れ上がっていた。

 

 秋水は斬り伏せた獲物を確かめる事もなく、切除された悪鬼兵装の先へ視線を向ける。視線の先では武器を失った悪鬼の女王が悲鳴を挙げて膝をついている。その笑みに歓喜は消え失せ、恐れを抱く視線は秋水を悲壮な表情で睨み付けていただろう。

 

 我が子を殺した事を憎む母親のようにも見えるかと思ったが、そう錯覚した意識を秋水は嗤う。あれは他者を思って怒りを発露する輩ではなく、己の美を穢された事への怒りだと直ぐに解った。あの悪鬼は、自分の兵装を高らかに褒め讃えながらも、いざ必要なくなれば、若しくはより美しいものがあるならば、なんの遠慮もなく身に付けたものを捨てる浅ましさで塗り固められている。

 

 幾人もの犠牲を餌と言い切る悪鬼の所業ではなく、最愛と謳うその様でありながら、斬られたと知った直後になんの躊躇いもなく我が子と呼ぶ兵装を捨てたあの無様さが秋水には酷く滑稽に映るだけだ。

 

 

 

「■■■■■■────ッ!!」

 

 

 

 水面を弾く巨体が蠢く。まだ意識のある獣が死に体で唸っており、地べたを這いずり回って餌を求める姿が目に映った。獣は形状を保てぬ全身に毒が回り、再生を続ける先から無様に表皮がひび割れ、赤黒く血潮を噴出している。あの赤黒い血潮は恐らく奴の身体が精製した水銀ではなく、秋水の血刀によって侵食を続ける緋々色金が精製を繰り返し、内側から肉を食い破っているだけだろう。

 

 見るに堪えない醜さよりも、役目を終えた亡者の亡骸を食い潰して無理矢理生き長らえようとする足掻きが、万が一にでも彼女達を喰おうとする事が無いよう、秋水は意識を集中させる。

 

 彼女達の死は既に終えたものであると。例え亡骸を棄てられようと、その誰もが役目を終えて葬送されるべきであり、貴様の餌にする筋合いなど毛頭ないのだから。

 

 

 

『静寂暗翳』によって導き出された赤い曲線が蛇を掴むような幻視。赤い糸が絡みつき、その肉体の核となる悪鬼の魂へと標的を定める。

 

 

 

(警告:緋々色金異常出力 強制稼働:是 警告:血中濃度危険域 無視 警告:肉体損傷 痛覚遮断 失敗 『単一能力』:『火之迦具都治(カグツチ)』 照準)

 

 

 

 赤い曲線が小さな円へと膨らみ、包み込むように悪鬼の核を中心とした周囲の残骸を巻き込む。強制発動によって範囲は恐ろしく狭く、秋水の全身からは過剰な負荷による損傷から全身の装甲が軋み、装着している秋水の肉体にすら損傷を与える。

 

 肉体の損傷を高速で治療する筈の緋々色金の自己再生が阻害されてうまく作動しない。

 

 殺意に他の機能を阻害され、殺す目的のみを最優先とした事で秋水自身の余剰な損傷も無視して対象を殺そうとするような破壊衝動と殺害本能。

 

 秋水は自らに過負荷される損傷を無視してその殺意に身を任せた。

 

 

 

(警告:緋々色金異常出力 強制稼働:是 警告:血中濃度危険域 無視 警告:肉体損傷 痛覚遮断 失敗 『単一能力』:『火之迦具都治(カグツチ)』 発動)

 

 

 

 その直後。悪鬼の胴体の一部分を中心に景色が一瞬だけ歪み、刹那のような一瞬で削り取るように核となっていた部品が『消えた』。

 

 ISコアのエネルギーと緋々色金の持つ能力が創り出したもう一つの殺意の顕現。

 

 秋水の視覚より与えられた情報から対象を捕捉。照準によって定められた区画から標的を中心に情報は解析され、あらゆる物質、装甲、防御、エネルギーはその領域内に置いて消失する。

 

 

 

 これが『単一能力:火之迦具都治(カグツチ)』

 

 

 

 極小の領域に限り秋水の殺意を具現化したISの単一能力は、一時的な緋々色金の機能低下と使用者である朽葉秋水への損傷を代償に、対象空間内のあらゆる物体を原子単位まで分解・消失させる。

 

 

 

 次の瞬間、暴れていた大蛇の体躯は突如心臓部を失った事で、微かに揺らぎ、全身から血刀を噴出して原型を留める事すら出来なくなった。悪鬼の核で辛うじて保てていた肉体が、心臓部を失った事で制御を失い、獣は己が死した事すら気付く事も叶わずに消失したのだろう。

 

 

 

(警告:緋々色金 過負荷 対応:優先項目確認 解:通常機能低下 解:自動蘇生機能低下 解:血刀精製低下 解:血刀精製機能優先回復 解:全機能再起動一万二○○○秒以上 解:血刀以外再生起動用意 解:是)

 

 

 

 全身への負担が自分の『機能』を不全に落とし、ISの稼働すらままならない程に消耗させている。これ程燃費の悪い能力とは思わず、秋水も思わず膝を地面に付いて動けなくなった程だ。

 

 

 

(警告:血中濃度 危険 危険 危険 危険 危険 危険)

 

 

 

 警告が伝えるように秋水の全身を蝕むような不快感と損傷による痛みが襲う。それらを無視するように限界を伝える機能とは別に緋々色金が秋水の修復を続け、暴れ出るように精製を続ける緋々色金が右腕の刃を変色させる。

 

 緋色の刃の上をひび割れるような真紅の裂け目が刻まれていき、根元から次第に滲み出すように黒く別の色へと変色を開始していく。

 

 戦闘中であれば秋水の肉体が許容出来ない緋々色金は体外へと排出され、彼の殺意に応えるように形態を変えていくだろう。だが、今の秋水は自らの意思で排斥を止め、わざと濃度を高めている。

 

 ふいに、噎せるような嘔吐感に襲われた秋水が口から血液を吐き出す。床へ吐き捨てられた血液はドス黒く、既にこれが秋水の全身を巡っていると知れば敵であろうと悪鬼は目の前の化物に寒気を抱かずにはいられない。

 

 

 

「斬穢法術───『黒死英雄幕引刃誅(こくし えいゆう まくひき じんちゅう)』」

 

 

 

 己の殺意を顕現して『英雄(人)』を殺す。

 

 かつて朽葉博士がその人生を賭して造り上げた妖刀。『秋水』はその起源ともいえる一刀を悪鬼へと突き立てる。

 

 通常のISであればシールドに回すエネルギーも既に循環する再生機能へと発展させた悪鬼に身を守る子はおらず、防御に回す余力も残されていない彼女の無防備な腹部を秋水の黒刀が深々と刺し貫く。

 

 するりと抵抗もなく肌を裂く刀身を呆然と見下ろし、悪鬼は自らが刺された事を僅かに遅れて悲鳴を挙げた。

 

 刺突された刃が身を貫く痛みに悶え、直ぐ目の前に化物がいる恐怖から仰け反るように後ろへと倒れ込む悪鬼の女王。秋水はそれを冷めた眼で見下ろし、用は済んだとばかりに踵を返して何処かへと歩を進めて彼女から離れた。

 

 

 

「は……生きてる……まだ、生きてる……」

 

 

 

 見逃された。見れば秋水の突き立てた刃は腹部に残っている。どうやら彼は自分の意思で刀を根元から切除したらしい。だが、その目的も理由も悪鬼にはもうどうでも良かった。

 

 

 

「完璧な緋々色金……これさえあれば、また子供達は更に完璧な兵士に……!」

 

 

 

 既に肉体からは痛覚を切り離し、悪鬼は恍惚の笑みを浮かべて唇を醜く歪ませる。このままでは終わらない、何度でも何度でも繰り返せば良い。既にオーガコアとしての自分は捨て、幾つもの素体を作り替えた自分は新たな生物としての資格をもつ。こんな旧世代の遺物などに今度は遅れをとる事などありはしない。

 

 もう次の手段に使える『材料』は手に入れた。放置しても殺せると判断した化物の甘さと自分の中の幸運を悪鬼は歓喜し、残された刃へと新たな情報を求めて右手を伸ばす。

 

 黒刀へ触れようと伸ばした右腕が、肘から先がぼとりと痛みも無く崩れ落ちた。

 

 

 

「……は……?」

 

 

 

 ダメージのせいで構成が不十分だったせいだ。悪鬼はすぐさま修復する為に右肘へと意識を向け、右腕の再生を命じる。命じた右腕からは悪鬼の命じた女性の腕ではなく、緋色の刃が無数に内側から生えてきた。

 

 

 

「ひっ、ぃっ!! な、何よコレッ!!」

 

 

 

 悪鬼の肘から下を大小のサイズを無視して絶えず生え換わる刃が血液の代わりに溢れ落ち、自分の目の前に大量の刃を吐き出していく。

 

 思わず再生を中止させようとするも既に彼女の命令を受け付けず、右肘だけでなく右肩まで刃が飛び出しており、生身の肌を食い破るように刃物が彼女の右半身を覆い尽くそうとする。

 

 

 

「イヤッ! イヤァ!! タスケテ! タスゲッ……アッ、アァァァ!!」

 

 

 

 右半身から腹部、胸部、左腕、右足、左足……全身から血液が流れ落ちるように溢れだす無数の刃に埋もれながら悪鬼は逃げるように肉体を切り落として刃から逃げ出そうとする。だが、黒刀の刺さる胴体は既に命令を受け入れず、悪鬼の意思とは別に痛みを捨てた四肢からは捨てた先端から緋色の刃が生え換わり、首から下が全て刃を精製し続ける。

 

 悲鳴を挙げた喉から下顎にかけて内側から刃が食い込み、すぐに下顎から下を切り落とした。悪鬼は悲鳴も血の泡(あぶく)を溢す事も叶わず、身動きの取れないままに最後には眼球にまで侵食した刃が奪い尽くした。

 

 四肢を放棄して尚も精製の止まらぬ刃の群れに喰い千切られ、彼女の痛覚遮断の命令すら遮られるように切除される。悲鳴も懇願も叶わぬ死に体の残りを激痛と恐怖が悪鬼を襲おうと、彼女の得た再生能力が彼女から死を奪う。無尽蔵ともいえるエネルギーによる再生能力が途切れた命令から自動で再生を続け、奪い取る為だけに四肢を生やそうとする悪鬼の肉体を新たな刃が生まれ続ける。

 

 

 

 これが『黒死英雄幕引刃誅』

 

 

 

 英雄を名乗る悪鬼へと殺意を遺す為、自らの消耗も度外視する程の高濃度に圧縮された血刀の刃を、直接敵対者へと放棄する捨て身の絶技。

 

 刺された対象は本来の緋々色金が持つ毒性を直接打ち込まれ、緋々色金は対象者の全身を膨れ上がらせる前に全身へと毒を巡る事を優先させる。刺された痛みも無く病魔が蝕むように血管を介して全身を巡る緋々色金が侵食を終え、肉体の内部から高濃度の緋々色金が刺された対象の『血液』を媒介として無尽蔵に刃の精製を繰り返す。

 

 最初は傷口から。無尽蔵に溢れ落ちる刃が傷口から溢れる異様な光景。だが、一度侵食を開始した刃は止まることを知らず、血液を『素材』として精製された刃は刺された対象が生命活動を停止するまで全身の至る部位から刃を造り出して喰い破ろうとするだろう。

 

 刺された対象が殺し尽くせぬ再生力を持っているならば、その力を捨てでも己から死を選ぶまで刃を生み続ければよい。ただそれだけの身勝手な殺意。

 

 英雄を人として殺す為でなく、英雄を名乗る不死の悪鬼を殺す為だけに刻まれた新たな業がまた一つ『秋水』へと刻まれた。

 

 過去にセイバー・リリィを殺す為に業を刻んだ時のように、『秋水』は『英雄』として定めた標的を殺す為に刃が進化し続ける。刺し違えてでも殺す『相殺』を目的とした刃は、『秋水』として完成した事で不死に近い性能を呪いとして抱え、かつて朽葉博士の想定を越えた改悪をしている。例えそれを『秋水』の使い手である朽葉秋水本人が拒もうと、その呪いは『英雄』という存在がある限り、幾度でも彼に『英雄殺し』という役目を与え、人が求める限り彼らの前で英雄として讃えられた者を殺そうとするだろう。

 

 

 

 化物と恐れられ、在り方を憎しみで否定された朽葉秋水は。彼は今でも亡くした男の願いと共に生きている。

 

 

 

 英雄として讃えられようとも、英雄はどこまでも人なのだと。名前も知らぬ誰かの願いを背負い、誰とも知らぬ人々の声を独りで応える必要は無いのだと──

 

 英雄という『生贄』を選び、数多の群衆が積み重ねた負債を背負わせる『犠牲』などにする事は無いのだと、殺してでも救うと誓う朽葉博士が狂人としての願いが朽葉秋水の血を流れるのだ。

 

 既に殺した悪鬼から離れて一人歩いていた秋水は、不意に自らの右手を見つめる。

 

 自分の意思で刃を折った後は特に残っておらず、右腕にはなにも残っていない。散々殺し尽くした亡者の残骸も、脂と血の混じる不快な残り香は渇いてとうの昔に消えており、自分の中には空っぽな掌だけが残っている。

 

 何故かそれが酷く滑稽で、一人呟くと己で嗤ってしまう。

 

 

 

「くだらないよな……なんも進歩してない」

 

 

 

 二年前とまるで変わらぬ自分。助けたいと願うばかりで、何一つ守る事も、助ける事もできず、目の前の獲物を殺すばかりの自分がやってきた事はなんだったのか。秋水はけらけらと渇いた笑みを浮かべて嗤い続ける。

 

 

 

「爺さんの所で学んだ事いえば、金の稼ぎ方とギャンブルのイカサマ、家事雑用に書類の作り方。あとは、まぁ……お嬢の世話とかナンパのやり方くらいか? ああ、忘れてないよ。アンタがそのつもりで無くても、立派に殺し方も覚えたらしい。今回の件でよく解ったよ。 どう頑張っても俺に誰かを助けようなんて土台無理な話だ」

 

 

 

 ただ何かを諦めたように吐き捨て、だらだらと残骸だらけの地下を出ていこうとすると、持っていた端末から聞こえた小さな声に反応する。

 

 声の主はトーラだった。また難しい顔をしていたが、秋水は自分の周りに見える景色も適当にはぐらかして帰る事を伝え、街の外で陸戦部隊と合流する事を確認。その時、漸く自分が丸一日連絡をしていなかった事を知った。

 

 

 

 リリィから説教か、レオンからの小言か。めんどうくさそうに頭を掻いて出口へ足を向ける。ふと、振り向けば役目を終えたISが鎮座していた。緋々色金に侵食されたパワードスーツの部品は原型を残しながらも罅割れたように装甲が崩れ、高濃度の緋々色金を無理に取り込んで稼働し続けた代償から至る箇所のパーツが錆びて朽ちている。

 

 胸部の中央からコアが排出されて、子供用の指輪だった待機状態とは違う小さな立方体となって転がり落ちてきた。小さな箱が緋色に輝きを放つが、秋水はそれを一瞥すると何事もなかったようにISの残骸を通り過ぎる。

 

 既に少女との約束は果たした。命を賭けて託してくれた願いに自分が応えられたのかは本人にも解らない。だが、その願いを確かめる術も秋水にはもう無いのだ。ただ、その願いを託されたのが彼女達なら──

 

 

 

 ──騎士王は……

 

 ──銀の射手は……

 

 

 

 ──────この子達を救えたのだろうか? 

 

 

 

 もう終わってしまった事だと自分を納得させながら、朽葉秋水は屍者の国から誰にも気付かれずに姿を消した。

 

 そうしてカンピオーネから生者は消えた翌日。カジノの一部から街が崩落した一件は地盤沈下による事故として処理され、屍者の国は誰にも知られる事なく日常へと埋め尽くされていく。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 ISの開発される少し前の話。

 

 思い出せる記憶なんてものは少年には無く、彼が今も語るのはただの情報としての記憶。

 

 ただ、それでも少年にとっては始まりであり、まだ彼に『朽葉』という銘はなく、ただの『秋水』だった頃の話だ。

 

 

 

 少年が目覚めた時、辺りは真っ暗で何も見えず、今どこにいるのかも、目を覚ます前の事も何一つ彼は思い出すことが出来なかった。

 

 鉛のように重い体を引き摺って起き上がると首には何かが巻きつけられているのが触れた感触で解ったくらいで、他には何もかった。

 

 ふらつく足取りで光の射す方へ少年が向かうと、光の目の前には壮年の白衣を着た男性が一人。

 

 誰かもわからないままに少年は男へ向けて小さく一言。「お父さん」そう声を掛けた。

 

 

 

 男は少年を見下ろしたまま、冷たく告げる。

 

 

 

「私を父親と呼ぶな。秋水」

 

 

 

 それが彼の思い出せる朽葉博士との最初の思い出だった。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 秋水と呼ばれた少年の日常は同じ日々の繰り返し。

 

 起床、朝食、訓練、昼食、検査、調整、検査、訓練、夕食、睡眠の繰り返し。

 

 毎日のように様々な人形と戦闘を繰り返し、あらゆる戦闘パターンを繰り返す。

 

 武器を命令によって変更し、使い方がわからなくとも調整の中で奇妙な機械を繋がれれば使い方を直ぐに覚えることが出来る。

 

 少年が嫌いなものは検査。

 

 幾人もの研究者が朽葉博士と共に現れ、機械に繋がれた秋水へ赤い液体を注入していく。

 

 直ぐに全身を痛みが襲い、身体や手足から刃が突き出し、それを制御しろと博士は命令をするだけ。

 

 沢山集中して、沢山頑張らないと刃物はいうことを聞かず、検査が終了してもいきなり騒ぎ出すように刃物が出てくるから秋水は検査が嫌いだった。

 

 一日を過ごすのは無愛想な職員が殆どだが、自分以外にも研究所に子供がいるのは知っている。短い移動時間の中で職員達と一緒に通る通路の先にいる同い年くらいの子供達。年齢は十歳から十五歳くらいまで、秋水と歳が近そうな子も大勢いる。

 

 だが、秋水は彼らに近寄ることを許可されていない。一緒に渡る職員が許さなかったし、朽葉博士が許可をしなかった。それなのに職員の誰もが自分の前では表情を変えないくせに、彼らの前でだけ笑ったりしているのは少しだけ面白くないと思っていた。

 

 

 

 一人で過ごす秋水にも楽しみな時間はある。

 

 自室とも呼べない広いだけの部屋で相手をしてくれる義兄が二人いることだ。戦闘用の人形に感情のデータを移しただけの擬似人間。本当の人間ではないが、どういう仕組みなのか二人とも自分と同じようによく笑ってくれる。

 

 自分にはこの二人の兄が居る。そして、彼らは研究さえ終われば博士も秋水のことを迎えに来てくれる、離れている子供達とも遊べるようになると言ってくれていた。

 

 あの頃はいつか終わる研究というのが、幸福な終りであると疑っていなかった。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 暫くの訓練だけが続く毎日の中で、普段とは異なる警報が鳴り響き、秋水の自室には厳重な封鎖がされる。義兄がすぐに戻ると言い残して秋水を部屋に残したが、秋水は二人が心配で閉鎖されていた部屋を抜け出した。

 

 元々緋々色金をベースに開発をした施設なら、秋水に扱えない事は無い。義兄がこっそり渡してくれたIDを使い、秋水は隔壁の外へと義兄を迎えに向かった。

 

 隔壁の外は施設中に見た事もないような傷跡を残し、誰かに襲われていた。まだ鳴り止まぬ警報が施設中に鳴り響き、遠くからは銃声や爆発の音が聞こえる。秋水は壁から流出した緋々色金に掌を浸し、義兄の居場所を探った。

 

 緋々色金からは何も伝わらず、何処にも居場所が解らない二人を探すように銃声から離れるように施設の中を探し、二人を探す度に何度も遠目から見た子供達の死体を見つけた。

 

 銃で胸を貫かれ、白い衣服を真っ赤に染めた子、頭を打ち抜かれ、後頭部がぽっかりと無くなっている子、腰から下が無くなっている人や精製した武器に内側から食い破られている人も倒れている。

 

 義兄の二人も彼らと同じように誰かに傷付けられているのかと不安が秋水を襲い、足取りが覚束無いまま、まだ襲撃者の到着していない区画へと辿り着いた。

 

 そこには何もなく、訓練場のようなただ広いスペースとも違う不思議な空間だった。白い家具が置かれ、壁に貼り付けられた写真には攻撃してきた子供たちの食事風景や寝顔の写真が乱雑に貼られている。

 

 そのどれもがカメラを向いておらず、この部屋の持ち主が彼らに知られないまま、まるで生きていた頃を残すかのように撮られた写真ばかりだった。

 

 暗がりにいたのは朽葉博士。言葉も数回しか交わした事のない博士は眉一つ動かさずに秋水へ何かを命じた。

 

 その瞬間、秋水の意志を無視して右腕から精製された赤い刃が博士へ突きさされ、痛みなど感じていないように自らを貫いた刃を静かに見下ろしている。

 

 突如制御を無視した『機能』に秋水は刃を引こうとしたが、命令を受け付けない。朽葉博士は狼狽える秋水に気にした様子もなく抑揚の無い声で少年を「秋水」と呼んだ。

 

 貫く刃が父親を穿つ。必死に食い止めようとするも、血の刃は秋水の命令を拒むようにじわりと父親を貫いていく。

 

 自分の命令を聞かない事に命令権が父親にもあるのだと秋水は気づき、父親に対して止めるように「博士」と叫ぶ。

 

 自分の手で家族に刃を突き刺した感触が残り続け、自分の全身を這うようにまとわりつく嫌悪感から逃げ出すこともできず、秋水は父親を叫び続けた。

 

 今ならば助かるかもしれないと、名前も知らない朽葉博士を「博士」と叫び続けて。

 

 だが、自身の躰を貫かれながらも朽葉博士の双眸は秋水を静かに見つめ、必死に「博士」と叫ぶ秋水を沈黙したまま見つめていた。痛みで声が出ないのかと刃を食い止める秋水だったが、朽葉博士が遺した言葉は秋水にとって残酷ともいえる宣告になる。

 

 

 

「お前は失敗作だった」と。

 

 

 

 言葉の意味が分からずに聞き返すこともできなかった秋水だったが、朽葉博士は最初から彼に語りかけてなどいなかった。

 

 秋水を前にして尚、その意識は秋水ではなく、彼の肉体に取り付けられた兵装に対しての呪詛のようなものだった。

 

 朽葉博士は確かに英雄を殺す刃を作った。彼女の為かといえば、別にそう言う訳でもなく、彼は純粋に英雄というものに憧れよりも敵意の方が強かっただけだ。

 

 英雄として人々に求められる時代を憎み、英雄のいる時代を蔑む。

 

 人々が求める生贄がより多くの犠牲を生むのだと、それ解っていながらも求め続ける人の業を彼は憎んだ。

 

 故に、人を人として殺す為に刃を生み出した。

 

 英雄として何かを成し得た者を殺め、それがただの人なのだと世に知らしめたいと願った。

 

 故に彼は自身の求めた刃を追求し、追い求めた。

 

 英雄を殺す為の兵装として数々の兵装が共に発案され、犠牲の中で生み出され、命と共に捨てられ、名も知れぬ骸だけが博士の前に積み上げられていく。

 

 英雄を殺そうとする思想など当時は受け入れられるワケもなく、程なくして朽葉博士は同じ志を持った者達と共に追放され、何人もの同胞が咎人として裁かれた。

 

 志す篝火は小さく、振り返ればその犠牲は救いたいという願いからは遠く、いつしか英雄と呼ばれた彼らとは異なる狂人と呼ばれる存在へと堕ちていた。

 

 自分のような存在が悪なのだと世界は言うだろう。それを彼は否定しない。犠牲の上に目的を成すことを是とし、英雄という曖昧な存在の為に命を積み上げる自分達は間違いなく悪人であり、狂人なのだ。

 

 それでいいと思った。いつか世界が、英雄と呼ばれるものが自分達を裁こうと構わないと思っていた。

 

 だが、それでも作り上げたいものがある。

 

 英雄が全てを救おうとしよう、それを人々は歓喜するだろう。

 

 

 

 英雄ならば救ってくれる。

 

 嗚呼、もう大丈夫だ。英雄がやってくれる。

 

 英雄さえいればいい。英雄さえいるなら大丈夫だ。

 

 

 

「英雄がいるなら、自分達はもういいだろう」

 

 朽葉博士にとって、英雄に負債を押し付けるような結末だけは耐えられなかった。

 

 

 

 だからこそ英雄だろうと人であると知らしめたかった。その為の刃を造りたかった。

 

 卑怯な話だが世界が求めた英雄に対して、彼らに背負わせた負債を捨ててやろうと。

 

 憎まれようと、恨まれようと、人々から恨みを買おうと、誰か一人が背負う責任なんてものは無くなればいいと……

 

 英雄と呼ばれる彼らにも誰かを思う心があり、帰る場所がある。

 

 彼らを思う家族が居るのなら、一人に背負わせるべきじゃない。

 

 朽葉博士は罪の告白でもするかのように、そう口にした。

 

 余りにも身勝手な話だと、自分で嗤い、蔑むように自分の進んできた道を貶す。

 

 

 

 何故十年も過ぎて自分の道が間違いなのだと気づいたのか、何が過ちだったのか……

 

 その問いかけを自分へ向けた朽葉博士は最後に秋水へハッキリと自分の指を突きつけた。

 

 

 

「お前のような存在が完成してしまったからだ」

 

 

 

 英雄を殺す為の刃がお前のような作品に仕上がってしまった。

 

 完成はした。お前の肉体に定着した緋々色金は完全に同調し、移植した心臓はお前の全身へ緋々色金を流し込み、全身の血管から細胞、神経系まで全てを緋々色金と同調するよう変異させた。

 

 お前はこの十年で全身を緋々色金に耐えられるように改変させ、進化させていった。人が人ならざる方向へ進んだという意味ではあれば、朽葉秋水という存在は種として替えのない完全な個体として扱う事になるだろう。

 

 朽葉博士は当時、心臓は役目を終えて摘出するつもりでいた。だが、その心臓は事もあろうに秋水の元へと強制的に戻っていった。

 

 此方で摘出し、外部で何度破壊を繰り返そうと心臓は元に戻り、緋々色金が活性化して超速再生を繰り返す。

 

 心臓の摘出された貴様を廃棄する為に何度も殺した。だが、それも意味がなかった。

 

 切断、銃弾、粉砕、爆発、焼却、冷凍、破壊、腐食、劇毒、多種多様の方法から多種多様の薬品まで試そうとも貴様は何度死んでも蘇る。

 

 心臓そのものを摘出しようとも、全身に適応した緋々色金が貴様を生かし、排出された心臓がどれだけ離れようと、どれだけ壊れようとも蘇る。

 

 成功はした。だが、朽葉としてお前は完成とは呼べない。

 

 お前こそが化物だ。お前こそが英雄に殺されるべき化物であり、お前のような存在は間違いなく在ってはならない。

 

 故にお前は死ぬべきだと。英雄に討たれ、人としてではなく、化物として早々に死ぬべきだと。

 

 朽葉の研究は英雄を殺してでも救いたいという願いからは逸脱した。成功した唯一の貴様という存在が、英雄を追い詰めて人から追いやるのならば、お前は死ぬべきだ。

 

 呪詛のように自らの死を望む父親に縋る様な思いで朽葉博士と呼ぶ秋水に、博士は憎悪を込めて命令する。

 

 その声音に救いはなく、差し伸べる手などとうに無いのだと、秋水を絶望へと追いやった。

 

 ガラス越しに眺めるしか出来なかった光景。被験者へ手を伸ばし、彼らに父親と呼ばれて笑う姿は自分には手に入らない。そう理解するしか無い秋水に向け、朽葉博士は血反吐を吐き出して吼える。

 

 

 

「お前は在ってはならない存在(もの)だと。私はお前を否定する。

 

 眼前の敵を殺すしか出来ない失敗作め。死ぬまで苦しめ化物。

 

 私は貴様の管理権を完全に放棄する。以後、貴様は誰の命令を受けることもなく、自らの刃で死ね」

 

 

 

 やめてくれと叫ぶ秋水が最後に父さんと叫んだ──

 

 

 

「気安く呼ぶな──化物」

 

 

 

 秋水の願いも虚しく、心臓を深く貫かれた朽葉博士は呻く事も出来ずに首を切り落とされ、力無く死体が崩れ落ちた。

 

 最後の指令を全うした刃はこれより完全に秋水へと隷属する事となる。

 

 

 

 その瞳は最後まで秋水を息子として写すことは無かった。

 

 

 

 貫かれた刃が形状を変えて秋水の体内へと戻り、秋水の手元は自分の刃を握り締めた返り血で鮮血に染まる。

 

 心臓を貫き、首を切り落とした鮮血が血を巡り秋水へと記憶を映像として残す。

 

 父親と呼びたかった博士の記憶はあれほど恨みと憎悪を込めた呪詛を自分に吐き出しながら、伝わる記憶は全てが被検体だった子供達の記憶ばかりだった……

 

 血の涙を流して秋水は吼える。

 

 仲間へと向けられた眼差しは確かに本物で、そして自分に向けられた言葉にも嘘はなく。

 

 そして実の父親は、実の息子である秋水に殺す事だけを求めていたのだと。

 

 家族だと信じた義兄が告げたのは確かに真実で、朽葉博士が生きて欲しいと最後に願ったのは子供たちで、その願いを彼らは伝えられながらも家族として此処を死に場所として選んでいた。

 

 

 

 そこに、一度として秋水の顔は映らなかった。

 

 

 

 博士の残した刃は秋水の殺意を確かに形に変え、その殺意は父親への憎悪でなく、確かにこの世界への憎しみが形になったものだった。

 

 刃の中央で崩れ落ちた秋水は血の涙を拭う事もなく、父親が残した命令を叶えようと立ち上がる。

 

 

 

 どうすればいいのか判らないままに、ただ一つ、自分が死ぬ為だけに行動を開始する。

 

 

 

 そうして、最初に出会ったのは金色の髪をなびかせた小さな少女だった。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

「ああ、そういや俺と似ていたな」

 

 

 

 亡国機業に戻って既に数日。使われていない倉庫を資料の保管庫にした雑な作りの倉庫の中で、秋水は思い出したように一人呟く。

 

 今思い出せば、地下の実験施設も彼女達の環境も、どこか自分と似ていたかもしれない。

 

 オーガコア二つを壊してISコアも回収せずに戻ってきた秋水。流石にこれは解雇で殺処分か実験動物(マウス)落ちかと適当に考えていたが、戻ってきた秋水を待っていたレオンからは休みを言い渡されただけで終わった。

 

 壁に貼られたカレンダーの日付を捲くり、秋水は部屋の外へ出る。

 

 

 

 引き継ぎも必要のない完全な休日。しかも連休。秋水は事件の件など忘れたように振る舞い、飄々と街へと出かけた。

 

 




次回最終予告


全ては元へと戻り、少年にも日常が戻る。



人は何に従うべきで 何を探すべきなのか?


THE・ EPISODE『Scarlet』―終幕―


そして外伝は、本編へと繋がっていく


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

05.─終幕─

さあ、やってきました。初の太陽の翼外伝ラストを飾るお話の始まりです

今回、あとがきは特別に本作を書いてもらいました一徒さんによるものです。そちらの方にも是非ともお目をお通しください


 

 組織のお目付け役として付き従う監視役の目を盗んで抜け出し、初めて一人でギリシャの街を散策した昼下がりの路地裏。興味本位で奥へと進んでしまったトーラをカモと狙った小悪党が彼女を囲い、有り金とトーラの貞操を狙って下衆な笑みを浮かべる。

 

 無理矢理抜け出そうとしたトーラがチンピラを壁の染みにしようとした瞬間、助けたのは秋水だった。

 

 紙袋を抱えた買い物帰りの姿で給仕服の秋水は脚だけでチンピラを倒し、全員が倒れた頃に漸くトーラに気が付く。彼女もそこで自分の名前を教える事ができた。

 

 

 

 ──……お前、あの隊長様の姉かなにか? ……違う? ……ああ、妹なのか。似ているな……どうでもいいけど。

 

 

 

 初めて出会った頃、トーラは秋水に興味など無かった。多分秋水も初めて出会った頃の事なんて覚えてないかもしれない。

 

 

 

 ──来いよ。姉ちゃんに会いに来たんだろ、店まで送ってやる。

 

 

 

 買物帰りに紙袋を抱えた秋水は亡国機業の幹部として距離を置かれていた彼女の手を躊躇うこと無く握り返し、迷う彼女を嫌な顔もせずにリリィの元まで連れて行ってくれた。

 

 恐怖も、忌避も、恐れもなく、トーラの正体に無関心な秋水は、それでも通りに並ぶ店をキョロキョロと眺めてしまう彼女の歩幅に合わせて歩き、彼女が興味を持った店の前で立ち止まってしまえば嫌な顔もせずに待ってくれる。

 

 見ず知らずの他人へ当たり前のように付き添い、ずっと傍にいてくれた。

 

 秋水本人はもう覚えていないかもしれないが、それがトーラ・マキヤと朽葉秋水の最初の思い出。

 

 

 

「ふふっ……いい夢だったなぁ……」

 

 

 

 懐かしい思い出に頬を緩めて微笑むトーラはベッドから身を起こす。

 

 枕元には秋水とリリィを模した手製のぬいぐるみ。着替えを取りに来たクローゼットには壁一面に秋水の写真が大小様々なサイズで貼り付けられ、部屋の隅には人が一人分入っても余裕のある大型の檻と、ワンルームで扱えそうな高級そうな家具が取り揃えられた生活スペース。

 

 異様な部屋の装飾は全てトーラ自身が自分の寝室専用にと特別に用意した代物ばかりだ。着替えを終えた彼女は幹部業務で使う机とは別の少女らしい小さなテーブルに手を伸ばし、置いてある写真立てに柔らかく微笑む。

 

 

 

「今日も頑張ろうね」

 

 

 

 写真立てに入れられた自分、リリィ、秋水とで撮られた写真を何よりも大切そうに見つめ、彼女は今日も幹部としての役割を果たしに外へと向かう。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 カンピオーネでの作戦も終わり、亡国機業本部へ戻ってきてから数日後の夜。

 

 珍しく完全な非番を連休で貰えた秋水はいつもの資料室で古びたソファーにだらしなく寝そべっていた。

 

 自主トレを終わらせた後は適当に外で食事を済ませて隊舎に戻り、資料室の床に置いたままの古いテレビからは海賊放送で手に入れた映画を流して貯まっていた映画を消化して、だらだらと休日を満喫する。

 

 滅多に休日の無い陸戦隊で秋水の唯一ともいえる、まともな休みの過ごし方だが、どうも今回の休日は満喫出来ていなかった。

 

 見損ねていた山積みの新作も、気に入っている作品も適当に選んでは再生してみるが、どうにも台詞やシーンが頭に入ってこない……

 

 

 

「……連休とか次は何年後か分かんねんぇのに……」

 

 

 

 ここ数日は陸戦隊の隊員やリリィ、レオンすら小言も命令も出さずに過ごせるというのに、こんな時に限って何を見ても楽しめないのは悲劇としか言いようがない。

 

 どうしたものかと悩んではみるが、秋水も自分で原因が解っていない以上は何かをしようがない。

 

 時間はまだ夜の九時頃だが諦めて寝てしまおうかと思い、テレビを消してリモコンを放り投げた時、資料室の扉が開いて誰かが入ってきた。

 

 

 

「秋水、出かけるぞ」

 

 

 

 声を掛けてきたのはレオンだった。休日は終わりかと思い、秋水はめんどくさそうに答える。

 

 

 

「制服着替えるから二分待って」

 

「いらん、私服で来い」

 

 

 

 夜に出かけるのは珍しくないが、私服で出ろとは珍しい事を言うもんだと思い、秋水はソファーから身を乗り出してレオンの方を見てみる。そして驚きの余りそのまま前のめりにソファーから倒れた。

 

 レオンは珍しく軍服でなく私服で扉の前に立っていた。私服は何度か見たが、どれも堅物な雰囲気の崩れないスーツのような服ばかりで、おまけにテーブルマナーやドレスコードまで一緒に指導してくるものだから軍服とは別の意味で緊張させられる事が多々あった。

 

 だが今日のレオンの私服は明るい色のサマーシャツと薄手のズボンでいつもの黒を基調とした堅物ジジィ(陰口)とは全く別人で、別の意味で緊張させられた。

 

 

 

「ど、どちらへ向かうんでしょうか……」

 

 

 

 驚きのあまり敬語で質問する秋水に対して、レオンは振り返らずに外へと出て行った。

 

 反応されないのはよくある事なので秋水もジャージから外着に着替え、ジーンズと薄いシャツを重ね着して資料室から外へ出て行った。

 

 

 

 ──―それが昨日の夜の出来事。

 

 

 

 そこから列車で揺られ、街に到着すると夜中なのに何故か船着場にいるフェリーに乗ってミコノス島まで向かう。そして朝の十時頃から既に二時間弱……

 

 何故か秋水は釣竿を持ちながらレオンと海釣りをしている。

 

 

 

「エーゲ海って塩分濃すぎて釣りになんねぇのに……」

 

 

 

 というか、海釣りそのものはどうでもいい。問題はこの暑さだ……

 

 シャツ越しにもジリジリと肌が焼けてくる日差しに耐えながら一人で釣竿を垂らす秋水。

 

 隣にはもう一本釣竿があるが、持ち主のレオンは昼が近くなると竿を見ていろと言って何処かへ消えていった。

 

 何をしに来たのかとレオンに尋ねたい気分ではあるが、景色は悪くないと秋水は思う。

 

 暑さや潮風が若干辛いが、目の前に広がる青い海はとても綺麗で、真っ白な建物と合わさるこの景色はそのうちリリィやトーラにも見せてみるのもいいかもしれない。

 

 

 

 

 

 海を眺めていると、レオンが両手に大きめの紙袋を三つ持って戻って来た。

 

 手渡された二つの紙袋から潮風に混ざって焼ける肉と香辛料の匂いがして、紙袋の一つを開けると、中にはギュロスが大量に詰め込まれている。

 

 もう一つには出来たての骨付きソーセージが何本も突っ込まれていた。

 

 ギュロスは肉料理で薄切りのラム肉をにんにくやヨーグルトに和えた野菜をポテトと一緒に円形のパンに挟んだケバブに似た料理で店も多く、巻いてある包み紙が何種類かある。

 

 どうやら幾つかの店を回って纏めて買ってきたらしい。

 

 

 

「食え」

 

「……ありがと」

 

 

 

 残った紙袋から炭酸水を取り出し一本を秋水に手渡す。

 

 冷めるのも勿体無いので、秋水は釣り竿を置いて黙って食べ始めた。

 

 

 

「食欲はあるようだな」

 

 

 

 ギュロスとソーセージを十個ほど平らげ、二本目の炭酸水を開けた所でレオンがおもむろに口を開いたが、秋水は返事をせずに食べ続ける。

 

 

 

「店の店員から聞いたぞ。注文して一口も食べずに帰るのが三日も続いているとな」

 

「あー……そうだっけ?」

 

 

 

 実際、この三日間何を食べたか秋水は特に覚えていない。代金は全部払っている筈だから問題はないと思っているとレオンは続けた。

 

 

 

「どこで何を注文しても一口も口にしない、声をかけても空返事で代金だけ置いて出て行くとな。 他の連中が何かしたのかと疑われてツケが効かないらしいから詫びておけ」

 

「それは逆にいいことだと思うわ」

 

「リアンとスイレイの怒りを買った連中がクレイモアの前で吊るされていた」

 

「ごめん。二人に謝ってくる」

 

 

 

 プロの傭兵をぶちのめす姉代わりの二人がにっこりと笑みを浮かべた。多分、二、三日帰って来られないかもしれないが、何故かスイレイはレオンに甘く、リアンはクレイモアの従業員宅に秋水を住まわせたがる。

 

 ……下手をしたら逃げられない緊張感が秋水の背筋に冷たい風を流し、背筋を震わせた。

 

 

 

 結果的にはツケが溜まって柱に縛られる隊員を回収して支払いを立替える事をしなくても良くなると思えば秋水としては歓迎するが同居は別だ。

 

 普段はロクに反応もしないのに、今日は妙に会話に乗ってくるレオンを珍しいと思っていたが、これだけ景色のいい場所にいるのに互いに出てくる話題は陸戦隊の連中ばかりだというのが別に嫌な気分でも無いというのが不思議なものだ。

 

 暫くの間は二人で普段話さないような他愛のない話を紙袋が空になるまで続けていいた。

 

 

 

「……釣れないな」

 

「ギリシャは海の塩分濃度が濃くて魚が棲みにくいからな」

 

「じゃあなんで俺ら竿を垂らしているんですかね?」

 

「釣りだからだろう」

 

「魚いないけどな」

 

 

 

 昼も過ぎて人通りも増えてきた頃、何度目か解らない質問をする。

 

 何故ここに連れてきたのかも説明が無いのなら自分もどこかをぶらつこうかと思っていた頃、そんな秋水の飽きを察したのかレオンは海を見ながら独り言のように呟いた。

 

 

 

「大切な何かを失った時、人は取り零したものをどうあっても取り戻すことができない。 失ったまま生きていくしかないものだ…… 失ったまま生きて、そうしていつの間にか手にしたものを今度は失わないようにと守る事を繰り返す。人が大切なものを手にし、それを守りたいと願うのは理屈じゃない……ままならないものだが、世界とは、繋がりとはそういうものだ」

 

 

 

 それが何を意味するのか、秋水は尋ねずとも解っていた。最後まで姉妹を助けようと抗い、それでも救いきれずに自分を犠牲にした少女。

 

 もう救えずに終わった話を、今もまだもっと救える方法があったんじゃないかと考えてしまう自分がいる。

 

 

 

「守る事の出来なかった過去を背負ってお前はどうする」

 

 

 

 そう告げたレオンの瞳は秋水を捉えた。失いながらも生き続ける男の瞳が言葉以上の何かを秋水に語る。

 

 

 

「それでも背負うよ。俺はそうしている人達をもう知っているからな」

 

 

 

 答えは最初から決まっていた。悩む事はあっても立ち止まる必要は無かった。失いながら、それでも歩き続ける兵士の群れに自分はいるのだから。

 

 

 

「ならば今より強くなれ、お前が守りたいものを守れるように」

 

 

 

 そう言ったレオンの表情はいつものように強く、厳しい表情なのに、その瞳は見たことがない程に優しく見えた。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 流石に釣りに飽きた秋水が街をぶらつきたいと言い出し、レオンは釣竿を垂らしたまま秋水の自由行動を許可する。

 

 喜々として街へと駆け出す秋水の背中を見送るレオンは先程までの優しげな空気を削ぎ落とされたかのような殺意を持って背後の幹部へと声を掛けた。

 

 

 

「何か御用ですか、キャスター・メディア」

 

「そう邪険にするなよ、アタシから労うなんてまず無い事だぞ?」

 

 

 

 普段と変わらぬゴシックロリータの衣装に白衣を羽織る最古参の幹部。『魔術師』の名を待って深淵から世界を牛耳る悪魔へレオンは振り返る。

 

 

 

「労いをして頂くような事は何もしておりません」

 

「誤魔化すなよレオン。幹部が何も知らないなんて、食われる事を自覚しない間抜けな家畜のような勘違いをしているワケじゃないだろう?」

 

 

 

 今の彼女の表情や声音を聞けば、幹部としての暴虐さと冷酷さを知る者達は驚きに眼を見開き、背筋を凍らせるだろう。

 

 それ程までに今の彼女は見るからに上機嫌でにこやかにレオンへと語りかけていたからだ。

 

 以前態度の変わらないレオンの不遜とも取れるような態度など気にした様子もなくメディアは釣竿を垂らしていた淵へと飛び乗り、レオンと目線を合わせて続けた。

 

 

 

「まずは祝わせろよ。お前らのお情けが随分と上等な兵器になったじゃないか。ガラクタ同然の骨董品がオーガコアに対抗するような刃になるとは刀匠連中だって誰も思わなかっただろうよ。しかも男でありながらISコアまで扱ってみせた。育てた弟子があれだけの成果を魅せたんだ。かつての仲間だったアタシだって労いの一つもしてやるさ。

 

 立派な男だよ。お前があのゴミ屑と違って本当の息子なら、アイツもさぞ胸を張って誇らしかっただろうにな」

 

「……やはり、あの街の実験は貴様が主導していたか」

 

 

 

 カンピオーネの実験は企業でも規模が大きすぎる。国家間、幾つかの国が合同で実験でもしなければ帳尻の合わないプロジェクトのようなものだ。それをイグニッション・プランにも提出されず、IS委員会も関与していないというのは有り得ない事だろう。

 

 レオンを中心に陸戦部隊のメンバーは亡国機業を介さずに独自の捜査を各々が続け、この数日で実験に関与していた企業や政治家を突き止め、今も尚、情報を収集している。

 

 

 

「勘違いすんな。オーガコアを運んで好きにやらせたが、オーガコアそのものが自我を持って成長しようとするケースなんて滅多に無いレアなケースなんだ。アタシは材料だけを放り込んで周りの庭を整えてやっただけだ」

 

「その結果が街の住人を殺し、罪もない命を消費する化物の成長か。人間を生み出そうとする傲慢さは変わらないな」

 

「あのゴミが人間? ひゃはっ、お前も真に受けすぎた。アレは自分が人間の上位種になったと勘違いしているようだが、そんな大したもんじゃない。アレのベースは『カビ』さ。何人にも寄生して粘着したから知識を引き継げたんだろうが、それでも寿命はどうしようもなかった。アレは元々短命でな? あれ以上成長したくても消費する分が増大してばっかりで、あれ以上の成長は望めないのさ」

 

「生み出した責任は己にはないと?」

 

「思い上がんな野良犬。それに英雄になろうとするガラクタをアタシが放置すると思うか? そんな計画をした政治家連中は全員の首をすげ替えて脳味噌に直接激痛を与えてやっている最中だよ」

 

「魔女の狂信者を己で処罰するなど子供が部屋の片付けをするようなものだろうに」

 

「よく解っているじゃないか。だからアタシはカンピオーネを世間には晒さなかった」

 

 

 

 メディアにとって己以外はどうでもいい。自分の研究にとって有益か不利益か。先代の英雄アレキサンドラ・リキュールへの偏愛が無ければ世界の全てがどうでもいい生粋の狂人であり、至高の天才の一人と呼べる。そんな彼女が自室を出てまでレオンの元へ出向き、自らの実験の証拠を隠滅しながらも事後処理の全てを行った陸戦部隊への要求だろう。

 

 その内容を理解しながらも彼女に続きを促し、無駄なやり取りを嫌うメディアは取り繕うことなく求めた。

 

 

 

「要求って程じゃ無い。あの『秋水』トーラの部隊に配属させる。なぁに、暫くは風当たりが強いかもしれんがアタシからの推薦と知れば周りも直ぐに黙るだろうよ。なんならトーラの副官として置いてやる。アイツもお気に入りみたいだからな、喜ぶだろうよ」

 

 

 

 たまには親らしく与えてやらねぇとな。心にも無い台詞で笑う。

 

 事後報告のように決定事項だと言い張り、秋水の居場所を扱うメディア。彼女からの要求ならば彼の血液や兵装の解析に回されるかと思っていたレオンだったが、彼女は返事をしなかったレオンの態度に面倒くさそうに舌打ちを返して嘲るように口端を歪めた。

 

 

 

「理解していないのか? お前のトコロじゃ持て余す。リリィには勿体無い兵器だと教えてやっているんだよ。それともお前らはその為に育てているのか? アイツを見殺しにした自分達と同じ間違いを犯さない為に、今度こそ殺せる武器を自分達で用意したってか?」

 

 

 

 十年前に彼女を見殺しにしたように、今度はリリィも見捨てるのかと。そのような間違いを繰り返さない為に、今度は必ず殺せる刃を自ら鍛えて己の罪悪感への慰めにするのかと。

 

 既にメディア・クラーケンにとって陸戦部隊は仲間ではなく、最愛の英雄を殺した世界の屑共と同罪の罪人でしかない。故に彼女は彼らが秋水を引き取ると聞いた時、今度こそ自分達の手で英雄を殺す為だという手段なのだと理解した。

 

 リリィを隊長として担ぎ上げた事すら己の罪の意識を薄れさせる為の生贄なのだと理解した。

 

 彼らは過去から亡国機業から動くことも出来ず、過去の栄光に縋るのではなく罪悪感から償いの場と贖罪の機会を伺っているだけの負け犬にしか過ぎないのだと。

 

 

 

 そう思っていた。

 

 

 

「心配ご無用。アイツは俺達と違い弱くはありません」

 

 

 

 迷いなく言い切るその瞳を見るまでは。

 

 十年前、まだ先代のアレキサンドラ・リキュールがいた頃と変わらぬ光にも似た「何か」を瞳に宿し、未だに輝き続ける奴らの信念にも似た炎がメディアを射抜く。

 

 コイツは、陸戦部隊の連中は誰もがセイバー・リリィを信じ、そして自分達の意思をあの刀が引き継いでくれるとおめでたい思考で信じている。

 

 

 

「その甘さが武器を錆びつかせる事を理解しないからテメェは死ぬのさ、レオン」

 

 

 

 信奉者の末路など何度も見てきた筈だ。故に彼女はまた一つの別れをもって過去を切り捨て、街の雑踏へと消えていくかつての仲間の背中越しにそう呟く。

 

 

 

 魔女の端末に映像が映され、一つのデータが表示された。

 

 

 

 識別『LEGION(レギオン)』と。

 

 




この度は外伝にお付き合い頂きありがとうございました。
太陽の翼本編とは異なるキャラクターとストーリーを、少しでも読者の皆様に楽しめていただけたら幸いです。

今回の外伝は原作の3巻辺り、太陽の本編では主人公の二人が男性教諭と一つの部屋で寝泊まりをして、絆を深めていた時期となります。

今回は外伝主人公として、自身の製作したオリジナルキャラクターの朽葉秋水をメインとしてストーリーに関わらせて頂ける機会を与えてくれた作者のフゥ太さんに改めて感謝を。
元々私もISで二次創作を書いていた時期がありましたが、色々と理由をつけて削除した経験があります。ですので、こうした機会で改めて登場させ、自分の意思で動かせることは少し嬉しくもあり、好きなものを書ける楽しさを思い出させてくれる経験でした。
元々あっさりと10万字を越える文量とストーリーの重さで後半が続かなくなっていたので、思いきってバッサリとストーリーをカット。本編で作者様に説明の大部分を任せ、自分は朽葉秋水の簡単な説明をしようと作り上げたのが今回の外伝です。

パワードスーツの登場する作品の中で生身のスペックがおかしいキャラクターという、ちょっとずれた人物。
能力系の作品は星の数ほどあれど、それでもこの原作に出すには能力の性能がおかしくない?というのは、普段から生みの親である私も疑問に思ってはいます。ですが、これから先も続く太陽の翼という作品の中で、秋水がどんな風に関わってくれるのか私も楽しみです。

外伝を読んでくれた読者の皆様へ感謝を。そして自分の作品を投稿させてくれた、本編の作者様へ重ねて感謝を。
お付き合いありがとうございました。

PS
外伝で犠牲となった少女は夢の中で姉妹達と出会えました。そして少女の一人は今でも彼を待っています。
少し先の未来、本当に必要な戦いの中で彼の力になる為に。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プロローグ~空に焦がれた花の唄~
プロローグ


再連載第一弾!

今度こそ完結させれるよう、がんばっていきます!



 

 

 

 

 

 凍えそうな寒さのせいで手足がかじかんでいくのを感じ、空腹と飢えのあまり身体が不思議な浮遊感を得て意識が遠のいていくの感じた俺は、白いワンピースを身に付けた一人の金髪の少女のことを思い出していた。

 

 

 

 「もう泣かないって約束してね?」

 

 

 

 雲ひとつない夏の青空と、いっぱいに咲いた向日葵畑がどこまでも広がっていく地上で、俺は彼女とある約束をした。汚れた服の裾で流れた涙を拭う俺を、彼女は自分の服が汚れることを承知で抱きしめてくれたのだ。

 

 ぬくもりが、

 良い匂いが、

 優しさが、

 

 もうそれだけで、惨めさも悔しさも飢えも孤独もどこかに消え去ってしまう。

自分の心の中で凍りついた何かを、ゆっくりと溶かしていくのがわかった。そしてその溶けた何かが瞳から溢れ出てきそうになるのを我慢する。

 

 今しがた、もう泣かないと約束したんだから

 

 

 

 『IS』と呼ばれる兵器の登場によって端を発した、急激な社会情勢の変化は世界中に大きな衝撃を与えていた。

 それはこのフランス・パリ郊外の裏通りにも見られることである。

 

 『女尊男卑』

 

 今まで男が築きあげてきた図式が一瞬で崩壊したのだ。そしてそれにより社会における権力構造も大きな変革を与え、結果、様々な社会問題が勃発する。

そしてそういう激変が人々に途方もないストレスを与え、そのストレスのはけ口とばかりにこの世で一番弱い存在に当たり散らす者たちがいた。

 

 そう、大人達の都合で放り出された大量のストリートチルドレンに対する暴力である。ただでさえあふれ出た失業者の集団が街のあちこちで目立ち、一般市民に対してすら危害を加える輩も増えているこの状況において、同じように放り出された子供たちを相手に行われる暴力は苛烈を極め、毎日街のどこかで子供の死体が転がっているということが日常茶飯事にすらなり得ていたのだ。警察や政府も一般人を守ることを優先し、戸籍を持たないような子供のことなど遥か彼岸のかなたの問題に追いやっていた。

 しかも、その中でフランス人ではない、『女尊男卑』などという物を生み出す原因ともなった「IS」開発国の日本人の子供にもなると、それはもう言葉にすらし難いほどの仕打ちをよく受けている。

 

 最後に食事をしたのはもう四日前になるだろうか。大人の日雇い労働者に交じって行ったゴミ拾いによって何とか得たなけなしの小銭すら、同じストリートチルドレンの子供の集団に巻き上げられてしまった。外国人がこの土地で生きていくなという理不尽な理由で袋叩きにされ、路上に放り出されたのだ。誰一人友達もいないような子供相手に、慈悲の手を差し伸べてくれる酔狂な大人もいない。

 

 

 雪がチラつく冬の空気はただ凍てつかせるだけではなく、生命そのものを削っていく。節々が殴られ蹴られたことによって生じた打撲やら捻挫やらで傷んで仕方ない。咳が出て止まらず、最近では痰に血が混じるようになってきた。

 手足の感覚もすっかり消え失せ、身体を動かすことすら億劫で仕方ない。

 

 もういい………ここで自分の命を終わらせることにもう何の悔いはない。どうせ、もうあの子にもあそこにも戻れはしないのだ。だったらあの暖かい場所のことを思い出しながら死んだところで、誰が自分を責めるというのだ。

手足を丸めると、静かに目を閉じて心の中の想い出に沈んでいく。

 

 

 

「あなた、空を飛びたいの?」

 

 俺は彼女に自分の胸の内の素直に話してみた。今まで生きてきた中で、多分自主的に自分の想いを口にできた唯一の場面だったと言えただろう。

 

「飛べるよ! うんっ!!………絶対に、絶対に!!」

 

 嬉しそうに信じてくれたことが泣きそうになるほど嬉しくて、俺はまた出てきそうになる涙を必死にこらえるので精いっぱいだった。

 

「私も空は大好き! だってとっても綺麗だもの!」

 

 両手を広げ、太陽の光を全身に受ける彼女はまるで金色の風にまかれた天使であるような錯覚さえして、しばらく呆けていると彼女は振り返り、そして俺にもう一つの約束をしようと言ってきた。

 

「ねえ………もし、空を飛べるようになったら……私も一緒に飛んでみたい!!」

 

 その願いを聞いた俺は、彼女に力強くうなづく。

 するとどうだろうか、彼女は頬を赤く染めながら大喜びをしてくれる。

 

「わーい!!………じゃあ、約束だからね!!」

 

 そして俺の名前を優しく呟いてくれた。そこに彼女そっくりな綺麗な女性が現れ、少女が嬉しそうに抱きついた。柔和な笑顔と少女をそのまま大人にしたような美しい女性は、俺とその子を見ると笑顔でこちらを見てきた。

 

「どうしたの、二人とも?」

「あのね! 私たち、大きくなったら空を飛ぶの!!」

「空を?」

「うん!!」

「あら?………貴方達、飛行機のパイロットになる気なの?」

「飛行機のパイロットになったら空が飛べるの?」

 

 少女は特に空を飛ぶために何になるのか決めていなかったようだ。その様子に苦笑した女性は俺と少女の頭を優しく撫で始める。

 

「そうね………ひょっとしたら、二人とも飛行機に乗れなくても空が飛べるようになるかもね?」

「どうやって飛ぶの? お母さん!?」

「ISとかが作られちゃうぐらいだもの………ひょっとしたら二人が大きくなるころにはもっとすごい乗り物が作られてるかもしれないわね♪」

 

 そう言って自分たちを慈愛に満ちた瞳で見てくれる少女の母親。その優しい手を嬉しそうに感じる少女。

 

 今まで生きてきた人生の中で最も幸福な時間………

 

 

 想い出と共に流れ出そうになった涙を無理やり拭いながら開いた瞳が、雲の切れ間から覗いた青空を捉える。

 

 空って綺麗だな

 

 その時なぜかそう思った。

 自分のことしか考えない大人も、意味も知らずに侮蔑の言葉を投げかける子供も、腐敗臭のする街角も、病気にかかっていそうな野良犬も、こんな汚いものばかりの路地裏で死ぬよりも、あの汚れたものが何もない、澄んだ青空で死ねたらどんなに幸せだろうか?、頬についた雪が涙のように流れ地面に落ちていく。

 

「……そ……ら…」

 

 最後の力を振り絞り伸ばした手と、声が世界に溶けていく。

 

 こんな嫌なものばかりが溢れる地上じゃない。純潔にして高潔な空の中に生きたい。世界を司る者がいるというのなら、いつも自分に意地悪ばかりをしてきたんだからそれぐらいは聞いてくれてもいいじゃないか。

 

 意識が途絶えそうになりながらも、それでも必死に伸ばし続けられる手。だが、突如としてその手を取る者がいた。

 朦朧としてシルエットしか見えない。ウサミミとゴシック風の服装にコートを羽織った年の若い女が俺の手を取っていた。

 

「空を自由に飛びたいの?」

 

 心を読み取ったかのような声に返事をすることができずに、俺の意識はそこで途絶えてしまった。

 

 

 

 

 

 

『よう~~~ちゃん!?』

 

 そこで彼は目を覚まし、周囲をすばやく確認する。僅かに見えた青空も、向日葵畑も、夏の暑い陽光もそこには存在していない。

 

 無機質な金属の壁と、そこを超えた先にあるのは無限にして生物の存在を決して許さない絶対零度の宇宙空間があるだけだ。

 ようやく自分が眠っていたことに気がついた少年は、モニター越しに微笑んできた女性に、『いつも通り』の憮然とした態度で接する。

 

「なんか用か?」

『………眠ってるようちゃん、プリチ~!』

 

 青筋がこめかみに浮き出る。寝顔を見られたことも腹立たしいが油断して居眠りなどをしてしまった自分に余計に苛立ち、怒気を思いっきり含んだ視線で睨みつけるが目の前の女性には何の効果もないようだ。

 

 モニターの横にある時計を見て予定の一分前であることを確認した少年は、通信を一方的に切ろうとする。がその気配を察したのか、女性は穏やかそうな笑顔であることを聞いてくるのであった。

 

『ようちゃん、今回の「お使い」の内容は覚えているよね!?』

「………フロリダの軍事基地に行って、極秘保管されているコアを「盗んでこい」だよな?」

『聞こえが悪いな~~、返してもらうだけだよ~?』

「何も言わずに勝手に持ち出すのを盗むというんだ」

『じゃあもう一つ………『今回』は誰も殺さないの?』

 

 いつもいつも、この目の前の女はこういう嫌なことを聞いてくる。とため息をついた少年は、短い返事で応答するのであった。

 

「誰も死なない。以上。通信終わり」

『あ、ちょっと………』

 

 回線を遮断するのと同時に、予定時間とポイントに到達するのを確認した少年は、ゆっくりと『機体』の角度を調整すると、そのまま真下に広がる『青空』にむかってロケットブースターを点火させるのであった。

 

 

 

 アメリカ・フロリダ軍事演習基地

 

「ん?」

 

 管制室にいる管制官の一人がレーダーに映る奇妙な存在に気が付き、慌てて同僚に報告する。

 

「これはいったい何だ? 突然成層圏に現れたぞ」

「衛星でも落っこちてきたのか?」

「いや、速度が速すぎる………それに…」

 

 騒ぎを聞きつけた上官も一緒になってレーダーを確認する。

 

「とにかく哨戒中の戦闘機に目視確認させる!」

 

 素早く決を下した上官は、現在基地付近を飛行している戦闘機に目視確認をするよう通信を送る。

 

「ラプター1 状況を報告せよ!」

『こちらラプター1 状況を報告する!………レーダーに映っていたのは……ミサイルか!?』

 

 大気圏との摩擦で赤熱化されているが、基地に向かって落ちてきているものは間違いなく大陸弾道型の形状をした銀色のミサイルであった。

 その事実が告げがれると管制室がにわかに騒ぎ出す。これが本当なら諸外国からの攻撃であるということと、その標的にされているのがこの軍事演習基地なのだという二重の意味での動揺であった。

 すぐさまそれが基地の最高責任者に伝えられると、初老の老人である責任者の額に冷や汗が一筋流れ落ち、背中に嫌な感触を覚える。

 

 本来ならばすぐさま政府に連絡し首脳陣による決議が開かれる場面なのだが、残念なことに時間があまりになさすぎる。政府の対応など待っていてはこの基地にミサイルが到達するのは目に見えている。

 自分の判断でのミサイル撃墜。そしてその後に開かれる査問会で、そのことを問われるかと思うと今から胃がキリキリと痛みだす。

 

「ただちに哨戒中のラプターはミサイルを撃墜せよ!」

『了解、これよりミサイル撃墜に移る!』

 

 命令を下されたラプターのパイロットは、すぐさまミサイルをロックオンして、撃墜するために対空ミサイルを発射した。

 その様子は管制室にも映し出され、皆がじっと事の顛末を見届けようとする。

 

 着弾まであと3.2.1………レーダーに着弾を知らせるアラームが鳴り響く。

 

『ミサイル着弾!目標を撃墜………?』

 

 にわかに歓声がある室内に置いて、管制官だけがパイロットの異変に気がついた。

 

「どうしたラプター1?」

『………アレは……外装が……』

 

 戦闘機のパイロットが何か動揺しながら伝えてくる状況に、管制官が更に詳しい状況を確認しようと声を荒げるのであった。

 

「どうした!? 何があったラプター1!?」

『外装が剥がれた………アレは……』

 

 

 着弾を確認した戦闘機のパイロットは、自分の腕前に密かに自画自賛をしながら燃え上がる目標に接近していた。

 一撃で撃破されたものと思っていたが、思っていた以上に頑丈だったのかと、首をかしげそうになる。

 その時であった。紅き炎を上げる銀色の外装が全てパージ(剥離)されたのは………。

 

 まるで最初から中身を守るための盾であったかのように、綺麗に剥がれ落ちていく装甲の中から、奇妙な形状が見受けられた。

 

 白のカラーリングを強調した全身のボディ。各装甲の外周に紅いラインが走らされ、胸には瑠璃色とエメラルドの宝石のようなものが埋め込まれている。

 

 純白マスクに一角獣のような金色のアンテナと、深紅のV字のセンサーを持ち、深緑のバイザーによって顔部全てを覆い尽くした全身装甲(フルスキン)を持ち、左腕には青色のシールドを装備している。

 

 二枚一対のスラスターを兼任している白き鋼の翼は残りのパーツを吹き飛ばすように大空に優雅に広げられた。

 

 

 その光景を見た戦闘機のパイロットから段々と血の気が引いていく。呼吸は荒いものとなり、そして彼は我を忘れたかのように大声で基地の人間に向かって叫ぶのであった。

 

 

 「アレは…………ISだぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!!」

 

 

 あらゆる現行の武器を………核すらも霞ませる現代兵器の頂点に君臨している超兵器が、今目の前に突如出現したのだ。

 

 奇しくもパイロットが上げた叫び声と同時に、謎のISが爆発的な加速で降下を始めた。

 かつての空の王であるジェット戦闘機が飛べない鶏と思えるような圧倒的な速度で降下し始めたのだ。背後から追尾しようにも、戦闘機で同じことをしようとすれば中のパイロットは即ブラックアウトを起こして失神しそうなスピードでの降下なのだ。とても追いつけるものではない。

 

 基地のほうも、ミサイルに偽装したISの奇襲という事態に騒然となっていた。

 

 パイロットの報告通り、基地のレーダーにもISの反応が出ているのだが、同時にそれは奇妙な反応でもある。

 通常、ISとは通称IS規定なるものにより国際IS委員会に、中枢であるコアのナンバーの登録が義務付けられており、ISコアの識別信号によりどこの国のどの操縦者か一目で分かる仕組みになっている。これはISを使っての軍事行動を抑制するためのものであり、もしそれが発覚すれば即座に世界中の軍隊を敵に回すハメになるのだ。

 だが、レーダーに映っているISのナンバーは『Unknown』となっており、何度検索してもその表示が変わることがない。つまり、今基地に降下してきているISはどの国の所属かも判断できない、まさに未知の外敵ということなのだ。

 

 混乱する管制室の中で、基地の司令官は一人マイクを取ると、外部スピーカーを最大音量にして警告を発するのであった。

 

『降下してきている所属不明のISに告げる!! 貴君の行為はアラスカ条約に定められた規定を大きく逸脱した行動である! 今すぐ転進して引き返せ!! さもなくば敵性勢力として撃墜もあり得るぞ!?』

 

 いささか問題がある発言でもあるが、目の前のISの行動は明らかな侵略行為なのだ。それもここまで堂々とやってきている以上、明らかな事故ではなく故意による行動であることは明白である。

 

 だが、『Unknown』のISは怯むことなくむしろ速度を上げて止まる気配がない。

 

 そのことが告げられると、もはや議論の余地なしと司令官はある人物に出撃命令を下す。

 

「コーリングを呼び出せ!! こちらもISで打って出るぞ!?」

『もう、とっくに準備は終わってるよ、司令官!!』

 

 通信から威勢のいい女性の声が聞こえてくると、司令官は頼もしそうな心配そうな微妙な苦笑いを浮かべながら、画面の向こうの相手に命令を下すのであった。

 

 虎模様(タイガー・ストライブ)の装甲を纏った勝気な女性が映し出される。彼女の名はイーリス・コーリング。アメリカの第三世代ISを纏うことを許された国家代表のIS操縦者である。

 普段は『地図にない基地(イレイズド)』と呼ばれる、政府高官しか知りえることない極秘軍事基地にいることの多い彼女であるが、何の巡りか、本日は通常兵器との連携を目的にした演習のためにこの基地に来ていたのだ。

 

「………所属不明機の目的は不明だが、ここまで堂々と領空侵犯を侵してきた以上、こちらもタダで返すわけにはいかん。やってくれるなコーリング?」

『お安いご用で………』

「あくまでもこちらの目的は不明機の捕獲だ。撃墜は極力避けろ!」

 

 目的も所属も不明である以上、捕縛して中の操縦者ともどもデータの採取をせねばならない。そのためには無傷に近い状態で戦闘不能にしてもらわないと困るのだが………。

 

『ええ~~!?、メンドい……』

「!?、命令だ!!」

『はいは~い~~』

 

 この女はそういう細かい任務にはもっとも向かないタイプなのだ。こんなことなら、彼女に匹敵するもう一人のIS操縦者が来てくれればいいものを、本日は極秘にイスラエルとの共同開発を行っている試作型ISのために『地図にない基地(イレイズド)』の方に缶詰状態になっているそうなのだ。

 

 

 

『ハッチ開けろ!! さもなくば私の拳で破壊して出るぞ!?』

 

 この女なら本当にやりかねない、と慌てた若い整備士がハッチを手動で展開する。

 光が差し込み、外から舞い込んできた風を一身に受けたイーリスは、深呼吸をし大きく息を吐くと、ニヤリと笑いながら高らかに出撃を告げるのであった。

 

「イーリス・コーリング!! ファング・クエイク、出るぞっ!」

 

 背中の四基のスラスターが火を噴き、一瞬で空高く舞い上がる。

 

「オラッ!? 私のいる時に喧嘩売りにきた運のない田舎者ってのは、てめぇーか!?」

 

 視覚補足拡大映像(ズーム・ビュー)により映し出された映像に映っている機体に向かって叫ぶイーリス。兵器というよりも神話の鎧のような煌びやかさと絢爛さを兼ねそろえた目の前の目標(ターゲット)はイーリスの存在に気がつくと、減速し、空中で静止する。

 

「お?」

 

 イーリスもそれに気が付き、上空500mの地点で二機のISは対峙する形となった。

 

「で、どうすんだオイ? 今なら痛い目見ないで済ませてやるぜ? ただしお前の身柄とISは没収は確定事項だがな………」

 

 所属不明機が恐れをなしたのかと思ったイーリスは、余裕そうな笑みを浮かべてオープン・チャネルで挑発をしてみるが、目の前のISから返ってきた返事はただ一つだけであった。

 

「……………」

 

 沈黙したまま、右手をイーリスに向けると手を前後に振り、まるで『かかって来い』と言わんばかりの挑発返しをしてきたのだ。

 その行為を見た短気で勝気なことで有名なイーリスが、そんなものを見せられて黙っていられるはずもない。

 

「上等だぁぁぁ!!!」

 

 すっかり頭に血が上った状態でスラスターを全開にし、全身装甲(フルスキン)のISに向かって突撃するイーリス。

 ゆらりと敵機が動いたのを確認すると、彼女は二本の投げナイフを呼び出し投げつけ、敵機がそれを回避したところに、顔面めがけて拳を突き立てにかかる。

 

「ウォラァァッ!」

 

ファング・クエイクにとって拳も武器の一つであり、そこいらのIS程度ならば大ダメージ間違いなしの破壊力を誇っている。そのため様子見と捕縛の命令のために50%ぐらいの気持ちで打ち込んだのだが、

 

「なっ!」

 

 目の前のUnKnown(正体不明機)は苦も無く受け止めたのだ。

 

「チッ!」

 

 頭に上っていた血が瞬時に下がる。いかに加減していたとはいえ、格闘戦であっさり攻撃を受け止められるほど自分は油断していなかったはず。まとまらない考えのまま受け止められた手を無理やり引き剥がすと一旦後退して、再度突撃を仕掛ける。今度は手加減もしない、本気の一撃を打ち込みにかかった。

 

「……………」

「!!」

 

 だが、今度は受け止められることなく、拳の威力を利用して受け流しながらイーリスの体の内側に前後反転しながら潜り込むと、地面に叩きつけるような一本背負いを仕掛けてきたのだった。

 一瞬で視界が上下反転して地面が天井になることによって、何をやられたのか理解した彼女は180度回転してスラスターで制動をかけながら、敵機の居場所を探る。

 

 正体不明機はイーリスに追撃することなく、基地に向かって再び進行を開始していた。

 

「くぉらぁ!」

 

 自分が無視されたと思い、悔しさによる激情によって顔を歪めながら、敵機の追撃に入る。

司令官から撃墜は極力避けろと言われたが、ここまで馬鹿にされてタダで返すわけにはいかない。

 

「てめぇ! もう半殺し確定だかんなっ!!」

 

 地面スレスレを飛び、衝撃波で大地を削りながら飛行し続ける敵機の後ろにつくと、彼女はスラスターからエネルギーを放出し、内部に一度取り込み、圧縮して放出した時に得られる慣性エネルギーを利用して爆発的に加速する『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』を持ちいて一気に間合いを詰めようとする。

 

「!!?」

 

 その動きに感づいた敵機が、高速機動で地面スレスレを飛行しながら「その場で一回転」したのだ。衝撃波と舞い上がった砂塵によって一気に視界が遮られる。

 

「チッ!!」

「……………」

「しゃなろう!!」

 

 だがその程度で怯むアメリカ代表IS操縦者ではない。

 砂塵にも一切怯むことなく瞬時加速で突っ切ってきたイーリスは、今度こそ敵機の顔面に一撃お見舞いしてやろうと手を強く握りしめる。

 

 ―――上下逆さまという一見滑稽な状態で飛行しながら構えられた二つの白銀の銃口―――

 

「!!?」

 

 背中に悪寒が奔り急減速するイーリスであったが、目の前の敵機は容赦なくトリガーを引く。

 

『15mm口径カスタムハンドガン・ヴォルケーノ(噴火)』

 

 第一世代ISの武装を徹底的に改造され、威力・連射速度・射程・装弾数が異常に強化し、あまりに性能を追求したため、よほどの熟練者でもなければ命中させられないじゃじゃ馬使用で有名な白銀に輝く実弾銃を、両手に持ったままフルバーストで撃ってきたのだ。

 

「くわっ!?」

 

 左足の付け根と右肩、右手が被弾して装甲が撃ち抜かれ、シールドエネルギーが著しく減少する。痛みと衝撃でイーリスの勢いが失くなったのを確認した正体不明機は、再び上下を反転すると、地面を蹴り上げるように上昇し、基地の真上に到達してしまったのだった。

 

 性能だけならば最新ISにも通用する取り扱いが極めて難しいハンドガンを、両手持ちで的確に自分に当ててくる敵機に、戦慄を覚えるイーリス。

 

「(動きといい、射撃能力といい、どっかの国家代表が奇襲を仕掛けてきたのかよ!?)」

 

 あれだけの腕前のIS操縦者が、こんな山賊まがいのことをするのだろうか?

 現に世界中の腕の立つIS操縦者というものは、例外なくどこかの国か国際レベルの企業に雇われているものだ。

 だからこそ、どこのIS操縦者が仕掛けてきても即座に身元が割れてしまうために、有名な操縦者ほど迂闊なことは避けるものなのだが………。

 

「だけど、このまま引き下がると思うなよ!」

 

 だからと言って、このままにしておくわけにはいかない。

 基地内部に急降下をしていく機体を追いかけ、イーリスもまた基地内部に向かって飛び立つのだった。

 

 

 基地上空に差し掛かったことで、基地内部の構造を示したデータを開き、目的のものがどこにあるのかを確認する。

 

「……………」

 

 表示されたデータには「地下三階、第三研究施設」とある。

 基地のど真ん中から地面を掘り進めてもいいのだが、流石にそれをすると時間がかかりすぎるし、さっきのISや、アメリカ軍所属の他のISまで来られると後々面倒なことになりかねない。

 データをさらに読み進めていくと、地下に下りるためのエレベーターの存在を知り、それを利用することに決めたのだった。

 

 

 基地のある棟に向かって急降下を開始するISを見た司令官の顔色が一気に青褪める。

 

「ヤツめ!?………「アレ」が目的だったのか!?」

 

 基地に極秘に保管されているISコア……とある事情で機体に組み込めず、厳重に密閉して封印されているあの存在は、それこそ政府高官と、ここの現場最高責任者である自分と数人の副官しか知りえる情報ではないはずなのに、なぜ?

 そんな疑念が頭を過りながらも、司令官は部下たちに何が何でもISの進行を阻止しろ、という無茶な命令を下す。

 

 だがしかし、相手の動きは一向に止まることはない。

生身の兵士が、十数人単位でアサルトライフルをISに向かって一斉掃射するが、霧雨の如き衝撃も敵機に与えられず、まるで意に反さない正体不明機は地面に降り立つと、施設の入り口に向かって歩き出す。

 入り口を何とか死守しようとする兵士であったが、敵機のバイザーが光り輝くと、あまりの迫力に腰を抜かしながら逃げ出してしまう。

 目の前と、入り口奥に誰もいないことをセンサーで確認したISは、その鋼鉄の腕を施設の入り口に突き立てると力任せに引きちぎり、中に悠然と侵入するのであった。

 

「何をしているお前たち!! コーリングはどうした!?………おのれぇ!!」

 

 すっかり動揺した司令官は、地下施設までの通路に存在している緊急隔壁をすべて閉鎖するように指示を出す。

 

「隔壁を下せ!! 奴を内部に閉じ込めろ!!」

「しかし司令!? まだ施設には大勢の人間が……」

「構わん!! アレが奪取されることを防ぐのが第一目的だぁ!!」

 

 異議を申し立てようとした部下を唾を吐き散らしながら怒鳴り返し、迫力で言いくるめた司令官は、隔壁が全て降りるのを確認すると、ようやく安堵の溜息をもらしながら余裕が戻ってくる。

 

「今のうちにコーリングを呼び戻せ!!、あの女………こんな時ぐらいは役に立ってもらわないと困・」

「司令!!」

「どうした!?」

 

 部下の一人が卒倒しそうな勢いで呼びかけてくるのを忌々しげに見返す司令官であったが、次の瞬間、彼の表情は凍りついてしまう。

 

「隔壁が………あり得ない速度で突破されていきます!!」

「ば、馬鹿な………あれは対IS用の強化防御シールドと同じ強度の…」

「嘘ではありません! 見てください!!」

 

 指し示されたモニターには、施設内部に存在している36ある隔壁が、不明機を示すマークと接触すると同時に消滅していくというあり得ないものが映し出されていた。

 

「う、嘘だ………あれはいったい、何者なんだ?」

 

 腰を抜かしてその場にへたり込んでしまう司令官。管制室の兵士たちも全員青褪めた表情になってしまっているためか、謎のISを追尾して施設に侵入しているイーリスの存在にも気がついていなかったのだった。

 

 

 

「なんだ、コイツは?」

 

 施設の内部に侵入したイーリスが目撃したのは、対IS用の強化防御シールドに匹敵する強度の隔壁が融解を起こし、巨大な穴が開けられているという奇妙な光景であった。

 

「ガスバーナでも持ってたのか?」

 

 世界中に存在するバーナーを一気に集めて隔壁を溶かしにかかっても、一枚破るのに何年かかるかわからない。

 それほどまでに強固な隔壁をほぼ一瞬でぶち抜くとは、いったいどんな武装を持っていたのか?

 

「………おいおい、楽しい演習(バカンス)のはずが、なんだかとんでもない貧乏クジ引いちゃったのか?」

 

 謎のISとの遭遇、そして戦闘………今度は取り逃がしたということになれば、最悪国家代表の座から下されることも十二分にあり得る。

 

「まだナタルのやつに代表の座を渡したくないもんでな!………逃げんじゃないよ!!」

 

 敵機は奥にいるはず。隔壁を順番に潜っていくと段々目新しく溶かされた隔壁が見受けられる。そして角をまがった時、爆発音が聞こえてきた。

 

「ちょっと待ちな!!」

 

 イーリスがたどり着いた時、そこには腰を抜かして指をさしている兵士が二名。そして封印された隔壁を何かの高出力兵器で『焼き切り』、内部に厳重に保管されていたモノを取り出している謎のISがいたのだった。

 

「動くな」

 

 短く言い放つと、ナイフを両手に構えていつでも投げれる体勢を取るイーリス。彼女は腰を抜かしている兵士二名に目線で出ていけと合図を送り、この場から離れるよう言い放つ。

兵士たちも、この場にとどまるとIS同士の戦闘に巻き込まれると思ったのか、驚くほど素直に指示に従い走り去っていく。

 

 誰もいなくなった室内に残った二人は、静かに対峙する。

 

「何が目的………って、手に持ってるそれが目的か?」

「……………」

「どこの所属だ、なぜこんな真似をする?」

「……………」

「答えたくないというのであれば別にかまねぇーぞ。ただしお前はこの場でボコボコにすることは確定事項だかんな!」

 

 無言を貫く目の前のISに対して、殺気と闘気をぶつけるイーリス。

 敵の全能力は把握できていないが、今手にはハンドガンは持っていない。向こうのタイプはおそらく高機動型。狭い空間では機動力が生かせないハズ。対して自分は近接格闘型。施設内なら主導権(イニシィアティブ)こちらにあるはず。そう思い、少しづつ間合いを詰めるイーリス。

 

 だが、敵ISは手に機体のカラーリングと同じナイフを量子状態から取り出すと、右手に持って切っ先をイーリスにむけ、威嚇するような構えを見せる。

 

「………あくまでも戦おう(やりあおう)って言うのか?」

「………いや」

「!!?」

 

 初めて喋ったその声に、イーリスは激しく動揺する。敵が話したことではない、敵の声にである。

 

「お前!?」

 

 あり得るはずはない。ならば自分の聞き間違いか?

 

「悪いがこれ以上のお暇はしないさ。俺は帰らせてもらう」

 

 だが、それは聞き間違いではない………間違いなくあり得るはずのない「男」の声なのだ。

 

「帰るだって?………そんなこと…!?」

 

 逃がさないとばかり、ナイフを投げようとしたイーリスであったが、突如異変は起こった。

 

 謎のISから猛烈な『炎』が吹きあがったのだ。

 それは瞬時に室内を駆け巡ると、一気に室温を上昇させ、周囲にあるもの全てに火が付いていく。イーリスもISを纏っていなければとっくに焼け死ぬほどの熱量だ。

 

「クッ!?」

 

 炎の勢いに押されるイーリスをしり目に、謎のISは手に持ったナイフの天井に向かって掲げる。するとナイフと思っていたブレードは先端を伸ばし、その刃渡りをロングブレードほどに変化させ、全身から放たれていた炎を巻きつけながら凝縮していく。

 

 隔壁を焼き切ったのはこの炎なのかと変に感心しながらもイーリスは敵の行動を阻止しようと、両手に持たれていたナイフを投擲してみるが、ナイフはISに当たる前に炎によって一瞬で『蒸発』されてしまうのであった。

 

「なにっ!?」

「あばよ………」

 

 高熱量のプラズマ火炎と化した炎を纏ったブレードを掲げた謎のISは、天井に向かって激突すると、室内で凄まじい爆発を引き起こさせる。

 

「ウワァァァァッ!!!」

 

 その衝撃の余波と瓦礫に巻き込まれるイーリス。

 

 纏われた炎はドリルのように螺旋を描きながら地面を掘り進み、基地のコンクリートを全て吹き飛ばすと謎のISを天高く舞い上がらせるのであった。

 

 数分ぶりに見た青空に、一瞬だけうっとりとする謎のISであったが、自分が掘り進んだ穴からボロボロの状態で出てきたイーリスを確認すると、すぐさま臨戦態勢に入る。

 

「逃がすかって言ってんだよ!!」

「………悪いが、今日、俺は戦闘しにきたんじゃないんでね」

 

 自慢の拳を振りかぶってくるイーリスに対して、謎のISは炎を纏った拳を叩き付ける。

 

 ―――ぶつかり合う拳と拳―――

 

 拮抗する力と力が臨界に達し、二機は弾き飛ばされる。イーリスは地面に、謎のISは上空に。

 

「チッ!」

 

 地面に叩き付けられたイーリスは、同じように叩き上げられた謎のISが、衝撃の反動を利用して加速しながら上空を駆け抜けていくのが見え、激しく憤る。

 

「てめぇ!!!」

 

 完全に遊ばれ、プライドが痛く傷ついたイーリスに対して、謎のISは二本指で敬礼をすると基地に来た時と同じぐらいの超速度で加速をし、あっという間に雲の間に姿を隠してしまう。

 

「あああっ!! どちくしょうーがぁぁぁっ!!!」

 

 悔しさのあまり地面を叩きつけるイーリス。

 国家代表の座を貰いながらも、ここまでいいように遊ばれたことに強い怒りを感じ、地面のコンクリートを粉々に粉砕するほど怒り散らすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

『さっすが、ようちゃん!!? 見事な手際だよね~~』

 

 上空を飛行しているISに向かって、プライベート・チャンネルで能天気な話し方をしてくる女性がいた。

 

「………束」

『ん?』

 

 IS操縦者がかなりテンションの低い声で、その女性の方を見て、疑問を投げかける。

 

「お前、何をやってる?」

『ん?………そのコア持って「吾輩は猫である、名前はまだない」まで来たら教えてあげる~』

「……………」

 

 通常音声しかわからない個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)において、映像までもがリアルタイムで伝わってくるのは、彼女が「ISを生み出した人物である」という理由で納得できるのだが、だが問題は、なぜそんな彼女が数枚のどこかの学校の発行らしきパンフレットを眺めているかなのだ。

 

「今度は何を企んでいる?」

 

 ちなみに、操縦者である『彼』がこうやってお呼び出しを食らう時に限って、高確率でめんどくさいことに巻き込まれる。

 

『何言ってるのか、束ちゃんわかんないよ~~?』

「……………」

 

 嘘だ。明らかに何かを企み、俺にそれを無理やり押し付けてしまおうとしている。操縦者は心の中だけでそう呟いて見せたが、どの道、奪取したISコアはどうにかしないといけないのだ。物凄くむかつく言い方をされているが、このままだとまずいのもわかる。

 

「………約束事は覚えているよな?」

『おう!、私、篠之乃(しののの)束(たばね)のお願いを一つ叶えてくれれば、火鳥(かとり)陽太(ようた)君の言うことも一つ叶えるというお約束だよね!』

「ああ………だからその約束を今使う。ホントのこと教えろ?」

『あのね、ようちゃんにIS学園に行ってほしいんだ?』

「はいぃ?」

 

 スッとんきょんな声が上がる。何をいきなり言ってんだと問いただしたくなるIS操縦者―――火鳥陽太は、モニターの向こうの篠之乃束を怪訝な表情で見つめる。

 

『詳しくはコアを持って帰ってきてからするね?』

「………まあいい。その話ごとお前を燃やしつくしちゃる」

『うわぁぁぁ………ひょっとして、こんがりガングロがようちゃんの好み?」

「通信終わり」

 

 イラッときて通信を強制遮断する陽太。

 空は青く、どこまでも澄んでいるというのに、相変わらず自分の心の内はあの女の手によってグダグダにされてしまう。

 

「帰って、シャワー浴びてぇ………」

 

 少年の誰にも聞かれることないボヤキ声は、空の中に溶けて消えていく。

 

 

 

 

 

 ここ数年、世界中の軍関係者の間で実しやかに囁かれるある噂があった。

 

 世界中のどの軍隊にも企業にも属さず、たった一人で攻略不可能と言われた場所を次々と攻略するIS操縦者。

 

 その操縦者は男であり、なんと行方を暗ませているISを生み出した異端の超天才・篠之乃束につき従う彼女専属の人間で、実力は国家代表すら凌ぐ。

 

 『たった一人の部隊(ワンマンズアーミー)』『正体不明の男の操縦者(ミスターネームレス)』などの異名を持つ存在。

 

 

 火鳥 陽太………天翔る、戦いの申し子が目指す『空の果て』の物語は、ここから始まるのであった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

予想外

我らのヒロインの登場ですw


  

 

 

 

 

 フランス郊外の田舎道を、一台のサイドカー付きのバイクが真昼の太陽の下をひた走っていた。

 白いTシャツと黒のパーカーそしてジーパンといういで立ちに、ゴーグルを付けているために年の頃はわからないが、ざっくらばんと切った黒髪と黄色人種特有の肌の色から東洋系の若い少年である。

 だが、あろうことかヘルメットを着けずに煙草を加えたままで運転しているという、一昔前の不良のような振る舞いであった。

 

「……………」

 

 東洋系の少年―――謎のIS使いである火鳥陽太は、サイドカーに乗せてある花束をしばし見ながら、つい半日前のやり取りを思い出すのであった。

 

 

 

 ★

 

 

 

「!?………テメェッ!?」

「嘘じゃないよ♪」

 

 フロリダ基地から強奪したコアを篠之乃束に手渡した陽太は、シャワーを浴びた後、パンツとジーパンの上にバスタオルを肩にかけた状態で、束に詰め寄っていた。

 彼女の胸倉を掴んだまま、視線だけで人を殺せそうなぐらいに殺気立った眼で睨みつけてくる陽太を、束は笑顔で受け流す。

 

「何をそんなに怒ってるのかな~~?」

「………これ以上出鱈目ぬかすんなら、お前でも容赦しねぇーぞ?」

「出鱈目も何も、束ちゃんは真実しか言ってないよ?」

 

 あくまでも笑顔を崩さない束に対して、我を忘れそうになっているほど怒り狂っていた陽太は、思わずその細い首に渾身の力を込めてしまいそうになる。

 そこへ二人の間に高速で飛来したナイフが割って入り、頭を狙われた陽太が思わず飛び退く。

 

「離れろっ!!」

 

 色素の白い小学生ぐらいの少女が、両手に投げナイフを持った状態で束の前に彼女を守るように立ちふさがるのであった。

 

「もう、くうちゃんは心配性だな~?」

「束様に手を出すとは、拾っていただいた恩を忘れたか!!?」

「どけ小娘………今日の俺はお前とじゃれてる気分じゃないんだよ」

 

 くう、と呼ばれる少女は陽太にナイフの切っ先を向けると、今の陽太を同じぐらい殺気立った表情で睨みあう。

 普段からこの二人はとても仲が悪く、何かがあれば諍いも絶えない。しかもそれに関しては束は一切の興味を示さず、たまにニコニコしながら観戦する始末である。

 

 バスタオルを手に持った陽太が無造作に近寄ると、くうはそんな陽太に向って容赦の欠片もなく急所めがけてナイフを投擲する。

 

 刹那、目にも止まらぬスピードでタオルを操り、布切れで鋼の刃を全て叩き落としてしまう。

 驚愕に固まるくうであったが、陽太の方はその隙を見逃さず、空中でクルクルと回っていたナイフを素早く掴むと、バスタオルをくうに投げつけて目眩ましにすると同時に、彼女に接近し、首元にナイフを押し当てる。

 驚愕しながら視界を塞がれ、動揺しつつ対処したためか、陽太の動きについてこれなかったくうは、なんとかタオルを地面に投げつけ、彼の動きを見定めようとした時に、既に冷たい感触が首の頸動脈辺りに突き付けられていたのだった。

 

「退いてろ、小娘」

「なんで…………貴方という人は、これだけの力を持っていながら! 束様に対していちいち・」

「宗教・束教の普及なら他所でやれ。生憎俺はソイツに対しては可愛さ余って憎さ百万倍なんだ」

 

 だがその時、どこまでも平行線を辿る二人の間に、束の愉しそうな声が割って入る。

 

「グフフフ〜〜〜♪、仲良しようちゃんとくうちゃんだね〜〜」

「笑えん冗談はその辺りにしてろ、ボケ兎」

「貴方はっ!」

「どうでもいいやり取りはこの辺りにして…………答えろ、束?」

 

 真剣味の増す陽太の問い掛けであったが、束の表情には一切のブレはなく、ただ判明した事実だけを淡白に告げるのみであった。

 

「何度聞かれても同じだよ? ようちゃんの探し人の一人、エルー・ダリシンは既に亡くなられています〜。残念でした〜〜!」

「……………」

「あり?………どうしたのかな~?」

 

 陽太が急に黙り込んだの不思議そうに見つめる束を尻目に、彼は無言のまま背を向け、そのまま部屋を出て行こうとする。そんな陽太に束が背中に纏わりつくのであった。

 

「もう~~~、ようちゃんは他の女のことなんか気にしないで、この束ちゃんのために働いてくれちょ♪」

 

 その言葉が引き金になったのだろう。パンパンに張りつめていた陽太の殺気が室内に充満し、くうなどは引き攣った表情のまま硬直してしまう。動けば殺されると………。

 

 それを証明するように振り返って束を見る陽太の視線は、本気で激怒した百獣の王(獅子)の如き威圧感を伴っていた。

 

 静止する室内………絡み合う視線と視線……

 

「………外に出る。しばらく俺に声を掛けてくるな…」

 

 陽太の手が束の方を向き、そして彼は静かに彼女の手を振りほどくと、一言告げて今度こそ振り返らず部屋を後にするのであった。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 そのままひた走ること数十分―――山間の中を抜けて、潮の香りが漂う港町に走りついた陽太は、そのまま町中に入ることなく、小さな墓標が立つ墓地にバイクを向かわせる。

 

 古びた墓標がいくつも立ち並ぶ中、小さな駐車場にバイクを止め、煙草を咥えたままといういささか不謹慎な状態で歩く陽太は、目的の場所に辿り着く。

 

 そこには掃除がよく行き届いた比較的新しい墓標が、ポツンと佇んでいた。

 

「……………」

 

 手に持った花束を添えることもできず、短くなった灰が地面に落ちるのも気づけないほどに呆然となった陽太が、墓標に刻まれたその名をいつまでも凝視し続けていた。

 

 『エルー・ダリシン』

 

 何度見てもその名が違えることはないというのに、それでも陽太は何度もその名を心の中で読み上げる。

 

 ―――少女の隣で、慈愛に満ちた笑みと瞳で自分を見てくれた人―――

 

 陽太の記憶にある大人というものの大半は、他人を平気で騙し蹴落とし自らを顧みることができない器の矮小なものであった。その中でも一握りのみ、己の力で立つ誇りを持った者達であったが、彼女はそのどちらでもなかった。

 

 本当の意味での慈愛という言葉を自分に暮れたただ一人の女性………一度も言うことができなかった、陽太にとっての「おかあさん」

 それがエルー・ダリシンという女性なのだ。

 

「………色々………言いたかった……色…々………ありがとう……って…」

 

 歯を食いしばりながら俯く陽太。

 優しさ、尊さ、愛しさ、笑顔………どれだけ空を翔け続けても得ることのなかったものが心の中で浮かんでは消えていく。

もうそれは二度と戻ってくることはないというのに………。

 

 その時、海からではなく山の方から吹く風のおかげで我を取り戻した陽太は、この場所に近づいてくる人の気配に気がつく。

 

「(五人………)」

 

 普段ならば別段知り合いもいないこんな場所で隠れる必要もなく、万が一IS関連で自分に対して危害を加えようと考えている人間であるならば返り討ちにしてしまうのだが、恩人の死ということに動転してしまったのか、それとも『そうすることが定まっていた』ことなのか、思わず近くの木の陰に隠れてしまった。

 

 段々と近寄ってくる足音………三人は葬儀屋という割にはゴツイ体格をした男性、一人は眼鏡にショートヘアとスーツという如何にも堅そうな人物。

 

 そしてその集団の中央にいたのは、白い帽子をかぶり水色のワンピースの上にホワイトのカーディガンを纏った金髪の少女であった。

 

 身なりからかなり裕福な家の少女なのか、わざわざ護衛を連れてこんな場所に墓参りにくるだなんてと今更隠れたことに後悔する陽太。彼には金持ちの知り合いなど一人もいない………その気になればクラッキングしていくらでも金を捻出できる兎耳付けた女ならいるが………。

 

 手に持った花束をどうするか、とりあえず墓に添えるかと出て行こうとした時、彼の動きが止まる。なぜならその集団がエルー・ダリシンの墓の前に止まったからだ。

 

「お嬢様、数分だけですよ? 我儘を聞けるのはそれだけの間ですから?」

「………理解(わかっ)ています」

 

 抑揚のない声で少女に話しかけるスーツの女性と、そんな女性とは対照的に何かを我慢するような声で返事をする少女。

 少女は手に持っていた花束を墓前に添えると、まるで祈るようにその場に跪き、両手を握りしめて静かに目を閉じる。

 

「(………アレは………まさか!?)」

 

 ある意味、先ほどよりも動揺した陽太がその少女をさらに注意深く観察し始める。

 

 長い金色の髪の毛も、肌の色も、そしてその声色も間違いない………エルーの娘であり、そして自分と空を飛ぶという約束をした………

 

「………シャル……ロッ・」

 

 陽太が木陰から歩み出ようとした時である。

 いつまでもその場から動こうとしない少女に苛立った女性が、少女の腕を無理やりつかみ上げたのだ。

 

「痛っ!」

「お嬢様!! お別れのご挨拶はもうそのぐらいでよろしいでしょ!! さあ、屋敷に戻りましょう!!」

「離してっ!! まだ『お母さん』と話を……」

「(!!)」

「死人と話をするなどとはナンセンスですわ!! そのようなことでは旦那様も奥様もお嬢様に落胆してしまわれます!!」

「あの人達は………」

「いつまでも女々しく母親に甘えるようでは、次期社長夫人として失格ですわよ!!」

「それは………」

「いい加減にしなさい、『シャルロット・デュノア』!! 私は貴方をデュノア社次期社長のジョセフ様に相応しい妻になるように教育しろと、社長と夫人から言い渡されt・」

 

 女性が何かを言い終わるよりも早く、『花束』が女性の顔面に直撃する。

 

「あ………悪ぃ。なんか滑った」

 

 いけいけしゃあしゃあっといった感じで木陰から陽太が放り投げたのだ。

突如現れた謎の東洋人の少年に警戒したのか、三人のボディーガードが即座に二人の前に立ち塞がる。

 

「なんだお前は?」

「用がないなら引っこんでろ!」

 

 最前線に立った二人のボディーガード。

 陽太の身長が大体170前半に対して、二人の身長は2m近く体格も筋肉がついたレスラーのような体型である。だがそんな二人にも全く動じることなく余裕の歩みで近づく陽太。

 その態度に腹が立ったのか、目の前のゴーグルをつけたままの少年に対して左側にいたボディーガードが殴りかかる。

 

 ―――ボディーガードが自分に向って放った拳を、内側に捻りながら足を払いテコの原理で一回転させて地面に叩きつける陽太―――

 

 一瞬だけ唖然となる護衛であったが、瞬時に頭を切り替えたのか懐にある銃を引き抜き発砲しようとする。相手の方を見ることなくそれを察知していた陽太は、銃を持った腕を自分の手で逸らし、その反動で思わず発砲させてしまうのだった………転がされながらも同じように銃を抜こうとしていたボディーガードの肩目がけて……。

 銃弾は見事に命中し、この世の終わりのような絶叫を上げるボディーガードと、思わず同僚を撃ってしまったことに激しく動じるもう一人のボディーガード。

 そんな彼の腕をまたしても捻り上げ、脇に挟みながら渾身の肘と膝を腕にぶつける。

 ボキリッ、嫌な音があたりに鳴り響いた。間違いなく腕の骨が砕けた音だ。

 そして仕上げとばかりに砕けた拍子に落とした銃を地面につくよりも早く蹴り上げ、手で掴むと、すでに銃を構え終えている三人目に対して発砲し、銃を弾きあげる。更に衝撃で一瞬だけ頭をかがめてしまった三人目に急速に近寄り、陽太は勢い良く掌底で顎を殴り上げた。

 これまた骨が砕ける音がし、口から大量の白い歯が血とともに噴出される。

 

 ほんの一瞬の間で三人の屈強なボディーガードを使い物に出来なくした陽太は、そのままツカツカと近寄ると、完全に青冷めてオタオタとする女性の額に銃口を突き付ける。これでは普段は女尊男卑の風潮によって守られている女性といえども、完全にお手上げであろう。

 

「ヒィッ……た、たたた、助け…」

「彼女から手を離せ、制限時間は三秒」

「ヘェッ?」

「ひと~つ、ふた~~~つ、みぃぃ~~」

「ヒィッ!!」

 

 ゆっくり数える陽太の言葉に怯えて、少女から慌てて手を引く女性。そんな女性に更に陽太は手を出してあるものを要求する。

 

「出せ、携帯」

「ヘェッ?」

「持ってるだろ、それぐらい……」

「は、ハイッ!!」

 

 震えた手でバックから携帯を取り出すと、陽太におっかなびっくり手渡す。

 受け取った瞬間、素早くボタンを押し三度ほどの電子音が鳴った後、陽太は話すよりも早く簡単に言付けをすませるのであった。

 

『はい!、こちら救急・』

「町外れの墓地に怪我人三名。一人銃弾が肩に貫通、一人腕の骨が複雑骨折、一人顎の骨が砕けて歯がだいぶ抜け落ちた。いい腕の形成外科と歯科医を紹介してやれ」

 

 一方的に言いきると電話を切り、女性に返すと、女性の首筋に手刀を撃ちこみ意識を奪う。

倒れる女性を受けとめながら割とぞんざいに地面に置くと、完全に目が点になっている少女の手を掴み、歩き出す。

 

「あ、あ、あ、あ、あ、あああああああああのあのあのあのの~~?」

「………ったく、予想外もいいところだ」

 

 何が起こっているのか未だに理解できないといった少女―――シャルロットと、イライラしながら吐き捨てるように謎の言葉を言い放つ陽太は、そのまま少女の手をひっぱり止めてあったバイクに跨るのであった。

 

「えっ?、えっ?、えっ?………あの、これって一体…」

「いちいち聞き返さんでくれ………俺も半分以上混乱してんだ」

 

 少女をサイドカーに座らせると、シートからヘルメットを取り出し、シャルロットに手渡す。

 

「危なくなるようなことはないし、このバイクもそうそう簡単なことじゃ壊れんが万が一ってこともある。着けてろ」

「は、はい!」

 

 思わず丁寧に返事をしてくれシャルロットと、なぜか頬が少しだけ赤らんでいる陽太。少しばかり先ほどとは違った面持ちの緊張感が走る。

 シャルロットが帽子を脱ぎヘルメットを着けると、陽太は途中で拾った花束を一瞬だけ眺めるのであった。

 

「………どうしたんですか?」

「最悪だ………もうこんなもん渡せねぇーじゃねぇーか……」

 

 頭を一瞬だけ掻き毟ると、陽太はそのままシャルロットに花束を手渡し、新しい煙草を咥えて火をつけるとエンジンを吹かして走り出してしまう。

 

 来た時よりも平均30kmは早い速度で疾走するバイク。

 

「……………」

「……………」

 

 反対車線から来る車すら稀有な田舎道の中で、無言のままの二人………。

 

 少女は不思議で仕方無かった。なぜこの少年は自分を『助けた』のか?

 

 少年は不思議で仕方無かった。なぜこの少女を自分は『攫って』しまったのか?

 

 しばらく無言が続いたが、耐えきれなくなったのかシャルロットの方が少年に話しかける………もっとも、何か取り留めない話題を探していた少女がようやく見つけたことであったが………。

 

「このお花、奇麗ですね………どなたかに供えるために?」

「………さっきまでそのつもりだったんだが、あんなアホ女の化粧がついた花束なんざ供えられん。どっか途中で適当に捨てるから、それまで持っておいてくれ」

「!!?………駄目だよ!!、こんなに奇麗な花なんだから!!」

 

 急に真剣な表情で自分を怒ってくるシャルロットを、不思議そうに見つめる陽太………その視線に気がついたのか、少女も急に気恥ずかしくなって縮こまってしまう。

 

「あ、あの、すみません!!………急に大きな声出して…」

 

 急に怒ったかと思えば、急に畏まる。

 その様子がいたくツボに入ったのか、陽太は急に笑い出してしまう。

 

「プッ!………プププッ………ハハハハハッ!!」

「……………」

 

 対してシャルロットは『馬鹿にされた』と勘違いしたのか、頬を膨らませてそっぽ向いてしまうのであった。まあ、その様子も少年はえらく気に入り、笑いが止まらなくなりかけたのは秘密であったが。

 

「悪い悪い………馬鹿にするつもりはなかったんだ」

「………ぶぅ~……本当ですか?」

「本当本当」

 

 いまいちノリが軽い少年のリアクションに、忘れそうになっていた話題を思い出したシャルロットは急に顔を険しくして少年に警告する。

 

「そうだ!! 今すぐバイクを止めてください!! このままじゃ貴方が誘拐犯になっちゃう!!」

「あっ………そういやそうだった。ソイツは大変だ……」

「そんな軽く考えてちゃ駄目だよ!! 私の家は………」

「流石に誘拐犯は体裁が宜しくないな………あの馬鹿兎が知ったら煩いんだろうな。あ………煩いのは兎よりも束信者のチビの方か……困ったぞ…」

「あの~、聞いてますか? 私の話?」

「ああ、聞いてるぞ?………でも嫌なんだろ?」

 

 またしても軽いノリであったが、彼女の内心をズバリ一言で纏めた言葉で彼は少女に問いかける。

 

「今の家が嫌でしたかないんだろ?」

「どうして………そんなことが………ついさっき会ったばっかりの貴方に…」

「少なくともさっきのやり取りは普通の家のやり取りじゃない………普通がどんなもんか知らんが」

「それは………」

 

 実際に嫌かどうかと言われれば、考える間もなく嫌であるのは確実である。

 だが、なぜ彼はそのことが………

 

「……………」

 

 シャルロットが真剣な表情で少年の横顔を眺める。

 実は彼女は少年を見た瞬間からある既視感に襲われていた………心のどこかで自分はこの少年に見覚えがあるという声が聞こえてくるのだ。

 

「…………あの…」

「どうした………」

「………貴方、どこかで私と会ったことありませんか?」

「!?」

 

 思わず急ブレーキをかけて停止してしまう陽太。

 その様子に何かを感づいた少女が更に詰め寄る。

 

「墓地にいたということはお墓参りに来ていたということですよね?、今日はどこもお葬式なんてしてませんし、なによりもその格好でお墓に来る人いないだろうし…」

「い、いや……」

「そもそもどこに供えるつもりだったんですか? この花束!?」

「そ、それは………」

「お母さんのお墓じゃ………!!」

 

 少女の脳裏に電流が走る。

 そしてその電流はやがて記憶の底から、ある答えを導き出すのであった。

 

「……貴方……キミは……ひょっとしてヨウタ?」

「……………」

「ヨウタ………なんだね!! ちょっとゴーグル外して顔を見せて!!」

 

 シャルロットがサイドカーから乗り上げて少年のゴーグルに手をかけた時、思わずその手を掴んでしまう陽太。そして二人はしばし見つめ合うのであった。

 

「ヨウタ………ヨウタなんだよね?」

「………がう」

「ヨウタ?」

「違うっ!!」

 

 陽太は自らゴーグルを外すと、まっすぐに少女を見ながら、固い決意と悲痛な叫びを同居させたような声で目の前の少女に告げる………今の自分のことを。

 

「俺は………キミの知ってる火鳥陽太じゃない」

「どうして!?、ヨウタはヨウタじゃない!?」

 

 だが、嬉しさのあまり涙を流すシャルロットの顔をまっすぐに見れなくなり、ヨウタは再びゴーグルを掛け直すとバイクを再発進させる。

 

「ヨウタ!? なんで、どうして?」

「違うって言ったら違う!!」

 

 彼女の声が、顔が、奇麗な涙が、なおさら今の自分の輪郭をくっきりと心の中に浮き上がらせる。まるで光に照らされた影のように。

 

「君の知ってる火鳥陽太はもういない!! 『ソイツ』はもう………死んだ」

「それ………どういうことなの?」

 

 そして陽太は空を見上げたまま、静かに何かに懺悔するような声で、彼女に告げるのであった。

 

 

「君の目の前にいるのは………単なる『空飛ぶ凶器』だ」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初めての夜

あれじゃないよ。

新婚さんのあれじゃないからね(笑)


 

 

 

「シャルが連れ去られた?」

 

 パリ市内でももっとも高く巨大なビルとして立てたれた『デュノア社』の最上階。社長室で書類を持った細みな長身と高級そうな白いスーツをきっちり着こなした20代後半の男性が、二人の部下からの報告にうなり声を上げる。

 

「………で?」

 

 報告に来た黒服の部下達が怯えているのを知りながら、その男は笑顔で返事を促す。

 

「も、目下、全力を挙げて捜索しているものの……服に着けておいた発信機も取り外されているもようでして……」

「ボクが聞きたいのはそういうことではないんだよ………『結果』が出せるまで後どれくらい僕は待たないといけないのかということなんだ?」

 

 笑顔の裏から凍れる感情が見え隠れし、部下の恐怖がさらに増すことになる。

 下手な返答をしようものならこの場で殺されると感じた黒服の男は、覚悟を決めて言葉を発した。

 

「い、い、一週間ほどお時間をいただければ?」

「……………」

「必ず、あの小娘を見つけ出して・」

 

 その瞬間、室内に乾いた銃声が鳴り響く。

 ゆっくりと崩れ落ちる黒服の男………そして、白いスーツの男の手には硝煙を上げる銃が握られていた。

 

「僕の花嫁に対して『小娘』なんて言い方をする失礼な者は、デュノアにはいない………そうだよね、君?」

「は、はい!!」

 

 全く変わらない笑顔のまま、顔面を引き攣らせている部下にもう一度同じ質問をする白いスーツの男。

 

「………君も僕が後一週間も待たないといけない、と言うのかい?」

「み、三日以内に、か、必ず……奥様を発見いたします!!」

「よし! 君の働きに期待してるよ!!」

 

 笑顔が終始変わることはなかったが、部下の男は理解していた。三日以内に見つけられなければ次は自分だ、と。

 慌てて室内を後にした部下をしり目に、男―――ジョセフ・デュノアは外の景色を見ながら、初めて笑顔ではなく、完全に感情を失った鉄仮面になる。

 

 

「仕方のない子だシャル………だが、彼女を誑かす悪い虫を潰すのも、夫の役目ということか……」

 

 

 

 

 

 一方その頃、ジョセフの言う『悪い虫』に誑かされている?シャルロットはというと……

 

「あ……あの……」

「ん?」

 

 ジョッキに入ったビールを一気飲みするヨレヨレのシャツを着た中年の男性。

 数人でタバコを吸いながらポーカーを始める男ども。そしてその周りで勝負を囃し立てる着飾られた娼婦らしき女性達。

 愚痴を撒き散らしながらカウンターで酔っ払い突っ伏す老人。

 料理の催促をしながらウェイトレスの尻を触り、逆に殴り飛ばされる者。

 

 ガラの悪いパリの裏通りにある店で夕食を取っていたのだった。

 店の雰囲気に反して、シャルの前に置かれた料理は美味しそうな匂いと湯気を上げていたが、今、彼女にはそれに手をつける気にはなれなかった。

 

 反して、目の前で同じメニューをかっ食らう陽太は、シャルのそんな様子を気にすることなく黙々と料理を口に入れていく。

 

「………食わないのか?」

「!?………そ、そういうことじゃないけど…」

 

 正直、今の彼女には目の前の陽太に聞きたいことが山のようにある。

 今までどこにいたのか、今は何をしているのか、自分を誘拐して本当に大丈夫なのか、というかこんなガラの悪い店に入って…

 

「誰の店がガラが悪いって?」

「!!!!?」

 

 危うく椅子からひっくり返りそうになり、慌てて椅子に座りなおすシャル。

 心の声を聞かれたのかと動揺しながら振り返ると、そこには赤いドレスの上にエプロンを纏い、頭に三角巾を被った20代後半の茶髪の女性が、お盆に新しい料理を持って立っていた。

 

「どうみてもお金持ちのお嬢様にしか見えないけど………どこから攫ってきたんだい、陽太?」

「人聞きの悪い………悪い虫に集られてるところを助けただけさ、リナ」

 

 リナと呼ばれた女性は、笑顔のままテーブルに牛の内臓や、豚足、玉ねぎ、人参、セロリをトマトとともに煮込んだ物を置くのであった。

 

「本日の自信作さ! 隠し味に白ワインを入れてみたんだけどね!」

「あ、ありがとうございます……」

 

 シャルの様子に別段怒っている様子もなく、笑顔で彼女の頭をやや乱暴に撫でまわす。

 

「陽太が連れてきた娘にしては礼儀正しくて、可愛らしいわね。気に入ったわ!!」

「あ、あの………」

「陽太っ!」

 

 出された料理を黙々と食する陽太に向かってリナが何かを投げ渡す。それを振り返りもせずにキャッチした陽太は、最後に水で全てを胃袋に流し込むと席を立ちあがる。

 

「掃除はいつも通りにしておいたよ」

「頼んでないのに、毎度ご苦労様です………」

 

 心にもないお礼を言った陽太は、シャルの手を取ると店の奥にある階段を一緒に登っていく。

 

「あ、あのヨウタ………どこにいくの?」

「しばらくの寝床………俺がフランスにいるときは大概ココの二階の部屋使わせてもらってんだ」

 

 階段を上がり突き当りの部屋のドアに鍵を入れて開くと、入口に小さな靴箱があり、奥に進むとキッチンと小さなテーブルとイスとソファーがあり、さらにその奥にはドアが一つある。

全体的に年季の入った内装を感じさせるが、掃除が行き届いているためかホコリっぽさや汚さを感じさせることはない。下の店の時もそうだったが、リナという女性はその手のことには手抜きをしないようである。

 

「奥の寝室のベッドをシャルが使ってくれ。キッチンの横の部屋が浴室だからシャワー使いたい時はそっちを。ただ、便所は部屋の斜め前の部屋だから間違えないようにな……」

「う、うん……」

 

 簡単にそれだけ告げると、陽太は上着を脱いでソファーに寝転んでしまう。その様子を見て、シャルはいそいそと彼に合わせるようにイスに腰を下ろすのであった。

 

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………なんか、こうやってるのっておかしいよね!」

 

 二人の間に流れる沈黙に、先に耐え切れなくなったのはシャルの方であった。そんな彼女の様子を気にかけたのか、手で顔を隠していた陽太の口から彼女に対して謝罪の言葉が滲み出る。

 

「……悪かったなシャル……なんか大変なことに巻き込んじまったみたいで」

「!!?………そんなことないよ! というよりもヨウタの方こそ、私を助けてくれてありがとう!」

 

 シャルの方こそ巻き込んでしまったという罪悪感があるためか、先に頭を下げられるとなんだか申し訳ない気分になってしまう。

 

「私もホントはね………今の家が死ぬほど大嫌いなんだ。私の周りのひとは全員で私を見張ってる………ごはん食べる時も、庭を散歩する時も、読書をするときも、毎日毎日毎日何人もの家庭教師の人がいて、私の行動を点数で付けてるんだ」

「……………」

「それで点数が足りなかったり、気に入らないことがあったら、全部直さないといけない………これじゃあまるで囚人だね」

「シャル………」

 

 自虐的に笑うシャルの声に、陽太は上半身を起こして心配そうに彼女を見つめる。

 

「ううん、囚人の人たちだってあそこまで監視されてないよ………以前手紙のやり取りをしていた友達も何年も返事が来ない。きっとデュノアの人たちが処分するなり、手紙のやり取りをさせないように仕組んだんだろうね」

「シャル………デュノアって…」

「デュノア社って………ヨウタは知ってる?」

「……世界第三位のシェアを持つISメーカーだろ?」

 

 陽太の返答に笑顔でうなづいたシャルは、天井を見上げながら話を続ける。

 

「…………お母さんが亡くなってすぐ……お父さんの家に引き取られたんだ…」

「………親父さんが、デュノアの社長さんだったとは…」

「私も引き取られるまで予想もしてなかった………それで、そこで色々検査して………ISの適正が見られてね。色々あってテストパイロットしてたんだ」

「!?………ISの操縦者なのか?」

「うん。おかげさまで代表候補生に選ばれたんだよ!………凄いでしょ?」

「あ、ああ………」

「???」

 

 途端に冷や汗が流れて視線をそらす陽太の様子を不思議そうな顔で見つめるシャル。

 よもや自分もIS操縦者です。世界中の軍事基地に喧嘩売ってますとは言えない陽太は、話の続けさせることにした。

 

「それで………どうなったんだ?」

「………でもね、その後………決まったんだ」

「?………なにが?」

「………私の結婚相手が」

 

 その瞬間、陽太がソファーからひっくり返り後頭部を強打させる。

 

「ヨ、ヨウタ!?」

「あ………相手は誰だぁっ!?」

 

 ガバッと起き上がると、猛然と彼女の肩を掴み上下に揺らしながら詰め寄る。

 そのあまりの剣幕にびっくりしながら、シャルは何とか答えるのであった。

 

「お、おおおお落ち着いて~!」

「あ、ああ………すまない…」

「ケホッ、ケホッ………それでね、相手は親戚の人で今デュノア社の副社長をしてる…」

「歳は!?」

「確か25歳のはずだけど……」

「完全にロリコンじゃねぇーか………」

 

 『爆撃するか?』『むしろ核兵器でキレイにするのが世界のためか?』『てか面倒くさいから燃やし尽くすか?』などとブツブツ言う陽太の様子を見ていたシャルが、途端に悪戯を考え付いた小さな子のような表情になり、陽太の耳元で囁いてみる。

 

「ひょっとして………ヤキモチ焼いてくれたの?」

「!!」

「………そうなんだ~~?」

 

 眼と眼で見つめあう二人。

 しばらくすると、根負けしたのか陽太がシャルに背を向け再びソファーに寝転がってしまう。ご丁寧に耳を両手で塞ぎながら。

 

「オヤスミナサイ」

「フフフ~ン♪」

 

 そんな陽太の様子が嬉しいのか楽しいのか、シャルはソファーに持たれながら身の上話を続ける。

 

「……………それでね、父と会話したのは二回ぐらい……それも大したことを話してないんだ。義理の母………あ、父の今の奥さんには………毛嫌い………されちゃった」

「……………」

 

 背中で自分の言葉を聞いてくれている陽太が、なんとなく察してくれたのを感じ、若干気分が和らぎ、苦い笑みがこぼれ出たシャル。

 

「『泥棒猫の娘』って殴られちゃった。母さんもちょっとは教えてくれてたらよかったのに………」

「…………シャル」

「………お母さんね……陽太のこと……最後まで気にしてたんだよ」

「……………」

 

 いつの間にか起き上がった陽太の眼がシャルと絡み合い、彼が心配しているような眼で自分を見てきてくれたことに一気に涙腺が緩んでくるのをシャルは感じ取っていた。

 

「………病気か?」

「………うん……気がついたときには、もう手遅れだった」

「なんで………あんなに元気だったのに……」

「………それはね………ヨウタ…」

「?」

「私のせいなんだ………」

 

 熱がこもらないシャルが吐き出した言葉に、陽太は違うと叫ぼうとするが、一度堰を切った想いは感情とともに目の前の幼馴染に向かって流れ出るのを止めることはできなかった。

 

「私のことを育てるために……いっぱい………いっぱいムリしてたんだ! なのに私は全然気が付かなかった!! お母さんのそばに誰よりもいたのに!! お母さんに誰よりも守ってもらってたのに!!!」

「違う………シャル、それは……」

「違わないさ!! わたしなんてさっさとお父さんに引き取られるべきだったんだ!! お母さんを早く自由にしてあげるべきだったんだ!! それなのに………わたしに少しでもいい学校行かせたいって、朝昼晩問わずに働いて!」

 

 いつの間にか嗚咽も混じり始める。止められない、陽太にぶつけるなんて自分はなんて醜いんだろうと自信を責めながらも、彼女自身言葉を止めることができないでいた。

 

「病気のことだってそうだよ!? わたしのことなんて構わずに入院すれば助かったかもしれないのに………ギリギリまで無理して! 薬もロクに貰わないで……食費も削って、自分の洋服代も、遊ぶお金も、全部わたしのために貯金して……」

「やめろ……」

「わたしの誕生日を毎年祝ってたくせに、自分の誕生日は仕事でいつもいなかった。私にお小遣い渡したいっていって………その次の日から、三日間『ダイエットするから食事はシャルだけで』なんて言って……お母さんのご飯を無くしてまで、お小遣いなんて欲しくなかったのに!」

「やめろ、シャル!」

「………そうだよ。何もかも、私なんかのために捧げて!! さっさと見捨ててしまえばもっと楽に生きれたのに!!………最後の最後まで私のためにって……!! わたし……なんかのため・」

 

 陽太は有無も言わずにシャルを抱きしめる……………これ以上、自分を傷つけるのを辞めさせねばならなかったから。

 

「私のせいだ……私がいたから……」

「シャルは悪くない………悪くなんてない…」

「だって、おかあさんが……おかあさんが……」

 

 エルーが死んだ時もこんな風に泣いていたのかと考えると、なぜ自分は彼女のそばに居れなかったのかと頭が焼き切れそうになる。

 人生の恩人に対して何もできていない自分への怒りを抑えながら、陽太は静かにシャルの額に自分の額をくっつけて彼女にできる限りの優しい声色で語りかけた。

 

「………エルーさんの死に際に立ち会えなかった俺が偉そうに言う資格はないかもしれないけど………シャル……俺たちは生きてる」

「ヨウタ………」

「エルーさんが生かしてくれた命だ。それなのに自分から死のうとするなんて弱い奴のすることだ………わかるか、シャル?」

「?」

「あの人は強い人だから、本当に強い人だから………自分の想いを最後まで貫いたんだ、きっと………シャルのために。何よりも自分自身の意志で」

「ヨウタ………」

「エルーさんはきっとシャルのこと責めたりしないよ。寧ろ何もしないで諦めたらきっとそっちの方が怒ると思うぞ。だろ?」

「………うん」

「………エルーさんの心残りになっちゃいけない。シャルはシャルとして生きなきゃいけないんだ」

 

 それだけ言うと陽太はシャルの額から離れ、窓の外に映る満月の姿を見る。

 

「泣いてもいい、弱音吐いてもいい………でももし、本当に大変なら俺に言ってくれたらいい。絶対に力になって見せるから……」

「ヨウタ………」

 

 その時、彼がどんな表情でそれを言ったのかシャルには最後まで見ることができなかったが、耳たぶがほんのり赤らんでいたことを彼女は見逃さずにいた。

 

「…………ありがとう、ヨウタ」

「お安い御用だ………」

 

 短くかわされた言葉であったが、二人の間にはもう数年間のブランクは存在していなかった。

 ただそばにいるだけで相手の心が伝わってくる。そんな暖かな空気が流れる。

 

「じゃあ………私、シャワー浴びてくるね♪」

「ああ………」

「ヨウタ………」

「ん?」

「覗いちゃ駄目だよ!」

「早く入りなさい!!!」

 

 

 シャルを無理やり浴室に放り込むと、ソファーにもたれながら大きなため息を漏らす。

 

「ぷはぁ~~………昔からあんなんだったか?」

 

 突拍子もないことを言うことには定評があったが、どうもさっきから自分の苦手な方向にばかり話を持っていくもんだから調子が狂ってしまう。

 

「……………」

 

 その時、陽太の鍛え上げられた聴覚が、パサッパサッという服が地面に落ちる音を拾い上げ、脳内でだんだん生まれたままの姿になっていくシャルの姿が作り上げられていく。

 

「ぬおおおおおおおおっーーーーー!!!」

 

 それを振り払うかのように、壁際で逆立ちしながら腕立て伏せを始めるヨウタ。世界新記録を狙えるペースである。

 

「(落ち着け! 考えるな!! 今は何も考えるなーーーーー!!!!)」

 

 無心になろうと心掛けるたびに、脳内では裸のシャルロットが形成されていくために、更なるハイペースになるという悪循環が発生する。

 

 それから約数十分後………彼の汗により床に水溜りができるほどになった時、ようやく陽太は逆立ち腕立て伏せを解除し、涼しげな表情でシャルに向かって振り返った。

 

「よお、いい湯加減…………」

 

 ―――バスタオル一枚巻いた状態のシャルロットさんが現れた!!―――

 

「ご、ごめん………着替えなんて…なかったから…///」

 

 頬を赤らめたまま濡れ髪の上目使いで陽太を見上げるという複合奥義で責めてくるシャルロットさんに対して、パニックの極みに立った陽太は猛然と寝室に行き、クローゼットの中からYシャツを取り出してシャルに手渡すと、浴室に駆け込む。

 

「ぜはぁー! はぁー、ぜはぁー………」

 

 別段息切れするようなことは何もないのだが、先ほどからなんか大胆な行動になってきているシャル相手に気疲れしたのか、何も考えぬまま服を脱ぐと頭から冷水をぶっかける。

体にはあまりいいことではないのだ、今の取り乱した自分にはちょうどいいと思う陽太であった。

 

「シャル~~~あがるぞ~~」

 

 一応声をかけて浴室のドアを開くヨウタ。これ以上の嬉し恥しハプニングはご免である。

 

「…………明かり消えてる」

 

 シャルが消したのだろうか、月明かりのおかげで視界は十分に取れているため苦もせずに歩く陽太は、ソファーに丸まっている金色の子猫を見つける。

 

「スゥー………スゥー……」

「……………ハァー」

 

 ベッドで寝ろと言っておいたにも関わらずソファーで静かな寝息を立てるシャルにため息が漏れてしまう。

 まったくもう………とこのまま起こして説教でもしてやろうかと半分ほど考え付いた時、月明かりに照らされた彼女の生足が目に入る陽太。

 

「……………」

 

 よく見れば今の彼女の状態は裸にYシャツである。裸にYシャツである。大事なことなので二回言ってみたが、今の陽太には非常に目に毒である。

 

「……………」

 

 シャルが眠っているためか、はたまた動揺したためか、彼女の今の状態を凝視する陽太。

 

 金色に伸びた髪は腰の辺りまで伸びており、さらさらと秋ごろの稲穂のようになびいていた。シャツの裾から伸びた脚は細長く、されど決してガリガリというわけではなく、男の自分にはないしなやかさが存在していた。そして問題なのは第二ボタンが外されていたために先ほどから見え隠れしている胸の谷間である。

 陽太はシャルが着やせする人間であるとこの時初めて知った。もっと正確言うと多分今まで生きて見てきた女性の中でこれほど見事に着やせする人間はいないだろう。

 

 幼馴染の発育具合を再確認し、心の中にある理性のリミッターがぶち壊れそうになるのを何度も抑えながら、陽太はシャルを抱き上げると寝室まで起こさぬようにそっと連れていく。

 

「………ん?」

 

 極力音も振動もさせないように気を使ったのだが、寝ている感触の違いに違和感を感じたのか、シャルが目を開いてしまう。

 

「起きたか?」

「ん………私は………!!」

 

 自分がお姫様だっこされていることに気がついたシャルが慌てて降りようとする。だが、それを制止する陽太。

 

「わぁっ! きゃあぁっ!!」

「暴れるな、危ない……」

「ヨ、ヨウタ!!………下ろして!!」

「すぐつくよ」

 

 器用に寝室のドアを開くと、ベッドまで一直線に進み彼女を降ろす陽太。

 

「お、重くなかった?」

「むしろもう少し何か食え………病人かと思ったぞ?」

 

 重くなかったと遠回しに言ってくれたことが嬉しかったのか、離れていく陽太の手を掴むとシャルは驚くべき提案をするのであった。

 

「ヨウタ………一緒に寝よ!」

「!?……はいぃ?」

 

 思わず声が裏返る陽太であったが、シャルはいたって嬉しそうに彼に提案を押しつける。

 

「うん、決まりだね!」

「ちょ、待てぇ!」

「ダ~メッ、待ったなしだよ」

「俺だって一応男で………」

「大丈夫大丈夫……」

 

 何が大丈夫なのかと小一時間問い正したい陽太に向かって、彼女は満面の男殺しの笑みで、こう答える。

 

「私は………陽太のこと信じてるもん!!」

 

 真っ直ぐな、とても真っ直ぐで花が咲いたような笑顔を目の当たりにした陽太が眠りについたのが、深夜を超えて明け方付近になってしまったのは言うまでもないのだろう………。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

優しい夢(ウソ)

 
 お待たせしました!!

 大幅に改良して修正した第三話です!




 

 

 

 

 今朝方、東の空が青紫に滲み始めたころ、陽太は目覚めかけの浅い眠りの中にいた。

 春に入ったとはいえ、朝方のもっとも気温の低い時間帯のため身震いし、無意識に一番近くにあった柔らかくて温かいものを抱き寄せ、顔を埋める。

 良い匂いだ。しかも極上の感触がする。

 だがその時、陽太の悲しいまでに従順な男の生理的反射は即座にその『極上の柔らかさと温かさ』がする何かに反応し、股間に向かって臨戦態勢を発令した。

 疑うことなき実直な股間の部下が命令通りに従った時、ようやく陽太は寝ぼけた眼をゆっくりと開く。

 

 

 ―――目の前に広がるシャルの谷間―――

 

 

 寝ぼけた脳細胞が急速に回転し始め、周囲の状況を確認し始めるが、疲労からか安心できる環境からか、陽太は再び目を閉じてそこに顔を埋めた。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・・・・・・?

 

「はっ!?」

 

 思わず声が漏れる。その声に反応したシャルが目を開き、陽太と視線が絡み合った。

 Tシャツとズボンの陽太といつの間に着崩れたシャル……………そして彼女の視線がゆっくりと陽太の股間に向けられる。

 そして彼女が見たのは生理的欲求に即座に反応した愚直なぐらいに真っすぐに起立した・・・

 

 シャルの声が唸り口がいっぱいに開かれた。

 陽太が『誤解だ。ホント誤解です』と見苦しい言い訳をしながら両耳に指を突っ込む。

 

 

 

「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!!」

 

 

 

 安アパートに響き渡るシャルの悲鳴の言い訳は何にしようか?

 その時の陽太はどこか遠い場所でそんな思考にふけっていた。

 

 

「……………」

「プッ!」

「………笑うな」

 

 部屋のドアの前で頬に真っ赤な紅葉を作って正座している陽太を発見したリナは、今まで見たことがない彼の姿に思わず噴き出してしまった。シャルに怒られ部屋から閉め出されて項垂れている陽太の姿がおかしくてたまらないのだ。

 出会って数年ではあるが、自分の知る陽太という子は歳不相応の可愛らしくない、小憎たらしい少年なのだが、今はどうだ?

 

「あの娘はいい子ね!………アンタの様子を見てたらそれがよぉ~くわかるよ」

「どういう意味だよ?」

「お・し・え・て・あ・げ・な・い♪」

「!?」

 

 イラッときた陽太が詰め寄ろうとするが、リナはそれを笑顔でするりと回避してドアをノックすると「は~い」というシャルの声が聞こえてきたのを確認して部屋の中に入っていく。

 

「ちょ!、てめぇ!?」

「男子禁制♪」

 

 その一言に動きを封じられる陽太。部屋の中から何やら女二人で楽しく話し始めるのを尻目に、そしてブスッとしたまま煙草を吸いに外へ出て行ってしまうのであった。

 

 

 一方、中の二人はというと………。

 

「さてと……それじゃあ着替えようか、シャル」

「へっ?」

 

 着の身のままのシャルを気遣ったリナが、自分のお古の洋服をいくつか持ってきて衣装合わせを始めていたのだった。

 いくつかの洋服をテーブルの上において、シャルにあった取り合わせが何なのかをチョイスし始めるリナを見ながら、シャルはふとあることに気がつく。

 自分は彼女に名前を話していたのかと?

 

「あ、あの……リナさん?」

「ん?……シャルが着る服なんだから、シャルの意見を言っとくれよ」

「いえ、それじゃないんですが………どうしてリナさんが私の名前を?」

「あ、それか……」

 

 そう言ってリナが指さしたのは、服と一緒に持ってきたとある新聞の当日号であった。

 恐る恐るそれを手に取り、中身を拝見したシャルの目に映ったのは、表紙の一面に出ている「デュノア社令嬢誘拐事件!!」という見出しと、いつの間にか取られていた自分の顔写真でった。

 

 一瞬で血の気が失せたシャルであったが、リナのほうは全く気にしている様子もなく、ケタケタと何か楽しげに彼女の気分を和らげようする。

 

「安心しなよ。この裏通りの人間はみんな素性に一癖二癖ある人間ばっかりだからね。表の事件になんか興味ないない」

「いや、そういうことじゃなくて!!」

「大丈夫大丈夫、いざとなったら私が守ってあげるさ。まあ、陽太がいるから私の出番なんて限られてるけどね」

「でも! でもでも!!」

 

 これでは陽太が完全に犯罪者である。しかも原因は自分を助けようとしたことなのに………心配そうにするシャルであったが、そんな彼女にリナは妹を諭す姉のような表情で抱きしめる。

 

「女尊男卑なんて言われてる世の中だけど………私は、いい女はいい男に守られるっていうのは当たり前だと思ってる」

「?」

「陽太はへそ曲がりで口も悪いけど、心ん中で熱くて真っ直ぐなものを持ってる男だ………そんな男が何も言わずに守ろうとしてる女の子が悪い子なわけないじゃないか」

「リナさん………」

「私たちのこと心配してくれるってことだけでもう十分………ありがとねシャル」

 

 彼女のぬくもりがシャルに伝わり、知らず知らずのうちに涙がたまっていく。だが、そんなシャルのほっぺたをリナは左右に無理やり引っ張るのであった。

 

「ひぃ、ひぃたひぃでぇふぅ~(い、痛いです~)!!」

「あら、もちもちしてよく伸びるわね」

「ひぃなふぁん~(リナさん~)!!」

「泣いたら幸福が逃げてくわよ!!………さあ、さっさとお着替えして旦那様の朝ご飯を用意してあげないとね、新妻さん?」

「リ、リリリリナさん!!?」

 

 何を突然言い出すのかと真っ赤になって問い質すシャルを置いて、リナはその手に申し訳程度の布切れがついた紐を手渡す。

 恐る恐るそれを広げてみてみるシャル。

 

 そこには俗に言う、新婚さん御用達のエッチな下着を握っていることに気が付き、シャルの紅潮は最高に達する。

 

「それ着けて『今日の朝ご飯はワ・タ・シ(はーと)』とかやってみるのはどう、シャル?」

「リーナーさーんっ!!!」

 

 その時、部屋の外に無理やり追い出された陽太が煙草を吸い終えたのか、マナーとしてノックと中にいる二人に声をかけることをしながら、様子を伺ってきた。

 

「二人とも………そろそろ中に入ってもいいか?」

「あ、いいよ」

「ちょうど今アンタを呼びに行こうかと思ってたところなんだ!」

 

 異口同音の声を聞いて部屋の中に足を踏み入れた陽太は、着替え終わったシャルの姿を見て、つい目を奪われてしまう。

 白い花柄のレースがついた短めのワンピースで身体のラインに柔らかくフィットしたプリーツ地をしており、下は黒いショートパンツという取り合わせというものであった。

 その上からエプロンを掛け、長い金色の髪の毛をピンクのリボンで結ぶという取り合わせだったのだが、何やら気恥ずかしそうにしているシャルの出す空気が、余計に可愛さというものを醸し出している。

 

「……………」

「ホラ、シャル! 私の言った通り魂が昇天しかけてるだろ?」

「!!」

「や、やめてくださいリナさん!!」

 

 リナの言葉を真っ赤になって否定するシャルであったが、同じように赤面して自分を見つめる陽太と視線が絡み合うと、大慌てで視線を外してしまうのだった。

 

「天気もいいし、今日はどっか二人でデートでもしてきな!」

「いや………今、表を出歩くのは…」

「女の子を、こんな男臭い部屋に閉じ込めたら、一日で出来ちゃった婚しなくちゃいけなくなるよ?」

「で、でででで出来ちゃった!?」

「出てけ、アホッ!」

 

 扉の前にいるリナに向かってクッションを投げ付ける陽太だったが、それをタイミングよくドアを閉めることで回避したリナは、笑い声を残して一階へと降りていくのだった。

 

「あんんのバカが……」

「あっ……あ、あ、あ……」

 

 顔を真っ赤にして、頭の中が錯乱フルドライブの極みに陥ったシャルが今朝の陽太徒の一件を思い出してしまい、目の前の陽太の顔を見ると………。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「意味ふブッ!」

 

 鳥達が一斉に飛び立ち、猫は起き上がると尻尾を立たせ、顔を洗っていた老人は何事かと空を見上げる………鈍い音が朝日が眩しいフランスの下町に鳴り響くのだった。

 

 

 

 ★

 

 

 

 澄んだ青空から朝の陽光が地面に降り注ぎ、活気に溢れる朝の市場の中を、赤くなった頬を撫でる陽太と、その後ろを申し訳なさそうに肩を落としながらトボトボついてくる帽子をかぶったシャルという二人が歩いていた。

 朝の一件はまだしも、リナの言葉に動揺したといえ、無実の陽太の頬を左フックで殴り飛ばしてしまったシャルは、心底申し訳なさそうにしょぼくれているのだった。

 

「(ううう………どう考えても、暴力的な女だって誤解されちゃったよ…)」

 

 心底項垂れるシャルに対して、陽太はあまり気にしない様子で、出かけにリナから手渡された買い物のリストと睨めっこしながらブチブチと文句を垂れる。

 

「なんで、俺が買出しまで………てめぇが行けばいいのに」

 

 大家権限なる謎の権力によって、半ば押し付けられる形で二人で出掛けてきたのものの、片やシャルはデュノア社社長令嬢、そして自分は彼女を誘拐した誘拐犯である。当人たちにしてみれば決してそういうことではないのだが、世間的にはどう考えても立派な犯罪者である自分を、こうやって堂々と二人で出歩かせるとは、あの女、絶対に事の重大さに気が付いていないだろう。

 

「………ったくよ」

 

 グチグチ文句を言っていても仕方ないと気分を切り替え、どこかで朝ごはんでも買うか、とシャルに意見を聞こうとした時、ふと、彼女の視線がとある場所に向けられていることに気がついた。

 

「?………シャル?」

「あ、いや、その………」

 

 彼女の視線の先、大小様々な日用品や衣類、また露店が立ち並ぶ一角があった。

 

「………珍しいな、この辺りでフリーマーケットなんて…」

「………お母さんと私とヨウタの三人で、よく行ってたよね、フリーマーケット」

「ああ………」

 

 自分を拾ってくれた恩人であるシャルの母親エルーは、休日の日はよく二人を連れてフリーマーケットに出かけ、自分やシャルの洋服を選んでいたものだ。

 

 陽太には、親といわれる人間が存在しない。

 彼の記憶の一番最初にあるのは、小さな孤児院で自分をいじめるフランス人の子供たちと、そのことをあえて見て見ぬふりをする大人達だけだった。

 

 ISが登場する以前から、その孤児院は財政難に襲われており、戸籍のないよそ者の子供を養える余裕はなく、また一人だけ日本人であるという事実が、日々のひもじさにあえぐ大人と子供のストレスの矛先になってしまう。

 

 毎日、年上の子供からの執拗ないじめは苛烈を極めた。

 殴る蹴るなどは日常茶判事、配給の食事を取り上げられ、二日に一度しか食事ができなかったことも一度や二度ではない。

 冬場の寝ている最中に凍えるような水をぶちまけられ、それを孤児院の大人に「コイツが漏らした」とウソの報告をされたこともある。おかげで、冬場の中、毛布一枚だけで外に放り出されて、反省しろと言われたこともあった。

 

 そうやった陰湿極まるいじめに陽太が耐えかねて、6歳のころ、彼は孤児院を一人飛び出す。だがそんな彼を捜索しようという気配はなく、一年以上も、陽太はフランスの町中を一人彷徨う生活を送ることにあった。

 

 身も心も荒み、命が日々削られていく日々の中………シャルとエルーに出会えたことは、陽太にとってどれほどの救いになったのだろうか?

 

 

「………久しぶりに見て回るか?」

「え?……いいの?」

 

 気がつけば、陽太の口から自然とその言葉が漏れ、シャルに自然と微笑みかけていた。

 

「別にいいさ………リナも急ぎじゃないって言ってたし、寄り道も悪くない」

「………じゃ、行こっか!」

 

 そんな陽太の心の変化を感じ取ったのか、シャルは陽太の手を握ると、自然と早足で歩きだす。

 

 恥しそうに頬を赤くしながらも、何か花が咲いたような笑顔で陽太に微笑むシャル。

 

 触れ合う二人の手と手の暖かさは、かつての幼い二人のころを彷彿とさせ、陽太の中にほのかな暖かい何かを咲かせるのだった。

 

 

 

「う~~ん、ヨウタ的には青がいいかな、あッ、でも以外にこの色もいいかも!」

「……………」

「ズボンと合わせるんだったら………こっちがいいかな!………ちょっと高いな、おまけしてもらおう!」

 

 先ほどから嬉々として男物の服を選ぶシャルの姿に、陽太は微妙な表情でそれを眺めていた。てっきり自分の物を買うのだとばかり考えていた陽太であったが、彼女は女物には目もくれず、陽太が着る物ばかり選んでいるのだ。

 

「おい、俺のいいから自分の買えよ。それぐらいの金なら・」

「何言ってるんだよ! 私はリナさんから沢山貰ったけど、ヨウタは言われなかったら自分から服なんて買わないでしょ!」

「………それは……そうなんだけどもさ」

「それに、私こういうの好きなんだ。今の家は有名なデザイナーさんとかブランドショップの店長さんなんかが来て、直に見に行くことなんてできないから」

 

 何から何まで献上してくれるデュノアの家の中には自由などというものは存在しない。食事は無論のこと、勉強にも専属の家庭教師がつき、ISのテストも完全監視の中で行われ、礼儀やマナーについて四六時中説き伏せてくるのだ。息が詰まることこの上ない。

 その反動か、自分を監視するものがいないこの場において、いつも以上のテンションの高さでこの二人っきりの買い物(デート)を楽しむことにしたのだ。

 

「こう見えても私、お母さんよりも値切りが上手いんだよ! すごいでしょ!?」

「いや、それってすごいと褒めていいのか?」

 

 15の少女が主婦染みていることに、陽太はどう褒めたらいいのか悩んでしまう。そんな中を店員の中年の女性が二人に声をかけてくる。

 

「彼氏さんのコーディネートは終わったかい、お嬢ちゃん!?」

「ブッ!」

 

 自分と陽太がそんな風に見られていたとは考えていなかったシャルは思いっきり噴出してしまう。対して、陽太はアハハハッと軽く笑い声を上げると、シャルと店員を一瞬で凍結させる言葉を言い放つ。

 

「全然俺は彼氏じゃないよ。コイツとは、そうだな………兄貴と妹かな?」

 

 ピシッ!

 

 相変わらずの能天気な笑顔を浮かべる陽太と、完全に凍り付いたシャルと、その間で右左と慌てる店員の女性。すると陽太が隣にいるシャルの様子の変化にようやく気がつくのだった。

 

「どうった?、どっか具合が・」

「………の、バカ」

「はい?」

「ヨウタの………ブァカッ!」

 

 怒りMAXになったシャルが、ズカズカとシャツを2、3着掴むと、店員のおばさんに差し出して勘定を頼み込む。

 

「これ全部ください!!」

「は、はいよ」

 

 手渡された洋服をビニールに入れる中、シャルが自分の財布をポケットから出そうと手を突っ込んでみる。が、今の自分には持ち合わせがないことに気がつくと、更にその場で地面を蹴りながら、陽太の方に振り返り、彼に手を差し出す。

 

「早く!」

「ふぇ?」

「お金ッ!!」

「ん? あ、ああ……」

 

 気圧されながら財布から紙幣を取り出すと、シャルに手渡す陽太。その紙幣をひったくるように奪うと店員に手渡す。店員も二人のそんな様子を見て、陽太の方を軽く睨むと、厳しい口調で話しかけるのだった。

 

「大の男が女の子いじめるだなんて、最低だよ!」

「い、いじめって………いじめ?」

 

 何のこっちゃさっぱりわかりません! と表情で訴えかける陽太の様子に、店員も深い深いため息が漏れる。どうやら、この少年には女心というものがまるで理解出来ていないようだと考えた中年の女性店員は、お釣りをシャルに手渡すと、陽太を手招きして、彼の耳元で小声でしゃべる。

 

「アンタ………あの娘がなんで怒ってるのか本当に解らないのかい?」

「解る訳ないだろう」

「ハァ………」

 

 即答する陽太の様子を見て深い溜息をついた女性店員は、彼に解り易くシャルの機嫌を直させる方法を彼に教えるのだった。

 

「褒めてあげな。あの娘のことを」

「褒める?、なんでまた?」

「いいから、さあっ!」

 

 なんで急にそんなことせんといかんのだ腑に落ちない思いの捕らわれながら、目の前でほっぺたを最大まで膨らませながら視線を逸らし、全力で『怒ってます』のポーズを取るシャルを見つめながら、彼は褒め言葉を思いつくと、彼女の肩を徐に掴み、そして真剣な表情で見つめながら言葉を発する。

 

「シャルロット………」

「な、なに?」

 

 急に真剣な表情で自分を見つめてくるものだから、怒りも一瞬忘れ、陽太の瞳に自由を奪われてしまうシャル。

 幼い頃は自分よりも少し背の低かった少年であった陽太だったが、今では自分よりも頭一つ抜き出るほどに成長し、それは全身の体躯にも現れていた。

 決してマッチョというわけではないのだが、さりとて痩せ細っているというものでもなく、ギリギリまで体を作りこんでいるアスリートのように無駄のない筋肉質な体型になっている。

顔付きも、昔の気弱さなどはもう見る影もなく、精悍な顔付きの大人の男への階段を上る成長期後半の少年のものになっていた。

 そんな幼馴染の思わぬ成長振りに、シャルの中にある「守られる子供」のイメージはなりを潜め、「異性」の男のそれへと変わり始めており、こう至近距離まで近寄られるとそれを嫌でも意識させられてしまう。それに先ほどから自分たちのやり取りをニヤニヤしながら見つめる女性店員の視線もある。

 

 さっきとは別の意味で顔を赤く染めるシャルと、彼女を真剣な瞳で見つめる陽太。

 

 そして彼は、その真剣な表情のまま、不安と期待で胸の膨らむシャルに向かって言葉を紡ぐ。

 

「シャル…………………大きくなったな、胸。このままいけばエルーさんに十代で追いつけるかも知れんぞ!」

「……………」

 

 物凄くいい笑顔で、こんな言葉を吐いてみせる。

 

 ダメダ、コイツ。ハヤクドウニカシナイト………。

 

 凍りついた女性店員の心の声は、誰に聞かれることもなく、陽太の頬を力強くフルスイングでブッ叩くシャルのビンタの音でかき消されてしまうのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「なあ………」

「………話しかけないでください!!」

「(なにを、そんなにお怒りなんですか?)」

 

 左右のほっぺたを真っ赤にした陽太は、目の前で猛烈に不機嫌なオーラを飛ばしながらクロワッサンとコーンスープをガツガツと放り込んでいくシャルの姿を見ながら、年頃の娘さんの扱いに悩み果てていた。

 繊細な乙女心という代物の存在について、陽太はあまりにも無知すぎるのだ。

 だがこのままではいけないということだけはわかっているのか、とりあえず身近にいる女性を基準で考えてみることにする陽太。

 

「(………女の扱い……身近にいる女)」

 

 身近にいる女として真っ先に思いついた『兎耳をつけて、今日はどんな悪戯をしようかな~♪』とのたまう女性の姿を陽太は脳内からかき消す。他人のあり方に疎い陽太を以ってしても、『彼女(アレ)』は基準とするには、ちょっと無理があり過ぎると感じた。

 

「(束は話にならないから………リナ?)」

 

 下宿先の大家である彼女ならばどうだろうか?

 彼女も若干豪快すぎて繊細さとは程遠く感じる時があるが、ふと、昔彼女が言っていたことを思い出す。

 

「(ええっ~~と………確か、こうすれば良かったんだよな……)なぁ、シャル?」

「話しかけないでって、アレほ・・・」

 

 まだお怒り中のシャルであったが、そんな彼女の動きがピタリと停止してしまった。

 

 テーブルの向こうから差し出された陽太の手がシャルの頬に触れると、陽太は僅かに微笑みながら出来る限り優しい声色で囁いたのだ。

 

「シャル………君って可愛いな」

「なっ!!!???」

 

 ボンッ!という炸裂音と共に脳内が噴火したシャルは、顔を真っ赤にしながら小刻みに髪を指でいじくり、額に汗を滲ませながら、しどろもどろに陽太をチラ見する。

 

「えっ……えっ……やだ……あの………その…」

「もう……怒ってないのか?」

「あ………の……うん…」

 

 簡単に許してしまう乙女シャルであるが、陽太のほうというと、本当に目の前のシャルの事を可愛いと思って………いた訳でもなく、リナが昔酔っ払ってたときに言っていた話を思い出して、実践してみたのだ。

 

『ああ~~~!! 誰か私の顎を持って可愛いって言ってくれる男はいないのかーー!! そしたらどんなに怒ってても、簡単に許してやんのにーー!!!』

「………(ほんとに許してもらえたよ。オイ)」

 

 酔っ払いの言うこともたまにはあてになるもんだな、と感心する陽太。どうやら自分が端から見て相当恥ずかしい言葉を言い放った自覚もないらしい。

 

 そして、陽太に可愛いと言ってもらえて物凄く上機嫌になったシャルは、おもむろにメニューを取り出すと、上機嫌で彼に追加の注文をするように催促を始めるのだった。

 

「ほらっ! 男の子なんだから、朝からしっかり食べなきゃねっ!」

「いや、シャル………」

「すみませーん!! 追加で四人前お願いします!!」

「(俺が全部払うんだが………)」

 

 どんどんと持ってこられるメニューと満ち溢れていく満腹感と彼女の笑顔と反比例するように軽くなっていく自分の財布の中身を思い、引き攣った笑顔で陽太はシャルの様子に答え続けるのだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 すっかり軽く成り果てた財布をいつまでも眺めつつ途方にくれる陽太と、上機嫌のあまりスキップまでするシャルは、手荷物とリナに頼まれた品物を一旦持って帰った後、特に当てもないままブラブラと通りを歩き続けていた。

 

「ヨウタ………」

「ん?」

 

 声を掛けられて振り返った陽太が見たシャルの視線が、古びて朽ちた教会に向けられているのを見た陽太は、眉を寄せながらシャルに問いかけた。

 

「よもや無神教無神論者な陽太君と共に、教会でお祈りしたいです。なんてこと言ってくれるわけじゃないよな?」

「うん! 一緒に入ろう!!」

「笑顔で無視するなよっ!?」

 

 顔は嫌がりながら、なんやかんやと言いつつもシャルの後を追う陽太であったが、朽ちた教会の中に入った途端、言葉を詰まらせてしまう。

 そこにあった光景は………。

 

 

 煤だらけの長椅子の群れ―――

 

 壊れかけた柱―――

 

 穴が開いた天井と―――

 

 ヒビだらけのステンドグラスから差し込む光―――

 

 

 そして、二千年以上前に世の苦しみを救うために自ら十字架に磔となった救世主に祈りを込めるために膝まつくシャルの姿があった。

 彼女の祈りを邪魔しないように、極力音を立てないよう静かに彼女のそばに歩み寄った陽太は、光に包まれる救世主を眺めながらシニカルな笑みを浮かべ、まるで小馬鹿にするような口調で話し始める。

 

「相変わらずの痩せっぽっちの栄養失調だな。そんな姿(なり)で誰を救うおつもりなのでしょうか?」

「コ~ラッ!」

 

 ここに宗教に属する者がいれば激怒しそうな物言いだが、シャルは短く咎める程度で済ませてしまう。それは出会った当初から、陽太がこの「痩せっぽちで栄養失調気味の神様」のことを毛嫌いしていたことを知っていたし、何よりも本音では彼女自身もあまり好きではないかもしれなかったからだ。

 

「陽太に初めて話しかけた時も、こうやって古い教会の中だったね」

「………あんまり覚えてない」

 

 嘘だ。あのときのことは陽太は今も鮮明に記憶の中に留めている。だが、気恥ずかしさからかそれを素直に言うつもりもなく、つい素っ気無い言葉で返してしまう。

 そんな彼の態度を察したのか、からかうようにシャルはおどけながら、当時のことを話し出した。

 

「そうだね~~~? あの時確か、誰かさんは今とはぜんぜん違う泣き虫さんだったもんね~~?」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 お母さんがまだ生きていた、大好きなあの声と笑顔で、私に『シャルロット』と呼んでいてくれた頃。

 

 

 夏の日差しが強まり、畑に一面のヒマワリが咲き誇っていた季節……

 

 

 私がその子を見かけたのは、お母さんにお使いを頼まれた時でした。

 

 

 

 いつも行っている商店で夕ご飯のおかずを買ってきた帰り道、お母さんとよく食べに行った顔なじみのおじさんが経営するレストランの路地裏に置いてあったゴミ箱を、『その子』はゴソゴソと漁っていました。

 最初、私は『その子』が何をしているのかわからずに、ボケッと見ていたのですが、どうやらそんな私の様子に気がついた店のおじさんが、大声を出しながら怒って店から出てきました。

 

 おじさんはその子を見るなり、顔を真っ赤にして激怒し、殴り蹴り、怒鳴りながら酷い罵声を浴びせていました。

 警察に突き出そうと、店の中にいる従業員の人に声をかけたのですが、一瞬の隙をついて、『その子』はおじさんの手からスルリと抜け出し、そのまま私の横を通り過ぎて逃げ出していきました。

 

 私が、おじさんに『その子』が何をしていたのかと聞くと、おじさんは、

 

『あのドブネズミはゴミを漁りに来たんだ。金がないからって店のゴミを食べて生きてる蛆虫さ。シャルちゃんは、ああいう奴を見かけたら関わっちゃいけないぜ!!』

 

 いつもは優しいおじさんが、私には少しだけ怖く感じて、返事だけしたら、その場から逃げるように家に帰り、お母さんに『その子』のことを話していました。

 

 お母さんは、私の話を聞くと、少しだけ悲しそうな顔をして私の瞳を見て、

 

『あの人は悪い人じゃないけど、時々、頭に血が上るのが悪い癖ね』

 

 と、ため息をつき、しゃがんで私と同じ目線になって、話をしてくれました。

 

『シャルロット………その子はね、とても悲しい子なのよ』

「どうして、かなしいの?」

『その子は、お母さんもお父さんもいなくて、自分を守ってくれる人が誰もいないの………だから、一人ぼっちで生きているの』

「お母さんもいないの?」

『そうね………きっとそばにはいないわね』

「………お母さんがいないのは………いや」

 

 私の記憶のすべてに、お母さんの笑顔がいっぱいあります。

 お母さんが世界の中心………だから、お母さんがいない世界なんて、考えるだけでも怖くて悲しい。

そう告げると、笑顔になって、お母さんは私に言ってくれました。

 

『今度、もしその子に会ったら、シャルはどうするの?』

「う~~~ん………友達になる!」

『友達になるの?』

「うん♪」

 

 私が元気いっぱいでそのことを告げると、お母さんは、いつもよりも嬉しそうな顔で私を抱きしめながらこう告げてくれたんです。

 

 

『シャル………貴方は私の自慢の娘よ』

 

 

 

 

 さっそく次の日の午後、私は『その男の子』を探すために、街のあちこちを歩き回りました。

 お母さんから手渡されたのは、麦藁帽子と水筒。夏の日差しが厳しいから熱中症にならないようにと、心配してくれてのことです。

 幸い、私の住んでいた街はそれほど大きくない街だったおかげで、『その男の子』を見つけることは、そんなに難しくはありませんでした。

 

 

 『その男の子』は寂れて修繕されぬまま放置された教会の中、ボロボロになった十字架の前で膝を抱えてうずくまっていました。

 昨日よりも増えている傷。泥だらけで所々破れてほつれている服。足の先が破れて親指が見えてしまっている靴。

 

 見れば見るほど、私は不思議で仕方がありません………なぜ誰もこの子のことを助けてあげようと思わないのだろうか?

 

 純粋な疑問とともに、私は気がついた時、彼に声をかけていました。

 

「こんにちは!」

「!!!!?」

 

 飛び上がるという表現がぴったりなぐらいに、びっくりした彼はその場から飛び退くと、急いで柱の陰に隠れてしまう。

 

「……あの~」

「……………」

 

 柱の陰に隠れたまま、ずっとこちらを見てくるその子………しばらくお互いが見つめあう。だが、このままでは埒があかないので、思い切って私がもう一度声をかけて一歩踏み出してみた。

 

「あのーーッ!!」

「!!!?」

 

 出していた僅かな顔を引っ込めて完全に隠れてしまう。

 私は急いで柱の陰にいる彼の元に駆け寄ると、その場に蹲りながら、耳を手で覆い目をきつく閉じていた。

 

「(私に話しかけられるのが、そんなに嫌なのかな?)」

 

 僅かに肩が震えているのを見た私は、なんだか胸の内に罪悪感が湧いてきて、このまま帰ったほうがいいのかな、という考えが一瞬よぎった。

 

「(…………でも…)」

 

 だが簡単には引き下がれない。なんせお母さんと私は約束したのだ。

 友達になってみせる………そのことをもう一度固く胸に誓うと、大きく息を吸って、耳を塞いでいる彼にもよく聞こえるぐらいの大声で呼びかけてみた。

 

「あのーーーッ!!!」

「!!!?」

 

 その声にまたしてもびっくりしたのか、彼はその場から走り出すと………動揺の余り、一蹴して私の後ろに戻ってきてしまう。

 

「!!!?」

 

そのことにまたびっくりしたのか、今度は反対方向に走り出し、柱を一周して、私の前に戻ってくる。

 

「……………フフッ」

 

 その光景が、なんだかおかしくて………気がついたら、私は彼の後ろを追いかけていた。

 

「まってよー♪」

「!!!!?」

 

 二人で柱の周りをぐるぐる、ぐるぐると回る時間無制限追いかけっこ………そして二人は同時に体力が尽きてしまう。

 

「はっ、はっ、はっ……」

「……………」

 

 二人は柱にもたれて、汗だくになりながら一緒に座り込む。どれぐらい息を整えていたのだろうか……汗びっしょりになりながら、私は彼に笑いながら声をかけた。

 

「楽しかったね、鬼ごっこ♪」

「……………」

「足、すっごく早いね!走るの得意なの?」

「……………」

「私もね、走るの得意なんだよ! クラスで一番早いんだ!! 男の子にだって負けないぐらいに!」

「……………」

「あ、そうだ!」

 

母親から貰った水筒の蓋を開けて、コップに注いでいく。中身はどうやらオレンジジュースのようだ。

 

「はい、どうぞ」

「……………」

 

 私はそれを彼に差し出す。だけど、目の前に差し出されたそのコップを、驚いた表情で受け取ると、彼は興味深げに見つめ続けて、一向に飲もうとしない。

 

「どうしたの?」

「……………どうして…」

 

 彼が初めて自分に口をきいてくれた!そのことがうれしくて、私は思わず身を乗り出す。

 

「どうして………くれたの?」

「え?………だって、当たり前でしょ?」

「???」

 

 何が当たり前なのか解らない彼は、首をかしげてこちらを見てきた。私は、そんな彼に笑顔で答えてみせた。

 

「だって、私と貴方、もう友達だもん」

「……友……達………?」

 

まるで初めて聞いたかのように友達という言葉を口にする彼に、私は笑顔で自己紹介を始めてみた。

 

「私はシャルロット! 貴方のお名前は?」

「ヨ………ヨウタ…」

 

 

 

「どこで生まれたのか知らないの?」

「………知らない」

 

 あれから私は色々ヨウタに話を聞きました。

 彼はお父さんとお母さんがどこにいるのか知らず、フランスにある孤児院の前に捨てられていたこと。だけどそこの生活はヨウタには厳しく、同じ子供たちや、職員にまで酷いいじめを受けていたこと。そしてある日たまりかねて孤児院を飛び出してきたこと。その後、各地を転々としていたこと。だけど幼子が一人で生きていくにはあまりに世間は厳しいこと。

 

「気がついたらこの国にいた……だけど、髪も顔もぜんぜん他の子たちとは違うし、赤ん坊のボクが入ってた籠にあった文字が日本語だったから………たぶんボクは日本人だ」

 

膝を抱えて座る陽太のその姿が、私にはとても寂しそうに思えました。

 

「シャルは………お母さんと二人で寂しくないの?」

「全然!! だってお母さんはとっても優しいもん♪」

 

 私は立ち上がり、そう言って陽太に手を差し出します。

 

「ふえっ?」

「ついて来て!」

 

 ヨウタの手を強引に引っ張って立ち上がり、私は走り出します。

 

「お母さんがね! ヨウタに会いたいって言ってたの!」

「!? い、いいよ!」

「大丈夫!」

 

 ヨウタの心配そうな、困惑した言葉も私は一切聞かず、笑顔で彼を家に招きいれようとしました。

 

 家がないのなら、私の家に住めばいい。

 家族がいないのなら、私とお母さんが家族になってしまえばいい。

 

 ただ、ただ………あのときの私はそう、無邪気に思っていたのです……。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「今思うと、私すっごい強引だったよね♪」

「そうだな。ものすっごく強引だったな」

 

 互いに小さな笑顔を作りながら笑い合う二人。あの頃は本当に何もかもが純粋で眩しく思うことができていた。

 

「だから、言っておきたいことがあるんだ」

「ん?」

「ヨウタ…………私を助けてくれて、ありがとう」

 

 シャルの心からの笑顔と感謝の言葉に、陽太はただ目を閉じて微笑み返すだけだった。

 

 だが、これでいい。この二人の間ではこれだけで、たくさん言いたい感謝の気持ちが伝わっているのだから………。

 

 昔は、笑顔と短い言葉で、陽太に想いを伝えることができていた。

 そしてそれは今も変わらない。そんな無邪気な気持ちを信じようとするシャルであったが、時は二人に小さな影を落としてしまう。

 最初にその影の暗い手が伸びたのが陽太であった。

 

 無粋とも取れる絶妙なタイミングで鳴った携帯の着信音に、会話を一時中断してシャルから急ぎ足で距離を取る陽太。若干苦い表情で通話ボタンを押した理由は、彼の今もっている携帯に電話してくる人物など一人しかいないためだった。

 

「………なんだ?」

『なんだじゃないよーーーー!!! ようちゃんっ!!! 一体全体どういうつもりだよぉぉぉっーーー!!!』

 

 鼓膜の心配をしてか、あらかじめ50cmぐらい距離を離していてもなお煩い束の声が電話越しに聞こえてくる。

 

『私に内緒で女を囲うとはどういうことなの!?』

「内緒もくそも偶然と成り行きで…………また人の行動をモニターしてんのか?」

『あう……』

 

 一気に陽太の声色のトーンが下がったのを感じた束のテンションが下がる。二人の中の暗黙の了解である『俺の行動をいちいち見張らない』という約束を破った束に、冷たいオーラを携帯越しにぶつける陽太。

 

「いつも言ってるよな? 俺に干渉しないっていうのは、手を出さないことだけじゃなくてそうやって監視しないってことも含んでるって……」

『だって~~~………ようちゃんが浮気を…』

「アホ言うな。そんな仲じゃねぇーよ」

 

 そう………自分とシャルロットはそういう仲ではない。

 

 ではなぜ自分はあの時彼女を助けたのだろうか?

 

 今になってその疑問が急速に広がり始める。

 

 普通に考えれば、シャルをこんなところにいさせるよりも早く帰してやるのが一番のはずだ。

 少なくとも犯罪者である自分なんかとの生活なんかよりもよっぽど裕福な暮らしが待っているはずなのだ。たとえ少しの偏見や嫌がらせがあろうとも………。

 

 だがあの時、エルーの墓の前から無理やり連れて行かれようとされているシャルの姿を見た瞬間、自分の思考は完全に消し飛んだ。

 気がつけば思うがまま、考えもせずにシャルを助けて、あげくが誘拐犯である。

 

「(………子供染みてる……本当ならシャルにとってどっちが良いかなんて考えるまでもないのに…)」

『うふふふ~ふ~~~、ようちゃん悩んでるね~』

 

 束がこういう物言いをするときは確実に優しさと残酷さを含んだ事を言うものだ。

 思考を荒らされる前に電話を切ろうとするが、彼のその行動よりも早く、束は彼の携帯にある情報を転送してくる。

 

『ようちゃんが欲しい情報だよね、これ?』

「お前………」

『今回は特別に目を瞑ってあげる♪ だけどね、ようちゃん………これだけは忘れてないよね?』

 

 

 ―――ヨウチャンハ、ソノ手で人ヲ殺シテルンダヨ?―――

 

 

「……………」

 

 静かに目を瞑り、深く深呼吸をする陽太。

 だが、その時の彼の手が微妙に震えていたことにも束は気が付いていたのだろうか? 

 いや、彼女はそのことにすら気がつきながらも、あえてこの台詞をこの場面で言ってのけたのだ。

 

「………理解(わかって)いる」

『ぐふふふ~~……さっすが、ようちゃん♪ 愛してるよ!』

 

 最後に上機嫌そうに電話を切る束に対して、苦い思いを隠しきれない陽太はおもむろにポケットの中にあった煙草を取り出すと、火をつけて、心底苦い気持ちと煙をゆっくりと吐き出そうとする。

 だが、どれだけ煙を吐き出しても、その心中に渦巻いたどす黒いモヤモヤが胸中から出て行くことはなく、知らず知らずのうちに煙草を床に放り出し、荒々しく踏み潰すと、二本目に手を伸ばそうとする。

 

「コラッ!!!」

 

 だが、その手をシャルの暖かい手が陽太の手に握られていた煙草を取り上げてしまうのだった。

 

「いつの間にこんな物吸うようになったの!! もしやと思ってたけど、本格的に不良を目指すようになったの!?」

 

 知らないうちに非行に走り出した弟を叱るように、シャルは腰に手を当ててプリプリと怒ったフリをするが、陽太はそんなシャルの姿を一瞬だけ驚いたような怯えたような瞳で見ると、シャルの手に握られていた煙草を荒々しい手で奪い返し、火を着けながら教会を出て行ってしまう。

 その様子を一瞬だけ呆けたように見ると、すぐさま陽太の後を追いかける。

 

「ちょっと待ってヨウター!」

「……………」

「ヨウタッ!」

 

 急ぎ足で歩く陽太を追い抜き、彼の前に立ち塞がったシャルは、突如態度が急変した陽太の様子を伺うように話しかける。

 

「どうしたの? 何か悪い電話だったの?」

「別に………シャルには関係ないことだ」

「じゃあ、私が………何か……気に障るような…悪いことしちゃったのかな?」

「…………関係ない、別に」

 

 短く言い捨てると、突然シャルの手を握り、強引に元来た道を歩き出す。

 

「ヨ、ヨウタッ!」

「帰るぞ……」

「ちょっと!! 痛いッ!」

 

 痛がるシャルを無視するように歩を早める陽太であったが、強引に握られた手の痛みに耐えかねたシャルが無理やりその手を振り払う。

 

「ホント、痛いから………離してよっ!」

 

 赤く染まった手をさすりながら、シャルは怒った表情で陽太を睨み付け、彼を怒鳴った。

 

「女の子に優しくできないなんて最低だよっ! ヨウタッ!!」

「…………関係ない」

「さっきからそればっかり! いったい何があったの? なんで何も言ってくれないの!!」

 

 いつの間にかうっすら涙をためて、陽太を見つめてくるシャルの姿に彼は耐え切れなくなったように視線をはずすと、ただすれ違いざまに、短く言い放つのみだった。

 

「シャルには………関係ない。関係のないことだ」

 

 

 そう、彼女には何一つ関係のないことだ。

 自分が彼女と別れてから、どんな生活を送ってきたのかも、どんな許されない罪を犯したのかも、彼女にはまったく関係のないことなのだ。

 

 

 だからこそ、もう暖かい夢の時間はこれでおしまい。

 

 

 今からはいつもの現実に戻り、いつもの自分としてできることをするだけだ。

 

 

「ヨウタ………」

 

 前を歩く少年と、その後姿を涙を流しながら見つめる少女。

 

 互いを想い合いながら、二人は悲しいぐらいにすれ違うことしかできずにいるのだった。

 

 

 

 




互いに想いあっていても、それがイコール互いの幸せになるとは限らない。

そんな二人の光景ですが……正直、どうなんなだろうか?

感想待っています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

事態、急転

さて、今回の見所は、

 ・陽太の不器用な決意

 ・原作では定食の漬物にすらなれていないデュノア夫妻の登場

 ・ロリコン来たよ。ロリコン

の三本でお送りしますw



 

 

 

 

 いつも以上に感情を押し殺したような表情の陽太と泣きながらその後に続いて帰ってきたシャルの姿を見たリナは、ただ事ではないと確信しシャルを自分の部屋に招き入れると、店のカウンターに一人座る陽太の前に仁王立ちをすると、彼の胸倉を掴みあげて厳しい視線をぶつけていた。

 

「何をしたんだいっ!! アンタって子は……」

「別に………何も?」

 

 裏街道を生きる人間は必ず過去に何かしらの問題を持っている。リナもそれに違わず、そこらにいるチンピラなんぞ問題にならないぐらいの修羅場を潜ってきていた。それゆえに彼女の怒りをぶつけられれば、大概の男ならば萎縮してしまうのだが、目の前の少年は自分以上に修羅場を潜り抜けてきているだけに、こと、この手の問題に関しては手を焼いていた。

 

「………どうしてシャルが泣いてるんだ!?」

「……………」

「………どうして何も言おうとしないの!!」

 

 だんまりを決め込む陽太に強い怒りを覚え、拳を思わず振り上げたリナは………ゆっくりと、拳を下げ、胸倉を掴んでいた手を離すと、自分と先ほどから目を合わせようとしない陽太の頬に触れると、涙で滲んだ瞳で彼に訴えかけた。

 

「ヨウタ………何があったのか話してくれよ」

「話すことなんか………何も…」

「何がそんなにも辛いんだい?」

 

 突然のその言葉に、胸の内が穿たれた様な感覚を覚える陽太であったが、リナの言葉は容赦なく続く。

 

「アンタと初めて会ったときから、ずっと気になってたんだ。アンタ、時々すごく辛そうな表情することあるよね?」

「何がだよ?」

「幸せそうな人間を見たときさ。最初は僻んでるとか妬んでるとか思ったんだけど、そうじゃなかった……………アンタは幸せそうな人間を見るたびに、何か辛いこと思い出してんだ」

 

 自分がそこまで彼女に見られていたなどと思ってもいなかった陽太は、揺れる瞳でリナを見つめ返す。その瞳がリナには、途方に暮れてどこにもいけなくなった幼子のように見えて、なおさら目の前の少年が哀れに思えて仕方なかった。

 

「教えておくれ………アンタはいったい何に苦しんでるんだい?」

 

 リナのその言葉と共に思い出される、苦く重く、こびり付いて離れない光景………。

 

 ―――自分の腕に抱かれながら謝罪の言葉と共に息を引き取った女性―――

 

「………アンタには関係のないことだ」

「ヨウタッ!?」

 

 ここまで来ると意固地としか言いようのない強固な姿勢でリナを押し退けると、背後から自分を呼び止めようとする声を無視しながら、陽太は夕日が陰る入り口に向かって歩き出す。

 

「リナ………」

「………なんだい?」

 

 入り口で立ち止まった陽太がいつになく真剣な声色で話しかけてきたことに異変を感じたリナは、怪訝な表情のまま彼の顔を見る。太陽が差し込みちょうど逆光になっているために表情が分かりづらいが、その口元がえらく緊張していたことだけは理解できた。

 

 初めて見る陽太のそんな姿に、戸惑いの隠せないリナ。

 

「………頼みたいことがある」

「ソイツは私が聞ける頼みごとかい?」

「なあに………簡単なことさ…」

 

 ちょうど雲に太陽が隠れたのか、光が弱まり表情がはっきりと見えた。

 そこには、優しさと切なさと悲しさと強さを同居させた目で自分を見てくる陽太がいたのだった。

 

「アンタ……ちょっと待ちな!」

「シャルを頼む。アイツ泣き虫なんだ………」

「陽太っ!!」

 

 それだけ言い残すと店から出ていく陽太。彼の後を慌てて追いかけるリナであったが、店から出たときには、すでに彼の姿はどこにもなく、足元には彼の部屋のカギだけが残されていたのだった。

 

 

 高い民家の上を超人的な脚力で疾走しながら、陽太は携帯を手にして束に連絡を入れた。

 

『もすもす~~~!! 三度のご飯よりもようちゃんが大好きな束ちゃんだよ~~!!』

「虫唾が奔る」

『ひ、ひどいっ!!……せっかく私が…』

「長くなるから後にしろ。それよりも頼みたいことがある」

『え?……ようちゃんからお願い!?……なになに!?』

 

 束の話を一方的に打ち切った陽太が神妙な声で自分に頼みこんでくるのを面白そうに聞く束。だがそんな彼女の期待を裏切るように、陽太の口から出た言葉は意外なことであった。

 

「さっき送ってくれたデータに記載されている施設のクラッキングを頼みたい………20分でいい。セキュリティの完全無効化と、痕跡の消去をしてくれ」

『ええ~~!?……ぶぅーぶぅー………あの子絡みのお願いを、束ちゃんが聞かないといけないの~?』

「嫌ならいい……俺もこれからお前の頼みは一切聞かないから、そのつもりで」

『ふみーん!! 今日のようちゃんはだいぶドSだよー!?』

 

 とりあえず口論に打ち勝った陽太は、手元にある携帯のディスプレイに表示されている二人の人物の顔を見る。

 一人は無精ひげを生やしすっかりやつれてしまっているが、本来なら端正な顔立ちのハズの中年の男性と、もう一人はどこか疲れた表情の実年齢よりも若々しい女性。

 

 男の名は、ヴィンセント・デュノア

 女の名は、ベロニカ・デュノア

 

 シャルロット・デュノアの実父と義母の二人であった。

 

「デュノア社のクーデター騒ぎを収束するにはこの二人が必要だ………ついでに、シャルの居場所を確保するにもな…」

『どうしてようちゃんがそこまでしないといけないの?………全然関係なのに?』

「………関係なら大有りだ………」

 

 ―――シャルには暖かい家庭で平和に生きてほしい―――

 

 この願いだけは誰にも譲れないから。

 

「それに俺の記憶が確かなら、この二人は信用できる」

『根拠は?』

 

 陽太が出会ったことがない、人物二人をなぜ彼が信用できるのか?

 束が珍しくもっともな疑問を投げかけてくるが、陽太はそれを力強い言葉で跳ね返す。

 

「シャルの幸せを俺よりも願っている人が、信じている二人だからだ………」

 

 かつて、エルーがシャルにではなく陽太にだけ話聞かせたこと。

 シャルとの再会で思い出した事柄であったが、その時の記憶ははっきりと覚えている。

 そしてエルーが陽太に嘘をついたことは今まで一度もなかったのだ。

 

「俺が信じている人が信じている二人を、俺は信じる………」

『ふ~~~~ん…………私には理解できないな、そういう考え』

 

 束の言葉から温度が消える………陽太の言葉に何かしらの苛立ちを覚えたのか、珍しく素の感情が籠った言葉で束は陽太に言い放つ。

 

『まあ、ようちゃんが今回、私に何を見せてくれるのか、それだけは気になるところだから、協力はしてあげるね』

「………あんがと」

 

 短く感謝の言葉を述べると電話を切り、首から下げているペンダントを取り出す。それは不死鳥を象ったエンブレムが刻まれており、金と赤と白色の装飾が施されていた。

 

「………いくぜ…」

 

 一度だけ深呼吸をすると、陽太は手に向かってそれを掲げ、戦場の相棒であり、己の翼であり、剣であり、ISの生みの母(篠之乃束)をして、『炎の剣を携えた大空の皇帝』の異名を与えられた己がISの名を叫ぶ。

 

「ブレイズブレード!!!」

 

 『猛火の刃(ブレイズブレード)』の名が叫ばれた瞬間、彼の身体を白き甲冑が包み込み、次の瞬間、天空に向かって急上昇していた。

 

「……………」

 

 自分がシャルのためにしてやれること。

 その代償が、彼女と二度と会うことがない人生になることになったとしても………

 

「俺は迷わない………」

 

 一瞬で空気の壁を突き破り、音すら置き去りにした燃え立つ空の皇帝が、一直線に飛翔していく。

 

「俺がしてやれる唯一のことなんだから」

 

 覚悟を決めた炎の翼が速度を緩めることはなかった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 都会の喧騒が嘘のように、ひたすら静寂が広がるパリの郊外にある広い敷地に設けられた一軒家。本来ならこのような場所に住むことはないはずの二人が、向き合い、途方に暮れていた。

 一人は無精ひげを生やしすっかりやつれてしまっているが、本来なら端正な顔立ちのハズの中年の男性と、もう一人はどこか疲れた表情の実年齢よりも若々しい女性。

 

 男の名は、ヴィンセント・デュノア。

 女の名は、ベロニカ・デュノア。

 

 シャルロット・デュノアの実父と義母である。

 

 大会社の社長とその夫人であるこの二人がなぜこのような場所に監禁されているのか?

 

「……………」

 

 ヴィンセントは荒れた手付きでウィスキーを手に取ると、グラスに入れてストレートで一気に飲み干す。ここ最近、彼のアルコールを摂取する量は加速的に増えており、妻であるベロニカが心配して止めるように何度も説得しても一向に聞こうとはしなかった。

 

「アナタ、もうそれぐらいにしてください。このままでは身体を壊しますよ………」

「放っておいてくれないかベロニカ。もう………私は…」

 

 グラスを乱暴にテーブルに置くと、再びウィスキーを入れて飲み干してしまう。

 ベロニカは、やり切れない表情のヴィンセントを見るとどう声をかけたらいいのか戸惑い、それ以上の言葉を書けることができずにいた。

 

 この屋敷に『監禁』されてからというもの、毎日定期的な事後報告の書類のみが送られ、書類にサインだけを求められる。仮にそれを拒否しても、彼らには別段痛くも痒くもない。偽造してしまえばいいだけの話なのだ。

 それでもヴィンセントに一応の報告をするのは、外交的にはいまだヴィンセントはデュノア社の社長であるためであり、そういう意味では未だに生かされているのは何かの目的があるからである。本来ならとっくの昔に殺され、どこかの山中に遺体を捨てられていてもおかしくないというのに………。

 

 外出しようにも、家の中にさえ数人の護衛という名の監視役がおり、外には更なる数の警備員達が四六時中見張っていて、外出や連絡は一切できず、外部に連絡を取って助けを呼ぶことすら出来ずにいた。

 

 食事やその他の扱いは未だにVIP待遇であるが、それすらも嫌味にしか取れない。まるで何も出来ない自分達を嘲笑うかのように………。

 

「こんなに情けない姿で生きなければならないなら、いっその事一思いに殺してほしいぐらいだな………」

「アナタッ!!」

「解っているよ。このままでは死ねない………せめて、シャルだけでも助けなければ…」

 

 叱責するベロニカに苦笑いをしながら、自嘲気味な発言をするヴィンセントが再び、ウィスキーをグラスに入れようとした時であった。

 

 部屋の壁が吹き飛び、室内を一気に煙が覆いつくしたのは………。

 二人が思わず身を縮め周囲を見回す。だが室内には煙と塵が立ち込め一寸先も見えない状況なっている。

 

「キャアアアアーッ!!」

 

 そんな中でベロニカが悲鳴を上げ、ヴィンセントが思わずそちらのほうを振り向くと、『一本角を生やし、二つの緑色の光を放つ純白の巨人』が二人を見下ろしていたのだった。

 あまりのことに我を忘れる二人であったが、突如巨体は二人を抱き抱えると背中の翼を広げて自分が開けた穴からさっさと飛び出してしまう。

 

 途中、警備員たちが騒ぎに気づき上空を飛ぶ巨人に向かって重火器を発砲するが、その銃弾は尽く命中する寸前で炎によって蒸発させられていくのを目の当たりにしたヴィンセントは、驚愕を覚えながらもこの得体の知れない巨人が何なのかに感付いた。

 

「あ、ISなのか?」

 

 兵器メーカーの社長らしく、すぐさま自分達を連れ去っている巨体がISであると理解したヴィンセントが頭部の辺りを見つめる。

 すると、先ほどまで沈黙し続けていた巨体から若い男の声が聞こえてきたのだった。

 

「………少し待て、適当なところで一度降ろすから」

「!!?」

「暴れるな。落ちても拾ってやらんぞ?」

 

 二人にそう言い聞かせると、謎のISはスピードを上げ、一気に数キロの距離を移動するのであった。

 

 屋敷から大分離れ、周囲が木々で覆われた森の中であることを確認したISは直ぐ様着地し、二人を地面に降ろすと直ぐ様ISを待機状態に戻す。

 一瞬の光が止み、白き巨人が消え失せると、そこには随分年若い少年の姿があり、呆気に囚われていたヴィンセントが口を開く。

 

「少年!?………ISを男が動かしているというのか!?」

「……………いろいろ聞きたいことがあるんだろうが、今はそういう時じゃない」

 

 男がISを動かしているという事実に驚愕するヴィンセントを無視し、陽太は森の中にあるあぜ道を歩きだす。

 

「ここからは徒歩で10分ほど歩く。人を背負いながらじゃあステレスモードが使えんからな」

「ま、待ちたまえ!!」

 

 とっとと一人歩きだす陽太をヴィンセントとベロニカは追いかける。

 

「君の名は!」

「名乗るほどのもんじゃない」

「貴方、一体何の目的で私達を?」

「話すほどのことじゃない」

「ふざけてるの!?」

「割と真面目だ」

 

 ベロニカの語尾が熱くなり始めるの感じた陽太は、深いため息を一度つくと陽太はあることを静かに話し始める。

 

「『不器用で頭が固くて融通が利かないけど、本当は誰よりも誠実で勇敢ないい男』」

「?」

「『口下手で思っていることを素直に言えないけど、心が優しくてお人よしないい女』」

「?」

 

 それぞれヴィンセントとベロニカを見てそんな言葉を言った陽太が、次に敵意ではなく何かを懐かしむ眼で二人を見つめる。

 

「………エルーさんが嘘ついているとは思いたくないけど、話に聞いてたとはだいぶ違うな、あんた等……」

「「!!?」」

 

 その人物の名前を出された瞬間、二人は大いに動揺する………その名前を知っているのはシャルを除けば誰もいないはずなのに………。

 

「君はエルーのことを知って………」

「………身の上話はあまり好きじゃないんだがな…」

 

 そんな二人に陽太は、自分が一体どういった存在なのかを簡単に説明するのであった。

 

 

 

 

「なるほど……………」

 

 先ず陽太は嫌々ながらも自分の身の上の説明をし、ヴィンセントとベロニカは少年の正体を知った。

 

 孤児として異国に取り残され、想像を絶する苦汁を舐めさせられ、生きる気力も喜びも知らなかった少年が、シャルロットとエルーの二人に家族というものを教えてもらったこと。

 

 そしてたった一人残った、家族であり幼馴染であるシャルロットの現状を打破しに来たということに。

 解ってしまったがゆえに、ヴィンセントは陽太に頭を下げることしか出来ずにいた。

 

「すまない………君にまでそのような苦労をさせてしまうなどと」

「勘違いするな。断じてお前のための苦労ではない………それにシャルのためでもない。ましてやエルーさんのためでも………俺が望んで手に入れた結果だ」

「いや、それでも………」

「自惚れるな」

 

 ピシャリと言い放つ陽太。赤の他人の同情などは彼がもっとも嫌悪してやまないものの一つであり。なによりも陽太が自身の天衝くプライドを考えれば、そんな安首一つが頭を下げて釣り合うと思って貰っては困る。

 

「俺の話は以上だ………続けてアンタ達の番だぜ」

「ああ…………ところで一つ聞いておきたい。エルーは君に私達のことをどれだけ教えていたのだ」

「さっきの言葉以上のことは何も………そもそもシャルに再会しなかったら確実に忘れてたことだからな」

「そうか………」

 

 ヴィンセントが懐かしさを滲ませながら、胸元からロケットを取り出し、中にある写真に眼をやった。

 

「私と妻のベロニカ………そしてエルーとは高校のクラスメートだった」

 

 ―当時の私はデュノア社の次期後継者、ベロニカも財閥の令嬢という間柄というだけだったんだが、その間になぜか一般家庭出身のエルーが入ってね………三人でよく行動を共にしていた。

 私は勉強やスポーツを誰よりも負けないように努力していたが、こと友人関係についてはからきしでね。ベロニカも言葉が上手い方ではないため、よく対人関係でトラブルを起こしていたよ―

 

 ヴィンセントの言葉に、ベロニカは苦笑しながら言葉を続けた。

 

 ―ええ………私もこの人もよくトラブルを起こしていたけど、そんな時いつもエルーが私達を助けてくれたの。彼女、人見知りをしない気さくな性格だったから、あっという間にいつも私達が起こしたケンカを止めてくれて………その度にエルーに叱られてたわ。

 でも、いつも叱った後に、私達にケーキを奢らせて………『これでチャラだから』って……大学に行ってもその関係は変わらなかったわ。

 いつまでもそんな日々が続くと思っていた………けど、それが突然終わりを迎えてしまった―

 

 そこでベロニカが言葉を止め、眼を伏せて表情を歪ませる。そしてその代わりにヴィンセントが話を続けた。

 

 ―最初のきっかけは、私とベロニカの両親が勝手に私達を許嫁にしたことが始まりだった。当時の私は………エルーと付き合っていて、私は彼女と結婚するつもりでいた。両親の勝手な戯言だと私は取り合わず、ベロニカも私とエルーが付き合っていることに賛成してくれていたんだが………その時、エルーにある異変が起こった―

 

 ヴィンセントが一瞬だけ言葉を詰まらせ、そしてその瞳に堪えようのない悲しみと怒りが湧き上がっていたことにベロニカと陽太も気がついてた。

 

 ―エルーが………妊娠したんだ。私は最初はそのことに気がつかず、能天気に彼女との日々を過ごしていた………今思えば、私はもっと早くに気が付くべきだったのに………-

 

 ―アナタの責任ではありません!!………私がいけなかったんです!

妊娠したことを彼女に相談された私が、不用意に父が経営する産婦人科の病院に通院させたのがいけなかったんです!!………彼女の妊娠が父達の耳に入り、それからというもの彼女はありとあらゆる嫌がらせを父達に受けることになるなんて……-

 

 ―執拗に父達の追求と嫌がらせを受け、心身ともに疲弊していたのに、エルーは私達にはそのことを一切話さず、いつも通りに過ごしていたんだ………私達に話せば、子と親の間で骨肉の争いに発展することを彼女は察してくれていたんだ………だが、妊娠して五か月が過ぎた辺りで、業を煮やした私達の両親はとうとう物理的に彼女を排除しようし始めた―

 

 ―一日のうちに何度も身に覚えのない危険な目にあえば、さすがに私達の眼にも留ってしまい………私達はすぐに真実を知ることができました―

 

 ―私は生まれて初めて怒りに震えた。上流階級の血筋に拘り、人道から外れてまで自分の『孫』を排除しようとする父達のやり方に………吐き気を催したよ―

 

 ―私も同じでした。ヴィンセントには確かに男性としての好意を抱いてはいましたが、ですがエルーはそんな私などよりも遥かにヴィンセントを愛していて、彼のご両親との確執を避けるために自分の命の危険すら笑って許していたのに………そんな彼女をなぜ認められないのかと、私は父達に詰め寄ろうとしました………ですが―

 

 ―エルーにそれは止められたわ。私達が両親と争って何が残る、残るのは眼に見えない憎しみの溝と、そんな中に産み落とされたこの子の未来だけだと………だったら私はそんな中に愛する子をいさせることはできないと………それから数日後だった。彼女は一通の手紙を残して、私達の元を去ってしまった―

 

 ―その手紙には、私とヴィンセントに両親と争うのではなく、解り合うよう務めてくださいと………そして………-

 

 ―『ベロニカは貴方を愛している、彼女を幸せにしてあげてください。私は大丈夫………貴方との想いの絆がもう宿っているのだから………そして出来ればこの子が大きくなった時に、四人で会いましょう』………手紙にはそう書かれてあった―

 

 そこで一端話を止めたヴィンセントが、青空を見上げながら呟く。

 

「だが結局それも叶わなかった………私達が彼女の行方を突き止めたときには、すでに彼女は帰らぬ人になっていた」

「それだけじゃないわ………私が………エルーを失って傷ついていたシャルに………エルーの忘れ形見のあの優しい娘にっ!!」

 

 ベロニカが頭を抱えて涙を流す………抱えきれないほどの後悔と罪悪感で胸がいっぱいになり、それが眼から流れ出たのだ。

 

「シャルが見つかるほんの少し前……………ベロニカは流産したんだ」

「!?」

「恥ずかしい話、私はベロニカと夫婦らしい生活をしたことはほとんどなかった。エルーへの罪悪感と会社経営の責務……いや、ただ仕事に逃げていただけだった。結果、ただでさえエルーへの負い目でいっぱいになっていたベロニカを更に追い詰めることになってしまってね………」

 

 心身の疲弊と流産へのダメージによって、心のバランスを崩したところに、降って湧いたようにもたらされたシャルの存在は、彼女の心の均衡を完全に崩壊させてしまったのだ。

 結果………義母と義娘は、最悪の初対面を迎えてしまう。

 

「それからは以前にも増して輪にかけて仕事に逃げようとしたんだが………そんな様だからこそ、隙が出来ていたんだろう。私はあっさりと罠にハマってしまった」

「…………」

 

 そして物語は現在に繋がる。

 仕事に忙殺されていたが故の隙を突かれ会社の実権を水面下で奪われたヴィンセントとベロニカはこのような場所に監禁されてしまったのだ。

 

「………それだけでこんな辺鄙な処に監禁されてたわけじゃないだろ?」

「そ、それは………」

 

 陽太の厳しい追及を含んだ視線に気がついたヴィンセントは視線をそらし、代わりにベロニカが陽太に質問する。

 

「ヨウタ………くんは、その理由が何なのか解るというの?」

「コイツだ……」

 

 陽太が手持ちの端末を二人に提示し、そこに書かれていた内容を公開する。

 その書かれていた内容を見た瞬間、ヴィンセントの表情は苦いものに変わり、ベロニカは信じられないものを見たような表情で夫を睨みつけた。

 

「『ヴィンセント・デュノアの後継者には娘であるシャルロット・デュノアを指名し、資産及び代表取締役の地位を相続するものとする』………誰かさんのもしもの時の遺言状だ。シャルの自称婚約者殿はこれを見て、やばいと思ったんだろうなオイ?」

 

 彼個人の資産ならばまだ判る。

 だが、大企業であるデュノア社の社長の地位まで譲るというのは、最早娘バカの話では済まされない。強引な身内人事はただでさえ会社に波風を起こしてしまうというのに。

 

「アナタッ!!」

 

 これを見たベロニカは憤慨した。娘への償いのつもりだったのかもしれないが、これは完全に逆効果だ。

 自分達があれほど嫌った上流階級の閉鎖社会の中に、彼女を放りこんでしまうではないか。

 

「……………貧乏な生活を送っていたあの娘に、せめて何かを贈りたかった」

「……………金持ち視点の壮大に盛大に余計なお世話だったな。おかげであんたの娘は籠の鳥だ」

 

 陽太の皮肉に富んだツッコミに表情を歪ませるヴィンセントを見ながら、ベロニカはため息をつく。

 

「ごめんなさい………この人なりの誠意だったのかもしれないけど、これはヤリ過ぎだわ」

「ああ………俺も最初は何かのジョークかと思ったんだけどな」

「クッ………」

 

 自分の行動に対しての容赦の欠片もない評価に項垂れるヴィンセントを冷たい目で見下ろしていたとき、陽太の携帯に明らかに女性の肉声で「じぃ~ごろごろご~じぃ~~♪」というなんとも緊張感のない着信音が鳴り響き、一瞬で勝手に着信音を変えた下手人を判断した陽太が低い声と湧き上がる殺意をこめながら電話に出る。

 

「テメェのそのアンテナみたいなウサ耳引っこ抜いて、もう一度直に頭蓋骨に突っ込むぞ?」

『おおお~~! ようちゃん、ご機嫌アウトロー?』

 

 案の定、彼の神経を逆撫でることが上手い束からであった。本気で額に青筋を浮かべながら、電話口の相手を焼き殺す方法を割りと真面目に考えながら問いかける。

 

『ローテンションなようちゃんがハイテンションになるお知らせがあるんだけど、聞きたい?』

「………手短に話せ」

『うん! 攫われたよ!』

 

 手短過ぎて何のことか最初は理解できなかったが、それが段々と誰のことか理解し始めると、声を荒げながら彼女に問い詰めるのであった。

 

「もう見つかったのか!?」

『う~ん………ようちゃんは完璧に消息の痕跡消してたし、一週間ぐらいは見つからないかと私も思ったけど、案外デュノアもやるもんだね~」

「いくらなんでも早すぎる! 一度直にやりあったが、どう見ても二流の中の一流の集まりだってのに………!?」

 

 デュノア社の人間の能力ならばこの間のやり取りで大体把握はしていた。能力はフランスの陸軍に匹敵するぐらいそこそこ秀でてはいたが、肝心の中身はそれに溺れていて、仮に全社員が襲い掛かってこようとも返り討ちにする自信はある。

 そのために陽太は余裕をもっての行動をしていたのだが、こんなことならば彼女も一緒に連れてくるべきだった。

 

 ならば考えられる可能性は一つしかない。自分や束を出し抜けるほどの能力を持っている者など、この辺りには一つしかない。

 以前から注意していたヨーロッパ圏内において随一の支配能力を持ち、人材の質も量も取り揃えている、闇の組織。

 

「………デュノアの人間じゃない、外部の奴等に手を借りたのか」

『うんうん!………私も今回あんまり興味なかったけど、ちょっとだけ興味沸いてきたかな……』

「………つまり相手は…」

『そう……相手はね!』

 

 その組織の名前は………。

 

「『亡国機業(ファントム・タスク)だ(ね)』」

 

 

 

 

 ―――時間は陽太が出て行った後の数分後まで遡る―――

 

 

 

「……………」

 

 リナに通された部屋のソファの上でぼんやりとしていたシャルは、呆然としながらも心の中で決して見つからない答えを捜し求めていた。

 

「(なんで………どうして急に私を拒絶したの?)」

 

 教会で自分がありがとうと伝えたとき、確かに陽太は静かに、優しく笑ってくれていた。それが何よりも嬉しくて心の中で花が咲いていたのだ。

 なのに、彼が電話に出てしばらく会話していた途端、天国から地獄へ真っ逆さまに叩き落されてしまっていた。

 誰が何のなにを陽太に言ったのだろうか?

 そう考え付くと、段々と電話の相手に腹が立ってきたシャルは、ソファから飛び上がると勢い良くドアを開くと、陽太とリナが二人で話をしているはずの店内に顔を出すのだった。

 

「ヨウタ! リナさん!! ちょっと話が…」

「何考えてんだい! バカヨウタのくせに!!」

 

 その時食堂の入り口の前で大声を張り上げて陽太への文句を言うリナと出くわす。

 

「リナさん?」

「あ゛っ!」

 

 振り返ったリナは『これはまずい』と思い、なんとか誤魔化そうと視線を泳がせながら、壁に立てかけてあったモップを掴むと、一生懸命掃除に勤しんでいるフリをし始める。

 

「ああ忙しい、忙しい!!………もうすぐ開店だってのに・」

「ヨウタに何かあったんですか!?」

 

 だが流石にそんなことに誤魔化されないのか、異常な事態を察知したシャルが彼女の腕にしがみ付いて、必死に問いかけてきた。

 

「ヨウタに何かあったんですね!? 教えてください!!」

「お、落ち着きなよシャル………別にアイツはいつもおかしいのが平常運転みたいな奴だしさ」

「今朝は全然機嫌よくて……でも、教会で電話に出た後急に……それに……なんだか凄く辛そうで…」

「シャル………」

「ヨウタ………帰ってきますよね?」

 

 シャルが感じ取っていた不安………それはなぜだかもう二度とヨウタに会えなくなってしまうような気がしてたまらないものだった。

 

「せっかくまた会えたのに………なのに、なのに…」

 

 震えているのが掴まれた腕から伝わってくる。だがリナにしても先ほどヨウタの口から二度と戻らないととも取れるニュアンスの言葉と、その証拠に置き去られた部屋の鍵の存在がある。

 

「シャル………ヨウタは何かアンタに言ってたかい?」

「……何も言ってくれないんです! 何も………全部、関係ないって……それだけで」

「そう………(ヨウタ!! アンタはなんてバカなんだい!!)」

 

 彼女は心の中で憤慨する。ヨウタの行動に、その言葉に。

 

 シャルにとって自分の存在がどれだけ大きなものなのかまったく理解していないということに。

 シャルにとって自分の存在など軽いものでしかないと思い込んでいることに。

 

 まるで自分はいつ消えてもいい存在だと思い込んでいる、あの少年の考えに………。

 

「………決まりだね、シャル」

「?」

 

 決意を固めたリナは、シャルに言い放つと自分のエプロンを外して外に出ようとする。

 

「アイツを見つけて、一緒にぶん殴ってやるんだよ!」

「………え?」

 

 何で急にそんな話になってしまったのか理解できないシャルであったが、リナはそんな彼女の腕を今度は逆に引っ張っていく。

 

「アイツはね、もうここにも、シャルの前にも帰ってこない気なんだ!」

「えっ!?」

「軽く考えてんだよ……自分のことも、アンタのことも………だから私がみっちり叩き込んでやるんだ。女を悲しませるとどんな目に合うのかって言うことをね!!」

 

 怒り心頭になっているリナの様子を見ていたシャルは、不思議と彼女が亡き母親に似ていることに気がつく。ひょっとしたらヨウタもそう感じていたから、この店に下宿していたのかもしれない。

 

「はい! わかりました!!」

「いい返事だよ! じゃあ会ったらまずは右ストレートでアイツの鼻っ面へし折ってやるんだよ!」

「グ、グーで、殴るんですか?」

 

 なかなか物騒なことを言い出すリナの提案に若干引き気味になるシャルであったたが、その時、店の前に裏通りでは不釣合いのリムジンが5台、二人の逃げ場を奪い去るように停車する。

 

「アレは!」

 

 シャルにはそれがデュノア社のものだとわかり、顔色を変えて周囲を見回す。

 そこにはすでに目の前だけではなく、店の周囲一体を取り囲む数十人の黒服の集団が集められていた。

 

「………なんだい、アンタ等?」

 

 リナも事態を把握したのか、強張った声で黒服の人間達を問い詰めるが、そこへ彼等の人垣を掻き分けるように、細みな長身と高級そうな白いスーツをきっちり着こなし、秘書の女性を連れたオールバックに眼鏡をかけた柔和な笑顔をした青年が現れる。

 

 彼こそジョセフ・デュノア、シャルロットの婚約者であり、水面下で会社の実権を握った野心家でもある。

 

「よかった! 探したんだよシャル!?」

「!!?」

 

 彼が話した瞬間、シャルが怯えながら後ずさるのを見たリナは彼女を護るように一歩前に出た。

 

「見たところ、アンタがこいつ等の親玉なのかい?」

「ああ! 貴方がシャルを『保護』して下さった方ですか!!……ありがとうございます!!」

 

 一見、笑顔で丁寧な対応にも思えるが、リナは目の前の人間が本質的に自分を見下していることが感じ取り、その挨拶を鼻で笑い飛ばす。

 

「保護するのはこれからさ。こんなにも人数を連れてこないと女の子一人迎えに来れない、キモい変態からね?」

「!?」

「キサマッ!」

 

 その台詞を聞いた黒服の一人が怒りながらリナに殴りかかる。

 

「ハンッ!」

 

 だが、その拳を真っ向から受け止め、股間を膝で蹴り飛ばすリナ。

 ドスッという重い音とともに口から泡を吹きながら倒れこみ、地面をのた打つ黒服の男を見下ろしながら、彼女は空手に似た構えを取り、周囲を睨み付けながら言い放つ。

 

「こう見えても、昔は『喧嘩屋リナ』って呼ばれてた時代もあったんだよ?………かかってくるなら、股間の物全部ぶっ潰すわよ、あんた等?」

 

 彼女の宣言に顔を青ざめる黒服一同であったが、ジョセフはそんな彼女を無視し、シャルに微笑みかける。

 

「シャル………ボクは君のためならばなんでもする! だから早く戻ってきてくれないか?」

「………ジョセフ……兄さん…」

「嫌だなシャル………僕たちはもうすぐ結婚するんだよ? 兄さんはないんじゃないかい?」

 

 この間までは、その言葉を聴いても別段心が揺れることもなかったが、今は違う。

 彼の目が、彼の言葉が、彼の気持ちが、自分に触れるたびに生理的嫌悪感に襲われ、逃げ出したくなるのをシャルは感じ取り、一歩引いてしまう。

 それを見たジョセフは、一瞬目を揺らすと、すぐさま口元を引き上げて、段々と余裕のない笑顔に変化させていくのであった。

 

「シャル………お利口だから、こっちにきてくれないか?」

「黙れ変態。シャルがアンタを気持ち悪がってるのがわからないのかい?」

 

だがそれを遮ったのは、シャルではなくリナの辛辣な言葉であった。

 

「申し訳ない、ミス・リナ………これは一族の問題であって、部外者である貴方には残念ながら…」

「黙れクソ変態。私の名前を気安く呼ぶな………ああ~! シャルが気持ち悪がるのが心底理解できるよ。私もアンタを視界に入れてるだけで吐き気がしてくるもの」

「…………」

 

 ピクピクとこめかみが痙攣するジョセフ。笑顔は崩れていないが、そろそろ我慢の限界がきたのか、ふわりとした黒いロングヘアーが良く似合っている二十代前半と思われる女性の秘書に声をかける。

 

「オトヌ!」

「はい、社長……」

 

 女性が一歩前に出て、リナと対峙する。

 

「殺せ」

「仰せのままに……」

 

 感情のない声で返事をする秘書の女性の腕が光を放ち、それが何を意味していたのかフランスの代表候補生のシャルは即座に理解する。

 

「ISの部分展開!? リナさん、逃げて!!」

「もう遅い……」

 

 黄色と黒の装甲をした腕でリナの首を掴んで持ち上げる秘書の女性。その表情は段々と狂気に塗れていく。

 

「グッ!」

 

 よもやISが登場するなどと考えてもいなかったリナは、さしもの喧嘩の腕も通用しない現状を打破しようと頭をフル回転させる。

 

「(マズイ!………ここはシャルだけでも…)」

 

 シャルだけでも逃がそうとするリナであったが、そこへジョセフが割って入ってくる。

 

「オトヌ、やはり殺すのは少し待ってくれたまえ」

「はい?………ですが副社長…」

「なんでも利用価値はあるってことさ」

 

 そしてジョセフは余裕を取り戻して、シャルに問いかける。

 

「シャル……ボクも穏便に済ませたいんだ。利口な君ならわかるだろ?」

「!!?」

 

 シャルの全身が緊張する。ここでもし自分がヘタなことをすれば、リナの命が即座に奪われる………そのことに彼女が気がついていることを承知の上で、ジョセフは嫌らしい笑い方でシャルに話を続ける。

 

「君が自分から来てくれるなら、もうこれ以上何もしない……約束するよ?」

「ほ、ほんとですか?」

「オイオイ、夫になる人間の言葉を信じてくれてもいいじゃないか?」

 

 嫌悪感で思わず表情を歪めるシャルであったが、反論して機嫌を損なうわけにはいかない。

 意を決したシャルはジョセフの元に歩み寄る。

 

「シャ、シャル!?」

「一緒に行きます。だからリナさんを離して!」

「シャル………それは違うだろ?」

 

 ジョセフの物言いに握った拳が震えるが、シャルは落ち着いて言い直す。

 

「家に帰らせていただきます………ですからリナさんを…関係のない人を離してください……ア、アナタ…」

「うん♪」

 

 子供のような笑顔になって、目線をオトヌに送るジョセフ。

 その様子にすっかりやる気が失せたのか、オトヌはリナを店の中に乱暴に放り込む。

音を立てて転がるリナに駆け寄ろうとするシャルであったが、それを黒服の連中が遮ってしまうのであった。

 

「リナさん!!」

 

 心配そうに彼女を見つめるシャルは、すぐさまオトヌを睨み付ける。

 だが、女性秘書はそれを軽く受け流すと無言のまま車の中に入り、ジョセフもその後を追うようにシャルの腕を掴みながら一緒に車の中に入るのであった。

 すぐさま発車したリムジンの広い車内の中、リナの怪我の具合を心配したシャルが進言する。

 

「今すぐ救急車を呼んでください!」

「シャル………」

 

 その言葉を聞いたジョセフは、ヤレヤレと言った表情で彼女に詰め寄ると、シャルの両肩に手を置くと顔を一気に近寄らせる。

 

「ひぃっ!」

 

 その行動にシャルは思わず、平手でジョセフの頬を殴りつけてしまうのであった。

 

 パシィッ!

 

 小気味いい音が車内に鳴り響く。頬を真っ赤に腫らすジョセフと、心底湧き上がる嫌悪感で半泣きになってしまったシャルの間で、僅かな間沈黙が流れる。

 

「………シャルッ!」

「!!」

 

 もう隠すこともなくシャルを睨み付けるジョセフと、そんな彼を真っ向から睨み返すシャルであったが、突如、ジョセフは懐から医療用の注射器を取り出すのであった。

 

「できればこれは使いたくなかったんだけどね………オトヌ」

「はい、社長……」

 

 すぐさまIS使いの秘書はシャルの腕を掴むと、ジョセフの前に差し出し、シャルが余計な行動をする前に、ジョセフは針を刺し、中の液体を注入する。

 チクリッと、鋭い痛みが走る中、急激に体から力が抜けていくシャル。いや、意識ははっきりしているのに、まるで手足に力が入らないのである。

 

「!!………な、なにをしたんですか!?」

「ウチで作った最新型の筋弛緩剤でね。首から下の筋力が赤ん坊並みに落ちるように作られているのさ」

「!?」

「これでようやくゆっくりとできるね、シャルロット……」

 

 わざわざ彼女の名を言い直すと、ジョセフは力が抜けて動けないシャルをまるで人形を抱きしめるように自分の腕の中に入れて、彼女の頬を舐めあげる。

 

「悪い虫にすっかり毒されて………可哀想に……」

「は、離してっ!」

「口の利き方も忘れたのかい?」

 

 ジョセフが自分の顔をシャルのうなじに埋める。

 ようやく手に入った「花嫁(人形)」の存在にいたくご満悦なジョセフに対し、シャルにしてみればこの世のものとは思いたくもない嫌悪感で胸の中がいっぱいであった。

 

「こんな安物の服なんか着てないで、帰ってドレスに着替えよう………大丈夫、今回は下着から靴までボクが選んだものだから、きっと似合うよ」

「………タ…」

「大丈夫………会社も、君も、ボクがちゃんと護っていくよ……これから、永遠に・」

 

 彼女(シャル)の口からジョセフの意識の中に、雑音(ノイズ)が流れ込む。

 

「…ヨウ……タ……助けて…ヨウタ…」

 

 ご満悦なジョセフの脳内に、突然不快な名前が飛び込んでくる。

 それがシャルの口から発せられたものだとわかると、口元を引き攣らせ、シャルの顔を掴んで無理やり振り向かせる。

 

「それが君を連れ去った悪い虫の名前なんだね………いけない子だ、シャル!」

「ヨ、ヨウタに……何をするつもりなんですか!?」

「決まっている……君を誑かした罪をきっちりと償ってもらうってことさ」

 

 邪悪と言ってもいい笑顔でシャルを見下ろすジョセフ。

 彼にしてみれば、少々喧嘩が強いだけの人間なんぞ物の数ではないのだ。

 

 

 

 だが、この時彼は知る由もなかった。

 

 この僅か半日足らずで、彼が築き上げてきた物の全てが瓦解しようなどと………。

 

 それが、その「ヨウタ(悪い虫)」によって引き起こされることになろうとは………。

 

 

 

 そして、すでに彼は炎の皇帝の逆鱗に触れてしまっているなどとは………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 にじファンのあとがきでも書きましたが、この『太陽の翼』におけるデュノア夫妻は、普通にいい両親です。シャルのこともちゃんと愛しています。ただヨウタ同様不器用で、どう接すればよかったのかわからなかっただけです。

 さてさて、ロリコンの喉元にいろいろ突き刺さりそうですが、次回はいよいよヨウタが直接デュノア社に乗り込みます


 あと、次回はあとがきにヨウタのプロフィール乗せますね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

親子


いよいよ序章も佳境に突入!


そして「太陽の翼」において、大きく暗躍する闇の組織『亡国機業(ファントム・タスク)』の本格登場です!



 

 

 

 

 

 パリの街中を陽太が運転する白いバンが信号無視、標識無視をして裏通りにあるリナの店の前に突っ込んだ。

 入口の前にドリフトしながら停車する車の運転席から、ドアを蹴破る勢いで飛び出した陽太とその後を青ざめた顔で助手席と後部座席からヴィンセントとベロニカが出てくる。

 荒れ果てた店の入り口と人だかりによって、ここで何が起こったのか悪い予想が的中していたことを物語っている有様に、陽太の眉間により一層の皺が寄ってしまう。

 

「(こんなことならここじゃなくて束の所で匿うべきだった。自分の見通しの甘さに虫唾が走るぞ!!)………チッ!」

 

 己の油断に腸が煮えくりかえりそうになっている陽太は、なんとかリナの無事だけは確認するべく店の中に入ると、そこにはひっくり返ったテーブルとイス、そしてカウンターで顔見知りの客に包帯を巻かれているリナの姿があった。

 

「リナッ!」

「陽太!!………アンタ、無事でよかった…」

 

 心底安堵したかのようにため息を漏らすリナの姿を見た陽太は拳を強く握り締めた。

 

「リナ………怪我してるところ悪いんだが…」

「そうだ! シャルが連れてかれたんだ!!………デュノア社の人間に!!」

「………そうか…」

 

 やはり束の情報は正しかった。そして、肝心な時にこの場に入れなかった事実が心に突き刺さる。

 

「ごめんよ………あの娘を守れなくて……すまない…」

 

 怪我をしてまでも体を張ったにもかかわらず、自分が至らなかったと頭を下げるリナ。だが陽太にしてみれば、勝手に連れてきて迷惑を顧みず、更には店と彼女にこんな酷い真似をさせてしまったのだ。謝るのは自分の方だと思い、短く一言謝罪の言葉を告げる。

 

「すまなかった………」

 

 それだけ告げると、踵を返して店の外に出ようとする陽太。

 

「陽太!」

「シャルを取り戻す………そして奴らに落とし前をつけさせる」

 

 もはやこうなればこちらも容赦しない。

 最悪デュノア社本社ビルにいる人間を一階から最上階まで皆殺しにしてでも彼女を取り戻すつもりになった陽太は、待機状態のISを握りしめると、店の外で待っていたデュノア夫妻に話を始めた。

 

「アンタ達はここで待ってろ。シャルを取り戻してくる」

「やはり攫われていたのか!」

「おそらく本社ビルにいるはずだ………今から乗り込んでくる」

「私達も一緒に行きます!」

 

 夫妻が強い眼で陽太を見つめるが、そんな二人を容赦なくぶった切る陽太が発した気配に気圧される。

 

「来るな、邪魔になるだけだ」

「そんな………!」

「今、本社ビルには最低でも戦闘可能なISが一機以上いる。何が出てこようが負ける気はないが、お宅らを気にしながら戦闘になったらシャルの危険性も増大する」

「だが…!」

「くどい。それにな………」

 

 そこで陽太の眼に激怒と殺意が渦巻いていることが夫妻にも見て取れた。

 

「俺の方は相当「キテる」ぞ?………正直シャル以外はブチ殺したいぐらいだ」

「「!?」」

 

 そのあまりの迫力に息を飲み込むヴィンセントであったが、意を決したベロニカの方は、一瞬だけ陽太の瞳を見つめ返すと一歩前に出て堂々と陽太に進言する。

 

「私は一緒に行きます」

「ベロニカッ!」

「…………」

「自分の娘の身が危険にさらされているのです。私には助けにいかない理由はありません………例え、あの娘がそれを望まなくても…」

「………十中八九荒事確定だ、しかもISが出てくる。生身で行くのは無謀もいいところだ………それでも来るのか?」

「ならば貴方は荒事を如何にかしてください。あの娘は私が命を賭けてでも守ります………」

 

 その瞳に宿った意志の存在を陽太は知っていた。

 世界中の人間が見捨てても、自分を見捨てなかった血の繋がらない陽太にとっての『母親』と一緒の瞳の色をしていたのだ。

 

 大きく溜息をつくと、陽太は懐から煙草取り出して火を着け煙を吐き出すと、背を向けながら車の方に向かう。

 

「アンタはとにかく自分の身とシャルのことだけを考えてろ。後は俺がどうにかする………いいな?」

「!!?………ハイ!!」

 

 助手席のドアを開きながらそう告げる陽太に嬉しそうに返事を返すベロニカ。

 そんな二人に置いて行かれまいと、ヴィンセントも緊張した面持ちで陽太に宣言する。

 

「私も一緒に行かせてもらう!」

「邪魔だ。すっ込んでろ」

「なっ!」

「アナタはここで待っていてください。社長ともあろうものが社員に怪我をさせてしまうのはいただけませんから……」

 

 かなり雑な扱いを受けるヴィンセントであるが、彼にも父親としての意地がある。ズカズカと二人を無視したまま後部座席のドアを開くと、ドカッと腕を組んだまま座りこんでしまった。

 そんな姿を見た陽太とベロニカ、溜息と苦笑を洩らしながら車に乗り込むのであった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 一方、その頃。

 

「なにぃ!? 私は聞いていないぞ!!?」

 

 会社に戻ったジョセフを待ち受けていたのは、部下からのデュノア夫妻の失踪という報告であった。

 

「馬鹿なっ! 軍の精鋭三個小隊分の見張りを付けておいたはずだ!」

「それが………」

 

 顔を青ざめている部下に若干取り乱しながら問い詰めるジョセフであったが、その報告を聞き彼も青ざめてしまう。

 

「あ、ISだと?」

「はい! 正体不明のISが飛来し二人を連れ去ってしまいまして………対IS用の装備を用意する間もなく…」

「言い訳などはいい! さがれっ!!」

 

 怒鳴り散らして部屋から追い出すと、彼は落ち着かない手で引き出しからウィスキーのボトルを取り出すと、グラスに並々注ぎ込んで一気飲みしてしまう。

 アルコールを取ってなんとか自身を落ち着かせようと試みるが、彼の動揺は収まることを知らない。

 

 シャルとの婚姻によって彼女が持つデュノア社の次期社長の座を受け取ろうと考えていたジョセフにとって、現社長のヴィンセントの存在は厄介なことこの上ないものでしかなかった。仮に今すぐ彼を暗殺しても、遺言がすぐさま発動してシャルが自分の上に立つことになる。それゆえに、まずは彼女の配偶者となり、会社経営などしたことのない彼女に代って夫である自分が社長としてトップに立つ。

その間はヴィンセントには何があっても生きていてもらわないと、他の親戚や役員たちに自分が地位欲しさに社長を殺したのではないのかと疑われてしまう恐れがあるのだ。

 

「クソッ!………これもそれも社長が……叔父さんがあんな遺言状を作らなければ!?」

 

 現社長のヴィンセントと自分の亡き父親とは深い確執があった。

 若い頃から優秀で人望も厚かったヴィンセントに対して、父親は凡庸そのものであり、それを認められない器量の小さな人間であった。

 デュノアの一族からは早い段階から社長の座はヴィンセントのものになるであろうと噂されていたにも関わらず、父親は兄である自分こそが社長になると疑わずに放蕩の限りを尽くし、一族中から鼻摘み者にされていた。

 結果、先代が引退する時にヴィンセントが社長に指名されても、彼だけはそれを認めずに最後まで抵抗を重ね、しまいには『弟なんぞに従えるか!』と小さなプライドに縋りついたまま家を飛び出て、麻薬に溺れ、最後はピストル自殺を図ってしまったのだ。おかげで息子である自分は一族の笑い者にされ、どれだけ優秀な結果を残してもそれが認められることはなかっただった………ただ一人を除いては…

 

「………貴方が、最初から僕を後継者に指名してさえくれたなら…」

 

 一族の中でヴィンセントだけは唯一自分のことを正当に評価し、学生のころから会社経営のノウハウを伝授してくれていたのだった。

 それゆえに、ジョセフは彼に認められようと必死に頑張った。必死に頑張る彼を信頼してくれていたから副社長の地位を与えてくれていた………そう信じていたのだ。

 

 だが、それはシャルロットの存在であっさり覆る。

 

 当初は、彼はシャルのことを妹のように愛そうと努めていた。敬愛する社長から若い時に起こった悲劇を聞かされていたからだ。しかし、偶然入手した彼の遺書に書かれていた内容に愕然となる。

 

 自分は結局信用されていなかった。実の娘の小間使いにするために教育されていただけだった。

 

 そこに思いついた時、裏切られた気持ちと暗い幼少時のコンプレックスが一気に爆発し、彼は同時期にとある『闇の組織』と接触を果たす。

 

 そして彼らの言われるがまま水面下で会社の人事を操作して内部の人間を自分の息のかかった者達で構成し、社長を身体的な事情で一時療養と称して監禁し時期を見て殺害し、新社長となるのにヴィンセント派の役員を納得させるためにシャルの配偶者となって、彼女に相続される地位と資産を一気に手に入れるつもりでいたというのに………。

 

 シャルの誘拐から始まって丸二日で、彼の立場は一気に窮地に立たされているのだ。

 

「社長………」

「!?」

 

 その時、音もなく背後からした声に驚いたジョセフがひっくり返ってしまう。

 

「オ、オトヌ!!」

 

 そこにいたのは黒髪の秘書、オトヌであった。

 

「キ、キサマ!! こ、こここれはどういうことなのだ!?」

「どういうこと………とは?」

 

 妖艶とも取れる笑顔で首を傾げるオトヌに、狼狽したジョセフが余裕のない声で詰め寄る。

 

「お前達の言う通り動いていれば、私は全てを手に入れるはずだった!! なのに、なのに!!」

「………るせぇ」

「はぁ?」

 

 急に態度を豹変させたオトヌのその様子についていけないジョセフが思わず間の抜けた声をあげた瞬間、思いっきり彼を裏拳で殴り飛ばしてしまう。

 

「ギャピッ!」

「うるせぇっ、つってんだよボケっ!」

 

 殴り飛ばされ尻もちをついているジョセフを見下しながら、彼女は丁寧に縫い上げていた黒髪を乱雑に振りほどくと、不機嫌そうに彼に唾を吐き捨てた。

 

「ペッ!………お前は私らに黙って担がされてりゃいいんだよ! てめぇ………調子こいてんじゃねぇーぞ!?」

「ヒイィッ!」

 

 ジョセフの股間を踏み潰そうと脚を踏み下ろすオトヌであったが、その脚は大きく的を外し、彼のすぐ横の床を踏み砕くだけに留まるのだった。

 彼を圧倒的な高みから見下しながら、オトヌは慈悲を与えることで自尊心を満足させ、彼に吐き捨てるように言い放つ。

 

「まあお前のおかげで思わぬ獲物が舞い込んできたんだ………今回はこれぐらいで許してやるよ。だが次に舐めた口きいたら………どうなるかわかんな?」

 

 真っ赤なルージュが塗られた唇を舐め上げるオトヌにビビったジョセフはそのまま地面で半ベソをかきながら黙って頷く。

 そんな彼にはもう興味も失せたオトヌは、彼に背を向けるとツカツカとソファに寝かされていたシャルの元まで歩いていき、シャルも彼女に気がつくとキッと睨みつけた。

 

「おうおう意外に元気があるじゃねぇーか、お姫様?」

「貴方は………一体何が目的なんですか?」

 

 筋弛緩剤のおかげでいまだに身動きが取れない上に、用心のために手足を縛られたシャルであったが、その心は折られておらず、今のやりとりを注意深く観察していた。

 

「(ジョセフ兄さんの言葉の通りなら、この人はデュノア社の人間じゃない………ひょっとして外部の?)」

「ロリコンの手伝いなんて最初は吐き気がしたんだけどな………まさに鴨ネギってやつか?」

「痛ッ!」

 

 シャルの目が気に入らないオトヌが、彼女の髪を掴みながら自分の方へと引き寄せる。髪を引っ張られた痛みに思わず声が漏れてしまうシャルを見下ろしながら、まるで虫ケラを見るような目つきで彼女の頬を乱暴に掴むオトヌ。

 

「乳臭い小娘の何が良かったのか知らねぇーが、お前の『騎士(ナイト)』様は私がしっかりお相手してやんよ。てめぇはここでロリコンの玩具にでもなってな!」

「!!」

 

 台詞と共にシャルをソファに叩きつけたオトヌは、懐から通信機を取り出して笑みを漏らす。

 

「おい社長(ロリコン)! お客様が見えたぞ!」

「!?」

 

 モニターを指さすオトヌ。そこには猛スピードでビルの入口に停車する一台のバンが映し出されていた。

 画面の向こうでは黒い服を着たボディガードが二人ほど拳銃を抜きながら近寄るが、その時運転席から出てきた黒い髪をした男によって、叩き伏せられてしまう。

 

 目にも止まらぬスピードで黒服に近寄り、一人を金的を前蹴りで叩き潰して苦痛でしゃがんだところを容赦なく膝で顎を砕き、もう一人が反応するよりも先に後ろ回し蹴りで側頭部を強打した。

 鮮やかな手口で二人を再起不能にした男が、モニターに気が付き、殺意と闘気を込めて睨みつける。

 

 その顔を見た瞬間、ジョセフは恐怖のあまりに凍りつき、オトヌは面白そうに鼻で笑い飛ばし、そしてシャルは嬉しそうに涙を流して彼の名を口にする。

 

「ヨウタァッ!!」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「とりあえずこれは持ってろ」

 

 黒服が来ていた防弾チョッキと銃を取り上げた陽太が、それをヴィンセントとベロニカに手渡すと視線を最上階の方へと向ける。

 

「これからどうするつもりなのかね?」

 

 陽太に手渡された防弾チョッキを着込みながら尋ねるヴィンセントは、彼にシャル救出のためのプランを聞いてみる。

 

「そんなん決まってる。正面突破あるのみ」

 

 清々しくなるぐらいに迷いなく言い放つ陽太に唖然となるヴィンセント。みれば隣にいるベロニカも同じような表情となっていた。

 

「娘の命が懸っているんだぞ! 真面目にする気はないのか!?」

「失敬な。俺一人なら正面突破で十分なんだよ。てかシャルは多分大丈夫だ」

「?」

「アンタが書いた遺書を信じるなら、シャルがいないと地位と資産の相続の話が無効になっちまう。てか、命うんぬんの話ならアンタ達の方が危ないんだぞ?」

 

 陽太の指摘に押し黙るヴィンセント。

 その時、会社の入口からマシンガンやらロケット弾やらを持ってきた黒服達が大挙して押し寄せてくる。

 

「あいつら、戦争でも始める気か?」

「おそらくジョセフが外部から招いた者達だ。私はあんな者たちを部下に持った覚えはない」

「なるほど………」

 

 さしずめフランスの外人部隊出身の傭兵崩れか……と一人納得した陽太が、待機状態のISを手に持つと彼らに警告を発する。無論、相手が聞き入れないことは承知の上であるが………。

 

「気合入ってるとこ悪いが、お前らの相手なんぞイチイチしてらんないんだ」

 

 短く告げると、一瞬でISを展開してデュノア夫妻を両手に抱える陽太。その姿を見て驚いたのは黒服達だけではなかった。モニターの向こうのシャルとジョセフは目を疑ってしまう。

 

「ヨウタが………ISを?」

「お、男が!?………ISを使えるなんて、き、聞いてないぞ!!」

「(そりゃ、お前には言ってねぇーからな)」

 

 ジョセフの言葉を心の中で笑い飛ばすオトヌ。

 そもそも夫妻の失踪の報告が遅れたのは彼女の差し金であった。なぜならば彼女の『組織』から下った命令では、今はデュノア社よりも『ミスターネームレス』を優先してISごと捕獲、あるいは抹殺せよとの決が下ったからである。

 

「(さてと………ミスターネームレスの首を持って帰れば昇格は間違いなし………見ててくれよ、スコール!)」

 

 ここにはいない、自分の恋人を思い、思わず手に力が籠るオトヌ。

 

 画面の向こうでは、展開されたブレイズブレードが翼を広げて上を見上げている。飛翔して一気に来るつもりなのだ。むろん、目的地は言わずと知れた………。

 

「社長室に突っ込むぞ!」

 

 次の瞬間、猛スピードで飛び立った陽太は数十階あるフランス最長と言われるデュノア社本社ビルの最上階に辿り着くと、高層ビルのガラスを一瞬で蹴破ってしまう。

 社長室に猛烈な風が流れ込み、部屋の中に置いてあった書類やらが巻き上がる中、ISを展開したまま悠然と室内に侵入してくる。

 

「シャル!」

「シャルロット!!」

 

 両脇に抱えられていた夫妻を床に下ろすと、彼は展開されていたISを解き、ソファに寝かされていたシャルの元に駆け寄る。

 

「………無事で良かった」

「ヨウタァッ!!」

 

 幼馴染の笑顔を見て安堵するシャルであったが、続けて来た二人を見て表情を険しくする。

 

「シャルロット………」

「……………」

「……………お父様、義母様」

 

 視線を外しながら何とかその単語だけは絞り出すシャルの姿を見て、夫妻は言葉を無くしてしまう。彼女から滲みだしているのは、敵意と嫌悪………道具としてしか思われていないという錯覚であった。

 

「………シャルロット、すまない……私は…」

「………この様な手間をお掛けして申し訳ありませんでしたお父様、義母様………ですが、私はもう決心がつきました」

「シャルロット………なにを?」

「私はデュノアの家を出ます………どうかもう私のことは忘れてください」

「「!?」」

 

 一切二人に視線を合わせようとしないシャル………それは完全なる拒絶を意味していた。その態度に声も出ない夫妻と、この親娘のやり取りをただ黙って見つめていた陽太。

 

「(今だ………)」

 

 この隙を使って隠し通路から部屋を出て行こうと、ジリジリと後退し始めるジョセフ……が、

 

「ヒィッ!」

「何処へ行く?」

 

 彼に向って砕かれたガラスの破片が通過する。無論、陽太が放り投げたものであった………僅かにそれが掠めて頬から血が流れ出すジョセフ。

 

「何処へ行くと言っているんだ?」

「ヒィ!………あ、あの……わ、わわわわわたしは!!?」

「………」

 

 彼の前にまで辿り着くと、ジョセフのネクタイを掴みあげ、無理やり椅子に座らせる陽太。シャルに向けられていたものとは正反対の、冷徹で容赦の欠片もない眼がジョセフの肝っ玉を縮めさせてしまう。

 

「わ、わわわしゃしは、あの、あのペギャッ!!」

 

 恐怖で呂律も回らなくなっていたジョセフの頬を思いっきりビンタする陽太。否、通常のビンタなどとは訳が違い、殴られた右側の奥歯が全て抜けて口から掛けていたメガネと一緒に飛び出してしまう。

 

「す、すすみまぜん! あのののギャプっ!!」

「しっかり喋れ」

 

 返す手で今度は左側を殴り飛ばす陽太。今度は左側の奥歯が全て飛び出す。そして動けないシャルを指差しながら、今にも殴り殺しそうな殺気を放ち彼に問い質す。

 

「シャルに薬盛ってやがったな………何をするつもりだったんだ?」

「ヒィッ、ヒィッ……」

 

 痛みと恐怖でついには失禁までしてしまっているジョセフにも陽太は容赦するつもりはない。三撃目は金玉でも潰してやるかと考えている最中、そんな彼の肩を掴む者がいた。

 

「待ってくれ陽太君………」

「………今、いい所なんだが?」

 

 ヴィンセントである。彼はジョセフを憐れむような眼で見つめていた。

 

「何故だ……何故なんだジョセフ…何故お前がこんなことを?」

「な………何故じゃと?………お前がそれを言うのか!!」

 

 その憐れむような眼と、乗っ取りをした理由を理解していないヴィンセントに怒りを爆発させるジョセフ。彼は殴られた痛みも忘れ、泣きながらヴィンセントに怒鳴り散らす。

 

「僕を将来、シャルの小間使いにするように仕向けていたお前がそんなことを言う権利があるのか!?」

「………ジョセフ」

「アンタだけは僕を認めていてくれたと思ったのに!!……それを裏切られた僕の気持が理解できるのか!! お前がシャルを後継者に指名さえしていなければ……僕を指名さえしててくれればこんなことにはならなかったんだ!!………そうだよ、全部お前が悪いんだ!!」

 

 ジョセフのその言葉を聞いたシャルは顔色を変える。後継者? 自分はジョセフの婚約者でしかないのではないのか?

 シャルの頭の中で疑問が頭の中をグルグルと駆け巡る中、彼女の眼の前で父親は二人のちょうど中間に座ると………。

 

「すまなかった、二人とも」

「「!!?」」

 

 二人に土下座をして頭を下げたのだった。

 そして彼は沈痛な声で頭を下げながら胸の内を明かす。

 

「お前達の言う通りだ。私は父親としても社長としても人間としても失格だ………娘の気持も理解できず、甥の気持も踏みにじり、揚げ句がそれすらも理解できずに一人で腐っていた」

「なっ………なんだよ、それ?」

 

 ヴィンセントのそんな行動を信じられないといった表情で見つめるジョセフ。

 

「シャルが家を出ていきたいと言うのも当たり前だ………私はエルーを護れなかった。何があっても護ると誓ったハズの彼女を護れなかった………こんな男が父親になっていいはずはない」

「貴方………」

「ベロニカ………いいんだ」

 

 妻であるベロニカがそんなヴィンセントをフォローしようと割って入ろうとするが、それを彼自身が遮る。

 

「シャル………お前の人生だ、お前の好きに生きなさい。家の事情に振り回されるのは私達で最後だ………だがな、シャル。これだけは言っておきたい」

「な、なんですか?」

「ベロニカを責めないで上げてほしい………ベロニカは、お前のことを愛している」

「!!………嘘だ!!」

 

 シャルが動けない体を無理やり動かして反論する。

 彼女は自分を、自分を生んでくれた母を否定した、憎い女じゃないのか!!

 そう思おうとするシャルであったが、そんな彼女が初めて聞く話がヴィンセントから飛び出す。

 

「だって!……あの時、『この人』は!」

「………『シャルロット』………この名はベロニカが考えたんだ」

「!?」

 

 初めて聞くその話に、シャルも陽太も眼を丸くする。

 ヴィンセントはそんな二人に懐かしむような表情で語り始めた。

 

「………あれは時期的に考えれば、シャルを身籠ってすぐだったハズだ……エルーは突然、ベロニカと私に聞いてきたんだ」

 

 ☆

 

『ねぇヴィンセント、ベロニカ………子供ができたらどんな名前をつけたい?』

『『ブッ!!』』

 

 飲みかけていた紅茶を噴き出す二人。

 真昼のオープンカフェでいつも通りランチを取っていた三人であったが、突然突拍子もないことをエルーが聞いてきた。

 

 二人は顔を真っ赤にしながらエルーを睨みつけるが、彼女にしては珍しく真剣な表情になっていたことに気押されて、あたふたとしながらも答える。

 

『俺は……その…考えたことがない、そういうことは』

『ヴィンセントらしいわね~~~、で?』

『な、なによエルー?』

『ベロニカなら、可愛らしい名前を考えてるんじゃない?………意外に少女趣味だし』

『意外って、どういう意味よ!!』

『ハイハイハイハイ………で?』

『ええっと…………ロット…』

『ん?、きこえな~~~いっ?』

『シャルロット!!!………女の子ならシャルロットよ!!、何か悪い!?』

 

 思わず目が点になるエルーと、赤面しながら肩を震わせるベロニカ。数秒間静止した二人であったが、案の定、ケタケタと『可愛らしい~!』と笑い出すエルーと、それを真っ赤になりながら『だから言いたくなかったのよ!!』と怒り散らすベロニカであった。

 

 ☆

 

 

「お前の名前を聞いた瞬間すぐにわかったよ。きっとエルーは私達を驚かそうとしていたんだってことが……」

 

 ヴィンセントは胸の中に入れていた写真を取り出す。そこにはエルーとヴィンセントとベロニカの学生時代の姿が映されていた。

 

「エルーはベロニカへの友情の証としてお前の名前をシャルロットとしたんだ………」

「お母さん………」

 

 亡き母と義母との関係など初めて聞いたシャルは、信じられないといった表情でベロニカを見た。

彼女はそんな義娘の姿に、戸惑いながらもなんとか言葉を紡ぐ。

 

「………ごめんなさいシャル………貴方のお母さんを殺したのは、私のようなものなのに……」

「ベロニカ、それは違う!」

「いえ………そもそも私がすぐに身を引けば、貴女も貴女のお母さんも命を狙われる必要はなかった………私が決断できなかったのがそもそもの……」

 

 罪悪感で表情を眩ませるベロニカと、驚愕の事実で頭の中が真っ白になるシャル………そんな空間に、無粋な笑い声が割って入ってくる。

 

「プッ!……ハハハハッ!………もうやめてくねぇーかな!!?」

「「「!?」」」

「…………」

 

 驚くデュノア親子と、一人静かにその声の主を見る陽太。割って入ったのはオトヌであった。見ると背後には二名のインナー姿の女性も引き連れている。

 

「もう最高の茶番だなこれ! 泣ける陳腐な三文シナリオでお涙頂戴しようっていうのが、ツボに入ってたまんねぇーや!!」

「………亡国機業(ファントム・タスク)だな」

 

 陽太が最前列に立つ。背後にいる人間を護るように………。

 陽太とオトヌの二人の間に張り詰めた空気が流れ、お互いの放つ殺気で室温が低下していくのを、この部屋にいる全ての人間が肌で感じ取っていた。 

 

「ご説明は不要っていうのが助かるね………じゃあ私が何言いたいかもついでに答えてくれると嬉しいんだが?」

「ああ。とりあえずお前が今持ってる『悪鬼の魂(オーガ・コア)』を置いて、今すぐ消え失せろ。そしたら今笑ったことは勘弁してやる」

「!?………てめぇ……調子くれてんじゃねぇ・」

 

 オトヌが怒りで表情を歪ませて何かを言いかけた時、陽太はすでに動いていた。

 

「!!」

 

 彼女達の視界から一瞬『消え失せる』ほどの速度で間合いを詰め、オトヌを蹴り飛ばして自ら突き破った窓から外へ叩き出す陽太。一拍遅れてそれに気がついた後ろの二名がオトヌを助けるように窓から慌てて飛び出していく。

 

 あまりの早業に眼が追いつかなかった三人を置き去りにして、陽太は蹴破った窓の方に近寄ると、シャルの方を振り向いた。

 

「シャル………家出るとかいうなよ」

「!?」

「そりゃこんなことあって腹立つのも無理ないが………やっぱり帰れる家があるって幸せなことのはずだ。わかるだろ?」

 

 陽太のその言葉にシャルも反論することが出来ない。

 

「ま、これから親子三人で話し合えばいいんだ。生憎時間はたっぷりあるし………」

「ヨウタ………」

 

 その時、シャルは嫌な予感を覚える。まるでもう陽太と二度と会えなくなってしまう。そんな気がして………。

 

「俺が出来んのはここまでだ。後は俺が全部引き受けてやる」

 

 そう告げながら窓の外を覗き込む陽太。その時であった。

 

 彼の頭上から落とされたはずのオトヌの声が聞こえてきたのは。

 

「やってくれたなクソガキィィッ!!!」

「………うるせぇ奴だな。オイ」

 

 そこにいたのは、黄色と黒の禍々しい蜘蛛のような八本の装甲脚を生やし、両手と両足そして胴体にも同じようなカラーリングの装甲のISを完全に展開したオトヌであった。見れば後ろには、同型と思われるISを展開したIS操縦者が従者のように付き従って一緒に突撃してくる。おそらく彼女達がオトヌを助けたのであろう。

 

 予定通りに自分に向って突撃してきてくれるオトヌを見ながら陽太は、窓からひょいっと飛び降り、落下しながら彼女に訪ねてみる。

 

「さっきは聞かないままだったんで一応聞いとくが、アンタ、名前は何ていうんだ?」

「亡国機業(ファントム・タスク)のオータム様だ!!………理解できたんなら死ね!!」

「死ぬか、ボケ」

 

 意外と律儀に返事をしてくれたことに驚きながらも、短く言い返し陽太もISを展開し、一気に急上昇してオータムに接近する。

 

「やっぱり………そのIS、コアに『悪鬼の魂(オーガ・コア)』を使用してるな」

「だったらなんだ!?」

 

 オータムがマシンガンを構築して陽太に発砲するが、その攻撃を華麗な空戦軌道で回避しながら、彼は三機とすれ違い、空中で一旦静止して言い放つ。

 

「手遅れになる前に言っておく。今すぐコアを俺に渡してどっかに消えろ………取り返しのつかなくなる前に……」

「死ねぇ!!」

「死ぬのはテメェらだけで十分だろ? 金貰って人殺ししてる人間の屑どもが」

 

 辛辣極まる陽太のその言葉であったが、オータムは逆に何か神妙な面持ちになると、彼にとある質問をぶつけてみた。

 

「お前があの篠之乃束と組んで、私ら亡国機業(ファントム・タスク)と敵対してるみたいだがな………なんでテメェ達はあたしらと敵対しようだなんて馬鹿な考えに至ったんだ?」

「………お前に何の関係がある?」

 

 若干苛立ったような声に、少しだけ己の溜飲が下がったオータムは、調子に乗った機嫌の良い声で更に話を続ける。

 

「だってそうだろ? お前ら程の力があれば、亡国機業(ファントム・タスク)でも、どこかの国家機関でも、そこそこの地位にまで登り詰めれるだろ? それをなんで棒にまで振って一門の得にもならない敵対行動なんてしてんだよ?………今からでも遅くないぞ? 負けを認めて軍門に下るって言うなら、それなりの待遇を………」

 

 その言葉に、陽太はわざとらしいぐらいの大きな溜息をつくと、わざわざ人差し指をオータムに指しながら、テンションの低い声で彼女たちに言い放つ。

 

「束がなんでそうするかなんて興味もないから聞いてないが、俺がお前等に敵対する理由はハッキリしてる。俺はお前等みたいに人の命で商売するテロリストなんてのが、死ぬほど虫唾が奔るんだよ」

「まさか、正義の味方気取ってるわけかい?」

 

 馬鹿にしたようなオータムの言葉であったが、次に言い放った陽太のその言葉に、今度は彼女が顔を真っ赤にする番であった。

 

「そんなもんじゃねぇーよ。俺はてめぇみたいな厚化粧のクソババァが敵に不意打ち食らった挙句、鼻水垂らしながら半泣きで助けを求める姿を見るのが、大好きなだけさ」

「てめぇっ!!!!」

 

 オータムは蹴り飛ばされた後、地上に降下している時に晒した醜態を、なぜか悟られていたという羞恥心に顔を真っ赤にして激怒したのだった。

 

「八つ裂きにして海にぶちまけてやる!!」 

「で、話元に戻るが、そのISはそれ以上使わないほうが……」

「知るかっ!!」

 

 だが頭に血を上らせたオータムには、そんな陽太の声も届かない。彼はやれやれと頭を掻きながら、決断する。

 

「だったら仕方ない。死んでも文句言うなよ?」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「始まったか~~~」

 

 衛星から陽太とオータム達三機のISバトルをモニターしていた束は、キーボードを神業的速度でタイピングしながら誰に聞かせることなく話を始める。

 

「ふふふ~~、ひっさしぶりのガチ戦闘だよようちゃん!………束ちゃんに魅せてよ~ 『大空炎帝』ブレイズブレードを駆る、戦いの天才の姿をね!!」

 

 何かに恋焦がれるように………だがその眼には説明不可能の狂気を孕みながら、束はモニターに釘付けになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 





 主人公設定

名前:火鳥(かとり)陽太(ようた)
年齢:15
性別:男
身長:174cm
体重:67kg
所有IS:第3.5世代機空戦近距離戦型IS『ブレイズ・ブレード』
性格:頑固かつ好き嫌いが激しい性格。他者に媚びることがなく喧嘩っ早い。友人はおらず孤立しがち。
いわゆるツンデレである。
備考:自意識過剰、傲岸不遜、礼儀知らず。普段は目的のために冷徹に振舞っているが、本心は強い正義感と思いやりの持ち主であるため、シャルをはじめとして心から信頼を寄せる者も少なくない。
幼くして一人で孤独に生きることを余儀無くされていたが、シャルロットと今は亡き彼女の母親のぬくもりと優しさに救われ、そのためかシャルロットのことは大事な家族だと言っている。ちなみに自分が兄でシャルが妹だと言い張って聞かない。

IS操縦者としての技量は、束をして「戦いの天才」と言わしめるほどであるが、次回それは明らかにされるだろう………。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

炎の剣を携えた大空の皇帝

とりあえず、口は災いの元というのが、今回の教訓かな?

何のことかは、フランス編のメインイベント、陽太VSオータム達によるISバトルで語られています!

あと、あとがきにブレイズブレードのデータも載せました。
一緒にご鑑賞ください!!




 

 

 

 

 日が落ち、歴史的な街灯が立ち並ぶパリの夜の街を、四人組の少女達が紙袋と荷物を抱えて通りを歩いていた。

 

「まったく……アンタの買い食いのせいで、時間食っちゃったじゃない!」

「ふふふっのふ~~ん~♪」

 

 14.5歳の金髪を両サイドで纏めたツインテールの髪型をした少女が、同じ歳ぐらいの口の周りにドーナツの食べカスをつけた茶髪のお団子ヘアをした少女を注意しつつ、手元の携帯に似せた情報端末で新着の情報がないかチェックを行っていた。そしてその後ろでは……。

 

「ここ数日、親方様からの連絡はこないどころかお姿も見えない………一体、どこにいかれのたか…」

「親方様のことですから、きっと大丈夫ですよ~」

「キサマッ!!………もしもの事があった時、どう責任を取るつもりなんだ!?」

「ぐ、ぐるじい!」

 

 歳は17.8ぐらいの、一本だけ異様に長く飛び出した犬歯が特徴的なショートヘアの東洋人の少女が、今にも卒倒して倒れそうなぐらいに顔面を蒼白とさせながら落ち込んでいたかと思えば、急に怒り出して、16歳ほどの眼鏡をかけた理知的な印象の銀髪の三つ編みの少女に掴みかかっていた。

 四人の中では一番長身のショートヘヤの少女は、同年代から見ても頭一つ分抜けているぐらいに大型なため力も強く、みるみる眼鏡をかけた少女の顔色が土気色に変わっていく。

 

「よしなさいスピアー………みっともない」

「なんだとフリューゲル?」

 

 そんな少女を見かねたのか、歳も身長も低いフリューゲルと言われた少女が、仁王立ちしながらスピアーという少女を注意する。

 

「貴方と違って親方様は私達が心配しなくても大丈夫なの………むしろ私が心配なのは貴方の方。また変な面倒事起こされると私の責任になるんだから、注意しなさい!」

「貴様っ!………なぜ私の不始末がお前の責任になる?」

「決まってるじゃない!……リーダーはわ・た・し。貴方は部・下・!……おわかり?」

 

 カチンッ! という音が聞こえたのは気のせいなのだろうか?

 眼鏡をかけた少女を乱雑に放り出すと、背の低いフリューゲルに額をこすり合わせながら睨みつける。

 

「いつお前がリーダーだと決まった? リーダーはNo.2のこの私だぞ!?」

「貴方がNo.2とか何の冗談なの? 全く笑えないんだけど?」

「お子様のお前につき従うなど出来ないと言っているんだ……理解できたか、このド貧乳」

「十回ぐらい死んでみる? このド脳筋!」

 

 目を血走らせ、全身から迸って暑苦しい炎のような殺気を放ちながら睨み合う二人。眼鏡をかけた少女の背中を擦りながら、お団子頭の少女は呑気な声で二人の様子を眺めていた。

 

「フリちんもスピちんも仲良しさんだね! リュっちん!」

「………私、時々フォルゴーレのその性格が凄く羨ましくなるんだけど…」

 

 今にもリアルファイトが起こそうとする二人をさりげなく遠巻きで見守る二人。

 その時であった。

 

 突如、上空で爆発音が響き渡り、人々が一斉に空を見上げる。

 

「ふ、ふたりとも~~!?」

 

 リューリュクという名の少女がお互いの襟を掴んで殴りあおうとしているフリューゲルとスピアーに慌てて声をかける。だが声をかけられるよりも先に二人は上空を注意深く観察していた。

 

 しばし空を睨みつける四人………だがそこへ、フリューゲルの通信機に連絡が入り、四人の視線が一気にそこへそそがれることになるのであった。

 

 

 ☆

 

 

 パリの夜空を四つの光が美しいイルミネーションとなって着飾るように飛び交い続ける。

 

 一つは神話の物語から出てきたような、全身を白い鋼で覆われた天空を統べる炎の騎士にして帝王たるIS、『大空炎帝(たいくうえんてい)』の異名を与えられた『ブレイズブレード(猛炎の剣)』。

 

 朱金色の炎を纏って夜空を駆ける空の炎帝であったが、その周囲を取り囲むように三つの禍々しい紫光が周囲からマシンガンでの攻撃を仕掛けていた。

 

 残り三つの光の正体は、悪鬼の魂を宿し己が欲望と狂気と言う糸で獲物を捕らえ、蹂躙して捕食する『凶つ蜘蛛(まがつくも)』と恐れられるIS、『亡国機業(ファントム・タスク)』が改造を施したIS『アラクネ』。

 

 通常、ISの戦闘となるとルールに定まった内容で行われ、戦場となるフィールドも専用の競技用アリーナで行われるのが一般的であり、ましてやリミッターが解除されている軍用ISが一般市民が多数いる大都市上空での戦闘など、国家間の大問題であるがために公式では、今まで確認されたことはない。

 だが今、パリ市民の前では、規定も協定も最低限の安全性もない、ルールという鎖が解き放たれた四機の最新鋭兵器の空中戦という前代未聞の珍事が行われていたのだった。

 

「えっらそうな態度取りやがって、糞餓鬼が!!」

 

 オータムのマシンガンが撃ちながら高速で接近してくる。先ほどから陽太は攻撃を一方的にされるがままであった。三機の攻撃を紙一重で回避し、左腕のシールドで何とか受け止めながら逃げ惑う。

 火力も数も今の所アラクネが圧倒的に勝っているが、敵ISの飛行速度は少々やっかいだと判断したオータムは、出来るだけ長時間相手を嬲りながらエネルギーを減らして行動不能に陥らせた後、ゆっくり丁寧にぶち殺そうと、舌なめずりをしていた。

 

 部下の一人がマシンガンから、グレネードランチャーに武装を再構築して発砲する。それを陽太はバレルロールのような動きで回避すると同時に上空へと一気に急加速したした。そんな陽太を撃ち落そうとオータムと部下がマシンガンとアサルトライフルで攻撃を仕掛けてみるが、あらゆる弾丸が自分の意思を持っているかのように陽太の至近距離を通過していく。先ほどから一度たりとも直撃はしておらず、全ての攻撃が寸でのところでところで回避されてしまう。

 

「テメェーら、もっと良く狙え!!」

 

 だんだんと焦れてきたオータムが通信越しに部下に怒鳴り散らす姿を観察しながら、相手の能力の分析を陽太はほぼ済ませていた。

 

「(三人とも適正はBかCだな。射撃の精度もイマイチだし、普通のISなら手間がかかる相手じゃないんだが……やっぱり問題はオーガコアの方か)」

 

 別段陽太は敵に押されていたわけではない。ある程度手の内を知りたくてあえて逃げ回るフリをして、オータム達の能力の解析をしているのだ。そしてそれも大体終了させる、どうやら三人のオーガコアは未だ危険域に到達はしていないようである。

 人間に異質にして異形の力を与える『アレ』は、ISの能力以上に危険な代物なのだ。あまり時間を与えると面倒なことになりかねない。

 現にリーダーであるオータムのあの過剰なほどの攻撃的な言動を見る限りは……

 

「適性はともかく、浸食度はB+といったとこか……」

「何の話してやがんだ!?」

「すぐ終わらせてやるっつう話だ!!」

「!?ッ」

 

 最初は何が起こったのか理解できなかった。

 部下の操縦者のISが一人でに装甲が砕けたのかとオータムは感じていた。

 

 だがそれが、神速で飛び立った陽太が放った攻撃によっての撃墜だとオータムが理解した時、彼は次なる行動に出ていた。

 右手に持った分と合わせ、左手にも15mm口径カスタムハンドガン『ヴォルケーノ』を構築し、アサルトライフルの射撃を横に滑るように回転しながら回避すると同時に、振り返りざまに三発発射する。正確無比に放たれた弾丸は、部下の一人の肩と武装を貫き、ダメージで大きく吹っ飛ばしてしまった。

 

「何ぃっ!?」

「フンッ!」

 

 動揺して動きを一瞬緩めるオータムの隙を突き、空気が弾け飛ぶような加速で接近した陽太は、動揺して距離を開けるタイミングを失った部下のIS使いの正面に躍り出る。

 先ほどの動きを見ていたためか、シールドを呼び出して後方に距離を取りながら発砲しようとしてくる部下のIS使い。上司よりも冷静だな、と心の中で褒めながらも容赦をする気もなく、自分に向って放たれる弾丸を接近しながらミリ単位で回避していく。装甲を掠って火花が散る感覚を楽しみながら一瞬で背後に回り込んで密着状態に持ち込んでしまう陽太は、精一杯の賛辞を彼女に送るのだった。

 

「!?」

「いい動きだったが、相手が悪いな」

 

 褒め言葉と同時に、メインスラスターを撃ち抜かれて墜落していくアラクネとIS操縦者。サブスラスターとPICがあるから大怪我にはなるまい、と考えながら見送る………これで少なくともあの部下の女はこれ以上の空戦はできなくなってしまった。

 

 対して、ホンの三秒あまりで一気に劣勢に立たされたオータムは、陽太の実力を目の当たりにして顔色を変え、全身の毛穴から滲み出る嫌な汗を悟られないように彼を睨みつける。

 

「(円状制御飛翔(サークルロンド)をやった直後に、瞬時加速(イグニションブースト)と三次元躍動旋回(クロスグリッドターン)を同時にこなしやがった!!………化け物か!!?)」

 

 通常、瞬時加速中は他方向への旋回行動はできないと言われているが、目の前のISと操縦者はそれを平然と当たり前のようにやってのけている。それはゼロコンマ数秒にも満たない僅かな時間のマニュアルによる姿勢制御とバランスの変更を行うという神技である。

 そんな常識では不可能な芸当をいとも簡単にやってのけられ、戦慄を覚えるオータム。

 

 ―――神話の中に語り継がれる化物のような存在―――

 

 嫌な考えが彼女の脳裏を掠め、それが激情へと一瞬で変化された。 

 決して認めることができない、認めがたい。なぜならばオータムはそんな芸当ができるIS操縦者などは一人しかしっていないからだ。そして彼女はその存在を全身全霊で憎んでいた。

 

「(あいつと同種の存在!?………)そんなもん認められるかぁぁっ!!」

 

 怒りが彼女に冷静さを欠かせた代わりに、折れかけた闘志に火をつけた。

 指先でエネルギーワイヤーのようなものを作り出し塊にして陽太に向って投げつける。見れば先ほど被弾した部下のISも同じようにワイヤーを形成している。投げつけられたワイヤーの塊は、陽太の目前で破裂すると巨大な網になって全身に絡み付いて動きを封じてしまう。

 

「!?」

「今だぁっ!」

 

 オータムから合図を受けた部下の操縦者は、身動きが取れない陽太にエネルギーワイヤー絡み付かせると、全身のスラスターを駆使して彼を振り回し、真下にある廃墟と化しているビルに叩きつけた。

 コンクリートをぶち抜きながら中に突っ込んでいく陽太に対して、オータムは間髪入れず左手にマシンガンと右手にアサルトライフルを構築し、フルバーストで乱射する。

 

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇっ!!」

 

 弾が切れると素早くマガジンを交換し、過剰な程に撃ちまくるオータムの狂気じみた姿に、部下も言葉を無くしてしまう。約二分間休みなく撃ち続けたオータムは、キンッ、キンッと鳴る手応えのないトリガーの感覚によってようやく最後のマガジンが弾切れを起こしたところで、銃を撃つ手を止めて彼の死体を確認しようとする。

 

「ハア、ハア、ハア………あれだけ撃ったんだ。絶対防御が発動してても足りやしないはずだ」

 

 肩で息をしながら、硝煙と煙が立ち込める廃ビルを見つめるオータム。これだけの攻撃を放てば通常ISならば致死ダメージに十分に達しているはず。

 生意気な小僧をいたぶれなかったのは残念であるが、ここはゆっくりと死体を引きずり出して、あの小娘にでも見せつけてやるか、と暗い嫌がらせを考え付いた。

 そうだ、そうしてやろう。あの小僧の変わりに、あの小娘を死ぬほどいたぶってやる。自分の目の前で茶番を行ったあの家族もろとも………。

 

 だがその暗い愉悦は突如、廃ビルからコンクリートの破片と舞い上がった粉塵を消し飛ばす真紅の炎がが全て絶望へと変化させる。

 

「!!………あれは…」

 

 何事かとオータム達がセンサーで確認したとき、炎の中心からゆっくりと白い装甲が歩き出す。瓦礫も銃弾もワイヤーもすべて蒸発させた火炎状態のプラズマエネルギーは、天を焦がす勢いで噴き上がり、市民達の目に止まるほどの炎の柱を生み出していた。

 

「な………ば、化物か!?」

 

 自分達の攻撃が全く通じていないことに戦慄していたオータム達に向かって右手を差し出す陽太。何かを掴んでいるように作られた握り拳が開かれた時、そこからは彼を射止める為にオータムが放った弾が醜くひしゃげた状態で右手から零れ落ちていく。あれだけの弾雨の中を、あろうことか飛んできた弾を掴んで止めていた陽太の異常なまでの強さに圧倒的な絶望感がオータムに襲い掛かってきた。

 陽太は二挺のヴォルケーノの銃口を向ける。するとブレイズブレードから噴き上がっていた炎が一部銃口から内部に取り込まれ、ハンドガンが熱せられたように赤く輝いた。

 

「俺のお仕置きはちょっと熱くて痛いぞ」

 

 銃口から放たれた銃弾が瞬時にプラズマエネルギーを開放し、直径1.5mほどのプラズマ火球を形成してオータム達に襲いかかり直撃する。

 

「グギャアアアアッ!!」

 

 嫌な匂いがオータムの鼻腔を満たすが、そんなことに構っている場合ではない。オータム達は避ける暇すら与えられず上空から、市内の一般道に叩きつけられるのだった。

 

 そして最初何が降ってきたのか理解できていなかった市民達であったが、燃え盛る炎の残滓を纏いながら、地面でのた打つオータムの姿を目の当たりにして、パリ市民達はISの戦闘が起っているのだと理解し、我先にと逃げ惑う。

 

 そんな中、オータムは残された冷静さをかき集め自分が置かれた状況を必死に分析しながら周囲を確認していた。アラクネのシールドエネルギーが一瞬で一桁に突入しただけではない。装甲の30%が融解して、武装も大半が使用不能。自分の隣にいた部下は地面に叩きつけられた衝撃で意識を失ったままで、先ほどスラスターを撃たれて地面に落下したもう一人も、戦力的にはもう当てにならない。そもそも戦闘力が端から違いすぎる。

 

 力の差に歯ぎしりする彼女の前に、止めを刺す気でいるのか、両手に銃を携えた陽太はまるで空の王者のような優雅に電柱の上に降り立った。

 

「このガキィィィィ!!!」

「さっきからそればっかだな。ガキ相手に手も足も出せないアンタは一体何なんだ?」

 

 陽太の冷たく見下すような言葉が、オータムの逆鱗に触れる。自分が見下されているという事態に、彼女のプライドは既にズタズタであったのだ。

 

「(コイツっ! 殺す、殺す、殺すッ!………私を馬鹿にするテメェらなんざ、絶対にブチ殺す!!)」

 

 尋常ではない恨みの念と、呪詛にも似た誓いの言葉が脳裏からあふれ出て、全身を血液のように駆け巡る。目の前の白いコイツを殺したい。憎い、憎い、にくい、にクイ、ニクイニクイニクイニクイニクイッ!!!!

 

「!!」

 ―――ニクシミ、ミツケタ―――

 

 臨海にまで達した憎しみが、眠れる『悪鬼の御魂』を呼び覚ます。

 

「………?」

 

 突然オータムが沈黙して動きを止めたことを不審に思った時、ISの個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)に束からの連絡が入る。

 

『まずいよ、ようちゃん!』

 

 その珍しく焦ったような声に、一瞬目の前の敵から意識を外してしまう陽太。

 

『思ってたよりも適合値が高い! このままじゃ羽化しちゃう!』

「なっ!」

 

 予想を上回る束の解答を聞いて、再びオータムの方に視線を戻そうとした時、突如彼の腹部を黒い触手のようなものが強打し、勢いでビルに突っ込んでしまう。

 

「グハッ!」

 

 陽太をビルに叩きつけた黒い触手。それはかつてオータムのアラクネであったものが、周囲の物質を取り込んで作り出した金属状の脚であった。

 まるで繭を作るように黒い触手はオータムを包みこみ、一瞬で繭を作りだすと今度は無数の触手を生み出し周囲にあるコンクリート、木材、車、ありとあらゆる物質を手当たり次第に触手から文字通り呑み込んで、中心の繭に送り込んでいく。それはさながらアメーバのような単細胞生物が餌を取り込む姿に似ていて、仮に人間が周囲にいればそれすらも同様に取り込んでしまったであろう。

 

 時間にして僅かに十数秒………ほんの僅かな静寂の後、黒い眉は甲高い音を立てて砕け散り、内部から奇怪な異形をした『何か』が10数メートルの何かが飛び出した。

 

「グヒヒヒヒィ…………アハハハハハッ!!」

 

 あたりで一番高いビルの屋上に着地した『それ』は、屋上を踏み潰しながらゆっくりと起き上がる。

 それは正に漆黒の『蜘蛛』そのものであった。

 全長は10数メートルの巨体と8本の鋼鉄製の脚部を持ち、正面には憎悪を煮えぎらせた紅い目が二つ、ギラリと光り輝く。そして、その背中には肌の色も何もかもがISと同色の漆黒と化したオータムが上半身だけを生やして、不気味な高笑いをあげて周囲を見下ろしていた。

 

「気持ちいいいいいぃぃぃぃっっ!!………そうだよ、私が欲しかったのはこれだよ!」

 

 全身を駆け巡る力の奔流は、彼女はかつてないほどの爽快感を感じている。もうこれで誰にも見下ろされることはない。圧倒的な全能感がその確信を彼女に与えていた。今の自分を脅かせる者などこの世のどこにも存在しない。そんな恍惚とした感覚が彼女を支配していたのだ………その『正体』が何なのかも知らずに。

 

「この力なら、私は誰にも負けない!!………見ててくれスコールッ!!」

 

 ここにはいない想い人の名を叫びながら、獲物を探すオータム。

 

「さてと………」

 

 まずはあの生意気な小僧である陽太を血祭りにあげてやるか、そう思いオータムがハイパーセンサーでビルの中に埋れている陽太の方を確認しようとしたとき、コンクリートの破片を吹き飛ばして、陽太が真っ直ぐオータムに向かって突っ込んでくる。

 

「ギィハハハハハッ!! 元気がありそうで良かったぜ小僧!!」

「チッ! もうオーガコアと融合しやがったか」

 

 オータムと同じ高度まで辿り着いた陽太は、目の前のオータムと睨みあう。

 

「今すぐ、ISを解除しろ!」

「はぁんっ?」

「戻れなくなるぞ!!」

「何言ってやがんだテメェ………やめるわけねぇーだろ! こんな気持ちのいいことをよお!!」

 

 八本の脚部から突如マシンガンの砲門が現れ、先ほどとは比べ物にならないほどの弾幕を放つオータム。アサルトライフルが機能ごと取り込まれ、独自にISが改良を加えたものだ。

 その銃弾の嵐を空中で全弾回避しながら、陽太は相手の説得はすでに不可能だと判断し、ヴォルケーノを構築して返す手で撃ちまくる。

 吸い込まれるようにオータムに向かって飛んでいく弾丸。だがその攻撃に機体が反応したのか、突如背中の数か所からエネルギーワイヤーを飛び出させて、弾丸を弾き返してしまう。

 

「チッ!」

「さっきまでとは違うんだよ!! 私は強く新しく生まれ変わったんだ!!」

「調子に乗るな! お前はISに取り込まれてんだぞ!?」

 

 攻撃力も防御力も段違いに上昇しているアラクネの性能に、心酔しきっているオータムは巨体を跳躍させると、蜘蛛の糸を自分の腕に絡みつかせ、それで巨大な手を構築して陽太に殴りかかる。

 その攻撃をあっさり回避する陽太であったが、オータムは予め予想していたのか、マシンガンの弾の代わりに今度はエネルギーワイヤーを無数に放って、空中で巨大な蜘蛛の巣を形成していくのであった。

 

「これはっ!」

「絡み取られちまいな、小僧!!」

 

 アラクネが作り出した蜘蛛の巣のワイヤーの一本に脚が引っ掛かる陽太。その瞬間、周囲のワイヤーが独立した意思でも持っていたかのように、彼の全身に絡みついて動きを封じてしまった。

 

「全身引きちぎってやるよ!」

「クッ!」

 

 凄まじい力で全身が引っ張られる。スラスターを全開にして抜け出そうとするが、周囲からよりワイヤーが絡みついてきてそれも思うようにいかない。

 悲鳴を上げるように嫌な音が装甲に奔る中、オータムはその様子をいたく上機嫌そうに眺めながら、陽太に言い放つ。

 

「安心しろよ小僧………お前はいきなり殺したりしねぇーよ。まずは両手と両足を引きちぎって生け捕りにしてやる! そんでからお前のお姫様のところに行って、テメェの目の前でお姫様を嬲ってやんよ!!」

「ッ!?」

「初体験は完了済みか!? それともキスもまだな奥手な童貞君か!? まあ、あんな乳臭い小娘なんざ私の趣味じゃねぇーけど、お前をいたぶれると考えるとなんか興奮できるな!! どうだ? お前も嬉しいだろ? 愛しのお姫様がお前の名前を呼びながら私に汚されていく公開プレーなんて、めったに観れない代物が拝めてよォッ!?」

 

 その一言が引き金になった。

 無言でブチキレた陽太がワイヤーを掴むと、ありったけの力を込めて引っ張り始める。

 

「無駄無駄無駄!、テメェの力じゃこのワイヤーが切れることなんざ……」

 

 そう、力では決して切れることはない。だが彼のISの能力はそんなものではないのだ。

 ワイヤーを掴んだ手、そこから真紅の炎が噴き出す。その炎を見たオータムは、若干怯えながらも強気な姿勢を崩さない。

 

「ば、馬鹿かテメェは………そんなチンケな炎で、私のワイヤーは…」

「うおおおおおおおおっ!!!」

 

 ブレイズブレードが彼の闘気に呼応するように、コアの出力を飛躍的に上昇させていく。それと連動して噴き出した炎は、すぐさま巨大な炎の嵐と化してワイヤーを一瞬で焼き払う。そしてそれだけでは収まらず、炎がワイヤーの上を走り、オータムの全身を包みこんでしまったのだ。

 

「ギィィヤアアアアアアアアッ!!! 熱いィィイッ! 熱いいいぃぃっ!!!」

 

 文字通り火達磨となったオータムが、身体を焼く炎に狂いながらその場を離脱しようとするが、陽太はまるで逃がさないと言わんばかりに、ヴォルケーノからプラズマ火球を連射し、アラクネの脚のほとんどを粉砕してしまう。

 

 脚を失い地面に落下していくオータム。だが、陽太は更にそこに突撃し、禍蜘蛛の腹を蹴りつけると背中のスラスターを全開にして落下地点を無人の広場にずらし、彼女を地面に叩き付ける。

 

 巨大な砂煙を上げながら地面にめり込むオータム。

 陽太は、そんな彼女を見下ろしながらヴォルケーノを量子化し、素手で彼女を見下ろす。

 

「いらん事をベラベラ喋り過ぎだ。黙れないというのならもういい………俺が黙らせてやる」

「だまれぇっ!!」

 

 まだ諦めきれないというのか、ボロボロのアラクネを操り、残った脚でブレイズブレードを突き刺そうとするが、その一撃を無造作に掴んだ陽太は、自身の数倍の巨体であるアラクネを重量差など関係なく一本背負いの体勢で投げ飛ばしてしまう。

 夜の公園の木々を薙ぎ払いながら転がっていくオータムであったが、彼女が体勢を立て直すよりも早く、アラクネの腹に飛び膝蹴りを打ち込み地面にめり込ませる陽太。

 続けてオータムが何か悲鳴を上げながら自分に話しかけてくるのを無視し、炎を纏った拳を豪雨のような勢いでアラクネに連続で叩きつけ、ボロボロの装甲を凹ませ、破砕し、引きちぎり、見るも無残な姿へと変貌させていく。

 

「ヒィ………た、たすけ…」

 

 一息つくようにゆっくりと自分から離れていく陽太に、命乞いするようにか細い声で語りかけるオータムは、陽太が全身から放つ巨大な闘気とISの姿と合わさって、一つのイメージを感じ取っていた。

 

 ―――で、悪魔(ディアボロス)―――

 

 闘争の神なんてものがいるのなら、間違いなく目の前の男は、そのろくでもない神の寵愛を受けた存在だと確信する。なぜなら、彼女は知っているのだから………そのような怪物が自分の所属する組織にも一人いるのだから。

 

「終わりだ………!」

 

 終わりを告げる言葉と共に背中に収納していたナイフを抜き去ると、右手に構える。ナイフのが伸びて、一本のロングブレードと化す。それを陽太が天に掲げると刃と全身に炎が纏わりつき、ブレイズブレードがまるで炎の中から生まれた不死鳥のような姿へと変化させた。

 

「フェニックス・ファイ・ブレードッ!!!」

 

 炎の不死鳥と化したブレイズブレードが、恐怖と戦慄と絶望に戦く禍蜘蛛のオータムに激突し、彼女の意識と悪鬼の魂ごと、紅蓮の大爆発を起こす。

 

 そして燃え盛る炎の中から、オータムとISコアを両手に持った陽太が飛び出し、無人の広場に着地する。

 腕の中にいたオータムを乱雑に地面に放り出すと、白目を向いて気を失っている彼女に切っ先を向け、内心でとある決断を下す。

 

「……………」

 

 ―――生かしていても彼女はおそらく同じことを繰り返すだろう。ならばこの場でいっそのこと……―――

 

 一瞬、冷たい考えが頭をよぎるが、すぐさまそこにシャルの姿が重なってしまった。まるで、彼女を殺そうとした自分を戒めるように。

 

「我ながら甘いのかな………」

 

 自分を殺人狂いとは思ったことは一度もない。だが博愛主義者でもなければフェミニストでもない。殺すつもりで向かってきた以上、返り討ちにあったところで言い訳も出まい。

 それが陽太の考えであったのだが、どうもこの数日間で、何かが変化してしまったようである。

 

 そして乱雑に地面に放置されたオータムと、オーガコアを見比べながら、どうしようかと考え込むのだった。

 

「腐れロリコンのこともある。一度デュノア社に戻っておくか………メンドクサイけど」

 

 帰りたいような帰りたくないような微妙な心境になりながらも、陽太が仕方なしにデュノア社に向かおうとした時であった

 

「!!?」

 

 どこからともなく放たれるビーム。間一髪それに気がついた陽太が回避しようとするが、背後にいるオータムの存在を思い出す。

 

「チッ!!」

 

 手間ばかり掛けさせると毒づきながら、左腕のシールドでビームを受け止めた陽太であったが、その時、更に別方向から、高速で黒い影が接近していたことに気がついた。

 

「(ハイパーセンサーに反応しない!? 隠密戦用機(ステレス)か!?)」

 

 それがISだと至近距離まで気がつかなかったことに驚く陽太。

 

「!?」

 

 そこに一瞬だけ、背後から貫かれるような強烈な『視線』を感じ、反応が鈍ってしまう。僅かな時間呆けてしまったが、すぐさま意識を立て直して見せた陽太であったが、そこに自分の手の中に先ほどから握られていたオーガコアがないことに気がつく。

 

「てめぇ!?」

 

 見れば先ほどのISの手に奪い取られていたのだった。しかももう片方の手には気を失ったオータムまでもがおり、目の前の操縦者がかなりのやり手であることを物語っている。

 

 黒いバイザーと、蝙蝠のようなウイングを背中に持ち、全身を黒一色で覆いながらも金髪を両サイドで纏めたツインテールの髪型をした小柄な少女であった。

 

「どこのどいつ……グッ!?」

 

 舐めた真似をしてくれた例にたっぷりとお礼をしてやろうかと思った矢先、彼女の背中で突然閃光弾が弾け、視界が真っ白になる。

 しばし、目を閉じてしまっていた陽太であったが、徐々に視界を取り戻し、周囲を見回してみる………だがそこにはすでに、謎のISもオーガコアもオータムも影も形も見当たりはしなかった。

 

「………チッ!!」

 

 出し抜かれたことに腹を立ち、地面を蹴り上げる陽太であったが、その時、消防車のサイレンが徐々に近づいてくることに気がつき、とりあえずこの場を去ることにし、跳躍して上空を気がつかれないように飛行する。

 

「だが、あのIS…………」

 

 何かしらのステレス機能を持ったISなのは間違いない。だが、自分があそこまで接近されていたことに気が付かないとは…………。

  

 そして何よりも、さっきの自分を刺すような強烈な存在感を伴った『視線』………。

 

 どうやら亡国機業とは、長い付き合いになるかもしれないと、陽太の中には言い知れぬ予感が渦巻くの中、デュノア社への道すがら、陽太はポツリと呟く。

 

「さてと………」

 

 シャルの元に帰って、そして………

 

「もう決めたことだろ?」

 

 自分にそうやって言い聞かせるような独り言をつぶやく陽太。

 もう、彼は決めたのだから………。

 

「さよならを、ちゃんと言うって……」

 

 

 

 

 

 




主人公、陽太のIS

IS名:『ブレイズ・ブレード』Ⅱ
世代:第3.5世代
戦闘タイプ:空戦近距離戦型IS
使用フレーム:ハイパーフレーム Ver『α(アルファ)』
武装:熱エネルギー増幅機構搭載可変剣『フレイムソード』
   15mm特殊弾頭使用カスタムハンドガン『ヴォルケーノ』×2
   多目的防御楯(タクティカルガードナー)(左腕固定)
単一仕様能力:???
通り名:大空炎帝(たいくうえんてい)   
   
機体説明:篠ノ之束が次世代ISのプロトタイプとして開発したISで、正式名称は『ブレイズ・ブレード・セカンド』である。これは既に第二形態移行(セカンドシフト)が行われている証であるが、劇中ではもっぱらブレイズ・ブレードとしか呼ばれていない。

対オーガコア搭載IS用にチューンされたこのISは、機体各所に内蔵されている熱エネルギー変換炉とISコアの二つによるハイブリットによって圧倒的な高出力を得ており、全ての性能が汎用型第二世代とは比較にならないほど高く、特に空戦時の機動力と運動性能は圧巻。また格闘戦を主眼に置かれた武装とセッティングによって、近接戦闘を得意とし、第三世代最強の機体として君臨している。

機体各所に内蔵された熱エネルギー変換炉は、空間に漂っている空気や電磁波、紫外線や放射能などを機体各所から取り込み、無尽蔵なプラズマエネルギーに変換できる次世代エネルギー機関であり、これによって生成された高密度超高熱のプラズマ火炎での攻撃力は凄まじく、束曰く『炎の剣を携えた大空の皇帝』の異名を与えられている。また、プラズマエネルギーをシールドエネルギーに転換させることも可能。これによって無補給の戦闘持続ができる。(ただし中の操縦者の負担は考慮しての無補給というわけではない。あしからず)

機体構造

装甲・フレーム
装甲素材こそ他のISと同一であるが、プラズマエネルギーのコーティングを受けた恩恵で、他ISよりも軽量かつ高硬度を実現されている。また使用されているフレームには、篠之乃束が初めて搭載した、フレーム内部にコンデンサーを内蔵することで、大火力、高機動、戦闘継続時間の大幅延長を目的にした「ハイパーフレーム Ver『α(アルファ)』を採用しており、現存するどのISを上回る戦闘力を発揮する設計となっている。

頭部
非常に珍しい全身装甲のため、頭部は純白マスクに一角獣のような金色のアンテナと、深紅のV字のセンサーを持ち、深緑のバイザーによって顔部全てを覆い尽くされている。これによって見た目は『おとぎ話に出てくる騎士』のような出で立ちになっている。

胸部
各装甲の外周に紅いラインが走らされ、胸には瑠璃色とエメラルドの宝石のようなものが埋め込まれている。ちなみに中央の宝石のようなものがメイン熱エネルギー変換炉。両手両足と腰部には内蔵型のサブが埋め込まれている。
 
腕部
右手は取り回し重視のため軽装であるが、操縦者の陽太の手癖の悪さかよく殴りまくる。左腕には固定型の多目的防御楯(タクティカルガードナー)があり、近接戦闘時の邪魔にならないよう小型にされているが防御力は非常に高く、また内蔵武装としてロケットワイヤーと撹乱用の各種グレネードが発射可能である。

背部
二枚一対のメインスラスターを兼任している白き鋼の翼が取り付けられており、優雅さとは裏腹な爆発的な機動力と加速力を秘めている。

脚部
足裏にはサブスラスターが内蔵されており、空戦時の方向転換や急加速に用いられる。また本来の用途は別にキック時に同時使用することで威力を倍増させることができる(回し蹴り限定)

兵装

熱エネルギー増幅機構搭載可変剣『フレイムソード』
伸縮自在で切れ味抜群の一品。またプラズマエネルギーを増幅させることで、必殺の「フェニックス・ファイ・ブレード」を放つことができる。ちなみにこれは陽太が必殺技と自称しているだけで、実際は単一仕様能力とは別なもの。

15mm特殊弾頭使用カスタムハンドガン『ヴォルケーノ』
第一世代の大口径ハンドガンをカスタム化した武装。すでに別物と化すほどの魔改造が施されており、威力、射程、連射速度、装弾数が跳ね上がっている。更に陽太は発射時にプラズマエネルギーを弾に込めて、撃ち出すと同時に破裂させてプラズマ火球状での攻撃をするという応用も見せている。
ちなみにマガジンはグリップ部ではなく砲身の真下。

IS spec data
(評価は、SABCDEの順、更に細かく各評価に+-がつく)

近接:A
射撃:B-
運動性:A+
機動力:A+
防御力:B+
索敵力:B-
特殊機能:A+

総合評価:A+



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

空の翼(少年) 地上の花(少女)



 空と地上はどこまで行っても交わることはない。

 それでも、またどこかでと、再会を願わずにはいられないのだろう。





 

 

 

 

 

 夜の闇の色に染まっていた空に、炎のような赤が色づき始めた時、シャルロットは空を見上げた。

 

 陽太がオータム達と飛び出して数分後、騒ぎを聞き付けて集まってきた警察に事情を話すために、放心状態のジョセフを連れ、ヴィンセントは下の階に降りていった。

 裏切られた失望感の反動と、憎んでいた相手からの思いもよらぬ謝罪を前に思考を停止したように、ジョセフはヴィンセントに言われるがまま、付き従っていた。

 

 だがこれからジョセフを待ち受けているのは、会社を闇の組織に売り渡そうと企み社長とその夫人を監禁し、あまつさえ社長の娘を手込めにしようとした犯罪者というレッテルである。ヴィンセントが出来うる限りの弁護を図るのだろうが実刑は免れぬだろう。

 

 その一方、この二日の間で手の込んだ悪戯じゃないのかと疑いたくなるような劇的に変化した周囲の環境について、誰かに懇切丁寧に説明を願いたいぐらいだと溜息が漏れたシャルは、ふと隣にいるベロニカの方をチラリと見てしまう。だが彼女も同じことを考えていたのだろうか、同時に視線が合ってしまい、思わず視線をずらしてしまうシャル。

 

 今でも忘れない………。

 

 初対面で言われた「泥棒猫の娘」という言葉。

 

 大好きだった実母を辱めるその言葉を聞いた瞬間から、シャルの中では嫌悪感しかこの義母に抱いたことはなかった。

 

 だが………今はどうなのだろうか? 恨む気持ちがなくなったわけはない。憎む気持ちも………。

 

「…………」

「…………」

 

 互いに言葉を交わすことができない血の繋がらぬ母娘。複雑な事情は実は行き違いからきた誤解だったと理解しても、それでも二年という歳月は、二人の間を簡単には埋められない溝を作ってしまっていたのだった。

 

「………シャルロット…」

「はい……」

「身体は………もう、平気なの?」

「………大丈夫…です」

 

 ようやく口を開いてみたベロニカであったが、その言葉は固く緊張していてこのようなことしか聞くことができないでいた。彼女も自分が言ってしまった言葉がどれ程残酷に義娘を傷付けてしまったのか理解し、後悔しているのだ。

 どうすれば目の前の母(娘)を許し、許されるのか? 答えを出すことができずに、もどかしさに囚われる二人。

 そんな状況に業を煮やしたのか、シャルが動けない身体を無理やり動かして、立ち上がろうとする。

 

「どこに行く気なの!?」

「………ヨウタのところに行きます」

「!?」

「………私のために戦っているヨウタを見捨てるわけにはいきません。それでは…」

 

 一度もベロニカの方を見ずに、硬い別れの言葉を何とか吐き出してふらつきながら歩き出すシャル。だがその手をベロニカは掴んでもう一度ソファに強引に座らせる。

 

「駄目よ。行かせるわけにはいかないわ」

「!?………放してっ!」

 

 思わず叫んで手を無理やり引き離そうとするシャルであったが、ベロニカが握った手の力は思った以上に強く、薬の効果が完全に抜けきっていないシャルでは引き剥がすことができなかった。

 

「まだフラフラじゃないッ!?」

「関係ありませんッ!」

「シャルロット……」

「!!………お母さんみたいに私の名前を言わないで!!」

「シャル・」

「お母さんみたいに優しい声で私に話しかけないで!! 貴女は私のお母さんじゃない!! お母さんじゃ………!!」

 

 言ってから後悔してベロニカの顔を見るシャル。そして悲しそうに傷ついた義母の表情を見た彼女の心の中に罪悪感が湧きあがってくる。

 別に傷付けたかったわけではない。だけど………。

 シャルの心が激しく揺れ動く中、乾いた唇でベロニカゆっくりと話し出した。 

 

「あの……その……」

「いいわ……」

「えっ?」

「私のことが信じられないのは当然よね。でもねシャル………貴女のことを行かせるわけにはいかないの。これはヨウタ君の意志でもあるのだから」

「!?」

「ここに来る前に彼と約束したの。どんなことがあっても私がシャルを守るって………だから、今、貴女を危険な場所に行かせるわけにはいかないわ」

「それは………」

「ここで私と一緒に彼が帰ってくるのを待ちましょう」

 

 たった今、ひどい言葉で傷つけてしまったはずなのに、ベロニカは穏やかな声でシャルを諭そうとしてくれる。なのにシャルは尚もその言葉を素直に受け止めることができず、強引に立ち上がって駆け出そうする。

 だが、ベロニカの手を振り切った拍子に足がもつれ、床に倒れこんでしまった。

 

「シャル!」

 

 慌てて駆け寄るベロニカ。だがそれをシャル自らが遮ってしまう。

 

「来ないでッ!!」

「!?」

「私が言うこと聞かないからって、ヨウタのことを出すなんて卑怯だ!!」

「私は………」

「私の家族はお母さんとヨウタだけ!!………私の…私のお母さんは…」

 

「いいわ」

 

 シャルの発した拒絶の言葉すらベロニカはただ黙って受け入れる。ただ、ただ、優しい表情で………。

 

 そう、これはきっと自分の罪。

 自分が受け入れなかったせいで、軽率だったせいで、自分をいつも助けて支えてくれた親友を死なせた罪。

 自分の愚かな弱さのせいで、母を亡くし傷付いていた娘に、酷い言葉を言い放った、愚かな自分への罪。

 

 だから笑顔で痛みを受け入れよう。笑顔でこの娘に傷付けられよう。それはきっと自分の何倍も苦労してきた親友(エルー)と義娘(シャルロット)にしてやれる、自分の僅かなばかりの罪滅ぼしなのだか………。

 

「貴女がもし、本当に私達のことが嫌いだというのであればそれでいい………私達と一緒に暮らせなくてもいいわ。だって貴女の人生ですもの。貴女の幸がないのであれば意味がないのだから」

「……………」

「血も繋がらない、初対面の貴女に、かけがえのない親友のただ一人の忘れ形見の貴女に、あんな酷い言葉を投げつけたこんな恥知らずな女を、母親に思えない貴女の気持ちは当然よ。だけどねシャル………」

 

 ゆっくりとした歩みで彼女に近寄ったベロニカは、膝まづいて彼女の頬に触れると、震えるシャルに自分の正直な気持ちを告げるのであった。

 

「今から一度だけお願いをするわ。二度目はいらない………ただ一度だけ貴女にお願いをさせて頂戴………」

「…………」

 

「口先だけでも………私は貴女の『おかあさん』になりたい」

 

 

 それはベロニカの本心。我ながら都合が良過ぎると自嘲しそうになるが、だがシャルロットだけは守りたいという気持ちは紛れもない本物なのだから。

 愛する夫の、亡き親友の娘であるこの娘だけは、何があっても守りたいというこの想いだけはきちんとシャルに告げたかった。

 

「あ………あ………」

 

 その言葉の意味が最初は分からず、ただただ口を開けた状態で固まるシャルであったが、それを心の中でゆっくりと解読していくうちに、ふと、自分の頬に何か温かい物が流れていることに気がつき、袖で懸命に拭うが、後から後からずっと流れ出てくる。

 

「………私…私……わたしは…」

 

 どうして自分が泣いているのか分らず、だけど義母がくれた言葉によって胸の中に灯った何かが嫌ではなく、シャルは胸の内から湧きあがってくる言葉に素直に従ってみた。

 

「うん………おかあさん……おかあさん…」

「……いいの?」

 

 今度はベロニカが震える唇で彼女に問いかける。その瞳に涙をためながら……。

 彼女の問いかけに、シャルはしゃっくりを上げなら頷く。

 

 もうそれだけで十分だった。

 二人は互いに涙を流しながら抱きしめ合う。もう嬉しいのだか悲しいのだか訳が分らず、ただただお互いを呼び合いながら。

 

「おかあさん!………おかあさん! おかあさん!!」

「シャルロット! シャルロットッ!!」

 

 

 

そんな二人に最初に声をかけたのは、自分が開けた穴から入り込んできた陽太であった。

 

「おっ! しっかり母娘やってんじゃん」

「「!!」」

「プッ」

 

 陽太の言葉に我を取り戻した二人は、慌てて離れる。その姿が可笑しくなったのか、陽太は吹き出してしまう。

 その様子が気に入らなかったのか、二人が同時に頬を染めながらふくれっ面を晒してしまう。その様子がいたく気に入ったのか、ツボに入ったのか、ケタケタと腹を抱えて笑う陽太と、その様子がまた気に入らないのか、デュノアの母娘は赤面しながら陽太を睨み付けるのであった。

 

「なんだ………結局蓋を開けてみれば似た者同士だったのか?」

「な、なにがだよ! そ、それにいつの間に帰ってきてたのさ!」

「『来ないで!』の辺りからかな?」

 

 ほとんど全部見られていたということが更に恥ずかしくなり、更に真っ赤になるシャル。

 そんなすっかり黙り込んでしまった義娘に代わって、落ち着きを取り戻したベロニカが話を続ける。

 

「それで………あのオータムという女性は?」

「横槍が入って取り逃がしたが、もうデュノアには手を出さないだろ。安心してくれ」

「そう、良かったわ」

 

 裏の社会の事情などは詳しく分からないベロニカであったが、取り合えず家族にこれ以上の危害が及ばないというのであればそれに越したことはない。

 一安心する義母の隣で、ふとシャルがある違和感を覚える。

 

 陽太の自分を見る目が、遠い誰かを見るような目になり、それが死んだときのエルーを思い出させるのだ。

 それになぜか陽太が自分達に近づかず、まるで今にも目の前から飛び出しそうな雰囲気を出していることも気にかかる。

 

「ねぇ?………ヨウタ、どうしたの?」

「…………シャル…」

「あっ!、そうだ!!……私、これからリナさんの所に行ってお礼を言ってくるね!」

「シャル……」

「怪我してないかどうか心配だし、それに店の中も荒れちゃったから掃除を手伝わないと……」

「シャル………あのな…」

「言わないで!!」

 

 大声をあげて、陽太の言葉を遮るシャル。

 直感してしまった。それゆえにこの先の言葉を聴くわけにはいかない。

 この続きを聞いてしまったら、もう終わりなのだと感じたのか、必死になって陽太に何も話させないようにするが、陽太は穏やかな表情で………。

 

 

「お別れ………言いに来たんだ………」

 

 

 シャルに別れの言葉を告げようとする。

 

 その言葉を聞いた瞬間、シャルはさっきとは違う涙を流して、彼に縋りつこうと駆け出す。

 

「ヨウタっ!」

「来るなッ!!」

「!!」

 

 手を前に差し出して大声で制止する陽太。その迫力に足を止めてしまうシャルであったが、言葉は止まることなく彼に問いかける。

 

「どうして!? なんでヨウタとまた別れないといけないの?」

「シャルに新しい家族ができたんだ。君はその家族と一緒にいた方がいい」

「じゃあヨウタも一緒にいればいいじゃない!! そうだよ、これからずっと一緒に…」

「俺にはやるべきことがある。俺が決めた俺だけの戦いがある」

 

 確固たる意志は、彼女の言葉にも揺るぎもしない。

 

 何度も自答し、何度も迷う自分を振り切り、ここへきた。

 

 そう、今から自分は最低なことをするのだ。

 自分を支えてくれた、かけがえのない人を切り捨てて、己の役目を貫く。

 かっこいいものでも、優しい選択でもない。

 ましてや彼女を守るためでもない。 

 ただ、もうそれ以外の選択を取らないという自分の身勝手を貫くための、ただそのための選択をしようというのだ。

 

 だが、涙でグシャグシャに濡れたシャルは納得してはくれない。

 更に一歩近づいたシャルは、必死に陽太をこの場に繋ぎ止めるために質問を繰り返す。

 

「何? 何なの?………戦いって…何? だったら私も……」

「………君には関係のないことだ」

 

 それだけ告げるとヨウタはシャルに背を向け、ISを展開する。自分がいるべき『大空(居場所)』に戻るために………。

 

「嫌だ!……嫌だ!!!」

 

 とうとう堪え切れなくなったシャルが、展開状態のブレイズ・ブレードの腕にしがみついて、断固として離れないという気持ちで強く腕を抱きしめるのであった。

 

「ヨウタがいなくなるの……ヤダ!!」

「シャル………」

 

 幼い子供のような飾り気のない言葉を口にするシャル。それは彼女がある予感を感じていることに他ならない。

 そして陽太はこんなにも泣いているシャルを見たことがなかった。だからこそ今、ヨウタが抱いている気持ちをシャルが感じ取っていることに他ならない。

 

 

 陽太はもう二度と彼女とは会わないつもりであることに……。

 

「ヨウタ君………」

 

 娘を気遣い、ベロニカも陽太に話しかける。

 

「貴方は娘の為にこれだけのことをしてくれたんですもの………私達も何か貴方にお礼がしたいの」

「そうだよ!!………ヨウタに私もお礼がしたいから、だから、お願いだから………」

 

 必死になって説得してくるシャルの姿に、しばらく静観していた陽太が遂に折れたように展開していたISを解除した。

 その様子を見て思わず頬が緩む母娘に、陽太は憮然とした態度で二人に下の階に降りるよう催促する。

 

「………了解した」

「!! それじゃあ、これから皆でご飯食べよう!? 私が今日は腕によりをかけてご馳走作るね! お父さんも、おかあさんも一緒に!!」

 

 嬉しそうにヨウタと義母に微笑むシャルは、陽太の手を握って歩き出そうとする。

 

「シャル…………」

 

 自分の名前を呼ぶ陽太に、彼女が返事をしようとするが、それよりも早く、彼は心の底から、シャルに感謝の言葉を告げる。

 

 

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 

 その言葉が、彼女がフランスで聞いた陽太の最後の言葉となり、シャルの意識はそこで闇の中に途絶えてしまった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「貴方は最低よ」

 

 自分の腕の中で気を失ったシャルをソファーに寝かせる陽太の背中に、ベロニカは痛烈な批判を投げかける。

 

「女を殴ったこと………が?」

「そんなことも解らないの、貴方は!?」

「じゃあ、嘘をついたことか?」

 

 陽太のその開き直ったような態度に苛つきながら、ベロニカが詰め寄るが、当の陽太は何処か上の空のような状態で、シャルの寝顔を見続けていた。

 

「貴方にとってシャルは何だというの!?」

「答える義理はない……」

「大切なんでしょ!」

 

 ベロニカの言葉が陽太の心に突き刺さる。

 間違っている。お前は間違っている、と自分自身すらも彼を責めてくるような心の声に、陽太の表情は険しくなっていた。

 理解してはいる。自分は本当に最低だ。本心からそう自分を心の中で嘲るが、それでも自分はこの選択を貫くのだろう。

 

「……………」

「大切だと想うのなら、何故貴方はシャルに対して自分の気持ちを押し付けるの! なぜシャルの気持ちを考えてあげられないの!?」

 

 痛かった。それはきっと正しいから。

 ベロニカの言葉がきっと100%正しく、自分の取った行動は限りなく100%間違ってる。きっともっと他の誰かなら、シャルを守ってやれるのだろう。彼女を笑顔にしてやれるのだろう。もっと幸せにしてやれるのだろう。

 だが、それを陽太自身は選ばず、あげく傷付けて置き去りにしようとしている。

 

 だからベロニカの言葉が痛くて痛くて堪らなかった。

 

 むしろこうやって再会した事自体が間違いだったのではないだろうか? そんな思いに囚われてしまった陽太は無性に居たたまれなくなり、この場を立ち去ろうとする。

 

「!」

「……………ヨウタァ」

 

 それを気を失って尚、放そうしない手と、彼の名を呼ぶシャルが繋ぎ止めた。

 

 握られた手から伝わっくる暖かな気持ちが、愛しさが、陽太の心に染み渡る。深く、深く…………。

 

「ゴキブリみたいに産まれて、ゴミみたいに路地裏で死ぬんだと思ってた」

「えっ?」

 

 その優しさが、陽太の口から心からの感謝の気持ちへと変わっていく。

 ゆっくりとシャルに握られている指を、一つ一つ丁寧にほどきながら、彼は生まれて初めて穏やかな気持ちで、自分の胸の内を他者に話してみる。

 

「だけど何かの偶然か、シャルに出会って、エルーさんに出会って、世界には暖かくて優しいものがあるんだって知って…………俺は祝福を受けた」

「陽太君………」

「シャルが俺の空を飛びたいという夢を信じていてくれたから、俺は皆に背を向けられようとも、今までこの世界で生きることが出来た…………だから……」

 

 ―――助けられるんなら助けたいと思った。いつか空の上でゴミクズみたいに散っても、自分が選んだ道を後悔せずにいられると思ったから―――

 

 最後の指をほどき終えた陽太は、シャルの手を壊れ物を扱うように丁寧に胸の上に置くと、彼女に自分が着ていた上着を着せると、立ち上がった。

 

「俺は空の上で人を殺したことがある」

「!?」

「そこから逃げる訳にはいかない………だから俺が生きる場所は空だ。もう地上(ここ)じゃない」

「………それが、シャルの傍にいられない理由だと?」

 

 辛うじてベロニカは言葉を発することが出来た。

 見れば彼女は………泣いていた。

 

 ―――ああ、神様。貴方は残酷です―――

 ―――この目の前の不器用で優しい少年に、何の罪をお与えになったのでしょうか?―――

 

 彼女も理解してしまったから。

 陽太が何よりも純粋に彼女を守りたいということに。

 シャルが幸せに生きていけるようにしたいことに。

 そして、その幸せの中に陽太自身がいないことに。

 

 理解したからこそ、もうベロニカには陽太を止める術が見当たらないのだ。

 

 そんな彼女の様子を陽太は面白そうな顔で茶化しにかかる。

 

「アンタ意外に涙腺弱いんだな。エルーさんよりもシャルに性格似てんじゃねーのか?」

「なっ!」

 

 赤面しながら涙を拭うベロニカを尻目に、晴れた朝焼けを見ながら、陽太はISを展開して、ぶち開けられた窓から飛び立とうとする。

 

「社長に言っといてくれよ。IS事業からはなるべく手を引けって………ろくな事にはならんってことが今回で骨身に沁みただろうしな」

「…………わかったわ」

「んじゃ、達者でな」

 

 軽い感じで別れの挨拶を済ませて、飛び立とうとする陽太であったが、突如、ベロニカが彼に向かって叫んだ。

 

「陽太君!! 忘れないで!」

「?」

 

 その声を聞いて振り返った陽太に対して、ベロニカはまるで、旅立つ息子を持った母親のような表情で、彼に告げる。

 

「貴方が何処にいようとも、私もエルーも、そしてシャルも…………貴方の幸せを願ってるわ!」

「…………」

「絶対にそれだけは忘れないで!」

 

 全身装甲(フルスキン)のISのため、表情が確認出来なかったベロニカであったが、陽太はその言葉に最後まで返事をすることなく、ただ一度、シャルと彼女に向かって、指二本でウインクすると、あっという間に飛び立ってしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちら陽太、今からそっちに帰るぞ」

 

 上空数千メートル付近まで上昇した陽太は、プライベートチャンネルで束に連絡をいれてみる。

 だがいつもならコンマ数秒で、能天気かつハイテンションな返事が反ってくるはずなのだが、今日に限って一向に返事がない。不審に思った陽太がもう一度呼びかけてみる。

 

「束………オイ、束!」

『ようちゃん………』

「…………ど、どうした?」

 

 束らしからぬ真剣な声に、思わず焦る陽太。

 しかし、彼女の話は陽太に対しての罪悪感が満ち溢れるものであった。

 

『ようちゃんは………なんで選ばなかったの?』

「?………何を突然言い出す」

『私のせいで? 私がいるから、ようちゃんはあの娘を選ばなかったの?』

 

 その言葉で、束が何が言いたいのか、どんな顔で今モニターの前にいるのか理解出来た。

 

「くうが作った産業廃棄物の毒が脳みそに回ったのか?」

『………ようちゃん、私はね……ようちゃんが』

「馬鹿なことをこれ以上ほざくつもりなら、出会い頭に前歯の五、六十本へし折るぞ?」

 

 束の責任ではない。

 人を殺したのは自分。背負うと決めたのは自分。そしてシャルを泣かしてでも空を飛ぶと決めたのは、この火鳥陽太なのだ。

 

 他の誰でもない。

 エゴの塊と罵られようとも、ブレイズブレードを駆って戦うと決断した以上、シャルに関する総ては自分が悪いのだ。

 

「お前は、いつも通り無茶ぶりしてろ。それに付き合うのが俺の仕事だ」

『………わかった』

 

 短く返事をした束が通信を切ったのを確認すると、陽太は自分以外誰もいない空の中をひたすら飛び続ける中、一度だけ遠いパリの街中の方を振り返る。

 

 驚くシャル。

 怒るシャル。

 無邪気な寝顔を見せるシャル。

 泣き顔を浮かべるシャル。

 

 そして、陽太が一度も告げたことがない「大好きな笑顔」を浮かべるシャル………。

 

 ほんの二日だけなのに、多くの彼女が浮かんでくる………。

 

「……………シャル…」

 

 ―――どうか、幸せにな――― 

 

 もう二度と逢えない、あの一輪の花(えがお)を思い浮かべながら、陽太はただ祈り続けるのだった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「束様…………」

 

 通信を終えても、俯いたままの束にくうが心配そうに声を掛ける。

 

「くうちゃん………」

「は、はい!」

 

 そんなくうに対して、突如顔を上げて、笑顔で抱き着いた束は、あっけらかんとした表情で楽しそうに話始めた。

 

「ようちゃんて馬鹿だよね! ううん、単なるカッコつけだよ!」

「あ、あの……」

「う〜〜〜〜〜〜〜んとこれからも無茶ぶりしてやるんだから! えいえいおー!!」

 

 くうの腕を持って、無理矢理一緒に手を挙げさせる束に対して、困ったような表情になるくう。

 彼女としばらくじゃれあっていた束であったが、彼女を解放すると、目の前のキーボードを超高速でタイピングし始めると、くうにとある注文をし始める。

 

「さあ〜〜て! ようちゃんが晴れてIS学園に入学出来るように、色々根回ししないと!………あ、そだ。くうちゃん、くうちゃん」

「はい、なんでしょうか束様」

「いつものヤツを頼むぜ!」

 

 ドヤ顔でいい放つ束に、僅かな違和感を感じながらも、くうは特に口を挟まずに解りましたという返事とともに、部屋を後にする。

 

 一人、部屋の中で超速タイピングをする束。その表情はどこか虚ろなものであったが………。

 

「ねえ、ちーちゃん…………私はね、この世界が大嫌い」

 

 ここにはいない束のただ一人の親友に向かって、彼女は哀しそうな独り言を呟き始める。

 

「この世界のことが、嫌いで嫌いで大嫌いで………………だけど、だけど」

 

 束の頬に流れる涙。

 彼女はそれを拭うことをせずに、ただモニターを見つめながら、懺悔の言葉を口にする。

 

「一番嫌いなのは…………優しいようちゃんをただ傷付け続ける自分なの………………だから」 

 

 己が親友と、幸せを選ぶことが出来ない少年に対して、ただただ罪悪感が積もり続けるだけ束はぽつりと呟いた。

 

「私は、あとどれだけの人を傷付けないと、『願い』を叶えることができないのかな? ちーちゃん? ようちゃん?」

 

 

 

 

 

 





 はい。これにてプロローグは終了とさせていただきます!

 次回からはいよいよIS学園編!

 そして我らのヒーローの登場だ!!





 ヒーローって誰だよとか突っ込まないで!ww



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一章・空の騎士たちの遭遇記
国立IS学園


さて、新章突入!

そして、学園メンバーたちと陽太との初遭遇回です!



 

 

 

 ―――4月某日。国際IS委員会・中央会議室―――

 

 全てのISの運用取り決めと、それに関する制限などを設ける国連直轄機関であり、最強兵器の事実上、統括と管理を行っている、今世界中で最も強大な権力を振るえる場所の一つ、『国際IS委員会』

 

 この季節、この場所において新たなる議題が浮上していた。

 

 中央の巨大3Dモニターに映し出されているのは、先日行われたブレイズブレードとアラクネ・オーガのフランス市街地上空における戦闘であった。

 

「ここまで派手に戦われては、もはや世間に対して隠蔽するのは限界ですぞ?」

「左様………だが、アメリカやヨーロッパ諸国は『オーガコア』の存在の公表はしまい」

 

 モニターを取り囲むように設置された円状のテーブルに、IS連盟の幹部たちが一斉に着席しており、先日行われた戦闘についての議論がなされていた。

 

 無登録ISと奪取されたISでの戦闘。

 

 これだけでも事態はかなり大事なのだが、それ以上に輪をかけて問題にされているのは、アメリカから奪い去られてしまったIS「アラクネ」のコアが、禁断の『オーガ・コア』に挿げ替えられていたということである。

 

 『オーガ・コア(悪鬼の魂)』

 

 正式名称は『オーガ・コア・システム』と言われ、ISの心臓部であり頭脳である中枢部『ISコア』が異常活性化したコアの呼び名であり、常軌を逸したパワーとスピード、再生力を与える未知のシステムで構成されたISコアなのだが、世間に対して未だ公表できない理由とはこれとは別の所にあった。

 

 一つは、オーガ・コアを搭載したISは、ほぼ例外なく暴走事件を起こし、操縦者ごと周囲にある物質を取り込み、自身を異形な形に変質させ、手当たり次第に攻撃し始めるという、兵器としての運用が不可能であるという致命的欠陥。

 もう一つは、IS操縦者にかかる莫大なストレスにあった。

 これはオータムと言われるIS操縦者の性格がやたら攻撃的であったように、オーガコアを搭載したISを使用する操縦者たちは、全員なんらかの精神異常を起こし、最悪精神崩壊まで起こしてしまうのだ。

 

 ある国の実験データによれば、オーガコアを搭載したISは通常機の10倍以上の戦闘力を獲得できると試算した者がいたが、その代わりに生み出されるのは、人間では決して制御できない鋼鉄の怪物へとISと操縦者を変貌させてしまう。

 

 『悪鬼(オーガ)』の異名の通り、悪鬼の如きその異形の力を各国は制御しようと躍起になってはいるが、どの国も未だに実用化のメドが立っていない。

 

 だがしかし………秘密裏にオーガコアの研究を続けている国は後を絶たず、各諸国上層部においては半ば暗黙の了解のような扱いになっていたのだが、先日のフランスでの戦闘で、ある恐るべき仮説が浮上したのだった。

 

 『亡国機業(ファントム・タスク)』

 

 第二次世界大戦のころからその存在が確認されていた闇の組織。

 どの国家にも民族にも依らず、目的も分からず、規模も存在理由すらも分からない正体不明のテロ組織が、限定的とはいえオーガコアの制御に成功しているかもしれないということであった。

 

 つまり、この仮説が事実ならば、通常機を遥かに超える戦闘力を持つIS達を複数所持している亡国機業(ファントム・タスク)に対して、単機で対抗出来うる者が、現在画面に表示されている未登録のIS以外いないということなのだ。

 

 この事実は、IS連盟にとっても重いものであり、それゆえの解決手段として真っ先に上げられた、ISの開発者である『篠ノ之束を重要人物として召集』しようとしたのだが、彼女の行方が一向に掴むことができずにいるのだった。

 また、幹部達の中には「篠ノ之束こそオーガ・コア・システムを作った!」のだと主張する者もおり、全世界規模の大犯罪者として指名手配しろと主張する者もいたことで、委員会の頭をより痛ませる結果となる。

 

 打開策が見えない会議の中、中央の座席に座っている人物は、目を閉じて瞑想するように沈黙を続けていていた。

 

「……………」

 

 だが、この人物は困惑しての瞑想をしているわけではない。

 この状況を打開する、ある秘策を公表するタイミングを狙っているのだ。

 

 その秘策………それは、ここではない極東の島国。日本国が運営している操縦者育成機関『IS学園』において教鞭を振るっている、最強の戦乙女(ブリュンヒルデ)が打ち出した計画であり、それに付随してとある資料を同封して送られてきた。

 

 その秘策………とある人物が大切に暖めている資料。

 

 秘策の名は『対オーガコア用・独立遊撃部隊」

 そして資料の一枚目には、その部隊の隊長として、未登録ISを操る「火鳥 陽太」の名前と写真が記載されていたのだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 一方………。

 

 その重要な計画の立案者と、計画において重要なポジションである隊長となるべき男はといえば………。

 

「久しぶりだな小僧………直に会うのは3年ぶりか?」

「お久しぶりっすな千冬さん。直に会うのは3年ぶりですか…」

 

 よく鍛えられている過肉厚のないボディラインとスラリとした長身に、黒のスーツにタイトスカートを着こなし、狼を思わせる鋭い目をした女性が腕組みしながら目の前の少年を睨みつつ挨拶を交わしていた。

 

 彼女の名前は織斑 千冬。ISの世界では知らぬ人がいない人物である。

 世界最強のブリュンヒルデ、最高のIS操縦者、無敵無敗の武神………彼女を褒め称える言葉は世界に溢れ返っており、何よりも目の前の少年『火鳥 陽太』にとっては、これ以上ない忌々しくも無視できない、彼にISの操縦法のイロハを教えた、世界で唯一の師匠(目の上のタンコブ)なのであった。

 

 白い制服に身を包み口に煙草を咥えているという、明らかに少年課の刑事さんに御用になる気まんまんの陽太はというと、地面にボストンバックと学生鞄をおいて、バツの悪そうな表情で頭をボリボリと掻きつつ、『入学式』に間に合わなかった言い訳を考えていた。

 

「すいませんねお手数をおかけしまして………ちょっと道に迷ったんです」

「………まあ、お前は日本は初めてのはずだからな。いたしかたあるまい……」

「えっ!?、今日は見逃してくれるの!?」

「だがしかしだ………ちなみに聞いておいてやるが、入学式はいつだと思っている?」

「今日のは・」

「入学式は三日前だ小僧」

 

 凍りつく陽太と、凍りついた目で彼を見下ろす千冬………午前10時も過ぎ、日も昇った校門には人っ子一人見かけない。そして二人の間に流れる冷たい時間は、ゆっくりと動き出した。

 

「フランスでの一件は聞いている」

「あっ!………そうそう!! 最近いろいろ忙しくて!」

「フッ………それは大変だったな」

 

 いつになく優しい千冬の態度に、陽太はすっかり緊張の糸が解れ、バックを抱えながら歩き出す。

 

「さああ~~~て、俺が住む寮どこかな~~?」

「それはまた後で説明してやる小僧。今はそれよりもなによりも……」

 

 陽太の肩を掴んで無理やり振り向かせると、彼女は拳を振り上げ………。

 

 ゴンッ! ゴンッ!! ガツゥンッ!!!

 

「グワッ!!」

 

 脳天に三連撃の鉄槌を下すのであった。頭上にタンコブを三段こさらえ、地面で悶絶する陽太。

 

「いっっってぇぇぇぇえっぇぇーーー!!!」

「悪気がなかったということで今日は勘弁してやる。次回からは今の七倍でいくぞ」

「い、今でも十分頭蓋骨が砕けそうなんですが………」

「そうか。あとそれと、だ………」

「ふぇい?」

 

 頭を擦りながら立ち上がった彼に対して、千冬は強烈無比なビンタを陽太の頬に炸裂させる。咥えていた煙草が地面に放り出され、ついでに陽太の体も宙に回せながら、千冬は自身の携帯灰皿に煙草をしまうと、地面の上でのたうつ陽太を心底見下しながら、冷徹な声で警告を発する。

 

「ガキが一丁前にカッコつけようなど千年早い。次は問答無用で没収するから、訓練用のローラー引きながら校内100周させられたくなかったら、せめて自分で残りの煙草を処分しろ?」

「て、てめぇ………」

「文句があるなら相手になってやるぞ、ク・ソ・ガ・キ?」

 

 やると言ったことは絶対にするのが織斑千冬の特徴である。頭のコブを擦りながら、陽太が押し黙るのを確認した千冬は、改めて、彼を迎え入れる言葉を贈るのであった。

 

「IS学園にようこそ火鳥 陽太。我々はお前を歓迎してやらなくもないような気がする」

「なんでそんなに嫌々なんだよ!」

「冗談だ」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「んで?」

「ん?」

「ん?………じゃなくて、なんで俺がIS学園に入学しないといけないんですか!」

 

 生意気な物言いだと頭の上にタンコブを更に一つ追加されながらも、陽太は自分がこの地に呼び招かれた理由を前を歩く千冬に尋ねる。

 

「…………」

 

 雲一つない青空を見上げながら、千冬は静かな面持ちで口を開いた。

 

「捻くれ者の単純思考で猪突猛進の馬鹿弟子な小僧に、最低限の常識と社会におけるコミュニケーションを着けさせたいと思ってな」

「ケンカ売ってんのか、クソババァ………」

 

 ガスッ!!

 

「!!!!ッ←(鼻っ面に裏拳を喰らった)」

「最近、オーガコアを搭載したと思われるISが各地で事件を起こしている。もっともどれも国の上層部がもみ消してはいるが、おそらくそれも遠くない未来に限界に達するだろう」

 

 地面にしゃがみながら、必死に痛みに耐える陽太であったが、これ以上文句を言って痛い目をみたくないと思ったのか、とりあえず話を続ける方向に自分を納得させる。鼻の痛みを堪えながら………。

 

「………で?、それと俺の入学と……」

「包み隠すのは私は嫌いだから、おまえだけには伝えておく………他には他言無用にしろ」

 

 そして千冬は何か面白いことを思いついた子供のような笑顔になって振り返る。だが陽太にしてみればこの上ないほど気持ちの悪いものにそれが映り、思わず後ずさってしまう。

 

 

「お前だけの部隊をこの学園で作れ………お前が隊長になってな」

「はぁっ!?」

 

 何を言ってんだこのババァ、これが世に云う若年性アルツハイマーか!とツッコミを入れようとした陽太の言葉よりも早く、千冬の膝が彼の腹部にめり込んだ。低いうめき声をあげながら崩れ落ちる陽太。

 

「少し見ない間にずいぶんな口のきき方になったな、小僧?」

「あ、頭の中を読むな………」

 

 グフッといううめき声をあげながら蹲る陽太であったが、千冬はそんな教え子を見下ろしながら話を続ける。

 

「嘘でも冗談でもドッキリでもない。ましてやいたずらでもな………これは極めて真面目な話だ」

「こ、国家代表達で組織すりゃいいだろうが………なんでよりにもよって学生で組織させんだよ」

 

 もっともな質問をぶつける陽太に、千冬は深いため息をついて彼の眼を見てその疑問に答えてくれた。

 

「お前の言うとおりだ。本来ならばトップクラスの国家代表で組織せねばならない重要案件なんだが、如何せん諸国のトップどもは事の重大さに気が付いていない。もしものときは国家代表が国の防衛戦力の切り札になることはお前でもわかるだろう?………要は、『我々の切り札を、そんなお遊びに突き合わせるわけにはいかない』ということだ」

「………日和見もそこまでいくと病気だな。取り返しのつかん事態になったらどうなるか考えられんのかよ………」

 

 すでにオーガ・コアの問題は、世界的な危機に発展する気配を見せているというのに、諸外国の上層部は未だに静観するというスタンスを崩さないでいる。仮に表沙汰になった時、彼らの責任問題になるという理由が彼らにブレーキを掛けているのだが………。

 

「まあ、そういうわけで、だ………様々な議論の末、トップクラスの国家代表並みに腕が立ち、且つどの国にも所属しておらず、国家のしがらみにあうことがない、何よりも暇を持て余しているお前に白羽の矢が立ったわけだ………正確には私が矢を打ち込んだんだが……」

「千冬さんがすりゃいいだろうが!! 世界最強のブリュンヒルデなんだろうが!!!」

「お前と一緒にするな。私には日々の職務があるんだ」

「今、事の重大さがうんたんらかんたらって言ったのはアンタじゃないか!!」

「それはそれ、これはこれだ………まあ、お前の報酬としては、私の命令………もとい私の提案を受け入れれば、お前と束が今まで世界中で行った『テロ行為』には目を瞑ってもいいとのお達しだ」

 

 司法取引というわけである。この発言により、千冬の背後にはそれなりに権力を握った者がいることに陽太は気がつく。

 何が提案だ。ただの脅しではないか。

 しかも見ず知らずの一般人を使わず、自分が駄々をこねても取り押さえられる人物でかつ陽太と束に繋がりを持っている千冬が選んできた辺り、人の使い方を心得ている人物だ。

 

「………嫌だね」

「なに?」

 

 だからこそ、陽太はそんな話に乗りたくなかった。

 見ず知らずの人間に使われるなど御免だと、鞄を持ってIS学園を去ろうとする。司法取引など応じずとも、捕まる気などないし、頼まれなくてもオーガ・コアは自分が一つ残らず回収させてもらう。亡国機業(ファントム・タスク)の連中も一人残さず叩きのめす。

 それだけの力が自分にはあり、意志がある。

 それに代表でもない人間なんぞ足手まといにしかならない。オーガ・コアの尋常ならざる性能を前に戦うには、それなりの装備と技量の双方を持っていなければならないのだ。そんな人材と機体がこの学園にあるとはとてもじゃないが信じられない。

 

 そう考えるや否や、背を向けながら立ち上がり、自分の久方ぶりにあった師匠相手に『アバヨ!』と手をプラプラしながらの簡素な別れの挨拶を陽太がした時、千冬はそんな彼の行動をまるで最初から予測していたかのように、陽太の背中にまたしても予想外の言葉を投げかけてくる。

 

「もし……………お前が取引に応じなかった場合………フランス政府にとある人物を重要参考人として『保護』するよう働きかけがあるそうだ」

「!!」

 

 振り返り、驚愕の表情で千冬を見る陽太。

 彼女は些かも表情を崩すことなく、彼にその保護する人物の名前を告げる。

 

「保護する人物の名は……………シャルロット・デュノア」

 

 彼女の名前を口にした瞬間、瞬時に間合いを詰めた陽太が千冬の襟首を掴んで激怒した眼で彼女を至近距離で睨みつけた。

 

 ようやく塞いだと思っていた傷から血がにじみ出て、心の痛みがぶり返してくる。

 だがシャルの存在を千冬が知っていたことも驚きだが、それ以上に千冬が「シャル」を人質に取って自分を脅してくるなどということが、彼の中にある、目の前の人物を尊敬する気持ちを踏みにじる行為であり、激怒させた要因そのものだった。 

 

「……………テメェ…」

「……………返事を聞こうか?」

 

 湧き上がる怒気を押さえられない陽太に対しても、千冬は些かも怯えることなく高圧的な態度を崩すことなく、彼に返事を求める。

 時間にして数十秒………いや、数分だったかもしれない。

 しばし睨みあっていた両者であったが、徐に陽太が手を離して『校舎』に向かって歩き出す。背中から滲み出す『殺気』を無理やり押さえつけながら。

 

「アンタも背後のヤツもぶっ潰す。それまで付き合ってやるよ」

 

 そう言い残し、歩き出す陽太の後姿を見送りながら、彼女はここにはいない親友に珍しく愚痴を漏らすのであった。

 

「お前のせいで私はすっかり悪党だぞ?………このツケは支払ってもらうからな束」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 そもそも現行の兵器をただの鉄屑に変えてしまうほどの超兵器たるISのもっとも特異な点とはなんであるか?

 

 それは操縦者が原則、全員『女』であるという一点である。

 

 ちなみになぜそうなったのかは未だに解明されていない。

 こればっかりはISの心臓部であるコアを世界で唯一開発できる篠ノ之束に聞いてみるしかない。まあ、まともな返答が返ってくるかはわからないが。

 

 そしてISが日本で日本人によって産み落とされ、その技術が日本で独占されることを恐れた諸外国は、運用協定という名の脅迫状と意義不服申し立てを含めた通称『アラスカ条約』なるものを成立させ、そして超国家機関であり、半ば不可侵な独立国家を思わせる『IS学園』を設立。世界中はこぞってこの学園に優秀な操縦者のタマゴと試作型のISを送り込んでいた。主に自ISのデータ収集と他国のISのデータを求めて………。

 

 そんな中、世界中の人間が驚くニュースが飛び込んでくる。

 

 『今の世界の常識』ではあり得ない、『男のIS操縦者』の存在が発見されたのだ。

 

 その内の一名。

 名前を織斑(おりむら) 一夏(いちか)。名字からして分かるかもしれないが、織斑 千冬のたった一人の弟である。

 

 黙っていればカッコいい言われるであろう少年は、完全にグロッキーな状態でIS学園のとある教室の机の上に突っ伏していた。

 

「…………」

 

 状況を確認するように思考を高速展開してみる。

 自分は私立のある学校を受験しに来て、なぜかその場でISを動かせてしまい、そのあと黒服の人だとか政府の人だとかあと多種多様な人達の四方八方からのマシンガンなような質疑応答のすえ、ISを実際に動かしてのテストを行い、なぜかその相手となった試験官が自爆してしまった末に、このIS学園への入学が決定して、そしてなんだか知れないウチに入学式を終えて早三日。

 

 二時間目が終わった時点で一夏は自分が置かれた状況が、限りなくまずいんじゃないだろうかという結論に行き当たる。

 まず、昨日同じく授業の内容が分からない。はっきり言えばスワヒリ語で英語の説明をされているのと同じ感覚なのだ。何言ってんのかさっぱりわからん。

 

 詰まる所彼は完全なド素人なのだ。

 

 しかも、入学前に手渡されていた入学ガイドと予備知識が書かれたテキストの束を、電話帳と間違って捨ててしまった。姉にはそのことでしこたま殴られたが。

 

 微妙にドジっ子属性を備えた少年、それが織斑 一夏なのである。

 

「限界………」

 

 ばたんきゅ~~と倒れこむ一夏は、チラッと彼は窓側の席に座っている一人の女生徒に助けを求めるような視線を送る。

 そこに座っていたのは整った素顔と容姿を持つポニーテールの美少女、彼の幼馴染である篠ノ之(しののの)箒(ほうき)であった。

 だが彼女はブスッとした不機嫌そうな表情のままあえて一夏の視線を無視し続けている。

 

 おまけにクラスの周囲を見回しても、女子女子女子………男の影など欠片もなく、気軽に話しかけることもできない。

 どうすればいいのか打開策もなく、彼の焦燥感は更に募っていく。

 

 それもこれも、彼を追い詰める事態を彼自身が起こしてしまったのだ。

 

 具体的に言えば、初日のあの日に………。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「ちょっと、よろしくて?」

「へ?」

 

 教室で一人参考書………本来なら入学前にみるべきものを、穴が開くかと思わんばかりにガン見していた一夏に声をかける少女がいた。

 

 僅かにロールがかった鮮やかな金髪と白人特有の透き通ったブルーの瞳が釣りあがりながら一夏を射抜く。

 このいかにも『私は高貴の生まれです。下々のそこの人、頭を地面に擦り付けながら私を拝みなさい』というオーラを発している少女の名は、セシリア・オルコット。

 イギリスのIS代表候補生にして入試主席の才女である。

 

「……………」

 

 だが、そんなこと欠片ほども知らない一夏にとってしてみれば、はじめて戦闘機を見た秘境の原住民のような怪訝な表情になって、対応してしまったのは仕方のないことなのかもしれない。

 目の前の少女にはその態度がどうにも癇に障ったようである。

 

「聞いています?お返事は!?」

「あ、ああ。聞いてるけど………何か用か?」

 

 一夏がそう答えると、目の前の女子はかなりわざとらしく声を上げた。

 

「まあ!なんですの、そのお返事?わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」

「……………」

 

 押し黙る一夏、彼は正直この手のタイプは苦手であった。

 昨今、ISという超兵器の登場により、女性はかなり優遇されていた。

 ISは原則、女性しか操縦できないとされているため、その優遇のされ方は半端ではなく、逆に男など街中で声を掛けただけで犯罪者扱いされてしまうなどということすら起こる始末。

 ISを使える=IS操縦者は偉い=IS操縦者は原則女性。

 この構図を持って理不尽な横暴を働く女性が少なからず存在することを、一夏は憤りを覚えることがあった。

 姉の千冬は確かに横暴な面があるが、理不尽な行いは………たまにする時もあるが、だが、人間としてやはり間違いは間違いなのだ。

 

「悪いな、俺、君が誰か知らなくて」

 

 それに、今の一夏は膨大なIS関連の知識を短時間で頭の中に叩き込まなければならないうえに、想像もしていなかった姉が担任だったということのほうが100倍ショッキキングだったため、他の人間の自己紹介をすっかり聞き流していたのだ。

 それに朝からずっと無人な隣の席の存在も気になって仕方ない。SHR終了後に姉にそのことを聞いたときには、何も答えないまま仁王立ちして座席に向かって殺気を飛ばしている姉にそれ以上なにも言えずに終わってしまったが………。

 

 よってセシリアに割く意識の度合いが限りなく皆無になっていたのだが、それがいけなかったのかもしれない。

 

「わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを? イギリスの代表候補生にして、入試主席のこのわたくしを?」

「あ、質問いいか?」

「ふん、下々のものの要求に応えるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ」

「代表候補生って、何?」

 

 こけた。

 その瞬間クラスメイトの何人かが盛大にこけた。どうやらかなりの人数に聞き耳を立てられていたようだ。

 目の前のセシリアにいたっては、ものすごい剣幕で額に三本ほど血管が浮き出てもおかしくないほどの怒りに燃えていた。

 

「あ、あ、あ………」

「『あ』?」

「あなたっ、本気でおっしゃってますの!?」

「おう。知らん」

「……………………」

 

 胸を張って己の世間知らずを全面的に誇る一夏に、セシリアは怒りが脳内を一周して逆に冷静さを取り戻し、心底頭の痛い返答をしてくれた目の前の一夏に、憐れみすら秘めた深い深い愚痴を話し出す。

 

「信じられません………信じられませんわ!! 極東の島国というのは、ここまで未開の地なのかしら?ここまで文明人の常識が通じないなんて………アレなのでしょうか?実はまだテレビが普及していないとか、ラジオが最新文明機器だとか、そのレベルの…」

「日本は昭和初期から遥かに成長してるよ………それよりも早く座らなくてもいいのか?」

 

 目の前ですでに着席している一夏を見て、怪訝な表情になるセシリア。みれば他の生徒もすでに着席を済ませており、視線をさらに教卓のほうにむけると困った顔の山田先生がこちらを心配そうに見つめていた。彼女だけが授業開始のチャイムに気がついていなかったのだった。

 

「セシリア・オルコット」

 

 そこへ凛とした声でセシリアのフルネームを言う千冬。しかもすでに自分の隣にスタンバっている始末である。

 セシリアが何か言い訳をしようと必死に思考を張り巡らせるが、だが、彼女が何か言う暇もなく、満面な笑みを浮かべた千冬の出席簿がセシリアの頭部を華麗に打ち抜くのであった。

 

 

 

 

 

「ではこの時間は実践で使用する各種装備の特性について説明する」

 

 三時間目までとは違い、教壇の上には山田ではなく千冬が立っていた。よほど重要なことなのか、同じ教員の山田までノートを取り出してしっかりメモしようと気合いを入れている。

 

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

 

 ふと、思い出したように千冬が言う。

 クラス代表とは生徒会の開く会議や委員会への出席………いわばクラス長のようなものであり、クラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものである。と山田先生が教師らしい表情で説明してくれたのを聞いた一夏は、とりあえずそのクラス代表には自分は選ばれることはないから安心だ、と暢気に構えていた。

 

「(ISの知識無いし、男の俺が代表ってことは………)」

「はい! 織斑君を推薦します!」

「(そうかそうか、俺以外にもこのクラスに織斑がいるのか…)」

「私もそれがいいと思います!」

 

 暢気にうんうんとうなづく一夏………だったが、ふとあることに気がつく。自分以外に織斑っていたっけ?

 

「では候補者は織斑一夏と………他にはいないのか?自薦他薦は問わんぞ」

「俺!?」

 

 興奮のあまり席から立ち上がる一夏。千冬はそんな一夏を冷たい視線で射抜く。

 

「織斑、邪魔だ。座れ。さて、他にいないようなら無投票当選だぞ?」

「ちょ、ちょっと待った! 俺はそんなのやらな・」

「自薦他薦は問わんと言った。そして他薦された者に拒否権などない。選ばれた以上覚悟をしろ」

「い、いやでも………」

 

 まだ反論を続けようとした一夏を、突然甲高い声が遮った。

 

「待ってください! 納得ができませんわ!!」

 

 救う神が現れた。と感動した一夏が振り返る。

 バンッと机をたたいて立ち上がったセシリアは、感情のまま言葉を続ける。

 

「そのような選出は認められません!大体、男がクラス代表なんていい恥さらしですわ!わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!」

 

 前言撤回。どうやら彼女は自分を救うつもりはアリの頭ほどもないようだと一夏は心の中で呟く。

 

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります! わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!」

 

 追加。どうやら自分は人間から猿に格下げされたようである。と心の中で呟く一夏。

 

「いいですか!? クラス代表とは実力トップがなるべき、そしてそれはわたくしですわ!」

 

 興奮冷めやらぬ―――というか、ますますエンジンが暖まってきたセシリアは怒涛の剣幕で言葉を荒げようとするが、その時、それを聞き流していた千冬がボソリと呟いた。

 

「実力だけが基準なら、ここにいないあの小僧(アホタレ)が代表なのだろうが………まあ、アイツはする気はないだろうな」

「そう、実力だけなら小僧(アホタレ)であるわたくしが………って、はい?」

「……………気にするな」

 

 皆が気にかかることを発言しながらも、千冬はセシリアと一夏の双方を交互に見つめると、とある提案をする。

 

「とりあえず織斑、オルコット。お前達は試合をしろ」

「「試合?」」

 

そうだ。と短く言い放つ千冬。決闘でどちらがクラス代表に相応しいか決めろ。という意味であった。

 

「一週間後の月曜の放課後。場所は第三アリーナで行う。両名はそれぞれ準備をしておくように。以上だ!」

 

 「うん」とも「はい」とも「YES」とも言ってないのに勝手に決定してしまった………と嘆く一夏であったが、そこは持ち前のポジティブ精神で乗り切ってみせる。

 

「(一週間あれば基礎ぐらいはマスターできるだろうし、そんなに難しいものでもないだろう。入試の時は一発で動いたし、まあなんとかなるか)」

「逃げたいのであれば構いませんわよ?」

「誰が逃げるか、下手な挑発してくれるんじゃねぇー! 下手なのは自分の国の料理だけにしてろ!」

 

 とりあえず挑発には挑発でかえしてみる一夏。だが、その一言がいけなかったのかもしれない。

 本日最高点の沸点にまで達したセシリアが、鬼の形相で一夏を睨みつける。

 

「言いましたわね! わたくしの祖国を侮辱しましたわね!?いいですわ!!きっちりかっちりみっちりと叩き潰してあげますわよ!」

「やる気がでて結構なことだ………では授業を始める」

 

 両者の話が一応の決着がついたところで、千冬が改めて授業開始の合図をするのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 そして今に至るのだが、最早状況はかなり退っ引きならないぐらいに絶望的である。

 さすがに見通しが甘すぎたことにようやく気がついた一夏が、心の中でこの状況を助けてくれる人物を必死に検索してみる………が、唯一の希望はすでに潰えているのだ。

 

「(せめて、誰かコーチでもしてくれたら!)」

 

 ちなみにこの考えのもとに千冬に真っ先に頼みに言ったものの、フェアじゃないと一刀両断されてしまった。そもそも素人対代表候補生という時点で、フェアも何もあったもんじゃない気がするんだけれども…………。 

 

「ちくしょ…………」

 

 このままでは自分はクラスの笑い者になってしまう。それ以上に、男たる者強くあるべし、という自分の信念が負けてしまうことになる。

 一夏が再び机に突っ伏しようとした時、授業の開始を告げるチャイムとともに、教室のドアが開かれ、三人の人間が教室に入ってくる。

 

 自分の受け持つ生徒と変わらないやや低めの身長と、それをより強調するかのようなだぼっとした服装と、サイズが合っておらず若干ずれた黒斑眼鏡をかけているショートヘアの女性、ガチガチに緊張している山田(やまだ)真耶(まや)を先頭に、千冬とそして一人の男子が入ってきたのだった。一夏と同じ年頃の黒髪の少年でありながらも、前を全開にして赤いランニングが丸出しになっており、腕も両方肘の上まで捲り上げられており、今にも爆発しそうなぐらいに攻撃的なオーラが全身から迸っていた。

 

「火鳥、皆に挨拶をしろ」

 

 皆に静寂が漂う中、千冬が言葉を発した時、彼から凄まじい殺気が千冬に向かって放たれた。

 

 ―――炎のような、相手を焼き殺しかねない純正の殺意―――

 

 だがしかし、そこは天下のブリュンヒルデ。常時ならば失神しかねないほどの殺気にも、心拍数一つ上げず、華麗に笑顔で受け流してみせる。

 

 しばらくの沈黙が続く中、おもむろに男子生徒は硬直して身動き一つとれないでいる教室の生徒と副担任に、言い放った。

 

 

 

 

 

「俺の名前は火鳥 陽太だ。……………わかったなら、誰も話し掛けてくるな」

 

 

 

 

 

 教室内が一瞬で凍りついた。

 

 

 

 

 

 

 




とりあえず、一波乱ある幕開けになった新章。

千冬の真意とは? 対オーガ・コア部隊とは? シャルを本当に人質にしたのか?


そして、姉に殺気全開の陽太と、一夏との初遭遇は!?


 次回は、にじファンでも賛否両論の回です


 


 PS タグを追加します。実はタグの中に今後のネタバレが?





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八つ当たり

さて、にじファンではもっとも賛否両論だったこの回!

エクストリームブチギレ陽太の明日は!?

影が薄いぜ原作主人公の安否は!?

そして、ハーメルンで投稿の際に、大幅に設定が追加された太陽の翼のもう一人のヒロインさんはいかに!?

では、感想のほう待ってます!



 

 

 

 陽太の衝撃の自己紹介に凍り付く教室内。かつてここまでコミュニケーションを徹底して拒んだ人間との接し方なぞ知る由もない生徒達は、この謎の不良系男子生徒相手にどういうリアクションを取ればいいのか判断できず、困惑してしまう。

 だが、陽太にしてみれば、隣にいる千冬はかつての恩師ではなく、彼女の言うことを聞くようにと自分に首輪をつけようとしている女であり、周囲の人間は単なる彼女の家畜にしか映っていないのだ。そんな奴等と仲良くできるはずもなく、そして何よりも話しかけられるのも腹立たしいのだ。

 

「火鳥………」

「んだよ?」

「無理に合わせろとは言わんが、一年間共に生活する者たちに向けての挨拶としては、少々『アレ』過ぎるな」

「黙ってろクソッタレ!………一年も仲良しこよしと生活する気なんざ、こっちには更々ねぇーんだよ。なんなら今すぐアンタをぶん殴って退学にでもされてやろうか?」

 

 さすがに見かねた千冬が注意するが、陽太はその言葉を欝としそうに辛辣な言葉で切り捨ててしまう。まるで狼が猟師を威嚇するように、陽太の目には明確な敵意と怒りが浮かんでいた。

 

「貴様っ!、教官に対してその態度は何だ!!」

「?」

 

 そんな陽太の千冬に対して攻撃的な態度に、堂々と文句を言い出す生徒がいた。

 小柄な体型ながら輝くような銀髪は白色に近く、長く腰まで下ろしているというよりも、単に伸ばしっぱなしにしているだけであり、年頃の娘らしく美容院に行くという選択肢もないのだろう。

 その証拠に、左目にされた黒眼帯は、明らかに医療用のものではなく、生粋の傭兵がしそうな頑丈さを優先させたものであり、彼女が発している気配は紛れもない「軍人」そのものであった。

 

 彼女の名はラウラ・ボーデヴィッヒ。

 ドイツの代表候補生であり、千冬に敬愛を超えた一種の信仰心すら抱いている教え子の一人であった。

 

「ラウラ………」

「ハッ!」

「ここでは教官はよせ。そしてこの学園ではおまえは一般生徒だ、私のことは織斑先生と呼べ」

「ハッ!」

「その軍隊口調も………まあ、直せと言ってもそれだけは治らんか……」

「ハッ!」

 

 いちいち丁寧に敬礼をしながら返事をする少女に、微笑み返す千冬であったが、そんな彼女の様子に陽太は侮蔑を多分に含んだ野次を飛ばすのであった。

 

「ほう………随分飼いならしてんじゃねぇーすっか。捨て駒にするために洗脳でもしましたか?」

『!?』

 

 トドメに『立派な飼い犬ちゃんだな』といらぬ言葉までつける始末。

 千冬はまったく表情を変えることがなかったが、その言葉に教室内では陽太に対して若干の反感が生まれ、そしてラウラと今まで事態に着いていけず呆然と事の成り行きを見続けていた一夏を激怒させることになる。

 

「てめぇ!」

「キサマッ!!」

 

 だが憤激して席を立ち上がる一夏とラウラを全く相手にせず二人を無視し、陽太は鞄を無人の席に放り投げると今入ってきたにも関わらず教室を出て行こうとする。

 

「どこへ行く気だ小僧?」

「学園から出てったりしねぇーよ。だがそれ以外は好きにさせてもらう………」

 

 そして千冬の横を素通りして教室を出て行く陽太………普通ならここで千冬のお怒りの一撃でも繰り出される場面なのだが、なぜだか千冬は止める気配すらない。クラス内がその様子に若干どよめいた

 

「一つこの学校に来て判ったことがある………アンタを腐らせるには数年間は十分な時間だったな!」

「……………そうか」

 

 横を通り抜ける際、陽太のその心無いとも取れる言葉に短く力無く返事を返す千冬。

 彼女のそんな姿を見た一夏とラウラは、怒りのあまり後を追いかけようとする。何よりも尊敬する姉であり恩師である彼女を完膚なきまで冒涜する不届き者をそのままには出来るか!と、仲良く教室を飛び出そうとした二人であったが、それを千冬自らが静止する。

 

「お前たちまでどこへ行く気だ?」

「いや………アイツを!」

「そこを退いてください教官!!」

「今は授業中だ。席に着け二人とも!」

 

 強い口調で言われては引き下がるしかなく、すごすごと自分の席に着席する二人。

 クラスの中の空気が全体的に淀んでいる中、千冬はいつも通りの鉄火面のまま教科書を開くとつつがなく授業を開始するのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 その後、大したハプニングも無く授業は進み、昼休みを告げるチャイムが鳴ると千冬の口から授業終了の言葉告げられると、生徒達は昼食を取るために席を離れていく。

 一夏もまた同じように教科書をしまって昼食を取ろうと思っていたのだが、そこへ千冬が声をかけてくる。

 

「織斑、少し時間はいいか?」

「あ、千冬ねr・」

 

 思わずいつも通り家族で呼び合う名で返事をする一夏であったが、そこへすかさず千冬の出席簿が飛んでくる。

 

「ぐおぅっ!」

「織斑先生だ、馬鹿者」

 

 頭を叩かれ痛みでのけぞる一夏の姿を見た千冬は、深い溜息を漏らす。何度も校内では姉と弟ではなく教師と生徒の関係だと言い聞かせたはずなのだが、やはり一夏にはすぐにはそのような対応は無理そうであった。

 

「その分だと、一週間後はオルコットに血達磨にされそうだな」

「そ、それは………」

「………手立てがないわけではない」

 

 そこに千冬から救いの手とも呼べる提案が出てきたのだった。彼女の言葉に一瞬とてもいい笑顔に変化する一夏。

 

「千冬姉が教えてくれんのか!?」

「織斑先生だ、馬鹿者」

「グハッ!」←(二発目)

「落ち着け、織斑………前にも言ったと思うが、教員である私がお前に肩入れするのは不公平だ………だが、他の生徒に教えを乞うのはルール違反ではない。ボーデヴィッヒはどうだ?」

 

 その名前が出た瞬間、一夏は視線を外してバツの悪そうな顔になってしまう。そのことに怪訝な表情を浮かべる千冬。

 

「どうした?」

「いや………その……実は既に頼みに行ったんだけどさ…」

 

 そう、ラウラ・ボーデヴィッヒには初日に頼み込みに行ったのだ。だが………。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 決闘が決まった日の放課後。

 どうするべきか頭を抱える一夏を見兼ねたクラスメートの一人が、ラウラのことを教えてくれたのだった。

 

「ボーデヴィッヒさんってドイツの代表候補生だから、話だけでも聞いてみればどうかしら?」

 

 そいつはありがたい!、早速コーチをして貰おう。そしてあわよくば友達にもなってもらうか!!

 意気揚々と目を閉じ腕を組んで瞑想するように静かに席に座っているラウラに話しかけにいく一夏。

 

「よおっ!」

「……………」

 

 しかし、彼女からは一切の返事が返ってくることがなく、微動だにしない彼女の様子に、一夏は若干の不安を覚え、彼女の肩に手を置く。

 

「ひょっとして………寝てるのか?」

「!!」

 

 だが次の瞬間、肩に触れた一夏の手を勢いよく弾くラウラ。そして彼女は眼をキリッと開くと、鋭い眼光で一夏を睨みつける。

 

「……………『織斑一夏』!!」

「!?………なんで、俺の名前を…」

 

 自分の名前をすでに知られていたことに驚く一夏。だが今朝自己紹介をしたばかりなのを思い出すと、笑顔を取り戻して、ラウラに尚も話しかけ続けるのであった。

 

「そういやHRの時に全員名前を言ってたよな………改めて、俺の名・」

「ふざけるなよ!!」

 

 一夏のそんな様子がいたく気に入らなかったのか、怒り全開で一夏を睨みつけるラウラは席を急に立ち上がると、彼の前に立つ。

 

「???」

「……………」

 

 何をやろうと言うのかさっぱり見当がつかない一夏が首を傾げるが、その態度が尚更の苛立ちを募らせたのか、ラウラの左手を高速で振りぬかせるのであった。

 

 バシンッ!

 

「う?」

「……………」

 

 いきなり、無駄のない平手打ちを喰らって目をぱちくりとする一夏………周囲のクラスメート達も騒ぎに気がついたのか、騒然となる者、呆然とことの成行きを見守る者などが、二人のやり取りを見つめる。

 

「いきなり何しやがる!」

「フンッ!!」

 

 怒る一夏の事を無視しながらラウラは席から鞄を取り出すと、教室から出て行こうとドアの方へと向かう。

 

「おい、ちょっと待てよ!!」

 

 なんで殴られたのかちんぷんかんぶんま状態の一夏がラウラに怒鳴りつけるが、そんな彼に向って鋭い視線しながら振り向くと、腹の底から怒りを込めた言葉を言い放つ。

 

「私は認めない! 貴様があの人の弟であるなど、認めるものか!」

 

 その言葉にありったけの怒りが込められていたこと。なぜ殴られたのか理由がいまいちはっきりしない一夏であったが、それだけははっきりと感じ取っていた。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

「ってことがあってよ………それから話しかけられねぇーんだ」

「………(あの馬鹿め)」

 

 自身が育てた弟子に心の中で悪態をつく千冬。前々から思っていたことであるが、ラウラは自分を崇高に崇めすぎ、自身の視野が狭まっていることに気が付いていないのだ。

 織斑千冬はあくまで一人の人間にしかすぎず、そしてラウラ・ボーデヴィッヒもまた人間でしかない。

 

 だからこそ、『あの出来事』は千冬のミスでしかなく、一夏には何も関係ないというのに………。

 

 ハァともう一度溜息をつくと、千冬は仕方ないと呟くと突然人差し指を上に差す。その行動に何の意味があるのだろうと首をかしげる一夏に、彼女はニヤッとした表情で彼にもう一つの提案をする。

 

「ならば仕方ない………よし、今ならばおそらく屋上の貯水タンクの上にいるだろう」

「はっ?」

「だからお前に指導できる人間がもう一人いる………そいつに頼みに行けと言っているんだ」

「だから、それって誰のことだよ?」

 

 嫌な予感を覚える一夏であったが、次の瞬間、彼の名前が出てきたのに驚きと嫌悪感が湧き立ち、思わず千冬の正気を疑ってしまう。

 

「決まっているだろう………火鳥 陽太だ」

「!!?………ア、アイツ!?」

 

一夏にしてみれば、ラウラよりも尚話しかけたくはない人物の名前を出され、顔をしかめる。

 

「嫌だ! てか絶対ムリッ!」

「なぜ?」

「そ、それは………」

「奴は強い………おそらくは既に・・・に匹敵するだろう」

「えっ?」

 

 肝心な部分を聞き逃し、もう一度聞きなおそうする一夏であったが、その瞬間、千冬の手が彼の顔をガシッと掴み、万力の如き力で締め上げてくる。その痛みに仰け反る一夏。

 

「イダダダダダダダッ!! く、食い込んでる!!」

「ごちゃごちゃ言ってないで早く頼みに行け………それが今のお前の『役目』だ」

「だ、だけどよ!」

 

 姉である千冬をあそこまで馬鹿にした男に、頭を下げられるかという反発心がある。それ抜きにしても先程の態度を思い出す限り、とても自分から話しかけたいタイプの人間ではない。

 そんな一夏の心境を見抜いているのか、それとも最初から気にしていないのか、千冬は手を離すと腕を組んで、毅然とした態度で言い放つ。

 

「今のお前はあらゆる意味で皆から遅れているのだ。ならば四の五の言っている暇などないはずだぞ?」

「うっ………」

「まだごたごた言うのであれば、口の会話から、拳を使った対話に切り替えてやっても構わんぞ?」

 

 ポキポキと拳を鳴らす千冬の姿を見た一夏は、即座に背筋を伸ばして敬礼すると、全速力で教室から走りだしてしまう。

 その後ろ姿を見送りながら、彼女は振り返ると、先程から『話しかけてこよう』としているポニーテールの少女に視線を向ける。

 

「どうした、篠ノ之?」

「あ、あの………申し訳ありません織斑先生!」

 

 一夏と違い、違和感抜きに先生と呼べる少女に微笑み返すと、千冬は箒との話を続ける。

 

「面倒ならば自分が見る………そう言いたかったのか?」

「あ! いえ!!………そのようなことはありません!!」

 

 それだけ言い残すと、そそくさと教室を出て行こうとする箒に対し、千冬は思い出したかのように世間話を始める。

 

「少し前に教員の間で話題になっていたぞ………日本の代表候補生の内定を取り消したそうだな」

「!!」

 

 半ば決まっていた候補生の地位を自分から破棄したことを知られていたことに、箒は驚きの表情を隠せずにいた。

 

「これでもIS学園の教師だからな。その手の話題には敏感なんだ」

「………そうなのですか」

「……………姉の名前で決まった地位はそんなに気に入らんか?」

「……………違います」

 

 声のトーンを落としながらもはっきりと返事を返した少女は、力強く覚悟を決めた瞳で、千冬を見返し、はっきりと宣言する。

 

「私の名前は表舞台には必要ないだけです。私はあくまでも悪鬼を斬り裂く『剣』………栄華や名声など不釣合いなだけです」

「………二年前の『あの事故』……その話も聞いている………だがまさか、束がお前にそんなことまでさせていたなど…」

「姉さんは関係ない!!」

 

 つい怒鳴り返してしまったことに、罪悪感を覚えた箒は深く頭を下げる。

 自分の『親友の妹』であるこの娘は、幼きころから永遠と付き纏う『篠ノ之 束』という名前に振り回されている者の一人なのだ。

 何をやっても、比較対象に姉が飛び出し、常に評価はそちらの方を高くする。

 『さすが篠ノ之束の妹だ』『篠ノ之束の妹なのだから』『篠ノ之束の妹ならば』『やはり姉の方が優秀か』………世間にとって篠ノ之 箒という存在は常に、束の影でしかないのだ。

 

 そしてそんな少女が選んだ道は、更に険しく過酷なものであった。その過酷な道の全容を知っているだけに、尚更千冬は箒の行く末を危惧している。

 まるで死に急いでいるようだ、と………。

 

「本来なら、『今のお前』の役目は私がするべきことなのだが………」

「織斑先生は関係ありませんよ………総ては篠ノ之 箒が選んだ道。ですが……」

「………小僧がそんなに気になるのか?」

 

 思わず言い当てられて、若干驚いた箒であったが、すぐさま自嘲気味の笑顔を浮かべると、千冬に問いかけるのであった。 

 

「………あの男………姉さんが選んだ男『火鳥 陽太』………天才(姉)が認める天賦の防人(操縦者)にして、私よりも早く『悪鬼』を狩る役目に選ばれた男……」

 

 箒が陽太の存在について知っていたことに、僅かに驚く千冬。よもや束が陽太のことを彼女に伝えているとは………。

 だが、箒から滲み出ている感情は、一夏とは違う意味で彼に対しての嫌悪感が含まれていた。

 

「姉さんが話していましたよ………あの男がいれば安心だと」

「……………」

「さぞ優秀なのでしょうね………私と違って」

 

 何年も直に会っていない姉の行動に対して、箒は自分よりも陽太を選んだと思っているのだろうか?

 

「織斑先生も、そう思っているのでしょう?………だからあの男の行動に口出ししないのでは?」

「篠ノ之………私をそんな人間だと思っているのか?」

 

 厭味が含まれた語尾に、千冬が僅かな怒気を込めて箒を戒める。その様子に気押される箒。

 

「まあいい………だが、早く追いかけた方がいいぞ?」

「はい?」

「今の火鳥と織斑が落ち着いて話し合えるわけがない………間違いなく喧嘩に発展するだろう。いや、喧嘩になればいいがな?」

 

 そのセリフに顔色を変えてその場を走りだす箒。そんな箒の後ろ姿を見つめ、自分で煽っておきながら、千冬は二人の揉め事にあえて首を突っ込まぬことを決めていた。

 

 今、彼らに必要なのは、問題なのだ。ぶつかり合わずに心と心が向き合うことなど有り得はしない。

 

 自分が幼き日より見てきた弟と少年………真逆の人生を歩んできた二人の少年。

 互いにないものを持ち合う彼らだからこそ、馴れ合いではない、本物の親友同士になれるのではないのだろうか?

 

 密かな期待と、『役目を押し付けた』負い目のせめぎ合いを隠すように、厳しい視線を彼女は、教室から見える窓にむけるのだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「そ〜ら〜は、あおい〜な、おおき〜いな〜………と」

 

 一方、絶賛授業ボイコット中の陽太は屋上の貯水タンクの上で昼寝を決め込むことにした。時々雲が掛かるが今日は一日中晴れの様相であり、気温もまずまず………こんな日に屋内にいるのは、彼の性分が許さないのだ。

 

「………っくしょ!」

 

 腹が立ってしかたない。

 そもそも、学生生活など今さら自分には必要ないというのに、しかも本命の対オーガコア部隊を学生で作れ? 素人同然のおもちゃの兵隊ではないか!!

 言うことが聞けないならば、シャルを人質にとるぞ? 

 

 ふざけるな、という怒りと、そんなセコい真似を口に出したことはないが尊敬する師匠の千冬が、よりにもよって自分にしてこようとは……。

 裏切られたという気持ちで、胸が一杯になり、彼は思わず貯水タンクを思いっきり殴りつけ、その振動は、タンクを大いに震わせた。

 

「おわっ!」

 

 そこに誰かの驚く声が聞こえてきたかと思えば、何かが地面に落ちたような音も聞こえてきたため、陽太は不機嫌そうな表情でタンクの上から屋上の様子を覗き込む。

 

「いてててぇ………」

 

 タンクに登っている最中に下に落っこちたのか、腰を擦りながら寝転がっている一夏の姿があった。

 

「…………何してんだ、お前?」

 

 不機嫌そうな表情を崩さないまま、さして興味なさげに陽太が一夏に話かけると、一夏は腕を振り上げ、抗議の声をあげる。

 

「てめぇがいきなりびびらせるから、ビックリして落っちまったんだよ!」

「……………」

 

 しばし無言で一夏を見下ろしていた陽太であったが、おもむろに興味が失せたかのように引っ込むと、ポケットからタバコを取り出し、火を着け煙を吹かすと、再び寝転がって昼寝をしようと、瞼を閉じる。

 

「ちょっと待てよ! てか寝るな! 話聞け! そしてなによりも煙草吸うんじゃねぇ! お前学生だろうが!!」

「…………黙れ。そして海外では15歳から喫煙は義務化されている」

 

 

 若干、怒気を孕んだ低い声で言い放たれ、怖じ気づきそうになる一夏であったが、直ぐ様気を取り直して、努めて明るい感じで話しかけた。

 

「嘘付け! そんな法律あるならこの世は喫煙者パラダイス……って、いや、そんなのはどうでもよくて………あのさ、俺の名前は織斑一夏。そんで早速で悪いんだけど火鳥にISの操縦の仕方を教えてほしいんだ!」

「………織斑?」

「そうそう!………千冬姉……じゃなかった、織斑先生に聞いたんだけど、火鳥って凄腕なんだろ!、だからさ……」

 

 一人で話を続ける一夏を無視し、陽太はいきなり起き上がると、貯水タンクの上から飛び降りる。3m近い高さを飛び降りたにも拘らず、まるで紙飛行機が着陸したようにふわりと屋上に着地する姿を見た一夏は、一瞬だけだが見とれてしまったのだった。

 鳥みたいに様になっている、と………。

 

「あ、いや、待てよ!」

 

 だが、自分が何を頼みにきたのかを思い出し、一夏は急いで貯水タンクを降りると、歩く陽太を追い抜き、彼の前に回り込む。

 

「頼む! この通りだ!!」

「……………」

「俺、誰かを守れるぐらいに強くなりたいんだ! 同じ男の火鳥なら判ってくれるよな!!」

「…………そうか、確かに判ったよ」

 

 その言葉は、了解の意味だと思い、一夏は喜びの笑みを浮かべて顔をあげる。そして陽太も満面の笑みを浮かべて………。

 

「だけどな…………俺は最初に言ったぞ、話しかけるなと」

 

 いきなり陽太の拳が一夏の腹部にめり込む。げふう、と一夏は前のめりになるが、そこへ陽太が容赦のない膝を顎にぶちこんで、彼の上半身を無理やりのけぞらせた。

 

「おっと………寝るにはまだ早いぜ、ボク?」

 

 言うと同時に、一夏の襟を掴むと、彼の顔面目掛けてヘッドバッドをかまし、ぶふう!と唸りながら、鼻血を吹き出して、一夏は地面に崩れ落ちてしまった。

 

「わかったなら、二度と俺に声をかけてくるな」

 

 床に寝転がってしまった一夏に吐き捨てるように言い放つと、興味が失せたかのように屋上を後にしよう歩き出す…………筈だった。

 

「お…………オイ、待てよ」

 

 鼻血を袖で拭いながら起き上がる一夏。流石に頭にきたのか、拳を握り締め、腹に溜まった怒りが吹き出しそうな表情で睨み付ける。

 対する陽太は、火の着いたタバコのカスを落とすと、再度咥えなおして、一夏を見下すような笑みで挑発してみせる。

 

「ほう……頑丈だな」

「よくもやりやがったな! 人が下手に出てりゃいい気になりやがって!!」

「頼んでもないのに下手に出られてもこっちが困る。まあ、アレだ」

「?」

「お前………才能無さそうだから、てっとり早く、根性がひん曲がって挙句に腐り果てちまった、お前の自慢の『お姉ちゃん』に守ってもらうほうが、無難じゃない?」

「!!」

 

 その一言が引き金になり、今度は一夏のほうが気合の入った大声を上げながら陽太に殴りかかる。

 ISのコーチだとか、仲良くなろうとか、もうそんなこと関係ない。こんなにムカついたのは初めてであり、そしてこんなにも腹立たしい気持ちになったのも初めての一夏は、自分を常に守ってくれていた尊敬する『姉』の名誉を守るために、この腹立たしいクソ馬鹿野郎をぶっ飛ばそうとフルスイングで拳を放つ。

 彼のムカつく顔をぶん殴ろうと拳を振り抜くが、紙一重でそれを避けられ、二撃、三撃と大振りのパンチを繰り出すが、そのすべてを余裕綽々と避けられてしまう。

 頭に血が昇ったままでなおも果敢に殴りかかってみる一夏であったが、陽太は気合の入った一夏の拳を難なく受け止めると、同時に彼の足を払い、勢いをそのまま投げに利用して、彼を屋上のコンクリートの上に叩き付けた。

 

「がはっ!」

 

 肺の中にある空気が衝撃で全部排出され、代わりの空気を吸い込もうとした矢先、一夏の鳩尾に強烈な何かがめり込み、声にならない激痛が全身に走る。

 陽太は冷徹な表情で彼を見下ろしながら、一夏の腹をつま先で蹴り続ける。実力が違う。場数が違う。そして相手に対して遠慮の仕方も全く違う。

 一夏にしても、幼少時には多少の武術の心得も千冬から伝授されているが、陽太のそれは卓越した才能と身体能力を実戦で鍛え磨きぬいた、本物の『牙』なのだ。

 一撃、二撃、三撃と重い音が屋上に響く中、まったくもって一方的な陽太の一夏に対する暴力を止める声が屋上に響き渡った。

 

「やめろぉっーー!!」

 

 ドアを勢いよく開け、箒が二人の間に割って入ってくる。

 うずくまり咳き込み一夏を庇うように両手を広げて立ち塞がると、まるで親の敵を見つけたかのような鋭い眼で陽太を睨み付けながら、彼女は吠えた。

 

「キサマッ!!………一夏になんてことを!?」

「……………」

 

 いきなり乱入してきた箒に面食らったのか、驚きの表情を浮かべて立ち尽くす陽太。

 

「ガハッ! ゴホッ!」

 

 その時、腹を抱えたままなんとか立ち上がろうとする一夏の姿を見た箒は、彼を労るように寄り添う。

 

「一夏、大丈夫か! 今すぐ保健室に行こう」

「ほ……うき?」

 

 学園に入学して以来口も聞いてくれなかった幼馴染が突然、自分を心配して優しい言葉を掛けてくれたことに目を丸くする一夏。対してそんな箒の姿が、故郷の『大切な女の子』とダブって見えた陽太は、あまりにも耐え難く映り、彼は二人に背を向けると屋上の入り口に向かって歩き出そうとする。

 

「貴様のような狼藉者が、なぜ防人(操縦者)に選ばれたというのだ!?」

「何の話かわからんな」

 

 敵意を込めた眼で陽太を睨む箒であったが、そんな彼女を押し退け、一夏が立ち上がって陽太に追い縋ろうとする。

 

 

「待て…………待てよ、テメェ!」

 

 そして、一方的にやられて謝罪もないままに済ませられるかと、一夏が憤りながらなんとか陽太を振り向かせようと叫んだ。

 

「…………織斑 一夏」

「?」

「テメェには才能はない。そうやって守られてるのがお似合いだな」

「!!」

 

 足を止め、振り返った陽太が発した言葉が、深く一夏に突き刺さる。

 

 あまりに立場と考え方が違いすぎ、まるで深い谷底の両岸同士にいるような二人の少年………。

 

 そして彼(陽太)は再び歩きだすと、今度こそ振り返ることなく、屋上を後にするのだった。 

 

 

 

 

 陽太が屋上から階段で下の階に降りる途中、腕を組んだまま無言で壁に寄り添うラウラと遭遇する。

 

「……………」

「……………火鳥」

 

 ラウラを無視して通りすぎようとする陽太であったが、ラウラはそんな彼にむしろ友好的な笑みを浮かべ話しかける。

 

「教官を非難したことは言語道断で許しがたいことではあるが、だがこの学園には浮わついたメスと腹立たしい男しかいないと思っていたが、どうやら貴様は少しばかり認めることができそうだな」

「…………黙ってろ」

 

 陽太の口から出た言葉に若干ながら眉をつり上げるラウラであったが、すぐさま平常心を取り戻すと、直ぐ様彼を追い抜き、通りすぎ様に嫌みとも友好的とも取れる言葉を言い残す。

 

「強さの絶対基準は『力』………お前ならば理解できているはずだ」

 

 陽太にそれだけを言い残すと、ラウラは振り返ることなくその場を後にする。

 

 一人取り残された陽太であったが、彼の脳裏には、ラウラの言葉ではなく、先ほど一夏に暴力を振るっていた時に、危険を省みずに割って入ってきた箒の姿がこびりついて離れずにいた。

 

 ―――重なる箒とシャルの姿―――

 

 あの場にシャルがいれば、あんな姿をさらしていた自分をどう思うのだろう?

 責めるのか、失望するのか、それとも、悲しんで、また泣くのだろうか?

 

「何を………何をしてるんだ、こんなところで……」

 

 シャルに嘘を付いて、シャルを置き去りにした結果が、記憶にもない母国である東の島国に押し込められた挙げ句に、素人に八つ当たりの暴力を振るう始末…………。

 

 

 行き場のない怒りと苛立ちを込めた拳を握り締め、陽太は誰もいない階段で一人立ち尽くすことしか出来ずにいたのだった………。

 

 

 

 

 

 




 すごいぜ! 陽太(どいつ)も女子達(こいつ)も厨二だらけだ!

 さて、今回設定が大幅に手直しされた箒さん。どうやら話からしてすでに『オーガ・コア』についてご存知な感じ?

 そして口調が原作よりもだいぶ武士になってきた箒さん。

 ちなみに彼女のISは魔改造度Sレベルで、原作箒が大好き!!という人がいらっしゃったら、先に謝っておきます

 大変申し訳ない! だが後悔してない!! 俺は!!www


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『学ぶ』ということ

現状に悩む陽太

そんな陽太に差し出される一つの光明




では、お楽しみください




 

「怪我のほうは大したことなくてよかった」

「ありがとな箒」

 

 保健医が小用で席を外しているらしく保健室の中は無人状態であったが、外傷の処置の経験があると箒は怪我をしている一夏の治療を行っていた。

 慣れた手つきで消毒液で一夏の擦り傷を拭った箒は、そのまま彼のほっぺたに絆創膏を貼り付け、治療を終了する。

 

「本当に腹や背中は無事なのか?」

「ああ! これでも俺、頑丈な方なんだぜ?」

 

 嘘だ。

 彼は派手にやられていたかのように見えたが、実際は大怪我になるような箇所は一度も打たれていない。自身の耐久値うんぬんよりも、自分をあそこまで激しく攻撃していた陽太の手心のおかげでこうやってピンピンしている。

 だが時間が立って、そのことがわかりだすと、ますます彼に対しての憤りが強まってきた。

 アレだけ見下された上に手加減されていた事実が一夏には悔しくて仕方なかったのだ。

 

「あの野郎………」

「………一夏」

 

 一夏の憤りを感じ取ったのか、箒が彼の肩に無意識に手を置いてしまうが、それに気がついた箒はすぐさま手を引っ込めてしまう。そんな箒の様子が気掛かりなのか、一夏はとりあえず腹の底から湧き上がる憤りを一旦仕舞うと、笑顔で彼女に話しかけるのだった。

 

「なんか、こうやって落ちついて話すの久しぶりだな」

「………そうだな」

 

 記憶の中にある通りの人懐っこい笑顔で自分を見てくる一夏の姿に、箒は懐かしさと嬉しさと、そして若干の後ろめたさを感じていた。

 彼女はそんな自分の気持ちと一緒に一夏に背を向けると、保健室から出て行こうとする。

 

「お、おい!」

「ここでしばらく休んでおけばいい。私はこれで……」

「………なんだ? お前は帰るのか篠之乃?」

 

 そこに手に何か四角いケースを持った千冬が先に保健室へと入ってきた。彼女の姿を見るなり、箒は僅かな怒りを覚え、厳しい表情で千冬を見る。

 

 箒にしてみれば、最初から千冬は陽太と揉める事を承知の上で一夏を屋上に向かわせたという意図を見抜いていた。それどころか、陽太が一夏を叩きのめす事すら予測していた節がある。

 彼女が何を考えているのか未だにわからないが、自分の思惑のために弟が怪我をしてもいいのかと、大声で怒鳴りたい気分であった。

 

 そんな箒の気持ちすら理解しているのかいないのか、千冬はボコボコにされた弟の様子を面白そうに眺めが、彼に今の心境を問いただしてみる。

 

「さて、織斑? お前のコーチなってくれそうな男の実力を肌で感じた感想はどうだ?」

「あんなヤツにコーチなんて頼んだりしねぇーよ!! 絶対にっ!!」

 

 一夏が立ち上がりながら強気に叫び、箒も言葉こそ発しなかったが強い視線で千冬の言い分を非難する。だが千冬はそんな二人の意見も何処吹く風よと、話を続ける。

 

「だがこのままではお前はオルコットの練習試合で負けが確定するぞ?」

「そんなのやってみないとわかんないだろうが!! とにかく、あんな奴に力を借りるだなんて、絶対に無理だかんな!?」

 

 姉を馬鹿にして自分をボコった上に見下しながら屈辱の言葉まで投げつけてきた人間に頭を下げるなど、普段は温厚な一夏といえども不可能である。

 とりあえずこの話は一旦今は置いておくしかないなと、千冬は突然話題を切り替えるように、二人に四角いケースを見せ付ける。

 

「話が突然変わるが………織斑」

「えっ? は、はいっ!!」

「お前のIS………専用機を今渡しておこう」

 

 その言葉に目を見開いたのは一夏ではなく、隣にいる箒のほうであった。

 

「ちょ、待ってください! 千冬さん!?」

「織斑先生だ、馬鹿者」

「あっ、どうもすみません………って今はそんなことどうでもいいです!!」

「どうでもいいわけあるか。公私の区別をせねば示しがつかん」

 

 箒にしてみればまさにそれどころの話ではない。

 

 本来、ISの専用機とは国家か大企業に所属している操縦者のみに与えられる一種の選ばれた操縦者の証なのだが、よもやそれを国家代表でも代表候補生でもない一夏に与えられるとは………。

 

「本来ならば、この専用機というものは国家か大企業のどちらかに所属している者にしか与えれないのだが、お前は特別な事情で与えれることになった」

 

 千冬の説明にも一夏は一切の反応を示さない。それぐらいに差し出された目の前のものに心が魅入ってしまっていた。

 

 銀色のガントレットが、まるで宝石のように丁寧にクッションの上に置かれ、だけれども無機質な鋼の腕輪でありながらも不思議と優しい温もりが伝わってくる。まるでこの出会いに歓喜してくれているように、ほのかな輝きが自分の中に水面に波紋を広げるような『何か』で満たされていくのだ。

 

 自身の愛機(IS)との邂逅に心奪われる一夏………だがこの時、彼はある重大なことに気がついていなかった。

 

 なぜ、今、自分にISを千冬が授けたのか?

 そして『特別な事情』とはいったいなんなのか?

 

 だがそれはもう間近にまで迫った、とある者達がもたらす悪意の産物との闘争(遭遇)という形によって彼自身が身をもって思い知ることになるのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 一方、一夏を気分でボコボコにするという所業をしてしまい、軽く自己嫌悪に陥りながら当てもなく学園の中を散策する陽太。

 特別行きたい場所があるわけではない。居るべき所があるわけでもない。ましてや、するべきことも見当たらない。

 授業中であるためか、周囲に生徒の姿もなく、逆にそれが今の陽太をより一層孤独にさせているような気がしていた。

 

「何を馬鹿な………」

 

 孤独がどうした? それは今までと何か違いがあるのか? 気がつけばそんな『下らない』考えに及んでいた自分を笑い飛ばす。

 

 一人でも戦える。いや、戦ってきたじゃないか!!

 今までも、そしてこれからも・・・。

 

 やはり、千冬の言う『対オーガコア用部隊』などという茶番に付き合う気は起こらない。

 ならば自分が取るべき道はいつもと変わらない。

 力づくで千冬に言う事を聞かせればいい。

 たとえ相手が世界最強のIS操縦者であろうとも………自分に戦い方を教えてくれた『恩師』であろうとも………。

 

「………結局、俺が出来ることなんてこんなもんなんだよ」

「………何が出来るというのですか?」

 

 突然、背後から老人と思われる声に思わずギョッとなって振り返る。そこには総白髪の歳相応の皺が刻まれた柔和な笑顔を浮かべた初老の老人がビニールのごみ袋を持って立っていたのだ。

 

「!!?」

 

 油断していたことは認めるが、よもやこの学園において千冬以外の人間にこの至近距離まで近寄られるなど考えていなかった陽太は、すぐさま腰に隠し持っていた拳銃を抜き放ち、老人の額にこすりつける。

 

「これは物騒な………下ろしていただけると嬉しいのですが…」

「………誰だ、テメェ…」

 

 この事態に動揺していることなどと気取られないために低い声で脅すように言い放つ陽太であったが、初老の男性はまったく笑顔を崩すことなく、自己紹介を始める。

 

「私の名前は轡木 十蔵(くつわぎ じゅうぞう) 。何の変哲もないこの学校の用務員ですよ」

「ただの用務員が俺の背後を取れるわけない………てめぇ、どっかの廻し者か?」

 

 相手の柔和な態度が今の陽太には反って癇に触ったようで拳銃を握る手に力が籠る。そしてそれをあえて相手に教えるように突き付ける力も強めた。まるで下手な発言で自分の命が無くなるぞ、と相手に警告するように。

 

「すごい自信ですね君は………まあ、毎年ウチの学園には優秀な子がたくさん入学してきますから…」

「質問に答えろ、さもなくば……」

「………気に入らないなら、力づくで従わせますか?」

 

 老人の澄んだ声に、一瞬茫然となる陽太。決して威圧的でも攻撃的でもないというのに、その声の奥深さにたじろぐ陽太。老人の視線が陽太を捉え、まるで心の中まで見透かすように射抜く。

 

「なるほど………攻撃的な振る舞いの陰に隠れていますが、君はそれを良しとは思っていないのですね」

「なっ!」

「典型的なヤマアラシのジレンマだ。傷つけたくないから遠ざける。だがそれでもやはり傷つくのを止められない………見ているだけの歯痒さと、どうにもできない苛立ち………若いですね」

 

 老人に心の中を見透かされたことに、言い知れぬ恥辱を覚えた陽太は、顔を真っ赤にして老人が持っていたビニールを蹴飛ばしてしまう。

 高々と舞い散るゴミであったが、老人の顔色を変えることはできず、余計にそれが今の陽太に敗北感に似た屈辱を感じさせる。

 

 しばし、老人を睨みつけた陽太は、銃口を下げると自分の腰に拳銃を戻し、老人に背を向けて大股開きでその場を後にしようとする。

 

「待ちなさい」

 

 だが、初老の男性は、柔和な笑顔を浮かべてそれに待ったをかける。犬歯剥き出しで振り返る陽太に、老人は予備のビニールを差し出して、笑顔を崩さぬままにこう告げる。

 

「君が散らかしたゴミだ。君が片付けなさい」

「はぁ?」

「なぁに、君が一人で出来ないというのであれば、私も手伝おう」

「いや…だから、勝手に決めんな!!」

「さあ~て、あら………せっかく集めたゴミがあんなところまで」

「だぁぁっぁああああああっ!!! 話し聞けよっ!!」

 

 芝生の上まで飛んでいったゴミを拾いに行く老人に怒鳴りつけるが取り合ってもくれない。その場で地団太を踏みながらも、ビニール袋片手に、老人のいるほうへと歩いて行くのであった。

 

 

「はい、これで今日の分は終了です」

「……………」

 

 気がつけば日は傾き、他の生徒達も放課後を部活動なりISの自主トレーニングなりに費やすために専用の施設に向かう中、気がつけばビニール袋は3袋。明らかに自分が散らかした量よりも多いゴミを拾っていたことに気がつき、呆然となる陽太。

 

「ふむ………やはり奇麗なのは良い事です。君もそう思うでしょ?」

「俺は………なんで…」

 

 がっくりきたのか地面にしゃがみ込む陽太。違う、自分は進んで美化活動に勤しむようなキャラではない、と首を横に振りながら必死に自分の行動を否定する。

 そんな彼に、老人はどこから買ってきたのかペットボトルのお茶を差し出す。

 

「お手伝いしてくださったお礼ですよ」

「……………ビールがいい」

「20になるまで我慢してください」

 

 華麗に受け流され、チッと舌打ちしつつペットボトルを受け取り一気飲みをする陽太。その様子を眺めていた老人は、彼の微妙な変化を見逃さずにいた。

 

「………ようやく目元が少し柔らかくなりましたね」

「あ?」

「無心で体を動かすと、嫌な気分などすぐに吹き飛ぶとは思いませんか?」

 

 そう言われれば、先ほどまで感じていた苛立ちも腹の底に渦巻いていた千冬に対しての怒りもいつの間にか忘れていた。

まさか、この老人、これを狙っていたのかとジト目で睨む陽太。

 

「何をそんなに苛立っていたのか知りませんが、周囲にまで当たり散らすのはいけませんよ?」

「知るかっ………俺は…」

「………そういえば」

 

 突然、話題を変えた老人は、柔和な笑顔のままにとある質問をする。

 

「君は先ほど、何が『出来る』とおっしゃっておいでだったんですか?」

「!!?」

「いや………どうにも先ほどの君の表情が気になってしまってね」

「………表情?」

「そう………何かに懺悔するような表情をしていたものでね」

 

そ の言葉を聞いた瞬間、閉じ込めていた感情が爆発する。

 

「てめぇーに、何がわかる!!」

 

 ペットボトルを放り出し、老人の胸倉を掴む陽太。

 そんな彼の様子を見た老人の表情は、笑顔が消えて、代わりに真面目なものが浮かんでいた。

 

「闘う、ぶち壊す!………そうだよ!、俺に出来るのはそれだけだ!!」

「……………」

「それだけだってのに、千冬さんも、アンタも、部隊作れだの、掃除しろだの、俺が出来もしないことばっかり押しつけやがる!!」

 

 そうだ。自分が幼い頃からしてきたことは、ひたすらそれだけではないのか?

 だが、そうやって怒鳴るたびに、苛立つたびに、陽太の心の中には、とある人物が思い浮かんでは、鈍 痛が心に響いていくる。

 

 ―――俯いて泣いているシャルの姿―――

 

 いい加減うんざりするほど彼女の姿を思い出しては、苦い気持ちが溢れかえってしまうのだ。

 

 どうすればよかったのか?

 どうすれば傷付けずにすんだのか?

 答えの出ない問いかけが頭の中をぐしゃぐしゃにしていく。

 

「……………」

 

 胸倉をつかんでいた手から、ゆっくりと力が抜けていくのを確認した老人は、彼の手を優しくほどくと、陽太が放り出したペットボトルを取り上げ、彼の眼の前に差し出す。

 

「本日最後のゴミだ。君の手で処分してください」

「……………」

 

 老人の言われるがままに受け取って、ゴミ袋にペットボトルを捨てる陽太。

 

「出来るじゃないですか!」

「……………?」

 

 その姿を見た老人は、再び柔らかい笑顔を浮かべると、両手を広げて、今、陽太が何を行ったのかを諭すように話し始める。

 

「出来るじゃないですか………闘うことでも、壊すことでもない。君は今、ゴミを放り出すのではなく、きちんとゴミ袋に入れることができたじゃないですか」

「………それが、なんだっていうんだよ」

「君は若い。これから先の人生のほうが、今までの人生よりも遥かに長い………出来ることは段々と増えていきます」

「だから、高々ゴミを袋に捨てたぐらいで……」

「それができない生徒がいるから、私のような老人が掃除をして回らないといけないわけですよ。つまりは君は、ゴミをそのあたりに捨てた生徒さんたちに対して、誇れることを今したわけです」

 

 老人が何を言いたいのか陽太には理解できない。高々ゴミの一つをちゃんと分別したぐらいで、何をそんな誇ることになるというのだろうか?

 首を傾げる陽太に対して、老人は指をとある木製のベンチの方へと向ける。

 

「例えば、君は拳一つであのベンチを叩き割れますか?」

「………ああ」

「それは凄い。ですがね……君はその拳をベンチに当てる寸前で止めることだってできるわけです。それは君が今まで闘ってきた成果でもあるわけですね」

 

 確かに、自分ならば木製のベンチぐらい素手で粉々にするぐらい朝飯前ではある。

 だが、それがいったい何だと・・・。

 

「人と関わっていくことも同じなんです。君はこれからこの学園で、『人』と関わることを学んでいかないといけない。それは時に苦い思いや痛い思いもしないといけない。そうやって少しづつ他人を学んで、自分自身が出来ることを増やしていかないといけないわけです」

 

 自分自身が出来ることを………増やす?

 ゆっくり自分の中でその言葉を咀嚼して理解していく。

 

「君は闘うことはきっと達人なんでしょう。でも、人づき合いに関しては素人もいいところです………ならばここいらで一つ、『修行』をしてみてはいかかですか?」

 

 老人のそんな言葉に、今度こそ陽太は黙り込んでしまう。

 

 考えたこともなかった、『出来ることを増やす』などという発想に、ただただ呆然となる。

 

「千冬さん………ひょっとして、織斑先生のことですかね?」

「あ、ああ………」

「ならば、同じことを言いたかったんでしょう………彼女も昔は君にそっくりさんでしたから…」

「???」

 

 何が彼女と昔は自分にそっくりだったというのだろうか?

 疑問を感じて聞き返そうとする陽太に、老人は面白そうにおどけながら告げる。

 

「彼女も昔はヘタクソさんだったんですよ。人付き合いが………」

「ヘタクソって………今だって、拳で人を言いなりにしてるような人だぞ?」

「それは………それでも、昔に比べれば随分穏やかになったほうですよ………あれでも、学生時代は一日一人は半殺しにしてましたからね、彼女は…」

 

 自分の師匠の黒歴史を聞かされ、驚いたらいいのかドン引きしたらいいのか、それとも面白がればいいのか、リアクションに困ってしまう陽太であったが、ふと、とあることを思い出し、頭を抱えてしまう。

 

「どうしましたか?」

「いや………その……俺も…したから、今日…」

 

 たどたどしく自分のしてしまったことを話しだす陽太。むろん、昼間に屋上でボコボコにした一夏のことである。

 

「なるほど………それは謝らないといけませんね」

 

 老人の至極真っ当な返答に、更に頭を抱える。

 謝る? 頭を下げるのか?………理由はないが、何かとっても嫌で嫌で嫌でしかたない。

 深く謝罪するのが一番であるのだが、人付き合いド素人の陽太には思いつかない選択なのか、しゃがみ込み、ブツブツと何かを呟きながら考え込んでしまう。その様子を面白そうに見つめる初老の老人・・・。

 

 

 その時であった。

 

「!?」

「!?」

 

 突然の爆発音と女生徒の悲鳴が木霊し、二人が瞬時に後ろの方へと振り返ったのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「あ……あ……」

 

 イギリス代表候補生のセシリア・オルコットは、普段から貴族としての振る舞いを忘れず、将来国家代表になるという強い自負を持って、自身を強く律していた。

 それゆえに驚くことはあっても、恐怖で腰を抜かすなどということは想像だにしてしていなかった。

 

 だが、今、自分は確かに恐怖に震えて、地面にへたり込んでいる。

 

 

 それは、ほんの数分前―――

 

 日課であるIS操縦の訓練をするため、アリーナの使用許可を得た彼女は寮に戻らず、第二アリーナに鞄を持ったまま向かっていた。

 来週には、あの祖国を馬鹿にした、馬鹿な田舎者を、念入りにボッコボコにしてやろうと息巻き、今日もそのモチベーションを上げるために射撃の訓練に力を入れようと、若干鼻息を荒くしていたのだったが、そこに不可思議な姿をした人物が、アリーナの近くを浮浪者のようにフラフラしながら歩いているのを見かけたのだ。

 

 この春先にボロボロのコートと帽子という格好に、ボサボサの長い髪の毛に、痩せこけた頬をしており、顔立ちを見る限り女性であるようだが、どうみても学園の生徒でも教職員でもないようだ。

 

 まさか不審者であろうか?

 

 ならば、ここはイギリスの代表候補生として、華麗に取り押さえねばならない。

 なぜならば…。

 

「わたくしこそイギリスの誇る代表候補生、『蒼穹輪舞(ロンド・オブ・サジタリウス)』の異名を持つ未来の代表!! セシリア・オルコットなのですからッ!!」

 

 一回転して天高く右手を差し出し、さながらオペラ歌手のように自分を褒め称える。

 誰の目にも止まるはずもないのに決めポーズまでとって激しく自己主張をするセシリア。貴族の感性が一般人とは程遠いのか、彼女の感性が常人の理解しがたい所にいるのかは置いておいて、早速貴族らしく華麗に浮浪者に話しかけてみるのであった。

 

「少しお待ちなさい。そこのみすぼらしくて明らかに不審人物の貴女!?」

「……………」

 

 左手を腰に当て、右手の人差指を思いっきり指しながら、かなり失礼な物言いをするセシリア。

 対して浮浪者は、歩みを止めて、無言で彼女の方にゆっくりと振り返る。

 

「まあ! なんという不遜な態度なんですの!?」

「……………」

 

 この場に誰かいれば「鏡見ろ」とツッコむ人もいたのだろう壮大過ぎる不遜な態度であったが、セシリアを止める者は誰もおらず、更に言葉を彼女は続ける。

 

「わたくしに問いかけられれば、一にも二にもお返事をして、すぐさまお辞儀をするのが礼節というものではありませんでして!? そもそもが、この日本という国は礼儀を重んじると聞き及んでおりましたのに、来てみれば、あろうことか私に喧嘩を売ってくる馬鹿で礼儀知らずの田舎者の男がクラスメートだったり、面白半分でそんな男にクラス代表をまかせようとする女生徒だったりと………まったく、何を考えているというのでしょうか?」

 

 クドクドと目の前の女性には全く関係のないことを話し出していたためか、セシリアは致命的な異変に気がついていなかった。

 

 目の前の浮浪者の女性の背中が、急激に盛り上がっていることに………。

 

「あ”‥あ”‥あ”あ”あ”あ”」

 

 この世の元は思えない奇声が浮浪者の喉から漏れた時に、ようやくセシリアは、目の前の異常事態に気がつく。

 

 ―――目の前の女の身長が倍以上に伸びている―――

 

 否、それは身長が伸びたのではない………足だと思っていた部分が、いつの間に鋼鉄の外骨格に変化していたのだ。

 

「あ………あ……」

 

 呆然と目の前の不審者を見上げるセシリア。目の前で起こっていることに思考が着いていかず、しばし呆けてしまうが、それでもだんだんと彼女に恐怖として伝達されていく。

 浮浪者の下半身は加速的に伸びていき、成長が止まった時には十数メートルに及ぶほどに伸び、更にそこから鋼鉄の巨大な針のような脚を生やしていく。

そして最後に、上半身の服が完全に破け、中から虫のような頭部が飛び出すと、その全容がようやくはっきりとする。

 

 その姿は、ひとえに百足(ムカデ)であった。

 

 否、普通の百足にはあり得ないものが一つだけある。

 それは百足の頭部と思われる部分から、上半身だけ生やした『人間の女性』がいることだった。

 

「あ”‥あ”‥あ”あ”あ”あ”」

 

 正気とは思えない奇声を発する女性。限界を超えるほどに瞳孔は開かれ、しかも左右が別々の方向に向いているという異様さと、服がすべて破かれたためか、上半身は裸という状態なのだが、いかんせん下半身の部分があまりに醜悪すぎて、たとえ健全な男子がいたとしても劣情が湧くことはないであろう。

 

 そんな、この世のものとは思えない、目の前の現象に、セシリアはすっかり怯えてその場にへたり込んでしまう。

 

「!!?」

 

 何かを探すように周囲を見回していたと思えば、その下半身をアリーナの外壁にぶつける女性。

 

「キャアアアアアアアアアッ!!

 

 圧倒的な破壊力で外壁は破壊され、その破片がセシリアの周囲にも降り注ぐ。

 とっさに頭を抱えて、その場を転がりながら飛びのいたセシリアであったが、その声に反応したのか、ゆっくりと百足の女性が彼女の方を見る。

 

「ひぃっ!」

 

 泥だけになりながらも起き上がったセシリアの方も、その視線に気が付き、腰を抜かしながらジリジリと後退していく。

 

 唸るような動きで一気にセシリアの目の前まで上半身を下した浮浪者は、首を左右に傾げながら、まるで獲物を値踏みするようにセシリアを見続け、そしてその手を彼女の制服に伸ばした。

 

「いやあああああっ!!」

 

 ついに恐怖に耐えられなくなったセシリアが、叫びながら飛び退く。その拍子に制服が胸元から破られ、下着が外気にさらされてしまうが、今の彼女にはそんなことにかまっている場合ではない。

 

 早くこの場から逃げなければならない。

 

 ただ、それだけを考えながら、走り出そうとするセシリアであったが、浮浪者の女性は彼女の周囲をとぐろを巻くことで逃げ場所を奪い、取り囲んでしまった。

 

「だ………誰か……たたたたた助けて…」

 

 涙ぐみ、歯をガチガチと鳴らしながらしゃっくりを上げるセシリア。そんな今日の色に染まった彼女を今度こそ捉えようと手を伸ばす浮浪者の女性。

 

 

 セシリアが、あまりの恐怖に失神しかけたその時であった・・・。

 

 

 ―――天から降り立つ炎―――

 

 

 上空から一瞬で飛来した『白い甲冑』が放った炎が、浮浪者の女性を燃やし、セシリアを抱きかかえると、とぐろの中から飛び退いたのだ。

 

「…あ………」

 

 悪夢のような光景に突如として現れた『白い甲冑』に、お姫様だっこされていたセシリアが注意深く、ゆっくりと観察し始める。

 

 白のカラーリングを強調した全身のボディ、一角獣のような金色のアンテナ、深紅のV字のセンサー、深緑のバイザーによって顔部全てを覆い尽くした全身装甲(フルスキン)、左腕には青色のシールド、二枚一対のスラスターを兼任している白き鋼の翼。

 

 神話の騎士のような出で立ちのISを前に、彼女は呆然となって問いかける。

 

「あ………あの…」

「………怪我はないか?」

 

 男の声である。しかも聞き覚えのない、若い男の………。

 

「少し待ってろ、すぐに終わらせる」

 

 全身装甲(フルスキン)のISは、彼女を丁寧に下ろすと、腰からフレイムソードを抜き放ち、すぐさま目の前の『オーガコア搭載IS』に斬り掛るのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 鉄砲玉のようにISを展開して飛び去った陽太を見送った轡木 十蔵は、先ほどまでのやり取りを思い出しながら、ぽつりと呟く。

 

「さあ、見せてください火鳥 陽太君………。織斑千冬君が天才と称する『大空炎帝』の実力というものを………」

 

 

 

 

 

 




次回は、『あの方』登場回です!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蒼炎輪舞


 さあ、陽太VSオーガコアとの第二ラウンド!

 そして、IS学園に未曾有の「脅威」が降り立ちます


ではお楽しみください。




 

 

 

 

 

 ―――陽太がオーガコア搭載ISとの戦闘を始めたとほぼ同時刻・都内某所―――

 

 

 

 豪華な調度品が並べられたとても静かな最上階のスィートルームの一室から、シャワーの音が聞こえてくる。

 

 この部屋を借りるに当たって、『彼女』は部屋どころかその階全てを貸し切っていた。

 それは彼女がうざったいホテルにいる人間とのやり取りを避けたいためだ。

 

 全てを揃えるには軽く億を超えるであろう部屋の調度品の中においても、並ぶものがないほどに彼女の肢体は『芸術』と呼べるほどに完成されたものであった。

 

 女性にしてはかなり大きめの肩幅に、限りなくマッチョに近い筋肉質で焼けた肌色をしていながら極め細やかさを失っておらず、腰まで伸びた溶かされた白金(プラチナ)そのもの髪は高貴なる輝きを放ち、180を超える女性としては相当な長身に、サイズ的には三ケタともいわれる言語道断の爆乳は、見る者の瞳を捉えて離さないであろう。

 胸のサイズに反比例するように徹底的に鍛えられたウエストはモデル顔負けの細さを誇りながらも、三つに割れた腹筋が逞しさを見せ、張りのある尻の下から延びる美脚は、見ようによっては官能的に思えるが、むしろ一種の野生動物を感じられるしなやかさと力強さを同居させる印象を与えるものがあった。

 

 そして彼女を見れば誰もが真っ先に目に付いてしまうだろう、眉間からへその辺り伸びた一筋の刀傷………『部下』から何度も傷を消すための整形手術を勧められても、彼女はそれをすべて鼻で笑い飛ばしていた。

 

 なぜならば、この傷は彼女にとって、忘れることができない『宿敵(おもいびと)』との絆の証なのだから………。

 

 暖かいお湯を全身で浴びる中、何かの気配を察知したのか、振り返りもせずに彼女が背後の何かに向かって突然話し出す。

 

「何の用だい?」

 

 そこにあったのは空中に投影されたディスプレイ、そして彼女にいつもお勧めの『仕事』の依頼をもってっきてくれる『女性』のシルエットであった。

 

『入浴中に失礼♪………少々急ぎの御用時なのよ♪』

「そういうのであれば、『それなり』の用件なのだろうね?」

 

 プラチナの髪の毛の合間から真紅の眼光が見え隠れする。

 それは前途で述べたように、人間というにはあまりに獰猛で、野生の猛獣すらも怯えさせる、伝説の『神獣(そんざい)』を思わせる鋭い眼光で、正面から見られれば大抵の人間は腰を抜かして何も話せなくなるだろう。

 

『あら、今日は徹夜明け? それとも二日酔いなのかしら?』

「私としてはいつも通りのつもりなんだが………?」

『そうなの?………で~~~も、そんな不機嫌な貴女を一発で上機嫌にしちゃう、魔法の依頼があるのよ♪』

「………それはそれは」

 

 画面の向こうの女性がおどけた口調での話し方をする。相手によっては馬鹿にしていると取られかねないものなのだが、人間的な趣向が案外似通っているためか、彼女もそれが嫌いではなかった。

 

『先日脱走して現在も捜索中のオーガコア被験体が、どうやってか知らないけれどIS学園に進入したみたいなの………アナタ達でコアの回収をお願いできないかしら?』

「……………」

 

 彼女の話を聞いても、返事もせずにただシャワーから出る温水が流れる音だけが浴室に響く。

 だが、それだけで十分であった。数年来の友人である人物には、彼女がなんという返事を返してくるか手に取るようにりかいしているのだから。

 

『それじゃ、回収できたら連絡してね♪………後でコア搬送用の迎えを寄越すわ♪』

 

 ウインクした後それだけ言い残すと一方的に通信を切る女性。

 後には無言でシャワーに打たれる中、ノズルを閉めてシャワーを終えると、体をタオルで拭くこともなく、濡れたままの姿で浴室から出て行ってしまう。

 

 前髪から水滴が落ちる中、寝室と思われる部屋に入ると、そこにはキングサイズのベッドが堂々と部屋の中心に置かれており、そのベッドの上には、幸せそうな笑顔を浮かべながら眠る、四人の少女達がいた。

 

 発育と背の方は不足しているが美しい顔立ちと均整の取れた肢体を輝かせている美少女や、十代にしては高い背をしたボーイッシュな少女、銀髪の三つ編みのが特徴的であるが前者二人よりも女の子らしい体付きをした少女、そして四人の中では明らかに規格外の大きさを持った巨乳を持ちながらも涎を垂らしながらムニャムニャ寝言を言っている少女。

 

 そんな四人の美しい少女達が、全裸のままでシーツにくるまれながら寝息を立てているのだった。

 

 だが、そんな気持ちの良さそうに天使の寝顔をしている少女達を一瞥すると、立てかけてあった刀剣を手に取り………一気に床に向かって振り下ろした。

 

「起きろ」

 

 短い言葉と、キンッという鋭い鍔鳴りに、四人の少女はベッドの上から飛び起きる。

 

「はっ!」

「お、親方様?」

「ふぇっ?」

「ごはんがごはんがすすむくん~~~むにゃ…」

 

 若干一名が未だ夢の世界にいったままだが、そんな少女達を見下ろしながら、女性は言い放つ。

 

「フリューゲル、スピアー、リューリュク、フォルゴーレ………出掛けるぞ」

 

 圧倒的な高みから言い放たれた威厳を含んだ言葉は、彼女達に異論を挟ませることはなく、すぐさま四人が身支度を整えるのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 セシリアの前で、普段の日常とはかけ離れた光景が繰り広げられ、呆然とそれを見続ける。

 

 鋼鉄の外骨格を持った蛇に似た動きで百足の化け物と、炎を剣に纏わせて天空を縦横無尽に飛び回る白鋼の騎士との闘いは続いていたのだった。

 

 獲物を狩るのを邪魔されたことなのか、それとも不意打ちで直撃した炎のことなのか、はたまたその両方か、もはや人間の発する言葉ではない奇声を上げながら胴体(尻尾?)の部分を振り上げる百足のIS。それを見た陽太は、恐れもせずに真正面から突撃する。百足のISは振り上げた胴体部部を、横殴りに、射程圏内に飛び込んできたブレイズブレードの横っ面目掛けて叩きつける。

 

 ごおっ、と鋼の塊が空を切った。

 ブレイズブレードは百足の頭上を取る。

 

 振り上げたフレイムソードを、身体ごとぐるりと一回転させながら逆さまに振り下ろす。跳躍の勢いと回転力を合わせた強力な斬撃であった。

 だからこそ、それが百足の足の部分で止められた瞬間、陽太の顔がマスクの中で驚愕と驚嘆に引き歪んだ。百足のISは懇親の一撃を躱され体勢を崩していたというのに、超高速で頭上を取ったブレイズブレードの神速の一撃を見事に防いだのだ。そして陽太が着地する瞬間を狙い、目の前の敵を肉と屑鉄の塊にしようと身体から生やした無数の鋼鉄の足を槍のように延ばして、突き刺そうとする。

 その槍と化した足を、陽太は横っ飛びで避けるが、百足のISは陽太の全身を穴だらけにしようとでもいうのか、無数に伸ばした足を次々と繰り出して、彼を追い詰める。その攻撃を、見ていたセシリアが惚れ惚れするような華麗な空中回避機動(空のワルツ)でかすらせもしない陽太は、いったん間合いを開く。

 現状の接近戦では少々前足がうっとおしい。ならば中距離の射撃戦でケリをつけてやろうと、フレイムソードを一旦仕舞い、両手にヴォルケーノを構築して、銃口を正面に構えた。

 そのとき、百足のISが胴体の人間であれば背中に当たる部分にある砲門を開いた。それを見た陽太が嫌な予感を覚えるが、無論、敵である目の前のISは待ってはくれない。

 砲門から出るのが、実弾か、ビームか、と逡巡する陽太に対して、百足が放ったのは『黄色い塊』であった。それが一瞬、何か理解できなかった陽太であったが、すぐさまその危険性を察知すると、その場を飛び退く。

 

 次の瞬間、陽太がそれまでいた場所に『黄色い塊』が降り注ぎ、凄まじい音と嫌な匂いをさせながら地面を溶解させてしまう。

 

「………強酸」

 

 おそらくISの装甲すら例外にしない、見たことがないほどの強い溶解液を吐き出されたのだ。ある意味ビームよりも厄介な代物だと内心毒づく陽太に、百足のISは溶解液を連射してくる。

 

「チッ!」

 

 上等だと陽太もヴォルケーノを撃ち返してみるが、弾丸は溶解液に接触した瞬間に飲み込まれてしまう。おそらく触れただけで蒸発させられてしまったのだ。

 相殺にも持ち込めない現状では、撃ち合いでは不利だと判断し、低空をスケートで氷のリングを滑るように滑空しながら、溶解液を回避する陽太。だが、百足のISは今度は全身に溶解液の砲門を開き、人型では不可能なくねる動きで、溶解液の雨を周囲に撒き散らす。

 すぐさま周囲にある建物やら木々やらが派手に溶け出す中、陽太がある事実を思い出して振り返った。

 

 

 ―――腰を抜かしたままの、金髪の女生徒―――

 

 

 どこかに身を隠せ! と叫ぶよりも早く、溶解液の塊が彼女目掛けて降り注ぐ。

 

「あっ………」

 

 自身に向かってくる強酸の塊が視界一杯に広がった時、ようやく自身の危険に気がついたセシリアであったが、そんな彼女をすぐさま白い疾風が連れ去り、間一髪で骨も残さず溶かされるという事態は回避された。

 

「馬っ鹿やろうがっ!!!」

「す、すみません!」

 

 怒声が響き渡る。

 腰を抜かせて立ち上がれずにいたセシリアを、瞬時加速(イグニション・ブースト)で助け出した陽太から発せられた言葉に、彼女は普段の強気な態度を引っ込めさせ、しおらしい少女のような声で返事をする。

 

「!!」

「きゃあっ!」

 

 そんな二人に対して、百足のISは溶解液の集中砲火をぶつけてくる。

 先ほどまでならばその攻撃を回避し、カウンターで斬り込みにかかる陽太であったが、今は腕の中にセシリアがいる。

 生身の彼女では、ブレイズブレードの高機動に耐える所か、良くて気絶、悪ければ骨が折れる重体になってしまう。小さく舌打ちした陽太は、仕方ないと手を突き出し、炎の壁を生み出して溶解液を遮断するのだった。だが蒸気を上げながら蒸発する溶解液であったが、徐々に放たれる量が多くなってくる。

 

「チッ!………こんなザコ相手に…」

「あ、あの………」

「取り込み中だ!!」

「も、申し訳ありません!!」

 

 腕の中で申し訳なさそうにするセシリアの姿を見た陽太は、もう一度だけ小さくため息をつくと、頭に上った血を、僅かに下げるように心掛け、彼女の話を聞こうとする。

 

「………なんだ?」

「ふぇ?」

「だから、さっきは何を俺に言おうとしたんだって聞いてんだ」

「あ、あのですね…………助けていただき、どうも……」

「まだ助かってない。誰かさんのおかげで絶賛ピンチの真っ最中だ」

「なっ!」

 

 陽太にしてみれば、だいぶ冷静に受け応えをしたつもりだったのだが、今の返答はまずかった。

 

「アナタッ! なんなんですかその態度は!?」

「はぁっ?」

「このセシリア・オルコットが謝罪をしているというのに、その乱暴かつ粗暴な返答がありますか!?」

「知るか! てかお前、さっきまでと態度違いすぎるぞ!!」

「あ、あれは………」

 

 モゴモゴと言葉を飲み込むセシリアであったが、突如身体がぐらりと傾き、驚いて振り返る。

 溶解液の量が更に激しくなり、蒸発させきれなくなった数量の水滴が彼女に降り注ごうとしたのだが、それを陽太は背を盾にする事で防いだのだ。

 

「!!!」

「アナタッ!?」

 

 ブレイズブレードの装甲は、通常のISとは違い、取り込まれたプラズマエネルギーによってコーティングを受けているため、軽量ながら強度の方でも折り紙つきなのだが、溶解液の強力さはそれを上回っていた。

 嫌な音と匂いをさせながら、背中に激痛が走る陽太。どうやらシールドバリアーを無視しての溶解現象を起こしているようだ。

 

「(オーガコア特有の『絶対破壊攻撃(アプソリュート・ブレイク)』か………)」

 

 オーガコアを搭載されたISには共通して、通常のISではまず発現しない、とある特殊攻撃を発現させる。

 

 その名は『絶対破壊攻撃(アブソリュート・ブレイク)』

 

 ISが通常自身と操縦者を守るために展開しているシールドバリアと、緊急時に操縦者を守るために発動させる『絶対防御』と呼ばれる二つの機能を無視して、致命傷を操縦者に与えることができる攻撃手段を、オーガコア搭載ISは標準装備されているのだ。

 それゆえに、通常のIS操縦者ではまずオーガコアに勝つことは出来ない。出来るとするならば世界中でも一握りの猛者のみとされている。

 

「大丈夫なのですか!?」

「黙ってろ………」

「………私のことならば心配はいりませんわ!!」

「?」

 

 呻き声を上げずとも、陽太が自分を守るために怪我を負っていることを知ったセシリアは、すぐさま待機状態のISを陽太に見せる。自分も戦えるということをアピールするために。

 

「わたくしが今から、この醜い化け物を成敗・」

「………いらんことするな。おまえじゃこいつ等には勝てん」

 

 だが、セシリアの申し出を陽太は言い終えるよりも早く却下する。その言葉に、プライドが傷ついたのか表情を歪ませるセシリア。だがそんな彼女に陽太は更に追撃を加えるように、言葉を続ける。

 

「どうせソイツは競技用のISだろ? 軍用でもトップクラスのISでしか勝てないような相手に、お前じゃ大して役に立たん」

「何をおっしゃってるのですか!!」

「事実だ。それにさっきまでビビッてたような奴のいうことを信じられるか」

 

 陽太の一言に言葉を詰まらせるセシリア。恐怖を感じていたという事実を悟られていたということに、言い知れぬ羞恥心を覚え、現役国家代表候補生であるにも係わらず、約立たずの烙印を押されたことに強い憤りを感じたセシリアは、陽太の腕に抱かれながも、無理矢理ISを展開する。

 

「貴方の見識がいかに狭い物なのか、わたくしがこの場で証明して差し上げますわ!!」

「ちょっ、バカッ!」

 

 蒼色を強調したカラーリングに、特徴的なフィン・アーマーを四枚背に従え、王国騎士のような気高さと、全長2mを超えるライフルを手に持ったIS―<ブルーティアーズ>を纏ったセシリアが、陽太の腕の中から飛び出る。陽太も腕からセシリアが無理やり飛び出したことで、守勢か解き放たれ、炎の出力を一気に上昇させ、溶解液を爆発させる。

 

 爆発の中から、弾かれる様に左右別々に飛び出した二人であったが、セシリアは背部に装備されている四基のBT(ブルーティアーズ)を射出する。

重力を無視するように複雑な軌道を描いて百足のISに向かって飛来したビットは、高出力の青いレーザーを連射し、おぞましいオーガコアのISを蜂の巣にしようと弾幕を張った。

 

「これでぇっ!」

「ダメだ………」

 

 セシリアが勝ち鬨の声を上げようとするが、それを陽太は瞬時に駄目だしを出してしまう。その声に不満の言葉を出そうとするセシリアであったが、その言葉のとおり、敵ISは悠然とレーザーの雨を無視して二人のほうににじり寄ってきた。

 

「なっ!」

「競技用じゃあ、やっぱパワー不足かっ!」

 

 自分のISの武装が通じないわけがない。そう過信するセシリアは、ならばと手に持っている全長2mを超える大型レーザーライフル『スターライトmkⅢ』を、敵の頭部に連射する。だが、その攻撃も装甲に届く前に、シールドバリアーの前に弾き返されてしまう。

 

 競技用のISにはレギュレーションによって、シールドバリアーの強度と数値を一定に設けられている。無論、これはISバトルの公平を期すためのものであるのだが、目の前のISには非常識な出力を発揮するオーガコアを軍用のISに搭載しているのだ。

 

 ルール内での最大戦力を発揮するようにセッティングされたセシリアのISでは、端からルールを無視して作られているオーガコア搭載ISには、ノールールの実戦(殺し合い)では太刀打ちできないのは自明の理だった。

 

「呆けるなっ!」

「は、ハイッ!」

 

 陽太の鋭い声で我に返ったセシリアがその場を飛びのくと、すぐさま溶解液が先ほどまでセシリアがいた場所を通過する。

 もし彼の言葉がなければ、強力な酸性を持つあの溶解液でISごと自分は骨まで溶かされていたかもしれないと、背筋が凍りつくセシリア。

そこへ続けざまに脚部を伸縮させて二人を狙う敵IS。二人はその攻撃を間合いを開き、空中を蛇行するような動きで回避し続ける。

 

「………私の力は…」

「…………」

 

 悔しそうに奥歯をかみ締めるセシリア。自負が強いだけに、この事実は彼女に強いショックを与えていた。

 対して陽太は、自分のISが通用しないという事実に項垂れるセシリアの方を見ながら、ポツリと彼女に向かってつぶやいた。

 

「気にするな…………それでいいんだ」

「へっ?」

「競技用と軍用では求められているものがまるで違う。スポーツ格闘技が「命懸け」じゃないから真剣じゃないと、殺し屋が馬鹿にするようなもんだ………比べること自体がナンセンスだってことに気がつけ」

「は、はぁっ?」

 

 何をトンチンカンなことを突然言い出すんだこの男は?………と、疑問符で頭の中が埋められそうになった瞬間、セシリア目掛けて無数の溶解液の塊が放たれる。

 

「!!」

 

 数の多さに苦戦しながら全てを回避しようするセシリアであったが、四発放たれた溶解液をギリギリ避けたところに、その攻撃の軌道に隠されていた五発目が襲い掛かる。

避けるには絶望的、受けることは端からできない。

 一瞬にして、死の恐怖と後悔が頭の中を駆け巡ろうする。

 

 だが、そんな彼女を守るように、紅蓮の真紅が盾となって、黄色い悪魔の毒液を遮断する。

 

「集中力を切らすな。それとも俺の邪魔になりたいからここにいんのか?」

「なっ!………あ、貴方という方はっ!?」

 

 ヴォルケーノから放たれたプラズマ火球が前方で弾け、溶解液を一瞬で蒸発させたのだ。

 

 セシリアが無事なのを確認した陽太は、今度こそ主導権を握るために、ヴォルケーノからプラズマ火球をマシンガンのように連射する。

 それに気がついた敵ISも、溶解液でその全てを叩き落そうと全身の砲門から放ち、空中で火球と溶解液が激突して、周囲の環境に悪そうな煙と嫌な匂いが一気に立ち込める。

 

「チッ!………汁っ気の多い女だな。男の俺にぶっかけるのが好きなのか!?」

「ちょっとっ! 貴方、な、何を………下品にもほどがありますわ!!」

 

 陽太の下ネタ満載のコメントに、顔を真っ赤にして抗議するセシリアであった、そこに陽太が真剣な声でとある相談をしてくる。

 

「オイ、そこのコロネ頭」

「コ、コロネ?」

「わからんのならクロワッサンでも、バッハでもいい」

「どういう意味でして!!!」

 

 自慢の髪型を馬鹿にしているということだけは理解できたのか、憤激して陽太に詰め寄るセシリア。

 

「今は戦闘中だ」

「ええっ! その通りですわ!! ならばなおさら私の名前をしっかり言ってくれませんこと!!」

「名前知らんのだが………」

「セ・シ・リ・ア!!………セシリア・オルコットですわ!!」

「セシリア!!」

「!!………は……はう」

 

 名前を知らんというと怒ったり、名前を言ってみれば突然頬を赤に染めてもじもじしだしたり、何がしたいんだこの女は? という疑問を胸のうちに秘めた陽太が、ようやく本題を切り出す。

 

「このままだと、この学園を焦土と化すぐらいに派手な攻撃せんと決着を着けれそうにない。そこで相談だ………」

「そ、相談?」

 

 陽太からすぐさま、決着のための提案がなされる。

 

「………ということだ」

「なるほど……それならば…」

「できるのか? できないのか!?」

 

 陽太の強気な口調に、今度は強気な笑みを浮かべて、セシリアは誇り高い、いつもの彼女の笑みで答える。

 

「楽勝ですわ!!」

「なら、即実行だ!!」

 

 弾けるように、陽太が上昇し、セシリアが地面に降り立つ。

 その動きに、一瞬、敵のISが標的に迷うように動きを鈍らせたところに、陽太が左腕の多目的防御楯(タクティカルガードナー)から三発のグレネードを発射する。

 それは、すぐさま敵ISの前方で破裂すると、黒い特殊な粒子を分布する。それはISのセンサー類を著しく阻害するもので、オーガコアと一体と化している敵ISにしてみれば、突如目と耳と鼻を鈍らされたという強い不快感を感じて、暴れのた打ち回るのだった。

 

 だが、それこそ二人の狙い。地上に降り立ったセシリアは、四基のビットを射出して、自身の周囲に浮遊させる。

 

「(いいか、さっきお前がアイツのバリアが貫通できなかったのは、単純にレーザーの出力が足りなかっただけだ………だけど、この状況じゃISのリミッターを解除している時間がない。だったら手は一つだ………)」

 

 ―――出力が足りないのならば、『足せばいい』だけだ―――

 

 浮遊するビットと手に持ったスターライトの照準を一点に絞る。

 今のセシリアでは、ビットと高機動やライフルでの攻撃などの両立はできない。そう、『両立』ができないのだ。

 

「だけど………足を止めたこの状態ならば……」

 

 セシリアでもできる、唯一のライフルとビットの同時攻撃。つまり現状の彼女の最大威力での攻撃。

 

「そして、狙いは!」

「(向こうが勝手に開いてくれる)」

 

 煙幕(チャフ)によるセンサー障害がある程度回復したのか、のろのろとした動きでセシリアを見つけた敵ISは、溶解液の砲門を彼女に向ける………そう、『砲門を不用意に』彼女に向けたのだ。

 

「狙い通りでしてよ、ホワイト・ナイツ!(白の騎士殿)」

「ぶちかませっ!」

 

 騎士としてはいささか乱暴気味な口調で、セシリアに発射のタイミイングを告げる陽太。

 

「『蒼穹輪舞(ロンド・オブ・サジタリウス)』、セシリア・オルコット!! 狙い撃ちます!!」

 

 ―――悪魔の毒液を放つ砲門に、蒼い五本の光の矢が同時に突き刺さる!!―――

 

 砲門から、溶解液が放たれる瞬間………敵のISのバリアーが手薄になる瞬間を、セシリアの精密射撃が狙い撃ったのだ。レーザーと溶解液………早撃ちをして先に着弾するのはどちらかは言わずともわかるであろう。

 

 如何に強固な装甲をしていようとも、内部構造までは手が行き届いてはいない。そこに高出力レーザーによる集中砲火。しかも砲門内部では、溶解液がレーザーで加熱され、融爆し、大穴を穿つ。

 

 ISの苦痛の声か、それとも自我を失ってもなお感じた痛みか………操縦者から人間とは思えない呻き声があがる中、陽太は、ようやくできた隙を見逃さずに、一気にフィニッシュを決めにいく。

 

「フェニックス・ファイ・ブレェードッ!!」

 

 フレイムソードによって倍化されたプラズマ火炎を纏った炎の不死鳥が、青き射手姫が穿った穴から飛び込み、長い胴体を炎で貫きながら、一気に頭部から飛び出し、直後、毒液を撒き散らしていた悪魔の龍虫が、爆発を起こして木っ端微塵となる。

 

 炎の残滓を振り払いながら、セシリアの前に着地する陽太。その手に意識を失った操縦者と、怪しく光るオーガコアを手に持って………。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「さて………」

 

 互いにISを解除して、素顔を見せ合う陽太とセシリア。そしてそこにきて、セシリアはようやく目の前の男が、自分のクラスに転入してきた男であったと気がつく。

 朝の段階では、彼女は彼に大した興味もなく、話を受け流していたために、陽太が起こした諍いというものにも頓着していなかったために、声のほうも記憶に留めていなかったのだ。

 

 そう考えると、なんだか急に気恥ずかしくなって、指をもじもじと絡ませて、しおらしく上目遣いで陽太を見つめるセシリア。

 そんな彼女を、陽太は、じっと見つめながら、肝心なことを言い放つ。

 

「まあ………自慢するしないは本人の自由だからいいけど………お目見えですよ、レディー?」

「へぇ………きゃあああああああああっ!!」

 

 ようやく自分の制服の前が破かれており、ブラジャーが丸見えであることに気がついて、両腕で隠してへたり込む。

 若干、腕の隙間から、絶妙な大きさの谷間が見え隠れする中、ため息をついて陽太は自分の上着を脱ぎ、彼女に被せるのだった。

 

「あの………その……」

「気にするな。それよりも…だ」

 

 ポケットから携帯を取り出して、電話をし始める陽太。

 セシリアに背を向ける陽太。だが、その時彼女は、赤いランニングの隙間から真新しい火傷の跡を見つける。

 間違いない、先ほどの戦闘で、彼が自分を守るために背を盾にしていたときにできた傷跡である。

 

「あのっ! その背中の傷・」

「ババァッ!!」

 

 電話に向かって突然怒鳴り散らす陽太にびっくりするセシリアであったが、陽太はそんなことに気を回している場合ではなかった。

 陽太が激怒している相手…………その相手とは、無論、千冬であった。

 

『だから言っているだろう………『見事だった』とな』

「戦闘中に誰も見かけんと思ってたら………テメェ、モニターで見物決め込んでやがったな」

『オーガコア相手には一人で戦う………お前が言い出したことだろ?』

「!!……そういうことじゃねぇーよ!!」

 

 戦闘中に、セシリア以外の人間を見かけなかったのは変だと考えていた陽太であったが、やはり早い段階で千冬が手回しをしていたのだ。

 ならばこそ、陽太にはどうしても許せないことがあった。

 

「なら、セシリア・オルコットはどうなんだ!?………俺が助けに行かなかったら死んでたんだぞ!?」

『だが死んでいない』

「結果論だろうが!!………俺が見捨てるとか考えなかったのか!」

『………そのときは………そのときだ』

「!!?」

 

 その言葉に、陽太の怒りは頂点に達する………かつての恩師である女性が、自分に戦い方を教えてくれたはずの女性が、陽太の中で崩れさった。

 

 そんなあやふやな事で、セシリアが死んだかもしれない事実を、この女は平然と切り捨てるというのか!?

 

「そういうことかよ………アンタにかかれば、俺も、コイツも、誰も彼も、全部、コマか?………替えが聞く、自分の都合で動かすためのもんなのか?」

『……………』

「ちょっと待ってろ!! 直でブチ殺しにいってやる!!」

 

 陽太が、携帯を乱暴にきって、今すぐ千冬に殴り込みに言ってやろうとしたときだった。

 

 

 ―――全身がまるで巨大な生物の顎の中にいるような気配―――

 

 

 彼の鍛えられた天性の勘が、『それ』の存在に感づき、驚愕に表情を歪ませながら、振り返った。

 

 

「ほう………これはこれは…」

 

 

 四機がそれぞれ違う色と武装をしているが、すぐさまそれが同型のISであると気がつくが、それよりも陽太が驚愕しているのは、そのうちの一機………短いボーイッシュな髪型をしている操縦者のISにしがみ付いている女性であった。

 

「君がこの学園に来ているとは………私が来ることを予知していたのか? それとも『彼女』には今日という日すらも予定調和なのか………どちらにしろ、私には願ったり叶ったりだ」

 

 その女性から放たれている、『巨大な生物』のような闘気………その禍々しさに、陽太が凍りついたのだ。

 

 抽象的な表現、つまり炎だとか氷だとか刃だとかそいう類のものではない。

 もっと圧倒的で、禍々しくて、重苦しくて、粘着質で、それでいて自分を離して逃がさない威圧感(プレッシャー)を持ち、存在しているだけで大気が震えながら歪んでいるかのような錯覚を覚える。

 

 とても人間が放っている気配とは思えない。猛獣でもない。鬼や悪魔といってもまだ足りない。

 

「………初めまして、ミスターネームレス!!………私の名前は、アレキサンドラ・リキュール!!」

 

 自己紹介を始めた、白金の髪の女は、陽太目掛けて飛び降りる。そしてアレキサンドラ・リキュールは、彼女の力を的確に感じている、目の前の『獲物』に興奮を抑えることができないでいる。

 

「突然ですまないが………私と一緒に超えてくれないか……生死の一線を!!」

 

 『暴龍帝(タイラント・ドラグーン)』の通り名を持った『純血の暴力』が、無双の牙を剥き出しに陽太に襲い掛かるのだった………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆が大好き、親方様登場回です。

なんでか彼女が出ると、にじファンのときはPVが跳ね上がるという現象がおきてました。



この小説の主人公は一夏と陽太なんだからね!www
真の主人公登場(笑)とか言わない!!wwww




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

降り立つ暴君

続・親方様暴れ回です。

後書きにて、これから設定を少しづつ載せていこうと思います!

では、お楽しみください。






 

 

「………」

 

 ギリィッ

 

悔しさで歯軋りする音が響く。

アリーナのセキュリティールームに設けられたモニターを厳しい表情で見つめていた千冬が顔を伏せた。

 

『なら、セシリア・オルコットはどうなんだ!?………俺が助けに行かなかったら死んでたんだぞ!?』

『結果論だろうが!!………俺が見捨てるとか考えなかったのか!』

『そういうことかよ………アンタにかかれば、俺も、コイツも、誰も彼も、全部、コマか?………替えが聞く、自分の都合で動かすためのもんなのか?』

 

 陽太の怒りが千冬の胸に、深く、深く突き刺さった。

 そう、怒っているのだ。

 あやふやなことで人命が危ぶんだ事態を、陽太が怒っているのだ。

 

 いつだったか………自分は彼に言って聞かせたことがあった。

 

 ―――失われていい命などは存在しない―――

 

 自分のことを蔑ろにする少年を思っての言葉だった。だが時は過ぎ、その言葉を思わぬ形で裏切ってしまった。

 

 自分が利用されたことよりも、陽太は目の前の命の危険を千冬が放置したことを真剣に怒っている。それは陽太が口ではどう言おうが千冬のことを信じたがっている何よりの証拠なのだ。

 

 自分を鍛えた女性は、決して命を見捨てたりしない………と。

 

 だが、そんな彼の信頼を、口にこそ出されたことは一度もない彼の恩義を、自分は最も彼が嫌悪し、そして自分すらも忌み嫌う形で踏みにじり、そしてこれからもそれをし続けようとしている。

 

 それもこれも、全て『コレ』のせいで………。

 

 胸の『古傷』が鈍く痛んだ。

 己の中に巣食う黒い黒い澱んだ気持ちの塊全てを、胸の辺りで拳の中にギュっと握り潰そうとする千冬。

 

そんな彼女を、一緒にセキュリティールームにいた山田真耶が心配そうに見つめていた。

 

「!?………新しい反応?……四つも!?」

 

 レーダーに映った新しいISの反応で我に返った真耶が、キーボードを高速でタッチして、モニターにその新しいISの所有者の姿を映し出す。

 

「なっ!!」

「お、織斑先生?」

 

 その様子をモニターで見つめていた真耶は、隣にいた千冬の驚愕の表情に驚いていた。彼女を驚かせたのは、新しい4つのISではなく、その操縦者たちを従者として従えさせている女性。

 

 彼女達が見つめる先に、夕日を背に獰猛で残忍な笑みを浮かべる女。腰まで届くプラチナの髪の毛、焼けた肌色、真紅の眼光、黒いジャケットとブーツ、二本の刀。そして、隠すことなく見せ付けるような額から臍の辺りまでの斬り傷………。

 

「マズイッ!」

 

 叫ぶや否や、千冬は自分を制止する真耶の声を無視し、セキュリティールームから飛び出し、急いで現場に向かう。

 

 予測はしていたが、だがいくらなんでも早すぎる!!

 

 

 

 ☆

 

 

 

 二本の刀を抜刀したリキュールが、陽太に向かって斬りこんで来る。

 従者のISが上空20m近い場所をに浮遊していたことを考えると、普通ならば全身骨折の大惨事になりかねない行為だが、四人の配下達は止める気配すらない。

 

「!!?」

 

 今まで感じたことがないタイプの殺気をぶつけられ、棒立ち状態になっていた陽太であったが、己が身の危険を感じた本能が間一髪のところで回避行動を取らせ、その場を飛び退かせる。

 

 振り下ろされたその一撃は、地面を『爆発』させて、直径2m近いクレーターを作ってしまう。そのあまりの威力に陽太はおろか、一緒に遭遇していたセシリアすら、顔を引きつらせた。

 

 上空から着地し、地面にしゃがみ込んでいたリキュールがゆっくりと起き上がる。

 

「!………セシリア・オルコット!!」

「!?」

 

 目の前の呪縛からいち早く解き放たれた陽太が、オーガコアと気を失った操縦者の女性を抱かかえると、セシリアのほうに差し出す。

 

「早くこいつ等連れて、この場から去れ!」

「で、ですが…」

「口論してる場合じゃない!!」

 

 先ほどオーガコア搭載ISと戦闘をしていたときよりも、遥かに余裕のない声で怒鳴りつける。

 全身から噴出す汗と荒い呼吸が、陽太が感じ取っている異常事態を物語っていた。

 この目の前の女が何者なのかということはわからないが、何か尋常ではない化け物染みた実力者なのは間違いない。

 自分ひとりならばまだしも、セシリアを庇いながらの戦闘をする余裕など、今の陽太にもないのだった。

 

「(初めて感じるタイプの気配………見てるだけで潰されそうになる威圧感とそれでいてどこにも逃げ場を与えない圧迫感………ふざけやがって………てか、あの乳のサイズは何だ!?………明らかに三桁超えてるぞ!)」

「………それは困るな」

 

 だが、動き出そうとしていた陽太とセシリアにリキュールが待ったをかける。

 

「「!?」」

 

 刀を二本とも地面に突き刺し、ユラリと立ち上がったかと思えば………瞬きする間に二人の視界から忽然と消え失せたリキュール。

 

「オーガコアと操縦者の回収は私が承った仕事なんだ………勝手に持っていかれては困るのだよ」

「「(背後っ!?)」」

 

 一瞬で二人の背後を取るリキュール。実戦経験がないとはいえ代表候補生の地位を貰っているセシリアと、幾多のオーガコアとの戦いを繰り広げている経験豊富な自分の背後を易々と取れるこの女の底知れない実力に、嫌な汗がいよいよ滝のように噴出す陽太。

 だが、彼はこの事態に対しても、その従来の負けず嫌いと天衝くプライドが目の前(後ろ)の敵から逃げ出すことを拒んでしまう。何よりもいきなり逃げの手を打ってもすぐさま追いつかれるのは目に見えている。

 

「『勝手に持っていかれては困る』………だと?」

「ああ………だが、その仕事のおかげでこの学園に来る口実と、君との出逢いに恵まれたわけだ。むしろ私としては………」

「………勝手ほざいてんのはどっちだっ!?」

 

 振り返ると同時に、右拳を渾身の力で、背後にいるリキュールに叩きつける陽太。女相手にしかも顔面目掛けてぶん殴るのは気が引けるが、今は気にしている場合ではない。きっと………。

 普段ならば、このまま打ち抜かれた女が派手に吹っ飛んでいく場面なのだが、今日はまったく違う結果になった。

 陽太の動きにも遅れることなく、リキュールは高速で自分に迫ってくる物体をあっさり自身の右手で受け止める。

 

 ―――弾ける空気と衝撃―――

 

「!!?」

「良い拳だ………威力も速度も申し分なし。だが少々気持ちが先行しすぎているな。体重を乗せることに気が行き過ぎて、オープンスタンスになりすぎているよ。それでは連打の際に構え直す隙ができてしまうのではないのかな?」

「てめぇ!?」

 

 まるで意に介することもなく、陽太のパンチの解説までするリキュールに、腹の底から湧き上がる怒りに振るえる陽太。

 

「だが、こうやって直に対峙してみるとやはりそこいらの連中とはモノが違うね………君の映像を見たときから、その天性のセンスは感じていたが、今の君は更に輝かしく見える。日々刻一刻と成長している証なのかな?」

「グッ………クッ…」

 

 ギリギリミシミシと骨が軋む嫌な音が鳴りながら、余裕の笑みで観察するリキュールと、全身から汗を掻きながら彼女を睨みつける陽太。

 

 だが、その拮抗は次第に陽太の側から崩れていく。リキュールに握られている手が、固めたはずの拳が次第に解かれていくのだ。彼女の持つ信じられない握力に、陽太は拳を引くこともできずにいたのだった。

 陽太の拳が完全に崩れ去ったのを確認したリキュールは、素早く持ち直すと、完全な『握手』をする体勢にお互いの右手を持っていく。

 

「では改めて………私の名前はアレキサンドラ・リキュール。よろしく頼むよ、ミスターネームレス?」

 

 温厚な笑みを浮かべて、陽太との『握手』を楽しむリキュール。だが対して陽太は一瞬だけ俯くと………。

 

「………ッざけんなぁっ!!」

 

 相手に見下されたという事実によって、一瞬で沸点を振り切った陽太は自分を掴むリキュールの腕を逆に握り返すと外側に反らし、足払いをしてリキュールを投げ飛ばそうとする。

 だが、リキュールは腕を外側に反らされた瞬間に地面を蹴り、腕を中心に回転するような動きで陽太の側頭部目掛け、膝蹴りを繰り出していた。間一髪、その動きに反応してギリギリのところを紙一重で避けてみせる陽太。しかし、回避のために相手の腕を離してしまい、陽太は当然追撃が来るものだと思い、歯を食い縛ってそれに備えるのだった。

 

 だがリキュールが行った行動は打撃による追撃ではなく、『自分が上手』にいるという余裕の笑みを浮かべて自分へ手招きする『挑発』であったのだ。

 普段ならそんな見え透いた挑発に乗るような…………陽太ではあるが、今日の彼はこと更に冷静さに欠けていた。

 

 それが若さゆえのものなのか、それとも己が密かに感じ取っている『感情』を打ち消すための行動なのだろうか? 無謀ともいえる突撃をして、さながら『閃光』と言える速度で拳を連続で打ち出す。

 一撃ではなく連撃、複数の高速フェイントも付加した超高速連撃。これならば目の前の女は反応も出来ずに沈む。

 

「!?」

 

 が、常人ならば腕が分裂でもしなければ繰り出せない速度の攻撃を前に、あろうことかその打ち出された無数の打撃をリキュールは『全て』手の平で受け切ってみせる。それはつまり、彼女の反応速度は陽太のものと比べ、まったく劣っていないということのなのだ。

 

「素晴らしい攻撃だったが、残念なことに私には全弾見えている………あっ、かといって自分を卑下してはならないよ。私以外の人間なら間違いなく君の予定通り、木偶同然に君の打撃で地面に這い蹲っているはずだからね?」

「馬鹿にすんなよっ!!」

 

 憤怒の表情で、リキュールの手を無理やり引き剥がすと、彼女に向かって激高と共に渾身の中段蹴りをリキュールの脇腹目掛けて放つ。

 人が車に跳ねられたような重い『ドスンッ!』という音と、突風のような風圧を発生させた蹴りであったにも関わらず、リキュールは表情を全く崩すことなく、振り上げた脚で受け止めてしまう。

 

「………これも素晴らしい。才能一つで習得できる蹴りではない…………極限の修練の跡が見れる良い蹴りだ」

「だからっ!」

 

 受け止められた状態のまま、更にそこから霞むような速度で連続して蹴りを放つ陽太。

 

「見下した様なツラをやめろぉっ!!」

「(三段蹴り―――確かに疾い)」

 

 頭部と腹部と臀部に『ほぼ』同時に放たれる蹴りの軌跡は、常人では脚が一気に2本増えたように見えたであろう。

 

「だけど、間合いが近すぎて威力が乗せきれていないね。おまけに………」

「!!」

 

 その蹴りすら、彼女は余裕で打ち払いながら、最後の一撃を振り払うとカウンターで、体勢が崩れた陽太に打ち下ろしの拳を陽太の顔面目掛けて放つのだった。

 

「この様に捌かれてしまっては、手痛いダメージを負ってしまうのではないのかな!?」

「!!」

 

 蹴りを返され、バランスが崩れた陽太の顔面に漆黒の鉄槌を下そうとするリキュール。だが、陽太の口元には、してやったりと言わんばかりの笑みが浮かんでいた。

 

『!!!』

「(狙い通り!)」

 

 その場にいたリキュールの従者たちが、見取れていたセシリアが、そしてリキュールが、驚愕の表情を浮かべた。

 振り下ろされた鉄槌は、陽太の右手に受け止めれている………あえて無理な体勢になり、相手に攻撃を誘導させ、打ち終わりの隙を作ったのだ。

 

 陽太の左の拳に力が奔る。狙いは打ち下ろし直後に出来る隙………右脇腹!

 

「!!」

「(…………最高だ)」

 

 体勢を入れ替えるように踏み込んで、左の拳を自身の脇腹に突き立てようとする陽太の姿に、リキュールは一瞬、見惚れていた。

 

 間違いない………彼は、織斑千冬以来の『本物』だ!!

 

 

「!!」

 

 左の拳をリキュールの脇腹に打ち込んだ陽太であったが、すぐさま異変に気がつく。

 

「(なんだ………コイツ!?)」

 

 拳から伝わってくるイメージが人体のそれとはかけ離れすぎている。

 

「(ふざけるな…………オイ!?)」

 

 誰に聞き返すことも出来ないでいる陽太であったが、彼の脳裏に浮び上がったイメージ。相手の骨を砕くものでも、ましてや筋肉を打ち抜くものでもない。

 それはまるで、リキュールの体が『巨大な岩』のような感覚を伝えてくる。しかもそれは単純なコンクリートの塊などという柔な代物ではない。

 例えるならば、悠久の時の中を、幾千もの嵐に曝され、光沢すら放つほどに磨かれた天然の巨石のようなイメージ。

 

「………私が先ほど言った悪点を、一瞬で妙点に変える、そのセンス………堪らないな」

 

 自分の上から発せられるリキュールの言葉に、陽太は反応しながらも、いつもの減らず口を叩く事が出来ずにいた。

 

 いや………正確には、口を動かす余裕すら奪われていたのだ。

 そして彼は辛うじて動かすことが出来る瞳を上げて、リキュールの今の表情を確認する。

 

「………挨拶だけで済ますつもりでいたというのに………これはもう………堪らない!!」

 

 どう説明するべきだったのだろうか?

 それを例えるのならば、まったくイメージが異なる物同士を混ぜ合わせたかのような表情………まるで長年恋焦がれていた恋人に再会できた少女のように、可憐に頬を染めながらも、そのルビーのように紅い瞳は爛々と燃え立つような熱気を孕み、『人間』のものから、完全に別の生き物の物へと変化していた。

 

 ―――それは、神話に語られる………神すら喰らう、最強の闘争生物―――『竜』のように―――

 

 金縛りにあったかのように動けずにいる陽太を見下ろしながら、彼女はその手を陽太に伸ばした。

 

「(ヤバイヤバイヤバイヤバイ!! 動け動け動け動け!!!)」

 

 全身の筋繊維が脱力したかのように力が入らない。だが、反して脳内は自分に迫ってくるリキュールの手をしっかりと見つめている。

 まるでこれでは、死ぬ間際に見る走馬灯ではないか?

 

 初めて感じるその感覚に、陽太が戸惑いを隠せずにいる間も、リキュールの手が、指が、慄き震える陽太の瞳に迫る。

 そして彼女の人差し指が、迷う事無く陽太の瞳に触れかかった瞬間………リキュールが突如飛び退いた。

 

 

 ―――そしてコンマ一秒後にリキュールの頭があった場所を高速で通過する小刀―――

 

 

 10m近くを超人的な跳躍力で飛び退いたリキュールは、すぐさま二本の刀の前に回転しながら降り立つと、突き刺さった刀を抜いて正面に構える。

 

 直後、甲高い金属音が鳴り響き、辺りが一瞬の静寂に包まれた。

 

「………やあ、織斑千冬」

「………まさか、お前が生きているとはな…」

 

 リキュールに刀を持って斬りかかった人影、それはまごう事なき千冬である。

 千冬の手に握られた刀を二本の刀を構え、十字受けするリキュールに、千冬が強い敵意を持った眼で睨みつけた。

 

「あの程度で殺されてやれるほど、私のお前への想い………脆弱でも貧弱でもないぞ?」

 

 そんな千冬の反応が実に楽しいのか、リキュールは自分についた額から臍の辺りまでの斬り傷を彼女に誇るように魅せ付ける。

 

「まあ、見てくれ………お前が私に付けた、この傷………今では私のお気に入りなんだ」

「クッ!………その傷の復讐をしに来たというのか!?」

 

 かつての宿敵が、己の雪辱を果たしにきた。

 そう考えていた千冬であったが、だが、それは彼女の大いなる思い違いであった。

 その証拠に、リキュールは、『復讐?』と意外そうな表情になると、突然、大声で笑い出してしまう。

 

「クックックッ………ハハハハハッハハハハハハッ!!! 」

「?」

「キャハハハハハハッ、イヒヒヒヒッ………これは傑作だ!」

 

 千冬を見るリキュールの眼………その眼に今宿っているのは、決して復讐などという暗い感情から出たものではない。

 

 ―――その眼に込められた、混じり気のない、純粋な狂喜―――

 

 

「下だっ!」

 

 考えるよりも早く、千冬はバックステップしてその場を退く。同時に千冬のスーツをリキュールの刃が切り裂いたのだった。

 いつの間にか、十字受けを解いていたリキュールが、刃を返して斬り上げたのだ。

 思わぬ方向から来た声によって、自分がホンのわずかな間、集中力が鈍っていたことに気がついた千冬。

 

「ボサッとするなよ!!」

 

 弟子である陽太の声に、助けられるとは………だが、懐かしむ余裕は今の千冬にもない。

 

 斬り上げた刃を今度は返し、両方の刃を水平にすると、双手の突きを繰り出すリキュール。後方に退いては追い詰められると思い、千冬は左斜め前に飛び込みながら、刀で刀を捌き、リキュールをいなす。

激しく火花を散らしながら互いに絡み合いながら飛び退く両者であったが、すぐさま異変が起こる。

 

「………!?」

「?」

 

 左手を離して、胸元を掴む千冬の仕草を見たリキュールが、不審な面持ちになる。

 

「貴様………まさかっ!?」

「!!」

 

 何かに気がついたリキュールが、表情を歪ませながら、嵐のような連撃を繰り出してきた。

 それを捌きつつ、少しずつ後退する千冬の姿に、陽太も僅かに違和感を覚えた。

 

「(………なんで、あんなに消極的なんだよ?)」

 

 いつもの千冬ならば、敵の攻撃を捌いてすぐさま反撃の一撃でもくれてやるものを………。

 何かの作戦か? だが、千冬の表情からは、いつもの余裕が全く感じられず、明らかに本当に押されている様子に見える。

 

「まさか………そうなのか!!」

 

 両の刃を振りかぶり、上段から振り下ろすリキュール。

 大きな隙が出来るその攻撃を、当然、陽太はチャンスだと思い、千冬が回避するものだと信じていた。

 

だが………。

 

「!?」

「なんで!?」

 

 一瞬、表情を歪ませた千冬は、あろうことかその攻撃を正面から受け止めようとする。

 だが、怪物的な膂力を持つリキュールが放った双撃は、いとも容易く千冬の刀をへし折り、彼女を吹き飛ばしてしまう。

 

「ガハッ!」

 

 吹き飛ばされ、大の字で地面に寝転がる千冬。そしてリキュールは止めを刺すように一足飛びで彼女の上に飛び掛ると、無情の刃を振り下ろす。

 

「織斑先生!」

「千冬さん!!!」

 

 ………セシリアと陽太の声が重なった。

 

 

「……………」

「……………貴様ッ!?」

 

 苛立ちながら振り下ろしたリキュールの刃………それは、千冬の首のすぐ横に左右から挟み込むように地面に突き立てられていた。

 先ほどまでの余裕の表情から一変し、抑えきれない怒りを千冬にぶつけるように、リキュールは地面に倒れる千冬のスーツに手をかけると、上着を左右から一気に破り捨てる。

 

「………お前っ!?」

「やはり………そういうことなのか………」

 

 スーツはおろか、下着まで丸見えになり、羞恥心に頬を染める千冬であったが、すぐさまその気持ちが消え失せる。

 

「織斑 千冬ーーーーー!!!!!」

 

 なぜならば、自分を見下ろすリキュールの怒りと失望と悲しみに満ちていて、それが一体何を意味しているのか彼女にも理解できたからだ。

 

 ほかの人間の角度では見えないが、千冬の胸元に確かに刻まれている10cmほどの長さの刀傷。

 

 かつて、自分が………アレキサンドラ・リキュールが、織斑千冬に付けたその傷が何を意味しているのかは、リキュール自身には一番理解できたのだ。

 

「なんということだ…………よりにもよって……」

 

 突然のリキュールの変化に付いていけないギャラリーであったが、突如、そこに疾風のごとき速さで、リキュール目掛けて突っ込んでくるISが現れた。

 

「教官から、今すぐ離れろぉっー!!」

 

 漆黒の装甲と長大なレールガンを背負う、銀髪の隻眼………ドイツが誇る最新鋭機『シュヴァルツェア・レーゲン(漆黒の雨)』を纏うラウラ・ボーデヴィッヒである。

 腕部からプラズマ手刀を出力し、己の敬愛する教官を地に這わせている賊を八つ裂きにしてやろう果敢に突撃を行うラウラであったが、対して千冬は全力で声を張り上げた。

 

「逃げろぉっ!、ラウラーーーー!!!」

 

 ラウラはまったく理解できていない。

 アレキサンドラ・リキュールという女が如何に異端の化け物であるかということに。そしてリキュールは、己の邪魔をする者を生かしておくような甘い女ではない。

 この女が興味を持つのは、自身と同等かそれ以上の強者か、いずれそのような存在に成長する素質を持つ者だけである。

 

 今のラウラなど、呼吸をするが如く逆に八つ裂きにするであろう。

 

 だがそこに、ラウラの突進をプラズマ手刀ごと死神が使うような鎌で受け止める者がいた。

 

「お前ごときが親方様に斬り掛かろうだなんて………分を弁えなさい」

 

 全身を灰色のカラーリングをした装甲で覆いながら、漆黒のバイザーと黄色のビームを発振する巨大な死神の鎌を持ち、腰部のスタビライザーも小型にしており、どうやら機動性重視のISを装備した、他の三人よりも絶望的な胸のサイズな、金髪のツインテールの少女であった。

 

「どけっ!」

「アンタね………生意気よ」

 

 ラウラを完全に見下した声を発すると同時に、鎌を回転させてプラズマ手刀を弾き、返す手でラウラの腹部を鎌の柄で強打する。

 ゴフッ! という声で吹き飛ぶラウラを見ながら、少女は鎌を構え、高々と自己紹介を始める。

 

「最強にして至高のIS操縦者、アレキサンドラ・リキュールに仕える竜騎兵(ドラグナー)の筆頭、フリューゲル!!………覚えておきなさい、虫ケラ共。私に命令していいのは親方様だけなのよ」

「フリューゲルッ!!」

 

 そんな少女を問い詰めるように降り立った、左右非対称のオレンジの装甲と、背部にロケットブースターを装備したISを展開しているショートヘアの長身の少女がフリューゲルの胸倉を掴み上げた。

 

「キサマッ!!………親方様の右腕の私を差し置いて、何が筆頭だ!?」

「右腕?………一億歩譲って、親方様の右手の爪の垢が限界の貴方が、何の寝言言ってるの?」

 

 そのセリフを聞いた瞬間、オレンジのバイザー越しにも、カッと目が見開いたのが判るほどに激怒したスピアーと呼ばれた少女は、右手に巨大なドリルのようなランスを呼び出し、フリューゲルを睨み付けながら吐き捨てるように言い放つ。

 

「先に貴様から風穴を開けてやっても構わんのだぞ、この発育不良が!」

「その手の言葉は言うなって前にも言ったわよね?………物覚えの悪い脳ミソにも届くように、耳の穴をもう一つ増設してあげようかしら、この脳筋?」

 

 二人の間に火花が飛び散っているのはきっと見間違いではあるまい。

 互いに獲物を持ち合って、敵である陽太達をほったらかしで喧嘩をおっぱ始めようとする二人であったが、それを遮る声が二人の脳裏を貫く。

 

「フリューゲル、スピアー、黙れ」

「お、親方様!………だってスピアーがr」

「親方様の御名を汚すこのフリューゲルを成敗させてr」

「黙れ」

「「はっ!」」

 

 千冬を地面に押し倒していたリキュールが二度『黙れ』と言っただけで、喧嘩を止めて、すぐさま直立不動の姿勢で敬礼をする二人。よく訓練が行き届いた軍用犬を髣髴とさせる光景である。

 対して、地面に押し倒されたままの千冬は、リキュールを睨み付けながら、彼女に問いかける。

 

「どうした………止めを刺さないのか!?」

「トドメ?………形だけのスクラップに成り果てた『今』の貴様に、そんなものが必要なのか?」

 

 その言葉を聴いた瞬間、千冬が驚愕と屈辱に震えるが、リキュールは心底見下した目で彼女を一瞥するだけに留まった。

 ゆっくりと起き上がり、二本の刀を手に取ると、そのまま千冬に背を向けて歩き出すリキュール。

 

「興が冷めた………帰るぞ」

 

 鞘に刀を仕舞いながら、オーガコアと操縦者に目をやるリキュールに、セシリアがISを展開して割って入ろうとする。

 

「お待ちなさい!!………貴女方をこのまま行かせるわけには・」

「待つのは貴女の方ではないでしょうか?」

「私もリューちんに賛成☆」

 

 セシリアが一瞬、リキュールに集中した瞬間を見計らうように、紫色の装甲をした眼鏡を掛けたISの操縦者と、緑色の装甲をした四人の少女たちの中で最も胸の発育が進んでいる脳天気そうな声をしたIS操縦者の少女が、レーザーサーベルと実弾式のハンドキャノンをセシリアに左右から突きつけながら、下手な動きを取らさないように警告を発する。

 

 代表候補生の自分が一瞬でこうもヤスヤスと間合いへの進入を許すとは………冷たい汗がセシリアから流れる。隙を見つけて反撃に転じようにも、この二人は比較的温厚そうなイメージを与えながらも、操縦者としては有望なのか、セシリア相手にもまったく隙を見せることはないのだ。

 

「…………リューリュク」

「はい♪ 親方様!」

 

 嬉しそうに返事をした紫のIS操縦者の少女は、オーガコアと操縦者の女を手に抱えると、先に上空へと舞い上がっていく。

 もう用事は済んだとばかり、この場から去ろうとするリキュール一行であったが、そこに陽太が待ったを掛けた。

 

「オラ、ちょっと待てや、コラ!!」

「………何かな?」

 

 フリューゲルとスピアーが一歩前に出て陽太に対応しようとするが、それをリキュールが手を上げて静止する。

 先ほどから静かにしていた陽太であったが、さすがにこのまま大人しく返してやれるほど、彼は人間ができていない。

 と言うよりも、舐められたまま返すなど、彼には死よりも屈辱的なことに思えるのだ。

 

「人の存在素通りして、勝手に千冬さんと喧嘩始めて、勝手に納得して勝手に人の獲物もって帰ろうとは、どういう神経してんだオイ?」

「………ミスターネームレス…」

 

 そんな陽太の姿を見たリキュールは、先ほどまでのやる気が失せた表情から一変、心底楽しいものを見る目に変化しながら、陽太の心理状況を、この場の全員にバラしてしまう。

 

「そんなに殺気立って、『怯えなくていい』………今日はこれ以上私は何もしないよ」

 

 その言葉を聴いた瞬間、陽太から『ブチッ』という音が聞こえ、彼が犬歯を剥き出しにして、全身から凄まじい闘気を放つ。

 

「誰が………」

 

 ユラリ、と体を揺らしながら、前屈みになると………突然、陽太の足元が爆発した。

 

 

「ビビっただとぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 セシリアはおろか、ISを展開している竜騎兵たちですら、その速度は驚愕に値したであろう神速のスピードでリキュールの目前まで、一気に踏み込む陽太。そして、その速度をそのまま破壊力に転換した拳でリキュールに殴りかかる。

 

 尋常ならざるそのスピードに、千冬すら驚いた中、リキュール一人は違っていた。

 

 彼女は、心底、喜びに打ち震えたのだ。

 ああ………なんて愛おしい才能だろうか。彼ならば、自分を『凌駕』できる。

 そして、失ってしまった『強敵』に成り得てくれる。

 

「火鳥 陽太君!!」

「!!?」

 

 初めて彼の名前を口にするリキュール。

 そして陽太の渾身の右拳と、リキュールの左の拳が激突し、空間が震えるような振動が周囲に響き渡ると、そのまま二人の拳がお互いに弾き飛ばされた。

 

 そこから先に動いたのはリキュールであった。

 いや、もっと正確言えば、全体重を込めていた拳を弾かれた為に、陽太の身体は僅かに空中に浮き、身 動きが取れない状態になっていたのだ。

 

「今日は!!」

 

 リキュールが追い討ちを仕掛けようと跳躍する。そして左とは違う、桁違いの殺気を込めて振るわれた右の剛拳。

 

「ちっ!!」

「フンッッ!!!」

 

 自分の腕で十字受けする陽太だったが、恐るべきリキュールの剛力はガードした彼の身体ごと数メートル空中にカチ上げてしまった。

 

「これでぇッ!」

「(コイツッ!!)」

 

 空中で生身の状態では体勢を立て直す隙もない。そこに陽太の腹部にリキュールは強烈な剛拳の鉄鎚を振り下ろす。

 

「ゴハァッ!!」

「…………仕舞いだよ、陽太君」

 

 口から大量の吐血をしながら、凄まじい轟音とともに出来たクレーターに陽太がめり込み、ピクリとも動かなくなってしまう。圧倒的な力で陽太が地面に沈められ、千冬もセシリアも発する言葉が見当たらず、僅かに口を痙攣させるだけであった。

 

「彼ならば二時間で目を覚ますだろう………起きたら伝えておいてくれ」

 

 地面に大の字で横たわる陽太を見下ろし、彼女は妖艶に微笑みながら、言い残す。

 

「『次はISを使って死合う。君とならば楽しい死合が出来そうだ』………とね」

 

 それだけ言い残し、凍り付く学園一同を残し、リキュールは無言でフォルゴーレの肩を掴む。捕まれたフォルゴーレは花が咲いたように微笑み、他三人はあからさまに不機嫌そうにフォルゴーレを睨み付けた。

 これは竜騎兵達だけの暗黙の了解で、リキュールに肩を掴まれた者は、愛してやまない親方様を抱いて移動出来る権利を得るのだ。

 腕と脚を交差に組みながらお姫様だっこされるリキュールを抱きしめ、『にぱー』と、至福の表情をしながら飛び立つフォルゴーレ。その背後で、小声で荷物になっているコアと操縦者を押し付けあう三人も後に続く。

 

「くっ…………貴様ら!」

 

 だが、ラウラだけは自分達に突き付けられた敗北を認められず、レールカノンを構えて、リキュール達を撃ち落とそうとする。自身の失態も、千冬への乱暴狼藉も許せるものではない。ましてや、目の前へで見せられた人間離れした陽太の動きを、更に化け物染みた動きで上回ってみせたリキュールに、ラウラは知らず知らずのうちに恐怖を感じ取っていたのだ。

 

 だが、そこへ千冬が制止するように彼女の肩を掴んだ。

 

「ラウラ、止せ………我々の敗けだ」

「ですが、教官!?」

「見逃されたんだ…………理解しろ」

 

 自分の肩を掴む千冬の手が奮えているのを感じ、ラウラは渋々とレールカノンを下ろした。

 あのまま続けていれば、どちらに分があっただろうか?

 

 それはこの場にいる全員が嫌と言うほど感じていることだった。

 

「…………あの女…」

 

 千冬は自身への不甲斐なさと地面に這わされた屈辱と、何よりも陽太を止められなかった悔いによって思わず奥歯で歯軋りする。

 

 生きていることは、知っていた。

 以前よりも実力を上げていることも、予測していた。

 

「(だが、この差はあまりにも理不尽だ!!)」

 

 

 かつての強敵に、今の自分では歯が立たない。それが嫌というほど思い知らされる。その理由は一つだけだ。

 込み上げてくる悔しさに、思わず古傷である胸の傷に痣がつくほど爪を突き立てる千冬。

 

「(………このままではいかん!………この現状を打破できるのは、やはりお前達だけなのか?)」

 

 もどかしい気持ちでいっぱいになりながら、千冬はセシリアに介抱されている陽太を抱き上げ、そして、本来ならば決して認めたくなかった『IS学園』への入学をしてきた、自分の実の弟に思い馳せるのだった。

 

 

 

 

 




 オリジナル設定・①

 『オーガ・コア』

・正式名称は『オーガ・コア・システム』。異常活性化されたISコアのことであり、これを搭載するISは、非オーガコア(以下OC)機を遥かに凌駕する戦闘力を発揮する。

 ・非OC機よりも10倍近い出力を生み出す
 ・絶対防御を無視する絶対破壊(アプソリュート・ブレイク)なる特殊機能を標準装備
 ・防御力、機動力、再生能力、ともに非OC機とは比較にならないほど高い

と、凄まじいメリットを持つ反面、

 ・操縦者に多大なストレスを与える
 ・上記のことが進行すると操縦者を取り込む
 ・そして必ず暴走し、操縦者を憑り殺す。よしんば生きていても廃人にしてしまう。

という、兵器としての致命的欠陥(デメリット)を抱えており、各国もOCの実用化に頭を抱えているのが現状。

だが、亡国機業はOCの段階的制御に成功しており、それによって各国を凌ぐIS関連の技術を保有していると思われ、これが世界中の首脳部に危機感を募らせている。

ちなみにこのOCはアラスカ条約に記載されている「467個」のコアにはカウントされておらず、実際の総数は不明。このことは各国のトップシークレットとして口外はタブーとされている。

ちなみに、『製作者は不明』とされているが、ISコアの製作が出来るのはただ一人……つまりは………?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その夜


嵐の親方様来襲!

そして嵐は去った、IS学園では……

一方、かの地において、もう一つの『彼女』の物語も再び動き出そうとしていた!




 

 

 

 

 

 リキュール達の襲撃から、数時間後。

 気を失った陽太を保健室に運び込んだ千冬達は、彼の意識の回復を待っていた。

 

 

「そうか………そいつは厄介なことになったな」

「ああ………だが、逆を言えばこれは好機だ」

 

 上着に袖を通しながら答える千冬に、白衣を着た30代前半の、眼鏡を掛けた金髪の男性が湯気が上がる淹れたてのコーヒーを手渡す。

 

「あの女が敵になっていることを知れば、連盟の重い腰も上がるだろう。なんせアイツの実力は連盟の幹部連中も全員知っているからな」

「しかも唯一対抗できそうな織斑千冬も、今は戦えない………か」

 

 手渡されたコーヒーを掴む手が一瞬だけ力が篭るのを感じた白衣の男性は、千冬に苦笑いを浮かべる。

 

「………私は戦える」

「君のそういう頑固な所を、君のお弟子さんや弟君は受け継いでいるんだろうな」

「カール!」

 

 千冬とこういう会話が楽しめるのは、彼女の親友である束を除けば、このIS学園の保険医兼千冬の主治医である、カール・テェクスだけであろう。

 千冬にコーヒーを手渡した後、自分のカップに入った分を一口飲むと、彼は穏やかな顔で千冬を諌める。

 

「私としてはすぐに手術を受けてほしいところなんだがね………今ならまだ…」

「その話ならば断ったはずだ。仮に手術を受けるにしても、全てを終わらせた後だ」

「ふう………まったく…」

 

 医者泣かせの患者だ、と嘆いて見せようかと思った矢先、カーテンで仕切られていた向こうで、毛布が宙に舞うのだった。

 

「起きたな」

「起きたようだね」

 

 ヤレヤレと、首を鳴らしながらカールは、新しいカップを用意し始める。

 

「オイ、コラ!?」

 

 上半身に火傷と打撲を隠すための包帯を巻かれた陽太が、制服の上着を手に取りながら裸足でベッドからズカズカと降りて歩いて千冬のほうに寄ってくる。

 

「あのデカチチ女はどこいった!!」

「目下、捜索中だ………だから少し落ち着け」

「そんなの待てるかよ!!………俺が今すぐブチ殺しに行ってやらあ!!」

 

 目を覚ました途端にこの騒がしさ………しかもあれだけ手ひどく返り討ちにあったというのに、この態度………どうやら本気でリベンジに向かおうとしているようだ。

 そんな彼の無謀は許可できる訳もなく、千冬が冷たく彼に言い放つ。

 

「許可できんな………それに今のお前では勝てん」

「!?」

「おそらくあれでもまだ全力を見せていはいまい………しかも、アイツは今日はISを使っていなかった」

「………だからなんだ?」

「いい加減にしろ、と言っているんだ」

 

 千冬の空気が更に冷たくなる。

 如何に頭に血が上っていようとも、長年築かれた上下関係はそう簡単に覆せはしない。その証拠に、千冬が本気で怒気を放った瞬間、若干後ずさったのを、二人を面白そうに見物していたカールが見逃していなかった。

 

「感情任せの行き当たりばったり………いつまでガキであり続ける気だ?」

「!?」

「腕前だけは上がっているようだが、肝心の中身は何一つ進歩していない………この数年でお前が知ったことは、自分よりも弱い者をいたぶって悦に入ることと、子供のように周囲に当り散らすことだけか!!」

「グッ!」

 

 煩せぇ! という言葉が腹の中をグルグルと渦巻きながら、口から出てこようとするのを必死に堪える陽太。もし、また怒鳴り散らしたら、なんだか負けを認めたような気がして余計に腹立たしく感じたからだ。

 だが、真っ赤なキングスラ〇ムのような膨れっ面を作る陽太に、千冬はまたしてもため息をついてしまう。本当に手間がかかる馬鹿弟子だと………。

 そんな二人にタイミングを見計らったかのように声を掛けたカールは、陽太に砂糖とミルクがたっぷり入ったコーヒーを手渡すのだった。

 

「冷めないうちに飲みたまえ」

「………アンタ誰だ?」

 

 初対面の人間に言う言葉ではない、と千冬が戒めを込めた鉄拳を彼の側頭部に喰らわせる。悶絶しながらコーヒーを溢さない様になんとか支える陽太。

 

「ウゴッ!」

「お前は本当に礼儀の一つもないのか?」

「………へいへい。なんせ師匠が誰かさんなもんでね」

「………」

 

 心底冷たい笑顔でお互いを見つめ合う師弟。きっと心の中で『減らず口だけ達者だな』とか『アンタほどじゃねーよ』とか罵り合っているのだろう。

 そんな二人を見かねたカールが、進んで陽太にその手を差し出すのだった。

 

「私の名前はカール・テェクス。この学園の保険医だよ。よろしく頼む」

「……………」

「どうしたのかね?」

 

 その手を陽太が神妙な面持ちで眺めているのを不審に思ったカール。すると千冬が陽太の気持ちを代弁するようにコーヒーを飲みながら静かに語るのだった。

 

「コイツは普段は対等に扱えと文句を言うくせに、いざ対等に扱われると、その手の扱いに不慣れなのか照れてしまう奴なんだ」

「誰がだよ!!?」

「ハハハハッ、なるほど。確かに君は面白い!」

 

 千冬に確信を突かれ、頬を赤く染めそっぽを向いてカールの握手に応える陽太の姿に、カールも内心本当に可笑しく感じる。まるでこれでは人見知りの激しい幼子のようだと・・・。

だが、笑ってばかりもいられない。

 医師として彼の無茶を止める義務もカールにはあるのだ。

 

「まあ、君も感じているだろうが、その火傷と胸の打撲………とりあえず今日はもう休みたまえ」

「こんなん………いつものことだ」

 

 師弟揃って似たことを言い出す様に、彼は心の中で密かに苦笑してしまう。本当に似た者同士な頑固者師弟だと。

 そして彼はニコニコと笑いながら陽太の肩をポンポンと叩きつつ、握り拳を腹の辺りまで下ろすと、包帯を巻かれている陽太の腹を軽く小突くのだった。

 

「ッ!!!!!」

 

 その瞬間、陽太の腹に激痛が奔るが、彼は持ち前の負けず嫌いで声に出さないよう必死に我慢する。もっとも表情は思いっきり目と口を閉じて滝のように汗を流しているために痩せ我慢しているのが丸分かりであったが。

 

「その様子だと、明日の晩ぐらいまでは痛みは引かないよ………大方全治10日といったところか?」

 

 患者の患部を刺激するというS気を見せながら、涼しい顔でコーヒーを飲むカール。そして千冬も痛がっている陽太の姿を見ながら、更なる警告を発するのだった。

 

「それみろ。それにお前にはこの学園でやるべきことが沢山あるだろう?」

「……………そうだ」

 

 痛みがようやく引いたのか、顔を上げた陽太は真剣な表情で千冬を見る。千冬の方はというと陽太のこの表情を見た時、てっきり対オーガコア部隊の話を断ると言い出すのだと思い、腕を組み待ち構えるが、彼が次に発した言葉は彼女の予想を大きく違えるものであった。

 

「誤魔化さずに教えろ! アンタ、身体どっか悪いのか!?」

「!?」

「さあ、答えろよ!!」

 

 この質問に千冬は目を大きくしながら、思わず組んだ腕を崩してしまった。よもやあの時のやり取りで陽太がそこまで見抜けるようになっていたとは思っていなかったのだ。

 真剣な表情で彼女に詰め寄る陽太であったが、その時千冬に助け舟を出すかのように、後ろに立っていたカールが彼女に代わって話し出す。

 

「ああ、陽太君。盛り上がってるところ悪いんだが、千冬はこれから用事があるんだ」

「そんなもん………」

「誰かさんが派手に焼き払った学園の敷地の件についてだ………彼女が行かないと、『本人』に賠償請求を送るかもしれないという話なんだが……」

 

 『派手に焼き払った』誰かさんといえば、その話を聞いて激しく目が泳ぎだす。先ほどとは違った種類の汗をかきながらコーヒーを飲みながら『そ、それは………大変ですな、ハイ』と適当に誤魔化そうとし始めるのだが、それがチャンスと言わんばかり、千冬は空いたカップをカールに手渡すと上着を着て、保健室を後にしようとするのだった。

 

「……借りが出来たな」

「……今度奢ってください」

 

 短く会話を済ませると、保健室を出て行く千冬。彼女の後姿を見送ったカールはというと、未だ動揺して目が高速で左右に動いている陽太の前に座ると、自分の持っていたカップをテーブルに置き、静かに話し始めるのだった。

 

「一応これから言うことは他言無用にしてください陽太君。なによりも千冬には知られないように………彼女怒ると怖いですから」

「ん?」

 

 声とは裏腹に真剣な表情でそう語るカールに、陽太も知らず知らずのうちに表情が強張る。これから話されることがどれほど重大か伝わってきたのだ。

 

「そう………これは彼女自身についての事だからね…」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 夕食を取った後、寮のロビーにあるソファーの上に一人寝転がっていた一夏は、手渡された銀色のガントレットを一人眺めながら、物思いに耽っていた。

 

「(………これさえあれば、俺は……)」

 

 幼い頃より自分を守ってそして育ててくれた、たった一人の家族である千冬を守ることができる。いや、守ることができなくても彼女の弟にふさわしい、彼女の名前を汚すことない男になることができる!

 そう思うと知らず知らずのうちに興奮して手に力が入る一夏。そんな一夏に声をかけてくる少女がいた。

 

「おりむー!」

「ん? どうした、のほほんさん…」

 

 布仏(のほとけ) 本音(ほんね)。

 いつもなぜか袖丈が異常に長い制服や私服、着ぐるみを着ている不思議な不思議なセンスをした天然少女である。

 間延びした話し方と、妙なセンスのあだ名で一夏のことを呼ぶ、このクラスメイトのことを彼も親しみを込めて「のほほん」と呼んでいるのだ。

 

「さっきからヌボーとして、どうしたの?」

「ぬぼーって………」

「そう言えば、織斑先生がおりむーのこと探してたよ?」

「千冬姉が?」

 

 何のようだろうか? と首を傾げながら起き上がった時、ちょうど廊下の角から千冬が姿を現し、一夏の姿を見つけると歩み寄ってくる。

 

「織斑、ちょうどよかった。お前に話がある」

「話って、何なんだよ。千冬ねr」

 

 またしても何時も通りの呼び方をしてくる弟の頭を平手で殴り飛ばす千冬。寮内でも公私を分けろとあれほど言っているにも関わらず、一向にその呼び名に慣れない弟に溜息が零れてしまう。

 

「いってぇー!」

「織斑先生だと何度言えばお前は覚えるのだ?」

「でもよ、今まで呼んでた呼び名を急に変えろと言われても・」

「それに話し方もな。貴様、私を教師だと思っていない……などとぬかすわけではないだろうな?」

「失礼しました!! 以後気をつけます、織斑先生っ!!」

 

 直立不動の体勢で敬礼をする一夏に、一応の反省の色があると判断したのか、この話を一旦打ち切ると本題に入る。

 

「今日の放課後にやる予定だった白式の初起動テストは明日の放課後に変更する………例の騒ぎのゴタゴタで予定がズレこんだのは済まなかったな」

「いや、こっちは別に構いません。特に明日も予定があるわけではないですし」

「お前がそう思っていても、操縦者の観点からして早い目に起動させておいたほうが良いに決まっている。ISの能力開発は起動時間と密接に関係している。つまりは長い間乗れば乗るほどISは能力を引き出してくれる。お前も操縦者を名乗るなら、一秒でも長くISと触れ合って、乗りこなす努力をしろ」

「は、はい!」

「それともう一つ………今日からお前の部屋に新しい住人が…」

「はい?」

 

 何のことやらと一夏が聞き直そうとした時、千冬がロビーを潜ってくる人物に声をかける。

 

「火鳥!」

「!!?」

 

 その名前を聞いた瞬間、一夏に嫌な記憶が蘇り、思いっきり振り返りながら険しい表情で背後に現れたであろう人物を睨みつける。

 

 鞄を一つ手に持ってポケットに手を突っ込みながら、煙草を口に咥えたまま寮内に入ってくる陽太であったが、彼が自分の名前が呼ばれた事に気がついて顔を上げたとき、すでに彼の目前まで移動していた千冬の後ろ回し蹴りが放たれており、ハイヒールが深々と彼の鳩尾に突き刺さっていた。

 

「貴様………私は朝、なんと言った?」

「!!!?ッ」

 

 アレキサンドラ・リキュールにやられた傷の上から容赦なく突き刺さった蹴りの威力に、声も出せずに蹲って悶絶する陽太のポケットから、容赦なく煙草を取り出すと、グシャッと握り潰してゴミ箱に投げ捨てる千冬。

 

「織斑……『このアホ』が今日からお前の部屋の相方になる男だ。案内しろ」

「えっ?………ええええええっ!?」

 

 驚愕してすぐさま拒否しようとする一夏であったが、殺気立った千冬の表情を見た瞬間、反論は一切自分の胸の内に押し込んだ。怖すぎて口答えする気も起こらないのだ。

 

「では、お前達には色々説教をかましてやりたい所だが、今日は遅い上にまだ私にも残務処理が残っている。早く部屋に帰って、明日遅刻しないよう…」

「お、おい……」

 

 ようやく悶絶から復帰した陽太が、千冬に何かを言いたげに彼女を見つめてくる。その表情に千冬も怪訝になりながらも問い返してみた。

 

「どうした?」

「いや………その……」

 

 かと思えば、なぜか急に視線を外し、それでいてチラチラと千冬を見つめるという奇妙な動きを見せ始める。陽太のことを幼い頃から知っている千冬も初めて見るその奇怪な仕草に首を傾げながら、彼に話しかけるのだった。

 

「私も忙しい。聞きたいことは明日にして………さっきのことについてもな」

「いや……それはもういいんだ……だから、その…」

「はっきり言え。どうした?」

 

 モゴモゴと誰にも聞こえない程度の小声で何かを言っている陽太に焦れた千冬が更に聞き返すと、陽太は顔を紅潮させて、急ぎ足で彼女の横を通り過ぎると、すれ違いざまに言い放つ。

 

「悪かった!……朝も夕方も……その………酷い言い方した」

「!!?」

 

 自分からこうやって謝罪してくる姿など見たこともない千冬は、目を丸くしながら振り返ると………。

 

「陽太………」

 

 思わず、幼少時からずっと言い続けている呼び名で彼を呼び、陽太の頭に手を置き……。

 

「あの女に殴られたショックが、今頃出たのか!?」

「ふざけんてんのか、テメェっ!!」

 

 真剣に彼を心配しながら、彼の正気を疑うのだった………。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 その後、『もう二度とあの女には謝罪せん』と不機嫌そうに言いながら、一夏に部屋へと通された陽太。そこには急に用意してくれた部屋とは思えないぐらいに、中の調度品も、ベッドの感じも清潔感があり、そこいらのビジネスホテルよりもずっと高級感がある。

 もっとも、その清潔感を醸し出しているのが、この部屋に3日間ずっと一人部屋を満喫していた住人による努力によるものだとは、陽太は気がつかずいた。

 

「…………」

 

 窓側のベッドには誰も寝ていた痕跡がないことから、陽太は鞄と上着をベッドに放り投げると、窓辺に寄りかかると、雲一つない星空を見上げ、一人物静かに佇む。

 そんな陽太を一夏は厳しい表情で睨みながら、自分も静かに部屋に置かれている勉強机の椅子に腰をかける。

 

 しばしの沈黙が部屋の中に流れる中、最初に口を開いたのは陽太のほうだった。

 

「………お前…専用機貰ったのか?」

 

 一夏の右手に着けられているガントレットに気が付いた陽太が振った話題がそれであった。やはりある程度気心が知れた相手である千冬と違い、ほとんど何も知らない一夏相手になると、彼自身も頭の中で『謝罪』しようという思いはあるものの、すぐに実行に移すことができないのだ。

 だが、それを指摘された一夏はというと、陽太の出した話題に対し、未だ表情は堅いもののしっかりと返答する。

 

「昼間に千冬姉から貰ったんだ。明日起動実験だってよ……本当は今日のはずだったんだけど、なんか騒ぎがあって、使うはずだったアリーナが一部倒壊したんだと」

「騒ぎ?」

「お前知らないのかよ………なんかどっかのISの暴走事故だとか…」

「ああ……」

 

 それだけで何のことか大体察しがつく陽太。どうやら自分とオーガコアの戦闘は事故という扱いになっているようである。まあ、見たところ何も知らない一般生徒である一夏が、オーガコアのことを知らないのは当然のことであり、例え軍関係者でも、恐らく一握り程度しか教えられてはいないはずの機密事項である。

 

「それで………なんにも知らないお前に専用機与えるとは……えらく余裕があるな、この学園も千冬さんも…」

「!?……なんか問題があるのかよ!」

 

 別段千冬を馬鹿にするつもりもなかった陽太であるが言い方が悪かったようである。一夏はまたしても千冬を愚弄していると取ったのか、椅子から飛び上がるとすぐさま陽太に詰め寄った。

 

「言っとくがな、俺はこれから千冬姉や他の皆を守れるぐらいに強くなる!! 絶対にお前に言われたみたいに千冬姉に守られているだけの男になったりしねぇーからな!!」

「………そうだな、それは当然だ。むしろそうなる必要がある……絶対にな」

「え?」

 

 てっきりまた小馬鹿にしてくるものかと思っていた一夏であったが、陽太の瞳は極めて真剣に一夏を見返してくる。その表情に圧倒される一夏であったが、陽太は更に言葉を続ける。

 

「千冬さんの弟………お前に専用機が与えられたって言うなら話は早い。明日から俺がお前を鍛えてやる。徹底的にな」

「な、なんで急に……」

「俺の『事情』が変わったんだ」

 

 そう。陽太の事情がガラリと変わったのだ。彼はもうこの学園から出て行くよう真似はしないし、できるはずもない。

 思えば回りくどく腹立たしいし、最初からそうならそう言ってもらえればいいことなのに………。

 愚痴りそうになる自分を抑え、陽太は窓を開けると、自分のズボンの裾からとある物を取り出す。

 

「あっ!」

「誰もアレが最後とは言ってない…」

 

 タバコである。しかもわざわざそんな所に隠している辺り、千冬の説教にもまったく反省する気はなかったようであった。

 一夏が吸うなと怒ってくるが、そんな彼を小馬鹿にするように笑い飛ばすと、口に咥えて火を着け、肺一杯に煙を吸い込み、一夏に向かって思いっきり煙を吹き付ける。

 

「ゲホッ、ゲホッ!! てめぇ!!!」

「イチイチ煩い奴だな。誰もお前も一緒になって吸えって言ってるわけじゃねぇーだろうが?」

「そういう問題か!! てかこの部屋で吸うな!!」

「断る………安心しろ。吸うときはちゃんと窓際か換気扇の下で吸ってやるよ……後、千冬さんには言うなよ。煩いから」

 

 一夏がなおもクドクドと「体に悪い」とか「肺ガンになりたくないなら今すぐやめろ」とか言い出しているが、それも陽太は右から左に聞き流すだけであった。

 

「だから、お前の健康を俺は心配してだな!」

「禁煙なら憶えてたらしてやるよ………10年後ぐらいに」

「覚えてる気、ないだろう!?」

 

 その時、二人の部屋をノックする音が聞こえ、陽太が大急ぎでタバコを携帯灰皿に隠す。

 ビビるぐらいなら最初から吸うなよ、と心の中でツッコんだ一夏であったが、入り口に近かったという理由から自主的に応対に行く。そしてゆっくりと部屋のドアを開けた時、そこにいたのは………。

 

「あ、あの………こんばんは。ミスター火鳥! ほ、本日は助けていただきどうもありがとうございました。このセシリア・オルコット、この御恩は一生忘れません!!!」

 

 深々と頭を下げる私服のセシリア・オルコットの姿があった。そして思いっきり頭を下げられた一夏の方はというと、突然の事態に声をかけるのも忘れ、目が点の状態で呆然とその様子を眺める。

 

「イギリス名門貴族の末裔であるこのわたくしといたしましても殿方に限らず命を救っていただいたお方に何のお礼も言わずにいるというのは貴族の恥ですし何よりも初めて肌をお見せしてなおかつ殿方の肌に触れてしまった以上これからのお付き合いのことも考え今日は馳せ参じた所存でr」

「おお、エロイ下着の………えっと…マスカット?」

「オルコットですわ!!」

 

 陽太のいい加減な名前の覚え方に、反射的に顔を上げてツッコミをいれるセシリアであったが、目の前にいるのが陽太ではなく一夏であるとわかると、今度は彼女が呆然となって目が点になる番であった。

 そんな彼女に、陽太は『千冬さんじゃないからOKだな』と二本目のタバコに火を着けると、気軽にセシリアに手を振りながら話しかける。

 

「今日のことは気にすんな。別に礼を言われるほどの・」

「きゃああああああああああああっーーーー!!!」

 

 だがセシリアはというと、自分が謝罪した相手がまったくの別人であること、よりにもよって『未開のサル』と侮っている織斑一夏であったことの二つによって、頭の中で何かが爆発し、悲鳴を上げながら廊下を走り去っていく。途中で角に顔をぶつけて方向転換していたが………。

 呆然となっていた一夏であったが、ようやく再起動したのか、今日二人の間に何があったのか気になり

問いかけてみた。

 

「何があったんだよ?」

「アイツに纏わりついてたデッカイ『ムカデ』を退治しただけさ」

「???」

 

 何の話かさっぱりわからない一夏であったが、結局その日は最後まで陽太から詳しくその話を聞きだすことは出来ずに眠りにつくのであった………。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 ―――同日・パリ郊外―――

 

 陽太がIS学園に編入し、ゴタゴタに見舞われながらもなんとか一日を終えたその日、もう一つ、彼女の物語が始まろうとしていた。

 

「……………シャル」

「………ごめんなさい。おかあさん………今はほっといて」

 

 数日間何も食べていない義娘になんとか栄養をつけてもらおうと持ってきた食事にも、シャルは手をつけずにつき返す。

 陽太と別れた日から数日、フランスで彼に別れを告げられたシャルは、自室に引き篭もり、ひたすら泣き続けていた。

 

 ―――ヨウタに置いていかれた―――

 

 その事実が彼女の心を激しく傷付け、そして彼女を打ちのめした。

 ヴィンセントやベロニカはそんなシャルに色々気遣い、なんとか元気になって貰おうとしたが、シャルはベッドの上でシーツに包まり、まるで外界との接触総てを拒むようにただ一人泣き続けた。

 

「(ヨウタ………ヨウタは私のこと……重荷にしか考えてなかったの?)」

 

 自分が家族だと思っていた陽太であったが、陽太にしてみれば自分の存在は単なる「お荷物」でしかなく、不要だと感じてフランスに置き去りにしていったとシャルは感じていたのだ。

 それでもシャルは陽太を責める気はなく、ただそんな彼の重荷にしかなれない自分という存在が嫌で嫌で仕方ないのだ。

 

「(もう嫌だ………私なんて……)」

 

 負の無限ループ。

 一度悪い方向考え出すと、シャルの中では全て自分が悪いんだという考えに陥り、そして抜け出せなくなっていく………。

 

 いっそのこと、本当にこの世から消えてしまおうか?

 涙が尽き果て、瞳を真っ赤に腫らしたシャルがそんな馬鹿なことを考え付いたとき、ふと、ある気配に気が付いた。

 

「???」

 

 自室のベランダの方から感じる風の気配………母が開けていったのだろうか? だがそれはすぐに違うと気が付いた。

 

「………よう。役立たずの泥棒猫」

 

 いつの間にか夜になっていたことに初めて気が付いたシャルであったが、そんな失礼極まる言葉を言ってきたのは母でも父でもない。

 

 ウサミミとゴシック風の服装………そして柔和な笑顔と凍りついた瞳をした女性………。

 

「返事ぐらいしろよ、役立たずの泥棒猫」

「………貴女……誰?」

 

 なんとか搾り出したその言葉に女性は、『物凄く』嫌々ながら名乗り上げる。

 

「私の名前は篠ノ之 束だよ………せっかく『ようちゃん』が助けてやったのにいつまでもめそめそとしやがって……」

 

 ずずっと一歩前に出た束は、シャルのシーツを無理やり剥がすと、初めて柔和な笑顔を崩し、自分を知る人間がほとんど見たことがないであろう『怒り』の表情をして、シャルを見下ろしながら言い放つ。

 

「お前はそうやって、本当に『役立たず』のままで終わる気かよ、この泥棒猫?」

 

 

 

 

 

 





次回は、陽太を挟んで(精神的だよ。物理的に挟むなんて羨ましいことなじゃいよ!)、二人の女の戦いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

女のガチンコ


タイトル通り、男子介入不可能の女子ガチンコ回です


 

 

 

 

 

 パシンッ!!

 

 室内に鋭い音が鳴り響き、頬に痛みが走り熱を持った段階でようやくシャルは束にぶたれたのだと理解し、一気に怒りが湧き上がってきて目の前の女性を睨みつけた。

 対して束もシャルに向かって、湧き上がる敵意を隠すことなく冷たい目で見下ろしながら、口元だけが笑っている。はっきりいって普通に睨んでいるより怖い。

 

「本来なら束さんは駄目な奴に構う事がないんだけど、お前だけは特別だ………特別に腹立たしい」

「な、何が!? どうして貴方に殴られないといけないんですか!!」

 

 いきなり目の前に現れた女性は、自分のことを「篠ノ之束」だと名乗り上げた。

 ISに関わる人間ならば、その名前を知らない者は一人とていないであろう、『ISの生みの親』『日本が生んだ奇跡の天才』『天才というより天災』etc、etc………。そんな凄いはずの人物が、なぜか今自分の目の前に現れ、なぜか自分をビンタしている。

 

 普段ならパニックになっているはずの状態であるが、なぜか今のシャルは恐ろしく冷静に目の前の束に対して『怒り』を感じていた。

 そう、彼女の口から『ようちゃん』なる名前が出て瞬間、なぜだか途方もない不快感を覚えたからである。

 

「お前はいいよな。そうやって拗ねて引き篭もってメソメソ泣いてりゃ、誰かが構ってくれる………ひょっとして、そうしてたらようちゃんがまた自分の所に帰ってきてくれるとでも思ってるのか?」

「ようちゃん………ようちゃんってまさか…」

「そうだよ。お前なんかのために必死になって戦ってくれた、あの『ようちゃん』だよ」

 

 そうか、全ての謎は解けた。

 シャルは目の前の人物が何故自分の所に来たのか、理解したのだ。

 

「(そうだね………そもそも女しか乗れないハズのISを男の陽太が乗れるなんて、普通不可能だ)」

 

 解ったなら話は早い。さきほどまで項垂れているだけの状態だったシャルは、勢いよく立ち上がると束と鼻先がぶつかるかどうかというぐらいまで顔を接近させると、思いっきり彼女に怒気をぶつける。

 

「貴女がヨウタにISを渡したの?」

「そうだよ」

「貴女がヨウタにISを使って戦うように言ったの?」

「それはようちゃんも合意の上だよ?」

「貴女が………ヨウタは、ヨウタは!」

「………苦しんでた?」

 

 その一言こそ、シャルの心の中の怒りの芯に、本当の意味で火を着けたのだった。シャルの中にあった何かが引き裂かれ、その割れ目から圧縮した感情が炎のように吹き上がり、瞳から涙を流しながら右手を走らせていた。

 

 ―――代表候補生のシャルの右手のビンタを、片手で止める束の左手―――

 

「………所詮こんなもんか……確かに、ようちゃんが『見捨てて』放り出すわけだ」

「!!?」

 

 シャルが怒りと悲しみを同時に宿した瞳で束を見る。自分が思っていたことを言い当てられた恥ずかしさか、それともそんなことをズケズケ言い放つ束への怒りか、シャルは顔を真っ赤にして普段の彼女からは考えられないぐらいの感情の爆発を見せていた。

 だが、対して束は先ほど同様、ずっと冷静にそんなシャルを見続けていた。

 

「……私はようちゃんのことを何でも知ってるよ。そう……なんでもね…」

 

 シャルを見ず、どこか遠くの情景を思い出すような目で語りだす束。

 

「最初に出会ったのは、雪の日のパリの街中………凍死寸前の体で手を空に伸ばしてた」

「!!?」

 

 自分も知らない陽太の昔を話し出す束に、思わず押し止まってしまったシャルは、彼女の話に知らず知らずのうちに耳を傾けていた。

 

「とっても綺麗な瞳で『空の上で死にたい』って言ってたようちゃんを私は助けた………そして助けたようちゃんは言ってくれた『こんな汚いものばっかりの地上で生きたくない』『同じ生きるなら空の上で生きたい』『永遠無限の空の中を翔けていたい』って………私はそんなようちゃんだからISを与えたんだ………私と同じだから」

「えっ?」

 

 シャルの疑問符に、束は初めて純粋な笑顔で応えた。純粋なぐらいに絶望しきった笑顔でシャルに応えたのだ。

 

「私と同じ、この『間違いだらけの世界』に弾き出された者だから……」

「そ、それは違う!……ヨウタは…」

「黙れっ!! お前とお前の母親はようちゃんを見捨てたんだろ!!!」

 

 束の初めての怒声、そしてその声に、その言葉にショックを受けたように後ずさりながらシャルは首を横に振り続ける。

 

「じゃあ答えろよ………8年前の冬の日……フランス政府の人間がようちゃんを引き取りたいって言ったとき、お前達はどうしたんだ?」

 

 なぜこの人が『あの日』のことを知っているのか? 疑問に思いながらもシャルは必死に言葉を搾り出す。

 

「あ、あれは……お母さんだって私だって反対したんだ!! 私たちは楽しく三人で生活できてるからって……だから…」

「でも結局守れなかったんだろ?」

「!?」

「そうだ。お前達は結局守れなかった。政府の人間が迎えに来て、ようちゃんは連れて行かれたんだ……」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「ヤダッ!」

 

 幼いシャルが母親の足元に縋りながら、必死に懇願する。エルーも必死に黒服を着た政府の人間達の垣根を分けて、必死になって反抗する幼い少年の手を取ろうとする。

 

「貴方達! 今すぐその子を離して!! その子はウチの子です!」

「嘘を言ってはいけませんダリシンさん。この子は届出も出生記録もない浮浪児ですよ」

「だから私が引き取ったんです! 大人の事情で勝手に放り出しておいて、今度はその子の意思を無視して連れていこうだなんて、貴方達は恥を知りなさい!!」

 

 エルーが険しい表情で睨みつけるが、政府の人間はビクともしない。それどころかもう興味も失ったと、乱雑に幼い陽太を黒塗りの車に押し込もうとする。

 

「イヤダ! イヤダ! ボクはあそこがいい!! シャルとエルーさんのところが・」

「黙りなさい。君は今日から政府の施設で暮らすんだ。これは決定事項なんだよ」

 

 必死になって反抗するが、それも通じず、陽太は車の中に押し込められる陽太。すぐさま後部座席の窓からシャルとエルーに助けを求めるが、エルーは一人政府の人間の腕をつかみ、行かせないように必死に抵抗するが、あろうことか女のエルー相手に政府の人間は乱暴に腕を振り払い、彼女のを突き飛ばしてしまう。地面に倒れこんだエルーに駆け寄るシャル………。

 

 何かを二人に言い残すと、政府の人間達はすぐさま車に乗り込み、発進してしまう。

 

 少しづつ距離が離れていく三人………陽太は二人の名前を必死になって叫ぶ。シャルとエルーは陽太の名前を叫び続ける。

 

 そして二人の姿が見えなくなった後、陽太は尚も二人の名前を叫び続けていたが、そこに一人の男が面白そうに話しかけてきた。

 

「いつまでも煩い餓鬼だな………でもまあこれぐらいの元気がないと『被検体』にはなれないか?」

「でもコイツ男だぜ?」

「しらねぇーよ。だがこのガキを連れてこいっていうのが命令なんだから、なんかあるんだろ?」

「もしかして、被検体っていうのは嘘で、単にこういうガキが『趣味』だったりしてな?」

「ちがいねぇ! そうでなきゃこんなガキに誰も見向きもするもんかよ!!」

「まあ、死んだところで誰が悲しむわけでもないしな………なんせ出生届けがないってことは、『生まれてない』人間なわけだし!!」

「まあ、今回も大方適当に実験した後、バラしてゴミ処理なんだろ?」

「それについて面白い噂あるぜ!? なんでもランチに出てくるミートはバラしたガキの肉だってやつ!!」

「うげぇー!! やめろよお前! 飯食えなくなるだろうが!!」

 

 ―――コイツラ、ナニヲハナシテルンダ?―――

 

 目の前の大人たちが、急速に人間から得体の知れない怪物に変貌して見えてくる。汗が全身から吹き出て、動悸が激しくなり、筋肉が痙攣を起こして震えがとまらない。

 この大人たちにとって、自分は「人間」ではなく「モノ」でしかないのだと理解した陽太は、一刻も早くエルーとシャルの元に帰りたいと心の底から願った。

 

 願って、願って、願い続け、そして………それが運命だったかのように、聞き届けられたのだ。

 

 最初はパリの街中で起こった衝突事故、陽太達が乗った車と普通乗用車が交差点で衝突したのだ。

 どうやら相手は昼間にも関わらず、かなり酔っ払っているようで、激しい罵声を浴びせながら運転席から出てくる。政府の人間も怒り心頭で陽太を残し、車から全員で出て行ってしまった。どうやら簡単な任務であるにも関わらず、衝突事故などというアクシデントのせいで、上司からどんな苦言を受けるのかと思い、それが油断に繋がってしまったのだ。

 

 車に一人残された陽太は、すぐさまドアを開いた。どうやら政府の人間は鍵を掛けてはいない。すぐさま陽太は車から飛び降りて走り出す。

 ここじゃないどこか、シャルとエルーが待つあの場所。自分が人間として生きていける唯一の場所に………。

 

 だがそこへ背後から叫び声が聞こえてきた。どうやら政府の人間が陽太が車にいないことに気がつき、追いかけてきたのだ。そして所詮は子供の陽太の足。本気で追いかけられれば追いつかれるのは時間の問題だ。

 恐怖にかられながら陽太は必死に走り………そして第二の運命の分岐点に差し掛かる。

 

 目の前に川があった。何の因果か上流で雨でもあったのか、かなり流れが強い。

 陽太が恐怖にかられながら橋の上から川を見る。時期は冬、子供でも川の温度が低いこと、飛び込めば死んでしまいかねないことは分かる。

 だが、もう時間はない。政府の人間の声が近づいてくる。あと数秒もすれば首根っこを捕まえられ、自分は永遠に二人の下に戻るチャンスを失い、『モノ』として扱われ、バラバラのミンチにされることは明白だ。

 

 冬の激流に飛び込む恐怖よりも、もう二度と自分が二人に会えなくなる恐怖が陽太の中に勝り………幼い体は、零下寸前激流の中に飲み込まれ………そしてすぐさま陽太の意識が途絶えてしまうのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「その後……ようちゃんは偶然、川のほとりにあった船に引っかかって、何とか岸までたどり着いたんだって………もっとも、帰る方法も帰り道も知らなかったし、誰に頼ることもできないおかげで、数ヶ月間街を彷徨いながら、自分を連れて行こうとした大人達に怯えながら生きてたみたいだけど……」

「そ、そんな………」

 

 

 陽太が連れて行かれた後、そんなことがあっただなんて知らなかったシャルは、一気に力が抜けて座り込んでしまう。

 

「ようちゃんはね………別にそのことを責めてないよ。ううん………お前達のことを一度たりとも責めたことない」

「だ、だったら………」

「だったら?」

 

 束の目がまたしても吊り上がる。彼女を知る人間ならばここまで激しい怒りの感情を面に出す束など見たことがないと言うはずだ。

 束は、座り込んだシャルの肩を力いっぱい掴むと、彼女を床に叩き付けて怒鳴り上げた。

 

「ようちゃんが、どんなにお前達を許しても! 私はお前達を許す気はない!! ましてや、お前達のためにようちゃんが何かをしてあげるだなんて、許せない!! ようちゃんを見捨てたお前達なんかのために!?」

「!!?」

 

 もう言葉も見つからない。それは束の言うことが大凡その通りだと感じ取ったシャルの心には、もうそこに怒りはなかった。あったのは悲しみと自分は最初から陽太に助けてもらう資格なんてなかったという『諦め』だけがあった。

 

「ハッ………ハハ……本当に最低だ…」

 

 自分は本当に最低だ。泣いていれば、悲しんでいれば、また陽太がひょっこり現れてくれるかもしれない。

 また傍にいてくれるかもしれない。また、この間のデートの続きをしてくれるかもしれない。

 

 この『悲しみ』から助けてくれるかもしれない………。 

 

 そんな都合のいいことを心の何処かで感じていたが、だがそれはもう永遠に起こることはない。なぜなら自分にはそんな資格はないのだから。

 

「本当に………最低……」

 

 心の中にあった温かな何かが消えていく。ただ自分の中にある何かが消えていく感覚、そうしてシャルの瞳からも段々と光が無くなっていく………。

 だが、そんなシャルを救ったのは、またしても厳しい束の言葉であった。

 

「お前は本当に使えないな………自分から『動かない』のか?」

「………」

 

 無言のまま束を見るシャルであったが、次の言葉が僅かな光を瞳に灯らせる。

 

「お前はようちゃんに助けられたまま、自分は何もしないのか?」

「………そ……れは………」

「まあ、お前如きではようちゃんの何の力にもなってあげられないのも判るんだけどさ、それでも束さんはようちゃんばっかりが損な役目を背負うハメになるのは見てられないんだよね」

 

 その言葉と共に、束はスカートのポケットからオレンジ色の宝石が着いたチェッカーをシャルの前に取り出し、そして彼女に選択を迫る。

 

「今、この場で決めろ。お前はここでそうやって死ぬまでメソメソしてるか、ほんの僅かでもようちゃんの役に立つことをするか」

「……………」

「束さんは忙しいんだ。お前なんかのためにこれ以上時間は使いたくないんだよ。ホラ、とっとと決めろ」

 

 急かすような言い方をする束であったが、中途半端な返答は許さない、という力強さも感じられる。

 シャルの脳裏では、先ほどまで怒りとも悲しみと違う想いが腹の底からマグマのように噴出していた。

 

 陽太の力になる。

 

 考えたこともない。だけど考えてみればそれがどれだけ当然で、どれだけ当たり前の発想なのかと先程までの自分を叱り付けたくなってきた。

 

「(そうだ………この人の言う通りじゃないか! 私はまだ何も陽太に『してあげてない!』)」

 

 助けてもらってばかり、守ってもらってばかり。

 だけど、それだけで自分は満足か? それだけの自分で、自分は満足なのか?

 

「違う!」

 

 思い至った瞬間、シャルはチェッカーごと束の手を握っていた。さっきまでとは違う、純粋で揺らぎない決意の元に。

 それを見た束が、さっきした『純粋に絶望した』ものではない、温かさが通った笑顔でシャルを見た。

 

「………いいのか? 例えお前が今更ようちゃんに会いにいったって、追い返されるかもしれない。力になれないかもしれない………それでも行くのか?」

「出来る出来ないの問題じゃない………私は『やるんだ』!」

 

 揺るがぬ決意が言葉として現れ、それは世界が『天災』と言う女性の心にどのようにして届いたのだろうか?

 束は返事もせずにゆっくりとシャルから離れると彼女に背を向け、再びバルコニーに向かって歩き出す。

 

 そして彼女の頬に外からの風がなでた時、振り返った束は静かな表情でシャルを見てこう言い放った。

 

「ようちゃんは今、日本のIS学園にいる。お前が本当にようちゃんの力になりたいのなら、『それ』を一月以内に使いこなせるようになってから会いに行け………だけど覚えておけよ。お前が考えている以上に、これから起こるようちゃんの戦いは壮絶なものになる………お前も精々『気をつけろ』」

「あ………篠ノ之……束さん?」

「さっき………お前が言った『やるんだ』って言葉………それだけは認めてやってもいいよ。シャルロット・デュノア…」

 

 カーテンが彼女の姿を一瞬だけ隠した瞬間、忽然と束の姿がシャルの前から消え失せる。驚愕して辺りを探し回るシャルであったが、すでに束の姿は部屋にも屋敷のどこにも存在していなかった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 シャルと束の邂逅から数時間、夜も更けた時間となっていたパリ市内にあるデュノア本社のIS開発部は、てんやわんやの大混乱が起こっていた。

 

 副社長の解任やら社長の電撃復帰やらのトップの人事問題ゴタゴタしたり、統合防衛計画(イグニション・プラン)の乗り遅れによる政府からの資金援助打ち切りの話が濃厚になってきた上に、復帰した社長がIS部門から手を引くかもしれないという噂まで立ち、開発部は存続の危機に晒され、社員達は新たなる就職先を探したり、他企業へのヘッドハンティングされる者がちらほらこの数日で現れだしていた。

 

 自分達の愛したデュノア社ももう終わりか………。

 

 そんな寂しげな気持ちが開発部門の責任者の心のうちに芽生えながらも、残務処理をしていた時、社長と娘のシャルが突然現れ、自分達にあるものを差し出してきた。

 

 責任者と技術者がそれを見たとき、『これは夢なのか?』とほっぺたを抓り上げ、夢じゃないことを認識すると、段々と沸きあがってくる気持ちが抑えきれず、バンザイする者やハイタッチする者まで現れ始める。

 

 シャルが束から預かったチェッカー………それは第二世代ISしか保有していないデュノア社の誰もが熱望してやまなかった、『第三世代IS』であった。

 しかもただの第三世代ではない。ISの生みの親である篠ノ之束直作のISらしく、イギリスやドイツが発表している第三世代ISよりも明らかに進んだ技術が使われている、未だ机上の空論としか呼ばれていない『第四世代』に迫るモノである。

 

「凄い! フレーム内部に直接コンデンサーを内蔵することで、エネルギーゲインの上限が桁違いに高いんだ!」

「ハイパーセンサーの感度も第二世代の比じゃないぞ?」

「粒子砲(ビーム)兵器搭載………しかもコンパクトにされてて機体バランスを崩してない」

「BTとは別系統の無線誘導兵器かよ、どんだけ時代先取りなんだ?」

「拡張領域が第二世代(従来機)の余裕で四倍以上………俺達の努力水泡だぜ?」

 

 次々に賞賛の声を上げる技術者達を尻目に、社長のヴィンセントは物凄く心配そうな表情で隣いるシャルを見つめていた。

 引き篭もった娘が元気になってくれたまではいいが、そこからが問題の嵐である。

 

 まずいきなり目の前で待機状態のISを差し出すと、自分をデュノア社のIS開発部に連れて行けと言い出し、なぜかと聞けば「一刻も早くこのISを使いこなしてIS学園に入学するため」だと言い放ち、そんなことをする必要はない!と言おうとしたヴィンセントをベロニカが静止したのだ。

 

「………シャル、それはちゃんと考えた上での答え?」

「うん、おかあさん。私、ちゃんと考えた上でこの答えを出したよ」

「………それならいいわ。さあ、まずは会社に行ってISのこと、準備しないといけないんでしょ?」

「じゃあ私………行ってきます!!」

「気をつけてね、怪我しないように……」

 

 娘と妻の間で勝手に決まってしまった。自分が口を挟む余地など一ミリも無しに………。

 

 だが会社としても有難い話で、これで傾いていた経営にも光明が見えた。今まで頑張ってくれた社員達をリストラなんて真似をせずに済んだのは経営者としても喜ばしい。しかも会社存続どころか、統合防衛計画(イグニション・プラン)の選定(セレクション)を射止めた日には、世界最大手の企業に進出するのも夢ではないかもしれない。

 

「シャル………だがしかしだ……何もお前自らテストパイロットにならなくても…」

「今更何言ってるの、お父さん? 私はこのISを一月で使いこなして、必ずIS学園に行くから!」

 

 この期に及んで、ヴィンセントはシャルをテストパイロットにすることを渋っていたのだ。無論、それは父親として娘には危険なことをしてほしくないという親心であるのだが、どうにも腑に落ちないことがたった一つだけあった。

 

「シャル。お前の部屋に篠ノ之女史が来てこのISを送ってくださったという話は、まあ、判った。どうやら本物のISのようだし、彼女が手がけたからこそ、これほど高性能な物を作れたというのなら、逆に信用できる………」

「最初からそう言ってるじゃない。もう~~! 信用してなかったの!?」

「いや、違う。ただあまりに急過ぎたために、事態の把握が間に合わなかったんだ……が」

 

 そこで一旦ヴィンセントは言葉を区切り、咳払いをすると改めて自分の聞きたい疑問を口にする。

 

「お前がなぜそこまでIS学園に行くことに拘っているのか………お父さん、それが今一つ判らないんだ…」

「だから、世界中のISが集まるあの場所に行けば、その………会社の名前も…」

「お父さんはお前を広告塔になんてする気はないし、無理してさせる必要も感じてない」

「いや、でも……」

 

 段々としどろもどろな言葉になってきたシャルを不思議な表情で見つめていたヴィンセントは、父親の嗅覚というか第六感というか、とにかく背筋に走った嫌な予感をそのまま口にしてみた。

 

「ひょっとして………陽太君か?」

 

 その名前が出た瞬間、シャルが顔を真っ赤にして俯いてしまう。それを見たヴィンセントは見る見る青褪めると、次の瞬間、シャルの両肩を掴みながら激しく揺さぶりつつ、今だかつて誰も見たことがないぐらいに必死な形相で娘に叫び続ける。

 

「よ、陽太君なのかっ!! シャルロットォォォォッ!!!」

「お、お父さん!?」

「おおお、お父さんは許さんぞぉ! いくら彼が私とベロニカの命の恩人でも! この会社の恩人でも! お前の恩人でもだ! そんな嫁入り前の娘が遥か海の向こうの男に会いにいこうなどと!」

「ちょ、ちょっと落ち着いてお父さん!」

「す、すすすすすすすすすすすすすすす好きなのか! 陽太君のことが、お、お、男として!!」

 

 何を突然言い出してんだこの人は………と冷めた目線で部下に見られていることも眼中になく、自分の愛おしい娘を説得しにかかる。かなり目に力を入れながら………。

 

「今すぐこのISを篠ノ之女史に返すぞ!! これは決定だ!!」

「そんなっ!?」

「社長!! ちょっと待ってください!」

「イヤだ! 待たない!!」

「会社潰れるかの瀬戸際に巡ってきたチャンスなんですよ!! そんなの返せるわけないでしょう!!」

「他にチャンスなどいくらでも来る!」

「来るわけがないでしょうがっ!? 考え直してください!!」

「ダメだ! これは決定事項だ!! そんなシャルが日本で男と会うなどと………若い男女が二人で同棲なんて、お父さん、絶対に許さんからな!!」

「どこまで話を飛躍してるの!? 私はIS学園に転入して、ヨ、ヨウタの力になりたいって………」

「とにかく、ダメだ! ダメッたらダメだ!!」

 

 この場にいた全員が一斉に驚きながら、シャルを含む全員で異を唱えるが、ヴィンセントは梃子でも動かないと言わんばかりに首を横に振るばかり。彼の中で、もうIS云々の話から異国にいるヨウタにシャルを嫁がせるとかそんな感じの話に移行していたのだ。

 

「あら? 何ですか、騒がしい?」

「おかあさん!?」

 

 そこへ、手にバスケットを持ったベロニカがひょっこり姿を現す。そのバスケットを開発部責任者に手渡すと『お夜食が入ってます。皆さんで食べてください』と丁寧にお辞儀をすると、興奮して鼻息の荒い夫と、それの扱いに困り果てている義娘の元へと行き、二人に事情を問いただす。

 

「そう……やっぱりヨウタ君絡みだったのね」

「おまえは気がついていたのか!」

 

 自分よりも先に気がついていた妻が止めに入らなかったことに憤るヴィンセントであったが、ベロニカは笑顔を崩さず、いたって冷静に答える。

 

「当たり前じゃないですか。それに私は賛成ですよ、シャルがIS学園に入学することは」

「!?」

「おかあさん!」

 

 シャルが嬉しさのあまりベロニカに抱きつくが、逆にヴィンセントはこの世の終わりのような気分となって、自分の意見を真っ向から否定した妻を涙目で睨み付ける。

 

「シャルが日本に行くんだぞ!」

「永遠の別れになるわけでもなしに………別に構いやしないじゃないですか」

「しかもヨウタ君に会いに行くんだぞ!!」

「そうですね………私がシャルの立場なら、やっぱり行くべきだと思います」

「お、おまえは………もし、その………何かの拍子で、二人がそういう関係になったらどうする気なんだ!?」

「お父さん! だから…」

「あら、いいじゃないですか!」

 

 何がいいのか? とシャルとヴィンセントが同時にベロニカの顔を見る。そしてデュノア家の母親は暖かな笑顔を崩すことなく、手を叩くと嬉しそうに未来設計を語りだす。

 

「そうですね……在学中に婚約だけしておいても差し支えはないでしょう。それに私は早くシャルが生んでくれる孫の顔が見てみたいわ!」

 

 その言葉を聴いた瞬間、シャルが今日一番の赤面した状態で俯き、ヴィンセントは口を限界まで開いた状態で妻に詰め寄る。

 

「そんなのイヤだぁぁぁぁーーーーーーーーー!!!! シャルは一生私が面倒を・」

「もう、往生際の悪い人ね………皆さん、少し手伝ってください!」

 

 ベロニカが手を叩くと、数名が前に出る。どうやらあらかじめ呼ばれていた警備部の者たちのようで、みなガタイの良い男ばかりであった。

 

「主人が興奮し過ぎて血圧が上がっています。このままだと健康に悪いのでどこか静かなところで寝かせておいてあげてください」

「なっ!」

 

 その言葉に一瞬だけ警備部の者達は冷や汗を流して思案するが、夫人の冷たい目線を受けるとすぐさまヴィンセントの両腕を掴むと、そのまま引きずって退室させてしまうのだった。

 

「離せ! 離さんか貴様らっ! 私が社長だぞ!! ええいっ! くそっ! シャルゥーーーー! まだ話は終わってな…」

 

 強制連行された囚人のような扱いを受けるデュノア社社長の姿に、一抹の哀愁を覚える社員達であったが、すぐさま『さぁ、うるさいのがいなくなった』と開き直り、本格的にISの解析に移りだす。どうやら社員たちはこの短時間で、デュノア社の真の命令系統が夫人>社長であることを理解したようであった。

 

 俄かに活気付く研究室内で、シャルはその中心で鎮座するように解析を進められているISに目をやる。

 

「…………『ヴィエルジェ』……」

 

 束がシャルに手渡した、シャルの力に成り得るIS。いや、力に必ずしてみせる。

 なぜならば、これを一月以内に使いこなすぐらいのことができないと、到底ヨウタにいる場所に行く資格なんてないのだから。

 

 まだわからないことだらけだが、一つだけ解ったことがある。

 

 それは自分自身で動き出さない限り、彼への距離が狭まることは永遠にないのだということ………。

 

「今度は私が貴方のそばに行ってみせるから………だから、待っててね、ヨウタ!」

 

 シャルの揺るがぬ決意を聞き遂げたのか、ヴィエルジェがオレンジ色の輝きを放つのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 日本・富士自衛隊駐屯地

 

 日本国の防人(さきもり)である自衛隊の戦車が数多く駐屯する自衛隊富士演習所。

 煌々と燃え立つ炎の中、その自衛隊が所有する最新鋭戦車隊を一方的に蹂躙する影があった。

 

 足元に戦車の残骸と、数多くの自衛官の骸を生み出した異形の怪物。

 

 全長10mを超える巨体に昆虫を模した金属の装甲。両手に持つ巨大な鎌。360度どこでも見ることができる異形の『瞳』。細長いシルエットながら、不気味さをかもし出す姿。

 

 さながら『蟷螂』のような姿をした『オーガコア搭載IS』である。

 

 突如自衛隊駐屯地に姿を現したこの異形のISは、演習中の戦車に襲い掛かると一方的な蹂躙を始め、遭遇わずか10分で半数を、20分過ぎたころには稼動している戦車はおらず、更に30分過ぎたころ、生き残っている人間はほとんどいなくなっていた。

 

 なぜ、どこから、どうやってこんな化け物が現れたのか、それすら自衛官たちには考える余裕は与えられず、最強兵器であるISの謳い文句を命を代償に実感しながら、次々と八つ裂きにされていく仲間を見ながら、ある勇猛な自衛官は命を顧みずアサルトライフル片手に突撃し、ある者は背を向けて逃げ出そうとし、ある者は必死に救助を要請した。

 だが、そんな自衛官達の行動をあざ笑うかのように、オーガコアは狂った雄叫びを上げながら彼らを八つ裂きにし、強靭な鋼の顎で噛み砕き、五体をバラバラにされた死体の山を築き上げていった。

 

 それからどれぐらいの時間がたったであろう?

 

 動く者がいなくなった駐屯地から背を向け、人里にオーガコアがその魔手を伸ばそうとしたときである。

 いつの間にか上空に滞空していた軍用ヘリ、自衛隊が管理運用するそのヘリから、とある学園の制服をきた女生徒が飛び降りる。

 

 ポニーテールを風に靡かせながら、彼女は左手首に巻かれた金と銀の鈴が一対になってついている赤い紐を握り締めると、祝詞を読み上げるかのようにその『名』を口にする。

 

「…………出陣するぞ、紅椿(あかつばき)」

 

 ―――真紅の装甲――― ―――二枚一対の翼――― 

 

 瞬時に、彼女が紅の輝きに包まれ、そして地面に着地したとき、その姿を紅い鋼の武者姫へと変えていた。

 

 そして自分の両手に刀を瞬時に形成すると、切っ先を異形の化け物に向け、彼女は凛とした声で高らかに宣言する。

 

「貴様ら悪鬼にいるべき場所はこの世に無し! 我が刃にて穢土に帰るがいい」

 

 切っ先を下げ、両手に持った刀を十文字に構え直すと、彼女は叫びながらオーガコアに向かって突撃する。

 

「篠ノ之 箒! 紅椿!! いざ参る!!」

 

 

 

 

 

 





次回は、再び学園サイドに………戻りますが、主人公たちじゃないw
リメイクするにあたって、もっとも設定が変わった箒さんのターンです。『なんで紅椿がもう?』とか思う人がいるかもしれませんが、それは次回にて語れます。こうご期待ください


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

誓いし剣

さあ、箒のターンだ!
そして思わぬ形で改変の煽りを受けたあの二人も登場。


更識ファンの皆さん、ごめんなさい



 

 

 

 

 

 轟ッ!

 

 オーガコアがその巨腕を振るい、箒を叩き潰そうと刃と化した腕を振り下ろす。その攻撃を前進しながら箒は跳躍して避けると、両手に持った二本の刀、『雨月(あまづき)』と『空裂(からわれ)』で同時に斬り上げて、装甲の一部を斬り裂いてみせた。

 本来、『雨月(あまづき)』と『空裂(からわれ)』は二本とも『近接にも対応した射撃兵装』という特異な武装であるが、箒はあえてそのコンセプトを無視し、『エネルギーをコーティングした状態で直接敵オーガコアの装甲を斬り裂く』ことに使用していた。これはシールドバリアの強度とゲージが通常ISとは一線した桁違いのモノを誇るオーガコア相手に独自で研鑚した戦術であり、エネルギーのロスを減らす目的もあった。意味をほとんど生さない射撃をして無駄にエネルギーを消費するよりも、一点に集中して直接叩きつけた方が効果的であり実戦的だと箒は判断したのである。

 

 奇声を上げながら後退するオーガコアであったが、ダメージがほとんどなかったのか、すぐさま前足で箒を牽制するような突きを放つ。その攻撃を思わず上空へと跳躍して回避するが、それを待っていたかのように放たれた強烈な腕の鎌による横薙ぎの攻撃をまともに受けてしまう。

 

「ぐうっ!!」

 

 間一髪で二本の刀での防御に成功するが、敵は箒の6倍以上の巨体とそれ以上の質量を持っているのだ。金属バットで殴り飛ばされたゴムボールのように、上空から弾き飛ばされ、地上を100数十mほど吹き飛ばされながら転がっていく。

 肺の中の空気はすべて吐き出され、激痛のあまり視界が歪む。平衡感覚も何もかもが狂い、自分が上を向いているのか下を向いているのかも理解できない。

 だが、痛む身体と精神に無理やり活を入れた箒が、転がりながら何とか体勢を立て直し、吹き飛ばされた運動慣性で止まらぬ刀を地面に突き立てながら急停止をかけ、痛む首を無理やり上を向けさせる。

 

 ―――上空から自分を押し潰す様に降ってくる巨体―――

 

 それが何か考える間もない。

 上空からその巨体を叩き付けるだけで箒を押し潰せるとオーガコアは思ったのか、彼女の真上から強襲してくる。

 

「調子に乗るなっ!」

 

 そこへ箒はオーガコアのその行動を逆手に取り、紅椿(あかつばき)のスラスターを全開にしながらの突撃(チャージ)を行い、敵に肉薄した。瞬時に左の空裂を逆手に持ち返る箒。

 

「!!」

 

 紅と鈍灰、刀と鎌、人と蟲、修羅と悪鬼………互いの渾身の一撃同士が激突し、空に砕けた刃が舞い上がる。

 

「………篠ノ之流、『鋼砕(たまくだき)』!!」

 

 勝利したのは、決して兵器として操縦者共々異形に墜ちたオーガコアではなく、ISを纏いながらも古の武士(ものふふ)の技を駆使した箒の方であった。

 相手と交差した瞬間、箒は相手の刃ではなく、刃と肩の間にある僅かな間接を二本の刀を突き立てることで見事粉砕してみせたのだ。奇しくもオーガコアの圧倒的質量を逆手に取り、カウンター技で装甲とバリアーが薄い部分を狙い打った形になる。

 

 オーガコアが醜い奇声を上げる中、入れ違うように相手の頭上を取った箒は、そのまま降下し、もう一本の腕に迫り、敵の主戦力を奪いにかかる。

 

「胡蝶蘭!」

 

 両足の装甲が瞬時に変形し、足首の辺りからレーザーブレイドを形成した紅椿は、オーガコアの肩の装甲を難なく斬り裂き、相手を地面に叩き落した。後を追って速攻で勝負をつけようとした。

 

 だが、それが間違いであると箒は思い知らされる。

 敵オーガコアは、自身に向かってくる憎き狩人を八つ裂きにしてやろうと、あろうことか箒に『背』を向けたのだ。

 その行動に一瞬だけ怪訝な表情を浮かべた箒が、敵の狙いに気がついたとき自分の視界を黒い何かが覆い尽くし、彼女を漆黒の濁流が飲み込んでいた。

 

「グッ! こ、これは………!?」

 

 自分に纏わりつくものを振り払い、地面に着地する箒。そしてそんな彼女の周囲に降り立った漆黒の塊たちは、その球体から突如脚を、手と一体化した鎌を、異形の顔を次々生やして彼女の周囲を取り囲む。敵が放ったのは砲撃ではなく、自身の小さな『分身(異形の蟷螂)』達だったのだ。

 ワラワラと夏場の羽虫のように湧き出てくる小型の分体達を睨み付けながら、いったいどうやって生み出しているかと箒が本体を見た時、彼女は絶句する。

 

 いや、腹の底から湧き上がって喉元に溜まったモノに言葉が塞き止められたのだ。

 

 オーガコアの腹の部分から伸びた無数の透明の触手が、周囲に散らばっている大破した戦車に、息絶えた人間の死体を吸収して、腹の中で取り込んでいく。

 オーガコアは自身の欠損の修復と、箒の足止めのための戦力(分体)を生み出すために、自身が破壊して皆殺しにした自衛隊の戦車を利用していたのだ。

 

「貴様ァ………」

 

 ギリッと握り締めた手から鈍い音が鳴り、奥歯を噛み砕く勢いで歯を食いしばる箒。死して尚、その亡骸すら弄ばれている自衛官達の姿を見た箒の理性のリミッターは完全に振り切れる。

 

「この………化け物がぁっ!!」

 

 鬼気迫る表情で周囲を取り巻く分体達に突撃する箒。激情に任せた斬撃は普段の彼女とは正反対の獣の牙のような荒々しさで分体達を斬り裂いていく。そのまま止まらず、回転してさながら舞うような動きで小型の竜巻と化す箒。

 本体と違い、サイズ的に大差がないためか、中心で刀を振り回す箒によって木偶の様に斬り落とされていく分体達であったが、流石にやられてばかりでない。

 数に任せ、周囲から同時に攻撃する者。箒の背後を取って斬り掛かる者。四方八方から迫る敵の攻撃を、箒は両手の刀と両足の胡蝶蘭で捌きながら斬り倒していくが、単純な手数で劣る箒が次第に追い込まれていく。分体のうちの一体の攻撃が箒の右腕を斬り裂き、真っ赤な血を噴出させたのだ。

 

「(くっ! 絶対破壊(アプソリュートブレイク)!? 本体だけではなく分身たちも有しているというのか!?)」

 

 ISの優れた防御性能である『絶対防御』を無視して、操縦者を殺傷できるオーガコア特有の凶悪な能力を分体達までもが所有していることに驚く箒。

 異常な増殖能力に、ISを所有するものにすら容易く致命傷を与えられる攻撃能力と、軍用ISすらも超える防御性能。

 改めて「オーガコア」と呼ばれるこの異形のISの恐ろしさを痛感する箒であったが、膝を折って敗北するわけにはいかない。

 

 更に一撃、左側からきた攻撃を避けきれず、左の太股を切り裂かれてしまうが彼女の闘志はいささかも衰えない。

 

「だからとてっ!」

 

 自身の劣勢を跳ね除ける言葉と共に上空に飛び上がった箒。それを追いかける分体達と、両腕の修繕が終わった異形の蟷螂が巨体を跳躍させようとするが、箒はそこに先手を打つ。

 

「地面に這い蹲れ!」

 

 背中にある紅椿の最大の特徴、『展開装甲』が切り離され、二機のビットと化す。そしてそれと同時に両肩と両脚の装甲が開閉し、それぞれ『展開装甲』の中から多数の『弾頭』が現れる。

 

「散桜刃舞(さんおうじんぶ)!」

 

 箒の掛け声と共に発射された弾頭は、ミサイルのようにオーガコアと分体に襲い掛かると、接触の瞬間、先からレーザーの刃を生み出し、一つ一つがレーザー刀となって、異形の悪鬼達に突き刺さる。

 

「!!!!」

 

 流石にこの攻撃は読めなかったのか、聞きなれない奇声上げ、地面をもがきながら転がるオータコア。なまじサイズが大きかっただけに、体中に針を刺されたように無数の刀が突き刺さっていたためである。見れば分体達も同じように刀が突き刺さり、地面に縫い付けられながらもがき続けている。

 

 そんなもがき苦しむ悪鬼達の群れの真ん中を平然と進む箒は、切っ先をオーガコアに向けると、一切の容赦なく相手にトドメの一撃を放つ構えを取った。

 

「貴様ら悪鬼が人々に害を成すというのなら、私は、剣となって貴様ら害を斬る!」

 

 背中にあったビットが切り離され、左手に持った空裂と一体化して瞬時に刃を変化させ、彼女はその手に身の丈とほぼ同等の大きさの刀を握り締める。

 

「それが篠ノ之箒という…………『剣』の生き様だ!!」

 

 そして頭上に掲げ、言葉と決意と想いと共に一気に振り下ろした。

 

「剣撃飛翔!! 紅牙一閃(こうがいっせん)!!」

 

 空裂が本来持っていた『斬撃そのものをエネルギー刃として放出する』機能を展開装甲で数倍に上昇させ、オーガコア相手にも一撃必殺の威力とする巨大なエネルギーの刀波は、異形の蟷螂に直撃するとその上半身を真っ二つにされ、地面に崩れ落ちる。

 

 だが敵は完全に沈黙したわけではない。コアと操縦者が無事ならば無限に復活する、それもオーガコアの恐ろしさなのだ。

 それを重々承知している箒はすぐさま胴体部分に向かい、二本の刀で装甲を切り裂いた。

 

 ―――オーガコアと白目を剥いて何かをぶつぶつ呟く操縦者の女―――

 

 案の定、上半身にその姿が見られなかった操縦者の女は、装甲の厚い胴体部分にその身を守られていて、まだ息がある。

 

「(この女もオーガコアに取り込まれただけ………だが、お前がここにいた自衛隊(防人)達を殺したことには違いない!!)」

 

 コアと女性。今ならば容易く両方両断することもできる。そんなこの状況が、暗い暗い、想いが箒の胸中を蝕んでいく。

 

「(そうだ! この女はもう廃人になることは確定している! それに何よりも!!)」

 

 先ほどから自分に向かって妖しく輝くオーガコアが、まるで箒を挑発しているようにも見えた。

 

 ――― 斬れ 殺せェ!! そしてお前も私と同じ「人殺し」になれ ―――

 

 箒の心中に聞こえるはずもないそんな声が響いてくる。

 

「(高々兵器如きが何を言っている!? 私は………私は!!)」

 

 迷いながら、心の中を蝕む闇の声を振り払えないまま、彼女は手にした刃を振り下ろし………機体からコアと女性を引き剥がす。

 すると、先ほどまで地面にのた討ち回っていた分体達が一斉にその動きを停止させると、グズグズと溶けて地面にゲルのように広がっていく。

 

「………状況、終了…」

 

 何とか搾り出すようにその言葉を告げた箒に向かって、上空で旋回していた自衛隊のヘリが降りてきた。どうやら戦闘が終わったことを確認し、コアと操縦者と箒を回収しに来たようである。

 

 コアと操縦者の女を渡そうと、箒がヘリに近寄る。だが、その時、またしても先ほどの声が脳裏に響いてきた。

 

 ――― 失望した この半端者が ―――

 

「!!」

 

 驚愕のまま箒は手にあるオーガコアを見つめたが、またしても妖しい輝きが箒を嘲笑うように光る。

 

 ――― 憎しみで刃を振るう癖に、ここぞという時にお前は理性に縋る ―――

「何を………言って…」

 ――― お前が欲しがっている物が目の前にあるというのに、お前は手を伸ばす覚悟がない 弱いからな ―――

「貴様ッ!」

 ――― 無駄だ お前は弱いまま朽ちて逝くだけだ ましてや『仇』など取れはしない そう、お前は弱いからな ―――

「黙れぇ!!」

 

 怒りに任せてコアを地面に叩きつける箒。その様子にヘリの中の自衛官が何か抗議の声を上げるが、箒の耳には一切届きはしない。彼女の目はその怪しく光るコアを睨み付けて離れはしないでいるのだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 自衛隊の駐屯地までヘリによるコアの護送を承った箒は、無事目的地にまで着くと、自衛官の感謝の言葉も早々に打ち切り、IS学園への帰路に着こうとしていた。

 駐屯地にいた将官の一人が、そんな箒を送っていこうという好意を見せたが、彼女はそんな言葉をバッサリ切り捨てる。

 

「私は自衛官ではありません。それに私がもう少し早く着いていれば死なずにすんだ自衛官達も大勢いたはず。ならば私に感謝の言葉を告げるよりも、先に彼らに労いの言葉をかけてください」

 

 それだけ告げると、箒は駐屯地を後にする。

 時間を見ればすっかり夜も更け、今から電車を乗り継いでも途中のどこかの駅で立ち往生することになりそうだ。学園ともかなり距離がある。ISで飛んで帰れればいいのだが、流石に街中を許可なしに飛行すれば、学園と政府の両方から何を言われるかわかったものではない。

 幸い、学園側には外出許可を出している。それにこれは政府からの直接の依頼だ。多少の便宜ぐらいは働いてくれるだろう。

 

 とぼとぼと夜道を30分ほど歩いた箒は、街中のバスターミナルにたどり着く。

 自衛隊の駐屯地が街からさほど離れていないことが幸いしたのか、見れば深夜の高速バスがあることが掲示板で見て取れた。しかもIS学園に続く駅までの直通で、朝方には着ける時間である。

 

「授業………サボらずにすんだな」

 

 安堵のため息を漏らす箒であったが、突如、手足に鋭い痛みが奔った。先ほどの戦闘での負傷である。

 

「流石に痛み止めも限界か………仕方ない」

 

 痛み止めを直接患部に打ち、包帯を巻いていただけの簡素な止血だったためか、薄っすら包帯にも血が滲んでいた。

 箒は痛む体を動かし、バスの停留所まで辿り着くと、鞄と重い身体を待合室のイスの上に座らせる。幸いにも待合室には誰もおらず、傷の処置をするにも好都合であった。

 

「女子高生が、一人で自分の傷を縫っている姿など、見せられないからな………」

 

 箒は鞄の中から医療用のソーイングセットと包帯といくつかの薬品を取り出すと、自分で巻いた包帯を取り、血がにじみ出る患部を消毒し痛み止めの薬品を注射すると、口の中でハンカチをかみ締めると右腕の傷を自ら縫合し始める。

 傷は思っていた以上に深いのか、一合一合糸を通すたびに激痛が走るが、彼女はその強靭な意志で堪え続けた。

 傷を全て縫い終えると、消毒液を掛けて血を拭い去り、傷口が化膿しないよう無菌状態を保つフィルターを張り付け、その上から隠すように新しい包帯を巻き直す。

 そして左脚の太ももにも同様の処置を施し、ようやく傷口の処置を完了させた箒は、玉のような額の汗をタオルで拭うと、痛む身体を起こして自販機でスポーツドリンクを購入し、一気に飲み干す。渇いた喉を潤すために3分の2ほど飲むと急激な空腹を彼女は覚えた。

 

「そういえば、昼間から何も食べていなかったな………」

 

待合室から出て辺りを見回す箒の視界に、駅前のコンビニが目に入る。深夜バスの時間を確認して、後10分ほどしかないことを知った箒は、若干急ぎ足でコンビニに入ると、レジの横に並べてあった棚から、適当におにぎりと菓子パンとサンドイッチを取り、最後にお茶を手に持つとレジで精算して、また急ぎ足で停留所へと向かう。

箒が停留所に着くと同時に深夜バスが姿を現した。

箒は戦闘による疲労と出血による軽い貧血状態でフラフラになりながら、バスに乗り込み、そこで漸く肩の力を抜くように深い深い溜め息をつく箒。途中、バスに乗り込む際に運転手が怪訝な表情を浮かべたが、『IS学園の者です』という言葉と学生証を提示したことで面倒な詰問も受けずに済んだ。

以前ならISに関係することには無意識で毛嫌いしていたはずなのに、今では当たり前のように言える自分の変化に、軽い驚きを覚えながらも、箒は買ってきた夜食に手を伸ばし…………意識を止めてしまう。

 

「………………メロンパン」

 

適当に篭に放り込んだためか、選んだ商品にまで気を回してなかったために、箒は驚きのあまり固まってしまう。そして一分ほどメロンパンを眺めた後、彼女はおもむろに封を開けると一口かじると、再び手元のパンをじっくりと眺め始める。

 

「……………そういえば、最初のおやつもメロンパン半分こだったよな……」

 

 懐かしさに心と視界を滲むのを感じた箒は、袖で眼を拭う。だが、何度拭っても歪んだ視界が元に戻ることはなく、彼女は思わず心の中で自分に向かって微笑んでくれている人物の名前を口にするのであった。

 

「…………簪(かんざし)…」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 一年毎に転校と引越しを繰り返した箒が新しい住居となる家の前で途方に暮れていた。

 今年中学校に上がる箒は、姉である束の失踪と同時に政府から要人保護プログラムなる『監視』の目を受けることになる。それにより、大好きだった両親と幼馴染の姉弟とも引き剥がされ、一年毎に転校と引越しを繰り返すだけの生活をしていたのだ。

 当初は束に対して怒りとも憎しみともつかない暗い気持ちで心の中が一杯になっていたが、それも日が立つことに薄らいでいた。いや、負の感情だけではなく、喜びとか楽しみとか明るい感情も一緒に薄らいでいくのを箒は心の中で感じていたのだ。

 

 自分はそのうち喜びも怒りも哀しみも楽しみもまったく感じることがない人形になるのだろう。

 

 漠然とそのように感じ始めていた箒は、転校先でも進んで友達を作ろうとはしなかった。それどころか他者へと進んで関る事も避けるようになっていた。結果、彼女は誰もいない部屋でも学校の教室の中でも孤独に苛まれる。それでも、そうした耐え難い孤独すらも、いつか何も感じることがなくなるよう願い続けていた。

 

 だが、そのような箒にも転機が訪れる。

 

「……………」

 

 『更識(さらしき)』と古めかしい字で書かれた表札を貼り付けた堂々たる門構え。そして敷地を取り囲むように作られた塀だけでも自分の眼で両端を捉えることができないぐらいに広い。明らかに今まで一人で住まわされていたマンションやアパートとは違う住居である。

 箒は何度も手渡された地図に書かれた住所と目の前の家の住所を照らし合わせるが、ここ以外に考えられない。というかここ以外にこの辺りに家が存在しない。

 

 しばし地図とにらみ合う箒であったが、意を決して目の前のインターホンに手を伸ばす。

 徐々に近づいていく指先、緊張して唾を飲み込む箒………。

 

 5cm、4cm、3cm、2cm、1cm………。

 

 彼女の指がインターホンに後数ミリで触れようとした時………。

 

「こんにちは、篠ノ之箒さんですね」

「ひゃうっ!!」

 

 背後から突然かけられた声にびっくりして振り返ると、そこには眼鏡をかけたセミロングの髪形で癖毛は内側に向いている小柄な少女であった。

 

「ごめん………びっくりさせた?」

「い、いや、すまない。こちらの方こそ突然変な声を出して」

「いえ、お姉ちゃんが出迎えに出たら、もっと変な声を出させてしまったかもしれませんから、良かったです」

「………?」

 

 何のことだ? と箒が聞き返す間もなく、目の前の少女は箒が持ってきたボストンバッグを手に持つと、門の隣の勝手口をくぐり、なにやら愚痴り始める。

 

「もう………お姉ちゃん、やっぱりこんな悪戯して………今日から一緒に住む人に、なんて歓迎をする気?」

 

 なにやらとんでもない歓迎の準備でもしていたのか、ガサゴソと不気味な音をさせながら何かを片付け始める少女。そして約5分ぐらいかけて全て片付け終えると、改めて勝手口から顔を覗かせ、箒を中に案内する。

 

「ごめんなさい箒さん………お姉ちゃんがまた悪戯を沢山仕掛けてたみたいで、念のために勝手口からどうぞ」

 

 抑揚のない声で中に案内された箒は、おっかなびっくり周囲の状況を見回す。

 敷地の中はというと、これ以上ないというぐらい手入れの行き届いた純和風の庭園であり、どこの大名屋敷かと見間違う豪華さである。

 門から歩くこと15分。歩いて15分もかかる敷地の広さに驚いていた箒は、目の前にある屋敷の大きさにさらに絶句した。

 大名屋敷じゃない。ここは将軍様の城か何かか?

 年数が立っていながらも、古びた様子がまるでない木造の家ながら、大きさは体育館と同等………いや、ひょっとするともっと大きいかもしれない。しかも箒には、更に奥のほうに似たような造りと大きさの屋敷が見え、実は今見えているこの家すらも、全体の一部なのかもしれないという事実に戦慄する。

 

「あ、ここ玄関ですから、靴脱いでください」

「す、すまない………いえ、すみませんでした!」

 

 急に話し方を変える箒の様子を不思議そうに見る少女。その時、立派な金縁に玄関の前に仁王立ちする者がいた。

 

 少女に似た髪型と顔立ちでありながら、どことなく奥手そうな印象の少女とは裏腹な活発さと身長とプロポーションをした少女は、腕を組んで仁王立ちしつつ扇子を広げると、箒に大声で何かを言い始める。

 

「よく来たわね、篠ノ之箒ちゃん! 私の名前は・」

「………どいてください『楯無(たてなし)』さん。お話ならまた今度にでも」

 

 楯無、と言われた少女の隣を素通りしようとする少女に対して、楯無はさっきまでの態度はどこへやら、少女の腰に纏わりつくと半泣きで必死に哀願し始める。

 

「お願い、簪ちゃん!! そんな他人行儀な呼び方しないで!! お姉ちゃんっていつもみたいに言ってぇ!! でないとお姉ちゃん死んじゃう~~~!!!」

「どいてください楯無さん………それに私のお姉ちゃんは今日から一緒に住む人に悪戯するような人ではありません」

「ごめんなさい! 反省してます!! もう絶対にそのようなことしません!!! ですから今すぐにでもお姉ちゃんって言ってぇ~~~!!」

 

 自分よりも身長も年も下の少女に必死に懇願する態度に、簪と呼ばれた少女はため息をつくと、姉に対して諭すような口調で話し始める。

 

「もう………ダメだよ。こんなことしちゃ……わかった、お姉ちゃん?」

「うん! わかった!! 簪ちゃん大好きーー!!!」

 

 態度を軟化させた妹に大喜びの姉は、大好きで大好きでたまらない妹の頬っぺたに頬ズリをしつつ、箒に改めて自己紹介し始める。

 

「こんにちは篠ノ之箒ちゃん! 私がこの家の当主である更識楯無! それでこの超絶可愛い私のラブリーシスターが更識簪ちゃん! 今日から一緒によろしくね!」

「………はぁ…」

 

 目が点となった箒が、かろうじて言えたのはたったその一言だけであった………。

 

 

 屋敷の中に通された箒は、とりあえず自分に宛がわれた部屋(どうみても一泊数十万する高級和風旅館の部屋)に手荷物を置くと、簪の部屋に通される。

 迷宮かと思われる屋敷の中で、途中何人かの女中さんとすれ違うが、全員楯無と簪を見るとお辞儀するどころか壁によって道を明ける動作を全員していて、目の前の姉妹がこの家の君主であることを如実に示した証拠でもあった。

 それゆえに、通された簪の部屋もさぞかし凄まじい豪勢さなのだろうと覚悟してただけに、箒は先ほどとは別の意味で目が点になる。

 

 まず中央を陣取る、仮面を被った孤独なサイボーグ戦士一号二号の決めポーズポスター。その隣に、どこかの光の国からやってきた巨大なヒーローを模したソフビ人形が鎮座している。棚にはそれぞれ『〇〇戦隊』を名乗っていた正義のヒーローチームの巨大合体ロボの玩具が飾られ、本棚には本の代わりにDVDがずらりと入れられていた。ご丁寧に観賞用と限定版DVDBOXと分けて。

 更に箒の目には、それらの派生ともなる各種入り乱れのグッズの数々で埋め尽くされた棚があり、それらがポスターとともに本来50畳はあるはずの部屋を圧迫してたのだ。

 

「(なんだ、この異空間は?)」

 

 明らかに、この豪華絢爛な武家屋敷の中においてここだけは異彩というか違和感というか異臭というか、とりあえず言葉では説明しきれない得体の知らないオーラを発していることに気がついた箒は、思わず一歩引いてしまう。

 だが、そんな中でも簪は意気揚々と自分のコレクションの中から何かを選び出していた。

 

「…………箒さん、初心者っぽいから、コレから入ろう………明日はこのシリーズで、来週からは昭和〇イダーシリーズ……」

「(何を来週まで見せられるというのだ!! というか、これは何かの洗脳の儀式か!?)」

 

 畳をひっくり返し、実は下にも収納スペースがあることを地味に見せ付けながら何か嬉しそうに笑っている簪の様子に困惑している箒であったが、ふと、簪が自分を見ていることに気がついた。

 

「………よかった…箒さん、無理してそうだったから…」

「………何のことだ? 私は何も無理などしてはいないぞ」

 

 自分でも驚くほど固い言葉で言い返してしまったことに、少し後悔してしまうが、そんな箒に簪は少しだけ昔話をしだす。

 

「昔々………とある家に二人の姉妹がいました」

「???」

「姉は文武ともに極めて優秀な天才で、人柄も良く、このまま成長すれば歴代最年少で当主になることができるほどの人物。片や妹のほうは全ての能力が並みでしかない凡人で、しかも何処となく暗い性格です………」

 

 鋭い痛みが箒の心に走る。思い出したくもない痛みがぶり返してきた。

 

『流石、天才の妹』

『天才なのは姉の方だけか』

『妹はどうやら出来損ないか』

『お前の姉のせいでこんなことになったんだ』

『天才の妹だからって贔屓されるな』

『お前なんていらない。ほしいのは姉のほうだ』

 

『天才、篠ノ之束の平凡な妹』

 

 どうして? もう何も感じなくなったと思っていたのに、簪の目を見た途端、あの時の痛みが心を締め付けていく。

 箒が目を閉じて顔を伏せ、唇をかみ締めるその姿に、簪も若干陰のある表情で話を続けるのだった。

 

「妹は姉に追い付きたくて、追い付きたくて、必死に努力しました。でも、どう頑張っても姉には敵うことも追い付くこともできません」

「………やめろ」

「ですが、妹はどうしても諦めきれませんでした。だって………そんなお姉ちゃんが自分の自慢で、何よりも大好きだから」

「………黙れ」

「だから、その妹はある日からずっと思い続けています。『自慢のお姉ちゃんみたいになれない自分なんて大嫌いだ』って……」

 

「煩い!! 黙れぇ!!!」

 

 いつの間にか立ち上がった箒が、怒鳴り声を上げながら簪に詰め寄る。

 

「お前に私の何が解る! 私はっ!」

「解るよ………」

 

 静かで穏やかな声でありながら、簪の声色の中に自分への理解と思いやりが込められている事を箒は感じ、思わずたじろいでしまう。

 対して、簪は箒の頬に両手で触れると、かすかに微笑みながらもう一度箒への理解の言葉を彼女に送る。今度こそ孤独な彼女の心に届くようにと………。

 

「解るよ………箒さんが、本当は束さんのこと、大好きだってこと」

 

 その言葉が彼女の孤独な壁を決壊させ、自分の瞳から溢れ出す温かな物が頬を濡らしていく。何度拭っても止めることができない。そしてそんな箒を彼女よりも背の低い少女が抱き締める。

 

「……うっ……う、うぅっ……ご、ごめん………うっ……ひぐっ……」

 

 しゃっくりを上げながら自分の腕の中で泣き続ける箒に、簪は彼女がなぜ更識の家で暮らすことになったのかの経緯を話し始める。

 

 更識の家は代々暗部という要人暗殺や裏の仕事を受け持つ輩に対抗するために生み出された『対暗部用暗部』とも言える特殊な家系であり、そのため今でも日本や各国の政府に太いパイプを持つこと。

 そのためか世界的に有名な人間の動向には敏感であり、そういったことの一環でIS開発者である篠ノ之束の妹、篠ノ之箒の存在を知り、同時に彼女の護衛係をしてほしいと政府が更識に依頼してきたこと。

 そして、同い年の簪は彼女の学友として護衛をするために、彼女の環境について詳細なデータを渡されたが、知れば知るほど自分と似通った彼女の境遇と、現在置かれている箒の環境に我慢できず、『いっそのこと更識の家に一緒に住んでしまったほうが護衛の手間も省ける』と初めて当主である楯無に無理を言ったこと。

 

「ごめんなさい………勝手に箒さんのこと……調べちゃって…」

「いや……もういいんだ。それに、そのおかげで私は自分を理解してくれる人に出会えたんだし…」

「でも……」

「いやいい………ありがとう、簪」

「…………えへへっ」

 

 自分の名前を初めて言われた簪ははにかみながら微笑むが、その時、突如簪が座っている隣の畳が吹き飛び、そこから楯無が必死な形相で簪に飛びついてきた。

 

「だめよ! 箒ちゃん!! 簪ちゃんは貴女のお嫁さんにはできないの! 簪ちゃんは私のお嫁さんに・」

「…………また勝手に床下掘ったの? お姉ちゃん?」

 

 さっきまでの笑みはどこかに消え失せ、絶対零度の無表情に変化した簪は、その表情のまま楯無を睨み付ける。

 

「あの……その………ちょっとだけ心配で…」

「………心配は結構です。ですから部屋から出てってください『楯無』さん」

 

 またしても他人行儀な呼び名を言われ、半泣きで彼女に抱きつこうとする楯無であったが、今度は本気で怒っているのか簪は姉を引きずると部屋から押し出そうとする。部屋と廊下を挟んで力勝負を展開させる妹と姉。

 

「………出ってて」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいッーー!!!」

 

 姉と喧嘩などしたことがない箒は、その光景を不思議そうに見つめながら、どこか心が温まる感じがして、こそばゆい気持ちになりながらも、少しだけ笑顔で見続ける。

 

「………今日から別のお布団だよ、楯無さん」

「ぎゃあああああっ!! それだけは勘弁して簪ちゃん!! お姉ちゃんは寂しすぎると死んじゃうんだよぉっ!!」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 それからの一年は、瞬く間に過ぎていった。

 途中、二人の幼馴染で代々従者として仕えている布仏姉妹とも知り合い、箒の周囲はにわかに活気付いていた。

 同時に、自身で遠ざけていたISのことについても、自分から関ることになり、更識のパイプを使い、第二世代ISの『打鉄』の操縦者として訓練に励んだ。

 春が過ぎ、夏が過ぎ、途中誕生日を開いてもらい深夜まで宴会騒ぎになったり、更識姉妹と布仏姉妹と箒の五人で海に行き、簪が自分の発育状態に落ち込んでしまったり、秋になり本音が食が進むと馬鹿食いしたツケに、乙女として危機水域に突入してダイエットに励んだり、冬になり、皆で雪合戦をして熱中しすぎたあまり、五人で風邪を引いたり、クリスマスを祝い、初詣を祝い、今まで置き去りにしてしまった幸せを取り戻すように、箒の笑顔は増えていった。

 

 

 

 そして、冬が終わりを迎え、二度目の春を迎えようとした時、彼女の小さな幸せはあっけなく崩れ去る。

 

 

 

「なっ………」

 

 日本政府とロシア政府が極秘に解析を進めていたオーガコアを護衛する依頼を受けた更識の家は、ISの操縦者である楯無と簪、そしてそこに箒が無理やりついていくという形を取った。

 これは更識姉妹に対する箒なりの感謝の証であり、何度も楯無や簪は気にしないでいいと言ってくれたが、箒はがんと聞かず、自分も戦力になると言い切り、護衛に参加する。

 

 だがそこで待っていたのは、箒の『幸せ』の終点と『復讐』の始点であった。

 

 月が隠れ、最後の名残雪がちらつく中に強襲してきた謎の襲撃者たち。

 当時からすでに凄腕の操縦者と知られていた楯無を中心にそれを迎撃した三名であったが、施設から引き離された時、楯無は目の前の敵が陽動であることを察知する。

 

「お姉ちゃん! 私がコアの方を!!」

 

 すぐさま、コアの護衛をするために一人施設内に戻る打鉄を纏った簪であったが、そんな簪に嫌な予感を覚える楯無と箒。

 

「楯無姉さん! 私は簪の援護を!」

「お願い、私もすぐにこっちを片付けていくから!!」

 

 楯無の援護を貰い、箒は全速力でコアの元に……いや簪の元に急ぐ。

 

「急げ、急げ、急げっ!!!」

 

 全速力で機動し、炎に巻かれた施設の中をひたすら飛び続けた箒は、そこで目撃したのだ。

 

 

 ―――全身、黒い装甲で覆ったIS―――

 

 ―――黒い腕で腹を貫かれている簪―――

 

「な………」

 

 何が起こっているのか、最初理解できずにいた。

 だが、黒いISがゴミを捨てるかのように腕から簪を放り出すと、箒の意識は覚醒し…………怒りで視界が真っ赤に染まる。

 

「キィィィィィィィィサァァァァァァァァマァァァァァァァッ!!!!!」

 

 打鉄のブレードを構えて、黒いISの頭部目掛けて突撃する箒。無論、黒いISの頭をぶち抜くつもりで渾身の突きを放つが、あろうことかその攻撃を振り返りもせず、黒いISは突然生えた『黒い腕』であっけなくブレードを砕くと、その手にオーガコアを持ち、施設の天井を砕いて空に飛び去ってしまう。

 

「待てぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 なおも追いかけようとする箒であったが、彼女の残った最後の理性が、床に寝転がる簪の姿を捉える。一瞬だけでも追うかどうか巡考した自分を激しく心の中で罵倒した箒は、すぐさま彼女の元に駆け寄る。

 

「簪ぃ!!」

「………ほ……うき?」

「喋るな! 今すぐ病院にいこう!!」

「………めん…」

「簪?」

「………ご………めん……ね…」

「何を!」

 

 何を言っているんだと言葉を続けようとした箒であったが、簪は最初に出会ったときと同じはにかんだ笑みを浮かべ…………力なくその手が地面に落ちてしまう。

 

「いや………いや……いやあああああああああああっ!!!!」

 

 

 

 

『峠は越えましたが、出血が多く、ショック症状を起こしていました。脳内への酸素不足もあって、これから意識が目覚める可能性は極めて低いものと思われます』

 

 病院でたくさんの管を通され、人工呼吸器を着けられて寝かされている簪を治療した医師のその言葉を聴いた楯無は、涙を堪えてその言葉を冷静に聞き届けていた。

 

 対して、箒は涙も出ない。最初に更識の家に来たときに逆行………いや、彼女が望んでいた人形にでもなったかのように一切の感情が沸き立たなくなった。

 

「(どうして………誰も……私を責めない?)」

 

 楯無も、布仏姉妹も、更識の家の人も、誰もかれも箒を責めなかった。そのことが逆に箒を追い詰めてしまっていることに気がつかずに………。

 

「(どうして……誰か私を責めてくれ。二度と立ち上がれなくなるくらいに、徹底的に粉々にしてくれ………)」

 

 誰も責めない自分。だが絶対に許したくない自分………何も守れず、何一つ報いることもできず、何一つ返すこともできない………自分は楯無から、布仏姉妹から、更識の家の人から、かけがえのない人を守れなかったというのに………。

 

「(私は……許さない………私自身を、絶対に許したりしない!!)」

 

 ならばどうすればいい?

 ならばなにをすればいい?

 

 考え、考え、考え…………そして、ひとつの答えに行き着いた時、それを待っていたかのように、『彼女』は姿を現した。

 

 

「………やあ、お久しぶりほーちゃん。ほーちゃんは今、『力』が欲しくないかい?」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「!?」

 

 気がついたとき、バスは終着駅に程近い場所を走っていた。

 

「どうやら眠りこけていたのか…………まさかあの頃を夢に見るだなんて…」

 

 朝焼けが見える窓から、空を見上げながら、箒はつくづく心の中で思う。

 

「(辛い時に見る楽しい頃の夢は、さらに今を辛くする)」

 

 それもこれもあのオーガコアによる『囁き』のせいであろうか?

 そんなことを考えているうちに、箒を乗せたバスは終着駅へとたどり着く。

 バスから降り、電車に乗り換えるために駅に向かう箒。この時間ならば、寮にいったん戻って教科書を取りに行く時間の余裕は取れそうである。

 

「………真面目に学校に行く。お前との約束の一つだな、簪」

 

 ここにはいない、病院のベッドの上で、今この時も戦っている親友に、箒は思いを馳せる。

 

「見ててくれ………簪」

 

 ―――篠ノ之箒は、必ずお前を傷つけたあの黒いISを討つ!―――

 ―――黒いISはオーガコアを狙っている! ならば、私がオーガコアを討ち続ければ、いつか奴にたどり着くはずだ!―――

 

「そうだ………何を迷うことがある?」

 

 自分に問いかける様に口にした箒の心の中に、一人の少年の顔が浮かんで消えていく。

 

「もう、何もかも遅い。私は女ではなく………剣になる生き方を選んだのだ」

 

 よもや、IS学園に彼が入学していたなど考えもしていなかった箒は、自分の中でまだそのような感情が残っていたことに驚き、だが、それを自分自身で嘲笑った。

 

「簪の代わりに今度はお前に縋り付こうとしている自分の弱さに嫌気が差す………お前もそう思うだろ、一夏?」

 

 そうだ。この感情は孤独に負けそうになっている自分の甘えだ。

 簪の敵を討つために、他の全てを切り捨てる生き方を選ぶ。それが篠ノ之箒が選んだ道ではなかったのか?

 自分には弱さは必要ない。必要なのは、『悪鬼を屠る剣』となるべき強さのみ………。

 

「篠ノ之箒は一振りの剣…………それだけあればいい………そうだよね、簪?」

 

 

 その問いに、心の中の簪が悲しそうに首を横に振っていることに、今はまだ箒が知ることはなかったのだった………。

 

 

 

 

 

 

 

 




簪ファンのみなさん、ごめんなさいw

だけど、本編見る限り、箒と簪って普通に仲良くできそうなんだよね、境遇的に。

簪ファンの皆さんから苦情が来そうですが、ちゃんとこれから出番ありますんで、今しばらくベッドの上に寝ていることをお許し下さい



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特訓~前編~

視点が、久しぶりに主人公二人に戻ります。


 

 

 

 ―――午前4時30分 高度8千メートル地点―――

 

 世界最高峰の山脈達の頂上並みの星空が広がり、ほのかに東の空が色づいてきた空の上において、とある二人の男子学生が向き合っていた。

 否、正確にはISを展開した一人の男子学生に、見ようによっては何とも情けないものに映るがインナースーツ姿のもう一人がしがみついているという形である。

 

「さてと………織斑(弟)」

「死ぬっ! てか、さぶっ!! 寒いというよりも痛いッ!」

 

 無論、全身装甲(フルスキン)のISを展開して余裕のある声で話をしているのは陽太。対して真冬の南極よりもなお温度の低い上空にインナー姿で借り出されたのは一夏であった。

 

 それは陽太と同室になった翌日の早朝のことであった。

 午前四時を過ぎた当たり、布団の中でぬくぬくと夢の世界に入り浸っていた一夏の頭を小突いて彼を叩き起こしたインナー姿の陽太は、寝ぼけ頭の一夏に有無も言わせずに待機状態のISを持たせ、同じくインナー姿に着替えさせると、外に連れ出したのだ。

 春先の夜明け前ということで気温も低く、身震いする寒さにすっかり眠気が吹き飛んだ一夏は不機嫌そうに陽太を見つめるが、マイペースに自分の待機状態のISを手に持った陽太は一言、

 

「訓練だ」

 

 とだけ言い、ISを展開する。

 だが彼の展開状態のISを見た一夏の方はその姿に息を呑んだ。テレビで幾度か空を飛び回る姿も、無論この学園に来てから幾度もISの姿を目にすることはあったが、それらの機体とはフォルムそのものがまったく異なるISを陽太が纏っていたからだ。

 

 白を強調した全身の装甲、各装甲の外周に紅いラインが走らされ、胸に埋め込まれた瑠璃色とエメラルドの宝石、純白マスクと一角獣のような金色のアンテナに深紅のV字のセンサー、目元を深緑のバイザーによって覆い尽くした全身装甲(フルスキン)を持ち、左腕内臓の青色のシールドと二枚一対のスラスターを兼任している白き鋼の翼は大空に羽ばたくように広げられる。

 

「(違う………俺の知ってるISとは全然…)」

 

 神話の時代の騎士のような姿をしたISを身に纏った陽太の姿に内心見とれてしまう一夏であったが、そんな呆ける彼に陽太が声をかける。

 

「おい、お前も早くISを展開しろ」

「えっ? て、展開?」

「何をボケてる? ISを展開してこの場で見せてみろって言ってんだ」

 

 陽太のその言葉を聴き、少々考え込んだ一夏は笑顔ではっきりと答える。

 

「うん。どうやって展開するのかさっぱりわからん!」

「…………テメェ」

 

 このまま頭を持ち上げて、10m先にある池に放り込んでしまおうか、と頭を抑えて考え込む陽太。いくらド素人と言えども、まさか本当にここまで真っ白な状態の奴に専用機を渡した千冬の神経を疑いたくなる。

 

「(弟可愛さにやったんじゃねぇーだろうな? 何考えてんだ、一体?)」

 

 さて、どうしたものかと思案する陽太。ここで彼自身の人間関係が意外に問題になってくる。

 なんせISに関しては、聞けば全て答えてくれる生みの親である束と、操縦者としての第一人者である千冬の二人に揉まれただけに、『自分から教える』という行為を全くしたことがないのだ。

 かと言って、張り切って朝早く起きてきて何もしないという訳にはいかないし、何よりも目の前の織斑(弟)に舐められるわけにはいかない。とりあえず先に織斑(弟)のISのデータを拝見することにする。

 

「オイ、織斑(弟)。腕上げてISをこっちに向けろ」

「うえっ! てか、なんだよ、その呼び名は!」

「イチイチうるせぇんだよ。個体認識できりゃなんだっていいじゃねぇーか」

「そういう問題じゃねぇーだろうが! 俺の名前は織斑い・ち・か・だっ!」

 

 まだブツブツと文句を垂れる一夏であったが、陽太の全身から発している『黙れ』のオーラを感じ取ったのか渋々ながら、言われた通り腕を上げてガントレッドとなっている待機状態のISを陽太に向ける。すると額の光学センサーからレーザーを待機状態のISに当ててスキャニングし、ISコア同士のネットワークを構築する。

 これは『コア・ネットワーク』と言われる相互情報交換のためのデータ通信ネットワークを通じての情報照会の一つであり、元々宇宙開発のために生み出されたISの、広大な宇宙空間における相互位置情報交換の一機能である。といっても、本来ならば無許可に専用機のデータ参照などするのは重大な条約違反なのだが、あいにくその手の決まり事をすっぽりと知らない陽太と一夏であった。

 だが、バイザーの内部に流れ込んでくる情報の数々に目を通しながら、陽太はすぐさま目の前のISの不審な点の数々に気がつく。

 

 まず、情報の8割近くが閲覧不可の『UNKNOWN』と表示されていること。これは実験機の機密保持としてならば考えられるが、それでもこの多さは異常である。プロテクトの難解さも気にかかる。

 そして次に感じた異常さは、コアナンバーの欄が何故か二つあり、その表示に「No.001」と「No.007」と表示されていること。最初は何かの表示の不具合(バグ)かと思ったのだが何度再検索させても表示は変わることはない。つまりはこれが正常な情報であるということ。

 

 そして、最後に表示されている情報。本来ならこれこそ隠しておけばいい情報に思えるのだが、だがまざまざと見せ付けるように表示さている。

 

 ―――第四世代IS・白式―――

 ―――開発者・篠ノ之 束―――

 

「(第四世代IS?………てか、それの開発はお前が匙投げたんじゃねぇーのか、束?)」

 

 数年前、オーガコアをラボに届けた際に、珍しくうんうん唸っていた束に問いかけた所、彼女は困ったような笑顔をしながら陽太にこう答えたのだ。

 

『第四世代に標準搭載するため新型システムがどうにも気難し屋さんでね、束ちゃんでもお手上げかも?』

 

 音に聞こえた天災………いや、天才の束ですら開発を難航させていた『あのシステム』を彼女が完成させたとして、わざわざそれを親友の弟のISに搭載させたのだろうか? 疑問ばかりが陽太の脳裏に募る。

 今一度一夏を見直す陽太。彼の目の前では朝の寒さに根を上げくしゃみをして鼻水を拭いている一夏の姿が映る。

 

「………どうやら、俺が思っていた以上にお前もISも厄介者らしいな」

「びぃえくしゅんッ!………て、あにがだよ?」

 

 鼻水すする一夏にあきれて一度だけため息をついた陽太は、一夏を脇に抱えると自分の周囲に薄い炎の膜を作り出す。

 

「うわっ! い、いきなり何を!?」

「凍死しない程度に熱してやるがあんまり期待するなよ。俺の相棒(IS)の能力(ほのお)は本来こういう使い方するもんじゃねーからな」

「って、どうすんだよ!? この状態で」

「上がるんだ。空に」

 

 その台詞と共に急上昇を開始する陽太。だがこの時の彼はまだ『無許可でのISの飛行厳禁』というルールを知らずにいのだった。

 そして話は冒頭に戻る。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「さてと………織斑(弟)」

「死ぬっ! てか、さぶっ!! 寒いというよりも痛いッ!」

 

 薄い炎のフィールドでは明らかに十分な温度を保っていられないのか、肌を刺すような寒さに根を上げる一夏であったが、そんな彼に陽太は素顔の見えないバイザーとマスク越しであるにもかかわらず、それはそれはとっても素敵なドSな笑顔を浮かべていることがよくわかる声で一夏に語りかける。

 

「これより飛行訓練を開始する。覚悟があろうとなかろうと始めるんで、そこんとこよろしく」

「飛行!? てか俺はまだISの展開のさせ方も………」

「大丈夫、成せば成る」

「何一つ大丈夫じゃねぇーよ! この高さから生身で落ちたら…」

「死んじまうな」

「!!………テメェ、いい加減にしろよ!!」

 

 サラッと言ってのける陽太の傍若無人ぶりにとうとう一夏がキレた。腹立たしいクラスメートが突然自分に訳の判らない特訓をさせ始めたのだ。しかも事情を何一つ話さない陽太の対応にも問題がある。一夏の怒りも最もであった。

 

「お前の遊びに俺は付き合ってられな・」

「遊び? 何の努力もしないで、誰かを守れるとか『勘違い』してる奴にお遊び呼ばわれされたくないな」

「なっ!」

 

 陽太の若干怒りを込めた言葉に一夏が黙り込んでしまう。

 だがそれを合図とするかのように、陽太はあっさりと一夏から手を離し、彼を放り出してしまう。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 上空8千メートルからのロープ無しバンジージャンプ。

 

 ぐんぐんと迫る地面。肌に当たる風の勢いが速度が刻一刻と速まっていることを彼に伝える。

 

「死ぬっ! 死んじまうううっ!!」

 

 冗談抜きの命の危険が、死に対しての圧倒的恐怖が一夏に襲い掛かる。目から涙が零れて空に上っていく。いや、涙が地面に落ちるよりも早く自分が地面に落ちようとしているのだ。

 

「ホラ、早くISを展開しろ」

 

 そんな真剣に怯える一夏の隣を並走しながら、陽太はこの期に及んで暢気にISを展開させろと要求してくるのだ。キレた一夏が陽太を怒鳴りつける。

 

「ふざけんな! 今すぐ助けろよ!!」

「助けたら訓練にならんだろ。ほら5千切ったぞ」

「ヒイィッ!」

「しょうがないな………一回しか言わんぞ」

 

 恐怖に顔を引きつらせる一夏に、ヤレヤレとなりながら陽太は諭すような言葉を一夏に投げかける。

 

「ISって、一体何なんだ?」

「あ、ああいISは…………宇宙空間を・」

「そんな建前どうでもいいわ」

 

 高度4千メートルを切ったことを確認した陽太は一夏が初めて聞く真剣味のある声で、彼の心の内に響く言葉を言い放つ。

 

「飛べないお前に、空を飛ぶ『力』を与えてくれるスペシャルな『相棒』だろ? だったらどうすりゃいいのか、お前の『相棒』に聞け」

「!?」

 

 その言葉にハッとした一夏が、手元にあるISに目をやる。白い輝きを放ちながら、今も主となるべき一夏の言葉を待っているかのように、彼に不思議な安心感を与えてくれた。そういえば一夏はこれまでの学園で受けた授業の中で言われたとあることを思い出した。

 

『ISにはそれぞれ意思があって、貴方達と一緒に成長してくれます』

 

 受けた授業の内容はほとんど覚えていないが、不思議にその言葉だけは脳裏の中にいつまでもあり続けてくれたのだ。

 

「IS………俺の……IS(相棒)?」

 

 ガントレットに手を置き、意思を込めて名前を呼んでみる。今まで待たせてしまった分を取り戻すかのように、ありったけの思いを込めて………。

 

「白式ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!!」

 

 その時、落下している最中であるにもかかわらず、彼は不思議な二人の女性の声を左右から耳にする。

 

『よかった………』

 

 白いワンピースを着た長く白い髪をした少女が、柔らかいが何処か陰のある笑顔で自分を見つめてくるのを、不思議そうに見つめ返す一夏であったが、そんな彼の背後からもう一人の女性が声をかけてくる。

 

『我々の声が届いた……か……』

 

 白い甲冑を纏い、その手に剣を携えた黒い髪の女性。一夏の姉の千冬に似た女性は、哀愁を漂わせた何処か悲しげな笑みを浮かべて話しかけてきた。

 

『我々の声が届いたということは、君もひょっとしたら………』

『10年前を繰り返すかどうかは、まだ決まっていないよ………だから今は信じよう?』

 

 白いワンピースの少女の言葉に黒い髪の女性は、静かに頷いた。

 何を話しているのか、一夏にはまるでわからない。まるで判らないが、でもそれはとても大切なことを話していることだけを一夏は感じ取り、二人に何の話か問いただそうとするが、その時、光が一夏の周囲を覆いつくし始める。

 

『何のための戦いか………貴方の答え、いつか聞かせてね』

『そして何よりも………』

 

 光が二人を包み込み、二人の姿が光に溶け込んで一つになる。

 

『貴方の戦いが』

『君の戦いが』

『貴方の大切なものを』

『守るためのものになれるよう……』

『彼女のように……嘆かぬように…』

『大事なものを……奪い去られぬように…』

 

『私達が力になるから』

『私達が力になるから』

 

 その瞬間、世界にノイズが奔り、荒いテレビ映像のような光景が広がる。

 

 ―――魂が引き裂かれたかのような悲鳴を上げる女性―――

 ―――血に染まる手―――

 ―――そして……誰かの笑顔…―――

 

 ………世界が白に包まれた。

 

 上空千メートル付近にて、白い光を放ちながら降下速度が著しく減速した一夏はゆっくりと体勢を入れ替えて、上空に留まってみせる。全身に鈍い灰色に近い白の鋼を纏って………。自分の体の変化に戸惑いながら、一夏はゆっくりと全身を確認する。

 

 スカイブルーのバイザーと一体化したヘッドパーツと、全身を鈍い灰色に近い白の鋼の装甲が覆い、背中にも同色の金属の翼が広がっており、どこか工業的な凹凸をした自身の展開されたISの姿に戸惑いが隠せないが、それよりも今の一夏には気になって仕方ないことがあった。

 先ほど白い光に包まれ、意識が現在に戻る瞬間、ノイズのように一瞬だけ映し出された光景………。

 

「(あれって………千冬姉?)」

 

 一瞬だけだったが、確かに映ったのは確かに千冬の姿であった。年の頃は今よりも若く、ひょっとしたら今の一夏達と同じ年頃かもしれない。

 

「(でも……じゃあ、なんで?)」

 

 千冬が慟哭の声を上げていた。聞いている方が悲しくなるような泣き声で誰かを抱いて泣いていた。未だかつて一夏が見たこともないような千冬の姿に、戸惑いが隠せない。

 

「お、ちゃんと展開できたな……」

 

 そこに陽太がゆっくりと近づいてきたため、一夏の思考はストップしてしまう。我に返ったかのように陽太の方を見る一夏。

 

「………なあ?」

「ん? ちゃんと展開できたんだから、文句言うなよ」

「その話じゃなくて………って、それも重要だけど!」

 

 だったらなんだ? と言い返してくるように腕組みをして待っている陽太を見ながら、先ほど見た光景を聞くべきかどうか悩む一夏。

 

「………やっぱりいい」

「なんなんだ、一体? 文句ばっかり言うのかと思えば、いきなり遠慮しやがって? あれか? もっと虐めてほしいとか、そういう性癖の持ち主なのかねキミは?」

「そんなわけねぇーだろうが!! ってか、よくもあんな所から落としやがって! 展開できなきゃ死んでるところだろうが!」

「死んでねぇーから、OK!」

 

 親指立ててグッジョブをする陽太のその姿に腹を立てた一夏が、殴りかかってやろうかとした時、二人のISの通信機のコールが鳴り、二人は何気なしに(一夏は陽太のマネをして)ウィンドを開いてみる。

 

 ―――明らかに寝起き一番でキレてる千冬の姿―――

 

 低血圧気味なため朝が弱い千冬さんが、寝癖も直さず自分達に隠しもしないで怒気をぶつけてくる姿に、陽太と一夏は全身の血の気が引いてしまった。

 

『お前ら………朝の早くから練習熱心だな』

「いや………あの…」

「な、なんだよ……ちょっとISの乗り方教えてやっただけで…」

『ちなみに、ISの飛行には許可が必要だとか、知っていたか、小僧?』

 

 知りませんでした、テヘッ!☆ 

 とか言えたら、どんだけ楽なんだろうか考える陽太であったが、上手い具合に言い訳が思いつかず押し黙ってしまう。千冬の怒りの理由と、自身のこれからの処分を悩み、今すぐ逃げ出そうかとか割と真剣に悩みだす陽太であったが、無論、そんなマネを許す織斑千冬ではなかった。

 

『降りて来い小僧共。私の安眠の邪魔と報告書の作成による残業を作った罪は世界よりも重いぞ?』

 

 その言葉に真剣にビビッた二人はその後、着地一番でIS展開状態でダイナミック土下座しようとして、それによって土煙を被った千冬に余計にボコボコにされたという………合掌。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 ―――ヨーロッパ某所―――

 

 薄暗い森林に囲まれた閑静な別荘地の一角にある、一際大きな白い屋敷の広い食堂において、IS学園においてオーガコアとその操縦者を奪取し、なおかつ陽太を意図も容易くねじ伏せたアレキサンドラ・リキュールが、コアの入ったアタッシュケースをとある人物に手渡していた。相変わらず特注の、豊満が過ぎる爆乳が見えそうな胸元が開いた軍事用ジャケットとブーツ。そして二本の刀を持って………。

 

 そのとある人物。豊かな金髪と長身とモデルでも中々いないであろう美貌を携えた赤いスーツの女性………。

 

「確かに受け取ったわ、リキュール」

「いつも迷惑をかけるよ、スコール」

 

 スコール・ミューゼルという亡国機業(ファントム・タスク)においてリキュールと並ぶ女性幹部であり、私的にも彼女と非常に仲がいい、リキュールの親友である。

 いつもニコニコと何を考えているのか誰にも悟られず、他者に知られずこっそり悪巧みをするのが病的に上手い天性の策士であり、組織においても普段は運営のための資金作りや人員収集などの、組織の骨組みを受け持つ人物である。

 

「さっすがリキュールは仕事が早くて助かるわ~~」

「君の願いとあらば、私も全力を尽くさないと………いつもムチャばかり頼んでいるからね」

「そうよね~~。 それに、貴女のお願いに私が弱いこと知ってて頼んでくるから………そういうところ、ホント意地悪よ、貴女?」

「私が意地悪か、困ったな」

 

 『ご飯食べてく? それとも私?』『迷うな……』とかいう怪しい会話が出始めると、いよいよそんな二人の雰囲気に我慢できなくなってくる者がいた。

 

『(こ、ん、の、女狐がぁぁぁぁぁぁぁっ!!!)』

 

 無論、護衛としてついてきた竜騎兵(ドラグナー)のフリューゲルとスピアーである。

 直立不動で無表情を作りながら、リキュールの背後で鎮座しているフリューゲルは、誰にも悟られないように頭の中で、何度この目の前の女狐(スコール)を八つ裂きにしてやったものか数知れない。

 

 自分が愛して愛して愛して愛して愛してやまない親方様と、あろうことか二人っきりでご飯食べたり、二人っきりでお風呂入って流しあいっこしたり、二人っきりでベッドで一夜をしたり、二人っきりであんなことやこんなことしやがりやがって………と心の中では嫉妬の炎が大炎上を起こしているのだ。

 

 その隣でも、 直立不動で無表情を作りながら、リキュールの背後で鎮座しているスピアーは、誰にも悟られないように頭の中で、何度この目の前の女狐(スコール)を八つ裂きにしてやったものか数知れない。

 

 自分が愛して愛して愛して愛して愛してやまない親方様と、あろうことか二人っきりでデートしたり、二人っきりで旅行に行ったり、二人っきりでお互いの裸を貪り合ったり、二人っきりであんなことやこんなことしやがりやがって………と心の中では嫉妬の炎が大炎上を起こしているのだ。

 

「ねえ? 今度は私に何してほしい、リキュール?」

『『(今すぐ親方様から離れろ色ボケがッ!)』』

 

 フリューゲルとスピアーが同時に音が鳴るぐらいに握り拳に力を入れたときであった。

 いつもみたいにリキュールに色っぽく纏わりついていたスコールが、彼女の微妙な変化に気がつく。

 

「リキュール………あなた、その脇腹…」

「ああ、気が付かれてしまったか?」

 

 スコールに気が付かれたリキュールは、ジャケットをまくって脇腹を彼女と竜騎兵の二人に見せた。立派な下乳の下、右脇腹の辺りに薄く青紫の筋が通っていたのだ。

 

「「!!?」」

「安心してくれ、ヒビですんでいる」

「………例のミスターネームレス?」

「ああ、久しぶりだったよ。まさか一撃で脇腹を負傷されようとは………彼は間違いなく本物だ」

 

 ヒビが入った脇腹の怪我を、寧ろ誇らしげに見せ付けるリキュール。怪我の痛みなど彼女には気にするほどのことではない。むしろそれほどの猛者に出会えた幸運の証と思えば記念に取っておきたいぐらいなのだ。

 

「楽しそうね、リキュール?」

「無論だよ………敵がいなくなって久しい私の前に現れた者。予感がするんだ………私が望んでいた『存在』である、とね」

 

 恍惚とした表情を浮かべるリキュールと、それを嬉しそうに見つめるスコール。

 

 だが、そんな二人とは対照的な二人がいた。

 

「親方様………少し席を外してもよろしいでしょうか?」

「構わん………週末までスコールと一緒にいる。何かあれば連絡しろ」

「ハッ!」

 

 フリューゲルとスピアーは、リキュールに敬礼をすると、一目散にドアに向かい退室する。

 そんな二人の様子の変化に気が付かないぐらいに浮かれているリキュールと、二人がこれからどんなことをしでかそうとしているのか察知したスコールが、面白そうにクスリッとリキュールに微笑む。

 

「可愛い娘たちね………あの二人?」

「?」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 つかつかと屋敷の廊下を歩くフリューゲルとスピアー。その瞳には先ほどまでの嫉妬の炎よりも遥かに濃い、敵意と殺意が込められていた。

 

「フリューゲル、リューリュクとフォルゴーレに連絡を」

「もうやってるわよ」

 

 普段は仲が極めて悪いながら、目的が一度合致すると、二人はきわめて迅速な連携が取れる所があり、フォルゴーレ辺りにそれをよく、『喧嘩するほど仲がいいんだよね!!』とかからかわれる時がある。

 

「(カトリヨウタ………)」

「(ミスターネームレス………)」

 

 ―――親方様ニ怪我ヲ?―――

 

 竜騎兵としての役割であり、自身の存在理由であり、そして己の全身全霊の戦いの理由………。

 

「親方様に仇成す者は、何人も許さない………」

「日本に行くぞ………血祭りにあげてやる」

 

 スピアーが犬歯を食いしばり、フリューゲルは携帯で残りの二人に連絡を取る。

 

 彼女達の殺意を沈める唯一の方法………アレキサンドラ・リキュールに手傷を負わせた、火鳥陽太の首を取るために、二人はその手に自身のISを強く握り締めるのであった。

 

 

 

 

 

 




 時間をかけた割りにちょっと満足いかない出来かな?w

 さて、次回もつづく陽太と一夏の特訓風景。でも、親方様に傷を負わせたおかげで彼女の部下に命を狙われるハメになった陽太の運命はいかに?

 そして、一夏が見た映像……これは、物語の根幹を成す物の一つです。その理由とは………また、次回をお楽しみくださいwww


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特訓~後編~


またしても今回は陽太がやらかします!


 

 

 

 

 

 日本某所・マンション15階

 

 都内の夕方の煩い位の喧騒の中において、この部屋だけは恐ろしく静かに、時々カチカチという音だけが鳴り響いていた。

 山積みにおかれたダンボールや家具の数々、それらをリビングや寝室に置きっぱにして、置かれたテーブルの上で更に山積みにされた『プリンのカップ』の数々を量産しつづけている一人の男………捕食獣の目をした精悍な顔つきと、山猫を彷彿させる均整のとれた筋肉質の体型をした青年は、何かに取り憑かれたかのように黙々とプリンを平らげ続けていた。

 これは彼が大の甘党でプリンがないと生きてはいけない………というわけではなく、彼の特殊な『体質』の影響か、大量の糖分を必要としているための行為で、別段、プリンだけが大好きなわけではないのだ………それ抜きにしても甘党であることは否定しないが………。

 

 黙々とプリンを平らげ続けること早30分………彼の手が、11個目のプリンに伸ばされた時、テーブルの上にプリンと一緒に置かれていた携帯に着信が入る。

 画面を見た瞬間、彼は相手が誰なのか理解し、露骨に嫌そうな顔をするが、迷うことなく通話ボタンを押し、それでも抑えきれない嫌悪感が声色に出てしまった。

 

「…………んだぁ?」

『ハァァアッ! ダメェッ! リキュール、そんなトコ噛んじゃぁっ!!』

『スコール………しかし君の『ココ』は、喜んで私を咥え込んで離してくれないんだが?』

 

 ピッ!

 

 切ってやった。迷うことなく通話を切ってやった男は、テーブルに携帯を放り出すと、再びプリンを食しようとするが、そんな彼の手を再び携帯に掛かってきた着信が阻んでくる。

 次にあんなふざけたことしながらなら、今度は携帯を窓の外に放り出してやると決意し、携帯の通話ボタンを押す男。

 

「用件だけ伝えろ、スコール!」

『………ハァ、ハァ……私とリキュールの情事に興奮しちゃったの?』

『フフフッ………』

 

 電話の向こうで果てしない高みから果てしない微笑を浮かべているであろう人物達に怒りを覚えるが、うかつに『上司』とその『同僚』に口答えすると、後でどんな報復という名の嫌がらせを受けたものかわかったものではない。正確に言うなら、『嫌がらせ』という名の『雑用』と、『お仕置き』という名の『血祭り』に上げられることが彼にはわかりきっているのだ。

 だが、それでも、この電話口の向こうの相手のいい加減さには常々閉口させられてしまうものなのだが………。

 

『あら~? また私の悪口考えてたでしょ? い・け・な・い・子!』

「………それで、いったい何の用だ? さっきメールで定時連絡しただろ」

『そのことなんだけど………ちょっとだけ言い忘れてたことがあったの』

 

 何のことだ? と嫌な予感を覚える男に、電話口の向こうにいる彼の上司である『スコール』が、妖艶な微笑みを浮かべながら、青年に謎めいた言葉を口ずさむ。

 

『雛鳥の巣に、とってもご主人様想いの子猫ちゃん4匹が向っています。ですが、その巣には今、雛を守る親鳥と一緒に、その親鳥に育てられ、今や立派に成長した歴戦の鷹さんがいるのです』

「………あの竜騎兵達(ガキ共)か……」

『フフフッ………狼さん、鷹さんから子猫ちゃん達、守ってあげてくれないかしら?』

 

 これだけでスコールが大体何を言っているのか理解した青年は、改めて電話口の向こうにいる上司の命令を復唱する。

 

「つまり、今からIS学園に向っている竜騎兵(バカ)共を止めればいいのか?」

『残念、そろそろ到着するころだから、逃げやすいように援護してあげてね』

「……………あいつ等、アンタ等と一緒にヨーロッパの別荘にいたんじゃないのか?」

『いたわよ、二日前ぐらい』

「何でそのときに言わねぇーんだ、オイ!!」

『フフフッ………貴方の困った顔を見たかったから☆』

 

 その言葉を引き金に、ブチ切れた青年が携帯を壁に投げつけて、木っ端微塵にしてしまう。髪をガシガシと乱暴に掻き毟ると、青年は隣にいる部屋で寝ている自身の相棒を叩き起こすのだった。

 

「起きろ! マドカ!!」

 

 寝室のベッドの上………腰まで伸びた黒髪を白いシーツに泳がせ、年若いながら豊満と言える裸体をシーツ一枚で隠していた少女が、寝ぼけた表情でムクリと起き上がった。

 

「………ゴハン?」

「低血圧なのもいい加減にしやがれ。急ぎの仕事だ、出掛けるんだよ」

 

 しばしボケーっとした少女は数秒後、シーツを乱暴に放り出すと、裸(マッパ)のまま洗面所にいき、冷たい水で顔を洗い出す。そしてしばし洗面所で自分の顔を鏡と見つめ合わせると、無言で手を差し出した。その手に当然と言う感じでタオルを渡す青年………もう何度言ったか覚えてもいないが、頼むからお願いだから羞恥心のカケラぐらい覚えてほしいと青年は嘆いた。

 

「………で、どこに行くんだ?」

 

 乱暴に拭ったタオルをその場に放り出すと、ツカツカと寝室に戻り、インナースーツを着込み、ベッドに置いてあった自身のISを掴むマドカと呼ばれた少女………。

 

 その姿、その声色、その顔………歳こそ若いが、知り合いが見れば全員が口をこう動かすであろう。

 

 ―――織斑千冬そのものだ―――

 

 そして、その言葉が少女の心の内にある、ドス黒く澱んだ感情を更に掻き毟るとは知らずに………。

 

「IS学園だ」

「!?」

「勘違いすんな、あくまでも独断専行したフリューゲル達を止めるだけだ。それに今、どうやら例のミスターネームレスも学園にいるらしいからな」

「IS学園………『姉さん』がいるあの場所…」

 

 少女の犬歯がギリギリと鳴り響き、もう待てないと言わんばかりに険しい目付きになって青年を睨み付けさせてしまった。

 

「だが、『不慮』の遭遇による戦闘なら、仕方ないハズ……」

「お前もホント好きモンだな………油断すんなよ、なんせ『あの』オータムさんを完殺した奴も……」

「あんな女を何回殺したところで、なんの強さの証明になるものか………」

 

 『あんな女』呼ばわりされた同僚に砂の一欠けらの同情をした青年は、インナー姿で外を歩こうとする少女に服を手渡し、睨んでくる少女を逆に睨み返しながら、諭すように言いつける。

 

「今はまだ、俺達は目立つわけにはいかねェーんだ」

「チッ!……」

 

 舌打ちしながらも大人しくし洋服に袖を通す少女に満足したのか、自分も黒いスーツに袖を通し、黒いネクタイを締め、彼は内ポケットの中に己の信ずる全てとも言えるある『物』を放り込むと、その手に車のキーを掴み、マンションのドアを開く。

 

「途中まで車で移動だ。文句言うんじゃねーぞ?」

「一々口やかましく言うな」

 

 自分の相棒である少女の様子を可笑しそうに笑い飛ばすと、エレベーターに乗り込みながらポケットからサングラスを取り出して夕日を眺めながら掛ける。途中、エレベーターの窓に映った彼の瞳が『金色』に映ったが、それも一瞬でビルの影に隠れてしまった。

 そして数十秒後、地下駐車場に到着した彼らは迷うことなく、黒いランドクルザーに向かうと、青年を運転席に、少女を助手席に乗せて、車を走らせ始めたのだった………。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ―――時間はその数時間前に遡る―――

 

 早朝に『ISの無断使用及び飛行』という本来ならそれなりの懲罰の対象になる馬鹿な行いをした、世界で二人だけの男性操縦者コンビといえば………。

 

「ぜぇー、ぜぇー………なあ?」

「ぜぇー、ぜぇー………口を動かすな、手を動かせ」

 

 ジャージ姿に軍手と麦藁帽子、そして手に草刈用の鎌とビニール袋片手に『IS学園敷地内の雑草むしり』という比較的軽い罰で処遇が決まり、早速それを行っていたのだが………。

 

「………これっていつ終わるんだよ?」

「知るかっ! てか、なんで俺はこの学園に来て掃除ばっかりせんといかんのだぁぁぁ!!!」

 

 地団駄を踏む陽太と、それをツッコむ気力も沸かずに呆然と眺める一夏。単に敷地内といわれても、IS学園の敷地は通常の学園とは異なる。軍事機密の塊であるISを運用するために、施設一つとっても国に数個しかないぐらいの大きさを持っているのだ。当然それを敷地内に存在させているのだから、導き出される結論は一つである。

 広い。べらぼうに広い。こんなの二人だけで雑草取りしだしたら、一日どころか何ヶ月かかるかわかったものではない。

 そんな敷地内において、二人は今第一アリーナ裏のあたりを雑草むしりさせられているのだが、そこですら全部終わらせるのに二日はかかりそうな広さがある。

 

 一刻も早くISの操縦訓練をしたい(させたい)二人はといえば、いつ終わるのか想像も出来ないこの苦行にすでにダウン寸前であった。

 

「はぁ………」

 

 そんな二人を溜息をついて見つめてる人物に気がつき振り返ると、『あきれた』と言わんばかりに大きな溜息をついている千冬が立っていた。

 

「!! このb」

「黙れ」

 

 姿を見るなりさっそくキレた陽太よりも早く、千冬の前蹴りが陽太の股間に直撃し、『鶏の首を締め上げたかのような悲鳴』を挙げながら地面をのたうつ陽太と、それを青ざめた表情で見る一夏。恐らく、地面をのたうつ陽太の苦しみを理解したのか腰が引けて両手で股間を隠してしまう。

 

「お前達は………自分達がどうして罰せられているのか、骨の髄まで理解できていないようだな」

「オオッ………ん、んな……もん…」

 

 地面で半分死に掛けているような状態でありながら、なお減らず口を叩こうとしている陽太のその様子を見た千冬は、先ほどまで呆れたような声とは違った、落ち着いた声で話し始める。

 

「この学園でも社会でも同じだ。皆生きるためにルールを守っている」

「!?」

「!?」

「陽太………お前は今回どんなつもりで一夏の面倒を見る気になったのかはあえて聞かないが、これだけは言っておく。窮屈に思うかもしれないがルールは守れ。そしてなぜそんなルールが課せられているのか、お前自身で考えてみろ」

「……………」

「一夏! お前もだ! 二人とも、ルールを知らないから守らなくてもいいなどという開き直りは一切私は聞く気はないぞ!」

 

 どちらかと言えばこの手の説教をするタイプではない千冬の言葉に閉口する二人。普段二人が知る姉でも操縦者でもない、『教師』としての千冬の姿を見たがためか、二人が大人しくなってしまったのを確認した千冬は、二人に罰則の打ち切りを伝える。

 

「とりあえず、草むしりはそれぐらいにしておけ」

「ほんとかぁっ!」

「うっしゃぁー!」

 

 先ほどまでしょぼくれていたクセに、一瞬で立ち直った二人に再び出そうになる溜息を抑え、千冬は二人に授業に戻るように指示を出そうとする。

 

「着替えて午後の授業に……」

「それについては意義有り。俺とコイツはこのままアリーナで引き続きISの操縦訓練」

「!?」

「………理由を聞こうか?」

 

 『舌も乾かぬうちに』と一夏がビビッてしまうが、意外にも千冬は怒ることなく陽太の話を聞く姿勢をとった。

 

「まずは、このアリーナって今日は誰も使わないんだろ? さっき掃除用具借りるときに用務員のジジィがそう言ってたし」

「……………」

 

 IS学園の実質的な経営者を『ジジィ』呼ばわりする陽太を注意するべきかと迷う千冬であったが、今はまだ十蔵氏も話すべきではないと言っている以上、この件は今は聞き流すことにする。次に言ったらぶん殴るつもりであったが………。

 

「次に、コイツに聞いた話だと、明後日に模擬戦するらしいな………普通にありえんと思うが、無謀過ぎて」

「………なんだよ」

 

 鼻で笑い飛ばす陽太の態度に腹を立てる一夏であったが、一夏にしても薄々感じていたのか、強く言い返せないでいた。だが、そんな一夏に陽太はとある提案をするのだった。

 

「俺なら100%勝てるが今のコイツじゃあ100%負ける………でもだ。俺と今から訓練すれば、5%ぐらいの確率で勝てるかもしれない」

「………つまり、今からお前達は私の授業を受けずに訓練に専念したい……そう言いたいのか?」

「………ああ」

「(やばい………お怒りだ)」

 

 千冬の気配が変わったことに怖気づいた一夏とは裏腹に、陽太の態度は変わらない。普通なら天下のブリュンヒルデに対等な態度で望む生徒などいないものだが、この陽太だけは何故か不敵にどこまでも怖気つかずに千冬に対等であろうとする。そのことが、ほんの少しだけうらやましくなる一夏。

 そして、しばし考え込んだ千冬は、ゆっくりと振り返ると、陽太の意見を聞き入れたのだった。

 

「特例は今回だけだ。来週からは授業を受けてもらうぞ? いいな?」

「イエス・マム!」

 

 軍隊調の挨拶をおどけながらする陽太に無言で苦笑する千冬。そしてその光景が、自分でも気がつかないぐらいに小さな棘が一夏の心の中に突き刺さる。だが、そんなこと知りもしない陽太は、更に続けて千冬に何かを頼みだす。

 

「後、………と………と……を用意してくれないか?」

「お前……何をするつもりなんだ?」

「ん?………もちろん、訓練だけど? ちょっとすごいことにはなるかもしれないけど?」

「………多大な不安が残るが、お前も素人ではない。その辺りは信用させてもらうぞ?」

 

 そして千冬の了承を得た陽太は、水を得た魚のように元気を出して、一夏に不敵な笑みを見せながら、話し出す。

 

「今から20分後に第一アリーナにISを展開状態で待機しとけ。訓練再開だ」

「あ、ああ………」

 

 この時、一夏は断固反対して千冬に頼み込んで普通に授業を受けるべきであった。そう強く後悔する羽目になるとは思いもしなかった………。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 きっかり20分後、第一アリーナの広い芝生の上でISを展開していた一夏は、空を見上げながら、とある物思いに更けていた。

 

「(なんで、千冬姉にあのことを聞かないのか?)」

 

 ISを始めて展開したときに見えたあのビジョン………あんな姿を見たことはない一夏は、ずっと朝からあの光景が焼きついて離れずにいた。

 

「(………でも、なんか怖いのかな? 聞いちまうと後には引けなくなりそうで……)」

 

 姉が秘密にしていることを知ってしまい、どう話をすればいいのか悩む一夏であったが、今はそれよりも目先に迫ったセシリア・オルコットとの模擬戦、延いては目の前の陽太との訓練を無事にこなそうと頭を切り替え、周囲を見回す。

 

「………てか、これって誰かの忘れ物なのか?」

 

 一夏がきた時から地面に突き刺さるように置かれているISの武装………一夏は詳しく知らないが、第二世代ISのラファール用の先端に銃剣が取り付けられたアサルト・ライフル、サブマシンガンに実体シールド、近接用に作り上げられているスピアー、そして打鉄用の日本刀を模したブレードが二本が地面に突き刺さっていたのだ。

 暢気に一夏は誰かの忘れ物かと思い込んでいたが、よくよく考えれば『実弾』が入ったライフルなど、誰が忘れて突き刺して帰るものであろうか………。

 

「………とりあえず、訓練の邪魔になるから、どっかに片付けて……」

 

 そう思って、まずは一番大きな盾に手を伸ばす一夏。

 

 その時であった。

 

『警告・敵性射撃体勢に移行。ロックされました』

「!?」

 

 ISから電子音声で自身の危険を知らせる言葉を聴き、思わず振り返る一夏。そして彼が見上げた先にいたのは………。

 

 ―――アリーナの頂上から太陽を背にして、ハンドガンの銃口を自分に向けている、ブレイズブレードを纏った陽太―――

 

「な、なんの冗談………」

「…………」

 

陽太の得意技である悪ふざけかと思われたその時、あろうことか本気でトリガーを引く陽太。それを奇跡に近いタイミングで、動く指に反応出来た一夏がとっさに後退する。

 弾ける土と、穿たれた地面を見た一夏は、陽太が今、眼前で行った信じられない行動に対して、怒りが爆発した。

 

「てめぇっ!……正気かよ!」

 

予告もなしにいきなり発砲してきた陽太に怒鳴る一夏であったが、当の陽太は何の悪びれた様子もなく、ヴォルケーノを量子化し、アリーナの頂上から優雅に飛び降りてきた。

 

「さあ、そこら辺に武器なら転がってる。お好きなのをどうぞ!!」

 

楽しそうな声で一夏に好きな武器を選べと言いつつ、アリーナの芝生の上に降り立つと、陽太は地面を爆発させるようなダッシュで一夏に突撃しながら、途中で突き刺さっていたランスとブレードを拾い上げる。その動きに、一夏はとっさに目の前にある武装に手を伸ばす。

 

「ふ、ふざけやがって!! 何が『どうぞ』だよ!?」

 

 目の前に刺さっていた楯を拾い上げ、とっさに目の前に掲げる一夏。

 

「ヘェ~?」

 

 そこに手に持ったランスを投げつける。身を引いて楯に隠れたためか、ランスは火花を散らしながらも真上に弾き飛ばされ、彼の背後の地面に突き刺さってしまった。

 だが、陽太の追撃はそこでは終わらない。

 

「!!」

 

 空いた手をブレードに握らせ、上段に構える陽太。

 

「!?」

 

 楯に身を隠してその一撃をいなそうとする一夏。

 

 ―――そして走る閃光―――

 

「なっ!」

 

 掲げた楯が真っ二つにされ、割れた装甲の向こう側から見えたブレイズブレードの姿に背筋が凍りつく一夏。そんな一夏の『嫌な予感は正解だ』と言わんばかりに、陽太は握ったブレードを切り返し横薙ぎで今度は彼の首を狙う。

 

「!!」

 

 だがこれ以上の好き勝手は許さないといわんばかりに、一夏は一歩前に踏み出すとブレードを振るった陽太の右手を自分に届くよりも先に掴んで受け止めてみせる。

 

「ほお………」

 

 珍しく感心したような呟きをみせる陽太であったが、もはや一夏の我慢も限界である。

 初対面からいきなり尊敬する姉への罵倒、屋上での自分に対する狼藉、朝早く起こして自分の意思を無視しての命懸けの特訓、そして今度はいきなりの実戦である。

 

「テメェだけは、いい加減にしやがれ!! このイカレ野郎!! 人をおちょくるのも限度があるだろう!!」

「………ずいぶんとお怒りだな?」

「当たり前だ! なんでお前はそうやって人のことを何にも考えずに好き勝手回りを巻き込むんだ!! 何でもかんでもお前の思い通りになるなんて考えんなよ!!」

 

 腹立たしい。コイツは人の気持ちなんて欠片も理解しようとしない最低な男だ。他人が傷ついても何とも思わない、自分がもっとも嫌悪する人間なんだ。そう思い込んだ一夏の言葉は止まることをしない。

 

「何考えてんのか理解できねぇんだよ、お前だけは!」

「………そういうなら、俺も理解できんな、お前の全部」

「………?」

 

 陽太の思わぬ言葉に一夏が戸惑う中、陽太はブレードを握った腕に力を込める。押される一夏であったが、陽太の力と言葉は彼を逃がしはしない。

 

「誰かを守れるぐらいに強くなりたいとか言ってた割には、フタを開ければ雑魚もいいとこ。それでいて文句ばっかり………お前さ、ホントは口だけだろ?」

「な………にぃ?」

 

 腹の底から怒りが湧き上がってくる。そしてそれを証明するように、目の前のムカツク男の右手を握る手に力が入り、それが陽太にも伝わったのか、表情こそ見えないが、明らかに自分をあざ笑った声でなお話を続けてくる。

 

「努力もしたくない、言うこと聞きたくない。でも俺は誰かを守れるカッコイイヒーロー様になりたいんんです~~~………バカじゃねぇーのか? そんな都合良くお前に守ってもらいたい奴なんか、この世にいねーよ」

「なに……を?」

「一丁前に悔しがってんじゃねーよドクズ。この学園にはお前の7億倍は努力してる奴らが専用機貰えなくて涙呑んでんだよ。お前は物珍しさだけで貰えたんだから、ちょっとは死ぬ気でそいつらの為にも強くなろうとあがいてみてはどうかね、この………『織斑千冬』の名を汚してやまない弟君?」

 

 その一言が引き金になった。

 怒りのまま一夏は陽太の右手を捻り上げ、手放したブレードをとっさに掴むと、怒りの咆哮とともに刃を斬り上げる。

 

「ど畜生がぁぁっ!!」

「ほらなっ!」

 

 一夏の渾身の一撃。たぶん人生で初めてといっていい、ありったけの怒りを乗せた一撃。

 それを陽太は背後にあったランスを素早く取り上げ、下からの一撃で刀の腹を先端で叩き、ブレードをへし折ってしまう。

 

「お………れた?」

「………やっぱりな」

「ちっ!」

 

 それが逆に一夏に冷静さを与えたのか、折れたブレードを投げつけながらバックジャンプする。飛来したブレードを陽太はランスで弾くと、斜め横に突き刺さっていた銃剣付きアサルト・ライフルを拾い上げ、畳み掛けるように一夏に向かって発砲した。

 着弾し大量の土砂を巻き上げながら飛来する弾丸を、ISのスラスターを全速機動させながら回避し続ける一夏。

 

「へぇ? 避けるのだけは才能有りそうだな?」

「てめぇ! ちきしょぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 遊ぶようにあえて一夏に当てないように発砲する陽太と、そんな陽太の意図を感じ取る余裕もなしに全力で避け続ける一夏。

 

「で? 逃げてるだけで世界最強に近づけるとは、やはり織斑千冬の弟は格が違うな!!」

「逃げてるだけだとぉ!?」

 

 陽太のその挑発に、一夏はとっさに目の前にあったもう一つのブレードに目がいき、ダッシュして拾い上げると、その場から全力で跳躍し勢いのまま斬り掛かる。

 上空から無謀に突撃してくる一夏を見ながら、陽太はこちらに着地してくるまでに蜂の巣にできるところをあえてせず、銃剣での近接戦闘に移行する。

 

「じゃあ、今一度聞いてやる!」

「何を!?」

 

 刀と銃剣が火花を散らし、鍔迫り合いの状態で一夏と陽太が睨み合う。

 

「今、お前は何を考えてる?」

「…………テメェが………ムカツク!」

 

 その言葉を聴いた瞬間、飛び退く両者。

 一夏がブレードを上段に構え、陽太はライフルの先端を上げて、剣道の正眼の構えのようにライフルを保持する。

 

 一夏の素の感情を目の当たりにした陽太は、包み隠さず相手に今、自分が感じている心境を伝える。

 

「俺もだ。お前が………ムカツク!!」

 

 互いの感情を刃に乗せ、二人の少年が再び激突しあうのだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 ボロボロのブルーティアーズを纏い、頭部から出血するセシリアは、目の前にいる金髪の少女を睨み付けつつ、隣で同じように装甲を中破させつつ、プラズマブレードを構えるラウラに目をやる。

 

「邪魔だ英国………お前は早く教員たちに、コイツ等のこと伝えろ」

「それには及びませんわドイツの方………貴方の方こそ、早くこのことを織斑先生達にお伝えくださいませんこと?」

 

 時間にしてわずか15分ほど………それほどの短い時間で、代表候補生二人を劣勢の極みにまで追い込んだ『四人組』を代表するように、獲物であるビームサイズを大仰に振りましている少女………。

 

 アレキサンドラ・リキュールの『翼』、竜騎兵(ドラグナー)のフリューゲルは、他の三人よりも一歩前に出ると、地面に蹲る二人に吐き捨てるように言い放つ。

 

「何度も言わせないで。お前達みたいな雑魚に用はないから、今すぐ私達の目の前に火鳥陽太を連れて来いって言ってんのよ!」

 

 

 

 

 

 





色々謎の展開です。
マドカたん初登場だけど、隣の男は誰だ? てかマドカは俺の嫁だr

と色々ご意見あると思いますが、正体については今回は語れません。

さてさて、ムカツクという理由で最新鋭兵器を用いて殴りあうバカ二人の結末は?

そしてピンチなセシリアとラウラを救うのはいったい?

次回にご期待ください



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

激突


予想以上に長くなって、二部構成になっちゃった。

まずは前半戦、セシリア&ラウラの英独コンビ対竜騎兵四人衆だ!



 

 

 

 

 

 事の起こりは二人がたまたま授業に使う資料を持ってくるように千冬に言われたことから始まった。

 手に資料の束を持って歩く金髪のセシリアと銀髪のラウラという、非常に目立つカラーリングの二人であったが、二人の間に漂う空気の重さとギスギス加減は、二人の髪の色以上に目立っていた。

 

「………少しよろしくて、ドイツの方?」

「黙っていろ英国。私は貴様と馴れ合うつもりはない」

 

 ツカツカと先を歩くラウラの背中を射殺す勢いで凝視するセシリアと、そんなセシリアの視線に気づきながらも、だからなんだと言わんばかりに鼻で笑い飛ばしながら前を歩くラウラ。いくら代表候補生同士というライバル関係にあったとしても、二人の生来の気性故にか、とにかく互いに歩み寄ろうとか妥協しようとか、そういう空気が全くないのだ。

 

「まあ! 貴女! この未来の英国代表のセシリア・」

「お前が何であろうと私の興味の対象になることはない。黙って教官に言われた指示に従え、愚図」

「グッ!………ググググググググググ愚図ですってぇぇぇぇぇっ!」

 

 ほほをピクピクと引き攣らせ、見事にカールした髪を逆撫でさせブチギレ寸前となったセシリアが、ISの武装を呼び出して背後から零距離発射してやろうか、本気で考え込んだときであった。

 

 校舎と校舎の間にある渡り廊下の近くにある茂み。そこからコソコソと何かを話す四人の声が聞こえてきたのは………。

 

「もう~~~………フリちん、無計画過ぎるよ~~」

「む、無計画なわけじゃないわ! 私には完璧な計画が………」

「フリューゲルもスピアーも基本はバカなんですから、こういうことは事前に私に話してもらわないと………ハァ、つくづく私って不幸……」

「なにか言ったかリューリュク?」

「そこの犬に劣る脳みそと同列に扱わないでくれない? この無個性メガネ」

「イダイイダイイダイイダイッ! 耳! 耳が千切れる~~!!」

「誰が犬に劣るだ! 私が犬以下なら、貴様は鳥以下だろうが!」

「私が鳥以下? なに? アメーバ未満の単細胞生物が面白いこと言ってくれるじゃない………」

「あ! フリちん!! これ私が頼んだ〇ーソンのからあげ君・柚子胡椒味じゃないよ! これ普通のレッドだよ!!」

「イダイイダイイダイイダイッ!! 耳がほんとに千切れる~~!!!」

「今日という今日は『胃袋の緒が切れた』ぞ! このエグレ胸!!」

「それを言うなら堪忍袋の緒よ………その話をするなって、何度言ったら理解できるのかしら? 100%筋肉胸?」

「フル〇んが! 間違えたぁっ!! びぇぇ~んッ!! フル〇んが! フル〇んが! フル〇んが!!!」

「だからその言い方やめろって言ってのよぉっ! この食欲バカ!! 女としての慎み持て!」

「フッ………女としての慎み? お前のどこにそんな物が存在してるというのだ、フリューゲル?」

「アンタにだけは言われたくないわ、スピアー?」

「私、バカじゃないもん………おっぱい大きくて柔らくて抱き心地良いって、親方様褒めてくれたもん………」

「耳が! 耳がぁぁぁーーー!!!」

 

『それは私に対する嫌味かぁー! フォルゴーレェェェッ!!』

 

 茂みから竜騎兵のフリューゲルとスピアーが、リューリュクの両耳をひっぱりながら上半身を見せる。

 

『あっ』

 

 それを偶然か、必然か、目が点になったセシリアとラウラと視線が絡み合う。暫し、呆然となる両陣営であったが、フォルゴーレがその間に首を出して二人にご丁寧に挨拶しだす。

 

「あ! この間の子達!! こんにちは!!」

 

 その言葉に我を取り戻した二人は、手元の資料を放り出すと互いに自身の待機状態のISを手に持つと、厳しい目線で四人を睨み付けながら、何をしにきたのか問い質し始める。

 

「貴女達は………この間の賊!」

「確か、亡国機業(ファントム・タスク)!!」

 

 いつでも戦闘を始められるよう相手との距離を取りつつ二人はISを展開する。そんな中でラウラはフリューゲル達に気が付かれないようにISの通信回線を開き、千冬と連携して目の前の賊を捕縛しようとする。これは先日の戦闘の後、不測の事態で敵に遭遇したときに必ず守れと千冬から言明されていた事柄であった。

 

「(教官と挟み撃ちにして、この間の屈辱、倍にして返してやるぞ!)」

 

 勝利を確信してそれが顔に出るラウラ。だがその攻撃的な振る舞いで気が付いたのか、それともそれまでの戦闘経験からのものなのか、瞬時にフリューゲルは自身のISを展開しながら上空に跳躍し、その能力を発揮したのだった。

 

「!?」

「残念ね、黒ウサギ………フリューゲルが司るのは『翼』と『旋律』なのよ!」

 

 真紅のバイザーを着け、蝙蝠を思わせる黒い翼を拡げながらその右手に自身の身長よりも長い柄の鎌を持つフリューゲル。同じ黒い装甲ながらも、ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンよりもかなり軽装で、身軽さと機動力の高さを印象づけ、左腕には防御用の大型ガントレットを装備し、鋭角的(シャープ)さが目立つ。

 亡国機業(ファントム・タスク)が独自開発したIS、竜騎兵(ドラグナー)シリーズ四号機、『ドラグナー・フリューゲル』は上空で翼を羽ばたかせると、その長大な獲物を持ち替え口元に近づけた。柄の部分が開閉すると同時にいくつかのボタンが現れ、大鎌(サイズ)そのものがまるで一つの吹奏楽器(フルート)のように、特殊な音波を奏で始める。同時に、蝙蝠を思わせる黒い翼からも特殊な電磁波が放出され、それが瞬く間に学園中に広がっていくのだった。

 

 最初は相手の行動が解らず困惑するラウラであったが、すぐさまそれが何を意味していたのか理解した。ひび割れた雑音(ノイズ)が聴覚を揺さぶった時、フリューゲルが通信回線を恒久的か一時的かわからないが、遮断してしまったことに気がついたのだ。

 

「クッ!」

「油断大敵………ハエに何匹集られても怖くないけど、うっとおしいことには違いないから予防線張らせてもらったわよ」

「………ならば仕方ない!」

 

 両腕からプラズマブレードの刃を形成し、突撃するために前屈みになるラウラ。元々いくら千冬の命令とはいえ、この学園の教員や生徒達と連携する気などは端からない。むしろこうやって単独で撃破するための状況を敵の方から作ってくれたことに感謝したいぐらいなのだ。

 

「どこに目がいっておられるのかしら? 貴方達のお相手はそこの方一人ではなくてよ!」

 

 そこへセシリアのブルーティアーズが、四基のビットを射出してフリューゲルの周囲を取り囲み、彼女を蜂の巣にするために浮遊していた。

 

「貴方にも味合わせてあげますわ! この輪舞曲(ロンド)を!」

「イヤよ、下手クソ」

 

 周囲を取り囲まれるという状況にあっても、フリューゲルの余裕は何一つ崩れない。彼女はいたって冷静に次なる曲を奏で始めた。先程とは違う不快な低周波がフリューゲルを中心に発生する。

 今度はその効果は目に見えて現れる。彼女を取り囲んでいた四基のビットの動きが急激に鈍くなり、いつでもレーザーを放てるように銃口を向けていたにも関わらず、上下左右に激しく揺れ始めた。

 

「ブルーティアーズ!?」

 

 思わぬ敵の能力を前に、必死にビットの挙動を元に戻そうとするセシリアであったが、肝心のビット達の動きは止まらない。敵に制御されている様子は無いが、明らかにこちらの制御も受け付けてはいないのだ。

 そこへ自らの大鎌を翻したフリューゲルは、ビームの刃を形成すると周囲を取り囲んでいるビット達を切り裂くように横に一回転薙ぎ払う。

 

 セシリアの目の前で、あっさりと切り裂かれて地面に落ちていく自身の最大の武器。だがセシリアの方を向き直したフリューゲルの嘲笑が、皮肉にもセシリアの意識を現実へと引き戻してしまう。

 

「脆い。話にもならないわ!」

「!?」

 

 ビットを切り裂いた勢いそのままでセシリアに向かって飛翔するフリューゲル。とっさにセシリアは上昇してやり過ごそうとするが、相手の速度はセシリアの想像を遥かに凌駕していた。上昇したセシリアの後を追うようにフリューゲルも上昇したかと思えば、一瞬で彼女の眼前に躍り出て、ビームサイズを振り抜く構えを見せたフリューゲル。

 

「それに遅い! そんなものでよく専用機だなんてほざけるわね!?」

「クッ!………インターセプト!」

 

 左手に唯一の近接兵装である実剣のナイフを構築し、フリューゲルが放った大鎌の斬撃を受け止めたセシリアであったが、激しいスパークが起こる中、敵の激しい追撃を受けてしまう。

 

「ホラホラホラホラホラホラッ!!」

「くぅぅぅっ!」

 

 明らかに大鎌の扱いに慣れたフリューゲルの一撃一撃は異常に重く、インターセプトから嫌な音が響いていくる。上下左右斜めからの連撃を後退しながらしのぐセシリアであったが、フェイント気味に離れた柄での突きを腹部に受けて、仰け反りながら吹き飛んでしまう。

 

「グフッ!」

「そろそろイッちゃってくれない!?」

 

 吹き飛ぶセシリアに追いつく尋常ならざるフリューゲルのスピードに戦慄する暇もなく、彼女のビームサイズがセシリアに迫る。

 先程の一撃でシールドエネルギーは50ほどの減少ですんだが、あの一撃をまともに受ければ絶対防御が発動し、自分は成す術無く上空から地面に叩き落されてしまう。

 腹部に受けた一撃で呼吸ができないでいた遠退く意識の中、セシリアがフリューゲルの一撃を受け止めようとした時………突如、敵の動きが『静止』する。

 

「!?」

 

 空中で体勢を立て直したセシリアは、ようやく敵が動きを止めた理由を理解する。

 セシリアに止めを刺すために大鎌を振るおうとしたフリューゲルであったが、横合いから瞬時加速(イグニション・ブースト)で突撃してきたラウラに動きを封じられたのだ。

 右手を前に差し出した状態、ただそれだけでフリューゲルの表情が屈辱に歪むほどに容易く動きを封じ込めたラウラのISの能力。

 

「これは!………まさか、AIC(慣性停止能力)!?」

「ほぅ?………盗人組織なだけあって、この手の情報には詳しいのか?」

 

 AIC(慣性停止能力)。ISの、特に空中における挙動の全てを司るPICを発展させ、任意の空間における物体の運動慣性を停止させる能力であり、これを実戦レベルで実装した世界初の機体が、ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンなのだ。

 この能力があるゆえに、こと近接状態での格闘戦ならば自身に敵う者など、かつての織斑千冬以外は存在しない。そう自負するラウラは、ゆっくりと左腕のプラズマソードの切っ先をフリューゲルへと向ける。

 

「貴様等にはゆっくりと組織の情報を吐いてもらうぞ………だが、まずは先日の一撃の借り、この場で返させてもらう!」

「チッ! 雑魚の分際で………」

 

 強がるフリューゲルであったが、どれほど力を入れようとも身動き一つ取ることができない。勝利を確信した笑みを浮かべながら、プラズマソードでの突きを放とうとするラウラ。

 

 だがそこへ、巨大な銀色のランスが割って入り、思わずAICを解除して後退してしまうラウラ。

 

「スピアー!?」

「フンッ! 調子にのって遊んでいるから、そんな無様な姿を晒すことになるのだ!」

 

 割って入ってきた黒い影………その名が示す通り、巨大な固定型ランスを右手に装着したスピアーであった。フリューゲルのISと同型でありながら、細部は別物かと思うほどに違う形状をしている。先ずは全身の8割を分厚い装甲で覆い、左右非対称の肩のパーツをしており、左肩には二連装のロケット弾を装備しており、背中には直線での爆発的な加速を実現するための高出力スラスターと姿勢制御用のスタビライザーが設置されており、唯一バイザーとヘッドパーツの形状がフリューゲルと同型機であることを示すように同じ物を被っていた。

 そしてスピアーを象徴するように右手に半ば肯定されている、自身の半分ほどの大きさと全長ほどの長さをした巨大なヘヴィーランス。ドリルのような形状とリボルバーのようなカートリッジを装着した武装。

 竜騎兵(ドラグナー)シリーズ二号機、『ドラグナー・スピアー』は、その矛先をラウラに向けると再び突撃を仕掛ける。

 背中から爆発したようなスラスターの火花を見せながらの、全力突撃(フル・チャージ)。

 その攻撃をラウラは余裕を持って受け止める筈だった。何故なら如何に巨大な質量を持った突撃であろうと、慣性を殺されては一ミリも動くことはできない。それが物理というものなのだから………。

 

「貴様もこのシュヴァルツェア・レーゲンの前では有象無象の一つに過ぎん!」

「馬鹿め!」

 

 互いに攻撃的な笑みを浮かばせながらの交差。ラウラのAICはスピアーの動きを捕え、フリューゲルのように木偶の様に空中に張り付かせる………ことができずにいた。

 

「何ぃっ!」

「フンッ!」

「(まさか!………フィールド中和機能!?)」

 

 セシリアの目の前で交差するスピアーの矛とラウラの右手。AICは確かにスピアーの動きを一瞬だけ捕えたかのように見えたが、ヘヴィーランスに内蔵されているリボルバー状の薬莢(カートリッジ)が一つ炸裂すると、全身そのものから不可思議な振動が起こり、ランスの先端がドリルよろしく高速で回転し始めたのだ。

 そしてその現象によって、一瞬で動きを取り戻したスピアーが、とっさに体を反転させ串刺しを避けたラウラの左肩の装甲をガラス細工のように吹き飛ばした時、セシリアは敵のISが行った行動を解明する。

 

「まさか………フィールド中和機能を搭載している!?」

「そうだ!! 私のランスはあらゆる物を貫く! それが如何なる強固な装甲であろうと、如何なる強力なバリアーであろうとも!!」

 

 もしそれが本当ならば、半ばAICは役に立たない。武装の一部ではなく、全身に及ぶフィールド中和ではさしものAICも止めようが無いのだ。

 だが、自身の最大の武器を封じられたラウラであったが、その戦う意志は聊かの衰えも見せない。いや、逆に受けたダメージが彼女の怒りに火を付けたのか、リアアーマーから6本のワイヤーブレードを射出する。

 

「貴様等っ!!」

 

 複雑な三次元軌道で迫る六つの刃相手に、スピアーがランスで打ち落とそうとするが、巨大すぎる獲物のためか、それとも元々の狙いが雑なためか、ワイヤーブレードには掠りもしない。

 

「チッ! うっとおしいハエのような攻撃でぇ!」

 

 同じ格闘機でも、『強襲』を主にするスピアーのISの装甲強度は、『奇襲』を主にするフリューゲルのISとは比べ物にならないほど高い。火花を飛ばしながらワイヤーブレードに刻まれていくスピアーであったが、薄皮一枚程度の損傷しか与えられず、しばしの拮抗状態を生み出す。

 

「もう………アンタ、本当に大雑把ね」

「フリューゲル!?」

 

 そんな状況に焦れたのか、ビームサイズを華麗に振り回すフリューゲルがスピアーの隣に立つと、複数のワイヤーブレードの攻撃を防ぎ逸らし、そして一閃して二基ほど切り裂いて叩き落してみせる。

 

「勘違いしないでよ。これで貸し借り無しだからね?」

「何を勘違いするものか!? 貴様への貸しなど山のように………!?」

 

 フリューゲルの死角から飛んできたワイヤーブレードの攻撃を、自分のランスを盾にして弾くスピアー。その動きを忌々しそうに見ながらも、弾かれたワイヤーブレードを切り裂くフリューゲル。一見仲が悪そうに互いに罵り合いながらも、それぞれの特性を生かした連携が取れることが両者の良い所でもあるのだ。

 

 逆に敵に攻撃を凌がれ劣勢に立たされて焦るラウラを、ようやく援護する気になったセシリアが、スターライトの銃口をフリューゲルとスピアーに向けようとした時、警告(アラーム)が鳴るよりも早く、実弾がセシリアの左脚を貫く。衝撃と痛みに悶どりながら落下していくセシリア………。

 

「きゃあああああっ!」

 

 地上の方から飛んできた一撃に、悶絶しながらも見つめた時、そこにはグレネードランチャー一体型のアサルトライフルを構えたリューリュクがISを展開しながら、呆れ顔で通常機にてこずる二人に向かって飛翔してきた。

 

「もう………少しは周囲に気を配ってよ二人とも~~……特にフリューゲルは防御力無いんだから」

「う、うるさい! リューリュクのクセに」

 

 やはり同型機らしい共通の真紅のバイザーとヘッドパーツをしながら、装甲の量はちょうどフリューゲルとスピアーの中間ほどで、背中にシャープな航空主翼とその下に補助翼を設置された高出力スラスターを持ち、両腰に小型のミサイルと手持ち式のレーザーソードを内蔵したスタビライザーを装備しており、右手のアサルトライフルと、左腕に大型の実楯を持った、竜騎兵(ドラグナー)シリーズ中、もっとも汎用性に長けたシリーズ三号機、『ドラグナー・リューリュク』は、突撃思考の二人に彼女の中ではもはやいつものことになったフォローを入れる。

 

「チッ! 新手・」

 

 落ちるセシリアを庇うつもりなど無いが、新たなに現れた敵兵にすぐさま右肩のレールカノンの照準を合わせて撃ち落してやろうとするが、そこにISから警告(アラーム)が鳴り響き、ほぼその直後、ラウラに向かって自身のレールカノンを上回る口径の砲弾が超音速で迫ってきた。

 

「チッ!」

 

 間一髪でその攻撃を回避するラウラであったが、かなりギリギリな体勢で回避したため、すかさず迫ってきたリューリュクのタックルを回避しきれなかった。

 左腕のシールドを掲げて猛スピードで飛来してくるリューリュクのタックルを回避しきれずに跳ね飛ばされるラウラ。痛みで表情が歪むが、更に後方からワイヤーブレードの間隙を抜いて接近してきたフリューゲルの大鎌が迫る。寸でのところで左腕のプラズマソードを展開して受け止めるが、そこに駄目押しをしにくるように、スラスターを全開にしてラウラに向かってスピアーがヘヴィランスでの突進攻撃(チャージアタック)をしてくる。

 とっさに残った右手でAICを使いスピアーを止めようとするが、すぐさまAICがスピアーにあっさり貫かれ、彼女の右肩のレールカノンごと装甲を貫かれてしまい、シールドエネルギーがごっそり持っていかれてしまった。

 

「がはっ!!」

 

 地上で脚を貫かれた衝撃から立ち直ったセシリアであったが、空中でいい様に嬲られて落下してくるラウラの姿に、少しばかりの動揺と怒りを覚え、レーザーライフルの銃口を空の三機に向けようとする。

 

「ドイツの方!………こっのぉー!!」

 

 だが怒りで視野が狭まったためか、ISが発した警告(アラーム)の存在に気がつくのがワンテンポ遅れ、驚愕しながら振り返った瞬間、手前の地面が強烈な砲撃で爆発し、セシリアはその衝撃で5、6mほど吹き飛ばされてしまった。

 

「くぁあああっ!」

 

 その攻撃があえて『直撃を避けたもの』であることに気がつかないまま、地面に叩きつけられうつ伏せで寝転がるセシリアに、彼女に向かって砲撃を放った者がわりと心配している声で話しかけてくる。

 

「あ、あの~……ごめんなさい! 直撃させないように撃ったんだけど、私、精密砲撃ヘタだから………どこか痛くない?」

 

 砲撃をぶちかましておいて『痛くない?』も無いと思うのだが、先ほどのラウラやセシリア相手に砲撃を放ったのは、四機中最大火力を持った機体であり、共通の真紅のバイザーとヘッドパーツをしながらも、その全容は単に『歩く火薬庫』とも言えるものであった。

 まず、最大の武器である背中に二本背負った、陸上戦車の主砲かと思える巨大なロングレンジバスターキャノンを二門装備し、キャノンの下には小型のスラスターと地上での砲撃時に衝撃を抑えるアブソーバーが見られる。両肩には四角い金属の箱に内臓された8連装ミサイルをそれぞれ備え、脚部の脛には展開式のガトリングガンを両脚に埋め込み、右手にはリボルバー形式の大口径のハンドキャノンを持っていた。装甲強度こそフリューゲル並みの低さだが、初めから防御力よりも攻撃力を最優先にした大胆な設計思想が垣間見える歪なIS………。

 温厚な操縦者とは裏腹な過剰な火力を搭載した、竜騎兵(ドラグナー)シリーズ一号機『ドラグナー・フォルゴーレ』は、セシリアに過剰なダメージを与えてしまったのではないかと心配しながら駆け寄ってくる。

 だがそこへ上空から飛来したフリューゲルが、ビームサイズをフォルゴーレの前に突き出し、まるで「敵に情けを与えるな」と無言の叱責を飛ばすような目で彼女を睨み付ける。その剣幕にあたふたしながら下がってしまうフォルゴーレ。

 そしてフリューゲルは、後を追うように地上に降り立った二人を背後にし、竜騎兵(ドラグナー)を代表するように、セシリアと彼女の後ろに倒れこむラウラに向かって言い放つ。

 

「私達の要求はただ一つ………この場に、親方様の御体に傷を与えた火鳥陽太を連れてくることよ。理解したならさっさと行きなさい」

「なん………ですって…」

 

 痛む体に無理やり動かし、ライフルを杖代わりに立ち上がろうとするセシリア。みればラウラも同様に気合を入れて自分の体に鞭打って立ち上がり、右手のプラズマソードを展開していた。

 

「あら? まだやる気かしら……………そういうの、うとおっしいのよ雑魚共!」

 

 自分達の言うことに従う気が無さそうな二人のその姿に、苛立ちを覚えながら大鎌の切っ先を向けたフリューゲル。彼女にしてもこれ以上格下相手に時間を食いたくは無いというのが本音なのだ。

 それは別に時間が迫っているとかそういうことではない。一刻も早く火鳥陽太の首を刈り取り、彼女の愛おしいアレキサンドラ・リキュールにこのように報告したいだけなのだ。

 

『フリューゲル、これは?』

『火鳥陽太の生首ですわ。こんな雑魚は親方様の眼中に入れる必要もありません!』

『なるほど、私の考え違いだった。やはりお前は最高だなフリューゲル』

『そんな……私なんて、親方様に比べればまだまだです』

『いや、そんなことはない………お前こそが最高の私のパートナーだ』

『親方様………』

『フリューゲル………二人の初夜を始めよう……』

 

「(あ、ダメェ! 親方様ぁ~~!! そんなに激しく責められたら、わ、私、壊れちゃうううぅぅぅっ!!)」

 

 フリューゲル………クールな外面に反して、内心は激しく『取らぬ狸の皮算用』中である。案の定、背後で他の三人が『また一人だけ出し抜こうとしてる』と見抜かれていた。

 

 もっとも、そんな敵の事情など蟻の顎ほども知らないラウラとセシリアは、彼女達の目的を知り、その闘志を折られること無く、むしろ前以上に湧き上がらせながら、各自の武装を握り締める。

 

「(狙いはあの方だなんて………許せませんわ!)」

 

 セシリアは自身でも気がつかない、仄かに咲いた心の中にある暖かな感情のために。

 

「(敵の狙いが火鳥陽太!? 私の存在を前座扱いにして、よりにもよってあの男だと!?)」

 

 ラウラは自身の存在意義と培ったプライドに賭けて、目の前の四人を許すわけにはいかないのだ。

 

 そしてボロボロのブルーティアーズを纏い、頭部から出血するセシリアは、目の前にいる金髪の少女を睨み付けつつ、隣で同じように装甲を中破させつつ、プラズマブレードを構えるラウラに目をやる。

 

「邪魔だ英国………お前は早く教員たちに、コイツ等のこと伝えろ」

「それには及びませんわドイツの方………貴方の方こそ、早くこのことを織斑先生達にお伝えくださいませんこと?」

 

 時間にしてわずか15分ほど………それほどの短い時間で、代表候補生二人を劣勢の極みにまで追い込んだ『四人組』を代表するように、獲物であるビームサイズを大仰に振りましている少女………。

 

 アレキサンドラ・リキュールの『翼』、竜騎兵(ドラグナー)のフリューゲルは、他の三人よりも一歩前に出ると、地面に蹲る二人に吐き捨てるように言い放つ。

 

「何度も言わせないで。お前達みたいな雑魚に用はないから、今すぐ私達の目の前に火鳥陽太を連れて来いって言ってんのよ!」

 

 高々に言い放つフリューゲルであったが、そこへ彼女達の頭上から、『男』の声が聞こえてくる。

 

「リクエストするぐらいなら、『さん』づけぐらいしろよ。失礼な奴等だな………」

『!!??』

 

 全員が驚いて声がした方を見上げると、そこにはブレイズブレードを展開し、右手に持った銃剣付きアサルトライフルの銃口をフリューゲル達に突きつける陽太の姿があった。

 

 すぐさま各自の武装を構える竜騎兵(ドラグナー)達に、陽太はバイザーとマスクの中で余裕の笑みを浮かべながら、挑発するように言い放つ。

 

「俺の学園(庭)で好きかって暴れたんだ………フルボッコにされて泣かされようとも言い訳できんぞ、お嬢様方(レディーズ)?」

 

 

 

 

 

 

 

 





 前書きにも書きました、予想以上に長くなったためキリのいいところで次回に持ち越します。


 そして次回は、ついに語られる、天災(束)と最強(千冬)と最凶(親方)が認める『戦いの天才(陽太)』の実力!
 そして謎の青年の正体とは!?


次回をご期待ください


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一蹴


さあ、バトル編の後編

天才・陽太の実力は!?
そして、明かされる第三の?

本編をお楽しみください



 

 

 

 

 

 日本でIS学園メンバーと部下達が本格的な武力衝突を起こそうとしていた頃、ある意味元凶を作ったとも言える亡国機業(ファントム・タスク)の幹部であるアレキサンドラ・リキュールと、同僚であり部下に嫌がらせ気味の仕事を押し付けたスコール・ミューゼルは、ヨーロッパでも五指に入ると言われる格式高き超・高級フレンチ店でディナーを優雅に食していた。

 女尊男卑が蔓延する現代においても、その揺るがぬ看板で未だに根強い人気を誇るその店においても、二人の美女がテーブルに向き合いながら食する姿は、有名な芸術家が丹精込めて描いた絵画にも劣らぬ不可思議なオーラを放っていた。

 女性にしては長身で豊かな金髪と抜群の美貌を誇り、背中の開いたワインレッドのドレスが似合うスコールと、そんなスコールすら上回る身長をし、いつもの軍用コートとズボンではなく、はち切れそうな爆乳が今にも見えそうな胸元が大胆に開いた黒いドレスを着たプラチナの長髪を持つリキュールの二人は、店内外において、男性は愚か同姓の女性すら声をかける隙がないほどのオーラを放ち、一挙手一投足がギャラリー達の溜息をつかせてしまう。

 

 見ようによってはかなり周囲がうっとおしい状況ながら、まったくそんなことをまったく気にしていない二人であったが、メインディッシュである子牛のヒレ肉の赤ワイン煮にリキュールがナイフを入れた時、無邪気な子供のような笑顔を浮かべたスコールの方から話しかけてくる。

 

「でも、貴女も悪い人ね。部下のお嬢様達の独断専行を許しちゃうなんて?」

「アイツ等にもいい勉強になる………『真の天才(本物)』が一体どういうものなのかを知れる、良いチャンスだ」

「陽太君………だったけ? 噂のミスターネームレスは?」

「オータムの件で、ひょっとしたら君は彼に悪感情を持っているのかい?」

 

 部下であり、親愛なる『恋人』であるオータムをフルボッコにした上、今も外傷と精神的ダメージのためにベッドの上で寝たきりにさせるほどの怪我を負わせた陽太に、スコールは憎しみを抱いているのだろうか? だが、それを彼女自ら『笑顔』で否定する。

 

「フフフッ………むしろ今は興味深々よ! 私のリキュールを虜にしちゃうような子に、私、是非とも会ってみたいもの」

「すぐに会えるさ………それに…」

 

 今度はリキュールが不敵な笑みを浮かべ、スコールに問いかけ返す。

 

「『彼』にフリューゲル達を迎えに行かせた所を見ると、君の中でも陽太君はやはり高評価なんだね………」

「あら? 何の事かしら?」

 

 とぼけた表情でワインを飲むスコールを、リキュールは目を細めながら楽しげに見る。

 

「彼………『ジーク・キサラギ』を行かせた以上、陽太君の実力は幹部(ジェネラル)級である。なまじ雑魚が束になっても彼には勝てはしない………だからこそ確かめる必要がある。彼を敵として抹殺するか、それとも亡国機業(ファントム・タスク)に引き入れるか? 『七人の率いる者(ジェネラル)の・ライダー(騎乗者)』のスコールの胸の内はこんな所かな?」

「フフフッ………『七人の率いる者(ジェネラル)の・バーサーカー(狂戦士)』のリキュールさんのご意見はどうなのかしら?」

 

 質問に質問を返されたリキュールはというと、一瞬だけ驚を突かれたような表情を浮かべると、すぐさま無言のままいつものマグマのような熱気を孕んだ獰猛な笑顔で応える。そんなリキュールの顔を見たスコールは、大変にご満悦そうな笑みを浮かべると、そんな笑顔とは裏腹な非常な言葉を口にするのだった。

 

「ウチのジークに殺される程度の存在なら、私達には必要ないの。私達に必要なのは………そうきっと、リキュール………貴女が探し求める『異端の存在』なのだから………ね?」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 握った打鉄のブレードを水平に構え直した一夏は、陽太に向かって全力全速での渾身の突撃を敢行する。

 生まれて初めて感じた怒り、屈辱、そしてまだ実体が掴めずにいるその根底にある感情に突き動かされるように放った突きであったが、陽太はそれをあろうことか銃剣の刃と銃口の間に挟みこんで、受け止める。

 

「はいはい~~……残念でした」

「なにぃ!」

 

 捻転。火花を散らしながら滑る刃を一瞬で捻り上げ、甲高い音と共にブレードが砕け散った………一瞬だけ呆然となった一夏であったが、すぐさま彼の視界が180度天地逆転してしまう。

 陽太は呆然と一瞬呆けた一夏の胴体の装甲の隙間に手を突っ込むと、そのまま彼を地面に叩きつけたのだ。衝撃と激痛が全身を奔り、酸素が失われ呼吸が止まってしまうが、一息つく間も一夏には与えらず、すぐさま彼の眼中が、振りかざされた銃剣に吸い付いた。

 全身装甲(フルスキン)であるため、彼の顔もマスクに覆われて表情を伺うことができないでいたが、その二つの翡翠のバイザーから、不気味な光が放たれた時、一夏は全身を凍りつかせてしまう………『コイツ、俺を刺し殺すつもりだ』と……。

 

「………」

 

 それを肯定するように、無言で一欠けらの迷いなく殺気を込めた一撃が一夏に振り下ろされ………。

 

「………お前は戦闘の最中に物を考えすぎる上に、簡単に逆上し過ぎだ。一番カモられるタイプだな」

 

 一夏の頬スレスレを通過した刃が地面に突き刺さるのだった。

 

 先程までの凍り付くような殺気が嘘のように、銃剣を地面から引き抜いた陽太はライフルのマガジンを引き抜くと、残弾の確認をしつつ『弾って後で請求されないよな?』とかぼやき出す。まるで今さっきまでの戦闘が嘘のような振る舞いである。

 対して一夏の方はというと、何が起こったのか、何で自分は全身が震えるほどの恐怖を感じていたのか、止まった思考を動かすように、起き上がると陽太のほうを無意識に見つめてしまう。

 そんな一夏の視線に気がついた陽太が、未だに何が起こったのか理解し切れていない一夏の様子を茶化すような声で話しかけきた。

 

「………お前、ひょっとして、小便チビるぐらいにびびったのか?」

「!!?」

 

 その一言で、一夏は完全に理解する。今の今まで、自分は目の前の陽太の手の平の上で踊らされていたのだと。理解したからこそ、一夏は顔を真っ赤にして陽太に抗議する。

 

「ビビってねぇーよ! てか、今までのは一体何なんだよ!!」

「何って………訓練するって言ったじゃん」

「く、訓練!? いきなり斬りかかるのが!? 銃弾で人を蜂の巣にしようとするのが!?」

「うん。普通に訓練だよ」

「ふざけんなっ!」

「ふざけてなんかねぇーよ。俺は実に真面目に訓練してやったぞ?」

 

 かなり普通に返してくる辺り、陽太なりに本気で訓練していたつもりらしい………他の生徒が見ていれば間違いなく本気で一夏を殺しにいっていたようにしか見えないが。

 

「大体、俺が本気出したら、テメェーなんかゼロコンマ数秒で挽肉だべ?」

「なにぃっ!?」

「ま、冗談は兎も角だ。お前さんに一つ聞きたいことがあるんだが………」

「な、なんだよ?」

 

 急に声に真剣味が篭った陽太の問いかけにたじろぐ一夏。だが彼の動揺を知ってか知らずか、陽太の言葉は一夏の『甘い思い込み』を木っ端微塵にしてしまう。

 

「お前、本当にあの金髪縦ロールに勝てると思ってるのか?」

「な、なんだよ! お前が訓練すれば、ホンの僅かでも勝てるかもしれないって言い出したんだろうが!?」

「じゃあ、俺が現れずに特訓もしなかったら、どうしてたんだよ?」

「そ、それは………他の誰かに……」

「言っとくぞ……IS舐めんな、ド素人」

「!?」

 

 陽太の怒りを込めた言葉に、一夏は息と唾を飲み込む。その様子が更に気に入らなかったのか、陽太は一夏の見識の甘さをわかりやすく、且つ反論できない言葉でぶつけるのだった。

 

「自分のケツを自分で拭けない奴、最初から誰かに頼りっきり、そんな奴が喧嘩なんかするな。自分(テメェー)で自分(テメェー)の道をどうにかする気のないんなら、今すぐIS操縦者なんか辞めちまえ」

「なっ!」

「それにな………少なくとも金髪縦ロールはこの学園に来るまで、アイツなりの時間の中で操縦者になるための訓練を積んでるんだ。何も努力してないお前と違ってな………判るか、お前はまだ『何も努力していないんだ』………なんで、そんなお前がどうにかできるだなんて考えに行き着くんだよ?」

「そ、それは………それに、勝負自体、千冬姉が勝手に…」

「言い訳か?」

 

 どこまでも冷めた陽太の言葉、それは一夏に対して状況への言い訳は許さない厳しい視線と言葉を発した陽太は、そんな彼の胸に指先を置くと、陽太自身がIS操縦者としてもっとも大事なことだと思っている考えを話し出す。

 

「………勝負を制するのは技術じゃない。ISの性能だけでもない。『ココ』だ………」

 

 左手の人差し指を一夏の胸に置いたまま、自分の胸に親指を突きつける陽太。

 

 彼は決して『ココ』とは何のことかは答えない。それが何なのか具体的な言葉を一切口にしない。なぜならば………。

 

「俺が一番最初に千冬さんに教わったことだ………あの人も、俺に答えを教えてくれなかった。たぶん、自分で突き止めろってことなんだろう」

「千冬姉………」

 

 他人から教えられた、自分が知らない姉の一面を知り、一夏は不思議な気持ちになりながら陽太の方を呆然と見つめる。半信半疑だった姉と少年の師弟関係であったが、それが嘘ではなく本当のことなんだと、今のやり取りで理解できたからなのかもしれない。

 

「さあ~~って、特訓のようないじめもこのぐらいにして………?」

 

 先ほどまでのシリアスな声とは一変して、気の抜けた声を出してサラッと冗談を言う陽太。背後で一夏がワンテンポ遅れて『やっぱりいじめだったのかよ!!』と大声でツッコミを言い放っているが、陽太はその鋭敏な感覚で学園内で起こっている僅かな違和感に気がつく。

 何気ない平和な学園の空気の中に漂う、僅かな殺気………すぐさま陽太は、通信回線を開いて千冬に確認を取ろうとするが、回線を開いた途端に不快な雑音(ノイズ)と複数の人間の声が入り混じった言葉が飛び交ってくる。

 

「(回線がジャミングを受けてる?)」

 

 一般的な公共施設ではない、IS学園の回線は先進国の軍事基地に匹敵するセキュリティーがなされているはず。

 それをあっさりと破ってくる侵入者の存在を陽太は確認するため、上空100mほどに一気に上昇する。そして周囲をハイパーセンサーの高感度カメラで索敵し始めた。

 

「………見つけた」

 

 敵は四人。陽太に屈辱を与えた亡国機業(ファントム・タスク)のアレキサンドラ・リキュールに従っていた四人だ。しかも今、金髪ロールと初日に色々自分に絡んできた銀髪の眼帯少女とどうやら交戦中のようである。

 

「向こうさんから来てくれるとは、ついてるな」

 

 彼の中で忘れたくても忘れられない、自分を上から見下ろしていた不敵な笑みが心の中で蘇り、知らず知らずの内に拳を握り締める陽太。与えられた借りをきっかり10倍にして返してやると決意し、陽太は自分の後を追って上昇してくる一夏の方を見ずに、簡単に指示を出す。

 

「おーい! いきなり飛び上がって、一体どうした・」

「お前はどっかに避難してろ。できるなら千冬さんのところに行け」

 

 短く言い残すと、矢のような速度で飛翔し、複数の光点が交差する場所に向かう陽太。対して置いてけぼり喰らった一夏は、いきなり何が始まったのか理解できず、呆然となる。

 

「………って!?」

 

 いきなり千冬姉の所に行けと言われても………頭を掻きながら迷う一夏であったが、彼のISの方は陽太が向かった場所の情報を一夏に的確に伝えてくる。

 

『複数のISの反応を確認。交戦状態です。うち四機はコアネットワークに未登録………現状、予測ではコアの反応からオーガコア搭載機だと思われます』

「???」

 

 一夏にはほとんど何を言っているのか理解できないでいたが、どうやら学園内部でIS同士の戦闘があり、陽太がそこへ向かった………とりあえずそれだけは理解できた一夏は、どうするかと迷う。陽太の指示に従うか、それとも………。

 

「………でも、今、俺には戦う為の力(IS)がある」

 

 そうだ。自分は今、ISの操縦者であり、ISを身に纏っているのだ。ならば自分でも何かできることがあるのではないのか?

 それが彼の確信なのか過信なのか、この場で指摘する者はいない。冷静に現状の自分を分析して的確な行動を取るための経験も一夏にはない。それゆえに、一夏は陽太の指示を無視して、その戦場に行くことを決めるのだった。

 

「………俺だって……できるはずだ!!」

 

 すでに見えなくなった陽太の後を追うように、機体を飛翔させる一夏。

 このとき、彼は知る由もなかった………本物の実戦と、その実戦においてなお圧倒的な輝きを放つ、本物の操縦者とはいかほどの存在であるのかを………。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 施設の屋上に降り立った陽太は、臨戦態勢で自分に得物を構える竜騎兵(ドラグナー)の少女達を一切見ることなく、センサーで周囲を『恐ろしく注意深く』観察し続ける。だが一向に自分がココに来た目的である人物の姿の影も形も見受けられず、イラつく気持ちをとりあえず無理やり押さえつけながら、冷えた声でとりあえず目に付いたフォルゴーレに投げかける。

 

「オイ………そこのロリ巨乳」

「………私?」

 

 獲物のハンドキャノンを構えながら、自分に話しかけてきた陽太に律儀に返事するフォルゴーレ。そんな彼女に、全身から滲み出る苛立ちを抑えながら陽太は質問する。

 

「お前らの恐竜女は、どうした?」

「きょうりゅうおんな?」

 

 首を傾げるフォルゴーレの態度に苛立ったように、とても短気であることに定評のある陽太が声を荒げて怒鳴りつける。

 

「お前らの上司のことだよ! どこにいるんだって聞いてんだぁっ!!」

「キャウッ!………怒鳴んなくたって……んとね、親方様はいないよ」

「はあっ?」

「んとね………親方様に内緒で、皆で来たんだよ! フリちんとスピちんが、親方様にいいとこ見せようって、勝手に出てきたの!」

「「フォルゴーレェッ!!」」

 

 『勝手に本当のこと喋るな!』という思いからフリューゲルとスピアーはフォルゴーレを怒鳴りつけ、再び怒鳴りつけられた彼女は『ひゃうっ!』と首を引っ込めてしまう。そしてそんな三人のやり取りを見つめたまま、『私………何も言われずに無理やり連れてこられたんですけど、案の定そういうことでしたか………』と遠い目で何かに対して溜息を付く。

 とりあえずフォルゴーレによって若干緊張感が削がれた感があるが、フリューゲルは態々ビームサイズをカッコ良く振り回し、キリッとした表情で切っ先を陽太の方に突きつけながら、目を瞑り流暢に宣戦布告を行う。

 

「ま、まあいいわ………それよりも、火鳥陽太!! 親方様の御体に傷をつけるという愚行。我ら親方様をお守りする竜騎兵(ドラグナー)の名に懸けて看過することができはしない!! 命を差し出して、償いをしなさい!」

「そうだ! 償いをしろ!!」

 

 カッ!と目を見開いて宣言するフリューゲル。隣にいるスピアーも何か言おうとしたが、いい言葉が思い浮かばず、結局最後の部分を真似ただけであったが………。 

 だが、渾身のドヤ顔と共に言い放った言葉の受け取り手である陽太はというと、そんな二人を完全に無視して、地面に倒れ伏せるセシリアとラウラの元に駆け寄っていた。

 

「随分と派手にヤラれたな、お二人さん?」

 

 陽太の率直な言葉に、気恥ずかしさと負けん気が化学反応を起こし、二人の少女の闘志が再び燃え上がり、動かぬ体を無理やり動かしながら、陽太よりも前に出ようとするセシリアとラウラ。

 

「クッ!………ま、まだ負けたわけではありませんわ!」

「そうだ! 貴様の方こそ引っ込んでいろ! 英国もだ! 後は私一人で十分だ!」

 

 そんなボロボロな状態で、なお負けを認めない代表候補生の二人の姿に、陽太は面白そうな声で腹を抱えて突然笑い出す。それはこの学園にきて、初めてといっていい純粋な笑い声であった。

 

「ブッ! ハッハッハッハッハッハッ!! そんだけやられてまだ負けてないか! クックックッ………いいな、お前ら。俺はそういうの嫌いじゃないぞ?」

「!?……笑わないでいただけます!?」

「な、何が可笑しい!」

 

 自分達を馬鹿にされたと感じた二人の少女の反応に、陽太はますます笑い声を上げる。だが、それは彼が二人を馬鹿にするためではない。三度の飯よりも喧嘩が好きな陽太にしてみれば、負けることよりも諦めることを拒絶する少女達の姿は、本当に純粋に好感が持てる態度だ。

 今度の模擬戦で一夏とセシリアのどっちを応援してやるか、ちょっと真剣に迷いそうになる陽太であったが、すぐさま背後から高速で近寄ってくる気配に反応し、振り返ることなく手に持ったアサルトライフルを肩に担いだままの曲芸射撃を行う。

 

「(わ、私をむ、無視!?)」

 

 カッコつけた手前、余計に滑稽さが目立つフリューゲル。隣で同じポーズように頬を真っ赤にしながら固まるスピアーはともかく、自分を見ないようにしながらちょっと肩を震わせているリューリュクの態度がいたく癇に障ったのか、火鳥陽太の首を取った後にマジでシメテやろうと思いつつ、彼女は瞬時加速(イグニションブースト)を使用し、陽太の真後ろから襲い掛かる。

 

「(死ねっ!)」

 

 手加減など一切ない本気の一撃で首を跳ね飛ばそうとする中、突如陽太が振り返ることなく自分を『見ず』にアサルトライフルで攻撃してくる。恐ろしく正確な銃撃………咄嗟に左腕のガントレッドを楯代わりにしながら、急制動をかけ、銃弾を弾きつつ軌道をずらしてなんとか回避してみせた。

 

「(こいつ!?)」

 

 完全に死角からの不意打ちだったはずなのに、逆に自分の不意をついてくる陽太の動きに驚くフリューゲルを尻目に、陽太は尚振り返らないままセシリアとラウラとの会話を続ける。

 

「よし、決めた。お前達二人は仮決定だ」

「?………なんのお話を……って、あの方達との戦いに集中なさい!」

「余裕を見せていられるのも今のうちだけだぞ! アイツらが本気になればお前など!?」

 

 余裕を見せる陽太の態度に危機感を募らせる二人だったが、当の陽太は至極軽い感じでセシリアとラウラの頭を交互に撫でながら、二人に安心させるように言葉をかける。

 

「ちょいと待ってろ。すぐに終わらせてくる」

「あっ!」

「バカが!!」

「安心してそこで見てろ………お前たちの『隊長様』の実力をな……」

 

 それだけ言い残すと、陽太は鼻歌交じりの軽い歩きで右手に持ったアサルトライフルを遊ばさせつつ、それぞれ獲物を構えて、陽太の一挙手一投足に全神経を尖らせる竜騎兵(ドラグナー)達の輪の中に自ら入っていく。敵に包囲されたのであればいざ知らず、自分から敵の輪の中に入っていく陽太の様子にセシリア達はハラハラしっぱなしである。

 周囲を取り囲む竜騎兵(ドラグナー)達も、完全に自分たちを舐めきっている陽太の様子に、怒りが湧き上がり、スピアーにいたってはそのランスの先端をすでに陽太の頭部に向けている。

 対して陽太は、相手のISの様子を注意深く観察していた。センサーの反応から明らかにオーガコアを搭載した機体なのだが、オーガコア特有の機体の異形化や操縦者への精神異常などを起こしている様子がない。これはいくつものオーガコア搭載機を見てきた陽太も初めて見るケースである。

 

「………お前らのIS。何かコアそのものに特別なリミッターを施してるのか?………とりあえずIS置いて帰るってんなら、見逃してやるぞ?」

『!?』

 

 陽太のその言葉に、周囲の竜騎兵(ドラグナー)達の顔色が変わる。彼女達も曲がりなりにも多くの実戦を重ねた、敬愛してやまないアレキサンドラ・リキュールの師事を得た一流の戦士である自負があるのだ。そんな彼女達を四人同時に相手にして、尚この男は自分が負けることを想像もしていない。

 その事が伝わったのか、温厚なリューリュクやフォルゴーレすらも陽太に対して強い敵意を向けながら、リューリュクは手に持ったアサルトライフルを、フォルゴーレは背中のバスターキャノンを構えた。

 

 四人の殺気と敵意をぶつけられ、張り詰める空気………だが、目の前の男はなおも崩すことのない、余裕さで四人に言い放つ。

 

「俺はお前らの上司以外に興味ないんだ………弱い者いじめも嫌いだし、早くISを置いて帰りたまえ、『雑魚』共?」

 

 清清しいぐらいに高みに立って言い放った言葉が、四人に引き金を弾かせる。フリューゲルがビームサイズを肩に担ぎ、スピアーがランスを構えながら前屈みになり、リューリュクがライフルの銃口を陽太の背中に向け、フォルゴーレがその砲撃を放とうとバイザー内部で照準をロックする。ある意味予想通りの竜騎兵達のリアクションに、陽太はやれやれといった感じで右手に持ったアサルトライフルを反転させて、脇に抱え込む。

 

「………ちょっくらお仕置きするかな?」

 

 慣れない空中機動なため、陽太よりもだいぶ遅れること現場に到着した一夏は、四機に取り囲まれる陽太と、ボロボロの状態にされているセシリアとラウラの姿を目にし、心中に怒りが湧き上がる。セシリアとは数日後に決闘する相手だし、ラウラも初日にいきなり殴ってくるし、陽太なんか説明不要なぐらいに自分を弄んでくる。

 それでも数日を共にした仲であり、不思議と一夏の中には親近感が沸いてきていた。だからこそ、戦えないセシリアとラウラの代わりに、一人で敵に取り囲まれている陽太を援護しようと一夏は叫びながら急降下する。

 

「陽太!!」

 

 だが皮肉にもそれが引き金になったかのように竜騎兵(ドラグナー)達は一斉に動き出そうとする。

 

 先手を取ったのは無論竜騎兵(ドラグナー)であり、最大火力を持つフォルゴーレのバスターキャノンであった。最大の火力で陽太を砲撃し、回避した所をスピアーのランスで串刺しにする。仮にそれも避けたとしてもフリューゲルの追撃とリューリュクのサポートからは逃れることはできない。四人は目配り一つで打ち合わせを行い、即時に決行した………だが………。

 

「!!?」

 

 放たれた砲撃が陽太に着弾………することなく、スピアーに直撃し、彼女を吹き飛ばす。

 

「なっ!?」

 

 周囲にいる竜騎兵(ドラグナー)は勿論、一夏もセシリアもラウラも何が起こったのか理解できず呆然となる。砲弾は確かに陽太に向かって放たれており、フォルゴーレがスピアーを誤射したというものではない。

 では、何が起こったのか…………それを最初に理解したのはラウラであった。

 

 砲弾を受けて吹き飛ぶスピアーの姿から、何が起こったのかと目を最初の位置に戻したとき、彼女が見たのは『空中で何かを蹴った』格好を取っている陽太だった。そしてラウラはその姿から、彼が何をしたのか予想する………おおよそ信じられないことではあるが。

 

「(まさか………あの男、超音速で飛来した砲弾を蹴り一発で弾道を逸らして敵に当てたのか!?)」

 

 奇しくもラウラが予想したとおり、陽太は最初に自分が狙われた瞬間、ワンテンポ早くその場からジャンプすると、自身に向かって放たれたバスターキャノンの砲弾を、プラズマ火炎でコーティングした蹴りを砲弾の先端に当てて、砲弾を『迎撃』するのではなく、砲弾の軌道をずらして誤射させたのだ。

 

 そして超音速の速度域の神技を披露した陽太の動きは、それだけでは止まらない。

 脇に銃身を抱えた状態親指でトリガーを引き、あろうことかそのままライフルを発砲する陽太。その弾丸は正確無比に硬直していたリューリュクのライフルを撃ち抜き、今度はリューリュクも吹き飛ばす。

 

「きゃあああああっ!!」

「リュっちん!!?」

 

 吹き飛ぶリューリュクを心配して一瞬だけそちらに視線を逸らしたフォルゴーレだったが、すぐさま己の失策に気がつく。敬愛する親方様から『何があろうとも敵から目を離すな』とキツく言われていることを思い出し、その視線を再び陽太に戻した時、彼はすでに眼前にまで迫っていた。

 

「!?」

「遅い」

 

 リューリュクを撃ち抜いた後、着地すると同時に再びその場から跳躍した陽太は、一足飛びでフォルゴーレの眼前にまで迫ると、片方の足で彼女の持つハンドキャノンを押さえつけ、もう片方の足で下からバスターキャノンの砲身を凄まじい威力の蹴りで片方を吹き飛ばしてしまう。

 

「くっ!」

 

 キャノンを片方吹き飛ばされ、転倒するフォルゴーレを見ながら、陽太はそこから素早く反転すると、超速の銃剣による突きを、人知れず背後にまで迫っていたフリューゲルへと放つ。

 

「!?」

 

 銀色の刃と黄緑の刃が交差し………天空を舞うビームサイズのビーム発振機。自分が信頼する獲物を真っ二つにされ、呆然となるフリューゲルであったが、そんな彼女の腹に強烈なボディブローを叩き込まれ、フリューゲルは木々を薙ぎ払いながら吹き飛んでいく。

 

「なっ………」

「ウソ………」

「これが………」

 

 時間にして一秒少々の、ホンの僅かな間に目にも止まらぬ速さで竜騎兵(ドラグナー)の四人を戦闘不能に追い込んだ陽太を、信じられないものを見るような目で見つめる一夏達………。

 

「これが………火鳥 陽太……さん?」

 

 自分が出会ってきた男性の誰とも違う、力強い輝きを放つ姿に心の中で火が着いたように熱い気持ちが溢れ出すセシリア………。

 

「ふざけるな………よ」

 

 自分が今まで信じてきた物の全てを踏みにじられたかのような屈辱が湧き上がり、心の中でどす黒い何かが満ちていくような感覚に襲われるラウラ………。

 

「………陽太」

 

 自分が今まで見てきた憧れ………織斑千冬とは違う。でもそれと同じく、目指したい、辿り着きたい。そんな気持ちに満ちていき、彼の背中から目が離せなくなる一夏。

 

 そんなIS学園のメンバーに強い感情を与えた陽太の戦いぶりは、敵対していた竜騎兵(ドラグナー)達にも強い衝撃を与えていた。

 

「(勝てない………)」

 

 木々の中に倒れこんでいたフリューゲルは、手合わせしたからこそ感じ取ってしまった。陽太は自分達が敬愛するアレキサンドラ・リキュールと同種の、『異端』であると。

 深遠のような底無しの強さ………実力差が測れないほどの高みの差。今更ながらそれを理解させられる。

 なぜリキュールが彼のことを『敵』と言ったのかと………。

 

「だが………」

 

 勝てないまでも一矢報いて死なねば、それこそリキュールに顔向けできない。ましてや他の三人を逃がすための殿を務めないといけない。

 衝撃でまだ痛む全身を無理やり起こして、再び戦いに行こうとしたとき………フリューゲルの視界を黒い影が覆い尽くすのだった。

 

「!?」

 

 とりあえず全員のしたことだし、セシリア達を医務室に運ぶか、と竜騎兵(ドラグナー)達に背を向けた時、異変を感じた陽太が、周囲を見回し、異変が何なのかを悟る。

 

「……………」

 

 まだ異変に気がついていない上空の一夏目掛けて突撃する陽太。

 

「なっ!」

 

 急な陽太の行動に問いかける暇もなく慌てる一夏に、陽太は思いっきり飛び蹴りを放つ。

 

「グフッ!」

 

 『俺が何をした!?』と思いながらも仰け反る一夏であったが、その直後、彼が先ほどまでいた場所を『蒼いビーム』が駆け抜けた。

 何事かとセシリア達が周囲を見回す中、陽太は50mほど離れた学園施設の建物の屋上目掛け銃撃する。直後、何か空気のような物が歪み、飛び上がったのだ。

 

「………新手か」

 

 飛び上がった『何か』………全身のカラーリングは蒼を強調としたものでありながら、各所に白い色も混じっている蒼いバイザーと手にビームライフルと一角獣を描いたシールドを持ち、背中に特徴的なウイングと、行動時間を延長させるためのプロペラタンクを二本装備した機体が陽太と睨み合っていた。

 

「…………」

 

 だが陽太が気になったのは機体よりも、むしろその操縦者である。黒い髪に肌の色は日本人であることを示した黄色人種の女性なのだが、どこかで見覚えがある顔の輪郭………だが、そんな陽太の疑問を気にする間にも、謎の新手は彼に攻撃を仕掛けてくる。

 

 ―――背中から切り離され、自在に動き回る八つの自立稼動兵器―――

 

「あれは!……BT兵器!?」

 

 自身が操作する物なだけに、陽太に襲い掛かる八つの存在の正体を即座に見抜くセシリア。しかもそれを操作する操縦者は、自分が操作する限界の六つを超える八つのビットを操りながら、手に持ったビームライフルで陽太に射撃を仕掛けてきているのだ。

 

 高速の空戦を展開する二機、だが陽太の周囲を取り囲んでいたビットが一つ落とされたことで状況が一変する。相手の動きをすでに見切ったと言わんばかりに、陽太はビットが放つビームの間隙をぬぐい、謎のISに近距離戦闘を仕掛ける。銃剣の切っ先が謎のISの顔の付近を通過し、僅かにシールドエネルギーを減少させると、プライドが傷付いたと言わんばかりに、ライフルを量子化し、手にビームサーベルを持ち直し、陽太と斬り結ぶ謎のIS。

 

 ビームと白刃が煌びやかな光を見せ合いながらぶつかり合うが、徐々に陽太の速度について来れなくなってきた謎のISが押され始める。劣勢により歪んだ表情を見ながら、陽太は怒涛の勢いで斬撃の嵐を繰り出し、ついに敵のビームサーベルを手元から弾き飛ばしてしまう。

 

「腕は悪くないが、相手見てから喧嘩売れよ!」

 

 トドメの一撃を放つために斬撃から刺突に切り替える陽太。対して、驚愕した表情のまま固まる女性………よりも幼い少女。

 誰もがこの戦いの勝者は陽太だ………そう確信した時……。

 

「!?」

「!?………ジーク!?」

 

 陽太の握ったアサルトライフルを銃剣ごと木っ端微塵にし、蒼いISを庇うように陽太と謎のISの両者の間に割って入ってきた全身黒のISが現れたのだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「ウチのジークに殺される程度の存在なら、私達には必要ないの。私達に必要なのは………そうきっと、リキュール………貴女が探し求める『異端の存在』なのだから………ね?」

 

 そんな残酷な言葉を吐いたスコールを、リキュールは更に面白そうな笑みで見返しつつ、彼女に問いかける。

 

「陽太君は決して負けはしないよ………それにジーク君が彼と戦ってくれるというのは実に理想的な流れだしね……」

 

 テーブルにおいてあったヴィンテージ物の赤ワインを優雅に飲み干したリキュールのグラスに、スコールが新たにワインを注いでいく。

 

「二人が戦うことで、二人は更に高い領域に昇ることができる………そんな二人と私が殺しあうんだ。こんなにも楽しみな事はないよ」

「………あら? 陽太君だけじゃなく、ウチのジークにまで唾をつけるだなんて、貴女本当に悪い人ね」

 

 殺し合いは楽しいこと。そんな狂気に満ちたセリフを平然と吐くリキュールを咎めもしないスコール。二人はお互いの思惑が上手くいくことを疑いもせずにいるのだ。

 そんな中、リキュールは注がれたワインをグラスの中で遊ばせながら、陽太とジークの二人の戦いについてスコールとこう語る。

 

「それにしても………ウチのジーク君と陽太君…どっちが強いと思う?」

「さあね………なんせ陽太君とジーク君………二人とも戦いの天才だ。そして実力は伯仲………同等な者同士だ。本気を出し合えば、どちらか死ぬか、あるいは両方死ぬか、間違いなく命を削りあう死闘になる」

 

 そう語るリキュールは、真っ赤に染まったワインをいつまでも眺める。

 

 まるで、それが自分に対して生贄に捧げられる陽太の血であるかのように、彼女は赤いワインを丹念に恍惚とした笑みで味わいながら飲み干すのだった。

 

 

 

 

 

 





部下に仕事させながら自分達は優雅にお食事タイムなお二方w
一夏に操縦者としての心得を説きながら、フリューゲルたちを瞬殺する天才・陽太

そしてついに登場する『第三の男性操縦者・ジーク・キサラギ』

名前を聞いて判った方もいらっしゃる人もいるかもしれませんが、この第三の男性操縦者は、個人的なお付き合いをさせてもらってます、このサイトでも投稿されているオブライエンさんの小説、『IS【Three Heroes ~白・黒・灰~】』の主人公、ジーク・キサラギの設定を流用させてもらってます。無論、許可はもらってますよw

もしできたなら、そちらの方も一緒にご覧ください。

では、また次回をお楽しみに



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黒き雷光(ブラック・ライトニング)


オブライエンさんとこの情報をどれだけ出していいのか、ちょっと迷う今日この頃ですw

では、本編お楽しみください




 

 

 

 

 

 蒼いISを身に纏った、黒髪の操縦者。亡国機業(ファントム・タスク)に所属し、組織を統括する『七人の率いる者(ジェネラル)の・ライダー(騎乗者)』の一人であるスコール・ミューゼルの直属の配下であるMと呼ばれた少女………『織斑 マドカ』は目の前の白いISと鍔迫り合いをしながら、内心その異常な戦闘能力に驚愕していて、辛うじてそれを表に出さないように勤めていた。

 

「(コイツッ!!)」

 

 一撃一撃が異常に重たい上に、速度が速過ぎる。たぶんに我流交じりの剣を銃剣で再現しながらも隙の一つも見えず、自分が反撃の糸口を見つけることすら出来ないでいる。

 

「(いくら篠ノ之束が製作したISとはいえ、こうも容易に私の『アーバレスト・ゼフィルス』が出力で負けるというのか!?)』

 

 マドカの纏うISは本来『サイレント・ゼフィルス』という名のイギリスが開発したブルーティアーズ二号機を秘密裏に強奪し、亡国機業(ファントム・タスク)がオーガコア機のノウハウを生かして、強化改修した機体であり、全身の装甲とフレームを強化し、スラスター出力やエネルギーゲインなどの基礎能力の格段な上昇と、中距離戦闘に特化していた改造前に比べ、大幅に強化された火力と格闘性能に全距離に対応できる豊富な武装の追加、そしてISと共に強化されたBT兵器を改修前の6つから8つに増やすなど、並みの第三世代とは比較にならない戦闘力を与えられたISなのだ。

 スコールの命令で、オーガコアこそ与えられないでいたものの、以前若手の配下同士で行ったフリューゲルたちとのスパーリングなどでは圧勝したことすらある。

 

 だが、そんなマドカの自負を、目の前のミスターネームレスは軽々と凌駕してくる。

 同僚のオータムが戦い、完敗したと相棒の男に言われても、日頃から彼女を見下していたマドカにしてみれば大した驚きも覚えなかった。むしろ同僚のオータムを心の中であざ笑い、彼女が完敗した相手を自分が完膚なきまで葬り去り、悔しがる姿を目にしてやろうと思っていたのに………今は、もうそれどころではない。

 

 ビームと白刃が煌びやかな光を見せ合いながらぶつかり合うが、ミスターネームレス=陽太が繰り出した怒涛の勢いで斬撃の嵐によって、ついに敵のビームサーベルを手元から弾き飛ばしてしまうマドカ。

 

「腕は悪くないが、相手見てから喧嘩売れよ!」

 

 陽太の声に彼女が凍りつく。目の前の敵がトドメの一撃を放つために、斬撃から刺突に切り替える。認めがたいが迫りくる陽太の恐怖を伴ったプレッシャーのあまり、とっさに瞳を閉じてしまうマドカであったが、次の瞬間、プライベート・チャネルから、いつもいつもいつも忌々しいぐらいに、『自分の窮地に駆けつける』男の声が響いてきた。

 

「世話が焼ける!」

 

 マドカが振り返るよりも早く、黒い影が目の前に割って入ってくる。陽太も当然気がついていた。だが、敵を庇う敵の味方である以上、自分にとっては敵であることには違いないと瞬時に割り切り、相手のガードごとぶち抜く気の突きを放つ。

 

 ―――黒い影に触れそうになった瞬間に砕けるアサルトライフル―――

 

「!?」

 

 相手に触れるか否か、その刹那の瞬間、自分が放った攻撃を武器ごと破壊されて一瞬だけたじろぐ陽太であったが、更に驚くことが目の前で起こっていた。

 

 敵が目の前から、いつの間にか女性操縦者を抱かかえて自分の背後に移動していたのだ。

 

「(コイツ………俺が意識を外した瞬間に、IS展開状態の女抱かかえて俺の背後(後ろ)取っただと?)」

 

 ゆっくりと振り返りながら、乱入してきた黒い影の姿を確認する陽太。

 

 そこにいたのは、『黒』よりも尚深い『漆黒』であった。

 しかもその異形ぶりはもはやオーガコア変異体に近いほどで、猛禽を想起させる鋭い形状の漆黒のヘルメットを被った頭部、最低限の厚みしか持たず防御のことを明らかに無視した胸部、ISにしては珍しい翼(ウイング)を持たず、アクティブスラスターのみを持った背部、そして贅肉を極限まで削ぎ落とした全身装甲(フルスキン)でありながら、唯一丸みを帯びた腕部………。

 空中で向き合っている、同じく全身装甲(フルスキン)の陽太のISとは性質を根本的に異ならせるような出で立ちをし、大空の中で王者のように輝く太陽を模したブレイズ・ブレードとは真逆の、星が何一つ輝いていない新月の夜空のような深い漆黒のISが、陽太と向き合いながら、お互いの闘気をぶつけ合わせていた。

 

「………へぇ~?」

 

 残骸となったアサルトライフルのグリップを握り潰した陽太は、両手に愛用のヴォルケーノを構築すると、敵のISをまじまじを確認しながら、いつもの軽口を叩き始める。

 

「雑魚しか出てこないのかとばかり思ってたんだが………亡国機業(ファントム・タスク)っていうのは、あの恐竜女以外にも面白そうなのがいるな?」

「!?」

 

 『雑魚』呼ばわりされて切れ掛かったマドカが手から離れたビームサーベルの代わりに再び構築したビームライフル『スターブレイカーEX』を構えようとするが、それを黒いISが手を前に出して制止する。まるで自分が代わりにやると言わんばかりに………。

 だが、高い自負を持つマドカとしては、そんな横合いから獲物を掻っ攫われるわけにはいかないと、黒いISの肩を掴むと、体内に内蔵されている『ナノマシン』による直接回線で周囲に音声が流れないように話し始める。

 

「(ジーク!? 邪魔をするな!! 私がコイツを殺してやる!!!)」

「(………邪魔なのはソッチの方なんだよ。そもそも直接戦闘なんて段取りにないこと仕出かしといて、バカかテメェは?)」

「(なにぃ!?)」

「(オマケに返り討ち寸前だっただろうが………とりあえずフリューゲル達は『退避』させた。残ってんのはテメェだけなんだよ……適当に切り上げて、帰るぞ)」

 

 うっとしそうに会話を打ち切ると、黒いIS―――ジークと呼ばれた『男』は、その右手に自身のISと同じ漆黒の『二等辺三角形』のような独特な形状と銃身が直接刃となっているアサルトライフルを構築し、正面の陽太に意識を集中させる。

 

 不可視なエネルギーが陽太とジークの間でぶつかり合い、二人の間の空気が歪み、たわみ、弾けた時、下で見ていた一夏、セシリア、ラウラ。そしてとりあえず間合いを開いたマドカの目の前で、空中で両雄の戦線が開かれた。

 

 動いたのは両者同時………疾風の如きスピードで両者間合いを詰め、互いの銃口を互いの額に押し付けあった陽太とジークは、一瞬の躊躇いもなくトリガーを引く。が、ほぼ零距離にも関わらず、薄皮一枚の距離で弾丸を逸らす両者。

 

「!?」

「!!」

 

 互いに反転しながら追撃の一撃を加えようとする二人であったが、先手を取ったジークの廻し蹴りが陽太に襲い掛かる。

 

 猛烈な風圧が何もない空間を通過した。

 

「………終わりだ」

 

 ジークの動きの先を読んでいたのか、倒れこむような動きで蹴りを回避した陽太の銃口が、ジークの腹部に向けられる。絶対に回避不可能のタイミング、そしてそのトリガーに指を掛けているのは四人のIS操縦者を瞬殺した戦いの天才………。

 誰もがこの勝負はここで着いたと確信したであろう。

 

 だが………。

 

「!?」

 

 ―――目の前にいたはずの黒いISが消え去る―――

 

「残像!?」

 

 予想外の敵ISの速度に驚愕した陽太は、ほぼ条件反射で己の背後にもう片方の銃口を向けた。そして彼の予想通りに背後に回りこんでいた黒いISの姿を今度こそ捉えたと確信する陽太であったが、再び消え去る敵ISの姿に、今度こそ呆然となる。

 

「(ヤツは!?)」

「800年遅せぇ、トンマが………」

 

 聞き覚えのない男の声、そしてその声と共に振り下ろされた黒いISの踵落としの一撃が陽太の頭部に直撃し、地面に向かって降下していくブレイズ・ブレード………。

 

「陽太っ!!」

 

 一夏の声に遠退きかけた意識を一気に覚醒させた陽太の目の前に広がった地面を、着地すると同時に蹴り飛ばしながら反転、地面を滑りながら体勢を立て直して銃口を空に向けるが すでに敵ISの姿は何処にもない。更に陽太はそこで敵のBT使いの姿も、四人の竜騎兵の姿もすでにどこにも存在していないことに気がつき、悟った陽太の絶叫が学園内に木霊するのだった………。

 

「に、ににににににに逃げられたぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 亡国機業(ファントム・タスク)のIS操縦者達を捜索するという題目で日本政府との協力の下、警察機構すらも使っての大規模捜索網が引かれている中、負傷したセシリアとラウラの治療と事情聴取を行うため、保健室に保健医のカールと、学園の実質的な防衛責任者の千冬と彼女の副官的ポジションに着かされている真耶、そして賊の撃退を行った陽太と、直接的な目撃者の一夏が集められていた。

 

「つまり、あの………フリューゲルとかいう女のISがよくわからん電波使った途端、学園中のセキュリティーが誤作動やら停止やら行って、奴等が逃げ出した後の足取りすらもさっぱり掴めてない……と」

「………はい」

 

 真耶の申し訳なさそうな、困った表情の報告を受けた陽太が、とてつもなく不機嫌そうな顔で腕組みをして静かに佇んでいる千冬を指差しながら、隠すことなく嫌味を言い放つ。

 

「ガァーーー!! 超・使えねぇーーー!! この責任、どう取ってくれるんだよ、ブリュンヒルデさんよ!!」

「ギャアギャアー騒ぐな、小僧………これはむしろ『好機』だろ?」

 

 学園中の混乱していた回線を立て直す為の指揮をしていて、肝心の賊の捕縛という仕事を実質的に陽太に放り投げしていた千冬であったが、その様子には聊かの陽太への罪悪感が感じられない。

 自分の落ち度にもまったく謝る気のない千冬の態度に怒り心頭になる陽太であった………が、その瞳には千冬と同種のある種の落ち着きが存在している。それはおそらく千冬が発した『好機』という言葉に、陽太も思うところがあるのだろう。だが、一言『すまなかった』ぐらい言えないのか………納得できない物を抱えながら隣で治療を受けているセシリアと、すでに治療が終えているラウラの方を見る。

 

「これで良し………どうやら君の方は生身もISも軽症で済んでいたようだね」

「ありがとうございます先生」

 

 カールに巻かれた頭の包帯の様子を確認しながら軽く会釈をするセシリア。どうやらきちんとした仕事をこなす男性にはちゃんとした礼節が行えるようである。対してラウラの方はというと、治療中も治療後も一言も話さず、まるで親の敵のように陽太を睨み続けていた。

 

「(………認めない)」

 

 敵に後れを取ったことも、その敵を陽太が軽く返り討ちにしたことも、プライドが高いラウラには認めがたい事実であり、なによりも千冬は端から自分よりも陽太を信頼しているような振る舞いも、ラウラには耐え難い事実であったのだ。

 

 そんな強い敵意を放たれたながらも涼しげな表情をする陽太であったが、隣にいた一夏の何気ない一言に一気に血圧が上昇する。

 

「おい、陽太も先生に診てもらった方がいいんじゃないのか? だって思いっきり黒いISに蹴り飛ばされてたし…」

「!?」

 

 ピキィッ! と額に青筋を浮かべて立ち上がった陽太が、一夏の顔面を掴み上げ、アイアンクローをかましながら彼に言い放つ。

 

「痛ッ! イダダダダダダダッ!!」

「俺は大丈夫なの。雑魚のお前と一緒にすんな!!」

「イダイッ! マジでイタイ!!」

「ちょっと今日はサービスが過ぎただけだ。次会えば5秒で屑鉄にして廃品回収に出してやる!!」

 

 『だから、だぁーってろ!』『痛いからマジで離せ!』と言い合う陽太と一夏。周囲から見れば陽太が一方的に一夏を攻めてるだけのように見えるが、千冬にはほんの少しだけだが陽太が一夏に素の自分を見せ始めていることに、僅かな喜びを覚える。

 そんな、いつの間にか仲良くなったのか、だいぶ打ち解けたような振る舞いをする男子二人をため息交じりで安心したような表情で見つめる千冬であったが、先ほど言っていた『黒いIS』という言葉に、若干の不安を覚えるのだった。

 

「(一夏の話が本当ならば、全身装甲(フルスキン)でしかも陽太すらも凌駕するスピードの持ち主………あの女以外にも、亡国機業(ファントム・タスク)にはまだそのようなISが存在しているのか)」

 

 自分の胸元の服を掴みながら、千冬はますます自身の不甲斐無さに憤りを感じずにはいられない。せめて自分がまともに動けたならば………そんなことを考えていた千冬の肩を掴む者がいた。

 

「何考えてんのか大体予想はつくが、心配すんなよ」

「………火鳥……」

 

 暗い表情が一瞬だけ見え隠れした千冬の肩を軽く叩きながら、彼女の感じている不安と憤りと重圧を和らげようと言葉を紡いだ。

 

「誰がこようと、俺が丁重に送り返してやんよ。だからアンタは黙って裏方に回ってコーヒーでも飲んでろ」

「……………」

 

 ついこの間とは違い、彼女を労わるような言葉と安心させるための力強い笑顔を見せる陽太に、千冬も僅かに頬を緩ませる。自身の弟子の成長に流石の千冬も嬉しさが隠せないのか、気張っていた自分の愚かしさを戒め、陽太や一夏達に優しい言葉をかけようと、フッと学生達を見た時………。

 

「まあ、こういう時は、まず一服してだな……」

 

 懐からタバコを取り出して口に加え、火を着けようとしているバカが目の前にいた。

 

「私は全部捨てろと言ったはずだが?」

「痛ッ! イダダダダダダダッ!!」

「お前の脳味噌には欠片ほどの『反省』の二文字がないのか? どうなんだ!?」

「イダイッ! マジでイタイ!!」

 

 片手で陽太の顔面を握り締めて持ち上げながら超絶的な握力でこめかみをいたぶる千冬。人間一人を片手で持ち上げる彼女の姿を見て、誰が彼女には体にとある秘密があって健康体ではないなどという話を信じるのだろうか? まあ、それはともかく、この分だと陽太が彼女に褒められるのは果てしない先になりそうである………。

 

「………ああ、それと」

「?」

 

 『イタイッ! ホントイタイッ!』という声をBGMに千冬が一夏とセシリアの二人を交互に見ながら、明後日のことについて質問をする。

 

「お前達の明後日の模擬戦、中止にするか?」

「えっ?」

「現在、オルコットのISの方は本体側は軽症で一日もあれば修理できるが、武装のほうは大破している。おまけにオルコット自身も深い怪我ではないが負傷している身だ」

「あ、あの………それは…」

 

 『潰れる! ホント潰れますからっ!!』という声をBGMに千冬が発した言葉に、一夏はしばし考え込む。

 正直すでにセシリアとの一戦という話のことをすっかり忘れていた身としては、意地を張ってセシリアと決闘する気にはなれない。更に今の自分としては、模擬戦を行うよりも、一秒でも長くISの訓練をしたいと心の底から願っているのだ。

 対してセシリアの方も、すでに一夏との決闘のことは彼岸の彼方に置き去り、今は一秒でも長く、ISの訓練をしたいと心の底から願っている。

 

 そう、その理由が『ごめんなさい! 反省しましたから離してぇぇっ!!』と情けない声で千冬に命乞いをしている人物の影響だとは、当人達以外は知る由もないが………。

 

 だが、そんな纏まりかけた話であったが、そこへ感情的な声割って入ってきた。

 

「イギリス! お前がやらないというのであれば、私に代われ!!」

「えっ!?」

「ボーデヴィッヒさん!?」

 

 頭部と右手に包帯を巻かれた痛々しい姿でありながら、その隻眼はいっぱいに開かれており、湧き上がる暗い感情を抑えられずにいるのが目に見える。

 今、ラウラを突き動かしているのは、自分の心を覆い尽くしている劣等感と敗北感、そして敵愾心であり、その捌け口に元々気に入らない存在である一夏へと向けられてたのだ。

 

 そんなラウラの感情の揺れを理解できたのか、すでに声を出すことできずに痙攣している馬鹿を床に手放した千冬が彼女を諭すように落ち着いた言葉で話しかける。

 

「ラウラ………お前とお前のISは傷を負いすぎている。それにこれは元々織斑とオルコットの問題だ」

「ですが!!………私は……私は!!」

 

 この時、彼女を見ていた全ての人間が気が付いていた。彼女がその瞳に涙を溜めながら一夏………ではなく、陽太を睨み付けていたことを………。

 

「(私は………私は役立たずではない!!)」

 

 涙を無理やりぬぐい、保健医のカールが静止するのも聞かずに保健室を走り去ってしまう。

 唖然となって取り残された一行であったが、その中で唯一千冬はラウラの心の揺れと、自分のしてしまった失敗に気が付き、彼女を追いかけようとする。

 

「(違う! ラウラ………そうではないだろう?)」

 

 彼女が保健室のドアをくぐって外に足を一歩踏み出す。が………。

 

「!?」

 

 ドクンッ!! と千冬にしか聞こえない音が彼女の耳を打ったかと思うと、急に立ち止まってしまう。しかもフラフラと足取りがおぼつかなくなっており、明らかに何か異常を来たしている。

 

「千冬姉?」

 

 そんな姉の異変に気が付いた一夏が歩み寄ろうとしたが、そんな一夏の隣を疾風が通り抜ける。

 

「…………」

「………小…僧…」

 

 息も絶え絶えの千冬の肩を持った陽太が、崩れそうになっている千冬の体を支えていた。彼は千冬の問いかけにも何も答えず、後ろにいる保健医のカールを無言で見る。カールもそんな陽太の意図に気が付いたのか、僅かに頷くと、『安堵させるための笑顔』を作って、一夏とセシリアと真耶を安心させるための『嘘』をつくのだった。

 

「千冬!! だから風邪気味なのに無理をするなと言っているんだ………陽太君、そのわからず屋を彼女の部屋に寝かせておいてくれ。後で必ず診に行く」

「………ああ…」

 

 短く返事を済ませると、千冬を支えながら陽太は早足で歩き出す。保健室の方では、心配そうな表情を浮かべている真耶をカールは宥めながら、いくつかの薬品と薬剤を鞄の中に入れ始めるのだった。

 

「あの、テェクス先生………織斑先生は…」

「ん? 聞いていなかったのかい? 彼女、朝から風邪気味なのに『酒さえ飲んでれば治る』なんて言って私の診察を拒んだんだ……まったく、酒は嫌いじゃないが、アレは少々行きすぎだね」

 

 軽口と笑い声でそう言い放つカール。だが、それで真耶やセシリアは騙せても、家族である一夏はどうしても納得できない。

 

「(千冬姉が………風邪で倒れそう? 麻疹になっても朝から素振りを止めなったのに?)」

 

 花丸健康優良児で、殺しても死ななそうな『あの』織斑千冬が高々風邪如きで足元が覚束なくなる?

 嫌な予感が徐々に一夏の中で広がっていき、彼はいてもたってもいられずに陽太と千冬の後を追いかけようとする。

 

「先生! 俺、千冬姉が心配だから・」

「大丈夫だ。君はもう今日は帰って休みなさい」

「でも!!」

「大丈夫………君がそばにいると彼女が落ち着けないんだ。なんせ大事な弟にかっこつけないといけないとはしゃぐお姉さんだからね」

 

 軽い感じで言い放ったカールが、鞄を持つと一夏達に消灯して戸締りしておいてくれとだけ言い残すと

保健室を後にする。

 だが、取り残された一夏はというと、言い知れぬ不安で心の中がいっぱいになってたまらなくなっていた………何か、何かとても嫌な何かが起きようとしている。気持ちの悪い汗が掌で滲むのを感じた一夏は、呆然となりながら閉じられたドアを見続けるのだった。

 

 一方、走り去ったラウラはというと、すっかり日も落ちた夜の校舎を潜り抜け、深い闇が広がった坑内に広がる森の中を駆けていた。

 

 欲しかった確かな絆を持つ者………。

 認めがたい、許しがたい敗北………。

 そして自分が敗北した相手をまるで意に返さずに一掃する者………。

 

 それらが蓋をしていたはずの嫌な思い出を蘇らせ、そして気が付いたらラウラはそれら全ての物を振り払うように走り出し………息を切らしながら、とある木の下にもたれかかっていた。

 

「ハァ、ハァ、ハァ………クッ!」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒという存在を、織斑千冬が見出してくれたラウラ・ボーデヴィッヒという存在を何とか再構成しようと、呼吸とともに自分の心の乱れを落ち着かせようとするラウラ。

 

「そうだ! 私は………教官に今度こそ認めてもらうために!」

「………だったら、答えは簡単よ…」

 

 突如、話しかけくる声に驚き、ラウラが声のした方を振り返る。

 

 そこにあったのは、闇………そう、ただの一点だけを除けば………。

 

「何者だ! 貴様ッ!」

「私が何者なのかは大した意味を持たない………意味を持つのは…そう、『この子』よ?」

 

 確かに広がり続ける闇………だが、その一点だけが仄かな光を放っている。

 

「それは………」

 

 その正体に気がついたラウラが、修理のために預けてきたISの代わりに自分の内ポケットから拳銃を抜いて銃口を『声』の方に向けるが、その声の主はいささかの動揺もみせない。ましてやそんなラウラの様子をからかうように更に言葉を続ける。

 

「怯えなくていいの。怖がらなくていいの………貴女はこれを受け入れればいいの。そうすれば貴女は強くなれる………そう、織斑千冬に家族として迎え入れてもらえるほどに………」

「!?」

「そして…………火鳥陽太よりも遥かに強くなれる」

「!!?」

 

 光が………声の主の手に持たれた光が近寄ってくる。妖しい紫の光を放ちながら………普段のラウラならば、そのような誘惑に負けなかったかもしれない、振り切れたかもしれない。

 だが今のラウラには、どうしても無視できない二つの言葉が正常な思考を縛り付け、ラウラを紫の輝きの元へ歩ませていく。

 

「教官の……家族に………あの男よりも…強く?」

「そう……貴女は受け入れるだけでいいの。それだけで苦しみから、絶望から抜け出せるの………」

 

 まるで紫の光がラウラに暗示を掛けたかのようにどんどん吸い寄せられるように近づきていき、そして………彼女は禁忌に触れてしまう。

 

「受け入れなさい………貴女の望みを叶えてくれる………禁断の実(オーガコア)を!

『憎シミ、見ツケタ!!』

 

 光とともに、圧倒的な情報量が、得体の知れない何かが体と意識と心を蝕んでいく。

 

「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 ラウラが………ラウラ・ボーデヴィッヒから違う何かに書き換えられていく。

 

「た…………たすけ……て…たすけ……教…官………」

 

 自分が自分で無くなっていく感覚によって沸き上がった不快感と恐怖により、助けを呼ぶラウラの頬に、優しく両手で触れた声の主は、その唇で幼子をあやす母親のように優しく語りかける。

 

「大丈夫よ。貴女が次に目を覚ました時、もう何にも苦しむことも悲しむこともない、強い貴女に生まれ変わっているから………だから、その力で………あの男を……火鳥陽太を殺しなさい!!」

 

 闇の中から語りかけてきた声の主は、初めて憎悪の感情を言葉に乗せるとゆっくりとラウラから手を引く。同時に、力が抜けて崩れ落ちるラウラ。誰もいない森の中で倒れているラウラを見つめる声の主の姿が………雲間から覗いた僅かな月の光に照らされる。

 

 ―――紫のボブカットの髪と、黒縁眼鏡を掛けたIS学園の制服―――

 

 そしてその声の主である『女学生』は、芝生の上で僅かに痙攣しながら気を失っているラウラにもう一t度言い聞かせるように、優しく言葉を掛ける。

 

「そう………あの男を殺すことが『彼』のため。そして私達、亡国機業(ファントム・タスク)のためなのよ」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 日本某所・マンション15階

 

 深夜になっても騒がしさを失わない都内の一角に立てられた高級マンションの一室において、壁に『内蔵』するように設置されたディスプレイを前に、竜騎兵(ドラグナー)の四人は、今にも死にそうなぐらいに青く変色して冷や汗を流しまくった顔で正座していた。そして、そのディスプレイの向こうで音声だけ聞こえてくるが、四人を確かに見つめている人物………無論、それはフリューゲル達が唯一崇める存在である。

 

『………お前達は私の命令も無しに日本に赴いて、四人がかりで数にも性能にも劣る雑魚をいたぶっていい気になっていたところを陽太君にあっさりひねられた挙句、ジーク君に助けられた………つまりはそういうことだな』

 

 グウの音も出ない解釈をしたアレキサンドラ・リキュールは、冷たい眼差しで四人を向け、その視線を受けた四人は今にも床にめり込みそうな勢いで頭を垂れたまま、正直答える事しか出来ずにいた。

 

「はい………」

「申し訳ありません………」

 

 事の発端であるフリューゲルとスピアーが四人を代表して言葉を紡ぐ。四人にしてみればアレキサンドラ・リキュールに仕えてからの中で、前代未聞の大失態なのだ。

 最悪全員、親方様から見捨てられる………そんな恐怖に襲われている四人の中に置いて、フリューゲルは意を決して発言した。

 

「………親方様、この度の失態の全責任はこのフリューゲルにあります。私のこの名(フリューゲル)とこの命………親方様にお返しいたしますので、なにとぞ三人に寛大な処置を……」

「フリューゲルッ! キサマッ!!」

「フリちん!!」

「フリューゲル!!」

 

 自分の命で失態を帳消しにしようとするフリューゲルに憤る三人。なぜならその言葉は三人も口から出掛かっており、フリューゲルが僅かに先に前を行った形になったのだ。

 

「つべこべ言わないで!! 貴方達がこれからしないといけないのは、私の後任と、そして何よりも親方様をお守りすることよ! それ以上の存在理由は私達にはないのよ!! 忘れたの!?」

「だけど、フリちん!!」

「フォルゴーレ………間抜けな口調でいつも間抜けなことばっかりしてくれるけど、アンタ最年長で、誰よりも親方様に長く仕えているんだから、わかってるでしょ!」

「フリューゲル………でしたら、親方様!! 私が!」

「リューリュク!! アンタはみんなのブレーキ役なの!! アンタいないとスピアー辺りが突撃しっぱなしになるでしょう!! 自重しなさい!!」

「キサマッ!! 私に恩でも着せるつもりか!? 許さん!! お前との決着はついていないんだ!! 死んで逃げるなど、絶対に許さんぞっ!」

 

 詰め寄ったスピアーがフリューゲルの手を力任せに握るが、それをフリューゲル自らが跳ね除けると、ISを部分展開し、左腕のガントレットからブレードを出し、首元に突きつける。

 

「アンタとは死ぬまで意見が合わなかったわね………だから言っておくわよ、スピアー………私の分まで親方様を守って……最初で最後のお願いよ」

「フリューゲルッ!!」

 

 スピアーの声が響く中、もう一度ディスプレイを見るフリューゲル………だがその時、部屋の温度が一気に低下し、空気の重量が一瞬で数トンになって四人に降りかかってきたかのような錯覚を覚えさせる。

 

『………フリューゲル……』

「………は……い……」

 

 名を呼ばれただけで、特にフリューゲルに掛かってきた重圧は凄まじい勢いで倍加する。

 

『貴様、いつから私に意見できる立場になった?』

「!?」

『敵に破れ、味方に助けられ、その結末が自害による哀願だと?…………度し難く許せん愚行だ』

 

 アレキサンドラ・リキュールの画面越しに放った殺気が、フリューゲルの全身を縛り付ける。まるで逆鱗に触れられた龍の咆哮をまともに受けたように、指一本自分の意思で動かすことが出来ずにいた。

 

『己を殺す気概があるのなら、今すぐお前に恥をかかせた陽太君を殺しに行け。私の下す命令が気に入らないのならばいつでも私を殺しに来い………つまりは私に仕えるということはそういうことだ。一寸でも体が動くのならば、己の『諦め』を受け入れるよりも前に、敵に牙を突き立てろ。そう………戦って死ぬ……それが私に『仕える』ということだと、教えたはずだが?』

「も、申し訳ありません!!」

『私に仕えるのならば、お前達は自害などいう恥曝しをすることは一切罷り通らん。肝に銘じろ。そして二度と言わせるな………いいな?』

 

 その言葉を聴き、四人が同時に『ハッ!』とだけ短い返事で応える。その様子に満足したのか、四人の会話を黙って聞いていた、この部屋の住人である『二人』にも挨拶をしていくリキュール。

 

『ジーク君、マドカ………今回は助かったよ。礼を言わせてもらえないか?』

「礼なんざ別にかまわねぇーよ。こちとら引越し早々生首が飛ばなくて有難いことだ」

 

 黒いスーツから、Tシャツとジーパンというラフな格好に着替えたジークがおどけた態度で答える。

 

「……………」

『話はジーク君に聞いたよ。どうやら君も危ない所だったらしいな、マドカ?』

「!?」

 

 白いパーカーとキャロットスカートに着替えたマドカも、リキュールの言葉に頬を紅潮させながらディスプレイを睨み付ける。事実が事実なだけに反論しきれないためか、それとも自分よりも階級が上であり、IS操縦者としても遥かな高みにいるリキュールをマドカは若干苦手にしているのだ。

 

『本部では、四人の件とマドカの独断専行について査問会を開きたいと、『率いる者(ジェネラル)のセイバー』が口やかましく言っているが、そちらの方は私とスコールでなんとかしよう』

「ゲッ………マジかよ」

 

 査問会などという面倒くさい事この上ないことをしないで済んだが、その代わりに画面越しの女に借りが出来たことはまずいと思い、思わず心の声が漏れるジーク………だったが、そもそもこの状況を作ったのはスコールの報告遅延のせいじゃないのか? と反論したい気持ちを無理やり抑えつけた。正論を言う度に、冗談交じりでスコールは『仕返しよ!』とか言って、本当に仕返ししてくるから始末に悪いのだ。

 

『それはそうと………ジーク君?』

「まだなんかあんのか?」

 

 直接の上司ではないとはいえ、階級が上の人間に対して、聊か失礼な態度を取るジークと、そんなジークを睨み付けるフリューゲルとスピアーであったが、次の瞬間、二人だけではなく、この場にいる全員が驚愕する。

 

『陽太君と少々やりあったそうだが………大丈夫かい、その脇腹と右足?』

「!?」

「ジークッ!」

 

 マドカが驚きながら、ジークに近寄ると、彼の服を捲り上げる。そこには確かに右の脇腹に青い痣と、右足の二の足に拳型の跡がついていた。

 

「おまえ……いつの間に……」

「なんでもねぇーよ。こんなもん……」

 

 全員に背を向け、ディスプレイが置かれたリビングを後にするジーク………だが、この時、彼が一瞬だけ歯を食い縛ったのをリビングに取り残された五人ではなく、ディスプレイ越しで異国にいるリキュールだけは感づいていた。

 

『とりあえず、私はしばらく本部にいる。お前達四人は当分そこで頭を冷やせ。これは厳命だ』

「はっ!」

『マドカ………ジーク君に四人を頼むと伝えておいてくれ』

 

 それだけ一方的に言い残すと通信を切るリキュール………そしてリビングに取り残された少女5人はというと、緊張感から開放されたのか、一気に床にへたり込んでしまう。

 そんな中、フォルゴーレだけは何かに思い出し、笑顔でマドカに問いかけるのだった。

 

「マドカッち! 今日から私達、どこに寝たらいいの!?」

「アッ………」

 

 部屋の中を見回すマドカの目に映ったのは、未だ整理されていないダンボールの山の数々………。

 

 その日の晩、ひとつのベッドを取り合う5人の少女の声は深夜近くまで続いたという………。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 一方………。

 

「チッ! あの化け物女が……余計なことに感づきやがって…」

 

 自分の脇腹に包帯を巻いていたジークが毒づきながら、陽太との一戦を思い出す。

 

 最後の交差の瞬間、スピードで上回られていた陽太であったが、ジークの気配に気がついたのか、それとも動きを的確に先読みしていたのか、自分の蹴りを装甲の厚い額で受け止め、受けると同時に脚に拳を打ち込み、カウンター気味のキックで脇腹に打ち込みながら、蹴りの直撃から離脱するという離れ技をやってのけたのだ。

 

「(イギリスのブルーティアーズ、ドイツのシュバルツ・レーゲン………そんで未確認の機体)」

 

 包帯を巻きながら、手元に持った小型のディスプレイに映し出されているセシリア、ラウラ、そして一夏のISを確認するジーク。

 

「(あの未確認機………確かデータにある男子IS操縦者の織斑一夏……まあ、見た感じ特に変わった感じもないし、何よりも不意打ちに反応できない体たらく……奴は雑魚か…)」

 

 散々な評価を受ける一夏を無視し、やはりジークの眼は陽太のブレイズ・ブレードに止まってしまう。

 

「(やっぱりコイツの機体も操縦者も頭一つ以上飛びぬけてやがる………ヘヘッ、面白れぇなオイ)」

 

 腹の底から湧き上がってくる正体不明の感情にジークは思わず犬歯を剥き出しにして、闘争心剥き出しの笑みを漏らす。

 

「(待ってやがれミスターネームレス………そして……)」

 

 彼の瞳は自分に傷を負わせた陽太と、更にその先にいるまだ見ぬ相手に向けられるのだった………。

 

 

 

 

 

 





親方様理論は『自分で死ぬぐらいなら相手殺しにいかんかい』という自殺全否定論です。ある意味これは親方様の生き方を端的に現した最初の言葉なのかもしれませんね。

さてさて、オーガコアに取り込まれちゃったラウラさん

そしてなんやかんやで話が流れそうになってる一夏VSセシリア戦?

次回をお楽しみにください!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

馬鹿なヤツ


千冬さんが抱えた、想いの一端がついに語られます


 

 

 

 

 セシリア・オルコットの朝はとにかく早い。

 それは毎日の身嗜みに気を使う年頃の少女だからではなく、未来のイギリス代表としての、オルコット家当主として何処の誰といつ対面してもいいようにするための見繕いなのだ。

 

 毎朝早朝五時から始まる半身浴の湯船の中、セシリアは昨日のことを改めて思い出していた………。

 

 腹立たしいドイツの代表候補生との連携(になっていなかったが)しての敵との戦闘。

 

 強気にいたもののまったく歯が立たない自分………だが、そんな自分を助けてくれた一人の男性……。

 

「火鳥………陽太……」

 

 おおよそ紳士とは言い難い立ち振る舞いながら、IS操縦に関してはセシリアすらも芸術と思えるほどの、誰にも真似できない技量を持って敵を圧倒する天才とも呼べる操縦者。そして自分を窮地から二度も救ってくれた男性でもある。

 

「………私が知る殿方とは、あらゆる意味で常軌を逸脱している……」

 

 粗暴、乱雑、勝手気ままな行動。男とは紳士足らねばならないというイギリス生まれの彼女が想像し得る男性像とはかけ離れた行動であるが、戦闘時の眼光は野生の狼を思わせる鋭さを放ち、敵に対して軽口をたたく様子は腹立たしさよりも頼もしさを感じさせる。ますますセシリアが知りうる男性像とは遠い陽太に、彼女は戸惑い、日本人から見れば豊満とも言える肢体を晒し、バラの香りと花びらが浮かぶ湯船でタオルを頭に巻いて一纏めにした長い金髪を振り回しながら叫びだすセシリア。

 

「いやぁぁぁぁっ! こ、これが……ここここ『恋』と呼ばれるものなのですか!! わ、わたくしとあろう者がぁぁーーー!!!」

「(………うるせぇ…)」

 

 二人一組の相部屋が基本の学生寮において、セシリアの奇行によりベッドの中でシーツに包まりながら耳に両手を当てながら、目の下に隈を作っている彼女のルームメイトの睡眠時間は、本日もガリガリと削られたのは言うまでもない………。

 

 一方………。

 

 未来の(あくまで彼女の要望)イギリス代表候補生が湯船で悶絶しているなど、想像すらしていない陽太と、彼のルームメイトの一夏は早朝の学園内をジョギングしていた………正確には、千冬を部屋に送り届けたまま数時間帰ってこなかった陽太から話を聞きだそうと一夏がジョギングを口実に部屋から連れ出したのだ。

 

「……………」

「オイ、陽太!」

「気安く名前で呼ぶな」

「って! 今はそういうこと聞いてるんじゃないだろ!」

 

 Tシャツとジャージだけというシンプルな姿で走る二人であったが、一夏が千冬のことを問う度に陽太は話をはぐらかし、一向に肝心なことを一夏に伝えようはしない。

 

「千冬姉は大丈夫なのか!?」

「大丈夫だって言ってるだろ? ただの風邪だぞ?」

「絶対にそれは嘘だ!! いい加減に本当のこと言えよ!!」

 

 あくまでも陽太の話を信じようとしない一夏。あの千冬が風邪如きで他人の前で弱みを見せるような真似をするはずがない。必ず何かある………一夏の直感がそう告げている。

 

 対して陽太は自分の後ろを走るシスコンの扱いに完全に困り果てていた。

 陽太としても、本当は全部話してすっきりしたいところであるし、何よりもこれ以上隠し立てしても状況を良くするとは思えないことなのだが、当の千冬は自分の身体のことを意地でも隠し通す気でいるのだ。

 

 そのことを昨日、彼女を自室に運んだ時にハッキリとこう告げられている。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 誰にも見られないように注意しつつ、寮の彼女の自室に千冬を連れ帰った陽太はできる限り負担をかけないようにそっと彼女をベッドへと寝かせる。額に汗を滲ませながら小さく唸っている千冬を心配そうに見つめていた陽太は、何かに気がつくと周囲を見回し始める。

 

「………薬……あるだろう!」

 

 昨日今日受けた傷でない以上、日常の中で起こりうる発作に対処するための常備薬ぐらい、あの医師なら持たせているだろうと考えた陽太は、部屋のテーブルや引き出しを漁り始めた。だが、目的の品は一向に見当たらず、次第に焦り始める陽太。

 カール医師はまだ来ないのか? 今から自分が迎えに行こうかどうかと悩みだした時、ベッドで寝かされていた千冬が、突然起き上がり始める。

 

「オイ! 動くな!」

「……小…僧………水……」

 

 息も絶え絶えといった感じだが、内ポケットから何かのケースを取り出した千冬の様子を見て、とりあえず指示に従いながら部屋のキッチンでコップに水を入れて千冬に手渡す陽太。

 そして千冬は弱弱しい動きでケースから錠剤を数個取り出すと口に含み、陽太から手渡されたコップを一気に仰いだ。

 

「……はぁ、はぁ、はぁ………とりあ……えず……後はカールが来るのを待つだけだ」

「…………わかった」

 

 薬が効いてきたのか、呼吸のほうがだんだんと落ち着きを取り戻し始めた千冬は自分を心配そうに見つめてくる陽太に苦笑いをしながら、意地悪そうな声で問いかけるのだった。

 

「私をブッ潰す………のではなかったのか?」

「えっ?………あ、その……えっと………」

 

 千冬の思わぬ言葉に、陽太は視線を左右に泳がせながら所在無さげに手をプラプラとし、足で貧乏揺すりし始める。そんな様子を楽しそうに見つめていた千冬は、ゆっくりと寝転がると右腕で瞳を隠しながら静かに語りだす。

 

「………私の身体のことをカールから聞いたな?」

「ぐっ!?」

「隠さなくていい。怒っているわけではない………ただ………済まない」

 

 千冬の謝罪という、今まで数度も聞いたことのない言葉に思わず彼女の正気を疑いそうになる陽太であったが、その時、彼女の中に滲み出している深い悔恨に気がつき、陽太は千冬を見つめ直す。そんな陽太の視線に気がついているのか、千冬は弟子である陽太に強いてしまったことを謝罪し出す。

 

「………本当はお前を学園に呼ぶつもりはなかった………私のこの身体(ポンコツ)がもう少し耐えてくれるのならば………」

「…………」

 

 黙りこむ陽太は、先日聞かされたばかりのとある事柄を思い出していた。

 そう、それは千冬が出ていたった後の保健室において、彼女の担当医であるカール・テュクスから聞かされた耳を疑いたくなるような事実………。

 

『正直に君には話しておく………このままでは千冬の命はもって一年。いや、これ以上無理をすれば即、死に繋がる危険性がある、極めて危険な状態だ』

 

『彼女は10年前、本来なら即死になるほどの大怪我を心臓に負っている』

 

『だが、とあるISの、ある『機能』によって一命を取り留めたんだが………あいにく完治したわけではなかった』

 

『この10年間、薬や他の治療で周囲や自分の身体を騙し続けてきたが、もはやそれも限界に来ている』

 

『今ならば外科手術で完治させることも可能だが、それには一つ問題があった』

 

『心臓に直接メスを入れなければならず、そして外科手術後は彼女のIS操縦者としての人生は死ぬ………一般人として普通の生活を送るならば支障がないんだが、操縦者としての身体能力は確実に奪われてしまう』

 

『そのためか、彼女は唯一の完治させれる治療法の手術を頑なに拒んでいるんだ……』

 

『理由は………この傷も、この痛みも、咎人の自分が背負うべきものだから。この一点張りだ』

 

『私は医者だ。患者の意思を無視しての治療を施すわけにはいかない。だから君が来てくれればと思っていたんだが………とにかくできうる限りの手は私も尽くす。説得も続けさせてもらう………だから代わりに君にも頼みがある』

 

『彼女に代わって………戦って欲しいんだ』

 

 最後のその言葉が心の中でいつまでも反響し続ける。カール自身もその台詞を言った後、自嘲気味の苦笑をしながら『いや、最後の言葉は忘れてくれ』とだけ言ってきたが、あれが彼の本音なのだろう。ただ、陽太が千冬に代わり戦うことを『強制』させることにカール自身も嫌悪していることだけが伝わり、その場では陽太はそれ以上何も追求するような真似はしなかったが………。

 だが、数年来の師匠の変わり果てた姿は、陽太が普段表に決して出さない気持ちを揺り動かし、シャルを人質に取ったとか、生徒を見殺しにしようとしたとか、二人っきりになったらキッチリ怒鳴り散らそうと思っていた事柄をどこかに置き去りにしてしまい、彼はどうやって声をかけるべきか迷い、しばしの沈黙が続いていた。

 そしてそんな陽太の動揺を察しているのか、千冬は長い長い沈黙が続く自室において、ついに本音を漏らすのだった。

 

「陽太………お前は束の元へ帰れ。私の代わりになろうなど決して考えるな」

「!?……アンタッ!!」

「何度も迷ったが、ようやく踏ん切りがついた。やはり関係のないお前を巻き込もうなど虫が良いにもほどがある。元はといえば私の撒いた種だ………総てな」

 

 オーガコアのことを言っているのか、亡国機業(ファントム・タスク)のことか、それともアレキサンドラ・リキュール(あの女)のことか………千冬が何をもって『総て』と称したのか理解できない陽太であったが、今はそんなことよりも、彼女に何よりも言わなくてはならないことがある。

 

「それで………アンタはどうするんだ?」

「私が戦う………鎮静剤の量を増やせば少しはまともに動けるようになる。お前の出る幕はもうないさ」

「じゃあ、なんで今まで使わなかった?」

「……………」

「当ててやろうか………薬の量増やしたところで、根本的にもうアンタは戦える体じゃないってことだろう!」

「それもカールの差し金か? まったく………あれほどお前には話すなと言っていたのに…」

「……そういう……ことじゃねぇーよ」

 

 うつむき加減で話す陽太の様子に気がつかない千冬であったが、次の瞬間、今までの彼女ならば決して口にしなかった言葉を言い放ち、陽太をキレさせてしまう。

 

「あの女の言う通りだ………形だけのスクラップに成り果てた『現在(いま)』の私などが、死ぬことなどにビクビク怯えていてはいかんな。今度はちゃんと刺し違えてみせるさ」

「そうじゃねぇーって、言ってんだろうがぁっ!!」

「!?」

 

 陽太が立ち上がり、顔を真っ赤にして千冬に怒鳴りつける。いろいろ言いたいことが目の前の女性にはあったが、もうそんなこと遠い何処かに吹き飛んだ。

 人を散々引っ掻き回しておいて、そのおかげで慣れない学園生活やら、IS操縦者になって初めてと言っていい屈辱やら、面倒くさい素人の訓練やら、散々人をこき使っておいて、今度は弱弱しく泣き言を吐き出して『帰れ』だと………?

 

 戦闘の天才(自称)である自分にIS操縦から戦闘術の全部を伝授した師匠、天下の織斑千冬は何処に消えうせた!?

 

 感情が爆発して、ブチキレた陽太は、普段は最低限の敬語を使う相手であることも忘れ、一気に捲くし立てる。

 

「もうテメェーの言うことなんざ聞いてやらん! 俺は俺の好きにさせてもらう!! この学園ぐらい守ってやる! 素人集めて部隊ぐらい作ってやる!! 亡国機業(ファントム・タスク)なんざ片手間でぶっ潰してやる! そんで何よりも、あの恐竜女を凹ませて鼻で笑い飛ばしてやる!!」

「………陽太…」

「だからお前は黙って手術なり何なり受けて、病院のベッドで寝てろ! これは命令だ!! 理解できたんならハイかYESで答えろボケッ!!」

 

 鼻息を荒く勢いよく捲くし立てた陽太が人差し指を千冬に突きつける。しばし呆然となりながら、キョトンとする千冬。だが、時間が立つにつれ、腹の底から湧き上がってきた感情に我慢できず、ついに我慢が決壊する。

 

「プッ………」

「!?」

「プッ………プププッ………そうか……クククッ……ならば、明日から……クククッ……お前を頼りにさせてもらおう」

 

 陽太とは目を合わせないように小さく肩を震わせながら、そう答える千冬。見ると微妙に目じりに涙を溜めている。そんな姿の千冬を見た陽太は、自身の失策に気がついた。

 

「(は………嵌められた!)」

 

 こうなってはもう自分から言葉を引っ込めることは陽太にはできない。意地でも学園防衛やら部隊編成やらテロ組織撲滅やらをこなさないといけなくなった………アレキサンドラ・リキュールを叩き潰すのは元から最優先事項だが……。

 そして未だに可笑しそうに肩を震わせている千冬は、顔を真っ赤にして硬直している陽太に向かって、話し始める。

 

「いや、すまない。あんまりにもお前がバカっぽいんでな………」

「殴るぞ………」

「そうだな………ああ、今ので何かだいぶ肩の力が抜けた気がするよ」

「………(おちょくりやがって!!)」

 

 からかわれたと『勘違い』している陽太の様子を見た千冬は、今度こそ誰にも悟られないよう、心の中でひっそりと呟く。

 

「(望めば楽に生きられるものを………そうやって馬鹿みたいに損な生き方しか選ばないお前だからこそ………呼びたくなかった)」

 

 やはり目の前の少年をこの学園に呼び寄せたのは不正解中の正解だった。

 陽太が来ていなければ、情けないまま犬死するところだった………そう、自分の『罪』は簡単に終わりにできるほど生易しくも軽くもないというのに………。

 

 未だに力が戻りきらない手を握り締めながら、千冬は陽太を再び見た。

 

「?」

「頼みがある………一夏にだけは私の身体のことを伝えないでくれ」

「………なんでだ?」

「家族だから………いや、これは私の我侭だな」

 

 たった一人の家族である少年に何も話さないことを千冬自身も決して良いことだとは思わない。だが今話せば、一夏はきっと己を責めるだろう。何故気がつかなかった、と己を浅はかだと思い込むだろう。

 それが想像できるだけに、姉としてはどうしても話して欲しくないのだ………そんな千冬の気持ちを陽太はどう察したのだろうか?

 しばらく考え込んだ後、彼は立ち上がると彼女に短く返事をする。

 

「それは聞いてやる………だが代わりに手術は受けろよ」

「……………そうだな。私が見ていなくてもお前が大丈夫だと確信してからな」

「!?」

 

 この期に及んでまだ駄々をこねるのか、と怒り心頭で振り返った陽太であったが、千冬もわかっているのか、きっぱりと言い放つ。

 

「だから、とっとと私を安心させろ。これは命令だ」

「なんでそこで命令なんだよ! お願いされたって良いぐらいだぞ俺は! 『どうかお願いいたします』ぐらい言ってみろよ!?」

「早よやれ、ボケ」

 

 傍若無人極まる千冬の態度に、頭を掻き毟りながら陽太は嘆く。

 

「ぐぁぁぁぁぁぁぁっ!! 超・か・わ・い・く・ねぇぇぇぇぇーーー!!!」

「結構なことだ」

 

 もう付き合いきれるか! と陽太が千冬の部屋から出ていこうとした時、ちょうど良いタイミングで診察道具を持ったカールが部屋に入ってくる。

 

「ノックなしで失礼………何を騒いでいるのかな、二人とも?」

「オイ、ヤブ! コイツのどこが死にかけなんだよ!! 今すぐ青酸カリでも飲ませろ!!」

 

 そういい残すと大股開きで部屋から出て行く陽太。そして部屋に取り残された二人はというと、互いに視線をあわせると苦笑しあいながら、千冬の診察と治療を始めるのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「オイ! 答えろよ!」

 

 尚もしつこく聞いてくる一夏の様子を眺めながら、昨日のそんなやり取りを思い出していた陽太は、思い切ってとあることを聞いてみる。

 

「オイ、シスコン」

「誰がシスコンだ!?」

「お前以外に誰がいるのだ………まあ、お前のシスコンはどうでもいいが」

「シスコン呼ばわりされる方からしてみれば、どうでもいいことないぞ!」

「仮、にだ………」

 

 唐突に陽太の声が真面目なものになり、一夏に問いかけてくる。その急な様子の変化に一夏も知らず知らずのうちに真剣なものになっていた。

 

「………お前の姉ちゃんが、不治の病であと一年の命だったとしたら……どうする?」

「ホントなのかよ! オイッ!」

 

 陽太の質問に顔色を変えた一夏が、彼の両肩を力一杯掴むと、目を血走らせて今にも死にそうな表情で聞いてくる。

 

「千冬姉が……一年で死んじまうのか!?」

「お、落ち着けよ」

「本当なのかよっ!? オイ、どうなんだぁっ!」

「だから、例え話だって言ってんだろうが!」

「あ………ごめん」

 

 一夏の両手から無理やり抜け出した陽太であったが、彼の焦りように千冬がどうして一夏に本当のことを話せないのかなんとなく理解してしまう。

 

「(コイツ………千冬さん死んだら、後追い自殺図りそうな勢いだな)」

「俺の家………両親いなくてさ……」

「千冬さんから聞いてる。あの人がお前の親代わりなんだろ?」

「ああ、うん………それでさ……」

 

 空を見上げる一夏は、自分の中で渦巻く想いを掴むように握り拳を胸元で作る。

 

 幼い頃より自分を育てた親代わりの千冬。

 厳しく接しながらも、時々自分を褒めた千冬。

 

 彼女に褒められるたび、本当は内心とても嬉しくて、彼女の誇りになりたいという想いは募っていた。それは彼女が世界最強のIS操縦者と後も変わらず、それゆえにどんどん先を行く彼女に追いつけないことに歯がゆい思いを抱えたことも一度や二度ではない。

 

「………いつも、あの人は………俺に何も言わずに、色んな重たいものを抱えてて………いつか、俺が変わりにその重たいもの背負ってやりたい、あの人にもっと楽に生きてほしいって………」

 

 彼女の身に課せられた重圧を少しでも軽くしたい。だからこそ彼はこのIS学園に来た。

 

「だからさ、俺にもっとIS操縦の………ってぇ!?」

 

 自分の想いを改めて陽太に伝えようとした矢先………すでにジョギングを再開していた陽太は遥かに先を走っていた。

 

「てめぇ! 人がせっかく真剣に・」

「…………一つわかった」

 

 一夏が怒鳴りながら陽太の後を追いかけてくる中、くるりと振り返った陽太は、にやっと笑いながら言い放つ。

 

「おまえ、シスコンでマザコンか!」

「!?」

「やーい、やーい!! シスマザコン!!」

「なんだよそれぇ!!」

 

 小学生のように『織斑弟はシスマザコン!』とか大声で叫びながら走る陽太と、『待ちやがれぇ! てか黙れぇぇッ!!』と後を追いかける一夏。

 この時、陽太がからかい口調の言葉とは裏腹に、内心、どうして千冬が本当のことを一夏に話さないか、その本当の理由を理解したのだった。

 

 

「追いついてみろー! このシスマザコン野郎~~!!」

「まてやコラァーーーー!!!」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 朝からガキ同然の言い合いと追いかけっこを終わらせた男二人は、軽くシャワーを浴びた後に制服に着替えて未だに言葉で小さな口喧嘩をしつつ、朝食を取るために食堂に来ていた。

 

 様々な国の住人が集うIS学園の食堂では、様々な人種の女子生徒達がレパートリー豊かな朝の食事を取っていたが、そんな中………目の前に差し出された一夏が持ってきた朝食に陽太は硬直していた。

 

「……………」

「食わねぇーのかよ?」

 

 黙々と鮭定食を食べる一夏であったが、同じ物を出された陽太はというと、内心困り果てていた。

 

 ここで一つ陽太について語っておくことがある。

 

 彼は人種こそ日本人で、生まれこそどこか正確にはわからないが、物心ついた時から8歳までをフランスで過ごしていた。その後も束と共に世界を様々渡り歩く生活を送っているが、基本的に一つの国に長く留まることをしていない。

 日本についても、特別な感情を持ったことはなく、沖縄や空港を利用するために東京に来たことが少々あるだけで、長い時間の滞在をしたことがない。

 

 つまり…………日本人ならほぼ誰もが当たり前のように使っている『箸』を彼はまったく使ったことがないのだ。

 

「……………」

 

 箸を二本とも握り締めたまま硬直する陽太………隣で涼しげに食事をしている一夏を習い、彼の持ち方を真似しようと箸を持つが………。

 

 ポロッ

 

 陽太の手から零れ落ちる箸………その後も何度もトライしてみるが、箸は手から零れ落ちるばかりである。

 

「………どうした? まさか……陽太って、箸使えないのか?」

「!?」

 

 陽太のそんな様子に一夏が何気ない質問をぶつけるが、それが気に入らなかったのか、それとも恥ずかしかったのか、陽太は再び箸を鷲づかみにすると、定食の小鉢に目をつける。ひじきと豆の煮物が入ったその小鉢めがけて、陽太は天高く箸を振り上げて………一気に振り下ろした。

 

 カンッ!

 

 案の定刺さるわけもなかったが………。

 

「…………」

「お、おい…………スプーン貰ってきてやろうか?」

 

 隣で一夏がこみ上げくる笑みを必死に抑えながら陽太に助け舟を出そうとする。よく周りを見れば、陽太の様子を見ていた女子生徒からも、クスクスという小さな笑い声が聞こえてきた。

 

「…………いい」

 

 短い返事をし、一夏がはじめて見るぐらい真剣な表情をした陽太が鷲づかみにした箸を使って豆を突き刺そうと小鉢の中を突きまくる姿に、周囲から小さな笑いがこみあげくる中、そんな小鉢の中の豆との静かなる真剣勝負をする陽太に、声をかけてくる者がいた。

 

「ご、御機嫌よう。お二方……」

 

 長湯しすぎてちょっと茹でてっているのか、額に汗をかいた状態のセシリア・オルコットがいつもの貴族ポーズを取りながら二人に挨拶をしてくる。だが、『ようっ!』と手を上げて挨拶する一夏はともかく、小鉢の中の豆と格闘する陽太はセシリアの存在にまったく気がつかない。

 

「………火鳥さんは……なにをなさっておいでなんですか?」

「………話しかけてくるな」

「悪い、なんかスゲェッ、ムキになってて………オイ、本当にスプーン借りてきてやろうか?」

 

 そっけなくセシリアに返事して、なお小鉢の中の豆との格闘に熱中する陽太を気遣った一夏であったが、その時、食堂の入り口で女生徒の悲鳴が上がり、小鉢の豆をようやく箸の上に一つ乗せることに成功してほくそ微笑んでいる陽太を除く全員がそちらの方へ振り返る。

 

 食堂の入り口付近で、尻餅をついている二人の女生徒とその二人を見下ろしているのは、昨日治療を受けた時と同じ、インナー姿に腕と額に包帯を巻いた状態のラウラ・ボーデヴィッヒが口論していた。

 

「ちょ、貴方! どこを見てるのよ!!」

「…………」

 

 だが、口論といっても女生徒が一方的に声を荒げているだけで、ラウラの方は意にも介していない。眼帯をしているためか、両目ともにそうなっているのかわからないが、右目は小刻みに痙攣し、目の下にはどす黒い隈があり、頬もどこか痩せこけており、ブツブツと聞き取れないうわ言を繰り返しながらその目で何かを探している。そんなとても健康な状態とは思えない有様に、女生徒も軽い恐怖を覚える。

 

 そんな明らかに異常をきたしているラウラに誰もが恐れて一歩下がる中、一人悠然と声をかけるものがいた。

 

「おい、待て」

 

 輪の中から一歩前に出て、凛とした声と佇まいでラウラに声をかけたのは一夏の幼馴染である箒である。

 まるで迷信でよく言われる狐憑きにでもあったかのようなラウラの異常な有様に内心、とある疑いを覚えていた。

 

「(コイツのこの有様………もしや…オーガコアか?)」

 

 彼女もそれなりのオーガコアとの戦闘を重ねており、操縦者が起こす精神異常についても心得ている。それゆえか、ラウラのこの状態にかなり確信に近い疑念を覚える箒であったが、そこでラウラの様子が一変する。

 限界まで目を見開き、口元が裂けたかのように開きながら笑みを浮かべたラウラが、一直線に駆け出す。

 

「待てぇ!」

 

 途中で止めに入ろうとした箒の手をすり抜け、ラウラが一直線に向かっていった先………未だ小鉢の中の豆をようやく口の中に放り込もうとしていた陽太に、ラウラは咆哮しながら飛び掛る。

 

「火鳥………ヨォゥタァァァアアアッッ!!!」

 

 途中、驚愕して固まっていたセシリアの頭上すら飛び越えつつ、獣のような動きで陽太に飛び掛るラウラ。

 

 宙を舞う箸と豆…………それらがテーブルの上で音を立てながら散らばった時、周囲の人間……特に一夏とセシリアは安堵の溜息を漏らす。

 ラウラの放った拳に強打されることなく、真っ向から片手で受け止めている陽太の姿に。

 

「…………」

「ギッ! カトォリィヨウォタァ!!」

 

 狂ったように自分を睨み付けてくるラウラの様子に、陽太も箒同様彼女がオーガコアに取り憑かれたのではないのかと疑念を抱いており、それを証明するかのように細身で小柄な体躯からは想像もできない力が自分の手に伝わってきており、ますますその疑念は強まっていく。

 一方、ラウラは初撃が防がれたことにますます怒り狂ったのか、陽太の手を無理やり引き剥がすと、一旦距離を取って、助走をつけた一撃を放とうとする。が、その隙を逃さないとばかり、着席した状態から手だけでテーブルから飛び上がった陽太が、彼女目掛けて飛び蹴りを放つ。

 当然それを避けるものだとばかり思っていた陽太であったが、だがラウラはその攻撃を両手を使い真っ向から受け止めてしまうのだった。

 

「げぇっ!」

 

 自分よりも小柄な少女に簡単に攻撃が防がれたことに焦る陽太を、ニタリと笑い飛ばすラウラであったが………。

 

「隙有り!」

 

 が、受け止めた状態のラウラ目掛けて、横合いから箒が渾身の肘を脇の下に叩き込み、ラウラは悶絶しながら床に転がっていく。

 

「脇下は人体急所の一つだ。衝撃で呼吸困難になって、しばし動けまい」

「ムチャすんな………下手すると死ぬぞ、コイツ」

 

 容赦ない一撃を放った箒に、陽太が冷や汗を流しながら注意する。手加減を誤れば本当に死にかねない箇所への攻撃なだけに、よもやそこを強打するとは………。

 

「加減を間違えたりはせん………」

「織斑弟………お前の彼女(おんな)、えらくおっねぇーな」

「えっ!? お、女? 違う違う!!」

 

 陽太の言葉に赤面しながら否定する一夏と、同じように頬を赤らめながら咳払いする箒は、本題に入る。

 

「火鳥………この女、オーガコアに取り憑かれているのでは?」

「!?………なんでお前がオーガコアのことを」

 

 箒がなぜオーガコアのことを知っているのかと質問返しをしようとする陽太であったが、その時ラウラの胸元が妖しい紫の輝きを放ち始める。

 

「!?」

「!?」

 

 その光を見た瞬間、陽太と箒の疑念は確信へと変わり、二人はラウラを取り押さえようと同時に手を伸ばすが、ラウラは倒れている状態でありながら、一瞬で天井スレスレまで飛び上がると、もはや人間とは思えないスピードで食堂のガラスを突き破り、外に飛び出していく。

 

「チッ!」

「待てやゴラァ!」

 

 割れたガラスから外の様子を確認する二人であったが、猛スピードで地面を駆けていくラウラの様子を見た箒はいち早く食堂から出て行ってしまう。

 

「な、何事ですか!?」

 

 遅れて、ようやく騒動に気がついた1年1組副担任の真耶が大慌てで食堂の中に入ってくるが、彼女を無視して素通りしていく箒を呼び止めようとする。

 

「ちょ、篠ノ之さん!?」

「篠ノ之?」

 

 真耶を無視して走り去ってしまった箒の後姿を見た陽太は、ようやく初日から感じていた違和感に気がつく。

 

「そういや、束の奴、昔妹がいるとかなんとか言ってたが………そういうことかよ」

 

 ならば彼女がオーガコアのことを知っていてもあまり不思議ではないかもしれないと一人合点がいった陽太は、何がなにやら事態の把握ができていない真耶の肩を掴むと、手短に伝言を頼む。

 

「オイ、先生!」

「ハ、ハイ!?」

「千冬さん………ええっと、織斑先生は!?」

「あ、きょ、今日はお休みということでして……」

「電話ぐらいできるだろ! オーガコアが出たとだけ伝えろ。それだけで向こうは全部わかるから」

「えっ? えええっ!?」

「任せたぞ!!」 

 

 短く言い放つと、陽太は箒の後を追いかけて駆け出そうとするが、そんな陽太の後を二人の生徒が追いかけてくるのだ。

 

「待てよ、陽太!!」

「お待ちになってください!!」

 

 前を走る陽太に声をかけてきたのは、一夏とセシリアである。

 ラウラの突然の豹変に面食らっていた二人であったが、『オーガコア』と呼ばれる単語に興味を持った一夏とセシリアは、その言葉が何を意味しているのか確かめるべく、後を追いかけてきたのだ。

 

「帰れ! 邪魔だ!」

「嫌だ!」

「嫌ですわ!!」

 

 自分の得意技である『短く切って捨てる』を逆に返され、一瞬口ごもる陽太であったが、オーガコアとの戦闘になるかもしれないのに素人にちょろちょろされるのは、はっきり言ってかなり邪魔なのだ。どうやって追い返してやるかと考え込もうとするが、そんな中、100mほど先のアリーナで強い爆発音が響いてくる。

 

「アレは………」

「第一アリーナは今日は使えないはず………では、やはり」

 

 十中八九、ラウラと箒の戦闘音だろう。こうなれば徒歩でいく必要もない………腹を決めた陽太は立ち止まると、待機状態のISを前に出しながら二人に問いかける。

 

「口でどうこう言うよりも実際に見せたほうが説得力あるだろう。ただし見物料が自分の命になるかもしれん………それでも来るのか?」

「………ああ」

「私が貴方のお役に立つことは、先日証明済みでは?」

 

 二人もそれぞれ待機状態のISを前に出すと、力強くうなづいた。

 

「じゃあ………いくぞ!」

 

 陽太の言葉と共に、三人はそれぞれのISを展開し、一気に第一アリーナに向けて飛び立つのだった………。

 

 

 

 

 

 

 





さてさて、ラウラはどのような変貌を遂げるのかな?

次回にご期待です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦う理由

ラウラさんがどのような変貌を遂げるのか?

そして一夏に再び問われる戦う理由………。

では、どうぞ


あと、新年の挨拶してませんでしたよねw

みなさん、あけましておめでとうございます。
本年も一つ、太陽の翼をお楽しみくださいね。


 

 

 

 

 獣染みたラウラのスピードに置いていかれそうになりながらも、必死に後ろから食らい付きながら追いかける箒であったが、ラウラが知ってか知らずか、施設の改修のために本日は先日から使用厳禁になっている第一アリーナに逃げ込んでいくのをチャンスと捉える。

 

「あそこなら今は誰もいない………ケリをつけるにはもってこいか」

 

 獲物の方から人のいない場所に入ってくるというのならば幸いだと、腕に巻かれた待機状態のISに手を置くと、自身の剣たるISの名前を叫ぶ。

 

「紅椿っ!!」

 

 紅の閃光を纏った剣姫は大地を力強く蹴ると、一気に上空を飛んでアリーナの中に飛び込んでいくのだった。

 

 

「ぎぃっ! あ、あああああいいいいつらぁぁぁ!!」

 

 頭がイタイ、体がイタイ、心がイタイ………力を得た筈なのに、これで教官の家族になれるようになったはずなのに、どうしてそれの邪魔をするんだ。

 

 一番最初につけられた記号、遺伝子強化試験体C-0037。ただ戦うために軍によって鉄の子宮から生み出され、育てられ、鍛えられた、戦うための兵器。

 格闘を覚え、銃器に扱いに長け、各種兵器の操縦を熟知し、彼女はラウラ・ボーデヴィッヒという名前を与えれたが、そんな彼女の存在意義を奪い去ったのは、やはり彼女と同じ兵器であった。

 

 IS―――インフィニット・ストラトスの登場と、その操縦者として選ばれた彼女に待っていたもの。適合性向上処置『超界の瞳(ヴォーダン・オージェン)』移植手術の失敗という過酷な現実であった。

 

 『超界の瞳(ヴォーダン・オージェン)』。擬似ハイパーセンサーとも呼べる、ナノマシンを肉眼に移植することで脳への視覚信号伝達の爆発的な速度上昇と、超高速戦闘状況下における動体視力の強化を目的にしたものであったが、ラウラのそれは理論上ありえることのない不適合が起こった。使用者の意識でONOFFができるはずのナノマシンがコントロール不能となり、彼女の左目は絶えず超界の瞳(ヴォーダン・オージェン)が稼動し続ける一種の暴走状態になっていたのだ。

 

 たった一つの欠陥を抱えたラウラは、早々と軍内部での地位を転落させていくことになる。

 IS操縦で他の者達か遅れを取り始め、やがてそれはあからさまな侮蔑と嘲笑へと変化していき、彼女は仮初の光を奪われ、元いた闇へと舞い戻ることになるのだった。

 

 そう、織斑千冬とであるまでは………。

 

「どうして、いつも、いつも、いつも………」

 

 どうしていつも思い通りにいかない!! どうしていつも一番欲している物が遠のいていく!?

 

 どうして!? どうして!? どうして!?………。 

 

「どうして………………………(………ケテ)………!?」

 

 通行止めされていたアリーナへの入り口を潜り、長く非常灯しか点いていない通路を走っていたラウラの脳裏に突然響いた声。

 まるでその声だけが不協和音のように脳裏で騒ぎ立て、胸中が異常にざわめく。

 

「ダマレェ!!」

 

 自分の中で響く自分ではない声。

 

 強くなった自分には必要ない、不要物のはずの物………。

 

 それが何なのか思い出そうとするが、自分の周囲には誰一人としていないことに気がついたラウラは、その事が急に恐ろしくなり、僅かな光が見える方向に走り出す。

 走って、走って、通路から一気に開かれた青空の真下、アリーナ内部にたどり着いた時………。

 

「待っていたぞ、オーガコア!」

 

 紅を纏った、悪鬼を屠る剣(篠ノ之 箒)が両手に持った刃をラウラに突きつけながら立ちふさがった………。

 

「誰もいないこの場所を選んだことだけは褒めてやろう………己の欲のために他人を巻き込む貴様等(オーガコア)にしては見上げた性根だ」

「!?」

 

 コイツ………さっき自分(ラウラ)を攻撃した女。火鳥陽太と同じく自分を邪魔する敵。そのように認識したラウラの脳内が一気に、どす黒く染まり、ひとつの結論に至る。

 

「敵………そうか、お前は敵か。ならばいいな………見せてやる! 私が得た至高の力を!!」

「悪鬼に魂を喰われた貴様の力など至高であるわけがないッ!! 大人しく成敗されろ!!」

「!?………私を否定するなぁぁぁぁっ!!」

 

 敵、自分を否定する者。打ち滅ぼさねばならないもの………怨讐とも呪詛とも取れる何処からか聞こえてくる言葉に突き動かされるままに、胸元から妖しい紫の光を放ったラウラの身体を、一瞬で黒い『何か』が包み込む。

 

「!?」

 

 黒い光と共に鋭く氷の様に冷たい殺気が迸ったのを感じた箒は反射的に飛び上がった。次の瞬間、衝撃波が大地を引き裂いたのを見た箒は、自分に向かって突撃してくる黒い影が繰り出した無数の突きを、二本の刀でことごとく受け止め、逸らし、回避しきってみせた。

 

「ホゥ?………私が手に入れた力を試すには、ちょうどよい餌のようだ」

「キサマッ!?」

  

 ラウラが纏うのは、シュヴァルツァ・レーゲンではない。

 液体金属のように黒いゲルが全身を覆い、そこから最小限の装甲を腕と脚に着け、赤いラインセンサーが奔るフルフェイスのマスクを被った『女性』であった。

 

 そもそもオーガコアとは、人の感情を糧に、且つ『核』にすることで既存のISを凌駕する出力を発揮する兵器であり、そのためか決まった形状というものを持っていないとされている。ではなぜ今までのオーガコア搭載機は虫のような形状を取っていたのか?

 それは単に『負』の感情によるものである………人の嫌悪、憎悪、憤怒、傲慢、嫉妬……さまざまな負の感情オーガコアは吸収し、より強大な力を振るう性質を持つ。そしてそうやって手に入れた強大な力を存分に振るうために、操縦者の中にある負のイメージを感じ取り、それを具現化させるのだ。

 

 ではなぜ、今、ラウラはこのようなとある『女性』の姿をとっているのか? 

 

「キサマに見せてやる! 私が手に入れた『最強』の力を!!」

 

 疑念にとらわれた箒の問いに答えることなく、叫ぶと同時に彼女はその右手に持った刃を中段に構えてラウラは突撃してくる。箒もそれに対応して中段に構えなおすが、次の瞬間、ラウラが振るった刃を受け止めようとした刃が二本とも弾かれてしまった。

 

「(まずいっ! これは!!)」

 

 これと同じ技を振るう者を箒は三人知っている。一人は自分、一人は彼女に剣術を教えた師である実父。そしてもう一人………箒にとっては姉弟子であり、実姉の親友であり、幼馴染の姉であり………箒が憧れた最強の操縦者(ブリュンヒルデ)………。

 

 箒は全速で後退して、おそらく次に来るであろう追撃を回避する。刹那、彼女が今までいた場所を超高速で振り下ろされた上段の刃が地面を深く抉ってしまうのだった。

 

「その姿………その刀、そしてその技………お前は…」

「そうだ! 私は手に入れたのだ!! 織斑教官そのものを!!」

 

 フルスキンの左目の部分が吹き飛び、中から金色の瞳が箒を睨み付けた。狂喜と狂気を浮かべ、右手に握られた刀―――かつて彼女が現役選手時代に愛用した『雪片』そのものの姿をした刃を振るい、己の身体を千冬と同一にしたラウラが声高々に箒と自分以外いないアリーナで宣言する。

 

「教官!! 私が貴方の最強を証明いたします!! 最強の称号は唯一無二、貴方のための物なのですから!!」

「………世迷言を…」

 

 箒には今の彼女の言葉も行動も単なるオーガコアに取り憑かれた者の猟奇的なものとしか映らない。早々にラウラを黙らせようと、箒が、二本の刀をそれぞれ上段と中段に構えて斬り込んだ。ラウラもそれを受けて立つといわんばかりに迎撃する。

 

 閃光の様な刃、一流同士の裂帛の気合、鍛え抜かれた古流の技。それらが二人しかいないアリーナで激しく火花を散らし合う。

 

「遅いッ!」

「!!」

 

 ただの刀を二本使うのと一流の剣士が振るう二刀流とは根本的に技の脅威が違ってくる。無論、箒は後者、一流の剣士であり、こと近接での格闘戦ではオーガコア相手であろうとも遅れを取るようなことはないという自負があった。

 だが目の前のラウラは違う。

 二刀の技を使う自分と同等以上の速度で斬り結んでくる。しかも徐々にその速度が上昇し、攻め込んだ自分が守りに入らされそうになっていくことに箒は驚愕していた。

 

 まるでこれでは本物の織斑千冬ではないか!?

 

「だからとてっ!!」

「!?」

 

 左右から挟みこむような斬撃を囮に、本命である脚部のレーザーブレイド『胡蝶蘭』の斬り上げの一撃を放つ箒。如何にラウラが織斑千冬を丁寧かつ完璧に真似様が、一本の刀で三撃同時は防ぎようはない。しかし………。

 

「遅い、と言っている!!」

「なにぃ!?」

 

 防御不可能なそれらの三撃同時攻撃を、ラウラは『視て』回避したのだ。いかにハイパーセンサーを内蔵しているISと言えども、纏っているのは人間であり、反射速度の限界があるだろうに………。

 だがそれに驚いていた一瞬の隙を突いて、ラウラが箒の背後に回り込む。

 

「終わりだ」

「しまっ・」

 

 必中の距離であり、優れた操縦者の箒も回避不可能のタイミング。『やられるのか!?』と彼女が覚悟を決めようとした瞬間であった。

 

「!?」

 

 ラウラは上空から放たれた三発のレーザーの攻撃を、バク転しながら回避して、箒から離れてしまったのは………。

 更に距離を離したラウラに向けて、無数のプラズマ火球が連続で叩き込まれ、彼女の周辺を一瞬で紅蓮の炎が包み込んでしまう。

 

「大丈夫か! 箒!!」

 

 ISを纏った無手の一夏が上空から箒に近寄ってくる。

 

「一夏!?」

「それが、箒の専用機かよ………すげぇなオイ」

 

 自分のISである紅椿を褒めてくる一夏に呆然となる箒。なぜ彼がここにいるのだろうか? 戸惑う箒と、ラウラのほうを睨み付ける一夏の前を、先ほど上空から箒を助けるためにレーザーライフルで狙撃した、BT未搭載のブルーティアーズを展開したセシリアと、炎の残滓を銃口に残している二挺のハンドガンを両手に持ったブレイズブレードを纏う陽太が降り立った。

 

「………怪我はないみたいだな」

 

 振り返った陽太のその言葉に、箒は軽く血圧が上がる感覚に襲われる。この男、マスクの下で絶対に自分を鼻で笑い飛ばしているだろうと箒は感じたのだ。

 

「とりあえず後はリリーフしてやる」 

 

 そんな箒の気持ちなど知りもしない陽太は、『援護など結構だ』と後ろで叫んでいる箒を無視して、紅蓮の炎を上げるラウラの元へ歩み寄る陽太。

 右手に持ったヴォルケーノを仕舞い、フレイムソードを展開してナイフからロングブレードに変形させた時、突如炎が真っ二つに割れ、中から無傷の状態のラウラが猛烈な勢いで陽太に襲い掛かってくる。

 

「待っていたぞぉぉぉっ!! 火鳥陽太ぁぁぁっ!!」

 

 歓喜の声を上げながら、模造品の雪片で斬りかかってきたラウラを真っ向からフレイムソードで受け止める陽太。両者が激突した瞬間、アリーナ内部で衝撃波が発生し、地面に亀裂が入り、空気が弾け、施設に振動が響き渡る。

 

「私が手に入れたこの力で、最初に蹂躙する者は貴様だと決めていた!!」

「その格好………なるほどな」

 

 かつての千冬の姿と技、そして武器までコピーしたラウラに、陽太は彼女が何を思い、何を考え、何を信じていたのかをすんなりと理解する。そう、自分がラウラにいったい何をしてしまったのかも………。

 

 先ほど、箒が疑問に思った彼女に植え付けられたオーガコアが、彼女の何の感情に反応したのか?

 

 陽太はそれが『憤怒』であったと感じ取っていた。

 千冬に教えを請うておきながら、何もできなかった自分に彼女は『憤怒』して、自分を否定し、千冬になりきることで、彼女は千冬に貢献しようとしているのだ………その代償が、人間であることを捨て去ることにあるとは知らずに………。

 

「何で昨日お前が怒ってのか、解ったよ」

「なにぃ?」

「『そんな』ざまになってまで千冬さんに尽くしたいって気持ちは認めてやる………だがな…」

 

 フレイムソードの切っ先をラウラに突きつけた陽太は、悠然と言い放つ。

 

「その姿でやってはいけないことは二つ………力による蹂躙とオーガコアに魂を売ることだ。織斑千冬を真似るっていうんなら、そういうところも真似てみたらどうなんだ?」

「黙れぇっ!!」

 

 陽太の言葉など聴きたくもないと言わんばかりに、彼の忠告を刃で切って捨てたラウラは、陽太に雪片の一撃をぶつけてくる。

 彼女の攻撃をフレイムソードで弾き、いなしてて、距離を取ると左のヴォルケーノからプラズマ火球を立続けに放つ陽太。飛来してくるプラズマ火球をラウラは雪片で次々と切り裂きながら、陽太に対して果敢に斬り込んで行く。

 

 間合いを詰めて近接戦闘を仕掛けようとするラウラと、それはさせないと間合いを開いてプラズマ攻撃で牽制する陽太。

 

 二人のそんな戦闘をこの場で誰よりももどかしい気持ちで見つめる者がいた。

 

「(ちきしょう………アイツ、千冬姉の姿で……)」

 

 ラウラ同様に千冬を誰よりも敬愛している一夏である。

 

 当初、箒とラウラの戦闘を見た一夏は誰よりも真っ先に現場に飛び掛ろうとした。激情に身を任せ、地冬の姿で箒を攻撃するラウラの姿に激怒した一夏は、鉄拳の一発でもお見舞いしてやろうとしたのだが、そんな彼を背後から陽太が首根っこを掴んで静止してしまう。

 

「アホか。出落ちで首チョンパにでもされる気か?」

「離せよっ! アイツ、ふざけやがって!!」

「落ち着けっ」

 

 ブチキレて話を聞こうともしない一夏を落ち着かせようと、彼の喉仏にチョップをかます陽太。『グヘェッ!』と情けない声を上げて咳き込む一夏を心配するように、後ろからセシリアが彼の背中をさすりながら陽太に忠告する。

 

「火鳥さん!? いくらISを纏っているからといって、同じく貴方もISを纏われているのですよ!!」

「ソイツは悪いことしたなオイ」

 

 まったく反省している様子もない陽太の声にげんなりとなる二人であったが、陽太はいくらか落ち着いた様子になった一夏に問いかける。

 

「この間、言ったばかりだよな………勝負を制するのは『ココ』だと」

 

 陽太は再び親指を胸に当て、一夏を見つめる。マスクを被っているため彼の表情はわからないが、一夏は陽太の視線に射抜かれ、動きを止めてしまうのだった。

 

「取っ掛かりだけでもいい。『ココ』がなんなのか、お前なりの答えは見つかったか?」

「えっ? あ、いや、その………」

「それが見つかってないなら、戦闘は厳~禁。イギリスのエロ下着代表。お守りよろしくな」

「誰がエロ下着代表ですかぁっ!!??」

 

 突然着けられた不名誉極まるあだ名に激怒するセシリアを置いて、陽太は一直線にアリーナに飛来するのだった………。

 

 

 そして現在、一夏は陽太とラウラの二人の戦いを非常にもどかしい気持ちで見つめていた。今すぐにでも陽太よりも前に出て、ラウラに一発ブチかましてやりたい。

 でも、それを行動に移そうとする度に、陽太の問いかけが心に蘇り、足が止まってしまう。

 

 『ココ』がなんなのか、お前なりの答えは見つかったのか?

 

 陽太が問いかけた言葉………自分の中にある、自分の戦うために一番必要なもの。

 

「………クッ」

「………セシリア・オルコット。一夏を頼んだぞ」

 

 その時、一夏とセシリアの隣で二人の戦いを静観していた箒が、刀を再び構えなおして戦線に復帰しようしたのだ。それを慌てて止めるセシリアは、箒の肩を掴むと行かせまいと彼女の行動に抗議する。

 

「篠ノ之さん、お待ちになりなさい!」

「離せ、セシリア・オルコット!」

「今、火鳥さんが戦われておられます。あの方に任せておけば………」

「!? 私は、『剣』になると誓った!!」

 

 セシリアの言葉に反論するように肩に置かれた手を振りほどいた箒が、セシリアを睨み付けながら自分の胸の中にある、彼女が戦う理由を言い放つ。

 

「この世界に巣食う悪鬼の魂(オーガコア)を、一個残らず殲滅するまで、私は剣となって戦い続けると、私の友に、何よりも私自身に誓ってきた!!」

「!!」

 

 箒のその言葉が一夏の胸を激しく打つ。

 

「そのためにISに乗り、自分を鍛え続けてきた!! ゆえに私はあの男に任せきりになどせん!! これは私自身の戦いでもあるのだ!!」

 

 箒は、篠ノ之箒は………自分が知っている幼馴染は、自分が知らない場所でも戦っていた。

 自分と別れた後の彼女がどのような生き方をしていたかは知らない。だが彼女は今の自分では決して揺るがない、強い生き方をしている。自分で戦う理由を決めて、努力して、それを貫いてきた。

 

 箒の戦う理由を聞き、頭をハンマーで殴られたような強い衝撃を受けている一夏に気がついてのか………。

 

 雪片をフレイムソードで受け止めながら、ラウラと鍔競り合う陽太は、一夏達にも聞こえる大声で語りだした。

 

「ドイツのチビ女!! 俺がなんでIS操縦者やってか知ってるか!?」

「………そんなこと知らん!!」

「だろうな!」

 

 突然何を言い出すのかと、凝視してくる三人と、戸惑いながら言い返すラウラの様子にも陽太は気にすることなく言い放つ。

 

「俺が一番だと認めさせるためだ」

「?」

「俺は自分が一番だと信じてる。俺は空の上では、IS使ったら誰にも負けねぇー!!」

 

 フレイムソードに力を込めて、陽太はラウラを押し返す。小さく舌打ちをしながら後退するラウラに、陽太は再び切っ先を突きつけながら、まるで先ほどここにいない千冬に宣言したラウラのように言い放った。

 

「いつだってそうしてきた………この空の下、火鳥陽太が『一番』だって、俺は信じてる。だから戦う。誰が相手でも………織斑千冬だろうが、あんの腹立たしい爆乳恐竜女だろうが、俺は負けねぇー、逃げねぇー、媚びねぇー、後ろは見せねぇー!!」

 

 フレイムソードから炎が吹き上がる。彼の闘気に反応して、その炎を徐々に巨大化させながらラウラに向かって突撃する陽太。

 

「だから!」

「なにぃ!」

 

 フレイムソードと雪片が激突し、アリーナ内部を再び衝撃波が襲い掛かる。その威力に吹き飛ばされそうになる一夏達。

 

「勝った奴が一番………シンプルでいいと思わないか!?」

「だったら私が勝つ!! なぜなら私は最強の力を手に入れたのだからな!!」

 

 そう、勝った者が、勝者こそが正しいと言うのならば、自分は負けるわけにはいかない。最強の力を手に入れた自分こそが、正しい。それこそが今の自分を支えている、彼女(ラウラ)の矜持(存在価値)なのだ。

 

 渾身の力を込めて、炎を纏ったフレイムソードを上空に弾き上げるラウラ。驚愕に固まっている陽太が左のヴォルケーノでプラズマ火球を放とうとするが、それも雪片で弾き、左手から銃を手放してしまう。

 陽太の両手から武器を弾き飛ばしたラウラは、心の底から湧き上がる歓喜に突き動かされるまま、その場から跳躍して上空に飛び上がるラウラ。

 

「観てください教官!! 私は貴方の最強を!!」

 

 そう、千冬(ラウラ)こそが最強だと、ようやくこれで自分は証明することができる。ようやく自分が千冬の一番になれる。自分が千冬の家族になることができる。

 

「終わりだぁぁぁぁぁっ!!」

 

 念願を達成できる。

 

 それが、油断となっていることに気がつかないまま、彼女は雪片を振り下ろした。

 

 

 ―――静寂に包まれるアリーナ―――

 

 

 陽太の頭部に向かって刃を振り下ろしたラウラの顔が、それを成す術なく見つめていた三人の顔が、徐々に驚愕に歪んでいく。

 

「………最後の最後で詰めを誤ったな。お前は『織斑千冬』であることを最後で止めた。それが敗因………」

 

 空中で静止するラウラの目が徐々に怒りと憎悪で見開かれていく。それと反比例して、二人の戦いを見ていた一夏の瞳が、陽太の背中を千冬と同じ「憧憬」で見つめ出す。

 振り下ろされた雪片の刃を、両手を使った『白刃取り』で受け止めた陽太は、静かにラウラを見た。

 

「そこそこ千冬さんに似てたが、本家に比べて全部劣る! なにより!!」

「!?」

 

 両手から炎が吹き上がると同時に、甲高い音を立ててへし折れた雪片を、信じられないものを見るような目で見つめるラウラ。

 

「(そんな………最強が……私が憧れた、最強が……)」

「千冬さんの弟子を気取るなら!」

 

 へし折った雪片を陽太は素早く逆手に持ち帰ると、がら空きになった彼女の懐に潜り込み、一気に斬り上げる。

 

「あの人の気持ち………理解してやれよ」

 

 黒い装甲を切り裂かれ、アリーナの壁にまで吹き飛ばされたラウラに向かって、初めてと穏やかな声色で語る陽太。彼とて形式上は千冬の弟子なのだ。憧れてラウラが千冬を真似ようとしている気持ちを理解できないはずもなく、それを頭から全て否定する気もない。

 だからこそ彼はラウラの前に立ち塞がったのだ。昨日、千冬の代役をすると誓った以上、千冬ならラウラを身体を張って止めに入っただろう。

 でも、彼女ならもっと違う言い方をしたのかもしれないが、今の自分ではこういう言い方をするのが限界だ。

 

「あの人の真似をするんなら、姿形よりも技よりも先に、あの人の気持ちを理解してやれよ……」

 

 そうしてラウラに背を向けた陽太は、一夏の方を見ると、彼にも問いかける。

 

「見つかったか、理由?」

「……………」

 

 沈黙で返答する一夏の様子を見た陽太は、やれやれと言った感じで肩を落とす。別段急かしている訳でもないが、陽太自身、一夏がどんな答えを自分に聞かせてくれるのか興味があるのだ。

 

「(まあ、これだけは本人で答えだすしかないしな……)」

 

 心の中でそう呟く陽太であったが、その時、焦った声で自分を呼ぶ箒の言葉に反射的に反応する。

 

「火鳥!! 後ろだ!!」

「!?」

 

 反射的に振り返りながら左腕を上げる陽太。そして固定式の盾に突如、強烈な衝撃が襲い掛かり、陽太を反対側のアリーナの外壁まで吹き飛ばしてしまう。

 

 一夏達が驚愕して、『それ』を一斉に凝視する。

 

 そこにいた者………先程まで『織斑千冬』の姿をしていたラウラの姿が、更なる変貌を遂げていた。

 

「あれって………」

「火鳥さんの姿に………」

 

 織斑千冬をした姿の上から、更なる変貌を遂げ、漆黒の装甲を全身に纏い、黒い翼を羽ばたかせ、両肩から腕をもう一本生やし、計四本となった腕を持った姿に変化していたのだ。

 しかも、装甲や翼の形状が、明らかに陽太のブレイズブレードと酷似した物となっており、その姿を見た箒の目付きが自然と厳しいものになってしまう。

 

「オーガコアの持つ自己進化機能だ。通常ISにもある進化機能だが、オーガコアは信じられない速度で自己進化させることができる………火鳥に対抗するためにあの姿を取ったとしたら……」

 

 箒が一夏とセシリアを守るために、一歩前に出る。彼女の予感が告げている………本家に及ばないものの千冬の技と力に、陽太の能力までもが上乗せされたとしたら、かなり最悪なことになる、と………。

 その箒の予感を証明するかのように、無言のまま新たに生やした二本の腕を構えたラウラは、その手から紫色の炎を発生させる。

 

「くるぞっ!」

 

 箒の言葉に、意識を集中させる一夏であったが、この時、彼は自身のISが告げている警告に気がついていなかった。

 

 

『……………フォーマットとフィッティング終了まで、残り180秒』

 

 

 

 

 

 

 




第二変貌を遂げるラウラは、千冬と陽太の能力を持つ強敵だった!

そしてついに一夏が覚醒する!?

次回 『White Twin Drive Ignition』

白の目覚め、それは世界を激震させる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

WHITE TWIN DRIVE IGNITION


ようやく一夏が主人公だって証明できる話だよw



 

 

 

 

 

「くっ!」

 

 アリーナの外壁にまで吹き飛ばされた陽太であったが、ガード自体は間に合っていたため、ISに損傷もなく、軽い脳震盪を起こしつつも瓦礫を吹き飛ばして立ち上がった。

 

「あのドイツ娘めが」

 

 反応が少しでも遅れてまともに受けたら、『痛い』ではすまない威力の攻撃をしてきたラウラに毒付きながら陽太はむち打ちになりそうなぐらいに痛む首をさする。

 

「人の行為に対して不意打ちで返答するだなんて、誰に教育されやがった?」

 

 ああ、俺の師匠か。と一人ノリツッコミをしつつ痛む頭を抑え、アリーナの中の様子を確認し、すぐさま驚愕する。

 

 一夏とセシリアを守りつつ、二本の刀でラウラの攻撃を回避する箒、そして何かを叫んでいる一夏とそれを取り押さえながら一夏を後方に下げようとするセシリア。

 

 だが問題なのは今のラウラの姿である。明らかにどこかで見たことがあるISのフォルム、しかも四本腕から炎を出して箒を攻撃しているのだ。

 ブレイズブレードの能力を取り込んで、千冬の姿に上乗せしたオーガコアの怒涛の攻めに圧倒される三人の姿を見た瞬間、陽太は叫びながら飛び掛っていた。

 

「人様の姿を勝手にパクるなっ!!」

 

 

 

 千冬の剣技に、陽太の能力を上乗せしたラウラの攻撃は熾烈を極め、しかも四本の腕にそれぞれが携えた雪片のコピーを振るう猛攻を、箒は守勢に回りながら背後にいる二人をも守るという極めて難しい状況に追い込まれていた。

 陽太の言った通り、ラウラの剣技は千冬のそれに到達しているものではなく、技量自体は自分の方が上であると断言できるものの、劣化されども千冬であると言える剣戟の威力に、今度はブレイズブレードの炎までもが上乗せされているのだ。こっちのほうは比べれるほどに陽太のことを知っていないため断言しきれないが、それでも侮れない威力を持っている。

 

「チッ!」

 

 剣速が速い上に一撃が重く、受けた刀から伝わってくる衝撃で手がだんだん痺れてくる。しかも後ろに一夏とセシリアがいる以上距離を取って態勢を立て直すわけにもいかない。だがこのままではいずれ押し切られる。そんなジリ貧の状況が容赦なく箒を追い詰めていく。

 

「だからとてっ!!」

 

 逃げ場などはなく、端から逃げるつもりなどない。押し切られそうになっていた状況を、気合と闘争心の二つを織り込んだ二刀の渾身の一撃でラウラを押し返すと、箒は後ろにいる二人に声だけで退去を命ずる。

 

「2人とも、早くここから離れろ!」

「そんなこと!」

「出来るわけないだろうがっ!!」

 

 セシリアと一夏が猛烈な抗議の声を上げるが、振り返った鋭い箒の眼力と無言の圧力が遮ってしまう。そんな息を呑む二人を置き去りにして、オーガコアと一体化したラウラに突撃した箒は、一足飛びで彼女の眼前に躍り出ると空中で両脚のレーザブレイドを展開し、両脚の回し蹴りでラウラに斬り込んでみせる。しかし続けざまに放った高速連撃であったが、千冬の姿を真似たラウラは四本の腕で簡単に弾き返してしまった。

 

「まだまだッ!!」

 

 だが箒の攻撃はこの程度では終わらない。レーザーブレイドが弾かれたならばと、両手に持った刀を力一杯振るって縦に斬り付ける。

 箒のその一撃を正面から受け、仰け反るラウラに、箒が至近距離から渾身の必殺技を放とうと構えるが、そんな箒よりも早く紅蓮の炎の塊がラウラに襲い掛かり、彼女をアリーナの内壁にまで吹き飛ばしてしまった。

 

「火鳥か!?」

「俺抜きで盛り上がってんじゃねぇーぞ!!」

 

 アリーナの外壁から、箒の隣に降り立った陽太は、すぐさま彼女の方を見ると脇に下がるように言い放つ。

 

「邪魔だ。後ろにいる二人の御守に戻れ」

「私に指図するな! 貴様の方こそ脇に引っ込んでいろ!!」

 

 険悪な雰囲気で互いに睨みあう二人であったが、すぐさま正面で動き出したラウラの気配を察知し、意識の大部分をそちらに向けつつ、必要な情報を互いに聞きあう。

 

「気をつけろ。お前の能力を取り込んだ上に、ベースである千冬さんの剣技は、ますます本物に近づきつつある」

「気をつけるのはお前の方だよ。ビビったなら引っ込んで・」

 

 陽太が話し終わるより先に、立ち上がったラウラは全身から紫の炎を噴出させ、四本の雪片でプラズマ火球を形成すると陽太と箒に投げつけてきたのだった。すぐさま陽太は両手に持ったヴォルケーノから真紅のプラズマ火球を放ち、プラズマ火球同士の激突によってアリーナ内部で凄まじい爆発が起こる。

 爆発によって巻き上がった砂塵と、轟音を伴った爆風が陽太と箒の視界からラウラを覆い隠してしまい、2人はラウラを見失うのだった。

 

「(奴は!!)」

「(何処だ?)」

 

 周囲の気配を注意深く探る二人。そこに箒の紅椿が特異な熱源をハイパーセンサーで捉える。

 

「そこだ!」

 

 箒が敵に反撃の隙を与えないよう、背中のビットを兼任しているスラスターと両肩両脚から『散桜刃舞(さんおうじんぶ)』が放たれ、針鼠の針のような数のレーザー刃のミサイルが、反応にあったラウラに襲い掛かった。

 

「オイッ! いくらなんでやり過ぎだろうが!!」

「相手はオーガコアに取り憑かれている。容赦してはこちらがやられてしまう!!」

 

 この数の攻撃を正面から受けては、いくらオーガコアのシールドバリアが堅牢なものであろうとも致命傷に成りかねない。そんな攻撃を容赦なく放つ箒を辞めさせようとした陽太であったが、すぐさま異変に気がつく。

 

 ―――刃が直撃しているにも関わらず、激突音が響いてこない―――

 

「しまったっ!?」

 

 自分の失策に気がついた陽太はヴォルケーノからプラズマ火球を放ち、ラウラを攻撃すると同時に舞い上がった砂塵を吹き飛ばしてみる。

 放たれた攻撃は確かにラウラと思しきモノに直撃するが、すぐさま砕け、爆風が砂塵を吹き飛ばしたとき、その『正体』を陽太と箒はようやく思い知るのだった。

 

 ―――中身が何もない、変異体の姿をした紫の炎―――

 

 舞い上がった砂塵を利用して、炎だけを残してラウラが姿を眩ませた事を理解した陽太は、背筋に走った悪寒に従うまま、後方にいるであろう二人に、ブライペートチャンネルを使って怒鳴りつけていた。

 

「二人とも、今すぐ逃げろぉっ!!」

 

 

 舞い上がった砂塵で視界が遮られたアリーナ内部において、未だISのハイパーセンサーの索敵の仕方なぞ理解できていない一夏を守るように、セシリアはライフルを両手に持ちながら周囲の状況を注意深く観察していた。

 通算これで三度目となるオーガコアとの戦闘遭遇になるセシリアは、そろそろ陽太達が戦っているオーガコアと呼ばれるISの特異性に独自に気がつき始めていた。

 

「(圧倒的な攻撃力と防御力に機動力、そして絶対防御を無視した特殊機能と、何よりも異常な形態変化と操縦者の精神異常の数々)」

 

 既存のISの常識から逸脱したオーガコアの恐ろしさに、戦慄するセシリア。しかも陽太達は以前から『戦っていた』と言っている。これはつまり自分が遭遇した数以上のオーガコアが、密かに世界中に溢れているという事なのだ。

 普段ならばそんなオカルト話と一蹴する所なのだが、生憎すでに彼女は三度もそのオカルト話と遭遇してしまっている。むしろ信じるなという方が無理である。

 

「(もし、これほどのISを一カ国が占有しようものなら、今の世界の秩序は完全に崩壊してしまいますわ!!)」

 

 考えただけでも恐ろしいことであるが、これほどの戦闘力のISを複数用意すれば、如何に軍用ISを複数保有する大国といえども抗し切れはしないだろう。それは、かつて世界を激震させた『白騎士事件』以上のショックが世界を襲うということなのだ。

 いや、そんなものではすまないかもしれない。

 

「世界の終焉だなんて、笑えない冗談ですわね」

「何の話だよ?」

 

 緊迫した状況にも関わらず、そんな暢気な質問をしてくれる背後の東洋人の少年に、セシリアはげんなりとした表情で振り返りながら叱り付けてみる。

 

「この状況で、あなたは何を暢気に・」

「?」

 

 振り返ったセシリアが自分のほうを見て驚愕の表情で固まってしまったことに、一夏は暢気に首を傾げてしまう。だがそこへ、ISのプライベートチャンネルから、陽太の怒鳴り声が一夏の鼓膜を直撃した。

 

『二人とも、今すぐ逃げろぉっ!!』

 

 三半規管が麻痺しそうになる大声で叫ばれ、その場から飛び上がりそうになる一夏であったが、彼はその時ようやく気がついた。

 自分の背後に立つ黒い影の存在に。

 

「!?」

「危ないっ!!」

 

 舞い上がる砂塵の中を密かに接近し、いつの間にか自分達の背後まで回り込んでいたラウラの凶刃が、棒立ちの一夏に襲い掛かるが、寸でのところをセシリアが一夏にタックルを決めつつ回避する。

 

「おわっ!」

「クッ!」

 

 勢い余ってアリーナの内部まで転がり落ちてしまった二人であったが、後頭部を強打した以外に目立った痛みもなく、一夏はすぐさま起き上がると自分の上に被さっているセシリアに声をかけた。

 

「ありがとう、助かったぜセシリア!」

「……………」

「セシリア?」

 

 自分の上から一向に動こうとしないセシリアに違和感を覚える一夏。いつもならこういう場合セシリアならば『貴族が下々の方を助けるのは当然のことですわ!』とか言って立ち上がりながら指差す場面だというのに、今の彼女は小さな呻き声だけしかあげていないのだ。

 

「(呻き声?)」

 

 セシリアのそんな異変を確かめるべく、彼女の肩に手を置いた時、一夏は異変の原因を理解する。

 

「オイッ!! セシリアッ!!」

 

 肩口から背中にかけて斜めに斬り裂かれた装甲から真っ赤な血が溢れていたのだ。その傷口を目にした一夏が目の色を変えてセシリアに呼びかけ続ける。

 

「オイッ! しっかりしろよ!」

「………んとに、ちゃんと……聞こえていますわよ」

 

 青白くなった顔色で、それでも気丈に振舞おうとセシリアは一夏に返事をすると動かない体を無理やり動かし、ライフルを構えながらゆっくりと自分に近づいてくるラウラに銃口を向けるセシリア。

 そんな彼女の姿にいても立ってもいられなくなった一夏が、セシリアの前に立ち、彼女に言い放つ。

 

「怪我してんだろうが! ジッとしてろ!」

「向こうはこちらの都合なんて考えられてませんわよ」

「!! だったら!」

 

 セシリアが戦えないのは一目瞭然、ならば戦うのは一夏(自分)の役割だ。と意気込んだ一夏は白式が唯一展開可能の武装、1m60cmほどの長さを誇る近接ブレードを呼び出すと、四本の刀を持って悠然と近寄ってくるラウラに正面から斬りかかる。

 

「お待ちなさいっ!」

「うおおぉっ!!」

 

 制止するセシリアを振り切り、真正面から渾身の縦一文字の唐竹割りを放つ一夏であったが、フェイントもない馬鹿正直な一撃はあっさりとラウラによって受け止められてしまう。

 

「それみなさい!!」

 

 予想通り過ぎる攻撃にも、その攻撃を受け止められて馬鹿正直に驚いている様子にも、二重の意味であきれつつ、一夏を助けるために援護射撃の構えを取るが、出血のせいで照準がブレて狙いが定まらない。

 

 やられる!! 

 

 セシリアも一夏も覚悟して息を呑む中、直接刃を交えた一夏に呑み、不思議な声が直接脳裏に響き、自然とその声に耳ではなく、『心』を傾ける一夏。

 

 ………ケテ。

 ………ダレカ………タスケテ。

 

「!!」

 

 圧倒的な感情の濁流に飲み込まれ、すぐさま聞こえなくなった声に驚いた一夏は、今すぐ自分に振り下ろされそうになっている刃への反応が遅れてしまう。

 一夏のブレードを弾いたラウラは、四本の凶刃を突きの姿勢に構え直し、彼の四肢目掛けて解き放つ。オーガコア特有の『絶対破壊(アブソリュート・ブレイク)』の前では、通常ISのシールドバリアなどベニヤ板のように貫かれるのがオチである。

 

「しまったっ!」

 

 敵の攻撃を察知するタイミングが遅れた一夏は逃げる時間もなく、援護をしようとしているセシリアも四本同時に放たれた刃を止める術を持たない。万事休すか。成す術がなくなった二人が諦めかけたその時、砂塵を突き抜けて左右から烈火と疾風がラウラに襲い掛かった。

 

「陽太! 箒!!」

 

 炎を纏ったフレイムソードを振り下ろす陽太と、空裂と雨月を斜め下からラウラの頭部目掛けて放った箒の同時奇襲に、目の前の一夏を突き放すために放った四本の刃を途中で止めて左右からの攻撃を受け止めるラウラ。

 自分達の攻撃を受け止められたことにも大した動揺を見せない陽太は、一瞬の隙を突いて目標から外れた一夏を『蹴り飛ばし』、すぐさま離脱する。

 

「グフッ!」

 

 ラウラの鋭い斬撃の間合いから離脱させるためといえ、相当乱暴な方法で一夏を後退させる陽太。たぶん実力も考えずに突っ込んだお仕置きも兼ねた一撃なのだろう。腹部を思いっきり蹴り飛ばされて転がっていく一夏の首根っこを掴み、そして出血のせいで動けなくなっているセシリアを脇腹に抱えると、ラウラとすぐさま斬り結んでいる箒の方をむく。

 

「死ぬなよ!」

「誰にものを言っている!!」

 

 短いやり取りをして、すぐさま二人をこのアリーナから離脱させようとする陽太であったが、血相を変えた一夏が暴れながら彼の手から抜け出してしまったのだ。

 

「コラッ! 素人はもう下がれ!!」

「ダメだ! アイツ、助けを求めてる!!」

「あ、あんっ?」

 

 てっきり蹴り飛ばしたことに文句をつけてくるものだと思い込んでいたため、一夏の思わぬ言葉に面を食らう陽太。そんな彼の様子にも気がつかないぐらいに必死になっている一夏は再びラウラに向かって行こうとしたのだ。だがそれは彼の首を掴んだ陽太の手によって阻まれてしまう。

 

「放せよっ!」

「無理だ。アイツが助けを求めようが求めまいが、今お前が行ったところで、もうどうすることもできない」

「!?」

 

 自分の力不足をここでも思い知らされ、悔しさのあまりに音が鳴るぐらいに歯軋りをする一夏。が、ここで簡単に引いて諦めることはできない。なぜなら目の前で、今、助けを求めている声があるのだから。だが、静かに語る陽太の言葉は一夏のそんな気持ちを容赦なく引き裂くものであった。

 

「じゃあ、お前ならどうにかできるのか?」

「……………どの道、オーガコアに取り憑かれた以上、アイツの末路は決まっている」

「それって………」

「オーガコアは操縦者の精神と深い部分でリンクしてる。それを無理やり引き剥がすわけだから、良くて精神障害を残すか、普通に廃人になるか………あるいは…」

 

 その先は聞かなくても一夏にも理解できる。だからこそ呆然となり、そして自分の中にある『想い』がマグマのように噴き上がり、声を張りあがらせていた。

 

「そんなの、絶対にダメだっ!!!」

 

 目の前で苦しんでいる者を、助けを求めている者を、諦めて、手放すなんて絶対にできない。 

 いつだって自分に強さを示し続けてきたくれた、たった一人の家族は、一夏に諦めろだなんて教えたことは一度だってない。

 言葉にしなくても、その背中で語り続けてくれていたのを、一夏は理解していた。

 

 『諦めるな 最後まで信じろ』

 

 多くの事を語ってくれる人ではなかったけど、その『無言のメッセージ』だけはしっかりと受け取っている。

 

「(目の前のラウラを救う力が………俺は欲しいっ!!)」

 

 助けを呼ぶラウラを救うための力を一夏が望んだ時、彼の意識が急激に白い光に包まれていくのだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 白い光で目の前が全てが覆われたかと思うと、次の瞬間、一夏を除く全ての存在がモノクロの灰色と化して動きが止まってしまう。陽太も、セシリアも、戦っている箒やラウラも、世界すらも。

 

「な、なんだよ、これ?」

『さあ、約束の時だよ』

『聞かせてくれ。君の答えを』

 

 何が何なのか頭が混乱する一夏であったが、背後から聞こえてきた声に振り返ってみる。

 そこにいたのは、かつて空の上で出会った『白いワンピースを着た長く白い髪をした少女』と『白い甲冑を纏った手に剣を携えた黒い髪の女性』であった。

 全てが停止した世界において、少女と女性は一夏のそばに歩いてくると、一夏の瞳をジッと見て、彼の出す答えを静かに聴こうとする。

 

「こ、答え?」

 

 一夏は、目の前の二人が何者なのか、問い返すこともできずにいたが、ふと、あの時少女が口にしていた言葉を思い出す。

 

 ―――何のための戦いか………貴方の答え、いつか聞かせてね―――

 

 二人はあの時一夏が答えることのできなかった言葉を、今聞こうとしているのだ。

 

『まだ、答えは出ていない?』

『それでも私達は構わない………例え君がまだ迷いの中にいようとも、君を守りたいという気持ちは揺るぎはしないから』

 

 二人が自分に何を聞きたいのか、何を求めているのか、その問いかけはいったい何なのか、一夏が思いつくものは一つだけだった。それはかつて、陽太が自分に聞いてきた問い。

 

 ―――勝負を制するのは技術じゃない。ISの性能だけでもない。『ココ』だ―――

 

 自分の胸に手を当て、彼は静かに瞳を閉じる。そして今、自分の中で確かに存在している、戦う為の『理由』を少女と女性に、瞳を開いて真っ直ぐに彼女達を見つめながら、言葉に想いを乗せて二人に送ってみせる。

 

「………助けたい」

 

 少女の瞳が優しく笑う。

 

「目の前で『現在』苦しんでいる奴を助けることができる力が欲しい」

 

 女性の微笑が更に温かいものになる。

 

「でも、俺は弱くて………千冬姉や陽太や箒……」

 

 一夏の拳が悔しさで握り締められるが、それでも諦めきれない気持ちが、彼の瞳を前に向けさせ続ける。

 

「いや多分、このIS学園で一番弱いと思うけど、それでも苦しんでる誰かを、助けて、守ることができる自分になりたい! そんな自分に変わりたい!! だから、俺は強くなりたい!!!」

 

 揺るがない。諦められないその気持ちをしっかりと聞き届けた女性と少女は、それぞれ一夏の左手と右手を握ると、初めてここで自分達の自己紹介を始める。

 

「コアナンバー001 『白騎士』」

「コアナンバー007 『暮桜』」

 

 二人が急速に白い光に包まれ始めると、止まっていた世界に色が戻り、時間が再び動き出す。

 

 

「「私達『白式』は、現在(今)この場を以って、操縦者『織斑 一夏』を正式な『主(マスター)』と認めます!!」」

 

 

 

 

 ―――白い光が爆発し、世界を包み込んだ―――

 

 

 

 日本某所 マンション15階

 

「これ……は…」

 

 自室において、密かに亡国機業が占有している衛星から送られてくる映像で、IS学園内部の戦況をモニターしていたジークは、突然の映像のブラックアウトに面を食らっていた。何度回線を復旧させようとしても繋がないのだ。

 ならば他の回線はと繋いで見ても同じこと。違う衛星からの映像も同様な結果となり、IS学園内部にクラッキングして手に入れた監視モニターも全て同じく画面が見れず、彼は完全に内部の状況を盗み見ることができずにいた。

 

「チッ!」

 

 あの男の操縦者から白い光が放たれたかと思えば、次の瞬間、映像がブラックアウト。おそらくIS学園周辺での映像機器は全て同様な状況になっているはず。

 

「こんなマネができる奴といえば………」

 

 心当たりは一人いる。そしておそらくその心当たりは、意図的にこの状況を自分に見せないようにしているということも。

 

「まさか………あのISがそうなのか?」

 

 ジーク・キサラギが戦う理由の総て。

 この間は取るに足らない雑魚だと思い込んでいた、あのISこそがそうなのか?

 

 湧き上がる疑念と苛立つ気持ちを必死に抑えながら、ジークは定期連絡を入れてきている潜入員(スパイ)の報告を今か今かと待ち続けるのだった。

 

 

 

 

 圧倒的な光の奔流の中で、一夏は自身に起こった変化に気がついた。

 

 ―――フォーマットとフィッティングが終了しました。確認ボタンを押してください―――

 

 意識に直接データが送り込まれてきたとき、目の前に現れるウインドウ。訳もわからずにその確認のボタンを押すと、更なる量のデータが流れ込んでくる。

 

「(いや、正確には整理されてるんだ)」

 

 感覚的にそれがわかった一夏。

 そして『初期化(フォーマット)と『最適化(フィッティング)』が終了したと同時に光の奔流が収まっていく。

 

「一次移行(ファーストシフト)!? まさか、今まで初期設定だけの機体でおられましたの?」

 

 驚きの声を上げるセシリアであったが、自身の体の異変にも気がつく。痛んでしかなかった背中の傷から痛みが消えており、出血も収まっていたのだ。

 

 先ほどまで意識が無くなりそうになっていた自分の体の変化に驚愕しているセシリアを尻目に、隣の陽太は一夏のISの変化に驚いていた。

 

 白式の全身の装甲にも変化を起こし、スカイブルーのバイザーと一体化したヘッドパーツと全身を鈍い灰色に近い白の鋼の装甲は、純白の鋼に色を変え、今まではどこか工業的な凹凸が見受けられていたのに、それが消え去り、滑らかな曲線とシャープなラインが特徴的な中世の鎧を思わせるデザインに変化していた。

 その中でも特異な形状をしているのは、両肩に着いた圧倒的な光の奔流を放っているショルダーアーマーで、その白い光が何のか、一早く陽太が気がつく。

 

「コアが発生させてるエネルギー? だけど、このべらぼーな生成量は一体………」

 

 長いこと色々なISを見続けてきた陽太でも、これほどのエネルギーを生み出す機体など見たことはない。たとえそれがオーガコアであっとしてもである。

 

 そして一夏は、自分の変化と先ほどの会話の意味をようやく理解し、二人の存在に心の底から感謝の言葉を漏していた。

 

「白式………ありがとう」

 

 少女と女性のそれぞれが握ってくれた手の温もりが今もちゃんと残っている。先ほどまでのやり取りは夢でも幻でもない。

 その温もりを拳に込めた一夏は、改めてラウラの方を向く。

 

 先ほどまで斬り結んでいた箒とラウラであったが、突如爆発したかのようにアリーナを埋め尽くした白い光に動きを止め、呆然と一夏を見つめていたのだ。

 

「箒………後は俺に任せてくれ」

「えっ?」

 

 力強い瞳と言葉に、我を忘れていた箒にそう告げると、一夏はラウラ目掛けて突撃をする。

 

 両肩のアーマーが後方にスライドし、爆発的な光の粒子を放出して背中のウイングにあるスラスターと

連動し、爆発的な加速でラウラに迫った。

 対してラウラも、一次移行(ファーストシフト)を完了させた新たなる敵勢力を迎え撃つべく、四本の雪片から紫のプラズマ火球を連続発射してきた。

 

「にゃろっ!」

 

 驚いた陽太がヴォルケーノで援護をしようとするが、それよりも早く一夏が自分の刃でプラズマ火球を切り裂いて、『消滅』させてしまうのだった。

 

「今のはっ!?」

 

 陽太が驚くのも無理はない。敵の攻撃を切り裂いただけでも素人の一夏にしては中々驚異的なものであるのだが、プラズマを『消滅』させたとなると話は変わってくる。オーガコアの攻撃を『消滅』させることがきる武装など彼は聞いたことがないから。

 

 対して一夏も、あまりにあっさりラウラの攻撃を迎撃できたことに驚愕するように、自分の手に握られているブレードに目をやる。

 先程までの実体剣の姿をしていた名無しの近接ブレードの姿は完全に消え失せ、一夏に握られていた一振りの刃は、刀身が白いビームとなった新たなる姿をしていたのだ。

 

『近接展開ブレード、雪片弐型』

 

 一夏の脳裏に、騎士の姿をした女性(白騎士)の声が響いてくる。

 

『そしてこれが私達の単一仕様能力(ワンオフアビリティ)である、零落白夜』

 

 続けて白いワンピース(暮桜)の声も聞こえた。

 

『この零落白夜は、オーガコアのリンクを強制的に初期化することができる』

「うえっ?」

『精神障害も廃人にもましてや死なせることもないってことだよ♪』

 

 白騎士の説明が理解できなかった一夏にわかりやすく補足してくれる暮桜に感謝の念をもちつつ、更に聞かされた内容の幸運さに、興奮が抑えきれずに一夏は笑いながら雪片弐型を構え直す。

 

「つまりは、こいつならアイツを助けられるってことだな!!」

 

 先程と同じ、上段からの唐竹割り。

 さっきは簡単に弾き返されてしまったが、今度はそういうわけにはいかない。なぜならこの刃には、一夏の、白騎士の、暮桜の想いが込められている。ラウラを救うんだという気持ちがありったけ込められているのだ。無様に弾かれる訳にはいかない。

 

 そして四本の刀を構えて、受け止めようとする構えをみせるラウラに、一夏は真っ向から挑む。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ!! 返事しなくていいから、聞けっ!!」

 

 それは誰に対する助けを呼ぶ声だったのか一夏にはわからなかったが、助けを呼ぶラウラに彼は思いのたけをぶちまける。

 

「助けてやるから………これが終わったら、千冬姉に一緒に謝りに行くぞ!!!」

「!?」

 

 千冬の名前を聞いて、ホンの僅かだが動揺したラウラに、一夏は真っ向から白い閃光の刃を振り下ろす。

 雪片と雪片弐型。同じ系譜で産み落とされた兄弟刀が激突し、激しいスパークを生み出すが、四本の雪片に亀裂が生じるのが見えた一夏は、白式のスラスターから爆発的な光の奔流が生み出し、それをそのまま斬撃の威力に変換させる。

 

「うおおおおおおっ!!!」

 

 一夏の渾身の気合と共に砕かれた四本の雪片、そして白い閃光に斬り裂かれた黒き悪夢。

 

 雪片弐型によって真っ二つにされたオーガコア変異体から、生身に傷一つ負っていないラウラと初期化されたオーガコアが放り出され、ラウラをあわてて受け止める一夏。

 そんな一夏の背後では、地面を転がっていくオーガコアを拾い上げた陽太が、なんとも言いがたい気分でラウラを揺すりながら声をかける一夏の様子を見続けていた。

 

「(なんやかんやで、結局アイツに美味しい所全部持ってかれたが………だが、アイツのISとあの単一仕様能力(ワンオフアビリティ)、なんで千冬さんがコイツにこれだけの機体渡したのかちょっと理解に苦しむが………初めから、コイツも対オーガコア部隊に入れるさせるつもりだったのか?)」

 

 一夏の白式の能力は、凶悪なまでの悪鬼殺し(オーガキラー)である。そしてそんな機体を一夏に預けた千冬の真意が解りかねずにいた。

 

「だけど………」

 

 一夏に揺さぶられていたラウラであったが、彼が彼女の口元に耳を当てると、何かとても安らかそうな寝息を立てていることに気がつき、ラウラを見ていた一夏とセシリアが一気に脱力してしまう。

 どうやら心配されていた後遺症の方も、現状では心配いらなさそうであった。

 

「バカのおかげで、しょうもない結末で終わらずに済んだ事だけは良しとしてやるか………」 

 

 大した活躍もできなかったな、と皮肉りながら、陽太は空を見上げながらながら、戦闘の終了を告げるように、ため息をついのだった。

 

 

 

 

 

 





 圧倒的な性能をみせた白式。

 だが一方で、深い闇の底、もう一つのISが眠りから覚めてしまいます。


では、次回もお楽しみにしていてくださいね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦嵐の暴龍帝

インフルエンザのおかげで更新が一週間ほど伸びてしまい、申し訳ありませんでしたw
体調管理って重要だね。

てことで、ついに第一部完結!

そして彼女のISがいよいよ登場して、大暴れします!!




 

 

 

 

 

 

 数多くの企業がひしめき合う、とある都市に存在する超高層ビルの一角。

 表向きは世界的な貿易業を中心に、あらゆる物資を世界中に流通させ、同時に人材派遣やサービス業などを手広く行い、世界的に有名な巨大複合企業、『アドルフ・グループ』

 その本社であるビルの中を、堂々と特注の豊満が過ぎる爆乳が見えそうな胸元が開いた軍事用ジャケットとブーツ。そして二本の刀を持って、赤い高級カーペットの上を歩く女傑がいた。

 

「リキュール………」

 

 アレキサンドラ・リキュールを呼び止めたスコール・ミューゼルは少々呆れ顔になっていた。

 

「もう、ここに来る時はちゃんとした格好でって、いつも言ってるでしょっ!」

「ん? ああ、そういえば言われていたな………」

 

 ここに来る度同じ問答を繰り返しながらも、まったく悪びれる様子がない困ったちゃんに呆れ顔になるスコール。彼女がきっちとしたワインレットのスーツを着こなしているだけに余計に異様さが目立って仕方ない。

 

「一応表向き、貴方はここの子会社の女社長なのよ?」

「それについてはいつも呆れさせられる………私に会社経営など一番向いていないというのにな」

 

 この「アドルフグループ」が「亡国機業(ファントムタスク)」の表の顔であることを知っているのはあくまでも幹部クラスと直接従事する人間だけのだ。

 スコールにしても表向きは営業本部の本部長という結構な役職につけられており、何かと仕事をこなしているというのに、リキュールはそういったことをまったく行おうとしない。

 「闘争狂い(ウォーモーカー)」などと揶揄されることもあるリキュールであるが、あながちそれも間違いではなさそうである。

 

「はぁ~~~ストレスでお肌が荒れちゃいそうよ、私?」

「苦労をかけるね、君には……」

 

 目を閉じながらおどけた様子のリキュールに、スコールは子供のように頬っぺたを膨らませながら抗議する。 

 

「いつもそればっかり!! 本当は私の事をいじめて楽しんでるんでしょ?」

「おや、今日の君はエラくご機嫌がナナメなご様子だね?」

 

 いつもよりも少々ご立腹なスコールの様子に首を傾げるリキュール。そのリキュールの顔が余計に気に入らなかったのか、スコールは返事をせずに通路の壁に手をかざす。すると壁が独りでに左右に割れ、中から亡国機業構成員専用のエレベーターが現れ、スコールが乗り込むと、続けてリキュールもエレベーターの中へと入るのだった。

 

「せっかくデートができると思ってたのに、いきなり『仕事』をくれだなんて、私、貴女の正気を疑っちゃたわよ?」

「私とて亡国機業(ファントム・タスク)の幹部としての自覚ぐらいあるつもりだが?」

 

 まさか真面目に仕事したいと言ったら、正気を疑われていたなどと、今度はリキュールが不満そうな表情をしながらスコールに抗議する。だが、そんな彼女の様子にスコールは嬉しそうな笑顔で答えるのだった。

 

「もう、怒っちゃった?」

「いや、別に?」

 

 若干拗ねたような口調のリキュールを微笑ましそうに見つめながら、エレベーターのボタンを押すスコール。キンッという音と共に扉が閉まると、スコールはエレベーターに一つしかないボタンを押す。それは組織の人間か否かを証明するための指紋センサーの役割があるボタンであった。

 更に指紋センサーが終了するとボタンの下にあるカバーが開き、中から特殊なキーを入れる装置が現れ、いくつかのボタンを押すと、突如エレベーター内部の照明が落ち、網膜センサーや特殊なスキャニングを行う赤いレーザーが二人を包み込んだ………数秒の後、赤い光が消え、今度は緑色の照明に切り替わり、エレベーターが僅かなGを感じさせる程度の高速で地下に降りていく。

 時間にしておおよそ10秒程度、地下数百メートルにある巨大研究施設への扉が開くと、二人の目の前では、白衣を真っ赤な血に染め負傷した研究員達と、大騒ぎしながらアサルトライフルやマシンガンを持った警備員達とでひしめき合っていたのだ。

 しかし、普段は静かな空間であるこの場所が、突如戦地の野戦病院のような様相を見せているにも拘らず、二人の女幹部は暢気に目の前で起こっている事態を静観していた。

 

「何かあったようだな?」

「ひょっとして………貴女の『相棒』ちゃんが、またしてもご立腹なのかしら?」

「………それは………」

 

 リキュールが何か言いかけたときラボの一室の扉が開き、中からスキンヘッドに左目に片眼鏡をかけ、右手に杖を持ち、90歳近い年齢のために前かがみの猫背になりながらも、老いを感じさせない元気な怒鳴り声で、負傷している研究員達を怒鳴り散らしている老人が現れた。

 

「この馬鹿者共がっ! 無能なのも限度を考えんかっ!!」

「も、申し訳ございません………ですが」

「言い訳なんぞ聞きたくもないわいっ!!」

 

 負傷して腕が折れている助手の研究員が必死に弁明しようとするが、そんな状態の彼を老人は杖で尻を思いっきり強打すると、『しばらくワシの視界に入るなっ!』と怒鳴り散らして追い払ってしまう。

 そんな老人にリキュールとスコールが笑顔で近寄ると、老人は助手たちに見せたこともないような破願した顔で二人に向かって微笑みかけるのだった。

 

「オオッ! これはこれは、ワシの女神達よっ!!」

「ご機嫌ナナメのようだな、御大」

「もう………またどんな実験をしたんですか、プロフェッサー?」

 

 老人はニコニコと近寄ってくると、いきなり目をクワッ!と見開き、90近い老人とは思えないジャンプ力でリキュールに飛び掛ると、至福の表情でその豊満すぎる谷間に顔を埋め、彼女の胸の感想を述べ始める。

 

「相変わらず完璧過ぎる弾力、吸い付くような肌触り、天に昇るような芳しい匂い………これだけで30は若返る!!」

「御大……」

 

 特に嫌がる様子もなくそんな老人のセクハラ行為を成すがまま受け入れるリキュールであったが、突如彼女の横から老人の股間目掛けて、どこからか取り出した拳銃を突きつけて笑顔で最後通告をする………若干黒いオーラを放ちながら。

 

「撃つの?………スコールちゃん、撃っちゃうの?」

「今すぐ離れてくださいプロフェッサー・ヘパイトス」

 

 キンッと安全装置(セフティ)が外れる音が聞こえたヘパイトスという名の老人は、全身から冷や汗を垂れ流しながらも渋々といった表情で々リキュールの谷間から顔を離し、残念そうな顔でスコールに文句を言い出す。

 

「なんじゃいなんじゃい………アホばっかり相手にしてるこの老人の、数少ない生きがいを奪うつもりなんかい?」

「もっと別の生きがいを見つけてくださいプロフェッサー。後、次に同じ事したら今度は予告ないですからね?」

 

 黒い笑顔のスコールを見たヘパイトスは、冷や汗をかきながら二人から若干距離を離すと、コホンと咳払いをし、近くにいた研究員の一人を手招きして被害の状況を確認する。

 

「で? 肝心の『あやつ』は今どの辺りをうろついとるんじゃ?」

「ハッ! 監視カメラからの情報によるとB区画の資材倉庫にとのことです」

「フム………さてはお嬢ちゃんが来たことを感じ取ったな?」

 

 リキュールのほうを見てニヤリと微笑むヘパイトス。彼のそんな様子を見たスコールはやはり自分の勘が当たっていたことを胸を張ってリキュールに自慢するのだった。

 

「ホラ! 私の言った通りでしょ!」

「どうやらそのようだね………ご老体、皆を下がらせろ。後は私一人でいい」

「そいつは有難い。なんせオーバホール終わった直後に、新入りのアホが不用意に触ったことが原因の癇癪じゃしな」

 

 三人が並びながら通路を歩き始め、途中、会う職員たちや警備員たち全員に下がっておくように指示を出していく。

 ツカツカと歩くこと数分、B区画にある倉庫の前に到着した三人は、厳重に閉じられていたハズの隔壁が、何か『力任せ』にネジ開けられている姿を見て、ココにいると確信を持つ。

 

 静まり返る通路と、マシンガンやバズーカを持った警備員たちが固唾を呑んで見守る中、一歩前に出たリキュールが大きく息を吸うと、次の瞬間、大声で倉庫の中にいる騒動の犯人の名を叫ぶ。

 

「ヴォルテウスッ!!!」

 

 大声で名を呼ぶリキュール。そして数秒後、真っ黒な倉庫の中から不気味な二つの朱色の光が灯り、まるで彼女を見つめるかのようにその輝きはゆっくりと近寄ってくる。

 

「長らく待たせたな、我が愛機!! いいか、聞けっ!!」

 

 歓喜の声を上げて光を見るリキュールが更に前に出ると、それに合わせて二つの朱色の光はゆっくりと彼女と同じ目線に高度を下げたのだった。

 

「『敵』だっ!! 我らについに『敵』が現れたぞっ!!」

 

 本当に、本当に嬉しそうに微笑むリキュールに呼応したのか、突如、真っ暗な闇の中かから不気味な雄叫びが研究施設全域に響き渡り、その後、激しい雷光が迸り、施設の蛍光灯やモニター、その他電子機器を次々と破壊ししていく。 

 研究員や警備員たちがその現象を前にパニックになりかけけるが、リキュールとスコール、ヘパイトスだけはまったく動じる事もなく、暗闇の向こうにいる、眠りから目覚めた『黒き暴龍』の雄叫びを楽しそうに見続けるのだった。

 

「さあ、行くぞ!! 我々が立つべき場所に! 選ばれし『戦士』のみの生き場所………戦場だ!!」

 

 リキュールが右手を暗闇の中に突っ込み、黒き暴龍の首を掴み自分のほうへと引き寄せる。歓喜に震える紅玉と朱色が、お互いを舐め合うように血よりも赤い輝きを放ちあう。

 そしてしばしの静寂の後、紅の閃光を放った黒き暴龍は、龍のエンブレムを象ったペンダントに変化し、キンッという金属音を奏でながら静かに研究施設の床に転がり落ちながら、リキュールの足元にぶつかって止まるのだった。

 

「だが、その前に一仕事だ。悪く思うなよ?」

 

 自分の愛機を拾い上げたリキュールがペンダントを首にかけると背後のスコールに微笑みながら振り返った。

 

「さて、今からいけばちょうど向こうの演習開始時刻に間に合いそうだな?」

「そうね………足の速い子用意しておいたから、遅刻はしないわよ」

 

 来た時と同じように仲慎まじく歩き出す女幹部二人に呆然となるギャラリーと、いつの間にか入れてきたコーヒーを飲みながら、『気をつけての~』と暢気に送り出すヘパイトス。

 そんなギャラリーの中で、年の若そうな白衣を着た青年が小声で研究施設の総責任者のヘパイトスに話しかけてきた。

 

「よろしいのですかプロフェッサー?」

「………何がじゃ?」

 

 先ほどまで女性二人を相手にしていたときの嬉々とした表情などはどこかに吹き飛び、至極うっとしそうな表情で青年を睨み付ける老人に、年の若い青年は気圧されそうになりながらも質問を続ける。

 

「あんな『化物IS』を渡してしまってです。もし幹部のお二人に何かあったら………」

「お前の耳はゴミか? 『アレ』はリキュールのお嬢ちゃんの愛機じゃぞ」

「ですが………正直信じられません! あんな化物を人間が操縦できるわけ……」

 

 尚をも突っかかってくる青年に、ヘパイトスは右手の杖を突きつけながら、有無も言わさぬ迫力で言い放つ。

 

「お前の小さな常識でモノを語るな小童が。ワシの最高傑作たる『アレ』を、真の意味で使いこなせるのはリキュールのお嬢ちゃんだけなんじゃよ………それにな」

 

 ニタリと笑うヘパイトスは、この常識でしか世界を知らない世間知らずの若き研究員に諭すように言葉をつむぐのだった。

 

「『化物』は人間がコントロールすることはできんというのは正解かもしれん………つまりは、リキュールのお嬢ちゃんもまた、『人外の化物』なのかもしれんな……ヒョッホッホッホッ!」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 ―――太平洋・ハワイ沖某所―――

 

 世界的な観光地の一つであり、日系人などが数多く住み、複数の諸島が存在するハワイ沖を、今、一隻の巨大な空母が航行し、またその周囲を十数隻の巡洋艦が旗艦である空母を守るように陣形を取りながら同じ速度で付き従っていた。

 世界で最高最強の軍事規模を持つアメリカ海軍の一つ、『太平洋艦隊』に所属し、普段は東太平洋を中心に活動する『第三艦隊』の戦艦群なのだが、現在彼らは政府からの特別要請によってとある演習に赴く途中であったのだ。

 

 その演習とは、つまり『対オーガコアを想定したIS部隊との連携』という任務を賜った海軍は、予定の水域まで特別なトラブルもなく順調な航海が続いており、滞りなく任務を遂行できると誰もが信じきっていたのだが、そんな海軍兵士の中でも、おそらくただ一人だけ、言い知れぬ不安に陥っている者が、空母の看板から雲がまばらに散らばった空をじっと見つめていた。

 

 IS操縦者特有のスーツの上に海軍のジャンバーを着込み、鮮やかな金髪を風で揺らしながら、厳しい表情で空を睨むIS操縦者の名は、ナターシャ・ファイルス。普段は『地図にない基地(イレイズド)』と呼ばれる基地に勤務している階級が中佐のIS操縦者で、以前、陽太と戦闘し、まんまと彼に出し抜かれてしまったイーリス・コーリングの同僚であった。

 

「……………」

「予報では雨が降る確率はコンマ数%だとのことだが、何か気になるのかね?」

「副長!」

 

 背後から声をかけられたナターシャは、とっさに振り返り、この空母の副長である口元に髭を生やしたスキンヘッドの四十代後半の黒人男性に右手で敬礼をする。そんな彼女に副長である黒人男性はニコニコと笑いながら手に持っていた紙コップのコーヒーを差し出すのだった。

 

「冷めない内に飲みたまえ、ファイルス」

「………いただきます」

 

 階級も年齢も上でありながら、柔和な物腰と口調で下の部下たちにも気さくに話してくるこの副長のことを好意的に思っていたナターシャは、差し出されたコーヒーをありがたく頂戴する。

 湯気が海風に乗って流れていくが、尚も感じるナターシャの中にある、操縦者としての『第六感の警鐘』が彼女の表情を厳しくしてしまう中、副長は彼女がこれから行われる演習に対して気負いすぎているではと勘違いしたのか、彼女の肩を軽く叩きながら、緊張をほぐすように気軽に話し始めるのだった。

 

「今回の『対オーガコア部隊の設立』に君が一番尽力してたのは解るが、そう気負うことはないファイルス。これはあくまでも演習だ。実戦を想定して緊張感を保たなくてはならないのはもちろんのことだが、気負いすぎると思わぬ事態に足元をすくわれてしまうぞ?」

「あ、申し訳ありません副長………」

「なあに、この演習が終われば、君達『福音部隊(チーム・ゴスペル)』の有用性は不動の物になる。そのための演習でもあることを忘れたわけではあるまい?」

「はい………」

 

 そう、今回の目玉であり、表舞台にその姿を初めて見せることになるアメリカとイスラエルの共同開発した第三世代IS『銀の福音(シルベリオ・ゴスペル)』と、銀の福音を元に製作され、世界でも初の『第三世代量産機』となる『銀の精霊(シルバー・エレメント)』による対オーガコアIS部隊、通称『白銀部隊(チーム・シルバー)』。

 世界的に見てもオーガコアを専門に対処する初の『正規部隊』となるこの白銀部隊の設立を提唱し、上層部に必要性を訴え続け、量産機の設計から製作まで関わり、部隊員となる操縦者の人材発掘なども行い、正規部隊としての活動にまで漕ぎ着けたナターシャとしても、今日という日は記念するべき日なのだが………。

 

「(どうしてだろう………気のせいか今朝から福音(ゴスペル)も珍しく緊張していた………何か来るというの?)」

 

 拭い切れない不安な予感。

 

 そしてその視線の遥か彼方の先には、地上に向けて今、恐るべき闘いの鬼神が降り立とうとしていた………。

 

 

 

 ―――ハワイ沖上空約90000m地点―――

 

 澄んだ青空を広げさせる高気圧の遥か真上、遮る物が何もない太陽光にさらされた場所において、不規則な輝きを放つ物体があった。

 成層圏90000m付近を、超音速でカッ飛ぶ一機のステルス戦闘機………否、戦闘能力を排除され、代わりに如何なる偵察衛星にも引っかからないステレス(隠蔽)能力と、大質量の物体を輸送する輸送能力を持たされた世界ただ一機の亡国企業専用機『ドミニオン』。

 輸送コンテナの中に固定されているとある『機体』の内部で、アレキサンドラ・リキュールは時々起る乱気流の振動すらも、まるで自分の戦意を高めるBGMのような気分で感じ取っていた。

 

『お休みだったかしら?』

「いや、少し考え事をしていただけさ」

 

 目を閉じて瞑想するように静かだったリキュールに、通信画面越しにスコールは再び不満そうにほっぺたを膨らませながらあることを聞いてみた。

 

『もう! また、陽太君?』

「それもあるよ………彼こそが私の求めていた『宿敵』に成り得る存在だからね」

 

 彼と対面を終えた日からというもの、一日足りとも彼への賞賛の言葉が止む事は一日もなく、なんだか恋人を取られた女のような気持ちになってしまうスコールは面白くないのだ。が、そんなスコールの様子が面白いからあえてリキュールが陽太の話題を出しているとは、流石のスコールも知る由もなかった。

 ほっぺたを膨らませてそっぽを向いているスコールを微笑ましそうに見ながらも、一瞬だけ視線を通信画面から外したリキュールの目に止まったもの………。

 

 ブレイズ・ブレードを纏った陽太と、オータムやジーク、そして変異したラウラとの戦闘シーン。

 

 そしてもう一つは、長距離から高感度カメラで捕らえたためか、画像が荒くはっきりしない映像ながら、『白い光を放つIS』と『黒い髪をした操縦者』の映像であることがなんとか確認できる。

 

 前者はともかく、後者のほうは何者かのクラッキングを喰らい、唯一見ることができる映像がこれだけであったのだが、他の幹部達はいざ知らず、リキュールのみ、この操縦者が何者でこのISがいかなる存在なのか、直感で感じ取っていた。

 

「(束の仕事の割には少々雑すぎたな。それとも私に知っていてほしかったから、あえて雑で済ませたのか? クックックッ………ついに完成させた『第四世代』ISを、よりにもよって千冬の弟に与えたか)」

 

 ここにはいないウサギ耳をつけた女性を思い、再び瞳を閉じるリキュール。

 

「(お前も私とは敵対する道をいく………元は一つの道を歩いていた私達だが、今は見事に三つ巴の様相になったな)」

 

 過去は二度と戻ることはない。

 ならばこれから自分が世界に見せる答えは、ある意味、アレキサンドラ・リキュールにとって特別な『二人』へのメッセージに成り得るのだろうか?

 

 誰にも問いただすことなく、内心だけでそう呟いたリキュールの耳に、作戦領域に到達したアラームが鳴り響く。

 

「では行って来るよスコール」

「………気をつけて、ご武運を」

 

 先ほどの膨れっ面から一変し、恐ろしいほどの真剣な表情と、僅かなリキュールの無事を祈るそんな表情をしたスコールに、リキュールは柔らかく微笑みで返事を送り、コンテナのハッチを開放する。

 

「では行くぞ!! ヴォルテウスッ!!」

 

 機体を固定するためのフレームが外され、ゆっくりと重力に従いながら、全面青い海面に向かい、一機の黒よりも漆黒よりもなお深い黒鋼のISが降下を開始した。

 

 真昼の太陽に照らされ、美しい光沢を放つ黒鋼のボディに、各装甲の間に走らされた黄金のラインが凶暴さの中にある神々しさを演出し、胸部に埋め込まれた5つの何かしらの装置である真紅の宝石が、体内からエネルギーをマグマのように吹き上がらせていた。

 頭部はというと、漆黒のマスクと左右対になっている鬼の角のようなセンサーと、血のよりも濃い朱色のデュアルアイになっており、顔部全てを覆い尽くしていながらも彼女の特徴である瞳の色が再現されているようにも見える。

 背中からは上下二個のノズルがついたスラスターが三つ付けられ、そしてその両左右のスラスターからは、通常のISの1.5倍ほどの巨体を覆いつくせるほどの巨大な悪魔を彷彿とさせる翼が取り付けられており、高速で落下する機体を減速させるように左右に広げられていた。

 そして最大の特徴であるとも言える、機体の全長とほぼ同じ大きさで、幅が通常のブレードの三倍以上はある、特大の斬艦刀を二本とも背中に背負い、禍々しく尖った先端を持つ両腕を胸の前に組みながら、ひたすら目的のポイントまで、降下していく黒鋼の全身装甲(フルスキン)オーガコア搭載型IS。

 

 その名は、ヴォルテウス・ドラグーン(暴嵐の黒龍帝)

 

 設計思想の段階から「イカれている」と言われ続け、実に8人以上の優秀なIS操縦者を取り殺し、超絶的な性能を持ちながらも、主に出会うことなく解体を待つだけのISであった………そう、運命とも操縦者、アレキサンドラ・リキュールに出会うまでは………。

 

 そして恐るべき力を秘めた機体が、今から自分が『食する』ことになっている『前菜』達をセンサーで捉えると、歓喜の声を上げながら、着地姿勢へと移行するのだった。

 

 

 GUOOOOOON!!

 

 大気を振るわせる遠吠えが、看板にいたナターシャの耳に木霊した時、それを合図にするようけたたましいサイレンが鳴り響き、そして艦隊中にアナウンスが流れる。

 

『戦闘警報発令! 現在、艦隊に向かって未確認ISが接近中!! 第一種戦闘態勢!!』

 

 アナウンスを聞いた瞬間、手に持っていたコーヒーを捨て去り、上に羽織ったジャンバーを脱ぎながら、ナターシャはISのプライベートチャンネルを開いて、部下達に連絡を取る。

 

「全員揃ってる!?」

『ハッ! いつでも出撃はできます!!』

 

 八人分の画像が開き、その中で自分の副官である部下の女性のその返事を聞くと、ナターシャはアメリカ国内でも屈指といわれる実力者としての空気を放ちつつ、部下達に指示を出す。

 

「これは演習ではないわ! いきなりのデビュー戦が実戦になるとは皮肉だけど、訓練を思い出し、全員で任務を完遂するの、いいわね!?」

『イエス・マム!!』

 

 全員のその返事を聞くと、彼女はいったんチャンネルを閉じ、目の前で軍帽を被り直している副長に敬礼をしながら報告する。

 

「それでは副長! ナターシャ・ファイルス中佐。これより作戦行動に入ります!」

「うむ」

 

 短い返事を送り、副長も慌しく艦橋へと向かい小走りで去っていく。

 ナターシャも副長に背を向け、部下達が待つブリーフィングルームに向かって走り出すが、そんな彼女の胸中では、先ほどまで感じ取っていた言い知れぬ不安が倍増し、いよいよもって現実味を帯びたものに変化し始めていたのだ。

 

 このままでは、この演習は失敗に終わる。

 

 彼女自身でも、説明ができないその予測が、最悪な形で正解であったと証明されるまで、絶望の砂時計は刻一刻とその砂を減らしながら落ち続けていた。

 

 

 一方、慌しく部下達が働く艦橋では、別の意味で緊張感に溢れて返っている。

 

「まったく………こんなつまらん演習で、よもやこんなハプニングになるとは……」

 

 来年でめでたく退役をすることになっている初老の艦隊司令官である中将は、不機嫌そうな顔で双眼鏡から目の前のISの様子を確認していた。

 この初老の中将は、とにかく部下に嫌われていることで有名であり、よく己の失態の尻拭いを部下に押し付け、部下の手柄を自分のものにすることで上層部に媚びへつらう、典型的な『ダメ』上司であった。しかも女尊男卑な今の世界を作り上げたISが大嫌いときており、この演習すらも当初は嫌がっていて、何かしらの失態をナターシャが犯せば、それを理由に部隊を解散に追い込む気が満々であり、仮に無事に演習が成功しても、『自分がいたおかげだ』と恥もなく言いふらしていただろう。

 

 それゆえに、これから起こる惨劇の引き金を、彼が容易に引くことになる。

 

「未確認ISのコード確認しましたが、登録がありません。それにこの反応は明らかに通常ISとは違い、オーガコアと思われます!」

「例のフロリダを襲ったISとは別か………」

 

 部下からのその報告に、中将は苦虫を潰したような顔になる。大方、フロリダを襲ったISを返り討ちにすれば、自分の経歴に箔がつくとでも思ったのだろう。 

 小さく舌打ちしてから、中将は部下達に命令を下す。

 

「現状を持って未確認ISを敵性ISと判断。ファイルス達に撃墜させる」

「了解! 敵性ISの現在地………艦隊正面!?」

「何を?」

 

 上空から飛来した黒いISが、体勢を入れ替え、艦隊正面の海面に静かに降り立つのをモニターから確認する将校一同と中将。如何に優れたISであろうとも、同じくISを所有するこの艦隊に正面から近寄ってこようとは正気の沙汰ではない。

 やはり自我を失ったオーガコアらしい行動か。

 そう吐き捨てるように考えた中将であったが、次の瞬間、その考えは真っ向から否定される。

 

「敵性ISから、通信!?」

「なんだと!?」

「わ、わかりません………これは、こちらのシステムがクラッキングを…」

『こんにちは、アメリカ艦隊の諸君』

 

 突然、勝手に通信回線が開き、スピーカーから女性と思われる声が流れ出す艦橋。

 

『私は亡国機業(ファントム・タスク)の七人の率いる者(ジェネラル)の・狂戦士(バーサーカー)、世に言う悪の幹部という奴だ』

 

 狂戦士(バーサーカー)を名乗りながらも、優雅さと知的な本質を含んだ声色に、これが任務中でなければため息をつく男性軍人も多くいただろう。

 だが、この無能な中将にとってしてみれば、己を小馬鹿にしたような話し方だと感じ取り、マイクを取り上げると唾を撒き散らしながら怒声を放つ。

 

「ふざけるな貴様! 何が悪の幹部だ!!」

『?………お前は誰だ?』

「わ、私は太平洋艦隊所属・」

『どうでもいい。早く艦隊司令を出したまえ』

「私が司令だ!!」

 

 中将の怒声に、一瞬だけ沈黙したリキュールは、心底うんざりしたような口調で再び話をし始める。

 

『思っていた以上に下らない仕事になりそうだ。ああ、ヴォルテウス、怒るなよ。私も知らなかったんだ………』

「キ、貴様………正面から現れたことといい、その話し方といい………私を馬鹿にしているのか!!」

 

 常に自分を上位に置くことで自我を形成してきた中将にとって、自分を明らかに無視しようとするリキュールの口調は耐えられるものではなかったのだ。

 だが、そんな中将に対して、リキュールは隠しもせずに、『なぜ艦隊の正面に現れたのか?』という疑問をいたって当然といった口調でこう言い放つ。  

 

 

『私がコソコソと背後から不意打ちをかけねばならない価値が、君達にはあるのかね?』

「!?」

 

 

 己の強さに対する絶対の自負と矜持。それらを持っていて且つ何ら疑ってすらいないアレキサンドラ・リキュールだからこそ言えるセリフであり、この二つが彼女足らしめる要因とも言える。それ故に彼女は大軍相手に『正面から』戦いを挑む気でいるのだ。

 

「ぜ、全軍攻撃開始!! あのISを今すぐブチ殺してしまえ!!」

 

 だが、その一言が引き金になり、中将は即命令を下す。一瞬だけ唖然となった部下達は、この場に副長が到着していないことを悔やみつつ、中将の下した命令を各戦闘員たちに伝えるのだった。

 

 

「さて………」

 

 海面で腕組みをしながらその場で浮遊し続けるヴォルテウス・ドラグーン内部で、溜息をつきながらもこの戦場での主賓を待つリキュール。彼女にしてみれば、あのような中将(虫ケラ)などは端から相手にもする気はない。

 

「おや、流石に分かっているようだな」

 

 ヴォルテウスのハイパーセンサーが9つの反応を捉える。ISだ。

 

「さて、対オーガコア用にチューンされたISと部隊の実力………しっかりと見せてもらおうか?」

 

 顔を上げた先、上空に輝く9つの光点。

 

 頭部から生えた一対の巨大な翼を持ち、全身を銀色の装甲が覆ったIS。そしてそれらの背後に、福音を元に、武装の簡易化をすることで生産性を高め、福音にはないレーザーマシンガンと実シールドを持たされた『銀の精霊(シルバー・エレメント)』が付き従ってくる。

 

 ヴォルテウスの様相がさながら地獄からやって来た悪魔であるのなら、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)と銀の精霊(シルバー・エレメント)の様相は、まるでその悪魔を討つ為に天から使わされた天使のようにも見える。

 更に後方では、艦隊の全艦隻が自分に向かって砲門を向けているのを見たリキュールは嬉しさのあまりに犬歯をむき出しにし、全身から龍の咆哮のような殺気を放ちながら飛び立つのだった。

 

「さあっ! 前菜(オードブル)の時間だぞ!! ヴォルテウス!!!」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「あら? どなたかしら?」

 

 一方、「亡国機業(ファントムタスク)」の本部に宛がわれた自室において、いくつも積まれた書類に目を通していたスコールの耳元に、部屋に備えられたチャイムを鳴らす音が聞こえてくる。

 すぐさま彼女が机に備えられたモニターを見ると、そこには『あろは~!』と言いながら手を振るプロフェッサー・ヘパイトスの姿が見え、自動ドアのロックを解除するのだった。

 

「あら、プロフェッサー? 今度は如何様なご用件でこちらまで?」

「なに、アホ共の顔よりも、美女の顔を眺めながらコーヒーが飲みたい気分になっての!」

 

 手に持参のシュークリームが入った箱を持ちながら部屋に堂々と入ってくる老人に苦笑しつつ、書類を机に置き、部屋に備え付けられたコーヒーメーカーから、特注の豆を使ったコーヒーをカップに入れに立つ。

 対して、ヘパイトスとはというと、来客用のソファに座ると空中ディスプレイを表示し、とある映像を見ながら、持ってきたシュークリームをほおばり始める。

 

「あら、もうそんな時間だったのかしら?」

「ホッホッホッ、流石お嬢ちゃんじゃな!」

 

 ディスプレイに表示された映像。それは今この時間、リアルタイムで行われている『リキュール対アメリカ艦隊』の戦いの映像であった。

 スコールは両手に持ったカップの片方をヘパイトスに渡し、もう片方を自分で飲みながら、目の前で戦いを繰り広げているリキュールの愚痴を言い始める。

 

「もう~~、聞いてくださいプロフェッサー! この人ったら、最近口を開けば「陽太君が~」ばっかりなんですよ!!」

「ほう? 例の織斑千冬の秘蔵っ子か?」

 

 ―――空中でレーザーの嵐のような乱射を受けながら、爆風の中を傷一つもなしに突っ切ってくるヴォルテウス―――

 

「ワシもちょいと興味があるぞ? 映像とデータを見せてもらったが、ありゃいいISと操縦者だわい」

「あら? プロフェッサーまで陽太君ファンになっちゃう気なんですか?」

 

 ―――量産型ISの視界から忽然と消え、次の瞬間、上空からの蹴りの一撃で、装甲を吹き飛ばし、腕を明らかに無理な方向にへし折るヴォルテウス―――

 

「ワシとしてはヴォルテウスの良い試し相手が見つかって、万々歳なんじゃが」

「それにしても、ヴォルテウスにも困ったものですね。自分が気に入らない人間が触れるだけで勝手に暴れだすだなんて」

 

 ―――背中から斬りかかってきた二機を、翼を羽ばたかせての衝撃波で身動きを止め、相手の動きが止まったところで、急加速急接近して、右の剛拳で二機とも吹き飛ばしてしまう。障害物のない海面を数百メートルほど転がり、最後はISを解除しながら海中に沈んでいく操縦者たち―――

 

「仕方あるまい。ワシの最高傑作は、おそらく世界一気位の高いISになっちまったんじゃ」

「気位が高くても、暴れる度に修繕費捻り出さないといけない私の苦労もわかってほしんですが?」

 

 ―――倒された部下達の敵を討つべく、福音が最大の武器である背中の計36の高密度高圧縮エネルギー弾を放ち、その全弾をヴォルテウスに命中させる―――

 

「それも仕方あるまい。そもそも最初のころに比べれば随分大人しいなったほうじゃなわい。なんせヴォルテウスにはオーガコアを『四つ』も使用してるからな」

「あれの設計思想見たとき、みんな呆れてたんですよ? 『こんなの人間が乗れるわけない』って」

 

 ―――空母すらも吹き飛ばせてしまえそうな攻撃の中、立ち込めた煙の中から、まったくの無傷で腕を組みながら現れたヴォルテウスは、腕組みを解き、背中の斬艦刀を両手に持つ―――

 

「実際に八人ほど死なせた後、解体する話になったときには焦ったもんじゃが、そこは流石リキュールのお嬢ちゃん。一発で従わせてもうた」

「『オーガコアの制御手段。それはオーガコアの感情すらも凌駕する意思を持てばいい』………四つの怨嗟の声を『子守唄』だなんて言えるリキュール以外には出来ない制御方法よね」

 

 ―――驚愕に固まる部隊員たちに向かって、斬艦刀を薙ぎ払い、衝撃波による攻撃を放つ。そのあまりの圧倒的な威力の衝撃波に、部隊員たちのISはシールドバリアを根こそぎ奪われ、絶対防御を発動させてしまい、福音を残して海面に落ちていく―――

 

「オーガコアが発生させる内蔵エネルギーによって自壊する危険があり、それを防ぐために超重装甲を与え、その莫大なエネルギーを、膂力と防御力と運動性にのみ割り振る」

「リキュールの求める性能を唯一クリアするために、あらゆる火器を持たず、武器は五体と特注の刀………聞けば聞くほどムチャなISですね」

 

 ―――落ちていく部下達に気を取られた瞬間、ヴォルテウスは福音の鼻の先まで移動し、その腹部にロケット弾に匹敵する膝蹴りを浴びせて福音とナターシャに甚大なダメージを与える。その一撃に操縦者が吐血してしまうほどのダメージを受けた福音の背後を取ったヴォルテウスは、上空に刀を放り上げ、がら空きになった背中の翼に手をかけると、力任せに引き千切ってしまう。福音が苦悶の声をあげる中、放り投げた刀を再び手に掴み、刃を返し、峰の部分で福音を叩き付け、ナターシャは意識を失いながら海面に堕ちていくのだった―――

 

「どうやら、お嬢ちゃんのお仕事は終わったようじゃな」

「でもまだ幹部としてのお仕事は残っているわよ」

 

 映像ではすでに白銀部隊(チーム・シルバー)のISは全機稼動不可能である。だがヴォルテウスの朱色の光は、艦隊を捉えて離さないでいた。

 

 そしてここからは、もう言葉に言い表せない惨劇が生まれる。

 

 自分達を守るはずの銀色の天使達を壊滅させた漆黒の龍は、目標を艦隊に変えて襲い掛かったのだ。ISの攻撃すらも跳ね返すヴォルテウスの前に、艦隊の攻撃ではなす術もなく、2時間後、全ての戦艦は撃沈、もしくは大破し、中央の空母は大きな炎を上げながら沈没寸前の有様だった。

 援軍を心待ちにしていた中将であったが、どれほど通信回線を開いてもノイズが走るばかりで、援軍が現れず、その表情が完全に絶望に染まった時、艦橋のガラスを突き破り、ヴォルテウスは彼の前に姿を現せる。

 

「ヒィィッ! ヒィィッ!!」

『浅ましく啼いてくれるな、ここは戦場だよ豚君』

 

 部下達が拳銃を抜き放って銃撃するが、まったく意に返さないリキュールは、嫌々ながら手を伸ばし、中将の頭を掴みあげて、自分の目の前に持ってくる。

 

『一つ聞いておこう豚君。君は軍人かね?』

「た、たしゅたしゅたしゅけて!」

 

 股間から小便を撒き散らし、醜く命乞いをする艦隊司令官殿を心底醜いものを見るよな眼で見下したリキュールはおもむろに司令官を外に放り投げる。

 

『よく戦場は軍人の生き場所だとか言う者がいるが、私はそれは間違いだと思っている』

 

 外に放り出され叫びながら落下していった中将であったが、ヴォルテウスが破壊し、競り上がっていた鉄柱にどてっ腹を貫かれ、口からどす黒い血を大量に撒き散らしながら絶命してしまう。

 

『戦場とは、すなわち戦士の往き場だ。己の信念を持って戦う士(ものふふ)のみが立つことを許されている』

 

 ヴォルテウスの朱色の瞳が、艦橋に生き残っている将校達を睨みつける。

 

『死に怯えているような者に戦場を生き抜くことは出来ない。君達は不合格だ』

 

 ヴォルテウスの漆黒の手が将校達に迫り、直後、複数の叫び声とともに、彼らは中将の後を追うように艦橋で醜いオブジェと化してしまうのだった。

 

 最後に残った空母の軍人たちを一人残らず皆殺しにしたリキュールであったが、その進路を白銀部隊の方に向けて空母から飛びたつ。

 圧倒的な加速力で数秒もかからず先ほど戦った海域へと飛んできたリキュールは、傷ついた身体で必死に部下達を助けようと、浮き上がっている戦艦の破片にしがみ付かせているナターシャを発見する。

 

「!?」

『ほう………人命救助とはご苦労なことだ』

 

 ナターシャは自分を上空から見下ろすリキュールの姿に気がつき、今度こそ自分が殺されるものだと覚悟をし、それでもこれだけはどうしても譲れないという思いを彼女に伝えるのだった。

 

「私の命と引き換えに、部下達を見過ごしなさい! 亡国機業(ファントム・タスク)!!」

『私がそんな取引に応じないといけない理由がどこにある?』

 

 悔しさのあまり唇を噛むナターシャであったが、このまま部下達をみすみす死なせるわけにはいかない。

 たとえ自分が死んでも、彼女達さえ生きていれば、祖国を守る者達が生き残ってくれさえすれば、この部隊を作った意味はあるのだ。

 

「取引に応じなさい! お願いだから!!」

『……………』

 

 自分を静かに見下ろすヴォルテウスに、不安と恐怖を覚えながらも必死に睨み返すナターシャ。そんな彼女に何を感じ何を考えたのだろうか?

 おもむろにリキュールは、頭部の装甲を開閉させ、自分の素顔をナターシャに晒しながら、大声で言い放つ。

 

「ナターシャ・ファイルス! 君は良い戦士だ!!」

「!?」

「その健闘に応じて、この場は引き上がらせて貰おう! 安心しろ………部下の者たちは死んでいない。それにもうすぐ騒ぎを聞きつけた別艦隊がこの海域に来るだろう」

 

 そう言い放ち、背中を向けるリキュールに、ナターシャは声をかけずにはおられず、思わず叫んでいた。

 

「なぜ私達を見逃すの!?」

「………君は新しい時代を生きるべきだからだ」

 

 その言葉だけを言い残すと、ヴォルテウスはあっという間に飛び去り、ナターシャの視界から消え去ってしまったのだった。

 

 

 

 1時間後、リキュールが言ったとおり、騒ぎを聞きつけた別艦隊が救助に訪れ、ナターシャと白銀部隊の人間は全員救助されることになる。

 だがこの事件の責任を取らされた、白銀部隊は表舞台に立つことなく解散を余儀なくされ、ナターシャもしばしの間、怪我のために入院をさせられる羽目になる。

 

 また、別艦隊の救助隊が空母にいるはずの将校達を救助しに来た際、目にしたのは、鉄柱に串刺しにされて生き絶えた将校たちと、彼らの血で書かれた以下のメッセージであった。

 

『我等は亡国機業(ファントム・タスク)、我等は世界の幻影なり。幻影に関るべからず』

 

 アメリカ政府宛に綴られたメッセージは、政府に対しての牽制と警告であり、これを破れば自分達が今度はこのような目に合うという意味をこめた物でもあった。

 

 

 

 この事件は後に、亡国機業(ファントム・タスク)が初めて公の場に向けた行ったテロリズムとされ、世界はこれを期に、再び大きく揺れ始めようとしてた………。

 

 

 

 

 

 





気がついたら過去最長になってたな。

というわけで、親方様大暴れ回。ごめんねナターシャさん。また出番あるから


今回は、親方の考え方が存分に描かれてます。

『私がコソコソと背後から不意打ちをかけねばならない価値が、君達にはあるのかね?』
『戦場とは、すなわち戦士の往き場だ。己の信念を持って戦う士(ものふふ)のみが立つことを許されている』

この二つは、彼女のあり方を端的に表している言葉といえますね。


さてさて、こんな化け物を倒すと豪語している(仮)主人公は、この大暴れをどう思うのか?

次回をお楽しみにください




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二章・揺れる世界
動き始める世界



諸事情により投稿が遅れてもうしわけありませんでした!


そして、この話より新章突入!

揺れる世界の余波は、IS学園にも届いております。

ということで、セカン党の諸君! 彼女の登場だ!!




 

 

 

 

 

 春の陽気が深まる真昼の空を、今、一機の戦闘機が空気を引き裂き、音を置き去りにした『超音速飛行』で駆け抜けていく。

 

 ―――甲龍・風神(シェンロン・フォンシェン)、最高速度M4.2クリア―――

 

 計測器から聞こえてきたアナウンスと、上空2000mの地点を次々と指定のポイントを通過していくその戦闘機の様子を、地上にいる十数人の人間が固唾を呑んで見守っていた。

 

 世界最大の人民を持つ国である中国において、現状世界では実用化されていない、実戦配置は10年先とも言われている『第三世代』の集大成とも言われている、とあるISのテストに真っ最中なのである。

 そんな偉業を地上で見守る人々の中に、いつものスーツの上着を脱ぎそれを手に持ち、首からIDをぶら下げ、袖を捲くった状態でサングラスを掛けた織斑千冬の姿があった。

 

「………第三世代機、甲龍(シェンロン)の改良機、よくも短期間でここまで形にしたものだな?」

 

 振り返ることなく背後の人物に問いかける千冬。

 

「ウチの技術陣だけじゃ、後100年かかっても鳶を追い抜かすこともできやしないさ。これもそれもヒック………まあ篠ノ之女史万歳ってヤツですよ、ヒッグ……」

 

 千冬の問いかけに答えたのは、同じようにスーツを着ながらも、手に持った酒瓶を豪快に煽ってベロンベロンに酔っ払った妙齢の黒髪の中国人女性であった。

 中国政府関係者のIDを持ちながらも、とても最新鋭ISの実験場の人間とは思えないほどの酒気を帯びた女性から、3m離れても匂ってくるような強烈な匂いに対し、酒好きな千冬すらも眉を細めながら、背後の女性に抗議をする。

 

「もう少し離れろ。お前のその匂い、第一回モンド・グロッソの時よりも強烈になっているぞ」

「ヒッグ………誰かさんに二回戦でボコボコにされた大会のことなんて、覚えてませんよ~~ヒッグ……」

 

 だがその抗議もどこ吹く風よと聞き流されてしまう。

 普通ならこんな状態で仕事をしようものなら大問題にされてしまうところなのだが、如何せん、中国におけるIS開発及び運用に多大な貢献をし、『現役代表』を退いてなお、アドバイザーとして開発局の重鎮に納まっている、この女性だからこそ許される振る舞いなのだ。

 

 とりあえず酒気帯びの件については諦めるしかないと悟った千冬であったが、それよりも遥かに重要な件について聞いてみる。

 

「しかし、本当にいいのか?」

「何がぁ~?」

「中国当局にしても、『アレ』は貴重な実験機だ。それをよく実戦配備させることに上が了承したな」

「まあ、元々上もIS委員会に良い顔したがってた所に、先日のあの『騒ぎ』でしょ?」

 

 先日の『騒ぎ』という単語を聞いた千冬の眉が無意識に釣り上がる。

 

 ―――ハワイ沖にての、亡国機業(ファントム・タスク)によるアメリカ艦隊壊滅テロ―――

 

 アメリカはこの件に関して全力で事実を隠蔽しようとしているが、ネットや他国の諜報機関の間では半ば公式見解と化しており、IS委員会もこの事実に激しく動揺していたのだった。

 対オーガコア戦を想定した軍用ISと、アメリカでもトップクラスの操縦者のみで構成されたIS部隊と、最新鋭の装備を持った艦隊がたった一機のISに壊滅させられたのだ。

 如何にISの謳い文句が単機で大国の軍事力を凌げると言われているといっても、その事実はIS普及前の時代の話であり、ISの研究開発が進んだ現代において、その研究開発が最も盛んなアメリカの軍隊を相手に、たった一機で戦いを挑もうなど正気の沙汰ではない。『普通の』組織の『普通の』ISとその操縦者であればの話だが。

 

「(あの女………)」

 

 千冬の耳にこの事件のことが入ったとき、真っ先に彼女は『あの女(アレキサンドラ・リキュール)』のことが頭に思い浮かんだ。こうやって自分のことを千冬が考えながら悔しがっていることを知れば、嬉しそうに鼻で笑い飛ばしただろうと容易に思い浮かび、余計に腹立たしさが込み上げて来たのだが………。

 

「(皮肉にも、あの女が暴れたおかげで、『対オーガコア部隊』の正式発足の話が驚くほどスムーズに委員会で議論された)」

 

 ハワイ沖でのテロ直後、彼女自らが足を運び、直接提出されたこの『対オーガコア部隊』発足の件は、委員会において、ほぼ満場一致の形で可決されたのだ。最もその実働部隊の隊長に、よりにもよって各地の軍事基地のオーガコアを強奪していたミスターネームレスこと火鳥陽太が選ばれたことについて、流石に理事国の委員達は難色を示し、アメリカやロシアにいたっては血相を変えて『今すぐ更迭しろ』とがなり立てたが、密かに打ち合わせをしていた委員長と千冬はまったくそれに動じず、今まで隠し通していた千冬の体調不良と、陽太によるオーガコア戦闘の記録を見せることで、操縦者としての技量とオーガコア戦闘の経験値の高さを伝え、そして各国共通の「禁止されているオーガコア研究」という脛に傷をチラつかせ、アメリカとロシアの反論を完全に押し潰してしまう。

 アメリカにいたっては、虎の子の部隊と艦隊を、一機のオーガコア搭載機に壊滅させられたという所に、更に保有が禁じられているオーガコアを軍事基地に保管していたことを表沙汰にされては、各国はここぞとばかりに軍事大国を非難し、まさに泣きっ面に蜂な状態にされるのは目に見えていた。

 それは密かにオーガコア搭載機の研究を続けているロシアにしても同じで、ここでゴネて各国から不信感を持たれては、委員会からの強制査察などが入り、面白いことになることはまずない。

 

 他の理事国も面目を潰されたとはいえ、亡国機業の保有するISの恐ろしい性能を実感し、ここにきて危機感を募らせてしまったところに、ブリュンヒルデがもたらした奇策が、唯一の希望のように聞こえ、また篠ノ之束が製作した対オーガコア用ISのデータのフィードバッグという旨味が後押ししたのか、セシリアとラウラの母国であるイギリスとドイツやその他のヨーロッパ諸国、そして、数ヶ月前から急遽完成した『新型ISの運用実験』を行っていたこの中国の賛同を得ることに成功したのだった………もっとも、この中国の事情は他の国とは少々異なっていたようだが………。

 

「(まさか政治が死ぬほど嫌いな束が、直々に中国政府と接触していたとは………)」

 

 もっとも、彼女が行った接触とは、背後でグビグビと湯水のようにアルコール度が高い酒を飲み干している女性に新型ISの設計図を送りつけ、『これを渡す代わりに千冬に必ず協力する』という手前勝手な交換条件だけであった。

 

「(子供の口約束にも劣るぞ………束)」

 

 親友として色眼鏡抜きに見ても、大天才と言える頭脳を持ちながらも、変なところで抜けていると言うか、ちょっと考えればこの女性が約束を守らずに、そのまま新型ISのデータを悪用するとか考えなかったのかと小一時間問い詰めたくなるが、結果的にプラス方向に動いてくれたことと、本人が未だに所在を掴めない事と、何よりも自分の目の回るような忙しい環境に免じて不問にすることにした。

 

「さっきから一人で問答してる世界最強の操縦者さん?」

「現状では嫌味にしか聞こえないが、なんだ?」

 

 と、千冬の思考を中断させた背後の女性は、ほんの少し瞳を細めると、酒気を帯ながらも真剣みのある声で、千冬以外の誰にも聞こえない音量で話しかけてくる。

 

「正直政治のお話は好きじゃないんだけど、今回のアメリカ艦隊壊滅と、IS委員会の動き、それによる世界情勢の流れ………どうしても私はキナ臭いものを感じる。貴女の構想がすんなり通ったこともね」

「それは、私も感じている。正直、不気味なぐらいトントン拍子で話が進んでいることもな」

「気をつけて………私のほうも探りは入れておくよ。だからこの子達のこと、よろしく頼むね」

 

 そして女性は、口元に少しだけ笑みを浮かべながら空を見上げる。

 

 濃い紫色のカラーリングを中心とした装甲に、全体的にシャープな形状ながら、両サイドの人間の肩に当たる部分に非固定浮遊部分(アンチロック・ユニット)が存在し、両足の部分からスラスターがロケットのように吹き出た、戦闘機そのものISが、一瞬で変形を開始する。

 

 ―――戦闘機の先端部分が180度折り返し、中から金色の留め金で止められた艶やかな黒色をしたツインテールが現れる。両サイドの非固定浮遊部分(アンチロック・ユニット)が90度動き、両手両足を広げ、紫色のバイザーで覆われた顔を空にさらしながら、空中で静止するIS―――

 

「確かに預けたよ。第三世代改良機『甲龍・風神(シェンロン・フォンシェン)』と、中国(ウチ)の秘蔵っ子、鳳鈴音(ファン・リンイン)を」

 

 テスト飛行を無事に終了させ、開発陣達に右手でピースをしながら降下してくる鳳鈴音(ファン・リンイン)を、母性を宿して慈しむような目で見つめながら呟いた女性に、千冬もまた、口元に笑みを宿しながら、はっきりとした口調で言い放つ。

 

「ああ………」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 一方、IS学園に入学してから丸一月がたち、またここ2週間ほど目立ったトラブルも起こらず、世界情勢とは裏腹な、平和な空気が戻り始めていたIS学園の第三アリーナにおいて………。

 

「グヌヌヌヌッ! 出ろぉぉぉぉぉっ!! 零落白夜ぁぁぁぁぁぁっ!!」

「……………」

 

 雲一つない青空。スズメが鳴きツバメが華麗に飛び回る、平穏な上空において、白式を展開し、雪片弐型を両手に持ち、必死になって零落白夜を発動させようと叫び倒している一夏と、ブレイズブレードの中からその光景を呆れを通り越して可哀想なものを見るような目で見つめる陽太。

 

「もう少し! もう少しなんだよぉ!! こう………なんだ!? あとちょっとでインスピレーションが働くと言うか!!」

「……………」

 

 必死になっている一夏に見限り、陽太は何も話さず無言のまま地上に向かって降りていく。

 

「えっ!? ちょっと待てよ!」

「悪い。お前に少しでも期待した俺が悪い………だから話しかけんな、織斑弟」

「怒っ………てる?」

「怒りも沸かんわ」

 

 相当呆れている口調の陽太に危機感を覚えた一夏が、涙目で懇願する。

 

「もうちょっと!! もうちょっとだから!!」

「その台詞はもう聞き飽きたわ………ハア…」

 

 一夏が必死に零落白夜を発動させようとする理由(わけ)。それは白式自体のとんでもない『欠陥』が起因していたのだった。

 

 ラウラとの戦闘後、落ち着いた状況で白式の性能を計測しようとした一夏達であったのだが、そこで何故だか白式の二つのコア、『白騎士』と『暮桜』の内、『白騎士』のコアが最低限の稼動数値をした状態で『休眠』状態であることが発覚したのだ。それに伴い、白式が一次移行(ファーストシフト)時に見せていた圧倒的なエネルギーもなくなり、おまけに白式の単一仕様能力(ワンオフスキル)である零落白夜を使用できず、操縦者の意思で使用できるように設定を変更しようとしても、白式がそれを受け付けないでいるのだ。おかげで、現状の白式に出された整備士と陽太達の印象は、『近接しか出来ない欠陥ISに素人が乗った』という最悪なものであった。

 

 一夏はその印象を何とか拭おうとこの2週間、幾度も零落白夜の発動と『白騎士』のコアを稼動させようと必死になっているのだが、その取っ掛かりすら見つけられずに、ずるずると時間だけが過ぎ去っていた。

 

「とりあえず、出撃が掛かったら、お前さんは後方待機か逃げ遅れた民間人やらの誘導な」

「ええっ!?」

「文句言うな。それも立派な仕事だ」

 

 ビシッと指を指して一夏に釘を刺したところに、地上からプライベートチャンネルで陽太に声をかけてくる者たちがいた。

 

『陽太さん!! 私の訓練も見てほしいのですが!?』

『……………』

 

 一人は、ブルーティアーズを纏い、優雅にポーズを決めるセシリア。

 

 そして、もう一人は、チャンネルを開いたにも関わらず一言も喋らないまま無言で陽太を見つめてくるシュバルツ・レーゲンを纏ったラウラであった。

 

「黙ってないで、この『火鳥隊長』様に敬礼の一つでもしたらどうだ、ラウラちゃん?」

『………ちゃんなどつけるな! 私はお前を隊長とも兄弟子とも認めていない!!』

 

 陽太の言葉に猛烈に反発するラウラであったが、初日の頃に比べればずいぶんと棘がなくなった感じがした陽太は、なおも調子に乗ってラウラをからかい始める。

 

「そうツンツンすんなよ。『あのとき』のお前さんは、あんなに可愛かったのにさ」

『そうですわね。『あのとき』のラウラさんは、確かに普段とは考えられないぐらいに可愛らしくあられましたわね!』

「まあ、可愛いと言えば………可愛かったかな?」

『!!!』

 

 陽太、セシリア、一夏の三名に可愛らしいと言われ、頬が最高潮に赤くなったラウラは俯きながら、肩をわなわなと震わせ始める。

 

 三人が言う、『あのとき』。

 それは、ラウラが一夏の零落白夜によって助けられた後、彼女を保健室に運び込んだ時のことであった………。

 

 

 白いカーテンで仕切られた、白いシーツの上に寝かされていたラウラに、意識が戻り始めた。

 

「う、ぁ………」

 

 意識にかかった靄と、体のだるさが思考を鈍らせる中、濃い消毒液の匂いが、今、自分は保健室にいるのだとラウラに教えてくれる。

 

「気がついたか?」

 

 聞き覚えのある声、否、聞き間違えるはずのない声が自分の隣からしたため、ラウラは動かない体で無理に起き上がろうとするが、それを両肩に手を置いて千冬が制止する。

 

「無理ををするな。全身くまなく打撲と軽い肉離れを起こしているそうだ」

 

 全身に走る苦痛と、今のこの状況がラウラの中ではなぜか一致せず、彼女は千冬にすかさず聞いてみた。

 

「何が………起きたのですか?」

「何も覚えていないのか?」

 

 現状、オーガコアを使用し、精神異常を起こした操縦者達はほぼ例外なく植物状態に陥り、その一部の例外達もほとんど人の言葉に反応できないほどの精神崩壊を起こしているため、千冬はラウラもオーガコア使用のショックにより、一部記憶が飛んでいるのだと判断する。

 

「包み隠さずに言おう。お前はオーガコアという特殊なISコアを使用したISを起動させ………錯乱状態に陥り、火鳥達に救出された」

「……………」

「コアのほうは火鳥が無事に回収した。今、目下全力で解析作業に当たっている」

「……………」

「ラウラ………お前は・」

「覚えています」

 

 顔を伏せた状態のラウラがぽつりと言葉を漏らす。

 

「おぼろげですが、覚えています………私は……森の中で………力を欲して………手で触れた瞬間、自分が消えてしまいそうな感覚に襲われて………そして、闇の中でずっと助けを求めていました」

「ラウラ………」

「部分部分ですが、火鳥や織斑一夏の言葉が聞こえていました………なのに、私は……」

「……………」

「申し訳ありません、教官」

 

 伏せた彼女の瞳からこぼれ出した涙が、手の甲にポトポトと落ちていく。

 

「私は………結局、貴方のための何者にもなれませんでした。力にも、家族にも………」

 

 ラウラのその言葉を千冬は何も言わずに、ただ黙って受け止める。

 

 数年前、千冬がドイツでIS操縦の教官を務めていた頃、彼女の元で誰よりも熱心に指導を受けていたラウラは、ある日、訓練の合間の休憩時間に、とあることを言って、千冬を困らせたことがあった。

 

『織斑教官! 教官はどうしてもドイツに帰化するおつもりはないのでしょうか!?』

『何度も言わせるな。私には帰る家があって、家族がある。それを放り出すわけにいかん』

『失礼しました!! でしたら、私が日本に帰化するというのは、どうでしょう!?』

『………一応、理由を聞いておこう』

『ハッ!………教官のおかげで私は部隊一の操縦者になることができました。私はそのご恩を是非返したいのです!!』

『いらん。お前を育てるのが私の仕事だ。私は私の職務を忠実にこなしただけに過ぎん』

 

 何を突然言い出すのだと、呆れ返った千冬であったが、ラウラは瞳を輝かせながら、言葉を続ける。

 

『いえ! これだけはどうしても譲れません!! 私は絶対に、教官にご恩を返したいのです!!』

『いらん』

『いえ!』

『いらんと言ってる』

『いえっ!!』

 

 荒い鼻息をしながら絶対に譲らないといった顔で自分を見つめてくるラウラに、千冬は根負けしたように苦笑する。

 

『仕方のないやつだ………』

『!! では私の意見を聞いてもらえるのですか?』

『それは話が別だ』

『え?………では?』

『そうだな………もし、何か私にあったなら、お前には力になってもらう………かもしれないな』

『絶対になってみせます!!』

 

 絶対に力になってみせると、胸を張りながら断言する小柄なラウラの様子がおかしかったのか、彼女の頭を撫でながら、とあることを聞いてみせる。

 

『日本に帰化するという話だが、苗字はどうする気だ? お前の名前だと、えらく難解な当て字になりそうだが?』 

『はい! その折は、『織斑ラウラ』と名乗らせてもらおうと思います!!』

『………帰化したからといって、好きな苗字を名乗れるわけではないぞ』

『えええっ!!』

 

 本気で驚いた様子のラウラに、知らなかったのかと千冬はあきれながらため息をつく。

 日ごろから千冬を特別に慕ってくれていたようだが、まさか『家族になりたい』とまで言ってくるとは………。

 

『私の家族なりたいのか?』

『えっ!?………い、いえ! そんな大それた事は、決して……その…多少も……ちょっとだけ……』

『………そうだな、私にも少しだけ覚えがある………私も昔……『あの人』が私の親だったらと、ずっと考えていたものだ』

『教官?』

 

 懐かしそうな表情のまま、ラウラの頭を撫で続けた千冬は、徐に手を放すと、彼女に微笑みながら言葉をつむぐ。

 

『あの人の気持ちを、今なら少し理解できる………例え、血の繋がりがなくても、想いが紡いだ絆で結ばれているのなら、それはもう家族と同然なのだろう』

『教官………』

『ラウラ………お前のおかげで、また少し私も勉強することができた。感謝している』

『………はい!!』

 

 

 

「私は………貴方の教えを汚しました!! 貴方の強さを証明しようなど、ただの詭弁です。私は………私はただ、自分が弱いことを誤魔化そうとしていただけで、貴方のことなど・」

「もういい」

「ですがっ!?」

 

 ラウラの嘆きを、自分自身を否定しようとしているラウラの言葉を、今度は千冬が遮る。

 

「間違えないことなど誰にもできない。そして間違えたことそのものを責める権利など誰にもない………お前は確かに間違えた。そこに気がつけたならば、今からそれを悔い改めればそれでいいではないか」

「ですが!?」

「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

「は、はい!」

 

 いきなり名を呼ばれたラウラは、思わず驚いた顔のまま背筋を伸ばして千冬の顔を見る。

 

「お前は誰だ?」

「私……は………」

 

 次の言葉が出てこず、黙り込んでしまうラウラ。そんな彼女に千冬は、優しい表情と言葉を送った。

 

「ゆっくりとお前になっていけ。迷っても、時に間違っても………それだけは諦めるな」

「………教官」

「それにな、例え間違えても大丈夫だ………なぜなら」

 

 そこで一旦言葉を止めると、すかさず自分の後ろのカーテンを勢い開く。

 

「こいつらがお前を止めてくれる」

「あっ!」

「ヴぁ!」

「いっ!」

「……………」

 

 開かれた白いカーテンの向こう側で、こっそりと聞き耳を立てていた、陽太、一夏、セシリア、そして一人興味なさげな箒の四人は、急に自分達のほうを見つめる千冬と、鳩に豆鉄砲を食らわせたように呆然となっているラウラの視線を受けて、困惑し始める。

 

「い、いやぁ~~、様子見にきたら、えらく盛り上がってたみたいで………」

「隠れるつもりはなかったんだ! ただ、ちょっと話しかけづらくて………」

「そ、そうですわ! 声をかけるタイミングを失ってしまいまして………」

「……………」

 

 無言を貫く箒を除いて、各自言い訳をツラツラと話し出すが、そんな三人を千冬は冷たい視線で射抜きながら、なお呆然となっているラウラに話しかけた。

 

「大方お前の泣き顔を笑い飛ばしにでもきたのだろう。まったく絵に描いたようなガキ共だ。だからこそ、ラウラ………お前が必要だ」

「えっ?」

 

 戸惑うラウラに、千冬はいつもの自信に満ち溢れた笑顔で、彼女に一つの願い事をするのだった。

 

「何時か話した約束を守ってもらいたい、ラウラ」

「教官………?」

「今、私は対オーガコア戦闘を主目的とした部隊の設立を急いでいる。小僧は操縦者としては優秀かもしらんが、中身と行動は見ての通りバカそのものだ。ゆえにお前が必要だ、ラウラ。コイツが立派に『隊長』が出来る様、『副隊長』として導いてやってくれ」

「……………」

「誰がバカだ、コラッ!?」

「コイツの下に付くのは不服かもしれんが、誰にでも頼めることではない………お前だからこそ私は安心して任せられる」

 

 千冬は陽太(バカ)の方を指差しながら、ラウラに頼み込む。

 それを受けたラウラは、しばし沈黙しながらも、段々と千冬の真意を理解し始める。そう千冬は自分を何一つ見捨てていない。

 

 自分を信じ続けていてくれていることに………。

 

「………ハイ、わかりました教官。このラウラ・ボーデヴィッヒ。身命に賭けてその任務、遂行してみせます」

 

 今度は悲しみのためではなかった。

 それが何のためのものか、ラウラには理解できなかったが、とても暖かな「何か」が自分の頬を伝うのを感じながら、彼女はいつも通りの敬礼をしながらの返事をする。

 

「相変わらず堅苦しい物言いと考えだな………だが、お前らしい」

 

 肩を竦めながらも、ラウラのその様子を微笑みながら見つめる千冬は、喉元まで競りあがっていた言葉を自分の胸に仕舞い込む。

 今はまだ、この言葉をいうときではない。そう、いつかもっとふさわしい舞台が来たときに、彼女に送ってやろう。

 

「(ラウラ………立派になったな)」

 

 そんな言葉を心の内に仕舞い込んだ千冬は、いつもの表情に戻ると、背後で若干感動して目元が潤っている一夏とセシリアの方を向くと、彼らにも聞かせる必要がある情報を伝える。

 

「織斑、オルコット。お前達に話しておかねばならないことがある」

「?」

「それは………」

「オルコットに関しては三度遭遇したと思うが、通常とは明らかに性能と特性がことなる特殊なISに関してだ」

「!?」

 

 セシリアが、最も聞いておきたかったことを話そうとする千冬の顔を思わず驚いた様子で見つめた。

 

「これから話す事柄は世界でも最高レベルの最重要機密もいくつか含まれている。だが、特に対オーガコア能力ともいえる単一仕様能力(ワンオフスキル)を持つ白式の操縦者の一夏。お前は知っておかねばならないことだ。だからこそ確認を取っておきたい。これは半端な覚悟では危険が伴う………後悔しないか?」

「!?」

 

 どうやらこれから教えられることが相当な大事であると直感的に理解した一夏とセシリアの背筋が自然と伸ばしながら、千冬をまっすぐ見つめて首を縦に振るう。

 

「後悔しない。皆を守るために、教えてくれ千ね………織斑先生」

「すでに覚悟ならば完了しておりますわ織斑先生。ISの操縦者になると決めた時点で」

 

 まっすぐに見つめながら力強い言葉を返してくる二人に満足したのか、千冬はすでに事情を知っている陽太と箒の二人に視線だけで確認を取り、二人も特に異論はないと無言のまま頷く。

 

 二人への確認を取った千冬は、改めて一夏とセシリア、そしてラウラの方を向くと、今、世界の裏側で起こっている、オーガコアの起こす事件について、丁寧に説明を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 その後、オーガコアとそれに対抗するための部隊設立の話を終えた千冬は、正式に部隊発足をするために翌日からIS委員会本部へと回収されたオーガコアと共に専属医であるカールを連れて旅立ち、陽太達は戦闘経験がまるでない一夏の訓練を重点的に行う日々を過ごしていたのだったが、そんな彼らのゆっくりと流れていた日常は、再び加速的に動き始める。

 

「ようやく、学園に到着か………いや、少し離れるだけで、なんだか無性に懐かしく感じるよ」

「山田君の話では、アイツらは目立って大きな馬鹿なことをしてはいなかったようだ………もっとも、小さな馬鹿は山程やっていたようだが?」

 

 IS学園の職員用の駐車場にクルマを停め、運転席と助手席からそれぞれ出てきたスーツ姿のカールと真耶の報告にゲンナリとしている千冬は、数週間ぶりのIS学園にそれぞれ感想を漏らす。

 

「到着したぞ、鳳鈴音(ファン・リンイン)」

「はい、ありがとうございます。織斑先生」

 

 千冬に丁寧にお礼を言い、クルマの後部座席のドアを開いて、IS学園の制服を身に纏った少女が出てくる。

 小柄な体に不釣り合いなボストンバックを持ち、左右それぞれを高い位置で結び、金色の留め金がよく似合う艶やかな黒色をした肩にかかるかかからないか位の髪が風になびいて揺れていた。

 

「久しぶりの日本ではしゃぎたいかもしれないが、今日からお前もこの学園の生徒だ。ルールを守って行動しろ」

「織斑先生………了解いたしました。先生の貴重なご意見、大切にします!」

 

 またしても丁寧な言葉で返してくる少女に、千冬は若干の違和感と不安を覚えてしまう。

 千冬の記憶にある、活発で負けず嫌いで行動的で、一夏に対してほのかな恋慕の情を持っていた少女は影を潜め、作り笑いと目上の自分に愛想がいい返事を自然と返す少女とのギャップに戸惑いが隠せないのだ。

 

 中国代表候補生にして、対オーガコア部隊の新たなるメンバーとなるべく、日本のIS学園のやってきた、鳳鈴音(ファン・リンイン)。

 

 だが、千冬が感じたその違和感が、大きな騒動になろうとは、最強のブリュンヒルデといえども、このときはまだ知る由もなかった………。

 

 

 

 

 

 




ということで、ついに鈴の登場と相成りました………まあ、半分近くラウラさんの補完話になってしまいましたが。

さて、太陽の翼においての鈴さん、ちょいと本編とは違った仕様になってます。どんな風に違うのかというのは次回以降見ていただくと一目瞭然です。


ではでは、また次回、お楽しみください





メインヒロイン、いつになったら登場させられるのだろうか?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

中華娘、襲来


セカンド娘さんの本格参戦第一話!

ちょっと原作よりも「アレ」な感じですが、いってみましょう!




 

 

 

 

 

「だから、何度言えばわかる!?」

 

 ラウラのIS『シュヴァルツェア・レーゲン』に搭載されている右肩のレールカノンが火を噴き、空中で高速機動を行っている一夏に襲い掛かる。

 

「くっ!」

 

 超音速で飛来した砲弾を紙一重で回避する一夏であったが、彼の周囲を取り囲む四基のビット達に行く手を遮られ、空中で急制動を掛けて停止しようとした。が、これが致命的な隙となり、背後から迫るシュヴァルツェア・レーゲンの二本のワイヤーブレードの接近を許してしまう。

 

「ちくしょうっ!」

 

 今日何度目かの悔しさを滲ませた言葉を吐き捨てると、一夏は右手に持っていた雪片で迫る二刃を弾き上げるが、白式のアラームが自分に向けられている銃口の存在を教えてくる。

 

「やべっ!?」

「これで七度目ですわよ、一夏さん?」

 

 極めて冷静な声で、レーザーライフル『スターライト』の引き金を引くセシリア。

 蒼いレーザーは正確な軌道を描き、空中で完全に無防備になっている一夏に直撃すると、彼の白式のシールドエネルギーを0にし、それによって一夏はゆっくりと地上に落下していくのだった。

 

 

「はぁ………とりあえず、お前さんはしばらく回避訓練のみな」

「……………」

 

 一夏の訓練風景をアリーナの内壁の上で眺めていた陽太は、目の前でシールドエネルギーが再び貯まるまで休憩していた一夏に言い放ち、彼も渋々ながらそれに同意する。

 

 白式の性能上、その突破力を生かしてチーム内での最先鋒の『フロントアタッカー』になることは戦術上確定している。だが、このポジションは、早い話敵に急接近して味方の活路を切り開く、最も重要なポジションであると同時に、最も危険なポジションでもあるのだ。それゆえに敵からの攻撃を回避できる技術は必須科目ともいえるのだが、結果は訓練通りの有様である。

 

「………わりとメンドくせぇーな、隊長ってのも」

 

 自分一人のころは、こんなことを考える必要もなかった。敵がどうこようが、自分の実力とISの性能にモノ言わせ、叩き伏せるだけですんでいた。

 しかし、これからはそうはいかない。隊員達の能力とISの性能を把握し、それに見合った戦術とそれを行えるための訓練メニューを逐一立てていかないといかない。だがそういった細かく物を考えることが大の苦手である陽太にしてみれば、落ち着いた状況で黙々と分析作業をこなすのが苦痛で仕方なく、一夏の前だというのに、思わず本音が漏れてしまう。

 

「キサマッ! 今からそんな態度でどうする!?」

 

 そんなだらけきった様子の陽太を、『立派な隊長』にするという使命感に燃えるラウラがISを展開した状態で右手のプラズマソードを出力したまま切っ先を鼻先寸前まで陽太に突きつける。普通なら相当に危険極まりない行為であり、教師に見つかろうものなら問答無用で指導室で生活指導を食らおうものだが、生憎とここには教員はおらず、またラウラは操縦者として一流の領域に到達するレベルであり、陽太にいたっては、千冬を除けば、教員すらも凌駕するほどの操縦者であり、いちいち教員に言いつけるような真似もしない。

 鼻先にソードを突きつけられても眉一つ動かすことなく、陽太は暢気に欠伸をすると、内壁の上で寝転がり、尻をボリボリと掻きながら堂々とサボろうとしだす。

 

「ええっ~~~………今日はもうなんか面倒くさいので全員自主トレでいいじゃん」

「ふ・ざ・け・るなぁっ! 隊長が自ら率先して訓練をさぼるな!! それに、キサマッ!? 昨日私が渡した、『指揮官としての心得大全集(直筆)』には全て目を通したのか!?」

「ドイツ語読めない」

「日本語で書いたぞ!?」

「ごめん。俺、フランス育ちで諸国渡り歩いてたから、フランス語か英語ぐらいしかわからないの。スワリヒ語は片言なら話せるけど………」

「今、日本語を話しているだろうが!」

「いや~~~………日本に来て三週間……環境適応してきたってことか……じゃあ、おやすみ……」

「寝るなっ!」

 

 この三週間、目の前で繰り広げられている漫才に一夏は苦笑が漏れてしまう。どうにも陽太は自分に苦手なことになると途端に意欲が消え失せてしまうのが玉に傷のようで、千冬以外の人間相手だとのらりくらりと言葉を避けてしまうのだ。

 

「私はお前を立派な隊長になるよう教育すると、教官に誓いを立てたのだ! それだというのに、なんと意欲のない男なのだ! 恥ずかしくないのか!?」

「ない。それに勝手におまーさんが千冬さんと交した約束など、俺には120%関係が………」

 

 尚も陽太に食い下がろうとするラウラであったが、そんな彼女の脇を通り抜けて、ISを解除してインナー姿で近寄ってきたセシリアが、優雅な動作で頭に血が上っているラウラに『待った』をかける。

 

「お待ちなさいラウラさん。そのように頭ごなしに押し付けるだけでは、陽太さんが可哀想です」

「何を言っている! 可哀想も何も、コイツは最低限の努力をしていないんだぞ!?」

「だからこそ、ここはこのセシリア・オルコットにお任せください」

 

 彼と知り合ってほぼ一月。千冬以外の人間には中々本心を見せず、飄々と掴み所ない陽太に想いを寄せていたセシリアは、中々にチャンスにめぐり合えず悶々としていただけに、この期を逃す手はないと、多少頬を赤く染めながら陽太に近寄ると、密かに色々と情報収集してようやく見つけたとっておきを使おうとする。

 

「(これを使えば如何なる殿方もイチコロだと雑誌にも書いてありましたわ!)………あの……陽太さん?」

「ん?」

 

 寝転がっている陽太に、セシリアはまるでメス豹のような妖艶な動きで近寄ると、彼の頬に手を置き、これまた妖艶な微笑で彼に語りかけた。

 

「私と一緒に、秘密の個人授業………しましょ?」

「「(どんな雑誌を見た?)」」

 

 その光景を見ていた一夏とラウラがさりげなく心の中で同じツッコミを入れるが、そんな中、顔を真っ赤にしていっぱいいっぱいなセシリアとは対照的に、いたって落ち着いた表情の陽太は………。

 

「………まあこの歳でこの大きさなら合格か」

 

 思いっきり目の前で揺れているセシリアの胸を触りだしたのだ。

 

「…………」

「安心せい。おっぱいマイスター検定二段の陽太さんのお墨付きだ! お前は将来必ず大きくなる」

 

 いい笑顔で親指を上げてサムズアップする。

 最初は呆然となっていたセシリアであったが、段々と状況が理解し始めると、プルプルと肩を震わせながら、両目に涙を貯めながら陽太を睨み付け、そして………。

 

「貴方という人はーーーー!!!」

「怒るな怒るな」

 

 両腕にISの部分展開をし、スターライトからレーザーを至近距離で乱射しだすセシリアと、左手だけ部分展開し、指の先だけでライフルの銃口を弾いて、レーザーの軌道から自身を外す陽太。重ね重ね言うが、普通なら命の危険もある行為だが、半ば錯乱状態のセシリアと自分に絶対の自信を持っている陽太はやめようともせず、また一夏とラウラも止めようともしない。

 

 だが、そんな時、アリーナの観客用の入り口から、静かだが良く響く声が聞こえ、全員がそちらの方を一斉に振り返る。

 

「なにをやっている、お前たち?」

 

 書類の束とスーツの上着を手に持ち、カッターシャツを腕まくりした千冬であった。

 その姿を見た瞬間、セシリアは我を取り戻すと、上品そうに『オホホホッ』と笑いながらライフルを背中に隠し、ラウラは几帳面に直立不動で敬礼を、一夏は嬉しそうに笑みを浮かべ、一人陽太だけはやる気のなさそうに手をプラプラとして、それを返事の代わりにするのだった。

 

「少し目を離すと案の定か………まったく」

「申し訳ありません、教官」

 

 ツカツカとアリーナを降りながらため息をつく千冬に、陽太の教育を任されていたラウラは申し訳なさそうにうなだれてしまう。無論、ラウラには非はないのだが、千冬に期待をかけてもらっていると感じているラウラとしては、その期待に応えられないことがいたたまれないのだ。

 

「そうだ、そうだ………もっと反省しろ」

 

 だからと言って、それを陽太(元凶)に責められる謂れは何一つないのだが………。

 それがわかっていた千冬は、小声でラウラを挑発する陽太の後頭部目掛けて複数の書類が入った封筒を投げつけ、見事にクリーンヒットさせる。

 

「ぐおっ!」

「お前宛の土産だ。書類関係は今日中に目を通しておけ。後、中にIDが入っている。紛失させるなよ」

 

 後頭部に直撃し、地面に転がり落ちた陽太にそれだけ言い放つと、全員の方を向き直し、必要事項の連絡に入る。

 

「織斑、オルコット、ラウラ。後、転がってる小僧………良く聞け」

「効き過ぎじゃ………」

 

 後頭部を押さえて悶える陽太の小さなツッコミにも動じない千冬は、二週間少々の出張の成果を全員に発表する。

 

「IS委員会は正式に対オーガコア部隊の発足を認め、学園の理事もこれを許可された。そして、それに伴い、イギリスとドイツの代表候補生であるオルコットとラウラ、お前達は一時的に国連軍に出向という形になる」

「はい!」

「はっ!」

 

 IS委員会はその性質上、どの国にも所属していない国連直轄の組織である。そしてイギリスとドイツに籍を置き、また国の代表候補生という立場にいる二人は、同時にその国の軍属であるため、おいそれと異なる機関に所属することは出来ない。そのため一時的に「出向」という貸し出す形を取り、部隊に配属しようという千冬の意図も、当然という感じで二人は受け止める。

 だが、そういう軍隊の仕組みをイマイチ理解していない一夏だけは、首を傾げながら千冬に疑問をぶつけた。

 

「なんでセシリア達が出向なんだ?」

「話の腰を折るな………二人はこの学園にISの運用データの検証のために入学している。もっとも、それだけではないが………そんな二人が実戦配備されるんだ。色々文句を言う輩がいるかもしれん、その為の処置だ」

「わかったような………わからないような……」

「それにな、実験機の大規模改修なんて真似をするんだ。口実は必要だ」

「なるほど・」

「「か、改修!?」」

 

 セシリアとラウラが驚愕して目を広げ、千冬の顔を見つめる。二人の驚きも無理はないと思いながらも、千冬は二人に自分が提案した案件の内容を話し始めるのだった。

 

「お前達も肌で感じているだろうが、通常のコアを使用した競技用ISでは、オーガコアを使用したISには出力的にまるで太刀打ちできん。一応戦術を駆使すれば『一矢報いれる』かもしれんが、あくまでそれだけだ。噛み付いたネズミは容赦なく獅子に食い殺されてしまう」

 

 そうなのだ。

 通常ISとオーガコア搭載ISのパワーの差は歴然で、如何に優れた操縦者がISを操縦しようとも、その差は埋めがたいものがある。そして出力の差は、その他の差にも如実に現れる。

 単純な機体のパワーから始まり、大出力兵器の搭載、高出力の機動性、シールドバリアのゲインと強度、etc、etc………。それらは命がけの戦場では絶望的な戦力差であった。

 これは例えるなら、一般用の軽自動車とモータースポーツのF1カー程の差が両者には存在している。ましてやこれはカーレースではなく、命を奪いかねない戦闘ではその差は明白。それに対抗するための処置を講じた千冬は、二人の専用機の強化処置を部隊設立の次の重要案件として提示していた。

 

「改修の方は明日から早速執り行う。しばらく愛機と別れることになるが、理解してほしい」

「あ、いえ………了解しました」

「ですが………本国のほうから私には何も通達がありません。それに本国が早々と許可を出すとは……」

 

 一応の理解を示すラウラに対し、セシリアの方は半信半疑といった感じであった。無理もない。国の威信を賭けて開発されたISを、いくら必要とはいえ、おいそれと別の機関が改造するのを了承するなど有り得るわけがないのだ。本来ならば………。

 

「その辺りは抜かりない………お前宛の土産はこれだ」

「?」

 

 そういうと、千冬は懐から一枚の便箋を取り出し、セシリアに手渡す。それを受け取ったセシリアは、誰が自分宛に綴ったのだろうと、裏面を見る。

 

『セシリアお嬢ちゃんへ あなたの大好きなエリザベスお婆ちゃんより』

 

 丁寧かつ柔らかい筆跡で裏面に書かれていたその文面を見た時、5秒程時間が止まったセシリアの顔色が、段々と青色に変色し始める。

 

「私も最初は驚いたぞ。イギリス政府に問い合わせ、政府関係者と会談しようとしたら、まさか『この人』が直々にこられるとはな」

「あ………な………へ……」

 

 珍しく冷や汗が垂れている千冬の言葉に、セシリアは今度こそ自分の考えている通りの人物だったことに、今度こそ驚愕し、ゼンマイ仕掛けのロボットというか、油が切れた機械のようなぎこちない動作で便箋をあけ始め、それを片手に持って、アリーナの隅で一人しゃがみ込みながら読み出す。

 

「………アレ、なんだ?」

「『幼少時に訳も判らずにお婆ちゃんと呼んでいた』人物………だそうだ」

「?」

 

 陽太がさっぱりわからないと首を傾げるが、とりあえずセシリアの方は放置し、話を続ける千冬。

 

「そして火鳥、お前も同時にIS委員会所属の操縦者としてコアと共に登録された」

「ええ~~~」

「それに伴い、お前の好き放題極まる行動にも制限が生まれる………その書類に書いてあるから全部読み上げ、記憶し、必ず守れ」

「メンドクサイ~~」

「その意見は全面却下だ。それだけではない………封筒の中にIDが入っているだろ?」

「………これか?」

 

 封筒を逆さにすると、中から陽太の顔写真入りのIDが出てくる。

 

「………本来なら有り得ないが、お前にも国連軍としての階級が与えられた。普通なら有り得んがな」

「ホントか!?」

 

 『階級』という言葉に、ちょっとだけ何か特別扱いされている気がして嬉しくなった陽太はIDを眺め始める。

 

「………多大に不安極まる所なのだが、お前の階級は少佐相当官だ。本当に不安極まっているのだが………」

 

 『相当官』というのは、陽太が委員会に所属こそしているが、正規の軍人ではないための処置であり、実際には『大尉』権限しか与えられていないのだが、こう言っては何だが、一般人に比べて押さえるところと押さえなくていいところの差が激しく、時々その常人離れした能力を容赦なく振るう陽太に、そんな権限を与えてよいものかと千冬も迷ったのだが、委員会からの直々の命令に逆らえる権限は彼女にはなかった。

 

「(これは委員会側からの陽太への首輪か………どうやら単純に喜んでいい問題でもなさそうだな)」

 

 心の中でそれだけ呟いた千冬は、気を取り直すと、ようやく復活して青い表情のままのセシリアを含めた四人に、今回の一番の手土産の話を切り出す。

 

「そして、最後に………対オーガコア部隊の新メンバーを伝える」

「!?」

「へっ?」

「ムッ?」

「(フッ……階級………俺も出世したな)」

 

 一人だけ話を聞いていない奴もいるが、千冬はアリーナの入り口のほうを振り向くと、新しいメンバーの名前を呼び上げる。

 

「鳳鈴音(ファン・リンイン)!」

「!?」

 

 その名前を聞いた瞬間、一夏は驚いた表情のまま入り口のほうを凝視する。

 小柄な体に左右それぞれを高い位置で結び、金色の留め金がよく似合う艶やかな黒色をした肩にかかるかかからないか位の髪を風になびかせ、IS学園の制服に身を包んだ、少女がにこやかな笑顔を浮かべて降りてくる。

 

「………鈴?」

 

 一夏のその呟きに、セシリアとラウラは驚きながら彼の顔を見るが、一夏は途端に破願すると、手を振りながら自分が鈴と呼んだ少女に近寄っていく。

 

「オイーッ! 鈴っ!!」

「あ、一夏!!」

 

 自分の名前が呼ばれたことがよほど嬉しかったのか、少女は少年の下に『涙』を溜めながら走っていくと、途端に抱きついてしまう。

 

「えっ?」

「会いたかった! ずっと会いたいって思ってたよぉ、一夏!!」

「ヘッ? ヘッ?」

「一夏の匂いだっ………一夏、一夏!!」

「(ダレダコノコハ………?)」

 

 違う。断じて違う。

 自分の知りうる鳳鈴音(ファン・リンイン)という少女は、こんな甘えた系妹キャラでは断じてない。か弱い小動物のように震えながら自分にしがみ付いてくるような少女ではない。きっと自分の知っている鳳鈴音(ファン・リンイン)ならば出会い頭にこう切り出してはずだ。

 

『久しぶりね一夏! 私のいない間に怠けて頭ダルダルにしてたんじゃないの!? まあ、私が来たからにはもう安心ね! 今日からみっちり鍛えてやるわ!』

 

 きっとこんな感じである。

 心の中でそう呟いた一夏は、今も自分の胸の中で嬉しそうに頬ズリしている少女を相手に、どう接すればいいのかわからず、ただ立ち尽くしてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「そう、それでね! 一夏と別れて中国に行ってから、必死にがんばって代表候補生にまでなったんだよ! スゴイでしょ!?」

「あ、ああ………」

 

 衝撃の再会からしばし、とりあえず本日のトレーニングを切り上げた一同は、鳳鈴音(ファン・リンイン)の詳しい自己紹介を兼ねたミーティングのために食堂の方に集まったのだが、何故か鈴は隣にいるセシリアとラウラに見向きもせずに、一夏にばかり話しかけ、二人の少女が額に青筋を作っているのが見えている一夏はかなり焦っていた。

 しかもだ。今日に限って、授業が終わった後にすぐ何処かに外出している箒が珍しく校内に留まっていた事が一夏に更なるプレッシャーをかけていた。

 無理もない。自分達の隣の席で、先ほどから俯き、ひたすらコーヒーのカップには手をつけず、スプーンでテーブルを小突いたまま、どす黒いオーラを全身から発散したまま時々自分の方を心底冷え切った斬り裂くような目で見てくるのだ。生きた心地がしない。

 

「……………」

 

 この状況に耐えかねた一夏が端っこの席に座っている陽太に助けを求めるが、彼は受け取ったIDを眺めたまま、未だにちょっとした優越感に浸っていて頼りにならない。

 

「あ、そうだ!」

 

 だがここで一夏の視線に気がついた鈴が、IDを見つめている陽太に思わぬ言葉を言い始める。

 

「自己紹介が遅れました! 火鳥 陽太『隊長』ですよね!?」

「………ああ、そうだが?」

 

 対オーガコア部隊のメンバーは、未だに誰も陽太のことを『隊長』と呼ばない為、階級を貰って上機嫌な陽太はちょっとだけ鼻の先が伸びたような調子の良い笑顔で鈴に応えた。

 そんな調子に乗り始めている陽太に対し、鈴は更に彼を増長させるような発言をした。

 

「うわぁー! 私、感激です!! 生きた伝説のIS操縦者、最強のIS乗り、無敵のミスターネームレスなんて呼ばれている火鳥隊長の元で戦えるだなんて~~~!!」

「!!………ハハハッ、そうかそうか……俺が伝説か…」

 

 更に鼻の先が伸びるのが一夏達には見え、鈴以外の人間に微妙な苛立ちと腹立たしさと不快感を与える。一言にまとめると『イラッ』ときたのだ。

 だが、鈴に煽てられ際限なく調子に乗り始めた陽太は、そんな周囲の人間の空気を読まずに、ちょっと良い笑顔をしながら、物凄い上から目線で一夏達に話し始める。

 

「まあ、鳳鈴音(ファン・リンイン)君。すでに伝説になっているこの火鳥陽太の部下としてはまずまず

の態度だ。ほら、他の諸君も私に話しかける時は前と後ろに『サー』をつけて敬語でハナシタマヘ。後、拝観料5分間で500円な」

「ふざけんなっ!」

「貴様、際限なく調子に乗り過ぎだぞ!!」

「その調子に乗る速さだけは伝説級ですわよっ!!」

 

 『ハッハッハッハッ』と足を組んだまま優雅なポーズを決めたまま、『人生勝ち組の陽太君にジェラシーを感じる愚民共』とか言い放つ陽太に、ふざけるなと一夏達が猛烈な抗議をするが、何を言っても『ハッハッハッハッ』で受け流すだけで一向に話を聞こうともしない。

 

「でも、伝説の操縦者である隊長と、織斑千冬の後継者である一夏と、この私がいればこの部隊、もう安心ですよね!!」

「「!!」」

 

 先ほどまでの言葉は、何とか受け流すことはできる。まあ陽太が調子に乗っているのは十分に大問題が………。

 だが、この言葉だけは聞き流すことはできない。

 目の色を変えてそう感じたセシリアとラウラは、思いっきりテーブルを叩いて立ち上がると、鈴を冷めた目で睨み付けた。

 

「ちょっといいかしら、新入りの方?」

「? てか、貴方達誰ですか? 数合わせの背景さん?」

「なんですってぇっ!!」

 

 挨拶もせずにいきなりそんなことを言われて笑顔で許せる人間はここにはおらず、そしてセシリアは勿論そんなことを言われて黙っていられる女ではない。襟首を捕まえて捻り上げようとするが、そこは隊の副隊長であるラウラが制止する。

 

「仮にもお前よりも先に部隊にいる者に対して、いきなりその態度はどうかと思うぞ、鳳鈴音(ファン・リンイン)?」

 

 『俺はいきなり殴られたんだが?』とラウラに心の中でツッコんだ一夏であったが、そんなラウラを鈴は鼻で笑い飛ばすと、激怒しているセシリア同様に心底小馬鹿にしたような態度で接する。

 

「じゃあ、アレですね。雑魚」

「ハァ?」

「雑魚の方ですよね。えっと………ドイツの言葉で雑魚ってどういんだっけ?」

「………キサマッ」

 

 ラウラの空気が一気に零下に突入し、のどかな筈の食堂は一気に戦場のど真ん中に豹変してしまう。

 すでに好感度は無くなり、敵対心を隠すこと無いセシリアとラウラに、未だに笑顔を崩さないまま、その目が笑っていない鈴。流石にこれはまずいと思った一夏が思い切って割ってはいる。

 

「な、なあぁ! これから一緒に戦っていこうって話し合いのためのミーティングの場で、乱闘はちょっとばっかりまずいだろ?」

「一夏ぁ~~~! この人達怖いよ~~」

「「!!」」

 

 だが、そんな一夏の苦労など微塵に気にすることなく腕にしがみついて、さも相手に落ち度があったんだと言い始める鈴に、一夏は小声で注意する。

 

「(オイ、鈴! いい加減にしろよ。これじゃあお前の立場が悪くなるだけだぞ!?)」

「(一夏の息がくすぐったい!………耳、弱いの…)」

「(やかましい! とにかくすぐに謝れよ!)」

「(やだよ~! どうして私が謝らないといけないの~)」

 

 舌を出しながら『あっかんべ~』と一夏だけでなく、セシリアやラウラにまでした鈴に、とうとう二人がブチ切れた。

 

「いい加減にしていただけません!! どうして初対面の方にここまで言われなくてはいけませんの!!」

「いくら教官が連れてきたメンバーとはいえ、とてもこれから命を預けて戦っていこうとは思えん!!」

 

 テーブルを思いっきり叩きつけて食堂を出て行くセシリアとラウラ。そんな二人を追いかけようとする一夏であったが、それをなぜだか鈴が腕を引っ張って呼び止めてしまう。

 

「邪魔な人達いなくなったし、さあ、ミーティング始めましょ!?」

「鈴っ! お前っ!!」

「いいからいいから! そうだ? 一夏ってISの操縦まだ不慣れなんだよね! 私が教えてあげよっか?」

「だからっ!」

 

 腕にじゃれ付いて離れない鈴の扱いに、心底困り果てる一夏。

 そんな二人の様子を、額に青筋を浮かべながら見つめていた箒は、未だに腕と足を組んで上に向かって鼻を伸ばしている陽太に、小声で話しかける。

 

「(オイ、火鳥………なぜ放置する?)」

「(言葉の前と後ろにサーを……)」

「(いい加減にしろ! キサマ、それでも隊長のつもりか?)」

「(………じゃあ、お前さんが部隊入ってよ。あの馬鹿(織斑弟)はまだ前線危なっかしいから、お前さん入ってくれれば、俺が助かる)」

 

 そこはかとなく勧誘してみる陽太であったが、箒はその話が出るたびに、不機嫌そうに断りの言葉を言い放つ。

 

「(私は誰とも組む気は無い)」

「(一匹狼さんね………クールな侍ですこと)」

「(それよりも、お前は…)」

「(見事な愛想笑いだな、アレ)」

 

 陽太が顎で笑いながら一夏にじゃれ付いている鈴の様子をそう指摘する。それは箒も感じていたことで、今の彼女の笑顔は、どこか作られた物的な無機質さがあり、まるで人形の仮面のように思え、かつて自分がそうなりかけていた経験を持つ箒は、直感的に鈴の二面に気がついてたのだ。だがそれに自分と同じように気がついていた陽太は何故鈴を止めないのか、それだけがわからず箒は再び彼に尋ねてみる。

 

「(まさかこのまま放置するつもりではあるまい?)」

「(そのまさか、と言ったらどうする?)」

「(お前………それでは)」

「(とりあえず今は様子見だ。まあ、大体なに考えてんのかは検討つくがな)」

 

 そう自信を持って言う陽太の態度に、箒は今一つ半信半疑な気持ちを拭えずにいるのだった。

 

 

 

 

 

 

 





ブリッ子する鈴さんっていうのも、ちょいと難しいな。

次回、騒動は更に加速します。


追伸、主人公にイラッと来るのはフゥ太もですw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

中華娘、荒れさせる

リアルでゴタゴタしてしまい、更新が遅れたこと申し訳ありません。


てか、上手いサブタイ考え付かんなw




 

 

 

 

 鳳鈴音(ファン・リンイン)の転入から早三日。その三日で彼女という人間が一見するとどういう人間か、周囲の女生徒達が判断するには十分な時間であった。

 組の方こそ陽太達とは違い、隣の二組に編入することになったが、それがまたしても騒動の火種になる。

 

「中国から来ました、鳳鈴音(ファン・リンイン)です」

 

 珍しい時期での編入ということもあり、二組の女生徒達はこの中国からの転入生に対し、様々な好奇な目で観察するように鈴を見続ける中、次の発言が彼女のクラスでの立ち位置を決めてしまう。

 

「あ、なんか地味な人達ばっかりですね。私も一組が良かったな~~~………がっかり」

 

 教室内の女生徒達が凍り付く。隣にいた担任の教師も凍り付く。おそらくこの場に一夏がいれば同じように凍りついただろう。

 だが、そんな周囲の状況もお構いなく、鈴は自分の席に着席すると、ニコニコしながら教科書を開き『先生、授業を始めてください』と催促する。我を取り戻した教師が空気を改めるように授業を始めるが、二組の女生徒達の好感度皆無の冷めた雰囲気はとても払拭できるものではなかった。

 そして担任が授業を終了させ教室から出て行った後、何人かの女生徒が鈴に一言物申してやろうと席を立ち上がる。

 

「ちょっと今、時間いいかしら?」

「あ、ごめん。私、貴方達と違って忙しいんだ」

「なっ!?」

「待ちなさいよ!」

 

 鈴の発言に噛み付こうとする女生徒の間をすり抜け、彼女は一目散に教室を飛び出すと一組に飛び込んでいくのが声だけで判断できた。

 

『一夏ぁ~~! 会いたかったよぉ~!』

『ちょっと鳳さん!? さっき分かれたばっかりでしょうが!?』

『一夏ぁ~~~!!』

『このセシリア・オルコットの話を、少しは聞きなさい!!』

 

 声だけで一組の状況が二組の生徒達にも伝わってくる。聞けば男子生徒の織斑 一夏の幼馴染で、それを口実に事ある毎に彼に擦り寄っているというのだ。しかも、もう一人の男子生徒の火鳥 陽太には下手に出ることで上手く取り入っているとのこと。

 男に媚を売り、同姓を明らかに馬鹿にしたかのような態度、これでは誰しもが彼女に嫌悪感が湧き上がっても仕方ない。

 

「ちょっと調子に乗りすぎだよね」

「ホントよ。自分が代表候補生で専用機持ちだからって、お高く止まってんじゃない?」

「しかも、火鳥君に取り入って、千冬様に点数稼いでるって話じゃない?」

「どうしたら、そんな見境のない真似できるのかしら?」

 

 そんな嫌な噂が音速よりも早く校内を駆け巡り、結果クラス内外問わず、露骨に鈴は女生徒達から煙たがられる存在になってしまったのだった。

 

 

「はぁ~~」

 

 そんな噂が広まっていることを三日目にしてようやく知った一夏は、昼休みの中、深い溜息をつきながら机に突っ伏した。

 衝撃の再会から三日立っても、鈴のあの様子には慣れることもない一夏は、ひたすら続く鈴の甘えっ子アタックにどうすればいいのか判らず困惑しっぱなしであった。しかも鈴の熱烈アタックには際限がなく、個人的なISの操縦訓練はもちろん、部隊の連携訓練でも、寮に帰っても続いており、しまいには一組の女生徒からも時々苦情が来る始末。

 誰かに相談しようにも、箒やセシリアやラウラに彼女の名前を出すだけで、露骨に殺気を放ちながら表情を引き攣らせる為、怖くてそれ以上問いただすこともできない。

 陽太にもさり気無く話を振ってみたが、千冬から貰ったIDを眺めながらご満悦層に『言葉の前後にサーを付けながら敬礼して話しかけろ』とか鼻を天高く伸ばしたまま言ってくる姿にイラッときて、相談する気が失せてしまう。

 かといって千冬や山田先生に相談しても、教員には非常に利口な態度と言葉で話してしまい、反省させることは出来ない。

 

「あっ、そうだ………」

 

 こういうときに頼りになるかもしれない人を思い浮かべた一夏は上半身を机から起こすと、周囲に鈴がいないことを確認し、コソコソと教室を抜け出していく。

 

 そして、辿り着いた先、『保健室』と書かれたドアを軽くノックして、中にお目当ての人物がいるのかどうか確認すると………。

 

「ハイ、どうぞ」

「失礼します、カール先生」

 

 IS学園において貴重な『男』の先生である、カール・テュクスがカップにコーヒーを淹れながら、笑顔で一夏を迎え入れるのだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「なるほど、ソイツは大変だな~?」

「人事だと思って軽く言わないでくださいよ、カール先生」

 

 

 『ハハハッ、すまないすまない』と軽い口調で謝りながら、一夏に淹れたてのコーヒーを渡すカール。湯気と共に立ち昇る鼻孔をくすぐる薫りに一夏は満面の笑みを浮かべながらカップを受け取ると、口をつける。

 

「!?」

「砂糖二杯とミルク入りで丁度の好みだね?」

「なんで解ったんですか?」

「顔を見るとだいたいの好みがわかるんだ。私の数少ない特技さ………これで妻と千冬を口説いたんだからね?」

 カールの何気無い一言にショックを受けた一夏が口に含んだコーヒーを吹き出してしまう。そんな様子を楽しそうに眺めながら、むせながら咳き込んでいる一夏の無言の睨みに、カールは素知らぬ顔で訂正を加えた。

 

「千冬を口説いたのは冗談だが、妻の事は本当だよ」

「ご結婚されてたんですか?」

「でなければ、こんな少女逹の園に、中年男が単身で保健医なんて出来ないさ。それとも君は私が実は男色家で、君や陽太君を狙っているとか思ってるのかい?」

 

真剣な表情で咄嗟に距離を取る一夏の姿に苦笑しつつコーヒーに口をつけたカールは、彼に何気無い疑問を投げ掛ける。

 

「鳳君の事と同じことだよ」

「?……それってどういう意味なんですか?」

「君はこの場に来て私に『彼女の行動を改めさせるにはどうすればいいか?』と相談しに来たんだろう?」

「………はい」

「だから同じさ………今、必要なのは『どうすればいいか?』でなく『何故そうなったのか?』ではないのかい?」

「!?」

「知らなければ対処のしようもない。知ることでその人となりというものも見えてくるはずだ。まずは君がどうするかではなく、彼女がどうしてそういうことをしてくるのか、知るところから始めてみてはどうだい?」

 

 何故だろうか、一夏は目尻に涙が溜まりそうな気持ちでいっぱいになる。

 思えば、千冬(あの人)とか陽太(アイツ)とかは突き放す言い方ばかりで、最後の結論はほとんど『自分で考えろ』と、相談をしてもあまり要領が得ないことが多い中、丁寧に自分に諭してくれる大人な雰囲気といい、柔らかい物腰といい、それでいてユーモアも忘れないカールに一夏は尊敬の眼差しを向ける。

 

「まあ、私の予測できる範囲でいいのなら、少し話をしても………」

 

 そんな一夏に自分が知りうる限りの情報をカールが教えようとした時、突如廊下側から複数の女子生徒の驚く声と怒鳴り声が保健室の中にまで聞こえてきて、一夏とカールは怪訝な表情のままドアを開いて廊下側に顔を出す。

 

 怒り心頭な表情な三人の女子生徒と、そんな三人をニコニコと笑顔で見つめる鈴………また何か鈴がやらかしたと直感した一夏が声をかけた。

 

「オイ、鈴~~」

「あ、一夏!! もう、探したんだぞコイツ?」

「真剣に似合ってないから止せよ………てか、どうしたんだ?」

 

 自分のほっぺたを人差し指で押してくる鈴をとりあえず放置し、一夏は出来うる限り穏便にこの場を取り持とうと、引き攣ったまま笑顔で鈴を睨み付けている三人に問いかける。

 

「あ、あのさ、またコイツが何か余計なことを言ったみたいでゴメ・」

「織斑君に謝ってもらっても仕方ないのよ!」

「私達はこの人に頭を下げてほしいの!!」

「貴方は引っ込んでなさい!」

 

 正論だ。何も関係のない自分がいきなり来て頭を下げた所で腹の虫が収まるわけはない、という女子三人の気持ちが痛いほど理解できる一夏であったが、これ以上鈴とクラスメート達の溝が深まるのを黙ってみているのも忍びない。

 一夏は思い切って鈴のほうに問いかけてみた。

 

「お前、また何言ったんだよ?」

「別に~~、ホントのこと言っただけだよ」

「?」

「この人」

 

 いきなり真ん中の女子を指差し、指を指された女子はより一層眉間に皺寄せて鈴を睨む。

 

「ウチのクラスの代表なんだけど、ぶっちゃけ大した事ないから私に代わりなさいって言ったの」

「なっ!」

「いい加減にして! ちょっと腕に自信があるからって、何でも自分の思い通りになると思ってるの!?」

「別に? 強い人間が代表になる方がいいじゃない?」

「それがふざけてるって言ってるのよ!」

「私、真面目だもん。弱い貴方に代表させるほうがどうかしてると思わない?」

「………貴女ね」

 

 いよいよ女子生徒が血走った眼で握り拳を作り出すのが見えた一夏は、流石にこれは鈴が悪いと判断して頭を下げさせようと真剣な表情で鈴を嗜める。

 

「鈴、今回はお前が悪い。だからあや・」

「じゃあ勝負する?」

 

 そんな一夏を無視して鈴がとある提案を三人の女子に出す。

 

「勝負ですって!?」

「そう。貴方達三人と、私と一人で勝負。国家代表候補生で専用機持ちだしさ。それぐらいのハンデはないとね♪」

 

 今度こそそれが引き金になった。パンパンに膨らんだ鈴への不満が一気に爆発し、女子生徒たちを即決させる。

 

「いいわ! 私が負けたらクラス代表でもなんでもあげるわよ!」

「ただし私達が勝ったら、この学園からアンタ去りなさいよ!」

「絶対に追い出してやる!!」

「ハイハ~イ。では決定ね~」

 

 余裕たっぷりの軽い返事をした鈴がそのままアリーナに向かって歩き出す中、驚愕の事態に置いてけぼりを食らっていた一夏が再起動し、鈴に走って追いつくと、彼女の手を掴んで必死な表情で説得しにかかる。

 

「オイ! 鈴!!」

「どうしたの一夏?………そんな必死な表情で……あっ」

「?」

「ちょっと待ってよ、一夏………私だって初めてなんだから、そんな、いきなり興奮されても…」

「何を勘違いしてんだよ!!」

 

 頬を紅潮させた鈴が上目遣いで自分を見てくる姿に、一夏はすばやく頭をはたいてツッコミを入れる。叩かれた鈴は頭を摩りながら、さすがに取り繕うことなくジト眼で一夏を軽く睨むのだった。

 

「どうしたのよ?」

「どうしたのよ? じゃねーよ! お前、本気で三対一で戦う気か?」

「うん、そうよ」

 

 まったく戸惑いも動揺も迷いもない鈴の様子に、一夏は今度こそ天を仰ぐ。

 いくら代表候補生で専用機持ちとはいえ、数で上回る相手に本気で勝てると信じているのだろうか? しかも相手の様子から、手加減してくれる可能性など皆無。正面切って本気で鈴を潰しにかかってくることは必至である。しかも負けようものなら鈴がこの学園から追い出されてしまう。こんな重要なことをコンビニに買い物行ってくるかのように軽く決めてしまう鈴の考えが、今の一夏には信じられないのだった。

 だが、当の鈴のほうはというと、まったく動揺する素振りも見せず、鼻歌交じりでそんな一夏の様子を面白そうに観察していた。

 

「もう、心配してもらわなくても結構よ。こういう『扱い』には慣れてるんだから」

「慣れてるって……!!」

 

 そしてその時になって一夏は初めて気がつく。

 鈴の表情が先ほどまでとは全然違う、自分が知ってる鈴のものとも違う、厳しい表情をした鈴がそこに立っていた。最近の鈴からは考えられないぐらいの大人びた表情に、言葉を詰まらせた一夏の横を通り過ぎ、アリーナの更衣室に向かう鈴。

 

 別れて二年、自分が知らない場所で、どんな生活を送っていたのだろうか?

 カールの言った通り、自分は今の鈴のことをいまだまるで理解できていないことに気がついた一夏は、ただ呆然とその場に立ち尽くしてしまうのだった………。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 音速で決定した鈴と二組クラスメートとの変則マッチであったが、まず二つの問題を抱えていた。

 決闘の許可、決闘する為の場所の確保。この二つをどうするのか? ひょっとしたらどちらもどうすることもできずに両者が頭を冷やしてくれるのだろうか? そんな淡い期待をしていた一夏であったが、それすらも鈴の『学園での評判』が木っ端微塵にしてくれる。

 

 場所に関して、他のクラスの人間が使用するハズの第四アリーナで行われることが決まった。鳳鈴音(ファン・リンイン)をへこませるため! と二組の女子が発言すると、『よし! やってやれ!』ととても男気溢れた返答と共に快く場所を譲ってくれたのだ。どうやら彼女の悪評はすでに一組、二組だけではなく学年中に広まっているようであった。

 そして決闘の許可に関して、なんと二組の担任が立会いの元、行おうということになった。一夏としては『担任ならやめさせろよ!』と思ったのだが、青筋をいくつか作りながら頬をピクピクしつつ鈴を睨む担任の姿に、どうやら数日間で彼女の鈴に対しての印象も最悪なものになっていたことに気がつき、更に頭を抱えることになる。

 

 こんな時に頼りになるハズの千冬が外出中のため捕まらず、一組の副担任の真耶にも頼んでみたが、二組の担任の血走った目元を見た瞬間、『私では力になれそうにありません』と涙目で逆に訴えられた。聞けば普段から度々教師の威厳がないとか真耶に説教をかましているとかいないとか………。

 

「モグモグ………俺のいない所でそんな事になってたのか」

「………テメェな」

 

 アリーナの観客席において、自分の隣でヤキソバパンを頬張りながら他人事のように言い放つ陽太に、一夏は怒りを隠さずに睨みつけるが、何処吹く風かと一夏の様子を無視し、すでにスタンバイしている三人の女子の様子を見る。

 

「ほうほう、遠中近と、見事に獲物揃えたな」

 

 空中で浮遊している展開状態のISは、第二世代ISのラファール二機に打鉄が一機。それぞれの武装が、ラファール二機が両手持ちのアサルトライフルとトンファー持ちという取り合わせと、残ったクラス代表の女子生徒が纏った打鉄は、その手に十文字の槍を携えていた。

 

「ありゃ、本気(マジ)で鳳を潰す気だな」

「なんでそんなのがわかるんだよ?」

「見た通りだろ。トンファー持ちが切り込んで、アサルトライフルで足止めして、トドメに槍で一刺し………忠実(セオリー)に則った戦術だ。やられた側はたまらんがな」

 

 サラッと説明する陽太であったが、聞いた一夏の顔色が明らかに悪くなる。当たり前だ。鈴はこの勝負で負けたらこの学園を去ると宣言しているのだ。そして女子生徒達が手加減してくれる可能性はもはや皆無。ここに来て、やはり止めるべきだったという後悔が一夏に襲い掛かるが、隣にいる陽太は紙パックのコーヒー牛乳をストローで吸いながら、冷静に勝負前からどちらが勝つのか大体の見当をつけていた。

 

「まあ、それでも鳳が勝つぞ。100%とは言わんが、下手打たないなら大体9割方な」

「へっ?」

「そういやお前はアイツのISのこと知らされてないんだったな………まあ、かく言う俺もスペックデータでしか拝見してないが………来たか」

 

 陽太が女子達とは逆方向の空域を見た。

 アリーナのカタパルトから飛び出てくる、濃い紫色のカラーリングの機体………両肩に非固定浮遊砲台と大きな三角のバインダーを付けられ、膝のウイング、四つのアンテナのようなものが付いた紫色のバイザーが特徴的なISを装着したのは、金色の留め金で止められた艶やかな黒色をしたツインテールの少女、鳳鈴音(ファン・リンイン)であった。

 三人の少女達は初めて見る鈴の専用機に驚きながらも、不敵な笑みを浮かべる鈴の表情を見た瞬間、闘志を再び燃え上がらせる。

 

「それが、アンタの専用機?」

「中国が大金注ぎ込んで作った機体なのに残念ね。データもろくに取ることなく本国に送り返されるだなんて」

「どうなの? 謝る気があるのなら、やめてもいいわよ」

 

 女子達の分かり易い挑発。そんな挑発を鼻で笑い飛ばすと、鈴は可愛らしげに首を傾けると三人に向けて高々と言い放つ。

 

「ごめんなさい。私、貴女達と違って忙しいの。上手に手加減してあげるから、とっとと始めて終わらせましょう?」

 

 『この女(アマ)!!』と三人の無言の言葉が、遥か下の地上にいるハズの一夏にすら聞こえた気がした。

 もうこうなると思い残すことはない。容赦なく叩き潰して中国に強制送還してやると意気込んだ女子三人と、余裕シャクシャクな鈴が規定位置まで下がる。

 

 距離5メートル。競技用の正式な試合開始を行うための距離を取った両者。

 

『それでは両者、試合を開始してください!』

 

 ビーッとブザーが鳴り響き、同時に両者が動いた。

 まずはセオリー通りにトンファー持ちが切り込んで、鈴が回避した瞬間に射撃担当が足止めしようとアサルトライフルを構える。

 だが、その目論見が一瞬で砕けるのを見た一夏が驚愕し、隣で陽太は冷静に解説を加えるのだった。

 

「よぉく覚えとけ織斑弟。速度は時に戦術を根幹から破壊する………時があるってな」

 

 濃い紫色のカラーリングを中心とした装甲が変形し、背中の装甲が180度折り返して戦闘機の先端と化し、両サイドの肩に当たる部分に非固定浮遊部分(アンチロック・ユニット)に存在しているバインダーが主翼になり、両足のスラスターは凄まじい勢いで機体を加速させ、トンファー持ちが反応する暇もなく、鈴は一気に相手の射程距離外まで離脱するのだった。

 

 驚愕に固まる女子生徒達であったが、そんな三人の間を、戦闘機形態に変形させたISで鈴はソニックブームを引き連れて通り抜ける。まるで女子生徒を嘲笑うかのように………。

 

「きゃああああっ!」

 

 衝撃波によって体勢が崩れる三人。幸いにもシールドエネルギーは削られなかったが、鈴は再び遥か遠くまで逃げられてしまう。

 そこへアサルトライフル持ちの女子生徒がやぶれかぶれでライフルを同時斉射するが、鈴の動きをまるで捉えることはできず、鈴は悠々と大空を駆け抜けていく。

 

「しっかり狙いなさいよ!」

「何ですって!?」

 

 一向に掠らせる事もできない女生徒に業を煮やしたクラス代表の女子の言葉に、ライフル持ちの女子が眉間に皺を寄せて抗議する。

 

「だったら、貴女がなんとかしなさいよ!?」

「貴女が足止めしてくれないと、私の装備じゃどうしようもないじゃない!?」

 

 形勢が不利になった途端に喧嘩を始める三人に、鈴は呆れながら通信を入れる。

 

『アンタ等、私に喧嘩売っといて、勝手に別の喧嘩し始めるじゃないのよ!!』

「なっ!?」

 

 両肩の非固定浮遊部分(アンチロック・ユニット)の『龍咆』の砲口が開く。それが何なのか判断する暇もなく、トンファー持ちの女子のラファールが被弾する。

 

「キャアッ!?」

「な、何だよアレ!?」

 

 地上でその光景を見ていた一夏が驚きの声を上げるのも無理がない。気がついた瞬間に、女生徒のラファールの装甲が勝手に弾け飛んだようにしか見えなかったのだから。

 何が起こってるのかまるで理解できていない一夏を見かねたのか、陽太がそんな彼に分かり易く説明をしてくれた。 

 

「衝撃砲だな。空間に圧力をかけて、衝撃を砲弾にして飛ばす………当然、飛んでるのが衝撃だから目に見えるわけない」

「………空気鉄砲?」

「正確に言うと違うが、お前にしては悪くない発想だ」

 

 一夏にしては悪くない着眼点である。空気を衝撃の伝達に利用している以上、飛んでいるのは「空気」そのものと考えるのは間違いではない。陽太が珍しく一夏の勘を褒めていたところであったが、上空の勝負は一方的な終局を迎えようとしていた。

 

 鈴のIS『甲龍・風神(シェンロン・フォンシェン)』の衝撃砲は、ISのハイパーセンサーを持ってしても捉える事は難しく、連射されれば逃げることすら困難な代物であったのだ。

 すでに三機ともこの僅かな短時間でシールドエネルギーのゲージは一桁に突入し、その表情も先程までの勝気なものは消え失せ、恐怖に引き攣っている。すでに先の見えた勝負であるが故か、それともこれ以上の無駄な恐怖を与えないでおこうという慈悲か、鈴はISを人型に変形させ、両手に大型の青龍刀『双天牙月(そうてんがげつ)』を取り出し、三機をすれ違い様に斬り飛ばし、アリーナの掲示板に高々と『鳳鈴音 WIN!』と表示されたのだった………。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「ええっ~!? クラス代表になっちゃダメなんですか!?」

「違う。代表してもいいけど、部隊の方もサボらない、対オーガコア用の専用機も使わない、って条件が飲めるんなら別に構わないってだけだ」

 

 決闘後、アリーナの観客席に意気揚々とやってきたISスーツ姿の鈴であったが、そこに待ち構えていたのは陽太からの賛辞の言葉ではなく、衝撃の『クラス代表しちゃダメ』発言だったため、思わず裏返った驚きの声をあげてしまった。

 

「一応、エロ下着代表と織斑弟は代表候補に上がってたが、そういった理由で辞退して、一組は別の人間がクラス代表してる」

「私、聞いてませんよ!」

「聞かれてないからな。まあ、織斑弟に関しては正直、クラス代表なんてしてる暇が一ミリもないのが現状だな」

 

 『なあ、五流の中の三流(ぺーぺーのぺー)?』と鼻で笑い飛ばされて当然面白くない一夏であったが、確かに対オーガコア部隊員となり、毎日をIS操縦やら部隊連携の取り方やらの猛特訓に、元々不足がちの学業のための勉強などもしているため、正直クラス代表等に割く時間はないに等しいのは正解であったため、辛うじて面白くなさそうな表情を作るだけに留める。

 

「だから鳳も、どうしてもクラス代表したいって言うなら構わないが、この二つの条件は絶対に飲め。てか特に後半は重要だぞ。競技に対オーガコア用ISを使うなんて、カートのレースでF1使うぐらいの暴挙だしな」

「なるほど………わかりました」

 

 陽太の説明に納得してくれたのか、若干残念そうに肩を落とした鈴は、ちょうど自分に向かってバツの悪そうな表情をしたまま近づいてくる三人の女生徒達に気がつき、笑顔のまま近寄っていく。

 

「あ、あの………」

 

 中央のクラス代表の少女が、複雑な心境ながらも見事自分に打ち勝った鈴にクラス代表の座を明け渡そうと直接口にしようとした時だった。

 

 近寄ってきた鈴は開口一番、信じられないことを口走る。

 

「あ、やっぱりクラス代表はいいや。貴方達でお願いね!」

「「「……………はぁっ?」」」

「いや~~~、ごめんね! なんか私、条件的になっちゃいけないことになってたみたいで………それ知らなかったの」

 

 その表情、仕草、そしてこの言葉。少女達は理解する。

 目の前の少女は、人の心なんてまるで理解できない人間なのだと………。

 

「アンタ………フザけんじゃないわよっ!!」

「他人の………私達のこと、クラスのこと、何だと思ってるのよ!!」

「特別だから勝手にクラス代表になれて、特別だから勝手に辞めてもいい? いい加減にしなさいよ! 他人の努力とか頑張りとかを笑い者にしたいんなら、他所でやって!」

 

 クラス代表の少女が最後に泣きながらそう言い放つと、三人の少女達は泣きながらその場を走り去ってしまう。

 三人がアリーナから飛び出て行くのを見送った後、一夏は真剣な表情で鈴の前に立つと、背後に憤怒のオーラを浮かべたまま、鈴に問いかける。

 

「………さっきのこと………本気で言ったのか?」

「どうしたの一夏? そんな怒った顔したままじゃ良い男が台無し・」

「そんなことはどうでもいいんだよっ!!」

「一夏………」

 

 ついに声を荒げて、一夏は鈴の両肩を力一杯掴むと、鈴を睨み付けたまま言葉を続けてしまった。

 

「お前、いつからそんな自分勝手なやつになっちまたんだよ!」

「……………」

「昔のお前は、強引で訳判んないことでよく怒ってたけど、そんな風に誰か傷付けても笑ってる奴じゃなかった!」

 

 感情任せに言葉を鈴にぶつけ、一夏はその場を走り去っていく。彼の背中を無言のまま見送る鈴と、走り去っていった一夏を交互に見つめていた陽太も、しばらく鈴の方を見続けた後、やがて一夏の後を追うようにその場を立ち去ってしまう。

 

「……………訳判んないか」

 

 後に残された鈴はというと、力が完全に抜け切ったようにその場に座り込むと、両膝を抱え額と合わせながら、誰にも聞こえない声でポツリと呟く。

 

「…………そうよね。私も訳判んないよ……どうして私、ここでこんな事ばっかりしてるんだろう?」

 

 誰にも言えない本音、誰にも分かってもらえない行動。それらを抱えた本当の姿を誰にも見せられない彼女は、ただ黙ってその場で力無く蹲る事しか出来ずにいるのだった………。

 

 

 

 

 




次回、意外な人物が鈴に近寄ることになります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

中華娘、窮地に立たされる


う………


更新が遅れた上に、今回はちょっと話の流れがダメかも…



 

 

 

 

 

「まったくまったくまったく………たまったものではありませんわ!!」

 

 IS学園の廊下を思いっきり足音を立てて歩く、栄誉あるイギリス代表候補生であるセシリア・オルコットの機嫌は、この一週間で常に最低に落ち込んでいた。

 それもこれも中国の代表候補生の鈴が現れてからである。

 自分たちに舐めた口を利く、クラスメートに露骨に喧嘩を売る、男子生徒と教師陣には媚を売って点数を稼ぐ。

 そして先日行われたクラス代表を賭けた決闘騒ぎである。あの日、決闘に見事勝利したものの、彼女は興味が失せた途端に代表の座を投げ捨てるような真似をしたため、その噂が学年に留まらず学園中に広まり、鳳鈴音(ファン・リンイン)の評判がついに過去最悪の代表候補生になっただけに飽き足らず、『代表候補生っていう女共は全員お高くとまってる鼻持ちならない奴等』などというレッテルが候補生全員に張られてしまい、廊下を歩くだけでセシリア達、他国の代表候補生までもが陰口を叩かれることも少なくなかった。おかげで小用で廊下を歩くだけで嫌な視線を受けるハメになったセシリアとしては本当にたまったものではない。

 たった一人の素行の悪さが全体の評判を落とすなど本来はあってはならないことなのだが、こういった『感情』の問題に関しては、IS学園の少女達も年頃の娘であり、理性では自制しきれない部分が露骨に湧き出てしまった。ましてや代表候補生は同じIS学園の生徒ながら専用機に始まる数々の特権を受けているため、元々水面下で燻っていた不満が爆発した形でもあった。

 

「私の手元にブルーティアーズがあれば、あんな小娘など、ものの数秒でケチョンケチョンにして差し上げますのに………」

 

 そういって不満そうな表情を浮かべるセシリアは自身の左耳に手を当てる。そこにはいつも肌身離さず取り付けているはずのイヤーカフスは存在していない。例の対オーガコア用ISへの強化改修のために数日前から一時的に千冬に預けているのだ。そうでなければとっくの昔にブチ切れたセシリアと鈴との決闘(タイマン)に発展しているところであった。最も、流石に隊員同士のガチンコにもなると、隊長………は止めない代わりに千冬が割って入ったであろうが………。

 

「もう………しかし強化改修の方はどのような仕上がりになるのかし・」

 

 ドオンッ!! という凄まじい轟音が校舎を揺らし、周囲にいた生徒達が一斉にパニックになる。

 

「きゃぁぁぁぁぁ!」

「な、なに? なんなのよ!?」

「また例の暴走IS?」

 

 女生徒達のその言葉に我を取り戻したセシリアは、廊下をダッシュで走り抜け、一目散に屋上へと通じる昇降階段を駆け上がる。

 

「セシリアッ!」

 

 途中、背後から同じく騒ぎを聞きつけた一夏とラウラ、そして鈴が追いついて来る。ただセシリアとしては鈴の姿はできれば今は拝みたくなかったが………。

 

「先ほどの轟音、まだ状況は確認できていないがオーガコアの可能性がある! 陽太との連絡は!?」

「駄目だ、プライベート・チャネル(個人間秘匿通信)にも出ない!」

 

 副隊長のラウラが状況確認の連絡を陽太へと繋げようとするが、一夏は白式から通信(連絡を即座に入れれるよう、ラウラとセシリアが付きっ切りで通信手段を叩き込んだ)を陽太に入れるが、一向に彼から返事が返ってこない。

 

「もしや、陽太さんの身に何か!?」

「この時間、アイツいっつも屋上で昼寝してるからな………ひょっとしたら」

 

 鈴を除いた三人の間に嫌な汗が流れる。陽太の強さを間近に見ている三人としては、よもや陽太が敵に返り討ちにあったなど信じられないし、仮にそうだったとしたら、とても今の自分たちだけでは対処できない。

 そんな三人の嫌な考えが渦巻く中、昇降階段を駆け上がった先、屋上へと通じる非常口が見えた時、そこに一人の女生徒が立ち尽くしているのが見え、一夏が思わず声をかける。

 

「箒?」

「一夏か………ああ、いや…」

 

 箒が明らかに何か動揺しているのを感じた一夏は、ひょっとして屋上がすでにとんでもない事態になっているのではと思い、屋上に飛び出す。

 

 ―――デカイ人参が屋上の貯水タンクに突き刺さり、破裂したタンクから吹き出た水が綺麗な虹を作っていた―――

 

「………はい?」

 

 確かにとんでもない事態………には違いないのだろうが、何だか一夏が想像していたとんでもなさとは違っていたためか、思わず間抜けな声が漏れる。

 

「なに………アレ?」

「………さあ?」

 

 一夏が箒に問いかけるが、彼女とてアレが何なのか答えられようもない。見れば背後の三人も鳩が豆鉄砲を食らったかのように口をぽか~んと開けて固まっていた。

 

 とりあえず、目の前の人参が何なのかと一夏が半ばあきれながら観察する中、貯水タンクの下のコンクリートの屋上に、〇つ墓村の遺体の如く見事に二本足を天に向かって垂直に伸ばし、上半身がコンクリートの瓦礫に埋れている人物の姿が目に入り、慌てて駆け寄る。

 

「よ、陽太!?」

「大丈夫ですの!?」

「一夏、引っ張りぬけ!!」

 

 ラウラの号令の元、そばに駆け寄った一夏とセシリアが両足を掴んで、サツマイモの芋づるを抜くかのごとく一気に引っこ抜く。

 中から大量の埃をかぶりながらも頭から流血一つ出さずに無傷のままで現れた陽太を、一夏は両肩を揺さ振り、彼の意識を戻そうと必死に呼びかけた。

 

「陽太っ! おい、陽太!!」

「…………ハッ!?」

 

 閉じられた瞳が開かれ、一瞬だけ寝ぼけたような表情になった陽太は、遅れてきた頭痛のために頭を抱えて蹲る。

 

「痛ッ!………てか、なんで……俺は昼寝してて………」

 

 段々と痛みと共に覚醒していく意識を手繰り寄せ、陽太が状況を把握しようとした時、徐に貯水タンクに突き刺さった『人参』の一部が『開かれ』、中から階段が自動で降りてきて、屋上にペタリと着地する。

 

「………間抜け面をして昼寝をしている暇があるのなら、少しは『束様』の役に立とうという気概が貴方にはないのですか?」

「!? その声はっ!?」

 

 巨大な人参みたいなロケットの中から聞こえてきた幼い少女の声とシルエットに、陽太は一瞬で状況を理解し、そして激怒する。

 

「テメェッ! 俺をその悪趣味ロケットの下敷きにする気だったな!?」

「束様のロケットが下賎の土に汚れないように心掛けただけですから…………チッ、しかしまだ生きているだなんて……」

「ゴルァ!? てめぇ、本音漏れてるぞ、『くー』!!」

 

 陽太の怒鳴り声に皆が困惑する中、姿を現す幼い少女。長い髪に明らかにサイズがあっていない伊達眼鏡をつけ、大人用の白衣を羽織って裾を引き摺りながらスタスタと階段を降り、腕を組みながら陽太を睨み付けたのだった。

 

「まったく………その汚らわしさはますます磨きが掛かっていますね、火鳥陽太?」

「いちいちフルネームで呼ぶな。てか、今日は何しに来たんだ? 束はどうした? まさか俺の様子を見に来たついでに亡き者にしようなどと企んでるわけじゃないだろうな?」

「貴方の相手などしにきたわけではありません」

 

 陽太の問いかけを短く切って落とすと、目当ての人物を見つけたのかくーは急ぎ足でその人物の前に駆け寄ると、丁寧に服の両裾を広げてお辞儀をしながら挨拶をする。

 

「お初にお目にかかります、箒様」

「えっ?」

 

 昇降口の前で呆然と立ち尽くしていた箒は、突然の挨拶にどうすればいいのか判らず、困惑しながら目の前の少女に問いかけた。

 

「お、お前は………やはり」

「はい! 箒様の姉君でいらっしゃる『篠ノ之 束』様にお仕えさせていただいております『くー』でございます。短い期間になりますが、この学園にいる間、何なりとわたくしめにおっしゃってください」

「いや、こちらこそ………よろしく頼む」

 

 おっかなびっくり箒がお辞儀をし返すのを笑顔で見た後、くーは昇降口を上がってくる人物に一瞬だけ鋭い眼差しを向けると、再び丁寧に頭を下げる。

 

「………お久しぶりでございます。織斑………千冬様」

「久しぶりだな、くー」

 

 いつもの鉄火面で幼い少女を見る千冬と、敵意というほどではないが好意的とは言い難い目で見つめ返すくー。

 そんな両者の微妙な空気が気になったのか、一夏が小声で陽太に問いかけてみる。

 

「な、なあ………さっきから何が起こってるのかさっぱり判らねぇーんだけどさ、あの子と千冬姉って知り合いなの?」

「さあ? 俺は実際に話してるとこ見たことないけど、くーの奴は束に四六時中引っ付いてたし、千冬さんも何度か束のラボに来てたから、顔合わせてても不思議じゃない」

「てか、お前!? 束さんと知り合いだったのか!! 初耳だぞ!!」

「話してなかったか?」

「ない!!」

「………そうだっけ?」

 

 と、暢気に話をしている二人であったが、突然、くーがポケットから彼女の手の平に乗るサイズの小さなボタン付きの装置を取り出し、スイッチを押す。すると装置の先端からレーザーが射出され、屋上に直径3m近い透明な長方形のケースが二つほど現れたのだった。

 

「千冬様が束様にご要望された物でございます」

「ああ、確かに………」

 

 ISを用いずに量子化と再構築する技術に驚く一同だったが、透明なケースの中に収められていた物を見たとき、千冬とくーを除いた者達は更に驚愕することになる。

 

「IS!?」

「しかも、これは………」

 

 特に驚いたのはセシリアとラウラであった。なぜならば透明なケースに収められている機体、蒼と黒色のカラーリングに、どことなく自分達のISを髣髴とさせる形状をしていたからである。

 

「千冬様がお送りになられたデータを元に、束様が機体を一から改修されたのです。もっとも、この機体達には現在コアが内蔵されておりません。それゆえに待機状態にすることができず、このような形で持ってこさせていただきました………千冬様?」

「もうすでにブルーティアーズとシュバルツァ・レーゲンからは、コアの摘出は済んでいる」

「では早速、コアの移送と各機能の接続、そして調整をさせていただきます」

 

 すでに打ち合わせが済んでいたのか、流れるようなやり取りで会話する二人は、陽太と一夏の方を見ると、小さなコンテナほどのサイズもあるケースを運ぶよう指示を出す。

 

「織斑、火鳥、ISを展開してこの二機を運べ」

「えっ? ああ、わかった!」

「束様の作られたケースですから、核ミサイルを受けても大丈夫な強度を持っていますが、汚されますと私が我慢できないので絶対に落とさないでください」

「注文多いぞ! てか、運ばせるぐらいなら最初からラボの中で出せよ!!」

 

 ぶつぶつと文句を言いながらも一夏と陽太はISを展開し、ケースを持ち上げ、千冬の指示通りに運搬を開始し始めるのだった。

 その様子を一通り見ていた千冬は、自分の隣にいるくーに、今は遠い場所にいる親友の現状を聞いていみる。  

 

「くー………束は元気にしているのか?」

「あの御方の健康状態は私が毎日診てますのでその辺りは抜かりありません………身体の状態に関しては…」

「……………」

「正直に申し上げます、千冬様………私は貴女が許し難い」

 

 一瞬だけ表情が更に険しい物に変化したくーは、隠しても隠し切れない怒りの表情で千冬の方に振り返る。

 

「貴女様は私などよりも遥かにあの御方をご理解していらっしゃるはず! なのに何故、一緒にいてくださらないのですか! 何故あの御方をお独りにされるのですか!?」

「くー………」

「私は許さない………束様を置き去りにされた貴女も、理解せず異端扱いするこの世界も!」

 

 抑えきれない憤りを千冬にぶつけたくーであったが、すぐさま表情を直すと、千冬に頭を下げて自分の振る舞いを反省する。

 

「………申し訳ありません。出過ぎた事を言ってしまいました」

「いや………お前が本当に束を想っていてくれる事が解った。私の方こそすまない。お前と束に勝手ばかり言ってしまった」

 

 千冬が素直に頭を下げる姿に、くーは意外だったのか、どう対処すればいいのか判らず、あたふたしながら千冬に頭を上げるように懇願した。

 

「頭を上げてください千冬様!! 私なぞに頭を下げないでください!!」

「そういうわけにはいかない。それにお前は時々自分を卑下し過ぎだ」

「私はあくまでも束様に仕える従者に過ぎません。その分際で、束様の無二のご親友であられる千冬様に頭を下げていただくなどあってはならないのです!」

 

 あくまでも束の従者というポジションを貫こうとするくーは、それだけ言い残すとこの話題を打ち切り、ISコアの換装作業をしようと歩き出す。そんなくーを千冬は口元に微笑を浮かべながら手を高く持ち上げる。

 

「先に行ってもラボの位置がわかるまい。あとそれと………」

「?」

 

 ゴツンッ!

 

「痛っ!」

「屋上を荒らした罰だ。機体の改修が済み次第、ここも修理してもらうぞ!」

 

 いつも陽太をぶん殴るのに比べれば遥かに加減した一撃をくーの脳天に叩き込むと、涙目で睨んでくるくーに言い放ち、彼女を案内するように先に歩き出す千冬であった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 ボディの運搬が終わった後、作業を見学したいと言った対オーガコア部隊のメンバーや、整備科の生徒達であったが、

 

『私一人で大丈夫です! 千冬様以外の方は入室禁止です! 特にどこかの野蛮でガサツでクラッシャーな類人猿もどきなどもっての外です! 箒様も万が一の危険がありますのでご入室はお控えください!』

『誰が類人猿もどきじゃぁ! ボケっ!』

『!! なんという汚らしい口の利き方!!』

『ハッ! テメェの方こそ年上に口の利き方がなってないんだよ! 俺にも敬語使え、敬語をr・』

『黙れ』

『グフッ!』

 

 とのやり取りに、締め出しを食らってしまった………類人猿もどきだけは最後までくーと口論した挙句、千冬に首を180度回されるハメになったが………。

 

『とりあえずISは素人がいじれるものではないのは周知の事実だ。幸いくーの整備士としての技量は束の折り紙つきだから任せてもいい。ここは私達に任せて、お前達は通常訓練に戻れ。あ、後、この馬鹿は連れて行くように』

 

 そう言われ締め出しを喰らった一行は、ピクピクと痙攣しながら泡を吹いている類人猿もどきを引きずりながら退出する。

 地下に建設されたラボからエレベターに乗り込んだ一同であったが、ここまで完全に沈黙を守っていた鈴がおもむろに箒の方を見ると、ニコリと有効そうな笑顔を浮かべて箒に右手を差し出す。

 

「まさか貴女があの『篠ノ之 束』の妹さんとは思いませんでした~!」

「……………」

 

 少なくとも一夏が見ている範囲で鈴と箒が会話をしているシーンを見たわけではないが、一夏や陽太や教師陣のような口調で話していなかっただろう。しかも箒といえば姉の束のことを話題に出されるのが大嫌いだったハズ。

 一人戦慄しながら二人のやり取りを見つめる一夏であったが、差し出された手に対して箒もにこやかな笑顔を作って握手に応じてしまう。ただ目元だけが笑っていないのは誰の目からみてもあきらかであった………。

 

「火鳥や一夏に取り入った次は私とは、それも中国本国からの指示か?」

「!!」

 

 そんな中で発した箒の言葉は、鈴とセシリアとラウラの表情を瞬時に一変させ、無言のまま引きずられていた陽太であったが一瞬だけピクリと動かし、一夏だけはその手の事情に疎いためか、一人呆けたような表情になってしまったが。

 

「先日だったか、とある筋から気になる噂話を聞いたんだ………どうやら中国政府は先のアメリカ太平洋艦隊壊滅事件を気に、自国ブランドのISを世界に売り出すのに躍起になっていると………」

「……………」

「一つは世界初となる可変型IS。これはすでに実戦レベルで仕上がっているが、もう一つ目玉となるISの開発が進められている………」

「………やめて」

 

 俯いた鈴の肩が振るえ、そして必死に何かを隠そうとする言葉が彼女が飛び出た。だが、箒は冷めた表情のまま、彼女の隠された部分を一夏にもわかるように置き換えて暴露する。

 

「もう一つは『男性にも使えるIS』………そのための細かなパーソナルデータを一夏と火鳥から観測するのがお前の任務だ。相違ないな?」

 

それならば男子二人に露骨に取り入ろうとしたことも説明がつくというもの。息を呑む鈴の態度に箒と他の代表候補生二人は確信を得て、更なる追求をしようとした時、鈴は涙目になりながら一夏に助けを求た。

 

「一夏っ! 私そんなつもりなんて全然無いよ。一夏、信じて!」

「えっ!?」

「騙されるな一夏。その女はお前の昔なじみであることを理由に選ばれた女だ。それに証拠もある」

 

 有無も言わさぬ迫力で鈴に近寄った箒は彼女の右腕を捻り上げる。するとそこには制服の裾に隠れているが、白い金属状の腕輪が存在し、箒はすぐさまそれを鈴から取り上げ、一夏の前に突き付ける。

 

「これで一夏の詳細な身体データを採取していたな? ただのアクセサリーだと主張するならこれを整備科の連中に見せればいい。もし違うのならば何も怪しいデータは出てこないはずだからな」

「チッ!」

 

 小さく舌打ちしながら箒を睨み付ける鈴。よもやここまできて取り入ろうとした人間にこうも邪魔されるとは思っておらず、この場を切り抜けるかと思案する。

 一方、いきなり始まった鈴への追求に、一夏は思考がついていかず、箒と鈴の間で視線が揺れたまま、何もできずに立ち尽くしてしまう。

 

「(えっ? なんだよコレ? 鈴が俺と陽太のデータを欲しがってる? だから最近妙に纏わりついてた?)」

 

 鈴の異変の理由が彼女の祖国からの命令だった………文字にすればただそれだけの事柄なのだが、だがどうしてもかつての鈴とのギャップからそのことが一夏には納得できないでいた。昔の彼女ならば無理強いなどされれば即座に強気に拒否して、話を持ちかけてきた人間を蹴り飛ばすぐらいのリアクションを取っていたハズ。

 

「一体………この2年で何があったんだよ。答えてくれよ鈴!」

「………一夏」

 

 悲鳴に近い声で懇願する一夏の姿と声に、鈴は彼の名前以外の言葉出てこず立ち尽くしてしまうが、タイミングが良いのか悪いのかエレベーターが停止し扉が開くと鈴は一目散に走り去ってしまう。

 

「あ、お待ちなさい!」

「セシリアッ!………鈴ッ!」

 

 走り去った鈴の後を追うセシリアと一夏。そんな二人の後を見送ったラウラは、床に寝転がっている陽太に冷たい視線を送りながら問いかける。

 

「狸寝入りもそのぐらいにしろ………お前は追わないのか?」

「………そのセリフ、そっくりそのままお前に返そう」

 

 大分前から気がついていたことを見抜かれたことに内心驚きながら起き上がると、不機嫌そうな面のままラウラを睨み付け、言い放つ。

 

「大体そういう下っ端連中のゴタゴタをどうにかするのは副隊長のお前の仕事だろうが?}

「ならばお前の仕事とは一体なんだ?」

「俺の仕事? いざという時に備えておくことさ」

 

 首をコキコキと鳴らしながら、ラウラに向かってやる気のなさそうに手を振って歩き出す陽太。

 

「首イテェから保健室で湿布もらってくる」

「コラッ! 話は終わってないぞ!!」

「あいあ~~い」

「アッ!………どいつもコイツもっ!!!」

 

 スタコラサッサと歩き出す陽太の背後から文句を投げつけるが、全て華麗にスルーされ地団駄を踏むラウラに若干の憐みを覚えながらも特にフォローもせずに歩き出す箒。

 しばらく歩いた後、誰もいない渡り廊下に差し掛かった時、彼女は徐に立ち止まり、渡り廊下から見える樹木の方を振り向き、突然一礼をしながら感謝の言葉を投げかける。

 

「………情報提供ありがとうございます」

『あらぁ~? この距離でバレちゃうだなんて、箒ちゃんも随分成長したわね!』

 

 誰もいないはずの樹木から確かに聞こえる女性の声に、箒は別段驚くことなく対応する。

 『暗部の頂点』に君臨する者にかかれば姿を見せずに会話をするぐらいどうということはないのだから………。

 

「中国政府のやり方には、やはり学園側も警戒しているのでしょうか?」

『う~~ん………中国政府云々よりも、別件のことで今はスパイには敏感になってるのよ』

「別件?」

『これ以上は教えてあげられな~い。でも可愛い箒ちゃんが『お願い、おねえたま(ハート)』ってしてくれたら考えなくも・』

「失礼します、会長」

 

 強制的に会話を打ち切って再び歩き出そうとする箒であったが、そんな彼女に耳に、姿を見せない女性のすすり泣く声が響いてきて、溜息をつきながらもう一度樹木の方に振り返る。

 

『ううううっ………簪ちゃん!! 箒ちゃんが最近冷たいの!! お姉ちゃんは箒ちゃんのことを実の妹同然に愛しているのに!! ねぇ! お姉ちゃんの愛ってそんなに重たいの!?』

「(本当の所重たいのですが………)私の言葉が過ぎました。どうか許してください……その…『姉さん』」

 

 最後は小声になってしまったが、しっかり聞き取ったのか、声の主は突然元気なって喋り出す。

 

『フフフッ! 箒ちゃんにお姉ちゃんと言ってもらって元気百倍!!』

「………それは良かったですね」

 

 疲れる。この人のテンションが実の姉に通ずる物があるため、とにかく疲れる………と内心でまたしても溜息が漏れるが、そんな箒に先ほどまでとは打って変わった親愛を込めた声で女性は話しかけた。

 

『昨日病室に行ったら花が差し替えられたわね………婦長さんから聞いたわよ。毎日簪ちゃんのお見舞いに行って、時間があれば世話をしてるって』

「………差し出がましい真似をしました」

『怒ってるわけじゃないわ。ううん、その事では怒ってないの。感謝してるぐらい………だけどね、箒ちゃん?』

「私は………止まりません」

『………箒ちゃん』

 

 二人の間にはこれだけで全てが伝わる。彼女が自分を心配してくれていることも、それでも箒は止まらない決意をしていることも。

 

「失礼します。早く授業に出ないと」

『そうね。私も早く帰らないと虚ちゃんにお小言言われちゃうから』

 

 声の主の気配が消えるを感じた箒は、ゆっくりとその場で深呼吸すると、空を見上げながらポツリと心の声を漏らす。

 

「私は自分ことがいつも第一で、本当にヒドイ人間だよ、簪………」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 一方、鈴を追いかけていたセシリアと一夏はとりあえず二手に分かれて探索を続けていた。

 一夏と別れたセシリアは、憤慨する心を抑えきれずにまるでそれを周囲に喧伝するかの如く、地面を踏みしめるような足音をたてながら鈴を探し回っていた。

 

「(信じられませんわ!)」

 

 IS操縦者としても、一人の人間としても誇りを持っているセシリアにしてみれば、鈴のやり方は我慢のならないものである。

 

 周囲の人間に露骨に取り入ろうとしたり、自分よりも劣る者を踏み潰したり、しまいには情に付け込んで一夏を騙して彼のデータを採取していたのだ。なんと誇りのない振る舞いなのだろうか?

 

「あのような方、IS操縦者にふさわしくありません!」

 

 他国の国家代表候補生だろうがなんだろうが知ったことではない。見つけ次第この学園から追い出してやる! どこまでも真っ直ぐに決意するセシリアの耳に目当ての人物の声が聞こえ、瞳を輝かせる。

 居場所は廊下の影、今度こそ逃がさない! と鈴をとっ捕まえようと廊下を曲がり掛けたその時であった………。

 

「………待ってください! 私、まだやれます!!」

『結果が出せなかった以上、君がIS学園に留まるのはマイナスにしかならない………迎えは明日寄越すから後始末をしておけ』

「ちょ、ちょっと!!」

 

 抑揚のない男性の声で一方的に通信を切られた鈴は、まるで全身の力が抜けたかのようにその場にへたり込み、俯きながらブツブツと独り言を言い出す。

 

「ハッ………ハハハ……これで終わり……か」

「………」

 

 まるで先ほどまでの鈴とはイメージがかけ離れた声に動揺し、廊下の影に身を隠すセシリア。

 

「ここまできて………最後はこんな終わりなの?………どうして? どうしてなのよっ!!」

 

 そのうち鈴は廊下を何度も何度も素手で叩き始め、叫ぶ声から嗚咽が混じり始める。

 

「どうして………どうしてぇ!!」

「鳳さん………」

 

 そんな鈴の姿が見ていられなくなったのか、廊下の影から姿を出すセシリア。鈴のほうはというと、突然姿を現したセシリアの方を見上げると、口元だけをニヤリと引きつらせると、彼女に向かって今までにはない鋭い言葉を投げつける。

 

「………聞いてたの?」

「………はい」

「いい気味でしょう? 周囲の人間に散々傲慢な振る舞いをした奴が、いとも簡単に切り捨てられて、明日からは晴れてただの小娘に成り下がるんだから」

「……………」

「わかってるわよ。あんた等が私のことを疎ましいって思ってることぐらい。でもね、私はそれでも結果を残さないといけないの、いけなかったの………さっきまではね」

「………鳳さん、私は…」

「気安い同情はするな!!」

 

 鈴の怒鳴り声が響く中、セシリアはしゃがみ込むと鈴に自分のハンカチを差し出して、そして凛とした表情で言葉を紡ぐ。

 

「私にもわかるように事情を説明していただけませんか? 出来うるならば、どうしてそこまで結果を出すことに拘るのかを………」

「アンタに話してなんか変わるの?」

 

 苦労のくの字も知らないお嬢様が余計なおせっかいを焼いてきた。最初はそう思った鈴であったが、セシリアの次の言葉にその考えを改める。

 

「ええ、変わりますわよ。だって………」

「だって?」

「この学園では、少しの困難でへこたれるような『甘い』人間の居場所はありません。出来たら貴方の事情を全て知った上で笑い飛ばして差し上げたいと思いまして………」

「へこたれる?………アンタ、ひょっとして私のこと言ってるの?」

「違いまして?」

 

 セシリアのその笑みに怒りが湧き上がり、彼女の襟首を掴み上げる鈴。

 

「今私の手元にはISがないので、私を叩きのめすチャンスでしてよ?」

「……………」

「やりますか?」

 

 あくまで余裕を崩さないセシリアに、なんだか急に馬鹿らしくなった鈴は手を離すと、彼女に背を向けて歩き出す。

 

「どうせ今日で終わりだから、全部洗いざらいぶちまけるのも一興ね………話してあげるから場所を変えるわよ?」

「ええ、結構ですわ」

 

 セシリアも了承し、鈴の後を追う。

 しばし歩いた後、鈴が話す場所に選んだのは、校舎の屋上であった。

 

「………いい風ね」

「……………」

 

 潮風に乗った渡り鳥が大空を飛ぶのを見た鈴は、ぽつりぽつりと話し始める。

 

「………二年前、中国の方に帰った私の家族さ………父親の事業の失敗で離婚しちゃってさ……」

「……………」

「その頃私も一夏と引き離されたり、周囲の環境が変わったりで不安定で……そこに止めの親の離婚が重なって……親権が母親の方に移ったんだけど、毎日私は母親と喧嘩して、私がIS操縦者になるって言った時が一番の大喧嘩に発展したかな?」

「なぜ、ISの操縦者になろうと決められたのですか?」

「そりゃ、ISの操縦者は社会的に優遇されるし、親から自立するならそれが一番手っ取り早いって思ったからよ………それからかな? 母親から勘当同然で家を飛び出して、そのまま候補生『候補』として訓練を始めたのわ」

 

 候補生『候補』という聞き慣れない言葉に首をかしげるセシリアであったが、そんな彼女に鈴は僅かに苦笑しながら説明をしてくれる。

 

「イギリスは暢気なのね………中国は人口が一番多いのよ? そのせいか候補生を目指す人間の数も多くて、まずは「候補生候補」としての篩(ふるい)をかけられるのよ」

 

 軍属であるIS操縦者になるために、毎日毎日拷問のような訓練を積み、その中で数々の少女たちが合格点に見合わずに切り落とされていくのだ。

 

「そんな生活が毎日続いてね………それでも私は幸せだったわ。特にあの人に会ったことは奇跡だって思いたいの」

「あの人?」

 

 セシリアの言葉に鈴は頷きながら、今までこの学園では誰にも見せていない、心からの笑顔を浮かべて語る。

 

「中国の正規代表でね………ある日、たまたま訓練の教官役で来てた所に、私が喧嘩吹っかけたんだけど、まだ候補生でもなかった私と真面目に決闘してくれてね」

「結果は?」

「もうボロ負け。気持ちの良いぐらいにね!………でもね、その人は後で言ってくれたの。『また自分と代表の座を賭けて真剣勝負をしよう』って………だから、私はあの人に追いつきたい。ううん………追いつきたかったのよ」

「鳳さん………」

 

 鈴の密かな目標を聞いたセシリアであったが、そんなセシリアに鈴は自嘲気味の笑顔を浮かべながら、あきらめの言葉をついてしまう。

 

「でも、それも終わりね。任務を失敗した私は、明日になれば政府から迎えが来て中国に強制送還。候補生の資格も取り上げられて、一般人に逆戻り。もう二度とチャンスは巡ってこないわ」

 

 定時連絡の際に告げられた言葉。どうやら自分の会話はデータ採取用のスキャナーを通して盗聴されていたようで、有無も言い訳も許されずに自分の未来は決定してしまったのだ。

 

「鳳さん、少し待ってください」

「ん?」

 

 心に掬う絶望の感情に押しつぶされようとしていた鈴であったが、そんな彼女にセシリアはとある事柄を思い出す。

 

「もしかして………鳳さんはこの学園を去らなくても良いかもしれませんわ」

「あのね………いくらアンタが世間知らずのお嬢様でも、任務に失敗した軍人の扱われ方ぐらい想像が……」

「私の話を聞いてください鳳さん………実は…」

 

 セシリアが思い出したとある事柄。

 それを鈴に伝えようとしたときであった………。 

 

「「!!」」

 

 突如、校舎の一角が爆発し、爆風の中から異形が産声を上げて現れたのは………。

 

 

 

 

 

 

 





もうちょっと話のテンポをメリハリつけたいな………。

さてさて、もう定例となり始めてきたオーガコアとの戦闘です。そして鈴の初出撃!

間に合うか、セシリアとラウラの新型!?

そして空気だぜ男子二名!





あと、箒と話していた声の主は一体何者なんだろー(棒読み)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

海上空中戦・前編


4月に入って色々立て込んでしまって更新が遅れてしまったことまことに申し訳ありません!

週一更新って、やっぱり難しいな~


それでは、本編をお楽しみください!!


後、今回の敵は、ちょっと強敵です


 

 

 

「フフフッ………」

 

 廊下の窓から外の景色を眺める『紫のボブカットの髪と黒縁眼鏡を掛けた』女生徒の気分は、まるで自分が仕掛けた悪戯に誰かが引っ掛からないか楽しみに待つ子供の様に高揚していた。

 数日前、中国の代表候補生にいい様にしてやられ、クラス内のみにあらず学園中の生徒達から軽蔑と侮蔑の視線にさらされていた可愛い『後輩』に、オーガコア(禁断の果実)を与え、孵化するのを彼女は心待ちにしているためだ。

 

「組織(ファントム・タスク)の意向とは違う独断専行………これで失敗すれば、私は間違いなく処罰されるわね)」

 

 そもそも彼女が亡国機業(ファントム・タスク)からオーガコアを与えられていたのは、来るべき日にIS学園内部から破壊工作をするためのものである。このように単機の破壊活動などはあまり効果はなく、また貴重なコアを浪費したと厳しい追究が来るのは、明白なことであった。

 

「(自分では冷静な人間だと思い込んでたけど………やっぱり駄目ね。ごめんなさいお姉ちゃん………私やっぱりね…)」

 

 心の中で一人の人物に謝罪する彼女は、ふとある人物の名前を口にする。

 

「火鳥陽太が生きていることが我慢ならないんだ………腸が煮えくり返るほどに…」

 

 眼鏡の置くから灯るのは、純粋な憎しみ………もし特殊な封印処置を施してなければ、オーガコアの方が間違いなく反応していたであろうその強い殺気を放ってしまったことに、彼女は自重しなければと自分を戒めながら眼鏡をかけ直す。その時であった、突如校舎を強い揺れが襲ったのは………。

 

 その振動に、騒ぎ出す女生徒達の群れに彼女は表面上同じように振舞いながら、心の中ではほくそ微笑む。

 

「(さあて、今度のオーガコアをどう退治するのか、お手並み拝見させてもらおうかしら?)」

 

 教師陣が行う避難誘導に導かれるまま、その女生徒の姿は生徒達の群れの中に消えていってしまうのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「やっぱりか………」

「どうやら中国はアメリカの失態に付け込んで、世界情勢のリーダーシップを奪い取るのに躍起になっているようだね」

 

 一方、保健室において湿布を貰いに来るという口実の元、カールから鈴の情報を聞き出していた陽太は、彼の入れたブラックコーヒーに一口付けた後、腹の中から湧き上がる苦味を言葉と一緒に吐き出す。

 

「それで? テーブルの上の政治『ゴッコ』につき合わされなきゃらない、俺達操縦者にはプライベートという物はないのか?」

 

 鈴が何か腹に何かを抱えていることは初見で理解していた。こう見えても陽太は10年近い月日、裏街道を歩いてきた男である。初対面の人間の世辞を丸呑み出来るほど暢気でもお人良しでもない………荒んだ思春期だと言えばそれまでのことであるが。

 だが、かといって中国政府が鈴に無理強いさせていたという事実を無視しして何食わぬ顔でこれから接するという事も感情的に出来そうもない。

 

 つまるところ陽太という少年は、表面的に大人びた思考で取り繕っても、心の奥底にある直情的な熱さを鎮火させる術を知らない、年相応な面を持っているのだ。

 話を終えて無言でコーヒーを啜りながらも、背中から出る不機嫌極まりないオーラが手に取るように判るカールにしてみれば、大人になれば嫌でもしなければならない理不尽に対する諦めを拒絶しようとする目の前の少年に抱いた、大きな憧れに似た期待と、ホンの小さな嫉妬を隠すように微笑んでみせる。もっとも、目の前の陽太はその笑みが『自分を小馬鹿にしている』物と感じてしまったようだが………。

 

「何ニタニタ笑ってやがる?」

「それは………君のように理知的に振舞おうとする単純(シンプル)な子は、見ていて面白いものだろ?」

「メガネ叩き割るぞ、クソヤブ」

「おや、先生に口の聞き方がなってないな。罰として便所掃除・」

「!?」

 

 僅かな空気の異変からか、中身の残ったコーヒーを陽太が乱暴において振り返った瞬間、突然校舎自体を強い振動が襲い掛かる。

 すぐにその異変に対処すべく、保健室を飛び出して現場に向かおうとする陽太であったが、そこへ背後から鋭いカールの声が飛び込み、驚いて立ち止まってしまった。

 

「火鳥陽太ッ! 君の立場は何だ!!」

「た、立ち………」

 

 今までの温厚なものとは違う、叱責するような有無も言わさぬ気配に、陽太は渋々頭を掻き毟りながら自分のISのプライベートチャンネルの回線を開き、現状ISを手元に持っているであろう一夏と鈴に連絡を入れてみる。

 

「織斑弟、中華娘! 何が見える!?」

 

 主語が抜けているため聊か何を聞いているのか説明不足気味であったが、この現状で自分達が聞かれていることが何なのか判らないようでは困るという陽太なりの思惑のため、あえてこのような聞き方を彼はしたのだった。

 

『こっちからは何も………煙しか見えない!』

 

 鈴の探索を続けていた最中、ちょうど爆発が起こった現場とは後者を挟んで反対側にいた一夏には、立ち上る煙以外何も見えてはいなかった。

 ならば鈴はと陽太が彼女に応答させようとした時、鈴は呟くように見た物を説明する。

 

『これは………鳥? いや違う………これは』

「これは!?」

『きゃあああああっ!!』

 

 鈴の悲鳴と共に起こった二度目の振動に、陽太はすぐさま行動を開始する。幸い二度目の振動はどこから発せられたのかわかり易く、彼は迷うことなく廊下の窓から飛び出すとISを展開し、発生場所となっている一階の校舎から一番遠い場所、屋上へと一瞬で上昇した。

 

「!?」

 

 ―――視界に広がる黄色い閃光―――

 

 背筋に奔る悪寒と共に陽太はメインスラスターを瞬間的にカットし、同時に足の裏のサブスラスターを点火、機体のPICが悲鳴を上げるような無茶な体勢で空中でブリッジするような体勢を取り、向かってきた閃光を鼻先を掠めるほどの距離で回避してみせる。

 

「!?」

 

 だがブリッジの体勢を取っていたためか、彼は閃光の特異性にすぐさま気がつく。放れた閃光は真っ直ぐ学園中央にある時計塔に直撃すると、校舎の一部をバターの如く『切断』したのだ。

 

「なんだ!? レーザーじゃないのか!?」

 

 高出力のレーザーやビームでコンクリートを焼き切ったとしても、切断面があまりに鋭利過ぎる。光沢すら放ちそうな見事な切口を見て、陽太は土煙の中から現れた影を睨み付ける。

 

 ―――巨大な翼を広げ、鋭い牙を持つ動物と鳥類の双方の容姿を持つ生き物―――

 

「………コウモリ男(バットマン)ならず、コウモリ女(バットガール)かよ」

 

 鋼鉄の翼を広げ、全身を鮮血の様な紅の装甲で身を包み、胴体のシルエットから辛うじて女性であることが判別出来るものの、口から生えた鋭い牙やら爪のおかげか、人間というよりも、人間の姿に近い獣という印象を陽太に抱かせた。

 

「人型に近いか………やっかいだな」

 

 数々のオーガコアとの戦闘の経験から、陽太は目の前のオーガコア暴走体の戦闘能力がかなり高いことを一目で判断する。

 オーガコアの特性上、憑依された操縦者たちは理性や思考を失っていき、最後は本能だけで動く獣になる傾向が殆どで、それゆえかその形状は虫や動物といった非人型の姿に取られることが多く、逆に一部の者、例えばラウラのように人型を取れる者は、最後まで人間的な思考や判断能力を失わないのだ。しかもそのくせオーガコア暴走体特有の凶暴性は全開になるため、通常暴走体のようなパワーに振り回されることなく、非常に高い戦闘能力を維持するのが人型の暴走体の特徴なのだ。

 

 そんなオーガコア暴走体を前に、どのように攻め入るかと思案する陽太であったが、ふとオーガコア暴走体の視線が自分に向いていないことに気がつく。目の前の暴走体はモクモクと立ち込める粉塵の凝視しており、対峙しているはずの陽太のことなどまるで眼中に入れていないのだ。

 

「?」

 

 無視されるのも腹立たしいが、オーガコアが何に反応しているのか気になった陽太が同じように視線をずらした時、粉塵の中から、ISを展開しセシリアを抱きかかえ飛び出してきた鈴が姿を現す。

 

 ―――突如として咆哮を上げながら開いた口を鈴へと向けるオーガコア暴走体―――

 

「!?」

 

 同時にオーガコア暴走体から強烈な音が発生し、ISを纏っていないセシリアは勿論の事、展開状態の陽太と鈴ですら耳を劈く超音に表情を歪める。

 だが、開かれた口の周囲の空間が微妙に歪むのを目の当たりにした陽太が、超音の中でも聞こえる怒声に近い大声を鈴に向かって張り上げた。

 

「鳳ッ!! 回避しろ!!」

「!?」

 

 陽太の声に反応した鈴がすぐさま回避行動を取ったそのコンマ数秒後、直前まで鈴がいた空間をオーガコア暴走体の口から放たれた先程陽太に向かって飛んできたのと同じ閃光が、空気を、彼女の背後にあった校舎を貫き、地面を引き裂く。

 

「超音波兵器(フォノンメーザー)!?」

 

 オーガコア暴走体が放っているのが、極めて短い波長の音波を発振して、対象を鋭利なメスで切断するように切り刻む超音波砲であることを察知した陽太は、これ以上のフォノンメーザーの乱射をさせないため両手に愛用のヴォルケーノを呼び出すと、暴走体に向かって乱射する。だが陽太の放った銃弾は暴走体に命中すると、貫通することなくいきなり『粉砕』されたのだった。

 

「げっ!」

 

 そんな声が思わず漏れてしまうほどに予想外だった陽太は、一瞬だけ呆けてしまうがすぐさま気を取り直すと、右手のヴォルケーノを再び量子化して、空になった拳にプラズマ火炎を纏わせ、握り締めたまま暴走体に向かって突撃すると、渾身の力を込めて殴りつける。

 格闘特化機体に匹敵する威力がある拳を顔面に叩き付ける陽太とそれを防ぐように翼で防御するオーガコア暴走体。

 ブレイズブレードと暴走体の間で激しいスパークが起こる中、陽太の想定を超える事態が再び起こる。暴走体の体が発光しながら高速で振動したかと思えば、一瞬で拳に纏わせたプラズマ火炎が空に四散してしまったのだ。

 

「オイッ!?」

 

 流石にこれは有り得ないだろうがと心の中で罵倒するが、今まで陽太に興味を示さなかった暴走体が翼を広げ、今度は逆に叩き付けようとしてくる。それを左腕の楯で防ごうとした陽太であったが、そこへ………。

 

『斜め下に跳べ!』

 

 有無を言わさぬ鋭い声が通信回線から響き、条件反射でその声の指示のまま斜め下に跳んで攻撃を回避する。

 振るわれた翼はブレイズブレードが今までいた空間を空振り校舎を掠めるが、激突した校舎のコンクリートがフォノンメーザー同様の鋭い切断面をしていることを確認した陽太は、受け止めていれば最悪自分の腕ごと胴体が真っ二つにされていたかもしれない事実に悪寒を走らせ、同時に指示の正しさに子供じみた嫉妬を覚えながら、通信回線越しの鋭い声の持ち主に怒鳴り返す。

 

「イチイチ叫ぶな!! 俺は素人じゃねぇーぞ!?」

『馬鹿抜かせ!! 思いっきり死に掛けた分際で!!』

「グッ………」

 

 通信相手であり、自分にIS操縦の根本を教えてくれた師である千冬は、今一つ頼りになるのかならないのか微妙なラインの弟子相手に思いっきりため息をつく。

 

『ハァ~~………』

「溜息つくな!」

『腕前だけはまともになってくれたと信じていたのだが………危なっかしいのは相変わらずだな』

「うるせ・!?」

 

 ムキになって反論しようとしたとき、踵を返した暴走体が突っ込んできたため、陽太は上空に急上昇し暴走体の上方を陣取る。

 

『で? そこからどうするつもりだ?』

 

 モニター越しにコーヒー飲みながらショー気分で観戦している姿が容易に想像できた陽太は、額に青筋を作りながら千冬の問いかけに真っ向から言い放つ。

 

「こうすんだよ!!」

 

 左手のヴォルケーノからプラズマ火球を3発発射する陽太であったが、その攻撃は先ほどの拳の時と同様に翼に激突すると若干拮抗した後にやはり大気中に四散されてしまう。

 

「嘘ッ!?」

『気を付けろ! 恐らくそのオーガコア暴走体は口内だけではなく、翼を含めた全身が振動兵器と化している。ブレイズブレードのプラズマ火炎も全身振動で集束状態のプラズマを拡散させて無効化しているのだろう』

「チッ! じゃあ下手に格闘戦しようものなら………」

『替えの手足が容易に手に入るなら、やりたいようしてみればどうだ?』

 

 心冷める助言を有難くいただいた陽太は通信越しに一言吐き捨てる。

 

「選手(ボクサー)の気分を向上させる言葉をいえないセコンドだな、オイ」

『キャリアは十分だから助言(アドバイス)はいらんのだろ?』

 

 ああ言えばこう言う師匠相手に本気でブチ切れてやろうかと真剣に考え出す陽太であったが、その時、セシリアを安全圏まで退避させた鈴が飛行形態でまっすぐこちらに向かってくるのが見えた。だが、それは暴走体も同じようで、またしても陽太を無視して鈴に対してフォトンメーザーを乱射し始める。

 

『ウワッ! 何なのよコイツ!?」

「鳳!?」

『今忙しいのよ! 後にしなさい!!』

 

 プライベートチャンネル越しに呼びかけた少女からは、つい数時間前までの可愛らしい猫のような反応は消えうせ、心底鬱陶しそうな声返ってきて、陽太は一瞬別人かと思案するが、これがコイツの素の声かと納得すると、再びチャンネル越しに鈴に指示を飛ばす。

 

「とりあえず海上まで飛べ!! 死なないように!」

『何を!? アンタ、私がやられるとか考えてるんじゃないでしょうね!?』

「当たり前だボケッ!」

『何が当たり前よ、このサル!!』

「!!………このオーガコア片付けたら、次はテメェを泣かせちゃる!」

 

 それだけ心の底から宣言すると、フォノンメーザーを乱射するオーガコア暴走体に向かってプラズマ火球を立て続けに放ち、あえて防御させることで鈴への攻撃を寸断する。どうやらオーガコア暴走体をもってしてもプラズマの無効化とフォノンメーザーの発射は同時に行えない様で、翼を全身に巻きつけて全力防御の体勢を取った。

 攻撃が止んだ事を確認した二人は、これ以上この場で戦っては校舎や周辺はもちろん、一般生徒まで切り刻まれる可能性が高いため、戦場を人的被害が出来得る限り少ない学園近くの海上に移そうと一気に上空を駆け抜け、の背後からオーガコア暴走体も二機………正確には鈴へと狙いを集中させながら後を追いかけてくる。とりあえず狙い通りの展開になったことを確認した陽太は素早く通信を他の者達に入れ、状況の確認をし始めた。

 

「はい! 皆が愛してやまない陽太様からの状況確認タイム!!」

 

 止せばいいのに余計な前フリをしてしまったがために、女性陣から圧倒的な不評を受けた返答が返ってくる。

 

『誰がだ!!』

『分を弁えろ!!』

『調子ノリ過ぎですわ!!』

『アンタ本当に頭ン中に虫沸いてんの!?』

「女共まとめて後でシメる! マジやってやんかんな!! 覚悟してろよぉ!!」

 

 絶対に泣かせて土下座させて這い蹲らせて哀願させる! 

 心の底からそう誓う中、唯一の同じ男性の一夏が陽太と鈴にかなり劣るスピードで飛行しながら話しかけてくる。

 

『オイ陽太! 俺は何をすれば………』

「ハイパーセンサーを高速戦闘用に切り替えられるか!?」

『えっ? 何それ?』

「!!………ああ、もう!! おとなしく留守番してろ!! 邪魔だ!!」

 

 頼りにならない相方に一方的な留守番を言いつけると、彼は後方でフォノンメーザーの連射に晒されている鈴の援護のためにプラズマ火球を放ち、防御不能の音の矢の連射を阻止しつつ、更なる沖合いへと戦場を移そうとしていたのだった………。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「ハイパーセンサーの設定変更って………ちくしょう! どうすりゃいいんだよ!?」

 

 一方、半ばなし崩し的に留守番を言い渡された一夏であったが、二人が戦っている最中に自分だけ黙って待機しておくなど彼の気質が許しはしないためか、慣れない手つきで表示されている空中ディスプレイを操作するのだが、思うように高速戦闘用へと切り替えができず、苛立ちのために言葉尻が熱くなってしまう。

 だがそんな彼を見兼ねたのか、千冬からの助け舟となる通信が入る。

 

「織斑、大丈夫か?」

『千冬姉っ!』

「織斑先生と言えとあれほど言っているだろうが」

『いや、今はそんなことよりも、頼む! 教えてほしいことがあるんだ!!』

「分かっている………今から山田君が指示を出してくれるから、彼女の指示通りに設定を…」

「織斑先生!!」

 

 そこに全力疾走してきたのか、額に汗をかきながら肩で荒い息をしたままのセシリアがラボに滑り込むように入室し、一目散に千冬の前に立つと、開口一番にとある懇願をしてくる。

 

「私にラファールをお貸しください! 陽太さん達の援護に向かいます!!」

「ならん」

 

 有無も言わさず自分の意見を却下する千冬に、セシリアは表情を荒げて喰らい付く。

 

「何故なのですか!?」

「言った筈だ。通常ISではオーガコアに対抗しきれない。ましてや今、火鳥達が戦っているオーガコアは全身を振動兵器と化した怪物だ。実弾兵器が主体のラファールではダメージを与えるのは極めて困難だ」

「クッ!」

 

 セシリアの技量の有無ではなく、機体性能の差が激しい上に今度のオーガコアは固有の能力そのものが厄介極まりない。半端な機体に乗っていってもそれこそ開きにされかねないのだ。

 それを承知している千冬は、ラボの奥で作業を進めているくーに通信を入れて作業の進行状況を確認する。

 

「くー」

『はい、なんでございましょう?』

「二機のコアへの換装は中止して、今すぐブルーティアーズ改良機へのリンクを最優先に行え」

『了解しました。ただし新型BT武装の調整に少々お時間をかけることになりますが…』

「コアと機体のリンクとハイパーセンサーの調整のみでいい。それならば5分で仕上げられるだろう?」

『!?』

 

 だがその千冬の意見にくーは顔色を変化させる。元来完璧主義なところがあるくーにしてみれば、束が手掛けたISをそのような中途半端な状態での出撃などさせたくないのだ………が、相手は織斑千冬である。くーにも有無も言わせない迫力で一瞬だけ目付きを鋭く睨み付けると、彼女の返事を催促する。

 

「くー………?」

『わ、わかりました! ですが、BTが使えない以上、この機体の攻撃手段は………』

「私を『あの馬鹿』と一緒にするな。ちゃんと考えはある」

 

 それだけ言い残すとくーへの通信を切り、セシリアの方を改めて見ると、彼女の予想を超えることを言い出し始める。

 

「オルコット、聞いての通りお前の新型ISが後五分ほどで仕上がる」

「はい! ならばその機体で私も戦闘空域に………」

「いや、お前の機体はここからしてもらうことがある」

「?」

「オルコット………お前の狙撃をヒットさせた最高の距離を教えろ」

 

 なぜ今になってそのようなことを聞いてくるのか? 怪訝な表情になりながらもセシリアは真面目に千冬の質問に答えた。

 

「はい………最高距離は確実に狙えるのであれば7.2kmですが…」

「なるほど。ではこれからその記録を大幅に更新してもらう」

 

 モニターにオーガコアと戦闘を行っている空域の映像とレーダー画像を交互に表示し、千冬はセシリアに改めて『命令』する。

 

「現在、沖合い30kmの辺りで三機は戦闘を行っている」

「はい」

「では命ずる。セシリア・オルコット………30km先(彼方)の敵を射抜け!」

「……………はいぃぃ!?」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 夕日が海面を反射し、キラキラと眩しい輝きを放つ沖合いの上空1kmの上空において、航空機形態の甲龍・風神から連続して衝撃砲を放ち、オーガコアを撃墜しようとする。甲龍の放った衝撃砲は通常の肉眼では捉えることが適わぬはずの代物なのだが、オーガコアはその攻撃をまるで肉眼ではっきりと確認しているかのような動きで全弾回避し、返す手でフォノンメーザーを連射し甲龍を切り裂こうとした。

 敵のその動きに内心舌打ちしつつ、鈴は機体を一気に急降下させて海面スレスレを飛行し、オレンジ色の海面を切り裂きながら蛇行することでその砲撃を回避しきる。だがそんな鈴へと更なるフォノンメーザーを放とうとするオーガコアであったが、攻撃を放つ直前に横合いから火球を放ちながら接近してくる陽太に気がつき、攻撃を中断し、翼を振動させてプラズマを拡散させるオーガコア。翼に直撃したプラズマ火球はやはりこれまでと同様に球状を保つことができず、拡散させられ光の粒子のようにキラキラと輝きながら大気に四散していく。

 先ほどからこのような展開の繰り返しに、鈴も陽太もいい加減うんざりとなってくるが、二機の最大の武装である衝撃砲とプラズマ火炎の双方に対して強い耐性持つ、このオーガコア相手に有効な決定打が繰り出せないでいたのだった。

 

「(チッ! 最大出力のフェニックスファイブレードなら奴に拡散される前に装甲を突破できるかもしれないが、如何せん威力の調整を間違えると、オーガコアごと焼き鳥にしちまいかねん!!………どうする!?)」

 

力技で強引に突破するべき局面か否か、迷う陽太。だがなまじ相手の能力が高いだけに匙加減を誤れば最悪な状況に繋がるだけに、今一歩強引な手段に訴えることが陽太にはできずにいた。

 

「てか、なんで私ばっかり狙うのよ!!」

 

 フォノンメーザーの集中砲火に晒されている鈴は、何故か自分を追い回してくるオーガコアに奇妙な既視感を覚え、オーガコア暴走体を注意深く観察する。

 

「(アイツ………何処かで?)」

 

 獣染みた表情の知り合いなど彼女には存在してはいないのだが、だが先程から感じている感覚は確かに覚えのあるものである………そのように困惑する鈴であったが、敵のオーガコアは一切の容赦はしなく、彼女を撃墜しようと翼を羽ばたかせて急加速して突撃してくる。

 

「(速いっ!)」

 

 スラスターがついているようには見えない外見からは想像もできない加速力である。間合いを詰められてはたまるかと衝撃砲で弾幕を張るが、今度は回避するのではなく、自分に直撃する直前で翼と大きく開かれた口内から発せられた見えない音波の障壁で全弾防ぎ切ってしまうオーガコア。

 

「なるほど………さっき衝撃砲を避けたのも、この芸当の応用かよ」

 

 不可視の衝撃砲がはじけ散る振動を感じた陽太は、先程オーガコアに衝撃砲が掠りもしなかった理由がなんなのかに気がつく。超音波を空気中でソナーとすることでリアルタイムで衝撃砲の弾道を『視て』いたのだ。そしてオーガコアのあの反射速度ならば見えているなら回避するのも難しくはないだろう。

 

「(チッ! 不意打ちもしづらい相手だなオイ)」

 

 敵の能力の高さに改めて舌打ちする陽太であったが、その時、自身のISのハイパーセンサーに新たなる反応が二つ表示され、瞬時にそれが誰なのか理解し、プライベートチャンネル越しに怒鳴りつける。

 

「Fカップはよくぞ来た! だが織斑弟!? お前は留守番言いつけただろうが!!」

『!! き、きさまっ! どうしてそういう発言ばかりする!?』

『留守番って………この状況を黙ってみてられるかよ!』

「接近戦しかできないテメェーは特に下がれ! マジでいらんわっ!」

『なにぉー!?』

 

 援軍として現れた紅椿を身に纏った箒と、真耶に手伝ってもらったおかげで無事にハイパーセンサーの切り替えを終えた一夏であったが、プライベートチャンネルでまたしてもつまらないことを言い出した陽太と一夏が口喧嘩をしだす。だがその光景を偶然見かけた鈴に電流が奔った。

 

 ―――つまらない言い争いをする二人の姿が、この間の自分と元クラス代表の少女の姿と重なる―――

 

「まさかっ!」

 

 自身が抱いていた疑問の答えを導き出した鈴は、飛行形態で攻撃を回避していたが突如変形を解除し、呆然と海上に立ち止まってしまう。

 

「鈴っーーー!!」

 

 そんな鈴に対して、容赦なく襲い掛かるオーガコアと一夏の声が重なり、次の瞬間、海面が大爆発を起こしたのだった………。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「全システム異常なし、コアの正常起動確認。パーソナルデータの書き換え(リライト)終了………」

 

 空中ディスプレイを高速でキータッチするくーの言葉が静かに響くラボの中で、新型ISに身を包んだセシリアが静かに左肩に装備されているライフルに手を掛け、一歩前に足を踏み出す。

 

「……これが、新しい私のIS………」

 

 以前のブルーティアーズに比べて、まずは全身の装甲のが一回り以上大型化し、また覆っている部分も増えており、装甲の繋ぎ目には黄金のラインが走り、どことなく気品さが増した外見と、以前よりも左右一枚づつ増えた特徴的なフィン・アーマーが六枚に、装甲と同色の大型スコープと一体となっているオレンジ色のバイザーを被り、左肩には三連の砲口と折りたたみ式の大型砲口を一体化させた新たなるライフルが装備されていた。

 

「セシリア・オルコット。初起動がいきなりの実戦で、しかも相当な無茶ブリだ………いけるか?」

 

 30km先を狙い撃てと言い出した本人でありながら、こんな時にそんな心配をしてくる千冬に、セシリアはあえて不敵な笑みで微笑み返してみせる。

 

「あら? 織斑先生はわたくしの通り名をご存知ありませんの?」

「…………そうだったな」

 

 ついこの間までならば、置かれた状況に対して文句を言い出したかもしれないが、今の彼女には状況をうまく捌く柔軟さと、強い信念が宿っている。

 自分の心配など、まさに不要な代物だったと僅かな後悔をした千冬は、すぐさまいつもの鉄仮面を作り直すと、セシリアに号令を発する。

 

「セシリア・オルコット、出撃しろ!」

「イエス・マムッ!」

 

 軍人らしい敬礼をしたセシリアの足場が急上昇し、ラボの天井が開き、夕焼け色に染まった空が現れる。上がった足場が地上で固定されると、足元のセフティーロックが解除され、自由となったセシリアはスラスターを点火して跳躍し、破壊を免れている高い校舎の上に着地すると、左肩のライフルを取り外して構えた。

 折りたたみ式の大型砲口が180度折り曲がり、砲身と一体化してISの全長とほぼ同じ長さの大型ライフルに変形すると、その砲口を戦闘空域に向かって向け直す。と同時に、バイザーの上から大型スコープが一体化し、彼女の脳内に極めて詳細な戦闘空域のデータが表示されたのだった。これは新たなるこのISが安定しかつ精密狙撃が行えるように新たに増設された特殊ハイパーセンサーであり、このスコープによって、従来のISでは不可能な距離と精度の狙撃が可能になったのだが、それを考慮しても30km先というのは至難を極めることこの上ない。

 

 だが今のセシリアには、尻込みするような気持ちはない。いや、失敗する後ろめたい気持ちが存在しないわけではないが、だがそれに怯えて状況から逃げ出すようなことをしたくないのだ。

 

「(今、このスコープの向こうでは仲間が戦っています)」

 

 性格も目的も足並みもバラバラ………だが不思議と今の彼女はそんな者達に愛着を持ち始めていた。

 

 だからこそ、このミッションは外せない。

 仲間のため、己のため、セシリアは高まる気持ちを更に鼓舞するように、新たなる自分の愛機の名前と己の通り名を口にする。

 

「『蒼穹輪舞(ロンド・オブ・サジタリウス)』セシリア・オルコット!! そしてその愛機である『ブルーティアーズ・トリスタン』!! 目標を射抜きます!!」

 

 そんなセシリアに応えるかのように、ブルーティアーズ・トリスタンの大型スコープが輝きを放ち、戦闘空域に今、勝利の鍵となる矢を放とうとしていた………。

 

 

 

 

 

 




セシリアさんの新型の名前は、彼女の本国で有名なアーサー王伝説の円卓の騎士で、黄金の射手として有名なトリスタンからとりました。
あと武装の方は………本格的に動き出したら、わかる人には一発でわかるかもしれませんねw




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

海上空中戦・後編

さてさて、またしても投稿が遅れて申し訳ありません!

強敵オーガコアとの海上戦は如何なる決着をもたらせるのか?


ではお楽しみください



 

 

 

 

 

「鈴ッーーー!!」

 

 目の前でオーガコアの攻撃を受け、装甲がボロボロの状態で海中に沈んでいく鈴の姿を見た一夏が彼女の名前を呼びながら絶叫する中、一瞬だけ一夏と同じように我を忘れかけた陽太であったが、コンマ数秒で意識を持ち直すと、数発のプラズマ火球を弾幕にしつつオーガコアを海面から引き剥がしにかかる。

 その攻撃を受けて翼で火球を受け止めるオーガコアであったが、突如自身の翼の内側に何かが割り込んでくるのを感じて全身を総毛立たせる。それは火球を放った瞬間、放った攻撃を追い抜いて海面を前転しながら滑り込んできた陽太が下方から顎に目掛けてプラズマ火炎を纏った両足を突き上げてきたのだった。

 下から突き上げた渾身の蹴りは見事オーガコアの防御を貫き、装甲の一部と共に上空へと吹き飛ばすことに成功する。

 

「(なるほど、どうやら四六時中振動しっぱなしって訳でもないのか。おそらく自壊を防ぐ為か、エネルギーの関係か、インターバルがあるな………)織斑弟ッ!!」

「!?」

「海中に沈んだ中国娘を引き上げて来い! 文句あるか!?」

「い、いやっ!」

 

 陽太の言葉に我を取り戻した一夏は、すぐさま海中に沈んだ鈴を引き上げるために自身も潜水する。それを見送った陽太は、すぐさま上空へと意識を向けた。

 

 陽太の不意打ち染みた攻撃を受けたオーガコアは、多少のダメージを受けた模様だったが、それが返って引き金となったのか、怒りに身を任せて翼の全長を引き伸ばし更に凶々しい様相に変化しており、紅椿を駆る箒のビーム光波を高速で回避すると、出力を増したフォノンメーザーを撃ち返し、目に付くもの全てを亡き者にしようと果敢に挑んでくる。

 

「Fカップ!!」

「その言い方をどうにかしろ!」

「直接刃での攻撃は絶対にするな!! 斬るのも受けるのもビームでコーティングしろ!」

 

 自分の言葉を無視した陽太にムカッ腹が立つ箒であったが、有無を言わさぬ力強さを含んだ言葉に、とりあえず素直に引き下がった箒は、雨月にエネルギーを纏わせた強烈な一撃を、翼で全身を覆いながら突進してくるオーガコアに叩き付け、そしてすぐさま彼の言葉の意味を理解することになった。

 

「!?」

「コイツッ!」

 

 甲高い超音を発しながら、ブレイズブレードのプラズマだけではなく紅椿のビームまで拡散させ始めるオーガコア。しかも今までにはない速度でビームを拡散させて箒を弾き飛ばしたオーガコアは、更にそこから翼での追撃を仕掛ける。

 

 ―――鞭のようにうねりながら箒に襲い掛かる翼―――

 

「クッ!」

 

 ―――それを咄嗟に空割で受け止める箒―――

 

 だが次の瞬間、一瞬でヒビ割れる空割と、彼女の内面を猛烈な振動が襲い掛かり、まるで体の内部を虫に食いつかれている様な激痛と、上下の、左右の、自分がどこに立っているのか、という空間認識を消失し、箒はゆっくりと海面に落下していく。

 

「Fカップ!!」

 

 海面に落下していく箒を寸でのところで受け止める陽太であったが、そんな彼の背後からフォノンメーザーを発射しながら三度突進してくるオーガコア。

 

「チッ!」

 

 間一髪で突進を回避する陽太。だが………。

 

「グッ!?」

 

 攻撃は確かに掠ってもいない。だが紙一重で回避したはずの陽太の三半規管が強烈な異常を起こし、意識が闇に落ちそうになるが、途絶えそうになる意識に渇を入れて、激しい頭痛と嘔吐感に襲われる中本能的にオーガコアから距離を取る。

 おそらくオーガコアの自己進化機能によって、自分の周囲の空気すら振動兵器として使用してきたのだろう。近接戦闘どころか、ヘタに近寄ることすら出来なくなってきた。そもそも箒を担いだままでは不可能だが………そのことを理解したのか、オーガコアがフォノンメーザーを乱射しながら陽太達を追い詰めていく。しかも箒を担いだ状態の陽太よりもオーガコアの方が速いのか、距離を取ったにもかかわらず悠々と差を詰めてくる。

 

「調子に乗りやがって!」

 

 有効な手立てを打ち立てれずに逃げの一手になっている現状に歯痒い思いを抱えながら、陽太はISを横滑りさせてフォノンメーザーを回避し、続けて飛んでくる音子の槍を水柱が上がる中を蛇行しながら回避し続ける。腕の中の箒も意識がはっきりせず、未だに復帰する様子もない。

 

 このままではいずれやられる! 嫌な予感が陽太の背筋に冷たい汗を流させるのだった………。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ―――あれ? 私………?―――

 

 夕日によって紅く染まる海面の中をゆっくりと沈んでいく鈴の意識は、現実と虚構の合間を行ったりきたりして、キラキラと光る幻想的な海上の様子とあいまって、彼女の意識をゆっくりと奪い始める。

 

 ―――あ、そうか。私、このまま死ぬんだ―――

 

 普段ならば笑い話にもしないような『自分の死』という現実を、鈴は冷静に受け止めた。まるでそのことが当たり前に思えてしまって………。

 

 ―――かっこ悪い………何も出来ないままで死ぬなんて―――

 

 潮水である海の中で、海水とは違う種類の液体が鈴の瞳から流れでて、一瞬で海と交じり合う。

 

 ―――なんだ。中途半端な私に相応しい、特になんの奇跡も」起こらないままのエンディング………お似合いだわ―――

 

 心地良かった日本の地を離れて、戻った祖国。

 そして起こった、両親の離婚。

 自分と母から背を向ける父親。

 そしてそのことに反発するように、母親から背を向けてIS操縦者になる自分。

 毎日の厳しい訓練、自分が上がるために他を蹴り落とすのが当たり前になった日常。

 そこで出会った尊敬する国家代表(ひと)。

 

 ―――でも………もういいか―――

 

 諦めを受け入れた鈴の気分は、驚くほどに楽なものになった。

 これ以上無理をして、誰かを騙して、自分を騙して、誰かを傷付けて、自分も傷付いて、そんな日常に戻るよりも、このまま自分が死ぬことを受け入れるほうがずっと楽な気分になれる。

 

 ―――全部中途半端で放り出しちゃうけど………それでもいいじゃない―――

 

 彼女は気がつく。自分は周囲の状況に反発していたけど、それを変えようとはしていないじゃないか。心の表面では良心を痛めるフリをしながら、深い部分ではそれを当たり前のように受け入れている自分がいたのだ。

 

 ―――あ………オーガコアに取り憑かれてた、あの娘―――

 

 自分がしたことが彼女を狂わせたというのであれば、こんなに悲しくて苦しいことはなかった………こんな最低な自分が、ひたむきに努力していた彼女の大事な物を踏み潰して、粉々にしたというのであれば、尚更このまま死ぬことを選んだ方が彼女のためになろう。

 

 ―――ゴメン………私なんかがこの学園に来なきゃ、こんなことにならなかったのにね―――

 

 このまま目を閉じて静かに海の底深くまで沈んでしまえば、もう誰も傷つかないだろうか? それともあの娘が正気に戻ってくれるだろうか? だったとしたら自分の終わりにも少し意味が持てる気がして、ホンの僅かだが喜びの感情が芽生える。

 

 ―――赤い光が、遠…のく………―――

 

 海中深く沈むことで、段々と光の量が減っていく。いや、自分の意識が闇に沈んで行っているだけのか………今の鈴にはその判断すら出来ないでいた。

 

 ―――ああ………私………―――

 

 彼女の意識を繋ぎ止めていた赤い夕陽が徐々に小さくなり、そして………。

 

「ッッッカ野郎ぉぉぉぉっ!!!」

 

 白い閃光と良く知る少年の声が、彼女の『意識(世界)』を染め上げるのだった。

 

「い、一夏!?」

「さっきから聞いてりゃ、好き放題つまんねぇーこと言いやがって!」

「なっ! どこから聞いてたのよ!?」

 

 自分の言葉を聞かれていたことに、萎えかけていた意識が一瞬で覚醒し、そして猛烈な羞恥心が湧き上がった鈴は、とにもかくにも今までの独白をなかったことにしようと大慌てで訂正し始める。

 

「無しッ! 無しにしなさい!! 三秒以内に記憶から消し去れッ!」

 

 それ故に鈴は気が付いていなかった。海中でしかも日光が届かない深さまで落ちているはずなのに、今いる空間が、白い粒子で輝いている不思議な温かさを宿した場所であることにさえ………。

 

「無しになんて出来るかよ!」

「無しにしろ! 私の名誉のために!?」

「死ぬ気マンマンだったくせに名誉もクソあるかよ!」

「!? うぎゃああああっ! ホント、すぐに忘れろ!」

「そんなことどうでもいいんだよ!!」

「私はどうでも良くないのよ!! ああ、もう!! なんでアンタっていっつも妙に間の悪い時に、心の地雷原に笑顔で侵入するような真似してくんのよ!? しかもその後、相手が女とみれば年齢国籍に関係なくなんでかフラグまで立てるしさ!!」

「何の話だよ!?」

 

 『最悪、ホント死にたい』と頭を抱えて苦悩する鈴であったが、そんな彼女の両肩を掴んで、今まで見せたこともないような真剣な表情で鈴に問いかける。

 

「お前、本当にこのまま逃げるのかよ! 何もせずに、それで済ませるのかよ!!」

「!?」

「どうなんだよ! 答えろよ!!」

 

 一夏の問いかけに鈴は答えることができずに目を逸らしてしまう。だがそんな鈴の態度に苛立ったのか一夏は更に強い言葉で詰め寄るのだった。

 

「自分のせいでオーガコアに取り憑かれちまった奴がいるって分かってんだろう!? そんで今もソイツが暴れてて、陽太達が戦ってるんだろ!? それなのにお前は何もしないで自分一人で終わる気なのかよ!?」

「………なさい」

「答えろよ!」

「黙りなさいよ! 何も知らない癖に!!」

 

 だが、鈴から出たのは反省でも謝罪でもない。堪え続けていた涙を流しながら、一夏の両肩を逆に掴み返して、怒鳴り返す。

 

「アンタに何が分かるのよ!」

「鈴………」

「私、一人でずっとやってきた! 一人でずっと頑張ってきた! 訓練も命令もどれ一つ漏らさないように! どんな嫌な目にあっても、認めて貰おうって必死にやってきたのよ!………でもね、そんなの国の上層部には関係なかった。私の代わりなんていくらでもいるからね! 分かる!? 私のやってきたことなんて、私の気持ちなんてどうでもいいってことよ!」

「…………」

「笑えるでしょう!? 我慢して頑張ってればいつか認めて貰えるだなんて本気で信じてたんだよ!? その為なら誰かを蹴落としても仕方ないって、卑怯な真似をいっぱいしてきたんだよ!! その報いがこれよ! どう? 最高に滑稽でしょ! 因果応報って言葉が似合いすぎて私自身、笑えちゃうわ!」

 

 鈴のその泣き笑いしている姿が一夏にはどうしようもなく突き刺さる。

 もし彼女が誰かを傷つけることに慣れ切っていたなら感じなかっただろう。

 傷付けられた方からすれば「だからどうした?」と言い返されるかもしれない。勝手な罪悪感かもしれない………だけど、目の前の自分の幼馴染が選んだことが、何一つ報われないまま、彼女をただ絶望させただけの結果に終わったことが、その報いを彼女自身が終わらせることを望んでいることが、彼にはどうしても許せないのだ。

 

「もう私に関わるな! アンタは………ちゃんとした光の当たる道を歩きなさいよ。千冬さんの跡を継いで、強くて何よりも真っ直ぐに誰かを守るIS操縦者になりなさいよ」

「………わかった」

 

 そう短く言い放つと一夏は清々しい笑顔で彼女に笑いかけた。

 

「じゃあ、まずはお前を守るとするよ、鈴」

「なっ!? ア、アンタ、私の話聞いてなかったの!? 私は関わるなって………」

「鈴」

 

 まだ反論しようとする鈴であったが、一夏の真剣な眼差しによって、頬を真っ赤に染めたまま何も言えなくなってしまう。

 

「俺もさ、IS操縦者になって上手くいかないことばっかりなんだ。操縦なんて陽太には五流の中の五流とか言われるし、ISの構造なんて教科書開いても全く理解できないし………でも、逃げたくないんだ」

「一夏………」

「一度でも逃げたら、もうこの場所に戻ってこれなくなっちまう気がするんだ………だから逃げたくない。俺は絶対に逃げない」

 

 なぜならば、どれだけ逃げても………きっとその先には自分が尊敬している人達の姿は絶対にない。あの二人は、逃げずに戦い抜くことを選んで貫こうとしているのだから………。

 

「だから、逃げるなよ………お前が傷付けてしまった人からも、傷付いちまった自分自身から………」

 

 そういって彼は自分の右手を鈴に差し出して、こう言ってのけた。

 

「俺は友達から手ぐらい差し出せるよ、でもな鈴………立ち上がるのは、いつだって自分自身の力じゃないのか?」

「!?」

 

 その言葉が、鈴の中に燻っていた何かに火を着ける。そして一夏は鈴に向かって最後の一押しとなる言葉を口にした。

 

「俺は行くけど、鈴は『どうする?』」

「………決まってるじゃない!!」

 

 すでに決まりきっていたかのように一夏の手を鈴が掴んだ瞬間、白い粒子に覆われていた空間が四散し、彼らの意識が現実に引き戻されたのだった………。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 肌を刺すような殺気が蔓延する海上を亜音速で飛行する陽太は、己の後方の空間にぴったりと張り付いて離れないオーガコアに苛立ちながら、何度目かになる横滑りを行いフォノンメーザーを回避する陽太。現状、箒を肩に担いだ状態では絶対に上昇は出来ない。彼女を抱えた状態では最高速度を出すことも十分な急加速を行うこともできないゆえに、上昇途中で追いつかれて不利な体勢で背後から攻撃されるのは非常にまずいからだ。

 焦れたオーガコアが更にもう一発発射してくるが、陽太は更に蛇行して回避すると、大幅に曲線を描きながら旋回して海上を疾走する。

 

 そもそも得意な距離の戦闘は中距離から近接への高速離脱戦法であるが、陽太にはそれ以上にこのような広域での高速飛行の方が適正が高く、以前このことを千冬は『ISが無ければ、お前は立派な飛行機乗りになっていた』と褒めたこともあった。そんな陽太の飛行技術にオーガコアは自分の攻撃を掠らせることも出来ずに、まるで空中で地団太を踏む子供のようにイライラしながらフォノンメーザーを乱射するのだった。

 

「(直線には絶対飛ばない)」

 

 最高速度で勝る相手に直線で飛べば必ずやられる。知識としても本能的にもそれを理解している陽太は先ほどから蛇行するような軌道を繰り返しているのだ。

 

「うっ!………火…鳥………」

「しゃべんな。舌噛むぞ」

 

 腕の中の箒の意識が戻ったことを確認した陽太であったが、今すぐ彼女をこの場で手放すことは出来ない。IS学園に引き返せればいいのだが、それをすれば間違いなくオーガコアも彼らを追いかけてくる。そんなことになればせっかくこの海上まで引き剥がしたことが意味を成さなくなるため、陽太は先ほどからこの海域をぐるぐると旋回しながら箒の回復を待っていたのだ。彼女をかばった状態では流石の陽太も攻勢に出ることができないが、彼女が回復してくれさえすれば、フルパワーのフェニックスファイブレードであのオーガコアを撃墜できるかもしれない。

 

「(もっとも………俺が威力を誤れば…)」

 

 自分の匙加減ひとつで命が失われるかもしれない………だが、それをしなければオーガコアは大量の死人を出すことになるだろう。知らず知らずのうちに表情を強張らせた陽太は、腕の中にいる箒に声をかける。

 

「後どれくらいで回復できる?」

「ウッ!………は、早く手を離せ!」

「寝ぼけるな。今は冗談言ってる場合じゃないんだ………冷静な意見を聞いてる」

「………後、2分あれば8割ほど回復させられる」

「2分だな」

 

 主義ではないが、ここは一つ箒への貸しとして逃げに徹してやるかと決断した陽太であったが、その時、オーガコアが予想だにしない新たなる攻撃手段を取ってきた。

 陽太にフォノンメーザーが掠らせることもできないオーガコアは、なんと自分の翼を引きちぎると、ブーメランよろしく、そのままフルスイングで投げつけてきたのだ。

 

「!?」

 

 咄嗟に箒を抱えながらバレルロールして回避するが、そこへ更にもう一枚の翼が飛来し、反射的に脚部のスラスターを全開にして跳躍してその一撃もなんとか避ける陽太。

 

 ―――そこへ放たれるフォノンメーザー―――

 

「火鳥ッ!?」

「痛ッ!!」

 

 射線にいた箒を庇う様に無理やり身体を捻って直撃を避けた陽太であったが、代償として右肩の一部を装甲ごと深く斬り裂かれてしまう。力を入れれば大量の出血と痛みと共に拳に力が入るあたり、神経は繋がっているようだが………。

 

 だが、箒を抱えたままでこれ以上の空戦はできそうもない。出血が激しく、時間がたてば自分も戦闘不能になるのは明白であり、逃げ回ることもできそうもない。ならば取るべき手段は一つ、非常にリスクが大きく、そしてオーガコアか自分か、どちらかの命が高確率で失われてしまうであろう最後の手段。

 覚悟を決めた陽太は箒にぴしゃりと言い放つ。

 

「大きく息を吸え。海中に入ったら浮上せずに潜水してIS学園を目指せ。いいな?」

 

 要約すると『海に放り捨てるから自力で学園まで戻れ』とも取れる言葉であるが、箒はむざむざと敵に背を向けることを了承する女ではなかった。当然のように猛抗議してくる。

 

「キサマッ、 そんな身体で一人で戦う気か!?」

「今のお前よりもマシだ。それにな………」

 

 陽太が一瞬だけ息を呑み、そして目を瞑って、一人の少女のことを思い出す。春風のような優しい声で自分を呼ぶ少女………。

 

 ―――ヨウタッ!―――

 

「………これは俺の仕事だ。『アイツ』を見捨ててまで選んだ、俺の仕事だ」

「………火鳥?」

 

 柄にもなく感傷的になったなと自重すると、箒を海面に放り出すために手の力を緩めようとした時であった。ハイパーセンサーが海中の何かを捉え、陽太と箒、そしてオーガコアすらも一同に海面を凝視する。そしてそこにあった光景はまるで………。

 

 ―――海の中で輝く、白い太陽―――

 

 深い海の底から、海鳴りを引き連れて何かが競りあがってくる。そしてそれが海面を大爆発させて空中に一気に躍り出た。

 

 ―――飛行形態に変形した鈴と、その鈴のISにしがみ付いた一夏―――

 

「一夏ッ!?」

「中華娘ッ!」

 

 二人のいきなりの出現に驚いた陽太と箒を尻目に、鈴と一夏はスピードを緩めることなく上空を駆け巡りながら、作戦を練る。

 

「でっ!? 一夏!? 全身振動兵器になってるアイツ相手に、アンタは何か作戦はないの!?」

「? 振動兵器?」

「アンタ、話聞かずにここまできたんじゃないでしょうね!?」

「振動兵器ってなんなんだよ…?」

「!? とにかく触れられないのよ! 触れたら死んじゃうの!?」

「………え? じゃあ突撃して・」

「砕けるのよ! アイツに当たったら、一方的にアンタが砕けるのよ!」

 

 冴える鈴のツッコミと一夏のボケ………意識を取り戻して、勢い良く海上に飛び出したら、たまたま戦闘区域のど真ん中だったとは二人以外知る由もない。

 

 陽太がもしこの会話を聞いていれば、間違いなく二人を殴りに入っているところである。だが、勢いだけで登場した二人に、希望の手を差し出す者が通信越しに現れる。

 

『鳳さん!? 一夏さん!!』

「セシリア!?」

「え? アンタはISないんじゃ……」

『お二人とも、そのままわたくしを信じて、オーガコアに向かって突進してください!!』

「「!?」」

 

 真剣味のあるセシリアのその言葉。普通に考えれば接触すれば粉々にされかねない相手に『突撃しろ』などと言われても、実行することなどできない………相手への強い『信頼』がなければ………。

 

「「了解!!」」

 

 だが、今の一夏と鈴はセシリアのその言葉を真っ直ぐに信じることのできる、強い『信頼(チカラ)』がある。だからこそ、二人は真っ直ぐにオーガコアへと突っ込んでいく。

 

「バカ! やめろ!?」

 

 一見して、愚かとしか言いようのない二人の行動を止めようと声を張り上げる陽太。それは陽太が『強者』あるがために、未だ陽太が知らない感情(キモチ)からの行動を起こす二人の考えが理解できないがゆえの声であった。

 

「「(セシリアッ!)」」

 

 そんな陽太の声を無視しながら、オーガコアへと突撃する二人。対してオーガコアは、一度沈めた筈の獲物の息の根を今度こそ止めてやろうと、最大出力のフォノンメーザーを放つためにその凶悪な砲口を開く。

 

 それを30km先の狙撃手が狙っていたとは知らずに………。

 

「(開いた!!)」

 

 先ほどから戦闘区域をハイパーセンサーで確認していたセシリアであったが、通信機能が上手く機能せず、陽太への通信ができないまま、いつでも狙撃できる体勢を維持したまま待機していたのだが、通信機能の復旧と同時に、一夏と鈴の復活を確認し、二人へと通信を入れたのだ。

 そして、新たなるブルーティアーズ・トリスタンのガンバイザー越しに確認していたオーガコアの能力を、セシリアは把握し、最適なタイミングで狙撃を行うために鈴たちにあえて敵へと突貫を依頼したのだ。

 

「(このタイミング、そしてお二人の信頼………裏切るわけにはいけませんわ!)」

 

 セシリアが見切ったオーガコアへの最適な、そして仲間への最適な「援護(狙撃)」のタイミング………それは奇しくも、一番最初のオーガコアとの戦闘の時、陽太が彼女に指示したものと同一のものであった。

 つまり、敵の攻撃の瞬間こそが、最大の反撃のチャンス!

 

「………ブルーティアーズ・トリスタン! セシリア・オルコット!!」

 

 汗ばむ指先に力を込め、光と共にその視線が悪魔の顎(あぎと)を射抜く。

 

「目標を射抜きます!!」

 

 ―――夕焼けの空を奔る一条の蒼光!!―――

 

「「「「!?」」」」

 

 遥か彼方、30km先のIS学園の屋上から放たれた蒼い高出力レーザーは、真っ直ぐに空中を駆け、海上で多少の減衰をすることもなく、今にも放たれそうになっていたフォノンメーザーを放つ、オーガコアの『口内』のど真ん中を射抜き、半秒遅れてオーガコアの口内が爆炎を吹き上げる。

 如何にプラズマやビームを拡散させることのできる振動能力とはいえ、物質を振動させるスピードには限界があり、そして物理世界では最速である、秒速30万kmのスピードを持つ『光(レーザー)』のスピードには、拡散させるスピードが追いつかなかったのだ。更にそこへ臨海まで達してたフォノンメーザーのエネルギーまでもが内部爆発を起こし、如何に堅牢な装甲を持つオーガコアとはいえ、相当なダメージを受けてしまい、全体振動を起こすことができない。

 

 そしてその隙を見逃す一夏と鈴でもなかった。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 人型に変形させ、両手に巨大な青龍刀『双天牙月』を構え、間合いを詰めた鈴は、口内をレーザーで焼かれてもがき苦しむオーガコア暴走体に向かって迷うことなく一直線に突っ込んでいく。

 

「アンタ『は』間違えた!」

「!?」

 

 暴走したオーガコアに届くはずもない言葉。だが、それでも鈴は自分のせいで道を踏み外してしまった少女に伝えたい気持ちがあったのだ。

 

「私『も』間違えた! だから………だから、アンタは私『達』が絶対に救ってみせる!!」

「!!」

 

 理解できる状態ではないはずなのにオーガコアの動きが一瞬鈍くなったのは決して気のせいではなのだろう………だからこそ、鈴はこの一瞬に全てを賭けるように、渾身の斬撃をオーガコアにむかって振るってみせた。

 

「はああああああっ!!」

 

 交差する鈴とオーガコア。そしてオーガコアの翼をすれ違いざまに切り裂いた鈴は、背後から続けて詰めてくる相棒の名前を大声で叫ぶ。

 

「一夏ぁぁぁぁぁぁっ!!」

「うおおおおおおっ!!」

 

 雪片弐型を肩に担ぎ、裂帛の気合と共にオーガコアに向かっていく一夏。

 間違えたことを悔やんでいるからこそ、その間違いのせいで今も苦しんでいる少女を救いたいと思う鈴の気持ちを無駄にしたくない一夏もまた、自分の渾身の一撃に全てを賭ける。

 

『展開装甲起動。雪片弐型参式・烈空』

 

 一夏の熱い気持ちに白式が応えたのか、肩に担いだ雪片弐型が瞬時に変形し、いつもの片刃の日本刀のようなフォルムから、両刃のサーベルのようなフォルムに変形する。

 

「な、なんだ一体………って、ええい、ままよ!!」

 

 この土壇場で変形されても、何の効果があるのか確認するヒマもない。半ばヤケクソ気味に叫ぶとオーガコアに向かって刃を振ってみせる。

 

 ―――紅の空を走る白き閃光―――

 

 オーガコアに向かって雪片弐型から放れた白い『飛ぶ』斬撃は、肩口から脇腹の辺りまでオーガコアを切り裂くと、白い光がオーガコアの全身に迸り、ドス黒い装甲に亀裂が入る。

 

「!!」

 

 内部から白い光が溢れ出たと思った次の瞬間、黒い装甲が粉々に砕け散り、中から全裸の少女と紫色に光るオーガコアが飛び出し、海面に向かって堕ちていく。慌てて転進して、海面に落ちていくクラスメートの少女を抱き止める鈴。

 

「………ハアァ…」

 

 若干の憔悴した表情なものの、呼吸は落ち着いているようで一安心した鈴から安堵のため息が漏れる。もしこれで彼女に万一のことがあったならば、それこそ自分は死んでも死に切れない気分になっていた所だったので、緊張してしまったが、どうやら取り越し苦労ですみそうだ。

 

「オーイ! 鈴!! その娘は無事なのかよ~!!」

「うん、アンタのおかげ様……!!」

「グエッ!」

 

 腕の中の少女が裸なのに気がついた鈴は、そうとは知らずに暢気に近寄ってきた一夏が彼女を覗き込もうとした瞬間、彼の顔を掴み上げると『目を閉じろ! てか、アッチに行け!』と理不尽な要求を行う………一夏の顔面にベアクローをかましたまま。見れば箒もその様子に気がついたのか、一夏を引っ張って行こうと彼の首根っこを掴んで『一夏! 貴様、男子でありながら!』とか言い放つ。結果、一夏は首を胴体から引っこ抜かれそうになりながら陽太に助けを呼ぶ。

 

「よ、陽太ァッ~~!!」

「……………」

 

 そんな一夏の問いかけを完全に無視して、陽太は海面に漂うオーガコアを拾い上げると、ようやく一夏の方に振り返る。

 

「……………」

 

 ―――相性の差があったとはいえ、自分が手こずったオーガコアを仲間と連携して倒した一夏―――

 

「……………」

 

 操縦者としては未熟者もいい所のレベル、戦闘者としても半端な覚悟しかない者。

 だが、自分には出来なかったことを、限界を超えることで、仲間を得ることでそれを成していく。

 

「……………」

 

 沈黙したまま知らず知らずのうちに拳に力が入る。陽太自身、何をそんなに気にしているのか、何にそれほどまでに焦っているのか理解できない。

 

 一人でも戦っていけてしまう『天才(強者)』である陽太には、仲間を作ることでしか得ることの出来ない強さが何なのか、理解できずにいたのだった………。

 

 

 

 

 ―――数日後―――

 

 

 

 

「……………」

 

 広い二組の教室に鈴が入ってきた瞬間、生徒達の喧騒はピタリと止み、代わりに遠巻きに彼女に対しての辛辣な言葉が小声でヒソヒソは話され始める。

 

「……………」

 

 もう鈴にとっては、慣れ始めた日常の光景。自分が命令されていたとはいえ、自分の意思でやってしまった以上、この学園にいる間はずっとこの時間が続くものだと思っていたためか、特に表情を崩すことなく、穏やかに受け入れていた。

 

「止めなさいよ………見っとも無い」

「!?」

 

 だが、その日は違っていた。

 クラス中の生徒、鈴も含んだ全員が教室の入り口を凝視すると、オーガコアに取り憑かれ、救出されて以来、数日振りに登校したクラス代表の少女が立っていたのだ。

 

 少女は鞄を持ったままツカツカと歩き出すと、自分の言葉に凍り付いている生徒達の間を通り過ぎ、鈴の隣の自分の席に黙って座ると、鞄から教科書を出して授業の準備をし始める。

 

「………アンタ………」

 

 呆然とその少女を見つめる鈴であったが、そんな鈴の方を振り返ることなく、少女は鈴に話しかける。

 

「私………感謝はしてないわよ」

「!?」

「だけどね、助けてもらったことを何とも思わないほど恩知らずな訳でもないから」

「……………」

 

 鈴がどう返したらいいのか分からずに黙り込んだまま困惑するが、少女は横目でチラリと見ると、表情を崩すことなく言い放つ。

 

「クラス代表、貴方の代わりにしてあげる………」

「!?」

「だけどね、勘違いしないで。今は貴方の代理で代表をするだけ………近い内に実力で貴方を倒して、正式に代表に返り咲くから」

「……………」

「貴方を倒せる算段がつき次第リベンジするから………」

 

 少女の宣戦布告とも取れる言葉であったが、だが鈴には何故かその少女のこの言葉は、ただの慰めの言葉よりもずっと優しいものに思えて、思わず満面の笑みで返事をしてしまう。

 

「うん!」

「……………」

 

 そんな鈴の笑顔に、少女は表情を崩すことなく耳を赤く染めてしまう。

 

「アンタ、見かけによらず、いい奴じゃない!」

「!! 貴方の方こそ、見かけと同じで無礼じゃない」

「それでさ!」

「何よ?」

「アンタ、名前、なんて言うんだけっ?」

 

 少女が机を拳で強打しながら立ち上がると、来た時よりも鼻息を荒くして教室を出て行くのを、鈴は不思議そうな表情で見つめ続けるのだった………。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 フランスの首都、パリにあるフランス最大の空港である『シャルル・ド・ゴール国際空港』において、ピンク色のリボンで金色の髪を纏め、首にオレンジ色の宝石が着いたチェッカーを巻き、薄手のカーディガンと白いワンピースを着た少女が、キャスター付きの大きな旅行用鞄を手に、日本行きの飛行機に搭乗しようとしていた。

 

「IS学園への手続きはもう済ませておいたわ。向こうについたらちゃんと挨拶をするのよ?」

「うん、分かってるよ『おかあさん』!」

「時々でいいから連絡をすること。それ以外はお義母さんは何も言わないから」

 

 その少女の『義母』である、妙齢ながらそれを感じさせない年若さを持つ女性が、少女に搭乗券を渡しながら言いつけるように話し始める。

 

「うん。すっかりいい表情ね。その様子だったら、陽太君は今度こそシャルロットのことほっとけないわ」

「!!」

 

 少女は義母のその言葉に、表情を林檎よりも真っ赤に染めて抗議し始める。

 

「だから! 私とヨウタはそういう関係じゃ………」

「だったらどういう関係? 陽太君が他の子と付き合ってても笑って許せる関係?」

「うううっ………おかあさんの意地悪…」

 

 義母に上手いことやり込められ、口先を尖らせながら抗議するが、そこは生まれてからの年の差か、余裕の表情で受け流されてしまう。だが搭乗時間が差し迫ってくると、意地悪そうな会話から一転、血の繋がらぬ母親は、それでも心の底から目の前の少女を慈しむ表情で、彼女の旅立ちを祝う言葉を義娘に贈るう。

 

「………彼と仲良くね」

「………うん、それじゃあ…」

 

 だが、そんな母娘の暖かいやり取りがなされる中を、男性の声が割って入ってくる。

 

「シャーーーーーーーーールーーーーーーーロッーーーーーートォォォォォッ!!!!!」

「お、お父さん!」

 

 五人のSPに羽交い絞めにされて少女と同色の髪とスーツとネクタイを乱しながらも、それでも彼らを引きずりながら、少女の日本行きを阻止しようとヴィンセント・デュノアは二人に近寄ってくる。

 

「待ちなさい! お父さんはお前の日本行きは認めていないぞ!! てかいうか、絶対に認めてなるものか!!」

「アナタ………ハアァ~」

 

 この一月の間、夫との間で延々と繰り返されている会話に、いい加減うんざりくる妻であるベロニカであったが、それでもヴィンセントは諦める気など毛頭なかった。

 

「IS操縦者になる必要はない! それに陽太君のために日本に行くだと? お父さんは二人の結婚など認めていないぞ!!」

「だからっ、違うって言ってるでしょう!!」

 

 頭に血が昇った状態で思考が暴走している父親に、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして半分涙目に突っ込みを入れる娘であったが、暴走した父親には最早言葉そのものが通用しない。

 

「お前はまだ16歳だろ!? 子供が出来てしまったらどうする気だ!? 彼は定職についていないだろ!! 日本は雇用情勢が今は悪いんだ! そんな状態でお前と子供を育てられる甲斐性が彼にあるわけがない!! お父さんはお前が泣く泣く子育てしながらアルバイトする姿なんぞ見たくないんだぁぁぁぁぁぁ!!」

「お、お父さん!?」

「シャルロット、お前はお父さんがちゃんとこれから生涯面倒を見るから、だからそんな粗雑で乱暴者な男の元になんぞいかんで、お父さんの元にグヘッ!?」

 

 いい加減ウンザリが頂点に来たのか、夫の鳩尾にハンマーのような一撃を叩き込むベロニカ………ちょっとSPたちすらも青ざめるぐらいに容赦がない。

 

「仕事のし過ぎで錯乱しているようですね。車の荷台にでも放り込んでおいてください」

「ハ、ハァ………」

 

 改めて、デュノアの権力構造が妻>娘>社長であることを認識したSP達は、誰一人反論することなく、気を失いながらも『シャル~~、お父さんの元に~~、おのれ小僧~~』とつぶやいているヴィンセントを引きずってその場を退出する。

 

「「ハァ~」」

 

 義母と義娘が同時に溜息をつく中、空港内のアナウンスで彼女が乗る飛行機の搭乗案内が流れる。

 

「それじゃあ、改めて………おかあさん、行ってきます!」

「いってらっしゃい、気をつけてね、シャルロット」

 

 一月前とはうって変わり、意志を宿した瞳をしたシャルロット・デュノアは、義母に別れを告げると、日本行きの飛行機に乗り込む。

 

「ヨウタ………待っててね!」

 

 

 

 

 

 

 




鈴編はこれにて終了です。クラス代表の少女はついに名前が出ないままでしたが、近々名前付きで再登場させますので、ご期待ください。




そして、ついに、ついに!

この小説のメインヒロインがIS学園に!!

諦めが悪い親父でしたが、親父さんは悪くないんです! ただ娘を好き過ぎて、暴走してるだけなんです!www


そして、次回はついに陽太との再会!?

ファンのみんなは「パイルバンカー放り込まれろ」と言われてますが、はてさて、どうなることやら


それでは、次回もご期待ください!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

再会

思えばこの半年以上………看板詐欺をしていました

シャルロッ党のみんな

 ま た せ た な !!

では本編をお楽しみください



 

 

 

「!?」

 

 陽太は、自分がとある大きな木の木陰に寝ていたことに気がつく。見ればそこはとある田舎町そっくりの世界で、あたり一面の向日葵畑と、どこまでも続く青い空と燦々と輝く太陽があり、そして自分が寝ていた場所のほど近くに煙突付きの民家があるため、ここが今どこなのか思い出し、溜息をつきながらもう一度寝転がった。

 

「そんなに寝てばっかりだと、今以上にバカになっちゃうぞ?」

「………IS操縦者になって一つだけ不満なことがある。なんで何時もお前のいる場所に来ると、決まって『ココ』なんだ?」

 

 大きな木の上を眺めながら、陽太は木の幹にある大きな枝の上に座る一人の少女に不満をぶちまけた。

 

「それは? もう、いつも言ってるでしょ? ボクは陽太が一番好きそうな場所を再現してるだけだって」

 

 大きな枝に座る少女………金色の髪の毛を赤いリボンで括り、まるで古代の巫女のように白い民族衣装に身を包み、布地の少なさのために白い肌があちかこちら見え隠れする結構大胆な服装であった。

 だが、問題はその顔立ちである。彼女を見て、遠いフランスの地にいる若干数名は、絶対にこう応えるであろう………『シャルロット・デュノア』そっくりだと。

 

「陽太の方こそ、どうしてそんなに不機嫌なの?」

「別に………?」

 

 明らかに不機嫌そうに返事を返すと、ゴロッと寝返りを打って少女が背を向ける陽太。そんな彼の態度にご立腹なのか、頬を膨らませながら木の枝から地面に飛び降りると、陽太の側まで寄り、大胆にも彼の頭部を抱きしめながら一緒に寝転がる。

 

「どう!? シャルロットちゃんのオッパイと同じ大きさにしてみたんだけど!?」

「……………」

「アレ? ムッツリ陽太君は感動のあまり声もでないのかな?」

 

 後頭部に感じる柔らかく温かな感触に、一気に血圧を急上昇させ、勢い良く起き上がりながら少女を振りほどく。

 

「いい加減にせんかぁー!!」

「きゃああああっ!!」

 

 ゼェゼェと肩で息をしながら少女を見下ろす陽太であったが、そんな陽太の様子が面白かったのか、少女は肌蹴てしまった衣装を引っ張りながら、蠱惑的な笑みを浮かべると、彼を手招きする。

 

「襲ってみる? お姉さんが好きな女の子に好きって言えない奥手で可愛らしい陽太君をレクチャーしてあ・げ・る♪」

「帰る(おきる)!!」

「フフンッ♪」

 

 プンスカと全身で怒りを発散させながら、大股歩きでその場を後にしようする陽太であったが、目の前の少女が浮かべる意味有り気な笑みが妙に気になり、立ち止まって彼女に問いただす。

 

「………なんだ?」

「主語が抜けてて、何を聞かれているのか理解できませ~ん」

「だからっ!」

「ま、仕方ないから答えてあげましょう!」

「(マジに殴るぞ)」

 

 拳に若干の力を込めながら、なんとか喉元まで出掛かった言葉を飲み込んで少女の言葉を待つ陽太。『女の子相手に暴力はいけません』と幼馴染の少女とその母親に昔教えられたのを思い出しての行動である………アレキサンドラ・リキュールにはフルスイングで殴りかかったが………。

 

「最近出来た末の妹にね、聞いたんだ~」

「末の妹? お前らのコアネットワークの話か?」

「そう」

「………お前ら(IS)ってのは、世間様で思われてるよりも、ずっと人間臭くて暇人の集まりなんだな」

「なんだよ、その言い方は!?」

「ハイハイハイハイ」

「ハイは一回!………えっと、それでね」

 

 そこで少女はニヤリと微笑を浮かべて、陽太に微笑みかけた。だがその笑顔が妙に『兎耳付けた天災』に似ていたため、警戒しながら後ずさる陽太。

 

「もう! なんでそんなに警戒するの!?」

「自分自身に聞け! そしてお前は年々どっかの馬鹿兎に似てきてるぞ!!」

「創造主(マザー)に似るのは当然だもん。ボク達(IS)は創造主(マザー)の子だし」

「反面教師にしろ。おおよそ考えられる限り、ああなってはならない代表例だろうが!」

「話しずれちゃったね………それでねそれでね!」

「(俺の話を聞かないところまで似てきやがって)」

「もうすぐ会えるよ」

 

 その言葉を理解するのに数秒の時間を要した陽太であったが、首をちょっと傾げながら考え込むと、少女に問い返す。

 

「誰………にだ?」

「陽太が一番会いたい人」

「だから、誰だよ」

「その顔は本気で解ってないな………駄目だこりゃ。彼女も苦労するね」

 

 『ヤレヤレ、このお馬鹿さんは~』と頭を抱える少女のことを、今度こそ本気で殴ってやろうかと拳を振り上げるが、それよりも早く、少女は何処からかその手に金属バットを取り出して陽太に突きつけるのだった。

 

「という訳で!」

「どういう訳か、一から百まで説明しろ!」

「陽太君………君は早く…」

 

 バットを振りかぶる少女は………。

 

「起きなさーーーーーーいっ!!」

「テメェ、ブホッ!!」

 

 見事に彼の即頭部を強打した。

 

 

 

「……………」

 

 朝日がようやく顔を出し始める時間帯。隣のベットでは未だにスヤスヤと夢の世界を満喫する一夏がいる中、頭からベットの下に落ちた衝撃で目を覚ました陽太は、状況を飲み込むとのそりと起き上がり、自分の胸元にある待機状態のISを掴むと、睨み付けながら問いかける。

 

「何のつもりだ?」

 

 返答がないことは承知の上だが、それでも聞かずにはいられなった陽太はISをベッドの上に放り投げると………。

 

「妙なことばっかり言ってないで、テメェーは黙って俺のサポートしてろ」

 

 そんな捨て台詞を吐き出すと、妙な気分を洗い流すためにシャワーを浴びに浴室に入っていくのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 早朝5時過ぎ。操縦者としての訓練の一環で軍人としての教育をされているセシリア、ラウラ、そして鈴。中学の頃、早朝から新聞配達のアルバイトをしたことがある一夏は遅刻も無くいつも練習のために最も新しい第六アリーナに集合したのだか、その日はいつもとは違うことが一つあった。

 

「なんだ? 鳩が豆鉄砲食らったような顔しやがって」

「いや、その………」

 

 いつもいつも、理由を付けては朝練をサボろうとして一番遅く来る陽太が、誰よりも早くアリーナに来てISを展開状態でアップしていたのだ。これに一夏達は唖然としているのだった。

 

「(ねえねえ一夏、アイツ、今日はどうしたのよ?)」

「(知るかよぉっ! 朝起きたときにはベッドの上はもうもぬけの殻だったんだし)」

「(ひょっとして何か新手の悪戯でも考えられたのでは?)」

「(有り得るぞ。この間は『親戚のお婆ちゃんの友達のいとこが急死したので練習休みます』などと本気で言っていたぐらいだしな)」

 

 四人が小さく円陣を組んでヒソヒソと小声で話している中、そんな四人に陽太は………。

 

「俺がIS展開中なこと忘れてるだろテメェーら。全部丸聞こえだぞ」

「「「「えっ?」」」」

「うし、一夏は朝一で俺と模擬戦(タイマン)な。ボコボコにして燃えないゴミにしてやるから」

「なんで俺だけ!?」

「連帯責任!」

「使い方完全に間違ってるよぉ!!」

 

 陽太には届かないツッコミを入れる一夏ではあったが、その実は内心嬉しく思う気持ちもあったのか、口では文句を垂れていたが、即座にISを展開して上空に飛び上がった。

 最近、オーガコアとの戦闘を経験してからというもの、毎日基礎練習ばかりさせられていたため、基本一夏は仲間内での模擬戦を行っていないのだ。これは『基礎を疎かにするする奴が実戦で使い物になるか』という千冬の考えでもあり、陽太もそれには異議を唱えなかったため、必然的に一夏は陽太達の訓練を見ているだけに留まっていた。

 だが、二度の戦闘において、重要なキーパーソンとして働いたという事実は知らず知らずの内に一夏にある種のフラストレーションを与えていたのだった。

 

「(もっと実戦を経験してみたい!)」

 

 基礎を重んじる千冬辺りが聞けば激怒物の考えだが、周囲も認めるほどの目覚しい成長を遂げ始めている一夏に、基礎練習の日々は物足りないのだ。

 

「(………単なるド素人……のハズなのに)」

 

 対して陽太も、身近に一夏の成長速度を目の当たりにし、知らず知らずの内に心の奥底に自分でも表現しきれない暗く、淀んだヘドロのような気持ちが募っていくのを感じ、それが最近の彼への僅かな敵愾心へと変換され始めていたのだ。普段は『雑魚など気にしない』などと豪語している陽太であるが、無意識に発してしまった言葉によって急に決まったこの模擬戦を取り下げようとは思えないでいる。まさにいい機会だと言わんばかりに、ISの内側から滲み出る炎のような闘志が今にも活火山のマグマようにあふれ出ようとしていた。

 

 二人の少年の、そんな気持ちのあり方を、周囲にいる三人の少女達は若干困惑した面持ちで見つめる。

 

「あのさ、これってやってもいいの?」

「模擬戦と銘を打っていますから………それにしても急に、陽太さんはどうされたのかしら?」

 

 この間の騒動から一転、誰に媚びる事もなくざっくばらんとした言葉と表情を示すようになった鈴と、いつの間にか対等の友人のように扱うようになったセシリア。

 

 それにしても、数日中に本国へと強制送還が決定していたはずの鈴が、何故未だに学園に普通に通い、この部隊に在籍できているのだろうか?

 それはこの間のオーガコアとの戦闘が終了した直後、全員が学園に帰還した直後のセシリアのこの台詞によってもたらされたのだった。

 

 ―――そういえば………特記事項21、本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする………などという校則がありましたわね―――

 

 用はIS学園に在籍中は、いかに本国の命令といえどもおいそれと強制送還はされないということである。だが、いかに治外法権なIS学園といえども、国際問題になりかねない問題を無視することができるのだろうか?

 鈴もすぐさまその心配をしたのだが、それを解決したのは千冬のこの台詞であった。

 

 ―――安心しろ鳳、お前は本日付で正式な甲龍・風神(シェンロン・フォンシェン)の操縦者に確定した。それに伴い部隊への正式な配属も確定した―――

 

 通話中の携帯電話片手にさも当然そうに言い放つ千冬に唖然とした鈴だったが、電話口の向こうからすらも酒臭さが漂ってきそうな女性の酔っ払いの声が『ああ~ん、気にしない、気にしない~~。オッサンどもの寝言は、お姉さんに任せなさい~~ヒグッ』という言葉を発していたことによって、すべての事柄が繋がる。 

 つまり千冬は最初から自分の目的が何なのか知った上であえて部隊に配属していたということなのだ。

 

「この忙しい時期に、むざむざ人材を手放すと私が思っているのか? 安心しろ、お前の母国の政府の百倍はこき使ってやる………その代わり、お前がこの学園の生徒であり、この部隊の一員である限りは、必ず私がお前を守ってやる」

 

 その一言によって、鈴は自分がもう誰かの人形になる必要がないのだと知り、思わず泣き崩れそうになったが、それは持ち前の根性で耐え、元気な笑顔で返事を仕返したのだった。

 

 ―――話題休題―――

 

 そして現在、対オーガコア部隊のサイドアッタカーとして一夏と共に前線で戦うポジションに着かされた鈴と、そんな彼女を一夏と共に誰よりも早く受け入れたセシリアは、この隊長と最先方との一騎打ちに戸惑いが隠せずにいた。

 

「フン、どっちも餓鬼丸出しだな」

 

 本来なら真っ先に止めるべき副隊長であるラウラであったが、生粋の軍人である彼女には特に珍しくもない小競り合いであり、また、最近の一夏の能力の向上に思うことがあり、効率重視の考えから陽太との模擬戦をあえて止めることはせずにいた。

 

「さあ、私が審判をしてやる! さっさと始めろ!」

『おう!』

『何故お前が仕切る?』

 

 ラウラが仕切りだすことに若干の不満を抱える陽太を無視して、ラウラは模擬戦開始の号令を手を振り下ろして下す。

 

『両者、はじめ!!』

 

 ラウラの号令と共に互いの手に獲物を持った両者(陽太と一夏)。

 

 そして一夏は、小細工無し、スラスターを全開にして陽太に一気に詰め寄り、手に握った雪片弐型を振りかぶる。

 

「うおおおおおおおっ!」

「……………」

 

 単純で直情を絵に描いたような一夏に、銃撃で弾幕を張ることも考えた陽太であったがあえてそれはせず、目の前に到達した一夏が振り下ろした斬撃をヴォルケーノでいなして体勢を入れ替え、彼の背後を取りながら、余裕のある台詞を口にする。

 

「おい、織斑弟。ルールの確認がまだだったな」

「ルール!? そんなものどっちかのシールドエネルギーがゼロに・」

「それじゃあ、俺が面白くない………一撃だ」

「何っ!?」

「一撃………お前がシールドエネルギーを尽きさせる前に、俺に1ミリでも傷をつけられたらお前の勝ちにしてやる。どうだ? それならお前でも勝てる可能性がちっとはあるだろ?」

 

 この余裕たっぷりの陽太の上から目線発言に、案の定、一夏は頭に血を上らせて激怒する。

 

「ふざけんなぁぁぁぁっ!!」

「別に? いたって真面目だぜ?」

 

 激怒した一夏が、陽太に怒涛の連撃を加えてくる。左、右、上、下、斜め、突き。あらゆる斬撃を雪片を使って放つ一夏であったが、陽太の両手に携えたヴォルケーノの銃身がその攻撃を尽く弾き返してしまう。

 

「ほらほらほら、お前の方こそ遊んでんじゃないの?」

「うるせぇ! これから俺は本気だすんだよ!」

 

 そう言って、一旦間合いを開き、一夏はニヤリと陽太に笑いかけると、雪片の新機能を見せ付けたのだった。

 

「いくぜっ! 雪片弐型!」

『展開装甲起動。雪片弐型参式・烈空』

 

 白式の電子音声と共に手に持った雪片弐型が瞬時に変形して、いつもの片刃の日本刀のようなフォルムから、両刃のサーベルのようなフォルムに変化する。

 

「ホウ?」

「くらえっ! 陽太!!」

 

 そして一夏は陽太に向かって雪片を振り下ろし、白い『飛ぶ』斬撃を放つ。

 

「おおっ!」

「あれが、展開装甲の………白式の能力か!」

 

 ラウラが驚くその白式の能力………未だに凶悪な「オーガキラー」とも言える単一仕様能力(ワンオフスキル)である『零落白夜』の発動が出来ない一夏であったが、新たに白式が発現させたこの『烈空』は、『零落白夜』の下位互換とも言うべきもので、一口に言うと『エネルギーを消滅』させる零落白夜に対して、『エネルギー同士の対消滅』とも言えるのがこの烈空であるのだ。対消滅である以上、消滅させられるエネルギーは同量であり、一方的なエネルギー消滅の零落白夜よりも威力で数段見劣ってしまうが、だが本家よりも優れている部分がある。

 それはまさに『飛ぶ』ことである。これは本家零落白夜にはない遠距離攻撃能力であり、また威力の調節が効くことで、ある程度の連射も出来るのだ。攻撃手段が近接一辺倒だった一夏にしてみれば、まさに僥倖とも言うべき能力の発露である。

 

「(当たれば、大ダメージを与えられる!!)」

 

 白い斬撃の勇姿に見とれる一夏。彼もこの能力には甚く嬉しがり、自分の攻撃のバリエーションが増えたことで、少しでも陽太に近づけると思ったのだった。

 

 だが、現実はそう甘くなかった………。

 

 上空に佇む陽太に向かって真っ直ぐ空間を走る烈空の白い刃であったが、微動だにしない陽太に直撃………。

 

 ―――スカッ―――

 

 ………することなく、陽太をすり抜けてしまう。

 

「へ?」

「どこ見てる?」

 

 驚きながら背後を振り返る一夏。そこにはフルフェイス状態で欠伸をしている陽太の姿があったのだ。

 一夏の放った攻撃を、残像だけ残して彼の背後を取った陽太は、すぐさま反撃を加えることなく、一夏に余裕たっぷりの声で話しかえるだけに留めた。

 

「そんなに速く動いたつもりはなかったんだが………ひょっとしてあんな見え見えの残像もわからなかったのか?」

「う、うるせぇ!!」

 

 陽太のその言葉に顔を紅潮させて、一夏は再び烈空を放つが、それもギリギリまで引き付けてミリ単位で陽太は回避してしまう。

 

「ち、ちくしょうーーーっ!!」

「お坊ちゃん♪ こっちだよ♪ 手の鳴る方へ!」

「「……………あちゃ~」」

 

 ムキになって一夏は陽太に烈空を立て続けに放つが、どれもこれも陽太には掠りもせず、見る見るうちにエネルギーの残量が減っていくことにすら気がついていないのが、地上にいる鈴とセシリアにも手に取るように理解できた。もうこうなっては勝負にもならない。その様子に頭を抱えてしまう二人。

 

「へっ?」

 

 そしてようやくシールドエネルギーの残量が一桁になり、警告音が鳴り響いたところで、自分の状態に気がつく一夏であったが、そんな一夏に陽太は微塵の手加減も加えずに、彼の腹部目掛けて、思いっきりフロントキックで鳩尾の部分を強打する。

 

「しばらく基礎練追加!」

「グフッ!」

 

 その一撃によって地面に叩き落され、絶対防御が発動し、ISが強制解除になりながら失神する一夏を見下ろしながら、陽太は深い深いため息をつく。

 

「(一瞬でもコイツを意識した自分が恥ずかしい………)」

 

 ほとんど自滅みたいな形で陽太に掠り傷一つ付けられずに敗北し、目を回して失神する一夏に、地上で厳しい意見を彼に投げかける三人の少女達。そんな彼女達と共に『この間感じた頼もしさはきっと気のせいなんだろう』と一人で納得した陽太は、ゆっくりと地面に降り立つのだった………。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 その後、水をぶっ掛けられて気がついた一夏であったが、仲間である三人の少女からの「情けないですわ」「自滅とかダサすぎる」「もっと訓練あるのみ!」と散々なフォローを浴び、しかも陽太にも半笑いの状態で「文句言わずにランニングね、負け犬」との台詞を喰らい、半泣きの状態で「覚えてろよ! 次は勝ってみせるからな!」との宣言をしつつ、大人しくランニングに従事し、他の三人も各自各々与えられたISの性能を引き出すための訓練に努める。特にISがバージョンアップしたセシリアとラウラは搭乗時間を効率良く引き伸ばして、少しでも性能を引き出さなければならず、訓練の内容も濃い物になっていた。

 

 そのためか、SHRの時間が差し迫ってしまい、各自急いで制服に着替えて更衣室から駆け出していく。

 

「おい、陽太!」

「先行け、負け犬」

 

 陽太を除いて………。

 

「陽太さん!? このままでは授業に遅刻してしまいますわよ!?」

「大丈夫大丈夫……なんとかなるなる」

「何がどう大丈夫なのよ!!」

 

 セシリアや鈴も急いで駆け出そうとするが、当の陽太がどこか上の空な状態なため、焦りながら問いかけるが、一向に陽太は動こうとしないのだ。

 

「置いていくぞ!? 教官にする遅刻の言い訳でも考えておけ。もっともそんなもの通じないだろうがな!」

 

 そう言ってラウラは三人を引っ張っていく。一夏達も陽太の煽りを受けてとばっちりを受けるのは勘弁願いたいのか、特に反論することなく教室へと駆け足で向かっていく。

 

「………なんだろう? この嫌な胸騒ぎ?」

 

 今朝見た変な夢(ではなくある種のコミュニケーション)の為か、どうにも足取りが重たい陽太は、ポケットからタバコを取り出すと、一本咥えて火を着け、ゆっくり煙を吸い、そしてゆっくりと吐き出す。

 

「………仕方ない、いくか」

 

 だが、遅刻はともかく授業をサボると、マジで千冬に撲殺され兼ねないと考えたのか、陽太は携帯灰皿にタバコをしまうと、重い足取りで教室に向かって歩き出す。

 

 そこで運命の再会が待っているとは知らずに………。

 

 

 一方、陽太とは違い、なんとかギリギリ千冬達が教室に来る前に着席することが出来た一夏達は、一息着きながら、教室内の微妙な空気の変化に気がつく。もっとも箒のみは別段興味無さ気に教室の窓から外の様子を眺めていたが………。

 

「(なんで、みんなそわそわしてんだ?)」

「あ、織斑君おはよー。ねえ、転校生の噂聞いた?」

 

 いつもよりもギリギリに教室に入った一夏に、クラスの女子が話しかけてきた。

 

「転校生? 今の時期に?」

「うん、なんでもウチのクラスでフランスの代表候補生らしいわよ」

 

 IS学園はその性質上、学園の転入手続きというものには国やそれに準じた機関の手続きが必要な為、けっこうな確率で転入できる人間は優秀な者が多いのだ。

 

「ふ~~ん」

 

 だが今朝のタイマンからランニングによってすっかりと体力を消耗した一夏は特に気にする様子もなく机につっぶしてしまう。しかし無情にも彼が少しでも休養を取ろうとした瞬間、教室のドアが開かれ、クラス内の喧騒がピタリと止み、一夏も何とか起き上がって前を向く。

 

 そこにはいつもの鉄仮面を作った千冬と、ニコニコと笑みを浮かべる真耶と、そして、見たことがない女生徒が鞄を持って入ってきた。

 

 ―――人懐っこそうな笑顔とアメジストの瞳。濃い黄金色の髪の毛を首の後ろでピンク色のリボンで丁寧に束ねて、首にオレンジ色の宝石が付いたチェッカーを着け、健康的な白い肌が見える美脚をした少女―――

 

「全員………オイ織斑。隣のバカはどうした?」

 

 教壇に立った千冬が、一夏の隣の席にいるはずの少年について問いかける。

 

「なんかグズグズしてたんで置いてきました」

「また遅刻か………あとでスクリューパイルドライバーをすることは確定事項として………アイツめ、もしや途中で気がついて一日隠れるつもりか?」

『???』

 

 何かニヤニヤする千冬を不思議そうに見るクラス一同。こんな上機嫌そうな千冬など学園に来てから見たことがないため、なおさら異質に映ってしまう。

 

「仕方ない………自己紹介を始めてもらおうか」

「ハイ、織斑先生」

 

 そして女生徒は一歩前に出ると、ディスプレイに表示された自分の名前を読み上げながら、温和そうな笑顔を浮かべ、クラス全員に微笑みかける。

 

「シャルロット・デュノアです。皆さん、よろしくお願いします!」

 

 

「ッッッ!!!?」

 

 教室のドアに手を着けかけた陽太の全精神全神経全運動器官が一斉に停止し、完全に硬直する。そして数秒後、意識が復帰し、遅れて身体の自由を取り戻した陽太は、自分は最近働き過ぎのせいで幻聴が聞こえて来たんだよ、ヤレヤレだ………と必死に言い聞かせ、教室のドアを豪快に………。

 

 ガラッ

 

 開くことなく、ちょっとだけ開けて中の様子を注意深く観察する。

 

「(クラスメート共、エロ下着、うるさ兎、Fカップ、負け犬………)」

 

 全身から冷や汗を垂れ流し目を血走らせながら、どうか俺の聞き間違いでありますようにお願いします、と必死に何かに祈りつつ視線を段々と教壇の方に向ける。

 

「(鬼ババァ、童顔巨乳眼鏡先生………ヒィッ!)」

 

 ピシャッ

 

 そして教室のドアを再び閉めると、ドアに張り付きながら、荒い呼吸で状況を確認し始める。

 

「(ウソッ!………これは幻覚だ! 幻だ! 有名なオ〇レな人の名台詞『錯覚だ』!!?)」

 

 ガラッ

 ピシャッ

 ガラッ

 ピシャッ

 ガラッ

 ピシャッ

 ガラッ

 ピシャッ

 ガラッ

 ピシャッ

 ガラッ

 ピシャッ

 ガラッ

 ピシャッ

 ガラッ

 ピシャッ

 ガr

 

「うっとしいわっ!!!」

 

 陽太の非常に女々しいことこの上ない行動に切れた千冬が、思いっきり教室のドアを開いて、陽太の首根っこを掴み、彼を教室の中に放り込む。

 

「ぐへっ!?」

「いつもいつも下らんビックマウスを使う癖に、こういうときのその女々しさは一体なんだ!!」

 

 床に倒れている陽太に千冬が吐き捨てるが、何故か陽太は何も答えずに起き上がろうとしない………多分、このままやり過ごそうとしているのだ、千冬………ではないのは勿論の事だが。

 

「……………」

「……………」

「……………では授業を…」

「(しめた!? 授業中は私語厳禁! チャイムが鳴ると同時に全速でバックレて体勢を立て直す!!)」

「と思ったんだが、急な職員会議が入って、一時間目は自習とする。騒ぐなよ」

「嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 勢い良く立ち上がると、いつもは誰よりも授業に不熱心な男が全力で千冬に授業をすることを要求する。

 

「授業しよう! お願いだからさ!!」

「断る」

「断るなよ!? 授業しないで何の為の学校だよ!?」

「正論だが、今日のところは聞いてやれない………では行こうか、山田君」

「は、はい………」

 

 早足で教室から出て行く二人に縋り付くことも出来ず、教壇の前でまるで何かに必死に土下座しているような体勢で取り残される陽太………。

 

「(口元が若干笑ってた。絶対にワザとだ………あ の ク ソ ア マ ッッ!!)」

 

 後で絶対にシメると心の底から誓うが、すぐさま現状に気が付く。

 

「(超~~~~~~気まずいんですけど?)」

 

 背後にシャルの気配があり、しっかりと今の自分の姿を見ているのが解る………もうこうなっては勢いに任せて逃げ出すということも出来そうもない。すくり、と立ち上がると陽太はシャルのほうに振り返る………顔だけは背けて。

 対して、シャルは先ほどの温和そうな笑顔が成りを潜め、前髪に表情が隠れたまま俯き加減で陽太の前に立つ。

 

「……………」

「……………」

 

 そして忘れてはならないのがクラス一同。彼女達はいきなり教壇の前で醸し出された異常な空気を察知し、固唾を呑んで事の成り行きを見守ろうと無言で目の前の二人を凝視する………のだが、一人だけ、一人だけ空気を致命的に読んでやれなかった奴がいた。

 

「なあ、どうしたんだ陽太?」

「(織斑君! ちょっとっ!?)」

「(今話しかけないでよ!!)」

「(空気読んで!?)」

「(良いところなんですわよ!?)」

「(これが………昔、クラリッサ達が言っていた『修羅場』というやつか!?)」

 

 だが、そんなクラスメート一同の心の声も届かないのか、一夏はなおも硬直している二人に話し続ける。

 

「前に陽太はフランスにいたって言ってたからさ、ひょっとして二人とも知り合いなのか?」

「!?」

 

 クラス中が『その質問をこの状況でした勇気』だけは一夏に感じつつも、とりあえず黙らせようと何人かの女子が立ち上がった瞬間だった。

 

 ―――ゆっくりとシャルの両肩が上がっていき、両足を地に踏ん張るように大股で開き、ついに両手が腰に据えられたのは―――

 

 もう完全に温和そうな空気は消し飛び、むき出しの怒気を陽太にぶつけるシャル。

 

「………言い訳……ある?」

 

 一片の言い訳も許さないという決意を込めた硬く鋭い言葉をぶつけられ、陽太はさらに俯いてしまう。

 

「…………俺は………その………」

 

 いくつもの言い訳の言葉出てきた、やがて陽太は、何事かを考え、そして決断すると覚悟を決めた顔を上げてシャルを見た。

 

「………殴れ」

 

 その瞬間、キリッ! と目を上がらせたシャルが大股で陽太の目前に近寄ると、唇を強く噛み締めて、有らん限りの力で拳を握り締め、全体重を乗せた右ストレートを陽太の鼻っ面にぶち込む。

 

「グッ!!」

 

 その容赦なく振り抜かれた右ストレートに思わず後ずさりかけるが、これも自分のした行いの償いだと考えていた陽太はなんと踏みとどまり、左の拳を握り締めていたシャルをしっかりと見据えて………驚いた表情になる。

 

「馬鹿っ!!」

 

 可憐な瞳に溢れ出る涙を溜め込みながら、涙声で陽太の胸を打つシャル。

 

「馬鹿っ! 馬鹿っ! 馬鹿っ! 馬鹿っ!!」

「……………」

 

 何度も何度も何度も胸を打つシャルに、陽太はどうすればいいのかわからずに戸惑いながら成すがまま打たれ続ける………。

 

「馬鹿っ!! 私は望んでない! 私は………私はヨウタが一人で何処かで傷付くことなんて望んでないのに!! それなのに! ヨウタはっ!!?」

「あ………いや………その…」

 

 自分の胸の中で小さく震えてすっかりと力を失くしながらも、それでも泣きながらポカポカと胸を打ち続ける幼馴染の少女の、この一ヶ月の間の不安さが伝わってきたためか、陽太はシャルの頭を撫でながら謝罪する。

 

「その……あの……俺も………」

「言い訳するなッ!!」

「ゴメン………シャル………」

 

 謝罪しながら頭を撫で続ける陽太と、陽太の胸の中で小さく震えながら抱きついている少女………。

 

「「「………どういうこと?」」」

 

 現状がまったく理解できない一夏とラウラと箒。

 

「(な………何者なのです!? シャルロット・デュノア!?)」

 

 密かに想いを寄せる陽太をいきなり殴ったかと思えば、陽太に謝罪させるという偉業を見せ付けられ、戦慄するセシリア。

 

『あらあらあら、まあまあまあ………』

 

 そして大半のクラスメートの女子達は、上質なラブコメの匂いを嗅ぎ取り、それはそれはとても興味津々と二人の様子を眺めているのだった………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




とりあえず、陽太はモゲテよしw


さてさて、太陽の翼はこのまま単なる学園ラブコメになってしまうのか!?

当然、そんなことはないぜ!!


次回「陽太、天に代わってお前を殺す!」(嘘予告


どういうことかは、次回をお楽しみくださいねw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シャルロットの気持ち

さてさてメインヒロイン回第二段!?

そして陽太の久々の「困ったスキル」が発動します!!


 

 

 

 

 コンコンッ

 

「では、皆さん、静粛にっ!」

 

 丸めた教科書で教壇を叩いたのは、常に眠たそうなゆるゆるの笑顔と雰囲気を全身から発し、だぶだぶの制服を羽織、余った袖をまくることもしないで着こなしている少女『布仏 本音 (のほとけ ほんね)』こと通称『のほほん』は、黒板に書かれた議題について、まるで裁判長のごとき振る舞いで進行を務める。

 

「では、皆さん! 『よーよーの女の子泣かせ事件』についての審議を執り行います~~、皆さん、宜しいですか~?」

「一から十まで、何一つよろしゅーないわ!!」

 

 椅子に括り付けられながら抗議の声を上げる陽太と、女子生徒達からハンカチを渡されながら丁重に慰められるシャルロットという対比であったが、のほほんは一瞬だけ陽太の方を笑顔で見ると………。

 

「では審議に入りま~す」

「だから無視すんなっ!!」

「判決! よーよーは『クラスの女子全員に一ヶ月の間三食デザートを無料奉仕する』の刑とします~!」

「「「「マンセー!」」」

「「「「よっ、大岡裁判!!」」」」

「審議してないだろうが!! そしてなんで関係ないお前等に無料奉仕せんといかんのだ!?」

「静粛に! よーよーは女の子を泣かした大犯罪者なんだよ~!」

「「「「そうよ、そうよ!」」」」

「「「「連帯責任で私達に無料奉仕するのは当然でしょう!?」」」」

 

 意味のわからない連帯責任問題に対して『違憲立法だ! 断固抗議する!!』と騒ぎ立てる陽太であったが、クラス中の女子生徒が一斉に鋭い目線を陽太にぶつけて、珍しく気圧されてしまう。

 

「火鳥君って、最初は怖い人かと思ってたけど、ひょっとしてヘタレさんじゃないの?」

 サクッ

「そうそう。ISに乗って戦ってる時って、結構イケメンかもって思うけど、日常だと織斑先生に叱れてばっかりだよね?」

 サクサクッ

「後、よく授業サボろうとするよね? でも補習の常習犯だし」

 サクサクサクッ

「この間、実力テストで一人だけ『字が汚すぎて採点出来なかった』って真耶ちゃんに言われてたし」

 サクサクサクサクッ

「そういえば教官から渡された漢字ドリルはもう全部済ませたのか!?」

「へっ? 漢字ドリルって!?」

「うむ。教官が「火鳥の日本語書き取り能力が小学生レベル」だと嘆かれ、とりあえず小5レベルの物を渡されたハズなのだが………」

「ああ、あれってそうだったのか? この間、寮の部屋で長い間机と睨めっこしてたから何なのかと思って聞いてみたら、突然『お前、やってみろ!?』とか言われたからしたけど………」

「うわ、それほんと織斑君?」

「サイテェ………」

 サクサクサクサクサクッ

「そういえば未だにお箸使えないよね」

「三日で匙投げて『俺のスピリットを理解するのはこの二本は柔らかすぎる』とか言ってスプーン使ってるし」

 サクサクサクサクサクサクッ

「わたくし、下着見られた上にむ、むむ胸を触られましたわ!!」

「えっ!? それ初耳」

「………胸のことで私もセクハラなこと言われたぞ」

「篠ノ之さんも!?」

「ヘタレでセクハラだなんて………」

 

 女子生徒達からの情け容赦ないコメントを散々言われた陽太であったが、だがここでようやく彼は反省………。

 

「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーよっ!! 超ーーーーーーーーーーーーうるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーよぉぉぉっ!!!! さっきから聞いてりゃどいつもこいつも好き放題言いやがって!!」

「うわ、逆ギレだ!!」

 

 ………なんて当然するわけもなく、椅子に括られたままの状態で勢いよく起き上がった陽太であったが、一月前の入学当時ならいざ知らず、今の彼を知る者には如何ほどの恐怖も与えれずにいた………彼は口調ほど乱暴ではなく、意外に理知的でおいそれと暴力を振るわない(一夏を除いて)ということがクラスにも知られたためで、それはある種の親しみを持たれ出していると、まだこの時の陽太は理解できずにいたが………。

 

 だが、一夏が後ろからしがみ付いてブレーキをかけられている陽太と、クラスの女生徒達の間で激しい口論がなされる中、しばしそれを呆然と眺めていたシャルはだんだんとその様子が可笑しくおもわずクスリと笑ってしまうのだった。

 

「どうした?」

「あ、いえ………すみません」

 

 隣に立っていた箒が、妙に目の前の様子を面白そうにしているシャルに質問を投げかけてみる。

 

「えっと………」

「篠ノ之箒だ」

「篠ノ之?」

 

 一瞬だけ視線が刃のように鋭くなるシャルの変化にたじろぐ箒であったが、すぐさま元の温厚そうな笑顔に戻ると、後ずさってしまった箒にフォローを入れた。

 

「あ、ごめんなさい篠ノ之さん。べ、別に篠ノ之さんを怯えさせるつもりなんてなかったんだけど………」

「そ、そうか?」

「うん………ただちょっと……一発の借りは返さないとなって…」

「???」

「ううん、こっちの話、こっちの話」

「まあ、なんだ………」

 

 コホンッと一度咳き込むと、箒は改めて目の前で小学生レベルの口論を繰り広げる陽太と女生徒達を眺めながら箒は話を続ける。

 

「先ほど、何を楽しそうに笑っていたんだ?」

「ん?………ヨウタが、こんなに楽しそうに学校に通ってるのが嬉しくて」

「楽し………そうなのか?」

 

 箒には、どうにも一方的に陽太が言葉で言いくるめられて地団駄を踏んでいるようにしか見えないのだが、どうやらシャルには違った様子で見えていたようだった。

 

「ヨウタってさ、昔からすごく人見知りする子で、それが原因で友達出来なくて………だから最初、IS学園に入学してるって聞いて凄く心配したんだ。ちゃんと友達出来てるかなって」

「………耳が痛い話だな」

「???」

「イヤ、なんでもない」

「でもね、逆に慣れれば人を惹きつけるタイプなんだ………だから、この学園の人達がヨウタのこと受け入れてくれてて、私、凄く嬉しかった」

「………デュノア……」

「あ、シャルでいいよ。篠ノ之さん」

「あ、いや、その………(まるで火鳥の保護者のようだぞ)」

 

 どうみても遠く離れてた息子か弟の成長を喜ぶ母か姉のような発言に、箒は先程とは違った意味で衝撃を受ける。だが、そんな箒を尻目にシャルはスッと立ち上がると、ニコニコと笑いながら陽太に近づく。

 

「バーーーカッ! バーーーカッ!!」

 

 舌を出しながら『あっかんべー』する陽太に、シャルはゆっくりと近寄ると、彼の斜め後ろに立ち止まって声をかける。

 

「ヨウタ?」

「んだよっ!! 今取り込み中だ!!」

「私ね、凄く嬉しい………ヨウタに友達が出来て」

「!!?」

 

 『友達』という単語に反応して素早く振り返った陽太は、必死な形相でシャルの理解は間違いであると言い始めた。

 

「友達!? こんな奴等友達じゃないやい!!」

「「「こんな奴等って何よぉー!?」」」

「綺麗にハモんな!!」

「もう、ホント昔から素直じゃないんだから………でもね、ヨウタ」

 

 ぬっと伸びた手が陽太の首根っこを掴んだかと思うと、椅子に括り付けられている状態の少年の足元が数センチ浮き上がる。

 

「………女性の下着見たり、胸触ったり、セクハラしたりってどういうことなのかな?」

 

 温厚な笑顔と温厚な目の色に、何故か背景から悪魔染みた黒いオーラが教室内を覆い尽くしていることに気がつき、彼は理解する。

 

 マズイ、これは非常にマズイ流れだと。

 

 すぐさま彼はこの状況を回避するための言い訳を考え出すが、上手い具合に言葉が出てこない。だがもしそこで諦めては、人生という名の試合が終了してしまう。有名なバスケの監督も言ってたじゃないか、諦めたらそこで試合終了だよと………。

 

「……………深度一万メートルよりも深い理由があるので、一言ではとても言い表せないのですが………あえて言い表すなら『事故』ということでして、ハイ…」

「うん、じゃあとりあえず二人っきりで話を聞いて、改めて頭冷やそうね………物理的に」

 

 やっぱり無理でした。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 生命の危険を感じて暴れる陽太の首根っこを掴み上げながら、モーゼのごとく体から発した空気だけで人垣を割ったシャルが教室から出て行く。しばし訪れる沈黙、そして………。

 

 ―――地響きを起こす打撃音、絹を引き裂くような悲鳴で叫ばれる少年の命乞い、辺りに舞う血飛沫、そして激しさを増す鉄槌の嵐―――

 

 その日の情景を後に織斑一夏はこう語った。『千冬姉が菩薩と思えるぐらいに酷かった』と………。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 騒動が治まった後、二時間目の授業を行うために千冬と真耶が教室に戻ってきた時、彼女達が見たのは、いつも以上に静まり返った教室内と、その中で全員冷や汗を流しながらピクリとも動かずに着席し、一人ニコニコとしながら授業の開始を待つシャルロット・デュノアと、一夏の隣の席で血まみれになりながらアン〇ンマンのように顔面を腫らして、時折ピクピクと痙攣したまま失神している陽太の姿であった。

 そのあまりの悲惨さに言葉を失くしてしまう真耶であったが、もっとも隣でテキストを開いてさっさと授業を進めようとしている千冬は動揺など欠片もしていなかった。だが、テキストを開いた後、一度だけシャルの方を見ると………。

 

「気は済んだか?」

「ハイ!」

「そうか、では授業を始める」

 

 どうやら千冬の中では予定通りのことだったらしい。流石にこれには一夏も口にこそ出さなかったが心の中で『ヒデェ………』と言ってしまう。口には絶対に出さなかったが………。

 

 その後、午前中の授業はつつがなく行われる。特に転入したてにもかかわらず、シャルのIS関連への造詣と理解力は群を抜いており、教師である千冬や真耶からみても一月分の授業の遅れなどを気にする必要は全くなく、逆に前の方の席で相変わらず教科書と真耶が話して書いている内容とを必死に照らし合わせている一夏の方が明らかに授業に遅れていて、千冬の頭痛の種になっていた。

 

 そして、昼休み、対オーガコア部隊のメンバーと箒、そしてシャルロットという構成で集まり、楽しいランチタイムが開かれていた………もっとも、対オーガコア部隊の隊長だけは率先して逃げ出そうとしてシャルに拘束されてしまったが。

 

「今日だけで、俺は一生分の不運な目にあったぞ!!」

「不運と言うよりも、身から出た錆だよヨウタ?」

「なんだとっ!?」

「なんだよっ!?」

 

 焼きそばパンを頬張りながら愚痴る陽太と、同じくサンドイッチを食していたシャルが互いに睨み合うが、十数秒後、ヨウタが根負けする形で視線をずらしてしまう。午前中の件のおかげか、精神的にすでにへし折られている模様である。そんな今まではあり得なかった光景に、鈴が実に面白そうに二人の関係を茶化しに入った。

 

「へぇ~~、アンタってこの子に弱いんだ~?」

 

 鈴が面白そうに陽太の頬っぺたをぐりぐりしながらからかうと、少年の額にピシリッ!と音を立てて青筋が奔る。

 

「…………」

「沈黙は肯定って受け取るわよ~?」

「黙れ、メイド・イン・チャイナ・イズ・ZE☆PE☆KI☆!」

 

 その台詞を聞いた瞬間、今度は鈴の額にピシリッ!と音を立てて青筋が走る。

 

「ほ、ほほほほほほう? わ、わわわわたしのこと言ってるのかな?」

「お前以外に誰が………いたな、ドイツ」

「??? 何の話だ?」

 

 この手の話題が相変わらず苦手なラウラは、カロリーメイトを食べながら子リスのような仕草で頭をかしげた。

 

「アンタ、乙女のトップシークレットに触れて生きて帰れると思っての!?」

「上等じゃ発育不良!! ボコッてふとももに『私デブ専で~す(はーと)』って掘り込むぞ!!」

 

 一触即発の状態で立ち上がる両者であったが、三度そんな状況にシャルの厳しい目線が陽太の視界に割り込んでくる。

 

「ヨウタ………」

「なんだぉ!? 何でも俺が悪いって言うつもりかよ!!」

 

 大声で怒鳴りあげるとそのまま地面に不貞寝して一言も話さなくなる陽太、今の彼に出来るシャルに対しての精一杯の抵抗である。

 そんな陽太よりも鈴の興味は俄然シャルの方に向けられ、シャルにしても鈴に対して好意的な姿勢で握手を求めた。

 

「私の名前はシャルロット・デュノア。皆、呼び名はシャルでいいよ」

「私の名前は鳳 鈴音。鈴でいいわ!」

「じゃあ、俺は織斑一夏、一夏でいいぜ!」

「わたくしはセシリア・オルコットですわ!」

「ラウラ・ボーディヴィッヒだ」

「じゃあ、よろしくね鈴、一夏、セシリア、ラウラ!」

「ん! よろしくシャル」

 

 陽太ではありあえない速度で打ち解けあうシャルと鈴達であったが、鈴はシャルの苗字にとある心当たりを思い出す。

 

「ねえ、シャル………アンタさっき、デュノアって」

「ん? そうだよ。私のお父さんはデュノア社の社長なの」

「「「「!?」」」」

「??? デュノア社?」

 

 一夏だけがボケた返しをする中、四人の少女たちは目の前の少女が世界第三位のISメーカーの令嬢であることに強い衝撃を覚え、そしてある種の納得をする。どこかしらの気品を感じさせる立ち振る舞いに、IS関連の知識、確かに世界屈指のIS開発力を持つ大企業の令嬢ならば納得もできよう。しかも聞けばフランスの代表候補生だという。難しい編入試験を潜り抜けてきただけに、おそらくそれ相応のIS操縦技術も併せ持つと考えてもいい。

 だが皆がうんうんと頷く中、一人とある事実に気がつく少女がいた。

 

「(令嬢、代表候補生、金髪………ハッ! わたくしのポジションがっ!?)」

「? どうしたの? 虫歯?」

 

 隣でムンクのごとく顔で驚愕? の事実に揺れるセシリアに不審な表情になる鈴。イギリス貴族だからなのか、それとも彼女がセシリア・オルコットだからなのか、自分というパーソナリィティーに重大な障害が出ることには非常に敏感なってしまうようである………シャルには何一つ非はないが。

 

「(わたくしの………わたくし(ヒロイン)の座が奪われてしまう!!)」

「???」

 

 戦慄して慄いているセシリアがシャルを見つめる………が、脳内で一人勝手に盛り上がっているセシリアの視線の意味がシャルには伝わらなかった………当然である。

 

 色々と個性的なリアクションをしてくる一行を温かな目で見つめていたシャルであったが、ふと、ある重大な話を思い出し、その話を笑顔で切り出した。

 

「ヨウタッ! 私、お願いがあるんだ!!」

「………んだよ?」

 

 笑顔の彼女は不貞寝して寝転がっている陽太の方を向き直ると、表情を固くし、軽く軍隊調の敬礼をしながら、陽太に進言する。

 

「ヨウタ隊長! 私、シャルロット・デュノアは対オーガコア部隊に入隊したく、ヨウタ隊長に推薦を貰いたい所存です!」

「!?」

 

 シャルのその言葉に一瞬だけ肩を震わせた陽太。対して一夏達は一様に驚きの表情を浮かべながらシャルに問いかけてくる。

 

「シャ、シャル! それってどういうことなんだよ?」

「どうもこうも………私も一夏達の仲間になりたいって思ってるんだ」

「そんな、なりたいからなれます、って部隊じゃないのよ!?」

「その辺りは大丈夫だよ鈴………フランス政府からの推薦と、織斑先生にも推薦を貰ってるよ」

「教官から!?」

「そうだよラウラ。私の専用機は対オーガコア用の物だし、基礎訓練も済ませてるから、問題ないって………」

「で、でも、それならどうして陽太さんの推薦が必要なんですか?」

「その辺りは私もよく分からないんだけど………一応、ヨウタが『隊長』だからって……やっぱりセシリア達もヨウタの許可貰ったの?」

 

 顔に似合わない行動力で『国からの許可』『千冬の許可』『対オーガコア用IS』という入隊の条件を済ませているシャルに、皆が更に驚く。そして最後の問題である現場リーダーの陽太の許可を受けようとシャルは一歩前に乗り出して、再び陽太に問いかけた。

 

「ヨウタ! 私、頑張るから!」

 

 陽太から別れ、束からISを受け取って一ヶ月。寝食を惜しんで訓練に励んだのは他でもない、陽太の力になるためであったシャルにとって、ようやく努力が報われようとしている瞬間であったためか、声色が若干上がっていた。それだけ彼女が陽太の返事を待ち遠しく思っているのだ。

 

 ヌクリ、と立ち上がった陽太は無言のまま、昇降階段に向かうと、入り口の扉に手をやり、静かに答える。

 

「………ヨウタ?」

「そういうことなら俺の答えは一つだシャル………入隊は認めない。おとなしくフランスに帰れ」

「!?」

 

 陽太の予想外の返答に今度はシャルが驚愕する。

 

「人手は足りてる。お前がいても邪魔になるだけだ……………わかったなら、とっとと失せろ」

「オイ、陽太!?」

「アンタ、少しは言い方ってものがあるでしょう!!」

 

 陽太の厳しいを通り越した棘のある言葉に、シャルよりも周りにいた一夏と鈴が反発した。

 

「フランスからせっかく来たんだぞ!?」

「俺は頼んでない。寧ろ、うっとしいぐらいだ」

「それ、本気で言ってるの!!」

「ああ。頼んでもいないのに勝手にきて、勝手なことばっかりほざきやがる………迷惑なんだよ」

 

 ブチッという言葉が聞こえたかと思うと、一夏と鈴が勢いよく立ち上がって握り拳片手に陽太に殴りかかろうとするが、それをシャルが自ら静止する。

 

「ダメッ!? 一夏も鈴も止めてっ!!}

「止めんなよシャル!!」

「ちょっといくらなんでも………アンタがバカにされてんのよ!? 悔しくないの!?」

「それは…………ヨウタッ!!」

 

 シャルの言葉にも陽太は一切振り返らず、背中越しに彼女に言葉だけを一方的にぶつけた。

 

「話は以上だシャル。わかったならフランスに早く帰れ」

「………イヤだ。私は帰らないよ」

 

 そのシャルのはっきりと陽太の意見を跳ね除ける言葉に、陽太は珍しい苛立った表情と瞳でシャルを睨み付けながら言い放つ。

 

「ふざけんな、早く帰れ!」

「イヤだ」

「いい加減にしろよ………お前のバカ話にこれ以上付き合う気は、俺にはない」

「コッチには大有りだよ。それに私は真剣に話をしてるんだ。バカ呼ばわりしないで!」

「!!」

 

 苛立って扉を開くと、早足で潜り抜け、扉が壊れるかと思わんばかりの乱暴さで戸を叩き閉める陽太。そして豪快に閉められた音を残して階段を下りていく彼の後姿を見送りながら、シャルは項垂れて肩を落としてしまう。

 

「シャル………そんな落ち込むことないわよ」

「そうだ。いくらなんでもアイツのアレは横暴が過ぎる」

 

 鈴とラウラがすかさずフォローを入れるが、シャルの表情は晴れることは無い………。

 

「(わかってたことだ………陽太が素直に『うん』って言ってくれないことぐらい………)」

 

 ISを渡された時にも束に指摘されていただけに、シャルは思っていた以上の動揺はせずに陽太の対応を受け止めることができた。束の指摘どおりだったのが少々癇に障るが………。

 

「(でも絶対にあきらめない………)」

 

 陽太の力になってみせる。

 母にも父にも会社の皆にも我侭を通して、それでも頑張ってきたことを、簡単にあきらめるわけにはいかない。なによりもこのまま泣いて帰ろうとものなら、その皆に申し訳が立たないし、何よりも束が自分を嘲笑おう。それだけはシャル自身のプライドが許せるものではないのだ。

 

 彼女はもう一度、陽太が去っていった昇降口を見ると、意を決して立ち上がるのだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 穏やか午後の日差しが差し込む、畳の上に千冬と真耶、そしてカールという学園教師三人が座りながら、カールが入れてきたコーヒーを飲みながらくつろいでいた。

 いつもならば、この時間、特に用事の無い場合はカールのいる保健室にいることが多い。これは無論、彼女の体調の関係上、もしものことが起こった場合真っ先に適切な処置ができる主治医のカールの目の届く場所にいるという意味が多いのだが、今日だけはその場所を保健室ではなく、IS学園にある武道場に移していたのだった。しかも何故かいつものスーツではなく、白いジャージ姿に手足に格闘用の教導の際に使用するグローブまで嵌めた状態である。

 

「あの織斑先生?」

「ん?」

「どうして今日に限って保健室ではなく、ここだったんですか?」

 

 コーヒーと一緒に食べようと持ってきたシュークリームを頬張りながら真耶が質問をする。それににこやかに答えたのは千冬ではなく、隣で足を広げてくつろいでいたカールであった。

 

「簡単だよ山田先生。私が言ったのさ………『保健室で暴れられてはたまらん』と」

「???………あの、お話が…」

「大丈夫。もうすぐ何の話なのか理解できるさ」

 

 穏やかで静かな空気が流れる武道場であったが、千冬が飲み干したカップをカールに手渡すと、静かに瞳を細めながら重い口を開く。

 

「………来た」

「ほう?」

 

 何が来たのか? 最初は理解できない真耶であったが、だんだんと荒い足音が道場に近づき、入り口の前で止まったかと思えば、勢い良く木製の戸を吹き飛ばして陽太が土足で上がり込んでくる。

 

「か、火鳥君!? 何事ですか!!」

「!!!」

 

 千冬の姿を見るなり、親の敵を見るような厳しい表情になりながら、鼻息荒く彼女に近づく陽太を止めようと真耶が駆け出そうとするが、それをカールが腕を掴んで静止してしまうのだった。

 

「カール先生!?」

「今、割って入るのは危険だ」

「ですが!?」

「大丈夫大丈夫………それに今回ばかりは、陽太君が勿論悪いんだが、私は彼の心情も理解できるんだ。男としてね」

「?」

 

 『男』という単語を強調したカールと、どういうことなのか未だに図りかねている真耶を尻目に、陽太は全身から戦闘モードで紅蓮の烈火の如き闘気を放ちながら千冬に近づくと、そのまま言葉は不要と言わんばかりに、彼女の顔面目掛けて拳を突き立てた。

 

「テメェッ!!」

「フンッ!!」

 

 千冬が陽太の拳を体を逸らしながら受け止めた時、ドスンッ! という、軽自動車が衝突したような音を立てながら、突き抜けた拳圧だけで武道場の壁が抉れ、小さなクレーターを形成する。

 

「どうして! アンタはっ!!」

「デュノアに私が推薦を出したことが、そんなに気に入らないか?」

 

 陽太の拳を受け止めた体勢のまま、千冬が彼の顎先目掛けて鞭がしなる様な前蹴りを放つ。手を無理やり引き剥がして回避する陽太であったが、先手の陽太同様、蹴りの衝撃で天井が抉れ、破片が四散するのを見て、千冬もどうやら今日は『その気』で反撃してくるものと感じ取る。

 

「どうせ何を言っても頭に血を昇らせた今のお前には無駄だろう。丁度いい、怠けた精神を叩き直すついでだ。お前が未だにどれ程の未熟者か身体の方に教え込んでやる」

「………ふざけんなっ!!」

 

 上から目線で語ってくるのはいつものことであるが、今日の陽太は殊更に千冬のこの態度が許しがたい。

 自分がシャルを守るためにこの学園にいるのにも関わらず、それを知っている上で部隊に編入させることを許可する………自分の本音を知るはずの千冬が行った、自分への手酷い裏切り行為を、陽太は看過できず、彼女の体調云々すらも忘れるほどに怒り狂って、千冬へと拳を突き立てる。

 

 拳と拳、蹴りと蹴り、肘と肘、膝と膝、それらが激突する度に空気を弾けさせ、一流のIS操縦者の真耶すらも目では追いつけないほどの超高速で交差させながら、目まぐるしい攻防を繰り広げる両者………所々両者の放つ桁違いの威力で壁や天井や畳が砕けて舞い上がる中、一転、陽太と千冬の肘が絡みながら両者が静止する。

 

「聞いたのか?」

「あんっ?」

「デュノアが何を思ってこの学園に来たのか、誰を想って戦いたいと言ったのか、お前は『聞いた』のか?」

「知るかっ!!」

 

 千冬を力任せに強引に弾き飛ばした陽太は、開いた間合いを利用して渾身のストレートを千冬に向かって放つ。先ほどのよりも格段に高い威力を持つであろう一撃が千冬に入れば、それこそ彼女すらも戦闘不能に追い込めるほどの一撃ではあった。

 

「そうやって………」

「!?」

 

 ―――両手で陽太の拳を受け止めた瞬間、彼の視界から消え失せる千冬―――

 

「女に自分の勝手ばかりを押し付けるのが………」

「(下!?)」

 

 ―――いや、陽太の拳を受けると同時に彼女は拳を軸に反時計回りに回転しながら……―――

 

「男の身勝手と言うのだ!」

「!?」

 

 ―――カウンターで陽太の顎を豪快に蹴り上た!!―――

 

 首が引きちぎれるかと思うような威力で首を跳ね上げられ、予想外の角度からの技の威力に、彼の首から下の神経は完全に沈黙し、陽太の目だけが、着地して態勢を整え反転しながら放つ肘鉄を捕らえる。

 

 縦方向に揺さぶられ、立っているのがやっとの陽太を、今度は横方向からの鋭い一撃が顎を揺さぶり、結果、大の字で陽太は崩れ落ちてしまう。

 

「『あの女』はお前と同じ、『剛』………つまり圧倒的な攻撃主体のスタイルで戦うタイプだ………来るべき日まで、今、お前が味わった『柔』………すなわち受け技からのカウンターを磨いておけ。必ず役に立つ」

 

 『あの女』が何者か、あえて言わない千冬であったが、陽太にはそれが誰なのか見当がついているのを知っての言葉である。返事をしないが、おそらく体感しただけに技の有効性は承知してるのだろう、返事をしなかったが、無言であることが逆に承知したのだと千冬に伝えてくる。

 

「それと、デュノアの話は必ず聞いてやれ」

「……ふざ………けんな」

 

 戦う技術のことならば多少の理不尽にも文句を言わないくせに、ことシャルのことになると恐ろしく頑固になる陽太に、千冬はため息をつきながら諭す言葉を伝える。

 

「誰を想って日本まで来たと想っている? まさかそれも解らない訳ではあるまい?」

「………知るかよ」

 

 動かない身体を無理やり動かして視線を外す陽太に、これ以上言っても不貞腐れるだけだと思った千冬は道場を後にしようとする。

 

「待った………千冬」

「大丈夫だカール………嘘ではない。少しはしゃぎ過ぎたことは事実だがな」

 

 千冬の体調に変化が無いか、カールの厳しい視線が彼女に向けられ、そして厳しさが一瞬で和らぐ。

 

「どうやら嘘ではないようだね………だが大事をとって今日は運動をしないこと。残業も今日は無しにして早く休むんだぞ」

「了解した………それといい加減、子ども扱いしないでくれないか?」

「私に言わせれば、君も彼も十分に子供さ」

「ムッ!?」

 

 千冬のジト目を華麗に受け流し、大の字で横たわる陽太に近寄ったカールは、陽太に簡単に問診を始める。

 

「見事な脳震盪だ………吐き気はしないかい?」

「失せろ………」

「これは何本?」

「二本だ………てかうるせぇーんだよ」

 

 陽太の抗議も簡単にスルーしたカールは、どうやら特に重大な後遺症もなさそうな陽太をその場に置き去りにすると、カップを持って千冬の後を追いかけるように道場から出て行こうとする。

 

「どうやら脳震盪だけで目立った重大な症状は無さそうだね。しばらくしたら動けるようになるはずだから、今はそこで寝ておきたまえ」

「……………」

「安心しろ、昼一の授業はサボリは認めてやる………しばらくそこで頭を冷やしておけ」

 

 陽太にそれだけ伝えると、未だに動揺している真耶を引っ張って道場を後にする千冬達。彼女達を目線だけで追いかけていた陽太であったが、姿が見えなくなると、未だに痺れる手足を動かして寝返りを打つ。

 そんな彼の様子を遠目から見ながら、千冬はフトあることに気がついた。

 

「(最後の二撃………本気で打ち込んだにも関わらず手応えがあまり無かった。生意気にも後ろに飛んで衝撃を逃がしたな、アイツめ……)」

 

 刹那の瞬間に自分の動きを不完全ながら見切った弟子の成長を嬉しく思う一方、彼のあの頑な性分だけはもうちょっとどうにかならないのかと千冬は頭を悩ませる。

 

「(心配だから戦わせたくない………それだけが何故言えないのだ?)」

「………どうやらその様子だと気がついていないようだね千冬?」

 

 陽太のあり方に思い悩む千冬に、隣を歩くカールは意地悪そうな笑顔を浮かべて彼女に言い放つ。

 

「何がだ?」

「陽太君は君と本当にそっくりだと言うことさ………」

「………どういう意味だ?」

「さあね?」

 

 おどけた調子のカールを問い詰めるように後を追う千冬。どうやらこの二人の関係は精神的にはカールのほうが数段上のようである、口の上手さに関しても………。

 

 

「………」

―――デュノアの話は必ず聞いてやれ―――

「………話聞いたって、俺はシャルを戦わせない………」

 

 道場で寝転がりながら、まるで揺れる自分自身に言い聞かせるような言葉を口にする陽太。鈍感と良くシャルに言われる陽太であったが、流石に今回のようなケースならば、何故シャルがわざわざIS学園に来たのか察することぐらいは彼にも出来ていた。

 

「………シャル……」

 

 出来ていただけに、陽太にはどうしても認めがたい。彼女が戦うという事が………。

 

 梅雨入り前の晴天が広がる青空の下、もうすぐ夏を迎えようとする陽気を含んだ風が陽太を優しく撫でるが、それすらも彼の心を軽くすることは出来ずにいるのだった………。

 

 

 

 

 

 





ヨウタェ………どうしてお前と言う奴は…

伝えれば数分で解決できそうなことも言えない内気………もとい口下手かつ頑固者の陽太君


そして、次回、彼は更なる「失敗」をしてしまいます。

それはいったい何なのか?

次回を楽しみにしていてくださいね!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヨウタの気持ち

さてさて、今度は少年サイドの心境が語れますが、最大のポイントは陽太のバカさ加減。お前にシャルロッ党の資格はない!!(断言




ちょっと強引だったかな?




 

 

 

 

 昼休みの後、突然姿を消してシャルを散々心配させた陽太は、授業終了のチャイムが鳴ると同時に、顎に絆創膏した状態でフラッと教室に入ってくる。その姿を見た瞬間にシャルは席を立ち上がり、心配そうな表情で陽太に近寄ってくる。

 

「どうしたの、その傷!? 大丈夫? 痛くない?」

「………大丈夫だ」

 

 チラッと、教室を出て行こうとしている千冬を睨みながら、ジト目で一言。

 

「痛くも痒くもねぇーし、むしろ軽すぎて逆に失神しかけちまったぐらいだ」

「ホウッ?」

「????」

 

 入り口で振り返りながらこちらを見てくる千冬と睨みあう陽太の二人のやり取りが理解できないシャルはしきりに首を傾げる。

 そして一通り睨み合う両者であったが、陽太はため息を一回だけついてシャルの方を向き直ると、今度は彼女を黙って見つめだす。

 

「えっ? ヨ、ヨウタ?」

「……………」

「ど、どうしたの? そ、そそんな見つめなくて………も」

「……………」

 

 真摯な瞳で自分を見つめてくる陽太に、シャルは頬を染めながら髪の毛の先を弄りながら思わず視線を逸らしてしまう。その様子にクラスの女子から、『どうやら旦那様が奥様に見惚れておいでですわ』『新妻ですもの』『これから愛の言葉が囁かれるのですわよ』などの茶化す声が上がり、シャルは顔を真っ赤になりながらそんな新しい友人達に抗議の声を上げる。

 

「もう! 私とヨウタはそんなのじゃないって言ってるでしょう!?」

 

 だがそんな声も花の乙女達には通じず、『また照れてる!』『もう白状しちゃいなさいよ!』などの声が上がり、それがよりシャルの頬を紅潮させる結果になるのだ。

 

 クラスメート達と言い合う、そんなシャルの姿を見つめる陽太は、自分がいない間に、こんなにもクラスメートと打ち解けあっているシャルの姿に内心で感銘を受ける………相変わらず、誰にも好かれる空気を持つこの幼馴染への温かな想いを、だけどそれでも無理やり押し殺して、陽太は厳しい表情を作り彼女に問いかけた。

 

「………シャル」

「!! ど、どうしたの?」

「…………ずばり言っておく。俺は君が部隊に編入するのは反対だ。今すぐにフランスに帰ってほしい」

 

 単刀直入過ぎる物言いに、ギャラリー達が一斉に沸き立つ。特に昼間から陽太に対して反感を覚えている一夏は一気に頭に血が昇って席を立ち上がり、千冬は『またコイツは………』と頭を抱えて、根本的に反省してない陽太の物言いに頭痛を感じてしまうのだった。

 だが、言われたシャルの方はというと、表情を一瞬だけ固い物にしたがすぐさま温和な笑みを浮かべると………。

 

「………ヤダ」

「!!」

 

 笑顔で陽太の意見を却下してみせた。その言葉を聴いた瞬間、陽太の繭がつり上がるが、シャルは笑顔のままで、だがしっかりと力強い言葉で陽太を説得しにかかる。

 

「一方的だよ。私の話も聞かずに帰れ、だなんてあんまりにも一方的じゃない?」

「だから………それは…」

「それは?」

 

 ここで一言『君が危ない目にあわないか心配だ』と言えれば解決………とまでは言わないが、シャルにも周囲にも誤解を受けずに済んだかもしれないが、ここで陽太は大いに彼自身が反省するべき口下手さが更に事態を混迷させてしまう。

 

「………まだ」

「えっ?」

「………邪魔だ……そう言ってるんだ」

 

 視線を外して表情を歪ませながら言葉を搾り出す陽太と、その言葉を揺れる瞳で受け止めるシャル。だが、そんな二人の間に割って入ったのは、怒りに燃えた瞳で陽太を睨み付ける一夏であった。

 

「ふざけんなっ! お前のこと心配して、フランスか来た人間を何だと思ってんだよ!?」

「なんだ………? テメェには関係ねぇーだろうが………」

 

 すでに仲間であり友人としての意識が芽生え始めている一夏が怒りに燃える瞳で陽太を睨みつける。昼間の時点でだいぶ彼への不満を溜め込んでいたために、シャルの気持ちを一考だにしていない陽太の発言に我慢の限界を超えてしまったのだった。

 

「今すぐシャルに謝れよ!」

「ああ゛っ?」

 

 だが陽太にしてみれば、いきなり出てきて自分とシャルとのことをとやかく言ってくる一夏がうっとおしいことこの上ない。当然のように邪険にあしらう陽太は一夏を真っ向から睨み返す。

 

「ふ、二人とも、やめよ! ねっ! 落ち着いて!!」

 

 そんな二人の間に立って、仲を取り持とうとしたのは他でもないシャルであった。

 自分が原因でせっかくこの一月の間で築かれたハズの仲に亀裂が入っては大変だと思い、二人の間に入ったのだが、どうやら今回は一夏の方が熱くなっていたようだ。

 

 陽太の襟首を掴んで彼は尚も食って掛かる。

 

「一夏っ!」

「シャルに謝れ!!」

「………今すぐこの手を離せよ。ブチのめすぞ?」

「シャルに謝るって言うまで離さん!」

「そうかよ………フウ…」

 

 大きく息を吐いた陽太は、瞳を大きく開き、襟首を掴んでいる状態の一夏に向かって………。

 

「フンッ!」

 

 裏拳で彼の頬を強打して無理やり引き剥がしたのだ。口の端を切って血を流しながら後ずさる一夏と、呆然とするシャルの姿を見て、教室内の一時騒然となってしまった。

 

「一夏っ!」

「火鳥ッ!!」

 

 流石に事態を静観するレベルではなくなったと判断した箒とラウラが割って入ろうとするが、それよりも早く、唇を切った一夏が拭うと同時に両手を交差させながら陽太目掛けてタックルを仕掛ける。

 

「!!」

「ヨウタッ!? 一夏ッ!?」

 

 教室内であることと隣にシャルがいたことで初動が遅れた陽太は、そのタックルを受けて教室の床を二人して派手に転がり、教室内で女子生徒達から悲鳴が上がる。他所の教室からも何事かと生徒達が続々と集まる中、自分の上に覆いかぶさる一夏に、陽太もブチ切れ、拳を握り締め、男子二人が殴り合いを展開しようとするが、そこを怒号が二人と周囲のギャラリーの時間を停止させてしまうのだった。

 

「やめんか、バカ共がッ!!!!」

 

 無論、声を上げた主は、学園の守護神こと水の入ったバケツを手に持った織斑千冬であった。

 ツカツカと歩み寄り、殴りあうとしているバカ二人に近寄ると、二人の襟首を掴んで無理やり引き剥がし、それぞれの脳天にゲンコツ(鉄拳)を炸裂させる千冬。

 

「グオッ!?」

「痛テェッ!?」

 

 あまりの威力に悶絶する二人を見下ろしながら、彼女は二人目掛けてバケツの水をブッカける。

 冷たい水の温度に悲鳴を上げそうになるが、千冬はそんな二人を冷たく見下ろしながら、一言声をかける。

 

「………頭は冷えたか?」

「!!」

「!!」

「………あんっ?」

 

 陽太と一夏が同時に千冬を無言で睨みつけるが、そこは年季の違いが、それとも潜って来た修羅場の差か、彼女の迸る怒気と殺気と闘気が篭った瞳で睨み返され、若干ビビリながら視線を外してしまう。

 

「ヨウタッ!」

 

 たった今、酷い言葉を言ってしまったにも関わらず、心配そうな表情で水滴で濡れた髪を自分のハンカチで拭ってくるシャルの姿に、心の中で鋭い痛みを覚えながら、陽太は彼女に背を向ける。

 

「ヨウタ………」

 

 彼女が自分の名を呼ぶたびに、固めた筈の意思が揺るぎそうになる。だからだろうか、シャルを真っ直ぐに見ることができないでいるのは………。

 

「………シャル」

 

 彼が自分に背を向けるたびに、固めた筈の意思が揺るぎそうになる。自分は本当に彼には邪魔な存在なのだろうか? 本当に必要とされていないのだろうか? 嫌な気持ちが心の中を覆い尽くそうとなるのを必死に振り払う。

 

「………どうしても帰らないのか?」

「帰らない! 私はヨウタの力になれる!」

 

 どこまでも健気にそう主張するシャルの言葉に、教室内では彼女への親愛の感情と同情心が芽生え始める。

 

「………そうか」

 

 短く呼吸を整えた陽太は、意を決して千冬の方に振り向くと、彼女に確認を取るように問いかけた。

 

「対オーガコア部隊のメンバー構成は俺に一任する………そうだったな?」

「ああ。推薦はするが、最終決定権はお前に預けている」

「なら………俺がシャルをテストする」

 

 その言葉を聴いた瞬間、再び教室内が騒然となり始める。

 

「ちょっと待てよ陽太ッ! お前がテストって………」

 

 一夏が再び陽太に食って掛かろうとするが、それを千冬が彼の肩を持つことで静止する。

 

「テスト………つまりはISを用いた一対一(ワンオアワン)の模擬戦ということか?」

「これ以上の妥協はしない………口で言ってもわからないのなら………実力でわからせるだけだ」

 

 ここまで頑固な態度を取ってでも、シャルをフランスに追い返そうとする陽太に対して、ついにクラスの女子からも反感の声が上がり始める。

 

「ちょっと、火鳥君って酷すぎない?」

「そうだよ。デュノアさんがこんなに心配してるのに………」

「結局、人の気持ちわからない人だったの? 幻滅したかも………」

 

 そんな声が教室のあちら此方から聞こえ始め、陽太には随分と懐かしく感じる排他的な視線が向けられ、シャルはその外からまるで自分が陽太を追い込んでしまったかのような気持ちになり、なんとかそれは誤解だと周囲に叫ぼうとする。

 

「………どうする?」

 

 だが、陽太はそんなシャルの気遣いすらも無視して彼女に決断を迫る。まるで今はそれどころではないと言わんばかりに………。

 

「………わかったやるよ」

 

 静かに頷くシャル。陽太は彼女の意思を確認した後、千冬に了解を得ようとする。

 

「当人同士の意思は確認された。文句無いな?」

「ああ………だが今はアリーナはどこも補修中だ。それにお前達を特別扱いして、授業や訓練に勤しむ者を蔑ろにする訳にはいかん」

「………一番早くのは何処でいつだ?」

「第三アリーナが、明後日の放課後に空きがあった筈だが…」

「じゃあ、決まりだな」

 

 明後日の放課後、第三アリーナで陽太と戦う………改めて聞かされると、シャルには気分が重たい事この上ない内容である。彼の力に成りに来たというのに、その為にこの一ヶ月の間猛訓練を積んだというのに、最初にそれを披露することになる相手が陽太になろうとは………。

 シャルが了解したのを確認した陽太は、濡れた制服を拭うこともせず、自分に敵意に近い嫌悪の視線を向けてくる女生徒の中を掻い潜って教室から出て行く。

 

 後に残されたシャルに、女生徒や一夏が『あんな奴の事を気にするな』『がんばってぶっ飛ばせ』などの声が上がるが、皆はまだこの時気がついていなかった。

 

 陽太が何を守りたくて、意固地になっているのかという事に………。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「うむ?」

 

 職員室で雑務を済ませた保健医のカールが、自分の城である保健室に入ろうとした時、鍵を閉めていたはずの保健室に、先客がいることに気がつく………と言っても、廊下から続く水滴はともかく、扉の鍵をぶち壊して保健室に入ってくるような人間は、この学園には一人しかいないが。

 他の教員なら血相を変えて怒鳴り込む所なのだが、そこは並みの器量ではないカール、特に慌てる様子もなく扉を開いて中に入ると、一目散にコーヒーメーカーのスイッチを入れ、水滴が続くベッドにタオルを一枚持って近寄っていく。

 仕切りになっているカーテンを開くと、そこには案の定、ずぶ濡れになりながらベッドに寝転がる陽太の姿があった。

 

「とりあえずこれで頭を拭きなさい。もう少しすればコーヒーが入る」

「……………」

「後で濡れたシーツは交換してくれよ」

 

 タオルを背を向けて寝転がる陽太の頭にかけると、カールはそれ以上声をかけず、自分の診察台に座ると、机の上においてある書類にペンを走らせる。

 静かな保健室に、コーヒーメーカーとペンの音だけが響く中、おもむろに寝転がっていた陽太が重い、重い口を開く。

 

「………シャルを追い返そうとした」

「ほう………」

 

予想通りの行動だと、内心思いながらも、カールはそれを口にも表情にも出さずに陽太の話を穏やかな口調で聞き続ける。

 

「…………アイツの話を聞けって言われたけど、やっぱり無理だ」

「何故だい?」

「………決めたからだ」

 

じっと、己が手を眺めながら、陽太は珍しく他人に胸の内を曝けだすのだった。

 

「フランスで、アイツが握ってくれた手を振りほどいた時、決めたんだ………俺は戦う。もう二度とシャルの手は握らない………そう決めたんだ」

「…………」

「…………アイツの手は………あの暖かい手は、もっと違うモノを握る手だ。銃を握るんでも、誰かを傷付けるんでもない。そんな事の為の手じゃないんだ………」

 

 ―――オーガコアと戦う己の手と、その手を握ったシャルの手。炎を操るハズなのに、どこか冷めていく温度と、いつだって暖かだった温度―――

 

「………だから戦わせたくないのかい? でも、それは一方的だね。彼女の意思を無視して、君の意見を押し付けている。千冬にも言われたろ?」

 

 振り向かず、けれども芯の篭った声でカールは陽太の考えを否定する。その言葉を聴いた瞬間、上半身を起こしてカールの方を睨み付けながら、心の奥底で溜まった鬱憤を言葉に乗せてカールにぶつけた。

 

「…………じゃあ、どうすりゃいいんだ!? アイツの言うこと聞いて、アイツが戦って、誰かを傷付けて…………アイツが死ぬほど、それを後悔するのを見てりゃいいのかよ!」

 

 今にもカールに飛び掛りそうな形相になる陽太であったが、当のカールは立ち上がるとコーヒーメーカーの元に行くと、振り返ることなく陽太に出来立てのコーヒーを飲むか聞いていくる。

 

「どうだい、一杯?」

「ふざけんなっ!?」

「別にふざけてやないさ………いや、君を少し見くびっていたと反省しているぐらいだ」

「???」

「どうやら、君は段階をすっ飛ばして理解してしまっているんだね」

 

 何を言いたいのか理解できないために首を傾げる陽太にカールは、理解と好感と若干の哀れみを覚える。

 ずっと真っ直ぐに少女を想える気持ち、それゆえの不器用極まる言葉、そしてその根源にある『戦いの持つ負の側面』を知っている発言………15歳の少年が持つ年相応さと不相応さが見え隠れし、彼の心になんとも言いがたい想いを抱かせるのだった。

 

『この水滴ッ!?』

 

 廊下で聞き慣れない女生徒の声が聞こえる。と同時に窓が開いた音がしたのでそちらの方を振り返ると、空になったベッドと、開けっ放しの窓という情景に、どうやら約束を守らずにシーツを濡らしっ放しで出て行ったのだと呆れながらコーヒーのカップを棚から出し始める。

 

「すみません! 失礼します!!」

「ああ、いいよ」

 

 キチンと礼儀正しくお辞儀しながら入ってきた金髪をピンクのリボンで結んだ少女、シャルロット・デュノアを笑顔で出迎えるカールは、キョロキョロと保健室内を見回す少女が何者で目的が何なのかを察して声をかける。

 

「陽太君なら、君の声を聞いた途端、窓から飛んで逃げてしまったよ。大した逃げ足の速さだ」

「えっ!?」

「相も変わらずの動物的感性で気が付いたのかな? 女性の扱いもこれくらい早く気が付いてくれれば頼もしいんだがね」

 

 すぐさま後を追いかけようとするシャルであったが、それをカールが笑顔で静止する。

 

「待ちたまえ、シャルロット・デュノア君?」

「あ、すみません! わ、私!?」

「こういう時は一杯飲んで落ち着くものさ。ほかの子もどうだい?」

 

 無論断ろうとするシャルであったが、カールはそんな彼女の興味を抱く一言を口にして引きとめたのだった。

 

「君の話も聞いておきたいんだ。でないと、彼、このままだと一方的に悪者になってしまうからね」

 

 

 

「………なるほど、そういうことだったのか…」

 

 全員が各自ベッドやイスに座りながら、カールに手渡されたコーヒーを手に、そもそもの発端となっている自分と陽太の関係を含めたフランスでの一件をシャルは皆に語ったのだった。

 

「私は………ヨウタに助けてもらった。だから、今度は私の番だと思って、この学園に来ました」

「………………」

 

 健気にヨウタの身を案じ、彼のために努力してここまで来たシャルの想いと覚悟に深い感銘を受けるカール。本当にこの少女は真っ直ぐにあの少年を想っているのだと、年下あいてに深い感銘すら抱いてしまう。

 

 だが、そんな中で、シャルだけは浮かない顔をしながら、手元にあるコーヒカップの水面に映る自分自身を見つめながら、落ち込んだ声で話を続ける。

 

「でも………あの時も、最後は結局騙し打ちみたいに別れて………今も、邪魔だから帰れって言われて………何も教えてくれなくて……私、本当に来ない方が良かったのかなって……」

 

 未だに自分にはっきりと何も伝えてくれないのは、本当に自分が邪魔にしかなっていないからではないのか?

 陽太が自分に何も話してくれないことを、そう考えそうになるシャルに、カールは違った意見を彼女に口にするのだった。

 

「その必要がなかったんだろ?」

 

 シャルが驚いた表情でカールの方を見る。

 

「シャルロット君になら、言わなくても、いつか解ってくれると思ったんだよ、彼」

「………言葉にしてくれなきゃ、わからない事もあります」

 

 浮かない顔でそう切り替えされたカールは、困ったような笑顔を浮かべ、愛用している眼鏡を外して、ハンカチで眼鏡を拭きながら苦笑して話を続ける。

 

「そう言われると………しょーがないよな、男って生き物は…」

 

 苦笑しながら眼鏡をかけ直すカールの仕草の一つ一つに、何か深い大人の仕草が漂い、陽太や一夏からは感じたことない包まれるような安心感をシャルは感じ取った。

 

「男は、言葉よりも行動で語りたがる生き物だから………それが苦しい事や辛い事なら、なるべくなら自分以外の人間に背負わせたくない。心配もかけたくない………だから、何も言わない」

「…………」

「それでも、彼が弱音を吐いてしまったら、どうか出来るだけ受け止めてやってほしい」

 

 カールの視線と笑顔がシャルに向けられ、花の乙女の頬が若干赤らむ。

 

「カール………先生」

 

 そして『最後のはボクの我侭だけどね』と付け加えるカールの姿に、頼もしい年の離れた兄ができたような嬉しさがこみ上げて、笑顔を取り戻すシャルロットだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 それから数十分後、コーヒーを飲み終えたシャルロット達は、カールに深々とお礼を言い残し、保健室を後にする。

 

『彼自身が君にどう接すればいいのか踏ん切りがついていないんだ。できるなら彼の心の整理が付くまで少し待ってやってはどうかね?』

 

 カールのそのアドバイスを聞いた瞬間、自分が陽太に解答ばかりを求めていたことを反省し、シャルはとりあえずアドバイスを聞き入れることにし、一旦、陽太の捜索を諦めてラウラ達と訓練を行う為に、本日使える唯一の第三アリーナに赴く。

 

「よく来たわね! 早速、あの馬鹿ブッ倒すための作戦練るわよ!」

 

 が、そこで待っていたISを装着状態で仁王立ちする鈴を見たシャルは、目が点になりながら、隣で溜め息をつきながら呆れ顔になっていたラウラに問いかけた。

 

「………何、アレ?」

「………さあな?」

 

 出走前のサラブレットの如き荒い鼻息で出迎えてきた鈴の気合が理解できないシャルであったが、そんなときに遅れてやってきた一夏とセシリアの一言で彼女等の真意が理解できた。

 

「何って………陽太の馬鹿野郎をぶっ飛ばす作戦だよ!」

「一夏?」

「今回ばかりは、このセシリア・オルコット、陽太さんにお灸を据えることには賛成ですわ!」

「セシリア!?」

 

 未だに赤くなっている頬のまま現れた一夏を見たシャルは、未だにヨウタに対して敵意むき出しになっている一夏と鈴とセシリアを宥め様と、まずは落ち着けと言い聞かせ始めるのだった。

 

「あのね一夏、鈴、セシリア………ちょっと待って。私はね………」

「アイツは私と同じ高機動型よ。しかも悔しいけど、反応速度ははっきり言って桁違いに速いわ!」

「中距離(ミドルレンジ)からの射撃精度はセシリアよりも高い上に、あの早撃ちとプラズマ火炎攻撃はやっかいだな」

「中距離(ミドルレンジ)だろうとも、わたくしの方が上ですわ! ただ確かにスピード関連に関しては、ずば抜けたセンスをお持ちなのは確かですわね」

「だけど付け入る隙は必ずあるさ! あ、シャルのISはどんなヤツなんだ?」

 

更にラウラまで加わって陽太攻略の話を進めだす始末に、シャルは顔色を変えながら皆に聞き返す。

 

「ちょっと待ってよ皆! 本気でヨウタを倒そうなんて考えてるの!?」

「当たり前だろう!」

「あ、当たり前!?」

 

 間髪入れずにそう言ってくる一夏の方を睨み返しそうになるシャルであったが、すぐさま勝負自体を陽太が持ちかけたこと、そしてその勝負に負ければ自分はこの学園にいられなくなること、そして皆がそれを阻止しようとしていることを思い出し、思わず頭を抱えてうずくまってしまう。

 

「(どうしよう! これって凄くピンチな状況なの!? カール先生に相談した方がいいのかな!?)」

 

 いますぐ保健室に駆け込みたい気分になるシャルであったが、その時、真剣な表情をした一夏がシャルの前に立つと、彼女の真意を問いかけてきた。

 

「シャル………お前がいくら陽太と戦いたくないっていっても、アイツはお前に戦う以外の選択肢を与えなかった。それ以前に、シャルがどんなに問いかけても、そっぽを向いたのはアイツの方なんだぜ?」

「それは………そうだけど………でも!」

「それにだ。アイツは隊長のクセに、周りのこと頼ろうとしないんだ! 自分から率先してチームワークを乱しやがる。自分が強いからって、それだけで何でも思い通りになるって考えてるんだ!」

 

 頭にきているためか、若干思い込んでいる発言が目立つ一夏。シャルへの対応を起爆剤に、普段から陽太が行っている頭ごなしの行動に対する鬱憤が爆発してしまうのだった。

 

「そうよ! 隊長が率先してチームワークを取らないなんて信じられないわよ!」

「この間のことを既に忘れているかのような発言は問題だぞ鈴………だが、火鳥は高すぎる能力を鼻にかけている節があるのも事実。教官がなぜチームを編成するよう指示したのかも理解していないのだろう」

「どれほどの強敵が現れようとも、一致団結して敵に立ち向かうことができると、陽太さんにもご理解していただきましょう!」

「ああ、その意気だぜセシリア!!」

 

 チームが一致団結して最初に行う行為が、チームの隊長(リーダー)をボコボコにするための作戦会議でいいのだろうか? 心の中でそうつぶやくシャルであったが、だが、陽太に自分の気持ちの強さと、一緒に戦えるんだという事を知って貰いたいという願いがあるのも事実であり、シャルを悩ませる。

 

「わ、私………」

 

 相反するこの状況の中、もしこの勝負を蹴ったら、この学園にいられないだけではない。この学園に来るまでの間、尽力してくれたデュノア社の皆や、義母になんと言えばいいのだろうか?

 

「勝負はする………するけど、皆、聞いて!」

「シャル?」

「私は、ヨウタに理解してほしい。私はもうヨウタに守ってもらってるだけじゃないんだって………」

「……………」

 

 深い溜息を一度だけついたシャルは、首元のチョーカーに触れながら、はっきりと宣言する。

 

「ヨウタと共に戦う仲間として、私も戦う。この『ラファール・ヴィエルジェ』と共に!」

 

 ―――オレンジに輝く閃光と共に現れる、シャルが纏うべきIS(鎧)―――

 

 ―――四本のアンテナと白いヘルメットに、深い蒼色のバイザー―――

 

 ―――全体的に白とオレンジを強調としたカラーリングと、胸に収められている赤い宝石―――

 

 ―――右手に持った複合型65口径アサルトカノン『ハウリング』と、左腕にEシールド内蔵型マルチシールド―――

 

 ―――そして何よりも目を引く、腰部に接続された大型のフライトユニットのようなリア・アーマー―――

 

 かの『欧州連合の統合防衛計画(イグニションプラン)』において、後れを取っていたデュノア社を一気にセレクション最有力馬に押し上げ、技術者たちが絶賛した『第三世代最高傑作機』との噂もあり、織斑千冬も認める高性能ISを纏ったシャルは、その瞳に揺るがない決意を込めて、仲間達に宣言する。

 

「私は………ヨウタに勝つ」

 

 陽太を助け、彼の力になれるように………どこまでもそう真っ直ぐに思うシャルも、その彼女の覚悟を受け止めた仲間達も、その戦いを見守ろうとしている千冬も………そして陽太すらも、この時はまだ気がついていなかった。

 

 二日後の戦いが、彼らの運命を大きく動かすことになろうとは………。

 

 

 

 

 

 

 

 




ということで、色々とこじれにこじれて、始まってしまう主人公とヒロインの一騎打ち。

そして次回こそついに語られる、シャルさんのISの性能!
ブレイズブレードが第三世代「最強」機なのであれば、ラファール・ヴィエルジェは第三世代『最良』機ともいえる性能を見せ付けます。


そして………

陽太は次回、最大の『失敗』を犯します。そしてそれこそが、この対オーガコア部隊の仲間たちにも激震を走らせる結果になりますので、次回はこうご期待ください!

それでは、ノシ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

驚愕の決着

意外に早くできた更新。
そして気がつきゃ、過去最長の約19000字! 正直二話に分けたほうがよかったかもしんない!

さあ、ついに始まる主人公対ヒロインのガチ対決。

そして勝負は、驚愕の結末を迎えます。

それでは皆さん、お楽しみください。

PS シェリーカさん、設定の一部使わせてもらいました! でも武装だけという中途半端さ、大変申し訳ない!
 次回以降、きっちりとした形で設定使わせてもらいます!!





 

 

 

 

 

 

 ―――陽太とシャルロットの模擬戦当日―――

 

 IS学園の寮の一室において、勉強机の上で窓から差し込んできた朝日を受け、目を覚ましたシャルロット・デュノアは、数秒間寝ぼけ眼で部屋の状況を見回す。

 

 たくさん散らばった書類は、陽太の高速機動時のマニューバなどをラウラが示した物。

 テレビに映っている戦闘時に記録された映像は、鈴やセシリアが自分のISからダウンロードした物だである。本来ならばちょっとした機密情報の部類に属する物だが、同じチーム内ということもあってか、誰も咎めようとはしなかった。

 

「あ………」

 

 意識が大分はっきりして、自分『達』が今日の対戦の為に陽太の動きを研究していたことを思い出し、ベッドの上で力尽きて寝るルームメイトのラウラと、チームメイトのセシリアと鈴の姿が目に入る。

 

「………みんな、ありがとね」

 

 陽太をぶっ飛ばすという目標自体はあまり歓迎できるものではないのだが、皆が各自真剣に作戦や戦術を考えてくれることには素直な感謝をシャルは感じていた。

 

「皆、今日の日の為に頑張ってくれたんだもんね」

 

 そんな未だ夢の世界にいる少女達に、毛布やシーツを着せ、シャルは無音(ミュート)でテレビ画面に映し出されている、二週間前に撮られた訓練用プログラムでのブレイズブレードの動きを食い入るように見る。

 

 通常のISが高機動用パッケージを装備せねば出しえないスピードを余裕綽々と出し、トップスピードを緩めずに急接近、弾幕を張ったデコイの攻撃がまるで意思を持ってブレイズブレードを避けているとしか思えないほどにミリ単位で攻撃を必要最小限の機動で全弾回避し、構えると発砲をほぼ同時に行う早撃ちで正確にデコイの的のど真ん中を射抜いていく。しかも20ほど用意されていたデコイ全てに同じ結果を叩き出し、記録ではIS学園始まって以来の大記録となるレコードを叩き出しているのだ。

 

 次の攻撃無し(ノーアタック)での回避プログラムでは、もはや芸術としか呼べない機動だった。

 

 プログラムで用意された述べ300近い対IS用ミサイルとCIWSの掃射という過酷なもので、通常ならば回避するよりも防御用のパッケージで防ぐような場面であるにも関わらず、高度1000m地点で足の裏の補助スラスターを点火しながら、糸が切れた凧のような急横転でこれを回避していく。機体(IS)を急速に回転させながら、横へ滑るように高度を落とし、ミサイルがまたしても意思を持ってブレイズブレードを避けて飛んでいるように明後日の方向に消えていくのだ。普通のIS操縦者ならばPICのフォローがあろうとも間違いなく空間失調症に陥って失神するか、目の前で炸裂する灼熱と猛炎と煤煙によって視界が塞がり動きを止めてしまいそうになるものだが、攻撃が止んだ瞬間、陽太は何事もなかったかのようにピタリと回転を止めて飛行姿勢を取り戻し、僅かな間隙を突いて、無傷で安全域にゴールする様など、もし現場にいれば拍手喝采を送ってしまったかもしれない。

 

 近接戦闘でも、一夏と鈴の二人の攻撃を同時に受けながらカウンターで逆に押し返し、フォローに入ったラウラにヴォルケーノの射撃を用いて逆に牽制し、ほぼ真後ろから放たれたセシリアの狙撃を、振り返る事すらせずにノールックで回避していく。

 

 反射速度と運動能力、持久力、瞬発力、空間認識能力、IS用のFCS(射撃管制装置)を用いずに数百メートル離れた相手に正確に弾丸を撃ち込める算定基盤(戦場に吹いている風、自分と敵との速力差、距離、高度、三次元における位置関係すべてを計算して銃弾を当てる計算能力)、敵オーガコアの能力を瞬時に分析して対応する頭脳、そして見ただけで格の違いを教える圧倒的な操縦技術。IS操縦者に必要と思える要素を、全て突出したレベルで備え、それらを実戦で鍛え続けてきたキャリアを持つ、世界最高の操縦者である織斑千冬に『天才』と賛辞が送られる自分の幼馴染、火鳥陽太の凄さをシャルは改めて実感した。

 

「………本来なら、私じゃ絶対に勝てない相手だよね」

 

 いくら代表候補生とはいえ、いや、代表候補生であるがゆえに、陽太がどれほどの実力を持っているのかを肌で感じ取ってしまう。もしこれが同じ機体同士の勝負であったなら、間違いなく端から勝負は捨てていただろう。それほどに『操縦者』としてのレベルの差は歴然だと彼女は冷静に自分で分析していた。しかも陽太が乗っているブレイズ・ブレードの性能は、未だ性能が安定しない第四世代の白式と比べ、常時どの局面でも極めて高水準の性能を発揮している。まともに戦って勝てる見込みは薄い。

 

 だが、そんな彼女にも勝機があった。

 それは陽太のISの特性はほぼこの二日で理解できたこと、操縦者としての癖も分かったこと、そして何よりも陽太は自分のISのことを何も知らないということだ。僅かな勝機かもしれないし、陽太ほどの操縦者ならば短時間でISの特性を見抜いてしまうだろう。しかし、今の自分に残ったこのはこの希望しかないのだ。

 

「私と『ラファール・ヴィエルジェ』なら………出来る」

 

 チョーカーからぶら下る橙色の宝石を握り締め、窓から差し込む朝日に向かって、静かな決意を口にするシャルロットであった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「おはよー!」

「おはよ~~」

 

 朝食を取るために女生徒達で賑わう食堂に、未だ寝ぼけるセシリア達を引き連れてシャルが来た時、ちょうど一夏と箒もトレーの上に日本食を乗せて姿を見せる。

 

「よっ! シャル」

 

 明るく片手で挨拶をしてくる一夏にシャルも笑顔で挨拶し返す。

 

「おはよ一夏! 今日も箒と一緒?」

「ああ! ちょうどそこで会ってよ」

「………シャル」

 

 微妙にシャルのその言い方を咎めようとする箒がなんだか可愛く見えて、クスクスと笑ってしまう。そんなシャルの姿を見て、口先を尖らせる箒がまたより可愛く見えるから仕方ない。

 からかうつもりはなかったのだが、どうにもこの素直になれないクラスメートの姿が、ここにはいない幼馴染とダブってしまって、意地悪したくなるのがやめられないのだ。

 

「ゴメンね箒」

「………もういい」

「あ、一夏!!」

「ん?」

「あの………ヨウタ、帰ってた?」

 

 一夏のルームメイトである陽太が、この二日ほど寮の部屋に戻っていないことが気になったシャルが問いかけるが、一夏は彼の名前を聞いた瞬間、苦い表情になりながら首を横に振る。

 

「いや………昨日も帰んなかった」

 

 二日たったためか、流石に怒って言葉が悪くなることもないが、それでも彼に抱いている嫌悪と憤怒が見え隠れし、シャルの表情を曇らせる。

 

 シャルとの決闘が決まってからの二日間、陽太は部隊の仲間はおろか、この学園の生徒達とまったく口を利かず、授業にもほとんど姿を現さない。唯一、千冬とカールのみ会話はしているようだが、最低限の事務的な言葉だけを伝えると、とっとと何処かに姿を晦ませてしまう始末。時間の合間を見つけてはシャルが一方的に話しかけるが、その全てを無視して彼女から距離を置こうとするのだ。

 そんな彼の姿を見ていた他のクラスの生徒達からは、『いよいよ居場所がなくなってきたことが理解できたんじゃない?』とか『元々ああなのよ。陰湿で暴力的な絵に描いたようなダメ男』などという陰口まで叩かれていると聞いた時は、流石にシャルが憤激しそうなったぐらいだ。

 

 それと反比例して、この二日間の間でシャルへの声援が増えたことが、更に彼女の気持ちを重く暗い場所に落としそうになる。どうやら前々から『男のクセに女よりもISの操縦が上手い』陽太のことを気持ちよく思っていなかった女子達が、まるで自分をそんな思い上がった男に鉄槌を下す救世主のように錯覚しているのだ。元々このIS学園は女尊男卑という風潮の中で、選ばれた少女達のみが入学できた、いわば『女のエリート中のエリート』の集まりだったのだが、そこに降って沸いたような陽太の存在が疎ましくて仕方ない者がいるのも頷ける。しかも、陽太は女性に媚びずに自分が強いと公言してはばからない。摩擦が起こっても不思議はないのだ。

 

「(こっちはいい迷惑だよ………ホント)」

 

 だが、そんな偏見を持った他人の事情など、心底どうでもいいシャルにしてみれば、陽太を悪者扱いにした上に、自分を勝手に正義の味方呼ばわりしてくる人間には辟易させられ、何度心の中でため息をついたか分かったものではない。

 

「どしたの?」

「あ、ん? な、なんでもないよ」

 

 自分の後ろでトレーに朝カレーを乗せた鈴が、落ち込んでいるシャルに問いかけくるのを曖昧な返事で誤魔化す中、騒がしさに包まれていた食堂の喧騒がピタリと止まる。

 

「?」

 

 急に静かになった食堂内をシャルが見回すと、入り口から缶コーヒーと書類を持ってやってきた人影が原因だと理解する。

 

「ヨウタッ!」

「!?」

 

 自分に呼びかけてくるシャルの声に気がつき、一瞬だけ視線を彼女に送るが、すぐにそっけなく外すと、彼女を無視してテーブルに座りながら、書類に目を通し始める。

 シャルがそんな陽太の姿に一瞬だけ表情を曇らせてしまうのを見た周囲の人間は、陽太に各自冷めた視線を送り始めた。この二日ほどで、学園に来た時と同程度に陽太の評判は地に堕ちてしまい、周囲から急速に人がいなくなっていた。

 

「陽太………」

 

 一夏達『対オーガコア部隊』のメンバーも、そんな陽太の姿を決して愉快な気持ちで見ることは出来ないが、彼が何を考えているのか今一歩理解できず、どう声をかけるべきなのか判断できないがために結局人だかりに混じって彼を見ることしか出来ない。

 だがそんな中、あろうことかシャルは一人トレーを持って陽太と同じテーブルに座ったのだった。

 

「おはよう、ヨウタ!」

「……………」

「今日、私との模擬戦だけど、大丈夫? 昨日も寮の部屋に帰ってなかったみたいだし………」

「……………」

「それに最近、ちゃんと食べてるの? なんだか顔色悪いよ? 昨日はどれぐらい寝たの?」

 

 とても今日、全力で決闘しようとしている相手にかけるべき言葉じゃないと一夏達は思いながら、それでも一方的に無視し続ける陽太に新たな憤りを積もらせていく。

 

「ヨウタ………よっと」

「!?」

 

 シャルの言葉は聞こえている物の返事はしないと決意していた陽太であったが、突然、シャルがテーブルに身を乗り出して、自分の額に彼女の額を当ててきた事に驚愕して固まってしまう。

 

「う~~~~~ん………ちょっと熱っぽいよ? カール先生にお薬もらった方がいいんじゃない?」

 

 近い。彼女の顔が、唇が、限りなく近い。

 シャルの吐息が鼻先にかかり、思わず赤面しかかる陽太は、一瞬で師匠譲りの鉄仮面を取り戻し、シャルの肩を押し返して、冷めた視線を彼女にぶつけながら問いかけた。

 

「ずいぶんと余裕だな? もうクラスの連中とお別れは済んだのか?」

「……………そっちの方こそ、やる前から勝ったつもりでいるの?」

 

 陽太の挑発にシャルも表情を強張らせながら返す。そんなシャルの姿を、陽太はあろうことか鼻で笑い飛ばす。

 

「俺が負ける要因がまるでないからな………あ、織斑弟達と熱心にお勉強してたみたいだな。で? 傾向と対策の方は万全か?」

「!! ヨウタ………」

「机の上でテストするのなら結構だが、生憎と実戦は生モノだ。一秒先の変化を前に、過去の事例なんざ通用せんぞ? そんなこともわからない『奴等』と、ご苦労なこったな」

 

 陽太のあからさまな侮蔑の笑みに、シャルだけではなく、周囲のギャラリーまでにも強い反発を生み出してしまう結果になる。

 

「いい加減にしろよ、陽太ッ!」

「そうよ! アンタ、シャルより先に…」

 

 頭に血が上りやすい一夏と鈴が前に出て陽太に抗議しかけるが、そんな二人を陽太は馬鹿にした様な嫌な表情を作り、後ろで二人を制止するラウラとセシリアも含めて、とんでもないことを言い出し始める。

 

「後ろの二人も含んだ五人がかりでも、俺は構わんぞ? まあ、負けた時には今度こそ強制送還してやるけどな」

「!? なんだと?」

「大した実力もないくせに粋がるな雑魚が………群れりゃ俺に勝てるとか、そういう発想がウゼェーって言ってんだよ………なんなら、あるだけのIS使って俺にココの全員ぶちのめされるか?」

 

 一夏と鈴が眼を見開いて、陽太に殴りかかる体勢を取り、セシリアもラウラも二人を制止しながらもその言葉に不快感を示す。そして周囲の女生徒達も、その言葉を天衝く自惚れだと思い込み、一斉に陽太を

睨み付けた。

 

 一触即発の食堂内、いつでも殴り合いが展開しそうな空気、だが、その雰囲気を消し飛ばしたのは、テーブルを思いっきり叩いて立ち上がったシャルであった。

 

「いい加減にして! ヨウタも! 皆も!」

 

 屹然とした言葉と意思で立ち上がったシャルは、まず一夏達の方を振り向いて、皆に注意を促す。

 

「これはあくまでも私とヨウタの一対一の決闘だよ! 手伝ってくれたことは凄く嬉しいけど、一夏達は手を出さないで! 他の皆も!!」

 

 シャルのその言葉に圧倒されたのか、全員が『お、おう……』と素直に首を縦に動かす。そしてシャルは再び陽太の方に振り返り、睨みながら話しかける。

 

「皆を巻き込むような真似は止めて! それと、私と一人で戦うのがそんなに怖いの?」

「………んだと?」

 

 意図した言葉ではなかったが、実は陽太の内心をズバリ言い当てられ、陽太は静かに激高しながら立ち上がると、彼女を正面から睨み返した。

 

「痛い目見ないうちにフランスに帰る気はないんだな?」

「くどいよ。そんな気があるなら、私は初めから日本に来たりしない」

「………そうか」

 

 視線を外し、何かを諦めたかのような溜息をつくと、陽太は書類を持って立ち上がろうとする。

 

 が………。

 

「!?」

 

 ―――一瞬だけ手元の書類がブレて見えた―――

 

「ヨウタ?」

「!?………なんでもねぇーよ」

 

 すぐに平静さを取り戻し、シャルを無視して食堂を出て行く陽太。途中、入り口から中の様子を見に来た千冬と真耶とすれ違うが、陽太は真耶に書類を放り渡すように無言で乱雑に押し付けると、それを注意する千冬の言葉すらも無視して、そのまま足を止めることなくシャルの視界から姿を消してしまう。

 

「ヨウタ………」

 

 そんな陽太の後姿を、泣きそうになって見つめていたシャルを、静かに見つめていた箒は、この時、心の内に嫌な予感を感じていた。

 

「(この模擬戦………止めるべきなのか?)」

 

 理由も訳もないのだが、突然心の内に芽生えたこの嫌な予感がまさか現実のものになろうとは、彼女自身まだこの時、知る由もなかった………。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 放課後の第三アリーナにピット内において、自分一人以外誰もいないカタパルトの上で、陽太は己の手を見ながら、物思いにふける。

 それはこの二日間、嫌というほど考えて、未だに答えを出すことのできない問い掛け………。

 

 ―――自分はシャルを攻撃できるのか?―――

 

 ―――守りたかった、今でもかけがえのないあの笑顔を、自分は攻撃できるのか?―――

 

 カタログスペックならば核攻撃にも耐え、絶対防御で守られたISを纏っているとはいえ、万が一という可能性もある。それは自分ならばよく理解しているハズ………。

 

 ―――緋(あか)い血に染まる自分の手、そして『ありがとう』という言葉を残して逝った命―――

 

「!!?」

 

 まただ。最近、思い出すことがなかったあの日のことが、最近良く頭の中にチラつく。まるで自分が今度はシャルを血染めにしてしまうのではという、陽太には何よりも恐ろしいことすら想像させてしまうのだ。

 

「………火鳥」

 

 そこへ、カールを引き連れて千冬が陽太の様子を見に来る。

 

「……………」

 

 彼女に名を呼ばれても反応しない陽太。普段ならばこんな真似をすれば問答無用で鉄拳制裁な場面なのだが、今日の彼女は珍しく拳を振るうことなく、陽太を気遣うような台詞を口にする。

 

「………模擬戦、中止するか?」

「!?」

「………お前の気持ちは………理解しているつもりだ。だが……」

「………今更過ぎんぜ」

 

 ならば何故、最初からシャルの入隊を拒否しなかった!? 思わず声に出して講義しそうになる陽太だったが、なんとか押し留める陽太。千冬にしてみれば全体の戦力を考え、且つ対オーガコア用に改造されたISをシャルが保持しているのであれば、当然束も関わっているのだろうことも、そのためにシャルを傍に置こうと考えるのも理解できる。感情を抜きにした戦略的な考えとしては………。

 

「どいつも、こいつも………」

 

 ―――何故? どうして? そんなにアイツを戦わせたいんだ!? どうして?―――

 

 血が滲みそうになるほどに唇をかみ締めた陽太は、束の、千冬の、そしてシャル自身の考えが腹立たしくて仕方ない。

 戦いなど、得るものが無く、ただ失うだけだと、どうしてそれが理解できないのだ?

 

「時間だ」

 

 一切の感情を押し殺して、鋼鉄の仮面(IS)を瞬時に展開した陽太が、カタパルトの上に足を乗せる。

 

「陽太君!!」

「………?」

 

 今にも発進しようとしていた陽太であったが、そんな彼にカールは真剣な表情で気遣うように声をかけてくれた。

 

「今の状況が君にはどうあっても気に入らないだろう。だから言っておく………眼を見開いて、振り返ってくれ」

「……………」

「そうすれば見えるはずだ………ちゃんといつも君を見守ってくれている存在に」

「……………」

 

 頭に血が上っている陽太には、その言葉は届かなかった。すぐさま顔を正面に向けると、スラスターを点火してカタパルトから発進してしまう。

 轟音を轟かせて屋外に出て行くブレイズブレードの後姿を眺めながら、千冬は珍しく項垂れて呟く。

 

「………済まない。こんな時に、なんと上手く言葉をかけてやったらよかったのか判らなかった」

「千冬………」

「やはり、私は教師失格だ………人に教え導くことなど、端から………」

 

 項垂れて自分を卑下し始める千冬であったが、そんな彼女の鼻先をカールはデコピンで弾くのだった。

 

「痛ッ」

「そんな簡単に教え子の事を投げ出そうとする事の方が、よっぽど教師失格だよ千冬」

「………カール」

「模擬戦を止めることは叶わなかった。だったらこの決着がどのようになろうとも、我々は最後まで見届けてやる。もし最悪の事態になりそうなら、全力でそれを阻止する………それでいいんじゃないかな?」

「そうだ………そうだな。済まなかったカール」

 

 年齢にすれば10歳近く年上のカールのその言葉を聞いた千冬は、自分の弱気を悔いて、いつもの口調を取り戻すのだった。

 

 

 

 

「来た………」

 

 ラファール・ヴィエルジェを纏ったシャルが上空でホバーリングを続ける中、相手側のピットから白い全身装甲(フルスキン)のISが飛び出してくる。

 ブレイズブレードを纏った陽太はすぐさまシャルの5m前に飛来すると、彼女に向かって実戦さながらの闘気をぶつけながら問いかける。

 

「それがお前のISか?」

「そうだよ。ヨウタを倒すことも出来るIS『ラファール・ヴィエルジェ』だよ」

 

 右手に複合型65口径アサルトカノン『ハウリング』と、左腕にEシールド内蔵型マルチシールドを携えたシャルのISを注意深げに眺める陽太は、すぐに興味が失せたかのような声でシャルをまたしても挑発した。

 

「『ラファール・ヴィエルジェ(疾風の乙女)』か………まあ、そんなことよりも、今ならまだ間に合うぞ? 降参するなら…」

「くどいって言ったよねヨウタ? そんなに私に負けるのが怖いの?」

「……………」

 

 もうこうなってくると、自分の言葉を頑なに拒絶すると感じて、無傷で済ませようという気持ちが大分萎え、陽太はフルフェイスのマスク越しにシャルを睨みつけながら、一言、鋭く言い放つ。

 

「………後悔するなよ」

「そっちこそ」

 

 お互いの気合が臨界点に達したとき、模擬戦開始の知らせを告げるブザーが鳴り響く。

 

『それでは両者、規定の位置まで移動してください』

 

 どうやらアリーナの審判役は真耶のようである。彼女のアナウンスに施され、競技時の開始距離、5mにお互いが間合いを開く。そして………。

 

『それでは両者、試合を開始してください!』

 

 ビーッ!と鳴り響くブザー。それが切れると同時に両者が動いた。

 

 教科書通り、両者スラスターを急点火させて、横旋回の『巴戦』という互いに互いの背後を取ろうとする高速旋回を両者繰り出す。PICによって耐Gはほとんど感じられないが、それでも高速機動中に無理な旋回をすれば負傷、下手をすれば骨折することすらもある中で、陽太は出来る限り早期に決着を着けようと、脚部のサブスラスターを点火し、機動をより内側に急激に捻じ込み、見事シャルの背後を取る。

 

「終わりだ」

 

 両手に愛用のヴォルケーノを呼び出し、背後からスラスターをピンポイントで撃ち抜きにかかる陽太。どのような機能があろうとも、メインスラスターを失ったISは空戦はできない。空中で機動力を失えば、その瞬間ISはただの的と化すのだ。地上に足を着けて戦う以外の選択肢はない。そして古今東西、頭上を取られれば戦術的に圧倒的な不利になる。シャルに力量の差を教えて改めて降参を勧告しようと考えた陽太は銃口をヴィエルジェのメインスラスターへと向け、発砲する。

 

 ―――だが、その瞬間、背後のリアクターを分離させ、重心を変化させたシャルが急上昇する―――

 

「なっ!?」

 

 あまりの予想外の動きで攻撃を回避され、驚愕する陽太であったが、そこへ更にシャルロットは追い討ちをかける。

 

「驚くのはこれからだよ、ヨウタ!!」

 

 分離させたリアクターから翼が生え、なんと自立稼動して高速飛行しだす。更にシャルは振り返りざまに、複合型65口径アサルトカノン『ハウリング』で銃撃を仕掛ける。

 対オーガコア用の特殊弾頭を使用したアサルトカノンは、正確な弾道でブレイズブレードに迫るが、その銃撃を瞬時に回避した陽太が、シャルに向かって銃口を構え直す。どうやら今度は武装狙いのようだ。距離は50m少々、陽太の腕前ならば銃口だけ射抜くことも出来るだろう。

 

「!!」

 

 だが、そこに下方向から緑色の荷電粒子ビームが放たれ、とっさに銃撃を取りやめてその攻撃を回避する陽太。どこのどいつが援護射撃しやがった!? と内心舌打ちするが、それがすぐさま間違いであったと気がつく。

 見れば、先ほど切り離されたリアクターの前部に2門搭載されているビームキャノンからの砲撃であり、更に連射しながら陽太に向かって突撃してくる。

 

 自立稼動兵装「ディスタン」は、セシリアのBTとは別系統の自立稼動兵器であり、本体であるヴィエルジェから分離させてもマニュアルでのコントロールができ、また高度な自立AIを搭載しているためにオートで運用することもできる優れた兵器なのだ。

 そして今度は、前部のビームキャノンだけではなく、ビーム砲横に左右三門づつ内蔵されている実弾の機関砲をビームキャノンと共に連射し、陽太の動きを封じ込めにかかる。しかも更に別方向からシャルのアサルトカノンが火を噴き、一対一での決闘のはずが、事実上の一対二の戦いを展開しだす。

 

「器用なこったな、オイ!」

「お褒めに預かりどうも!!」

 

 左右から挟みこまれながら、その攻撃をギリギリの位置で回避する陽太の動きを見て、現状は有利に試合を進めているシャルは内心では焦りだす。

 

「(もうこっちの動きに対応してきた………)」

 

 パッと見、陽太の方が押されているようにも見えるが、シャルの攻撃は未だ一撃も掠っていない。それはつまり、まだ陽太には余裕があり、そして時間をかければかけるほど陽太はシャルの動きを見切れる能力を有しているということになる。

 これ以上続けても、恐らく陽太には通用しない。冷静にそう判断したシャルは、出し惜しみ無しに、ヴィエルジェの『最大の特徴(切り札)』を切ることを決意し、ディスタンを呼び戻してドッキングし、地上に向かって急降下を開始する。

 

「(なんだ? 何が狙いだ?)」

 

 シャルの意図する行動の真意が掴めないまでも、留まっていても仕方ないと判断して、陽太はシャルの後を追いかける。

 

「よし!」

 

 目論見どおり陽太が追いかけてきてくれた事を嬉しく思い、小さく左手でガッツポーズを取ったシャルは、アリーナ内部の地面スレスレを高速で飛行しながら、突如振り返る。

 

「!?」

 

 振り返りざまにシャルが左手で何かを投げたことを見た陽太は、すぐさま銃口を構えて発砲する。

 

「ナイスショット!」

「ゲッ!」

 

 シャルが投げた『それ』を正確に射抜く陽太であったが、次の瞬間、『それ』が爆発し、黒い煙幕をアリーナ内部に発生させてしまうのだった。

 手持ち式の煙幕弾(グレネード)だったのだと理解した陽太は、自分がまるで素人のような失敗を犯してしまったことを内心毒づく。

 

「(舞い上がってたのか!? それとも焦ったのか!?)」

 

 何なのかも理解せずに攻撃して視界を奪われるなど、普段の自分ならば絶対に犯さないミスだと思い、予想以上に自分自身が動揺していたことを否定するように首を横に振る。

 

「(主導権は渡さない!)」

 

普段の自分を取り戻すため、陽太は素早くシャルの位置をハイパーセンサーで索的する。現状10時の方向、距離60m。ブレイズブレードのハイパーセンサーを信じて黒い煙幕から飛び出す陽太であったが、そんな彼を待ち構えていたシャルのヴィエルジェの姿に、陽太は今度こそ声に出して驚愕してしまう。

 

 先ほどまでは、確かに背部のリアアーマーには自立稼動兵器のディスタンがあったはずなのに、今はどうだ?

 

 ―――左右に一門づつ搭載された25mmパルスレーザーガトリング―――

 ―――強力な威力を秘めているであろう30mm二連装ビームガン―――

 ―――両肩に追加アーマーのように設置されているのは、8連装ミサイルポットと、脚部にも4連装ミサイルポットが蓋を開いて発射体制に入る―――

 

 そして両手に59口径重機関銃『デザート・フォックス』を持ったシャルは、全火器の安全装置(セフティ)を解除し、陽太に不敵な笑みを浮かべながら、告げる。

 

「ここからが、このラファール・ヴィエルジェの本領発揮だからね!」

「ちょ、おまっ!?」

 

 シャルのその笑みを見た瞬間、陽太は突撃体制を解除して足の裏のサブスラスターを全開にして急制動をかけた。

 

「Fire(発射)!」

 

 同時にシャルは全火力を目の前の陽太に向かって解き放つ!

 

 レーザーの雨が、ビームの砲弾が、ミサイルの群れが、実弾の牙が、一斉に陽太に襲い掛かり………。

 

「ッ!?」

 

 ………アリーナ内部で凄まじい粉塵を撒き散らしながら大爆発を起こした。

 

 そしてその様子を、アリーナの観客席で眺めていた一夏達は思わずガッツポーズを取る。

 一夏と鈴は一斉掃射を食らった陽太のシールドエネルギーのゲージがゼロになったと確信したのだ。

 

「よしっ!」

「避けれっこないわ! これで決まりね!!」

 

 二日前から自分達と共に陽太の動きを研究し、寝食を惜しんでも訓練に励んだシャルの姿を知る一夏達にとって、食堂での陽太の発言は我慢ならない物であった。

 

 ―――継続する努力は必ず才能を超えれる―――

 

 いくら天才的な操縦技術を持つ陽太といえども、何の準備もしない、才能に胡坐をかいた状態で油断をしていれば、隙もつける。一夏達はそう信じてシャルの勝利を願っていたのだ。

 

「それにしても………シャルロットさんのあのIS、なんとも凄まじいですわね」

「ああ、まさか机上の空論と言われていた、『リアルタイムでのパッケージ(換装装備)の瞬間換装』を実装したISとは……」

 

 同じ欧州組であるセシリアとラウラにしてみれば、なんとも複雑な心境ではあるが、統合防衛計画(イグニションプラン)の最有力場と目されているラファール・ヴィエルジェの性能の凄さは、素直に認めざるえない。

 

 ISとしての基本性能の高さに、莫大なバススロット(拡張領域)を持つことで、先ほどラウラが言った、リアルタイムでパッケージ(換装装備)を瞬時に変化させられるという特殊機能を実戦レベルで搭載することに成功し、如何なる局面にでも対応できる汎用性、複数の戦術を取れる柔軟性、兵器としての信頼性………まさに第三世代でも傑作機と呼べるISなのだ。これは、圧倒的な性能の高さを獲得したが、陽太という『天才』が乗ることを前提条件にしてしまったがために、他の操縦者では能力が引き出せないブレイズブレードとは真逆の結果であり、陽太のISが『第三世代最強機』ならば、シャルのISは『第三世代最良機』という見方もできる。

 

 だが、第三世代の傑作機同士が激突するアリーナにおいて、戦局はすでに次のステージに移行していることを、観客席のギャラリー達は知る由もなかった。

 

 

  

「……………」

 

 空になったデザート・フォックスのマガジンを排出し、次のマガジンを銃身に装填するシャルは、モクモクと立ち込める粉塵を睨み付けながら、シャルは索敵を怠らない。今の攻撃で陽太を仕留め切れたという確信がシャルには得られなかったためだ。

 

「(いる………絶対に!)」

 

 注意深く辺りを見回すシャル、その時、起動中のISの熱源を発見する。

 

「(距離70! 斜め上!?)」

 

 背筋に悪寒が走ったシャルは足元のスラスターを全開してISを後退させる。と、同時に先ほどまでシャルがいた場所に複数の銃弾が叩き込まれ、地面を大きく抉り取ってしまう。

 

「ヨウタッ!」

「……………」

 

 名前を呼ばれても返事をせず、アリーナの地面を高速でホバーリングするシャルに向かって、アリーナの外壁の頂上から淡々と銃弾を叩き込み続ける陽太の姿を見た一夏は、どうやって陽太があのタイミングで攻撃を回避したのか理解できず、呆然となりながら呟く。

 

「どうやって………回避したんだよ?」

「………PICをフル稼働させて慣性を殺したな」

 

 そんな一夏の疑念に答えたのは、アリーナの観客席に下りてきた千冬であった。

 

「PICをマニュアルでフル稼働させ、前方にかかっていた運動慣性を瞬時にゼロにし、左腕の楯に内蔵されているワイヤーをアリーナの外壁に打ち込んで、デュノアの砲撃から逃れたんだ」

「あ、あの一瞬でですか!?」

 

 陽太があの瞬間で行った動作を的確に説明する千冬に、ラウラが信じられないといった表情で疑問をぶつける。そんなラウラに無言でうなづくことで返事をした千冬は、一夏の隣に立つと、アリーナの方を見ながら彼に話しかける。

 

「一夏………お前はこの戦いをよく見ておけ」

「?」

「理不尽に感じるかもしれない。自分の努力が否定されているような屈辱を覚えるかもしれない。だが、よく見ておけ…………時に戦場には存在するのだ……………戦域全てを統べるような、『戦いの申し子』とも言うべき存在がな……」

 

 

 

 ひたすらシャルは低空をホバーリングし続け、時にデザート・フォックスで反撃しようとするが、陽太の正確無比の弾丸は銃身を構えようとした瞬間をまるで見抜いているかのように自分の足元に撃ち込まれ、反撃の態勢を取らしてもらえないでいた。それにこのパッケージ『ワイルドウィーゼル』は砲撃に特化させたパッケージであるために、空中機動力は無いに等しい。

 このままではジリ貧が確定する。そう感じ取ったシャルは、次なるワイルドウィーゼルを強制排出し、次なるパッケージを用意する。

 

「コール! ル・シャスール!!」

 

 ワイルドウィーゼルが強制排出され、砲撃ユニットを失くし、身軽になったヴィエルジェがその場をジャンプする同時に、何も無かったリアアーマーに四基の高出力可変イオンブースターを装備し、両手のデザート・フォックスの代わりに、39口径マシンピストルを二挺持ち、今まではケタ違いの運動性能を発揮して、アリーナの外壁の頂点にいる陽太に迫る。

 

「……………」

 

 だが、シャルが新たなるパッケージを装備したにもかかわらず、先ほどとは違い、然したる動揺も見せない陽太は、外壁をジャンプして、上空に向かって飛び立つ。

 

「ヨウタァァァッ!!」

 

 その背後を追うシャルを引っ張りながら、上空1000m付近まで一気に上昇したブレイズブレードは急速反転し、今度は銃弾を撃ちながらシャルに迫る。

 

「クッ!」

 

 推力任せに機動を捻じ曲げるが、反動で体中が軋むのを感じ取るシャルであったが、止まってしまってはその瞬間、勝負が決まると思い、陽太と超高速でのドッグファイトを展開する。

 ヴォルケーノの銃弾をブースターの馬力で何とか避けるシャル。彼女もIS操縦者としての訓練を積んではいるが、これほどの速度での空中機動などはほとんど経験したことが無い。

 

 ヴォルケーノとマシンピストルの銃弾が飛び交い、大空の中を自在に飛び交うブレイズブレードとラファール・ヴィエルジェ。

 ル・シャスール(狩人)と呼ばれたこの空中機動ユニットは、空中戦で帝王の如く振舞うブレイズブレードと互角の機動力を得られるのだが、シャル自身の能力がこの速度域に到達出来ず、二機がドッグファイトを開始して一分で、彼女に限界が近づいてくる。

 

「(息が………続かない! 視界が……歪む!)」

 

 圧倒的な速度にPICのフォローが追いつかず、無茶苦茶な機動のために空間失調症に陥りそうになりがら、それを根性で耐えるシャルに向かって、今度は陽太が突撃を仕掛ける。

 完全に予想外のその動きに、避けることができなかったシャルは、何とかシールドでブレイズブレードの肩からのタックルを受け止めながらも、地面に向かって陽太と共に高速落下してしまう。

 

「きゃああああああああっ!!!」

「……………」

 

 グングンと地面が迫る。このままでは地面に激突した衝撃でシールドエネルギーをかなり削られてしまう。いや、それ以上に衝撃で動けなくなってしまえば、陽太の銃撃が避けれなくなってしまう。そうすれば絶対防御を発動させられて、勝負が決まってしまうでないか。

 

「くっ! うあああああああっ!!」

 

 腹の底から叫びながら、シャルはブレイズブレードを押し返しながらイオンブースターを全開にして何とか落下軌道から逃れようとした。

 

「……………」

「えっ!?」

 

 だが、それこそが陽太の罠だったとシャルは気がつく。

 シャルが陽太を押し返そうとしてイオンブースターを全開にした瞬間、陽太はシャルから自分から離れて楯を蹴り飛ばし、バランスを崩したシャルに向かって、銃弾を二発撃ち込む。

 

「しまっ・」

 

 その銃弾は正確にイオンブースターを二基撃ち抜き、落下軌道から逃れようと推力を全開にしていたため、空中でのバランスを崩してしまい、錐揉み上に回転しながら、シャルは地面の上を転がりながらアリーナの壁に激突してしまったのだ。

 

「カハッ!」

 

 シールドバリアによって大惨事になることはなかったが、それでも衝撃の全てを相殺することはできず、肺の中にあった空気を根こそぎ排出し、シャルは地面に倒れこんでしまう。

 

「シャル!!」

「ウソッ!」

「シャルッ!?」

「シャルロットさん!?」

 

 その様子を信じられないといった表情で見る対オーガコア部隊のメンバー達。あれほど試合を優位に進めていたはずにも関わらず、ほんの数分足らずで試合をひっくり返してしまった陽太の戦闘力に驚愕し、そしてあんなに必死に努力していたシャルが届かなかったことが悔しさになって込み上げてくる。

 

「………ちきしょ…」

 

 項垂れながら、そんな言葉を呟く一夏であったが、その時、周囲から驚きの声が上がり、何事かと思って一夏が顔を上げると、そこには………。

 

「……ま、まだ………まだだよ」

「…………」

 

 壁を伝いながらなんとか立ちあがるシャルの姿があった。

 

 シャルが立ち上がる姿を見た陽太は、ゆっくりと地面に降り立つと、特に構えることも無くシャルに向かって歩き出す。

 

「もう寄せ。これ以上しても時間の無駄だ」

 

 陽太の中ではすでのこの勝負は終わっている。彼女の機体の特性に驚いたのは事実だが、だがそれだけだ。この勝負を決める決定打としては、いささか力不足だった。

 

「お前の機体特性は把握した。瞬時にパッケージを換装しての汎用機………束が作った割にはまともな設計だったな」

「まだ………まだって言ってるでしょう……」

 

 腰に標準装備されているレーザーソードを抜いて、動かぬ体を無理やり動かして陽太に斬り込むシャル。

 

「だが、最大の失敗はやはり………操縦者がお前だったことだ、シャル」

「!!」

 

 その光刃を左腕の楯で受け止め、火花が散る中で陽太は更に語る。

 

「器用さは大した物だが、『それだけ』だ。他の奴等に比べれば目立った能力が無い。怖くないんだよ………お前は」

 

 左腕を薙ぎ払い、シャルごと跳ね飛ばした陽太は、地面に蹲っている幼馴染に哀れみを持って最後通告をした。

 

「終わりにしよう。お前はやっぱり戦場に出るべきじゃない。出る資格も無い………降参しろ、シャル」

「う、うわああああああっ!!!」

 

 それでもシャルは降参は認められないと、しゃにむにレーザーソードで斬り込んでくる。それをもう防ぐ事もせず紙一重で簡単にいなす陽太は、シャルに内心怒りを感じて、拳を握り締める。

 

「………お前は…」

「私は………負けない!」

「なんで………!!」

 

 シャルが刃を振りかぶる。

 陽太が拳を握り締める。

 

「………解れよ!!」

 

 腹の底から滲み出るような声で叫んだ陽太は、超短距離瞬時加速(ショート・イッグニッション・ステップ)という高等技術を駆使し、シャルが斬りこんできた瞬間、彼女も彼女のISのセンサーも感知するよりも早く側面に回りこんで、シャルの顎先数ミリのピンポイントを、超高速のストレートで射抜く。

 

 ―――一夏達の目の前で、まるで糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちるシャル―――

 

 意識の死角ともいえる場所からの、顎先の数ミリに衝撃を受け、脳内をピンポイントを揺らされたシャルの視界が闇一色に染まってしまう。

 

「……………」

 

 アリーナの観客席よりも上、通用口付近で壁に持たれながらその様子を見ていた箒は、崩れ落ちたシャルを、そしてそんな彼女を冷たく見下ろしている陽太の姿が、哀れに思えてならなかった。

 

「(お互いに想いあっているのに………戦いあっている)」

 

 生徒の中で、シャルを除いて最も陽太の心境を理解していたのは箒であった。

 それは同じように人付き合いが苦手な性分であったためか、それとも、自ら戦士であると戒めた者同士のシンパシーであったのか、安寧や平和とは無縁の世界をどうあってもシャルに戦わせたくなかった陽太の気持ちも、そんな陽太だからこそ共にいたいと願ったシャルの気持ちも、彼女には痛いほど伝わってきた。

 

「(シャル………もう立つな………千冬さん、早く止めてください)」

 

 これ以上、シャルが傷付くこともないし、陽太がシャルを傷付けるべきでもないと思った箒は、試合終了の合図を千冬が出すことが一番だと思い、心の中で呟いた時、観客席で湧き上がった歓声に驚いてアリーナを見た。

 

 ―――ボロボロの状態で、尚も立ち上がるシャル―――

 

「馬鹿なッ!!」

 

 近接戦闘に秀で、人体の構造も教え込まれている箒にしてみれば信じられない光景である。如何に高いモチベーションを持とうとも、意識の死角から急所目掛けて放たれた攻撃など根性で耐えられようもあるまい。

 

 だがこの状況で箒よりも、千冬よりも、一夏達よりもこの状況が信じられない者がいた。

 

「………シャ、シャル…」

 

 完全に勝負が決まった一撃だと確信していたにも拘らず、立ち上がってきたシャルを信じられないといった表情で見つめる陽太は、何が彼女をそこまで突き動かしているのか、理解できないでいたのだ。

 

「も………もう……いいだろうが!!」

 

 その為なのだろうか………陽太は圧倒的有利であるものの、逆に追い詰められているかのような声でシャルにこれ以上『戦うな』と叫ぶ。

 

「もう寝てろ! 戦うな、シャル!」

「………イヤ……だ」

 

 陽太の言葉をきっぱり断ったシャルは、リアアーマーを再びディスタンに戻すと、フラフラと歩き出す。シャルが一歩近づく度に、シャルから一歩後ずさる陽太。

 

「私は………戦うよ…」

「なんでだっ! お前は戦いとは関係ないだろうが!!」

 

 それは陽太の魂からの叫びだった………。

 

 空の上から何度も見ていた、地上の花。

 空の上では決して咲かないもの。

 強い者しか生きることを許さない、シンプルでどこまでも無慈悲な空の上では、決して咲かない心温かなもの………。

 

 だから、そんな彼女(地上の花)が、血で濡れるのが怖くて怖くて堪らないのだ………。

 

「決まってる………じゃない」

 

 シャルは右手に62口径連装ショットガン『レイン・オブ・サタディ』を持つと、前屈みの体勢を取りながら、目の前で動揺している陽太に、静かに微笑みながら告げる。

 

「私が………決めたんだ。もう陽太一人には戦わせないって……」

「!!」

 

 そしてシャルは残りの全エネルギーをこの場で使い果たすこと覚悟で、スラスターを全開にして陽太に迫る。

 

「あっ………」

 

 シャルの言葉を聴いたため、動揺して初動が遅れた陽太がヴォルケーノを構えようとするが、彼が銃口を向けるよりも早く、シャルのショットガン『レイン・オブ・サタディ』の弾丸が、ヴォルケーノを弾き飛ばす。

 

「チッ!」

「(このチャンスに全てを賭ける!)」

 

 端から勝機の薄いこの勝負、寧ろこの状態こそが最大のチャンスであり、ここを外せば後は無い。それを覚悟したシャルが、リアアーマーに装備されていたディスタンを陽太に向かって解き放つ。

 

「!?」

 

 シャルの背後から射出されたディスタンは、ロケット弾のように陽太に迫るが、あまりのその長大さのために陽太はその場から跳躍することでディスタンを回避してしまう。

 

 ―――だがそこで待ち受ける、圧縮空気の音と、自分の目の前まで迫ったシャルの姿―――

 

「これで、最後っ!!」

「!!!」

 

 シャルがディスタンを先に向かわせたのは、攻撃のためではなく視界を防いで自分の姿を隠すためだと陽太が気がついた時、すでにシャルは陽太を持ってしても回避不可能な距離まで迫っていた。

 

「届いて!!」

 

 そして彼女は残された最後の切り札、左腕のEシールド内蔵型マルチシールドを解き放ち、その内側に内蔵されていた80口径リボルビングパイルバンカー『ネメシス』を振りかざし、陽太にその想いのありったけを叩き込もうとする。

 

 ―――攻撃回避不可能、体を捻っても直撃は避けられない、防御するにはパイルの口径がデカすぎる―――

 

 ドクンッ!

 

 最初に嫌な予感を得たのは、やはり学園で最も長くIS戦闘を見続けてきている千冬だった。

 箒が試合終了を内心願うまでもなく、陽太のストレートを食らった時点で彼女もシャルが戦闘不能になったと思い込み、陽太とシャルの二人に詫びる気持ちで一杯になりがら試合終了のアナウンスをするように真耶に連絡を取りかけたときであった。

 

 シャルが立ち上がったのだ。これには千冬も驚愕せずに入られなかった。

 

 根性だけではどうすることもできない攻撃を受けながら、それでも立ち上がった彼女を、千冬は泣きそうになりながら見つめた。

 

「(デュノア………お前はそんなにも陽太の事を想っててくれていたのか………)」

 

 陽太の師として、彼にIS操縦と戦闘術を教え込み、だがそれゆえに段々と世間から遠ざかっていた、オーガコアと戦うたびに、戦いに嫌悪しながらも戦いに高揚する自分に矛盾を感じていた、そんな陽太の姿を見ながらも、助けることが出来ずにいた不甲斐無い自分とは違い、まっすぐに彼を想うことで救おうとするシャルの姿に、彼女は年下ということも生徒ということも忘れて敬意すらも覚えた。

 だからそれゆえに、彼女が最後の攻撃に出た瞬間、嫌な予感が襲い掛かる。

 

「!!」

 

 陽太が明らかにシャルの姿に動揺していること。そして彼女の攻撃がこのままだと確実に陽太にヒットすること。そのことがいち早く理解できたがためであった………。

 

「止せッ!! 陽太ァッ!!!」

 

 一夏達が驚いて振り返るのも気にせず、中の二人に向かって叫んだのは………。

 

 そしてその声を聞いて、真っ先に動いたのは、観客席にいた一夏達ではなく、通用口にいた箒だった。

 

「!!」

 

 シャルが最後の攻撃を仕掛けた時点で、彼女は何故かその攻撃が失敗に終わることを確信していた。理由は特にない。敢えて言うのであれば、一流の操縦者のみが持つ『勘』であろうか………そしてそれゆえに箒は思い立つ。

 

 ―――追い詰められた虎は、大人しく死にはしない―――

 

 陽太という虎が、このまま大人しく攻撃を食らうことなどはない。

 ならばどうするのか?

 

「止せ、火鳥ッ!!」

 

 箒は瞬時に自分のISである紅椿を展開し、アリーナでの戦闘時、観客席を保護するために展開しているバリアーに向かって、主力武器である空裂と雨月の二本を放り投げる。と同時に、背部のビットを切り離した。

 

 ―――そして放り投げられた二本の刀とビットが瞬時に合体し、全長10mの巨大な剣と化す―――

 

 突然観客席から出現した全長10mの巨大斬艦刀に驚く一夏達を尻目に、箒はその巨大な刃の柄の部分を蹴りながら紅椿のスラスターを全開にし、アリーナのバリアに激突させたのだ。

 

 ―――甲高い音を上げて砕けるバリア―――

 

 そして、箒がアリーナの内部に飛び込んだ瞬間、目の前で最悪の結末が起こる。

 

 精神的にも追い詰められ、逃げ場所を失ってしまった陽太は、真っ白になりながらも、それでも動いてしまった。

 それは天性のセンスを持つ者ゆえの、凡人には計り知れない動きだったのかもしれない………並の操縦者ならば起こさなかった悲劇とも言えた。

 

「フェニックス………ファイブレード!」

 

 目の前に迫るシャルに向かって、陽太は無意識に最速の動きでフレイムソードを取り出すと、パイルバンカーを構えて迫るシャルを『本気』で迎撃してしまう。

 

 ―――シャルの視界を焼き尽くす、烈火の不死鳥―――

 

 シャルの、箒の、千冬の、一夏の、鈴の、セシリアの、ラウラの、時間がそこで停止した………。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「シャルッ! シャル!!!」

 

 間一髪、壁に激突する寸前にシャルを受け止めた箒の声を聞いた陽太は、ようやく我を取り戻す。

 

「(ナンダ、コレ………)」

 

 炎の残滓、気を失っているシャル、そして突然振り出した雨………。

 

 何もかもが悪い夢のように思えながら、それでも自分の手に持ったフレイムソードが、今が現実であると告げるのだ。

 

「(オレハ………ナニヲシタ?)」

 

 自分はたった今シャルを殺そうとしたのか?

 

 信じたくない気持ちで一杯になって棒立ちとなっている陽太であったが、その時、そんな彼に向かって、怒りに燃える白い騎士が白い刃を振りかざして迫ってきたのだ。

 

 

「ヨウタァァァァァァァァァァァッ!!!」

 

 仲間が、千冬が、箒が、一夏を静止する声をあげる中………。

 

 

 

 

 ―――アリーナに、雨音に混じった鈍い金属音が響き渡る―――

 

 

 

 

 






・シャルロットさんの敗因

 「頑張り過ぎたこと」w

健気に陽太を思ってなんとしても勝とうとしたことが、よもやこのような結末を迎えるとは………。

シャルさんのISですが、実はまだ出していないだけで、どんどんで増やしていこうと思います。よろしかったら、感想にでも何か良いのを思いつかれた書いてください。

さて、次回は驚愕の幕切れにゆれる対オーガコア部隊!

ブチキレた一夏は?
それを見たセシリア達は?
自分の力量に悩む千冬は?
両者を思う箒は?

そして、ついぞ勝利できなかったシャルと、そんなシャルを本気で殺しかけたヨウタの行く末は?

次回もご期待ください


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

降りしきる雨

衝撃の幕引きから一転

シャルは夢の中で、『彼女』と出会い………

一夏は自分の行いが何を仕掛けたのか、現実を突きつけられ

千冬は、己の思量の無さを悔います。

そして、ついに彼女が物語の表舞台に立ちます!



では、本編をお楽しみください!




 

 

 

「!?」

 

 シャルは、自分がとある大きな木の木陰に寝ていたことに気がつく。見ればそこはとある田舎町そっくりの世界で、あたり一面の向日葵畑と、どこまでも続く青い空と燦々と輝く太陽があり、そして自分が寝ていた場所のほど近くに煙突付きの民家があるため、ここが今どこなのか思い出し、溜息をつきながらもう一度寝転がった。

 

「どうして………ここは………」

 

 ここが彼女が実母と過ごした思い出の地であるのはシャルにもすぐに理解できた。だが何故、自分は今この場所にいるのだろうか?

 

「私………アレ? 何してたんだっけ?」

 

 何かすごく長い夢を見ていたような気がして、頭を抱えるシャルであったが、その時、とある視線が自分に向けられていることに気がつく。

 

「?」

「……………」

 

 大きな木の陰、自分のすぐそばに、オレンジ色の長い髪と瞳をした白いワンピースを着た少女が、シャルのことをじっと見つめているのだ。

 

「え………っと………こんにちは?」

「!!」

 

 年の頃は11、12歳であろうか? シャルよりも頭一つ分以上小さな身体の少女は、シャルの声を聞いた途端、びっくりして木陰に顔を引っ込めてしまう。

 見知らぬ少女とはいえ、そんなにびっくりされると何か悪い事してしまったかのような気分になって落ち着かないシャルであったためか、なんとか怯えさせないようにもう一度声をかけてみる事にする。

 

「ごめんね! 驚かせちゃったよね!」

「……………」

「あのね、私、貴方を驚かせようとか思ってないの。ただ、少しお話聞きたいな~~って」

「……………」

「だから、その………えっと」

 

 何とか話の取っ掛かりを掴もうとするが、自分自身いきなりこんな場所で昼寝をしていた事実に動転して、何をどう話しかければいいのか皆目見当もつかず、しどろもどろになってしまうシャル。だが、そんんなシャルに向かって、木陰に隠れていたはずの少女は、申し訳なさそうに顔を出すと、沈んだ表情で突然謝りだすのだった。

 

「………ごめんなさい」

「えっ!?」

「………ごめんなさい」

 

 見れば瞳に涙を溜めてしゃっくりをあげながら突然謝りだすものだから、シャルはびっくりして硬直してしまう。

 

「ごめんなさい………私、ダメダメで……ヒッグ………『マスター』の足を引っ張っちゃって………ヒッグ…」

「そんなことないよ。貴方は私の足を引っ張ったりしてない! 貴方のおかげであんなに頑張れ……………アレ?」

 

 どうしてこの子が言った『マスター』が自分だと確信しているのだろうか? 何か肝心な部分を自分が忘れているような感じがするシャルが、考え込みそうになった時、少女の背後から、明瞭活発な聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 

「そうだよ、アレは完全にアイツが悪い! 貴方は気にする事ないよ」

「………姉さん」

 

 少女が『姉』と呼ぶ人物………金色の髪の毛を赤いリボンで括り、まるで古代の巫女のように白い民族衣装に身を包み、布地の少なさのために白い肌があちかこちら見え隠れする結構大胆な服装を着た自分と同年代の少女であったが、シャルにはそんなことよりも遥かに重大なことがあった。

 

「わ………私?」

 

 自分と瓜二つなその少女を見たシャルは、思わず腰が抜けてその場にしゃがみ込んでしまう。

 

「フフフ………初めまして………って言うのはちょっと可笑しいかな? ボクはすでに二回会ってるしね?」

「???」

「まあ、でも解らないでもしょうがないか。ボク達と意思の疎通ができるのはシンクロ率が極めて高い人間だけだから」

「えっ?」

 

 シンクロ率が極めて高い人間だけ、その言葉にシャルは何か引っ掛かる。どこかでそのような事を聞いた事があるようなないような………。

 思案するシャルであったが、自分そっくりな少女はそんなシャルに微笑みながら話を続けてきた。

 

「今日はコア・ネットワークを使ってこの子を経由し、貴女の深層意識にお邪魔しました………初めまして、シャルロット・デュノアさん。ボクは貴女に大変な事をしてしまったバカの相棒(パートナー)です」

「えっ?」

 

 『お利口だね』と未だにしゃっくりをあげる少女の頭を撫でる目の前の人物の台詞に、シャルは今度こそ確信を持つ。そして同時に鋭い電撃が走り、自分の身に何が起こっていたのか一瞬でオーバーラップしたのだった。

 

「痛ッ!」

「あ、大丈夫!? ごめんなさい。ホント、あのバカのせいで……ボクが瞬間的に火力抑えなかったら、この子の絶対防御貫いて、本当に大変な事になってた所だったんだから………」

 

 プンスカッ! と頬っぺたを膨らませながら怒る少女に頭を撫で回されながらも、小さな少女はされるがまましょんぼりする。

 

「ごめんなさい………私、ダメダメだから」

「「そんなことない!!」」

 

 異口同音でその言葉を放ったのは同じ顔をした違った二人の少女であった。

 

「貴女は一生懸命に頑張ってくれたんだ! それは一緒に戦った私がちゃんと理解している! だからもっと胸を張って!」

「生まれて一ヶ月ちょっとでこんなに操縦者と一体化できる子(IS)なんて、ボクは聞いたことないよ! ナンバー01(姉さん)にだって自慢できることしてるんだから、もっと自信持って!!」

 

 二人の少女に勢い良く捲くし立てられ、呆然となりながら首を立てに振る小さな少女であったが、数秒後、そんな二人の少女の真剣な顔がおかしくなってしまったのか、小さく笑い出すのだった。

 

「プッ!」

「「……………」」

 

 そんな目の前の小さな少女の様子がおかしかったのか、シャル達も噴き出してしまい、気がつけば誰かの笑いが誰かの笑いを呼び、しばし、芝生の上を三人で笑い転げ続ける。

 そして一頻り笑い続けた後、シャルは改めて二人の方を向き直り、微笑みかけた。

 

「なんとなく貴女達が何者なのか解ったよ。ありがとう………いつもヨウタのこと助けてくれてるんだね?」

「そうだよ! ボクがいないと、アイツ、ただの暴れたがりだから………」

 

 初めてこうやって話しているというのに、もう何年も付き合っている友人のように感じられるその気さくさは、誰に似たのだろうかと首を傾げそうになるシャル。きっとこの場に陽太が入れば「お前だよ」とツッコミの一つも入れただろうが………。

 

「それに凄く強情」

「意固地だよね」

「そのクセ、ちょっとヘタレだし」

「ううん、だいぶヘタレだよアイツ。女の人には口でしか偉そうにできないもん」

「そのくせ鈍感だし」

「自分では解ってるって思い込んでるから余計にタチ悪いよね」

 

 二人してグチグチと一人の少年の悪口を言いあう中、突如、暖かだった世界に振動が走り、シャルの脳裏に微かに誰かの声が届く。

 

『………ャル!』

「えっ?」

 

 微かに聞こえたのは鈴であろうか? もう一度聞き返そうとした時、世界が歪み、段々とシャルの意識が霞みかかり始める。そしてその事が解っているのか、目の前の二人の少女は穏やかに微笑みながら、別れの挨拶をしてきた。

 

「ごめんなさいマスター。もうこれで暫くは話せないです………」

「シャルロットはまだシンクロ率が陽太ほど高くないから、こうやって確実な意思疎通は無理なんだ………今回はたまたま戦闘中の余波で、シンクロ率が一時的に高まったおかげで話せたけど………」

「えっ?」

「シャルロットがこの子ともっと深く繋がれれば、またこうやって話せるよ………と言っても、今のシャルじゃ今日のことはほとんど覚えてられないけどね」

 

 寂しそうな表情になる二人にシャルは言葉をかけようとするが、彼女の体がふわりと浮き上がると、重力を無視してどんどん二人が離れていってしまう。それを必死になって留まろうとしてシャルは声を張り上げた。

 

「待って! 私、まだ貴女達と話が!!」

「マスター………私、頑張って役に立てるようになるから!」

「陽太のこと、ごめんなさいシャルロット!………でも、これだけは信じて。陽太は貴女を守ろうと必死なの! それだけは本当なの!!」

 

 自分と同じ顔をした少女の言葉に、届かぬ声の変わりにシャルは瞳から一滴の涙を流して頷く。真っ白く染まる世界の中、嬉しそうな笑顔でシャルの返事を受け取った少女達に手を伸ばし続け………そしてシャルの意識は一気に現実へと引き戻された。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

「シャルッ! シャルッ!!!」

 

 心配そうに自分を覗き込んでくる鈴をしばし呆然と見つめるシャル。そして意識が段々と戻ってくると、自分が今、学園の保健室のベッドの上に制服を着せられた状態で寝かされていることを理解し、彼女は上半身を起き上がらせて鈴に問いかけた。

 

「えっと………私、模擬戦してて………」

「無理に動いちゃ駄目よ。カール先生の診断は異常はないって話だけど……」

 

 シャルを労わるような鈴の言葉であったが、だがその奥にある微妙な動揺に気がつき、彼女はとある質問を鈴にぶつける。

 

「………鈴」

「もう、今日はアンタ寝てなさいよ」

「………ヨウタは何処?」

 

 鈴が表情を引き攣らせて息を呑むのを見て、シャルはふらつく身体を無理やり動かしてベッドから降りて歩き出そうとする。

 

「シャル、アンタ………」

「鈴………ヨウタ、今、何処にいるの?」

 

 シャルのその質問を受けた鈴は、沈んだ表情で重い口を開く。

 

「…………何処に行ったのか分からないの。織斑先生が人手を集めて探してくれてるみたいだけど………」

 

 

 ―――シャルを本気で『撃墜』してしまった陽太に、一夏が激昂した瞬間まで時間が遡る―――

 

 

 烈火の炎がシャルを焼き、絶対防御が発動したのか、彼女のISが強制解除されてしまう。

 

「まずいッ!」

 

 そしてこのままでは生身のままアリーナの壁に叩きつけられてしまうと危惧した瞬間、紅の剣姫が巨大な合体剣を用いてアリーナの防御バリアを突き破って中に進入し、シャルを壁際ギリギリで受け止めたのだった。

 

「シャルッ!」

 

 必死に呼びかける声に、僅かにシャルが瞼を動かしたのを見た箒は、とりあえず最悪の事態だけは回避できたのだと安堵の溜息を漏らす。

 

「篠ノ之!!」

 

 緊張感を若干解いた箒に向かって千冬とカールが駆け寄ってくる。箒はすぐさま保健医のカールにシャルの容態を見せ、彼も簡単に診断を始めた。どうやらISの絶対防御がシャルへのダメージをほぼ相殺していたのか、カールも最初の30秒こそ緊張した表情になっていたが、その内に『どうやら大丈夫そうだ』とお墨付きをくれる。

 カールの診断結果を聞いた箒は、雨が降り始めたアリーナの中で一人呆然と立ち尽くしている陽太に知らせようと彼の方を振り向いた。どうせシャルを傷付けてしまった事を深く後悔しているのだろう………普段は頼りなく子供っぽい所もあるが、少なくともISを纏っている状態の彼は一流の戦士だ。その一流の戦士が我を忘れているのだから、それほどまでに重大なショックを受けているのだろう。箒にしては非常に的のいた考えをしていた時だった。

 

 事態は予想外の人物が動かした。

 

「陽ぅ太ァァァァァァァァッ!!!」

 

 白式を纏った一夏が、見るからに激昂し雪片を振りかざして陽太に斬りかかったのだ。

 

「一夏ッ!」

「一夏さんッ!?」

「待て、一夏ッ!!!」

 

 観客席にいた鈴とセシリアとラウラの手をすり抜け、彼は一直線に陽太に斬りかかる。

 

 今の一夏は、シャルを傷付けた陽太への怒りで頭の中が一杯になって沸騰していた。

 

 ―――誰よりも強いクセに―――

 

「うおおおおおっ!!」

 

 ―――俺が欲しい、誰かを守れる力を持ってるクセに―――

 

「テメェは、何でッ!?」

 

 ―――それを使って、俺の仲間を、お前の幼馴染を傷付けやがって!!!―――

 

「止せ、一夏ッ!」

「止まれ、一夏ッ!!」

 

 千冬と箒が自分を呼び止める声が聞こえたかもしれない。だが今の一夏はそれでも止まらない。目の前の、自分が信じた物を踏みにじった男を許せるはずもない。ありったけの想いを込めた雪片を、緩慢な動きで一夏を見た陽太に向かって、一気に振りぬく。

 

 ―――迫る白刃―――

 

 いつもの陽太ならば、この攻撃はほぼ確実に回避できただろう。

 いや、呆然となっていたのならば、先ほど同様、身体の方が反射的に動いて対処しただろう。

 そして普段の陽太ならば、馬鹿正直に突っ込んできた一夏など、鼻で笑い飛ばして反撃するのだろう。

 誰もがそう考えたが、しかし、今日の、今この場の陽太は、そんな皆の予感を大きく裏切る。

 

 ―――甲高い金属音を響かせて、何かが砕ける―――

 

「えっ?」

「!!!」

 

 その光景を見ていた人間全員が息を呑む。

 一夏が振りぬいた雪片の一撃。それを陽太は明らかに気がつきながらも、『正面』から頭部で受けたのだ。

 ブレイズブレードの頭部のパーツが一部砕け、仰け反りながら後退する陽太。みれば頭部から出血したのか、雪片に陽太の返り血が付着する。そしてその血が、一夏に冷静さを取り戻させた。

 

「(………血? これ……俺は…)」

 

 頭部から結構な勢いで流血し、頭部どころか、左上半身の白い装甲を血で赤く染め上げるが、陽太は何とか踏み止まり、しっかりとした体勢を取って一夏に問いかけた。

 

「……………満足か?」

 

 砕けた頭部の装甲、普段は全身装甲のため、戦闘中の彼の表情を見る事は一夏達には出来ないが、額から流れた血が瞼を伝い、まるで血の涙を流しているかのようにも見える表情で、彼は僅かに揺れる瞳を無理やり押し殺し、一夏を見つめる。

 

「あっ………」

「……………お前は間違ってない。俺がお前でも………たぶんこうした」

 

 冷静なのか、動揺しているのか、判断しかねる声でそれだけ言い残すと、陽太は皆に背を向けてアリーナを出て行く。

 

 一夏が、そんな陽太に何も声をかけられずにいた中、憤怒の形相をした千冬が一夏に近寄ってくると、白式の腕の装甲を持つと、生身のどこにそれほどの力があるのかと疑いたくなるほどの力で、装甲を軋ませながら掴み上げる。

 

「織斑ぁっ!! 今すぐISを解除しろ!!」

「えっ!?」

「早くしろォッ!」

 

 正真正銘の激怒の表情を見せた千冬に、怯えながら一夏はISを解除する。白式が白い粒子となって待機状態と変化すると、千冬は一夏の腕を関節技をかけながら捻り上げ、ガントレットを無理やり彼の腕から奪い去ったのだ。

 

「痛いッ! 離せよ千冬姉!!」

「!!」

 

 怒りで表情を歪ませながら、千冬は白いガントレットを地面に置くと、自分の腕にかけた関節技への抗議をする一夏のほっぺたを、力任せに思いっきり引っ張ったく。

 

「!!」

 

 その威力に一夏は水溜りの出来た泥の上に派手にすっ転んでしまうのだった。

 

「!!………何、すんだ・」

「この、大馬鹿者がぁっ!!!」

 

 頬っぺたが真っ赤になり、一夏の唇の端が切れてしまうが、そんなことを気にする様子もなく千冬は一夏の襟首を力任せに持つと、自分の額にぶつかる勢いで彼を引き寄せる。

 目の前で、今までに見たこともない程の激しい怒りの瞳で自分を見てくる千冬に、戸惑いが隠せない一夏は、呆然と彼女の瞳を見つめ返す。

 

「お前は、自分が今、どれほど恐ろしい事をしかけたか理解していないのか!?」

「えっ?」

「火鳥は絶対防御を強制解除していた! 解るか!?」

 

 声を張り上げる千冬であったが、突如、その怒りの瞳が消えうせ、今にも涙を流しそうな悲しみに充ちた瞳で一夏を見た。

 

「お前は………下手をすれば、この場で仲間を殺していたかもしれないのだぞ?」

「!!」

 

 予想もしていなかった言葉に息を呑み、そして千冬の悲しみと怒りの意味を理解する。

 

「それ以前に、怒り任せで他人を傷付ける………それがお前の望んでいた『力』か!?」

「あっ………」

「それを忘れて………貴様は……!!」

 

 更に何かを言いかける千冬だったが、その時、突然自分の胸を押さえながら一夏に倒れこんでくる。

 その様子の変貌振りに、一夏は先ほどまでの痛みも怒りも恐怖も忘れて、千冬に慌てて体調のことを問いかける。

 

「千冬姉!! やっぱり身体どっか悪いのか!?」

「…………し、心配するな」

 

 若干の呼吸の乱れを見せながらも、すぐさま一夏から離れると、彼にしばしの謹慎を申し付ける。

 

「織斑………しばらく、ISの使用を禁ずる。私の許可が出るまでだ」

「そ、そんな………」

「以上だ!!」

 

 表情を引き攣らせる一夏を残し、千冬は再び箒とカールの元に赴くと、体調の変化を見逃さなかったカールがすぐに診察をしようと言ってくる。だが、千冬はその前に箒に向かって、とある人間にコンタクトを取って欲しいと頼み込む。

 

「篠ノ之………いや、箒。頼みがある」

「は、はいっ!」

「お前はあの会長(お調子者)に代わって、しばらく陽太の監視をしてくれ………今のアイツは正直、マズイかもしれん」

「!?」

「………今回は、私の失態だ。やはりこの模擬戦は何があってもやらせるべきではなかった………いたずらに陽太(アイツ)と………デュノアを傷付けてしまったな」

 

 己の見通しの甘さが、今回の結果の引き金になったと悔いる千冬。シャルの能力も気持ちも甘く見積もっていたこと、追い詰められた陽太が条件反射で本気の反撃に出たかもしれないことを予見できなかったこと、世界最強のIS操縦者などと呼ばれているのならば、予知できて当然だったではないか………。

 

「織斑先………千冬さん…」

「済まない、後は頼むぞ」

 

 気を失ったシャルを抱き上げるカールに続き、他の生徒に悟られないように見た目はしっかりとした足取りで歩き出す千冬を見送りながら、箒は雨を降らせる淀んだ空を見上げながら、心の中で『どうしてこうなってしまったのだろう?』と、苦い気持ちが地面に溜まった泥水のように広がっていくのだった………。

 

 

 

「ごめん………アイツ、あの後、勝手に学園出てったみたいで……」

「そっか………まったくもう…」

 

 沈んだ鈴のそんな言葉に反して、シャルは極めて明るく勤めながら、彼女は陽太のそんな行動をいつもの事だと言わんばかりに明るく笑い飛ばしたのだ。これには鈴は面食らった表情になる。

 

「シャル、アンタ………」

「ヨウタのことだから、きっとそんな感じなんだと思ったよ………きっと、誰にも何も言わずに、言い訳もしないで、自分だけで全部を背負い込もうとするんだよね」

 

 そんな陽太だからこそ、シャルは放っておきたくないのだ。それに先ほどのほとんど忘れてしまった夢の中で、誰かに言われた気がする………自分を守ろうとして陽太は必死なのだと、どうすればいいのか彼もずっと悩み続けていたのだと………。

 

「ごめんね鈴………やっぱり私も探しにいくよ」

 

 シャルの強い意志を宿した瞳でそう言われたら、鈴といえでもこれ以上彼女をこの場に押し留めて置くことはできそうもない。だからだろう、彼女は未だ足元をふらつかせるシャルに肩を貸したのは。

 

「わかった。私も一緒に探す」

「鈴………」

「か、勘違いしないでよ。アイツのことを許してやった訳じゃないのよ! ただ………私もアイツの気持ちも話も、何も聞かなかったのは事実だから………」

 

 言葉尻りがよく聞き取れなかったが、どうやら鈴は陽太に謝ろうとしている事だけは態度で判断できたのか、シャルは可笑しそうに笑うと、鈴の配慮をありがたく受け取り、彼女に支えられながらカーテンを開く。

 

「あまり感心できないな。今日一日ぐらいは寝ていてほしいのだがね?」

 

 椅子に座りながら二人を見るカールに出迎えられた。

 

「あっ………」

「わっ………」

 

 保健室の主であるカールの存在をすっかり忘れていたシャルと鈴は、非常に気まずい表情なるが、彼は突然椅子を返して診察台の方に向くと、手にコーヒーカップを持ちながら喋りだす。

 

「だが、今日は私もやることが満載でね。つい、人の一人や二人が勝手に保健室から出て行っても気がつかないかもしれない………後、この学園内で負傷をした場合、一も二も関係なく私の診察を受けるという鉄の掟があってね。それを受けないうちに勝手にいなくなるなど言語道断だ。それにいくら超人的な頑丈さを持つ子とはいえ、頭に一撃を食らっているならば尚更医者が診なければならないんだよ………おっと、独り言が過ぎたようだ。早く仕事を済ませないと、今日も残業になってしまうな」

 

 それだけ言い残して黙々と机の上の書類にペンを走らせるカールに、シャルと鈴はしばらく瞳を合わせると、小声で話し出す。

 

「(勝手に行くのを見逃すから、ヨウタを連れてきなさい………ってことでいいんだよね)」

「(たぶんそうよね………話判ってくれるじゃん、カール先生!)」

 

 カールの暖かな配慮に、シャルと鈴は頭だけ下げると、できるだけ静かに保健室から退室する。

 

 とりあえず、保健室から出たシャルは、鈴に陽太捜索の人手のことを聞いてみた。

 

「鈴、ヨウタを探してる人たちって………」

「先生達と生徒会の人みたいよ。後、なんか箒も借り出されてるみたい」

「箒も?」

 

 そういえば、彼女は対オーガコア部隊の隊員ではないにも拘らず、対オーガコア用のISを持っているし、何よりも実戦の経験もあるようだ。それに何よりも、今日も自分を助けてくれたのは彼女だ。彼女がいなければ、もっと大事になっていたことは間違いない。

 

「とりあえず、箒にもお礼を言わないと………」

 

 そう言って携帯を取り出して、彼女に電話をかけようとしたシャルであったが、その時とあることに気がつく。

 

「………箒の番号って、わかる? 鈴?」

「………ううん」

 

 お互いに瞳を合わせて、二人はとりあえず箒の番号がわかる人間を見つけようと、大急ぎで寮へ向かうために走り出すのだった。

 

 そんな二人の光景を、二階へと上がる階段の真ん中あたりで見つめる女生徒が一人いた。

 紫のボブカットの髪と、黒縁眼鏡を掛けたIS学園の制服を着た少女………この学園において陽太達よりも一学年上の二年生で、温厚そうな笑みを浮かべてゆっくりと階段を下りるが、この学園において、一体誰が気がついているのだろうか?

 

「(アレがシャルロット・デュノア………デュノア社社長令嬢にしてフランスの代表候補生。対オーガコア用ISの保持者………そして何よりも、あの『火鳥陽太』の大切な家族………)」

 

 巧妙に情報を操作し、また国家間の人間と組織(亡国機業)との間に交わされた裏取引によって手に入れた『代表候補生』という社会的地位を駆使して、この世界最先端の最新鋭兵器を運用する場所に潜り込んでいる『間者(スパイ)』であろうなど………。

 

「(これはチャンスなのかもね………)」

 

 そして同時に、彼女個人としても、あの対オーガコア部隊の隊長への根深くどす黒い『憎悪』を発散するために、表の顔は必要不可欠だった。

 だが………。

 

「!?」

「あら、ごめんなさい?」

 

 スパイとして鍛えられた彼女の背後を取っただけに留まらず、彼女の後頭部に軽いチョップを打ち込んでこられ、思わず振り返った少女が見た光景。それは視界一杯に広がる『お見事』の文字にびっくりしてしまう。

 

「もう………冗談は辞めてください、『会長』?」

「そういうフィーナの方こそ、どうしたの? そんな怖い表情して?」

 

 『会長』と呼ばれ、手に『お見事』という文字が書かれた扇子を扇ぐ少女………短めに切られた蒼い髪に、年頃の少女としては同年代が羨む様に、出るところが出て引っ込むところが引っ込んでいるプロポーション、そして学園中に悪戯を振りまき、それでも笑って許される天性の人たらしぶりを持つ笑顔。

 暗部用暗部『更識家』の17代目当主であり、IS学園生徒会会長の『更識楯無』は、クラスメートである少女に笑顔で纏わりつく。

 

「会長………これ以上オイタすると、会計の布仏先輩に直訴しますよ?」

「もう!」

 

 纏わりつきながら、彼女のスカート中に手を伸ばしつつあった楯無を言葉で牽制するフィーナと呼ばれる少女。楯無も「世界一美味しいお茶が飲めなくなったらどうするの?」と自分の行いをまるで反省していないようではあったが、しぶしぶながら手を引いたのだった。

 

「それにしても、どうしたのフィーナ? 一年の子をじっと見つめて?」

「あら、気になりますか?」

「それはもう! まさか私を放って、そんな年下に走ろうだなんて………楯無大ショック!!」

「もう! 違いますよ会長。ホラ、最近噂になってたでしょう? 男子生徒の火鳥君と模擬戦することになってたフランスの代表候補生の子が、あの子だったみたいで」

「ああ、確かにそんな噂があったわね!」

 

 一見すると冗談が入り混じった温和な会話に聞こえるが、その奥には高度な心理戦が交差している会話であった。

 

「それで? スイス代表候補生の貴女の目から見て、彼女はどうだったの?」

「それはもう………補欠の補欠で代表候補生に繰上げされてる私なんかとは、器が違いますよ!」

 

 補欠の補欠と自分を卑下するフィーナであったが、彼女のIS操縦者の技量は決して低くはない。だが他の代表候補生達と比べても、何かがこれといって勝っているわけでもない。

 そしてそれは学生としても言えることで、座学にしても平均よりもそこそこ優秀だが、彼女よりも遥かに頭脳明晰な人間は大勢おり、交友関係も、クラスメート達と親しげに話をして、おおむね彼女は好意的に受け入れられているが、特定の親友がいるという話を聞いたこともない。

 

 すべてが「そこそこ」な人間………それがこの目の前の少女、フィーナ・チューダスという少女の印象なのだが、楯無だけは違っていた。

 

「(この子………危険だ)」

 

 物的証拠はない。特に怪しい行動も見せていない。今も、噂を聞いていたために、たまたまシャルロット・デュノアを見ていただけだと言われれば、特にそれが怪しい行動であったとも思えない。だが、楯無の第六感が警鐘鳴らしているのだ。

 

「(牙を隠し持っている………)」

「それじゃ、会長。あまりサボって、先輩を苦労させちゃ駄目ですよ」

「うん、わかった。私もまだ愛想つかされたくないから……」

 

 互いに背を向け合う二人の少女―――

 

「(物証はないけど疑われてるといった感じね………流石は『ご本家』の当主様………グズグスしてる時間はなさそう)」

「(たぶん近い内に動き出すわね………亡国機業(ファントム・タスク)の間者(スパイ)?)」

 

 口元で笑い、瞳は醒めて、心の内では互いの出方を伺い、そして牽制と行動を読み合う………二人の暗部の静かなそんなやり取りが、学園内で行われている中―――

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「火鳥ッ!!」

 

 雨脚が強くなる中、制服に傘を差した格好の箒が、10数人の負傷者が転がる路上で、頭に簡素に巻いた包帯に、煙草を咥えて全身ズブ濡れな姿になっていた陽太を制止しようと声を張り上げる。

 

「……………」

 

 首を掴み、左腕一本で大の大人を持ち上げながら、陽太は一切の感情を写さない瞳で、すでに興味が失せた言わんばかりに左手で持ち上げていたチンピラの一人を放り出す。

 見れば、路上に転がっている者のほとんどは、鉄パイプやらナイフやらを持ってはいたが、誰もが手足が骨折して蹲っている者、内臓が破裂して口からどす黒い血を吐いている者など、辛うじて生きてはいるが重傷者のみで溢れかえっていたのだ。そしてその内の一人、左足が有り得ない方向に砕け、白い骨髄が傷口から見えている者が、激昂しながら懐から拳銃を引き抜いて構える。それに気がついた箒が、とっさに足元に転がっていた鉄パイプを拾いあげて、拳銃を叩き落とそうとするが、それよりも早く動いた者がいた。

 疾風と化した陽太は、箒が鉄パイプを拾い上げるよりも早く拳銃を構えた男の元まで移動すると、男が陽太に気がつくと同時に、銃を構えた腕を爪先の蹴り上げでへし折り、宙に浮いた拳銃をキャッチすると、正確無比な射撃で、右足を拳銃で撃ち抜く。

 左足に続き、今度は腕をへし折られ、右足を拳銃で撃ち抜かれ、そのあまりの激痛にこの世のものとは思えない絶叫を上げながら芋虫のように地面をもがき続ける男であったが、そんな哀れな重傷者の顔を陽太は思いっきり踏みつけ、そして冷めた声で告げる。

 

「高々ケンカに拳銃まで持ち出してきたんだ………命取られるぐらいは覚悟の上だよな?」

 

 口元を歪ませ、足元で涙を流しながら顎を踏まれているために命乞いも出来ない男に陽太が冷酷に告げた時、彼の背後から鉄パイプが首元に突きつけられた。

 

「もう止せ! 本当に殺す気か!?」

 

 箒が信じられない物を見るような目付きで陽太を睨み付けるが……………そんな箒に、陽太はくるりと振り返って、光を映さぬ瞳と歪んだ笑みで問いかける。

 

 

「やっぱ、こんな雑魚じゃ駄目だわ………憂さ晴らし、付き合ってくれよ?」

 

 

 心の中に溜まった、ドス黒くて不快極まる気持ち。それらを発散する手段はこれしかない。

 もう何も関係ない。シャルに会う前の自分に戻ればいい………いや、あの時とは違い、今度は奪われる側から、自分は奪う側に立ってやればいいのだ。

 

 光が消え失せた瞳で、陽太はただただ『戦い』だけを求めるのだった………。

 

 

 

 

 

 




よ、陽太の目が死んでいる!

憂さ晴らしに周囲に当り散らす陽太を箒は止められるのか?

そして、陽太を探すシャルに亡国の魔の手が伸びる。

次回 太陽の翼

『簪ちゃん、お姉ちゃん、主役になるよ! の回』





会長、でしゃばらんでくださいw






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

迫る雨足

降りしきる雨の中で、途方にくれた陽太は何を思うのか?

そしてもう一方で、動き出した者達がいた………


それでは本編をお楽しみください!


 

 

 

 

 夕方から降り出した雨は、その雨脚を強め、夜の闇に染まりつつある街を濡らしていく………。

 もうすぐ梅雨が始まろうとする季節にしては、冷たい温度の中を傘を差した人々が行き交う。だが、ただ一人、傘も差さずに頭に簡素な包帯を巻いた制服姿の陽太が、何も映さない瞳のまま、何処かに行く当てもなく彷徨い続けていた。

 

「……………」

 

 口に咥えた煙草に火も着けず、彼はひたすら心の中で同じことだけを考え続ける。

 

 ―――なぜ、シャルを本気で攻撃した? いや、攻撃することが『出来た』?―――

 

 シャルを巻き込まないように、これ以上傷つけないように、そのために自分は戦ってきたはずなのに、何をした? 何故そんなことができた?

 

 ―――そうだ………そもそも、俺は何か守りたくてISに乗ってるんじゃない―――

 

 そこで陽太は、澱んだ空を見上げながら、心の底から掃き捨てるように自嘲した。

 

 いつから、自分の戦いは『守ること』だと勘違いしだしたのだろうか?

 いつから、そのことに疑問も挟まなくなっていたのだろうか?

 

 シャルが転校してきてから?

 織斑弟の成長が気になりだしてから?

 中華娘がタメ口きき出してから?

 ドイツ娘が口うるさく説教し始めてから?

 エロ下着が妙に馴れ馴れしく話しかけるようになってから?

 あの馬鹿師匠が無茶を隠してたことを知ってから?

 

 それとも、シャルとフランスで再会したあの時から?

 

 だがもう、そんな『過去』のことを気にしてもしょうがない。自分はもうシャルの傍にはいられないのだから。

 気がつけば簡単なことだ。そして思い出した以上、もう忘れることはないだろう………ましてや変えることも。

 

 ―――ああ………そうだ。俺は空で戦って死にたかっただけだ………守るとか、誇りとか、役割とか、誓いとか………そんな立派なものじゃない―――

 

「……………さて、やることも思い出したし………戦うだけ戦って………死ぬとするか」

 

 なんと楽なのことなのだろうか?

 悩むことも悔やむことも苦しむことも、もうない。

 ただ戦う、そして戦って、死ぬんだ。

 

 ………ああ、心が軽くなった。

 

 取り戻したかつての自分を陽太は歪んだ笑顔で喜んで受け入れた時だった。ちょうど角を曲がろうとした陽太と、数人の崩れたスーツを着たチンピラ風の男が肩を軽く接触させたのは………。

 

「何しやがるっ!?」

「てめぇ、何処に目をつけて歩いてやがる!?」

 

 年下の学生、しかも相手は一人っきり。このようなことには慣れているのだろう。集団で陽太を囲んで恫喝し始める。

 いつの時代も、多数で一人を相手にしか出来ない人間というのは存在しており、そして彼らはこうやって、日頃から金品を巻き上げたり、憂さ晴らしに私刑(リンチ)を行っていたのだろう。

 

 だが、今日だけは相手が悪すぎた。

 

「てめぇ、コラッ!? コッチ向けや!?」

「……………復帰戦としては物足りないけど、後腐れないって意味じゃ最適だな………」

「あんっ?」

 

 陽太の独り言が理解できないでいるチンピラたちであったが、やがて陽太が顔を上げると、彼らを鼻で笑い飛ばしながら呟く。

 

「場所、変えよーや………」

 

 そしてチンピラたちは、そんな陽太の態度が癇に障ったのか、更に舌を捲くし立ててドスの効いた声で脅し始めるが、この時、彼らは気がついていなかった………ここで陽太を見逃しておけば、全治半年の大怪我など負う事もなかったということに………。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「火鳥ッ!!」

 

 傘を差した箒が陽太の姿を目にした時、彼女はまるで陽太がオーガコアに取り憑かれたのではないのかと疑うほどに、歪んだ表情で、左腕一本で大の大人を持ち上げながら、足元に転がっているチンピラ達をいたぶる姿が目に入り、思わず声を張り上げてしまう。すると、陽太は歪んだ表情をすべて失くし、まるで能面のような完璧な無表情さで箒を見つめたのだった。

 

「お前………何をしている!?」

「………見ての通り」

「そこまでする必要があったのか!?」

「そこまで? どこまでの事?」

 

 箒の言い分を馬鹿にしてるかのような口調で、足元に転がっていた、両手をへし折られて掴んでいたナイフが壁に突き刺さっているチンピラの首を踏みつける陽太。足をジタバタさせながらもがき苦しむが両腕をへし折られては足を退かす事も出来ない。顔色が一気に紫から青色に変化するのを見た箒は、このままではチンピラが窒息死するか首をへし折られるかのどちらかになると思い、彼を止めようと再び彼の名を叫ぶ。

 

「火鳥ッ!!」

 

 そこに、チンピラの一人が銃を抜く姿が入り、箒は足元の鉄パイプを投げつけようとしゃがみ込む。が、そんな箒よりも早く反応した陽太が、手に持ったチンピラを放り投げ、疾風の如き速度で間合いを詰め、銃を蹴り上げるとそのまま掴み、逆に右足に向かって発砲したのだ。

 そして、地面で芋虫のようにもがくチンピラに向かって、銃口を突きつけながら、彼らの様子を嘲笑して言い放つ。

 

「高々ケンカに拳銃まで持ち出してきたんだ………命取られるぐらいは覚悟の上だよな?」

 

 今にも発砲しようとする陽太だったが、そこへ鉄パイプを握り締めた箒が切っ先を突きつけながら警告する。

 

「もう止せ! 本当に殺す気か!?」

 

 箒が信じられない物を見るような目付きで陽太を睨み付けるが……………そんな箒に、陽太はくるりと振り返って、光を映さぬ瞳と歪んだ笑みで問いかける。

 

「やっぱ、こんな雑魚じゃ駄目だわ………憂さ晴らし、付き合ってくれよ?」

「………貴様」

 

 自分が知る火鳥陽太という男は、こんな理不尽な暴力を振るう男ではない。箒の中にある彼への印象と結びつかない。ましてや、こんな死んだ魚のような腐った目をする男ではない。

 何が彼をここまで変えたのだろうか?

 何がここまで彼の瞳を絶望させているのだろうか?

 

 箒が悩む中、突如、陽太はそんな箒からも興味が失せたと言わんばかりに彼女から視線を外し、歩き出していく。

 

「ま、待てっ!」

 

 だが今の陽太を放っておく訳にはいかない。今の陽太ならば手当たり次第に喧嘩を吹っかけて、最悪死人を出しかねない。それを止めてくれとの千冬の要請なのだ。

 

「!!」

 

 そんな時、彼女の携帯が鳴り、着信画面に『布仏 本音』の履歴が写る。

 

「こんな時に………」

 

 彼女の数少ない友人とはいえ、タイミングを見計らってほしいと思いながら通話ボタンを押す。

 

「どうした、本・」

『箒! 今どこなの!?』

 

 てっきりあの間延びした暢気な声が聞こえてくると思っていただけに、この予想外の人物の声に驚いて声が裏返りそうになってしまうが、何とか落ち着いて通話相手の名を聞き返す。

 

「お、お前、シャルなのか?」

『ごめんね。私、箒の携帯の番号知らなくて、寮に帰って片っ端に電話番号知ってる人聞いてたら、ちょうど布仏さんが知ってたから!』

『そうだよ~~♪』

 

 背後からのほほんの声が聞こえてくる。確かに自分の携帯の番号を知っているのは、生徒会のメンバーである楯無と虚、そして虚の妹であり、箒のルームメイトでもある本音だけなのだが、極力誰にも教えないようにとあれほど念を押しておいたはずなのに………。

 

『しののんの友達なら私の友達だもん~~、そうやって友達にまで壁作っちゃ駄目だよ~』

 

 微妙に説教が混じっている所を見ると、人付き合いを避ける箒の性分を心配していたのか、それとも困ってる箒を見て楽しみたいのか、あるいは両方か………判断が付けかねない箒だったが、そこに焦ったシャルの声が彼女の思考を中断させた。

 

『ごめん、箒! あのね、箒が織斑先生に頼まれてヨウタを探してるって聞いて………』

「あっ!?」

 

 自分の使命を思い出した箒が周囲を見回すが、そこにはすでに陽太の姿がどこにもなかった。

 

「しまった……………本音ッ!」

『うえっ? どうして怒るの!?』

 

 八つ当たり気味に名前を呼ばれて、おそらくのほほんが頭を抱えながらしゃがみ込んでいるであろうことが容易に想像できた箒だったが、シャルはそんな箒を宥める様に言葉をかけてくる。

 

『ごめんごめん………布仏さんは悪くないの。無理言ったのは私だから』

「い、いや、すまん………急に大きな声を出したりして。反省している』

『布仏さんなんて畏まらなくていいよ~~、『のほほん』って、おりむーと同じ呼び方でいいからね~~』

 

 ひたすら暢気で調子のいい友人にもう一つか二つ説教をくれてやりたいところであるが、今は生憎とそんな場合ではない。表情を引き締め、箒は簡単に状況だけを出来るだけ穏便に伝える。

 

「火鳥の奴を先ほど見つけたんだが、少し目を離した隙に逃げ出されてしまった。どうやら路地裏でチンピラ連中に絡まれていたみたいだったんだが………」

『ヨウタ、大丈夫だったの!?』

「いや、それは………大丈夫だ。怪我はなさそうだった」

 

 代わりに10数人の重傷者を作ったのは問題だが………凶器を持ち出して集団で一人を囲っている連中ならば、警察もチンピラ同士の小競り合い程度にしか考えないだろうが、もしこれがただの一般人であったならば、IS学園といえども庇い立てすることはできない。

 危うく明日の朝刊の一面を飾ったかもしれない事態だけは避けることはできたかもしれないが、この現状をシャルにどう説明したものかと、箒は途方に暮れてしまった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 日本某所・マンション15階

 

 都内でも有数の高層マンションの一室において、亡国機業(ファントム・タスク)幹部(ジェネラル)、『ライダー(騎乗者)』のスコール・ミューゼルの副官であるジーク・キサラギは、パーカーにジーパンというラフな格好の上にエプロンを着用しジャガイモの皮を剥きながら、部屋に飾ってある時計に目をやった。

 

「(そろそろ飯の時間か)………おい、お前ら」

 

 ジークは出来得る限り平常心であろうと心の中で呟きながら、目の前の少女たちに声をかける。

 

「誰か一人ぐらい、飯の支度の手伝いしようとか、考えねぇーのか、オイコラッ!! こんだけ女がいてよ!? 自覚あんのか!! ああんっ!?」

 

 無地のTシャツにハーフパンツという格好で寝転がってお尻をかきながらバラエティ番組を見るフリューゲル。色違いの上下ジャージを着ながら二人仲良くハンター系のネトゲに熱中するスピアーとマドカ。別室で一人でぶつぶつ呟きながら『締め切りまで後三日、目指せ東〇国展』と張り紙をドアに張って引きこもるリューリュク。LLサイズのお買い得用ポテトチップスを二時間で7つ空け、今なお8つ目に突入しながら漫画を読むフリューゲル。

 年頃の娘とは思えない惨状に、ジークは自分の自制心を褒め称えながらも、そろそろ限界に達していることを伝えようかなと本気で考え出していた。

 

「ねぇ、ジーク」

「アンッ!?」

 

 そのうちの一人、フリューゲルが静かな声でジークにこう言い放つ。

 

「私、鯛茶漬け食べたい。作れ」

 

 清清しいほどの命令系で言い放ったフリューゲルの言葉に反応したスピアーとマドカが同時に言い放つ。

 

「私はイタリアンハンバーグだ、ジーク」

「私には五目チャンポン作れ、ジーク」

 

 それに続いて、どこから聞いていたのか、ドア越しにリューリュクも続く。

 

「あ、そういうことなら、私、ドライカレー食べたいです、ジークさん」

 

 そして最後に、フォルゴーレが口の周りに目いっぱい食べカスを付着させながら手を上げて宣言する。

 

「私はね、私はね!………う~~~んと………とりあえず大盛りならなんでもいい!!」

 

 ―――プツンッ―――

 

「ふッ・ざッ・けッ・んッ・なッ・ァッ!!!!」

 

 テーブルをひっくり返してブチ切れたジークは勢い良く立ち上がると、フリューゲル達に詰め寄りながら怒鳴り散らす。

 

「お前ら、どこまで人を舐め腐ったら気が済むんじゃ、メス豚共ッ!? 俺はテメェー達の上官だぞ!?」

「豚とは何よッ!? 糖分の過剰摂取で脳ミソがぶっ壊れてんじゃない!?」

 

 だが、当然のように気が強いフリューゲルが噛み付くが、ここでジークは思わず最近では禁句になっていることを口走ってしまう。

 

「うるせぇ、俺のは必要な行為なんだよ! ったく、あの化け物オッパイのやろう、俺に厄介事ばっかり押し付けやがって………俺はテメェーの親衛隊じゃねぇーんだぞ………って…」

 

 いつの間にかフリューゲルとスピアーが、両手で顔を覆って蹲っていることに気がついたジークであったが、そんな彼にフォルゴーレが珍しく諌めるような口調でジークに話しかけた。

 

「もう、ジーク君駄目だよ。今はフリちんとスピちんには親方様のこと禁句だよ」

 

 だがすでに時は遅し。二人は蹲りながら、地獄の底から響いてくるような泣き声で、ジークの上司であるスコールといるはずのリキュールを求め始める。

 

「う゛う゛っ!!………おやがだざま~~~、どこにおられるのですか~~!!」

「ばやぐごめい゛れいぐだざい~~、ずびあ゛-ば、じごぐのばででもばぜざんじまずので~~」

「早く親方様のお声が聞きたいです~~! そして罵って下さい~~!」

「早く親方様の髪を洗って差し上げたいです~! そしてクンカクンカ匂い嗅ぎたいです~~!!」

「「お゛や゛がだざま゛ッ!!」」

「(心底ウゼェー)」

 

 お互いに抱き合ってアレキサンドラ・リキュールを求め合うフリューゲルとスピアーを心底うっとおしそうに見つめるジークと、もう慣れているのか特にツッコム様子もなく漫画を読んだり書いたりする同僚二名と、ひたすらネトゲに熱中するマドカであったが、その時、ズボンのポケットに入れていたジークの携帯の着信音が鳴り、取り出したジークは首を捻ってしまった。

 

「?」

 

 相手別に着信音を変えているために、誰がかけてきたのか瞬時に理解するジークであったが、それでも珍しい相手だったために、怪訝そうな表情でジークは電話に出る。

 

「………なんだ、マリア?」

『あら、随分ご機嫌がナナメみたいね。後、今の私は『フィーナ・チューダス』よ?』

「………なんだよフィーナ?」

 

 電話口の相手、それは現在、IS学園に学生として潜入し、主に情報収集とジークたち実働隊の進行の際の後方支援を主任務にしている、ジークと同じスコール直属の配下である少女からの物であった。

 

『ちょっと暇になってね………世間話でもと思ったんだけど?』

「緊急時以外に電話掛けるのは厳禁だってのは、お前の発言じゃなかったのか?」

『もう、相変わらず顔に似合わず細かい男(ヒト)ね………あ、マドカッ! ヤッホー!!』

 

 電話の向こう側から呼びかけられるが、マドカは画面に集中したまま返事も返さない………頬がピクピクと引き攣っていたが………。

 元来、直接の相方であるジークにすら、その生い立ちのためか、どこか壁を作って人付き合いを避けるマドカなのだが、スコールとこの少女だけは、そんなことお構いなく、まるで実の妹のように可愛がりながらからかってくるためか、彼女は苦手な人間と認識していた………もっとも、『まともな扱いをされる』ことに不慣れなことを『苦手』だとマドカが勝手に思い込んでいるところがあるのだが………。

 

「それで? 俺は今、お前の愚痴を聞いてやる気分じゃねぇーんだヨ」

『いつだって不機嫌そうなジークが、気分良く私の話を聞いてくれたことありましたっけ?』

「………なんだ、いつになく絡んできやがって………」

『ハハハッ、そうね。それじゃあ手短にいきましょうか。『しばらく』貴方の声を聞けそうもないしね?』

「?」

 

 何の話をしだすのかと思った矢先、今度は別の携帯端末のアラームが鳴り出す………マンションにいた全員が絶えず肌身離さず持ち歩いている、組織支給の特注品が、一斉に同じアラームを鳴らし始めたのだ。

 

「コイツは………」

『あら、お早いですこと………もうしばらく話し聞けると思ってたのに…』

「話っていえば………そういや、マリア! お前、オーガコアを勝手に使用したとかr」

『ジーク、絶対に今から来る人達には抵抗しないで、マドカもフリューゲル達もね』

「だから、何の話を?」

『後はスコールに任せておけばいいわ。安心して、証拠がないんですもの。おいそれと貴方達を手放したりは彼女はしないから』

 

 いったい何を言い出しているのだ? ジークが思案する中、マンションのチャイムが鳴り、全員が一斉に起き上がって臨戦態勢に入る。少なくともこの部屋に、現在来客の予定はない。そして予定のない人間は基本、敵性勢力しかありあえない。

 

『そのまま出てジーク。相手はおそらく総帥直轄の本部の人間よ。貴方達を迎えに来たのよ』

「………何がどうなっていやがる。コイツはどういう了見だ?」

『………を……て………ジー…………』

「マリア! マリア・フジオカッ!!」

 

 そして突如として携帯の音声に激しいノイズが走り、通話が一方的に遮断されてしまう。

 

「(………何が起こってやがる)」

「敵か、ジーク?」

 

 すでにISを手にいつでも戦える状態になっている五人を手だけで制すると、ジークは玄関口に設置されているのモニターを覗き込む。

 そこには結構なガタイに、黒服に黒いサングラスという、如何にもといった感じの四人組がモニターを睨み付けていたのだ。ジークは一瞬だけ考え込むと、思い切ってモニターの通話ボタンを押して話しかけてみる。

 

「新聞なら間に合ってるぞ?」

『ジーク・キサラギだな』

 

 間髪入れずにそう話してくるところを見ると、勘違いやおふざけできている様子もなく、おそらくマリアが先ほど言っていた『総帥直轄の本部の人間』というのも嘘話ではなさそうだ。

 

「いきなり人の名前呼び捨てとは、礼儀がなってねぇーな?」

『マリア・フジオカの組織離反に伴い、君とマドカ・オリムラには本部への強制出動が命じられた。君達に拒否権はない』

「……………」

「マリアが離反!? 何の話だ!? 私達は何も聞いていないぞ!!」

 

 いきなり降って沸いた話に取り乱すマドカ。今の今まで話しをしていた人間がいきなり離反したとか言われても、俄かに信じがたいのは無理もない話なのだが、ジークは本部の人間が来た時点で、ある程度予測がついていたのか、さほどの動揺もすることがなかった。

 

「(あの女が脈絡も無しに世間話なんてしてきた時点で、只事じゃねぇーのは予測ついたしな)」

 

 彼女が以前、ジークにだけ話したことのある、彼女が組織に加わった本当の理由、つまり『姉の仇』を探す。もし、彼女がその仇を見つけ、そして止むに止まれぬ事情で離反したというのであれば、ジークにはさほど疑問に思う行動ではない。

 

「(俺も似たようなもんだしな………だが)」

 

 だが、なぜ彼女は今、話をしにきたのか?

 ジークにはそれだけが気にかかって仕方ない。組織に離反した時点で、自分達と接触するなどリスクが高くなるだけではないか? それがわからない愚か者ではない。むしろ彼女は仲間内では一、ニを争う現実主義者(リアリスト)のはず………。

 

「………五分で着替える。さすがに普段着じゃ体裁悪いだろ?」

『了解した………だが忘れるな。私達に危害を加えたり逃走し様とした時点で、君達はマリア・フジオカの協力者として処罰する権限を我々は有していることを』

「ふざけるなよっ!!」

 

 マドカは本部の人間の言葉に噛み付きかけるが、ジークはそんな少女の口元を自分の手で押さえると、彼女の耳元で小声で話しかける。

 

「(ここは大人しく引け。アイツに逆らっても得なことはねぇ)」

「(離せ! マリアが本当に離反したのか私が直接IS学園に乗り込んで確かめてきてやる!)」

「(やめろ。事大きくしたら、お前の本懐が遂げれなくなるぞ?)」

 

 彼女の本懐=織斑千冬の存在をチラつかされると、流石のマドカも大人しくするしかなく、ジークは未だに納得していない彼女を引きずりながら、とりあえず着替えを済ませようとリビングを後にするのだった………。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「そう………」

『すまないシャル………』

 

 電話口でしょぼくれていることが丸判りの声を出す箒に、シャルは苦笑しながら彼女を元気づける。

 

「ううん、遅くまでありがとう箒。もう戻ってくるんでしょ?」

『あ、いや、このまま捜索を続けようかと………』

「駄目だよ! もうすぐ門限なんだから! 後は大人の人たちに任せておけばいいよ」

『………シャル?』

「絶対に戻って来るんだよ? 女の子が夜遅くまで一人で歩き回っちゃ駄目だよ!」

 

 箒にそう言って聞かせ、シャルは通話を終了すると、携帯電話をのほほんに返して、頭を下げ丁寧に感謝の言葉を述べた。

 

「ありがとうね布仏さん」

「気にしない、気にしない。困った時はお互い様だよ♪」

 

 普段は本当にどこかゆるゆるとした感じの少女だが、こういうときに機転が利いて頼りになる子だと感心しつつ、笑顔でシャルは鈴を引き連れて部屋を出る。

 だが先ほどまで黙っていた鈴だったが、妙にあっさりと陽太の捜索を箒に打ち切るように言い放ったことに疑問を思い、鈴は思い切った質問をシャルにぶつけてみた。

 

「アンタ………まさか、箒に頼らず、自分一人で寮抜け出して探しに行こうとか考えてるんじゃないでしょうね?」

「!!?………何の話かな? 鈴~?」

 

 一瞬だけ表情が歪んだのは鈴は見逃さなかった。狙っている………鈴は非常に怪しむような視線をシャルにぶつけるが、当のシャルはどこ吹く風かといった様子で鈴の背中を押して歩き始めるのだった。

 

「今日はもう疲れちゃったし、陽太も外で一日頭を冷やせば反省して帰ってくるよ。だから今日はもうお疲れ様だね」

「………ホント? なんか今一信用に欠ける気が……」

「もう! 鈴は心配性だな~!」

 

 そうして、笑顔で鈴の部屋まで彼女を送ると、シャルは急いで自分の部屋に戻り、ドアを閉じて鍵を掛けると、ドアに額をつけながら、小声で静かに詫びの言葉を鈴へと漏らすのだった。

 

「(ごめんね鈴………心配してくれてありがとう)」

 

 シャルは小さくそれだけつぶやくと、ぐるりと部屋を一巡し、ルームメイトのラウラが戻ってきていないことを確認した上で、彼女が『いざという時の避難用具』としてシャルに使い方を熱弁した登山用のロープを戸棚から取り出し、またしても小声でラウラに詫びの言葉を述べる。

 

「(ごめんラウラ………こんなことにコレ使ちゃって…)」

「詫びるぐらいなら、直接声を掛ければいい」

「ひゃうっ!!」

 

 どこかともなく聞こえたラウラの声に、びっくりしたシャルはひっくり返りそうになりながら辺りを見回す。すると、ベッドの下から音もなく小柄な影が現れ出でるではないか………。

 

「聞かれる前に答えよう。織斑教官から『デュノアが無茶をしないか見張っておけ』との厳命を受けてな………こうやって隠れて様子を伺ったんだが、見事に尻尾を出したな、シャル?」

「うっ!」

 

 自分が聞きたかったことを全てを言われ、返答に困ってしまうシャル。このまま千冬に通報されるのか、それとも鈴かセシリアか、はたまたラウラ自身が朝まで彼女を見張っておくのか………どちらにせよ、もう寮を抜け出すチャンスがなくなってしまい、シャルはがっくりと肩を落としてしまう。

 

「………シャル、ロープを貸せ」

「………はい」

 

 しょんぼりしながらロープをラウラに渡すシャルだったが、彼女からロープを受け取ったラウラは、突如として自分が設置したフックにロープの先を引っ掛けると、窓を開けて下の様子を確認した後、ロープを投下する。

 

「………ラウラ?」

「どうした?」

「なに………してるの?」

「見ての通り、ロープを下に放り投げたんだが?」

「あ、いや、そう………なんだけど、そうじゃなくて………」

「おかしな奴だ。このロープで下に降りようととしてたのではないのか?」

 

 何を言っている? と言わんばかりのラウラの行動と言葉に、シャルは思考がついていかないのだ。

 

「いや、ラウラは………私を見張っておくのが………お仕事じゃないのかな?」

「そうだ。だから私が責任を持ってお前に同行してお前を見張ろう」

「あの………ああもう! そうじゃなくて、ラウラは私が寮を抜け出すのを阻止しようとしてたんじゃないの! って聞きたいんだよ、私は!!」

 

 ようやく自分が何を言いたいのか思いつき、ラウラに言い放つが、言われた本人はというとフックに掛けたロープの強さを見ながら、静かに話し出す。

 

「今日の試合………本来なら、私が止めに入るべきだった」

「ラウラ?」

「教官は自分の責任だと気に病まれておいでだったが、それは違う………本来、隊長と隊員との間に摩擦が生じた場合、緩衝材になるのは副隊長である私の役目だ」

「ラウラ、違うよ。ヨウタと私の問題は………」

「関係ないなどとは言わせんぞ、シャル」

 

 ラウラはシャルのほうを向き直すと、まっすぐな瞳で彼女を見つめて、シャルに問いかけた。

 

「シャルは対オーガコア部隊に入隊しようとしたのではないのか? お前は私達の仲間になろうとしたのではないのか? そしてお前も火鳥も同じ部隊の仲間ではないのか?」

「………ラウラ」

「思えば我々は火鳥を一方的に責めるだけで、アイツの話を何一つ聞こうとしなかったな」

 

 小さな手で握り締めたロープを見つめながら、ラウラは俯きながらポツリと呟いた。

 

「今なら、少しだがアイツの気持ちがわかる………そうやって他人の事を深く想い遣れるシャルは、確かに戦いに向かないし、戦わせたくはないな」

「………ラウラ、それは違うよ」

 

 そう言ってラウラの手からロープを無理やり奪い取ると、シャルは雨が止まない外の景色を眺めながら、力強く話す出す。

「ヨウタもラウラも鈴もセシリアも箒も一夏も、みんな本当は戦いに向いてなんかないんだ。でも誰かに頼まれたからじゃない、自分の意思で決めて戦ってる………違う?」

「あ、ああ………」

「だったら私も同じだよ。自分の意思でIS操縦者になったし、自分の意思で銃を握ってる………みんな同じだよ」

 

 ベランダに足を掛けたシャルは、笑顔で振り返るとラウラに催促を始める。

 

「で、どうするの副隊長? 私はこのまま、どうしようもないダメダメな隊長を、一人で迎えに行っちゃうぞ?」

「フッ………」

 

 心の中でつっかえていた物が取れたかのように、なぜか晴れやかな気持ちになったラウラは笑顔でシャルに応えた。

 

「新入りの平隊員が、副隊長に偉そうに指図するな」

「失礼しました、イエス・マム♪」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 夜のIS学園がどのような警備をしているのか知らないシャル達は、センサーや監視カメラに気をつけながら、適当に抜け出せそうな場所をひっそり捜し歩く。ISを使えば警備用の電子機能ぐらいなら一瞬で解除できるかもしれないが、学園のセキュリティーコンピューターに即座に察知されてしまうので、あくまでも自分達の技能で抜け出さねばならない。

 

「うむ………やはり、職員用の駐車場の入り口の警備が一番緩いな」

「大丈夫? 監視カメラあるよ?」

 

 入り口に小さな証明があり、門の両端に監視カメラがあるのを見たシャルが、茂みに隠れながらそう聞き返すが、ラウラは不適な笑みを浮かべたまま、服の裾から手榴弾を取り出してシャルに見せびらかす。

 

「煙幕だ。息を止めて煙にまぎれて外に飛び出るぞ」

「ダメだよ! 大騒ぎになっちゃうでしょ!!」

「??? 煙幕なら姿も隠せるし、電子機能に悪影響もないだろう?」

 

 今一歩何かが抜けているラウラ相手にため息が出たシャルだったが、そこに突然、まぶしい閃光が二人の網膜を焼き付ける。

 

「貴女たち!! 底で何してるの!?」

 

 まぶしさのあまり目を閉じた二人の耳に、年若い少女の声が入ってくる。

 

「(しまった! いきなり見つかった!?)」

「(いや、まだだ! 当身を与えて気絶させれば、我々の事を『悪夢だ』と勘違いするかもしれん!!)」

 

 限りなく物騒なことを考え、握り拳を作るラウラを慌てて羽交い絞めにして止めようとするシャルであったが、その時、その声の主は二人の様子を見て、何かをぽつりと言い放つ。

 

「貴女たち………一年生ね~~、ハハン、甘いわよ」

「「???」」

 

 何がどう甘いのか? 首をかしげる二人であったが、すると少女は手に持っていた懐中電灯の明かりを消して、二人に傘を差し出す。

 

「これ、使いなさい。私は折り畳みあるから」

「えっ?」

「……………」

 

 突然の展開過ぎてついていけないシャルとラウラに、少女は先に歩き出しながらなおも楽しそうに話しかけてくる。

 

「私もね、一年生のとき、最初は失敗したのよ~~、でもね、その次にもう卒業しちゃった当時三年生だった先輩に抜け道聞いたら、あら不思議。朝まで外出しても気が付かれなかったのよ?」

「あ、あの………その……」

「貴女はいったい?」

 

 困惑するシャルとラウラに、その少女は振り返ると、自己紹介を始めた。

 

「私の名前はフィーナ・チューダス、IS学園の二年生よ。私もちょっとこれから外出の予定があるから、途中まで一緒に行きましょう、一年生のお二人さん?」

 

 紫のボブカットの髪と、黒縁眼鏡を掛けたIS学園の制服を着た少女、スイスの代表候補生と亡国機業(ファントム・タスク)の裏切り者、そして復讐者という三つの顔を持つ少女、フィーナ・チューダス(マリア・フジオカ)は、そんな闇を一切感じさせない、人懐っこい笑みを浮かべながら、シャルの手を握って歩き出したのだった………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




志村! 後ろ後ろ!!

な感じですね。

さあ、フィーナさんこと「マリア・フジオカ」さん。

母国はスイスなのに日本名? 会長を「本家」と言った理由? そして追い求める「姉の仇」

亡国もいよいよ動き出してきます。

そして次回は、久々に『あの人』が!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

雨の街中で………


でも実際、半分はタイトル詐欺w

久々に登場する親方様ですが、今回はマジでR-15です。よい子は見るのに注意しましょうw

では、お楽しみください



 

 

 

 ―――ジーク達がとらわれる半日前―――

 ―――ヨーロッパ某所・とある屋敷―――

 

 日本ではまずお目にかかれない広大で雄大な自然をそのままに残した庭園の、空の太陽が西の空に傾き、もうすぐ夕暮れが始まろうとする中、いつもの特性のコートと軍用ズボンにブーツといった服装のアレキサンドラ・リキュールは、地面に座り、膝の上にむき出しの刀を置いて座禅を組み、静かに自然と一体化するように瞑想を行っていた。

 空が、風が、木々が、大地が含む自然のエネルギーをその身に取り込むように、いつもの圧倒的なプレッシャーは一切伴わない、それどころか視界に入れておかねば彼女の存在が自然の中に溶け込んでしまうのではないかというほど、完璧に一体化した彼女が静かに瞳を開いた。

 

 10mほど前方の茂みが大きく揺れ、そして彼女の瞑想を妨害した存在が顔を、その全容を見せる。

 

 虎縞の毛。白く長く、鋼鉄すら噛み砕きそうな牙。

 

 世界最強の虎と名高き『ベンガルトラ』である。

 

 しかも大きさが尋常ではない。通常なら3mに満たないハズなのに、その大きさときたら4m近く、重量もおそらく300kgを超える重量であろう。

 このトラ、現地の一般人を8人、調教師を三人ほど食い殺したために処分される予定だった物を、わざわざ噂を聞きつけたリキュールに買い取られた経歴がある筋金入りの人食いドラなのだ。

 

 ―――虎が頭を下げ、今にも飛び出すような体勢を取る―――

 

 虎の全身から、野生の本能と共に凄まじい殺気が放たれた。所詮は目の前にいるのは、少々危険な武器を持った人間程度という認識なのだろうか?

 だが、全身のバネをしならせ、虎がその牙をリキュールに向けた瞬間、彼女の瞳と虎の瞳とが絡み合い………虎はその動きを停止させた。

 

―――見つめあう真紅の龍眼と蒼色の虎眼―――

 

 喉を鳴らしながら威嚇する虎と、そんな虎を幼子を見るような慈愛に満ちた目で見つめるリキュール………もっとも、今の彼女の背中から立ち上っているオーラは、活きの良い獲物を見つけ、舌なめずりをしている黒き巨龍そのものであるが………。

 

 しばし睨み合う、龍と虎であったが、両者の均衡を崩したのは虎の方であった。

 

「……………」

 

 座禅を組んだまま動こうとしないリキュールの目の前にゆっくりと歩み寄ると、頭を垂れ、彼女に敗北を認めたのだ。その姿を見たリキュールは、ため息をつくと、全身から放っていたオーラを消し去り、目の前の虎の喉元を優しく撫で始める。

 

「フィリップ………そんなにあっさりと負けを認められては、訓練にならないではないか………」

 

 言葉では怒ってみせているが、彼女の手は優しくフィリップと言われた虎を優しくあやしている。その証拠にフィリップは、まるで先ほどの野生むき出しの表情から一変し、母猫にあやされている子猫のようにリラックスしたものに変化していた。

 

「リキュール、お茶が入ったわよ?」

 

 そんな彼女のすぐそばのテーブルで、これ以上の訓練は出来そうにないリキュールに、ティーポットから紅茶を注ぎながら、真紅のドレスを着たスコールが呼びかける。実に慣れた手付きで、十分にポットの中で蒸らされた紅茶がかぐわしい香気を放つのを感じたリキュールは、自分の愛刀を鞘に収めるとその場から立ち上がりフィリップを引き連れてテーブルの前にある一脚しかない椅子に座るのだった。

 

「フィリップ! 貴方はこっち」

 

 そしてスコールは、リキュールの練習相手にも気配りを忘れない。見たとおりの『猫舌』である彼のために、温めの温度に冷まされた紅茶を専用のカップにいれて、地面に置き、フィリップの頭を優しい手付きで撫で始める。さきほどの時と同じよう、母猫に頬ずりされてるのが嬉しい子猫のように、無邪気にスコールに撫でられる

 人の肉の味を覚え、人間などお買得骨付き肉程度にしか認識していないフィリップであったが、このリキュールとスコールにのみ、絶対服従の忠誠を誓う主と敬っているようなのだ。

 スコールは手で「飲んで良し」と合図を送り、フィリップは嬉しそうに温い紅茶を長い舌で飲み始める。

 

 そんなスコールとフィリップのやり取りを微笑みながら見つめていたリキュールは、淹れられた紅茶に一口付け、素直に感想を述べる。

 

「相変わらず美味い………これだけは何年たっても私はスコールを超えられそうにはないな」

 

 彼女の素直な感想を受け、スコールは初恋を覚え立ての少女のように頬を赤く染めながら、一脚しかない椅子に座るリキュールの膝の上に飛び乗ってしまう。カップを持っていたリキュールであったが、さしてその行動に驚く様子もなく、ホンの僅かな波紋だけを紅茶に立たせ、スコールを優しく抱きとめた。

 

「そうやって私におべっか使って、また今度、無茶な事を言い出す気でしょ?」

「これは心外だな。私は素直な感想を述べただけなんだが………どうやったら信じてくれる?」

「………さあ?」

 

 おどけるスコールに、リキュールは紅茶を一口つけると、飲み込まずにカップをテーブルに置くと、彼女の顎を強引に持ち、唇を押し付ける。

 

「!!」

「……………」

 

 口に含んだ紅茶を彼女に口移しで飲み込ませると、そのままの勢いでスコールの舌を自分の舌で嬲り始める………ピチャピチャと淫靡な音を立てて、お互いを情熱的に貪り合う両者は、一呼吸置くように一旦顔を離す。

 

「はぁ………もう~~~……どうしてそんなに貴女は強引なの?」

「………さあ?」

 

 先ほどのお返しのような返答をするリキュールに苦笑するスコールであったが、いつの間にか上着の繋ぎ目を解かれ、自慢にしているきめ細かな肌と豊満な胸が外気にさらされてしまう。

 少しだけ眉を吊り上げるスコールであったが、いたずらに成功した子供のように得意げになるリキュールの顔を見ると、苦笑するだけで許してしまう。

 

「(もう………貴女のその顔に弱いこと知ってる癖に………本当に悪い人)」

 

 この愛おしい人の表情に何もかも許してしまうのが自分のいけない所なのだと心の中で呟きながら、スコールはテーブルの上に静かに寝かされ、リキュールはそんな彼女の内心を見抜いているかのような少しだけ意地悪そうな笑顔を浮かべると、彼女の喉仏からゆっくりと舌で舐め始め、彼女の豊満な胸に音を立てて吸い付くのだった。

 

「あっ! あんっ!! らめっ! そこ……はっ!」

 

 リキュールの愛撫に甘い声で喘ぎ始めるスコールだったが、リキュールの愛撫が突如止み、二人の情事の邪魔にならないように空気を呼んでそばで待機していたフィリップが、低く呻きながら臨戦態勢を取った。

 

「………失礼します、スコール・ミューゼル。どうか我々と一緒に本部へ同行してください」

 

 サングラスに黒いスーツを着た黒尽くめの男二人組が、無作法に庭園内をズカズカと歩いてくる。

 

「………総帥直轄の特務部隊か………何の用か、答えたまえ」

 

 だが、二人の男に問いかけたのは、スコールではなく、口元だけに薄い微笑を浮かべたリキュールであった。

 

「特秘事項のため、ジェネラルである貴女にもお答えするわけにはいきません、アレキサンドラ・リキュール!」

 

 総帥直轄の特務部隊は、幹部(ジェネラル)達とは独立した機関であり、彼らに命令権を持つのは総帥のみなのだ。そういった特性のためか、彼らの権限は幹部に近く、他の副官や部下達とは一線を画したエリート意識を持っているのだ。

 

 それゆえの無知だったのかも知れない。

 彼等がこの瞬間、人生における致命的失敗を犯してしまったのは………。

 

「………そうか」

 

 短くそう告げ、リキュールは覆いかぶさっていたスコールから離れ、椅子から立ち上がると………無音で、二人組の内の一人の前に瞬間移動と見間違うような速度で詰め寄ると、音を置き去りにした剛脚を振るう。

 

 グシャッ!

 

 何かが潰れる音かが聞こえたと思い、サングラスをかけた男がゆっくりと隣を振り向く。そしてピシャッと自分の頬に何か液体がかかったことを理解した男は、隣にいるもう一人の状態に気がついた。

 

 ―――首がない状態で、血を吹き上げながら棒立ちになっている相方の成れの果て―――  

 

「ヒィィッィィィッ!!」

 

 腰を抜かし、失禁しながら、地面に蹲ってしまった特務部隊の男は、遥か後方で木にぶつかって地面に転がっている相方の首から上の頭部が目に入り、激しく動揺しながら懐から拳銃を抜いて、両手で構え、リキュールに向かって叫ぶ。

 

「な、何のつもりだ! キサマァッ!!」

「……………安全装置(セフティ)がかかったままだよ?」

「わ、私達は総帥直属の特務部隊だぞ!! 我々に危害を加えるのは、貴様が忠誠を誓った組織への反逆行為そのもので………」

「勘違いしてもらっては困るな」

 

 自分の命の保身に走る男を見下ろしながら、リキュールは首をかしげながら、さも、当然のように言い放った。

 

「私は一度たりとも、総帥にも組織にも、忠誠を誓った覚えはない」

「なっ!」

 

 亡国機業(ファントム・タスク)の幹部(ジェネラル)としてはあるまじき発言に、男は動揺しながら、ついに発砲してしまう。

 フィリップが全身の毛を総毛立ちさせ、スコールも驚く中、リキュールはあろう事か放たれた銃弾を、自分の額に当たる寸前で、人差し指と中指の二本で挟み込んで受け止めたのだった。

 

「ひぃぃぃぃっ!」

「………で、何の用件でスコールを連れて行こうとしたのだい?」

 

 挟んで受け止めた銃弾を指で遊ばせながら、涼しげな顔で問いかけるリキュールに、すっかり表情を青ざめさせた男は、『情報を提示すればひょっとしたら命が助かるのでは?』と思い込み、洗いざらい全てぶちまける。

 

「マ、マリア・フジオカが、オーガコアの私的流用とその他の背信行為を犯して、組織を離反したのです!」

「「!?」」

「それ故に、先ずは彼女の直接の上司であるスコール・ミューゼルに話を聞いたほうがいいと…」

「総帥………ではなく、『キャスター』が言ったのだな?」

 

 『キャスター』という名前が出た瞬間、男が息を呑むのを見逃さなかったリキュールは、視線を男からスコールへと移す。

 すでに身支度を整えたスコールは、先ほどの甘い一時を楽しむ女の顔から、そしき随一の『切れ者』の表情となって、立ち上がる。

 

「わかりました………本部への出動命令は受けましょう」

「………スコール…」

 

 いつもの表情のまま、目の前の恋人の言葉の中に、ホンの僅かな杞憂があるのを感じ取ったスコールは、リキュールに心配させないように笑顔で彼女に抱きついて囁く。

 

「心配しないでリキュール………こう見えても、私、七人の率いる者(ジェネラル)の・ライダー(騎乗者)よ?」

「………了解した。私が責任を持って彼女を本部にまで送ろう」

 

 普段はあまり本部に寄り付かないリキュールのその提案に、スコールは瞳を丸めながら驚く。

 

「あら、珍しい」

「総帥への謁見も同席したいのだろうが………それは許されないのだろうな」

 

 珍しく残念そうに肩を落とすリキュールの姿を楽しそうに見つめるスコール………若干、空気が和らいだことにチャンスを見出したのか、特務隊の男はすぐさまこの場から逃げ出そうと画策する。連絡が取れれば、アレキサンドラ・リキュールも組織の反逆者として処分できると踏んだのか、ニヤつきながらズレ落ちたサングラスを掛け直そうとするが、そこに彼の背後から何者かがゆっくりと忍び寄る。

 

「!?」

 

 男が驚きながら、拳銃を突きつけようとするが、その動作よりも早く、彼の喉仏をフィリップが食い千切る。

 

「ガッ!」

 

 喉の三分の二を食い千切られ、特務隊の男は叫び声をあげることも出来ずに絶命する。そしてフィリップは新鮮な餌が転がってきたと、喜んで『食事』を始めるのだった。

 肉を食い千切り、骨を噛み砕く音が響く中、すでに二人の男の存在など脳内から消え去ったリキュールとスコールは、『マリア・フジオカ』の離反ということに、何か作為的な物を感じ取っていた。

 

「マリアは、頭のいい子で、IS操縦者としても優秀だ………考えもなしに『馬鹿』なことをするとは思えないが………」

「そういえばリキュールは知らないのよね。マリアが亡国機業(ファントム・タスク)に加わった理由」

「………それは?」

 

 スコールが空を見上げながら、静かに呟く。

 

「『姉の敵である、炎を操るISを見つけるため』………」

「…………なるほど」

 

 それだけのやり取りで、リキュールはマリアが何ゆえに一人で暴走したのか理解する。

 

「(我慢できるはずもあるまい………仇であり、目的である男がすぐそばにいたのなら………)」

 

 だが、マリア・フジオカの直接の上司であるスコールは、今回の騒動について、それだけではないことを確信していた。

 

「(敵討ちがしたいなら、堂々と作戦立案をして組織の力を使えばいい。それぐらいのことが解らなくなるマリアではない………だったとしたら………やっぱり………あの子…)」

 

 恐らく、組織の抱える『何か』にマリアが触れてしまったのだろう。頭の切れる彼女のことだ。情報収集を行っている内に、誰かの別の思惑に気がついてもおかしくない。

 状況証拠しかないながらも、己の仮説が正解であると直感が告げる中、それを確かめるために、スコールはリキュールを引き連れ、本部へと急ぎ向かうのだった………。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ―――日本・IS学園近郊の都市の一角―――

 

 夜もその闇を一層深くし、一向に弱まる気配のない雨足の為か、通りを歩く人もまばらな中、学園をこっそりと抜け出した三人の少女達は、その足で陽太を探しに行こうとしたシャルの引っ張る形で、己の上司達の話題に上がっているフィーナが、シャルとラウラの二人を無理やり24時間営業のファミレスへと誘ったのだった。

 

「あ、あの………チューダス先輩!」

「フィーナでいいよ。私、あんまりそういう堅苦しいの好きじゃないから?」

「いや、その、抜けるのを手伝ってくれたのは………正直、物凄くありがたいのですが…」

 

シャルは、目の前に出されたアイスティーとナポリタンにも手をつけず、恐縮して畏まってしまう。ちなみに、隣に座っているラウラはというと………。

 

「……おお………」

 

生まれて初めてのファミレスにて出された、生まれて初めての『お子様ランチ』に瞳を輝かせていた。

 

「遠慮せず食べて、二人とも! 私の奢りだよ!?」

「あ、そんなの悪いです! 私、ちゃんと先輩の分も含めて三人分、代金払いますから」

「た、食べてもいいか、シャル?」

 

 若干、口元に涎を光らせながら問いかけるラウラに、シャルは若干冷めた視線を向けながら、首を縦に振る。そんなシャルの表情を気にする様子もなく、ラウラは生まれて初めてのお子様ランチの味に感動しながらバクつくのだった。

 

「いいわ。ラウラちゃんの食べっぷりを見ると、奢った甲斐があったってものよ」

「ですから、私が払いますから!」

「どうやって?」

「えっ? それは………」

 

 こうやって財布からお金を出して………と言い掛けた瞬間、シャルの笑顔が引き攣りながら停止する。自分の服のどこを叩いても、財布の感触に行き当たらないのだ。その様子に気がついたフィーナは、シャルに言い放つ。

 

「ココ………私の奢りでかまわないわね?」

「………ありがとうございます」

 

 深々と頭を下げるシャルのことを、フィーナは『本当に礼儀正しい子だな~』と感心する。だからこそ、どうしても確かめておきたいことがあった………。

 

「それにしても………どうして、二人は学園から抜け出そうとしたのかしら?」

 

 ―――なぜ、火鳥陽太に関わろうとするの?―――

 

「あ、う、そ、その………」

 

 何もわかっていない(と勝手に思っている)シャルは、目の前でニコニコ笑いかけてくるフィーナにどのように説明したものかと困り果てるが、その時、隣でお子様ランチについていたおもちゃの存在に感心していたラウラが、さりげなくフォローを入れてくれる。

 

「我々のチームメイトが、無断で外出しているようで、私とシャルが連れ戻そうとした訳です」

「無断外出してまで? 随分、気にかけてるのね、そのチームメイトさんのこと?」

「わ、私のせいで………責任感じちゃったみたいで……」

 

 沈んだ表情でそう説明するシャルロットであったが、フィーナはそんな彼女に思い切って聞いてみた。

 

「そのチームメイトって………ひょっとして火鳥陽太君?」

「えっ!? どうしてヨウタのことを・」

「たまたま、職員室の前を通りかかったら、何か『火鳥君はもう校外に出てしまったのか!?』って言ってるのを今日聞いたから、ひょっとしてって思ってね」

 

 極力当たり障りのない、偶然を装った回答をしたフィーナに、シャルは特に疑う様子もなく、首を縦に振って事実であると彼女に伝える。

 

「はい………ヨウタを探そうと思って……それで…」

「彼、校内じゃ有名人だもんね。傲岸不遜で、礼儀知らずで、女よりも自分の方が上だって思い上がってるって」

「……………」

 

 フィーナのその何気ない評価に、シャルは眉間にしわを寄せて険しい表情を作ってしまう。学園の女子生徒としては、寧ろこのフィーナの評価はひどく一般的なものでしかないのはシャルにも理解できるが、彼女の感情は、陽太のことを悪く言ったフィーナに良い印象を持てずにいたのだった。

 だが、フィーナもシャルの表情が険しくなったことに気が付くと、慌ててフォローに入る。

 

「ごめんなさい! 別に陽太君のことを悪く言いたかった訳じゃないのよ」

「………はい」

「ただ、学園の女子生徒の大多数がそう思っている陽太君のことを、どうして貴方は自分のことを蔑ろにしてでも追いかけようとしているのかなって、気になって………」

「そ、それは………ヨウタは、私の……幼馴染だから…」

「でも、幼馴染の彼と、今日、貴女は決闘して気絶させられたんでしょ?」

「それも………その、偶然の成り行きといいますか……」

 

 そしてフィーナはココにきて、初めて、笑顔ではなく、真剣味を帯びた瞳でシャルを見ると、彼女に真っ直ぐ問いかけてみた。

 

「貴女にとって、彼を助けることってどういう意味を持つことなのかしら?」

「意味………ですか?」

「ええ、そうよ。シャルロットさん?」

 

 そして彼女の真剣みを帯びた瞳を真っ直ぐに見たシャルは、フィーナに向かって静かに話し出す。

 

「助けてくれたから………私が、本当に、絶望の中で押し潰されそうになっていた時、私を助けて、そして守ってくれたんです」

 

 故郷のフランスの実母の墓の前で再会したことは運命とも思えた。まるで、自分とヨウタを亡き母が引き合わせてくれたかのように………そして再会した陽太は、嵐の様に颯爽と自分の絶望を吹き飛ばしてくれた。

 

 だけど、今はそれだけではないようにシャルは感じ取っている。

 ひょっとすると、亡き母は自分にも「陽太を助けてあげなさい」と言ってくれたのではないのだろうか? そのために自分の前で陽太と引き合わせてくれたのではないのだろうか?

 

「だから、今度は私の番。私がヨウタを助けたい………ううん、助けたいんです」

「………そう」

 

 手に持っていたカップをテーブルに置くと、おもむろに立ち上がる。

 

「愛されてるのね、彼」

「えっ?」

「ごめんなさい。ちょっとお手洗いに行ってくるわね」

「は、はい! ごゆっくり!」

 

 そして、席を立ち上がってお手洗いに行くフィーナを見送りながら、隣で旗の付いたオムライスに甚く感動しているラウラを見て、シャルは肩の力がグッと抜けてしまうのだった。

 一方、席を立ったフィーナはというと、そんなシャルの様子を横目に捉えながら、店の内外から自分達を見つめている複数の視線に気が付き、まるでその者達を誘導するように、人気のない女子トイレに誘い込む。

 運よくフィーナ以外の人が入っていないことを確認したのか、3名のバラバラな服装をした「男」達が女子トイレに侵入してきたのだ。

 

「あら? こちらは女子用。男性は隣ですよ?」

 

 洗面台に持たれながら、おどけた声と表情で首を傾げるフィーナを見た三人は、場所がファミレスであるにもかかわらず、懐からそれぞれ消音装置(サイレンサー)付きの拳銃を抜くと銃口を突きつけながら、冷たい声で宣言する。

 

「マリア・フジオカだな?」

「あら? 私の名前はフィーナ・チューダス。人違いではなくて?」

「貴様には既に抹殺命令が下っている。だが大人しく、お前が持っている・」

「………特務隊と言っても、所詮は現場を知らない室内犬ですか………」

「「「?」」」

 

 残念そうに自分の爪を見つめるフィーナの態度に、侮られたと思ったのか、亡国機業の一人が拳銃の引き金を引こうとして、そして自分の異変に気が付く。

 

「なっ! 指が!」

「いや、全身が!!」

 

 自分の体が、自分の意思に反してピクリとも動かなくなったことに驚愕した男達に、フィーナは冷たい表情で言い放つ。

 

「今回の、こういう場合は、有無も言わさず配置している狙撃兵に狙撃させるべきでしたね。それなのにわざわざ、こんな人気のない場所に連れてきて、尋問しようなどとは………もう一度エージェントとして勉強し直した方がよろしいのでは?」

「うっ!」

「ぐっ!」

「がっ!」

 

 男達の自由を、自分の『技』であっさりと奪ったフィーナは、騒ぎ出そうとする男達に対して、素早く当身を腹部に打ち込み、気絶させてしまう。だが気を失ったにも関わらず、倒れることなくまるで空中でボルトに固定されているよう男達は倒れることがない。

 

「ふぅ………」

 

 フィーナが右手の人差し指をゆっくりと一回転させる。するとまるで金縛りから解き放たれたかのように、男達は地面に崩れ落ち、フィーナはそんな男達を一個の個室に押し込むと、扉を閉めて、トイレの掃除用具入れの中から『清掃中』の看板を見つけて、入り口に立てかけ、何事もなかったかのように元いた席に戻っていく。

 すでにそこには食事を平らげ、満腹気味のラウラと、ため息をつきながらアイスティーを飲むシャルの姿があった。

 

「(さて、それじゃあ、始めますか)」

 

 ポケットから携帯電話を取り出すと、すばやくメールにメッセージを打ち込んで送信する。これでまずは段取りの一つは終わった。

 

「(そしてお次は………)」

 

 ニヤリと何かを企む表情を作ったフィーナが席に座りなおすと、シャルが心配そうに話しかけてくる。

 

「随分遅かったですね?」

「ちょっと混んでてね………ラウラちゃん?」

「はい?」

 

 シャルに言われてナプキンで口元を拭いていたラウラに微笑みかけると、フィーナはテーブルを指で数回に分けて『コンコン』と軽く叩いてみせる。生粋の軍人であるラウラには、それがモールス信号であることに気がついた。

 

「(シュウイガカコマレテル)」

 

 フィーナの言葉に表せないメッセージを受けて、ラウラは周囲を注意深く観察し、自分達の方に向けられている複数の視線に気がつくと、すぐさま行動を開始した。

 シャルの手を掴み、ラウラは席を立ち上がる。そして目配りだけでフィーナに同行を願い、彼女もそれに反論することなく同意を表すように一緒に立ち上がるのだった。

 

「えっ? えっ?」

 

 だがそんなことまったく理解していないシャルにしてみれば、状況が理解できず、プチパニックに陥ってしまう。

 

「ラ、ラウラ!?」

「囲まれている………抜かった」

 

 素早い動きでラウラはレジ………ではなく、厨房の方に歩き出し、ドアを勢い良く開いた。

 

「!?」

「!?」

「お、お客様!?」

 

 店の従業員にしてみれば、いきなり女子高生三人が厨房に乱入してくれば眼を丸くするのも致し方ない。すぐさま店長らしき三十代ぐらいの男性が近寄ってくるが、男性が何かを言うよりも早く、フィーナが男性に近寄ると自分達が来た方向を指差して囁く。

 

「(私達、あの人達にナンパされて、断ったら、今度はしつこく付き纏われてるんです)」

 

 そこには、先ほどの特務隊のメンバーから連絡が途絶えたことを不審に思って、一般人に変装してきた増援と思える男達が複数詰め寄ってきていた。

 

「なるほど、わかりましたお客様」

 

 フィーナの嘘八百をすっかり信じきった店長と、そんな店長に追従する他の従業員が、特務隊のメンバーの前に立ちはだかる。

 

「そこをどけ!」

「お客様! 他のお客様のご迷惑になっております! どうかお引き取りください!!」

 

 お客様を守ることは当然というかのように、前に出る従業員一同と特務隊メンバー。先に動いたのは特務隊の方であった。

 

「邪魔だ!」

 

 一瞬の睨み合いの後、強引に店長を押しのけようとした特務隊メンバーに、店の従業員が割って入り、シャル達の目の前で空前の乱闘が始まる。騒ぎを聞きつけた他のメンバーと従業員も加わり、店内が騒然とする中、チャンスと言わんばかりにラウラは慌てるシャルを引っ張って、従業員用出入り口から出て行く。その後を追うフィーナは、一度だけ振り返ると………。

 

「ごめんさいね、店長さん♪」

 

 舌を出して一言謝り、二人の後を追いかける。

 

 未だ雨が止まない中、傘もささずに外に出た三人だったが、先頭を歩くラウラがすぐさま、外に待機していた特務隊メンバーに気がつく。

 

「チッ!」

「ラウラッ!? さっきから、何のこれは!?」

 

 だが、状況がよく理解できていないシャルが声を張り上げてしまい、運悪く特務隊メンバーに気づかれてしまった。メンバー達は全員、拳銃を取り出すと彼女達に小走りで近寄ってきた。

 

「………仕方ないか」

 

 そしてラウラもそれに応戦するように腰から拳銃を取り出すと、安全装置を外してシャルの手をフィーナに預ける。

 

「ラウラ!? てか、拳銃なんて、なんでそんな物騒な物を持ち歩いてるの!?」

「IS操縦者の私達が、街中で安易にISを使用するわけにはいくまい!」

「根本的な解答になってない!」

「フィーナ先輩、ここは私が食い止めます。シャルを連れて安全な場所まで」

「了解したわ」

 

 まだ騒ぎ立てようとするシャルであったが、目の前で男達が拳銃を構えて発砲しようとしてくるのをみて、ようやく今が非常事態だということだけは認識する。

 

「いけっ!」

 

 だが、男達が発砲するよりも早く、ラウラが威嚇するように男たちの足元に銃弾を撃ち込む。

 ラウラの発砲を受け、男達は道の両サイドに飛び退いて分かれると、顔だけを出しながらラウラ達の動きを注意深く伺ってくる。

 

「(チャンスだ。今の発砲で一般人が気がついたな)」

 

 先ほどの一発の銃声を聞きつけたのか、たまたま近くを通りかかっていた一般人が悲鳴を上げながら警察に通報しているのを見たラウラは、このまま睨み合っているだけで警察の方が男達を捕縛してくれると感じ、しばらくの睨み合いを決め込むことにする、

 

「(数分以内なら私の足でも二人に追いつけるだろう………だが、コイツらは一体なんだ? どこかの国家機関のエージェントが我々のISを狙ってきたのか?)」

 

 思い切って、一人か二人ほど捕まえて尋問するべきか? だがここで時間をかけると二人との合流が遅れてしまう。

 思案するラウラは、とりあえず時間稼ぎを適当に済ませると、改めてフィーナに問うことを決意する。

 

 しかし、ここでラウラは大いなる勘違いをしていることに気がついていなかった。

 フィーナがあまりに自然としていたために、彼女も偶然巻き込まれてしまっていたのだと………そして自分が前に出て足止めするという役割を『意図的に』押し付けられてしまっていることに………。

 

 

 そしてそれを証明するようにシャルの手を引いて、雨の街中をひた走るフィーナは、心の中でラウラに感謝していた。

 

「(ありがとうねラウラちゃん。アイツらの足止めと露払いをしてくれて)」

 

 ラウラの実力ならば、ISを使わずとも特務隊を撃退できるだろう。所詮は二流の中の一流達、エリートだと高を括って現場に出ていない連中なのだ。これまで念入りに調べ上げた、『対オーガコア部隊』の副隊長ラウラ・ボーデヴィッヒならば、さほど苦戦する相手ではないという確信………。

 

「(それにしても、ラウラちゃんは本当に優しいのね。病み上がりのシャルちゃんと、ただの代表候補生である私のことを気遣って、自分が一番危ない足止めをしてくれるだなんて………)」

 

 自分の友人を気遣うことを無意識に庇える少女であるという確信………この二つを巧みに使って、ラウラとシャルを引き離すことに成功したフィーナは心の中で自嘲する。

 

「(そして、ごめんねラウラちゃん………そんな貴方のことを利用してしまって)」

 

 前者はともかく後者のことについては、心の内側に鋭い痛みが走るが、彼女はそれを無理やり押し殺す。

 

「(でも、もうチャンスはないの………組織から逃れるのは不可能。ならば残されたこの時間を使って、私は、私の目的を遂げてみせる)」

 

 どこまで走っただろうか?

 出来うる限り、怪しまれないようにシャルを誘導し、フィーナが訪れたのは、近々オープンする予定になっている大型ショッピングモールであった。

 

「せ、先輩!!」

「少し休みましょう………ここなら誰もいないから、『もしも』の時にも対処しやすいでしょうし」

 

 この時間では誰も作業してはいないのか、完成間近の建物は雨が跳ね返る音のみの、不気味な静寂さをかもし出していた。

 そして、一息ついたシャルは、柵を超えて中に進入するフィーナに問いかける。

 

「さっきの人達は一体何なんですか!? それにラウラは大丈夫なんですか!?」

「………ラウラちゃんなら大丈夫よ」

 

 建設中のための資材やビニールなどが錯乱する工事現場の真ん中………不気味な静けさに支配されている建物の中で立ち止まったフィーナは、振り返ると、シャルに微笑みかける………。

 

「それにしても、シャルロットちゃんは本当に素直で優しいのね」

「先輩?」

「だからかな………こんな風に騙されちゃうのは?」

 

 右手に待機状態のヴィエルジェを持って、シャルに見せびらかしながら………。

 

「!?」

「ダメよ、誰もかれも、すぐに信じちゃうのは………」

 

 首に巻かれていたはずのチェッカーをいつの間に!? 確かめるように視線を外した瞬間、フィーナの姿が忽然と消え去ってしまう。

 

「ごめんさいね」

 

 そして彼女の声が背後から聞こえた時、シャルの意識がすぐさま闇に包まれてしまうのだった。

 

 

 

 

  

 

 

 




そして、次回、ついに陽太とマリアが邂逅し、語られます。


彼女の、憎しみの理由が………


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

雨音と恩讐と

うまい事サブタイが決められんとです!w

ついに語られるマリアさんと陽太の因縁……

それを見せ付けられたシャルは何を思い、何を願うのか

そしてついに、『彼女』が戦場に降り立ちます!!

では、本小説をご覧ください!!

※一部内容を変更しました


 

 

 

 

 

 

「中々止みそうもありませんね、雨」

 

 陽太の捜索に当たるために、夜の街中を走る乗用車の中で、運転席に座っていた真耶は、隣の助手席から曇った空を見上げている千冬にそう問いかけると、彼女は心ここに無さそうな気の抜けた返事をする。

 

「ああ………」

 

 昼間からずっとこの調子である千冬の身を案じるように、運転中の合間を見つけてチラ見で真耶は彼女の様子を伺う。

 対して千冬はというと、そんな真耶の様子に気がつくことなく、ひたすらに自分の行動の非を己の内側で責め続けていた。

 

「(すまない………陽太、デュノア………一夏)」

 

 この学園に無理強いしていさせ、深く考えなかったあげく戦わせてしまった。恐らく陽太がこの世で一番、戦いたくも傷付けたくもなかったであろう相手を………。

 理解しあえるのならばと手合わせを許可したが、千冬の読みなら、陽太を追い詰めるだけの実力はシャルは有していなかった。だが、実際はそれを大きく上回り、シャルは千冬すらも驚嘆させる精神力で彼を追い詰めてしまった。

 そして、自分の弟に、力の意味を、持つ者としての『責務』を伝え切れず、もう少しで取り返しのつかない事態にさせるところだった。

 

 いつも、そうだ。

 いつも、自分は肝心な時に、大事な事を伝えられず、肝心な行動を起こせずに、全てをダメにしてしまう。

 

 千冬は俯いて、血の滲むほどに唇をかみ締めると、心の中で嘆きの言葉を発した。

 

「(申し訳ありません先生………私は、貴方のように、誰かを正しく導くような人間にはなれません)」

 

 俯いて、何も言葉を発しなくなる千冬を見かね真耶が何か話しかけようとした時、彼女の携帯に着信が入り、慌てて脇の道に車を停車させると、彼女は電話に出る。

 

「ハイ、山田ですが………ボーデヴィッヒさん?」

 

 その名を聞いた千冬は顔を上げて真耶の方を振り返る。そこには表情を青褪めさせた真耶がいた。

 

「お、落ち着いてもう一度最初から説明してください、ボーデヴィッヒさん!」

「山田君………」

 

 一声かけると、千冬は真耶から半ば無理やり携帯を奪い取ると、電話口の向こうにいるラウラに簡潔に説明を求める。そしてラウラは一瞬だけ驚いたような声を上げると、悔しそと動揺を含んだ口調で状況を説明し始めた。

 

「何があった? 簡単にでいい、話せ」

『きょ、教官!?………申し訳ありません!! 私のミスで………シャルを見失いました!」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 闇夜に染まる雨の街中を、ビルの谷間を縫うように、獣の如き脚力で陽太が疾走し続ける。

 

「……………シャル…」

 

 それは突然やってきた。

 当てもなく街中をさまよっていた時、存在も忘れていた携帯電話に、差出人不明のメールが来たのは………。

 

「クッ!」

 

 内容はこうだった。

 

『 シャルロット・デュノアの身柄を預かった。

 

  返してほしければ、指定の場所まで来られたし

 

  亡国起業(ファントムタスク) 』

 

 わざわざ指定の場所の地図まで添付してきていたその文面を見た瞬間、陽太は考えるより早くその場から走り出していた。しかも先ほどダメ出しのように、同じ差出人から二通目のメールが届き、ただ気を失っているシャルの姿を写した写真が添付され、陽太の脳髄を焼き切るような、烈火の怒りをそれが吹き上がらせたのだった。

 

 こんなことになってほしくなくて、自分のせいで彼女に傷ついてほしくなくて彼女から遠ざかっていたというのに、どうして悪い方向にばかり予測が当たってしまうのか? 目の前の理不尽で腸が煮えくり返りそうになる。

 

「(いつだってこうだ………いつだって彼女を傷つけることばかりが起こって………)」

 

 彼女に襲い掛かる理不尽と、その理由になったのがおそらく自分である事実に、陽太の激しい怒りが、握り締めた携帯電話にヒビが入るほど強く握り締めさせた。

 

「(!! 見えた!!)」

 

 指定の場所は偶然の幸いというべきか、自分が先ほどまでいた場所からさほど離れた位置になく、視界に建設中の建物が目に入った瞬間、ビルの合間を跳躍する速度を更に上げ、高さ10m以上のビルの屋上から一気に向かいの道まで飛び降りる。

 通常の人間なら、全身骨折の大惨事になるところだが、持ち前の超人的な身体能力によって彼は水溜りを大きく跳ねながら見事に着地してみせた。

 

「……………」

 

 建設中のため、あちらこちらに立てられた進入禁止の立て札やら柵やらを陽太は無視して中に進入し………地面にできた水溜りの中に浮かぶ、シャルのIS『ヴィエルジェ』の待機状態であるオレンジ色の宝石をつけたチェッカーを見つけ出す。

 

「!!」

 

 それを見つけた瞬間、陽太は音がなるぐらいに奥歯を握り締め、手に持っていた携帯を粉々に粉砕し、待機状態のヴィエルジェを拾い上げると、中に向かって叫びながら走り出した。

 

「俺は来た! 今すぐシャルを放しやがれ、亡国機業(ファントムタスク)!!」

 

「♪~♪~♪~」

 

 誰かの鼻歌が聞こえる………。

 

 心地よい闇の中にあった、シャルの意識が急速に覚醒を施される。だが、全身がだるく、動かすことができない。

 

「あら? 目が覚めた?」

 

 その声を聴いた瞬間、気だるいまどろみの中にあったシャルロットの意識は一瞬ですべて覚醒し、そして、今、自分が置かれている状況も瞬時に理解した。

 

「!?」

 

 建設途中のアーケード街の中心に位置する、水がまだ入っていない噴水広場に設置されいた、高さ3mほどの十字架に、貼り付けにされていたのだ。しかも動こうにも全身を目に見えないぐらいの細さの糸にがんじがらめにされており、首から下がろくに動かない。

 

「これって………フィーナ先輩!」

 

 そんな状況の中、噴水の脇にあるベンチに腰を下ろし、上機嫌そうに鼻歌を奏でているフィーナに、何が一体どうしてこうなったのか、シャルは説明を要求した。

 

「どういうことなんですか、先輩?………私が気を失ってから………」

「大丈夫、これは演出よ。私は貴女を傷つける気は毛頭無いわ」

「演出?」

 

 彼女の目的が何なのか、さっぱり理解できないシャルだったが、その時、自分の耳に、聞き覚えのある『彼』の声が入ってきた。

 

『俺は来た! 今すぐシャルを放しやがれ、亡国機業(ファントムタスク)!!』

「ヨウタッ!?」

 

 状況も忘れて笑顔になるシャルであったが、すぐさま陽太の言葉に気になる単語が混じっていた事に気がつき、驚愕の表情でフィーナを見つめる。

 

「亡国(ファントム)………機業(タスク)?」

「そう………フランスでは『同僚』のオータムがお世話になったそうね、シャルロットちゃん?」

 

 残酷なほど無邪気な笑顔でシャルを見つめるフィーナは、自分のメガネのズレを直しながら、もう一人の主賓にも問いかける。

 

「そして………火鳥 陽太君?」

 

 フィーナが振り返った先には、100メートル近い距離を、全身ズブ濡れの状態でいつの間にか足音を立てずに接近し、右手にチェッカーを握り締め、鋭く険しい瞳でフィーナを睨み付けている陽太が立っていた。

 

「てめぇ! よくも………」

「レディーに対してそんな表情で殴りかかろうだなんて、無粋よ」

 

 だが相対した陽太はすぐさま拳を握り締め、殴りかかろうとしていたことを察知したフィーナは、指先をクルクルッと回し、舞を踊るような手つきで振り下ろした。

 

「!!」

 

 目に見えない『何か』が、空気を切り裂いてくるのを陽太は感じ取ったのか、瞬時にその場から後方に飛び退く。そしてその網膜は、自分の髪の毛から垂れた水滴と、そして自分がゼロコンマ数秒前にいた地面を、その『何か』が鋭利に切り裂いたのをハッキリと捉えていた。

 

「クッ!」

 

 後方に飛び退いた陽太は、着地すると同時に、アーケード街の中にある建設中の店の中に転がり込むと、相手から距離を離して、今起こった現象が何だったのかを考え込む。

 

「(今のは………まさか、そんな!?)」

「貴方とかくれんぼする気はないのよ火鳥 陽太。おとなしく私の質問に答えるのなら、その間は攻撃したりはしないわ」

 

 シャル達に話しかけていたときとは違い、暖かみの欠片も無い、抑揚に欠けた声で話すフィーナに、陽太は、脳裏でがなり立てている嫌な予感が正しいかもしれないことに、激しく動揺し、そして脇から顔を覗かせながら、彼女に問いかけた。

 

「答えるのはお前の方だ!! お前………まさか!!」

「あら?………ああ、そうか。これじゃあわからないか………」

 

 フィーナは、そんな陽太の動揺も見透かしたように、掛けていた眼鏡を外し、そして紫色の髪の毛に手をつけた。

 

「だったら、これでどう?」

「!!!」

 

 紫のボブカットの『カツラ』と黒縁眼鏡が地面に落ちる。そして中から、スカイブルーの美しく長い髪の毛が現れた瞬間、陽太が無用心にも建物の影から身を乗り出し、そして愕然とする。

 

「どう? これで少しは思い出してくれたかしら?」

「お、お前は………」

 

 瞳孔を一杯に開き、呼吸が乱れ、全身から嫌な汗が吹き上げる。

 目の前にいるのは、陽太にしてみれば忘れようとしても忘れられない人間だ。

 だが、だからこそ、彼は言わずにはおれなかった。

 

「………死んだはずじゃ……」

 

 その言葉を聴いた瞬間、目の前のフィーナの口元が微妙に歪み、彼女はすばやく先ほどと同じ動きで腕を動かす。

 

「くっ!」

「ヨウタっ!!」

 

 ―――肉を切り裂く音と、低く唸る陽太、そしてそんな陽太の名を悲鳴に近い音量で叫ぶシャル―――

 

 目に見えない『何か』が、右足の太腿を深く切り裂き、ドクドクと血を噴出させながら、陽太は地面に転がってしまう。

 

「その様子じゃあ、さっきみたいな動きはできそうもないわね」

 

 あくまで笑顔を崩すことなく、だが最大限の警戒心を残したまま、フィーナは陽太に近づく。そして蹲っている陽太のすぐそばで立ち止まると、地面に這い蹲りながら、自分を見上げる陽太の顔を思いっきり踏みつけた。

 

「フィーナ先輩! 止めてください!!」

 

 背後から彼女を止めようとシャルが声を張り上げるが、フィーナはそんな声を無視して、陽太に尚も問いかけ続ける。

 

「どう? 似ているでしょ………『モミジ姉さん』に」

「!! お前………」

 

 陽太が何かに気がつき、彼女に聞き出そうとするが、それよりも早くフィーナは陽太の顔を思いっきり蹴り飛ばす。

 

「ブフッ!」

 

 そして陽太が地面に転がる様が非常に楽しいのか、先ほど以上に嬉々とした表情で陽太の切り裂かれた右の太腿を傷口を踵でえぐるように踏み躙った。

 

「!!」

「頑張るわね~~~それでこそ男といった感じだわ」

 

 だが意地でも呻き声を上げないようにしている陽太の様子を見て、彼女はチラリと背後にいるシャルを見た。

 

「お願いします! 止めてください、フィーナ先輩!!」

 

 この期に及んで尚、自分を先輩と言ってくるシャルの様子と、そんな彼女を視界に入れ、心配させまいと呻き声ひとつ上げない陽太の姿の両方を見比べ、そして冷めた表情で陽太に言い放つ。

 

「気に入らないわね。今更彼女を気に掛けてるフリをするなんて………そんなにあの娘には自分を綺麗に見せておきたいの? 薄汚い『人殺し』のクセに」

「!!」

 

 『人殺し』

 

 その言葉を聴いた瞬間、顔を伏せていた陽太が思いっきり奥歯をかみ締める。

 

「本当はもう少し盛り上げてからにしようかと思ったんだけど、仕方なく本題に入りましょうか」

 

 フィーナは陽太の顔を持ち上げると、その細腕のどこにそれほどの力があるのかと言いたくなるように、人一人を持ち上げると、数十メートル離れているシャルの元まで陽太を投げ飛ばした。

 

「ガハッ!」

「ヨウタ!!」

 

 軽自動車に跳ねられたかのように、地面を数回バウンドして、シャルの足元で止まった陽太であったが、辛うじて命の証を見せるかのように、手足をぴくぴくと動かし、口から荒い呼吸をし続ける。

 徹底的に陽太に暴虐の限りを尽くすフィーナは、そんな陽太にゆっくりと近寄りながら、とある昔話をシャルに聞かせ始めた。

 

「昔、昔………スイスのある田舎町に、二人の姉妹が住んでおりました」

「!?」

「その姉妹は、明治維新の折、宗家から袂を分かち、狭い日本国から飛び出した長い歴史を持つ『対暗部』一族である、『更識』の分家の生き残りであり、亡き父親から一族にのみ習得が許された『技』を継承した生粋の暗殺者でもありました」

「それって………」

「妹にとって、姉は姉であると同時に、たった一人の身内として自分を育ててくれた母であり、一族の秘儀を伝授してくれる師であり、そして何よりも妹にとっての自慢でありました」

 

 フィーナは倒れ蹲る陽太の前にまで歩み寄ると、爪先で陽太の顎を持ち上げながら、今まで見せたことのない、鬼気迫る表情で見下ろし、今すぐにでも陽太の頭蓋を粉々に踏み潰したい衝動を必死に抑えながら話を続ける。

 

「ですが、その姉は、滅び行く一族の未来を嘆き、スイス国で極秘に研究されていたISの操縦者となり、一族の技の有用性を証明することで、未来を切り開き、自分の手で妹を育てようとしてくれました………ですが、そこで悲劇が起こります」

 

 フィーナの指が踊り、彼女の指がゆっくりと下ろされると同時に、陽太の右腕が天井に向かって伸ばされ、蹲っていた彼を宙吊りにし、息が絶え絶えの陽太を睨み付け、そして彼女は瞳孔を最大限まで見開きながら、言葉をつむぐ。

 

「それは今から二年前のことです………極秘任務についていた姉が、無残な死を遂げました………誰にも見取られることなく………スイスの極秘機関が回収した姉の死体を見た瞬間、妹は決意しました」

 

 そして、彼女は狂気に塗れた表情のままシャルを見ると、まるで彼女にここからが重要だと言わんばかりに、声を大きくして言い放つ。

 

「姉が死んだ現場から飛び去った、『全身装甲(フルスキン)の炎を操るIS』を見つけ出して、必ずこの手で殺してやるとッ!!!」

 

 叫ぶと同時に、陽太の襟首を掴むと、激情を迸らせる声とは真逆の、一切の感情を映さない能面のようなのっぺりした表情で、確信しているにも関わらず、それでも陽太の口から言わせなければならない言葉を問い質した。

 

「答えろ………二年前、姉さんを殺したのは貴様か?」

「!!」

 

 その言葉に息を呑んだのは陽太ではなく、背後で二人の様子を見せ付けられたシャルである。

 

「(お願い………止めて)」

 

 嫌な予感がする。激しい動悸が襲い掛かり、呼吸が上手くできない。

 まるでそれが今の陽太が感じている苦しみであるかのように、シャルの心を締め付ける。

 

「(これ以上、ヨウタを責めないであげて!)」

「………答えろ」

 

 だが、そんなシャルの願いを、フィーナは無視し、陽太の口からどうしても言わせようとする………シャルがもっとも聞きたくない、陽太がシャルに言えなかった、言うことがどうしても恐ろしかった言葉を………。

 

「故あっての事だが、誤魔化すことはしない」

 

 長い沈黙を守っていた陽太が、伏せた顔を上げポツリとその言葉を漏らす。

 

 そして、後悔、罪悪感、己の犯した罪を認めるように………彼は、シャルとフィーナに告白する。

 

「俺が……………………モミジ・フジオカを殺した」

「……………」

「……………」

 

 シャルもフィーナも声を出さない。

 ただ、シャルが一粒の涙を流し、フィーナが愉悦に口元を歪ませる。

 

 しばしの静寂の後、最初に話し出したのはやはりフィーナであった。

 

「そう。その言葉だけは貴方の口から言わせたかった………その言葉を言ってくれたことだけには感謝するわ。どうもありがとう火鳥君………この薄汚い人殺しがっ!!」

 

 陽太を再び放り出すと、シャルの方へと向き直り、フィーナはいつもの「優しい表情」で残酷な言葉を吐き出し始める。

 

「ねえ? 聞いたでしょ、シャルロットちゃん。アイツはただの人殺し………貴方が守ってあげることも、助けてあげる価値もない、この世でもっとも不必要な塵芥なの」

「違う」

「違わないわ。どうして貴方に何も言わなかったか教えてあげましょうか? 怖かったからよ………優しい貴方に自分の罪が知られることを恐れていたの。貴方には綺麗なままだと嘘をつきたかったの。浅ましいことこの上ないわね」

 

 フィーナの一言一言が、シャルの心に突き刺さる。

 陽太が自分を遠ざけようとしていた理由が、人を殺したことを知られたくなかったからなのか? 

 だから、必死になっていたのか? 自分が知れば、陽太を責めると思っていたから?

 

「ねえ、さっきから何をだんまりとしているのか知らないけど、何か言いなさいよ、人殺し」

 

 蹲ったまま何も話そうとしない陽太に苛立ったフィーナが、沈黙を許さないと腕を振るい、不可視な『何か』が今度は陽太の右肩を切り裂き、血しぶきを上げさせる。

 

「ヨウタッ!」

「そうやって、いつまでも芋虫みたいにしてないで、ご自慢のISを展開すれば? お前みたいな塵芥とはいえ、這い蹲ってる奴を嬲り殺しにするのは気が引けるの。抵抗の一つでもしてみてくれないかしら?」

「…………だけか?」

「ん? もっと大きな声で話しなさい」

 

 右肩を押さえながら、陽太が何かを話す。

 

「お前が………殺したいのは俺だけか?」

「……………」

「お前が殺したいのが俺だってことは判った。当たり前のことだ………だがシャルは関係ない。彼女を今すぐ放せ」

 

 僅かに動いても激痛が襲い掛かる中、それでも陽太はまっすぐにフィーナを見ながら、シャルを放せと言い放つ。その瞳を見たフィーナの目の中に、一瞬だけ、負の感情以外の何かが芽生えるが、彼女はすぐさまそれをかき消すような激情任せの憤怒の声を張り上げた。

 

「ふざけるなっ!!」

「ぐっ!!」

 

 アバラがヘシ折れたのではないのかと思うほどの蹴りを陽太の腹部に叩き込み、倒れこんでいた陽太の体がくの字に折り曲がる。口から胃液が逆流して吐き出しそうになるが、それよりも早く、今度は後頭部をフィーナが踏みつけ、顔面ごと陽太は床にめり込んでしまう。

 

「火鳥陽太、お前は何を勘違いしている? 無抵抗を装えなんて言ってないの。私は『戦え』と言ってるのよ」

 

 踵で陽太の後頭部を踏みにじるフィーナは、陽太に自分と戦うことを要求する。殺したいのは、こんな腑抜けなのではない。自分の最愛の姉を殺した人間が、こんなつまらない事を言い出す人間であるなんて

我慢ならないのだ。

 

 だが、地面に這わされて尚、陽太の口から出た言葉は変わらなかった。

 

「………わない」

「…………」

「俺は………戦わない」

「!!」

「ヨウタァァッ!!」

「…………」

「お願い! 止めて、フィーナ先輩!! お願いですから!!」

 

 もう言葉も発さない。フィーナは表情を歪ませたまま、何度も何度も何度も何度も陽太の腹部を爪先で蹴りつける。背中から、大粒の涙を流しながら自分を止めようとするシャルの声を受けても、フィーナは止まることなく、憎い憎い、姉の仇を蹴り続けた。

 

「もうやめて………やめて、やめてェ…」

 

 声が掠れるほどに声を張り上げるシャルに哀れみを感じたのか、フィーナは脚を止めると、爪先で陽太の顔を無理やり上に向かせて、問いかける。

 

「いい加減にしてくれないかしら。そんなに死にたいの、貴方?」

「…………」

「答えなさいよ!!」

 

 苛立つ声を張り上げるフィーナに陽太は、出血の為か、全身を襲う打撲痛の為か、虚ろな瞳で普段の彼なら考えられないであろう言葉を口にする。

 

「いつ死んでもいい………俺だけなら」

「!!」

 

 シャルの瞳が信じられないものを見たかのように見開かれる。

 

「そうやって生きてきた………どこで死のうが別に構わない。どうせそういう奴だ………俺は…」

 

 自分の命を投げやりにするかのような言葉、一切の光を映さない心底絶望した瞳………こんな陽太をシャルは見たくないし、彼からそんな言葉を聞きたくなかった。

 

 だが、シャル以上に、そんな言葉を聞きたくなかった少女がいた。

 

「この………ド屑がぁぁぁっ!!!」

 

 ―――怒りに塗れた技が、一瞬で血の華を咲かせる―――

 

「がっ!!」

「いやぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 シャルの悲鳴が上がる中、不可視な刃が、宙を走り、陽太の全身をズタズタに切り刻み、彼の体を真紅の血が染め上げたのだ。

 血溜りに沈み、ピクピクと痙攣する陽太を見下ろしながら、フィーナは自分のポケットからブレスレットを取り出し、右手に装着する。

 

 ―――紫の光に包まれたフィーナの体を、一瞬で鋼鉄の鎧が包み込む―――

 

 フィーナのボディーラインを強調するようにピッタリと装着された装甲は、一見、金属というよりも光沢を放つ生地のようにも見え、肩に大きな防御用装甲を装着し、背中には小型のスラスターをもち、腰部にはスカート型のスタビライザーを持つ。そして胴体と同じカラーのバイザーを妖しく光らせ、フィーナ………いや、マリア・フジオカは瀕死の陽太にそれでも迫った。

 

「お前の口からそういう偽善者染みた言葉が出るのが、もう我慢ならないわ………早くISを纏え。そして戦って私に殺されなさい」

 

 もう我慢ならない。こんなに不愉快極まる男だったとは思わなかった。最愛の姉を殺した男が、同僚のジークと互角に戦った男が、最強無敵と言われるアレキサンドラ・リキュールが認めた『天才』が、まさか蓋を開けてみれば、ただの死にたがりだったなんて………。

 陽太の言動がこれ以上我慢ならないと言わんばかりに、マリアは戦いを陽太に強要する………だが。

 

「………シャルを放せ。そしたら………後は好きにしろ」

「ヨウタッ!!」

「………本当に戦う気もないのね。暴龍帝(タイラント・ドラグーン)も目が曇ったわね。こんな男を目に掛けるなんて………正直、虫唾が走るわ」

 

 ISを装着した状態で近寄るマリアは、そんな陽太を心底見下し、瞳の中にある殺気を爆発的に増大させる。それを察知したのか、シャルは動けない身体を無理やり動かしながら、陽太とマリアに向かって叫ぶ。

 

「ヨウタッ! 逃げてぇッ!」

「…………」

「フィーナ先輩ッ!! もう止めてくださいッ!!」

「…………」

「ヨウタ、何してるの!! 早く、逃げてよォ! 立って逃げて!!」

 

 身体を捩るたびに、細かく出血し始めるが、そんなことを気にしている場合ではない。

 このままでは陽太が殺されてしまう。自分に親切に接してくれた人に殺されてしまう。

 

 目の前からいなくなってしまう………自分の母親のように。

 

「やめて、やめてくださいっ!!」

 

 マリアの手が陽太に向けられ、マリアの瞳が僅かに狭まる。

 止めを刺すつもりだ。

 

「やめて、やめて………やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 

 ―――闇の中から突如マリアに迫る、鋼の牙―――

 

「「!?」」

 

 陽太とシャルが同時に驚愕する中、マリアは右腕を振るい、自分に迫った白銀の刃を撃ち落すと、すかさずその場から飛び退いた。

 

 ―――半歩遅れて、先ほどまでマリアがいた場所を、地面から巨大な水柱が吹き上がる―――

 

 空中で錐揉み回転しながらその光景を見ていたマリアに、虚空の闇の中から高圧で凝縮された水弾がマシンガンのように襲い掛かり、マリアはこの狭いショッピングモール内の空間では、空中で無理やり体勢を変えては狙い撃ちされると判断し、腕を振るうことで放たれる不可視な攻撃によって、自分に向かって放たれた水弾を次々切り裂いき、着地すると同時に柱の影に素早くその身を隠す。

 

「この攻撃は………油断していました。まさかこんなに早くこの場所が、しかも貴女に見つかってしまうだなんて」

 

 マリアはISのセンサーが反応を示す方向を向きながら、口元で友好的な笑みを浮かべ、だが手元だけは忙しなく動かしながら、大声で話し出した。

 

「貴女に疑われていることは判っておりましたが、貴女が直々にこられるだなんて……」

「いつも通りの謙遜ね、フィーナ」

 

 そしてマリアが振り向いた先にいた人物にいた人物。青いショートヘアに抜群のプロポーションを、青い装甲をしたISが包み込み、右手に大型のガトリングランスを、左手に『ヒーロー登場』という文字が書かれた扇子を持ち、人懐っこい笑顔を浮かべた美少女………IS学園2年生で、マリアのクラスメートにして、学園の守護神たる生徒会会長、『更識 楯無(さらしき たてなし)』が、まっすぐにマリアと対峙する。

 

「いえ、藤岡家の末裔のマリア・フジオカというべきかしら?」

「流石、宗家『更識』様。少々侮っておりましたわ」

 

 本来ならば、絶対的な主と従者という関係になるべき二人であったが、その言葉の中には欠片の主従の温かみもなく、敵対する者同士の相容れなさだけが、楯無に伝わってくる。だがそんなことをおくびも見せず、楯無は余裕の笑みを浮かべながら、扇子を扇いでマリアに言い放つ。

 

「流石なのは貴女の方でしょ? よくも二年間も私達を騙し続けてくれたわね?」

「火鳥陽太がいなければ、私は今でも貴女のクラスメートとして学園の生徒でしたよ? 騙すなんて言われ方をされると、少々傷付いてしまいますね」

 

 影から様子を伺っていたマリアが、右手の人差し指をクイッと曲げた。すると背後から、音もなく『不可視の刃』が楯無の首元を狙って飛来する………だが、その不可視の刃が突如、動きを鈍らしてしまうのを指からの感触で伝わり、思わず小さく舌打ちしてしまう。

 

「チッ」

「岩を切り、鉄すらも容易に切断する『藤岡流鋼糸術』………それをISで行うだなんて……」

 

 先ほどまで陽太の身体をズタズタに切り裂き、シャルを拘束していた不可視の『何か』………その姿が、楯無のIS『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』が持つ、水の防壁が受け止めることで露になる。

 肉眼では目視するにはあまりに細すぎる、だが確かに存在する鋼の糸をマリアは自在に操っていたのだ。

 

「100年前に袂を分った、末端の分家の技を良くご存知で」

「こう見えても勉強熱心なのよ、私?」

「ですが、貴女様が知ってらっしゃるのは、あくまでも100年前の『藤岡流鋼糸術』………最新のものは、それとは比べ物になりません」

 

 壁の陰に隠れていたマリアが、ゆっくりと前に出る。と同時に己の指から放れた鋼糸が、花びらのように放れ、壁を、柱を切り刻みながらその存在を主張する。

 

「私事で大変心苦しいのですが、少々今後の予定が詰まっておりまして………宗家様をこれ以上相手にしている時間はありませんの」

「へぇ………それじゃあ、どうするのかしら?」

「決まっておりますわ……………このまま秒殺させていただきます」

 

 マリアは刃のように相手の心を切り裂くような殺気を放ちながら、宣言する。そしてその殺気を真っ向から受けた楯無は、マリアの主張があながち嘘ではないことを気の質から読み取った。これほどの殺気、素人に放てるものではない。相当な実力者であることを彼女の殺気が主張している。

 

 だが、真っ向から殺気を受けても、楯無の余裕は一向に崩れなかった。

 

「だけど残念………貴女の予定通りには事は進まないわ」

「?」

「だって………誰が一人で来たって言ったの?」

 

 楯無の挑発的笑みを見たマリアは、瞬時に天井を見上げた。

 

 ショッピングモールの全体を照らす日光を取り入れるために用意されたステンドガラス………今は大雨に打たれ、無機質な反射音を立てているだけのステンドガラスが、甲高い音を立てながら粉々に砕け………そして、シャルの前を通過して、『白い影』が舞い降りる。

 

 白い装甲と、白い刃を持った騎士は、勢いを殺さずに、一直線にマリアに向かって飛来し、手に握った雪片弐型を渾身の力で振るい、斬りかかった。

 

「!!」

 

 振り下ろされた刃を、人差し指と中指で放った鋼糸が受け止め、両者の間で激しい火花を上げる。

 

「貴方は………織斑……」

「一夏!!」

 

 シャルの嬉しそうな声を聞いても、硬い表情を崩さないまま、一夏は一度バックステップを取り、間合いを開きながら、血塗れで倒れている陽太の前に降り立った。そして、天井から一夏の後に続くように、箒、セシリア、鈴、ラウラが、ISを展開した状態で次々と降り立ってくる。

 

「シャル! 火鳥ッ!!」

「ご無事ですか!!」

「ちょっと陽太ッ! アンタ死に掛けてるじゃない!!」

「早く医者に見せねば」

 

 箒とセシリアがシャルの元に、鈴とラウラが陽太の元にそれぞれ降り立つ。

 

「………陽太…大丈夫か?」

「………なに……しにきやがった?」

 

 血塗れになりながらも、一夏に対してはこのような言葉しかいない陽太であったが、一夏はそんな陽太を守るように前に立つと、一度だけ深呼吸をして、静かに謝罪する。

 

「すまない………俺、本当に何もわかってない馬鹿で……」

「………織斑弟…」

「もっと、ちゃんとお前と話がしたいんだ………だからさっ!」

『展開装甲起動。雪片弐型参式・烈空』

 

 切っ先を真っ直ぐに構え、力強い瞳でマリアを前を向き、己が言葉を陽太と自分の心に誓うかのように、雪片から白い閃光を迸らせ、それを紫色の弦術師に向かって放ちながら、彼は力強く宣言した。

 

「お前とシャル………今は俺達に助けさせてくれッ!!」

 

 

 

 

 

 




マリアの恩讐………家族を奪われてしまった者が持って当たり前のものです。それがわかっているがゆえに陽太は一切の反撃をしませんでした。まるで「そうなることが当たり前」かのように………。
学園メンバー達は、この問題について、果たしてどのような答えを見せるのか。
マリアは復讐を成し遂げられるのか? 陽太は答えを出せるのか?

次回は、時間軸を若干さかのぼり、一夏サイドからお話が始まります

PS 他の作者さんのご意見って、本当に貴重ですよね



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Listen to your heart

大量の残業だったり、仕事による疲労だったり、スランプだったり………。

更新が遅れてしまって申し訳ありません!


あと、サブタイトルは、ピンと来る人はすぐに来ます。


ヒント「機動戦士ガンダムUC」


 

 

 

 

 最初に会った時から、俺は『アイツ』の事が嫌いだった。

 自己紹介からいきなり『自分に関わるな』とか言って他人を拒絶して、そしていきなり千冬姉を馬鹿にして、屋上で俺をボコボコにしやがった。

 

『テメェには才能はない。そうやって守られてるのがお似合いだな』

 

 今でも忘れない、誰かを守れる強さがほしいって思う俺の気持ちを踏みにじる言葉。もしこれでアイツが口だけの奴ならこんなに意識する必要もなかったのに………。

 だけどアイツは、見ていて憧れを覚えるぐらいに強かったんだ。炎を纏った全身装甲のISで空を翔るアイツの姿を見る度に、俺は目が離せなくなっていた。

 炎のような強さを、疾風のような速さを、雷のような早撃ちを、閃光のような剣捌きでオーガコアを圧倒し、いつだって俺の前で飛び続けるアイツの姿を見る度に、心の中で呟いた。

 

 あんな風に強くなりたい、あんな風に強くなって、俺も誰かを守れるようになりたいって………。

 

 だからこそ、許せなかった。

 アイツのことを想っている人間を本気で攻撃したアイツが、自分が憧れたアイツ自身を踏み躙っているような気がして、気がついたら飛び出していた。

 途中で千冬姉や箒やラウラが止めようと声を張り上げていたような気がしたけど、俺はそれの一切を無視して、本気でアイツに雪片を振り下ろした。止められようと避けられようと関係ない、ただ止められない激情だけで刃を振り下ろした………。

 

 だけどアイツは止めることも避けることもしなかった。俺の一撃を真正面から受けて、血を流す怪我を負った。そして俺は、雪片についたアイツの返り血を見て愕然とした。

 

「なんで避けなかったんだ、なんで止めなかったんだ、俺が憧れたお前ならそれぐらい簡単だろ?」

 

 愕然とする俺に、アイツは静かに言った。

 

『満足か?……………お前は間違ってない。俺がお前でも………たぶん、こうした』

 

 血を流しながら、俺を見るアイツの目は、いつものうっとうしそうな目でも、俺の事を馬鹿にした目でもない、本当に何かを後悔している目だった。

 

 あの後、千冬姉に殴られ、自分がもう少しで人殺しをするところだったことを諭されて、ISの使用を

禁じられたこともショックだった。でも、俺には何よりも、アイツが見せた俺を見る目が気になって仕方なかった。

 

 そして今になって気がついた。

 

 俺は火鳥陽太の事を、本当は何も知らないってことを………。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 相変わらずのうっとおしい雨が窓を叩く。そんな中、明かりもつけずに寮のベッドの上に腰を下ろす一夏は、未だに熱を持つ腫れた頬をさすりながら、腕から外されたガントレットを見つめ思い出し続ける。

 

 ―――満足か?……………お前は間違ってない。俺がお前でも………たぶん、こうした―――

 

 手に残る感触は、あの時、怒りに任せて振り下ろした刃の感触だ。

 

 大事な人を、大事な人の名誉を、守りたいから、この手で守ってみせたいから、手に入れたはずの力。

 それなのに自分は、何をやった? 友達(シャル)を傷付けられたから、陽太を傷付けてもいい?

 そんな馬鹿な話がある訳がない。

 

「同じ………いや、俺の方が………最低だ」

 

 怒りが引いて、落ち着きを取り戻した今なら、あの時の陽太の立ち尽くす姿の意味が判る。

 陽太は最初からシャルを傷付ける気なんてなかった。彼女を攻撃してしまったのは、とっさのことでおこった事故だ。自分のように怒り任せで起こした故意ではない。

 

「そういうことから守りたいって思ってたのに………なんで俺は!!」

 

 血が滲みそうになるほど拳を握り締めた。

 結局自分は何も成長できていない。少しばかり力が付いたから、調子に乗って陽太に模擬戦を挑んでみたり、シャルを理由に陽太にその意趣返しをしようとしてみたり、思い返せば、恥ずかしくて死にたくなるようなことばかりだ。 

 

「シャル………陽太………」

 

 今は鈴がシャルの看護をしているのだろうか?

 聞けば、陽太はあの模擬戦の後、学園から姿を消したとか………それを聞いた一夏は一瞬、陽太を探す手伝いをしようかと千冬に連絡を取りかけたたが、だが、いざ陽太と顔を合わせた時、どの面を下げればいいのか判らず、結局、携帯のボタンを押すことができなかった。それすらも、一夏の自分自身への怒りと苛立ちを募らせていく。

 

「……………」

 

 だが、このまま何もしないでいるのも、今の一夏には苦痛であり、彼がとりあえず思い浮かんだことは、自分が陽太以外に謝罪するべきもう一人である、シャルへの見舞いであった。

 シャルに会うことすらも、罪悪感から足取りが重くなるが、そこから逃げては、もうこの学園にいる価値すら見出せなくなりそうで、一夏は身体を引きずるようにベッドから立つと、部屋を出る。

 そして、ロビーに差し掛かった時、反対側の通路から同じように項垂れながらも歩いていくる人影が目に入り、思わず一夏は彼女に声をかけた。

 

「セシリア!」

「!! い、一夏さん!?」

 

 珍しく覇気が見られない、元気のない表情をしているセシリアを見て心配になる一夏であったが、セシリアは、そんな一夏に何処に行こうとしているのかを告げてくれる。

 

「シャルロットさんの………お見舞いに行こうかと思いまして………消灯時間まであまり時間もありませんし」

「!!………セシリアもか」

「アラ、一夏さんも?」

 

 どうやらセシリアも一夏と同じ悩みを抱えていたようで、陽太の捜索に行きたいという気持ちはあるものの、シャルとのことを誤解し、敵視して、あんな事態を引き起こした一端に責任を感じ、躊躇してしまったのだ。

 二人共そのことが判ったのか、少しだけ軽くなった表情で僅かに微笑み会うと、言葉は交わさずに、ロビーに置いてある傘立てから、自分の傘を出して差すと、雨脚が強まる中を歩き出す。

 

「……………」

「……………」

 

 雨の夜道を歩く二人は、しばし、無言で歩を進めるだけだったが、痺れを切らしたのか、セシリアが先に口を開いた。

 

「………私は………本当は少しだけ、シャルロットさんに嫉妬していました」

「?」

 

 突然のその言葉に、一夏はセシリアの方を振り向く。

 彼女は一夏から視線を外し、雨を降らせる夜空の方を見ながら静かに語る。

 

「だって………陽太さんと、分かり合えていらっしゃるから…」

「……………」

「私はこの一月以上の間、あの方と共にいましたが、未だに判らない事だらけでいっぱいです………ですが、シャルロットさんは違いました。全て分かり合えていらっしゃるとは言いませんが………真っ直ぐに信じてらっしゃる」

 

 陽太の身を案じ、彼に尽くそうとする『女』の姿に、そしてそんなシャルの事を口では邪険に扱っても、何よりも大事にしているような『彼』の姿に、セシリアは無意識の内に嫉妬していたのだ。ただの幼馴染なだけではない。二人の間には目に見えない、強い絆の様なものがある気がして、未だに陽太に振り向いてもらえない自分が、なんだか滑稽で、惨めで………嫉妬していたのだ。

 

「想い、想われて………なのに、私は………私達は上っ面のことだけで、陽太さんを否定して、シャルロットさんに無理強いさせて………」

「それは………俺も同じさ、セシリア」

 

 上っ面だけの理解で、解った気がしていた結果、こんなに後悔の念だけが募っているのだ。今回ばかりはあまりに自分の未熟振りを一夏は痛感させられることなかった。

 

 それ以上の言葉を交わすこともなく、二人は重い、重い足取りで光が消えた校舎に辿り着くと、決して早くない速度で唯一明かりがついている保健室へと赴く。

 

「………失礼します」

「………シャルロットさんのお見舞いに来ました」

 

 音を極力立てないように開き、二人は小声で声をかけながら入室すると、机の上でひたすら書類整理をしているカールが、振り向かずに二人に声をかける。

 

「感心しないな………消灯時間はまだだが、すでに寮の外出可能時間は過ぎてるんじゃないのか?」

「「あっ」」

 

 二人してそのことに気がついていなかったことを指摘され、かなりバツが悪くなるが、カールは『やれやれ』と呆れながら、最後まで書き終えた書類を整え、上にペンを置くと、凝り固まった肩をほぐしながら立ち上がる。

 

「それにデュノア君と鳳君なら、すでに寮に戻っているはずだ。まだ寮に二人とも『いる』のかはわからないけどね」

 

 カールは更に言葉を重ね、居た堪れなくなった雰囲気の二人を尻目に、棚に置いてあるカップを取り出し、コーヒーメーカーから湯気の立つコーヒーを入れて、二人に差し出す。

 

「さて、君達は今日この場に、何をしにきたのかな?」

 

 コーヒーを受け取った二人は、適当な所に腰を下ろすと、カールの問いかけに戸惑いがちに答えた。

 

「今日のことを、謝っておこうと思って………」

「どうして?」

 

 一夏の返答に、カールは答えがわかっていながらも踏み込んだ言葉を発し、一夏の代わりに今度はセシリアが答える。

 

「私達が不要に茶化してしまったせいで、陽太さんとシャルロットさんのお二人が不要な戦いをされてしまいましたし………」

「………そうか」

 

 しかし、沈んだ表情で自分の非を責めるセシリアとその言葉に無言の同意をする一夏に、カールは冷やかな視線と言葉をぶつけ、二人にとって予想外の言葉を言い放った。

 

「つまり二人とも反省したフリをして、自分を慰めたいと言うわけか。なるほど、よくわかったよ」

「「!!」」

 

 カールのその言葉に、一夏とセシリアの表情が一瞬で憤怒の色に染まり、カールを睨み付ける。

 

「テュクス先生! いくらなんでも聞き捨てなりませんわよ!」

「ちょっと待ってくれよ先生! 俺達は………」

「待たないよ一夏君。特に君にはすでに私は伝えておいたはずだ」

 

 若干の威圧感を含んだ瞳で見つめられた一夏は、言葉と反抗的な思考を封じ込められてしまう。そして先ほどの『すでに伝えられたこと』とは何なのか、気になった一夏はカールが自分に話しかけた言葉を順番に思い出し始めた。

 

「(俺がカール先生に言われたこと? えっと………)」

 

『だから同じさ………今、必要なのは『どうすればいいか?』でなく『何故そうなったのか?』ではないのかい?』

「あっ」

「思い出してくれて光栄だよ」

 

 そうだ。鈴のときに言われたではないか。

 自分の思いだけで話を完結させてはならないと。陽太がなぜそうなったのか知らないと、陽太の気持ちを知らないと、自分は陽太と本当の意味で仲間になれないではないか。

 

「馬鹿だ、俺………つい数分前のことも忘れかけてた」

「一夏さん?」

 

 一夏の豹変ぶりに戸惑うセシリアだったが、今までとは違う『何か』に気がついた表情をした一夏は熱くセシリアに語りかける。

 

「俺達は謝ることも大事だけど、もっと大事なことがあるんだ! 俺達は陽太のことをもっと知らないといけないんだ。同じことを繰り返さないように………繰り返しそうになっても、今度は違う結果を導けるように」

 

 最初から答えが出ていたじゃないか、自分はこの場所にショげに来たわけでも、ただ頭を下げにきた訳でもない。そんなことをされても陽太もシャルにもまた迷惑をかけてしまうだけだ。

 そう、自分は陽太のことを『知って』『仲間』になりたいのだ。

 

「ありがとう! カール先生!! セシリア、いく・」

「待ちたまえ一夏君」

 

 そんな一夏に今度はカールが待ったをかける。

 出走前のサラブレットのように鼻息が荒い一夏に、カールは思わず苦笑してしまう。

 

「(思いだったら突っ走る所は、陽太君と同じか)………千冬は今忙しいし、シャルロット君も病み上がりだ。私で良ければ話をしよう」

「!!」

「鳳君も呼んでくれ。ボーデヴィッヒ君は………残念なことにまた今度だな」

 

 この時、すでにシャルの護衛を千冬から任されているラウラのことを知っていたカールは、あえてここで除外する。

 

「(他人のプライベートをあまりペラペラと話すのは性に合わないが………この場合は仕方ないか)」

 

 10数分後。帰ったばかりなのにまた同じ場所に逆戻りさせられ、若干機嫌の悪そうな鈴を迎え入れた一夏達は、彼らに伝え始める………。

 

 学園に少し来る前に、フランスで起こった陽太とシャルの物語についてを………。

 

 

 

 

「………と、これが陽太君とシャルロット君との間に起こった、フランスでの一件だ」

 

 外で以前と降り注ぐ激しい雨の中、カールが語る話を聞いた三人は、すっかり温度を失くし冷めたコーヒーカップを握り、呆然としながらカールの顔を見た。

 

「………陽太」

「じゃあ………陽太さんは、シャルロットさんを戦いに巻き込ませないために、フランスでお別れを……」

「………何よ、それ」

 

 話を聞き、陽太が如何にシャルを戦いに巻き込みたくなかったかを聞いた一夏とセシリアとは違い、鈴は話を聞いても、なお、陽太への怒りを収まらせないでいた。

 

「結局、アイツは一人で勝手に自己完結しただけじゃない!」

「鈴ッ!」

 

 一夏が嗜めようとするが、すぐさま鈴の変化に気がつく。

 

「結局、アイツは誰のことも信用してないのよ! ただ一言、言えばいいじゃない!」 

 

 大粒の涙を瞳に溜めながら、鈴は憤る。自分達は陽太に信用も信頼もされていなかった。結局言葉だけの仲間で、ただの隊長とその部下という上下関係でしかなったのだ。

 

「鈴………」

「解ってるわよ! 私達が………アイツを非難する権利なんてこれっぽちもないことぐらい! 陽太のことを勝手に誤解して、勝手に一人にしたのは私達の方よ。それぐらい解ってるわよ!!」

 

 自分の感情を制御できない鈴は思わず叫んでしまっていることにも憤りながら、必死にそれを制御しようとする。

 

 鈴が憤っているのは、つい最近までの自分と重ねているからだった。

 誰も信じず、誰にも本心を見せず、必死に虚勢を張って、独りで自分を取り巻く世界と戦う。それがどんなに辛くて終わりのないものなのか、身に染みている鈴なのだ。

 しかも、陽太は何も鈴のように勝手に思い込んでいる訳ではない。きっとそんな自分の在り方が良くないことも理解しつつも、それでも貫いている。それもこれも全てシャルを守るために………。

 

 だからこそ、どうしても一夏には解らないことがあった。

 

「でも………なんで陽太は、そこまでシャルを遠ざけようとするのかな?」

「それは………ですから、シャルロットさんを戦いに巻き込まないように…」

「それだけだと説明つかないだろ? 陽太だって、話してシャルに理解してもらえばいいことぐらい考え付かないわけないんだ」

 

 そうだ。シャルを守りたいのであれば、彼女のそばにいればいい。それがわからない陽太ではない。ならば陽太がどうしてもシャルのそばにいられない理由とはいったい何なんだろうか?

 

 一夏が、その理由を誰かに聞きたい衝動に駆られるままに、携帯電話で姉へと電話を掛け始めるのだった………。

 

 

 

 陽太捜索に当てられた人員が、そのまま『シャルロット・デュノア捜索』にすり替わる中、千冬は膝の上のノートパソコンと睨み合いを続けていた。 

 雨のためか、時間によるものか、大分交通量が減った国道の脇に車を停車させた千冬は、小型のマイクを掛けながら、目まぐるしく膝の上に置いたノートパソコンのキーを叩き、とある人物の背後関係のデータに目を通し続ける。と同時に、隣の真耶が、非常事態ということで政府に特別に許可をもらい、市内各所に設置されている防犯カメラにシャルとマリア(フィーナ)の姿が映っていないか、一軒一軒めまぐるしく変わる映像とにらみ合っている。

 

「更識、それで部屋の方は完全にもぬけの殻なのか?」

『ええ。侵入者用にトラップの一つでも仕掛けられているのものだとばかり思ってましたけど』

 

 マイク越しの相手、IS学園生徒会会長『更識 楯無』が踏み込んだフィーナ・チューダスの部屋の様子を聞いた千冬は小さく舌打ちをする。

 ラウラからシャルの行方不明の話を聞いた際、一緒に消息が判らなくなった人物がおり、それが親身に接してくれたマリア(フィーナ)であると言われた瞬間、千冬はすばやく学園に待機中だった楯無に連絡を入れ、寮にあるマリア(フィーナ)の部屋に向かわせたのだ。

 

 かねてからIS学園内部にオーガコアを手引きしているスパイがいる可能性を示唆していた千冬は、対オーガコア部隊とは別口に動いていた、IS学園生徒会と共にIS学園在籍中の生徒及び教員の調査を行っており、最近になって、確実な証拠こそない物のリストのトップに立っていたマリア(フィーナ)の動向には特に注意を動かしていたのだが、決定的な証拠がないため代表候補生であるマリア(フィーナ)を逮捕できずにいたのだ。

 マリア(フィーナ)の経歴は表向きには何も怪しい証拠はないものであったが、その各所に時々見られる不自然な潔白さが、どうしても拭えない不信感を抱かせており、彼女のクラスメートである楯無も、時々彼女が見せる言い知れない底知れなさに警戒していた所に、今回の行動である。

 マリア(フィーナ)に対し、千冬はすでに亡国機業の間者(スパイ)であるという確信を持って当る覚悟をし、彼女がいない今、少しでも証拠になるようなものを手に入れようと、楯無を向かわせたのだが、流石というべきか、部屋には何一つ証拠になるような物は残していない。ルームメイトにしても、本国からの諸事情で一昨日から急遽帰国しており、そのことでルームメイトも亡国の間者(スパイ)であり、マリア(フィーナ)の共犯であったことを証明していたのだ。急遽、学園上層部からIS連盟を通して、そのルームメイトの所属している国の政府に問い合わせているが、とてもすぐに返事が返ってくるはずもない。

 

「(政府を抱き込んでいる以上、知らない存ぜぬと決め込んでくるのは避けられない。仮に、亡国との繋がりを認めても、連盟の手を煩わせないといって、内々で処理するに決まっている………チッ、またしても後手回りか!)」

 

 ようやく掴みかけた証拠が遠のき、おまけに陽太に続きシャルも行方不明………自分の力の無力さに千冬が眩暈を覚えた時、自分の携帯に弟の一夏から着信が入る。

 

「すまない楯無。お前はそのまま捜索を続けておいてくれ。何か出れば連絡をよこしてくれればいい」

『了解しましたけど………私もシャルロット・デュノアちゃんの捜索に加わった方がいいんじゃ?』

「それはこちらでする。もしもの時は、お前に臨時で対オーガコア部隊の現場指揮を取ってもらわないといかん。学園にいてくれ」

『わかりました』

 

 短く返事をした後に通信を切った千冬は、携帯の通話ボタンを押して、電話に出る。

 

「どうした、一夏?」

『すまない! 今、聴きたいことがあるんだ!!』

 

 本来なら、今はシャルの捜索に神経をすり減らさないといかず、一夏に割いている時間はないのだが、弟の声がいつもとは違う真剣さに染まっていることに気がついた千冬は、とりあえず話を聞くだけ聞こうと、肩で携帯を挟みながら、再びノートパソコンに視点を戻し、データからシャルが今いると思える場所を割り出す作業に戻ろうとする。

 

「それで、何を聞きたいというのだ一夏。くだらないことなら・」

『千冬姉は……………陽太がシャルのそばにいられない理由が何なのか、知ってるんだろ?』

「!?」

 

 その確信に満ちた声に、千冬はパソコンのキーを叩く指を止め、携帯を手に持ち直して、一夏に聞き返す。

 

「どうして、お前が今、その話をしてきた」

『俺、今、学園の保健室にいて……それで…』

「ああ、わかった。カールか………」

 

 長年の付き合いである主治医であり友人である男の仕業であることに、千冬はゲンナリとした表情になりながら心の中でカールを睨みつける。

 

「(どうしてお前は口がそう軽いんだ………)それで、カールから陽太の話を聞いたのか?」

『うん………だけど、どうしても判らないんだ。どうして陽太がシャルのそばにいられないのかってことが』

 

 一夏の表情が声だけで沈んでいることが千冬にも判った。それゆえに、このことを勝手に話していいものかどうか、千冬も戸惑ってしまう。

 

 ひょっとしたら、一夏が本心から陽太を幻滅してしまうのではないだろうか?

 

 本来なら、こんな事を千冬が考えるはずもないが、今の陽太がシャルのそばにいられない理由を知っている千冬は、どうしてもその疑念を捨てきれずにいた。

 

 なぜならば、それは自分自身も一夏にずっと話せずにいたことの内の一つと同じだから………。

 

「そのことを聞いて………お前は陽太と、どう接したいのだ?」

 

 知らず知らずの内に、硬くなってしまった声で千冬が一夏に問いかけてしまうが、一夏はそんな千冬に迷いながら………『それでも』臆することなく答える。

 

『俺は、まだ……わからない。わからないことだらけだよ………』

「……………」

『わからないことだけだけど、だけど………『それでも』、考えることを止めちゃ駄目だなんだ。知ろうとすることを止めちゃ駄目なんだ』

「一夏………」

『俺………アイツと『仲間』になりたい』

 

 一夏のその静かで優しい言葉を聴いた瞬間、脳内に電流が走るように、昔の情景が流れ込んでくる。

 

 

 

 ―――あれはいつだったか………―――

 ―――古いが手入れが行き届いた家屋の縁側に腰を掛けた、『先生』は、学生服に所々顔に絆創膏をつけた私に、静かに語ってくれた―――

 

『また×××と飽きずに喧嘩をしたの、千冬?』

『違います! アイツが悪いんです!! アイツがいつも私に勝手に突っかかってくるだけです!』

 

 ―――私の問いかけに、先生は困ったような笑顔を浮かべながら、私の頭を撫でながら話してくれた―――

 

『そう。×××も強情なところがあるから、強情な千冬とは意地を張り合ってしまうのね。知らなかった?』

『!!! 私は強情なのではありませんよ!!』

『あら、そう?』

 

 ―――私の答えが面白かったのか、それとも鼻の上に絆創膏が張られた顔が可笑しかったのか、クスクスと笑う先生に、私は頬を膨らませながらそっぽを向いてしまう―――

 

『だけど、喧嘩をしても、千冬は×××のことを想うことを止めていない。謝ろうって考えてる。それはとても素晴らしいことよ』

『想ってなど………いません!! それに謝るなら向こうの方です!!』

 

 ―――私の問いかけに、先生は頭を撫でる手を止め、両手を頬において、優しく語ってくれた。

 

『それでも、わからないかもしれないけど、だけど………『それでも』、考えることを止めちゃ駄目だなの。知ろうとすることを止めちゃ駄目なのよ』

『………先生の話は、難しくて、未熟者の私にはよくわかりません』

『愚者は己の賢きを過信する。賢者は己の未熟を自覚する……でもね』

 

 ―――先生が私の鼻を軽く摘みながら、笑って言った―――

 

『すぐに諦めて、途中でやめようとするのが千冬の悪い所。もっと信じなさい。×××のことを、彼女のことを信じる千冬自身を』

『………信じる?』

『そう。駄目とか無理とかじゃない………信じる心に従って委ねてみなさい』

 

 ―――先生が笑顔と共に送ってくれた、あの時の私の中になかった言葉を、どうして―――

 

 

 

 

「……………今になって思い出したんだろうな」

『千冬姉?』

 

 そうだ。なぜ忘れてしまっていたのだろうか?

 答えなら当の昔に出ていた。

 あの日、あの人は私にそう諭してくれたじゃないか。

 

 ならば、自分は最後まで教え子たちを信じて委ねてみよう。

 

 千冬は自分の手で顔を覆いながら、忘れてしまっていたあの日の言葉を思い出したこと、そしてそれを思い出させてくれた一夏に、感謝の言葉を投げかける。

 

「………ありがとう一夏」

『うえっ!?』

「そうだ。私はもっとお前を信じるべきだったんだ。信じてお前たちに委ねるべきだったんだ」

『あ、いや、その………』

 

 そして、千冬は覆っていた手を離すと、姉に感謝の言葉を言われて非常に動揺している一夏に、声色を変えた迷いのない声で話しかけた。

 

「私は、私こそ陽太を救うべきだと考えていた………重い『過ち』を犯してしまった、私の教え子を……」

『!?』

 

 陽太を出口のない迷宮に放り込んでおき、精神の袋小路に迷い込んでどこにもいけなくなってから、慌てて手を差し伸べようとする。そんな自分の過ちを戒めながらも千冬は一言一言に、ただ後悔しているだけの先ほどまでとは違う気持ちを込めながら、一夏に真実を伝え始める。

 

「当事者ではない私は、事件よりも数ヵ月後に事後報告で話を聞いただけで、現場にはいなかった………そういう意味では部外者なのかもしれない。そのくせ、色々と下らない根回しをして、あいつの反感を買ってしまった」

『それって………』

「最初、この学園に来た時、私はアイツがどこか私の目の届かない場所に行くのを防ぐ為に、デュノアを人質に取った。言うことを聞かねばフランスにいるデュノアの身柄を拘束するぞ、とな」

『!!………なんでそんなことを!!』

 

 電話の向こうで一夏が明らかに千冬に対して反感を覚えたことを、仲間を案じて憤っていることを素直に『嬉しく』感じながらも、それを言葉に表さないように気をつけながら話を続ける。

 

「私は対オーガコア部隊組織編制には陽太の存在が必要不可欠だと考えている。それは今も変わっていない………そのための必要な処置だと考えた……最も、そんなことは不必要だったようだがな」

『当たり前だ!! アイツは………陽太は、千冬姉を見捨ててどっか行くような人間じゃないだろうが!!』

「ああ、まったくその通りだ。私は愚か者だ………アイツを信じきれないでいた、愚か者だ」

 

 自重するように素直にその言葉を吐く千冬に、一夏は二の句も告げずにその場で黙り込んでしまう。

 

「………先ほどの話に戻るぞ一夏………が、話す前にもう一度だけ聞いておく。お前はアイツを助けたいんだな?」

『あ、ああ………助けたい。力になるならないじゃない。できるできないじゃない……助けたいんだ』

「………良く判った。お前のその言葉を信じて、お前に委ねるよ」

 

 そして一息置いて、千冬は一夏に真実を告げ始める。

 

「二年前、スイスの国境付近で、陽太とオーガコア搭載機との戦闘が起こり………陽太はやむ終えず、オーガコア搭載機に取り込まれた操縦者を殺害した」

『!!』

 

 一夏が息を飲んだことが千冬にも判る。彼の予測を超えるその真実に、一夏が動揺を隠し切れなかったのだ。

 

「オーガコアに取り込まれた操縦者の殆どは、通常、数時間した後、精神が発狂し、獣さながらに暴れ周り、あらゆる目標に向かって破壊活動を開始する。だが中には、精神が発狂しない者もいる………強靭な精神力を持ってオーガコアの支配に耐えうる者………」

『ラウラとかか!』

「そうだ。ラウラも強靭な精神力でオーガコアに取り込まれるのを寸での所で踏み留まっていた………だが、それにも限界はある」

『………限界?』

 

 自分が発した言葉に再び息を呑んだ一夏に、千冬は僅かな憤りの感情を込めた声で話し続けた。

 

「そう。オーガコアの恐ろしさは、取り込んだ対象がすぐに支配できないとコアそのものが判断した所から始まる………コアは対象がすぐに取り込めないと判断すると、取り込む速度を意図的に『遅らせる』のだ」

『な、なんで?』

「………より対象を完璧に支配しようとするコアは、少しづつ、まるで遅効性の毒で汚染するように、少しづつ精神を壊し続け、その際に出る精神的苦痛を自らの進化の糧にする」

『!?』

「すこしづつ壊れいく精神に、操縦者が発狂するも良し。発狂せずに耐えても、崩壊する人間性に恐怖しながらのた打ち回るのも良し………オーガコアにとって、良質な『絶望』は何よりの糧なんだ」

 

 オーガコアのその恐ろしさは、人間的な心理構造をコアが理解していくことにある。まるで捕らえた獲物をどうすれば美味しく頂けるか知っている獣のように、オーガコアを着かず離れず、操縦者の精神を少しづつ壊し、その時に出る苦痛や、汚染される精神に対しての絶望感、崩壊する人間性を守ろうとする恐怖を栄養の糧とし、より強大になろうとするのだ。

 

「聞いた話では、その時の操縦者は相当なレベルまで汚染されていて、もはや物理的にもオーガコアを引き剥がすことができないほどだったらしい」

『だから………陽太はやむ終えず』

「………アイツにはその事実は何の慰めにもならないのだろうがな」

 

 人を殺した。

 どんな理由があろうと、命を奪えば二度と戻ってこない。

 だからこそ、二度と戻ってこない命をを奪ったことに対して、陽太は耐え切れない罪悪感を覚えのだ。

 

「それからだ。元々人見知りが激しかったアイツが、ますます他人に壁を作り始めたのは………」

『じゃあ、アイツがシャルを避けようとしたのは?』

「………怖かったんだ」

 

 ―――怖かったのだ―――

 ―――シャルに自分が人殺しであることを知られるのが―――

 ―――自分のそばにシャルがいれば、それをいつか知ってしまう日が来ることが―――

 

「人殺しと、デュノアに言われてしまうではないのか? そう考えてしまって、堪え切れないほどに怖かったんだ」

『………陽太』

「もちろん、デュノアを戦いから遠ざけたい、巻き込みたくないと言う気持ちも大いにあったんだろ。だがそれだけだと無理強いして遠ざける理由にはならない」

『……………』

「………私がアイツについて話せるのはここまでだ」

 

 電話越しにも戸惑ってしまっている様子が千冬にも良くわかった。だが、ここで『頼む』という言葉や、命令をしてしまっては、話をした意味がない。

 彼は自分の弟で、一人の人間で、決して操り人形でもなんでもないのだから………。

 

「お前の判断に任せたい………陽太を、お前はそれでも助けたいと言ってくれるのか」

 

 そして、そんな千冬の真摯な言葉を聴いた一夏は、少しだけ間を置いた後、千冬に向かって迷いを振り払い、はっきりとした意思を伝える。

 

『陽太を助けたい、千冬姉!! 俺に行かせてくれ!』

「………そうか」

 

 千冬が、僅かに口元に笑みを浮かべながら、一夏が行ってくれた言葉に、心の底から感激した時、隣にいた真耶が、大声を張り上げる。

 

「い、いました!! 二人、いました!!!」

「!?」

 

 隣で千冬と一夏がしている会話に耳を傾けながら、自分の膝の上に映し出されていた、監視カメラの映像の中に、映し出されたシャルとマリアの姿に、驚き、思わず大声を張り上げてしまったのだ。

 

「どこだ、山田君!」

「ええっと………消息を絶ったファミレスから南西三キロの地点のコンビニの防犯カメラです!」

 

 その言葉を聴いた千冬は、すぐさま膝の上ののノートパソコンを開き、付近の地図をにらみつけ、すぐさま当たりを引き当てる。

 

「ココだ」

「ココって………もうすぐ開店するっていう大型ショッピングモール!」

「敵がどの程度の想定をしているのかはわからないが、IS同士の戦闘になったときに、有利に状況を働かせるための、ある程度の空間と遮蔽物の双方を持った場所があるとしたらココしかない」

 

 すぐさま学園で待機しているであろう、楯無に連絡を入れようとする千冬だったが、手元の携帯が通話状態だったことを思い出し、電話越しにいる一夏に声をかける。

 

「一夏、聞こえているか」

『ああ! 山田先生の声が聞こえたけど、いたって陽太か!? シャルか!?』

「デュノアの方だ………だが、どうやら亡国機業の内通者(スパイ)と一緒にいるらしい。そこには何人で聞き耳を立てている?」

 

 受話器の向こうで息を潜めて千冬と一夏の話を聞いていたセシリアと鈴の存在に感づいていた千冬に、向こうの二人が、申し訳なさそうな声を出しながら謝罪の声を出す。

 

『も、申し訳ありません』

『す、すみませんでした!! 決して野次馬根性で話を聞いてたわけじゃ!』

「今はいい………ラウラにはこちらから連絡を入れる。案内人を向かわせるから、そいつが着き次第ISを使用しての市内地上空の飛行を許可する。三人とも今すぐ、現場に向かってくれ」

『『『了解!』』』

 

 すぐさま司令官としての命令を下す千冬であったが、隣にいた真耶がすぐさま千冬が下した命令に噛み付いた。

 

「織斑先生!! 政府の許可なく市内地上空の飛行なんてしたら!」

「………責任は私が取る。アイツらが万全に戦えるようにしてやることが、私の戦い(責任)だ」

『千冬姉?』

 

 電話越しに戸惑う一夏に、千冬は姉としての素の声で話し変けた。

 

「後、一夏………帰ったらお前に話しておきたいことがある。私自身についてだ」

『!!?』

「必ず話す。だから今は目の前のことにだけ集中しろ。いいな」

『ああっ!』

 

 そして千冬は携帯の通話ボタンを切ると、すぐさま楯無とラウラに連絡を入れ始めた。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

『展開装甲起動。雪片弐型参式・烈空』

 

 迷いなく放れた白い斬撃は、紫色の弦術師を確かに捉え………。

 

「!?」

「まっすぐな瞳、まっすぐな斬撃………嫌いじゃないわよ、個人的には」

 

 弦術師の指先から放れた、三本の鋼糸に受け止められ、空中で静止してしまう。さらにそこから、マリアは指を踊らせ、鋼糸を波打たせた。

 

「でもそれだけじゃ、私には永遠に届かなくてよ?」

「なっ!?」

 

 手加減抜きではなった烈空だったが、踊る鋼糸が刃に巻きつくと、あっさりと噛み砕いてしまったのだ。

 一瞬だけ、呆然となる一夏だったが、マリアは止まらない。

 

「相手から目を離しちゃ駄目?」

「!!」

 

 瞬時に懐まで進入したマリアは、優しく一夏の腹部に手のひらを置くと、

 

「で、ないと、こんな風なこと、さ・れ・ちゃ・う・ぞ!」

「ぐふっ!」

 

 マリアの足元が陥没すると同時に、凄まじい衝撃が一夏の腹部を貫き、彼を天井まで叩き飛ばしてしまう。

 

「ガハッ!」

 

 天井に叩きつけられた一夏は、地上に落ちると、二度バウンドして地面を転がっていく。

 腹部に凄まじい衝撃を受け、天井に叩きつけられ、地面でも転がされた一夏だったが、何とかISの防御機構のおかげで失神することなく、意識を保ったまま顔を上げた。

 

「火鳥 陽太以外には危害は加えたくないのに………仕方ないわね」

 

 指先から放たれた鋼糸が、周囲の物体を切り刻みながら踊る中、対オーガコア部隊のメンバーと楯無がぞっとするような瞳で彼らを見ると、紫色の弦術師は口元で薄く笑いながら、告げる。

 

「今までの暴走させているだけの操縦者『モドキ』と、オーガコアを使いこなしている亡国機業のIS操縦者との違い、はっきりと魅せてあげるわね?」

 

 

 

 

 




というわけでの久しぶりの更新。
スランプで死に掛けなところに、かなり難しい話だったので、余計に難産しました

突然ですが、すごい難しんですよ。人の考え方とか、思想とか、罪の意識の考え方とか………。

でもこういうことは、ほんとちゃんとキチンとやっておきたいんですよね。

というわけで、次回はいよいよ、マリアさんの本領発揮タイム


オーガコア搭載機を、本物ののIS操縦者が使うとどうなるか、ご覧ください!

ではでは!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

霧雨の弦術師

またしても更新が大幅に遅れても仕分けない!

消え去れ残業! 俺の目の前から!!!www


というわけで、本物の戦闘……ちゃんと描写できたか、不安ですが、とりあえずご覧ください!!



 

 

 

 

 

 

「今までの暴走させているだけだった操縦者『モドキ』達と、オーガコアを本当の意味で使いこなしている亡国機業のIS操縦者との違い、はっきりと魅せてあげるわね?」

 

 踊るように壁や床を切り刻む鋼糸を操る優艶な笑みを浮かべた弦術師に、シャルを縛っていた鋼糸を解こうとしていたセシリアが、その役を箒に押し付け、展開状態のISの左肩に装備されている大型ライフルを構え、叫ぶ。

 

「そのようなもの、悠長に見せていただかなくて結構ですわ!!」

 

 30km先のオーガコア搭載機すら撃ち抜いた正確無比の光速の一撃を与えようと、セシリアが専用のスコープを被り、引き金を弾く。

 

「目標を射抜きます!!」

 

 蒼い閃光が銃口から迸り、眼前の敵を射抜こうと放たれた。だが………。

 

「フフフッ♪」

「!?」

 

 僅か50cm………セシリアが引き金を弾いたのとほぼ同じタイミングで動いたマリアは、その閃光の一撃を50cm動いただけで回避してしまう。

 

「残念。射的の腕は認めてあげれるけど、実戦では、貴女、使い物にならなくてよ?」

「何を!?」

 

 小馬鹿にしたかのような口調で言い放たれ、頭に血が昇ったセシリアが誤差を修正して再び引き金を弾くが、またしてもその一撃は僅かに動いたマリアには掠りもせず、ただ彼女の後方の壁を穿っていくだけであった。

 

「狙撃の肝はとにかく正確さ。そういう意味では貴女のその精度は理想的よ。しかも誤差を修正する勘も申し分ないわ。でも貴女は勘違いしている………お互いが目視圏内なら、相手だって貴女に狙い撃たれるのをわざわざ待つ必要もないもの」

「?」

「つまり貴女の間違いは『この距離で狙撃しようしていること』よ。わかった? 『セシリアちゃん』?」

 

 頭に血を昇らせたセシリアに、敵であるマリアはわざわざ『どこが悪く、どうするべきなのか?』と笑顔で伝えてくる。

 その笑顔を見た瞬間、セシリアは眼前の敵が自分のことを『敵』ではなく『後輩』としか見ていないこと。つまり自分は何一つ脅威になれていないのだと思い知らされ、それが彼女の中にある、未熟な誇り(憤り)に火を付ける。

 

「馬鹿にしないでください!!」

「止せ、セシリアッ!」

 

 見かねた箒の制止の声も聞かず、セシリアは持っていた大型ライフルを変形させた。

 

「スターライト・アルテミス! モードB!」

 

 大型ライフル『スターライト・アルテミス』の砲身を折りたたみ、射程と威力と精度を抑えた代わりに取り回しと連射性能に優れた三連バルカンが姿を現し、怒りに燃えるセシリアはその砲口をすぐさま、マリアに向けると、躊躇うことなく引き金を弾いた。

 

 戦艦に搭載されたCIWSのような、凄まじいレーザーの嵐が吹き荒れ、瞬く間に秒間数百発で放たれた閃光がマリアに襲い掛かり、勢いあまってモール内の床やら壁やらを蜂の巣にしながら煙幕を吹き上がらせた。

 

「ちょっ! バカセシリア!! 相手見えないでしょうが!!」

 

 だが、敵はともかく味方である自分の視界すらも塞ぐ煙幕に、鈴が抗議の声をプライベートチャンネル越しに放ち、セシリアは思わず正気に戻り、引き金から指を外して様子を伺う。

 セシリアの三連バルカンの速射が止み、静寂が戻ったモール内の煙幕が次第に晴れていく。

 

「今ので………!!」

 

 殴り飛ばされた衝撃から立ち直った一夏が、起き上がって雪片を構えて警戒していたが、セシリアの攻撃を受けたはずのマリアの姿はそこには無く、あったのはレーザーの嵐によって捲れあがった地面だけだった。

 

「敵はッ!」

「何処なんですかッ!?」

 

 すぐさまハイパーセンサーで策的をかけ始める鈴とセシリアだったが、それよりも早く、箒が叫んだ。

 

「上だ! 避けろセシリアッ!!」

「えっ?」

 

 セシリアが反射的に見上げた時、すでにマリアは僅か1mの距離までセシリアに接近してた。

 驚きながらセシリアが銃口を上げようとするが、そんなセシリアの行動を嘲笑うかのように、垂直に落下していたハズの動きを、まるで磁石で釘を吸い付けるかのように急激に真横に動きを変化させるマリア。対峙していたセシリアには、その動きがまるでついていけず、急に視界から消えてなくなったかのように見え、一瞬、棒立ちになってしまう。

 

「あと、相手が接近した時の動きが拙過ぎるわね」

「!!?」

 

 戦慄して呼吸すらも止まってしまう。まるでセシリアの背中にもたれるようにマリアの背中の感触がしたからだ。

 自分の背中越しから聞こえるマリアの声に、セシリアは驚愕のままに、それでも考えるよりも早く動こうとするが、それをいつの間にか左腕に巻かれていた鋼糸が阻んでしまう。

 

「これはっ!!」

「少しの間だけ大人しくしておいてね」

「きゃあああっ!!」

 

 マリアが言葉と共に彼女の全身を鋼糸で雁字搦めにする。腕だけといわず、両足も両肩も首に絡められた鋼糸が、セシリアの動きを完全に封じてしまったのだ。

 

「セシリアッ!」

「ッんのぉぉぉぉっ!!」

 

 そのセシリアの現状を目の当たりにし、一夏と鈴が彼女を助けようとマリアに飛び掛った。

 一夏が雪片を下段に構えながら突っ込み、鈴が龍咆の砲身をマリアに向け、不可視の砲弾を放つ。

 それに対しマリアが動かしたのは、僅かに右手の五本の指だけである。

 

「!?」

 

 動かした内の三本の指が操る糸が、不可視の龍咆の砲弾を一瞬のうちにズタズタに引き裂き、それだけに留まらず空間を引き裂きながら迫って鈴の左肩の龍咆を一瞬で切断してしまう。

 そして突っ込んだ一夏は、彼女の死角、マリアの真後ろを取って渾身の一撃を放とうとするが、その時、一夏の四肢を白式の装甲ごとマリアの鋼糸が切り裂き、血を流しながらバランスを崩して壁に激突してしまった。

 

「!!?」

「一夏ッ!!」

 

 箒が悲鳴に近い声量で彼の名を叫ぶ。

 死角である背後から迫ったはずの、一夏の更に死角から放たれた鋼糸は、彼のISの装甲ごと両手両足を負傷させたのだ。

 

「一夏君? いくらなんでも前から無理だから後ろからっていうのは安直過ぎるわ。最低でもフェイントは二つ挟まないと」

「キサマァッ!!」

「よくもっ!」

 

 一夏が負傷したことに怒りを爆発させた箒と、左肩を損傷しながらも衰えない闘志を見せる鈴は、互いに獲物をもって飛び掛ろうとする………が、それよりも速く、マリアが箒に向かって攻撃を放つ。

 

「!!」

 

 超高速で迫った数本の鋼糸を雨月と空裂の二本の刀で弾いた箒は、自分の現状を思い知らされる。

 

「そうそう、シャルロットちゃんをしっかり守ってね、篠ノ之 箒ちゃん?」

「!!」

 

 自分の背後には鋼糸で十字架に縛られているシャルがいるのだ。しかも今彼女は手元にISを持っていない。生身で鋼糸に切り刻まれれば、擦り傷如きではすまない怪我をシャルが負ってしまうことを、マリアがわざわざ言い放ってきたことに、箒は奥歯をかみ締める。

 

「余所見してんじゃないわよ!!」

 

 だが動いていたのは箒だけではない。両手に双天牙月を構えた鈴は、左右に小刻みにステップしながら近寄ってくる。どうやら先ほどの一夏の迎撃を見て、ただの突撃だけでは接近戦に持ち込めない敵だと確信しているようだ。

 

 微塵の油断もなく、マリアの不意を突こうとする鈴であったが、彼女は一つ大きな思い違いをしていた。

 

「鳳 鈴音ちゃん………私、入学した手の頃の貴女の方が、今の貴女よりも好みなんだけどな?」

 

 マリアは鈴の、遥か想像の上に行く操縦者であったことである。

 正面から左側面に高速で回り込み、横薙ぎで双天牙月を振るう鈴であったが、マリアは瞬時に鈴に間合いを詰め寄り刃を回避し、青龍刀の柄を受け止めると、鈴の手首を取って捻りながら足を払い、彼女を一瞬で地面に叩き付けてしまう。

 

「グッ!!」

「皆にわざと嫌われようとしていた頃の貴女を見ていると、なんだか無性に慰めてあげたくって堪らなかったのよ」

 

 頭を地面に叩きつけられ、意識が混濁する鈴の腕を捻りながら、マリアは鈴を無理やり立ち上がらせた。箒に対する盾のように振る舞い、箒が接近してくることを阻止したのだ。

 そんな鈴の様子を見て、どうするべきか思案する箒だったが、マリアはそんな彼女に考える暇を与えないと言わんばかりに右手を振り上げる。

 

「さっきの三倍の量の鋼糸を放つわ。全部受け止めてね」

「!!」

 

 目に見えない鋼糸を捌くのには箒といえども細心の集中力が必要になる。しかも量は先ほどの三倍………正直、すべて無傷で受けきれるとは思えず、最悪自分が被弾しようともシャルを守る決意を箒はしつつ、両足のビームブレイドを出力する。

 

「来るならば来い! だがお前の糸なぞ、ただの一撃もシャルには通さん!!」

「箒ッ!!」

「その心意気………好きよ、箒ちゃん」

 

 右手を振り下すと同時に、音速を超え、衝撃波(ソニックブーム)を纏いながら迫る十数本の鋼糸。それを自身の四本の刃で全て捌く、あるいはこの身で受け止めようとした箒だったが、そんな彼女の前に、瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使った、黒い影が立ち塞がり、ISの装甲を容易く切り裂いた鋼糸を全て、前に出した右手で空中に『停止』させた。

 

「あら? 流石はドイツの誇る最新鋭IS………いえ、今は篠ノ之束の技術で回収された対オーガコア用ISだったかしら?」

 

 彼女のAICの存在にもさして戸惑いもしないマリアが、今のラウラの姿を見ながらそう褒め称えた新しい彼女のISの姿は、以前のものに比べて、明らかに過激な物に生まれ変わっていた。

 以前のシュヴァルツェア・レーゲンに比べても、明らかに増えた黒い重装甲に、両肩には大容量コンデエンサーを兼ねたフィールド強化装置を備え、両脚部には展開式のビームキャノンを備え、背部には銃口を二つ備えた巨大なキャノンを二門背負っていた。

 

 今までの遠近両用のISから、大火力砲撃型にシフトしたISを纏い薄紫色のバイザーを被ったラウラは、自らが封印していた左眼の封印を解き放ち、オッドアイに僅かな悲しみを乗せて、マリアを見据えながら問い掛ける。

 

「何故なのですか………マリア先輩?」

「そんなに悲しそうな顔をしないでラウラちゃん………私も悲しくなるわ」

 

 言葉とは裏腹に、余裕のある声で、鈴の首を絞めていた左腕を解き、彼女を放り出しながら先ほどと同量の鋼糸を今度は放つ。

 もしこの攻撃が、今までのラウラであったならば、左腕の攻撃に対処できなかっただろう………だが、

 

「無駄です、マリア先輩」

「!?」

 

 冷めた言葉とともに左手を差し出したラウラは、現状不可能であったはずの両手によるAIC展開をあっさりと行った。そこで初めて、微妙にマリアの表情に変化が訪れる。

 

「………両手による、AIC展開………貴女の入学時のデータでは確か不可能だったわよね?」

「人間は日々進歩するモノです先輩………それにこの新しい私のIS『シュヴァルツェ・ソルダート(黒き戦士)』は、私の負荷を軽減するためのサポートOSが搭載されています」

 

 ラウラの手持ちデータが不足していたために過分に憶測で補っていた部分があるマリアであったが、どうやらそれはだいぶ修正するべきだと内心ため息をつく。

 

「そして私の越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)は、貴女の鋼糸といえども完璧に見切れます。他の隊員達とは違い、私と貴女の相性は最悪に近い………無論、貴女の方にとっては」

「………どうやらそのようね」

 

 相手との戦力比を比べ、冷静に告げるラウラの目的は、無論マリアの武装解除にある。

 軍人として訓練を生まれた時かつけてきたとはいえ、自分に親切にしてくれた人を一方的に攻撃できるほど、彼女は非情でも無情でもない。むしろこうやって無言で武装解除をしてほしいと促しているのが彼女の軍人らしかぬ優しさなのだ。

 

「ぐっ………その言い方、ちょっとむかつくわよラウラ」

 

 マリアの足元で息を整えながら起き上がろうとする鈴。千載一遇の仕返しのチャンスをと下からマリアを見上げた彼女であったが、その瞬間、背筋が凍りつく。

 

 ―――薄く口元を歪ませるマリア―――

 

「ラウラッ!」

「ちょっと気がつくのが遅いわ」

 

 言うや否や、ラウラに受け止められていた鋼糸を切り離し、新しい鋼糸を指先から出した彼女は、再び笑顔を取り戻すと、優しい声音でラウラ達に告げる。

 

「確かに私とラウラちゃん、相性が悪いわね………だから、私も……」

 

 瞬間、背筋に走った悪寒を信じて動けない体を無理やり動かした鈴と、鋼糸にがんじがらめになっていたセシリアが、衝撃波で壁際に叩きつけられる。

 

「きゃぁっ!」

「カハッ!」

「セシリア! 鈴ッ!!」

 

 二人の心配するラウラであったが、そんな彼女も、マリアが放った強烈な殺気が突き刺さり、思わずそちらの方を凝視してしまった。

 

 ―――全身から今までとは比べ物にならない量の鋼糸を出す、鬼神の様相を醸し出すマリア―――

 

「本気を出させてもらうわ」

「…………」

 

 その言葉には微塵の驕りも偽りもない、と予感したラウラが目配りを箒に送り、彼女も無言でうなづく。

 確かに、目の前のマリアは、今までのオーガコア操縦者達は一線する「格の違う空気」が存在している。多少の油断はあったのだろうが、それでも彼女の自信の根本を揺るがせる程のものでもない。ラウラにとってこれほどの操縦者に心当たりがあるとすれば陽太か千冬しかいない。

 

「ところで、ラウラちゃん? あなたのその新しいIS………おそらく大火力を用いた砲撃支援型よね?」

「!?」

「嘘が言えない子で良かったわ♪ この狭い空間で、慣れないISに、発揮できない性能………どこまでやれるか、見せて頂戴ね?」

 

 やはり彼女がこの場所にいたことは偶然ではなかった。

 彼女が未完成のショッピングモールを選んだのは、数で劣る彼女でも待ち伏せがしやすく、そのISの能力を最も発揮しやすい場所(シュチエーション)と、対して屋外での、高機動高火力での戦闘を想定している自分達のISが苦手にしている状況を確保するため。しかも、鋼糸に巻かれたシャルは未だ動かせない。これでは自分のISが砲撃しようものなら天井が崩落して生身であるシャルの命が危険に晒される。

 少なくとも今までのオーガコア操縦者にはない、周到な準備とやり口である。その事実にラウラが気を引き締めた瞬間、彼女がその場から音もなく上空へ跳躍した。

 

「!?」

 

 それがISのスラスター噴射による飛行ではなく、鋼糸を使用した独特な高速移動であると越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)を持つラウラが分析するが、その動きは通常のISにはない、空中で壁を蹴って移動するかのような独特(トリッキー)かつ高速な動きであったため、ラウラ達は慣れない相手の動きについていけず、その場で棒立ちになってしまう。

 

「この空間が私に有利に働いてくれている以上、それを最大限利用するのは当然のことよね?」

 

 右手の鋼糸を幾重も重ね合わせ、銀色のランスを生み出したマリアが、斜め上から斬り込んで来る。それを右手のプラズマソードを出力して受け止めるラウラ。互いにランストソードが激しい火花を散らし合わせるが、ラウラはなお、この状況でもマリアに対して問いかける。

 

「教えてください先輩! すべては嘘だったと言うのですか!!」

「ううん。私のついた嘘は身分だけ………貴方が可愛い後輩なのは偽りようがないことよ」

「だったら!!」

「だからこそ」

 

 ラウラのソードを弾き返し、彼女の体勢を崩すと同時に、両手を振り抜き、左右から挟むように斬りかかって来た箒と鈴に鋼糸を放つ。

 咄嗟の事だったが、箒も鈴もなんとか刀と青龍刀で鋼糸を受け止めるが、込められていた力が先程とは桁違いであり、突進した威力を殺すどころか、逆に押し返すほどの力で彼女達を弾き飛ばしてしまう。

 

「くぅぅぅぅっ!!」

「きゃああああっ!!」

 

 箒と鈴が、未完成のショッピングモール内部の店の中にガラスを突き破って転がっていく。

 二人の様子に気を取られそうになるラウラだったが、次の瞬間、滑るような動きで間合いを詰めてきたマリアが振るうランスの猛攻に、両手のプラズマソードで防戦に廻るハメになってしまう。

 

「(速い上に隙がない!! これでは直接AICで捕縛する暇が………)」

「今更、私を捕縛で済ませようだなんて………優しいわね、軍人さん?」

 

完全にラウラの心の内を見透かしたマリアが、十本の指を高速で操り、天井から鋼糸の刃をギロチンのように幾重も落としてくる。その攻撃を飛び退いて回避しようとするラウラだったが、それよりも早くマリアが笑顔で言い放ってきた。

 

「こんなの生身で受けたら命が幾らあっても足りないわね?」

「ッ!?」

 

 後方にいるシャルが瞳を閉じるのを見たラウラは、とっさにスラスターを噴射して後方に下がると、同時に新ISの新機能を全方位に展開する。

 不可視な力場が発生したかと思えば、ラウラとシャルを中心に3mほどの球状の半透明のフィールドが展開され、地面を抉り、破片を吹き飛ばし、さらには落下してきた鋼糸を全て弾き返してしまうのだった。

 

 ウィンウィンと極めて機械的な駆動音をさせながら、両肩のフィールド発生装置が生み出しているフィールドを目の当たりにしたマリアは、初めて一筋の冷や汗を流しながら、目の前のフィールドの正体を言い当てる。

 

「呆れた………AICですら研究中の代物だというのに、篠ノ之束はまさかここまで時代を先行しているだなんて…………」

「……………」

「アクティブ・イナーシャル・リバウンド(慣性反射結界)………さしずめ『AIR』といったところかしら?」

「先輩の見識の深さ、恐れ入ります」

 

 物体の運動慣性を停止させることができる従来のAICに対して、物体と運動慣性そのものを弾き返せる新型のAICとも言えるこの『AIR』は、従来の停止させるのにエネルギーを使用し、かつ行動にも制限が多いAICよりも格段に使用難易度が下がり、更にはAICの効果をすり抜けられるレーザーやビーム兵装にも強い効果が発揮できる使い勝手の良さを持っている優れた代物なのだ。しかも全方位の展開を可能としており、とっさの展開にも対応してくれている。

 攻守共に格段な進化を遂げている、ラウラの新型IS「シュヴァルツェ・ソルダート」だったが、その新型ISを前にしても、マリアの決意は揺るがない。

 

「そのIS、自慢してもいいわよ。ラウラちゃん?」

「いえ、私は!」

「でも………いくら攻守に優れていても、エネルギーは無限じゃない………」

 

 なおも指先の鋼糸が踊る。しかも今度は複数の鋼糸が織り合い、複数のランスを作り上げた。

 

「大規模砲撃で一撃逆転が出来ない以上、エネルギーが消費されない鋼糸で全方位から攻撃され続ければ………フィールドは果たしてどこまで展開していられるのかしらね?」

「クッ!」

 

 一瞬で的確な推測と、この場における最善の戦術を選択してくるマリアに歯軋りしつつも、ラウラはココにきてニヤリと微笑みかける。

 

「いいですよ先輩………もしよろしければ、『時間』が許す限り戦いましょう」

「…………」

 

 その微笑みに怪訝な表情を浮かべるマリアだったが、その意味はすぐに悟る。

 

 ―――血溜りの中で這い蹲っていたはずのあの男の姿、どにもいない―――

 

 自分達が戦い始めてから、この場において二人、いなくてはいけないはずの人間の姿がすでに存在していない事にマリアは気がついたのだ。

 

「………なるほど、そういうことだったの」

 

 そしてそのことを悟ったマリアの表情から、一切の温度が消え去る。

 

「まさか、ココにいる全員を囮にして火鳥陽太を逃がすだなんて………提案者は宗家様ね?」

「いえ。この場にいる全員の総意です。陽太を助ける………それが私達の使命ですから」

「…………」

 

 ラウラに力強く否定され、マリアは無言の表情のまま、されど指先から放つ鋼糸には鋭い殺気を漲らせ、妹のように思っていたラウラに向かって、鋼糸の矛を嵐のようにぶつけるのだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「これでいいわね」

 

 激しい雨が降る中、入り口付近の門の警備をするものが使う小さな施設に、ISで鍵を無理やり壊した楯無は、血塗れの陽太を床に降ろすと、近くにあった救急箱から包帯を出し、さらに足りない分を、ロッカーの中に放り込んであった衣類などを切り裂いて使用し、応急手当を行っていた。

 あらかたの傷の手当を終えた楯無は、失血によって意識を失っている陽太を置き、箒達の援護に向かおうと決意して立ち上がった。

 

「………待て」

「!!」

 

 だが、それを意識を取り戻した陽太が静止する。

 

「初めましてかしら? 私の名前は更識・」

「お前の名前なんざ、どうでもいい」

「どうでもいいって………随分な言い方をしてくれるわね?」

 

 失血によって意識が混濁しているものと思っていたが、あれだけボロボロにされた割には口調がはっきりしている。が、正直この物言いは問題だろとツッコミたくなった楯無だったが、陽太はそんな彼女にさしたる興味も見せずに立ち上がろうとする。

 

「やめなさい。もうすぐここに織斑先生達が来るわ。あの人達の指示を待って」

「俺がアイツに殺されれば、全部話は収まる」

「!!………ちょっと貴方、それ、本気で言ってるの?」

 

 陽太は楯無の問いかけを無視し、動けない身体を気力で無理やり動かして立ち上がると、雨が降りしきる中、再びモール内に戻ろうとする。

 

「駄目よ。死にに行くつもりなら行かせることはできないわ」

 

 だが、今度は楯無が肩を掴んで静止させる。

 

「邪魔するなっ!」

 

 掴んだ手を陽太が振り払うが、やはり怪我の方は重く、上手く身体言うことを聞かないのか、足元がふらついて壁に寄りかかってしまう。 

 

「どいつもコイツ………いらないくせに出しゃばって来るな! 判らないくせに近寄ってくるな! 俺に……これ以上関わるな」

 

 そんなこと本当は思っているわけじゃない。

 皆が自分を心配してくれている。それぐらい感じる心は陽太にもある。だからこそ今の陽太には判らない。

 どうして、こんな自分を、人殺しの自分を、誰も彼も放っておかないのか? どうして傷付けられてまで関わってくるのか?

 ただ、自分はこれ以上誰にも、傷ついても苦しんでも悲しんでもほしくない。だからこれ以上俺に関わるな!

 後悔と苦悩だけで、周囲の人達の気持ちの本質に触れられない陽太の肩を楯無は掴んだ。

 

「火鳥 陽太君」

 

 そして爪が食い込むほどに肩を掴んで無理やり振り向かせると、本気で瞳に怒りを滲ませて、足元も覚束無い半死半生の重症人であることも忘れ、あらん限りの力で彼の鳩尾に拳を突き立てる。

 

「ブフッ!」

 

 鳩尾から衝撃が背中に一瞬でつきぬけ、半秒遅れて競りあがってきた嘔吐感に堪え切れず、胃の中にあったものを吐瀉しながら、膝をつき、あろうことか吐いた物の中に顔ごと突っ込む陽太を、楯無は心底冷たい視線で見下しながら、吐き捨てた。

 

「最悪………いえ最低よ。確かに皆がどうして貴方を助けようとしているのか、理解に苦しむわ」

「ぐっ………」

「だけどね。それでも私は貴方を助けなくちゃいけない。これは突入前の段階で皆で決めていたことだし、何よりも………それが皆の『気持ち』だから」

「………なに…が」

「皆ね。突入の前に、少しだけ織斑先生から話を聞いてたの。貴方が人を殺したってこと」

 

 その言葉は陽太の脳内に電流を走らせる。

 聞いていた? 判ってて自分を助けたのか? とまらない疑問符が頭の中を埋め尽くすが、そんな陽太に楯無はなお言葉を続けた。

 

「それで、皆、突入のときにハイパーセンサー越しに貴方達の言葉を聞いた瞬間、少しだけ動揺が走ったけど、一夏君だけは違った。迷うことなく『助けよう』って言ったわ。『例え陽太が人を殺してても、自分達が陽太を見捨てる理由にはならない』って」

「………織斑……弟が?」

「一夏君も、鳳さんも、オルコットさんも、ボーデヴィッヒさんも、そして箒ちゃんも、皆、傷付きながらでも貴方を助けようとしているのに………貴方はいったい何様!? 自分だけ悲劇の主人公ぶってればさぞ満足でしょうね!? 馬鹿みたいに自分に酔ってお星様にでもなれば、さぞ悔いの無い最後なんでしょうね!!」

 

 それだけ言い残すと、雨の中、外に出た楯無は、ISを展開すると、再び戦場に戻ろうとする。

 

「…………」

 

 無言で未だ蹲っている陽太の方に振り返ると、彼女はようやく怒りを納めた表情で、言い残すように呟いた。

 

「対オーガコア部隊の隊長を誰がやるかって話が出た時、織斑先生が貴方を強く推薦したのにはショックを受けたわ。あの人に遠回しに私よりも貴方の方が強いって言われている気がして、内心傷ついたのよ?」

「………そ……んなこと」

「確かに知ってるわけないわよね………だからこそ覚えておいて。貴方………皆に信頼されてるのよ」

 

 今度こそ、陽太は息が詰まってしまう。

 その言葉に、その言葉が持つ重みと、皆がどういう気持ちで自分を『隊長』に選んだのか? ここにきて、ようやく陽太が思い知る番になる。

 

「皆、貴方を信じてる………貴方を信じて皆が選んだのよ、『隊長』に」

 

 それだけ言い残すと、楯無はすぐさま跳躍して建物の中に飛び込んでいく。

 後に残されたのは、大雨の中、一人地面に這いながらも、顔を上げて凍り付く陽太一人であった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 全方位から放たれる鋼糸のランスの攻撃(ラッシュ)に、ラウラはひたすら歯を食いしばって耐え続ける。

 フィールド維持と越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)の処理にいい加減、脳が焼き切れそうになるが、だが今隙を見せれば、背後にいるシャルに命の危険が迫る。

 

「………だが」

 

 AIRの維持をしながら、目の前で高速で切り結ぶ三機の姿を、ラウラは額から滝のような汗を流しながら見つめ続ける。

 

 マリアはラウラに鋼糸のランスをぶつけ続けながら、箒と鈴相手に、鋼糸を長い棒(ロット)にして応戦しているのだ。しかも二対一の変則的な状況ながら、あろうことか互角かやや優勢に勝負を進めている。

 箒の二本の刀と、鈴の一対の青龍刀が唸る中、マリアの鋼糸の棒(ロット)は巧みに四本の刃を受け止め、捌き、弾き返す。数の劣勢も気にせず、しまいには突きや薙ぎ払いまで加えてくるのだから、操縦者としても恐るべきものが彼女にはあった。

 

「くっ!」

 

 鈴は二本の青龍刀で棒(ロット)を受け止めるが、その瞬間を狙っていたかのように棒(ロット)が一瞬で元の鋼糸に戻り、鈴を縛り上げてしまう。

 

「きゃああああっ!!」

「鈴っ!!」

 

 助けに入ろうとする箒だったが、至近距離から離れた鋼糸の刃がそれを許さず、地面を蹴って後ろに跳躍しながら回避する。更にそんな箒に幾重もの鋼糸が襲い掛かるが、箒も負けじとその全てを刀で捌ききる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ………」

 

 地面に着地し、肩で息をしながら相手の出方を伺う箒。これほどまでの手ごわい相手、彼女も初体験といっていい。どう攻め崩すか見当もつかず、だがこのままだと押し切られるという予感が、箒の背中に冷たい汗を流させる。

 この間もラウラへの熾烈を極める攻撃は続いている。いったいどれほどの鋼糸を同時に操れるというのか、目の前の「怪物」相手に、箒は思わず言葉を漏らしてしまった。

 

「まさか………亡国機業のトップクラスとは、これほどとは………」

「トップクラス?」

 

 だがその言葉が、何故かマリアのツボに入ったのか、急にクスクスと笑い始めてしまう。

 

「フフフッ………ハハハハッ……私が、トップクラス?」

「………何が……そんなにおかしいんだよ?」

 

 その言葉に怒りを覚えたのは、言った箒ではなく、負傷して蹲っていた一夏の方だった。彼は馬鹿にされたという怒りによって痛みを忘れてしまったのか、未だ血が滴る四肢に鞭打って、雪片を構える。

 

「あら、ごめんなさい一夏君! いや、本当に何も知らないんだなって思って………可愛いわね、貴方達は?」

「だからっ!」

「私がトップクラスだと思っているのなら、貴方達は亡国機業と戦うのは止した方がいいわ。これは純粋な忠告」

 

 そしてマリアは、怒りに燃える一夏が凍りつくような一言を口にする。

 

「私はまったくの下っ端よ。そりゃ一番弱いなんてことは言わないけど………私に手も足も出せない貴方達の想像を遥かに絶した能力を持つ人達が、亡国機業にはいるわ」

「!!」

「幹部である『率いる者(ジェネラル)』………私なんて彼女達に比べれば可愛いものよ?」

「は、ハッタリ言ったって…」

「本当よ。すでにラウラちゃんとセシリアちゃんは一度『率いる者(ジェネラル)』と対面してるわね? 彼女たちは操縦者としての次元が私達とは隔絶しているわ………悪い事言わないから、戦うのはお止めなさい。巨大な嵐の前の虫ケラ同然に吹き飛ばされてしまうわよ?」

 

 対オーガコア部隊の面々が息を呑む。

 もしマリアの言葉が本当であるというのであれば、彼女一人に勝てない自分たちでは………嫌な絶望で闘志がもげそうになるが、そこにどこからともなく、女性の声が響き渡る。

 

「そんな女の言葉に踊らされる必要は無いわよ、皆!!」

 

 マリアに向かい、水弾が絶え間なく放たれ、間髪いれずに銀色のクナイが投げつけられる。

 

「(最初と同じ攻撃………芸が無い上に…)そこ!」

 

 鋼糸を自分中心に渦上に巻き上げ、水弾もクナイも全て弾き返し、声のした方向へ間髪いれずに鋼糸を放つマリア………だが、

 

「!?」

 

 建物の屋上にいるISを纏った人影を鋼糸が切り裂くが、あまりに手応えが無さ過ぎる。まるで水を切り裂いたかのように………。

 

「しまったっ!?」

「フフフ……残念でした?」

 

 いつの間にか、背後を取った楯無が首元にクナイを突きつけてくる。視線だけを元の方向に戻すと、そこには大量の『水』だけが取り残されていた。おそらく、水を使った囮(デコイ)を作って注意を引き付けて、自分の死角から間合いを詰めたのだろう。対暗部組織の長ならではの忍者殺法である。

 

「貴女のISで、あんな真似が出来るなんて聞いてませんでしたよ?」

「そりゃ………私だって、隠し事の一つや二つぐらいはあるわよ~」

 

 まるで仲の良い友人同士の会話のようにも聞こえるが、両者の表情には些かの暖かみも含んではいない。

 

「箒ちゃん、今のうちにデュノアさんの鋼糸を斬ってあげ・」

「それは出来ませんわ」

「貴女!?」

「それに………隠し事を持ってしまっているのは私も同じですから」

 

 いち早くシャルを開放して状況を少しでも有利にしようとした楯無だったが、それをマリアが静止する。

 楯無はそんな彼女をとりあえず戦闘不能にしてしまおうと、クナイに力を込めて………。

 

「!?」

「すみません。切り札を切らせてもらいました」

 

 動けないことに気がつく。

 

「目に見えないでしょうが、今、ご当主様を完全不可視の特殊な鋼糸が取り巻いておりますわ」

 

 マリアの言葉に、楯無は自分のISを注意深く観察し、そしてそれが嘘ではない事を目の当たりにする。

 確かに自分の肉眼にもISのハイパーセンサーにも映ってはいないが、確かにわずかづつワイヤーのようなものが装甲を削り取っていた。

 

「ご当主様………降参していただけますか? 私は友達の貴女を傷付けたくないの」

 

 余裕の笑みを浮かべ、楯無に最後通告をするマリアだったが、対暗部組織の長として、IS学園生徒会長として………そして、彼女の学友としての楯無の矜持は、その通告を拒否する道を選ばせる。

 

「相変わらず冗談が上手いわね、フィーナは?」

「そう………そうよ。友達なんていったのは、冗談なのよ楯無?」

 

 一瞬だけ、いつも楯無の冗談を困った表情で返していたフィーナの顔が現れ、そして一瞬で消え去る。

 

「ストリンガーレクイエム!!」

 

 ―――目に見えない無数の鋼糸が乱舞し、鋼鉄のISを一瞬で切り刻む―――

 

 不可視の鋼糸による全方位からの光速乱撃に、楯無の霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)の装甲は一瞬で破壊され、楯無が地面に崩れ落ちる。

 

「楯無姉さんッ!!!!」

 

 崩れ落ちた楯無の姿に、悲鳴に近い絶叫を上げる箒。それが親友の姿がダブり、腹の底からマグマのような耐え難い激情が吹き上げ、彼女を無謀な突撃を選ばせてしまう。

 

「うぁああああああああああっ!!!」

「箒ッ!」

 

 一夏がそれを阻止しようとしたが、初動が遅れてしまい間に合わない。マリアは突撃してくる箒に、先ほど楯無を戦闘不能に追いやったストリンガーレクイエムを再び放とうと構える。

 

 激突しかける箒とマリア………だが、その間に突如として巨大なプラズマ火球が割って入り、両者が一瞬で飛び退いた。

 

「今のは!?」

「ヨウタッ!!」

 

 一夏とシャルの声が重なる中、ISを展開した陽太がゆっくりとした歩みで、戦場に降り立ち、マリアに近寄ってくる。

 彼の姿を見たマリアは、僅かな間呆けた様な表情だったが、すぐさま先ほどまで消えていた狂気の表情を出して、陽太を祝福するように両手を広げた。

 

「ハハハハッ!! よく逃げ出さずに戻ってきたわね、火鳥陽太!!」

「……………」

「皆お前を逃がすために奮戦したというのに、その努力を無に返すなんて、つくづく人のことを踏みにじるのが得意な男ね!!」

 

 マリアは戻ってきた陽太に容赦ない言葉をぶつけるが、もはやマリアの言葉にも動じない陽太は、静かに彼女に問いかけた。

 

「………止めにしよう」

「なに?」

「お前が俺の『仲間』を傷付ける限り、俺はお前を倒さないといけなくなる………だから止めよう」

「……………」

 

 陽太の言葉にマリアは顔を伏せ、反応を示さない。

 

「お前がもし、本当に俺が許せないっていうなら………命はやる。だが今じゃない」

「ヨウタッ!!」

 

 陽太の言葉にシャルが抗議の声を上げるが、今はシャルの声には反応せずにマリアの対応を待つ。

 

「だから………」

「………火鳥 陽太」

 

 そしてようやく顔を上げたマリアは………憤怒に染まった表情で陽太を睨みつけると、叫んだ。

 

「ふざけるなぁ!!! キサマは私を馬鹿にしているのか!!」

「違う………俺は、お前を『倒したくない』」

 

 あくまで非戦を望む発言をする陽太に、とうとうマリアがブチギレる。

 

「それがふざけているんだ!!! 自分がいつでも勝てるかのような物言いは止めろ!!」

 

 両手を振り上げ、マリア必殺のストリンガーレクイエムの体勢を取る。それに対応して、陽太は右手を上げると、ポツリと呟いた。

 

「………この技は、二度と使いたくなかった」

「ストリンガーレクイエム!!!」

 

 楯無を倒したとき以上の衝撃を纏った不可視の鋼糸が、陽太に迫り、包み込んだ。

 

 ―――場に起こる一瞬の静止―――

 

 そして、その静止から時間を進めたのは、マリアの呟きだった。

 

「………嘘だ」

 

 信じたくない。驚愕の現実がマリアの心の内を支配した。呼吸が乱れ、足元が覚束無くなり、眩暈がする。

 

 ―――切り裂かれ、ゆっくりと地面に落下したマリアの左肩の装甲―――

 

「ドイツ娘………もう大丈夫だ。フィールド解け」

「あ、ああ」

 

 まったくの『無傷』の陽太はマリアに背を向け、ラウラ達の方を振り返ると、指示通りフィールドが解かれ、身を守るすべが無くなったシャル目掛けて、指を振るう。

 

「!!」

 

 すると、彼女を縛り付けていた鋼糸がいとも容易く切り裂かれ、シャルは地面に落下してしまった。それを察知していたラウラがちゃんと受け止めるが、シャルも驚愕の事実に理解が追いつかず呆然と陽太の指先に注目する。

 直接目に見る事は出来ないが、それは確かに存在している。

 

「嘘だぁっ!!!」

 

 だが、シャル以上にその事が認められないマリアは、がむしゃらに狙いもつけずにストリンガーレクイエムを三度放つ。

 音速を超えてあらゆる物体を切り裂きながら突き進んでくる不可視の鋼糸だったが、それが陽太に激突した瞬間、『彼の指』がその鋼糸を絡め取り、『そのまま』マリア目掛けて鋼糸を跳ね返してしまう。今度は左肩だけとは言わず、左腕の装甲をズタズタに切り裂いてしまった。

 

「嘘だ、嘘だ、嘘だ!!」

 

 だが左腕を切り裂かれた衝撃もまったく気にせず、狂ったような声をあげながら敵である陽太に詰め寄ると、彼女は陽太の襟首あたりに両手を置くと、彼に詰め寄った。

 

「どうして、お前が『この技』を使える!! 『この技』を使える人間はこの世でただ一人だけだ!! この世でただ一人だけでなくてはならないんだぁぁっ!!!」

 

 マリアの声は答えを予感しながらも、それでも彼女の心は受け入れられず、陽太はそんな彼女にフルフェイス越しに哀れんだ瞳のまま、短く答えた。

 

「お前はもうその答えがわかっている筈だ」

「嘘を言うな!! 『鋼糸返し』を使えるのは、この世でただ一人だけだ!! キサマではない」

「それが答えだ。鋼糸返しが使える人間はただ一人。だからこそ、俺が使える以上………答えは一つだけだ」

 

 マリアの予感がいよいよ現実味を帯び、彼女の声が悲痛なものに変わる。

 

 鋼糸使いの秘伝であり、外部に決して漏れてはならない秘中の奥義である『鋼糸返し』を使える人間をマリアは一人しか知らなかった。

 

 

「俺は………この技をあの女に伝授され………この技であの女を殺した」

 

 マリアが瞳を大きく見開いて、陽太を見つめ………そして彼はゆっくりと答えた。

 

「モミジ・フジオカは俺にこの技を伝授したんだ。自分を『殺させる』ためにな」

 

 

 

 

 

 

 





ついに次回、事実の全容が明かされます




そして



彼女の言葉が、陽太の心を激しく打つ



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

空の流した涙


投稿が遅くて、ホンに申し訳ありません!(汗


ついにマリアとの決着です!

二年前に何があったのか!?


そして、二人の戦いは、衝撃のクライマックスを迎えます


 

 

 

 

 

 

 今から二年半ほど前、オーガコアの反応を掴んだ束の情報の元、スイスの国境付近にISを展開して降り立った俺は、あの女―――モミジ・フジオカと遭遇した。

 人口数百人もいないような小さな町とも言えない村に、似つかわしい血の匂いが充満していた。もしあの場でISを解除してたら、臭いのせいで俺は吐いてたかもしれない。そしてその原因は、確認するまでもなかった。

 

 大地にばら撒かれた人の死体………一体残らずまともな形で残っているものがない。最低でも三つに分断され、正確に何人いて、誰の身体の破片なのかわからないような状態でばら撒かれていたのだ。せり上がって来る嘔吐感を無理やりこらえながら、俺は人の血で作られた惨劇場の中心に近寄る。

 

「あら、良かった~~」

 

 場に似つかわしい間の抜けた声が聞こえてくるが、逆にそれが不気味さを倍増させる。

 

 そこにいた女………展開状態のISを纏いながらも、肌も髪もISの装甲すらも、たった今斬り落としたと思われる人の生首から溢れ出る返り血で、全身くまなく真っ赤に濡らしていた………もう見るからに尋常な状態ではないことが分かったが、それ以上に恐ろしくなったのは、目の前の女は………。

 

「見たことがない、ISさんね~~~。しかも私のオーガコアが言ってるわ。『強い敵』だって」

 

 世間話をするように明るい笑顔のまま、斬り落とした生首の肉を口で噛み切り、くちゃくちゃと喰らっていたのだ。

 両手のヴォルケーノの銃口を構えながら、まっすぐに目の前の相手を睨み付けながら俺は問いかけた。

 

「ここの連中を………お前が殺したのか?」

「!?………その声! 貴方、男の子ね!!」

 

 だが、目の前の女は俺の質問を無視して、俺が男だと分かった途端、今まで以上に嬉しそうにな笑顔を浮かべながら、近寄ってくる。

 

「どの国家機関にも所属しない、オーガコアを狩る正体不明のIS………噂では男と言われ、ついた通り名が『正体不明の男操縦者(ミスターネムレス)』………貴方に会いたかったの~」

「何ッ?」

 

 ならばこの惨劇は罠か? 自分を誘き寄せるためだけにこれだけの人間を殺したのか? 吐き気は引っ込み、代わりに怒りが込み上げ来るが、次の瞬間、目の前の女の言った言葉は俺の予想を完全に裏切るものだった。

 

「早く、私を殺して頂戴」

「………はぁ?」

 

 突然何を暢気な声で言い出すこの女? 疑問符が頭の中でグルグルと渦巻くが、そんな俺を見かねたのか、女はもう一度同じことを口にする。

 

「早く、私を殺して頂戴」

「………いや」

「今、ちょうど殺したてだから、私も衝動を抑えられるし、私を回収する奴等も来てない。だから早く私を殺して」

「………ちょ、ちょっと待て!!」

「ダメよ。私もいつまで抑えきれるか解らないの」

 

 何を言っているのかまるで分からない俺に、女は先ほどの背筋が凍りつく様な笑顔ではなく、必死な形相をして自分の死を懇願してくる。

 

「私が私でいられるウチに! 早くッ!!」

 

 さっきとは違う。これがこの女の本当の表情だ。それが分かってしまっただけに、俺はどうするべきか迷い、女に攻撃するのに躊躇してしまう。

 だが、女は後炉に振り返り何かに感づくと、俺に小さな紙切れを押し付けてその場を飛び去ってしまった。

 後に残された俺の手には、小さな紙切れとそこに書かれた文字と数字………おそらく、何処かの店なのだろう………何が起こっているのか、理解できないでいた俺だったが、ISのハイパーセンサーは群れを成して上空から近づいてくるヘリの存在を示し、俺は慌ててステルスモードでその場を離脱する。

 

「スイスの国軍?………どっちにしろ…」

 

 あの女を追ってきた、もしくは回収しに来た。

 どちらにしろ、俺は手の平に残された紙切れに示された場所にいく必要がある。判らない事だらけな故に、何があるのか、何故あの女が俺に自分を殺してくれと願い出たのか、その真相を知るために、俺は罠かもしれない場所へと足を向けた。

 

 明くる日、通信越しにガミガミ言ってくる束を無視した俺は、紙切れに示された場所に足を踏み込んだ。

 

 場所は、とある街中のオープンカフェだった。しかも女は、真紅の血で濡れていないスカイブルーの美しく長い髪に真っ白い私服のまま、あれだけの虐殺を働いていたにも関わらず、何も気にする様子もなく、コーヒーを飲みながら足元に寄ってきた猫に餌をやっている。その姿に俺は苦々しい表情を浮かべて、女に断ることもなく前の座敷に腰を下ろした。

 俺が腰を下ろした時の音に驚いたのか、女の足元の猫は驚いて何処かに逃げ出してしまう。だが女は走り去っていく猫に向かって手を振ると、目の前に座った俺に振り向かずにいきなり聞いてくる。

 

「まさか、ここまで若い男の子だったなんて………さてと、それじゃあ私をどこで殺してくれるの?」

「いや………だから、お前…」

 

 どうして、この女はここまで早急に死にたがっているのか?

 思わず聞こうとした俺よりも早く、女は明後日の方向を見つめながら、話し始めた。

 

「私はもうすぐ自分ではなくなってしまう」

「?」

 

 微妙に震えている手を見つめながら、女は笑顔で振り返った。

 

「私のISに私は取り込まれそうなの………こうやって普通に話していても、頭の中で『人を殺せ』ってエンドレスで囁いている」

「!?………今すぐ、ISを手放せ!!」

「無理よ」

 

 そういって、女は首の裾を捲り上げる。そしてそこには俺の想像を超えた物があった。

 

 ―――肉体に癒着している待機状態のIS―――

 

「長い間操縦者と同調(シンクロ)しているオーガコアは、宿主をゆっくりと取り込もうとするのね………自分でも命を断とうしたんだけど、この子(IS)も判っているわ。私の命に危険が及ぶと呼んでもいないのに勝手に展開しちゃってさ………」

「外科手術で………」

「無理よ。政府機関に黙って医者に見せたけど、癒着したISの機構が神経のように体のあちこちにまで伸びてるそうよ。それに、そんなことを黙ってこの子(IS)が見逃すと思う?」

 

 外部からの刺激を受ければオーガコアが暴走する可能性は大である。だがこのまま手をこまねいていれば、遠くない未来においてこの女は確実に壊れてしまうだろう。

 そして以前、束からも聞かされていたことだ。物理融合を果たしてしまえば、たとえ自分でも、もう切除することは出来ないと………。

 だからこそ、あの時の俺にはわからなかった。

 

「どうして………それで、お前は笑ってられるんだよ!?」

 

 その質問にすら、女は笑顔を崩すことなく、こう答えた。

 

「見つけたからよ………私の願いを叶えてくれる、たった一人の『希望』を」

 

 やはり、俺にはこの女の言うことが判らない。どうして今から死ぬことが、そして自分を殺す俺がお前の希望なのか? 

 そんな判らないことだらけの俺を置いて、女はまた別の紙切れをテーブルの上において、こう言い残して席を立つ。

 

「一週間後、また別の任務で国外の村を襲うわ。目的は私のISと性能実験………お願い。それまでに私を止めてね」

 

 返事もできずに紙切れを見つめる俺を置いて去っていた女を殺せるのか?

 結局俺はその事に答えが出せないまま、一週間後、俺は残された紙切れに書かれた場所へと足を踏み入れることになった。

 

 その日も、分厚い雨雲が土砂降りの雨を降らせていた。まるで俺のその後を暗示しているかのように………。

 

 後から分かったことだが、どうやらスイス政府は裏で亡国機業(ファントム・タスク)と一枚噛んでいたという事。そしてモミジ・フジオカがオーガコアに取り込まれているのは意図的なことで、詰まる所、オーガコアの支配力に対する耐性を持つ彼女のパーソナルデータをフィードバックすることで、より安定した運用を行えるようになる。

 スイス政府にしても、各国に先駆けてオーガコアの運用に漕ぎ着ければ、ヨーロッパにおいての発言権は不動の物となり、更には世界に名を轟かす大国にのし上がることも夢ではない。

 

 つまり、奴等にしてみれば、国の利益になるために虐殺される人々も、悪鬼の声と人殺しの罪悪感に蝕まれ続ける操縦者の心の悲鳴も、どうでもいいことなのだ。

 

 降り続く雨の中、他人に自分の体も心も弄ばれ続けるモミジ・フジオカと俺の死闘は一時間以上続いていた。

 

「はぁー、はぁー、はぁー………」

 

 装甲を幾つか切り刻まれ、白いボディを血で濡らしながらもフレイムソードにプラズマ火炎を纏わせて構えた俺は、同じように全身を負傷しつつも鋼糸を構えているモミジ・フジオカに質問を投げかける。

 

「どうしてだ?」

「はぁー、はぁー、はぁー……何が?」

「どうして俺が希望なんだ!?」

 

 モミジ・フジオカと俺が同時に地面を蹴り、高速で斬り結び合う。一見出鱈目に振るわれているように見えるフレイムソードが、目に見えない速度で迫る鋼糸全てを弾き返す。

 

「貴方が強い操縦者だから!」

「強いだけなら俺以外でもいるだろうが!!」

 

 右の太腿と肩をやられ、血が噴出したが気にしない。激しさを増した嵐の斬撃を鋼糸の防壁にぶつけながら、なおも言葉を続ける。

 

「そしてもう一つ!」

「!?」

 

 だが、一瞬の緩急の隙を突いてフレイムソードを弾き飛ばされる。後方に突き刺さったブレードを拾いに下がろうかと躊躇した俺だったが、モミジ・フジオカはそれを許さず、一瞬で奴の鋼糸が俺の首に巻きつけられてしまった。

 

「貴方は私を殺せるチャンスを見逃してくれたわ」

「それは………ただ…」

「あの後ね、私、会ってきたのよ」

 

 誰に? そう問いかけようとした俺の言葉がわかっていたのか、モミジ・フジオカは笑顔で答える。

 

「妹………私のたった一人の家族」

「!?」

「そして会って理解した………私はもう限界ギリギリ。妹を一目見た瞬間にこの鋼糸で八つ裂きにしかけてしまった………いえ、頭の中で実際にしてしまったわ。そして悟ったの。私は実験のために人を殺しているんじゃない………自分の自我を保つために人を殺しているということに」

 

 その時、モミジ・フジオカの形相は今でも忘れない。

 

 右の顔で、薄く笑い、頬についた血の感触を楽しみ、左の顔で、瞳から涙を流しながら深い悔恨に苛まれている。

 

「お願い………もう私は耐えられない。人を殺すことに………人を殺さないと自分を保てない自分自身に」

「!?」

「お願い………私を解放して! 貴方にしかできないの!!」

 

 雨に濡れた鋼糸にいくつもの水滴がついては落ちる。まるでそれが目の前の女の涙であるかのように………そして俺も悟った。

 

 彼女を開放してやれるのが、この世で俺一人だけなのだと………。

 

「………わかった」

「………ありがとう」

 

 一粒の涙が彼女の左目から流れ、地面に零れ落ちた。

 俺の指が鋼糸に触れる。モミジ・フジオカの右手が同時に揺れ………。

 

 

 

 

 ―――透明な雨の中に、真っ赤な花が一輪咲き誇った―――

 

 

 

 

 胸の合間を切り裂かれ、ゆっくりと崩れ落ちるモミジ・フジオカを俺は抱きとめる。

 切り裂かれた胸から大量の出血をさせながら、それでも彼女は微笑みながら何とか言葉を発する。

 

「ひ、秘伝の………鋼糸返し……まさか一時間で習得されちゃうなんて……思ってなかったな」

「………アンタが手加減してくれなかったら覚える暇なんてなかったよ」

 

 彼女の手が俺の手に触れ、そして彼女の首元に向けられた。

 

 わかっている。『コイツ』を彼女から引き離さないと、彼女の苦しみは永遠に終わることないということに。

 わかっている。『コイツ』を彼女から引き離せば、生命維持ができなくなり、彼女の命が失われてしまうことに。

 

「そ、その技………で、出来たらで、い、いいから……覚えておいてね?」

「お前がいなくなれば永遠に使う必要はない」

 

 そして最後に彼女は、展開状態のISの上から、俺の頬に触れながら、微笑みながら目を閉じて言った。

 

 

 

 

「ありがとう、そして………さようなら………………私の苦しみを終わらせてくれた…………心優しい空の王」

 

 

 

 

 再び咲いた真っ赤………。

 

 

 血塗れの手でオーガコアを握り締め、天を仰ぎながら、俺は思った。

 

 

 

 

 結局………俺に出来たのは、壊れる前の彼女を殺すことだけだったということを………。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「………今でも思う………」

 

 静まり返ったショッピングモールで、陽太の声だけが木霊する。

 シャルも、一夏も、箒も楯無もセシリアも鈴もラウラも聞かされた真相に言葉も出ない。

 

「俺には………もっと別の選択肢があって、ひょっとしたら彼女を救えたんじゃないのかって………」

 

 もし、たら、れば………言い出したらキリがない。だがそれでもあの時の行動が最善であったとはとても思えない陽太は、ずっと彼女の死を引きずっていたのだ。

 

「じゃ、じゃあ………フィーナ先輩のお姉さんの仇っていうのは……」

「間違ってない………彼女を殺したのは俺だ…………なら俺が仇だ」

 

 我慢できずに問いかけたシャルの言葉に、陽太は迷うことなく言い返す。

 

 だがシャルにしてみれば、そんなのはあまりに哀し過ぎる。陽太は彼女を救ったのではないのか?

 苦しみ続けていた彼女の命を絶ったことを良かったこととは決して言わない。だが、それでも彼女の苦しみを解き放った陽太が、どうしてフィーナの仇にならないといけないのか? それでどうして陽太が苦しみ続けていないといけないのか?

 

 これでは理不尽すぎる。もっと他に罰するべき者がいるはずだ。

 

「悪いのは………スイスの政府と、亡国機業(ファントム・タスク)じゃないか!」

「そうだ陽太! お前は………」

 

 シャルと一夏が、これ以上、陽太に罪悪感を持つ必要はないと言い掛けるが、それを陽太自身が怒鳴り声で遮る。

 

「黙れぇっ!!!!」

「「!!」」

「例え………モミジ・フジオカを利用したのがスイス政府と亡国機業(ファントム・タスク)だったとしても、俺が殺したことには変わりない!………そして、例え政府と亡国をぶっ潰しても……モミジ・フジオカは蘇らない」

 

 陽太が一歩前に出て、マリアに近づく。

 

「そうだ………死んだら、終わりだ………もう二度と会えない。声も聞こえない………謝る事さえ………できない」

 

 その搾り出すような陽太の声に、マリアは伏せていた表情を上げると………。

 

「クックックッ………ハハハハハッハハハハハハッ!!! キャハハハハハハッ、イヒヒヒヒッ………作り話はそれでおしまい?」

 

 その瞳に一層強い憎悪と嫌悪感を漲らせ、鋼糸を地面にたたきつけて叫んだ。

 

「そんな三流の作り話で私の同情心でも買おうとしたの!! 笑えないわ」

「……………俺は」

「黙れ!!」

 

 陽太の足元を鋼糸が切り裂く。

 

「黙れ! 黙れ!………黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れェッ!!!!」

 

 何度も何度も何度も………狂ったようにマリアは鋼糸をモール内で振り回し続ける。狙いを定めずに振り回し続ける鋼糸に危険を感じたのか、一夏達は一旦後方に飛び退いて退避するが、陽太だけがその場から一歩も動かず、まるで彼女の怒鳴り声を受け止めるようにたたずみ続ける。

 

「私は認めない! 亡国機業(ファントム・タスク)は、行き場を失くした私に生きる場所と仲間と戦う力をくれたんだ!! それが実は仇でした? それを仇の口から聞かされて私が納得すると思うの!?」

「………俺はアンタには嘘をつきたくはない」

「それが嘘だって言うのよ!!」

 

 振り回し続ける鋼糸を陽太にぶつけるが、鋼糸返しが陽太の身を守り、彼は自分のコントロールに納めた鋼糸で、マリアの鋼糸を弾き返し、ついには絡め取ってしまう。

 

「認めるもんですか! お前が仇だ! お前が私の敵なんだ! 敵だ敵だ敵だ敵なんだぁぁぁぁっ!!!!」

 

 自分の二年を、悲しみと苦しみの二年を………敵のコイツに否定されてたまるか!!

 怒りと憎しみと悲しみと憤りと色々な感情が混ざり合ったマリアは、渾身の一撃を放つ………自分自身の二年間のありったけを込めて………。

 

「ストリンガーレクイエム!!!」

 

 マリアの指が超音速の連撃を放つ。

 

「…………」

 

 だが、そんなマリアの一撃を、あまりにもあっさりと陽太は跳ね返し、マリアのISを見るも木っ端微塵にしてしまうのだった。待機状態に強制的に戻り、彼女とは別々に地面に落ちるオーガコア………。

 

「(ウソ………なによコレ? まるで私が相手にならない………ううん、まるでモミジ姉さんの鋼糸返しを受けているみたいじゃない!?)」

 

 認めたくなかった。それだけは認めたくなかった。もし認めてしまえば、最愛の姉が、自分を何よりも大事に愛して育ててくれた姉が、自分を裏切っていたことになるではないか!?

 

 それでは、まるで、仇の話が本当にあったことみたいではないか。

 

 これでは、まるで、自分の二年間が無意味に終わってしまうではないか?

 

「認めてたまるか………認めて………たまるか!!!」

 

 地面に崩れ落ちながら、マリアは強制的に待機状態に戻らされたオーガコアのリミッターを解除しようと、手を伸ばす。

 自分への侵食を抑えるオーガコアのリミッターを解除すれば、今の自分なら確実に醜い化け物に成り果てるだろう。

 だがそれでいい。このまま仇を前にして何も出来ずに終わってしまうなど、殺されるよりも遥かに屈辱的だ。なら、いっそのこと化け物になって暴れ回って、火鳥陽太だけは殺して、後は他の人間に殺されてもいいではないか!?

 

 絶望の中に差し込んだ一条の希望のように思えた、恐ろしい考えだったが、それにいち早く気がついた人物がいた。

 

「!!………ッッ馬鹿野郎ォォォォッ!!!」

 

 目の前の陽太は待機状態のオーガコアを蹴り飛ばすと、フレイムソードを抜き、回収を優先されていることすら忘れ、全力で燃やし尽くしにかかる。

 

「やめ・」

「フェニックス・ファイブレードォッ!!!」

 

 マリアの目の前で、彼女の最後の希望が、炎の不死鳥によって一瞬で蒸発してしまう。紅蓮の不死鳥は悪しき魂を銜え込むとモールの天井を突き破り、大雨の空の中に消えていく。

 

「アアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

 自分の希望が………敵討ちをするための最後の力が………燃やされた。燃やされてしまった………憎い、憎い仇に………。

 その光景を呆然と見つめていたマリアに、陽太は初めて烈火の如き怒りをぶつけた。

 

「お前の姉貴と同じ結末になる気か!!」

 

 もう少しで、またあの時のようなことを繰り返しかけた。もう二度と繰り返したくないと思っていたあの日を繰り返しかけたという憤りをぶつける陽太だったが………。

 

 そんな陽太の言葉に、マリアは何も答えず、よろよろと起き上がると、憎しみと悲しみと憤りと切なさが入り混じった表情で、泣きながら陽太に近寄ってくる。

 

「………返せェ」

「!?」

 

 途中、崩れた瓦礫の中に混じっていた鉄パイプを拾い上げ、弱々しい力でブレイズブレードの装甲を叩くマリア………鋼糸と比べることも出来ないほど力がなく、決してISの装甲を傷つけることは出来ないだろう。

 

 だが、その言葉が、陽太の心を、何よりも抉った。

 

「返せぇ………かえせぇ………かえしてよぉ!!……姉さんを………」

「…………」

 

 鉄パイプを打つ力もなくし、鉄パイプが手から離れてしまうが、だがマリアはそれでも握り拳をつくって陽太を叩き続ける。

 

「お姉ちゃんを……モミジおねえちゃんをかえせ!!」

 

 そして彼女は、涙を流し、まるで感情の行き場を失った幼子のような口調で、陽太に決定的な一言を言い放った。

 

「おねえちゃんをかえせ!! この………人殺しッ!」

 

 鋼糸よりも、何よりも、彼の胸を穿つ、その言葉を………。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

  

 現場に千冬達が到着したのは、決着がついて約5分後のことだった。

 さすがにこれだけ大暴れしたためか、そこにはIS学園の職員だけではなく、警察や消防官、そして少なくない日本政府の関係者などが多数詰め寄ってきた。警察や消防官は近隣に住んでいる人間の通報、政府関係者はIS学園からの関係であろう。

 

 先程の弱弱しいマリアが陽太に詰め寄っていた姿………それは一夏達にも大きな衝撃を与えていた。

 

 マリアに負わされた傷を千冬に同行していた真耶に応急処置を施されている間、彼自身の価値観に大きな衝撃を与えた光景のことを思い出してた。

 

 ―――幼い少女のように泣きながら陽太に「人殺し」という言葉をぶつけたマリア―――

 

 その光景は、陽太だけでない。シャルに、一夏達にも言いようのない物悲しさだけを伝えたのだ。

 

 彼女の取った行動を、誰もが正しいとは言わないだろう。

 そのために姉を殺したオーガコアに手を出したことを正解だったとは思えない。

 

 だが、目の前で、ISを纏った陽太を握り拳で叩き続けるマリアを、大事な家族を理不尽に奪われてしまった彼女の全てを、誰が間違っていると言えるのだ?

 少なくとも、彼女の姿を見ている者達には、そんな正論は、ただの傲慢にしか聞こえない。奪われた「家族」の心をなんら助けるものではない。 

 

 そこには、一方的な正義も、悪もない。

 結果的に奪った者、奪われてしまった者がいただけだ。

 

「……………」

 

 陽太が取った行動を間違いだとは思えない………彼だって好きでそれを行ったわけではないのだから。

 では、マリアが間違いなのか? 彼女が間違っていたのか?

 

「俺は………何のためにここにきたんだ?」

「一夏さん……」

 

 隣で同じように処置されていたセシリア達も同じ気持ちだった。

 結局、自分達はまた、何一つできずに終わってしまった。陽太を助けることも、マリアを止めることもできない。あったのは、ただ真実すらも救いにならない二人が傷つけあった姿だけだったのだ。

 

 それに、今の陽太の背中を見ると、心に鋭い痛みが走って仕方ない。

 そこにはもう、普段の傲慢にも思える自信家の姿などどこにもない。自分が目指している強い操縦者の姿すらいない。

 

 あるのはただ、途方に暮れているように、孤独に佇む少年だけだ。

 

「………フィーナ」

「楯無姉さん………」

 

 救急車の担架に乗せられた楯無と、彼女の付き添いとして同乗する箒だったが、二人にしても先程のマリアの姿は衝撃的だった。

 

 千冬に腕を引かれ、拘束されて連れて行かれる時もマリアは反抗すらもしなかった。だが、ただ泣き続けていたのだ。「おねえちゃん、おねえちゃん」と………。

 それは妹を持つ楯無と、姉を持つ箒の二人には堪らない光景だった。

 

「箒ちゃん………」

「はい………」

 

 揺れる救急車の車内で、楯無はポツリと言葉を漏らす。

 

「陽太君とフィーナ………何があの二人の救いになるのかしらね?」

「……………」

 

 箒はその問いに答えることすらできずに、ただ自分の腕に巻かれた待機状態の紅椿を見つめ続けるだけだった。

 

 大勢の人間で騒がしく行きかう中、ずぶ濡れの体を温めるために毛布をかけられたシャルは、瓦礫の上に座りながらただ、陽太の背中を見て、涙を流していた。

 

 そこには、自分が空けた天井から降り注ぐ雨に、ひたすら打たれ続ける陽太の姿があった………展開中のISを解除することすらなく、雨に打たれているその姿には、いつもの戦っている時の覇気や頼もしさなどどこにもない。

 雨に濡れるブレイズブレードは、何処か、涙を流しているかのようにも思える。

 そんな彼に自分がなんと言葉を掛けていいのかわからず、そしてそんな情けない自分自身に腹が立って余計に涙が溢れてくる。

 

「(ごめん、ヨウタ………ごめんなさい、ヨウタァ………」

 

 ただ心の中で謝罪し続けるシャルの目には、雨に打たれ続けるブレイズブレードの背中は………。

 

 

 

 どこか、初めて会った時の、どこにも行き場所がなくなって、途方に暮れている幼い陽太が映っていたのだった………。

 

 

 

 

 

 

 

 





「何があの二人の救いになるのか?」

楯無さんがつぶやいたその言葉は、私も思うところです。

さて、暗い話ですがまだ続きます(汗
武力による決着はつきましたが、二人の間の決着は、本当の意味でこれからです



次回予告

ただ真綿のように罪が自分の首を締め上げ、どこにも行き場所をなくしてしまった少年………。

だが少年(咎人)は知らない

振り返ればそこに「光」があることが。

こんなにも、こんなにも暖かく、見守り続けているということを………。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

彼女の声



最近投稿が遅れがちでホント、ホント申し訳ありません





 

 

 

 

 

 消毒液とコーヒーの二つの似合いが混じる、独特な空間を持っているIS学園の保健室の中で、目元を真っ赤に腫らしたシャルロットはうなだれながら、陽太の手を握り締め続ける。

 

「う………ぁぁ……」

 

 負傷の治療はすでに完了していた。だが、陽太はベッドの上でうなされ、苦しみながら意識を失っている。

 

 

 マリア・フジオカとの戦いが終わった後、まるで糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた陽太………シャルが泣きながら縋り付き、一夏達が必死に呼びかけるが、彼は返事を返すことはなく、ただその意識を深い闇の底に沈めてしまったのだった。

 

 その後、大急ぎでIS学園に搬送された陽太を診察したカールの診断結果は、『外傷による細菌感染ではなく、栄養失調と睡眠不足と精神的疲労による発熱』というものだった。

 特別、命に別状はなく、マリアに切り裂かれた裂傷も楯無の応急処置が良かったことが甲を制したようだ。

 だが、どうやらシャルとの模擬戦が決まった日から、ほとんど飲まず食わずで寝てもいなかったようで、なぜそんなことをしたのかと聞き返そうとしたシャルだったが、カールは短くこう一言言い放つ。

 

『それだけ………君と戦えるかが、彼には大きな問題だった……ということか』

 

 その言葉を聴いた瞬間、シャルは自分の浅はかさを呪った。

 

「ヨウタは私と戦いたくなかったのに………戦わせないように必死に頑張ってくれてたのに………!!」

 

 どうして、どうして、自分はそんな彼のことを追い詰めてしまったのだろう?

 どうして、どうして、こんなにも自分は愚かで、浅はかで………。

 

 どうして、どうして、どうして………一人ぼっちで立ち尽くす彼を、助けてあげられないのだろうか?

 

 夜の暗闇の中を陽太の荒いうめき声が響き、彼の汗をタオルで拭きながら、献身的に介護するシャルだったが、それ以上のことができない自分自身がもどかしくてたまらない。

 

 何をどうすればいいのか?

 何をどうしてあげれば、目の前で今も苦しんでいるこの人を支えてあげられるのだろうか?

 

 彼女にその答えを与えてくれる者は、誰一人としていなかった………。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 陽太が気がつくと、なぜかそこは映画館の座席で、自分以外誰もいない場所で一人座り続けていた。

 

「?」

 

 なぜ、自分はこんなところにいるのだろうか? そんな疑問が頭の中をよぎる中、突然明かり消え、スクリーンの幕が上がる。

 そして、古い映写機が動く音がしたかと思えば、古ぼけた映像で、陽太が良く知る映像を写し始めたのだ。

 

 

 

 シャルの手に引かれて、やってきた彼女の家……そして、そこで待っていたのは………。

 

「良く来たわね! 待ってたわよ~!」

 

 少女をそのまま大人にしたような容姿。美しい金色の長髪と、藍色のワンピースの上に白いエプロンをしただけという、いたってシンプルな主婦の姿で、シャルの母親-エルーは、幼い陽太を注意深く観察する。

 

 当時の陽太は、大人といえば自分を殴るものだと思い込んでいたため、一目散に逃げ出そうとしていたが、それも少女と母親の両方の手で押さえつけれており、脱出は不可能であった。

 

「うん! 眼はまだ綺麗ね。卑屈になってたらどうしようかと思ってたわ!」

 

 だが、少女の母親が下した言葉は、少年には理解できないことであった……眼が綺麗?、卑屈?

 

「よし! シャル! まずはお風呂!、次に散髪よ!!」

「は~~~い!!」

 

 シャルが嬉しそうに手をあげるが、現状の飲み込みが未だに出来ていない陽太にしてみれば、これから何をされるのかと、戦々恐々として半泣きになってしまう。

 それを見たエルーは、怒った表情で、陽太と同じぐらいの視線まで下げると、強い意志を込めた眼差しで陽太を見つめる。

 

「逃げない! 自分の人生は自分でどうにかしないと、結局は不幸になっちゃうのよ!!………だけど、今日は大丈夫。おばさんが一から貴方を鍛えなおしてあげるから…」

「い、いいです……ボクは…」

「遠慮禁止! 始めるわよシャル!!」

「は~い!!」

 

 言うや否や、家の中に引っ張り込まれる陽太………そして彼は生まれて初めて…

 

「よし! 服を脱ぐ!!」

「ええ!?」

「出来ないの!?………シャル!! お母さんと一緒に服を脱がせるわよ!!」

「は~~~い!!」

 

 生まれて初めて『女性のまで全裸にされる』という屈辱を味わうことになるのだった。

 

 

 

 そしてシャルが陽太を家に呼び入れた初めての日の夜のこと。

 友達を家に泊めるのは初めてとはしゃぐシャルと、ほとんど未体験といっていい優しい扱いに戸惑う陽太。そしてそんな二人を心底楽しそうに見つめる母親のエルーという構図で、夕食も大騒ぎしながら食べた後、シャルははしゃぎ疲れて最初に眠りに落ちてしまう。ベッドの上に母親によって寝かされたシャルは、幸せそうな寝顔を浮かべていた。

 

 その光景をどこか遠い目で眺めていた陽太であったが、エルーはそんな陽太を手招きして呼び寄せる。

 

「おいで陽太………」

「は、はい………」

 

 まだどこか怯えた表情になる陽太にエルーはどこか困ったような笑顔を浮かべ、優しく頭を撫でながら諭してくれる。

 

「そんなビクビクしなくても取って食べたりしないのに………」

「あ、あの………」

「ん、どうしたの?」

「き、きょ、今日は、ああ、ありがとうございました………ボクは…その……これで…」

 

 シャルとエルーの二人には本当に感謝しているが、陽太はここにいるのがなんだか悪い気がしてならず、夜も遅いというのに家から出て行こうとする。

 

「ちょいさっ!」

「イダッ!」

 

だが、そんな陽太の頭にエルーはチョップを一発かまし、更に怒った表情で陽太を捕まえる。

 

「遠慮禁止っ! 子供がこんな時間に何を言ってるの!?」

「だ、だけど……僕は…」

「この国の子じゃないから?」

「!!?」

「親がいないから?」

「そ………それは……」

「一人ぼっちだから?」

「僕は……」

 

 陽太の胸の内を、いっそのこと気持ちのいいくらいにズバズバ抉ってくるエルーであったが、彼女の目には嘲りも差別も存在してはない。

 ただまっすぐな気持ちで彼女は大人として子供に接してくる。

 

「だから優しくされちゃいけないの? だからいじめられても当然なの? だから一人ぼっちなのも当然?……………ぜんぜん違うわ」

「……………」

「辛いなら言ってもいいの、寂しいなら言ってもいいの、怖いなら言ってもいいの、悲しいなら言ってもいいの………」

「……………」

「私は貴方のことが知りたい。大丈夫、ちゃんと私は貴方の話を聞くわ」

 

 そして彼女は、目の前の幼子を優しく抱きしめた。

 

「だから私に教えて………貴方の本当の気持ち……」

「ボク………は………ボクは…」

 

 震える肩、熱くなってくる目頭、その時陽太は生まれて初めてありのままの気持ちを誰かに語ってみた。

 

「わかんない……全然わかんない! なんで皆と違うのかも、皆がなんでボクをいじめるのかも! なんでお父さんもお母さんもいないのかも!!………なんで! なんで! なんで!!」

 

 嗚咽が混じり始め、自分でも制御できなくなる気持ち。なぜ自分と皆が違うのか、一緒ではないのか?

 物心ついた瞬間からすでに始まっていた差別に、陽太はどうしたらいいのかわからず、ずっと翻弄され続けていた。

 

 そんな陽太を見ながら、エルーは彼の額に優しくキスをする。

 

「私のお母さんが教えてくれたの。大切なものにはキスをしなさいって………シャルにも教えているわ」

 

 もう一度、キスをしたエルーは泣きそうになっていた陽太の額に、自分の額を当てながら、今まで聞いてきた中で一番優しい声色で目の前の少年に告げてくれた。

 

「偉いわ陽太、よく頑張ったわね………だけどもう大丈夫。安心して、貴方は一人じゃないの」

 

その言葉に、陽太の中にあった何かが完全に壊れる音が、彼の中だけで聞こえた。

 

「貴方は一人じゃない…………」

 

 その時の気持ちを言い表す言葉を未だに陽太は持っていなかった。

 だけど、あの日の陽太は………エルーの胸の中で、生れ落ちた時と同じぐらいに……本気で心の底から泣いた。

 泣き疲れてエルーの腕の中で眠りに落ちるまで………。

 

 

 

「………これは」

 

 陽太は揺れる瞳で目の前に映し出されている光景を見続ける。もう思い出すこともなかった古い日の在りし自分の姿に、戸惑いが隠せずにいた。そして座席を立ち上がろうとした瞬間、彼は唐突に理解した。

 

「ああ………そうか」

 

 ここは自分の夢の中か、そのことに気がついた陽太は、すっかり肩の力が抜けて、おもいっきり脱力しながら座席にもたれ掛かる。同時に現実で起こったことを思い出し、急に頭の中に靄がかかって、目の前で映し出されている光景が、まるで本当の映画の中の話のように思えてくる。

 

 そして今になって、どうしてこの光景を思い出したのだろうか?

 

 だが、この光景を思い出しかたらこそ、陽太は現在の自分の在り方が、この時の許せずにいたのだった。

 

 ISを纏い、空を飛べるようになった自分。

 オーガコアとの戦い。

 そしてその果てで、誰かから大切なものを奪いさったこと。

 

 結局、自分は救われるべきではなかった。エルーのように、シャルのように、孤独に打ち震える者を救うことなんて自分には到底できない………そう、きっと今の自分は………。

 

 ―――口ばかりで理想をいつも言い放つ『アイツ』にすら劣る―――

 

 ―――『アイツ』は俺や千冬さんがどれだけ言っても、現実がどれほど過酷でもブレずに貫いている―――

 

 ―――だが俺は違う。俺は結局、力しか持っていない人間だ―――

 

 その結論にいたると、自分の中にあった『何か』が、急に冷めていくのがわかった陽太は、静かに瞳を閉じようとする。

 何故ならこれ以上この暖かい思い出を見るのは苦痛だから。

 この暖かい思い出まで血の色で濡らしてしまう。それだけは絶対に許容できない………。

 

『………本当にそうかしら?』

「!?」

 

 驚いて瞳を開いた陽太は、自分の隣にいつの間にか座っている人物の姿に、驚愕し、そして最大にまで見開いた瞳で『彼女』を凝視し続ける。

 

『あら? 久しぶりに会った『お母さん』にご挨拶は?』

「………エルーさん?」

 

 目の前の映写機に映し出されている姿そのもので、今自分の隣に何故座っている!?

 これは、夢なのか、幻なのか………今の今まで一度も見ることがなかった彼女の姿に呆然となる陽太だったが、そんな陽太の視線を受け流し、エルーは映像を見ながら話しかけてくる。

 

『もう、アレから9年………あ、貴方達は今年で16だから10年か』

「お、俺は………」

『たくさん、たくさん、歩いてきたのね』

「歩いて………きたけど」

『たくさん、たくさん、辛い事とか悲しい事とか、楽しいこと嬉しい事、正しかった事と間違ってしまった事を、繰り返してきたのね』

 

 エルーは陽太の方を見て、彼女は彼の頬に手を置き、初めて一緒に過ごしたあの夜と同じ瞳で陽太を見つめた。

 

『たくさんの事を積み重ねて、たくさんの人に出会って、人は少しづつ前へ歩むものよ』

「………」

 

 それでも、自分は何一つ前へ進んでいない。そう言い返そうとする陽太………自己の在り方を否定しようとした陽太の頭部に、彼女はほんの少しの衝撃を与える。

 

『ちょいさっ!』

 

 あの日の晩、自分が初めて『家族』を持った、初めて『母親』を知った、あの日の夜と同じ声で、彼女は陽太の頭にチョップを打ち込む。

 だが、子供時分と違い大した痛みを受けずに呆然としている陽太の様子に、エルーはシャルそっくりな怒った表情で頬を膨らませながら抗議する。

 

『もう! 生意気にも頑丈になったわね!?』

「あっ………いや、その……」

『でも今のその眼は気に入らないわよ? もう少し信じてあげなさい』

 

 何を? と言いかける陽太の口に人差し指を優しく置いたエルーは、疑問ばかりを頭の中に浮かべる陽太に静かに諭す。

 

『それを見つけるのが今の貴方のやるべきことよ。大丈夫、そして忘れないで』

 

 急速に世界が白み掛かり、陽太が驚いてエルーに手を伸ばす。だがどれだけ伸ばしても掴むことができない。それでも、と手を伸ばし続ける陽太だったが、そんな彼にエルーは伝えたかった最後の言葉を

 

「待ってくれ! 俺は!」

『貴方が感じることができたなら』

「エルーさ……」

『そこが闇の中でも、ちゃんと光は輝き続ける』

「かあさん!!」

 

 自分が大好きだった『母親』の腕の中のような、暖かい光に包まれ、陽太の意識は現実に向かって覚醒を始めたのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 シャルが気がつくと、なぜかそこは映画館の座席で、自分以外誰もいない場所で一人座り続けていた。

 

「?」

 

 なぜ、自分はこんなところにいるのだろうか? そんな疑問が頭の中をよぎる中、突然明かり消え、スクリーンの幕が上がる。

 そして、古い映写機が動く音がしたかと思えば、古ぼけた映像で、シャルが良く知る映像を写し始めたのだ。

 

 

 よく晴れた夏の午後、家の裏側にある向日葵畑でたくさんの向日葵が咲き誇る中、シャルは陽太と二人きりで鬼ごっこをしながら遊んでいた。

 

「ヨウタが鬼だからね、よーーーい、ドンッ!」

「ええっ~!?」

 

 ジャンケンすることもなく、笑顔で無理やりヨウタに鬼を押し付けたシャルはその場から急に走り出す。展開についていけない陽太であったが、シャルの『早く追いかけてくれないと面白くないでしょ!!』という言葉に、半ば急かされるように、彼女の後を急いで追いかける。

 

「わーーーいっ!!」

「ま、待ってよぉー!!」

 

 どこまでも青い空と真っ白い雲と満開に咲く向日葵が見守る中、汗だくになりながら走り回る二人だったが、そんな二人の前に呼んでもいない客達が現れる。

 

「おい、見ろよ。例の東洋人だぜ?」

「ああ、最近このあたりに来たらしいな」

「しかも、何かあの女の家に住んでるみたいだぜ?」

「げぇっ! 東洋人と一緒に住むなんて、気持ち悪いだろ」

「ああ、すげぇ気持ち悪い」

 

 近所の五人ほどの悪ガキ達である。普段から近所でいたずらをして大人達を困らせている五人だったが、彼らの今日の目的は、どうやら最近このあたりに現れた陽太のようだった。

 鬼ごっこに夢中になって走っているシャルの前方を塞ぐ様に立ちはだかった五人は、ニヤニヤと如何にも小馬鹿にしてますと言った表情でシャルを見つめる。

 

「な、なによ! ちょっとそこ退きなさいよ!!」

 

 突如道を塞がれてご立腹なシャルが五人に向かって叫ぶ。突然現れて自分と陽太との遊びの邪魔をするとは何事かと五人を怒鳴り飛ばす。最前列の少年が少しだけその剣幕に後ずさりする中、シャルに追いついた陽太が、彼女の肩を掴んで静止する。

 

「ダ、ダメだよ! 危ないよぉ!」

 

 そのヨウタの様子を見たリーダー格の少年は、陽太の気弱な性格を見抜いた少年は、ズイズイと前に足を踏み出すと、シャルを無視して陽太に人差し指を突きつけながら、傲慢に言い放つ。

 

「早くこの町から出て行けよ、東洋人!」

「そうだそうだ!」

「みんなお前に迷惑してるんだよ!」

「そうだそうだ!!」

「だから、早くこの女の家から出て行けよ!!」

 

 リーダー格の少年の発言に賛同するように囃し立てる少年達だったが、そんな少年達に陽太が困っていると、彼を庇う様に立つと、少年達に言い放つ。

 

「な、なんだよ?」

「迷惑じゃないもんッ!!!」

 

 腹の底から言い放った音量に少年たちが一斉に後退りする。

 

「迷惑じゃないもん!! ヨウタがいてくれて、私とお母さんはすっっっっごく、うれしいもん!!!」

「いや、おまえのために」

「迷惑じゃないもん!! 迷惑じゃないもん!! 迷惑じゃないもんッ!!!」

 

 陽太のことを何も知らない、何も理解しようとしない少年達に腹の底から怒りを感じたシャルがそう言い放つが、そんなシャルに対して、少年は更に言い返してくる。

 

「なんだよ。お前、気持ち悪いな」

「!?」

 

 『気持ち悪い』という言葉に、言われているシャルもショックだったが、彼女よりもむしろ陽太の方がショックを受けたかのような表情になってしまう。

 少年達は押し黙ったシャルに、今こそはと言葉による追撃を加えてきた。

 

「お前も、お前んとこのかあーちゃんも気持ち悪いな!」

「そ、そうだよ! 東洋人が好きだなんて、おまえんとこ気持ち悪いんだよ!!」

「気持ち悪い親子だな!」

 

 口々に少年達は囃し立てる。

 

「そうだそうだ!」

「「「気持ち悪いッ! 気持ち悪いッ! 気持ち悪いッ!!!」」」

 

 陽太だけではない。大好きな母親のことまで馬鹿にしてくる少年達に、シャルは若干顔を伏せながら、目じりに涙を貯めて少年達を睨み付けた。

 

「気持ち悪くなんて……ないもん。私のお母さん……気持ち悪くなんてないもん」

「「「気持ち悪いッ! 気持ち悪いッ! 気持ち悪いッ!!!」」」

 

 だが少年達の罵声が止むことも無く、シャルの肩が震えだした時、陽太は突然皆に背を向けるとその場から走り去ってしまう。

 

「ヨウタァッ!」

 

 慌てて陽太の後を追いかけようとするシャルは、一度だけ振り返ると、リーダー格の少年に舌を出してあっかんべーをし………。

 

「アナタなんて大っ嫌いッ!!」

 

 そういい残して、シャルは陽太の後を追いかけていく………。

 

「陽太ッ!!」

「!!」

 

 シャルが背後から自分の名前を叫び続けるが、陽太の足が止まることは無い。本気になればひょっとしたら陽太の方が足が速いのではないのかと疑うシャルだったが、その時、前方で陽太が道端の小石に足を取られて転倒してしまう。

 勢い良く頭からひっくり返った陽太のことを心配して、急いでシャルは駆け寄った。

 

「大丈夫!?」

「…………」

「痛くない? 怪我してない?」

「…………」

 

 だが一向に陽太が顔をあげようとしないことを心配して、シャルが近寄って肩に手を置くと、ようやく立ち上がろうとする。

 

「…………」

 

 一滴の雫が大地に落ちる。陽太の瞳から零れ落ちた涙だ。シャルは最初、それは転倒した際の痛みのものだと思っていた。

 だがそうではない―――陽太が泣いている理由は、そんな身体の痛みによるものではなかった。

 

「………やっぱりいい」

「えっ?」

「ボクは………あの家の子じゃない方がいい」

「な、何言ってるの?」

 

 そしてようやく、その涙の理由が、あのいじめっ子達の言葉のせいだとシャルは理解した。

 

「シャルも、エルーさんも、ボクにたくさん優しくしてくれた………だから、ボクのために気持ち悪いなんて言われちゃダメだ」

「………ヨウタ」

「二人は………みんなに嫌われちゃダメだ。ボクみたいにみんなに嫌われちゃダメだ」

 

 自分を卑下しながら、そう言い続ける陽太だったが、シャルはそんな陽太に微笑みかけると、彼を起き上がらせ、転んだ拍子に汚れてしまった泥だらけの服であるにも関わらず、そんなことは気にしてないといわんばかりに抱きしめたのだった。

 

「しゃ、シャル!?」

 

 その突然の抱擁に、驚きの声を上げる陽太に、シャルは慈しみ溢れた声で囁いた。

 

「大丈夫だよ………大丈夫。私、ヨウタのこと嫌いになったりしないよ」

「!?」

「大丈夫だもん………私とお母さんは、ヨウタのこと大好きだもん」

 

 陽太の背をポンポンと叩きながら、シャルは陽太と、一つの約束をする。

 

「だから、もう泣かないって約束してね?」

 

 陽太はその声に、溢れそうになる涙を必死にこらえながら、『うん』と頷く。今し方、もう泣かないと約束したのだから………。

 

 

 全くの余談であるが、走り去ったシャルを追いかけてきたいじめっ子達のリーダー格の少年は、近くにある木陰に身を隠しながら、しゃっくりをあげて半ベソをあげ、『あの東洋人絶対に許さん』と呟き続けたとかいないとか………。

 

 

 その日の夜、陽太がちょうどお風呂に入っている(初日以降、断固として一緒に入ることだけは拒否し続けている)内にシャルは今日の日のことを母親のエルーに話し続けていた。

 

「そう………大変な一日だったのね」

 

 洗い物を片付け、エルーはエプロンで手を拭うと、テーブルに座りながら話しかけてくる愛娘の頭を撫でる。くすぐったそうに身をよじるシャルだったが、それが何よりも彼女が大好きなことだと知っているエルーは、頭を撫でながら、シャルに問いかけた。

 

「ねぇシャル、こういう話を知ってるかしら?」

「??? 何々!?」

 

 母親が問い掛けてくる言葉に興味津々になってテーブルに身を乗り出すシャル。

 エルーはシャルに微笑みながら、対面の椅子に座ると、彼女にとある事を話しかける。

 

「シャル………人間の良心(こころ)って、どうやって生まれるか知ってる?」

「良心(こころ)?」

 

 シャルが首を傾げる。

 

「そう。良心(こころ)は最初からあるわけじゃない………最初の頃、つまり赤ちゃんの頃から持ってるのは『お腹空いた』とか『眠いね』とか、そういう簡単な欲望だけね。良心(こころ)は身体の成長と同じで、いきなり大きくなったりしない。少しづつ自分で組み立てて大きくさせていくものなの。だから良心(やさしさ)って、人の数だけいっぱいあるのよ?」

「う~~~ん?」

 

 突然された難しい話に頭を悩ませてテーブルに伏せるシャルに、笑いながらエルーは話を続ける。

 

「まだちょっとだけシャルロットには難しかったかな?」

「そ、そんなことないもん! ちゃんとわかってるもん!!」

「あらあら、それは頼もしいですこと………だったら、これだけは覚えておいてねシャル」

 

 エルーは、少しだけ目を細め、シャルの両頬に触れると、彼女に一番伝えたい言葉を伝える。

 

「シャル………信じてあげられる子になってね。まだ見ぬ誰かのこと、そして陽太のこと………疑うなんて誰でもできる簡単なことだもの。だからシャルは信じてあげてね…………それはきっと」

 

 ―――陽太の力になるから―――

 

 

 

「!!」

 

 目の前の映像を食い入るように見つめていたシャルであったが、突如として自分の隣からしてきた声に驚愕して振り返る。

 そしてそこには、目の前の映像のままの姿のエルーが、いつの間にか自分の隣に座っていたのだった。

 

「お、お母さん………」

「あら、どうしたのシャルロット?」

 

 声も仕草も匂いもそして笑顔も………あの頃の自分の母親そのものだと確信したシャルは、涙が溢れ出るのも我慢せずにエルーの胸に縋り付くと、泣きじゃくりながら問い掛けた。

 

「お、お母さん! ひっく! お母さん!!!」

「あらあら、相変わらず泣き虫さんねシャルロットは」

「どうしたらいいの!? どうすればいいの!? どうしたらヨウタを助けてあげられるの?」

 

 ―――思い出されるのは、ショッピングモールで、一人雨に打たれ続ける、陽太の背中―――

 

「どうしたら………どうしたら………」

「………シャルロット」

「ヨウタが一人で苦しんでるのが分ってるのに! 私、何もしてあげられないの! 一人で苦しみ続けているのに………どんな言葉をかけてあげたらいいのかも分らないの!」

「…………」

「ヨウタだけじゃない。フィーナ先輩にだって………戦いを止めることも、復讐を止めることも、悲しんで苦しんでる二人を助けることも……何も、何もできないの!!」

 

 幼子のように母親の胸の中で泣き続けるシャルだったが、そんなシャルにエルーは、幼き日と変わらない笑顔で、彼女の涙を拭いながら、彼女は静かに諭した。

 

「シャル………信じてあげなさい」

「…………」

「大丈夫。雨がいつか上がるように、夜がいつか明けるように、終わらないものは何も無い………終わらないのは唯一つだけ。貴方が信じている『証(キズナ)』だけだから」

 

 エルーが何を指しているのか、シャルには分らない。

 ただ彼女の笑顔は、全てを知った上で、シャルに『信じてほしい』と言い続けるだけだ。

 

「さあ、もう大丈夫。だから早く行き(目を覚まし)なさい」

「え?」

 

 突然のその言葉に動じるシャルだったが、エルーは尚も言葉を続ける。

 

「終わらないものはないわ………シャルは判るわよね?」

「イヤ!! まだ沢山、話が!!」

「大丈夫………お母さん、ずっとシャルの側にいるよ? だから………だから、貴方のいるべき場所はここじゃない」

 

 母の手の温もりが自分の額に触れられる。あの日のままの大好きな手の温もり………シャルはその温もりを最後まで感じ続けながら、ゆっくりと瞳を開いていった………。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「!!」

 

 いつの間に寝入ってしまったのか、ベッドに伏せていたシャルは起き上がると、周囲を見回してみる。そこは先ほどまでの古ぼけた劇場ではなく、消毒液の匂いが漂うIS学園の保健室だった。

 

「…………」

 

 額に右手を当てながら、シャルは先ほどまでの光景を思い浮かべる。

 それは夢というにはあまりに鮮明な、母親との対面だった………母親が死んだ直後は、よく彼女との思い出を夢の中で見ながら、起きた時には一人で泣いたものだが、それでもあそこまで鮮明なものは今まで見たことが無い。

 

「あっ」

 

 そしていつの間にか自分の左手が陽太の手を握っていることに気がつき、思わず赤面しながら引っ込めようとする。

 だが、彼女が手を離そうとした瞬間、陽太が握り締め返してきたのだ………小さく呻きながら……。

 

「………シャル」

 

 彼女の名前を口にしながら………。

 

「ヨウタ?」

 

 その声を聞いたシャルは、先ほどまでの悲しみなど忘れてしまいそうになるぐらいの嬉しさを感じながら、右手で涙を拭うと、静かに陽太の手を解き、乱れた毛布を直して、彼の頬に優しくキスをする。

 

「………正しいかどうか、判らない」

 

 それが正解なのか、過ちなのか、わからない。

 もしもう一度母親に尋ねられるなら、尋ねてみたい………今から自分がしようとしていることが、正しいのかと。

 

「これでヨウタが救えるのか、フィーナ先輩が救えるのかもわからない」

 

 陽太の人を殺したという罪悪感、マリアの家族を奪われたという憎しみ。それらは決して今までシャルが体験したこと無い、未知の感情だ。それを知らない自分が、二人の悲しみと苦しみを解消できるのかはわからない。ひょっとしたら、余計に二人を傷つけてしまう結果になるかもしれない。

 

「だけど………私、やってみるね」

 

 だけど、このまま何もできずに、何もせずに終わらせてはならない。それだけは絶対に間違っている。 そう決意したシャルは、物音を立てずに、静かに保健室から出て行く。

 

「………先輩」

 

 あの後、陽太によって無力化されたマリアは、本日、IS委員会から派遣される人間に護送される予定であり、それまでの間、千冬の監視の下、IS学園の一室に拘束されているのだ。

 

「…………」

 

 シャルは自分の胸元で拳を握り締めると、大きく深呼吸をし、彼女がいる地下施設にまで大急ぎで走り出す。

 

「(待っててね、ヨウタ、先輩)」

 

 シャルが淀みも迷いもせずにそう決意した時、何故だか、彼女の心の中にいる実母が微笑んでくれたような気がした………。

 

 

 

 地下施設の一室にある、職員用の狭い個室に、マリアと千冬は対面するように座りながら世を過ごしていた。

 時間は午前5時前………そろそろ夜が明けようとしている時間帯だったが、手錠につながれたマリアは宛がわれたベッドに腰掛けたまま、連れてこられた状態のまま、瞬き一つもしないで、そこに座り続けていた。

 

「(魂が抜けた抜け殻………無理もないか)」

 

 万が一、彼女が脱走を企てたときに取り押さえる役として、同じ部屋で対面の椅子に座り続ける千冬も一夏達から事情を聞かされ、その内容の重さに息を呑んだ。

 

「(信じていた姉が、陽太を使って自殺同然の行為をした………)」

 

 信じていた姉に裏切られた………そう感じてしまっているマリアには、もはや復讐の二文字すらも思い浮かばない………。

 

 完全な生きた屍と化したマリアに、複雑な心境で彼女を見続ける千冬であったが、その時、入り口のドアの向こうで、マリアの監視役を同じように務めている真耶が、扉越しに声をかけてきた。

 

「お、織斑先生!」

「どうした、山田君?」

 

 流石に迎えが来るには早すぎる………そんなことを考えていた千冬であったが、ドアの向こうに、真耶とはちがう人間の気配を感じ、眉間に皺を寄せながら問い掛けた。

 

「そこにいるのは誰だ?」

「………織斑先生」

 

 ドアの向こうから、陽太の介抱をしているはずのシャルの声を聞いて、軽く驚いた表情となる千冬。

 

 そして、シャルは、隣で少し焦りながらあたふたする真耶を尻目に、背筋を伸ばし、真っ直ぐな視線と、真剣な表情のまま、澄んだ声でドア越しに千冬に問い掛け返した。

 

 

「私と、フィーナ先輩で、話させてください」

 

 

 

 

 

 

 





このエルー母さんは夢か幻か………私としては、自分の子供達が心配になってちょっとだけ会いにきたと信じていたいですね。

さてさて、意外に誰かさんのことを認めていたり、チビのころはむしろ気弱なショタっ子だった陽太君………今の不良少年になるまで、どんなにいじめたんだよ、千冬さんに束さん?(汗



次回、ついにクライマックス! 



傷ついた陽太の心に、彼の「言葉(おもい)」がようやく届く






PS



回想中、光速で失恋したいじめっ子少年………。

強く生きろ。いじめなんてするからそうなるんぞ(;ω;)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

いつだって、誓う時は青空で


投稿の遅さがナチュラルに癖になっている!

………本当にすみません

orz


全然関係ないですが、クリスちゃんの歌聞きながらスーパー懺悔タイムしておきますので、ご了承ください(本当に関係ない


ではでは、ついにこの章もクライマックス!

お楽しみください


 

 

 

 

 

 

『私と、フィーナ先輩で、話させてください』

「なに?」

 

 シャルのいきなりの問いかけに、流石の千冬も困惑が隠せない。

 見た目はもはや生気のない生きた屍同然であるマリアとでは会話が成立しないことは、今この場にいる自分が実感しているし、何よりも今、扉を開いてシャルを招き入れ、万が一にマリアが暴れだしでもすれば、それによってシャルがこれ以上負傷すれば、それこそ千冬は陽太に対して申し開きができない。

 彼女(シャル)を守る為に、これ以上、陽太が傷付くのを見たくはない。それは何よりも、一度はそんな事態を引き起こしてしまった自分が、また軽率に彼女を危険な目に合わせるわけにはいかない。

 

「それは許可できない………わかったならば、早く小僧の看病に…」

 

 だが、千冬の考えを、シャルは首を横に振って否定する。

 

『ご心配してくださっているのなら大丈夫です………それにこれは、私の意思です。私の考えをこの人に伝えたいんです』

「……………」

『お願いします織斑先生………私は……後悔したくないんです』

 

 後悔したくない………自分の内側に後悔をヘドロのように溜め込んでいる千冬にしてみれば、これ以上胸に来る言葉はない。それを知ってか知らずか………知っていて言い放ったならば、大した策士だと褒めてしまいそうだと内心で褒めながら、千冬は僅かに口元に笑みを浮かべながら部屋の鍵を開く。これには外にいる真耶が驚きの声を上げた。

 

『織斑先生!?』

「安心しろ山田先生………ただし二人っきりにする訳にはいかない。私も同席する。これは命令だ」

 

 文句は言わせんぞ? 扉の向こうで待ち構えていたシャルを、口元で笑みを浮かべ、無言でそう言い放った千冬に、シャルもまた無言の笑みによる頷きで返す。

 

 互いに目と目で意思の確認をした二人は、一緒に室内に入り、そしてシャルは未だ呆然と虚空を見続けるマリアの前に立つと、ベッドに腰掛ける彼女と同じ目線までしゃがみ込み、マリアに問いかけるのだった。

 

「フィーナ先………いえ、マリア・フジオカさん…………ヨウタを………許してあげてください」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 大量に汗をかき、喉に渇きを覚え、寝苦しさが限界に来た陽太の意識が、ゆっくりと薄暗闇の中で覚醒した。

 

「コ……コは……」

 

 記憶が曖昧だ。何があったのか思い出せない。

 体がとにかくだるくて重い。嫌な悪寒が体中を走り、節々に痛みが生じる。

 

「グッ!………そ…うか………」

 

 だがその痛みによって陽太は奇しくも、自分が置かれている状況の大部分を認識させたのだった。

 マリアとの戦い、過去を話し、彼女を力ずくで倒し、浴びせられた『人殺し』という言葉。

 あの後から記憶がない、というよりも何も考えずに呆然としていたような気がする………ただ。マリアが発した『人殺し』という言葉を脳内にリフレインさせていたのだろう。

 

「………シャル?」

 

 そしてこの時になって、ようやく陽太は彼女の存在を思い出し、自分の手に残った不自然な暖かさの存在に気がつく。

 

 ―――確かに自分の手に残る、暖かで優しい感触―――

 

 いてもたってもいられなくなった陽太は、飛び上がるように起き上がると、裸足に上半身裸のまま包帯を巻かれている状態で外に出ようと歩みだす。

 

「!?」

 

 が、数歩歩いただけで全身を襲う不快な感覚の数々。

 脱力感、虚脱感、吐き気、頭痛とマリアによってつけられた外傷が熱を持ちながら発してくる激痛に、耐えられなかった陽太は、室内の備品を巻き込んで派手に床にぶっ倒れてしまう。

 そしてその音を聞きつけて、保健室の外から勢い良くドアを開いて中に入ってくる者達がいた。

 

「陽太ッ!」

「陽太さん?」

「アンタ、ちょっと動き回って大丈夫なの!?」

「一夏、とりあえずベッドに運ぼう!!」

 

 一夏、セシリア、鈴、ラウラは、床に倒れこむ陽太を見つけると、起き上がらせてベッドに運ぼうと手を差し伸べる。

 

「おい、陽太!?」

 

 だが、一夏が伸ばした手を陽太は掴むと、上半身を億劫そうに起こしながらも、彼に問いかけた。

 

「シャルは………どこ…だ?」

「シャルはって………今はいないみたいだけど……代わりに俺たちが探してくるから、お前はベッドに寝てろよ!」

 

 彼の肩に手を回し起き上がらせた一夏だったが、陽太はそれを自ら振り払うと、真っ直ぐ歩くことすらも難しい千鳥足で蛇行しながらも、保健室から出て行こうとする。

 当然、そんな陽太を放って置けるわけもない一夏は、彼の肩をすぐさま掴むと、重症人のくせにどこに行こうとしているのかと問いかけた。

 

「お前、自分が今どんな状態なのか判ってないのかよ!」

「うる……せぇ…」

 

 もはや何時もの減らず口にすらも力が篭っておらず、喋るだけでもキツそうな陽太は、一夏の手を振り払おうと、まるで酔っ払いのように無理やり彼の手を払い………廊下に倒れて込んでしまう。

 

「ほらみろよ!」

 

 そんな様子の陽太を、若干目じりを吊り上げながらも放っておかず、一夏とラウラが両脇から抱えながらベッドに座らせる。流石に体力の限界を感じたのか、とりあえず暴れるようなことをせず、二人に黙って身体を預けた陽太は、俯きながら、ボソッと一言言葉を漏らした。

 

「み………水…」

 

 そう喉の渇きを訴える陽太に、セシリアは戸棚にあったカップに水道水を入れて急いでそれを手渡す。セシリアの手から奪い取るようにカップを受け取り、一気に飲み干す。

 

「!!………ゲホッ! ゲホッ!」

「ホラッ! そんなに一気に飲むから……」

 

 水を一気に飲み干して途中咽てしまった陽太の背中を擦りながら、鈴は彼の表情を覗き込む。水を飲んだことで大分落ち着きを取り戻したのか、先程よりも瞳に生気が戻ってきた陽太は、顔を伏せながらも一夏達に問いかけた。

 

「………こんな時間に、なにしてんだよお前ら?」

「えっ?」

 

 訓練をするにしても早過ぎる時間帯である。よもや一晩中起きていて、自分を心配してきた………などということではないだろうと思った陽太だったが、そんな彼に、一夏ははっきりとした口調と表情で告げる。

 

「お前が心配で、こうして皆で来た」

「!?」

「起きてるとは思わなかったけど………だけど、俺でも看病ぐらいはできるからな」

 

 一夏のはっきりとした口調に、陽太は唖然とした表情で顔を上げた。

 ハトが豆鉄砲を食らったかのように表情となった陽太に対して、他の隊員達も思う思う言葉を述べ始める。

 

「私としましても、隊長である陽太さんの看病をするのは当然というものでして………」

「アンタの場合、看病するってことは陽太にトドメ刺しに来たってことでしょうが!?」

「何ですって鈴さん!?」

「あ、私は死に掛けてるアンタの額に肉って言う文字を書きに………」

「寮で寝ずにうろうろとしていたのはお前だろうが?」

「ラウラは黙ってなさいよ!」

「私は副隊長として、隊長であるお前の管理を義務付けられている。命令だ、大人しく寝ていろ」

「た、隊長に堂々と命令を出す副隊長ってどうなのよ?」

 

ドヤ顔で命令するラウラに鈴がツッこむが、当のラウラは涼しげな顔でそれをスルーしてしまい、一人仕方なく鈴はため息をついてしまう。

 そんなメンバーのやり取りを見ながらも陽太の思考は混乱の極みに立つ。いや、言っていることはわかるのだが、理解がそれに追いついてこないのだ。

 

 自分は人殺しで、目の前の人間達は純粋に誰かを守りたい者達ばかりだ。手を血で染めてしまった自分と違い、これから先にもっと大勢の人々を救う為に戦うのだろう。

 ならば、なぜその手を自分に差し出してくる?

 なぜもっと多くの救われる人間に手を差し出さない?

 

 ―――いったい、どこまで、馬鹿でお人良しであれば、気が済むというんだコイツ等は!?―――

 

「………頭イテェ」

 

 ようやくそれだけの言葉を捻り出せた陽太だったが、彼の目の前に立つ一夏は真剣な面持ちで睨み付けると、その険しい表情のままでセシリア達に頼み込む。

 

「皆、ごめん………ちょっと席を、外してくれないか?」

「一夏?」

「一夏さん?」

 

 一夏の言葉にセシリア達が首を捻るが、保健室の入り口からビニール袋を手に持った保健医であるカールが声をかけてくる。

 

「一夏君と陽太君、二人っきりにしてやってくれないかい、淑女諸君?」

「せ、先生!?」

 

 どうしてこんな時間にと言いかけるが、不敵な笑みを浮かべた保健医はそんな彼女達の肩を掴み、強引にこの場から退室させようとする。

 

「一夏君………ガツンと言っておやりなさい」

 

 去り際に小声でそれだけ声をかけたカールと三人娘は保健室から退室し、廊下に出ると、ピシャリとドアを閉め、壁に寄りかかりながら、三人にビニール袋を手渡すのだった。

 

「パンが入っている。朝食はまだだろ? 食べていなさい」

 

 事態についていけなかった鈴がそれを黙って受け取るが、数秒後、意識が回復したのか、猛然とカールに食って掛かる。

 

「ちょ、先生!? なんで私達が締め出されないといけないのよ!?」

 

 ある意味、最もな質問であったが、納得がいかない鈴達にもカールは笑顔を崩さず、人差し指を上げながら、まるでこれか起こるであろう事態を楽しむように、彼女達に一言告げるのだった。

 

「それは、アレだよ…………男と男の語り合い」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 外に残る雨音以外何も聞こえない保健室内において、陽太と一夏は黙り込んだまま口を聞こうとしないでいた。

 ベッドに座りながら項垂れる陽太と、そんな陽太をすぐそばで立ちながら見下ろす一夏。

 一度は互いを拒絶しあい、分かり合い、また離れてしまった二人だったが、もう一度分かり合うために、一夏は拳を握り締めながら、意を決して陽太に語りかけた。

 

「俺………話聞いたよ」

「………何の話だ?」

 

 この二日間、ロクに話を聞かなかった二人だったが、それ以前並みにはお互いの険悪な空気が戻ったかのように感じ、一夏は表情にこそ出さなかったが、それをうれしく思った。

 

「陽太と………シャルのこと。あら回しと………フランスでの亡国機業との一件」

「!?」

 

 よりにもよってその話か!? と内心、毒づきながら徐に頭を掻き毟り、不機嫌そうな声で一夏に話しかけた。

 

「この学園の先公共の口は空気よりも軽いのか? まったく………どいつもこいつもよ」

「だから………改めて聞いてみたい」

 

 一夏は一度大きく深呼吸し、目を見開いて、しっかりとした表情で陽太に再び、あの質問を投げかける。

 

「お前………フランスから来たシャルの気持ち……本当に解らないのか?」

「!?」

 

 鋭い痛みが心に走る。腹の底からわけのわからない何かがせり上がってきて気持ち悪い………だがそれを必死に抑えながら、陽太は抑揚に欠く声で告げる。

 

「わかるわけないだろうが………そんなもん」

「!?」

 

 必死に一夏は自分の衝動を抑える。目の前の陽太はほとんど死に体で、何よりも自分は本来なら無関係の人間だ。そんな自分が怒りに任せて再び馬鹿なことを繰り返すわけにはいかない。一夏は感情を必死に抑えながら、陽太と話を続ける。

 

「本当に………分からないのかよ?」

「………くどい」

「お前………本当は分かってるんじゃないのか?」

「!?」

「分かってて………でも、自分はそういうのを受け取っていい人間じゃないって思い込んで…」

 

 だが、どれほど抑えていても、それでも抑えきれない想いが言葉の表面に現れ、それが不用意に陽太の心の琴線に触れてしまう。

 つい先ほどまでまともに歩くことすらできなかった筈の体で、瞬時の起き上がると、彼は烈火の如き怒りに燃える瞳で一夏を睨み付けて怒鳴った。

 

「お前に、俺のいったい何が分かる!?」

 

 だが怒鳴りつけられた一夏も、もう押さえ切れないと言わんばかりに逆に手首を掴んで、怒鳴り返す。

 

「分かるわけないだろうが! お前みたいな分からず屋の馬鹿野郎の気持ちなんか!?」

 

 二人っきりにした途端ブチ切れあう二人の様子を、入り口のドアの隙間からこっそりと覗いていた三人娘は『止めたほうがいいんじゃなくて?』『確かに』『行くか』とヒソヒソと小声でしゃべり、そんな三人の襟首を掴みながら、保健医は『まあ、もう少し見ていなさい』と暢気なことを言い出す。

 

「分かるわけないだろうって………分かれよ! 大事な幼馴染で家族なんだろうが!?」

「ああ、分んなくて悪いな!………そうだよな!! 大事な幼馴染と家族に守って貰ってる誰かさんのお言葉は、やっぱり違うよな!!」

「!?」

 

 今度は一夏の心の琴線に、頭に血が上った陽太が不用意に触れてしまい、思わず一夏は拳を振り上げ………そのまま止まってしまう。

 

「俺は………お前の言うとおりだ」

「!?」

 

 振り上げた拳を震わせながら、心から溢れ出す気持ちを抑え、言葉にして、陽太に話し続ける。

 

「お前と違って………守って貰ってばっかりで………戦場に出ても何もできなくて……俺は……」

 

 陽太への気持ち。震える身体。喉に詰まったまま出てこない言葉。

 

「俺は………俺は!!」

 

 そして溢れてくる彼への想いを一夏はぶちまける。

 

 

 

 

「お前みたいになりたかったよ!!!」

「!?」

 

 

 

 生まれて初めて………たぶん千冬にすら言った事がない言葉を陽太にぶつけるように言い放ち、一夏は訳も分からずにその拳を陽太の頬にぶちかました。

 

「(俺みたいに………なりたかった?)」

 

 そして、生まれて初めて、そんな言葉をぶつけられ、完全に呆然となった陽太は、一夏の拳をまともに受けてベッドに倒れこんでしまう。

 

「……………」

 

 熱い。

 殴られた頬が焼けるように熱い。

 

 今までどんなに殴られてもこんな痛み、感じたことがない陽太は、そのまま倒れこみながら、呆然とした表情で一夏を見つめた。

 

 怒ってんだか泣いてんだか恥ずかしがってるのか、色々と混ざり合ったまま赤面して陽太を見つめる一夏は、ぐちゃぐちゃになった感情と考えのまま、それでも唯一残っていたちゃんとした『伝えたい事実』を陽太に告げ始める。

 

「陽太! お前………確かに、マリアさんの姉さんを殺したのかもしれない! それをお前が自分自身を許せないでいる気持ちもわかる!」

 

 陽太の自責の念………一夏にも理解できる。いや、簡単に理解できるという重さじゃないことも。

 でも、陽太には揺るがない事実がある。

 

「それでもさ! お前は………」

 

 一夏が話を聞いて、一つだけ感じたこと。

 陽太が気がついてない、陽太の事実。

 

「お前は………」

 

 そうだ。それこそ、織斑一夏が最も感じた、火鳥陽太への深い『共感』と、なぜだか無性に嬉しくなった事実……それは

 

 

 

 

「ちゃんと、フランスでシャルのこと護ったんだろうが!!」

 

 

 

 

 その言葉を聴いた、セシリア、鈴、ラウラ………カールのみ深く一度だけ頷き………。

 

 陽太は目一杯、瞳を見開き、一夏の顔を見た。

 

「お前、ちゃんとシャルのこと護れるんだろうが! だったら、なんでそれを続けていかないんだよ!」

「あっ」

「続けろよ!! ちゃんとこっち(日本)でも護ってみせろよ! お前がどんなに罪深かろうが、お前がちゃんと大切な人間を護ったって事実は揺るがないだろうが!!」

「えっ」

「それが贖罪になるとか言わないさ!………でもよ! お前、一生そうやって自分を責めてるだけで人生終わる気なのかよ!? 誰かのためになれるぐらいに強いくせに、そうやっていつまでも自分責めてるだけで終わりなのかよ!! 違うだろうが!?」

 

 ―――俺が、シャルを、護っていた?―――

 

 ―――何を言ってる?―――

 

 ―――俺は、シャルのことを………―――

 

「否定なんてさせないぞ!」

「なっ」

「シャル、笑ってなかったのかよ!!」

「…………」

「シャルは、お前と一緒にいて、笑ってなかったのかよ!! どうなんだ!?」

 

 一夏の言葉により、記憶の蓋は開かれ、今の今まで忘れていた、陽太の心の最も奥底にあったもの。

 彼が、大切に、大切にしまっておいた………本当に大切なものを、陽太はようやく見つけた。

 

『ヨウタ…………私を助けてくれて、ありがとう』

 

 古びた協会で、シャルは確かに心からの笑顔で、陽太にそう告げてくれた。本当に幸せそうに笑ってくれた。その時の笑顔は、確かに、陽太の中で宝物として、心(たましい)の一番深いところにちゃんと保管されていたのだ。

 

「言い訳すんなよ! 泣かすなよ! お前にしか出来ないことあるんだって自覚しろよ! ちゃんと自分が出来たことを見ろよ!!」

 

 今まで考えようともしていなかった事実に、呆然となっている陽太を置き去りにして、一夏は怒鳴って猛然と保健室のドアを開いて出て行ってしまう。

 

「あっ!」

 

 当然、保健室の前で待っていた三人と出くわす訳だが、部屋を出た途端、今し方自分が言った言葉を思い返し、相当こっぱ恥ずかしいことを口走ったのではと考え、彼女達と目が合った瞬間に赤面して一夏は明後日の方向を向く。

 

「はは~~~ん………熱血青春街道爆進中の一夏君でも、あの熱い魂の叫びは恥ずかちいのでちゅわね?」

「なっ!?」

 

 小悪魔的な表情を浮かべた鈴のツッコミに、より顔を真っ赤にした一夏が無言で鈴を睨み付けるが、面白うに鈴は一夏をからかい続ける。

 

「あら、今度は私にどんな熱血な迷言を吐いてくれるのかしら?」

「がああああああああっ!!」

 

 頭を掻き毟りながら、鈴の首根っこを捕まえようとする一夏と、捕まらまいと逃げる鈴という二人。そんな二人を楽しそうに見つめていたカールだったが、セシリアがベッドに横たわったまま動こうとしない陽太を心配して近寄ろうとするが、それをカールが静止する。

 

「大丈夫……心配ないよ、彼」

「テュクス先生」

「今、彼は、とても大切なことを、自分の中から見出そうとしている」

 

 大切なこと? と首をかしげるラウラを見ながら、カールは眼鏡を外し、手元で拭きながら話を続けた。

 

「そう、自分が何をしてきたのか、そして、これから何をしていこうというのか………自分自身から、彼は見出そうとしているんだ。とても大切なことだよ。特に『男』にとってはね」

 

 それはきっと、これからの陽太にとって、もっとも大切にしなければならないこと。

 たとえ陽太が、卓越した実力を持とうとも、圧倒的な才能(センス)に恵まれようとも、それだけでは決して解決できなかった問題があった。

 

 人を殺した者は、何を以って罪を償うというのか?

 

 二年前の惨劇から、ずっと陽太が探し求めてきた………捜し求めた末に、その答えはないと、一度は自分の命ごと手放そうとしたこと。

 誰も答えを知らない。誰も答えてはくれない。

 

 なぜなら、それは陽太の中にしかないものだから………。

 

 一夏に殴られた後が燃えるように熱い………そうして陽太はその認めがたい『心地良い痛み』を噛み締めながら、今一度思考の海に潜る。

 

 自分の心の底にある、もっとも大切に想う者を見つけるために。

 

『いいお友達に巡り逢えたのね、陽太』

 

 何故かそんなエルーの声を、陽太は聞いた気がしたのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 室内に通されたシャルは、目の前で微動だにせずに虚空を見つめるマリアの前に立つ。

 ここに来るまで色々と考え、そして迷いに迷った。

 どんな風に話しかけ、どんな風に理論を展開していけばいいのか?

 だが、目の前の生気の抜けた人形のように成り果てたマリアの姿を見た時、そんな自分のちょこざいな考えなど、何の役にも立たないとシャルは悟る。

 そもそも自分はこの場に論争をしにきた訳ではない。陽太の正当性を主張するためにマリアを論破しにきた訳でもない。

 

 そんな心のないことをしたいわけじゃないんだ。

 

「………フィーナ先輩」

「………何?」

「!?」

 

 シャルに話しかけられたマリアが反応したことに若干驚く千冬。今まで自分がどれほど話しかけても反応すらしなかったというのに………それだけ、この学園において彼女にとってシャルは特別な存在なのかと千冬は納得する。

 

「……………」

 

 舌が、喉が渇く。

 自分の鼓動が嫌に大きく聞こえる。

 

 だがシャルはまっすぐマリアの前に歩み寄ると、数分間立ち尽くした後、背筋を真っ直ぐに伸ばしながら、静かに頭を下げた状態で、この言葉を紡ぎだした。

 

 

 

「ヨウタを……………ヨウタを………許してあげてください」

 

 

 

 たくさん考え、たくさん悩んだ末の言葉がこれかと、シャルは自分の語学力の無さに悲しくなってしまうが、それでも彼女は、ようやくその言葉を紡ぎだす。

 

「(ああ………私、すごく自分勝手だ)」

 

 誰を救う?

 そう自分自身に問いかけた果ての回答は、結局マリアではなく、陽太であったことに、シャルは少しばかりの失望を自分に覚える。

 

 ―――皆は、私を優しいと言うけれど、それは違うよ―――

 

「………それで?」

 

 僅かに呆然とした表情になった後、マリアは口元を歪めながら引き攣らせ、明らかに目の前のシャルを嘲るように、鼻で笑い飛ばして言い放つ。

 

「『わかったわシャルちゃん。私、間違ってた………陽太君を許すわ』なんて、言うと思ってたの?」

「……………言いません」

「わかってるなら、もういいでしょう? 今すぐ消えて頂戴。私、はっきり言って貴方に失望したわ」

「……………嫌です」

「消えなさい。貴女の姿は目障りだし、貴女の声も耳障りよ」

「……………嫌です」

 

 シャルの言葉に苛立ったマリアは、ベッドの横においてあったトレーを放り投げ、シャルに怒鳴りあげる。

 

「今すぐ消えろって言ってんのよ、何にも知らない小娘!!」

 

 トレーは顔面スレスレを通過して、壁にぶつかって砕けてしまう。

 

「何にも知らないくせに、しゃしゃり出て来るな! お前なんて、ただの舞台装置の為の飾りだったんだ! 飾りなら飾りらしく、最後まで背景に徹してろ!!」

「……………嫌だ」

「人を殺したことも、殺されたこともない、お綺麗な人間は、暖かい場所でお友達と友情ごっこしてりゃいいんだよ! 黙ってろッ!!!」

「……………黙らないッ」

「まだ言うか!」

 

 マリアが立ち上がり、シャルに掴みかかろうとするが、流石にそれは不味いと思ったのか千冬が二人の間に無言で割ってはいる。何も言わずにマリアを無理やり座らせたのは、二人の話の結末がどうであれ、最後まで黙って見届けるという、彼女なりの気遣いなのだろう。

 千冬に力尽くで座らされながら、マリアはシャルは睨み付け、話を続ける。

 

「許せ、というけれど! お前はもし、大事な人間を目の前で殺されたら、殺したソイツを許せるのか!?」

「……………」

 

 しばしの沈黙。

 そしてシャルは、首を横に振ることで無言の回答をする。それを見たマリアは、荒い鼻息で彼女を笑い飛ばし、目の前の矛盾だらけのことしかいえない、何も知らないお嬢様を言葉で鞭打つ。

 

「ホラ見ろ。お前の言い分は矛盾だらけで、勝手が過ぎるのよ」

「…………わかってる」

 

 ―――私は、我侭で自分勝手だ―――

 

「それでも………」

 

 ―――だって、二人を救うって言っておいて―――

 

「それでも………」

 

 ―――心の中に映っているのは、一人で雨に打たれるヨウタの背中だから―――

 

「それでも………私は、こうやって頭を下げることしかできません」

 

 ―――一人ぼっちで、哀しみに暮れる彼の背中を見るのが………悲しくて、悲しくて―――

 

「こんなことで、貴女の痛みも苦しみも悲しみもなくなるなんて、これっぽっちも思いません。だけどッ!!」

 

 ―――悲しくて、悲しくて………愛おしいと思ったから―――

 

「もう………傷付けあってほしくないんです。二人には………」

 

 そう言いながら、シャルの瞳から涙が溢れて、零れ落ちる。

 

 なんという傲慢な言葉だろう。とマリアはすぐさま目の前にいるシャルを殴ってやろうと拳を握り締めたが………動き出せずにいた。

 それは隣に待機している千冬の存在が気がかりだったわけではない。

 これから自分を待つ処罰が重くなることを恐れての行動でもない。

 

「(………どうして?)」

 

 頭を下げるシャルの斜め横に、マリアにしか見えない『幻』が、静かにマリアを見つめていたからだ。

 

「(………どうして? そんな目で私を見るの!! 姉さん!?)」

 

 その姿を見間違えるわけはない。二年前、その命を陽太によって散らされたはずのモミジ・フジオカが、僅かに悲しみを携えた瞳で、じっとマリアを見つめていたのだった。

 

「………先輩」

 

 頬の涙を拭うことなく、マリアを見たシャルは、徐に右手を差し出す。

 

「私達………間違えました」

「………な、なにを!?」

 

 右手を差し出したシャルの姿が、徐々にマリアにしか見えないモミジ・フジオカと同化し、彼女の動揺が大きくなっていく。

 

「先輩の中にある、恨みとか、悲しみとか止める方法はまだわかりません………だけど、始めることならできるから……」

 

 揺れる瞳でシャルを見つめるマリア………。

 

「こんにちは。私、シャルロット・デュノアといいます………貴女のお名前を聞かせてください」

 

 シャルは、柔らかく微笑むと、彼女にこう言った。

 

「私と………友達になってくれませんか?」

 

 ―――何を言っている、この娘は?―――

 

 ―――何をやっている、この娘は?―――

 

 ―――友達?―――

 

 ―――なぜ、自分とそんなものになろうとする?―――

 

 ―――お前の大事な人間を殺そうとした人間と友達になる?―――

 

 ―――馬鹿げているのにも限度がある。頭の中がどうにかなっているのではないのか?―――

 

 ―――だけど、どうしてなの………?―――

 

「どうして………」

 

 真っ直ぐとした瞳、差し出された右手………そして、涙が頬を濡らしたままの優しい笑顔を見た時、先ほどまで湧き上がっていた敵意が、嘘みたいに心の中から消え去っていくのを感じたマリアは、理解する。

 

「(この娘は………どうして、こんな風に笑えるのだろうか?」

 

 何も知らないからなのだろうか?

 何も考えていないからであろうか? 

 いいや違う。この娘はそんな無知でも馬鹿でもない………ならば。

 

「………あ、貴女は本当に私と、と、『友達』になりたいというの?」

 

 動揺をできるだけ悟られないようにしてみたが、どうしても言葉に緊張感が篭ってしまう。

 合っていてほしいという期待と、そんな馬鹿なことはないという否定………不思議な不思議な矛盾を抱えるマリアに、シャルが行ったことは………。

 

「……………」

 

 

 

 ―――何も答えず、微笑みはそのままに、手の平を返してみせた―――

 

 

 

 文字にしてみれば、たったそれだけの行為だった。

 

「………プッ」

 

 

 だが、それだけで良かった。それだけでシャルの偽りのない気持ちがマリアに伝わったのだ。

 

 

「クックックッ………ハハハハハッ!!」

「…………」

「ハハハハッ! ヒィッ! ヒヒヒッ!!」

「もう、そんなに笑わないでくださいよっ!」

 

 お腹を抱えてベッドに転がるマリアに、笑顔を崩さず抗議するシャルに、マリアはお腹を抱えて笑いながら手だけを上げて、謝罪をする。

 

「ご、ゴメンナサイッ! ちょっと待ってッ! ヒィッヒッヒッヒッ!………ダメ、ちょっとツボに入って止まらない!!」

「私、そんなに可笑しかったんですか!?」

 

 流石にそこまで凄いギャグだったのかと、シャルは若干赤面しながら抗議を続けるが、お腹を抱えた状態のマリアは中々笑いが止まらない。

 

「貴方、本物よ! ホント………本物の天然よ! ちょ、ヤダ、記念撮影してもいいかしら?」

「ど、どういう意味なんですかそれはっ!?」

 

 お腹を抱えること数分間、ようやく落ち着きを取り戻すと、シャルの方を見ながら、ゆっくりと今の自分の心境を語り始める。

 

「まったく………貴女、最低に最高よ! ただの火鳥陽太を釣るための餌だと思ってたのに………あーあ、まさかここまでしてくれちゃうなんてさ………」

「先輩……」

「マリア………マリア・フジオカよ」

 

 上半身を起き上がらせ、シャルの手の平の上に自分の手を置いて、マリアは自己紹介をしたのだ。満面の笑顔のまま………。

 その笑みを見た、シャルも笑顔で手を握り、自分の名前を告げる。

 

「シャルロット・デュノアです!」

「ええ………てか、ホント可愛いっ!」

「キャアッ!」

 

 手を引っ張られ、悲鳴を上げてベッドに転がるシャルロットの頬っぺたを頬ずりしながら、マリアは『可愛すぎるから私のホント妹になっちゃいなさい♪』など言いながら脇をくすぐり始める。『止めてください!!』と言いながら暴れるシャルと、『嫌も嫌もいいの内よ!』と言いながらじゃれ付き続けるマリアを見ながら、本来なら止めに入るはずの千冬も、壁に寄り添いながらその光景を微笑ましく見続ける。

 そんな千冬に、ドアの向こうから状況があまり理解できていない真耶が、戸惑いながら問いかける。

 

『あ、あの織斑先生? 止めなくていいんですか?』

「危険がないなら止めに入る必要はないさ」

『ですが、もし彼女がデュノアさんを人質に取ったりしたら』

「大丈夫………二人はたった今、友達になったところだ。だから心配無用だよ」

 

 真耶は千冬のその言葉を聴いて、二の句が告げなくなる。対して千冬は、目の前でマリアに胸を揉まれだすシャルを見つめながら、心の中にあった、とある疑問を氷解させていた。

 

「(なぜ束はデュノアに、対オーガコア用ISを託したのか………最初は陽太の幼馴染だから……陽太の心の支えにするためだと思っていた)」

 

 無論、彼女自身の能力値の高さと、潜在的な伸びしろも考慮したのだろうが、主だった理由は、陽太と言う存在の支えにするためにISを与えたのだと千冬は考えていたのだ。だが今はそのことを恥じて、首を横に振る

 

「(束………お前は私よりもずっと早く気がついていたのだろう?)」

 

 そう、自分の遠い地にいる親友は、シャルの本質に気がついて、この学園に彼女を寄越したのだ。

 

「(彼女は………シャルロット・デュノアは、私達よりも、ずっと『先生』に近いんだ。そう、魂の在り方が………)」

 

 ―――千冬、大丈夫よ。だって、私は信じているんだもの………人間(みんな)の未来を―――

 

「(束………先生が信じた未来……私が信じる現在(いま)。それはお前も同じなんだろう?)」

 

 自分の胸の傷を服の上から触れながら、シャル達から視線を外し、近い将来、再会する事を直感で感じ取っている親友に対して、誰にも聞こえない小声で、本心を漏らす。

 

「それでも………お前は世界が……そして私が、憎いと言うのか?」 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「陽太君、いいかな?」

 

 アレから数時間、すっかり陽も登った朝の時間、呆然と保健室のベッドの上に寝転がっていた陽太に、カールが話しかける。

 

「もうすぐ、マリア・フジオカを護送するためのヘリが到着する。彼女の身柄は国際IS委員会本部に引き渡すことはすでに決定済みだからね」

「……………」

「この機を逃せば、いつ話ができるのかわからない…………君はいいのかな?」

 

 カールのその言葉を聴いた陽太は、しばし悩むように天井を見つめると………何かを決心したように起き上がり、カールに話しかける。

 

「了解した………」

 

 それだけ言い残すと、彼はベッドから飛び出し、包帯だらけの体の上から脇にかけてあった上着に袖を通すと、靴を履いて保健室を出る。

 

 目の前にいた一夏と仲間達………しばし、両者の間に気まずい空気が流れる。

 

「……………」

 

 陽太は、仲間達から視線を外し、マリアが護送される場所に向かって歩き出した。

 その後を追うべきなのか、否か?

 戸惑う仲間達だったが、陽太は、急に立ち止まると、決して振り返らず、一言ぽつりと漏らすように呟いた。

 

「………助けに来てくれて、サンキューな」

「「「「!!??」」」」

 

 何を言った?

 あの火鳥陽太が、素直に礼を言った?

 ウソだろ、オイ?

 

 何かとてつもなく信じ難い物を見たかのような目で一夏達は、心の中でそんな感想を漏らしながら、陽太の背を見つめるが、陽太は再び歩き出す。慌ててその後を追い出す四人とカール。

 

 

 静かに廊下を歩いた一行………陽太は特に急がず、だが止まることも速度も緩めることなく、数分の後に、IS学園にある、来賓用のヘリポートにたどり着く。

 そこには、すでに国際IS連盟から派遣された大柄な男性達がマリアの身柄を受け取るために待機していた。

 

「……………」

 

 長く降っていた雨は既に止んでいるが、未だに分厚い雲に空は覆われ、青空がその素顔を見せることはない。陽太はそんな空を見上げながら、今すぐ逃げ出したいという負い目と、もう逃げるわけにはいかないという開き直りの狭間で、苦悩し続けるが………迷いの時間はマリアの到着という形で終焉を迎える。

 

 千冬と真耶の間に挟まれ、腕に手錠を掛けたマリアがやってくる。千冬の斜め後ろにはシャルもおり、意識を戻している陽太の姿を見ると、驚いた表情で駆け寄ってきた。

 

「ヨウタッ!!」

 

 駆け寄ると、ヨウタの身体の調子を心配し始める。

 

「そんな大怪我しているのに動き回っちゃ!」

「………ちょっとだけ待っててくれ」

 

 シャルの瞳を真っ直ぐに見ることが未だ出来ずにいるが、特に邪険に扱うこともなく、陽太は優しくシャルを横にずらすと、マリアに向かって歩き出す。

 

「………マリア・フジオカ」

 

 名を呼ばれたマリアは、憎しみの表情こそ作らないが、それでも敵意に満ちた瞳で陽太の瞳を真っ直ぐ射抜く。

 

「…………俺は………俺は……お前に……」

 

 喉が、唇が渇く。動悸が激しくなり、背中に嫌な汗が吹き出て、立ち眩みに襲われ、今にも意識を手放したくなる。

 だけど、ここで止めるわけにはいかない。

 

「………謝らないと・『黙りなさい』」

 

 だがその陽太の謝罪を、マリア自らが遮り、彼女は自分の隣にいる千冬の方を見ると、驚くべき要求を真摯な瞳でする。

 

「私の手錠を外してください」

「!?」

 

 その提案に、千冬よりもむしろ連盟から派遣されてきたエージェント達が過敏に反応する。

 

「ふざけるな!! 貴様は自分の立場がわかっていないのか!?」

「いいだろう。ただし用事があるならすぐに済ませろ」

 

 だが、当の千冬は、そのマリアの要求をあっさり了承すると、手錠に鍵を入れて開錠してしまったのだ。

 一瞬で色めき立つエージェント達だったが、彼らの前に温和な笑顔を浮かべたカールが立ち塞がると、落ち着くように言い聞かせる。

 

「まあまあ、ここはウチの千冬を信じてください」

「しかし!」

「大丈夫大丈夫………決着はつけさせてあげたいんですよ、彼女」

 

 そういって無理やりカールに押し込められるエージェントたちを尻目に、マリアは自由になった手をさすりながら、早足で陽太に近寄る。

 

「……………」

「貴方のその面も『見納め』になるかと思うと………余計に腹立たしくなるけど………これだけは言っておきたいの。そして二度と忘れないように胸の内に刻み込みなさい」

 

 マリアはその手に渾身の力を篭めると………。

 

「私はお前を許さない! だから、殺してなんてやらない!! この世界で死ぬまで苦しみ続けろ!!」

「!?」

 

 陽太の頬を思いっきりぶん殴ったのだ。その威力に吹き飛ばされ、ヘリポートにたまっていた水溜りに倒れこむ陽太。

 シャルが、一夏達が急いで駆け寄るが、周りの者よりも早く、陽太に近寄ると、彼の襟首を掴んで、鋭い眼光で睨みながら、腹の底から湧き上がる怒りと憎しみを抑え、怒鳴りつけた。

 

「そして、何よりも………シャルロットちゃん(あの子)を不幸にしてみなさい!!! 今度こそ、私が

必ずお前を殺してやるッ!!!」

「……………あっ」

「返事しろッ!!」

「………あ、ああ………わかった」

 

 それだけ言い残すと、水溜りに再び放り投げ、千冬に向かって歩き出す。

 

「………すっきりしました」

「………そうか」

 

 手錠を再び着けられたマリアは、一度だけシャルの方に振り返る。

 

「マリア先輩」

 

 シャルは見た………彼女が泣いていたのを。そして悟る。

 彼女は不器用に、でも必死に、自分の中の憎しみと戦って、憎しみ以外の答えを出してくれたのだと………それも自分のために。

 

「先輩ッ!!」

 

 エージェント達に連れられ、ヘリに乗り込むマリアに声を掛けるシャルだったが、彼女は若干、肩を震わせるだけで振り返ることはしなかった。

 

 ―――ヘリのドアが閉められ、ヘリのプロペラが回り始める―――

 

 すぐさま高速回転を始めたプロペラが、ゆっくりと機体を浮かび上がらせる。

 

「先輩ッ!! 私、まだファミレスのお金、返してません!!」

 

 聞こえるわけないと分かっていながら、それでもシャルは叫ぶ。

 

「必ず返します! 返しますから………また会ってくださいッ!!!」

 

 轟音の中、両サイドをエージェントに挟まれているマリアに向かって、叫んだシャルに、マリアは微笑みながら振り向くと、唇で、シャルにこう伝えた。

 

 バ・カ・ネ。オゴリダッテイッタデショウ?

 

 シャルには、確かにマリアがそう言ったように見えた。

 その言葉を聴いたシャルは、涙を流しながら、手を振る………まるで、長年連れ添ったが、どこか遠い場所に行ってしまう友人に、それでも再会するんだと信じて、手を振り続ける。

 

「………馬鹿ね………バカ…」

 

 シャルの姿を見ながら………ゆっくりと遠くなっていく姿を見ながら、頬から一筋の涙を流しながら、ジャイロが煩いヘリの中では誰にも聞こえない小声で呟いた。

 

「………そんなに嬉しそうに、笑わないでよ姉さん?」

 

 仇も取らず、あまつさえ敵同然とも言える人物と友達になってしまうような、姉不幸者の自分に、心の中の姉は、確かに優しく微笑みかけてくる。

 

『いいお友達に巡り逢えたのね、マリア』

 

 何故かそんなモミジ・フジオカの声を、マリアは聞いた気がしたのだった………。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 小さくなっていくヘリを見上げながら、本日二度目の鉄拳を受け、陽太は水溜りの中で大の字に寝転び続ける。

 

「………俺は………許されたのか?」

 

 許すとも、絶対に許さないとも、両方とも意味を取れる言葉を一方的に言われ、反論する隙すらなく行かれてしまった………。

 

「(結局、俺は何もできなかった………)」

 

 謝罪すらもロクに出来ない………つくづく自分は戦うこと以外のことが出来ない人間なんだと、自嘲する陽太だったが、そんな陽太を見下ろすように人影が現れる。

 

「そんなところで寝てると、また熱がぶり返しちゃうよ」

 

 先ほどまでヘリに向かって手を振っていたシャルロットであった。未だ別れの余韻を残すように、瞳に涙を残しながら、しゃがんで見下ろすシャルロットを見ながら、陽太は彼女に問いかけた。

 

「…………こうやって、まともに話すの……久しぶりな気がするな」

「ハハッ!! そういえば、ここ数日、会話なんてほとんどなかったね」

 

 陽太の右手が、ゆっくりとシャルの頬に触れる。

 

「ヨ、ヨウタッ!?」

 

 突然のその行動に、硬直してしまうシャルロットだったが、陽太の瞳に宿っている物を見て、彼女は表情を引き締めた。

 

「………空に逃げてた」

「………ヨウタ」

「空は、誰も拒まない………だから、そこにいれば………ひょっとしたら、忘れられるんじゃないのかと思ってた」

 

 陽太が、シャルに、一夏達に初めて、胸の内(弱音)を晒しているのだ。

 

「だから………だから、ずっと一人で戦うことが当たり前だと思ってた」

 

 空になんて生きていない。

 空にしか居場所がないわけではない。

 

 そのことは、ずっと前からわかっていた。だけど、人を殺してしまった者が、人を純粋に助けることの出来る人間達の輪の中に戻ることなど、永遠にないものだと思っていた。

 

 ―――ちゃんと、フランスでシャルのこと護ったんだろうが!!―――

 

 だけど、さっき一夏に言われたその言葉が、陽太の心にあった分厚い雨雲に、一筋の光を差し込ませた。

 

「……………」

 

 陽太が、セシリアを見る。

 いつかオーガコアと戦ったときに、彼女は陽太の隣に立ち、彼女にしか出せない輝きを陽太に見せたことがあった。

 

 ―――『蒼穹輪舞(ロンド・オブ・サジタリウス)』 セシリア・オルコット!! 狙い撃ちます!!―――

 

 次に、鈴を見た。

 自分のせいでオーガコアに取り込まれた少女を、憎まれている相手を彼女は命懸けで救出した。

 

 ―――だから………だから、アンタは私『達』が絶対に救ってみせる!!―――

 

 隣にいる、ラウラを見る。

 小馬鹿にして、ろくに隊長としての職務をしない陽太を必死に立て、彼女は隊を纏めようと懸命に動いてくれていた。 

 

 ―――いえ、この場にいる全員の総意です。陽太を助ける………それが私達の使命ですから―――

 

 答えは、ずっと自分と一緒にあったじゃないか。

 

 ずっと一人で戦ってきた時、ずっと一人でブレイズブレードを駆って、空を飛んでいたら、永遠に手に入らない答えが………。

 

「俺は………間違ってた。たった一人で………何が出来ると思ってたんだろうな?」

「それは………私も………ううん、私達も一緒だよ、ヨウタ?」

 

 シャルは微笑みながら、そんな陽太の本音を否定する。

 陽太の気持ちも考えずに、自分達は気持ちを押し付けてしまった………自分を守ろうと、必死になって戦っていた陽太のことを間違っていると、一方的に彼の気持ちを否定して………。

 

 今なら解る気がする。

 

 人を殺してしまえば、その人に永遠に逢えなくなるだけじゃない。

 取り返すことの出来ない、大きな傷と、なによりもこの世界に理不尽を生んでしまうのだ。その傷が、幾千幾万幾億の痛みとなり、そしていつか大きな憎しみに替わって、殺した人も、殺された人も一緒に破滅させてしまう。その大き過ぎた罪に陽太は押し潰されかけ、罰という甘い罠でマリアは破滅に向かっていた。

 

 だがその一方で、マリアの憎しみは突然沸いた訳ではなく、彼女がそれほどまで純粋に姉のことを愛してたこと。

 だからこそ、何があっても陽太を許せなかったことを、陽太は何があっても許されないと思っていたことをシャル達は本当の意味で実感できた。 

 

「ひょっとしたら………愛しいって気持ちも、相手を憎む気持ちも、そんなに距離があるわけじゃないのかもしれないね」

 

 なぜだろうか、シャルが漏らしたその言葉に、その場にいた皆は静かにうなづく。

 コインの裏表のように存在する愛と憎しみ………自分達がこれから何とどう戦っていかなければならないのか………。

 

 ―――守る為の戦いだったとしても、犠牲が出れば、必ず悲しみと歪みが生まれる―――

 

 今回の一件は、陽太だけではなく、シャルや一夏達にそれを強烈に教えてくれたのだった。

 

「………シャル」

 

 そんなシャルを眩しそうに見上げた陽太に、彼女はしゃがみ込みながら、微笑んで話しかけた。

 

「ねえ、ヨウタ?」

「……………」

「いつも私を守ってくれて………ありがとう」

「!!?」

 

 視界が歪む。

 暖かなものがせり上がってくる。

 

 反射的に自分の手で瞳を隠した陽太だったが、指の隙間からは確かに見えた。

 

 ―――ああ、あの日と同じ青空だ―――

 

 もう空には冷たい雨を降らせていた雨雲はない。

 

 いつだって、陽太が大切な事を知る時、無限の奥行きと純度を持つ青さを大空は見せるのだ………空がいつだって変わらずに、天翔る王を見守り続けているのだ。

 

 陽太は、空に向かって手を伸ばし………握り拳を作る。

 

「………火鳥 陽太はシャルロット・デュノアの、対オーガコア部隊の編入を認める」

「!?」

 

 突然のその発言に驚く一同だったが、それだけ言うとまるで何かを待っているかのように黙り続ける陽太に、シャルは心から笑いながら、自分も拳を握って陽太の拳にコツンと合わせてみる。

 

「うん、これから………よろしくねヨウタ!!」

「あと………」

 

 寝転んだ状態で………耳たぶを若干赤く染めながら、陽太は首をずらして一夏達の方に振り返り、この学園にきて初めて………。

 

「一夏、セシリア、鈴、ラウラ………」

「「「「なっ!?」」」」

 

 彼等の名をちゃんと呼び、そして空を仰ぎながら、隊長として、彼らに想いを乗せた言葉を語ってみせた。

 

「………強くなるぞ。俺達はッ」

 

 ただ静かに、それ以上の言葉は何も語らず、だけど強い意志を宿した陽太の姿に、一夏達は当初は動揺したものの、静かに全員が満面の笑みを浮かべ、それぞれが拳を作って、陽太の拳に誓いを立てる。

 

「ああ、絶対に強くなって、オーガコアからみんなを守ってみせる!!」

「私達で、必ず亡国機業(ファントム・タスク)の野望を挫いてみせます!!」

「アタシ達がやらないで、誰がやるっていうのよ!?」

「そうだ。必ず、私達は強くなってみせるのだ!!」

 

 ―――大空の元、6人の意志がようやく本当の一つの形を作ってみせた―――

 

「…………ねえ、ヨウタ?」

「んだよ?」

 

 だがそんな中で、鈴が耳を真っ赤にしている陽太に対して、悪戯顔でとあることを聞いてくる。

 

「アンタ………私達の名前呼んで、ひょっとして照れてるのかな~?」

「!?」

「えっ?」

「どういうことだ?」

「あ、陽太………お前、耳が・」

 

 一夏が陽太の変化に気がついて、彼の耳の変化を口走ろうとしたとき、それよりも早く起き上がった陽太が、超速で一夏の背後を取ると、手足を絡ませてコブラツイストの体勢で彼を締め上げ始める。

 

「そういや、一夏ッ!? よくも人様をぶん殴ったな!? 超・許せん!!」

「ギィッ! い、いきなりなにをグオッ!!」

「万倍返ししちゃる!!」

「お、お前だって俺をな、殴っただろう……がぁぁっ!! イタイイタイッ!!」

 

 突如じゃれ付きだす男子二人………そんな二人を見ながら、女子達は呆れ顔になるが、シャルは一人小さく噴出す。

 

「(ホント………ヨウタは素直じゃないんだから)」

 

 素直に一夏に『ありがとう』と伝えるには、まだまだ時間がかかりそうないつもの幼馴染の少年の姿に、小さく吹き出してしまったのだ。

 

 そんな不器用で、すれ違いばかりを続けていた少年少女たちの姿を見ながら、真耶は鼻を啜りながら『よかったです~』と感動し、そんな真耶にハンカチを渡しながらカールは『雨降って地固まるって奴かね』と流暢な日本のことわざを言い、千冬は空を仰ぎながら、静かに、心の中の恩師に語りかけた。

 

「(先生………アナタが託した未来達………私が必ず守り抜いてみせます………だからこそ………)」

 

 心の中にあった、敬愛してやまない恩師に仰ぎながら、バカ騒ぎをしつづける一夏と陽太に向かって、彼らには今は聞こえない小声で言い放つ。

 

「一夏、お前に真実を………そして、陽太。今のお前ならば、辿り着ける」

 

 差し込んできた陽光に目を細めながら、千冬は心の中で確信していた。

 

 ―――全てのIS操縦者が最後に辿り着く………究極の領域に!!―――

 

 

 

 

 





とりあえず、無事章が終了して一段落

とにかく、今回は難産の連続で正直疲れました(笑


じゃあ、こっからちょっとしたあとがきタイム


・陽太はマリアに許されたのか、許されていないのか?

これは、読み手次第です。正直感情の問題なので、全部綺麗さっぱり解決はしていません。それだけがいえることです。

・陽太の変化

いままで、陽太は一人で気張ることしかできませんでした。それは環境によるものもありますが、一番は、やっぱり本人の「弱さ」です。
陽太は弱さを認めることができない人間でしたが、彼は仲間を得ることで、ようやく弱さと向き合いました………十蔵じいちゃんの「学ぶべきこと」を、もっとも体感した瞬間だったんでしょうね、今回が


さてさて、次回はエピソード的なお話になります







吐き気を催す邪悪の登場にご注意ください。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

仕組まれた運命

さあ、この章のエピソード的なお話


亡国最強の七人、全集合です


※吐き気を催す邪悪が登場





マリアファンのみんな、本当にごめんなさい



 

 

 

 

 

 ―――亡国機業総本部・アドルフグループ本社ビル地下150階―――

 

 核シェルター以上の硬さを持つ外壁に覆われた直径2km以上に及ぶ地下都市とも言える巨大な地下空洞。発見は当初は精々100mも無い空間だったが、拡張と補修の工事を繰り返し、いまや一つの街にまで発展させた亡国機業の総本山とも言えるこの場所の中心にある、巨大な地下議事堂。そこに今、組織の運営方針を決める7人の率いる者(ジェネラル)達が、終結しつつあった………。

 

「アレキサンドラ・リキュールッッッ!!」

「?」

 

 そしらぬ顔で赤い高級絨毯の上を闊歩するジェネラルの暴戦士(バーサーカー)の称号を持って、同じ組織の人間達にすら恐れられる自分の名前を呼び捨てにする少女の声を聞き、アレキサンドラ・リキュールは思わず振り返った。

 

 ―――彼女の視界に映る、ピンッと立った金色のアンテナ―――

 

「?」

「貴様ッ! ワザとやっているだろうォッ!?」

「………ああ」

 

 リキュールが視線を下にする。

 美しい金色の長髪を結い上げているが、なぜか頭部に特定の部分が飛び出て、俗に言う『アホ毛』な状態になっており、彼女の怒りに反応してなぜか直立不動に硬直していた。

 そしてその格好………青いドレスの様な特注の洋服の上から着込んだ銀色の甲冑という、なんとも時代錯誤な姿は、流石のアレキサンドラ・リキュールも変だと何度か言ったことがあった。裸にジャンバー一枚で街中を闊歩するお前が言うなと正論で返されてしまったが………。

 

 そして彼女は、右手に持った美しい装飾が施された一振りのソード………なんとこれがISの待機状態なのだが、とにかく、その刃の切っ先をリキュールの首元に押し付けながら、十代半ばの少女とは思えない殺気を放って、彼女に問い詰める。

 

「お前は今度は何を仕出かした!?」

「???………話の意図がまったく見えないんだが、『セイバー・リリィ』?」

 

 刃を首元に押し付けられているにも関わらず、まったくそのことには頓着せずに、左手で彼女のアホ毛を弄り出す。

 

「だから、私の『そこ』で遊ぶなといっているだろうが!!」

 

 リキュールの手を払い除けながら刃を構え直す少女剣士。

 

 彼女の名前は、リリィ・アルトリア。

 組織の実働部隊において、最大人数を誇る『亡国機業陸戦隊』の総隊長にして、ジェネラルの一人『剣士(セイバー)』なのである。

 実直、とことん生真面目、冗談が通じない、極度の負けず嫌い、などなど………年に似合わない堅い思考をしているために、影では『亡国の風紀委員』などと言われているが、彼女自身が亡国機業の幹部として、率先して組織のあり方を体現せねばならないと考えており、概ね風紀を乱す者には実力行使も厭わない過激な(そして矛盾した)部分を持つ最年少幹部である。

 

「先ずは私の質問に答えろ、リキュール!?」

「ああ、わかったよ」

 

 暢気に返事をしながら再び、アホ毛をいじり始めるリキュールに、リリィの唯でさえ低い沸点に一瞬で到達する。150にも満たない彼女では、180後半のリキュールの胸元にしか身長が届かないために、どうしてもそのアホ毛に意識が向かってしまうらしいのだ。

 

「だからっ!?」

 

 リリィは再び刃を構え直して首元に押し付けるが、リキュールはリスのように首を傾げるだけで、全く動揺も恐怖もしていない。その態度が更に癇に障わり、言葉に棘を含みながらも彼女は質問を続けた。

 

「今日の緊急呼集の理由は何だ!? どうせお前の独断専行と命令違反だろ!! これで何度目だ!?」

「………覚えている限りで3回だ」

「7回だッ!! 呼集されていない分を含めれば、50は超えているぞ!!」

「数えていてくれたのか。すまないね」

「だから、私の髪をいじるな!!」

 

 反省という言葉から組織一遠いリキュールの行動に、癇癪を起こして彼女を即刻処刑しようとするリリィという図は、リリィがセイバーに任命されて以来、変わることの無い図である。また、これだけのことをしておいて、リキュールが平気な顔をして幹部を続けられることにも、リリィは腹を立てているのだ。

 

「組織の命令が出れば、貴様の粗首など一瞬で切断してやるものを」

「魅力的な話だ。私も一度は君とは戦ってみたいと思っているよ」

 

 戦えば負けないと互いに意地を張り合うが、組織としてもジェネラル同士の戦闘などたまったものではない。

 それほどまでに超越した戦闘能力を持っている二人だったが、肝心な会議の存在のことを忘れていたのか、とある人物が声をかけてくるまで気が着かずにいた。

 

「二人とも、もうすぐ会議が始めるよ?」

 

 リリィとは対照的な銀色の長髪を腰まで垂らし、ブレザーのような制服を着た少女………だがその容姿は、御伽噺の国から現れた妖精のようであり、色々と物騒なオーラが沸き立つ二人からはかけ離れた美少女だった。

 

「トーラッ!」

 

 リリィが彼女の存在に気が付き、名を叫ぶと、ビクッと肩を震わせて硬直する。

 

「リ、リリィ………そ、そんなに怒らないで?」

「貴方に怒っているのではない!? 私はコイツに・『そう、君を怒ってはいないよトーラ?』」

 

 いつの間にかトーラの肩を掴む距離まで移動したリキュールが、彼女の耳元に囁く。

 

「きゃあっ!?」

「リキュール、貴様ッ!?」

「あまりそうビクビクするな、『弓兵(アーチャー)』? 亡国で三指の手練がそんな様では部下達に示しがつかないよ?」

 

 ビクビクとリキュールの一挙手一投足に過剰反応するこの少女が、その実は、亡国機業でも三指に数えられる実力を持つIS操縦者として畏怖を持たれているとは、おそらくほとんどの人間に信じられないだろう。性格的にはいたっては、非常に穏やかで調和を尊び、なぜかこのような闇の組織に身を置き、しかも幹部にまで上り詰めていられると不思議がられているが、その理由はリキュールはよく存じていた。

 

「これは忠告だトーラ・マキヤ。君はもう少し堂々としていろ。虫ケラ風情など、君の力ならば瞬時に黙らせることができるのだ」

「で、でも………ボクは、ジェネラルとして皆を守る責務が…」

「そうだ!」

 

 トーラの手を無理やり引っ張り、リキュールから引き剥がすと、厳しい眼差しで彼女を睨み付けながら、リリィはきっぱりと言い放つ。

 

「貴様のふざけた思想をトーラに吹き込むな! いくぞっ!!」

「あ、リリィッ!!」

 

 リリィに引きずられていくトーラ………そんな姿を眺めながら、『ヤレヤレ』と肩をすくめると、彼女自身が退屈極まる幹部会へと足を向かわせるのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 全長3mの重厚なドアをリキュールが開くと、すでに多くの人間が集結しており、周囲よりも一段高い場所に円卓上に並べられた机と七つの席が設けられていた。見ればすでに、先に向かったリリィとトーラが円卓の席に着席しており、リキュールも退屈そうな表情で歩を前に進める。途中彼女の姿に気がついた多くの組織の構成員達が一斉に彼女に向かって敬礼をするが、それも意に返さず、リキュールは円卓に設けられた自分の席に着席すると、隣に先に座っていたとある人物に声をかけた。

 

「やあ、サクラ。これで五人揃ったか」

「ええ。そやけど、本部におって一番遅刻してくるなんて、相変わらずやな、リキュールはんわ?」

「少々寄り道をしてね?」

 

 リリィとトーラにウィンクするが、リリィは一方的に無視し、トーラは申し訳なさそうに頭を下げるのみだった。

 リキュールの隣に座る。日本のとある地方の方言を話、桜色の着物を身にまとった、茶色いショートヘアの女性は、優雅に隣に座る女傑に挨拶をしてくる。

 彼女の名前は月神サクラ。世界中にクモの巣のようにネットワークを張り巡らせている亡国機業のアジア地域の運営を一括されている女性で、普段は実家がある日本の関西圏に在住しているのだが、今日はこの日のために本部にまで足を運んできたのだ。

 

 自分で持ち込んだ茶器に、緑茶を入れて飲みながら、明らかに周囲から浮いた雰囲気を醸し出すサクラに、リキュールがとある質問を投げかけた。

 

「それにしても………今日は自慢の旦那様は一緒じゃないのかね?」

「きゃあっ! いややわリキュールはん!! そんな世界で一番かっこ良くて素敵でハンサムで史上最高なダーリンやなんて………ほんまのことでも言い過ぎどすえ?」

 

 誰もそこまで言ってないだろう………とツッコミをリキュールが入れてるわけもないため、二人以外の人間が、『どうにかしろよ、この空気』と思い始めた時、ようやく何時ものきっちとしたワインレットのスーツを着こなしているスコールが、マイク越しに声をかけてくる。

 

『そろそろ時間が詰まってきたところで、会議を初めても宜しいでしょうか? 槍兵(ランサー)さん?』

 

 ちょっと額に青筋を作っているスコールがサクラに若干トゲのある言葉で話しかけた。どうやらリキュールと仲良くしているのが気に入らないようだ………負けじとサクラも席に供えられているマイクを掴むと、額に青筋を作って言い返す。

 

『あ、はいはい。リキュールはんが私の魅力に参らん内に、会議をしましょうか、騎兵(ライダー)はん?』

 

『『…………』』

 

 重い沈黙が会議室に流れる。スコールとは同期であり、組織発足当時から家業として亡国機業の幹部をしている二人は、ちょっとしたライバル心を持っているのだ。

 そして無言で互いを見ながら『狸』『女狐』と心の中で言い合うと、司会進行役としてスコールがマイクで話を進め始める。

 

『今回の緊急呼集………真に申し訳ない事なのですが、私の補佐官であるマリア・フジオカの組織離脱について…』

『スコール、少し待て』

 

 いきなり話の腰を折ったリリィを若干睨みながら、スコールはできるだけ笑顔を崩さずにリリィに問いかけた。

 

『あら、何かしら?』

『まだ、キャスター(魔術師)とアサシン(暗殺者)が来てない』

 

 二つほど空いている席を見ながらそういうリリィだったが、サクラはそんなリリィに対して、頬杖を付きながら呆れたように言い放つ。

 

『あの二人がこんな会議に来るわけないどす。ましてやアサシン(暗殺者)はんなんか、ジェネラルの皆はんすらも顔を見たことないのに…』

 

 正体不明であり、その実態が知れないアサシン(暗殺者)………亡国機業という闇の組織の影の部分とも言えるその人物は、最高幹部であるジェネラル達すらも知らず、また普段は何をしているのかも知られていないのだ。

 噂では組織の諜報活動を一括されており、主にその名が示す通り、組織に害をなす人物を殺しまわっているとも噂されているが、それすらも実際に見た者がいないために噂の領域を出ていない。

 

 そして、もう一人、キャスター(魔術師)と呼ばれている人物なのだが………この人物、ある意味最もこのような場には不釣合いとも言える者だったがために、サクラとしては『来てくれない方がいい』人物として考えていた。

 

 が………。

 

「お、餓鬼共。ちゃんと集まってるじゃないか」

 

 重厚なドアを、白衣を纏った助手に開かせ、一人の少女が堂々と歩いてくる。その姿を見た瞬間、会議室にいた全員に緊張感が走った。

 

「悪いな餓鬼共………お前達と違って、私は暇を作るのにも一苦労させられる忙しさなもんでな」

 

 セミロングなストレートヘアな黒髪、黒いエナメル質な光沢を放つゴシックロリータな服装の上に白衣を身に纏い、手にもった飴を舐めながら入室してくる少女のような容姿を持った人物を見るなり、リリィとトーラは視線をあからさまに外し、サクラは『ウゲッ』という言葉を口の中で飲み込み、スコールは彼女をきつく睨みながら、マイク越しに忠告する。

 

『ここは飲食厳禁ですよ、メディア・クラーケン?』

「誰が名前を呼んでいいと許可した、小娘(メスブタ)?」

 

 その言葉を聴いた瞬間、慌てて自分の茶器をテーブルの下に隠したサクラであったが、隣に座っているサクラはとある事実に気がついた。主に隣にいるリキュールが、彼女が室内に入ってきた瞬間、目の色が変わり、人間のそれから、己の逆鱗に触れて怒りが溢れている『龍』のものに変わっていることに………。

 

「(あ、リキュールはん………あかん、即効で激怒されとる?)」

「…………」

 

 沈黙を続けるリキュールの姿に、逆に危機感を募らせ始めるサクラ………なぜなら位置関係上、自分の席はメディアとリキュールの席に挟まれることになるのだから………。

 

 スコールの言葉を無視しながら自分の席に着席すると、メディアは遅刻の言い訳もすることなく、あまりにあっさりと、とあることを告げる。

 

『あ、早く済ませたいから先に言うが、マリア・フジオカ………どうやら死んだみたいだから。後始末は………スコール、お前んとこでとっとと済ませろよ?』

 

 その一言が場の一同を凍り付かせ、幹部席の背後に立っていた組織員の内の、とある人物が声を張り上げた。

 

「ふざけんなぁぁぁっ!!!」

 

 一同がそちらを振り向く。

 

「ジークッ! 止せッ!!」

「放せ、マドカァッ!?」

 

 スコール直轄の補佐官であり、マリア・フジオカとは同期で組織に加入し、苦楽を共にしているジーク・キサラギが、今にも壇上に乗り上げようとしているのを相棒であるマドカに押し止められていた。彼にしてみれば、マリアに直接問いただしたいところを無理やり本部に連行され、しかも長時間待機をさせられた挙句、この茶番染みた会議にスコールと共に同行した上で、いきなり仲間が死んだと告げられたのだ。積りに積もった不満と憤りが爆発してしまったのだ。

 だが、そんなジークをメディアは一瞥すると、マイク越しに冷ややかな声で、彼の上司であるスコールに冷たく言い放つ。

 

『………オイ、スコール(ドカス)。ちゃんと飼い犬の躾も出来てないのか?』

 

 メディアの嫌みったらしい物言いに表情を氷のようにしながら、スコールは仕方なく上官としてジークに命じる。

 

『………下がりなさい、ジーク』

 

 幹部員の身分の剥奪など、特殊事例が発生しない限り、組織員が幹部の命令に逆らうことは即処刑対象になる………闇の組織である亡国機業においては鉄の掟であるこの事実が、幹部に絶対の権限を与え、組織員には畏怖を持たせているのだが、この時のジークはその事実すらも忘れるほどに、感情的になってしまっていた。

 

「どういうことなのか、説明しろよ!!」

「ジーク………キャアッ!?」

 

 マドカを押しのけ、その瞳を『金色』に輝かせながら、彼は人の垣根を分けて円卓の幹部席に足を踏み入れようとする。

 

『止まりなさい、ジーク!!』

 

 マイク越しに怒鳴りながらジークの静止を試みるスコール。

 もし彼がこのまま円卓の席に乗り上げれ、その時点で幹部への反旗を翻したとして、他の幹部達が彼を処刑する権利を得てしまう。ましてや相手はあの『メディア(魔女)』なのだ。自分に逆らう者を生かすような真似をするはずもない。

 

『止まりなさいッ!!!』

 

 声を張り上げるスコールの、そんな気持ちも知らず、己の怒りを最優先させたジークは、議席への階段を駆け上がり、円卓にその手を触れかけ………、

 

「煩い」

 

 暴風のような裏拳による一撃をマトモに喰らい、高速で宙を舞って、会議室のドアをぶち破り、廊下を転がっていくのだった。

 

「ガハッ!」

「一組織員として、もう一度最初から教育されたいのかい、ジーク・キサラギ?」

 

 誰に気づかれることなく立ち上がり、ジークをぶっ飛ばしたリキュールは、冷ややかな視線をそのままに、メディアの方を見直し、手短に問いただす。

 

「その情報の信憑性と出処を教えろ。お前がなぜそのような情報を持っている?」

 

 最もな質問に、メディアはわざともったいぶって手で口元を覆いつくすポーズを取る。

 

「……………」

 

 そして誰にも悟られないように、その情報の出処についてを思い出し………口元を引き裂いたかのように、邪悪に笑いあげた。

 

「(………信憑性? そりゃ確実じゃないか………なんせ私が『アサシン』に殺すように命じたんだからな?)」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 マリアを乗せたヘリが、彼女を乗せてIS連盟本部に護送するための旅客機が待つ空港に後数分という距離で、その自体が起こった。

 

 遮蔽物もない空の上で、突然ヘリのローターが火を噴いたのだ。中に乗り合わせていたパイロットも黒服の護衛も、何が起こったのか理解できずに、慌てふたる中、マリアの反応は一切の無駄がなく、かつ大胆不敵だった。

 手錠をされている中で、彼女は大きく息を吸うと、腹筋に力を込め、思いっきり口の中に手を突っ込んだのだ。

 

「な、何をしている!?」

 

 隣にいた黒服の護衛が、それをやめさせようとする中、彼女は自分の胃液をぶちかましながら、なにやら小さく黒いケースを口から嘔吐すると、それを握り締めながら、自分の髪の毛の中に仕込ませておいた、いかなるセンサーにも引っかからない一本のワイヤーを掴むと、それを狭いヘリの内部で振るってみせる。

 

 ―――あっけなく切り裂かれるヘリの扉―――

 

 そして、彼女は両手に手錠がつながれている状態で飛び出すと、小さく黒いケースを口に挟んで手で180度回し、ケースを開封する。すると中から、待機状態のISが飛び出したのだった。

 

「(地面まであと20m!?)」

 

 着陸態勢になっていたためか、地面までの距離が近い。慌ててマリアはISを展開し、地面を砕きながら着地した。

 

 彼女が身に纏っているのは、オーガコア搭載ISとは色違いの同じデザインをした白いISであった。

 これは組織に彼女が入った際、最初に使っていたスコールが手渡したISであり、IS学園に潜入する時、彼女は来る日に備えて、より出力の大きいオーガコア搭載ISに乗り換えたのだが、もしもの緊急時に予備として、持ち続けていたのだ。

 火鳥陽太との戦いの際、万が一使う必要が出るかと思い、特殊なケースに入れて、自分の体内に文字通り『飲み込んだ』のだが、こんな形で使うときが来るとは思ってもいなかっただけに、若干苦笑がもれる。

 

「さてと………」

 

 漏れてしまった笑みをしまい、彼女は早速状況の分析に取り掛かる。

 自分が今立っているすぐそこに海がある臨海地区の、無人の空き地を見回し不審に思うマリア。

 

「(狙われるのは想定内。狙撃や爆撃も予想していた………だけど、IS学園が15分の距離で、しかもこんな遮蔽物の無い場所で………)」

 

 ―――全てが数センチの『破片』と化して降ってくるヘリコプターだった『モノ』―――

 

「何が………」

 

 これがISのものだというのはマリアにも辛うじて判断できる。通常兵器で行うには、これだけの真似、何時間かかるかわかったものではない。

 だがマリアが驚いていることはそういうことではなく、彼女ほどの操縦者………幼き日から、特殊な暗殺術を叩き込まれ、こと、周囲への気配察知能力に関しては、亡国でも随一と言われている彼女が、『攻撃されるまでその存在』にすら気がつけずにいたということだ。

 

「(亡国の襲撃を想定し、時間帯とルートを選び、もしISを展開しようものならIS学園から増援が飛んでくる………織斑千冬が想定していたはずの考えは大よそ間違っていない。なら、どこから?)」

 

 千冬が考えたプランを推測し、その考えを信用していただけに、この事態は少々想定外だ。仮に自分以外の人間がIS学園にスパイとして潜り込まされていたとしても、今回の護送ルートは千冬以外は知らない事だし、如何にISに乗せられているステレスモードを起動させようとも、肉眼での目視まではごまかせない。こんな開けた場所でISを起動させて待ち伏せていれば、即座に誰かの目に止まってしまう。現実的はとても言えない。

 

 ならばなぜ?

 

 彼女が周囲への気配察知を怠らないようにしつつ、一歩歩き出そうとした瞬間だった。

 

 ―――背後に突如現れる、巨大な殺気―――

 

「!?」

 

 条件反射で右手の鋼糸を振り抜く。背後にいる何かが攻撃してきたのか、攻撃の意志を持っているだけなのか、そんなことを気に止めている余裕すらない。最速最短の一撃を、背後にいる存在に繰り出すマリアだったが、その攻撃は、大きく地面を抉るだけに止まるのだった。

 

「(今、確かに誰かいたはずなのに?)………どこに・」

 

 決して勘違いではない存在を探そうとするマリアだったが、その時、彼女の耳に不快極まる水滴が落ちるような音と、ISからの緊急警告(エマージェンシー)の音が同時に鳴り響き、彼女の活動を完全に停止させてしまう。

 

 ―――ピチャ、ピチャッ―――

 

 その水滴が落ちるかのような音が何のか、そしてこの緊急警告(エマージェンシー)が何なのか? だが彼女はその場からまったく動くこともできず、呼吸すらもままならない。

 

 ―――喉元に突きつけられている、死神の鎌―――

 

 マリアの全運動神経を支配する恐怖を生み出しているのは、息がかかるほどの近い距離で背後に立つ、おぞましいほどの殺気を放っている何者かであった。とてつもないその巨大な気配は、とても人間が放っているとは思えないが、はっきりとその存在が確認できる。

 

「(これは………まさかっ!)」

 

 人外の領域の気配を発する存在………そんな存在、彼女の中で『暴龍帝(たった一人)』しかいないが、彼女がこんな場所にいるわけも無く、ましてや自分に対して不意打ちや奇襲など掛けてくる筈はない。

 なぜなら、彼女は『自分が最強』と天上天下唯我独尊な物言いを平然と言い放つが、それに見合った天衝く『誇り(プライド)』の持ち主だ。その圧倒的な自負が有るゆえに、卑怯な振る舞いをするぐらいなら、自分から死を選ぶ思考の持ち主である。

 

「(じゃあ、これが………噂の…)」

 

 亡国機業において実しやかに囁かれる噂………。

 組織の敵対者や離反者を専門で狩る、亡国最強のアレキサンドラ・リキュールに匹敵するというIS操縦者の存在………。

 

「!?」

 

 彼女が背後の存在に心当たった時、燃えるように腕が痛み出す。その尋常ではない痛みに、視線を腕に向けたとき、ようやくマリアは自身の状態に気がついたのだった。

 

 ―――赤い血を滝のように流しながら、二の腕から先を無くした右腕―――

 

「ああああああああああああっ!!!」

 

 ついさっきまであったはずのモノがなくなっていたこと。そしてISが放っていた警告音の意味。二重で理解したマリアは、左手で出血を抑えながら膝まづく。

 

「うううっ!!」

 

 大怪我を自覚したためか、そのあまりの激痛に身動きが取れなくなり、地面に蹲るマリアの前に、ゆっくりと『それ』が歩いて回ってくる。

 

 空中に忽然と浮かぶマリアの右腕を持つ手だけが辛うじて見えるだけで、あとの姿は見ることができない。だが時々風に揺られているかのように、若干手の付近の風景が揺らぐのを見たマリアは、すぐさま目の前の謎の襲撃者がどうやって誰にも姿が見られていなかったのかを理解した。

 

「(こ、光学迷彩………しかも、フリューゲルのモノと同等かそれ以上のステルス性能)」

 

 竜騎兵(ドラグナー)のフリューゲルが所有するISには、通常のISが搭載するステルス性能を凌駕する性能を持ったステルス能力が備わっているが、目の前の襲撃者にはそれと同等以上のステルス能力を持っているようだ。だがそれだけでマリアの察知能力を突破するのは困難極まる………そう、襲撃者が『並』の相手ならば………。

 

「お、お前が………噂の『アサシン』ね」

 

 相手が、あの暴龍帝に匹敵する『亡国の死神(ジョーカー)』のアサシンであるのならば、十二分に納得ができる。

 噂だけが先攻し、正体は誰にも悟られず、だが亡霊のように常に皆の陰に潜む、亡国(ファントム)の死神(ジョーカー)………闇の組織の影とも言える大物の登場に、マリアは圧倒的な絶望感に覆われる。

 

「(………まさか追っ手に、こんなに最上級な相手を向かわせてくるなんて………流石にこれは年貢の納め時かな?)」

 

 人間、あまりに度が過ぎると涙や恐怖よりも前に笑いがこみ上げてくるのか? そんな不思議な感覚に襲われ、口元にわずかに笑みを浮かべるマリアだったが、そんな彼女に、『アサシン』は思っても見ない行動を起こした。

 

 懐から取り出されたスマートフォン………これをマリアに向けたのだ。

 

「?」

 

 最初、それが何の意味があるのか、マリアには理解できなかったが、すぐさま意味が判明する。

 

『よお! 手間をかけさせてくれやがるな、ゴミ』

 

 公然と人を見下し、それでいて醜悪な笑みを浮かべ、どこかの暗い部屋にいるのか、周囲が理解できないが、豪勢な革張りなイスに足を組みながら座る少女………いや、少女のような容姿をした女性。

 

「………『キャスター』……メディア・クラーケン………」

『ゴミが、誰様の名前を口にしてる? おい、アサシン』

 

 呼ばれたアサシンはすぐさま蹲っているマリアの後頭部めがけて、自分の足を振り下ろした。

 

「グッ!」

 

 地面に顔面から『陥没』してもがくマリアだったが、数秒した後、彼女の頭から足をアサシンは離し、それを確認してからメディアは話を続ける。

 

『少しでも長く息をしていたいのなら、口の利き方には気をつけろ?』

「………クッ!」

『もっとも、ゴミの相手を長々とする気は無いんでな、単刀直入に聞く』

 

 口元に笑みを浮かべるメディアと、地面から顔を出してメディアを睨むマリア。

 

『お前、『何処まで』嗅ぎつけたんだ?』

「………何の話か知らないわね?」

 

 マリアが再び減らず口を叩いた瞬間、アサシンがマリアの後頭部を踏みつける。今度はすぐさま放すようなことをせず、踵を擦りながらマリアをいたぶり続ける。

 

「!!!!!?」

『勘違いするなゴミ。お前は私の質問に迅速かつ的確に答えてりゃいいんだよ』

 

 メディアが画面越しに手を振るうと、アサシンは足を上げ、マリアの頭を鷲掴みで持ち上げ、画面のすぐそばに彼女を近づける。

 

『もう一度だけ聞いてやる。お前は……………『プロジェクト』のことを、何処まで嗅ぎ付けた?』

「……………」

 

 『プロジェクト』………その言葉を聴いた瞬間、一瞬だけ眉を動かしたマリアだったが、すぐさま、メディアを小馬鹿にしたかのような表情を作ると、切れた唇から流れる血ごと………。

 

「ペッ!」

 

 画面越しのメディアに向かって痰を吐きかけたのだった。それを見た画面の向こうのメディアの瞳が細まり、明らかに目の色が変わった。

 

『アサシン』

 

 メディアの命を受けたアサシンが、マリアの頭部を地面に叩きつけた。

 

「!?」

 

 彼女から飛び散る血のしぶき………ISのシールドバリアすらも貫くほどの衝撃に、マリアの意識が遠のき、彼女を薄っすらと死を覚悟する。

 

『いや、待て』

 

 だが今にもトドメを刺そうとするアサシンを止めたのは、あろうことかメディア本人だった。

 

『そいつを起こせアサシン。面白いことをたった今、思い出した』 

 

 彼女は、地面に頭部を無理やり押さえつけられているマリアを無理やり引きずり起こすように命ずる。そんなメディアの命令を実直に聞き入れ、すぐさま起き上がらせると、血だらけのマリアに対して、嫌らしい笑みを浮かべて、彼女にとある事実を告げ始める。

 

『お前の名前………確か、マリア・フジオカだったよな』

「……………」

『思い出した、思い出した………確か、オーガコアの実験で被検体になった奴の妹じゃないか………ハハ、こりゃいい!! コイツは傑作だ!!』

「……………」

 

 何を突然言い出しているのだろうか? 意識が遠のいているマリアには判別できずにいたが、メディアの次のセリフによって、皮肉にも意識は一瞬で『怒り』一色に染まって覚醒する。

 

『あのオーガコアの実験な……………私が指揮してたんだよ!』

「!?」

『しかもな、途中から『性能安定』テストを、私が『性能臨界』テストに変更したんだよ………つまり、どの程度プロテクトを解除すれば暴走するのか、試してたわけだ。まあ、アイツは結局最後まで暴走しなかったがな!!』

「なっ………にを?」

 

 マリアの唇が動いたのを確認したメディアが、そんな彼女に近づくと、瞳孔を開いて、笑いながら言い放つ。

 

『直感だ……………目の前の『おもちゃ』でどれぐらい遊べるか? 私の直感は凄くてな………そりゃお前のねーちゃんは傑作だったぞ? 毎晩、毎晩、正気な状態で人殺しをさせ続けてたら、案の定、泣きながら私に許しをこいてきやがった。もうやめて! これ以上人殺しをさせないで!? ってな………だから、私が言ってやったんだよ』

「………ま……さか」

『そうだよ! お前がやらないなら、お前の妹を代わりに使うぞってな!!………そしたらな、次の日から、お前のねーちゃん大人しく、私の命令通り、人殺しを続けてくれたぞ? しかも毎晩私が妹の話をするたびに、半狂乱になりながら妹の話はしないでって泣き叫びながらな!! その姿がまたおかしくてよ………私は優しいから、妹に会う機会を作ってやったんだよ。より『長く』正気を保ってられるように、より『長く』私が遊んでいられるようにな! クックックッ………まったく馬鹿だよな。お前を見るたびに正気を取り戻して、必死に自分を組み立ててやがるんだが、私がそれを全部ぶち壊していることにも気がついてなかったんだよ? お前もそう思うだろ?』

「ぐっ!!」

 

 マリアが犬歯を砕けそうになるほどかみ締め、目だけで射殺しそうになるほどの憎悪をメディアにぶつけるが、それすらも彼女には愉快に映るのか、話を続ける。

 

『だけどよ、そのうちねーちゃん(玩具)で遊ぶのも飽きてきた所で、どうやって処分しようかって時に、ミスターネームレスと篠ノ之束に邪魔されちまいやがった!………本当なら、お前をねーちゃん自身に殺させてから、派手に暴れさせる予定だったのによ!! まあ、ゴミの処理の費用としてオーガコア一個くれてやったと思えば、妥当だろ?』

「き………さ……ま……」

『お前もそう思うよな!? たいした実験でもないくせに、勝手に命かけて、勝手に死んだ、どうしようもないクソゴミの処分代としては、分相応だと思ってくれるだろう!?』

 

 その一言が、引き金になった。

 獣の慟哭のように、切れた額から流れる血が瞳を伝い、まるで血の涙を流しているかのような状態になりながら、瞳孔を最大まで開き、叫びながら左手の鋼糸をスマートフォンを持っているアサシンに振るうマリア。

 

 

 

「メディアァァァッァァァァァッァァァァッッッ!!!!!」

 

 

 

 姉を、姉の悲しみを、苦しみを、命を、人生を、そして自分への愛を、この女は玩具にしたのだ。怒りで、憎しみで、視界が真っ赤に染まるマリアは、出血で残りわずかになってきた自分の命を気遣うことなく、渾身の力で鋼糸を振るった。

 

『アサシン』

 

 だが、そんな彼女の、人生最大最後の一撃を………。

 

 ―――右手に持ったガンブレードが放つ、光速の連撃―――

 

 アサシンと呼ばれた、超越した実力者は難なく踏みにじる。鋼糸とガンブレードの連撃が交差し、マリアの鋼糸が細切れにされ、更に左腕も切り飛ばされ、全身から血を噴出して地面に倒れこむ。

 

「ガッ!」

『………5点。まったくつまらないリアクションだよ………なんか冷めてきたな』

 

 先ほどまで、マリアを精神的にいたぶることで満ちていた愉悦が冷めたのか、メディアは興味が失せたかのように、乱雑にアサシンに命令を下す。

 

『予定通りそいつを処分しろ。まあ、コイツが収集したデータが手に入らないのは少々不確定要素だが、直接私に害が及ぶほどじゃないだろ………コイツが持ってても意味は無い。スコールの奴に知られるのは少々厄介だがな』

「(な……る………ほ…ど………そうい…う………ことか…)」

 

 メディアが不用意に発した発言………死を前に、マリアは最後の冷静さを取り戻したのか、メディアの真の狙いに気がつくと、あえて大きな音を立てながら、動かぬ体を引きずって移動しようとする。

 

『おい、テメェ………これ以上手間かけさせるな』

 

 メディアはその様子に気がつくと、早急にアサシンにトドメささせようとする………が…。

 

「ペッ」

 

 口から何かを吐き出すマリア………その物体が、SDカードだと気がつくと、メディアは口元を開いて、満面の笑みを浮かべる。

 

『やればできるじゃないか………回収しろアサシン』

 

 その不用意な命令………素直にメディアの命令どおりにSDカードに手を掛け………彼女の腕に鋼糸が巻き付く。

 

「!?」

「おあいにく様………それはただのSD。中身は何も無いわ」

 

 全身から鋼糸を操れるマリアは、無くした両腕からではなく、足の先から一本の鋼糸を射出して、アサシンの腕を巻き取ったのだ、

 

『!?………テメェ…』

「イタチの最後ッ屁?………お前が欲しがってるものなら、すでに私の手元じゃないわ。そのデータを受け取るのにふさわしい人物の元に届けられるようになっている………そう、お前が怖がっている人物にね」

『チッ! 殺せ、アサシン!!』

 

 感情的にそう命令を下すメディアだったが、マリアの次なる一手はすでに発動されていた。

 

「そしてアサシン………アンタへのイタチの最後ッ屁はこれよ!!」

「!?」

 

 マリアのISが不気味なうなり声を上げながら発光を始める。そしてそれが何を意味しているのか、メディアはすぐさま理解した。

 

「お前はここで私と一緒に死ぬのよ! 『プロジェクト・アンサング』の『D』!!」

 

 ―――ISコアをオーバーロードさせての自爆!!―――

 

 至近距離からの爆発を受ければ、如何にオーガコア搭載機といえども無傷では済まされない。だがそれを行えば、装着者には確実なる死が待っている。

 

「!?」

 

 すぐさまアサシンは、絡まった右手ではなく、フリーな左手による抜き手を繰り出し、マリアをコアごと絶命させようとする。

 

 ―――迫る手が、やけにゆっくりに見える―――

 

 ―――ねえ、ジーク?―――

 

 ―――自分の復讐もあるのに、貴方の復讐に加担して、あげくこんなところで死ぬ私を、貴方はなんて思う?―――

 

 ―――きっと馬鹿だって笑うでしょう? 私もね………馬鹿だって思うの―――

 

 ―――でもね………なんでかな? 今はそんなに悪い気がしないのよ?―――

 

 ―――自分の復讐が終わったから? それとも本当に自分が復讐する相手が見つかったから?―――

 

 ―――結局、私って全部中途半端になっちゃったな~―――

 

 ―――あ、そういえば、貴方にデートの申し込みしてたのに、一度もしてくれなかったな―――

 

 ―――マドカにもそうやって我侭言い放題してるんでしょ?―――

 

 ―――もう少し、あの娘にも優しくしてあげなさいよ!!―――

 

 ―――フフフッ………だけどさ。一度でいいから―――

 

 ―――したかったな、貴方とデート―――

 

 抜き手がマリアの心の臓と、ISコアを貫いた。

 

 ―――もう、そんなに笑わないでよお姉ちゃん!!―――

 

 

 

 

 

 モミジの笑い顔を見ながら、マリアの意識は白い閃光に包まれたのだった…………。

 

 

 

 

 

「申し訳ありません、メディア」

『ああ、もういい。まったく最低だよ』

 

 上空2000m地点において、濃い雲の中に隠れながら通信するアサシンとメディアだったが、アサシンの姿は先ほどまでの光学迷彩に覆われたものとは違い、全身を黒い装甲で覆い、しなやかな流線型のフォルムを持つ、ジークのISに非常に近いものがあった。

 そんなISを纏いながら、抑揚の無い、感情がまるで篭っていない声で、メディアに謝罪を続けるアサシン。マリアの予想外の反撃にも、彼女は多少の『損傷』で済ませてしまったのだ。

 

「申し訳ありません」

『テメェは壊れたラジオか!! それしか言えないなら黙ってろボケッ!!』

 

 自分の思い通りの展開にならなかったのがえらく気に入らないのか、アサシンに当り散らすメディアだったが、すぐさま何かを考え付いたかのように邪悪な笑みを浮かべる。

 

『うし、決めたぞ………あのゴミへの意趣返しだ』

「………何をされるのでしょうか?」

『あん、決まってるだろうが? プロジェクト・アンサングの餓鬼を使うんだよ』

 

 そうと決まれば、まずは画像だな………などと、鼻歌を歌いだすメディアを見て、クスリと笑うアサシンに気がつくと、メディア波及に冷めた表情となって彼女に言い放つ。

 

『テメェ………その薄気味悪い笑みを出すなって言ってるだろうが!?』

「申し訳ありません」

『最新鋭の光学迷彩システムを、あんなゴミにおジャンにされやがって!!! 今度、ヘマしてみろ!! テメェも一緒にゴミにしてやるからな!!』

「了解しました、キャスター・メディア」

 

 一向にその笑みをやめないアサシンにブチキレたのか、メディアが通信装置を蹴り飛ばして切る………メディアと通信を終えたアサシンは、空を見上げながら、ポツリと呟いた。

 

「………茶番はおかしいもの………ではないのですか? キャスター・メディア?」

 

 プシュッという圧縮空気が漏れる音と共に、マスクが外れ、色素が完全に抜け落ちた透明の髪が現れ、上空2000mの風に揺られながら、作り物にも似た目を細め、作り物のような笑顔を浮かべながら、ここにはいないとある人物のことを思う。

 

「それにしても………マリア・フジオカの死を聞いた貴方は………どんな素敵な表情を見せてくれるのかしららね、ジーク?」

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 それから数時間、ちょっとした小道具を用意しこの会議場に来たメディアは、ぶっ飛ばされたものの律儀に戻ってきたジークを見下しながら、テーブルに備え付けられている端末にディスクを挿入し、立体投影するプロジェクターで、会議室全員にとある映像を見せる。

 

『今から数時間前、とある場所で『偶然』撮影された映像だ』

 

 その映像が映し出された瞬間、にわかに会議室が騒がしくなり、スコール達ジェネラルは不信な表情を作り、特にリキュールは明らかな疑惑を持った目でメディアを見た。

 

 ―――地面に這いつくばっているマリアを、フレイムソードで串刺しにしているブレイズ・ブレード―――

 

『どうやら、マリア・フジオカは諜報活動に失敗した挙句、IS学園側に抹殺された模様だな』

 

 もし事実を知っている者がここにいれば、『何を抜け抜けと言う?』と皮肉が飛び出てもおかしくない場面であるが、あいにく彼女の死因を直接的に知っているのはメディアと実行犯のアサシンのみ。敵であるブレイズブレードを操る陽太が殺した………と言われれば、いかような状況であろうとも、別段不審な点はない。なんせ亡国機業とIS学園は明確に敵対している組織同士で、自分達は世間的には極悪なテロリスト集団なのだから………。

 

 だが、如何に立場がテロリストであろうとも、心の中まで非人間にはなりきれない者がこの中にはいたのだった………。

 

「………………殺してやる」

 

 映像を食い入るように見つめたジークが、低い声で搾り出すように呟くと、いきなり立ち上がると会議室から出て行こうとする。

 

『退出は認めていません』

『何処へ行く?』

 

 怒りで頭が沸騰しかけているジークを勇めるようにスコールとリキュールが同時に彼に声をかけるが、そんな二人を相手にしても、今のジークは引き下がる気は一向になかった。

 

「ミスターネームレスの首をこの場に持ってくる………なんかそれが文句あんノカ!?」

『大いにあるね』

 

 今のジークの神経を逆撫でかねない言葉を言い放ったリキュールは、メディアの方を見ると、明らかに疑っていることを前提な話を彼女にしだしたのだった。

 

『映像に信憑性が欠けている』

『………何を根拠に言ってやがる?』

『陽太君は十中八九マリアを殺さない。そして、この映像提供者が……………お前ということが、私は気に入らない』

『………敵の行動を信じて、味方を疑う気か、小娘(ドクズ)?』

 

 余裕でリキュールの言葉を受け流していたメディアだったが、次の瞬間、リキュールが放った言葉によってその余裕が完全に崩れ去る。

 

『味方?………下らない自尊心とチンケな小細工をするしか能がない、貴様如きが味方だと?………恥を知れ、老害(ババァ)』

 

 その台詞を聞いた瞬間、極力二人の争いには介入しないようにしていたサクラの表情が最高の青ざめる。

 

「……!!」

 

 咥えていた飴を噛み砕き、議席に乗り出したメディアは、さくらの前のテーブルに足をかけると、リキュールの胸倉のを掴み、額に多数の血管を浮き彫りにするほどの激憤を見せながら、彼女を脅しかける。

 

「そんなに殺されたいのか、小娘(虫けら)?」

「やれるものならやってみろ、塵………」

 

 冷めた瞳でメディアを嫌悪するリキュール………その様子は会議室中に伝染し、最悪ジェネラル同士の抗争になりかねないと思ったのか、争いには極力介入しないようにしていたトーラやリリィ達も止めに入るべきかと思い立ち上がる………が、それを止めたのは、幹部ではない、一人の青年だった。

 

 

「うるせぇーーーー!!!」

「「!?」」

 

 全員がそこを振り向く。会議室中の視線を一身に受け、だがそれでも引かない意志を持ったジークは、自分を置き去りにして争いを続けるリキュールとメディアの方を見ながら、怒鳴りつけた。

 

「テメェーラの言い争いなんてどうでもいいんだよ!! 俺を早くIS学園に行かせろ!!」

『ジーク君、落ち着きたまえ』

「落ち着けるか!! スコール!!」

 

 これでは埒が明かないと直接の上司であるスコールに問いただそうとするジークだったが、メディアはそんなジークの方を見ながら、意外なことを言い出した。

 

「いいぜ………おい、スコール。敵討ち、させてやれよ?」

『メディア・クラーケン………現状、表立ってIS学園に我々が攻撃を仕掛けるのは……』

「そんなもん今更過ぎるだろうが? それに私らとしても、これ以上学生風情に舐められるわけにはいかないんだよ………だろ、亡国随一の軍師さんよ?」

 

 ここにきて尤もらしい意見を言い出すメディアと、会議室の空気が「メディアの意見を支持」しだしていることがスコールにも感じ取れた。

 オーガコアにはいまだにストックがあるが、いたずらに消費する余裕もない。それにこれ以上IS学園サイドが活気付けば、世論のバランスにまで影響が出てくる可能性もある。だが、この現状を作っているのがメディアであることが、どう考えても裏があることを承知しているだけに、彼女の真意がわからない現状では、おいそれとメディアの意見を採用したくないスコールは、どうしても『出し抜かれた』感を感じ、頭を抱えながら、仕方なしに命令下す。

 

『IS学園の襲撃作戦を立案します。ただし無策での突撃は厳禁よ………それを承諾できるのであれば、襲撃の実行役にジーク、貴方を指名するわ』

「……………」

『命令は絶対ッ! これ以上、部下を失うような事態にするわけにはいかないの!! 返事をしなさい、ジーク・キサラギ!!』

 

 上司として部下の命を預かるスコールのその言葉に、ジークは渋々といった表情で返事をした。

 

「了解した」

『では、別命あるまで別室で待機していなさい。マドカ、お守りをお願い』

「りょ、了解!」

 

 踵を返して会議室を出て行くジークと、そんな彼の後を追うマドカ………二人の背中を見つめながら、リキュールは小さな声で、メディアに問いかけた。

 

「何のつもりだ、キサマ?」

「あん?………単に興味を持っただけさ」

 

 メディアは息がかかるかというほどに顔をリキュールに近づけると、マリアに見せていたような醜悪な笑顔を浮かべながら、彼女を言葉で嬲りだす。

 

「お前が見つけた火鳥陽太(玩具)と、私が作ったジーク・キサラギ(玩具)………どっちが優秀かをな?」

「………あの二人に手を出すことは、私が許さんぞ?」

 

 リキュールの瞳孔が若干変化し、全身から人外の殺気が溢れ出るが、メディアは臆することなく、自分の指を鳴らすような状態を作ると、彼女に言い続ける。

 

「いいぜ? ここで私と殺しあう(やりあう)ってのも………だけどよ」

 

 メディアがトーラとリリィの方を振り返るのを見たリキュールは、つられてそちらの方を向き、彼女達の変化に気がついた

 

 ―――何も写さない、魚が死んだかのような濁った瞳と能面のような表情―――

 

「あの二人を同時に相手にして、お前はスコールを守りきれるのかな?」

「……………」

 

 スコールが肩を震わせ、リキュールの眉がピクリと動いたのをメディアは、ゆっくりと顔を引き剥がすと、彼女に言い放った。

 

「『アレキサンドラ・リキュール』……………テメェには、その名前は荷が重過ぎんだよ」

 

 ゆっくりと着席するメディアが指を鳴らすと、トーラとリリィの瞳に光が戻り、自分が今何をしていたのかという不信な表情になる。

 

「(リキュール………ごめんなさい!!)」

 

 自分がいたために、彼女が命のように大事にしている『信念』に傷をつけてしまっているこの現状を歯がゆく思いながら壇上を見つめるスコール………組織の理念よりも、自分の思惑よりも、自分が誰よりも尊く思っている人物が受けている屈辱が、彼女には堪らないのだ。

 

 それゆえに、スコールは、その端正な美貌を歪ませるほどにメディアを睨みながら、この屈辱は必ず倍返しにしてやることを心の中で誓う。

 

「(メディア・クラーケン………この借りは倍返しにしてやる………ましてや)」

 

 目の前の映像を食い入るように見つめながら、彼女は確証のない確信で決意していた。

 

「(貴女の仇………私が必ず取るわ、マリア!!)」

 

 

 

 

 

 組織発足から50年以上の間、闇の中の影において、深き業を生み出してきた人物によって、仕組まれた戦いを強いられる二人の操縦者………。

 

 この二人の激突が、世界の流れを更に変化させる要因になるとは、まだこの時、誰もが知る由がなかった………。 

 

 

 

 

 

 

 






(・ω・)



(;ω;)ブワッ


マリアサーンッ!!!!


お姉さんキャラ好きなだけに、ちょっと自分で凹んでました………。


というわけで、皆がもれなく大嫌いといってくれると信じて登場した、吐き気を催す邪悪こと、メディア・クラーケンさんの登場です!

親方様とは死ぬほど仲が悪いこの人、果たしてこれからどんな活躍を見せてくれるのか?

そして、今回の話では、次章以降からキーワードとなるための事柄が、チラホラ出てきてますので!




さあ、戦うことを仕組まれてしまった、陽太とジーク。

二人の戦いの行方は?

亡国の次なる動きは?

そして、影が薄いと皆が心配しているモッピーの行方は?


次回もお楽しみください


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三章・過去に思うこと
千冬からの贈り物


新章ついに突入!





でも初っ端は説明回。



モッピー……(;ω;)



ではお楽しみください


 

 

 

 

 6月も半ばを過ぎ、日本特有の長雨シーズンである、梅雨の中休みとも言える晴れ間が見える日。

 

 度々起こっていたオーガコアの被害によって破壊されたアリーナも校舎も完全に復旧し、IS学園の学生達は、近々開かれる学年別トーナメントに向けての訓練に余念がなかった。各国家や企業のVIPが多数来賓として来日し、日々の自分達の修練の成果を見せることで、その後の自分達の進路を決定する大事な催し物なだけに、このトーナメントで皆が優勝しようと、気合の入った訓練を誰もが行っているのだ。

 

 そんな中、トーナメントに関らないにも関らず、異常な気合が入った訓練を行う者がいた………。

 

「うおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 鬼気迫る表情で、白式のスラスターの出力を上げ、空中に浮遊している訓練用の障害物を次々と避けながら前進し続ける。長さ10m、幅1mほどの鉄柱を地面に串刺し、木の枝のように鉄棒を網目に生やして一夏の前進を邪魔しにかかっているのだ。

 

「(チッ!)」

 

 心の中で舌打ちしながら一夏は自分の前方の空間を睨み付けように見る。そう、自分の『競争相手』を………。

 

 ―――自分とは違い、見惚れるほどに優雅なマニューバで鋼鉄の網目を掻い潜っていく―――

 

 ISと比べて驚くほどに小さいため、サイズ的には向こうが有利なのだが、最高速度、加速力は自分が遥かに凌駕している。だが、その事実が逆に一夏に悔しさを込み上げさせているのだ。

 

「(なんで、なんで………)」

 

 もうすぐゴールにたどり着いてしまう。だがいくら加速しようにも無数に生えた鉄の棒がそれを阻害し、逆に相手は旋回しながら悠々と加速して距離を開きにかかる。

 

ゴールまで100mを切った時点で、我慢ができなくなったのか一夏は更に加速する。

一瞬だけ距離が近づき、追い越せるか? と安堵する一夏………だが。

 

「くっ!?」

 

 右斜め下に落ち、再び急上昇しようとしたが、陰に隠れていた鉄棒の存在に気がつき、減速して回避しようとする。が間に合わず左肩が鉄棒に接触し、結果バランスを崩して錐揉み状に回転しながら地面に落下してしまう。

 

「うおおおおっ!!」

 

 地面スレスレまで差し掛かった時、一夏はスラスターを全開にしてなんとか持ち直し、再び進路に入ろうとした。

 

「あっ」

 

 しかし、競争相手のほうはそんな一夏を待ってはくれず、悠々とゴールする。

 

 一夏を負かした競争相手………『全身黒っぽくて、喉と背中と下尾筒が白く、尾羽は短めで体形もずんぐり』とした姿をしたその主は、まるで一夏を小馬鹿にするように悠々と上空を旋回し続け、一夏は歯軋りしながらその姿を眺め続ける。

 

「はぁ~~………これで32敗目か」

 

 アリーナの脇で計測していたシャルが、困った顔でそう言いながら近づいてくる。一夏はシャルの言葉にがっくりと項垂れ、そして空を仰ぎながら、思わず叫んでしまうのだった。

 

「な、何で俺は、ツバメにすら勝てねぇーんだよぉぉぉぉぉっっ!!!」

 

 正式名称『アマツバメ目アマツバメ科ハリオアマツバメ属』

 鳥類において、最速ともいえる飛行速度を持つといわれる『ハリオアマツバメ』はそんな一夏の叫びを余裕の表情で受け流すのだった。

 

 

 

 

「……………」

「そんなに不貞腐れないの?」

 

 ISを解除して地面に座る一夏にドリンクを渡すシャル。その表情と言葉は、姉と弟のようなものである。だがシャルの言葉にも、一夏は憮然とした表情を崩すことなく、受け取ったドリンクを一気に半分ほど飲み干すと、地面に置いて立ち上がり、右腕に触れISを展開しようとする。

 

「うし、休憩終わり!」

「終わりッ! じゃないよ!! また初日みたいに無理して落下して大怪我仕掛ける気なのかな?」

 

 ジト目で睨んでくるシャルに、一夏は冷や汗をかきながら曖昧そうな笑顔で頼み込んでみた。

 

「なあ、俺は一日も早く…」

「一日も早くIS操縦者として成長したいなら、今は織斑教官と火鳥隊長の言うことを聞いてください。以上」

 

 一刀両断で一夏の願いを切り落とし、シャルは一夏の肩を掴んで座らせるのだった。

 

「もう………そうやってすぐに無理しようとするから、私が監視役になってるんだよ?」

「………いや、それはわかってるけどさ……」

 

 そう。本来ならシャルも別のメニューをこなす予定だったのだが、訓練メニューを言い渡された一夏が、初日にしてオーバーワークをした上に、空中でシールドエネルギーをゼロにして生身で地面に放り出されかけるという大事故寸前の重大な行為を仕掛けたため、千冬と陽太の厳命によって『誰かをパートナーにして付き添ってもらう』ことを条件にされているのだ。

 おかげで一夏も3時間以上説教をされたが、それでも一夏の様子を見る限り、心底反省した様子はない。

 

 というか、現状、オーバーワーク気味な訓練を行っていない対オーガコア部隊の隊員達は一夏の監視役をしているために、練習量が限られているシャルぐらいである。

 

「はあああああああっ!!」

 

 空中から次々と襲い来る

 一夏達の隣のアリーナで練習する、セシリアの激しさは一夏を超えるものがあった。

 

 アリーナ内部で、空中から大きさ50cmばかりの訓練用のデコイが次々と攻撃を仕掛けてくるのを、セシリアはISを展開させ、地面スレスレを疾走しながら回避する。訓練用デコイの攻撃は通常、ISの訓練用プログラムで擬似的に再現された攻撃であり、ハイパーセンサーを系由して操縦者に軽いダメージを与える程度なのだが、セシリアはこともあろうにそのダメージレベルを実戦と同じレベルにまで引き上げていた。つまり攻撃を受ければ、ISの損傷も外傷もつかいなが、彼女の神経は実戦で攻撃を受けたのと同じ痛みを彼女に与えるのだ。

 

「くっ!」

 

 三連バルカンモードのスターライト・アルテミスで次々とデコイを落としていくが、数の違いと相手の弾幕によって、思うように反撃ができない。

 そこで彼女は、ブルーティアーズ・トリスタンの切り札を使用し、デコイの攻撃を遮断しにかかった。

 

「SBビット、パージッ!」

 

 背部の機動用ウィングからパージされた八つのライフルのような形状をした浮遊ユニットが、それぞれ独立した動きでセシリアの周囲を飛び交うと、彼女の号令によって戦闘形態を変化させる。

 

「モード『ディフェンス』!!」

 

 彼女の号令を受けたビット達は、即座に自身の装甲を展開し、それぞれが小型の盾に変形し、セシリアの周囲を浮遊しながら360度どの角度からの攻撃にも即座に対応する。

 蒼の姫騎士を狙う音速の矢を、絶え間ない動きで防ぎきる重装兵のごときSBビット達に守れたセシリアは、三連バルカンモードのアルテミスで次々とデコイを撃ち落していくが、その10秒後、突如として激しい頭痛に襲われると、射撃の精度が荒くなり、ビットの動きも繊細さを無くし始める。

 

「こ、この程度でッ!?」

 

 頭痛に襲われながらも必死にデコイを狙い撃ち続けるセシリアであったが、時間が経過すればするほど自身の状況が悪くなるのを感じ、それをどうにか挽回しようと躍起となり、ついにはSBビットのコントロールを誤り、防壁に致命的な穴を開けてしまう。

 

「!?」

 

 デコイの射撃が複数自身に襲い掛かり、その場を飛びのこうとした時、またしても激しい頭痛に襲われ

、初動が遅れてしまう。迫る攻撃に身動きがとれず、棒立ちの状態となるセシリア………。

 

「ボヤッとしないッ!」

 

 そんなセシリアを救ったのは、連結させた双天牙月をプロペラのように振り回し、即席の盾とした甲龍・風神を纏った鈴だった。

 

「世話が焼ける!」

 

 更に鈴に続くようにアリーナに現れた、『シュヴァルツェ・ソルダート』を纏ったラウラが、自身のISの武装を展開し、砲口をデコイ群へと向け、狙いを定める。

 背部のビームと実弾の連装となっている『ハイブリッドバスターキャノン』が迫上り、ラウラは対人戦ではオーバーキルになりかねない砲撃を放った。

 

「Fire(発射)」

 

 ボソリとつぶやく様に引き金を引いたラウラを、放たれた砲の衝撃が襲う。足元の衝撃緩衝機(ショック・アブソーバー)が、地面を砕くほどの衝撃を受け止めるが、それを差し引いても今までにはない威力にラウラが若干ながら唇をかみ締めた。

 

 デコイ群に向かって放たれた四条の閃光………高密度荷電粒子ビームと95口径レールカノンの大口径の圧倒的な破壊力の前に、竜巻を前にしたダンボールハウスのごとく、飲み込まれ、一瞬で蒸発してしまうデコイ達は、ほんのわずかな燃えカスのような残骸だけを残してアリーナの空から消え去ってしまう。

 

「………試射の時、一度見せてもらったけどさ………それ、訓練の時に使わないでよ?」

「当たり前だ。対人戦での心得ぐらいわきまえている………鈴、お前は私がなんでもぶっ放せば気が済むトリガーハッピーだとでも思っていたのか?」

 

 圧倒的な破壊力に内心肝を冷やしたのか、ジト目で注意する鈴と、『それは心外だ』と、両腕を組んでムッとするラウラであったが、地面に手をつきながら、激しく息を切らすセシリアに気がついた鈴は、そんな彼女を労わりながら注意する。

 

「ようやく私のISの修理終わったから、ラウラと格闘戦の訓練しようと思ったら………アンタッ! どんな無茶しているのよっ!?」

「も、申し訳ありませんわね鈴さん………」

「痛覚の設定を実戦レベルまで上げていたそうだな。下手をすると大事故に繋がっていたぞ?」

 

 ラウラもセシリアの無茶に呆れながらも怒りを見せるが、セシリアは汗を拭うと、二人にはっきりとした表情で反論をする。

 

「今まで通りの訓練では、到底実戦では皆さんのお役に立てませんから」

「それで無茶をしてどうなる? それに、セシリア………新型BTのサポートOSをOFFにして、すべてマニュアルで操作していたな?」

 

 ラウラの発言に鈴も表情を変えてセシリアを見た。

 対オーガコア用にチェーンされた新型ISは火力の増強にとどまらず、複雑なシステムを組み込まれており、従来のマニュアルではあまりにも操縦者の負担が大きく、それを軽減するためのOSが組み込まれているのだ。ましてやセシリアのISは、BTを稼動させるISなだけに、数も性能も増したビットを操作するには負担が大きすぎて、オートでのシステム使用が大前提なのだ。

 

 だが、セシリアはラウラの冷静な意見に対しても、ガンと自分の意見を曲げようとはしなかった。

 

「SBビットの同時操作と高速機動、そして銃撃………これらをマニュアルでこなせるようにならなければ、亡国機業(ファントム・タスク)には抗することはできません」

「だけど、それで無茶しちゃ・」

「敵は私達の状況を待ってはくれません!! マリア・フジオカの発言をお忘れですか!?」

 

 ―――亡国幹部は次元が違う―――

 

 先日のマリアとの戦闘において、まったく相手にならなかったことが、いたくセシリアのプライドに傷がついたのだった。ましてや、マリアの発言どおりならば、彼女などよりも遥かに強い者達が亡国には控えている。もし、そんな者達が一挙に攻めてくれば、たとえ陽太がいても、対抗しきれるわけがない。

 

 セシリアは、強くなれない苛立ちと、まだ見えぬ強大な敵への恐怖、それらを拭い去ろうと躍起になっていたのだ。

 

「ましてや、織斑先生は・」

「セシリアッ!」

 

 鈴の大声がセシリアの言葉を遮る。セシリアは自分が言いかけた言葉を理解した瞬間、己の失態に気がつき、ラウラの方を見た。

 

「…………解っている」

 

 音がなるほど拳を握り締め、うつむきながらも、何とか理性を働かせようとするラウラのそんな姿に、セシリアは激しい後悔と罪悪感に襲われ、慌てて頭を下げる。

 

「申し訳ありませんラウラさん!! 私…」

「いい、頭を上げてくれ」

「しかしっ!?」

「大丈夫だ………私は、成長しなければならないからな」

 

 無理やり作ったぎこちない笑みで、セシリアの肩を軽く叩くラウラの痛々しい姿に、セシリアは自分の愚かさを内心で嘆いた。

 

 そう、話は一週間前、マリアが学園を去ってあくる日まで遡る。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「よし、全員揃ったな」

 

 未だにベッドで寝ていないといけない重病人の陽太を気遣って、対オーガコア部隊のメンバー全員が保健室に集められていた。

 ベッドで寝転がりながら、シャルが剥いたリンゴ(ウサギさんカット)をほお張りながら、陽太はなんとも言えなさそうな表情で千冬を見て、意思確認を取る。

 

「なんでまた急に話す気になったんだ?」

「今のお前達なら、信じて託せる………いや、初めからそうしなければならなかったところを、私の我侭が、話をややこしくしていたのだな」

 

 千冬の穏やか表情が、今一つ納得できない陽太は、憮然とした様子でリンゴを食し続ける。隣で座っているシャルが『一人で食べ過ぎだよ』と注意するが、一向に聞く気配もないが………。

 そしてこれから何を話されるか、カールを除けば唯一知っている陽太と千冬の間で交わされている内容が理解できないメンバーたちはそれぞれ目を合わせて、首を傾げていた。

 

「それで? 千冬ね………じゃなくて、織斑先生は、俺達に何話すんだよ?」

 

 一夏がもっともな質問を千冬にした時、彼女は一夏を真っ直ぐに見つめて言った。

 

「覚えているか? 一昨日、お前に話したいことがある、と言ったな」

「あ、それか………って、俺だけじゃないのかよ?」

「ああ、これは皆に知っていてほしいことだからな」

 

 千冬は、首を傾げる一夏を、足を伸ばして椅子に座る鈴を、一人マイカップに紅茶を入れて飲むセシリアを、鼻息を荒くして『何でも言ってください』という心の声が丸聞こえのラウラを、カールからコーヒーを受け取る真耶を、もう一個リンゴを剥いてとお願いする陽太の手を無言で叩きながらこちらを真剣な表情で見るシャルを、それぞれ見回して、そして語った。

 

「私の身体のことだ………どうやら私は、このままだと来年まで生きてはいられないそうだ」

「「「「!!?」」」」

「ふざけんなっ!!?」

「何の冗談ですか、それはっ!!!?」

「もちつけ一夏、ラウラ」

 

 シャルが、セシリアが、鈴が、真耶が、息を呑み、一瞬で理性が蒸発した二人が千冬に詰め寄ろうとするが、そんな二人の後頭部に枕が見事に命中する。

 

 コーヒーを飲みながら世間話をするように自分の寿命が間近だと語った千冬に、間髪いれずにブチキレた一夏とラウラだったが、そんな二人の後頭部目掛け、保健室のベッドに備え付けられている枕をブン投げ、見事に命中させた陽太は、いたって平然とした表情で二人を諭そうとした。

 

「お前達がキレても、事実は変わらん」

「ふざけんなっ!! お前まで、何の冗談だよ!?」

「嘘にしては悪質だぞ、陽太ッ!?」

 

 あくまでも『嘘』と、『冗談』と、単なるホラだと信じたい一夏とラウラだったが、カールは自分の眼鏡をかけ直す様な動作をしながら、ダメ押しのように言い放った。

 

「嘘じゃない。本来なら即ICUに入院していて貰わないといけないぐらいの、重症だ」

「「!?」」

 

 カールのその言葉に、力を失った一夏とラウラはするすると床に座り込むと、頭をかきむしりながらうつむいて千冬に問うた。

 

「い、いつからなんだよ………千冬姉?」

「………10年前から………私の過ちが残した当然の報いだ」

「!? そんな………前から?」

 

 そして言われてみて、初めて彼女がしていた行動の不審さが脳裏によぎり、合点が言った。

 学園に着てからの妙な体調不良、そしてここ数年間、時々電話一本だけして外出しては、数週間姿を見せなかったりしていたことがった。深く追求してもはぐらかされたり、物理的に黙らされてたりしたときもあったが、まさかそんな事情が裏にあったとは知らなかった一夏は、崩れ落ちながら………。

 

「(………俺の小学校の授業参観のときも、弁当必要だって言ったら朝の四時から作ってくれた時も、夏休みの宿題見てくれた時も、麻疹にかかって看病してくれたときも………)」

 

 ―――一夏、無事かっ!?―――

 

「(第二回モンド・グロッソの時に、誘拐された俺を助けてくれた時も………)」

「………一夏」

 

 第二回モンド・グロッソ決勝の日、観戦に来ていた一夏が謎の集団に拉致された事件があった。その時、千冬は決勝をボイコットし、ISを展開したまま、一夏が監禁されていた場所に急行して見事に救出してくれたのだ。もっとも、それによって決勝は不戦敗となり、国家代表の座は見事に没収となってしまったが………。

 

「………あの時も…」

 

 ―――千冬は戦っていたのだ。自分の死と向き合いながら………それでも……それでも、何よりも自分の命を削りながら、一夏(自分)を育て、守ってくれていたのだ―――

 

「……千冬……姉…」

 

 床を見つめる自分の瞳からいくつも涙が零れ落ちる。視界が滲み、嗚咽が漏れてしまう。

 

「グッ………クッソッ!」

 

 暢気に構えていた自分に激しい怒りを感じ、それをつい、理不尽に千冬に向けかけてしまった。

 

「どうしてッ!! 何も言ってく・『アチョーッ!!』」

 

 ………シリアスな一夏の叫び声が、背後から高速で降ってきた怪鳥音と踵落しによって遮られてしまう………無論、そんな空気が読めないことをしたのは言うまでもない。

 

「だから、すぐにキレるなと言っとるだろうが?」

 

 ベッドから飛び起き、一夏まで一足飛びで近寄って踵落しで一夏にツッコミををいれた陽太は、近くの椅子に適当に座ると、素足をボリボリと掻きながら、涙を流しながら頭を抱える一夏と、びっくりした表情になっているラウラに言い聞かせる。

 

「俺達が騒いだところで、もうやっちまったもんはどうにもできんのだ」

「ふ………ざけんなっ!!」

 

 だが、頭に血が上っている一夏には、この行為は逆効果だったのか、起き上がると陽太に猛然と掴み掛かりながら食いつく。

 

「関係ないお前は引っ込んでろよ!! 今はお前のふざけに付き合ってる場合じゃないんだッ!」

「関係なくもないし、ふざけてるわけでもない」

「千冬姉が、もうすぐ死んじまうかもしれないんだぞ!? それもずっと黙ってて!! お前に………お前に、俺の・」

「話の根本が間違ってる」

 

 陽太は目の前で掴み掛かってくる一夏から目を離すと、千冬に向かって公然と言い放った。

 

「手術受けろ。引退するのが嫌だ、とかはもうこの際は諦めろ。アンタの分まで俺が戦ってやる」

「えっ?」

 

 今にも千冬が死ぬかもしれないといって取り乱していた一夏は、最初は何のことかわからず、頭が真っ白になってしまう。

 そんな一夏に代わって、話を一緒に聞いていたシャルが陽太に問いかける。

 

「先生………治るの?」

「ホラ、アンタらの言い方が悪いから、おもっクソ勘違いしてるだろうが!」

 

 やっぱり勘違いしていたと呆れながら、陽太は意地の悪い大人二人に抗議する。

 

「あんたら、ワザと不安煽って楽しんでるだろう?」

「いや、そういうわけではなかったんだが」

 

 千冬が苦笑しながらそう言うが、一気に緊張感が抜けた一夏とラウラは思わず千冬に詰め掛け、改めて問いかけなおした。

 

「ほ、本当なのかよ、千冬姉?」

「本当なのですか、教官!?」

「落ち着け二人とも………本当のことだ。手術を受ければ完治はする。だが………」

「本当なのかよ………良かったぁ~」

「教官………グスッ……良かった…本当に良かった」

 

 ベソをかき始める二人を見ながら、千冬は両手で抱きしめて、静かに謝罪した。

 

「一夏、ラウラ………すまない。やはり私はいつも肝心なことで間違えてしまうな」

「千冬姉………」

「教官………」

 

 実の弟と、自分にとっては妹同然の少女を抱きしめながら、こうなることがわかっていたという後悔と、黙っていたことえの後ろめたさ、そしてこんな自分にもこうやって心から泣いてくれる者がいる喜びをかみ締め、彼女は、教え子達の方を向く。

 

「手術を受ければ、私は操縦者として二度と戦えなくなる………そんな小さな意地を重ねたおかげで、状況を悪化させてしまう時もあった。だが、お前達の戦いを見て、私は確信した」

 

 一番弟子の陽太、腕の中にいる弟の一夏だけではない。

 ラウラの、鈴の、セシリアの、そしてシャルの、今までの戦いと成長を見て彼女は、確信したのだ。

 

「私が前線にたとえ出られなくても、お前達ならばきっと戦い抜き、最後には勝つことができる、とな」

 

 そんな恩師の珍しい心からの褒め言葉に、一同は妙に照れたような表情になった。

 

「ま、まあ。俺の活躍を見ていれば、すでに生きた伝説と化しているのは明白だよな?」

「またすぐにそうやって調子に乗るんだから~?」

「そうですわよ! それに活躍といえば、私の活躍を忘れてもらっては…」

「アンタって何か活躍してたっけ~?」

「鈴さん!?」

「陽太も鈴も、調子に乗るな! お前達はただでさえ、ハメを外して規律を乱しやすいのだからな!!」

「………泣き顔は可愛いのにな、ラウラちゃん?」

「なっ!?」

「そうそう、一夏とかも素直に泣いてる時は可愛いのにね~」

「なっ! 馬鹿にすんなよ鈴!! それにな、俺だって」

「初っ端出落ち専門の一夏は黙ってろよ」

「そうですわね、一夏さんは、もうちょっと突撃癖を自重した方が…」

「あんた、ホント、考えなく前に出るから危なっかしいのよ?」

「一夏ッ! お前に特別訓練メニューを追加する!!」

「み、みんな………いくらなんでも言いすぎだよ…」

 

 シャルのみが一夏のフォローをするが時は遅し。半泣きで逆ギレした一夏が逆上するが、即座に陽太によって地面に転がされ、『お前ごときが俺に勝とうなど二兆年早い』と言いながら簡単に腕ひしぎ十字固めを決められてしまう。手の甲を抓るという地味な追加技を決めながら………。

 

 ちょっと褒めてみたら、すぐこれだ。とため息をつきながら、千冬は同僚の真耶の肩を叩き、未だに動揺している彼女に頼み込む。

 

「織斑先生、今の話は………」

「私が手術を受ければ、すぐには学園には戻って来れない。それまでの間、地味な裏方になると思うが、コイツらのこと、支えてやってほしい」

「ですがっ!?」

 

 そんな大役を自分が勤められるはずはない。と言いそうになった真耶だったが、千冬のまっすぐな笑顔がそれを遮る。

 

「山田先生がいてくれるから、私は、安心して手術を受けられる。これは本当のことだ」

「………織斑先生」

 

 そこには先輩後輩という間にはない、同僚としての信頼からくる想いがあった。

 真耶は即座に背を伸ばすと、まっすぐ千冬を見ながら敬礼をして返答する。

 

「山田真耶、確かに織斑先生からその言葉を受け取りました。ですから安心して手術を受けてください」

「………済まない。恩にきる」

 

 短なやり取りの中にある気持ちの受け渡しを感じた千冬は、操縦者としては現状、最後と言える仕事に取り掛かる。

 

「………陽太」

「ん?」

 

 鈴が『ロープブレイク!』というと、舌打ちしながら一夏から放れた陽太は、起き上がりながら彼女の方を振り返った。

 

「そこまで動けるのなら、申し分ない。少し付き合え」

「?」

 

 何のことだ? と首をかしげる陽太だったが、次のセリフにすぐさま表情を一変させたのだった。

 

「お前に教える、最後のこと………総てのIS操縦者が辿り着く『究極の領域』だ」

「!?」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 人気がまるでないアリーナに、陽太を連れて訪れた千冬は、ちょうど真ん中あたりまで歩くと、徐に振り返り、制服を着た陽太に問いかけた。

 

「このあたりでいいか」

「………オイ」

 

 二人っきりになった途端、敬語も使わなくなる弟子に、厳しい視線のみを送って警告する千冬だったが、俄然、気になるワードを聞かされ、逸る気持ちが抑えられない陽太は千冬に問いかける。

 

「さっき、千冬さんが言ってた、その『究極の領域』とやら何だが……」

「そうだ。そのためにも先にひとつ聞いておきたい……IS適正……お前は、今どのくらいだ?」

 

 IS適正………それは操縦者がISを操縦するために必要な素養であり、または『ISランク』などという呼ばれ方もあるものだが、一般的に数値が高ければ高いほどISの性能を引き出せると言われ、現状最高値と言われている『S』などという値に関しては、ブリュンヒルデの呼び名を持つ千冬を初めとした、世界で数人しかいない最高クラスの操縦者のみと言われている。だが、この数値、訓練や機体の愛称によって変動する上に、たとえ値が高くても、ISの操縦技術と必ずイコールとなるとはならない場合もあるのだ。

 

 そんな数値ではあるが、陽太は腕組みをしながら、自慢げに言い放つ。

 

「フッフッフッ………聞いて驚くな。なんと俺はアンタと同じ『S』だっ!!」

「そうか」

「つまりはすでにシンクロ率でも俺とアンタには差はない! つまりはアンタはもう、弟子に追い越されること確定のさびしい師匠………って、なんかリアクション薄くないか!?」

 

 普段なら即座にツッコミが来る場面なのだが、そんな陽太に対して、千冬は不敵な笑みを浮かべて、本題を述べ始める。

 

「お前ならば自力で『S』までは辿り着くということは容易に想像できていたからな………だからこそ、はっきりとした」

「???………何が?」

 

 千冬は、瞳を鋭くして言い放つ。

 

「お前は、『あの女』には絶対に勝てない。そして、このままだと生涯追いつくこともない」

「!?」

 

 あの女………その単語を聞いた瞬間、即座に陽太の脳裏に二ヶ月前に出会った、あの自分を見下した女傑の存在を思い出し、途端に千冬に向かって敵意に似た怒りのオーラをぶつけ始める。

 

「お、俺が勝てない………だと?」

「ああ。100%、お前は勝てない」

「!?」

 

 言い切る千冬に威嚇するように、陽太はアリーナの地面が陥没するほどに足を踏み込むと、額に青筋が浮かぶほどに千冬を睨みながら言い放つ。

 

「あんな爆乳テロ女如き、五秒で泣かせたるよ………わかったなら、つまらんことを・」

「何度でも言ってやろう。どれほど強がったところで、お前に勝ち目など存在せん………己を『究極まで高めること』ができていない、お前にはな」

「だからっ!!」

 

 怒りのあまり、千冬の襟首を掴む陽太だったが、その手にゆっくりと自分の手を置きながら、千冬は静かに語り始める。

 

「人間には通常、視覚、味覚、聴覚、嗅覚、触覚の五感が備わっている」

「ん?」

「そして更に、意識と呼ばれる第六感があり、この第六感が発達している者ほど、勘が冴えていたり、時には超能力のような予知すらも可能にする者もいる」

 

 突然始まった千冬の話に、元来、それほど座学に熱心ではない………いや、進んで避けるように生きてきた陽太の脳みそが早速混乱し始める。

 

「え、えっと………つまり、その………何のお話で?」

「黙って聞け。分かり易くまとめれば、人間には生まれ持って、見る、味わう、聞く、嗅ぐ、触る、そして考える、という能力が備わっている………基本的にはな」

 

 千冬がまとめてくれたことを何とか理解できた陽太は、目が点になりながらも首を激しく上下に動かして、なんとか理解できてるよと必死にアピールしてみた。

 

「では聞こう………ISにおいての、コアとのシンクロとは、いったいどこで行っている?」

「うえっ?」

「しっかり答えろ。お前も昨日今日にISに携わったわけではないだろう?」

 

 陽太が何とかついていけていると半ば信じながら、話を続けた千冬だったが、この質問を前に、ついに陽太の耳から白い煙が昇り、千冬は静かにため息を漏らすのだった。

 

「お前にはどうやら考えるという能力が抜けていたようだな」

「そ、そんなことないやい!!」

 

 千冬の失礼な物言いに、陽太は我を取り戻して反論し、必死に考え込む。

 

「(えっと………ISとのシンクロ? そいうや、考えたことないな………いままで無意識にやってたし)」

「無意識にやっていた………どうせ、お前の単純な思考はそんなもんだろう」

「!?」

 

 正解なだけに否定できない陽太だが、どうしてこの師匠は自分の脳内を勝手に読めるのか? とジト目で問いかけたくなるのを必死に押さえ、話を再び聞く陽太。

 

「だがな、正解だ」

「はっ?」

 

 だが、返ってきた予想外の答に、陽太は再び目が点となる。

 

「無意識にコアとシンクロする………言葉で表すと若干疑わしく思えるかもしれないが、それが正解なのだ」

「せ、正解って………アンタ、さっきから突拍子もないことばっかりで!」

「さっき、私は人間には第六感、『意識』があるといったな」

「ああ、言ったけどさ!!」

「では、無意識とは、第何感なのだ?」

 

 千冬のその問いかけに、今度こそ陽太は回答ができずに固まってしまう。

 だが、千冬はそんな陽太に背を向けると、自分が伝えたい話のもっとも大切な部分に触れ始めるのだった。

 

「通常、人間には『意識』と呼ばれる第六感がある………そして、陽太………よく聞け」

「!?」

 

 千冬の言葉に鋭さが増し、嫌が応にも陽太の緊張感が高まった。

 

「無意識とは、意識の無い状態………それを指すのではない。意識の外側……つまり、意識の上位の感覚の事を指す言葉だ」

「!? 意識の……上位?」

「意識の上位………無意識の感覚とはつまり、『第七感』………我々はそれを『空の玉座(スカイ・クラウン)』と呼んでいる」

 

 『空の玉座(スカイ・クラウン)』………初めて聞くその言葉に、陽太の意識に激しい電流が走った。

 

 ―――適正『S』……それは、意識的に行えるシンクロの限界値の値であり、通常、そこが限界だと一般的には思われているが、実はそうではない―――

 

 ―――『空の玉座(スカイ・クラウン)』………無意識における潜在的なシンクロを明確な感覚として捉えることができた操縦者とISは、そのシンクロを究極の領域にまで高めることで、限界を超えた、無限の能力を発揮する―――

 

「無限の………能力を発揮する?」

「インフィニット・ストラトス(無限の成層圏)………束がこの名前をつけた当時、まだ『空の玉座(スカイ・クラウン)』の存在など知ってはいなかったが、今思えば、この名前を持つにふさわしいものだったのだろうな、ISは」

 

 千冬が懐かしむように一瞬だけ目を細め、そして即座に鋭い目付きとなると、彼女はポケットから、待機状態の打鉄を取り出し、ISを展開させる。

 

「お、オイ!!」

 

 体が思うように動かないくせに、何をしようとしている? 

 そう言い掛けた陽太の言葉を、千冬の発言がかき消した。

 

「見せてやれるのは一瞬だけだ………そして、その目に刻め」

 

 ―――打鉄を纏った千冬の身体から、黄金の輝きが放たれ始める―――

 

「これは!?」

「『空の玉座(スカイ・クラウン)』に到達している者の確認が取れているのは、現状、私と『あの女』だけだ………お前がアイツに勝とうというのならば、『空の玉座(スカイ・クラウン)』への到達は必須………だが」

「?」

「あくまでもお前自身の感覚であるがゆえに、私が外部から目覚めさせることができない………おまえ自身で突き止めるしかないのだ。これだけは……」

「!?」

「その目に焼き付け………そして、お前の第七感で感じ取れ……私の…」

 

 ―――金色の光を纏った打鉄の刃を振り上げる千冬―――

 

「最後の輝きだぁっ!!!」

「ッ!!?」

 

 突如、その振動と強い爆発音が学園全域を襲い、教室にいる生徒や教職員はおろか、学園にいる全員が震源地となるアリーナに目が向けられる。

 そしてアリーナの内部において、呆然とその場に立ち尽くしていた陽太が、恐る恐る振り返ると、そこには………巨大な刃によって行われたかのように、隔壁ごと観覧席まで切り裂かれたアリーナの姿があった。

 

「なっ!」

 

 自分が同じことをしろ、と言われても、不可能だと言いそうになる光景だ………いくらブレイズブレードが攻撃力に優れたISでも、ここまでの一撃を繰り出すことは不可能であり、それをただの量産型ISで行える千冬に、陽太は半信半疑だった先ほどの話の真実を見出す。

 

「(おいおい……コイツが…!?)」

 

 だが、目の前で苦しそうに胸元を抑えながら千冬がISを解除して地面に蹲っているのを見た陽太は、思考を一旦中断して、急いで千冬の元に駆け寄る。

 

「オイッ! だから、なんでそうやって、平気で死に掛ける!?」

「フッ………これを……最後の無茶にしておきたいところなのだが……」

 

 血の気がなくなりすっかり青褪めながらも、千冬は陽太の肩を叩きながら、笑ってこう言った。

 

「これでIS操縦者としてのお前に教えることは、本当の意味でなくなった……あとはお前自身で突き詰めていくしかない」

「………千冬さん」

「頼んだぞ………皆を!」

 

 自分の命を削って伝えられた、師の教えに、陽太は静かに頷く。

 

「ああっ! わかった!!」

「肩の荷が少しだけ降りたな………」

 

 陽太に肩を借りながら立ち上がった千冬は、自分の中にあった責任の一つが降り、感慨深いため息をついた。

 

「………ハァー…」

 

 だがまだだ。まだ自分には成すべき事が残っている。

 予感はある………きっと自分は、手術を受けることなく、あの女と戦うことになるだろう。なぜならば、それは10年前からの宿命であり、誰に譲ることはできない、自分だけの役目なのだから。

 

「(そうだ………本来は、私とお前達で決着をつけるべきなのだ……束…アリア……)」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 そして時間は今に戻る。

 伝えられた事実の重さを各自がそれぞれ認識し、また、先のマリア・フジオカとの戦いにおいて『個々の技量の無さ』を体感した隊員達は、現状、連携(フォーメーション)の訓練と平行して、各自のスキルを磨く訓練に勤しんでいるのだった。

 しかし、その中において、訓練が一向に進まない者もいた。

 

「……………」

 

 アリーナの屋上で、インナー姿の陽太は、片手で真っ直ぐに倒立しながら、一人思考の海に沈んでいたのだ。

 

 千冬からもたらされた『空の王座(スカイ・クラウン)』なるものの存在。

 第六感を越えた第七感の世界。

 

 正直、雲を掴むかのような話なだけに、何をどう修行すればいいのか、取っ掛かりすら掴めていないのだ。

 

「(今ある感覚を越える?………感覚を…)」

 

 とりあえず瞳を閉じて、視覚を遮断する陽太は、ほかの感覚で世界を見ることをしてみた。

 

「(………肌に当たる風、匂い、音………それなりに世界は見えるけど、千冬さんはこれ以上の何かで世界を見れるのか…)」

 

 最近情けないとか言ってしまっていたが、改めて師の偉大さに少しだけ尊敬する気持ちが芽生える………良いように人をコキ使うのはいただけないが。

 

「ヨウ………タッ?」

 

 そんな陽太に、ISを展開したシャルが近寄ってくる。どうやら階段ではなく、直接飛んでここまできたようだ。

 

「また一人で、そんな格好でぼーっとして………危ないよ?」

「しゃーねーだろうが………やること多い上に、修行が進まんのだから」

 

 ひょいっと軽々と片手で飛ぶと、アリーナの縁に立ち、下のほうでツバメとの追いかけっこを繰り広げる一夏を見ながら、陽太は深々と溜息をついた。

 

「あの分だと、ツバメ先生に追いつくにはまだまだかかりそうだな」

「せ、先生ってッ!?」

 

 ISを解除して隣に座るシャルを見て、陽太も静かに腰を下ろし、話を続ける。

 

「空を飛ぶことに長けた者を先生と呼ぶのは何か可笑しいのかな、シャルロット君?」

「だらといって、織斑先生を先生と呼ばずにツバメを先生と呼ぶのはどうかと思います、ヨウタ君?」

「むっ」

 

 シャルにやり込められて、面白くない陽太は、ブスッとした表情で、そっぽを向いてしまう。そんな陽太が面白いのか、クスクスと笑いながら、シャルはとあることを思い出した。

 

「そういえばさ、ヨウタ?」

「んだ?」

「箒は、どうして専用機持ってるの? 聞いたら、代表候補生でもないし、企業と契約結んでるわけでもないし…」

「束がやったんだろ? アイツの訳判らんは今に始まったことじゃねぇーよ」

 

 手をプランプランとしながら、興味ないという態度をとる陽太と、そんな陽太にほっぺたを膨らませながら『もっと真剣に考えてヨ』と怒るシャルロット………

 

 だがこの時二人は、よもや話の議題に上がっている箒が、命懸けの死闘を繰り広げているなど、想像していなかったのだった………。

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけで、ついに千冬さんは一夏達に体のことを明かしました………もうちょっと一波乱しろよというかもしれませんが、一夏もこう見えて成長してます。まあキレたけど(笑)


そしてついに、陽太に千冬さんが語った、空の王座(スカイ・クラウン)

元ネタは、某有名な漫画なので、わかる人は多いかもしれません………言っとくけど、目覚めたからって銀河が砕けちゃうわけじゃないからねw

さて、次回はついに皆が待ち望んだ、モッピー活躍回!

もう、モッピーはボッチだなんて………


ぼっちだよね、モッピー

(・ω・;)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

交わらない想い

規定以上の残業

予想外の風邪

そして休日出勤の日々………


ほぼ一月ぶりの更新なのに、出来がイマイチっぽいのはなぜだろうか…


皆さん、大変お待たせしました!!



 

 

 ―――この敵は、私一人の手に余るかもしれない!!―――

 

 頬を叩き付ける衝撃波の中を目を凝らしながら、紅椿を纏った箒はそんな囁きを己の耳の内に聞いた。

 頭を左右に振り、自分の心に芽生えた弱気の虫を払い落とす。

 

「チッ!!」

 

 周囲に円を描くように振るわれた刃が、敵を二対まとめて斬り裂く。

 瞬転、斜め上に飛び掛るように上昇しつつ、自分に向かってくる敵三機を、すれ違いざまに居合い抜きのような鋭い斬撃な二本の刃がバラバラにした。

 そして、その勢いを殺すことなく、紅の竜巻と化した紅椿が敵の群れの中を一方的に蹂躙しながら突き進んでいく………だが、敵の数が減っているようにはとても思えない。

 

 『個』としての能力はこちらが遥かに上なのだが、如何せん数の見劣りだけはどうしようもない。敵の数はセンサーが反応しているだけで数百、たいしてこちらはたった一人だ。

 相手は数に物言わせ、その最大の武器である鋼鉄の『針』を、機関砲のように発射してきた。

 瞬間、箒は考えることもせずに低空飛行から一気に高度を100m近く上げる。が、それを待っていたと言わんばかりに、地上からも針の雨を対空砲火のように撃ちまくり、猛威を振るう。一瞬の判断が迫られ箒は決断した、全てをなぎ払うと。

 

「展開装甲、雨月!」

 

 背中のビットを切り離し、雨月と一体化させた箒は、迫る針撃に向かって吼えながら刃を振るう。

 

「剣撃乱舞!! 蓮華咬鎖(れんげこうさ)!!」

 

 紅の閃光を纏い、雨月がその刃をまるで鎖のように延ばし、その刀身を10数mほどに引き伸ばすと、箒は自身を中心に円陣を組ませるように展開装甲で強化された雨月を振るい、球状の結界としたのだった。

 直後、甲高い金属音を鳴らしながら、千本以上の針が箒に襲い掛かるが、その全てを雨月の刃が弾き返していく。数秒………いや、十秒以上の時間が経過し、針の雨が止んだ瞬間を彼女は見逃さず、好機を捉える。

 

「散桜刃舞(さんおうじんぶ)!!」

 

 両肩両脚の展開装甲から離れたミサイルを全方位に撒き散らし、『敵』達に対して、叫んだ。

 

「地面に這い蹲れ!!」

 

 瞬時、弾頭からレーザーブレードを発振したミサイル達が、次々に『敵』達はレーザーの刃に串刺しにされていく。

 敵の動きが停まったことを確認した箒は、すぐさま索敵を開始し、眼下に見下ろす敵の中から『本体(おやだま)』を見つけ出そうとするが、目下全ての索敵が完了した時、レーダーに映ってほしいと思っていた肝心のオーガコアの反応は『LOST』の表示を示し、箒は舌打ちして、降下して地上に足をつける。

 

「………これで三度目か」

 

 目前で蠢く、羽の生えた大型の虫………その容姿はオレンジ色に禍々しい黒縞が全体に走り、鋼鉄すらも砕けそうな鋭い顎と、細い足、何よりも大きな胴と、その先端にある鋭い針………。

 日本人ならば、誰もが子供の頃に絶対に危険だから近寄るなと言われているであろう『スズメバチ』の姿をしたオーガコア達の分体達は、頭部にレーザーブレードを突き刺したまま、それでもノロノロと起き上がろうとする。が、箒が振るった蓮華咬鎖によって、目の前にいた数十匹のハチ達は、瞬く間に体を五分割にされ、残骸となって地面に転がる。

 

「(………やはり、私一人では手が回りきらない)」

 

 日本政府からの直接の依頼で動いている箒は、IS学園に入学していながらも、まったく別の指令系統に組み込まれているために、基本、戦闘中の直接支援を受けることは出来ないでいた。最も、ISの直接支援が出来るのはISのみであり、通常兵器しか持たない自衛官などがそばにいられればそれだけで動きが制限されるし、何よりも箒自身が仲間を持つことを拒み続けているのが、一番の問題なのだが………。

 

 だが、反応があるたびに、無数の敵に囲まれ、相手をしているうちに逃げられる………この一週間で、今日を含まれば三度目となるこの展開に、箒は正直、焦りを覚えていた。

 現状はスズメバチの習性なのかは知らないが、出現場所が山手に限られているため、人的被害は出ていないが、もし次に都会の街中にでも現れられようものなら、死傷者が何人出るか判ったものではない。それ故に早期の決着を望んでいるのだが、政府の方も、オーガコアの出現をしてからしか箒に連絡を入れないために、対応が後手後手となってしまっている。

 

「このままでは………!」

 

 一瞬だけ、一夏達『対オーガコア部隊』のメンバー達の顔が浮かぶが、すぐさま首を横に振って、その考えを箒は打ち消す。自分は彼らの仲間ではないし、何よりも日本政府がIS学園の人間に好き勝手されるのを嫌っているのだ。

 

 10年前の『白騎士事件』によって端を発したISを中心にした社会情勢の変化と、篠ノ之束という一人の人間のせいで、世界中から迫られた責任問題によって無理やり作らされたIS学園という存在に、未だ強い敵愾心を持っている政府高官も多く、国内という自分の縄張りにおいて好き勝手に活動されることを、それこそアナフェラキシーショックのごとく強烈に嫌っている。

 IS学園もIS学園で、そんな政府の分からず屋共の態度を鼻で笑い、『本当に大変となっても手伝ってやらないぞ』と言い出す者までもいるのだ。

 陽太がこのことを知れば、どちらも鼻で笑い飛ばしながら『アホ共が』と言い出しそうだが、そう言った事情を更識経由で教えられた箒としては、守秘義務として勝手に部外者に事情を話して助力を願うわけにも行かないのだ。IS学園に籍を置きながら、IS学園の学生として友達を頼れないという自分に、自嘲気味に噴出した箒は、今週に入ってから三度目となる屈辱の連絡を入れ始めた………。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 自衛隊の仮説本部から返ってきた言葉は、案の定『別命あるまで通常待機』という物だった。だが、去り際に『役に立たない小娘が』という言葉を箒は背に受けたが、無言でその言葉を受け流し、詰め所を後にして、電車に乗り込んだ箒は、この二年ほどの自分の在り方の変化にちょっとだけ驚いてた。

 

「(以前なら、あんな風に言われれば怒り心頭で噛み付いていたものだが………冷静に受け流せるようになったのは、事実だからかな?)」

 

 千冬ほどの実力があれば、敵オーガコアが好き勝手させる間もなく、問答無用で瞬殺しているだろう。

 束ほどの知力があれば、即座に対策を立て、的確な作戦を立てて敵を追い詰めることもできよう。

 だが、二人に遠く及ばない自分は、そのどちらも出来ず、こうやって使いっ走りをするのが限界だ。確かにコレでは役立たずと思われても仕方ない。あの自衛官の言葉も当然と思えてしまう。

 

「………簪、やっぱり私は変われないよ」

 

 電車から降り、バスで二駅ほどいった所で下車した箒は、ポツリと誰にも聞こえない言葉を紡ぐと、正面を向いて、無理に笑顔を作って歩き出す。

 

 今、箒が下車した場所………様々な白い建物が立つ小さな町ほどもある『鵜飼総合病院』という、更識家の分家が経営する日本有数の総合病院であり、思った以上に任務が早く終わってしまい、空き時間が出来てしまった箒が、とある人物たちのお見舞いに来たのだ。

 様々な専門病棟の群の中を進み、一際大きな外科の病棟に辿り着いた箒が、入り口の自動ドアを潜る。

 

「 ほ う き ちゃぁぁぁぁーーーんっ!!!」

「ふんっ!」

 

 入院患者の着る患者衣を着た楯無が数メートルの距離をルパンダイブしてくるのを、箒は動じも迷いもせずに、襟首を掴むと、倒れこみながら巴投げで楯無を病院の外まで投げ飛ばす。

 

「ぐへっ!?」

 

 一寸の容赦もない箒の技に、受身を取ることもなく頭から地面に激突した楯無………無情に自動ドアが閉まる中、服についた埃を払いながら立ち上がった箒が、一言そんな彼女に振り向かずに言い放つ。

 

「『仕事が立て込んでいる』と虚さんが迷惑していました。それだけの体力があるなら、とっとと退院して学園に戻ってください」

 

 そして荷物を持ち上げると、さっさと歩き出す。途中、背後で自動ドアに『ガンッ!』と何かが当たる音がするが、それにも一切振り返らずに歩き続ける箒だったが、エレベーターのボタンを押そうとした所を、背後から楯無が鼻血を若干出しながら抱き止める。

 

「そんなっ! 箒ちゃんが、せっかくこうやってお見舞いに来てくれるのに、それを棒に振るように学園に戻れと!? お姉ちゃん、大ショック!!」

「私は『簪の!!』お見舞いに来ました」

「うん、予想してたけど一瞬の迷いもなく言われると、ちょっとだけショックよ箒ちゃん………それに自動ドアに顔をぶつけたこの痛みの分も、心配もしてくれないし」

「セクハラを働こうとさえしなければ、私は普通に抱きとめますよ」

「セクハラ? それって………」

 

 キンッ! という音と共に降りてきたエレベーターに乗り込む二人だったが、二人っきりになった途端、口元に怪しい笑みを浮かべた楯無が、止せばいいのに鍛えられた気配遮断技術で箒の背後に回りこむと、後ろから彼女の胸に手を当て、揉み始めたのだった。

 

「う~~~ん。Fカップから更に成長しようとしている、この15歳とは思えない豊満かつエロスに溢れたボディを、毎日点検しておかないと、もしもの時に大変でしょう? あ、ちなみにもしもの時っていうのは………箒ちゃんと、一夏君が、ラ・ブ・ラ・ブ……な、関係になったときねッ☆」

「!!ッ」

 

 キンッ! という音をさせて止まったエレベーターに乗り込もうとする医者や入院患者達だったが、開いたドアの先にあった、耳を真っ赤にしているポニーテルの少女が、同じく年若い少女の首根っこを両手で掴みながら締め上げているという異様な光景に、同じエレベーターに入ることを全員が戸惑ってしまう………因みに持ち上げられている少女が『ギブギブ、箒………ぢゃん、マジぐるじい……』と呟いていたのは言うまでもないが………。

 

 再び閉じたドアが、目的である最上階に辿り着き開いた時、中から出てきた、怒り心頭の箒と、首を摩りながら『おこっちゃヤダ』とまったく反省していない楯無だったが、そんな二人を恰幅の良い中年の看護婦が声をかけてくる。

 

「あら、箒ちゃんじゃない!?」

「………婦長さん」

 

 さっきまで楯無にしていた不機嫌な表情とは一変し、柔らかい笑顔になった箒は、目の前の女性に会釈する。

 

「楯無ちゃんは、さっきさまね。もう………朝からずっと簪ちゃんにべったりなのに、まだ足りないのかしら?」

「えへへっ………」

「でも、いい加減自分の病室に帰らないと、先生が心配するわよ」

 

 照れたように頭をぽりぽりと掻きながら扇子で顔を仰ぐ楯無は笑顔で誤魔化そうとするが、彼女をやんわりと叱ると、箒に首を傾げながら質問をする。

 

「あら、この時間はまだ学校じゃないの?」

「実は、急な任…じゃなくて用事が出来て、学校を休まざるえなかったのですが……その用事が思った以上に早く終わったもので…」

「それで、お見舞いに来たのね………ちょうど良かったわ。簪ちゃんの着替えの時間だったから、手伝ってくれるかしら?」

「はい! 手伝います!!」

「私も私も!!」

「残念………楯無ちゃんは、検診の時間ね」

 

 笑顔で返事をする箒と、泣きながらトボトボと自分の病室に帰っていく楯無………二人が異常に聞き訳がいいのも、この婦長の人格から来るものなのだ。

 そして箒を引き連れて簪の病室に向かおうとする婦長だったが、途中、部屋に入る前に箒の顔を見て、少し心配そうに問いかける。

 

「………大丈夫かい、箒ちゃん?」

「? どうしたのですか?」

「いやね………週に二回、どんな時でも来てくれるからね………学校、大変でしょう?」

 

 婦長の曇った笑顔にも、箒は晴れやかそうな笑顔を浮かべて答えた。

 

「大丈夫です! 私はちゃんと学業を怠っていませんから!」

「そう………それならいいんだけどね」

 

 心配そうな婦長を気遣い、箒は空元気をしながらドアを開く。

 

「簪! 会いに来たぞ!!」

 

 そう言って、ドアを開いて病室の中に入る箒は、窓から差し込んだ光が当たっている簪を見て、ほんの一瞬だけ、唇をかみ締める。

 

 ―――このドアを開けた瞬間、そこには元気な笑顔を浮かべながら起き上がっている簪がいる―――

 

 もう何回したか知らない夢想ではあったが、だが現実はいつも過酷で、今日も簪はカーテンが風に煽られている個室の中で、幾つかのチューブを鼻の中に入れられた状態で白いシーツの上で眠り続けていた。

 

「………簪…」

 

 辛そうに顔をしかめる箒だったが、すぐさま明るい色に染めた笑顔を作り、箒はカバンを置いて、いつも通り植物状態となっている簪に話しかけ続ける。

 

「3日ぶりだな簪。今日はちょっと時間が空いてな、簪が寂しくないようにと思ってきたのだぞ~」

 

 制服の袖をまくりながら、備え付けの棚からタオルと洗面器を持って、少し温めのお湯を入れる箒と、体温や瞳孔などを見て、彼女の状態を確認する婦長。そして全ての診断が終わり、婦長が診断書に書き込みをする中、箒は手際よく簪のパジャマを脱がせていく。

 そして二年の寝たきりによって、すっかりとヤセ細った簪の身体を箒と婦長は、温めのお湯で濡らしたタオルで拭き始める。途中、二人で何度か簪の身体の体勢を慎重に変えながら、隅々まで吹き終えると、新しい下着とパジャマを着せて、再び寝かしつける。

 

「はい、綺麗になって気持ちよかったわね、簪ちゃん?」

 

 婦長はシーツを簪に掛けると、箒に一声かけた。

 

「それじゃあ、後はお願いね箒ちゃん。何かあったらナースコールで呼んで」

「はい。ありがとうございます」

 

 再び会釈をする箒を、また少しだけ心配そうに見つめた後、婦長は病室から静かに退室する。彼女を見送った箒は、ベッドの横にある椅子に座ると、痩せて棒のようなってしまっている簪の手を掴むと、自分の頬に当てながら、慈しむように笑いかけた。

 

「大丈夫………大丈夫だぞ簪……私はちゃんと待っているから、いつでも戻って来い」

 

 簪の手をしっかり握り締めながら、箒は彼女にそう願い続ける。そしてその手を握るたびに、決意を改め、脳裏の中に『あのIS』を思い浮かべる。

 

「(だから待っていろ!? 全身装甲の黒いISッ!!)」

 

 あのISを見つけ出し倒すことこそ、簪の目を覚ませる最大の願掛けになる………そう思い込むことで、箒は今の自分を必死に支え続けるのだった………。

 

 

 そんな箒と眠り続ける簪をそっと見守る、扉の向こうから中の様子を伺っていた婦長は、静かに病室を後にすると、ナースステーションに戻る。

 だが、ナースステーションに戻ってくると、どうしたものかナース達の上機嫌の声が聞こえてきたにわかに騒がしい。

 

「あっ! 婦長さん!!」

「楯無ちゃ~~~ん?」

 

 そしてナースステーションに戻ってきた婦長が見たのは、いつの間にか持ってきた高級お菓子を他のナース達と一緒に食べている楯無の姿だった。もっとも他のナース達はというと婦長の姿を見た瞬間、蜘蛛の子を散らすかのように四方八方に散って、それぞれ仕事に戻っていく。さすがに上司の目の前で堂々とサボるほど、この病院のナース達は不真面目でも手抜きでもないようだった。

 四方八方に走り去るナース達を見送りながら、手に持ったボードと共に未だお菓子のクッキーを食べている楯無の対面に座ると、黙ってカルテに記録の続きを書き始める婦長は、自分と目を合わせずにいる楯無に何気なく話をし始める。

 

「………あんまりよくないね」

「………何がですか、婦長さん?」

「分かってるくせに………本音ちゃんも心配してたよ。『無理し過ぎてる』って」

「あの子、普段は生徒会に来てないのに……」

 

 カルテに文字を書き終えた婦長は、テーブルに肘を着くとため息をついてしまう。

 

「はぁ~~~………あのままだと、近いうちにポッキリ折れちゃうかもしれないわね」

「……………そんなことありません。ていうか、私がさせません」

「貴方も無理しすぎなところあるわよ………御当主の仕事、生徒会長の仕事、そして今度は妹達のお世話かしら?」

 

 苦そうな笑みを浮かべた婦長を半睨みで無言の反論をする楯無………自分が生まれる前から社会に出て、この多くの命が行き交う仕事をしている目の前の人物には、どうにもこうにも当主としての威厳も、年下相手にのらりくらりとした態度で回避するスタイルも通じなくて、どうしても素の自分に戻ってしまうのが楯無としては不満でしかたなかった。

 

「貴方も箒ちゃんも、本当に生真面目で手の抜き方を知らない娘達ね………もう少し肩肘から力を抜いて生活しないと」

「私はよく不真面目だと虚ちゃんと箒ちゃんに怒られちゃうけど?」

「あら、だったらどうして時々夜中に突然ベッドからいなくなっちゃうのかしら?」

「なっ!」

 

 どうして気が付かれている? この対暗部の組織の長である自分が、よもや監視されていることに気がついていなかったなんて? 一人、戦慄する楯無だったが、婦長はそんな彼女にしてやったりといった表情で言い放つ。

 

「やっぱりいなくなってたのね?」

「あっ! 今のただのハッタリだったんですか!?」

「これも人生経験の差よ………だからね」

「なんですかっ!!」

 

 カマをかけられ、見事に自爆したのが気に入らず、不貞腐れながらクッキーを頬張る楯無に、婦長は目を細めながら静かに呟く。

 

「少しでいい、周りにいる人間を頼ってほしい………それは弱さでもなんでもないんだから」

 

 弱さを見せないように、強い自分を形作ろうと、必死に一人であることを律し続ける箒のことを思っている婦長の姿を見た楯無は、温かい笑顔を作りながらクッキーを婦長に差し出す。

 

「頑張り屋さんの婦長さんに、私からのプレゼントです」

 

 そういってきた楯無の姿に、まるで子供からプレゼント受け取った母親のような喜びを噛み締めながら、婦長も暖かい笑顔でそれを受け取る。

 

「頑張り屋さんの楯無ちゃんからのプレゼント、受け取ったわ」

 

 

 すっかり遅くなってしまった。と内心で思いながら、日の傾きかけた病室から出てきた箒だったが、すぐさまナースステーションから聞こえてくる声に耳を疑った。

 

「それでね、婦長さん!? 一夏君ったら、箒ちゃんのこと聞いたら、『彼女とは唯の幼馴染です(キリッ)』って本気言い放つのよ! どう思う!?」

「う~~~ん………確かにそれは、男として問題があるね」

「でしょ! 私的には、今すぐ箒ちゃんと一夏君がラ・ブ・ラ・ブゥ・なバカップルになってほしいのよ!!」

「……………」

 

 机を思いっきり叩きつけながらそう主張する楯無と、そんな楯無を背後から、この上ない冷たい視線で見下ろす箒と、そんな箒の姿に気がつき、困ったように笑う婦長………適当に相槌を打ちながら彼女は、楯無の背後を黙って指差す。数秒後、それが何を示しているのか気がつき、途端に顔色が青く成り果てる。

 

「随分と、楽しそうですね、楯無姉さん?」

「あ、あらぁ!? 箒ちゃ・」

 

 愛想を振りまいて必死に状況回避しようと振り返った楯無であったが、そんな彼女に対して箒は一瞬の躊躇もなくクビを九十度捻り上げ、ゴキリッ! という本来ならあってはならない鈍い音を響かせながら失神させてしまう。

 床で泡を吹きながら気を失う楯無を置き去りにして、とっととナースステーションを後にしようとする箒だったが、彼女を婦長が呼び止める。

 

「箒ちゃん、もうお帰りかい?」

「すみません、本日はこれぐらいで………」

「来たくなったら、いつでも来てくれたらいいのよ、私も簪ちゃんも嬉しいんだから………だけどね、箒ちゃん」

「はい?」

「くれぐれも無理はしないでね………皆が、貴方の事を大事に思っているんだから」

 

 実の娘に言い聞かせるように、優しい声色で言った言葉に、一瞬だけ頬を赤く染めて呆ける箒だったが、すぐさま首を横に振り、いつもの硬い仏頂面を作って、頭を下げる。

 

「そのお言葉だけ、貰っておきます。それでは………」

「あっ」

 

 早足でエレベーターに乗ってしまう箒に、言葉を続けることができなかった婦長はというと、またしても深い溜息をつき、日が傾いている夕焼けの空を見ながら、ポツリと漏らすのだった。

 

「そういうガチガチに自分を固めちゃうから、余計に心配になっちゃうのよ」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 急ぎ足でバス停に飛び込み、乗り継ぎと途中で電車に乗り換えた箒がIS学園に戻ってきたとき、すっかり空は星空へと変わっていた。

 街灯が点いた寮へと続く道を歩く中、婦長が何気なくかけてくれた言葉を、黙って考え込む。

 

『くれぐれも無理はしないでね………皆が、貴方の事を大事に思っているんだから』

「(私に………そんな資格なんてない)」

 

 だが、どれほど温かい言葉をもらっても、箒にしてみれば自分という存在は簪を守れなかった、大切な人達から大切な人間を奪ってしまった人間だ。

 

「(ISが簪を傷付けた………そして私は、そのISを作った人間の妹だ)」

 

 ISを束が作った物で、それが簪を傷付けた以上、自分はどこまで行っても加害者の側でしかない。ある意味極論とも言えるような意見をずっと心の中で反芻し続けている箒は、そうやって他者の好意を、無理矢理遠ざけようとしていた。

 

 と、寮の正門まで箒が辿り着いた時だった。寮からの明かりに照らされているといえ、周囲が真っ黒な夜の闇の中で、一人ホウキで寮の周りを清掃している人物を見つける。

 

「布仏?」

「あ、しののん、お帰り~!!」

 

 ダブダブな着ぐるみを身につけ、眠たそうな表情とゆったりとした言葉遣いをしている、通称『のほほん』こと、箒のクラスメートであり、ルームメイトであり、そして中学時代からの親友でもある少女であった。

 テケテケともっそりとした速度で走ってくる少女を見た箒は、僅かに微笑み肩の力を若干抜きながら、のほほんが自分に飛びつく前に、手を前に出して彼女のを押さえ込む。

 

「むぎゅ」

「今頃、正門掃除などして、どうした?」

「あ、ああっ!! ちょ、ちょっと、ド忘れしてて~」

「普段のお前なら、そのまま無視してしまいそうな場面なのに、珍しく……」

 

 妙に挙動不審だ。それにIS学園の生徒会書記に入っておきながら、姉に雑務を押し付けて、ほとんど自分は仕事をしないくせに、今日に限って豆に清掃活動などをしているなど、どういった風の吹き回しか………と思ったときだった。箒は落ち着いて考えると、とある事実に気がつく………今日の寮前の清掃は自分が当番ではなかったのか、と。

 

「本音!」

「きゃうっ!!」

 

 つい、厳しい言葉と剣幕になってしまったが、すぐに落ち着きを取り戻すと、のほほんが持っているホウキを奪い、申し訳なさそうにしている彼女に謝罪して、自分が後はやると言い出す。

 

「すまない本………布仏。後は私がやる」

「で、でも~……もう暗いよ?」

「問題ない」

 

 中学時代の呼び名で自分を呼ばなくなった箒を、寂しそうに見つめるのほほんは、すぐさま箒のホウキを奪い返そうとする。

 

「しののん、お仕事でお疲れなんだから~、後は私がやるよ~」

「いい。というか離せ、布仏!!」

「い~や~だぁ~~!! 呼び方を元に戻さないと離してあげない~」

 

 専用機を貰った直後から、日本政府の依頼を受けて積極的にオーガコア退治に出向くようになった箒は、それに反比例するように更識の人間達に壁を作るようになり、高校入学と同時にのほほんのことも呼び名を最初の頃の苗字に戻ってしまった。だが、それは箒なりの周囲へのけじめであり、罪悪感から来た不器用な気遣いだということも、のほほんは知っているのだ。

 

「い~や~!!」

「離せ、本n」

 

 一本のホウキを取り合う二人の少女だったが、その時、そんな二人を寮の入り口から、何人かの女生徒達が冷やかな視線で見つめていることに気がつく。

 

「………何か用か?」

「きゃぅっ!」

 

 そんな女生徒達の視線を、負けず劣らない冷やかな視線で見返す箒………急に手を離したため、のほほんは勢いあまってスッ転んでしまったが………。

 箒のその挑戦的な視線が気に入らなかったのか、女性との一人が小馬鹿にするような表情で鼻で笑い飛ばしながら箒をヤジる。

 

「いえ、政府からのお仕事で忙しい篠ノ之さんは、こんなところで雑用しているおヒマはないんじゃないのかと思いまして?」

「何だと?」

 

 箒の声のトーンが若干下がり、のほほんがまずいと感じるが、女生徒達の『口撃』は止まらない。

 

「そうよ。篠ノ之さんは政府のお仕事で忙しいんだから、ワザワザIS学園に戻ってくる必要もないんじゃない?」

「授業休んでも、単位貰えるんだからね」

「あ、それともお姉さんに裏で手を回してもらってるとか? なんせあの『篠ノ之束』でしょ?」

「ありえるかも~………なんせ、お姉さんから政府と押さずに直接手渡されている専用機でしょ?」

「ほんと!?………じゃあ、学校休んでも、授業休んでも、寮の当番サボっても、全部お姉さんが何とかしてくれるの? うわっ、それって超ラッキーじゃない!!」

「てか、そんなに自慢したいなら、どっか他所でやってほしいよね。ワザワザIS学園にきて、授業出て頑張ってる他人の努力を馬鹿にすんなっての」

「というか、あの着ぐるみの子、ひょっとして篠ノ之さんに取り入って、甘い汁啜ろうとしてるの?」

「篠ノ之さん通して、篠ノ之束にIS作って貰おうって? やだぁー。何それ?」

「人間、そんなところまで堕ちたくないわよねー」

 

 好き勝手口々に言うその姿に、のほほんは憤激しながら箒を庇おうとする………が、それよりも早く、箒は女生徒達に対して、口元に笑みを浮かべながら、一言言い放つ。

 

「姉は、関係ない」

 

 そう、純正の『殺気』を込めながら言い放った言葉に、周囲の喧騒はピタリと止む。正確には『言葉を封じ』こめたのだ。

 

「そして、言い回しがクドイ…………言いたいのなら言え。『篠ノ之箒の好き勝手が気に入らないからIS学園から去れ』とな」

「なっ!?」

「そして私も言わせてもらおう。気に入らないなら立会いでもしようか? 訓練機同士で戦っても私は構わないぞ。負けるつもりなど毛頭無いがな」

 

 包み隠さない本心から嘲る様な言葉と、完全に目の前の人間達を小馬鹿にしているような口元の笑みに、ザワザワと取り巻きの女生徒達も殺気立ち始める。

 

「ちょっとっ!!」

「いくら篠ノ之束の妹だからって、調子に乗らないでよ!?」

「しかも自分の専用機も無しに…」

「調子になど乗っていない………私が言っているのは純然たる事実………それにな、無関係の人間まで巻き込んで私の陰口を叩いているお前達如きに負けるなど、防人としての覚悟を決めた、この『篠ノ之箒』自身が決して許さん」

 

 のほほんにまで向けた悪意の言葉に、表面上は冷静な表情をしていた箒だったが、どうやら内面ではすでに怒り狂い、今にも全員相手に大立ち回りをしようかという状態にまでキレていたのだ。

 そして間に挟まれたのほほんが、必死に両者を落ち着かせようとした時だった。

 

「こんな時間に何をしている、お前達」

 

 決して大きな声ではないが、よく通る低い男の声に、全員がそちらの方に注目する。

 

「あ、なっちー!?」

 

 正面ロビーの光に映し出されたその姿………2m近い巨体に、角刈りという堅いイメージをさせた髪形、彫りの深い顔に厳しい眼差し、薄く汚れた白い作業着に包まれた筋肉質な体型、右手に持った書類の束………女子の人口が圧倒的多いIS学園において、異質極まる30代後半の男性の登場に、全員が先ほどとは別の意味で騒ぎ出しそうになるが、のほほんは彼の姿を見かけるなり、一目散に駆け寄る。

 

「なっちー!! あの………」

 

 正面まで駆け寄ったのほほんに、作業着の男は表情を一切崩すことなく、右手に持った書類の束で軽く彼女の頭を小突いたのだった。

 

「イタッ!?」

「『奈良橋先生』だ、布仏」

 

 そのやり取りを聞いた女生徒の一人が、ようやくその男性の正体に気がつき、小声で話し出す。

 

「整備科の主任教師の奈良橋先生よ………普段は整備室に篭もり気味だから、あんまり表出てこないけど」

「えっ!? あれがっ!!」

「男っていうのは聞いてたけど………」

 

 まるで珍しい動物を見つけたかのように小声で話をしだす女生徒達を尻目に、奈良橋は書類をのほほんに手渡すと、踵を返して背を向けた。

 

「私が寮内に入るといささか面倒になりそうなので、その書類を織斑先生に渡しておいてくれ、布仏。奈良橋からだと言えばわかるはずだ」

「は、はい! わかりました~」

「後それと………こんな時間に何を騒いでいるんだ、お前達………何か問題があったのなら、織斑先生に来てもらって事情を聞いてもらうことになるが…」

『あ、いえ! 失礼します!!!』

 

 流石にそれはまずいと感じたのか、蜘蛛の子を散らすように去っていく女生徒達………去り際に一度だけ箒を睨み付けるが、箒も負けじと睨み返し、険悪なムードは解消されることはなかった。

 

 そんな様子にさして興味もなくなったのか、そのまま歩いてこの場を去っていく奈良橋の背中を見送っていたのほほんは、振り返り、箒に話しかける。

 

「………しののん」

 

 心配そうに箒を見つめるのほほんであったが、そんな彼女に一瞥もくれず、箒は鞄を持って歩き出した。

 

「しののん!」

「………来るな、布仏!」

「!?」

 

 後を追ってこようとするのほほんを鋭い声で止めると、彼女は振り返り、冷めた表情で告げる。

 

「すまない………私は、もうお前の友ではいられない」

「しのの………ほーちゃん…」

「………だから、私に気安く話しかけてくるな」

 

 そして再び、歩み始めると、今度は足を止めることなく、箒の姿は寮の中に消えていく。

 夜の闇の中で、一人残されたのほほんは、足元に転がるホウキを見ながら、唇をかみ締めた。

 

「どうして、こんな………いやだ………」

 

 ホウキにポツポツと涙が流れ落ちる………。

 

「やだよ………やだよ…かんちゃん……ほーちゃん」  

 

 搾り出すように漏れた嗚咽………行き場を失ってしまった『大切な絆』を、受け止めてくれるはずの幼馴染も、友達ももういない。

 

 一人、呆然と泣き続けるのほほん………だが、運命は、まだそんな彼女を見捨てることはなかった。

 

「の、のほほんさん?」

「!?」

 

 流された涙を拭う事もなく、上げた顔の先には………。

 

「ど、どうしたの? 泣いてんのか?」

「………おりむー!!」

 

 顔のあちこちに絆創膏を貼り付けた、織斑一夏の姿があった………。

 

 

 

 

 




箒ちゃん、まさに一人修羅の道に入ってしまった………

皆から背を向け、あえて孤独になろうとする彼女を、果たして一夏は救えるのだろうか?

てか、普通にのほほんさんヒロイン、箒がヒーローでもいい気が………一夏の席はどこだ?w


と、そして登場した新キャラ!


そう、おっさんだ!!

おっさんだ!!(大事なので二回言った)

ISに足りない成分第一位のオッサン成分を、たっぷりと含んだオッサンの登場は、物語にどういう風な影響を及ぼすのだろうか?

ん? おっさんの需要がない?


フゥ太の趣味だよ!! コンチキショー!!(怒)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

前途多難

皆さん、新年明けましておめでとうございます!

年末年始と大忙しだっために更新ができず、本当に申し訳ありません。しかも更新しても内容はちょっとグダグダ気味……ままならないな、色々と(汗


ということで、新年一発目としてはアレかもしれませんが、それでも載せないと話が進まない2014年第一話

では、お楽しみください


 

 

 

 

 

「ちきしょう………」

 

 顔中に絆創膏を貼り付けた一夏は、自動販売機でコーラを購入し、その足で部屋に戻ることはせず、ブラブラと寮内を練り歩いていた。

 単純に、寝るにはまだ早い時間帯だし、なによりも昼間の特訓の結果、ツバメ相手に記念するべき50敗を記録し、そのことを知った陽太と鈴が『ブハッ! キャハハハハッ!! 流石に同じ相手に50回も負けるなんて大恥よ!』『おまー如き仮免四流が、空戦の達人であるツバメ先生に敵う筈なかろう。ヒヨコから出直せ』など好き放題言われ、逆ギレして大喧嘩したため、頭にきて寝るところではないのだ………しかも、一対二であっためにボロ負けしたし………。

 まあその後、鈴は調子に乗りすぎだとシャルとラウラに叱られ、陽太も『対オーガコア部隊の書類仕事+補習代わりのレポート』というダブルコンボを二人の監視の下に作業させられているのは、せめてもの意趣返しになってはいるが、それでもやはり一度湧き上がった怒りは中々収まろうとしない。

 そんなこんなで、気分転換と頭を冷やすついでに夜風に当たるか、と外に出ようとロビーした時、正面から怒り心頭の女子の集団と出くわしてしまう。

 

「なに、あの態度!?」

「ホント、調子に乗り過ぎよ!!」

「明日から、どうしてやろうか!?」

 

 そのあまりの怒り具合に、思わず声を書けることなく通路の脇に身を隠してやり過ごす。女子達が通り過ぎたのを確認した後、改めて身を乗り出して、一夏は女子たちの怒りのオーラに首を傾げるのだった。

 

「なんだ、ありゃ?」

 

 意味がわからないよ、と首を傾げながらジュースの蓋を開け、外に出た一夏だったが、その時、気持ちいい夜風に気分を和らげるより先に、夜の闇の中で、一人俯きながらしゃっくりを上げる少女を見かけ、声をかけた。

 

「の、のほほんさん?」

 

 制服の改造が許されているとはいえ、どうしてよりにもよって着ぐるみなのか? と常日頃疑問に思っていた少女が、普段の温厚かつ穏やかな表情など何処にもなく、ダブダブの袖で必死に涙を拭う、親から逸れてしまった幼女のような弱々しさだった。

 とてもただ事とは思えない様子に、のほほんに走って駆け寄る一夏は、途中で出くわした女子の集団のことを思い出し、彼女に問いただす。

 

「さっきいた、女の子達に何か言われたのかよ?」

「………ううん」

 

 だが、のほほんはそのことについては首を横に振って否定する。確かにあの女子達には良い感情を持てはしないが、それも仕方ないといえば仕方ない。彼女達は何も知らないのだから………。

 

「じゃあ、どうして泣いてんだよ?」

「………」

 

 箒と仲違いしてしまったなど言える訳もなく、答えられずにのほほんは沈黙してしまう。

 

「(それに、本当のところは………仲違いじゃないし)」

 

 届かなかった。

 たった一人で、今も必死になって戦っている友達に、自分の言葉は届かなかった。内心そのことに強いショックを受けていたのほほんだったが、同時に、今、目の前に来てくれた人物を見た瞬間、仄かに希望の光が差し込んできたような錯覚を覚える。

 

「おりむー………お願い、ほーちゃんを助けて!!」

「!?」

 

 自分だけではもう、彼女を助けることはできない。そのことを自覚したのほほんは、迷うことなく目の前にいる彼に、助けを求める。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「なるほどな………」

「箒………そんなことがあったんだね」

 

 涙目で箒を助けてほしいと言われた一夏は、その尋常ではない様子と、のほほんの瞳に宿っていた強い意志を感じ取ったのか、本腰を入れて考えようと、一夏の中で頼りになる『二人』の元に、のほほんと共に赴き、箒の過去と現在の話を一緒に聞き終えた。

 

「シャル、ラウラ………」

 

 震える拳を握り締めながら、一夏は部屋の主であるシャルとラウラの方を見る。部屋着に着替えた二人は、当初こそのほほんを連れた一夏の様子に戸惑っていたが、二人の話を聞き、快く協力を承諾してくれた。

 

「私達に出来る事なら、なんでもするよ」

「ああ。篠ノ之には幾度か借りがあるしな」

 

 その言葉に、一夏だけではなくのほほんも表情を明るくしてくれる。

 

「のほほんさん………話を聞いて、俺がいない間に箒のやつがどんな生活送ってたのか、わかったよ」

 

 大事な幼馴染が辿った、出会い、生活、そして復讐の始まり………以前の一夏なら、理解が及ばなかったかもしれないが、奇しくもマリア・フジオカの姿を思い出し、彼は今の箒の気持ちを察することが出来たのだった。

 大切だから、本当に大切だから、理屈だけでは止まらない事だってある………だけど、そんな中でも箒は自分達を何度か助けてくれた。それは箒の中にちゃんと、暖かな誰かを思いやれる心があると言う何よりの証明になっている。

 

「箒は俺達を助けてくれた。だったら今度は俺の番だっ!」

 

 一人では出来ないことも、みんなと入ればやり遂げることができる。箒がどれほど拒絶しようと、想いはきっと届くと信じて、一夏は彼女を助けたいと、心のそこから願う。

 

「ほう………そいつはカッコイイな、一夏君よ」

 

 そんな決意を固めた一同の中を、不機嫌極まりない少年の声が響く………そして、全員の視線が部屋の隅に集中した。

 

「だけどな、まず先に・」

「余所見しない!!」

「腕を動かすことに意識を集中しろ!」

 

 ベッドに座る一同に背を向け、床の上に置かれたみかんの段ボール箱の前に正座しながら、書類と格闘する陽太が、茶々を入れようとした瞬間、鋭いシャルとラウラの叱責がそれを制する。

 

「もう今日はいいだろうが!! だから・」

「そう言って逃げようとしても駄目なんだからね!」

「報告書の作成が済んだら、補習分のレポートの作成だ! 今夜は寝かさんと思え!!」

 

 貯めに貯めたレポートやら報告書やらのツケを支払うため、現在全能力を書類作成に費やすことに集中させられている陽太が、振り返って文句を言おうとするが、それすらも許さないシャルとラウラの剣幕に、それ以上陽太は文句を言わずに黙り込んでしまう………顔を真っ赤にしてキングス〇イムのように膨らませながら、必死に無言の全力抗議してはいるが………。

 

「話を戻そう」

「そうだな」

 

 一通り陽太の介入を封じたシャルとラウラは、再び視線を一夏達に戻す。

 

「布仏さんの話を聞いて思ったのは、やっぱり箒は、大部分を自分の責任だって感じてるんだよね?」

「ああ、それは俺も感じた………あいつ、昔から超がつく真面目でさ………だからかな、友達とかあんまりいなくて……」

「うん………ほーちゃんはかんちゃんの事、心の底から親友だと思ってたから………かんちゃんを助けられなかったことを、ずっと責めてるんだ」

 

 箒のことを知っている人間としては、彼女の持つ生来の長所が悪い意味で暴走している現状と、それをどう打開するのかということに、頭を抱えてしまう。なんせ、ただお前が悪くないと言っても、余計に頑なに返してくる事は眼に見えているのだから。

 

「なあなr」

「書類っ!」

 

 会話の中に必死に割って入ろうとする陽太だったが、ラウラに瞬殺され、ついにみかんの段ボール箱に頬擦りしながら『ダンボール箱と書類だけが俺の友達だ~』とか言い出す始末………だが、そんな陽太を見ながら、シャルは一人考える。

 

「(今の箒の姿………この間までの陽太にそっくりだ)」

 

 ひょっとすれば、そんな陽太だからこそ、今の箒に対して適切なアドバイスが出来るのではないのだろうか?

 そう考えたシャルは、ダンボール箱に頬擦りしつづける幼馴染に問いかける。

 

「ねえ、陽太………聞いてもいい?」

「!?」

 

 シャルに名を呼ばれた陽太の隠された耳と尻尾が高速で揺れた………ように見えた三人は、黙ってその光景を見守ってみる。

 

「ん?………うん? なんだね? 見ての通り俺は今、溜りに溜まった書類の整理に忙しいのだが?」

「うん、それは全てにおいて陽太が悪いから………陽太なら、こんな時にどうする?」

「ッ!?」

 

 サラッとシャルに切り捨てられつつも、陽太は頬をぴくぴくさせながらなんとか自分を保って話を続ける。

 

「(軽く終わられた!?)お、俺ならな………」

 

 内心でショックを受けたけど、プライドの高さから何とか表に出さず(自分ではそう思っている)に、陽太は右手で前髪をサラッと上げ、無駄にもったいぶった態度で言葉を続けた。

 

「言葉では止まらない。態度で出さないといけない………つまりは、だ」

「つまり?」

 

 一呼吸置き、彼は高々と言い放った………意気揚々としたドヤッ顔で………。

 

「ゲンコツでブン殴って自分のやっていることをわからせる!! これに限るッ!! なぁに、一夏は実力的に無理でも、俺ならものの5秒あれば可能だ。という訳で俺に任せr「うん、ありがとうね………じゃあ、早速作戦を考えないとね」

「ああ、篠ノ之の実力は、私の目から見ても貴重だ」

「そういう言い方するなよラウラ………本当は心配してくれてるんだろ?」

「そ、それはっ!」

「ほーちゃんのこと心配してくれてありがとうね、らうっち~」

 

 ドヤッ顔のまま硬直している陽太を無視し、四人が一致団結して箒の凍てついた心を何とか溶かそうと作戦を練り始める………が、一人取り残された奴が、ちょっとだけ泣きそうな表情で振り返ってシャルに詰め寄る。

 

「自分達から聞いといて、一方的に仲間外れとか、酷くないですかシャルロットさん!?」

「そうだね………ゴメンナサイ、ジブンノシゴトニモドッテクダサイ」

「うおっ!? なんで今日は、何時にも増して扱われ方が雑イッ!?」

「とりあえず陽太………物理的に解らせようとか、この間のシャルの件をまったく反省していないお前が悪い」

「こ、ココでソレを蒸し返すの!?」

「よーよー………いい加減さ、成長しようよ」

「追い討ちに容赦がない!!」

「成長しろよ、陽太っ!」

「テメェーだけには言われたくねぇーよ!」

 

 最後の一夏にだけは何とか言い返した陽太だったが、それ以上自分に構ってこない四人に怒り、『もう、ゼッテェー手伝ってやらねぇーからな!』と捨て台詞を吐いて、背中を向けて書類に一人立ち向かうのだった。

 

 

 

 

「あ、あの………ちょっとだけコレ、マジで手伝ってよ」

 

 

 

 

 後になって頼んでみたが、相手にされなかったのは言うまでもないが………。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 そんなこんなで、日が明けたあくる朝。

 結局は報告書やらレポートやらで徹夜になってしまった陽太は、目の下にクマを作りながら、重い身体を引きずりつつ、千鳥足で職員室へと向かう。

 

「ね、眠い………とりあえず、今日はコレ出したら夕方まで屋上で昼寝だ」

 

 そんなことをしているからレポートをしないといけないのだが、まったく反省した様子がない陽太は、勢い良く職員室の扉を開くと、大声で叫んだ。

 

「ウルァッ! 恋人いない歴が年齢と同じ陰険教師!! 持ってきてやっr」

 

 ガスッ! という音と共に高速で飛来した、出席簿の角が陽太の額に突き刺さり、地面にひっくり返りながら悶どりのた打ち回る。

 

「誰が陰険だと小僧?」

 

 無論、ここまで容赦のないツッコミをしたのは千冬以外はいないのだが、それにしてもちょっと手荒い。たぶん陰険よりも前に言った言葉が、ひそかに禁止ワードになっているのだろう。

 

「ぐおおおおおっ! 額がマジで割れたぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「アロン〇ルファぐらい貸してやろう」

「ひ、人を安物のプラモと一緒にグヘッ!?」

 

 地面に転がる陽太のほっぺたをヒールで踏みつけ減らず口を封じた千冬は、地面に錯乱した書類を拾い上げると、そのまま自分の席へと戻ってしまう。

 途中、職員室に入ってきた真耶が、いまだに寝転がって復帰しない陽太に一言、『そんな所で寝ると他の人の邪魔になりますよ』と言い放てたのは、すでに彼と出会って数ヶ月の間に、陽太がいらんことを口走って千冬に殴られるという図式が、彼女の中でも日常となりつつある証拠でもあったのだろうか………?

 

 千冬が最後まで書類を読み終え、『まあ、今のお前に上等なものなど望んでいないから、これでOKにしておいてやろう』と言った頃、ようやく痛みから復帰した陽太が、涼しげな顔で何かの書類を纏めている千冬に詰め寄った。

 

「てめぇ………コレが見知らぬ男なら直ちに瞬殺モノだぞ?」

「では女に生まれてきたことを感謝しよう………コレが次の分だ」

 

 なんてことはない。サラっと追加分の書類の束を渡す千冬に、陽太が床を拳で連打しながら再びブチギレる。

 

「いい加減にしろよ!! なんでこんなに書類あるんだよ!? ふざけんなっ!!」

「ふざけてなどいない。お前がサボっていたツケが回ってきているだけの話だ。コレに懲りたら提出期限は必ず守れ」

「それで、シャル達は箒にかまけて、俺はまた一人で孤独にミカンの段ボール箱とお友達になってしまうのか!? 犬猫でも安らぎの場所があるのに、俺にはそれすらも与えられないのか!?」

 

 ヤダヤダヤダッ! と地面に転がりながら幼児のように手足をジタバタさせる陽太を心底冷めた目で見下ろす千冬と真耶………コイツ、面倒クセェーと溜息を漏らすが、千冬は陽太の発言の中に気になるキーワードを見つけた。

 

「箒にデュノア達が感けているとはどういうことだ?」

「きこえな~~い! 私の耳は今日からストライキ~~!!」

 

 面倒クセェー上にウゼェーという二重のダメ属性を千冬の中で付加されたことに気がつかない陽太に、彼女は溜息をつきながら、とある提案をする。

 

「その書類の束、二割負けてやろう」

「……………」

 

 床に転がりながら口笛を吹いて拗ねた陽太だったが、その言葉に一瞬だけ沈黙し、横目で千冬を見ながらポツリと言い放つ。

 

「………四割」

「ふざけるな」

「三割五分」

「三割だ。これ以上は下げんぞ?」

 

 値切りの交渉に見事成功して嬉しいのか、急に立ち上がり千冬に敬礼してハキハキとした態度で報告しようとする。

 

「イエス、マムッ! 一から説明させていただきます!!」

「とりあえず場所を移すぞ?」

 

 話を聞くために場所を移そうとしたのだったが、この調子のよい返事と態度を見た千冬は、隣で、自分が対オーガコア部隊を長期不在するための引継ぎ作業に没頭しながら、『ああっ! これってどう書くんでしたっけ? あっ!? 後これも!!』とプチパニックを起こしている真耶と両方見比べ、先ほどとは違う重い溜息をついた。

 

「(私は…………こいつらを信じて任せていいのですよね、先生?)」

 

 無論、亡き恩師が心の中で返事をしてくれる事もなかったのだった………。

 

 

「………なるほど」

「生真面目な子が迷うパターンだね、それは」

 

 場所を移した先である保健室において、校医であり、すっかり対オーガコアチームの相談役となってしまっているカールと共に、昨晩起こったであろう話を聞いた千冬は、自分の親友である束の妹の箒に起こっている事態を聞き、表情を曇らせる。

 

「(起こるべくして起こった事態なのか………束の妹だけあって、人付き合いが苦手なのにも係わらず、思い入れの強い相手だと暴走しがちになることは察してしかるべきだったが)」

 

 分け隔てなく誰とでも付き合えるわけではなく、それであるがゆえに少ない人との繋がりに強い執着を見せる傾向がある人物像を知っているだけに、箒へのフォローが足りなかったと反省しようとする千冬だったが、明らかに表情を変えた彼女に対して、陽太は涼しげな顔で話しかけた。

 

「教師は所詮教師だ。四六時中誰かに貼り付けねぇーだろ? ましてや生徒個人の交友関係にまで口出ししてくんなよ、うっとおしい」

「………陽太」

「私も彼の意見に賛成だ。君は少し背負い込みすぎだよ? 信じて委ねるのではなかったのかね?」

 

 口の悪いながらも千冬に非はないと言ってくる陽太と、自分のなんでも一人で考えて結論を出そうとすることは間違いだと指摘するカールの二人に、千冬は頼もしさと信頼感を改めて覚え、そして微笑みながらコーヒーを啜った。

 そしてそんな千冬と陽太を見ながら、カールは手元の書類にサインをしつつ、ポツリと独り言のように漏らす。

 

「だがしかしだ。この学園にはどうしてこう………真面目なのに人の話を聞く余裕がない人間が多いのかね? どこかの重症患者や新米隊長さん筆頭に」

「「………」」

 

 校医である自分の仕事を増やしてくれる、とボヤキながら振り返るカールを睨み付ける師弟二人に、思わず苦笑してしまう。

 

「はい、陽太君」

「ん?」

 

 カールは何気なく陽太に書類の束を手渡す。それをめくりながら、なんじゃこりゃ?と首を傾げた。

 

「こいつは………」

「君達のISの予備パーツの部品発注書だ。量産機なんて物があるとはいえ、なんせISは基本、一品物が主流だからね。ISが損傷すれば、その損傷した部分を外して同じパーツと取り替えないといけない。これはそのパーツを作るための部品発注所だ」

「そんなもん………自己修復があるだろ?」

 

 陽太が首をかしげながら、さも当然のようにカールに質問し返す。

 『自己修復』………兵器としては異例の能力とも言える、破損した部分を自分で修復する能力を、全てのISが有していて、特にオーガコア搭載機にもなれば、戦闘中の短時間で修復してしまうものもザラにいるために、最優先で念頭に置くべき能力ともいえるのだが………。

 だが、そんな陽太の質問に、カールは首を横に振りながら、残念そうに告げた。

 

「残念なことに、君達のISはカスタム化が激しい。よって自己修復機能を持ってしても、通常機の数倍の時間がかかってしまう。それにISは完全メンテナンスフリーというわけじゃないことは知っているだろう? 鳳君のISなんかはまさにその例だ。あの程度の傷であるにも拘らず、本国から技師を呼んで修理と調整を行わないといけなかったじゃないか?」

「あ”っ!」

 

 そういえばここ数日、鈴が練習にも顔を出さずに、修理と調整に追われていたことを思い出し、頭を抱える。流石に何かあるたびに、いちいち技師を呼んであれよこれよと修理を頼むなどという面倒な真似をしたくない陽太は、即座に問いただす。

 

「………なんという面倒臭さなんだよオイ。てか、この学園の人間で修理できないのか?」

 

 戦闘に出て機体が損傷してしまうことなどあって当然であり、そのあたりのバックアップも出来ていると勝手に思い込んでいた陽太が、その辺りのことは当然してあるんだろうなとジト目で千冬を見た。

 

「……………」

 

 一瞬だけ陽太と目を合わせた、千冬だったが………徐々に視線を明後日の方向に向けて逸らしてまう。これには当然のように陽太が怒った。

 

「目線外すな! てか、マジ使えねぇっーーーー!! アレもコレもソレもダレも足りないとかどういうことなんだよ!?」

「………いや、これはだな」

「あぁぁぁぁっーー!! もういいっ!! もういいですっ! わかったよっ! アンタ、やり手に見せておいて、実はポンコツ指揮官だろう!?」

「!? キサマァッ! 言わせておけば!!」

 

 『仮にも全てを教わった師匠に向かってその口の利き方は何だ!?』『だからどうしたこのヘッポコ師匠!?』と保健室の中で取っ組み合いながらマジギレして叫びあう師弟を冷めた視線で眺めつつ、カールは手元の書類を書き込みながら、コーヒーを飲み干す。

 

「(暴れるなら外でやってもらいたいんだが)君達のカスタムISを整備できる人間ともなると、そうそう多くはない………この学園では奈良橋先生ぐらいだろうね」

「にゃ、にゃにゃはしぃ?」

 

 放って置くと永遠に言い争いを続けそうな二人に、いい加減うんざりきたのか、カールは解決策とも言える人間の名前を口にする。千冬に頬っぺたをひねり上げられながらも、その言葉に反応した陽太が聞き返すとカールは、カルテに目を通しながら答える。

 

「整備科の主任教師の奈良橋先生だよ。学園でも少ない男の先生でね………基本に誠実且つ丁寧な整備の仕方をされると、生徒の子達にも評判だよ。それにこの学園に勤める前は日本有数のIS開発室の『倉持技研』にも出向されていたそうで、なんでも元は航空自衛隊の実験開発を行っていたそうだ。腕は確かだと思うよ?」

「じゃあ、そいつに頼めば!?」

 

 そんな人間がいるなら、ぜひとも自分達のISを見てもらおう。うんそうしよう。音速で決定した陽太が立ち上がったが、それを堂々と真横からへし折る者がいた。

 

「駄目だな。既に断られた」

「嘘んっ!?」

 

 千冬が頬を掻きながら、微妙に冷や汗を垂らしながら何かを思い出すように呟く。

 

「奈良橋先生については、当初、お前がこの学園に来る前から整備士として動いてくれないかと打診していたのだが、見事に断られた」

「なんでだよ!?」

「お前達学生を前線に出す私の理念を受け入れられない………とのことだ。元自衛隊員としても、一人の大人としても、子供に戦わせるのを了承しかねるとな……返す言葉もない」

 

 教師が学生の身の安全を守る。当然ともいえるその正論を前に、千冬はそれ以上の反論も理屈も言うことなく閉口してしまったことを思い出し、今日何度目かのため息をつく。

 目の前にこれから起ころうとしている激戦を前に、足りていない物が多すぎる。戦闘要員だけは何とか間に合いそうだが、肝心な練度が心許ない。バックアップのための人間も自分が抜ければ真耶とカールのみ、しかも生身の人間はともかく、ISの整備をするには設備があれども、行うための人間がいない。劇的に戦闘能力が向上した反動で、その分複雑な内部構造とプログラムで動く対オーガコア用ISを整備するには学生では力不足なのだ。これを整備、修理するには高度な技術を持っていて、かつ国家の縛りが少ない人物でなくてはない。一応の出向という体裁は整えているが、『他国の国家機関の手先が自国のISをいじるなど何事か!?』と言ってこないとも限らない。そうでなくても、政府やIS委員会の一部においても、この対オーガコア用部隊を『合法的テロリズム』などと言う者達もおり、そちらにも気を配らないといけなかった。

 これでは陽太が怒るのも無理はない。しかもこれから自分は長期間抜けようとしている。

 

「………カール、陽太、やはり私の・」

「ヤブ医者先生。その奈良橋とかいう先公どこいんだ?」

「今の時間帯ならば整備室でいつも通り練習機の点検をされているのかもしれないな………だが、それよりも先に私に対しての呼び名について、ここで小一時間ほど語り合おう。ああ、私は怒ってはいないよ。俗に言うところの『ムカついて』いるだけだ」

「サンキュー!!」

 

 聞くや否や、カールの小言を華麗に総無視してすっ飛んでいく陽太に、先に無視された千冬はというと、怒りが沸き立つこともなく呆然と立ち尽くしてしまう。事態についていけないそんな千冬を見兼ねたのか、カールは怒り心頭で散らかった保健室を片付けながら、語りだした。

 

「ないことを嘆いても仕方ない。君もわかっているだろう?」

「あ、いや………そうだが」

「今はとにかくどんな小さいことでもまず動く。それがいずれ大きな突破口へと繋がる………あれは多分知らずにやっているんだろうが、彼は行動で皆を率いようとしている」

「カール………」

 

 散らかった書類を整えながら、カールは口元で軽く微笑んでみせ、ここ数ヶ月の間で彼が見てきた少年は、合いも変わらずハチャメチャな行動の数々をしでかすが、その内容が少しづつ変化してきているようで、もう少し落ち着きというものを持ってほしいという小さな要望もあるが、その本音は、彼の成長の在り方が嬉しく思っていた。

 

「君が期待した通り、あれで何故だか見込んでしまいたくなる背中をするようになったね、彼?」

 

 そんな同僚の言葉に、千冬も知らずの内に口元に笑みを浮かべながら、散らかった保健室を片付けにかかる。

 

「手伝わせてもらう」

「当然では? あとそれと………」

「?」

「私は断じてヤブ医者ではないからね?」

 

 意外に自分の評価を気にする同僚だったのかと、新しい一面に違った笑がこみ上げてきたのは、また別の話だったが………。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 休み時間のA組の教室において、女子生徒達がそれぞれグループを作りながらそれぞれ年相応の話に興じる中、そんな輪には一切興味を示さず、日本政府に手渡されたオーガコアの出現ポイントが描かれた用紙と近隣の地図とを両方眺めながら、敵の出現パターンを知ろうと躍起になっていた。

 自分が失敗すれば、被害が出てしまう………それだけはなんとしても食い止めなければならない。

 だからこそ、その為には周囲にも協力してもらう………という思考にならずに、自分を更に追い込むような考えをしてしまうのが、今の箒なのだった。

 

「ほー………じゃなかった、しののん?」

「よっ! 箒っ!」

 

 そんな箒に、のほほんと一夏、二人の親友と幼馴染が声をかける。見ればシャルとラウラが心配そうにその様子を見ていた。無論、今の箒の状況を変えるため、何よりも今の彼女を救うためである。

 

「……………」

 

 だが、二人の言葉にも箒は一切の反応を示さず、手元のマップにひたすら目を走らせるのみ、取り付く島もない。だがこの程度のことで引き下がってもいられない。

 

「なあ、箒? さっきから何見てんだ?」

「あ、ひょっとして、しののん一人でどこか美味しいもの食べようとか、考えてるの~?」

「……………」

 

 またしても無言で返される。だが一瞬だけチラッと視線だけはコチラに向けたので、こちらに気がついていないということはない………と思うと、強く持ち直した一夏が次なるアクションを起こす………それが引き金になるとは知らずに。

 

「なあっ、実はさ、ISのことでちょっと教えてほしいことが………」

 

 何気なく、本当に何気なく箒の肩に手を置こうとした一夏だったが、その手を一瞬で鋭い目付きになった箒が、鋭い音を上げながら手を弾いてしまう。

 

「!?」

「私にこれ以上構うな、一夏、布仏」

 

 その様子にクラスの女子達が驚きながら、振り返り、息を呑む。

 

「痛ってぇ………いや、箒、あのな…」

 

 結構痛む手をプラプラと振りながら、笑顔で尚も話しかけようとした一夏だったが、箒はそんな一夏に厳しい言葉を投げつけた。

 

「大方、布仏に何か言われたから話しかけてきたのだろうが、私には不要だ。そして一夏………お前も戦士(防人)となったのならば、覚悟を決めろ」

「さ、さきもり? かくご?」

「下らない愛想笑いなど不要だといっているのだ」

 

 一夏に対してのその言葉に、教室中が一斉に殺気立つ。

 

「ちょっと、織斑君の幼馴染とか言われてくるくせに、何なのよその態度は!?」

「昨日といい、今日といい、貴女、何様?」

 

 周囲が一斉に箒を取り囲むように迫ってくる。その様子にどうしようかと戸惑う一夏とのほほん。頼みのシャルやラウラもどうしようかわからず、鼻歌交じりでお手洗いから戻ってきたセシリアにしてみれば、状況が掴めずに目が点であった。

 

「こ、これはどういうことですの?」

 

 何故か朝の穏やかな時間のはずなのに、自分が少し席から離れて戻ってきたら、いつの間にか戦場と化した教室の有様に、セシリアではなくても戸惑ってしまうだろう。

 

「………なるほど、ではこうすればいいのだな」

 

 そんな状況を動かしたのは、やはり箒であった。彼女はおもむろに立ち上がると、鞄に荷物をまとめ始める。

 

「な、何を?」

 

 戸惑う一夏を尻目に、箒は短時間で荷物をまとめると、その足で教室から出て行こうとしたのだ。

 

「待てよっ!?」

 

 流石にそんなことさせられないと、一夏は行かせられないと、教室の入り口に佇んでいるセシリアの横を通り過ぎようとした箒の左手を掴んで彼女を無理やり止まらせたのだった。箒は無言で振り返りながら一夏を睨み付け、力づくで引き剥がそうとするが、一夏の手にこめられた力は想像以上に強く、中々引き剥がせずにいた。

 

「待てよっ! 箒!! 話を聞いてくれ!?」

「私はお前と話すことなど何もない!」

「さっきから、理解(わか)んねぇーことだらけだ!! 防人とか覚悟とか!!」

「理解できないのならばそれでも構わんッ!!」

「だけどさッ!」

 

 一夏は無理やり手を引き剥がそうとする箒の手を放すと、急に離され一瞬だけ体が流れた箒の両肩に両手を置くと、彼女と目と目を合わせて、はっきりと言い放つ。

 

「箒が、一人で苦しんでるの………俺は嫌なんだ」

「!?」

「俺だけじゃない、のほほんさんだって嫌だ。一人で何でも背負い込んで、一人で傷ついて欲しいとか、誰もお前に望んでない」

「………一夏」

 

 一夏のその言葉に、一瞬だけ箒の中にあった『何か』が崩れかける。

 それは二年前、彼女がもう何も失うものかと心に誓ったあの日から、ずっと封じ込めてきた『何か』であり、それが今更になって鈍痛のように、心の中で響きだしたのだ。

 

「箒………のほほんさんから聞いた。お前、一人でオーガコアと戦ってるって………」

「………私は」

「一緒に戦おう。ここにはお前だけじゃない………一緒に戦ってくれる仲間がいる、陽太や千冬姉だっている………そんで、頼りないけど俺もいる。だからっ!!」

『くれぐれも無理はしないでね………』

 

 簪の見舞いに行ったときの、婦長の言葉が心の中で疼く。このまま一夏の手を取ってもいいのではないのだろうか? 一人ではないと言ってくれる、この暖かな場所にいてもいいのではないのだろうか? そんあ思いが湧き上がってくるが………。

 

 ―――血溜りの中で微笑む、親友の姿―――

 

「!?」

 

 それでも今の箒は拒絶するしかないのだった。

 一瞬だけ俯いた箒だったが、一夏の手を思いっきり跳ね飛ばすと、彼に背を向け、再び歩き出す。

 

「箒っ!!」

 

 尚も箒に声をかける一夏だったが、箒は振り返ることなく、彼にきっぱりと告げた。

 

「私は………お前を受け入れられない」

「!?」

「力を合わせ、一夏、お前と………お前達と共に戦うことなど、この篠ノ之箒が許せるはずがないのだからな」

 

 それだけ言い残すと、振り返ることなく、一夏の視界から去っていったのだった………。

 

 

 

 

 




一夏を主役にしようとしたら、やっぱり陽太が主役だったよというお話

戦闘員が揃っても、それだけでチームとしては機能できない。バックアップがいて、初めて全体が回れるよという感じです

と、さてさて、

次回、オッサンキャラの動向は?

陽太は会って何を言うのか?

そして箒さんは一人、何処を彷徨うのか?


だが、平和な日々が続くことを、悪鬼の魂はけっして許してはくれない

次回、お楽しみください


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

時代に乗れなかった男の話


男一匹、いぶし銀

きゃーきゃー叫ぶ女子達の中で、話さない動じない笑わない

男、奈良橋武夫の昔語りの始まり始まり……





ごめん、何言ってんのかフゥ太もわかんねぇーやw


 

IS学園整備科主任教師の奈良橋健夫の朝は早い。

 

 学生達が朝練で登校して来るよりも早く整備室に入り、中に格納されている練習機である打鉄とラファールの整備を始める。

 整備台の上に鎮座しているIS達を見回した奈良橋は、手に持った工具箱とノートパソコンを台の上に置くと、ケーブルを繋ぎ、一機一機の状態を確認していく。最新鋭の兵器であるISは、同時に精密機器の塊でもある。いくら自己修復機能が備わっているとはいえ、すべてが同時に回復できるわけではない。それに毎日別の人間に使われる練習機にもなれば、それを使う操縦者の少女の扱い方も千差万別で、負担が掛かる場所も違ってくる。

 そんな機体達が、毎日何の誤作動も無く起動できている影には、こうやって朝一で全ての練習機の状態を万全にしている男の姿があったのだ。

 

「……………」

 

 口元をへの字に曲げたまま一切何も言わず、この整備室で男一人黙々と作業をこなす。

 時に磨耗している中のケーブルを交換し、時に間接部に入り込んでいるゴミを取り除き、アームパーツの握力の状態をチェックし、スラスターの点火状態が悪いのを見て内部の設定を戻し、両脚部の緩衝器の微妙なズレを見つけては高さを調整していく。

 

 作業内容自体、極めて地味なものであるが、こうやった日々の点検を正確に行えているかどうかで、空戦時に機体性能をギリギリまで安定して引き出せるかどうかが決まるために、奈良橋は整備士の卵達に口やかましくなるぐらいに言っているのだが、伝わっているのが数人ほどというのが、現在の彼の悩みの種であった。もっとも、それは自分が元来、話下手であり、お世辞にも教師に向いているとはとても思えないのが原因であるという自覚も奈良橋は持っていたのだ。

 

 そもそも、彼は元来、防衛大を卒業しているものの、カリキュラムの一環としてしか教師としての在り方を習っていない。

 ISの存在を世間に知らしめた世界的事件である『白騎士事件』………この事件の直後、奈良橋はすぐさま自衛隊上層部にこのISの有用性を説いてみせた。一技術者としても、この夢の超兵器の存在には純粋に心驚かされ、いずれ世界中がこの兵器を主流に軍隊を構成するようになると予期したからであった。国のために、国に生きる人のためになる。若かった彼はそれを信じてやまなかった。

 だが、上層部はこの奈良橋の訴えを無視し続けたのだった。

 いくら兵器としての優れたポテンシャルを持っていようとも、当時はまだあまりに運用のさせ方自体未開拓なものであり、またそれを開発したのは十代半ばの少女であるというのだ。当時の奈良橋の上官連中は彼の話を『世間に踊らされて、未来が見えていない馬鹿な男の話』と一蹴してしまった。それから数週間後、彼は上層部から突然の異動命令を受け、首都にある防衛庁勤務から、突然の北海道への配置換えを言い渡される。それが上層部からの体の良い厄介払いであったということは理解し、苦虫を潰す様な顔で彼はそれを了解したのだった。

 そしてそれから五年後、彼に更なる苦難が襲い来る。

 

 自分の北海道行きに文句一つ言うことなくついてきてくれた妻が倒れたのだ。初産で娘を産んだ直後だった。彼はすぐさま娘を実家に預けると、妻を入院させ、今まで以上にがむしゃらに働いた。働いて妻を今までよりもいい病院に入院させてやれると信じていた。

 

 しかし、現実は彼の思ったとおりの未来を与えてくれはなかった。

 

 重度の腎不全で妻が他界したのだ。聞けば彼女は倒れる以前よりも痛みを抱えながら自分に隠れて通院していたそうだ。何も知ろうとしなかった自分の無知を恥じて、痩せ細って物言わぬ妻の手を握りながら、誰にも見られないように一人で泣きはらした。

 周囲はそんな自分とは違い、目まぐるしく動き出す。そのころにはすでに彼が予見したとおり自衛隊でもISを主体にした戦力の構成が成され出し、自分を北海道に追いやった上官が笑顔で自分に戻ってきてほしいという打診がきた。同時に国内最大のIS研究機関である『倉持技研』への技術者として出向の話も来た。

 奈良橋は迷った末に後者の道を選ぶ。自衛隊のことを彼は嫌悪したわけではない。ただ今の自分は独学でISについて勉強しただけの一技術者でしかない。もっと専門的なことを学びたいという思いに駆られて、彼は倉持技研に出向する。仲間の自衛官からは『女に自ら頭を垂れに行った』と言われたが、彼には別段堪える事はなかった。妻が死んでから痛覚が麻痺したのか、それとも抑えていた反動が吹き出たのか、それは彼自身にもわからなかったが………。

 年下の破天荒な女性が所長だと言われても、最初こそ驚いたが数週間でそれも慣れた。今は我武者羅に、兎に角、研究に打ち込みたかった。没頭という「行為」こそが目的になっていた。

 

 出向から2年後、そんな彼に三度目の転機が襲い掛かる。

 

 幼い娘が妻と同じ腎不全を発病したのだ。実家の実母からそれを告げられた時、自分は妻が死んだ時と同じことを繰り返したのかと、自分自身への怒りで脳が焼ききれそうになる。

 もう二度と愚かな過ちは繰り返さない。彼は自身でそう誓うと、残された幼い娘のために働き口を探そうとした。自衛官には任期があり、その間はどうしても家を空けがちになってしまう。それでは娘のそばにいられないと思い、彼は自衛官の帽子を自ら置く決意をしたのだ。

 またそんな彼に快く協力してくれたのは、自衛隊の仲間ではなく、出向先の所長だった。

 彼女は彼の事情を知るや否や、とある人物に連絡し、腕の良い医師が多い鵜飼総合病院への入院手続きと、病院から車で20分という近い距離にあるIS学園の技術教師としての就職先を紹介してくれたのだ。

 ISに関わったが為に数々の苦難を味わった身としては、これ以上はISに関わるのは気が引けたが、しかし自分が現在最も技術的に世間で通用するのもまたISに関わる技術という事実に、複雑な心境になりながらも、奈良橋は面接に赴いた。

 彼女の紹介の元、温厚そうな笑顔を浮かべて自分を出迎えてくれた白髪の老人が理事長だと知ると、地面にデコをこすり付ける勢いで頭を下げ、自分のような人間を雇ってくれようとしている人に感謝の気持ちを表した。そして自分がココに来るまでの敬意を告げると老人は、そんな奈良橋の人柄を一目で見抜いたのか、自衛隊にいた時よりも遥かに高給かつ、福利厚生の各種手当てを掲示してくれたのだった。これには奈良橋が逆に『なぜ、初対面の自分にココまでしてくれるのか?』と問いかけた。

 

 そして老人はそんな奈良橋に笑顔でこう告げる。

 

『貴方の様な人だから、安心して生徒を任せることができる。誠実に『人間』を考えることができる、貴方だから』

 

 老人が笑顔で告げてくれた言葉に、涙が溢れそうになるのを堪えながら、奈良橋はこの学園での教師職を引き受ける決意を告げる。

 

 それからも彼の歩んだものは楽な道のりだけではなかった。自衛隊を辞めることを告げに行けば、上司からは罵られ、同僚の何人かは陰口を囁いていたのを見かけ、学園に入っても、女子主導で動くためか、男性職員の肩身は狭いものではあった。生徒も女子しかいないため、世間の風潮をそのまま学園に持ってきては、男性である奈良橋の言葉を軽視する生徒も少なくない。

 

 だがそれでも彼は黙々と自分の職務を全うし続ける。

 残された病気の娘の為、拾って貰った恩義の為に………。

 

 そして機体全てにワックスをかけ、それを使うであろう者達が快く使えるように万全の状態にして、彼の朝の一作業は終えた時、千冬が自分に持ちかけたかつての話と、学園内で色んな意味で話題に上がる少年のことを思い出す。

 

「………対オーガコア部隊と、特殊チェーンされた機体の整備か…」

 

 元自衛官としても、技術者としても、心躍る話ではある。

 元々ISの運用について彼が上官にあれこれ進言したのは国防………強いては『国民の安全を守る』為なのだ。10年前ならば確実に話を受けていただろう。直接前線に出ることは叶わないが、戦場で命を賭けることになる操縦者達の為に全身全霊でバックアップに勤しんだだろう。

 だが今の自分はこの学園の一教師でしかない。しかも聞けば部隊員は全員が10代の少年少女であり、隊長には普段の素行に極めて問題があり、かつ経歴も怪しい少年であるというのだ。

 IS学園が最新鋭の兵器を扱う人間を育成する場所だとしても、それはあくまでも育成の話だ。軍の士官学校だからといって、いきなり学生を前線に放り込むような真似をする国はない。前線に立つのは選ばれた軍人であって、子供ではない。若干、感情的に千冬に反発して彼は一度話を断ってしまったが、その考えについては未だ変えるつもりは毛頭なかった。

 

「(子供を前線に送り出すなどとんでもない!)」

 

 そもそも奈良橋はISが原則女性にしか扱えないことにも強い不満を抱いている。何もそれは女尊男卑についての嫌悪感ではない。

 軍人として生きていた自分としては、男こそが前線に立つべきだ。という考えが彼にはあるのだ。

 

「……………だが」

 

 頭に昇った血が下がるほどに、そんな自分の考えと、現実とのギャップを感じ、彼の表情は益々硬くなる。

 いくら整備の技術とはいえ、ここにいる女生徒達に兵器運用のノウハウを教えているのは自分であり、少年達が幾度もオーガコアを退けているという事実がある。少なくとも、整備室に篭ったまま、こうやって心の中でグチグチと文句を言っているだけの自分よりも、遥かに世の人のためになっているではないか。

 

「……………」

 

 口ほどにもない人間なのは自分のほうか。そう一人結論付けて立ち上がった奈良橋であったが………

 

 ―――整備中の打鉄の上に寝転がって自分を見る逆さの少年の顔―――

 

「ッ!!!?」

「オッサン、一人で何ブツブツ言ってんだ? 独り言多い人?」

 

 初対面の人間に対して、いきなりオッサン呼ばわりされた上に、失礼極まる事を言い放ってくる目の前の少年に、奈良橋は眉間に皺を寄せながら問い詰めた。

 

「キサマッ!!」

「オッサンがナナハチ?」

「私の名前なら奈良橋だ! というか、早くそこから降りろ!」

「?」

 

 睨み付ける意図がわからないと言いたげに首を傾げる少年に、奈良橋はさらに語尾を強めて注意を施す。

 

「先生にあったならば先ずは敬語を使え! そして早くそこから降りろ!!」

 

 怒鳴りながら首根っこをひっ捕まえて少年を無理やり引き摺り下ろす。地面に放り出された少年はというと、特に怒った様子もなく、逆に笑顔で奈良橋に話しかけてくる。

 

「オッサン、俺の名前は火鳥陽太ね」

「オッサンではない。奈良橋先生と言え!」

「そんでさオッサン」

「人の話を聞けッ!?」

「俺達のISの整備やってよ。あ、俺、対オーガコア部隊の隊長様ね!」

 

 『見て見て、証拠のIDだよ~♪』と自慢気に見せてくる陽太の態度に、奈良橋はますます眉間の皺を増やしながら、陽太に指差して注意をする。

 

「その話ならば、すでに織斑先生に断っているはずだ」

「いや、だからこうやって改めてお願いに来てるのよ。というわけでヤレよ、整備士」

「それがお願いに来ている人間の態度か!?」

「そんじゃ………お願い、キラッ☆」

 

 舌を出しながらウインクする陽太の、そのイラッとする笑みを向けられた彼のこめかみに青筋が迸る。が、それは持ち前の忍耐力で怒鳴るのだけは耐えてみせた。これ以上この生徒の調子に合わせるわけにはいかない。その判断の元、彼は作業台の上に乗せてあった、弾詰まり(ジャム)を起こしているラファール用のアサルトライフルの整備にとり抱える。

 

「……………」

「♪♪♪~」

 

 弾倉(カートリッジ)を取り外し、スライドを取り外す奈良橋の手元を、鼻歌交じりで見学する陽太………その視線が妙に気にかかるが、これ以上付き合わないと決め込み、無視しにかかる。

 

「……………」

「モグモグ、ズズ~」

 

 だが、何処に持っていたのか、手にアンパンとコーヒー牛乳を持って食べだすのを見過ごすわけにはいかず、彼は机を両手で叩いて立ち上がり、彼の胸倉を掴みあげて、ヤクザ顔負けのドスの効いた視線で睨み付けた。

 

「キサマァッ!! 整備室(ココ)が飲食厳禁だと知らんのか!?」

 

 奈良橋は怒鳴りながら指差し、壁に掛かっている『飲食厳禁』の札を示す。陽太はというと、今初めて気がついたという驚いた表情になり、コーヒー牛乳を啜りながら一応の謝罪をした。

 

「ズズ~~~………あ、ホントだ。すまんすまん」

「!!」

 

 急いでアンパンを食べ終え、コーヒー牛乳を最後まで啜り終えた陽太が『これでもう大丈夫でしょ。ささ、お仕事続けて』と笑顔で返すが、その笑顔を見た瞬間、奈良橋の中の何かが『プッツン』とブチ切れ、胸元から首根っこに持ち替え、整備室の扉が砕ける勢いで開くと、陽太を引きずりながら荒い鼻息で歩き出す。

 

「キサマッ!? そもそも今の時間はお前のクラスは授業中ではないのか!!」

「あ、そうだそうだ。忘れたな……」

「忘れるなっ! お前はこの学校に何をしにきている!?」

「シャル、後でノート見せてくれるかな? てか、またレポートとかヤダな。なんとか弁護してよ、オッサン」

「オッサンではない!! 奈良橋先生と言えとあれほど言っているだろう!!」

「オッサンはオッサンじゃん………それとも、実はおばちゃんだとかいうオチか?」

「オチとかそういう問題でもない!? それに私はまだ36だ!」

「なんだ、十分にオッサンじゃない?」

「!?」

 

 曲がり角を曲がった所で、ゴンッ! という大きな音を鳴らし、タンコブが出来た頭を抱えながら痛がる陽太を引きずって、再び歩き出す。

 

「いっっってぇぇぇ………あにすんだよ!!」

「貴様には、礼儀作法というものが丸ごと存在せんのか………」

「そんなことないですよ~~………てかさ、ウチの整備士やってよ、とっつぁん」

「だからその話は断ったと言っているだろうが!?」

「だからその断りを俺が断ると言ってるんだろうが、とっつぁん!!」

「意味がわからんわ!!………というか、貴様」

 

 いつの間にか自分の呼び名が変わっていることに気がついた奈良橋が立ち止まって陽太のほうを見る。頭をさすりながらも、陽太は見られていることに気がつくと、半目で睨みながらも答えて見せた。

 

「ん? オッサンが嫌なんだろう? まったく、いきなり出てきてああだこうだと注文の多い奴だな」

「鏡を見ながらその台詞を言ってみせろッ!………というか」

「どしたの?」

「そ、そのなんだ………『とっつぁん』というのは…」

 

 キサマにだけは言われてたくないとツッコミつつ、自分の呼び名を変えた陽太に戸惑う奈良橋だったが、そんな陽太はというと、いたく無邪気に笑いながら、自分を引きずる教師に堂々と言い放った。

 

「とっつぁんの整備の仕方見てたぜ。そんでピンときた。俺達のIS預けられんの、この学園じゃとっつぁんだけだってな」

「な、なぜそこまで私に拘る?」

「ISの生みの親が昔言ってたんだ。『中途半端に技術を持ってる奴ほど手抜きする』ってな。そんでとっつぁんの整備の仕方がどことなしに、そいつに似てたんだ。アイツはISに関して『だけ』は手抜きしない奴でよ………まぁ、それ以外じゃ、よく俺をひどい目に合わせやがったがね、こんちきしょうーがっ!!」

「……………」

「この学園に来てから、忙しくてこいつもあんまりメンテナンスしてやれてないからな。コイツ等も俺達と一緒に戦ってくれてる仲間だ。だったらしっかりした奴に診せてやるのも、隊長様のお仕事ってわけだ」

 

 待機状態の自分のISを見ながらそう呟く陽太を、奈良橋は先程とは違った、興味深いといった表情で見つめる。

 この学園において、ISという兵器をただのアクセサリー同然と考える人間はいても、人間と同格で評価するような奴は、初めて出会ったからだ。

 

「仲間………」

「仲間だろ? 戦闘中じゃ、命預けてるも同然なんだしさ」

「……………」

「???」

 

 神妙な面持ちになって押し黙る奈良橋を、陽太は不思議な物を見るかのよう目で見る。黙り込んだまましばし陽太を引きずると、一年一組の教室のドアの前で立ち止まり、丁寧に声を書けずにドアを二回ノックする。数秒後、真耶が何事かとドアを開き、奈良橋の巨体に驚愕して数歩後ずさってしまう。

 

「………山田先生」

「は、はい。ど、どどどうされましたか奈良橋先生?」

 

 普段あまり喋った事のない人間の登場に戸惑う真耶だったが、奈良橋が無言で首根っこ掴まえた陽太を真耶の前に差し出すと、なんとなく事態を把握する。

 

「やっほー、真耶ちゃん」

「火鳥君!! 貴方、授業をサボって何処に………」

「とっつぁんを(整備士として)口説いてた。だけどどうにも照れ屋名性分らしくてな………強敵だ」

 

 その台詞を聞いた瞬間、ガタンッ! と教室の中で何かが倒れ、そしてラウラの声が響き渡った。

 

「シャ、シャル!? どうした!?」

 

 床に崩れ落ちたのはシャルであった。彼女はこの世に絶望したかのように顔を真っ青にしながら、陽太の言葉を明後日の方向で解釈したのだ。

 

「(そんなっ!? ヨウタに昨日あんまり酷い言い方しちゃったから謝ろうって考えてたのに………私が冷たくしすぎたせいで………ヨウタが男の人に目覚めちゃった!?)」

 

 椅子から崩れ落ちて絶望に打ちひしがれるシャルの姿をラウラと数名のクラスメートが必死に心配し、陽太は『寝不足? それとも空腹?』と首を傾げてみる。乙女の脳内化学反応というには少々難易度の高いシャルのリアクションを陽太が理解するには、まだまだ時間がかかりそうである。

 そんな学生諸君の愉快なリアクション劇場にも全く興味を示さず、への字の口と仏帳面な奈良橋だったが、真耶の背後から同じぐらいに表情が固い千冬が姿を見せると、短く会釈をして彼女の名前を呼んだ。

 

「織斑先生」

「奈良橋先生」

 

 千冬が恐縮そうに頭を下げると、奈良橋は襟を掴んだまま陽太を手渡す。そして千冬は陽太を受け取ると、目の前で『チャオッ!』とか言っている馬鹿弟子を、手荒くゴミを捨てるかのごとく放り投げるともう一度重ねて奈良橋に頭を下げるのだった。背後で『ぎゃっ!』という声と共に、頭から何かが椅子に激突したような音が聞こえたが、特に二人は気にも留めない。

 

「お手数をお掛けしまして、大変申し訳ありませんでした」

「いや別にそれは構いません。ですが織斑先生………少々彼には生活態度の改めと、特に言葉遣いに気をつけていただかないと……」

 

 そう言ってもう一度だけ陽太の姿を見る奈良橋。頭を擦りながら、『で、どうした? 腹でも壊したのか?』と心配そうな表情でシャルに声をかける陽太の姿に何を思ったのか、そのまま背を向けると再び整備室に戻ろうとする。

 

「あっ! とっつぁん!?」

 

 だが、背を向けて歩き出そうとした瞬間、陽太は奈良橋に別れの言葉を投げかけた。

 

「また頼みに行くからなっ!」

 

 あくまでも整備士の勧誘を諦めない、ニカッと無邪気にそう笑う陽太の姿に、奈良橋は苛立ったかのように振り返ると、声を荒げながら言い放つ。

 

「私はっ! お前のようないい加減な奴が大嫌いだ!!」

 

 大声が教室に響く中、歩き出す奈良橋………状況が理解できない女子生徒と教師達が呆然と立ち尽くすが、陽太だけは脱力したかのように肩を落とすと、ポツリと呟く。

 

「素直じゃないないな、もう~~~」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「ほうほう、つまりはお前は私達のカスタムISを整備できる人材の確保をしようとスカウトしていたのか」

 

 そして昼休み………すでに騒然となることが日常茶判事になってしまった一組の生徒は、その後の『とりあえず授業の続きをしよう』という流れに従い、特にその後の問題もなく授業を進め、昼休みなってようやく陽太が授業をサボって何をしていたのか、食堂で昼食を取りがてら事情を知ったのだった。

 

「さすが、教官のマニュアルを元に私が仕込んだ男だ! 教官に掛かればどんな『バカ』でも立派な隊長になれる!!」

 

 陽太が部隊のために動いていたことにいたく感激したラウラが、腰に手を当てながら若干頬を赤く染め鼻高々に『千冬の功績』と褒め称えたのだ………最も、実際にスカウトに動いた男はというと、額に青筋を作りながら手に持ったラーメンを見つめながら呟く。

 

「おいコラ黒兎。ちょっと表出ろ………泣かす」

 

 悪気もなく流れるようにバカ呼ばわりしたラウラに、怒りを露にするが、それを先ほどとは打って変わってご機嫌となったシャルが宥め沈める。

 

「もうもう、そんなに怒っちゃ駄目だよ陽太………ハイ、エビフライ」

 

 自分のおかずのエビフライをフォークに刺して陽太に差し出す笑顔のシャルロット………数秒間それを見つめた後に、陽太はそのエビフライにかぶりつくのだった。

 

「は~い。しっかり噛んで飲み込んでね~」

 

 陽太が『女の自分に諦めて男に目覚めた』と勘違いしていたことに気が付いた反動か、あまり陽太をいじめ過ぎないように接する。最も、当の陽太はというと、シャルの態度の変化をこう判断していた。

 

「(これは………妙に優しくして、夜になるとドバッ!と書類の仕事を追加しようというフェイント!?………そ、そんな手は通用しませぬぞシャルロット殿!?)」

 

 結構不審がられていた。どうやら昨日無視されたことが相当堪えたようである。

 

「………というかさ」

 

 そんな珍妙極まるリアクションをする一同に、餃子定食を食べながら鈴がここにいない人物のことを問いかけた。

 

「一夏が途中で早退したって、本当?」

「あ、ああ………」

 

 満面の笑みを浮かべていたラウラが急に肩を落として意気消沈してしまう。みればシャルも同様で、一組でありながらあの現場にいなかった陽太は、何の話かとシャルに聞いたのだった。

 

「そういや、一夏いなかったな………サボリとはまったく………不真面目な野郎だ!」

「お前が言うな!!」

 

 鈴の高速ツッコミが飛ぶ中、あの後事情を話してもらったセシリアが、テーブルに紅茶の入ったマイカップを置くと今まで溜めに溜めていたリアクションを一気に解き放つ。優雅なポーズ付きで………。

 

「まさか箒さんが、そんな過酷な理由で戦われていたとは………友の為に、あえて孤独を選ばれるその強さ………まあ、わたくし、実はそうではないのかと前々から勘付いておりましたが!!」

 

 久しぶりの優雅な貴族?ポーズとドヤ顔でそう言い放つセシリアだった。彼女を見る仲間達の不審極まる視線が一同に集まっていることに彼女は一向に気がつく気配がない。

 

「(鈴、お前ツッコめ)」

「(私嫌よ。シャル、お願い)」

「(えええ~~!?)」

「(ほう、意外な洞察力だな。セシリア)」

 

 セシリアを除く四人が小声で話し合う中、一人だけセシリアの言葉をそのまま鵜呑みにしそうになっている。何でも信じようとする天然気味な面を見せるラウラに陽太達が『この子もなんだかな~』と和んだ空気が流れる………が、そんな日常の中にとある放送がかかる。

 

『笹村先生、笹村先生。至急、第三アリーナ・セキュリティールームまで起こしください』

 

 一般生徒達にしてみれば、聞いたことのない名前の先生だな、という程度の印象しか受けない。だが対オーガコア部隊の人間達の表情は全員が一気に険しくなり、全員が一斉に立ち上がると第三アリーナに向かって『早足にかろうじて見える程度の小走り』をし始める。

 これは病院などの職員達が『スタットコール』と呼ぶ、職員専用の緊急コールであり、一般生徒達に対してパニックを抑える役目がある緊急放送なのだ。そして対オーガコア部隊の人間にのみ、この放送の本質が伝わる。つまりは『オーガコアが出没したので、現在臨時の作戦司令室になっている第三アリーナのセキュリティールームまで早く来い』という旨のものである。

 

 放送がかかって数分足らずで作戦司令室にまで辿り着いた一行は、扉を大急ぎで潜る。そこにある大型モニターには、すでに大型モニターにオーガコアの存在を示す『エネミー』の表示がなされていた。

 

「場所はどこだ!?」

 

 モニターの前で必死にパネルを操作する真耶と、モニターを凝視する千冬に隊長である陽太が、オーガコアの出現場所について尋ねる。

 

「場所はここから北西に10kmの地点。鵜飼総合病院がある場所だ」

「病院?」

 

 鵜飼総合病院………その名前を聞いた瞬間、シャルとラウラの表情が一変する。

 

「朝、一夏達が箒を追いかけて行った場所だ!?」

「!?」

 

 シャルの叫びに陽太が思わず振り返った。続けてラウラがやや焦った表情で千冬に問いかける。

 

「教官、現場との連絡は!?」

「さっきからやっている………だが」

 

 千冬がその問いかけに苛立ったように答える。真耶が先ほどから何度もコンタクトを取ろうとするのだが、現場周辺に強力なジャミングが張られており、一切の通信ができずにいるのだ。

 

「ジャミング………亡国(奴等)か!?」

 

 数ヶ月前、IS学園を強襲した者達の中に、強力なジャミング能力を備えたISの保有者がいたことを思い出す陽太………若干、どんな顔だったか思い出せずにいたが………。

 

「ツイン………ツイン………ツインビームだったけ?」

「ツインテールです陽太さん………しかし………竜騎兵(ドラグナー)のフリューゲル…」

 

 正確には髪型すらロクに覚えていなかった陽太とは違い、優雅に自分の髪をいじり上げると、キラキラと光る笑顔で言い放った。

 

「丁度いいですわ………この間の借り。利子をつけて、ノシを付けて、ついでにお土産も付けて、255倍にしてお返しして差し上げますわ。もうそれは全力全壊、手加減抜きで♪」

「ほう、それは大変だなセシリア。私にも是非とも手伝わせてくれ♪」

 

 同じくキラキラと光る笑顔でセシリアに助力を申し出るラウラと『ええ、勿論ですわ』と優雅に言い返すセシリア………だがどうしてだか、キラキラと光る中にどす黒いオーラが滲み出てしまっている。それを見ながら陽太は心の中でポツリと漏らした。

 

「(コイツ等………相当、根に持ってたのね)」

 

 あんまり見たくなかった女子の一面を垣間見たような気がした陽太だったが、とりあえず今は一夏達とオーガコアの方が気掛かりなので、すぐさま千冬に出撃の許可を求める。

 

「出撃する。異論ないだろう?」

「ああ、急いでくれ」

 

 千冬の言葉を聴き、陽太達はすぐさま第三アリーナのカタパルトに向かおうとした。だがそんな中で千冬が陽太を呼び止めた。

 

「陽太」

「ん?」

 

 千冬に呼び止められ、振り返った先で、彼を見つめていた漆黒の瞳は、ホンの僅かな心の揺れを隠し切れずにいた。そんな珍しい師匠の姿に、陽太は茶化すことなく自信に溢れた笑顔で答える。

 

「安心しろよ。一夏のことなら心配ないない………知ってるか?」

「?」

「あの馬鹿は………やる時はやる馬鹿なんだ」

 

 陽太のその言葉を聴き、千冬はいつの間にか自分が動揺していたことに気がつき、若干頬を赤く染めながら目を背けてしまう。

 

「い、一夏のことだけではない!?」

「箒のこともだろう? まったく、次から次へと手間取らせやがって」

 

 『俺を過労死させたいのか?』………最近立て続けに増える問題に、眩暈しそうになるが、泣き言も言ってられないかと開き直ると、その場を走り出し、この場にいない一夏に怒鳴りつける。

 

「(おい出落ち馬鹿!? 間違っても、俺達が行くまで落ちたりすんなよ!!)」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 山間に居を構えていた鵜飼総合病院だったが、それが仇となったのか、炎と崩れた建物が道を遮り、大量の避難しそびれた人達で溢れ返っていた。特に、一人では動くことができない病人や怪我人を搬送するために多くの人手が必要なのだが、目前の『化け物』を前にして、他人を気遣う余裕などなかったのか、ほとんどの病院スタッフ達が我先にと逃げ出していたのだ。

 

「クッ!」

 

 そんな中で、ISを展開し、手に持った雪片を正眼に構えた一夏は、周囲を取り囲んだ人間とほぼ同サイズの『スズメバチ』を無数に相手に、苦戦を強いられていた。

 

「!! はぁぁぁぁっ!!」

 

 上空から毒針を発射してきたスズメバチの攻撃をジャンプした一夏に、斜め下から追撃してきた敵を、すれ違いざまに斬り裂いて、斬って落としてみせる。更にそこから一夏は続けざまにスラスターを全開にし、滞空していたスズメバチ達を雪片で次々と斬り裂いていく。

 スマートとは言えない機動と斬撃であったが、テンポと思い切りの良さのおかげで、反撃の隙を与えずに撃破することができた。

 

 だが、5機の敵を落とした時点で一夏の周囲には、更に10機のスズメバチが取り囲んでくる。これではいくら敵を倒しても意味がない。すぐさま敵の本体に向かいたい所なのだが、それを周囲の敵が許してはくれず、結局は持久戦へと持ち込まれていたのだ。

 

「!?」

 

 集中力が一瞬だけ途絶えた一夏だったが、彼のすぐ脇を敵の毒針が襲い掛かる。反射的にそれを回避した一夏だったが、病棟の外壁に突き刺さった毒針が、蒸気と嫌な音をさせてコンクリートを溶かしていくのを見て、直撃だけは避けねばならないと改めて思い知らされる。

 

「………ちきしょうっ!!」

 

 逃げ遅れた人達の救助を今すぐにもしたいのに、目の前の敵がそれをさせてくれない。敵の本体に向かう暇もない。ましてや………。

 

「あ゛あ゛あ゛あああああっ!!」

 

 獣じみた声を張り上げながら、紅椿を纏い、二刀を叩き付けるように振るう箒を止めることなど………。

 

 

 

「あ゛あ゛あ゛あああああっ!!」

 

 怒りを、憎しみを………。

 この二年間、貯めに貯めたありったけの感情を二本の刃に乗せて、目の前の『仇敵』に叩き付ける。

 

 ―――お前が傷付けた、お前が壊した物が何のか思い知らせてやる。私がお前に刻み付けてやる!! 二度と忘れることなどできなくなるぐらいに!!―――

 

 最速で、最短で、一直線に、ありったけの殺意を乗せた刃を箒は繰り出す。

 そこにはいつもの彼女の『技』はない。ただ憎しみだけで、怒りだけで彩られた獣の剣があった………。

 

『ウルセェヨ』

 

 だが、その箒の全てとも言える攻撃を、彼女の仇敵である『黒い全身装甲のIS』は、その場を一歩も動くことなく、難なく防いでしまう。箒や一夏の眼には映らない速度で動く『何か』が、箒の刀を空中で弾き返してしまうのだ。

 

『いい加減にしやがれ。今はテメェの相手なんざしたくもねぇーんダヨ』

 

 独特なイントネーションの言葉が混ざる男の声で、自分に突っかかってくる箒に警告する全身装甲の黒いISは、もう何度目になるのかわからない回数を重ねても、なおも自分に『覚えのない恨み』をぶつけてくる箒に、いい加減ウンザリしたのか、右手を上げると、箒が最速で繰り出した斬撃を、指二本であっさり受け止める。

 

「!?」

 

 動揺した箒が、もう一本の刃で攻撃を繰り出そうとするが、黒いISはそれよりも速く彼女を刀ごと地面に叩き付ける。

 

「がはっ!!」

「箒っ!?」

 

 まったく予期していなかった箒は、受身を取ることも出来ず、衝撃で意識が遠のきかけるが、自分を見ずに虚空を見つめる黒いISの姿に、再び湧き上がった怒りが強烈な力となって彼女を起き上がらせた。

 しかし、黒いISは一向に彼女を見ようとはせず、だが何かを耐えるように必死にイライラを抑えながら、箒ではなく、一夏に対して言い放つ。

 

『早くココに火鳥陽太を連れて来い、ザコ共』

 

 箒と同じく、己が身を焦がす復讐の炎に囚われた亡国機業の麒麟児、『亡国機業の黒き雷光(ブラック・ライトニング)』のジーク・キサラギは、イラつく己を抑えながら、そう言い放つのだった。

 

 

 

 

 

 




ということで、奈良橋先生の身の上話と、スコールさんの言いつけ破って単独でIS学園とやる気になっているのか!? ジークさんの登場でした。

次回、いままで沸々とフラストレーション貯めに貯めてた反動を発散するように、彼が大暴れします!




さて、箒さんの恨みに対して『身に覚えがない』ジーク………それは彼が本当にただ忘れているだけなのか? それとも………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二人の復讐者





もう、なんだか指が進まないッス(涙


もう少し早く、投稿するようになるにはどうすりゃいいんだろうか?


 

 

 

 

 

 

  日本某所・マンション15階

 

 最も日の高い時間帯となり、見下ろされた地面に巨大な影を作り出している高級マンションの一角にある部屋において、分厚いカーテンで日の光を遮り、真っ暗になった室内で、唯一ついたモニターの映像を食い入るようにジークは見つめ続けいた。

 

 ―――蝙蝠型オーガコアとの空中戦―――

 

 ―――オーガコアと一体化したラウラとの格闘戦―――

 

 ―――そしてムカデ型のオーガコアと、変異体に成長したオータムとの戦いも―――

 

 その映像の中に映し出された陽太が駆るブレイズブレードの一挙手一挙足に至るまで事細かにジークは観察し続けていた。それも本部からこちらに帰還してからほぼ不眠不休でだ。

 

「(パワー、スピード、テクニック、ISの性能、そして行動のパターン………)」

 

 観察に観察を続けた末の結論………口元を歪ませながらジークは語る。

 

「………九分九厘で俺なら血祭りに上げられる」

 

 断言できるだけの確信を得たジークが立ち上がった。今からスコールに連絡を入れて出撃の許可をもらおうと、スマフォを手に持つ。だがその時、ちょうどスコールからの着信が入り、ジークはタイミングが良い密かに喜ぶ。

 

「………さすが俺の上司様だ」

 

 そして通話ボタンを押し、嬉々として彼は上司相手にタメ口で言い出した。

 

「オイ、スコール!?」

『ちょっ………ジークッ!? 貴方、仮にも上司に向かって』

「そんなことはどうでもいいんだヨッ! 早く俺をIS学園に行かせろよ!! その為の電話なんだろ?」

『違うわジーク………別の用件よ』

「チッ!」

 

 一気に意欲を失ったのか、手に持ったスマフォを放り出そうとするジークの気配を呼んだのか、スコールが慌てて本題を切り出した。

 

『もう! 貴方に指令を下しますジーク………今すぐこの地点にいるオーガコアを回収しに行って。マドカとフリューゲル達にも命令しています。現場指揮は貴方に任せるわ』

「………あのな」

『貴方、部下ッ! 私、上司!! 以上!!』

 

 素の部分が一瞬だけ出たスコールの電話越しの剣幕に押されるジーク………意外に押しの強い女性には弱い傾向が彼にはありそうだった。

 

『あとそれと、先に行っておきますが、今回は回収が任務です。まだ作戦プランが完全に出来上がっていない以上、くれぐれもIS学園との戦闘は避けるように………判った?』

「………了解」

『その間は何なの!? やっぱり貴方には任せておけな・』

「あ、位置情報来たな。じゃあ出撃するぜ、上・司・様」

 

 ニヤリと微笑んで出現ポイントの情報を見るジークは内心、結構な期待で心躍らせる。見ればここから数キロと離れていない………つまりIS学園から対オーガコア部隊が出撃しても、十分に数分で駆けつけてこれる位置なのだ。

 

「てめぇーらは、オーガコアから民間人を守る、正義のヒーロー様だったよな!?」

 

 そうだ。自分は悪の手先でいい。どうせ自分の行く道は血と殺戮の道だ。だったら嘘くさい、青臭い正義の味方なんぞよりも、悪党の方が性に合っている。

 

「そうだ………俺は何人が犠牲になろうと関係ねぇんだからな」

 

 まるで何か自分に言い聞かせるように立ち上がると、ジャケットを片手に部屋の外へと足を踏み出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「あら?」

 

 彼女の存在に気がついたのは、たまたま退院する患者を見送るために病院の入り口まで降りていた婦長だった。

 病棟のすぐ傍にある木にもたれかかりながら、とある病室の窓を覗くポニーテールの少女の姿を見た婦長は、一目見てそれが誰なのかを理解し、病棟の中にある自販機へと足を向ける。

 

「……………」

 

 対して、ポニーテールの少女………箒は、しばし最上階の病室の窓、簪が入院している窓を見ていたが、徐に下を向くとそのままその場に座り込んでしまう。

 

 IS学園を出た後、彼女は寮に戻ることもせず、されど何処か行く宛てもなく、気がつけばここに足を運んでいたのだった。そして自分が無意識に簪に甘えに来たのだと思うと、そのまま病室に行くことも躊躇い、だが引き返すこともできず、この場に留まる事しか出来ずにいたのだ。

 

「こんにちわ」

「!?」

 

 そしてそんな彼女に、両手にジュースを持った婦長が声を掛ける。

 

「二日連続だなんて………ちょっと感心できないわね、箒ちゃん」

「あっ!? えっ!? いえっ!!」

 

 よりにもよって見つかりたくない人物に見つかってしまい、すっかりパニックになってしまう。鞄を持ってダッシュでこの場から立ち去ろうとしたする箒だったが、彼女が立ち上がるよりも前に婦長は箒にジュースを差し出す。

 

「あ、あの私はこれで………」

「………一息つきたいところだから、お付き合いしてね箒ちゃん?」

 

 温和でありながら幾分威圧感があるその笑顔に、箒は気圧される様に首を立てに振るのみだった。

 

「………」

「………」

 

 何も言わずに隣に座ると、ニコニコと微笑みながら時々ジュースを飲む婦長を、箒は何を話しかければいいのか検討もつかず、しばし黙り込んでしまう。だが、そんな箒に婦長は微笑みながら俯くと、微笑みの中にほんの少しだけ悲しいものを含めながら、彼女に問いかけた。

 

「本音ちゃんと喧嘩したのかい?」

「!?」

 

 その問いかけに、箒は答えることが出来ず、俯いて膝を抱えて蹲ってしまう。婦長は尚も続けた。

 

「じゃあ………織斑一夏君と喧嘩したの?」

「!?………ち、違います!! 私は………」

「箒ちゃん、自覚がないかもしれないけど、誰かと何かトラブルがあるたびに、簪ちゃんに会いに来るでしょう?」

「うっ!?」

「でも、簪ちゃんに甘えるのはいけないと思って、いっつも病室の前だとか、中庭だとかで、一人悶々としてるでしょう?」

「あ、貴女はどうして私の事をそこまでっ!?」

「あら、私、人を見てお世話する看護婦(スペシャリスト)よ?」

 

 よもやそこまで自分の事を見られていたとは………驚きと羞恥心で立ち上がるが、しばらくして肩から力を抜くと、溜息をつきながら再び座り直し、ポツポツと語りだした。

 

「喧嘩………ではありません。私が………一方的に傷付けただけです」

「……………」

「心配………してくれたんです。なのに………私はいつもそうだ。いつも………何もかも裏目に出てしまって……」

 

 自分を心配してくれた二人に、自分勝手を押し通し、背を向けて逃げるようにここまで来た。しかも二人に背を向けたくせに、そのことを後悔して簪に今度は甘えようとする自分の弱さが堪らなく許せない箒は、膝を抱え、落ち込んでしまうのだった。

 だが、そんな風に落ち込んでしまった箒を、彼女は優しく微笑みながら、ちょっとからかい気味に話しかける。

 

「プッ!」

「!?」

「ハッハッハッ! 箒ちゃんって………プププッ、ホント真面目さんなのね!」

「な、何がおかしいんですか!?」

 

 流石にそのリアクションは心外だと言わんばかりに顔を上げて抗議する箒の頭を撫でながら、婦長は話を続けた。

 

「失敗なんて、人生には付き物付き物! 会いに行って御免なさいしたら良いだけじゃない?」

「そんな………簡単には」

「謝罪は簡単よ。難しいのは本当に反省すること………その点は箒ちゃんは安心ね」

 

 そう言う婦長は『しばらくしたら上がってきなさい』と言い残し、その場を後に歩き出す。箒の方はというと、まるで煙に巻かれたかのような心境になり、いま一つ納得できないものを抱えながら、その場から空を見上げたのだった。

 

 対して、病院内のロビーに入った婦長は、自分の持ち場に戻ろうと一階のエレベーターに向かうが、そこによく見知った少女と、まったく見知らぬ一人の少年がエレベーターを待っている場面に出くわし、箒を相手にした時と同様に、慈愛を含めた笑顔で少女の背後に立つと、手に持っていたフォルダーで軽く頭を小突いて見せる。

 

「こら、平日に学生さんがこんなところで何をやっているの?」

「!? あ、婦長さん!! こんにちわ~」

 

 袖がダボダボの制服と、ユルイ笑顔を浮かべたのほほんと、初対面の人間の登場に驚きながらも丁寧に頭を下げて会釈する一夏。婦長はそんな一夏のことを見て、ヒソヒソ声でのほほんに問いかける。

 

「あら、本音ちゃん。素敵な彼氏ができたわね?」

「ん? 私じゃないよ~~。おりむーはほーちゃんの彼氏さんなんだよ~」

「なんと………これが噂のイケメンさんね」

「?」

「しかも、楯無ちゃんの言う通り、女心を理解できない困った君か………確かに箒ちゃんが苦労しそうね」

 

 楯無経由で自分はこの人にどんな人間だと伝わっているのか………非常に気になる一夏に、婦長はニカッと微笑むと、彼の腕を掴むとエレベーターに乗り込もうとする。

 

「あ、すいません! 俺、実はココに人を探しに来てて………」

 

 だが一夏にしてみれば、今は箒の捜索を優先したく、あいにくと婦長に長々と付き合う時間は無い。そう思って手を振りほどこうとするが、予想を超えた力強さでそのまま引きずられてしまう。

 

「大丈夫大丈夫、箒ちゃんは、今、外で自己反省中」

「えっ!?」

「箒ちゃんに声をかけるなら、今はこっちを優先しなくちゃね」

「婦長さん、それって」

「そうよ本音ちゃん。今は一夏君を簪ちゃんに紹介してあげなくちゃ」

「!! だよねっ!!」

 

 婦長の言葉に心底嬉しそうに相槌を打ったのほほんは、彼女と一緒に一夏の腕を持ってエレベーターに向かう。一人意味がわからない一夏はというと、自分を引きずる二人の人間に交互に『自分で歩けますから!!』と言い放つのが精一杯であった………。

 

 

 エレベーターに乗って最上階まで連れてこられた一夏を、そのまま二人は笑顔を浮かばべたまま連行し続ける。途中、何人かのナースとすれ違うが、婦長は彼女達に『どう? 私の新しい彼氏(旦那様)は?』と言って、一夏を苦笑させつつ、角にある一際大きな病室へと案内される。

 

「さあ、着いた。入って入って一夏君」

「え? あ、あの………すみません、ここに誰が?」

「ん? 私の幼馴染で、ご主人様で、ほーちゃんの大切な親友だよ!!」

「ご、ご主人様?」

 

 戸惑う一夏に答えたのは、婦長ではなく隣にいるのほほんだった。彼女は笑顔でドアを開くと、一瞬だけ、いつもの笑顔ではなく、もの悲しさを浮かべた表情となったのを一夏は見逃さなかった。

 

「おっはよう~! かんちゃん~! 元気にしてかな~?」

「!?」

 

 病院で騒ぐのは聊か問題はあるが、それが必死に悲しさに囚われないようにしていることを知っている婦長はのほほんのその叫びにも咎める事はしない。

 もはや見慣れた病室に入っていくのほほんと、初めて入るために若干緊張している一夏は、病室の主ともいえる、幾つかのチューブを鼻の中に入れられた状態で白いシーツの上で眠り続ける簪が出迎えた。

 すっかりとやせ細った身体に点滴を刺された状態で眠り続けるその姿に、若干気後れるように足の歩みが遅くなる一夏に、婦長は背中を叩きながらとあることを伝える。

 

「こういう子に会うのは初めて?」

「え? ええ………」

「そうなの………だったら、覚えておいてね」

 

 婦長はゆっくりと近づくと、日差しが強くなり始めた窓を開き、新鮮な風を病室に迎え入れる。フワリッとカーテンがしなる中、婦長は窓から地上を覗きながら、一夏に言葉を紡いだ。

 

「こんな状態だけど、簪ちゃんは戦ってるのよ」

「………た、戦ってる?」

「そう。話すことも動くことも自分ではご飯を食べることもできない………見た目はただ眠っているだけ。でもね、この娘は、今、必死になって戦ってる………必死に生きようとしている」

「……………」

「自分のせいで悲しんでいる箒ちゃんのことを、簪ちゃんはこんな状態でもちゃんと理解している………だから、これ以上、悲しみを背負わせないように、これ以上箒ちゃんが悲しい思いをしないでいいように、必死に生きてるの」

 

 看護婦になって20数年間、沢山の人達の生死を共にしてきた婦長の言葉に一夏は息を呑む。そしてその『戦っている』という言葉に彼は深い感銘を覚える。

 

「(力がなくても………戦っている)」

 

 知らず知らずのうちに、一夏の手に力が篭る。自分の知らないところで、箒のためにこうやって戦ってくれている簪に気後れしたことを恥じて、彼はベッドの横に向かうと、一度だけ深呼吸をして簪に挨拶をした。

 

「こ、こんにちわ。俺の名前は織斑一夏っていうんだ。よろしくな………ええっと……」

「更敷簪だよ!」

「そ、そうそう!! よろしくな、簪!」

 

 返事は無い。頷きもしない。だが何故だろうか? 一夏にはどうしてか簪が静かに微笑んでくれたかのように思えたのは………。

 

「おりむー………」

「何、のほほんさん?」

 

 そんな一夏に優しく微笑みながら、のほほんはベッドの脇に座ると、簪の額の髪を優しく撫でながら話し始めた。

 

「かんちゃん、おりむーに会えて嬉しいって!!」

「いや、それはどうかと………」

「ううん~、私、一番、かんちゃんと付き合いが長いんだも~ん!!」

 

 にへへ~とユルく笑いながら、彼女は語った。

 

「かんちゃん、言ってた………ほーちゃんと自分はそっくりさんだから、どうしても放っとけなかったって」

「のほほんさん………」

 

 『かんちゃんと私は一心同体~』と嬉しそうに話すのほほんの姿に、一夏は彼女もまた、深い悲しみを持っていたけど、それに負けないように戦っているのだということに気がつく。

 

「(………みんな、戦ってる)」

 

 力が無いと戦えない。だから力が欲しい………ISを手に入れるまで、ずっと考えていたことだ。そしてISが手に入っても、上には上がいる世界な為に、今でも力が欲しいという気持ちは変わっていない。だが、今、目の前にいる人達の姿は、かつての一夏の姿に近く、だけど限りなく遠かった。

 

 彼女達は、戦う力は無い………だけど、そこに一切の悲観は無い。後ろ暗い惨めな思いも無い。それを知った上で、自分ができることを見つけてやっている。現に、今、簪は戦っていた………この瞬間も、懸命に。

 

「(箒………やっぱり、今のお前は間違ってる)」

 

 そう、今の箒は間違っていると一夏は直感的に感じ取った。

 

 箒は敵討ちしたくて、力が欲しかったのか?

 オーガコアを残さずぶっ潰す為に強くなりたかったのか?

 

 弱いことに我慢できなくて力がほしかったのではないのだろうか? ではなぜ我慢できなかった?

 

「(お前だって…………守りたかったんだよな)」

 

 勘違いしてはいけない。力があったから自分達は戦おうと考えたんじゃない、力があるから戦わないといけないわけでもない………力が無くても戦っている、大切なものをくれた人達を守りたくて、壊したくなくて、力がほしかったんじゃないのか?

 

「箒………お前は一人になっちゃいけないんだ」

 

 一人に、孤独に、戦っちゃいけない。そんなことして、目の前で今も必死に戦っている親友(なかま)を傷つけちゃいけない。

 ギュっと拳を握り締め、伝えなくちゃいけない気持ちに気がついた一夏は、病室を出て行こうとする。

 

「ごめん、のほほんさん! 俺、箒のところにまで行ってくる!」

「おりむー………」

「大丈夫! アイツを独りには絶対にしない!!」

「!?」

 

 爽やかな笑顔と、熱い言葉で、見つめるのほほんの表情を紅潮とさせた一夏が走り出そうとした時だった………。

 

 病院内を、突如大きな爆発音が襲ったのは………。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「!?」

 

 その爆発音の発生現場には、最上階にいた一夏よりも、外にいた箒の方が反応が早かった。突然の事態で一瞬パニックになりかけたものの、すぐさま我を取り戻し、その場を走り出す。いつでもISを展開する心の準備をしながら、中庭の角を曲がり、爆発の中心………救急搬送口にたどり着いた時、彼女が目にしたのは、赤い炎を上げながら炎上する救急車、パニックになりながらその場から走り出す病院関係者と、炎上した救急車からゆっくりと抜け出してくる、全身傷だらけの女性だった。

 

「!!」

 

 箒の直感が嫌な予感を告げる。箒が取り逃がし続けているオーガコアの進路。出現ポイントが疎らながらも、少しづつ人里に近づいていたが、この病院は行動範囲にギリギリ入っていたのではないのか?

 

「キサマはっ?」

「?」

 

 白目を向きながら箒の声に反応した女性が、ニヤリと笑った瞬間、地面がいくつも盛り上がり、爆発させながら、雀蜂に酷似した機動兵器を出現させた。

 もはやその様子に、問答する必要もないといわんばかりに、飛び出しながら愛機の名を叫ぶ。

 

「紅椿!!」

 

 一秒にも満たない時間で、量子変換された装甲を纏い、箒が両手に空裂と雨月を持って、機動兵器(蟲共)に斬り込んだ。

 

「はあああああぁぁぁっ!!」

 

 両の刃を斜め下に振り下ろし、一撃で更に前方から来た敵を迎撃するべく、振り下ろした直後、地面に片手を置きながら前方一回転しつつ右脚のビームブレイドを展開し、踵落としで縦一文字に斬り裂いてみせる。

 

「(時間は掛けん! 短期決戦で秒殺あるのみ!!)」

 

 時間がかかれば、オーガコア(本体)が何をしでかすか分かったものではない。現状、ただ此方を舐めているのか、それとも何か別の狙いがあるのか?

 判断が付きかねる箒だったが、敵が目の前にいる好機を逃すこともできない。ここは慎重に対応するよりも、早期決着をつけるべきだと決意し、箒はオーガコアに向かって突撃する。

 

「覚悟ッ!!」

 

 空裂と背中のビットを合体させ、展開装甲を使用し、必殺の技を放つ。

 

「剣撃飛翔!! 紅牙rっ・」

 

 だが、増幅された巨大なビーム刀波は、目標であったハズのオーガコアから大きく外れ、まったく関係のない駐車場を深く抉るのみだった。

 

 オーガコアの能力がそうさせたのか?

 

 目測を誤らせる能力を有していたのか?

 

 しかし答えはそのどちらでもなく、ただ箒が目の前のオーガコアの存在を忘れ去ってしまうほどの衝撃を受け、呆然と途中で立ち尽くしてしまったからだった。

 

「あ………あ……」

 

 箒がその瞳に焼き付けて離さぬ存在………その『人物』がゆっくりと地面に降り立つ。

 

「ったく………IS学園はまだ到着してないのか?」

 

 全身黒い装甲に覆われたISを身に纏ったジーク・キサラギが、周囲を見回しながらぼやいた。そのすぐ後ろに、蒼いISを身に纏い、手にビームライフルを携えたマドカがそんなジークの肩を持ちながら注意する。

 

「ジーク。今日はオーガコアの回収が最優先任務だ。IS学園については後日、改めてスコールが練った強襲作戦を実施する」

「そういうのがトロくせぇって言ってんだよ………なんなら俺一人行って、上司様方の手間を省いてやってもいいんだぜ?」

 

 普段とはまったく逆転した、いつもは血気盛んなマドカが、冷静沈着なジークを止めるという図式になっていた。そんな二人を心配したのか、同じくジークを心配している少女が話しかけてきた。

 

「マドっち」

「………フォルゴーレ」

 

 全身重武装のISを身に纏った、暴戦士親衛隊『竜騎兵(ドラグナー)』の一人であるフォルゴーレは、ジークの背中から発せられている負のオーラの存在に気が付いてた。

 

「(ジーク君………今すぐにマリアちゃんの敵討ちに行きたいんだ………だけど)」

 

 マリア・フジオカのことはフォルゴーレもよく知っている。年が近い割りに、非常に頭がキレ、諜報能力に長け、決して選択を誤らない判断力を持った友人だ。だからこそ、彼女が火鳥陽太に殺されたと聞かされた時、怒りよりも先に疑問が湧きだった。

 

「(マリアちゃんはどうして殺されたの?)」

 

 どう考えても腑に落ちない。火鳥陽太がもし自分達が敬愛するアレキサンドラ・リキュールに認められた一流の戦士であり、少なくとも自分たちと戦った時には進んで殺しを働こうとしない、真っ直ぐな性根の持ち主だったのなら、やはり彼が殺したというのは多分に疑問を感じる。

 そして第一発見者がキャスター(魔術師)メディアというのが、フォルゴーレには一番警戒を抱かせる要因になっていた。組織においては彼女の評判は最悪以上の悪評であり、『総帥』を抱きこんで組織を私物化しているというのがもっぱらの噂である。そしてなによりもリキュールが彼女の存在を全身全霊で毛嫌いし、『敵』と言っているのだ。

 

「(親方様の敵は………私達の敵だ)」

 

 アレキサンドラ・リキュールの言葉には、一切の疑問の余地をはさまない。竜騎兵(ドラグナー)全員の不文律であり、それを最も忠実に守っているフォルゴーレにとって、キャスター・メディアの情報など鵜呑みにするなどとても出来ない。

 

「おかしいよ………マドっちは、マリアちゃんをあの陽太君が殺したと思っているの?」

 

 ポツリと疑問が口から漏れるが、マドカは苦虫を噛み潰すような表情でこう答える。

 

「敵のことなど私は知らない。仮に火鳥陽太がやったにせよ、そうでないにしろ、私達にとってはアイツは倒すべき敵という事実は揺るがない」

「それは………そうだけど」

 

 マドカの言葉に、反論することが出来ずに視線をほかの竜騎兵(ドラグナー)達に向ける。ヘヴィーランスに寄りかかりながら欠伸をするスピアーと、趣味による徹夜明けで目の下に隈を作っているリューリュク、そして一番高い木の上でISを展開して、電波撹乱をしているものの、目には一切の真剣さが宿っていないフリューゲルといった状況に、ため息が漏れた。敬愛するアレキサンドラ・リキュールが見ていない戦いなど、真剣にする必要はない、と無言のメッセージである。

 

「(皆、親方様がいないとだらけちゃうんだね)」

 

 昼間から食っちゃ寝してるお前には言われたくない………三人が口を揃えて言いそうなことを考えながら彼女はまとまらない考えのために、ジークを上手く止める言葉が思い浮かばずにいたのだった。

 そんなフォルゴーレの心を知らず、ジークは目の前のオーガコアを見ながらも大した興味も抱かずに、周囲の索敵をし続ける。

 

「(火鳥陽太のISの反応はない………チッ。適当にオーガコアと戦って時間を潰すか…)?」

 

 オーガコアの回収という任務を事実上放棄するような考えをしていたジークであったが、その時、前方から、猛スピードで突っ込んでくるISがいた。

 

「見つけたぞぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 両の手に空裂と雨月を携えた箒が、上段に両刀を振りかざし、絶叫しながら突っ込んできたのだ。そしてそのあまりの形相と絶叫振りに、大してやる気の起こらなかった竜騎兵達は軽く驚いて、初動が遅れてしまう。

 

「うあああああああああっ!!」

 

 ジーク目掛けて振り下ろす両刀………だが、二本の刀を甲高い金属音と共に防ぎきったのは、ジークではなく、マドカの左腕に持たれた実シールドであった。

 

「貴様、『私の相棒』に何の用があって襲い掛かる?」

 

 『私の相棒』という言葉を強調していうマドカに、フリューゲルとリューリュクとフォルゴーレは内心で『また、マドカ(マドカッち)の焼きもちが始まったか』と呟く。が、そんなことを知る由もない箒にしてみれば、今、マドカに構っている余裕など欠片もなかったのだ。

 

「邪魔を………」

「!?」

 

 両腕に渾身の力を込めながら、スラスターを全開にする箒の勢いに、マドカが徐々に押され出す。

 

「するなぁぁぁっ!!」

「ぐっ!?」

 

 そしてマドカを横に弾き出すと、両手に持った刃をジークに叩きつける箒………殺気を漲らせた渾身の双撃がジークに襲い掛かる。

 

「……………」

「!?」

 

 だが、その渾身の攻撃はまるで目測を誤ったかのようにジークを通り過ぎる。何が起こったのか理解できなかった箒だったが、そんな彼女を黙ってみていたジークの一言で、再び怒りと共に意識を再起動させた。

 

「誰だ、お前?」

「!!」

 

 自分を覚えていない………その事実を述べた言葉に、箒の怒りのボルテージが今まで以上に登り上がる。

 

「私を………覚えていないだと!? 取るに足らない存在だから、記憶するに値しなかったと!? ふざけるなぁぁぁ!!」

 

 両脚のビームブレイドを出し、箒は二剣二刃の計四つの斬撃をジークに向かって繰り出し続ける。縦横斜め上下前後左右………あらゆる覚悟の斬撃を高速で振るい続けるが、その全てがまるで手応えを感じさせずに目の前のジークを通り過ぎていくのみだった。

 

「お前が忘れても! 私は忘れたことなど一秒もない!! 貴様が、二年前にしたことをっ!!」

「………だから、それが何の話だ?」

 

 目の前のジークが、箒の高速蓮撃を正確に『見切り』、最小限の動きで『回避してから元の位置に戻ってきている』という常識の外の動きをしていることにすら気がつかないほどに激昂した箒は、ペース配分やエネルギーの消費など一切に気にせずに、ひたすら攻撃し続ける。

 しかし、そんな中、半ば放置されたオーガコアが、病院施設に襲い掛かりだす。

 

 邪魔をする者がいなくなったのをいいことに、オーガコアは失ってしまった兵力を取り戻そうと、病院にいる人々を取り込みにかかったのだ。そして邪魔になりそうな者や、条件を満たせない者を次々と葬り去り始める。

 逃げ遅れた人々や、怪我で動けない人々に次々と針を撃ち掛ける姿を目の当たりにしたジークは、どうするか未だに決めかねているマドカと竜騎兵達に指示をだした。

 

「マドカ、フリューゲル達はあのオーガコアを潰セ」

「ジーク!?」

「な、なんで私たちにアンタが命令してんの!?」

「俺はお前達よりも階級上だぞ? それにな、家賃滞納分はしっかり働いてもらわねぇと、その分をお前達が愛する『上司様』に請求しないといけないんだガ?」

「なっ!? 親方様にタカる気か、貴様っ!?」

「そうなるかどうかはお前ら次第だよ。ほら、とっととお仕事してロ!!」

 

 ジークのその言葉に、渋々といった表情でフリューゲル達はオーガコアに向かっていく。元々彼女達は敬愛する上司以外の命令を聴きたくないという、組織人としては致命的に常識が欠けr…………一本気な気質のために悪態をついてしまったが、目の前で蹂躙される人々を見て、腹を抱えて笑えるほど非情な人間でもない。ましてやアレキサンドラ・リキュールの教えに『真の強者たれ』という大前提がある。そして『真の強者』は弱者のためには戦わない、が弱者をいたぶって悦に入るような下衆を生かしてやることもしないのだ。

 

「仕方ないわね。行くわよ………スピアー、リューリュク、フォルゴーレ」

「だから貴様が仕切るな!」

「まあ、今回は文句を言わずに付き合ってあげます」

「さっすが、フリちん!! かっくいい!!」

 

 悪態をつきながらもスピアーを最前線にし、その後をフリューゲル、リューリュク、フォルゴーレがオーガコアに飛び掛る。

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!!」

「失せろ! 虫ケラ共ッ!!」

 

 空中にいる敵を、ヘヴィーランスの突進力で薙ぎ払うスピアーと、そんな彼女と併走しながらビームサイズで敵を斬り裂き続けるフリューゲル、後方からはリューリュクとフォルゴーレが射撃と砲撃の双方で援護し、オーガコアが率いる軍勢も、厄介な敵だと彼女達を判断して、戦力を集中し始めた。

 

「うじゃうじゃ沸いてきましたよ!」

「それでいいの! 私達に向かってきてくれてるんだから!!」

 

 虫が大の苦手なリューリュクとしてみれば、できれば永遠に相手にしたくないのだが、フォルゴーレは続けざまにロングレンジバスターキャノンを放ち、敵を爆砕させ、できるだけ注意を引きつけようとする。

 そのうち、逃げ遅れた母子を見つけたフォルゴーレは、襲いかかろうとしたした雑魚敵を右手に持ったハンドキャノンで撃ち落した。

 

「早く、逃げて!!」

 

 呆然となってその光景を見ていた母親がその叫びに我を取り戻し、あわてて礼を言いながら駆け出していく………途中で子供がこちらに手を振るのを見たフォルゴーレが、同じように手を振る………それが致命的な隙になるとは気がつかずに。

 

「フォル!?」

「!?」

 

 リューリュクの叫び声に気がついたフォルゴーレが振り返った時、上空の機動兵器の一機が、その毒針の照準をフォルゴーレに向けていた。それに気がついた彼女であったが、避けるには時間があまりに刹那過ぎる。

 回避することもできず、文字通りの蜂の巣にされる、と瞳を閉じて覚悟したフォルゴーレだったが、その瞬間、彼女を狙っていた悪鬼の蒸を、白い光刃が真っ二つに斬り捨てる。

 

「へ?」

 

 何が起こったのか一瞬理解できなかったフォルゴーレの視界に、白いISを纏った男子が降り立つ。

 

「大丈夫か!?」

 

 白式を纏った一夏が放った烈空がフォルゴーレを救う………そのことに、竜騎兵達全員が呆然となってしまった。

 

「あ、あ、あの………貴方」

 

 どうして敵である自分を救おうとしたのだろうか? フォルゴーレがそう問いかけかけたとき、一夏は爽やかそうな笑顔を浮かべながら、こう語る。

 

「いやさ………お前達が病院の人達のために戦ってるの見て、つい反応しちまったんだ。言うほどお前達、悪い奴等じゃないんじゃないのかって思ってさ」

「!?」

 

 敵であることは理解してる。目の前のIS操縦者達は亡国機業(ファントム・タスク)のメンバー達だということは認識しながらも、一夏にはこの場においてはどうしても彼女達を敵だと思うことはできず、つい窮地を救うような真似をしてしまったのだ。

 

「………箒」

 

 だが穏やかそうな笑顔は、獣のような叫び声を上げている箒を見た瞬間、一瞬で消え去ってしまう。

 

『早くココに火鳥陽太を連れて来い、ザコが』

 

 地面に叩きつけられた箒を冷たく見下ろすジーク・キサラギを見た時、一夏は感情のまま後先考えずに突っ込んでしまう。

 

「てめぇぇぇぇぇっ!!」

 

 雪片を振りかぶり、水平に横薙ぎでジークの頭部を狙い定めて突撃する一夏だったが………。

 

『………ハッ』

 

 左手にガンブレードを取り出し、一夏の渾身の一撃をジークはあっさりと弾き返す。

 

「なっ!?」

「ん? てめぇは………いつぞやのザコかヨ」

 

 一夏についてはその程度の認識しかしていなかったジークは、返す手でガンブレードの切っ先を向け、強烈な殺意を放ちながら振るおうとした。

 

「ザコには………用はねぇっ!」

「一夏ッ!!」

 

 地面に倒れこんだために、箒は助けに入ることもできず、ただ彼の名前を叫ぶだけで精一杯だった………そしてそれと同様に、体勢を崩され、反撃も防御も回避も出来ずに、ただ生すがままにジークの一撃を受けようとしていた一夏だったが、そんな彼の背後から突如、二つの閃光の鞭が走り、彼の首と胴に絡みつく。

 

「!?」

「!?」

 

 ジークが一撃を放つのと一夏が急激に後ろに引っ張られるのとはほぼ同時だったが、若干後ろに引っ張られるタイミングが早かったのか、ジークが放った一撃は見事に空振られてしまう。

 

「グエッ!」

 

 潰れた蛙のような声を上げながら地面を引きずられた一夏だったが、間一髪に自分を窮地から救った人物は、そんな彼に容赦のない言葉を浴びせた。

 

「ホント、お前はどこでも出落ちするのが得意だな? 趣味か? あっさり噛ませになるのがお前の趣味なのか?」

「陽太………大丈夫か一夏?」

 

 一夏の首に左腕のシールドから放ったワイヤーを絡まらせた陽太が、一夏を見下ろしながら言い放つが、胴体の部分にワイヤーブレードのワイヤーを絡まらせたラウラが、諌めながら一夏に手を差し出す。

 

「陽太さんッ!!」

「まだ周囲の避難には時間がかかるそうです!!」

 

 そんな二人に、ISを展開して上空から飛来したセシリア、シャル、鈴が、簡潔に周囲の状況の説明をしに現れた。

 

「元から怪我人やら病人が多いから、すぐに動かせない患者も大勢いるのよ」

 

 鈴が若干あせりを感じながら言い放ったのは、無論、オーガコアの存在だけではない。

 

「火鳥陽太ッ!! IS学園!!」

 

 先ほどまで大人しく静観していたマドカがライフルの照準を陽太に向け、敵意をむき出しにする。

 鈴を警戒させていたのは、獲物を構えて、自分達に刃を突きつけてくる亡国機業の存在もあるからである。最悪、どっちも相手にしないといけないとなると、病院の人々のことも考えると、相当に状況は悪いと言えるが、そんな中、陽太が一夏の首に絡まったワイヤーを解くと、同時に前にゆっくりと歩き出す。

 

「ラウラ、シャル達と一緒に避難と人命救助優先でオーガコアに対処しろ。どうやら向こうさんもオーガコアが狙いだ。最悪そっちは渡してもいい」

「陽太! だがっ!!」

「これ以上誰も死なせるな! それを一番の目的にしろ!!」

 

 有無も言わせぬ陽太の隊長としての言葉に、副隊長のラウラは一瞬の間、沈黙して、静かに了承する。

 

「了解した。だがお前は?」

「………目の前の奴さん……俺に用があるみたいだな」

 

 そして陽太の視線は、マドカのライフルの照準を手で押しやって、同じくゆっくりと歩いてくるジークへと注がれる。

 

「……………」

 

 ゆっくりと歩くジーク。

 

「……………」

 

 同じく歩きながら、首をコキコキと鳴らす陽太。

 

 

 そして互いの間合いがある程度、狭まった時、二人はその場に留まり………地面が爆発させた。

 

 

「!!」

「!!」

 

 ―――ラウラとマドカと一夏と箒の視界から一瞬で消え去る両者―――

 

「速いッ!!」

「二人は!?」

 

 完全に他の操縦者たちの視界から消え去るほどのスピードを見せた陽太とジークの両者は、上空50mの地点で、互いの拳と拳を激突させあう。甲高い金属の激突音で二人の居場所を察知した他の操縦者たちを尻目に、衝撃波を発しながら交差した二人は、今度はすれ違いざまにお互いに回し蹴りを放ちあい、それをそれぞれ腕で防ぎ合う。

 蹴りの衝撃で、コンクリートの建物に飛ばされた陽太と、森林の中に飛ばされたジーク………。

 

 ―――着地と同時に、その場から飛び去り、再び空中で一撃を放ちあう両者―――

 

「「「「!?」」」」

 

 空中で陽太が繰り出した右拳と、ジークが繰り出した左のキックがかち合い、空気を破裂させあいながら、お互い地面に着地しあった。

 

 両雄の圧倒的な戦いっぷりに、IS学園も亡国も声が出ない中、避難民で溢れかえる病院の道をあろうことか逃げるのではなく、逆走してくる一台のスポーツカーがあった………真っ黒なボディをしたイタリア系の名車は、病院の脇に急ブレーキで止まると、ちょうど拓けた、二人の戦いが良く見える位置に停車する。

 

「フフフッ…………なんとか間に合ったようだね?」

 

 その車の助手席において、大量の紙袋とちりゴミを出しながら、手に某有名店のビック〇ックを二口で平らげたアレキサドラ・リキュールは、心の底からワクワクしていた………理由は簡単だ。彼女が思い描いていた魅力的な『出し物』が今、目の前で行われているのだからだ。

 

「はぁ………もう、私、嫌になりそうよ?」

 

 そして運転席において、イライラとしながらハンドルを握るスコール・ミューゼルは、サングラスの下から隣にいるリキュールを睨み付ける。

 

「貴方の我儘! そんなに私を困らせて楽しいの?」

「そう言わないでくれスコール。君も楽しんで見るといい。こんなカードは、本部にいても滅多にお目にかかれないよ?」

 

 日本の高級ホテルに宿泊していたスコールとリキュールだったが、オーガコア出現の報を聴くやいなや、陽太とジークが激突するのを見たさに、見物に来ていたのだ………あえてジークを煽るような言い方をしてまで。

 

「作戦前に余計な波風立たせて、私の作戦プランを台無しにする気?」

「そういうわけではないが………フフ、互いに若いね。格闘戦であえて主導権(イニシアティブ)を取ろうとしている。序盤はお互いにちょっとした維持の張り合いかな?」

 

 自分の小言を限りなく受け流し、〇ックシェイクを飲み干す恋人(親友)に、偉くご立腹なスコールは、彼女の手からシェイクを奪い去ると、そのまま一気に飲み干してしまう。

 

「……………」

「この埋め合わせは高くつくわよリキュール!!……………で?」

 

 それはそれ、これはこれ。割り切りの早いスコールは、俄然、彼女が注目する若き二人の天才の戦いの見所を問いかけた。

 

「陽太くんとウチのジーク………戦い合えば、どっちが有利なのかしら?」

 

 スコールのその問いかけに、暴龍帝はニヤリッと笑いながらこう答える。

 

「技量もISのスペックもほぼ同等といってもいい………だが、今まで同じように戦うというのであれば、まず陽太君には勝ち目はないよ」

「?」

 

 意味深な発言をしながら、アレキサンドラ・リキュールは、地面に降り立ち、互いに猛烈な闘気をぶつけ合う両者を見つつ、心の中で陽太に向けて、呟いた。

 

 

「(相手は君とほぼ同程度の強敵だ。しかも君を殺したいと思っている………今までのように『隠して』闘うことはできないよ…………さあ見せてくれ陽太君。本当の天才が放つ、輝ける『才』を!!)」

 

 

 暴龍帝(自分)が待ち望んだ存在(宿敵)になり得てくれるのか? 興奮を抑えきれない彼女は、隠し切れない笑みを浮かべたまま二人の戦いを見続けるのだった。

 

 

 

 

 





というわけで、親方様がうれしそうで何よりです、な終わり方でしたw


次回、ついに両雄、天才同士が激突!


一夏は、本当に大事なことを悟り、IS操縦者『織斑一夏』となります。



そしてそれは『あの技』の完成を意味します


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

WHITE TWIN DRIVE IGNITION SECOND(前編)

残業厳しい

あと、なんだかパソコンが反抗期だ。
完成間近で二回もフリーズして原稿吹っ飛ぶとか、コイツは私に何か不満があるでしょうか、皆さん?


すみません、関係のない愚痴でしたw

では、本編言ってみよう!


※4月14日改稿。前後編に分けました。


 

 

 

 

 その一方を聞いたとき、奈良橋の心臓はかつてないほど跳ね上がり、そして次の瞬間背筋が凍りついた。

 

『鵜飼総合病院にオーガコアが出現した』

 

 情報規制のために対オーガコア部隊以外の生徒には知らされてはいないが、職員には基本全員知らせることで万一の不測の事態にも対処できるよう理事長からの達しがあったのだが、奈良橋はその言葉を聞くと、すぐさま職員室を飛び出し、自家用車に乗り込むと、校内であることも忘れてアクセルを全開にして車を走らせたのだった。

 

「………雪ッ!」

 

 腎不全を患った今年五歳になる愛娘、『奈良橋 雪』が入院しているのが鵜飼総合病院であり、そのために普段は理知的で規則を重んじる奈良橋が我を忘れるほどに取り乱しているのだ。

 

『おとーさん!!』

 

 普段側にいれない自分に文句を言わず、病気のために不自由な生活を送り、友達もできない環境でもまっすぐに自分を「お父さん」と慕ってくれる娘の元に奈良橋は車を急がせる。

 途中、高速に入ろうとする奈良橋だったが、すでに各公共機関には情報が伝達されているのか、入り口である料金所では通行止めの立て札と、車が列を成して職員に文句を言っている姿であった。そして奈良橋はそんな列に脇見も触れず、そして静止する職員達を完全に無視して料金所を潜り、高速に乗り上げる。

 

「………!?」

 

 そして立ち込める煙と、かすかな爆発音に思いっきり表情を険しくした奈良橋はアクセルを更に踏み込みギアをあげて、車を急がせたのだった………。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 白と黒、烈火と迅雷、燃える不死鳥と稲光る狼………。

 その光景を周囲で見ていた若きIS操縦者達は、自分たちの目の前で繰り広げられる戦いに言葉を失くしてしまう。

 

「はああああああっ!!」

 

 プラズマ火球を両手に持ったヴォルケーノから連続発射し、弾幕を張る陽太………プラズマ(火球)の破壊力もさることながら、その連射速度によって秒間数十発の早撃ち(クイックドロウ)によって作られた炎の壁は、並みのISは愚か、例えオーガコアであろうとも簡単に進入すらできない功壁となる筈だった。

 

「!!」

 

 だがあろうことか、目の前のジークはその弾幕の中を掠るとすらせずに突っ切ってくるのだ。連射と連射の間に作られている、ゼロコンマ数秒の間隔を、まるで見えているかのように間隙を抜って潜り、あまりにあっさりと陽太の間合い(エリア)に進入したジークは、彼の目の前に躍り出ると自身の手に握られているアサルトライフルの銃口を陽太にかざした。

 

「チッ!」

 

 予想以上に簡単に自分の攻撃を見切ったジークに面食らいながらも、動揺せずに陽太の左のヴォルケーノはアサルトライフルの銃口を横に逸らしながら、右のヴォルケーノがジークに向けられた………ハズだった。

 

「!?」

 

 ―――目の前にいたはずのジークが忽然と姿を消す―――

 

「くたばれ」

 

 陽太の反応を上回るスピードで彼の背後に立ったジークが、彼の後ろの首元めがけてライフルを発射しようとする。ここを銃撃されれば、如何にISのシールドエネルギーに守られていようとも、衝撃によって意識が根こそぎ刈られることは間違いない。そして失神してしまえば、もはやそれは天才だろうとズブの素人だろうと関係なしに、ただの死体に変えられるのに一秒も必要ないだろう。

 憎き相手との決着としてはあまりにあっさりしている………ジークとしてはその程度の感想を思い浮かべ、引き金を………引く事はできずに、今度はジークが驚愕する。

 

 ―――自分の正面にある左のヴォルケーノの銃口―――

 

 ジークが体を捻らせるのと、陽太がプラズマ火球を放ったのはほぼ同時のタイミング、いやジークの方がギリギリ速かった。左頬のマスクに対して微かに炎が掠らせながらも何とか攻撃を回避したジークは、自分の動きに反応が遅れながらも、その後に最小で最速最短の動きで反撃までしてきた陽太に、正直な賞賛を心の中で贈る。

 

「(悪くねえぞ!! 火鳥陽太!!)」

 

 そんなジークの賞賛が聞こえるはずもなかった陽太は、体を反転させながら回し蹴りをジークの側頭部に放つ。それをバックステップで避けたジークの後を、今度は陽太が追いかける。

 余分な銃撃はせず、左右にフェイントを込めたステップで間合いを詰め、至近距離の格闘攻撃で仕留めようと考えた陽太だったが、ジークはそんな彼をあざ笑うかのように、地面を爆発させて地面を滑るように横方向に飛び去ってしまう。

 

「クッ!」

 

 詰めた間合いを一瞬で倍以上に空けられ、目論見が崩れされた苛立ちか、当たる事を微かにしか期待していない銃撃でジークを狙うが、その尽くが掠らせることもできずに空を切るのみ。しかもジークも負けじと撃ち返してくる。

 陽太も負けじと横移動でジークと高速機動戦闘を展開するが、ジークの鋭い銃撃は陽太の進行方向があらかじめわかっているかのように、正確に狙ってくる。ギリギリの体勢で回避し続ける陽太だったが、それも限界にきたのか、両手のヴォルケーノで銃弾を弾きながら徐々に防戦を強いられる。

 

「(速い上に、こっちの動きが見切られてる!?)」

 

 急所にめがけて飛んでくる銃弾が段々と正確さを増す中、陽太の集中力が一瞬だけ切れた。否、切れたというよりも、反撃する余力を全て防御に回そうと意識を切り替えた瞬きにも満たない時間で、陽太の視界から『消失』するジーク………この驚愕の『現象』に、陽太は今度こそ度肝を抜かれた。

 

「ふざけr」

 

 自分から手品のごとく消え去るなんぞふざけたことを、という台詞を言い掛けた陽太であったが、前方から高速で迫ってくる『物体』に気がつき、言葉を話す余裕すら奪われ、ほぼ条件反射でヴォルケーノの銃身を盾にして背後にいる人物からの攻撃を受け止める。

 

「!?」

「………」

 

 陽太の背後を一瞬で回り込んだジークが、彼の咽元をガンブレードで斬り裂こうとしたのを寸での所で銃身を割り込ませて防いだ陽太だったが、ヴォルケーノから伝わってくる尋常ならざる力と殺気にジリジリと押され始める。

 

「チッ!?」

「舐めてンノか?」

「!?」

 

 更にガンブレードに力が込められる力と殺意、そして苛立った言葉に、陽太も半ば怒鳴りながら聞き返した。

 

「何の話だボケッ!? この間の腹キックをまだ根に持ってんのか?」

「………お前程度に、マリアは」

「!? マリア・フジオカか!?」

 

 予想外の人物の名が出てきたのに驚いた陽太だったが、ジークはその問いかけに答えることはせず、ガンブレードを急に引くと、一瞬の間をつくこともせずに陽太の背中を蹴り飛ばす。

 

「グッ!?」

 

 肺を突き抜ける衝撃に口から嫌な物が出そうになるのを気合で抑えながら、地表を滑るように反転しつつ体勢を立て直したが、そんな陽太に間髪入れずにジークは突撃を仕掛けてくる。ここは相手の気勢を削ぐのと態勢を整える意味を込め、ジークから距離を離そうとする陽太は、背中のウイングを開き、加速体勢に入った。

 

「(瞬時加速(イグニッション・ブースト)!!)」

 

 地表スレスレを超速で移動しようとした陽太だったが、目の前のジークも背中のスラスターを点火し、同時に加速する。

 

「………瞬時加速(イグニッション・ブースト)」

 

 目にも止まらぬスピードの機動力で加速していた陽太だったが、しかし、ジークの動きは陽太に留まらず、それを見ていた全員、アレキサンドラ・リキュールすらも驚かせる物だった。

 

「!?」

 

 陽太が「目にも止まらぬスピード」で移動し続けるのに対し、ジークの加速はISのハイパーセンサーにすら移動中の姿を映さぬほどの「目にも映らないスピード」であった。具体的にいうのなら、瞬時加速使用中の陽太に地面を引き裂きながら圧倒的な速度で追いつき、一瞬で肉薄する。

 

「!!」

 

 『瞬時加速は他方向には移動できない』というセオリーをぶち破る陽太が、そこから更に上昇してジークの突撃を回避するが、そんな陽太すら鼻で笑い飛ばすように、ジークは陽太の背後に迫っていた建物の壁を一気に駆け上がると、上昇中の陽太に一気に追いつき、壁を蹴って、いつの間にか呼び出していた刃渡り2m以上ある野太刀型の実体剣で陽太に斬りかかる。陽太も反射的に取り出したフレイムソードを伸ばしながら背後を取ったジークに向けて斬撃を放ち合う。

 

 ―――空中で甲高い音を上げながら激突する刃と刃―――

 

 一瞬の鍔迫り合いの後、ジークが陽太の腹部を蹴り飛ばし、陽太は地面に向かって落下してしまうが、地面に激突する寸前、片手で地面に着地し、反動で倒立前転して起き上がって見せるが、陽太が顔を上げた瞬間、すでに吐息が聞こえるほどの近距離に迫ったジークが、冷たい言葉を陽太に言い放った。

 

「(コイツッ!! 俺をぶっ飛ばしといてあっさり追い抜いただとッ!?)」

「おまえ………トロいな」

「ブホッ!」

 

 バックステップで距離を離す………間すらなく、ジークに陽太は顎をまともに蹴り上げられ、地面を転がりながら吹き飛ばされてしまう。

 

「あら? 貴女の話だと、うちのジークと陽太君は互角じゃなかったのかしら?」

 

 二人のその様子を車の中から出し物感覚で観戦していたスコールは、自分の部下の優勢を内心喜ばしく思いながらも、あえて嫌味っぽく隣に座ってコーラをストローで吸っているアレキサンドラ・リキュールに問いかける。

 

「互角なのは総合的に見た二人のスペックの話さ。当然、各個人に得手不得手は存在する………だが、こと二人はその実は近しい戦闘スタイルをしているんだよ」

 

 地面に横たわる陽太を見て、リキュールはスコールにポテトを差し出しながら話を続けた。

 

「陽太君の得意な戦闘スタイルは、クラック&スタンピード。つまり、中・近距離で高い攻撃力を連打することで相手に圧力(プレッシャー)をかけて行動そのものを抑制させるスタイルなんだが………これにはひとつ弱点がある」

 

 スコールがポテトを取り終えたのを確認して、残りを一口で平らげたリキュールは、今度はジークを見ながら話を続ける。

 

「陽太君のIS、ブレイズブレードは実にいいISだ。流石、束が作っただけの事はある。だが『高機動型汎用機』、亡国………いや、全IS中最速の行動スピードを持つ『速度特化機』のジーク君が持つIS『ディザスター』にスピード勝負を挑もうとも、決して勝つことはできない。ましてや、すでに八割以上までアクセルを上げている陽太君に対して、ジーク君はまだ半分程度も出してはいない」

 

 リキュールは冷笑と凍った視線で陽太の姿を見ながら、言い放った。

 

「君は今まで自分よりも速い相手と戦ったことはあるまい。君の戦闘スタイルの弱点………それは、『自分よりも速い相手には自慢の攻撃力でプレッシャーを与えることはできない』ことだ。自分よりも上手の敵を想定していないようでは、まだまだ未熟だよ、陽太君?」

 

 

 圧倒的な強さで陽太を追い詰めておきながら、特に驕った様子もなく氷のような冷たい殺気を放つジークは、ゆっくりと地面に蹲る陽太に近寄る。その様子を見ていたシャルは、窮地に追い込まれた彼の身を案じ、いても立ってもいられずに両手にアサルトライフルとショットガンを持つと、陽太の援護をしようと二人の戦いに飛び込もうとする。

 

「どこへ行く!?」

 

 だがそれを隊の副隊長であり、陽太から指揮権を預かっているラウラが腕をつかんで止められてしまうのだった。

 

「放してッ!? このままじゃヨウタが!!」

「陽太は私達に一般人の救助と、彼らの身の安全を守れと言っているのだ! お前の方こそ状況が見えていないのか!?」

 

 炎の中で取り残された人、オーガコアに襲われながら、それを寸でのところで一夏や鈴達、フリューゲル達によって守られている人、未だ誰かの助けの手を求めている者達は大勢いるのだ。だがそのことを言われても、シャルの中の感情は納得できずにいた。

 

「ラウラだって、あの黒いISが尋常じゃないぐらいに強いことはわかるでしょう!? きっとマリアさんよりも強いんだよ? そんなとんでもない相手を一人で………」

「なら大丈夫だ」

 

 そしてシャルも気がつく。ラウラの手が震えている………本当はシャル同様に助けに入りたいという気持ちを持っているのだ。だが、個人的な感情で動いては今は危険だ………特に、あの黒いIS(ジーク)の戦闘能力は尋常ではない。きっとあの矛先がシャルや自分達に向けられれば、瞬く間に蹂躙されてしまうだろう。だからこそ、その危険な相手を率先して引き受けた陽太に、自分が勝手な判断で役割を放棄しては申し開きができない。

 

「我等の隊長は………負けない!」

「!?」

 

 その言葉に今度こそシャルは自分の身勝手さを反省する。

 

「(そうだ………私はヨウタの足手纏いになりにきたんじゃないんだ!!)」

 

見誤ってはならない、陽太の身を案じることと自分の役割を果たすこと。今、この二つは矛盾はしない………そしてシャルロットはこの場に陽太と共に戦うために来ている。決して彼の足を引っ張って余計に逆境に貶めることではない。

 

「ありがとうラウラ、私、もう大丈夫だから」

「………すまない」

 

 ゆっくりと手を下げさせるシャルに謝るラウラに、シャルは内心自分の方こそ謝るべきだと思いながら苦笑してしまう。

 そしてシャルはいまだに地面に蹲っている陽太に向かって、大声で叫んだ。

 

「ヨウタァァァッ!!」

「!?」

 

 その言葉に陽太が、そして彼に迫っていたジークが反応する。

 

「……………」

 

 泣きそうな、辛そうな、そんな感情を無理やり押し殺した、唇を噛み締めなていたシャルだったが、彼女は言葉を紡いで見せた。

 

「負けないで!!」

 

 決して大きくない、でも澄んだ声に、陽太は返事をすることなく、ただ静かに蹲った状態で右手を上げると、親指を上に向けて立てサムズアップで返答してみせる。『わかってる、任せとけ!』と言わんばかりに………。

 

「ヨウタッ!!」

 

 その様子にシャルは先ほどとは違う、本当に嬉しそうに微笑むと、踵を返してオーガコアと仲間達の戦いに参戦しようとラウラに呼びかける。

 

「行こう、ラウラ!!」

「!?………ああ」

 

 ラウラもまた、陽太の返事とシャルの笑顔に安堵したのか、これで心置きなく戦えると、背中のハイブリッドバスターキャノンを展開する。

 

「マニュアルA-07………いくぞ、シャル」

「うん」

 

 そして、ラウラはシャルがダッシュするのと同時に空中に飛翔する機動兵器(スズメバチ)に向かって、牽制の砲撃を放つ。

 

 ラウラの圧倒的な攻撃が多数の機動兵器を巻き込み、ちょうど複数の機動兵器たちを二つの集団に分けたのだった。そこにすかさず両手に銃器を携えたシャルが更なる牽制の銃撃を仕掛け、二つの集団を半分ずつに分断する。

 

「一夏! 鈴! セシリア!!」

 

 シャルの呼びかけに、仲間達がすかさず反応して機動兵器たちに飛び込んだ。

 

「おう!」

「任せて!!」

「お安い御用でして!!」

 

 セシリアの三連バルカンが敵の一陣を薙ぎ払い、左右から挟み込む形で飛び込んだ一夏と鈴の剣撃が交差し、空中で敵機をバラバラにしてみせる。流れるようなコンビネーションと目配りもなく成功させた信頼関係………それを見ていた敵側のフォルゴーレから思わず賞賛の言葉が漏れる。

 

「すごい……」

 

 ついこの間遭遇した時は、それほど脅威に思わなかったセシリアとラウラのISが劇的に能力を向上させているだけではない。動きそのものに、味方を信頼して役目を託し、自分の役割をこなそうという気概が乗せられているのだと、彼女の目には映ったのだ。

 

 そしてそのことは、何よりもこの男に伝わっていた。

 

「………ハッ」

「!?」

 

 ゆっくりと立ち上がる陽太に警戒し、刀とライフルを構えるジークであったが、なぜか目の前の陽太から伝わってくる気配の変化に若干の戸惑いを覚える。

 

「(コイツ………さっきまでとは闘気がまるで違う)」

「ハッ………ハハッ………世話ないな、まったくよ」

 

 笑っている………全身装甲なために、今どんな表情をしているかまでは見ることはできないが、目の前の敵が自分を見ながら笑っていることを感じ取ったジークの表情が、逆に険しくなる。

 

「………何がそんなに可笑しイ?」

「可笑しいだろ?………まさかこの程度で俺に勝った気になってるバカが目の間にいたらよ」

 

 小馬鹿にするような言葉に一気に血圧が上がったのか、ジークは荒々しく銃口を陽太に向けて即座に発砲する。が、その銃弾は陽太に掠ることもせず、彼は素早いステップで回避し、コマのように回転しながら逆に銃口をジークに向けようとする。

 だがこの展開はある程度ジークの予想の範疇内のため、彼にはいささかの動揺も与えることはできず、今度こそ反撃で致命傷を撃ち込もうと、攻撃の終わりを冷静に迎え撃ちにかかった。

 

「(てめぇの癖はその高い能力から、相手に上回られると熱くなって意地になりやがる)」

 

 生来高すぎる能力を持つために、負けを認められない陽太は、自分を速度で上回るジーク相手に、あくまでもスピード勝負を挑んでくるハズ………ジークのその予測は、数週間前までの彼相手ならば正解であったと言えるだろう。

 

「(ここで、あいつはフェイントをかけて俺の背後を取りに…)」

「………認めてやる」

 

 だが、今の陽太には、『信頼する仲間』が、『仲間に認められた隊長』という誇りがあるのだ。

 反転しながら銃口を向ける………ことなくいきなりジーク目掛けてヴォルケーノそのものを放り投げたのだ。

 

「!?」

 

 これにはジークも驚き、慌ててハンドガンを回避するが、一瞬だけ陽太から目を離してしまう。そして陽太はその隙を見逃すような男ではなかった。

 ジークが見せた一瞬の隙を突き、フレイムソードでジークに斬りかかる。反応が遅れ、今までのように攻撃を回避できなかったジークは刀で受け止めるが、陽太はそのままウイングのスラスターを全開にして力勝負でジークを押し始める。慌ててジークはライフルの零距離掃射で陽太を引き剥がそうとするが、銃口の先端を陽太は左手で押さえつけ、右腕一本、剣と刀の鍔迫り合いに持ち込んだのだった。

 

「!!」

「!?」

 

 ジークも背中のスラスターを全開にして対抗しようとするが、ジリジリと後退し始め、徐々に余裕がなくなり始める。そしてその様子を見ていた陽太はある確信を得た。

 

「認めてやる、速さはテメェーが上だ………だが力(パワー)は俺の方が上だな。違うっていうならもっと力込めろよ貧弱!?」

「チッ! 餓鬼がぁっ!!」

 

 陽太の挑発に激高して、出力を限界以上に引き上げようとするジークだったが、その瞬間、徐々に自分を押していた陽太が瞬時にスラスターをカットし、その場でバク転しながら自分の足をジークの太ももに引っ掛けると、一回転しながらジークを地面に叩きつけたのだった。

 

「ガハッ!!」

 

 予想外の反撃に、受身が取れきれず、背中から伝わった衝撃がジークの肺を突きぬけ意識を混濁させる。

 

「………マリア・フジオカのことは今はいい。あとでフルボッコにした後にしっかり聞かせて貰う」

 

 すかさずその場を飛びのき、放り投げたヴォルケーノを回収して構える陽太に、完封できるものと踏んでいた陽太に思わぬ反撃を食らった動揺と、見下していた相手にダメージを受けたという屈辱に、怒りに震えながら立ち上がった。

 

 そして陽太は、怒りに震えるジークに、あえて言い放った。

 

「黒いのよ。あんまりIS学園(俺達)を舐めてくれるなよ? IS学園には、俺がいる。シャルがいる。ラウラやセシリアや鈴いる。あと箒も………そんでな」

 

 陽太がいったん言葉を切った瞬間、陽太の背後で白い粒子の爆発が巻き起こり、ジークを驚愕させた。

 

「そんで………IS学園(ウチ)には、訳判らん、何すんのか予測不能の、織斑一夏(大バカ)がいるんだよ!!」

 

 

 

 

 





長すぎたのでちょいと前後に改稿させていただきます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

WHITE TWIN DRIVE IGNITION SECOND(後編)

長すぎるというお声を、感想でもプライベートでもいただきましたので、前後編に分けました!



※4月14日改稿


 

 

 

 

 雀蜂型のオーガコア達の半数を駆逐しつつ、民間人を救出するという困難な作戦であったが、思っていたよりも流れはスムーズに運び、一夏としては少しだけ肩の力が抜ける思いであった。それもこれも自分達IS学園が民間人の救助をしている中、竜騎兵達が率先して敵の駆逐を引き受けた形になったため、被害が増えるのを最小限で抑えることができたのだ。

 

「こっちの方はこの人たちで最後だ!」

 

 一夏が腰の悪い老人の患者と付き添いの看護婦を避難させ、救助者の列の中に誘導していく。その周囲には、救助者たちの列を守るために、シールドビットを展開して護衛するセシリアが、少しばかり悔しそうな表情でオーガコアと竜騎兵達の戦いを眺めていた。

 

「いくら民間人の救助が第一優先とはいえ、よりにもよってこの方達に助けられるなんて………不覚ですわ」

 

 よりにもよって自分が、叩き潰して土下座させて這い蹲らして哀願させよう、と思っていた相手に助力されている状況に、いたくご立腹なセシリアだったが、その時、空中で敵機を撃破したフリューゲルと偶然目が合う。

 

「…………ハンッ!」

「まぁっ!?」

 

 思いっきり見下しながら鼻で笑い飛ばしたフリューゲルに、頬をピクピクとさせながら額に青筋を作ったが、それをなんとか押さえつけながら、逆に言葉で迎撃に入る。

 

「まあぁっ? なんという不遜な態度なんでしょうか? やっぱり発育がよろしくないと、その辺りの人間としての成長もよろしくないのでしょ~~~か?」

 

 おもいっきり聞こえるように言い放った。これにフリューゲルは、セシリア同様に頬をピクピクとさせ額に青筋を作りながら反応する。

 

「なんですって!?」

「あら、わたくし、別に貴女のことだとは言っておりませんのよ? ああ、でもこうやってライフルを構えていると肩が凝って仕方ありませんわ。なんせわたくし、胸の方も重くて、余計に肩に負担がかかってしまうものでして………貴女がうらやましいですわフリューゲルさん?」

「い、言うじゃない!? ちょ、ちょっと大きいからっていい気になりやがって!! 私だってね! そこの貧乳よりも大きいわよ!!」

 

 そしてフリューゲルが指差した先には………龍咆で敵機を狙っていた鈴がいたのだった。当然その言葉と指に反応して、鈴がブチキレた。

 

「どぅわれが貧乳だ!! このオカマ女!?」

「何よその言い方!?」

「私はバランスが良いだけだ!! そこの筋肉質みたいに全身硬そうなわけじゃないのよ!!」

 

 鈴が指差した先………敵機を貫いたスピアーが、彼女の言葉と指先に気がつき、猛然と抗議する。

 

「筋肉質とは何だ!? 私はちゃんと鍛えることでスタイルを維持しているだけだ!? その蒼いのみたいにデカ尻にならないようにな!?」

「うんまぁっ!? 人が気にしていることを!!」

 

 セシリアに何かが戻ってきたところで、他人が聞くといたく恥ずかしい会話をしている四人に向かって、唯一IS学園に混じって誘導の護衛をしていたリューリュクがボソッと言い放つ。

 

「これがホントのバカの空中戦で………わぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 セシリアの三連バルカンがリューリュクの足元を狙い撃つ。それを見たフリューゲルとスピアーは息の合った様子で、セシリアと鈴に向かって言い放った。

 

「普段はどうでもいいけどいなければいないで困る色々面倒臭いことを押し付ける相手のリューリュクの仇!!」

「討たせてもらう!!」

「死んでません!! ってか、私の役目ってそういうの!? 酷くないッ!?」

 

 ついにはリューリュクを含めた五人でギャアギャア言い合いを始め、避難している子供が指差しながら『アレなあに?』と親に尋ねている姿を見た一夏とシャルは非常に居た堪れない気持ちで一杯になる。どうでもいいから他所でやれと言いたいが、いないといないで困る上に、口論しながらでも敵を撃破しつつ民間人を真面目に守っているのは評価に値する。ついでに口のほうも真面目になってもらえるともっと評価は上がるのだが、それを口にしたら自分が槍玉に挙げられそうな気がした一夏が、まだ病院内に逃げ遅れた人がいないか見に行こうとした時だった。

 

「そこをどけぇぇぇぇぇぇっ!!」

「貴様の方こそ邪魔だと弁えろッ!!」

 

 激しい怒声同士と刀とビームサーベルを激突させあい、もつれ合いながら箒とマドカがこちらに向かってきたのだ。もっと正確に言うなら、マドカを無視して陽太とジークの戦いに割って入ろうとする箒を、マドカがこの先には行かせまいと進路を妨害し、よりにもよって人が溢れる方に突っ込んできたのだ。

 

「お前のような雑魚にかまっている暇はない!」

 

 一旦鍔迫り合いを後方に飛び退くことで止め、箒は両足のビームブレイドを展開し、地面に手をついて上下逆さになりながらも、独楽のように回転してマドカに向かって斬り掛かる。その変則的かつ独特な攻撃に、上手い対処手段が思い浮かばず、ビームサーベルを逆手に持ち替え、シールドと一緒に交互に弾いて防御に徹する。

 

「雑魚とは言ってくれる!!」

 

 進路を塞ぐという役割である以上、自分から攻撃を回避して道を空けるわけには行かない。何よりも自分のプライドを傷つける発言をされた上に、逃げに徹するなど彼女の自尊心が許しはしないのだ。

 

「火鳥陽太(本命)はジークに譲ろう。だが、それ以外はすべて私が貰い受ける!!」

 

 背中の八基のビットを切り離すと、ビームの波状攻撃で箒を撃墜しに掛かる。これには流石の箒も攻撃に専念することはできず、両手で地面から飛び上がると、両手に刀を持ち直し、地面に着地すると同時にマドカに向かって突撃する。マドカもまたビットを自分の周囲に浮遊させ、固定砲台のように連射して箒を攻撃する。

 

「やべえっ!!」

「マズイッ!」

「皆、伏せてッ!!」

 

 だが、マドカの放つビームは悉く箒が回避し、その流れ弾が民間人の列目掛けて飛来する。多数の悲鳴があがる中、一夏が雪片を構え、ラウラがAIRを展開し、シャルがマルチシールドのEシールドを発生させ、流れ弾を受け止めた。

 なんとか被害を出さずに済んだことに安堵した一夏だったが、すぐさま煮えたぎるような怒りが湧き上がり、睨みながら怒鳴りつけた。

 

 

「(もう少しで生身の人間に当たるかもしれなかったのに………)いい加減にしろよ、お前らッ!!」

 

 

 目の前で周囲を省みないで戦う二人に、もう少しで死人が出かけたにも拘らず、平気で戦いを続行し続ける二人に、一夏の怒りが爆発したのだ。

 

「!?………一夏」

 

 その声に箒はようやく辺りの状況を理解しその刃を止めるが、マドカはそんな一夏の足元にビームの一撃を放つと、逆に彼に向かって怒鳴り返したのだった。

 

「邪魔をするなッ!!」

 

 マドカの苛立ちと憎しみに似た怒りを孕んだ言葉に一瞬だけたじろぐ一夏に、彼女は続けて言い放つ。

 

「貴様から殺してやっても構わないのだぞ、織斑一夏!!」

「なんで俺の名前を………って、今はそんなことどうでもいい!! 周り見ろよ!? お前の攻撃でもう少しで死人が出たかもしれないんだぞ!?」

「捨てておけ! そんな蛆虫共など!!」

 

 マドカの予想を超える一言に一夏が凍り付く。

 

「………だ、誰が蛆虫だと?」

「ISもなく、武器もない、戦う意志を持たず、自分を守る術一つない………そんな蛆虫共などに気を回すほうがどうかしているのだ!!」

 

 マドカの言葉を聴いた周囲の人間から、ザワザワと非難の声が上がりだしそうになるが、マドカの激しい眼光で睨みつけられ、誰も彼女の発言を責めることができずにいた………IS学園を除いては。

 

「ふざけるなよッ!! ここにいる人達の、誰一人として、断じて蛆虫なんかじゃねぇー!!」

「いくらなんでも、自分を高く見過ぎよ!! アンタちょっと選民思想に染まりすぎてんじゃないの!?」

「ISを持つ、即ち力を持つとは、より高度な精神を持つということ………今の貴方にはISを纏う資格はありませんわ!!」

「我々は彼らを守るためにここにいる。お前の主義主張と論議するためではない………だが、虫唾は走る!」

 

 だが、一夏達の主張をマドカは鼻で笑い飛ばす。

 

「フンッ。所詮、有象無象の雑魚共め………だがな」

 

 そして、彼女の激しい怒りが今度は仲間にまで及んだのだった。

 

「フォルゴーレ! フリューゲル! スピアー! リューリュク!! お前ら、ジークの命令を忘れて何をしている!!」

「な、何って…………そりゃ、オーガコアと戦いながら………人命救助を」

 

 バツの悪そうな表情で最後のあたりはかなり小声になりながら話をするフリューゲルだったが、マドカはそんな彼女達を激しく叱責する。

 

「お前達まで何を言い出している!! 蛆虫など捨てて、早くコアを回収しろ!!」

「だ、ダメだよ!!」

 

 敵であるIS学園と群れてまで周囲を守ろうとするフリューゲル達の行いを、許し難い裏切りの行為だと思ったマドカの肩を掴んだフォルゴーレが、彼女を制止しようと必死に言葉をつむいだ。

 

「オーガコアは回収しないといけないけど、だからって他の人たちに迷惑をかけるなんて…」

「!?」

 

 その言葉を聴いた瞬間、目の色を変えたマドカが言葉もかけずにフォルゴーレを裏拳で殴り飛ばし、まともに一撃を受けて吹き飛びそうになったフォルゴーレを、一夏は病院の病棟に激突しそうになるのを寸でのところで受け止めたのだった。

 

「テメェ!! 自分の仲間になんてことを!!」

「コイツらなぞ、もはや仲間でもなんでもない!!」

 

 言われたフリューゲル達もショックではあったが、むしろその言葉を聴いていた一夏の方がショックを受けてしまい、表情を歪ませる。だがそんな一夏にフォルゴーレは左頬を腫らしながらも、笑顔で答える。

 

「だ、大丈夫だよ………ありがとう」

「お、おい! 無理に動くな!!」

 

 仲間のことを特に攻める様子も無く起き上がろうとするフォルゴーレの姿を見た一夏は、怒りよりも先に何故か悲しみが湧き立ち、彼女(マドカ)に祈るように問いかけた。

 

「………わかりあえないのか?」

「なに?」

 

 今までの互いの主張を否定しあう言葉ではない声に、マドカは思わず振り返ってしまう。

 

「………なあ……俺は竜騎兵(ドラグナー)達のこと、ホンの僅かな時間だけど一緒に戦えて、ちょっとだけ分かり合えた気がしたよ……」

「それが………どうした?」

「だからさ………俺達、分かり合えないのかな? 俺と………」

 

 腹の底から嫌なモノが湧き上がったものが暴れ出し始める。

 

「………お前で!」

「!!?」

 

 一夏の言葉が、引き金になる。

 

「……………」

 

 マドカの表情を覆っていたバイザーを彼女自身で投げ捨てると、血走った目と、怒りが支配した表情と、憎しみと苛立ちをを込めた言葉を、目の前の………自分と同じ『血』を引く『きょうだい』にぶつけた。

 

「ウルサイィッ!!」

 

 怒りのあまり裏返った声、そしてその言葉を発したのが、自分の姉と瓜二つの少女だったことに、一夏は驚愕する。

 

「分かり合えるものか!! ましてや、お前と私が!!」

「お、お前………千冬姉?」

「気に入らない、気に入らない、気に入らない、気に入らない、気に入らないぃぃぃっっ!!! わかってないことをペラペラ知った風に口にするお前がぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「!?」

 

 肩で息をしながら、全身で一夏を否定したマドカは、ライフルの銃口を向けてくる。一夏もまた黙って撃ち落とされるわけにはいかないとその場から飛び退き、射線から退避しようとした。

 

 それ故に一夏は思い知った。自分がこの場になにをしに来たのか、何と対峙していたのかということに………。

 

 ―――パジャマ姿で、ヨチヨチと頼りない足取りで泣きながら病院から出てくる幼い少女―――

 ―――そしてそんな少女を、悪魔の毒針で狙い撃とうとするオーガコア―――

 

 最悪なことに自分以外いまだ誰も気がついていない。しかも割って入るには絶望的な距離だ。烈空の射程距離ではオーガコアを仕留め切れない。

 絶望的な考えが一夏の脳裏を締め付け、そして言葉に変換して彼に叫ばしていた。

 

「誰かぁぁっ!! あの子を助けろぉぉぉ!!!」

 

「!?」

 

 その一夏の言葉に最初に気がついたのは、避難民の誘導を最優先に行っていたシャルだった。

 彼の言葉に驚きながら振り返った時、彼女はいち早くオーガコアの存在に気がつき、両手に銃を構えて発砲しようとしたが、寸での所で踏み止まる。

 

「!?………距離が近すぎる!!」

 

 少女とオーガコアとの距離が近すぎたのだ。もしそのまま発砲して敵機が爆発でもしようものなら間違いなく少女にも被害が及んでしまう。それでなくても一撃で仕留めきれずにオーガコアが暴れだしたら、真っ先に命を奪われるのは一番近くにいる者に決まっている。

 両手に持った銃器を投げ捨て、シャルは80口径リボルビングパイルバンカー『ネメシス』を振りかざして突撃する。

 

「間に合わない!?」

 

 だが、気が付くタイミングがあまりに遅すぎた。ほかの者たちにしても、シャルよりも後に気が付いたため、シャルと同じ理由でオーガコアを撃墜できず、接近を試みるが、とても誰もが間に合いそうにない。

 

 ―――怪しく光るオーガコアの眼―――

 

 まるで今のシャル達を嘲笑うかのように瞳を輝かせながら、オーガコアが幼女に向かって毒針を発射しようとする。

 

 ―――シャルの視界の脇に映る紅の影―――

 

「!?」

 

 そして、毒針が発射されると同時に、金属が砕ける甲高い音と………少女を抱えながら地面を転がる防人の姿をシャルは見て、思わず叫んだ。

 

「箒ィィッ!!!」

 

 右肩に数本の針が突き刺さりながらも、少女をしっかり抱きしめながら地面を転がっていく姿にシャルがブチギレた。

 

「女の子相手に、何てことするのっ!!」

 

 突進の威力を上乗せした80口径リボルビングパイルバンカー『ネメシス』が見事にオーガコアの左側面に突き刺さり、毒蜂の女王が苦悶の声を上げ、痛みでのた打ち回る。

 そこからシャルは、突き刺さった杭を支点に、素早く回転しながら体勢を入れ替え、地面に着地すると同時にパイルバンカーから、威力重視の62口径連装ショットガンと59口径重機関銃『デザート・フォックス』をフルバーストで連射して弾幕を形成し、この場所からオーガコアを少しでも後退させようとしたのだった。

 

「箒ッ!! 返事して、箒!!」

 

 オーガコアに視線をやりながら、箒に問いかけた自分の言葉に、僅かに箒が身体を動かして反応したのを一瞬だけ振り返って確認したシャルは、何としても二人を守ろうとする。そんなシャルに呼応したのか、銃弾を浴び続けるオーガコアの右側から突撃してきた一夏が、雪片を敵の装甲に突き立て、吠える。

 

「うおおおおおおおおっっっっっ!!!」

 

 この場面に細かな力技はいらない。全身全霊の力と出力全開のスラスターによって、自分の倍以上の体躯を持つオーガコアを、地面を削りながらこの場から引き剥がす。徐々に押されながら後退し続けるオーガコアだったが、いつまでもいいようにやられるわけにはいかないと自分に密着している一夏を刻み殺そうと、鋼鉄の顎を一夏の頭部に向けるが………。

 

「だから、もうちょっと考えなさいよ!!」

「貴様ッ! 相手の反撃を考えてもいないのか!!」

 

 一夏を叱りながらも、彼を助けるために飛来した鈴とスピアーが、双天牙月とへヴィーランスを突き刺し、一夏をフォローする。

 

『前衛の方々、離れてください!!』

 

 更に後方からの通信に前衛三人は申し合わせたかのように、獲物を敵から引き抜くと、三人同時でオーガコアを蹴り飛ばし、反動で自分達も素早く退く。前衛が安全圏に逃れたことを確認した、後衛グループである、セシリア、リューリュク、フォルゴーレ、そして獲物をアンチマテリアルライフルに持ち替えたシャルが、複数の方向からの同時斉射を行ったのだ。

 

「狙い撃ちます!」

「とりあえず、コレでもう終わって!」

「ごっつんこ!!」

「フィニッシュ!!」

 

 高出力レーザーと大口径炸裂弾、そして小型ミサイルの一斉掃射を食らって爆風の中に消えるオーガコア…………姿は見えないが、確かな呻き声を上げているのを全員が聞き、思わず溜息が漏れる。

 

 しかし、そんな一同の輪から少し離れた場所において、今にも命の灯火が消えようとしている者が、静かに自分の行動を思い返していた。

 

 

 

激情に任せたままマドカと激しく争っていた箒は、一夏の叫び声によって我を取り戻し、そして愕然とさせられる。

 

 ―――自分とマドカを、オーガコアを見るのと同じ目で、恐ろしい何かのように見てくる民間人達―――

 

 その怯えきった瞳が物語っていることは、今、自分は防人としてオーガコアから人々を守ってはいなかった。

 ただ、簪を半死半生にした者への憎しみだけで剣を振るっていた、ただそれだけだったことを彼女は人々の瞳から悟ったのだ。

 

 ―――私は………何をしていた?―――

 

 愕然としながら、手に持った刃を見つめ、箒は自問自答する。

 

 ―――防人としての役目………人々を守るための剣―――

 

 だが、自分は憎しみでしか刃を振るっていなかった。しかし、箒を愕然とさせていたのはそれだけではない。憎しみで戦った結果、半壊している病棟を見て、更に彼女はショックを受けたのだ。

 

 ―――簪のことも忘れて………私は何をしていた?―――

 ―――オーガコアのことも、簪のことも忘れて、私はただ、自分の恨みを晴らそうとしていたのか?―――

 ―――なんだ………それでは、まるで私は簪のことを口実にしていただけではないか?―――

 

 簪を傷つけられた怒りではない。

 簪を傷つけられ、それゆえに自分が再び傷ついてしまったことに『怒っていた』と、結局は我が身が一番可愛かったのだと自分で証明した………箒自身がそう感じ取ってしまったのだ。

 

 ―――ハハハッ………私は………なんて浅ましいんだろ?―――

 

 乾いた笑みを浮かべ、箒は刃に映った自分の姿を見続ける。

 

 なんて、なんて醜いんだろう?

 なんと恩知らずで、なんと自分勝手なのだろう?

 

 簪………更識 簪。ただ人形になりかけていたはずの自分に、心(いのち)を再び吹き込んでくれた、かけがいのない親友。

 新しい居場所を、信じてくれる人達を、守りたい世界を暮れた、大切な人を忘れて、自分は結局真っ先に自分を慰めるために、仇(ジーク)を追い求めていたのだ。

 

「わたしは………私は……」

 

 防人としても、剣としても、自分はこの上なく失格だ。と、絶望しかけた時、箒の瞳がオーガコアを捉える。

 

「……………」

 

 皮肉にも、彼女自身で否定しかけている二年間による戦闘によって、無意識でも敵の動きを追おうとする習性が染み付いての行動だった。

 

「……………」

 

 オーガコアを目の前にしても、すでに敵意も殺気も放つことはない。なぜなら篠ノ之 箒は、人を守る防人(つるぎ)に値する価値もない、ガラクタなのだから………だが、彼女自身がどれほど自分自身に絶望しても、鍛え上げた彼女の習性(わざ)は無意識に働いてしまう。

 

 そうやって、オーガコアの動きを見つめつづけた先に………見つけたのだった。

 

「グスッ……ふえっ………おとうさん」

 

 取り残されたのか、どこかに隠れていたのに今頃出てきたのか、パジャマ姿の幼い少女が病院内から出てきたのだ。

 しゃっくりを上げながらヨチヨチと歩いてくる少女だったが、そんな幼い少女相手だろうと、オーガコアは一切の手加減はしない。まるで、自分のテリトリーに侵入してきた者全てを刺し殺す雀蜂の習性のように………。

 

 オーガコアは少女に向けて毒針を向けている………対して、IS学園も亡国機業も、避難民達すらもそのことに気がついていない………一夏とマドカの言い争いに飲み込まれてしまっているのだ。

 

「……………」

 

 少女の危機にも、オーガコアの凶行にも、もう箒は何の感慨も湧きはしない………ハズだった。

 

 ―――箒の瞳に、簪の姿と少女の姿が重なる―――

 

「!?」

 

 気がついた時、箒は地を蹴って、少女の元に一目散に駆け寄る。

 

「(どうして、私は疾走(はし)っている?)」

 

 自分にはもう、そんな資格などないはずなのに。誰かを助ける資格などないはずなのに………どれほどそう自分に言っても、脚は止まらず、紅椿を目の前の少女の元に向かわせようとする。

 そんな箒に気がついたのか、オーガコアが毒針を少女へと発射し、同時に箒が地面を蹴った。

 

「?」

 

 何が起こったのかわからずにキョトンとする少女を抱きかかえたまま、箒は地面を転がる………右肩から激しい痛みと、自分の根本を削る何かが全身へと広がっていく感覚を感じながら、閉じていた瞳を開いて少女を見る。

 

「おねえーちゃん………大丈夫?」

 

 自分に何が起こったのかはわからないが、とりあえず箒が自分を救ってくれたことだけは理解できたのか、舌足らずに問いかけてくる幼女の頭を撫でながら、自分でも驚くほど優しい声で箒は彼女に話しかけた。

 

「大丈夫………私は、大丈夫」

 

 優しく頭を撫でながら、箒は全身の力が抜けていくこと、右肩の装甲に突き刺さった毒針から流れ込んでくる毒が、自分の命を容赦なく奪い取っていることを感じながら、静かに瞳を閉じた。

 

 ―――私は、結局何者にもなれないまま、死んでいくのか―――

 

 ―――剣にも、防人にもなれないまま―――

 

 ―――だが、最後にこの子を助けることができてよかった―――

 

 ―――ごめんな簪。私は結局お前の仇、取ることができなかった―――

 

「箒ッ!!」

「箒………これはっ!!」

 

 急速に弱っていく箒に駆け寄った一夏とシャルは、彼女の血色の変化に気がつき、大声で呼びかける。そしてシャルはあわててISのコンソールを操作して、バイタルを表示し、凍り付いた。

 

「脈拍、呼吸、体温が急速に低下………どういうことなの!?」

 

 ISの構造に詳しいシャルではあったが、人体の構造はあくまでも学生の領分を越えるものはもっていない。オーガコアの攻撃によって箒の身体に異常がでていることまで突き止められても、そこから先に、どうやった処置を取ったらいいのか見当もつかない。

 

「箒、箒ぃぃぃっ!!」

 

 そのシャルの隣で、箒の名前を必死に呼び続ける一夏は、血色の悪くなる一方でありながら、彼女の表情が何かの諦めを受け入れているかのように安らいでいることに、激しい危機感を覚えていた。

 

「駄目だッ! お前………簪のこと放って、一人死んじまう気なのかよ!?」

 

 それは駄目だ。彼女はベッドの上で戦っているというのに、箒が一人、先に全てを放り出して死んでしまうなど許容されるはずはない。

 

「そんなの………駄目だ」

 

 ―――嫌だ。そんなのは嫌だ………全部を背負った箒が、結局、何も報われないまま死ぬなんて、そんなのは絶対に嫌だ―――

 

「そんなこと………させない」

 

 ―――微かに、低い駆動音を鳴り響かせ始める両肩―――

 

 地面が僅かに盛り上がっていることに、一夏達はまだ気がついていなかった………。

 

 一夏とシャルが、箒に方に向かうと同時に、ラウラ、鈴、セシリアと竜騎兵、そしてマドカは互いに牽制をしながらオーガコアへと近づいていた。それは無論、コアの入手のためであり、そしてコアを手に入れる前までがIS学園と亡国機業の共同戦線であり、ココから先は早い者勝ちであったからだ。

 だが、オーガコアが完全に沈黙したとは限らない。獲物を前に早って足元を掬われることは面白くはない………その気持ちがあったがために、互いに「警戒」と「牽制」をしながらも、徐々に輪を詰めていたのだ。

 

 未だ、煙を上げるオーガコアに近寄り、鈴とスピアーが、代表するように武器の先で真っ黒にこげた外皮を突いてみる。

 

 だがそこにあったのは、脆く崩れ落ちる外皮と………。

 

「穴ッ!?」

 

 IS一機、すっぽり通れそうな巨大な穴だけが残されていたのだ。

 

「しまったっ!!」

「すぐに索敵を!!」

 

 ラウラとリューリュクが、慌てて周囲をハイパーセンサーで索敵し始める。脱皮と同時に穴を掘って攻撃をやり過ごしたオーガコアは、まだ近くにいて、自分達を狙っている。

 半ば確信して周囲を索敵するラウラとリューリュクだったが、彼女達のセンサーが反応した場所を見たとき、愕然とし、ラウラが精一杯の声で叫ぶ。 

 

「シャルッ!! 一夏ッ!! お前達の真下に敵がいるぞっっ!!!」

 

「!?」

 

 そんなラウラの声と同時に、盛り上がった地面から、幾分かサイズが縮んだオーガコアが飛び出し、シ四人を狙い、すぐさま毒針を放とうとする。

 

「しまったっ!?」

 

 箒の怪我への対処法を学園にいるカールに聞こうとしていたシャルは、背後から突然現れたオーガコアに反応が間に合わず、一夏は箒を見続けたまま微動だにしない。

 とっさに楯を掲げて、一夏達を守ろうと立つシャル………陽太が見たら、激怒物の行動だっただろう。

 

「三人だけでも!!」

 

 だが、シャルにしても、三人を見捨てて我が身を優先するということをするなんて、選択肢の中にも入ってはいない。最悪、全身で針を受け止めよう………それぐらいの覚悟で立ち塞がったのだが、そんなシャルの予想を超えた自体が………いや、誰一人予想ができなかった事態が起こった。

 

「死なせてたまるかよおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」

 

 箒も、彼女の腕に抱かれた幼女も、シャルも………そしてこの場にいる誰一人として、死なせるわけにはいかない。

 

 箒を見続けていた一夏の感情の爆発に反応するかのように………初めて白式が自分の物になった日のように、両肩から圧倒的な白い光の粒子を放出し、その光の奔流が、オーガコアを押し返したのだ。

 

「い、一夏?」

 

 いきなり背後で起こった一夏の変化に、驚愕して振り返ったシャルは、目撃する。

 

「………一夏?」

 

 幼女を抱きしめたまま、意識が遠のいてた箒だったが、自分を包み込む暖かなモノを感じ取り、ゆっくりと瞳を開く。

 

「おにいちゃん………キレイ」

 

 そして箒に抱きしめられていた少女は、目の前で立ち上がった少年を見上げながら、素直な感想を漏らす。

 

 ―――白式の両肩から噴出した圧倒的なSEが、光の翼のようなものを形成した―――

 

「………白式」

 

 自分の名を呼んだ少年に答えるように、彼の両脇に、彼にしか見えない二人の女性がゆっくりと降り立つ。

 

 『白いワンピースを着た長く白い髪をした少女』………ナンバー007『暮桜』が問いかけた。

 

『大丈夫、箒ちゃんの命は私達なら助けられるよ』

 

 『白い甲冑を纏った手に剣を携えた黒い髪の女性』………ナンバー001『白騎士』も答えた。

 

『だから、安心して放ってくれ………千冬から君が『受け継いだ』、君だけの輝きを……』

 

 そして、二人の声に応えるために、一夏は雪片を構え、静かに一言言い放った。

 

「………零落白夜ッ!」

『展開装甲起動。雪片弐型零式・零落白夜』

 

 一夏の熱い気持ちにこたえるように、実体剣の雪片が、青白いビームソードに変形し、白式の白い光を刀身に纏わせながら、天高く輝きを放つ。

 目の前で圧倒的なエネルギーを生み出す一夏を危険視したのか、オーガコアが連続で針を放つが、その悉くが一夏に当たることなく、白式のエネルギーの前に弾かれて消滅していく。

 

「おおおおおおっ!!」

 

 白き翼を羽ばたかせ、閃光の刃を手に持った白い騎士がオーガコアに向かって刃を振るう。

 

 ―――袈裟斬りで斬り落とされるオーガコア―――

 

 今まで猛威を振るっていたことが嘘かと思えるほどに、あっさりと斬り落とされたオーガコアの内部から、薄く紫の光を放つコアと、意識を失った女性が出てくる。それを受け止めた一夏は慌てて箒に駆け寄った。

 

「箒ッ!!」

 

 箒を抱きかかえながら、両肩に刺さった針を持つ一夏。未だ両肩から噴出す白式の光が、両手に纏いつくと、一夏は一気に針を引き抜いた。

 

「うっ!!」

 

 一瞬だけ表情を歪めた箒だったが、光が自分の傷口を包むと同時に、痛みも出血も、ISの損傷すらも直っていく。

 その驚きの現象に目を丸くする箒とシャルだったが、一夏はというと、箒の一命を無事取り留めたことを確認すると、本当によかったと破顔して、地面に座り込んだのだった。

 

 

 竜騎兵も、マドカも、そしてこの場にいないジークも予測していなかった白式の性能に、亡国機業も目を丸くする中、当然、戦いを黙って見ていた二人の幹部達もこの事態には驚愕していた。

 

「あの圧倒的なエネルギー生成量もさることながら、アンチ・オーガコア能力?………いや、対オーガコア能力というよりも、オーガコアの起こした現象を修復するような力だとでも言うの?」

 

 一夏の白式の圧倒的なエネルギー、そしてオーガコアへのアンチ能力に、スコールは内心で強烈な脅威を感じ取る。

 

「(あのISと操縦者の子………危険過ぎる)」

 

 操縦者の能力は大したことなくとも、ISの性能は危険過ぎる。

 オーガコアを本格的に運用していこうとする亡国機業にとって、あの白式(IS)は存在自体を許容できるものではない………今なら、簡単に対処できるハズ。

 

 スコールは場合によっては『自らこの場で織斑一夏を抹殺する』ことを視野に入れて、車のハンドルを強く握る………時だった。

 

「!?」

 

 ―――物理的なプレッシャーすら感じ取りそうな程の圧倒的な攻撃的意思―――

 

 狭い車内だからこそ、感じ取ってしまった変化に、スコールは恐る恐る隣に目を向ける。

 

「……………」

 

 握り締めて破裂させたマックシェイク………だが、カップを外に放り出すと、手を伝う滴を舌で舐めながら、『彼女』は唐突に………。

 

「クックックッ…………ハッハッハッハッ……」

 

 笑い出したのだった。

 

「ハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!!」

 

 笑う。

 なぜなら、こんなに愉快な事は久しいから。

 こんなに自分の予想を超えて、そして予定通りにいかないことなど、何年ぶりだろうか?

 

「いいぞ!! 実にいい!!」

 

 暴龍帝(タイラント・ドラグーン)、アレキサンドラ・リキュールは、実に愉快な気分で一杯になる。

 

「あの千冬に連れられていた幼子が、まさかこんなに面白く、そして予想外の成長を遂げるなど誰が考え付く?………いいぞ、実にいいじゃないかIS学園!! それでこそ私達の『敵』だ!!」

 

 オーガコアへの圧倒的なアドバンテージを持つISを所有し、そして自分から見ても天才だと思える操縦者とそろって立ち塞がってくるのだ。これでは自分達の優位が覆りそうではないか?

 

 なんという不運(こううん)かっ!?

 

「陽太君に、そして織斑一夏君………君達は、何と私をワクワクさせてくれるんだろうねっ!!」

 

 実に爽快な気分で………だからこそ、心の中だけで、リキュールは彼女に抗議する。

 

 

 

「(ズルイぞ千冬(親友)………お前ばかり、こんなにも面白い子達を独占するなんてな?)」

 

 

 

 

 

 




気がついたら二万字言ったよw
というわけで二つに割りましたw



と、今回はちょっとグチャグチャ過ぎたかな?
乗っけ盛りも考え物だ!

さて、次回はいよいよ陽太VSジーク決着編だ!!


というわけで完徹なために、感想返信はちょっと夜にしますね。もうしわけない読者の皆さん!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦いの天才



というわけで改稿ついでに新話うpだ!


エース同士の一騎打ち、ついに決着!!


というわけで、本編いってみよう!!


 

 

 

 

 

 目の前で突如出現した、巨大な白い閃光の爆発を見たジークは、我を忘れるほど呆然としながら、その脳裏に忌わしい過去が蘇っていた。

 

 

 ―――ふざけるな! そんな馬鹿のことがあるか!?―――

 

 ―――ツインドライブシステム………コア同士を完全同調させて出力を二乗化するだと?―――

 

 ―――ありえない………ISコアの自我が完全同調を阻むハズ。理論上不可能とされていた技術!?―――

 

 ―――いや。そもそもISのコアから基礎システム、そして機体の全てまで………今日に至るISの全ては『彼女』が作り上げた物だ―――

 

 ―――では………我々の今までの歩みは、何だったというのだ?―――

 

 ―――所詮、私達はどこまでいっても『二流(まがい物)』。真似ることはできても、彼女のような『天才(本物)』のように、何かを生み出すことはできないというのか?―――

 

 ―――ああ………私達は彼女の掌の上で踊っているだけに過ぎない。その証拠こそが―――

 

「(ツインドライブシステムを持ち、生み出された莫大なエネルギーを効率運用する展開装甲を、究極のIS)………第四世r」

 

 自分から全てを奪い去る原因を作った過去を思い出し、動揺するジークだったが、そんな彼を現在に呼び覚ましたのは、皮肉にも彼の友人を奪い去る原因を作った敵であった。

 

「なんだかよく知らないが俺を無視するなパンチッ!!」

「グッ!!」

 

 完全に陽太の存在を忘れ去っていたためか、彼の放ったツッコミパンチをまともに受けてしまったジークは、後ずさりながらもなんとか倒れることなく踏み止まり、陽太を睨み付ける。

 

 だが、そんなジークを凌ぐ剣幕で怒りながら指を刺す陽太が怒鳴り散らした。

 

「てめぇ!? 勝負の最中に人様を意識の外に飛ばしてほかの事に見取れるなど、超許せん。ぼろ雑巾にして、記念撮影すっぞゴルァ!?」

「ガキがッ!! 今はテメェに構ってる場合じゃなくなったんだヨ!! そこを退けッ!!」

 

 一刻も早く、この閃光の発生源に行きたいジークであったが、陽太はそんなジークを冷めた目で見ながら、見下すように言い放つ。

 

「それはムリ。なんせお前が向こうに行くには俺を倒すしか道はねぇーぜ? ましてや………」

 

 ―――陽太は右手にヴォルケーノを逆さに持ち直し、小指をトリガーに掛け―――

 

「何に対して突然キレたのか知らんが、お前にとってマリア・フジオカが目の前のことに比べればどうでもいいって、その程度のことだって言うなら………死んでも敵討ちなんて考えるな?」

 

 ―――フレイムソードを左手に逆手に持ち直した―――

 

 先ほどまでと随分と異なる構えを取り出した陽太の様子に、二人の戦いを静かに見守っていた亡国幹部のスコールからも疑問の声が上がる。

 

「アラ? 陽太君………あれってどんな意味がある構えなのかしら?」

「………面白いな」

 

 構えの意図が掴めないスコールに対して、リキュールは陽太の行っている構えの意味を見切っていた。

 

「あれは、防御主体の構えだよスコール………前後左右どこから来ても対処できるようにガードを固めて、即時反応できるように構えたんだ」

「へえ~? 意外と小ズルイ戦法するのね、彼?」

「(彼の性格からして、少々消極的な戦法ではあるが………ジーク君、気をつけたまえ。陽太君はすでに君の能力(疾さ)を見切っている可能性があるぞ?)」

 

 ジークの最強の武器である『疾さ』に対して、すでに陽太が突破口を見出している………半ば確信的にその事に気がついていながら、リキュールはあえて黙っておくことにした。

 本来なら部下の劣勢を招きかねない事柄である以上、即刻伝えるべきなのだが、それをしては『面白くない』と彼女は考えたのだ。

 

 二人の天才が剥き出しの才能でぶつかり合っている。それを自分が片方に肩入れして天秤を傾けるのはいささか不公平ではないのか?

 そう。二人にはもっともっと限界ギリギリの死線の上で、実力を引き出しあってもらわないとならないのではないのか?

 

「(せっかくこんなにもこんなにも楽しい戦い(演劇)を見せてくれているのだ。無粋な野次など差せるハズはない………)」

 

 ビックリ箱のような今回の戦いの最終演目となる二人の激突の行方を、まるで楽しみにしていた映画のラストを心待ちにする無邪気な子供のような笑顔を浮かべながら見続けるリキュールと、その隣で『ゴメンねジーク。きっとこの人ロクでもないこと考えているわ』とため息をついたスコールは、静かに二人の戦いの結末を見守り続けるのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「マリアの事を軽く考えてる………だと?」

 

 ヒビの入ったバイザーに触れながら立ち上がったジークは、陽太の言葉が見え見えの挑発だと分かっていながらも、言葉に出して反応してしまう。

 

「………いいぜ」

 

 マリアを殺したコイツを殺して、改めて自分自身の本命(第四世代)を見つけ、ソイツも殺す。

 順序を決める事で、一旦感情を納得させたジークは、両手にガンブレードを構築すると両手に持ち、身を屈め、肉食獣が獲物に飛び掛るような体勢を取る。

 

「ヘッ」

 

 ようやく彼(ジーク)の心が自分のほうに向いたことを確認した陽太は、改めて気を引き締め、集中力を高める。

 

「(コイツを地べたに這わせる手段は思いついた。だが、一つだけ確認しておかんことがある)」

 

 陽太の重心が右足にかかり、ジークが眉をピクリと動かす。

 

「だしゃぁっ!」

「!」

 

 地面を蹴り上げ、土砂を巻き上げる陽太。と同時にジークも動いていた。

 

 ―――一瞬で陽太の左側方。ハンドガンから最も遠い場所を取るジーク―――

 

 着地と同時にジークのアサルトライフルが火を噴くが、そのすべてをフレイムソードで倍増されたプラズマ火炎が遮り、銃弾を一瞬で蒸発させてしまう。

 

「!!」

 

 攻撃全てを遮られたことに驚くジークに向かって、陽太がヴォルケーノの銃口を向け、火球を発射する。至近距離三連発、普通なら回避する事はできない間合いなのだが、目の前の操縦者とISの速力は陽太にとっても過去最速であり、ものの見事に残像だけを撃ち抜いてしまう。

 

「(遅れるな!!)」

 

 攻撃が掠りもしなかったことは苛立つものの、その事にイチイチ驚く暇はないと陽太が反転して真後ろに向き直る。

 

「!?」

「ワンパターンすぐる!!」

 

 自分の背後に高速移動して回り込んでいたジークに、今度こそ渾身の一撃を叩き込もうとヴォルケーノを連続で発砲した陽太だったが、必殺の間合いとタイミングで放たれたはずの弾丸が空を切って地面に突き刺さった。

 

「ワンパターン?」

「(コイツ!?)」

 

 ジークの声に背筋が凍りつく陽太。

 

「お前の事だろうが?」

 

 今度こそ完全に陽太の死角を捉えたと微笑んだジークは、ガンブレードの切っ先を、陽太の延髄目掛けて解き放つ。

 勝った。ジーク自身が確信するタイミングであったものの、陽太はそこから驚くべき反撃に出る。

 

「はああああああっっっっ!!」

「!?」

 

 瞬時加速(イングニッションブースト)の要領でスラスターからプラズマ火炎を吹かし、ジークの突進の勢いを殺したのだ。ダメージを与えるほどの炎を発生させるエネルギーは集められなかったが、ホンの僅か、予想外の反撃に、ジークの動きと切っ先が若干鈍ってしまう。

 

「!!」

 

 そしてその鈍りは陽太にギリギリのタイミングで攻撃を回避させる猶予を与えてしまった。

 ガンブレードの切っ先を、体を捻りながら回避して、陽太はジークの腕を脇で挟みながら彼の額目掛けて後頭部でヘッドバッドを仕掛け、見事にヒットさせる。そして更に追撃の回し蹴りを放とうとする。

 だが攻撃を食らったジークも、ただでやられっぱなしでいるわけにはいかないと、体を回転させて、遠心力を上乗せしたキックを放つ。

 

 ―――交差する両者の蹴り―――

 

「ゴフッ!!」

「ガハッ!!」

 

 陽太の左脇腹とジークの鳩尾………それぞれの蹴りが突き刺さり、両者を吹き飛ばしながら、互いに地面になんとかしがみ付く様に着地する。

 装甲にヒビが入っている事を認識しながらも、どうあっても無傷では済ませれない目の前の相手に、陽太とジークは互いに心の中で舌打ちをした。

 

「(マジでイテェーなこんチクショーが! つか、なんで先に蹴りを出したのにギリギリ相打ちなんだよ! アイツ、まだ速くなるのか? てか手抜きしてやがったな………)」

「(装甲が一番厚い胸部をシールドバリア越えてヒビ入れやがったのか!? それにこっちの動きに即座に順応してくる適応能力………明らかに戦う前とは別モンだ。クソッタレが! これだから天才って奴はよ!!)」

 

 ジークのギアがまだ上がることに怒りと驚愕を覚え、陽太の底知れない才気に背筋を凍らせる。両者が互いの技量を一通り体感したところで、次のなる一手をどう打つのか?

 

「(だが、確信は持てた。潮時か)」

「(これ以上時間をかけるのは得策じゃねぇーな。プレッシャーかけて動かして、後の先をもらう)」

 

 陽太の戦い方が明らかに変わってきたことに気がついているジークは、とにかく陽太を動かし、スピードで圧倒して主導権(アドバンテージ)を取ろうと両手のガンブレードを、研ぎ澄まされた牙を見せるように前に突き出して構えるが、そこにきて、陽太は誰もが思いもしなかったことをしでかす。

 

 ―――武器を逆手に持ったまま、両手を左右に広げる―――

 

 そしてそのままジークに向かってゆっくりと歩き出したのだった。

 

「(………足止めてど真ん中、空けやがっただとぉぉっ!?)ナメやがって……」

「予告してやる。今から三分後、お前は俺によって死ぬほど酷い目にあってしまう」

 

 よりにもよってスピードで上回る自分に対して、真ん中を空けて接近してくる陽太の態度にカチンときたジークの殺気があからさまに濃くなったのを感じたのか、陽太が調子に乗ったような声で話しかけてくる。

 

「大丈夫。ちゃんと痛くないように手加減してあげるからよ?」

「………死ねッ!!」

 

 もう貴様の軽口はウンザリだ。と言わんばかりに、一瞬で陽太の前にまで踏み込んだジークの強烈な突きが陽太に襲い掛かる。

 

「!!」

 

 陽太の左のヴォルケーノが、ジークのガンブレードを外に受け流し、体をあっさりと入れ替える。そのあまりに容易に捌かれた事実に、更なる怒りを募らせ、両手を使い連続で突きの連撃(ラッシュ)を繰り出したのだった。

 

「!?」

「!!」

 

 流石の陽太も、連撃(ラッシュ)の壁のような突きの全てを一度に捌き切れない。白い装甲に無数の火花と切り傷、そして破片が舞い、ブレイブレードの装甲とシールドバリアを削り続けるが、致命傷を与えることができないでいた。

 だが並みの操縦者ならば、一瞬で五体を穴だらけにされた上にバラバラにされそうな連撃(ラッシュ)を、ヴォルケーノとフレイムソードで巧みに捌き続ける陽太の姿を目の当たりにし、スコールが賞賛の声を上げる。

 

「ワォッ! さっすが貴女のお気に入りの陽太君ね………ジークのスピードにここまでついて来れるような人、私は貴女以外知らないわよリキュール?」

「……………」

「だけど残念………ジークのトップスピードはまだまだこんなものじゃないわ。残念だけど、陽太くんはこのまま……」

 

 『ボロ雑巾みたいにボロボロにされちゃうわよ♪』と言葉を続けようとしたスコールの唇を、リキュールは静かに自分の人差し指でふさぐと、優しく微笑んでこう言い返した。

 

「陽太君の真価………どうやらここかららしいね。黙ってラストまで見守ろうじゃないか?」

 

 心の底からワクワクとした表情でそう言い放つリキュールに、おもわず胸が『キュン』となって頬を赤らめたスコールは、素直に彼女の言葉に従ってしまう。

 そして再びリキュールが二人の戦いに目をやったとき、一見先ほどとは変化がない、ジークが攻め、陽太が捌くという展開のように見えながらも、微妙な変化を起こしていることに気がつく。

 

「(フフフッ………だんだんと陽太君の変化に気がついてきたようだねジーク君)」

 

 リキュールの目から見ても、先ほどとは比べ物にならない速度で突きを繰り出し続けているジークだったが、その切っ先に動揺が走っていることが彼女には見て取れた。

 速度をどれだけ上げても、陽太が捌き続けている………自分の速度についてきているのだ。しかも………。

 

「!」

 

 連撃の一つを、陽太は首を捻る事で見事に回避してみせる。

 

「ザケンナッ!」

 

 そんなものはただの偶然だ。そう己に言い聞かせるように放ったワンツーも、陽太は明らかに偶然ではない動きで回避してみせる。速度で勝る自分の動きが見切られているのか? 疑問が頭をよぎった僅かな瞬間、陽太は心の隙をついたように、左腕部の多目的防御楯(タクティカルガードナー)からグレネードを発射したのだった。

 

「とろいっ!!」

 

 だが、普通の弾丸すら視覚のみで回避する超スピードを持つジーク相手には、あまりに弾速が遅すぎる。たとえ至近距離から放たれたとはいえ、今のジークはスピードのギアをトップにまで引き上げているのだ。かすりもせずに最小限の首を捻るだけの動作で回避され、グレネードはむなしく空を切るのみだった。

 

 ゆえにだったのかもしれない。陽太の次の攻撃こそが本命だと錯覚したのは………。

 

「!?」

 

 ―――バックステップで後方に飛びながらヴォルケーノを構える陽太―――

 

「しゃらくせぇーマネしやがって!!」

 

 攻撃を避けれるぐらいにまで自分に順応したから、得意の格闘戦に持ち込んでくる物だと思っていたために、この陽太の行動には聊かの失望を覚える。

 

 陽太が発砲したの同時に、ヴォルケーノの銃弾を回避したジークが、冷えた声で陽太に言い放った。

 

「テメエーにはガッカリだ!」

「だれがっ!!」

 

 逃げ腰になっているくせに、何をぬけぬけと………ジークが右手のガンブレードを、刃渡り2m以上ある野太刀型の実体剣に持ち替え、ズタズタに切り裂いてやろうと振りかぶった。

 

「死ねっ!!」

 

 もう油断はしない。自分の最高速で火鳥陽太を斬り捨ててやる。ジークが止めを刺そうとした瞬間だった。自分の背後から何かを撃ち抜く音がしたと思えば、全身を黒い煙幕が包んできたのは………。

 

「これはっ!?」

 

 さっきのグレネードを陽太が自分で撃ち抜いたのだ。銃撃は初めから自分を狙ってはいなかった。と気がつくと同時に、今の自分が非常に危ない状態であることに思い当たり、このままでは狙い撃ちにされると身構えたジークの後方から、何かが飛んでくるのを彼のISのハイパーセンサーが捉える。

 

「チッ!」

 

 実体剣が超速で振るわれ、その飛んできた物体を真っ二つにする。が………。

 

 ―――真っ二つにされたグレネードから飛び出る銀色の粒子―――

 

 突如、ISのハイパーセンサーに激しいノイズが走り、妨害(ジャミング)の警告音(アラーム)がマスクの中で喧しいほどに鳴り響く。

 

「(チャフ(対ハイパーセンサー用)グレネードッ!? こすっ辛い真似をッ!!)」

 

 最新鋭兵器であるISの標準装備であるハイパーセンサーの阻害をする特殊なチャフグレネードを不用意に攻撃してしまったことに自分自身で腹を立てながらも、ジークはISの警告音を無視しつつ、グレネードが飛んできた方向に向かって瞬時加速を行う。

 

 ―――一瞬で陽太に詰め寄るジーク―――

 

 ジークの実体剣と陽太のフレイムソードが激しい火花を散らして鍔競り合う中、陽太の行動にジークが激怒した。

 

「テメェッ!! 人をおちょくるのもいい加減にしやがれ!!」

「俺はいたって真面目だ、ボケッ!!」

 

 ジークを押し返し、陽太は続けて煙幕とチャフを交互に発射し続ける。あたりが煙幕と銀色の粒子で充満し、ISのハイパーセンサーをもってしても、相手を見つけるのが困難なほどに視界が悪く中、二人の操縦者は、鎬を削り合うように互いの獲物を激突させ、幾重も斬り結ぶのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 そして少し離れた場所でも、二人の戦いが最終局面になっていることに一夏達が気がつく。もっと正確に言えば、陽太が放ったチャフによって、展開中の全ISのハイパーセンサーに強烈なノイズが走ったのだ。全員がその異変に不快感を表しにし、周囲を見回す。

 

「ッ!! なによ、このノイズ!?」

「鼓膜破れるッ!!」

 

 鈴とフリューゲルが耳を塞ぎながら、大急ぎでハイパーセンサーを一時的にシャットアウトする中、すでに二人よりも早く対処していたシャルが、駐車場横の公園の方から、スモークが立ち込めていることに気がついた。

 

「(あっちは陽太が戦っている方向………)ゴメン、ラウラ!! 私行ってくる!!」

「シャルッ!!」

 

 いくらオーガコアとの戦いが終わったといっても、亡国は目の前にいるというのに………と一瞬だけ叱り付けてやろうかと思ったが、それを飲み込んだ上で、未だ挑戦的な瞳で、箒を抱いたままの一夏を睨み付け続けるマドカに言い放つ。

 

「いいのか、亡国機業(ファントム・タスク)? このままだと、お前達の負けは確定だぞ?」

「………何?」

 

 今の今までラウラに対して何の興味も示さなかったマドカが、ギロリとラウラを睨み付ける。

 

「本当のことだろう? 陽太はお前達のリーダーに勝つ。そうなれば最早お前たちに勝機はない。よしんば陽太が負けたとしてもだ………手負いになっていることは確実。今の一夏が加わった我々だけでもお前達全てを捕縛するのは可能だ」

「………そんなに先に逝きたいのか?」

 

 ライフルを持ち直し、ビット達をパージする体勢を取ったマドカは、その鬼気迫る表情のままラウラだけではなく、IS学園のメンバー全てに強烈な敵意と殺意をぶつけるように叫ぶ。

 

「お前達は………悪だ!」

「「!?」」

 

 その言葉に表情を変化させる一夏とラウラに、彼女は尚も叫び続けた。

 

「お前達は、そうやって!! 自分達は何も穢れていないフリをして!! 私『達』から奪っていく!! 全てをッ!!」

「(………奪う? 俺達が?)」

 

 何を言われているのかまったく理解できない一夏の表情が甚く癇に障ったのか、殺気を更に増大させたマドカがビットを切り離そうとした瞬間、そんな彼女の肩を背後から掴む者がいた。

 

「マドっち!!」

「邪魔をするなぁっ!!」

 

 味方であるはずのフォルゴーレすらも、彼女は敵同然に殺気を飛ばして強引に掴んだ手を振り払おうとする。だが、思いのほか彼女を掴む力は強く、そしてフォルゴーレは強引にマドカを振り向かせると、バイザー同士が擦れるほどに顔を近づかせ、有無を言わせない迫力を醸して説得に当たる。

 

「ジーク君を助けて、ココを離れよう!」

「!? お前は何を………」

「口論してる場合じゃないよ!! 時間がたったらIS学園から増援が来ちゃって、私たちはピンチになっちゃうんだから!」

「キサマの指図など…」

「織斑マドカッ!!」

 

 自分のフルネームを叫んだフォルゴーレの真剣な表情に意表をつかれたマドカが戸惑う中、彼女は静かに語る。

 

「お願いだから………」

 

 焦りと願いを含む言葉は、徐々にマドカに冷静さを取り戻させる。先ほどまでの激情は薄れていき、瞳の中に理性が戻り始め、自分が置かれた現状を分析し始める。

 

「(チッ! あの銀髪の言うとおり、今のままの戦闘続行はこちらの分が悪い………)ジーク回収後、速やかにこの場を離脱する」

「マドっち!?」

 

 マドカのその言葉に、嬉しそうな表情を浮かべるフォルゴーレを見て、マドカは若干頬を赤く染めながら彼女に謝罪の言葉を述べた………凄く気まずそうな表情で。

 

「さ、さささ先程はいい言い過ぎた。悪かった。反省している」

「うんっ!!」

 

 フォルゴーレとしては別に気にはしてなかったのだが、わりとレア度の高いマドカのリアクションを見た結果、あっさり許すことにする。

 

「うん、いいよ! てか、マドっち、超プリティー!!!」

「!?」

「何してんのよ。とっとと帰るわよ」

「親方様の命でもないのに、これ以上は付き合いきれん」

「早く帰って新刊書き上げないと」

 

 顔を真っ赤にしてフォルゴーレの言葉を否定するように、すぐさま一夏を改めて見直したマドカは、他の竜騎兵達の急かされながらも、再び厳しい表情に戻ると、一夏に静かに言い放った。

 

「織斑一夏! 私とお前が分り合うことはない! 絶対になっ!!」

「………さっきから聞いてりゃ、わけわかんねぇーんだよ! 何がどうして分り合えないって結論になってんだよ!!」

 

 事情をまったく知らない一夏にしてみれば、目の前のマドカは、勝手にキレて勝手に喚いている少女に近い。だが彼にしてみても、自分の姉と瓜二つの顔を持つ少女が自分とはまったく無関係であるとも考えがたい。そこには確かに自分の知らない事情があるのだろう。

 

「訳を話せよ! なんで俺とお前が分り合えないのか、その訳をッ!?」

「訳など………」

「マドカッ!!」

「クッ!」

 

 フリューゲルの急かす声にマドカは話を打ち切り、その場から飛び去り、一直線にジークに向かって飛び立つ。遠くなっていく背中を目で追いながら、腕の中にいる箒に声をかけた。

 

「箒ッ!? もう身体は大丈夫か?」

「あ、ああ………大丈夫だ」

 

 まだ力が戻りきっていない虚脱感はあるが、先ほどの瀕死な状態から大分回復してきた手応えはあるし、血色も戻りつつある。箒の無事を確認すると、一夏は箒に一声かける。

 

「箒、帰って来たら必ず話そう?」

「………一夏」

「だから、今は………ゴメン!」

「ああ、別に構いやしない」

 

 彼女を立たせると、心配は要らないと自分を気遣う箒に感謝し、一夏もその場を飛び去り、マドカ達を追いかけ始める。姉と瓜二つの少女の存在に、妙な胸騒ぎが先程から止まないからだ。

 

 だからこそ一夏は気がつくことができなかった。

 一夏が飛びだった後、すぐさま悔しそうに唇をかみ締めながら俯く箒の姿に………。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 一方、真っ先に現場に駆けつけたシャルは、濃いスモークとチャフのせいで使い物にならないハイパーセンサーによって、目視が困難な状態にも関わらず、肉眼だけで陽太の居場所をを見つけ出そうと必死になっていたが立ち往生してしまう。

 

「こんな状況で、二人は戦っているっていうの?」

 

 ほぼ視界ゼロの状態で、しかもハイパーセンサーが使い物にならないにも拘らず、時々ISの武器同士を激突させる音が聞こえてくるのだ。どうやって二人はお互いの位置を確認しあっているのかと問い詰めたくなる。

 もっとも、両人に聞けば『相手の闘気感じてんだ、それぐらいできるだろう!?』と不条理な答えが帰ってくるが………。

 

「ヨウタ………」

 

 彼の身を案じて、どうやってこのスモークの中に飛び込もうかと思案する中、とある変化に気がつく。

 

「?………煙が」

 

 立ち込めていた煙が徐々に晴れてきたのだ。あいにくハイパーセンサーの不調はいまだ直らないが、この様子だともう少し煙が薄くなってくれれば飛び込むこともできるだろう。

 

 

 だが、その状況を幸運だと感じたのはシャルだけではなかった。

 

 

「(………スモークが)命運尽きたな、火鳥陽太」

 

 彼の身を守っていたスモークが徐々に晴れていく。おそらく手持ちのグレネードが尽きてしまったのだろう。そしてここまでは悪足掻きを続けていた陽太の気配の動きが止まったのを感じたジークは、正面に刀を構え、睨み付けた。

 

 徐々に晴れてくる煙………そしてその向こう側には………。

 

「………プハァー!」

 

 ようやく顔だけが見れる状態だったが。バイザーもマスクも解除し、煙草の煙を吸い込んで吐き出していた陽太の姿があった。

 

「………人生最後に吸った煙草の味は、さぞかし美味いだろうな?」

 

 自分と闘っている最中でありながら、一服をかました陽太に、内心ブチキレたジークは、むしろ恐ろしく冷静になりながら低い声で陽太に問いかけた。

 

「そうでもないぞ? これを最後にして禁煙する気は更々ないしな………てか、一応言っておく。もうすぐ三分だ。そのまま来たら酷い目にあうぞ、お前?」

「そうかよ。じゃあとっとと死ネッ」   

 

 自分が一瞬でも意識した男とはもう考えたくもない。存在そのものを亡き者とするために、切っ先に殺気を漲らせて突撃してくる。

 

「あ~あ………」

 

 一応は警告したのに………と言いたげに呆れる陽太が『右手』で煙草を持つ。

 

 距離にしてみれば8m弱。最高速のジークなら到達まで0.1秒も必要としないだろう。そしていくら逃げようとも、スピードはジークの方が速いのだ。逃げ切れるものでもない。

 

 ―――疾風と化したジークによって、煙が巻き上がる―――

 

 

「ヨウタッ!?」

 

 ようやく彼の姿を目にしたシャルが駆け寄るが、そんなシャルの視界にジークの姿も同時に入ってくる。声を出す暇もなく、両者が接近し………ジークが構えた刀の切っ先が彼を捉え……

 

 ―――陽太に刃が届く寸前、ジークが急停止してしまう―――

 

「???」

 

 何が起こったのか? シャルの脳裏に疑問符が浮かんでは消えていく中、煙に隠されていた全容図が、その答えを提示してくれる。

 そして、それはシャルの後を追ってきたマドカ達の、そのマドカ達を追ってきた一夏の、二人の天才を見守っていたスコールを驚愕させ、アレキサンドラ・リキュールにうっかり賞賛の言葉を上げさせてしまったのだった。

 

「………エクセレントッ(大変素晴らしい)!!」

 

 口元に笑みを浮かべ、彼女の紅玉に歓喜を浮かべさせた、その図………。

 

 ―――ブレイズブレードの『左腕』から伸び、周囲に張り巡らされたワイヤーの『結界』が、ジークの四肢を絡み取っていた―――

 

 つまり、完全に陽太がジークを捉えた証でもあった。

 いつのまにこれほどの仕掛けを作っていたのか? 一瞬だけ考え込むスコールだったが、すぐさま気がつく。

 

「構えを変えたあの時から、彼にはこの図が見えていたのね?」

 

 若干厳しい表情になって隣にいる親友(恋人)にそう問いかけるスコールに対し、リキュールは実に実に愉悦を感じている表情で、答えてくれた。

 

「ああ。得意のプラズマ火炎を全方位に展開して『自分に死角はない』と思い込ませ、構えを変えることで、ジーク君に対して、自分の間合い(エリア)への侵入ルートを正面だけに限定し、スモークとチャフを使って『自分の姿を隠す』と思い込ませ、本命のワイヤー設置を密かに行っていたんだよ」

「………じゃあ、あの防御主体の構えの意味は?」

「刷り込みさ。ジーク君がスピードで主導権(アドバンテージ)を取りにかかったように、陽太君は『心理(メンタル)』で主導権(アドバンテージ)を取りにかかった」

 

 背もたれに身体を預け、リキュールは陽太の横顔をうっとりとした表情で見つめる。

 

「一見、バラバラに思えていた彼の行動だったが、陽太君はジーク君とのスピード差を体感した時点で、彼のスピードを殺すために動きを封じにきていたんだ。普通にワイヤーを仕掛けて、引っかかってくれるジーク君ではない。それゆえに『口だけが威勢がいいが逃げ腰』な自分を刷り込ませることで、ジーク君をコントロールしてみせた。おそらくジーク君のISがスピードを特化させるために、他の全てを犠牲にしていることも気がついた上でね」

 

 そして彼女は、一人拍手しながら惜しみない賞賛を送る。

 

「天才とは、想像力に長けた者………すなわち、無から有を生み出す」

 

 やはり自分は間違っていなかった。雑魚ではない、強敵をぶつけることで、陽太はその本当の輝きを見せてくれたのだ。

 

「ブラボー! 君はまさに私が望んでいた天才だよ、陽太君!!」

 

 

 そんな惜しみない賞賛を送られているなど終ぞ知るはずもない陽太は、再びマスクを着用すると、右手の煙草を燃やし尽くす強烈な炎を拳に纏わせ、ゆっくりとジークに近寄っていく。対してジークも何とかこの状況を抜け出そうと躍起になるが、四肢に絡みついたワイヤーは離れてくれない。

 

「てめぇー!! こんなもん、いつのまに張り巡らせやがった!?」

「グレネード撃ち込んでから、おまーと戦り合ってる最中かな?」

「(俺から逃げ回るフリして、コレを狙ってやがったのか!?)どちきしょーが!!」

 

 完全にハメられた。油断してさえいなければ気がつけたかもしれないのに、思っていた以上に自分が動揺していたことに気がついたジークは、脳裏に、ふと『目の前の敵に集中できない? そんな様でどうする気だい?』と言ってくる暴龍帝(タイラント・ドラグーン)の姿を思い浮かべ、犬歯が砕けそうになるぐらいに噛み締める。

 

「(なんで肝心なときに俺は)!?」

 

 そして目の前に陽太が立つと、腰を低くし、拳を構える。

 

「あと、ちょうど三分だ。宣言どおり酷い目にあってもらうぞ」

「グッ!?」

 

 このままではおとなしくやられてたまるか!! ジークの中で爆発したその思いは、彼の指先を動かさせた。

 手に持った刀をいったん手放し、親指と人差し指だけで柄の先端を掴み、右腕に絡み付いているワイヤーの一本を断ち切ったのだ。そして拘束が緩んだことをことを確認すると、改めて刀を持ち直し、目の前の陽太を突き刺そうと………吼える。

 

「火鳥………」

「じゃあ、答えてもらうぜ」

 

 ―――放たれた突きを、左腕の楯で受け流し―――

 

「………陽太ぁぁぁぁっ!!」

「マリア・フジオカのことを、全部!!」

 

 ―――右の炎拳を、ジークのドテっ腹にぶちかます―――

 

「があああああああああああっっ!!!」

 

 突き刺さった右の拳は、その炎によって威力を倍化され、ジークのIS『ディザスター』のシールドバリアを突き破り、黒い装甲を砕き、拳型の跡を着けて、彼の身体を拘束していたワイヤーごと引き千切って吹き飛ばしてしまう。

 

 木々を突き破り、元いた駐車場にまで吹き飛ばされたジークを見ながら、陽太はちょっとだけまずそうな声で、呆然となっていたシャルに問いかけた。

 

「や、やりすぎちゃったかな?」

「………ふぇ?」

 

 流石に尋問しないといけないことが山程いる相手を死なせるわけにもいかない………とりあえず戦闘不能には追い込んでいるだろうと判断した陽太が、ジークに近寄ろうとしたとき、彼の背筋に悪寒が走り、あわてて周囲を見回す。

 

「(この気配は!?)」

「………ヨウタ?」

 

 陽太の突然の変化に戸惑うシャルだったが、その時、彼女は大の字になって倒れているジークのすぐそばに、一人の女性が立っていることに気がつく。

 

 ―――腰まで伸びたプラチナの髪、焼けた肌、軍用のアーミーパンツの上に素肌にジャンバー一枚を羽織った姿―――

 

 そして、爛々と紅い光を放つ瞳を持った女性に、陽太も気がつき、そして知らず知らずのうちに武者震いしていた自分を抑えることなく、呟いた。

 

「………会いたかったぜ!?」

 

 陽太のその言葉が聞こえるはずはない距離でありながら、彼女はジークを見つめながらも、嬉しそうな表情を浮かべて答える。

 

 

 

「それは、私もだよ。陽太君」

 

 『暴龍帝(タイラント・ドラグーン)』アレキサンドラ・リキュールは、歓喜に満ちた表情で、成長した『敵(陽太)』を見つめたのだった………。

 

 

 

 

 

 






最後の最後で、親方様登場………あれ? IS学園やばくない?

ラウラさんがせっかく「こっちが有利だ(ドヤッ)」したのに

(・ω・)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

否定


というわけで、親方様、ついに戦場に立つ!?

IS学園メンバーに迫る危機………果たして彼女との戦いは起こるのだろうか?



そして、親方様が、明かす『過去』とは……。


ではお楽しみください


 

 

 

 

 

 

 シャルロットが『彼女』を視界に入れた瞬間、猛烈な悪寒と底知れない恐怖が背筋を走り抜け、この場からすぐさま逃げ出したい衝動に駆られてしまう。

 

 それは陽太の炎のような気迫とは別次元の、痛みすら感じさせずに肌を焼き殺すマグマのような気配をさせ、千冬の冷水のような微笑とは違う、自分の身体に流れる血を一瞬で凍結させる絶対零度の笑みを浮かべ、何よりも今まで対峙していたオーガコア達が、まるで子供の癇癪だったように思えるぐらいの圧倒的な恐怖心が彼女から流れ込んでくるのだ。

 

 ただ………彼女(アレキサンドラ・リキュール)はそこに立っているだけというのに。

 

「………ダメだよ」

 

 この場からすぐさま逃げよう。そう思ったシャルが肩を掴もうとした瞬間、あろうことか陽太は彼女に向かって歩き出したのだった。

 

「会いたかったぜ、クソアマァ~~~!!」

 

 シャルにとっては初対面かもしれないが、陽太にしてみれば、自分に完膚なきまでの恥をかかせてくれた会いたくて会いたくて仕方のなかった相手である。

 

「ここで会ったが、百年目ッ!!」

 

 フルスイングでぶん殴る。相手がISを展開していないことすらも忘れ、拳を強く握り締めて殴りかかろうとする陽太だったが、それを背後からシャルが羽交い絞めして止めてしまう。

 

「ヨウタッ!? 何を考えてるの!? 早くここから!?」

「は、放せッ、シャルッ!? あの女には、俺がこの世で生まれて以来の最高の屈辱を味合わされたんだ!!」

「な、何をされたっていうの!?」

 

 シャルのその言葉に、今まで暴れまわっていた陽太の動きがピタリと止む。

 

「……………何をされたのかな、ヨウタ君?」

「……………………」

 

 長い長い沈黙が二人の間に流れ、そして陽太は視線を徐々に離していくと、ボソボソと小声で呟いた。

 

「(正面きって殴りかかって逆に返り討ちにあって失神させられたなんて)言えるかよ」

「!?」

 

 その言葉を聴いた瞬間、シャルの脳裏に電撃が走る。

 

「(自分には言えないこと、ヨウタの態度、もう一度会いたかったっていうあの人の言葉)」

 

 シャルは再びアレキサンドラ・リキュールを眺める。彼女を見たときに感じた恐怖などすでにどこか彼方に消し飛んでいたが………。

 

 額の刀傷が気になるが、同性すら魅了されそうな美しい顔立ち。

 腰まで伸びた、キラキラと光を反射させて輝くプラチナの長い髪。

 モデルにも、なかなかいなさそうな長身と長い脚。

 日焼けしているが、綺麗な肌。

 クビレた腰周り。

 そしてコート一枚では隠しきれていない、これ見よがしに異性に見せ付けているような爆乳。

 

 一通り彼女を観察し終えたシャルはゆっくりとヨウタに視線を戻すと、腕組みを解き、左手で陽太の頭を掴むと、右のパイルバンカーを見せつけながら、もう一度問いかけた。

 

「何をしたの!? 言いなさい!! てか言えっ!!」

「どういう流れの尋問だ、これはッ!? 俺はむしろ被害者だ!!」

 

 乙女の脳内で、大分スパークしたシャルの出した結論に理解が追いつかない陽太が必死に逃げようとするが、どうしてだか彼女の握力が普段とは桁違いに強烈で逃げ切ることができずにいたのだ。

 

「い、い、な、さ、いッ!!!」

「い、や、だぁっ!!!」

 

 メキメキとブレイズブレードのプラズマコーティングを受けた強化装甲が悲鳴を上げる握力を見せる、シャルの底知れない乙女パワー(別名嫉妬パワー)に圧倒されている陽太だったが、ふと自分達を笑っているリキュールに気がつく。

 

「フフフフッ………ハッハッハッ! ずいぶんと仲良しだね?}

 

 リキュールの笑い声に気がついた二人は、赤面しながら一瞬で距離を離して彼女を睨みながら、叫んだ。

 

「な、なにがおかしい!」

「な、なにがおかしいんですか!?」

「いやなに。随分仲良しなんだと思ってね………初々しいものだ」

 

 リキュールの言葉を受けて、更に何かを言おうとした陽太だったが、そんな彼を黙らせるようにリキュールは人差し指を差し向け、満面の笑みで、まずは惜しみない賛辞を送る。

 

「大変素晴らしかった(エクセレント)。君とジーク君の戦いは最初から見させてもらったが、予想を上回る戦いぶりだったよ」

「!?」

「現状、君とジーク君の戦力はほぼ五分。いや、相性の関係で言えば、三体七で不利だったはずだ。だが君はそれを自身の『天賦の才』で強引に覆してみせた。私が思っていた通り、いや、思っていた以上の天才だな、君は」

「あ………えっと………その」

「しかも、前半から巻き返し振りには、正直驚嘆させられた。能力差を逆手に取り、一見悪手と思えた行動を妙手に変えるセンスは、訓練などでは得ることはできない『天の贈り物(ギフト)』と言えるだろう」

 

 突然始まった産児の言葉に最初は戸惑い気味だったが、やがて気を良くしたのか、腕組みをしながら顔を天に向け胸を張り出したのだった。それを若干不機嫌そうに無言でシャルは見つめたが………。

 だが、やがて二人の様子を黙ってみていたリキュールだったが、歓喜の表情を消し去り、瞳に冷たいものを宿して問いかけてきた。

 

「しかしだ………一つ聞きたい」

「?」

「どうしてジーク君にトドメを刺さなかったんだい?」

 

 自分の部下に止めを刺したほうが良いと言わんばかりの発言に、一瞬で良い気分が吹き飛んだ陽太は、再び不機嫌そうに言い放つ。

 

「そんなんは、俺の勝手だろうが!!」

「いや。これは重要だよ。君の将来に関わる、重要なポイントだ」

「将来って………ヨウタは人を殺しません! もう二度と!!」

 

 リキュールの問いかけに対して怒ったのは、むしろ陽太ではなくシャルだった。陽太はそんな幼馴染の言葉を驚き、聞き入ってしまう。

 

「ヨウタは………もう二度と誰も殺さない! 殺して、後悔して、一人で苦しまないといけないようなことは………私達が絶対にさせない!!」

「………シャル」

「そうか」

 

 彼女の揺ぎ無い意思を宿した言葉を受けたリキュールは、静かに瞳を閉じ………。

 

「………度し難く、受け入れがたい返答だな」

 

 ―――ゆっくりと瞳を開いた―――

 

「ヒィッ!」

 

 ただ、それだけだった。

 彼女が行ったことは、たったそれだけだったにも関わらず、シャルは全身の力を抜かれ、ISを強制解除して地面に倒れかける。

 

「!?」

 

 それを辛うじて陽太が腕を掴んで地面に倒れるのを阻止し、素早く自分の背後に生かせて守るように陣取る。

 だが、当のシャルはというと、滝のような汗を流しながら、乱れた呼吸を必死に整えようと陽太の背中にしがみ付き、今にも倒れそうになっている自分を必死に支え続ける。

 

 リキュールと目が合った瞬間、何の前触れもなく自分は『死んだ』と思ってしまった。その後、心臓を鷲掴みされ、五体をバラバラにされたかのような、生まれてこの方味わったことのない恐怖が全身を駆け巡り、気を失わなかったことが不思議なぐらいだ。おそらく陽太が背中に自分を隠してくれなかったら、そのまま心臓まで止まってしまいそうな勢いだった。

 

 シャルが感じ取った、圧倒的な殺気とも言える重圧(プレッシャー)………これを今度は陽太が受け取る番となる。

 

「数ヶ月ぶりに直に見た瞬間から、気にはなっていたんだ。君の闘気の色に、若干変化が現れ始めていたことにね」

「?」

 

 リキュールは不意に右手の人差し指を空に向かって差し出す。すると一羽の雀が彼女の指に留まり、彼女はそれを一見穏やかな表情で見つめたのだった。

 

「以前の君やジーク君には、全般を赤い色が占めていた。これは攻撃を意味する色だ………それゆえに君達の闘気は私には実に心地がよかった」

「……………」

「だが今の君は、なぜか赤よりも、信心を表す緑が増えているね。そして僅かに慈悲を表す黄金色まで加わりだしている」

 

 穏やかそうな表情のまま、彼女は雀が留まった指を天に掲げ、言葉を続ける。

 

「陽太君………君は、仲間を得て、穏やかさを手に入れた。そうだね?」

「それが………どうしたっていうんだ?」

 

 陽太の答えに、彼女は穏やかな表情を消し去り、先ほどの凍り付いた無表情を浮かべ………。

 

「やはりそうか………お前は、10年掛けてもまだ理解出来ていないというのか、千冬ッ!」

 

 ………指に留まっていた雀がゆっくりと地面に落ち、ピクピクと痙攣しながら絶命する。

 その光景を見ていた陽太は、フレイムソードを構えながら、先ほどから感じている背筋に走る嫌な予感を証明するかのような、嫌な光景が目の前に現れていることに、内心毒づく。

 

「(この女………この間の殺気すらも、実は手加減してたっていうのか!?)」

 

 底が知れない、理解できない、まるで底なしの闇のようなアレキサンドラ・リキュールの気配に、陽太は戦慄していたのだ。

 

 ―――目の前で、アレキサンドラ・リキュールの全身から発せられた『死』を表す黒いオーラが、『龍』の形を取って陽太を見ている―――

 

 数ヶ月前の邂逅の時とは比べ物にならない闘気と殺気に、後ずさりして逃げ出しそうになるのを必死に抑える。丸腰の相手に逃げ出すような臆病な真似はしたくないという僅かな意地と、シャルをおいて逃げ出すわけにはいかないという使命感からだった。

 

「成長してくれたことは大変喜ばしいのだが、アイツにこれ以上感化されてしまうのは見過ごせないな………」

 

 アレキサンドラ・リキュールが一歩前に踏み出す。それ以外の挙動は彼女はとっていない。にも拘らず、彼女が踏み出した左足から、強烈な風圧が発生し、周囲の木々を揺らして木の葉を舞い上がらせる………それが、ただの物理的な衝撃だけではない、不可視なエネルギーが成せる技であると直感的に理解した陽太が、腰を低くして飛び込む構えを取り、最速で相手を無力化しようとする。

 

「そしてこの期に及んでも、君は丸腰の私相手に不意打ちをせずに、様子見と後ろのつまらない『メス』を庇おうとしている………大変、不愉快だ」

 

 だがまた一歩近づいてくるだけで、身体に掛かってくる重圧が加速的に増してくるのを実感した陽太の身体が無意識に行動を尻込みさせてしまっていたのだ。

 

「(ふざけんなっ!? ビビってる場合じゃねぇーだろうが!! 動けよ、火鳥陽太ッ!?)」

 

 身体が敏感に感じ取っている恐怖と、それを無視して攻撃しようとする意思の板挟みにあい、身動きが取れずに金縛り状態にあう陽太と、その背後では顔色が青くなり今にも失神しそうになっているシャル。そしてゆっくりとした歩みで二人に近寄るアレキサンドラ・リキュールであったが、そんな緊迫していた場面において………。

 

 

「「お゛や゛がだざま゛ッ!!」」

 

 空の上から泣き声と鼻水を啜る音共に、二人の少女が地面を蹴ってリキュールに迫ってきたのだった。

 

「「えっ?」」

 

 場の空気を見事にぶち壊した乱入者に目が点となる陽太とシャルだったが、そんな二人にも目もくれず、乱入者は両手を広げてリキュールに飛びつこうとする………が、

 

「止まれ」

 

 非常に短い一言をリキュールが言い放つと、二人はその場にボンドで両足を接着したかのように急停止する。

 

「おやがだざま~~~!! おあ゛いじどうございまじだぁぁ~~!」

「もうどごにもいきません! 死ぬまでおぞばをはなでばぜん!!」

 

 鼻水を啜りながら滝のように涙を流す年頃(のはず)の少女達、フリューゲルとスピアーが泣いているのか笑っているのか判別すらできない面白おかしい表情で、指をワキワキとさせながら今すぐにでも彼女に飛びつこうとするが、そんな二人に見向きもせずにリキュールは言い放つ。

 

「黙れ」

「「ばいっ!!」」

 

 結構ひどい対応だと思うのだが、なぜだろう? 今の陽太とシャルには、主人命の忠犬二匹が尻尾を振って『待った』をされているようにしか見えなかった。

 

「陽太っ! シャル!!」

 

 場の空気が一瞬カオスになりかけた所だったが、空から降り立ち、自分達を呼ぶ一夏の声に振り返る二人。

 陽太とシャルを守るように、箒を除いたIS学園メンバーが降り立ち、倒れて未だに動けずにいるジークの元にマドカとフォルゴーレ、リューリュクが降り立つ。

 両陣営の残りの主な人間達が全員集結し、互いに武装を構えて睨み合いをする中、陽太は自分の隣に立つ鈴に静かに話しかける。

 

「鈴、シャルを頼む」

「!? ちょっ! シャル!! アンタ、顔真っ青よ!!」

 

 先ほどまで元気だったはずのシャルが、重病人のように息を切らしてフラフラになってしまっていることに驚愕した鈴に、陽太は静かに話を続けた。

 

「大丈夫だ。ちょっと離れた所で休ませてやってくれ」

「だ、駄目だ!!」

「シャル?」

 

 だが、そんな状態であるにも拘らず、シャルは陽太の手を掴んで行かせないように制止しようとする。

 彼女にはわかっているのだ。目の前の女傑の力は自分達の想像を遥かに超える領域にあり、そんな化け物に今から陽太は戦いを挑もうとしていると………。

 

「……………大丈夫だ」

 

 そんなシャルに対して、上手く不安を取り去る言葉を思い浮かべれなかった陽太は、出来るだけ落ち着いた声色で話しながら、彼女の指を解くと、前に踏み出す。

 

「俺が突撃をかける。お前らはシャルとオーガコアを連れて、IS学園へ帰れ」

「陽太ッ!? お前!!」

「グタグタ言うな!!」

 

 一方的な言い方に一夏が噛み付いてくるが、陽太はにべもなく怒鳴って返してしまう。しかし、そんな陽太に一夏は一歩も引かずに、彼よりも一歩前に出て言い放った。

 

「ここは俺と陽太で何とかする。他の皆はシャルとオーガコアを連r」

「お前も一緒に行くんだよ! 邪魔すんなっ!!」

「邪魔なのはお前だろうが!! ビビッたって言うのかっ!?」

 

 一夏の口から予想外極まる言葉出たことで、陽太が表情を歪ませながら一夏の方に振り返る。

 

「び、ビビった? ホ、ホホウッ? 俺がビビった? お前、そう言ったのか?」

「違うのかよッ!?」

「うし、お前、今死ね。すぐ安心して迅速に逝け」

「んだよっ!? 逆ギレすんなよ、ホントのこと言われたからってよ!!」

「捻って、千切る!!」

 

 内心をよもや一夏に言い当てられるとは思っていなかった陽太が、一夏の首を締め上げ、『念仏はもう唱え終わったか?』と言い放ち、本気で締め落とそうとしていたのだ。そして陽太の手を高速で叩いてタップしている一夏の姿を見て、流石にこれはまずいとラウラとセシリアが『ロープ、ロープブレイク』となぜかプロレス風に止めに入ったのだった。

 

「ゲホッ! ゲホッ!! て、テメェは、加減ってもんを知らねぇーのかよ!!」

「ツーン」

「グッ! あからさま過ぎる無視しやがって!!」

 

 一旦離れた両者が再び口やかましく口論を広げるその光景、仲間内からも呆れた顔で見られる二人のやり取り………。

 IS学園チームから少し離れた場所で、それを見ていたアレキサンドラ・リキュールの胸中には、ほの暖かな、もう思い出すこともなかったはずの『何か』が灯るのを感じて、右手を胸元に当て、静かに瞳を閉じた。

 

 

 ―――千冬ッ!! 今日という今日はお前を叩き伏せてやる!―――

 ―――上等だ! 貴様のその面を見納めに出来るかと思うと、名残惜しいな―――

 ―――ほう? 珍しくしおらしい言葉を使うじゃないか!?―――

 ―――二分で忘れてやるがな?―――

 ―――言ったな、食べられる物を食べられなくする逆錬金術師!?―――

 ―――ぐっ!? わ、私だって、おにぎりぐらいは作れる!!―――

 ―――もう~………ちーちゃんもあーちゃんもそれぐらいにしてよ~。ホコリが立ったらまたお掃除しなきゃいけなくなるじゃん~?―――

 ―――す、済まない束―――

 ―――……………束、私達のオヤツはどうした?―――

 ―――束さんのお口の中に瞬間移動しましいだだだだだだっ!!―――

 ―――キサマ、やってはならないことしたな?―――

 ―――先生が作ってくれた、ホットケーキ、全部一人で平らげたのか!?―――

 ―――痛いッ! 痛いッ!! 束さんの頭が二つに割れちゃうよ! ちーちゃん! あーちゃん!!―――

 

 ―――先生ぇー!! ちーちゃんとあーちゃんがまた私をいじめるの~!―――

 ―――あっ! キサマ!! そうやって先生にいつもいつも!!―――

 ―――卑怯だぞ!!――― 

 

 

 ―――もう………本当の姉妹みたいに仲が良いのね、三人は?―――

 

「(……………難儀なものだな。忘れたくても忘れられぬ事とは)」

 

 静かに閉じた瞳を開き、空を見上げるアレキサンドラ・リキュールの瞳に、振り切ったはずの過去への郷愁の色が滲み、それを自嘲気味の笑顔で無理やりかき消すと、彼女は自分の斜め後ろでようやく意識を取り戻し、マドカの肩を借りて何とか起き上がろうとするジークに声をかけた。

 

「ジーク君、少し待ちたまえ」

「!?」

「君が知りたいことを、私が代わりに引き出そう」

 

 その言葉に、一気に意識を取り戻したジークを尻目に、アレキサンドラ・リキュールは、満面の笑みを浮かべ両手を広げると、陽太の隣に立つ一夏に向かってこう切り出した。

 

「いや、『久しぶり』だね一夏君。随分と大きくなったじゃないか」

「!?」

 

 リキュールの言葉は、名を呼ばれた一夏だけではなく、他のセシリアやラウラ、鈴やシャルといったIS学園メンバー達も、そして遅れて現場に一人ひっそりと降り立った箒にも強い衝撃を与える。

 

「(久しぶり? なぜ亡国機業の幹部と一夏が顔見知りなのだ!?)」

 

 箒の脳裏に沸き立った疑問、そして一夏が、動揺しながら言葉を必死に紡ぐ。

 

「な、何を言ってんだよ!! 俺はお前の事なんか…」

「覚えていないのは無理はない。10年前に一度会っただけだったからね………あの時、君は私に見つめられると、すぐに千冬の陰に隠れてしまったし………」

「なっ!」

 

 その時、一夏の脳裏に鋭い痛みが奔ると同時に、強烈なノイズまじりの映像が流れ込む。

 

 ―――まだ学生服の姉。その隣に立つ同じ学生服の束………そして……―――

 

「がっ!?」

「おい! 一夏ッ!!」

 

 頭痛と吐き気で一瞬ふらつく一夏の身体を陽太が支える。突然のフラッシュバックで意識が混乱する一夏だったが、そんな彼の様子を『チャンス』と捕らえたリキュールは、今の言葉を証明するようにとある質問を二人に投げかけたのだった。

 

「あ、そういえば………陽太君、一夏君。千冬の身体の方は調子は如何なんだい?」

「「!?」」

「あの様子だと保っても一年………いや、ひょっとするともっと短いかもしれないが………」

「………ちょっと待てよっ!?」

 

 『どうしてお前が千冬姉の身体の事を知っている!?』と聞き変えそうになる一夏の瞳に、アレキサンドラ・リキュールは、口元が裂けるかのような狂気染みた笑みを浮かべて無言で返したのだった。

 

『………10年前から………私の過ちが残した当然の報いだ』

 

 千冬はあの時、10年前に大怪我を負ったと言っていた。そしてこの目の前の女性は『10年前に自分と出会っていた』と言った。

 

「……………お前が」

「君には済まないことをしたと思っているよ」

「……………お前が!」

 

 音が鳴るほどに拳を握り締め、歯を食いしばって自分を見る一夏に、彼女は最後の、トドメの一言を言い放った。

 

「ちゃんと10年前(あの時)に殺してやっておくべきだった。そうすれば今のあんな無様な姿を晒さずにすんだものを」

「!!?」

 

 その言葉を聴いた瞬間、隣にいた陽太を弾き、大気を引き裂いて唸りをあげるように、圧倒的なエネルギーが白式の両肩から噴出して、一夏自身が小型の竜巻と化したのだった。

 

「ちょ、お前っ!?」

「お前がやったのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 いきなりブチ切れた一夏の怒りに呼応した白式が生み出す白い粒子を頬に受けながら、リキュールは嬉しそうに語る。

 

「ISに触れて数ヶ月と聞いていたが、すでにツインドライブをそこまで制御できているのか………重畳、重畳」

 

 雪片の展開装甲を起動させ、エネルギーの刃を生み出している一夏の様子すら、いたく嬉しそうに笑みをうかべ、彼女は両手を広げ、まるで一夏を抱擁するかのような格好を取る。まるで『さあ、私は隙だらけだぞ? 斬りかかってきなさい』と言わんばかりに………。

 

「?」

「………見つけタ」

「ジークッ!!」

 

 そんな彼女の横を、夢遊病者のような足取りで意識を取り戻したばかりのジークがすり抜けて歩いていく。

 

「………見ツケタ、見ツケタゾッ!!」

「動くなっ! 傷口が開く!!」

 

 背後から彼を労わり、傷を開かせまいとジークの肩を持って静止しようと試みるマドカの存在も眼中にいれず、彼はマドカを無理やり振りほどくと、腹に開いた傷口から出る出血にも気を止めず、その瞳に捉えた、彼の長年望み探し続けた『相手(獲物)』に向かって吼えた。

 

「第四世代ィィィィィィッ!!!」

「(………火花?)」

 

 一方、一夏に向かって吼えるジークの傷口から不自然に煌く火花に、何かの違和感を感じ取った陽太が更に注意深く観察しようとした時、突如ジークが今にも飛び掛ろうとするかのような体勢を取りながらも、右手を地面に付けるという不自然な格好を取る。

 だがその姿を見た瞬間、マドカが血相を変えて叫んだ。

 

「『末那識(マナシキ)』!? 自分が重症なのもわからないのか、ジークッ!!」

「(コイツ、さっきまでとは気配が変わった?)てか、末那識?」

 

 只ならぬマドカの雰囲気と『末那識』という聴きなれぬ言葉、そして先ほど対峙していた時とは質そのものが変わったジークの殺気に、陽太は警戒心を高めながらヴォルケーノを両手に持って構える。

 

 アレキサンドラ・リキュールしか眼中にない一夏と、そんな一夏にしか眼中にないジーク。かみ合わない二つの視線………そしてその背後では、IS学園と亡国機業の操縦者達が、互いに獲物を持ってにらみ合いを始める。

 

 

「両者、待ちたまえ」

 

 

 そんな状況を動かしたのは、この場で唯一ISを展開していなかったアレキサンドラ・リキュールだった。

 

「ジーク君、下がりたまえ。一夏君、少々確認したいことがあるから武器を仕舞ってくれないか?」

 

 殺気立つ両者の間にいつのまにか割ってはいると、一見、優しげな仕草で両者の戦闘停止を呼びかけたのだ。

 だが、そんなことをいきなり言われても、頭に血が上った二人は引き下がるようなことをしない。

 

「ふざけんなっ!!」

「邪魔だ! どけっ!!」

 

 いまさらそんな言葉がこの場でまかり通るかっ! と言わんばかりの様子で言い放つ両者だったが、二人に対して、彼女は静かに目を閉じ、軽くため息をつく。

 

「ハァ………ジーク君、一夏君」

 

 そして再び眼を開いた彼女は………。

 

「私に……………同じことを、二度言わせるな」

 

 ―――『闘神の化身(黒龍)』の真紅眼を浮かべた―――

 

「!?」

 

 『それ』は条件反射としか言いようがなかった。

 彼女の瞳から放たれた気配………一番近いなら『殺気』と言える、感じることができない者なら生涯感じられない微弱なオーラを察知した陽太は、無我夢中で一夏の首根っこをつかみながら、背後に飛び退いたのだ。

 考える隙もない。そうしなければ殺されていた。ただそのことだけを感じさせる気配に、陽太はただ飛び退いただけのに、全力でフルマラソンを終えたランナーのような疲労感に襲われる。

 一方、その微弱な『殺気』のようなオーラを至近距離から受け、かつ逃れることができなかったジークは、顔から地面に突っ伏してしまい、身動きがとれずにいたのだ。更に燃えるような傷の痛みが襲い掛かってくる。

 

「ジーク? ジークッ!!」

 

 傷の痛みが悪化してしまったのか? 事態を把握できないマドカに身体を揺さぶれる中、ジークは残った力を振り絞り、頭を動かしてリキュールを見ると、精一杯心の中で毒づいてみせた。

 

「(てめぇ! 今俺のことも殺す気だっただろう!?)」

 

 直属ではないとはいえ、機嫌を損ねただけで自分を殺そうとするのか普通!? と瞳で抗議した所、彼女は口元に薄ら笑いを浮かべながら『これに懲りたら無理はしないことだ』と唇だけで言葉を紡ぐと、改めて陽太達の方に向き直ったのだった。

 

「おい、陽太ッ!? なんで急に飛び退いたんだよ!!」

 

 対して、なぜ急に後方に飛んだのか理解できない一夏が猛然と陽太に食って掛かっていたが、当の陽太はそれどころではなく、自分とジーク限定でぶつけてきた『気当たり』の正体が掴めず、パニックを起こしていた。

 

「(なんだ、今のは!? 殺気? 闘気? 外部に一切漏らさずに相手を限定してぶつけるなんて事ができんのか?)」

「可能だよ」

 

 そんな考えが纏まらない陽太の頭の中身などお見通しだ、と言わんばかりにリキュールは自分が何をしたかを説明し始める。

 

「そんなに難しいことでもない。特に『スカイ・クラウン』に到達した者にしてみれば、その手の気のコントロールは息をするように出来るようになる」

「スカイ………クラウン?」

 

 初めて聞く単語に一夏が、何のことかと陽太に尋ねてみる。すると陽太は半ば呆然としながらも答えてみせた。

 

「全ての………IS操縦者が辿り着く、『究極のシンクロ領域』」

「ほう? 知っていたのかい?」

 

 陽太がスカイ・クラウンの存在を知っていたのが意外だったリキュールは、顎に手をやりながら少しだけ考え込み、誰が陽太に教えたのか当ててみせた。

 

「なるほど、千冬か………確かに、君にそのことを私以外で教えられるのは、千冬か束しかいないからな」

「………束…だと?」

 

 さも親しい友人であるかのように姉の名前を口にしたリキュールに戸惑う箒。そんな箒の存在に気がついたのか、リキュールは横目で箒を見ると、しばし目を細めて観察し、そして若干意外そう表情を浮かべ、彼女を指差して話しかけた。

 

「お前………束の妹だな」

「!?………貴様…」

「なるほど、確かによく見ると面影はある。それに束の妹であれば、その激情ぶりも納得がいく………我を忘れて怒り狂う所など特にな」

「なっ!?」

 

 自分のつい先ほどまでの行動を言い当てられ、思わず箒は頬を赤らめ、俯きがちにリキュールを睨み付ける。だがそんな箒の視線など痛くも痒くもない様子で受け流すと、陽太達の方に再び視線を戻し、話を続ける。

 

「まさか自分の弟や妹、そして弟子にまでISを渡す等………千冬も束も因果な事だな。もっとも束と違って、千冬が君達にISを渡した理由はいただけないがね」

「?」

「先に聞いておこう」

 

 そして彼女はその右手を陽太と一夏に差し出すと、誰もが思っていなかった言葉を口にしたのだった。

 

 

「陽太君、一夏君。私の同志となってはくれないか?」

「「!?」」

 

 

 予想もしていなかった言葉に、陽太も一夏も凍りつくが、むしろその言葉には周囲の仲間達の方が過敏に反応した。

 

「おふざけにならないでくださいっ!!」

 

 今まで黙って事態を静観していたセシリアも、この言葉には堪忍袋の緒が切れたという形相で、ライフルの銃口をリキュールへと向ける。

 

「セシリアの言うとおりだ。教官への暴言だけに飽き足らず、堂々と隊長と隊員を引き抜こうなど、図々しいにもほどがある!」

 

 プラズマソードを抜き放つラウラ。そしてその後方ではシャルを守りながらも、龍咆の砲門を開きながら、鈴が言い放った。

 

「アンタ………いくらなんでも、調子に乗りすぎよ!!」

 

 そんなIS学園メンバーの敵意に対して、リキュールはヤレヤレといった面持ちでため息をついた。

 

「まったく………千冬の悪い病気がIS学園には流行しているようだ」

 

 リキュールは差し出した手を一旦引っ込めると、人差し指を額に当て、目を閉じた状態で話を続ける。

 

「陽太君、一夏君………悪いことは言わない。亡国機業に来なさい。出来るなら今すぐにね」

「ふざけるなっ! 誰が、千冬姉に大怪我させた奴のいるところなんかに行くもんかよ!!」

「一夏君…………」

 

 感情的に彼女の言葉を振り払おうとする一夏だったが、再び目を開いたリキュールが浮かべていた色は………。

 

「私は君達のことを想って、言っている」

 

 深い哀れみの色だった。この瞳の色の変化に、陽太は気がつくが、あえて押し黙って彼女の言葉に聞き入る。

 

「陽太君、どうして千冬が君をIS学園に呼んだと思っている?」

「それは………」

「戦力的な問題? 対オーガコア部隊の運用のため? 一夏君にIS操縦者としての在り方を示すため? それとも君に健やかな学生生活を送らせるため?」

「?」

「だが、そのどれもが建前でしかない………そう、奴は欲しかったのさ………自分に代わる『生贄』がね」

 

「!?」

 

 何を言っている、この女はっ!? IS学園の全員が視線でそう訴える中、アレキサンドラ・リキュールによる織斑千冬への糾弾は終わることはない。

 

「そうだ。アイツは10年という歳月を学ぶ為ではなく、繰り返すために費やした。そしてその結果を受け入れることもせずに、今度は君達を利用しようとしている」

「ちがうっ! 千冬姉は俺達のことを思って・」

「愛情………かい?」

 

 一夏の驚いた表情を見たリキュールは『やはりそうか』と若干表情を歪ませると、どこまでも自分の予想通りの事をしていた千冬(親友)に、苛立ちを募らせながら、それを心の奥に仕舞い込み、言葉を紡ぐ。

 

「それだよ一夏君。愛情で君達を縛り、自分の思想から逃げれなくなるように、君達を育ててきたんだ。自分の手元からいなくならないように、もしもの時の『生贄』とするためにね………わかるか? 君達が本来掴むべき『自由』という権利を、何よりも阻害しているのは千冬の存在そのものだということを………」

「そんなもん、テメェの勝手な邪推だろうが?」

「それは違うよ陽太君。言ったろ? アイツは『繰り返している』と」

 

 陽太の反論もばっさりと切り捨てたリキュールは、冷めた視線で目の前にいる陽太と一夏、そして彼らを信じる少女達の姿を見ながら、かつては己が通り抜けた時間を心の中で思い返し、自分と同じ時間を生きたはずの友が、『真実』を知っているはずの親友が、『過ち』を省みることなく手酷い裏切りを行っていたかのような気持ちに襲われ、彼女は心の中で毒づいた。

 

「(よもや同じ人間に二度も失望させられるはな)………陽太君、一夏君、改めて言おう」

 

 そして再び引っ込めた手を差し出すと、元のシニカルな笑みを浮かべてまたこの言葉を口にする。

 

「私達の同志になりなさい。そう、己の足でこちらに来たまえ」

 

 あくまでも自分の意思でIS学園を離反してこちらに来い。彼女の揺るがないその言葉を受けた陽太達だったが、当然、一夏は姉を裏切ろうなどという考えは毛頭無い。当然、隣にいる陽太もそうなんだろう………と横目で彼の様子を見た一夏だったが、驚いて思わず叫んでしまった。

 

「陽太っ!?」

 

 大股歩きでリキュールに向かっていくのだ。しかも途中でISを解除して………。

 

「火鳥っ!?」

「陽太さん!?」

「陽太ッ!?」

「アンタッ!? まさか本気で敵に寝返る気なの!?」

 

 当然、この行動には仲間からも悲鳴に近い声が上がり、シャルにいたっては泣きそうになりながら、彼が行くのを阻もうと後を追いかけようとする。

 

「ヨウタッ!!」

 

 そんなシャルの言葉を背に受けながら、陽太はリキュールの前まで行くと、彼女の差し出した手を握る………。

 

 

 

「ざけんなッ!!」

 

 

 

 ………事無く、なんとリキュールの顔面を素手で殴りつけたのだ。

 

「「「「!?」」」」

 

 これには竜騎兵のフォルゴーレとリューリュクは息を呑み、フリューゲルとスピアーにいたっては、目に殺気を漲らせて。獲物を携え今すぐに斬り殺そうと構えるが、それをリキュール自ら左手で『待て』の合図を出して制止する。

 そして陽太は、殴りつけた拳を引っ込めると、彼の一撃を受けても微動だにしなかったリキュールに、威勢よく啖呵を切った。

 

「目の前で俺の師匠をボロクソに言っておいて、俺達を救いたい? 笑わせるのも大概にしろよクソ女!! そんなに俺達が欲しいなら、お得意の力ずくで従わせてみろよ!! ただし、俺も一夏も死んでもテメェなんぞには従わねぇーけどなッ!!」

「……………そうか」

 

 低い声でそれだけ伝えると、口の切れ端から僅かに流れた血を自分で舐め取り、彼女は歓喜に震えながら言った。

 

「実のところ、本当に君達が私の所に来たらどうしようと思っていたのだよ………ああ、同志になってほしい、というのは偽らざる本音だ。だが、そうホイホイ主義主張を変えるような者を信頼できないのも必然」

 

 そしてもう隠す必要も無いといわんばかりの、炎の嵐のような熱気と圧力を含んだ凄まじい闘気と殺気を全身から放ちながら、言葉を続ける。

 

「私に歯向かうその胆力。度し難く、埋めがたい戦力差にも怯まずに向かってくる勇気………己を褒めていいぞ。実に君は見事だ」

 

 陽太は後方に飛び退くと再びとISを展開して、彼女との戦いに望もうとする。臆する気持ちも底が見えない相手の力量への警戒心も消えたわけではない。だが、逃げ出すわけにはいかない。この目の前の女を許容するのは、自分が今まで歩んできた道への、信じてくれた者への冒涜であると感じ取ったからだ。

 

「私も少々言葉が過ぎた。そうだ………戦士とは言葉で表せるものではない」

 

 アレキサンドラ・リキュールが龍のエンブレムを象ったペンダントを手に持ち、宣言した。

 

「ここからは、君の言う通り『力』を持って願いを通そう……………だが、覚悟しろよ陽太君」

 

 彼女の瞳が再び龍の如き形と色に変化し、闘気と殺気の圧力が激増する。

 

「第七感に到達できていない未熟な君は知ることになるのだ。世界の深遠………『空の王位継承権(スカイ・クラウン)』を持つ者の、暴力(ちから)を!!」

 

 闘気がうねりを上げ、彼女がペンダントを持ち替えた。完全に戦闘準備が完了している。

 

「(来るっ!!)」

 

 陽太が警戒心をMAXまで高め、一夏を筆頭に獲物を構えて、敵幹部との初戦闘に備える。尋常ならざる敵の存在、そしてかつてマリア・フジオカが言っていた『ジェネラルは次元が違う』というセリフの真意を確かめようと全員が緊張感を漂わせる。

 

 

 

 だからこそなのだろう………すでに『動いていた』者の存在に気がつかなかったのは………。

 

「!?」

「ラウラッ!!」

 

 シャルの叫び声、そのあまりの不意打ちに、全員が振り返る。

 完全な意識の外からの奇襲………フォルゴーレによるハンドバズーカの砲身の打撃が、ラウラに襲い掛かったのだ。咄嗟に片腕でガードしたが、威力を殺しきれずに吹き飛ばされてしまう。

 

 だが、彼女が狙っていたのは、別段、ラウラ個人ではない。ラウラが現在片手で所持していた『オーガコア』だった。狙い通りラウラはオーガコアを手放してしまい、フォルゴーレはそれを空中でキャッチすると、すぐさま己が主の前に立ち、オーガコアを差し出しながら、言い放つ。

 

「私達の任務………オーガコアの回収。無事に完了しました親方様………早く帰還いたしましょう」

「フォル………アンタ」

 

 普段は食い意地が張って、トロいと小馬鹿にしていたフリューゲルが、これには驚きの声上げてしまう。ある意味、自分達の中で最もアレキサンドラ・リキュールの命令に忠実な仲間が、敬愛する主の戦いに水を差すような真似をしたのだ。

 

 だが同じ仲間から『あり得ない』と言った表情で見られていることなど気にも留めず、彼女はまっすぐと見続けながら、自分の背後にいるIS学園メンバーに言い放つ。

 

「火鳥陽太………貴方、馬鹿だよね」

「!?」

「ジーク君に勝ったぐらいでいい気になんかならないで。貴方なんかが親方様に、絶対勝てるわけないんだからさ」

「なんだと!?」

「織斑一夏………貴方もだよ」

「え?」

 

 陽太に対して『お前が勝てるわけないんだから調子に乗るな』と言うと、今度はその矛先を一夏へと向け、冷めたような言葉を投げかける。

 

「さっきさ、マドカちゃんに『竜騎兵(私達)とは分かり合えた』なんて言ってたけど、何、勘違いしてるの? ちょっと一緒に闘ったぐらいでさ」

「なっ!? いや、だって、お前達も一緒になって皆をッ!!」

「オーガコアを回収するために、貴方達を戦力に加えた方が効率がよかっただけだよ。それを何? 勝手に分かり合えたなんて思い込んでさ。やめてよ、貴方、馬鹿みたいだよ?」

 

 自分達に温厚そうな笑顔を向けていたのも芝居だったのか? 彼女の言葉にはそんな意味も込められているようで、一夏は信じられないといった表情で彼女の背中を見たのだった。

 

「さあ、親方様………もうこの場に長居する理由はないはずです」

「……………」

 

 急かすような話し方をし続けるフォルゴーレの瞳を黙って見続けていたリキュールは、徐に彼女の耳元に顔を近づけると、フォルゴーレにしか聞こえないような小声で囁いた。

 

「こんな必死なお前は初めて見たぞ。そんなに一夏君達を見逃してほしいのか?」

「!?」

 

 心の内を見透かされ、頬と耳たぶを赤く染めたフォルゴーレを面白そうに見ながら、彼女はジャンバーの裾をなびかせながら、陽太達に背を向けたのだった。

 

「まあ、いいだろう。陽太君もジーク君との戦いで消耗している………確かにこれでは旨味は半減だ」

「何っ!?」

「帰るぞ」

 

 自分でした挑発の事など忘れ去ったかのように、彼女は部下達に退却を告げたのだ。だがこれにはIS学園側が猛烈に反発したのだった。

 

「ふっざけんなっ!! 何を勝手なことを!!」

 

 陽太が代表するように激昂したが、それをリキュールの冷静な声が遮ったのだ。

 

「私は別に構わない。だが君も『戦士』であるなら………わかるはずだ」

 

 彼女の振り返った視線の先に、未だ体調が戻らないシャルが映る。

 確かに自分はジークとの戦いでかなり消耗している。シャル以外に一夏やラウラ達も被弾こそしていないが、オーガコアとの戦いでエネルギーは消耗しているはずだ………相手が未知数である以上、敵が帰るのを引き止める真似も、必要以上に深追いをするような真似はするべきではない。

 

 だが、ここまで好き勝手しておいて、『ハイそうですか。わかりました、お帰りください』などできる筈もないのだ………矜持と使命の間で揺れ動く陽太に、リキュールはとある事を口にした。

 

「だが今日の奮戦に免じて、一つだけ言っておこう。陽太君………IS学園の諸君」

「?」

「マリア・フジオカ………彼女は死亡した」

 

『!?』

 

 何気なく言い放ったリキュールの言葉に、陽太もシャルも一夏達も激しく動揺する。

 

「私達に渡された情報では、陽太君が殺した。ということになっているが、実際はどうなんだね?」

「ふざけんなっ!! マリア・フジオカは国際IS委員会に身柄を預けられてるはずだろうが!!」

「…………やはりそうか」

 

 陽太の言葉を聴いたリキュールは、それだけで彼女の死因がなんだったのか、大体の所を直感的に理解する。

 

「(メディアめ………高くつくぞ、この代償は)」

「ウソッ!? 先輩が死んだなんて………そんなことある訳ない!!」

 

 だが、マリア・フジオカに何よりも心を開いてシャルは、その衝撃の言葉に我を忘れ、ISを展開してリキュールに銃口を向け、瞳に涙を溜めながら詰め寄ろうとする。

 

「嘘をつくな!!」

「………私の言葉が嘘かどうかなど、どうでもいい」

 

 リキュールは自分に向かって銃口を向けてくるシャルに対し、苛立ったような口調で言葉をぶつけた。

 

「なんだ、そのザマは? そこいらにいる小娘のように取り乱すな。うっとおしい」

「うるさいっ!!」

「お前は、そんな情けない面を陽太君の隣でするために、ここにいるのか?」

「!?」

 

 思わぬ一言にシャルが言葉を詰まらせると、リキュールは、まるで何かを『諭す』ように彼女に話を続ける。

 

「マリア・フジオカがお前といかなる関係だったかなど興味もない。だが、戦士が戦場で死ぬのは必然。そしてISは戦場での戦士の死に装束だ。それを纏っているということは、己の死を覚悟しているという意味だ。少なくともマリアにはその覚悟はあったはずだ。ならば彼女の死の如何等、微々たる事」

「………なんだと?」

 

 マリアの死などどうでもいい………その言葉にキレかけるシャル………そして同様に怒りを見せる者が自分の横にいた。

 

「………アレキサンドラ・リキュールッ!!」

 

 マドカの肩を借りて立ち上がるジークだった。そもそも彼が陽太に戦いを挑んだ理由こそ、マリアの死であり、リキュールの言葉は到底看過できないモノなのだが、そんなジーク、そしてシャルにリキュールは静かに話しかける。

 

「戦士にとって意味があるのは死ではない。我々が如何に『生きた』のか。ただそれだけが戦士の『命の意味』を伝えることができる」

「「!?」」

 

 生き様だけが『命の意味を伝えられる』………彼女の思わぬ言葉に、シャルやジークだけではなく、IS学園全員が聞き入ってしまう。

 

「フリューゲル」

「ハッ!」

 

 ISを展開しているフリューゲルを呼び、彼女を膝まづかせて、肩に腰を下ろす。マドカはジークを支えながら、先に地を蹴って上空で浮遊し、続いてスピアー達も彼女の後に続く。

 

「陽太君」

「………なんだ?」

 

 そしてリキュールは振り返ることをせずに、背中越しに陽太に話しかけた。

 

「人が生きる限り、過去は人の中に蓄積され続ける………厄介な事だな。忘れられぬと言うことは」

「???」

「帰るぞ」

 

 陽太が返事をまもなく、フリューゲルが大地を蹴って上空に飛び出し、亡国機業全員がその後に続いていく。

 

 後に取り残された対オーガコア部隊のメンバー達………オーガコアを退けた事も、強敵を撃破したことにも嬉しさを感じている者は一人もいない。

 

 

 

 

 ただ、全員の胸中に、有耶無耶にされた後味の悪さと、言い知れぬ屈辱だけが胸を焼き続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 






あら、結局、バトらなかったのか………てか、フォルゴーレさんナイスセーブ。彼女がいなきゃ、正直、太陽の翼今回で終了していたかもしれません。


ということで、年下のジュドーをなんとしても仲間にしたいハマーン様の如く、陽太と一夏を口説きまくる親方様。あと元彼のシャア(千冬)さんを徹底的にこき下ろすのも忘れません………冗談だからねw



そして親方様の口から断片的に語られた過去に、今後のいくつもの布石が散りばめられてます………果たして、同じ『師』の元にいた、千冬さん、束さん、親方様の三人が、なぜ今は敵対しているのか?


そもそも彼女達の崇める「先生」とは何者だったのか?


次回に続きます!




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

繋ぐ手と手 戸惑う私のため




おかしいな?
前後編にするつもりもなかったのに、結局は半分こになっちゃった!


てか、久しぶりの一週間更新だぜ! イエイっ!!


GWと話が中途半端できっただけとか言わない!!




 

 

 

 

 

「雪ッ!!」

 

 必死に車を走らせては見たものの、避難民の大渋滞に出くわしてしまい、途中で車を乗り捨てここまで山道を走ってきた奈良橋が目にしたのは、半壊してあちこちから煙をあげている病院の姿に、背筋を凍らせる。

 

 もし、この場のどこかの瓦礫の中に、未だ自分の愛娘が取り残されているとしたら?

 もし、この場のどこかで、自分の愛娘がオーガコアに襲われていたとしたら?

 

 言葉はもう出ない。あってほしくない嫌なイメージだけがエンドレスに流れ、気がつけば無我夢中で走り出していた。

 

「雪ッ!! 雪ぃぃぃっ!!」

 

 瓦礫が錯乱し、火災も完全に鎮火していない状況で、消防の人間がちらほら見られる中を掻き分けるように走り続ける奈良橋の視界に、数人のナースが消防士となにやら話をしてるのを見かける。そしてそこに愛娘の担当の看護婦がいるのを見た奈良橋は、一直線に飛び込むようにそこに走って向かう。

 

「看護婦さん!!」

「な、奈良橋さん?」

 

 三十過ぎというショートカットの看護婦が、顔馴染みである担当患者の父親の姿に驚愕するが、そんな彼女の驚愕など目にも入れずに、肩を掴むと高速で前後に揺すりながら、必死に雪の安否の確認を取ろうとした。

 

「雪はっ!! 雪はっ!! 無事なんですか!? 無事なんですかぁっ!!」

「お、おおおおお落ち着いてください!」

「雪は!! 雪はぁぁぁぁっ!!!」

 

 高速で揺さぶられながら、彼女は何とかとある方向を指差しながら言葉をつむいだ。

 

「ゆ、ゆゆゆゆゆゆゆゆ雪ちゃんは、あっちっ!」

「?」

 

 

 

 彼女が指差した先………そこにいたのは………。

 

 

 

「う~ん………コイツならどうだ!」

「………う~ん、面白くないよ?」

 

 数人の子供達と一緒に瓦礫の上に座りながら、両手を使って顔を引っ張り変な顔を作って、何とか笑わせようとする陽太をばっさりと切り捨てる愛娘の姿があった。

 

「チィィィィッ! 俺様の高度なギャグを理解できないとは、やはり未熟な餓鬼には早過ぎたか………おい、鈴!」

「何よ?」

 

 隣で腕組みしながら立っていた鈴音に、陽太はシレっと言い放つ。

 

「ちょっと変な顔しろ。元々変な顔なんだから絶対にウケブッ!」

 

 年頃の乙女に向かって堂々と『変な顔』呼ばわりした陽太だったが、当然という感じで鈴の飛び蹴りがめり込んだ。

 

「どぅわれがギャグ面だぁっ!? アンタ以上の変な馬鹿がホイホイいてたまるか!!」

「ぬわにぃぃっっ!!」

 

 だが鈴の飛び蹴りをまともに顔面に受けながらも、倒れることを拒絶した陽太は、彼女の両足を両手で掴み、宙吊りにすると邪悪な笑みを形作る。その表情を見た鈴は思わず青褪めながら、陽太に問いかけた。

 

「ア、アンタ!? 私に変なことする気じゃないでしょうね?」

「お前程度に劣情など抱くか!」

「どういう意味よ!! この美少女をこんなあられもない格好にして!!」

「いい加減黙らんと、お前のこの太ももに『私、デブ専です♪』って直接インクで彫りこむぞ!」

「ぎゃああああああっ! やめろバカ!? 離せ変態!! いやああああー!! お・か・さ・れ・るー!!」

「するか! そして黙れ!!」

 

 自主的にISで瓦礫の除去を手伝う一夏とラウラは『何やってんだよ? 手伝え』と視線で訴え、野戦病院と化している中を看護婦たちに混じって怪我人の手当てを手伝っていたシャルとセシリアが顔を真っ赤にしながら二人に歩み寄ると、互いの首根っこを引っ張って引き剥がす。

 

「お二方、子供達の見ている前で、何とはしたない!!」

「ヨウタ、本当にどうして君って奴はそうなの? みんな一生懸命働いている中で、どうしてそう堂々とサボるの!?」

「そんなに怒るなよ~~~~、ひょっとして、や・き・も・ち・焼いてくたの?」

 

 陽太としてはただの茶化した言い訳だったのだが、それを真に受けたシャルのリアクションは実にわかりやすかった。

 

「ヨ、ヨウタァァァァッ!!」

 

 顔を真っ赤にしながら片手で展開されたシールドスピアーを見た瞬間、両手を挙げながら微速後退をする。

 

「サーセン。瓦礫の撤去作業に加わる所存です!」

「!!」

 

 そしてシャルに見られた鈴はというと、あさっての方向を見ながら口笛を吹き、セシリアと一緒に看護婦の手伝いに行く。対オーガコア部隊の問題児二人のすっかり保護者というか、引率の先生とかしていたシャルだったが、その時、こちらに向かって走ってくる大男の存在に気がつく。

 

「奈良橋先生!?」

 

 直接話したことはないが、その体格が印象深かったのか、一目見て彼が誰だったのか判別した。そして、そんなシャルの足元で数人の子供達に囲まれていた幼女が、嬉しそうに声を上げる。

 

「お父ーさん!」

「?」

「雪ぃぃぃぃぃっ!!」

 

 作業着姿で全力疾走してきた奈良橋に向かって走り出した雪は、彼に笑顔で飛び込む。父親もそんな雪を両腕でしっかり抱きしめながら、目じりに涙をためながら愛娘の無事を喜んだ。

 

「雪っ!? 無事だったのか!! 怪我はないのか!? どこも痛いところはないか!?」

「お父ーさん!! お仕事はいいの?」

「父さんのことはいいんだ!! お前が無事なら、それで………」

 

 感極まって肩を震わせる奈良橋の姿に驚きが隠せずに呆然となる対オーガコア部隊一同………陽太のみカールからそれらしい話しを聞かされていたのだが、まさかその娘があんな子だったとは……。

 

「(似てないというか、似なくて幸運だったというか………母親の遺伝子が強かったんだな)」

 

 結構失礼なことを思い浮かべていた。言葉に出さないのがせめてもの最低限のマナーだとは思うが、やはり失礼なことである。

 

「うん、痛いところないよ? あのね、あのお姉ちゃんが助けてくれたの!」

 

 腕の中で愛娘が指差した先にいた少女………右肩に包帯を巻いたままで木にもたれながらとある病室を眺めていた箒を指差したのだ。だが箒もそれに気がつき、突然の事態にうろたえながら頭だけを下げると、そそくさとその場を後にしてしまう。

 

「箒………」

 

 箒の後姿を見送りながら、シャルは一瞬だけ映った表情が気になり、後を追いかけることにする。

 

「ラウラ!? ちょっと、ごめんっ!!」

「ん? 何かあったのかシャル?」

「ヨウタがサボったら、怪我しない程度になら酷い目にあわせてもいいから!」

「?………とりあえず了解した」

「了承できるかっ!?」

 

 サラッと酷い言葉を残して走り出すシャルは、嬉しくも何ともない扱いをされた陽太のツッコミも華麗に流したラウラが、『ホラッ、とっとと働け隊長!』と言い放ち、『チキショー! お前、もうちょっと隊長である俺を敬え! 天よりも高くッ!!』と言い合いしているのを尻目に、走り去った箒を追いかけ始める。

 

「箒………」

 

 終始俯きがちだった箒が振り返った一瞬、偶然差し込んだ光の反射でシャルにだけは見えたのだ。

 

「(どうして、箒………泣いてたの?)」

 

 彼女の頬を濡らしていたその意味を、知りたくて、シャルは走り出すのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 日本某所・マンション地下30階

 

 亡国機業が秘密裏に所有するマンションにおいて、地下深くに建造されていた亡国所属のIS専用の整備及び調整用の専用セーフルームの一室にある、ベッドの上に寝かされたジーク・キサラギはというと………。

 

「ねえ、ジークく~~~ん?」

 

 枕元に立つ、直属の上司であるスコールから思いっきり笑顔で睨まれていた。

 

「いつまで、だんまりを決め込んじゃってるのかな~~? 命令違反して陽太君と戦った挙句返り討ちにされちゃった、負・け・犬・のジークく~~~ん?」

「……………プイッ」

 

 あえて嫌みったらしく言ってこっちを向かせようと目論んだスコールの小言すら顔を背け、誰の顔も見ないようにしたジークは、内心で煮えくり返っていた………無論、彼女の小言にも多少怒りは覚えていたが………。

 

「(馬鹿上司は黙ってろよ……………第四世代IS(織斑一夏)、火鳥陽太っ!!)」

 

 自分の大事な人間達の仇………いや、理解はしている。彼等が直接その手を下した訳ではない、あくまでも彼等が起因になったというだけの話。そしてそこに何の彼らの思惑もなく、ただの偶然で巻き込まれたということ。理屈の上では完全な逆恨みなのだろう。そんなことはわかっている。

 だが、どうあろうが感情は納得しない………そんな理屈では消すことができない炎がジークの中で燻っているのだ。

 

 だからこそ、命令を無視してでも、理性を振り切って戦いを挑もうとしたのだ。したのだが、そこに割って入った上司たちの存在がどうしても気に入らないのだ。

 

「こっち向きなさい!」

 

 そんなジークの気持ちを知ってかしら知らずか、スコールは彼の顎を持って、無理やり振り向かせると鼻息が互いに届く距離で睨みあう。

 

「上官が命令しているのよ! 答えなさい!! なぜ私の命令を無視した!?」 

「ふざけてるのはそっちだろうが!? てめぇは知ってやがったな!! 織斑一夏のISが『第四世代』ISだってよ!?」

「それは………」

「それで、お前は俺が組織に加わる時に言ったな!! 『俺の思惑に乗る、俺の目的に助力する』ってなっ!!」

 

 シーツを振り払い、上半身裸の上に、包帯だけを巻かれた簡素な応急手当で寝かされていたため、傷が塞がっていないにも拘らず、痛む腹を押さえながらもジークはスコールに向かって叫び続ける。

 

「なんで、邪魔させやがった!? 俺が目標を見つけたい上、その時点でテメェには介入してくる余地なんてどこにもないだろうが!!」

「その傷が良い証拠よ。そんな傷ついた身体で戦闘続行した上に、『末那識』なんて使ったら、最悪貴方、自壊してたのよ?」

 

 両肘を掴みながら動揺して言葉を紡ぐスコールだったが、次の瞬間、怒りに火が着いた。

 

「目的果たせるなら、いつでも死んでやるよ、俺はっ!!」

「!?」

 

 彼女には許しがたいその言葉を聴いた瞬間、ジークの肩を掴んだ彼女は、有無も言わさずジークの鼻っ面目掛けて握り拳を振り下ろしたのだ。

 

「ブッ!?」

 

 全く予想もしていなかったジークは、その一撃をまともに受けてしまう。

 そして、ジークを殴りつけた拳から多少の出血させながらも、スコールは激しい剣幕で怒鳴り散らした。

 

 

「甘ったれるな、このクソガキッ!! 股座から、テメぇの情けないもん引っこ抜いて口に突っ込むぞ!!」

「!?」

 

 鼻っ面を押さえるジークは、初めて見たスコールの汚い言葉に完全に目が点になってしまうのだった。

 

「いつでも死んでやる? どうなっても構わない? そんな台詞はな、もっとちゃんとやることやってから口にしろ!!」

「なっ………」

「私に後悔させる気か!?」

 

 ジークは、ようやく彼女が瞳を震わせながら必死に涙を堪えていることに気がつく。

 

「マリアが死んだ時みたいに!! 私に後悔させる気!? もっとちゃんと早く気が付いてあげればよかった!! あの娘が一人で危険なことをしてしまう前に、私がちゃんと気が付いていれば、死なせない方法はいくらでもあった!! そう後悔させる気なの!!」

「あ、あ………」

 

 彼女の激しい憤り………直属の部下を死なせたという負い目。

 死なせる前に気が付いておくべきだったことがあった。彼女が組織の暗部に触れ、謀殺される前に、自分が彼女の行動を制止してあげれば、マリア・フジオカは今も死なずにいたかもしれない。

 

 スコールとて理解している。何を自分は甘いことを言っている、と。

 

 自分は亡国機業の幹部(ジェネラル)。そして亡国機業とは、如何なる国家にも属さないテロ組織なのだ。慈善事業ではない。時に部下に対して『死んでこい』という命令など容易く下る。それが国家の組織との最大の違いだ。

 だが、彼女は同時に亡国機業は『家』であり、構成員の多くは『家族』であるという認識を秘めている。

 それは、生れ落ちた瞬間から『亡国機業』を背負うことを義務付けられたが故の、他の幹部にはない特徴でもあった。

 

「あ………」

 

 だがそんなこと今の今まで知らされていなかったジークは、スコール・ミュゼールが見せた彼女の素顔、『情が深い女性』という一面に完全に面食らってしまう。

 

「(泣いてるの、初めて見た)………済まねぇ」

「謝るぐらいなら、お願いだから、命を投げ捨てないで! 私のためじゃなくても良い………マドカ(あの子)のためにも」

 

 そう締めくくるジークとスコールだったが、その時、彼女達の話を最後まで割って入らずに聞いていた人物からのツッコミが飛んでくる。

 

「スコールを泣かせるとは、中々罪深いな、ジーク君は?」

「!?」

 

 特注のアンティークの椅子に脚を組んで座り、スピアーが非常に幸せそうな表情で仰ぐ心地よい風に当たりながら、非常に幸せそうな表情でフリューゲルが入れたコーヒーを静かに飲んでいたアレキサンドラ・リキュールのツッコミに、両者赤面してしまった。

 

「………って! なにくつろいでやがんだよ!?」

「?………すまない。君が私に『ディナーを作れ』と思っていたとは気が付かなかったよ。察しが悪くて失礼したね」

「メシの心配してんじゃっ!………グッ!!」

 

 ジークが興奮して起き上がろうとするが、腹部の激痛によって悶絶してしまう。そしてそんなを彼をフリューゲルとスピアーが『親方様に飯炊きさせようとするからよ。ざまぁ!(笑)』と鼻で笑い飛ばすのを横目で睨みつけ中、スコールは竜騎兵の残り二人がいないことに気が付き、部下同士の火花の散らし合いにまったく頓着せずにコーヒーを静かに飲むリキュールに問いかける。

 

「あの、ごめんなさいリキュール………残りの子達はどうしたのかしら?」

「ああ………迎えに行かせたよ。非常に都合がいいことに、『御大』の年に一度の外遊が今年は日本だったしね」

 

 その言葉だけで何のことか察しが付いたスコールが座り直したとき、部屋の外から何やら若い女子二人の叫び声が聞こえてくる。

 

「ひぁぁあぁぁっ! お、お尻触らない…… んっ、んっ、んんっ!」

「や………ひっ! あっ、ああ……お、お爺ちゃん!? そこは……あぁっ!!」

 

 妙に艶っぽい声であった。とりあえず、声の主がリューリュクとフォルゴーレだったことはジークにも理解できた。だが問題はそんな二人の間に割って入ってきたもう一人の声である。

 

「ヒョーーーヒョヒョッ!! 二人とも、そんな我慢することはないんじゃよ~~~! ささッ! ワシに全てを曝け出しなさい!!」

 

 超、上機嫌な年寄りの声である。そしてその声の主に心当たりがあったジークの表情が歪んだ。

 

「ゲッ! ま、まさかっ!?」

 

 ジークが呟くのと、泣きながら『セクハラされたよぉぉぉ~~!!』と部屋に入るなりフリューゲルとスピアーに飛びついたリューリュクとフォルゴーレと、そんな二人の後から悠々と歩いてくる、杖と古びた鞄を持ち、帽子を被った旅行スタイルの老人が、上機嫌そうな笑顔を浮かべて入ってきたのだった。

 

「ハラショーー!! 我が、女神と天使達よぉっ!!」

 

 二人が迎えに行かされた人物。それは、本部にいる時は常に不機嫌そうに部下を杖でしばき、怒鳴り散らすことで有名なプロフェッサー・ヘパイトスであったのだ。

 そして90近い年齢ながら、老いを感じさせない行動力と、そして並々ならぬ女好きで知られる科学者は、美人で超ナイスバディで知られる女幹部二人を見るなり、両手の指をうならせながら、ついでに涎を垂らしながら、下品たる表情で問いかける。

 

「年に一度の愛人達との外遊中とはいえ、ワシの女神達が怪我をしたとなれば、暢気に遊んでいるわけにはいかん!! ささ、どちらが怪我しちゃったのかな~?」

 

 包み隠しもしない老人の言葉に、竜騎兵四人とジークの表情が引き攣る。

 

「診察台に寝なさい!! ワシが体の隅々まで診察して、怪我を治しつつ、たっぷりと舐るようなテクニックで、快感を刻み付けてしんぜよう!!」

 

 駄目だこのジジィ………若い五人が一斉に心の中でそうツッコむ中、老科学者のこういった言葉に慣れている女幹部二人は苦笑しつつ、ジークの方を指差すだけに留まるのだった。

 

「……………」

 

 両手を広げた状態でジークの方を見たヘパイトスは、数秒間硬直した後、心底つまんなさそうな顔で地面に向かって唾を吐き捨てる。

 

「ペッ!」

「!?」

 

 明らかにテンションが下がりきったヘパイトスが、小馬鹿にするように鼻でジークを笑いながら彼の枕元にまで近寄ってきた。

 

「なんじゃ小僧? まだ生きとったのか………ワシはまたてっきり、アホみたいに粋がった挙句につまらんことで死んどるかと思ったんじゃが?」

「うるせぇ………殺されたいのかクソジジィッ!?」

 

 出会い頭にいきなりな言葉を投げつけられたジークが表情を歪めるが、そんな彼を無視し、ヘパイトスはジークの傷を指差しながらリキュールに問いかける。

 

「で? この馬鹿の原因は?」

「ん? 一言でまとめると『不覚』だね」

「!!」

 

 リキュールの評価は、ジークがとても許せるものではなく、彼女を殺気を込めた視線を送るが、彼女に些かの動揺も起こすことはできず、返ってその視線がジークの今回の敗戦の原因だったとリキュールに言い返されてしまう。

 

「君と陽太君の実力は伯仲………いや、相性と切り札の存在の分、君が有利だったはずだ。それを、君は彼の動きを見切ったという『慢心』と、切り札に縋る『甘さ』で勝機を逃す所か、彼の情けで命を取り留めた……………恥ずすべき汚点であると自覚があるなら、私を睨むよりも先に自分の不甲斐無さを猛省しなさい」

 

 そしてリキュールはゆっくりと立ち上がると、部屋の入り口に歩き出す。

 

「悔しいなら、私の言葉が気に入らないなら、いつでもかかって来なさい。だがその前に『驕り』を捨てないことには、私はおろか、陽太君にも勝てはしないよ?」

 

 それだけ言い残すとリキュールが部屋から出て行き、その後を当然のように竜騎兵達が続く。そして部屋に一人取り残されたスコールも立ち上がると、改めてヘパイトスに頭を下げるのだった。

 

「プロフェッサー、ジークのことをよろしくお願いします」

「ん? まあ、お嬢ちゃん達のお願いとあらば無下に断る訳にもいかん。とりあえずドラグナー二人のおっぱいとお尻にタッチした分を先払いということにしておこうかの?」

 

 『二人とも将来楽しみじゃ!』と笑い出すヘパイトスを見ながら頬っぺたを引き攣らせ、女としてリューリュクとフォルゴーレに同情の念を禁じえないスコールであったが、ヘパイトスが何かを思い出したかのように彼女に問いかける。

 

「将来有望といえば、マドカのお嬢ちゃんはどうした? ワシが小僧(ジーク)のついでに、ISの整備もしてやろう………ついでに胸の発育のほうも触診してみるか?」

「ウチの部下は嫁入り前なので絶対にやめてくださいプロフェッサー………あら、おかしいわね? 部屋に篭りっきりなのかしら?」

 

 とりあえず様子を見に行くか………と呟きながら部屋を後にしたスコールを視線で見送ったジークと二人っきりになったヘパイトスは、大きくため息をついて、コートを脱いで袖捲りを始める。

 

「んだよ? そんなに俺の『修理』が嫌なら断れば良いだろうが?」

「………お前は、相も変わらずアホじゃな………『こんなもん』をうら若き乙女の純粋な瞳にみせるつもりか?」

 

 そして鞄から複数の医療器具と、工具を取り出したヘパイトスが、ジークの包帯を外し、普通の人間ではあり得ないものを指差したのだった。

 

 ―――腹筋を貫き、裂けた傷跡から露出した『機械』のパーツ――ー

 

 従来の生身の人間が、事故や病気などで失ってしまった臓器の代用品として人工物の臓器やボルトを体内に埋め込むことはあるが、ジークの『それ』はそんなものとは比較にならない高度にして、『戦闘用』のパーツの一部として機能していたのだ。

 

「なんじゃ………お前は本当に初対面から変わらんの~?」

「な、何がだ?」

「自分の境遇に不貞腐れておる………そんな様だから大事なことを見落とすといっておるんじゃ」

「!?」

 

 老人が言い放った言葉に激しい怒りを覚え激高した剣幕になってジークは掴みかかろうとするが、ヘパイトスは彼が突っ込んでくるよりも早く、手に持った医療用のメスの切っ先をジークに向けると、歳を重ねることでしか成熟させれない、鋭い眼力で静かに諭すように話し始める。

 

「お前さんには、以前話をしておいたはずじゃぞ?……………『復讐』とは、自分の今いる場所に相手を引きずり込むだけで………」

 

 そしてヘパイトスは押し黙ったジークに突きつけた切っ先を外し、背を向ける。

 

「引きずり込んだ相手のその重みで、お前さんはますます深みに嵌っていく………救いなぞ在りはせんぞ?」

「……………ジジイに何がわかるって言うんだ?」

「そこがリキュールのお嬢ちゃんに、尻が青いクソ餓鬼呼ばわりされる所以じゃ! 負け犬の『下らん』言い訳なんぞ知りたくもないわっ!」

 

 だが、どれほど押し黙っても、この『下らない』という一言だけは彼には許容することは出来ない一言だった。

 

「ジジイッ!!」

 

 痛みを怒りが凌駕し、ヘパイトスの首に手をやると、本気でねじ切ってやろうと力を込め掛ける。

 

「………どうした? まさかこんな老いぼれの枯れ木のような首をへし折ることも出来んヘタレか、お主は?」

「!!!」

 

 だが、どれほど怒りに燃えていても、今彼を失うわけにはないかない………自分の体を現状唯一『修復』出来る人物なのだから。

 自分の復讐を終えるまでは彼には生きていてもらわねばならないのだ。

 

「どうせ小難しくて小賢しいことを考えておるんじゃろ………まったく、どこまでもつまらん小僧じゃ」

「グッ………」

 

 自分の首に一向に力を込めてこないジークの考えを容易く見透かしたヘパイトスは、鞄から何時もの白衣を取り出して纏うと、部屋に搬入されていた設備を操作しながら、先ほどとは違う色に染まった瞳で語りだす。

 

「どうして人間には、瞳が前についていると思う?」

「?」

「見るためじゃよ。自分の瞳で、自分が見れる世界のありったけを………なのにお前は自分の過去(かげ)しか見ようとしない………お前を想う女達の気持ちすらも見ようともせずに」

 

 ゴム手袋をつけ、手にドリルを持つヘパイトスは、そこでようやく穏やかな瞳でジークを見つめ、語った。

 

「マリアのお嬢ちゃんは、お前に言いたかったんじゃないのか? 『復讐を終えた時に死ぬことしか出来ない自分のようにはなるな』と」

「!?」

「スコールのお嬢ちゃんは、お前のことを家族として想っているから、復讐で自分の生涯を費やそうとしているお前を止めようとしているのではないのか?」

 

 目の前の老人の言葉が、次々とジークの深い部分に波紋を作り、それが彼全体に伝わりだす。

 

「そして、あの真っ直ぐな娘は……………お前のことを想っているから、つい馬鹿な事をしてしまうのではないのか?」

「……………マドカ」

 

 自分の相棒の少女………自己の存在(アイディンティティー)に迷いながらも、何故かいつもいつも自分になんだかんだと付き合ってくれる、不器用で無愛想な年下の少女………。

 

「同じ男として一度しか言わんぞ小僧………同じ死ぬなら、せめて女を不幸で泣かさん死に方してみろ」

 

 それは、ヘパイトスという年老いてなお男であり続ける者の、初めてのアドバイスだったのかもしれない。

 だからこそ、彼の言葉は少しづつジークの中に、小さく、だが確かな炎を点したのだ。

 

「マドカ…………オイ、ジジイッ!?」

「物の頼み方というものを知らんのか?」

 

 注射器から液体を噴射させながら、再び何時もの好々爺となったヘパイトスは、ジークの瞳を見ながら問いかける。

 

「特急で直してやる代わり、麻酔の量は半分じゃ? 少々地獄じゃぞ?」

「頼む」

 

 これ以上の言葉は要らない。ジークのしっかりとした瞳でそれを確認したヘパイトスは、内心でそれを褒めながら、ダイレクトに彼の傷口に注射を差し込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 一方、傾いた夕日が差し込む病棟の中において、とある部屋のドアに座り込んで、その場から動こうとしない箒に、ようやく追いついたシャルが、黙って彼女の隣に同じように座り込む。

 

「………箒?」

 

 恐る恐る彼女に話しかけたシャルに、箒は………。

 

「すまない、シャル」

 

 左手の待機状態の紅椿を外すと、彼女に差出し、言い放ったのだった。

 

 

 

 

「私は、IS操縦者を……………辞める」

 

 

 

 

 




前後編のまずはジークさん、フル説教タイム

後編は箒さんへの説教となるのか?

乞うご期待!



PS

今回のサブタイトル、ピンと来た人は何人いるのかな?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

受け取った優しさ きっと忘れない

ワールドカップ、日本の予選突破が困難

太陽の翼の更新スピード 上昇が困難

フゥ太の残業時間 加速的に上昇





………言い訳してないよ。ありのままのこといってるだけだお



すいません。言い訳ばっかりで一ヶ月放置とかマジでやばい………


てなわけで、本編いってみましょう!!



 

 

 

 

 箒から突然待機状態のISを差し出され、そして『IS操縦者を辞める』などと言われたシャルだったが、そんな中でも彼女は一度大きく深呼吸をして、気持ちを入れ替えると、きっぱりとそれを断る。

 

「嫌だよ箒………私は何も聞かずに紅椿(それ)を受け取ることなんてできない」

「………シャル?」

 

 未だ顔を上げようとしない箒の肩に頭を軽く乗せたシャルは、夕日差し込む窓から外を眺めながら、静かに語りかける。

 

「話してよ………どうして急にIS操縦者を辞めたくなったの?」

「……………」

「箒がどうしても辞めたいっていうなら、私は受け取るよ? 一応、ISの運用規定とか国との契約とかがあるから直ぐに辞めれるとは限らないけど………無理強いしちゃ、箒にも周りの人にも迷惑になっちゃうし」

「……………」

「ああっ!? 別に私は箒のこと、嫌いになるとか軽蔑するとかじゃないよ? 箒は私の友達だよ。それは今までもこれからもずっとそうだからね」

「……………」

「箒が頑張ってきた事はなんとなくだけど分かるよ。あの普段は人を誉めたこともない陽太が、この間『近接だけなら俺とタメはるかもしれない』とか偉そうに言ってたくらいだしね………どうして、陽太はあんなに偉そうな言い方しかできないのかな~? ホント、小っちゃいときは謙虚で可愛かったんだよ?」

「……………」

「てか、あのおっぱい大きい人と何があったのか知らない箒? 本人に聞いても口を絶対に割ろうとしないんだ………アレは絶対に何かある」

 

 いつの間にか音が鳴るほどに拳を握り締め、アレキサンドラ・リキュールと陽太とのやり取りを思い出し、思わず頬を大きく膨らませながら頭から湯気が出そうなぐらいに怒りを燃やすシャル……………頑なに何も自分に話そうとしない陽太も腹立たしいが、あの女傑の完全に陽太を我が物のように扱いかつ、それを当然のように考えている態度にシャルは一番の怒りを感じているのだ。

 

「(ヨウタは『貴方のもの』じゃない!! ヨウタは………私の……ハッ!?)」

 

 自分が今考えなくてはならないのはこんなことではない。イヤ、こんなことというには大変な大問題ではあるのだが、今はとりあえず思考の脇に置いておこう。

 首を横に振ってとりあえず考えを無理やり元に戻し、もう一度箒に話しかけようとするシャルだったが、それよりも早く箒がシャルにポツリポツリと話し始める。

 

「シャルは………本当に火鳥を想っているのだな」

「なっ!? そ、そそそそそんなことは…………その……一応、あんなんでも幼馴染だし」

 

 箒の口から思わぬ言葉が飛び出し、目を白黒とさせながら答える。

 

「だが……………私は駄目だ。いつも自分のことばかりだ」

「………箒?」

「ISをもう纏えない理由………シャル…………私みたいな人間は、力を持っちゃいけないんだ」

「!?」

 

 俯いたまま彼女が語ったその言葉に、シャルは思っていた以上の重い理由が箒にはあるのだと感じ取る。そう、彼女が戦う理由、それゆえに戦えな苦なってしまった理由が………。

 だからこそ、シャルは話してほしいと懇願する。どうして箒が自分自身をそこまで追い詰めないといけないのか、その理由を………。

 

「箒っ!」

「………シャル?」

 

 シャルは箒の肩を掴むと、まっすぐに彼女の瞳を射抜く。箒に胸の内を話してもらうのだ、中途半端な態度では彼女に失礼である。

 そして、瞳を通して無言の『話をしてほしい』というシャルの問いかけに、しばらく沈黙が続いた後、箒はぽつりぽつりと自分の過去をシャルに話し出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

「………辛かったね」

 

 IS開発以降に始まった、家族の離散、大切な幼馴染との離別、孤独な小学生時代、だからこそそれを救ってくれた『暖かな場所(親友)』を守れなかった自分の不甲斐無さを呪い、ひたすら一人でオーガコアと戦い続けてきたこと………。

 そんな箒の歩んできた道を、シャルは黙って受け止めたのだが、当の箒にしてみれば、それは重大な過ちであったと首を横に振ってしまう。

 

「私は優しくなどないよシャル。結局自分のことしか考えていない人間なんだ」

 

 亡国機業との戦いの中、ジークと向き合い、怒りと憎しみで我を忘れ、そしてそれに流されるままにマドカと周囲の状況も省みずに戦い、一夏に言われた瞬間、理解してしまった。

 

 復讐という高尚なものですらない。自分は八つ当たりがしたかっただけだった。

 『IS』という力を持って、自分の不満不平をぶつけたかっただけで、その口実に簪の事を引き合いに出したのだ………その証拠に、自分はなんら復讐とは関係のないマドカとの戦いで、ホンの僅かな『楽しみ』すらも感じ取っていた………それを感じ取ってしまったがゆえに、箒自身がIS操縦者として、自分は不適合だと思ったのだ。

 

「IS操縦者は、その強い力を持つ人間は、決してその力を振るうだけの確かな『理(ことわり)』からは外れてはいけない………力を持つ者としての責任を、全うせねばならない。そしてそれができないのであれば………」

 

 箒は拳を握り締めながら、ようやく頭を上げて、天井を呆然と見つめながら言葉を紡いだ。

 

「力なんか持つべきじゃない。それは不幸を作ってしまうから………」

「………箒」

 

 シャルは箒のそんな顔を、信じられない物を見るかのような瞳で見ながら、思わず呟いてしまった。

 

「凄い!!………私、初めてこんなにしっかりした理由でIS乗ってる人に会ったよっ!」

「なぬっ?」

 

 今度は箒の方が、シャルを信じられないといった表情で見つめ返す。見つめられたシャルはというと、あっけらかんと微笑みながら、おかしそうに話し出す。

 

「箒の言葉を借りると、私なんて最初からIS乗る資格なんてないよ………だって、私はヨウタの力になりたいだけでIS乗るって決めたもん。純度100%自己満足だよ」

「そ、それは………いや、私はただ、私自身の心構えを…」

「それにね………今、話を聞いて分かったよ」

「?」

「箒は、本当に優しいんだね………いつも、誰かのために必死に戦ってる」

 

 シャルの思わぬ評価に、箒はどう答えたらいいのか判断できずに戸惑ってしまうが、そんな箒の様子がおかしかったのか、クスクスと更に声に出して笑い出すシャルロットに、流石の箒も憤慨してしまう。

 

「ハハハハハッ! 箒、照れ屋さ~~ん!」

「!! 勝手に言っていろ!!」

 

 頬を膨らませながらそっぽを向く箒を見て、彼女の肩の力がようやく少し抜けたことを確認し、シャルは話を続ける。

 

「箒の優しいところ、私は好きだよ………だからかな、そうやってすぐに自分を卑下しちゃう所は嫌いだよ」

「………シャル、だけど私は」

「言い訳するところも………もう、ヨウタも箒も、どうして肝心なところで突然そういう『逃げ』に走っちゃうのかな!? どうせ箒も『自分は戦うことしか知らない』とか言おうとしたんでしょう!?」

「うっ」

 

 普通に図星だったようで二の句が継げない箒を見ながら、シャルは思わずため息をついてしまう。

 

 戦うことに関しては掛け値なしに天才である陽太や、オーガコアとの戦いにおいてベテランというべきキャリアを持つ箒であったが、こと一般的な人間関係になると、途端に臆病な子供のように自分の殻に閉じこもりがちになってしまう。本質はとても純粋で優しいのに、無駄に警戒心を全開にして、まるで未熟な牙を剥いて威嚇してくる子猫のようにも見えると密かに思うシャルだった。

 

「……………とりあえず一段落着いたわ~」

「着いたね、一段落~~~」

 

 が、そこに女性の声が廊下の向こう側から聞こえてきた。当然ここは病院なのだから中で働いている人はたくさんいるのだが、表の騒ぎの後片付けのために人手が大部分で払っていたため、今までは病院内部が恐ろしいほど静かだったのだが、俄かに活気出す。そしてその中で知った声が混じっていたことに気がついた箒の表情が一瞬で青ざめた。

 

「………!!」

「………箒?」

 

 急にキョロキョロとしだしたかと思えば、箒は急に立ち上がると、有無も言わさずシャルの腕を引っ張りながら口を塞いで、廊下の陰に隠れてしまったのだ。

 

「!?!?!?!?!?!」

「す、すまん! だが………そのすまん!!」

 

 何故いきなり自分の口を塞いで拘束するのだと口を塞がれながら抗議するシャルに、動揺しながら必死に謝る箒………普通に考えれば隠れる必要は欠片もないのだが、残念なことに今の箒にはどうしても会いたくない、会いづらいことこの上ない人の声だったがために、激しく動揺してしまった結果だった。

 

「あら? 箒ちゃんの声が聞こえたと思ったんだけど?」

「あれれ?」

 

 その人物………婦長とのほほんは、ナースステーションの椅子に腰掛けると、のほほんはリュックの中からお菓子を取り出し、婦長はそんなのほほんに気を使い、備え付けのコーヒービーカーからコーヒーを入れて差し出す。

 先ほどまで、外にいる患者の誘導と手当てを行っていた婦長と、その婦長の隣で自主的に手伝いをしていたのほほんは、一通り仕事を終えると休憩がてらナースステーションまで戻ってきていたのだ。

 湯気を上げるコーヒーを受け取ったのほほんは、ミルクと砂糖をたっぷりと投入し、疲れた脳内に糖分を補給しようとコーヒーを飲みあげる。そんなのほほんに、婦長は微笑みながら話しかける。

 

「お手伝いご苦労様ね、本音ちゃん」

「お安い御用だよ婦長さん~! ほーちゃんたちも一生懸命頑張ってるからね~」

「そう………本音ちゃんは、本当に友達想いなのね」

「えっ!?」

 

 婦長の思わぬ評価に、のほほんはお菓子の包み紙を開ける手を一旦ストップして、照れ隠しするように頭をポリポリと掻き始める。そして、婦長は廊下の方を一瞬だけ見ると、ぽつりと言い放つ。

 

「箒ちゃんも、同じくらいに友達想いなんだよね、本音ちゃん?」

「ん? そんなの決まってるよ~!」

 

 その言葉に肩を震わせて、下を俯く箒を見たシャルは、彼女が心の中で今の言葉を否定していることが手に取るように理解できた。

 だが、婦長は、知ってか知らずか、話を続ける。

 

「………本音ちゃん、私はね、職業柄のせいで、色々な人達(お医者さん)を見てきた」

「???………婦長さん?」

「長く患者さんと付き合っていると、自然と情が移ってしまって、その患者さんが死んでしまうと皆泣いちゃうの………でもね、長くそれを繰り返していると、皆心を移さないようにする」

 

 彼女の静かに語る言葉が、広い病棟の中、三人の少女の心に響く。

 

「そしてね、泣かなくなっちゃうの………私もそう、人間だもの。悲しい事が続くことに耐えられなくなって、自分の心を守ろうとするのは当然よ」

 

 婦長はのほほんの頭に静かに手を載せると、言葉を続けた。

 

「だけど箒ちゃんは違った」

 

 箒の方が震える。動揺が手に走り、掴まれていたシャルに伝わる。

 

「ううん。箒ちゃんだけじゃない、貴方も楯無ちゃんもそう………どんな悲しみにも真正面から向き合って、いつも瞳に涙をためて、必死にこぼさないようにしてた」

 

 婦長の声が響いてくるたびに大声で『違う、違う』と叫ぼうとするが、どうしてだか声が出ない。喉元まででかかった言葉が口から素直に吐き出されてくれない。

 自分はそんな人間ではない、そんな優しくも強くも美しくもない………なおも心の中でそう自分に言い聞かせようとする箒だったが、その時、自分が掴んでいた手をシャルが強く握り返し、まっすぐ箒を見ながら首を横に振る。

 

『そうじゃない。もう自分を否定しないで、ちゃんとあの人の言葉を聞いて』

 

 言葉を使わないメッセージがなぜか心の中に流れ込んできた。強い、真っ直ぐな言葉は、箒の心の深いところに響く。

 

 シャルの意志に気圧されたかのように、彼女の言葉に黙って従った箒が、ゆっくりともう一度婦長の方を見たとき彼女は涙ぐんでいたのほほんの頭を優しくなでながらこう囁いた。

 

「貴方達は本当に賢い娘だから………泣き方、変えたのね」

 

 熱い、熱いものがこみ上げてきた。どんなに我慢しようともそれは自分の内側からこみ上げて、外に溢れ出ることを止められずにいたのだ。

 

「迷っても間違ってもいいの。だって、貴方達は悲しみを忘れてないから………悲しみを忘れない子は、優しさも忘れないから」

 

 暖かい、暖かい、母親のようなその言葉は、限界を超えてしまった箒の瞳から、かつて彼女が望んでいた心無き人形では決して流すことができない『涙(もの)』を流させる。

 

「(どうして!? もう二度と流さないと誓っていたのに………!?)」

 

 どれほど拭っても、後から後から涙は湧き出てくる。強くなるために、今度こそ大事な人達を守り抜くために、もう二度と流さないという誓いを自分自身に立てていたというのにだ………だが、そんな箒とは裏腹に、シャルは黙って彼女の肩を抱き寄せると、温かな腕で抱きしめながら背中を摩ってくれた。

 

「……うっ!………ううっ!!」

 

 その仕草が、初めて自分を慰めてくれた親友(簪)そっくりだったために、またしても涙が溢れて止まらなくなる………どうしても止まらない涙を前に、箒はついに泣き止むのを辞めて、声だけを押し殺してシャルの腕の中で泣き続ける。

 

「………もう、本当に泣き虫さんなんだから」

 

 鼻水垂らしながらしゃっくりを上げるのほほんの頭を撫でながら、横目で廊下の方を見ながら、婦長は確かにそう呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「報告は以上か………ご苦労だったな」

 

 ラウラ達からの報告を受け取った千冬が、いつもの通りの涼しげな鉄仮面のままで対オーガコア部隊をねぎらう。

 瓦礫の撤去作業などを行っていた陽太達だったが、重機と専門の人間が現場に到着したことでお役御免となり、疲れた身体を引きずってIS学園へと帰還していた。途中シャルと箒が現場を離れたが、後からシャルの連絡が入り、二人は遅れた帰ってくるとの事だった。

 

「って、なんでシャルは電話一本で信用されるんだ? 俺はちょっとでも外出すると鬼の尋問タイムだってのによ!?」

 

 寮の玄関ホールにおいて、疲れ果てて備え付けのソファに座るセシリアと鈴の隣で、ジュースを飲みながら、千冬に噛み付く陽太だったが、そんな彼の言葉も彼女は華麗に受け流し、そして反論を叩き潰す一言を言い放った。

 

「一言でまとめるなら『お前が陽太だから』だ………ラウラ、途中でこいつが勝手に抜け出して煙草を買いに走ってはいないだろうな?」

「いえッ!! その点は抜かりなく………休む間も与えずに働かせました!!」

「おのれ鬼畜共めっ!!」

 

 『俺を馬車馬のごとく働かせた理由がそれか!?』と憤慨する陽太であった………ちなみに未成年のくせに喫煙を止めようとしない自分が悪いとか考えないあたり、千冬の指摘は大いに正しいといえるだろう。

 

「もうお前達のような涙を持たない冷徹共と付き合えるか! 俺は飯食って風呂入って寝る!!」

「そうかそうか。だがまだお前個人の報告書が上がっていないんだ………山田君」

「ハイハ~~イッ!」

「!?」

 

 気が付いたとき、すでに両手を笑顔の真耶と彼のお目付け役の一人であるラウラに拘束された陽太は、ズルズルと引き摺られながら連行されていく………。

 

「イヤァァァァァッーーー!! 今日ぐらいゆっくり寝かせてぇ~~!!」

「大丈夫ですよ~~~。誤字脱字もなくちゃんと書ければ30分で済みますからね~」

「キビキビ歩け隊長!! 言っておくが今日はシャルに甘えることはできないぞ!!」

 

 隊長としての威厳もなにもあったものではない………事務仕事が極端に苦手かつ大嫌いな陽太にしてみれば、地獄から舞い戻ったと思ったらもう一度地獄に叩き込まれた気分になり叫び声をあげるが、そんな時、彼の直感が学園内の僅かな異変を気づかせる。

 

「(何だ? 一瞬だけ殺気に似た気配が………)オイ、ラウラ」

 

 そしてラウラの方を真剣な表情で見ながら、彼はラウラに申し出た。

 

「どうした?」

「学園内に侵入者がいるかもしれん。全員で捜索をするぞ!」

「……………了解した」

 

 が、そんな陽太の発言も、今のラウラと真耶には冗談としかとってもらえない。両脇の脇固めがさらに強固なものになったことを察知した陽太が慌てて言葉を続けた。

 

「お前が報告書を作成し終えれば、夜通し巡回させてやる」

「そうですね~~。まずは報告書を作ってからですね~」

「チョッ!? おま!? 冗談じゃなくて俺は本当に変な気配を感じ取ってだな!?」

「ああ、了解了解」

「ハイハイ」

 

 陽太がどんなに言っても二人は真面目に取り合おうとしない………やはり普段の振る舞いによる信頼とは重要なことなのだと、このときに陽太が反省したかどうかは誰にもわからないのだった………。

 

 と、そんな駄目隊長を視線だけで見送った一夏は、喉元にまで出掛かった言葉を吐き出すこともできずにおり、ひたすら無言で姉の姿を見続ける。

 

 ―――姉と瓜二つの年下らしき少女―――

 ―――そして千冬に大怪我をさせたアレキサンドラ・リキュールという女―――

 

 聞きたい。今すぐ全てを聞きたい。

 だがそれを聞くのが恐ろしい………千冬が自分にひた隠しにしていた真実を知れば、彼女が遠くに行ってしまうような気がして聞くに聞けない。無意識に奥歯を噛み締め、拳を強く握り締めて、一夏は黙って姉を見続けるだけだった。

 

「………どうした? 何か身体に不調を持ったのか?」

 

 そんな弟の視線に気がついた千冬は、心配そうな表情で彼の顔を見る。以前の教師としての威厳を保つために厳しい言葉しか吐くことはしなかったが、最近は言葉の端々に柔らかさがポツポツと見られるようになった………ホンの僅かづつだったが………。

 

「………くっ!? なんでもない!!」

「一夏っ!?」

「一夏さんっ!?」

 

 背後から呼び止める千冬とセシリアの声も無視して一夏は走り出す。姉の視線に耐えられなくなった一夏はその場を走り出してロビーを飛び出してしまう。

 今の千冬なら、自分の質問に素直に答えてくれるだろう。たとえそこで自分が激高するような事態になっても逆ギレなんてしないのだろう。

 だが、今の一夏の心の中には、姉に対して湧き上がった疑念を振り払うために、彼女と瞳をあわせることが出来ずにいたのだ。

 

 ―――なんらかの悪事に姉が加担していたのではないのだろうか?―――

 

 湧き上がった疑念が脳裏に染み出すが、一夏はそれを無理やり押し殺す。

 

「(千冬姉がそんなことするはずなんてない!! 間違ったことをしてるわけがない!!)」

 

 ならば何故、亡国機業(ファントム・タスク)に彼女と縁のある人間が二人もいるのだろうか?

 アレキサンドラ・リキュールと自分は本当に出会っていたのだろうか?

 束のことも彼女は直接面識があるように言っていた。それは何故なんだろうか?

 

 次から次へと湧き上がる内なる声を振り払うように、一夏はその場から少しでも遠ざかろうと必死に走り続ける。

 対して、一夏の異変に気がついた千冬は、直接現場にいたセシリアと鈴に彼の異変の理由を問いかける。

 

「何があった? 報告書によると、亡国機業の幹部と直接対話したとあるが………あの女に何を言われた?」

「あ、あのそれは………」

 

 千冬の質問に口篭るセシリアに対して、意を決した鈴は物怖じせずに答える。

 

「亡国の、あの馬鹿乳女(アレキサンドラ・リキュール)が一夏に言ってたんです。『10年ぶりの再会だ』って………」

「!?……………そうか」

 

 一瞬だけ表情を歪めた千冬だったが、すぐさま表情は元に戻り、最近では癖になってしまった胸元の傷を服の上から触れる仕草を見せる。

 

「教えてください千冬さん!! どうして千冬さんが亡国機業の幹部と知り合いなんですか!? それにあの女がその傷をつけたって本当なんですか? っていうか、どうしてそんな殺し合いするような事になったんですか!?」

 

 感情のままに言葉を走らせる鈴だったが、千冬の表情を見た瞬間、激しく後悔を覚える。

 

「……………そうだな、何故なんだろうな?」

 

 天井を見上げ、胸元に右手を置きながら、彼女は今にも泣き出しそうな表情でポツリと呟く。

 

「……………私とアイツが殺しあったのは事実だ。そうだ………事実なんだ」

 

 ―――ハハハッ………ハハハッ!! ハァッハッハッハッ!! そうだ!! 我々は最初からこうあるべきだった!!―――

 

 ―――嫌だッ!! 止めてくれ!!―――

 

 ―――何を嫌がるッ!? 私達が本来あるべき姿に帰っただけだ!!―――

 

 ―――嘘だッ!? 私とお前は親友だッ!!―――

 

 ―――違うッ!! 私とお前は『宿敵(てき)』だ!! 『宿敵(てき)』であるべきだったんだッ!! 命を賭けて雌雄を決する戦士であるべきだったんだ!!!―――

 

 ―――違うッ………私達は……こんなことのために……『先生』はッ!?―――

 

 ―――あの人は関係ないっ!!………だから私と全力で戦え!! 全てを振り絞って死力の限りを尽くせ!! 私を殺すつもりでこい!! そんなお前を殺し、初めてお前がその手にした『最強』を、私が名乗ることが許されるッ!!―――

 

 ―――………嫌だ。もうそんなの嫌だ………どうして私が………もう戦いたくも、ましてやお前を殺したくなんてないんだっ!!―――

 

 ―――!! 今更………貴様が言えた言葉かぁぁぁぁぁぁぁっ!!!―――

 

「理解し(わかり)合っていた………疑うことなく、心からそう私は信じていた」

 

 胸に疼く鈍痛………過ぎ去った時は戻らないというのに、千冬の心の傷は10年たっても癒えることなく彼女を苛み続けている。

 

「いや、最初に裏切ったのは私なんだ………これ以上考えられないぐらいの、酷い裏切りをアイツ『等』に私は行ったんだ」

 

 心の底から後悔していることが判るぐらいに憔悴した千冬の表情に、セシリアと鈴はその内容がなんなのか、それ以上問いかけることが出来ずにいたのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 ロビーから飛び出した一夏が、寮の近くにある林の中に飛び込み、適当な木に頭を当てながら乱れた呼吸を整えようとする。

 

「ハァッー、ハァッー、ハァッー………ちくしょう……なんで俺は、肝心なときに尻込みしちまうんだよ」

 

 聞きたかった。全部話してもらって千冬に少しでも楽になってもらいたかった。彼女が背負ったものを今度は自分が背負いたいから。自分のために姉が背負ってしまったモノがあったとするなら、それは自分が本来背負うべきものだと一夏は考えたのだ。

 

「俺が、千冬姉の全部を受け継いでみせるんだ」

 

 だが、それがある一面において「傲慢」であることを今の一夏が知る由はない。姉のために、弟のために、互いが想い合うあまりに気負ってしまう織斑の悲しい気質なのかもしれない。

 

 そしてそんな気質を受け継いだ者が、ここにも一人………。

 

 

 

 

「………お前に、織斑千冬の何を受け継げるというのだ?」

「!?」

 

 

 

 

 木々の陰に隠れていたために気がつくことが出来なかった一夏は、驚いて声のしたほうに振り返る。そしてそれと同時に、雲間に隠れていた月の光がゆっくりと覗き、彼女の姿をぼんやりと浮かび上がらせる。

 

「何も知らず、何も気付かず、ただあの人に護れていただけのお前に、背負うなどと出来るはずもない!!」

「織斑………マドカッ!!」

 

 月光に照らされたのは、自身が受け継ぐといった姉を幼くしたような、だが紛れもなく織斑千冬その人と言えるだろう容姿をした少女。自分と敵対する彼女が一人で堂々IS学園に侵入してきたことに驚愕する一夏だったが、彼女は瞳に激しい敵愾心を漲らせ、一夏を睨み付けながら言い放つ。

 

「ただ無知のまま、有象無象の中に埋もれていれば相手をする必要もなかったものを………そんなお前が世界でただ一機の第四世代ISを身に纏っているだと?」

 

 同時にそれは、自分の相棒である男の標的ということを意味し、彼の興味と視線が一夏に注がれているということでもある。更に彼のISの能力には上司であるスコールですら注目しだし、今の一夏は色々な意味で『台風の目』と化しているのだ。

 

「腹立たしい………お前がそうやって息をしていることすらも!!」

「だから………お前はいったい何なんだよ!? なんで俺はお前に、そんな恨まれないといけないんだ!?」

 

 姉そっくりな少女に訳も分からぬままに憎悪されている現状を何とか改善したい。そう願った一夏の質問に、マドカは一見、落ち着いたような雰囲気で、質問し返してくる。

 

「織斑一夏………お前は『VTシステム』という言葉に、聞き覚えはあるか?」

 

 そのマドカの聴きなれない言葉に、一夏は首を捻らせながら答えた。

 

「VT?………セシリアのBTとかじゃないんだよな。いや、聞き覚えはないけど……」

 

 マドカの空気が若干和らいだかのように思えたため、砕けた感じで答える一夏だったが、次の瞬間、マドカは先ほど以上に剣呑とした気配で、犬歯をむき出しに吼えた。

 

「よ~く分かったよ! お前はやはりこの場で死ぬがいい!! 無知のままにあの世に送ってやることが、せめてもの情けだ!!」

「だっ!? だからなんでッ!!」

 

 たったそれだけのやり取りで、なんで駄目出し食らわないといけないんだっ!! と叫ぼうとするが、マドカの背後からすでに展開されていたBT達が、木々の陰から飛び出したことに驚愕する一夏。この少女は生身の自分相手にも、一切の躊躇をせずに、本気で『殺し』に来ているのだと実感する暇もなく、マドカは宣言する。

 

「死ね」

 

 短く、死の宣告をすると同時に、八つの牙から蒼色のビームが放たれ、無防備の一夏に襲い掛かる。

 

「!!」

 

 ISを展開するのも間に合わず、完全に棒立ちの状態で致命傷というにはあまりにオーバーキルな攻撃を受けようとする一夏は、叫び声をあげることなく体をビームに引き千切られ………。

 

 

 

 ―――瞬転、天空から二人の間に割って入る白き鋼!!―――

 

 

 

 突如、空の上から超高速で落下してきた物体が、ビームを弾きながら二人の間に巨大なクレーターを作って地面に突き刺さったのだ。

 

「!?」

「ぐへぇっ!」

 

 爆風によって飛ばされた一夏と、なんとか踏み留まったマドカだったが、予想だにしていなかった事態に困惑する二人………そして、舞い上がった土煙が晴れ始めたころ、落下してきた物体が月明かりで輝く白鋼だったことを確認したマドカが、思わずつぶやいた。

 

「………盾?」

 

 が、マドカのつぶやきに、頭上から間髪要れずに『彼女(防人)』の声が凛と響く。

 

 

 

「………剣だッ!」

 

 

 

 その声に、尻餅をついていた一夏は思わずハッとなって見上げ、そして嬉しそうな声で彼女の名を叫ぶ。

 

「箒ッ!!」

 

 白き鋼、全長5m以上の巨大な斬艦刀の上に、紅椿を展開し、両手にレーザーソードを携えた箒は、一夏の声に反応し、落ち着いた声でISの展開を催促する。

 

「一夏ッ!! 早く白式を纏え!!」

「あっ………ああっ!」

 

 そして一夏が慌ててISを展開するのを目だけで確認した後、自分を睨み付けてくるマドカに視線を向けた。

 

「キサマッ………どこまでも私の邪魔をッ!!」

「………ならば、どうする?」

 

 昼間とは真逆の、激高するマドカといたって冷静な箒という図式となる。そして二人の少女は、湧き上がる気迫を抑えることなくぶつけて叫んだ。

 

「お前から先に潰してやる!! 篠ノ之箒ッ!!」

「お前に一夏は殺させないっ!!」

 

 マドカがISを完全に展開し、ビームサーベルを抜き放つ中、箒は誰に向けたわけでもなく、今一度、己に誓うように、言い放つ。

 

「もう何も、失うものかと、決めたから!!」

 

 

 

 

 

 




シリアスかと思ったら、最後のネタをやりたかっただけな回でしたw



いや、中はシリアスいっぱいだよ。


と、さてさて、次回は箒VSマドカの第二ラウンド!
てか、マドカさん一人で来て大丈夫か!? 曲がりなりにも出番はないけどジークを倒したやつがいる以上、


 出番のない主人公>ジーク>マドカ

が確定しているというのに


陽太「え? 俺出番ないの? ってか、読者の皆さん!! 私が主人公の火鳥陽太です! 主人公のっ!! 火鳥陽太ですっ!!(必死)」

追記

マドカが言った「ただ一機の第四世代」というのは誤字ではありません。太陽の翼では実は重要な設定になっております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれの胸のうち


あれ? なんだかこの話でこの章終わりにするつもりだったのに、まだ終わらないよ!


しかも一月かかってこの出来とは………。

ってなわけで、マドカの戦う事情、そして防人の技、存分にご覧ください!


 

 

 

 

 

「もう、何も………失わない。だと?」

 

 箒の言葉を聴いたマドカの目の色は見るからに怒りの色に染まり、彼女は左手に持っていたシールドを投げ捨てると、拡張領域(バススロット)の中に格納している後付武装(イコイライザ)の『ビームサブマシンガン・イングラム』を量子変換し、箒に向かって引き金を引く。

 マドカの武装の中で軽量かつ、取り回しが優れている短機関銃砲で、攻撃力はやや低めながら近中距離で連射すれば量産型のISなど数秒で蜂の巣にできる代物であるが、あろうことか箒はそのビームの僅かに開いた隙間を縫うような動きで前進しながら斬りかかってきたのだ。

 

「!!」

「!?」

 

 上空から飛び掛っての打ち下ろし、そして続けざまの切り上げ。左右二刀のレーザーソードから繰り出された連撃をを紙一重で回避したマドカは、後退しつつビームサブマシンガンを構えて発砲する。

 

「なっ!」

 

 だが、素早く引き金を引いたにもかかわらず、それよりも速く大地を蹴って跳躍した箒はマドカを飛び越えながら体勢を変え、着地を待たずして右のソードで薙ぎ払いの一撃を放ったのだった。

 

「くっ!?」

 

 ほぼギリギリ。若干前髪を切り裂くほどの寸でのタイミングでその一撃を頭を屈めて避けるマドカだったが、頭を下に向けるということは同時に相手から一瞬だけ視界を外すという事。そしてその隙を今の箒は一切を見逃しはしない。着地した箒はマドカの体勢が整うのを待たずして、ビームサブマシンガンの銃口を刀の柄で弾き上げながら、鋭い視線をマドカに送る。

 

「(これはっ!?)」

 

 背筋を走る悪寒に、反射的に銃口を正面に向けたマドカだったが、その表情は驚愕に歪む。

 

「(あの女、何処にッ!?)」

 

 たった今まで、目の前で斬り結んでいたはずの箒の姿が何処にもないのだ。

 

 何処に逃げた? そんな疑問が頭を掠める中、自分の背後から伸びる二本の刃の存在が、今度こそマドカの全身を凍りつかせた。

 

「(この女、昼間とは動きがまるで違う!!)」

 

 背中合わせで、自分の首下と脇の下にレーザーソードの刃を突き付け、涼しげな表情で立つ箒の変わり様に、対決しているマドカだけではなく、脇で見ていた一夏すらも驚いていた。

 この間までの箒は頑なに一人で全ての決着をつけようと、大振りな太刀筋と力任せの大技ばかりを使っていた印象があり、何処かその戦い方が危うさを醸し出していたのだが………。

 

 今はどうだ? まるで舞うように刃を振るい、踊るように大地を駆けている。その戦い方は見ていた一夏が一瞬見惚れてしまったぐらいだ。

 

 だが関心ばかりもしてられない。何故ならマドカには大事なことを聞かないといけないのだから………一夏は箒にそのことを伝えようと声をかける。

 

「箒………そいつはっ!」

「分かっている」

 

 凛とした声ではっきりそう返事をしてくれた箒に一夏は安堵する。しかし、その表情が彼女の癇に触るのだった。

 

「勝負はまだ終わっていないぞ!!」

「!?」

 

 右手に持ったビームサーベルを反転しながら振るう。箒は彼女が動き出した時点で真上に跳躍することで回避していたが、そんな彼女に向かってマドカは八つのビットを切り離し、自身が操れる最高速で彼女に解き放つ。

 

「遊びは無しだ!! 蜂の巣になるがいい!!」

 

 一夏がそのビットの動きを見るのは今度で三度目。だが今のスピードは今までで最速であるといえ、空中を飛ぶ箒の四方を取り囲んで、ビーム発射口からビームサーベルを出力し、全方位から襲い掛かったのだった。

 

「箒ッ!?」

 

 心配になって彼女の名を叫ぶ一夏だったが、幸いなことに、箒にとって全方位から襲い掛かってくる攻撃というのはそれほど心理的脅威を与えられないのだ。何故なら………。

 

「済まぬな。この二年間、大軍に囲まれてばかりの日々だったもので………」

 

 最初に牙を向いた二基のビット目掛けレーザーソードを投擲する箒。そしてその光刃は吸い込まれるかのように空中を縦横無尽に駆け抜けるビットに突き刺さり、爆散させたのだった。

 

「なにぃっ!?」

 

 さすがにこれは予想外だったのか、マドカが驚きの声をあげる中、箒は全身の展開装甲から、ミサイルを発射する。

 『散桜刃舞』………ミサイルとレーザーソード双方の特性を持った針の嵐は、ビットたちを無視し、直接マドカに向かって飛来したのだ。

 回避しようにもあまりの数に、彼女はそれは不可能と判断、ビットを呼び戻すと間一髪でバリアフィールドを展開し、散桜刃舞を防ぐことに成功する。

 だが、これは箒の読みの範囲内。こちらの回避不可能の範囲攻撃で敵の足止めをし、彼女は地上に急降下すると、巨大な斬艦刀と化しているビットと雨月・空裂を回収すると、急降下の勢いをまったく緩めることなく、地面スレスレを疾走、マドカの正面から刀を構えて突撃する。対してマドカもレーザーソードの嵐が止んだ直後、正面から突っ込んでくる箒に向かって、ビットを再び向かわせた。

 

「!!」

「!?」

 

 そして、一瞬の静寂………六つのビットから出る蒼いビームの刃が全身に突き刺さる寸前で止められた箒と、銀色に光る二つの刃が、胸元と額に突きつけられ、ほんのわずかに力を込めただけで刺し殺せる上体で止められたマドカの間で、激しく火花が散る。

 

「篠ノ之………箒ィィィ」

「………フッ」

 

 表情だけとはいわず、全身から殺気を放つマドカに向かい至近距離でなんと箒は彼女を鼻で笑い飛ばしたのだった。

 

「何がそんなに可笑しいッ!?」

「お前は、私を、一夏を見下してばかりだな」

「何ッ!?」

 

 箒の何気ない一言………そして、次の瞬間、左側方から感じ取った僅かな気配と箒の笑みが、マドカの背筋を凍りつかせた。

 

「そうやって見下してばかりだから………」

 

 マドカが何かに気がつき、左方向を見る。

 

 ―――両手に四挺、Eシールドを内蔵した大型シールドとセットになった大口径ビームガトリングを両手に二挺づつ持って構えるシャルの姿―――

 

「勝機を見落とす!」

「Fire!」

 

 箒とシャルの言葉が重なる。と同時に箒がバク転しながら飛び退くのと同時に、大口径ビームガトリング四砲門による飽和攻撃が開始され、凄まじいビームの嵐がマドカに襲い掛かった。

 

「グッ!!」

 

 戦艦からのCIWSの掃射と勘違いしそうな発射音をさせ、木々をなぎ倒し砂煙を上げるビームの弾丸がフィールドに激突し、激しく火花を散らしあう。そしてバリアフィールドを通り越してくる衝撃と、そのフィールドを発生させている自分の脳波でコントロールするビットに掛かる負荷を必死に堪えるマドカだったが、

シャルはそんな彼女に対して、不敵なセリフを投げかけた。

 

「いくらなんでも、無策でココまで来ちゃうなんて、ちょっと無謀が過ぎるんじゃないのかな!!」

「クッ!?……な、なにを…」

 

フィールド維持に精神の大部分を割いているマドカには、それが何を指した言葉なのか、正確には理解できないでいた。ただの挑発………その程度の認識で、彼女はシャルの四砲門の砲撃を全て受け止めきった後に、小賢しい台詞毎倍返しにしてやろうとシャルの方を睨み付ける。

 

 そんなマドカの意識の外に追いやられたからこそ、彼女の一撃を避ける最後の機会を失ったのだ。

 

 

 

「私を前に、気を取られるとはっ!!」

 

 箒の声と共に、紅椿の腰の装甲から二本の柄が飛び出し、それを掴むと同時に柄から両刃の長剣が形成され、柄同士を連結させた箒は頭上でヘリのプロペラのように高速で回転させ始める。

 

「いざ、推して参る!」

 

 頭上で高速回転させている双剣から、攻撃力増強のための炎が噴き出した。幾分、陽太の扱うプラズマ火炎よりも赤みかかったその炎を纏わせ、箒は背中と両脚部のスラスターを点火し、一気にマドカに斬りかかった。

 

「剣閃疾走ッ!!」

「!?」

 

 高速で剣を回転させながら突っ込んでくる箒の姿に、ようやくマドカは我が身の危険を感じ取るが、回避するにはあまりにも絶望的なタイミングだった。

 

「風輪火斬(ふうりんかざん)!!」

 

 ―――バリアフィールドごと、斬り裂かれるアーバレスト・ゼフィルス―――

 

「カハッ!!」

 

 右肩から胴までの装甲が袈裟懸けにバッサリと斬り裂かれ、吹き飛び地面に転がされてしまったマドカは、箒の技を受けた衝撃で肺から出尽くした空気を必死に取り戻そうと咳き込む。

 

「ガハッ! ケホッ!! グッ………し、篠ノ之………箒ィ…」

 

 だが、そんなマドカに向かって、箒は容赦せず………いや、その闘志の強さを認めた上で、意識がある限り彼女は抵抗を続けると判断し、早急にかつ確実に戦闘不能にする気で、トドメの一撃を放とうとした。

 

「話は別途で聞かせてもらう!!」

 

 スラスターが唸りをあげ、高速回転した炎刃が火の粉を散らし、マドカに迫る。

 

「覚悟ッ!!」

「チッ!?」

 

 だが、振り上げた刃が、振り下ろされそうになった間際………紅と青の間に白き影が割って入ったのだった。

 

「ちょ、ストップッ!!」

「い、一夏ッ!?」

 

 これから話をしようとする人間を気絶させられてたまるか、とマドカをかばう形で二人の間に割って入った一夏だったが、そのタイミングがあまりにシビアで、前髪がわずかに箒の実剣で切り落とされるほどだったため、正直肝が冷えて、ちょっと涙目になる。対して箒も、容赦なく振り下ろした刃を、文字通り「髪一重」で寸止めすることになんとか成功したが、いくらなんでもどうしてこのタイミングで割って入ったのかわからなくて、思わず一夏を怒鳴りつける。

 

「な、何を考えている!! いくらISを纏っていたとしても、もう少しで大変なことになっていたぞ!!」

「い、いや………つい反射的に……って!? とりあえず話がしたいからこれ以上はちょっと待ってくれ!!」

「話も何も、お前はついさっき殺されかけたばかりなんだぞ!! 少なくとも話ならコイツを拘束してからでも遅くはあるまい!!」

 

 つい先ほど生身をビットで狙われたとは思えない一夏の危機感の無さに憤る箒だったが、彼女もまたそんな一夏の相手をしたため、マドカへの注意が少しだけ殺がれてしまう。

 

「(ふ、ふざけるなよ………)」

 

 自分に一撃を食らわした箒もさることながら、そんな箒から自分をかばう一夏の態度が殊更に腹立たしさを沸き立たせ、左手に握られたサブマシンガンの銃口を一夏に向けようとするが、そんな彼女のすぐ間際をガトリングの連射が襲い掛かり、マドカは思わず身を翻してしまう。

 

「もう………一夏も箒も、痴話喧嘩はタイミングを考えて」

 

 無論、その一撃は言わずもがな、両手に大型のビームガトリングを計四挺も携えたシャルであった。マドカに歩み寄りながらも、彼女はガトリングの銃口をマドカに向けつつ、厳しい視線と言葉で彼女の行動を制限する。

 

「いくら君が強くても、今の状態なら一対一でも私で勝てそうだね。それにIS学園には君の相棒の人を倒したヨウタもいるんだよ?」

「クッ!」

「これ以上暴れずに大人しく投降して………」

 

 重い銃口が不気味な金属音を鳴らせるシャルの眼を見たマドカは、この場をどう切り抜けるのか思案しながら周囲を見回す。

 ビットは半数全壊、残り半数もエネルギーを使い果たし充電が必要。シールドエネルギーも箒によってISを展開状態にするのが限界なほど削られ、誰一人頼らずここまできたため数の上では圧倒的不利、時間がたってジークを圧倒した陽太が応援に来れば勝機は皆無。しかも先ほどの技の威力が自分の体から未だ抜けきっておらず、思うように動いてくれない。

 

 しかしそんな絶望的な状況でもマドカの闘志は折れることはなかった。

 

「ま、まだだ………私は………私はッ!!」

 

 こんな所で朽ちてしまうわけにはいかない。こんな情けないままで終わるわけにはいかない。マドカの変わらぬ決意を目の当たりにした箒とシャルは、当初の予定通り彼女を戦闘不能にまで追い込むしかないと武器を再び構えなおそうとしたとき、凛とした声がその場に響く。

 

 

「双方! そこまでっ!!」

 

「!?」

「!?」

「「!!」」

 

 箒とシャルが驚いてそちらの方を振り返り、一夏とマドカにいたっては驚愕に表情を歪ませる。

 

「篠ノ之、デュノア、銃を下げてくれ。ここまでのこと、感謝している」

 

 黒いスーツを身に纏った女傑が、月明かりの中をゆっくり歩み寄ってくる。しかも背後には対オーガコア部隊の残りのメンツである、鈴、セシリア、そしてラウラと真耶に首根っこを引きずられながら不貞腐れながら紙パックのコーヒー牛乳をすする陽太の姿だった。

 

「お前たちは下がっていてくれ。後は私が引き受けよう」

 

 生身の状態で、手負いとはいえIS展開状態のマドカに近寄っていく千冬の姿に、一夏は不安そうな表情で声をかける。

 

「千冬姉!! そんなっ!」

「心配するな一夏。大丈夫だ」

 

 何かそう確信めいたモノを持った笑みを浮かべて前に出た千冬は、マドカの前に来ると、膝を折り彼女と同じ目線の高さにしゃがむ。と同時に、展開状態のISのエネルギーにも限界がきたのか、彼女のISが待機状態に戻ってしまった。

 

 だがそのことにすら気がついていないマドカにむかって、静かに千冬は語りかけた。

 

「……………直に話をするのは初めてだな。お前のことは束から小耳に挟んではいたのだが………まさか生きていて亡国に所属していたとは…」

「織斑………千冬ッ!?」

「VT………ヴァルキリー・トレース・システムの13人目のM………マドカだな」

 

 VT=ヴァルキリー・トレース・システム………その言葉を聴いたシャルやラウラ達が何かに気がつく。そして教師である真耶が、厳しい表情でそのシステムの説明をしてくれる。

 

「確か、過去のISの世界大会(モンド・グロッソ)の部門受賞者(ヴァルキリー)の動きをトレースするシステムで、その研究、開発、使用の全てがアラスカ条約で禁止されている禁断のシステム……」

「禁断?」

 

 一夏の問いかけに、眼鏡の角度を指で直しながら真耶が答えてくれた。

 

「ええ。そもそもシステムそのものが搭乗者を半ば機械的に制御してしまって、人道的に問題が多いんです。言わばオーガコアに限りなく近いシステムですから……」

「それだけじゃない」

 

 そんな真耶の説明を補足するように、コーヒー牛乳を啜っていた陽太が、不機嫌そうな表情を直すことなく、説明し始める。

 

「今、真耶ちゃんが説明してくれたのは『表』のVTシステムのことだ。第二世代ISの性能向上を目的にした、搭乗者(ソフト)の簡易強化ツールのことだ」

「お、表?」

「それってどういうことなのよ?」

 

 真耶に言われた概要自体は、IS操縦者たちの間では割と知られていること(一夏除く)であったが、陽太の発言はまるでそれが『表向き』の話でしかないとでも言いたげなものだった。

 では、そのもう一つあるVTシステムとはなんなのか? 千冬とマドカを除く全員の視線が陽太に集まると、まるで苦虫を潰したかのように表情を歪め、彼は履き捨てるように言い放った。

 

「性格最悪な束ですら、やらないようなことだよ……………話自体は簡単だ。最強の兵器であるISを最強足らしめる操縦者は、やはり最強の力を持っていなければならない。そして数を揃えてしまえば、自ずとそいつらが所属している国は最強だ。そう考えたアホ共は、手っ取り早い手段を考え出した」

「手っ取り早い………手段………!?」

 

 陽太の言葉を聞いた全員の脳裏に電流のような嫌な言葉が浮かび上がり、思わず千冬とマドカの双方を見比べる。

 そして、信じられないものを見るかのように、陽太の方を再び見返すと、彼は伏し目がちな表情で静かに語った。

 

「……………そうだ。最強のIS操縦者のクローンを作って量産したんだ………全部で26人。それぞれアルファベットを認識票代わりに与えられたらしい」

「そ、そんな………」

「なんで26人だったかは知らん。大方後々にクローン同士で競い合わせて能力増大を狙ったのかどうだか………だが、途中でその計画自体が頓挫したって、束は言ってたな」

 

 陽太の言葉に全員が引き攣ったようにマドカを見た。

 

「クローンの能力が目標にまで到達しなかったからなのか、それとも非人道的なことがばれて、どっか他所様からハイパーな物理的バッシング食らったのか、そりゃどうだか知らんが、とりあえず計画は頓挫、その計画からフィードバックされたデータで表のVTシステムを完成させられたとか言う話だが……」

 

 そして陽太はその計画によってこの世に生を受けた少女に問いかけた。

 

「………ほかのクローンたちは間引かれたのか?」

「!?」

 

 その言葉を聞いた、心臓を鷲掴みにされたかのような衝動に襲われる。

 

「………そうだ」

 

 対してマドカは、目を血走らせ、全身からこの世の全てに向かって憎悪を向けたかのように、深い殺意と怨念を解き放つ。

 

「みんな………みんなッ、死んだッ!! 殺されたんだ!! 私達を勝手に作ったやつらに、勝手に殺されたんだッ!!………私達が貴女に成れなかったばかりにだ、織斑千冬ッ!!」

「……………」

 

 自分が本来なるべき存在だったはずの千冬を見たマドカの瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。

 

「私達は貴女になりたかった! 貴女になることしか生きる理由は与えられなかった!! だけどそれも否定されて、みんなが死んだッ!!」

 

 ―――なりたかった人。自分達のオリジナル。自我なんて言葉を与えられなかった彼女達が、唯一全員で興味を持った存在―――

 

「貴女と同じぐらいに強くなれれば、私達は貴女に会える!! それだけを信じてみんながモルモットの扱いに耐えていたのに………耐えていたのに………」

 

 研究所で自分が製造されて数年………受精卵の状態から手を加えられ、真っ当な時間と方法で成長せず、急速に発達した肉体と自我は、日々与えられるカリキュラムという名の拷問に等しい訓練にも耐えて見せた。

 

「私達は………ある日、見放され、切り捨てられたんだ。これ以上時間をかけても意味がない。オリジナルと同水準になるなど不可能だと言われてなっ!!」

 

 今でも覚えている。26人の、限りなく自分に近い姉妹達が一人一人殺されていく姿………ただ命じられるがまま、研究所の人間に付き従っていたのに、誰も彼女達を人間であるなどとは思っていなかった。 動物ですらない。

 性能が水準に到達できなかった不良品の群れでしかないのだ。

 

 一人、一人と確実に銃殺され、最後にマドカだけが残った。そして残ったマドカは泣きながら、助けてとなんども叫びながら、世界に呪ったのだ。

 

 ―――簡単に捨てされるぐらいなら、なぜ私達を創った!!―――

 

 なぜ、ただの機械として作ってくれなかった? そうすれば入らぬ希望も、耐え難い絶望も味わうことはなく、黙って廃棄されることだってできたのに?

 私達はいったい何のためにこの世に生まれたんだ? 

 

 誰にも聞かれることがなかったはずの、魂から血を流しながら発したその叫び………。

 

 だが、それは『彼女達』には届いていたのだった。

 

「そして私が殺される直前、施設は亡国機業に襲撃された………どうやら、私を創った者達と亡国は敵対関係にあったようだ」

 

 彼女の脳裏に浮かぶその光景………。

 

 ―――炎に包まれた研究所において、研究員や護衛を皆殺しにし、その返り血を浴びた漆黒の龍―――

 ―――そして自分に手を差し伸べるスコール・ミュゼール―――

 

『アイツのクローンにしては幼いな………大方自分達の都合のいいように適当にいじくったな?』

『遅くなったわね。私はスコール………貴女達のことを知って、保護しに着たんだけど………貴女以外は間に合わなかったようね………ごめんなさい』

『謝る必要はない。とりあえず仇は取った。義理分は果たしている』

 

 ―――見たこともないような巨体をしたISを身に纏った漆黒の龍が、周囲の炎よりも、姉妹の、研究員達の骸から流れる血よりも、尚紅い瞳で自分を見下ろしながら言い放つ―――

 

『リキュール!? 貴女は………』

『大方、今、この惨状を嘆いているのだろう? どうして世界は自分たちを見放したのかと?』

 

 マドカは何も言い返すことができずにいたが、アレキサンドラ・リキュールはそんな彼女を見下ろしながら、昂然たる威厳を含んだ言葉を続ける。

 

『一度しか言わんぞ………お前の出生も、周囲の人間達のあり方も関係ない………お前の姉妹達が殺されたのは、お前達が『弱い』からだ。だから殺された』

『!?』

 

 弱い………彼女達の存在をたったその一言で切り捨てたリキュールをマドカは睨み付ける。だがそんな彼女の眼光では何一つ揺るがすことができない強大な意思の具現は、彼女に自身の思想を投げつける。

 

『お前の姉妹は弱いから殺された。研究員達は弱いから私に殺された。そして、お前は弱いから私達に助けられた』

『………違うッ!』

『お前がどう思うかなど関係ない。そして弱いままのお前の言葉など世界も私も信じる価値もない………世界を、私を動かすことができるものはただ一つだけ。世界を、私を、動かせるほどの『強さ』しかない』

『!?』

『スコールの手を取れ。彼女がお前に『力』を与えてくれる………後は強くなるかどうかはお前次第だ………だが忘れるなよ? お前の意志と願いを叶えてくれるのは、お前だけなのだということを』

 

 そして、ヤレヤレといった表情でマドカに手を差し出し、自分達がいったい何者か、そして何をしにきたのかを告げるのだった。

 

 

 ―――私達は亡国機業(ファントム・タスク)。かつて真の『英雄』によって作られた、世界に革新を願う者達………私の手を取って、世界を『本来あるべき姿』に共に変革しましょう―――

 

 

「そして私はスコールの手を取った! アレキサンドラ・リキュールの言うとおり、私は強くなった!! 誰にも頼らない! 私の価値を私が作る!! そして世界がそれを認めないと言うなら、世界を私達が作り変える!!」

 

 血に染まった悲しみ、抑えきれない憤り、魂から溢れ出た憎しみ、それが彼女の瞳から零れ落ちる涙に集約され、地面とマドカを見ていた一夏の心を激しく打つ。

 いや、一夏だけではない。話を事前にある程度予測していた千冬と、表情を隠すように皆に背を向けている陽太を除き、誰もが言葉を失い、呆然となってしまったのだ。

 

「………なんだ、その面は?」

 

 聞かされた彼女の過去に激しく動揺している一夏だったが、そんな彼の様子を見たマドカが歪んだ笑みで彼を見た。

 

「同情でもしたか? それとも憐れみでも覚えたか?」

「い、いやっ! 俺は………その……」

 

 だが彼女にしてみれば、一夏という人間は絶対にその存在を許してはならない人間なのである。自分達が地獄を見ている時に、目の前の男は自分達が求めてやまなかった、でも手に入れることが出来なかった物を一身に受け、温もりに包まれていたのだ。痛みも代償も払うことなく………。

 

「………お前や織斑千冬に責任はない。私達は所詮、愚か者達が勝手に創造した兵器(出来損ない)でしかない。預かり知れない場所の出来事のことを貴様が知らなくても………仕方ないとでも言うと思ったか!?」

「!?」

 

 マドカの鬼気迫る表情に圧倒され思わず後ずさる一夏に、彼女は言葉をたたき付ける。

 

「そんなお前が私と、『私達』と解り合いたい!? ふざけるなッ!! 貴様如きの安っぽい同情も憐れみも私は受けたくはない!! お前は『私達』の敵だッ! 黙ってその命を捧げ、あいつらの償いとなれ!!」

「あっ………」

「貴様の存在も、貴様のISも、私やジークに対しての侮辱でしかない!! あってはならないのだ! 貴様そのものがっ!!」

 

 言葉をぶつけられる度に一夏は弱々しく首を横に振る。身体は振るえ、歯をカチカチと鳴らしながら力なくうつむくだけで、反論の言葉など思い浮かばず、項垂れてしまった。

 

「私はお前を殺せるというのなら、喜んでこの命をくれてやる!! どうせ誰にも必要とされていない命だ!! どこで朽ちようともお前さえ殺せれば、それでいい!!」

 

 最早自分に降りかかった全てを、一夏への憎しみへと変換したマドカであったが、そんな彼女の物言いに、誰よりも早く噛み付く男がいた。

 

「さっきから聞いてりゃ、ベラベラベラベラ自己憐憫に浸りやがって………」

 

 ようやく自分の足で立ち上がり、振り返って不機嫌な表情を隠すことなくマドカを睨み付けた陽太は、彼女に言い放つ。

 

「立てクソガキ。ヒネって泣かして、もう一回ぐらいヒネてやる」

「火鳥………陽太ァッ!!」

 

 今まで一夏と千冬を思って、黙って事の成り行きを見守っていた陽太であったが、もう我慢の限界だといわんばかりに彼女に向かって歩き出す。

 腹立たしかった。少女の言い分全てが腹立たしてくて仕方がなかった。それはまるで遠い日、まだシャルとエルーに出会う前の頃の自分が叫んでいたかのような気が陽太にはしたのだ。

 だからこそ彼女の言い分を認められない。自分の弱かった頃の言い分など、今の火鳥陽太が認めるわけにはいかない。一夏や千冬には悪いが、彼女をこの場で叩き潰そうと陽太は立ち上がったのだ。

 

 彼女も陽太に対して、隠すことなく敵意と殺気をぶつける。いくら相手が格上といえども、こうなったらとことこんまでやるつもりでいた。ISも武器もないが、そんなことはもう関係ない。最悪の場合、待機状態のISコアをオーバーロードさせて自爆することすらも視野に入れていたマドカであったが、そんな今にも取っ組み合って潰し合いを始めようとする二人が思わず硬直してしまう事態が起こる。

 

 ―――パシィッンッ!!―――

 

 マドカの頬を鋭く打つ音が鳴り、一夏が、そして陽太も周囲の人間も、その『人物』を凝視した。

 

「ち、千冬姉………」

 

 今の今まで沈黙を貫いていた千冬が、表情を崩すことなくマドカの頬をぶったのだ。

 これにはマドカも一瞬呆けてしまったが、怒りの反論をぶつける。

 

「織斑千冬ッ! 貴女はっ!?」

「今のは、自分の命を軽んじた発言をした分………」

 

 そして千冬は、再び今度は反対側の頬を打つ。

 

 ―――パシィッンッ!!―――

 

「これは、お前の周りにいた者達が託した想いを軽んじた分」

「ふ、ふざけるなよ!!」

 

 一方的に自分をぶってくる千冬に対して、理不尽な憤りしか感じられなかったマドカは、拳を握り締め、彼女を殴りつけようと、拳を振るう。

 

「千冬姉ッ!?」

 

 一夏が思わず声を張り上げるが、千冬はそんなマドカの行動に対して、特に驚くことなく………。

 

「そして………」

 

 ―――両腕を伸ばし、彼女のパンチを避けながら―――

 

「これは」

 

 ―――自分よりも一回り以上小さな身体を腕の中に包み込んで―――

 

「お前達が、本来受けるべきだった分………」

 

 ―――マドカを抱きしめたのだった―――

 

「!!?」

 

 マドカの息が止まる。

 全身に電撃が走り、身体が思うように動いてくれない。

 暖かな腕の温もりが、肌を伝い、心の中に流れ込んでくる。

 

「すまなかった………助けてあげられなくて………私は、お前の、お前達の『姉』なのに」

「!?」

 

 その思わぬ言葉に、マドカは千冬を無理やり引き剥がし、信じられないものを見たかのように後ずさりながら、彼女から距離を置こうとする。

 

「な、なにを………なにを、貴女は、言っている?」

「何もも………妹達を助けられなかった不出来な姉が謝っているのだ………当然ではないのか?」

「!?」

「マドカ………もう止そう。一夏をお前が殺しても、お前が自分で命を絶っても、何も誰も還ってこない………塞ぐ事が出来ない空しさだけがこの世界に残ってしまう」

 

 マドカを真摯に、そして慈しみに似た感情で、彼女を見つめ、言葉をつむぐ。

 

「過去の清算が何一つ出来ていない私が言うのもなんだが………始めてみないか、マドカ?」

「………な、なにを?」

 

 恐る恐る言葉を問いただすマドカに、千冬は苦笑しつつ言った。

 

「家族をだ。私と一夏とお前とで………だ」

 

 ―――!?―――

 

 全員が一斉に千冬を驚愕の表情で見つめる。そして自分の言ったはずの言葉を、どこか可笑しそうに苦笑しながら、千冬は話を続けた。

 

「無論、無理強いはしない。だからといって亡国に所属させるわけにはいかない。然るべき措置は取らせてもらうが………どうだろうか?」

「な、なぜ? 何を突然!! そんな与太話をッ!!」

「与太話ではない………本来、私は26人全員引き取るつもりではいたのだぞ? もっとも、私を含めた27人も同じ顔をした人間がいれば、一夏や周りの人間が混乱してしまうかもしれないがな………」

 

 千冬はマドカにゆっくりと近寄ると、彼女の頭を優しくなでながら彼女に語り続けた。

 

「失った者の重み、その骸の重さを知っているお前の気持ちを理解できる。だからこそ、理解してほしいこともある………お前に託された命の重さはその比ではないということも」

「!!」

「お前までもが死んでしまったら、誰が25人の生きた証を残せるというのだ? 私や一夏ではそれは無理なのだ。お前でなければ彼女達の命の証は立てられない」

 

 そして言葉を一旦置き、千冬はマドカの両頬に改めて手を置いて、一番伝えたい言葉を口にする。

 

「生きろ。生きてお前の幸せを考えろ………それは罪ではない」

 

 今度こそ息が詰まった。言い返す言葉が思い浮かばず、口をパクパクと動かし、揺れる瞳で千冬を見続ける。

 

 最初、千冬に再開した時には、彼女に洗いざらい自分に起こった事をぶつけ、彼女に無知は罪であると教え、彼女の目の前で一夏を殺してやるつもりだった。

 

 ざまあみろ。お前達が幸せに生きている間に、幸福の意味すら理解できずに殺されたものがいたんだと、教えてやるつもりだった。たとえそれが筋違いの、復讐ですらない、単なる八つ当たりであったとしても、もう自分にはそれ以外にするべきことなど見出せないと思っていたから………。

 

 だが実際の織斑千冬は、そんな自分の憤りを受け止めてくれた上で、自分を受け入れるといってくれたのだ………死んでしまった姉妹達が、求めてやまなかった『妹』という言葉と共に、自分を家族として受け入れるといってくれたのだ。

 

 これは夢か? ただの幻聴か? それとも本当に現実の言葉なのか?

 

 判断がつきかねるマドカは、何も考えることなく、ただ自分を黙って見つめてくる千冬の瞳に吸い寄せられるように、彼女を見つめ返すだけであった。

 

「………千冬姉」

 

 そしてそんな姉の姿に、心の底から暖かな気持ちが湧き上がるのを感じた一夏は、素直に自分の未熟さを恥じることにする。

 マドカの言葉に衝撃を受け、何も考えられなくなり、自分の存在そのものに一瞬だけ嫌悪感を持ちかけたが、それは誤りだ。

 なぜなら、織斑一夏を守ってくれたのは、間違いなく織斑千冬だから。

 彼女が己の身を削ってまで守ってくれていたから、今、自分は生きている。生きて誰かのために戦える。

 そんな自分を否定することは、彼女が今まで歩んできた道を否定することに他ならない………。

 自分は千冬の全部を継ぐと決めたのではないのか?

 

「やっぱり………千冬姉はすごいや」

 

 改めて自分の姉に誇りを持つ一夏と、そんな千冬の弟子であり、振り上げかけた拳を事の成り行きで下ろさねばならなくなった陽太が、表面上は面白くなさそうに鼻で荒く息を吐き、とっとと寮に戻ろうとした時………。

 

「!?」

 

 ―――切り裂かれるような獣の気配―――

 

「千冬さんッ!!」

 

 覚えのある気配と、その気配の持ち主がどこに向かうのか反射的に察し、振り返ると同時に、ISを展開、考える暇も無く全速の瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使用し、陽太は千冬に向かって一直線に飛ぶ。

 と同時に、物陰から突然現れた黒い影が、千冬とマドカに向かって飛び出す。

 

「!?」

 

 突然の事態に、全員が反応しきれない中、白と黒の影が千冬とマドカの間で交差し………。

 

 ―――右手にフレイムソードを持ち、左腕に千冬を抱きながら空中で反転するブレイズ・ブレード―――

 ―――マドカを右腕で抱きかかえ、左手に実刀を携え、大きな樹木の枝に一瞬で降り立つ黒い全身装甲のIS―――

 

 互いの獲物が火花を散らせながらも、絶妙に斬り結んだ両者の視線が絡み合う。

 

「お前は………」

「ジークッ!?」

 

 陽太が軽く驚きながらも睨み付ける。腕に抱えられたマドカにしてみれば、驚きの声を上げたのは無理も無い。二日は身動きが取れないと思っていた相棒が自分を助けに来たのだから。

 

「………ったく、ちょっと目を離すと鉄砲玉みたいにどっかいきやがって」

「なっ!!」

「お前のためにこっちは麻酔半分の拷問食らったんだぞ?」

 

 この男が自分を心配して迎えに来てくれたのだということを察し、マドカは目を白黒とさせる。

 だが、その男の視線は、昼間自分を倒した男………ではなく、その男の腕に抱えられた女性を見て、彼女に言い放った。

 

「勝手にウチの相方を引き抜かないで貰いてぇーな、織斑千冬」

「………お前は…」

「………ジーク・キサラギ。コイツの相方だよ」

 

 丁寧に自己紹介までするジークに、マドカは硬直してしまう………365日24時間不機嫌極まりない表情を浮かべている、直属の上司であるスコールにタメ口を利いてはばからないこの男が、自分から自己紹介を行うとは………。

 

「火鳥陽太………今日の借りは、後日キッチリ返させていただくぜ?」

「ハッ! 気にするなよ………永久に踏み倒してやる!」

 

 千冬を下ろし、フレイムソードを逆手に持ち替え、腰を溜めて今すぐにでも飛びかかる体勢を取る。そんな陽太の脇に並び、ジークに切っ先を突きつけながら、刃のような鋭い視線をぶつける者がいた。

 

「待てぇ! 貴様には聞いておかねばならないことがある!!」

「………またテメェか」

 

 若干ジークがうんざりしたような口調になる中、切っ先を向けた人物………箒は、若干興奮しながらも、何とか理性を働かせた口調で問いかけた。

 

「二年前! 日本政府とロシア政府が共同施設を襲撃し、オーガコアを強奪したのはキサマなのかッ!?」

「………俺じゃねぇーよ」

「亡国機業が起こしたことは間違いない!! その言葉を信じるに足る証拠はどこにある!?」

「………証拠も何も、二年前って言ったら俺はまだ満足に…………待て」

 

 そこで何かに気がついたジークが、今度は箒に逆に質問をし返す。

 

「お前、なんで俺がやったって言い張ってんだ?」

「私は見たからだ! 施設を襲撃した、お前のその姿(IS)をした奴が、簪を貫く姿をッ!」

 

 だがその言葉を聴いた瞬間、ジークが声を張り上げた。

 

「どこで見た!! 俺と同じ姿をした奴ヲッ!!」

「?」

「そいつは本当に俺のISと同系機だったんだよな!? 見間違いじゃないんだよな!?」

「あ、ああ………」

「そうかそうか………『アイツ』、やっぱり生きてやがったな!!」

 

 何か突然嬉しそうに笑い出したジークに、若干君の悪いものを感じる一同と腕の中のマドカ。だがジークは気分を激しく高揚させたまま対オーガコア部隊の面子に背を向けると、静かに言い放つ。

 

「篠ノ之箒。お前のお友達を半殺しにしたのは俺じゃない………俺と同系機のISを持っているということは、俺が探してた奴さ」

「………ジーク?」

 

 だがマドカは気がつく。ジークは嬉しそうにしていながらも、その嬉しさの中から溢れ出る激情を秘めているのだ。

 そしてその激情は、彼の存在意義にも注がれる。

 

「お前と同じ、俺がブチ殺す相手だよ! 織斑一夏ッ!!」

「!?」

 

 激しい殺気をぶつけられ、思わず反射的に雪片を構える一夏だったが、ジークは飛び掛る様子も無く、マドカをしっかりお姫様抱っこし直すと、左手に手投げ式のグレネードを構築する。

 

「織斑一夏………今のままのテメェじゃ、殺しても腹立たしいだけだ。俺や火鳥陽太と互角に戦えるぐらいに強くなれ………そしたら遠慮なくブチ殺してやる」

「!?」

 

 そして言葉と共に彼は手投げ式のグレネードをIS学園サイドに向かって投擲したのだ。生身の人間がいる中で食らうわけにはいかないと、陽太が零コンマ数秒の間でヴォルケーノを取り出し、早撃ち(クイックドロウ)で撃ち抜くが、空中で爆発したグレネードから大量のスモークが発生し、彼らの視界を一瞬で奪ってしまう。

 

「チッ!! 昼間の仕返しかよ!?」

 

 しかもハイパーセンサーに障害(ノイズ)が起こり、うまく索敵ができない。舌打ちしながらジークに斬りかかる陽太だったが、すでに彼らの姿はそこにはなく、フレイムソードは空を切るのみであった。

 

「あんにゃろうっ!!」

 

 空中に飛び上がり、スモークの外から直接視野で二人を捜索する陽太だったが、彼らの移動する痕跡すらも見つけることはできず、捜索を断念する。

 

「ミスった………まさかいきなり逃げるとは思わんかった」

 

 地上に降りながら千冬に謝罪する陽太だったが、千冬は軽い様子で受け流す。

 

「いやいい。どちらにせよお前のISよりも速いISで、本気で逃げに徹せられては捕まえることはできなかっただろう」

 

 そう陽太に声をかけると、彼女は一夏のほうに振り返り、白式の腕を軽く小突きながら話しかける。

 

「いきなりマドカを家族にしようと言い出したのには驚いたのか?」

「い、いや……………ん、いや。やっぱり驚いたけどさ………でもなんだかスゲェ安心した」

「……………」

「やっぱり、千冬姉は俺の自慢だわ!」

「……………馬鹿者が」

 

 珍しく、本当に珍しく軽く頬を染めた千冬が歩き出し、部隊のみんなに撤収を呼びかける。

 

「皆、とりあえず寮に戻るぞ!」

「は、はい!」

 

 そしてその言葉を受けた一同がISを解除し、めいめい寮に向かって歩き出す中、一夏もISを解除して歩き出そうとするが、そんな彼の肩を叩く者がいた。

 

「一夏」

「ん? 箒?」

 

 伏せがちの表情で彼に呼びかけた箒は、彼の耳元でこう囁いた。

 

「後で話がある。私の部屋に来てくれないか?」

 

 

 

 

 

 





今日もネタがたっぷりだったね。どう考えても箒さんの技、ズバババーンッ!のあの技だよ………中の人はたやま、でも行動は防人………箒さんでSAKIMORIするのが楽しくて仕方の無い今日この頃


さてさて、次回はある意味この話の後半でこの章も閉めにはいります。



てか、箒さんが耳元で囁くとか、ちょっとえっちぃと思ったフゥ太は疲れているのだろうか?w


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

交わる気持ち

盆休み真っ只中の更新! 最近遅延気味だからペース取り戻せるか!?



さあこの章最後を飾る今回は、ほぼギャグ一色! そしてお色気も満載!



そして最後に衝撃発言!!です!




 

 

 

 

 

『後で話がある。私の部屋に来てくれないか?』

 

 あの後、簡単な報告を済ませた一夏は、各自の部屋に戻り今日はそのまま就寝ということになった。途中、箒は千冬に呼ばれ2、3と言葉を交わしていたが、すぐに開放されていたようだった。そして簡単に食事を取り、部屋に戻ると明かりがついていなかったことを疑問に思い首をひねるが、すぐに理由を思い出す。

 

「あっ、そういえば陽太は報告書作成の途中とかだったっけ?」

 

 マドカの襲撃にいち早く気がついていながら、ラウラに信用されていなかったことに酷く腹を立てていた陽太は、あのあと散々ラウラと真耶にグチグチと文句を垂れていたのだが、流石に途中で涙目になってきた真耶を見かねたシャルが、

 

「もう、それぐらいにしてよヨウタ? だからちょっと言葉も態度も厳しくなっちゃうけど、皆も私もホントはキミだけが頼りなんだからね……お願いだよ?」

 

 と、上目遣いの潤んだ瞳で言われたものだから、すぐに言葉を引っ込め、妙にかっこよさげな表情を作ると、心なしか上機嫌でスキップしながら帰路についたのだった。

 

「男ってアホよね。救いようがないぐらいに」

「ええ、まったく」

 

 という鈴の言葉と、冷たいセシリアの視線、そしてニコニコと笑うシャルロットを横目に、男の哀しい習性が理解できていない一夏は。何があったのか分からずに首をひねるだけだったが………。

 

「とりあえず、もうちょっとだけ待ったほうがいいのか?」

 

 後で来てほしいと言っていた以上、部屋についてすぐに行くのは気遣いが欠ける。とさっき近くで話を小耳に挟んでいたシャルに言われた一夏は、10分少々時間をつぶすためにテレビでも見ようとリモコンに手を置き………スイッチを押すことなく、何も映っていない画面をじっと見つめる。

 

「マドカ………千冬姉のクローン」

 

 自分の命を狙った年下の少女。それが実の姉のクローンであったと言われた一夏の受けた衝撃は計り知れなかった。

 

 クローン………よくいう『複製人間』などの言われ方もされるその存在。陽太曰く『歳の離れた一卵性の双子だろ?』と簡単に言っていたが、姉とも妹ともつかない三人目の血縁の存在、そして彼女を生み出した悲しい研究の存在を知った一夏は、大きく息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出しながらつぶやいた。

 

「俺って………本当に何も知らないんだよな」

 

 姉のことも、姉と瓜二つの少女のことも、ISのことも、そして幼馴染の少女のことも何一つ知らずに今までの日々を過ごして来た。おそらくISに関わらなければ一生そのままで過ごしていたのだろう。だが今はもう何も知らずに生きていくことはできない。

 

「皆が、何かを背負ってるんだ」

 

 自分が尊敬する姉(千冬)が、信頼する戦友(陽太)が、そして幼馴染の少女(箒)が、皆がいろいろな物を背負いながら、それでも歯を食いしばって現実と戦っているのだ。

 

 ならば、自分は何を背負う? 背負って誰と何のために戦い続ける?

 

「俺は………俺が戦う理由は」

 

 皆を守りたい。それもある。

 姉の名を継げるほどに強くなりたい。それもある。

 

「……………」

 

 だが、今の一夏の心の中には、もう一つのほのかに灯された小さな炎の存在を無意識に感じ取っていたが、思考の海の中を泳ぐ彼の耳元に、すっかり馴染んだルームメイトのだらけた声がドアの向こうから聞こえてきて、そちらのほうを振り返る。

 

「あ゛あ゛ぁ~~~………いつのまにか悪女に覚醒したシャルさんの巧みな話術によって、心清らかな少年である俺が、騙されて報告書をまじめに作成しちゃったよ……」

「おかえり………って、一応言っておくけど、それが普通だからな陽太」

 

 意外に早い帰還に驚きながらも、時間がそろそろ迫ってきたことを確認した一夏は、軽く陽太に挨拶をしつつ、部屋を入れ違いに出て行こうとする。

 

「陽太、ちょっと俺出かけてくるから」

「ん? どうした、夜這いか?」

「断じて違うっ!」

 

 色ボケにも律儀に返すも、部屋に備え付けの冷蔵庫からジュースを取り出しつつどこか落ち着かない様子の一夏を不振な表情で見る陽太だったが、次の彼のセリフを聴いた瞬間、開けようとしていた缶ジュースを手から落とすほどに衝撃を受ける。

 

「いや、何か箒の奴、話がしたいみたいでさ………部屋に来てくれって」

「ッッッッ!!!!!?」

 

 何故だか雷に打たれたかのように強いショックを受けた陽太は、ヨロヨロと自分のベッドまで千鳥足で歩き、ワナワナと震えながら激しく動揺する。

 

「そ、そんなっ! 冗談で言ってみただけなのに……………ちくしょうっ! お前が俺の先を行くというのか!?」

「はっ? えっ? あ、いや、陽太、何言ってんの?」

 

 そして何故だか一夏を恨めしそうに睨みつけること十数秒………大きく深呼吸をすると、意を決したかのように起き上がり、自分の棚の引き出しを漁り始める。

 

「チッ………よもや貴様が俺より先にこれを使うことになるとは………だが、男としていつかは避けては通れぬ道、ここは快く応援してやろうではないか」

 

 何を突然言い出してんだコイツは?

 と、不振な瞳で陽太を見つめる一夏だったが、そんな彼に対してお目当てのものを見つけた陽太は、何故だか物凄くいい表情でそれを差し出す。

 

「いいか、一気にグビッといけ」

「?」

 

 差し出されたものは、なぜか英語で書かれた栄養ドリンクであった。しかもどう考えても卑猥な男性のシンボルが書かれたその外装に、一夏が飲むのを躊躇するが、そんな彼に向かって陽太の怒鳴り声が響く。

 

「男らしく早くいけっ!!」

「わ、わかったよ」

 

 急かす声に後押しされ、彼は怪しげなドリンクを一気に飲み干す。

 

「!!………うげぇっ! な、なんだよこの味?」

 

 だが口の中に含んだ瞬間、吐き気が一気に湧き上がる不快感と後味最悪のダブルコンボが一夏に襲い掛かるが、何とか吐き出さずに根性で耐える。

 そんな一夏に対して、腕を組んだままの陽太はしれっとした表情で、こう言い放つのだった。

 

「ああ、それは性欲増強ドリンクね」

「!?」

「あとは、これだ」

 

 そして彼は一夏にとあるものを差し出す。

 

「こ、これって………」

 

 差し出されたものを手に取り、一夏が呆然としてしまうが、段々と表情を赤く染めつつ、激しく陽太の方に振り返った。

 

「いいか! お前たちは初めて同士だ! そんな二人がイキナリ素人テクニックで相手を絶頂に導こうとかムリ! 絶対ムリ!! まずは落ち着いてムードを大切にしろ! 間違ってもがっつくな! そんで無理して暴発させるな! どうせならそこのトイレで一発処理してもいい。あ、ただし後でちゃんと匂い消しておけよ」

「な、な、ななななななな………」

「一ダースあるから気兼ねするな。いくらお前が若くてドリンクに頼っても、二桁とかはムリだろう………では、成功を祈っているぞ。ぐっどらっく」

 

 親指を立てて、爽やかな笑顔を作り、快くルームメイトを送り出そうとする男………陽太の致命的な勘違いに、一夏は手に持った『ビニールに風をされたゴム状の避妊具』を手に持ちながら、叫ぶのだった。

 

 

 

 

「お前ッ!? 俺が何しに行くと思ってんだよ!?」

「何ってナニしにいくんだろ? ほら、『俺の雪片が展開装甲起動。箒ちゃんのはじめて(絶対防御)を貫きます』って」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「なっ………なっ!!」

 

 自室の脱衣所において、箒は濡れた髪を拭う事もできず、バスタオル一枚を体に巻いた状態で完全に硬直していた。

 

 時間は少し遡る………。

 IS学園に戻り、彼女は簡単な事後報告を千冬に行い、彼女に頭を下げる。

 

「申し訳ありませんでした………本日は戦闘中に取り乱してしまい…」

「………自分を律するだけでは息が詰まるということがわかったようだな」

 

 頭を下げた彼女に、そう告げて背を向けた千冬に、顔を上げた箒を見て、千冬は微笑んで言う。

 

「束にも今のお前の姿を見せてやりたいよ。きっと喜ぶぞ、アイツは」

 

 そう告げて場を後にする千冬に、もう一度だけ礼をした箒だったが、そんな彼女の背中に、突然抱きついてくる人物がいた。

 

「きゃあっ!」

「えへへへへへっ~~~!!」

 

 にやけた表情で腰に手を回して箒の背に顔をうずめる本音の姿に、一瞬だけ驚いた箒だったが、すぐさま穏やかな表情となり、彼女の頭を撫でながら、昼間の無礼を謝る。

 

「申し訳ない本音………昼間は、その…」

「別にいいよ~~~。またこうやってほーちゃんが『本音』って呼んでくれただけで~~~」

 

 心底嬉しそうにしている本音の姿に、自然と箒の表情も緩みだす。

 

「そうか………」

「だから、今日は謝るの禁止だからね~~~」

 

 そして彼女を連れ立って、部屋に向かう箒は、途中、一夏に会う約束をしていることを思い出し、それを何気なく本音に告げるのだった。

 

「ああ、本音。後で一夏が部屋に来る。少し話をだな………」

「ッッッッ!!!!!?」

 

 ドアノブに手を掛けながら笑顔で振り返った箒が見たのは、何故だか雷に打たれたかのように強いショックを受け、ヨロヨロと千鳥足で歩き壁にもたれかかり、ワナワナと震えながら激しく動揺する本音の姿であった………どこかで見たことがあるような光景である。

 

「そ、そんなっ! ほーちゃんがまさか既にそこまでいっていただなんて!!………だけど、こうしちゃいれないよ~!!」

 

 何か勝手にショックを受けて、何か勝手に立ち直った本音は、心配そうに自分を見つめる箒の腕を引くと、急いでドアを開き、彼女を脱衣所に押し込める。

 

「ほーちゃん! そんな汗だらけじゃ失礼だよ~! 早くシャワー浴びて~~! 念入りに身体を洗っておくんだよ~~~!」

「え? あ? いや?」

「早くして!!」

 

 何故か必死になって自分に言い聞かせる本音に圧倒され、とりあえず頷いて脱衣所で服を脱ぎ始める。そんな中でも、本音は大急ぎで掃除機を掛け始めると、何かゴトゴトと出し始めながら時折箒が理解できないことを言い始めるのだった。しかもたまに何か『ガッチャンッ!』という金属をはめ込む様な音まで鳴り響く。

 

「もう少し早く聞いていれば部屋のセッティングも完璧にできたのに~~~! あっ、とりあえず着る物はこれにして、あとは………おりむー若いけど、三ダースもあれば足りるよね!」

 

 そして箒が首をかしげながらシャワーを浴びている中、脱衣所のドアを開き、本音が声を掛ける。

 

「ほーちゃん! 下着と着替えはここにおいて置くよ~!」

「ああ、済まない」

「それと、私、席を外しておくからね~~! 時間は気にしないで、おりむーと仲良く『する』んだよ~!」

「あ、ありがとう」

 

 そこまでする必要はないのだが、確かに本音に見られたままで胸の内を一夏に伝えられるのかと聞かれれば、躊躇してしまう自分がいるのも事実。ここは本音の好意に素直に甘えようと決めた箒が、シャワーを終え、バスタオルで身体を拭きながら時間を気にしていたとき、ふと、彼女視線がとある物を捉える。

 

「?」

 

 脱衣かごの綺麗に畳んで置かれていたものなのだが、どうやらこれが本音が置いていった着替えのようなのだ。

 だが、普段から彼女はパジャマのようなものを着ることはせず、部屋着といえば剣道着か浴衣なのだが………不審に思った箒が、それを手に取り、そして………。

 

 

「なっ!」

 

 

 完全に硬直した。

 彼女の手の中にあるもの………それは世間一般でいうところの『ベビードール』という名の衣類であった。

 しかも今彼女が手にとっているものは、明らかに普通のものではない。

 ピンク色の透けて見えそうになるほどの薄い布地で、大事な部分だけは何とか見えないようにされているだけの、もはやパジャマとしての機能を完全に忘れている代物であった………(箒は知らないことだが、ベビードールはそもそも分類上下着なのだが)

 

 手にとって十数秒………ショックから立ち直った箒が、そのベビードールの下のもう一つの存在に気がつき、手にとって見るが………。

 

「ふざけるなっーーー! 本音ッーーー!!」

 

 やっぱりルームメイトの親友に向かって叫んでいた。なんせ手に取ったショーツが、レースをあしらって何処か可愛さを醸し出しているが、明らかに面先が少なすぎる同色のTバックだったためである。ベビードール着て、これを履いて後ろを振り返れば100%うら若き箒のお尻が丸見えである。

 もしこれを履いてベビードールを着て、一夏を出迎えようものなら間違いなく痴女か何かだと勘違いされてしまうと、急いで脱衣室を飛び出て、普段の自分のものを出そうとするが、備え付けの棚の前に来た時、彼女に思わぬ強敵が立ち塞がる。

 

「な、南京錠だと!?」

 

 引き戸にいつの間にかかけられた南京錠が、彼女の行く手を遮ってくる。しかも錠の太さが明らかに通常のものではなく、駐車違反の車にされるようなサイズが大きいものだった。とても人力で破壊できそうな感じではない。

 

「ぐっ! このっ!」

 

 だがパニックに陥った箒は、なんとかそれを手の力だけで引き千切ろうとするが、びくともしない………そのうち、肩で息をしながらとりあえずそっちの方を諦めた箒が、部屋の中を見回し、上に羽織るものを探すが、制服もISのスーツも本音の手によって外に持ち出された後であったようで、何一つ存在していなかった。

 

「ま、まずいっ!」

 

 このままでは一夏が来てしまう。

 自分から来いと言った以上、居留守を使うわけにもいかない。というか居留守を使っても助けを呼ぶには部屋を飛び出す必要がある………こんな格好で?

 

「出来るわけがないじゃないか!!」

 

 どんなに叫んでも時間は刻一刻と流れていく。そして自室に半ば閉じ込められた今の彼女に与えられた選択肢は三つだけであった。

 

 ・ベビードールとTバックを履いて一夏を出迎える。

 ・バスタオル一枚を巻いた状態で一夏を出迎える。

 ・どちらもいやなので全裸で出迎える。

 

「まともな選択肢がどうして一つも用意されていない!?」

 

 頭を抱えて、地面に蹲ってしまった箒は、もはや一番マシな状態であるベビードールを纏うしかないのかと半ば諦めかけるが、その時、ふとあることを思い出す。

 

「そうだ! 昨日出した浴衣! 色落ちしないように別に洗おうと!?」

 

 バスタオル一枚で再び脱衣所に駆け込んだ箒は、すぐさま洗濯籠の中にあった浴衣とを見つけ、天に感謝する………同時に、一夏と話し終えた暁に、ちょっと親友の顔面を握り締めてやろうと決意して拳を硬く握り締めたとき、部屋のドアをお目当ての人物がノックする。

 

『箒、俺だよ』

「一夏っ!?」

 

 笑顔で一夏を出迎えようとする箒だったが、今の自分の姿を見て、慌てて着替えにかかる。

 

「本音………後で覚えていろよ!」

 

 非常に癪なことであるが、今は下着はこの本音が用意してくれたものしかない………不承不承ながら、彼女は出来るだけ意識しないようにTバックとベビードールを身につけ、急いで浴衣を着て帯を巻く。

 お尻の辺りがスースーして落ち着かないことこの上ないが、これ以上一夏を待たせるわけにはいかないと、意を決してドアを開いて彼を招き入れるのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「あ、一夏………すまなかった」

 

 若干頬を赤らめながらドアを開けた箒を見た、一夏だったが、普段見る時は明らかに違った様子で彼女を見てしまっている自分に気がつく。

 

「あ、ああっ!? いや、その………ごめんなさい!!」

「??」

 

 何でか謝ってしまう。

 なんせ部屋に来るまでに、陽太がしつこく『いけ一夏! 股間の零落白夜で箒を屈服させろ!! 何ならあとコンドーさん二ダース追加するか?』とか言う物だから、いやでも箒を意識してしまうのだ。鈍感大王の異名でIS学園に君臨する一夏だが、彼も人の子男の子であるのは疑いようがない。

 しかも、今の箒は、普段の毅然とした学生服姿でも、凛として紅椿を装着した姿でもなく、普段のポニーテールを下ろした腰まで伸びる長い黒髪と、薄い朱色の浴衣姿といういでたちである。その普段とのギャップが、嫌でも一夏に彼女を一人の美少女として見せてしまうのだ。

 

「(なんか、いつもと違って………その……色っぽい)」

 

 うなじの部分が嫌に艶っぽく見える。そして何よりもここ最近ドタバタしていて、思い返すこともしていなかったが、幼馴染の少女の発育具合がどうにも今の一夏を刺激して止まないのだ。

 

「(てか、箒の奴、えらく発育が………そういえば陽太が『アレは絶対にFカップ以上はある!』とかいってたけど、だとした千冬姉と同じぐらい? 15歳で?………やばい)」

 

 思春期の一夏君を、若さゆえの動悸・息切れ・体温上昇が襲う中、箒の方もお尻の辺りの感触が慣れないのか、時折腰の辺りを気にして手で下着の位置を調節しようとする。だが、その仕草がまた一夏の本能を刺激する。

 

「(う、箒………胸だけじゃなく、腰周りも………いやいや! 今はそういうことじゃない!!)」

 

 鋼鉄の理性で無理やり本能中枢からせり上げて来る声を押し殺した一夏と、一夏にベビードールとTバックの存在を気取られないようにしようとする箒は、部屋の中で互いにベッドの上に腰を下ろし、互いを見詰め合う。

 

「……………」

「……………」

 

 が、互いを見つめあった瞬間、二人はで出しの言葉が思い浮かばず、黙り込んでしまうのだった。

 

「(やっばい………なんて話し掛けよう?)」

「(ま、まずい!?………一夏に今の私の気持ちを伝えるだけなのに、すごく緊張してきた!!)」

 

 そして互いを見詰め合うこと、数分少々………。

 

「あ、あの!?」

「あ、あの!?」

 

 同時に出てしまい、再び口を閉じてしまう。

 傍から見てももどかしい二人のそんなやり取りだったが、その内、先に意を決した箒が話を再開する。

 

「とりあえず………昼間は………ありがとう。その………色々と」

「い、いや! 気にする必要はないぞ」

「気にするに決まっている!! 私はお前に命まで助けられたんだぞ!!」

 

 ズイッ!と近寄る箒と、近づかれた分後ずさる一夏………無論、一夏が理性を保つための後退なのだが、そんな一夏の様子を理解できていない箒は、彼の様子を不審がる。

 

「ど、どうしたんだ一夏? どこか具合が悪いのか?」

「!? いや、ホント大丈夫っ!! 大丈夫だから!!」

「そうなのか?」

 

 とりあえず誤魔化しに成功した一夏が、お茶を濁すように話を続けようとする。

 

「そ、それにさ! 昼間のことなら、本当に気にする必要ないぞ! むしろ俺の方こそ色々と勉強になったから」

「………勉強?」

「ああ」

 

 そうして、一夏は昼間に会った物言わぬ少女のことを思い出し、それを箒に告げたのだった。

 

「昼間………のほほんさんと婦長さんに連れられて、簪に会った」

「!?」

「凄いな………俺、心の底から凄いと思ったよ………力がなくても、彼女は戦ってた」

「………一夏」

「力がないと戦えないとか思ってた。少なくともIS学園に来るまで、俺は何の力もなかったし………だけどそれって結局自分に言い訳して、何もしなかっただけなんだよな」

 

 彼女はその命だけでも戦うことができたのだ。ならば五体満足な自分が戦えないわけがないのだ。そう。その意志と命があれば、人はなんだって出来るように生まれているというのに、そのことを理解できず、千冬に甘えてしまっていた自分を、一夏は戒める。

 

「だから改めて思った………強くなりたい。みんなを守れる自分になりたい………力がなくても何かをしようとしている人達が、理不尽なことで悲しい思いをしないでいいように………俺は…」

 

 箒のほうを振り返って、彼ははっきりと告げる。

 

「強くなりたい。俺が俺として」

「……………そうか」

 

 そして、今度は箒がその胸のうちを見せる番である。彼女は一夏の方を穏やかな表情で言葉をつむぐ。

 

「私はな………剣になりたかった」

「………箒」

 

 悪を、悲しみを、理不尽を断ち切ることが出来る『剣』になろうと、この二年間を必死にもがいていた箒は、自分が今日の昼間にみせた復讐の心を、穏やかに受け入れ始める。

 

「だけど、黒い全身装甲(フルスキン)のISを見た瞬間、私はそんな自分を投げ捨てて、そしてそれが終わった後、剣であることすらも投げ捨てようとした」

「……………」

 

 黙って箒の方を見つめる一夏には、今、彼女が自分の中にある弱さを自分に告げていることに気がつく。自分自身の弱さと向き合って、それを受け入れようとしている箒の姿に、一夏は黙って受け入れることにする。

 

「だけど………周りの人たちは、そんな私を受け入れてくれたんだ………そして、ようやく気がつけたよ」

 

 彼女を見ていた一夏が、思わず見惚れてしまうような笑顔で答えた。

 

「心まで剣にしてしまっていた自分に気が付けたんだ………馬鹿だな私は。心まで剣にしてしまっては、何も感じることが出来なくなって、結局大事な人をも傷つけてしまうというのに」

 

 大切な人の気持ちを感じる心までもを『弱さ』だと切り捨てようとしてしまっていたことに、箒は深く反省する。

 みんなが自分を支えてくれたから、あの日、簪が自分を抱きしめてくれたから、今の自分はあるというのに………それすらも忘れようとしていたのだ。 

 

「だから、私は受け入れるよ………たとえ、それを見た誰かが、『弱さ』だと言っても」

「ああ、そうだよな!」

 

 何かを感じる心を弱さだと言われても、『それでも』自分たちは、大事に持ち続けたい………そんな気持ちを共有出来ることを一夏と箒は互いに嬉しく思ったのだった。

 

「だから、一夏………私も………皆と一緒に戦いたい」

「ああっ! てか、もう何度も一緒に戦った仲間じゃないか!!」

 

 対オーガコア部隊に正式に入隊したいという意志を表明した箒を、一夏は暖かく迎え入れる。もっとも一隊員の一夏に彼女を入隊させる権限などないが、千冬も陽太も彼女の実力は知っていよう。必ず入隊は認めてくれるはずだと半ば確信した一夏が、浮き足立って立ち上がる。

 

「よっしゃあっ! そうと決まれば、まずは陽太に話して…」

「そんなに急がなくても、茶の一杯でもこれから………」

 

 が、急に立ち上がった一夏が完全に硬直したことに気が付く。

 

「どうした一夏?」

「……………」

 

 完全に硬直して箒のベッドの枕元を凝視している一夏の視線を追っていった箒は、なぜ一夏が急に黙りこけたのか理解する。そう、一夏の視線の先にあったものとは………。

 

『避妊は男の義務なんだよ、おりむ~~~(はーと)』

 

 ―――可愛らしい文字と共に置かれた合わせて三ダースになるゴム状避妊具―――

 

「本音ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 舌を出しながら悪戯大成功!といった風に喜んでいるルームメイト兼親友に向かって激怒しつつ、それを取り上げてゴミ箱に放り込みながら、箒は激しく動揺する。

 

「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!! これは本音の悪ふざけなんだ!! 全然全然これっぽちもお前とそういう関係になりたいとかじゃないんだ!!」

「あ、ああっ………わかった。わかったから」

「ああっ! そうだ!! お茶を入れないとな!!」

 

 文字通りお茶で濁そうとする箒が行き良いよく立ち上がり、部屋に備え付けのコンロにまでいくと、彼女はお湯を沸かそうとヤカンに水を入れ始める………が、

 

「うわあちゃぁっ!」

「箒っ!?」

 

 蛇口の勢いが強すぎてしまい、それが運悪く箒の手に当たって、水を被ってしまったのだ。慌てて箒に近寄る一夏だったが、彼は今の箒の姿を見て、思わず唾を飲み込む。水に濡れた浴衣が、箒の肌に張り付いていたのだ

 

「(ごくっ)」

 

 ―――豊満な胸の谷間、くびれたウエスト、そして大人びたショーツ―――

 

「一夏、どうし……………」

 

 そして水を拭いながら一夏の方を見た箒の視線が、彼の体のとある部分を凝視して固定されてしまう。

 

 ジーンズの上からでもわかる、男性の生理的現象………即ち、

 

 

 

 ―――股間の雪片、絶賛展開装甲起動中です!!―――

 

 

 

「!?!?!?!?!?!?!?!?」

「ほ、箒………!?」

 

 そして箒の視線に気が付いた一夏が、自分の変化に気が付き、慌てて体を逸らしながら事情を説明し始める。

 

「ち、違うんだぁぁぁっぁぁ!! こ、これには深い理由があってッ!! そ、そうだっ!! ここに来る前に陽太が俺に怪しげなドリンクを飲まされてだなっ!?」

「あっ………あっ……あああっ!」

 

 生まれて初めて見た、猛る男子の象徴を目の当たりにしたうら若き乙女の箒は、ヤカンの代わりに頭から湯気を噴出しながら、後ずさり始める。

 

「あっ!………ヤダ………そんな……」

「ほ、箒っ!!」

 

 だがこのままでは、自分は箒に欲情して襲い掛かった変質者という、未来永劫拭いがたいレッテルを貼られてしまう。それだけはなんとしても阻止しないといけない。そう考えた一夏が、部屋から飛び出す前に箒を取り押さえようと手を伸ばす。

 

「ヤダァ………」

「待ってくれぇぇぇっ!!」

 

 目じりに涙をためて、顔を完全に朱色に染め上げた箒が、弱弱しく首を振りながら後ずさり、一夏が必死に手を伸ばす。

 

「きゃぁっ!」

「うおっ!!」

 

 だが、箒が途中足をもつれさせ、一夏もバランスを崩し、二人して床に倒れこんでしまう。

 

「いつつ………」

「………い、一夏」

 

 思わず目を閉じてしまった一夏が、箒の声で再び目を開く。

 

 ―――自分に右腕を抑えられ、着崩れてしまった浴衣を直そうと左手で抑える箒の姿―――

 

「あっ!」

「………その……私は」

 

 普段の一夏なら慌てて身体を引き剥がす場面なのだが、なぜか身体が言うことを聞いてくれない。まるで自分が自分でなくなってしまったかのような錯覚に襲われながら、一夏は徐々に顔を箒に近づけはじめる。

 

「い、一夏ぁっ!? そ……その…私は!?」

「ご…ごめん!! だけどっ!!」

「そ、そんなっ!? 急に!? わ、私はまだ………心の準備がっ!!」

「ホントごめんっ! だけどぉっ!!」

 

 真っ白いうなじから香る箒の匂いが、意識に靄をかけたかのように一夏の冷静さを奪い去る。徐々に近づき始める唇と唇に、一夏と箒が同時に眼を閉じ、黙ってその本能に身を委ねかけた時………。

 

 

 

「クシュンッ!」

 

 

 

 誰かのくしゃみが聞こえてくる。しかも一夏も箒もよく知っている人物の声である。二人が動きを止めしまう中、そのくしゃみの主に向かって複数から小声で注意をする声も聞こえてきた。

 

「馬鹿野郎! 今いいところなんだからよっ!」

「そうだよっ! 気が付かれたらどうすの?」

「ゴメンゴメン……つい~~」

「あそこまでいったら、後は流れに任せるだけで最後まで行きそうなんだから!」

「「「そうそうっ!!」」」

「こ、これは後学ですわ! オルコット家の次期当主として………その、わたくしの…」

「………すまん。何が起こっているのか見えないんだが?」

「お前に男女のまぐわいはまだ早い。ドイツにいる部下にでも後で聞いてろ」

「というか、鈴音は縛ったままでいいのか?」

「一夏が箒にパイルダーオンするのを止めようとするからだ。別に自分も後から一夏にしてもらえばいいだけだろうが」

「陽太っ! そんな………一夏に浮気を進める気!?」

「本気じゃないなら浮気じゃない! あ、あれだ…………一夏のことを、思い切ってバ〇ブだとでも思えばだな」

「ストップ!! それ以上言わないで!!」

「別にシャルに使えとか言ってないだろうが………………そんなもん使わなくてもだ」

「へへェ~~~! 『俺がデュノアさんを躾けてやる!』っていうのかな、火鳥君は」

「なっ!?」

「あんまりシャルを苛めるなよ。その手の話題に慣れてないんだから」

「そ、そんなことないもん! わ、私だって………」

「ええ? 何々?」

「篠ノ之さんに続いて、今度はデュノアさんまで!?」

 

 

 等々の声が聞こえてくる………無論、扉の向こうにいる人物達とは、

 

 

 ―――箒と本音の部屋のドアの前に集まる、対オーガコア部隊と箒に負の感情を抱いていない一年A組の面子達―――

 

 

 どうやら、一夏と箒の二人のやり取りを、デジカメでRECしながら面白半分で見ていた陽太と本音の姿を見たほかの女子達が、芋ずる方式で増えていったようである。

 ドアの隙間から中を除いて、皆が一夏と箒の『アレ』なシーンを今か今かと期待して待っていたのだ。ちなみに一夏に片思い中の鈴は騒ごうとした瞬間に陽太によって取り押さえられ、ロープでぐるぐる巻きにされて自室に放り込まれたようである。合掌………。

 

 年頃の女子であったがため、ある意味男子以上に、男と女の『アレ』に興味津々なお年頃。そういったことから、このような騒ぎになっていたのだが、しかし、世界とはそこまで都合よくできていなかった。

 

「まったく………」

 

 くしゃみをした本音に注意をし、陽太が再び視線とデジカメを開いたドアの隙間から中に向け、二人のあんなシーンとかこんなシーンとかを記念撮影してやろう。とした時、彼は目撃する。

 

 

 

 

 ―――額と頬に青筋を作り、般若の形相と化した箒―――

 

 

 

 

「……………」

「……………」

 

 眼が合った。

 そしてすべてを陽太は悟る。

 

 ゆっくりと、陽太が視線を外す。遅れてクラスメート達もそれに気が付き、ゆっくりと身体の向きを廊下に向け、大きく息を吸った陽太が叫んだ。

 

「ばれたっ! 逃げろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「きぃぃぃさぁぁぁぁぁっぁぁまぁぁぁぁぁらぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 全員が一目散でその場から退散する中、部屋のドアを粉砕して現れた、木刀を持ち完全に修羅と化した箒が、主犯格二人の追撃を行う。

 

「陽太ぁぁぁっ! 本音ぇぇぇぇぇぇっ!!」

「俺は直接お前に何もしてないだろうが!!」

「ごめんほーちゃぁぁぁん~~~!! だけどこれも、ほーちゃんのことを想ってのことなんだよ~!!」 

 

 陽太の脇に抱えられたのほほんが、必死に弁明するが、無論、面白半分でやったことは一切否定しない。

 

 木刀を持った箒と、そんな箒に追い回される陽太と本音、二人が終われば次は自分達だと恐怖するクラスメート、そしてクラスの面子に見られていたことにショックを受け、『もうお婿にいけない』と泣きながらのの字を書く一夏。

 

 騒ぎを聞きつけた千冬によって、全員即刻土下座して説教を食らうまで、彼らのやり取りはしばし続いたということだった。

 

 

 ちなみに………箒に向かっていきり立ってしまった一夏のあだ名を『ユニコーン一夏』と陽太が命名したとかは、また別のお話である。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 日本某所・マンション15階

 

「……………おい」

 

 腹に開いた傷を突貫で塞ぎ、痛む身体を無理やり動かして敵地から相棒を救出したジーク・クサラギと、その救出された相棒の織斑マドカは、無事追っ手に追われることなく隠れ家であるマンションに辿り着いたのだが、しかし、そこで待ち受けていた事態に困惑する。具体的に言うと、目の前に差し出された物と、そしてそれを出した人物達に戸惑っていたのだ。

 

「なによ?」

 

 ぶっきらぼうに聞いたジークに対し、忙しそうにキッチンで動き回る割烹着にたすき掛けしたフリューゲルが返す。

 

「いや、こいつは………その………」

 

 ジークが帰ってきた瞬間に完全に硬直したのは部屋の内装だ。

 ちょっとした高級感はあるものの、至って普通の家庭的な内装だったはずの自分の部屋のキッチンが、気がつけばどこかの旅館の厨房と化していたのだ。

 リビングにおいていたテーブルはどこかに消え去り、代わりに移動式のガスコンロが一体化した専用のキッチンが持ち込まれていたのだ。

 しかも、冷蔵庫も消え去り、大型の業務用冷蔵庫が代わりに置かれ、隣にあったはずの食器棚も撤去されていた。

 

「(自分の部屋が帰ってきてトランスフォームしてたら、誰だって動揺すんだろ)」

 

 忙しそうに動くフリューゲルに、強く当たれないジークは黙り込んでしまう。

 

「フリューゲル!! 茶碗蒸しあがったぞ!」

「わかったわっ! フォル!?」

「山菜御飯は出来てる! お汁物ももうすぐ出来るよ!」

「メインはお前だ!? しくじるな!」

「誰に物言ってるのスピアー!? リューリュク!」

「はいはい! 今のところ、親方様の評判は上場よ!」

 

 同じく割烹着にたすき掛けしたスピアーとフォルゴーレが、プロの板前顔負けのスピードと手さばきで次々と懐石料理を作り、そしてリューリュクがそれをおぼんに載せて運んでいく。息が合った四人の動きにジークとマドカは戸惑うばかりである。曰く、

 

『史上最高最強の親方様が食されるものもまた、史上最高級でないといけないのよ! そしてそれらをご用意するのは、私たち龍騎兵(ドラグナー)の絶対優先事項!!』

 

 ということである。

 

 そしてそんな中、本日の焼き物・肉担当のフリューゲルが、改心の出来と言わんばかりに、切り終えた三色の野菜を盛り付けて言い放つ。

 

「出来た…………『牛肉の八丁味噌煮込み、三色の野菜和え』!」

「ほう………八丁味噌のあっさり仕立てか」

「この間のステーキは、親方様に不評だったからね………今日は失敗しないようしないと」

 

 三人が真剣な表情で討議しつつ、これをリューリュクに持っていかせる………そしてラストスパートといわんばかりに、残りのデザートに着手し始める中、ジークは視線を目の前に出された物に戻す。

 

 ―――薄緑の枝豆を使った豆腐、豚や蟹、烏賊や黒ゴマのムース仕立ての一品もの、鮎や里芋や獅子唐のテンプラ、鱧の湯引きに鯛やあおり烏賊の刺身、季節の野菜の酢物等々―――

 

 とても普段は手を出そうとも考えない高級感あふれる料理の数々である………これをいつもはグータラでニート寸前のあの四人が作ったとは、にわかに信じがたい。

 

「オイ二人とも。余った茶碗蒸しだ」

 

 スピアーがぶっきらぼうに差し出すと、あわててマドカがそれを受け取る。蓋をされていながらも、良い出汁の香りが実に食欲を誘う一品なのだが、スピアーとしては『これは失敗している』部類のものなのである。

 そう。今二人に出されているものは、彼女達がアレキサンドラ・リキュールに食されるには値しないと判断した『余り物』であり、四人が賄いとして食べるものをジークとマドカがご同伴させてもらっているのだ。

 

「二人とも、出さなかった肉でローストビーフ作るから、待ってなさい」

「山菜御飯と赤出汁のお味噌汁、すぐによそって上げるからね~~♪」

 

 どう考えても普段の自分が作る物よりも遥かに美味しい料理を作られているために、ジークはあっけにとられて首を縦に振るばかり………。

 

 一方、そんなジーク同様にあっけにとられていたマドカだったが、すぐさまIS学園でのやり取りを思い出し、表情を曇らせてしまう。

 

「(私は………織斑千冬に捨てられていなかった?)」

 

 家族になりたい………思いもよらぬ人物からその言葉を言われたマドカの心の内は、かつて無いほどに波立っていたのだ。

 彼女と織斑一夏を憎む気持ちを完全に失ったわけではない。だが千冬の『家族になりたい』という言葉は、かつての姉妹達が夢に描き、そして聞くことがかなわかった言葉であり、今、思い出しただけでも涙が出てきそうになる自分がいるのも事実で、そしてその事実がマドカにとあるもう一つの真実を築かせる。

 

「(私は………亡国機業(ここ)に愛着があったのか)」

 

 千冬と一夏の家族になりたいと考えた一方で、すぐに浮かんできたのは相棒のジークや、彼女を組織に導いたスコール、今日共に戦った龍騎兵の四人、道半ば倒れた戦友(マリア)の姿だった………そしてそのことが、彼女自身の変化を気がつかせたのだ。

 

「(私は、どちらにいくべきなのだろう?)」

 

 千冬の元か、今の仲間か………どちらに心を傾けるべきか迷うマドカであったが、その時、ふわりと自分の頭を撫でる手に気がつく。

 

「ジーク?」

「………どうせ、織斑千冬の言葉に悩んでんだろう?」

 

 ジークは相棒である少女の頭を撫でながら、不機嫌そうに鯛の刺身を一切れ口に放り込むと、噛みながらそっけなく言い放つ。

 

「行きたけりゃいけばいいだろうが? 別に強制しねぇーヨ」

「なっ!? そんな簡単な話ではない!!」

 

 あっさりと言われては、悩んでいる自分が馬鹿らしい。しかもこの男は、自分がいなくなっても何一つ困らないのか! そんな憤りを抱えたマドカがジークをにらむが、彼はそんな視線を何処吹く風よと受け流して、言葉を続ける。

 

「てめぇがどうあれ、俺の目的は変わらねぇー………第四世代ISを持つ織斑一夏はぶっ潰すし、火鳥陽太には必ず借りを返してこいつもぶっ殺す」

「……………」

「お前がいなくても、俺は一人でやってやらあ……………」

 

 そして視線を外したジークの微妙な態度の変化に、マドカはとあることに気がつく。

 

「(一人でも………!?)」

 

 そう、彼は『一人でも』と言っていたのだ。そしてそのことが、ジークのある本音をさらけ出していると気がついたマドカは、先ほどとは一転し、穏やかな表情でジークに問いかけた。

 

「私がいなくなったら、お前はどうするんだ?」

「だから………」

「安心しろ。私はいなくなったりしないさ! お前、私がいないと危なっかしいからな」

 

 そして珍しい、『年頃の少女』の笑顔を見せたマドカを見て、ジークも少し表情を和らげながら鼻で笑い飛ばす。

 

「言ってろバ~カ」

「なんだと!?」

 

 と、急にイチャつきだした二人をジト目で見ていたフリューゲルとスピアーは、『こいつらに料理食わせるの辞めようか?』と真剣に考え出すが、そんな二人を尻目に、一人黙々と動く者がいた。

 

「ジ~~~クん~♪ ちょっち味見して~~~♪」

 

 笑顔でジークに近寄ったフォルゴーレが、菜箸でとあるものを『ちょっとだけ』大目に(大さじ一杯山盛り)つまみ、ジークに近寄らせる。

 

「ん?」

 

 何気なく振り返りながら空けたジークの口に、フォルゴーレは『それ』を容赦なく笑顔で放り込んでみせた。

 

「味見してチョ。すり立ての、わ・さ・び?」

「ッッッッ!!!!????」

 

 瞬間、舌から発生した衝撃が脳みそを突き抜けて天高くまで湧き上がり、直後、ジークの絶叫がマンション中に響き渡るのだった…………。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

「あら? 犬の遠吠え?」

 

 そんな若い衆のやり取りとは打って変わり、最上階にある一般人が立ち入りできない特別フロアに設置された展望室全てを貸しきった宴会場で、中央に十畳ほど敷かれた畳の上に置かれたテーブル一杯に並べられた懐石料理を大いに満喫していたスコールがシレッと答える。

 

「さあな? 誰か発情して叫んでおるんじゃろ! ヒョッヒョッヒョッヒョッ!!」

 

 そしてスコールの向かい側に座ったヘパイトスが、鱧の湯引きを口にしながら、『これは京都の料亭に勝るとも劣らぬ!!』と絶賛する中、一人、杯に入った日本酒を遊ばせていたアレキサンドラ・リキュールは、展望室の窓から見える、雲ひとつ無い満月に思いを馳せる。

 

「(ジーク君を単体で退けた以上、次は私が直々に出向くしかあるまい)」

 

 陽太の実力、一夏の可能性、これらを引き出すにはジークをぶつけるのが一番だと思っていた彼女にとって、陽太が一対一でジークを退けた出来事が、嬉しい誤算となってくれた。

 

「(IS学園に私が赴く以上、お前も出てくるのか千冬?)」

 

 すでに戦える身体でないはずなのだが、あの頑固で意志を曲げることをしない千冬が大人しくしている訳が無い。半ばそう確信したリキュールは、杯を満月に向けると、微笑みながら心の中で考える。

 

「(それもよかろう。10年越しに、私が証明してやろうではないか)」

 

 その紅い瞳が一層の紅みを帯びる中、彼女はかつての親友と袂を分かった原因となる、『あの人』へと声無き意思で呟いた。

 

 

 

 

 

「(先生………貴女は、千冬ではなく、歴史に名を残す『英雄』として、私に殺されるべきだった………とな)」

 

 

 

 

 

 






と言うわけで、次からは親方様がIS学園に本格攻勢!?編になります。

と同時に、最重要キーワードとして浮上する、千冬さん、束さん、親方様三人の『先生』なる人物とは………?





親方様がいった、『英雄』
スコールがいった、『英雄』

果たしてこの二つの英雄とは、同じ人物を意味しているのでしょうか?
そして10年前………世界にいったい何があったのか?







ヒント………『白騎士事件』は、二重の意味で世界を揺るがした事件です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四章・武力衝突
聞かせて小さな声で 貴方が愛したメモリーズ


一週間更新と言う偉業を成し遂げたかのように思えるが、其れが普通じゃないのかと思えてしまう自分の冷静さにとりあえず安堵したw

と、さてさて新章スタートということで、初回は案の定←? 主人公がまるで不在だ!

え? 親方様主人公だからいい? 思っていてもそういうことは口にしない!






ヴヴヴは見たことないのに、歌を気に入ったからサブタイにしました。


 

 

 

 

 

 朝風呂とはやはり格別な気持ち良さがある。

 

 シャワーヘッドから出る心地よい温水を浴びながら、アレキサンドラ・リキュールはそんな気持ちよさに酔いしれていた。

 

 スーパーモデルも裸足で逃げ出すかのような、見事なプロポーションをしていながら、自身が求める戦闘理論を体現できるように鍛えられた身体が、証明に反射した光に照らされ、まるで全身から光を放っているかのような神々しさをも放つ中、彼女の心には、10年の歳月で蓄積された満たされぬ欲求が歓喜の声を上げていた。

 

 ―――相反する才能を秘めた、かつての宿敵(ライバル)の弟子二人(陽太と一夏)―――

 

 実に愉快で、意外性に富み、そして才気と天祐に満ちた、未来ある二人の操縦者の存在が彼女を駆り立てて仕方ないのだ。

 

「だが、このままでは二人は駄目になってしまう」

 

 しかし、そんな彼女にも一抹の不安要素は存在していた。

 素材としては最上位であることは間違いないのだが、素材はあくまでも素材でしかない。最上位の素材を、最上級の『戦士』にまで引き上げる、必要不可欠な『要素』が悪いのだ。

 

「千冬………お前は、10年前から進歩することを拒否したようだな」

 

 天に愛される才気、これを彼らが持ち合わせていることは最早当然の結論。

 命懸けの戦場での良質の『敵』、これからも自分自身が、彼らの現状に見合った敵を見繕うつもりであった。

 そして最後の一つ、つまり彼らを導く指導者………それこそが現状最大の問題である『織斑千冬』の人間性なのだ。

 

「(大方、つまらん罪悪感と義務感で自分を潰したな………嘆かわしい)」

 

 『元』親友の心境を弟子達のあり方から大体言い当てたリキュールは、蛇口を捻ってシャワーを止めると、浴室から出てバスタオル一枚を片手に歩き出す。

 

「(ちょうどいい。確かめがてら、久しぶりに顔を出そう……………この機を逃せば二度と食する機会もないだろうからな)」

 

 そして彼女は肩にかけたままリビングに向かって歩き出すのだった。

 

 

 一方、すっかり改造されたリビングにおいて、夕食に出されるデザートの試作品を食べさされていたジークは非常に上機嫌でそれを食していた。

 

「♪♪♪~」

 

 戦闘用に改造された自身の身体の維持をするために、日に大量の糖分を必要とする身であるが、生来が甘党である。しかも今目の前に出されている高級感漂うものだったがために、余計に彼の機嫌を良くしてくれていた。無論、それだけではないのだが………。

 

「(スコールの奴は知らないって言ってやがったが、俺の目的は間違いなく亡国にある)」

 

 彼自身が命よりも大事にしている『目的』の手がかりは、間違いなく亡国機業内部に存在している。雲を掴むかのように旅を続けて数年、ついに確実なものを手にいれたのだ。

 

『ジーク、探りはこちらで入れておくから、くれぐれも軽挙妄動は謹んで!』

 

 そしてスコールがかなり真剣な表情で話をしていた以上、組織の暗部にまで食い込んでいる可能性は極めて高い。それゆえにジークは、まずは焦らず慌てず迅速に情報を入手する道を模索する。

 

「(今度、本部に帰った時に地下のメインバンクにアクセスして情報を入手する!)」

 

 それまでは誰にも、マドカにもスコールにも気取られるわけにはいかない。彼はとりあえず日常に戻ったフリをすることで、今度こそ確実な手がかりを見つける道を選んだのだった。

 

 ―――カクテルグラスに盛られた、見た目もおしゃれな白桃のマリネ―――

 ―――生地にたっぷりキャラメルを絡めた、シュークリーム―――

 

 二つの高級デザートを平らげながら、とりえあずの愛想笑いを作り手たちに送る。

 

 そしてそれらを作ったフリューゲルとスピアーは、そんなジークをジト目で見ながらも悪い気はしていない。まあ、これが愛する親方様ならば間違いなく鼻血出しながら悶えていた場面なのだろうが、美味しく食べてもらえるというなら、基本は誰であろうとも彼女達は料理を作るのだろう………惜しくも、それだけの実力を主以外の人間に振るう場面が極端にないのだが………。

 

「それでね、鯖を下ごしらえする時は、水道水で水洗いしちゃ駄目だよ。洗うなら塩水がいいかな? 生臭さが余計に出ちゃうから」

「ふんふん………」

 

 だが、その隣では、なんとエプロンをつけたマドカが、魚の捌き方から調理方法までを直接レクチャーされていたのだ。

 普段は料理などしようとも考えないマドカなのだが、自分と同じグータラ極まる四人が、プロレベルの料理を作れたことに大いに驚愕し、そしてそれをジークが美味しそうに食べていることが、彼女には我慢できなかったのだ。

 だが料理を覚えようにも、彼女自身がしたことがないのだ。どうすればいいのか、本でも読めばいいのか? うんうん悩んでいた所を、フォルゴーレが快く手を上げてくれたのだ。もしこれがフリューゲルなりスピアーなら、どっちかがいらないことを言って大喧嘩になる場面なのだが、そのあたりは流石竜騎兵随一の人当たりのよさで、見事に彼女との信頼関係を築き上げている。

 

「親方様ッ!?」

 

 そんな中、突然廊下からリューリュクが驚く声がしたので、全員が一斉にそっちを振り返る。

 

「私は出掛ける。昼は外で食するから用意はいらん」

 

 ドアを開いて、『濡れた全裸』のままでそう堂々宣言したアレキサンドラ・リキュールに、室内の全員が凝視するのだった。

 

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「親方様っ! お拭きください!」

 

 一人必死にバスタオルで濡れた彼女の身体を拭う中、ようやく再起動したマドカが、一番早くリアクションを起こす。

 

「あっ! ジーク、手が滑った(棒読み)」

「!?」

 

 わざとらしくない言葉で、ジークに向かって手に持った包丁をフルスイングでブン投げる。容赦も欠片もないその一撃は高速でジークに突き刺さろうと空を舞い………。

 

「フンガッ!?」

 

 ジークに白刃取りされてしまう。思わぬ事態に座っていた椅子からひっくり返るジークだったが、流石にこれは笑って流せないと言わんばかりにマドカを怒鳴りつける。

 

「テメェ!! 冗談でも、やっていいことと悪いことの区別もつかねぇーのか!?」

「ふざけるなッ! 私の前でその女の裸体を食い入るように見つめよって!」

「見てねぇーよ! 驚いて頭真っ白にしてたんだよ!!」

「嘘をつくな! この………浮気者ッ!!」

 

 何を突然言ってやがる!? マドカがなんでキレたのか理解できていないジークだったが、この時、自分が実はとんでもない状態であるということに彼自身が気がついていなかった。

 

「そうだ。君とマドカも一緒に行くかい?」

「今取り込み中だから、テメェーはあ………と……」

 

 リキュールの言葉に反応して彼女を見たジークだったが、自分の位置が実はとんでもない状態だったことをすっかりと失念していた。つまりは………。

 

 ―――全裸のアレキサンドラ・リキュールの足元に倒れるジーク―――

 

 ……………位置関係上、下から文字通り彼女の『全て』を目撃して、更に意識が硬直するジークと、そんなジークのリアクションが理解できずに首を傾げたリキュールの珍妙なやり取りが繰り広げられる。

 

「親方様」

「!?」

 

 だが、ジークの意識は、首元に感じる三つの冷たい感触によって急速に冷静さを取り戻す。

 

「親方様、お洋服はどれになさいましょう?」

「スーツを出せ。正装していかねばならない場所だ」

「承知しました」

「フォルゴーレ。スコールがもうすぐ起きてくる。おそらく二日酔いだ。味噌汁を用意してやれ」

「はい、承知しました」

「スピアー、車を回しておけ」

「はっ!」

 

 それぞれ主たるリキュールに用を賜る中、彼女たち三人が手に持った包丁をジークの首元に押し付け、そして彼女達は一瞬だけ、包丁の刃よりも鋭い眼差しでジークを見ると、目力で無言の言葉を送る。

 

『今見たものは全部忘れて早く眼を瞑れ』

「………サーセン」

 

 『やっぱりなんか納得できない』………拭い去れない不条理を感じながらも静かに瞳を閉じるジークであった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 所変わって、青空が広がる空の下、一軒の大衆食堂の二階の一室において、テレビの画面を真剣に睨み合う三人の男女がいた。 

 いつもの制服ではなく、私服を着た対オーガコア部隊の隊員である一夏と鈴、そして赤い長髪が特徴の少年である。

 

 本来なら休日はいつもの訓練漬けの日々を送っていた二人だったのだが、先日のオーガコアとの戦闘の後、とある人物から思いもしない提案が出されたのだ。

 

『お前達のIS、聞けばずっと実戦続きらしいな。ならばここらで一度オーバーホールしておこう』

 

 そう仏帳面で整備課主任教諭の奈良橋が提案を出したのだ。本人的には娘を助けてもらった礼をしたいからという理由らしい。決して仲間になったわけではない!と断固としてそこは認めていないのだが、隊長である陽太が、

 

『オッサンのツンデレとかニーズないぞ、とっつぁん?』

 

 要らない事を口走って千冬にぶん殴られたのは言うまでもない。

 

 だが、新しく隊員となった箒の紅椿も損傷しており、またこのところずっと訓練と実戦が続いてただけに、一息入れるのも悪くないという理由で、千冬がその提案を受け入れ、土日の連休を利用して奈良橋と整備課の有志数名により、対オーガコア用ISのオーバーホールが実施されたのだ。

 そして隊員達は、久しぶりに手に入れた休日をそれぞれが利用する中、一夏は完全に存在を忘れていた実家の様子を見に行くついでに、中学時代の友人に顔出しに来たのだ。家で掃除をしている最中に鈴が何食わぬ顔で現れたのはびっくりしたのだが………。 

 

「っで、二日間の臨時休暇を貰ってわけ………ギャアアアアッ!! ウソォォッ!? カード全部捨てられたぁぁぁ!!」

 

 TV画面の向こうで、悪魔の貧乏神がいとも容易く行った惨劇に、目じりに涙をためながらコントローラーを握り締める一夏が、心の底から叫ぶ。

 

「まさか一緒に出かけようとか言われて、此処に来るとはね………いっしゃあっ! デビル地獄から完全に立ち直ったぁぁぁっ!!」

 

 コントローラーを片手にガッツポーズを取った鈴は、合わせて7億8千万の物件を購入し、自身の完全復活を高々と宣言する。

 

「しっかし、まさかIS学園に鈴まで転校してたとはな………その……何とか部隊? すげぇじゃねぇーか、一夏?」

 

 そして悠々とカード集めをしながら電車を目的地に走らせる、この部屋の主こと『五反田(ごたんだ) 弾(だん)』は、ニヤニヤと自身の優勢を勝ち誇るように言い放つ。一夏よりも背が高くバンダナで巻いた赤毛の長髪が特徴の、中学時代からの一夏と鈴の共通の友人である少年は、ゲームしがてら一夏達の近状報告を受けていたのだ。

 

「ああっ! 俺、IS学園行けて本当によかったと思う………本当に目指すべき目標もできたしな」

 

 そしてそう笑顔で答える一夏の姿に、親友が少し見ない間に随分と頼もしくなってしまったことに、微笑ましくもくすぐったい気持ちに弾はなる。

 

「(なんか………天然でバカっぽいところは全然変わってないのに、随分男らしくなったじゃん、一夏)」

 

 親友の成長に感動した弾ではあった、次の鈴の発言によって、感動が一瞬で瓦解してしまう。

 

「目標って何よ? 例のファースト巨乳幼馴染を押し倒すこと?」

「!!??」

「なっ!?」

 

 どうしてここでそれを蒸し返すのかと鈴に噛み付こうとする一夏だったのだが、そんな彼よりも早く肩を掴む男がいた。

 

「ファースト巨乳美少女とはいったい何なのか、ワタクシにもわかるように説明を要求するマイフレンド……だった奴」

「だった奴とか何で過去形なんだよ!? てか何で箒にあってないのに美少女ってわかるんだよ!」

「お前は息をしているだけで美少女を吸い寄せる、全人類の半分を敵に回す特殊能力を持っているからに決まってんだろうがゴルァッ!? ええっ!? それも押し倒したとか、いったい何なんだ!? お前は何しにIS学園にいったんだよ! 返せ! 俺の感動を今すぐ返せ!! そして代わりにお前の毒牙にかかってない美少女紹介してください。マジで切実に」

 

 血涙を流し(イメージ)ながら、一夏の両肩を掴み、高速で前後に振り、怒りながら懇願する親友の扱いに切迫する一夏と、そんな一夏の隣で、『ロープでグルグル巻きにされた私の恨みを思い知れ』と鼻で笑い飛ばす鈴………グルグル巻きにしたのは陽太なのに、というツッコミを一夏が入れることは当然ないのだが、そんな和気藹々?とした三人組がいる二階から下の一階、『五反田食堂』の店舗において、愛想よくお辞儀をする美人と美少女がいた。

 

「ありがとうございました~」

「ありがとうございました~~、またのお越しを~!」

 

 笑顔が魅力的な、落ち着いた雰囲気を醸し出している大人の女性と、弾と同じ髪の色を持ち、髪をヘアクリップで纏め上げ、タンクトップとショートパンツというラフな姿をした10代前半の少女が同時に最後のお客に挨拶をして、送り出したいのだ。

 

 大人の女性の名前は、五反田(ごたんだ) 蓮(れん)

 少女の名前は、五反田(ごたんだ) 蘭(らん)

 

 この五反田食堂における二枚看板娘達である、弾の実母と、実妹である。そしてそんな看板娘達に厨房から声を掛ける齢80過ぎの老人がいた。

 

「ういっ! それじゃあ昼にでもすっかっ! 蘭、弾を呼んできてくれ」

「はいは~い!」

 

 熱気で肌焼けしたため浅黒い肌を持ち、とても80過ぎの老人とは思えないほどの筋骨隆々としたがっしりした体格は、この道50年を超える、中華鍋を振り続けて作られた物である。

 

 老人名前は五反田(ごたんだ) 厳(げん)。五反田食堂を一代で築いたこの食堂の主であり、一夏が千冬並に頭が上がらず、そしてマナーの悪い奴にはおタマと鉄拳を見舞う食堂の生きたルール(ラスボス)でもある。

 

「もう、お兄も手伝えっての!」

「そうだよな蘭。アイツはすぐに理由をつけてサボリやがる………ったく、これだから最近の若い者は……」

「お養父さん………弾は、お友達が来てるとかで」

「それに引き換え、蘭はいい子だな~~! さすが俺の孫娘!!」

 

 どうやら男に厳しく、女には弱い人間性のようである………孫という意味では平等に二人のことを愛しているのだが、扱いまで平等にする気はないという考えをした厳が、腕を組みながら『ガッハッハッ!』と笑う中、休憩中の看板を蓮が外に掛けようと入り口に近づいた時、彼女よりも早く扉を開けるものがいた。

 

「失礼」

 

 短く言って引き戸を開けて入ってくる人物に、蘭は一瞬で言葉を失う。

 

 浅く焼けた肌の上から黒いスーツを羽織り、パンツスーツの上からでもわかるほどの脚の長さと、優雅な歩き方、190近い長身と、光を反射させて煌くプラチナの長い髪を後ろで束ねた女性の声に、魂が抜けかかった蘭は思う。

 

「(次元が違う………すごい美人なのに……男よりも男らしい雰囲気がある)」

 

 女性としては異例の空気を放つその女傑………アレキサンドラ・リキュールは、蓮が持っていた看板を見て、表情を曇らせる。

 

「おや、今から休憩でしたか………昼食をいただきたかったのですが、時間を改め…」

「んっ?」

 

 そして中華鍋を洗っていた厳が、厨房からにょっきりと顔を出し、彼女と視線を合わせる。

 

「これは大将………ご無沙汰しております」

「……………」

 

 一瞬、気が抜けたかのように怪訝な表情となる厳だったが、段々と目の前の人物が誰だったのかを思い出し、そして………孫の蘭が見たこともないような表情で破顔して、厨房から大慌てで出てくる。

 

「………ひょっとして、『先生』のところのお嬢ちゃんか?」

「10年も空けてしまい、申し訳ありません……………お久しぶりです大将」

「やっぱり、『先生』のところのお嬢ちゃんかっ!!!」

 

 そして彼女が誰なのかを言い当てると、帽子を外して、彼女の両手を握りながら、遠く離れていた肉親が戻ってきてくれたかのように、目に涙をためながら彼女との再会を心から喜ぶ。

 リキュールもそんな厳を、いつもの戦士の表情ではなく女性の顔で、穏やかに笑いながら話しかける。

 

「やっぱり………グスッ、こんな大きくなって………!! って、その顔の傷はどうした!?」

「やんちゃが過ぎていた頃の物です……大丈夫、今はもう痛むものではありません」

「女の子がそんな傷を作っちゃいかんぞ!!………ああ、だけど本当によかった」

 

 彼女の若い頃から知っているだけに、今の成長をした姿がどうしても想像ができなかっただけに、逆にそれが嬉しさを増幅させていたのだ。

 

「今日は久しぶりに裏メニュー………いただきに来たのですが、時間を変えたほうがよろしいですかね?」

「そんなこと気にするな! 今から腕を掛けて作ってやっからな!」

「それと………お前達、入って来い」

 

 入り口に向かってリキュールが呼びかけると、四つの顔がひょっこりと店の中に顔を出す。

 

「入ってもよろしいのでしょうか親方様?」

「よろしければ、我々は外で待機しておりますが」

「まさかこのような場所でご昼食とは………てっきりシティーホテルとかどこかと」

「おいしそうな匂いしてる……ジュル」

 

 いつもの竜騎兵(ドラグナー)の四人が、私服姿で中に入ってくるが、リキュールが『構わない』と言い出すよりも先に、店の主である厳が、大いに喜びながら両手を振る。

 

「なんだ!? あの先生のとこのお嬢ちゃんが、今度は先生してんのか!! こいつはいい! 早く入って来いお嬢ちゃん達! 俺が美味いもんたらふく食わせてやるぞ!」

「ですが………」

「気にするな気にするな! 裏メニュー『特上鯖味噌定食』五人前! すぐに作ってやるかな!!」

 

 機嫌よく四人を迎え入れ、恐ろしく上機嫌のまま腕をまくりながら厨房に入ると、彼は普段使っている業者用の冷蔵庫の隣にある、賄い用の冷蔵庫の扉を開いて、中から隣の県で取れた日本でも有名な鯖を取り出し調理し始める。その様子を見たリキュールが『座れ』と短く命令すると、四人は疑問を持つことなく席に座り、最後に彼女もゆっくりと着席した。

 

「そんなっ!! いつも注文しても使わないままに廃棄されていた鯖が!? 理由を聞いても『食わせたい人を待っている』っと言って、頑として注文をやめなかった鯖が!? 私も食べたことない、幻の裏メニューが、今、調理されている!!」

 

 よっぽどその光景が珍しかったのか、驚愕した表情のまま蘭が固まってしまう。そして、数秒後『お兄ちゃんにも教えてやらなきゃ!!』と言って、大急ぎで二階に駆け出していく。そんな中、五人にお手拭と水を出した蓮も、軽く驚いた表情になる。

 

 が数秒後、二階から………。

 

『キャアアアアアアッ!! 来てらしたんなら、声をかけてくれたらいいのに!?』

『ゲッ!?』

『グッ!? リ、鈴さんまで………』

 

 そして何か一人の少年を挟んで二人の少女が口論をし始めたのだった………。

 

 

 

「まあ、4年ぶりぐらいかしら? お義父さんが裏メニュー作っているの?」

 

 そんな殺伐とした二階とは裏腹に、義父が普段は見せないぐらいに上機嫌で調理し始める姿に、彼女も釣られて笑顔になる。普段は厳しい表情が多いだけに、リキュールの来店がよほど嬉しいのだと感じたのだ。

 

「あらあら、お義父さんにも、あんなにお若くて美人な恋人がいらっしゃるなんて、フフフッ」

「!?」

 

 息子の嫁の思わぬ言葉に、手に持っていた鍋を落としかけた厳が大慌てで訂正を求める。

 

「オイオイ! 蓮さん、冗談がキツイぜ!! 蓮さんも知ってるだろう? ほら………『ちーちゃん』と『たーちゃん』といつも一緒に来てた、『あーちゃん』だぜ?」

「あら………」

 

 その言葉を聴いた蓮が、数秒間思い出そうと首を傾げ、そして記憶を符合させて、手で相槌を打つ。

 

「あらっ!? じゃあいつも『アサガオの浴衣』を着ていた女性(ひと)と一緒にいたお嬢さんね! 思い出しました………まあ~~~、大きくなって………」

「そうだろそうだろ。10年ぶりか………そりゃ、一瞬誰だか判らないぐらいに成長しちまうわ……」

 

 そして鯖をちょうど良いサイズに切ると、鍋に火を掛けながら蓮と話を続ける。

 

「しっかし………『先生』のところのお嬢さんが、先生になっちまうとは………グスッ」

「あらあら、お義父さん」

「歳食うと涙腺が緩んじまうから困る………たーちゃんは世界的な開発者だし、ちーちゃんはIS学園で教師してるしな………みんな、ホント立派になった。『先生』も喜んでるぞ、きっと」

 

 月日の流れを感じながらも、自分が『先生』と慕って止まない女性の跡を継ぐように立派になっていく記憶の中の少女達の姿に、またしても涙が溢れそうになり、厳は袖で拭う。

 

「蓮さんには話したことなかったか………」

「はい?」

 

 突然の言葉に首を傾げる蓮と、神妙な面持ちになりながらも手を動かす厳は、フライパンで軽く焼き、余分な油を落として生臭さを消した鯖を、改めて鍋に移して火に掛けながら話を続ける。

 

「この鯖味噌な、俺の自己流じゃないんだ………元々のレシピは『先生』が作ったものなんだ」

「!?」

 

 そして、何かを懐かしむように厳は手元に目をやりながら、普段の荒々しさから微塵も感じさせない繊細な手つきで調理を進める。

 

「いや、それだけじゃない。『先生』のおかげで、俺は家族を持てたし、店も持てた………命よりも大事なもんを、あの人が全部俺にくれたんだ」

 

 

 

 ―――俺が今の弾よりもちょっとだけ歳が上ぐらいのときだったか―――

 

 ―――戦争が終わってな、何もかも焼け落ちちまって………俺も家族を失って、一人で放り出されちまった―――

 

 ―――この国は一から全部立て直さないといけない真っ最中で、皆、自分が生きていくのに精一杯だった。俺もなんとか生きていこうと必死だったが、そのうちに力尽きてな。フンッ………金もない、住む場所もない、食う物さえない………そんな中で、とうとう盗みを働いちまった―――

 

 ―――とある店の吊り篭からデブの主人が目を離した隙に金を盗んでよ………人ごみの中を紛れながら、なんとか逃げ切ってやろうとした所で、日傘を差して浴衣着て歩いてた『先生』と出くわしてな………どうせ良い所のお嬢さんか何かだろと、『退けッ!』って叫んだ瞬間、俺が逆にブン投げられちまった―――

 

 ―――金持ちのお嬢さんみたいな気品が良い人なのに、おっそろしく強くてよ………一瞬で意識飛ばしちまったよ―――

 

 ―――そんでその後だ。俺の後追ってきた店の主人が、俺のこと殴りまくりながら『警察に突き出してやる』って言ってきてな………あんときは、人生の終わりを覚悟したよ。このまま犯罪者になって、誰にも見取られることなくどっかでくたばる人生を送ることになるのかって―――

 

 ―――だけどな、そんときだ。現場に居合わせた『先生』が、俺のために頭下げてくれたんだ。『この子をどうか許してあげてほしい。皆と一緒で、今を生きようと必死になっているだけなんだから………自分が責任を取りますから』って言ってな―――

 

 ―――呆然と見ているだけの俺はよ、何度も何度も俺のために頭を下げてくれる理由が全然判らなくてよ………そしたらそのうちに、店の主人のほうが折れてくれてな。そんで『先生』が俺を引き取ってくれてよ………付いて来いって言われて、『先生』の家に連れられたんだ―――

 

 ―――てっきり、お屋敷か何かだって思ってたら、びっくりするぐらい普通の平屋でな。聞いたら日本人じゃなくて、日本に色々学びに来てるだけの外国人だって言うし………しゃべり方も立ち振る舞いも日本人よりも日本人してんのにな………そしたらな、先生は台所でこの鯖味噌を作ってくれて、そんで俺に振舞ってくれたんだ―――

 

 ―――『今、この国は貧しいのかもしれない。お金も食べ物も足りないのかもしれない。でもそんな中でも立ち上がって前に進もうとする人達を見て、私は心の底から震えた。自分の苦しみよりも、他者への苦しみを見て、それを何とかしようと立つ、人としての『気高さ』があるのだと、この国の人達は私に見せてくれた。だから、立ち上がることを諦めないで………心の中まで貧しくしないで。お腹が空いてどうしても我慢できないのなら、またここに来なさい』―――

 

 

 

「………美味かった。心の底から震えるぐらいに美味かった。こんなに美味いものがあるんだって思えて、食いながら何度も泣いちまった」

 

 落し蓋をした鯖を見ながらそう告げる厳の姿に、蓮は目元に涙を貯めながら彼女は相槌を打つ。

 

「それからだ………『先生』が仕事先と住み込み先を紹介してくれてよ。俺は必死に働いた………今度は『先生』に俺が何かご馳走したくて、働きながら料理の修業して………『先生』が仕事で日本を離れちまって、10年したぐらいかな? またひょっこり戻ってきた『先生』が、知り合いの不動産屋に話をして、この土地を提供してくれて、そんで食堂を立てさせて貰ったんだ。それから………婆さんと結婚して、バカ息子が生まれて、蓮さんが嫁に来て、二人の可愛い孫が生まれた」

 

 落し蓋をあけて、鯖がいい感じに出来上がると、厳はそれを器に移し、細かく切った刻み生姜を上に載せて、鯖味噌を完成させる。

 

「時々、『先生』がきたときに、必ずこの鯖味噌出すんだよ………『先生』はそれだけでいいて言うんだけど………俺にしてみれば割りに合わねぇーよ。命賭ける位の恩義は十分以上に貰ってるのによ」

 

 お盆に鯖味噌と白米、味噌汁と漬物を載せ、それを蓮に渡しながら彼はいつもの豪快な笑みを浮かべた。

 

「そんな『先生』のお弟子さんなんだ。俺が考えられる最上級の『おもてなし』しないと、五反田厳の名が泣くってもんだろ!?」

 

 80を超えても欠けることなく生えている白い歯を見せながら、少年のように笑う厳を見て、蓮も思わずいつもよりも幼い感じで笑ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「…………美味い」

「「「「!?」」」」

 

 出された鯖味噌を一口食したリキュールが言った感想に、四人の竜騎兵が衝撃に固まる。

 

「(親方様が美味いって言った!?」

「(私、言われたことない!)」

「(私も言われたこない!!)」

「(くやしいーーー! でも箸が止まらないほどに美味しいーーー!)」

 

 悔し泣きしながら嬉し泣きして黙々と食べ続けるとても器用なフォルゴーレを残し、フリューゲル達が驚愕するが、嬉しそうに鯖味噌を食べるリキュールにどう声をかけたらいいのかわからず呆然となってしまうが、そんな三人の様子に気がついた彼女が、不審そうに声をかける。

 

「何をしている、折角の馳走だぞ?」

「あ、いや………その…」

「も、申し訳ありません……しかし…」

「お、親方様が鯖味噌定食を食べられるとは……その……イメージが」

 

 リューリュクの言葉を聴いたリキュールが、本当に珍しい、困ったような眉を落とした表情を作って逆に聞き返す。

 

「なんだ、私が鯖味噌を食べてはいけないと言うのか?」

「「「いえっ! 決してそのようなことはございません!!」」」

「?」

 

 必死になって首を横に振る三人を見てそれ以上の追求をせず、リキュールは再び目の前のご馳走に食しようと箸を動かし続ける。これほどまで穏やかに上機嫌なリキュールというのは最近ではめったに見れずにいただけに、三人も徐々にその様子を好意的に受け止め始める。戦場で、強者を見つけたときのハイテンションも嫌いではないが………。

 そんな五人に近寄る厳は、腕を組みながら彼女達の様子を喜ぶ。

 

「いやいや、ひっさしぶりに作ってみたが、腕の方は落ちてないようだな」

「はい………流石は大将、もうこの味には貴方以外では出せないでしょう」

「なになに!! 『先生』にはまだまだ勝てないって!!」

 

 厳が笑いながら『先生』と言った瞬間、リキュールの箸の動きが止まる。だが、それに誰も気がつくことはなく、そして厳は尚も話を続けた。

 

「そういや『先生』はどうしたあーちゃん?」

「………………それは」

「ああ! 気を使う必要はないぜ。あの人が10年ぐらい音信不通なんていつものことだし! そんな今すぐ来るように言わなくたって、俺っチはいつでも待ってるからよ!」

 

 『カッカッカッ!』と陽気に笑う厳と、リキュールを『あーちゃん』呼ばわりする老人を若干睨むフリューゲルとスピアー。そして二人とは対照的に嬉々として目の前の定食を平らげるリューリュクとフォルゴーレ………。

 

 だからこそ誰も気がついていなかったのかもしれない。

 

 リキュールの口が僅かにこう動いていたことに………。

 

 

 

 

 

『 オ マ エ ハ ニ ゲ タ ナ。 チ フ ユ』

 

 

 

 

 

「本日はご馳走様でした」

 

 食事を終えたリキュールが深々と頭を下げ、竜騎兵達も習って頭を下げる。

 

「頭上げてくれ! 大したもん出せなくて、こっちの方こそ頭下げんといかんのに」

 

 リキュール達のその行動に、逆に申し訳なさを覚えたかのように厳も頭を下げる中、そんな様子を蓮が面白そうに眺めていた。

 そして頭を上げ、厳のほうを見たリキュールの瞳にはいつもの厳しい眼差しが宿っており、彼女は部下達の方を見ることなく、短く命令を出す。

 

「お前達は先に車に戻っていろ。私は少し話が残っている」

「ですがお勘定が………」

「いらん。早く行け」

 

 それだけ短く告げると、早く行けと手を振る。竜騎兵は急に彼女の様子が変わったことを疑問に思いつつ、先に店を出て行く。

 そして店の中に残ったリキュールは、店主である厳を前に、とある事実を告げようと口を開いた。

 

「大将………少々お話があります」

「ん? どうした急に改まって?」

 

 厳も彼女の雰囲気が明らかに変わっていることに気がつく。そしてリキュールは一度だけ瞳を閉じると、意を決したかのように、話を切り出したのだした。

 

 

 

 

「残酷なお話になりますが……………知っておいてほしいのです。『先生』のことを」

 

 

 

 

「ああ~~腹減った。爺ちゃん、飯の支度まだか~?」

 

 二階で騒動を起こしていた一行だったが、蘭がようやく昼食の支度が出来上がったことを思い出し、一夏を連れて食べようと言い出したのだ。

 そして弾を先頭に一夏と、彼を挟んで左側から腕に抱きついた蘭と右側から抱きついた鈴がにらみ合いながら一回に降りてくる。この二人、中学時代から事ある毎に睨み合っては、しまいに取っ組み合いの大喧嘩までしたことも一度や二度ではない恋敵なのだ………最も、蘭は知らないが最近、新しい三人目が急浮上してきたという事実に。

 

「ふ、二人とも………ちょっと離れてくれ!」

「ですって鈴さん、その洗濯板が大層痛いそうですから、早く一夏さんから離れてください」

「アンタのそういう減らず口は大好きよ? ぶん殴るのに何の遠慮も感じなくてねッ!!」

 

 二人のやり取りを中学時代から一貫して困った表情で本当に困り果てる一夏と、そんな彼を『こいつ、どうしてこう一々俺の心の琴線に触れるんだマイフレンド』と歯軋りながら見つめる弾という構図に、一夏がほんの僅かな懐かしさを感じていた時、暖簾をくぐった弾が、声を張り上げた。

 

「じ、爺ちゃんッ!?」

 

 弾のその声を聴いた瞬間、一夏も何事かと思ってそちらの方を振り返る。

 

「……………なんでだ?」

 

 店の椅子に力無く座り込み、両肩を震わせながら、50年以上も中華鍋を振るい続けてきた両手で顔を覆い、むせび泣く厳の姿があった。

 

「な、何があったんだよ!? オイッ!!」

 

 初めて見るそんな祖父の姿に、弾はいてもたってもいられず、近くにいた母に駆け寄って話を聞こうとするが、蓮も口元を手で塞ぎながら、大粒の涙をポタポタと流して厳の方を見続けるだけであった。

 

 いつもは厳格で鉄拳をよく浴びせてくる厳とは思えない姿を見た一夏も、その弱々しく涙を流す姿に動揺を隠せずにいたが、彼がまるで呟くように言い続ける言葉に、更なる衝撃を受ける。

 

 

「なんで………アンタが死ななきゃならん? 一言………言ってくれたら………『代わりに死んでくれ』って………俺に言ってくれたら………俺は喜んでアンタのために笑って死ねたのに」

「!?」

「なんで………アンタが俺より先に死んじまうんだよ、『先生』」

 

 何の話をしているのだ? 一夏が疑問を浮かべつつ、なんとなく周りを見回したとき、入り口の引き戸に浮かぶ影を見つけ、反射的にそちらの方に向かって走り出す。

 

「!!」

 

 そして引き戸を開け、周囲を見回した時、一夏は目撃する。目の前を走り去った黒い4WDの助手席に座る女………。

 

 ―――アレキサンドラ・リキュール!!―――

 

 この間会ったときとは違う服装だったが、見間違えることは無い。一夏にとって強烈な印象を与えていたあの人物が、何を目的にこの店に来たのか知る由もなかったが、彼はその4WDを追いかけようと腕を構える。

 

「白し………アッ!」

 

 だが、今日はISを所持していないことを思い出し、思わずその場で一夏は地団駄を踏む。 

 

「一夏ッ!?」

 

 そんな彼の様子を見たも、店を飛び出して駆け寄ってきた。

 

「一夏………どうしたのよ、急に!?」

「あの女だ!! あのアレキサンドラ・リキュールって奴が、厳さんを泣かしたんだ!!」

 

 思わぬ人物の名前に目を白黒とする鈴と、彼女への強い敵愾心を燃やす一夏…………。

 

 

 だが、真夏の日差しが強まる中、二人の姿………そして彼の言葉を、遥か上空の衛星圏から見下ろしながら捉える者がいたことに、一夏も鈴も当然気がついていなかったのだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「そうか、あーちゃんは厳さんに話したのか~~~」

 

 衛星が拾い上げた一夏の姿と言葉を小型の端末で聴いた人物………ウサミミとゴシック風の服装をした人物、ISの母であり、陽太を拾い、彼をIS学園に送った人物である『篠ノ之 束』は、おおよそ店の中で何が起こっていたのか盗聴などせずに理解していたのだった。

 

「あーちゃんは、本当に律儀だね~~~。ちーちゃんと戦う前にもう二度と食べないつもりで厳さんの鯖味噌食べたね~~~?」

 

 束は、ソファーに座りながら、目の前に広がる青く大きな星………地球を見ながら、そこにいるかつての親友に思いを馳せる。

 

「あーちゃんはIS学園に攻めるつもり………でも今のようちゃんじゃ、100%あーちゃんに勝てない………だって、今のようちゃんはただの天才なんだもんね」

 

 自分が拾い、育て上げた『戦いの天才(陽太)』の敗北を予定調和としていた。

 

「ようちゃんに足りないものは、あーちゃんが教えてくれる………そう、ようちゃんが真の『英雄』になるのに必要なことを」

 

 そうだ、なぜなら自分の親友はすでにただの人間の域にいない。彼女のその圧倒的な『暴力(ちから)』は、ひょっとするなら自分達の『先生』と遜色が無い領域まで到達しているのかもしれないのだから………。

 

「これは束さんの出番かな? ちーちゃんともこの分だと直接会えそうだし………10年ぶりだよね、三人で会うの?」

 

 そして彼女は自分の隣に置いてあった、とある一枚の写真を手に取り、話しかけた。

 

 ―――まだ髪が肩にかかるぐらいの幼い千冬と、彼女と睨みあうリキュール。そして同じぐらいに幼い束が本当に嬉しそうに抱きついている、一人の女性………この地球(ほし)と同じ青き眼をした、ライトグリーンの長い髪を持った、浴衣を着て、三人に微笑みかけていた20代後半の女性―――

 

「………先生?」

 

 束は写真に浮かぶ彼女に微笑みかけながら、話す。

 

「許してね………傷つけあってばかりで………」

 

 ―――自分達は、この10年、戦ってばかり、誰かを傷つけあってばかり―――

 

「あなたが、守ってくれた世界なのに………」

 

 ―――後どれ程の過ちと愚かさを繰り返せば、『真の英雄』たる彼女(先生)のようになれるのだろうか?―――

 

「だけどね………私は止めないよ」

 

 ―――だが、自分はこの道を行く。たとえその果てに………―――

 

「ちーちゃんが、あーちゃんが、私の敵になっても!」

 

 ―――10年前の『あの日』、全てが始まった『あの日』、もう引き返す術さえ無くしたのだから―――

 

 

 

「私が、先生を殺した、この汚らしい世界をっ!! 全部全部全部!!! ぶっ壊す!!!」

 

 

 

 ―――たとえ、それが本当の平和を願った、『先生の遺志』に反したことだろうとも―――

 

 

 

 束はそう叫びながら、濁った瞳で星を見下ろすのだった………。

 

 

 

 

 

 

 






ということで、なんと厳さんが初登場で号泣したという衝撃的レビューになっちゃいました。

そして、最後に束さんが言った、『真の英雄』たる先生………ますますもって彼女は何者なのだろうか?

 気品があって、他者への理解をもち、国の気高さを尊び、そして人が持つ『立ち上がる強さ』を信じる人………。

 先生の死が、今後さまざまな形で物語に波紋を広げます。


 彼女を殺したのは、果たして本当に千冬さんなのか? それとも束さんが言った『世界』なのか?

 そして暴龍帝によるIS学園襲撃のときは迫る!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

暴龍帝、降臨!

今回ほどタイトルに偽りのない回はない!









てか、一週間更新はやっぱり難しいにゃ


 

 

 

 IS学園の恒例行事であり、最も重要なイベントのひとつである『学年別トーナメント』の開催が明後日迫ったとして、皆が一同に気持ちを浮つかせていた。

 学園に入学している生徒達にとって、自分の今後を占う大事なトーナメントであり、日頃から培っている操縦技術を存分に発揮し、トーナメントに観戦に来ている政府や大企業のスカウトの目に留まらないといけないからである。また、専用機持ちと言われるそもそも政府や大企業に所属している生徒も、無様な姿を見せることはできず、己の存在意義をトーナメントの試合という形で上役達に見せ付けないといけないからである。

 

 だが、そんなトーナメントが開かれようとする中、生徒達を別の意味で衝撃を与える出来事がつい先日発表された。

 

『織斑千冬教諭が、今度のトーナメントを機に、長期療養のため休職する』

 

 という旨が、生徒達に正式に発表されたからである。

 

 世界最強のブリュンヒルデであり、生徒達の憧れの的である彼女がしばらくIS学園から離れるという話は、瞬く間にIS学園中に広まってしまう。ただでさえ、彼女はIS学園において特異であり、そして今では何かと話題に事欠かない『対オーガコア部隊』発足の張本人であり、そんな彼女の離籍は、学園中にある種の不安を蔓延させてもいる。

 

 ―――もし、彼女のいない間にIS学園にオーガコアがくればどうなるのだろうか?―――

 

 彼女自身は指揮官であり、決して現場には出張らないことは知られているが、やはり彼女の存在感は大きく、実働隊のメンバーのことをよく知らない生徒にしてみれば、『彼女あっての部隊』という見方もあるのだ。いくら彼らが結果を出しているとはいえ、それも彼女のおかげだと思う者がいてもおかしくはない。

 

 色々と不安要素が募る千冬の長期離脱。

 彼女自身は淡々と自分の後任となる代理司令官兼1-A担任代理の真耶が楽になれるように、引継ぎ作業をしつつ、周囲にそれとなくフォローを入れてもらえるように頼みまわる中、現場において一括して指揮することを頼まれたこの男は、皆が寝静まった世深け過ぎにおいて、一人で黙々と『訓練』に明け暮れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

 分厚い雲が星空を隠した夜更け過ぎ、学園の時計塔の頂上に、素手と素足で上り詰めた上半身裸の陽太は、全身に汗を噴出しながらも、厳しい死線で何も写さぬ曇り空を見つめ続けていた。

 

 ―――今のお前では、100%『あの女』には勝てない―――

 ―――全ての操縦者が辿り着くべき、究極の境地『スカイ・クラウン』―――

 

 己の師である千冬の言葉を、普段は半信半疑で受け流しているように見せ掛け、彼自身は頭の片隅でそれが事実であると無意識に捉えていた。

 

「くっ!」

 

 そのためか、特に一人の時間になると心の中から噴き出す、アレキサンドラ・リキュールへの敵愾心、自分よりも格上であると称されるその実力に、苛立ちと焦りを感じずにはいられなくなるのだ。

 フラストレーションが溜まる中、彼は意を決するように視線を地面に向けると、その苛立ちを振り切るように、軽いジャンプで手すりの上に登ると、なんと頭から地面に向かって飛び降りてしまう。

 

「!!」

 

 他者から見ればどうあがこうが投身自殺をしている風にしか見えない。しかも塔の高さは優にビルの10階以上に相当する高さがあるのだ。

 

 だが、IS戦闘の申し子とも言われる陽太にとって、ビル10階からの落下の速度と高度など、まるで児戯にも等しく、若干の高揚感を与えても、恐怖などまるで感じることはない。

 そして彼は垂直に落下しながら、塔の壁を蹴り、あろう事かジグザグに動きながら更に加速し始める。地面にどんどん近づき、その瞳に地面以外の『モノ』を映していた陽太は、地上ギリギリ………それこそ高度10cmを切った瞬間、その右手を高速で地面と顔の間に差し込む。

 

 ―――舞い上がる粉塵と衝撃波―――

 

「……………」

 

 木々を揺らし、落ち葉を舞い上がらせた陽太は、右手にISを部分展開し、片手一本の逆立ちの状態で地面に着地する………部分展開する速度もさることながら、落下の衝撃を受けても微動だにせずにそのままの状態で停止できるほどに、身体能力と操縦者としての高い能力を持ちえる陽太にとって、やはり『この程度』の訓練では、物足りなさを感じて仕方ない。

 

「………違う」

 

 第六感超える、第七感の感覚領域である『スカイ・クラウン』に辿り着こうと必死になる陽太だったが、それは当初の思惑を超えるほどに難航していた。

 千冬曰く『自身で掴むしかない』という言葉は、理屈の上ではわかる。誰だって自分の視覚や聴覚を教えることなどできない。『見ろ』『聞け』………そう言われれば事足り事あり、誰もが意識することなく使えるものなのだから。

 自分の感覚である以上、自分の中に存在している第七感を、自身で感知しなければ意味がないということも理解はできる………だが理解できているからといって、今まで存在すら考えたこともない自分の感覚を呼び覚ますなど、何をどうすればいいのか、皆目検討もつかない。

 ひそかにカールや真耶などのほかの教師にもそれとなく聞いては見たものの、『スピリチュアは専門外』『先生、オカルトはちょっと………』っと、真面目に取り合ってもくれないのだ。もっともカールは操縦者ではないし、真耶に至っては、失礼かもしれないがあらゆる面でIS操縦者としては陽太の方が上である、IS操縦に関してのことを知らなくても無理はなく、ましてやスカイ・クラウンの存在など千冬以外知っていそうな事柄でもないのだ。

 

「どないせいっちゅうねんッ!?」

 

 軽く腕の力だけでジャンプし、空中でひゅるりと回転しながら地面に着地した陽太は、八方塞がりの現状に頭を抱えながら座り込む。

 

「(何をどうすれば第七感って目覚めるの? 催眠術? ヨガ? それとも仙人に弟子入り?)」

 

 最新鋭兵器を扱う訓練から遠ざかっている事に気がつき、『ISとか全然関係ないし!!』と呟きながら夜の地面の上を一人悶える陽太………見た目は珍妙だが、本人としては深刻に悩んでいるらしい。

 

 だが、そんな陽太を見かねた一人の人物が、彼の頭に無造作にタオルを落とす。

 

「!?」

「こんな夜更けに精が出るな………だがオーバーワークは感心できんぞ?」

 

 厳しい表情を作って彼に警告したのは無論、彼が唯一(でもない)頭が上がらない師匠たる千冬であった。

 本来ならとっくに就寝しているものだと思って油断してただけに、彼女の姿にビビッた陽太が後ずさりしながら問いかける。

 

「おい、もう寝たんじゃないのか?」

「どっかの馬鹿が、空の上から落っこちるという馬鹿な修行をしているのでな、心配で見に来たんだ」

 

 馬鹿呼ばわりされた陽太はというと、苦虫を潰すかのような表情になりながらも、反論したらまた殴られそうな予感がしたのか、タオルで汗を拭きながら話題を切り替える。

 

「それよりも………例の事、一体どうなってんだ?」

「『マリア・フジオカの現状』か………」

 

 その問いかけに、彼の目を見ず伏目がちになる千冬の表情に、陽太は先ほどとは別の意味で表情を苦くした。そして彼女からの回答は、案の定、予想の範疇のものであったのだった。

 

「IS委員会に問い合わせても『現在取調べ中だ』、直接面会を求めても『それはできない。守秘義務が課せられている』の一点張りだ」

 

 アレキサンドラ・リキュールが言い放った『マリアはすでに死亡した』という言葉を受けた陽太は、その日のうちに千冬にすぐさま彼女の現状を問い合わせたのだが、千冬自身も護送後の情報が一切伝わってこないことに疑問を覚えていたらしく、IS委員会に何度も問い合わせたものの、返ってきた言葉は上のものだけであり、二人にひどい不信感を与えていた。

 

「祖国のスイスの方にもツテを頼って聞いてみたんだが、そちらの方も彼女の身柄の一切をIS委員会に『譲渡』しているそうだ」

「『譲渡』? アイツを物扱いしてんのか!?」

 

 スイスと委員会の彼女のへの扱いに憤慨した陽太は、汗をふき取ったタオルを近くに置いてあったバッグにたたき付け、今すぐにでも直接IS委員会の本部に乗り込んでやろうかと本気で考え出すが、それを見透かした千冬が呆れ顔で静止する。

 

「馬鹿なことを考えるな。お前だけで取れる責任ではなくなるぞ?」

「だけどなっ!?」

「マリアのこともそうだが、どうやらこれからは回収したオーガコアを本部に容易く渡すこともできないようだな」

 

 亡国機業とIS委員会が裏で一枚つるんでいる………その可能性が極めて濃厚になってきたことに、千冬と陽太に強い危機感を覚える。

 本来は後ろ盾になる組織そのものが敵に通じているということは、容易に自分達の寝首をかける状況を作れるということだからだ。仮に組織全体ではなく、一部の人間だけの関わりだったとしても、これからは誰をどのように信じたらいいのか、それすらもあやふやになってしまいそうになる自分たちの状況に、苛立ちを覚えて仕方ない陽太であった。

 

「イラつくぜ………表でヘラヘラこっちを信じてるフリして、裏で笑い飛ばしてるって事だろうが?」

「そちらの調べは最重要項目として、とある人がおこなってくれることになっている。安心しろ、信用のできる人物だ。お前は当面、現場の方に専念しろ」

「とある人物って………誰だよ、ソイツは? 名前も知らん胡散臭い奴信じろって言われてもできっかよ!」

 

 ブスッとした表情で言い放った陽太であったが、そんな彼の側頭部を千冬の拳骨が強襲する。

 

 ―――ゴスッ!―――

 

「ギャンッ!!」

「(お前がいつも失礼を働いて申し訳ないことこの上ない学園長だと言えたらどんなにスッキリするだろうか)お前が知る必要はない。今はな」

 

 『私の事、当分内緒ね。その方が色々と面白いから♪』といらん茶目っ気を見せる学園長と、地面に転がりながら悶え苦しむ陽太の間に挟まれた千冬は、深い深い溜息をつく………持病の進行速度加速の件は、半分はコイツ等の責任だと思いながら………。

 

 

「てか、寝ろ。入院前になんかあっても責任取らんぞ?」

「………陽太」

 

 ようやく痛みからカムバックし、『病気治ったら絶対に倍返しに殴る』と心のに誓いながら、バッグから上着のTシャツと、スポーツドリンクを取り出していた陽太は、自分の名前を呼んだ千冬の方に嫌そうな顔をして振り返る。だが………。

 

「焦るな。そして独りだけで答えを出そうとするな」

 

 いつになく真剣な表情をした威厳ある師としての顔を見せた千冬がそこに立っていたのだ。

 

「お前には才能がある。それ以上の負けん気と根性もある。師などいなくともお前ならきっと天才と呼ばれていただろう」

「……………」

 

 師として、弟子が限界を感じて内心焦っている事、それを乗り越えようと『壁』が立ちはだかっていることを理解しているからこそ、彼に見失って欲しくないことがあると、伝えようと言葉を紡いだ。

 

「だが、独りには決してなるな。周囲との『ズレ』を、『壁』を感じても、決して誰かと判り合う事を諦めるな………そうすれば、きっとお前の中のスカイ・クラウンを掴む事ができる」

「……………千冬さん?」

「お前は独りではない。仲間がいる。友がいる。想ってくれる者がいる………孤高の存在などには決してなるな………『アイツ』と、先生と同じようにな」

 

 それだけ言い残すと、千冬は寮に向かって歩き出していく。

 後に残された陽太は、千冬の中にあった微妙な感情の揺れを感じ取り、思わず呟いてしまう。

 

「………なんでそんな遺言みたいな言い方すんだよ?」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 あの後、引継ぎとトーナメント運営のためにいろいろと忙しい千冬と落ち着いて話ができないままに時間だけが過ぎた陽太は、結局何も聞きだせずにトーナメント当日を迎えてしまう。

 最も、トーナメントを開くにあたり、最初からエントリー除外を受けている対オーガコア部隊の面々にしてみれば、むしろ平日の授業を公然とパスできるとして、顔に出してはいないものの、皆がリラックスした表情で、人の少ない食堂で優雅に遅めの朝食をとっていた。これはトーナメント中は授業を行わないものの、彼等の訓練に回すアリーナが存在せず、また一般学生に優先させた結果でもある。

 

 各国からVIPが大勢くるということで、亡国機業(ファントム・タスク)からの襲撃の予想も十分に考えられるだけに、トーナメント開催中は会場警備という任務を承った対オーガコア部隊は、それに向けての最終ミーティングを行っていたのだ。 

 

「じゃあ、最後の確認を取るけど、入り口付近の警備は箒と私でやるね」

 

 司会進行役を勤めるシャルが、学園の地図をテーブルの上に広げながら、人員の配置を書き写していく。

 

「会場警護といっても、我々の主任務はあくまでも亡国襲撃時の迎撃だ。見回りや映像、入り口付近でのセキュリティーチェックは先生方にお任せすることになっている」

 

 右手にマグカップを持ち、朝からステーキを食しながらも、気合の入った表情でラウラがそう補足の説明をしてくれた。

 

「そして各アリーナに、陽太、一夏、鈴、セシリア、ラウラが張り付き、有事の際には即座に対応する………無論、襲撃のあった場合、ほかのメンバーは即座にその場所に応援にいく」

「だなっ!」

 

 同じ鮭定食を食する箒と一夏が、そう言いあって頷く。その隣では、中華定食を食べていた鈴が、酢豚を摘みながら、おどけた調子で言い放った。

 

「まあっ、応援が来る前に、私なら瞬殺して終わらしちゃうかもね!」

「まあ!! 鈴さん!?」

 

 調子に乗るのは厳禁! と紅茶を片手に、イギリスの淑女は高々にポーズつきで忠告する。

 

「油断大敵と言いますわよ!? ですがご安心ください!! 通信回線は開いておきますので、いつでも助けを呼んでくださいまし!」

「 だ が 断 る !!」

 

 はっきり断る鈴と、『どうして断るのですか!?』と詰め寄るセシリア………中英の仲良し凸凹コンビのそんな漫才が始まりそうになる中、カツどんをかっ食らう手を止めた陽太が、真剣な面持ちで先日の千冬とのやり取りを思い出していた。

 

「(やっぱり何かおかしい………最近の千冬さんは何か変だ。いや、元から我侭で自己中で野蛮でいい加減で自分が気に入らんかったらすぐに俺を殴る暴力癖があって、どう見ても普通に変な女だが)………変だな」

「何が変なのヨウタ?」

 

 心の中で失礼極まること事を愚痴っていた陽太の口から思わず出てしまった言葉に、一向に話し合いに参加してこないことを心配したシャルが反応する。

 

「あっ………いや、その………食欲が出なくて」

「カツどんをすでに三杯食べてる人が言う台詞?」

 

 ほっぺたにご飯粒をつけている状態の陽太は、自分の隣にある丼を見て思わず話を誤魔化すのを失敗したことに気がつくが、引くに引けぬと強引に話を押し込もうと、握り拳を作りながら高々と言い放つ。

 

「いつもの俺ならすでに五杯目の半分ぐらいは平らげてる!」

「はいはい、食欲旺盛なヨウタ君はこれでも調子が悪いんですよね」

 

 そう言いながらも、ほっぺたについたご飯粒を人差し指で取りそれを口に含むと、無邪気そうに微笑みながらも、どこか心配そうな口調で陽太に注意する。

 

「どうせ聞いても答えてくれなさそうだから聞かないけど………あんまり無茶しないでよ?」

「お、おう………」

 

 『頬っぺたにご飯粒』『さりげない気遣い』というシャルの心配りを受けた陽太が、しばし呆然としながらぶっきらぼうな態度で答えるが、一夏達外野には見えていた。どう見ても目に見えない陽太の尻尾が嬉しさのあまりに高速で左右に揺れていることに………。

 だが、そんなシャルは陽太の様子がいつもと違うことに、この時酷く嫌な予感を覚え、そして脳裏に『彼女(アレキサンドラ・リキュール)』の姿を思い出していた。

 

「(なんでなんだろう………関係あるのかどうかすらもわからないのに、嫌な感じが止まないよ)」

 

 振り払えない嫌な予感………だが、この時のシャルには、それが数時間後、現実のものになるなどとは、夢にも思ってはいなかった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 VIPの来賓達に先程から頭を下げ続けていた千冬だったが、その仕事を一段落させ、とある人物に会うために職員室に向かっていた。

 廊下を歩く中、幾名の女生徒達がすれ違いざまに頭を下げる中、千冬はVIP達との挨拶の中で聞いた情報に思わず目元を険しくさせる。

 

「(近々、中東の砂漠地帯において大国間での大規模軍事演習が執り行われるだと?)」

 

 VIPの一人である某国の政府官僚がまるで世間話するかのように、そのような機密情報を千冬に漏らしたのだ。その官僚の情報管理能力の無さには呆れるばかりなのだが、問題はその軍事演習だ。

 

 なぜ、この時期にそのようなことを執り行うというのだ?

 

 昨日の太平洋艦隊壊滅の一報により、世界中の政府は亡国機業に対して警戒心を高めている。それに対応して、軍事演習をすることで亡国に対して大国達が戦力を見せつけ、敵の気勢を殺ぐことを目的にした。という理由なら理解はできなくもない。

 だが千冬はその理由を『否』だと直感していた。

 いくらなんでもそれだけのために莫大な軍事費がかさむ演習を、大国が合同とはいえ同時に行うとは考えづらい。それで亡国が白旗を揚げる確信など、誰も無いのだから………。

 

「(まさか………亡国と正面から衝突する気か!?)」

 

 千冬の背筋が凍りつく。

 オーガコアを複数所有する亡国機業と、大国の同盟軍が正面から衝突する………もしそれが本当なら、結果次第ではただ事では済まされない。

 大国の同盟軍が勝利すれば良い。

 だが万が一、同盟軍が敗北すれば世界中のパワーバランスが一気に崩壊しかねないことになる。

 

「(10年前の再来になるぞ………)」

 

 それはISが初めて歴史の中に姿を現し、そして世界中を震撼とさせた『白騎士事件』の再来を意味する。

 世界中にある種の革命と大混乱をもたらしたあの事件の再来は、今度はおそらく更なる騒乱、そしてその果てにある恐るべき事態へと発展することを意味していた。

 

 そう、この暖かな平穏の時代が終わり、世界を覆う灼熱の時代が到来することを意味している。

 

「(お前は、自身の手で『世界大戦』を勃発させるつもりなのか!?)」

 

 そしてその中心にいる者が………『彼女(先生)』から共に教えを受けた『親友』が、『彼女(先生)』が大事にしていたものをを否定しようとしているのだとしたら………。

 

「私がお前を止める。何があろうとも」

 

 それだけが自分にできるただ一つの贖罪なのだから………強く拳を握り締め、改めて決意した千冬が歩を早める中、廊下の角を曲がり職員室の入り口に差し掛かったとき、彼女が探していた人物が中から現れ、声をかけた。

 

「奈良橋先生」

「ぬっ、織斑先生!」

 

 ツナギの作業着姿に、右手で小さな箱を持っていた奈良橋も、どうやら彼女を探していたらしく小走りで近寄ってくる。

 

「対オーガコア用ISの整備(オーバーホール)、本当にありがとうございました」

「いえ、私から言い出したことですからお気遣いなく」

 

 まずは、本来なら部外者であるはずの彼が、教え子達のISの調整を無償で受けてくれたことに心からの礼を頭を下げながら送った千冬に、これ以上の気遣いは無用だと言い張った奈良橋は、もう一つ、彼女から極秘に受けた『願い事』を彼女に手渡す。

 

「調整は済みました。職員用のファイルからパーソナルデータをダウンロードしています。フィッティング(最適化処理)はいつ行いますか?」

「自分でそれは行います。これから奈良橋先生はトーナメント用ISのレギュレーションの確認があるのでは?」

「いや………確かにありますが」

「二度も無理を強いたにも関わらず、お付き合いいただき本当にありがとうございました」

 

 そして深々と頭を下げた千冬が、『それでは』とこの場を後にしようとするが、奈良橋はそんな彼女を後ろから呼び止める。

 

「織斑先生!!」

「?」

「それがどうして今更必要なのですか!? 貴方は来週から……」

「……………」

 

 奈良橋のそんな質問に彼女は僅かな時間、瞳を伏せ、そして刃のような覚悟を決めた鋭い視線でこう答えた。

 

「私が自分で選んだ責任のためです」

「!?」

「奈良橋先生………もし宜しかったら、時々、教師と生徒という形で、ウチの奴等の話を聞いてやってはくれませんか?」

「織斑先生……?」

「戦士としての戦いの日々が続く中で、せめて、貴方にはアイツ等の子供としての本音を聞いてやっていてほしいのです」

「わ、わかりました」

 

 彼が初めて見る、険しさと強さを併せ持った『ブリュンヒルデ・織斑千冬』の姿に飲まれる中、彼女は自身の願いを了承してくれた同僚教師に、最後に深々と頭を下げると、今来た道を戻り、アリーナの方に向かって歩き出す。

 

 後に残された奈良橋は、彼女のその背中を見ながら、ぽつりと呟いた。

 

「まるで………もう自分が話を聞いてやれないような言い方をされるのですか?」

 

 

 

 

 

 

 ―――関東上空約90000m地点―――

 

 真夏の陽光に晒され、黒いボディが眩しい反射光を輝かせる中、大型輸送用ステレス機『ドミニオン』の内部において、7機のISがハンガーの固定用のフレームに接続された状態で、刻一刻と迫る出撃の時に備えていた。

 

 左右一列ずつ向かい合わせにフレームで固定された、竜騎兵(ドラグナー)達と、本来は直属の部下ではないものの、今回の出撃において特別要請を受けたジークとマドカもISを展開して同行する予定なのだ。

 

 そしてそんなIS達の中で、群を抜いた巨体からくる威圧感と存在感の塊ともいえる、亡国機業(ファントム・タスク)が七人の率いる者(ジェネラル)の一人、狂戦士(バーサーカー)のアレキサンドラ・リキュールと、愛機『ヴォルテウス・ドラグーン』が、乱気流で揺れるハンガー内部でありながら、信じられないほど通る澄んだ声で全員に話しかける。

 

「では、これより作戦を行う………なあに、内容は簡単だ。私が戦う、お前達は観ていろ………それだけだ」

「「「「ハッ!!」」」」

 

 竜騎兵達にとって、もはやそれは常識となっていることであるため、当然のように四人は返事をするが、彼女の部下ではないジークにしてみれば、とても黙ってられる内容ではない。

 

「おいちょっと待て………なんだ、そのふざけた作戦は?」

「………私はいつも真面目だよ、ジーク君?」

 

 小首を可愛らしく傾げるリキュールに、本気でキレそうになるジークだったが、流石に自分よりも階級が上の人間相手に安易に怒れないと自制する。

 

「てか、俺達も見ているだけなら、何でワザワザ作戦に参加させるんだよ?」

「必要だからさ。特に君はね」

 

 『特に君は』の部分を強調するリキュール相手に、黙って事の成り行きを見守っていたマドカが不信な眼を二人に交互に向け、そしてジークにプライベート・チャネルで問いかけた。

 

『どういう意味だジーク? いつの間にお前はそこまで仲良くなった?』

『どういう意味だって言うのは俺の台詞だマドカ!? コイツと仲良くできる要素が俺の中に一つたりともない!』

『仲良くできない人間の全裸を見て、お前は鼻の下を伸ばしていたのか!!』

『伸ばしてない!! そしてそのネタをいい加減忘れロ!」

 

 プライベート・チャンネル越しに痴話喧嘩を始める二人であったが、無情にもハンガー内部にベルが鳴り響く。出撃の時間だ。

 

 ハンガーの床が開き、猛烈な突風が内部に巻き起こる中、竜騎兵達が当然のように宣言する。

 

「では、親方様!!」

「先行させていただきます!」

「いきます!」

「発し~ん!!」

 

 彼女に先行して四人の少女達が、フレームを解除して地上に向かって落下し始めた。

 

「俺たちも行くぞ」

「ッ!? 帰ってきたら質問に答えてもらうからな!」

 

 ちょうどいいタイミングだと、ジークもマドカを引き連れ機外に飛び出していく。

 

「……………」

 

 一人残ったリキュールはというと、瞳を閉じ、ゆっくりと深呼吸をした。

 

 これから出向く場所には、彼女が長年待ち望んでいた敵になりうる二人がいる。

 これから出向く場所には、彼女に長年絡みついていた過去の象徴がいる。

 

 それらすべてに彼女は思いを馳せ、高々と言い放った。

 

「(今日は存分に楽しもうぞ。陽太君!! 一夏君!!)」

 

 瞳を開き、それと同時にフレームを解除した彼女は、自由落下に従い、ゆっくりと地表に向かって落下し始める。

 

 禍々しい巨大な悪魔を彷彿とさせる翼を広げ、重力によって加速していく落下のスピードを緩めることなく、黒よりも尚深い漆黒の龍帝は、その視界にIS学園を、そしてハイパーセンサーが、二機のISが試合をしているアリーナを捉えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 生憎の曇り空となってしまったトーナメントだが、予報によると雨の確率は少なく、特に支障もないということで、予定通りの時刻に執り行われることとなった。

 

 アサルトライフルを構えて発砲するラファールと、それを肩の装甲で弾きながら刀を構えて急接近する打鉄。

 

 アリーナ内部で行われている激しい試合を、観客席にある入り口付近の壁に持たれながら観ていた陽太は、今朝から感じている嫌な予感が段々と強まっていることに、強い危機感を覚えていた。

 

「(何か嫌な空だ………殺気が漲ってて淀んでやがる)」

 

 今日の空は彼がいつも愛してやまない青空ではなく、灰色の曇り空なのもそんな彼の予感に拍車をかける。

 険しい表情になりそうなのを堪えながら、陽太は運営本部であるアリーナの制御室にいる真耶に通信を入れる。

 

「真耶ちゃん、何か変わったこと起こった?」

『陽太君!? せめて山田先生と言って!!』

 

 相変わらず年部相応に幼い山田を、年上の先生として扱うことしない陽太は、そんな彼女の泣き言を華麗に受け流して通信を続ける。

 

「皆に愛されてる証拠だろ、真耶ちゃん?」

『うううう~~~………私だって…これから織斑先生の代わりに、なろって……グスンッ………カッコいい大人の女性になろうってがんばってるのに……グスンッ』

「(カッコいい大人の女性が、生徒に口で泣かされるなよ?)」

 

 とりあえず今のところは何もないのか、と安堵した陽太がタバコでも吸いに行くかとアリーナ内部から背を向けた瞬間だった。

 

 

 

 ―――深海の水圧のような濃厚で強烈な殺気の塊―――

 

「!!?ッ」

 

 息をすることを忘れるほどの『何か』が上空にいる。確信して振り返った陽太が『それ』を視界に捉える。

 

 ―――腕を組んだ状態でアリーナのバリアーに激突する漆黒の全身装甲のIS―――

 

 アリーナに展開されていたバリアーがものの数秒も持たず、武装一つ、指一つ動かしていないISによって突き破られる。それが法外なシールドエネルギーによってしかできない芸当だと、この会場にいる何人が気がついただろうか?

 

 そしてアリーナに突如飛来した黒い塊が、地表に激突し、IS学園全域に感じるほどの地震を発生させ、アリーナの地面を抉り、巨大なクレーターを形成させながら土砂を巻き上げて、試合中だった二機のISをその衝撃波だけで壁際まで吹き飛ばされてしまう。

 

 アリーナの観客席から、一斉に悲鳴とざわめきが巻き起こる中、陽太はアリーナ内部に光る、7つの光点を見つけ、額から流れ出た汗を拭い去ることもできずに、土砂が巻き上がった内部を食い入るように見つめた。

 

「お集まりの弱者の諸君!!」

 

 土砂の中から、その声は響いてくる。強く、凛として、そして何よりも圧倒的な威圧感を含んだ声が、世界全てに放ったかのように鳴り響いた。

 

「私の名前は、アレキサンドラ・リキュール!! その名前を魂の隅まで刻んでおけ!!」

 

 アリーナ内部に巨大なクレーターを作った一際異彩を放つ巨体を持ったISが、上空数メートルの地点で浮遊する六機のISを従え、高々と宣言する。

 

「偽りの世界、ぬるま湯の希望は終わりだ」

 

 腕を組んだ状態で仁王立ちしていたヴォルテウス・ドラグーンが、ゆっくりと右手を差し出し、まるでこれからダンスを踊るからパートナーとして付き合ってくれ………そう言いたげに、陽太をその朱玉の瞳で捉える。

 

 

 ―――さあ、楽しい戦いの時間だ―――

 

「………絶望しろッ!!」

 

  

 GUOOOOOONッッ!!

 

 黒い龍が如きISが、歓喜の雄たけびをあげたのだった……………。

 

 

 

 

 




ちゅうことで、親方様、ダイナミック学園訪問の回………でしたw

え? ダイナミックすぎる?



と言うわけで、次回、いよいよ陽太と親方様の直接対決が始まります………そこで放たれる言葉、そして恐るべき親方様の提案……


IS学園は、果たしてどうなってしまうのか?

乞うご期待ください


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その名は『暴力』


さあ、親方様との直接対決第二編


彼女が語る理想世界とは?

そして、陽太と親方様の差……どれほどのものなのか




ではお楽しみください


 

 

 

 

 

「どうやら、今のところ何事もなさそうだね」

 

 わざわざ保健室から持ってきたコーヒーメーカーと豆で作ったコーヒーを入れたカールが競技の監督役兼対オーガコア部隊指令代行の真耶にコーヒーの入ったカップを手渡す。

 

「何事もないならそれが一番ですからね!」

 

 一時間以上画面と睨めっこをしていたため、肩が凝ってきたのか、首をコキコキと鳴らしながらそれを受け取った真耶は、彼の淹れてくれた絶品のコーヒーの味に、しばしの休息を味わいながら、各モニターに写る隊員達の姿に目をやった。

 

「皆さん、真面目にお仕事がんばってますね~」

「千冬がいなくなる事に意味を自覚しているんだろう………いつもの問題児ですら、ほら?」

 

 全員、怪しい人物がいないかチェックをしたり、迷った人に親切に案内する図が写る中、画面の真ん中に写っていた陽太が、アリーナの試合を見つつ周囲の警戒を行っていた………と見せかけ、上の段にいる応援でヒートアップする女生徒のスカートの中を見ようと目を凝らしているのを目の当たりにした二人は、呆れを多分に含んで言い放った。

 

「……………後で、デュノアさんに報告しておきましょう」

「……………致し方ない」

 

 阿鼻叫喚の地獄絵図と、土下座しながら命乞いする陽太の姿を同時に想像した二人。自業自得ですね、とうんうん真耶が頷く中、背後の自動ドアが開き、千冬が入ってくる。

 

「静かなところを見ると、今の所目立ったトラブルはなさそうだな?」

「小さなトラブルなら今起こったよ?」

「何だ?」

 

 カールが涼しげに答え、真耶が苦笑いしながら画面を指差す。鼻の下を伸ばした陽太の顔が映る映像を見た千冬が、溜息をつきながら呟く。

 

「……………後でデュノアに報告だな」

「やっぱり」

「ですよね~」

 

 中央に映る陽太の犯罪行為を見た千冬が、二人とまったく同じ事を言い出す辺り、自分達が怒るよりもシャルに叱られる方が陽太には効果的だと思われているらしい………陽太とシャル以外の人が聞けば間違いなくそうだなぁと答えそうなのだが。

 

「?」

 

 『いい加減に人間としての成長を私に見せてくれないか?』と若干哀しみに暮れかけていた千冬達だったが、その時、モニターの向こう側の陽太が微妙に緊張した表情で通信を入れてくる。

 

『真耶ちゃん、何か変わったこと起こった?』

「陽太君!? せめて山田先生と言って!!」

 

 生徒に『ちゃん付け』で呼ばれることに激しく抵抗を感じる真耶が抗議の声を上げるが、それをばっさりとモニター越しに切り捨てられる。

 

『皆に愛されてる証拠だろ、真耶ちゃん?』

「うううう~~~………私だって…これから織斑先生の代わりに、なろって……グスンッ………カッコいい大人の女性になろうってがんばってるのに……グスンッ」

「(本気で凹んでる)」

「(そんなにあっさり折られても)」

 

 威厳という言葉からまだまだ遠い真耶の姿に、手術の日にちを考え直そうかと思った千冬が、とりあえず陽太に先ほどの覗きの件を叱っておこうと口を開いた瞬間だった………。

 

 ―――深海の水圧のような濃厚で強烈な殺気の塊―――

 

「!?」

 

 研ぎ澄まされた感性が確かにそれを捉え、そして千冬は不思議なほど落ち着いた気持ちで、誰にも聞こえないように囁いたのだった。

 

「やはり来たな」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 アリーナ観客席の異常なざわめき、VIP席で観戦していた高官達の驚愕、それらが合わさってパニック寸前になりそうな内部の状況において、彼女がただ言葉を紡ぐ。

 

「お集まりの弱者の諸君!!」

 

 漆黒に染まった全身装甲のISから発せられた声が、先ずは観客達の時間を凍りつかせ、ざわめきが瞬時に収まる。

 

「私の名前は、アレキサンドラ・リキュール!! その名前を魂の隅まで刻んでおけ!!」

 

 その名を聞いた時、何人かの政府高官達と軍上層部の人間の顔色が明らかに変色する。それは彼女の名前が意味すること、意味しているが故の根源から湧き上がってくる『恐怖』を隠せずにいたのだ。

 

「偽りの世界、ぬるま湯の希望は終わりだ」

 

 10年の時を経て『亡霊(英雄)』が蘇った………と。

 だが、そんな会場で密かに動き回る者達がいたのだった。

 

「アレが太平洋艦隊を単機で潰した、噂のオーガコアIS………」

 

 ブルーのショートヘアの少女が、その髪の色と同じカラーリングのISを身に纏い、アリーナ最上部の屋根の上から身を隠しながらハイパーセンサーで黒いオーガコア搭載ISを観察し続ける。

 

「(固定武装、背中の大型対艦刀二刀のみ………シールドエネルギーのゲイン………第二世代ISの40倍以上!?)」

 

 対暗部用暗部の一族を取りまとめる長であり、IS学園最強の称号を持つ『生徒会長』更識楯無は、突如IS学園に飛来した7機のISのうち、そのリーダー格と思われるISが発している尋常ではないエネルギーに戦慄を覚えずにはいられなかった。

 

「(何度索敵しても、確かにISの内部にコアの反応が4つなのは変わらない!?)」

 

 10年の歴史の中において、一機のISの中に複数のコアを搭載して出力を劇的に高めようとした研究は何度か行われてはいたが、それが成功したという情報はただの一度も発表されたことはない。『ISコアに存在する自我が、一機のISに複数の自我を共存させることを拒んでいる』という研究論文がとある国家機関から発表され、最近ではそれが半ば公式見解と化していたのだった………唯一の例外であり、ISの生みの親である篠ノ之束が自ら手掛けた最新鋭第四世代である『白式』という存在が明るみに出るまでは………。

 

 だが、目の前にいるオーガコアISはツインドライブどころの話ではない。

 通常コアでさえ、共存させることが困難極まりないISコアを、しかも尋常ならざる自我と支配力を持つオーガコアを四つも積む等、常識外れもいいところだ。機体がコアの出力に耐えられずに自壊する可能性も大であり、それに機体が耐えられたとしても、今度は四つのISコアによる搭乗者への計り知れない精神汚染に苦しめられ、数秒と耐えられずに搭乗者の意識が崩壊するに決まっている。

 

「こんな化け物がこの世にいるなんて………」

 

 楯無には、視界に見えるアレキサンドラ・リキュールという存在が、あれは人間が兵器を纏っているというよりも、人間の姿に近い神話の世界の怪物が現れたと言われる方がまだ説得力を感じてしまい、心の中でとある人物に毒づいた。

 

「(フィーナ! 『次元が違う』とかどうして誇張表現じゃないのよ!?)」

 

 元友人の言葉が、実は負け惜しみでも脅しでもなんでもない可能性が濃厚になってきたことに背中に嫌な汗が止まらず、どう攻め立てるか、作戦を決めかねていたのだ。

 

 

 一方、重力と落下の加速度を利用したとはいえ、ISの常識から考えても範疇の外にいるほどの質量で半径10数メートルのクレーターを作り上げて着地したアレキサンドラ・リキュールとそのIS『ヴォルテウス・ドラグーン』は、朱色に光る瞳を左右に動かし、自分に向けて闘気を放ってくる存在を見つける。

 

『早く開けろって言ってんだろうが!?』

「………やはり君はいい子だな」

 

 彼女の視線の先………アリーナ観客席の出入り口付近で、ISを展開した陽太が通信越しに吼えている姿があった。恐らく、瞬時に上がった保護用のシャッターを下ろして、自分を内部に入れろと言っているのだろう。

 

「千冬っ!!」

 

 逃げる気配はない。明らかに自分と戦うつもりでいる陽太の姿勢に答えるため、彼女はアリーナのどこかから自分を見ているはずの、袂を分かった親友に向かって叫んだ。

 

「10分やる。虫ケラ共を下がらせろ。それ以上は一秒も待たないと思え」

 

 彼女が自身で思う最大限の譲歩を提案し、それを受けた千冬と陽太が同時に表情を歪ませる。

 

「オイ、今すぐ隔壁上げろ!! 完璧に舐めてるぞ、こっちのこと!?」

 

 頭から湯気が出そうなほどの怒りで沸騰する陽太に対して、内心同じぐらいに怒りに燃えている千冬は、それでも抑えながらこの状況で最善の行動を起こすためにマイクをひっ捕まえ、敵の行動どおりにしないといけないことに腸が煮えくり返りながらも叫んだ。

 

『アリーナにいる全ての人間! 今すぐ出口から外に出ろ!』

『あ………お、落ち着いて行動してください皆さん! 近くの先生方は誘導をお願いします!!』

 

 言葉が足りなかった千冬に間髪入れずにフォローを入れた真耶のおかげで、観客席の生徒達が一斉に出口に向かって走り出し、何とか怪我をさせないように教師陣が誘導をし始める。そしてVIP席の人間達も外に出始めたとき、陽太は改めて千冬に通信を入れ、隔壁の開放を求めた。

 

「早く壁を開けろ!」

『今は待てっ!? それに今バリアを一部でも開放すれば、敵がそこから…』

「見てなかったのか!? アイツはアリーナのバリアを力技だけでこじ開けてきたんだぞ!? その気になったら、いつでも好きに外に出れるんだよ!」

『っ!?』

 

 陽太が己の目で見ていた事実を突きつけ、彼女も思わず言葉を詰まらせる。確かに彼女もその目でアレキサンドラ・リキュールがバリアを腕を組んだ状態で突破してきた映像を目の当たりにして、思わず度肝を抜かれてしまったのだ。

 

「俺がアイツを止める。どうやら向こうさんもそれがリクエストみたいだ」

『………できる限り戦闘になっても時間を稼げ。決して一人で先走るなよ!』

 

 念を押すようにそれだけを伝え、観客席とアリーナ内部を別つバリアを解除する。

 

「……………」

 

 開放されたバリアから、アレキサンドラ・リキュールが放つ猛烈な闘気を受けるが、それに怯まず陽太は跳躍し、アリーナ内部の彼女の前20mの地点に降り立った。

 

「やあ、千冬が強情で君も随分と苦労してそうだね?」

「………そりゃどうも」

 

 何気なく世間話をしてくる彼女を見つめながら、内心ではアレキサンドラ・リキュールのISがどれほど異常な仕上がりになっているのかを、オーガコアと長年闘い続けてきた陽太は一目で見抜く。

 

「(コアの反応四つ………それでゲインが40倍……近接型か?)随分ハデなISだな、オイ」

 

 基礎ポテンシャルからして他のどのISとも一線を隔した性能がある。直感でそう見抜いた陽太の考えを知ってかしら知らずか、リキュールは機嫌よく自分のISを紹介し始めた。

 

「私の愛機の名前はヴォルテウス・ドラグーン………気難し屋なんだが不思議と馬が合ってね」

「コア四つも載せるとか、そのIS作った奴、頭イカレてるだろ?」

「御大のことかい? ああ、あの人は昔ながらの職人気質の人でね。中途半端な物を作るのが大嫌いなんだ………おかげで尖り過ぎて使いづらい物ばかりだとスコールもよく嘆いているよ」

 

 尖っているとかそういうレベルじゃないだろう………そうツッコミたいのを我慢しつつ、陽太は更に周囲の状況がまずい事を毒づく。

 彼女のISだけでも相当厄介なのに、彼女の親衛隊を名乗る四人………は陽太自身なら大したことはないが、千冬のクローンといわれる織斑マドカに、先日闘ったジーク・キサラギまで来ているのだ。戦力的に見ても相当劣勢なのは否めない。

 

「……………クソ忙しい時にきやがって、トリガラ野郎」

「ああんっ?」

 

 陽太の呟きをセンサーで拾ったジークが一歩前に出る。彼の心の中は織斑一夏と彼への敵愾心で燃え立っているだけに、軽い挑発といえども我慢ならなかったようだ。

 

「調子コイてると、超速であの世に送るゼ、クソガキ?」

「やってみろよ貧弱! 今度は三ヶ月はベッドの上から動けないようにボコボコにしてやらぁっ!!」

 

 互いに構えを取っていきなり闘おうとする二人だったが、そんな二人の間をリキュールが割って入って止めにかかる。

 

「よしたまえ。今日は私と陽太君達が戦う番だ」

「退けよッ! むこうから………」

「よ・し・た・ま・え」

 

 戦闘前ということで、闘気が溢れかえっているリキュールのプレッシャーに気圧されたのか、ジークはそれ以上何もいわずに無言で下がる。彼がおとなしく自分の言葉に従ってくれたことに感謝するように彼の方を軽く二回叩いたリキュールは、改めて陽太の方に振り返ると、ちょうどお目当てだった『もう一人』が来たことに気がつき、彼にもまるで友人に向かって話しかけるかのように気軽に声をかけた。

 

「やあっ!」

「!?」

 

 そして陽太の隣に降り立った、白いIS………白式を身に纏った一夏が降り立ち、彼に続くように対オーガコア部隊のメンバー達も集結する。

 と、同時に一夏を視界に入れたジークが、殺気を漲らせ彼に突撃を仕掛けようとするが、それを彼女の手が遮ってしまう。あくまで今日の主役は自分であって、ジークは観客に徹しろ。それをたった一動作で

彼に強制させるほどに、彼女が発している威圧感はいつも以上に常軌を逸していたのだった。

 

「ヨウタッ!」

「さっきの轟音はコイツの仕業なの!?」

「………このISは!?」

「気をつけろ皆ッ!! 解析された情報だけでも相当にとんでもないぞ!!」

「……………」

 

 シャル、鈴、セシリア、ラウラも続々とアリーナに着地し、最後に無言でリキュールを見つめる箒が降り立ち、この場に対オーガコア部隊と亡国機業の戦闘部隊が全員で対峙する形となった。

 

「…………」

 

 着地した時から無言でリキュールを見つめていた一夏は、厳しい視線で彼女を睨みつけ、雪片を抜くと、その切っ先を向けながら、よりにもよってとんでもない事を叫ぶ。

 

「今すぐ、俺と一対一で闘え!!」

「ほぉ~?」

「!?」

 

 『突然何を言い出す!?』とリキュールを除く全員が一夏を注目する中、鼻息を荒くした一夏は怒り心頭で彼女を睨むのをやめない。

 目の前の女は、五反田家の住人達に暗い影を落とし、厳を悲しませ、千冬を否定した上に命に関わる傷を負わせた張本人なのだ。

 

「俺は、お前を絶対に許さないぞ!」

「一夏ッ!!」

 

 隣に立っていた箒は、今にも突撃しそうな一夏を制する為に彼の腕を掴んで動きを抑制しつつ冷静さを取り戻せと彼の名前を叫ぶ。だが興奮は収まらず、彼女の手を振りほどこうと暴れる寸前担ったところで、場に似つかわしいぐらいの嬉々とした笑い声が響き、今度はそちらに方に全員が注目する。

 

「クックックッ…………ハッハッハッハッハッハッ!!!!」

 

 お腹を抱え、何かツボに嵌ったかのようにアレキサンドラ・リキュールは自分の膝を叩きながら、笑い続ける。

 

「て、てめっ!!」

「ちょっと黙れ」

「グフッ!」

 

 その様子に今度こそブチキレた一夏が箒を引きずりながらも飛び出そうとするが、そんな彼の鳩尾に陽太の肘が容赦なくめり込み、痛みと衝撃で地面に崩れ落ちる。

 

「コイツ(一夏)がおもろいのは十~分に理解できるが、何がそこまでツボに入ったんだ?」

「ハッハッハッ………イヤ、済まない。気を悪くしたのなら許してくれ」

 

 地面に崩れ落ちた一夏を特に気にする様子もなく親指で指しながら聞く陽太に、リキュールは顔に手を置きながら、まだこみ上げてくる笑いを抑えながら言葉を紡いだ。

 

「一夏君、君は本当に眩しいほどに真っ直ぐだな………千冬の弟だよ、本当に」

「そんだけがそんなに可笑しいのか?」

「いやいや………私自身の話だよ。決して悪気があったわけではないんだ」

 

 そしてようやく笑いが収まったのか、彼女はアリーナの電工掲示板の時計を見つつ、本題に入る。

 

「残り五分少々………手早く聞いておくが、この間の話、考え直してくれたかな?」

「!?」

 

 この間の話………それは陽太と一夏が亡国に行くというものであるなら、この場にいるIS学園メンバーの全員が、意見を一致させていた。

 

「そのお話なら、この間、陽太さんと一夏さんがお断りしたはずです!」

「てか、常識的に考えてもありえないでしょうが!!」

「無理難題を吹っかけるのがテロリストだが、限度を考えろ!」

 

 セシリア、鈴、ラウラがそれぞれ手厳しく返す中、箒とシャルは別の方向から彼女に質問をぶつける。

 

「そんなことよりも答えろ!! お前が千冬さんと姉さんの友であるなら、なぜ亡国機業などにいるのだ!!」

「貴方達は、何を求めてオーガコアを使い、世界を混乱させてるんですか!? 目的を教えてください!!」

 

 そんな二人の言葉を受けてか、リキュールは、ゆっくりと空を仰ぎながら、こう切り出した。

 

「何が目的………か」

 

 彼女が目的としていること。組織が目指す場所………それが何なのか。二人の、いや対オーガコア部隊全員の質問に対して、リキュールは素直に答えることにした。

 

「だがその質問を答える前に、聞かせてほしい………陽太君。君は本当にこのIS学園側について、我々と敵対するつもりなのかい?」

「当たり前だ」

 

 迷いも戸惑いもなくそう言い切る陽太の背中に、シャルは一瞬だけ頬を赤く染めて表情を柔らかくしながら、彼が自分からどこか遠くに行かないでいてくれるという安堵を覚える。

 

「そうか………だがそれは本当に君のためになるのかな?」

 

 その安堵がほんの僅かな時間で、彼女の心の中で途轍もない不安に変化するとは知らずに………。

 

「何が言いたい?」

「簡単な話だよ。陽太君………君は元々何者で、何のためにこの学園に来た?」

 

 何を突然聞き出すんだ? IS学園メンバーの脳裏に疑問符を浮かべさせるが、リキュールはそんな陽太を人差し指で指しながら、とある事実を指摘する。

 

「君は本来なら私達と同じテロリスト認定を受けているはずだ………世界中の軍事施設からオーガコアを強奪する『ミスターネームレス』としてね」

「だからそれがr」

「聞きなさい。そして考えたまえ………そんな君がこの先、この学園で在籍しながら私たち亡国機業と戦い、よしんば勝ったとしよう………その後、どうなる?」

 

 リキュールは人差し指をゆっくりと陽太からシャルに変え、彼女に問いただしてみる。

 

「おい小娘………お前が答えてみろ。学園上層部が、IS委員会が、世界が………我々を滅ぼした後に、陽太君をどう処理するんだ?」

「そ、それは………ヨウタのことを……皆が…感謝して」

「感謝? そうだな………勝った直後は皆が感謝してくれるだろう。『ありがとう』『君こそが英雄だ』と、持てはやしてくれるだろう」

 

 言葉尻が切れたシャルに向かって、彼女の次の言葉は痛烈な批判と、そして起こり得る未来として語ってみせる。

 

「だが、その後………世界は陽太君をすぐさま表舞台から蹴落とすだろう。理由などいくらでもつけられる。彼は元々テロリストだ………世界は掌を返し、必ず君を理不尽で醜い差別と迫害を受けさせ、そして我々と同じく処分する!」

「違うッ!」

「違わん。それにお前のその否定の言葉はごく個人的な執着からくるものだ。そんなもので世界は動かん」

 

 断じて自分の言っていることが正しい。リキュールの言葉の強さがシャルの不安からくる言葉を一刀で切り捨てた。

 

「賭けてもいい。君は私たちに仮に勝っても、この学園から、そして守ったはずの世界から、居場所を失うだけだ」

 

 ―――!?―――

 

 全員の視線が彼に降り注ぎ、何一つ言葉を発しようとしないでリキュールを見つめる陽太は、ただ沈黙を続けるのみ。それゆえに、彼女の言葉は止まる事はなく、この場にいる全員に、通信で話が聞こえていた千冬達にも突き刺さる。

 

「私はね、そうやって自分達が守ってもらう事が当然だと思っている『弱者(ムシケラ)』共がこの世界で息をしていることが許せないのだ。そしてそういう輩を際限なく着け上がらせる、千冬のような考えがな!」

「!?」

 

 すぐさま一夏が彼女の言葉に反発を覚えるが、彼のその反応すらも楽しいといわんばかりに話を続けた。

 

「私が何を目的にしている………そう聞いてきたな小娘。ならば教えてやろう」

 

 アレキサンドラ・リキュールは両手を広げ、己の全身で世界に向かって叫ぶ。

 

「私の目的は今の世界構造の破壊。そして真に価値のある者が生きる世界の再創造だ」

「!?」

「価値ある者、つまり優れた才能を、時間と修練で磨かれた努力を持つ『強者』が世界を動かす。男だ女だ生まれだ家柄だ社会的地位だなど一切関係ない。ましてや女尊男卑などという馬鹿な考えではない」

 

 彼女は拳を強く握り締め、高らかと宣言した。

 

「私は真のものしか認めない。真の価値あるもの以外に存在するべきではない………『弱者(いつわり)』などは滅びてしまえ………それがアレキサンドラ・リキュールが真に望む世界!」

 

 拳を解き、その手を返して陽太に差し出す。

 

「君はその世界の申し子となれ、火鳥陽太………君ならば私の言葉を理解できるはずだ」

 

 それはまるで陽太の全てと通じ合っている。そう言いたげなリキュールの言葉であった。

 親を持たない、生まれた場所すら定かではない陽太の在り方全てを見抜いて上で、自分はそんな陽太の真の理解者になれる………全身装甲によって互いの肉眼を確認できない者同士でありがなら、二人の視線は、互いを見つめ合って離れずにいた。

 

「……………」

「何を迷う必要がある陽太君? それとも君に縋り付いて利用することしかできない者に未練があるのかい? 言っておくぞ、君がそいつ等の中にいてもいずれ理解を失い、君は独りで苦しむことになる」 

 

 彼女には陽太の今の状況が不自然にしか映っていない。彼女は分かっていたからだ。陽太がISを手に入れるまで、手に入れた後に、今の世界の歪んだ理不尽を知らぬはずはないという事を。

 

「だが私は違う。私は君を一切否定も迫害もしない。ましてや理解を失うこともない………それは君が真に評価されるべき『強者』で、私もまた同じ真の『強者』だからだ」

 

 リキュールが、右手をジークに向け、続けざまに一夏にも向ける。

 

「いや、君だけではない。ジーク君や、一夏君にも同様だ。君達は本来、光の下に祝福されるべき存在だ………だがジーク君はともかく、陽太君や一夏君。君達は闇の中から抜け出すことができないでいる」

 

 そして右手を上げ、人差し指をアリーナの上層部、ちょうど千冬達がいる場所に向けると彼女は断固として忌むすべきという考えで、元親友を否定した。

 

「全てはお前が原因だ、千冬………弱気を守るために力を使え。貴様の教えが彼らの輝かしい未来を潰す………度し難い」

 

 かつては理解しあえていたかもしれない二人………だが10年という歳月はそんな二人の間を完全に別ってしまっていた。

 

「さあ、陽太君。選びなさい。そして自分が真に選ぶ道を」

「………選んださ」

 

 ここにきてようやく口を開いた陽太は、空を見上げながら深く息を吸うと、戦闘前の興奮状態とは打って変わり、一見非常にリラックスしたかのように言葉をつむぐ。

 

「勘違いしてるな……………俺は千冬さんに洗脳なんかされとらんし、周囲に絶望なんてしてない。てめぇーと違ってな」

 

 両手を腰に置きながら、なんとなく陽太は自分の後ろにいる仲間達を見回し、穏やかな声で胸の内を少し曝け出す。

 

「かといって、人間全部が素晴しいなんて思ってない。IS学園(ここ)が居心地のいい場所だっていうのは認めるけど………いずれいれなくなるかもっていうのもわかってるよ。なんとなく」

「………ヨ、ヨウタ?」

 

 震えるシャルが自分の名前を呼ぶと、彼はニカッと笑いながらいたって明るく、だけどホンの少しの寂しさと諦めを含んだ気持ちの言葉を口にした。

 

「………大丈夫。嫌われるの………慣れてっから」

「!?」

「冗談冗談、ジョークジョーク!! 俺がいないとこの隊、まともに動かんだろうが!?」

 

 と陽太は陽気に笑い飛ばす。今のはあくまでも冗談だ。お前達が気にする必要はない。そう言ったつもりだったのだが、仲間達は、シャルには伝わってしまった。

 

 ―――例えそうなっても、俺はお前達を責めたりしない―――

 

 仮にそんな未来が起こってしまっても、自分が選んだことだからお前らは気にするな………自分達にそう言っていることを理解できるぐらいの仲間意識を持っていた一夏達が爆発する。

 

「ふざけんなよっ! お前、今本気で言っただろう!?」

「!?」

「見くびるな!」

「このセシリア・オルコットが、命懸けの戦場を共にした人を売り渡すような真似をするなどと、本気で御思いなのですか!?」

「いや、だから冗談だって」

「アンタ、本気でぶん殴るわよ!」

「だから冗談r」

「世論に頭を下げて、自分の地位を守るためにお前を売るなどと………私のことをそんな恥知らずだと思っていたとはな………丁度いい。貴様にはオーガコアに操られていたとはいえ借りがあったな。今すぐ返してやる!!」

 

 本気でブチギレる一夏や箒、セシリアや鈴。そして滅茶苦茶な理由でラウラが背中のキャノンを展開して本気でぶっ放しにかかるのを感じ、慌てて陽太が飛び退こうとする中、シャルが泣きながら陽太の手を掴もうとする。

 

「………ヨウタッ!」

 

 腹立たしくて、ムカついて、でも陽太が諦めを抱えていることが悲しくて、そんな風に思う必要はない………そう伝えたくて、手を伸ばしたシャルだったが、突如、そんな彼女と陽太の間に暴風と共に一陣の風が割ってはいる。

 

「触るな」

 

 先ほどの、彼女がIS学園に降り立った時の数十倍の圧力はある威圧感が、その場にいる全員に襲い掛かった。

 

「………理解したよ陽太君。確かにこれは相当にまずい状況だ………早急に手を打つ必要がある」

 

 朱色に染まった瞳が一層の輝きを帯び、両足で降り立った大地のクレーターに亀裂が走り、漆黒の巨体から発せられた闘気とシールドエネルギーによって、アリーナ内部には突風と静電気が吹き荒れる。

 

「どうやら君の心をへし折る必要があるな………致し方ない」

 

 そして彼女は背中に二本装備した斬艦刀をパージし、地面に突き刺しながら、時間が来たことを告げる。

 

「10分だ」

 

 そう告げた最強のIS操縦者は、稀代の天才操縦者に対し戦いを始めようと、両腕を広げ、彼が信じるもの全てを粉々にする決断を下す。

 

 

 

「来い、火鳥陽太……………君が信じるモノが、如何に無力で価値のないモノか教えてやる」

 

 

 

 もうそこには今までのアレキサンドラ・リキュールはいない。威圧感を秘めていても、猛烈な殺気を飛ばしてきても、闘う寸前で押さえ込んでいた彼女の様子はない。

 ここからは最強最悪の暴龍帝の、本気(暴力)と対峙するのだ。

 陽太は、背中に冷や汗をかきながらも、自分が密かに興奮していること………自分のありったけ全部をぶつけても勝てないかもしれない敵を相手することに、その実は楽しみにしていたことに初めて気がつく。

 

「(ハハハッ………コイツ、半端ねぇや。マジで死ぬほど強ぇぞ!!)」

 

 彼女が持つ闘争本能に引きずられるように、陽太の持つ本能が歓喜の声をあげるのを感じながら、陽太は一人で距離をとろうとする。

 

「ヨウタッ!!」

 

 そんな陽太を引き止め、自分達も一緒に闘おうと言い掛けたシャル。一対一で闘うことの危険性、未知数な相手に正面から挑む必要はないという理屈………その陰に隠れた『自分から離れてほしくないという気持ち』で、彼女は陽太の手を取ろうとする………が、

 

「来るな」

「!?」

「俺一人でいい」

 

 陽太が彼女を見ずに、短くそれだけ言うとその場を跳躍し、リキュールと一対一の状況を作る。

 

「………ヨウタァ」

 

 自分を見なかったことが、陽太が自分から離れていったことに強い衝撃を受け………そしてシャルの脳裏に彼女の言葉が響く。

 

『いずれお前達は彼の理解を失う』

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 一方、そんなシャルの涙にすら理解できないほどに目の前の敵に集中している陽太は、自身の心の中で相方に相談を持ちかける。

 

「(ブレイズ、リミットブレイクだ。プラズマコンバーターをフルドライブさせろ)」

『陽太ぁ!?』

 

 彼の精神に年頃の少女の驚愕の声が響くが、陽太はそれを怒鳴り声で押し潰した。

 

「(手加減できる相手かよッ!? 速攻秒殺!! フルパワーの連撃で叩き潰す!)」

『だけど、それじゃあ陽太にかかる負担が大き過ぎるよ!?』

 

 陽太が行おうとしている無謀な行動を止めようと、相棒(少女)が声を張り上げるが、目の前の女傑は腕組みを再び行いつつ、ポツリと言い放つ。

 

「陽太君の作戦が現状最善だ。黙って従えコアナンバー027」

「!?」

『!?』

「スカイ・クラウン持ちの特権、というやつだ。ただシンクロ率が上がって強くなるだけではない………第七感に目覚めることで、操縦者としての質そのものが変化するのだよ」

 

 操縦者とISとが明確に意思の疎通を行う………それを行える操縦者すら世界で一握りだというのに、前の前のリキュールにいたっては、会話すらも傍聴できるというのだ。だが本日何度目になるのかわからない驚きを覚える陽太に、彼女はとある提案をする。

 

「わかっていると思うが、君と私との間には明確で、埋めがたく、隔絶した実力差が存在している………そこで提案だ」

「………提案?」

 

 はっきりと『お前は私よりも弱い』と言われ、それだけでも頭にきていた陽太だったが、次の彼女の提案は、そんな彼の頭を沸騰させるには十分なものだった。

 

「一つ、私は一人で戦う。君は好きに援軍を呼べばいい……ここにいる仲間とやらは勿論のこと……例えば、そこにいる彼女」

「!?」

「?」

 

 リキュールがアリーナの頂上部を指差し、物陰に隠れていた楯無の存在をズバリ言い当てる。慌てて隠れ直す楯無だったが、完全に気配を殺していたにもかかわらず居場所がばれていたことに驚愕が隠せずにいた。

 

「この学園全ての、この国全てのISでかかって来てもいい。私はあくまで一人で戦うし、仮に私が負ければ部下達には無条件で降伏しろと言っている」

「………だと?」

「二つ、君の実力は知っているつもりだが、やはり直接手合わせしないと分からない事も多い。従って武器は使わないでおこう………安心してくれ、私は徒手だ」

 

 むしろ友好そうな雰囲気を醸し出しながら、彼女は最後の条件を口にする。

 

「そして最後の三つ目………最初の一分間、好きに攻撃してきなさい。私は逃げないし、防がないし、勿論反撃もしない。この間、ジーク君との戦いで君が見せた成長へのご褒美だ」

 

 ―――プッツンッ―――

 

 当然のことだったのかもしれない。

 

 ―――未だかつて、火鳥陽太はISを用いた戦いにおいて、特に一対一の戦いにおいては負けた経験がない―――

 

 これが訓練のことならば、師である千冬と手合わせした時に不覚を取ったこともある。

 だが、こと実戦において無敗を誇り、誰もが認めるほどの才能を持っている彼が………そう例えば、同じ土俵に上がることすら嫌悪する『不要に相手を陥れることしか知らない雑魚』に侮られていたのならば、そんな彼の一番強烈且つ厄介な部分に火を着けなかっただろう。

 

 しかし、アレキサンドラ・リキュールはそれを知ってかしら知らずか………否、あえて理解した上で、元々火の粉が燻っていた厄介な部分にガソリンを大量にぶちまけたのだ。

 

 ―――………結果―――

 

「コード強制解除、熱エネルギー変換炉(プラズマコンバーター)最大稼動(フルドライブ)!!」

『陽太ッ!?』

 

 ―――彼の『誇り(プライド)』を大炎上させる―――

 

「ほう?」

 

 機体各所に存在している熱エネルギー変換炉が、唸りを上げて空気を吸い込み出し、同時に純白の装甲を持つハズのブレイズブレードが、目の前で赤く染まり出すのを見たリキュールは、陽太が何を行っているのか瞬時に理解する。

 

「(熱エネルギー変換炉で生み出したプラズマエネルギーを、機体のコンデンサーに限界まで溜め込んでいるな………流石だ陽太君。こちらのリクエストにしっかり応えてくれるようだね)」

 

 膨大な熱エネルギーが全身を駆け巡りながらハイパーフレーム内のコンデンサーに貯蓄(プール)されることにより、ブレイズブレードそのものが一つの炎の塊と化し、機体に収まりきらない熱量がアリーナ内部の温度を急上昇させていく。

 

「ヨウタァッ!?」

 

 ISのシールドバリア無しでは火傷しかねないほどの熱風を受けながらも、何とか彼の下に行こうとしたシャルだったが、その肩を掴んで止めに入るものがいた。

 

「危ないッ! 今割って入るのは危険だ!」

 

 この場において、IS学園側において、最も冷静さを保っていた箒だった。

 

「完全に陽太は目の前の敵にだけ集中している………私にはわかる。今ままでのように陽太が周囲をフォローしながら戦う余裕のある敵じゃない」

「だけどっ!?」

「………言いたくはないが、この勝負、おそらく…」

 

 武術に精通し、陽太に次ぐ実戦経験値を持つ箒の脳裏には、勝負の行方が完全に浮かんでいたのだ。それが自分のただの思い過ごしであってほしいという思いから、最後の言葉が出ずにいたのだが、箒の言葉が切れたしまったことが、逆にシャルの不安を増大させてしまう。

 

「………ダメだ」

 

 今戦ってはいけない。シャルの直感がそう告げる中、しかし二人の闘気と闘気、膨大な熱量と静電気の嵐が激しさを増して激突し、彼女の行く先を阻む。

 

「………来なさい。それが戦いのゴングだ」

「………前にも言ったよな」

 

 陽太が屈む。

 完全な攻撃特化の姿勢(クラウチングスタート)………そして音が鳴るほどに拳を握り締め、吼えた。

 

「見下した様なツラをやめろってなぁっ!!」

 

 ―――灼熱の弾丸が地面を砕いて飛翔した―――

 

「速ィ………あっ!」

 

 思わずその動きを見ていたジークすらも驚嘆するほどの爆発的な加速で、自身の1、5倍はあろう巨体の前に、一瞬で踏み込むブレイズブレード。

 

「!!」

 

 ―――更にそこから跳ね、ヴォルテウスの全長よりも高く飛んだ―――

 

 見ていたリキュールが、喜びのあまり破顔してしまうが、無論マスクの下の表情なんて陽太が知る由もなく、彼は己のありったけの怒りを込めた拳をプラズマ火炎と共に叩きつける。

 

 ―――顔が大きく後方に撥ねるリキュール―――

 

「!?」

 

 その拳から伝わってきた情報に、陽太が驚愕するが、ゼロコンマ数秒で考えを建て直して、怒涛の攻撃を繰り出し続けた。

 

「うぉらぁっ!!」

 

 宙空での回し蹴りで、ヴォルテウスの顔を更に弾き飛ばし、着地と同時にもう一撃、アッパーをあごに叩き込む。

 

「!!」

 

 後方にヴォルテウスが仰け反る中、体勢を低くした陽太は、今度はその巨体のボディー目掛け、プラズマ火炎を纏わせた拳を連続で叩きつける。

 

「がぁあああああああああっ!!」

 

 止まらない、止まる気はない、止めてはいけない………攻めれば攻めるほどにそんな嫌な考えが湧き出すのを払拭しようと、彼の拳が秒間数十発の速度でヴォルテウスの腹に突き刺さり続けた。

 

「はぁぁぁぁぁっぁぁぁっ!!」

 

 そして拳の連撃だけでは済まさず、フルスイングのボディブローでヴォルテウスを後退させ、距離が開く中、陽太は両手にすかさずヴォルケーノを取り、怒涛のプラズマ火球を撃ちまくる。

 

「ちょっと、アンタ!? その女殺す気!?」

「陽太さん、いくらなんでも!?」

 

 あまりの容赦がない陽太の攻撃に、鈴とセシリアが抗議の声を上げるが、当然陽太はそれを黙って聞き流す。確かに通常のIS相手なら、明らかにオーバーキルもいい所のダメージ量だが、陽太にだけは的確に理解できていた。

 

「(まだだ!!)」

 

 弾が切れると同時に、マガジンの交換を一瞬で行い、更に火球を連射し続ける。

 

「おおおおおおおおおっ!!!」

 

 吼えながら何かに取り憑かれたかのようにトリガーを引き続ける陽太の目の前は、すでに火の海となっており、アリーナの外からでも見えるほどの巨大な火柱が立ち込めていた。

 

「トドメッ!!」

 

 右手のヴォルケーノの最後の一発………彼はその一撃に最大限の力を込めるために、ヴォルケーノを高く掲げると………火の海と化していたアリーナ内部に異変が起こる。

 

 ―――ブレイズブレードの右手に集まる炎の渦―――

 

 アリーナ内部に存在していたすべての炎を陽太は右手の中にあるヴォルケーノに集中させ、臨海まで赤熱化したヴォルケーノをすでに黒く炭化していた瓦礫の山の中にいる相手に向かって、解き放った。

 

「ハイ・プラスマ(超烈火弾)!」

 

 陽太の声と共に放たれた、通常の数倍近い大きさの特大プラズマ火球は、放った陽太をも後ずさりさせ、一直線に瓦礫に埋まる黒い龍に向かって飛翔し、大爆発を起こさせる。

 

 

 ―――アリーナ内部から吹き上がる炎の柱―――

 

「!!」

「私の後ろに!!」

 

 広域のバリアフィールドを張れるマドカと、ラウラの二人が、それぞれ仲間を守るように前面に出て、衝撃波から仲間をバリアで守り抜く。

 

 アリーナ内部で起こった大爆発は、なんとか遮断シールドが外部への被害を食い止めはするが、その威力の大きさに、アリーナの地面をめくり上げ、内部の地面をめちゃくちゃにしてしまった。

 

「ちょ………大丈夫なのかよ」

「うわ………過激……」

「し、死んだんじゃなくて?」

「………有り得る。というかそれが普通だな」

 

 

 第三世代最強の攻撃力を持つブレイズブレードによるフルパワーアタックを目の当たりにした対オーガコア部隊の面々は、流石にこれでは助からないかもしれないとドン引きしつつ、敵を倒した陽太を褒めようと駆け出す。

 

「陽太ッ!」

 

 色々言いたかった相手だが、陽太ならなんとか人殺しなんてせずに済ませているだろう。軽い気持ちになっていた一夏が走り出しかけたとき、そんな彼に向かって陽太の鋭い声が突き刺さった。

 

「来るなッ!!!」

「!?」

 

 全員がその剣幕に驚くが、彼の視線が目の前から吸い付いて離れないことに気がつき、未だ立ち込める炎の中をゆっくりと観察する。

 

 ―――ガラッ―――

 

 瓦礫が動く。

 

 ―――瓦礫が浮き上がり、粉々になる―――

 

 まるで悪い夢でも見ているかのように、粉々になった瓦礫の下から、『声』が響いてきた。

 

「大変素晴らしい」

 

 浮き上がってくるシルエット………炎よりもなお紅い瞳……そしてこの声。

 

「この攻撃力は『銀の福音』以上か………実に素晴らしいな、ヴォルテウスよ」」

 

 ―――GUOOOOOONッッ!!―――

 

 黒い龍の雄たけびが、炎を切り裂き、漆黒の巨体が地面を再び踏み砕く。

 

「バ、馬鹿な………!?」

「?」

 

 ラウラが最初にそのことに気がつき、そしてアリーナ上部で戦いを見つめていた楯無が、信じられないことを口にした。

 

「シ、シールドエネルギー残量…………変動無し……」

 

 奇しくもラウラも同じことを口にし、対オーガコア部隊のメンバー全員がその事実に凍りつく。

 

 ―――これだけの攻撃を受けても、目の前のオーガコアISにはダメージが通っていない?―――

 

「だが一分が過ぎたぞ!!」

「チッ!!」

 

 それはある意味、『死』の宣告に等しい。

 ブレイズブレードがフルパワーで仕掛けた攻撃が、まったく通っていなかったのだ。しかもリキュールはその間、一切の防御も回避も行ってはいない。

 

 ただ真正面から攻撃を受け続けたというのに………。

 

「………陽太君」

「!?」

 

 陽太の疲れきった身体がビクンッと跳ねる。最大速度の無呼吸で攻撃し続けたため、完全に息切れを起していたのだ。

 

「簡単に死んでくれるなよ?」

「クッ」

 

 

 黒い龍が屈む。

 完全な攻撃特化の姿勢(クラウチングスタート)………そして音が鳴るほどに拳を握り締め、彼女は叫んだ。

 

「いくぞぉっ!!」

 

 ―――凄まじい勢いで膨れ上がった黒い闘気―――

 ―――地面を爆発させ疾走するヴォルテウス・ドラグーン―――

 

 完全にそれに飲まれた陽太が棒立ちになってしまう。

 

「ヨウタァッ!!」

「!?」

 

 シャルの叫び声のおかげで、意識を取り戻した陽太だったが、すでにアレキサンドラ・リキュールが前面に踏み込んできた。

 

「!?」

 

 咄嗟に両手を十字受けの体勢にした陽太だったが、その黒い巨体が下側から見えた時、己の失策に気がつく。

 

「(ヤバッ、狙いはっ!!)」

「耐えろッ!!」

 

 このまま終わってくれるな………まるでそう言いたげな口調とは裏腹に、ヴォルテウス・ドラグーンが繰り出した拳は、空を切り裂き、大地を砕き、白い炎のISのどてっ腹に突き刺さる。

 

「ッ!!??」

 

 ―――暗転し、上下左右狂い出す陽太の世界―――

 

 攻撃を食らった陽太よりも、周囲で見ていた仲間達のほうが、彼がどうなったのか的確に理解していた。

 

 地面を砕き、空を引き裂く勢いで繰り出された拳は、ブレイズブレードの強化プラズマコーティングで覆われた装甲に拳型の跡をつけつつ、凄まじい勢いで彼をぶっ飛ばし、アリーナの地面を引き裂きながら隔壁に衝突し、遮断シールドを『ただの勢い』だけで突き破り、観客席の客席を砕きながら彼を頂上付近まで弾き上げたのだ。

 

「………どうした、これは戦いのゴングだよ?」

 

 誰もが呆然とする中、一人優雅に立つリキュールが、はっきりと告げる。

 

 

 

「お楽しみはこれからだ。ゆっくりと、君の中にあるものを一つ一つ踏み砕こう」

 

 ―――君達が大事にしているものが、如何に無力かを教えながらね――ー

 

 

 

 

 

 





壁があってよかったね。
イヤマジでw


今回、親方様が大分おしゃべりになっていましたが、今後の展開にかかわる重要なこともいっております。


特に親方様が陽太のあり方を、彼にではなくシャルに問いかけたのは一つのポイント


 お前は陽太君を理解し切れていないだろう?

そう言いたげな親方様でしたが、次回、更に彼女は踏み込んだ話をしてくれます





PS、てか主人公死んじゃったかな?w


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

敗れる炎帝

更新するのに、これほど時間がかかるとは………


はい、ということで親方様無双回第二段!





 

 

 

 

 ―――ISの登場から10年―――

 

 ―――その月日の中で生み出されたISは数知れず。そしてその中で生み出されたIS達には一つの共通項があった―――

 

 ―――シールドバリアがあるとはいえISは有人稼動が大前提―――

 

 ―――如何に敵の攻撃に当たることなく、自分たちの攻撃を当てるのか?―――

 

 ―――攻撃と防御の試行錯誤―――

 

 ―――その歴史の中で、もっとも異質の進化を遂げたISが存在した―――

 

 ―――通常のISに使われている装甲の数十倍という圧倒的密度と質量。敵の攻撃を『回避』する必要がないほどの圧倒的な防御性能。その防御性能をそのままに転化された格闘性能によって、武器を用いずに敵を一方的に蹂躙する攻撃力―――

 

 ―――ISの常識を『破壊』する暴力の王―――

 

 ―――それを扱うのも、暴力に秀でた暴君―――

 

 

 

 

 ―――暴力と科学が高次元で融合した最強のISが、炎の空帝を蹂躙し始める―――

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

自分の目の前から突如消え去り、アリーナ内部の戦闘の余波を守るために特別頑丈に作られたはずの障壁を突き破り、客席の最上段辺りまで吹き飛ばされていることに気がついた一夏が振り返ったとき、そこに物言わぬ状態でピクリとも動かぬ陽太の姿を見つける。

 

「………ウソだろ?」

 

 自分がいつも見ていた、知っていた、憧れていた陽太が、一分間で全力を出し切った攻撃を行ったにもかかわらず、まったく敵にダメージを与えられなかったこと。

 そしてその敵が繰り出した、ただの一発の攻撃でほぼ戦闘不能に追い込まれてしまっていること。

 

「ヨウタッ!」

「!!」

 

 一夏だけではなく、皆がその光景に呆然となり、シャルだけが陽太を助けに行こうとするが、それを箒がなんとか押し止める。

 

「………いい動きだったよ」

 

 そんな中、陽太を場外まで吹っ飛ばしたアレキサンドラ・リキュールは、自分の右肩を撫でながら褒め称える言葉を吐くと、眼前の獲物に喰らいつこうと再び身構えた。

 

 対し、遮断シールドをぶち破って客席まで殴り飛ばされた陽太はというと、客席の残骸にメリ込みながらも、砕けた小さな破片が右手に当たった衝撃で意識を取り戻す。

 

「お………れ……」

 

 自分自身に何が起こったのか、コンマ数秒間呆然とするが、突如腹部から押し上げてきた『熱い塊』を抑えることができず、口から無理やり吐瀉する。

 

「おっェッ!」

 

 ブレイズブレードのマスク越しにすら流れ出た真っ赤な液体を地面にぶちまけた陽太の姿に、通信映像越しにカールが叫んだ。

 

『マズイッ!? あの吐血量………内臓が!?』

「ヨウタァ!?」

「!?」

 

 自分達の隊長がただの一撃で与えられた被害にIS学園サイドが驚愕する中、殴り飛ばされた陽太はというと、皮肉なことに腹から全身に伝わる痛み、不快感、そして横隔膜が限界にまで競り上がり肺を押し潰してしまっていることによる呼吸困難によって意識が現実に引き戻され、そして完全に自身が死に体になっていることを認識し、そして焦っていた。

 

「(吐血ッ……内臓やったか……口の中鉄の味しかしない!)」

 

 腕を動かし体を起こそうするが、それすらも全身鉛で固められたかのような重さと不自由さでままならない。

 だがそれを待ってくれる相手でもない。

 

「(奴はッ!?)」

 

 動かぬ身体を無理やり起こして敵の姿を捉えようとした時、すでにその巨体は眼前にまで迫っていた。

 

「いいぞ、その程度で死なれては興醒めもいいところだ!」

「!?」

 

 高質量からくる超重量とは思えない俊敏な動きをして、一瞬で陽太の前にまで飛んできたヴォルテウス・ドラグーンは、龍の蹄といえる飛び蹴りで地面にうずくまる空の帝王を蹴り貫こうとする。

 

「(動けッ!)」

 

 身体が動かないなど言っている場合ではない。このままでは次の瞬間自分の身体は木っ端微塵になるか、上半身と下半身が分断されてしまう。瞬時に判断した陽太は、右手に持っていたヴォルケーノの引き金を『地面』に向かって発砲する。

 

 ―――着弾と同時に爆発する客席―――

 

 そして、爆風に吹き飛ばされたブレイズブレードが空中に飛び出し、ゆっくりと地面に向かって落下していく中、ほんの僅かだが手足の自由を取り戻した陽太は回転しながら地面に着地し、急ぎ呼吸を整えようとする。

 

「ガハッ!」

 

 口から吐き出された血を気にする暇もなく、手で無理や拭うと顔を上げて客席を睨み付ける陽太。

 

「…………中々恐ろしい子だ」

 

 そして客席を粉々にしながらゆっくりと立ち上がったリキュールは、その場からつま先だけで飛び上がると、ふわりとした軌道でゆっくりと降下しながら地面に降り立とうとする。

 

「まさか自分が動けないと察するや否や、火球の爆発を利用し、自分の真下を爆破して私の攻撃から爆風で逃れるとは」

 

 地面に降り立った途端、足元を陥没させ、アリーナ全域を振るわせる振動を起こして立つヴォルテウス・ドラグーンは優雅な足取りで陽太に近づきながらも彼を賞賛する言葉を発した。

 

「それだけではない。先ほどの攻撃の際も、反応が遅れながらも私の攻撃に対して、直撃するよりも前にキックを放ち、ヒットポイントをずらしたね?」

 

 『大体三割ほどの削られたか』と付け加えるリキュールに、彼女が依然として余裕を崩さぬことが腹立たしくなったのか、それとも隙だらけで接近してくることに腹が立ったのか、フレイムソードを手に取ると、普段の半分ほどの速度になってしまった動きだったが、激昂して彼女に正面から斬りかかる。

 

「!!」

「ほう、その闘志。やはり見上げたものだが………」

 

 自分の攻撃をまともではないものの、正面から受けていながらこの短時間でここまで回復した相手は初めてであったが、しかし正面から斬りかかってくるというのは少々幼すぎた。

 

「感情をもう少しコントロールする術を身に着けなさい」

 

 元気がある子は大好きであるが、この場は戦場である………そんな言葉を含んだ警告を含んだ左ストレートを放とうとするリキュールだったが、すぐさま異変に気がつく。

 

「!?」

 

 ―――ブレるブレイズブレードの姿―――

 

「(残像だと?)」

 

 正面から斬りにかかったと見せかけて、残像で目晦まして自分の死角に陽太が入り込んだ事を理解したリキュールは、すぐさま振り返る。

 

「トロいぞっ! 爆乳ッ!!」

 

 一瞬で背後に回りこんだブレイズブレード渾身の突き………通常のIS相手なら絶対防御も貫く一撃であるはずなのだが、陽太は手元に感じた手応えに、確信と絶望を同時に覚えた。

 

「………ありえねぇ防御性能だな」

 

 カチカチとなるフレイムソードの切っ先が、ヴォルテウスの背中に突き刺さる………ことなく、傷一つつかずに跳ね返したのだ。

 

「(どんな装甲素材使ってんだ!?)」

「まさか短時間でここまで動けるようになるとはな………君はやはり油断がならん」

 

 ゆっくりと振り返る黒き龍の紅玉の瞳に、背筋を凍らせた陽太がすぐさま飛び去る。

 大げさとも取れるほどに間合いを開くこと20m………地面に立ちながら、荒い呼吸をしつつ相手の出方を伺う陽太を見つつ、彼女の視線が一夏、そしてジークを捉え、彼女は再び語りだす。

 

「いいだろう。陽太君が回復するまでの間、少しだけ話をしよう」

「?」

 

 彼女はゆっくりと人差し指を上げると、こう切り出す。

 

「私は先ほど、強者による世界を作るといった。だが、ここにもう一つ大切な話がある」

「?」

「?」

「そう………君達が、そして私が、何をもってその者が強者であると捉えているか………だ」

 

 突然始まった話に、全員が唖然とする中、彼女の話は続く。

 

「そして強者とは無論、『強い力を持つ者』のこと指す………では、聞こう。皆の者」

 

 まるで講義を受けに来た生徒に、話を聞かせる大学教授のように彼女は一層の事、知的で優雅な振る舞いで一夏に、そしてジークに問いかけながら、話の主題を切り出す。

 

「議題は………『強さとは何か?』だ」

 

 そして再び陽太のほうに振り返ると、彼女は彼が驚異的な速さで全快に近い所まで回復しつつあることを察知し、再び身構えた。

 

「実地を兼ねて、戦いながら講義を続けよう」

「舐めやがって………」

 

 この時、リキュールが戦う前に言っていた『へし折る』という意味をようやく陽太は理解した。

 

「つまり、お前は………俺と真剣勝負する気なんざ、はなからないのか!!」

 

 戦いながら講義するほどの余裕がある………つまり、彼女にとって自分は片手間で相手にできる不出来な生徒同然なのか。こう解釈した陽太は決意する。

 

「へし折るのは俺のほうだ」

 

 目の前の空前のISと操縦者の自信をへし折ってやると………。

 

「私は別段手抜きをする気も、君を愚弄する気もないんだがね」

 

 陽太の気配が変わったことを察知し、次に何を見せてくれるのかと楽しさがこみ上げてくるリキュールは、寧ろあえて彼が怒ることを前提にこの言葉を発して見せた。

 

「私も君に言いたいことがある」

「?」

「危機感が足りていない………私が君を優しく負かすとでも思っているのかい?」

 

 ギリィッと歯を砕きそうになるほどに食いしばった陽太に、彼女は傲慢に言い放つ。

 

「早く私に見せなさい。君の『チンケ』な全力とやらを………でないとあっさり殺してしまうよ?」

「!?」

 

 ―――ブチッ!―――

 

 キレた。

 15年生きてきた中で、火鳥陽太がキレたことは数あれど、ここまで本気でブチ切れたことはない。そう断言できるほどブチギレた陽太が、吼えた。

 

「ブッ!!!殺すッ!!!」

 

 背中のウイングを広げ、大量のプラズマ火炎を発生させつつ、彼はそれをウイング内部のスラスターに吸引させていく。

 

「?」

「なんだあれは?」

 

 箒とラウラ、長くISに関わってきた二人すらも理解できない陽太の行動に、セシリアと鈴からも不思議そうな声が出る。

 

「瞬時加速(イグニッション・ブースト)? でもあそこまで大量にエネルギーを吸引するなんて………」

「あのまま飛んだら、取り込んだエネルギーの逆流で暴発して火を噴くわよ!」

 

 同時に、その光景を見た竜騎兵とマドカにも、陽太の行動が何を意味しているのかわからず、首を傾げてしまった。

 

「なに、アイツ?」

「ヤケクソか?」

「普通にあのままだと暴発して、失速反転しちゃいそうですが」

「でも………何か昔、どっかで聞いたことがあるような」

「………ジーク?」

 

 相棒であるジークの様子がどこかおかしいことに気がついたマドカが彼に問いかける中、陽太が行おうとしていることが何なのか、直感的に感じ取ったジークはどこか落ち着かない様子で生返事を返す。

 

「(前傾姿勢なのは相変わらず、完全に突撃(チャージ)を仕掛けるつもりだ………だったらあのプラズマは何なんだ? デカイ砲撃放つ感じじゃないし………まさかな)なんでもねぇーよ」

 

 そっけない返事を返され、若干不貞腐れるマドカの変化すら気がつかないほどに二人の戦いに熱中するジーク………そして彼と同じぐらい、陽太とリキュールの戦いに見入る男がいた。

 

「フゥー! ンゥー!」

 

 息をすることすら忘れかけるほどに、二人の戦いに見入ってしまい鼻息が荒くなった一夏は白と黒のISのやり取りを一挙手一挙足見逃さないように、食い入るように戦いを見つめる。

 彼自身、陽太の明らかな窮地である以上すぐに助けに入りたい気持ちは山々あるのだが、それ以上に、こみ上げてきた原因不明な気持ちが彼の出足を鈍らせていた。

 

 ―――凄い操縦者の戦いを見たい―――

 

 心の表層よりも遥かに深い場所から湧き出てきたその言葉に、逆らうという気持ちになる事すらできずに素直にそれに従う一夏の熱い視線を受け、陽太が言い放つ。

 

「泣いて謝るなら今のうちだぞっ!?」

 

 そんなことをするはずもないという確信を持ちながらも、あえて言い放った挑発の言葉。

 

「フフフッ………何をしたいのかは理解したが、出来るのかい? その『技』はまだ実戦では成功させた者がいないと聞いているんだが?」

 

 が、その言葉をまったくスルーしてきたリキュールのある種の天然な行動に、陽太は更に怒りを燃やして吠えた。

 

「話し聞けよ!!」

 

 ジェット機のエンジンのように、自身で発生させたプラズマ火炎をスラスター内部に吸引したブレイズブレードは、一瞬の静寂の後にすさまじい轟音を鳴り響かせながらスラスターを吹かし始める。

 

「いい加減、その上から目線の話し方をやめろぉぉぉっ!!」

 

 

 ―――空気の壁を突き破って、忽然と姿を消し去るブレイズレブレード―――

 

 

『!?』

 

 リキュールを除いた全員が驚愕し、そして陽太の姿を必死に探し始める。

 

「「奴はっ!?」」

 

 この場において最高の動体視力を持つジークと、自身の眼帯を取ったラウラの二人が、同時にその瞳を黄金に輝かせ、陽太の姿を追おうと必死に捜索を開始する。

 そしてその様子は司令室にいた千冬達にも当然伝わっていた。

 

「何がいったいどうして?」

「あれも陽太君のISの性能なのか?」

 

 下にいる生徒達同様、何が起こったのか理解できなかった真耶とカールであったが、そんな中、一人画面を睨み付けていた千冬がポツリともらす。

 

「あれは………神速機動術(バニシング・ドライブ)」

「!?」

 

 その千冬の言葉に、真耶が悲鳴に近い音量の驚愕した声を上げる。

 

「世界的にまだ理論上の話って言われてる、あの幻のブースト系最高難易度技術ですか!?」

 

 

 神速機動術(バニシング・ドライブ)………瞬時加速(イグニッション・ブースト)などで見られる『エネルギーを取り込んで爆発的な加速をする』ブースト系の技術の中で、理論上は可能と言われているものの実戦において成功させたものがおらず、近年、ほんの一握りの操縦者が偶然成功させた事がある程度の事例しか報告を受けていない最高難易度の技術を、自身が受け持っている生徒が使っている事に、真耶が驚くのも無理は無い。

 

「エネルギーを暴発レベルまで取り込みつつ飛行を維持する技術と、限界を超えた加速度においても失神しない強靭な肉体の双方が必要とされているために、映像ですら確認されていない技だ。私も初めて見たが………陽太がここまで成長しているとは」

 

 皆が驚愕するほどの成長を見せ付けた弟子に対して、本来なら祝福の言葉の一つでもかけてやりたい千冬だったが、彼女は既に気がついていた。

 

「だが………陽太! お前は勘違いしているぞ!!」

 

 

「そう、君は勘違いしているな」

 

 この時、千冬とまったく同じ意見を持っていたリキュールは、既に陽太が何を狙っているのか正確に把握し、それでは自身を追い込む事は無理だと判断して腕を再び組んで、静かにたたずんでみせる。

 

「どうした? せっかく私が捉えられない速度で動き回っているんだ? 君は逃げるために神速機動術(バニシング・ドライブ)を使用したわけではないだろう?」

 

 まるですぐそばに陽太がいるかのように話しかけたリキュールだったが、突如彼女の顎が跳ね上がる。

 

「!?」

 

 遅れて鳴り響く鈍い金属音………そして今度は続けざまに首が右、左にとピンボールのように跳ね返ったのだった。

 

「親方様ッ!?」

「奴かっ!!」

 

 突然の異変に心配して声を出してしまったフリューゲルと、何が起こっているのかを把握したジークの目が忙しく動き回る。

 

「まさかアイツ………これだけのスピードを持っていたとは」

 

 ジークすらも驚くほどのスピードで、リキュールの知覚範囲外からの攻撃を仕掛ける陽太に、全員が目を剥く中、当の本人も若干ご満悦な様子で、自分以外の全てが止まった世界を満喫してた。

 

「(フッフッフッ!! 驚け皆の衆! そして爆乳にトリガラ!! 本当は今度あの墨色の貧弱野郎(トリガラ)の小便ちびらせるために取っておいた俺の切り札一号だ!! 使ってやるのを光栄に思え爆乳!! そしてこのまま木偶のように打たれてボロ雑巾になっちまえ!!)

 

 彼女の死角に超高速で滑り込みながらの一撃離脱攻撃で、リキュールに怒涛の反撃を仕掛ける陽太は、相手が完全に自分の速度域に追いつけていないことに気分が高揚しつつも、もう一つの気がかりを覚えてもいた。

 

「(爆乳は俺のスピードには反応できていない! だが攻撃が通らん!)」

 

 いくらスピードを上げて攻撃を当てることができるようになっても、ダメージが通らないなら意味がない。

 

「(銃撃もプラズマ火球もダメージが通らん。スピードをいくら上げても打撃じゃやっぱりたかが知れてる………やはり斬撃(コレ)しかないか!)」

 

 このスピードで当てることには若干の不安はある。タイミングを間違えれば装甲を相手の肉体ごと斬り裂くことすらあり得る。そのためになんとかできないかと思案していた陽太だったが、迷いを捨て、自身の技量を信じて踏み込むことを決断する。

 

「死んでも恨むな!」

 

 更に加速してヴォルテウスの斜め後方から急接近するブレイズブレード。

 

「速度を上げて死角から回り込み、速度粋に追いつけない私に多段ヒットでシールドを削る………理屈としては間違ってはいない」

 

 ―――迫る炎を纏った白刃―――

 

「しかし………」

 

 振り返ることなく………。

 

「君は二つの可能性を見落としているよ」

 

 背後から迫ってくる相手にそう警告したリキュールは、陽太の攻撃を敢て受け止める選択をする。

 

 ―――逆手で持ったフレイムソードと、ヴォルテウスの漆黒の装甲が激突する―――

 

「!?」

 

 一瞬の静寂がアリーナに訪れ、誰もが息を呑む。

 

 ―――プラズマ火炎を纏ったフレイムソードが、まったく装甲に食い込んでいない―――

 

「………んなっ!?」

「駄目じゃないか」

 

 呆然と仕掛けた陽太の意識を取りも出せるように、リキュールはプラズマ火炎を纏った刃を直接掴むと唸りを上げる豪腕で、陽太を地面に叩きつける。

 

「ガハッ!!」

「止まってしまっては、せっかくのスピードに乗って私を掻き回す目論見がご破算だよ?」

 

 大地を砕いて陥没し、その衝撃で吐血してしまう陽太の姿に、仲間達は助けに入ろうとするが、それを制する者がいた。

 

「諦めろ」

 

 漆黒のIS………ディザスターを纏ったジークは、静かに手を差し出すと一夏達の行く手を遮ったのだ。見ればマドカやフリューゲル達竜騎兵達も同じように武装を展開せずに静かに大地に降り立ち、二人の戦いを見守っていた。

 

「退けっ!! 邪魔すんならお前達から………」

 

 雪片を展開して構えた一夏が強行突破しようとするが、ジークは不機嫌な様子そのままに、言葉を強めながらも割って入ることを制止する。

 

「お前が行ったところで何にもならんから行くナッ! お前を殺すのは俺だ。今行って『物のついで』に殺されたらたまらん」

 

 若干の苛立ちを込めながらも、ジークは淡々とした様子で言い放つ。

 

「ああなっちゃもう駄目だ。火鳥陽太はここで死ぬ」

 

 彼の中ですでに確定している事実………亡国最強の個人戦闘能力を有すると言われるアレキサンドラ・リキュールと正面切って一対一で戦うことを選んだ時点で、火鳥陽太の命運は尽きていたのだ。

 

「(だから奴と戦う前に俺と戦っておけば………クソガキ、力量も弁えずに粋がった結果がそれか?)」

 

 内心、自分の手で倒したかった好敵手(ライバル)になれたかもしれない男が無残に散っていくを、彼自身も苛立っていた。

 

「そんなことはどうでもいい!」

 

 だがそんなジークに、アサルトライフルとショットガンの両方の銃口を向けたシャルが道を空けろと力ずくの要求をする。

 

「早く退いてッ!! 私達は陽太を助けるんだ!!」

「甘っちょろく泣いてる奴が役に立つか………数を揃えればどうにかなる相手じゃねぇーんだよ。それにな………」

「?」

 

 ジークがゆっくりと親指で指した先………そこには震えるセシリアの右手があった。

 

「なっ! ち、違います!! これは!!」

 

 指されている事に気がついたセシリアが慌てて右手を掴みながら必死に抗議するが、ジークはそれをさして不思議がらずに、さも当然であるかのように話を続ける。

 

「あの女の恐ろしいところは『それ』なんだ」

「なんだと?」

 

 両手に刀を構える箒が何のことを言っているんだと問いかけると、彼はこう答えた。

 

「人間の心をへし折る最も強い力………アイツは、それを持ってるんだよ」

 

 

 地面から何とか立ち上がり、もう一度フレイムソードで攻撃を仕掛けようとした陽太だったが、彼は再度の攻撃を仕掛けることができずにいた。

 

「くっ………こんのぉっ!!」

 

 全力を持って引き抜こうとするが、万力で挟まれたいるかのようにヴォルテウスに握られたフレイムソードが抜けないのだ。更に炎の出力を上げて弾き飛ばそうとするが微動だにする気配がない。超高温のプラズマ火炎がまるで意味を成さないのだ。

 

「放してほしいのかい?」

「くっ……そったれ!!」

 

 余裕綽々なリキュールに見下ろされながら、陽太は自身と敵との力量の差を感じながらも、弱気になりそうな気持ちを振り払って闘志を奮い立たせる。

 

「(この野郎………)負けてやるかよぉっ!!」

「おやっ」

 

 陽太の闘志が萎えていない事が嬉しかったのか、彼女はまたしても『褒美』を渡すように、自らブレードを手放し、陽太を呆然とさせる。

 

「早く来なさい。まだ『講義』も始まったばかりだ」

「!?」

 

 これ以上まだ自分を侮るというのか? 怒りが陽太の闘気を増大させ、再び音速の壁を越えた神速機動術(バニシング・ドライブ)を使用して、今度こそ死角を突こうと超高速の世界に突入する。

 

 リキュールの周囲を、ブレイズブレードが加速するたびに見せる炎の残滓が舞う中、彼女は無防備に構えることなく、ゆっくりとした口調で話を始めた。

 

「さて、一夏君、ジーク君、そして陽太君………先ほども話をした通り、今日の議題は『強さ』とは何なのか?………だ」

 

 超音速で移動するごとに置き去りにされた音が周囲を飛び回る中、彼女は右手の指を二本、前に差し出す。

 

「そうさな………結論を先に言うなら、強さとは………即ち『意志』。つまり自らの思う様を自ら思う通りに実現させる『力』の事を指す」

 

 ―――虚空から現れたブレイズブレードの振り下ろしの一撃を受け止める指二本―――

 

「!?」

「私を倒そうとする陽太君………」

 

 ―――再び捕まえられることを拒むように即座に超加速して姿を消す陽太―――

 

「だが、それは私の前ではままならない………逆にだ」

 

 今度は体を沈めて下段からの斬り上げの一撃を、彼女は足の裏で受け止めながら、さらに語りを続ける。

 

「私は意のままにやりたいことができる。例えばこんな風にもだ」

「なっ!?」

 

 そして陽太が三度神速機動術(バニシングドライブ)で距離を離そうとするが、リキュールは陽太の僅かな動揺と技を発動させるまでの間を見切り、彼が動くよりも早く腕を掴むと、その強大な力で無理やり引き起こし、自分の前に立たせ、そしてこう言い放った。

 

「私としたことが………忘れていた。撫でてあげよう」

「………………はっ?」

 

 一瞬、彼女が何を言っているの理解できなかった陽太が、思わずそんな間抜けな返事をしてしまうが、リキュールは変わらずに同じ言葉を繰り返す。

 

「齢十五でそこまでの力を手に入れているのだ。君は褒められて当然の存在だ。だから撫でてあげようというんだ」

「……………馬鹿馬鹿しい。てめぇ、今が戦闘の最中だってことがっ!」

「それがどうしたっ!? 優秀な年少を褒めるのは年長にとって当然のことだろう!!」

 

 あくまで自分の思い通りにする。

 彼女の言葉の裏にこめられた意思を感じ取った陽太が、内心で『ふざけるな!』と叫びながら腕を蹴り上げよう動く。

 

 ………が、

 

 ―――陽太の蹴りを回避すると同時に、側面に回りこんで腕を差し込んで両手を封じる―――

 

「!!」

「撫でてあげよう」

 

 そして彼女の手は、ゆっくりと陽太の頭に近寄る。

 

「止めろッ! 離せよッ!!」

 

 敵である彼女が自分を玩具の様に扱う事に、心の底から憤慨し、そして激しく抵抗しながらも、陽太の心は徐々に感じ取っていた。

 

 ―――強さとは、自らの思う様を自ら思う通りに実現させる『力』の事を指す―――

 

 彼女が語った強さの本質………言葉を超えた意思が、自分に触れた手から伝わり、陽太を激しく混乱させていた。あまりに強引で、傲慢で、無遠慮もいいところだというのに、どこかそれを納得してしまいそうな自分がいたのだ。

 

「認められかっ!!」

 

 敵の言う寝言を真に受けられるかっ! 腕をロックされている状態であるにも拘らず彼は強引に体を反転させながらオーバーヘッドキックの要領で彼女の頭部を狙い定めた蹴りを放つ。最悪腕が脱臼しかねない荒業だったが、リキュールはあえて手放し、即座に後方に離脱して回避すると離れ際に一言付け加えた。

 

「意外に褒められたがりだね?」

「!?………うるせぇっ!」

 

 端から見ると下らない挑発に思える彼女の一言が、いちいち今の陽太の心の琴線に触れてしまう。彼女の言葉を振り切るように都合四度目の神速機動術(バニシング・ドライブ)を使う陽太だったが、リキュールはそんな彼の行動に溜息をついて駄目出しをするのだった。

 

「同じ技ばかりでは少々芸がないよ。それにね………君は致命的な勘違いをしている」

「?」

 

 何の話だ? 陽太が聞き返すことなく心の中で呟いた時、突如リキュールの背後に突き刺さっていた二本の巨大な刀から青白い雷撃が発生し、ヴォルテウス(彼女)の背にある翼の中に隠されていた大型スラスターに吸収されていく。

 

「まさかっ!?」

「アイツッ!?」

 

 シャルとジークが同時に叫んだ瞬間………。

 

 

 ―――空気の壁を突き破って、忽然と姿を消し去るヴォルテウス・ドラグーン―――

 

「何ッ!?」

 

 おそらく戦いを見守っていた全ての人間………対峙している陽太すらも同じ台詞をはいてしまっただろう。

 なんせ幻とまで言われていたブースト系最高難易度技術を異なる二人が使用し、更に誰も見たことがない超高速戦闘を開始したからだ。

 

「二人はっ!?」

「ちょ、これって見てる側が物凄く間抜けっぽくないですか!?」

 

 フォルゴーレとリューリュクが瞬時にハイパーセンサーをフル稼働させて二人の戦いを見ようとするが、センサーがあまりの二人の速さを捉えることができず、炎と雷の残滓だけを捕捉するのみ。左目にヴォーダン・オージェを持つラウラすらも、微かにしか二人の動きを見ることが出来ずにいた。

 ……だが唯一この場において、戦っている二人と同等の速度域で行動が出来るジークの両眼と、操縦者として究極の境地にまで到達している千冬の感覚だけが捉える。

 

「「そこっ!!」」

 

 モニター越しの千冬と、アリーナのジークが同時に客席最上段部分を見た。

 

 ―――揺れるバリアと、炸裂する空気―――

 

 全員が一斉にその場所を確認すると、続けざまに下降しつつ目に見えない何かがぶつかり合い、半歩遅れながら衝撃波と共に空気が破裂するような音が鳴り響く。

 

 

 ―――砕ける隔壁、地面、そして………―――

 

 

「がっ!」

 

 撃ち合いに敗れた陽太が、超高速状態を維持できずに弾き出され、地面を猛スピードで転がり、アリーナ中心辺りで大の字で横たわってしまう。そこに更なる追撃の一手を放つリキュール。

 

「温い」

 

 姿を現すと同時に、真上から陽太の腹を片足で踏み付け、クレーターを作りながら彼を地面にめり込ませてしまう。

 

「ゴフッ!」

「この程度が君の全力か………失望モノだな」

 

 口から血を吹き出す陽太を冷たく見下ろしながら彼女は吐き捨て、足の下にいる陽太の首を握って自分の眼前にまで引き上げると、冷めた声で言い放つ。

 

「小手先の技比べはこのぐらいにしよう………さあ、本気を出せ」

 

 世界最高峰の技術すらも所詮は小手先。彼女が求めているモノはそのような技巧戦ではない。

 『スポーツ』としてISを用いる戦いではなく、真の戦士がISという鎧を纏って初めて出来る戦いを求めているのだ。

 

「それとも………あの小娘をくびり殺してやれば、君はようやく目を覚ますのかな?」

「!?」

 

 彼女の視線が一瞬だけシャルに向けられ、それを察知した一夏達が彼女を守るように庇う。

 

「君が本気を出さないというなら仕方ない。趣味ではないんだが、お膳立てぐらいはしてあげるが?」

「………させねえぇよっ!!」

 

 激高し、自分を掴む手を膝蹴りで弾き上げた陽太が、全力の振り下ろしの一撃を繰り出し、それを受け止めたリキュールの足元が陥没し、発生した衝撃が大地を駆ける。

 

「いい殺気だ。やればできるじゃないか!!」

「がああああああっ!!」

 

 陽太の感情に反応した烈火が剣に纏わり、黒き龍の装甲と激しく反発しあう。我武者羅に振り回されたフレイムソードを、手の甲で全て弾きながら、自分に対して本気の殺気をぶつけてきた少年に褒美を与えるように、彼女は斬撃の間を拭って、ボクサーのようなフォームでジャブを繰り出す。

 

「!?」

 

 自分の攻撃の間を掻い潜ってきたジャブを紙一重で回避した陽太だったが、己の背後にあったアリーナの隔壁に、まるでロケット砲をぶつけたかのような衝撃を受けるのを目の当たりにし、戦慄する。

 

「(ジャブの衝撃だけで………飛び道具いらない訳だ!)」

 

 パワーアシスト機能があるISが全力で拳を振るえば、生身とは段違いの拳圧を発生させるぐらいは可能だろうが、これは同じIS相手にすらも必殺の威力を持っている『ただのジャブ』なのだ。

 

「呆けるなっ! 全神経を緊張させろ!」

「クッ!」

 

 マシンガン並みの速度とロケット弾以上の威力の『ジャブ』を連射し、アリーナ内部が爆撃されたかのような衝撃が奔る。

 その砲弾のような拳の嵐を紙一重で回避しながら、懐に入り込んで陽太は首元に切っ先を突き刺そうと狙いを定めた。

 

「フンッ!」

「!?」

 

 直線的な拳の軌道が一瞬で向きを変え、下から突き上げてくる。陽太は反射的に身体を引っ込めたお陰でその攻撃を喰らう事なくすんだが、目の前を通過したヴォルテウスの拳に、全身を総毛立たせてしまう。

 

「(やばすぎるだろ、そのアッパー!?)」

 

 空気を引き裂くどころか空間を割ってしまいそうな威力に、直撃していれば首から上が吹っ飛んでいたと背筋を凍らせるが、そこに暴龍帝が追撃を仕掛け、完全に陽太を捉える。

 

「聞き入れろよ、火鳥陽太」

 

 ―――踏み込んで放たれたジャブ、否、左ストレートの直撃を受け、陽太の顔面が大きく後方に弾かれ―――

 

「ガッ!?」

「相手の、周囲の、社会の、受け入れも拒否も無関係」

 

 ―――更に無防備となった腹部めがけ、龍の尾のようなサイドキックが直撃する―――

 

「!!」

 

 陽太は、生身の身体が時速100キロを超えるトラックに跳ねられたかのように、地面の上を大きくバウンドしながら転がっていく。痛みと衝撃で気絶するところか、そのおかげでかえって意識をはっきりとし、だが横隔膜と肺が完全に縮んで新しい空気を吸い込むことができず、叫び声すらあげることができない。

 

「!?」

 

 そんな中でも陽太は地面を滑りながら、何とかして受身を取り、体勢を入れ替え、何とかその場に踏みとどまって前を、アレキサンドラ・リキュールを視界に納めようとする。

 

「条件に左右されぬこと。他者の為に使われるためでもなく、自らを殺すことで抑えるものでもない」

 

 ―――前を向いた陽太の顎に触れる、一瞬で接近してきたヴォルテウスのつま先―――

 

「!!」

「つまり、『自らの思う様を自ら思う通りに実現させる『力』」

 

 ―――一気に振り上げられ、顎を中心に、固定された台から解き放たれたプロペラのように回転しながら空を舞う陽太―――

 

「そう。それこそが……」

 

 ―――そして、回転しながら落下してきた陽太の腹部に………―――

 

 

「強さの本質ッッ!!!」

 

 

 ―――右の拳が突き刺さり、ブレイズブレードの腹部の装甲を粉々にして、陽太をアリーナ際の隔壁にめり込ませる―――

 

「少し褒めてみたらこの様か………やはり今の君では私は不足だよ」

「……………」

 

 完全に沈黙した陽太に、哀れみを含んだ言葉を投げかけるが、今の彼に投げ返す言葉を発する余裕などどこにもない。

 

「……ァ………ッ」

 

 なんと壁にめり込みながらも、陽太は意識を依然として保っていたのだ。暴龍帝のあまりの攻撃の強烈さに、普通なら意識を手放してしまっていて当然の場面でありながら、気付けのような数々の攻撃がそれを許してくれなかったのだ。

 

「動けぬその様、小手先の技術を駆使すれば私に勝てると思っていた発想、そしてこの期に及んでまだ『死』をイメージできぬ緊張感の無さ………甚だ不本意だが仕方ない」

 

 リキュールは180度反転し、陽太に背を向けると、とある人物を指差す。

 

「極めるとは他の全てを切り捨てるという『儀式』だ」

 

 そのとある人物………シャルロット・デュノアを指差しながら、彼女は言い放つ。

 

「まずはお前を切り捨てよう。おい、小娘」

「な、なんですか?」

 

 シャルが戸惑いながら返事をすると、彼女は極めて軽い口調で驚きの言葉を口にする。

 

「ちょっと死んでくれないか? お前がいるとどうも陽太君は『極められそう』にはないんだ」

「!?」

「ふざけるなっ!!」

 

 お使いを頼む、ぐらいの軽い感じでシャルに『死ね』と言い放ったリキュールに、怒りを爆発させてシャルを庇うように前に立つ一夏。

 

「てめぇ、自分が強いからって、なんでも思い通りに…」

「ああ。私は強いから何でも思い通りになるんだ。そう語ったじゃないか」

 

 一夏の反論にも、彼女は揺らぐことなく、まるで幼子に優しく諭すように言って聞かせる。

 

「強いということは全ての物事の上位に成り立つ。君は自分が相手よりも強かった時に、酔ったりはしないのか?」

「な………に……?」

 

 理解の範疇を超えた言葉に、かすれた声でなんとかそれだけを言った一夏に向かって、リキュールは歪んだ笑顔を浮かべながら、嬉々として語る。

 

「鍛え上げた自分の強さに酔わないのかい? 強い敵を、力を持った敵を、己の力で捩じ伏せることに快感を覚えないのかい? これは至高の美味であり、快感であり、如何なる美食も美酒も性交もこれには遠く及ばない選ばれた者だけが味わえる『絶頂(エクスタシー)』だよ?」

「クッ………イかれてんのか、アンタ?」

「私が狂人? それもよかろう………私は常人が作った尺度の倫理とやらにまったく興味が無い。特に精神の絶頂と言える『死闘』の味を覚えてしまえば、それ以外のことなどどうでもよくなる」

 

 自分が狂っているかもしれないことを自覚しながらも、まったくそのことに罪悪感も危機感も感じていない彼女に、一夏はいよいよ恐怖すら感じ始めた。

 

「だが、今の陽太君では死闘が成立しない。まるで力不足だ………だからこそ、私は私なりのやり方で、彼の『手助け』をしようというのだ。だからそこを退きたまえ一夏君」

 

 そんな今の一夏には危害を加えたくない。いっそのことそんな優しさすらも醸し出しつつ、彼女はゆっくりと近づいてくる。

 

「(………一夏!?)」

「箒?」

 

 リキュールの気迫に飲まれていた一夏の肩を掴んだ箒が、直接接触した回線で周囲に気づかれないように話かけてくる。

 

「(隙を見てシャルと皆をつれてこの場を離脱しろ。私が何とか時間を稼ぎながら陽太を救出する)」

「(馬鹿!! お前だけにそんなこと頼めるか!!)」

「(言うとおりにしてくれ!! 今の我々では何十人いても奴には勝てない!! だが陽太なら今後次第でひょっとして勝てる可能性が出てくるかもしれない!!)」

 

 自分の肩を掴む手が震えていることに気がついた一夏が悟る。

 箒はこの場で陽動と救出をすることで死ぬ気なのだと。

 

「クッ!?」

 

 一瞬、他のメンバー達にも助力を願おうとするが、青褪めた表情のセシリア、滝のように汗をかく鈴とラウラ、そう彼女達の表情が物語っていた。すでに絶望の未来しかないのだと。

 

「(お前とも一度でも同じ戦場に立てて、私は幸せだった)」

 

 最後の言葉を残し、箒は二本の刀を構え、アレキサンドラ・リキュールに飛び掛ろうとする。

 

「箒ッ!」

「私は防人!! 仲間を死なせはしない!!」

 

 一夏がそんな箒を何とか足止めしようと彼女の方に振り返る中、すれ違いながら二挺のライフルを両手に持ったシャルが前進し始めた。

 

「「シャルッ!?」」

「一夏と箒は陽太をお願い! ここは私が何とかする!!」

「ほう? 泣いて陽太君に縋る事しかできないつまらん小娘かと思っていたが………少しは見所があったな」

 

 驚いて名を呼ぶ二人を尻目に、どんどん前へ進むシャルの様子に、リキュールは僅かばかりの賛辞の言葉を送るのだった。

 

「だが所詮お前の器は凡人の域から出ることはない」

「そんなの関係ない! 私は陽太を助ける!!」

 

 両手のライフルに合わせて、左腕の80口径リボルビングパイルバンカー『ネメシス』を解き放ち、果敢にも暴龍帝に挑もうとする。

 構えるシャルと無防備に近寄ってくるリキュール………周囲の人間にはあまりにもこれから起こる結果が目に見える中、突然、アリーナの内部で火柱が上がり、思わずシャルが叫んだ。

 

「ヨウタッ!?」

 

 シールドエネルギーの限界が近い事、受けたダメージで肉体とISの機能障害が出ている事、そして埋めがたい実力差、それら全てを理解しても、彼は諦めることなく戦いを続けようとする。

 

「………ほう、実に惜しいな」

 

 肉体の限界を超えるダメージを気迫で凌駕してきた陽太に、正直嬉しさが込み上げてくるリキュールだったが、未だ彼が立ち上がった理由が少女(シャル)にあることを理解しているだけに、彼女はそんな陽太の在り方を認めるわけにはいかずにいたのだった。

 

「いいだろう。君の奮戦に免じて、私の本気を少々見せようじゃないか」

「!?」

 

 右手を差し出すと、地面に突き刺していた斬艦刀の一本が突如宙に浮き上がり、飛翔して彼女の手に握られる。

 

「これが最後かもしれないよ? 全力で撃ってきたまえ」

 

 振り返りながら、彼女は刀を天に掲げる。

 

「!!」

 

 ―――彼女の意思に反応した斬艦刀から、アリーナ全域に及ぶ放電現象が起こる―――

 

「これは!?」

「いくよ?」

 

 陽太がフレイムソードを構え、ありったけのプラズマエネルギーを込めた最後の一撃を放った。

 

「フェニックス・ファイブレードッ!!」

 

 ―――紅蓮の烈火を纏った炎刃が黒の暴龍に迫る―――

  

「………ゼウス・ガウディ(雷神の歓喜)」

 

 ―――黒き雷光を纏った神剣(キバ)が、炎の不死鳥に襲いかかる―――

 

「「陽太(ヨウタ)っ!!」」

 

 一夏とシャルが叫ぶ中、二人を中心に物凄い爆発がアリーナの中心から発生し、中にいた者達がその衝撃で後ずさりしてしまう。

 その爆発の中心点………黒雷と紅炎が激しくぶつかり合い、激しいスパークと衝撃が生まれる中、徐々に押され出す陽太は、自分を見下ろすリキュールの言葉をハッキリと聴いた。

 

「ちっ!」

「君は実に素晴らしい………だが惜しくもある」

 

 ―――彼女が少し力を込め、それと同時に徐々にフレイムソードの炎が黒い雷に飲み込まれ始め―――

 

「君はまだ『ただの天才』の領域にしかいない!!!」

「!!?」

 

 

 臨界にまで高められた力と力の拮抗は崩れ去り………炎の不死鳥がアリーナの隔壁に叩き付けられ、絶対防御が発動してISが解除され、生身になった陽太が地面に崩れ落ちたのだった。

 

 静まり返るアリーナにおいて、シャルの、一夏の、仲間達の時間は完全に停止してしまう……とりわけ一夏の動揺は大きかった。

 陽太が負けるだなんて絶対にあり得ないと思っていた一夏の目の前で、敵に対して手も足も出せずに必殺技も破られ、敗れさる陽太の姿に激しく動揺し、そして激高した。

 

「陽太ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「ヨウタァァァァァァァァァッ!!!」

 

 無我夢中………自分を止める箒とジークの声も聞こえずに、一夏はツインドライブを発動させ、零落白夜を使い、シャルはパイルバンカーを片手にアレキサンドラ・リキュールに迫る。

 二人の決死の特攻、その姿に感化された対オーガコア部隊の仲間達も、恐怖に引き攣っている身体を無理やり動かして、二人の後に続く。

 

「………フッ」

 

 だが、一夏とシャルのそんな姿すらも、平然とあざ笑ったアレキサンドラ・リキュールは、斬りかかって来た一夏に向かって………。

 

「虚しいものだな」

 

 彼が間合いに入った瞬間、振り返ることなく一夏の頭部を後ろ回し蹴りで蹴り飛ばしてしまう。

 

「ブッ!!」

「うぁあああああっ!!」

 

 予想だにしていなかったその一撃をもろに食らった一夏は吹き飛び、後方から自分と同じく向かってきていたシャルを巻き込みながら地面を転がっていく。

 

「………」

「!?」

 

 そしてその足で、側面から斬りかかって来た箒と鈴に対し、空間すらも轟かせる斬艦刀による剣圧を放つ。

 

「くあああああっ!!」

「きゃあああああっ!!!」

 

 回避運動を取る暇すらない。巨大な竜巻のような剣圧は、一瞬で二人を飲み込み、彼女達もまたアリーナの壁に叩き付けられてしまった。

 

「クソッ!!」

「一夏さん! シャルさん! 箒さん! 鈴さん!?」

 

 一瞬で前衛組を全滅させられた事に動揺し、後衛のラウラとセシリアが敵から目を離してしまった。

 

「………敵から目を離すから」

 

 ―――突如上空から聞こえてくる声―――

 

「「!?」」

「………こうなる」

 

 そして一瞬の隙を拭って、リキュールは真上からラウラとセシリアを踏みつけ、地面にめり込ませてしまう。

 

「ぐうううううっ!!!」

「カハッ!!」

 

 時間にして僅か数秒。

 たった数秒………最初からその気ならこの程度の時間で終わらせることができた。それを物語るかのように対オーガコア部隊に圧倒的な差を見せ付けたアレキサンドラ・リキュールは、足元の二人に一瞥もくれず、すぐさま倒れて動かない陽太の前に一足飛びで降り立つと、刀を逆手に持ち換え、切っ先を狙い定める。

 

「ヨ……ウタ」

「や…やめ………」

 

 シャルと一夏が懇願するような声を出すが、そんな二人に向かって一度振り返ると、彼女は自ら全身装甲のマスクを開き、素顔を見せながら言葉を発した。

 

「哀れだね。彼はやはり踏み越えることができなかった………私を失望させた罪は重いぞ」

 

 絶対零度の温度と無機質な表情で見下しながら言い放った彼女は、次にアリーナの屋上部分を見て、そこに隠れている楯無に言い放つ。

 

「ッ!!!」

「どうした? 機を脱してしまっては、不意打ちを狙う意味がなくなるだろう?」

 

 屋上でずっと隠れながら、必殺の一撃をぶちかますチャンスを伺っていた楯無だったが、そんな自分の考えが如何に愚かなものであるのかを、陽太との戦いを見せ付けられたことで理解する。

 

「(何を如何しようが、私には彼女を止めることもできない!!)」

 

 対暗部組織の長である彼女の目から見ても、亡国機業幹部の戦闘能力は常軌を逸しすぎていたのだ。掛け値なしに、単機でISを含んだ国家の総戦力をねじ伏せることが可能だと。

 その気になれば今すぐにでも世界征服を開始することも容易に可能であると、暴龍帝の戦いが物語っていた。

 

「(駄目だッ!! あの女を止めるには、然る装備をした全世界の国家代表を総動員するしかない!!)」

 

 自分一人の戦力では比較対象にすらなれない。眩暈すら覚えるほどの絶望感に打ちひしがれながら、彼女は心の中で下にいるメンバーたちに謝罪する。

 

「(ごめんなさい、箒ちゃん! シャルちゃん、一夏君!! 私一人じゃ………)」

 

 そして何よりも最愛の妹の為にも、彼女はここで死ぬわけにはいかない。その想いが彼女に『命懸け』の決断をすることを拒ませていたのだ。

 

「勝てぬ敵と戦わぬというのは好みの選択肢ではないが、冷静な判断だと言っておこうか」

 

 意外に低くない評価を瞬時に下したリキュールだったが、すぐさま興味を失ったかのように視線を陽太に戻すと、すでに意識を失っている彼の延髄辺りに切っ先を定め、ホンの僅かな感傷的な色を示した瞳で見つめつつも、見下ろしながら囁く。

 

「弱い、ということは本当に憐れなものだな陽太君………」

 

 彼への高い評価を持っていただけに、その才能が開花できなかったことを憂うように話すリキュール………惜しい気持ちでいっぱいだが、生憎彼女は自分自身のルールに誰よりも厳しい。

 

「だがこれも戦場の習わしだ。君も、そして私も、その例外ではない」

 

 決闘の決着は生死をもって決める。この絶対のルールを覆すことは、たとえそれが神の命令であったとしても彼女にはできないのだ。

 

 そして全員が息を呑み、瞳を最大まで見開き叫ぶ中、彼女は別れの言葉を告げた。

 

「さらばだ………英雄になり損ねた者よ」

 

 

 ―――静かに目を閉じたジークとマドカ達―――

 

 ―――立ち上がり駆け出そうとする一夏―――

 

 ―――起き上がり制止の声を上げる箒―――

 

 ―――お互い肩を支えながら銃と砲を構えるセシリアとラウラ―――

 

 ―――意を決して変形して突っ込もうとする鈴―――

 

「いや……ヤダ………」

 

 ―――頬から流れ出た涙が地を濡らし―――

 

 

「ヨウタァァァァァァァァッ!!!」

 

 

 ―――シャルの絶叫が木霊した時、『二つ』の閃光が交差する―――

 

 

『!?』

 

 全員の時が止まり……………凛としたあの声が、再び時間を動かせる。

 

 

 

「………そこまでにしろ」

 

 ―――白い和風のIS(鎧)を身に纏い―――

 

「これ以上の狼藉は、私が許さんっ!!」

 

 ―――ポニーテールに髪を結い上げた千冬の刀が、リキュールの刃を受け止めた―――

 

 止めの一撃を阻んできた千冬の姿を見るなり、心底うっとおしそうな表情になったリキュールが、目の前の彼女に声をかける。

 

「失せろ。お前を視界に納めることすら、今の私には不愉快だ」

 

 内心で『なぜだ?』『やはりか』という、矛盾した声があがったのを無理やり押し殺した暴龍帝が不機嫌そうに叫ぶ中、千冬はその厳しい表情を崩さぬまま、この場の全員に聞こえる声で、はっきりと告げたのだった。

 

 

「さあ、10年前の決着………今こそ着けよう!!」

 

 

 

 

 




びっくりするほど親方様一色ですね。舐めプしててもこの強さ。正直やり過ぎた感もありますが後悔はしてない! だって親方様だし!!


にしても、射撃や砲撃、ビットや特殊兵装の搭載が進むIS業界において、パワーをあげて物理で殴るISというのは皆さん的に如何お思いなのでしょうか?

最近のSSでは、割とガンダムやスパロボを元に、射撃を主としたオリISが流行ってますが、親方様のISはもっそいそんなISたちに対してのアンチテーゼ的な何かにしております


さあ、次回はいよいよ両雄の激突であり、物語が大きく動きます。



親方様の口から語られる、10年前の真相

千冬さんの懺悔


そして、彼女達の師である人物の正体とは!?









千冬さんと束さんが、一度でも親方様のフルネームを呼ばないのはなんでなんでしょうね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

刃が見つめる先



更新が遅れた上にあまり物語が進まない。

うん、いつも通りかもしれない(汗)



そしてこの回で、一つの真実が語られます


 

 

 

 

 

 ―――画面に映る、地面に陥没した弟子と、それを行う自らの親友の姿―――

 

「ッ!」

 

 この映像を見た瞬間、千冬は踵を返して扉に向かって歩き出すと、手早く上着を脱ぎ始める。

 

「千冬っ!!」

 

 画面に食い入ってしまっていたため、彼女の行動に気がつくのが遅れたカールが慌てて駆け寄り、彼女を静止しようと試みた。

 

「何処に行く気だ!? 君の持ち場はここだ!!」

 

 弟子の窮地の姿を目の当たりにした彼女が次に起こす行動など、彼には容易に想像出来ただけに、絶対にそれをまかり通すことは許せないのだ。

 

「………すまないカール」

 

 着ていた服を脱ぎ捨て、黒いISスーツ姿になった千冬が困ったような笑みを浮かべた千冬は、謝罪の言葉を続ける。

 

「今日まで親身になって色々手を尽くしてくれたのにな………私は本当にひどい人間だ」

「そんな言葉を聴きたいわけじゃない! 私に済まないという気持ちがあるなら、この部屋から出て行くな!」

 

 長年の親友に対する友情を感じさせる必死さで、何とか彼女を押しとどめようとするカールだからこそ、千冬は心からの願いを託すことにした。

 

「未来に道を作っていくアイツ等を見守ってやってほしい………お前にだからこそ頼める」

 

 迷いも憂いもない、真っ直ぐな願いに、一瞬怯んでしまうカール………彼女の瞳宿っている強い意志が理解できるだけに、そんな彼女を『死ぬ』とわかっている戦場に行かせる訳にはいかないのだ。

 彼女の意思に気圧されながらも、説得を続けようと一瞬、視線を外して決意を改める。

 

「千ふ・」

「すまない」

「!?」

 

 だが、彼女が接近していた事に気がつかず、千冬の拳がカールの腹部にまともに突き刺さった。

 

「ち………き…い」

 

 彼女の肩に手をつきながらも崩れ落ちるカールをゆっくりと下ろした千冬は、穏やかな表情で別れを告げる。

 

「さらばだカール。お前とこの学園での生活、存外楽しかった」

 

 気を失った親友に別れの言葉を告げ、手に持っていたリボンで髪を括り、箒と同じポニーテールにした千冬が、ドアに向かって再び歩き出そうとする。

 

「織斑先生ッ!!」

 

 しかし、背後から涙声で彼女を呼び止める同僚の後輩教師の悲痛な叫びが彼女の歩みを止めてしまう。

 

「山田先生………これから貴方に多大な苦労かけるのを承知しているのに、何も報えないことを、今謝ります」

 

 一方的な謝罪と粗末な侘びの言葉だけを残して去っていくことに罪悪感を持ってはいたが、決して振り返ることないという決意のままに、待機状態のISを持って司令室を飛び出した千冬であったが、最短ルートで外に出ようと廊下の角を曲がった瞬間、巨大な影が目の前に立ち塞がった。

 

「奈良橋先生ッ!!」

「……………」

 

 腕組みをした状態で廊下のど真ん中で仁王立ちしている奈良橋に、千冬は一瞬だけ呆けた様な表情をするが、すぐさま顔を引き締め、彼に避難するように注意を施す。

 

「ここは危険です。今すぐ非常出口からの脱出をッ!」

「………私は貴方に頼まれて、そのISの整備を行いました」

 

 だが、鉄仮面のままで表情を崩さない奈良橋は道を譲ろうとはせずに話しかける。

 

「だからどうしても聞いておきたい。ご自分の身体が重大な障害を抱えている状態で戦闘をすれば、命に関わる」

 

 どうしても彼女自身の口から聞いておきたいことがあったから………。

 

「貴方は、全ての責任を他の人間に押し付けたままで、死ぬおつもりか?」

 

 そんな無責任なやり方を断固として認めるわけにはいかない。返答次第では女性である彼女を張り倒してでもこの場を死守しようとする奈良橋であったが、そんな彼に千冬は、先ほどと同じ穏やかな表情を浮かべ、はっきりと答える。

 

「きっと、過去と未来のためです」

「………?」

 

 穏やかに自分の心境を語る千冬に、奈良橋は静かに耳を傾ける。

 

「10年前………私は確かに守られた。そのことに後悔もしました………私などよりもずっと生きる人がいただろうにと」

「………織斑先生」

「そして数年前、とある人の勧めで教師を始めたのですが………これがまた悪戦苦闘の毎日で、ままならないことばかりなんです」

 

 だがそれだけではなかった。

 稚拙に、手探りで、生徒達と向き合う日々の中で、彼女は本当にかけがえのないものがあることに気がついた。

 

「私が……」

 

 ―――殺めてしまった『英雄(先生)』の、真の遺志を継ぎ―――

 

「私の……」

 

 ―――信じている可能性を秘めた教え子達を―――

 

「守りたいんです」

 

 教え子と向き合うことで、ようやく先生が自分達に何を伝えたかったのか、本当の意味で理解できるようになってきたから………。

 

「そしてそれをアイツにつぶしてほしくない。共に守ろうと………誓ったアイツに」

 

 そしてそれを壊そうとしている人間が、かつて自分と共に先生を守ろうとした人間であるのだから、彼女を止める責務が自分にはあるのだ。

 瞳に揺るがぬ意志を宿した千冬に、奈良橋は何を見たのか………ゆっくりと道を譲ると、彼は深く頭を下げ、そしてその状態で静かに言い放つ。

 

「何も心配しないでください。どうか、心の赴くままに」

「………奈良橋先生」

 

 一礼し、その場を駆け出す千冬はすれ違いざまに奈良橋に、心からの感謝の言葉を残していく。

 

「本当にありがとうございます。貴方にも良き運命の旅を」

 

 心からの、言葉を奈良橋に残し彼女は今度こそ振り返ることなくその場を走り出す。

 そして、そんな言葉を受け取った奈良橋は彼女の背中を見送りながら、彼女を止める言葉が見つからない自分の非力さを恨みながら、一言『彼』に向かって詫びの言葉を呟くのだった。

 

「………すまん、火鳥」

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 ―――そして時は戻り―――

 

 亡国企業の隠れ家となっている高級マンションのリビングにおいて………。

 

 ―――アレキサンドラ・リキュールが操るヴォルテウスの剛剣を受け止める千冬の白い打鉄の勇姿―――

 

 リビングの大型液晶テレビで、竜騎兵達のISから経由した映像を見たスコールは、千冬の姿を見るなり不機嫌な表情となり、ソファに寝転がると画面から背を向けてクッションに顔を押し付けてしまう。

 

「ヒョッヒョッヒョッ! やっぱり出てきよったか、織斑千冬はっ!!」

「……………」

「見たところ、全身に強化パワーアクセラレーションを搭載し、背中にコンデンサー後付しておるようじゃが、そんな間に合わせの量産機ではヴォルテウスの相手にもならんぞ?」

「……………」

 

 そしてもう一人、その映像を見ていた亡国IS開発部門の権威であるプロフェッサー・へパイトスは、リキュールとヴォルテウスの活躍を楽しみながら見つつ、強敵と戦うことによって引き出される実戦データの数々を楽しそうに自分のノートPCに記録させ続けていた。

 

「……………」

「………どうしたスコールちゃん? 急に黙り込んで?」

 

 だが、先ほどまで同じように上機嫌に彼女の活躍を見つめていたはずのスコールが急に不機嫌になったことを感じたヘパイトスが、恐る恐る彼女に問いかける。

 

「………なんでもありませんわプロフェッサー」

「………明らかに何かがあったようじゃな。どうした?」

 

 幼少時から自分を知っている老人の前に、黙秘しきれないと考えたのか、それとも心に渦巻く言葉をぶちまける相手になってもらいたかったのか、スコールはクッションから半分だけ顔を出しながら話しはじめる。

 

「私、昨日、聞いたんです。リキュールに」

「ほうほう」

「どうして『オペレーション・メビウス』の前だって言うのに、IS学園にちょっかいかけたいのかって?………ううん、それはいいの。どうせあの人のことだから『陽太君達の成長を直に見たいから』とか言うと思うし、実際に言われたし」

 

 亡国機業の幹部(ジェネラル)が一同に集まって行う初の大規模共同作戦だというのに、それを目前に余計な所でどうでもいい理由で私心で荒波を率先して起こす問題児の尻拭いをさせられる身分の自分としては、せめて彼女の内心を全て知る権利ぐらいはあるのではないのか?

 

「でもね、それはもういいの。本当は心底どうでもよくないんだけど今はいいの。どうせ反省しないし」

「(夫の無茶ブリに不満タラタラな新妻のような愚痴を)ほうほう、それでそれで」

 

 心の中だけで今のスコールに突っ込んだヘパイトスだったが、急にテンションが下がったスコールの変化を見逃さなかった。

 

「………だから、私、聞いてみた」

「………何をじゃ?」

「……………『陽太君達を守るために出てきた織斑千冬と戦えるのか』って?」

 

 そう。彼女にしてみればそれが最も気になる理由であり、そしいてその質問をされたリキュールの変化の一瞬の変化を見逃しはしなかったのだ。

 

「一瞬だけど瞳が揺れて、指が不自然な動きをしたわ………だから、私はわかったのよ」

 

 ―――アレキサンドラ・リキュールにとって、織斑千冬は今も『特別』の存在であると―――

 

「あの人は『関係もないし問題にもならない』と言っていたけど、あれは嘘………そう、あの人は織斑千冬のことだけは私にも嘘をつくの」

 

 スコールのプライドを何よりも傷付けたのが、まさに『嘘』をつかれた事なのだ。

 自分の全てを預け、自分に全てを預けてくれているはずのリキュールが、その実はただ一点だけは預けていないこと。

 そしてそのただ一点こそ、彼女の最も『特別』なことであるということ。

 

「だから、私は織斑千冬が大嫌い。何もできなくなったくせに、今もノウノウとあの人の『特別』に居座り続ける、あの女のことが」

 

 モニターに映された千冬の横顔を、親の敵のように睨み付けるスコールの横顔を見ながら、ヘパイトスは本日二度目の心の呟きをする。

 

「(元カノのことを忘れられない今カレに不満爆発な今カノじゃの)」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 一方、そんな不満をスコールからぶちまけられているとは露も知らないリキュールだったが、こちらも負けないぐらいの不満そうな声を目の前の千冬にぶちまけたのだった。

 

「消えろ。もはやお前の姿を見るだけで虫唾が走る」

「ならばそちらがこの学園からとっとと消えれば済むだけの話だ」

 

 斬艦刀と特注の長刀、倒れる陽太の首を両断しようとした切っ先を、切っ先で受け止めるという神技で阻止した千冬の意志の強さが刀を通して伝わり、リキュールの表情を更に険しいものにしていた。

 

「死に体の分際でISを着込み、しかも私の戦いに我が物で横槍を入れてくる………相変わらず、貴様という奴はッ!」

「それはこちらも同じだッ!!」

 

 切っ先を巻きながら斬艦刀を弾き上げ、一瞬の隙をついて素早く陽太を脇に抱えた千冬は、10年たっても変わることのない目の前の人物のあり方を糾弾する。

 

「自分の言い分がさも当然と思って押し付ける強引さ。死んでも治りそうにはないな!」

「どの口で言うか」

 

 お前に言われるのだけは心外だと言わんばかりのリキュールの言葉を無視し、千冬は大きく後方に跳躍すると、ようやく起き上がりだした一夏とシャルの元に着地した。

 

「一夏ッ! デュノアッ! コイツを頼む」

 

 そして傷だらけの陽太をシャルに手渡すと、再び長刀で八相の構えを取り、リキュールを睨み付けた。

 

「千冬姉ッ!!」

 

 だがそんな千冬を止めようと一夏が必死な形相で千冬の肩を掴んで制止する。

 

「そんな身体で何出て来てんだよッ!?」

「アイツは私が止める。お前はそこで身体を休めておけ」

「何が休めておけだよッ!! 自分の身体のことわかってんのか!? 俺が代わりに戦うから、千冬姉こそ休めよッ!!」

 

 すでに崩壊寸前まで進んだ爆弾を抱えている人間が、あろうことか自分達を助けるためにISを着込み、しかも陽太すらも容易く下す相手と戦おうと言い出しているのだ。一夏にしてみれば何が何でも止めなくてはならないことなのだが、千冬はさも妙案があると言った表情で彼の肩に手を置いて微笑んだ。

 

「まさか私が無策でここに立っていると思っていたのか、一夏?」

「うえっ? じゃ、じゃあっ!!」

 

 何かの妙案があるのか? 一夏の表情から若干緊張感が抜ける。

 

「教官ッ!!」

 

 そんな中、痛む体を無理やり動かしてきたラウラも一夏同様に彼女のことを心配して駆け寄ってくる。

 

「早く学園から退避をッ!! 撤退する時間は私達で稼ぎますっ!!」

 

 一夏とは若干違い、ラウラとしては如何に被害を少なく撤退するかを考えている辺り、今の戦力ではアレキサンドラ・リキュールには絶対に勝てないことを悟っていたのだった。

 

「お前もだ、ラウラ」

「教官ッ!!」

 

 『早く撤退をっ!?』 そう言葉を続けようとしたラウラの肩を掴んだ千冬は、一夏とラウラのISに向かって同時に同じ言葉を呟く。

 

「一部機能停止、全運動機関カット」

「!?」

「!?」

 

 一夏とラウラのISから同時に空気が抜けるような音がしたかと思えば、先ほどまで手足同然に馴染んでいたISが鋼鉄の拘束具と化して二人の動きを抑制してしまった。

 

「動けッ!! 動けよ白式ッ!?」

「これはッ!? どういうことなんですか!?」

 

 突然の事態に慌てながら必死に動こうとする一夏と、外部から自分達のISを事も無げに操作したことが信じられずに問いかけたラウラに、千冬は少しだけ得意気な表情で説明する。

 

「コアに働きかけて一部機能を凍結させてもらった。スカイ・クラウン持ちの特権というやつだ」

「「!?」」

「お前達はそこで見ていろ。後は私がなんとかする」

「千冬姉ッ!!」

「教官ッ!!」

 

 ISの自重によって身動き一つ取れなくなった二人に背を向け、今度こそ戦いを挑もうとする千冬であったが、そんな彼女の態度を他の教え子達も黙ってみている訳にはいかないと、制止の言葉が飛び出る。

 

「千冬さんっ!! 貴方は何を考えている!?」

「先生が無茶をすることなんて、誰も望んでないんですよ!?」

「箒、デュノア………」

 

 幼馴染の妹と、弟子の幼馴染が揃って自分の行動を間違いだと言ってくる。

 

「一夏の気持ちも考えてあげてよっ!! 貴方はたった一人の家族なのにっ!?」

「まだ私達は貴方から沢山の事を学びたいんです織斑先生ッ!? だからっ!!」

 

 そして痛む身体を引きずってやってきた鈴とセシリアの姿を目の当たりにし、彼女は心の底から湧き上がる暖かな気持ちでいっぱいになり、思わず瞳が潤んでしまうのを見せないように静かに瞳を閉じて自嘲するのだった。

 

「(本当に私ときたら………こんなにも沢山のものに囲まれながら、今までそれに気がつかないとは)」

 

 これからの行動はきっと自分の我侭。

 だけどそれとちゃんと向き合わない限り、自分は永遠にこの大切な物と心から向き合うことができないでいてしまう。

 だからこそ、これを最後の我侭にすると心に誓いながら、教え子達に背を向け、一言だけ彼女達に残していく。

 

「ありがとう。本当にありがとう」

 

 謝罪などではない。心の底からの感謝の言葉が自然と漏れた。こんなときになってしか言えない自分のあり方に、本当に自分は不器用だな可笑しくなってしまう千冬。

 そしてその場から飛び立とうとする千冬の背中に、最後の彼が弱りきった怒鳴り声をぶつけてくる。

 

「ふ………ざけんな、クソババァっ!!」

 

 驚いて振り返ってしまう千冬の目に、シャルの肩に掴まりながらも、今すぐにでも意識を失って倒れてしまいそうな陽太が、それでもギラギラとした怒りを漲らせてた瞳で彼女を見つめてくる。

 

「………陽太」

「『陽太』じゃねぇよっ! 死にかけ五秒前の分際で……グッ!!」

「動かないでヨウタッ!?」

 

 だが重傷人という意味では陽太も似たようなものであり、少し動くだけで激痛が全身に走るようで、シャルがそんな陽太を心配そうに覗き込む。

 

「テ、テメェは下がって塩味コーヒーでも飲んでろ! 俺がここから大逆転劇を見せてやるよ!」

「そんな身体で何を言ってるの!? 私が代わりに戦うから!」

 

 完膚なきまで叩きのされても、なお失わぬ闘志を見せる陽太と、そんな彼を一人戦わせられないと叫ぶシャルの両者を見つめていた千冬は、静かに彼らに語りかける。

 

「陽太………お前のその負けん気と、それに見合ったセンスと実力は本物だ。それが皆の希望になる」

「!?」

「デュノア………陽太を真っ直ぐに信じる想い、どうか絶やさずにずっと大切にしてやってくれ」

「織斑先生?」

 

 突然の言葉に驚く二人から、彼女の視線は他の教え子達にも向けられる。

 

「オルコット………より高い品位を自ら保とうするからこその気位だ。今のお前ならば理解できるはずだ」

「!?」

「箒………小さな枠に自分を押し込めようとはするなよ。お前ならばその枠をいくらでも大きく広げることができるはずだ」

「………千冬さん」

「鈴音………土壇場で誰よりも冴えた行動ができるお前はチームの要だ。自信を持っていけ」

「………わ、わかってます」

「ラウラ………お前の家族になることはできなかったが、今のお前にはそれに匹敵する仲間がいる。もう一人じゃないんだ」

「………教官」

 

 今まで見せたことがないほどの優しい視線で教え子達に伝えたかったことを簡潔にだけ伝えていく中、彼女は最後の一人を真っ直ぐに見つめると、彼の名前を呼ぶ。

 

「………一夏」

「千冬姉!!」

 

 必死に自分の名を呼ぶ弟の存在に、彼女の心は優しく揺さぶられる。

 

「お前には沢山の事をもっと伝えたかった」

「なんだよっ!? これから伝えてくれたらいいだろうが!!」

「まったく、私はこんなときになってしか自分の正直な気持ちに気がつけないんだな」

「千冬姉ッ!! 止めろよ! そんな言葉、俺は聞きたくない!!」

 

 動かない身体で必死に首を横に振って彼女の言葉を遮ろうとするが、そんな一夏に千冬は慈愛に満ちた眼差しと口調で話を続けた。

 

「お前のことだ、私の後を継ごうなどと考えているんだろう?」

「!?」

 

 思わず見抜かれていた一夏の考えを、彼女は首を横に振って否定する。 

 

「やめておけ。私の後など継いでもろくなことにならない」

 

 一夏は自分の後を継いでなどもらっては困る。なぜなら自分が愛するこの弟には、自分など遥かに超えてもらわないといけないのだ。そして一夏ならばきっと超えて行ってくれる。

 

 子供はいつか大人を超えていくものなのだから………。

 

「お前の目指す場所は私の後ろになどにはない。その遥か先にあるはずだ」

「千冬姉、俺はッ!!」

 

 自分の後ろをいつもついて歩いていた弟の、頼もしくなった背中をいつか見てみたいと思いながらも、ついぞそれはかなわかったことに少しだけの未練を感じながらも、彼女は………別れの言葉を置いていく。

 

「ありがとう一夏、お前の姉であれて私は幸せだった………本当にありがとう」

 

 それだけは伝えたかった。

 これだけは残しておきたかった。

 お前の姉であれたことが、どれほどの救いになっていたかを、愛する弟にはしっかり伝えておきたかったのだ。千冬は………。

 

「そしてお前達も、最後まで我侭な私に付き合ってくれて、本当にありがとう」

 

 教え子達にも同じく感謝の言葉を残すと、彼女は二度と振り返らぬという決意を持って前を向く。

 

「お前達は決して一人になるな。そして誰かとの絆を決して捨てるな!」

 

 自分達のように、絆を捨てて、代わりに剣を持って殺し合いをするような生き方を決して選ばないでほしい。

 

 そんな切なる願いを最後の言葉に残し、彼女はその場を飛びたつ。

 

「千冬さんっ!!!」

「織斑先生ッ!!!」

「いくなっ!!!」

「教官っ!!!」

「先生ぃっ!!!」

「駄目ぇっ!!!」

 

「千冬姉ぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

 

 愛する者達の声を背に受けながら、彼女は刀を下段に構えながらの突撃をする中、途中でマドカの方をちらりと見る。

 

「(大丈夫、お前と一夏はきっといい家族になれる)」

「!?」

 

 千冬の声にならない言葉を一瞬だけ交差させた瞳で受け取り動揺するマドカの目の前で、白と黒のISが己の獲物を激突させあう。

 

 ―――下段からの白刃の斬り上げの一撃を受け止める黒の刃―――

 

 お互い、今の攻撃が直撃しないという確信があったため、微塵の動揺もなく鍔迫り合いを行う両者。だが最初に口火を切ったのは、やはり目の前の織斑千冬そのものにはらわたが煮えくり返っている暴龍帝であった。

 

「教え子達に助力を頼まないとは………本当に一人で戦うつもりか?」

「無論だ」

 

 刃を返し、反転しながら今度は側面から斬り掛かる千冬と、その斬撃を斬艦刀の柄で受け止めたリキュールは、なお瞳を合わせずに彼女に問いかけ続ける。

 

「貴様、よもや間に合わせに改造したISと、その薬漬けになっている身体で、私に勝てるなど抜かすつもりではないだろうな!?」

 

 黒いISの全身から凄まじい殺気が放たれ、両者の戦いを見ている教え子達と部下達双方に、とてつもない重圧と化してそれが襲い掛かってくる。

 そしてその強烈な殺気をもっとも近くで受けた千冬はというと、ケロリとした表情と言葉で言い放つ。

 

「勝てるさ。10年前、私はお前に勝っただろう?」

 

 自信満々とした表情でその言葉を言い放った瞬間、アリーナの内部を凄まじい電圧の雷光が迸り、彼女が如何にその言葉に対して酷い憤りを感じたのかを物語る。

 

「………過去の栄光とやらにしがみ付いて、研鑽することなく朽ちた人間らしい物言いだな」

 

 10年の間、自分がどれほどの進歩をしたのか、そして目の前の女がいかほどに堕落したのか、それすらもわからなくなっているのかと、彼女の握り締めた斬艦刀からミシミシと音が鳴り始めた。

 だがそんな怒りに一人燃えるリキュールを前に、なおも千冬はまっすぐな瞳で訴える。

 

「今の私を突き動かしているのは、過去の宿業だけではない!」

 

 ―――長刀を逆手に持ち替え、ゆっくりと前に出しながら半歩足を前に出す―――

 

「その宿業が、『未来』を潰す事をなんとしても食い止めたいだけだ!」

 

 静かに、千冬の周囲だけがまるで風が避け、まったく小波が起こっていない海面のように穏やかな気配………『静』の剣気が広がっていく。

 

「過去の宿業………なるほど、確かに言い得て妙だな」

 

 ―――斬艦刀を左手に持ち替え、深く腰を落とすと、右手を前に突き出しながら刀を地面と水平にして構える―――

 

「では私も決着をつけるとしよう……………退かぬと言うなら、この場で飛沫にしてくれる!!」

 

 荒々しく、リキュールを中心に台風のように吹き上がった『動』の闘気が、彼女を中心にアリーナ全域を支配していく。

 

「………『梅花』ッ!!」

「………『桜花』ッ!!」

 

 互いに似た名を持つ技を口にする両者………そしてその名を聞いた瞬間、箒が叫ぶ。

 

「『梅花』に………『桜花』だと!? それは篠ノ之流の!!」

 

 彼女が信じられない物を見ているかのように驚愕した表情を浮かべる中、両者は睨み合いながら、互いの今のあり方を糾弾した。

 

「この世から消え失せろ千冬!! 弱く成り果てた惰弱な貴様など、存在させておくことすら不愉快だ!!」

「………不愉快なのは、こちらも同じだ」

 

 彼女の瞳が、まっすぐに目の前の友を捉え、そしてどうしても許せない、唯一つの事実を口にする。

 

「………『アレキサンドラ・リキュール』」

「!?」

「何故名乗った、その名をッ!?」

 

 彼女が名乗るその名の意味を誰よりも理解している千冬だからこそ、決して看過するわけにはいかない。

 

「何故? 決まっている」

 

 そして千冬がその意味を理解していることを理解していたリキュールは、さも当然だと言わんばかりに言い放った。

 

「それが最強の名だ! 『アレキサンドラ・リキュール』こそが、最強なのだ! 私はそれを証明する!!」

 

 最強の証明………組織が目指す理想郷も、そこに存在するすべての人間も、その為のものでしかない。揺るがぬ意思が言葉となって千冬にぶつかり、彼女をさらに険しい表情にして、訴えさせた。

 

 

 

「……………アリア」

「!?」

 

 聞きなれない名を聞いて、二人を除く全員が首を傾げる中、千冬が険しいものから一変し、今にも泣き出しそうな表情で言葉を発する。

 

「………な」

「アリア………お前は『アリア・ウィル』だ」

「………するな」

「アリア………如何に『アレキサンドラ・リキュール』を名乗っても、お前は『アリア・ウィル』なんだ」

 

 千冬の片目から流れ落ちた一筋の涙を見た時、誰にも見せたことのないほどの憤激を暴龍帝が見せたのだった。

 

 

「お前が………どれほど『アレキサンドラ・リキュール』を名乗っても、もう先生はいない………お前が先生の名を名乗っても、先生は生き返らないんだアr……」

「二度と、その名を口にするなぁッ!!!」

 

 重なる悲哀と憤怒………そして互いがまるでそう決まっていたかのように、運命は二人を否応無しにも戦いの火蓋を切ってみさせる。

 

 

 

 

「もうこの世のどこにもいないんだ………私たちの先生、アレキサンドラ・リキュールは…」

 

 

 

 

 

 







という訳で、

親方様の本名は『アリア・ウィル』
彼女達の先生の名前こそが『アレキサンドラ・リキュール』

ということが判明した太陽の翼


これからの物語は、『アレキサンドラ・リキュール』という名前が一つのキーワードとなります。


彼女は何者なのか? 千冬さん、束さん、親方様とはいつ出会い、そしてなぜ死んだのか?

次回、その一端が語られ、そしてそれが物語の根幹を紐解く鍵の一つになります。



『英雄』………決して世間に語られることがなかった真実とは?




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

逃がさぬ『真実』 逃れられない『運命』

と、ついに語られる太陽の翼の根幹を成す話の一端

その時、三人の少女達はいったい何を見たのか?



では、お楽しみください


 

 

 

 

「塵芥と成れ! 千冬(過去)よッ!!」

 

 その切っ先に荒ぶる殺意を乗せ、リキュールの刃が千冬に向けて放たれた。

 

「『桜花』ッ!!」

 

 足元から発生させたエネルギーを、脚、腰、胴、腕、そして、刃に込め、全身を一つの刃そのものとすることで、触れただけで瞬時に相手を破砕させるとある剣術の『攻め』の奥義を、ISを纏った状態で放ち、地面を引き裂きながら超速の砲弾のように千冬に向かっていく。

 

「………『梅花』」

 

 対して、逆手に持ち替えた長刀をゆっくりと引き上げた千冬は、目の前に迫る死の疾風を前に、臆することなく静かに瞳を開くと、眼前にまで迫った『死』に毅然と一歩前に踏み出す。

 

 ―――交差した黒と白―――

 

「!!」

「…………」

 

 ―――そして、貫いたはずの千冬に接触することなく『透り』抜けたリキュール―――

 

「!?」

 

 その場にいる全員が、何が起こったのか理解することが出来なかったのは無理もない話かもしれない。

 なんせ超高速で動く物体に接触して、なす術もなく空中に放り出された千冬の姿を想像していただけに、なぜ彼女が何の動きもなく通り抜けることが出来たのか、理解できなかったからだ。

 

「(感知できないぐらいの超高速で動いたのか!?)」

「(違うッ!! 速さの類じゃない!?)」

 

 リキュールと千冬に次ぐIS操縦者としての技量を有する陽太とジークを持ってしても、千冬が何をしたのか検討もつかず、目を白黒としながら彼女の様子を注意深く観察し続ける。

 

 だが、皆が驚愕する中でも、一人動揺することもない人物がいた。

 

「ふんっ!」

 

 千冬が何を行ったのかおおよその見当をつけながらも、だからどうしたといわんばかりに、地面を砕きながら疾走しつつ、リキュールは180度反転しながら再び桜花の構えを取り、最初に放ったモノよりも速い一撃を繰り出す。

 距離が縮まり、再び交差する両者………。

 

「……………」

 

 ―――アリーナの障壁にヒビを入れるほどの剣圧が千冬を擦り抜けていく―――

 

 またしても通り抜けたリキュールは、今のまま撃ち合いをしてもラチがあかないと判断し、桜花の構えを解くと、肩に斬艦刀を背負いながら振り返り、不機嫌そうに指差しながら千冬に問いただした。

 

「間合いの取り方は上手くなったが………なぜ反撃しない?」

「……………」

「だんまりは止めろ。『梅花』とは、本来相手の攻撃を最小限で回避しながら攻撃を決める受け技の奥義だろうが?」

 

 全身の力を一転の『内側』に集中して超攻撃型の突きを放つ『桜花』と対を成す、相手のあらゆる攻撃を『外側』に受け流しつつ、隙を突いて反撃を叩き込む『梅花』の本来の使い方をしない千冬に苛立ちが募ったリキュールに、千冬は静かに語ってみせる。

 

「……………私は、お前を殺したくはない」

 

 次の瞬間、アリーナの空気が深海のような重さと化し、全員に襲い掛かる。

 

「まさか………私をいつでも殺せる、とでも言うつもりじゃないだろうな?」

 

 10年前、確かに彼女達二人は、『もう一人』の親友を立会人に、ISを用いて殺し合いをした事は事実。

 そしてその勝敗の結果は、両者生存こそしてはいるが、目の前の千冬が紙一重の勝利をモノにした事も事実。

 その二つのことについて異議を挟み込むほど、リキュールは往生際が悪い人間ではない。

 

「だがな………それはあくまでも10年前の話だ。今、私とお前が本気でやりあっても、結果が同じになると、本気で考えているわけではあるまい?」

 

 現在の彼我の実力差が手合わせしても判断がつかないほど『鈍い』相手ではないだろうと、最低限とはいえ千冬にそれだけの能力があることがわかっているだけに、リキュールの苛立ちは募るばかりだった。

 

「………いや、お前は私よりも強い」

 

 しかし、はっきりと告げる千冬の口調に、全員が驚愕する。

 

「今の私ではお前に万に一つの勝ち目はないだろう。おそらく………身体のことを抜きにしてもだ」

「それだけのことがわかっていながら、貴様はなぜノコノコと私の前に姿を現した?」

 

 この時、リキュールは静かに瞳を閉じていた。彼女が次になんと自分に言ってくるのか理解しながらも、決して認められないから。

 

 彼女(コイツ)はきっと、今も諦めずに同じことを言ってくるから…………だからこそ、その全てを自分は否定しないといけない。

 

「お前は私の親友だ。だからこそ、私はお前を止めなければならない」

 

 はっきりとした意思を宿した瞳でそう言い放った千冬と、無言でその言葉を受け止めたリキュール。しばしの沈黙が二人の間に流れた後、静かに暴龍帝はその刃を、切っ先を、目の前の『宿敵』へと差し向ける。

 

「……………トニトルイ」

 

 ―――刀身に纏わり着いていた黒雷が六つの雷球と化す―――

 

「やばいっ!! 回避しろ、千冬さん!?」

「!?」

 

 二人の戦いを見ていた陽太の叫び声に反射的に反応したのか、操縦者としての卓越した危険感知能力がそうさせたのか、はたまたその両方か、千冬はスラスターを全開にして飛び上がり、そんな彼女を追いかけるように雷球も空中を疾走する。

 

「ちっ!!」

 

 だが、空中を高速で飛び回る千冬よりも雷球の速度の方が速く、一つ目の雷球が彼女に突っ込んでくる。

 

「危ないっ!!」

 

 見てられないというように一夏が叫ぶが、千冬は雷球の突撃をバレルロールして回避し、ほかの五つの雷球の動きに注意を払う。

 千冬のすぐ後方で踊るように飛来していた残り五つの雷球の四つが、突如として彼女の周囲を併走し始める。

 

「?」

 

 何が狙いだ? 千冬の視線がリキュールへと注がれる中、彼女はそんな千冬の方を見向きもせず、左手を前に掲げると同時に………。

 

 ―――左手を前に掲げる―――

 

 その仕草を見た瞬間、千冬が己の周囲にある雷球の意味を理解し、同時に急停止し、身を固めながるように刀を楯にした。

 

 千冬の周囲にある四つの雷球と、先攻した雷球と取り残された雷球がフィールドを展開して、彼女を雷撃の檻に閉じ込める。

 

「…………フェラカーロスッ!」

 

 ―――拳を握り締めると同時に起こった、フィールド内部での雷撃による爆撃―――

 

「!!」

 

 激しいスパークが起こり、フィールドが解かれることで巻き上がった粉塵の中から、ゆっくりと落下してくる千冬の姿を見た、一夏、マドカ、陽太、ラウラの表情が引き攣り、絶叫させた。

 

「千冬姉ぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

「織斑千冬ぅぅぅぅぅっ!!!」

「教官っっっ!!!」

「このクソアマァァァァァァっ!!」

 

 必死に駆け出そうとする一夏とラウラ、ジークに肩を持たれて動けないマドカ、そしてボロボロな身体を引きずってでも、リキュールに殴りかかろうとする陽太。

 

「陽太ッ!」

「?」

 

 だが、そんな陽太の肩を掴んだのは、何かを考え付いた箒であった。

 

「時間がない! 待機状態のISを貸せ!」

「!?」

 

 彼女の声にせかされるように、陽太は言われるがままにひびが入ったブレイズブレードを手渡し、箒はそれを手に掴むと、小さく光る程度の紅い光で覆い尽くしたのだった。

 

 一方、若者達の声を背に受けながら、ゆっくりと地上に向かって落下した千冬だったが、そんな彼女を寸でのところで受け止めたのは、撃墜した当人だった。

 

「……………くっ」

「………気は済んだか千冬?」

 

 地面に落ちる寸前、左手で彼女を受け止めたリキュールは、僅かに意識が千冬に残っていることを確認すると、いきなり手を離して乱暴に地面に置くと、ダメージによってうまく動けない千冬に対して静かに勧告する。

 

「所詮、今のお前はこれが限度だ」

「わ、わたしは………」

「最後だ。早く失せろ」

 

 若干、暴龍帝らしくない数度に渡る撤退を言い渡す言葉であったが、千冬は返事をする代わりにリキュールの脚を掴むと、必死に何かを訴えるような瞳で彼女を見上げるのだった。

 

「…………」

 

 自分を見上げる千冬の瞳が訴えてくるその想いと言葉………それは10年前となんら変わらないものであることが、今のリキュールには腹立たしくて仕方がなかったのだった。 

 

「あの日と同じだな………この10年、お前は何一つ学ぼうとしなかったのか?」

「……ア………リア」

 

 その名を千冬が口にした瞬間、彼女の腹部を蹴り上げ、遥か上空まで吹き飛びかけた身体をすばやく首を掴み、留まる事を知らない怒りを必死に抑えたような声で話す。

 

「ケホッ!」

「もう一度だけ言ってやろう………その名を二度と口にするな!」

 

 自分が捨てた名。もう二度と誰にも言われることはなかったはずの名。

 

「良い事を教えてやろう………お前が口にする、かつてその名で呼ばれていた者は、10年前にすでに死んだ。今、貴様の目の前にいるのは『アレキサンドラ・リキュール』だ」

「ふ………ざけるな」

 

 その名が持つ意味を、自分よりも理解していたはずの人間が、なぜよりにもよってその名を名乗りながら、名を汚すような行為をするというのだろうか?

 理解できない苛立ちが、言葉を荒立たせる。

 

「ふざけるなっ! ふざけるなっ!! 先生の名を名乗っておきながら、お前が今、していたことは一体なんだというのだ?」

「………していたことが、だと?」

 

 何を言っているのか判らないな、と言わんばかりに首を傾げる親友に、今度は千冬の怒りがヒートアップする。

 

「力で誰かをねじ伏せ、自分の思想に染め上げる!! 先生がもっとも忌避し、忌み嫌っていたことだろうが!! 貴様がそれを忘れたというのか!?」

 

 絶対に間違っている。お前のやっていたことは間違っている。こんなことをするなんて、お前らしくない。

 自分の親友だったはず者の行動は、絶対に演技か何かだと思いたかった千冬だったが、リキュール(アリア)はその全てを否定するかのように、首を絞めていた握力を強める。

 

「カッ………ハッ!!」

「千冬姉ッ!!」

 

 千冬の表情が歪むのを見た一夏の悲痛な叫び声を背に受けたリキュール(アリア)は、自分の手の中で苦しむ千冬に、とある単語を口にした。

 

「……………五反田食堂」

「!?」

 

 その単語を聞いた瞬間、大きく目を見開いた千冬が咄嗟に視線を外して顔を背ける。そしてリキュール(アリア)は、自分のISの頭部装甲を解除し、素顔を外にさらけ出すと、刀を地面に突き刺し、右手で千冬の顔を無理やり正面に向けさせながら話を続けた。

 

「視線を外すな、大事な話だ」

「わ、わたしは………」

「逃げたな?」

 

 千冬の身体が怯えたように動いたのが、リキュール(アリア)だけではなく、その場にいる全員が目の当たりにする。

 

「久々に大将に会いにいったんだが、アレはどういうことなのだ?」

「ア……レ?」

「とぼけるな。貴様、10年もありながら先生の死を大将に伝えていなかったな?」

 

 その言葉を聴いた瞬間、一夏の脳裏に、泣き崩れていた厳の姿がよぎり、そして彼女が何を話したのか理解する。

 

「(じゃあ、あの厳さんが言ってた先生って………千冬姉達の?)」

「一夏君は五反田のお子さん達と仲が良いそうだな………それで? 貴様は10年もそばにいながら、一番大事なことをひた隠しにし続けていたのか?」

「わ、私は………ただ」

「怖かったのだろう?」

 

 千冬の顔色が先ほどとは違う意味で悪くなる中、目の前の女傑はその瞳を真紅に輝く龍眼に変化させて、千冬の鼻先寸前まで顔を近づけながら、なお言葉で攻め立てる。

 

「恐ろしかったのだろう? 責められる事が、己の罪を問われることが、誰が殺したのだと言われることが?」

「ち、違うッ!! 私は!!」

「ならば一夏君に今この場で言ってみろ」

 

 

 

 ―――10年前、世界を変える引き金を誰が引いたのかを―――

 

 

 

「…………千冬姉?」

 

 一夏が何気なく呼んだその名を聞いた瞬間、千冬が今まで誰にも見せたことない表情で振り返る。

 

「…………一夏」

 

 そう、まるで恐怖に怯えきった少女が、助けを呼ぶかのような表情で一夏を見たのだ。

 

「フンッ。そらみろ」

 

 そしてその様子を見たリキュール(アリア)は、まるではき捨てるかのように千冬への糾弾を強める。 

「お前はいつも『それ』だ。覚悟もなく、度胸もなく、貫く意志を持たず、私の行動を否定しにかかる」

「………ち、がう……わ…たしは」

「違わん!! 貴様は自分が犯した罪から逃げたのだ! そしてこの下らん世界を10年も甘やかし続けてきた!」

 

 忘れない。

 10年前、『三人』の目の前で起こったことを。

 忘れていないからこそ、今の自分がここにあり、だからこそ、目の前の『千冬(コイツ)』だけは許しておくわけにはいかないのだ。

 

「私はお前の一切を否定する! お前のこの10年も!! あの人の決断もッ!! そしてこの世界そのものをッ!!」

 

 真紅の龍眼が、輝きを増し、怯える薄茶色の瞳を逃がさずに捕らえ、そして叫んだ。

 

「ゆえに、私がこの世界を変える!! この世界を正しい形に変えてくれる!! それこそ私のあるべき姿! そして………」

 

 

 

 

 ―――お前が殺した、『英雄』アレキサンドラ・リキュールが取るべき本当の道だったと!!―――

 

 

 

 

 

 ☆

 

「!!」

 

 瞬間、一夏の脳裏に白式を初めて展開した日の光景が、今度はより鮮明に流れ込んでくる。

 

 

 ―――「先生ッ!!」―――

 

 ―――今よりもずっと若い、今の一夏とちょうど同い年ぐらいの容姿をした千冬が、白銀に輝く全身装甲のISを纏いながら、泣き叫んで腕の中の女性に必死に問いかけ続ける―――

 

 ―――「これ………で、よかったの」―――

 

 ―――ライトグリーンの長い髪をした女性が、口から僅かな血を吐き出しながら、穏やかな表情で千冬に話しかけていた―――

 

 ―――「むし……ろ、貴女には………こんなに辛い想いをさせてしまったわね」―――

 

 ―――心臓の部分を貫いていたビームソードを持つ腕を、ゆっくりと握りながら、まるで彼女は痛みを感じていないかのように、静かに千冬の耳元で言葉をつむぐ―――

 

 ―――「束には、誰よりも深い知性が………アリアには、何よりも強い力が………そして千冬、貴女には正しい心が宿っている」―――

 

 ―――「こ……こ…ろ?」―――

 

 ―――「そう………時に迷っても、間違っても、後戻りしてしまっても、それでも前に進もうとすることができる、正しい心……『勇気』が」―――

 

 ―――涙を流す少女の頬に触れながら、慈しむように撫で続けた―――

 

 ―――「違うっ!! 私にはそんなものなんかない!! 正しい心は先生だ!! 先生は正しかったのに!!………何も、何も、間違ってなんかいなかったのに………私が、それを疑って」―――

 

 ―――「そう仕向けたのは私。だから貴女は何も悪くないわ」―――

 

 ―――女性の身体がビームソードが突き刺さった部分から少しづつ風化していく―――

 

 ―――「先生ッ!!」―――

 

 ―――「………千冬」―――

 

 ―――彼女が何かを囁く―――

 

 ―――「……………………………………て」―――

 

 ―――「えっ?」―――

 

 ―――とても小さな声で囁かれたその言葉をもう一度聴こうとした千冬だったが、身体がチリになっていくことは止まらず、瞳から輝きが失せていく―――

 

 ―――「先生ぃっ!?」―――

 

 ―――「千冬………………大好きよ」―――

 

 ―――愛おしむ者に、その言葉だけを残したかった彼女の身体が静かに、そして完全に塵となって、世界の中に溶け込んでいく―――

 

 

 

 

 ―――「いや………いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」――――

 

 

 

 ―――泣き叫ぶ千冬が、必死に塵になった『先生』の欠片を手で掴もうとするが、それすら叶わず宙を切る―――

 

 ―――「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 ―――泣き叫ぶ中で、千冬は気が付いた。自分を見つめる二つの人物―――

 

 

 

 

 ―――「あ、あ……ああああああああああああっ!!」―――

 

 ―――瞳孔をいっぱいに広げ、両手で血が出るほど頬を掴みながら絶叫する束と―――

 

 ―――「ち……ふ…………ゆぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!!!」

  

 ―――血塗れになりながら、自分の名を叫ぶアリアの姿に―――

 

 

 

 ☆

 

 

「!!」

 

 吐き気がするほどの圧倒的な情報量が頭の中に流れ込んでくる中、今見た映像が一夏の脳裏に焼きついて離れず、そしてあのリキュール(アリア)が言うことが真実であるということを物語っていた。

 

「今のは……?」

「一夏?」

 

 突然、一夏が大量の汗をかいて気を失いかけている様子を不審に思った箒が、彼に触れかけるが、そんな一夏に向かってリキュール(アリア)が何かに気がついたかのように問いかける。

 

「『白騎士』がいらんモノを見せたな」

「!?」

「フッ………オーナーが変わっても、千冬が未だに大切なようだな『白騎士』? それとも、千冬と一緒に犯した罪をお前も引きずっているとでも言うのか?」

 

 スカイ・クラウンに目覚めているリキュール(アリア)には、周囲にいるISが行っている行動をある程度把握することができる。さすがに全機能を停止させるようなことはできはしないが、直接触れることができれば、千冬同様にある程度の機能干渉を行うことが可能なのだ。

 そして一夏に過去の映像を見せたのが、最も初期に作られたISである白騎士であることを見抜いたリキュール(アリア)は、自分の言葉の正しさを一夏が目の当たりにしたのだと、思わず頬を歪ませて笑ってみせる。

 

「さっきからペチャペチャと………訳わからんことで千冬さん言葉攻めして楽しいのか、爆乳ッ!!」

 

 だがそんな中においても、一夏の、そして千冬の心が折れそうになるのを防ごうと、リキュール(アリア)に向かって、ボロボロの状態でもなお失わない闘志を宿した陽太が、言葉だけででも援護射撃しにかかる。

 

「おや、君ならば事情がわからなくても、察することができるだろう、陽太君?」

「何がだッ!?」

「決まっている………君が師だと思っていた女の実態はクソ以下だ。少なくとも、覚悟という意味では君の遥か足元にも及んでいない………判るだろう? これ以上君よりも劣る人間に仕えると、君自身のためにも・」

「わかんねーことだらけだ!」

 

 陽太が、声を張り上げて、この場にいる全員が思っているだろうことを代弁して口にする。

 

「てか、そもそも、お前らの『先生』ってなんなんだよ! とりあえず名前は爆乳と同じってこと以外、何にもわからんだろうが!!」

 

 陽太がそのことを聞いたのは、純粋な疑問を持っていたこと以上に、今は少しでも時間を稼いで、千冬を撤退させ、かつ自分の身体をいち早くでも回復させたいからだった。

 そしてそんな陽太の目論見を知ってか知らずか………いや、あえてわかった上で、彼女は千冬を掴む手を離すと、顎に手を置きながら、語り始める。

 

「そうさな………確かに君達は知らないのだろう」

「? 当たり前だ! そもそも千冬さんとお前とクソ束が同門だって事すら、最近知ったばっかりなんだぞ!!」

 

 それは初耳だと、微笑みながらリキュール(アリア)が、まるで紙芝居を幼い子供たち見せるかのように、語りだす。

 

「そうかそうか………なあに、結論を先に言うと、彼女は『敗者』だ」

 

 自分の師を真っ向から否定するかのような言葉に、折れかけていた千冬の心に火が灯るのを感じながら、リキュール(アリア)は話を続ける。

 

「時は半世紀以上前………最後の世界大戦が、終結した時、勝利を収めた連合側に一人の兵士がいた」

 

 ―――その兵士は、十代の少女でありながら、連合側に多大な戦果をもたらした兵士であり、その超人的な能力は多岐に渡っていたという―――

 

 ―――だが、少女は戦後の世界が、大国間の大規模武力衝突から、小国を用いた代理戦争に変わることを予期していた―――

 

 ―――そしてそれにより、大国の思惑により小国が終わることない戦火に見舞われ続けることを嘆いた少女はとある事を思いつく―――

 

「自分がそれを止めよう………そして彼女は、少数ながらの同志を集め、とある組織を設立したのだ」

「………まさかっ!?」

 

 暴龍帝の言葉に、その場にいた陽太達IS学園メンバーだけではなく、部下であるジークや竜騎兵達も息を呑む。

 

「そう、アレキサンドラ・リキュールを中心に『亡国機業(ファントム・タスク)』は、国家間の争いに影から介入し、戦火を最小限に止めるために生み出された」

「なっ!」

 

 むしろその言葉に、IS学園メンバーよりも、若手の亡国構成員達のほうが衝撃を受ける。

 

「教科書には載らない影の歴史という奴だ。今の亡国構成員も、それを知っているのは極小数だけ………」

「な、なんで………どうしてなんですか!?」

 

 だが、なぜ戦火を最小限に押し止めるための組織が、オーガコアを用いて世界中に火種を振りまく行為をするのか、理解できないシャルが、歴史を知るリキュール(アリア)に問いかけた。

 

「貴女の言葉は矛盾している!!」

「矛盾などしていない小娘………それはあくまでも発足当時の理念だ。今は、そんなもの欠片も残ってはいない………何故なら、組織としては『アレキサンドラ・リキュール』は忘れたい名前だそうだ。まあ、私が絶対に何があっても忘れささんが?」

 

 なぜ、組織発足の中心人物を、組織が忘れたがっているのだろうか? 全員がその疑問に首を傾げる名か、彼女は話を続けた。

 

「理由など簡単だ。『アレキサンドラ・リキュール』という名が怖いからだ。組織も、世界もな」

「怖い?」

「組織を発足させた『アレキサンドラ・リキュール』は、その理念の下に、あらゆる戦地の争いに介入し、その類まれなる能力で、多大な戦火を上げ続けた………そして戦場で彼女の姿を見ていたゲリラや、大国の軍人達は、そのカリスマ性に惹かれるように幾人と亡国に席を移し始め、気が付けば亡国機業(ファントム・タスク)は、大国に比類するほどの武力を、そして『アレキサンドラ・リキュール』の名は、『英雄』として世界中の軍の、そして下らぬ権力者(ブタ共)の中で、畏怖と敬意の象徴となっていた」

 

 ―――だが、組織が肥大化すると共に、『英雄』の名は別の意味を持ち始める―――

 

 ―――組織発足から数十年、多大な武力介入の結果、亡国は大国も恐れるほどの力を持つことになったが、しかし、本当に大国が恐れていたのは『英雄』の存在だった―――

 

 ―――如何に強大になろうと一組織はただの烏合の衆。世界が手を結び合えば簡単に潰せる―――

 

 ―――だが、『英雄』は違う―――

 

 ―――『英雄』はその圧倒的なカリスマ性により、世界中の軍隊の中にすら彼女の信望者作り出していたのだ―――

 

 ―――戦争介入の合間、大国と亡国との秘密協定などが結ばれてな………軍事支援や、演習なども請け負うようになったのだが、大国にしてみれば、亡国の甘い汁を啜ろうとしたのだが、とんだ大誤算だったのだろう―――

 

 ―――『英雄』が一声掛ければ、世界中の軍隊でクーデターが起き、世界は第三次世界大戦にまで発展しかねない―――

 

 ―――常軌を逸した戦闘能力と、そのカリスマ性の双方を併せ持った『英雄』は、ただそこに存在しているだけで、世界に影響を与えてしまうほどに、存在を膨れ上がらせたのだ―――

 

 

「……………」

 

 俄かに信じがたい話ではあった。

 まさか、ただの一人の人間が、世界を左右できる。

 そんな俄か話をすぐに信じることなど………。

 

「だが、先生は道を誤った」

 

 そう、彼女にしてみればそこまでよかったのだ。

 何よりも優れた存在が頂点にいる。そのことはリキュール(アリア)の理念そのものだから………。

 

「先生はとことん無欲だったのだ。組織の総帥の座を決める時すらも、その座に見向きもせず、現場の一管理職としてあり続けた………その行いが、あんなことにつながるとも知らずに」

「あんな………ことだと?」

 

 何が起こった? 陽太が恐る恐る問いかけると、それは彼もよく知るあるキーワードへと繋がっていたのだった。

 

「陽太君、ここからは君にもわかる事柄だ」

「?」

「さて問題だ諸君………10年前、世界はとある『事件』でその姿を大きく変えた………では、それは一体なんだったと思う?」

「事件………!?」

 

 

 ―――『白騎士事件』!!―――

 

 

 この場にいる全員がよく知るであろうその言葉に、リキュール(アリア)は満足そうに首を縦に振る。

 

「『日本を攻撃可能な各国のミサイル2341発。それらが一斉にハッキングされ、制御不能に陥り、突如現れた白銀のISが無力化し、その後も、各国が送り出した戦闘機207機、巡洋艦7隻、空母5隻、監視衛星8基を、一人の人命も奪うことなく破壊することによって、ISを「究極の機動兵器」として一世界中の人々に知らしめた』………こんなところかな?」

 

 ―――茶番のプロパガンタは?―――

 

 リキュール(アリア)が、両手を挙げ、思わせぶりな仕草をしながら、誰もが知るであろうことを『茶番』だと言い切ったのだ。

 

「知っているかい? よくできたプロパガンタとは、虚構の中に巧みに真実を織り混ぜ、そして肝心な部分を見えなくさせるものなのさ」

「………虚構?」

 

 一夏が額から滝のように汗を流しながら、呟いた。

 

「まさか………嘘な部分って!」

「そうだ………」

 

 そしてリキュール(アリア)は、自分のすぐそばで打ち崩れている千冬に、激しい敵意を秘めた瞳をぶつけながら、ある真実を告げる。

 

「茶番だよ! 一人の命も奪うことなく? ふざけるなよ世界ッ!! お前は一人の命を奪うために、下らん茶番を仕組んだんだろうが!!」

 

 全員がその言葉に凍りつき、そしてリキュール(アリア)は千冬の肩を掴んで無理やり起こすと、彼女に激怒しながら問いかけた。

 

「先生を殺すために、世界は結託し、お前はその手先として先生を殺しにいった!! それが茶番の真実だ!!」

 

 その強烈な敵意を込めた言葉にも、千冬は必死に首を横に振ったのだった。。

 

「違うッ! 私は………先生を止めに行こうと!」

「先生が、束からISのプロトタイプを取り上げ、自分が装着し、世界中の軍事基地に核砲弾を打ち込もうとしたっ!」

「!?」

 

 予想外の言葉に千冬が息を呑む。 

 

「下らん………世界がそんな世迷言を信じても、お前までそんなことを信じたというのか?」

「ち、ちがうんだ! 勘違いするなッ!! 先生は!!」

「ああ、先生はそんなこと終ぞ考えたこともないだろうな!! だが、あの時、第一次征伐を失敗した世界は、先生の反撃を恐れ、疑心暗鬼になり、世界中で混乱がおきかけていた!!」

「!?」

「それを止めるために、先生は自らこの茶番を考え付いた!! さしずめ演目の内容は『新たなる『英雄』白騎士・織斑千冬に討たれる、正気を失った元『英雄』魔王アレキサンドラ・リキュールに自らなる』というところかッ!?」

 

 彼女は一部の事柄を知らないがゆえに生じた誤解だ。そう信じていた千冬の顔色が見る見る青ざめて行くのを見たリキュール(アリア)は、そんな千冬を鼻で笑い飛ばす。

 

「誰よりも慕った先生を殺したのが親友のお前だったために、事実を知らない私が歪んだ………お涙頂戴のヒューマニズムが大好きなお前の妄想通りでなくて残念だったな、千冬?」

「………アリア、私はr」

 

 なおも食い下がってリキュール(アリア)と和解を道を模索する千冬だったが、不用意に忌み嫌う名を口にした彼女を暴龍帝は、瞬時に地面に叩き落すと同時に背中を踏みえつけながら吐き捨てるように言い放った。

 

「二度とその名を口にするなと言っておいたろう?」

「グッ………ガハッ!」

「私が胸に抱いたのは、絶望ではなく、『失望』だ………戦士の頂点を極めながら、弱者の都合のいい犬として生贄になることを自ら選んだ先生。そしてその跡を継ぐように、世界に都合のいい『英雄』として持ちはやされ、今やロクに戦うこともできずに生き恥を晒す貴様……」

 

 足に込める力を強めながら、その瞳には煮えたぎる様な、千冬への怒りと苛立ちに満ち溢れていた。

 

「ガッ!………ア……リ…」

「私に戦士としてのすべてを教え、生きるために戦えと教えておきながら、自分から死ぬ道を選んだ先生も……私を超える才能を持っていた貴様も!!」

 

 ―――手に届かぬ場所に行ってしまい、下らんものが溢れ返った世界に取り残された私―――

 

「五体満足ならば私と互角以上だったかもしれんというのに………弱者などにかまけおって!!」

 

 命を削りあう死闘を望みながら、それに見合う互角の技量を持つ者に恵まれない彼女にとって、今の千冬の姿は裏切り以外の何物でもないのだ。

 織斑千冬ならば、自分と互角に戦える。

 いや、ひょっとするなら自分よりも強いかもしれない。

 もしそうなら、なんという幸運か!

 自分が全身全霊を賭けて挑むに相応しい、自分よりも最強の者であってくれるかもしれない。

 

 だからこそ、こんな簡単に自分に捻られ、地面に這い蹲りながら情に訴えて自分を懐柔しようとしてくる千冬など、今のアレキサンドラ・リキュールには存在していることすらも憎悪に等しい嫌悪の感情しか持つことができないのだ。

 

「お前は私がなぜ先生の名を名乗るのか知りたがっていたな?」

 

 斬艦刀の切っ先を返し、今度こそ彼女の頭蓋を粉々にしようと狙いを定める。

 

「決別の為だ。古き『英雄』の名を、新しく『英雄(わたし)』の名として書き換えるためだよ………『アレキサンドラ・リキュール』とは最強の戦士であればいい! 弱者の都合のいい飼い犬などでは断じてなし!」

 

 切っ先に殺気が漲り、見下すリキュール(アリア)と見上げる千冬の瞳が交差した。

 

「陽太君と一夏君は私が責任を持って預かろう………今度こそ間違えん。最強の名を競うに相応しい戦士になるよう私が教育する。間違ってもお前のような中途半端な愚か者になどはせんよ………ではさようならだ、私の親友………私の愚かさの象徴!」

 

 そして先程までの敵意と殺気が嘘のように引き、それ以外の感情が入り混じった瞳で千冬を見下ろし、誰にも気取られぬよう、声を出さずに口元だけを僅かに動かして千冬に囁いた。

 

 

『お前も先生も、戦士をやるには優しすぎた』

 

 

 決別を誓った刃が、千冬に迫り、彼女の知覚領域はそれをゆっくりとしたスピードで捉えながら、諦めを受け入れるように静かに瞳を閉じる。

 

 

「……………」

 

 ―――所詮、先生の真似事しかできない私はここが限界だったか―――

 

 ―――一夏、やっぱり私は何もかも中途半端だったよ―――

 

 ―――姉としても、教師としても、ましてや英雄としては落第もいいところだ―――

 

 ―――世界を無理やり変化させ、師を助けることも、友を止めることもできず、私は自分が壊したものにすら背を向けていた―――

 

 ―――ISと関わり、間違った方向にいかないように見守ることが贖罪だとずっと考えていたの、世界は間違った方向へと進もうとしている―――

 

 ―――それを止めようと必死になって考えたことが、弟子達にすべてを押し付けてしまう事だなんて―――

 

 ―――アリア…………確かにお前の言うとおり、私は中途半端の塊のような人間だ―――

 

 迫る刃と、弟と弟子達が自分を呼ぶ声が聞こえてくる。

 

 ―――………だがなっ!―――

 

 彼女に迫る刃………だが、それを瞬時に首を捻って回避すると、反撃はおろか逃げる力すら残っていないと思い込んでいた暴龍帝の足元で、黄金の輝きを爆発させた。

 

「!?」

「だがっ!!」

 

 黄金の輝きが収まることなくヴォルテウス・ドラグーンを押し返し、千冬を再び起き上がらせると、彼女は咆哮を上げながら、果敢に斬りかかっていく。

 

「はあああああああああっっ!!」

「………千冬、お前」

 

 刀と刀の鍔迫り合いの中、どこにこれほどの力を残していたのかと疑う程の勢いで押してくる千冬の姿に、彼女はマスクの中で驚愕の表情を浮かべるのだった。

 

「だが………だが、私はっ!!」

「お前は、そうだったな…………そういう奴なんだ、お前は」

 

 千冬の在り方が『本当』に変わっていないことに、何処かホッとしたかのような声で話したリキュール(アリア)は、それがゆえに今の彼女がどういう心境なのか理解する。

 

「だからこそ、何も気がついていないのか………己自身のことすらも」

「うおおおおおおっ!……………!!」

 

 ―――ドクンッ!―――

 

 自分の中にあった『鼓動』が一際大きくなったかと思えば、全身から力が抜け、刀から勝手に手を離すと、倒れこむかのようにその額をリキュール(アリア)の胸に押し付けたまま、棒立ちとなってしまう。

 

「千冬姉!!」

「千冬さんっ!!」

 

 一夏と陽太の目にも、今の抵抗が正真正銘最後の力を振り絞ったもので、それが今突きかけようとしていること。

 それが千冬の命の炎が消えかけていることが手に取るように分かり、一夏は動かぬ身体を無理やり動かそうとし、陽太は待機状態のISを握り締めた箒の方を見て叫ぶ。

 

「動けよ、動いてくれよ白式ぃぃっ!!」

「まだかッ!!」

 

 『あと少しだ』という箒の声をうけた陽太が再び振り返り、生身でも助けに入ろうかと駆け出そうとする。

 

「……………」

 

 そして、胸に額をこすりつけ、荒い呼吸をしている千冬を見下ろしながら、リキュール(アリア)は哀れんだ声で彼女に話しかける。

 

「地面に這い蹲ろうとも、みっともないと言われようとも、お前は最後まで諦めんというのだな」

「あ………あ…」

「私が誤っていたようだ。お前はお前なりに貫こうと足掻いてたということか」

 

 弱々しい力で自分を殴ってくる千冬に、最早苛立ちも怒りも憎しみもわかず、ある意味『慈悲』としての一撃を繰り出そうと、彼女を手で突き放すと、足元がふらついてロクに立っている事もできない死にかけの千冬に、永遠の別れを告げる。

 

「これで本当に最後だ」

 

 ―――アリア………私は―――

 

「これで、無理に辛い現実を見る必要もない」

 

 ―――くそっ! まだだ、まだ駄目なんだ!!―――

 

 ―――わかってる、わかってる!! だけど!!―――

 

 ―――助けたいんだ! 守りたいんだ! これ以上何も失いたくないんだ!!―――

 

 ―――それだけは、本当なんだ! だから!!―――

 

「………さらばだ。千冬」

 

 ―――それでも………私は―――

 

 彼女が人間(ヒト)だった全てから決別しようと、渾身の一撃を振り下ろす。

 

 ―――間違っていたのかな?―――

 

 人生最後に考えた、彼女の自分を否定しようとした言葉。

 結局最後まで何もなすことなく閉じようとしている自分を、砕けようとした彼女の心を、繋ぎ止めたのは………。

 

「「間違ってなんかないッ!! 千冬姉(さん)ッ!!!」」

 

 暖かな、烈火と閃光だった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 千冬に斬りかかるリキュール(アリア)の刃を見つめながら、絶叫した一夏だったが、彼の意識が急激に白い光に襲われ、気がつくと、一夏を除く全ての存在がモノクロの灰色と化して動きが止まってしまう。

 

「これはっ!?」

 

 すでに三度目となるこの現象を、一夏は特に驚くことなく、むしろ瞬時に思考を切り替えて好都合だと思い、叫んだ。

 

「白騎士ッ!! 何処だよッ!!」

『私は………ここだ』

 

 そして名を呼ばれた『白い甲冑を纏った手に剣を携えた黒い髪の女性(IS)』は、一夏の背後から声をかけてきた。

 彼女………この世界でもっとも最初期に作られたISである『白騎士』に、一夏は堪えきれない怒りをぶつけた。

 

「ふざけんなっ!! どうして動いてくれないんだ!?」

『……………』

「お前は俺の味方じゃなかったのかよ!! それに千冬姉は最初のお前の操縦者(マスター)だったんだろ!? なんで助けるのに力を貸してくれないんだよ!!」

『……………』

「何とか言えよ! 白騎士!!」

 

 何も言い返してこない白騎士に、苛立ちを込めた言葉をぶつける一夏だったが、当の白騎士はというと視線を外したまま、黙秘を決め込むだけであった。

 

「白騎士ッ!!」

 

 だが、黙られたからと言って、ハイそうですかと引き下がる一夏でもない。意地でも白騎士には助力してもらおうと彼女に向かって語気を強めてしまうが、そんな一夏の叱責に耐え切れなくなったのか、白騎士は、涙を貯めた瞳で一夏を睨み、彼に反論してくる。

 

『私だって、助けていいものなら助けたいさ!!』

「だったら、なんでっ!!」

『だがこれ以上もう千冬が苦しむ姿を私は見たくない!! ただでさえ彼女は、君を守るために・』

「!?」

 

 白騎士が言い淀むのを一夏は見逃さなかった。

 

「俺を守るために………千冬姉はどうかしたのか?」

『ち、違うッ! 今のはっ!!』

「答えてくれ、白騎士っ!! 俺は全部知りたいんだ!!」

 

 一夏は、何も隠し事をしている千冬を責めたいのではない。

 今の一夏には千冬がなぜ自分にひた隠しにしないといけないことがあったのかを理解することができるだけの器量を持ち合わせている。

 

「千冬姉は、アレキサンドラ・リキュールって先生が本当に大好きだったんだよな」

『!!』

「俺………千冬姉があんなに泣いてる所見たことなかった」

 

 いつも自分を安心させる余裕の笑みか、自分を諭すために怒っているか、それとも鉄仮面のように無表情か、千冬の表情と言うものは基本この三つだけだった。

 それについて一夏は不満を今まで覚えたことはなかった。できるならもっとリラックスした表情を見てみたいなとは思うことは度々あったが………。

 

「千冬姉は、あんなに誰かの前で泣いたことなんてないはずなのに………俺、信用されてなかったんだな」

『!?』

「あの先生の前の方が、よっぽど千冬姉は心を開いてたんだろ?」

 

 自分の前で完璧な姉を演じようとしていた千冬が、相当無理をしていたのだと、まざまざと見せ付けられたような気がしたのだ。

 

「俺のこと、世界のこと、色々一人で背負い込まされちまって………誰にも何も言えずに」

『それは違う、一夏』

「だけどっ!!」

『違うよ………きっと千冬ならこういうハズだ』

 

 姉そっくりな外見をした女性は、己の無知を恥じる少年に優しく諭してくれた。

 

『全て自分で決めて引き受けた。誰に命令された訳でもなく………なにもかも、とな』

 

 自分に道を示してくれた恩師がそうしたように、と言葉を加えた白騎士は、改めて一夏の方を見る。

 

『彼女、アリア・ウィルが話していた事について、一つ加えられていない真実がある』

「えっ?」

『どうして千冬はアレキサンドラ・リキュールを殺さねばならなかったのか、ということだ』

 

 白騎士は一度だけ瞳を伏せると、何かを決意したかのように一夏を見て、それを告げてくれる。

 

「世界の平穏を守る………ためじゃないのか?」

『それはあくまでも世界側の建前でしかない。それとも千冬は建前で人を、恩師に刃を突き立てられる人間だと思っているのか?』

「そんなわけあるかよ!!」

 

 見損なうなよ! と若干怒り心頭な表情になる一夏を、暖かく微笑むのだった。

 

『そう………アレキサンドラ・リキュールは、予め時限式のタイマーで核攻撃を行う場所を選定していた………最初の砲撃の地は、日本の首都………東京』

「えっ?」

『………10年前、お前がいた街だ」

 

 一夏の表情がその言葉で一気に凍りつき、そして白騎士が何を言いたかったのか、あの時何故千冬が怯えた表情で自分を見たのか、理解し、顔を伏せながら呟いた。

 

「なんで………そんなこと…しないと………いけなかったんだよ?」

『………アリア・ウィルの言った通り、アレキサンドラ・リキュールは世界を平和に導こうとしていた。そしてその平和を乱す元凶が自分自身であると、自分が死んでも英雄としての名は残り、それが大きすぎる争いの火種になると理解していた』

「………だから?」

『討たれることを望んだ。滅ぼされることを望んだ。そして跡を継ぐ者達に全てを託し、汚名だけを背負って、何処にも名を残せない、犯罪者として永遠に責め続けられる道を選んだ』

「…………」

 

 一夏の瞳から涙が流れ、地面を打った時、白騎士はその手をゆっくりと一夏の頬に触れ、そして彼女もまた涙を流しながら、彼と瞳をあわせる。

 

『千冬が選ばれたのは、彼女が正しい道を選べるからだ………だがその正しいはずの道は、あまりに彼女に残酷だった。苦痛を与え、悲しみと孤独を背負わせる。しかし当時の彼女にはそこまでの強い意志はなく、だが世界は待ってはくれない。だから彼女(英雄)は「理由」を作ったのだ』

「………おれ……が…いたから……なのかよ?」

 

 最愛の姉が、最愛だったはずの恩師を殺した理由が自分だったと言うのかと問う一夏に、白騎士はゆっくりと首を横に振る。

 

『お前がいてくれたから、千冬は今まで生きてこれたんだ。お前の存在が、どれほど助けになっていたのか、私はちゃんと知っている』

 

 彼女は自分の涙をぬぐうと、改めて一夏に問いかけた。

 

『私が話せるのはこれだけだ。後はお前に全て任せる』

「………ああ!」

 

 そして自分の涙を拭った一夏は、今度こそはっきりと自分の意志を白騎士に伝える。

 

「俺は………俺は千冬姉を助けたい!」

 

 一夏が手を前に突き出し、力強く言葉を紡ぐ。

 

「白式!!………俺に力を貸せ!!」

「イエス! 私の誇り高き主(マイ・マスター)!」

 

 一夏の手を掴んだ白式が、激しく輝き、そして彼の世界は白い閃光で包まれるのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 白式のツインドライブが、まるで歓喜の声を上げるかのように唸りをあげて稼動し、同時に箒の手の中にあった紅い光が収まる。

 

「陽太ッ!!」

 

 放り投げられた待機状態のISを受け取ると同時に駆け出す陽太を追い抜き、一夏は雪片弐型を両手で持ちながら、ヴォルテウスの斬撃に自分から突っ込んで、斬艦刀と真っ向から鍔迫り合いを行ったのだった。

 

「うおおおおおおおおおおおっ!!」

「!!」

 

 一夏が千冬の呪縛を自分の意志で解き放った事と、ツインドライブの予想以上の威力に流石の暴龍帝も驚きが隠せないでいた。

 

「(まさか、この局面で成長してくるとは!?)」

 

 如何にISの性能が良かろうが、操縦者としても生物のポテンシャルも自分の方が遥かに上であるにも拘らず、一夏は真正面から自分の斬撃を受け止め、あろう事か押し返そうという勢いを見せてくる。

 

「よそ見すんなっ!!」

 

 そしてその場面でもう一人、全身重傷であるにも拘らず、箒によってシールドエネルギーが全快となってはいるが装甲がボロボロのブレイズブレードを身に纏った陽太が、ついに暴龍帝が見せた致命的な隙を突くかのように、懐に潜り込みながら、渾身の必殺技を直撃させた。

 

「はあああああああああっ!!」

 

 フルパワーのフェニックス・ファイブレードが、ヴォルテウスの装甲と激しく反発し合い、スパークと衝撃波が再びアリーナに起こる。

 

「一夏っ!!」

「陽太っ!!」

 

 そして互いの名を呼び合った二人が、目もあわせることなく、同じ言葉を叫んだ。

 

「「押し切れっ!!」」

 

 閃光の刃が龍の牙を大きく弾き返し、烈火の炎が無敵の装甲に僅かなヒビを入れながら、その巨体を大きく後方に押し返していく。

 

「「ハアアアアッ!!」」

 

 互いに、それだけ。倒すとか後に作戦を続けるとか、そんな意識もないまま、ただ我武者羅に自分の全力を振り絞る。

 

「くっ!!」

 

 そして、後方に押されながらも踏み止まり、改めて前方を見た『暴龍帝』アレキサンドラ・リキューリは、千冬の前に立って、彼女を守るように陣取る二人の若者を見ながら、不思議な気分を感じていた。

 

「(………懐かしい)」

 

 ふいに感じたその感情が何処からわきあがっているのか?

 その理由を考えていた彼女は、すぐに思い出し、そして誰にも悟られないように口元に僅かな笑みを作りながら、フラフラな千冬に問いかけた。

 

「……………千冬、返事はなくていい」

 

 言葉を発する余裕もないだろう親友に、彼女は確信を持って問いかける。

 

「この二人を、お前は先生が待ち望んでいた子供達だと、確信しているわけだな」

 

 自分達が最も敬愛した恩師が、昔してくれた話を思い出すリキュール(アリア)。

 

『今日は貴方達に質問があるわ』

 

 ―――自分と千冬を同時に相手をしながら、息一つ切らさずに優雅に立つ恩師は問いかけてきた―――

 

『仮に貴方達が100万の軍勢を相手にするとして、一番大事なものは何だと思う?』

 

 ―――打ち合い稽古の後、汗だくの私と千冬と、そして稽古をお菓子を食べながら見ていた束がそれぞれ答える―――

 

「100万の軍勢を凌駕する武力!」

「馬鹿が、そんなことにならない事前の交渉が大事なんだ。武術の奥義は戦わないことですよね、先生!」

「違うよ、ちーちゃん! 大事なのは核兵器なんかによる抑止力だよ! 交渉とかしたって人間は約束すぐに破るんだから」

 

 ―――そしていつも通り、自分達の持論をぶつけ合う三人を見ていた先生は、微笑みながらこう言った―――

 

『確かにそういうのも大事だと思うんだけどね………私はね、思うの』

 

『それが宿っている人は、きっと奇跡を起こすって』

 

『何故なら、その人は何度倒されてもきっと立ち上がってくる。そう、何度でも何度でも』

 

『海のように大きく、空のように清んだ『それ』を持っている人は、決して諦めず、どんな困難に直面しても、必ず超えてみせるって』

 

『だから、忘れないで………それは戦場だけじゃない。貴方達が生きていく上で、絶対に必要な物で、それがあれば、きっとどんな挫けそうなことでも乗り越えることができるわ』

 

 ―――そう、やさしく微笑んでいた先生は………最後に、『それ』の正体を教えてくれた―――

 

「………よかろう。ならばハッキリとさせようではないか」

 

 暴龍帝は、左手を地面に突き刺さったままの斬艦刀へと向ける。

 

「君達が、本当に『あの人(英雄)』の意志を継ぐ者だというなら、私と戦うのは必然だ」

 

 瞬時、地面から一人でに抜けた刀が宙を舞い、暴龍帝の左手に握られる。

 

「だが容易く超えられると思うなよ? 私という嵐は生温くない!」

 

 そしてついに、暴龍帝が二本の刀を両手に持ち、構えてその切っ先を陽太と一夏へと向けたのだった。

 

「風に折られて地面を這う翼になど興味もない! 次代を行くというなら、私(嵐)を超えてみろ!!」

 

 彼女の身体から発したプレッシャーが、今日一番の重さになるのを感じた陽太と一夏は、背中に大量の汗をかきながらも、お互いを見ながら問いかける。

 

「ビビッたなら別にいいぜ。下がってても」

「そっちのほうこそ! 全身アチコチ痛いんだろうから、カール先生に診ててもらえよ!」

 

 そして前を向き、陽太はフレイムソードを下段に構えながら、正直な気持ちを一夏に伝える。

 

「すまん。今の嘘だ………今はお前が必要だ」

「!!」

 

 その言葉、一夏がずっと待ち望んでいた言葉を、この瞬間、それも千冬を守るために陽太が言ってくれたことに、たまらないものがこみ上げきた一夏は、喜びの言葉を上げる前に、陽太の方に拳を突き出す。

 

「………へへっ」

「………勘違いするな、今回だけだぞ、アテにするのは!」

 

 そしてその意図を陽太が読んだのか、心底イヤイヤそうにしながらも、迷うことなく拳を音がなるほどに合わせ、陽太は自分のISにも話しかけた。

 

「(ブレイズ………奥の手使うぞ!)」

「(陽太っ!!………了解!!)」

 

 最早出し惜しみする場面ではない。自分の限りを尽くすことを決意した陽太は、己の正真正銘最後の『切り札』を使うことを決断した。

 

『単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)、極大烈火砲撃(ウルティマプラズマ)、スタンバイ!!』

 

 取るべき手段はそれしかないのだと理解していたのか、相棒(IS)も素直に従ってくれる。そんな中、陽太は一夏だけではなく、後ろにいる彼女たちにも声をかけたのだった。

 

「アテにするのは、皆もだ」

「「「「「!?」」」」」

 

 後方にいたシャル達にも陽太は声をかけ、彼女達の闘志を確かめた。

 

「任せて!」

「いつでもいけるぞ!」

「ドンと来なさい!!」

「狙い撃ちますわ!!」

「みなまで言うな!!」

 

 全員がまだ折れていない。まだ戦える。

 そのことを確信した陽太が、後ろにいる千冬にこう告げるのだった。

 

「よ~く見てろよ千冬さん………アンタが集めた俺達は、絶対に誰にも負けやしねぇーんだってな!!」

 

 力強い言葉を言い放つ陽太に、一夏に、シャル達を見ながら、アレキサンドラ・リキュールは、己が否定しようとする恩師『アレキサンドラ・リキュール』の言葉をハッキリと心の中で響かせたのだった。

 

 

 

『そう、どんな困難にも負けず、立ち上がる『勇気』を持っている人には、きっと奇跡が宿っている………そんな人が、きっと自分も世界も変えていくんだと私は思っているの』

 

 

 

 

 

 






英雄の名はアレキサンドラ・リキュール

亡国機業創設メンバーの中心人物であり、伝説的な兵士であり、存在自体が世界に影響を与えてしまう、それゆえの責任を一人で全うした稀有な人物

そして三人に多大な影響を与え、彼女達に本当に愛し慕われ、それゆえに三人の決別を決定付けてしまいます


親方様と千冬さん、親友であるがゆえに、お互いが「何でお前にそれがわからない!?」状態になってしまって、やっぱり話は平行線になってしまった今回。
でも最後になって、千冬さんが見つけた子供たちを見て、親方様はある意味『試す』気にはなってくれたようです


さてさて、次回はいよいよIS学園VS暴龍帝のファイナルラウンド!

火を噴くか、陽太の切り札! それすら凌ぐか、暴龍帝の二刀流(本気モード)!?

そして三人の中の最後の一人、篠ノ之束の動向は如何に!?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

極限への挑戦ッ!!

さあ、2014年度最後になっちゃった更新!

チームIS学園VS暴龍帝のファイナルラウンド、ついに決着です!!


 

 

 

 

 

「で、陽太君………つかぬ事を聞いておくが?」

 

 二刀の斬艦刀を逆十字に構えた暴龍帝が、目の前の少年に心の底から湧き上がる期待を隠さないで問いかける。

 

「私をどうやって追い詰め、敗走させてくれるというんだい?」

 

 そして問われた白い装甲を纏った少年が、千冬の肩を掴むと、小馬鹿にしたかのように言い放つ。

 

「まあまあそんなに盛んなよ爆乳………焦らすのも上級者の……技術の一つだっ!!」

 

 陽太は叫びながら千冬を掴み、その場から大きく跳躍しながら後方宙返りすると同時に、追撃しようとしたリキュールに向かって、ラウラが逆にカウンターの砲撃を叩き込むのだった。

 

「させるかっ!!」

 

 高密度荷電粒子ビームと95口径レールカノンを同時に放つハイブリッドキャノンの砲撃を真正面から受けたリキュールだったが、通常のISなら灰になりそうな威力を持ってしても、彼女の足を一瞬止めただけに止まってしまう。

 

「なにっ!?」

「温いっ!! この程度が対オーガコア用ISの性能かっ!?」

 

 高エネルギーのビームと大口径の弾丸を苦もなく弾き返す相手に驚愕するラウラだったが、他のメンバー達はそんな彼女をフォローするように行動を開始していた。

 

「貴方の相手は陽太だけじゃない!!」

 

 そう叫びながら素早く自分のISの特性である瞬間換装を行い、かつて陽太と戦ったときの重装備である、左右に一門づつ搭載された25mmパルスレーザーガトリング、30mm二連装ビームガン、両肩の8連装ミサイルポットと、脚部にも4連装ミサイルポットをフルバーストで放ち、猛烈な弾幕を張って彼女の動きを牽制する。

 

「(ダメージを与えられなくてもこれだけの弾幕なら足止めぐらい)」

「温い砲撃の次は、温いシャワーで歓迎とは……」

「!?」

 

 眼前の煙幕の中から伸びた手がシャルの胴を掴み上げた。

 

「私が風邪を引いたらどうしてくれる小娘?」

「くっ!?………だけど」

 

 掴みあげられ一瞬で引き千切られる危険もある状況で不敵に笑うシャルを見たリキュールは咄嗟に視線を周囲に向ける。

 

「おいきなさい! SBビット・アサルトモード!!」

 

 ヴォルテウスの周囲を取り囲んだセシリアのSBビット達が、一斉にビームを掃射し、彼女の視界を塞ぐと同時に横合いから更に突撃してきていた人物達の援護に一役買っていたのだ。

 

「どっせいっ!!」

 

 全方位のビーム攻撃を受け続けるヴォルテウスに、高機動モードの飛行形態で低空を突っ込んできた鈴が、変形と同時に勢いを殺さずに繰り出したキックでシャルを掴む手を弾き上げ、逆方向から一夏と箒が斬りかかったのだった。

 

「うおおおおおっ!!」

「はあああああっ!!」

 

 全力を振り絞った打ち下ろしの三刀と、刀を返した巨大な斬艦刀が激しい金属音を鳴り響かせながらぶつかり合い、その威力によってヴォルテウスの足元に亀裂が生じる。

 

「いいぞっ! もっともっと気合を入れてこい!!」

 

 怒りに狂っているだけでも、怯えて我武者羅に振り回してきたわけでもない。明らかに自分相手に『勝つ』という気合の入った攻撃に、芽生える喜びが隠し切れずに口から漏れてしまうのを必死に隠すように叫ぶ。

 

「(気合が入っているじゃないかッ!? いいぞ、実に良い事だ!)それでこそだッ!!」

「「ッ!?」」

 

 腰に装備したもう一本の斬艦刀を引き抜き、一夏と箒に向かって容赦なく振るってみせる。

 

「させないわよッ!!」

 

 食らえば即死確定の超威力の斬撃に、恐れることなく仲間を救うために突っ込んだのは双天牙月を両手に持った鈴であった。

 しかし、真正面から受けつつ威力を外に受け流そうという腹つもりだった鈴であったが、斬撃が自身の獲物に直撃した瞬間、考えの浅はかさを思い知ることになる。

 

「!?」

 

 一瞬で双天牙月の刀身に七割ほど食い込み、剣そのものにヒビが奔る。

 

「(やられる!?)」

「鈴さんッ!!」

 

 自身の死を瞬時にイメージした鈴であったが、背後から聞こえてきたセシリアの放った光弾は、彼女にまとわりつく死神の鎌の軌道を一瞬ではあったが友から遠ざけることに成功したのだった。

 ビットの展開を途中でオートに切り替えたセシリアが、すばやくリキュールの死角となる角度に滑り込むように低空飛行しつつ構えたアルテミスが放った一撃で、なんとか軌道を帰ることに成功したのである。超速で動く龍帝の刃を正確に射抜くいう神技に近い芸当をしても、彼女にそれを喜ぶ時間も与えてくれない。

 そしてセシリアのアシストによって若干スピードが鈍った剣閃を、何とか仰け反りながら回避した鈴と一夏と箒は、すぐさまバックステップで距離を取りつつ、一切の相手の動きを見逃さないよう全神経を集中して相手を観察し続ける。

 

「勘違いされがちだが、私は複数における連携を用いた攻撃を否定する気はないよ」

 

 そして単機において無敵と言っていい強さを発揮する暴龍帝ことアレキサンドラ・リキュールは、二つの巨大な刃を軽々と指で遊ばせ、ゆっくりと近寄りながら話しかけてくる。

 

「力が足りない者同士が連携を用いて、一の力を五にも十にもする。認めよう………そういう計算が成り立つのも戦場だ」

「………………」

「だが私という万をも超える力を持つ者に、その計算が果たしてどこまで通じるのか?」

 

 一にして万をも凌駕する、一騎当千という言葉の具現こそがISという兵器のあるべき姿であり、その理想系が自分である。という意味をこめた言葉。

 驕りでも過信でもない。断固とした意志と絶対的自負を宿す、亡国最強のISと操縦者相手に一夏は静かな怒りを腹に溜め込むが、そんな彼の背後から暴龍帝の言葉を笑い飛ばす男が、高らかと言い放った。

 

「そういう考えそのものが、驕り高ぶってんだよ!」

 

 予告無しのプラズマ火球がヴォルテウスの足元に着弾し、巨大な火柱を上げながら彼女の姿を覆い隠す。

 

「陽太ッ!!」

 

 一夏が振り返ると、上空からヴォルケーノを両手持ちしたブレイズブレードが、暴龍帝を見下ろしながら静かに地面に降り立ってくる。

 

「鈴ッ!!」

「!?」

 

 そして彼は降り立つと同時に鈴の方に振り返り、思わぬ事を言ってきたのだった。

 

「衝撃砲、アイツの顔面にぶち込むつもりで撃てッ!!」

「!? ちょ、そんなこと言っても、そんなまっすぐ撃ったぐらいで当たるとは」

「合わせろよッ!!」

 

 それだけ言うと、再び銃口ごと暴龍帝のほうを向いてしまう陽太。最初は何のことかわからなかった鈴だったが、仲間内において実はフィーリングの発想においてもっとも近い物を持っている陽太の考えをすぐさま理解し、意気揚々と龍咆の砲門を開く。

 

「了解よッ!!」

「撃てっ!!」

 

 陽太の言葉と同時に、ヴォルテウスがプラズマ火炎を切り裂いてその姿を現す。

 完全な不意打ちだったにも拘らず、その装甲には一切の傷が見受けられず、誰もがどうやってダメージを与えればいいのか見当もつかないでいたが、そんな中、陽太はある事を試すために、鈴の助力を願ったのだ。

 

 そして、姿を現したヴォルテウス目掛けて、鈴が衝撃砲を発射する。

 

「!!」

 

 不可視の砲弾が音速で放れる中、その弾道を完璧に読み切った陽太が鈴の衝撃砲と同時にヴォルケーノを発砲し、二種類の弾が同時に黒き龍に迫る。

 

「ぬっ!?」

 

 そしてその弾同士を装甲だけで受け止めようとしたリキュールだったが、彼女の感性が危険を告げ、それを彼女自身があっさりと受け入れたのだった。

 

 ―――自分の手前で、炸裂したプラズマ火球と衝撃砲が同化し、明らかに威力の増した『燃える炎のロケット弾』が迫る―――

 

「フンッ!!」

 

 刀を縦に構え、実に久しく感じる『ガード』するという行動した暴龍帝の手に、とてつもなく重たい『砲弾』の感触が伝わってくるのを感じ取り、すぐさま刃を回転させて砲弾を弾す。アリーナの障壁に走る威力と自分の手に感じ取った衝撃を見比べながら、陽太と鈴が即席で行ったコンビ攻撃を素直に賞賛する。

 

「思いつきの割には良い攻撃だった。威力、速度共に申し分ない」

「(効いてねぇーな)お褒めに預かりどうも」

「(ちっとも効いてやしない)お望みなら、いくらでもあげるわよ?」

 

 相手に自分達の攻撃が効いていないことに不満を覚える陽太と鈴だったが、その時、後方にいた一夏がヴォルテウスの動きを注意深く観察しながら、焦った表情で陽太に詰め寄ってくる。

 

「オイッ! 陽太っ!?」

「うっせぇっ!! 状況見ろ!?」

「それどころじゃねぇーだろうがっ!!」

 

 しつこく聞いてくる一夏の方に振り返った陽太だったが、そんな彼に一夏は本気の怒りを浮かべた形相で怒鳴り込む。

 

「アレ、どういうことだよ?」

 

 彼が指差した先………一時前線を退かされた千冬であったが、動けぬ彼女の身柄を預かっているのがあろうことか敵陣営に所属しているマドカであったことに一夏は憤激していたのだ。

 

「えっ? これっ? ど、どうすればっ? だ、大丈夫………なのか?」

「………くっ!」

 

 五感のほとんどが失われフラフラな状態の千冬と、彼女の体を支えながら突然の事態に対処しきれず、プチパニックを起こしながら思わず千冬に容態の確認を取るマドカ。

 だが、そんな両者を見比べながら、陽太はいたって冷静に一夏に言い放つ。

 

「何を怒ってる? この場合一番適任だろ?」

「状況考えて、敵に今の千冬姉を預けるとかどこが適任なんだよ!?」

「うっせぇっ!! あいつら手出しできないんだろうが!? そんであの馬鹿師匠はどっかに隠しても自力で出てくるに決まってる!! だったら監視してもらいながら戦闘の余波からも守ってもらえるアイツ等に面倒見させるのが一石二鳥だろうが!!」

 

 敵に味方を預けるというとんでもないことをしておきながら陽太には悪びれる様子がまったくない。つまりは本当に本心から彼女(マドカ)を信頼し、千冬を預けたのだ。

 

「妹になるんだろう? だったら兄妹のこと信頼してやれよ?」

「そ、それはそうだけどよ」

「今はそれどころじゃないだろ?」

 

 一夏の言葉尻が弱くなった所で、陽太は彼の視線を強制的に前だけに集中させる。

 

「ということで、レッツ作戦タイムだ。全員、いいか!?」

 

 強大無比を誇る暴龍帝を倒す秘策の伝達を、その場にいる全員に伝えながらも、陽太の視線だけはリキュールの方にだけ向けられていた。

 

「…………フフッ」

 

 そしてその視線を受けながら、彼女は悠長にも敵が作戦を立てる時間を与えるようにIS学園メンバーに斬り込むようなことは一切せず、彼らの様子を微笑ましげに見つめていたのだった。

 彼らが不意打ちしてくることは許容出来る。何故なら彼らは現状自分よりも戦力が劣るからだ。

 だが自分が彼らの隙をついて不意打ちを仕掛けるなど、暴龍帝としてのプライドが決して許さない。それにこうやって相手の動きを見ながら次に何を仕掛けてくるのかを待つ時間は、隠された真の名店にて極上のメニューを待つ時間に似ていて、彼女自身嫌いではないのだ。

 

「(さあ、私はいつでもいけるぞ。戦力と戦術と技術と闘志と運の限りを尽くして挑みに来い! 私の剣撃を掻い潜り、私すらも予想だにしない行動で、私の喉元に刃を突き立てろ! 追い詰め、死の間際に追い込め!!)」

 

 期待している。それは確信に近く、夢にまで見た瞬間かもしれない。

 10年前からずっと心焦がれた『あの日(死闘)の続き』を垣間見せてくれると。

 

「(互いの身を焦がし、共に生と死の一線を越えるぞッ!!)」

 

 隠すこともない笑みと闘気が、彼女を中心に空間を振るわせるほど荒れ狂い始め、嵐という言葉そのものの存在となりつつあったのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「本当に大丈夫なのか!?」

「だ……い…じょう…ぶ」

「嘘をつけっ!! 体温が異常に低下して、血の気が完全に失せているぞ!!」

 

 明らかに身体の異常を抱えている千冬を我を忘れて心配するマドカを見つめていたジークは、すでに彼女の中では織斑千冬が本当の姉になりつつあること、そして本心では姉の元に行きたがっているのではないのかという思いがかえま見えていた。

 

「(家族ね………)」

 

 だが目下彼の気を引いているのは、そんな相棒の行く末ではなく、絶対的な差を見せ付けられてなお戦う意志を折れさせていない二人の獲物の姿であった。

 

「(テメェ等が策を講じてどうにかなる相手じゃねぇーんだよ! 火鳥陽太、織斑一夏!!)」

 

 そもそもあのアレキサンドラ・リキュールが、身内での不協和音が絶えない亡国機業(ファントム・タスク)において、最高幹部の地位にまで登り詰め、かつ身勝手気ままな振る舞いが許されているのかを知っているだけに、二人がとっとと降伏でもしてくれて投降することを彼は密かに期待してたのだった。

 

「(強ぇ………ただ純粋に『強過ぎる』んだよ、その女は)」

 

 理屈ではない、理不尽すら感じることも許されないほどの『強さ』の結晶とも言える暴龍帝に挑もうなど、組織内でも最早無謀を通り越して勇敢とすらも捉えられていることを知っているジークにとって、なぜ二人があれほど強気でいられるのか不思議で仕方なかった。

 

「………死んだら全部終わりだろうが?」

 

 死ぬことを自らに許さぬ男は、命を賭けて挑むことをやめない二人の少年の背中に、苛立ちと自分自身ですら気がついてない小さな火の付いた『気持ち』を抱えたまま、その場から見つめ続けるのだった………。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「以上、質問疑問は聞かん」

「意義有りッ!!」

 

 陽太の説明を聞き終えたIS学園メンバーであったが、その内容の異様さに鈴がまずは『待った』をかける。

 

「時間ないんだよっ!!」

「アンタ、正気ッ!? その作戦内容じゃ一夏がッ!!」

 

 そう、作戦成功のキーであり、同時にもっとも危険な役回りをすることになるのがIS搭乗時間が最も短い素人操縦者の一夏であることに鈴は異議を唱えたのだ。見ればラウラやセシリア、箒やシャルも同様な意見を含めた視線を陽太に投げかける。

 対して陽太は真っ直ぐにこの作戦の成否を分ける男の瞳を見て問いかける。

 

「お前はどうなんだ、一夏?」

「……………」

 

 陽太の問いかけに、一瞬だけ瞳を閉じた一夏は………。

 

「ああ、異議はない! やろうぜっ!!」

 

 熱い決意を込めた言葉で答える。それを受けた陽太は、今まで決して使わなかったであろう言葉を口にする。

 

「大丈夫だ。お前なら出来る。俺が保証する」

「!!」

 

 普段なら絶対に口にしないであろう言葉を言い放ったためか、全員の視線が陽太に一瞬で集まる。物凄く微妙な面持ちで………。

 

「殴られ過ぎて正気を失ったか?」

「おかしい頭が本格的にイカれた?」

「打撲による意識の混濁ですか!?」

「簡易スキャンをするか、陽太?」

 

 箒達のサラッと毒が詰まった心配する言葉を受け、プルプルと身体を震わせながら『コイツ等、あの爆乳終わらせたら速攻でシメる』と憤る陽太を苦笑しながら見つめるシャルだったが、そんな陽太に気軽に肩を叩きながら談笑ができる一夏と怒りながらそれを振り払う幼馴染の姿を交互に見て、二人が本当に心から信じあえる友達になりかけているのだと、小さな暖かさとチクリと痛む気持ちを同時に感じ取るのだった。

 

「さて、話もまとまったようだね」

 

 今まで学園メンバーに手を出さず、事の成り行きを静観していたアレキサンドラ・リキュールが手首を軽くスナップさせながら話がまとまったことを感じ取り、戦闘を再開しようとしてくる。

 

「ああ、一応聞いておくが、負けるのが嫌なら別に帰ってもらっても結構なんだぜ? ただしISは置いて帰れ」

「それはキツいご冗談だ。君とその仲間達の全てかけた高級品(とっておき)、いただいて食さずに帰るなどという無作法、私には考えることすらできないよ」

 

 ただ倒したいだけなら作戦タイムを与える必要はなく、そもそも彼女の実力なら戦闘開始から三分もあれば余裕で終わらせることができていた。そして逃げたいのならワザワザ相手を待つ必要もない。

 

 両手に斬艦刀を携えた暴龍帝が心待ちにしているものはただ一つ………。

 

「(そして………私に見せろ!! 君達が『英雄(先生)』から託された、未知なる可能性というやつをッ!!)」

 

 自分が決めた現在が正しいのか?

 それとも、やはり千冬に託された遺志こそが正しいのか?

 

 是非とも、見極めねばならない。自分があの人を超えたのか、それとも未だに彼女の掌の上にいるだけの矮小な存在であるというのか?

 これは彼らの試練であると同時に、このアレキサンドラ・リキュールの試練でもあるということなのだと、彼女自身が強く感じていたのだ。

 

「さあ」

「じゃあ」

 

 獲物を握る手に力が篭り、瞳の色が変わる。両陣営の間にぶつかる闘気の勢いが増し、黒き龍帝と炎の不死鳥、両者が高らかと叫ぶ。

 

「来いっ!!」

「いくぜっ!!」

 

 大地を砕いて最初に突撃したのは陽太と鈴の二人だった。

 

「だっせいっ!」

「どっせいっ!!」

 

 両者似た珍妙な叫び声を上げ、プラスマ火球と衝撃砲の連続発射し、空中で合体させての攻撃を仕掛けてくる。

 

「二度も同じ手とは温いぞっ!? 陽太君ッ!!」

 

 対して暴龍帝は、刃を返し両手に携えた斬艦刀を高速で振るって、全ての火球を弾き返していく。

 

「(予測してたとはいえっ!?)」

「(これじゃあ剣の結界そのものじゃない!!)」

 

 特注の斬艦刀の太刀が届く範囲全てが暴龍帝の『結界』なのだと改めて思い知るIS学園メンバーであったが、その程度で折れる闘志の持ち主は、この場にただの一人もいない。

 

「ならば、これは返せるか!? 暴龍帝(タイラント・ドラグーン)!!」

 

 プラズマロケット弾が足止め程度にしか通じないのならば、自身が持つ最大の砲撃で押し通す。強い決意で吼えたラウラのISに若干の変化が生まれる。

 

「高濃度圧縮粒子、完全開放!!」

 

 両肩のハイブリットバスターキャノンと両脚部のスマートビームキャノン、そして胸部の装甲が一部展開し、各排気口からキラキラとしたエネルギーの残滓を吐き出しながら、自身の全長よりも大きなエネルギー球を形成し始める。

 

「くらえ、ハイパーカノン・ギガマキシムッ!!」

 

 発射の瞬間、脚部からせり出したショックアブソーバーが地面を砕くほどの反動を見せるほどの威力を持った巨大光球が放たれた。

 

「!!」

 

 地面を塵に帰しながら迫るエネルギーの塊に、流石の暴龍帝も戦慄を感じて防御に回る、と誰もが思い込んでいた。

 

「良き一撃ッ!!」

 

 ―――迸り刀身に纏わりつく黒き雷光―――

 

「ならばこそ、叩き伏せる!」

 

 ―――そしてその雷光が双竜(ワイバーン)の顎(あぎと)と化す―――

 

「ドゥオ・ドラゴ・ウォラーレ(双龍飛翔)!!」

 

 巨大な二頭の飛龍を模った黒い雷光がラウラの放った光球と激突し、アリーナの中心で巨大な衝撃派を生みながら互いの存在を打ち消しあう。

 

「馬鹿なッ!? 私のソルダート最大の砲撃がッ!?」

「悪いが力勝負で負けたことは未だ一度とないので………なっ!!」

 

 二頭の飛龍が光球に絡みつき、暴龍帝が腕を振るう挙動と同時にそのままエネルギー球を巻き潰して消滅してしまう。

 渾身の一撃であったにも拘らず、それをあっさりと防がれたことに呆然とその光景を見ていたラウラであったが、上空から聞こえてきたその声にすぐさま我を取り戻す。

 

「まだまだっ!!」

 

 凛とした声とともに、全長10mはある巨大斬艦刀の柄の部分を蹴りながら紅椿のスラスターを全開にして箒が暴龍帝目掛け突っ込んできたのだ。

 

「箒ッ!!」

「天剣奥伝・天羽々斬(あめのはばきり)っ!!」

 

 紅椿が持つ刀剣の中で最大の大きさと破壊力を持つ剣撃に奇襲、箒が取れる最大の手段であったことは確かであり、まともなISや並のオーガコアでは受け止めきれない威力であることには間違いない。

 

「まっすぐな刃だ。だが・」

「ですが、それだけではありませんわよっ!!」

 

 箒の渾身の一撃すらも余裕で弾こうとしていた暴龍帝の視界に、異形の兵器を向けているセシリアの姿が映る。

 

 ―――スターライトとビットが合体し、一つの巨大な大型弩砲と化して地面に置かれていた―――

 

「スターライト・アルテミス、モード『バリスタ』!!」

 

 銃身が上下に割れ、2m以上の長いビームの矢を形成する。

 

「セシリア・オルコットッ!!」

 

 大型弩砲を構えるセシリアが叫ぶ。

 

「狙い撃ちますッ!!」

 

 トリガーを引くと同時に、蒼き光の矢が空気を引き裂きながらアリーナを疾走する。

 

「きゃあああああっ!!」

 

 過剰な威力と発射回数そのものの練度の低さゆえに、反動を受け止めきれずにセシリアはアリーナの地面に寝転がってしまう。

 だが、その放たれた矢は、まっすぐと暴龍帝に向かって飛翔し、箒との同時攻撃に成功していた。

 

「(同時攻撃、しかも避けられるタイミングではないっ!!)」

 

 刹那のタイミング。しかも自分は今、技を放ち終えたばかりでエネルギーチャージが間に合いそうもない。

 久方ぶりに感じる『追い詰められている』という感覚に、喜びの感情を覚えつつ、暴龍帝はむしろ敬意を評するように、本気の対応を開始したのだった。

 

 

 ―――上空から迫る巨大な刃―――

 

 左手の刀を手放す暴龍帝。

 

 ―――真っ直ぐに飛翔してくる光の矢―――

 

「桜花ッ!!」

「!!」

 

 上空の箒が放った巨大な刀の切っ先と、彼女の右手の斬艦刀の切っ先とが激突し、質量的に勝っていた箒の体を斬艦刀ごとふっ飛ばしてみせたのだった。

 

「何ッ!?」

「まだ足りなかったな、束の妹よ!!」

 

 幾分の競り合いを想定していただけに、こうまであっさり返されたことに驚きの声を箒がある。と同時に、斬艦刀を手放し、素手となった左手でバリスタの矢を受け止めるヴォルテウス。

 

「っ!!」

 

 プスプスと装甲が融解する音と蒸気、そしてIS戦闘を行ってから久しく行っていなかった流血を左手から行いながらも、その矢が胸部に突き刺さる前に完全に受け止めきってみせたのだった。

 

「貫通性能に特化したビームの矢………下手に防御や相殺を行っていたら胴体を貫通していたかもしれんな」

 

 不意打ちとはいえ、ほんの一瞬でもひやりとさせられたことに、賞賛の言葉を上げようとしていたリキュールだったが、その時、彼女の視線が確かに捉える。

 

「うおおおおおおおっ!!!」

 

 滑り込むような体勢で、零落白夜を発動させながら自分に突っ込んできた一夏の姿を。

 

「(まさか、ここまでは段取り通りだったのかっ!!)」

 

 一夏の一切戸惑わない行動に、この展開までがIS学園が想定したことだということに流石のリキュールも驚きが隠せない。

 

「(ほかのメンバーの攻撃を囮に、オーガコアに対して絶対的な攻撃力を持つ零落白夜を本命にした………見事だッ!!)」

 

 流石の自分も釣られてしまった、素直にそう見つめながら、斬り上げの一撃を放ってくる一夏を真っ向から彼女は自分も叩き落としの一撃で迎え撃つ。

 

「「はあああああああああっ!!」」

 

 オーガコアにほぼ無条件で致命傷を与えられる単一仕様能力(ワン・オフスキル)ではあるが、しかしまったく弱点がないわけではない。

 その弱点………つまりは。

 

「タイミングも威力も申し分ない。私ではなければ今ので決まっていたな、一夏君」

「クッ!!」

 

 激しいスパークを起こす中、しかし『ただ』の刀身であるヴォルテウスの刃に阻まれ、シールドエネルギーを減らすことが一夏にはできずにいた。

 唯一無二ともいえるチャンスを潰され、奥歯を噛み砕きかねないほど歯軋りする一夏。いかに零落白夜

がエネルギーを消滅させる性質をもっていても、あくまでも消滅させられるのはエネルギーのみで、実体がある武器に対してはただの高出力ビームソードでしかない。しかもヴォルテウスがもつ斬艦刀は強度も折り紙つきであり、力任せにへし折る等という芸当が今の一夏にはできないのだった。

 

「君の仲間達の大技を囮にして、君の零落白夜を私にヒットさせる作戦。確かに彼我の実力差を考えれば私に勝つにはそれしかないが………惜しかったね、一夏君」

「………ああ、そうだな」

 

 機体の純粋な出力はともかく、体格、技量、獲物の大きさ、全てにおいて劣る一夏が徐々に押されだす中、歯を食いしばって冷や汗を流しながらもその瞳から「希望」が消えていないことにリキュールは気がつく。

 

「だけどよっ!?」

「!?」

 

 そして、己の失策と油断………。

 

「(まさかっ!?)」

 

 全て一夏の一撃こそが本命と思わせ………。

 

「ここまで予定通りだとは思わなかったぜッ!!」

 

 完全に自分の意識から消えた者がいたことをリキュールは悟り、そして驚愕と賞賛の声を上げる。

 

「やってくれたなっ!!」

 

 ―――自分の後方にて、赤熱化したブレイズ・ブレードの胸部にプラスマが収束し、今にも噴出しそうになっている―――

 

「陽太ッ!!」

「陽太君ッ!?」

 

 かつてジークと戦ったときもそうだった。

 敵の戦力を見切った上で、相手の心理状況すらも手玉に取り、ここぞという場面で最大の罠を仕掛けて一気に局面をひっくり返す。

 自分が褒め称えた天の贈り物(ギフト)と言える『戦闘センス』が、今、自分の喉元に牙を突きたてようとしているこの瞬間に、彼女は満面の笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 鈴との同時攻撃が通じないという状況にも、陽太は苛立ちはしたものの動きを止めることはなく、瞬時に作戦を実行するために、すばやくアレキサンドラ・リキュールの視線に注意しながら彼女の背後に目掛けて移動し始める。

 

「(作戦言い出した張本人とはいえ、できれば『コイツ』は使いたくなかった)」

 

 陽太が使いたがらない正真正銘の奥の手、それにはいくつかの理由がある。

 まず一つ目は、この単一仕様能力(ワンオフ・スキル)の威力が大きすぎること。そして細かな調節が効く部類でもないために、対人戦で使用することは即座に相手を殺すことを意味していたのだが、今回の相手に限りその封印は解いてもよいと直感的に判断する。殺す気でギリギリ相手の動きを止めることができる相手であるからだ。

 次に、プラスマエネルギーの収束(チャージ)に時間がかかり過ぎる。高速で相手の間合いに入り込んでの近距離戦闘(インファイト)を得意とする陽太とは正直相性が悪すぎる。ましてや今回の相手は黙って止まっていてはくれない。仮に自分一人で撃ったとしても、100%防ぐか逃げるか、プラズマの収束(チャージ)を邪魔して発射前につぶされることは目に見えていた。

 そして最後に周囲への被害。大き過ぎる威力の武器を、もし街中で放ったらどうなるか? 大被害を自分が生み出しかねないがために今までその存在すら明かしていなかったのだが、ここはIS学園で、しかも放つ射線上にあるのは海だ。周囲への被害もさほど悩む必要もない。

 

 自分ひとりではまず間違いなく撃つチャンスがなかったこの一撃、外す訳にはいかないと気合を入れなおし、彼は愛機に檄を飛ばすのだった。

 

「(これで終わりにするぞ、ブレイズッ!!)」

『了解ッ!! 熱エネルギー変換炉(プラズマコンバーター)稼動限界解除(オーバリミット)ッ!!』

 

 彼女(IS)の声と共に、装甲が展開し、普段は宝石のように輝いている熱エネルギー変換炉の翠色が瞬時に灼熱色に変化し、遅れて純白の装甲が真っ赤に染まりあげる。同時に、胸部にあるメインの熱エネルギー変換炉が中心に移動し、期待が取り込んだ全プラズマエネルギーが収束し始める。

 

「!!」

 

 見れば箒の奥義とセシリアの最大の一撃の同時発射を苦もなく弾き返すアレキサンドラ・リキュールが目に入り、心の中で毒づいた。

 

「(空気読んで一撃ぐらい当たってろよ!!)」

 

 彼女達のプライドを傷付けかねないことだが、今から繰り出す全ての攻撃は暴龍帝の意識を自分から隠すための囮なのだが、しかしここまで考えていた通りに全く通じないという状況を喜べるはずもない。

 

「(一夏ッ!!)」

 

 そしてこの作戦の要であり、暴龍帝に『これが最後の一撃だッ!』と思ってもらうために一人斬りかかる相棒を心配する声を心の中であげる。

 自分がやれと言ったことに、反論なく承知してくれた一夏を裏切るわけにはいかない。それゆえに援護攻撃すらもできない自分の存在に煮えくり返るような憤りを感じながらも、彼は半ば確信していた。

 

「(あの女は自分達の全攻撃を避けずに全部受け止めるハズだ。なぜなら『負けたことがない』からだ)」

 

 負けたことがないから、それゆえに逃げることはない。

 自分のほうが強いという確信、ゆえに全部を受け止めて相手を上回ってみせ、こちらの闘志をへし折るという考え。

 彼女一人よりも劣る自分達が突け込む隙があるとするなら、それしかない。

 

「(だからっ!!………頼むぞ、シャル、鈴ッ!!)」

 

 目の前で一夏の一撃を受け止める暴龍帝を見た陽太は、チャンスはここしかない感じ取り、ブレイズブレードと同時に叫んだ。

 

「極大烈火砲撃(ウルティマプラズマ)、発射(ブラスト)ッ!!」

 

 胸部のメインから現れた真紅のプラズマは、もはや球状ではなく、射線全ての物を蒸発させるプラズマの鉄砲水と化し、黒き暴龍を飲み込むべく、そしてこの戦いに決着をつける最後の一撃として解き放たれたのだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 目の前に迫る巨大なプラズマの放流を見たアレキサンドラ・リキュールは、反射的に自分と唾競り合いしていた一夏を見る。

 

「(このままでは一夏君が巻き込まれるぞ!?)」

 

 この期に及んで、自分を倒すために主義をへし曲げて、仲間を犠牲にする道を選ぶのか?

 ありえないという解答を思い浮かべながらも、彼女は自然と一夏のほうを振り返るが、その時、彼女の視線が僅かに動く何かを捉えた。

 

「!?」

 

 それは一瞬の内に自分と一夏の間に割って入り、ほとんどタックルを仕掛けてる勢いで一夏にぶつかったのだ。

 

「(そういうことかっ!!)」

 

 ほんの一瞬の出来事ながら、陽太が描いたシナリオがあまりに見事すぎて、笑顔が止まらなくなったリキュールは素直に声に出すことなく、心の中で最大級の賞賛の言葉を思い浮かべた。

 

「(見事也、英雄の後継者達よッ!!)」

 

 ―――右手にEシールドを展開しながら、左手で飛行形態に変形した甲龍・風神(シェンロン・フォンシェン)を掴みながら一夏に肩からタックルを仕掛けるシャル―――

 ―――そんなシャルにしがみつかれながらも、地面に接触するギリギリ数ミリの上空を吸い付くように90度傾きながらマッハを超えるスピードで飛行する鈴―――

 

 おそらくタイミングがほんの僅かでもずれていれば成立しない唯一の、誰一人がミスをしても成り立たなかったこの作戦を完遂してみせた。

 

 自分がプラズマの奔流に飲み込まれると同時に、シャルのEシールドとプラズマがぶつかり、外に弾き飛ばされた三人を見つめながら、アレキサンドラ・リキュールの心の中での賞賛は終わることはなかった………。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 ―――大気圏外において―――

 

「それじゃあ、いってくるよくーちゃん!」

 

 普段の不思議の国のアリスを髣髴とさせる衣装ではなく、『IS用のピンクのインナースーツ』を着た篠ノ之束が、自身の助手兼護衛である幼い少女に声をかける。

 

「束様………お一人で行かれると?」

 

 心配そうな表情を浮かべる少女を尻目に、全長3m近い銀色の筒に入りこんだ束は、ひょっこりと顔だけ出すと、いつもの笑顔を浮かべながら彼女に言い聞かせる。

 

「だいじょ~ぶッ! 友達に会いに行って、ちょっとだけ確かめにいくだけだからっ!!」

 

 そして彼女はディスプレイに移る、不気味な複数の影を見ながら尚も話を続けた。

 

「それにこの子達もいるしねっ!?」

「ですがッ!!………お二人の出方次第で戦闘に発展する危険性もッ!?」

「そのときはそのときだよ」

 

 彼女は全く表情を崩すことなく、サラッと言ってのけた。

 

 

 

「私の邪魔をするなら、ちーちゃんでもあーちゃんでも殺すだけだから♪」

 

 

 

 その言葉を受けたくーが、声を詰まらせると、彼女はそのまま黙って中に入り込み、入り口を遮断する。

 

「さあ~~~て、行きますか!!」

 

 彼女の声と共に、銀色の金属状の筒が複数投下され、大気圏との摩擦熱で真っ赤に燃え上がり始める。だが内部にはほんの僅かな振動だけで、ほとんど騒音すらも起こらない。

 

「…………あーちゃん、あーちゃんも確かめたいんだよね?」

 

 そして束の手元のディスプレイには、現在地上のIS学園で行われている戦闘が映し出されており、その映像を見つめる束は、何も写さない瞳で誰に問いかけることなく、言葉をつむいだ。

 

「先生の遺志をこの世界に残っているって………だけどねあーちゃん、あーちゃんの考えは間違ってるよ」

 

 師を超えようとする親友のあり方を最大限理解していながらも、彼女はそれを間違いだと断ずる。

 

「正しいのは、ちーちゃんじゃなくて、あーちゃんじゃない」

 

 彼女が唯一無二に信じる者………。

 

「もちろん、この間違いだらけの腐った世界でも、私でもないよ?」

 

 彼女が選ぶ、彼女が思う正しさ………。

 

 

 

「平和な世界を信じた『先生』こそが、唯一絶対の正しさなんだよ? それを邪魔するなら………ちーちゃんでもあーちゃんでも容赦しないんだから♪」

 

 

 

 

 

 

 




今年最後にギリギリ滑り込み更新……来年の三が日になんとか更新分目星つけられるかな?


と、まあ今回見てわかったとおり、親方様がモロに食らった原因は「避けなかったこと」
テンションあがりすぎて全部受け止めてやるとかしなきゃよかったのに


さてさて、束さんがようやく動き出しましたが、どうあっても不穏な予感しかしません!

そして、次回………英雄の弟子最後の一人が到着することで、物語の構図がようやくその全容を現し始めます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三の介入者

実に一ヶ月ぶりの更新

そして今回はちょっと長くなったのでちょっと分割して掲載します。

後半部分は夜にでもッ!


 

 

 

 

 灼熱のプラズマは暴龍帝を飲み込むと、そのままアリーナの壁に激突しなお止まらぬ勢いで隔壁を一気に貫き、IS学園の敷地を削りながら海面に到達し、巨大な水蒸気爆発を起こしたのだった。

 

「「きゃあああっ!!」」

 

 避難勧告を受けて緊急シェルターに入っていた一般生徒達も、それに随伴した教職員も、突然起こった学園全体を包み込む爆発音に悲鳴を上げてします。

 そしてその爆発の衝撃は中に篭っていた者達よりも、無論外にいた者達の方がより大きく受けることになったのだった。

 

「ちょっ!!」

 

 巨大な波飛沫の後に襲ってきた衝撃波に吹き飛ばされかけた鈴であったが、隣で伸びかけていた一夏とEシールドを半分近く融解させられたシャルの両肩を掴んで二人が吹き飛んでいかないように必死に支える。

 ラウラも背後にセシリアと箒の二人を庇いつつ、フィールドを展開し激しい衝撃から身を守り、マドカも同様にバリアフィールドを広げ、衝撃波から傷付いていた千冬と傍観を命令された仲間達を守り抜いたのだった。

 

 そして巨大な水柱とあたり一面に広範囲の『雨』すら降らせた爆発を目の当たりにし、唯一戦闘に参加しなかった楯無も、驚きながらも大したものだという賞賛と安堵の笑みを浮かべ、陽太を見た。

 

「あの化け物に本当に勝っちゃうなんて………ちょっとこの間、言い過ぎたかな?」

 

 シャル救出作戦の僅かな合間しか二人は言葉を交わさなかっただけに、いかに箒から陽太は変わったという報告を受けても、信頼を置けるか否か懐疑的な目でしか彼のことを見れなかったが、確かにこれまでの動きと戦いを見る限り、陽太は信頼するに足りえる人格と能力を有しているのは間違いなさそうである。

 

「むしろ、私の方こそ、生徒会長失格ね」

 

 敵のあまりの強大さに尻込みし、戦う前から諦めてしまうという前代未聞の失態を演じた自分がこの学園の生徒達の長を務めるなどおこがましい。

 いや、すでに自分よりもふさわしい人間が目の前にいるのではないのか?

 

「はぁ~~………!!」

 

 深いため息をつきながら陽太の姿を見続けていた楯無だったが、その時、ブレイズブレードにある異変が起こっていることに気がつく。

 

「機体温度………摂氏800℃!?」

 

 いくら異常な火力を放出したとはいえ、ISの搭乗者保護の観点から見て、強制冷却は発射と同時に行われていないとおかしい。

 しかし冷却を行われているにしては機体内部の温度があまりに高すぎる。

 

「まさかっ!」

 

 そのことに気がついたとき、彼女は既に地を蹴って彼に向かって一直線に飛び立っていた。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「ヨウタッ!!」

 

 爆風が止んだのを見計らい、シャルは真っ先に陽太の安否を確認しに彼の元に一直線に向かう。これほどの威力の攻撃、何のリスクも背負わずに放てるとはとても思えない。しかも彼はそれ以前にあの暴龍帝に戦いを挑み、全身ボロボロになっていたのだ。その状態でISを纏って戦っている時点で相当無理をしているはず。

 

「(本当に痛い時ほど、絶対に『痛い』って言ってくれないんだからっ!!)」

 

 以前カールから『男はなるべく他人に大変なことは背負わせたくない』と言われていた事を思い出していたシャルは、おそらく陽太は相当な重症を無理して、戦っていることを理解していたのだった。

 

「ヨウタッ!?」

 

 そして彼の姿を捉え、一直線に駆け寄ろうとした時、青い影が上空から飛び降り、自分の前に立ち塞がったのだ。

 

「待ちなさい、シャルロットちゃんっ!!」

「貴女は………更識会長っ!?」

 

 なぜこの場になぜ生徒会の会長がISを装着して、自分の前に立ち塞がるのか? 理解できずに思わず身構えかけたシャルだったが、楯無は左手でシャルを押し留めながら、右手を陽太のほうに差し出し、自身が操る水流を彼にぶつけたのだった。

 

「更識会長ッ!? 何をッ!!」

「貴女、気がつかないの?」

 

 そしてブレイズブレードに水流が当たった瞬間、大量の蒸気が上がるのを見て、シャルも陽太の異変と、同時にその原因が彼のISが持つ単一仕様能力(ワンオフスキル)だったことに気がついたのだった。

 

「あのワンオフ使ったからッ!!」

「命を削る大技ってことかしら? それにしても、なんて熱量が篭ってるの?」

 

 ISの内部温度が中々低下しないことに苛立ちながらも、彼の救助を続ける楯無の元に一夏も駆けつける。

 

「会長ッ!! 陽太はっ!?」

「異常加熱で蒸し鳥にでもなってなきゃいいけど………」

「そんな不味そうな食い物、誰も食べたくないわよ!!」

「!?」

 

 心配そうに見つめるがサラッと酷い事を言ってのける鈴に向かって、さすがのシャルも不機嫌そうに睨み付け、鈴もその表情を受けて気まずそうに明後日の方向を振り向く中、シャルが言葉でツッコむよりも早く、鈴に向かって手厳しい言葉をぶつける男がいた。

 

「……………お前の、不気味中華よりも、遥かに……マシだ」

「ヨウタッ!!」

 

 長らく意識が飛んでいたのか、水流を受けても無言のままだった陽太からいつもの減らず口が出たのを目の当たりにし、ようやくメンバー達から安堵のため息が漏れる。そしてシャルロットは嬉しそうに陽太に駆け寄ると、彼の肩を支えながら話しかけるのだった。

 

「身体は大丈夫なのッ!? 全身傷だらけなのに、こんな無茶してっ!!」

「………火照った体には……誰かさんの水鉄砲は…ちょうどいい塩梅だったんだが」

 

 自分の武器を水鉄砲呼ばわりされて若干不機嫌になる楯無と、この間の腹パンの件を忘れていない陽太との間に微妙な空気が流れ始める。

 

「(チッ、助けてもらったらまず初めにありがとうございましたじゃないのかしらね?)オ久シブリネ、元気ソウデ何ヨリヨ」

「(などと考えていることが丸判りなんだよ。さっきまで引っ込んでた分際で)イエイエ、オ気ニナサラズ」

 

 微妙な空気が二人の間に流れる。それも男女の仲とか敵同士とかとは違い、すごく微妙な嫌悪と共感が入り混じった片言な日本語で挨拶しあう二人。本質的に嫌悪しあっているというより、なんだかんだで似ている部分がある二人なだけに一度絡んだだけで同属嫌悪を持ったのは流石と言うべきなのだろうか………?

 そんな二人の微妙な空気を振り払うように、呆然としていたシャルが我を取り戻し、彼の身体の調子を確かめる。

 

「それよりも………ヨウタッ!? 身体の方は?」

「………さすがに…ボコボコ殴られた後にワンオフ使ったからな……ちょっち、疲れた………ゴホッ!」

「ヨウタッ!!」

 

 シャルの肩を借りてなんとか歩き出そうとした陽太だったが、全身のダメージが痛みになって駆け巡り、そのままバランスを崩して倒れかける。

 

「陽太ッ!」

「大丈夫かッ!?」

 

 地面に倒れこむ寸前で、一夏とラウラが身体を受け止める。

 

「!?」

 

 陽太の身体が微妙に痙攣していること。理由が全身の怪我によるものだと理解したラウラが彼のバイタルを確認し、そして愕然となってしまうのだった。

 

「(顎に亀裂骨折、肋骨四本、両手首亀裂骨折および炎症、両足骨軽度の捻挫、内臓数箇所損傷………)馬鹿者ッ!! 立派に重症人だろうが!!」

 

 自身も多少の怪我を負ってはいたものの、まさか陽太がこれほどまでやせ我慢しながら戦っていたとは思っておらず、声を荒げてしまった。だがその言葉を聞いたシャルが、ラウラと同じように陽太のバイタルを確認し、震えるほどの怒りを感じて思わず叫んでしまう。

 

「バカッ!!! ヨウタのバカッ!!」

「………うっ」

 

 彼の肩を掴むと、シャルはこれ以上の問答をしている暇がないと言わんばかりにカールに連絡を入れようとする。

 

「カール先生を今すぐ呼ぶから、一緒に病院にいこうっ!!」

「そんな暇ない」

「私、本気で怒るよっ!! 今はそんなこと言ってる場合じゃないんだよっ!!」

「いや、そういうことじゃないんだ」

 

 陽太の数少ない悪い主義として医者嫌いがあるのだが、シャルはいつものそれだと勘違いしていたのだが、寄り添うシャルをやんわりと引き剥がすと、自分が空けた大穴の方を向き、そして心底うんざりするように呟いた。

 

「ホントもう………勘弁してくれよ」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 ブレイズブレードの超火力による一撃を目の当たりにした亡国の若手連中も、この予想外の展開に動揺を隠せずにいた。

 

「アイツ等………」

 

 絶対に負けるはずがない亡国最強の操縦者を、砂の一欠けらのような勝機を手繰り寄せ、見事に逆転してみせた陽太達に嫉妬を隠し切れないジークが奥歯をかみ締めながら、彼らの方に振り返る。

 

「親方様……」

「そんな……」

 

 そしてアレキサンドラ・リキュール直属の配下である竜騎兵達の動揺は一際大きく、天地逆転しようともあり得るはずがないと思っていた事態が起こってしまったのかと思い、フォルゴーレとリューリュクの表情が青褪める。

 

「なんて顔をしてる、二人ともッ!!」

 

 だがそんな二人を叱り付けたのは、暴龍帝を神の如く崇拝しているフリューゲルであった。

 

「フリちん………」

「親方様が甘んじて一撃を受けただけだろうが!! そんなことは、いつものことだっ!!」

 

 そしてそんなフリューゲルに賛同するように、スピアーも声を荒げながら彼女が敗北したなどという考えを一瞬で蹴り飛ばし、奮い立たせるように叫んだのだった。

 

「たとえいかなる事態になろうとも、簡単に顔色を変えるなっ!! 暴龍帝に仕える竜騎兵として恥ずすべき行為でしょう!?」

「我々が成すべき事は一つ! 親方様が見ていろと言われたのなら、決着がつくまで案山子となっておくことだ!」

 

 ただの妄信ではない。洗脳などでもない。ましてやこの後のことを考えての我が身の保身などでは断じてなく、竜騎兵がその胸に抱く想いはそんな低俗でも下種なものもない。彼女の言いつけを忠実に守り、暴龍帝アレキサンドラ・リキュールが勝利するということに微塵の疑いも持たぬ、本物の『忠義』こそ全員が抱くただ一つの共通の想いなのだとフリューゲルとスピアーは、フォルゴーレとリューリュクに訴えているのだ。

 

「親方様は唯一絶対無敵にして、あの方こそが最強なのだ!!」

「たまにはいいことを言うじゃないスピアー!」

「……………」

 

 普段は仲が悪いくせに、こういうときに息がぴったり合う二人を見たフォルゴーレがその通りだと内心で安堵の笑みを浮かべ、自分だけでもリキュールを探しにいこうとした瞬間だった。

 

 

 

 ―――地響きを伴って近づいてくる足音―――

 

 

 

「!? これはッ!!」

 

 嬉しそうな表情で振り返ったフォルゴーレが、何時も通りの言葉で彼女を出迎える。

 

「親方様ッ!!」

 

 本当に嬉しそうな笑みを浮かべるフォルゴーレと、彼女の存在を感じ取り、感極まってベソをかきはじめたフリューゲルとスピアーとリューリュク………そしてブレイズブレードのワンオフスキルによって開けられた巨大な穴から、律儀に歩いて戻ってきたその異形の戦士は出迎えてきた部下達の顔を見るなり、第一声にこう言い放つ。

 

「なんという面をしている? 情けないぞ」

「「「ぶあいっ!!」」」

「ハイッ!!」

 

 嬉しそうな安堵した表情の四人を背に、暴龍帝は心底嬉しそうな顔をして、半壊した『左腕』を見せながら敵である少年達に話しかける。

 

「やってくれたな陽太君ッ!! 危うく死にかけたぞ!!」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「な、なんで………?」

 

 そして彼女の姿を見たシャルは、もはや恐怖すら通り越して唖然とした表情で疑問の声を上げる。なんせ自分達が全てをかけた作戦と、陽太の死ぬ気の一撃を受けたはずだというのに………。

 

「バリアか何かで防がれたと?」

「いや、それをさせないための零落白夜で斬り込む乱取りだった」

 

 セシリアとラウラも、陽太の一撃を確実に当てさせるために油断と隙を作らせると同時に、防御行動を抑制するための一夏の零落白夜だったことを知っているだけに、なぜあれを受けて無事でいられるのか不思議で仕方ないのだ。

 

「だが、現実問題、奴は生きている上にああやって続きやるつもりだぞ!?」

「ああ、もう………その気だっていうならやってやろうじゃないのよっ!!」

 

 今はなぜ無事だったかの有無よりも、戦闘続行の方に意識を集中させるように二刀を構えた箒と、折れた双天牙月の代わりに、サブウエポンとして持っていたビームサーベルを両手に持った鈴が構える。

 

「せめてもう少しぐらいISが半壊しててくれれば取る手段もあった物を………腕一本だなんて」

「どうする、陽太!?」

 

 特殊なナノマシンによって水を螺旋状に纏った四門のガトリングガン『蒼流旋(そうりゅうせん)』を構える楯無と、即座に雪片の展開装甲を起動させビームブレードにして構えた一夏が陽太に指示を仰ぐ。

 

「……………」

 

 全身が痛んで今すぐにでも意識を手放したい中でも、陽太はそれを悟られたくないと言わんばかりに軽口を叩く。

 

「正直、極大烈火砲撃(ウルティマプラズマ)で止めさせたとは思ってなかったがよ………腕一本とかは、空気読めてないだろ?」

 

 遠まわしに『どうやって攻撃を凌いだ?』と問いかけてくる陽太に、リキュールは実に楽しそうに、嬉しそうな声で答える。

 

「先に言っておくと君の手順に誤りはなかったよ? ただ君が思っていた以上に私の処理速度が上回っただけだよ………一夏君が離脱した瞬間、雷撃のエネルギーを全て右腕に集中して君のプラズマを回避したんだが………それでもこの様だ」

 

 装甲が融解しヒビが入った左腕………そしてそれはISの内部にまで浸透しており、炎は彼女の左腕を焼き、痛覚すらも感じさせない熱傷となっており、早期に治療しないと細胞の壊死に繋がるほどの重症なのだが、傷つけられたという事実が彼女には嬉しくて仕方なかったのだった。

 

「ヴォルテウス………これが『戦さ』だ。これぞ『痛み』だ………お前にとっては初めての、そして私にとっては10年ぶりのものだ」

 

 GUOOOOOON!!

 

 大気を振るわせる歓喜の雄叫びをあげる愛機の様子に、リキュールも実に満足そうな笑みを浮かべる。

 

「これがなければ戦いとは言えぬ………痛みと死の間際で、刹那の瞬間の火花のように互いの命を散らし合ってこそ美しいと言えよう」

「テメェのナルシズムなんざ心底どうでもいいわ」

 

 フレイムソードを構える陽太の姿を見ながら、リキュールは思案する。

 正直IS学園側の誰もがこれ以上の戦闘続行は不可能だと感じながらも、かかって来るというのなら、とことんまで戦い抜くという意思を持っているようだ。

 そして自分の損害は腕一本。決着をつけるというのならものの数分も必要としない。

 

「(………だが惜しい)」

 

 陽太だけではない。直接戦っていない楯無を除く一夏や他のIS学園メンバーの誰もがこの戦いの中で確かに『成長』していたことを、直接手合わせしたリキュールが誰よりも理解していた。

 戦場(いくさば)で命を削りあう死闘を演じることは、時に万の時間をかけた修練すらも凌駕するほどの成長を人に与えることがあるが、彼らはその恩恵を見事に勝ち取り、限界を超えて格上である自分の喉元に一瞬とはいえ刃を突き立てかけたのだ。それほどの逸材をこの場で終わらせるべきなのだろうか?

 

「(戦さの不文律とこれからの成長の確約………オイオイ、これは困ったぞ?)」

 

 実に嬉しくももどかしい悩みだ。戦士である自分が敵を前にして止めを刺さずに戦いをやめるのは自身の規律に反する。だがこの場で決着をつけるには彼らの未来はあまりに魅力的だ。二律背反とはこのことなのかと思いながら、どう落とし所をつけるべきなのか、それともこの楽しみを切り捨てても決着(ケリ)をつけるべきなのか………本気で迷うリキュールだったが、その時、彼女の研ぎ澄まされた感覚が上空から迫る何かをISのハイパーセンサーすらも凌駕する早さで捉え、顔を上に向かせたのだった。

 

「フッ………良いタイミングで来てくれるじゃないか」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「!?」

 

 リキュールが急に上を向いたのに釣られ、陽太も上空を見る。

 

「(なんだ?………何を見てんだ?)」

 

 敵を前にして隙を見せるとは………一瞬呆けた暴龍帝相手に奇襲をかけようかと思った陽太だったが、彼の視界が僅かに歪む大気の姿を捉える。

 

「(なんだ? ハイパーセンサーにはなにも……!!)」

 

 ISのセンサーは確かに異常を捉えていないが彼の持つ直感は上空に何かがいることを捉える。そしてそれは敵方のジークも同様で、彼の集中力を高めさせる。

 

「………いるっ!!」

 

 彼が呟くと同時に、まるで空間の中に溶け込んでいたかのように、全長4mほどの『銀色のにんじん』が12本、続けざまにアリーナ目掛け飛来してきたのだ。

 

『!?』

「避けろッ!!」

 

 そう叫ぶジークの声に反射的に反応し、マドカは千冬を抱え、竜騎兵達と共にその場から後退する。

 

『!?』

 

 そして銀色のにんじんは亡国機業側だけではなく、暴龍帝と対峙する陽太達の間にも降り注ぎ、まるでIS学園と亡国機業を分けへだつように地面に着地したのだった。

 

「な、なんだ?」

「さ、さあ?」

 

 一瞬、敵の増援か何かだと思った一夏と鈴は、想像以上に気の抜けた造形の何かに呆気にとられてしまう。それはセシリアやラウラも同じなようで………。

 

「わ、私達の……味方?」

「え、援軍の割には………その…」

 

 どこの国の秘密兵器かと考え込む二人………だが、この銀色のにんじんを見た瞬間から顔色が明らかに変わった箒の様子を気にした楯無は、恐る恐る彼女に問うてみる。

 

「ねえ、箒ちゃん………ひょっとしてコレって」

「………間違いない、陽太」

「ああ………このエキセントリック極まるアホセンスの移動物は……」

 

 見間違えることはない。こんな斜め上にずれたセンスの物で突撃してくる存在は現地球上でただ一人でもう十分だ。心の中でそう酷評する二人の目前で、ゆっくりと銀色のにんじんが蓋を開き、その中現れた合わせて12機の、異形の者達が陽光に晒される。

 

 ―――全身を銀色で覆われた全身装甲、鋭い二本の爪が装備された極端に大きな両腕、背部に装備されたコーン状の筒から吐き出される赤い粒子、そして怪しく光る紫色のバイザー―――

 ―――ただ一機、他の全身装甲のISとは形状を異ならせ、スカートのようなリアフロントと、黄金の杖、背中に大きな翼を持ち、頭部の兎耳が特徴的なピンクのバイザーをした機体―――

 

「………IS…なの?」

 

 謎の全身装甲のIS達に警戒心を高めるシャルだったが、その時、謎のISと思わしき全身装甲の機体達の内の11機が前屈みの前傾姿勢を取り始め、IS学園メンバーと亡国機業のメンバーも揃って武器を構え、相手の出方を見定めようとする。

 

「あの機体ッ!?」

 

 そんな一同の中において、唯一目の前の全身装甲のISに心当たりがあったのか、陽太は驚きながらも両手にヴォルケーノを持ち、信じられないといった心境で銃口を構える。

 

「(昔、お前が自慢げに見せてた………俺がいない間に完成させやがったのか、自律稼動型無人IS『ゴーレム』を!?)」

 

 ISの歴史に新たなる一ページを加えるこの画期的なISを考案、開発した人物を直接知っているだけに、この事態の首謀者を彼女しかいないと断定できた陽太は、一機だけ動きをみせないISに向かって怒鳴り声をぶつける。

 

「テメェッ!! 今頃このタイミングでなんのようだっ!!」

 

 陽太の怒鳴り声に、全員が注目する。

 

「そのマスク取ってこっち向け、たば・」

 

 それを引き金に、銀色の『ゴーレム』と言われるISが一斉に飛び立ったのだった。

 

「!?」

「クッ!!」

 

 11機が一丸となり、ジーク目掛けて………。

 

「ナメんなっ!!」

 

 11機のゴーレムがなぜ自分だけを集中攻撃してくるのか、この場においてもっとも高い戦闘力を持っているのはアレキサンドラ・リキュールで、弱った相手を見るならすでに火鳥陽太は死に体であり、どう考えても腑に落ちない選択肢ではある。が、今はそんなことを言っている場合ではない。すぐさま思考を切り替え、アサルトライフルを取り出すと、前方から飛び込んできた一機を迎撃する。

 

『!!』

「!?」

 

 アサルトライフルの弾を極端に大きな腕を盾にしながら弾き返してきたのだ。しかも出足は一瞬の乱れもなく、攻撃を受けたというのに動揺が聊かも見受けられない。

 

「コイツ等……一体」

 

 しかもこのISから、今まで感じたことのない奇妙な違和感をジークは感じ取る。不気味な気配を感じさせるゴーレムが、ジークの間合いに入り込みその巨腕で彼を殴りつけようとする。

 

「チッ!(しかも火鳥陽太並のスピードだぞ!!)」

 

 敵の戦力の予想以上の高さに驚愕しながらもジークは残像を置き去りにするほどのスピードでゴーレムの背後に回りこみ、今度は背後の人間で言うところの脊髄目掛けて零距離でライフルをぶっ放そうと構える。

 

「!!」

 

 が、この時、予想だにしなかった事態がジークを襲う。

 

 ―――自分に向けられている、肘から伸びたビームキャノンの砲口―――

 

「やべっ!」

 

 ―――しかも周囲の10機も同様に、手首の部分からビームキャノンの砲口を自分に向けている―――

 

 そしてゴーレム達はまるでそれが最初から打ち合わせられていたかのように一斉発射し、ジークがビームの光の中に埋もれ、直後大爆発を起こす。

 

「ジークゥゥゥゥッ!!!」

 

 予想外の事態に驚いたのはマドカも同様で、彼が敵の攻撃であっさりやられてしまったのかと思い、思わず悲鳴を上げてしまうのだった。そんな彼女の絶叫がアリーナ内部に響く中、爆風の中から自分の無事を見せ付けるかのように左腕を抱えたジークが姿を現す。

 

「(隙がない上に……なんでアイツ等、死角が存在してねぇーんだよ!!)」

 

 彼生来の特殊な技能の内に『相手の死角を感覚的に捉える』というものがあるのだが、このゴーレム達には誰もが持っているはずのその死角が存在していないのだ。

 

「(人間………いや、こいつら生物なのかよ?)」

 

 激しく痛む左腕を押さえながらジークは敵の異常性に戦慄する。

 相手から生物特有の『呼吸』のような生物的な気配が一切感じられず、まるで全自動で敵を迎撃する機械を相手にしているかのような感覚に襲われたジークだったが、それにしてもこの目の前の相手の動きはあまりに生物というには滑らか過ぎる。どう考えても腑に落ちない敵の存在に、ジークが意識を奪われてしまうが、その一瞬の隙を突くかのように二機のゴーレムが彼の背後に回りこんで両手を広げる。

 

「チッ!」

 

 その両腕を掻い潜り、ゴーレムの背後にキックをお見舞いしようとするジーク。

 

「なっ!」

 

 ―――振り返ることなくその攻撃を片手で受け止めたゴーレム―――

 

 強靭な握力で足を掴まれ、自慢のスピードで逃げ出せなくなったジークが武装を実体刀に切り替えて相手を切り裂こうとするが、それよりも早く後方から接近した一機がジークの両手を掴み、両手と片足を封じられたままジークは地面に叩き落されてしまう。

 

「ガハッ!」

 

 強烈な衝撃で肺の中の空気が全て出尽くし軽い脳震盪に襲われるジークに、ゴーレム達はさらにもう一機加わり、彼の首元にビームクロウを三機掛りで突きつけたのだった。

 

「テメェら………!」

 

 力任せに振りほどこうにも、パワーすらもブレイズブレードに匹敵するかそれ以上の出力を誇っており、自分のディザスターでは三機まとめて振りほどくことなど到底できないのだ。

 

「(こんなところで『末那識』使うわけにもいかねーし)」

 

 切り札を使うには状況があまりに中途半端すぎる。どう切り抜けるのか悩むジークだったが、そんな彼を助けようとマドカと竜騎兵達が動こうとする。

 

「ジークッ!」

「なにやってんのよっ!?」

「お前らしくもない!!」

 

 マドカ、フリューゲル、スピアーの三人が突撃し、リューリュクとフォルゴーレが援護攻撃を加えようと構えるが、それよりも早く銀色の影は一瞬でマドカ達とリューリュク達の背後を取ると、躊躇無くビームクロウを彼女達に突きつけようとする。

 

「お前らッ!」

「危ないッ!!」

 

 押さえつけられているジークと、殺されてかけている人間を見ていられない一夏の声が重なり、その声によって自分達を狙っていた白銀の狩人の存在に気がつく五人。

 

『!?』

 

 息を呑む暇すらも与えず、五人の命を躊躇無く奪おうとゴーレム達はその牙を振り下ろしたのだった………が。

 

 

「待て」

 

 ―――リューリュクの顔スレスレを通過してゴーレムの胸に突き刺さった斬艦刀―――

 ―――マドカ達の背後を取ったゴーレムの横に立ち、繰り出された手刀を受け止める漆黒の手―――

 

 自身の部下達の窮地に動いた暴龍帝が動き、二機のゴーレムを瞬時に止めたのだ。

 

「まったく」

 

 そしてまるで問題もなさげに白銀の腕握り潰し、片腕を失ったゴーレムが後退しようとした所を相手の顔面を掴んで動きを封じると、異質なゴーレムとは異なるウサミミをつけたISを振り向いて話しかけたのだった。

 

「中々いい機体だ。OSの方も問題なさそうだ………しかし少々礼儀がなっていない」

 

 そして頭部をつかまれたまま至近距離からビームキャノンを放とうとするゴーレムの残った片腕を蹴りの一撃で引きちぎると、空中に放り投げて素早く足を掴み、その場から急加速してフォルゴーレ達の背後で胸に斬艦刀を突き刺されながらも再起動しかけていたゴーレムに向かって叩きつけ、ゴーレム同士がひしゃげ、衝撃で爆発してしまうのだった。

 

「………悪魔か」

「………化物?」

 

 爆発して炎上するISを背に、首をコキコキと鳴らしながら斬艦刀を取り出すリキュールの突き抜けた化物ぶりに、もはや驚くというよりも呆れてしまう陽太とシャルだったが、その時、ずっと静観を決めていた指揮官機らしいピンク色のISが地面にゆっくりと降り立つ。

 

「!!」

 

 その場にいた者達が緊張して武器を手にする中、ただ一人悠然と歩み寄るリキュールは、途中バイザーを解除して素顔を露にし、なびく白金(プラチナ)の髪を外気に触れさせながら、柔和な笑みを浮かべ、『旧友』を暖かく出迎えたのだった。

 

「久しぶりだというのに、相変わらずだな………束?」

「アハハハッ! やっぱりまだまだ『あーちゃん』には敵わないな~!!」

 

 ピンク色のISから聞き覚えがある声がしたと思った陽太達の顔色が明らかに変わる中、ピンク色のISのバイザーも外され、頭にウサミミをくっつけ能天気そうな笑顔を浮かべた篠ノ之束がなから現れたのだった。

 

 

 

 

 

 




詳しいことは後半部分でまとめて書きますが………


親方様、タフすぎですw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

重ねた 愛おしい罪 優しい嘘 眠れぬ哀しみ

さてお約束したとおりの後半部分です。

今回サブタイはFateファンなら一度でわかる最新の曲からとりました。


一人の人間から学んだはずのある三人の少女達………。


それゆえに、三人の道はこれほどまでも分かれてしまったのだろうか?

ではご覧ください


 

 

 

 

 

「…………束?」

 

 震える唇と顔面蒼白な状態で、世界的に有名な自身の親友の姿を見た千冬が一番最初に感じた感情は『恐怖』であった。

 

「(なぜ、このタイミングで私達の前に!?)」

 

 彼女の………篠ノ之束の姿。千冬は直接その眼で見ることは実は10年ぶりとなる。

 

「(いままで………決して『直接』会うことはしなかったのに)」

 

 この10年間、二人は懇意に接触は図っていたものの、その実は全てが電話かメールか手紙か、二人と直接深い係わり合いがある陽太からの伝言という全てが間接的なやり取りだけであったのだ。

 束が発見し、千冬が直接指導する陽太との初めての紹介の時すらも『ちーちゃんの弟子になる子を見つけたから面倒を見てあげて』とだけメールで送ってくるほどに、束が自分との対面を避けていたことを彼女自身も引っかかるものを持っていても、問いただすことはせずにいた。

 

 その理由こそが『恐怖』

 織斑千冬は、篠ノ之束の幼馴染であり、アリアと共に同じ教えを受けた親友であり、共に英雄『アレキサンドラ・リキュール』を心から敬愛した魂の姉妹。

 そして………自分たちが敬愛し、大恩があるはずの師を、束とアリアと……そして自分が本当の母親のように愛してハズの彼女をこの手で殺めた裏切り者。

 

「(私を………束は…)」

 

 怖くて聴けなかった。その先を想像することが恐ろしくて、彼女はいつもその先の言葉を束に問うことが出来ずにいた。怖くて、怖くて………何か本当に大切にしているモノが粉々になってしまいそうで。

 

「(私達を助けに? それとも………)」

 

 ―――それとも、アリアに代わって自分を断罪しにきたというのか?―――

 

 彼女の目的が何なのか? 揺れる瞳でその姿を見続けていた千冬の目の前で、二人の親友は変わらない笑顔を浮かべながら握手を交わしていた。

 

「10年ぶりだな束? 相変わらずどこにいてもお前の噂は耳にしていたが」

「あーちゃんの方こそ、ずいぶんド派手にやってたみたいだね! ようちゃんが接触しないようにするの苦労してたんだよ?」

「お、やはり陽太君と出会えなかったのはお前の差し金か………お前達だけで独り占めしようなど、ずいぶんと意地悪をしてくれたものだな?」

 

 物凄くフレンドリーに世間話をする二人にあっけに取られるギャラリーだったが、いち早く復活した陽太がまずは噛み付く。

 

「…………って、待てやぁっ! お前らぁっ・」

「ヨウタッ!! 急に叫ぶから!!」

 

 が、アバラの骨を四本折られているため、大声で腹筋を使うことで心臓が口から飛び出したかと思い込んでしまうほどの激痛にのたうつ陽太は、シャルの肩を借りながらもなんとか指を指しながら存在をアピールする。

 

「お、パーフェクト負け犬」

「!?」

 

 そしてそんな陽太に、ズバッと今一番言われたくないであろう事を束は言ってのける。

 

「あ、間違えちったね。お怪我のほうは大丈夫かな、口先だけが『天才(笑)』」

「!!?」

「喧嘩で唯一の無敗なことだけが取り柄だったのにあーちゃんにコテンパンにボロ雑巾にされちったようちゃんっ!! うんうん、口に出さなくていいよ~!! 『ラブリー束さんこんにちは! 貴方の事は愛してますッ!!』って言いたいんだよね!! うんうんっ!!」

「(ちきしょー! 怪我さえ無かったら今すぐド頭カチ割っちゃるのに!!)」

 

 激痛のために身動きがとれずにプルプル怒りに震える陽太と、そんな陽太に容赦なく罵詈雑言をぶつける束を見ながらシャルは思う。

 

「(ヨウタの攻撃的な性格って、この人との口喧嘩が原因じゃ?)」

「と、ようちゃんを支えてるのはどっかの泥棒猫だな。相変わらず役立たずっぽくて残念だなお前」

「ッ!?」

「シャルッ!!」

「気持ちわかるけどストップッ!!」

 

 いきなり口撃の矛先が自分に向けられたかと思うとこの失礼さである。思わず発砲しかけるがそれを両サイドからラウラと鈴が押し止める。

 

「お前らがちーちゃんの教え子達か。今はいいや、後で名前覚えておいてやる」

 

 相当上から見下すかのような発言をした後、彼女はキラキラとした瞳である二人を見つけてISをまとったまま突撃する。

 

「いっくんっ!! ほーちゃんっ!!」

「た、束さんっ!!」

 

 いきなり抱きついてきた自分の姉の親友である女性に、一夏は戸惑いが隠せずにいた。

 そもそもこの姉の親友であるはずの女性、篠ノ之束はいつもニコニコと笑いながら何かとんでもない騒動を起こす事で有名なのだが、今は状況が状況だ。

 

「ここは危ないですから、すぐに下がってくだ・」

「私の心配? いっくんはやっぱりテラ紳士ッ!! ようちゃんはそのあたり見習わないと………友達見習いなさい!!」

 

 陽太の方を振り返りながらプンスカッ!と怒る束と、親指が地面に向けられジェスチャーで『うるさい、死ね』なんて事をする陽太………なんだか普段から喧嘩が絶えない姉弟みたいな感じがして、自分と千冬とは違った感じを受ける。

 

「うんうん、いっくんは順調に成長してるね。白式も順調に成長してるよ………やっぱり『彼女』にも君は特別な存在なんだよね!」

「えっ?」

 

 何のことを言っているというのだ? 事の真相を聞きだそうとする一夏だったが、横から束に向かって腕を差し出して引き剥がし、まるで敵を警戒するかのような厳しい視線の箒が彼の言葉を遮ってしまう。

 

「一夏から離れてください、姉さんっ!!」

「お、二年ぶりのほーちゃんは、やっぱりヤキモチ焼きーっ!!」

 

 茶化した物言いに大いに神経を逆撫でされながらも、眉をピクピクと動かす程度に止めた箒が、厳しい口調で彼女に問い詰める。

 

「何をしにきたというのだ、今、この場に!?」

「ん? 友達に会いに来たんだよ? 後は、ようちゃんとほーちゃんといっくんとその他大勢を助けるのと、諸々聴きたいこととか確かめないといけないこととか山盛りてんこ盛り!!」

 

 あっさりばらした束の様子に、むしろ唖然とする箒………いつもこういうときはのらりくらりとはぐらかす場面だというのに………。

 だから血の繋がった姉妹だったからこそ気がつくこともあったのかもしれない。

 

「!?」

 

 ―――ほんのわずか、痙攣しているかのような微妙に汗ばんだ束の肩―――

 

「………姉さん?」

 

 今度は純粋に心配した口調で束に話しかけた箒だったが、それを束自身の大きな声が覆い隠す。

 

「オオッ!! これはこれはっ!!」

 

 ―――押さえ込まれるジークの姿―――

 

「にゃはっはっはっ!!」

 

 スキップしながら漆黒のISに自ら近寄ると、しゃがみながら彼女は開口一番に彼の本質に迫る言葉を発する。

 

「この子が『アンサング』?………いや、今は『ディザスター(凶ツ風)』かな?」

 

 ―――ドクンッ!!―――

 

「て、テメェ………」

「呪いという意味じゃ、あーちゃんの相棒(ヴォルテウス)を超えてるものね………23人もの生贄は美味しかったかな、『アンサング(意味を持たざる者)』?」

 

 彼女の言葉によってジークの視界が一瞬で真っ赤に染まる。

 高出力なゴーレムに二機がかりで押さえつけられながらも、激高したまま起き上がろうとするジークは、彼女をバイザー越しで睨み付け、その視線で射殺そうとするほどに怒り狂った。

 

「何にも知らねぇテメェがぁぁぁぁぁぁっ!!」

「少なくともISに関しては私は知らないことなんて無いんだよ? そう。例えばそのISは………無価値で、無意味で、どうしようもないこの世界に生まれた可哀想な子達を再利用するための装置にされてたんだってことぐらいは知ってるんだから………でもよかったじゃないか。価値のない事が嫌だったんだろ?」

「!?」

「価値がようやく出たんじゃないか、ソイツ等………『喰われた』おかげで出来たデータと、そのおかげで強くなれた君。塵も積もればなんとやらだね?」

 

 その言葉を引き金に、本来のスペックでは跳ね返すことができないはずのゴーレム二機を押し返したジークが、刃のように研ぎ澄ました手刀の一閃を彼女に向かって放ち、場を凍らせてしまう。

 

「シネッ!!」

 

 ―――何も知らない、天の高みから見下しながら吐き捨てるなッ!!―――

 ―――『アイツ等』のことを何も知らないお前が、見下したような口をききやがって!!―――

 

 憎悪で真っ赤に染まったジークの渾身の一撃だったが、それが届くには彼はあまりにも周囲の状況を省みてはいなかった。

 

「………」

 

 ジークの一撃にもまったく動じることなく微笑むだけの束を守護するための銀の鋼鉄兵達は、ジークの一撃にも過敏に反応しており、彼女にその一撃が届く前にジークの手刀を二機掛りで受け止め、先ほど跳ね飛ばされた二機も加わり、計四機がかりでジークの両手両足、そして首と胴体を掴みながら今度は地面にうつ伏せの状態で叩き付けたのだった。

 

「クッ! 離せ、ガラクタ共ガッ!!」

「あー、ガラクタは酷いな~~~。これでもスペックだけなら今の君やようちゃん並の戦闘力持ってるんだよ?」

 

 一機一機が自分並みの能力を有しているという束の言葉を一切効かず、彼はなんと上司の許しが無くては使用を許可されていない、自身の愛機『ディザスター』の最大の武器を使用としようとする。

 

「今すぐそのムカつく面を血で染めてやるよ!!」

 

 彼の意識を引き金に、取り押さえられている状態であるにも拘らず異様な気配を出し始めるディザスターであったが、そんなジークの意識が唐突に終わりを迎えてしまう………彼女の一撃によって。

 

「それ以上はペナルティーだ」

 

 ―――黒を強調したISの脊柱に突き刺さる黒鋼の拳―――

 

「ガハッ!!」

 

 敵かどうかも怪しい束の挑発を受けて易々と命令違反を犯そうとしたジークであったが、リキュールの鉄槌は見事に彼の意識を刈り取り、彼のISは強制解除されてしまう。

 

「スコールにこれ以上の心労を加えるような真似はするな………君の『ソレ』が発動しては、取り押さえるのは私でも一苦労するというのに」

 

 そして意識を失ったジークから手を離すゴーレム達を尻目に、リキュールは乱雑にジークを掴みあげると、目配りだけでフリューゲルを呼び出し、彼女に手渡してマドカの元に送ると、あえて『あんな言葉』をジークに投げつけた束に問いかけた。

 

「ウチのジーク君をあまり挑発してくれるな。普段は冷静に振舞っていても、陽太君並にキレやすいというのに」

「ニャハハハッ! それは失敬失敬!」

 

 舌を出しながら笑う束………本当に反省しているかどうかはかなり怪しいところであったが、彼女は尚を笑いながら話を続ける。

 

「うん。わかったよ………やっぱりそういうことか」

「?」

「あのIS………まだ『生きてる』子もいるってこと」

「!?」

 

 何の話をしているのか、束の言っていることに唯一感付いたリキュールであったが、そんな彼女の横をすり抜けた束は、最後に彼女自身にとっても何よりも重大な人物との『直接』の邂逅を遂げる。

 

「………ちーちゃん」

「………束」

 

 震える千冬を見下ろす束………10年越しに見つめあう二人の視線が、長い月日の中に積み重なった複雑な感情を映し、瞳の中の心が揺れ動き続ける。

 

 しばしの沈黙の後、先に口を開いたのはやはり束の方であった。

 

「ちーちゃん、もう駄目だよ~~。身体がをもっと労わらないと」

「た、束………私は」

「私、ちーちゃんのことなら何でも知ってるんだから。この10年間無理して投薬治療だけで留めながら、ブリュンヒルデとしてISに関わって、皆をちょっとでも導こうとしたんだよね」

 

 その言葉に千冬の肩が震える。なんとか言葉を搾り出そうとするが、うまくまとめられずに途切れ途切れになってしまう。

 

「私は、束………違うんだ。聞いてくれ」

「わかってるって………ちーちゃんは先生の跡を継いだんだよね」

「!?」

「先生の代わりに、この世界を導く英雄になろうとしたんだよね………わかってるよ。今まで一人でご苦労様………そして御免なさい。ちーちゃん一人に背負わせてしまって」

 

 束の腕がゆっくりと千冬の首の周りに回され、彼女の暖かな体温が千冬を包み込む。

 

「もう一人で頑張らなくていいよ。もう一人で苦しまなくていいよ………後は私が引き継ぐ」

 

 暖かな言葉と、束の匂いが千冬を包む中………彼女は口にする。

 

 ―――先生ノ平和ヲ実現サセルタメニ、虫ケラ共ヲ根絶ヤシニシテアゲルネ―――

 

「………束?」

 

 先ほどまでの暖かな空気が一瞬で絶対零度にまで凍り付き、千冬の背筋が凍てついてしまう。

 

「準備は整ったよ。偽りの10年間で、いろいろふざけた方向に進んじゃったけど、これからはきちんと先生が望んだ平和を私が実現してみせる」

「………束」

「先生に守られて、先生に支えられて、先生が命を賭けたのにッ!!………それを忘れようと、なかったことにしようとした世界は終わるんだ」

「束ッ!!」

「これからは先生の遺志が世界を統べる。私がそれを成す。正しい平和が訪れるんだ。先生が望んでいた平和が………これで先生も安らげるよね」

「………私が」

「その前に間違いを正さなきゃ………まずは先生をなかったことにしようとした国を地上から根こそぎ滅ぼして……後はISのことを勘違いしてる馬鹿共をひねってあげて」

「私のことがッ!!」

「ちゃんと世界を綺麗にすれば、そこにはちゃんとした平和が訪れるよね………私達が大好きだった先生の夢が実現するんだ!」

 

 次々と恐ろしい事を口にする束に我慢ならなくなった千冬は、彼女を引き剥がして肩を掴むと、この10年間聞きたくて、でも怖くて口に出来なかった問いをぶつけた。

 

 

「私の事が憎いのか!!」

 

 

 先生を殺し、世界の嘘を守り、でも結果的にそれが原因で歪み続ける現実を作り出した事が、束は許せないのではないのだろうか? 千冬が心のまま、涙を流しながら問いかけた言葉だったが、その言葉を聴いた束は首をかしげると、何を言っているのかわからないといった表情になるのだった。

 

「何言ってるのちーちゃん?」

「わ、私が先生をッ!! この手でッ!!」

「それが必要だったんでしょう?」

「!?」

 

 息がつまり、呼吸がうまく出来なくなった千冬が、全身から冷や汗をかきながら束をゆっくりと見つめる。

 

「先生が自分で殺すように仕組んだんだよ。わかってるよ………ううん、ちーちゃんは悪くないよ」

「!?」

「私が作ったISが先生を殺したんだ」

「たばッ・」

「ちーちゃんは何も悪くないよ。先生を殺したことも、先生よりもいっくんを選んだことも、私達から先生を奪ったことも、私から先生を奪ったことも、先生を殺して世界を我が物顔で支配した気になった豚共の側についたことも、先生を殺して英雄として称えられたことも、そのせいで先生は皆に永遠に侮蔑と嘲笑の対象にされたことも、私が作ったISを先生が世界征服に使うための超兵器だなんて勘違いして先生を殺してISを奪おうとしたことも、先生が死者を出さずに必要最低限で追い払ったのに勝手に報復に怯えて責任を擦り付け合ったあげく先生が全ての責任を一人で背負うと決めた途端に手の平返して先生の策に乗ったことも、先生が死んだ途端に私にISの特許申請を認めて勝手に金儲けに走ろうとしたことも、誰も先生の生き様と死に様なんて見ずに目先の金が欲しかった事も、みんなみんな、ちーちゃんが悪いわけじゃないからね」

 

 歪んでいる。

 どす黒く歪んだ何かで、束の笑顔が歪み、目の前の親友が何か得体の知らない怪物に変貌していたことに千冬はこの時初めて気がついたのだった。

 

「………頼む。束………私が憎いなら、私を殺して終わりにしろ。お前のその憎しみで世界とそこに生きる人達まで焼きつくそうだなんて考えないでくれ!!」

 

 その言葉に一夏と陽太の表情が歪むが、千冬の思いはブレることはない。

 自分が壊してしまった世界が、親友が、自分の命一つで元に戻るというのなら喜んで自分はこの命を差し出そう。必死な思いで問うた千冬の言葉だったが、そんな彼女の言葉も今の束の心を何一つ揺らすことができなかった。

 

「もう、何を言ってるのかわからないよちーちゃん? 私が焼くのは嘘だけ。真実を世界に明かすのっ!!」

 

 彼女の変わらない笑顔を前に千冬はこの時、本当の意味で悟る。

 束が自分をやはり恨んでいる事。恨んでいるがこそ彼女の憎悪は世界を焼き尽くす気でいるのだと。

 

「先生こそが正しかったんだ。先生が望んだ平和じゃない世界こそが間違いなんだ。そうに違いないんだ」

「…………束」

 

 周りで見ている人間にも手に取るようにわかる。千冬の言葉は何一つ束に響いていない。どんなに千冬が叫んでみても、束は首を傾げるだけで取り合おうとすらしていない。

 

「それには異議を唱えさせてもらうぞ束?」

 

 だが、まったく交わらない二人の平行線の会話に、堂々と進入してくる者もこの場にはいたのだ。

 

「何かなあーちゃん?」

「正しいのは先生ではない。正しいのは『私』だ。そこは認識を改めてもらう」

 

 束よりも遥かに高い身長をしたリキュールが、彼女に近寄りながら言い放つ。

 

「もう、あーちゃん? まさか冗談で言ってるわけではないよね?」

「私は冗談は嫌いなのでな。束もいい加減『先生(親)離れ』はしないといかんぞ?」

「………先生の意見に逆らうなら、ちーちゃんでもあーちゃんでも私は容赦しないよ?」

「おお。そうかそうか。ならば私も改めて宣戦布告しないとな………先生(彼女)は負け犬だ。そして私が勝者だ。お前も素直に私に頭を垂れるなら、親友として手厚く迎えよう?」

 

 見下ろしながら微笑むリキュールと、見上げながら微笑む束………共に温厚そうな表情をしながらも、背中から発せられているオーラは、親友同士の友愛に満ちたものとはかけ離れ、戦場で刃を向け合う仇同士そのものと化していた。

 

「………やっぱりこうなっちゃったか。今日のメインはあーちゃんの意志を確かめに来たんだけど~~~?」

「お前がここに来てくれたことは予想外だったが、私も束の意志を確認できて幸いだった………つまりは私とお前で………」

 

 

「「戦争だ(ね)」」

 

 

 驚くほどあっさりと殺し合いをしようと言い放つ親友同士の姿に言葉を失くすギャラリー達。家族同然でもあったはずの同門達が極めて軽い口調であまりに重たい事態を決定したことに誰もが言葉を失くす。

 

「待てッ!! 貴様等ァッ!!」

 

 そう、彼女ただ一人を除いて………。

 

「何を考えているのだお前達はッ!! 戦争だと!? 殺し合いをしよう? 気でも狂ったとでも言いたいのか!?」

「………ハァ…千冬」

 

 お前の方こそ何を言っているのだ千冬? とでも言うように心底物分りが悪い人間なのだなとあきれた表情になるリキュールと、そんな千冬にスキップしながら近づく束は、笑顔のままで彼女に問いかける。

 

「じゃあちーちゃん!? ちーちゃん達は『どっち』の味方についてくれるのかな?」

「束ッ!! 私が言いたいことは」

「もう~~~! どっちつかずはよくないよ~? 10年前だってちゃんと覚悟を決めててくれたら、私もあーちゃんもちーちゃんに味方したのにね~~!! だからこそ………」

 

 

 ―――私がオーガコアを作らないといけなくなったんだからね!―――

 

 

『!?』

 

 全員の時間が今度こそ停止する。束の言葉の意味が、あまりにも愕然とする事実であっただけに………。

 だが束はそんな驚愕する若者達にもさしたる興味を示さず、ただ自分の実妹と弟同然の少年のほうを見ると、変わらない笑顔で聞いてくる。

 

「みんな驚いた表情になってはいるけど………少なくともほーちゃんとようちゃんは薄々予想してたんでしょ?」

「「!?」」

「それはそうだよね? 二人とも私しかISコアを作れないことを知ってるんだから、ISコアの派生であるオーガコアを私しか作れないことぐらい考えつけない訳無いもの?」

 

 陽太と箒の表情が同時に歪み、そんな二人の心境に耐えられなくなったのか一夏は必死な形相で束を説得しようと試みた。

 

「なんで束さんがオーガコアを!? オーガコアのせいでどれだけの人が犠牲になって、世界がどれだけ

混乱したと思ってるんですか?」

「それは違うよいっくん?」

「?」

「オーガコアによって犠牲になった人間は………先生の平和には必要じゃない人間だったんだよ」

「!?」

 

 彼女のその言葉に、陽太と一夏の脳裏にオーガコアによって人生を狂わされた人達の姿が一瞬で過ぎる。

 

「オーガコアは云わば世界を浄化するための装置なんだ。自分の欲望で我を忘れる程度の人間相手には丁度良いじゃないか!! 君達も見ただろ? 過ぎたるモノを求めて狂う操縦者の姿、そしてその操縦者をコントロールしようと逆に食われるバカ達………自分達がどれほど薄汚れているのか知らないから、あんな無様な…」

「ふざけるなぁっ!!」

 

 大声で叫んだ一夏に、束は一瞬だけ言葉を詰まらせる。

 対して一夏は彼女の看過できない言葉に、激しい怒りを覚え、束に一歩一歩近づきながら叫び続ける。

 

「そんな身勝手な理屈があってたまるかよ!! 丁度良い? 平和には必要ない? 束さん、アンタ自分が何を言ってるのか本当にわかってるのかよ!?」

 

 ―――オーガコアが原因で理不尽に姉が死んだマリア、そして物言わぬ身体にされてしまった簪の姿―――

 

「俺は認めないぞ!! そんな勝手な理由で、傷つけられなきゃいけない人間がいるなんてことをっ!!」

 

 そんなこと認めてたまるか。家族を奪われてしまった苦しみが、親友を助けられなかった悔しさが、当然のことだなんてまかり通ることを一夏が、そしてこの男が許すはずもなかった。

 

「ふぬはっ!!」

 

 ―――束とリキュールに向かって放たれるプラズマ火球―――

 

『!?』

 

 二機のゴーレムがそれぞれ自身の腕を盾にしてその攻撃を防ぎきる。そして皆の視線は釘付けにするように、痛む身体を無理やり動かしながら一夏の肩を叩いた陽太は、珍しく素直な賛辞の言葉を一夏に送ったのだった。

 

「よう言った一夏。それでこそ俺の下僕(ポ〇モン)368号」

「いつから俺はお前の下僕にっ!? てかポケ〇ンとか中途半端に古い・」

「俺達の返事は今の通りだ束………そのクソみたいな考えを今すぐ捨てるなら、半殺しで済ませてやるぞ」

 

 ヴォルケーノの銃口を束とリキュールのそれぞれに向けながら、彼は吠えた。

 

「IS学園はお前ら両方をぶっ飛ばす。平等に、丁寧に、九割殺しじゃっ!」

 

 衰えぬ闘志と、反骨精神の塊のような性根が言わせたその言葉に、束は先程までの笑顔とは一変させ、

僅かに緊張感を含んだ表情で問いかける。

 

「このISの生みの母に戦いを挑もうとか考えてるのかな~? 負け犬ようちゃんは?」

「うるせぇっ!! てかそれ以上負け犬連呼したら、光速で人生終わらせっぞっ!!」

 

 禁句を連呼する育ての母に激しく噛み付く陽太に対して、束はこれ見よがしに胸の谷間に手を突っ込むと、魅惑の隙間からピンク色のクリアカラーのUSBらしきものを取り出して、指で遊ばせながら見せつけ、そしてとんでもないことを口走った。

 

「さてとここでクイズで~す? ようちゃんが使われると泣き出しちゃうものってな~んだ! ヒントはピーマンよりも強烈です!」

「何だとッ!?」

「動じるなよッ! それとピーマン食えないとかどんだけ小学生なんだよ!!」

「正解は…………世界で唯一つの『全ISの強制干渉制御装置』でした~!!」

 

 IS学園側も亡国機業側もその台詞には背筋を凍らせ、武器を用いて直ちに彼女の手元から引き剥がそうと構える。

 あのピンク色の物体が本物かどうかは判別できないが、ISコアを作ったのは篠ノ之束である以上、すべてのコアにそのような細工を施していても不思議ではない。それに今の彼女の思想を聞いていれば、ISコアを停止させ、世界中を混乱させることになんら躊躇しないことも明白であった。

 

「これは掛け値なしで世界で唯一の特殊なキーで、束さんでも合鍵は作れませ~~ん!! 本当にこの世に唯一つのもので~す!」

「チッ!」

「だ・か・らっ!」

 

 『アレ』を使用されたら、オーガコアに対する対抗手段を失うことになる。そうすれば世界中でどれだけの犠牲者が出てしまうのか想像すらできない。

 何があろうともそれだけはさせないと身構える陽太だったが、しかし束はまるで最初からそうすることが目的だったかのように………。

 

 ―――あっさりと目の前でへし折り、地面に欠片を落とすと更に念入りに踏み砕いた―――

 

「なっ!!」

「これでISに対しては束さんももう強制的に干渉する手段を失いましたとさ♪」

 

 絶対の切り札とも言えた物をあっさりと破棄したことに驚きが隠せない陽太達だったが、束はさっきまでの血の通わない得体の知れない怪物の表情から、血の通った陽太がよく知る『篠ノ之束』の表情となって彼らに話しかけた。

 

「今日のあーちゃんとの奮戦と、ようちゃんといっくんの決意のご褒美にしてあげる」

「………どういうことだ?」

「だって戦いなんだから………簡単に勝負が決まっちゃつまらないよね? あーちゃんもそう思うでしょ?」

「ああ、勿論だよ束」

「だから、向かってきなよ学生諸君? 私とあーちゃんは世界を壊す。君達がそれを阻止する。分かりやすい構図になったね」

「無論、私と束も対立する………三つ巴とは中々面白くなってきたな」

 

 二人が簡潔に状況をまとめる言葉を述べたのを受け、陽太達も対抗するように言い放った。

 

「ああ、俺達が束さんと亡国機業を止めてみせる!」

「うん、これ以上貴方達の好き勝手にはさせない!!」

「あんまりテロリスト共が調子に乗らないでよ!」

「そうですわ、ましてやっ!!」

「教官を侮辱して否定したお前達を、私は許んぞっ!!」

 

 一夏、シャル、鈴、セシリア、ラウラと吠える中、箒は一歩前に出て、実の姉である束に揺れる瞳で問いかけた。

 

「姉さん………」

「ん? どうしたのかなほーちゃん?」

「………私は……許さないっ!!」

 

 空裂の切っ先を束に向け、彼女は今にも泣き出しそうな表情で激しくまくし立てた。

 

「貴方がオーガコアを作ったせいで、簪が………私の親友が深手を負って今も意識が戻らないっ!!」

「……………」

「ましてや、貴方のせいで私達の家族はめちゃくちゃになったというのに………どうして貴方はいつもそうやって自分勝手なんだ!!」

「……………」

「答えて………姉さん。なんで? どうして?」

 

 自分達家族よりも今はもういない恩師の遺志の方が大事なのか?

 では自分は? 父や母は貴方にとってなんだったというのだ?

 どうか答えてほしい!! そんな縋るような妹の瞳を受けた束はただ微笑み返しながら呟く。

 

「ほーちゃんは相変わらず本当に優しい子だね………私をまだ姉さんと呼んでくれるんだもん」

「姉さん!? 今は私が言っているのは!?」

「『あの人達』はとっくの昔に私の事が娘じゃなくなっていたのにね?」

「!?」

「先生との約束………ただ一つだけ守れそうにないものがあるね」

 

 遠い日に恩師との間に交わされた約束の中に、どうあがいても自分ではかなえられないものがあるのだと思い知り、驚くほどに自分の心に痛みが走っていることに内心で驚きながらも、彼女はまったく表情を変えずに妹に背を向け、再び親友達の方に向く。

 

「それじゃあ私も続きに参加しようかな?」

「ほう? 私対束対陽太君達か………流石に分が悪いな」

『!?』

 

 腹心である竜騎兵達ですら聞いたことがない暴龍帝の『分が悪い』という発言に、亡国サイドが戦慄する。

 『あの』天上天下唯我独尊唯一絶対のプライドの持ち主であるリキュールが自身の劣勢を口にするなど、有り得る訳がないと思っていただけに、竜騎兵達は特に信じられないものを見るかのような目で主の姿を無言で凝視し続ける。

 

「(これで一応の体裁は整ったな。ナイスだ束)流石に時間をかけすぎた………今回は私の敗北ということにしよう、IS学園諸君?」

「………はあぁっ?」

 

 『いやぁ~~負けた負けた。完敗だ』とどう聞いても余裕しか感じられない声に、屈辱と敗北感で燃え滾っている陽太が両手のヴォルケーノを構え、振り返れと叫ぶ。

 

「んなもん認められっかぁっ!! こっち向け爆乳ッ!! きっちり俺がぶっ殺してやるッ!!」

「………では言い方を変えよう」

 

 ―――静かに振り返った紅玉の瞳が、暴龍の咆哮の如き殺気を陽太にぶつける―――

 

「!?」

 

 桁違いの殺気と負傷の痛みによって膝を突いてしまった陽太を見ながら、リキュールは静かに言い放った。

 

「陽太君、一夏君達も、今よりも遥かに強くなれ。本気の、全力の私が殺したいと思えるぐらいに」

「な………にぃっ?」

「私と互角に戦えるようになったら挑みにきたまえ………全力で私も応えよう」

 

 あくまでも自身と互角の強敵を望むリキュールは、あえて陽太に屈辱感を植え付けた上でこの場を去ろうとする。

 彼ならば近い将来必ずその領域まで来ることができる。そう確信したが故に、今日の自分は敗北したのだ。最強のアレキサンドラ・リキュールを敗走させた彼らはこれから台風の目として世界に注目され、それによって様々な試練が降りかかってくる。そう………試練こそが人を強くするのだ。

 

「さて………私は今日は帰らせてもらうが」

「待てッ!! アリアッ!!」

 

 引き上げようとするリキュールを、彼女は何とか引きとめようとあえて忌み嫌っている本名を呼んだ。

 

「………何度も言わせるな千冬。私が『アレキサンドラ・リキュール』だ」

「違うッ! お前はッ!!」

「………その者はお前が殺した。その者の刃は操縦者としてのお前を殺した。それが10年前の全てだ」

「!?」

「わかったな千冬? 私もこれ以上はお前を責めまい………もはやお前は『終わった』のだ」

 

 今度は地に膝を突いたままの千冬をリキュールが哀れむような瞳で見下ろしながら話す。

 

「お前は陽太君達を育てた。それはお前の功績としよう………だからこそそれ以上見苦しく昔を求めるな」

「違うッ! まだ何も終わっては・」

「『終わった』のだ………お前は最後まで選択を放棄した。自身が進むことを放棄したのだ。私や束は進むぞ」

「!?」

「お前はどうなんだ束?」

 

 愕然と震える千冬と、そんな彼女を見ながら束も優しい口調で『最後通告』をする。

 

「……………ごめんね、ちーちゃん?」

「束?」

「もう………私達戻れないよ」

「!?」

 

 ―――何かが千冬の中で崩れ落ち………――― 

 

「もう私達は昔に戻れないんだ……………でも、それがわかるまで随分長く時間がかかったね?」

「ち………が…う」

 

 胸を押さえながら荒い呼吸と滝のような汗を流しながら、彼女は束に声だけで縋りついたのだ。

 

「また………私……たちは……」

「じゃあどうして?」

 

 ゆっくりと千冬が束を見上げる。

 

「どうして?」

 

 その表情………10年ぶりに見る、束の真の感情………怒りに燃えた瞳が千冬を捉える。

 

「どうして、私とあーちゃんが守ってほしかった先生をちーちゃんは殺せたの?」

 

 ―――彼女の中にあったものが―――

 

「貴方が壊した私達の優しい世界………」

 

 ―――本当に大切に思っていたモノが―――

 

「返して、ちーちゃん?」

 

 ―――粉々に砕け散った―――

 

 もうその言葉に千冬は何も答える事ができない。ただもう隠せない涙を流しながら首を横に振り続けることしか彼女には許されなかった。

 

「さようなら、ちーちゃん」

 

 硬く凍りついた言葉を投げかけたまま、千冬の横を通り過ぎ、陽太達に話しかけた。

 

「じゃあ、私も帰るね! 今後の戦い、よろしくっ!」

「………ッ!」

「ようちゃん?」

 

 無言で拳を握り締めた陽太が突然、束に殴りかかろうとしたのだ。

 

「ヨウタッ!!」

「いけませんっ!!」

 

 だがそれを背後からシャルとセシリアに羽交い絞めで止められてしまう。理由は明白。陽太が動き出した瞬間から束の周囲を守るようにゴーレム達が高出力のビームキャノンを展開してたのだ。

 

「これ以上戦ったら本当に命にかかわるんだよっ!」

「ッ!!」

「今はお願いしますから、どうか我慢してください!!」

 

 シャル達も陽太の怒りの理由が手に取るようにわかる。

 

 彼女の背中が語っていたこと………千冬は二人の親友を止めたいと言っていたが、本当は償いたかったのだと。自分のせいで大切なものを失ってしまった二人に、自分が大切なものを奪ってしまったことをずっと償いたくて、二人にこれ以上の過ちを犯してほしくなかったのだ。

 だが、二人はそんな千冬の気持ちを知りながらも歯牙にもかけず見向きもしなかった。

 

「俺が………お前等をぶん殴るッ!!」

 

 流れ出た感情が行き着き、その言葉に集約されるのを感じた束も、また笑顔でそれを受け止める。

 

「へぇ? 流石だねようちゃん達は………流石、先生の後継し・」

「知るかッ!! そんな奴の事なんざッ!!」

「!?」

「俺は俺の意志でテメェ等をぶん殴るッ!! 英雄だの平和だの知ったことかッ!! こっちから願い下げだボケッ!!」

「………」

「お綺麗な理由なんかいらん。腹立たしくて、苛立たしくて、頭にくるお前等をぶん殴るのにそんなもんが必要かっ!?」

「………そう」

 

 感情のまま、あるがままに自分に怒りを感じる陽太の姿に束は何を見たのだろうか?

 ホンの僅かな間、瞳を閉じ、何かを感じ取りとりながら再び開いた眼(まなこ)が、しっかりと彼を捉えつつその成長を喜ぶ気持ちを若干映したのだった。

 

「変わったね、ようちゃん」

「?」

「昔はそんな風に真っ直ぐに怒る姿を見せたことなかったよ」

 

 歳不相応な大人な表情を浮かべることが多かった少年が、まるで年頃の少年のように、自由に自分の気持ちを表現している。

 そして言葉の中に、束自身のことを案じているからこその怒りがあることに、本当にうれしい気持ちで一杯になり、そしてもう自分の腕の中にはいないという寂しさを感じつつ、誤魔化す様にいつもの意地が悪い笑みを浮かべた。

 

「変わった………っていうよりも、そういうことができる自分がいるんだって気がついてくれたのかな?」

「!?」

「………やっぱり君はIS学園(ココ)に来るべきだったんだよ」

 

 もう少年は自分の元を巣立った………本来あるべき場所に戻ることができた。

 ならば自分はこれで心おきなく自分が決めたことを成す事ができる。

 

 

「改めて………サヨナラだよ、ようちゃん。今度会うときは敵としてだね」

「束………覚えておけ」

 

 ただならぬ決意を宿している束の瞳を受け、陽太もこれ以上ただの言葉で束が止まるとは考えず、真っ直ぐに見つめ返し、言い放つ。

 

「俺がお前をぶん殴る。いいか………お前を殴って止めるのは俺だ」

「………いいね、ソレ。今までで一番響いたよ」

 

 それだけ言い交わして去っていこうとする束であったが、陽太達の隣を通り過ぎようした束をシャルが呼び止める。

 

「篠ノ之束さんっ!!」

「?………いたのか、泥棒猫」

 

 自分の存在を完璧に忘れ去っていた束にむかっ腹が立ったシャルだったが、今はとりあえず横においておくことにする。

 

「質問があります」

「私にはないよ。てか忙しいんだから気軽に話しかけてくるなよ~~~。この間までシーツに包まってメソメソ鼻水垂れ流したくせに」

「そ、そんなことしてませんよ!!」

「鼻水?」

 

 『何の話?』と食いついてくる陽太を眼光一線で黙らせたシャルは、これ以上余計なことを言っていては聞く前に逃げられると感じ取り、手っ取り早く話の本題に入るのだった。

 

「あなたがオーガコアを作ったというなら………じゃあ、ISっていったい何なんですか!?」

「……………」

「答えてくださいッ!! オーガコアを作って世界を混乱させてるのに………どうして貴方はISをヨウタに、私たちに渡したんですか!?」

 

 オーガコアで世界を破滅に導きつつ、ISを開発してそれを食い止める。

 明らかに矛盾する行動に疑問を感じたシャルのその言葉を聴き、束はにやりと意地の悪い笑みを浮かべると、彼女は人差し指をゆっくりと地面に向ける。

 

「泥棒猫のくせに、良い所に勘付くな、汚い泥棒猫。流石は汚い泥棒猫」

「ケンカ売ってるんですか!?」

「そこまで気がついたのなら、考えてみろ………自分たちが今、何の上に立っているのか?」

 

 束の言葉に半ギレ状態になるシャルだったが、束が何を指差しているのかわからず、そのままの状態で乱暴な言葉で問いかけた。

 

「人を馬鹿にするのもいい加減にしてください! 地面見てどうするっていうんですか!?」

「やっぱりそこがお前の限界だな、半端ボイン」

「半端って!?」

「考え続けろ………『IS(インフィニット・ストラトス)』という名前に込められた『願い』と『祈り』を」

 

 ―――ISという名をつけた先生の『願い』と『祈り』を―――

 

 最後、束が何を言っていたのか小声過ぎて聞き取れなかったシャルを尻目に彼女はゴーレム達を引き連れて、空に飛び上がっていく。

 

「……………」

 

 そして最後に、ただ呆然と立ち尽くす千冬の姿を一瞥し、そして振り切るように前を向くと、二度と振り返ることなく空の中に消えていったのだった。

 

「さあ、私達も帰るとするか」

 

 束の姿を見送ったリキュールも、気を失っているジークを小脇に抱え、IS学園に背を向けて飛び立とうとしていた。

 

「今日の戦いは本当に楽しかったぞ陽太君。よかったら今度二人っきりでディナーでもどうかな?」

「結構ですっ!!」

 

 むしろ陽太よりもシャルがすばやく反応し、そんな彼女のリアクションが気に入ったのか、先ほどの話に一つ付随するような形でリキュールがシャルに言い放つ。

 

「ずいぶんと独占欲が強い小娘だな。私相手だと陽太君が浮気しないか心配なのか?」

「だ、誰がっ!?」

「では勘のいい小娘に特別サービスだ…………ISの名は約束でもあるのだよ。遥か遠い未来への」

「み、未来?」

 

 意外な言葉に首をかしげるシャルだったが、頭の中で束の言葉と行動、そしてリキュールの言葉の意味を考え始める。

 

「考え続けろ、次代の守護者に『なるかも』しれない者達………私達は私達の道を行く。三つ巴だ」

 

 今日の束の話を聞いて、自分と束は考え方は似ていても最終地点が全く違うこと。それゆえに交わることが絶対にないことを悟ったリキュールは、これからの世界の勢力図がどう変化するのかを感じ取り、身体の奥底から湧き上がる喜びに打ち震えていた。

 

「(さて、先ほどからスコールのラブコールも続いていることだし)」

 

 三秒おきに点滅する通信回線の呼び出しに、当然こちらの映像をモニタリングしているスコールが血相を変えて自分に問い詰めてくる未来図にも、今のリキュールは何一つ臆することはなかった。絶対に『なんで篠ノ之束と勝手に交渉決裂してるのよっ!! 言葉と友情を盾に懐柔せんかっ!!』と怒鳴ってくることは明白である。

 

「……………」

 

 そしてリキュールの視線が束同様に千冬の背中を捉え、瞳に複雑な心境を浮かび上がらせる。それは彼女への同情なのか、憎しみなのか、哀れみなのか、怒りなのか………それとも失われたはずの友情なのか。だが自分の心の内を覗くことを止めたリキュールは千冬に背を向け、『最後』の別れの挨拶をする。

 

「さらばだ千冬。もうお前とは会うこともあるまい」

 

 別れの言葉を残し飛び立つリキュールと、黙ってそれに付き従う竜騎兵達………そして彼女の達の一番最後に、姉の背中を何度もチラ見しながらも暴龍帝達の後をマドカは追うように飛び立って行くのだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「チッ………何が勝ちだ!?」

 

 束や亡国機業達の背中を送り出した陽太達だったが、現状彼らに勝利の余韻に浸ることなど出来はしない。

 それは束やリキュールから聞かされたISに関わる秘密と、その影に隠されていた歴史の真実。そしてオーガコアの真相や千冬が背負った罪が、あまりにも重すぎたからだ。

 

「とりあえず………ヨウタ、カール先生に」

 

 重症の陽太をどうにか医務室に送ろうとするシャルだったが、陽太がそれをやんわりと拒否する。

 

「俺よりも先に医務室に行く奴がいるだろう?」

 

 彼の視線の先にいる、呆然と立ち尽くす千冬を見る。そしてそれは一夏も同様で、静かに彼女のに近寄ると、痛々しい背中に手で触れようとする。

 

「千冬姉………今は、カール先生に・」

 

 これ以上の負担は素人目で見ても良くない。すぐさま医務室、もしくは病院に行ってもらおうとしたのだったが………。

 

「ガハッ!!」

 

 ―――大量の吐血をした千冬がゆっくりと地面に倒れようとする―――

 

「千冬姉っ!!!」

 

 それを悲鳴を上げながら寸での所で受け止める一夏。そして陽太達も慌てて駆け寄ってくる。

 

「千冬さんっ!!」

「教官っ!! しっかりしてくださいっ!!」

「早くカール先生をっ!!」

 

 陽太、ラウラ、シャルが血相を変えて叫ぶ中、一夏の腕の中で顔を真っ青にして苦しむ千冬がゆっくりと瞳を開く。

 

「い………ち…か?」

「千冬姉ッ!?」

「わ………た………し…は」

「もういいよっ!? 喋んなくていいよっ!! だから頼む。死なないでくれよっ!! 生きてくれよ千冬姉ッ!!」

 

 涙を流しながら腕の中の千冬に彼は懸命に『生きろ』と伝えてくる一夏に、大量の血で濡れた手をゆっくりと上げて、その頬に触れる。

 

 ―――私は失敗だらけだな―――

 

 ―――先生を守ることも、親友達を止めることも出来なかった―――

 

 だんだんと千冬の力が抜けていくことが一夏には理解できたのか、さっきよりも遥かに懸命に訴え続ける。

 

「嫌だ………千冬姉ッ!! 俺を一人にするな………生きてくれよぉぉっ!!」

 

 ―――だけど……お前はいつも私のそばにいてくれたな―――

 

 ―――先生を殺した後だってそうだった―――

 

『ちふゆ姉………おかえりなさいっ!!』

 

 今でも彼女の記憶の一番深い部分にはしっかりと収まっていた。

 師を殺し、友と殺しあった後、自分は狂い死ぬはずだった………こんな理不尽で、救いのない世界で生きていくことなど当時の自分では考え付くことも出来なかった。

 

 だけど何もかも失ったはずの自分が、虚無となったはずの自分が家に帰ると、そこには自分を迎え入れてくれた一夏の笑顔があった。

 

『…た、だい…………っ、ごめんっ』

 

 昼寝をしていたのだろうか? 一夏はそのときの事をもう覚えていないだろう。寝ぼけ眼で自分の足にしがみついてきた一夏を抱きしめ、彼女は嗚咽を漏らしながら何度も言い続けた。

 

『ただいま……ゴメンッ、ゴメンッ………ただいま』

 

 あの時、彼女はようやく悟る。自分はどうしてそんな理不尽の中でも生きていこうと思えたのか?

 どんなに道に迷っても、どんなに間違ってしまっても、どうしても捨てきれないものがあったことを。

 

『待たせて……ごめんっ。待っててくれて………ありがとう』

 

 ふと、恩師が昔、何気なく自分達に聞いた言葉がその時脳裏をよぎった。

 

 

 ―――あなた達は、どれぐらい道に迷って、間違って、時間をかけて………自分の答えにたどり着くのかしらね?―――

 

 

 抱きしめながら、彼のぬくもりが自分をこの世に留まらせてくれている事。自分が彼に必要とされることで生きていることを実感し、だからこそ一夏を守りたかったのだ。

 

「い………ち………か?」

 

 彼女の血で濡れた頬に触れながら、千冬の瞳から一筋の涙が零れ落ちる。

 

「千冬姉ッ!!!」

「………あ……りが……とう」

 

 ―――私をお前の姉にしてくれて、本当に幸せだった―――

 

 最後まで口に出来なかった言葉………そして千冬の瞳がゆっくりと閉じられ……。

 

「千冬姉?」

 

 ゆっくりと崩れ落ちた手が………。

 

「千冬姉ッ!?」

 

 地面の上に落ち………彼の慟哭が夕日に染まるIS学園に響き渡った。

 

 

 

「千冬姉ぇェェェェェェェェェェェェェェッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 




今回のあとがきは少々長く予定なので、活動報告のほうに書かせていただきます。





 嵐は過ぎ去り、IS学園には静寂が訪れる

 己の無力を嘆く少年

 非力に苛立つ少年

 何もできずに見守る少女達


 そして彼女は、再び己が師と邂逅を果たす


 次回、太陽の翼

 『いつか君に届くはずの 名も無き幼い詩が描くワガママ』



 今は泣こう 
 
 また明日、立ち上がるために




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

いつか君に届くはずの 名も無き幼い詩が描くワガママ

気がついたら更新するのに一月半以上かかったよw

最近クロスアンジュばっかりみてたのが原因か………おのれ、ク〇ニ兄貴にアンジュさんめ



てなわけで、とりあえずの学園襲撃編の完結です


 

 

 

 

 

 更識の一族が経営する『鵜飼総合病院』に搬送された千冬の手術は、実に8時間にも及ぶ大手術となった。

 開胸され、晒された心臓の損傷具合がひどく、どうしてこの状態で日常生活を送れていたのか執刀医であるカールと同じ手術台にたった医師が驚愕するほどで、普通の人間ならばとっくの昔に亡くなっていたという感想から、普段から彼女が生死の境に立たされながらも平然と自分達に教鞭を振るいつつ、対オーガコアの指揮を取っていたのかを教えられ、教え子達の気は地に落ちてしまう。

 

「……………」

 

 真夜中になった病院の廊下において、手術室の前の椅子にISスーツを着て、頬に乾いた千冬の返り血をつけたまま座り込んでいた一夏は、青褪めた表情と恐怖かくる震えを隠せず、両手を膝につけたまま俯き、虚空を見つめ続ける。

 

「(イヤダイヤダイヤダイヤダイヤダッ!! 千冬姉が死ぬなんてッ!!)」

 

 もはやそれは織斑一夏にとって世界の滅亡を告げられてしまうことに等しかった。

 彼には両親と呼ばれる存在が記憶の中にはない。物心ついたときからすでに肉親は千冬だけであり、ほかの親戚も親類もおらず、そのことに何度か疑問や不満を覚えたこともあったが、特別悲しいと感じたこともなかったのだ。

 

「(千冬姉が………死んじまうっ!!)」

 

 そう。彼女がいつだって自分のそばにいてくれたから………。

 

 血が滲むほど拳を握り締め、千冬の命が風前の灯となっている今の状況と、それを導いたものが何なのかを考え、彼は絶望する。

 

「(そうだよっ!!………なんで千冬姉だったんだ!? 死ぬなら俺のほうがいいじゃないかっ!! 何にも知らないで……弱くて、無力で………すぐに調子に乗って……誰も守れないくせにっ!!)」

 

 自分が平凡で当たり前の暮らしをしていた裏で千冬はいつだって死の危険に見舞われながらも自分に微笑み続けていたことが、そんな姉の苦痛に何も気づかずただ盲目的に凄いとのたまい、彼女を守ろうだなんて考えていた。

 

「(お前が代わりに死んじまえばいいだ、織斑一夏っ!!!)」

 

 誰が誰を守る? その言葉に込めるべき覚悟も決意も想いも何もかも持ち合わせていなかったというのに? なら、その『守る』という言葉を口にしていい人物が生きて誰かを守っていくべきで、何一つ持っていない自分がのうのうと生き残ることのほうが罪深いんじゃないのか?

 ただひたすらに自分の心の中に一夏は絶望を募らせていく中で、彼に近づく人物がいた。

 

「………一夏」

 

 制服姿にいくつかの絆創膏と包帯を巻いた箒が、手にスポーツドリンクと軽食を持って労わる様に声をかけてくる。

 

「少し体を休めろ一夏」

「………いい」

 

 短く話を切り捨てようとする一夏の姿に、苛立ちよりも悲しみが湧き上がった箒は彼の隣に腰を落とすと、尚も必死に懇願する。

 

「戦闘が終わってから飲まず食わず休まずでは体を壊してしまう! ここは私が代わるから…」

「代わるだってっ!?」

 

 突然立ち上がって、箒を睨みながら一夏は激高する。

 あくまで箒は彼を気遣った言葉をかけただけで、今までの一夏ならば笑って感謝するべき場面だったはずだ。

 

「ああ、俺が代わればよかったんだっ!!」

「………一夏?」

「俺が代わりだったらそれでよかったんだよっ!! 箒だってそう思ってんだろ!?」

 

 彼が何をどんな風に怒っているのかまるで理解できなかった箒だったが、次の言葉を一夏が放った事でようやく合点がいく。

 

「俺が………千冬姉の代わりに…………死にかけてりゃ」

「一夏ッ!!」

 

 瞬時に理解したがゆえに箒も我慢できず、立ち上がると彼の肩をつかんで険しい表情でその言葉を否定しようとする。

 

「誰も一夏にそんなことを望んでない! 私も! 陽太達もっ!! 千冬さんだって・」

「そんなの誰もわかるわけないだろう!」

「わかるっ!! 何のために千冬さんが命を賭けて戦ったと思っているんだっ!!」

「!?」

 

 その箒の言葉を聞いた一夏は今度こそ何も言えなくなり、全身の力が抜け落ち、箒に寄りかかる。

 

「一夏っ!?」

 

 脱力して自分に抱きついてくる一夏の変化に、昼間のダメージが今になって現れたのか、と本気で心配しつつ、彼に必死に話しかける。

 

「………イヤだ」

 

 そして一夏は箒の身体にしがみ付くと、まるで縋り付く様に泣きじゃくりながら叫び続ける。

 

「イヤだイヤだイヤだイヤだっ!!………千冬姉が死んじまうっ!!」

「………一夏っ!!」

「俺、まだ、何も出来てないッ! 千冬姉のために何も出来てないのにっ!! それなのに………」

 

 もう何をどうすればいいのか、考えることすらできない。

 今にも消えてしまいそうな姉の命を前に、自分は何一つすることがないことに打ちのめされた一夏の心は完全にへし折れたのだ。

 そしてそんな一夏に抱きしめられた箒も、彼の様子に打ちのめされる。

 

「………一夏」

 

 彼の姉を死の淵に追いやったのは自分の姉なのだ。

 彼の一番大事な家族を奪い去ろうとしたのは自分の家族なのだ。

 そして自分の親友に重傷を負わせた事件の発端を作ったのも姉で、世界の混乱を生み出したのも………自分の姉、篠ノ之束なのだ。

 

「(私は………)」

 

 何故こんなことになってしまったのだろう?

 

 力なく膝を折って泣き崩れてしまう彼を胸に抱きしめ、彼女自身も砕けてしまった自分の心を必死に繋ぎ止めるように一夏に縋り付いたのだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「………また雨か」

 

 深夜の病室において窓の外を眺めていたシャルに、夜空から降り注ぐ雨が嫌な気持ちを思い出させる。自分に強烈な印象を持たせたマリア・フジオカとの戦いの日も、そして実母が死んだ夜も雨がこんな風に降り注いでたからだ。

 

「………手術、まだ終わってないのかな?」

 

 自身も腕と頭に包帯を巻きながらも、ベッドの上で深い眠りに落ちていた陽太の看病を続ける。

 千冬の搬送を最優先させ、彼女を手術室に送り出すまで陽太は気丈に振舞っていたのだが、手術が始まった途端、まるで糸の切れた人形のように崩れ落ち、彼もまたこの病院で処置を受けることになった。

 そしてその怪我の頻度がまるで交通事故にあったかのような酷いものであり、普通なら立っていることすら出来ないものだった。

 

「………一夏」

 

 ストレッチャーで搬送される千冬の姿を顔面蒼白で見送っていた仲間の様子も気に掛かる。だがもし陽太が目を覚ました時に傍にいなければ、またどんな無茶をしだすかわかったものではない。

 口を開けばトラブルを呼び寄せ、非常に高圧的な言葉で相手と接して当たり前のように誤解されがちだが、本当はとても仲間思いで優しい気持ちを持っているこの幼馴染が、恩師が生死を彷徨うこの状況で目が覚めても暢気に横になっているとはとても思えないのだ。

 

「織斑先生………」

 

 シャルロットにとっても千冬は大事な恩師だ。本来なら一刻も早く様子を見に行きたいのだが、彼女自身も昼間に立て続けに知らされた真実を前に、動揺が隠せないのだった。

 

 亡国機業を創設した人物の壮絶なる半生。

 

 その人物に育てられた三人の傑出した人物達。

 

 しかし師の死に様を許容できない二人がこれから起こそうとする世界の破壊と再生。

 

 そして、この世に生み出された『IS』と『オーガコア』の存在の意味………。

 

「………わからないことだらけだよ」

 

 彼女達の話が全て事実であったとしても、そのことで世界を滅ぼそうとするだなんて、やはりシャルロットには許容することはできそうもない。ましてや彼女達の恩師、『英雄』アレキサンドラ・リキュールはずっと平和を願いながらこの世界を守ってきたというではないか。なぜそんな人物の想いを知っていながら、あえて正反対の事をしようとするのだろうか?

 

「…………もう、わかんないよ」

 

 椅子に脱力してもたれかかるシャル。目の前で起こった事とこれから起ころうとする出来事があまりに大き過ぎ、今のシャルにはこれ以上考えをまとめることもできそうになかった。

 

「………わかんなくてもやることはあるだろう?」

「!?」

 

 だがそんなシャルの思考を打ち破るように、死んだように眠っていた彼女の幼馴染がゆっくりと起き上がりだしたのだった。

 

「ヨウタッ!」

「ふぬぐっ!?」

 

 が、極力ゆっくり起き上がったつもりではあったが全身の傷が治ったわけでもなく、くまなく駆け巡る激痛に脂汗を垂れ流しながら顔をしかめてしまう。

 

「起き上がるなんて何を考えるの? 一週間は絶対安静だってお医者様が言ってたのに」

「そんな寝てる暇は無い」

 

 シャルが寝かしつけようとするのを手で押しやった陽太は、病院着のまま起き上がると、点滴の台を杖代わりにベッドから抜け出して病室から出て行こうとするのだ。

 当然、そんなことはさせられないとシャルが強烈に抗議し、彼を押し戻そうとする。

 

「どこに行こうとしてるの!? まだ寝てないとダメだよっ!!」

「………千冬さん…手術は終わったのか?」

「あ……」

 

 荒い息をしながらの陽太の問いかけに、シャルは視線を外しながらも答える。

 

「ま、まだ………それで箒は手術室の前にいる一夏の様子を見に…」

「それで? どうせ潰れた便所虫のような面してんだろうが…」

 

 『よっこらせ』と小さく掛け声をかけて歩き出すと、廊下に出て歩き出す陽太は、フラフラしながらもしっかりとした表情で隣で自分を支えるシャルの方を見た。

 

「………わりぃ、心配かけて」

「!?………な、なにを!? き、急に謝られても」

「いや………無茶なことして心配かけたから」

 

 いつにない様子の陽太に戸惑うシャルだったが、当の陽太はそんなシャルの変化に気がつかずに話を続ける。

 

「シャルが俺を止めようとしてたのは知ってた………でもあえて無視した」

「……………」

「正直に話す。あの女(アレキサンドラ・リキュール)がIS着けた状態で面と向き合った瞬間に、頭の中じゃ『勝てない』事が判ってた………でも、認めたくなかった」

「………ヨウタ?」

「認めたくなかったんだ。今までIS使った戦いで負けるなんて一度もなかったから………だから何も考えずに正面から喧嘩売った………結果は、ご覧の有様だ」

 

 音が鳴るほどに陽太が右の拳を握り締め、歯を食いしばり、それでも前を向くことを諦めずに歩きながら話を続ける。

 

「今のままじゃ駄目だ。俺も皆も………あのバカも」

「………うん」

「立ち止まってる時間は俺達にない。嫌でもここからは全力疾走しないと………今回みたいに運良く敵が見逃してはくれない。もう二度とな」

 

 運が良かった。

 束に何かしらの思惑があったからこそ、それを知ってか知らずかアレキサンドラ・リキュールが乗ったからこそ、自分達は今、こうやって五体満足していられる。この幸運は完全に敵側の気まぐれによってもたらされたものであって、自分達の力で何一つ勝ち取れてはいなかった。

 

 自分達は負けたのだ。本気を出してもいない相手に、遊び半分で。

 

「だから………今だけは…ぐっ!?」

 

 しかし、どんなに意気込んでみても重症の身体は思うように動いてはくれない。エレベーターの前まで来たものの、痛みで上手く立つことすらままならずに壁にもたれかかってしまう陽太だったが、そんな彼を支えたのは心配そうな表情をしたままではあったが、苦虫を潰したような気持ちのシャルロットであった。

 

「だからって私の前で無茶ばっかりされても………私は何一つ平気になれないよ」

「………すまねぇ」

「謝れば何でも許してあげられる訳じゃないんだからねっ!」

 

 渋々といった表情でエレベーターのボタンを押すシャルロットは、ドアが開くまでの間、愚痴っぽい口調で陽太に言い聞かせる。

 

「私達だってわかってるよ………今まで以上に強くなって、これ以上織斑先生に心配かけさせるような真似をしちゃいけないんだ」

「シャル………」

「だから………約束してね」

 

 エレベーターのドアがちょうど開き、二人を招き入れた。

 

「一人で………どこか遠くに行かないで。また一人で傷つくような真似はしないで」

「…………」

「それを約束してくれないと………私、ヨウタのことまっすぐに信じられないんだから」

 

 思わぬシャルの言葉………今回の無茶な戦いぶりで、シャルには色々と心配をかけすぎたのだと今更ながら気がついた陽太は、バツの悪そうになって何とか答えてみる。

 

「………その件に関しては、これから善処させていただく所存です」

「………ヘタレ」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 薄明るい濃い霧の中を、千冬はひたすらに歩き続ける。

 

 いつから歩き出したのか?

 どこから歩き出したのか?

 どこに行こうとしているのか?

 

 それすらもわからぬまま、千冬はひたすら歩き続けていた。 

 

「私は………何をしているのだろう?」

 

 何故自分はこんな所を歩いているのか、どうして立ち止まらずに歩き続けるのか、そしてどこに向かおうとしているのか………それすらもわからぬのに、彼女は確かな足取りで自分すらわかってはいない目的地へと進み続ける。

 

「それに………私はどうしてこんなところにいるのだ?」

 

 記憶が曖昧だ。とても大事なことがあったような気がするのにそれを思い出すことがどうしてもできない。いや、自分自身が何者だったのかすらも曖昧になってくる。

 わからないことだらけの彼女が永遠とも一瞬とも思える時の中を歩き続け………その光景は唐突に訪れる。

 

「!?」

 

 

 ―――雲一つない青空から降り注ぐ蒸し暑い陽光―――

 

 ―――煩くなく蜩の鳴き声―――

 

 ―――そして、とても懐かしいアスファルトの道のり―――

 

「……………」

 

 気がつけば先ほどの霧の中から抜け出し、まるで違う空間に彼女は立ち尽くしていたのだった。

 

「…………ここは」

 

 だが彼女が今立つ場所は、彼女自身がよく知る場所であった。

 自宅から歩いて10分もかからない場所。よくその道のりをいつも楽しく走り抜けていた場所。

 

 自分達に、陽だまりと温もりと厳しさと繋がり全てをくれた場所。

 

 気がついた時、千冬は走り出していた。

 

「!!!」

 

 何かに取り憑かれたかのように走り出した千冬が道の角を曲がり、目的地である平屋に差し掛かった時、彼女の耳には確かに届いていた。

 

 

 ―――とても美しい音色の、『彼女』の歌声―――

 

「はっ!!」

 

 手入れの行き届いた垣根の向こう側、彼女が植えたという柿の木の向こう側にある洗濯干し台で、襷掛けをした浴衣を着た女性が洗濯物を取り込んでいた。

 

「!!」

 

 彼女の姿を見るなり、千冬は古い戸口を潜り抜け、玄関の横の小脇を駆け抜け………彼女の前で止まったのだった。

 

「あら」

 

 美しい碧の長い髪を結い上げた女性が、取り込んだばかり洗濯物を手で広げながら、さも当然のように千冬に声をかける。

 

「おかえりなさい千冬。今日は暑いから洗濯物が良く乾くわね」

「あ……あ……」

 

 対して千冬は信じられないものを目にしている気分だった。否、実際問題目の前の人物がこうやって平然と洗濯物を取り込んでいること自体が信じられない光景なのだ。

 なぜなら………彼女は確かに10年前、自分がこの手で殺めた人なのだから。

 

「あ………せ…ん………」

 

 この手で自分はこの人を、親友達の一番大事だった人を、世界の在り方を変えることができる人を、塵に変えたのだ。

 汚名を着せて、賞賛の声を掻き消し、彼女が成し遂げた功績の総てを粉々に砕いたのだ。

 

「せ……ん…せ…い」

「ん? あまり日差しの強い場所に立っていたら、熱中症になってしまうわよ? 家の中に入って涼みなさい………今、麦茶を入れてあげるから」

 

 なのに彼女はそんなことをまるで感じさせずに、いつものように自分達のことを想っていてくれる声で話しかけてくれる。

 変わらない優しい声で『英雄』アレキサンドラ・リキュールが自分の罪を許してくれるように………。

 

「先生ッ!!」

「あらあら?」

 

 気がついたとき、千冬は縁側に腰をかけて洗濯物を畳んでいた彼女の膝に飛び込んでいた。

 

「……う……ぅう……う……わぁ……ぁうああああああぁあぁあぁあぁああッッ!!」

 

 涙で顔をぐしゃぐしゃにしたままで、止めようもない感情の嵐が、千冬が今まで溜め込んでいたものの全てを吐き出させる。

 

「……あ……あぁ……あ……あ……ぁ……あ……っっ……!!」

 

 収まることのない嗚咽と泣き声を上げながら、火の着いたように泣き続ける千冬の背中を優しくさすりながら、彼女は嬉しそうな、どこか楽しそうな笑顔を浮かべるのだった。

 

「どうしたの? 今日はアリアとまた喧嘩しちゃったの? それとも束?」

 

 背中をさすっていた手が畳み掛けていたタオルを取り、千冬の頬を伝う涙をぬぐうと、いまだに目尻を赤く晴らした千冬を笑顔で見つめながら彼女は静かに話しかける。

 

「本当に………貴女は泣き虫さんね、千冬」

 

 幾人もの少女たちから『ブリュンヒルデ(戦乙女)』と称えれる千冬であったが、師である彼女にとってはいくつになっても変わらずに涙脆くそして情が厚く、誰よりも他者を思える優しい女の子でしかなかった。

 そして教え子の両頬に優しく両手を置いた彼女は、この青空と同じどこまでも澄んだ空色の瞳で千冬を見つめ、静かに語る。

 

「千冬……貴方のお話、私に聞かせて頂戴」

 

 この十年、千冬が何を見て何を聞いて、そして何をしてきたのか………恩師の声色に導かれるまま、千冬は少しづつ語り始めたのだった。

 

 

 

 

 所々に真っ白い雲を含み始めた青い空の中、千冬は恩師に己の10年の歩みを事細かに説明した。

 

 ―――ISの軍事運用―――

 

 ―――女尊男卑による社会構造の歪み―――

 

 ―――オーガコアによる被害―――

 

 ―――そして束とアリアによる世界を巻き込む争いと、それらを見ていることしかできないでいた情けない自分―――

 

 こうやって言葉に出すことで、如何に自分が情けない存在なのかを改めて思い知る。僅か十年………師がいなくなっただけでこうも容易く世界は歪な形になり、親友二人は破滅を呼ぶ戦いを起こそうと着々と準備を進めていたというのに、自分は何もできなかったのだ。

 

「………先生」

「ん? なあに?」

 

 千冬が落ち込んだ様子で話し込んでいたが、対照的に師であるアレキサンドラ・リキュールは穏やかな表情のまま、時々相槌を打ちながら取り込んだ洗濯物を畳み、綺麗に整頓すると襷を外して再び千冬の隣に座り直す。

 

「貴女は………すでに亡くなっておいでなのですね?」

「そうね………私の時間はもう10年前に終わっているわ」

 

 そしてその仕草があまりに自然であったがために、ひょっとしたらという淡い希望を口にした言葉だったが、恩師の返事は自分がすでになくなっているという自覚を持ったものであった。

 

「ですが………先生はっ!?」

「一度川に流れてしまった水滴は元には戻らないわ。同じ水滴に見えてもそれは違うものでしかない………起こった問題によって出された結果(答え)は変えられないの」

 

 諭すような師の言葉。だが、今の千冬はこの言葉があまりにも辛い。

 

「………そうです」

 

 そうだ。結果は変えることはできない。そう………自分は負けたのだ。

 束にも、アリアにも………力も言葉も想いも何も届くことはなかったのだ。

 

「私は………私では駄目なんですっ!」

「……………」

「私は貴女のような偉大な人にはなれないっ!! 誰もが認めて誰もが慕ってやまない、英雄になんてなれませんっ!!」

「……………千冬」

「どうして私を選んだんですか!? 貴女が生きていてさえくれれば、すべては丸く収まったのに………きっと……束もアリアも貴女の言葉なら止まってくれた。世界に馬鹿な風潮なんて流れなかった。ISだってこんな形で発展するはずなかった!」

 

 千冬は胸にたまった不満を、鬱屈とした言葉を恩師に思わずぶつけてしまう。彼女自身が無意識に思っていた『自分以外の誰かでもよかったじゃないか』『どうして自分だけが?』『貴女が全てやってくれたらよかったじゃないか!!』という不満があったからだ。

 

「…………千冬」

「?」

 

 だが、そんな千冬の不満も彼女の前では………。

 

「女尊男卑」

「は、はいっ!!」

「まるで10代前半の女の子が男の子意識しちゃう感覚みたいね♪」

 

>え い ゆ う の こ う げ き !

>よ そ う の な な め う え を い く 宇 宙 カ ウ ン タ ー !

>ち ふ ゆ は ぼ う ぜ ん と し て し ま っ た !

 

「うんうん………そういう時って、やっぱりあるわよね~!」

「………はぁ?」

「気にするほどのことじゃないわ………いつか大人になれば皆が笑い話にできるはずのものだわ」

 

 そうだ。忘れていた………目の前の恩師の思考のテンポと発想が一般人とはかけ離れているということを。

 元からそうなのか必要に応じてそうなったのか定かではないが、己の恩師が世間一般で言うところの『ド天然』であることを思い出した千冬は顔を真っ赤にして激怒する。

 

「今はそういうことを言っているわけではありませんっ!!」

「あら? じゃあアリアと束とケンカしたこと? もう~……そんなの気にすることないの。ちゃんとまた仲直りできるわよ」

「け、喧嘩とか、そんな生温い争いをしたわけでは!?」

「昔、サンタクロースがいるのかいないのかでアリアと貴女で大喧嘩した時だって、ちゃんと仲直りできたじゃない?」

「あれはサンタなど夢の産物だという私の言葉を信じないアイツが………って、そういう事でもありませんっ!!」

「ん? じゃあ貴女宛のラブレターに束が勝手に返事の手紙の代わりに下着を入れて相手に贈った時のこと事?」

「寸前で気がついてなかったら、私の学生生活があまりに悲惨なものになるところで………ああ、もうっ!? そうでもないんです!!」

 

 華麗に怒りを流された上に、どんどん話があさっての方向に流されそうになるのを頭を掻き毟りながら何とか耐える。この人と一緒にいるといつだって怒りが持続したこと試しがないのだ。

 

「………はぁ~」

「フフフ………ごめんなさいね。からかうつもりはなかったんだけど」

「『つもり』があったなら本気で怒りますよ?」

「それは怖い怖い」

 

 そして立ち上がった恩師は、居間にある家具の上においてあったアルバムの中から、一冊を取り出しそれを戻って千冬の傍に戻ってくる。

 

「………ごめんなさいね」

「………先生?」

 

 自分を見る恩師の表情が先ほどまでの陽気なものから一変し、深い後悔を抱いたものに変化していることに気がついた。

 

「貴女達を争わせたのは私なのよね」

「!?」

「………そうなるかもしれないとわかっていながら……全てを放棄したと思われても仕方ないか。アリアは特に怒ってたんじゃないかな?」

 

 まただ。

 またこの表情をしている。

 自分達が大好きで、でも絶対に許せなかった表情をしているのだ。

 

「だったら、やっぱり今の世界の状況は私の責任に・」

「違うッ!!」

 

 その先のセリフだけは言わせない。絶対に。

 例え道を分かった束やアリアがこの場所にいても、きっと同じことを言っていたと確信して言える。彼女達だってきっとそんなことを思ったことは一度もないはずなのだから。

 

 なぜ死んだこの人にまだ責任を擦り付けるような考えなどできようか?

 

「貴女は世界を守ってくれた! 私達を守ってくれた!! それが真実です!!」

 

 千冬のその言葉にも、彼女はその顔を変化させることをしない。

 

 話を理解した上で、『困ったような笑顔』を浮かべて、自分の責任にしようとしているのだ。何もかもを自分一人で背負い込んで、こうやってあいまいな笑顔で私達をごまかして………肝心な時に遠ざける。

 

「もう私は貴女に守られる子供じゃないっ! 今なら私は貴女の力にだってなれる!!」

 

 そうだ。

 もう守ってもらうことを当然とする子供の時代は終わりを告げた。子供はいずれ大人になる………そして自分は大人にならなければならないのに、いつまでも恩師(母親)の手を繋いでいるわけにはいかない。

 

「……………?」

 

 何か忘れている。

 肝心な何かを今の自分は忘れている………とても大切にしていた『何か』を。

 

「…………千冬」

「?」

「そうね………貴女はもう私の腕の中にいる子供じゃない」

 

 ―――その手で開かれたアルバムの中に…―――

 

「貴女は、『この子』達の先生なんだよね?」

 

 ―――確かに彼らは輝いていた―――

 

「あ………」

「貴方はちゃんと自分の時間の中で、積み重ね続けてきたものね」

 

 

 ―――「………強くなるぞ。俺達はッ」―――

 

 自分の弱さを受け入れ、立ち上がることを選んだ一番弟子が………。

 

 ―――「間違ってなんかないッ!! 千冬姉ッ!!」―――

 

 愚直といわれても、それでも純粋に信じてくれる弟が………。

 

 ―――「私と………友達になってくれませんか?」―――

 

 師と似た魂の輝きを放つ、優しい心を持った少女が………。

 

 ―――「もう何も、失うものかと、決めたから!!」―――

 

 後悔すらも糧として、剣を持つ道を選んだ親友の妹が………。

 

 ―――「私達で、必ず亡国機業(ファントム・タスク)の野望を挫いてみせます!!」―――

 

 本物の誇りを取り戻し始めた真の貴族の令嬢が………。

 

 ―――「だから、アンタは私『達』が絶対に救ってみせる!!」―――

 

 偽りを脱ぎ捨てて、本心から全てと向き合う弟の友人が………。

 

 ―――「我等の隊長は………負けない!」―――

 

 たとえ一番になれなくても何にも代えがたい絆を結べると知ってくれた教え子が………。

 彼等の後ろにも、多くの友人達が、教え子たちが………。

 どんな真っ暗闇の中でも輝く星々のように、彼女が本当に大切にしている宝箱の中に、ちゃんと彼等は光り続けてくれていたのだ。

 

 千冬がようやく全てを思い出したことを確認したアレキサンドラ・リキュールは、10年振りとなる師としての言葉を紡ぎ出す。

 

「だから、きっと変われる」

 

 恩師は静かに、力強く千冬に語った。生前と同じように………真っ直ぐにそれを信じて。

 

「人は………私達は弱くて、時に間違ったり後戻ったりして………でも変われる。間違いも弱さすらも糧として、人は強くなろうと足掻くのだから」

「………私は」

「それでもまだ、貴女の心が迷うなら………その時は思い出しなさない。貴女の思い出を」

 

 それが貴女の支えになるように………恩師のそんな言葉にしない気持ちが自分の中に流れ込んでくるのを感じた千冬は、今度は暖かな涙を流しながら………ゆっくりと立ち上がる。

 そんな彼女を心底嬉しそうに微笑みながら、そっと背中を押すような言葉を送ってくれたのだった。

 

「帰ってあげなきゃね………貴女の大切な人たちの元に」

「………でも」

 

 しかし、全てを思い出しても、一つだけどうしても捨てておけない気持ちが千冬にはあるのだ。

 彼女はゆっくりと振り返り、涙を流しながら恩師に問いかける。

 

「先生………私達が生きることが、変わっていくということなら………私は…貴女の手をもう離さないといけないんですよね?」

「………そうね」

 

 もう自分はこの人に手を繋がれながら歩く子供ではいられない。

 いつまでも変わらない過去の中にいる『先生』に甘え続ける教え子ではなく、『英雄』であるこの人がもたらしてくれる『平和』に守られる子供でもなく………。

 自らの足で立ち上がって歩く『大人』として生きるために、この人の手を離さないといけないのだ。

 

「(…………なんだ)」

 

 ようやく理解した。

 自分は『不変』を望んでいたのだ。

 変化を受け入れずに、いつまでも変わらないものがあるのだと心のどこかで信じ切っていただけだ………この世にある物の中で変わらないものは『過去』だけで、それ以外のものは全てが変化し続けるというのに。

 そしてこの期に及んでもまだ………自分は………。

 

「先生ぃ………私達は……貴方をまた『置き去り』にしないといけないんですか?」

 

 止められない涙で身体を震わせてそう問いかける。

 

 それが本当に世界の真実で、変化するという『優しさ』であるのなら、今の千冬にはそれがあまりに残酷に思えてならなかった。

 

「………私もかつて間違えてしまった」

 

 どうしても切り捨てることができない『甘さ』という名の暖かな優しさを感じたアレキサンドラ・リキュールは立ち上がると、千冬の瞳を見つめながら語ってくれた。

 

「星がその質量で重力を生み出すように、私の身に降りかかった出来事はきっと、自身の力がもたらした責任の形でしかないの」

「……………」

「誰もがきっとこの掟からは逃れることはできない………だから私は運命(さだめ)を受け入れた。受け入れた者のみが、運命(さだめ)を乗り越えることができるのだから」

 

 逃げるわけではなく、誤魔化す為でもない。乗り越えるために、ただあるがままを受け入れる………理想である人の生き方を行った者の言葉が静かに教え子の心に響く。

 ゆっくりと背後に回り千冬の背中に手を置くと、彼女は言った。

 

「さあ、お帰りなさい。貴女が生きている『現在(いま)』に」

 

 そっと、背中を押された千冬は二、三歩後ずさりしながらもそれが意味することを噛み締めながら、何とか言葉を紡ぎ出す。

 

「………先生」

「………なあに?」

「私………大切なものができました」

「………うん」

「私………行きます!」

 

 振り返り、重く重く、一歩、一歩と歩き出す。

 どんなに決意を固めても、もう二度とこの場所に戻ってはこれないことを無意識に自覚してしまったのか、今すぐ振り返りたいという気持ちが強く滲み出てしまうのだった。

 

「千冬!」

 

 恩師がそんな千冬に声をかける。二度と振り向くまい、そう堅く決意した彼女の背中に、恩師は最後の別れの言葉を送ってくれる。

 

「私は、アリアも束も世界のみんなも………」

 

 十年前と変わらずに、どれほど穢そうとしても決して染められない自由の心と想いで………。

 

「貴方の事も………大好きよ」

「!?」

 

 あの日と同じ言葉をくれた恩師に、10年前………泣くばかりで告げることができなかった少女の千冬は今度こそはっきりと気持ちを伝えられた。

 

 

「私もッ!………先生のこと大好きッ!!」

 

 

 その言葉を告げると同時に千冬は走り出す。

 

「………いってらっしゃい。気をつけてね」

 

 そんな風に自分に向かって手を振りながら優しい言葉を言ってくれる人を一人残し、それでも『過去(むかし)』よりも『現在(いま)』を守りたい。そう願いながら溢れて止まらない涙を拭い去ることもせずに千冬は走り続ける。

 

 時に、辛くて厳しいことばかりが待ち受ける現実だけど、それだけじゃない、眩しい輝きを放つ人達が生きる、彼女が守りたい世界に彼女は自分の意志で今度こそ最後まで戦い抜くために帰還するのだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「……………イヤだ千冬姉」

 

 箒の腕に抱かれてどれほどの時間がたったのだろうか?

 そのことすらももう意識できない一夏はひたすら千冬がこの世から消え去ってしまうかもしれないという恐怖に打ち震えていた。

 

「一夏………」

 

 そんな一夏になんと言葉をかけたら良いものなのか、まるでわからない箒が抱きしめ続ける中………もろく崩れてしまいそうな二人を無理やり引き裂く者がいた。

 

「………心配して見に来てみたら案の定かっ!!」

「!?」

 

 脇から伸びた包帯が巻かれた手が一夏の襟首を握り締めると、彼を無理やり立たせ、そのまま壁に叩きつけるかのような勢いで押し付けた。

 

「ヨウタッ!?」

 

 重傷の身でどこにこれほどの力があるのか? と疑いたくなるような力で一夏を押し付ける陽太を何とか引き剥がそうとするシャルだったが、戦闘時のような鋭く炎が灯ったかのような瞳となっていた彼の横顔を見た瞬間、あまりの迫力に後ずさってしまう。

 

「陽太ッ!? 貴様ッ!!」

 

 箒も同じく彼を一夏から引き剥がそうとするが、そんな箒にも一瞥もくれない陽太は、目尻を赤く腫らした一夏を睨み付けながら吼えた。

 

「答えろッ!! 今、お前がやることは何だ!?」

「ぐっ………あ」

「答えろォッ!!!」

 

 激怒した陽太の言葉を受けた一夏であったが、今の彼にはその怒りにすらも反論も恐怖することもできずに、ただうなだれながら呟くのみだった。

 

「わかんねぇーよ………俺、何にもわかんねぇーよ」

「!?」

 

 諦めにも似たその言葉を聴いた瞬間、陽太はさらに表情を険しくして、包帯が巻かれた自分の額を一夏の額に叩き付けるかのように近づけると、声のトーンを落として小声でささやく。

 

「教えてやるよ………そのクソみたいな面を今すぐ止めろ便所虫」

「………ほっといてくれよ……俺は………なんにもできなかった。何もできないんだ」

 

 自分は何もできない、何もわからない。だからもう関ってこないでくれ。そう言いかけた一夏の言葉を襟首を強烈につかみ上げることで遮った陽太は、今すぐに殴り飛ばしたいという衝動を抑えながら、一夏に質問し続ける。

 

「何も出来なかった? なんで過去形になってんだ? 何、終わったことにしてんだ? まだ何も終わってねぇーだろうがッ!!」

「だって………もっと早く俺が千冬姉の身体の事に気がついてれば………こんなことにならなかったんだろうが!!」

「………知ってたら、だからどうした?」

 

 その言葉が一夏の心にナイフよりも鋭く突き刺さる。

 

「いや、それだけじゃないな。仮にお前が千冬さんよりも強かったとしてもだ………お前には何もできないよ」

「………な……に…?」

「今すぐ織斑の姓を捨てろ。お前は千冬さんの弟じゃない。家族でもない。お前みたいなクソ便所虫、おこがましいにも程がある」

 

 心に突き刺さった刃から、血の代わりに一夏の怒りが流れ出し、それが表側に徐々に現れ始める。

 

「………お……ま…え」

「この期に及んでそのクソ自惚れ………ここが病院じゃなく墓場なら五秒で墓石の下に埋めてやるのにな」

「何がわかるってんだよぉっ!!」

 

 流石に今の陽太の言葉を許容できる精神状況ではない一夏が今度は逆に陽太の襟首をつかみ上げて押し返してくる。そしてシャルと箒が流石にこれ以上はと、二人の背中から羽交い絞めにして引き剥がした。

 

「ヨウタ、言い過ぎだよッ!」

「落ち着け一夏ッ!!」

 

 二人の少女に引き剥がされた陽太と一夏だったが、興奮が収まらない一夏に対して、冷静な表情で彼を見つめる陽太が、千冬の背を思い出しながら言い放つ。

 

「そんでな………仮に俺があの爆乳よりも強かったとしても、千冬さんは結局今日みたいな無茶をしたんだ」

「!?」

「何でかなんて決まってんだろ」

 

 それはすでに確定されていたことなのだろう。自分達がどう言おうが、力付くで取り押さえようが今日という事態は必ず起きていたと今の陽太は感じていた。

 

「それだけあの人には重大なことだったんだ………自分自身で決着をつけなきゃいけない『宿命』だったんだ」

「………あ」

「10年かけた我とそして命を賭けた意地の張り合いなんだ。自分自身が信じるもの全部ぶつけた戦いだったんだ。そんなところに、俺達がどんなアホ面浮かべて割って入れるってんだ?」

 

 その戦いに何も知らずに割って入れるわけがない。知っていたとしてもおいそれと口出しできるはずもない。

 一人の人間に師事を受けた三人が、その後の人生全てをぶつけ合った場所に、簡単な善悪論で立ち入るなど、陽太にはとてもじゃないができそうもないと感じ取っていたのだ。

 

「どんな姉弟だろうが家族だろうが、あの人の人生はあの人のものだ。だから立ち入れない場所っていうのはあるんじゃないのか?」

「だからって………じゃあお前は千冬姉が自分から死にに行くのを黙ってみてるのが正しいっていうのか!? そんなもんが正しいって言うなら俺は間違いだっていい!」

 

 ボロボロの身体で無茶をしたことに対しては腹が立つが、彼女自身が貫こうとした我侭には理解を示す陽太と、家族として彼女には何よりも生きていてほしかった一夏の視線がぶつかり合う。人間として、家族として、千冬のことを思い合いながらも反発しあう二人の少年だったが、ふと、陽太が視線を外しつつ静かに語った。

 

「………お前がそう思うならそう思えばいい……どうせ何言ったところで考え変えないんだろうが?」

「ああっ!」

「はっきり言いやがって………とりあえず今はそれはいい。横に置いとく」

 

 手で荷物を横に置くジェスチャーをしつつ、半睨みの状態で一夏を見た陽太が先ほどの醜態を改めて問い質すのだった。

 

「元気になった所で聞いておくが……何、ピーピー、姉ちゃん姉ちゃんと箒の巨乳に顔埋めながら泣いてやがったんだ?」

「なっ!?」

「………そ、それは」

 

 改めて言われると物凄い気恥ずかしさが湧き上がり、一夏の顔を真っ赤にさせることに成功する。ついでに箒の表情も真っ赤にしてしまうが。

 

「千冬さんの我侭は結果的にだが俺達は聞いてやった。それだけでも土下座級の感謝のポーズを要求してほしいところだが今はやめたる。そんでこっからは俺達のケンカ(ターン)だ。宣戦布告をしてきた以上は、馬鹿乳もアホ束も両方地面に引き摺り下ろして這い蹲らせて哀願させながら『陽太様サイコーに最強』と言わせんといかん」

「色々と必要ない部分が多いよヨウタ?」

「そのために一秒でも早く俺達は強くならんといかんというのに……………デカパイで慰めてもらうとか、お前は喧嘩売ってんのかっ!? てか代われッ!!」

「黙りなさい」

「ハゥッ!?」

 

 折れたアバラの部分を握り締めながら笑顔でお仕置きするシャルと、顔を真っ青にして悶絶する陽太だったが、途中であることに気がつく。

 

「(ヨウタ………一夏のこと励ましに来たんだ)」

 

 『あの』陽太が、一夏のことを心配してキツイ言葉になってしまったが激励しに来たということに気がついたシャルは妙に嬉しくなる。まだまだ色々と角が立つ物言いしかできないが、少しづつ周囲のことを気遣えるようになってきた幼馴染の成長と、そのことが彼女に大切なことを思い出させてくれたのだ。

 

「一夏、箒」

「?」

「シ、シャル?」

「ヨウタの言う通り、私達は強くならなきゃ………織斑先生に守ってもらうためじゃない。今度は私達が守る側なんだ」

 

 守られる子供の側から、自分達は力を手にして誰かを守る側に踏み出している。かつての千冬が辿ったであろう道に自分達も踏み出そうとしている。そしてそれを自らの意思で選んだというなら、もう「力が足りなかった」「弱かった」なんて言い訳は通用しない。

 自分達で決めたことなのだ。だったらそれによって引き起こされる事態の全てに自分達の責任があるハズだ。

 

「ああ………」

「………一夏」

 

 そんなシャルの言葉が、一夏と箒の心の深い部分に染み渡っていく。陽太が怒ったのも無理はない。まるで全てが終わったかのように勝手に決め付けて勝手に投げ出そうとしていたのだから。千冬が最後まで投げ出さずに命を賭けて戦い続けた姿を見ていたにもかかわらず、彼女の背中から何も学ぼうとしていなかった。

 

「(そうじゃないか………俺は、千冬姉の後を継ぐんじゃないのか?)」

「(疑念も疑惑も沢山ある………だが、自分をブレせてどうする篠ノ之箒ッ!?)」

 

後悔から下を向き、前を向いて進むことを忘れかけていた自分を戒めながら、その顔には『前進』のための意志を宿す二人に満足そうな笑みを浮かべるシャルと、二人に背を向けながら煙草を加える陽太………正面から今、顔を見られるのがどうやら気恥ずかしいようだ。

 

「!?」

 

 が、その時、陽太が見つめていた手術中のランプが消え、扉の向こうから何人もの人間の足音が聞こえてくる。

 

「千冬姉っ!!」

「終わったのか」

「織斑先生!」

 

 一夏達も心配して扉を見つめる中、開かれた手術室から汗だくとなった手術着のカールが帽子を取りながら出てくる。

 

「……………」

 

 硬い表情のまま見つめてくるカールに言葉が出ない四人。

 失敗したのか? 成功したのか? 時間にして数秒の間ながら、一夏にはとてつもない間を感じさせる中、やがてカールは………。

 

「フッ」

 

 ゆっくりと微笑みながら親指で自分の背後から運ばれてくるベッドを指差す。カールが術後の説明をする中、彼の話がまったく耳に入ってこない生徒達から………安堵と喜びと…嬉しさのあまりに涙が溢れてこぼれ出すのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 自分に差し込んでくる日の光で、ようやく朝になったのだと認識したラウラは、一睡もできないままにずっと同じ体勢で毛布に包まれながら、恐怖に打ち震えていた。

 

「教官………教官!!」

 

 彼女の倒れた姿を見たラウラは、ショックのあまりに過呼吸で倒れこんでしまい、気がついたときには自室でセシリアと鈴に見守られていた有様だった。

 学園側を完全に空き家にできないから、という理由で病院に行けなかったセシリアと鈴とは違い、今のラウラは一夏同様に心が折れた状態であるために、皆に気を使われたのだ。

 

「………私は、私は」

 

 千冬の死など考えるだけでも恐ろしいラウラにとって、今、外に出て彼女の容態を確認することすらも恐怖の所業である。もし今外に出て、千冬の葬式が行われていたとしたら、ラウラはすぐさまに自分も後を追うべきなのだろうか? そんなことすらも考える中、希望は仲間によって彼女にもたらされる。

 

「ラウラッ!」

「ラウラさんっ!!」

 

 ノックもせずに部屋に入ってきた鈴とセシリアに、彼女は大げさなぐらいに身体をびくつかせて反応してしまう。

 

「な、なんだ!? い、今は私には構わないでくれ」

 

 そんな突き放すかのような言葉を放ってしまうラウラだったが、息を切らせながら通話中のスマフォを無理やり手渡した鈴は、満面の笑みでこう答えてくれた。

 

「そういう台詞は電話口の人にも言ってみなさいよ」

「?」

 

 電話相手が誰だというのか? 何も考えられずに虚空を見つめるラウラだったが、そんな彼女の脳裏にありえないはずの彼女の声が響く。

 

『……か………まわ…ん…わけ……にも……いく…まい」

「!!?」

 

 息が詰まる。心臓が高鳴る。呼吸が激しくなり、目じりに涙がたまってしまう。

 

『………しん…ぱい…を……かけた…な』

「………いえ゛っ!」

 

 堪え切れなくなった涙が零れ落ち、ついでに鼻水まで流してしまうラウラが、力一杯にスマフォを両手に持ちながら叫ぶ。

 

「ご無事でな゛に゛よ゛りでず、き゛ょう゛がん(教官)!!」

 

 安堵のあまりにワンワン泣き叫ぶラウラを見かねた鈴とセシリアが、ラウラを笑いながらからかい出すが、彼女達の目元にも涙が溜まっていたことをラウラが指摘するのは、また別の話であった………。

 

 

 

 

 意識を取り戻した千冬に宛がわれた病室でも、彼女の手を持ちながらラウラと同じように泣き続ける一夏と、そんな彼をはにかみながら見つめる箒とシャル………そして陽太だけは病室の壁にもたれながら朝焼けの空を見続けながら、考え続ける。

 

「(アレキサンドラ・リキュール…………まったく俺が手も足も出せなかった相手。最高の屈辱を与えてくれた相手)」

 

 圧倒的な実力差を見せつけられた陽太だったが、不思議と腹立たしさを今は感じてはいなかった。逆に彼女に対して思い浮かべたのは………。

 

「(………ありがてぇ)」

 

 感謝の言葉を浮かべながら、彼は心の底から『喜び』を感じていたのだ。

 

「(よくぞドでかい山であってくれたぜ………超えてやるよ、絶対になっ!!)」

 

 超えるべき相手と巡り合えたことに、ある種の感謝の気持ちすらも覚えた陽太が、誰にも見られないように一人獰猛な笑みを浮かべ、ひたすらに空を見続ける。

 

 そう………この僅か数ヵ月後、火鳥陽太と織斑一夏。両名が、千冬や束やアレキサンドラ・リキュールの想像を凌駕する『進化』を見せつけることになろうとは、当人達も思ってはいなかったであろう。

 

 そしてIS学園に襲撃してきた亡国機業と篠ノ之束、そして両陣営における世界に向けての宣戦布告。

 これらの事態に対して、かろうじて亡国側と『痛み分け』をしたIS学園であったが、この数週間後、更に世界が激しく動くことになると、そして今回の事件が動いた世界に思わぬ形で影響してくるとは、まだこの時には誰も知る由もなかった。

 

 

 

 そう………入院中の千冬の元に『戦力の八割を消失され、亡国機業に完敗した連合軍』などという凶報が舞い込むなど、まだこの時には誰も知る由もなかったのだ。

 

 

 

 

 

 




今回も詳しいあとがきは活報のほうにかかせてもらいますね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閉ざされる世界の輪(前編)



自信がありませんが、大規模戦闘シーンの開幕となる今回………さあ、ちゃんと書けるかな?



さあさあ、タイムリーネタも新キャラも飛び出すこのお話、最終的にどう着地するのかな?


あと、今回の登場のオリジナルキャラについて、ハーメルンに投稿中の『IS<インフィニット・ストラトス> AAA(ノーネーム)』作者の一徒さん、ご許可とご協力大変ありがとうございます。





 

 

 

 

 

 ―――こんな馬鹿なことがあってたまるか!?―――

 

 熱気が肌を焼く砂漠において、西の夕焼けと東の空から現れた月が星の群れを連れた空の下、一人の名も知られていない兵士がボロボロの身体を起き上がらせ、周囲を見回し、絶望する。

 

 自分と同じような格好で生き残る兵士達がぽつりぽつりといる中で、それでも数の少なさに驚く。つい数分前までこの地域には数万人という数の人間がいたというのに、見渡す限りでもはや数十人といるかいないのか………。

 最新鋭の装備を揃えた連合軍、しかもその中でも選りすぐり、今回の軍事演習に借り出された優秀な兵達であったが彼らの視界一面を覆う巨大な『キノコ雲』がこの非現実的な光景が本物のものであると徐々に実感させてくる。

 

 ―――絶望に揺れる瞳が見上げる先―――

 

 一人の兵士がそれらを見つけたとき、彼らは心の中にあった仲間への復讐心も、敵への反抗心も一瞬で砕け、砂の大地に膝をつかせてしまった。

 

 

 ―――小高い丘の上で、全長数メートルのパワードアーマーの集団を率いる、夕焼けに照らされた黄金の鎧を纏った剣の騎士王―――

 

 ―――夜空に浮かぶ満月を背に、紅のISを纏う少女を従者にした月光の籠を受けた滅殺の槍を携えた女王―――

 

 ―――そして夕焼けと夜空の狭間において、10機のISを従え、銀色のボディが死と慈悲と輝く魔弾の戦天使―――

 

 

 数にすれば圧倒的に少ないはずのこの者達との戦闘で、よもやこれほどの大敗をしようなど連合側の誰もが考えてはいなかっただろう。数、質、共に圧倒していたという自負を持ち、最近少々跳ねっ返り過ぎたテロリスト(チンピラ)共に正義の鉄槌を下す。ただそれだけの簡単なお仕事だったはずなのに………。

 しかもこの結果をもたらしたのは、大部分がそれぞれの将ともいえた三機のISなのだから、彼らの絶望は一層深いものになるのだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「………が、今作戦の概要です。各々、油断なきように」

 

 空中に映し出されたディスプレイに表示されたアイコンと、リアルタイム映像で写される各連合軍の姿を映しながら説明したスコールが、いつものカクテルドレス姿から白と黒のコントランスが映えるスーツに着替えた姿で全体の指揮を取るという気合の入った言葉で閉める。

 

「はいは~い」

 

 そんなスコールに向かって、いつもの和服姿のサクラが意地の悪い笑顔を浮かべながら、彼女に質問をぶつける。

 

「…………何か?」

「スコールはんの大事な大事な作戦を始める前に、是非とも聞いておかへんとあかん事がありましてね~?」

 

 超・意地の悪そうな笑顔のまま、耳にニョキリとたぬきの耳が生えるのが見えたスコールが、顔面を引き攣りながらなんとか受け応えを行う。

 

「………質問とは?」

「どうしてこないな大事な作戦を始める準備期間に、よりにもよってリキュールはんがIS学園に襲撃して、かつ敗走されてしまいはったんどすか?」

 

周囲の空気が凍りつく。それはものすごい勢いでスコールから冷気のような殺気が放たれるが、そんな事に気がついていながらあえて煽りまくるサクラに、スコールの隣で緑色の液体の入った容器に左腕を完全につけながら優雅に脚を組んでコーヒーを飲むリキュールが、笑顔で答える。

 

「よしてくれサクラ。負け犬の私に追い討ちをしてくるとは酷いぞ?」

 

 プロフェッサー特製の細胞再生装置に負傷した左腕を漬からせながらも、非常に上機嫌にそう答えるリキュールの様子を見て、誰が負けたなどという言葉を信じられよう?

 だが彼女自身が周囲に「負けた」と言い張ってやまないのだ。しかも嬉々として………まるで手柄を立てた子供を喜ぶ親のように彼女にはそれが嬉しくてたまらない様子なものだから、彼女の話に今一つ信憑性が感じられなかった。

 

「イヤやわリキュールはん? 私、何もあんさんを責めてないんやで?」

「そうなのかい?」

「リキュールはんは『戦士』として亡国におりはる。むしろ職務を忠実に果たしておりなはる上に、今回は篠ノ之束なんて隠し玉が出てきたんやさかい仕方ないどす…………ただ、戦士に指示を出す軍師殿は正直短絡的やったとしか思えまへんで」

 

 露骨な嫌味を笑顔で口にするサクラを見ながらスコールの額に青筋が浮かび上がる。そして二人の背中に狸と狐のオーラが浮かび上がりながら火花を散らしあう中、一人の少女が会議室のテーブルを右手で叩きながら立ち上がる。

 

「今は作戦前の大事なミーティングだろう!?」

 

 作戦の前の大事なときだからこそ腹が減って戦が出来なくなるようなことがないように会議中でも食事を欠かさない幹部の鏡(自称)が、左手に鮭フレークの入ったおにぎりを持ち、ほっぺたにご飯粒をつけたセイバーことリリィが二人の争いを下らないと一閃で切り落としにかかった。

 

「…………」

「…………」

「もきゅもきゅ………この大事な時に……もきゅもきゅ…何をジェネラル同士で……もきゅもきゅごっくん……仲違いをしているというのだ!?」

 

 とりあえず言うだけ言い終えると手に持ったおにぎりを食い終わり、お茶で胃袋に流し込んだリリィが至福の表情をしたのをみたサクラとスコールは、顔を見合わせるとテーブルの上におかれた残り二つのおにぎりに目をやる。

 

「?」

 

 リリィが首をかしげた瞬間、狸と狐は同時に獲物をくすねて無言で食しだしたのだった。

 

「あああああっ!!? 私のおにぎりがー!! おにぎりーーーっ!!」

 

 半泣きで二人の服を引っ張るリリィであったが、そんなことで動じるランサーとライダーではない。美味しそうにほうばる二人を相手に、ついに地面を叩きながら駄々をこね始めるセイバーと、その光景を微笑ましそうに見つめるバーサカー………。

 

「うううッ………みんな~~」

 

 そんな中で、渡された資料を真剣に読みながら作戦の内容を色々と考えていた幹部の鏡(真)であるアーチャー・トーラは一人涙を流しながら無駄な努力とわかりつつも口にしてみる。

 

「仲良く………ミーティングしようよ~~うう~~」

 

 凄く間抜けな光景ですが、彼女達………これでも亡国の最高幹部達なのです。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 そんな会議室とは離れた通路の一角。通路に設置された自販機とソファに腰を掛ける竜騎兵達とジークとマドカ。

 作戦前の自由時間ではあるものの、みながそれなりに緊張感を持って待ち時間をつぶす中で、いつものようにお菓子を食べていたフォルゴーレが今回の作戦について素直な感想を述べた。

 

「てか、幹部の人達が揃って大きな作戦やるって初めてだよね~」

 

 足並みが揃わないことで有名な亡国幹部達が五人も一同に揃って現場に出張るという大作戦は、組織の構造が大改革された10年前から数えて一度もなかったであろう。そしてそれ以前の亡国というものは決して表側にその姿を現すことはなく、影の存在として徹してきた。

 

 だが、そんな日々も今日で終焉を迎える。

 それは『裏』から『表』に、『影』から『光』に………その舞台を移し、同時に世界中に自分達の姿を晒す事になるということ。

 

「でも………これで私達、晴れて本当のテロリストになっちゃうんだ」

 

 世界相手に正式に喧嘩を売るということであり、今日はその大事な初戦となるのだ。

 

「呆けてどうする?」

「……スピちん?」

 

 だが、飲み終えたブラックの缶コーヒーを握りつぶしたスピアーは、弱気になっていたフォルゴーレを叱り付けるような口調で話しかけてくる。

 そしてそんなスピアーに同調するように、自分の髪の毛を弄っていたフリューゲルも強い口調でフォルゴーレに言い放った。

 

「今更何言ってるのよ? そもそも世間で言う犯罪行為をしたのは今日が初めてでもないでしょ? それにね………この世界をぶっ壊して正しいものに作りかえるっていう親方様の理想に今更口出しするっていうなら………私はアンタでも容赦しないわよ?」

「フリューゲル? フォルゴーレが言いたいことはそういうことじゃないでしょ」

 

 見かねたリューリュクがフォルゴーレをフォローする中、壁にもたれながら窓の外を眺めていたジークにマドカが声をかける。

 

「なんだ? ガラにもなく緊張してるのか?」

「んなんじゃねーよ」

「何っ?」

「空は青いな大きいな~と」

 

 こうやって最近は上の空で自分との話を適当に流そうとするジークにマドカは密かに不満を覚えているのだ。まるで自分には決して知られてはいけない秘密でも抱えているような彼の態度に、怒りとも不安にも似た気持ちが溜まるマドカであったが、当のジークはそんな彼女の様子に気がつかず、作戦前にもかかわらず作戦後に自分が一人で起こす行動の綿密な予行演習を脳内で行い続けていた。

 

「(作戦終了後、全員が打ち上げで浮かれている中でセキュリティールームにあるメインサーバー直結の端末からデータを抜き出さねぇーと………あいつらが浮かれているうちに全部済ませる)」

 

 誰に悟られることわけにはいかない。これは自分自身だけで決着をつけるべきことなのだから。ただそのことだけに意識の大部分が裂かれてしまい、ついマドカへの対応が疎かになっていることにこの時のジークは気がつけずにいたのだった。

 

「プンッ!」

 

 このようにほっぺたを膨らませてそっぽを向くマドカの行動すらも目に映らない………そして『他所でやれよリア充共』という竜騎兵達の冷めた視線向けられていることにも二人は気がついてないのも問題である。

 

 そんな近い距離でかなり温度差が出ているグループに密かに近寄ってくる者がいた。

 

「おっ嬢さん方ー♪ そんな冷めた視線で誰を見つめてるのかなー?」

 

 黒に近い焦げ茶色の髪の毛に、上着は亡国機業の陸戦隊がよく羽織っている揃いの上着と黒いインナー、下はアーミーパンツにブーツという出で立ちながら、幼さが抜けきらない少年が、人懐っこそうな笑顔を浮かべ、そして右手に有名店のドーナッツが入った紙袋を引っさげて女子の輪に入ってきたのだった。

 

「あっ」

「ぬっ」

 

 フリューゲルとスピアーは彼の姿を見た瞬間、胡散臭そうな目になる。リューリュクはというと社交辞令っぽい笑みを浮かべながら、珍しくそれ以上踏み込まないかのような雰囲気を出し、唯一友好そうな笑みを浮かべたフォルゴーレが彼の名を呼んで手招きする。

 

「秋水(しゅうすい)君ッ!! おひさー!!」

 

 朽葉(くちは) 秋水(しゅうすい)………亡国でも数が少ない十代の『少年』の構成員であり、セイバー・リリィが率いる亡国陸戦隊の一員である。

 

「これはフォルさんおひさー! 貴方がお呼びなら何時でもどこでも駆けつけさせていただきますよ………後はい、これ差し入れ」

「!! 秋水君、さすがだよ~!!」

 

 紳士的な態度で大喜びのフォルゴーレにドーナッツを差し出す秋水。女性主権の現・亡国においてこれほど寧ろ女性との接触を避ける若い男性が多い中で、彼は変わり者のレベルで女性と接触の機会を設けようとする人物でもある。

 

「……………」

「……………」

「……………」

「♪~♪~♪~」

 

 鼻歌交じりでドーナッツを頬張るフォルゴーレを上機嫌そうに見つめる秋水であったが、他の三人は彼の視線が微妙にフォルゴーレの顔から若干したに向けられていることに気がついてた。

 

「♪~♪~♪~」

 

 ISスーツ姿のフォルゴーレが微妙に体を揺する度にプルプルと震える豊満な胸に目がいきながら、凄くいい笑顔を浮かべる秋水に対して、三人の少女は即座に行動を開始する。

 

「「「じゃ~~ん、け~~ん~~」」」

 

 三人が同時に手を上げて、険しい表情となって秋水を見た瞬間………。

 

「グーッ!」

「ゴフッ!?」

 

 スピアーのリバーブローが秋水の鳩尾に深々と突き刺さる。

 

「チョキッ!」

「ギャンッ!?」

 

 続けてフリューゲルのチョキが彼の両眼にもろに入った。痛みにより悶絶しながら両目を押さえる秋水………。

 

「パーッ!」

「ブッ!?」

 

 そしてトドメといわんばかりにリューリュクが特大のビンタをかまし、地に倒れた秋水を見下ろしながら三人が怒りの主張をし始める。

 

「アンタッ!? 毎度毎度フォルゴーレだけ贔屓し過ぎなのよ、このオッパイ星人ッ!!」

「そんなに胸の脂肪ごときがいいというのか!?」

「そうですそうですっ!! そこの二人はいざ知らず、私だって実はこう見えてもEカップの隠れ巨乳でして…」

 

 カップ差を大変気にする二人と批判の中に微妙な自己主張を含める一人が詰め寄る中、両目を抑えながら痛みを我慢して立ち上がった秋水が、左手で待ったをかけながら何とか言葉を紡ぎ出す。

 

「す……少し、お三方は誤解している事がある」

 

 今更何を言う気だ?

 三人のそんな言葉を含んだ厳しい視線をぶつけるが………次の言葉に唖然となる。

 

「女性に一切の貴賎無し!! だけど俺も生身の人間、一人一回の相手が限度である以上、ここはひとつオッパイの大きな娘から順番にゾンビゲッ!!?」

 

 三人で綺麗なサイドキックが秋水の頭と胸と腹に突き刺さるのを見たジークは、大の字で廊下に寝転がる彼の姿を見ながら、ふと心の中で突っ込む。

 

「(コイツ、女に殴られるのが実は好きな人種か?)」

 

 世界にはそういうことが大好きな男もたまにいるのだが、何も今日この場の自分の前でしなくてもいいのに………などと考えるジークであったが、客観的に見ると彼も端から見れば『コイツMじゃね?』と秋水に似ていると思われる行動の数々をしていることには気がついていないらしい。主に、世話焼きに関しては。

 

 

「………?」

 

 だがこの時になってジークは気がつく。自分のすぐそばでグオグオと負のオーラを撒き散らす荒ぶるアホ毛の存在に………。

 

「!? セ、セイバー・リリィ!?」

「ぬおッ!?」

 

 マドカも思わぬジークの言葉にびっくりしながらも何とか敬礼を送り、そんな彼女の行動に竜騎兵達も一斉に社交辞令としての敬礼を行うが、肝心のリリィはそんな彼女達に目もくれずに大の字で寝転がっていた秋水の襟首を掴むと、彼を引き起こしながら怒鳴りつけた。

 

「秋水ぃぃっっ!!!」

 

 自分の配下の見るに耐え切れない醜態にキレたのか? それともだらしの無い女性関係を行う部下を断罪しようとしているのか?

 大事な作戦前だというのに、血の雨が降るかもしれない。嫌な予感が場を包み込む中、打撃の衝撃からようやく復帰した秋水とリリィの視線が絡み合う。

 

「………よぉ、会議終わったのか?」

「………貴様」

「一応迎えに来てやったんだから、そんなに怒ることでもないだろうが?」

「………何故」

「???」

 

 震える手と唇、怒りに燃える瞳、それらが臨海にまで達し、彼女は隠すことなく吼えた。

 

 

「私のドーナッツを用意せずに、なぜ他の奴に食べさせているんだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 

 

 秋水の、ジークの、マドカの、竜騎兵(フォルゴーレ除く)の時が一斉に停止する。

 

「私だって食べたい食べたい食べたい食べたい食べたいんだぁぁぁぁっ!!」

 

 腹の底から吼えるリリィに一切の嘘偽りが感じられないことがかえって副官連中に『コイツ、本気で言ってやがる』という認識を与え、彼らに言い知れぬ不安と衝撃を与え続ける………が、そんな状況を変えるようにフォルゴーレがドーナッツの箱を差し出すと、ふとリリィに声をかけた。

 

「あ、あの………一緒に食べますか?」

 

 流石に自分の上司と同階級の人間なだけに敬語になったフォルゴーレではあったが、そんな彼女の方を鋭い視線をしたまま振り返ったリリィは、強烈な目力を保ったまま言い放つ。

 

「いただきますっ!!」

 

 丁寧に返事を返し、超上機嫌そうにフォルゴーレの隣に座ると、もきゅもきゅとドーナッツを笑顔で一緒に食べ始めるリリィを見たジークは、ふと、心底こう思うのであった。

 

 

「(……………まともな幹部がほしい)」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「………ううっ」

 

 結局会議は当初の軽い打ち合わせで決めていたこと通りという、またなんともしまらない結論で締めくくられ、結構気合を入れて会議に臨んだトーラを激しく落胆させる結果となる。ピクニックの予定を組み立てている訳ではなく、これは人の生死がかかった『戦争』のはずなのだ。

 

「………だけど、割り振りは流石だよスコール………ボクがしっかりしておけば少なくとも部下の人達は怪我させずにすみそう」

 

 少なくとも今回の自分の役回りは自分がしっかりしておけば隊としての被害はゼロに抑えられそうだ。

 

「(本当は………敵になる人達にも犠牲になってほしくないんだけど)」

 

 だがそれは適わない事。如何に自分が組織の幹部であると言っても命令をおいそれと断ることはできず、また今回の作戦は幹部が複数人で行う大事なものだ。好き勝手振舞うわけにはいかない。

 

「そういう意味じゃ………」

 

 心配になるのはリリィの部隊だ。戦力としての主力を引き受けるのは自分だが、彼女の部隊はその代償として敵陸上兵力のほとんどを引き受けることになっている。

 それに彼女の真っ向突撃思考も心配の種だ。ジェネラルとしての高度な実力を持っているからおいそれと遅れを取るような事態にはならないだろうが、万が一ということもあり得る。

 

「………それに」

 

 そんなことになれば、きっと『あの人』は命を懸けてリリィを助けに行くのだろう。どれだけ言葉ではそんなつもりはないと言っても、『あの人』の瞳は絶えず彼女を見つめて離さない。

 チクリッ、と心に刺さった小さく鋭い痛みを覚えながら、廊下の角を曲がろうとした時………。

 

 

「ったく、その取り込んだ質量はどこに消え去ってるのか説明してみろ?」

 

 

 ―――ドクンッ!!―――

 

 この声を聴いた瞬間、トーラは廊下の角に隠れながらこっそりと向こう側を覗き込む。

 

「もきゅもきゅ………戦の前の腹ごしらえはしっかりしていないとな!」

「うん! ハグハグ………食い溜めは肝心だよね!」

「もしものこと考えて包み三つ持ってきて正解だったよ………てか!?」

「ん?」

「ん?」

 

 両手持ちの状態でリリィとフォルゴーレに食され、次々と消えていくドーナッツ達に哀愁の涙が隠せない秋水………もしもの事と言っておきながら、実はリリィ用に取っておいたものなのだが、異常なペースで消えていくドーナッツ達に、一日に糖分を大量に摂取することが義務付けられているジークすらもドン引きのペースである。

 

「ちなみにさ………これ俺のポケットマネーな訳なんだけど」

「もきゅもきゅ………感謝する!」

「いや、感謝よりも経費として落としてくれると・」

「ならば戦でドーナッツ分、私がお前を守ってやる」

 

 食うことに真剣になっているリリィのおざなりの対応に秋水は『じゃあ今日の作戦抜けていい? お前の護衛とか絶対に俺が酷い目にあう未来しか見えないんですけども?』と小声で愚痴るがまったく聞き入れてもらえなかった。

 そしてそんなやり取りを影からこっそり見守っていたトーラはというと……。

 

「(リリィ、食べてる姿凄く可愛いね! 秋水………なんだかしょんぼりしてる。ボク……慰めた方がいいのかな?)」

 

 一人ポワポワした空気を醸し出しながら二人を静かに見守っていた………リリィと秋水を除く全員が『何であの人あんな場所で覗き込んでるんだ?』と不審者を見つめる生暖かい視線を送っていることにも気が付かずに熱中して見守るトーラであったが、彼女の背後から出てきた黒い影に、まずはジークとマドカが緊張した面持ちになり、遅れてトーラも背後の気配に気が付き、すぐさま振り返り驚愕する。

 

 190以上の長身、オールバックにされた髪に所々白髪を混じらせ、彫りの深い顔はロシア系であろうか………顔の所々に古傷を作った陸戦隊の制服を着た初老の老人が、彼女の背後に立ちながら無言でリリィ達を見つめていたからだ。

 

「あ………の」

「………失礼、ジェネラル・アーチャー」

 

 深々と一礼し彼女の横を通っていくと、ツカツカとリリィと秋水に接近し、彼らを冷めた表情のまま見下ろし続ける。

 

「ぬっ?」

「ゲッ!?」

 

 そして彼の存在に気がついたリリィが挨拶すように手を上げ、秋水の表情が明らかに歪み、急に左右をキョロキョロと見ながらどこかに隠れようとする。

 

「総隊長………そろそろ出撃のご準備を」

「いでぇっ!?」

 

 低いがよく通る声でリリィに頭を下げながら出撃の時間が迫っていることを告げる同時に、右拳が秋水の頭部に真上から振り下ろされ、脳天から足先にまで突き抜ける衝撃が秋水を襲う。

 

「もうそんな時間か………もきゅもきゅもきゅ」

 

 最後までドーナツを食べ尽くし、口の周りについた食べカスをハンカチで拭うと両手を合わせて『ごちそうさまでした』と丁寧にフォルゴーレ達に挨拶し、勢い良く立ち上がる。

 

「では出撃の準備を………何をしている秋水!?」

 

 未だに頭を抱えている秋水を無理やり立たせると、そのままツカツカと廊下を歩き出すリリィと引きずられる秋水の斜め後ろを、初老の老人は付き従うように歩き出す。

 

「ってか、何で俺だけ殴られるんだよ!?」

「愚問………隊長を迎えに行かせた者が油を売っていていたのだ。駄賃代わりの拳骨で済ませただけでも感謝しろ」

「そうだ! 未熟者のお前が怠けるとな何事だ!?」

「お嬢が暢気にドーナツ食ってたから叱られてるって、気がついて言ってんのか!?」

 

 両脇に部下二名を従えて歩いていくリリィの背中を見送る竜騎兵達………四人とも『変わった部隊の皆さんだね』と自分達の事を棚に上げた感想を覚える中、マドカは窓際に寄りかかっていたジークに問いかけた。

 

「ジーク………あの男、何者なんだ?」

 

 顔だけではなく全身から『歴戦の兵』というオーラを発してた初老の老人に興味を覚えたマドカの問いかけに、ジークも今度は彼女を見ながらしっかりと答える。

 

「そうか、テメェは初めてか………あのオッサンの名前は『ウォルフ・レオンハート』。陸戦隊………てか、それ以前の亡国から所属している在籍ウン十年の古参の隊員らしい。スコールなんかも一目置いてる実力者で、本来ならあのお嬢ちゃん(リリィ)じゃなくて、あのオッサンが陸戦隊率いてたって話だったんだが、なんでかオッサンの方から辞退して今はあんな感じだ」

「ほうほう」

 

 IS操縦者以外でもあれほどの者がいたのかと感心するマドカと、しっかりしてそうでやっぱり抜けてる面が多々あることに溜息が出るジーク。

 

「あっ………」

 

 そして壁に隠れながら呆然としたまま、結局二人に声をかけることができなかったトーラであった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 巨大な格納庫において並ぶ高さ4m以上の鋼鉄の山を見上げる秋水は、自分の愛機が万全の状態に仕上がっていることを確認するように各所をチェックし始める。

 

「おい秋水!! お前の要望通りメインスラスターの調整(セッティング)を変えといたから確認してくれ!」

「了~~解」

 

 近くにいた中年の整備員が大声で叫ぶのを聞いた秋水が、慣れた動作で『コックピット』に潜り込むと素早くOSを立ち上げ、正面のモニターが起動すると同時にスロットルを何度か捻りながら、エンジンの具合を確かめる。

 

「ありがとオッサン!! 調子いいよ!」

「あたぼうよッ!!」

 

 安全扉が開いた状態で顔だけ出した秋水が、その整備員に礼を言うと親指を立てて陽気に返事を返しくれた。

 再び秋水はコックピットに座り直すと、今度は現在装着状態の各武装のチェックを行い、全てがリクエスト通りに仕上がっていることにようやく満足そうな笑みを浮かべる。

 

「(右アサルトライフル。左ショットガン。対近接ナイフとバックパックに大型の増加スラスター四基は仕上がり完璧。ミサイルパックの残弾フル………ガトリングはともかくバズーカは拡散式に変えてもらってもいいかもしれないな)」

 

 そして機体各部のチェックをそつなく行った秋水はコックピットから這い出ると、3m以上の高さをハシゴ無しで着地し、自分の愛機の姿をもう一度見直す。

 

 ―――戦闘機に手足を生やした歪なフォルム。戦闘機とロボットの中間のような鋼鉄の鎧―――

 

 その名を『GS(ギガント・スレイブ)』。直訳するなら『従属する巨人』と言われる機動兵器である。

 

 戦車、戦闘ヘリ、戦闘機………これらの従来の兵器郡のカテゴリーと、21世紀を超えた辺りから普及し始めた民間作業用の重機。それらを一つに融合させ、新しい世代の兵器として華々しい期待をかけられていた次世代機動兵器であったこのGSを、秋水は僅かばかりの哀愁を込めた瞳で見つめる。

 

「(世が世なら、お前もトップエース扱いされてたんだよな………まあ、今となっちゃそれも…)」

「何を呆けている?」

 

 突然話しかけられ、不機嫌そうに振り替えった秋水を不思議そうな顔で見つめるリリィ………そう。GSが華々しく新時代の旗になりえることはなく、今の時代はただの数合わせの多数の一つとして扱われていることにはいくつかの理由がある。

 

 GSの最大の強みとは様々状況に適応できる順応性の高さであり、周囲を見ても秋水のような高機動用に改造を施した物から、両肩に実弾式の長射程砲を備えた機体、格闘用のブレードと大型のシールドを持った物、索敵用のレーダーを搭載し狙撃用にチューンされたものなどなど、非常にバラエティーに富んでいるのだが、汎用性に富んだ代わりに失ったものもあったのだ。

 戦闘ヘリを越える機動力を持つ代わりに運動性においてやや劣り、戦闘機よりも運動性に優れてはいるが機動力で劣り、陸上でも優れた空間戦闘が可能であるが装甲と火力で戦車に劣り、ある程度の水中稼動も可能であるが潜水艦には遠く及ばない。ましてや一機だけで戦略レベルの脅威になれず核兵器のような国家レベルの抑止力にはなりえない。

 つまりは現行旧世代兵器にトータルバランスで勝るものの、特化力において未だに及んでおらずいるのだ………だが、それ以上の最大の要因が、今、秋水の隣にいる彼女(リリィ)にあった。

 

「なんだ? 私の顔に何か付いているというのか秋水?」

「(完全上位互換がいられちゃな)」

 

 そう。ぶっちゃけ全部IS(コイツら)のせいである。

 

 戦闘機を、戦闘ヘリを遥かに凌駕する機動力と運動性。戦車数個師団に匹敵する火力に、リミッターが解除された状態なら理論上核兵器の直撃すらも耐え抜くといわれるシールドバリア。装備換装無しで深海や宇宙にいける汎用性能。更に原初のISである白騎士は並みいる核兵器を一機で撃墜し、世界中の軍事バランスを崩壊させたと言うではないか。

 唯一の難点が配備数と操縦者適正がごく限られているという欠点があるものの、ただ一機いれば旧兵器群を根こそぎ殲滅できるこの超兵器がGSの存在意義を決定付けてしまったと言える。

 

「はぁ………お嬢の顔がおかしいのはいつものことだろうが?」

「なにぃ!? それはどういうことだ!?」

 

 同時期に同コンセプトの兵器が二つ同時に出て、どちらが優秀だったのかと聞かれた時点で、GSはその名の如く天空の戦乙女たるIS達に従属する巨人となることを義務付けられ、今もこうやって裏の人間である自分達に使われ、正規軍において対IS戦闘における後方支援などの裏方に回されるハメとなっていた。

 

「私のいったい何がおかしいっ!?」

「あ゛あ゛ぁーーー!! 俺が悪うござんした。私の勘違いであります」

 

 しつこく付きまとうリリィ相手に根負けしたのか、前言を撤回した秋水に気を良くしたのか、スキップしながら彼を追い抜くと、資材などが置かれていたコンテナの上に立つと、彼女は手に持っていた鞘に収まった剣の切っ先をコンテナに勢いよく振り下ろす。

 

 ―――空間に良く響き渡る音―――

 

 その音のおかげで誰もが自分の方に振り返っているのを確認したリリィは、静かに笑みを浮かべながら彼女は良く通る声でこの場にいた全員に話しかける。

 

「みんな、聞いてほしい!」

 

 ただ一声。その言葉だけでなぜか吸い込まれそうな魅力が彼女にはある。自分には持ち得ない『何か』を感じ取った秋水も、心から彼女の話に耳を傾ける。

 

「これより、我が隊は連合軍の陸上部隊と刃を交えることになる………先に言っておけば、敵連合軍の主力であるISはアーチャーが率いる特殊戦術部隊が引き付けることになってはいるが、代わりに我々は援軍無しで陸上戦力の大半と戦うことになった」

 

 いくら亡国最大人数の陸戦隊とはいえ、その戦力はGSが二十数機、足の遅い戦車はおらず、代わりの軍用装甲車が十数台。普段は輸送用に使っている戦闘ヘリが一機だけで、歩兵が合わせても300人もいない。

 対して連合国側は戦車だけでも合わせて1000機以上、戦闘ヘリ800以上、GSも700機を上回り、歩兵になればそれこそ数万人を超え、見ただけで数の差は歴然だった。これでもIS台頭による軍縮の煽りで規模が大幅に削られての数である。

 

「知っての通り、我々は数において圧倒的に不利、しかも今回は敵陣に自分達から攻め込むため、地の利も向こうにあると言える」

「(普通に冗談じゃないんですけど………)」

 

 よし止めよう。即座にそう思いついた秋水だったが、そんな彼の心を知らずにリリィは笑顔ではっきりと告げる。

 

「だが心配するな。私が皆を守る」

「!?」

「一見、ただの愚機のように思える今回の作戦だが、私はこれは好機だと思っている」

 

 この部隊におけるIS所有者は彼女一人。つまこの作戦は初めからふざけた数の敵の大半をリリィ一人が相手にしようというものであるのだが、しかしそれをチャンスと考えている自分達の隊長の考えが今の秋水には本気でわからない………。

 

「私は世間のことを良く知らない。そして世間において皆は日陰者と笑われているらしい………だが私は思う。皆は断じて誰かに恥じる存在か? 誰かに恥を、間違いを問うほど世界は正しい姿をしているのか? それを世間に知らしめるには今回は良い機会だ」

 

 だがそんな秋水と瞳をあわせた彼女は、凛々しい微笑を浮かべありのままの気持ちを言葉にしてみせる。

 

「恥じるな、媚びるな、前を向け! 我らは剣を取り、銃を構え、世界に問いかけ直す! 正しい姿をしているのはどちらかをだ!」

 

 剣を抜き去り、それを高々と掲げた騎士姫の威光。

 彼女が掲げた刃が日の光に反射し、宣言する姿、彼女の言葉が秋水の奥深い所にちゃんと収められたのだった。

 

「もし、この作戦を拒否する者がいるならこの場で言え。快く作戦から外れてもらう」

「…………」

「どうした!? 遠慮はいらんぞ!!」

 

 彼女のその問いかけに、場にいた一人の中年の兵士がクスリッと笑いながら逆に言い返した。

 

「姫さんよ……」

「『姫さん』は言うなっ!! 隊長と言え!!」

「アンタ一人に任せたら、どこまでだって突っ込んでいくだけだろ、姫さん?」

「当たり前だ! 戦場にわざわざ敵に後ろを見せに行ってどうする!? あと『姫さん』は止せ!」

 

 普段から『姫』扱いされることを極度に嫌うリリィであったが、この場にいる隊員全員が彼女よりも年上ということもあり、その様子を見た瞬間から先ほどまでの威厳はどこかに吹き飛び、小さな笑い声を無数にあげながらツッコミが飛び交う。

 

「つまり何時も通り、突進する姫イノシシの援護が俺たちの任務かよ」

「なんだ、毎度のことか姫さん」

「まったく、ウチの姫様は前置きが長いからいけねぇー」

「安心してくださいよ姫さん。難しい言葉使わなくてもちゃんとついていきやすから」

「弾薬追加で積み込め中止しろ! 姫さんが敵陣で暴れだしたら逆に重りのせいで逃げれなくなるぞ!」

「弁当の用意はできたか!? ウチの姫様を空腹にする不届き者は陸戦隊にはいまい!?」

 

 格納庫各所から飛び交うこんな言葉に、リリィは顔を真っ赤にして猛然と抗議の声を張り上げる。

 

「ふざけるなお前ら!! ピクニックにいくんじゃないんだぞー!? あと姫は止めろー!!」

 

 ぶんぶん剣を振り回して抗議するが全然聞き入れてもらえず、結局は何時もの出撃前の喧騒に戻ってしまうのだが、若干呆けていた秋水の背後から彼の肩を叩く者がいた。

 

「!?」

「秋水………お前は作戦開始時から離れずに隊長を守れ」

 

 いつの間にか背後に立っていたウォルフ・レオンハートが、リリィを見つめながらしっかりとした口調で秋水に話しかけてきたのだ。

 

「?」

「聞いていなかったのか? 隊長を守れと言っている」

 

 言葉少なくそれだけ言ってくる厳格な男に秋水が戸惑う中、周囲にいた隊員達がそんな彼の言葉をフォローするように口々に秋水に告げて行ってくれる。

 

「レオンの奴はな、俺達のために大事な大事な姫さんが一番危険な最前線に行って心配で心配で悶えそうなんで、俺達のGSの中で一番足が速いお前が護衛しろって言ってんだ」

「姫様に後方待機を言っても聞いちゃくれねぇーんだからよ?」

 

 両脇からレオンという愛称で呼ばれた老人の肩に寄りかかる同年代の隊員が二人………。

 

「いいか、絶対に守れ」

 

 秋水の隣にいたアラブ系の中年の兵士が、静かに言い放つ。そして隣にいた黒人の老兵も続くようにライフルの手入れをしながら秋水に告げる。

 

「俺達は傭兵だ。小銭貰って敵殺してるクソッタレだ。だから戦場で誰かに殺されるのが妥当なんだよ………だが姫さんは違う」

 

 それは上官を心配する部下の目というには、あまりに愛情に満ちた瞳で老兵は彼女を見ながら話を続けた。

 

「ここ以外の場所を知らない、与えられない、教えられてない……ただそれだけの人で、本来ならもっと広くて大きな場所で光に当たる人だ」

「……………」

「さっきの言葉はあの世への行きがけの駄賃にしては値が高すぎるっちゅうことだ」

 

 自分だけではなかった。

 彼女のあまりに真っ直ぐな言葉は、秋水だけではなく彼らの心の奥深い所にちゃんと届いていたのだ。そんな彼らの心境が理解できたのか、頬を若干赤く染めてそっぽを向きながらも秋水は短く返事をする。

 

「ああ」

「いよしっ!」

 

 背中を軽く叩きながら陽気に笑う老兵達に、秋水は悪い気分こそしなかったがふとした不安を感じ取り、一瞬だけ表情を曇らせてしまう。

 

「(ジジィ共が………なんか変なフラグ立てるみたいな言葉使いやがって)」

「ん?」

 

 彼の表情の変化を感じ取った老兵達が悪戯小僧めいた顔をして、一斉に彼を囲んでふざけだした。

 

「なんだ? まさか俺達のこと心配してくれてんの秋ちゃんよ?」

「おうおう………いつもは女のケツ追い回すしかない小僧っ子かと思ってんだが………おっちゃん達のことも心配してくれる素直になれない思春期の父親っ子だったか」

「はぁ?」

 

 思いっきり顔を歪めながら『馬鹿にするな』という表情を作る秋水だったが、彼の肩に絡んだラテン系の男が、ふと彼に問いかける。

 

「ところでよ秋水?」

「んだよっ!?」

「女のケツ追い回すのは大いに良い! 人生の休息を感じ取る神聖な行為だ!」

 

 大声で自分は『尻派』だと宣言するレゲエ親父に賛同する者、『俺はオッパイ派だ!』『ふともも一択』『うなじ最強』『腋こそ至高』『足首の存在こそ究極』『脇腹に癒しを求める』『手首の良さを理解できない田舎者共が』『前髪上げる動作の存在感』『泣き黒子の哀愁』『てか女体オールOK』など叫ぶ下品極まりない集団であったが、とある言葉が一瞬で静寂を作り出す。

 

 

「姫さんのケツ………狙ったらお前殺すぞ?」

 

 

 個々が女性に感じる好きな部分を超越した親バ………上官への愛情が静寂の中に含まる強烈で純正の殺意の視線を作り出し、それが一斉に秋水に突き刺さり、彼は人垣の向こう側に追いやられて『何をしているー!! 話を聞けー!! てか楽しそうなことなら私も混ぜろー!』と叫んでいる騎士姫を除いたすべての人間が自分に決断を強いていることを理解した。

 

「いや、お、おれはどちらかというおっぱい派だからお嬢は・」

『返事はどうした坊主?』

 

 ―――全方位から聞こえる銃のセーフティーを外した音―――

 

「(…………〇ンリミテッド・ガンズ・ワークス(俺だけを狙う無限の銃声)」

 

 自分だけをピンポイントで狙う固〇結界なんていつの間に編み出されたんだよ? というツッコミが瞬時に浮かんだ秋水だったが、自分の左頬に触れるアサルトライフルの冷たい銃口と、右胸に押し付けられているデザートイーグルの固い感触が自分に要求されている言葉を理解させ、涙を飲み込みながら彼は短く返事をする。

 

「(………なんでさ)………はい」

 

 すごく、すごく理不尽な気持ちで一杯になり涙を我慢する姿がなぜかとてもよく似合う秋水であった………。 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

『全隔壁正常稼動確認』

『分離シークエンス、スターティングOK』

『各艦ジェネレーター始動』

『ECSモード、効果99.87%維持』

『作戦領域、気象良好。作戦開始時におけるデメリット、マイナスと予想されます』

 

 薄暗い室内の何もないはずの空中に投影された3Dディスプレイが、様々な数値を示し、オペレーターの女性達が現在の状況を着々と指揮官のスコールに告げていく。

 マドカを隣に従え、今作戦の指揮を執る彼女は、周囲の四つのディスプレイに映し出されているジェネラル四人と瞳をあわせる。

 

「では各自、準備はよろしくて?」

『いつでも!』

『はじめましょう』

『仕方ありまへんな』

『気乗りがしないんだがね』

 

 リリィ、トーラ、サクラ、リキュールと各自の特徴のあった返事を受けたスコールは、一度だけ瞳を閉じて深呼吸をすると、いつになく真剣な表情をして作戦発動の号令をかけた。

 

 

「オペレーション・メビウス、スタート!」

 

 号令を受けた瞬間、オペレーター達が一斉に手元の3Dキーボードを操作し、同時にスコール達の耳が僅かな低音と振動を聞き取る。

 

 その様子はむしろ外から見ていたほうがはっきりとしただろう。

 

 ―――上空2万5千メートルの地点に突如現れる、全長2km近い空中要塞と言える戦艦―――

 

 ―――名を『アトラス』。古代の言語で「支える者」・「耐える者」・「歯向かう者」を意味する巨神の名を持った超弩級戦闘艦の上部、スコールたちがいる指揮所の部分と、戦闘員たちの機動兵器を収めている下部が分離し始める―――

 

 アトラス上部の指揮所は、下部と完全に切り離されると収納されていた主翼と先端を迫り出させ、一機の巨大な戦闘機となり、下部の方も上部とのジョイント部が隔壁で閉じられ、あたかも羽の生えた潜水艦のような出で立ちで地上に向かい始める。

 

『高度2万………1万8千……1万六千』

 

 猛烈なスピードで降下し始める下部には、陸戦隊、特殊戦術部隊、そしてジークを含んだ暴龍帝の特殊部隊という今回の主力部隊を乗せ、戦闘域に一直線に降下し続ける。

 

「秋水、準備はいいか?」

『こちらはいつでも?』

 

 ヘルメットを被った秋水がGSのコックピットからそう返事をしたのを受けたリリィは、自身は首元にマフラーを纏っただけの極めて軽装な格好で彼のGSの主翼の上に乗っかると、トーラとリキュールに通信越しで挨拶をする。

 

「先鋒を頂く………二人もしくじるな」

『リリィも気をつけて!!』

『楽しんでくるといい』

 

 フッ、と口元で笑みを作ったリリィにオペレーターが作戦開始の合図を告げる。

 

『高度3千到達。ジェネラル・セイバー、ミッションスタート』

「ではいくぞ、秋水っ!!」

「ああっ!!」

 

 彼女の号令と同時に床が開き、秋水のGSが一面砂漠の戦場に躍り出る。同時に彼はスラスターを点火し、その空域を飛行しながら、息を呑んだ。

 

「チッ!?」

 

 事前の情報を与えられていたとはいえ、モニター越しに見る光景に動揺が隠せない。

 

 

 ―――数えるのが馬鹿らしい戦車の群れ―――

 

 ―――巣をつつかれたハチのように湧き出すGSと戦闘ヘリたち―――

 

 

 アトラスのECSモードでギリギリまで敵に存在を気取られていなかったはずだが、分離してから数分間、ECSが使用不可能であったこともあり、連合軍に時間の猶予を与えてしまったのだ。しかも向こうは演習の真っ最中。浮き足立ってさえいなければ、すぐにでも対空砲の嵐を撃ってくるだろう。

 

「正面からいくのは流石に・」

 

 無謀だろう………そう告げかけた秋水であったが、ふと隣にいるGSの高速機動にも生身で耐えるリリィの姿がどこにもいないことに気がついた。

 

「まさかっ!?」

 

 風圧で落とされた………と思うのが普通であるが、あいにく生身でGSの上にリリィが乗るのは初めてではなく、むしろコックピットの中にいてくれる時のほうが少ないほどに、彼女は外で待機している方が多い。

 が、秋水が驚いているのはそういうことではなく、もっと別のことである。

 

「あんの馬鹿!?」

 

 思わず漏れた上官への本音を隠すこともなく、秋水は機体を翻し、目的の場所に一直線に飛行する。

 

 

 ―――数千メートル上空からGSをケリ、落下しているセイバー・リリィ―――

 

 

 敵の姿を目の当たりにして、なお彼女は引くという選択肢を選ばず、あろうことか正面から打破するという選択肢を考え、自身の剣を高々に上空に掲げ……。

 

「我が鎧よ、その輝きを世界に示せ!」

 

 彼女のISの名を告げた。

 

 

「エクスカリバー!!」

 

 

 ―――白い装甲の上から幾重ものレリーフが描かれた黄金の鎧―――

 

 ―――黒き大型の刀身をもった突撃槍―――

 

 ―――背中のバックパックは大型で高出力なスラスターが二門―――

 

 ―――そして彼女の顔を覆う白いマスクと、黄金を頂いた王者の冠―――

 

 首に巻かれたマントが砂漠の熱砂に煽られ、だがそれがまるで戦場の追い風を受けてなお悠然と立つ騎士の王を髣髴とさせる勇姿を持って、砂漠に降り立ったリリィは、獲物の槍を翻しながら自分に向かってくる連合軍艦隊に吼える。

 

「亡国機業(ファントム・タスク)、陸戦部隊総隊長セイバー・リリィ………いざ尋常に、勝負ッ!!」

 

 

 

 

 

 




というわけで、いつもどおりあとがきは活動報告にて後ほど書かせてもらいます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閉ざされる世界の輪(中編) サイド・セイバー

さあ、亡国機業幹部の実力を見せ付ける今回、まずは先手はセイバーさんからです!



PS

あとがきは今回後編で全て一括して書くことにしました。前編の際の発言、撤回します


 

 

 

 

「やっと出てきましたな?」

 

 EU系の中佐と思われる士官が中央に表示されたディスプレイに示されたマーカーを見ながらそうポツリと呟く。

 

 砂漠地帯よりも数百キロ離れた軍事基地に集められた各国将校達による仮説本部において、上空に巨大な機影が現れ、その直後に亡国機業(ファントム・タスク)所属と思われるオーガコア搭載ISの出現という報が届けられる。

 色や階級を表すバッジが違う者達が一同に集められたこの連合軍本部において、この一報はようやく退屈な『演習ごっこ』から、本格的な『狩り』が始められると皆意気揚々と楽観的な笑みを浮かべていたのだ。

 

「ふん……しかも出現位置が陸上戦車部隊の正面とは…ずいぶんとこちらも舐められたものだ」

「大方ISがあれば単独でも撃破できると思っているのだろう………見ろ、それ以外の出現した戦力などGSが高々二十数機ではないか?」

「10年前ならいざ知らず、すでに『IS』をむこうが持っているということが判っている側が、それに対応した策を展開するとは考えていないようだな」

「しかもこちらにも虎の子のIS部隊がいるというのに………」

 

 各国の将校たちにしてみれ、亡国機業側が奇襲を仕掛けてくると考えていただけに、正面切って戦いを仕掛けてくるなど予想を外された形になり、敵側の指揮官の無能ぶりを隠すことなく笑い飛ばしていた。

 

「所詮、元来が妄執に囚われていた女が作ったテロ組織。便利な道具を持ったら神の使徒にでもなったつもりでいるのだろう?」

「平和という幻想に取り憑かれた亡霊の成れの果てだ」

「そうだ………もはや我々には導き手の英雄も、我々を影で脅かしてくるテロリストも必要でない」

 

 ここにいる将校達の多くは10年前の白騎士事件の真相を知っているだけに、英雄『アレキサンドラ・リキュール』がいない亡国機業になど何一つ怯えず、忌々しい記憶を今度こそ完全に抹消しようと一丸となっていたのだ。

 

「今度こそ消え果ろ亡霊。お前達など誰の記憶にも残らぬ偶像となってしまえ」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 ―――剣と百合が彫刻された黄金の両肩のサイドアーマー―――

 

 ―――白いマスクに覆われた素肌からでた金色のポニーテールは太陽の光を反射して輝く―――

 

 ―――胴体と両足には重装兵の様なアーマーが備え付けられ―――

 

 ―――重い機体でありながらも軽快さを感じさせるように高出力なバックパックを背中に背負い―――

 

 ―――青と黄金のエンブレムを刻まれた鍔を持つランスは深い黒を持っていた―――

 

 

 白と黄金が強調されたカラーリングの装甲と手に黒光りするランスを持ち、砂漠の大地に仁王立ちする亡国陸戦隊総隊長のIS………遥かなる昔、ヨーロッパの果ての島において英国が誕生する遥か以前、優れた騎士達を従えた至高なる円卓の王が振るった聖なる剣の名を持つIS、白兵戦特化機『エクスカリバー』は、前方から土煙を上げ大地を埋め尽くす量で向かってくる戦車部隊に一騎で果敢に斬り込む。

 

「ハァァァァァァッ!!」

 

 背中のバーニアが点火すると同時に、凄まじい加速で一直線に斬り込んだISは戦車の主砲が己に向けられるよりも早く肉薄し、加速によって得られた速力を斬撃に転換し砂漠を滑りながら横一閃で振るう。

 

「!!」

 

 現行戦車の複合装甲を豆腐に包丁を入れるかのように用意に切断し、砲身とキャタピラ部を切り離したリリィは足を止めることをせず、ひたすら前へ跳躍して敵を斬り裂き続ける。

 元々戦車は地上においてでもISと比べられれば亀とライオンほどに運動性も機動力にも差がある。しかもISのサイズは戦車よりも遥かに小さく、固定物や足の遅い物体を狙い撃つように作られている戦車砲では捉えることは極めて困難。そして周囲は敵ではなくリリィを除けば全てが自軍で、味方撃ち(フレンドリーファイヤー)を恐れた砲撃手はおいそれと撃つ事すらもできない。

 

「撃つ気がないというなら、とっとと下がるほうが懸命だぞ!!」

 

 そう言い放ち、二台の戦車の間に飛び込むと素早く槍を振るい戦車のキャラピラを斬り裂く。

 下は砂地、キャタピラが斬り裂かれれば戦車は動くことができない。これならわざわざ内部の敵を殺す必要も機体を大破させる必要もない。無用な殺生などこの場面では不要なのだ。

  秒単位で戦車を行動不能にしていくリリィによって、戦車の搭乗員達は何もできないままに機体を捨てて脱出していく中、エクスカリバーの上方に黒い影が複数躍り出る。

 

「……………」

 

 彼女はその存在を確認することもなく槍を無造作に回転させ、来ることが分っていたかのように降り注ぐ弾薬の嵐から身を守り続けた。

 上空から降り注ぎ続ける機関砲の雨の中、静かに顔を上げたリリィは自分に向かって対地ミサイルとロケット弾を発射してくる戦闘ヘリとGSを捉える。どうやら戦車部隊では埒が明かないと彼らがリリィを仕留めようと火力を結集して弾幕を張ってきたようだ。

 

「ッ!!」

 

 上空の四方八方から放たれた対戦車用のロケットとミサイルが着弾し火の手をあげる中、炎を切り裂いて上空に躍り出たエクスカリバーは、切っ先を上空の敵に向けると黒槍の青と黄金のエンブレムを刻まれた鍔の部分から金色の粒子を放出させ、リリィは高々と叫んだ。

 

「秘剣・飛翔斬り(クラッシュ・ドーン)!!」

 

 叫ぶと同時に背中のスラスターを全開稼動させ、黒槍の刀身の部分の切れ目から溢れ出た金色の粒子がフィールドのようにエクスカリバーを包むと、ISそのものが矢そのものとなり、上空の敵をすれ違いざまに貫きながら破壊していく。

 

「ハァァァァァァァァァァァァッッ!!!」

 

 回避運動が間に合わずに成す術なく右翼とプロペラを捥ぎ取られる戦闘ヘリ、向かってくるエクスカリバーに恐れをなして手持ちのアサルトライフルを撃ち続けるがまるで通じず、慌てて近接用のナイフを取り出そうとした瞬間に胴体を貫かれるGS達………。

 重力から解き放たれた光の矢は、やがて地面に突き刺さるかのように着地すると、黒い刀身に纏わりついた粒子を振るい落とす。

 

 ―――同時に上空で花火のように爆発していくGSと戦闘ヘリ達―――

 

 まるで彼女の技を演出するためだけにいたかのように、次々と同胞が落ちていく姿に息を呑む連合軍兵士達であったが、逃げ腰になっている兵士達の間を『何を恐れるか!』と一喝するかのように三機のGS達が彼女に向かって突進してくる。

 

「ふむ」

 

 彼女自身も恐れを知らずに向かってくる敵というのは有り難いもので、恐怖に引きつっている相手を追い討ちするかのような真似はしたくはない。『逃げる者を敵にはしない』という彼女自身が課している信条に従い槍を構えるリリィであったが、その時、彼女の頭上を一瞬だけ黒い影が通過する。

 

「ぬ?」

『一人で突っ込み過ぎ!!』

 

 高機動用の装備に換装されている秋水のGSである。

 バックパックにミサイルポッドを内蔵させた大型の増加スラスター四基を搭載し、両手にアサルトライフルとショットガンを装備したGSが彼女の援護するために三機のGSに砲門を向ける。

 

「沈めッ!」

 

 リリィのような突出した技量も運も度胸もないと自負する秋水は敵に対してもっとも無難な回避不可能な距離からの包囲攻撃を選び、一基8発、計32発のミサイルの弾幕を放つ。三機のGSは突然現れた敵軍のGSに戸惑いを覚え反応が遅れたせいで迎撃が間に合わず、ミサイルを数発受け爆散する。幸先よく相手を撃墜した秋水であったが、対して連合軍の方はIS相手の時とは打って変わり、テロリスト如きが駆るGS一機が調子に乗るなとばかりに、GS達による反撃を開始した。

 

「チッ!!」

 

 目の前に映る大量のターゲットサイトと攻撃を知らせるアラート。数えるのも面倒な敵機のミサイルの弾幕。

 『度胸がない』と自重しながらも秋水は開始と同時にその中へ向かってスラスターを全力で噴かして機体を突撃させる。両手に握られたライフルとショットガンを機体の向かう進行方向へ向け、狙いを付けずにトリガーを引く。

 弾薬をケチらないフルバースト。自分の周囲を覆うミサイルのどれかを選ぶ必要は無く、満遍なく弾薬をばら撒くことで広い範囲をカバーするためだ。二挺の銃が薬莢を吐き出しながらミサイルに着弾、誘爆を繰り返しながら光と爆発音が砂漠の空を覆う。

 更にバラバラと落下するミサイルの破片を無視して砂の地面スレスレを猛スピードで滑るように飛行し、後を追ってきたミサイルが何発か地面に誤爆するが、それでも生き残った数十発が秋水へ目掛け殺到する。そこに更に敵戦車による秋水の進路を妨害する敵支援砲から発射される砲弾が秋水の周囲へ着弾し、砂煙あげる。 直接当たる可能性は低いが、常に周囲を囲うように落とされる砲弾が秋水の軌道を制限し、速度を一定以上引き出させないようプレッシャーをかけてゆく。巻きあがる砂で一時的な視界不良になりターゲットサイトが上手く機能しない。

 

「(ヤバイッ!!)」

 

 ミサイルに追いつかれるか、戦車砲に自分から当たりに行くか、周囲のGSや戦闘ヘリの重機関砲の蜂の巣にされるか、待った無しの絶望への選択肢が秋水に突きつけられ、彼の脳裏が死を感じ取った瞬間………。

 

 ―――鋼鉄の機兵と併走する黄金の騎士姫―――

 

『無鉄砲はどちらだ?』

 

 通信越しに聞こえてきた凛々しい声と共にいつの間にか低空を飛ぶ秋水のGSと併走していたエクスカリバーが、黒き槍を回転させながらその刀身から再び金色の粒子を撒き散らし始める。だがその姿は先ほどまでの全身を鎧で固めたフルアーマーなものとは違い、両腕、両脚、胴とバイザーに最低限の装甲がPICによって身体に張り付いているだけの軽装なものに変化していたのだ。そして先程よりも最も異なっている部分、それは彼女が『黒馬』に跨っているということだ。

 

「ケイロンズ・スィエラッ!!」

 

 高速で回転させた刀身から放たれた金色の粒子が剣風となり、それが次第に膨らむことで小型の竜巻となって秋水に迫っていた砲弾やミサイルを巻き込んで誘爆させ始めた。援軍のはずの自分があっさりと彼女に守られているという事実を段々と理解し歯軋りし始める秋水であったが、そんな彼の心境を理解しているのかいないのか、彼の操縦するGSの上に降り立った鋼鉄の黒馬に跨るエクスカリバーは、黒槍を振るう半径を徐々に大きくしながら金色の旋風をより強大なものにしていく。

 

「秋水、巻き込まれないようにしろ!?」

「誰に言うかっ!!」

 

 阿吽の呼吸とも言うべきやり取りで彼女の足場を防衛しつつ敵に気を配る秋水と、そんな彼を信頼してリリィは攻撃に全神経を集中することにした。勢いが増し、黄金の粒子によって周囲までもが輝きだす。

 

 ―――唸りを上げた金色の旋風が、やがてプラズマをはらんだ破壊の竜巻と化す―――

 

「ケイロンズ・ライト・インパルスッッ!!」

 

 振り上げられた黒槍が放つ金色の竜巻は、砂塵を巻き上げながら周囲にある物を飲み込み、戦場にいる誰もが見えるほどの巨大な渦となって天空に伸びていく。中東やアフリカなどで『ハブーブ』などという名で恐れられる砂嵐に似たこの竜巻は、ISのエネルギーによって引きこされた風速数百m以上という破壊的な超突風となり、空中を飛ぶGSやヘリは勿論のこと、空気力学的に竜巻でも飛びにくいと言われている地上にいる戦車達まではるか上空にまでたたき上げたのだ。

 

 そして、地球上の全ての物体は引力という鎖で地上に繋がれた存在でもある。

 

 ―――重さ数百tの戦車やGS達が重力加速度によって質量を増し、地面に落下し粉々になって爆発していく―――

 

 風速数百m以上の超絶的な暴風に煽られる事で天地上下左右を見失った上で、風が止み終えた時には数百m上空にたたき上げられていたのである。しかも竜巻の吸引力によって一箇所に集められたために、ホバー能力を持つGS達は姿勢制御をとろうとした瞬間、真上から降ってきた戦車達に押しつぶされ、その押しつぶされたGSの下敷きになったGSやヘリ達もまた押しつぶされるという玉突き事故のような有様になり、地上に落下した部隊は一機残らず大破していく。

 

「お前………相変わらず滅茶苦茶な」

『何を言う? この技は敵の多い場所でやるから威嚇と威圧になるというのに』

 

 馬鹿みたいな攻撃手段で戦車部隊とGS部隊の2割近くを一気に戦闘不能に追い込んだリリィに、賞賛したい気持ちを持ちながらも素直に口にできない秋水と、彼の微妙な心境が理解できないリリィのちぐはぐな会話が展開される。

 

「第一、なんで俺の機体の上に乗っかる!?」

『お前をドーナッツ分守るといっただろう。それにお前を巻き込まないように位置を考えたら真下にいてくれるのが一番やりやすい。そこが唯一の無風地帯だしな』

 

 微妙に胸を張りながらそう答えてくるリリィに、ホンの僅かな苛立ちが募る。どうやら適当な口約束ではなく、本気でこの戦闘中ずっと自分を守る気でいるリリィの様子に、それでは護衛としての自分の面目が丸潰れであることと、レオン達の『守れ』という言葉を果たせないではないかという気持ちがこみ上げてきたのだ。

 

「しかも………何度も言わせんな!? お嬢はいいが、その馬公はヤメロ!」

『ん? どうして『ドゥン』は駄目なんだ?』

 

 首を傾げるリリィに対して、『馬公』呼ばわりされて怒ったのか、『ドゥン』と呼ばれた鋼鉄の黒馬が激しくGSの装甲を踏み付け、見る見るうちに装甲に馬の足型がついていくのを見た秋水の目に涙が溜まっていく。

 

「がぁぁぁぁぁっ!! やめろって言ってるだろうが!!」

 

 秋水の渾身の怒りもそっぽを向いて受け流すドゥン。確かに人間の言葉を理解しているのだろうが、その仕草はどこか秋水を馬鹿にしているかのようで、ちょっと秋水をムカつかせる。

 本来はエクスカリバーのバックパックとなっているが、変形と一部装甲と合体することで本機に陸上での圧倒的な機動力を持たせることができるサポートマシンである正式名称『ドゥン・スタリオン』は、独自の人工知能を有しており、戦闘時において彼女を逐一補助する役目も担っている。性格は主であるリリィに恐ろしく忠実であるが、なんでか秋水にだけはやたらと厳しい。

 

『ああ、それに………ここから見ると少しだけみんなの戦いが見やすい気がしてな』

「……………」

 

 ドゥンの太い首を優しく手で撫でながら語る彼女の視線の先に、秋水もメインカメラを向け、他の陸戦部隊の戦いの様子をつぶさに観察する。

 

 三機の亡国側のGS達が縦列に並びながら砂漠の真上を高速でホバーしながら、連合軍のGS小隊五機に突っ込んでいく。当然そのことに気がついている敵GS部隊がライフルの乱射で迎撃してくるが、巧みな蛇行でその攻撃を無傷で回避しながら、後方の一機がミサイルを放ち、前方の一機が敵小隊の目前を銃撃することで砂塵を巻き上げ視界を奪ってしまう。

 突然のことで一瞬だけ判断が遅れる敵部隊に、中央の一機がグレネードを放ち、隙を突いて一機を撃破、更に放れたミサイルを回避し損ねた二機がジェネレーターに直撃を受けて炎上し、仲間がやられた動揺が隠せない二機に対して、三機が駄目押しの近接戦闘を仕掛ける。

 GS用のヒートトマホークによってコックピットを両断される一機。そして最後に残った一機は果敢に銃撃で応戦するが背後を取られ逆に銃撃を受け、死に体になっている所にトドメと言わんばかりに高出力レーザーソードを突き立てられ、ゆっくりとその鋼鉄の巨体が砂漠に横たわり、二度と動くことがなかった。

 

 他のGS達も、近接特化された一機がまるで踊る様に対GS用の大型ビーム刃搭載型のランスで敵を突き刺し、薙ぎ払い、斬り飛ばし、遠距離特化された大型の手持ちキャノンを持つ一機のGSが放つビーム砲が一撃で三機を貫く妙技を見せつけ、他にも秋水同様に高機動パックを背負った一機が他のGSとは段違いの速度で敵をかく乱しながらミサイルをばら撒いて空に花火のような爆発を咲かせ、敵GSやヘリを大破や戦闘続行困難な中破にしていく。

 

 そしてGS達が無双を魅せる中、機動兵器を持たない生身の人間達は別の次元で連合の兵士達を恐怖させていた。

 

「おい、爺様。お次は右の部隊だぜ?」

「………チッ、副官殿(レオン)め。年寄りコキ使い倒しよって」

 

 秋水相手に、愛娘同然の上官への手出しはお前の死を意味すると大人げない発言をかましたレゲェ親父が操縦する戦闘ヘリが低空を高速で飛行し戦車隊が砲で狙いを定めてくる。そんな中で陸戦隊でも最年長と言われている『30年前からもうすぐ40歳』と自称する長い白髭とどんな時でも外さないボロボロの麦藁帽子を被った老人が天井から身を乗り出し、半生を共に過ごしてきた愛銃のモシンナガンを構える。どうやら初めての製造から100年以上たつライフルで最新鋭現行戦車を射抜こうとしているのだ。

 普通ならそんな行動は、正気の沙汰ではない、そんなものでは戦車の装甲にわずかな傷をつけるだけで逆にヘリごと爆散させられる。と声を高々に叫ばれる場面であったが、この老人のことをよく知る陸戦隊の隊員たちは彼の『神技』を信頼しきっていたのだった。

 

「ナイスミドルにそんな物騒なもんむけるでない」

 

 自分に向けられる戦車砲を見ながら、片目をつぶってスコープすら付いていないモシンナガンの引き金を引く老人。

 ライフルこそすでに骨董品レベルのものであるが、使用されてる弾は亡国の最新鋭技術で生み出されている特殊貫通弾で、老人は戦車砲が照準を合わせたその瞬間に戦車砲に銃口を向け発砲、発射寸前だった戦車の『砲弾』を狙撃したのだ。そして特殊な貫通弾によって砲ごと弾が貫通し内部で爆散したことで戦車はそのまま中の搭乗員を焼き殺す爆発を起こし、火葬場と棺桶を兼ねた鋼鉄の棺と化す。

 そして老人はライフルのボルトアクションを起こし、すばやく薬莢を排出して次弾を瞬く間に装填して同じ手法で次々戦車を破壊していく。70歳以上とは思えない俊敏な動きで高速リロードと正確無比な狙撃をしていく老人によって戦車小隊が全滅したころ、ようやく老人は痛みに悩まされる腰をポンポンと叩きながら、ヘリに備え付けられているトランシーバーに声をかけた。

 

「で? 次はどこを狙えと言うんじゃ老人虐待指揮官?」

『左の部隊だ。弾が続く限り墜とせ』

 

 寸分の間も置かずに返ってきた副官からの言葉に、老人は痰と皮肉をトランシーバー目掛けて吐き捨てる。

 

「ペッ! キサマの返答はいつ聞いてもつまらん! まったくもってつまらん」

『何を今更』

「何十年たってもそのボキャブラリーに欠けた言葉と態度は進歩せんから嫌いじゃ」

 

 レゲェ親父のパイロットも、何十年来のやり取りを飽きずに繰り返す両者にため息を漏らしながらヘリを今度は逆方向に向かわせたのだった。

 一方で、何十年という付き合いの仲間達から変わらぬ悪態をつかれながらも表情をまったく変えないで、砂漠でも機動性を殺さないように改造されたジープの後部席に揺られながら戦車部隊の補助である歩兵達と生身での戦いを演じていた。

 

「…………」

 

 ―――膝の上の3Dディスプレイに表示された戦局の様子、左手にトランシーバーを持ち、まったく周囲を見ずに右手のハンドガンで自分達を狙っていた兵士をヘッドショットする―――

 

 物のついでのような銃撃が驚くほど正確に兵士達を瞬殺していき、飛んできたロケット弾の弾頭を弾いて軌道を返しそのまま相手に打ち返したりするその様子…………戦隊総隊長のリリィが突撃兵として最前線に突っ込む中、実質的な戦隊の指揮官である副長のレオンもまた、恐ろしく高い能力を持った持った兵士であることを物語っていた。

 しかし彼自身はあまりこういう役目を好んではいないのだが、指揮官不在では部隊は成立せず、本来の指揮官であるはずのリリィが一向に考えを改めないために、苦虫を潰したかのような表情で彼はいつも皆に指示を送り出すハメになっていのだ。

 

『レオンッ! 指示を頼む!』

 

 そしてまた、上官であるはずのリリィが自分に指示を寄越せと言うものだから、一瞬だけ鉄火面が崩れ眉が動き、ため息をつく代わりに説教代わりの小言を言い放とうとする。

 

「総隊長………我々下士官はご命令を受ける側r」

『だから指示を頼むと言っているレオン。お前の指示は私達を必ず勝利に導いてくれる!』

 

 命令じゃなくて指示だからOK、ということで説教を一方的に打ち切られ、一段と渋い表情になるレオンを周囲の二人にもクスクスと明後日の方向を向きながら笑われてしまう。

 

「………ライダー・スコールからの作戦内容を踏まえ、総隊長はそのまま敵陣形を右翼から後退させることに専念してください。我々は手薄な左翼を狙います」

『了解した!』

 

 よし任せろ! と言わんばかりの元気な声を上げた上官が馬と従者を引き連れて再び敵勢に突撃を仕掛けるのを音声と遠距離のカメラから確認し、静かに溜息を漏らしながらも口元が僅かに綻ぶレオンであった。

 

 

 

 

 

 

 




続けてアーチャー編です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閉ざされる世界の輪(中編) サイド・アーチャー

続きのアーチャーサイドです


 

 

 

 

 

『陸上戦力のすでに三割が戦闘不能! 被害、なお拡大中!!』

 

 基地のオペレーターから告げられた報告は、陸上部隊の士官連中の顔色を青褪めさせるには十分過ぎた。

 戦力の三割。現代の戦争における『全滅』の目安であり、戦力の三割を消耗すれば戦線の維持が不可能とされ、通常の軍隊ならば降伏を申し出る場面とされている。そう通常の軍隊が相手であるのならば、国際法に基づく協定によって降伏することで致命的な『殲滅(戦力の全消失)』を避ける場面であるのだが、あいにく相手にしているのは軍隊ではなく、社会を脅かす『社会悪(テロリスト)』なのだ。しかも戦闘開始から1時間弱とたたずの結果である。

 

「こ、これは………予想外な展開ですな」

「こ、降伏の申し出をするべきなのか?」

 

 陸上戦力の所属国………連合参加国である中東やユーラシア方面の士官から頭を抱えたまま弱りきった声が出てくる。無理もない。現代戦において数で圧倒的に勝っていた連合軍が、開戦一時間弱で前線の指揮が保てなくなる事態にされたのだ。誰がこのような結果を想定していただろう?

 

「やはりISを部隊編成に組んでいない徒党ではこれが限界ですかな?」

 

 だが、こんな事態になっていながらも強気な声を出してやまない将校が一人いたのだ。

 

「貴様………中国の!?」

 

 ヨーロッパ方面の将校が苦々しい声でその主を見つめる。そして先の太平洋艦隊壊滅の煽りで派遣できる戦力を限定されてしまったアメリカの将校にいたっては、懐に忍ばせてある銃に手をかけて射殺してやろうかというほどの殺気を放っていた。

 

「申し訳ありません連合の友たちよ。こちらの出撃準備がようやく整いました」

 

 細い瞳に長い顎、一見すると狐のような外見をした中国軍の将校がもったいぶった口調で陸上部隊の将校達を見つめ、そして笑顔でこう答える。

 

「友軍の危機、見捨てておくわけには参りますまい。今すぐ我が国が誇る最高のIS部隊を救援に向かわせます」

「………大丈夫なのか?」

 

 冷めた視線をしたアメリカの将校がそう問いかけると、鼻で彼を笑い飛ばしながらこれでも大分オブラードに包んだと思われる口調で彼は言い放つ。

 

「先の貴国の方々が提示してくださった戦闘データを元に、改良とそれに見合った戦術プランを乗り手にもたらせた我が国の最新鋭『第三世代』量産機『甲龍・雷神(シェンロン・レイセオン)』に抜かりはありません」

「!?」

「いやいや………実に有意義なデータでしたよ。あんな格闘偏向の色モノ一機に、集団で勝てもしない第三世代機は無様でしかないと私達にご教授してくださったのですから」

「キ、キサマッ!! 国際問題になるぞ、その発言はッ!!!」

 

 顔を真っ赤にして唾を飛ばしながら怒声を浴びせるアメリカの将校を、中国の将校は口元を歪ませた笑みで応える。そう、この中の将校達は薄々気がついているのだ。この亡国機業との戦いは、ただの戦争ではない。

 ISを軍事力として扱う現代において、優れた機体を量産しているということを諸外国に見せ付けることで、次の世界のリーダーシップを握っているのは自国だと見せ付ける戦いであり、中国はアメリカに対して『お前を踏み台にして自分達が世界の盟主となる』と宣言しているのだ。

 

「それでは出番ですよ。我が国が世界に誇る最強のIS部隊………『五爪竜部隊』!」

 

 

 その将校の号令の元、海上に展開されていた連合艦隊の一角、中国軍の戦闘空母はすぐさまに第一種戦闘態勢を発令し、艦板に次々と展開されたIS達が出現する。熱い日差しの下に現れる鋼鉄の翼達………そのどれもが戦闘機の形状をした独特な形状を持つIS達である。

 

 

 ―――中国政府がその威信をかけて開発されたモスグリーン色の正式量産型第三世代IS―――

 

 ―――世界に先駆けた可変機構を搭載し、特に空戦能力では他国のどのISを凌駕する性能を持つという―――

 

 ―――現在IS学園にいる鳳鈴音のIS『甲龍・風神』を、『急造』で量産してライセンスを取得したIS―――

 

 ―――その名は『甲龍・雷神(シェンロン・レイセオン)』―――

 

 甲龍・風神の面影を残しながらも、特徴の一つだった両肩のアンロックユニットである『龍咆』を取り外し、代わりにマイクロミサイルと追加ブーストを一体化させた戦闘時間延長用の大容量コンデンサーを後付けでとりつけ、主兵装に最新鋭のレールガンを装備し、両脚部にもコンデンサーを内臓したミサイルとサブスラスターを搭載するという一撃離脱戦法を想定したセッティングとなっている。

 

『五爪竜部隊、全機発進!』

 

 オペレーターの声を聞いた隊長機が発進の号令を隊に掛ける。

 全10機のモスグリーンの高機動形態を取るIS達が大空に飛び立ち、陽光を反射させながら海上を旋回していく。

 

「全機発進っ! 我が国の威信、千年先の未来まで見せろ!!」

 

 気合の入った掛け声を出した女性………元は国家代表であり、中国の第二開発局に所属しているテストパイロットであるが、今回は新たに発足されたIS部隊の隊長に大抜擢されたとあってか、幾分浮ついた気持ちでISを発進させたのだった。

 現役国家代表としてモンド・グロッソに出場している間は、総合成績で最高世界ランク4位まで上り詰めた実績を持ってはいたが、自身の前の国家代表であり、今は第一開発局のチーフアドバイザーに上り詰めている女傑とよく比較され、『同じ時代ならばその成績はなかった』などと陰口を叩かれることも少なくなかった。実際に最初の代表選出戦において、前代表の彼女相手に完敗しており、そんな彼女を相手に互角以上の戦いをして勝利した織斑千冬の戦いを映像で見た瞬間、背筋が凍りついたものだ。

 

 ―――自分はこの化け物達には生涯勝てない―――

 

 頭で理解し、それが恐怖として身体が覚えた時、すでに彼女の生き方は決定していた。

 それ以来、前代表の女傑とはなるべく会わないように自ら第二開発局に勤めることを志願し、第二世代ISの運用方法見直しなど地味な仕事ばかりをこなしていたのだが、何の因果か第一開発局から無理やり横取りした最新鋭ISのデータを使い、第二開発局が一気に立場を盛り返すため強引に量産機を開発し、今回の戦闘に碌な慣らしもしないままに投入することになった。しかもそれを隊で指揮するのは自分である。

 

 ―――貴女の功績を横取りして自分の惨めさを慰めようとしている―――

 

 美しい海面と反射する太陽光を見ながら、一瞬だけ彼女の脳裏にそんな言葉が走り、僅かな間表情を歪ませてしまうが、すぐさま持ち直して機体を亡国相手に苦戦する陸上部隊の方へと向けようとした時だった。

 

 

 ―――何も見えないほどの超遠距離から走る青い閃光―――

 

 

「!?」

 

 ―――何が起こったのか理解できないままにメインスラスターを撃ち抜かれ、続く第二撃で右肩のスラスターまで撃ち抜かれて海面へと落ちていく部下のIS―――

 

 隊長であるはずの彼女だけが『それ』に気がつき、回避運動を行うことで射線から放れ、慌ててその動きに部下のIS達7機が追従する。しかし状況を理解出来ず、起動を変えずに相手の索敵を優先した2機のISに、再び超遠距離から放たれてきた青いビームがメインスラスターに被弾し、慌てて変形して応戦しようとした所に続けてレールガンだけを撃ち抜かれ、爆発によって吹き飛ばされてしまう。

 

「馬鹿なッ!? こんな距離からここまで正確な射撃が!?」

 

 いくら優秀なFCSを搭載していようとも、高速で動くIS相手に、しかもあえて『直撃』を避けるような正確さを出すことは出来ない。ただ当てているだけではない。超長距離射撃を行っている者はあえて直撃を避けているのだ。

 

「何が………!?」

 

 驚愕に固まる彼女がハイパーセンサーを射撃が行われていると思われる位置にあわせ………そして目撃する。

 

 ―――約100km先で長大なライフルを構えるIS―――

 

 ―――銀色と蒼のカラーリングが眩しいボディ―――

 

 ―――特徴的な6枚で対となる12枚の翼―――

 

 ―――その背後にかしづくように控える銀と赤の12機の全身装甲のIS達―――

 

 連合艦隊に決定的な敗北を知らせる、美しき戦天使………亡国機業において『暴龍帝』『影なき亡国の死神』と並ぶと言われている亡国三強の一人、『審判の熾天使』の姿を………。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 高出力のビームを発射する連結状態を解除して、左右それぞれにビームライフルを持ち変えた銀と青色の戦天使はゆっくりと背後にいる者達を見回した。亡国機業において主戦力であるオーガコアを全機が搭載しており、各国の軍用ISすらも遥かに凌駕する性能を持たされたISを纏う亡国最強の集団と呼ばれている特殊戦術部隊『ウリエール』の全12機は、隊長である『審判の熾天使』アーチャー・トーラの命令を静かに待つ。 

 

「各自、現状は後方………つまりここで待機してください。迎撃は許可しますが積極的な攻勢には出ない様に」

 

 ―――「!?」―――

 

 隊長であるトーラの静かなその命令に、隊員全員に僅かな動揺が走る。

 

「敵戦力への攻撃は『私』一人で行います」

 

 普段の『ボク』という一人称を意識的に変えてまで下した命令であったのだが、それに異を唱える者もこの中にいた。

 

「お待ちください隊長」

「………モルガン副隊長」

 

 アーチャー・トーラの隣に控えていた一機、彼女の副官であるモルガン・グィナヴィーアはマスクの部分を解除し、藍色のショートヘアと黄色の瞳で彼女を見つめる。

 

「貴女のお邪魔をするつもりはありませんが、先ほどの先制攻撃のことも含めて言っておきたい事があります」

「手短にお願いします」

「では………」

 

 モルガンが改めて彼女を見ると、黄色の瞳でバイザー越しのトーラの瞳を捕らえながら言い放つ。

 

「あまり『お母様(メディア様)』を失望させることはなさらないでください。貴女が先ほどの敵に与えたものは慈悲ではありません。貴女自身の甘さそのものです」

「!?」

「あと、いくら製造ポットが隣同士だったとはいえ『失敗作の姉君(リリィ)』とあまり戯れないようにお願いします。能力も美点も貴女に劣ると判断されたからこそ、あの出来損ないの姉(モノ)は場末の陸戦隊に送られたのですから」

「今はその話は関係ありません!!」

 

 声を荒げて張り上げるが、モルガンがその笑みを崩すことはなかった。みれば部隊の隊員達も声を出してはいないが、心の中で隊長である自分を馬鹿する心の声を出していることはこの時ののトーラには理解できていた。

 いつもそうだった。この副官はいつもトーラの感情を嬲るように言葉を紡ぎ、彼女の心を平気で抉りにかかる。そしてトーラが彼女に反抗することはできても本気になったモルガンには逆らえないことも向こうは承知していた。形式上は上官と部下でありながらも、モルガンが組織を実質的に牛耳っている自分の創造主(メディア)が差し向けた監視役であるがゆえに、トーラは彼女に必要以上に強く出れないのだ。

 

「ではお話はこれくらいで………」

「!?」

 

 モルガンになんとか言葉で反論しようとしたトーラだったが、今、自分がどこにいるのかをすぐさま思い出し、もう一度振り返るとバイザー越しに睨み付ける。

 

「では御武運を………隊長」

 

 白々しい言葉。必死に行った反論も笑顔で軽く流され、彼女は軽く会釈してトーラに出撃を迫ってくる。

 敵がすぐそばまで近づいていることにトーラも気がついている。これ以上の口論をしている暇はない。

 

「アーチャー・トーラ。『カリュプス・ミカエル』、出撃します」

 

 部下達に背を向け、思うようにできないことを嘆きながら、トーラはISをその場から飛び立たせた。

 銀と蒼色のカラーリングの装甲を持ち、癖の強い武装を持つジェネラル達の中でスタンダートの射撃兵装と、ISそのものに強烈な砲撃性能を持たせ、オーガコアの高出力とIS学園のIS達に標準装備されているハイパーフレームに似た機構を持つフレームを内蔵することで、圧倒的な機動力と運動性を持たされながらも長時間の戦闘を可能とする、亡国機業の最優IS『カリュプス・ミカエル(鋼の大天使)』は、自身に接近してくるIS達をハイパーセンサーで捉える。

 

「………」

 

 飛行形態の甲龍達がマイクロミサイルを撃ちながらレールガンの同時発射を行ってきた。トーラは機体を斜め下に反転させて、流れるように回転しながら海面スレスレを超音速で飛行し、レールガンの射線から退避する。

 

「!?」

 

 そしてトーラがミサイルを一基たりとも撃墜しないで五爪竜部隊とすれ違う姿を不審に思った隊長の前で、アーチャー・トーラは驚くべき行動に出る。

 

 ―――ミサイルを引き連れたままほぼ直角に急上昇、そしてそのまま一気に後方から五爪竜部隊に急接近してくる―――

 

「まさかっ!?」

 

 トーラがやろうとしていることに気がついた隊長機が機体を変形させ、人型形態でレールガンを構えるが、タイミングが間に合わない。

 

 ―――密集陣形の中を猛烈な加速と鮮やか過ぎるマニューバで部隊の人間が迎撃行動に移る前に抜き去ったトーラによって、自分達が放ったミサイルが次々と彼女達に襲いかかる―――

 

 自分達が放ったミサイルの弾幕に襲われ、パニックになって機体の操作を誤る者、変形して迎撃しようとする者、回避運動を取る者、各機それぞれバラバラの行動を取る中で隊長だけが気がついた。

 

「(隊列を乱された!! 各個撃破狙いか!?)」

 

 一対複数の戦いであるのだから、敵が集団でフォーメーションを使ってくるのを阻止する行動を取るのは当たり前なのだが、それでも敵の動きがあまりに俊敏かつ高度すぎると一目で理解させられた。あえて見せ付けてコチラの戦闘意欲を削ぎ落とすかのように。

 

「!?」

 

 両手に持ったビームライフルが火を噴く。二機の甲龍のメインスラスターを撃ち抜き足を止めさせて、向かってきたミサイルに誘導して直撃させたのだ。機動力にエネルギーの割り振りを多くしているために防御性能は第二世代の量産型よりもやや低い。一気に絶対防御が発動し、海面に生身で落ちていく部下の二人を見た隊長は、コアネットワーク越しの通信で激を飛ばす。

 

「作戦目標変更! 目の前のISを最優先目標とする! 変形して密集陣形を取れッ!!」

 

 素早く命令を下し、その命令のままに残り五機の甲龍達は変形して各自が手にレールガンを持って目の前に迫ってくる亡国機業のISに銃口を向けた。

 

「!?」

 

 引き金に指がいく。十分にひきつけられた距離………当たれば儲け物、全て避けられても体勢を崩した所にミサイルで追撃する用意もある。

 

「(先ほどの手は二度も通じはしない! 今度コチラに向かってこようものなら連続射撃で足を止めさせてもらう)」

 

 これを機に攻守を切り替える。そう判断した隊長の視界に敵ISから複数の『何か』が分離すのが見えた。ホンの僅か、一瞬にも満たない間それが何なのかを考えようとした隊長だったがすぐに首を横に振ることで思考を中断する。相手が何をしてこようともこちらの行動で先手を取って状況を優勢にすることに間違いはないはずだ。最善手はそれだと自分の選択を信じて彼女は叫ぶ。

 

「撃てぇぇぇぇっ!!」

 

 ―――放たれる6発の超音速の弾丸―――

 

「!!」

 

 ―――その6発の弾丸全てに直撃する光速の閃光―――

 

「なっ!?」

 

 目の前で爆発する光景に固まる五爪竜部隊達と、不気味なくらいに静かに佇むカリュプス・ミカエル。

 

 切り離された蒼い色の物体がビットとなってビームを放ったことは隊長にも一瞬で理解できた。

 だが、今、隊長が驚愕していることはそのことではない。そのビット全てがこちらの放った攻撃を相殺したことに彼女は震撼しているのだ。

 

「馬鹿なっ! ビットとは脳波コントロールで動いているのではないのか!?」

 

 イギリスの第三世代機『ブルーティアーズ』に代表される誘導兵器の一番の難点である操作性の難点、とりわけ操作に必須である空間認識能力に秀でた者の少なさが上げられており、適正を持つものしか操れない難しい兵器であるのだが、目の前の操縦者はあろうことか『高速移動しながら6基のビットを同時に操りレールガンで発射した弾丸を撃ち落す』という奇跡に等しい神技を披露したのだ。それはISに携わるものであるなら誰もが『そんな馬鹿なことが出来る訳がない』と冗談にするレベルだったが、その冗談のような芸当が目の前に実際に起こり、致命的な隙となってしまう。

 

 ―――カリュプス・ミカエルのウイングが一部変形し、両肩に現れるキャノン。同時に腰部のスタビライザーも変形して、砲台と化す―――

 

「!?」

 

 逸早く立ち直って部下達の前に立とうとする隊長であったが、目の前の戦天使の動きは絶望的に速かった。

 

 ―――両手のビームライフルと4門の砲、そして10のビット達から一斉に放たれる閃光―――

 

 両肩のプラズマ収束キャノンが、腰部のレールガンが、両手のビームライフルが、そして10基のビット達が放った攻撃は閃光の雨となって中国が誇ったIS達を一瞬で破壊する。

 装甲、武装、スラスターの全て破壊され、気を失って落ちていく部下達と共に海面に着水する瞬間、隊長はある事実に気がつく。

 

「(直撃させておきながら………誰も死んでいない、だと!?)」

 

 攻撃の威力と精度………100km以上も離れた場所から武装だけを正確に撃ち抜ける者がこの距離で攻撃の全てを針の穴をついたかのように操縦者そのものに被弾させていない? むしろ今はそちらの方が不自然なことであり、敵ISが自分達を武器と機動力を奪って無力化しただけで命を奪っていなかったという『情け』をかけてきたことに、奥歯が砕けるほどの怒りを覚える。

 

「(我々を敵とすら認識していないとでも言いたいのか!?)」

 

 海面に着水する直前、敵ISが手から何かを放り投げるのが見えた。

 

「!?」

 

 派手に海面に叩き付けられながらも怒りによって失神することを拒絶した隊長は、海中ですばやく体勢を立て直し海面まで浮上し、そして亡国機業のISが放り投げた物が何なのかを悟る。

 

「これは!!」

 

 普段は飴玉ほどの大きさのスポンジなのだが、海水を吸うことで数秒で大きさ1mほどに膨らみ、高い浮力を持つことで海難事故の際の浮き輪の役目を果たす救助道具の一つだった。もうこうなっては彼女の先ほど予想が正解だったと確信を持ち、精一杯の憤りを込めた瞳でカリュプス・ミカエルを睨みつける。

 

「…………」

 

 トーラも視線に気がつく。勝手な理屈で攻撃し、相手のプライドを傷付ける行為をしたことは自覚している。だが彼女はバイザー越しに一瞬だけ自分を睨みつける部隊の隊長に謝罪の言葉を呟いた。

 

「ごめんなさい………でもボクは」

 

 ―――本当は誰かに銃を向けるのも怖いの―――

 

 後半は言葉にできなかった。先ほど自分がやった事を思い返し、さすがにそれは傲慢が過ぎると彼女にも理解はできていたから。

 どうして自分はこんなにもままならないのか?

 創造主(はは)に逆らうこともできず、部下の統制も取れず、姉のように皆に認めてもらうことができない。

 

「!!」

 

 頭にこびりついた嫌な言葉と考えを振り切るように、ISを加速させる。

 

 アメリカの太平洋艦隊の如く、虎の子の切り札をいきなり潰された事に動揺しているのが見ているだけでわかるように、百数十隻という戦艦や空母が各自バラバラの行動をしだしている。勇猛に対空攻撃を行うものや、我先に転進しようとして前進する戦艦の邪魔をするもの。

 トーラはそんな戦艦群の一角にむかって腰部のレールガンを発射し、ミサイル発射口を次々と破壊し、ビットを縦横無尽に走らせながら両手のビームライフルと合わせて戦艦の砲台だけを次々と潰し始める。

 一対多数の戦闘に最も威力を発揮するよう想定して作られているカリュプス・ミカエルが本領発揮したといわんばかりに大暴れし始め、対応が遅れながらも戦艦が護衛用の戦闘機と量産型ISのラファールを発進させて部隊を展開させるが、先ほどの五爪竜部隊を一瞬で壊滅させた全砲一斉掃射によって航空機は主翼と武装をもがれて海面に墜落し、量産型ラファールが放った対空ミサイルも、カリュプス・ミカエルを捉えることはできず、バレルロールしながら回避と両肩のプラズマ収束キャノンによる砲撃を同時に行いミサイルの撃墜どころかISの武装すら撃ち抜き、沈黙させて戦闘不能にする。

 そこへ空戦用に換装したGSと量産型ISのテンペスタが射撃や砲撃では敵わないと思ったのか、高出力のビームソードやアックスを掲げて突っ込んでくるのを察知したトーラは、距離を離して射撃戦を行うことなく手甲部に装備されているビームサーベルを抜き、一番近場のGSに異常な加速で接近、敵が獲物を振りかぶるよりも早くGSの腕部やメインカメラを斬り裂き、接近してきたテンペスタを蹴りの一撃跳ね飛ばし、腰部のレールガンとビットの波状攻撃で撃墜していく。近接性能でも並みのISを遥かに超える力に最早戦場で彼女を止める術を持つものは連合の中にはそんざいしていなかった。

 

 圧倒的な亡国機業幹部の戦闘力を前に、連合艦隊の被害は尋常ではない速度で広がっていくばかりで最早逃げることもままならない。焦りと恐怖とパニックが艦隊全てに広がっていく中、ヨーロッパ方面から参加した一隻の空母の艦長は、すでに勝負が決したと判断して味方の艦艇全てに『撤退』するよう通信を入れ続けていた。

 

「馬鹿者がっ!! ISやGSを出したところでどうしようもあるまい! 今は被害を最小限に抑えることだけ考えろ!!」

 

 勝機を得ることは最早敵わない。相手の戦力を見誤って算段していた時点で勝負はこちらが敗北していた。戦闘による武力衝突が『準備期間』を経ての総決算だとするなら、亡国機業は勝利を得るために、戦力の全容を把握させず緻密な計算の元に必勝の算段で望み、連合は豊富な資源と過去の栄光にしがみ付いて考えることを放棄していた。戦略レベルで負けていることにも気がつかずに………。

 

「(こんなクソ戦争で死なせてたまるか!)」

 

 無能な上官勢を心の中で侮蔑し、そしてそんな戦闘に部下を連れてきている自身にも怒りを感じながらも、上官として艦長として『こんな場所で大事な部下たちを死なせたくない』という一心で何とかこの海域から離脱する算段を考え続ける。

 

『艦長! ちょっとお願いがあるんですが?』

 

 そんな艦長相手に陽気な声で格納庫から通信を入れてくる者がいた。表情を歪めながら通信画面を睨み、答える。

 

「今はテメェと話している時間は……」

『撤退するのにどう考えても時間、足りませんよね?』

 

 軍人とするにはあまりに規律を守らず、上官の話も聞かずにルールもよく破る男………軍人として決して好意を抱ける相手ではないのだが、能力は特一級品で何故だか彼は人望に恵まれており部下にも慕われ、かく言う自分も人として彼の事を嫌いになれないでいるのだ。

 

『戦場に出てきて何もせずに負けて帰るのもちょいとばかり癪ですから………ご許可してほしいんですがね?』

「………貴様ッ!?」

 

 通信画面の向こう側、顎の無精ひげが特徴の軟派な青年で『伊達男』を自称するGS乗りの大尉が何を言い出すのか予測がつき、艦長は表情を歪ませたのだ。

 

『あの無敵のセニョリータ………一対一で口説かせてほしいんですが?』

「馬鹿者がっ!? 今更お前一人出ていたったところで」

『時間は稼げます。いや稼ぐどころか………俺の女にして帰ってきますよ』

 

 陽気な言葉に含まれた決意と覚悟に、艦長はそれ以上の言葉をつむぐことができずにいたのだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「………………馬鹿な」

 

 そして連合の本部において、意気揚々と虎の子の『五爪竜部隊』を発進させる指令を出して数分後、その部隊が全滅したこと。そしてその部隊を全滅させたISが今は連合の主力である艦隊相手に壊滅させる勢いで無双を働いているという報告を受けて、中国の将校の表情から生気が消え去り、椅子にすがるように崩れ去ってしまう。

 

「亡国機業………まさかこれほどとは」

 

 連合将校達の誰もが予想することすらしていなかった事態に次の一手を考えることもできないでいた。

 

「こ、降参するのは………どうだろうか?」

「馬鹿者がっ! 向こうは正規の軍隊ではないのだぞ!? 国際法など通じる相手ではない!!」

「だ、だがしかし!! このままだとここもいつ襲撃されるかわからんのだ!!」

「だったら!!」

 

 その台詞を聞いた軍人の何人かが尻を上げて逃げる準備をしだす中、先ほどの中国の軍人がポツリポツリと呟き始める。

 

「メだ………駄目だ」

「?」

「いくら………使ったと思っている? 結果が残せなかったら全責任を私に押し付けてくるというのに…」

 

 自分にこれから待ち受ける未来(処分)を思い描き、取り繕うことすらもできなくなった将校はよろよろとコンソールパネルに向かって歩き出す。

 

「………今回で実績を上げてゆくゆくは国防大臣の座を……それをあんなロートルなテロ組織などに」

 

 そしてコンソールパネルで何かを入力し始め、ようやくそこに来て他の将校たちも彼の異変に気がつく。

 

「貴様………何をしている?」

「ヒィヒッヒッヒッ!! キヒィッキヒィッキヒィッ………」

 

 漏れる声も表情も眼差しも正気のものとは思えないものを出しながら、彼はこの場のすべての人間を戦慄させることをし始める。

 

「そうだ………勝てないが、負けなければいい!!」

「何をしている!?」

「そうだ………これも奴等の責任だっ!!」

 

 一人の将校が彼を無理やり引き剥がし、コンソールの確認をし………表情を青褪めさせる。

 

「キサマッ!? 何をしたのか理解しているのか!?」

 

 激怒して中国軍の将校の襟首を締め上げた一人の将校。その彼の必死な血相に尋常ではない事態が起こっていることを理解し、皆がその場に集まり出し、そして騒然となった。

 

「この男っ! 大陸弾道ミサイルの発射要請をっ!?」

「馬鹿なッ!! 核で全てを焼き払うつもりか!?」

「勘違いするな………使用している弾頭は核ではなく新型の焼夷弾だ。試作型でISのシールバリアを中和する特殊なパルスを放出する」

「そんなことを言っている訳ではない!! 弾道ミサイルなど使用したなどと知れれば、もはや世論を全て敵に回す事になるのだぞ!!」

「そんなもの、や、奴等『亡国機業』の責任にすればいい!! ここにいる全員が口をつむげばそれでことがすむ事だ!!」

 

 血走った瞳で、彼はあっさりと恐ろしい事を言い出したのだ。だがそうするにも一つだけ重要な問題があり、恐る恐る一人の眼鏡をかけた将校が問いかける。

 

「だ、だが………前線にいる兵士達を撤退させる時間はないぞ」

「そんなことをする必要はない!! 敵を惹きつける囮は必要だ!!」

 

 前線にいる兵士達全てを囮にして、彼は亡国機業を殲滅させようといっているのだ。しかも、そのために使用する大量破壊兵器は亡国機業が自ら使用したものであると、世間に偽ってまで………。

 悪魔のようなその発想に、流石に付き合ってはられないと何人かの将校たちが強い不快感を示しながら抗議の声を上げる。

 

「そんな非人道的な行い、許されるはずはない!」

「ここは一時撤退させて戦力の立て直しを図るべきだ」

「お前達!! このままおめおめ負けて帰れば、国の首脳陣は我々に無能の烙印を押し付けて、トカゲの尻尾きりを果たすに決まっている!? 我々は負けられないのだ!」

「し、しかし………負けないかもしれないが、これはとても勝利したとも…」

「フッ! 生き延びたものこそが勝者なのだ! 後は亡国機業のアジトを突き止め、奴等のIS技術に関する情報を吸い上げれば……」

 

 『勝てないかもしれないが、唯一これならば負けもない』………自分達が勝機を得れないと発覚した途端、勝者無き泥仕合をしようと言い出す男に、自分達をこれから待ち受ける未来を想像し、更迭から敗者の烙印を押され、負け犬と後ろ指を差される人生を過ごすことに恐怖を覚え、この悪魔のような恐ろしい考えに同調しかかる。

 

 だが、そんな悪魔のような恐ろしい考えを、悪魔のような強さを持った『彼女』は決して許すはずが無かったのだった。

 

 

 ―――醜い………実に醜い発想だ―――

 

 

『!?』

 

 部屋中に響く、静かな怒声………それあらかじめテーブルの下に仕掛けられていたスピーカーから発せられていたものであると気がつく前に、基地内を激しい振動が襲い掛かる。

 

「な、なんだ!?」

「ミサイルがもう着弾したのか!?」

「い、いくらなんでも早すぎる!!………それにこれは」

 

 ミサイルの着弾による振動ではない。明らかに大地の下から来るものだった。

 

 ―――何かを削りながら近づいてくる振動音―――

 

 通常の地震とは違う異質な振動を奇妙と思っていた将校たちが、オペレーターに状況を確認させようとした瞬間だった。

 

 ―――床を突き上げて現れるIS―――

 

 右腕部に大型のヘビーランスを装備したISが地面を掘り返しながら現れ、続けて中から同系のISが三機飛び出し、四機のISが攻撃するわけでもなくその場に跪いて、その穴からゆっくりと現れる『主』を臣下として出迎えたのだった。

 

 

「………戦場で戦っている全ての兵士達を愚弄する気か?」

 

 穴から聞こえてきた声に、将校達は一瞬で金縛りにあい、言葉を発する自由すら奪われる。

 

「戦士達が命を賭けている時に、貴様らのような塵共が下らん横槍を入れようなど………」

 

 建物全てが振るえ、室内で風が巻き上がり、ゆっくりと『それ』が姿を現した。

 

 

 

「今すぐ消え失せろ。お前達がこの世に存在している価値など、まるでない」

 

 嵐の暴龍『アレキサンドラ・リキュール』とそのIS『ヴォルテウス・ドラグーン』が、穴から姿を現し、悪魔の双翼を震わせ、室内全てを包み込み旋風を巻き起こしたのだった………。

 

 

 

 

 

 




さて、最後のランサーさんとライダーさんのほうは、どうなることやら?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閉ざされる世界の輪(後編)

今回も例のごとく更新が遅れましたw

もうやだ………


では、戦争編はこれで一時完結です!


 

 

 

 

 

『………確かに』

 

 暴龍帝アレキサンドラ・リキュールからの通信を受けたスコールがすぐさま戦艦アトラスのレーダー索敵を掛けたところ、確かに中国方面から戦場になっている砂漠地帯へ向かっているいる弾道ミサイルを複数察知する。

 

「こっちからコントロールできたらよかったんだが、暗号入力式だ。それに割らせる口ももうねぇーよ」

 

 リキュールの部隊に同行していたジークがうんざりしたように言い放つ。どうやら彼の足元には二度と口が開かない将校の躯が転がっているようだ。後先考えずに『泥仕合』をしようなどと、いくらこちらに会話や作戦内容が筒抜けになっていたとはいえ、発想が短絡的過ぎる。

 

『それで………?』

 

 だがスコールが大いに問題にしているのはそこではない。

 いや、大分問題ではあるが、そこを問題にするよりもなお度し難い問題がジークの近くに文字通り『横たわっている』のだ。

 

「…………」

『大方『唯でさえ最初から乗り気じゃなかった上に、いざ乗り込んでみたら自分の敗因を全部現場に押し付けようとかするチキンどもで、あまつさえ自分の姿を見た瞬間、全員恐怖でビビッて戦意消失なんて奴らだからつまらな過ぎて労働意欲が失った』とか言い出してるんでしょう? もう~~~お茶目なリキュール♪ ウフフフフッ♪』

 

 花が咲いたかのような可憐な笑顔をしていながら、背後から般若のオーラが噴き出し、そのあまりの迫力に、隣にいたはずのマドカがいつの間にか壁際に押し寄せられ、半泣きしながら恐怖に震えていたのだった。

 

『ねえ、リキュール? 仕事しなさい?』

「………つまらない。どうやら私がいると抵抗らしい抵抗もしようという発想にもならないとは………陽太君達のように恐怖を乗り越えて私に牙を向く猛者などやはり早々いそうもないようだな。ジーク君、後は好きにやりなさい。私は寝る」

「いや、オイッ!? ちょっと!?」

『今すぐその人起こして仕事させなさいジーク。これは厳命です』

「意識を失う前に言っておく。私は寝起きが悪いらしく、どうやら無理やり起こさせると反射的に………反撃を……ふぁ~」

「うえっ!?」

『私の命令が遂行できないなんて戯言………言ったらどうなると思うジーク?』

 

 行けも引けも地獄な自分の状況に焦るジーク。ちなみに言っておくが彼に落ち度は何一つとしてなく、凄くマイペースに我侭を言っているのは上司二人である。

 そして流石に可哀想になってきたのか、それともこれ以上ジークに追求されるのを嫌がったのか、暴龍帝は空中ディスプレイを投影して他の部隊の戦闘を観戦しながら彼に命令を下す。

 

「ジーク君、外で戦っているフリューゲル達の手伝いをしてくれ。私はまだスコールと話がある」

『ええいいわよ。私はとことん、この人と話しをしたいところだから!!』

「………ああ」

 

 レズカップルの痴話喧嘩になんぞこれ以上付き合いきれるか、という投げやりな言葉を心の中だけでかけて、床以外のほとんどを失った部屋の残骸からISを展開した状態で飛び降りていく。

 外では基地内の予備兵力と竜騎兵達が久しぶりの開始している中、リキュールは画面に映る左頬に青筋を作ったスコールと、他の二画面に映っているリリィとトーラの戦いぶりを見ながら、ため息を付きながら呟いた。

 

「はぁ~~~………こっちの方が楽しそうではないかスコール?」

『勝手なこと言わないの!? 貴女、IS学園と戦ってから、我侭がグレードアップしてるわよ!?』

「雑魚狩りは私の趣味に合わん。やはり闘うなら強敵がいい」

『まだ言うか!?』

 

 『ああもうヤダー!』と画面の向こうで悶えるスコールを特に気にせず見つめながらも、リキュールは話を続ける。

 

「それにしても………ミサイルはどうする? 方角的に今からだと撃墜するのは私では難しいぞ? そもそも私はそういうの向いていないし」

『ええ、そうね。貴女はそういうの本当に向いていないものね。大雑把で適当でいい加減な所とか………一番こういうのに向いてるトーラは海上で手一杯で、これ以上ノルマ増やしてあげるのは可哀想だし』

「うむ。繊細な作業は私には向かないことは自覚してるよ」

『(嫌味すら通じない………チッ、これだから天然は)だとしたら、順当に考えると…』

 

 スコールの不機嫌そうな表情が更に歪み、左頬をピクピクと半ば痙攣させながら彼女は別のディスプレイを表示して声をかけた。

 

『もしもし、そこの簡単なお仕事を仰せつかったお暇な方?』

 

 棘だらけのストレート球のような言葉を投げつけられた人物は、その台詞に更なるストレート球を投げ返す言葉を発したのだった。

 

『はいは~い! 腹いせ代わりに活躍の場を奪われてしまった可憐な新妻ちゃんは、ここですよ~~~………はぁ、星が綺麗やわ………女狐ちゃんにも直接見せてあげたい』

 

 高度数万メートル上空において、星空を天に、青空を大地にして、亡国機業所属のISが出番を今か今かと待ちわびていた。

 

 ―――黒七分、白三分の独特な配色をしたカラーリング―――

 

 ―――十字架のような装飾の黄金の杖―――

 

 ―――背中に取り付けれた2門の巨大なキャノンと白のリフレクター―――

 

 ―――胸部の翡翠のようなコンデンサーが太陽光に反射して輝き―――

 

 ―――白いマスクと黒いバイザーの下で、この機体の主が微笑んでいた―――

 

 ランサー・サクラが駆るIS『オーディン・エーシル』が、もう一機の真紅のISと何故か綾取りをしながら暇つぶしをしていたのだ。

 

『星空なら私からも見えてるわよ?』

『ああ~~………ダメダメどすえ? そうやって物質的な返答しかできひん女子には、やはり良い男は来てくれまへんのや』

『何ですってッ!』

『ツーーーン』

『キィィィィィィーーーッ!!』

 

 だんだんとキャラが崩壊してきたスコールだったが、今の自分の立場とわりと時間がないことを思い出し、何とか使命感を取り戻して話の本題を切り出す。

 

『ミサイルのことは気がついてるでしょ? 貴女のISでそこから全部打ち落とせないの?』

『ん?』

 

 そういう言われたサクラはというと、首をかしげて数秒間考え込み、そしてあっけらかんと返答する。

 

『無理どす』

 

 ―――プッツンッ―――

 

『ぶっちゃけウチのISでそれをやると射角の問題で関係のないところまで大変なことに………』

 

 陽気に自分では無理だと言い放つサクラの様子。言うことを聞かないリキュールの態度。天然過ぎて取り扱いに困るリリィの存在。会うたびに殺意を覚えるメディアのドヤ顔。表の顔である会社役員としての仕事。部下やほかの組織の構成員達の苦情の一切合財の取り持ち、雑務、諸事情、etcetc………。 

 

 積もりに積もったストレスがゲージを突き破り、ついに大爆発する。

 

「うがあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 頭を抱え、長い髪を掻き毟りながら絶叫する上司の姿に、若干怯え気味のマドカは徐々に後退しながら心の中で呟く。

 

「(スコールがついに壊れた)」

 

 もう我慢できるかと言わんばかりに、激高した表情を隠すことなく通信越しにサクラを怒鳴りつける。

 

「何もかも大雑把過ぎるのよ貴女!? そのせいでこっちはどんだけ苦労してると思ってるのよ!? そのくせ自分は新婚自慢? ぶぅわかっ!じゃないの貴女っ!?」

『な、なんやてぇー!?』

「そんな自慢する前にその使えなさをどうにかしてろ、この寸胴馬鹿狸女!?」

『言うたな、この行き遅れ垂れ乳狐女ッ!?』

 

 

 通信越しに起こった現代狸狐大合戦を前に、アトラスの艦内が騒然となる中、そんなことどこ吹く風よと言わんばかりにリキュールはある人物と話をしていた。

 

『………というわけだ』

 

 その人物………セイバー・リリィはというと、予定通り敵部隊を後退させ、逃げ惑う敵機達を部下の秋水と愛馬のドゥンと共に、悠然と見送りながらリキュールの報告を受け、暫しの沈黙の後、怒りの炎を瞳に宿しながら、言葉を紡ぎ出す。

 

「………痛みも感じず、血も流さず、安全な高みから………それを苦渋の決断だと後に言う気なのだな、奴等は?」

『だが作戦が成功すれば、結局は同じ規模の人間は死ぬ。用は向こうが勝手に自爆するか、態々我々でそれを阻止した上で、改めて連合軍に壊滅的な一撃を加えるか………それだけだ』

「何もかもが違う」

 

 自分達のやっていることを全てにおいて正しいことだとは言わない。

 血を流させ、誰かに死をもたらせていることも知っている。そして殺す相手には、必ずその人と繋がりを持っている人がおり、自分の刃がそれを無常に斬り捨てていることも………。

 一方的な理屈で蹂躙しているだけだろうと言われても、なんら反論する要素はないだろう。

 だが、それは自分自身の手で行う。そして奪った命のことを決して自分は忘れない………それが戦場に立つ者の持つべき絶対の『矜持』であると考えているリリィにとって、連合の将校達のやったことは決して許せない行為なのだ。

 

「戦場の兵士達にとって敵の攻撃で討ち死にするよりも、味方の策略で敵諸共騙まし討ちに合う方が遥かに無念のはずだ」

『だから君はあえてミサイルを撃ち落してから改めて自分の手で敵を下すと?』

「連合の兵士達は、皆が掲げられた平和維持という正義を信じて戦っている………例えここで自分が倒れても、正義を引き継いだ仲間が立ち上がってくれると信じて、命を懸けて戦いを挑んできているはずだ」

『そこまでの覚悟を持ったものが果たして何人いることやら………』

「私はそう信じて剣を彼らに向ける。歩むべき道を違えただけの『隣人』にできる精一杯の私の正義だと思っているから」

 

 セイバーのどこまでも真っ直ぐで清廉潔白なその言葉に、思わずリキュールがフッと微笑みながら彼女のあり方を祝福した。この少女は時代錯誤としか言いようのない騎士道をこの現代の戦場に実践し、その輝きを存分に発揮していた。リキュールにはその滅び去った古き時代のスタイルを貫く少女の輝きがとても愛おしいのだ。

 

『………やはり君は真の『王』だ。屑共の特効薬には君の爪の垢がいいかもしれんな』

「………いらん世辞だ!!」

 

 心からの賛辞だったのだが、どうやら日頃から仲の悪い(一方的にリリィが嫌っているだけ)リキュールの褒め言葉を、何かの嫌味だと感じ取ったのか通信を一方的に切った後、リリィは再び別の人間に回線を開く。

 

「レオンっ!」

『聞こえています総隊長』

 

 一秒の遅れもなく帰ってくる返事に安心するリリィは、自分の会話が常時レオンに筒抜けなのを知らずにその話をして、現場を離れる許可を求めた。

 

「………というわけだ! トーラがいけぬ以上、私が行くしかない! 後、皆は安全域まで退避してくれ」

『………それは出来かねます。そして総隊長お一人に行かせるわけには参りません』

「では誰が一緒なら!?」

『………秋水』

「………だと思った」

 

 隊長を置いて逃げ出すわけ無いでしょうと言いつつ、レオンは秋水を同行者に指名し、まったくもって予想通りだと言わんばかりに首を横に振りながらヤレヤレと言った仕草で、秋水はGSをリリィの横につけて急かすように声をかける。

 

「時間ないぜ、お嬢」

「…………」

 

 いつもはこういうの嫌がるくせに。という言葉が出掛かったリリィであったが、彼がようやく自分と同じ正義に目覚めたのだと思い込み、甚く嬉しそうな表情を浮かべ、分離していたドゥンと再び合体することで、元の重装甲形態へと変形し、秋水のGSの上に乗り上げた。

 そしてリリィが上に乗ったと同時に秋水は機体を発信させ、高々度目がけて加速し続ける。

 

「…………」

 

 無言でバーニアのスロットルを開きっぱなしにしながら、渋い表情になる秋水………自身の腹の底にあふれた『何か』の正体を見つけようと、彼は空をにらみながらひたすら考え続ける。

 

「!?」

 

 『連合上層部が有無も言わせずに味方ごと亡国を焼き討ちにしよう』という報告を聞いた瞬間、ガラにもなく少しだけ自分の『芯』が怒りの炎を灯したことを秋水が自覚した時、表情が硬い物に変化していた。

 感情任せに動くようなガキであることはとっくに卒業したものだと思い込んでいただけに、自分自身に腹が立ち始める。

 喜怒哀楽の塊のようなリリィの行動を補佐するため、いい加減な陸戦隊の親父連中の尻拭いをするため、常に自分は冷静沈着で現実的な行動をしている。そう信じていたはずなのに、なぜ自分はこんなにも怒りを感じているのか?

 連合の兵士達は敵で、自分は亡国機業の陸戦隊員だ。敵が勝手に自滅してくれるならこれ幸いで、どうぞ勝手にやってください………そう言い切るのが普通じゃないのか?

 それともリリィのように古臭い騎士道を戦場でかざすのが正しいのか? だが自分はそんな真っ直ぐなだけの生き方などとてもできそうもない。

 現実はいつだって無情で、選択肢は限られており、時間制限つきで内容はいつだって薄情だ。ならちゃんと後のことを考えて、必要なものと不要なものを切り捨て、できる限りの最善を尽くす。それがベストじゃないのか?

 

 ―――精一杯の私の正義だ―――

 

「(なんだよ、ソレ?)」

 

 敵のために心を砕くリリィ。そんな彼女に黙って付き従うレオン達。

 何が彼女達の考えが理解できず、イライラが収まらない秋水………彼がもう少し未来になってから知ることになる。周囲の大人がなぜあえて秋水には答えを教えずにいたのかということに。

 

「!?」

 

 空の色が青空から暗い星空に変わり、GSに激しく響いていた振動がおとなしくなり始めた時、リリィと秋水の視界に無数の光点が見え始める。

 

「お嬢っ!!」

「…………」

 

 秋水の言葉に答えるように、黒光するランスを反転させ、刀身に手をかける。長い柄の部分が収縮し、同時にランスの刃の部分が熱気を排出させながら徐々に展開して金色の光が漏れ出し始めた。

 

 ―――黒き槍を鞘とした、金色の剣がゆっくりと引き抜かれる―――

 

 暴龍帝のIS『ヴォルテウス』の装甲と同じ金属で作られた高硬度の黒鋼の『槍(鞘)』の中に普段は収められ、その漏れ出した木漏れ日のような光だけで巨大な竜巻を発生させられるほどの膨大なエネルギーを内包した『半ば物質化したエネルギーの剣(つるぎ)』を、姫騎士はゆっくりと頭上に掲げ、深呼吸しながら解き放つ瞬間をじっと待つ。

 

「「「…………」」」

 

 リリィがその刃を抜き去った瞬間、彼女の姿を映像越しに眺めていたリキュールと、そしていつのまにか口喧嘩を収めていたスコールとサクラが、打って変わった真剣な表情で食い入るように見つめていたのだった。

 そんな中、リリィとの接点がほとんどないマドカは、彼女が解き放った武器が途方もない威力を持っていることは初見で理解しながらも、アレがいったいどのようなものなのか理解が届かずに、首をかしげる。

 

「まさか、あの剣一本でミサイル全てを薙ぎ払えると?」

 

 俄かに信じがたい仮説であったが、隣にいたスコールは何も知らないであろうマドカに言い聞かせるようにある言葉を綴りだす。

 

「そういえばマドカは見たことがなかったのね」

「?」

「まあ、一度は見ておくべきなのかもしれないわね」

 

 一呼吸置き、スコールは静かに瞳を閉じて、突然ある『詩(うた)』を語りだすのだった。

 

 

「『輝けるかの剣こそは、過去現在未来を通じ、戦場に散っていくすべての兵たちが………』」

 

 

 突然囁かれたその詩に、驚くマドカ。

 そしてスコールに続くように、リキュールとサクラも語り継がれる『伝説』の一章説をなぞるように読み上げた。

 

 

「『今際のきわに懐く哀しくも尊きユメ―――――『栄光』という名の祈りの結晶』」

 

 

 映像越しに放たれる黄金の光が、リキュールの真紅の瞳を鮮やかに照らし出す。

 

 

「『その意思を誇りと掲げ、その信義を貫けと糾し、いま常勝の王は高らかに、手に執る奇跡の真名を謳う』」

 

 

 かつての伝説に準えたその武器は、ただの剣に在らず。まっすぐに己を貫くリリィにこそふさわしいとサクラも彼女のあり方を認めていた。

「「「其は―――」」」

 

 そして三人の詩(こえ)が一つとなった時、リリィはGSの上で一歩力強く踏み出し、己が分身であり、部隊の誇りを力強く握り締め………。

 

「『約束された(エクス)―――」

 

 今でも忘れない。陸戦隊に来て日の浅い頃、副官であるレオンから聞かされた昔話。

 

 『かつて亡国には『本当の英雄』がいた』

 『英雄は尊き理想を信じ、命を懸けて戦った』

 

 口数の少ないレオンが僅かに覗かせた深い畏敬の念を込めたその言葉をリリィはしっかりとその胸に焼き付けのだ。

 志半ばに倒れた英雄の想いを継ぎ、自分がたどり着かせて見せると心に誓い、彼女はその信念と、その化身である半身の真名を高々と叫び、天高く振り上げた光の聖剣を振り下ろしたのだった。

 

「『勝利の剣(カリバー)ッッッッ!!!』」

 

 

 ―――切っ先から放たれる、極大なる黄金の剣閃―――

 

 ―――剣閃の軌道のあらゆるものを切り裂き、宇宙(そら)に溶けていく―――

 

 

 秋水の目が眩むほどの光量で放たれた極大の斬撃は、天を引き裂く勢いで斜め一閃で振り下ろされ、友軍ごと焼き払うために放たれた悪魔の火の矢達を一瞬で飲み込み、直後、凄まじい爆風とまばゆい閃光が上空で発生する。

 

「!?」

 

 その爆発の余波が秋水のGSを激しく揺れ動かすが、彼は必死に機体を制御して体勢を崩さぬことに集中し続ける。

 見る必要もない。今も機体の上部で彼女は金色の剣を構えたまま残心しているはず。そしてもし撃ち落しがあった場合、ISをミサイルに突っ込ませるぐらいのことは平然と行うはず。

 

「(んなことさせるかっ!!)」

 

 仮に撃ち落しがあったなら、何が何でもリリィよりも早く自分がそれを叩き落とさねばレオン達に申し訳が立たないし、何よりも彼女の身の危険を黙って眺めているような真似は絶対にできない秋水は、全弾撃墜の確認が取れるまで油断はできないのだ。

 そしてしばしの後、揺れと目が眩む光は収まり、秋水はモニターで周囲を索敵しつつ、リリィに問いかけた。

 

「………やったのか?」

 

 秋水の問いかけに、光の剣を正眼に構えていたリリィは身体の緊張を解き、黒い槍に剣を納刀するとやがて嬉しそうな声で彼に告げたのだった。

 

「作戦終了だ、秋水、ご苦労様だな」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 一方、同時刻―――

 

 大方の敵戦力と反抗する気力を削ぎ落とし、『計画通り』に敵艦隊を湾内へと追いやったトーラは、遥か上空で起こった眩い閃光を海面付近で目の当たりにし、上空において行われたことを一瞬で把握して、表情を僅かに綻ばさせる。

 

「リリィが『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』を使っただなんて………」

 

 友軍ごと焼き払うという連合の行為がよほどお気に召さなかったのか、それとも自分の部隊を純粋に守るためだったのか、それともその両方か………。

 そしてその輝きの正体を知らないモルガン達が血相を変えていることを見たトーラは、普段は彼女の見えない影で散々にリリィを馬鹿にしている者達の目にも、騎士王の通り名は伊達ではないことが焼きついたはずだろう。

 

「………ありがとうお姉ちゃん……っていうのも何か変なのかな?」

 

 先ほど馬鹿にされた姉が、自ら仕返しをしてくれたかのような変な気分になっていたトーラだったが、そんな彼女のISのハイパーセンサーは高速で接近してくる『何か』を察知する。

 

「!!」

 

 浮かれていた気分を一瞬で引き締め直し、銃口を無意識に向けたトーラの瞳が映し出したのだった。

 

 ―――超遠距離から放たれたエネルギーの奔流―――

 

「!?」

 

 何が起こったのか? という疑問を浮かべることすらできないままに、トーラは反射的に左腕を前方へと掲げ、カリュプス・ミカエルの防御兵装である左腕の光学防御シールドを展開し、その攻撃を受け止めてみせる。

 

「くっ!(重いっ!)」

 

 思っていた以上の威力に背中のバーニアを噴射させながら体勢を崩さないようになんとか空中に留まり続け、どの戦艦からの艦載砲なのかと索敵し始めるトーラ。周囲にISがいない以上、これほどのエネルギーの攻撃は戦艦に直結されたビーム砲以外はありあえないと判断したのだ。

 

「(ISはやはりいない………ならこの方角から最も近い戦艦は)」

 

 砲撃が飛んできた方角を睨み付けたトーラの瞳に、何かがキラリと光ったのが見えた。

 

「!!」

 

 今度は反射的にバーニアで急上昇してビームの一撃を回避し、敵の存在を確認したとき、自分の考えの間違いに気がつき、驚愕した。

 

「アレは………GS!?」

 

 自身に攻撃を仕掛け来た敵機。それは戦艦でもなければISでもなく、大胆なカスタマイズを施されたGSだったのだ。

 

 ―――背中に四基の高出力スラスターを兼任した大型の燃料タンク―――

 

 ―――両肩に連装ミサイルランチャーを装備し、左腕に対IS用のバズーカを持ち―――

 

 ―――右手にカートリッジ式の試作型ビームランチャーを構える―――

 

 秋水のように高機動パックに換装している訳ではなく、おそらく元は砲撃仕様だったものに無理やり増槽を施して機動力を上げてきたのだ。しかも先ほどの砲撃はどうやら大容量カートリッジを搭載したビームランチャーによる砲撃である。通常のFCSでは先ほどの距離を正確に狙い撃つのは極めて難しいはすなのに、あろうことかこのパイロットは高速移動しながらそれを行ったのだ。

 

「(普通ならまっすぐ飛ばすことも困難な機体のはずなのに)」

 

 無茶な改造をしながら二発の正確な砲撃を加えてきたGSに、半ば呆れと感心を覚えながらトーラは右手のライフルを構える。と同時に相手も同時にビームランチャーを構えた。

 

「「!!」」

 

 両者同時に引き金を引く。

 

 ―――ランチャーの砲撃を余裕を持って回避したカリュプス・ミカエル―――

 

 ―――そして改造第三世代ですら回避困難なトーラの射撃を、右上部の燃料タンクを切り離し、『ワザとバランスを崩して』回避するGS―――

 

「!?」

 

 錐揉み上に回転しながらこちらの攻撃を回避したGSに、トーラはおろか、部下のモルガン達や映像で戦いを見ていたリキュールやスコールたちも驚きの表情となる。

 

『艦隊総出を骨抜きにしてくれたカワイコちゃん!?』

 

 GSの外部スピーカーから聞こえてきた男の声。年はそれほど若くはないが中年というほどに取ってはいないだろう。大人の余裕が含まれた『男』の声に、一瞬だけ戸惑ったトーラが険しい表情のまま無言でライフルを構え直す。

 その様子を見たGSのパイロットは、体勢を立て直しながら堂々と言い放った。

 

『口説かせてもらうぜセニョリータっ!!』

 

 言葉と同時に発射されたバズーカの弾頭。通常はその攻撃をギリギリの所で回避するのだが、トーラは何故かそれを大き目の間合いを取りながら、何故か焦ったかのような急加速で回避したのだ。部下であるモルガンは最初はその様子を疑問に思ったが、すぐさまトーラが行った行動の真意を理解する。

 

 ―――カリュプス・ミカエルに接触する手前で弾頭が破裂し、炸裂した弾丸が一面にバラ撒かれる―――

 

「炸裂弾!?」

 

 ISの運動性能を理解したGSのパイロットが、点の爆発ではなく、広範囲の面の爆発を選んで攻撃してきたことにモルガンは驚愕したのだ。だが実際にこのGSの相手をしているトーラが胸に抱いた感情はただ純粋なる『感動』だった。

 

「(この人の動き、凄いッ!!)」

 

 カリュプス・ミカエルが高速で飛行しながら牽制の射撃をしつつ間合いを詰めようと加速しかける瞬間を狙い済ませたかのように飛んでくる炸裂弾によって阻まれてしまう。まるで自分の癖を見抜かれているかのような錯覚に陥るトーラだったが、彼女はそれがすぐさま『否』だと判断した。

 

「(普通の撃ち方じゃ当たらない)」

 

 三基残った大型スラスターを巧みに使った加減速で避けてくる敵機に対し、炸裂弾の攻撃を回避すると共に、両手にライフルを持ち直し、今日の戦いで一番の速度での抜き撃ちを行う。

 

 ―――トーラが回避したと同時に切り離された左上部の燃料タンクを楯として抜き撃ちの射撃を受け止めるGS―――

 

「!?」

 

 まただ。またこちらの動きを先読みして攻撃を回避してきたGSに、トーラは相手が何を持って自分を上回ってきているか理解する。

 

「(このパイロットさん、私よりも遥かに歴戦のエースなんだ!!)」

 

 戦っている敵が、ただ純粋に経験則からの高い洞察力でこちらの動きを予測しているのだと断定したトーラは、徐々に集中力を高めながら初めて感じる『高揚感』に身を委ね始めた。

 

「(凄いッ!! 凄いッ!!!)」

 

 ―――ただ速く撃つだけではなく、緩急をつけながら相手の動きを予測し、『当てる』のではなく、一秒後の相手の動く場所に『置く』ように撃つ―――

 

 自分がされた相手の戦術をそっくり返してきたトーラの攻撃に、回避不可能だと判断したGSのパイロットは残った燃料タンク二基を同時に切り離し、楯として受け止め、それによる爆発を利用して一旦間合いを開くと、敵ISの恐ろしさを改めて実感し、ヘルメットの中が冷や汗で充満するのを実感する。

 

「あのフロイライン、次元が違いすぎるだろうが!?」

 

 戦っている映像を見た瞬間から、敵ISのパイロットは実戦経験は浅く、そしてあえてIS本体やGSのジェネレーター付近を避けるように攻撃を加えている姿から、年が若くて人を殺した経験のない少女だと思い、GSとISの性能差を差っぴいて、命懸けなら万に一つの勝ち目もあるかと踏んでいたのだが、今はその考えを撤回していた。

 

「(チッ!? 俺も若い頃は散々天才だとか空軍始まって以来のエースだとか言われたが………この歳になって教えられるとはな)」

 

 本物の天才(エース)がどれほどの異才を持っているのかということを………。

 

「だがまだよっ!」

 

 まだこのままでは終われない。もう少しこの『お嬢さん(IS)』には自分とダンスを楽しんでもらわなければ、部下と母艦が逃げ果せれない。

 気合を入れ直したGSのパイロットは、切り離したスラスターの代わりに、両脚部のスラスターを全開にしながら、敵ISに向かって両肩のミサイルとバズーカを全弾撃ち尽くすつもりで連続発射する。

 

 その全てが炸裂弾仕様で、カリュプス・ミカエルの動きを予測して次々と炸裂するが、その全てをすでに順応したかのような動きで回避しきったトーラが、トドメと言わんばかりにビットを切り離し、GSに全方位攻撃を仕掛けようとした。

 

 ―――その瞬間、ニヤリと微笑むGSパイロット―――

 

 ビットがGSの方に切り離された瞬間を見計らい、FCSが自動でビットに反応して迎撃しないように手動に切り替え、空になったミサイルの発射口をパージし、手持ちのバズーカを放り投げると背中に隠されていた『出力を最優先した』大型スラスターを展開し、それを一気に最大出力で使用する。

 

「!?」

 

 ―――圧倒的加速で、ビットの弾幕に自分から突っ込むGS―――

 

 トーラもこの行動には度肝を抜かれる。今までの対戦の経験上、ビットを目の当たりにした相手はその攻撃から避けようと回避行動を取る者か、反応すらできずに蜂の巣にされる者だけだったため、こうやって『自分から攻撃を受けに行く』という想定すら彼女の中では存在していなかったのだ。

 

「ぐっ!!」

 

 ビームコーティングを施された両腕で、メインカメラとジェネレーター、そしてコックピットだけは何とか死守する形を取り弾幕に数発の被弾を受けながらも、そのどれもが軽度の損傷で済ませたGSが、僅かに動きを鈍らせたカリュプス・ミカエルに近接戦闘を敢行するGS。

 『どうせ避け切れないことは明白。だったら如何に損傷を軽微にして有利な状況に持っていく』のかを考えた結果のあえての突撃に、敵ISが動揺してくれたことに感謝しながら、GSが素早く隠し持っていた高出力レーザーブレードを引き抜き、すれ違いざまに斬りかかった。

 

「もらったっ!」

「!?」

 

 遅れてトーラもライフルを投げ捨てると、右手に内蔵されているサーベルを取り出し、GSに接近しながらすれ違いざまに斬りかかる。

 

 ―――サーベル同士が激突、火花とスパークが空に咲き誇った―――

 

 出遅れながらも最短の行動で動きに付いてきたトーラに内心で賞賛を送るGSのパイロットと、ミサイルとバズーカが無くなった分、スピードが上がり小回りが利きやすくなったGSの動きに感動したトーラは、機体を旋回させ合いながら、二度、三度と剣戟をぶつけ合わせ、熾烈な一撃離脱戦を繰り広げる。

 

「(凄い凄い、本当に凄いっ!! 亡国の人じゃなくて、しかもGSでこんなに凄い人がいるだなんて!?)」

「(クッ! こっちは絶体絶命だってのに楽しそうに打ち込んできやがって………ちょっと俺も楽しくなってきたじゃねぇーかよ!?)」

 

 戦争の最中で、しかもお互いに敵同士であるというに、刃を幾度も交えることで伝わってくる感情はひどく暖かで真っ直ぐな物だった。

 戦うことをむしろ今までは忌諱してきたトーラにとって初めて出会った、手強い相手であるというよりも、豊富な知識を持った教師を相手にしている様で、積極的に彼の動き、戦い方を学ぶ様に刃を振るうトーラと、そんなトーラの様子をなんとなく理解したGSのパイロットも、無意識に自分の磨いてきた技術を目の前の敵に伝授するように振るい続ける。

 

 ―――幾度の剣戟の後、互いに刃を正面からぶつけ合わせ、機体出力と武器の威力で上回るカリュプス・ミカエルと、全長と重量で勝るGSが鍔迫り合いで鎬を削りあう―――

 

 亡国が誇る稀代の天才と、連合屈指の熟練の兵士の間に流れる、戦いと言う名の『授業』の時間。

 

 

 だがそれを終わりにしたのは、実に無粋な第三者の行動だった。

 

 

 

 ―――GSのコックピットの中で突如ならされるアラーム―――

 

「!?」

 

 ―――GSのメインカメラの不可解な動きに、同じ方向を向いたトーラが思わず叫ぶ―――

 

 

 

「やめてモルガンッ!!?」

 

 いつの間にか接近していた特殊戦技隊のIS達がビームライフルをGSに向けていたのだ。

 

 

『撃て』

 

 制止する隊長の言葉を無視した副隊長の冷徹な言葉を聞き、IS達が一斉に引き金を引いたのだ。

 

 ―――トーラの目の前で、ビームの連撃を受けて中破するGS―――

 

「ガハッ!!」

 

 幾つかのビームがコックピットの近くを撃ち抜き、ショートしたことで計器が爆発し、破片がパイロットの体に幾つか突き刺さってしまう。機体も穴だらけにされ、完全に戦闘不能されてゆっくりと海面に向かって落下していくGS………を信じられないものを見ているかのような目で見ていたトーラであったが、部下のモルガンがトドメの一撃を放とうとビームライフルを構えるのが目に入り、思わず大声で叫んだ。

 

「やめなさいッ! モルガン・グィナヴィーア!!」

 

 ―――モルガンが放ったビームを左腕の光学防御シールドで受け止めるカリュプス・ミカエル―――

 

「隊長!?」

 

 トーラの突然の行動に、モルガンも声を荒げて抗議するが、そんなモルガンに向かってトーラは声を出さずに、左肩のプラズマ収束キャノンを展開して、ギリギリの所を狙い撃って無言の抗議の声を張り上げた。

 

 ―――モルガンの右頬数cm間近を通り抜けるビームの砲撃―――

 

「ヒィッ!?」

 

 トーラが普段は絶対に見せない怒り任せの行動に、情けない声を上げてしまうモルガンを無視し、彼女は落下していくGSに向かって急発進する。

 

「間に合ってっ!」

 

 全速力で落下していくGSに追いつくカリュプス・ミカエルは、スレスレで機体に接触して海面への激突を阻止し、そのまま艦隊に向かって飛行を続ける。自分の手で介抱したいところであるが、このまま彼を亡国の母艦に連れ帰っても、モルガン達に何をされるかわかったものではない。だがもし、こちらの『意図』に気がついて、湾内への退避コースから逃れた戦艦がいてくれたのなら………。

 

「!!」

 

 そんなトーラの淡い期待に応えるかのように、ほかの戦艦群とは明らかに違う進路を取っている艦隊を発見し、接近している最中、通信回線に息絶え絶えのGSのパイロットの声が流れてくる。

 

『あ……いつら……ちゃんと』

「今は大人しくしてください」

『!?』

 

 トーラの声に驚くGSのパイロットの様子が彼女には手に取るように分かったが、そんなパイロットが重傷である事も理解しており、一刻も早く治療をしてもらえるようにどこかの戦艦にGSを下ろそうとしたときだった。

 ある戦艦の一角から複数のGSが飛び立ち、トーラ達に向かってきたのだ。

 

「クッ!?」

 

 正直今は手間をとっている場合ではない。彼らには申し訳ないが瞬殺しようと武装を向けかけたトーラだったが、そんなトーラに飛び立ってきたGS達が外部スピーカー越しに怒鳴りつけてくる。

 

『今すぐ隊長を放せ! 亡国機業!!』

「………!?」

 

 どうやら彼らは全てこのGSのパイロットの部下達で、ズタボロになっている機体とGSの姿を見て、居ても立ってもいられず、出撃してくるなという厳命を敢えて破ってでも自分達の隊長を助けに来たのだ。

 

『さあ、早く隊長を………!?』

 

 周囲を取り囲んだGS達の一機が、アサルトライフルを構えながら警告してくる中、トーラは安堵の表情を浮かべながらそのGSに無用意に接近し、自分が支えていたGSとパイロットを機体ごと彼らに預けたのだった。

 

「他の人も手伝ってください! コックピットの破片が身体に複数突き刺さっているようです! 移動は極力静かにお願いします!!」

『!?』

 

 トーラが凛とした声でそう告げると、周囲にいたGS達が隊長機を支えに集まってくる。

 

「さあ早く彼に治療を! 貴方達も今の進路を全速力で進んでください! いいですね!? 他の艦隊と同じ進路は取らず、今のまま進むんですよ!?」

『あ………ああ』

 

 敵であるトーラの言葉に戸惑うGSのパイロット達だったが、隊長の容態が一刻を争っていることも理解でき、とりあえずは彼女の言葉に従うように隊長機をゆっくり搬送しようするが、そんな中、重傷を負っていた隊長がコックピットを開き、ヘルメットを取りながらトーラに話しかけてきたのだった。

 

「お………おい。キミ……は」

 

 イタリア系の日に焼けた肌と、無精ひげと後ろで括った髪が特徴のそれなりに整った顔立ちの男が自分を見つめる中、トーラは自分のバイザーとヘルメットを解除して、素顔を連合の兵士達に晒したのだった。

 

 ―――銀色の腰にまで届く長い髪を風に靡かせた、薄い紫の瞳をした絶世の美少女―――

 

 連合の兵士達が開いた口を塞げないほどに驚愕する。

 先ほどまで鬼神の如き強さで連合を蹴散らしていたISの操縦者が、よもやこのような儚げな雰囲気を持った少女だったとは想像すらもしていなかったのだろう。

 唯一、直接手合わせした隊長ですら、『ただの少女』と思い込んでいただけに、この『凄まじい美少女』が驚異的な能力を持った操縦者であったとは考えておらず、彼もまた二の句が告げずに硬直してしまう。

 

「………隊長さん、ありがとう」

 

 そして儚げな笑みを僅かに浮かべながら感謝の言葉を口にする。

 

「初めて戦いが楽しいと思えて………貴方のおかげです」

 

 元来戦うことが苦手である自分であったが、彼との戦いには心が躍らされた。いや、生まれてからずっと与えられた『才能』だけで全てのことをこなしてきた自分に、類稀なる『努力』で勝ち取ったものがどれほど凄いのかということをまざまざと見せてつけてくれたこと。

 敵である自分にその素晴らしさを見せてくれた人への感謝の気持ちとして、彼女はまっすぐに船が進んでいる進路を指差し、毅然と言い放った。

 

「このまま真っ直ぐに全速力で進んでください。後、できるなら他の船にも同じ事を告げてください」

「?」

「いいですね。このまま真っ直ぐです………今からなら他の船も『彼女』の射程から逃れられるかもしれません」

 

 それだけを告げると、トーラは機体をひるがえし、猛スピードで飛び去っていく。

 彼の容態もなんとか最悪の一歩手前で済んでいるようで、応急手当を受け、この海域から離脱できればすぐに回復するだろう。安堵して気が緩みかけるトーラだったが、途中彼女のことを物凄い形相で睨んでくるモルガン達に出会い、トーラは再び凍りついた表情を作ると彼女の隣をゆっくりと通り抜けながら事務的な命令を部下達に下したのだった。

 

「全機、作戦海域から離脱してください」

『トーラ・マキヤッ!! 先ほどの行動を私に説明しなさい!!』

「もうすぐラストフェイズの時間です………巻き込まれたいのですか?」

 

 自分の隊長に対しての言葉とは思えない言葉をかけてくるモルガンであったが、沈みかけた夕日と顔を出し始めた満月が目に入ったとき、忌々しい気持ちを持ちながらもなんとかそれを押し込めて、トーラの後に続き、部下のISと共に機体を発進させていく。

 

「(教育的指導が必要のようですね、お嬢様(人形様)?)」

 

 トーラの副官兼お目付け役、そして彼女の教育係として、許し難い行いをした自分の隊長(人形)に如何なる仕置きをしてやろうか? 

 涼しげな表情で自分の前を飛ぶトーラを睨みながら、モルガンは嗜虐的な笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 ―――上空20000m付近―――

 

 遥か遠くの地上においていくつもの光点が輝いては消えてを繰り返し、不定形であった形が徐々に『中央』の一点に集中し始めた時を見計らい、満を持して『彼女』が動き出す。

 

「さぁ~~って、ようやく私のお仕事の番やね」

 

 北欧の最高神の名を持ったISを纏う『ランサー』月神サクラは、ゆっくりと背伸びをしながら通信相手のスコールに話しかける。

 

『…………そうね。最後だけちょちょっとやるだけなのに、なんでか大本命みたいな感じなってしまって、凄く腹立たしいわ………自分が立案した作戦だけど』

「そ・う・で・す・かッ!?」

 

 もう話し合うたびに口喧嘩に発展する二人だったが、時間も差し迫っていることもあり、サクラにしては珍しく特に反論もせずにスコールを褒め称える。

 

「そうやけど、ジェネラル三人が周囲から部隊を包囲して、中央に寄せてからトドメの一撃やなんて」

『そんなに特殊な作戦じゃないわ。やっていることはシンプル。そして相手もシンプルな考えのやつばかり』

「これで連合軍が大敗、一般人の国家への信頼もガタ落ち。この間の太平洋艦隊の件も含めて、メディアに流出した不祥事は瞬く間にお役人様達のお尻を大炎上させ、そこの隙に民間が割り込みをかける」

『…………表側がメインの私と貴方はこれからが忙しくなるわよ?』

「国家機関の失墜を良いことに、私達の子会社が軍事方面で乗っ取りをかけて、世界中の国から助成金巻き上げようやなんて………悪いお人や」

 

 スコールとサクラの脳裏には、この戦争の後の図がほぼ完成されている。

 今回の敗北はもはや確定したこと。そして予想外の自体に責任の有無を問われた国家は、必死にそれを鎮火させようとするだろうが、すでにメディアに今回の戦闘の映像、そして将官達の会話などが無編集でほぼ無編集で流れる手筈になっている。もうそうなっては政府の隠蔽工作は意味を成さない。それどころか隠そうというやましさを追求され、おそらくいくつもの国の内閣が解散に追い込まれるだろう。

 そんな中で亡国機業が起こす次の行動は決まっている。権威を失った国に変わって、民間が力を持つのだ。そしてこれから台頭する企業のほとんどは秘密裏に作られた亡国機業の保有するダミー会社だ。そして役人たちは必死に自分達の身を守ろうと、その会社に献金を私、必死に自分のポストを用意してもらおうと躍起になるだろう。誰が自分達を危うくさせているのか理解しないままに。

 何から何までスコールの思惑通りに進んでいることに、流石のサクラもこう思わずにはいられない。

 

「(流石亡国一の切れ者。普通やったらもうこれで詰めの段階なんやけど)」

 

 しかし、そんなサクラにも一つだけ懸念事項があった。

 

「そやけどスコールはん。IS学園はどないしますの?」

『………今はその話しないで頂戴。頭が痛くなってるのよ私も』

 

 リキュールの独断による襲撃と、形式上は『痛み分け』で終わった戦闘。実はこれが結構な問題になっていることにスコールとサクラも悩んでいるのだ。

 今回の作戦でキモになっているのは、亡国機業の幹部達の突出した戦闘力である。これによって亡国機業の脅威を世界に喧伝し、不安を煽る事でより民間への介入をスムーズに行うつもりだったのだ。誰しもわかりやすい恐怖を目の当りにすれば、不安な心理状況となり、説得もスムーズに行えるというものなのだが、よりにもよってその幹部の中でも突出した強さを持つリキュールと『引き分けた』ということが問題なのだ。

 これではまるでIS学園だけが唯一亡国機業に対抗できる存在であると言わんばかりじゃないか………。

 

「………あっ」

『喋らないで………きっとそうだから』

 

 サクラもスコールもリキュールの意図に気がつく。気が付いたがゆえに深いため息が出てしまった。

 なんということはない。連合軍が総力をもってしても倒せない敵と引き分けたIS学園は、世界中の台風の目として注目されることになり、彼らの活動もしやすくなるかもしれない。そしてそれは自分達と激突する場面が増えるということだ。

 

「………裏表無しに自分の楽しみが一番なんですな、あの人」

『注意したところで聞かないだろうし、口やかましく言うと亡国辞めると平然と言い出しそうだしね』

 

 リキュールにとって、師の作った組織とはいえ思い入れはそれほどない。ましてや同じジェネラルと戦ってみたいとか考えてるバトルジャンキーに、変に行動を制限してヘソを曲げられては、それこそ組織崩壊の序曲になりかねない。彼女が求める『闘い』を汚そうものなら、相手が例えスコールであったとしてもリキュールは平然と彼女を斬り捨てにかかるだろう。

 世界がどうあろうと、組織がどうなろうと、彼女はブレることなく己の欲求を満たそうとするのだ。

 

『あの人はね、私に必要なの。力がじゃない………あの何者にも染められない生き方が、私には足りないから』

「………ブレへんことが必ずしも救いになるとは限りませんで?」

『………わかってるわ』

 

 サクラの本心からの忠告も、スコールは困ったような笑顔で返してくるものだから、サクラも思わず苦笑しながらそのまま通信を切る。あんな笑顔をされてしまっては、これ以上は今のサクラには踏み込むことは躊躇されてしまったから………。

 結局は自分とスコールはどこまでも背中合わせな立ち位置にいるということがわかってしまったから………。

 

「さ~てさて、お仕事始めます……ん?」

 

 ようやく仕事を始めようとするサクラだったが、そのとき自分の近くにいた真紅のISの操縦者が不満そうな顔をして自分を見つめていたことに気がつく。

 

 ―――フリルのドレスの上に真紅の装甲をつけたかのようなデザインの外見―――

 

 ―――密かに操縦者本人が気に入っている真紅のベレー帽と、そこにつけられた不気味なウサギの人形のストライプ―――

 

 ―――手持ちの武装は白銀のハンマー一つ―――

 

 そして最も特徴なのは操縦者自身………誰が見ても小学生低学年程度の赤毛を三つ編みにした少女が、サクラの右手を引っ張りながら、不満そうな顔で彼女に話しかけてきたのだ。

 

「話終わったのサクラ?」

「ん? どないしたんインディ?」

 

 『インディ』と呼ばれた少女は地上のほうをハンマーで指しながら、今日はサクラの護衛役であったことを知りながらも、問いかけた。

 

「なんで私、こんなところでずっとサクラと綾取りしないといけなかったんだよ~~~、私も下に行って連合の奴等をぎゃふんと言わせたいのに!?」

「インディがおらんと、万が一のとき私が危ないやろ?」

「それはそうだけどさ………結局誰も気がつかなかったんだしさ………」

 

 どうやらISを纏ったにもかかわらず、ずっと上空20000mの何もない空の上でサクラと待機していて退屈だったようなのだ。見た目とは裏腹に闘争心が強く、他の亡国構成員達に対抗意識を持ったのだが、そんなインディをサクラは突然抱きしめる。

 

「お~~~、ゴロゴロゴロゴロ…」

「フギャーーッ!! サ、サクラ!? やめやめやめ………くすぐったいっ!!」

 

 猫をあやすが如く、頭を撫で回しながら喉元をくすぐってくるサクラを前に、インディは顔を真っ赤にしながら抗議の声を上げ、サクラはようやく腕を解き、精神年齢が意外に高い彼女にこう問いかける。

 

「今日はお詫びに帰ったら好きなもの作ってあげるから」

「!! じゃあハンバーグッ!!」

 

 訂正・精神年齢はわりと見た目どおりらしい。

 

 とりあえずインディを納得させ、サクラはゆっくりと頭上の満月を見上げながら、表情を引き締めて作戦の締めに取り掛かることを決意する。

 

「………ユグドラシル・システム、接続(エンゲージ)」

 

 彼女の言葉とともに全身から青白い光を発光させ始めた『オーディン・エーシル』が、背中に取り付けれた2門の巨大なキャノンと白のリフレクターをゆっくりと稼動させ始める。

 

「こちら月神サクラ………エルフ、ツヴェルフ、応答どうぞ」

『聞こえております我が主』

『ハイですサクラちゃん!』

 

 通信先から理知的で落ち着いた面持ちの大人の女性の声と、甘ったるい幼い少女の声が間なしに同時に返ってきたことに微笑みながら、サクラは言葉を続ける。

 

「ただいまから作戦の本締めに入ります………メインシステム起動、モード『グングニル』」

『了解しました我が主………メインシステム起動、グングニール発射準備」

『ユグドラシル稼動良好……照準用(ガイド)レーザー射出ですぅ!』

 

 オペレーターと思わしき二人の声によって次々と準備が進められ、サクラが見上げる先………仄かな光を放つ月面から突然青白い一条の光が伸び、『オーディン・エーシル』の胸部部分の翡翠のようなコンデンサーで『受信』して、月面にあるとある設備とレーザー通信で繋がった。同時にせり上がった二門のキャノンの矛先を地上のある場所へと向けた。

 

 

 ―――同時刻、月面亡国極秘施設『ユグドラシル』―――

 

 

 地球から遠く離れた月面において、地上からの望遠鏡や衛星での探査に引っかからないように、何重ものプロテクトと偽装を繰り返して作られた、亡国が所有する施設でも最高レベルの一つ、『ユグドラシル』………地球上のものとは比較にならない大容量の電力を供給できる太陽光発電システム設備であり、月面に並べられた無数のパネルと、一機の巨大なパラボラアンテナが真空の月面に鎮座するこの場所は、莫大な資産を誇る月神家のおおよそ三分の二を用いて、あるISのためだけに作られた豪華を極める場所であり、同時に地球上で最も『恐るべき兵器』に火を灯す場所でもあるのだった。

 

 ―――地球のオーディン・エーシルからレーザー通信を受けて、不気味な振動と共に稼動し始めるユグドラシル―――

 

 太陽光発電パネルが放熱をし始め、電力を中央のパラボラアンテナに集め出す。同時に地球上のオーディン・エーシルへのガイドレーザーから送られてくるデータを解析、最適な角度で放てるようにいくつかの中継衛星を自動で稼動させ、エネルギーを臨海までチャージさせる。

 

 一方、作戦の締めであるサクラが行動を起こした事を聞きつけたジェネラルたちは、顔色を変化させながら部下達に確認を取る。

 

『陸戦隊、所定位置まで下がったか!?』

『全隊員確認が取れました隊長。今回も死者は出なかったようです』

『負傷者は!?』

『年寄りスナイパーの腰痛が悪化しました』

 

 上空で秋水と共に待機してたリリィが入れた通信で、真顔でボケたのかどうなのか今一つわからないレオンから、とりあえず全員が下がったことを確認する。

 

『……こちらウリエール、全機撤退確認』

 

 短く言うトーラと、副官であるモルガンとの間に、すごく冷たい空気が流れる………トーラとしては早くこの場から離れたいのだが、最後の締めだけは確認しておかないといけないのだ。

 

『………こちらリキュール………さて我ら亡国を祝福する祝い花火、存分に拝ませてもらおうか?』

 

 距離的に安全圏ではあるが、危ないことには変わりはないので下がってほしいとジークが何度訴えても聞く耳持たないリキュールが連合の基地からISを纏いながら空を見上げる。仕方なく彼はもう少し距離を離した上空で待機することにした………『親方様の傍を離れない』と駄々をこねるフリューゲルとスピアーをフォルゴーレと二人係で羽交い絞めにしながら。

 

 それぞれが安全圏?に避難したことを確認したサクラの耳に、エルフとツヴェルフからの通信が入る。

 

『主、12秒後………『マイクロウェーブ』来ますっ!」

『カウントダウン、スタートですぅ!』

『11、10、9、8、7………』

 

 照準は蟻の大群ように寄り集まった連合の中心。旧世代の終わりを告げる、連合に組した兵士達への鎮魂の鐘となろう。

 そしてこの一撃は亡国による新しい歴史を作る幕開けとなる。

 

『6、5、4、3、2、1…マイクロウェーブ、照射!!』

 

 ―――月面から放たれる、莫大な電力を送信用に変換されたスーパーマイクロウェーブ―――

 

 青白い光が月面から強烈な閃光となって放たれ、二つの通信衛星に接触、通信衛星の専用のミラーによって屈折され、地上20000m付近で待機してたサクラへと送られる。

 

 ―――マイクロウェーブを受信した瞬間、衝撃波が雲を切り、サクラの姿が地上からでもはっきりと確認できた―――

 

 ―――眩いばかりの光を放つサクラのISが、夕焼けに染まる空に突如として生まれたもう一つの太陽のように連合の兵士達の瞳には移る―――

 

 月から放たれている青白い閃光を受けたオーディン・エーシルが、光の粒子を撒き散らしながらエネルギーを臨海までチャージし、ゲージが100にまで到達した瞬間、彼女は小さくこう呟いた。

 

『ごめんやで………』

 

 良心の呵責から漏れた言葉と共に引き鉄を引かれて解き放たれた極大の一撃………空を焦がすほどの眩い輝きは、天から下された神罰の鉄槌のように戦場の中心に降り注ぐ。神話の時代のおいて『主神の手から放たれたその槍は、如何なる鎧も貫き、如何なる武器をもってしても破壊できず、如何なるものも必滅させる』と謳われた最強の槍が、青白い極大の光槍(ランサー)に変化して大地に突き立てられたのだ。

 

 ―――『グングニル』の着弾地点半径2kmにいた兵士達が一瞬で素粒子レベルまで分解され、大地は深く抉れてマグマの海と化す―――

 

 ―――着弾6km付近までにおいても、着弾した衝撃で放たれた高温が生身の兵士たちを一瞬で焼き払い、付近を火の海にし―――

 

 ―――着弾8km付近では、爆風の威力によってGSはおろか戦車までもがなぎ倒され、多数の兵士達を道連れに爆散し―――

 

 ―――半径12km付近の外周ともいえる連合兵士達の瞳には、青白い閃光が作りだした地獄絵図がはっきりと目に焼きついたのだった―――

 

 海側の艦隊も、突如放れた巨大な砲撃によって湾内に発生した大津波に飲み込まれ、屈強な戦艦達が次々と水没していく………唯一、トーラの助言を聞き入れたGS部隊の戦艦と、それに追従した戦艦たちだけはその難を逃れることに何とか成功したものの、激しく揺れる艦内で治療を受けていたGS部隊の隊長は、小さな小窓から差し込んできた光に気がつき、痛む身体と寝かしつけようとする軍医の言葉を無視して窓に張り付き………そして愕然とした。

 

「なっ…………んだよ、これは?」

 

 ―――遠く放れた国からも確認できるほどの巨大なきのこ雲―――

 

 あまりに現実離れした光景は、連合兵士達の心をへし折るには十分すぎるものであり、その様子はすぐさま世界各国の衛星が感知し、国家元首達の脳裏を凍りつかせる。

 

「さてと………」

 

 巨大なきのこ雲を真下に確認しながら振り返ったサクラは、インディの手を握り、アトラスへの帰還の途につく。

 

 その後、かろうじて生き残った連合兵士達の前に姿を現した亡国機業のメンバー達は、彼らを嘲笑うかのようにトドメを刺さずに忽然とその姿を消してしまったのだった。

 

 オペレーション『メビウス』………亡国機業によって名付けられたこの作戦は、後の世界史に『落日の始まり』という名で語られ、歴史の主舞台に上がることのなかった亡国機業の名と存在を世間の明るみに出し、この直後から起こった世界経済の変動を促すきっかけとなる。

 

 

 

 一方―――

 

 

 

「はぁー、はぁー、はぁー…………」

 

 深夜の校舎の屋上において、両手に巻かれた包帯から血が滲み出るほどに修練を重ねる陽太が、深夜の星空を見上げながら、抑え切れない『内側』から沸き立つ『何か』を鎮めるように、ひたすら修練を重ねていた。

 

「(アレキサンドラ・リキュール………亡国機業)」

 

 自分の何もかもが届かなかった相手、そしてそんな相手が所属する組織では、ひょっとするなら彼女以上の操縦者とISもいるかもしれない。

 

「(………面白れぇ)」

 

 絶望感は不思議と沸いてこなかった。あったのは興奮………今以上に強くなった自分をぶつけたいという欲求が、全身に駆け巡り、そしてこの考えにいたったのだ。

 

「俺は………強くなりたい。今よりも……誰よりもッ」

 

 屋上から身を投げ出す陽太のその表情………。

 

 彼と彼女を知る両者がいたなら、きっとこう言っていただろう。

 

 

『陽太の笑い方が、アレキサンドラ・リキュールとよく似ていた』と

 

 

 

 




詳しいあとがきはまた活報で

次回はいよいよ、亡国総帥が登場!!

きっと皆さんの予想を超えた人物であることには間違いありません


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

勝者の宴の影において(裏)

この章の部分の最終回

ひさしぶりの彼女の登場です


 

 

 

「ああっ!! もうっ!?」

 

 両腕にISを部分展開しながら『野菜』をひたすら刻み続けるフリューゲルから、苛立ちと焦りを込めた悲鳴がだだっ広い空間に響き渡る。

 亡国総本部において、普段はめったに使われることのない誰が作ったのか起源すらもあいまいな巨大調理施設………大き目の市民体育館ほどの広さもある厨房において、計350名少々の食べる料理を作れと親愛なる上司から言い渡された竜騎兵達は、最早考える暇すらも惜しいと言わんばかりに動き続ける。

 

 ―――『祝勝会だ。料理はお前たちが作れ』―――

 

 連合軍との決戦を華々しい勝利で終えた直後、暴龍帝ことアレキサンドラ・リキュールにさらっと言い渡された竜騎兵達は、当初は浮かれていたのだ。

 『愛するこの人と祝勝会』と若干二名ほど二人っきりで開く気でいた奴もいたが、その横でフォルゴーレが至極最もな事を聞いてみる。

 

「親方様、祝勝会にはどなたが来られるんですか?」

「ん? 今回の作戦に関わった者全てだ。あ、ウリエールのメンバーはトーラ以外は来ないそうだ」

 

 まったく、付き合いの悪い奴らだ。とぼやくリキュールを尻目に、四人があることを考えながら硬直し、リューリュクが恐る恐ると口を開いた。

 

「あ、あの………全員……ということ……は、350名少々いらっしゃるということで」

「そうだ」

「し、祝勝会………いつやるんですか?」

 

 聞きたくない。でも聞かないといけない。そんな板ばさみ状態なリューリュクの質問に、彼女は無慈悲な解答を口にする。

 

「三時間後だ。手抜きするのは許さんからな」

 

 ―――凍りつく竜騎兵達―――

 

「材料は用意してある。D区画にある調理場を使え。場所はわかるだろう」

 

 さて、自分は一眠りするか………とテクテクと歩いて何処かに去る暴龍帝を尻目に、四人がしばし硬直し、そして最早言葉にならない雄たけびを上げて調理場に走りこみ、野太い雄たけびを上げながら彼女達は必死に包丁を、フライパンを、ミキサーを、鍋を使って調理を開始したのだ。

 

「どぉっせぃぃっ!!」

「どりゅあああああっ!!!」

 

 腹の底から叫び上げるスピアーとフォルゴーレがISを展開し、グツグツと直径3mの鍋で煮込んだシチューを移動させる。

 その隣でリューリュクが手羽先の唐揚げを揚げ終えて、それをでかさ8mの大皿に盛り付けていく。

 

「きぃぃえええええええっ!!」

 

 怪鳥音とでもいいのか………どこからそんな声を出しているんだといわんばかりの奇声をあげ、最後にフリューゲルがサラダを盛り付けたのだった。

 

「さあっ! 次は!?」

「残りのフライは私揚げますっ! スピアーは肉の炒め物を!! フォルとフリュはおにぎりを!!」

「残り時間は!?」

「後50分っ!!」

 

 なぜ親愛なる親方様への料理ではなく、その他大勢の奴らのためにこんなにもがんばらないといけないのだろうか? でも手抜きはするなと言われた以上、つまらない物を出すわけにはいかない。何よりも親方様が見たときに失望されては竜騎兵の存在意義に関わる………だけどそれならそうともっと早くに言ってほしかった気もしないでもないのに。

 胸の内側からこみ上げてくる何かを必死にかみ締めながら、四人は残り五十分で約350名が食べる料理を完成させようと、理由が不明の雄たけびを上げながらがんばり続けるのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 地下都市の様相を見せる亡国機業総本部の中心、いくつものビルが立ち並ぶ中心区画において中世ヨーロッパに流行ったかのような豪邸の門を前に、スコールは真剣な表情でインターフォンに語りかける。

 

「ジェネラル・ライダー………作戦終了の詳細なご報告に参りました。総帥への謁見を希望します」

『用こそお出でくださいましたジェネラル………ですが総帥は…』

 

 インターフォン越しで一見温和そうな声で話しかけてきた男性の声。秘書官である彼にとってこの謁見の許可を出していいものなのかどうか判断が付きかねていた。一見、組織の頂点である総帥に対して、部下の幹部が作戦を無事に終了させてその報告に来るのは何一つ問題のないことなのだが、亡国機業に限って少々常識が異なっているのだ。

 

『報告は私からいたしますので、後日にレポートだけをメールで転送してください』

「………わかりました」

 

 遠まわしに『会わせたくない』と言い切る秘書官の態度に、内心憤りながら一見落ち着いた表情でスコールは了承の返事を出す。

 しかし、沈黙した彼女がこれで引き返すものと、秘書官がモニターから目を離した隙に、スコールは手元にあらかじめ握っていたカードキーを目の前の電子錠に差込んだのだった。

 

『何っ!?』

「『プライベート』用のカードキーですわ………失礼させていただきますね」

 

 鍵が開かれた正門を、秘書官が再び閉じる前に無理やり開いて敷地内に入ったスコールは、一切の淀みなく歩を進める。途中、いくつかの侵入者用のセキュリティーが作動しかけるが、さすがにジェネラルを一方的に侵入者扱いした上に殺害するわけには行かないと、秘書官たちがそれを解除していたのだろうか、隠れた銃口がいくつもスコールを捉えるが発砲されることは一切なく、代わりに特務隊の黒服たちが屋敷から慌ただしく走って彼女に近寄り、制止を呼びかける。

 

「止まってくださいジェネラル・ライダーっ!! それ以上は総帥への反逆行為に!?」

「プライベート用のキーを使った時点で、私は亡国機業の幹部としてではなく、『この家』の住人として門をくぐっただけです。自分の家に入るのに何故他人の貴方達に制止されなくてはいけないの?」

 

 毅然として言い放つ彼女に気圧された特務隊のメンバーの間を割ってスコールは家の扉を開きエントランスに入る。

 豪華に飾られた調度品の数々と煌びやかに光るシャンデリアにも、一切の興味を示さずに、彼女は視線を泳がせる。

 

 ―――彼女の視線から逃れるように消え去った二階の人影―――

 

「…………!!」

 

 確かにその存在がいたことを確認したスコールが、キビキビとした動きでエントランス横の階段を早足で上がっていく。途中で特務隊の人間が彼女を押し留めようとするが、スコールの表情が怒りに歪んでいることを見ると誰もが気圧されて後ずさってしまっていたのだ。そしてそのことにもスコールは怒りを感じている。

 

「(何年立とうが、貴方は何も変わろうとしないのですね)」

 

 この特務隊の第一の任務は総帥を護衛することだ。そういう意味では彼らは一見すると職務を忠実にこなしている様にも見えるが、命懸けで総帥を守ろうとするかと問われればおそらく誰もが首を横に振るだろう。

 彼等にもわかっているのだ。

 自分達が命を賭けて守るだけの価値がその男には存在していないことに。ましてや実質的に組織を運営している大幹部のスコールが欠けてしまえば取り返しのつかないことになってしまうことも。

 

「くっ!!」

 

 そして総帥の執務室の前に立ったスコールは、ドアノブに手をやり、中から鍵がかけられていることを確認すると、更に苛立った表情になって右手を振り上げる。

 

 ―――部分展開される赤紫の腕(かいな)―――

 

 右腕にISを部分展開させ、スコールは鍵ごとドアノブを引っぺがしたのだった。

 

『ひいぃぃぃぃっ!!』

 

 中から聞こえてくる情けない男の声………情けなさとやるせなさで胃が痛んで仕方ないが、彼女は一切の表情を消して目を瞑りながら五歩ほど歩き、その場に跪くと頭を下げならそこでようやく瞳を開いて、ひときわ豪華な執務机の奥で立っていたこの屋敷の主に話しかける。

 

「総帥、作戦終了のご報告をしたく参上しました」

 

 ―――キィンッ―――

 

 撃鉄が上がる音が聞こえ、地下都市を照らす巨大照明によってできた影が自分に銃口が向けられていることを映し出している。

 

「これは………つまり、私は貴方と組織に反逆を起こしていると思われているのですね?」

 

 そして影が映しているのは震える銃口と男の姿。指先一つで自分を始末できる状態でありながら、それを恐怖から躊躇う男………もしこれが『家族』として自分を撃つ事を躊躇っていたのなら、心の底から彼への罪悪感を覚え、そして泣き崩れてしまうかもしれない場面だっただろう。

 

「う、うるさいっ!! 誰に向かってそんな言葉を向けているんだお前は!?」

 

 ヒステリィックに裏返った男の声。必死な虚勢を上げて自分を威嚇しようとする言葉。そこまで言っておいても自分の意思で引き金を引けぬ弱さ………わかっている。目の前の男は別に自分が『家族』だから、組織の『幹部』だから引き金を引けないわけではない。

 恐れているのだ。自分の半分にも満たない年齢の小娘を殺した後に確実な報復が来ることが。そして自分の地位が危ぶまれてしまうことが………。

 

「…………」

 

 できる限り感情を写さないようにスコールは顔を上げて、自分を睨み付けているであろう男と視線を合わせる。

 

 ―――白髪のオールバックと、スコールと同じ瞳の色―――

 

 第二次世界大戦終了直後から世界の裏で暗躍し、現在において連合艦隊を壊滅させて軍事パワーバランスを崩壊させた最強の闇の組織の長である総帥と呼ばれた男が、恐怖に引きつった表情でスコールと目を合わせたのだ。

 端正な顔立ちをしており、背もそこそこ高く、黙っていればカッコイイと言われるであろう初老の老人なのだが、今はただ激情に駆られるまま瞳があったスコールと視線を絡ませあうが、彼女の瞳の奥にある感情を読み取り、激憤する。

 

 ―――自分を哀れんだように見る、周囲の、そして『英雄(あの女)』と同じ目―――

 

「ボクを馬鹿にするなァァァァッ!!!」

 

 机の上におかれていた葉巻が数本置かれた大理石の灰皿をスコールに投げつけた総帥………しかし、それはスコールに命中することなく彼女のすぐ隣の床に当たり、吸殻を撒き散らすだけの結果に終わる。

 怒りと恐怖で手元を狂わせただけの行為だったのだが、相手がそれを嘲笑の対象と取ったと勝手に思い込んだ総帥は、怒り心頭で彼女の前に立つと、いきなり前髪を掴み上げて怒鳴りつけた。

 

「その馬鹿にした目でボクを見るなと言っているだろうが!!」

「!?」

 

 叫びながら拳銃のグリップで側頭部を殴りつけられたスコールは床に蹲ってしまう。だが彼女の瞳は痛みとは違った感情で揺れ動きながら、それでも目の前の男性を睨み付けるのだった。

 

「クッ!?」

 

 スコールの眼力に怖気づき、思わず後ずさった総帥。だが感じた恐怖を誤魔化すように彼は蹲っていたスコールの腹部を何度もケリ始める。

 

「馬鹿にするなっ! ボクを馬鹿にするなっ!! このメス犬がっ!!!」

「ゴホッ! カハッ!!」

 

 何度も何度も何度も、自分の鬱憤を晴らす。ただそれだけの為にスコールに暴行を加え続ける総帥を、周囲の特務隊の人間達も明らかに侮蔑に近い眼で見るが、そんな彼らに気がついた総帥は、さらに表情を険しくして怒鳴り散らす。

 

「なんだ!? なぜお前達はコイツを屋敷に通した!?」

「い、いえ………しかしジェネラル・ライダーは作戦終了のご報告に来られただけですし・」

「そんなもの後からレポートで上げさせればいいだろうがっ!? そんなことも分からない低脳共がッ!!」

 

 自分の命令を果たさなかった部下達を叱責するが、そんな彼に向かってスコールはよく通る声で言い放つ。

 

「目を通しもしない紙切れに文字を並べたところで、貴方は何もご理解なさらないから、こうやって私が皆を代表して言葉で伝えにきたのです」

「黙れと……!?」

 

 自分を見上げるスコールの瞳が明らかに怒りに燃えていることに怯え、総帥は後づさり出す。そして立ち上がり、蹴られた腹を抱えながら、でもそんなことまったく感じさせない凛とした声で話をし続けるのだった。

 

「戦場では今回、多くの人間が命を賭けました。亡国の幹部も、構成員も、そして連合の兵士達すらも………命を散らし合いました」

「ひぃぃっ!?」

「貴方はそれを聞いて何も思わないのですかっ!? 命を賭けた者達に労いの言葉も、死した命に追悼の意も、何も………何一つ!!」

 

 戦場で皆が命懸けで戦っていたにも拘らず、目の前のこの男は屋敷に閉じこもり、組織の一切のことに関わらず、ただ黙って引き篭もっていたのだ。そのくせ、未だにこうやって部下達に対して自分は総帥だから偉いと言わんばかりに威張り散らしている。

 

 だからこそ、スコールは胸が千切れそうになる痛みを抱えたまま、彼に言い放ったのだ。

 

 

「それがこの組織を作った『英雄』アレキサンドラ・リキュールの血を引く者の為すべき行いなのですか、『お父様』!?」

 

 

 実の父親だからこそ許せなかった。

 毅然と娘の顔を見れないことが、祖母から受け継いだこの組織の長としての責務を果たそうとしないことが、そしてそのことを悔やむことも恥じることもなく、ただ他人の責任にし続けることが、許せるはずがなかった。

 

 

 ―――大丈夫よスコール。いつかお父さんとまた仲良くなれるわよ………きっと―――

 

 

「(『お祖母様』………私は!!)」

 

 娘の切なる願い。

 祖母のように『英雄』になれなくても、組織の長として為すべき覚悟と責務の重さは分かってほしいという思い。そうすればこんな場所でいつまでも劣等感と共に燻る必要はどこにもないのだから………。

 だがそんなスコールの想いを、目の前の父親(総帥)は振り上げた拳を彼女に叩きつけることで粉々にしてみせるのだった。

 

「黙れッ!? アイツの名前を二度と口にするなっ!!」

「!?」

 

 顎の部分を少し掠める程度の拳だったが、スコールに与えた衝撃は計り知れず、彼女は後ろに倒れこんでしまう。

 

「黙って聞いていれば好き勝手ほざきやがって!? 自分勝手な理屈をボクに押し付けるんじゃない!!」

「…………」

「お前も思っているんだろうが!? 『こんなヤツが英雄の血を引いている訳ない』ってなっ!!」

 

 

 ―――人類の完成系とまで言われた偉大な母親―――

 

 ―――その母親に何一つ及ぶものがない凡庸な息子―――

 

 

「あんな年も取らないような化け物とボクを一緒にするなっ!! アイツのせいでボクの人生は無茶苦茶なんだよっ!!」

「……なっ」

「周りの奴等は皆そうだ!! 一言目も二言目も『母上ならば』『あの方なら』『英雄のご子息ならば』と………どいつもこいつもあんな頭のイカレた女に味方しやがって………おかげでボクは…どれだけ傷付いたと思ってやがる!?」

「貴方は……」

「お前を生んだ母親だってそうだ!! あの化け物の息子であるからボクに擦り寄ってきた!! あの女の遺伝子欲しさに股を開く売女だよっ!? それなのに勝手に失望しやがった。だから最後は無様に自分で首を括りやがったんだよ!? だけどお前みたいな出来の悪い雌犬を残していきやがって………ボクは散々な人生だ!」

 

 自分の能力の無さも、周囲のプレッシャーも、妻の自殺も………そしてスコール自身の存在さえも、英雄であった祖母の責任にして、可哀想なのは自分なんだと言い張っている父親に、もはや哀れみを感じる余裕すらなく、スコールは怒りで目の前が真っ赤になって立ち上がり、掴みかかろうとする。

 

「貴方はっ!!」

「ヒィィッ!?」

 

 一時の激情で叫んでみたものの、亡国の幹部として教育されたスコールの本気の怒りを目の当たりにし、肝っ玉が縮みあがったかのように銃を投げ捨て、頭を抱えながら窓際に追い詰められる総帥………。

 だがこの二人の間に割って入ってきたのは、黒服の護衛ではなく、妖艶にして冷徹な女の声であったのだった。

 

 

「随分と騒がしいな、エッ?」

 

 ―――白衣を身に纏った、黒髪の蛇――― 

 

「!?」

「メディアっ!!」

 

 スコールが憎悪を滾らせた瞳で振り返り、総帥は救いの女神が現れたかのような笑顔になってスコールの脇をすり抜け、自分よりも、スコールよりも背の引く少女のような身体つきをしたメディア・クラーケンの背に回りこむ。

 

「!!………お父様っ!?」

 

 よりにもよって、娘の自分に怯え、目の前の女に縋り付くという情けない姿を見せてくる父親に更なる怒りを募らせるが、メディアの神経を逆撫でるかのような声がスコールを牽制する。

 

「報告、しに来たんじゃないのかスコール?」

「!!」

「ちゃんとお仕事をしないとな? お前も組織の幹部なんだ」

 

 普段は言わない自分の名前を言い、こんなときだけ尤もらしい言葉を口にするメディアの首を今すぐ捻じ切ってしまいたい衝動に駆られながら、スコールは再び跪き、形式的な言葉を言い始める。

 

「オペレーション・メビウス、無事に作戦全工程終了……損害は軽微、詳しい作戦中の内容ですが…」

「そいつは後でレポートに上げてメールで送っていてくれ。総帥は今から私と極秘事項で話があるし、お前も疲れたろ? ゆっくり帰って休め。以上だ」

「!!」

 

 口を開かない総帥の代わりにメディアがそう言い放ち、スコールの話をさっさと終了させてしまうとしたのだ。いきなり横合いから現れ、そんな勝手な理屈がまかり通ってたまるかと抗議の声を上げようとするが、それよりも早くメディアが彼女の口を封じる一言を発する。

 

「守りたい者が多いっていうのは不便だなスコール? 『アレ』も『コレ』も抱えて歩かなきゃならんしな?」

 

 メディアの背後に伸びる影から現れ出でたかのような、気配を感じさせない足取りで『彼女』はスコールの前に姿を現した。

 

 ―――真っ白く染まった髪をお下げにくくった、黒いドレスを着せられた少女―――

 

 そして何よりも特徴的なのは見ているほうが吸い込まれそうになるほどの全く生気を感じさせない瞳。漆黒の瞳の中に何一つとして光を映さずに見つめてくるその様は、スコールをもってしてもホンの僅かな恐怖を感じてしまう。

 本来ならば、花よ蝶よと周囲にもてはやらされる11か12歳の年頃の、将来は必ず美人になるだろう美貌を秘めた美少女でありながら、無機質で人形のようにただ黙ってそこに立ち尽くしていた。

 

「バティ!!」

 

 だが総帥は違う。

 彼女を見つけるなりまるで飛びつくように彼女を抱き締め、壊れ物を扱うかのように大事に大事に額にキスをしながら、彼は実の娘がいる前で言い放つ。

 

「私の『ただ一人』の愛娘よっ!」

「!?」

 

 心が抉られたかのような衝撃がスコールの心を襲い、知らず知らずのうちにかみ締めた唇が切れ、彼女の握り締めた拳が振るえ爪が食い込み流れ落ちた血が赤い絨毯にポトリポトリと真紅の染みを作っていく。

 

「……………お父様」

「おおっ!!」

 

 ただ無機質に、おそらく固体名称の代わりとしてバティが呟いた言葉に大いに歓喜する総帥を尻目に、スコールの隣に立ったメディアは彼女を尚いたぶるように話しかけてきたのだった。

 

「クズも過ぎると可愛らしさを覚えるとは、中々希少な事だな」

「…………」

「見ろ? お前に睨まれただけで腰を抜かすクズの分際で、総帥なんて不相応もの背負わされて、人形相手じゃないとロクに話もできないドクズときた」

 

 あえて総帥に聞こえるように大声で話し始めたメディアは、つかつかと近づくと、総帥のすぐ横に立ち………。

 

「だけどな、クズ?」

「えっ?」

 

 ―――総帥の横っ腹を思いっきり蹴り飛ばすメディア―――

 

「グェッ!!」

「…………」

「!?」

 

 蛙が潰れたような声で床に転がる総帥と、目の前で行われたことにも反応を示さないバティ、そしてなぜいきなり攻撃し始めたのかわからないスコールを尻目に、メディアは床に転がる彼の頭を踏みつけて、冷徹な声で問いかけた。

 

「お前………馬鹿にしたのか?」

「い、痛いッ!?」

「お前ごとき『屑』が、『英雄(お前の母親)』を馬鹿にしたのかって聞いてんだよ?」

「ぎひぃっ!?」

 

 ヒールがこめかみに食い込み、痛みで悶絶する総帥を見下ろしながら、メディアは氷のような冷たさの中に全てを焼き尽くす炎のような怒りを込めながら言い放つ。

 

「何度も言ってるよな? お・ま・え・ご・と・き・が、『英雄(アイツ)』を愚弄するな、と」

「イタイイタイイタイィィィィッッ!!」

「覚えろ。誓え。二度と忘れない……とな」

「ハイ、ハイハイハイィィィィーーー!!」

 

 痛みから逃れるために、なんとかその言葉だけを振り絞った総帥をしばし見下ろしていたメディアは、やがて足をどけると、靴の爪先を差し出し総帥の口先に向けながら、二人の間ですでに常識となっているある行為をさせる。

 

「誓えたなら舐めろクソ」

 

 メディアの有無を言わさぬ言葉に、しばし逡巡していた総帥だったが、やがて意を決したかのように必死な形相で彼女の足先を舐め始める。

 

 実の父親が実娘の目の前でするにはあまりの情けない姿にスコールは瞳を外してしまうが、対してメディアはその姿が大層滑稽に映ったのか、腹を抱えながらスコールに笑いかけてくるのだ。

 

「オイ、見ろよスコール!! これが亡国機業の総帥の姿だぞ!? なんて必死な姿なんだ!? コイツ以下の人間なんて探しても中々いやしない。最高に最低だよ、ホント!!」

「……………」

「あの『英雄』アレキサンドラ・リキュール唯一にして最大の失敗だよお前は!! 奇跡のようだったアイツから生まれたのは、奇跡のようなクズのお前なんだからな!! まったく………お前、何のために生まれたんだ? 何のために今生きてんだ? お前なんか生きても死んでも笑い者にしかならいのにな!!」

「…………やめて」

「代わりに答えてやるよ。お前みたいな出来の悪い人間が生きていけるのは全部私のおかげだ。私が見ていて楽しいからお前は今、生きていける………そうでなかったら、お前なんかとっくに部下に反抗されて、銃殺なり、首吊りなり、煮るなり焼くなり好きにされてるさ!! 誰がお前みたいな屑を認めてやるか。おこがましいのもほどがある。お前なんざは死ぬまで『英雄(アイツ)』の影に怯えて小便でも漏らしてればいればいいんだよ」

 

 メディアの言葉を受け、瞳に涙をためながらも受け続ける総帥はそれでもメディアに奉仕を続け、ついにそれに耐え切れなくなったスコールが制止の声を張り上げる。

 

「止めなさい!? メディア・クラーケン!!」

 

 心の奥底で父親への期待とそして愛情が捨てきれないスコールにとって、殴られるよりも遥かに心が痛んで仕方ない。

 人間としての尊厳も己の矜持も持たず、ただメディアの言いなりになってしまっている、そのことに気がついていながら、戦うことも逃げることもせずに周囲に流されているだけの人間を、それでもなんとか立ち直ってもらいたいスコールには、見るに耐えられない拷問に等しく、その場から早々と立ち去ろうとする。

 

「まあお前達はこれからも私を楽しませればいいんだよスコール?」

 

 すれ違いざまにそう囁いてきたメディアに、スコールはせめてもの意趣返しのような質問をぶつけ返す。

 

「私も貴女に聞きたいことがあるわメディア」

「ん?」

 

 眼力だけで射殺そうとするほどに殺気を漲らせたスコールが、睨み付けながらメディアに言い放つ。

 

「貴女はお祖母様の一体何にそんな憎悪して裏切ったの!?」

 

 スコールは知っている。

 この見た目の若い少女のようなメディアが半世紀以上昔、第二次世界大戦が終結して荒れた世界において、偉大な祖母である『英雄』アレキサンドラ・リキュールと共に亡国を築き上げたことを。

 組織発足以前からの旧知の仲であり、祖母の親友であり、偉大な同志で盟友であるはずの彼女は『英雄』アレキサンドラ・リキュールのパートナーであったこと、だがある日突然として二人の間にあった『何か』が二人の仲を決定的に引き裂き、組織を……いや世界そのものを歪めてしまった事を。

 

「………お前とサクラの二人はまあ上等なクズかと思っていたんだが、やっぱり理解がイマイチだな」

 

 背筋が凍りつき一瞬で血の気が引いてしまう。これが人間が内側に宿していられる感情なのか、そう思わざる得ないスコールをメディアは右手で顔を半分覆いながら、もう半分の瞳で見つめて話す。

 

「私は『英雄(アイツ)』を憎んでやしない」

 

 狂気の闇に染まった瞳で、メディアはスコール(親友の孫娘)にこう告げた。

 

 

「私は愛してるんだ。『アレキサンドラ・リキュール』を…………だからアイツの偉業も、遺産も、想いも、何もかもを粉々にして踏み躙ってしまいたいだけなのさ」

 

 ―――それが私の究極の愛だよ―――

 

 それだけ言い残すと、メディアはいつまでも尻餅をついたままの総帥を見下ろしながら無言で『起き上がってついて来い』と催促し、奥の部屋に同行する。途中、総帥の後を追うように歩き始めたバティが一瞬だけスコールを見つめたが、すぐさま興味が無くなったかのように彼の後を追って姿を消してしまう。

 

 最後に、広い部屋に一人残されたスコールは、メディアの底が解らない闇が亡国を侵食し尽くす日が間近に感じ取り、両手で自分の震える身体を必死に掴みながら、折れてしまいそうな心を必死に立て直そうと震え続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(スコールが戻ってくる前に全て終わらせないと)」

 

 一方、総帥へ謁見にスコールが向かった事をチャンスと考えたジークは、彼女の執務室のPCからメインサーバーにアクセスを試みた。当初の予定ではセキュリティールームから直接クラッキングをかける予定だったのだが、予想以上の防衛網にそちらからのルートは断念せざる得なかったのだ。

 

「(………誰もいないな)」

 

 周囲に人がいないことを確かめ、カードキーで扉を開きすばやく執務室の中に進入したジークは、とりあえず室内に『誰も』いないことを確認したジークは早速彼女のPCを立ち上げ、ジェネラルクラスしか謁見できないデータを参照しようとする。

 

「(………チッ)」

 

 一瞬だけ、自分の事を信用して執務室に好きに出入りできるようにカードキーを渡してくれたスコールの事が脳内に過ぎるが、ジークはそれを無理やり押し殺して作業を黙々とこなし続ける。彼女を実質的に裏切っている行為であることはわかっているが、だがこの事に関しては彼も黙っていられない。

 

『亡国に入る限り、自分が目的にしている情報は最優先に自分に教える事』

 

 彼女自身が提示した条件。だが織斑一夏と第四世代ISの情報を教えなかったことがジークに強い不信感を与えたのだ。彼女はまだ自分に教えていない情報を隠し持っていると………。

 

 彼の目的………第四世代ISの打倒。そしてある奴を必ず助けること。

 

 

 ―――明日も見えぬ路地裏での日々―――

 

 ―――空に見下され、見上げるしかない自分―――

 

 ―――己が意思でそれを塗り替えるための被検体に身を捧げ―――

 

 ―――絶えず生死が付きまとう研究の中で出会った確かな絆―――

 

 ―――そして………守れなかった者、零れ落とした者………打ち砕いた者―――

 

「…………」

 

 自分が成すと決めたことは何があっても成し遂げる。それだけが自分を支える唯一の矜持の筈なんだ、と迷う心を振り切り、ジークがディスプレイに表示されたデータを検索し続け、目的の情報を見つけようと躍起になっていた時、突如彼の視界にキラリと光る『何か』が映る。

 

「!?」

 

 反射的に身を翻したホンのゼロコンマ一秒後に彼の左のこめかみスレスレを投げナイフが高速で通過し、背後の壁を砕きながら突き刺さったのだ。紙一重で回避したジークが何事かと振り返ると、そこにはソファから一本の腕がしなやかに伸び、力なく項垂れた手がナイフを放り投げたのだと物語る。

 

「………無粋じゃないかい?」

「おまえ………なんで!?」

 

 『部屋の中には誰もいない』ことを念入りに、待機状態のISのハイパーセンサーを用いてまで確認したにも関わらず、いつの間にかソファに寝転んでいた人物に驚くジーク。

 そして他人の部屋であるのに、なぜか自分が主かのような振る舞いでゆっくりとソファから起き上がった人物が、億劫そうな声を上げ両手を挙げて背を伸ばしたのだった。

 

「ふぁ~~~ッ! 昼寝の邪魔をする不届きな侵入者が誰かと思ったんだが………」

 

 ダルそうに首を回すアレキサンドラ・リキュールは、如何なる最新鋭センサーにも引っかからずにこの場で堂々と寝ていられた方法がわからずに戸惑っているジークに対して、ドヤ顔でこう語ってみせたのだった。

 

「コツは落ち着いて息を殺すことだ」

 

 疑問に対しての返答としては根本的に何かおかしい気もするが、今のジークにはそれよりもこの場を如何に素早く脱出するのかの方に全神経を集中させる。

 

「ところで、今日はこの部屋でいったい何をしていたんだい? スコールがいないことは知っていただろうに」

「(見られた!?)」

 

 自分が行った行為が重大な背信行為であり、幹部を目の前にして見逃してもらえるとは思ってはいない。

 これから自分は独房にぶち込まれ、死ぬまでそこで幽閉されるのか、もしくは処刑されるのか………どちらにせよISは没収され、二度と自分は目的のための行動を起こす機会を得ることはないだろう。

 だがそんなことが納得できるジークではない。最悪組織全ての人間を追っ手に回しても、その全てを振り切ってでも自分必ず目的をやり遂げる。その強い覚悟と意志こそがジークをISや機械の身体以上に彼を強くたらしめている最大の武器なのだから………。

 

「!?」

 

 一瞬、今は亡きマリアの、竜騎兵達の、そしてマドカの姿が脳裏を掠め胸の内側に突き刺さるような鋭い痛みを走らせて彼の表情を歪める。同時にそれが一瞬の隙となり、目の前の暴龍帝(彼女)が行動を起こすきっかけとなってしまう。

 

「!!」

 

 足元に瞬間的な突風を発生させ、約8m以上の距離を跳躍して瞬時にジークの頭上を取ったリキュールだったが、後手に回りながらもスピードで勝るジークが、疾風の如き速度で出口に向かって疾走している姿を空中で反転しながらも瞳で捉え、そんなジークに向かって、僅かに光を反射させる何かを右手で投げつけたリキュールが、指を踊らせて彼を『絡め取ろう』とし、高速移動中のジークの左手が見事に縛り上げられてしまった。

 

「これはっ!?」

 

 後ろに引っ張られる体勢で動きを止められたジークだったが、自分を捉えたのが同僚のマリアが使っていた物と同じ鋼糸であることに気がつき、何とか逃げ出そうと強引に引っ張るが、着地したリキュールはいとも容易くジークを引き寄せ、空中に放り出された格好で自分に向かって飛んでくる彼の横腹を思いっきり蹴り飛ばしたのだった。

 

「!?」

 

 なんとかそれを肘で受け止めたジークだったが、床を転がされ窓側に押しやられてしまい、彼の行く手を遮る様にリキュールはスコールの執務机の上に密かに設置されているボタンを押して逃走防止用のシャッターを下ろしてしまう。

 完全に逃げ場所を失い、唯一の出口の方を陣取ったリキュールがゆっくりと彼に近寄りながら話しかけてきた。

 

「まあ、君のことだ。理由を問われても素直に答えまい。私もそれについて細かな詮索をする性質でもないしな」

 

 逃げたいのなら自分を倒してからにしろ。瞳だけでそう言い放つリキュール相手に、内心でジークは冷や汗をかき倒す。

 組織で一番手ごわい人間を一番最初に相手にしないといけないというのは、どう考えても絶望的であり逃走のチャンスが霞んでしまう。

 何とか切り抜けられないか? 相手の隙と自身の状況を考え張り巡らせる。

 

「だがな」

 

 考えが纏まらないそんなジークに対して、リキュールは一切の容赦もせずに間合いを詰め、彼の左足を自分の右足で払ったのだった。柔道で言う『出足払い』に酷似した技だったが、彼女の尋常ならざる威力の蹴りは払うというよりも身体ごとフッ飛ばすレベルであり、彼を肩から冷たい大理石製の床に叩き付ける。

 

「ガハッ!!」

「なんだ? ISはともかく生身の格闘ではイマイチなのかい?」

 

 見下ろしながら言い放つ彼女の姿に苛立ちを覚えたジークは、下半身を旋回させるキックを出してリキュールを一歩引かせ、キックの遠心力で起き上がると初めて構える。ボクシングのデトロイトスタイルよりもさらに前かがみの前傾姿勢………彼自身にもっとも適した格闘の構えを取ったジークにリキュールはご満悦な笑みを浮かべながらこう言い放つ。

 

「私が君や陽太君を高く評価しているのは『それ』だよジーク君」

 

 リキュールが両の拳を若干開き腕を上げ、小刻みにステップを踏み始める。

 

「『抗撃』だけが敗北を拒む唯一の手段。弱肉強食の摂理を骨身に刻んでいる君達は生粋の戦士だ」

 

 揺れるリキュールの拳を注意深く見続けていたジークの視界の下の部分に突如彼女の足が現れ、咄嗟にジークは後退してしまう。

 

「だがしかしだ」

「しまっ!?」

 

 それが彼女のフェイントだったと気がつくと同時に、ジークの顔のど真ん中をリキュールの左拳が高速で二発叩きつけられ、仰け反りながらもジークは何とか踏み留まった。手加減された拳は彼に鋭い痛みを与えはしたが、必要以上の外傷を与えることもせず、彼のプライドを刺激するだけだったのだ。

 

「なろっ!!」

 

 速度に乗ったジークの攻撃………先ほどのお返しだと言わんばかりにボディを狙ったフックをフェイントとした裏拳。対してリキュールはその攻撃を冷静に受け止めながら肘でジークの顎を狙い、両者が寸でのところで回避しあう。

 瞬きする程度の間………そしてジークが疾風迅雷の動きを持ってリキュールの死角に一瞬で回り込み、不意を突こうと拳を振り上げるが、

 

「甘い」

「!?」

 

 彼の左の拳と彼女の右の拳が絡み合い、拳の鍔迫り合いが発生したのだ。

 絡み合った状態で両者足を止め、互いに絶妙にガードと回避を繰り返しながら至近距離での乱打戦を展開し、手を少し出すだけで相手に振られる距離での打撃の打ち合いを敢行する中、徐々にジークだけが一方的に打たれ出す。

 

「チッ! ガッ!!(なんで!? 俺のスピードの方が速いハズ!? なのにッ!?)」

 

 二歩後退し、仕切り直しの一撃を繰り出そうとする瞬間―――

 

「!?」

 

 ―――最小限のモーションで振り上げたジークの左拳を左足で封じ込めるリキュール―――

 

 先程から決定的な一撃を出そうとする瞬間が分かりきっているかのように、ことごとくジークの先手を取ってくるリキュールの不可解な動きが解明できず、一方的に弄られ出したのだ。そんな中で、打撃を繰り出しながらもリキュールはジークに話しかける。

 

「『理より入るは早く、技より入るは遅し・・・』」

「!?」

「『物の根源を知らずして学ぶを盲剣という』」

「なんだよ、それ!?」

「どちらも日本の高名な古流剣術家のお言葉だ」

「だからそれがどう・!?」

 

 右の拳を繰り出そうとした瞬間、踏み込んだ左足から強烈な重圧が襲い掛かりジークの動きが完全に静止してしまう。

 

「両眼で輝くその目………紛れも無く『超界の瞳(ヴォーダン・オージェン)』」

 

 ジークの動きを左足に自分の右足を載せる。ただそれだけの行動なのに、ジークの左足にはまるで巨大な岩石が乗せられたかのような重みが加わり、彼の動きを完全に封じ込めたのだ。そして彼女の手が彼の前髪をやさしく撫で、リキュールは微笑みながら放し続ける。

 

「そして君は先天的な才能として、相手の死角を視る能力を得ている………素晴らしい才能だ。圧倒的な動体視力で相手の動きを見極め、死角に回りこむ能力を駆使し、そこに全IS中最速のスピードがあれば、君は確かに無敵になれる………とでも言いたかったのか? 君を作った『科学者』共は?」

「!!」

 

 ゆっくりと上げられる右足………明らかに挑発しているかのような言葉。

 リキュールは十分に理解しているのだ。彼の内心を何が一番深く抉れるのかという事を。

 

「どうした? そんなに怖い顔で睨んで何も喋ってくれないなら………ほら、私の舌が調子に乗ってこんな言葉を吐き出してしまう」

「…………」

「君の過去にいる奴等は皆そうだ。自力で何一つ築きもせずに人には舐められたくない。だから不満不平を溜めた面で如何に自分が頑張っているのか自己憐憫に走る………ちょっと批判されればすぐに逆上、暴力に走るか、自分は正当だと理屈だけ並べて言葉だけを並べたがる。要するに肝っ玉が脆く、確固たる自分が無い証拠だ」

「!!」

「強者は断じて安っぽくキレたりせんぞ? はっきり言ってやる………君を拾った『あの場所』の住人は皆、世を拗ねて日陰に隠れて逃避したはぐれ集団の負け犬共だ!!」

 

 ジークの意識がそこで途絶える。

 いや、正確には彼の意識がただ『殺意』の一色で塗り潰され、気がついたときジークは獣のような咆哮を上げながら渾身の回し蹴りをリキュールの頭部目掛け放っていた。

 

「がああああああああああああっっっっ!!」

 

 『死ね』………ただその一言を込めた渾身の蹴り。彼女の頭部を粉々にするつもりで放ったその蹴りだったが………。

 

「だから」

 

 ―――リキュールの残像をジークが蹴り抜き―――

 

「安っぽくキレるな」

 

 ―――カウンターの後ろ回し蹴りがジークの後頭部を打ち抜く―――

 

 強烈な一撃が意識を刈り取り、彼の身体が大理石の床に叩き付けられる。だが皮肉にもその衝撃が気付けとなって、すぐさまジークは意識を取り戻すが上手く身体を動かすことができないでいたのだった。

 彼を見下ろしながら、リキュールはすでに興味が失せたかのようにゆっくりと扉に向かって歩き出すが、ジークが動けぬ身体を無理やりにでも動かそうとしているのを気配だけで察知し、ため息を着きながら足を止め、あえて『体感』させたことを言葉で解説し始めたのだった。

 

「まったく………頭に血が昇るとすぐに何も考えられなくなるな君は」

「なに……を?」

「なぜISを使わなかった?」

「!?」

「別に私が生身だから使ってはならない訳でもあるまい? 生身には生身? 銘文化して額縁に飾って必ず守るべき憲法になっているとでも思ったのかい?」

 

 リキュールの思わぬ言葉に戸惑うジークだったが、言葉だけで考えれば彼女の言う通り『ISを使ってはならない』理由が一つ足りともないということに思い当たる。

 

「更に言おう。先ほどの打撃戦で私だけが一方的に当てていた事に戸惑っていたな」

「…………」

「古流に三つの先あり。つまり後の先、先の先、先々の先………現代語に直すなら、応じ技、仕掛け技、そして気の出合い。君は殺気が強すぎて、技を仕掛ける前に殺意が先に現れる。それでは折角の死角を突く能力も腐らせてしまうぞ?」

「それがなんだって……」

「陽太君はおそらく無意識に君の殺気を感知して攻撃を防いでいた。初見から君が彼にトドメを刺せなかった理由がそれだ。殺気を感じ取れる人間にしてみれば君の攻撃はテレフォンパンチだということさ。後は先出しで攻撃を当ててしまえばいい」

「だが俺ならッ!?」

「『先に攻撃されても反応して避ければいい』?………避けさせぬからこその技術だよジーク君」

 

 スピードは自分とディザスターの最大の武器だと確信してたジークなだけに、この「仕掛ける前に行動が予測されてしまう」という寝耳に水のような言葉に動揺が隠せずにいたのだった。

  

「感情の制御の未熟から、容易く心・技・体の調和が乱れる。今後の彼らIS学園との戦いでは精神(こころ)の完成度はますます重要になるぞ」

「………さい」

「恐怖・憤怒・憎悪・憐憫・慢心・焦燥・躊躇・油断………誰もが持つ『こころ』の振幅が戦いでは致命的な隙になり得る。非情に成れとは言わん。だが心を律しれるようになれジークk・」

 

 グウの音も出ない正論。そしてまるで今まで必死に築き上げた物が、すでに時代遅れの代物にされてしまっているかのような感覚が………『あの日』のように、『彼らの努力』が決して報われることはないと思い知らされた『あの日』に戻されたかのような感覚となって、彼の冷静な思考を奪い去る。

 

 

「うるさいんだよっ!! わかった風な口を叩くなッ!!」

 

 ―――自分が求めた物が通用しない―――

 ―――バラバラになった仲間達の、ドクターの、彼女の………全部をかき集めた物が間違いかのように口にするなッ!!―――

 ―――何も知らないお前が否定するなッ!!―――

 

「お前みたいな最初から強かった奴にはわかんねぇーんだよ!! これは弱者(俺達)が必死に築き上げた物ダッ!! お前(強者)みたいな奴がそれを否定すんな、立ち入ろうとするなッ!!」

「………そうか」

 

 汚澱の噴水が心から湧き上がり、強烈な否定の意思がリキュールの言葉を跳ね返す。自分の心の中にある『過去(なかま)』を守るためには彼女の言葉を受け入れる事は出来ないのだ。認めてしまえばもう一歩も動けなくなってしまいそうで、だからこそ彼女の言葉をなんとしても受け入れまいと、理解しないと否定しにかかる。

 そんなジークの心境を理解したのか、リキュールは静かに背を向けると、言い残すようにジークにあることを投げかけた。

 

「そういえば………君は知っていたかい? 君に隠し事をして信頼を損なってしまっている君にとっての裏切り者のスコールが、この亡国機業の創設者の孫で、現総帥の娘だということを」

「!?」

「君だけじゃない………彼女だって必死に歯を食いしばって背負っているのさ。過去をね」

「………あっ」

「囚われたままで一歩も歩めないからこそ、囚われたままの君の気持ちだって理解できた………君はいつまで『そこ』にいるつもりかね?」

 

 最後に問いかけ、ジークの返事も聞かずにさっさと部屋を後にするリキュール………ジークのハッキングの件も問答しない所から察するに、すべてを知った上で今回の件を彼女は誰にも口外することはないのだろう。性格的なことも踏まえれば『告げ口して処刑する』などする暴龍帝でもない。

 だが取り残されたジークは、俯き、血が滲むほど拳を握り締めながら、心の中に現れては消える『今の仲間達(マドカやマリアやスコールや竜騎兵達)』を思い浮かべながら、尚も振り払うようにただこう呟き続けるのみだった。

 

「知らない………知らない……そんなこと、知ったことかぁ!?」

 

 

 

 

 




長くなりましたので続きの後編もすぐにうpさせていただきます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

勝利の宴の影において (表)

後編部分です


 

 

 

「ムー…………」

 

 スコールの執務室がある建物から出て人工照明に照らされた天井を空にした地下都市を歩きながら、リキュールは珍しく何かを悩んでいるような顔で歩き続けていた。

 

「(どついて発破をかけようとしたんだが………逆効果だったとは)」

 

 先ほどのジークとのやり取りのことを気にしながら、祝勝会が開かれている会場に足を運ばせる。彼の心の中に燻っている復讐心が時に過剰な殺意となって彼自身の足をひっぱていることを身をもって体験させ、今は過去よりも未来に目を向けてもらおうと思ったのだが、結果的に彼の怒りと更なる炎を高ぶらせた結果に終わってしまい自身の失策に悩んでいたのだ。

 

「(こんな時………)」

 

 先生ならこんな時どうしていたのだろうか? 一瞬だけ過ぎったその思いを彼女は首を横に振ることでかき消し、不機嫌そうな色で塗り潰してしまう。

 ジークに過去から決別しろと言い聞かせようとした自分が過去に囚われてどうする? 自分は『以前』のアレキサンドラ・リキュールを越える『新しき』アレキサンドラ・リキュールになったのではないのか?

 一瞬の気迷いだと言い聞かせ、現段階の彼女の結論を導き出す。

 

「(これもそれも………千冬が悪いということにしよう)」

 

 遠き地で命の危険を脱した元親友に無理やり責任転嫁し、彼女はとりあえずスコールに『説得してみたが逆効果だった』と悩み事が多い彼女の頭痛の種を振りまきそうな報告を世間話のついでにしようかと思っていたところである光景が目に入り、足を止めてその様子を食い入るように見つめる。

 

 

「お待ちになりなさい隊長ッ!!」

 

 特殊戦術部隊の制服を着た副隊長のモルガンが、隊長であるトーラの腕を掴んで自分達の建物に連れ戻そうとしていたのだ。

 

「放してモルガンッ!?」

 

 対してトーラはまるで家出した少女のように必死になってその腕を振りほどこうとしてはいるが、どうも本気で実力行使するにはいたらず、振りほどく力が弱々しいものになってしまっていた。生身においてのスペックも本来トーラは超人的であり、どんなにか弱い少女に思えてもジェネラルを名乗るに足る能力を有している。それに比べモルガンはメディアと同じ兵器開発者であり、本来研究職畑出身のIS操縦者なので厳しい操縦訓練を積んではいるものの普通の領域を超えるものではないのだ。

 自称教育係のモルガンと、亡国の次代を担うと目されているトーラ。歴然とする力関係でありながら、トーラがどうしても本気で抵抗できないのには理由があった。

 

「まあっ!? どうしてこうも口の利き方が悪くなってしまったのかしら? これもそれも全部あの失敗作と場末の骨董品共のせいね!?」

「!? リリィは関係・」

「やはりキャスター・メディアはお間違いだったわ!! 今すぐあんな粗悪品とスクラップ共は、廃棄処分にしてもらわないとッ!!」

「ッ!?」

 

 トーラがその言葉に息を呑み、態度を一変し必死な形相でモルガンの腕に逆にしがみ付く。

 

「リリィも秋水達も関係ないッ!! だから母様(かあさま)に報告だけはしないでッ!!」

「フフフッ………そんな急にしおらしくなられましても」

「ボクが悪いの!! だからっ!?」

 

 自分の創造主(はは)の恐ろしさを十二分に知っているトーラは、モルガンがメディアに進言することでリリィ達に危害が加わることは有り得ると恐れたのだ。

 メディア(彼女)が気分次第で実の娘であろうと平然と切り捨てられる人間であることを知っているのだ。

 ようやく溜飲が下がり始めたのか、トーラを見下ろしながらモルガンは催促の言葉を口にし、震える彼女の耳元に顔を近づけ、絡みつくような不快感を残す言い回しで囁いた。

 

「貴方様が素直になっていただけるならこのモルガン、数々の問題を胸に仕舞いましょう………ですからお嬢様?」

「…………わかりました」

「では、『わかっていますね』?」

 

 ようやく自分に服従したのだ。そう捉えたモルガンは隷属の証をトーラ自身で口にさせようとするのだった。

 

「ぼ………ボクは……」

「『今後二度と逆らわず、モルガンの言うことを最優先で了承する』………ですわよね?」

「こ……んご・」

 

 震える肩と涙を貯めた瞳で禁断の言葉を口にしようとするトーラと、それを愉悦に満ちた笑顔で眺めるモルガンであったが、まるでその時を待っていたかのように一人の少年が二人の女性の間に割って入って、宣誓の言葉を叩き切ったのだった。

 

「やあーやあートーラ君!!」

「!?」

「秋水!?」

「こんな場所にいたんだね。皆心配して探していたんだよー?」

 

 最後が相当わざとらしい言葉になりながらも陽気な笑顔を浮かべた秋水は流れるような動きでモルガンの手を弾き落として、トーラの背中に回りこみ若干早足で彼女を押しながら祝勝会が開かれている場所に連れて行こうとする。

 

「(し、秋水ッ!?)」

「(シッ! 今はとりあえず俺に任せろ)」

 

 これ以上トーラに何か話をさせるたらズルズルとモルガンのペースになりそうなのを察知し、有無も言わせず迅速にこの場を後にして話を有耶無耶にしよう作戦を決行したのだが、予想以上に彼女の立ち直りは早かった。

 

「何のつもりだ虫けらっ!!」

 

 先ほどまでのトーラに見せていた愉悦した表情とは一変、ヒステリックに叫びながら懐から銃を抜くモルガンを流石に無視しきれないと感じた秋水は出来るだけの愛想を浮かべながら答えた。

 

「祝勝会。何せ今回の戦いで一番活躍したジェネラル・アーチャーのことを皆で祝おうとしてr」

「黙れッ!! そんな下賎な集まりにお嬢様を連れて行くなど私が許さないといっているんだ!!」

 

 キンッ!と銃のセフティーが外れる音が聞こえると、いよいよ秋水も愛想笑いを浮かべることを止めて、厳しい表情でモルガンを睨み付ける。

 

「秋水、ボクは・」

「嫌がってるのがわかんねぇーのか、クソ女」

「クソッ・」

 

 自分のために無茶をする必要はないと言いかけたトーラを優しく押し込め、秋水は彼女を守るようにモルガンとの間に立ち塞がると、到底トーラでは思っていても口に出来ないような言葉を言い放つ。

 

「化粧が濃すぎて臭い。吐いてる口臭が臭い。お前の態度がとにかく臭い………だからクソ女。ご理解いただけましたか?」

「き・さ・ま………」

「……うるせぇ、全部丸聞こえなんだよ」

 

 そう。彼も怒っているのだ。

 トーラの件だけではない………彼女が散々に口にした『粗悪品』やら『スクラップ』やらという言葉。それが誰を意味しているのか、周りにいれば簡単に理解できる。だからこそ彼は酷く腹を立てていた。

 

 自分の信じる騎士王と、その配下の歴戦の勇士たちは決してお前なんかが馬鹿にしていいものではないと………。

 

「謝罪しろなんて言わない。どうせお前は自分が何言ってるのか理解できない人間だし。だけどそれをダシにトーラまで巻き込むんじゃねぇーよ」

「!?」

 

 その言葉に先ほどとは違う意味の涙を溜めて、彼の肩にすがりつくような態度を示したトーラを見たモルガンがブチキレる。

 

「私の『人形』に何をするつもりだ!!」

 

 完全にトーラをどう思っているのか丸わかりの汚い言葉を吐き捨て、拳銃を発砲しようとしたモルガンだったが、彼女が引き金を引こうとするゼロコンマ一秒前に、黄金の疾風が通り抜ける。

 

 ―――金色の剣閃によって真っ二つにされる拳銃―――

 

「!?」

「!?」

「なっ!?」

 

 何も気がつかずに引き金を引いた拳銃が半ばから真っ二つになって地面に落ちていく光景に驚愕するモルガンと、トーラを守るように立ち塞がった秋水のさらに前に、頬っぺたにつけたご飯粒を拭いながら剣を構える少女騎士が現れたのだ。

 

「待たせたな」

「待ってねぇーよお嬢」

 

 間髪入れない言葉とツッコミを交わす亡国陸戦隊の隊長とその副官は、信頼しきった上の軽口を叩き合うのだった。

 

「そこは『お待ちしておりました!』ではないのか秋水!?」

「言わないし、待ってないし」

「妹を迎えに行かせた誰かが余りに遅いから食事を中断してまで助けにきたんだぞ!? なのにその態度はなんだ!?」

「トーラがついてから一緒に食べる予定じゃなかったのか!? また食欲に負けたのかよ!?」

「うっ」

「なんで少し待つということが出来ないんだ、この腹ペコ王!」

「その言い方は止せと言ってるだろうが!!」

「あ、あの……二人とも落ち着こう」

「トーラもこう言ってんだしさ。ちょっとは見習えよ姉ちゃん」

「私もトーラも十分に落ち着いている!? 子供みたいにトーラの前でカッコつけようと前に出ている秋水の方こそ落ち着け!! 銃弾で撃たれたら痛いんだぞ!!」

「リリィ………普通なら死んじゃうからね、撃たれると」

 

 決して自分を放って痴話喧嘩を始めた二人にちょっとだけヤキモチを焼いたわけではないからと言い訳しながら割って入ったトーラ………もう先ほどまでの状況を忘れ去り、ワーワーキャーキャー言い出す三人に完全に忘れ去られたモルガンは、ようやく復帰するとISを手に取りながら部下に通信を入れようとする。それに気がついたリリィは、切っ先をモルガンに向けながら警告を発するのだった。

 

「部下に失言があったのかもしれないが、今日はそれまでにしてくれないかモルガン?」

「黙れ劣化品がっ!!」

「………私がトーラに劣るのは認めよう。私の妹は優秀だ。だがここはジェネラルの私に免じて引いてくれ」

 

 亡国を掌握するメディアの直属の部下である自分を裁けないと思ってか、階級の下の人間とは思えない発言をするモルガンを冷静に許すリリィであったが、モルガンはそんな彼女が自分を逆に見下しているかのように捉え、本部内でしかもジェネラル相手にISを展開して攻撃を仕掛けようと身構える。

 

「私を見下すな粗悪品如きが!!」

「…………」

 

 自分への暴言は許せるが、本部施設でISを展開して攻撃を仕掛けるなど崩落の危険性もある極めて危険な行為を許せるはずもないリリィは、ISを瞬間的に展開して一刀でモルガンを戦闘不能に追い込もうとする。

 だが………。

 

「面白そうな催し物だな」

 

 ―――モルガンの首筋に押し当てられた刃―――

 

 キンッという音共に、まるで気配を感じさせずにモルガンの隣に立ったアレキサンドラ・リキュールは、隣の人物を威嚇しながら、目の前のリリィ達に手を振るのだった。

 

「………何か用か?」

 

 すごく不機嫌そうに答えるリリィにも笑顔を崩すことなく、リキュールは答えた。

 

「何、偶々通り掛っただけだ。後………秋水君」

「は、ハイッ!!」

「トーラを身体一つで守ろうとする気概。それでこそ男(おのこ)だ」

「い、いえッ!! それほどでもありませんっ!!」

 

 顔を真っ赤にして嬉しそうに敬礼してまで返事をする秋水と、そんな秋水を物凄いジト目で見るリリィとトーラ………亡国一の危険人物であると同時に、亡国一のプロポーションと絶世の美貌を持つ暴龍帝に前々からお近づきになりたかった秋水は、自分の名前が覚えられていたことと思わぬ高評価に気分が高揚して思わずらしくない行動をしてしまう。もっとも、直に相手をしてほしいと頼まれた全力で拒否する

 

「何をあの痴女に見とれている!?」

「あ、あんなふうな格好が秋水が良いって言うなら………ボク、頑張るよ!」

 

 何か言い出す二人と、急にニヘラとする秋水を尻目に、一人だけ限定して凄まじい殺気をぶつけられて身動き一つ取れなくなっているモルガンの手から、待機状態のISを取り上げて胸ポケットに入れてあげたリキュールは彼女の耳元に顔を近づけると、小さな声でこう囁く。

 

「今日はこれぐらいにしておきたまえ。お前のご主人様にこれ以上の赤っ恥な報告もしたくあるまい?」

「キ、キサマ………」

「それとも………お前のご主人様ごと挽肉にでもされたいかメス犬?」

 

 やることは本気でやるのが暴龍帝のスタイルだと知っているモルガンは、それ以上の反論を口にする気すら起こらず、震える身体を必死に動かし、腰が抜けそうになりながらも走ってその場を後にする………まるで一刻も早くこの場から立ち去ろうとする犬のような速さで基地内を走り去っていったのだった。

 

「………さて、会場に行こうか三人とも」

「ハイッ!!」

 

 

 敬礼してリキュールの後ろにぴたりと着いて行く秋水と、彼の背後から猛烈な抗議の声を上げる二人………。

 亡国屈指の武闘達を基地内の一番高いビルの最上階から見下ろしながら、ある人物がポツリと呟く。

 

「まったく………メディアへの報告が面倒くさくなってしまうじゃないですか」

 

 キャスター・メディアの城である第一中央兵器開発局の最上階フロア。極度の気分屋である彼女を恐れて、普段はめったに他人が足を踏み入れることはないこのフロアを、ただ一人メディア以外で足を運ばせる人物………。

 暗い影にその姿を隠したままで、ホンの僅かな光が差し込む場所から身を出さず、だが常に亡国内部を関しているメディアの懐刀、『アサシン・デイズ』は先ほどのモルガンとトーラ達のやり取りを眺めながら鼻で笑い飛ばしたのだった。

 

「アーチャーを貴方の人形にしようなど、メディアが聞けば首を跳ねられてしまいますよモルガン・グィナヴィーア?」

 

 デイズはよく知っている。メディアにとってこの世の全ての人間はただのコマでしかない。

 彼女が他人を区別するのは、役に立たないコマか、役に立つコマか、ただそれだけなのだ。そしてそれは懐刀である自分も例外ではないのだろうということも彼女(デイズ)は十二分に理解している。

 唯一の例外がもうこの世界にはいない、ただ一人の英雄(親友)であることも、デイズは理解したうえで言い放つ。

 

「でも………滑稽ですね、アレキサンドラ・リキュール」

 

 彼女言うアレキサンドラ・リキュール………メディアの私室において、誰にも気がつかれていない隠し部屋にある数十年前に描かれていたメディアとアレキサンドラ・リキュールの二人を描いた肖像画を見上げながらデイズは尚も言い続ける。

 

「世界に平和を望んだ貴女は、散々世界の権力者達に振り回された挙句、名前も残せない惨めな犯罪者として死に、その遺志さえもこうやって世界を混乱させる種になってしまっている」

 

 彼女(デイズ)にしてみれば英雄は不思議の塊のような存在だ。

 非合理的で、非効率的で、何よりも愚かで滑稽にしかデイズには映らない。

 望めば世界を掌握できたはずなのに、あろうことかその権利を放棄して他人のために死んだというのだ………少なくとも彼女が支配者になりさえすれば、解決できたであろう問題がいくつもあったというのに。

 

「やはりここは私が証明するしかありませんね」

 

 そして手に取った端末に表示された映像。

 スコールの執務室で血が出るほど歯を食い縛っているジークを見つめながら、彼女はほんの僅か。他人も彼女自身も気がつかないほど僅かな高揚感を覚えながら、自らに誓うように言った。

 

 

「私が完璧になるしかないのですね………貴方もそう思うでしょ? ジーク?」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 四人の竜騎兵が完全に燃え尽きて仕上げた大量の料理が並べられた中央の広間において、多くの人間が食え、飲め、歌え、踊れの大騒ぎなりながの祝勝会という名の親父共の宴会が慎ましやかという言葉の遥か対極に位置する状態で行われていた。

 

「食え食え食えッ!! 今日はいくら食っても腹壊さないぞー!!」

「俺、久しぶりに人間の食事食ってる気がする」

「泣くなこれくらいで………あれ? このプリン、何かしょっぱいや」

「ああ、いいな………グスンッ」

 

 普段はセイバー・リリィ特製の料理という名の食べられたはずのものが食べられなくなる逆錬金術を食らっている陸戦隊の感動は一入である。彼女が作るものの大多数がカーボンになるという事態に、インスタントになるか秋水がしかたなく素人料理を作るかのどっちかになるのがいつものことなのだが、今日のメニューを作ったのはプロ級の腕を持つ竜騎兵達である。久しぶりに食べたその高級感あふれるメニューに、涙を隠せない陸戦隊員も数多くいた。

 

「飲め飲め飲めーーー!!」

「パパレホパパレホー!!」

 

 完全に出来上がって、半裸になって酒を浴びるように飲む男達や、すでに全裸になって踊り始める男共、そして全裸のまま数が少ない女性達に飛び掛ろうとして同僚達に殴り飛ばされる親父など、飲酒組はカオスを極め、カラオケでマイク片手に歌い倒す音痴や、その隣でリンボーダンスをやりだす馬鹿など、もはやこれが何のための祝勝会なのか誰もが忘れかけ、とにかく騒ぎだす。

 

「…………」

 

 そんな中で一人輪から離れ、芝生の上で木にもたれながら静かに日本酒を口にするレオン………元はロシア圏出身なのだが、なぜか彼の肌には日本酒が合うらしい。彼の周りでも何人か静かな方が好きな者達がおのおの酒やつまみを出し合いながら静かに酒を飲むが、そんな中に、一人リキュールがブランデーとグラスを持ちながら現れたのだった。

 

「お隣、よろしいかな?」

「…………」

 

 無言で立ち上がり、年下とはいえ階級の上の人間に頭を深々と下げて挨拶をするレオンだったが、リキュールは手を出してそれを制止する。

 

「今はよしてください。無礼講の席ですよ?」

「…………」

「ここでは私はただの一介の戦士………そう思ってください、『師兄』?」

 

 彼女が気軽にブランデーとグラスを差し出すと、レオンはようやく座わり、乱雑にそれを受け取るとブランデーを一気飲みしてグラスを返すのだった。

 

「………何が師兄なものか」

「これは手厳しい………こうやって面と向かってプライベートに話すのは10年ぶりだというのに」

「何度も言わせるな。お前など最早『妹弟子』ではない………この不幸者が」

 

 レオンが珍しく苛立ちを隠さない言葉をぶつけるが、リキュールにとってそれはすでにわかりきっていたことで、特に怒ることなく二杯目のブランデーをレオンに差し出しながら話を続ける。

 

「何をそんなに怒っておいでで?」

「判っているくせにあえて私に言わせるお前の態度に腹を立てている」

「それはそれは………まったく、貴方も千冬と同じことを私に言うわけか」

 

 二杯目のブランデーも一気飲みして睨んでくるレオンを尻目に、リキュールは自分もブランデーを飲み干しながら呟いた。

 

「すでに10年立った。いや………そもそも操を立てる人ではないというのに」

「なに?」

「判っているはずだ師兄」

 

 ブランデーに映る自分を見下ろしながら、リキュールは若干の怒りを露にしながら言い放つ。

 

「『英雄』アレキサンドラ・リキュールは酷い裏切り者だ。私達に戦うことを諦めるなと教えながら、自分は最後に武器を捨て、それまでの人生を否定した」

 

 ―――千冬に貫かれながらも、安堵とした表情で塵になっていくあの人―――

 

「戦士の頂点にありながら、武器を捨て自ら命を差し出すことで、それまでの、貴方達や私を含んだ戦士の生き方全てを否定したんだ」

 

 戦士として生きる自分にとって、彼女の姿は耐え難い裏切りだった。生きることから逃げ、戦うことから逃げ、一番楽になろうなどという発想を実践したのが、自分の何よりも敬愛した師だったなんて、許すことが彼女には出来なかったのだ。

 

「私は違う。私は決して彼女のような選択を選ばない」

「…………」

「ゆえに………レオン・ウォルフハート。貴方をこのバーサーカーの副官として迎え入れたい」

「!?」

 

 流石のレオンもその言葉には若干の驚きを覚え、彼女を凝視してしまう。

 リキュールはそんなレオンの姿を観ながら、いつもの余裕にあふれた笑顔で更に言葉を重ねる。

 

「貴方が私の隊に来てくれれば安泰だ。それなりの待遇で迎えよう。貴方ももうこんな終わった場所で自分を腐らせるような真似をするべきではない。なんならリリィも秋水君も他の隊員達もまとめて私が面倒を見よう?」

 

 同じ師から、似た環境で教育を受けた彼ならわかってくれる。そう思ったリキュールの言葉だったが、そんな彼女に対して、レオンの返答は短く、そしてはっきりとしたものだった。

 

「断る」

 

 きっぱりとそう言い放つレオンに、リキュールは笑みを消し去り、冷めた表情になって理由を問いかけた。

 

「なぜです師兄? まさかまだこの場所に未練があるとでも?」

「未練ではない」

「では?」

「知れたこと」

 

 酒瓶と器を地面に置き、両手を両膝に乗せて、レオンはまっすぐな瞳でリキュールを見ながら、心の底からの言葉をつむぐ。

 

「『忠』だ」

「…………」

「お前が忘れてしまったものだ。おそらく篠ノ之束も忘れている………ただ織斑千冬だけが忘れずに持ち続けているのかもしれんがな」

 

 千冬の名前が出た瞬間、リキュールの身体から押さえきれない殺気が溢れ出て、尋常ではない気配に鳥肌が総立ち、騒ぎ倒していた陸戦隊の喧騒がピタリと止んでしまう。

 

「………私が千冬に劣るとでも言いたいのか?」

「劣る劣らないの話ではない。強弱でも、ましてや善悪でもない………まあ、師の教えを忘れ、あまつさえその名すら汚す行為をするお前になど言ったところで、到底理解できるとは思えぬがな」

 

 リキュールが無言で刀に手を置き、それが見えた陸戦隊のメンバーも、大量の料理を更に載せたまま駆け寄ってきたリリィと、秋水とトーラも尋常ではない事態に凍りつく。

 

「…………」

「私の失策だったな。師匠がお前を引き取ると言ったあの日、やはり皆の言葉通り問答無用で殺しておくべきだった!」

 

 レオンの言葉にリキュールが聞き捨てならんと刀の鯉口を切りかけるが、背後から突然聞こえた別の鯉口を切る音に、二人は素早く反応して振り返る。

 

「こらレオン……そいつは言いすぎだ」

「貴方は………」

 

 リキュールが意外そうな声をあげた主。

 ボロボロのバンダナを頭に巻き、ボサボサのまるで手入れがされていない長い白髪と、年老いてささくれた手足、そしてなによりも目を引くもう二度と開かぬ両目を切り裂いたと思われる相当な古傷と、一本の長刀を杖のように抱えながら木にもたれて座る老人に、二人の視線が釘付けとなる。

 

「若い女子に殺すとは何事か………お前さんはすぐに言葉を選ばなくなるからいかん」

「申し訳ない師兄」

 

 現在この陸戦隊でもっとも長寿な現役隊員にして、セイバー・リリィの剣術指南役兼GSパイロットを兼任するこの老人は、英雄アレキサンドラ・リキュールとかつては死闘を演じて、敗北したことをきっかけに亡国入りを果たした経歴を持つ傭兵であった。

 そもそも陸戦隊の古参隊員達は、『英雄』アレキサンドラ・リキュールのカリスマ性を直に目の当たりにして、自ら亡国に足を踏み入れた者達であり、そういう意味では千冬や束にとっても彼らは師兄に等しい存在でもあったのだ。

 

「すまんな………お前さんの怒りは最もだ」

 

 そんな古参の老人は、リキュールが内に抱える怒りを理解し、だからこそ頭を下げたのだ。

 

「ワシ等は誰も止められんかった」

 

 今も忘れない。

 古参の隊員達にとって絶対に忘れらないこと。決して風化できない悲しみ。

 

「止める術がワシにはなかった…………世界からあの人を守る力も、代わりを務める器も、なんもかんも持ち合わせておらん」

 

 決して届かぬことだと判りきっていながらも、何とかできなかったのか? 彼女を死なせずに今もどこかで生きていてもらう術はなかったのか? 何度も繰り返し考え続けるが、その答えが出ることはない。

 

「じゃが、だからと言って歩みを止めるわけにもいかん。それはあの人の教えに反する」

 

 

 ―――忠を尽くしなさい―――

 

 ―――そうすれば答えは必ず見つかるわ―――

 

 

 リキュールもレオンも陸戦隊も、千冬も束も言い聞かされた言葉。

 決して彼女は自分達に答えを提示するような真似はしなかった。まるで自分自身で見つける答えが最も肝要であると言わんばかりに、いつもニコニコ笑って自分達の歩みを見守ってくれていたのだ。

 

「お前さんも、それがわかっているから彼女が最後にした行動が納得できずに絶望したのではないのか、アリア?」

 

 ―――その名を口にした瞬間、疾風よりも早く抜刀された刀が老人の首に寸止めされる―――

 

「私『が』アレキサンドラ・リキュールだ」

「………そうか」

 

 ―――同時に、抜刀された刃がリキュールの腹部に寸止めされていた―――

 

 ジェネラルや一部の超人的な能力を持つ古参たちでしか見切れない速度で互いに抜きあった両者だったが、リキュールはすぐさま刃を引くと、納刀してその場を立ち去ろうとする。

 

「どうやら私が宴会の邪魔立てをしたようだな。めでたい席だ。今日は退散させてもらおう」

「…………」

「だが忘れてくれるな師兄。私はいつでも貴方を待っている………今から新しく生まれ変わる世界で」

 

 ―――力強く握られる右手―――

 

「貴方は生きろ。強き戦士として」

 

 その言葉だけを言い残して去っていくリキュールを見つめながら、レオンは彼女の背中が初めて出会ったあの日と変わらないことに、僅かな哀れみを覚える。

 

 

 ―――師匠!? その子は?―――

 

 恩師の腕に抱かれた、僅か十歳にも満たない少女。

 

 ―――捨て子だそうね………自分の名前も知らないみたい―――

 

 彼女の言葉に反応して、目を覚ました少女は怯えるように暴れかけるが、師はそんな彼女の両頬に手を置きながら、優しく言い聞かせる。

 

 

 ―――アリア。貴方の名前は今日からアリアよ―――

 

 ―――ア………リ…ア?―――

 

 ―――そう。私、アリアのこと………大好きよ―――

 

 

 レオンの瞳には、亡国最強の戦士の後姿が、どこか母親を泣きながら探し彷徨う哀れな少女の背中にしか映らなかったのだった。

 

 

 

 




さてさて次回からは視点がIS学園サイドにもどります




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五章・迷いの海
迷いし霧の淑女



いやはや、何かとスランプになりやすいことは承知してますが、今回の章ほど迷ったことはないかもw

では約二月ぶりの更新、見てください


 

 

 

 

 

 ―――蒼流旋を連射し、鋼鉄すらも蜂の巣にする水の礫を連射するミステリアス・レイディ―――

 

「いけるっ!!」

 

 距離を取りながら目の前の漆黒のISに射撃を連射しながら、彼女は必殺の機会がもう間も無くであることをほくそ微笑む更識楯無は、己の中に芽生えたある感情はやはり気の迷いだったと切り捨てる。

 

 自分は数百年続く対暗部組織の当主。長き時間の中で育まれた歴史と伝統の中にある確かな誇りを象徴する存在。

 亡き父と母から託された忘れ形見である妹、その妹の親友である少女。幼馴染である姉妹、そして沢山の分家という自分達宗家に仕えてくれる人々を守り抜く者。

 このIS学園において唯一無二、最強の生徒である生徒会長の役職と称号を任された人間で、これからの輝く将来を迎えようとしている生徒達に道を示す道標。

 

 これほど多くの物を、多くの人々から託された自分が何を間違えてこんな感情をいつまでも胸の内に巣食わせてはいけない。ゆえにこの一撃と共に黒き感情も消し去ってしまおう。

 漆黒の機体の周囲を霧が覆い尽したのを確認した楯無は躊躇することなく、最大級の威力で発動させたのだった。

 

「清き熱情(クリア・パッション)!!」

 

 周囲に散布されたナノマシンで構成された水が一気に発熱し水蒸気爆発を起こし漆黒のISを吹き飛ばしたのだ。爆風が晴れ始め楯無はようやく安堵のため息を漏らす。

 

「………ハァー」

 

 これでようやく開放される。彼女がゆっくりと瞳を開いたその時―――

 

 

 ―――『何を安堵している? 今は戦(いくさ)の真っ最中だぞ?』―――

 

 

 ―――目の前まで迫る漆黒の暴龍・ヴォルテウスドラグーン―――

 

「!?」

 

 驚いて距離を開けようとした楯無だったが、それよりも早く接近したヴォルテウスが彼女の首を掴み締め上げてくる。圧倒的なパワーで彼女のISが悲鳴を上げるように軋む中、楯無は真の切り札を持って目の前の怪物を妥当することを決断した。

 

「これで終わりよ化け物!?」

 

 ミステリアス・レイディの防御に使っているアクア・ナノマシンを一点に集中し攻性成形することで一撃必殺の威力を持つ大技に昇華したのだ。反動で自身に多大なダメージを与えてしまう諸刃の刃となってしまったが、もはやその事に気を使っている場合でもない。

 

「ミストルテインの槍!!」

   

 小型気化爆弾4発分に相当する威力の爆発がヴォルテウスを襲うが、あろうことかその槍相手にヴォルテウスはまったく怯むことなく手を突き出してきたのだ。

 

「んなっ!?」

『まったく、愚かしい』

 

 ―――突き出された手がミストルテインの槍を押し返し、あろうことか爆発の威力を総て掌で握り潰してしまう―――

 

「そ、んな………」

 

 膨大な電力を持つヴォルテウスの法外な雷磁波が爆発を総て掌に押し込めきったのだ。あきれんばかりの芸当に今度こそ固まった楯無に、ある異変が起こる。

 

「……い、いや……ちがう」

 

 震える手、足、カチカチと鳴り出す歯と歯………全身を絶え間ない『恐怖』が襲い掛かり、もはやそれに抗う術が楯無には存在していなかった。

 そのことをゆっくりと確認したヴォルテウスは、血よりも濃い真紅の瞳で見下ろしながら彼女に囁く様に告げる。

 

『脆弱にして惰弱。お前に生きている価値などない』

「!?」

『そしてお前の守りたい者になど生きている価値はない。全て無意味だ』

「そんなことはさせないっ!! 何故なら私は更識の当主、更識楯無・」

『当主? 多少の才能に溺れ下々の中で甘やかされた天才(メッキ)に務まる当主?』

「!?」

 

 ヴォルテウスから聞こえてきた世紀の怪物、アレキサンドラ・リキュールの声が楯無を容赦なく貫き、掌から解放され地面に叩き付けられ、見下されながら尚言葉を続けられる。

 

『ISなど纏わなければよかったな更識の当主殿。そうすれば勘違いしたまま生きていけたというのに』

「なにぃっ!?」

『もう気がついているのだろう?』

 

 リキュールが指差す先に、ゆっくりと浮かび上がる人影………。

 

『彼こそ間違いない本当の天才だ』

 

 その人影、火鳥陽太が自信に溢れた顔で楯無の隣に立つ。

 

『お前は所詮覚えが良かっただけの凡人に過ぎない。それを才能があると勘違いしたことがお前の間違いだ』

「違うっ!! 私は自分でISを組み上げて、必死に努力してロシア代表の座だって!?」

『だが思い知らされた』

 

 ISを展開した陽太が、炎を纏いながらヴォルテウスと激しい打ち合いを始める。その姿、その気迫………先ほどまでの自分とはうって変わって、本当の意味で良い勝負をしているのが見て取れた。

 

『本物の前にはメッキなどすぐに剥がれる。お前自身がそれを何よりも理解できていたはずだ』

「違うッ!!」

『証拠にお前は恐怖で動けなかった。戦えば殺されると怯えて一歩も前に歩き出そうともしなかった』

「違うッッ!!!」

『彼女達は戦いに来たというのにな』

 

 箒や一夏………ほかの対オーガコア部隊のメンバー達もISを展開してリキュールに挑みかかる。楯無だけは恐怖に震えてその場から一歩も前に出ることができないというのに。

 

『もういいではないか。本物はきた。これで本物のフリなどする必要もない』

 

 自分の周りにいたはずの沢山の人達が彼女を無視して陽太の元へと歩き出し、それは幼馴染の姉妹、実の妹同然の少女………そして、

 

『さようならお姉ちゃん………もう戦わなくていいよ。頑張らなくたっていいんだよ』

 

 最愛の妹すらも自分を置き去りにして、ただ一人だけ楯無だけが闇の中で独り取り残され、ただ呆然と光差す方を見つめながら、届かぬ手を伸ばし続けたのだった。

 

 

 

「ハッ!?」

 

 朝日が差し込んだ寮の自室において、薄手のシャツと下着だけという服装でありながら大量の寝汗をかいた状態で目を覚ました楯無は、ゆっくりと起き上がると額を拭いながら、もう何度見たか思い出せない悪夢を思い出しながら膝を抱えて身体を小さくしてしまう。

 暴龍帝率いる亡国機業の襲撃以来、彼女の心に突き刺さった決定的な『何か』が

 

「………こんなのは…幻だ」

 

 決して認められない恐怖を抱えながら、まるで言い聞かせるように呟いた。

 

 

「私は、更識家当主の更識楯無………対暗部組織の長でこの学園の生徒会長なんだから」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 ―――最近のヨウタはどこかおかしいよっ!?―――

 

 夏の陽光が顔を出し始める時間帯のIS学園内を、箒と一緒にランニングしていたシャルの内心は近頃の陽太に対する不満で一杯になっていた。

 

 

 IS学園に対しての亡国機業の強襲事件から数十日、学園の、そして世界防衛の要である織斑千冬の長期離脱という痛手を補うように学園は内外から大きな変化を要求される。

 

 世界の連合軍と亡国機業による大規模戦闘における、未曾有の連合軍側の大敗北。

 

 同時に世界各国のマスメディアに発信された戦闘中の連合将校達の発言や振る舞いが一般人に無編集で公開され、もはや政府は亡国機業とオーガコアの存在を黙殺する事が適わなくなり、限定ながらの情報公開に踏み切らざる得なくなったのだった。

 そしてそのことによってIS関連の政府や企業の動きもめまぐるしい物となり、各代表候補生はある者は本国の防衛力強化のためにほぼ強制帰還のように本国に帰り、一刻も早く優秀な人材を確保して先の戦闘における損失を補うとする政府に国籍ごと移籍を迫られる者、または少ない候補生の椅子の数を確保するために候補生の資格を剥奪されてしまい退学に追い込まれる者まで現れだし、またISの方も開発段階だった第三世代ISの実用化により積極的になる国や、IS委員会に問い合わせ、コア保有数の見直しを国連決議で提出する国、そのことで外交断絶や国同士の戦争に発展しかねないという発言をするなどという政府高官まで現れだし、世界は十年前の白騎士事件の時と同等か、それ以上の騒乱が巻き起こりかねない空気を醸し出していた。

 

 だがそんな世界の崩れかけた均衡を支える一筋の光も世界には存在する。それこそが亡国機業幹部のオーガコア搭載ISと互角に立ち回った、IS学園の対オーガコア部隊であったのだ。

 

 当時IS学園で開かれていた学年別トーナメントを観戦に来ていた来賓の政府高官達は、アレキサンドラ・リキュールの名に怯えながらもそれを退けるために奮闘した部隊の活躍を目の当たりにし、彼らの事を『世界の危機を救ってくれる英雄』だと言い始めたのだ。

 世界のどの国にも先駆けた対オーガコア用の性能を持つカスタムISと、それを十二分に操る操縦者達。織斑千冬があらかじめ予見していた事態に対しての備えを褒め称え、権力者たちは徐々に彼らを取り込もうと画策し始め、セシリアや鈴やラウラに至っては、大企業のセールスマンや国元の軍人たちが毎日のように面会を求められていた。

 自らの平穏を脅かされた時、人間の心理というものは実にわかりやすく動いてしまう。雨が降れば軒先に避難するように、自分達の外敵を退ける者達を欲した世界は、人々を導くためのある種の『特別な存在(イコン)』を欲し、50年前は神の如き英雄を、10年前はインフィニット・ストラトスを………そして今は対オーガコア部隊に目をつけ、人々をコントロールする為の偶像(シンボル)としてしまおうと画策し始め、今までは違った意味で陽太やシャル達は学園から浮いた存在に仕立て上げられてしまう。

 幸いなことにフランスの代表候補生とはいえ、デュノア社所属のシャルは社長のヴィンセントの手によって情報の掲示を大分免れており、怪しげなセールスを受けるようなことはなかったが仲間達のうんざりとした表情を見ると胸に言い知れぬ怒りとも苛立ちとも知れぬ思いが浮かんでは消えていく。ISというものを纏う以上、自分達以外の人のために戦う事には異論がないけど、それは誰かの利益のためではない。自分達は富や名声が欲しくて戦っているわけではないのだ。

 

「あっ」

 

 でも自分はフランスの代表候補生でデュノア社の令嬢だ。自分がIS学園に編入する時もそれが会社の利益になると父を説得したことを思い出し、シャルの気分は更に暗いものになってしまう。これでは自分達におべっかを使ってでも守ってもらおうとしている政府や企業の人間と何一つ変わらないじゃないかと、彼女は軽い自己嫌悪を覚え、そして彼のことを思い出して再び考え出す。

 

「(ヨウタは………あれだけ手酷く負けたのに、なんで諦めないで戦おうって気になったのかな?)」

 

 最近の対オーガコア部隊において、陽太と一夏の男子二人の訓練量は加速的に増え、特に陽太に至っては常軌を逸した内容と量になってしまっているのだ。

 

 夜明けよりも早く起き出して全身にウエイト代わりにPICのフォローを失くしたISを着込んで十数キロ走り込み、それが済むと今度はISを解除してストレッチを軽く行った後に学園内の訓練用障害物ステージにおいて重さ100kg以上の重りを入れた袋を口で咥えながら、片手懸垂をするという最早ISのための訓練とは思えない内容で、それが終わった後も朝食を取った後学業を行いながら常に片手に携帯用のシミュレーション機を動かしてマルチタスクを鍛え、昼食後は休む間もなく仲間内の連携パターンをラウラと共に考え、午後の授業中も午前中同様のことを行い、放課後は実戦形式のフォーメーションの訓練を行いながら、なぜか一夏とだけ一対一の形式の模擬戦を行い、皆が訓練をし終えた後も一人アリーナに残って黙々と基礎訓練を繰り返し続けていたのだった。スカイクラウンに関する修行は一旦置いておき、『基礎から練り直す』と方針を固めたが故の地味なものになったが、もはや寝る時以外は全てを訓練に費やす、否、ひょっとするとシャルが見えていないだけで寝ているときすらも何かしらの訓練をしているのではないのかと勘繰りたくなるほどの密度である。

 正直一秒たりとも休息を取っていないのではないのかと思われるぐらいに、誰よりも早くから訓練を行い、そして遅くまで訓練し続ける姿にシャルは何度か休んでほしいと言ってみたのだが、

 

 

 ―――そんな時間はない。とてもゆっくり寝てなんかいられない―――

 

 ―――上がいてくれる。全力を尽くしたって今は越えられない壁があってくれる―――

 

 ―――嬉しいね、燃えてくるぜ―――

 

 

 訓練による疲労が見える顔にもその燃えるような挑戦する瞳だけは輝きを失わず、ただ前だけを見続ける陽太の姿に、シャルはそれ以上言葉を続けることができない、なぜかしてはいけないような気がしてただ背中を見守り続けるのみだった。

 

 最近、ほとんど陽太の背中しか見ていない。彼の声を背中越しにしか聞いていない。

 別に陽太の様子が何か特別に余所余所しくなっているわけでもないのに、シャルには今の彼が見知らぬ誰かに乗っ取られたかのように感じ、正面から陽太の顔を見る勇気が沸いてこない。

 

 ―――自分以外の女性に夢中になっている陽太の姿―――

 

 操縦者として自分の格上の相手に憧れを抱くなど、ISであるのならある種当然とも言えることなのだが、ヘソの下辺りから湧き上がってきた正体不明の不快感が彼女に冷静さを失わせてしまうのだ。それがアレキサンドラ・リキュールへの嫉妬であることに彼女自身も薄々は気が付いてるのだが、シャルはそれを認めるわけにはいかない。

 

「(私とヨウタは………分かり合っているんだから!?)」

 

 分かり合えなくなる、とはっきり言葉にされたことがショックだったようで、だからこそシャルは頑なに自分とヨウタは分かり合えている。だからこの不快感も気のせいなのだ、と無理やりな結論を導き出し、今はとりあえず一刻も早く部隊の能力を増強させることに専念していたのだ。

 

 

「………シャル、ペースを上げすぎだ」

 

 そんなシャルに付き添うように一緒にランニングを続けていた箒が、徐々に速度を上げていくシャルを気遣いの言葉をかける。

 

「あっ!? ハ、ハハハハッ!! ちょっと考え事をしてて・」

「陽太のことだろ? 確かに今のアイツのことはどこか気にかかるが」

 

 なんてことはない。どうやら箒にすらも今のシャルの心の内は筒抜けのようで、シャルの乾いた笑い声だけがアリーナに響く。そこまでわかりやすく顔に出ていたのか、手元に鏡があったのなら穴が開くほどに自分の顔を凝視している場面であったが、そんなシャルの後姿を見ながらも、箒は彼女とは別の事で悩まされていたのだった。

 

 まずは幼馴染である一夏。千冬が入院したことで校内において一番変わったのは間違いなく彼であろう。

 千冬の手術が成功した翌日から、毎日の訓練量を自主的に数倍に増やし、専用機持ち達の技術を吸収するために毎日直接本人達への聞き込みや深夜の遅くまで繰り返し映像を見続けていた。そして陽太が複数骨折や捻挫による重傷をわずか一週間という人間として何かおかしい日数で完治させて退院すると、彼がやり始めた訓練メニューをそっくりそのまま真似し始めたのだ。

 訓練初日とその後二日間はあまりの訓練の厳しさに途中で気絶してしまい、二週間は途中で筋肉が痙攣してドクターストップ、それ以降も陽太と同じ量同じレベルでの訓練には到達していないが、依然として泣き言一つ漏らすことなく陽太の後を追いかけ続けている。

 当初は常人では不可能な陽太と同じ訓練を行おうとする一夏を制止しようと箒やシャルも何度も彼に懇願したが聞き入れることは決してなく、更には疲労によって一夏が動けなくなると彼の隣にいつの間にか近寄った陽太がこう言い放つ。

 

 ―――休みたいなら休め。止めたいなら止めろ。今の俺にはお前に構ってる余裕は欠片もない―――

 ―――全力で限界を超えるために俺は走るぞ。お前はどうする?―――

 

 この言葉を聞くとどんな疲労困憊からも立ち上がりまた走り出す。前を走る陽太を睨みながら彼を超えようとあがき続ける。その姿は一人の挑戦者のような、それでいてご主人様の後を追いかける忠実な飼い犬のような後姿である。っていうか最近一夏とまともに話をしていないことに気がついた。

 

 ―――『悪い箒、これから陽太と訓練だから』―――

 ―――『陽太にISの内部構造の話聞くから』―――

 

 ―――『陽太と一緒に』―――

 

「(なぜどこでもかしこでも陽太と一緒なのだ!?)」

 

 四六時中校内で男子二人のツーショットが見れるようになったおかげで、一部の女生徒から黄色い悲鳴が上がりまくっているが箒としてはまったく何一つ楽しめる要因にはなっていない。自分にはその手の趣味はないというのに………そういえばルームメイトののほほんが『間近でツーショット写真が一枚諭吉さんお一人と交換だなんて………ほーちゃん、お願い!』と何かわからないことを呟いていたが。

 そんなこんなで男子二人の異常な急接近によって完全に蚊帳の外に放り出されたことが一点。そしてもう一つ気になることが………最近の楯無の様子がどうもおかしいことである。

 

 本音の話ではちょくちょく失踪するクセはいつものことらしいのだが、どうも最近その頻度が増してきており随分張り詰めた表情でいることが多く、話しかけても生返事しか返してこないとのことらしい、と自分の姉が愚痴っていたとチョコ菓子を食べながら愚痴っていた本音に、『だったら尚更生徒会の仕事をしろ。お前までいないと虚さん一人でやっているようなものだろうが?』とこめかみをぐりぐりとしながら叱りつけけていた箒は楯無の様子を思い返してみた。

 

「(この間の戦いの直後から、急に表情が暗くなってしまった………)」

 

 あの戦いにおいて無傷で済んでいたのは楯無のみなので傷やダメージによる身体的損傷ではないだろう。ならば精神的な何かショックを受けてしまったのか? あれこれ思案するが、普段はどれだけおちゃらけていても、実戦ならば冷静沈着で頼りになる対暗部組織の若き長である。楯無の振る舞いに何一つとして落ち度を感じていない箒にはこの時、彼女がその心に何を抱いているのかまったく予測ができないでいたのだ。

 

 

 落ち度のない対応そのものが彼女の闇を招いてしまったということに………。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 そんな女子達の不安を他所に、朝食になっても二人の男子の様子は一向に変わる気配はなかった。具体的に言うと朝から大量の食事を勢い良く物凄いペースで口に放り込み、栄養補給という感じではない食べることそのものを一つの修行と化しているかのような様子である。

 

「そういえばシャル、セシリア達はどうしたのだ?」

 

 朝の訓練にも姿を現さなかった戦友達を不審に思った箒がシャルに問いかけるが、彼女もまた複雑な表情となってしまう。

 

「セシリアと鈴は………またVRルームの方」

「………あっ」

「一応無理しすぎないようにラウラが見張っているから大丈夫だと思うけど」

 

 つい先日、入院中の千冬がぜひ見ておくようにといって見せられた映像を見た時から、セシリアと鈴の様子も男子二人とは違った意味で豹変してしまい、寝食を惜しんで訓練に励んでいるようなのだが、あちらもあちらで根を詰め過ぎて身体を壊してしまわないかシャルは心配していたのだ。

 

「「おかわりっ!!」」

 

 そんな心配事をよそに、陽太がカツ丼、一夏が天丼を同時にシャルと箒に差し出し、御代わりを持ってきてくれと頼まんばかりの視線で見つめてくる。

 

「あ、あの二人とも……お腹が物凄く減ったことはわかるけど」

「よく噛んで飲み込まないと身体に悪い。なによりも……」

 

 勢いが良すぎる男子達に少し落ち着くようにと言おうとした二人だったが、時すでに遅く、陽太と一夏に何か鋭い衝撃が走り、二人の表情が一気に青ざめた。

 

「「!?」」

 

 同時に持っていたお椀がプルプルと振るえ、ほっぺたを大きく膨らませた二人の様子を見た女子生徒達から悲鳴が上がる。

 

「またよっ!?」

「食事中にだから止めてってあれほど!!」

「トイレっ!! てか誰かバケツ持ってきてあげて! そして二人とも外で出してよ!!」

 

 周囲の女子達が騒ぐのを他所に全身から滝のような汗を垂れ流しながら陽太と一夏は、喉元までせり上がってきた物を気合でもう一度胃袋に戻し、ようやく口を開いて息を吸い込み吐き出すのだった。

 あれほど激しい運動をしてしまえば胃腸が食物を受け付けなくなってしまうのは当然で、二人もそれがわかっているはずなのだが………。

 

「シャル、おかわり」

「………箒、頼む」

 

 一向に止めようという気配がない。これにはシャルも箒も異を唱えざる得なかった。

 

「二人とも、いくらなんでも無理だよ」

「そうだ。無茶をしていたら身体が先に壊れるぞ?」

 

 勢いと根性論で乗り越えようとしている二人のことを心配する少女達だったが、二人の少年は苦しそうにしつつも光を失わぬ瞳で言い放つ。

 

「いや、食う。今は食わなきゃならん」

「我慢してでも食って、早く強くなりたい」

 

 この程度のこと乗り越えてみせる。乗り越えて強くなってやる。食事の時ですらそんな声が聞こえてくる二人の表情に、シャルも箒もそれ以上の言葉が続かず渋々閉口しながら立ち上がって、御代わりを盛ってこようとした時、入り口から女子生徒達の大きな声が聞こえそちらのほうに振り返る。

 

 

「せ、生徒会長!?」

「(楯無姉さん?)」

 

 

 その最近の言動を心配していた箒が思わず振り返り、いつものニコニコと笑い口元を扇子で隠しながら歩くIS学園生徒会長『更識楯無』の姿を目にするが、この時の彼女はその姿がどこかおかしいと違和感を感じ取る。

 いつもの表情、いつもの歩き方、いつもの愛想笑い………が、そのいつもの姿がいつも以上に『普通』なことに強い違和感を感じたのだ。

 

「(いつもの姉さんなら突然人の背後から現れたりするはずなのに)」

 

 それに自分に真っ先に挨拶しに来ないのも可笑しい。彼女は人の前だろうが身内を見つけると抱きついては頬ずりしてくる困った行動をする人物だというのに、まるで『そんなことをする余裕はない』と言わんばかりに楯無はまっすぐと目的の人物である元に歩いていくと、『彼』が座るテーブルの前に立ち、ようやくそこで扇子を広げて若干首を傾げながら挨拶をする。

 

「あら、御機嫌よう。対オーガコア部隊の隊長さん。そして一夏君♪」

「あっ、ど、どうもっ!?」

 

 一夏は楯無の姿を見た瞬間慌てて手に持っていたうどんの椀を置いて頭を下げたのだが、陽太だけは頭を下げることなく黙々と目の前のおかずに手を動かし続ける。その態度が癇に触ったのか一瞬だけ目尻をぴくぴくと痙攣させるが、それを誰にも気がつかせないように笑顔で誤魔化すと彼女は直接陽太に話しかけたのだった。

 

「私への挨拶よりも今はお食事のほうが大事なのかしら? ここのメニューは美味しいけど、明日も同じものは出ると思うんだけど?」

「………なんか用か?」

「ええ、もう凄い用が大有りよ火鳥君?」

 

 不機嫌そうにから揚げをムシャムシャと食べる陽太の隣に座ると、鋭い眼つきになった楯無が彼のほうに扇子を向けながらある言葉を言い放ち………。

 

「なっ!?」

「会長ッ!?」

「楯無姉さんっ!?」

 

 席に一緒に座っていた一夏が、シャルが箒が、そして周囲を見守っていたギャラリー達が一斉に息を飲み込み、唯一陽太だけが冷めた視線で手にお茶を持ちながらもう一度問いかけ直す。

 

「本気か?」

「冗談でこんなこと言わないわ………もう一度言わせてもらうわ」

 

 すでにそこにはいつものIS学園生徒会長更識楯無の姿はない。対暗部組織の長としてかロシアの現役国家代表としてかそれとも決して譲れない物を胸に秘めた戦士としてなのか………冷たい表情をした夜霧の乙女(ミステリアス・レイディ)が炎の空帝に向かって『勝負』の文字が書かれた扇子を見せながらこう言い放ったのだ。

 

 

「決着をつけましょう? 私と貴方、どちらがIS学園最強に相応しいのかをね?」

 

 

 

 

 

 




いつもどおりあとがきは後で活報に乗せさせてもらいます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

時にすれ違う

上手いことサブタイトルが思いつかんとです


ではでは繋ぎ回第二幕、今回は前回出番の無かったセシリア組からスタートです


 

 

 

 

 

 太陽の光を反射してキラキラと光る海面の上を、銀色と蒼のカラーリングをした12枚の翼を持つISとセシリアの駆るブルーティアーズ・トリスタンが互いのビットを展開し、俊敏かつ複雑な機動で複数基操りながら激しく高機動射撃戦を繰り返していた。

 三連バルカンモードのアルテミスを連射しつつ、SBビット達をオートで動作させるセシリアに対して、目の前のISはアルテミスの連射を回避し同時に反撃の一射を放ち、SBビットの一基を正確に撃ち落す。

 

「んのッ!?」

 

 戦闘が始まってわずか十数秒ですでにビットの軌道を見切られた事に驚愕したセシリアは、自分も同じ事をして相手の出端を挫こうとアルテミスを縦横無尽に飛び交う敵のビット達へと銃口を構え、引き金を引こうとする。

 

 ―――目に残像しか映らない超高速で飛び交う死の羽―――

 

「(やはり速過ぎるっ!? これでは狙いが…)」

 

 高速で動きながら自動制御による機械的な癖を感じさせない軌道。明らかに一基一基を脳波コントロールしているのが同じBT使いであるセシリアには手に取るように感じられ、それがいかに神技染みた芸当なのかを彼女にまざまざと見せ付けていたのだった。

 破れかぶれで放つ三連バルカンが悉く空を切り周囲のビットたちが一方的に撃ち落され始める中、濃い紫色の羽が彼女の真横を音速で通り過ぎ、鋼鉄の熾天使に一直線に突っ込んでいく。

 

「鈴さんっ!?」

「相手と同じことしてたって埒があかないでしょうが!!」

 

 当然その動きに気がついていた鋼鉄の熾天使―――カリュプス・ミカエルが両手のライフルで弾幕を張ってくるが鈴はその攻撃を巧みに掻い潜り、衝撃砲を撃ち返しながら加速して相手の周囲を飛び交い、背後から変形しながら斬りかかる。

 

「もらったっ!」

 

 必中のタイミングでの一撃………と並みの操縦者ならそう判断するし、並以上の、たとえば陽太クラスの操縦者をもってしても回避しづらかった双天牙月の一撃を、カリュプス・ミカエルは手甲部に装備されているビームサーベルを瞬時に抜刀して受け止め、ビットを操作しながら同時並行して鈴と近接戦闘を展開したのだった。

 高速で斬り合いながら次々とセシリアのBTを撃ち落としていくカリュプス・ミカエルの驚異的な戦闘力に歯軋りする鈴であったが、一瞬の隙を突かれて正面から蹴り飛ばされてしまう。

 

「クハッ!」

 

 痛みと衝撃に悶絶する鈴であったが、そんな彼女にもビットは群れを成して襲い掛かってくる。重力から解き放たれたかのような自由機動で迫るビット達に対して双天牙月で斬りおとすのは不可能と判断した鈴が一瞬だけ同じ様に苦戦するセシリアにアイコンタクトを取った。

 

「!?」

「!!」

 

 鈴のその視線に気がついたセシリアが両腰部の装甲を稼動させ、鈴は双天牙月をカリュプス・ミカエルに向かって投擲すると素早く両手を突き出して両手の装甲の一部を開き、内蔵されているレーザーサブマシンガンでビットたちを撃墜しにかかる。同時にセシリアは両腰部に内蔵されている三連装小型ミサイルを同時に発射し本体を攻撃しにかかった。本体とビット、集中力がものを言うBT使いにとって、同時に異なった攻撃をされるのは集中力が削がれてしまうことを、同じBT使いのセシリアが知っていたがための事前に打ち合わせしていた作戦であった。

 

「「これでっ!?」」

 

 決定打にならなくても流れを変えられる。

 

『………』

 

 だがその淡い期待は一瞬で瓦解する。

 

 高速で投擲された双天牙月、三連装の計六発の小型ミサイル。ビットを操作しながら捌くには至難と思われたその攻撃をカリュプス・ミカエルは先に到達した双天牙月を事も無く柄を掴んで受け止め、向かってきたミサイル全てを切り裂いて撃破してみせたのだ。

 

「なっ!?」

「うそっ!!」

 

 一瞬で最適な解答を持ってクリアする亡国機業幹部の技量に戦慄する二人に、鋼鉄の熾天使は一切の容赦を加える気は無かった。『先ほどまでは様子見だ』と言わんばかりの速度でビットが倍のスピードに加速し、レーザーマシンガンが空を切り続け焦る鈴をその牙をもって一瞬で彼女をISごと噛み砕く。

 

 ―――全方位からビットのレーザーで貫かれ、武装とスラスターと五体を貫かれる鈴―――

 

「鈴さんっ!!」

 

 撃墜され悲鳴を上げることすらできずに海面に落下していく鈴の名を叫んだセシリアに、カリュプス・ミカエルはやり返すかのように双天牙月を投げ返してくる。

 鈴のことに気が取られ、反応が遅れたセシリアはあわててアルテミスを構え直そうとするが、時遅くアルテミスが双天牙月によって破壊され、手持ちの武器が何も無くなった彼女に止めを刺すためにカリュプス・ミカエルが全砲門を開き、必殺の一撃を放ったのだった。

 

「!?」

 

 鈴の本国のIS部隊を一瞬で壊滅し、艦隊の大多数を破壊した二挺のライフル、二門のプラズマキャノン、二本のレールガンによる一斉掃射によってセシリアのブルーティアーズ・トリスタンは完全大破し、彼女も鈴と同じように海面に落下していく。

 時間にして約10分弱………これが通算13度目の敗北であることに、セシリア・オルコットは脳髄が焼き切れそうになる屈辱と自身への怒りを覚えるのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

『二人とも、VRルームの使用時間を過ぎているぞ』

 

 一瞬だけ暗転した世界から一変、周囲を無機質な白色で染められた小さなコンサートホールほどの室内でISを装着しながら膝まづくセシリアと鈴に、窓ガラス越しにラウラが声をかける。

 早くから始めた学園の最新鋭設備を使ったバーチャル空間における擬似戦闘も二時間以上経過しており、二人の身体に極度の疲労を与えており、何とかぎりぎり立ち上がってみせるが今にも倒れそうな様相である。

 だが二人はあろうことか再びの訓練をするために施設使用時間の延長をラウラに申し出たのであった。

 

「もう少し時間延長よ………ラウラ、システム再スタートさせて」

『鈴ッ!?』

「今度は作戦の内容を変えましょう鈴さん」

『セシリアまで………二人とも根を詰め過ぎだ』

 

 身体のことを心配してこれ以上の訓練は止めさせようとするラウラの言葉も聞き入れない二人であったが、そんな心配するドイツの少女の背後から巨漢の影が現れ、ラウラは驚きながら振り返る。

 

「はっ!?」

「二人とも……これ以上は午前中の授業への出席に関ってくる。訓練を切り上げるんだ」

 

 彼女の背後から現れた巨漢………IS学園の整備科講師の奈良橋は、作業着姿のままマイクで訓練室の二人に声をかけたのだ。突然の奈良橋の登場に一瞬だけ驚く二人だったが、すぐさま不満を一杯に溜めた顔で反論しようとする。しようとしたのだが、それよりも早く奈良橋が二人の反論を封じる言葉を発した。

 

「お前達のことは織斑先生に頼まれている。無茶をしてお前達がダウンすればまたあの人は私達の制止を振り切って無茶をされるぞ。お前達はそれでも構わんのか?」

「「!?」」

「今、お前達の機体のパワーアップのプランを学園首脳陣と各国の技術スタッフたちと一緒に考えてる最中だ………」

「「!?」」

「結論が出るまでは歯痒いかもしれないが、今は耐えてほしい」

 

 そして静かに頭を下げる奈良橋にそれ以上食い下がる事ができなかった二人は渋々といった表情でISを解除すると、静かに奈良橋に一礼して訓練施設から退室する中、ラウラは自分の代わりにうまく二人を止めてくれた奈良橋に感謝の言葉を述べたのだった。

 

「ありがとうございます奈良橋教官!!」

「………先生、せめて教諭と言え。ここは軍属の部類に属するが軍隊学校ではないぞ?」

「申し訳ありません! サーッ!」

 

 いや、だから………言葉を続けようとした奈良橋だったが、ラウラのきっちりとした敬礼を見ておそらく条件反射の領域になるほど教え込まれているであろう会話の内容をこの場で訂正することを断念する。代わりに部隊で最も小柄の身体でありながら見えない所で無茶をする少女を気遣い、サラッと釘を刺してみる。

 

「今の二人の無茶もそうだが、誰かも深夜遅くまで最近戦術プランの見直しのために資料室を使っている痕跡があるなボーデヴィッヒ?」

「い、いや……そ、それは…その……」

「若いからといって根を詰め過ぎては、いざというときに身体がついてきてはくれんぞ? もっとも、今の状況でそれがわかっているのが果たして何人いるのやら」

 

 『特に火鳥なぞは書類を疎かにするくせに』……という愚痴が脳髄を走りぬけ口から罵詈雑言となって出掛かってしまうがそこは社会人、喉元でなんとか留めると誤魔化す様に咳払いをし話を続けた。

 

「それにしても、奈良橋教か……諭はよく私達の機体の専属整備の話を引き受けてくれましたね」

「ん? いや……まあな」

 

 への字の口元を作りながらぶっきらぼうに答えるこの奈良橋は、千冬が入院した次の日に、学園側と部隊の人間達に対して正式にバックアップ要員としての整備士の仕事を引き受けることを返事したのだ。

 それは彼が世界の情勢と学園の状況、そして対オーガコア部隊の今後の事を考えていたのはもちろんのことであったが、何よりも千冬の命を賭しても教え子達を守ろうとしていた姿勢に感化されたことが一番の後押しになったのだ。

 彼女は口だけの人間ではない。そんな彼女が何度も頭を下げ、自分にはそれだけの能力があるのなら、最早問答することはない。自分のできる限りの最善を尽くして対オーガコア部隊のメンバーを後ろからバックアップしようという彼の想いを病院のベッドの上にいる千冬も快く受け止めていた。そして何よりも自分がいない間、厳しく目を光らせていないと書類仕事やその他のことを放りっぱなしにするであろう陽太を怒鳴ってくれる人物というものは非常に彼女にはありがたかった。シャルの場合本気で陽太が逆ギレを起こせば煙に巻かれる可能性があるだけに、実際四の五の言わずに怒鳴りながら鉄拳制裁して机に向かわせる奈良橋のおかげで、陽太の報告書の提出速度は以前よりも上がっていたのだ………本人はそのことに非常に不服そうであったが。

 かくして正式に奈良橋が仲間となったおかげで、千冬という柱の抜けた部隊もなんとかかんとかやっていけているのだが、ラウラは一つの疑問を口にする。

 

「あ、あのすみません。お一つ確認しておかねばならないことが」

「ん? 何だ?」

「先ほどセシリアと鈴に言っていた、我々のISのパワーアッププラン。それはどのようなものなのですか? それに国の開発スタッフと一緒に考えているとのことですが、私のほうにはそのような連絡は…」

「ああ、あれは半分嘘だ」

 

 サラッと口にした言葉にラウラは口が開いた状態で硬直してしまう。自分と同じく嘘や冗談、ユーモラスとは無縁そうな外見をしているだけにまさか彼が平然と二人を欺いてしまうとは思っても見なかったのだが、そんなラウラの視線に気がついたのか奈良橋は口元で笑みを浮かべながら彼女の勘違いを訂正する。

 

「半分………と言ったはずだ。強化プラン自体は存在している」

「ではなにが…」

「考えているのは国のスタッフではない………民間の、それも一技術者だ」

「一技術者?」

 

 いぶかしむラウラの顔を見ながら奈良橋も自分の言っていることがどれだけ非常識かを十分に理解して頭を抱えてしまうのだった。

 

「私が昔世話になった人物でな。どうやら織斑先生とも知り合いらしい」

「教官と知り合い!?」

「私もそこは初耳だったのだが、織斑先生経由で話を聞いたらしく、近々お前達一同を連れてぜひ自分のラボに来てくれと駄々をこねられて………ハァー」

 

 昔と今の職場の狭間で悩みを抱える奈良橋は、深い深いため息をつきながら週末の会議(指令代行の真耶、専任整備長の自分、実働隊隊長の陽太と副隊長のラウラでする部隊のスケジュール作成)でする議題にあげなんとかスケジュールを決めようと思っていたのだ。最近のオーバーワーク気味の学生達の様子を見て彼自身も思うところがあり、なんとか彼らの負担を減らそうと思っての行為で、無論対外的に見れば相当なグレーゾーンの話ではあるが、世界情勢のことを考えれば悪くない話のはず。

 

「まあそういうことだ。ボーデヴィッヒも早く食堂に行って朝飯でも済ませろ。あの二人を連れてな」

 

 そして気配りを忘れない奈良橋が学生の身体を気遣い、しっかりと食事を取るように催促する………が、この時の彼はまだ知らなかった。

 

 その食堂で、またしても彼を悩ませる問題が今浮上しているということに………。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「決着をつけましょう? 私と貴方、どちらがIS学園最強に相応しいのかをね?」

 

 挑発的に微笑む楯無の表情に若干の戸惑いを隠せない箒は、それを受けた陽太がどう答えるのか不安で気が気でない。今の楯無は明らかに何か冷静さを欠いている。長年の付き合いからそのことを直感した箒は、陽太の返答次第で本当に流れがもっと不味い事になることを察知して割って入ろうと前に一歩出た。

 

「断る。今のお前しばき倒しても何の自慢にもならない」

 

 が、そんな箒の悪い予感を的中させた陽太の一言で、楯無の表情が更に強張る。ついでに箒の表情も青褪める。

 

「それは………どういう意味かしら」

「まんま。わかったなら早く帰れ。こっちは忙しいんだ」

「はっきり言ってくれないと私も納得しかねないわ。仮にもIS学園生徒会会長でこの学園で最強の操縦者である私を倒して『自慢にならない』とはどういう意味か判りかねるわよ?」

 

 相手にもされなかったことに酷くプライドが傷付いた楯無が陽太に詰め寄るが、その今言い放った楯無の言葉こそが自分が相手にしない理由だと、彼女に箸で掴んだエビフライを突きつけながら陽太は冷めた言葉を紡いだ。

 

「それが理由だよ。今更『学園最強』になったところで何の自慢になる?」

「貴方は何を言っているのかわかって・」

「お前も知ってるだろ? 最強って奴がどんなもんか」

「!?」

 

 陽太の言葉が楯無の心の一番深い場所に突き刺さり、彼女の胸の内側に黒い染みが溢れ出した。その事に気がついていない陽太が更に言葉を続ける。

 

「あれを見せられて、手も足も出せないでボロ負けしててよ………なんでそんな今更値落ちする『学園最強』なんかに執着しないといけない? 俺はゴメンだ」

「………けるな」

「俺の獲物はあの『最強(爆乳)』だ。アイツに勝つまで寄り道する気はない………わかったなら大人しく生徒会室に引きこもってなさ・」

 

 陽太がそっけない態度でこの話を終了させようとした瞬間だった。

 

 ―――ガラスが複数砕ける音とテーブルが砕ける音が食堂に鳴り響く―――

 

「ふざけるなッ!」

 

 ブチギレた楯無が右腕にISを部分展開して上に載っていた食器ごとテーブルを真っ二つにしたのだ。生徒会長の初めて見せる剣幕の凄さに息を呑む。近くにいた箒すらもその怒りに飲み込まれてしまい言葉が出ないでいたのだが、しばしの沈黙の後に陽太がようやく言葉を搾り出す。

 

「………何、焦ってんだ?」

「!?」

「どうしても相手してほしいっていうならしてやらんこともないが………何をそんなに『焦って』やがるんだ?」

 

 そっけない態度であろうとそれぐらいの感情を読み取ることは陽太でもできる。逆を言えばこの時の楯無が日常生活の感情の機微に疎い陽太ですらも読み取れるほどに狼狽していたのだが、楯無はその理由を話すことはなく彼に背を向けると、

 

「………勝負は今日の放課後、第二アリーナを貸し切っておくわ。必ず来なさい!」

 

 一方的に言い残し呆然とする面々を置き去りに食堂を早足で出て行く彼女の背中を見つめていたシャルが急に陽太の方を振り返り強烈な視線で『どうしてそういう言い方しかできないのキミは!?』と無言の抗議を上げ、その視線を受けた陽太が両手を挙げて『俺に言うなよ。向こうが勝手にキレたんだろうが!?』とこれまた無言の反論を述べる中、心配でいてもたってもいられなくなった箒が彼女の後を追いかけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、VR訓練を終えて早々にシャワーを浴びたセシリアと鈴は、制服に着替え終えるとラウラと共に朝食をとりながら放課後の訓練内容を変更するための許可を陽太に取りに向かっていた。

 

「本日は個人スキルを重点的に磨くべきだと先程から述べているではありませんかラウラさん!?」

「フォーメーションを御座なりにしようとか言ってんじゃないのよ。ええ、連携は大事よ。だけど今は個々の力を高めるべきだわ」

「だから二人とも!? その考えが危険なのだ」

 

 だが連携の訓練を削ってまですべて個人スキルの修練に当てようとする二人とラウラの間で激しい口論が繰り広げられており、一向に話が纏まる様子がない。それもこれも数日前に千冬がツテで手に入れた動画を見せられたことに発端してる。

 

 それは亡国と連合軍の大規模紛争が終結し、セシリア達も俄かに信じられないといった気持ちを持ちながらも訓練に勤しんでいた日の事………。

 

 

 

『お前達にも見せておきたい』

 

 今は臨時の部隊の仮の指令所となっている第三アリーナの管制室に集められた面々は、心臓の手術を受けていながらも、驚異的な回復力を見せる千冬が通信越しで握力を鍛えるハンドグリップで訓練しながら見せた動画に対オーガコア部隊の面々は冷や汗を垂れ流し、愕然となる。

 

「なっ!?」

「………有り得ない」

「………ふざけんじゃ…ないわよ!!」

「これが………」

「亡国………機業の……幹部級だと!?」

「こんなことって……」

「……………」

 

 ―――陸上部隊を蹴散らし空を引き裂く閃光を放つ金色の騎士型IS―――

 ―――圧倒的な制圧力で海上艦隊を追い詰める戦天使のようなIS―――

 ―――そして言語を絶する砲撃で連合を壊滅に追い込んだ砲撃型IS―――

 

 あの暴龍帝と呼ばれたISに勝るとも劣らない底知れなさを垣間見せる亡国機業の幹部級IS達の性能に言葉を失った対オーガコア部隊の面々の様子を見ながら千冬が話を続ける。

 

『最初はこの動画を見せるのは戸惑った。お前達の今感じている気持ちをそのまま私も感じたからだ………今の私達が仮にあの女ともう一機連れてこられれば、間違いなくこちらが全滅だ』

 

 たった一機であれほどてこずったのだ。

 否、あの女はあれでも手を抜いていた。最初から全滅が目的なら戦闘は五分と持たなかっただろう。

 それほどのISが後三機もいる………いや、ひょっとするならまだこの作戦で姿を見せていないISもいるかもしれない。

 ましてやこれらのISよりも強力な力を持ったISが存在していてもおかしくない。亡国機業は用意周到にそこまでの戦力を世界に気取られぬように蓄えていてもおかしくない組織である。

 絶望的な考えが皆によぎる中、一人管制室から背を向けて出て行こうする男がいた。

 

「………ヨウタ?」

 

 シャルの呼び声に足を止めた陽太は振り返ることなく、退室の理由を手短に話す。

 

「訓練、続きやるだけだ」

 

 普段と変化のない声でそう告げる陽太に、セシリア達は驚きを隠せない。あれほどの力の差を見せ付けられ、ましてや亡国にはそれに匹敵する者達がまだ多数いるというのに、なぜ彼は闘志を鈍らせることもなくいられるというのか。

 

「とりあえずわかったことがある」

 

 だがシャル達は勘違いしていた。

 

「あの女よりも若干劣るが、強い奴が亡国にはいる………面白ェ」

 

 陽太の背中から湧き上がっていた闘志は鈍ることなどしていない。この部屋に入る前と比べても明らかに倍増していたのだ。

 

「感謝するぜ千冬さん」

『………何?』

「挑める敵がいる。俺はまだまだ強くなる余地がある………」

 

 そこで振り返る陽太の表情は………心底嬉しそうな、それでいて見ているものが背筋に寒気を覚えるような、そんな攻撃的な『笑み』であった。

 

「じっとなんてしてられるか。相手がこっちよりも強いっていうなら、それよりも強くなってアイツ等まとめてぶっ飛ばせばいいだけだろうが?」

 

 『単純な話だ』と言い残して出て行く陽太の後姿を見つめていた一夏も気合を入れ直すように両手で頬を叩くと、通信画面の千冬に一言声をかけて走り去っていく。

 

「とりあえず今日は亡国の情報ありがとうな千冬姉!! 俺もこれから陽太と一緒にトレーニングするから!! 無茶だけはするなよ!!」

 

 陽太の後を追いかけていく一夏の後姿に『あ、こら!! まだ話が………というかお前ら急に仲が良くなってないか? というか私の扱いを雑にするなど陽太の入れ知恵か!?』とちょっと寂しげな表情になってしまう千冬であるのだが、残されたメンバー達は繰り返し再生される亡国機業製IS達の能力に釘付けとなっていた。

 

「この剣士タイプのIS………西洋流か? ただの性能に頼った戦い方をしていない。下手をすると千冬さんクラスの剣の技量を持っているぞ」

 

 セイバー・リリィの戦い方に脅威よりも感服したといった表情となる箒とは対照的に、母国が誇った精鋭部隊を一瞬で薙ぎ払ったISに鈴は止まらぬ冷や汗を拭い去ることもできずにいたのだった。

 

「劉(リュウ)さん………」

 

 部隊の隊長を務めていた元中国代表にして世界ランク最高4位にまで上り詰めた『劉(リュウ) 春燕(チュンイェン)』とは、接点こそあまりなかったものの優秀な操縦者であることは本国にいたときも聞かされた話であり、ミスが少なく堅実で隙がない戦い方をよく手本にするようにと第一開発局にいた時に何度も言われたこともあって、ここまであっさり撃墜されるとは鈴には俄かに信じがたかった。

 

「このIS操縦者………」

 

 そしてもう一人。

 その元中国代表の手練れを苦も無く部隊ごと撃墜させしめた武器がBT兵器だったことにセシリアが強いショックを受けていた。

 

「(最大10機のビットをマニュアルで同時に操作しながら高速機動と高精度射撃を行い、あまつさえその射撃が針の穴を突いたかのような正確さで急所を紙一重で回避している)」

 

 セシリアが理想としていた戦い方。つまり将来的にOSの補助なしでもBT兵器を操作しながらの高速機動と高精度射撃の同時使用。

 その彼女の理想をあっさりと行う敵が亡国にいるというのだ。しかもセシリアにはその操縦者がまだ本気を出していないことが手に取るようにわかった。縦横無尽に飛び交うビットの軌道が全てを物語っている。

 

「その気になれば偏向射撃程度、造作も無く行えるのでしょうね」

「セシリア?」

「間違いありませんわ………少なくとも、このIS操縦者。BT使いとしては現在世界最強でしょう。私など比べる事もできないぐらいに」

 

 同じBT使いとしてはマドカもいるが、彼女と比べても遥かに格が違う。同じ次元で語ることすら許されない差がこの操縦者と自分の間にはある。それを目の当たりにして、セシリアは唇から血が流れるほどに悔しさをにじませたのだった。

 

 そんなセシリアの様子も気になりながらも、最後に連合にトドメを差した超威力のビーム兵器を搭載したISにシャルは強い警戒心を抱く。

 

「だけど………こんな砲撃、ISに搭載するだなんて」

 

 おそらくこの砲撃の威力と射程があれば、世界中どこにいてももはや安全とは言い難い。これがもし量産されていたのなら核兵器に代わる新たなる脅威として世界を震撼させるだろう。

 ISに核兵器を搭載することはアラスカ条約で全面的に禁止されている。これは操縦者にとっては常識とされおり、ISの隠密性を考えれば都市部で即時展開して発射させられる危険性を持っているため、ある意味禁じ手とされていることは理解できるのだが、この衛星兵器はその核兵器に代わる新たなる脅威足り得る威力と恐ろしさを持っていたのだ。

 亡国機業がこの砲撃型ISを量産などして世界にばら撒けば、間違いなく人類が滅びる最後の戦争の火蓋となってしまう。冗談ではすまない予感がシャルを襲うのだ。

 

 

 

 そして時は戻り………。

 衝撃の映像を見せられ直接の被害を受けてはいないものの、自分達が挑もうとしている存在に対して改めて強い危機感を覚えた対オーガコア部隊の一行は、特にセシリアと鈴の二人が強い焦りと苛立ちを見せる中で、不思議とラウラは映像に映し出されていたIS達よりも強くイメージが焼きついた者達を思い浮かべていた。

 

「(あの陸上部隊………)」

 

 セイバー・リリィを背後から支えていたGSと生身の兵士達。映像に写されているだけでも分かる、正規の軍兵達とはまるで違う動き。ドイツにいた頃に教材として見せられた様々な国の兵士達の物ともまるで違う。

 一人一人違う人間のはずなのに、まるで全員が一つの生き物であるかのように連動した動きで連合を圧倒していた。

 噂でしか聞いたことがない、およそ世界で類を見ない強さを持つ実働部隊と言われる陸戦隊。

 仲間への強い信頼、全員が一つのイメージを共有してのみ行える動き、指示待ちになることもなく一人が出来うることの限りを尽くす姿勢。

 部隊として理想とも言うべきその姿を戦場で見せたことに、ラウラは知らず知らずのうちに敵幹部ISよりも強く食い入るように何度も陸戦隊の姿を見つめていた。彼女は歴戦の兵士達の一糸乱れぬ連携と戦いぶりに無意識の憧れを抱き、自分達への目標としたのだ。

 それゆえに個を伸ばすべき時期だと言い張るセシリアと鈴と、今こそ連携をもっと練習するべきだと主張するラウラとの間で軋轢が生まれ、こうやって空き時間で口論が起こることも増え始めていた。

 

「お前達の意見も分かるが、だからこそ現状で取れる最善を模索するべきだ!!」

「現状の最善って………それやって『暴龍帝(あの女)』に手も足も出せなかったこと忘れたの!?」

「ラウラさんには悪いですが私も鈴さんと同じ意見です。あの日の悔しさは忘れるべきではありません」

「忘れたことなどないし、個人の技能向上は必須だっ!! だがお前達も陽太達もそれだけに傾倒するのは……」

 

 結論の出ない議論が白熱しかける中、三人に向かって走ってくる人影が大声で呼びかけてきて、ラウラは振り返る。

 

「ボーデヴィッヒさん!! オルコットさん!! 鳳さーん!!」

「山田教官?」

 

 軍隊式の挨拶で真耶を出迎えるラウラは、ゼェーゼェーと肩で息をする真耶の様子を不思議そうに見つめながら問いかけた。

 

「出撃の命令ならばISの通信で呼びかけてくれれば…」

「い、いえ………そうじゃなく…て…ゼェーゼェー……お三方は…さ…さ」

「「さ?」」

「更識さんを見かけなかったですか?」

 

 更識という名前に最初は誰のことか分からなかった三人だったが、数秒後にこの学園の生徒会長の苗字であると思い出して三人は一斉に首を横に振り、真耶にリアクションする。

 その様子を見て『やっぱり』と頭を抱えながら溜息をつく真耶にラウラが問いかけた。

 

「あの、更識生徒会長に何か?」

「何もこれもありません!! 食堂で突然、火鳥君に決闘申し込むわ、無断で部分展開してテーブル叩き割っちゃうわ、突然姿を消しちゃうわで……」

「「「決闘!?」」」

 

 なぜいきなり陽太と楯無が決闘することになったのか? まったく予想だにしなかった単語に三人が声を裏返して驚愕してしまうのだった………。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「会長!! どういうことなんですか?」

 

 一方で真耶が捜し求めている楯無はというと、学園内にある整備室、それもロシア代表である自分のために用意された専用の整備ルームで一人黙々とディスプレイを睨み付けながらISの調整をし続けていた。

 通常学園のISは専用機訓練機問わず専用の整備ルームなどは与えられないのだが、学園生徒会長でロシア現役代表、そして非公式で数々の機密に関わる更識の当主である楯無にのみ許された特権であった。

 そしてそんな専用の部屋に彼女以外で入室を許可されている人物。眼鏡にヘアバンドと髪を三つ編みにした楯無よりも一つ上の三年生になる女生徒………。

 

「答えてくださいお嬢様!!」

 

 IS学園生徒会会計の『布仏 虚(のほとけ うつほ)』が楯無に激しく詰め寄っていた。

 名字が示す通りのほほんこと布仏本音とは実の姉妹関係であり、だらしのない妹に対してお堅い雰囲気を持ったしっかり者で、簪の従者である妹同様にその姉であり現更識家当主である楯無の従者で、学園に入学する遥か以前の幼少時から堅い主従の絆で結ばれた、公の場では口にできない親友同士でもある。

 普段から色々と学園の雑務や更識関係の仕事でも彼女の秘書役を務め、割と突発的に色々と周囲を振り回す事のある楯無の行動には慣れている虚であったが、今日の楯無の尋常ではない様子の異常さに強い危機感を覚えていた。

 

「強引に施設を借り入れて模擬戦を申し込むだけじゃなく………こんなものまで用意して!?」

 

 虚の手に握られた二通の封筒。そこに書かれていた文字はそれぞれ『辞任届』『退学届』。

 この勝負に万が一楯無が敗れた場合、学園に提出しようとしている物を偶然見つけた虚が血相を変えて彼女を思い止まらせようと必死に楯無に食い下がっていたのだ。

 

「模擬戦の勝敗で今までの実績をすべて不意にするおつもりなんですか?」

「………つもりじゃなくて、する気よ?」

 

 楯無がいつもとは違い堅く誰も寄せ付けない空気を醸し出しながら答える。

 

「それだけじゃないわ。もしここで負けるのなら、私には当主としての器も無いという何よりの証明になる。だから………虚ちゃんには悪いけど、来週早々に更識全分家を集めて私の当主辞退の話も・」

「何を考えてるの!?」

 

 丁寧語の消えた、本心からの怒鳴り声にようやく驚いた顔で虚の方を見た楯無はこの時初めて彼女が泣きそうな顔になっていたことに気がつき、罪悪感が棘の様に心に突き刺さり鋭い痛みが走った。

 

「最近のお嬢様はどうなされたんですか!? こんな何もかも投げやりにする様な態度、いつも貴方が毛嫌いしていた『無責任な大人』と同じじゃないですか!?」

「そ、それは……私は違うわよ」

「どこがです、何をそんなに焦ってらっしゃるのですか!?」

「!?」

 

 先ほど陽太にされた質問と同じ言葉が虚から出てきたことに、冷めかけていた激情が一気に熱を取り戻して彼女の心を激しく取り乱させてしまう。

 作業台の上の工具を腕で払いのけながら、楯無が思わず心にもないことを叫んでしまう。

 

「『分家』の貴女に私の何が解るのよっ!!」

「!?」

「私は強くないといけないの! それを周囲に認めさせないといけないのよっ!? 認められない私なんている必要ないの!!」

「………ちゃん」

「だから私は今まで努力してきた。必死にっ!! なのに………今更それを偽物にされて」

「………刀奈(かたな)ちゃん?」

 

 その名で呼ばれた楯無に電流が走る。

 その名を呼べる人………もう今はいない無き両親と、今は物を喋れないでベッドで寝ている妹、そして自分が唯一昔から何もかも分け合ってきたと信じていた親友。

 大事な大事な、更識家宗主の名前『楯無』を名乗る前から自分に与えられていた本当の名前。それが悲しく虚(親友)の口から呟かれていた。

 

「そうですね。私はただの従者。差し出がましい事を言って申し訳ありません」

 

 ―――『分家』の貴女に私の何が解るのよっ!!―――

 

「あっ」

「ご当主様のご意向に逆らう様な真似をして申し訳ありません。ですがこんな私にも言わせていただけないでしょうか?」

「ち、ちがうの。今のは……その…弾みっていうか」

「ご当主様はお若いために他の方々からも就任の際には疑問の声も上がっていましたが、今はそのような言葉は一切聞きません。それがなぜかお分かりですか?」

「?」

 

 瞳から一筋の涙を流した虚がはっきりとした口調で断言する。

 

「貴女様は皆に認められた優れた当主です。それはこの従者・布仏虚が断言させていただきます………ではご武運を」

 

 それだけ言い残すと左手で涙を拭いながら彼女は整備ルームから走り去ってしまう。

 虚の後姿を見ながらも、彼女を傷付けつけてしまった一言を思わず吐いてしまえた事実に打ちのめされ、壁にもたれかかるように崩れ落ちた楯無の心のように、ISの整備に使う部品や工具が地面に散乱していたのだった。

 

「……なんで…よ」

 

 頭を抱えながら、何故こんなことになっているのか、こんなことをしてしまったのか、もう自分自身でもわからなくなった楯無がどれほど問いかけても、この部屋で答えてくれる人は誰もいない。

 全てを預けられるはずの親友すらもたった今傷付けて遠ざけた自分には、もう縋るべき者が誰もいなくなったのだから。

 

「………私は……私は…!?」

 

 自分とは一体何なのか? 楯無が自分自身に囁いた言葉に、物言わぬ愛機『ミステリアス・レイディ』が見下ろすように静かに彼女を見守り続けるのだった。

 

 

 

 

 

 




次回は学園内最強決定戦(暫定)です

詳しいあとがきはまた活動報告にでも


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学園最強

新年明けましておめでとうございます!

どうにか休み中の更新が間に合いました。


では、ついに始まる学園最強を賭けた一戦。

勝者は果たして、炎の空帝か
それとも、霧の淑女か

ではお楽しみください


 

 

 

 

 

 学園での生活が始まって数ヶ月、ISを与えられ操縦の訓練を行ってきた学生達の間で、密かに話題になっていた事。

 

 IS学園トップの存在である現役ロシア代表の更識楯無と、織斑千冬の直弟子であり史上二人目(正式には一人目だが束とのテロまがいの行為まで発表できないためのあえて二人目)の男子操縦者である火鳥陽太。

 この二人のどちらが本当は強いのだろうか?

 

 女尊男卑の影響か、それとも長年現れなかった男子操縦者の実体がわからないためか、はたまた普段の彼の素行の悪さからか、この噂は当初は『火鳥陽太が更識生徒会長に敵うわけがない』という予想が大半を占めていたのだが、ここ最近は少し様相が変わり始めていた。

 一つは、世界最強のブリュンヒルデである千冬が楯無を押し退けて対オーガコア部隊の隊長に推薦していたこと。もう一つはいくら情報統制しておこうと時々行われる対オーガコア部隊の戦いの様子を目にしたいくらかの生徒達の話、そして普段行われている訓練の姿などから、彼は実は凄い存在なのではないのか?

 

 そして燻り続けていたそんな噂であったのだが、わざとらしいぐらいに接触する機会がなかった両者が今朝、何の前触れもなく爆発して急遽決まった決闘に、学園中の生徒達が密かに騒ぎ出す。

 

 事態を重く見た奈良橋と真耶によって関係者以外の試合観戦は硬く禁じられたのだが、外から一目見ようと大勢の生徒達が放課後のアリーナを取り囲んでいた。

 

「だから俺は喧嘩売られただけだって言ってんだろッ!?」

 

 そんなことが周りで起こっているなどまったく気にしていないのか、第二アリーナ内でISを展開して楯無を待つ陽太は、通信越しで自分に対して怒り心頭で説教をしてくる人物達に怒鳴り返した。

 だが二人の人物………シャルロット・デュノアと奈良橋健夫は背後で呆然となっている一夏達を気にも留めずに怒鳴りあいを繰り返し引き下がる気配を一切見せないでいる。

 

『それでもワザワザ本当に喧嘩することないでしょ!?』

『最新鋭の兵器を使い、しかもアリーナを独断で使用するなど、お前達には操縦者としての自覚はないのか!?』

「さっきから言ってんだろうが!? 向こうが勝手にブチ切れて勝手に勝負することにしたんだろうが!? 自覚云々なんてむしろ向こうの馬鹿女(会長)に言えよ!!」

 

食堂の一件からアリーナに来るまでの間、空いた時間ずっとシャルから『今は陽太が謝ってとりあえず会長を落ち着かせよう』という大人な対応をしてと言われたのだが、彼はガンとしてその言葉を聞き入れることはなかった。

 

『なんで俺が頭下げてやらんといかん?』

『人がせっかく好意で無礼な態度聞き流してやったのに朝飯ひっくり返すなどという暴挙で返しやがったのだ。もう許してやらん。泣かしてしばいてもう一回泣かす』

 

 とりあえず、何か彼女にも事情があって今は焦っている事ぐらいは察したのだが、だからといって食堂でのあの態度を陽太が受け流せるわけ無く、結果として本気で返り討ちにしてやろうという闘志に火を着けてしまい、シャルや奈良橋の言葉も怒鳴り返して打ち切ってしまう始末。しかも楯無も生徒会権限と『専用機の運用試験』と称した学園側へのアリーナ使用の目的を強引に貫いて、教師である奈良橋や真耶も止める事ができなかったのだった。

 

『………とりあえず、要望通りお前のISのコアにリミッターをかけて性能を競技用レベルまでダウンさせておいた。確認はしたか!』

「………ありがとよとっつぁん!! ついでに説教にもリミッターつけてくれた嬉しかったんだけどな!?」

『ぬあんだとッ!?』

 

 またしても通信越しでいらぬことを言い放って奈良橋を陽太の姿を見て、頭を抱えながら『もうヤダ。ホントヤダコイツ』とブツブツ繰り返しながら呟くシャルを何とか励まそうとするが言葉が出ない鈴とラウラを尻目に、一夏はこの場に姿を見せない箒のことを隣にいたセシリアに尋ねる。

 

「なあセシリア。箒の奴どこいったか知らないか?」

「箒さんでしたら………確か生徒会の方を通して話をつけるといったまま何処かに行かれたままでしたが」

 

 生徒会の人間………のほほんのことであろうか? だが彼女が楯無会長に進言したところで今朝の感じだととても勝負を取り止めてはくれそうもない。

 では他に誰がいるのか? 一夏が心当たりを思い浮かべていた時を同じくして、箒は唯一この状況で希望となる人物をアリーナ内の通路で見つけて、詰め寄っていた。

 

「虚さんお願いします。楯無姉さんを止めてください!!」

 

 自分よりも遥かに付き合いの長い生徒会会計の虚であるなら楯無を止められるのではないのか? そう思って詰め寄ったのだが、そんな彼女の期待に反して返ってきた言葉は酷く堅く冷たいものであった。

 

「止めることはできないの。ごめんね箒ちゃん」

「そんなっ!?」

 

 返ってきた言葉があまりに軽すぎる。それにいつもの虚ならば箒に頼まれなくても真っ先にこんな『馬鹿』な真似は決してさせはしない。これは悪戯や悪乗りの度を越したことだ。陽太と楯無のレベルの高さを踏まえれば、本気を出し合った場合お互いに唯では済まない事は楯無はもちろん虚にだって理解はできてはいるはずなのに………。

 箒が更に理由を深く問いただそうとした時、彼女は気が付く。

 

「…………」

 

 足元に零れ落ちていた虚の涙に………。

 そして虚は無理やり作った笑顔を浮かべながら、こう述べたのだ。

 

「虚さん?」

「…………私って、彼女の何なのかな?」

「!?」

「ごめんね箒ちゃん………悪くないの。彼女は悪くないの………でもなんでか………急に解らなくなっちゃったのよ」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「!?」

 

 ISを展開し空中に浮かびながら10分少々、右手に持ったヴォルケーノをクルクル回しながら待っていた陽太の耳元にISが接近してきたことを告げる警告音が鳴り響く。

 

『IS一機接近確認。撃墜されるときはボクの展開解除してね。ハァ~』

「お前らはもう少し俺に優しくなろうとか思えんのか!!」

 

 自分の相棒(IS)にまで辛辣な言葉を投げかけられ、いい加減にしろと激怒する陽太だったが、その時、急接近してくるIS………楯無の『ミステリアス・レイディ』は一切減速せずに、大型ランスを構えたまま突撃(チャージ)を仕掛ける。

 

『更識さん!? まだ試合開始の合図は…』

 

 審判役の真耶の制止の声も聞かずに楯無が陽太を突き刺そうとする。

 

 ―――突き刺さる寸前に最小限の動きで身体ごと左側に回避するブレイズブレード―――

 

 ―――回避されたにも関わらずその場で制止する事もなく、追撃の薙ぎ払いを繰り出し、陽太が更にバックステップで避けると追撃の突きを繰り出し、陽太は後方に大きく宙返りしながら間合いを開く―――

 

 流石に唯の攻撃では掠らせる事すらできないと踏んだのか、楯無が武装を構え直して尚も攻撃を加えようとする姿を見て、攻撃された陽太よりもそれを見ていたギャラリーから一斉に非難の声が上がった。

 

『楯無さん、いくらなんでも!?』

『そうよっ!! 試合しようって言い出したのアンタなんだからルールぐらい守りなさいよ!!』

 

 試合と銘打っている以上はルールは守れと叫ぶ一夏と鈴に、セシリアとラウラも発言こそしなかったが明らかに顔色は非難の声を上げていた。

 

『更識さん、貴女ほどの操縦者なら正式な手順での試合開始の仕方はわかっているはずです!!』

『これ以上のルール違反は即刻お前の反則負けと見なすぞ更識!?』

 

 教員である真耶と奈良橋も、開始の合図を待たないで行った先制攻撃を立場上笑って許してやることができないでいた。

 だがそんな中で対峙している陽太、そしてシャルだけは楯無の行動異常におかしな様子に気がつく。

 

「(目が死んでやがる)」

「(何か………すごくおかしい。どうしたんですか会長?)」

 

 目の前に対峙している、映像に映し出されている楯無の瞳からは一切の光はない。黒い色に全てが塗りつぶされて一切の輝きを放っていないのだ。そしてそれによって普段浮かべている笑顔も陽気さが鳴りを潜めた不気味を際立たせたものに変形し、尚更に彼女の様子の異常さを際立たせている。

 

『さあ規則は守れ更識、火鳥!!』

「………」

 

 ルールに則った厳粛なる練習試合をさせようと声を張り上げる奈良橋だったが、突然アリーナに鳴り響いた一発の銃声がそれをかき消し、全員が何事かと驚き、その銃弾を放った人物を凝視した。

 

 ―――空に銃口を掲げ、硝煙が立ち上るヴォルケーノからマガジンを取り出す陽太の姿―――

 

「当人同士無視してギャラリーうっさい。これ以降私語厳禁」

 

 マガジンを取り出し銃弾の様子を眺めながらサラッと言う陽太の姿に、一瞬呆気に取られていたメンバー一向だったが、いち早く復帰した奈良橋がまだ何かを言い抱えるが、陽太がモニター越しに手を差し出して制止の声を遮ると、視線を合わせずに楯無にも問いかける。

 

「アンタもその方が集中できていいよな?」

「…………まったく」

 

 だが問いかけられた楯無の方は表情を更に険しいものとして、陽太に敵意と憎悪に満ちた視線をぶつけ、自分の獲物を構え直しながら叫んだ。

 

「私程度の相手なら、試合開始前の不意打ちぐらいどうってことないとでも言いたいわけかしら?」

「………そのあたりはご自分で判断してくれ」

 

 マガジンを再び入れ直して、陽太が左手にもヴォルケーノを展開すると、高速で両方を指で回転させながら挑発めいた口調で言い放つ。

 

「それじゃ始めましょうか。俺の弱い者イジメタイム」

「その余裕、死ぬほど高くつくわよ?」

 

 真耶の試合開始の合図を待たず、楯無が特殊なナノマシンによって超高周波振動する水を螺旋状に纏ったランス『蒼流旋(そうりゅうせん)』を構えながら、内蔵されてる四門のガトリングガンを放つ。同時にその射線から逃れるように身を屈めた陽太だったが、同時にさきほどマガジンからこっそりと抜き出しておいたヴォルケーノの銃弾を左手を背中に隠しながら放物線を描くように楯無に向かって放り投げたのだった。

 

 キラキラと光りながら自分に向かってくる物体に強い警戒心を抱く楯無であったが、一瞬の隙を突いて彼女の『意識』から消え去った目の前の敵の存在を思い出し、これがただのフェイントだったと思い込む。

 

「(大口叩いておいてセコイ真似を!?)」

 

 一瞬で自分の真下あたりまで移動した陽太を心の中で罵倒した楯無であったが、対して陽太はいたって真面目に右手の指二本をクイッと折り曲げてまるで何かに対して指示を送るかのような動作を行ったのだった。

 

 ―――先ほど放り投げられた銃弾が空中で破裂し、プラズマ火球を一瞬で形成して楯無に襲い掛かる―――

 

「!?」

 

 ハイパーセンサーがアラームを鳴らすのと同時に楯無がそのことに気がつくと、彼女は最速の動作で自身のISの防御の要であるアクア・ヴェールを前方に展開してプラズマを受け止め、四散させる。

 そして不意打ちによって受けの体勢を取らざる得なくなった楯無にも陽太は容赦することはしない。以前よりも速度が増したかのような左のヴォルケーノの早撃ち(クイック・ドロウ)で速射してくるが、その全弾を再びアクア・ヴェールで受け止め、返す手で蒼流旋を撃ち返し、陽太が距離を開く。

 

 ―――再び動く陽太の右手―――

 

「まさかっ!?」

 

 一瞬で気がついた楯無が動こうとしたがそれよりも早くアクア・ヴェール内部の銃弾がプラズマ火球と化し、内部で小規模の水蒸気爆発起こして楯無を大きく吹き飛ばしたのだった。

 

「チッ!」

「(やっぱ競技レベルまでリミッターかけられてるとプラズマの威力が落ちるな)」

 

 本来の状態ならば今の一撃で楯無に大ダメージを行えたのだが、競技レベルまでリミッターがかけられている状態では一瞬で収束できるプラズマエネルギーの量が微少で、陽太もそのあたりの誤差の修正を求められていた。

 

「(ビデオで確認していたよりも反応が速くなっている? ISの出力が落ちている状態なのに?)」

 

 出力が落ちているはずなのに、映像で研究した陽太よりも動きにキレが上がっている。しかもこうやって対峙して見ると改めて思い知らされることもある。今の陽太から感じ取れる気配が以前に感じたものとは違い、ずいぶんと暴龍帝のモノに近くなっているではないか。

 

「(いいわ………そういうことなら願ったりかなったりよ。彼を倒せば私の中の霧も少しは晴れるってモノよ)」

 

 学園最強の称号を守ると同時に、自身の気の迷いも晴らせる。彼女が認めた強さは自分が下してみせる。

 あのテロリストの言うことに正しさなどありはしない。正しいのはこの対暗部組織の長『更識楯無』なのだ。そんな彼女の中の歪んだ何かが獰猛な牙をむき出す中、対峙していた陽太は以前のような燃え上がるような闘志を出さずに、無風の水面のような普段通りの平常心のままで思考し続ける。

 

「(時間かけたらいつもどおりの威力のプラズマ撃てるが………はてさて、どうしたものか)」

 

 相手の出方を伺いながらカウンターを放とうとする陽太に対して、そんな陽太にこれ以上デカイ面はさせないと闘志を剥き出しにした楯無は武装の一つである蛇腹剣『ラスティー・ネイル』を展開して、縦横無尽に振るいながら斬りかかった。

 通常の刀剣や槍などの直線的な軌道とは違い、鞭のようにしなりながらも刀としての切れ味も持つ蛇腹剣相手にしても陽太の動きに戸惑いはない。高速で迫る蛇のような動きにも遅れずに剣筋を見切り、神速の動きで回避しながらヴォルケーノを発砲するが、楯無は先ほどの教訓からかアクア・ヴェールでの防御には拘らず、蛇腹剣で銃弾を切り裂いて弾き飛ばしながら、ショートステップで回避する。陽太が再び距離を開こうとすると、蒼流旋のガトリングを連射して追い立て、蛇腹剣で行く先を遮るような剣戟を放つ。

 

 伊達に陽太との戦いを何日もかけて想定してはいない。ここ数日の彼の異常な訓練によって彼自身の身体能力と反射速度が向上しているようだが、出力の抑えられたISを纏っている以上、誤差の範囲で済まされるレベルであり、このまま大きくミスを犯さなければ完封もそう難しくはないと楯無は判断を下す。

 

「(予定通りの高度にまで……落とした!!)」

 

 そして蛇腹剣の攻撃と蒼流旋の銃撃で彼をアリーナの地面スレスレまで追い込むと彼女は必勝の策を迷うことなく発動した。

 

「ミステリアス・レイディ!!」

 

 彼女が叫ぶと同時に、蒼いISのパーツ各所からものすごい量の蒸気が吹き出て10秒も待たずにアリーナ内部を覆い尽くしす。

 

「ぬお?」

 

 わりと緊張感がないそんな声を発しながら自身の周囲を覆い尽くした霧の成分をハイパーセンサーで陽太は確認し始める。

 

「(ダメージなし、各種センサー異常なし、特に何か動きに制限されてる感じなし)………八つ当たりが上手くいかんかったらその場で引き篭もろうとか、何を考えているんだね君はっ!?」

 

 霧の向こう側で自分を睨んでいるはずの楯無に煽るかのような発言するが、返ってきたものは煽り返す言葉でも余裕のない捨て台詞でもなかった。

 

 ―――肌で感じ取る突き刺さるかのような殺気―――

 

「!!」

 

 陽太が右側に全力で飛び退いたゼロコンマ数秒後、突如、爆発することないはずの空間が爆発したのだ。

 

「なんざコラッ!?」

 

 流石にこれには驚きが隠せないでいた陽太だが、先ほどの殺気がすぐさま今度は自分の背後から『発生』する。今度は地を蹴って前転するような動きで爆発から逃れるが、第二、第三の爆発が続きざまに起こり、陽太を容赦なく追い込んでいく。

 

「チッ!!」

 

 砲撃や爆撃ではない。明らかに爆破物なんて存在していない空間が突然に爆発する現象に目を白黒とする陽太だったが、おそらく霧がこの爆発と何か関係していることはすでに思いついてはいた。相手の手品の種が割れているならワザワザ付き合う必要はない。

 

「だったら霧から外に出てやれば・」

「させると思う!?」

 

 楯無の声と共に、陽太の頭上で上昇を防ぐように広範囲の爆発が起こり彼の行く手を完全に遮ってしまう。逃げ場所を失った陽太が再び地上に足を着けることを余儀なくされると、彼女は今度こそ陽太に止めを刺すための特大の一撃を見舞うために全神経を集中させるのだった。

 

「(広域の清き激情(クリア・パッション) 、制御は成功したわね)」

 

 通常は屋内などの閉鎖空間で使うこの技を楯無は徹底的に磨き上げ、屋外の使用を可能にしただけではなく、アリーナ全域とある程度の高度までナノマシンを含んだ霧を発生させることで、霧の内部ならば特定箇所の任意爆破を可能としたのだ。

 当然、ISにかける負担も大きく、ナノマシンの霧を量子変換して武装とするという手間がかかってしまうのだが、見返りも大きい。

 

「ナノマシンを含んだ霧の量が多ければ多いほど、爆発の威力は増すわよ」

「って、ちょ、おまッ!?」

 

 楯無の言葉を聴いた陽太が耳を疑うかのような声を上げる中、管制室からも楯無のこれからやろうとしている行動に非難の声が上がる。

 

『この規模の爆発なんて、リミッターがかかったISのシールドエネルギーが持たないわ!』

『やめなさい更識さん!! これは試合であって殺し合いじゃないのよ!?』

『やめんか更識ッ!! いくらなんでも度が過ぎているぞ!!』

『楯無さんやめてっ!!』

『会長!?』

 

 鈴が、真耶が、奈良橋が、シャルが、ラウラが制止の声を上げるが楯無は躊躇することはしない。

 

 まるで願うかような声で。

 自身に巣食った黒い染みを消すために、存在意義を再び取り戻すために。

 

 彼女は一言呟いた。

 

「消えて」

 

 

 ―――陽太と楯無を包む閃光。アリーナ全域を揺らす振動と、学園中に響き渡る爆発音―――

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「!?」

「!!」

 

 アリーナの中で試合も観戦できずに呆然としていた箒と虚だったが、突如アリーナに響き渡った轟音に何事かと驚き、そして震源がアリーナ内部であったことに驚愕する。

 

「今のは………陽太? それとも楯無姉さん?」

「………!!」

 

 二人の決着がついたのかどうなのか?

 いてもたってもいられなくなった二人が同時に駆け出し、通路を出てアリーナの観客席まで出たとき、目の前の光景に愕然となってしまう。

 

 広がる土煙、まだバリア越しに伝わってくる熱い空気。

 間違いない、何かとてつもない攻撃がアリーナ内部で起こったのだ。

 

「この爆発は………楯無姉さんの清き激情(クリア・パッション)か?」

「でもこんな規模を屋外で出せる訳ないわ!!」

 

 自分達が知っている楯無の技にしても、威力があまりに大きすぎる。それにこんな爆発をもし受けてしまえば競技用ISでは一たまりもあるまいに………。

 とりあえず箒は管制室で何が起こったのかを聞いてこようとした矢先、血相を変えた一夏とセシリアがISを展開して、今にもアリーナ内部に突入しようと武装を構る。

 

「一夏ッ!?」

 

 何が起こったのか? 一夏のただならぬ様子に箒が問いかけるが、彼は普段の彼らしくないほとんど怒鳴る寸前のような荒々しい口調で箒に答える。

 

「ふざけやがって!! 会長は陽太を殺すつもりなのかよ!?」

「!?」

「どういうこと!?」

 

 箒ではなく虚が問いかけるが、次に一夏ではなくセシリアが返した言葉に愕然となってしまった。

 

「アリーナ全部を覆い尽くせる霧を出したかと思ったら、それ全部爆弾にしたんです!! あれでは中にいた陽太さんの逃げ場なんて何処にもありませんわ!!」

「そんな!?」

「………嘘ッ」

「ウソなもんかよ!! 二人ともどいてくれ。俺の零落白夜でバリア切り裂いて…」

 

 陽太救出のためにアリーナのバリアを切り裂こうとした一夏だったが、モクモクと立ち込める土煙の中から姿を現した楯無の姿を見つめて、思わず怒鳴ってしまうのだった。

 

「楯無さん!! アンタって人はぁッ!?」

 

 いくら見知った人とはいえ、やって良いことと悪いことがある。そしてこれは明らかに試合の範囲を超えた範疇のことだ。それがわからない人ではなかったと思っていただけに、一夏の中で僅かに芽生えた「裏切られた」という気持ちが叫ばせたのだ。

 

 対して楯無の方は、暗い感情からようやく脱出できるのかと期待してたのだが、沸きあがってくるものは何一つないことに呆然となってしまう。自分の存在意義を脅かしていたものを倒して、ようやくいつも通りに戻れると思っていた。そうしなければ自分を保てないと感じていたから。

 だが実際はどうだ?

 今目の前に広がっている光景は自分が行ったことで、この爆発の中には陽太がいた。確かに目の敵にしていたのは事実だけどそれはあくまでも自分よりも強くて自分のコントロールできない人物であるだけだ。それはただ苦手というレベルの人間でしかなく、殺意を向けてしかも実行に移すべきものだったのだろうか?

 そう………自分の居場所を取り戻すために行ったことがなんだったのか? 頭に昇っていた血が一気に下がり、落ち着きを取り戻し始めてきた楯無が自分のやってしまったことに愕然とし始める中、立ち込めていた土煙がようやく晴れ始める。

 

「………」

 

 全員が陽太の安否を心配し、アリーナの中を凝視し続ける。

 

「………?」

 

 最初に異変に気がついたのはやはり対戦している楯無であった。土煙が晴れていく中で地面に倒れているであろうはずの彼のシルエットが一向に浮かび上がってこない。

 

「(アリーナの壁に吹き飛んだ………違う!?)」

 

 どこを探しても本来あるべき彼の姿がどこにもない。いったい何が起こったというのか? 完全に視界が晴れた時、その答えを彼女は見つける。

 

 ―――陽太が爆発寸前にいた地面に掘られた大きな穴―――

 

「まさかっ!?」

 

 爆発から逃れるために地面に穴を掘ったのか? と考えが行き着くと同時に、彼女の真下から赤い炎の塊が地面を割って飛び出してくる。

 

「!?」

 

 咄嗟にその攻撃をアクア・ヴェールで受け止めた楯無であったが、地面から飛び出してくるプラズマ火球はこれだけではない。続けざまに数発の火球が次々と飛び出し、彼女に襲い掛かってきたのだ。

 楯無はアクア・ヴェールでの防御を諦め空戦マニューバで火球を避けるが、彼女に避けられたはずの火球は途中で消滅せずに、弧を描きながら再び彼女を追いかけ始める。

 

「プラズマ火球の遠隔操作!? そんなことまで出来るというの!?」

 

 今までの陽太では考えれらない技術だ。いや、元から出来た技術だったのかもしれないが、人目につくのはどちらにせよこれが初めてであり、楯無が動揺するのも仕方ない。だがしつこく追いかけてくる火球を振り切れないと判断し、高速機動しながら蒼流旋で火球を相殺していく。

 

 ―――アリーナ上空で咲く小型の水蒸気爆発の数々―――

 

 水分の塊である蒼流旋の弾丸が超高温の火球で熱せられ瞬間的に膨張して出来た水蒸気爆発がアリーナ上空で咲く中、いつのまにか火球を撃墜することに気を取られ、地面に背を向けてしまった楯無にむかって、炎の不死鳥が地面から飛び出してくる。

 

「てんめぇ、もう勘弁してやらんからなッ!!」

 

 ―――フェニックスファイブレードで楯無に突撃するブレイズブレード―――

 

 紅蓮の炎を纏わせたブレイズブレードの姿を見た楯無は激しい怒りを覚えた。

 

 ―――損傷は何一つしていない姿―――

 

 つまり楯無が仕掛けたあの攻撃を陽太は一瞬のひらめきだけで凌いだということで、先ほどまで消えかけていた黒い気持ちが一気に膨れ上がる。

 

「(オマエは………オマエ達は!?)」

 

 ―――如何なる努力も一瞬で踏み砕く『本物』の天才―――

 

「私は………私は!!」

 

 激情に駈られた楯無が、諸刃の剣である禁断の攻撃を仕掛ける。

 装甲表面を覆っているナノマシンを含んだ水―――『アクア・ナノマシン』を一点に集中し攻性成形して小型気化爆弾4個分のエネルギー総量を持つ攻撃を直接相手に叩きつける楯無の一撃必殺の大技『ミストルテインの槍』を作り出したのだ。

 それを見た虚と箒は血相を変えて彼女を制止するために声を張り上げた。

 

「やめてくださいお嬢様っ!! その攻撃は!?」

「楯無姉さん!! 『ミストルテインの槍』は貴女自身も!?」

 

 一撃必殺の威力を得る代わりに、防御用のアクア・ヴェールまでも攻撃に転用してしまったがために、至近距離で起こる爆発を敵と一緒に我が身に受けるこの技の危険性を知っている虚と箒の制止の声も振り切った楯無が、アリーナ上空で陽太と激突する。

 

 ―――剣と槍の切っ先が激突し、紅蓮と蒼色が空の上で激しいスパークを引き起こす―――

 

 上空で衝撃波が発生し、目も眩む閃光に包まれる中、互いの必殺技同士が激突させ我が身の危険も顧みず強引に突破しようとした楯無とは裏腹に、陽太は落ち着いた表情で彼女の攻撃をいなしてみせた。

 

 ―――一瞬の力加減で切っ先を巻き上げ、炎の不死鳥は相克の槍を咥え、上空高く舞い上がる―――

 

「なっ!?」

 

 一瞬の早技で槍ごと技を奪われた楯無は、目の前の陽太を驚いた表情で見つめる。

 

「死に急ぎたいのかテメェは?」

 

 ―――ブレードを鞘に収めると同時に、フェニックスファイブレードが上空でミストルテインの槍を噛み砕いて大きな爆発を起こした―――

 

 気化爆発する前で大量の水分を含んでいた槍が破裂してしまい大量の雨がアリーナに降り注ぐ中、攻撃を凌いだだけではなく、結果的に自分を救った陽太の姿に今度こそ呆然となってしまう楯無に向かって陽太は容赦ない追撃を仕掛けた。

 彼女が動き出すよりも前に左腕のワイヤーを射出し、彼女を雁字搦めにしたのだ。

 

「くっ!?」

「焦ったりキョドったり人殺しかけたり………何をテンパってんの知らんが」

 

 ―――差し出される右手と、親指を立てた拳を楯無へと向ける―――

 

「今度やるときはもっと本気のお前を俺に見せてみろ」

 

 ―――親指を地面に向け、同時に上空が突然赤く輝き始めた―――

 

『!?』

 

 全員が驚き、慌てて空の上を見上げる中、『それ』は高速で落下してくる。

 

『なっ!?』

『いつの間に!?』

 

 ―――直径数メートルの巨大なプラズマ火球―――

 

 鈴とラウラの驚きの声はこの場にいた陽太以外の人間の全ての代弁とも言えた。コアへのリミッターのおかげでプラズマの収束速度が極端に遅れている中で、これほど巨大な火球をいつの間に形成したというのか?

 陽太のこれまでの行動をお思い返していた楯無は、とある序盤のある行動を思い出し、そして叫んだ。

 

「貴方、まさか最初から!?」

 

 ―――『当人同士無視してギャラリーうっさい。これ以降私語厳禁』―――

 

 ギャラリーを黙らせるために放った警告の弾丸………気にも留めていなかった勝負の前のあの行動に隠された意味。

 彼は誰にも気がつかれないよう、遥か上空でゆっくりと巨大な火球を生成し、地面に気を惹きつけさせてその存在を今まで隠蔽し続けていたのだ。

 

「不意打ちしてきた奴がまさか卑怯とか言わないよな?」

 

 何気ない行動の中に必勝の策を潜ませておく。戦闘者の極地ともいうべき技に楯無は今度こそ強いショックを受けて、そして戦意が徐々に薄らいでいくことを強く感じ取る。

 

「(これが………本物の天才)」

 

 最初から答えは決まっていた。相手の動きを分析し、行動パターンを記憶し、それにあわせた対策と最適な行動をする。だがこれは別に自分じゃなくても、ほかの人間でも出来ることだ。つまり言い換えれば、凡人でも出来る行動を自分は得意気に行い、それで勝てると踏んでいたのだ。

 だが彼は違う。勝負が決まった時からこの放課後まで、おそらく何の対策もしていない。それどころか自分の機体データすらも見ていないだろう。でも彼はそんな自分相手に一撃たりとも食らうことなく勝利して見せた。即興で自分の必勝の策を凌ぎ、同時にまったく誰にも気が付かれずに必勝の策を見せ付ける。

 

 答えは最初から出ていたのだ。

 

「(なんだ………やっぱりそうなのか)」

 

 ―――プラズマ火球が直撃する瞬間、楯無を自分の元へ引き寄せる陽太―――

 

「(メッキと本物の違い………確かにこれは歴然とした事実ね)」

 

 ―――プラズマ火炎がミステリアス・レイディの絶対防御を発動させシールドエネルギーが同時にゼロとなる―――

 

「(なんだ………これで、おしまい)」

 

 余剰のプラズマ火炎を全てブレイズブレードは吸収し、楯無に害を及ぼさないようにする中、陽太の腕の中で彼女は気を失ってしまったのだった。

 

 試合開始から15分足らず、陽太の圧勝となってしまったのだが、腕の中で気を失いながらも涙を流している楯無の姿を見た陽太は、ただ何も語らずに地面にゆっくりと降り立ち、深くため息を漏らす。勝利の余韻になど浸れる気分にはなれないのだ。

 

 勝負が付いたということでアリーナのバリアが解除され、虚と箒が大急ぎで降り立って走ってくる中で、気絶した楯無が無意識にこう言い放ったのを陽太はしっかりと耳に拾ったのだった。

 

 

「ごめんね………お姉ちゃん、ヒーローになれなかった……簪ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきはいつもどおり活報に書かせていただきます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

落涙

リアル生活がしんどくて寝る暇もないナリー!








更新遅れてごめんね。ちょっとマジで走馬灯見えそうで怖い


あと、予告とサブタイ一緒じゃないのは気にしないでw




 

 

 

 

「………そうですか、やはり結果は彼女の惨敗となってしまいましたか」

 

 夕日が沈もうとする放課後の、IS学園の校門の近くにある花壇の手入れをしながら、陽太と楯無の戦いの結果を真耶から報告された老人はおもむろに立ち上がると、老化によって重くなった腰をさすりながら、少し陰のある表情となっている真耶の方に振り返り彼女の報告の続きを聞く。

 

「開始の合図を待たずに相手への攻撃、故意の過剰ダメージを伴う攻撃、観客席への被害予測………朝の食堂の一件も合わせますと、彼女の退学処分すらも視野に入れなければなりません」

「………ですがそれはおそらく政府が許さないですね」

 

 彼女がもしただの学生であるなら当然といわれる処置になっていたのだろうが、あいにく彼女は『普通』ではない。

 数百年の間、日本の戦力の影の要と言われてきた対暗部組織の長であり、オーガコア関連でキナ臭い噂が後を立たないロシアから情報を受けるために取得した自由国籍を手に、国内における反発の声も覚悟の上で就任したロシア代表の称号を持つ国内屈指の操縦者だ。

 政治的な観点から見ても、今、彼女を外に放逐して代わりの人材を探してそれを当てるのは効率が悪い上にナンセンスだと切って落とされるだろう。なぜなら情報を仕入れるために代表になった以上はロシア側の機密にも関わっているのだから、おいそれとそれを外に口外させるような真似を許すはずがない。

 

 普通の学生として罰されることはない。だが職務から、ましてや戦いから、逃げることも負けることも失敗することすら許されない。勝って結果を示し国益を守る。十代の女子に求められるにはなんと過酷で歪なのもなのか。

 そう考えると今回の楯無の暴走は、IS学園に通う生徒達全てに起こりうる問題だったのではないだろうか?

 家の名誉、国の威信、世界の命運。誰が本来背負うべきものなのだろうか………沈み行く夕日を眺めながら考え込んでいた老人は振り返ると再び真耶に問いかける。

 

「それで更識君は、今鵜飼総合病院に?」

「は、はいっ!! カール先生がいらっしゃらないために、大事を取りまして」

「よろしい………ならば更識君の処分、私に預けてくれないかね? 口外していないのなら職員会議の議題には上がるまい。奈良橋先生には私から伝えよう………彼は規律を重んじる人だが、それも全て生徒の為だからね」

 

 自分の役割と戦いを見失い、道に迷う少女の未来(今後)を受け持った初老の男―――轡木十蔵は、ポケットからスマフォを取り出し、早速奈良橋に連絡を入れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 勝負が終わった後、自室に戻って来た陽太はベッドの上に寝転がり、気を失った楯無が担架で運ばれていく姿を思い浮かべながら天井を厳しい表情で睨みつけていた。

 勝負自体に落ち度は感じてはいない。

 不意打ちにダメージオーバーキル確定の攻撃をされたのだから、シールエネルギーをゼロにして目立つ外傷も無く気絶程度の返り討ちで済ませたのだから、むしろ寛大な対応をしたと誰かに褒めてもらいたいぐらいだ。

 だが、彼の脳裏には楯無が気を失う直前に呟いた言葉がこびりついて離れないでいる。

 

 ―――「ごめんね………お姉ちゃん、ヒーローになれなかった……簪ちゃん」―――

 

「………フンッ」

 

 思わず聞いてしまった彼女の本音が耳にこびり付いて離れない。ただの自意識過剰な女が低い煽り耐性から八つ当たりしてきただけだと考え込んでいた陽太にとって予想外の言葉で、まるで本当に弱い者いじめをしてしまったかのような気分となり、彼の気分をイラつかせる。

 

「………チッ!?」

 

 そして自分の枕を掴むと………。

 

「ムカつくっ!!」

「ボフッ!!」

 

 勉強机で必死に勉強していた一夏の横っ面に投げつけて八つ当たりを敢行する。当然怒りに燃えた一夏が枕を手に持ち、抗議の声を上げた。

 

「いきなり何すんだよっ!?」

「ムカつくっ!!」

「意味わかんないぞそれっ!?」

 

 一夏の言葉が至極当たり前なのだが、なぜか怒鳴り声を上げた一夏よりも更に大きな怒鳴り声を上げて陽太が一夏に襲い掛かってきた。

 しかもこんな理由で………。

 

「俺がムカついてんだからお前がどうにかしろ!!」

「理不尽にも程があるっ!?」

 

 枕を投げ返し、それをあっさり受け止められた一夏が机から立ち上がるが、その時すでに陽太は鋭く光る眼光と獣のような動きで彼の頭上を両足を抱えたまま回転して通り過ぎ見事に着地すると、流れるような動きで背後から両足を内側から引っ掛けて両手をチキンウイングで絞り上げる、天空を優雅に飛ぶ大鷲を思わせる某ロシアのロボ超人のフィニッシュホールドを一夏に仕掛けたのだった。

 

「いだだだだだだだだだだだっ!!」

「フッフッフッフッ………二流のなんちゃってアイドル顔をしたおまー如きが俺に歯向かうなど二度とできないように、このバ〇スペシャルで思い知らせてくれるわ」

「痛いっ! 肩が!? 腕がぁっ!?」

 

 部屋の外まで響く悲鳴を上げる一夏を陽太は黒い笑顔を浮かべて高笑いして見下ろす。唯一無二の目の上のタンコブである千冬がいない今、このIS学園は自分の天下なのだ。

 

「うるさぁーーーーーいっ!!!」

 

 ―――ワザワザ自分の部屋からダッシュで廊下を走り、怒り心頭でドアを乱暴に開けて入ってくるシャル―――

 

「すみませんっ!!」

 

 すかさず〇ロスペシャルを解いて陽太が土下座して謝る。三分も持たない天下終焉である。

 そして腕を摩りながら、『なんでそうシャルに弱いのにワザワザ近くで威張ろうとするのかな?』と腑に落ちないと言った表情で一夏は二人の様子を見守るのだった。

 

「どうして君という奴は静かにできないの!? 何を騒がないと生きていけないの!? 何で問題が解決もしてないのに次から次へと問題を発生はさせてはややこしくするのかな!? それに今は皆が心休まる時間だっていうのに、ヨウタはいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもぉぉぉぉーーーー!?」

 

 怒涛のシャルの言葉に口を挟む暇がない陽太であったが、とりあえず一息ついたところで彼女に平然とした表情でこう問いかける。

 

「機嫌悪いな。今日は『アレ』の日なの?」

「!?」

 

 瞬時に顔を真っ赤にしたシャルが座っていた陽太の頭部目掛け………。

 

「今日の事を言ってるのっ!!」

「ぶへっ!?」

 

 見事な踵落しを決め、頭に足を乗っけながら睨み付けたのだった。その威力に頭から煙が上がる陽太であったが、真剣な表情のままもそっと頭を上げて、彼は普段着である薄手のカーディガンとミニスカートを履いたシャルに対して更に言い放つ。

 

「パンツ見えるぞ?」

「!!」

 

 ―――部屋の外まで連続して鳴り響く、重い打撃音―――

 

 男子勢の周囲の部屋の住人が『ああ、またか』と諦めの言葉を吐いて不介入を決め込む中、部屋の床に転がされ血文字で『理不尽』と書いた馬鹿を見下ろしながら、シャルはようやく落ち着いた表情で話し始める。

 

「どうして今日の会長………やっぱり変だった」

 

 一時は陽太を殺しかねない攻撃をした楯無に怒りも沸いたが、すぐさまそれも消え失せた。気絶する際に見せた楯無が幼い少女のように、そして何かに強いショックを受けていたから。それはあの現場に程近い場所にいた一夏も同様に感じ取っていたことだ。

 

「………それに何か焦ってたみたいな動きも見えたぜ」

「一夏?」

「………悪い、下手クソの俺が言っても説得力ないかもしれないけどさ」

 

 怒りはある。もう少しで大事な仲間を殺されるところだった。

 憤りもある。IS学園生徒会長という立派な役職についている人が、卑怯な事を平然としていたことに。

 だからといって怒り心頭のまま、かつて陽太とシャルが決闘した時の状況を繰り返すわけには行かないし、なぜどうしてそうなったのか、ちゃんとした理由を二人は知りたいのだ。

 

 そしてそれはこの男もそうであった。

 

「下手クソは大正解だし、今回だけはお前の勘が正解だ」

 

 横たわり鼻血を出しながらも真剣な表情となった陽太が、シャルのスカートの中身を目線で探りながらそう告げる。

 

「みんなそこまではなんとなくわかってるんだけど、そうなっちゃった理由がよくわからないんだよ」

「ああ………一緒に戦った事は一回しかないけど、あんな殺気振り撒いてるような感じじゃなかったしな」

 

 陽太の顔を足で踏みつけたシャルと、脇においてあったティッシュを箱ごと投げ渡した一夏が交互に頷き合うが、そんな二人に対して陽太が直に向き合った者しかわからない感想を述べた。

 

「テンパってたんだよ。何勝手に思い詰めてんのか知らねぇけど」

「テンパる?」

「大方あの爆乳戦で何も出来なかったとか思ってんだろ? あの女の戯言を中途半端に真に受けて俺に八つ当たりしてきたんだ。そんで『この素敵な殿方に勝てないなら、私の価値って、この人の肉奴隷になるしかない~ッ!!(はーと)』とか思っててイダダダダダダダダダダッ!?」

 

 最後に余計なことを言い放った陽太のこめかみを踵で力強く踏みしめたシャルだったが、陽太の言葉にようやく合点がいく。自分自身の価値観の揺らぎが不安と自身が非力だという認識を与えて、暴龍帝や亡国幹部への劣等感をそのまま陽太にぶつけてしまったのだ。彼に勝てない限り自分に存在価値がないと思い込んでいたのだろう。

 一夏にも覚えのない話ではない。千冬が生死の境を彷徨っていた先日の手術中、もし千冬の手術が成功しなかったら、彼女が帰らぬ人になっていたら、自分がもう一度立ち上がれなかったら、彼女のように身近な人間に錯覚してしまった憎悪をぶつけてしまったかもしれない。

 そう思うと急に楯無が酷く悲しく哀れに思えてきた一夏とシャルだったが、そんな二人を冷めた目線で見つめながら立ち上がった陽太はそそくさと部屋を出て行こうとする。

 

「アホらし」

「陽太?」

「『私、悲劇のシンデレラなのよ!?』ってか? ヴァカじゃねーの?」

「コラっ!? そういう言い方は…」

「戦う理由なんてみんな持ってんだろ? それが揺るがされたからってイチイチヤツ当たりしてるようじゃざまぁないね…………まあ、とりあえず今回は俺がボコボコにしてやったし、『戦利品』も貰ったし、手打ちにしてやる」

 

 そう言いながらポケットから白い物体を取り出し、背後から見つめているシャルに見せ付ける。

 最初はそれが何なのかわからなかったシャルだったが、すぐさま理解すると顔を真っ赤にしてスカートを押さえつけながら陽太を怒鳴りつけるのだった。

 

「ヨウタァッ!?」

「ウッヒョヒョヒョヒョッ!! 戦利品ゲットだぜぃ!!」

 

シャルから奪い去った白い布切れをポケットに突っ込んで走り出しす陽太と、顔を真っ赤にしてスカートの裾を手で押さえながらその後を追いかけだしたのだ。廊下に出て数秒後、女子生徒達の叫び声がキャーキャーと聞こえる中、一人取り残された一夏はため息をつきながらこう呟く。

 

「楯無会長の事、心配なら心配だって言えばいいのに………」

 

 なんとなくではあるが、確かに通じ始めている仲間の胸の内をズバリ言い当てた一夏だった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 そして寮の二階の窓から隠れながら飛び降りた陽太はというと、未だに騒がしく寮内でシャルが騒いでいるのを察知し、しばらく外で時間をつぶすことを決めてブラブラと夜の校内を歩き出す。

 口笛を吹きながら寮の裏庭の池の前まで来ると、人の気配がない事を確認した上で、彼は盛大なため息をつき、夜空を見上げながら一人考え込んだ。

 

 楯無が抱える迷い………自分自身の力を信じられなくなる事。

 ならば自分は信じているのだろうか? 火鳥陽太は、本当に強いのだろうか?

 

「(………だが俺よりも強いやつがいる)」

 

 頭の中で高笑いをしながら『いつでも待っているよ負け犬君』と指差しながら見下す言葉を言い放つ暴龍帝の姿が自動で再生され、彼のこめかみに青筋が走る。

 生まれて初めての実戦での完敗。しかも半端な負け方ではない。一対一で完膚なきまで全てを上回られ、仲間と力を合わせた第二ラウンドですら相手が手加減していなかったら仲間を死なせていただろう。最後には『強くなったら続きをしよう』という情けを貰って生かされた始末だ。

 

「(そういう糞が付くほどムカつかせてくれる気遣い、感謝してやるぜ爆乳ッ!?)」

 

 決めた。絶対に三ヶ月以内にあの女よりも強くなって台詞をそっくりそのまま返してやる。

 何の根拠もない期間を心に決め、拳を強く握り締める陽太だったが、その時、自分の手に握られていた白い『布切れ』の存在を思い出し、ちょっとだけ呆然となりながら更に周囲を挙動不審なぐらいに警戒しながら見回すと、伸ばしながら見つめて、ポツリと漏らすように言い放つ。

 

「横紐とかシャルさんにはまだ過激すぎます。よってこれは没収………………………ちょっとだけいいかな?」

 

 そして彼は青少年特有の若さ故の突き上げてくる情熱を我慢することなく、『とりあえず被ってみますか』と並の青少年が思いついたって実行はしないであろう、人に見られれば爆死するしかない行動をしようとゆっくりと白い布切れを頭に被せ様とした………時だった。

 

 

 ―――見ィたァぞォ~~~~~!―――

 

 

「!?」

 

 地の底から湧き上がってくる声に陽太はびっくりしながら振り返るが、周囲には人影はない。だが何かの聞き違いとも思えない。一体何処から聞こえたのか?

 陽太が周囲を見回す中、異変はすぐ背後で起こっていた。

 

 ―――ブクブクと池の水面に上がってくる気泡―――

 

「!!」

「トウッ!」

 

 陽太が気が付くと同時に水面から飛び出た人影が、彼の頭上で見事な空中宙返りを決めながら飛び越え、彼の背後に降り立つと、手に持っていた獲物を容赦なく突き立ててきたのだった。

 

「(銛!?)」

 

 漁業などで使われる三叉の銛が陽太を襲うが、腰に常日頃から装備されているハンドガンを居合いの刀のようにすばやく抜きさって銃身でその一撃を見事に受け止める。強化ステンレスの強度が甲高い音を上げるが、銃身には傷一つなく、銛の持ち主が感心したような口笛を鳴らし、銛をいったん引っ込めた。

 

「へいへい~! ただの下着泥棒君かと思ったんだけど、中々やるな?」

「どぅわれが下着泥棒………」

 

 頭に幼馴染の下着を被った立派な下着泥棒の言葉が途中で失速していく。自分に銛を突き立ててきた奴は何者かと思っていたら、予想を上回る人物像だったからだ。

 

 ―――潜水用のゴーグルとシュノーケル、ツインテールに結ばれた深緑色の髪、手に持った三叉の銛、そして………―――

 

「……スク……水…だと?」

 

 今や絶滅したと言われているスクール水着を装着し、見た目のサイズが真耶に匹敵するであろう巨乳を揺らした謎の侵入者は、頭に幼馴染の下着を被った下着泥棒に対して不敵な笑みを浮かべながら彼に問いただしたのだった。

 

「若いからって、逸る気持ちは抑えないといけないよ下着泥棒の少年?」

「誰が下着泥棒だ、この不法侵入公然猥褻痴女!?」

 

 下着泥棒と不法侵入者の二人は、一瞬の静寂の後、互いに間合いを取り合うと高速で夜の森の中を走り出す。

 IS操縦者として鍛え抜いていると自負する自分の速度についてくる脚力があることを確認し、どこかの国の諜報員か、もしくは亡国の手先かと疑う陽太に対し、スク水と銛を持った不法侵入者はすばやく間合いを詰めてくると、今度は手加減抜きの連続した突きを放ってくる。

 

「殺さない程度に痛めつけてあげるわ!!」

 

 かなりの速度で放たれる連突き。

 だが今の陽太にそれを恐れて守勢に回る気勢はない。

 

「それはこっちの台詞だ!!」

 

 連続して放たれる突きを、残像が残るほどの速度で回避しながら前進すると、一瞬で目の前の不法侵入者の前に躍り出て、銛を掴みながら拳銃の銃口を柄に合わせる。

 

「中々やるようだが、俺を捉えるには遅すぎる」

 

 ―――発砲して柄を砕く陽太―――

 

「!!」

 

 陽太のその動きに驚愕したのか、大幅に後ろに跳んで間合いを開き、砕かれた銛を見つめると不法侵入者は尚もやる気を失わず、今度は銛としてではなく棒として獲物を振り回し構え直す。

 

「中々やるようね、ちょっと甘く見てたわ下着泥棒の少年!」

「そういうあんたは大したことないな公然猥褻+不法侵入女!」

 

 腰のホルスターに拳銃を戻し素手となった幼馴染の少女から下着を剥ぎ取った下着泥棒(刑法176条抵触)は、今は亡き某カンフーアクションスターの有名なポーズを取りながら、目の前の公然猥褻罪(刑法174条抵触)に対してぬけぬけと言い放つ。

 

「警察に突き出してやる、犯罪者!!」

「それはコッチの台詞だね、犯罪者!!」

 

 ※この時点で二人とも立派にお互いに犯罪者です。現行犯逮捕余裕です。

 

「それにプラス、そのスク水剥いで縄で縛り上げて読者サービスにしてくれる!!」

「こっちこそ、坊やを池〇の某喫茶店で裸サスペンダーで半年間ウエイターの刑にしてあげるよ!」

 

 ※実際に〇袋の某ロードにはそういう人向けの喫茶店はありますが、皆きっちりとした制服を着てます。期待も落胆もしないように。

 

「おのれ、犯罪者の上に貴腐人とか救いようがない変態め!?」

「そういう君は放課後の無人の教室で好きな子の縦笛舐めるタイプだな!?」

 

 ぐおぐおと渦巻くよくわからないオーラを発した二人に対してツッコミを入れる人間がいないことが非常に惜しまれる中、互いに構え力強く大地を蹴った二人が激しい衝突音を響かせ、激突したのだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 夕食と面会時間が終わり、大まかな一日の仕事が終了して静かになった鵜飼総合病院において、恰幅の良い中年の看護師の女性が見回りを行っていた。

 看護師というと看護婦に代表される医者の仕事のサポートをしていると思われがちであるが、無論彼女達の仕事はただ医者の助手をしていることだけではない。

 医者の指示の元、問診や各種検査、点滴や注射、食事・排泄の補助、患者移送、検温や入浴の介助、体位交換、記録、巡回など、患者の症状を正確に把握し医師に報告し、ときには患者だけでなくその家族への対応も行うハードな職業なのだ。

 そしてこの箒や本音からも昔ながらの「婦長さん」と言われて病院内外から慕われる女性も、そんな職務を何十年という間続けてきたエキスパートであり、今夜は数日間特別に入院することになったこの病院一番のVIPの様子を覗きに来ていた。

 一流ホテル並の設備を持つ病院で一番高額な個室のドアを開いた婦長は軽い驚きとヤレヤレと言った溜息が漏れる。

 

「あら~~………今度はどこに脱走したのかしらね?」

 

 ここに今日は安静に眠っているはずの少女、自分達従者の家系にとって絶対的な主である宗家・更識の現当主の姿がどこにもない。

 一瞬だけこの病院に一緒に入院している彼女の妹の方に行ったのかと思ったが、それも違うと思いつく。何故ならこの部屋に一つ前の巡回が彼女だったからだ。

 

「………だったら、きっとあそこね」

 

 この病院で妹の病室以外の場所に彼女が行きそうな場所はただ一つだけ。婦長は静かにその場所に足を運ぶのだった。

 

 

 日中は日差しと暑さが厳しい屋上であるが夜になれば吹いてくる風が心地よく、楯無は入院着の格好のまま屋上から見える夜景を呆然と見つめていた。別に風景を見たかったわけではない。

 ただ病院の中にはいたくなかった。でもどこにも行く宛なんてなかったから。

 気がついて最初の数十秒、何があったのかわからずに呆然としてしまい、そして意識が覚醒すると自然と自分が何をしてどうなったのか理解し、ここで夜景を見ていた。

 

「そっか………私、負けたんだ」

 

 負けたのだ。

 火鳥陽太に、アレキサンドラ・リキュールに、そして自分自身に。

 

「なんだ………これが私の本当の姿だったんだ」

 

 夢の中の彼女(アレキサンドラ・リキュール)の言葉は正しかった。

 自分は金メッキで、有象無象の石ころが装飾を施して他のものよりも煌びやかであると嘯いていただけだ。本当の黄金(陽太)と比べれば、容易く地金を曝してしまうのは必然だったのに、それを認められず挙句の果てが見事な自爆だった。恐らく明日の学園中に無様な姿がふれ回っているだろう。

 

「………ッ………うッ…ぅッ……」

 

 必死に今、自分が流そうとしているものを抑える。この行為を無意識にできるようになったのは何時の頃からだったろうか?

 

 

 

 

 ―――おとうさま、おかあさま、『かたな』は『さらしき』をつぐものとしてひびしょうじんいたします―――

 

 人生最古の記憶は三つの時。宗家の次期当主のお披露目として分家の全ての人間を呼び寄せて行われた誕生会の時に、自然と漏れたその言葉に物静かで厳格だがどこか暖かだった父と、身体は病弱だが美しくとても気丈で優しかった母の二人はしばし沈黙すると、何も話さずに頭を優しく父は撫で、母はそんな自分を抱きしめると耳元でこう囁いた。

 

 

 ―――そう。貴女はいずれ『更識』を継ぐ『楯無』となる。でも一人ぼっちにはならないでね―――

 

 ―――時々でいい。肩の力を抜いて周りを見渡しなさい。広い目で見れればきっと多くの想いがあることに気がつけるわ―――

 

 

 何を言っているのか判らなったが、とりあえず心配されたのだろうか? 私が更に厳しい表情を作ると母はまだ言葉を覚えたての妹を抱き上げながら『貴女のお姉ちゃん、とても頑張り屋さんね♪』と囁き、晴れ着を着せられた妹が釣られて笑っていたことが忘れらずにいたのだった。

 

 そして次に古い記憶。それはそんな気丈で優しい母の顔に白い布を被せられ、白い着物を着せられて寝かされている場面だった。

 妹を生んでから更に体調が悪化していたのだが、父を支えようと本家の裏方の仕事を彼女は手を抜くことは無く、自分たちの面倒を見ながら父を支え続けた先の結果であった。

 

 いつも以上に物静かで表情が厳しい父、すすり泣く家の者達、何が起こったのか理解できずに自分の手を握る妹………私は漠然ともう二度と母に会えないことを理解し、大好きだった母が心配しないように、心の中で『立派な楯無になる』ことと『母に代わって妹を守る』ことを私は己の胸の内で密かに誓いを立てる。

 

「(大丈夫、心配しないでお母様………私が絶対に簪ちゃんを守ってみせるから!)」

 

 誰にも知られたくない誓いの言葉を秘め、火葬を終わらせ母の葬式が済んだ日の夜、父は私と妹を部屋に呼び寄せると、表情を崩さずにこう問いかけてきた。

 

「選ぶがいい。今日この日をもって、私を父とは呼ばずに師として、現当主として接するか否かを」

 

 突然の言葉に幼い妹は父の態度に戸惑い、何と答えたらいいのか分らず隣に座る私の顔をじっと見つめてくるが、私の返答はすでに決まっていた。この言葉に対する返答は私がずっと幼い日から考え続けていたことだから。

 

 

「………『楯無』様、ご指導のほどお願いします」

「…………うむ。それでこそ『楯無』を継ぐ者だ」

「わ、わたしは………」

「貴女は何もしなくていいわ、簪ちゃん」

「!?」

 

 その瞬間、私と父の関係は親子から先代楯無と次期楯無のものとなった。そして妹には生まれて初めての強い口調の言葉を有無を言わさず投げつけた。息を呑む妹が気がかりだった、これだけは譲るわけにはいかないことだと自分自身に言い聞かせる。

 これはきっと師として接しないといけない、弟子として接しないといけない父と妹への気遣い。少なくともこれなら簪ちゃんは父と母を失うことはない。父は娘二人を同時に失うことはない。妹を親として愛し続けることできるはずだから。

 

 痛みを受け取るのはここからは『私一人』でいいはずだから。

 

 そして母を失った日、私は父を失い師を得た。刀奈は死に、『楯無』となる者が生まれた。

 

 これは後からわかった話ではあるが、本来時期当主となる者は、生まれた瞬間から当主となるべく特殊な教育を受けるものなのだが、不思議とは私は幼少時は普通の子として育てられていた。そしてどうして父が母が死んだ日に話を切り出したのか話しを聞かされた時になんとなく理解できた。

 

 きっとそれは母を本当に愛していたから。

 夫として妻の目の前で娘を赤の他人として接する姿を見せたくなかったから。

 そして娘を愛する父として傷付いている母の姿を見せたくなかったから。

 

 物静かな父は、私と妹を本当に愛してくれていたのだ。

 

 その事を理解できたからか、修行の時間は父は特別に厳しかったが恨んだ事は一度もなかった。

 他の子供達のように外で遊ぶこともなく、それまで親友として接していた幼馴染の従者の子と接する時間も極端に減り、普通の子供らしい時間など何一つなかったが、そんなことで泣き言を言っているよりも、一日も早く父の後を継ぐのにふさわしい人間となって妹を守れる人間になりたかったから。

 

 

 ―――それが父と亡き母の願いだと思っていたから―――

 ―――その為に私はこの国を守る不敗の楯であり、矛となるのだから―――

 

 

 だけど時々、そんな私の姿を見た父が何か言いたげな表情となることがどうしても気に掛かっていたが、その解答を得るのは修行を始めて数年後のことだった。

 

 僅か数年の修行で私は師である父に限りなく近づき、その事を分家の人間が褒め称えていた中、私はあっけなく師を失うことになる。

 首相と国賓の会談の護衛中に第三国からの突然の奇襲。慌てる警察や公安を尻目に更識は首相と国賓を守り抜き、一番間近で護衛を行っていた父は敵の凶弾に倒れたのだ。

 

「………嫌な予感はしていた」

 

 病院で血塗れの上から包帯を巻かれ、息絶え絶えとなっている師と対面した時、彼は蒼ざめた表情で私にそう語りかけてきた。

 

「しっかりしてください楯無様!!」

「部下からは直接前線に出向くなと言われていたのだがな………今回だけはどうしてもと押し切ったのだが………人生とはどうしたものか。嫌な予感だけはよく当たってしまうものだ」

 

 いつも以上に口数が多い師の姿に、これが最後の会話になると予感し、私は動揺しないように自分に言い聞かせ、されど必死な表情で彼に励ましの言葉をかけ続ける。

 

「いつもの強気な師の姿はどこに行かれたのですか!? 貴方は更識のご当主なのですよ!?」

「当主………そうか……当主か」

 

 師は私の揺れる瞳を見つめて、いつかの日と同じ目であの時言えなかった言葉を言ってくれた。

 

「これよりの言葉は当主としての最後の物とする。お前達もよく聞いておけ」

「!?」

 

 私だけではなく、周囲にいた数人の分家の重鎮達にもはっきりとした口調で話しかける。

 

「第16代『楯無』は今日この日をもって引退。目の前の者を第17代『楯無』とする。これを私の最後の言葉してしっかり刻んでほしい」

 

 そして師は念を押すように配下に念書を持ってこさせると拇印を押し、それを公式の言葉としたのだ。

 

「これで………今日この時をもってお前が『楯無』だ」

「そんな………待ってください!! まだ私は貴方に沢山教わりたいのに……」

 

 呆然としている私に対して、淡々と作業のように自分の役目を譲る姿に今度こそ我慢できずに慌てふためきながら彼にしがみ付く私の頭を撫でながら、彼は生まれて初めて聞く優しい口調で話しかけてくれた。

 

「………私もつくづく自分勝手な男だな。当主であることを早く辞めたいと常に思っていたのだから」

「!?」

「これで………昔のように『父』としてお前を抱きしめてやれるよ刀奈」

 

 私を片手で力強く抱きしめると、『父』は耳元で彼は語りかけてくれた。

 

 ―――当主であることを辞めたかった。そしてそれ以上にお前を当主にしたくなかった―――

 ―――お前が簪に『何もするな』と言った時、私もお前に対して『弟子になろうなど思うな』と言いたかった―――

 ―――実の娘を赤の他人として接するような男を師匠など呼ばせたくはなかった―――

 ―――母さんによく似て気丈なお前のことだ。きっと簪にこれ以上心配かけさせたくない、簪から父親を取り上げたくないと思って言ってくれたんだろ?―――

 ―――お前が簪に遠慮している姿が辛くて仕方なかった………もっと娘として私に我侭を言ってほしかった、もっと私を困らせてほしかった―――

 ―――私は本当に駄目な父親だ―――

 

 初めて聞く優しい声で、初めて話す父の胸の内に、唇が振るえ目尻に熱い物が溜まる中で、彼は呼吸が荒くなっていく中を必死に耐えながら言葉を紡いでくれる。

 

「簪も………お前に遠慮されてることが寂しいと……ゴホッ」

「お父様っ!!」

 

 咄嗟に出た言葉。

 ずっと言いたかった言葉。

 その言葉を聴いた父は、一瞬だけ呆気に取られると………本当に心から嬉しそうな表情で涙を浮かべる。

 

「最後に………約束してくれ」

「最後などと言わないでください!! これからはまた三人でっ!?」

「簪のことを………頼めるか?」

 

 これはきっと私への気遣い。簪ちゃんをこれから守っていきたい私への最後の気遣いの言葉。

 『お前も妹も等しく愛する娘だよ』と言ったことを理解した私は、何とか一言だけ言葉を搾り出した。

 

「………はいっ」

「お前なら………変えていけるのかもしれん。『楯無』を………『更識』を……」

「お父様?」

 

 掴まれた手が解ける瞬間、私の大好きだった『お父様』は、『お母様』の待つ場所に旅立たれる直前にこう言い残された。

 

 

 ―――刀奈、簪。優しいお前達の父であることが、当主以上の私の『誇り』だ―――

 

 ―――ずっと愛しているよ。刀奈、簪―――

 

 

 

 

「だけど………私は…」

 

 自分は負けてしまった。不敗でなければならない『楯無』が負けてしまったのだ。これもそれも全ては不出来な自分であるばかりに…………。

 彼女自身が目指していた理想が砕けた今、もう自分にはこの世のどこにもいるべき場所が見つけられそうにないと、泣き崩れそうになっていた楯無であったが、背後から近づいてきた女性はそんな彼女に対してこう声をかける。

 

「『楯無とは誤字。本来の意味は『楯と成す』という意味』」

「!?」

「先代様が昔そう話して下さったのよ『刀奈』ちゃん?」

 

 背後から声をかけてくれた人………この病院で婦長と呼ばれ、古くからの分家の出身者であった中年の女性は、当主である楯無に自分が着ていたカーディガンを着せると、彼女の隣に立ち、一緒の方向を見ながら静かに言葉を続けてくれる。

 

「『楯成す」では響きが悪いだろうから、昔の人間が『楯無』にしたんだろう………って先代様は笑って話されてたんだよ?」

「………おばさま」

「そうそう………奥様はいつも自慢されてたわ。『いつか何か凄い事をしでかしてくれるとんでもない娘になる』って………ああ見えて、奥様が若い頃は刀奈ちゃんには負けないぐらいにヤンチャしてたのよ?」

「………私……私」

「そして………奥様が亡くなられた時、涙を堪えながら簪ちゃんを気遣って泣かなかった貴女の姿に、分家の私達は心が震えたものね」

「!?」

 

 初めて聞く言葉に驚いて彼女の方を見た楯無の瞳に、彼女よりもずっと長い人生を歩んできた女性の笑顔を見る。

 

「私達だって人間だもの。好きな人嫌いな人はいるわよ………だから、貴女の健気で尊い姿を見てこう思ったわ」

「………」

「『この娘は立派なご当主になってくださる』って」

 

 彼女のその言葉に楯無の瞳に期待されていたという感謝と、そんな期待に応えられない申し訳なさと惨めさが沸き立ってくるが、婦長は楯無の肩を抱くと、頭と頭をくっつけ、こう優しく囁いてくれた。

 

「今日は沢山の人にご迷惑かけちゃったわね。まずはそれは反省」

「………はい」

「あと心配してくれた人にも酷い事言っちゃったでしょ? それも反省」

「………はい」

「だからこれは私からのお説教よ刀奈ちゃん」

「………はい」

 

 自分の娘に言い聞かせるような仕草で言った言葉が楯無の心に染み渡り、深く、深い場所に広がっていく。

 

 ―――………痛い目みて、迷惑かけないとわからない気持ちだってある―――

 ―――人生の底だって思える場所に堕ちて、初めてわかる気持ちだってある―――

 ―――自分にないものに反発して、自分がドロドロになって遠くに来て初めて、身近にあったキレイに光るモノを恋しいって思えるときだってある―――

 ―――痛みには優しさが必要で、暗闇が目立つにはお陽さまが必要で、どっちもバカにできない。どっちもムダにできない―――

 ―――だから、今日のこの日の気持ちは決してムダじゃない―――

 ―――『ムダにするもんか』って思えれば、きっと自分を育てる肥やしになる―――

 

「これが、おばちゃんのお説教」

 

 楯無が失敗してつまづいて間違えたことすらも、大事に大事にしてくれる………婦長の深い、深い愛情が溢れた言葉に声を失う楯無に対して、彼女は悪戯を閃いた子供のような表情でこう言ってきかせる。

 

「これは………簪ちゃんには秘密にしろって言われてたんだけど」

「………秘密?」

「『私にとってお姉ちゃんは最初のヒーローだから、いつかお姉ちゃんと並んで立てるヒーローになってみせる!』だってさ」

「!?」

 

 彼女な愛情で接する自分にいつも簪は呆れていたのではないのか!? 今までの葛藤を覆されたかのような言葉に目を白黒とさせる楯無を面白そうに眺めると、婦長が更に強く抱き寄せながら、夜空を見上げながら、ずっと今まで誰かのために走り続けていた少女がようやく足を止めて周囲を見回してくれたことに感謝する。

 

「ずっと走ってたんだもの。つまづいて転んじゃうときだってあるさ」

「………だけど」

「だから今日は………ご飯食べて、お風呂入って寝ちゃいましょ」

「………」

「明日だって明後日だって、毎日は続いていくんだから」

 

 

「貴女の内にちゃんと答えがある。私達は貴女がどんな答えを出したってちゃんと信じているんだから………ね?」

 

 

「……………はい!」

 

 自分は信じられている。その事だけは信じていける。全てが元に戻ったわけではない楯無であったが、ようやく明るい笑顔と返事が返せるようになり、笑いながら婦長の手を引っ張って屋上を後にする。

 

 

 だが、この時、楯無は気がついていなかった。

 

「…………」

 

 自分と婦長以外誰もいないはずの屋上。

 

 

 ―――暗い貯水タンクの上で浮かぶ人影―――

 

 

 その人影が、怪しい笑みと紫色の光を放つオーガコアを持っていたことに………。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 




楯無さん、復活とはいかないけどようやく調子が上向き

あとがきはまた活報に後日書きますです



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

研究所にいこう

リアルが忙しすぎて二ヶ月ぶりの更新になってしまい、大変申し訳ない!

あと最近色々あってまた次が遅れるかもしれませんが、なんとかかんとかがんばって生きたいと思います!

ではお楽しみください!


 

 

 

 

 

 曇り空によって日差しが隠れていた陽太と楯無の決闘の翌日。

 先日は打って変わった晴天に恵まれた休日の午後、対オーガコア部隊の一行は奈良橋と真耶がそれぞれ運転する車に乗せられて、ある場所へと連れて行かれていた。

 

「…………」

「らんらんらんっ♪」

 

 奈良橋の車の助手席に載せられている女性が鼻歌を歌いながら膝を叩いてリズムを刻む中、後部座席に乗っている陽太は一言も話すことなく、ボコボコになった顔で窓から見える空を眺めていた。

 

 事の顛末はこうである。

 

 

 

 ―――互いに大声を張り上げて珍妙な構えを取る両者がしばし睨み合った後に―――

 

 

「きぃぃぃさぁぁぁぁぁまぁぁぁぁぁぁらぁぁぁっ!!」

 

 顔中から汗を垂れ流し物凄い剣幕でこちらに向かって走ってくる奈良橋を見た二人は同時に叫ぶ。

 

「「変質者だ、とっつぁん(奈良ちゃん)!! 捕まえろ(て)っ!!」」

 

 互いが自分達を棚の上どころか大気圏外まで放り投げた発言をしたことで、二人は『なんでこいつはとっつぁん(奈良ちゃん)のこと知ってるの?』という疑問が過ぎりお互いを見合うが、そんなこと二人の首元に両腕を目一杯広げた奈良橋のラリアットが直撃し、昏倒としている隙を突き、二人に同時にヘッドロックをかますのだった。

 

「きぃ、さぁ、まぁ、らぁはっ!!」

「「ギブギブギブギブギブギブギブギブギブッ!!?」」

 

 二人して奈良橋の腕を高速でタップして降参の意思を示すが、怒り心頭の彼には通じない。余計に力を込めて説教前のお仕置きの苛烈さは増していく。

 

「やかましい!!」

「「臭いッ!  臭うっ!? 凄く臭うッ!!? 息できないっ!!!」」

「お前達のおかげで風呂に入る暇すらなくダッシュしてきたおかげだ!!」

 

 中年男の脇の下から発生する超兵器の威力によって、二人は酸欠状態で痙攣しようやく大人しくなる。口から泡を吹いて失神する二人を地面に放り投げ、奈良橋は急いで連絡を入れ、二人の回収作業に当たったのだった。

 その後、案の定いの一番に顔を最高潮に真っ赤にして走ってきたシャルのシャイニングウィザードが、意識を取り戻して呆然となっていた陽太の人中に直撃し、痛みで悶えている所に更なる追撃(踏み付け)を加えていた中、もう一人の変質者が意識を取り戻し、泣きながら奈良橋に自分への仕打ちを訴える。

 

「ヒドイッ! あまりにヒドイぞ奈良ちゃんッ!! それが恩義ある元上司にむかってすること!?」

「恩を感じさせたいならせめて学園に無断で忍び込んでくる前にしてください!! 研究所の人間が慌てて連絡してこなかったら、今頃貴女は警察に突き出されるところだったんですよ!!」

 

 最もな言い返しをされて、元上司を名乗る水着の女性は拗ねた様な表情となって彼にブーイングを浴びせ、自分に対しての説教を非難する。

 

「ブーブー!! 奈良ちゃんはいつだって堅すぎるぞ~~。そんなんだと再婚はまだできてないな~?」

「今は関係ない上に大きなお世話です、篝火(かがりび)所長ッ!!」

 

 スクール水着の胸の部分にひらがなで『かがりび』と書かれた篝火ヒカルノという名の女性は、尚も不服そうにしながらも、シャルの踏みつけに対して猛然と抗議する陽太の姿を楽しそうに眺めながら、奈良橋にまるで面白い玩具を見つけた子供の表情となって彼に話しかけた。

 

「そうかそうか………あれが噂の天才君ね。いや~~、やっぱり『誰かさん達』の姿によく似てるね」

「………所長」

「奈良ちゃんも大変な生徒さんを持ったものだ。気を付けて見守ってあげないと、彼、『こっち』に『戻って』これなくなるよ?」

「!?」

「私の『同級生』も三人ほど………いや、一人はギリギリ留まってるけど、二人ほどは『向こう』に自分から行っちゃったしね」

 

 表情とは裏腹の冷たい温度を宿した瞳が訴えかけてくるものの正体が掴めずに戸惑う奈良橋の肩を叩きながら、ヒカルノは『さあ、飲もう飲もう!』と勝手に宴会を開くことを宣言したのだ。

 

 

 そして現在………。

 

「さあ、着いたよ対オーガコア部隊の皆さん!!」

 

 ここ、倉持技研第二研究所に真耶と奈良橋に連れて来られたのだった。

 駐車場に車を停め、約40分ほどのドライブから開放された陽太が大きく背伸びしていたところ、昨日から色々あったために機嫌が悪いシャルと目が合う。

 

「………」

「………」

 

 ―――プイッ!―――

 

 明らかに目が合った瞬間に機嫌を悪くしたという表情で視線を外したシャルに対して、陽太も頬っぺたを引き攣らせ、彼女の態度に腹を立たせると大きな声で叫びながら歩き出したのだ。

 

「さあっ! 早く行こうぜ!! じゃないと誰かさんがまた勝手に機嫌悪くしそうだしなっ!?」

「!?」

 

 誰かさんが誰を指しているのか隠しもしない陽太の言葉に、シャルが案の上激しい怒りを見せ、彼に詰め寄ってくる。

 

「勝手に機嫌を悪くした!? ちょっとヨウタ? それはどういう意味なのかな?」

「さあぁ? ワタクシはシャルロットさんのことなんて一言も言っておりませんが? 勝手に勘違いされたのではないでしょうか? あ、シャルロットさんは人の言うことを聞かずに勝手に怒り出して暴力を振るう癖があることにご自覚がお有りでしたのね?」

「!?」

 

 明らかに最近のシャルの態度を批難している陽太の言葉に、シャルは一旦大きく深呼吸をすると爽やかな笑顔になって、こう切り返した。

 

「そうだね。早く行きましょう火鳥隊長。他の皆を待たせるのはいけないですからね………あ、でも火鳥隊長は別に困りませんか。なんせ『自称』天才ですし、きぃっっっとそうやって適当に回りに文句を言って、迷惑かけて、自分で後始末もしないでも大丈夫だなんて勘違いされてますから!!」

「!?」

 

 こっちもオブラードに隠さずに言い返したものだから、ただでさえ沸点が低い陽太が簡単に怒りメーターを振り切って彼女に猛然と怒鳴り散らした。

 

「どういう意味だっ!?」

「さあぁっ!?」

「そうやって可愛くない態度しやがって………あの『爆乳(おんな)』より可愛くないぞ!!」

「!!・・・それどういう意味よ!?」

「さあね?」

「自分を負かした相手にまさか一目惚れでもされちゃったかな!?」

「!!・・・言って良い事と悪いことがあるだろが、このバカシャルが!!」

「誰がバカだっ!? このバカヨウタ!?」

「バカって言ったほうがバカなんだよ! バァ~~~カッ!!」

「明らかに自分のほうが言ってる回数多いでしょう!? バカッ!!」

 

 もう完全に子供のケンカである。これには他の隊員達が同時に顔をしかめ、延々と続きそうなこの口ケンカを止めるためにようやく仲裁に入るのだった。

 

「あーあー、ちょっとそこのお二人さん。いい加減にしましょうね」

「あ、こら、邪魔スンナっ!」

「あーハイハイ」

 

 陽太の腕を無理やり引っ張ってシャルから遠ざける鈴と、彼女の反対側からラウラが今度はシャルの腕を取る。

 

「!?」

「き、気持ちはわかるがシャル………今は一応任務の時間だから勘弁してほしい」

「………わかってるよ!」

 

 鋭い眼光で見られて一瞬だけ押し黙ってしまうラウラだったが、何とか副隊長としての役目を思い出してシャルを引き離すことに成功し、抵抗せずに歩いてくれるシャルに内心で感謝する。その後ろで鈴と一緒に陽太を宥める一夏、幼馴染二人の様子を羨ましそうにハンカチを咥えて悔しがるセシリア、そして唯一落ち着いた様子で箒がため息を付く。

 

「……………」

「……………」

 

 ―――ハンッ!!―――

 

 お互いがそっぽを向き合い、幼子のように頬を膨らませあうのを見た奈良橋は、病気の身体でありながらこんな問題児たちを一手に引き受けながらも弱音一つ漏らさずに仕事を行っていた千冬を心の中で褒め称え、やっぱり彼女の病気悪化の一旦はコイツ等にあったのでは?という新たなる疑問を思い浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

『倉持技研』

 日本政府の直轄する法人機関であり、かつては『ある』第三世代ISを開発していたのだが、目標に掲げたコンセプトの実現があまりに難しく、結局そのISを手放した経緯がある。だがそのISは非公式の取引で法外な値段でコアごと引き取られ、倉持技研は開発失敗の責任追及をされることもなく、現在もそれ以前に開発された第二世代IS『打鉄』のメンテナンスや武装開発やOSのアップデート、また新規の第三世代機開発のために運営されていたのだった。

 だがこの時、日本政府は一つの誤解をしていた。

 非公式の取引でISをコアごと引き取った人物がIS開発の生みの親で、そのISが想わぬ形で日本国内に持ち込まれてしまったことを彼らが後から気が付いたとき、そのISは自分たちが国内で唯一手が届かないIS学園にあったことに。

 

「さあ、対オーガコア部隊の諸君!! これが我が研究所のコネを色々使って集めれたこのヒカルノさんの『私物』だっ!!」

 

 ―――静止する時間―――

 

 第二研究所の一画の建物に収められている、ISの武装の数々を『私物』として集めていたヒカルノのぶっちゃけには、流石の陽太もツッコミを入れることなく固まってしまう。武装一つで億単位がかかるものも珍しくないISの武装を、しかも試作品ということはほとんどが流通していない一品物のはず。それを自腹で全て購入できるはずもない。

 恐る恐る一夏が彼女に聞いてみる。

 

「冗談ですよね?」

「ハハハハッ………お姉さんは君のそういう所が好きだぞー!」

「(はぐらかしてきた!?)」

 

 横領か? 研究所のお金を私的に流用して横領したのか? 聞きたくない大人の影の事情が見え隠れし、なんだか自分がとんでもない犯罪の片棒を担いでいるかのような感覚を覚える一夏だったが、そんな一夏のある部分をヒカルノは見つめて、懐かしそうに声をかける。

 

「あんたもお帰り『白式」」

「えっ?」

 

なぜ自分のISに『お帰り』などと言ったのか? 不思議そうに見つめる視線にヒカルノは笑いながら答えた。

 

「あら? 織斑君は知らなかった? 白式は元々この倉持技研が開発していたISなのよ」

「!?」

「でも途中で色々難航しちゃってね………どうしようか、あれよこれよとしているうちに、急にISをコアごと買い取りたいって人物がいるって政府から言われてね。金食い虫扱いされてた白式を売り払おうって動きを私も止めれなくてね」

「そんなこと……!!」

 

 自分の相棒が金食い虫扱いされていたということに強い不快感を覚える一夏を見たヒカルノは、我が子のように思っていたISを託された者の真摯さに感謝の念を覚える。

 

「白式を買い取ったのは篠ノ之さんの使いの者だよ」

「!?」

「きっと彼女はこのISのコアがファーストISの『白騎士』だったことを知ってたんだね。しかも織斑さんの所在不明にされてたIS『暮桜』のコアまで後から移植して………気をつけなよ少年。私の超人同級生二人の願いがこのISには込められてるんだらね」

「ど、同級生!?」

 

 初めて聞くその事実に目を白黒とする一夏だったが、そんな様子を面白そうに見つめるヒカルノが更にもう一つの事実も物のついでという態度で告げてくる。

 

「そしてもう一人………言わなくても誰かわかるわよね?」

「………あの女か」

 

 側で聞き耳を立てていた陽太の搾り出したかのような声によって、一夏の脳裏に『暴龍帝(彼女)』の姿がよぎり、奥歯を強く噛み締めるが、ヒカルノは肩を三度叩くと苦笑しながらも一夏に無言で『力み過ぎは良くない』と注意してくれたのだった。

 

「負けて悔しいのもわかるんだけど、だからこそ色んな方法で強くなる事模索しなきゃね」

「………ハイ」

「へぇ~………」

 

 悔しさを忘れはなしないが、しかし先走ったりもしない。適度な緊張とリラックスを無意識に行った一夏の姿勢に少し自分の方が彼を見くびっていたのかもしれないと態度を改めたヒカルノは、一夏の肩に手を置きながら改めて今回の研究所訪問の目的を高らかに宣言する。

 

「さあIS学園の精鋭の皆ッ!! 今日は出血大サービスだ、好きな武器持って帰ってくんなっ!!」

 

 ―――倉持技研の対オーガコア部隊への全面バックアップ―――

 

 千冬が入院してから間もない日、学園長へと打診されたその提案は、正式な整備施設を持たない対オーガコア部隊にはありがたいもので、本来頼るべき国際IS委員会と亡国機業との裏の関係が懸念される中、本格的な整備施設を陽太達は手に入れたことになったのだ。

 法人団体とはいえ個人が筆頭株主を勤めている倉持は、事前の徹底した調査によって亡国との繋がりはないと判断され、また元倉持職員である奈良橋による助言もあり、高度な整備技術を要求される対オーガコア用ISのオーバーホール及び中破以上の修理の際に施設を全面的に使用させてもらえる意向となり、今回はその第一歩として最近問題視されている『ISの性能向上プラン』の一環として、第二研究所所長のヒカルノが管理している武装を無料で提供しようというなんとも太っ腹な提案をなされ、今日は部隊全員でこの場所に集まった次第であった。

 

 敷地の中に展示されている武装の数々を興味深そうに眺める隊員達は、基本的に如何なる武装を使用するのかその隊員の意向が第一に優先されることを聞いており、各自真剣な表情で、自分に今何が足りなくて何が必要なのかを必死に考えながら武装のチョイスを行っていた。

 

「…………」

 

 イギリス代表候補生で部隊における狙撃とビットによる支援攻撃を主にしているセシリアは、初めて見る試作型の武装を見つめながら、せわしなく自分のISのデータと照らし合わせ、ある武装をその瞳に止める。

 

「これは………」

 

 ―――通常のIS用ハンドガンよりも一回り半ほど大きな試作型レーザーハンドガン―――

 

「ああ、そいつかい? 御目が高いお客さん!!」

「篝火………ヒカルノ…所長」

 

 背後から声をかけてきたヒカルノの姿に一瞬声が詰まる。

 赤い半纏を着て『大特価セール!!』という旗を背中に指している姿に、セシリアはちょっとだけドン引きしかけるが邪険にするわけにもいかず、引き攣った笑顔を浮かべながら落ち着いて対処することにした。

 

「こ、このハンドガンなんですが………」

「元はセシリアちゃんの本国の量産型IS『メイルシュトローム』が装備するように作られてた物さ。威力と連射性能のわりにサイズも抑えられてて、しかも銃身の下に近接時の打撃用のアックスを付けたことで敵とのインファイトにも対応できるってものさ」

「我が国のメイルシュトロームに?」

「た・だ・し………競技用のISじゃ燃費バカ食いな上に、精度は並みの武装と変わらないからこれ使うぐらいなら現行のものでも十分だって、結局採用はされなかったの………使い手次第で十分に威力発揮できると思うんだけどな私は」

 

 ヒカルノの説明に非常に興味が注がれたのか、実際に触れながら自分のISのスペックデータと照らし合わせ十分に自分のカスタムISならば運用に支障はないと判断して、ヒカルノに申し出る。

 

「すみません、少しこの銃、お借りしてもよろしいでしょうか?」

「あいあ~い。表の出入り口出て右にいったらIS用の武装試験場あるから、好きに使ってね。建物の人間には部隊の皆が来たら協力するように言ってあるから」

 

言うや否やセシリアが小走りで出て行くのを手を振って見送ったヒカルノは、次に部分展開して険しい表情で近接用の大型ハンマーを持ち上げている鈴に興味を示す。

 

「あらら? スペックデータじゃ甲龍の改良型は可変機だから一撃離脱戦がしやすい武装が好ましいんじゃなかったかしら?」

「!!」

 

 キッ!と険しい目で睨んでくる鈴だったが、ヒカルノは小首を傾げておどけて受け流す。このあたりは流石に年長ゆえの余裕であろうか、彼女の失礼な態度を特に気にした様子はない。そんなヒカルノの様子に一瞬だけ怒りを覚えた鈴だったが、喉元まで競りあがってきた気持ちを深呼吸して再び腹の内に納めると、落ち着いた表情でハンマーを元あった場所に戻しながら彼女に答えた。

 

「今一番部隊で攻撃力がないのが私よ。それにスピードだって通じない」

 

 暴龍帝が駆るヴォルテウス・ドラグーンには甲龍・風神が持つ衝撃砲も剣戟もまったく通用しなかった。そしてシュミレーションの上とはいえ審判の熾天使(カリュプス・ミカエル)の前には自慢の機動力も意味を成さなかった。

 どんなに低い確率でもワンチャンスある他の隊員たちと違い、勝てる確率が限りなく0の可能性しかないと鈴は感じ取ってしまい、誰よりも今は戦闘力の増強に焦っていたのだ。

 

「なるほどなるほどね」

 

 彼女の甲龍・風神は、操縦者のイメージ・インターフェイスを用いた特殊兵器の搭載を目標とした第三世代の中でも一際実験的な機構である『可変フレーム』を搭載していて、本来はそちらの有用性を確立するために作られたISなのだ。

 可変フレームによって他のISでは機能特化専用パッケージ(オートクチュール)を着けねば出せない速力を瞬時に変形することで確保できるISなだけに、火力の保持は最低限に押し進められたのかもしれない。このあたりは元祖設計者の篠ノ之束や実際に開発した中国の技術局が悪いというよりも、想定されている目標をクリアしてはいるが実際の戦場において有用性が発揮されるとは限らないという現状があり、この辺りのギャップの差に鈴が苦しんでいるのをヒカルノは感じ取る。

 

「だったらさ、こういうのはどうかな鳳君?」

「?」

 

 彼女が指差した先、そこにあったもの。

 

 ―――壁に展示されている砲門らしき部分と小型のスラスター部分が見えるユニット―――

 

「あれなんですか? 鈍重なもの着けて遅くなるのは勘弁願いたいんですが?」

「さっきまでハンマーみたいなもの振り回してたくせに」

「ぐっ」

 

 胡散臭そうな目で見ていたヒカルノの鋭いツッコミに言葉が詰まる鈴を尻目に、彼女は武装の説明を続けていく。

 

「アメリカのとあるISメーカーが自国の第三世代『ファング・クエイク』のパッケージとして開発を進めていたものの1つでね」

「あ、甲龍と同コンセプトで作られてたってヤツだよね?」

「そうそう。燃費と安定性が重視されているIS用に作られた『アタック・ブースター』さ。高機動用ロケットブースターとビームキャノンを内蔵してる。あいつはその時に作られた試作型の一機さ」

 

 専用で開発されたジェネレーター出力が想定よりも高くなってしまい、ビームの威力もブースターの推力も予想よりも高くなったのだが、肝心な安定性に支障をきたす結果となり、テストで負傷者を出して実際に採用された時には出力制限をかけたものとなった曰くがある代物なのだが、鈴はむしろ面白そうな表情となってヒカルノのほうに振り返る。

 

「つまり火力もスピードも上がるってことよね!」

「その上サイズもコンパクトに収められてるから機体のバランスも崩さない」

「よしきた! 私にあれをちょうだ………い」

「うんうん、じゃあ今から君のISにつけるように調整………ってどうした?」

 

 先ほどからチラチラと鈴の視線がヒカルノのある部分に注がれていることに気がついた彼女は、その視線の先を追ってみる。

 

 ―――動くたびに揺れる自分の巨乳―――

 

「ああ、なるほど。だから不機嫌だったのね」

「!!」

「大丈夫大丈夫」

「あ、ああ………私は……別に」

 

 慌ててそんなこと気にしていないと訂正しようとしたが、ヒカルノはいい笑顔で親指を立て、将来性のある若い子にこう言って聞かせるのだった………。

 

「君の彼氏になる子は、きっと手に収まるサイズの君のコンパクトな胸だって愛してくれるさ!」

「ケンカ売ってるの、このバカ女っ!!」

 

 やっぱりコイツは好きになれない。今日一日の付き合いだったがそれだけは固く心に誓う鈴音であった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 研究所上空をアタックブースターを背中部分のハードポイントに装備した甲龍・風神がその機動力を確かめるように慣熟飛行をする中、失礼な発言をして頭にタンコブ1つ着けられたヒカルノはいたって上機嫌でその様子を眺めていた。どうやら年下に殴られたことにもあまり腹を立てない器の持ち主のようなのだが、デリカシーに欠けていることを直そうとも思わないタイプらしい。

 通常のスラスターの加速にあわせてロケットブースターを点火し、非常に良好な加速を得られることに満足したように次々と複雑な軌道を描きながら空を飛び交う中、双眼鏡で上空の様子を覗き込んでいたヒカルノに奈良橋が声をかけてくる。

 

「篝火所長!」

「………どうした奈良ちゃん?」

 

 双眼鏡から視線を外さすに声だけで返事をするヒカルノだったが、非常に困ったかのような声を出す奈良橋の様子のおかしさがきになって振り返ってみる。

 

「あの………その……所長からも説明してやってほしいんです」

「ん?」

 

 そして振り返った先に作業着を着た奈良橋と、そんな彼の隣に立ちながら敬礼してくるラウラの姿があった。

 

「あら………副隊長さん、どうしたの?」

「篝火所長殿。私のISのパワーアッププランを見てほしいのです」

 

 ものすごくやる気満々そうなラウラが目を輝かせて見せてきたある一枚のレポート用紙。そこに書かれていた子供のラクガ………自分のISのバージョンアップした図が描かれていた。

 

「ほうほう」

「皆には連携をと言いましたが、私自身も自分の研創を忘れるわけにはいきません。そして私のISの欠点もわかっています」

「これはまた凄いことになっちゃってるけどさ………奈良ちゃんはやっぱりこれだと機体バランスが取れないというわけね?」

 

 特に驚くことなくラウラの話を聞くヒカルノの様子を見て、奈良橋はいやな予感を感じながらも言葉をつむぐ。

 

「私は現場に出ていない人間ですので、出来うるならばコイツの意見を優先してやりたいのですが、いくらなんでもこれは『武装過多』もいい所です。拡張領域(バススロット)も無限にあるわけではありません。それにこんなに積んでしまっては機体の反応性(レスポンス)にも問題が出るだろ?」

「そのための『これ』です!」

 

 力強く絵のある部分を指差すラウラであったが、それでも奈良橋の表情の険しさを消すことはできない。彼も長年ISに関わってきている人間だ。いくら操縦者が優れた技術を用いても無理なものは無理であるということは整備士の彼にも理解できている。

 両者一歩も引かずに睨み合うラウラと奈良橋であったが、間に立っていたヒカルノは手に一本のサインペンを持つと、いきなりラウラが書いた図に罰印をつけた。

 

「何故なのです!!」

「致し方あるまいボーデヴィッヒ」

 

 涙目になるラウラと安心した表情で彼女を慰めようとする奈良橋の前で、ヒカルノは紙を裏返すと猛烈な速度で何かを描き出した。

 

「まずは『コイツ』を持ってきて、『コイツ』をこうして、『コレ』をこう変形させて………」

「オオッ!!」

「なっ!?」

 

 段々と図が出来上がる度に瞳が輝くラウラと、今度は逆に奈良橋が驚愕に固まりだす。

 

「コレをこうしちゃえば………どうだ!?」

「素晴らしいッ!! 私の案のまま………いえ、それ以上の出来になります!!」

「なっ………ちょっ…」

 

 完成した図を見せてドヤッと笑うヒカルノとそんな彼女を尊敬の眼差しで見つめるラウラと尻目に、プルプルと震える奈良橋は、ヒカルノの悪い癖が爆発していることに気がつく。

 

「所長ッ!?」

「なによ奈良ちゃん、そんな顔して?」

「こんなもの認められるわけないでしょ!? 第一、使用するための『機体』、どこから引っ張ってくるんですか!?」

「あ、私、この間小型だけど高出力のジェネレーター買ったからさ。それ使って作ろうかと思うの」

「じゃあ運用のための『OS』は!?」

「奈良ちゃん、私の専門何か忘れちゃったの?」

「予算はどこから!?」

「対オーガコア部隊のIS開発及び整備に関しては特別予算枠よ。国とIS委員会から援助出たってこの間言ったでしょ? おかげで何の遠慮もいらないわ!」

「お一人で作ったら流石に完成まで時間が…」

「私のチーム、今暇よ。例の『アレ』に人手が中途半端に回されてるから………ISを一から作るなら不足しちゃうけど、『コレ』なら別に私とあと五人ぐらいいれば一週間ぐらいで運用実験まで乗り出せちゃうかな?」

「ホントですか!?」

「うん。ちょうどいい所にアメリカから仕入れたやつがあってさ。試作ジェネレーター乗っけて、あとは副隊長さんのIS用にちょちょいと改造しちゃえば………フッフッフッ、久しぶりに血が滾りよるわ!!」

 

 これから不眠不休でラウラの要望に応えるためにアメリカから仕入れてきたブツを魔改造するのだろう。開発の専門はソフトウェアのくせに、ハード部門にかける情熱は本業以上である。ではなぜ機体開発に行かなかったのか?

 その理由がこの発言に集約されていた。

 

「ある正義の味方を目指す少年は言った。『カリカリにカスタムされた偽物が本物に敵わないなんて道理はない!』とな」

「・・・その魔改造癖が祟って開発費を雪達磨方式で膨大にさえしなかったら、私も貴女を素直に尊敬できるんですがね所長?」

 

 『この女に機体開発なんてさせたら予算が吹っ飛んで借金まみれになるわ!』と首脳陣からのクレームによってソフトウェア部門の所長をさせられているこの女傑の悪い癖が今も直っていないことに、奈良橋の頭痛が更にヒドイ物になろうとしたとき、所在無くトボトボと歩く人影を見つけ、思わず声をかける。

 

「デュノア!?」

「!!」

 

 行く当てもなさそうに歩いていたシャルがびっくりしたように全身をビクつかせる中、次の獲物を見定めたヒカルノが全力疾走してシャルに迫る。

 

「カーノージョーーーッ!! 君はどんな改造させてくれるのかなーーーー!!」

「アンタはただ改造したいだけなんですか!?」

 

 なんやかんや言いながら趣味を第一優先するのかと嘆く奈良橋を尻目に、シャルに駆け寄ったヒカルノだったが、その時シャルが見ていた光景を目撃する。

 

 ―――ガラス越しに映る新兵装の訓練をするセシリアと、彼女にアドバイスを送る陽太の姿―――

 

 銃の取り扱いに関してはセシリアにも十分な知識があるのだが、ことハンドガンなどの高速の抜き撃ちや速撃ちに関しては陽太の方が断然スキルが高いために、彼にアドバイスを貰ったのだろう。隊員に頼られれば必要なことである以上隊長として陽太もそれに応えるのは当然である。

 そしてそんなこと判り切っているのがシャルなのだが、陽太がそうやって自分を見ずにほかの女性の方を向いてしまう度、胸のうちに鋭い痛みが走り、それ以外何も考えられなくなってしまうのだった。

 

「ふ~~~ん………ほうほう」

 

 シャルの表情と彼女の視線の先の光景を交互に見て状況を察したヒカルノが、彼女の隣に立つと世間話のような感じでいきなり核心に踏み込む。

 

「彼氏取られて面白くないか~」

「ブホッ!」

 

 予想もしていなかった言葉に動揺して噴出してしまったシャルをヒカルノが不思議そうに見つめ、彼女は問いかけた。

 

「あれ? ひょっとして彼氏じゃないの?」

「ち、ちがいますっ!」

「じゃあ旦那様?」

「もっと違いますっ!!」

「ご主人様とメイド!?」

「いい加減にしてくださいっ!?」

 

 何を聞いてるんだこの人は、と背後の奈良橋は呆れ返っていたが、彼女は尚も止まらずにギラギラと光る瞳で質問をシャルにぶつけまくってくる。

 

「じゃあさ、じゃあさ、あの天才君と君はどういう関係なのかな? あとISの武装何にするか決めた?」

「そのなにも………というか私は武装はいりません」

「なしてそんなお姉さんが悲しくなるようなこというとよ!?」

「(なんか急に訛っまった言い方に)い、家の方から新しいパーツが届く予定で………その…やっぱり私のヴィエルジェの武装のことは会社(いえ)の人間がよくわかってるはずなので」

「あちゃーー………またしても私に立ち塞がるかデュノア社ぁっ!! 打鉄のIS学園の保有台数のときも散々ラファールとの数で揉めたのを逆恨みしてーーー!!」

「いえ、たぶんそこはまったく関係のない所だと思うんですが」

 

 頭を抱えて一通り叫んだ後、ヒカルノは心底詰まらなさそうにほっぺたを膨らませた。

 

「ブーブー」

「ハハハッ………」

「じゃあさじゃあさ、やっぱり二人はどういう関係なの?」

「まだ聞くんですか篝火さん!!」

「あたりまえじゃない………私は気になるよ~~~。織斑千冬以来の天才操縦者とその恋人なんて………良い男を作るのは良い女だって相場は決まってるしね?」

「!?」

 

 良い男を作るのは良い女。その言葉を聴いた瞬間に再び表情を曇らせたシャルの様子にヒカルノは先程まで陽気でおちゃらけた雰囲気を引っ込めて彼女の心の内側に再び踏み込む。

 

「自信がない? 彼の隣に立つ自信が?」

「!!………いえ、私は、別に………ヨウタの隣に立ちたいとかいうのは」

「でも正直あのままじゃ危険だよ」

「えっ?」

「………会ったんでしょ? 『今』はアレキサンドラ・リキュールって名乗ってる人に」

 

 自分とヨウタの間に割って入ってきた人の名前を出されたシャルであったが、思わず覗き込んだその表情は先程とはまるで別人かと思わせるほどに硬く、そして冷ややかな物であった。

 

「彼女とも知り合いさ。もっとも私はただのクラスメートだから特別仲が良かったわけじゃない。まあ言葉をちょっと言葉を交わしたことがある程度の間柄さ」

「そうなんですか?」

「だからこそわかる。今の彼は危険だよ………人並み外れた才能以上に、自分の目的を遂げれるためなら平然と『踏み越えちゃう』ところとかね」

「…………」

「それは意志の強さであり、人として本当は尊ぶべきものなんだろうけどさ………でもそれってホントに凄いってことなのかな?」

 

 冷ややかで硬い表情の隙間から漏れ出した言葉と熱が篭ったセリフに、シャルはなんとか自分の言葉を紡いでみる。

 

「………意思が…強いことは………凄いことだと思います」

「フフッ………私もそう思うよ。そう思うんだけどさ………だけどさ………見てて苦しくなる」

 

 ―――誰よりも先に走っていってしまったがために、周りに誰もおらずに取り残された子供のような天才の姿―――

 

「皆のためにって、走っていったのに………結局誰もついてきてくれずに、一人ぼっちにされてしまっているその姿………苦しいね、見てて」

「……………」

「一人ぼっちにしてしまった私達にも、何か責任はあるのかな?」

 

 どこか思う所があるかのようなヒカルノの口ぶりは、シャルの心に大きな波紋を広げていく。

 離れたくないフランスからやってきて一度は縮んだと思った陽太との距離が再び開きだしていることは彼女も感じ取っているだけに、『いつか理解を失くす』と暴龍帝の言葉が何度も頭の中をリフレインして止まらない。

 そんな不安を感じ取っているシャルの肩に手をかけたヒカルノは、再び明るい色をした笑顔を浮かべ、彼女の不安を取り除こうとした。

 

「大丈夫大丈夫、君がそうやって真剣に悩んでくれてることはあの子もわかってるさ!」

「………どうだかわかりません」

「おやおや? じゃあ止めちゃう? 諦めて天才君をこのヒカルノお姉さんに譲ってくれるかな?」

「!!」

 

 冗談のつもりで言った言葉に仰天して振り返ったシャルの表情に気をよくしたのか、ヒカルノがなおも小悪魔的な表情で言葉を続ける。

 

「手に負えないなら、お姉さんが最後まで面倒見てあげるわよ?」

「結・構・ですっ!!」

 

 そんなことは断じて許さんとキッと睨んできたシャルを見て、陽太に負けないぐらいの負けん気と意志の強さが彼女にも宿っていると感じ、安堵する。だからこそ彼女は直感した。

 今、彼女が悩んでいることはきっと後の人生を豊かにするために乗り越えるための『壁』なのだと。

 

「(そうそう、振り向かないならぶん殴って振り向かせるぐらいの強気があれば、彼のほうから放っとかないから!!)」

 

 怒り心頭で『やっぱり自分がどうにかするしかない!!』とブツブツと呟きながら歩いていく少女の後姿に、ほのかな頼もしさをヒカルノは見たのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 そして最後になってしまった元クラスメート二人の弟と妹の姿を探し彷徨う。なんとなくだがあの二人と同じ血を引いている考えると、ヒカルノは少しだけ感慨深い思いを浮かべる。

 

 こう見えてもヒカルノも小学生時代はちょっとした天才少女として世間を騒がせそれを鼻にかけていた時期もあったものなのだが、そんな彼女の天狗の鼻を見事にへし折ってくれたのがあの三人の同世代の少女だった。

 小さい時から頭脳明晰でスポーツも優秀だったためか、勉強して偉くなる事だけが全てだった。同世代のみんなが外で元気よく遊び回ってるのを横目に見ながら机の上で勉強に打ち込み、スポーツや武道にも精を出した。

 なのに勉強してテストで一番を取るたび、運動競技で表彰されるたび、周りの人間全てが努力を放棄した卑怯者のように見えていつも何かにイライラして腹が立っていた。

いつしか誰にも心を開かない、自分しか信じないエゴの塊になりかけていた時・・・。

 

 ―――中学の入試で篠ノ之束にトップの成績を取られたのは―――

 ―――中学の体力測定で織斑千冬に全ての数値で上回れたのは―――

 ―――そしてその事を逆恨みしてケンカをしようとしてアリア・ウィルに指二本で失神させられたのは―――

 

 ヒカルノは、三人に出会って、頭をかち割られた気分がした。

 

「(私はあの時、救われたんだ)」

 

 ―――自分よりも強い人間がいる。自分よりも努力した人間がいる―――

 

 ―――自分はひとりぼっちじゃなかったんだ―――

 

 なんだか無性に嬉しい様な、悔しい様な、恥ずかしい様な、むず痒くこそばゆい気持ちになったのを今でもはっきりと覚えている。

 きっと自分と同じように他の人よりも少しだけ『何か』が違って、でも自分よりもずっと頑張った三人だったのだろう。

 

 ―――ありがとう。私を救ってくれて―――

 

 きっとそんなこと言われてもあの三人は怪訝な表情なるのは目に見えてるから一生いえないかもしれないけど、いつかちゃんと面と向かって言ってみたい。そう考えてもう10年近くなり、今はここで篠ノ之束の作ったISに関する研究と開発を行う場所に自分はいる。とても数奇な運命だ。

 

「………とっ!?」

 

 懐かしい思い出に浸っていたヒカルノだったが、第二研究所内部をあらかた探し回り、最後に残ったISの調整や製造を行う作業所に差し掛かったとき、入り口に目当ての人物二人がいることに気がつき、こっそりと背後から近寄る。

 

「………なんであの人がここにいるんだよ?」

「………私も何も聞いていないぞ?」

 

 どうやら作業している人間が意外な知り合いだったらしく、一夏と箒も驚いていたのだ。

 そんな二人に釣られて中を後ろから覗き込んだヒカルノは、しばし考え込むと合点がいく。

 

 ―――作業着を着込んで薄い蒼色のカラーリングのISを調整する布仏姉妹―――

 

 年が若いが丁寧で柔軟な発想ができる若いIS整備士の二人のことかとヒカルノは納得すると、二人の口を後ろからすばやく塞ぎながら、彼女は説明してくれた。

 

「「!?」」

「はいはい、驚かない暴れない大きな音出さない。最終調整中だから中の二人が集中してるからね」

「「………」」

 

 ヒカルノの言葉をゆっくりと租借して納得した二人が、手を離されても何も言わずにゆっくりと彼女の方に振り返る。

 

「うちで作ってる最新鋭第三世代さ。正確に言うなら………貴方達のISのデータをフィードバックして作られた『第3.5世代』対オーガコア用ISだけどね」

「!?」

「それって………」

「ある娘から依頼があってね。設計プラン自体は前からあったんだけど技術的に難しい部分があってね。でも君達のISのデータのおかげでなんとか完成に漕ぎ着けたんだ。まあハードの組み立てはともかく、中のOSと武装の調整とかあの二人が頑張ってくれたんだけどね」

 

 その言葉を聴いた瞬間、あのISが誰が搭乗するものなのか箒は悟る。彼女の瞳が理解をしたということヒカルノに教えると、彼女もまた感慨深い瞳で説明を続けてくれる。

 

「研究所を間借りする間は迷惑かけられないからって、資材から資金から彼女の周りの人間が用意してね………凄いね、いや。ああやって彼女に頼まれなくたって周りの人間が真摯に行動してくれるって」

「…………姉さん」

「あんなの見せられて、まだ『凡人』なのか『天才』なのかって悩んじゃうのかな、彼女は?」

「それは!?」

 

 箒は誰が言われているのか理解し、なんとか弁明しようとしたが…。

 

「変わんないこともある。変わらずに待っててくれるんだから」

 

 ヒカルノのその言葉に何も言えなくなっしまう。彼女がただ単純に楯無の事を否定したがっているわけではない事が箒にもわかったからだ。

 二人のそんなやり取りを黙って見守っていた一夏だったが、突然腕の待機状態の白式からコールが聞こえてきた、あわてて通信に答えた。

 

「はい、一夏・」

『すぐに出撃だ一夏!!』

 

 隊長としての陽太の緊迫した大声が、一瞬で一夏を意識を戦士のものへと変化させ、また箒も彼の言葉を聴いて緊張感を一気に戦闘状態へと変化させる。

 だが出撃する場所がどこなのかと聞いた時、二人の思考が凍りつく。

 

「わかった! 場所は!?」

『鵜飼総合病院………千冬さんから緊急連絡が入ったらしいが、すぐにブチ切られて状況がつかめねえ!!』

 

 ―――!?―――

 

 自分達にとって大事な人間、姉と親友が今も重体で入院するその場所が再び標的にされたことに、二人は返事もままならずに我を忘れてその場から走り出したのだ。だがその音によって姉妹が自分達の存在に気がついたことを一夏と箒は気がつけずにいた。

 

「箒ちゃんに一夏君?………何かあったんですか?」

「所長さん!!」

 

 虚と本音が交互に聞いてくるが、そんな中でもヒカルノは笑顔を絶やさずに腕まくりをすると、彼女達が調整している機体(IS)に触れながら檄を飛ばしたのだった。

 

「きっとこの子(IS)が必要になる。さあ急ピッチで仕上げるよっ!!」

 

 

 

 

 

 





あとがきは今回はちゃんと書きます!w


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夕闇の中の悪夢

二ヶ月ぶりの更新ながら出来がいまひとつ………なんだろう、かなりスランプだな


 

 

 

 

「…………」

「か、簪………ちゃん?」

 

 夕刻前の定期健診。

 夏の陽気をはらみ始めた生温い風が通り過ぎる病室のドアを開いた婦長が目にした光景。それはこの病室の主が、限りなく可能性が低いと言われていた少女が身体を起こしている姿であった。

 

「あら………簪ちゃん」

 

 感極まって涙を溜めながら少女に近寄る婦長。彼女にしても幼いころよりずっと見守ってきた親戚の少女が奇跡的に目を覚ましてくれたことを心より歓喜し、職務の事も忘れて簪に近づく。

 対して目を覚ましたはずの少女は相変わらずのやせ細った身体でありながら、身動ぎ一つ瞬き一つせず虚空をずっと見つめ続ける。

 

「ここがどこかわかる? あ、先に先生を呼ばないと」

「……………」

「どこか身体が痛いところはない? 何年も眠ってたんですもの、まだ頭がボーッとしても仕方ないけど」

「……………」

 

 ひたすらどこか一点を………いや、どこも見ずにただ呆然とし続ける簪を不審に思った婦長が、彼女に近づきその頬に触れようとする。

 

「大丈夫かい? 簪ちゃ………」

 

 そして彼女の頬に触れようした刹那―――

 

 

 ―――先ほどまで植物状態だったとは思えないほどの力強さで握り締めてくる簪の手―――

 

「痛ッ! か、簪ちゃん!?」

 

 普通の状態であったとしても、とても少女が出すような力ではない強さで握ってくる簪の握力に婦長の悲鳴が上がりかける中、彼女は目撃する。

 

 ―――簪の胸に光る紫の輝き―――

 

 そして虚空を見つめていたはずの視線が婦長に向けられると―――

 

 ―――大きく割れた口で、簪とは似て異なる邪悪な笑みを浮かべる少女の笑みを―――

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 それから数十分後、全員ISを展開させて現場に到着した陽太達を夕日を浴びた白い建物が出迎える。

 

「…………どういうことだよ?」

 

 疑問の言葉を述べながら陽太が注意深く周囲を警戒する。

 オーガコアが出現したという通報を受けてISを展開して最高速で現場に駆けつけてきたが、時間的な差し引きを踏まえてもあまりに静か過ぎるのだ。夕方の時間帯とはいえ人っ子一人病院にいないなど有り得るわけがない。そして仮に何かしらの功が制して避難がなされていたとしても、周囲の建物を見回しても何一つ破壊された痕跡がない。オーガコアが出現して暴れた痕跡はおろか人が存在している気配すらない。

 ハイパーセンサーで他の隊員たちも詳しく調べ続けるが、陽太と同様の結論に至り、この異常事態に危機感を募らせる。

 

「………オーガコアに病院の人たち全員が?」

「まさか!?」

 

 考えたくもない事態を口にした鈴にセシリアが悲鳴に近い声量で叫ぶが、陽太はその考えを否定する。

 

「それはあり得ない。仮に生物だけ都合よく殺す毒ガスなり生物兵器か何かを使って一瞬で近隣一体の生き物を即死させたとしても、死体も残ってない、着ていた衣類もない、何も破壊された痕跡もないなんぞ不自然極まる」

「じゃあ一体何があったっていうのよ!?」

「黙ってろ! 俺だって聞きたいぐらいなんだからなっ!?」

 

 苛立った鈴の言葉に陽太も苛立って怒鳴り返す中、シャルとラウラはある異変に気がつく。

 

「ヨウタッ!? 生体(バイオ)センサーの感度上げて!」

「?」

 

 言われたとおりすぐさまハイパーセンサーを調整すると、センサーの表示が一定感覚で反応と消失(ロスト)を繰り返す奇妙な動作を見せたのだった。

 

「二人のも同じ動作してるのか?」

「ああ。一定間隔で反応と消失を繰り返してる」

 

 消失と反応を交互に繰り返すセンサーの様子はまるで鼓動のようにも感じられ、異様な反応の仕方に三人は表情を曇らせる。しかし、この場に留まっていてもこれ以上の情報が得られそうにない。何よりも………。

 

「………一夏」

「わかってる!!」

 

 爪が食い込むほど拳を握り締め、歯を食いしばって懸命に冷静であろうとしている一夏と箒の姿を見ていられない。

 誰よりも大事な人間を助けに行きたいという思いを無理やり押さえつけてでも皆の為に落ち着こうとしている二人の気持ちをこれ以上焦らせるべきではないと考えた陽太が決断する。

 

「………班を三つに分けるぞ」

「!?」

「!!」

「一夏とラウラは四階の窓から千冬さんの元に。あの人の生存能力を信じれば万が一もない。そして一番この状況に関しての情報を持ってそうだ」

「わかった!」

「了解!!」

 

 陽太の指示を受け俄然表情が明るくなる一夏とラウラを見て満足した陽太が、次に箒とシャルを指名した。

 

「屋上からは箒とシャルが頼む。『出来るなら』身動きが取れない患者を優先して救出してくれ」

 

 とりあえず目下一番箒が気にしてやまない簪を救出して来い、と遠回しに言った陽太の言葉を聴いて表情が明るくなった箒と、『やればできるじゃん』とシャルが機嫌をよくする。

 

「更識『大』会長様も気になるところだがこれ以上は人数避けん。自力でどうにかしてると信じて………俺と鈴とセシリアで正面玄関からいくぞ」

 

 ちょっとだけ嫌味ったらしい言い回しになったが、一応楯無のことも気にしてるよ~というアピールをシャルの方にして、僅かな時間不信そうな表情になりながらも時間がないから今は良いと仕方なく首を縦に振って貰い陽太は残り二人の方を見る。

 

「何が出るかわからんがとりあえず俺達がメイン兼囮役だ。嫌なら俺一人でも良いが?」

「冗談」

「矢でも鉄砲でもゾンビでもこのセシリア・オルコットの敵ではありませんわ!」

 

 二人の了承も得て隊全員はすぐさま動き出し、ラウラが追加の指示を出す。

 

「狭い病院内部だ。全身展開ではなく部分展開で各自対応を。あとコアネットワークには常にアクセスして通信をオンラインで!! 敵に出くわしても無理に応戦しようとするな。防戦に徹しつつ仲間の到着を待つ。くれぐれも人命第一優先で!」

「「「「「了解ッ!!」」」」」

「りょ~~~かい」

 

 皆が動き出す中、一人だけ陽太は病院全体を厳しい視線を送る………この時、一人気の抜けた返事をしていながら、無意識に今までに感じたことのないタイプの『危険』を感じ取っており、それが何なのか具体的な説明ができず、結局は行動を開始してしまう。

 だが、彼が抱いた危険信号………それは掛け値無しに今まで味わったことないものだったことを、陽太達はすぐに思い知るのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 ―――正面の自動ドアが開き、辺りを注意しながら中に入る三人―――

 

「………………」

「………………」

「………………」

 

 広い病院のロビー内の空間に、三人の歩く僅かな音だけが響き渡り、その不気味さを一層の事引き立たせる。

 病院に慎重に近寄りながら、オーガコアの奇襲を想定していた三人は内部に入ると同時に腕部の部分だけを残してISを解除し、それぞれ獲物であるヴォルケーノ、スターダスト、双天牙月を手に持ち、慎重に歩を進ませた。

 

「………音が無い病院って、ホント薄気味悪いわね」

「あら、ホラーは苦手ですか鈴さん?」

 

 何も起きない状況と静か過ぎる空間にたまりかねた鈴の言葉にセシリアがツッコミを返す。怖気ついたのかと思われたと思ったのだろうか、鈴が心外そうに言葉を続ける。

 

「ぜんぜ~ん。アンタのほうこそ内心ビクビクしてんじゃないでしょうね!?」

「わたくし、幽霊のような非科学的な存在は一切認めておりませんゆえ、大丈夫ですわよ!」

「そういう強がり言ってて、いざ幽霊にあったら我を忘れて一人で逃げ出すタイプでしょ? アンタ、ホラー映画じゃ真っ先に死ぬタイプだわ」

「んまっ!?」

 

 なんという侮辱か! とセシリアが怒鳴ろうとしたとき、先頭を歩いていた陽太が突然立ち止まり、片手を上げて二人を静止する。

 

「静かにしろ。人の気配がする」

 

 ISのハイパーセンサーよりも速く気配を察知する陽太の様子にビックリする二人だが、陽太の動きに淀みはなく廊下の突き当りの個室のドアに手をやると二人の方にようやく振り向き、短く確認を取る。

 

「油断はするな」

 

 真剣な表情でうなづく二人を確認し、陽太は勢い良く扉を開いた。

 

「!?」

「!?」

「!?」

 

 陽太とセシリアが銃口を向け、鈴は前後左右どこにでも瞬時に飛び掛かれる体勢で中に侵入すると、そこに眼鏡をかけた一人の中年男性医師がブラインド越しに窓をジッと眺めていたのだった。

 この異常な事態の中で、ただ静かに外をじっと見つめる姿に若干の不信感と不気味さを感じながらもセシリアが一歩前へ出て医師に話しかける。

 

「私達はIS学園対オーガコア部隊の者です。こちらで不審なISコアの反応が有り、急行してまいりました。出来れば責任者の方に直ちにお話をお伺いをしたいのですが?」

「……………」

「それと、病院内に人が全然いないんです。すでに他の人たちは対比されたんですか?」

「……………」

 

 セシリアと鈴の質問に答えることなく、ずっと外を見続け答えることなく沈黙し続ける。

 まるで先ほどまでと同様に二人の話し声だけが病院内部に広がり、不気味さを更に助長させ、不安を煽られる中、陽太も一歩前に出る。

 同時に………。

 

「……………」

 

 部分展開を解除し、二人の横に立つと………。

 

「正直に答えろ、近くに『本体』はいるのか?」

 

 ―――まるで獣の爪を振り下ろすかのように医師が突然振り返り腕を振るう―――

 

「きゃあぁっ!」

「なぁっ!?」

 

 ―――生身の指を叩き付けられ砕けるコンクリート製の床―――

 

 質問に答えることなく、突然仕掛けてきた攻撃に反応できなかった二人の腰に手を回し後方に飛び退いた陽太は、前方を鋭く睨み付けた。

 

「やっぱりオーガコアに取り憑れて………!?」

 

 獣のような動きをしてきた相手の何処かにオーガコアが取り憑いたのか? その確認をしようとした陽太だったが、獲物を逃がしてたまるかと医師は再び陽太達に襲い掛かってくる。

 

「陽太さん!?」

「ちょ、アンタ、放しなさいよ」

 

 三人バラバラになって迎撃しようとしたセシリアと鈴だったが、不意を突かれた状態で二人を無理に突き放して危険にさらさせるわけにはいかないと、陽太は二人を放すことなく、しかし焦ることも恐れることもせずに落ち着いて相手を迎撃するのだった。

 

「キシャァッ!!」

 

 人間とは思えない奇声を発する医師が常人離れした瞬発力で迫るが………。

 

「あの女(爆乳)と鶏ガラ(ジーク)と比べれば、800万倍ほど遅ェ」

 

 ―――少女二人を抱えながら医師の真上を飛ぶ陽太―――

 

 陽太の速度はそんな医師を遥かに上回り、狭い廊下の天井ギリギリまで跳躍すると、ほぼ真上から医師の首、頸椎に対して強烈な踏み付けを行い、中年の医師は糸の切れた人形のように廊下に崩れ落ちる。

 

「アンタ、まさか殺しちゃったんじゃないでしょうね!?」

「バカ言え。殺るなら首根っこ捩じ切るぐらいにぶち込んどるわ」

 

 一般人相手に中々容赦のない一撃を加えた陽太に鈴が彼の腕の中で卒倒してしまうが、そんな鈴の様子を特に気にすることなくサラっと物騒な事を言いながらも受け流し、二人を降ろすとすぐさま待機状態のISを起動させハイパーセンサーのサーチモードを使い、男の身体の異変を調査し始めた。

 

「………おかしいな」

「ん? 何がよ?」

 

 口から洩れた疑問に思っていることが何なのかわからない鈴が聞き返し、陽太は振り返りながら答える。

 

「ISの前提条件を忘れたのか?」

「……………!?」

 

 陽太のその言葉に一瞬だけ何の事かわからないで首を傾げたセシリアだったが、すぐさま重大な事実に気が付き、表情を強張らせる。

 

「『ISは基本、女性にしか起動させれない』………」

「!?」

「俺と一夏という特例もいることはいるが、そうひょいひょい特例が出てくるとも思えない。そんでこのオッサンはどう見ても普通の中年だ。いきなりISを起動させてオーガコアに取り憑かれたとも考えにくい」

「ですが、先ほどの動きは、以前のラウラさんを思い出します」

「ああ」

 

 陽太とセシリアの脳裏に数ヶ月前にオーガコアに取り憑かれたラウラの様子が思い出される。

 確かにあの獣のような雄たけび、常人の運動能力を超えた動き、どれをとってもあの時の彼女を彷彿とさせ、だからこそ陽太達の疑念を深まらせた。

 

「やはりオーガコアが取り憑いている痕跡はねぇーな」

 

 ハイパーセンサーによる探査と触診による調査によって、この男は取り憑かれている可能性は限りなくゼロである、と結論付けたものの、では先ほどの動きは何だったのか? そもそもほかに取りつかれた人間がいて、なぜ表に出てこないのか?

 

「まさか………」

 

 そして陽太がある『仮説』に辿り着いた時だった。

 

「!!」

 

 ―――刺すような鋭い殺気の数々―――

 

「陽太!?」

「これは………」

 

 今度は鈴とセシリアも気が付くレベルだ。彼女達自身も操縦者として、戦士として練度が上がってきている証拠でもある。

 ましてや………。

 

「おい、セシリア」

「………なんでしょう?」

 

 冷や汗を垂らしながら鈴と背中合わせで武器を構えるセシリアに、陽太はジト目でこう問いかける。

 

「どうしてくれる。お前さんの冗談が本気になったぞ?」

 

 ―――周囲を取り囲む先ほどの医師同様に正気を失った人々の輪―――

 

 いつ、何処から現れたというのだろうか? まるで生きている気配を感じさせない、医師、看護師、入院患者などの集団が三人に向かって徐々に詰め寄ってきた。

 

「まさかこのご時世に、ホントにゾンビ相手にしないといかんとか………笑えんな」

「責任とってエクソシストでも呼んできなさいよセシリア?」

「そ、そんなことを言われましても!」

 

 セシリアが慌てて弁明しようとするが、周囲の正気を失った人々は勿論そんなこと知ったことではない。徐々に輪を縮めて優位な状況にもっていこうとするゾンビ集団に、どう対処するべきか?

 

 打つ手も見出せない窮地に陥った三人に、ゾンビ集団は容赦なく襲い掛かるのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 一方、屋上から非常出入り口をISでこじ開けて中に侵入した箒とシャルは、状況確認もほどほどに一目散に簪のいる部屋に向かっていく。

 途中で人にすれ違わない状況も、人の気配がまるで感じられないことも気がかりではあるが、今は一刻も早く簪を安全な場所に移動させたい。ただその気持ちだけで歩を進ませる箒とそんな彼女のことを思ってあえて代わりに周囲を注意深く警戒するシャルはVIP専用の病室の前にたどり着くと、不用意に一気に扉を開く。

 

「簪ッ!?」

「ちょっ!」

 

 流石に箒のそれは不用意にも程があるだろう、と敵が待ち伏せでもしていたらと気が気でないシャルが声を上げようとするが、扉を開くと同時に中に飛び込んだ箒の姿に、それ以上言葉を続けることも出来ずに押し黙ってしまう。

 

「………簪」

 

 まるで母親に縋り付く幼子のように、ベッドの上で横たわる少女の手を握る箒の姿に、今は注意の言葉など無粋だと思い、静かに彼女に近寄って彼女の肩に手をかけ、声をかける。

 

「箒………さあ、急ごう?」

 

 彼女の気持ちも十分にわかるが、今はとりあえずの確認が取れたということで、早々に彼女を安全な場所まで移動させようとしたのだが、その時背後で扉が静かに開く。

 

「!?」

 

 待機状態のISを持ち、いつでも展開できるように身構えたシャルであったが、そこへ入ってきた人物に箒が驚いた声をかけたのだった。

 

「婦長さん!?」

「えっ?」

 

 中年の恰幅のよい柔和な笑みを浮かべた女性。彼女が箒がよく話していた世話になっているという人なのかと納得したシャルは彼女に歩み寄ると自己紹介と簡単な状況の説明を行う。

 

「初めまして、私は箒のクラスメートで同じ部隊に所属しているシャルロット・デュノアです。申し訳ありません、現在この病院内で非常に危険な自立型軍用兵器が潜伏している可能性がありまして、直ちに簪さんほかの重症患者の方を………」

「……………」

 

 だが自分の言葉にもまったく反応なく笑顔を浮かべたままピクリとも動かない婦長の姿に、シャルは違和感を感じ、ちょっと引きつり気味の笑顔を浮かべてしまう。

 

「あ、あの~~~」

 

 何か自分がおかしいことをしてしまったのだろうか? 理由がわからず戸惑うシャルであったが、そのとき、背後から突然の箒の声が聞こえ振り返る。

 

「カッ!………ハッ」

「!?」

 

 ―――突然動いた手に首を掴まれた箒の姿―――

 

「箒ッ・」

 

 と、同時に振り返ったシャルに素早く近づき、婦長は彼女の両肩を握り動きを封じてしまう。

 

「は、放してくださいっ!! 箒が……」

「……………」

 

 シャルの声にもまったく反応を示さず、まるで見せ付けるかのように婦長は彼女を拘束し続ける。無理やり力任せに振り払おうとするシャルであったが、彼女の両肩に込められた力は常人とは思えないほど強く、代表候補生であるシャルが全力で反抗しているにも関わらず膝を付かされてしまうほどであった。

 

「クッ………は、放して!! このままじゃ………」

 

 寝ていたはずの簪の手が一瞬動いたかと思うと、突然自分の首を掴んできた事に箒はまったく反応が出来ず、何が起こったのかすら理解できないでいた。

 

「かっ………ん………ざ…し……?」

 

 何が起こっているのだろう?

 自分を掴むこの手はいったい誰のものなのか?

 息苦しくて今にも意識を手放しそうになりながらも、箒がぼんやりとそう考えていたとき………彼女はゆっくりと起き上がる。

 

「……………」

 

 二年間、誰よりも夢見ていた。

 親友がまた自分の目の前で微笑んでくれる瞬間を。

 あの日、理不尽に奪われた瞬間の続き………。

 誰よりも焦がれたその瞬間が、今、自分の目の前で起こっているのだ。

 

「……………」

 

 やせ細り血色も悪くなっていたはずの身体がすっかりと常人の外見とほぼ変わらないレベルまで元に戻っている………落ち着いて考えれば明らかに異常であるそんな事態にも気が付かないほど、起き上がってくれた事に感極まる箒の前で彼女は確かにゆっくりと微笑んで見せた。

 

「ああっ!!」

 

 自分の首を絞められていることすら忘れてしまったかのように、感極まる箒とは打って変わって、シャルは目の前で行われている事態の原因が何なのかいち早く気が付き、そして箒に向かって短く叫んでいた。

 

「箒っ!! 胸ッ!!」

「えっ?」

 

 首を絞められているために振り返ることは出来なかったが、シャルのその言葉に最初は何の事かわからずに視線を簪の胸の辺りに向けた箒は目にする。

 

 ―――鼓動のように点滅を繰り返す紫色の光―――

 

 ギリッ

 

 歯を食いしばり、次に湧き上がってきた感情は……………。

 

「………れだ?」

 

 自分の首を摘む簪の手を………箒は全身に一瞬だけ紅椿を展開することで弾き上げると、息苦しさから開放された反動か、床に崩れ落ちてしまう。

 

「ゴホッ! カハッ!」

 

 頭がガンガンする。血液が沸騰して行き場を失くす。視界が歪んで頭痛が止まない。

 

「………誰だ?」

 

 涙が流れて止まらず、床に、自分の手に雫となって零れ落ちてしまう。

 

「簪………答えてくれ」

 

 絶望的な状況から奇跡の生還を果たしたハズの親友の目覚め………だがそれは更なる絶望の始まりであったというのだろうか?

 

「答えてくれ!! 簪っ!?」

 

 胸元で妖しく光るオーガコアが点滅を繰り返す中、何も変わらない、柔らかい笑顔を浮かべたままの親友に、箒は眩暈すら覚える激しい怒りを覚えたままで問いかけた。

 

 

 

 

「お前にオーガコアを寄生させた奴は、何処にいる!?」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 鵜飼総合病院屋上―――

 

「…………どうやら始まったみたいですね」

 

 病院で最も高い建物の屋上において、貯水タンクの上に立つ女性………。

 

 夏場だというのに真っ黒いシスター服を着込み―――

 病的なほどに白い肌―――

 赤い瞳を隠す黒縁の眼鏡―――

 

 そしてどの角度から見ても美しく思える『作られた笑顔』を浮かべた女性は、右手を首筋に押し付けると虚空を見つめながら、『ある人物』と話を続ける。

 

『茶番(ファルス)の開演か………さあ楽しい演劇をたっぷりと観せてもらおうか?』

 

 彼女の体内にあるナノマシンによるリアルタイム通信……こうやって手を置くだけで通信相手の声だけではなく表情や周囲の状況が手に取るように判るのだが………今日の通信相手の機嫌がヤケに上機嫌そうで随分と珍しい。

 

「今日はご気分が大変良いようですね?」

『ん? まあ今日は『誰かさん』というクソのような人形がそばにいてくれないから気分がいいんだが………』

 

 いつも近くにいると怒鳴り散らしておきながら側にいなければまた怒る。理不尽以外の何者でもない彼女の言動であったが、それでも今日の返しは棘が少ないほうなのだ。

 

『それにな。随分と気の利いた役者の選択をしてくれたものだな………えっ?』

「………と、言いますと?」

『二年前見逃した理由がこういう『遊び』のためだったとはな………お前も随分と意地の悪い性格になったものだ』

「いえ………二年前に『殺さなかった』のは任務の優先順位を尊重したまでの話です。他意はありません」

『効率第一優先のお前らしい返事だな………まあいい』

 

 実際に本当にただ効率を優先して視界にも入れていなかっただけで、『トドメを刺さなかった』のも『邪魔をしに来た少女を軽くあしらった』のも、時間的な余裕がなかっただけなのだが、どうやら謙遜したとでも勝手に思ったのだろうか?

 それ以上の追求をせずに、彼女は目の前で行われている陽太達の戦いに視線を向ける。

 

「ですが………今回のオーガコア、随分と他の物と毛色の違う物みたいですね?」

『ん?………理由が知りたいか?』

 

 知識人が機嫌が良い時は黙ってしまうよりも、こうやって下手に出て相手にその知識を披露させた方が相手が喜ぶ。ある書籍に書いてあった情報だが、どうやら有用であるみたいだ。現に聞きもしていないというのに彼女は嬉々として話し始める。

 

『人類の有史以来、老いと人間同士の殺し合い以外で人を最も殺したものとは何かわかるか?』

「………難しい質問ですね……核ですか?」

『ブッブゥー………ありきたりだな』

 

 意地の悪そうな顔で答える彼女は、勿体ぶった表情を浮かべながら自論を展開した。

 

『正解は『ウイルス』だ』

「………ウイルス?」

『有史上、最も多くを殺したのは『マラリア』で6000万人近いと言われてる。『天然痘』や『ペスト』は中世で猛威を振るった。理由は衛生環境の発達の不十分………現代においても未発展途上国なら未だに『エボラ』が脅威だ。あっちは10日もあれば二割ほぼ確実に死んでるからな。おお、怖い怖い』

 

 目に見える大いなる破壊力に人は目を奪われがちになるが、本当に恐ろしいものとは常に目に見えない場所で、人知れず人に忍び寄り、命を奪うもの。

 そういう意味では確かに核やISよりも、未だにウイルスのほうが余程人体には有害な兵器であるといえるのだ。

 

「つまり今回のオーガコアは、ウイルス兵器であると?」

『正確にはナノマシンによる都市制圧型戦略兵器の雛形だ………オーガコアが最初に分布した極少武装(ナノマシン)が人体に入り、人体のタンパク質と血中の鉄分その他栄養素を用いて増殖、再び空気中に放出され空気感染を引き起こす………そして体内に入ったナノマシンはというと、すぐさま人間の脳内、意識を司る『前頭葉』に進入し自我を奪うと、親元であるオーガコアと特定周波で通信を行う。つまりはこの時点でナノマシンに乗っ取られた人間はオーガコアの人形………ゾンビ同然の存在になるのさ』

「なるほど………」

『だが私の作ったナノマシンは『そんなことでは』すみゃしない』

 

 彼女の言葉を合図に、日の暮れかけた都市の風景が徐々に変化し始める。

 

 ―――都市部の証明が徐々に落ち始め―――

 ―――突然の異変に人々の悲鳴や怒号が飛び交う中―――

 ―――やがて各所で上がり始める火の手――― 

 

『始まったみたいだな。祭りの祝い花火みたいなもんだ』

「………乗っ取る対象は何も人間の頭脳だけではない、と?」

 

 病院とは違う都市各所のカメラが捉えたのは、突然停止したかと思うと急に暴走しだした乗用車やバス、電車という各交通機関や、その交通機関に乗車していた乗客達が今、病院内部にいるゾンビのような変化をした一般人と同じように人々を襲う姿であった。

 

 赤い瞳の女の問いかけに、女性は見たものを毒する悪魔のような笑みを浮かべて嬉々として答える。

 

『人間の頭脳も電子回路も極論すると電気信号のやりとりで動いているんだ………つまりミクロレベルのナノマシンにしてみればどっちも同じ『モノ』としてしか映らないだろう?』

 

 そう、簡単に言ってのける女性であるが、事は早々単純なものではない。

 人間の脳と通信網に使われている電子機器とは構造から何から何まで違うのだ。それを極小のナノマシンに高度なプログラムを施し、かつ高速で増殖する機構とコントロールを強制的に奪う性能。これをオーガコアに僅か一週間足らずで持たせる頭脳。世界に少し違う形で発表すればノーベル賞もほぼ確実に手にできる功績を『手遊び』で行える者など、それこそ篠ノ之束ぐらいしか存在しないだろう。

 

「(ブレイン・モンスター………この辺りは流石と言うべきですか)ですがISの戦闘能力の前に、強化をした一般人程度では物の数ではないのでは?」

『……………デイズ?』

 

 デイズ………そう呼ばれた女を見た女性、『キャスター・メディア』は、心底楽しそうな表情を浮かべ、デイズにこう言い聞かせる。

 

『アイツ等は私の「無二の親友」、アレキサンドラ・リキュールの孫弟子達だ。なら私にとっても孫も同然の子供達………だったら、たぁっっぷりと可愛がってやらないとな?』

 

 口元を限界まで開き、瞳に宿した果てしない闇を揺れ動かし、今は亡き『無二の親友』のことを思い出す。

 メディアはわかっているのだ。IS学園メンバーは絶対に一般人に対して過激な攻撃ができないことを。彼らは普通の市民達を全てを守るために戦っていることを。

 それが織斑千冬の教えであり、その教えの源流にいるのが無二の親友の思想であることを。

 

 だからこそ彼らを崩すことなど容易いのだ。暴龍帝(バーサーカー)のような直接的な武力もスコール(ライダー)のような回りくどい策略もいらない。

 

 ただただ優しく丁寧に教えてやればいい。お前達が守ろうとしているものがどれほど性質の悪い存在であるかを………。

 

『虫けら共を守るために犠牲になるのも一興。キレて殺して世間から後ろ指を刺されるのもまた一興。頑張って自分を殺しにくる奴等を守ってやれよ正義の味方共…………そして背負いきれずに絶望しろ』

 

 ―――『英雄(アイツ)』がそうであったように―――

 ―――私を裏切った『英雄(アイツ)』のように―――

 

『私の前で派手に踊れ。絶望の中でのた打ち回るんだ。私のために苦しんで苦しんで、そして死ね』

 

 ―――それだけが私から『アイツを奪った』お前達が許される道だ―――

 

 止まらない真っ黒い狂気を浮かべながら、ただただ陽太達が絶望する様を楽しみにしているメディアを冷めた表情で見ながら、デイズもまた一人考え込む。

 

「(対応が随分と眠たいこと………所詮はただの子供達ですか)」

 

 生身の人間相手に自分達も生身か、部分展開したISで防御するという対応を取り、明らかに数に押されて追い詰められいる陽太達の様子を見て、『亡国の死神(ファントム・オブ・ジョーカー)』のアサシン・デイズは、冷たい表情で見下すような言葉を思い浮かべる。

 

「(まず何よりも先に急所を抉り、死体を楯に動揺を誘い、最大効率で死を与え続ける………そんなこと基本のことすら出来ていないということですか………下らないものですね)」

 

 手ぬるい。まったくもって手ぬるい。陽太達をそう評価した彼女は、目の前の敵よりも瞼に焼き付けた一人の男のことを思い浮かべる。

 

 

 ―――半死半生の状態で自分に牙を突き立てた黒い狼(ケモノ)―――

 

「(こんな相手に手間取るとは………この数年での失墜振りは目を覆いたくなりますよ、ジーク?)」

 

 かつてのアナタはあんなにも素晴らしかったというのに―――

 メディアとは異なりながらも似た歪んだ笑みを浮かべたデイズであったが、その時、彼女のそんな状態に何かが反応したかのように、彼女の足元の『影』が一瞬歪むのだった。

 

「およしなさい………今日(いま)はとりあえず……ね?」

 

 蠢いた『影』に対して、幼子に言い聞かせるような言葉をデイズが発すると、不気味に動いて影がピタリと動きを止め、夕闇の中に溶けていったのだった。

 

 

 

 

 

 




あとがきはまた活動報告に書かせていただきます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悪意の流転を止める者(前編)

今回は二部構成となっておりますので、近日中に後編はアップさせてもらいます


 

 

 

 

 

 

「この速度は………」

 

 放課後のアリーナにおいて、対オーガコア部隊の後方管制を担当している真耶の目に、信じられない光景が映し出されていた。

 

 ―――我を忘れて他者に襲い掛かる人の姿―――

 

 まるでホラー映画のゾンビの光景そのもののようなシーンが実際に起こり、彼女の背筋を冷たいものが駆け抜ける。

 同時にほかの画面に映し出されている被害拡大の図に、被害地域を示す赤い円が加速的に広がっていること。この速度でこのまま被害が広がれば、日本の都市機能をすべて麻痺するのに数時間も必要としないこと。

 いや、日本全土を覆うのにどれだけの時間が残っているのか………。

 

「学園長!」

 

 とっさに学園長に連絡を入れるためにスマフォを取り出す真耶は、震える指で操作しながらどのような指示を出せばいいのか、どうのような事態に備えてほしいのか、青くなった表情のまま必死に思案する。

 

「生徒をとにかく外に出さないように………できれば電子機器からも離すように……それともISを装着してもらって……って人数分ないのか!?」

 

 考えがまとまらず、思わず机を激しく叩き、彼女は天にも縋る様な気持ちでこんな時に頼りになる人間の名を口にする。

 

「織斑先生………私……どうすれば…」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 その頃、陽太達とは別行動を取っていた一夏とラウラは、病院の裏手の非常階段から内部に院内に入り込み、一直線に千冬の元に駆けつけていた。

 手術後、驚異的な速さで回復しているものの、未だに自力で起き上がることすら困難な姉の姿を知っているだけに、もし彼女が今オーガコアに襲われてしまえば一溜まりもない。

 

「千冬姉っ!?」

「教官っ!?」

 

 焦った表情で千冬の病室にまで辿り着くとノックもせずに病室の中に突入し、千冬の姿を探す二人。一秒でも早く彼女をこの場から安全な場所に逃がそうと思う一心であったが、肝心のその姿が何処にもない。

 

「「どこだっ!?」」

 

 左右を振り返り、近場の病室ものぞき込む。

 

「「まさかっ!?」」

 

 ひょっとして敵に連れ去られたのか? 完全な状態ならともかく動くことすらままならない状態ではそれも十分に考えられる。ましてや………。

 嫌な考えが頭を過り、再び千冬の病室に二人が駆け込んだ………時だった。

 

 ―――素早く締められる病室のドア。二人の口を塞ぐ二つの手―――

 

「「!?」」

「………騒ぐなッ!」

 

 籠った小声で力強く一夏とラウラに言い聞かせる千冬の姿に、二人は半泣きで安堵の表情を浮かべる。

 

「もがもがもが~(千冬姉~)!!」

「もがもが~(教官~)!!」

「だから騒ぐなと言っているだろうが馬鹿者共がっ!!」

「君もだ千冬」

 

そしてもう一人、部屋の中で身を隠していた酸素ボンベを付けたカールが千冬を注意しながらゆっくりと周囲を警戒する。人の気配がないことを確認してカールはドアを閉めると、素早く来客用のソファをドアへと立てかけて即席のバリケードを作ろうとしていた。

 

「一夏、ラウラ、そこのベッドもドアに」

「えっ?」

 

 なぜそんなことをしないといけないというのだろうか? 今、この病院で一体何が起こっているというかの説明を先に要求しようとした時、事態は急展開する。

 

 ―――ドアを外から蹴破ろうとするかのような轟音―――

 

「「!?」」

「まずいっ!!」

 

 カールが素早くドアを支えに入る中、千冬も一夏とラウラに指示を飛ばす。

 

「二人とも!! 早くドアを!?」

 

 が、そんな千冬の言葉よりも半歩早いタイミングで二人はドアに向かって素早く移動すると、全力でドアが開かないように支えたのだった。

 

「………お前達」

「とりあえず、なんかヤバいことだけはわかった!!」

「人が全くいなかったこととドアの向こうとは何か関係あるのですか!?」

 

 二人の意外な対応と素早く状況を飲み込もうとする姿勢に確かな成長の証を見つけた千冬だったが、ドアを蹴破ろうとする者達の力は予想以上に強い。徐々に増す押す力に負けそうになる一夏とカールだったが、そのとき、ラウラは二人に退くように叫ぶ。

 

「どけ、二人とも!」

「「!?」」

 

 二人をドアから引きはがすと、同時に右手にISを部分展開してドアに押し付ける。

 

「AIC起動」

 

 ブーンッという低音を響かせ、AICを起動させドアを『その場』に固定するラウラ。AICで空間に固定されてしまったドアならば、向こう側から例え重機で押してこようとも1mmたりとも動かすことはできない。ようやく静かになった病室で、一息つく千冬とカールに一夏は問いかけた。

 

「一体何があったんだよ千冬姉? てか、これも全部オーガコアの仕業なのか?」

「おそらくはな………」

「ちょうど千冬の診察をしていた最中に、突然『息を止めろ!』と騒いでね………何事かと思ったんだが、無理やり酸素マスク着けられてるウチに、病院中の人間がバタバタと倒れていくわで……」

 

 『私、荒事がどうしても苦手で』と冷や汗をかくカールを見ながら一夏は疑問を覚える。何故、千冬には病院内の事態が事前に予知できたのかと。

 

「一夏、知らなかったのか?」

 

 そんな一夏の疑問を声にする前に悟ったのか、千冬は片目を閉じて得意げな表情で語る。

 

「あの女(アリア)に出来ることで、早々私が後れを取るはずがない」

「あっ!」

 

 ―――スカイ・クラウンに目覚めた者は周囲のISの状況がわかる―――

 

 身体能力は現状奪われているものの、他の操縦者とは隔絶した能力を持つスカイ・クラウンに目覚めし者の一人である千冬ならば、オーガコアが接近したことを事前に察知できてもおかしくない。戦えない身体になっているとはいえ、その心と気構えは未だに第一線級の戦士であるのだ。

 

「お前達には見えていないのだが、オーガコアが放っている紫色の光が今の部屋中に充満している。いや、はっきり言えば病院内所か病院の外まで紫色一色だ」

「そうなのか!?」

「おそらく空気中に放たれた物………エネルギー体ではなく、ナノマシンだろうな。それが人間の体内に侵入して操っているのだろう」

 

 千冬の『六感全てを超越した第七感(スカイ・クラウン)』を通して見た世界が、割と気持ちの悪い状況になっている事に一夏がげんなりとする中、ラウラがあることに気が付く。

 

「では、今、普通に呼吸している私達も!?」

「!?」

 

 そのことに気が付くと、慌てて大きく深呼吸して息を止める二人。タイミングを考えれば明らかに遅いだろうに、必死になって無呼吸状態を維持しようとしている一夏達に対して、千冬はため息をつきながら心配は不要だと待機状態の打鉄を見せながら伝えるのだった。

 

「お前達IS操縦者は大丈夫だ。あまり世間的に有名な話ではないが待機状態のISからもシールドバリアは微弱だが発生している………まあ本当に気休め程度でしかないのだが、そのバリアによってお前達は空気中に放出されているナノマシンから守れている」

 

 実際に千冬の感覚は、淡い緑色をした光が二人を包んでいることをちゃんと捉えていた。

 千冬の言葉を聞いて、ようやく落ち着く二人は安堵の溜息をつくと、これからどうすればいいのか、とりあえず千冬の無事を伝えようとコアネットワークを介して通信を入れようとする。

 

「陽太! 千冬姉は無事・」

『………マ、………ド……!』

 

 鼓膜を貫くような不快な音程が混じったノイズが大音量で流れ、言葉をほとんど聞き取れない。一夏と共に通信を入れていたラウラもその異変に対し、チャンネルを切り替えながらなんとか通信を行おうとするがうまく成功しない。他の仲間に通信をしても同様の結果で、誰一人返答が返ってこないのだった。

 

「やっぱりオーガコアの放っているナノマシンが妨害してる?」

「おそらくな………」

 

 一夏の疑問に千冬が答える。おそらくナノマシンによる妨害電波によってネットワークへの接続に異常が出ているのだ。これならば病院の外から索敵が上手く行えなかった理由も説明がつく。

 

「この部屋にいつまでも籠城してるわけにもいかない」

「確かに………千冬はともかく私の酸素ボンベもあまり長く持たない」

 

 残り残量を考えて精々もっても後20分程度だろうが。このままではカールも外の人間同様にオーガコアに囚われてしまう。

 ならば躊躇う必要もないだろう。

 

「やるしかないか」

 

 大きく深呼吸をした一夏は、すぐさま窓際に立つと、躊躇いなくISをフル展開し、拳を振り上げる。

 

「うおりゃっ!」

 

 窓を叩き割り所か窓際そのものを吹き飛ばし出口を作った一夏は、振り返り、呆れ顔になっているカールと、プルプルと怒りに震えている千冬を交互に見る。

 

「ラウラっ! 千冬姉とカール先生を大急ぎで学園に送り届ける!」

「わかった!! 私は箒達のほうに合流する!」

 

 そして『馬鹿者! 窓を開けて出ればいいだけだろうが!?』と激怒する千冬を右腕に、カールを左腕にしがみ付かせると、窓の外にゆっくりと出て、ラウラの方を見て挨拶を見る。

 

「じゃあ、すぐに戻ってくるから!」

「二人とも頼んだぞ、一夏!」

 

 一夏への挨拶をした瞬間に素早く後退し、ラウラはいったん窓の外に出てISを展開し、上空から屋上へと回って箒達に合流しようとしたのだったが、ある事にこのとき初めて気が付く。

 

「「一夏ッ!?」」

「!!」

 

 ラウラと千冬の叫び声が重なり、彼女達が上空を見つめていることに気が付き、一夏も自分の真上を見上げる。

 

 ―――自分に向かって屋上から飛び降りてくる正気を失った人々―――

 

「(よけっ…!?)」

 

 避けてしまえ、という考えを一瞬で振り払う。オーガコアに操られているだけの普通の人間だ。そしてここは地上六階。地面に叩きつけられてしまったら命に関わる。千冬達を地面に下す時間もない。

 

「チキショーーーッ!!」

 

 今の自分には叫ぶことしかできない、という事実に怒りを覚えながら、彼は上空から落ちてくる人間、計3人を展開したISで受け止めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(チッ! 数が多すぎるッ!)」

 

 唸り声を上げて襲ってくる亡者と化した男の薙ぎ払ってきた腕を、相手の肩を掴みながら飛び越える陽太は、相手の肩を素早く伝い、顔に巻きつくように回転してながら相手の顔に膝蹴りを叩き込む。男が盛大に鼻血を出しながら倒れこむ中、正面にいた相手の顎を目がけ、体を倒しながら回転させ、その勢いで腕を振るい相手の顎の下から打撃を加えて一瞬で失神させたのだった。

 しかし、亡者と化した者たちの数が一向に減らない。どれほど倒しても倒しても後から後から湧いてくるのだ。しかも倒した者たちも時間が立てば立ち上がり、再び襲ってくる。キリがないのだ。

 

 だが愚痴ってしまっても仕方ない。彼らは操られているだけで、本心で乗っ取られているわけではない。ISを展開して炎で焼き殺すわけにもいかないのだ。ゆえにさっきから疾風のような動きで次々と人々を失神させていく中、苛立つ心を抑えながら陽太は仲間の様子を観察する。

 

「せいっ!」

 

 中年看護師の女性の腹部を掌打で打ち付け、流れる様な動きでその隣にいた男の顎先を上段の後ろ回し蹴りを叩き込んだ鈴は、崩れ落ちそうになる男の懐に潜り込むと、肩を入れて、気合を入れた掛け声と共に床を踏む砕くほどの震脚を使い、胃の底からひねり出すように大声を上げる。

 

「おんどりゃっ!」

 

 女子として若干物騒な掛け声だが、放った『背中で繰り出す打撃』は絶大な威力を発揮し、数人をまとめて薙ぎ払い、人の垣根を割っていく。

 

 なおも止まらぬ小型の竜巻と化した鈴がどんどんとゾンビのように変貌してしまった人々を倒していく中、接近戦は不得手なセシリアは、更に不得手な『複数の相手を近距離で同時に相手取る』という行為を強いられていた。

 

「ええいっ!!」

 

 部分展開した両腕を盾に、手に持ったライフルで目の前の男をなぎ倒す。だが一人倒しても続けて三人に同時に襲われ、彼女は有効な攻撃手段を見つけられず、彼らに両腕を捕まれ、身動きを封じられてしまう。

 

「(インターセプトを使ってこの方々を………いえ、それではこの人達の致命傷となってしまう)」

 

 今ではすっかり補助武器となってしまったIS用のナイフを使って切り抜けようとかとも考えたが、あれは鋼鉄の装甲とシールドバリアがあるISに使うことが前提で、生身の人間相手に振り回していいものではない。これが陽太相手なら、時と場合によっては制裁の意味を込めて振り回してもいいかもしれないが、彼は分類上はほぼ超人側の人間だ。同じ生身でもカテゴリー上はワンランク上である。

 

「女尊男卑抜きにしても、これはセクハラでしてよ!!」

 

 ISの馬力を使い男三人を突き放し、首元に鋭い銃身による打撃を加える。彼女とて国家代表を目指す候補生。生身での体術も鍛えられてはいるが、あくまでも彼女のソレはISを用いた戦闘を想定した技術であるために、やはり生身の相手だと勝手が違うのだ。

 

「ちっ!!」

 

 そんなセシリアに向かって更に二人ほど襲い掛かってくるが、そこへすかさずフォローに入った陽太が、二人の両手を掴むと同時に捻りながら半回転させて相手を地面に叩きつけて失神させる。

 

「ゾンビ相手にこのままじゃ埒があかんか!」

 

 内心ではシャルや一夏達へのフォローにも行きたいのだが、このままの状態では通路から突破するのは困難であり、仮に無理やり突っ切れても、この人数を引きずっていくことになる。それでは援軍どころか敵の増援を引き連れていくことになりかねない。

 

「(………それにさっきから通信の方もずっとノイズばっかりか)鈴っ! セシリア!! 一旦外に出るぞ!!」

 

 そこに通信も通じないときたのだ。もはやここに留まることは危険だと判断した陽太は、すぐさま操られている人々を蹴散らしながら前進すると、外側に続く壁を拳だけ部分展開した右手でぶん殴ったのだ。

 

 ―――爆音と共に吹き飛ぶ外壁―――

 

「なっ!?」

「アンタ………私、知らないんだから」

 

 思い切りの良すぎる行動にドン引きするセシリアと鈴に、陽太は半ギレ状態で叫ぶ。

 

「最善の選択だろうが! 文句あるなら、このゾンビども五秒で黙らせる方法考えてから言えっ!」

 

 外に飛び出す三人が、すぐさまISを展開して上空に飛び、状況の仕切り直しを行おう。そう思った瞬間………病院の外に広がっていた光景に愕然とする。

 

 ―――夕暮れに照らされた人々………いや、ゾンビの群れ―――

 

「「「なっ!?」」」

 

 てっきり被害状況は病院内部だけのものだと思い込んでいただけに、この光景は予想もしていなかった。

 

「まさか墓の下から………盆にはまだ早い。帰省ラッシュ対策にフライングしたくなる気持ちもわかりますが皆さん落ち着いて行動してください!!」

「冗談言ってる場合か! 街中にもいつの間にか被害が広がってるってことでしょうが!?」

 

 とりあえずこの絶望的な状況を必死に和まそうとしたボケに、真顔で突っ込んだ鈴を『そんなに怒んなくても』と若干残念そうな表情となる陽太だったが、すぐさま鳴り響いた轟音に、反射的に振り返る。

 

「アレは!?」

「織斑先生の………ラウラさん、一夏さんっ!?」

 

 千冬とカールを抱きかかえたままISを展開して出てきた一夏だったが、すぐさま屋上から飛び降りてきた人々を避けるわけにはいかず、全員を受け止めながら徐々に降下してくる。あの高さでもし一夏が受け止めなかったら、おそらく飛び降りた人々は生きてはいなかっただろう。狡猾なオーガコアが行った作戦に憤ったセシリアが、彼を助けようと駆け出す。

 

「あんっの馬鹿タレがっ!」

 

 やっぱりピンチになってやがったと陽太もセシリアの後に続こうとするが、その時、背後から別の場所で爆発したような音を聞き取り、今度はそちらの方を振り返る。

 

「!?」

 

 ―――内部から爆発してできた穴から放り出されるシャルと箒の姿―――

 

 半歩遅れて反応した鈴が目にしたのは、意識を失っているのか、空中を無防備で放り出される二人の姿…………を空中でISを展開している状態で受け止める陽太の姿だった。

 

「…………へっ?」

 

 たった今、自分の隣にいたはずなのに………その神速ぶりに思わず目を白黒としながら空と隣を見回す鈴であったが、そんな彼女に陽太は振り返ることなく指示を出す。

 

「鈴っ!」

「は、はいっ!?」

「一夏の方を見てくれ!!」

「わ、わかったわよ!!」

 

 指示を受け、動き出す鈴を振り返ることなく見送った陽太は、頭部から出血しながら痛みで震えるシャルに声をかけるのだった。

 

「大丈夫か、シャル?」

「………うっ」

 

 陽太の声に反応し、瞳を開く。

 

「ヨ、ヨウタ………」

「無理にしゃべらんでもいいが………何があった?」

 

 意識不明の簪を助けにいったはずなのに、道中で何かあったというのか? 事情を詳しく知らない陽太は、とりあえず意識を取り戻したシャルに話を聞こうとするが、彼女ではない人物が代わりに口を開く。

 

「…………オーガコアに憑依されているのは……簪だ」

「箒っ!?」

 

 陽太に脇に抱えられていた箒は、いつの間にか意識を取り戻していたのだ。

 

「簪………って、例のお前の親友であの馬鹿生徒会長の妹か?」

「………ああ」

「だがその簪っていうのは意識不明の重体だったんじゃ?」

「私だって聞きたいぐらいだ!!」

 

 腕の中で怒りに燃えて震える箒の様子に、陽太はそれ以上の質問ができなくなる。彼女自身、一番有り得ないと思っていた事態なだけに、その胸に燃える怒りを感じ取ったのだ。

 

「とりあえず………」

 

 陽太がゆっくりと降下して着地し、二人を地面に下ろして介抱しようとするが、突如、二人が放り出された穴から飛び出す人の気配を感じ取る。

 

「「「!?」」」

 

 10m近い高さを苦ともせずに着地した人影に、三人は緊張感を高め、そして目の当たりにする。

 

 ―――胸元を紫色に輝かせた入院着の少女の姿―――

 

「簪………」

 

 箒の痛々しい視線が彼女を見つめるが、肝心の簪はどこか虚空を見つめながら何かを探すように視線を泳がせ続ける。

 

「………いつもと感じが違うな。ISを展開してないっていうのは」

「ごめん………私達もどうしたらいいのかわからずに、手をこまねいてしまって」

 

 おそらく生身相手ということで、シャルも対処に困ったのだろう。『簪を守る』という理由で剣を振るっていた箒には、切っ先を簪自身に向けるようなことできるはずもなかったのだ。

 

「………しょうがないか」

 

 陽太がISを解除して、ゆっくりと簪に近づく。

 

「ヨウタッ!? まさか生身で!?」

「炎で焼き切るわけにもいかんだろうが」

「だがっ!?」

「つべこべ言うな!!」

 

 シャルと箒が陽太を制止しようとするが、現状、生身でも高い能力を持つ陽太が取り押さえて、一夏の零落白夜でコアを停止させるという作戦以上のものはない。それがわかっているだけに二人も強く意見を言えなかったのだが、その時、ずっと上の空だった簪が突如、陽太の方に振り向く。

 

 ―――瞬間移動の如き速さで陽太の間合いに入っていた簪の左の抜き手―――

 

 「!!」

 

 ―――遅れることなく抜き手を回避して、しゃがみながら足を刈り取りに掛かる陽太―――

 

 不意打ちに近いタイミングの攻撃と、それすら凌ぐ一瞬の攻防。

 そして、下段の後ろ回し蹴りを小さく後ろに向かって跳躍して回避した簪が着地すると同時に、今度は陽太が間合いを詰める。 

 オーガコアに操られているというのなら、以前のラウラ同様に身体能力もかなり上昇しているのだろう。だが操縦者に選ばれている簪は意識不明の重体だったと聞く。仮に怪我を治して身体能力を上げられても、憑依する人格がないのであれば、さして脅威になりはしない。

 そう、ただの自動操縦なだけなら、今の陽太ならば敵ではないのだ。

 

「!?」

「………」

 

 そう思って仕掛けたのだが、陽太の考えは過ちであった。

 

 ―――陽太の右肘と左膝の攻撃を、同じく右肘と左膝で受け止める簪―――

 

「ちっ!」

 

 追撃で左の拳を打ち込むが、簪も腕を交差する形で左正拳を放ち、拳と拳が激突させ、絡み合わせる。

 

「!!」

 

 機械的な動作ではない。明らかに熟達した武術の使い手の反応のソレだ。戸惑う陽太だったが、そんな彼に簪は本格的な牙を剥く。

 

「(コイツ、意識戻ってやがるんじゃ?)」

「…………」

 

 拳を弾き上げて陽太を押し出した簪の怒涛のラッシュが猛威を振るってきたのだ。

 最初に高速で打ち出されたのは掌打による頭部への集中攻撃。これは陽太や暴龍帝などが『拳』を作ってコンクリートを粉砕するほどの破壊力を作るのとは別のベクトルを秘めた攻撃手段で、相手に目立った外傷を与えない代わり、脳や内臓への効率の良いダメージを生み出し、何より拳を傷めないという利点を持っていた。

 しかも簪のは鋭く、それでいて打ち方に無駄がない。ヤケに板についているフォームに疑問がよぎるが、その隙を見逃さなかった。

 掌打に気を取られた刹那の瞬間、簪が更に間合いを詰め寄り鋭過ぎる左肘を打ち上げてくる。

 

「!?」

 

 身体を仰け反らせ、前髪を僅かにカスるほどのタイミングで回避した陽太だったが、簪はそれこそ機械的に『そうなるように誘導した』かのような淀みのない動きで、今度は陽太の足元、膝を『刈り』にきた。

 

「(やばっ! この女(アマ)!?)」

 

 狙いは膝ではない。膝を中心に『右脚』そのものを破壊する間接蹴りだと確信し、不利になることを承知で蹴りの勢いに逆らわずに足を刈られながら転がる陽太は、すれ違いざまに裏拳を放って簪を引き剥がす。そのまま追撃しようとしていた簪であったが、タイミングを逃してしまった。

 

「いい加減攻守交代させてもらぞ!?」

 

 素早く起き上がった陽太はいい加減相手に流される展開に終止符を打とうと、ギアを上げて追撃してやろう、そう思っていたのだが、肝心の簪は彼の上をいく。

 

「…………」

「!?」

 

 先程までの素早く鋭い動きではない。まるでゆっくりと眠った赤子を寝かしつけるかのような静かでゆったりとしてた動きだったにも関わらず、陽太は鳩尾に手を置かれるまで反応できなかったのだ。

 

「陽太、それはまずいッ!!」

 

 箒が危険を伝えようとするが、時既に遅し。

 

 ―――簪の体が一瞬だけ風に映る水面の様に歪み―――

 

 トンッ! と軽く陽太を押したようにしかシャルと箒には見えなかった。

 

「オエッ!」

 

 だが、その『技』を受けた陽太は、内臓をシェイクされ、猛烈な不快感と脱力感に襲われて膝をついてしまう。

 

「そんなっ!?」

「更識の武術の奥義の一つ、『鎧貫掌(がいかんしょう)』………楯無姉さんですら演武の中でしか使えないというほどの難易度の技だと言っていたが」

 

 驚くシャルとは対照的に、箒には今の技に覚えがあった。

 昔、一度だけ楯無が披露した技………更識の者でも会得が難しいと言われている技であり、瞬時に膂力のみで叩き込む鋭い打撃とは異なり、接触する面と時間を増やすことで、少ない力を鈍く長く伝わり続ける打撃へと変貌させる、中国拳法でいう『震脚(地面を強く踏みつけることで生まれる反作用を用いる動作)』からの『発剄(発生させた運動量を効率よく伝える技術)』と同種の技法だと言われている。

 特に打撃に対しては打たれ強い陽太のような強靭な肉体を持つ相手にも、身体の内部に掌打の威力を伝達させ、内臓に深刻なダメージを与えることができるのだ。

 

「だが、やはり………」

 

 おそらく簪には今も意識はない。だが彼女も対暗部組織の宗家の生まれ。幼い頃から培われている武の記憶は脈々と息づいている。無意識にでも発揮されるその技法が、オーガコアによって極限まで潜在能力と共に発揮されているとしたら、もはや生身で取り押さえるのは不可能なのかもしれない。

 箒は静かに立ち上がると、自分のISを手に持って歩き出したのだった。

 

「待ってっ!」

 

 だがその手をシャルが掴み、彼女を止める。

 今の箒から伝わってくる尋常ではない気配に、シャルは嫌な予感を覚えたのだ。

 

「………離してくれシャル」

「………どうするつもりなの?」

「簪を………止める」

「………どうやって?」

 

 握りしめる力が強すぎて箒の拳から血が流れるのを見て、シャルは今度こそ声を荒げる。

 

「それはダメっ! そんなことはさせられないよ!」

「………もうそうするしかないんだシャル」

 

 簪の身体能力は極限まで高まっており、単体で取り押さえることはできない。そして手をこまねいている間に被害は広がり、ほかのメンバーも多数に取り押さえられて身動きもロクに取れない。

 連携が取れない以上、自分達に残された手段はただ一つだ。

 

「ISを展開して簪を倒す。簪からオーガコアを抜き取れば、人々も止まるかもしれない」

「でも………生身の人間にISで攻撃するなんて」

 

 どれほど手加減しても、重傷は免れないだろう。ましてや、すでに重傷していた簪にさらにダメージを与えてしまうのだ。

 箒とシャルの脳裏に、最悪の事態がよぎるが、もはや躊躇はしていられない。

 

「私は………人々を守る剣………防人だ!」

 

 そうなると簪と約束したのだから………箒の心の中に、暖かな笑顔が浮かび、もう二度とそれを見ることは叶わないかもしれないと絶望しかけるが、そんなことを『この二人』は決して許しはしなかった。

 

 

『ちょっと待てよっ!!』

 

 ―――病院の敷地において、二度目となる白い閃光の竜巻―――

 

「「!?」」

 

 人々の群れに纏われながらも、なんとか千冬とカールを守っていた一夏のハイパーセンサーが、苦戦する陽太の様子と、箒とシャルの会話を捉える。

 

「!?」

 

 箒の様子を見た一夏は、思い詰めている幼馴染がまた馬鹿なことを考え付いていると気付き、そんなことさせる訳にはいかないと、ツインドライブを発動させたのだった。

 そしてそれによって一つの僥倖が起こる。

 

「これは?」

 

 一夏の腕の中で、襲い掛かってくる人々の群れから自分の身とカールの身を守っていた千冬の目の前で、次々と人々が倒れていくのだ。

 

「………白式のツインドライブの光が……ナノマシンを停止させているのか?」

 

 以前、オーガコアによって傷つけられた箒の傷をツインドライブの光が治癒させたことがあった。その時の話を聞いたカールは、傷の治癒具合から、ツインドライブが生む輝きはオーガコアの力を浄化するためのものではないのかと仮説を立てた。ならばオーガコアが作ったナノマシンに対しても、この光は絶対的な優位性をもって浄化できてもおかしくない。

 

「一夏君! 君の力ならばひょっとしたら簪君を!」

「わかってるっ!」

 

 相手が生身ならば零落白夜を使うこともない。自分が取り押さえるだけで簪を止めることができるはずなのだと、一夏は倒れた人々を地面に寝かせて飛び立とうとする。

 

「!!」

 

 一夏のその様子に、先ほどまで全くの無表情だった簪………を乗っ取ったオーガコアが初めて敵意をむき出しにし、行動を起こそうとするが、そんな簪の手を掴む者がいた。

 

「………なに、勝手に勝った気になってる?」

「!?」

 

 先程まで倒れていたはずの陽太が、いつの間にか復活して簪の動きを取り押さえようとしていたのだ。慌てて陽太の手を引き剥がし、その場から跳躍して逃げ出そうとしたのだ。

 疾風のような速度で10m近くを一気に跳躍する簪は、このまま人ごみに紛れて遠くに雲隠れしようと試みていたのだろうが、そんな簪のすぐそばに、『全く同じ速度と距離』を飛んで着地した陽太が、すぐさま組み付いて彼女を地面に押し倒す。

 

「!?」

「逃げんなゴルァ! 姉妹揃って人が寛容に接してやったら付け上がりやがって」

 

 暴龍帝に打ち勝つのならば、自身もまた超人の領域に進まなければならない。そう自身で考えていた陽太にとって、目の前の簪すら、本来ならば生身でも十分に打破可能であったのだ………油断していてもらった予想外の一撃に、本気出す前に崩れた事は誰にも悟らせなかったが。

 

「(マジ痛ェ………)早く来い一夏(トンマ)!!」

 

 負傷した腹を手で摩りながら、一夏にオーガコアを解放させようと減らず口を叩く陽太だったが、この時、オーガコアと一体化した簪が何故か笑っていることを目撃し、そして慌てて周囲を確認する。

 

「!?」

 

 ―――一夏の後方の空から、落下してくる飛行物体(ヘリコプター)―――

 

「一夏ッ!!」

 

 落下コースから一夏を狙い、急降下してくるのが手に取るようにわかる。陽太のその声に一夏も気が付き、振り返りざまに雪片を抜き放つと、ヘリコプターを一刀両断しようとした。

 

「コイツッ!」

 

 一夏が雪片を振りかぶるが………間近まで接近したとき、彼は気が付く。

 

 ―――中で操縦するパイロットの姿―――

 

「(ダメだっ!)」

 

 ヘリコプターを両断などとんでもない。すぐさま受け止めようと両手を開く一夏であったが、脇から伸びた手が、彼の目の前でヘリを空中に固定する。

 

「何をしている、一夏!!」

 

 AICによって空中に固定されたヘリコプターの姿を見て、一夏は安堵の溜め息をつくが、今度は別方向からけたたましいサイレンを鳴らせて高速で走行してくる存在が現れた。

 

「今度は………救急車かよ!」

 

 先程のヘリと同じく、救急救命士が運転する救急車が一夏目掛けて突っ込んできたのだ。いや、救急車だけではない、駐車場に止めてあった車に乗り込んだ人々が続けざまに一夏に向かっていく。

 

「てめぇっ!?」

 

 足元にいる簪を睨みつけながら、陽太はオーガコアの取った手段を吐き捨てる。

 オーガコアによって操っているものはツインドライブで浄化することが出来る。だがオーガコアに操られている人が操るものまでツインドライブは無効化できない。それでもただの乗用車やヘリではISにダメージを与えることなんてできはしないのだが、中に乗り込んでいる人々は違う。

 彼らを間接的に人質に取ることで、一夏の動きを殺しに来ているのだ。

 

「なろっ!!」

 

 一夏に集中していく車体を群れを、タイヤを撃ち抜いて車線をずらそうと全身にISを展開する。

 

「!?」

 

 が、その時、突如地面から何かが飛び出て、彼の四肢に絡みついたのだった。

 

「これは………!?」

 

 地面から飛び出たもの。それは病院に電力を供給する送電ケーブルであった。しかも飛び出て絡みつかれたのは陽太だけではない。

 

「きゃぁっ!」

「くっ!?」

「なんですの!?」

「放しなさいよ!」

「マズイッ!」

 

 仲間達にも絡みつき、彼女達の動きを完全に封じ込めたのだった。

 

「(操れるのは人間だけじゃなくて、機械やこんなものまでいけるのか!?)やばいっ!」

 

 陽太に押し倒されていた簪であったが、逆に陽太の手足を戒めることで解放され、ゆっくりと不気味な笑みを浮かべながら起き上がる。

 思っていた以上に狡猾なオーガコアの行動に危機感を覚える陽太。おそらくオーガコアの天敵である白式を最優先で倒すつもりで、しかも操縦者の一夏が一般人に危害を加えさせられないことを知っていて、あえてあんな攻撃手段をとっているのだ。

 

「(コアの意思だけの行動じゃない!? どこかで、遠隔操縦してやがるのか!?)」

 

 今も自分達が見える位置で、オーガコアを操っている者がいる。だがどこにいるのだろうか? 発見して早急に倒せたとしてもそれまでどれだけの時間が必要だというのか?

 

 考えがまとまらないうちに、今度は送電ケーブルとともに操られていた人々まで地獄の亡者のようにしがみ付いてくる。おそらくISを展開して強引に力技で引き千切るような高度を抑制するためなのだろう。

 生身で腕やら足やら髪やらを引っ張られているシャル達を助けに行きたい陽太だったが、彼には一際大量の人々が山のように襲い掛かり、人の山の中に埋められてしまう。

 

 操られている人々を人質に、彼らによって動きを抑制され、逃げ場も打つ手も断たれ、ジリジリと真綿で首を締めあげられるかのように窮地に立たされる対オーガコア部隊のメンバー達…………。

 

 

 

 その窮地に凛とした声が颯爽と駆け抜ける。 

 

 

 

「今度は貴方が情けない顔を見せてくれる番かしら?」

 

 ―――上空から降り注ぐ雨、同時に敷地内の消火用に設置されていたスプリンクラーから水が噴き出し、周囲に霧雨のように降り注ぐ―――

 

「こいつは?」

 

 上空から突然聞こえた声に聞き覚えがあり、動けない首を無理やり動かして見上げようとした時、周囲の温度の変化に陽太は気が付く。

 

「気温が………急激に、低下・」

 

 ―――次の瞬間、広大な敷地に押し寄せた人々全てを拘束する強大な氷原が出現した―――

 

「な………なに?」

 

 真夏であるにも関わらず、吐く息が白く染められ、シャルの素肌にも突き刺さるような冷気を感じる。見れば自分を戒めていたケーブルも凍り付き、人々は頭部以外を凍り付かされ、身動きが取れなくなっていた。

 

「………この氷」

 

 一夏に迫っていた車両の群れも、同様に凍り付いたまま地面に縫い付けられ、動きとめる中、箒の隣に降り立った『彼女』は、自分を睨み付けてくる簪を、余裕の笑みを浮かべながら挑発する。

 

「私のラブリー簪ちゃんに勝手するなんて世紀の大犯罪、たとえ天が許しても、この箒ちゃんと………」

 

 ―――開かれた扇子に書かれた『必滅』の文字―――

 

「この姉萌系の頂点、更識楯無様が許しておかないんだぜ!」

 

 全身に氷のヴェールと、四枚の翼をもった新型ISを纏った、対暗部組織宗家当主兼IS学園生徒会長の少女が高々と宣言したのだった。

 

 

 

 

 

 

 




あとがきは後編とまとめて活動報告にアップさせていただく予定です




PS



陽太「姉萌とかいいから、助けろよボケ会長」←一緒に凍らされた模様


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悪意の流転を止める者(後編)

約束していました後編です!


 

 

 

 

 

 

 一方、病院の騒動が本格的になる中、混乱する都内の上空を飛行しながら、楯無はひたすらIS学園を目指す。

 当初、病院の屋上で分家の重鎮たちと夏の法要についての連絡を取り合っていた中、背筋に凍り付くような悪寒が走ったと同時に、簪の部屋を中心に強い光が放たれるのを確認する。

 すぐさまISを展開して窓から中を確認した彼女は、怒りと悲しみと驚愕により混乱する。

 

 ―――紫色の胸から放つ簪―――

 ―――その光を受けて倒れこんでいた婦長がゆっくりと起き上がる姿―――

 

 楯無には簪が何者かによってオーガコアが植え付けられたこと。コアが活動を開始していることが一瞬で判断できた。

 

「(このっ!)」

 

 心の底から愛する妹になんということをしてくれたというのだ!!

 煮えくり返るような怒りと憎悪が心を占拠したとき、取り憑かれた簪を目が合う。

 

「!?」

 

 ―――無意識に最高速で後退して、木々の茂みに身を隠す楯無―――

 

 対暗部組織当主として長年鍛え続けられていた楯無の無意識の動き。

 相手との距離を取り、安全圏で情報を出来得る限り収集し、迅速に対応できるプランを取り決め、リスクをなく勝機を得る。

 彼らの戦いに一か八か等という『賭け』の要素は必要ない。求められている物に『気持ちの良い試合内容』など必要ないのだから。

 彼らに必要とされているのは国という主たる現実に対して最大限の利益を与える行為。十の利益を得るためならば一を切り捨て、その一の不利益を無かったことにする事。

 

 自分が茂みの中で手に持ったランスのトリガーに指を掛けていた事に、彼女は発狂寸前のショックを受ける。

 

「(私、今、ここから簪ちゃんを撃とうとしていた!?)」

 

 オーガコアが本格活動する前に、簪を狙撃し、迅速にコアを摘出する。無理やり正面から戦闘するリスクを避け、被害が少なく、それでいて国に対してオーガコアという利益を与え、IS学園を出し抜けたと日本政府は更識家を褒めてくれるだろう。

 簪一人の犠牲で多くのものが得られるのだろう。

 

 だからこそ、楯無は許せなくなった。

 愛していた妹と家の利益を同時に考え、こんなにもアッサリと簪を捨て去ろうとしていた自分自身が。

 損得勘定がこんなにも自然と出来てしまえる自分の在り方が。

 

「ダメだっ! 違うの! 私は!!」

 

 涙が溢れて止まらない。それすらも彼女を苛立たせる。何をお前はまともな人間のように振る舞っている。お前は当の昔に壊れてしまっていたのだ。だからこれ以上見苦しく縋り付こうとするな。

 そんな声が聞こえたような気がする。ゆえに楯無はそれを必死に否定するように首を横に振りながら、最愛の妹を助けようとしたのだった。

 

「待ってて、簪ちゃん!!」

 

 自分がオーガコアの魔の手から彼女を救う。そう強く意思を固めたはずなのに、足が動かない。どうしても動いてくれない。今ここで動かずしてどこで動くというのか!?

 足にそう言い聞かせる楯無だったが、そんな彼女に更なる絶望の声の追い打ちはやってくる。

 

 ―――動かなくて当然だ―――

 

「!?」

 

 彼女の背後に立つ漆黒の巨体………暴龍帝(ヴォルテウス・ドラグーン)の幻影は、静かに諭すように話しかける。

 

 ―――無駄なことは止めたまえ。もうすぐここには君の妹を救う英雄(ヒーロー)がやってくる―――

 

 楯無の脳裏に、炎を纏った白き皇帝の姿が過ぎる。

 

 ―――彼ならば臆しはしなかった。お前のように、我が身可愛さで陰に隠れて妹を苦しませたりしなかった―――

 

 止めろ。それ以上は言うな。

 

 ―――何も思いつかないお前と違い、即興でありながら理に適った策でオーガコアから彼女を開放できるだろう。ゆえに彼は英雄………『本物』なのだ―――

 

 ―――臆病者の偽物はここで隠れていればいい。無理に本物の『フリ』はしないでいいのだからな―――

 

「黙れっ!!」

 

 心の隙間から出てきた呪詛にも似た言葉は、そのまま彼女の精神を蝕み、黒い染みは再び彼女を絶望の沼に引きずり込んでくる。

 逃げ出そうとするその足を引っ張り、彼女をズルズルと闇の中に引きずり落そうとする中、彼女の耳元に女性の声が木霊した。

 

『楯無ッ!!』

 

 通信越しに聞こえた凛、とした声は楯無の意識を一気に現実へと戻す。

 

「あ………お、織斑先生」

『心配したぞ楯無………敵と既に遭遇したのか?』

 

 この緊急事態に、千冬の言葉はある程度の状況説明を省いたものであった。最も、楯無ほどの者ならば異変が起こってから必要な行動をすでに起こしている、という信頼を持ったものであったのが………。

 

「そ、それが………」

『?』

「オーガコアの………操縦者を発見はしました』

『よし、相手の特徴、および行動パターンを…』

「私の…………妹です」

『!?………そうか』

 

 予想外の言葉に二の句が継げない千冬だったが、あることに疑問を覚える。

 

『だがお前の妹は確か二年前から意識不明の昏睡状態のはず………なぜコアが宿主に選んだのだ?』

 

 彼女も簪の状態は耳にしており、オーガコアが宿主に選ぶにはむしろ確率的には極めて低い状態なのが気にかかる。負の感情によって爆発的な成長を遂げるオーガコアといえども、意識不明の状態の人間に取り憑いてもいかほどの力も発揮できないのだ。

 

『(ならば………あえて楯無の妹に憑依させた第三者が近くにいるというのか?)』

 

 半径50m圏内なら如何なる人間の気配も読み落とさない自信がある千冬にも悟られずに簪に近づき、オーガコアを憑依させた者がいる。

 どれほどの猛者なのか見当もつかない千冬だったが、今はとにかくオーガコアを何とかするのが先決だと思い、楯無に指示を飛ばす。

 

『お前の妹であるのなら、お前自ら戦わせるわけにはいかない。長距離の通信はすでに妨害されて学園とは連絡が取れない。悪いがお前自らIS学園に戻って作戦の指揮を頼む。陽太達もこの事態には気が付いているはずだ。おそらく倉持技研から直接飛んでくるはずだ』

「!?」

 

 千冬に悪気があったわけではなく、実の肉親と戦わせられないという楯無への気遣いと、戦略的な組み立てが出来る頭脳の持ち主であることを信頼したから出た言葉だったのだが、今の彼女にはその言葉が痛くて堪らない。

 自らの非力、同じ天才といわれる者への劣等感、助けたい家族を助けに行けないこと、何よりもそんな事態を招いてしまっている自分への嫌悪感。

 止められない感情が心に突き刺さりながらも、楯無は静かに一言答える。

 

「………了解」

 

 更識の当主としての最後の意地。それだけが彼女を支える最後の柱となったのだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 そして都内上空を飛ぶことになった楯無が見下ろす市街地は、いつもの忙しそうな人で行き交う場所ではなく、笑顔で他愛無い日常を楽しむ所でもなく、地獄の蓋を開けられて這い出てきた亡者の巣窟と化していたのだ。

 

 ―――次々と人々を襲う正気を失くした感染者達―――

 

 ―――必死に助けを求め、成す術なく襲われ、同じく感染者となっていく人々―――

 

 人類史上、ここまで恐ろしい光景を起こすバイオテロなどなかったであろう。そして楯無が知る由もなかったが、この事態を引き起こした兵器の開発者にしてみれば、これすらもただの余興の余興でしかない。

 

「(私は………)」

 

 だがそんな人々を今自分は見捨ててIS学園を目指している。

 今襲われている人々以上の、多くの人を救うため。

 これから起こる亡国機業との更なる戦いに備えるため。

 

「(1を切り捨てて9を取る。これが今現在の最善の答え)」

 

 妹を、この現場の人々も、助けることが叶わない。自分が非力だから………。

 

 頭が痛い。これは精神の内側からにじみ出る痛み。

 口の端から血が流れるほどに歯を食いしばりながら飛ぶ楯無であったが、その時、眼下で二人の幼い姉妹が逃げ惑う姿を目撃する。

 

 ―――小学生ぐらいの女子二人が路地裏から大通りを横切ろうと飛び出す―――

 ―――だが亡者達が必死に逃げる二人に気が付き、後を追いかけ始める―――

 

「あっ」

 

 ―――そして必死に逃げる中、小さい方………おそらく妹の方が足を滑らせ地面に転んでしまった―――

 

「!?」

 

 楯無の手が知らず知らずのうちに力を込めて握られていく。

 こうやって立ち止まっていることすら本来なら重大なタイムロスを意味している。一刻も早く学園に戻り対オーガコア部隊の後方支援のための指揮をとらないといけない。

 わかっている。そんなことは誰よりもわかっている。だって自分は幼少の時より、そのように正しい事を選択できるよう育てられたのだから。

 

 ―――そう。貴女はいずれ『更識』を継ぐ『楯無』となる。でも一人ぼっちにはならないでね―――

 ―――刀奈、簪。優しいお前達の父であることが、当主以上の私の『誇り』だ―――

 

 亡き父と母の姿が脳裏をよぎり、彼女の蒼流旋を掴む手をより一層力強いものにしていた。

 そんな中、少女達に近寄ってくる亡者の群れが輪を縮め、二人を包囲していく。

 

「お姉ちゃんッ!?」

「大丈夫だから!!」

 

 今にも泣きだしそうな妹を宥めながら、決して大きくない身体を張って妹をおんぶした姉が再び走り出す。

 

「大丈夫! 大丈夫! 大丈夫!」

 

 妹に負けないぐらいに泣き出しそうな表情をしていても、その口は必死に妹を励まし続けていた。まるで自分に言い聞かせるように、無理をしなければ妹が泣いてしまうことがわかっていたから。

 だが、所詮は子供の足。しかも妹を背負ったままでは体力にも限界はある。裏道に逃げ込んだもののすぐさま行き止まりに阻まれ、追い詰められてしまう。

 

「ああ………」

「大丈夫………大丈夫」

 

 壁際に追いやられ、退路無し、待ったなしの絶望に直面してもなお、妹に向かって大丈夫と言い続ける姉であったが、伸びた魔手がついに彼女たちに触れようとする。

 

「!!」

 

 恐怖で全身が引き攣り、思わず目を閉じた瞬間だった。

 

「動かないでッ!」

「!?」

 

 ―――轟音と共に降り注ぐ槍の如き豪雨―――

 

 天空から降り立ち、姉妹と群衆の間に立ち塞がった楯無が蒼流旋を発射したのだ。出力を最低限にまで落とし、できる限りの直撃を避けるように発射しながら、楯無は少女達を背にすると、振り返りながら話しかけた。

 

「もう………大丈夫だから」

「ふあ………」

「ISの……お姉ちゃん?」

 

 背にした妹よりも若干状況判断に長ける姉が楯無をそう呼ぶ。

 

「さあ、私につかまりな・」

 

 この場からすぐさま飛び去ろう。二人をIS学園まで一緒に連れて行こうとした楯無であったが、このとき彼女は少女達を助けることに集中しすぎるあまり、周囲の警戒という暗部の基本すら失念してしまう。

 最初に気が付いたのは姉に背負われていた妹であった。

 自分のすぐそばで動く影に気が付き、彼女は上を向き、表情が凍り付く。

 

 ―――壁の上によじ登っていた亡者の群れ―――

 

「うえっ!」

 

 幼い少女の悲鳴によってようやく気が付く楯無だったが、タイミングがあまりに遅すぎた。迎撃しようと振り返った時、すでに彼女目掛けて飛び降りた人達に纏わり憑かれて、一気に身動きが取れなくなってしまう。

 

「「お姉ちゃん!?」」

「(力付くで振りほどくことは出来る!! だけど、それをすればこの人達の命の保証が…)」

 

 ナノマシンによって強化されてしまっているが、彼らの肉体的強度は常人のものでしかなく、ISの馬力で無理やり振り回してしまえば五体が容易く砕けかねない。決断が出来ずにどんどん状況が悪化していく。

 

「くっ!?」

 

 子供達の命、周りの人々の命、全部を守ることなんてやはり自分にはできそうにない。

 

「(決断………するしかない!?)」

 

 幼き日からずっと覚悟してた命の選択。ずっと無意識に避けていた選択を、今、この場でするしかない。

 そう思った楯無が自分の右肩に掴まっている一人の男に手を置き、ISの力で無理やり引き剥がそうとした時だった。

 

『お嬢様っ! 動かないで!!』

「!?」

 

 ―――声と共に人々の輪を引き裂くような強烈な『放水』―――

 

 消防車が放つような強烈な水流が、人々の群れを次々と薙ぎ倒していく。

 

「これは?」

 

 突然の事態に呆然とする楯無だったが、そんな彼女目掛けても建物の上から同じように放水が複数ぶっかけられる。

 

「きゃああっ!?」

『少しだけ我慢してください!』

 

 いきなりの放水にビビる楯無であったが、通信で聞こえてくる男の声に聞き覚えがあり、それによって冷静さを一気に取り戻す。

 と、同時に自分に纏わりついていた人達が水流によって引き剥がされていくのを確認し、力が弱ったところで一気に全員振り落とし、少女たちを掴み、急ぎ声のするほうに向かって飛翔する。

 建物の屋上にいた、特殊防毒マスクを被り、各種隠密任務を遂行するための機能の数々を秘めたスーツを着た複数の人物達………。

 

「皆、無事でよかった」

『はっ! ご当主様もよくぞ御無事で』

 

 対暗部組織『更識』の実行部隊である。

 おそらく楯無との通信が急に途絶したことと、この都心の大騒ぎに対応して、街中を飛び回っていたのだろう。そしてマスクをしているということは、楯無も薄々感じていたこの騒ぎの原因が何なのかも突き止めているのだ。

 

「ご当主様」

 

 そして実行部隊のリーダーである、小柄でちょっと太めの最近毛髪が薄くなり始めていることを気にしている中年の男性。更識宗家当主である楯無を思わずお嬢様と言ってしまった男の声に近寄る。

 

「………布仏のおじ様」

『おじ様はよしてくださいよ、ご・当・主・様』

 

 マスク越しにも笑顔を浮かべているこの男こそ、布仏虚と本音の実父であり、分家の重鎮にして亡き父の親友である、自分が生まれた時からの付き合いである親戚の叔父であるが、差し迫っている状況の中、情報の確認を行い始める。

 

『IS学園のほうには私達がすでに連絡を寄越しておりやす。どうやら入れ違いで対オーガコア部隊が病院に行っちまったみたいでして』

「!? それじゃあ、箒ちゃんも!? 駄目よ! 今すぐ止めて!」

『へっ? いや、しかしですね………』

「オーガコアの操縦者には簪ちゃんがさせられてるの!!」

『!?』

 

 流石の更識のメンバーにも動揺が走り、楯無も悔しそうな表情を浮かべたまま話を続ける。

 

「十中八九、昏睡状態の簪ちゃんに第三者が意図的にオーガコアを憑依させたのよ」

『確かに………簪お嬢様の今の状態からご自分で憑依したとはどうあっても考えられませんね』

「箒ちゃんはおそらく簪ちゃん相手に戦えない。ほかのメンバーの子たちだってそれを知ってしまえば、攻撃することを躊躇ってしまうわ!」 

 

 身内に銃を向けて引き金を引く。そんなことが彼等にできるはずなどない。

 

『だったら、これ以上とやかく言ってる暇は無さそうですね………!!』

 

 叔父が何かの手信号を送り、それを受け取ったのか、通信越しに女性の声が聞こえてくる。

 

『了解、さあ、早く来なっ!』

「!?」

 

 どこかで聞いたことがあるような声………そして彼が手信号を送った先には、大型のコンテナを牽引したトレーラーが止められており、運転手が手を振って『早く来い』と催促していたのだった。

 合図を確認した更識の人々がワイヤーを使って次々とそちらの方に降下していく中、姉妹を両手に抱いた楯無も後に続く。

 

「きゃぁっ!!」

「わあっ!!」

 

 コンテナの上にゆっくりと着地したつもりだったが、ISに掴まって空中を極短時間とはいえ飛行するなど初めてな姉妹が小さな悲鳴を上げてしまう。

 

「ごめんなさい。大丈夫だった?」

「は、はい」

「大丈夫です」

 

 守ってくれる人々の存在のおかげか、だいぶん落ち着きを取り戻したようだ。その様子に安堵した楯無であったが、コンテナの中から再び先ほどの声が聞こえてくる。

 

『早くコンテナの中に入った入った。あ、入るときは先に全身洗浄してね。小さい二人はちょっと苦しいかもしれないけど数秒で済むから息止めさせてね』

「あなた……」

『楯無ちゃんはそのままISを解除して入ってきて。大丈夫。空気中のナノマシンならISを手放さない限り装甲を展開しなくても、極微発生しているシールドバリアに弾かれるから』

「その声、やっぱり、倉持の篝火所長?」

 

 コンテナの中に待機していた人物に声が上ずるが、時間がごく限られているということを思い出し、とりあえず彼女の指示に従い、ISを解除してコンテナのドアから内部に入る。途中、楯無以外の人間は特急で作った空気洗浄室でエア洗浄を受けるが、それも終了し、ドアをくぐると、そこにあった物と待ち構えていた人物達に驚きの声を楯無は上げたのだった。

 

「お待ちしておりました」

「待ってたよ~」

「貴女達!?」

 

 作業着を着た虚と本音の姿に驚きの声を上げるが、二人はというと忙しなく動き回りながら何かの準備に追われていた。

 

「それに………」

 

 中央に置かれていた剥き出しのIS………それは楯無が兼ねてより開発主任を務めていた機体であったのだ。

 

「改良型ミステリアス・レイディ二号機………『リュオート・プルトゥーネ(凍れる冥王)』」

 

 最終試験前の状態だったというのに、なぜこの機体が今ここに?

 ISを預けていたはずの倉持の責任者であるヒカルノに問いただそうと振り返る。

 

「ふんふん………貴女達、じゃあ外で遊んでて、かくれんぼしてたら急に周りの皆が暴れ出して、それで逃げてたわけね」

「は、ハイ………」

 

 なぜか生身の状態で無事だった幼い姉妹に事情を聴いていたのだった。

 

「篝火所長!? 少し質問が…」

「シャラップッ! ちょっと黙りなさい。今、すんごく重要なこと聞いてんだから」

 

 ピシャリと楯無に言い放ったヒカルノが、ペタペタと幼い姉妹の体を触りながら、あるものを見つけ、さらに質問を続ける。

 

「これ、誰からもらったの?」

 

 彼女が注目した物。

 幼い姉妹の首から下げられていた十センチにも満たない薄く、四角い板のような物。実はそれはどこにでもある有り触れたものだったのだが、それこそが姉妹とほかの人間の明暗を決定的に分けたものだった。

 

「お母さんが私達にくれたんです。外に出て虫に刺されないように首にかけておきなさいって」

「あ~~! それ、私知ってるよ~!」

 

 意外にもその物体が何なのかを知っていたのはヒカルノや楯無でもなく本音であった。全員が彼女に注目する中、本音は得意げに解説してくれる。

 

「テレビで最近発売したってCMに出てた、電磁波で虫除けする奴だよね~」

「「!?」」

 

 本音の言葉に、ヒカルノはある種の確信を得る。

 

「やっぱりオーガコアが放出したナノマシン共、特定の電磁波には弱いみたいね………人の脳も電子機器にも両方クラッキングできちゃうみたいだけど、極限られた固有の電磁波を受けると機能を停止するみたいね………誰が作ったかは知らないけど、まさか虫除け如きに負けちゃうとか、とんだ『クソスクラップ』作ったもんだ」

 

 『クソスクラップ』と敢えて強調して言ったのは、街を襲った猛威を作った同じ科学者への敵意の証なのだろう。獰猛とも言える笑顔を浮かべながら立ち上がると、彼女は楯無の方を見た。

 

「電磁波でナノマシン同士がコミニケーション取ってることは間違いない。ならおそらく本体のオーガコアを停止させればこの騒ぎは収まるよ」

「じゃあ、それを早速……」

「何言ってんだい?」

 

 対オーガコア部隊の面々に今得た情報を渡そうとした楯無だったが、ヒカルノの考えは少し違ったようだ。

 

「オーガコアの操縦者にされてるっていう貴女の妹を救うのに、対オーガコア部隊の、特に一夏君の力が必要なのはわかるけど………今、こういう状況で一番必要なのは誰?」

「……………………えっ?」

 

 戸惑ったような声を上げる楯無だったが、ヒカルノはあえて彼女に辛辣な言葉を選択して言い放つ。

 

「その『間』が全部物語ってるね。いい加減にしなよお嬢様?」

「な、なんなんですか、いきなり!?」

「もう逃げ回る場合じゃないってことさ。いい加減認めて前に進めよ」

 

 楯無にしてみれば、この流れで突然ブチ切れているヒカルノの考えがまったく理解できなかったのだが、そんなヒカルノに同調するかのように、今まで事の成り行きを静観していた虚が話し出したのだった。

 

「篝火所長の言う通りですお嬢様………いい加減にしてください」

「!?」

 

 いつも一歩引いて楯無を立て続けていた虚とは思えない言葉に、楯無だけが驚愕しただけではなく、家族二人も驚きの表情となる。

 

「今、一瞬だけ自分と、自分の新型ISを使えばこの事態を打破できるとお考えになったはずです。なぜそれを言われないですか?」

「あ、あ、いや………それは違うの」

「………何が違うといわれるのです?」

「ホラ………その…部外者の私がいきなりそんな彼らと連携できないっていうか……ハハッ、困ったな」

 

 あえて明るめに言ったつもりだったのだが、虚にはその内側に閉じ込められている楯無の感情が読み取れていた。

 

「嘘つき」

「う、ウソつ・」

「また失敗するんじゃないのかとか、ううん。今度こそまた惨めな想いをするのが嫌なだけじゃない!?」

「な、なに言ってるのよ?」

「いい加減にしてくださいと言っているんです。なんで一度負けたぐらいで、一度戦力外通知されたぐらいで拗ねて周りも自分も全否定されてるんですか? 馬鹿じゃないですか!?」

「おい、虚っ!?」

「!!」

 

 見かねた父親が制止しようとするが虚は剣幕だけで押し黙らせ、ヒカルノも無言で父親の肩に手を置き、今は黙って見守るように仕向ける。そしてあまりに一度に捲し立てられ、一瞬だけ呆けてしまった楯無だったが、言葉の意味を段々と理解し始め、表情が険しくなっていく。

 

「なん………です…って?」

「そうじゃないですか!!」

「貴女になんでそんなこと言われないといけないのよ!!」

「言いますよ! 貴女に振り回されてるんですから!!」

 

 お互いに怒り心頭となって距離を詰めあい、相手の肩に手を置きあって睨み合う。

 そしてしばし沈黙した後、最初に口頭で火蓋を切ったのは楯無の方だった。

 

「一度の負けた『ぐらい』!? そんな言い方してる時点で何にもわかってないじゃない!」

「わかってますよ!」

「私の敗北は更識全体の敗北に繋がるの! だから私には敗北も失敗も許されないのよ!!」

「なんでそんなことになってるんですか!?」

「そう私が決めてきたからよ!」

「勝手に決めただけじゃないですか!! だからそれが馬鹿らしいって言ってるんです!!」

「!?」

 

 その言葉だけは許せなかった。

 例え、すべてを預けられると信じていた親友であろうとも、その言葉だけは許せるものではない。

 

 気が付いたとき、楯無は思いっきり虚の頬を平手打ちしていた。

 

「!?」

「お姉ちゃん!」

 

 本音の悲鳴に楯無も一瞬だけ動揺するが、虚は動揺することなく、お返しだと言わんばかりに楯無の頬を平手打ちで返す。

 

「虚っ!? お前、お嬢様になんてことを!?」

「まあまあまあまあ………」

 

 分家の従者が、宗家の、しかも現役当主に手を挙げるなどあってはならないと止めようとするが、ヒカルノは『今、良い所なんですから茶々入れない』と後ろから羽交い絞めして止めに入るのだった。

 

「貴女っ!?」

「何よっ! 最初にやってきたのはそっちでしょう!?」

 

 もうこうなると宗家も当主も分家も従者も関係ない。むき出しの二人の少女の喧嘩となり、互いに手を掴み、髪を引っ張り合いながら取っ組み合う。

 コンテナが若干揺れ、蒼褪めた幼い姉妹と本音が三人で抱き合いながら見守る中、二人の喧嘩はなお続く。

 

「痛ッ! 普段は優等生ブッておいて、これが貴女の本心って訳!?」

「くっ!? 貴女の方こそ! 天狗の鼻折られて少しは身を改めると思ってたのに、いつまでもウジウジと!!」

「天狗の鼻!? 私はいつだって頑張ってきた………頑張ってきたのよ!!」

「何が『頑張ってきた』ですか!! なんで貴女がそれを自分で言うんですか!? そうやって、自分を甘やかさないで!!」

 

 自分の血が滲むほどの努力を否定した虚に、更なる怒りが募った楯無が虚を押し倒し、つられて自分も地面に転がってしまう。その拍子にお互いにあちこち傷ができ、若干の血が流れるが、そんなこと気にすることもなく、楯無が虚の上に馬乗りとなり、彼女に平手を浴びせ続ける。

 

「貴女に、何がわかるよの!」

「さっきから、そればっかり!!………貴女の方こそ、なんでわからないんですか!!」

 

 虚の渾身の叫び声がコンテナの中に木霊する。

 

「貴女がっ! ご当主となるために頑張ってきたことなんて、皆知ってるのよ!」

「!?」

 

 楯無の手が止まった。両手を掴んだ虚が勢いよく起き上がり、今度は楯無を押し倒して馬乗りし返す。

 

「きゃあっ!?」

「皆、貴女が誰よりも頑張ってることも、努力してることも、当主として立派に振る舞おうとしてることもっ!」

 

 楯無の頬を幼馴染の平手で打つ。

 

「亡き先代様と奥様の分まで簪ちゃんを愛して守ろうとしていることもっ!」

 

 何度も何度も何度も打たれている頬に、やがて平手以外の感触のものが落ち始めることに楯無は気が付いた。

 

「私達、『更識』の人間全てを守ろうとしていることも、全部知ってますっ!」

 

 それが虚の涙であったことを楯無が理解したとき、虚の手は止まり、彼女は溢れる涙を必死に拭いながら、自分の知ってほしい気持ちを言葉にし続ける。

 

「だったら………なんで……私達のことも頼ってくれないんですか?」

「!?」

「いいじゃないですかっ!? 一回ぐらい負けたって!! 一回ぐらい負けたって………私達にとって貴女はご当主のままです! 私達が信じるご当主のままです!」

「…………」

「なんで………負けたって……貴女がしてきたこと全部否定なんて、私達がさせません。だから………ご自分を信じてください」

「…………」

「お願いだよ………諦めないでよ。勝てなくたって、見っともなくたって、力が無くなったって、刀奈ちゃんは刀奈ちゃんだよ。私の親友なんだから!!」

「………虚ちゃん」

「だから…………だから…」

 

 止まらない嗚咽のままに、楯無を抱きしめた虚の暖かさが、彼女の心に染み渡る。

 

 フト、亡き母の言葉が楯無の心に蘇った。

 

 

 ―――でも一人ぼっちにはならないでね―――

 

 ―――時々でいい。肩の力を抜いて周りを見渡しなさい。広い目で見れればきっと多くの想いがあることに気がつけるわ―――

 

 

「……………お母様」

 

 亡き母が喜んでくれている。何故だかそんな風に感じ取った楯無は、今だに泣き崩れている虚と一緒に起き上がると、彼女を抱きしめたまま耳元でこう囁いた。

 

「ありがとう。貴女が私の親友でいてくれて」

「………刀奈ちゃん」

「馬鹿ね………ホント馬鹿ね、私は」

 

 いつからだろうか?

 いつから自分は誰のことも信じていなくなったのだろうか? 全てのことを自分一人で成さねば成らなくなったのだろうか?

 そんな当たり前のことすら忘れてしまっていたのだろうか?

 

「………皆」

 

 楯無がゆっくりと、周囲を見回す。

 

 ―――自分の腕の中にいる親友とその妹―――

 ―――ずっと自分についてきてくれた分家の人々―――

 

 自分が守りたい人々。同時に、自分と共に戦う更識の戦士達。

 そう。彼らは自分の手の内に入れておくべき存在ではない。そして自分は彼らを抱えて飛べなくなってはいけない。

 

「第十七代更識当主『楯無』として命じます」

 

 本音の腕の中にいる姉妹の姿………何があろうとも守り抜きたい、彼女の姿を楯無は思い出し、当主として従者の全てに命じる。

 

「今から私は更識簪の救出に向かいます。力を貸しなさい」

 

 当主として私心塗れの命令。だが自分という『楯無』には相応しい命令。

 そのことが分かっていた分家の人々は、ゆっくりと頭を下げ、ただ一言言葉を発する。

 

「「「御意ッ!!」」」

 

 ただそれだけで、この場の全ての人間が意思を共有して動き始める。

 

「装備を改めろ! 対人鎮圧装備だ!」

「「はっ!!」」

「殺傷装備は最小限で!!」

「「了解!!」」

「お嬢様はこちらに………」

 

 そして目の前にあるISの方へと導く虚に、楯無はちょっとだけ悪戯っぽい笑みを浮かべてこう言い放つ。

 

「あ~あ、戦闘前だっていうのに、あちこち痛い~」

「そ、それは!?」

「後、『自分を甘やかすな』とか『頑張ってること知ってます』とか、虚ちゃん、相変わらず感情が高ぶると言ってること、ちょっとメチャメチャになっちゃうよね?」

 

 楯無の指摘を受けて顔を真っ赤にする虚と、そんな虚の様子がおかしいのか、楯無は扇子を広げ、『僥倖』と文字を見せびらかしながら、親友に本当に感謝するのだった。

 

「………私、幸せ者ね」

「も、もう!! 今はそういうこと言ってる場合じゃないでしょう!!」

 

 ISの初期設定を手伝いながら、顔を真っ赤なトマトのようにした虚と、そんな姉の様子が面白そうに笑う本音を見ながら、楯無はISを纏い、静かに瞳を閉じた。 

 

「行くわよ、更識楯無」

 

 もう迷うことはない。

 今は、ただ成すべきことを成そう。自分が信じている人達が信じる、自分自身を信じて。

 

「『リュオート・プルトゥーネ(凍れる冥王)』」

 

 灰色の装甲に色が着く。

 

 ―――全身を青い装甲が覆い、さらにその上から冷気のヴェールが纏われる―――

 ―――ブルーティアーズよりも薄い青のバイザーと、保護用のマスクで頭部を覆い―――

 ―――背中には四枚の推進器と特殊兵装を兼ねた翼―――

 ―――両肩に大きな装甲を持ち―――

 ―――前機のよりも改良された『流氷を纏う』槍―――

 ―――左腕にシールドを持つ―――

 

 楯無がミステリィアス・レイディを組み上げた直後から、第3.5世代である紅椿がもたらした数々のデータをベースに独自で開発を進めていた二号機。

 悪鬼共を凍れる地獄に繋ぎ止める冥府の女王。

 

 頭脳をクールに、心に情熱を秘めた更識楯無の新たなる翼に、火が灯ったのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「随分と、好き勝手してくれちゃったみたいね」

 

 右手に持った槍、『蒼流旋・改』を構え、広大な敷地を凍結させた楯無がゆっくりと周囲を見回すと、隣にいた箒を縛っていたケーブルを叩いて砕く。凍結した末に脆くなっていたために簡単に砕け落ちる。

 そして各関節を氷に覆われてうまく動けない人々を楯無は割と乱暴な手つきで押しのけると、箒を立たせ、楯無は彼女の耳元で指示を送る。

 

「(気づかれると100%妨害が入るから、できるだけひっそりと一夏君を助け出して)」

「(!? ですが、簪がじっと待っていてくれるとは………)」

「(簪ちゃんの全ては私が受け持つわ。なあに、お姉さんを信じなさいって!)」

 

 笑顔の中に確かな強さが宿っていることを感じた箒は、自身もISを展開して、簪の隙を突いていつでも動き出せる体勢を作る。

 一方、柔和な笑みを浮かべたままで、慎重に簪に近寄る楯無は、こうやって動き回っている簪の姿に、大いなる怒りと、そしてホンの少しの嬉しさを覚えてしまう。

 

「………心のどこかで、もう二度とそんな姿を見れないと思ってた」

 

 もう二度と微笑むことのない、動くことのない、そんな妹の一生を心のどこかで想像していたことを認めた楯無は、だからこそと首を横に振って、今の簪の姿を否定する。

 

「何処の誰かは知らないけど、聞け」

 

 陽太が感じたように、すでに楯無は簪のオーガコアを操っている人物がいることを直感していた。

 

「私達は全力で簪ちゃんを取り戻す。そしてその後、簪ちゃんをこんな風にしたお前を、地の果てまで追いつめて罪を報わせる。必ず………必ずだ」

 

 簪の向こう側にいる者に、数百年続く対暗部組織の歴史の全て。その強さを見せつけると楯無は高々と宣言する。

 

「対暗部組織宗家第17代当主、更識楯無………いざ尋常に、参るっ!」

 

 四枚の翼と両肩から冷気を噴出した、悪鬼を凍れる地獄に誘う冥府の女王は、燃える心と冷徹な頭脳を持って、今こそ自分の真の戦いを始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




ということで、楯無姉さんの覚醒回でした。
虚姉ちゃんマジ友達ですね






PS

陽太「盛り上がってるところ悪いんだけど、さすがにしんどくなってきた」(まだ凍ったままです)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

災厄を止めし冥府の女王

楯無編クライマックスです!


 

 

 

 

 自らと同じ血を引いた最愛の姉に対しても、簪の行動に揺るぎは無かった。否、そもそも今の彼女は更識簪という人間の身体を乗っ取った侵略兵器そのものである。人間が大事にする『心』と呼ばれるものになど一切の興味はない。

 

 ―――地下から現れる送電ケーブル―――

 ―――地を走る車両の数々―――

 ―――そして操られている人々の群れ―――

 

 多種多様の存在による同時制圧。

 だが、今の楯無はそれら全てを『指一本』ですべて受け止めてみせた。

 

「…………カリツォー」

 

 ロシア語で『輪』を意味するその言葉。指先から作られた氷のリングが、自分に向かってきたすべての存在を拘束し、その動きを停止させたのだ。

 地下から伸びたケーブルが一瞬で凍結し、車両のタイヤ部分に分厚い氷が地面と縫い合わせるように凍り付き、人々の四肢を氷のリングが拘束し動きを封じる。

 

「!?」

「………やることがワンパターンね」

 

 人を含んだ都市そのものを乗っ取れるこの兵器が、果たして完全無欠なのか? 楯無はその問いかけに対してすでにはっきりと『NO』という解答を導き出している。

 オーガコアの最大の武器はナノマシンによる人と電子機器の制圧。だがその武器の向こう側に存在していたのは、本体の戦闘力がそもそも脆弱だという事実だ。

 

「貴方はあくまで人と電子機器を『操れる』だけ。スペックの大部分をそちらに傾倒させられてるせいで直接の戦闘なんて端から想定されてはいなさそうね?」

 

 仮に複数の別個体のオーガコアが連携して来たのなら、間違いなくこのオーガコアは絶望的な存在に成り得ていただろう。だが今のこの状態ならば、操縦者は身体能力が向上してるだけの相手でしかない。他の対オーガコア戦用のISなら攻撃力の高さから簪に下手に攻撃できなかっただろうが、この自分の新型ISは違う。

 

「なんだ………気合い入れて出てきたけど……」

「!!」

 

 ―――楯無の気の抜けたフリを見抜けずに、逃走しようとした瞬間、カリツォーで両足と両手を拘束される簪(オーガコア)―――

 

「相性の差を差し引いても、貴方は最弱のオーガコアみたいね」

 

 完全に相手の動きを封じた楯無が、一息つくように周囲を見回す。

 

「さてと、後は箒ちゃんが一夏君を……」

 

 見れば氷漬けにされた山から洗脳された人々を丁寧に救出しながら一夏を助け出す箒の姿が見て取れる。一時はどうなるかと思ったが、楯無の登場僅か数分で決着が着きそうな流れとなっていた。

 

「ちょっと待てやぁっーーー!!」

「あ゛っ」

 

 が、背後にあった氷の山から炎が吹き上がらせ、中にいた人達ごと溶かした氷によってビショビショに濡れたブレイズブレードが、大股開きで楯無に近寄ってくる。

 

「チッ……………ご苦労様、火鳥隊長?」

 

 陽太に対して『ご苦労様』と字で書かれた扇子を開いて自分を仰ぎながら、どこか小馬鹿にしたような態度を取ったものだから、陽太も青筋を立てて右手にプラズマ火炎を纏わせながら彼女に問い詰める。

 

「とりあえず言い訳あるなら聞いてやるぞ? ただしその後の手加減は期待するな? あとチッってなんだよゴルァッ!?」

「何の話か、楯無ちゃん、わかんない☆」

「他の奴らはご丁寧に敵の動き止めるために関節部の凍結だけなのに、なんで俺だけ一緒に氷漬けにしやがった!?」

「……………てへっ☆」

 

 ドジっ娘を演出した俗に言う『テヘペロ』だったのだが、残念なことに陽太には可愛らしさも伝わらず萌えを感じ取る心の余裕もなく、怒りの炎を背負った彼には通じていないようだった。

 

「仕方ないじゃない。なんせ初めて実戦で能力使うものだから、ちょっと手加減間違えても、まあなんとか済む相手選ぶのなんて当然?」

「ナチュラルに下種いこと言ってんじゃね!? 何故に俺なら加減間違えてもOKなんじゃ!?」

「だってそれは…………ごにょごにょ」

 

 小声でゴニョゴニョと言葉を濁していたが、ハイパーセンサーによって拾われた音声には確かに『意趣返し』とはっきり発言していることを聞き取り、彼の怒りメーターが一気に吹っ切れる。

 

「うし、そこを動くな。一瞬で消し炭にする」

「なによ、やる気!?」

 

 獲物を持ち合って矛先を何故かお互いに向けあう二人に、氷から抜け出したシャルが近寄ると呆れた様子で陽太の後頭部を小突き、喧嘩を仲裁する。

 

「ヨウタはいい加減にしなさい」

「何でもかんでも俺が悪いみたいに言うなよ! いい加減にしないと本気でグレるぞ!?」

 

 が、自分だけ悪いかのような口調で言われたものだからか、拗ねたような物言いになってしまう陽太を取りあえず置いといて、扇子を広げながら『まずは戦略的な勝利!』と大喜びする楯無に、シャルは素直に感謝の言葉を述べた。

 

「ありがとうございます会長」

「なんのなんの、こう見えてもIS学園の生徒会長よ私。皆を助けるのは当たり前なんだから」

「だったらその『皆』から俺をハブるな! この………半べそ会長!」

「なっ!」

 

 『かいてないし。私ベソなんてかいてないし!』『いんや、してた。鼻水まで確認しました!』とか陽太と下らない言い争いを繰り広げる楯無の様子を見ながら、昨日まで感じられていた狂気に近い危うさが感じられず、代わりに静水に広がる波紋のような気配を出していることを不思議に感じる。いくらなんでも昨日の今日で人はここまで変わるものだろうか?

 まあ、虚とのやり取りを知らないシャルには理解できないほどの変化だったのだが、楯無はそんなシャルの内面もキチンと汲み取る。

 

「いろいろ心配かけてごめんなさいね。後、昨日のことも含めて」

「………会長」

「私………ホントバカだった。わかったつもりで何も見ようとしないバカだったの」

 

 閃光のような強い光に一瞬だけ目が眩み、それまでずっと自分を支えてくれていた仄かに光る灯り達が見えなくなるなんて、自分はいったい何をしていたのだろうか? そう自嘲する楯無だったが、そんな彼女の変化をどう受け止めたのか、腕組みしながら陽太はシレッとこう言い放つ。

 

「おう。人に八つ当たりしといて当人に土下座しないぐらいにはバカだよな。ホント」

「………ケンカ売ってる?」

「ただで無料配布中♪」

 

 獲物を向けあい再び臨戦態勢を取り合う二人に、本当に飽きないなと呆れるシャルだったが、その時、突然背後から強い衝撃波が三人に襲い掛かる。

 

「「「!?」」」

 

 咄嗟にシャルを庇う様に前に立つ陽太と、彼の隣でランスを構える楯無が目のあたりにしたのは、全身を拘束していた氷にヒビを入れ、今にも抜け出そうとする簪の身体に紫色の光の粒子が集まりだしてた。

 

「これは?」

「………ナノマシンか」

 

 陽太が直感的に街中に解き放っていたナノマシンが簪に向かって収束していることを感じ取る。また楯無も彼と同意見を持っており、表情を引き締めて状況を分析しにかかる。

 

「周囲のものを使ってじゃ私に勝てないことを理解して、直接戦闘にシフトする気ね」

「ナノマシンに回してたリソースを全部自分の分に回したのか………だが、これはチャンスだ」

 

 敵が弱体化したわけではなく単体の戦闘に特化したのだが、状況を考えれば先ほどの十倍は有利だ。人質と厄介な雑魚を兼ねた一般人たちを使用した戦法を取らないのであれば、いつもの相手である。皆を呼び寄せて秒殺しようと陽太が通信を使いかけるが、その時、楯無は手を伸ばして静止してくる。

 

「お願い………この場は私に譲ってくれない?」

「!?」

「会長!? でも………」

「オーガコアとの戦闘なら貴方達の方が経験値は上だし、任せるのが妥当だってこともちゃんとわかってる………でも、ごめんなさい。これだけは私が貫きたい我儘なの」

 

 楯無の真っすぐな瞳が陽太とシャルを見つめて射貫く。それに部外者だと跳ね除けようにも楯無は簪の実の姉だ。心情としても理解できなくもない。

 しかし、そんな楯無と同じぐらいに簪を救いたい彼女は一緒に戦おうと隣に降り立つ。

 

「せっかくの申し出ですが、私の助太刀を許可ください楯無姉さん」

「………箒ちゃん」

「箒ッ!」

 

 一夏を助け出して、改めて二刀を両手に構えた箒が楯無の隣に立ったのだ。見れば人々の拘束から解き放たれた他のメンバー達もISを装着した状態で集まってくる。

 

「二人ともカッコつけてる場合!?」

「ここは一気に我々で拘束して一夏の零落白夜で沈めるべきだ」

「お二人に悪いですが、わたくしもラウラさんの意見に賛成ですわ」

 

 ワザワザ相手とリスクの高まるタイマンを張る理由もないというラウラ達の意見。

 メンバーたちの様々な意見が出る中、雪片を正眼に構えて相手に備える一夏の前で、陽太はヴォルケーノを持った手をラウラ達の前に差し出し、さらにもう一方の手に持った銃口を無言で楯無に向け、しばし睨み合いを展開する。

 一言も発さずに全身から発せられている緊張感と威圧感がメンバーたちの言葉を遮る中、徐に陽太は銃口を退けると、静かに楯無に道を譲るのだった。

 

「お前の好き放題にこっちは振り回されっぱなしなんだよ………」

「………ごめんなさいね」

 

 譲られた道を静かに前に一歩踏み出したとき、陽太はすれ違いざまにこう言い放った。

 

「お前が台無しにした朝飯、今度奢れよ?」

「女にご飯奢らせるだなんて………でもまあ、今回だけは快く奢らせてもらうわ」

 

 彼女の後姿を見送りながら、ヘッドパーツを解除して煙草を取り出す陽太であったが、『そんなもの吸ってる場合か!』と怒り心頭な箒が強引に取り上げると、彼の襟元のパーツを掴み刀のような鋭い視線で睨みながら問い詰める。

 

「なぜ一人で姉さんを行かせる!!」

「いやだって、タイマンしたいって本人が言ってるんだから………」

「危険だ! せめて私も一緒に戦わせろ!!」

 

 簪を助けたいという気持ちと実の妹と戦わねばならない楯無の心配の両方を抱え、箒がどうしても助太刀したいと言い張るが、そんな箒の後ろ髪を陽太は文字通り物理的に引っ張って止める。

 

「はい、ドウ」

「痛ッ!!」

 

 かなり痛かったのか頭を抱える箒が涙目で腕を振り上げるが、陽太はそんな彼女にこう言い放ったのだ。

 

「あいつなりのこれがケジメなんだろ? これがラストだ………成功すれば良し。また情けないことするなら今度こそ失望だ。バカ会長がどう言おうが全員でリリーフ(中継ぎ)すればいい」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「………どうやら雲行きが怪しくなってきましたね」

 

 一方、屋上でつまらなさそうに対オーガコア部隊の戦いを眺めていた『アサシン・デイズ』は、突然乱入してきた青いISの情報を手元の端末で検索しながら、通信先の『キャスター・メディア』に話しかける。

 

『あぁん!?』

「(思い通りの展開からだいぶん離れたおかげでご機嫌斜めですか)………ご命令とあらば私が直接対処に当たりますが?」

 

 操縦者がロシア正代表の更識楯無であることはすでに判明しており、おそらくロールアウトしたての新型ISで初実戦に臨んできたのだと、そう判断したデイズが万一の事態に備えて自分自身で直接対処することも視野に入れ始める中、画面越しのメディアは明らかにテンションが下がり切った様子で隣にある端末を見ながら答える。

 

『どうやら時間をかけすぎたか……』

「………バーサーカーかライダーの部隊ですか? ですが彼らは今アフリカ方面の作戦に参加中なのでは?」

 

 暴龍帝本人がもしやってきたのなら少々厄介な事になるかもしれないが、メディアを危惧させていたのは彼女でもスコールでもなく、アジア方面の本来の管轄官であったのだ。

 

『4機………サクラの親衛隊か』

「ランサーの親衛隊ですか?」

 

 意外な人間の名前が出たことで珍しく僅かばかりの困惑の色をデイズは浮かべた。

 他の部隊の人間達の詳細なデータと行動パターンは大体把握しているのだが、どうしてかランサーの部隊の人間だけは大まかなこと情報以外開示されていないのだ。

 

「ランサー部隊の能力は不明瞭な部分が多いですが………それが問題となると?」

 

 戦えば負けることはない。サラッと絶対の自信と自負が見え隠れする言葉にもキャスターは表情を変えることなくこう答える。

 

『現在の亡国機業で、唯一私が一定の評価をくれてやってもいい小娘はサクラさ』

「ほぅ………」

『スコールもあれぐらいのことができたらいいんだが、アイツは生憎、冷静冷酷を装っても感情を殺しきれないのが玉に傷だ…………損得勘定だけで私に接してくるのは今の所アイツだけだ』

 

 メディアの技術力だけを目当てに擦り寄ってくる人間など腐るほどいるだろうに、なぜそんな中でランサー・サクラが別格の評価を受けているのだろうか?

 

『アイツは本当の意味で損得勘定でしか人を見ていない。中々歪んだ人生観だが、そういう『奴』は存外嫌いじゃない』

 

 ―――本当の意味で全ての人間を救う、などという頭のネジが全てぶっ飛んだ願望を持ってたアイツみたいにな―――

 

 どうやらメディアの一定の評価を受けたのは、ランサー・サクラの歪んだ人間性によるものが大部分を占めていたのだが、その話を聞いたデイズも彼女の人間性を自分なりに分析し始める。

 

「(損得勘定オンリーで動くだけの人間ということは、私達に一見友好そうに接しても、少しでも利が傾けばそちらのほうに行く。どこにでもいる人間のようにも思えますが、その実は全体を普遍的に見れる偏りのない客観性の持ち主………とも取れますね)」

 

 そう考えると確かにあまり自分のISの能力を披露するのは得策とは言えない。切り札になり得るカードを見せ、もし彼女がライダー側に情報を漏らすようなことされるのはデイズ自身も良い気持ちにはならない。情報が持つアドバンテージの有効性はデイズ自身も良く知っていることなのだから。それが決定的なマイナスにはなりはしないが、マイナスはマイナスなのだ。

 

『演出がクソになった催し物をこれ以上見る気分じゃない。私は研究所(ラボ)に戻る』

「では私はこのまま状況観察だけでよろしいと?」

『適当にしてろボケ』

 

 本当に詰まらなさそうに通信を切ったメディアを尻目に、デイズもまた興味なさげな表情を浮かべたまま、職務に対する最低限の義務感のみで事の顛末を見届けようとするのだった。

 

 

 

 一方………。

 

 図らずして対峙することになった運命の姉妹の姉、更識楯無の目の前で最愛の妹、更識簪は異形の存在へとその身を変貌させたのだった。

 

「あれは………」

 

 陽太達の目の前で彼女の姿は、全身を銀色スーツのような装甲で覆い、緑色で大きな瞳と黒いマフラーを持つ異形の姿となり、カシャン、カシャンと不気味な足音を響かせながら、全身を縛っていたカリツォーを粉々に砕いて戒めから解き放たれる。

 不気味なその姿に何処となく飛蝗類の顔に近く、シャルとセシリアは若干ながら背筋を凍らせ、今までのオーガコア体の中で最も小柄なその体形の意味が何なのかとラウラは分析し始め、一夏と鈴は何となく何処かで見たことがあるようなフォルムに既視感を覚え、陽太だけは一人『なんかちょっとカッコイイかもしれない』とドキドキしていた。

 

「………楯無姉さん」

「………なんとなくだけど、予想はついたわ」

 

 そして簪をよく知る箒と楯無は、そのフォルムから大体の相手の能力を判明させ、そして若干呆れたような表情で確認しあう。

 

「オーガコアの変貌のプロセスは、操縦者の心理的な負のイメージが大きく関わっているのでは?」

「もしくは簪ちゃんの意識を失ってもなお余りある情熱がオーガコアに伝播しちゃったのかしら?」

 

 ああ、本当になんとなくだけど『簪は簪なんだ』と認識を改める二人。この二年間の苦労とか哀しみとか怒りとか色々あった感情がゴチャゴチャと渦巻いてくる…………決して、人が苦労してる間に簪は夢の中で特撮ヒーローと延々と戯れていたのかと思って、どっと疲れが噴き出た訳ではない。

 

「さあ~て………どう出てくるのかし……」

 

 楯無が一歩前に出た時、簪は突然楯無を無言で指さすと、そのまま地面に片手をついて何かのポーズを取り、そして勢い良く上空へジャンプしたのだった。

 

「高いっ!」

「凄く高いっ!!」

 

 一夏とシャルが同時に叫ぶ。

 

「でもどうしてこれほどの跳躍を!?」

 

 もっともな疑問をセシリアが口にする。

 

 ―――空中で回転して、そのまま急降下しつつ浴びせ蹴りの体勢を取るオーガコア―――

 

「キック!? だがあまりに見え見えすぎるぞ!!」

 

 なんで上空高く飛んで回転して蹴りの体勢を取ったのか理解できないラウラが呆然となってしまう。

 

「ねえ、アレってライダー……」

「黙っていろ………たぶんそうだから」

 

 何かに気が付いた鈴が隣にいる箒に尋ねるが、彼女はちょっとだけイライラしたような表情で答える。

 

「(なるほど………ああやってポーズ取ってから飛んだほうがカッコ良く見えるんだ!)」

 

 スタイリッシュにカッコイイ戦い方を模索している陽太が一人感銘を受ける…………実用性のあるものかどうか全く考えていなかったが………。

 

 一方、上空から急降下しながら必殺のキックの体勢を取ったオーガコアの姿を見ながら、戦闘モードで集中しながらも楯無はぼんやりと考える。

 

 ―――!!―――

 

「(ああ………昔、『仮〇〇〇ダーごっこ』してた時に、最高にラ〇〇ーに成り切ってる時の簪の空気だ………なんとなくだけど)」

 

 たぶん夢の中で彼女は今も怪人と戦っているのだろう………そう考えるとお姉ちゃんとしてはわざと負けても上げたくなるのだが、残念な事に今は実戦の最中で、自分は彼女を救うために勝たねばならないのだ。

 

「!?」

 

 一呼吸だけ着いた楯無に迫るオーガコア………このままキックを寸前で避けるのか、それとも受け止めるのか? 対オーガコア部隊のメンバー達が見守る中、彼女はその場にじっと立ったまま動き出す気配がない。

 

「………楯無姉さん!?」

 

 いくら新型機に乗り換えたといえ、直撃を受ければ怪我では済まないかもしれない。案じた箒が叫んだ時、楯無の腹部にオーガコアのキックが直撃し………。

 

 ―――粉々に砕け散る楯無―――

 

「!?」

 

 目の前で吹き飛ぶ事無く砕け散った楯無の姿に全員が驚愕し、そして地面を砕きながら着地したオーガコアがすかさず立ち上がる中で、周囲の気温が一気に冷え込んできた事に一早く陽太は気が付く。

 

「(この冷気は………)」

 

 周囲の様子から楯無が次に起こすリアクションを予想する中、オーガコアを取り囲むかのように空中で突然大きく氷の塊が形成され、まるで鏡のような光沢を見せながら楯無の姿を映し出す。

 

「これって!?」

「「「フフッ………『鏡映しの術』とでも名付けましょうか?」」」

 

 鏡に映し出された楯無が同時に話し出す中、陽太は楯無が何をしているのか冷静に分析する。

 

「(光………氷の塊で光線を乱反射させて実体を隠し、撹乱するしているのか?)」

 

 時間と共に氷の数が増え続け、楯無の姿も無数に増え始める。そんな状況でもオーガコアは臆することなく、周囲の氷を一枚砕いてみせるのだった。

 

「「「残ね~ん………こっちよ簪ちゃん?」」」

「!?」

 

 だが、砕かれた鏡の逆方向から放たれた氷の飛礫がオーガコアの背中に直撃し、着弾点を一瞬で凍結させる。反撃のストレートパンチを繰り出すオーガコアであったが、それもただの鏡像を砕くだけに留まり、更に砕けた氷が空中で結合し、新たなる鏡像となって時間が経過するごとにどんどん数を増やしていく。

 焦れたのか赤いルビーのような刀身をもつサーベルを両手に持ち、増える鏡像を片っ端から砕き続けるオーガコアと、実体を見せずひたすら距離を取って攻撃し続ける楯無という構図であったが、それを端から見ていた第三者の陽太は煙草に火を着けて煙を吐き出すとつまらなさそうに吐き捨てる。

 

「相変わらずつまらん戦い方だ。こう………スタイリッシュさとエレガントさに欠ける」

「コラッ!」

 

 味方にあるまじき陽太の発言に眉を細めて注意するシャルだったが、陽太の表情は変わることがない。

 

「どうやら昨日の模擬戦は完全にムダだったらしいな………あんなんしてる限り俺は負ける気しないね」

「キサマッ!!」

 

 さすがにこれには箒も我慢できなかったのか声を荒げるが、それにも陽太は視線を外すだけで反省の色が見受けられない。

 

 ノーリスクハイリターンは結構なことなのだが、それはただの無難な解答であって、それだけでは本気の強者には通じないものだ、という持論が陽太の中にはある。

 オーガコアのように動物に近い知性程度ならばともかくとして、上位の操縦者になればなるほどその圧倒的な戦力を有用に使うもの。それが勘か知識によるものかさておき、ただのバカでは越えられない壁があり、皆がそれぞれのやり方で『瞬時に最適な解答』を用意するものなのだ。

 自分の戦力を把握して、無難な手を打つことは決して悪いことではない。だがそれだけでは相手に次の行動を予測され、どんどんと踊らされて最悪搦め手にやられてしまう。戦っているのは人間同士。なぜ相手だけ思考していないなどという考えに至るのか?

 むしろ客観的な視点を持って自分以上に自分の行動の在り方を見つけてしまうのが超一流の者達というもの。ゆえにたとえそれが失敗すれば敗北必死の超ハイリスクを背負うとも、勝機を得るための超ハイリターンだと信じて一歩踏み出すことも必要なのだ。

 だがこの間までの楯無はリスクを恐れるあまり、選べるはずの最善手を選ばずに無難な手ばかりを選択していた。それゆえに陽太は戦力的に互角な状況でも楯無の動きを予想して、相手の動きを常に誘導し続けてみたのだが、やはり長年染みついた戦い方(スタイル)を直ぐに変えることはできそうもない。惜しむ気持ちを煙とともに吐き出して、陽太はこう言い放つ。

 

「いくら機体のスペックが上がろうが、今のままじゃ1000回やっても1000回とも俺が勝つ。間違いなく」

 

 傲慢な物言いと反省の態度がない陽太に対して、ついにキレた箒が二刀を抜いて詰め寄る。

 

「…………ホウ~ッ? だったら楯無姉さんに1000回勝てる実力とやらを、先ずは私に見せてもらおうか?」

「ナヌッ?」

「ちょ、箒ッ! ヨウタッ!?」

 

 互いに獲物を持ち出し合い場外乱闘を始めかける二人を止めようとするシャルであったが、突如背後で爆発がおこり驚きながら振り返った。

 

 ―――地面に巨大なクレーターを形成させたオーガコアと、氷全てを吹き飛ばされ地面に蹲る楯無の姿―――

 

「な、なにがあったというのだ!?」

 

 自分が目を離したホンの数十秒の間に一体何があったというのか?

 呆然としていた箒が慌てて隣にいた鈴に尋ねるが、彼女も鳩に豆鉄砲を食らったかのような唖然とした表情で硬直していたのだった。

 

「いったい何が!?」

「い、いや………攻撃が当たんないことに焦れたのかどうかわかんないけど、両手の武器を手放して……な、なんか急に電撃がバチバチッ!ってしたと思ったら、また空飛んで……急にスピンしながら降ってきて……」

 

 ありのままの説明をしながらも、鈴自身自分で何言ってんだろ?と半信半疑になるが、箒の方は少しだけ考え込むと、やがて何かに思い当たったのか、血相を変えながら楯無に向かってこう叫ぶ。

 

「楯無姉--さんッ!! 気を付けて!」

「!?」

「たぶん簪は悪役縛りを解除しました!! 普通に『仮面〇イダー』の技を使ってきます!」

「今、完全に仮面〇イダーだって認めたわよね、箒ッ!?」

 

 鈴のツッコミを無視した箒のその叫び声を聞いた途端、オーガコアの両手から刃物のようなヒレが飛び出し、楯無に向かって果敢に切りかかってくる。

 

「電撃!?」

 

 しかも電撃が付加されており、ランスで受け止めることもできない。寸での所を回避し続ける楯無であったが、オーガコアは急にリズムを変え、天高く再び舞い上がった。

 

「高いっ!?」

「これってさっきの!?」

「やはり超〇子ドリルキック!! 気を付けてください!! 〇トロンガーとア〇ゾンの能力を併せ持ってます!!」

「ごめん、長年外国暮らしの俺にもわかる説明を要求する!」

 

 さっきから箒が何を話してるのかさっぱり理解できない陽太が説明を求めるが、むろんそれをガン無視して箒は今のオーガコアの状態を詳しく分析する。

 

「ア〇ゾンのアームカッターだけではなくフットカッターも使って………まさにあれは削岩機(ドリル)!!」

「だから俺に説明…」

「うるさいッ!」

 

 怒鳴り声と邪険に扱われたことで軽く凹む外野の陽太を他所に、天高く飛び上がり全身から刃物と電撃を纏いながら高速スピンしながら突っ込んでくるオーガコアをじっと睨みつけると、ランスを反転させて地面に突き刺し、突然両手を前方に突き出した。

 

 彼女の視線の先が簪を捉えて外れないことを察した箒が最初に気が付く。

 

「まさか………正面から受け止める気か!?」

「えっ?」

「避けてください楯無姉さんッ!!」

 

 オーガコアの攻撃を真正面から受け止める必要などないと箒が叫ぶが、楯無は一歩も譲らないと言う強い意志を宿した瞳で正面を、オータコアを、簪を見続けるのみであった。

 

 陽太が言っていた如何なる分の悪い賭けにも乗れる強い度胸が必要なことはわかる。自分がそれを中々選択できない弱い性根であることも自覚している。所詮自分は強いと虚勢を張ることしかできない弱い人間でしかない。

 だが、弱い人間には弱い人間なりの、度胸の無さをカバーするための手段というものは必ず存在しているものだ。

 

 ならばこそ、彼女は渾身の想いで叫ぶのだ。

 

 

「今よっ!!」

 

 ―――茂みから突然現れる特殊スーツ姿の更識実働部隊のメンバー達―――

 

「!?」

「これは、更識の!?」

「いつの間に!?」

 

 これには陽太や箒だけではなくシャル達も驚くが、おそらくこの場で一番驚愕したのは楯無を相手しているオーガコアであろう。

 そして更識実働部隊のメンバーは高速スピンで落下してきているオーガコアが楯無に激突する寸前で、圧縮空気で水の塊を瞬時に遠くに放つ「インパルス消火システム」というものを使って、オーガコア目掛け水の塊を発射する。同時に楯無は両手から先ほどオーガコアの動きを封じた「カリツォー」という技を放つ。

 先程は破られてしまったカリツァーをそのまま放った所で今のオーガコアの動きを止めることできない。電撃まで纏って攻撃力と防御性能を上げた状態では射撃による牽制もあまり功を制しない。ならば帯電しながら高速で落下してきたオーガコアを瞬時に凝結させて動きを封じ込めるため、大量の水を触媒により深く凍結させる必要があったのだ。

 

 結果、楯無を数m後退させたものの、完全に回転と電撃を抑え込まれて彼女に受け止められたオーガコアが、大地に平伏せてしまう。

 地面に落とされ、しかし尚をもぎこちない動きで立ち上がろうとするオーガコアに対して、楯無は突き刺したランスを引き抜き、その切っ先を向けて話し出す。

 

「残念。今、私達がしているのはスポーツの試合でも、ヒーローショーでもない………貴方と私、どちらかが勝つまで終わらない、言わば『生存競争』ね」

 

 

 

 ―――リュオート・プルトゥーネの両肩の装甲が展開し、同時にランスも先端を開き、両肩と同時に中から砲口を出現させる―――

 

 

「私は、私が使えるものを総動員してでも貴方に勝つ。それが私が選択した道」

 

 

 ―――砲口が徐々に光だし、両肩からも光が漏れ出す―――

 

 

「私は対暗部組織『更識』の宗主にしてIS学園生徒会会長………」

 

 

 ―――周囲の温度が極端に下がり、彼女の足元が凍り付きだし―――

 

 

「そして簪ちゃん………貴方のことが死んでも大好きなお姉ちゃん………更識楯無よっ!!」

 

 

 ―――放たれたのは超低温のブリザードを圧縮された小型の竜巻―――

 

 

「ダイヤモンド・ダァッストッ!!」

 

 

 

 猛烈なブリザードがダウンバースト状に放たれ、その突風の威力と中に含まれた氷の弾がオーガコアの装甲を剥がし、コアを剥き出しにさせる。

 

「一夏君っ!!」

「は、はいっ!?」

 

 そして突然楯無に名を呼ばれ、びっくりして声が裏返る一夏だったが、そんな彼を陽太が後ろから蹴とばしながら本来の使命を思い出させる。

 

「コアが露出してる今がチャンスだろうが!? 今なら零落白夜使う必要もない」

「………あっ」

「「早く行け(来て)!!」」

 

 陽太と楯無の声が重なり、涙目になりながらもボロボロの状態のオーガコアにツインドライブを発動させた状態で突撃し、コアを直接掴む。

 

 ―――音と共に、嘘の様にあっけなく崩れさるオーガコア―――

 

 気を失っている状態の簪とコアを残して、装甲が綺麗さっぱり塵と化して消えてなくなる中、簪を受け止めている一夏に向かって、涙目で楯無と箒が近寄ってくる。

 

「簪ちゃんっ!?」

「簪っ!?」

 

 ようやく取り戻せた少女の無事な姿に、安堵の溜息が漏れる…………が、彼女の指がピクリと動き、その様子に全員が思わず緊張する。

 オーガコアが完全に分離したというのに、まだ戦いが終わっていないのか?

 全員の間に重い沈黙が流れる中、少女はゆっくりと瞼を開く。

 

「……………」

「……………」

 

 最初に目が合ったのは彼女を抱き止めている一夏。そしてゆっくりと簪は視線を動かし、安堵と緊張の狭間でどう表現すればいいのかわからないといった表情で自分を見つめていた楯無であった。

 

「……………お………姉…ちゃん?」

「!?」

 

 彼女のその声に全身を硬直させた楯無が声も出せずに立ち尽くす。

 

「…………箒?」

「…………あッ」

 

 自分を見つめた簪の言葉に、鳩が豆鉄砲を食ったような表情で箒が辛うじてそんな返事をしてしまう。

 誰もが予想もできなかった簪の意識の回復に呆然としてしまう中、簪本人はゆっくりと周囲を見回し、やがてようやく一番近くから自分を見つめている一夏に問いかける。

 

「貴方……………誰?」

「……………あっ……お、おおおお、俺は…お、織斑一夏っ!?」

「………………!?」

 

 裏返った自分の声に後からちょっとだけ恥ずかしさが込み上げ、顔を真っ赤にしていた一夏をしばらく眺めていた簪はやがて脳内が本格活動し始めると、急に起き上がると箒に向かって彼女は叫んでいた。

 

「箒、早く逃げて!! あの『IS』がっ!?」

「か、簪?」

「お姉ちゃんごめんなさい! 私、足止めができなくて……」

「………簪ちゃん」

 

 周囲と自分の今の状態の違いがわかっていない簪が周囲を見回しながらパニックになる中で、楯無はようやく今の彼女が敵に操られている状態ではなく、もう二度と起き上がることがないかもしれないと言われていた自分の妹であるという確信を得る。

 

「簪………」

 

 それは箒とて同じことであった。

 自分を守ってくれた、自分が守れなかった親友が、今もこうやって動きながら自分の心配をしてくるのだ。

 

 ―――ISを解除して、二人同時に簪を抱きしめる―――

 

「お、お姉ちゃん!? 箒!?」

「「………………」」

 

 彼女の体温、匂い、ぬくもり…………そして自分達に掛けられる声。

 それが嘘でも幻でもないことを確認するように二人は必死に簪を抱きしめながら…………。

 

「…………簪ぃ」

「ほ、箒?」

「お願い………ちょっとだけこのままでいさせて」

「お姉ちゃん?」

 

 必死に涙で濡れた顔を隠していた。二人のそんな様子を最初は何事かと驚いていたが、やがて二人の様子を察すると、静かに手を回して二人を抱きしめる簪であった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

『放送予定の番組を中止して緊急特番を放送します』

 

 全国の番組が一斉に放送予定だった番組を中断し、ある事件による速報を伝え始める。

 

『本日の午後四時過ぎ、首都を突如襲った大規模サイバーテロは、完全に事態が収束したものと内閣官房長官から正式に発表されました。なお、このテロによって発生した人的被害の内、現時点では死者の存在は把握しておらず、詳しい詳細は早急に調査するとのことです』

 

『現場からの中継です! 首都を襲った謎のウイルス兵器によって汚染されていた人の数は最大で一千万に迫り、街は映画の世界さながらのパニックに陥りました!』

 

『本来街を守るべき警察も無力となり、外に出歩いていた隣人が突如、自分たちに牙を向くという光景に、市民の方々からは恐怖に引き攣った声が寄せられております』

 

『なお、事態の解決に当たったIS学園対オーガコアチームの迅速かつ的確な対応は国内外だけではなく、諸外国からも高い評価を得ており、今後の彼らの活動にも積極的に協力していきたいとのコメントも寄せられており、防衛庁からも今後の活動に対しての連携の有無を改めて見直したいとの発言も出ております』

 

 様々なニュース番組こぞってこの事件を取り上げ、今回のテロに使われた謎のウイルスの正体や、これは亡国機業と関係があるのかや、対オーガコアチームの手腕を評価したりなど、様々な声が上げられていた。

 

 一方、被害の中心となっていた鵜飼総合病院の駐車場は、溢れんばかりの人で野戦病院と化しており、医師や看護婦達がフル稼働しながらその事態に対応しており、手の空いた対オーガコアチームのメンバーもその補助をしていたのだった。

 

「・・・・・・」

 

 今回はあんまり出番がない上に楯無に振り回されていた形になってた陽太は、片手に部分展開したISから高温の炎を放ちながら大量の湯を沸かしており、なんで自分がこんな目に合わんといかんとウンザリとした表情で湯をくみ上げて簡易浴槽に供給する太いパイプを見つめていた。

 

「何が悲しくて俺が風呂炊き係にされんといかん?」

 

 夏場とはいえ長時間氷漬けにされていた人たちの体温は低下しており、早急に体温を上げねばならないという結論に至った現場の人間の指示のもと、近くの自衛隊から借りてきた簡易風呂を駐車場に広げ、更にボイラーで湯を沸かす時間を短縮するため、強い火力が出せる陽太のブレイズブレードを湯沸かし器代わりにして全員を入浴させたのだ。

 

『ボヤボヤ文句言わない~!』

『少し温いぞ陽太!』

 

 でかいテントの向こう側から楯無と箒の声が聞こえ、陽太は思いっきり怒鳴り返す。

 

「うるせぇ! テメェ等だけ気楽に風呂入りやがって!! 覗いて写真撮るぞ!?」

『簪ちゃんを盗撮しようとか、貴方ホントに最低よ!?』

『後でシャルに報告だな』

 

 体温が低下しており、まだ上手く動くことができない簪を心配して、楯無と箒が彼女を入浴させているのであろうが、本日は散々な目にあっていた陽太としては文句の十や二十ぐらい言ってもまだ足りないのだ。

 

『ご………ごめんなさい、火鳥さん』

『謝っちゃ駄目よ簪ちゃん!? あの男は下手に出た人間を全員肉奴隷に……』

「風評被害もいいとこじゃ!! てかお前はあの戦い方はなんじゃ!?」

 

 謝ってきた簪にサラッと自分の印象を最低なものにしようとした楯無を牽制しつつ、彼は今日の楯無の戦い方に抗議の声をあげる。

 

「一対一じゃ、なかったのかよ!?」

 

 てっきり一対一のタイマンだと思い込んでいただけに、まさか他人の助けを借りたうえで不意打ちまがいの方法で勝利するとは予想外の上に、なんかちょっと納得のいかないモヤモヤを抱える陽太であったが、楯無は全く気にすることなく、サラっと言い流す。

 

『私にやらせてって言っただけで、私だけでやるだなんて、楯無ちゃん言ってないし~』

「美しくないぞ! そういうの!?」

 

 抗議の声にも彼女はあっけらかんとした表情を崩すことはない。それはまるでいつもの楯無の姿であり、もう当主の素顔を隠す仮面ではない、等身大の少女そのものであった。

 

『ええ~~? それは私と貴方の価値観の相違? 好きな女の子のお尻に敷かれたいとか私もわからない価値観だし~?』

 

 どぅわれが尻に敷かれてお尻の感覚にハァハァ言ってる変態じゃ!? そう抗議の声を上げかける陽太であったが、先ほどから自分を見つめてくる視線が気になり、そちらのほうを振り返る。

 

 ―――首からタオルをかけて汗だくの中年の男性―――

 

 ズボンの柄から、楯無を援護した更識の実働部隊の人間であることはすぐに判別できた。温厚そうな空気をまとい、腰の低そうな笑顔を浮かべながら近寄ってくる。

 

「ご苦労さんですぜ、隊長さん」

「………アンタは」

 

 小柄でちょっと太めの最近毛髪が薄くなり始めていることを気にしている中年の男性が、陽太の周りに他の学園メンバーがいないことを確認して、彼にとある液体の入った缶を手渡すと、陽太が表情を一変させる。

 

「おっ!!」

 

 それがすぐに500mlのビール缶であると理解した陽太が、嬉しそうにプルタブを開くと砂漠で水を飲み干すかのように豪快に一気飲みをする。気持ちのいい飲みっぷりに男性も気をよくしたのか、自分も持っていたビールに口をつける。

 

「ぷはっ!! 生き返ったぜ」

「いや、いい飲みっぷりだ! 最近の若い子は酒が飲めない奴も増えてるって話だったのに」

「そういうヘタレ連中と俺を一緒にすんなよオッサン?」

 

 ビールをもらえて機嫌を良くしたのかフレンドリーに話しかけてくる陽太を見つめる中年の男性は、また自分も一口飲むと、右手を差し出し握手を求める。

 

「更識の家に仕えてる布仏鉄山ってモンです、これからもちょくちょく世話になると思いますが、その当たりよろしくたのまぁ~ね」

「布仏? 生徒会の姉ちゃんとのほほんの……」

「お、もう娘達とは知り合いかい?」

 

 意外な人物たちの父親の登場に、陽太も予想外だったのか少々驚きながらも握手をして友好の証を見せる。

 

「イヤ~~、隊長さんの話は娘達からもよく聞いててね。正直どんな人間なのか興味はあったんだが………こうやって向き合うと、やっぱり違うね~」

「…………あんまりにも天才過ぎて?」

「……………」

 

 煽てられたとはいえ自意識過剰とも取れる物言いをする陽太であったが、この時に彼はすでに気が付いてた。

 こうやって友好そうにしていながらも目の前の人物は自分を試し、そして探っている。自分という人間がどういう人間で、そいつの中にある器量がどれほどのものであるのかを。

 

 ゆえに陽太出した結論は一つ。包み隠さず全部見せつけてやろう、ただそれだけであった。

 

「…………ハンッ」

「…………こりゃあ」

 

 陽太のそんな心の内が見えたのだろうか。初対面の人間を試すようなことをした非を認めるように、鉄山は自分の娘と同じ年の少年に対して素直に頭を下げる。

 

「ご気分を悪くしてしまうような振る舞い、大変失礼しやした」

「別にいいぜオッサン、気にしてない気にしてない」

 

 残りのビールを飲み干しながら手をプラプラして機嫌は悪くなってないとアピールする陽太を見て、改めて目の前の少年を再認識させられる。

 才能がある自分の当主が嫉妬を覚えるほどの才気、そしてそれを宿すことができる器。確かに彼は歴史に名を遺す英傑になり得るのかもしれないと。

 

「今日のご当主………お嬢様の戦い」

「ん?」

 

 空になったビールをひっくり返して最後の一滴まで舐め取ろうとする陽太に、鉄山は質問をぶつける。

 

「アンタさんはやはり見ていて不快になりやしたか?」

「………不快にはなった」

 

 率直な質問に対して率直な感想で陽太は返すが、続けて言った言葉は少し違った印象を鉄山に与える。

 

「だが、なんでか楯無『らしい』とも思えた……………よくよく考えたら、別に格闘の試合してるわけじゃないんだよな、俺ら」

「………隊長さん」

「更識のスタイルって奴を見してもらった…………ちょっと実戦じゃ敵に回したくはないわな」

 

 自分も少し熱くなり過ぎて、ただ自分のスタイルを押し付けていただけかもしれない。

 実戦において一対一などは選択肢の一つでしかなく、それだけが全てではない。守りたいものを守るっていうのなら、使える全てのものを使う手段を取るなんて当たり前のことで、わかりやすい戦闘力にだけ固執してはならない。時間がたつことでそう思えるようになっていた陽太の姿に、鉄山は甚く感心した表情で瞳を輝かせ、何度となく頷く。

 

「(才能がある人間にありがちな視野の狭さに陥ることなく柔軟性を失っていない………か)」

 

 戦場において尊重するべき一流の戦士としての空気をすでに宿している少年の姿に、男は気を良くしたのかビールをもう一本取り出して、彼に手渡そうとする。

 

「お近づきの印にもう一本、いかがですかい?」

「おっ! 話が分かるオッサンがいてくれて、俺もうれ………」

 

 完全に気を良くした二人の男達。ゆえに自分の油断にも気が付いていなかったのだろう。

 

「………ヨウタ?」

「ハブワッシャッ!?」

 

 ビール缶を持ったまま陽太が硬直し、鉄山はゆっくりと声のほうを振り返る。そこには………。

 

 ―――笑顔と青筋と右手にパイルを展開したシャルロットの姿―――

 

「………言い訳、いい?」

 

 このくそ忙しい中、各自が一生懸命に頑張っているというのに、目の前で率先してさぼりながらあろうことか未成年で飲酒していた幼馴染を目にしたシャルロットは、天使の声色と美声、そして悪魔のオーラを発現させて陽太の隣に立つ。

 そして尋常ならざるその気配を前に、すでに逃げ出す機を失ったと判断し、彼は素直に白状した。

 

「二発までなら………甘んじて受けます!」

 

 キリッとした表情ですでに何かを諦めている少年が、目の前で一方的に撲殺されている攻撃されている姿を見ながら、鉄山は手に持ったビールを飲みながら、のんびりとした表情でこう考える。

 

「(娘婿にと考えてたんだが………すでにお手付きとはこりゃ無理そうだな)」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「………報告を完了します」

 

 音声でのレポートを練り上げたデイズが、夕日が沈んだ路地裏をコンビニ袋を片手に一人歩く。

 表では被災した人々の救援のためのパトカーや消防車や救急車、それ以外の特殊車両や人々の往来が騒がしい中、シスター姿の彼女はふと振り返る。

 

 ―――浅黒い肌と金髪、ドレッドヘアとグランサンという二人組の少年達―――

 

 どうやらデイズのことを先ほどからずっと尾けていたのだろうか、ニヤニヤとした表情で彼女に近寄りながら話しかけてくる。

 

「シスターさんなんて今どき珍しいじゃねぇーか?」

「俺達にも懺悔させてくださいよ、シスターさぁん?」

 

 女尊男卑という新しい考えが浸透しているとは所詮はまだ10年にも満たない短い物。それよりも遥かに以前から身体能力では女は男に劣ってしまう。そして二人がかりであり、デイズは見た目ではずっと細身のフォルムに見えてしまう。

 しかも宗教関係者といえば一般的に強い戒律を自分に強くしいており、警察や司法関係に対して仲が悪い印象もあり、こうやって不埒な行為に及んでも警察沙汰になりにくいと踏んだのだ。

 

 だが少年二人はまだ気が付いていない。

 すでに彼等の命の危険がすぐそばにまで迫っていることに。

 

「……………」

 

 近寄ってきた少年二人をまったく相手にしないで、デイズはコンビニ袋から質素なコッペパンを一つ取り出すと無言で食し始め、少年二人の背後にある暗い通路を見つめ、話しかける。

 

「………貴方の食事は済ませたでしょ?」

「「!?」」

「もう………味の事なんて私に分かる訳がないでしょうに………仕方ないわね」

 

 突然話し出した女性を怪訝な表情で見つめる少年二人であったが、そのとき、彼らの背筋を冷たい予感が通り過ぎる。

 

「手早く済ませなさい」

 

 ―――闇から延びる手が二人の顔を掴む―――

 

 叫び声をあげる暇すらなかった。

 突然背後から延びてきた手に引き寄せられ、路地裏に連れ込まれた二人は叫び声をあげることができずにパニックになりながら手足をじたばたしながら暴れるが、10秒もしないうちにそれも収まり、全身を痙攣させながら彼らの人生は静かに幕を閉じることになる。

 

「……………」

 

 パンをかじりながらデイズは今日の戦闘の事を思い出す。

 

「(まあ、確かに相手としてはそこそこレパートリーもあっていいのかもしれませんが………やはりあんな子供達相手に苦戦するような様は許せませんね)」

 

 才能はあるようだが幼すぎる上に、あまりにも甘い。あんな者達にジークが力負けしたなどデイズはにわかに信じがたかったのだ。

 

「(そろそろ私の事もジークには知ってもらうタイミングが来たのかもしれませんね)………『ベネトナシュ』」

 

 血だまりができた路地裏で蠢く『闇』に向かって『ベネトナシュ』という名で呼びかけたデイズは、一つだけ溜息をつくと、子供を諭すような口調で話しかけるのだった。

 

「頭だけでは駄目。好き嫌いせずに全部食べなさい」

『■ ■ ■ ■ ■ ■』

「ダーメッ」

 

 機械とも生物ともそれが言語なのかどうかもわからない声と話しあい、『闇』はしぶしぶといった様子で残りの死体全てを引きずり込み、現場に血痕以外の証拠を綺麗に消し去ってしまう。

 

「さあ戻りましょうか………この分だとメディアがまた下らない仕事をたんまり増やしてそうですし」

 

 デイズが見上げるそこには新たなる三つの影が自分を見下ろしていた。

 

 その影を見つめながら、デイズは先ほどまでの無表情さから一変して、歪んだ笑みを浮かべて、遠き地にいる『彼』に思いを寄せる。

 

「(近々はっきりとした形で貴方にお目見えできると思いますが…………その時は、魅力的な瞳で私を見てくださいね)」

 

 ―――廃墟と化した研究所で自分を見上げるジークの姿―――

 

「(あの時の続き、今度こそ着けましょう)」

 

 

 

 

 




次回に亡国サイドのお話を入れて、次々回からいよいよ福音編に突入だ!

あとがきは活報でまた後程に


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スコールさん、頭痛い

今年最後の更新となる今回
サブタイトルがちょっとギャグっぽいですが、中身は半分以上シリアル……じゃない、シリアスです


Q.では、問題

目の前にバリアがあります
突破が困難です
バリアを壊す道具が残念ながら品切れです

ではどうすればいいでしょうか?




 

 

 

 

 

「……………」

 

 亡国機業総本部に宛がわれた執務室の中で、総帥に代わり実質的に組織の運営を行っている大幹部(ジェネラル)、ライダー・スコールの表情に色濃い疲労が滲み出ていた。

 

「………今日も寝れそうもないわね」

 

 落日の日から始まった世界経済のシェアの変動に合わせ、亡国機業の表の顔である『アドルフグループ』の子会社達が一斉に国営企業に代わり政府が依頼する仕事の受注を受け始め、それらに事細かな指示を出しながら各国の株価にも目を通す。これだけでも大変な労力だというのに彼女には亡国機業の幹部としての仕事もあるのだ。ゆっくりとした休みなんぞ当分の間望むこともできない。

 目の下に立ち退きをせずにクマが居座って早数日、いくら化粧品の力を借りようともこれ以上無理をすれば自慢の美貌にも致命的なダメージが及びそうで明日はさすがに半日ほどの休暇を入れようかと思うが、その時、彼女の視線がある書類を捉える。

 

 ―――ジークの書いた報告書―――

 

 スコールの額に青筋が走る。そしてすごい勢いで全身から真っ黒なオーラが噴出し、部屋中を覆い尽くすのだった。

 彼に罪悪感を感じながらもなんとか隠し通していた彼の目的。

 

 『ある研究所で起こった事の全容』

 『二人の人物の居場所』

 

 ジーク・キサラギが存在する理由の全てとも言えるこの二つの事柄に対して、とうとう彼は亡国機業そのものに疑いを持ち、自分の留守中にこの執務室に忍び込み、データを勝手に盗み見ようとしたのだ。

 幸いこの場でなんでか『仮眠』を取っていた『暴龍帝』アレキサンドラ・リキュールがメインシステムにクラッキングをかける寸前で取り押さえてくれたために外部に対して騒ぎになることはなかったが、もし仮に彼がクラッキングに成功しようものなら、セキュリティーが作動し、本部施設で大騒動が巻き起こっていたことは間違いなかった。ましてやそうなればもはや彼を庇う術はスコールにはない。ほかの幹部達への示しとして彼を極刑にせねばならないのだ。

 

「(わかっていた。こうなることは十分に分かり切っていた………だからこそ貴方に話せなかったというのに)」

 

 目標が目の前にいるのなら、なりふり構わずそこに向かって最短距離を前進しようとするのがジークである。だが相手がもし『亡国機業』そのものであったとしたら?

 彼はそれでも一人戦ったのかもしれない。だが結果はワザワザ予想することも必要ないだろう。

 

「(貴方が野垂れ死ぬのを黙って見届けろと? できるわけないでしょう!?)」

 

 守りたかった。

 死に急ぐ………いや、プロフェッサー・ヘパイトス辺りに言わせれば生き急ぐ彼を守りたかった。

 

 最初はただ利用するつもりだった。あの『プロジェクト』の貴重な生き残りであり、そのプロジェクトの結晶ともいえるISを所有する彼のことを。

 冷徹に心を凍てつかせて、部下を駒として使うために、彼の気を引くセリフで彼を亡国機業に勧誘し、言葉巧みに戦力として囲い、使い潰す気でいた。

 それが亡国機業幹部『ジェネラル・ライダー』である自分のあるべき姿だと。

 

 だがいつからなのか………一番最初に気が付いたのは、副官であったマリア・フジオカが死んだ時だった。

 

 ―――彼女の死に対して、涙を流す自分がいた―――

 

 何を甘いことを言っているというのか?

 何を普通の人間のように悲しく感じているというのか?

 

「(そうだ………私は………)」

 

 許されない大罪人。偉大な英雄である祖母の志を利用する冷徹な魔女。この世界を私欲で我が物にする気狂いの蛇。

 

「(普通の人間のような幸せも、感性も、持ってはいけないというのに)」

 

 気が付いたとき、スコールはジークを、マドカを、ほかの部下たちを守るために奔走していたのだ。まるで自分の弟妹を守るために身体を張る姉のように。家族を必死に守るどこにでもいる一人の人間のように。

 

「馬鹿みたい……………」

 

 そうだ。こんなバカな感情を捨てねばならない。

 こんな「当たり前」の感情など捨てねば偉大な祖母のように、世界すべてを覆すような存在には到底なりえない。

 だというのに、今の自分はまるで喧嘩をした弟に対して不満をぶちまけるだらしない姉のような心境そのものなのが、猶更スコールをイラつかせていた。

 

「…………」

 

 そしてもう一つ、彼女をイラつかせていた訳。

 

「私がこんなに悩んでるっていうのに…………あんにゃろッ!!?」

 

 直属の部下でもないくせに勝手にジークを制裁し、独断を特に咎めることもせず、殺気を孕んだ瞳で自分を見てくるジークの様子に戸惑うスコール相手にヌケヌケと、

 

『あ、ジーク君がどうやら君が隠し事してることに気が付いたみたいだ。後、励まそうとしたら返って怒りを溜め込ましてしまった………ウム、教育とは難しいものだな』

 

 何一つ自分の行動を反省していない暴龍帝(こいびと)をこの執務室からブン投げてやったのもつい数日前のこと………その後、少しは反省したかと思えば『暇になったから任務くれ』と言ってきやがったもんだから、無言のまま怒りパワー全開で任務内容が入ったUSBを後頭部めがけて投げつけてやった………見もせずにキャッチして『感謝している』と笑顔で振り返ったものだから、思わず『キュンッ!』ときたことはきたけれども。

 

「うし、決めた」

 

 今日はもう早上がりにしよう。こんな日は酒を飲むに限る。てか、ほかの幹部ども仕事しろよ、特にあの寸胴(タヌキ)女………そんな言葉を誰にも聞かれないように呟いたスコールは、残りの書類の山………常人なら明日の朝になっても半分も終わらせられないような量の書類を、超高速で内容の記憶と理解と判を押す作業を行い、わずか10分少々で終わらせるとそのまま立ち上がり、バッグを肩にかけて一人執務室を後にする。

 途中、アドルフグループの仕事を共に受け持つ秘書に『体調がすぐれないの。今日は帰って休むわ』と早退を伝え、ついでに書類の山を台車ごと押し付けて背後で泣き言をほざいている秘書を置き去りに正面玄関まで直通のエレベーターに乗り込み、一気に下にまで降りるとそのまま玄関を潜り抜け会社を後にする。

 途中、受付嬢が『送迎用の車を出します』と言ってきたがそれを丁重に断り、スコールは腕時計で時刻を見ながら行きつけのバーが開店する時間ではないことを確認し、ため息交じりで決断する。

 

「ハァ~~…………仕方ない、『姐さん』の店に行きますか」

 

 そして彼女は護衛もつけずにアドルフグループ本社ビルの正面通りではなく、裏通り目指して歩き出すのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 そもそもアドルフグループという名を持つ、貿易業を中心に製造業や人材派遣、サービスや金融業などあらゆる職種に手を伸ばす巨大複合企業は、亡国機業の隠れ蓑とするために組織発足当初メディアが創設した小さな輸入雑貨店を始まりとし、以後、英雄『アレキサンドラ・リキュール』を心酔するパトロン(支援者)達の資金援助を受けてここまで巨大な物となったのだが、本社ビルのあるギリシャにおいては絶対の存在となり、警察や政府の高官達すらも彼女たちの存在を理解しながらも決して諸外国に情報を漏らす事ような真似はせずにいた。

 元々金の使い方が悪く、財政難に陥りやすかったギリシャにとって、企業の総資産が数百億ドルを超える世界で五指に入る大企業の恩恵は絶対であり、国の財政の生命線となっていた。ましてや本社ビルを中心に築かれた街並みを『亡国の城下町(地下に本部があるのだから城上町が正解なのだが)』などという者もいたほどで、その創設者の孫であるスコールはこの辺りであれば王侯貴族同然の存在なのだが、そんな彼女は一本数十万のワインを出すバーには向かわず、今も変わらずに昔ながらの下町の風情を醸し出す裏通りをいつものドレス姿で歩き続ける。

 

 途中、その美貌とプロポーションに誘われて声をかけようとする下品たる男どももいたのだが、そんな時に限って商店街で店を営む老人たちが声をかけて機を殺してしまう。

 

「おんや珍しい? 今日はお仕事はどうしたんだいスコールちゃん?」

 

 この街で数十年の間時計店を営む店主の老人が、表で窓を拭きながらスコールに声をかけたのだった。

 

「今日はもうお仕事は終わりなのよお爺さん」

「そうかそうか………スコールちゃんは頑張り屋さんだからな。たまには早く仕事終わらせてもいいはずじゃ」

 

 差し歯が欠けた歯を見せながら、ニコリと笑う老いた男性に、スコールも嫌がる素振りを見せずに微笑み返す。

 その後、通りで店を開いている住人たちと目が合うたびにスコールは挨拶をされ、笑顔で挨拶をし返すと、ふとこの通りを最初に歩いた時のことが鮮明に思い出された。

 

 

 ―――あれはまだ母が生きていた頃、手を引かれて生まれて初めて祖母(英雄)と出会った時だった―――

 

 ―――『スコール。この方が貴方のお婆様よ』―――

 

 ―――母は美しい人で、実年齢よりも若く見られたものだが、そんな母と比べても若々しい生命力に溢れた祖母の姿は、ただそこに立っているだけでとても神聖で侵し難い物と思えた―――

 

 微笑みながら初めて対面した孫に感激し、とても嬉しそうに自分を抱きしめた祖母の温もりが今でもはっきりとした感覚で記憶の中に収められている。

 やがてひとしきり母と話をした祖母が、幼い自分の手を引いてこの通りを歩くと、彼女の姿を見た人々はこぞって嬉しそうに彼女のもとに駆け付け、様々な話や土産を手渡して彼女を歓迎していた。後に知ったことだが、この通りで古くから商売をしている者たちは皆、英雄『アレキサンドラ・リキュール』によって戦場や裏社会から救われた者たちばかりで、彼女に対して深い恩義と感謝の想いを持っていたのだ。そのためか、時々任務の合間にこうやって街を散策する彼女の姿を見つけては、しきりに彼女に対して少しでも恩返ししようとしていたのだが、皆が大挙して彼女の元に集まるものだから、祖母も困ったような笑みを浮かべて『なるべくいつも通りにしていてね』と注意する始末だった。

 

 ―――地位に固執することもせずに、ただ人々の為にあり続けた祖母―――

 ―――地下の屋敷からロクに外出することもせず、メディアによってもたらされた総帥の椅子にしがみ付く父親―――

 

 年齢を重ねるごとになぜ父親が祖母に対して何故会いたがらないか理解していったスコールは、自殺に追い込まれた母親の葬儀の時に、出席することもしなかった父親に激しい失望を覚えた。

 悲しみによって動けなかったのならば、まだ同情の余地もあっただろう。だがその実は、葬儀に祖母が出席していたこと。母を死に追いやったことをその祖母に詰問されることを恐れ、身を隠すように部屋に閉じ籠ったことをスコールは知っていたのだ。

 

 英雄には、地位も金も名声さえも必要としない。ただ言葉を紡ぐだけで人々を動かすことができる。

 父親がどれほどあがこうが出来ないことを意図も容易く行う祖母に、父は激しい憎しみを抱いていたのだ………なぜ自分を貴方のような英雄として生んでくれなかったのだ、と。

 そしてその憎しみがどれほど見当違いの的外れか、父親は全く理解する気がないことが、スコールの心に深い影を落とし、今も彼女を苦しめ続けているのだ。

 

「ああ、ヤメヤメ!!」

 

 気分の重くなることばかり考えるから、余計に悪いことばかりループして考えてしまうのだ。迷いを吹っ切るように笑みを改めて作り直したスコールが少しだけ歩くスピードを速くする。

 

 通りの角を曲がり数分ほど進むとあるこの裏街では有名な食堂。大剣の形をした看板にデカデカと書かれた『クレイモア』という名のその店のドアをスコールは開いて店に入っていく。

 古い家具といくつものテーブルが広がるアメリカの西部劇に出てくるようなインテリアで、一回を見下ろせる二階部分からジュークボックスが往年のキング・オブ・ロックンロールの音楽を奏でていた。

 

「いらっしゃいっ」

 

 腰まで伸びた赤い髪と泣きぼくろ、艶々の肌と女性らしさをやたらと強調してスコールにも劣らぬプロポーションをした東洋系の美女が、紅いチャイナ服の上からエプロンをしてスコールを出迎える。

 

「你好、翆玲(スイレイ)」

「あら、スコールさん?」

 

 この店の店主と親しい間柄の常連客ということ、何よりもプライベートでも割と仲が良いこともあって翆玲は気軽に話しかけてくる。

 

「こんな時間にどうされたんですか~? この間は仕事が忙しくなりそうでしばらく来れないって言ってたのに~?」

「周りのバカ共のおかげで想定外に忙しくなり過ぎたから、潰れる前にリフレッシュ休暇よ………姐さんは上?」

「はい~」

 

 間延びした話し方で指で二階部分を指さすと、厨房に入っていく翆玲についでに注文を入れておく。

 

「いつものビール、ジョッキでお願いね。後、おつまみを適当に」

「は~いはい」

 

 今日も飲み潰れるまで飲む気ですか~ということを見抜かれたスコールであったが、特に気にする様子もなく、彼女は螺旋状の階段を早足で登ると、二階部分の特等席、中央の大きなテーブルに座る人物の隣の椅子に腰を下ろす。

 

 ソバージュのかかった金髪に、左側のほとんどを隠すような眼帯をつけながらもはっきりとわかる整った顔立ちに、スラリとしたプロポーションながら出るとこは出ている女性らしさを兼ね揃えた美女が、白いYシャツの上からエプロンをつけ、テーブルの上に堂々と両脚を組んだ状態で乗せながら、ひたすらジャガイモノの皮を牛の首すら両断できそうな大型のグルカナイフで剥き続けていた。

 そんな、この店の女店主である『テレサ』の隣に座ったスコールは、テーブルの上に顔を突っ伏らせると、視線を横にずらし、自分のことをあからさまに無視するテレサに話しかける。

 

「姐さん」

「帰んな」

 

 手を動かし続けながら、視線を動かすこともせずに話を終わらせようとするテレサに対して、スコールは目を吊り上げながら話しかけ続けた。

 

「話、聞いてよ?」

「今は皆休憩中だ。夜に向けて仕込みもしなきゃいけないんだよ。だから帰んな」

「私、お客様よ?」

「お客様当店はただいま休憩中ですまた開店したから再度ご来店ください」

「どうして今日はそんなに冷たいのよ!」

「どうせ仕事のストレスで愚痴りに来たんでしょ? アンタら亡国の話はうんざりよ」

 

 徹底的に話を遮ろうとするテレサに、とうとうスコールが怒ってテーブルに両手を叩き付けて、テレサに詰め寄る。

 

「何よ! 姐さんだって『元』亡国構成員でしょうが!!」

「耳元で騒ぐんじゃないよ!!」

「陸戦隊の元ナンバー3でしょうに!」

「だからだよ! 何が悲しくて定期的に古巣の実情愚痴られないといけないんだい!?」

 

 額をこすり合わせながら『ぐぬぬっ』とお互いに一歩も引かないテレサとスコールだったが、そんな二人をもう一人のウエイトレスが様子をうかがいに来る。

 

「おりょ? 二階がやけに騒がしいと思ったら……」

 

 褐色の肌にグリーンの瞳、焦げ茶色の髪を三つ編みにし、母性的な雰囲気と体つきをしたエスニック系美人が、苦笑しながら近寄ってくる。

 

「店長、芋の皮剥き代わりにやっておきますね」

「任せたリアン。後、ビール持ってきな! ちょっとこの小娘に説教くれたる!」

 

 リアンと言われたその美女が芋の入った籠を持って下に降りると、入れ違いでこれまた苦笑した翆玲がビールに入った大ジョッキ『二つ』と、香りのいい香料と一緒に焼かれた焼き魚、特製ソースをかけられた鴨肉、そして色とりどりの野菜のサラダを一緒にもって現れる。

 

 ―――テーブルにジョッキが置かれた瞬間、ふんだくる様にジョッキを持つと、同時に一気飲みを開始するテレサとスコール―――

 

「「んごんごんご………ぷはっー!!」」

 

 豪快すぎる一気飲みの後、二人同時に飲み干すと、同じタイミングでお代わりを要求する。

 

「「次っ!!」」

「ハイハイ~」

 

 もう見慣れた光景なのか、特に驚くことも注意することもせずにジョッキを二つお盆の上に乗せて下に降りていく翆玲を見送りながら、若干顔を赤くしたスコールが、サラダに乗っていたプチトマトを素手で掴んで口に放り込んで同じく顔を少し赤くしたテレサに話を続ける。

 

「…………人生経験豊富な先輩を頼ってきたっていうのに」

「人を年寄り扱いすんな小娘。後、私はアンタたちよりも『ちょっとだけ』お姉さんなだけよ」

「………てか、姐さんが亡国に残って、ジェネラルになっててくれたら、私の苦労は三分の一以下になってたんですけど~」

「アンタもサクラと同じこと私に言うのかい?」

「!?」

 

 予想外の人物の名前に驚愕するスコールに、鶏肉をナイフで切り分けてそのまま突き刺して食べながらテレサは語る。

 

「この間、久しぶりに店に顔を見せたかと思えば、今のアンタみたいに愚痴りながら酒飲んでいきやがったよ」

「…………初耳ですけど」

「ああ、初めて話したからね」

 

 どうやら組織を運営する上で、人材不足に頭を悩ませているのはスコールだけではなかったようだ。

 

「アンタもサクラも………いい加減、亡国機業なんて放り出して他所で生きな。アンタ達なら十分どこでもやっていけるでしょうが」

「…………途中で全部放り投げて逃げ出せと?」

 

 今、全てを放り出して、どこか遠くでまったく違う人間として生きていく………考えなかったわけじゃない『IF』の生き方を一瞬だけ想像するが、瞬時にスコールは否定する。

 そんなことが彼女にできるはずがないのだから。

 

「私は逃げませんよ………どこにも」

「……お堅いね」

「じゃあ貴女はどうなんですか!? 亡国機業を抜けたかと思えば、目と鼻の先でこの店を開いて………任務明けの陸戦隊の人達が毎日ここに通い詰めてることぐらい知ってますよ!」

「それなら話が早い。あんのクソッタレどもにツケ払わせな。いくら貯まってると思ってんの?」

「ふざけて言ってるわけじゃ…」

「…………世界中、どこでも生きていく自信はあるんだけど……なんでかな。放っておけないっていうか」

 

 テレサがしんみりとした様子で椅子を仰け反らせながら、窓から見える青空に手を伸ばす。

 

「………アンタの婆様……師匠(かあさん)に助けてもらった人は、みんな何かの呪いを受けたかのように彼女と関わりを持とうとする」

「!?」

「でもさ、ホントに呪いを受けてたのは師匠のほうかもね」

「………それは」

「個人と全体を天秤にかけて傾いた方を重きとする………それが今の世界の実情さ」

 

 翆玲が持ってきた二杯目のビールを再び一気飲みしたテレサは、ナイフの切っ先を突き付けながらスコールにこう問いかける。

 

「全体に重きを置いたのが師匠(かあさん)なら、個人に重きを置いてるのがジークって小僧だよ、スコール」

「!?」

「どうせ今日もそのこと相談しに来たんだろ? うちは児童相談所でもなければ、子育て支援センターでもないんだけど…………はっきり言っておいてやる」

 

 テレサはそこでナイフを手元でクルクルと回転させながら、カモ肉にざっくりと突き刺すと、かつて陸戦において屈指の強さを持っていた歴戦の勇士の視線でスコールに対して言い放つ。

 

「別段復讐に対してアンタが特別関与する必要はない。さっきも言った通りそれは突き詰められた個人の問題だ。だけどね………アンタはそれとは別に選んで決断しなきゃいけない。部下として『使い捨てる』か、弟として『戦い』を取り上げるかを」

「!?………それは」

「待ったは無しだ。アンタのその優柔不断がジーク(小僧)を苦しめてるんだよ」

 

 上司として接するなら情を切り捨てろ。

 家族として思うなら戦いから遠ざけろ。

 

 あまりに当たり前すぎることをはっきりと言われて言い返せない。言い返す言葉は数あれど、そのどれもが空虚な言い訳にしかならないことを自覚したスコールが、奥歯を噛みしめてる所に、鶏肉を咥えながら話と続ける。

 

「ちなみに私なら、ジーク(小僧)の復讐に協力してやったよ。それこそアンタが握ってる情報を全部提示して『さあ、後は好きにやってきな』って言ってやる」

「姐さん、それは」

「アンタの言いたいことも分かる。復讐は空しい、生産性もない、ましてや何か治るわけも天から神様の掲示が降ってくるわけでもない………だけどそれはジーク(小僧)の気持ちを理解してないアンタだから言えるセリフだ」

「なっ!?」

 

 それは違う、と怒りに燃える瞳でテレサを睨み付けるが、そんなものどこ吹く風よと言わんばかりに受け流されてしまう。

 

「別にアンタのことを否定してる訳じゃないよ。それを言い出したら自分の未来のことまで思ってくれてるアンタの気持ちを踏みにじろうとしているのはジーク(小僧)のほうだ。だから体感させてやるしかないのさ」

「?」

「時々いるんだよ………強烈に、鮮烈に、自分の経験として感じないと、本当の意味で理解できない人間って奴が」

 

 そう、人間は全ての事柄を言葉だけで理解しきるほどお利口には作られていない。そのことを身をもって体感したことがあるからこそ、ジョッキに残ったビールの泡を見つめながら、テレサはしみじみと語る。

 

「ホント………イヤになるわ」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 大西洋を挟んだ西アフリカ大陸のとある一国…………すでに数十年の間、内戦と平定を繰り返し、今なお突発的な戦闘が数多く国中で行われており、近年では異なる世界三大宗教の信者同士が武力衝突を起こし、腐敗した政府が様々な不正を行う場所において、政府の要請で派遣された国連軍によって劣勢に立たされている『反政府組織』に助力するため、アレキサンドラ・リキュール率いるバーサーカー部隊は、茹だるような暑さの中で人工的に作られた湾岸部の主要基地にいる軍相手に、大立ち回りを行っていた。

 

「ごっつんこっ!」

 

 可愛らしい掛け声と共に背中の大口径キャノン砲が火を噴き、国連軍の戦車に直撃し爆散させる。

 

「ぶいぃーーっ!!」

『おおおおっ!!』

 

 勝利のピースサインを作るフォルゴーレに同調するように、大勢の反政府ゲリラ達は手に持ったライフルを天に掲げ、アイドルのコンサート会場さながらの雄たけびを挙げる。

 

 一方、上空では数は少ないが戦闘機やGSなどの航空兵力を相手に、リューリュクがドッグファイトを展開していた。

 

「まったく! 地上ではフォルゴーレが人気者で、なんで私だけいっつもいっつもいっつもいっつもっ!!」

 

 文句を言いながらもちゃんと狙いを定め、ウイングに一体化されているミサイルを発射する。途中、多弾頭のミサイルはちゃんと分裂し、三機のGSに直撃して共に戦闘不能レベルの大破状態に追い込む。そして二機の戦闘機を打ち落とすためにスラスターを全開にして急上昇したリューリュクは、上空数千メートルの地点で戦闘機の背後を取ると、そのまま軽くアサルトライフルを掃射して戦闘機のエンジンを撃ち抜き、二機の戦闘機は火の玉と化して墜落していった。

 純粋な機動力ではISと差はほとんどないといわれているジェット戦闘機といえども、戦闘手段に致命的な差がある。戦闘力の大部分をミサイルなどの誘導兵器に依存している戦闘機では、同じ速度で飛び回りながらも三次元の圧倒的な運動性で機関銃を斉射できるISは天敵以外の何物でもないのだ。やはり高性能のレーダーで相手を目視外にて捕捉して、長射程のミサイルで先制攻撃するスタイルが主流になってしまっている現代戦闘機戦では、やはりミサイルに対して十分な対抗手段を持ちつつドッグファイトが主流のISを相手にするのは無理があるようだ。

 

 そしてもう二機、護衛のGSを片や切り裂き、片や撃ち貫きながら止せばいいのに空中で激しい口論をしつつ『見てらっしゃいますか親方様~!!(はーと)』と二人して偶発的にハートマークの飛行機雲を作る中、当の愛いする唯一無二の主君は、非常に上の空で頭を悩ませていた。

 

「ふむ………」

 

 漆黒の全身装甲と二本の斬艦刀を携えたヴォルテウス・ドラグーンは、二機のGSに組み付かれながらその場に微動だに出来ずにいたのだ。

 いや、もっと正確に言うなら………。

 

『なんなんだこのISは!?』

『なんでこっちの武装で傷一つも入らない!』

 

 GSによる銃撃、戦車部隊と連携しての砲撃、航空支援による爆撃、近接武装、etcetc………。

 先ほどからありとあらゆる手段を用いて攻撃を行っているにも拘らず、目の前の全身装甲のISにはダメージどころか装甲に傷一つつけることがかなわず、それどころか何やら思案しているポーズを取ったまま微動だにしてもいない。

 

 ―――攻撃されているという認識すら持たれていない―――

 

 嘘のような現実を前に、二機のGSが決死の覚悟で接近して直接相手を殴打していたのだが、最初の一撃でマニュピレーターが破損し、頭に血が上った状態で今度は組み付いて押した倒そうと躍起になっていたのだが、それすらままならせることができずにいた。 

 

「困ったものだ」

 

 一瞬の身震いでマニュピレーターを破壊され、GS達がツンのって転がってしまう中、全くそんな敵勢力のことなど眼中にもないリキュールは、顎に手を置いて神妙な面持ちとなる。

 対して、操縦者である暴龍帝ことアレキサンドラ・リキュールは最近非常に厄介な悩みを抱えていた。

 

 直接的な指導と言葉によって上手くできたと思っていたのだが、どうやら自分が言った言葉が心の琴線に触れたのか、あれ以来ジークが露骨に自分を避けだしたのだ。しかもそのことをスコールに「思い出して」話してみたら、ひどくご立腹され、部屋から投げ飛ばされてしまった次第………。

 

「ああ見えてスコールは体術も中々いけるようだ………いや、そういうことではないな」

 

 おかげで二人とは若干疎遠状態となってしまい、今回はたまたまジークのISの新型武装の実戦テストという名目とプロフェッサー・ヘパイストスの言葉によってなんとか同行してくれたのだが、先ほどからジークは自分たちのことを一切無視して、単独で戦闘を行っている。

 

 空中で編隊を組むGS達が果敢に銃撃を行い、パニック寸前となっていた戦車部隊が支援砲撃を起こし、数が少ない歩兵達が苦し紛れに対戦車用ロケットを放つ中、黒いISは左手に真新しい『刀』を持ち、両足の銀色に輝く『牙』を研ぎ澄ませ、『彼』は大地を蹴る。

 

 ―――瞬時にGSを抜き去る黒き雷光(ディザスター)―――

 

 すり抜けと同時に奔った閃光の存在に気が付かないまま、反応が遅れたGSが振り返った時、縦一文字に斬り裂かれたボディから火花が飛び、それが内部の燃料に引火。中のパイロット達は自分の最後を認識することなくその身を炎で焼き尽くされてしまう。

 足首に装備された機構から鋭い回転音が鳴りだし、黒い静電気が纏わりつくように足に集中しだした時、空中で停止していたディザスターはその場で180度反転し、超速で何もない空間を蹴り抜いた。

 

 ―――蹴りを放った瞬間、内部で圧縮されたエネルギーが空間に圧力をかけ、蹴りの衝撃波を『刃』へと変換する―――

 

 中国が開発した衝撃砲が砲弾を放つのに対し、プロフェッサー・ヘパイストスの出した結論は。水圧を圧縮して作ったウォーターカッターのような『刃』にして飛ばすという結論であったのだ。

 

 ―――黒き閃光の刃が、容易くチタン装甲の戦車を真っ二つにする―――

 

 『ディスオベイ』と操縦者自身が命名したこの技によって、以前から不安視されていた従来の火力の無さを解消し、継続力にも携帯性にも優れた武装を手に入れ、より強力となったディザスターは残りの残存する部隊の方を見ながら、持っていたもう一つの新武装を抜刀しようと柄に手をかける。

 

「まさに暗雲の中を煌きながら駈ける稲妻の如くか………ん?」

「!?」

 

 と、ジークとリキュールのハイパーセンサーが新たな敵影を捉え、二人が同時にそちらの方を振り返った。

 

 ―――二基の大型の長距離用(ロケット型)スラスターパッケージを背負った、全身の七割を装甲で覆ったゼブラカラーのIS―――

 

『親方様!?』

『あれはケニアの正代表『エディ・バルカス』の、第三世代IS『アスティオン』です』

 

 反応を同じく拾ったスピアーとリューリュクからも通信が入り、同時にフリューゲルとフォルゴーレからも意見をリキュールは求められた。

 

『アフリカじゃ唯一の第三世代開発国だからって、わざわざ同盟国のために出張ってきたっていうの!?』

『た、確か格闘用で、装甲が厚くて……後なんだっけフリちん?」

『親方様の親衛隊ならば、全世界の主要国のISのスペックぐらい頭に叩き込んでなさい!!』

 

 激怒したフリューゲルの言葉に首を引っ込めるフォルゴーレであったが、その時、彼女の瞳はケニアの正代表に向かって飛び立つディザスターの影を捉える。

 

『あっ!』

『アイツ!? 親方様の前でイイカッコしようと!!』

『行かせてなるものか!? とくとご覧ください親方様!! このスピアーの勇姿を!!』

 

 手柄を横取りされてたまるものか、と飛び立とうとするフリューゲルとスピアーであったが、そんな二人に対してリキュールは左手を上げて『待った』をかけるのだった。

 

「………ジーク君に任せる」

『『お、親方様!?』』

「黙れ」

『『ハッ!!』』

 

 いつも通りの手短すぎる言葉で部下に命令を下したリキュールは、高速で上空を飛行するディザスターの後姿を見つめながら、今は彼の思うようにやらせてやろうと静かに戦いを見守るのだった。

 

 

 機械技術が進んだ現代においても、その技術を受け入れることなく暮らし、独自の文化を築いて自然と共存していく一族がいる。

 悠久なる大地が育んだ野生。天に与えられた格闘技の才能(ギフト)を持つ者。アフリカの守護女神を自称する少女。

 楯無を除いて、世界に現状二人しかいない十代の国家代表であり、初出場となった前モンド・グロッソ格闘部門において、いきなりの準優勝に輝いた実績。

 素手でアフリカの獣を狩る驚異的な身体能力(フィジカル)に目を付けたケニアの政府が、貧困に喘ぐ大家族を養いたいという少女の願いを聞き入れ、IS操縦者になることを条件に多額の契約金や礼金を渡し、現在も次回モンド・グロッソで優勝候補の一人に名を連ねる『エディ・バルカス』は、心から湧き上がる衝動に笑みを隠せずにいた。

 

「(コイツ、大物ダ)」

 

 故郷で狩りをしていた時に出会った、獅子やジャッカル達のような殺気を放って近づいてくる黒いISに緊張感が高まり、それが自分が探し求めていたものであるという確信を得ていた。

 

「(故郷ニハ、色々ナ獲物ガイタ………ダケド、家族ヲ養ウ為ニ、私ハIS操縦者ニナッタ)」

 

 ISバトル自体は、エディには楽しくて仕方のないことだった。

 最初は見たこともない最新機械を触って戸惑ったものだが、不思議と日々を重ねるとISがまるで自分と昔から一緒にいてくれた親友のように感じるようになったからだ。

 また、モンド・グロッソに出場した時に出会った、手強い対戦相手達のことも気に入っていた。皆が国家の威信を背負った戦士達であり、誰一人として気の抜ける相手などいなかったからだ。

 

 だがしかし、エディは無意識に心のどこかで故郷で命懸けで狩りをしていた頃のことを思い出し、わずかな物足りなさを感じていたのだが、その正体が目の前の黒いISを見た瞬間に判明する。

 

「(ソウダ! コノ食イ殺ソウトスル『殺気』!! コレト戦(ヤリ)タカッタ!)」

 

 タイガーストライプの重装甲でありながら、世界でも珍しい二段装甲を持ち、中距離から近距離にかけて爆弾のついた(投擲槍)ジャベリンと、肩部内臓の機関砲、そして腰部に設置されたロケットランチャーで攻め立てるアメリカのファング・クエイクと同コンセプト(開発経緯から察すると盗作の疑いもあり、現在も政府間で揉めている)第三世代IS『アスティオン』を駆るエディは、接近してくるISの特性を一瞬でこう判断する。

 

「(コイツハ『ヒョウ』ダ!! 鋭イ牙ト爪、何ヨリスピードガ違ウ!!)」

 

 ハイパーセンサーの遠距離カメラから見たGSを破壊した動き。アレを見せられて悠長に中距離で間合いを図って弱らせるなどとは言ってられない。

 おそらく勝負は初接触(ファーストストライク)、最初の一合で決することになるだろう。アフリカの野生児は自分の直感を信じ、迷うことなく行動に移す。

 

「(狩リニ迷イハ厳禁ダ!!)」

 

 元よりそんなことは分かりきっていると言わんばかりに、背中の大型ロケットを切り離し、それをジーク目がけて突撃させたのだった。

 

 回避されることは分かっている。迎撃される可能性も多大にある。だがそのどちらでもエディは構わなかった。なぜなら………。

 

「!!」

 

 ―――火を噴くロケットランチャー―――

 

 最初から自分で撃ち落とし、煙幕として使用するつもりだったから………。

 

 ―――ジークが接触する寸前で爆破されたスラスターが大きな火の玉と化し、一瞬だけエディの姿を覆い隠す―――

 

 自分の姿を隠すのと一瞬の間を稼ぐ役割を果たしてくれたスラスターに感謝の気持ちを込め、彼女は空中を蹴るかのような動作をしながら前方に大車輪気味に宙返りしながら、機体の最大の特性を発動させる。

 

「アーマーパージッ!」

 

 ―――イメージインターフェイスを駆使し、全身の装甲部のボルトが弾け飛び、一瞬で外部装甲が剥離(パージ)させる―――

 

 内部から最低限の防御力を持たされた軽量級の第二装甲が、鮮やかな濃緑・濃紺・茶色のウッドランド迷彩が太陽の光に反射し、そして火器の全てを排除した状態で残された武装………両腕部のガントレッドから飛び出した高周波クローを煌かせ、まるで自身で排除した装甲をサーフィンのように乗りこなし、彼女は狙い目である場所を陣取る。

 

 ―――ディザスターの真上、2mの地点―――

 

「(取ラセテモラッタゾ、ブラックパンサー(黒豹)!)」

 

 彼女が選択した戦術………足から発動される『牙』にとって最も遠い身体部分、つまりは脳天からの一撃である。いかに速い相手であろうが、自分は直線軌道で高周波クローを叩き込め、かつ相手は丸々半周以上の蹴りの軌道を作らざる得えない。そして近距離での差し合いは自身が最も得意とする間合い。ましてや頭上の有利は格闘技に携わるものならば、説明不要な程なのだ。

 獲物を狩るという観点からも、相手の息の根を確実に狙える急所への攻撃は理に適っている。これはほかの軍人や操縦者たちが長年の経験によって培える『戦場における命のやり取り』を、野生動物相手に命懸けの狩りをしてきたエディのみ最初から持ち合わせているからこそできる選択であった。

 

「(オ互イニ命懸ケダ)」

 

 ISの絶対防御のこともある。一撃で仕留められなくても、頭部への衝撃で相手は相当昏倒とするだろう。後は続けざまの連撃によって生命ごと断ち切るつもりで仕留めにかかる。

 ここまでは完璧な程に彼女の描いたシナリオ通りであった。

 油断はなく、驕りもない。自分で持ち得る最善なる選択をエディは行っていた。

 

 だからこそ、彼女は驚愕させられる。

 

 ―――間合いに入って右手を振りかぶったエディと、わずかに上向きになったディザスターと『目が合う』―――

 

「!?」

 

 ―――間合いに入った瞬間に奔った銀色の閃光っ!!―――

 

 咄嗟の判断。

 背中を駆け巡ったのは、かつて仮に失敗して獣に肉を食い破られた時の感覚。

 エディが左腕を咄嗟に下げた瞬間、奔った閃光が左腕と胴体を切り裂き、真紅の血飛沫を噴出させる。

 

「!!」

 

 呻き声は気合で押し潰す。顎と腹筋に全身の力を込めて、これ以上の出血をさせないように筋肉で無理やり止血すると、すぐさま間合いから離脱し数メートルの地点で静止する。

 

「(攻撃サレタノカ!?)」

 

 激痛が走る左腕と胴体は、出血こそひどいもの切り落とされるようなことにはなってはいなかったが、予想外の攻撃と、深いダメージにエディは息を切らせる。

 

「(キックノ軌道ジャナイ………トシタラ)」

 

 横一文字に斬られた以上、蹴りの軌跡としては不自然であり、ならば注意するのはジークの左手に持たれたあの『刀』であろう。

 鞘から抜き去りもせずに納刀されたままの状態であるが、この鋭い傷は確かに刀剣によるものである。

 

「(日本(ジャパン)ノ『ヴァルキリー』、『チフユ・オリムラ』モ日本(ジャパン)ノ剣術、居合(イアイ)ノ使イ手ダッタト聞クガ…………油断シタ)」

 

 果たしてあのISが仕掛けた攻撃が、初代ブリュンヒルデが得意とした技と同種なものなのか、異国の地の少女には判断着きかねるものであったが、その時、目の前のディザスターがわずかに重心を前に傾け、右手を左手に持った刀の柄に置く。

 

「(来ルッ!?)」

 

 この状態を考えれば睨み合いをしていれば勝手にエディのほうが戦闘不能になるものを、目の前のISはあえて手負いの彼女にトドメを差しに来たのだ。

 迷う時間すらかけてくれないのは不親切であるが、大量出血で意識が飛ぶのを待たずに仕掛けてきてくれることには素直に感謝をしたエディは、残った右腕ではなく、左腕を身体の遠心力を利用して振り回したのだった。

 

 ―――空中を蹴り、エディが捉えられない神速で迫るディザスター――― 

 ―――周囲にまき散らされた血を食い入るように見つめるエディ―――

 

「!!」

 

 ―――目に入ったのは銀色の閃光に切り裂かれた赤い血飛沫―――

 

 彼女はその高まった集中力と鍛え抜いた反射速度、そして自分の愛機の性能を持ってディザスターが放った横一閃の斬撃を紙一重で回避することに成功する。

 極限の集中の状態で鼻先を掠めていく銀色の刀身を食い入るように見つめたエディは、それがゆっくりと通過していくのを目の当たりにし、今度こそ改心の一撃を加えようと、沈みながらディザスターの顎目掛けてアッパー気味の一撃を繰り出した。

 

「(コレデ・・・)」

 

 ―――カキンッ!―――

 

 敵の攻撃の隙をついたはずの一撃。

 相手の隙を確実についたはずの自分の動き。

 

 ―――火薬が炸裂した音がエディの耳を打ち―――

 

「……………試し相手としては悪くなかったぜ」

 

 ―――避けた方向から今度は巻き戻しのように迫る銀色の刃―――

 

「!!」 

 

 『加圧式斬鋼居合刀・オーガスラッシュ』

 際物を作ることに定評があるプロフェッサー・ヘパイトスが、ジークの専用武装とするために新規設計した武装であり、柄の部分に専用薬莢を仕込み、元のトリガーを引くことで火薬の力を使い切っ先を加速させ斬撃の速度を上昇させるだけではなく、同速度での切り返しを可能とした逸品である。高い反応速度を持つ敵との戦闘を想定し、武装そのものを加速させることで、速度特化したジークの戦い方に合わせただけではなく、フェイントの要素も取り入れた所にヘパイトス自身の彼への想いも見て取れるのだった。

 

 そして逆方向から全く同じ軌道と『速度』で振るわれた銀色の一閃によって、今度は右腕と胸の上辺りを切り裂かれたエディは、目の前の相手を睨みつけながら、引き攣ったような笑顔を浮かべてこう言い放った。

 

「ガハッ!」

「…………」

「ドウヤラ………オ前ハ…………『ヒョウ』デハナク、『チーター』カ………イヤ…」

「…………」

「ホン……モノノ『戦士』ト……獣ヲ………一緒ニシタ、私ノ、敗ケ………ダ」

 

 一言も話さないジークを賛辞し、ゆっくりと地面に落下していく姿を目にしながら、リキュールはそばにいたリューリュクに対して振り向かずに命ずる。

 

「リューリュク。あのIS操縦者に止血用のナノマシンと造血剤を投与しておけ」

「お、親方様?」

「ここで死なせるには少々惜しい。が、敵に情けをかけられるのも屈辱だろう…………チャンスは与える。生かすかどうかは天命が決めることだ」

 

 恐らく落下の衝撃でシールドバリアもゼロになりISも解除されるだろう。味方もいないこんな場所でそれでも彼女が生き延びられるというのなら、それは時代が、世界が彼女を生かしたがっている証だ。

 エディ・バルカスという戦士の生死に関してはそれ以上の関与はしないスタンスを取ったリキュールは、ようやく仕事の最後の詰めである、戦力の大半を消失して丸裸にされた基地に目を向ける。

 時々不規則に光る虹色の障壁が基地そのものを覆いつくし、反政府軍の攻撃を悉く跳ね返していた。おそらく全展開型のシールドか何かを張って、援軍が来るまでの間籠城を決め込む気なのだろう。

 

 が、ここで思わぬアクシデントが発生する。

 

「はあぁっ?」

 

 そのことに最初に気が付いたのはそのアクシデントの張本人であるスピアー、そして次に気が付いたのは隣で彼女とともに基地を攻略してリキュールへの手土産にしようとしたフリューゲルであった。

 基地の正面において、内部に入れず立ち往生している反政府軍の中において、こういう状況において単体で対バリア突破能力を持つスピアーが言わなくても突撃をかける場面なのだが、正面に立って構えた瞬間、何やら数秒間膠着した後、段々と蒼褪めながら冷や汗をかき始める。

 

「………なにやってんのよ?」

「………いや」

「いつもならアンタ、説明しないでもアホみたいに突っ込むでしょうが。早くいつも通りアホやりなさいよ?」

「………そのなんだ」

「何よ?」

 

 焦れたフリューゲルがさらに質問する。その勢いに更に焦り始めるスピアー。どうも彼女にも予期していなかったことが起こったのか、先ほどからカキンカキンと何かが空回りしている音だけがあたりに響いていた。

 

「先ずは落ち着こう。こ、こういう場合は落ち着くのが先決だ。お、お茶でもどうだフリューゲル!?」

「とりあえずアンタが一番真っ先に落ち着きなさい。相手基地の真ん前でお茶できる余裕が私たちにあるのかどうかとかね?」

「そ、そうだ!! ここはいつもとは違う戦術でいかないか!? 例えば基地内部にクラッキングとか………?」

「そんな技能持った人がどこにいるのよ?」

「……………じゃ、じゃあ………ピザの出前のふりをして中にこっそりと忍び込むとか!?」

「ああ、もう焦れったい!!」

 

 はっきりしない物言いにキレたフリューゲルが、スピアーの装甲をつかんで振り向かせると、そこには明後日の方向を向いて目を合わせられない困り果てた表情があったのだ。

 

「何!? 被弾でもしたの!?」

「い、いや………」

「じゃあ何よっ!? はっきり言えバカっ!!」

「バ、バカとは何だ!!」

「動作不良!? この間オーバーホールしたとこじゃないのよ!!」

「い、いや………その……」

 

 空回りする右腕のヘビーランスのシリンダーと、空の弾倉…………。

 フリューゲルが顔を引き攣らせながら、段々と事態を把握し始めると、半比例してスピアーが目じりに涙を貯めながら沈み始める。

 

「ア……アンタ………バカでしょ?」

「うう………」

「予備はどうした!?」

「軽い攻城戦だって聞いてて……」

「持ってこなかったのか!? それでいてバカスカ必要もないのに使い倒したのか!?」

「うう…………も、申し訳ない」

 

 バリア突破に使う特殊なエネルギーを込められたカートリッジを、ワザワザ雑魚相手に全部使い切った同僚に対してフリューゲルの怒髪が天を衝く。

 

「こんのぉっ………大馬鹿がぁぁぁっ!!」

 

 そして首を掴むと前後に激しく揺さぶり、涙目になっているスピアーを叱りつける。

 

「アンタは!! どうして!! 全体的に!! アホの子なのよ!?」

「ず、ずばんっ」

「親方様にどう説明する気よ!?」

 

 そのセリフを聞いた瞬間、スピアーはこの世の終わりのような表情になると、懐からナイフを取り出し、地面に座り込むと天を仰ぎながら、親愛なるリキュールに対して謝罪の言葉を述べ始めた。

 

「お゛や゛がだざま゛っ!! ごの゛ズビア゛ー、お゛や゛がだざま゛べのおんぎもかえぜず、もうじあげございまぜん!!」

 

 滝のように涙を流し鼻水垂らしながら、『この失態、腹切ってお詫びします』と言ったものの、ISを解除せねば刃物なんか通らないことにスピアーは気が付いていない。フリューゲルも呆れた表情で何も言えなくなってしまうが、そんな二人のやり取りを通信で全部聞いていたリキュールは、特にそれについて触れることもせずに機体を湾岸部に向けて飛行させると、停泊中のある『物』の前に降り立つ。

 

 ―――政府軍が保有する戦闘巡洋艦―――

 

 すでに人は逃げ出したのか、迎撃してくる気配もない。軽く装甲を小突いて何かを確かめたリキュールはマスクの中で獰猛な笑みを浮かべ、己が相棒(IS)に問いかける。

 

「ジーク君の戦いを見てお前も少し血が騒いだだろうヴォルテウス………代わりは用意してやれんが、せめてこれぐらいのパフォーマンス(運動)はしないとな」

 

 

 基地内にいた基地の最高責任者であり、この国を統括する首相は、己が行った数々の悪行の発覚を恐れ、善良なる市民や未来ある議員たちを更迭、もしくは抹殺を図ることで自身の平穏を保つことを行っていた。それは権力者達がよく間違ってしまう道の一つであり、目標を成すために欲した権力なのだが、権力を持つことに心地良さを感じ、やがて権力を維持することを目的と摩り替え、当初の目標を失ってしまう哀れな独裁者の姿そのものであった。

 当然のように起こる反乱、国連軍と協力して容易く制圧できるはずだったクーデターだったはずなのに、それを一夜にして形勢逆転まで追い込む外部の協力者達………亡国機業の参入によって、彼の天下は一夜の夢の如く水泡と化したのだ。

 

 基地の内部の一番奥の部屋………密かに作らせていた核シェルター並の強度を持つ部屋において、震える手で酒を飲んでいた男であったが、彼が三杯目のブランデーをグラスに注いでいた時、異変が起こる。

 

 ―――空間を震わせるような轟音―――

 

「!?」

 

 まさか基地のバリアが突破されたというのか!? 驚いて振り返った首相であった、バリアの展開状況を知らせるために取り付けられたランプは、正常に稼働している証明の緑色に光っていたのだ。

 だが勘違いというにはあまりにも大きな音に、いったい何が起こっているというのかと外の様子を映すモニターを見る。

 

 ―――基地のカメラが捉える正体不明の『塔』―――

 

 『塔』と表現したのは、高層ビルなどがないはずの海辺に、突如として数百メートルの物体が出現したからだ。

 太陽の逆光によって全体図がよく見えないその『塔』は、だんだんとその輪郭を大きくし始める。

 

 再度鳴り響く空間を響かせる轟音。

 その重量感ある音と振動を段々と強めてくることに気が付いたとき、首相は手に持ったグラスを床に落とし、グラスを粉々にしてしまう。

 

 ―――『塔』のようにそびえ立つ、戦闘用巡洋艦―――

 

 ―――そして巡洋艦を持ち上げながら一歩一歩、地面を砕いて近寄ってくる………―――

 

「あ………あ………」

 

 ―――嵐の暴龍帝(ヴォルテウス・ドラグーン)!!―――

 

 愕然として尻餅をついたのは首相だけではない。

 基地内部でその光景を見ていた兵士たち、レジスタンスのメンバー、そして親衛隊である竜騎兵(ドラグナー)のメンバーたちすら、馬鹿馬鹿しすぎる光景を前に呆然と開いた口が塞がらずにいたのだ。

 

 大きさが5mもないIS一機が、200mを超える巡洋艦を縦に持ち上げるという、ISに関わる者たちすらも冗談としか考えないような事をなしたISとその操縦者は、基地にゆっくりと近寄りながら心の中でこうぼやく。

 

「(………流石に、少し重たいな)」

 

 少しで済ませていいことじゃない!っと誰もが総ツッコミをいれるであろうことだったが、あいにく部下すらもハトが豆鉄砲を食らったかのような顔で固まっている。彼女はゆっくりと基地に近寄りながら、正門の前にたどり着くと、監視しているカメラを見て、一言言い放つ。

 

「早めに返してやろう」

 

 ―――手を放し、ゆっくりと倒される巡洋艦―――

 

 如何に強固な電磁バリアであろうとも、数万トンを超える物体を永遠に支え続けることなどできるはずもない。

 数秒間バリアと船体が反発しあい、あっけなくバリアの回路がショートする。

 

 ―――倒壊する建物と、人知れず崩れた天井の下敷きにされる首相―――

 

 バリアの消失によって基地内部に巡洋艦が建物を巻き込みながら倒れこみ、あっさりと基地への進入路を確保する。

 

 破壊音とあちこちで起こる爆発を背にし、クーデターを起こしたレジスタンスのリーダーに近寄ったアレキサンドラ・リキュールは、フェイスマスクを解除して素顔を晒しながら彼に言い放つ。

 

「我々の仕事は基地内部に突入までだ。後は好きにするといい」

「あ、ああ…………協力、感謝する!」

 

 あまりに非常識な光景が目の前で起こり呆然としてしまったが、彼女達のおかげで完全に形勢は決着した。

 これで圧政から解放されて、この国は正しく救われる。

 感謝の気持ちで頭を下げるリーダーの男だったが、そんな男にリキュールは冷たく言い放つ。

 

「では『次』が起こった時にまた呼んでくれ。あ、その時は君達が追い詰められる番ではあるがな」

「!?」

「何を驚いているんだ? 君達が追い詰めた男は外国資本に頼った軟弱者ではあるが、この国の識字レベルを上げ、外国企業を多く呼び寄せて経済の活性化を図ったではないか」

「や、奴は私腹を肥やして私達を圧政で苦しめた・」

「そのためにこの地に古くから『ヘバリ着いている』宗教原理主義者殿達は、利権を守るために自由を謳い、自分の瞳で国を見ようとしなかった君達を内乱へと導いた訳だ」

 

 リキュールの挑発するかのような言葉と笑みに、一気に血圧が上がった。

 

「キサマ、それ以上の侮辱は…」

「では『次』に期待しよう。数年もすれば、利権を守ることに躍起になって元首相殿と同じことをしだした暫定政権と、『話が違うじゃないか』と言い出した国民との間でいざこざが起きてまた内乱が起きる。その時はまた声をかけてくれたまえ」

 

 リーダーに背を向け、戦場を後にしようとするリキュールであった、その時、リーダーの男は知らずに彼女の逆鱗に触れる一言を言い放つ。

 

「伝説の英雄の名を頼ってみれば、所詮は金儲けしか頭にないクズだったということか!?」

「!?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、龍の瞳へと変貌したリキュールがゆっくりと振り返り、何も知らなかった男に一歩近づく。

 

「…………クズ?」

 

 ―――心臓を鷲掴みにされたかのような圧迫感―――

 

「ひぃっ!?」

 

 圧倒的なプレッシャーを前に、尻餅をついた男は仲間に助けを呼ぼうとするが、生憎と勝利が目前となった戦争を前に誰もが基地攻略に躍起になり、彼の危機に気が付かずにいるのだった。

 

「それは『誰』を指した言葉か?」

 

 ―――私か………それとも、以前にこの『名』を名乗った人か?―――

 

 ゆっくりと彼女が自分の大剣を振り上げ、切っ先を彼へと向け…………振り下ろす。

 

「た、たすけっ!?」

 

 ―――寸前、地面に突き刺さる斬艦刀―――

 

 尻餅をついた彼の股間スレスレに突き刺さった刀が、太陽の光に反射して光り輝く。無言で彼を冷たく見下ろすリキュールの視線を受け、おっかなびっくりで立ち上がってその場から逃げ去るリーダーに最早何の興味も抱かなくなったが、代わりに自分が先ほど起こした行動に疑問を覚える。

 

「まさかあんな雑魚の言葉に苛立つとは」

 

 ―――決着をつけたはずの鈍痛が、まだ胸の中で熱を持って疼く―――

 

「昔馴染みと顔を合わせるのも考え物だな」

 

 まるで昔の感覚を取り戻したかのような錯覚を覚えてしまう。

 背後で勝利の歓声を上げる虚構の自由と平和を取り戻したレジスタンスの姿には一瞥もくれず、ただただ青く広がる青空を見上げて、アレキサンドラ・リキュールは込み上げてくる哀愁に身をゆだねるのだった。

 

 

 

 

 

 

  

 





A.力技でこじ開ければいい

簡単な解答でしょ?w


ではあとがきはまた活動報告で書かせていただきます。
みなさん、新年もよいお年でありますように


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

甘すぎる夢


新年あけましておめでとうございます。今年も鈍足更新となりますが、太陽の翼をお願いいたします!




では普段と比べると格段に短くなりますが、新しいお話に向けてのプロローグとなります!


さあ、フゥ太がラブコメ書き始めたぞ!

正気を疑え、読者諸君!


 

 

晴れた夜だった。

 

 夜空に広がる、世界中の宝石を散りばめても尚足りない数の星の輝きがあって、それはまるで手を伸ばせばすくえそうで、そして静かな砂浜に細やかな飛沫を上げる波の音がゆったりとした時間を伝えてくる。

 昼間の茹だるような暑さはなりを潜め、適度に冷やされた夜風は時折強く吹けども肌に心地よく、夜の海岸線を歩くシャルロットは真っ白いワンピースの裾を抑えながら、自分の隣を歩く少年に微笑みかけた。

 

「今日は晴れてよかったね、ヨウタ」

「ああ、そうだな」

 

 いつもと違い、穏やかな表情で自分と話をしてくれる陽太に、シャルの胸の鼓動は徐々に高鳴りだす。

 

「こんなにいい星空なら皆も一緒に見に来ればよかったのに」

「皆が遠慮してくれたんだよ」

 

 そう不意に呟いた陽太がシャルの手を握り、彼女を自分の腕の中に引き寄せると、真剣な表情で彼女を見た。

 何度か見たことのある真剣な表情。でも今日のそれは殊更に緊張しているようで、彼の胸の高鳴りが自分にも伝わってきそうなほどだった。

 

「綺麗だ、シャル」

「ヨ、ヨウタ!? ど、どどどどどうしたの、急に?」

 

 使い慣れない言葉を照れくさそうに言った陽太の視線が自分から外れる。

 

「本当に思ったことを口にしただけさ」

 

 そして陽太はポケットの中に入れていた指輪をシャルの薬指につけると、彼女にこう宣言する。

 

「シャルロット・デュノアさん、俺と結婚してください」

「!?」

「君しかもう俺には見えない!」

 

 彼の衝撃の告白に硬直してしまうシャルであったが、突如その身体がフワリと持ち上がる。陽太が彼女の体を童話の中のお姫様のように優しく抱き上げたのだ。

 

「ヨ、ヨウタッ」

「………………」

 

 吸い込まれるような視線。彼に見詰められ続けるシャルロットには、言うべき言葉は一つだけであった。

 

「ふ、不束者ですが………よろしくお願いします!」

 

 シャルの返事を満足げに聞き、陽太は笑いながらゆっくり歩きだすと、申し合わせたかのように用意されていたコテージの扉を開き、シャルを寝室のベッドに寝かせると、顔を徐々に近づける。

 

「もう我慢できない………いいよな?」

「ふえっ!?」

 

 強引である。あまりに強引な流れであるが、シャルはまるで何かに急かされるように瞳を閉じて陽太を受け入れる体勢を取った。

 

「子供は何人がいい、シャル?」

「そ、そんなの…」

「大丈夫………優しくするから」

 

 ゆっくりと近づいてくる陽太の吐息………。

 高鳴る自分の鼓動、溶け合う互いの熱、互いを阻む布を全て取り払い、二人をありのままの姿のままに、唯一見守っている夜空の星々の下…………そして永遠の愛を誓い合った二人は、これから暖かな家庭を作り、幸せに暮らしていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギ、ギブギブ………は、はな……シャ、シャル!!」

「でへぇへぇ~~~………もう、これ以上求められても身体が持たないよ、ヨウタ~」

 

 寝ぼけたシャルのフロントチョークスリーパーによって、酸素の供給が遮断され、今にもヴァルハラ(あの世)に旅立とうとしているラウラは、自分の仲間でありルームメイトである少女を甘い夢の中からたたき起こすために、残った力の全てを振り絞って彼女の腕を叩き続けるのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 その数十秒後、ほとんど意識を失くしかけたラウラの最後の力を振り絞った両手叩きによって、シャルは目を覚まし、無意識のうちに副隊長を隊員が絞殺するという事態だけは何とか避けられたようだった。

 

「…………ラ、ラウラ?」

「なんだ!?」

 

 早朝の訓練のために着替えたシャルとラウラであったが、寝言を心配して起こそうとして友人に殺されかけたことで、ラウラはえらくご立腹していた………当たり前のことではあるが。

 

「ご、ごめんね~~~」

「謝罪は先ほどから何度も受けている! だがなっ!?」

 

 朝のアリーナ前を歩くラウラが立ち止まり、シャルの方へと振り返ると、指さして毅然と言い放つ。

 

「その理由を答えろと言っている! 何の悪夢を見ていたというのだ!!」

「あ、悪夢じゃないんだよ………その…」

 

 夢の中で陽太とバカップル全開で色々色々色々してました、なんて言えるわけもない。頭から湯気が噴き出し、顔を真っ赤にしシャルの思考がショートする。その様子が今一つ理解できないラウラは、事情を察することができず、再び同じ質問をしている始末だった。

 

「やはり何か不吉な悪夢を見たのではないのか!? さあ私に相談しろシャル!! こう見えても最近は部隊の運営のために隊員のメンタルカウンセリングの為の本も読んでいるんだ!! 祖国の部下であるクラリッサからススメられたのだが、これがまた中々に興味深い。将棋という日本伝来のボードゲームと日常を織り交ぜた偶像劇という…」

「………それ、この間ドイツから届いてたに持つに入ってた漫画じゃ…」

 

 何の勉強をさせているのだろうか、ラウラの副官の人は? ラウラの言葉によって落ち着きを取り戻したシャルであったが、その時、突如アリーナ内部で激しい爆音が聞こえてくる。

 

 ―――爆弾が炸裂したかの様な音と、半歩遅れて空に浮かび上がる大量の水蒸気―――

 

「!?」

「あれって………まさか!?」

 

 この間の試合で見た光景に非常に近い気がする。シャルとラウラの思考が一致すると、二人はアリーナの内部に全速力で走る。

 階段を数段飛ばしで駆け上がり、中央観客席からアリーナ内部に出ると、そこには三機のISが互いの武装を向け合い、空中で激しい高速機動戦闘を繰り返してた。

 

 ―――右手にヴォルケーノ、左手にフレイムソードを携えたブレイズブレードがプラズマ火球を連射して空中を疾走する―――

 ―――蒼流旋・改を右手に持ちながら、左手で氷の障壁を展開し、火球を受け止めながら、リュオート・プルトゥーネは氷の礫を連射し続ける―――

 

 そしてもう一機、陽太と楯無の激突を空中で静止しながら白式を展開した一夏が見守り続ける。

 

 高速機動で飛翔しながら互いに炎と冷気をコーティングした剣と槍を鍔迫らせ、火球と冷気が空中で何度と激突して水蒸気爆発を起こさせる。その蒸気を切り裂いて陽太が斬り込んでくるが、楯無は冷静に対処し、カウンターのダイヤモンドダストを解き放つ。高圧の凍気の竜巻が直撃し全身が凍り付き始めるブレイズブレードであったが、陽太の闘気の高まりに呼応するように全身から発生した火炎が凍気を瞬時に弾き飛ばし、ダイヤモンドダストを耐えきってみせるのだった。

 

 相当熱の入ったガチ模擬戦の様子に、一瞬だけ我を忘れて観戦してしまうシャルとラウラであったが、やがて我を取り戻すと、観客席で見入っている箒、セシリア、鈴の元に走っていくと血相を変えて問いかける。

 

「な、なんで、皆して観戦してるの!?」

「この間の一件があるのだぞ!? 早く止めなければっ!!」

 

 もうあんな真似は二度としないと信じたいが、それでもまだ日も浅い。頭に血が上った両者が同じことを繰り返してしまう可能性だってあるんじゃないのか?と気が気でないシャルとラウラであったが、そんな二人とは裏腹に、箒はいたって落ち着いた様子で心配ないと告げたのだった。

 

「心配するなシャル、ラウラ」

「で、でも!!」

「楯無姉さんにはこの間のような危なさも殺気も見受けられない。対して陽太の方からも危な気を感じない。恐らく本当の楯無姉さんの実力がどれほどのものなのか知りたいのだろう」

 

 確かに両者からは殺気や猛烈な緊張感は感じない。あるのは適度な緊張感と高度なやり取りの中に存在する互いへの気遣いだけだ。だが心配なものは心配である。顔色が悪いシャルを思い、箒は珍しく気遣いのつもりで冗談を言ってみる。

 

「大丈夫だ。楯無姉さんは陽太をシャルから取ったりは・」

「!!」

 

 メッチャすごい勢いでシャルに睨まれ、顔を青くした箒は言葉を続けられずに上空に再び視線を送る。

 

 ―――リュオート・プルートネの射撃の間隙を潜り抜け、ついに楯無の懐まで潜り込んだブレイズブレードが炎を纏わせた拳を叩き付けた―――

 

 同じ遠近対応の万能型ではあるが、格闘がめっぽう強いブレイズブレードが近距離戦闘(インファイト)を仕掛けてくれば一たまりもない。

 これにて勝負は陽太の勝ちか、と誰もが思った時、思わぬ出来事が皆の目の前で起こる。

 

 ―――降り抜いた拳に砕かれる氷の鏡像―――

 

「!?」

「ざ~ん、ね~んっ!!」

 

 陽太は振り返ることなく左手のフレイムソードのプラズマ火炎の出力を上げ炎の障壁を作り出すと、蒼流旋・改から放たれる凍気の塊を全弾受け止め、周囲をすばやく確認する。

 

 ―――砕かれた氷を媒介に、次々と現れる楯無の分身達―――

 

 オーガコアと化した簪を翻弄した『鏡合わせの術』を使い、陽太を包囲し始めたのだ。

 足を止めていては危険だと判断した陽太はフレイムソードの切っ先を捻って凍気の射撃を逸らすと、包囲の外に逃れよう飛翔する。が、それはさせないと鏡像と本体の同時攻撃を楯無は仕掛けてきた。

 鏡像の攻撃までもが本物の攻撃とは思わないが、実体と分身を見極める手段が陽太にはなく、全ての攻撃を回避するという選択肢を取らされる中、時間がたつことによって分身は数を増やし、やがてアリーナの上空を覆いつくすほどに数を増やしたのだった。

 それほどの数の全方位攻撃、いくら陽太といえども全て避け切ることは不可能なのか、やがて逃げ道を塞がれ、ついには袋小路に追い込まれてしまう。

 

『もらった!』

 

 全方位から聞こえてきた楯無の声。先ほどまでとは逆転して、今度は楯無が勝利を収めるのか? 皆が見守る中、確かに捉えれた陽太の姿が………。

 

 ―――炎を置き去りに瞬時に消え失せる―――

 

「あれは!?」

「神速機動術(バニシング・ドライブ)!?」

 

 以前使用した時よりも遥かに滑らかに、そして予備動作を最小に、幻のブースト系最高難易度技術を使い包囲網を瞬時に抜け出した陽太は、周囲を取り囲む鏡像を砕きにかかる。

 

 ―――相手の捉えられずにいた楯無の鏡像を背後からの蹴りで一砕きにするブレイズブレード―――

 

「くっ!?」

 

 銃口を向けた瞬間にはもうその姿はどこにもいない。神速の動きを以って楯無の鏡像を次々に砕き始める陽太の姿が、今度は幾重にも分身し、観戦していたシャルたちの視線を困惑させる。

 

「(目の前にすると、ホントに腹立たしいぐらいに強い!!)」

 

 改めてこの間は陽太が自分に合わせて戦っていたのだと思い知らされ、心の中のヒットマンポイントがまた一つ蓄積する楯無であったが、それはそれと置いておいてもこの動きを短時間で見切ることは無理がある。それほどに陽太の動きは以前の暴龍帝戦よりも格段に速くなっているのだ。

 やがて周囲の鏡像がほとんど砕かれ、丸裸にされかけたとき、ただ空中で待ち続けた男が動き出す。

 

 ―――ツインドライブを発動させ、両肩からエネルギーを吹きあがせた白式が静かに雪片で居合のような構えをとる―――

 

「一夏!?」

 

 突然虚空を見つめて突撃の構えを取った一夏を箒が心配そうに見つめるが、彼の極限まで集中された視線は絶え間なく移り変わるフィールドに釘づけにされていた。

 砕かれる氷の胸像、戸惑う楯無、そして………。

 

 ―――楯無の死角を完全に取ってフレイムソードを振りかぶる炎の空帝の姿―――

 

「ここだぁぁっ!!!」

 

 ―――爆発的な加速で突撃する白式―――

 

「あれは、瞬時加速(イグニッション・ブースト)!?」

「一夏の奴、いつの間に!?」

 

 ブースト系でも比較的上位に位置する技術を、ISに乗って数か月の一夏が完全に使いこなすだけも中々に奇跡的なことでセシリアと鈴を驚かせるが、その一夏の動きに気が付いた陽太は楯無への不意打ちを一旦止め、その場から神速機動術(バニシング・ドライブ)で飛び退いた。

 だが、一夏の驚愕の成長はそれだけには留まらない。

 

 陽太が瞬時に飛び退いたことを見るよりも早く「予測」していた一夏は、白式の両肩のパーツ………ツインドライブのエネルギーの放出口を稼働させてもう一つの『スラスター』として使用したのだ。

 

 ―――瞬時加速中の軌道を無理やり変更すると同時に、更なる加速を得る白式―――

 

「二連加速(ダブルイグニッション)!?」

「馬鹿なっ!?」

 

 ISの操縦技術に長けるシャルと箒もこれには驚きを隠せない。単発の瞬時加速だけでも中々驚異的なだけに、更に上位となる二連瞬時加速(ダブルイグニッション・ブースト)ともなると、それは代表候補性どころか、正規の代表クラスの技術が必要になるからだ。

 

 全身が軋む圧力を食らいながらも、二連加速で急上昇した白式は雪片を水平に構え、神速機動を解除した陽太に迫る。

 

「!?」

「!!」

 

 一夏が雪片による渾身の突きを放ち、陽太はそれを逆手に持ち替えたフレイムソードの刃渡りを利用して受け止めることなく、流れに逆らずに受け流す。

 

 ―――火花を散らし合う剣と刀―――

 

 そして散った火花よりもなお熱い炎のような闘志を宿した二人の視線が、両者を同時に捉え合った。

 

 ―――PICをフル稼働させ、その場で踏み止まりながら両者が反転、空気を破裂させる互いの斬撃を激突させ合う―――

 

「!?」

 

 互いの足が止まった瞬間を見計らい、先に動いた一夏は、余った左手で抜き手を陽太の腹部に向かって放つ。それを陽太は右手のヴォルケーノを手放し、肘で弾くと同時に前蹴りで白式の腹部を強打する。

 

「グフッ!?」

 

 あまりの威力に悶取り打つ一夏だったが、今までとは違い、今日の彼はそこでは止まらない。蹴りの威力で吹き飛ばされた間際、雪片の展開装甲を起動させて烈空を発射していたのだ。

 

「!?」

 

 至近距離であったためにブレイズブレードといえども回避できず、烈空の直撃を食らってしまう。粉塵を巻き上げる中で、一夏が何とか体勢を立て直し、気合を入れ直した瞳で前を向く。

 

 ―――粉塵を斬り裂いて突撃してくるブレイズブレード―――

 

「!!」

「はあっ!!」

 

 前に一歩踏み込んで放った雪片と、突撃した威力を乗せたフレイムソードが三度激突して火花を散らせ合う。更に今度は陽太が右の拳を握り締め、一夏の顔面目掛けてパンチを繰り出し、答えるように一夏も左の拳を繰り出した。

 

 ―――重量のある質量同士が激突したような低重音を鳴り響かせ、空中で鎬を削り合う右と左の拳―――

 

「………生意気っ!!」

「誰がっ!!」

 

 減らず口を叩き合った陽太と一夏は、互いに拳を引くと、両手で獲物を握り締めて激しい斬撃戦を繰り広げる。

 どうやら陽太も距離を開いて射撃戦闘に切り替える気はない。完全に剣を用いた近接戦闘オンリーになってはいるが、それでも一夏はこの間とは比べ物にならないほどの動きで陽太と渡り合い続け、見ている者達を全てを驚かせるのだった。

 

「………最近、陽太とワンツーマンでスパーリングしているとはいえ……」

「これは………ISに乗って数か月の素人の動きではありません」

 

 チーム内において陽太に並ぶ近接戦闘の達人である箒と、イギリスの代表候補性であるセシリアには俄かに信じがたい成長スピードであったが、思わぬ人物はその理由が何なのか理解をしていた。

 

「………強くもなるさ」

「ラウラ?」

 

 ラウラには二人があそこまで強くなれる理由がよく分かっていた。二人が心の奥底で、本当は戦いたい相手。何があろうとも絶対に勝ちたい相手………彼らには明確な目標となる相手がいるのだから。

 

「底から腹が立ったのだ。だったら遥かに強くなって見返すしかあるまい」

「!?」

 

 シャルの顔色も変化する………ラウラが何が言いたいかわかってしまったから。

 わかったからこそ、本当は聞きたくないから。

 

「二人は………一対一でも勝てるようになりたいのだ。亡国機業幹部の『アレキサンドラ・リキュール』に」

「あ、あの爆乳女に!?」

 

 鈴音としてはそのあまりに圧倒的な強さのために、時間がたった今となっては怒りよりも先に恐怖が沸きだってしまう相手なのだが、陽太と一夏は違う。

 絶対に勝たねばならない相手として想定し、日夜トレーニングに励んでいる。互角に戦うとか、ギリギリ勝つとかじゃない。実力で相手を完全に上回って『完勝』せねば気が晴れない。

 そしてそれはラウラも同じ気持であった。

 

「話を聞き、事情も知った…………だが織斑教官への振る舞いはそれらを全て察してもなお度し難い!!」

 

 敬愛する千冬を足蹴にして否定した相手を『タダ』で許してやる気はない。それこそ全力全開で叩きのめすのみ………ラウラの背中から燃えさかる炎はセシリアと鈴にそれを伝え、二人を若干怯えさせる。

 対して蚊帳の外に放り出されて二人の戦いを呆然と見守る楯無はともかく、激しく打ち合う両者の姿を不安げに見守るシャルロットに対して、箒は優し気に言葉をかけたのだった。

 

「『二人の心が強さを最優先にしてしまうんじゃないのか?』」

「!?」

「気持ちはわかるが、それはない。『無い』と私達が信じなければ」

「箒…………それは…わかるけど」

 

 シャルの懸念する声にも、箒は揺るがずにこう言葉を返す。

 

「お見舞いに顔を出した時に千冬さんにも言われたのだ。私達が傍にいて支えなければならない、と」

 

 そばにいて理解しなければ、自分の二人の親友のようにどこまでも進んで、ついには周囲への理解を諦め、孤高の存在になってしまう…………千冬がそう伝えたかったことを二人は理解したのだ。

 

「………ヨウタ」

 

 IS操縦者として、より強く、より高みに………。

 目まぐるしく変化する世界と周囲に合わせるように、変わろうと足掻く陽太を目の当たりにし、シャルの心と彼との関係も、今、まさに変化の瞬間を求められているのであった。

 

 

 

 




ということで、あとがきはまた活動報告に……………この間の書くの忘れてたな(汗)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旅行前の準備(序)

今回は内容が短めになっておりますが、次回はできるだけ早く更新できるよう頑張りたいです!


 

 

 だからと言って、急に何をどう陽太との関係を変えていけばいいというのか?

 こんなこと、箒やラウラといった友人達はおろか、千冬という恩師やベロニカという母にすら相談できそうもない。

 

「(どうしたらいいっていうんだよーーー!!!)」

 

 食堂で朝食を前にして一人頭を抱えるシャルに対して、隣で冷麺を食べていた鈴が心配そうに問いかけてくれる。

 

「い、いや………なんでもないよ?」

「なぜ疑問形で返す? 悩みでもできたっていうの?」

 

 はい、凄く今悩んでます。

 そう言えたら楽なんだろうけども、一人の乙女としてのこの悩み、おいそれと口にする勇気が出そうもない。茶化されたりしたら今までの鬱憤によって倍加して爆発しそうだし………。

 そして問題となっている陽太というと、カツ丼、フライ盛り合わせ、天ぷらうどんという揚げ物トライアスロンに、顔中絆創膏だらけにした一夏と共に挑戦していたのだった。

 

 あの後、結局勝負はアリーナ使用時間限界によるタイムオーバーによって流されてしまい、一夏にとっては初の『勝てなかったけど負けもしなかった』結果となった。陽太は大いに不満をため込み、延長戦を申し出たものの、これ以上派手に暴れられては修繕費も馬鹿にならないと判断した奈良橋によって、無理やり中断させられた形であった。

 射撃と得意の機動戦闘を封じた格闘オンリーの縛りがあったとはいえ、一夏を時間以内に仕留めきれなかった事………つまり一夏の驚異的な成長速度に加え、確実に自分と一夏の『距離』が縮まってきている事に気が付いていた陽太は、特にそれを一夏に不満をぶつけることはなく、ただ『自分の修錬が足りない』と思ったようで、この後も更にメニューを加えた修行に挑む気である。

 対して一夏も、徐々に陽太に食い下がれるようになっていることに気を良くすることもなく、最近では恒例となった陽太と大量の朝食早食い競争に勤しんでいた。実力が追い付いてきたからこそ、今は一秒でも長く訓練して、一歩でも前に進みたいのであった。

 結果として、お互いを刺激しあい、絶妙なバランスで互いの実力を伸ばしていたため、不本意ながらも男子勢にしてみれば良い結果を生み出していたのだが、それはそれとして、置いてけぼりを食らった形になったのがシャルなのである。

 

「(………私は……別に)」

 

 難解極まる乙女心を持つ者としては、この状況は非常に不味い気がする。

 必死に努力して強くなろうとすることを素直に応援したい心、自分だけを見てほしいという想い、彼の心から居場所をがなくなっていくかもしれない錯覚。複雑に絡み合うシャルの気持ちは、出口が見えずに心の中で常に渦巻いている。

 

 だが、そんな時である。

 まるで天からの助けのように、この状況を打破できるかもしれない、そんな希望に満ちた『行事』の存在が奈良橋教諭から告げられたのは。

 

「臨海学校?」

 

 隣で腹を抱えて苦しそうにしている一夏をしり目に、三杯目のかつ丼を受け取って戻ってきた陽太に対して、同じく朝食を共にしていた奈良橋と真耶から、IS学園内でも一大イベントの一つと言われている行事についての説明を受けていた。

 

「そうだ。校外における課外授業として三日間、沖合を貸し切って一学年全生徒合同で行う行事のことだ」

 

 コーヒーとサラダだけという簡素な朝食を取りながら、同時に提出された書類に赤ペンで訂正箇所をチェックしていく奈良橋に対して、陽太はテンションを下げ切った表情でこう告げる。

 

 ―――では引き続き臨時のニュースをお伝えします―――

 ―――昨日起こったイタリア南部カンピオーネ・ディターリアでの大規模崩落事故において、未確認ながら複数のISとGS、また一部の機動兵器の存在が目撃されており、大規模テロ組織『亡国機業(ファントム・タスク)』との関連も噂されております―――

 ―――現地の特派員の〇〇〇です。今、私は湖のスイス領側の方にいますが、こちらからは湖にすっかり沈んでしまった街の一部の風景が見られるだけで・・・―――

 ―――街の復興に辺り、イギリスとフランスからの支援が検討されており―――

 ―――現在、街には軍用GSや重機による撤去作業が急ピッチで進められ―――

 ―――今回の騒動について専門の方の詳しい意見を聞きたいと思います―――

 ―――これほどの騒動になっていながらそもそも目撃者が少なすぎるというのも気にかかりますね。まるで意図的な情報封鎖を敷いたような感じがしまして――――

 

「パス。そんなんやってる暇が俺たちにはない。訓練あるのみ」

 

 速報で入るニュース番組を真剣な表情で見ながら、今は学校行事よりも修行が優先。そう言い切る陽太だったが、今回は相手が悪かった。

 

「学生の本分は勉学に励むことだ。投げ出すような真似は許さん」

「世界の危機は放り出してもいいのか!?」

「それにな………学業の成績が良いデュノアやオルコット、勤勉さが見える篠ノ之やボーデヴィッヒはともかくとして……」

 

 奈良橋はいったん言葉を切ると、続けざまに陽太、鈴、一夏を指さすと、彼らが耳を塞ぎたくなるようなことを告げる。

 

「学年全体の成績から見ても下位ライン独走状態だぞ」

 

 イヤン、と耳を塞ぎながらテーブルに突っ伏す三人にせめてもの救済措置としての臨海学校参加を進めるのだった。

 

「せめて特別授業に出て単位を取らねば、言い訳もできん。特に鳳は代表候補生の身で留年など過去に事例がないぞ」

「マジですか!?」

 

 私の成績低すぎ!? と本気で焦りだす鈴に、陽太がジト目で疑問を投げかけた。

 

「お前、どうやってこの学校転入してきたんだよ!?」

「実技は優秀なのよ!!」

「俺なんか実技なんか完璧だ!!」

「だからといって学業をぞんざいにして良い訳ではない」

「「そうですよね~」」

 

 最もな切り返しをされて、今度こそ沈黙するしかなくなった二人とは裏腹に、一夏が焦った表情で成績優秀組に質問してみた。

 

「み、皆は何で成績がそんなに良いんだよ!」

「な、なんでって言われても………」

「その日に習った授業の復習と、明日の授業のための予習………それだけでございませんの?」

 

 成績トップクラスのシャルとセシリアのあまりに正攻法の意見に、再度撃沈される三人を気遣ってか、焦った箒が必死にフォローをしてみたのだが………。

 

「い、今からでも………その………ノートにまとめた授業の内容を読み返して」

「授業中寝てたから、シャルと箒は後でノート貸して」

「俺も寝てたから貸してくれよ箒!」

「私は………あ、クラス違うから微妙に違うのか………こんなことなら寝ずに書いとくんだった」

 

 訂正、勉強方法以前に机に向かう情熱の差が出ていたようだ。そしてその報告を受けた奈良橋教諭のマグカップにヒビが入り、こめかみに青筋が浮き上がったのを見たラウラが恐怖から若干後ずさり、真耶は『フフフッ………わかってましたよ。私の授業中に二人が微動だにせずに目にセロハンテープ張って寝てることぐらいは………でもね、私だって一杯一杯なんですよ? 部隊の経理とか作戦後の事後処理とか授業の準備とかで(以下省略)』とブツブツと念仏のようにつぶやきだす。

 

 色々後で説教食らわせないといけないことを聞いたシャルであったが、内心実はそんなことよりも今はもっと重要なキーワードを思い浮かべ、このメンバーの中で一番浮かれてもいたのだ。

 

 臨海学校。

 宿泊行事。

 寮はまた違った環境における、新鮮な場所でのコミュニケーション。

 

 若い男女が………外泊。

 

「( こ れ は チ ャ ン ス だ ! )」

 

 理屈ではない、感覚で確信する。色々解決しなければならない問題も結構ある気がするが、今はそれは置いておこう。陽太だってやってることなんだから自分だってしてもいいはず、うんきっと………。

 瞳に力が戻り、強く握り拳を作るシャルの変化に、陽太が『しまった! またしてもレポート地獄になる!!』と誤解して戦慄する中、学生たちの変化を溜息まじりで見つめていた奈良橋は、心の中で愚痴る。

 

「(これでいいのですか、織斑先生?)」

 

 ここにはいない、本来の部隊の司令官である千冬は、入院生活送る中で随時受ける報告によって、特に実働部隊の隊長である陽太の変化に気を遣っていたのだ。

 

『今度ある臨海学校には、多少強引にでも陽太を出席させてやってください………正確には陽太には一時的にでいいので、訓練から切り離す時間を作るべきでしょう』

 

 陽太が今感じているであろう焦り。これは例えるなら、RPGにおけるキャラクターのレベルアップのシステムに類似している。

 オーソドックスなRPGであるのなら、例えばLv40のキャラとLv1のキャラが同じ経験値を得た場合、当然そこで行われる経験値の所得におけるステータスの変化は格段に違ってくる。この場合Lv40が陽太であり、Lv1は一夏だ。ぶっちゃけるなら、陽太がレベルアップに満たない経験値でも、一夏はそれを得ることで爆発的に成長してしまうのだ。

 そして陽太がレベルアップするまでに必要な膨大な経験値を得る間に、一夏は猛烈な勢いで成長してくる。そのことに陽太が焦りを感じてしまっていることが問題になっていて、成長をしようとオーバーワークになればなるほどに彼への負担は大きくなる。

 陽太がこの学園に来てから能力が上昇していないわけでは決してない。いや、おそらく入学当初から頭がいくつも飛び越えた実力を誇りながら、更に格段に成長している。だが一夏の成長速度はそれをも凌駕しており、今の陽太はその一夏の成長速度をほしがっているのだ。

 

『私が技術的に教えてやれることはもうありません。ですが陽太の心が強さだけを欲する状況を見過ごすこともできません。ですから、今はとにかくアイツ自身の気分を変えることを優先してください』

 

 焦って空回りする前にガス抜きを。彼が受け取った使命は一見すると簡単そうに見えるが、意外に奥が深いのかもしれない。気を引き締める奈良橋だったが………。

 

「………なんかダルいな」

 

 泊りがけで学習という名目をそのまま信じている陽太の表情はすでに気力を失いテーブルに突っ伏し………。

 

「(気合い入れなくちゃ!)」

 

 一際気合が入っているものの、どこかズレた感じがしないでもないシャルロットの表情はどこか明るいが………。

 

「海か………なんか皆で泊りがけって、そういや初めてだな!」

 

 どうやら今回の臨海学校を最も学生として楽しもうとしているのは一夏なのかもしれない。先ほどのやる気はどこに消え去ったのだと千冬がいれば問い詰めたかもしれないが………。

 

「(う、海!? 一夏と海?)」

 

 そしてシャルに釣られてか、乙女の回路に志向が接続しやすくなっていた箒はモアモアと脳内でピンク色の妄想を展開し始める………。

 

「そうか、水着新調しないとね♪」

 

 この切り替えの早さこそ鈴が隊員に選ばれた理由でもある。最もこんな場面で無駄に見せなくてもいい気は多分にしてくる………。

 

「つまり、セシリア・オルコットの水着姿が皆様に臨まれている、ということですわね!」

 

 なんてことはない。ある意味どうあろうと通常運転してくれる彼女の存在は安定感がある。そう。これは通常運転のセシリア・オルコットなのだ………。

 

「臨海学校?………海難救助の訓練ではない……な」

 

 真っ白いことに定評のあるラウラ・ボーデヴィッヒは、おそらくこの後にまたいらぬ知識を外野から仕入れる事態になるだろう。

 

「フフフフッ………私の授業は寝てスル~」

 

 早く戻ってきなさい山田真耶。

 

 色物……ではなく、レパートリー豊かなリアクションをする、そんな部隊のメンバーを見ながら、奈良橋はこう心の中で叫ばずにはいられない。

 

 

「(なぜ貴様らは………『非常時』にしか頼りにできないんだっ!!!)」

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 ―――日本・沖縄米軍那覇基地より数十キロの海域

 

「…………」

 

 日光が一切届かない深海から海面に浮上した潜水艦の中で、かつての『白銀部隊(チーム・シルバー)』の元隊長、ナターシャ・ファイルスはこの闇ほどではないものの、暗い気持で今回の軍務についていた。

 

 尽力してして作り上げた『白銀部隊』を本格的な部隊運用の初日に壊滅させられ、その責任を取らされたナタルであったが、彼女ほどの有能な操縦者を謹慎や場合によっては投獄刑に処する場合ではなかったのだ。

 太平洋艦隊の壊滅だけに飽き足らず、少なくない数を派遣して行った合同軍事演習において、まさかの連合側の未曾有の大敗走。しかも帰還兵が全体の二割を切るほどの殲滅ぶりであり、各国は戦力の再編成に躍起になっているのだ。しかもまずいことに現場に出張っていた将官達の会話がマスメディアに漏れていたことで、一気に政府側への非難は高まり、軍人たちの肩身が随分と狭いものになってしまう。

 そのため、世界は徐々に現場の戦力をPMC(民間軍事会社)などの民間側へと移行しており、それに危機感を覚えた軍は、戦力再編成の一環として今回の計画に急遽着手したのだ。

 

「はぁ~………」

 

 第三世代型軍用IS「銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)」の強化改修計画。現状アメリカ国内で最も強力なISである銀の福音を対オーガコア用ISとして強化改修するというものである。

 すでに機体の改修は終了しており、あとは運用試験をパスするだけの段階に到達しているのだが、どうにもナタルは今回のこの計画について乗り気ではなかった。ナタルには機体の改修以前に自分自身を変える必要があったからだ。

 あの亡国機業の幹部とその黒いIS………自分も福音も完膚なきまで敗北させられた相手との違いはいったい何のか? 自分と相手の差はどれほどなのか? その差を生み出しているものが、単純な機体性能や技術や操縦者としての身体能力だけではない。もっともっと根本的な部分である。そのことを本能的に感じ取ったナタルは、今までの操縦者としてのキャリアを全て捨ててでも、この問題点に着手するつもりであった。

 

「(………時間とれるかな?)」

 

 沖縄の基地には数か月単位で滞在する予定だ。そして有給の申請も無理やり上に受諾させてある。彼女は時間が空き次第、すぐさまに今回の個人的な一番の目的地であるIS学園に訪れたい衝動に胸を焦がす。

 

 ―――IS学園にいる対オーガコア部隊―――

 

 10名にも満たない人数と、実働部隊は10代の少年少女。しかも隊長は経歴が怪しいテロリスト疑惑を持つ少年、副隊長は唯一の純正軍人ではあるが経験不足は否めなく、その他の娘達も全員実戦経験を持つとは思い難く、織斑一夏に至ってはついこの間まで一般人として生活を送っていたド素人でしかない。

 にも拘らず、自分達『白銀部隊(チーム・シルバー)』が全員がかりで手も足も出せなかったあの黒いISを正面から押し返し、撤退させてみせたというではないか。彼女はこの報告を受けた時、瞳を白黒とさせ、やがて意を決し、乗り気ではない作戦も承諾した下りであった。

 

 ―――自分達と彼らの違いは一体なんであったというのか?―――

 

 部隊員の個々の実力か?

 連携の練度か?

 それとも戦場に立つ者としての覚悟の差なのか?

 

 彼らの司令官であり、旧知の仲である織斑千冬に、是非とも問うてみたいのだ。

 

 そして陽太とは違った形でIS操縦者として高みを目指すナタルを悩ましているもう一つの問題。

 

「あと………早くゴスペルを空で飛ばしてあげたいわ」

 

 暴龍帝(ヴォルテウス・ドラグーン)との一戦において完敗して以来、愛機である銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)との意思の疎通が上手くいかなくなっているのだ。

 操縦者とのシンクロ自体は行っているのだが、それまで積極的に行ってきた意思の疎通はあれ以来パタリと止んでおり、こちら側からどれだけ呼び掛けてもまるで返答がない。強化改修の際も、ナタルはまず銀の福音に意思の確認を行いたかったのだが、それも上手くいかずタイムアップとなってしまった。途中でコアの方が拒絶しないかヤキモキとしていたのだが、作業の最後まで何があっても無反応で、コアそのものに異常があるのではないのかと、技術者と何度も確認を行ったものだ。

 何が原因でこうなってしまったのか? 皆目見当もつかないナタルと本国の技術者達は頭を悩ませ、結局今回の演習まで原因を判明させることができずにいた。

 

 とりあえずいつもとは違う場所で空を飛ばしてあげれば、ひょっとするならまた違ったリアクションを見せてくれるのではないのか? そんな期待をしているナタルは、ISの操縦中に、いつも嬉しそうに仲間の操縦者とISと一緒に空を飛んでいた、無邪気な子供のような福音の声を思い出し、心が締め付けられるような気持になる。

 

「もう少しの辛抱だから………いい子で待ってて、ゴスペル?」

 

 ―――潜水艦内の一室―――

 

 ―――作業台の上に固定され、以前よりも大型の対になるスラスター、両肩に増設された武装ユニット、全身に装甲を追加され、一回り大きくなったボディ―――

 

 以前とは比べ物にならないほどの性能を持たされた、銀の戦天使のモノアイに不気味な光が灯ったことを、ナタルはまだこのとき、気が付いていなかった。




いつものあとがきはまとめて数話後にうpさせていただきます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旅行前の準備(中)

モブキャラが多数出したのはいいけど、モブ女子たちの資料が少なすぎて口調なんか調べるのが苦労するな


※今回、ある一部の描写において不愉快な思いをされる方がいらっしゃるかもしれませんがご理解ください。くれぐれも食事中などはみないように

※一部描写を訂正してみました


 

 

 

 

 思い立ったが即行動。今回のシャルロット・デュノアは速さこそが勝利の近道であると確信したのか、午後から自主トレに勤しもうとしていた陽太に対して、こう切り出したのだ。

 

「ヨウタ、臨海学校用に水着買いに行こう! どうせそういうの持ってないんでしょう!?」

「あ?………んま、確かに持ってないけど………適当にどっかその辺で買えばいいじゃん」

 

 面倒くさそうな表情を作る陽太であったが、そんな陽太に対してシャルはグイグイ押しにかかるのだった。

 

「ダメだよヨウタ!! こういうのは適当に選ぶと後で後悔しちゃうんだからさ!」

「いや、それよりも俺は訓練したい…」

「訓練は逃げない! 今日は買い物が先決!」

 

 なおも何か言いたげな表情となる陽太であったが、途中で『これ以上何か言っちゃうと私怒っちゃうかもしれないよ♪』という無言のオーラを背中から発したシャルの気配を感じ取り、渋々といった表情で了承するのであった。

 

 渋々シャルの言葉に従い、大怪我から退院して初めてのちゃんとした『休日』を過ごすことになった陽太は、とっとと私服に着替えて出かけようとするが、いきなり出足をシャルに挫かれる。

 

「乙女の外出には準備が必要なんだよ、ヨウタ君」

「ヴぇえぇ~~~!?」

 

 部屋に迎えに行ったものの、そう言い放たれて追い返された陽太は、特に何をすることもできず、ロビーにあるソファーの上で寝転がりながら、完全にだれてしまう。

 

「…………ヒマだ」

 

 やることがない。

 でも昼寝をしてしまうと夜まで起きることもなさそうだし、かと言って他に暇潰しがあるわけでもない。

 ここ数か月、IS漬けになってしまっていて、ろくに休日を楽しむこともしていなかったためか、時間が空いてしまうと何をしたらいいのかわからなくなってしまう自分に、陽太はこのとき初めて気が付く。

 

「飛行場が近くにあれば暇潰しになるんだが………ないよな、そんなもん」

 

 唯一無二の趣味である航空機観賞も、近場に飛行場がなければすることができない。結局は完全に寝ない程度に昼寝するしかないのか、とウツラウツラと船をこぎ始める陽太であったが、そのとき上下ひっくり返った頭上から複数声をかけてくる女生徒達がいた。

 

「あれ~~~、こんなところでよーよー昼寝~?」

「どうしたの、珍しい?」

「あれ? 今日は訓練はお休みなの火鳥君?」

「ん?」

 

 いつも通り謎のコスプレをしたのほほんと、ハキハキした口調のボブヘアの少女、そしてショートカットでヘアピンを両側に止めた真面目そうな雰囲気の少女であった。

 ボブヘアの少女は相川 清香(あいかわ きよか)、ショートカットの少女は鷹月 静寐(たかつき しずね)。一年一組で陽太と学業を共にするクラスメートの少女達である。

 最近ではすっかり角が取れて、クラスメートの少女達にも普通に話しかけられるようになっている陽太であったが、転入初日にあの自己紹介や、シャルとの決闘騒ぎの一軒で、未だに話しかければ噛みつく猛獣のように思っている者達もいなくもないが、この二人は今や気心知れたクラスメートの一人として陽太をすっかり受け入れた側の少女達であった。

 

「シャルに買い物付き合えって言われたからとっとと着替えたのに、今度は準備できてないから待ってろとかほざかれた。まったくなんで女って奴はすぐにそうやって人を振り回すんだか」

 

 げんなりとした表情で言う陽太に、三人は苦笑しながらこう言い返す。

 

「ああ、それでデュノっちが上機嫌でおめかししてたのか~」

「そういえば、最近皆忙しそうだったからね。今日はデートですか」

「いいな。私も男の子とデートしてみたい」

 

 頬を赤く染めながら年頃の少女らしい感想を述べる鷹月に対して、陽太は首を傾げながら言う。

 

「デート? ただの買い物じゃないのか?」

「あ、よーよーがおりむーレベルの発言をr」

「俺をアレと一緒にしないでくれない!? それは失礼ってもんですよのほほんさんよ!」

「でも、今の発言はね………流石に」

 

 唐変木といっても差し支えないんじゃない? と言おうとする相川に対して、陽太は起き上がって反論する。

 

「いやいや、待ちたまえ。待ちたまえ。俺が言いたいのはそういうことじゃない。そういうことじゃない………俺が言いたいのは、デートってことは………つまりだ」

「「つまり?」」

 

 そして腕を組みながらもったいぶった表情になる陽太は、相川とのほほんの耳元で囁く。

 

「つまり………デートだと、今晩辺りシャルとファイナルフュージョンしないといけなくなる、ってことだ」

「「!?」」

 

 とんでもない発言に顔を真っ赤にしてドン引きするのほほんと相川を尻目に、陽太は彼が思う男女の恋愛観を述べ続ける。

 

「流石にそれはまだ早い。大人の階段昇るにはシャルはまだ子供過ぎる………男と女ってものはな、やっぱり最後は肉体交渉に委ねられるんだよ。心のキャッチボールも確かに大事。でもデートの最後はベッドの上で夜のプロレスというわけだ。まあ、あれだ。俺もシャルの兄貴みたいなもんだし、シャルがいつか昇っていくことは遠からず理解はしているんだが………後、アイツ、絶対ムッツリだからな、ホテル行こうとか言い出したら絶対顔面ファイヤーになる……ってどうした鷹月?」

「あ………あの…」

 

 同じく顔を真っ赤にして陽太のセクハラ寸前(いや、普通にセクハラ)の言葉を聞いていたはずの鷹月であったが、なぜか頻りに右手で顔を覆いながら、左手で陽太の後ろのほうを指さす。

 

「?」

 

 ―――顔を真っ赤にして立ち竦むシャル―――

 

 真っ白いカーディガンのようなトップスと、黒いショーパンという服装に、いつもは結んでいる髪を解き、あまり普段は使わない香水を使用した、かなり気合の入ったデート仕様のシャルロットであったが、陽太の言葉に最高潮に顔を真っ赤に染めて立ち尽くしてしまう。

 自分が言い出した事なのに、待たせてしまったことに罪悪感を覚え、急いで支度を済ませてバックを片手になれないパンプスを履いて玄関まで小走りできたのだが、そこで聞こえた陽太の話し声に愕然となったのだ。

 

「……………」

「……………」

 

 これは拙いと思い冷や汗を流す陽太と、真っ赤に染まった顔のまま硬直するシャルが暫し見つめ合ったのちに、再び時間は動き出す。

 

「!?」

「(やばっ!?)」

 

 いつまでもそうそう殴られっぱなしでいるものか!? と陽太が彼女の如何なるパンチも受け止める防御態勢を取ったのだが、思考が爆発したシャルロットはその上をいく。

 

「いやぁあああああああああっ!!」

 

 ―――陽太の顎を打ち抜くハイキック―――

 

「(キック………かよ…)」

 

 視界の外からくるサブマリンキックか………などという心底どうでもいい感想を思い浮かべながら崩れ落ちる陽太を見ていた三人は各々とその光景をこう述べたのだった。

 

「こういう火鳥君にほの字になれるデュノアさんもデュノアさんで流石よね」

「あと火鳥君、たまにMじゃないのかなと思う瞬間もあるわ」

「恋は盲目、愛は偉大だね~」

 

 

 

 ☆

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 IS学園から市街に向かうモノレールの車内において、通路を挟んで左右の座席に座る私服の陽太とシャルは、学園を出てから一言も話さず、互いに沈黙を守り続けていた。

 

「(………うう~)」

 

 一応陽太に対して謝罪をしようかという気があるのだが、陽太の方はというと一度もシャルの方を振り向くことなく、窓の外を見続けるのみで、謝罪するタイミングを掴めずにいたのだった。

 

「(そういえば、私って最近すぐになんでも暴力に訴えちゃって………ヨウタもそう思っているのかな?)」

 

 正直に話せば、ええ、とっても。

 という返答がくるのだが、幸いなことに彼女がそのことを聞くよりも先にヨウタが沈黙を破る。

 

「なあ………シャル」

「えっ?」

 

 極めて真剣な表情で彼女の両肩に手を置き、見つめてくる陽太の姿に言葉が詰まってしまう。

 

「これは大事な事だ。だからあえて言っておく」

「……な、なに?」

 

 再び表情が赤くなり始めたシャルの脳内に、先ほど陽太が女生徒に話していた内容が再生され、まさか陽太が今日は『その気』になってしまったんじゃないかと、シャルは焦り始めた。

 

「(え? えっ? まさか………ちょっと待って!! 私、心の準備が……)」

「…………今日」

「(ダメ………外出許可だって取ってないのに………こんな)」

 

 そんなシャルを他所に、凄く凄く真剣な表情で陽太は懐から雑誌を取り出して言い放った。

 

「お昼ご飯は今から行くショッピングモールに新装開店したラーメン屋にしよう。海鮮特盛つけ麺って、凄く気になるワードを見つけたんだ!」

 

 凄く凄く瞳を輝かせ、荒い鼻息でシャルに話してきたのだ。一瞬だけ呆けた表情になったシャルであったが、徐々に冷静さを取り戻すと、陽太ってこういう奴なんだよね、ということを思い出しながら深々と溜息を漏らす。

 

「………はぁ~~」

「え!? ここは呆れる所じゃないだろう!? 人気あるから、早く買い物終わらせて並ばないと」

「ねえヨウタ?」

「ん?」

 

 『お昼ご飯楽しみだな~~♪』と子供のように瞳を輝かせる想い人に、シャルは怒り心頭でそっぽを向いて言った。

 

「まあこんなことだろうと思ったけど」

「え? 何がこんなことなの?」

「乙女の純情を弄ぶ男は、馬に蹴られて死ぬといいよ!」

「???」

 

 ちょうど目的の停車駅にモノレールが止まり、怒り心頭でシャルロットは早足で車外に出ていき、なんで彼女が怒り始めたのか理解できずに首を捻る陽太もその後に続く。

 

 彼らが本日の目的地として選んだ今年オープンしたばかりのショッピングモールは、駅のすぐそばに隣接しているということもあり、土日になると人でごった返し歩くのも苦労するほどの大繁盛なのだが、この男にはこの環境はあまりにも過酷すぎたようだった。

 

「うっ………」

「?」

 

 突然青い顔になってその場にしゃがみ込んでしまう陽太に、シャルが不思議そうな顔で同じくしゃがんで尋ねる。

 

「どうしたの?」

「……………ごめん。この光景を視界に入れた瞬間に……酔った」

 

割と真剣に気持ち悪そうな青ざめた顔をしている陽太であったが、自分を心配そうに見つめてくるシャルを気遣って立ち上がる。

 

「………心配するな」

 

 ニカッと笑って元気良く立ち上がる姿と自分に気を使ってくれる陽太の心遣いに、先ほどまで感じていた怒りが嘘のように引いていくシャルロットはふと視線を外しながら感心する。

 

「(陽太も女の子の前でカッコつけたいのかな?………でも、私だっていつまでも怒ってるだけじゃダメだよね)」

 

 意外な一面を見た気がしたシャルは、とりあえずどこかで休憩して上げようと陽太の手を取る前に振り返った彼女の視線の先には………。

 

 ―――頬っぺたを限界まで膨らませ、今にも破裂(精一杯の表現)しそうなプルプルと震える陽太―――

 

「………とりあえずトイレいこうね」

 

 限界に達しているためにとりあえず首を縦に振ることが精一杯な陽太を見て、嘘のように恋の炎が萎んでいくも気がしたシャルロットであった。

 

 

 

 10数分後―――

 

 

 男子トイレで精根尽き果てたものの、今だに全快していない陽太をベンチに座らせたシャルロットは、ショッピングモールのフードコーナーでさっぱり味のドリンクを購入し、来た道を引き返す。

 少しはカッコいい所もあると思った瞬間にかっこ悪い所を見せるという、『上げて落とす』をこう何度も何度も繰り返されては嫌でもストレスが溜まるというものだ。なんでカッコイイを常に維持できないでいるのかと小一時間問い詰めてやりたい。

 対して陽太にしてみれば、自分のライフワークのほとんどを戦闘に費やしてしまったために、総じて日常ではポンコツなだけなのだが、どうにも最近のシャルにはそのスタイルが不評なようで、彼も内心戸惑ってはいるのだ………。

 

『どうも最近機嫌悪ぃな。アレが長続きしてんのかな?』

 

 ………こういうデリカシーに欠ける解釈しかしないのだが。

 

 軌道修正………とにもかくにも、シャルロットとしては千冬や奈良橋とは違った方面で陽太の意識改革を行おうとしているのだが、二人とは違い、どちらかといえば『陽太との関係』のために行っているために、微妙にして壮大なズレが見え隠れしている。

 

「うん………今日は徹底的に私の魅力をヨウタにもわからせてあげるんだから!」

 

 若干顔を赤らめながら、無理をしている発言をするシャルロット。とにかく彼の中で自分に対しての心の位置を求め、あの手この手と手段を講じているのだが、それが全て『彼のため』と思い込もうとしていることにまだ彼女は気が付けないでいた。

 そんな彼女の前で、唐突に女性の大声が耳を木霊し、何事かと振り返る。

 

 ―――だから、ソイツに片づけさせたらいいって言ってるでしょう!?―――

 ―――だから、なんでそんなことしないといけないのよって、言ってんの!?―――

 ―――ソイツが男だからでしょう!?―――

 ―――アンタが散らかした服ぐらい、自分で片づけなさいよ! コッチは全く関係ないのに!?―――

 

 正確に言えば二人の女性の声。年代で言うと20代そこそこの、複数の男を引き連れた見目麗しい女性と、10代の勝気そうな赤毛の少女と少年が揉めに揉めていたのだ。

 

 10代の少年の方は完全に喧嘩腰になっている少女の肩に手をかけながら、『もういいから。落ち着けよ』と制止しようとしているのだが、少女の方がすっかりヒートアップしているのか聞く耳を持てずにいた。対して20代の女性の方は複数の男の取り巻きを従え、自分が女王様であるかのように振る舞い、まるで自分が息をしているだけで偉いのだからそこの下男は黙ってこっちの言い分に従えばいいのだ、とでも言いたげな態度で踏ん反りがえっていた。

 

 シャルも最近では意識すらしていなかったが、ISが開発されて10年が過ぎ、社会の根幹に食い込みつつある昨今の社会において、その主な操縦者適正を持つ女性という存在が社会的に優遇される風潮、つまり『女尊男卑』が世界中で時に見受けられるようになっていた。最もこれは実はとんでもない話であり、ISの稼働台数を考えれば社会の大部分の女性は操縦者になることは永遠にないのだが、いつの時代も性別、出身、身分、階級、etcetc………これらの他者と他者を区別する社会的なパーソナリティーによる選民思想というものは存在しているのだ。

 それらが一概に、全てにおいて『悪』というわけではないのだが、少なくともこの女性のような物の考え方は一般の人々にも受け入れられそうにもない。と他人事のようにその光景を見ていたのだが、やがて女尊男卑の考えを持つ女性の方が業を煮やしたのか、取り巻きとなっている男たちに顎で指示を出し、赤毛の少年と少女を取り囲んでしまう。

 

「な、なによ!?」

「!?」

 

 いち早く少女を守るように彼女の前に出た少年は、震える拳を握りしめ、やがてこう女性に告げる。

 

「『俺』が悪かった。だからコイツのことは勘弁してやってくれ」

「ちょ、コラッ!!」

 

 勝手に話をまとめようとするなと少女が抗議しようとするが、少年が振り返りざまに見せた真剣な表情に押し黙り、言葉を詰まらせる。

 

「あら、後ろのサル女よりも知恵はあるみたいね」

「誰がサルよ!?」

 

 勝ち誇った表情となった女の無礼極まる発言に再びヒートアップしかける少女を尻目に、女尊男卑の女は

少年に次なる要求をしてくる。そう、自分の非を認めたというのであればやることは一つだけだと。

 

「じゃあ、次に何をするべきか…………わかってるわね?」

「…………」

 

 少年はわかっているだけにそれを行動に移すことを躊躇してしまうのだが、女性はそんな光景が面白くないのか、やがて何かを思いついたのか、手をゆっくりと叩きながら、まるでリズムを取るようにこう告げ始める。

 

「ど・げ・ざ♪」

「ッ」

「ど・げ・ざ♪♪」

 

 少年の表情が歪み、少女が怒りで歯ぎしりするが、女は止めることをせず、取り巻きの男達も女に倣って面白そうに少年を囲みながら手拍子付きで土下座を要求し続けるのだった。

 

「ど・げ・ざ♪」

「ど・げ・ざ♪♪」

「ど・げ・ざ♪♪♪」

 

 すでに人だかりが出来上がる中で、そんなことを言っている女と取り巻き共に不快感を感じる人々は大勢いるのだが、阻止しようという行動を起こすものは誰一人としていない。

 

「ど・げ・ざ♪」

「ど・げ・ざ♪♪」

「ど・げ・ざ♪♪♪」

 

 調子に乗って大声と拍手でそんなことを要求する取り巻き共に囲まれ、これ以上長引かせても更なる悪い要求をされるだけだと思ったのか、徐々に少年が身体を倒し、地面に向かってゆっくりとしゃがみ始める。

 

「ちょっと!!」

 

 『こんな奴らのためにそんなことする必要なんてない!!』と少女が止めようとするが、少年は辞めようとせず、やがて地面に正座して座り込むと、女に向かってゆっくりとお辞儀して、謝罪の言葉を述べようとした。

 

「ご………ご無礼を働き、大変申し訳……」

 

 ―――パシャッ!―――

 

 周囲のざわめきを、拍手とともに叫ばれていた不快な『土下座』コールも、一瞬で静まり返る。

 少年の行動を制止するかのように、相手方の無礼な態度を非難するかのように、シャルロットが手に持っていたジュースを女性の頭からぶっかけたのだ。

 

 怒りの表情を浮かべながら女性を静かに睨んでいたシャルであったが、一息つくと未だに土下座の状態で固まっている少年にしゃがみながら『もうそんなことする必要はない』と声をかける。

 

「もう大丈夫だから頭上げていいよ」

「え・・・えっ?」

「カッコよかったぞ♪ 彼女も彼氏のこと自慢していいぞ!」

 

 おどけた様に固まったままの少女にもそう声をかけるシャルであったが、我を取り戻した少女から返ってきた返事は予想外のものであった。

 

「彼氏なんかじゃ断じてありません!! た・だ・の、クソ兄貴ですっ!!」

「えっ? お兄さん?」

 

 言われてみれば両方珍しい赤い髪に、顔だちも何処か似ているではないか。ちょっとだけ早合点してしまったことを反省して、ポリポリと頭をかくシャルロットであったが、そんな和やかな空気を一変させる声が背後から浴びせられる。

 

「ちょっと、何してくれんのよ!?」

 

 ジュースによって頭からスカートまで濡らされてしまった女性が激怒してシャルに詰め寄る。

 少年少女に向けていた表情とは180度逆の、戦闘中に敵ISに向けるような険しい表情をして立ち上がったシャルは、女性の方に振り返ると首を傾げ、あえて言ってみる。

 

「何のことですか?」

 

 そしてワザと作った笑顔で言ってみるものだから、さらに相手をエキサイトさせてしまう。

 

「この服、ブランド物だっていうのに………そんなことよりも、どういうつもりよ!?」

「ジュースの件ですか? ああ、何かとても興奮されていたみたいでしたので、冷たいものをと思いまして………それで?」

 

 問題はないだろう、と言葉を続けようとしたシャルに女性が容赦なく腕を振りぬく。

 

「!?」

「…………」

 

 ビンタしようと降りぬいた手を、シャルが全く動じることなく受け止めたことに動揺した女性が、一瞬たじろぐ中、シャルは徐々に語尾を強めながら、自分の行いを理解していない者に言い放つ。

 

「何を勘違いされているのか存じませんが、男の人を何人も引き連れて、他の人に圧力をかけないと貴女は他人と話もできないのですか!?」

「なっ!?」

「早くこの二人に謝ってください。さあ!!」

 

 険しい表情と言葉………年上相手といえども、シャルにしてみればもっともっととんでもない年上の女性を相手にしたこともあるだけに、どう贔屓目に見ても場馴れしていない素人の言葉も考えも意思の強さも、全てにおいて圧倒していた。

 このただならぬシャルの気配に真正面から口論するのはまずいと思ったのか、女性は話の矛先を変化させて反論してくる。

 

「フンッ…………カッコつけているつもりかもしれないけど、お嬢ちゃん? 貴女、男なんて庇ってどうするつもりよ………今はね女性が」

「IS関連では女性が有利? 笑わせないでください。男性操縦者が二名も見つかって、将来的にもっと増えるかもしれないのに、女性ってだけで偉そうにふんぞり返ってる暇なんてあるわけないじゃないですか」

「なっ!?」

 

 自分は女、目の前の少女も女。ならば女性が有利な今の社会において彼女の行動がどれだけとんちかんなものなか、そう論点をズラしてシャルを取り込もうとするが、いきなりシャルの最もな意見で封殺されてしまう。見ると彼女達のやり取りを見ていたギャラリーの何人かが、『そうだ』と頷きだしていたのだ。

 

「貴女ね!! 私、こう見えても弁護士の知り合いもいて、貴女みたいな…」

「じゃあ弁護士の人に聞いてください。自分が散らかしたものを他人に力づくで片づけさせることを強要する行為が脅迫罪以外の何に該当するのかって」

 

 またしても言い終わる前に言葉を潰された女性は、いよいよ本性を隠し切れなくなったのか、目元を釣り上げながら拳を握り、シャルを威嚇する。

 

「私、これでもIS学園にスカウトされたことだってあるのよ! 貴女みたいな何処か田舎の外国人ぐらい私一人でも……」

 

 ―――瞬時に差し出す待機中のISと学園の生徒手帳―――

 

「IS学園に入る気があったのなら、今みたいな行為を一番慎んでください。学園にいる皆は純粋にIS操縦者として日夜努力してるんです。それをたった一人の行いで悪いことをしているかのように思われてしまっては迷惑なんです」

「あ、貴女………IS操縦者!?」

 

 これには今度こそ動揺が隠せない女性は、一旦視線を外すと頭の中でこの場をどう乗り切るか算段をし始める。

 彼女の言葉には今のところ何一つ嘘はない。弁護士の知り合いもいる………この間の合コンで名刺を交換しただけの会話もしたこともない人間であるが。ましてやIS学園の適正テストにパスし、スカウトから『才能があるから入試を受けてみないか』と言われたことはある。たまたまその年は適正試験の見直しが行われ、例年を下回る受験者の数となってしまい、一般受験者枠の定員割れを防ぐために例年であれば補欠扱いされるレベルのものにも試験を受けさせ、結局彼女は試験官から『入学以前のレベルだ』と酷評されてしまった経歴もあるのだが。

 

 シャルの持っている待機状態のチェッカーを見せられ、彼女がどこかの国の代表候補生でおそらく自分と違い国からの推薦を受けれるほどの逸材であることがわかるだけに、彼女の心の奥底にある『認められたい』『認められないなんておかしい』『私はエリートなのだ』という、暗いコンプレックスが彼女の理性と感情の天秤を強引に傾かせてしまう。

 

「アンタたち!!」

 

 取り巻きの男達にヒステリックに叫ぶ女性は、その剣幕で男達が反抗する気力を奪い、強引に命令を下す。

 

「このバカ女を殴れ!」

「えっ?」

「何度も言わせるな! ボコボコにしろって言ってんだよ!!」

 

 結局はそれ以外の考えが浮かばない。力づく以外の選択肢を思い浮かばず、かといって引き下がるということもできなかった女性は、暴力をもってしてシャルロットを黙らせようとしたのだ。

 

「で、でも・・・」

「弁護士が知り合いにいるって言ってんだろうが! お前達が捕まらないようにする方法なんて私にはいくらでもあるんだ!」

「…………」

 

 シャルにはそれが嘘であることが言葉だけでわかっていた。これが女と男であったなら、ひょっとしたら彼女言い分も通ったかもしれない。あまり認めたくないがそのようなことがまかり通ってしまうのが今の世の中だから。

 しかし、これが同じ女で、しかもIS操縦者で代表候補生のシャル相手になると、司法もただで済ますわけにはいかないということを目の前の女性もわかっていないのだ。

 

「(………売り言葉に買い言葉で身分明かしちゃったけど不味かったな)」

 

 今更になってちょっと後悔するシャルであったが、どうやら目の前の男達は特に深い考えもないままに、女性の言葉に従う気になったようで、複数で取り囲んでくる。

 

「お、おい!! 女の子に暴力振るうなんて…」

「元々はアンタが元凶でしょうが! ソイツもついでにやっちまえ!!」

 

 女性の暴論にも全く怯まない赤毛の少年は、流石に見過ごせないとシャルの前に立つと彼女を逃がそうとする。

 

「俺が何とかするから君は妹と一緒に……」

「大丈夫だよ」

 

 素人が相手、生身でもこれぐらいの数はどうにかできないような人間は今の対オーガコア部隊にはいない。シャルが少年の前に逆に出ようと歩を一歩進ませた。

 

「ぐぅえっ!!」

 

 ―――取り囲んでいた一人の男が、突然お尻を抑えながら飛び上がる―――

 

「「「「!?」」」」

 

 この期に及んで何事か、と当事者四人が振り返える。

 

 ―――尻を抑える小太りの男と、しゃがみながら男の臀部めがけて強烈な一撃を見舞った青ざめた表情の少年―――

 

「ヨウタ!?」

「…………遅いと思ってたら」

 

 騒ぎを聞きつけたのか、それとも帰りが遅いシャルが心配になったのか、気分の悪そうな身体を引きずってきた陽太は、ノロノロと立ち上がると女性と男達に手を振り、まるで虫を追い払うかのような態度で言い放つ。

 

「シッシッ、キミタチは早く帰りなさい」

「なんなんだテメェは!?」

 

 シャル相手にしていた時とは違い、同じ男とであることに安心したのか、紫のパーカーを羽織った一人の取り巻きが懐から警棒を取り出して、それを見せびらかすことで威嚇してくるが、陽太は手を前に突き出すと心からの親切心で警告する。

 

「やめておけ。今の俺には余裕がない。本気で『気分が』悪いぞ」

「それがどうしたって言ってんだよ!」

 

 真っ青な顔のままフラりとよろけ、パーカーの男が陽太に向けて警棒を振りかぶる。ギャラリーの誰かが悲鳴を上げ、真っ青な少年に危害をくわえようとした瞬間。陽太は何もなかったかのようにその男の横を通りすぎ、パーカーへ顔を埋めた。万力のような力で男はされるがままに膝を落とされ、他の仲間が陽太に近づこうとした瞬間。『それ』は起こった。

 

 それを始めに聞いたのはパーカーの男。自分の真上で小さな呻き声を聞き、自分でもどこかで嗅いだような異臭に気付くと、咄嗟に少年の方へ叫ぼうと……

 

「ちょっ、まっ……!!」「ヨウタストッ……!!」

 

 無論。手遅れだった。少年の吐き出すような呻き声と肩を震わせる動き、そしてそれを真後ろでされた男の悲鳴にも似た叫び。ギャラリーは一瞬でそれを理解したが、誰一人してその場に近付こうとは思わなかった。

言葉にするのも憚れる悲劇。嗚呼、悲しきかな色んな逆流……見てられないので色々と割愛するが、陽太の方は何事もなかったかのようにシャルロットの飲物を貰うと残りを口に入れてスッキリした表情で辺りを見回す。

 

「で、なにこれ?」

 

 答える者はいない。シャルロットですら固まった。なお、シャルロットは………。

 

「か、関節……キ、キキキキキ……」

 

 と小さく呟き真っ赤になって肩を震わせるがそれは割愛する 自分がやったことに関しては全く理解して陽太は、シャルの言葉に不思議そうに首をかしげるが、そんな和んだ空気になっている二人に対して、女性の怒りが再び再熱した。

 

「お前ら、この男も生かすな!」

 

 何が原因で乱入してきたのか考えるよりも先に、とにかくこのふざけた連中を片付けたい。そんな気持ちとともにかかった号令に従い、残りの男の一人が陽太の背後から肩に掴み掛ろうとする。

 

「まあ、とりあえずだ」

 

 が、肩を掴まれるよりも先に振り返りながら自分の腕と取り巻きの腕を絡め、相手の顔を掴むと眉間の経穴(急所)を押し、激痛で悲鳴を上げることすらも手で押さえてしまい、大声を上げることなくくぐもった悲鳴しかあげられない男を女性に見せつけながら、こう冷たく言い放つ。

 

「恥をかきたくないならここまでだ。これ以上はやるなら……」

 

 一瞬目を細めた仕草。横から見たその表情がどこか戦闘時に本気を出した時の物を彷彿とさせ、シャルの心に戦慄が走る。

 

「(『これ以上』は何?)ヨウタッ!?」

 

 陽太が次に言い放つであろうそのセリフを予測したのか、シャルが言わせまいと彼を止めに入ろうとしたとき、彼女達の背後から一人の男性が前に出てくる。

 

「皆さん」

 

 ライトブラウンの髪を丁寧にセットし、赤いネクタイと金色のネクタイピン、そして灰色のビジネススーツに身を包み、ブランド物のバックを持った、眼鏡をかけた20代の青年が騒然となっている若者たちの輪に入ってきたのだ。

 

「皆さん、ケンカはよくありません」

 

 眼鏡をクイッとあげながら、青年は落ち着いた声色でこう言ってみせた。

 

「ここは名前も正体も明かせない謎のサラリーマンの言葉を信用して、無礼講ということにしましょうか?」

 

 名前も正体も明かせない胡散臭い笑顔を浮かべた謎のサラリーマンの姿に、全員が『何を信用しろと?』と思い浮かべたのはいうまでもないのであった………。

 

 

 

 

 

 




ISのオリ主物は数あれど、デート中に堂々吐いた主人公はウチだけ!(キリッ)



なんの自慢にもならなんな…………。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旅行前の準備(閉)

これにて臨海学校(準備編)は終了どえす


 

 

「う~~~ん……」

 

 もはや対オーガコア部隊にとって、学園外で最も縁のある場所になってしまった鵜飼総合病院の一室。VIP待遇の者が入院するための特別室であるISの映像を見せられた更識簪は箒と一夏、そして楯無と共に食い入るようにあるISの映像を見ていた。

 

「やはり違和感がぬぐえないか簪?」

「……うん。やっぱり何か違う気がする」

 

 映像のIS………猛禽を想起させる鋭い形状の漆黒のヘルメットを被った黒いIS、ジーク・キサラギの駆る『ディザスター』が本当に簪を襲ったISであったのか、実際に襲われた彼女自身に問いかけていたのだ。

 簪がじっと画面を見つめている間、楯無は看護をしようと躍起になっていたが、返って邪魔者扱いを食らっていた。

 

「二年も前で、しかもほとんどシルエットぐらいしか記憶にないんだものね………分からなくてもムリないわよ簪ちゃん?」

「細部が所々違う気もするし………」

「数年もあれば改修なり、二次移行(セカンドシフト)する場合も十分ある」

「………違うの。何か………こう…なんだろう?」

 

 簪自身も二年以上昏睡状態を続けた末に覚醒した身。楯無の指摘ももっともで、自分が覚えている記憶が本当にあっているのかどうか信じきれない部分が大いにあるのだが、彼女は悩んだ末にある決定的な違いに気が付く。

 

「そうだよ………違うのは纏っている『空気』だ」

「空気?」

 

 自分を襲ったISに触れられた瞬間、言い知れぬ冷たさを感じたことを簪は思い出す。

 もっと正確にいうのならあれは『冷たい』という感覚ではない。まるでその部分だけが熱をくり抜いて何も感じさせない『虚無』感があったのだ。

 対してこの映像に映されているISからは、冷静さを装うとしながらも抑えきれない激情が噴き出すように見え隠れしている。ほぼ同じ形状のISでありながらも、操縦者から感じる印象は真逆だった。

 

「対極なんだ………少なくとも箒達が戦った操縦者は、冷静っぽく見せかけて感情的な………そこは箒によく似てるね」

「ほう?」

 

 簪の要らぬ一言で頬をピクピクと痙攣させ、怒りを抑え込んでますというアピールをする箒に苦笑する一夏であったが、彼もまたジークが陽太と戦っている映像を見ながら、思うところがあり、真剣な表情となる。

 

「(アイツは俺を『ぶち殺したい』って言ってた)」

 

 そして視線を腕の白式に映す。

 

「(マドカは白式はジークに対しての侮辱にしかならないとも言ってたな………)」

 

 『自分が知らない織斑一夏と白式の真実』……それらがまだあるのかと、気持ちが沈みそうになる一夏であったが、でも立ち止まるわけにもいかない。今は一刻も早く強くなって、亡国の連中を止めれる存在になりたい。誓うように拳を握り締める姿を見た更識姉妹は、箒を挟んで問いかける。

 

「(お姉ちゃんが言ってたみたいに真面目な人なんだね。一夏さんって)」

「(でも天然君よ。後、女子をメロメロに溶かす言葉も無意識に使いこなすわ………もうそれで箒ちゃんなんていつでも貞操差し出す準備が整ってるんだから)」

「(た・て・な・し・姉ーーーさん!!!)」

 

 真っ赤になりながら楯無の首を握り締めて抗議する箒と、本気で苦しそうに首をタップする楯無と、そんな二人のやり取りが楽しいのかニコニコと眺める簪であったが、その時、部屋のドアを開け、手に荷物を大量に抱えたのほほんが病室に汗だくで入ってくる。

 

「ふう~~~。かんちゃんお待たせ~~」

 

 中身は大量の書籍なのか。汗だくになりながら荷物を引きずってきたのほほんは、ベッドに突っ伏すとそのまま動けなくなってしまう。この大量の書籍は何なのかと箒が覗き込むと、そこにはIS関係の各種専門書、機体工学の書物、果ては高校で使う教科書などが、大量に袋の中に入っていたのだ。

 

「これで全部じゃないよ~~。今お父さんが下で車から降ろしてる最中だから~」

「簪……これは一体?」

 

 どうしてこれほどの書物を病室に持ち込んできたのかと箒が問いかけると、彼女は笑顔を浮かべてこう答えたのだ。

 

「二年間のブランクは大変だもの。リハビリが終わってからじゃ間に合わないよ」

「………簪、まさかお前」

「うん。一日でも早く箒と同じ学校で勉強して、対オーガコア部隊の皆のお手伝いをしたいの」

 

 IS学園への転向を希望する簪を祝福を込めて歓迎しようと一瞬喜びかける箒であったが、すぐさまに暗い考えがよぎってしまう。

 二年間の勉学の遅れならば簪ならばすぐさま取り戻せるかもしれないが、身体的なことになるとそうは言ってられない。厳しいリハビリに耐え、そして更に人並み以上の体力と並外れた操縦技術を身につけなければIS学園への編入など夢のまた夢でしかないのだ。

 

「心配しないで箒」

 

 そんな心配が表情にも出ていたというのか、簪は痩せ細ってしまった身体を動かして箒の手を握ると、真っすぐな表情と瞳で自身の決意を口にする。

 

「必ず箒や、お姉ちゃんや本音、ほかの皆に追いついてみせるから………だから、今は先に行って待ってて」

 

 きっとこれは自分自身にとっても『誓い』であるのだろう。簪はあえてそれを口にすることで箒を安心させ、自分を奮い立たせたのだ。

 

「それでこそ、私の簪ちゃん! 超ラブリーーー!!」

 

 ハート乱舞しながら彼女に引っ付く楯無もそのことに気が付いていたのか、目に涙をためて自慢の妹に頬ずりする………抱きしめてくる力が若干強すぎて苦しそうではあるが。

 

 いつも肝心な時に迷ってしまう自分と違い、自身の決断をしつつも引っ張ってくれる親友の存在に心が温かくなる中、病室のドアが開き、汗だくになりながらも段ボールを多数乗せた台車を押してきた本音の父親の姿が目に留まるが、その段ボールにデカデカと書かれた文字の数々に注目する。

 

「…………」

 

 ―――仮〇ライダー〇ライブ後Blu-ray Disc―――

 

「…………」

 

 ―――手〇剣戦隊ニ〇ニ〇ジャーBlu-ray Disc―――

 

「…………」

 

 ―――〇狼〈G〇RO〉HDリマスター―――

 

「…………簪?」

 

 油の切れたブリキの人形のごとく、首をギリギリと動かしながら振り返った箒の姿に、簪は嬉しそうにこう答えるのであった。

 

「それにはまず英気を養わないとね!」

「任せなさい! この二年間分の生録画、ブルーレイディスク、限定BOXと、簪ちゃんが欲しがるものは全部揃えておいたわ!」

 

 よく見れば簪の目元には微妙にクマが見える。後、病室に備え付けられていた液晶テレビはネット回線につながっているハズ。おそらく特撮関係の動画を徹夜で見続けていたのだろう。

 

「(なぜ止めなかったんですか楯無姉さん………)」

 

 彼女の行き過ぎた情熱によってこの間はとんでもない目にあった身としては、そこは自重する方向に持っていてくれてもいいはずなのに………遠い眼差しになる箒の後姿を見ながら、苦笑する一夏であったが、そんな彼の後ろから服を引っ張ったのほほんは、一夏を振り返らせると彼女は微笑みながら問いかける。

 

「おりむ~。つかぬことをお聞きしますが、臨海学校の日取りは覚えてますか~?」

「日取り?」

 

 指折り数えながら日にちを数える一夏の姿を見ながら、のほほんは更に首を傾げ、とても大事なことがあるだろうと心配そうに見つめるが、そんなときであった。

 

「大丈夫大丈夫………ちゃんとわかってるよ♪」

 

 片目を閉じながら、親指で箒の方を指す一夏の姿に、のほほんは袖で目元をぬぐいながら感動する。ああ、よーよーよりも成長してると。

 

「よがっだ~~~。おりむーが成長してる~~」

 

 陽太がこの場にいればひどく憤慨するシーンであるのだが、あいにくと今はいないので割愛することにしよう。

 頭に?マークを一杯浮かばせながらのほほんの感動が理解できない一夏をしり目に、一箒カップリング推進委員会名誉会長(自称)として、今度の臨海学校では確かなフラグを確立させようと、のほほんは気合を入れ直す。

 

「(ケッケッケッ………もう『例』の物は届いているのだよほーちゃん………あとはこれをどのタイミングで『すり替える』かなだけ)」

 

 こいつの威力は絶大だ。如何に枯れた唐変木、実は本命は同室の男子じゃないのか、イケメンと引き換えに性欲を消滅させた男、織斑一夏であろうとも絶対に発情せずにいられない。そうなればもうこちらのものだ。ユニコーンモード発動で二人は一般小説では表現が許されない行為に勤しむに決まっている。

 上手くいけばこのひと夏で二人の距離は一気に縮まるかもしれない。そうなってくれたら親友としてもうれしい限りだ。

 

「(怪しい)」

「(怪しい)」

「(いつもののほほんさんじゃない)」

「(何か絶対しょうもないこと考えてる顔だ)」

「(娘がいつの間にか黒くなっていた)」

 

 外見は同じなのに、纏っている空気がえらく黒くなってしまい、ゲスイ笑顔を浮かべていることにのほほん本人は気が付いていなかった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 一方………。

 ショッピングモールにて、一騒ぎ起こしていた陽太達の前に、突如として現れたスーツ姿の男。

 自称『前も正体も明かせない謎のサラリーマン』を前に、少年少女たちは様々な感想を思い浮かべた。

 

「(結局『サラリーマン』以外のことが分からない説明されても………怪しい)」

 

 至極真っ当な感想を思い浮かべ、整った表情と温和な笑顔を浮かべる青年を疑わしめに見つめるシャルロット。

 

「(せめて自分の名前ぐらい名乗れよ)」

 

 いきなり乱入してきた男達の登場で若干空気になりかけたが、女子二人を守るために一歩前に出て男らしさをとりあえずアピールする、内心ではシャルに対して『お、なんかスゲェ美少女と俺、フラグ立った?』と思い込んでいた赤毛の兄妹の兄………五反田弾は、とりあえず背後にいるシャルに対して自分で一番カッコイイと思う笑顔を送る。

 

「(スラッとした長身に、身なりの良さ……なによりもイイ男!? あ、でも私には一夏さんという運命の人が………ハッ! これをきっかけに私という運命のヒロインを取り合う二人の男の壮絶なる戦いが始まるというの!?)」

 

 IS学園にいるなんとかオルコットさんと同じような思考の流れになっていることに気が付いていない、赤毛の兄妹の妹………五反田蘭は、この場にいない一夏の隣に、ファースト巨乳幼馴染という圧倒的なライバルが既に存在していることを兄から教えられていないようであった。

 

「(背後にいる赤毛女から微かにセシリアと同じ匂いが…………まあ、いいか)」

 

 そして疑わしき視線で謎のエリートサラリーマンを眺めていた陽太は拳を強く握りしめると………。

 

「うおらっ!?」

「わっ!?」

 

 イキナリ何故か殴り掛かったのだ。すんでの所で陽太のパンチを回避した謎のエリートサラリーマンであったが、なぜいきなり殴りかかってきたのかわからずに困惑してしまう。

 一方、明らかに自分から仕掛けたくせに鼻息を荒くした陽太は、目の前の彼に指さしながらこう言いだしたのだ。

 

「高級ブランドで着飾って、男物の香水つけて身なりをよくしやがって、許さん!」

「どうして、そうなるの!?」

 

 意味不明なキレっぷりを披露した陽太の後頭部を叩いたシャルに、頭をさすりながら涙目になった陽太が振り返る。

 

「ああいう小奇麗に着飾ったイケメン顔してる男は鼻につく。嫌いだ、個人的に」

「意味が分からない! 今すぐ謝りなさい!!」

 

 鼻の穴を広げて渋い顔をしているところ見ると本当にただそれだけなのだろう。行動そのものがチンピラ以外の何物でもない幼馴染の頭を持ち、ムリヤリ頭を下げさせようとするシャルと、頬っぺたを一杯に膨らませて駄々っ子のように『絶対嫌ッ!』と拒否する陽太の二人。この光景には謎のエリートサラリーマンも苦笑いするしかなかった。

 

「フフッ………中々楽しい方なんですね、彼?」

「か、彼!?」

 

 声を裏返しながら、陽太の頬っぺたをグリグリとこねくり回して、『ち、違いますよ~』と精一杯に上品ぶった笑顔をするシャルの様子を見ながら、謎のサラリーマンは人懐っこそうな笑顔を浮かべ続けるのだが、ふと陽太の方に視線をずらす。

 

 ―――一瞬だけ見えた刃のような視線―――

 

「(おやおや、これはこれは…………)」

 

 シャルにされるがままで黙り込んでいたはずの陽太であったが、彼女や周囲の人間に気が付かれない程度の一瞬だけ、戦場に立つ何時もの彼の視線で目の前の男を観察していたのだ。それに気が付いた謎のサラリーマンは、掛けていたメガネを直すフリをしながら、道化を演じる。

 自分は何も知らない。見ていない。気がついてもいない。

 今はそういうことにしておかないと、彼(陽太)が本気の詮索をし始めるかもしれない。

 

「では、私は通りすがりですので、この辺りで」

 

 鞄を持ち直し、この場を立ち去ろうとする謎のサラリーマンであったが、ここにきてようやく復活した者がいた。

 

「ちょ、ちょっとっ!? 何なの貴方達は!?」

 

 女尊男卑に染まった女性と、その取り巻きの男達。この騒ぎの張本人たちであり、先ほどまで輪の中心にいた者たちなのだが、今は完全に蚊帳の外に置かれ、危うくそのまま存在すらも忘れられてしまうところだったのである。

 そんな者達を見た陽太は、ポリポリと頭をかきながら右手を上げると、一言で済ませようとする。

 

「あ~~~…………じゃあっ!」

「『じゃあっ!』じゃない!!」

 

 心底面倒そうな表情で抜かす陽太に、もちろん納得などできない女性がヒステリックに叫ぶ。

 

「急に出てきて、なに場を取り仕切ってるのよ!?」

「ワタシトオリスガリノコノ子ノ保護者、ニホンノ言葉トテモムズカシイ」

「通りすがりの外国人を装いたいのか、そうじゃないのかはっきりとしなさい!」

「じゃあ、もういいじゃないか。これ以上暴れても良いことないよ。これはホント」

 

 『お帰りはあちらで~』と手で指示を出す陽太であったが、ふざけた態度が許せない女性は、即座に目の前のこの男を小生意気な小娘達ごとボロ雑巾にしてしまおうと、取り巻きに指示を出した。

 

「さあ、早くコイツをr」

「!!」

 

 だが、これ以上時間を割くのは御免だと言わんばかりに、女性の言葉が終わるよりも先に陽太が動く。

 

「お前ら」

 

 ―――酸っぱい匂いがする男の顔に―――

 

「やられモブが二話を跨いで暴れたら」

 

 ―――一番体格が良かった男に―――

 

「読者の皆様が混乱しちまうだろうがっ!!」

 

 ―――残りの男たちにも、もれなく拳を叩き付けた―――

 

「「「「「ブフッ!?」」」」」

「ブチのめし…………えっ?」

 

 自分のセリフが言い終わるよりも先に倒れた手下達の姿を見て、しばし呆然となる女性。あまりに理不尽かつあっけない終わり方に意識がついていけておらず、硬直して立ち尽くす。

 対してメタ発言をした陽太は『死して屍拾う者なし』と両手を合わせて物が言えなくなった男達を哀れみ、シャルはそんな陽太の後頭部を軽く叩きながら『死んでない。それにさっきのセリフはどなた様向けのものだよ』とツッコミを入れる中、頃合いを見計らった謎のサラリーマンは静かに女性に近寄ると一見すると優し気に満ちた声で小声で語りかけた。

 

「(このままどうかお引き取りなさい)」

「(ヒィッ!?)」

「(向こうもこれ以上事を荒立てる気はないみたいですし、これ以上を求めるようなら、『彼』の矛先が貴女自身にも向けられるかもしれませんよ?)」

 

 女性の視線が、シャルの説教を嫌々な表情で聞いている陽太に向けられ、恐怖が一気に駆け上がってくる。

 

「お、覚えてなさいよ!!」

 

 これ以上ないほどにテンプレに満ちた捨て台詞を残し、鞄を持ってその場を一目散に走り去る女性を見送りながら、陽太がヒラヒラと手を振り騒ぎが徐々に収まっていく。

 例によって例のごとく騒ぎのおかげで余計な時間を食ってしまったとため息をつくシャルを見ながら苦笑する陽太であったが、その時、いつの間にか隣に来ていた謎のサラリーマンが肩に手を置いて言う。

 

「では、ボクはこの辺りで…………」

「お前……ちょっと」

「次回はもっとゆっくりお話を………火鳥陽太さん」

「!?」

 

 思わず振り返る陽太であったが、すでにサラリーマンの姿はなく、周囲に彼の気配すら感じることはない。素人というには見事な引き際に、陽太の表情が険しくなる。

 

「ヨウタっ!!」

「………」

「ヨウタってばっ!?」

 

 シャルに手を引かれ、ようやく自分が名を呼ばれていることに気が付いた陽太は、もう一度当たりを見回し、そしてしばらくすると、彼女の手に引かれるがまま歩き出すのであった。

 

 

 

「…………」

 

 そんな騒ぎの収まった輪から離れること数メートル先、備え付けのあるベンチによれよれのスーツを着た男が、競馬新聞と片耳にイヤホンをつけてラジオを聴いている人ごみに紛れれば見失ってしまいそうになる『特徴のない』中年の男性がいた。

 

「…………」

 

 いや、正確にはそういう「フリ」をしながら、騒ぎの輪の中心である陽太とシャルの二人を監視する男であったが、背後から軽く何かがぶつかった衝撃で思わず振り返る。

 

「あっ、すみません。ウカッとしてまして!!」

 

 先程まで陽太と話をしていた若いサラリーマンであった。外側から監視をしていた中年の男も当然そのことに気が付いていたのだが、事を荒立てることは当然できなく、余所余所しい態度を出さないよう穏便に話を済ませようとする。

 

「いや、気にしちゃいないよ兄ちゃん」

「鞄がぶつかってしまって………どこかお怪我はありませんか?」

「大丈夫だから……」

「それなら良かった………それと」

 

 まだ何か用があるというのであろうか?

 邪険にあしらえないもどかしさが表に出ようとするが、青年のその言葉は男の表情を予想外に歪めることになる。

 

 

 ―――MSS(中国国家安全部)の局員と他国の工作員って、どうやって見分けをつければよろしいのでしょうか?―――

 

 

 驚きの表情で固まりながらも、懐に忍ばせておいた拳銃を抜こうとするが、青年は男が腕を動かした瞬間に手でやんわりと押さえつけ、目立たないように耳元で会話を続けるのであった。

 

「(最近何かと物騒でしょう? 『わたくし』共も本日は別件があって日本に来たのですが、やっぱり『怪しい』人を見過ごしては同盟国に失礼かと思いまして)」

「(お前………)」

「(しかし、貴国も同盟国でありますから、出来ればお仕事を邪魔したくはないし………ハハッ、参ったな)」

 

 慌てて部下たちに連絡を入れる男………MSSの工作員であったが、現場にいた全員から返事は帰ってこず、もはや現場にいる工作員は自分ひとりであることにようやく気が付く。

 

「(あれ? ひょっとして同僚の方も一緒にご同行してもらっちゃいましたか? 申し訳ありません………MSSの方々のスキルが優秀すぎて、私共では他国との区別が付かず………)」

「(貴様、まさか……CIA(米国中央情報局)!?)」

「(いくら落日の日の影響で操縦者が不足してるからって、まさか対オーガコア部隊の誰かを拉致して操縦者の確保とISの接収を同時に行おうとか考えちゃ駄目ですよ? 彼らは、今、「ヒーロー」なんです。民間を安心させるためにも彼らには精一杯活躍してもらわないと)」

 

 本国の思惑をズバリ見抜いていることに、MSSの工作員が戦慄し、そして最後に青年は軽く陽太を見ながらこう言い放つ。

 

「(後、デートの邪魔は無粋ですよ。火鳥さん………最初から皆さん方に気が付いていたようです。あの人なら全員ISなしで返り討ちにするぐらい造作もない………ですから、今日は黙って……ね?)」

 

 拳銃を押し込め、とある紙切れを渡すと、笑顔を崩すことなく言葉を続ける。

 

「(部下の方々には危害は加えておりません。安心してご帰還ください………大丈夫。本日のことは我が国も問題にすることはありません………あなた方が問題にされない限り)」

「チッ!」

「それでは………良い休日を」

 

 新聞を放り投げ、その場を走り出した工作員を見送りながら、謎のサラリーマンはゴミ箱にあるものを投げすて、ヤレヤレとスマフォを取り出してスケジュールを急ぎ確認する。

 

「流石は火鳥さん。殴ったと見せかけて発信機まで取り付けようとか油断も隙もあったものじゃない………これは本国には『下手な二流工作員を張り付かせると彼の怒りを買うだけ』って報告しておかないと」

 

 仲間との次の合流するまでの時間があまりない。

 時間に厳しいのは工作員もサラリーマンも同じかと心の中でボヤキながら、青年は急ぎその場を後にしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかし、驚いたな」

「何がだ?」

 

 騒ぎを起こした場所から少し離れたブティックにおいて、偶然にも陽太に助けられる形になった弾は、親友から聞いていた噂の人物に興味津々とした様子で話しかけていたのだ。

 あの後、輪から出た四人は互いに簡単な自己紹介をし、陽太の名前を聞いた弾が自分は一夏の親友であることを打ち明けたことで一気に距離が縮まったのだ。そして本来の目的である買い物を一緒にしようと言い、女子二人が決定すると、残りの男子二人は意思決定に加えられることなく引っ張っていかれてしまう。

 

「一夏の奴が話してた様子とは全然違ってさ、最初は全然頭の中で一致しなかったんだが」

「………あの野郎は、外で俺のことをなんと噂してやがんだ?」

 

 壁にもたれながら、和気あいあいと水着の試着をしに行った女性陣を待つ男二人であったが、陽太のその言葉に弾は正直なんと答えようか戸惑ってしまう。

 

「(少々誤解されやすいけど正義感に溢れてる………って言われたけど、まさか……なっ)」

 

 即座に実力行使も辞さない、端から見ると少々危険人物………とは正直に答えられない弾である。

 誤魔化すような笑いで何とか切り抜けようとする弾と、曖昧に誤魔化そうとしている弾に徐々に詰め寄りながら『しょ~じき~に~答えないと~』と言いながら拳をひけらかして圧迫する陽太であったが、試着室から聞こえてきた声に振り返る。

 

「男子ども~!」

「「?」」

 

 カーテンが開かれた試着室の中から、お決まりのセクシーポーズを決めた黒のワンピースの水着を着た蘭が現れる。

 

「………どうっ!?」

 

 普段からスタイルの維持に気を遣う年頃の娘さんが、勝負の夏に全てを賭けて築き上げたこの取り合せ、そこらの男ならば前屈み必須なのだ。

 

「………いいんじゃない」

「………いいんでない」

「どうしてっ!?」

 

 だが、思っていたよりも遥かに淡泊な対応を返してくる弾と陽太に、蘭は激しく憤る。

 

「黒ですよ! お尻のラインのセクシーさも、この胸の谷間だって!!」

「それについては言いたいことがある」

 

 あえて両手で胸の谷間を無理やり作る蘭に対して、陽太は爽やかさと慈悲に溢れた笑顔を浮かべてこう述べた。

 

「君はまだ成長期だ。背伸びを無理にする必要はない……………だからパットを胸に詰めなくたってr・」

 

 ―――飛翔する籠が陽太の顔面に直撃し、同時にカーテンが乱暴に閉められる―――

 

 鼻のあたりにモロに直撃し蹲る陽太と、なぜパットを詰めていたことが分かったのだと、弾が兄として妹に好色な眼差しを陽太が向けたのではと怒りを露わにする。

 

「アンタ、なんで妹がパットを詰めてたとわかったんだよ!?」

「痛ッ…………そんなん簡単だ。実はパットを詰めると、あるラインが共通して浮き上がってな」

「なにっ!?」

 

 どういうことなんですか師匠!? っと、勝手に彼の眼力に感服して弟子入りした弾と、空中で女性のスタイルを指で描きながら熱心に弾にパットを見破る技を伝授する陽太であったが、そんな二人に再び声がかかる。

 

「…………き、着れたよ~」

 

 小声で囁くように言葉を発したシャルの声に反応し、二人は振り返り………硬直する。

 

 ―――幼い顔立ちと小柄な背丈に比べ発育が著しい豊満な膨らみと、下半身から足先にかけ絶妙なラインを作り出す曲線美、そしてこれらを一層引き立たせるオレンジ色のビキニ―――

 

「ど、どうかな?」

 

 はにかみながら髪の毛を弄った動作によって胸が揺れたことを二人の少年は確認し、ぽつりと漏らす。

 

「揺れた」

「揺れたな」

「!?」

 

 二人の言葉を聞いたシャルが慌てて恥ずかしがりながら腕で胸を隠しながら後ろを向くが、シャルのもう一つの武器であるお尻から足にかけてのラインが今度は露わになり、二人はそちらについても感想を述べる。

 

「絶妙だ」

「うむ。尻もイケるとは流石シャル!」

 

 親指を上げて褒め称える陽太であったが、シャルにしてみればこんな形で褒められても全然嬉しくない。むしろセクハラである。

 

「二人とも、普通に犯罪だよ! そのコメント!!」

 

 セクハラおやじ二人に対して憤慨するシャルであったが、その時、次なる水着に着替えた蘭が三度カーテンを開いてセクシーポーズを披露する。

 

「どうだ!?」

 

 ―――シャルと同タイプの浅い水色の水着―――

 

 自分が選んだ中で、最も布地が少ないタイプで正直恥ずかしさもあるが、このまま興奮一つ起こさせずに引き下がるは癪であるとやる気になり、羞恥心を乗り越え選んでみた。

 が………。

 

「(どうでも)いいと思うよ」

「(どうでも)いいんじゃないかな?」

 

 シャルの後だったためか、はたまた彼女のラインが些かボリューム不足であったためか、明らかにお世辞でしかコメントしてない二人に、今度こそ本気で憤慨する。

 

「女の子が精いっぱい勇気を出して着た水着に対して、どうしてそうやる気のないコメントになるんですか、二人とも!?」

「え?」

「だって」

 

 二番煎じになっちゃっててインパクト薄いし、ということを伝えるためにシャルのほうを二人で指さし、蘭はそちらのほうを振りかえって、愕然となる。

 

「なっ!?」

 

 背丈が自分とさして変わらないはずなのに、なぜここまで差が出たというのであろうか? という言葉が口から出かかるほどにショックを受ける。具体的に言うと、自分よりも胸が大きく、ウエストが細く、脚のラインが健康的で、シミ一つない白い肌が露わになっていたのだ。

 

「に、似合ってると思うよ!」

 

 怨念すら感じさせる視線におびえながら話すシャルに、蘭は半泣き状態で問い詰める。

 

「どうしたらそういう感じに育つんですか!? フランスの方ではそれが標準なんですか!?」

「えっ? あ、いや…………それに、日本の人でも、同じ年で私なんかよりもずっとスタイルのいい人とか多いんだから、蘭さんだって頑張ればイケるイケる」

 

 シャルのその言葉を聞いた陽太は真っ先に箒の事を思い出し、確かに10代であれは反則だよな、とうんうん頷く。一方励ましの言葉に何とか取り直す蘭であったが、シャルと同い年で彼女以上のプロポーションの人なんて早々いるとは思えずに怪訝な表情となるのであった…………まったくの余談であるが、まさか陽太の思い浮かべた相手が最大の彼女の恋敵になるとはついぞこの時の蘭は知る由もない。

 

 その後、いくつか別の水着を選んだ女子二人が買い物を済ませると、陽太がお腹を抱えながら餌を求める雛鳥の如く、シャルに要求するのであった。

 

「ら~めん~、つけ麺~~、海鮮特盛~~~」

「ハイハイ、さっきまで具合悪そうにしてたくせに」

 

 具合の悪さが治ればすぐにこれだ。とため息が漏れる姿がおかしかったのか、蘭には恋人同士というよりも母親と息子という親子の関係にも見えた。

 

「俺達もお呼ばれしてもいいんすか!?」

「いいよ、どうせなら皆で食べたほうが、私も美味しいと思うし」

 

 すっかり二人っきりのデートという感じではなくなってしまっためか、特に異論なく弾や蘭の同席を快く受け入れたシャルであったが、その時、ふとショッピングモール内の街頭モニターにおいて、速報で入ってきていたニュースが目に止まる。

 

 ―――〇〇日未明、アフリカ南部の〇〇〇〇で起こったクーデターにおいて、亡国機業所属のISと思われる機影を確認し―――

 

 荒い画像でハッキリとは映ってはいなかったが、それは間違いなく先月においてIS学園内で死闘を繰り広げた、亡国機業幹部、アレキサンドラ・リキュールのISであることはシャルにはハッキリと理解できた。

 

「また亡国機業かよ………ここ最近、立て続けだな」

「世界各地って………日本も戦場になったりするのかな?」

 

 不安そうに肩を並べる五反田兄妹を見ながら、もし自分達が負けるようなことがあれば、この二人にも確実な被害が及んでしまうかもしれない、とシャルの心に浅い不安がよぎる。

 

「……………」

「………ヨウタ?」

 

 不安を覚えたシャルが無意識に安心感を得ようと陽太に視線をずらしたとき、彼女は見たのだった。

 

 ―――右手の親指と人差し指で銃を模し、映像に映るアレキサンドラ・リキュールに銃口を向ける―――

 

 陽太の瞳には燃えるような闘志が爛々と輝き、シャルとは違い不安も焦りもない。いや、そもそも彼女が感じているような負けた時の光景など端から思い描いていないのだ。

 

「………バンッ」

 

 おもむろに親指を地面に突き付け、『俺がお前を墜とす』と宣言するような動きを見せた陽太の姿に、シャルは思わず彼に手を取ってしまっていた。

 

「………シャル?」

「………かしいよ」

 

 陽太のことが分からない。

 

「(ヨウタはおかしいよ!? なんで、アレだけ打ちのめされたのに、まだ一人で勝つ方法を考えてるの!?)」

 

 陽太の気持ちがわからない。考えがわからない………心が見えない。

 隣にずっといたはずなのに、陽太がいつの間にか知らない人みたいな表情をし出したことが理解できない。

 

「………シャル?」

 

 だが、何とかそんな気持ちを、言葉をシャルは押し止める。

 それを言葉にしてしまえば、ただ陽太を困らせてしまうだけで、自分はそういうことをするために彼の隣いるはずじゃない。

 一方、彼女に手を取られた意味が分からず、首をかしげる陽太が彼女に問いかけ、シャルは明るい笑顔を『作る』と、あえて何も言わずに歩き出す。

 

「さあ、ラーメン屋さんに並ばないと!」

 

 意気揚々と前を歩くシャルの行動がわからず、首を何度も傾げながら、結局陽太は彼女の後をついていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「………っで、つけ麺食べるために並ぼうって言ったら人の多さで拗ねるし、いざ食べようとしたら『具の量が少ない』やら、『値段高すぎ』やら文句垂れるしさ、もう………デリカシー無さ過ぎだよ」

『口が動いちゃうのは男の子が照れてる時の証拠よ』

「……………」

 

 その夜、無事に買い物から帰ってきたシャルは、本日の戦利品の中から引っ張り出した部屋のある人物の水着を手に、試着と当日の髪型を決めるために義母であるベロニカと通信でやり取りをしながら、世間話込であーだこーだと髪をセットし続けるのだった。

 

「あ………あの…」

『う~~~ん。私はやっぱりさっきのポニーテールの方がいいかなって?』

「ええ~~! 私はツインテールの方が可愛いと思うよ? ラウラはどっちがいい?」

「え……いや……こういう………のは…」

 

 テーブルにタブレットを立てかけ、椅子に座らされ、水着に無理やり着替えさせられた状態で先程から何パターンと髪型を変えられているラウラは気恥ずかしそうに頬を染め、返答に困ってしまう。そんなラウラの一挙手一投足がとにかく可愛いのか、ベロニカはニコニコと上機嫌で彼女を見つめ続ける。

 

 ラウラとベロニカの出会いはシャルがIS学園に転入したその日から始まっており、最初はタブレットの向こうにいるベロニカに対し、大変緊張した面持ちとガチガチの状態で挨拶と敬礼をしてきたラウラのことを彼女はすっかりと気に入ってしまったのだ………生真面目すぎて嘘がつけなさそうで、でも誠実な人柄を持つ友人を義娘は持てたのだと。

 それ以来、シャルが定期的に連絡を入れるたびに、ラウラを交えた三人で話に花を咲かせているのだ。

 

『ラウラちゃんの髪型なんだから、ラウラちゃんが決めちゃっていいのよ?』

「えっ?」

「ラウラの好みは私が一番よくわかってますよーだ」

『あ、お義母さんにそういう口の利き方して………ラウラちゃん、私に代わって叱っておいてね♪』

「ええっ?」

 

 義理でも、とても仲がいい母娘のやり取りに戸惑ってしまうラウラであったが、ふと、シャルの手が途中で止まっていることに気が付き、振り返る。

 

「シャルロット?」

『シャル?』

「…………えっ?」

 

 沈んだ表情で俯いてしまっていたことに自分でも気が付いていなかったのか、心配そうに見つめる二人の様子がわからず、今度はシャルロットが戸惑う。

 おそらく昼間の陽太のことなのだろう。彼の心が掴めず、段々と自分から離れて行ってしまっているように感じ、気持ちが揺らいでいたシャルに対して、義母は暖かな笑顔で励ますのであった。

 

『シャル…………貴女は、篠ノ之束さんからISを受け取って、寝食を惜しんでまで訓練して、難関であるIS学園の編入試験に合格したの。そしてフランスから遠い日本に一人で行けたのよ』

「…………」

『それがちょっと何? 少しぐらいヨウタ君の気持ちが掴めなくなったぐらいで………あの時の勇気を思い出して』

「…………」

『大丈夫。貴女は間違ってはないわ』

「………お義母さん」

 

 目頭が熱くなり、しゃっくりを上げそうになるシャルであったが、ここで涙を流していらぬ心配をかけることはしたくないと、グシグシと片手で眼をこすると、力強くブラシを握り絞めてラウラの髪を再度セットし直す。

 

「うん。私、大丈夫だよ、お義母さん!」

『その意気よ、シャルロット』

「イタイイタイ……大丈夫……イタイ……私も……力になる……イタイ」

 

 微妙に力が入りすぎていることに気が付いてほしいと必死に思いながらされるがままに目じりに涙を溜めて耐えるラウラと、二人を温かく見守るベロニカ。

 そんな二人に励まされたシャルロットが見たカレンダーの日付に、花丸で書かれた『臨海学校』の文字。

 

 

 少女達が予想もしてない事態が起こってしまう旅の始まりは、もうすぐそこまで迫っているのであった………。

 

 

 

 

 PS

 

 

 

 

「シャルから連絡があったというのか!? なぜ私に繋がない!!」

 

 会社(デュノア社)から帰宅したシャルの実父のヴィンセントが、タブレットを閉じて食事の準備をしようとしてた妻のベロニカに血相を変え問い詰める。

 

「アナタが出たら、毎度のやり取りになっちゃうでしょう?」

「当たり前だ! シャルは即時帰宅。私の眼の内が黒い間は……………あんな小僧(幼馴染の少年)の嫁になど出してたまるかッ!?」

 

 『どうしても交際を申し込みたいのなら、国立大学を首席で卒業し、デュノア社に新入社員として入社して、私に挨拶をしてから、交換日記から始めてもらう!』と息巻くヴィンセントを見たベロニカは、この時代錯誤の夫をどうするべきか、頭を悩ませるのであった。

 

 

 

 

 

 

 




まとめたあとがきは活動報告にうぷさせていただきます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

臨海学校初日~午前中~

さあリアルは梅雨に入ろうか入らまいかという時期ですが、こちらは一足先に海水浴シーズンに突入です


 

 

 

 ―――遮るもののない空は、いつ見てもいいもんだ―――

 

 座席に揺らされながら、掛けたサングラスの合間から見た空の様子にいたく上機嫌な少年は心の中でそう呟く。

 二度の休憩をPAで挟み高速道路を降りた貸し切りバスは、いよいよ目的地である旅館に向けて海沿いの国道をひた走る。

 IS学園の生徒達が待望した臨海学校初日は晴天に恵まれ、夏の陽光が照らす強い日差しが高い気温を生み絶好の海水浴日和となっており、車内は既に浮ついた言葉を口々に叫ぶ女生徒達で騒がしいのか、ヘッドホンで声を遮っていた箒がため息を漏らす。

 

「はぁ~~」

 

 騒がしい場所が苦手な箒としては、こういう宿泊行事というものは遠慮しがちになってしまう。彼女自身旅行や友人達と遠出することが嫌いというわけではないのだが、どうしてもこういう空気に馴染めないのだ。

 

「ほ~~ちゃん?」

「ぬっ?」

 

 イヤホンを片側外され、ツンツン自分の肩を指でつつく感触に瞼を開けて振り返ると、笑顔のまま頭に麦わら帽子を被ったのほほんが、実に楽しそうに話しかけてくる。

 

「海に着いたらいっぱい泳ごうね!」

「………ああ」

 

 こうやって内に籠りがちな箒を引っ張り出してくれるのはいつだって親友の簪と、そしてこののほほんであった。自然と彼女の笑みに惹かれて自分も笑顔になってくることを感じたのか、言葉にこそ出さないがいつも感謝の言葉を彼女達にかけ続けていた。

 

「(ありがとう、本音)」

 

 が、そんな言葉を受け取っている本人はというと、すぐさま泳いだその先のことを思い浮かべ、涎が零れ落ちる。

 

「………それでお昼御飯は、噂の臨海学校名物『海の幸フルコースバーベキュー』!!」

「……………」

「でへへへ~♪」

「…………食べ過ぎて腹を下しても知らんぞ? そして涎を拭け」

 

 色気よりも食い気か………と、先程までとは別の意味のため息が漏れる箒と隣で尚も涎を垂れ流すのほほんを横目で見ていた一夏は、こういうことに苦手そうな箒のことも今回は心配ないかと安堵する。

 

「一夏、お前の番だぞ?」

 

 片手にトランプを持ったラウラが、現在ゲーム中のババ抜きの順番を一夏に催促し、そちらに意識を戻したのだが…………そんな彼に座る少年は皆の浮かれた空気を鼻で笑い飛ばしながらこう言い放った。

 

「まったく………どいつもコイツも浮かれやがって」

「…………」

 

 その言葉に、一夏達と同じくババ抜きをしていたシャルや他の生徒達が一斉に固まってしまう。

 

「あ……あのね、ヨウタ?」

「ガキ同然ではないか。もうボク達は高校生なんだよ?」

「………なあ、陽太?」

「こういう時こそ、どんなに楽しみでも礼儀正しくしてだな……」

 

 珍しく冷静な様子でそう語る陽太であったが、周囲の生徒たちの感じている印象は180度違うものであった。

 

 ―――頭に麦わら帽子と水中ゴーグル―――

 ―――黄色いシュノーケルをセット―――

 ―――アロハシャツの下は裸であり、下はハーフパンツ型の水着―――

 ―――すでに膨らませた状態の浮輪の数々―――

 ―――そしてサンダル―――

 

「ん?」

 

 サングラスをかけた陽太が『臨海学校のしおり』を何度も熱心に読み返しながら今後の予定を考える姿を見たシャルは引き攣った状態で何とか苦笑する。彼の人生を考えれば実は初めての旅行ということになるため、内心では一番ウキウキとしていてもおかしくない。現に旅行前日は全然寝てなかったようなので………。

 

「だから、皆………浮かれ気分をだな」

 

 ―――お前がこのバスの中で誰よりも浮かれてるよ―――

 

 皆そのことを察してか、バスが目的地に到着するまで、なんでか誰もが陽太にそうツッコむことをせずにいたのであった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ワイワイと騒がしい学生団体を連れた観光バスは、やがて目的地である海岸にほど近い一軒の旅館に隣接されている駐車場に停車する。

 

「皆さ~ん! バスの中に忘れ物が無いようにお願いしますね~?」

 

 『後、駐車場で点呼を取りますから勝手に旅館に行かないでくださいね』という引率である真耶の言葉に素直に従う一組の集団は持参の手荷物をもってバスを降り、数時間ぶりの直射日光にその身を晒す。

 そんな中、一夏は背を伸ばしながら自分の旅行鞄を持って列に並ぼうとした時、旅館から二人の仲居を連れて歩いてくる着物姿の女性を目にする。

 

「あ、皆さん!! こちらの方が今日から三日間お世話になる旅館の女将さん、『清洲(きよす)』さんですよ」

 

 真耶に紹介されるまま生徒達が各自頭を下げて会釈していく。

 すでにIS学園では恒例行事になっているこの臨海学校はこの学園指定の旅館『花月荘』にとっても恒例行事なっており、若々しい容姿に反して三十過ぎという人生を重ねた妙齢の女将にしてみれば、様々な個性的な生徒を見れる楽しみの一つでもあった。

 

「今、先生からご紹介を受けました。この旅館『花月荘』の女将をさせていただいております『清洲景子(きよす けいこ)』と申します。どうぞお見知りおきを」

 

 丁寧に挨拶をする女将に一組の生徒達は早くも好感を持てたのだが、そんな女性は噂に聞く問題児達を見ながら可笑しそうな笑みを浮かべ、真耶にこう話しかけた。

 

「毎年沢山の生徒さん達がいらっしゃいますが、今年はまた一段と『個性的』な生徒さん達がいらっしゃって」

 

 ニコニコと笑う女将と引き攣った笑顔を何とか浮かべながら振り返った先にいる、見たころもない着ぐるみを着込んだ少女。

 何処から呼ばれたかわからないが大量のメイドさん達がパラシュートで空中投下されてくるのを日傘を指して見守る縦ロールの金髪少女。

 迷彩柄の野戦服と、どうやって税関を通したのか小一時間問いたださないといけないアサルトライフルを肩に背負った銀髪で小柄な少女。

 アロハシャツを脱ぎ捨て砂浜にダッシュしようとしているのを幼馴染の少女に羽交い絞めで止められている少年。

 

 フリーダム極まる生徒達相手でも上品に笑う女将の笑顔を受けた真耶は、心の底から呪いの声を上げるかのようにこの場にいない尊敬する女性に、泣きながら助けを求める。

 

「お〝り〝む〝ら〝ぜんぜーい〝っ! このメンバーをどうにか出来る自信が私にはありまぜーーーーんっ!!!」

 

 

「………っで?」

 

 とりあえずシャツを着直した陽太と、そんな陽太を引きずるように同室の部屋に到着した一夏は、これから数日間世話になる部屋の内装を一目見て気に入っていた。

 

「畳がある!! しかも外は海かっ!!」

 

 旅行鞄を置くと感動したかのように畳に寝転がる一夏は、ほのかに立ち上ってくる香りに感動する。IS学園ではベッド生活になっていたが、日本人のDNAによるものかこうやった畳に布団を敷いて寝るという行為にどこか懐かしさを感じていたのだ。

 

「………床に転がって寝るのがそんなにいいのか?」

「床じゃない、畳だ!」

 

 ちゃぶ台に置かれていた饅頭の袋を開けて口に放り込みながら、一夏の様子を理解できないといった表情で問いかける陽太は、そそくさとテーブルに置いてあったポットから冷えた麦茶をコップに注ぎグビグビと飲み干すのであった。

 旅館の宿泊に当たり、当然男女が同じ部屋で寝泊まりできないということで、基本四人部屋という割り当てながらも、陽太と一夏は『もう一人』を加えた三人で教師用の部屋に泊まることが決定していた。

 

「初日は自由行動だとはいえ………若い者が情けないぞ」

 

 このくそ暑い中、いつも通りのジャージ姿で部屋に入ってきた奈良橋の姿を見た瞬間、陽太が嫌そうな顔でこう言い放つ。

 

「とっつぁんと一緒の部屋で寝泊まりとか………むせる」

「どういう意味だ!!」

 

 陽太の監視役を兼ての部屋割りなのだが、最初に話を聞かされた時は、やれ『イビキうるさそう』『腋が臭そう』『絶対夜中に野獣になって可憐な陽太君を襲ってきそう』とか教師に対しての言葉とは思えない不敬ぶりを発揮し、最終的にヘッドロックに沈められたのだが、それでも諦めないのが火鳥陽太の特徴である。

 

「仕方ない………襲われる前に俺はオッパイの溢れる新世界に」

「行かせると思うてか!?」

 

 奈良橋武夫、柔道四段の腕前は伊達ではなく、速攻で陽太の背後をとると裸締めで彼の行動と意識を落としにかかる。

 

「ぎぶぎぶぎぶぎぶっ!!」

「酒は持ってきていないか!? タバコは全て捨てたか!? 私が同じ部屋で寝る以上、貴様の不健康極まる生活も見張らせてもらうからな!!」

 

 首も苦しいが暑苦しい熱気と脇の下の匂いが尚苦しいと、必死に彼の腕をタップする陽太の姿を見ながら、食らいたくないなら最初から口にしないほうがいいのにと当たり前すぎるツッコミを入れる一夏であった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 絶好の海水浴日和の中、IS学園の貸し切りビーチにおいて心躍らす女子達であったが、その前にビーチと言えば定番の水着に着替える必要があり、着替え専用に用意されたコテージに多数の女子が詰めかけていた。

 皆が皆、各々にこの日のために用意した水着に着替えながら、クラスメートのスタイルに目を光らせる。同じ女子であるからこそ絶対に許せない何かがあり、きっとそれは旅館でプロレス技を駆使して戯れてる男三人には永久に理解不可能な気持ちなのだろう。

 そう。これはビーチを舞台にした女子たちの合戦なのだ。

 

「……………」

 

 そんな事は終ぞ考えてもいない例外的女子、篠ノ之箒がブラウスとスカートを脱ぎ捨て、下着姿になった瞬間であった。

 

 ―――突き刺さるような視線の嵐―――

 

「!?」

 

 背筋が凍りつく箒が振り返ると、そこには畏怖と驚愕と尊敬と憎悪を込めた無数の瞳が存在していた。もっと具体的に言うと高校生離れしたスタイルを持つ箒が何気なしに服を脱いだものだから、胸の部分が壮大に揺れるのを周囲の女子たちが目撃し、その女子たちの視線に気が付き更に箒に視線が集中した結果である。

 

「な、何だというのだ!?」

 

 両腕で胸元を隠しながら箒は一歩後ずさった。何だ、と叫んではみたものの、この視線の正体には心当たりがある。

 最初は中一の頃、親友であった簪とのほほんの姉の虚が自分の胸の発育具合を見た時に見せた驚愕の表情であった。その頃から夏場でプールの授業がある時、箒が着替える度に同級生女子が絶望の表情となり、プールに出れば見物していた男子達が感涙の涙と共に各自で喜びを表現する有様である。

 ゆえにこういう露出度が増える夏場という季節は基本的に箒は苦手なのだが、最近忙しさに目が回るあまりこういう事態を想定しておらず、すぐさまバスタオルで身体を隠すと赤面しながら周囲に叫ぶ。

 

「し、失礼であろう!! 人の肌を凝視するなど!?」

 

 人の輪から背を向け、彼女は小声で愚痴る。

 

「胸が大きくなったとて便利なものではない。背丈にあってもサイズが合わないし、夏場は谷間が蒸れるし、汗疹はできるし、こうやって好奇な視線にさらされるし」

 

 人並み以上の胸の大きさを持つ者の苦労など皆は知るまい。と愚痴ってしまう箒であったのだが、場所とタイミングが悪かった。

 

「ヴぁあんっ?」

 

 自分の背後で真っ黒いオーラを吹き出す鈴の存在に気が付いていなかったのだ。

 

「(谷間? 蒸れる? 汗疹? 好奇の視線?)」

 

 今まで生きてきた人生の中で、絶望的な絶壁を抱える彼女には一度たりとも経験したことない悩みである。てかこの女は自分が毎日牛乳2リットル飲みながらクビレを作るために腹斜筋を日々酷使している間、『谷間のせいでおへそが見えない~(はーと)』とかやってんだろうか?

 

「(ふ・ざ・け・や・が・って・!!)」

「????」

「(何言われてるのか分からないとかいうその態度が腹立たしいのよ!!)」

 

 血の涙を流しながら自分を睨み付けてくる鈴の視線を受けて、理解できず冷や汗を流して困惑する箒であったが、彼女のそんな態度が甚く腹が立ったのか、水着の入った『赤いポーチ』を床に叩き付けながら無言で激憤する。

 

「(何をそんなに怒っているというのだ!?)」

 

 困惑しながらも自分の水着の入った『赤いポーチ』をいったんカバンに戻しながら、鈴の水着が入った『赤いポーチ』を備え付けの長椅子(ベンチ)の上に乗せて、改めて問いかけ直す。

 

「リ、鈴…………そ、そんなに睨まなくても」

 

 鈴の凶暴な視線を受けて戸惑い続ける箒であったが、その隙を突いて『彼女(のほほん)』が動いたのであった。

 

 ―――秘伝の抜き足で素早く回り込んで、水着の入ったポーチをすり替える―――

 

 これほど大勢がいる室内で、注意が他に逸らされていたとはいえあっさりやってみせる辺り、布仏本音という少女もまた立派な対暗部組織の一員と言えよう。

 そして事が終えたのであれば、箒が気が付くよりも前に自分は先にビーチに行っておかねばならないと、これ見よがしに防水加工の着ぐるみを着たのほほんは、いつも以上にニヘラとした笑顔を浮かべながら浮き輪片手に外に飛び出していく。

 

 が、ここでのほほんは彼女らしからぬ初歩的なミスを起こすのであった。

 

 箒に怪しまれないように視線を外して明後日の方向を見ていたがため、箒と鈴の両者共に『赤いポーチ』の中に水着を入れていたという事実。

 そしてその事を知らずに、ベンチの上に置いてあった『赤いポーチ』こそが箒の持ち物であると疑わなかった事実。

 

 ここまで箒に気取られぬように細心の注意を払ってギリギリまで細工のタイミングをずらしていたがために、肝心な時に確認作業を怠ってしまったということが、ビーチにおいて『あの悲劇』を作り出してしまうのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「「砂浜アツッ!!」」

 

 砂浜に素足で踏み出した男子二名の最初の言葉これである。そしてどこまでも広がっている目の前の水平線を目にし、陽太はこうつぶやく。

 

「IS学園が海辺じゃなかったらもっと感動できたんだろうな……………てかいつも見ている光景」

「感動がないなッ!!」

「だがまあ…………なあ一夏。さっきも言ったと思うけど、最初に海に入るのは平等に競争で決めるって言ったよな」

「ああ、そうだけど」

「じゃあ今しよう………掛け声は『よーい・ドン』だ」

 

 何かテンションの上がっている男子二名は、まるで陸上選手のように互いに位置について静かにクラウチング・スタートの体勢をとる。

 

「位置について………うおりゃっ!!」

「うおりゃっ!?」

 

 スタートの掛け声すらも叫ばずに走り出すテンションの高い陽太が先行し、一夏が後を追いかけるのであった。

 

「『よーいドン』と『うおりゃ』って一文字も合ってないぞゴラァっ!!」

「うるせー! 黙れボケっーー! 一番乗りは俺のもんじゃ、うきゃきゃきゃきゃっ!!!」

 

 中学生を通り越して小学生と化した悪ガキ二名がビーチの砂浜を疾走し、互いに海に飛び込んでいく。

 人口の島であるIS学園一帯は基本海水浴は禁止されているため、海があれども泳ぐということはプール以外できないためか、茹だるように熱い今日のような日には海に入りたいという生徒たちは意外に多いのだ。

 

「「冷たッ! でも気持ちいい!!」」

 

 互いに猛烈な勢いで海水を掬ってぶつけ合わせる、こういうときだけ妙に仲のいい男子二名であったが、彼らにゆっくりと近づく人影があった。

 

「陽太さん、一夏さん!?」

 

 ブルーのビキニに腰に同色のパレオを巻いたセシリアが、意識的にモデル歩きをしながら近づいてくる。同年代の白人少女たちに見劣りすると自称してはいるものの、陽太的にはむしろ平均値以上ではないのか、同年代って世界的に見てトップクラスの奴のこと話してんのか? と思われている均整の取れたスタイルの良さを最大限見せつけながらのビーチへの入場であった。

 

「(殿方お二人の視線は、これで釘付けですわ!!)」

 

 どうやらまだ彼女の中では「自分は二人の男に同時に想いを寄せられているヒロイン」という設定は続いているようだ。が、

 

「うおりゃあああっ!!」

「まけるかぁぁぁぁぁっ!!!」

「………………」

 

 テンションの上がった二人はセシリアの登場に気が付いていない。しばし呆然となってしまうセシリアであったが、やがて無視られていることに気が付いたのか、怒り心頭になって二人に向かって突撃しようとする。

 

「セシリアッ!!」

「シャルロットさんっ!?」

 

 陽太のあの態度は何だ!? と無意識のうちに彼女をすでに保護者扱いしていることに気が付いていないセシリアであったが、そんな彼女がシャルの水着姿を見て、警戒心を高める。

 

「し、シャルロットさん、貴女!?」

「ん、どうしたの?」

 

 陽太の前で試着した物とは別の(露出度が高すぎて結局人前で着る勇気がなかっため)オレンジ色のビキニに、セシリア同様腰にパレオを巻いたものであったのだが、彼女のスタイルの良さを目にし、ドーバー海峡を挟んだライバル的ヒロインの実力を改めて認識させられる。

 

「(このスタイルの良さは…………バストの数値は若干私のほうが上なのでしょうが、ウエストとレッグの美しさは認めざる得ない………やりますわね、シャルロットさん!?)」

「????」

 

 相変わらず時々彼女の思考回路がわからなくなってしまうシャルロットは首を傾げるのだが、そんな彼女に途中まで来ていたバスタオルを剥がされたラウラが、赤面しながらまるでシャルの後ろに隠れるようにして歩いてきた。

 黒いビキニを着用し、発育こそ二人に劣るものの、肌の白さと髪の毛の美しさを見せるラウラは、自分の今の姿が恥ずかしくて堪らないのか、俯いて両手の指を絡ませながら所在無さ気に立ちすくむ。シャルのよって結われたツインテールが普段とは違ったラウラの魅力を存分に引き出している。最も本人はそのことに気が付いていないが。

 そして他の女子達もぞくぞくと現れだす中、先もってコテージを出たはずののほほんが顎を抱えながら『何故だ?』とうんうん唸りながら歩く姿を尻目に、一年一組の最終兵器(リーサルウェポン)がその姿を現す。

 

「……………」

 

 箒が赤面しながらかなり後方から姿を現したことに、最初に気が付いたのは一夏であった。

 

「!?」

 

 いつの間にかビーチボールを使ったドッジボールと化していた男子二名のはしゃぎ具合であったが、彼女の姿を見た瞬間、一夏は一瞬で硬直する。

 

「ん?」

 

 そして遅れて陽太も彼女に気が付き、持っていたボールを落とすほどの衝撃に包まれる。

 

 ―――真っ白いビキニに包まれた見事な大鑑巨砲―――

 ―――魅惑のメロンに負けない魅惑の桃尻―――

 

 普段から『デカイ』と噂されていたポニーテールの剣道少女のその姿を見た二人のリアクションは実に個性的であった。

 一夏がこっそりそのまま海に浸かりながら陸に背を向け心の中で『かーちゃんのはだかかーちゃんのはだかかーちゃんのはだか(以下無限)』と呟き続け、陽太は『しまった! こんな事なら一枚五千円じゃなくて最低価格一万円にしておくべきだった!?』とどうしようもない後悔を抱えながら隠し持っていたデジカメのシャッターを切り続ける。

 

「…………やはり着替えてくる!!」

「「「ちょっと待ってっ!?」」」

 

 二人のリアクションを『似合ってないから笑い飛ばしているんだ』と勘違いし、赤面したまま走り出そうとする箒をクラスメート数名が輪になって宥める…………と同時にシャルは陽太の顔面にアイアンクローをかましながら『そのデジカメで撮った写真でなんの商売をするのか正直に話しなさい。今なら鎖でグルグル巻きにして島流しで済ませてあげるから』と最後通告をし、痛みに悶えながら陽太は『こ、この間知り合った弾という弟子との密約というかそんな感じの~』と割とあっさりと白状して何とか命だけは助けてもらえないかと命乞いをしている光景を、遠くから見つめる瞳があった。

 

「……………」

 

 誰よりも海水浴を楽しみにしていた少女、鳳鈴音である。海に入っても背中に髪が付かないようにいつものツインテールから更に両サイドにまとめたスペシャル仕様であるのだが、なぜかバスタオルを巻いた状態で誰にも見つからないように茂みの中から一切動こうとしない。友人たちの様子を眺めながら、すでに泣く寸前のように顔を真っ赤にしつつ、ギリギリと歯を食いしばりながら何かに必死に耐えていた。

 

「い、いいいいいい勢いで着ちゃったっ!?」

 

 実に後悔している。何故自分はこんな冒険に足を踏み出してしまったというのか? これ浜辺に差し込む陽気が成せる業なのか、それとも神様のいたずらなのだろうか? だったとしたら神様ってやつはとんでもなく意地悪なものだよ、と心の中でグチってみたが神様が答えてくれるわけはもちろんない。

 実はセシリアとほぼ同じぐらいのときに到着していたのだが、自分の現状を人様に見せることへの躊躇いから近くの茂みに身を隠してしまい、更に続々とチームメンバーやクラスメートが現れ余計に躊躇してしまった結果がこれである。人が多すぎてこっそりとコテージに戻って服を着ることすらできない。四面楚歌とはこのことか? いや、この場合正しいのは八方塞がりだろ? と心底どうでもいいことばかりが頭を駆け巡るとき、運悪く鈴自身が知らない張本人がノンキに彼女の存在に気が付き、声をかける。

 

「リンリン?」

「ひぃっ!?」

 

 鈴の気配に気が付いたのか、思わず息をのむ鈴の方をのほほんが振り返り、数名が釣られて声をかけてくる。

 

「鳳さん、何そんなところで隠れてるの?」

「出てきて一緒に泳ごうよ!」

 

 彼女達には一切の悪意はない。ただ純粋に鈴音という少女と一緒にこの海水浴を楽しみたいだけである。

 

「うっ………」

 

 重ね重ね言うが声をかけてきた少女達には一切の悪意はない。だが今の鈴には悪意よりもこの善意のほうが猶更に手強く、勘弁してほしいのだ。

 そして、こういう時に余計なことに気を回すことに定評のあるこの男も、鈴と早く一緒に遊びたいと大声で声をかけてくる。

 

「おおおーいっ!! 鈴ーーーっ!! 早くこっちきて遊ぼうぜーー!!」

 

 箒ショックから抜け出した一夏が手を振りながら走ってくるのだ。おそらく手に持ったボールをもってビーチバレーをするメンツを集めているのだろう。

 

「(き、気が付きなさいよ!! もう逃げれないじゃない!!)」

 

 逃げる逃げない逃げる逃げない逃げる逃げない…………終わることのない無限ループによってだんだん耳から煙を吹き出し始めた鈴は一夏が目の前に来たとき、彼女は遂に勢いよく飛び出すのであった。

 

「い、一夏ぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 大声をあげながら、もはやヤケクソ以外の何物でもない勢いで鈴はモデルポーズをとって見せる。そしてそれは彼女の『水着』を堂々と日の元に晒すのであった。

 

 

 ―――首から最低限の大事な部分を隠しているだけの『紐』―――

 

 

 ―――一瞬で静まり、波の音だけが響き渡るビーチ―――

 

 

「わ、私のせ、せせせせせせせせせせせせせせせせセクシーさに声もでないかっ!?」

 

 サイズが合わなかったのか、首の後ろでリボン結びにして尺を仮に合わせている状態であった。これはこれで可愛らしく見えなくもないのだが、そう言えるのは首の部分だけで、首から下は正直犯罪臭すら感じるほどに露骨に肌を見せてる。本来、この水着を着用させることを想定していた人物と比べ、鈴の身体的な何かが絶望的に足りておらず、今にもその紐の下にかろうじて隠されている部分が見えそうなのである。

 一体鈴の身に何があったというのであろうか? そして皆が完全に硬直する中で一人だけ何かに合点がいったのほほんは、『・・・ああっ!』と両手で何かジェスチャーをしながら確認をし、『なるほど~』と何かに納得する。

 

「ふ、ふふふふふふふふふんっ!!」

 

 瞳を閉じながら顔を真っ赤にし鼻息の荒い鈴であったが、この時、彼女は自身の首の後ろで止めている紐が立ち上がった拍子に茂みの枝にひっかかかっていたことに気が付いておらず、一陣の風が通り抜けた瞬間、その事態は起こってしまう。

 

 ―――僅かに動いた枝によって結び目が解け、黒い紐が完全に地面に落ちる―――

 

 つまりはなんとか隠し通せていた部分全て白日の下に晒されたのである。晒されたのである(二回目)

 

「・・・・・・」

 

 目が点になっている一夏、箒、セシリア、シャル、ラウラ、陽太、そしてその他のビーチにいる全員………達の視線を受け、ようやく鈴は瞳を開いてゆっくりと自分が置かれている状況を理解し始める。

 

 みんなの視線の先、自身の今の状況、そして地面に落ちた黒い紐………。

 

「・・・・・」

 

 体中の血液がゆっくりと上昇し始める。

 

「・・・・・」

 

 そして目の前で呆然となっている一夏を前に、彼女はゆっくりと拳を握りしめ、中段突きの構えを取り、一気に悲鳴と共に高速の正拳突きを解き放った。

 

「いやああああああぁっっっっっ!!」

「ぐへぇっ!?」

 

 鳩尾に突き刺さった正拳突きの威力に、軽トラにぶつかった布団のように転がっていく一夏を前に、陽太は『あ~あ、綺麗に入ったなアレ(正拳突き)』と他人事な感想を述べながら、自身の上着をもって鈴に近づく。

 

「ふえええええぇぇぇ~~ん!! 一夏に全部見られたぁ~」

 

 対して、文字通り全てを一夏とほかの人間に見られ、生きていけないと大泣きしながら地面に蹲る鈴であった、そんな彼女に陽太は上着を着せ、珍しい優しい声色で話しかける。

 

「?」

「もう泣くな。大丈夫だ」

「グスッ………陽太?」

 

 泣いていた仲間に対して励ましの言葉をかけれる所もあるのか、と鈴が関心しかけるが、見上げた彼の表情が物語る。

 

 ―――必死に爆笑を耐えているがために、不自然に痙攣する顔―――

 

「だ、プププ……じょうぶ……ププ、き、君の……プププッ………写真の需要は……多分ギャグ枠」

「ギャグにも使うなっ!!!」

 

 『グエッ!』という叫び声をあげながら鳩尾に突き刺さった鈴の正拳突きの威力に、軽トラにぶつかった布団のように転がっていく陽太を見て、のほほんは『あ~あ、綺麗に入っちゃったね。アレ(正拳突き)』と他人事のように言い放つが、彼女の背後から頭を鷲掴みにした箒が絶対零度の殺気を放ちながら問いかけた。

 

「本音………二三と聞きたいことがあるのだが?」

「ほ、ほほほほほほほほほほーちゃん?」

「正直に話してくれると………嬉しいな?」

 

 『全てを悟った上で聞いてきている』、長年の付き合いによって完全に看破された本音の血の気が引いた笑顔を浮かべながら、それでも『のほほんちゃん、大失敗☆』と最後まで宣うのであった………。

 

 

 

 

 

 PS

 

 

 

 昼食に出されたBBQのいい匂いが漂う中、木に縛り付けられた陽太とのほほんは必死に謝りながらなんとかありつこうとしたが、終ぞその願いは叶えられなかったそうな………。

 

 

 

 

 

 




悪は成敗される。それは世の道理(笑)

あとがきはまた後日まとめて活報にあげさせていただきます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

臨海学校初日~午後~

今回はある意味新キャラが多数だし、よくよく考えれば今まで何度も登場してるキャラともいえる彼女達にスポットが当たります


 

 

 

「おーさーかーなー!!」

「おーいーしーいーなー!!」

 

 すっかり日も傾き、夕焼けが水平線の向こうに沈む時間帯。花月荘の宴会場において夕食を用意されたIS学園生徒達が一斉に海の幸を楽しむ中、楽しみにしていたバーベキューに最後まで有りつけずにお預けを食らった陽太とのほほんは、これ見よがしに大声を出して豪勢な夕食を堪能するのであった。(余談だが、木に縛られ食事に有りつけなかったのを哀れんだのか、女将さんが二人に簡素ではあるが昼食を用意してくれたのだが)

 自分達の行いの悪さを棚に上げた二人の逆恨みオーラを一身に受け続けているシャルと箒であったが、最早慣れ親しんでしまっているのか微動だに動揺する素振りすら見せず、仲良く出てきたメニューの内容に感動する。

 

「スゴイッ! 生のお魚なのに生臭さがそんなに感じない!」

「いいかシャル? ワサビは醤油に溶かさず、少量だけ刺身に乗せて食べるのだぞ」

 

 箒による日本料理をおいしく食べる口座のまま、割と海外の人間に好き嫌いが分かれる刺身を美味しく食するシャルは、異国の文化の新しい姿に感動を覚える。その向こう側ではセシリアが生の海産物相手に悪戦苦闘していた………どうにもシャルとは違い彼女にはハードルが高いようである。

 そして本人的には永遠に忘れていたいキャストオフ事件を起こし真っ白になっている鈴と、その隣で初めて見る色とりどりとした海の幸に瞳を輝かせるラウラは、なぜか静かに目の前の膳を見続けている一夏に気が付く。

 

「どうした一夏? 体調が優れないのか?」

 

 昼間にはしゃぎ過ぎて日射病にでもかかってしまったのかと心配するが、一夏は首を横に振ってこう答える。

 

「いや、空きっ腹には最高のご馳走だよこれ………だからさ、思うんだ」

 

 いつもと違う雰囲気を醸し出している一夏に、箒やシャル、そして陽太も気が付く。

 

「千冬姉にも食べてほしかったなって」

 

 今も辛い闘病生活を続けている姉のことを思うと、目の前に出されたご馳走にも素直にありつけない一夏を見たラウラは、自分も浮かれている場合ではない!と思ったのか恐る恐る箸で掴んだ刺身を膳に戻すか思案する。

 一瞬でテンションが下がってしまった一夏達であったが、そんな彼らを尻目に陽太は黙々と頬っぺたにご飯粒をつけながら箸を進めていく。

 

「気にすんな。食え食え」

「コラ、ヨウタ?」

 

 一夏の気持ちを考えてあげなさいとシャルが窘めようとするが、ヨウタは自分の師匠のことをこう評するのであった。

 

「実際にあの人は誰かが物理的に止めなかったら際限なく働いて、家に帰りゃ酒ばっかり飲む不健康極まる人なんだよ。だったら病院でか細く病院食たべてるほうがまだ健康的だ」

「それは…………そうなんだよな~~」

 

 二人暮らしの時も、その飲酒ぶりに頭を悩ませていた一夏としてはある意味陽太の言う通り、入院中の今のほうがかえって禁酒もできて健康にいいものを食べさせてもらえているのではないかと思えてきてしまう。

 

「まあ、心臓の手術をしたんだ。向こうニ、三ヶ月は大人しくしててくれるだろう」

「そうだよな。今は千冬姉にはゆっくり休んでもらうのが一番なんだよな」

 

 考え方を変えたためか、先ほどよりも箸が進むようになったのか、今日も病院でゆっくり寝ていてくれているんだろうと、鯛の造りを頬張りながら一夏は、姉の千冬にゆっくりと養生してほしいと心の底から願うのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 ―――夜も更けた夜半過ぎ―――

 

 郊外に建設された鵜飼総合病院の敷地内にある森林地区において、銀色に光る刃を片手に入院着姿にカーディガンを羽織った千冬は、大きな岩の前で静かに居合の構えを取る。

 

「………スゥッ」

 

 誰一人としていない森の中で静かに息を吸い込む千冬の姿を一羽のフクロウが見つめ………その瞳に銀色の閃光が走る。

 

「ハアッ!!」

 

 吸い込んだ息を吐きだすと同時に動いた千冬は、瞬間移動かと見間違うほどの速度で踏み込むと目の前の大岩を瞬時に五個に分断してしまうのであった。

 そして再び一息つくと納刀し、自身の身体の驚くべき変化を彼女は実感する。

 

「………元通りとは程遠いが、確かに回復………いや」

 

 心臓の手術によって損なわれてしまうはずのその力。手術後は確かに重傷ということで動かなかった身体であったが、日が立つごとに体調は驚くほどのスピードで回復し、むしろ投薬治療末期の頃よりも確実に全盛期の頃に近づきつつあるのであった。

 想定していた事態に比べれば奇跡的な好転具合なのだが、どうにもそのことが腑に落ちない千冬は尚も自身の体調の回復具合を確かめるように刀を振るおうとした。

 

「全く………どこまで非常識なんだねキミは」

「ひゃっ!?」

 

 が、呆れ顔のカールに突然声をかけられびっくりしたあまり刀がすっぽ抜けて遥か彼方に吹っ飛んで行ってしまう。初任給からコツコツと小遣いをやりくりして購入した大事な大事な愛刀が行方不明になってしまうのではないのか気が気でない千冬であったが、そんなことなど全く関係ないと言わんばかりにカールは彼女の額に触れながら腕の脈を図りだす。

 

「ヨウタ君も全身の骨折を一週間で繋いで完治させてみせたが、君も君だ。普通なら運動するのにも数か月かかるというのに………君達師弟はあれかね? 医者である私に人体の神秘を再確認させるために毎度無茶をしてくれるのかな?」

 

 勝手に病室を抜け出すだけでも憤激物なのに、こっそり刀を持ち出して勝手に修練を始めるなど正気の沙汰ではない。そう正気の沙汰ではないのだ…………常人であるのならば……。

 

「キミの心臓は10年前の戦いの余波によって損傷と肥大化を繰り返していた………ゆえにボクは左心室形成術によってキミの肥大化した部分を切除して縮小化させることに成功したのだが、これによって確かな運動制限がつくはずだった」

「…………だが、私の身体は現に前以上に力を取り戻しつつあるぞ? まあ最も未だに数分もすれば息が上がってしまうが」

 

 医師の観点からしても、この回復具合は異常だ。傷の直りがただ早いだけの話ではなく、メスを入れた心臓が前以上に活性化するなどという話は聞いたこともない。が、現実問題として常に千冬のそばで彼女の身体の経過観察をしているカールは、日に日に回復していく彼女の身体能力と心臓の具合を目の当たりにし、ただの奇跡の一言で片づけてしまっていいものなのか困惑しているのだ。

 

 だが、千冬は考える。ホンの僅かな違和感…………なぜ自分が今、生き延びているのかということに。

 

「(………………)」

 

 ―――さようなら、ちーちゃん―――

 

 あの瞬間、束は自分に決別を言い渡しに来た。そう考えていた千冬はふと疑問に思う。

 なぜあの瞬間にいう必要があったのか? ただ別れを宣告するだけならば今までタイミングはいくらでもあっただろうに?

 

「まさか………」

 

 『そんなはずはない?』『いや、まさか』………まとまらない二つの矛盾した想いを表すように、夜空に浮かんでいた三日月が雲に覆い隠されてしまうのであった………。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 そして月が隠れ、夜の虫たちの鳴き声だけが聞こえる夜中の頃………初日を終え、温泉も満喫した陽太は床に入り、珍しくそのまま何もせずに静かに眠りにつく。

 

 

「……………」

 

 次に陽太が気が付いたとき、そこは泊まっていた旅館の純和風の布団の上ではなく、とある田舎町そっくりの世界であった。

 

 辺り一面の向日葵畑と、どこまでも続く青い空と燦々と輝く太陽があり、自分が寝ていた場所のほど近くに煙突付きの民家があるため、彼の心に故郷への懐かしさを感じさせる…………のだが、今回はちょっとだけ様子が違ったようであった。それは………。

 

「だから、ボクの最初の意見通り『ナンバー01<白騎士>姉さん』にもう一度コンタクトを取ってもらって!?」

 

 ―――メロンパンを頬張る、布地の少ない白装束を身に纏ったシャルそっくりな陽太の相棒の少女―――

 

「私も『ナンバー27<ブレイズ>』の意見に賛成だ。いつまでも待っていては手遅れになる」

 

 ―――串にささったみたらし団子を食べるのは、腰にいくつもの刀を差した紅の袴に身を包んで襷掛けをし、茶色い髪をポニーテールにした武士系女子―――

 

「我(わら)わも『ナンバー120<紅椿>』と同意見じゃ。それに速き事は勝利の近道じゃからな!」

 

 ―――古風な話し方と気丈そうな面持ちとは裏腹に、外国人そのものの金髪と青い騎士甲冑に身を包んだ紅茶を飲む美女―――

 

「でも『ナンバー109<ブルーティアーズ>』? 無理強いして回線を遮断してる人に、まるでカギのかかった私室のドアを無理やりこじ開けるような真似をするのはどうかと思うけど?」

 

 ―――黒いコートに身を包み、黒いマスクを被った銀髪のショートヘアがシャープなイメージを感じさせるボーイッシュな女性が、気にもたれながら注意をする―――

 

「『ナンバー106<シュヴァルツェア>』におね~さんも賛成かな。ヒグッ………誰にだって覗かれたくない時だってあるでしょ? ヒグッ」

 

 ―――ボディコンな紫の衣装を着た妖艶な美女が、一升瓶をラッパ飲みしながら反対意見に賛同する―――

 

「『ナンバー15<甲龍(フェイロン)>』、お酒臭いよ………人の夢の中で飲酒しちゃダメだよ」

 

 ―――白いワンピースを着た長く白い髪をした少女が鼻を抑えながら外見上は年上ながら、年下の妹に注意する―――

 

「み、みんなさん! ヨウタさんが起きられてます!?」

 

 ―――唯一この世界(夢)の主が目覚めていることに気が付いたオレンジ色の長い髪と瞳をした白いワンピースを着た少女が慌てた様子で必死に伝える―――

 

 ―――そして最後に、白い甲冑を纏った手に剣を携えた黒い髪の女性がゆっくりと瞑想から目覚めるように立ち上がり、オレンジ色の少女の頭を優しく撫でる―――

 

「『ナンバー468<ヴィエルジェ>』、わかっているよ………そして『ナンバー7<暮桜>』、たまにの飲酒ぐらいは許してやってくれ」

 

 

「許せるかボケェェェェッ!!!」

 

 今まで呆気に取られ状況についていけずに静観を決め込んでいた陽太の突然の激高に、すべてのISの先駆けたる『ナンバー01<白騎士>』は体を震わせちょっとだけ半泣きで驚いてしまう。

 

「おのれら、何勝手に人の明晰夢で女子会しとんじゃっ!?」

 

 断り無しに女子会会場にされた身としてはたまったものじゃないと激怒した陽太は、自分の相棒である『ナンバー27<ブレイズ>』に詰め寄る。主の予想外の怒りに、ちょっと驚いた表情となった少女は自分のメロンパンを胸に抱きしめながら強気な表情を作って反論するのであった。

 

「な、なんだよ!? 突然…」

「突然もクソもあるか!! こりゃ何の騒ぎだ? なにゆえに人の夢の中に勝手に他のISさんたち連れ込んでらっしゃいますのよ!?」

「操縦者の皆の臨海学校が楽しそうだったから、いつものコア・ネットワークじゃ物足りないってことで、今日は特別に君の明晰夢(ココ)を特別にお借りして…」

 

 そのセリフを聞いた瞬間、陽太はどこからか取り出した緑色のスリッパで少女(相棒)の頭をはたく。

 

「痛ッ!」

「俺の夢の中でお前が寝言いうなっ!」

「なにするんだよっ!?」

「お仕置き(返しの一撃)ッ!」

「イタイィッ!」

 

 もう一発頭をはたき、肩を震わせる程に怒りを抱える陽太と涙目で睨み付けるブレイズがデコを擦り合わせながら睨み合う中、二人の喧嘩を白騎士と暮桜が仲裁に入るのであった。

 

「二人とも、す、少しだけ落ち着いてくれないか?」

「「あ゛あ゛んっ?」」

「ヒィッ!?」

「姉さん、気圧されない気圧されない」

 

 二人の鋭い剣幕に再び半泣き状態になる白騎士をフォローする暮桜………どうもどこか押しが弱いというか、一夏の前だけ凛々しいキャラを作っていたのか………それでいいのか最古のIS。

 対して妹機の暮桜は、二人の争いを楽しそうに見つめながらもキチンと自己紹介を始めるのであった。

 

「初めまして火鳥陽太君。私はナンバー007の暮桜。千冬の元二代目相棒で、今は一夏君のパートナーかな?」

「………おう」

 

 第一回モンド・グロッソを圧倒的な強さで全勝し、第二回も結果的にアクシデントで決勝を欠場したとはいえ下馬評で優勝候補筆頭を誇っていた自分の師匠の相方が、まさかこのような幼女だったとは………ちょっとだけ不思議な気持ちになりながらも、暮桜が差し出した右手を掴み握手を交わす。

 稼働しているコアの中では古参扱いされている暮桜としても、自分の元相方の弟子の少年というのは一夏同様に大変興味深い存在であり、妹のナンバー27の話に聞いてはいつかこうやって対面してみたいと常々思っていたのである。

 

「(コイツがかつて、『剣聖』『剣王』『人斬り包丁』『白の魔王(ディアボロス)』『妖怪女首置いてけ』『ぶっちゃけ刀持って光線吐かない空飛ぶゴ〇ラ』と言われた頃の千冬さんの相方、暮桜………)」

「うん。今、相当失礼なこと考えてるでしょうキミ?」

 

 初対面の相手に心の中とはいえここまで言える陽太に呆れと怒りと、ちょっとだけ物怖じしない頼もしさを暮桜は覚える………ホンの僅かであったが。そして二人が手を解くと、その隣から金髪の青い騎士甲冑を纏った美女が陽太に話しかけてくる。

 

「姉君との挨拶は済んだようじゃな………我が奏者の戦友よ、ワラワの名はブルーティアーズ。ナンバーは109………いずれ、姉君達を抜き去って最強のISの称号を得る者じゃっ!」

 

 天の太陽に指をさして声高々に宣言する姿に、話し方は古風だがなんとなく彼女の操縦者(セシリア)との共通点を見出し、これには思わず苦笑いしてしまう。

 

「ナンバー109の『アレ』は毎度のことだよ」

「シングルナンバー相手でも気が強いから………お姉さん、ちょっとああいうところに肝を冷やしてるわ」

 

 黒いマスクをつけた銀髪の女性と紫色のボディコン姿のグラマーの女性は、ブルーティアーズの様子を説明しながらそれぞれも自己紹介をするのであった。

 

「ボクはコアナンバーは106番のシュヴァルツェア。操縦者はもちろんラウラ・ボーディヴィッヒだね」

「コアナンバー15、甲龍(フェイロン)よ坊や………う~~~ん、お姉さんの好みのタイプ♪」

「おっ♪」

 

 グラマラスな肢体に抱き着かれ一瞬で鼻の下が伸びる陽太と、それを見て背後で憤慨するブレイズ………しかし妖艶な女性に抱き着かれ悪い気がしない陽太であったが、彼女の名とナンバーをふと思い返すと、操縦者のことを思い出し問いかける。

 

「甲龍って………操縦者は鈴か?」

「そう~~よ。筋も才能も中々だけど、強情そうだからお姉さんも苦労してるわ♪」

 

 自分のスタイルに思い悩む仲間の相方がまさかこんなオッパイお姉さんだったなんて………絶対自由に意思疎通できるようになったらショックで灰色になっちまうな、と他人事のように思う陽太の首根っこをつかみブレイズが甲龍から無理やり引き剥がし、大層ご立腹な表情で睨み付ける。

 

「ほほ~~う? オッパイがあれば陽太君は誰でもいいんですね~?」

「何むくれてんだ?」

「!! べ、別に怒ってるわけじゃ」

「それにな、オッパイがあろうと誰もいいわけじゃない」

 

 『特にあの爆乳はな』………目に殺気が漲り額の血管を見たブレイズは、タイマンでフルボッコにされた事が忘れられない自分の操者に呆れてしまう。

 

「こういうところがあるからシャルロットちゃんが苦労するんだよ」

「シャル関係ない! 後、これは俺のプライドの問題だ!!」

「ハイハイ、プライドプライド」

 

 浮気の心配はなさそうだけど女心の理解には程遠い、この相棒(バカ)を想う彼の幼馴染の少女に心底同情したブレイズは、IS(身内)しか通用しないブロックサインで最年少の妹(ヴィエルジェ)にさりげなくフォローしておいてと伝え、姉の頼みを受けた末妹は必死に『了解しました!』と首を縦に振り続ける。その様子を見ていた陽太はブロックサインの内容は理解できないまでも、仲の良い間柄を見てヴィエルジェに声をかけた。

 

「仲良いなお前ら………セシリア、ラウラ、鈴と来たから………お前はひょっとしてシャルの?」

「は、ハイッ!! ナ、ナナナナナナナンバー468の『ヴィエルジェ』です!」

 

 ペコリと緊張した面持ちでお辞儀をした少女に近寄ると、頭に手をやって珍しく優しい手つきで頭を撫でてやるのであった。だがその様子が面白くないのか、不服そうなブレイズが横やりを入れてきた。

 

「………ずいぶんお優しい陽太さんですこと? 年下に興味がお持ちで?」

「風評被害に繋がる言い方は止せ!! いつぞや、ちょっとだけ迷惑をかけたことを謝ってんだ!?」

 

 身内しかいないと思って人を好き勝手呼びやがってと憤慨する陽太のそばで、そんな彼の怒りを勘違いしたのか、涙目になったヴィエルジェが必死に謝罪し始めてしまう。

 

「ご、ごめんなさいっ………私がダメダメなISだから」

「いや、お前を怒ってない。怒ってるのはあの年上詐称の姉のほうだから………お前らISは作られて10年しかたってないだろうが」

「精神的にずっと陽太よりも年上だもん!」

「年上のくせに人の夢の中で好き勝手してもいいとか、そういう自己中なところがガキなんだよ!」

 

 またしても両手を組みあって力比べを行う二人を、木陰で様子を見ていた腰にいくつもの刀を差し襷掛けをした袴姿の少女が呆れ顔で吐き捨てる。

 

「つまりはどっちもガキということか」

「なんだよそれ!?」

「お前生意気だぞ、紅椿!!」

「!?」

 

 陽太に名を呼ばれ驚く紅椿。なぜ自己紹介していないはずの自分の名前がわかったというのか………消去法でいけば彼女が箒の専用機でしかないのだが、陽太は指をさすとそれとは違った理由で彼女の名を言い当てたというのだ。

 その理由とは………。

 

「そのボッチぽい振る舞いと、でも寂しがり屋っぽいところは箒そっくりだから」

「!?…………どういう意味だ!?」

 

 憤慨した紅椿が刀を抜き放とうとし、それを複数のISが同時に抑え込みにかかりしばし騒然となる。冗談か本気か知らないが、相手の一言一言に過敏に反応したり結構頭に血が上りやすい性質なところは実に箒のISと言える。

 そして一通りISに自己紹介をしてもらった陽太は、プリプリと怒りを露わにしながらも地面に座り込み、本題に入る。

 

「で、ブレイズ?」

「ん?」

「何話してたんだ? 俺の文句とか言ったら本気でキレるぞ」

 

 なぜ自分の夢の中で自分の悪口言われんといかんのだ? と理由を後に続ける陽太であったが、ブレイズの表情が一変し、彼にも微妙な緊張感を与えてくる。

 

「………ボクたちISは頻繁にコアネットワークでやり取りをしているんだけど、最近そのうちの一人と全く連絡が取れなくなってしまったんだ」

「?」

 

 表情が暗くなるブレイズに代わり、『彼女』が重い口を開く。

 

「ナンバー005『銀の福音(シルバーゴスペル)』………我々がゴスペルと呼んでいる者だ」

「白騎士姉さん!?」

「まだいたのかよ」

「ま、まだいた!?」

 

 陽太が口にした結構ひどい言葉に傷付き再び凹みそうになるが、一々中断していては話が進まないと脇から暮桜が『姉さん続けて続けて』とフォローを入れ、涙目を拭い去り再び説明を開始してくれる。

 

「本来我々ISのコアネットワークは、貴方方操縦者が広大な宇宙空間での相互位置確認・情報共有を行うために開発された超々大容量ネットワークシステムのことなんだが、それを表口と例えるなら我々コアのみが使用できる裏口が存在している」

「非限定情報共有(シェアリング)だろ?」

「うむ」

 

 この辺り、IS関連『だけ』に限定すれば陽太もそれなりに知識を持っていることに満足した白騎士は、力強く頷く。

 

「これは創造主(マザー)である篠ノ之束氏を持ってしても干渉できても遮断することはできない物なんだが、最近ゴスペルからの連絡が全く途絶えてしまったんだ」

「じゃあ束は関与していない………コアに何かしらの異常が発生したとかは?」

 

 陽太の仮定に白騎士は首を横に振る。

 

「いや、コアに関しては無事なのは私達には理解る………だからこそ、尚更におかしい」

 

 ISの全てを知り尽くしている束が関与していない。コアそのものに何か起こったわけでもない。確かによくよく考えてみればおかしいことであるため、陽太は顎に手をかけながら首を傾げて考え込む。

 

「中枢のコアをいじれるのは現状束だけだ。それにコアに何かしらの制御技術なんてロクでもないことすれば、アイツが感づかないわけがない」

 

 オーバーテクロノジーの塊であるISコアの内部構造を完全に把握しているのは陽太の知りうる限りは世界で束ただ一人。それに分解して解析しようにもコアは非常に強度が高いレアメタルで構成されており、外から破壊することは不可能な代物と言われている。

 

「ゴスペル姉さん………やっぱりこの間の戦闘のことで」

「………この間?」

 

 何の話だ? と陽太がブレイズに尋ねると、シュヴァルツェアが代わりに答えた。

 

「君も先の太平洋艦隊の話は知っているだろ? ゴスペルはその部隊のフラグシップ機だったんだ」

「………あの爆乳絡みかよ」

 

 世界の情勢にあまり興味を示していない陽太ですら、米国の太平洋艦隊壊滅の話は寝耳に水だっただけに、こうやって意識していないだけであの女一人に世界中が振り回されている錯覚すら覚え、無意識に拳に力が入ってしまう。

 

「ゴスペルお姉さん………『シングルナンバー』なのに、負けちゃうなんて」

「ナンバーの数など関係ないぞヴィエルジェ」

「…………でもでも」

「『シングルナンバーが特別』などというのは迷信だ」

 

 ヴェルジェの不安げな言葉にブルーティアーズと紅椿が厳しい言葉を投げかける中、陽太は操縦者の間で実しやかに囁かれていたある噂のことを思い出す。

 

 ―――ISコアのうち、最初期10個のシングルロットのナンバーには何か特別な力が宿っている―――

 

 いつ、何処で、誰が言い出したのかわからないその噂。

 実際にコアそのものには全くの差はなく、内部に宿っている個性ぐらいしか差異は見受けられないというのが開発者たちの見解なのだが、まさかIS達の間にもそんな噂が流れていたというのか?

 

「だけど、強ち全部間違いってわけじゃない………ある意味、特別って言えるシングルナンバーは一人いるぞ」

「「何?」」

「どういうことだよ?」

 

 ブルーティアーズ、紅椿、ブレイズがどういう意味かと問いかけると、陽太は真っすぐに白騎士のほうを指さし、こう述べる。

 

「少なくともお前さんは10年前の最も最初期に作られたISで、搭乗時間が10分もない一夏に自分から干渉したはずだ」

 

 陽太のその言葉の意味を理解し、ブレイズも顔色を変化させる。

 通常、コアとの密接な会話などは操縦者がシンクロ率を上げていく作業が必要とされ、天性の素質を持つ陽太ですらこうやって自由に話せるまで三年の月日が必要となっていたのだ。

 

「結構長い間操縦者やってきたが、自分から操縦者の意識領域に干渉できるISなんて聞いたことがないぞ? そいつは最初期ゆえの特権か? それとも10年もISやってりゃ自然とできる芸当なのか?」

 

 陽太の厳しい問いかけに白騎士は静かに微笑むと、何かを思い出すように、懐かしむようにこう穏やかに返す。

 

「………どちらかと言えば後者に近いとも言えるが………私が特別というのも間違いとも言い切れない」

「??」

「少なくとも、そういう意味では私と『アイツ』は特別と言える………火鳥陽太君、君はすでに理由を知っているはずだ」

 

 白騎士の問いかけに陽太はしばし考え込み、やがてある言葉を思い浮かべこう述べる。

 

「………スカイ・クラウンか」

「ああ。少なくとも私『達』は彼女達の覚醒と立ち合い、そしてその恩恵を受け取っている」

 

 操縦者が究極の領域に到達することで覚醒する第七感(スカイ・クラウン)は、どうやら操縦しているISにも変化をもたらすことができるというのか………改めてその力の凄さの一端を教えられた気がする陽太であったが、ふと白騎士の表情に微妙な憂いがあることに疑問を浮かべ、問いかけた。

 

「まだ何かあんのか?」

「ああ………いや、先ほどヴィエルジェが言っていたシングルナンバーのことだが。あれには微妙に語弊があるんだ」

「語弊だぁ?」

 

 まだ何か隠された真実とやらがあるのかよ、と若干うんざりとした表情になる陽太であったが、次に教えられた事柄は流石に無視できない物であった。

 

「正確に言うとシングルナンバーでも1~5と6~10では事情が異なる。6~10は白騎士事件後にコア内部で意識を覚醒させ、のちのコア達の安定制御の雛形になってもらったんだ」

「………おい、ちょっと待て」

「そして1~5と、その前の『ゼロ』は……事件『前』から意識を覚醒させていた」

 

 覚醒前と後………そして『ゼロ』

 微妙な表現の差と聞きなれないワードをつけた白騎士の言葉は陽太を大いに困惑させる。

 

「私達ISコアは操縦者との精神の同調で性格ともいえる性質を決定させる。私達を覚醒させた『人』は私達にメッセージを託してくれた」

「…………束、じゃないのか?」

 

 恐る恐る問いかけたその問いかけに、白騎士は首を横に振り、こうはっきりと答える。

 

「我々に意識(たましい)を与えた人の名はアレキサンドラ・リキュール………そう、カミサマにも等しい英雄にして………あのあどけなかった『三人』のお母さんだった人だ」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 ――――燃える。世界が燃える―――

 

『救助艇を出せ! 一人でもいいから多くを救え!』

 

 厳格さと内心では起こってしまった『事故』の中、人でも多くの仲間を救いたいと願う『艦長』の声が、火の手を上げる『海原』の中で響き渡る。

 

 怒号、悲鳴、破壊される音………浮上したものの、燃え盛る火の手が収まらない潜水艦と、辺りを囲う艦艇の中、一機の銀色のISが満天の星空を見上げながら空中をただ静かに佇んでいた。

 

 ―――壊れる。皆が壊されてしまう―――

 

 どこか虚空を見つめていたISはやがてゆっくりとある方向を向くと、転身して飛翔し始める。それを見た一人の女性………全身煤だらけでボロボロの軍服を着たまま先ほどの炎上する潜水艦から命かながら脱出し、救助艇に助けられた金髪の女性操縦者は、すぐさま乗り込まされた空母の内部を自身の最高速で疾走すると、空母の看板に要救助用に出され、整備を行っていたGSに乗り込み発進しようとする。途中でこのGSの正規の操縦者と整備班が血相を変えて発進を阻止しようとコックピットのハッチを開こうとするが、彼女はその一切を無視し、手慣れた手つきでOSを操作し、シートベルトをつけると外部スピーカーでこう怒鳴りつける。

 

『今すぐ退きなさい! コッチは一刻を争うのよ!!』

 

 彼女の怒声に押され、GS操縦者と整備班が一歩引いた隙を狙い、GSを跳躍させて空母から飛び降りるとバーニアを全開にし、海面に着水した衝撃に襲われながらもなんとか踏みとどまり、浮上しながら加速していく。

 

『ファイルス中佐! その行動はどういう了見か私が納得のいく説明をしてみせろ』

 

 途中、この艦隊の指揮官である男から叩き付けるような怒鳴り声で通信が入ってくるが、ファイルス……銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の正操縦者である『ナターシャ・ファイルス』は、表情を変えることなく冷静にこう返す。

 

「暴走したゴスペルを連れ戻します」

『正気と思えんな。すでに敵性(エネミー)として撃墜許可も出ているのだぞ!?』

「最高機密の塊であるISをみすみす撃墜なんてしては、それこそ今までの苦労が水泡に帰しますよ、艦長!?」

『………本音で話せナタル』

 

 既知であるこの人物は、今言った最もらしい理由でこのナタルという女が動いていないことぐらいはすでに理解している。

 そしてナタルもそんな艦長の腹の内を知り尽くしているのか、先ほどの厳しい表情とは一変して、笑顔を作ると通信機の向こうの相手にこう話しかけるのであった。

 

「命を常に預けてきた相棒を見殺しにするような真似、するとお思いですか?」

『やはりそれか!? それは機械なんだぞナタル!?』

 

 そう。軍人にとってISなぞただの兵器に過ぎない。それに暴走した兵器ほど性質の悪いものは存在しない。速やかに撃墜して安全を図ろうとした艦長の判断をナタルは何一つ責める気はない。

 

「貴方の判断は正解だと思います艦長。ですが私は軍人であるより前からIS操縦者でした………申し訳ありません」

『待て・』

 

 それだけ言い残してナタルは通信機の電源を落とすと、前方を高速で飛翔するゴスペルをレーダーで捉え、予想進路を割り出す。

 

「このルートをこのまま飛翔するなら………ゴスペルの予想到達ポイントは」

 

 手元のモニターが割り出した予想進路に、くっきりと浮かんでいる日本の姿を捉える。

 まさか自分が向かう予定だった場所にこんな形でいくことになるなんて………アクシデント中のアクデントの中で漏れた苦笑を隠すことなく、ナタルはこう叫んだ。

 

「ゴスペル………貴方のおかげで今日限りで軍人はクビなんだから………絶対に私に助けられなさい、いいわね!?」

 

 

 

 

 ―――ダメ………止めて! 皆を殺さないで………お願い、『兄さん』!!―――

 

 

 

 

 




息を吐くようにサラッと重大なことを言う白騎士姉さんは、たぶん天然組。そして豆腐メンタル疑惑

ツッコミ役は暮桜とブレイズ

ブルーティアーズ、シュヴァルェア、甲龍はどこかで見たことのある人だよね。私もあのオッパイ漫画好きなんです

武士娘の紅椿はある意味一番操縦者似

末っ子ヴィエルジェは皆に甘やかされてます


さてさて、こうなるとゴスペルはどんな感じになるのやら


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

臨海学校二日目~接触~


原作をベースにチョビチョビ独自解釈を入れましたが、やっぱりこういう『大人の腹の探り合い』というのは難しいですね

ではお楽しみください


 

 

 

 

 日が昇り切らぬ早朝から学園内に密かに自作した野菜畑において鍬を振るう轡木十蔵は、一通りの土を掘り返すと肥料を牧き、そこに秋に収穫する予定の野菜の種を埋めていく。学園内で寝起きする十蔵としては日課であり、密かな楽しみとしている趣味の一つでもある。

 表向きは彼女の妻が学園長ということになってはいるが、実質的な実務を執り行うのは十蔵の仕事である。しかも彼には現在それ以上に重要な対オーガコア部隊の実質的な総責任者兼監督役という立場があり、政府の高官クラスとの交渉は主に彼の仕事であるのだが、彼は雨が降ろうが雪が降ろうが朝一番のこの土いじりを止めようとはしないのであった。

 

「今日はいつもよりも静かだと思いましたが………そうでしたね」

 

 学園内で彼の次に起きだして訓練を始める対オーガコア部隊の隊員達が、全員臨海学校に赴いているということで、久しぶりに静かな朝を迎えた十蔵が老齢によって抱えてしまった腰の重さを解消しようと背を伸ばしていた時であった。

 

 ―――マナーモードのスマフォが震えたのは。

 

「……………」

 

 ポケットから伝わってくる振動を感じ取り、すぐさま画面を確認した十蔵は通話ボタンを押して応答する。

 

「これは早朝から、おはようございます官房長官」

『こちらこそ朝早くから済まない。緊急の要件があってね』

 

 そして十蔵は肩にかけたタオルで顔を拭うと、いつも自分が掃除用具などを置いてある小屋ではなく、学園内の学園長室に早足で向かっていく。

 

「オーガコア出撃の報ならば自衛隊経由で回ってくるハズです。ならば今回は対外機関からの出撃に対する『要請』ということですか?」

『向こうは『依頼』と言ってきているが、明らかに外交圧力をかけてきている』

 

 鍵のかかった学園長室の扉を開き椅子に座ると、彼はテーブルに置いてあったノートパソコンを起動しながら話を続ける。

 

「では相手はやはり……」

『総理も今回の件については慎重に対応しているが、直接交渉してきた相手が相手だ………大統領自ら私達に連絡を寄越してきたのだからね』

 

 官房長官のその言葉に思わず表情が硬くなる。大物が出てくる事は連絡を受けた時点である程度予想はできていたのだが、まさかこれほどの『超』大物が出てくるとは思ってもいなかった。

 

「………では回線をこちらにお願いします」

『貴方にはいつも負担をかけてしまう』

「いえいえ。最前線で命を賭けて戦う子供達や、自分の命を削ってでもその子達を守ろうとする若者に比べれば、私なんていつでものほほんとした年寄りですよ」

『………フッ。貴方が今すぐ外務大臣になってくれれば、内閣(うち)は任期満了まで安泰なんだが』

 

 外交とは戦争を起こさないための政治手段である。という意見がある中、彼はもう一つの見方を外交に持っていた。

 

 外交とは武力を用いずテーブルの上で行う闘争である。

 

 最前線でISを纏ってオーガコアと戦うのが彼等彼女達の役目ならば、自分はテーブル(ココ)で笑顔を仮面に、言葉を剣に、情報を盾に、自分の向かい側に座る相手(テキ)を殴りつけてやるのだ。何故ならば外交相手とは常に利益を求め席に座るもの。ある意味本能で戦いを起こすオーガコアよりも万倍意地汚いのだからこちらも容赦はいらない。

 

「(君達は私の理想(希望)だ。輝くものであるのなら、今はその影でできたものは私が担当せねば)」

 

 年甲斐もなく興奮している自分を十蔵は自覚していた。

 これはたぶん戦いを前にした武者震いだ。どうやら自分も落ち着きの無さならば陽太達と良い勝負をしているのかもしれいないと自嘲し、回線を開くボタンをクリックする。

 

「お初にお目にかかります大統領(プレジデント)」

 

 目の前のノートパソコンの画面に映し出された映像に深々と会釈する。

 非常にネイティブに近い発音で話された流暢な英語での挨拶を受けた相手。若干後退してしまった茶髪をオールバックの髪型にし、インテリらしく眼鏡をかけ、オーダーメイドの高級スーツ姿の出で立ち………。

 

『私のほうこそ初めまして。貴方のご噂は兼がね耳にしておりますよ、ミスター轡木』

 

 現アメリカ合衆国大統領『スティーブン・ホワイト』………若干40という歴代最年少で大統領に就任し、数々の画期的な政策を打ち出し、現在も米国内で絶大な支持率を誇るこの男を前に十蔵は重い口を開く。

 

「本来ならば然るべき正式な会談場所を設けてお会いしたい所でしたが、緊急時ということで申しわけありません」

『いえ、頭を下げないでくださいミスター。不躾に戸口を叩いたのは此方のほうなのですから』

 

 インテリなのだが学生時代はアメリカンフットボールの選手だったらしく、非常に大柄な体格をし、今なお健康維持のために休日のスポーツを欠かさないと公言している男は爽やかな笑顔を見せながらも、時間を押しているということで済まなさそうに話の本題に早速移るのであった。

 

『今回、日本政府を通じてご連絡を入れたのは他ならぬIS学園の実質的な運営者である貴方のお力をお借りしたいからです』

「この『一学園』の運営者如き年寄りに出来ることがあるというのであればお力になりたいのですが………」

『ご謙遜されますな。貴方の手腕………冷戦終結直前から日本国内で政治と会社運営の双方に携わり、数々の歴代首相を影で支えながら、一大財閥をも築き上げられた貴方の事を私は高く評価しております』

 

 十蔵の経歴を丁寧に調べ上げている、と暗に口にするスティーブンにも十蔵は温厚な年寄りの仮面を外すことなくこう返答する。

 

「いえいえ。政治に関しても、私、趣味が将棋でして………近場の将棋会場に行って地元の先生方と指したことがあるだけですよ。会社に関しても、妻のアドバイスを聞いていたらいつの間にやら………これは困りましたな」

『ハハハッ、これはこれ』

 

 早々天狗になることも煽てられて相手の要求を軽々しく受けることもしない十蔵に何を思ったのか、スティーブンは一変させ、真面目な表情となり、直球に話を切り替える。

 

『日本時間にして深夜2時。東アジアの海域近くで、米国の潜水艦がトラブルを起こしました』

「…………」

『幸い同行していた艦隊の救助によって事なきを得ましたが、場所が排他的経済水域とのことで今回の事に関しての説明をせよと中国領事館がコチラの電話ベルを鳴らしっぱなしですが、問題は事故の内容の方なのはおわかりのはず』

「………IS関連ですか?」

『………ええ』

 

 IS学園に連絡が来た以上、問題点はそこなのだろう。ある程度の予想はしていた十蔵だったが、次の言葉はそんな彼の予測の斜め上を行く。

 

『潜水艦に踏査されていたのは米国が開発した最新鋭第三世代『銀の福音』の改良型なのです。今回の事故はその機体の暴走でした』

「!?」

『暴走の原因も不明のまま混乱した現場を当該機は飛び去ってしまいました…………恥を忍んでお願いします。対オーガコア部隊のお力で暴走した『銀の福音』の鎮圧にご協力していただきたい』

 

 これには十蔵も言葉を失う。一国の大統領が包み隠さず不祥事をこうやって自分に話してきているのだ………本来の流れならば、自国の戦力でもみ消すのが一般的な政治家のやり方であろうに。

 

「せっかくのお言葉ですが、対オーガコア部隊の戦力はオーガコア関連に対してのものであります。これは国連において部隊設立の際に定義した大前提でして……」

『無論、本来ならばこのようなことをIS学園に依頼するのは筋違い。ですが先の亡国との戦闘によって太平洋艦隊の戦力を疲弊しきっております。そもそも『銀の福音』の改良プランもそれを解消しようという流れでして』

「それならばIS委員会に直接連絡していただき、然るべき対応を願われるほうが」

『ですが時間がありません。これはまだ日本政府にお伝えしていないのですが、問題の『銀の福音』の予想進路は………日本です』

 

 ここでそのことを切り出してきた大統領の話し方に十蔵は内心でわずかな怒りを覚えるのであった。

 

「失礼。そのような重要な情報は最初に内閣府にご連絡入れるのが筋なのでは?」

『はい。しかし正式手順で話を通してからにすると時間がかかりすぎる。それでは市街地に被害が及ぶかもしれない。それに私は先ほど申し上げましたように貴方がたを高く評価しております。ええ、日本の治安維持を真に守っているのは貴方達ではないのかと疑うほどに』

 

 妙にこちらを持ち上げながら日本政府を低いものだと決めつけている発言である。どうにも話が先ほどからキナ臭いものに変わってきたことを感じた十蔵は会話の主導権を握ろうとする。

 

「政治的な意図のあるお話ならば是非とも日本政府とお願いしたい。この学園は都合上日本国に建設されていますが、国際規約においてあらゆる国家機関の干渉は受けない決まりですので」

『これは失礼。私の言葉が貴方にそのように伝わってしまったのならばこちらに非があります。だがこれは先ほどから申し上げておりますように急を要する事態です』

 

 状況が差し迫っているのは事実なのだろう。今この場でウソをつく必要もあるまい………だが十蔵は大統領が事実の全てを話していないこと。そして『今』はそのことを答弁している猶予がないことを重々と承知していた。仮にこのまま福音を無視して被害を出すような真似をすれば学園側にも何らかの不利益が働くことは明白で、日本国内において軍用ISの、しかも対オーガコア用に改修されたISの相手ができるのがこの学園の対オーガコア部隊だけなのも事実なのだ。

 

「わかりました。現場には今すぐに連絡を入れます」

『おおっ!』

「ただし」

 

 ここで十蔵は言葉を発するのに一拍置き、少しだけもったいぶりながらこう返答した。

 

「私達が行うのはあくまでも暴走ISの捕縛だけです。これは絶対だと認識していただきたい」

『…………』

「最近何かと『物騒』なことが立て続けに起こっているものでしてね………あ、大統領」

『…………何か?』

「実働部隊の火鳥君がプライベートで話していたのですが………『米国製の盗聴機は匂いがキツくてかなわない』と」

『!?』

 

 ニコリとそれだけ言い残すと十蔵はモニターに一礼し、彼は敬礼しながら別れの挨拶をする。

 

「では私はこれから作戦通達としかるべき仕事がありますので」

 

 プツンッ、と画面が暗転したことでようやく肩の力抜けたのかため息をつきながら背を伸ばすと、どうやってこのことを千冬に説明しようか、怒らせると彼女は自分にもたまに容赦ない顔を見せる時があるから嫌だなとちょっとだけ冷や汗を掻きながらスマフォを操作するのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

「…………ふむ」

 

 通信を終えたスティーブン大統領は、モニターを眺めながら豪華な皮張りの椅子に背中をつけると、瞳を閉じながらこの部屋にいるもう一人の人間に問いかける。

 

「中々手強いことだ」

「………致し方ないでしょう。日本国を裏から支え続ける影の首相とも噂される人物ですし」

 

 赤いネクタイと金色のネクタイピン、そして灰色のビジネススーツに身を包んだ青年は、いつの間にか入れたカプチーノを机の上に置き、おどけた調子で言い放つ。

 

「ですが盗聴器のことまでバレていたとは驚きです。流石チフユ・オリムラの一番弟子なことはありますね」

「君の落ち度がそれで無くなったわけではないぞ『サイファー』?」

 

 サイファー………先日、ショッピングモールで女尊男卑主義者の女性から陽太達を助けた青年は、困った表情で前髪をいじると、大統領に冗談交じりの泣き言を言い出す。

 

「ということは減給ですか? 困ったな………『兄さん』達になんて言い訳しようか?」

「…………フッ、冗談だ。最もまた一仕事してもらわないとボーナスは期待できんぞ」

 

 大統領が眼鏡を直すと、サイファーは素早く懐から多数の書類を取り出し、大統領に提示する。

 

「すでに手筈は整っています。中国には少々気の毒ですが、この間のIS委員会の話し合いのときの態度がひどく気に入らなかったとこっちの人たちの声がうるさいものでして」

「…………優秀な部下を持つと楽なものだな」

 

 書類の内容に満足したのか、大統領はカプチーノに口をつけると遥か彼方で今から作戦行動に映るであろう若きIS操縦者達のことを思い浮かべた。

 

「彼等と私は友情を築きたいのだよ。時代に望まれた『英雄』達………21世紀になった現代において繰り広げられる最新の英雄譚(オペラ)だ」

 

 これから繰り広げられる英雄譚(オペラ)の一幕。それは多少の米国政府への不利益も含まれている。だが大統領はそれを上回る利益が自分の元に舞い込んでくると確信していた。

 世界を震撼させる恐怖のテロ組織『亡国機業(ファントム・タスク)』

 その『悪』に毅然と立ち向かう正義の少年少女達。

 一昔前のアニメのような構図ではあるが、これが現実世界で

 ならば恩は『売る』のではない。自分達が彼らの恩を『買う』ことで彼らとのコミュニケーションの第一歩とするのだ。そしてそれを理解しているサイファーは怪しげに眼鏡の角度を変えながらこう述べる。

 

「そしていずれ我らアメリカが世界において不動の王者に返り咲くため………」

 

 彼の言葉に大統領は答えることなく、同じく怪しい笑顔を浮かべるのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 そして場面は日本の『花月荘』へと移される。

 

 日が昇り、大広間で一斉に朝食を取っていた部隊の面々であったが、その時血相を変えた真耶が大広間に駆け込んでくる。

 

「皆さんっ!?」

 

 後から続いて奈良橋教諭も真剣な表情となっていたことで、対オーガコア部隊の面々は険しい表情となって非常事態になったのだ理解する………黙々と朝食を食べ続ける陽太を除いて。

 そして普段は宴会用に使っている大座敷・風花の間に多数の機材を持ち込んだIS学園メンバーは、早速非常事態に対しての緊急ミーティングを開始する。

 

「(モシャモシャ)」

「………ねえ、ヨウタ?」

「ん?」

 

 が、そんな場合だというのに丼にたっぷりの白米とおかずをのっけたオリジナル丼を手放さずに食事し続ける陽太に早速青筋を作ったシャルが拳を握りしめるが、そんなのどこ吹く風よと気にせずに陽太は入院中でありながら指示出しのために映像を中継させた千冬に問いかけた。

 

「で、場所は何処よ?」

『・・・・・・・・』

 

 オーガコアが出たんでこれから出撃するんだろう、と端から決めていた発言であったがサイドモニターに映った千冬からは何ら解答が返ってこない。これには何かおかしいと思ったのか陽太はどんぶりをバカ食いしながらシャルに問いかける。

 

「なんで朝っぱらからあんな機嫌悪いんだ?」

「私が知ってるわけないでしょう? あといい加減ごはんは止めなさい!」

「昨日の昼みたいに食いっパぐれるのはもう二度と御免だ」

 

 残り半分をそのまますべて口の中に放り込み、まるで餌を与えれたリスのように頬っぺたを膨らませる陽太に呆れるシャルであったが、そのときモニター越しの千冬が重い重い口を開く。

 

『…………今回の出撃場所は海上だ。ただし、目標発見時において即交戦は厳禁』

「はぁっ?」

 

 なぜオーガコアを見つけておいて戦うななどというのだ。

 口の中に食物を目一杯放り込んだ陽太が更に問いかけようとするが、千冬がゆっくりと瞳を開くとその威圧感に押し黙ってしまう。

 

 ―――滲み出る怒気を宿した瞳―――

 

「目標はオーガコアの影響を受けて暴走『しているかもしれない』ISだ」

「………かもしれない?」

 

 今一要領の得ない言い回しにラウラが首を傾げるが、千冬が眼力を変えることなくラウラを見る。

 

「(ヒィッ!)」

『そうだ。かもしれない奴を我々の手で捕縛せねばならないのだ』

 

 自分自身にまるで言い聞かせるように、だが納得など到底できないでいることがありありと見て取れた。

 そもそも彼女と十蔵がこのIS学園で部隊を設立したのも、国家のしがらみによって部隊運用の速度を奪われ、しまいには部隊が本来尊重しなければならない理念すらも歪められかねないことを考慮した結果なのだ。だが通信越しに十蔵が告げてきた内容は、そんな二人が大事にしていたはずの思いを無下にしたと千冬自身は感じ取ってしまう。むろん、彼だって好きで下した判断ではないのだろうが、どうみてもアメリカの圧力に負けて彼らの使いっ走りになったようにしか思えず、怒りが腹の底でグツグツと煮えくり返る。

 

『目標は二カ月前、太平洋にて亡国機業製ISに敗走したアメリカとイスラエルが共同開発した『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の改良機だ』

「!?」

『極秘開発の後に更に改良されたためにスペックなどの詳細な情報が間に合っていない』

 

 千冬の言葉に一人だけ陽太が異質な反応を示し、そして何か考え込むようにうつむいてしまう。だがそんな彼の態度に誰も気が付かずにミーティングは進む。

 

『深夜遅くに東アジア沖の排他的経済水域で、護送中だった潜水艦を破壊してそのまま飛翔。音速超の速度で蛇行した進路を取り続け、現在は約500ノット(約時速950㎞)で日本の太平洋沖を北上中。このままだと数十分で市街地に突入してしまう』

「だったらここで四の五の言ってないで早く取り押さえに行こうぜ!」

 

 ある意味いつも通りの一夏の言葉であったが、今回はこれが正答であるとほかのメンバー達も謎のISと市街地上空で戦闘を行うなどはできないと判断し、何としても海上で阻止しないといけないと一夏に同調するのであった。

 

「だったら話が早いわ。私と陽太で足止めするからほかのメンバーは随時後続で……」

「あら、鈴さんと陽太さんのお二人でかっこつけようというわけですか?」

「私達のISは足が速いのよ。セシリア、アンタはいつも高速飛行テストだと最下位争いでしょうが」

「そ、それは!! わたくしのブルーティアーズだって高速飛行用パッケージをつければ」

「無駄口を叩くな二人とも………だがパッケージの換装をしている暇はない。ここはまず鈴の言う通り二人に先行してもらい、セシリアが後方から長距離支援砲撃をしつつ…」

 

 ラウラが隊員二人をたしなめながら作戦を立案する中、手元でノートパソコンを眺めていた真耶が血相を変えて振り返る。

 

「こ、これって!?」

「山田先生?」

「お、オーガコアです! 新たにオーガコアの反応を検知!!」

 

 全員がその言葉に驚愕し、さらに正面のメインモニターに赤い敵性アイコンが点灯し、ゴスペルの黄色いアイコンと並んで二体が別々の進路で動く図が描かれてしまう。

 

『山田君。そのオーガコアの情報は確かか?』

「はい! 自衛隊からの緊急要請シグナルを学園で受理したものです」

『クッ………よりにもよってこのタイミングか』

 

 どちらも放置するにはあまりにも物騒すぎる。かといって国内でオーガコアと軍用の改良型ISに同時に対応できる戦力はこの部隊しかおらず、今から外部に協力を願い出るには時間がかかりすぎる。千冬がどうするものかと頭を悩ませる中、やはりこの男は決断は早かった。

 

「…………人気者は辛いとこだな」

「………ヨウタ」

「すんげぇ心配なんだが…………やるしないよな、コレ」

 

 そして本当に心配そうな表情をしたまま、陽太はシャルたちのほうを振り返り、隊長として皆に振り分けを伝達する。

 

「オーガコアのほうにはほぼ一夏が固定みたいなもんだから、一人なんて論外だし俺も行く」

「ろ、論外って」

「お前一人とか正気の沙汰じゃないわ。心配しすぎて千冬さんの心臓が今度こそ破裂するぞ………鈴、お前も一緒に来い」

「ええっ~!?」

 

 実はオーガコアの方に一人で行こうと内心で決めていただけに陽太から念を押してダメ出しを食らって一夏は落ち込んでしまう。対照的に鈴は一夏と一緒に行動できるということでちょっとだけ嬉しいのか顔を赤らめさせる。

 だがこの人事にはセシリアが納得いかないといった表情で陽太に詰め寄った。

 

「どうして鈴さんなんですか!?」

「コイツのISが足が速い。それと推力に余裕がある。俺達二機を牽引してもらう」

 

 つまり陽太のプランは最高速でオーガコアの元に赴き、短時間で勝負を決して福音の方に向かうメンバーの後を追いかけるというものである。チーム内でIS二機を引っ張りながら音速越えで飛行できるのは鈴の甲龍・風神だけであるだけに、ラウラもこの作戦を聞き『確かに、現状ではそれが一番シンプルで確実か』と納得のいくものであったが、この作戦を言い出した陽太自身が今一歩信用できなさそうにシャルの方を見ていた。

 

「………この間は簪が相手だったから、で済ませるが…」

「な、なんだよ!? 私だって早々不覚を取らないよ! それにお父さんから新型のパッケージも受け取ったし」

 

 自慢げにそう語るシャルであったが、意外に心配性な陽太の表情が晴れることはない。後、簪のことを持ち出されると隣の箒も『ググッ………この間は…その……』と弱々しい言葉しか出すことができないのであった。

 

「とりあえずこのメンバー振り分けでいくしかない。早速出発すっぞ千冬さん?」

『グッ…………だが……陽太、私は……』

「いいからいいから」

 

 陽太は手をプラプラとして気にしてないとアピールする。千冬の不機嫌な表情とオーガコア以外のISを相手にしろと言われた時点で、彼女自身が今回のことに納得できないものの上の人間の命令に押し切られたということを察したのだ。それにこれ以上押し問答している時間もないし、彼女の容態が悪化しようものなら隣の一夏が泣き叫んで使い物になりかねないと結構な打算もある。

 

「(それに……ISどもから福音の話を聞いた時から、なんとなく相手しないといけない予感はあったしな)」

 

 昨日の今日のこのタイミング………作為的なものを感じずにはいられない陽太であったが、あいにく時間が刻一刻と差し迫ったいることもあり、彼は不承不承で命令を隊員たちに飛ばす。

 

「オーガコアには俺と一夏と鈴。残りのメンバーには福音捕縛に向かってもらう。無茶はしても無理はするな!」

「「「「「「了解!」」」」」」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 すぐさま旅館を飛び出した一行はISを装着し、浜辺において二手に分かれての行動を開始する。

 

「じゃあ、行くわよ二人とも」

「できるだけ早く終わらせるから、あんまり無茶はするなよ箒、みんな」

 

 一人だけ名指しで心配され、ちょっぴりだが悪い気がしない箒は頬っぺたを若干赤く染めながらそっぽ向き、逆に一夏の方が心配だと言い張る。

 

「わ、私の事はいい! 陽太が一緒とはいえ油断はするなよ一夏!!」

「ああっ!」

「…………なんか腹立つな~」

 

 そんな二人のやり取りが面白くない鈴が若干拗ねだす中、ISを纏ったシャルをなおも心配そうに見つめる陽太に彼女も頬を赤く染めながら対応するのであった。

 

「………………」

「も、もう~~。今日のヨウタはちょっと心配性すぎるぞ?」

「……………ああ」

 

 が、陽太が心配しているのはシャルの事だけではなかった。昨日のIS達が話していた福音の一件であったのだ。

 今回の事件が誰の差し金なのか、それとも本当にただの偶然なのか、結局判断することなく行動を開始していることに、陽太は嫌な予感を敏感に感じ取っていた。

 

「とりあえず無理だけはするな。やばくなったら海中に逃げろよ………大概のISは空戦仕様だから水中に入っちまえば極端に攻撃手段は制限される」

「まだ戦闘になるって決まってるわけじゃないんだから!」

 

 暴走して飛んでいるだけという可能性すらあるのだ。シャルの言う通り問題なく捕縛の方もできる可能性もある。

 

「わかってる…………後それと」

 

 そして一つ間を置いて、陽太はシャル、ラウラ、セシリア、箒とそれぞれ見つめながら彼女達のISの名を口にする。

 

「ヴィエルジェ、シュヴァルツェア、ブルーティアーズ、紅椿」

 

 突然自分のISの名を呼ばれた操縦者たちは一堂に困惑するが、名を呼ばれたIS達が自分に対して返事をし返してくれたことを陽太は何となく感じ取り、これから姉に当たるISを『助け』に行くであろう彼女達にも励ましの言葉を贈る。

 

「ネットワーク越しじゃ言葉は届かないみたいだが、直接ならひょっとするかもしれない。何度でも呼びかけ続けろよ」

『大丈夫、皆、わかったって言ってる!』

 

 相棒であるブレイズが皆の返事を代理して言ってくれたおかげで、陽太もようやく笑顔になれる。このメンバー内において最高値の適正率を誇る陽太であったが、それであっても装着していない他のISとの自由会話はできるものではない。だが暴龍帝は以前自分とブレイズとの間の会話に割って入り、千冬は触れただけでISの機能の一部を停止させてみせた。やはりこの辺りは千冬の言う通り、スカイクラウン(第七感発現者)とそうでないものとの絶対的な格差であるように感じ取り、腹の底で忘れかけた苛立ちが蘇ってくる。

 

「じゃあ行くぞ」

 

 陽太がそう言い残し飛び立ち、一夏と鈴も後に続く。

 

「なあ、なんで今、皆のISに話しかけたんだよ?」

「そのうち理由を話してやるよ。今はオーガコア倒すことだけに集中してろ」

 

 空中で問答しながら変形した甲龍に捕まる二人と、二人が捕まったことを確認した鈴はメインスラスターとアタック・ブースターの両方に点火し、猛スピードで加速して一気に三人は東北方面に飛び去ってしまう。

 

「………なんだったんだろ、今の?」

「さあ?」

 

 そして理由が話されないまま取り残され、終始頭を傾げるシャルとセシリアであったが、副隊長であり福音捕縛組のリーダーであるラウラは気を取り直して作戦の開始を告げるのであった。

 

「今はそのことは置いておけ! とにかく私達は福音の捕縛に向かう。先頭は箒、シャル。お前達だ!」

「りょ、了解!!」

「うむ」

 

 普段は戦闘には一夏、箒、陽太という順になるのだが、今回は二人ともがいないということで二番手として一夏同様に突撃と彼の援護を主任務とする箒を先頭に、その背後にシャルが付くという順番をとる。

 

「セシリアは私の後方に。前線組が戦闘になった場合、直接火砲支援(ダイレクトサポート)を頼む」

「了解しましたわ!」

 

 後方からは大火力と鉄壁の防御力を持つラウラ、そして最後方において長射程高火力なライフルとBTによる援護の要であるセシリアが付く布陣で四人は浜辺から飛び立ち、陽太達が向かった方向とは逆の太平洋側に向かって機体を加速させ続ける。

 

『皆さん、現在福音は進路、速度そのままに飛行中。このままいけば9分55秒後に皆さんと接触(エンゲージ)します」

「了解、山田教諭………引き続きモニタリングと陽太達の方にリアルタイムでの通信を」

 

 真耶からの通信に応えるラウラの前方で、福音に真っ先に接触することになるであろう箒とシャルは真剣な面持ちで前方を見つめながらも、プライベートチャンネルで会話を続ける。

 

「それで? 一夏に誕生日はお祝いしてもらえたの?」

「なっ!? い、今は作戦中だぞシャルッ!」

「それはそうだけど………これはこれで重要なことだと思うんだけどな、私は」

 

 作戦中だというのに珍しくこういうプライベートな会話をしてくるシャルというのは箒としては珍しく、面食らってしまう。どちらかというと場の空気を読んで皆との調和を重んじる方のシャルだから猶更なのだ。少し浮かれるほど陽太に心配されたことがうれしいのか、若干緊張感に欠けているように箒には思えた。

 

「シャル、何度も言うが今は作戦中だ。気を引き締めろ」

「………う、うん」

 

 箒の剣幕に圧倒され黙り込むシャルロット………確かにまだ戦闘になると確定している訳ではないが、不測の事態が起こりうる可能性は十二分にある、状況が終わる所か始まってもいない状態で油断するわけにはいかない。

 シャルにもそのことはわかっていたのだが、そのほんの少しの隙にもならない綻びのような『油断』が招く結果をこの時の彼女は知る由もないのである………。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 それから約9分少々後。太平洋沖合において飛行を続ける四機に対して、真耶から通信が入る。

 

『もう間もなく目標とのエンゲージの模様。なお火鳥班も目標のオーガコアと交戦に入りました』

「向こうも始めたのか………こちらも失敗するわけにはいかない。陽太は私達に増援する予定だが、何なら私達が向こうを助けに行く気でいくぞ!」

 

 ラウラのあえて鼓舞する意味合いを込めた言葉に他の三人が僅かに微笑みを浮かべる中、同時にハイパーセンサーがしっかりと目標の機影を捉え、四人にその姿を視認させる。

 

 白銀の翼とボディ、そして不気味に揺れるバイザー………表示されている以前のデータからの画像とは細部において違いは多数見受けられるが、コアナンバーと外観からのフォルムから改修された銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)と判断できた。

 ラウラは瞬時に判断を下す。

 

「各機速度緩め! 警告を発しつつ相手の出方をうかがう!」

「「「了解!!」」」

 

 現場リーダーのラウラの指示の元、シャルとセシリアは安全装置をいつでも外せる状態で武装を所持し、箒は鞘に刀を納刀しつつも最速で引き抜ける抜刀術の体勢を取る。そして警告を発する役のラウラはAIRの展開を可能にするために意識を集中しつつ、声を張り上げる。

 

「こちらはIS学園所属、ラウラ・ボーデヴィッヒッ!!」

 

 コアネットワーク越しの呼び出しができないということで、ラウラが外部スピーカーで張り上げた声に反応したのか、高速で飛行していた福音が速度を大幅に緩め、徐行するようにゆっくりと四機に近寄ってくる。

 

「日本政府の依頼によってこの場に貴公の真意を確かめに来た! 貴公の行動は国際条約に大きく違反したものである! よって、この場にてその行動の真意を説明していただきたい!」

 

 速度が緩まったことで、ラウラは相手に話が通じるのではないのかと淡い期待を抱く。一方、話しかけられた福音はというと、彼女たちのすぐそばまで接近するとその場で停止し、しばし四機を眺めながら首を左右にゆっくりと振りつつ、まるで何かを確かめるようにラウラ達を見続ける。

 

「…………暴走が止まったの?」

「それとも中の操縦者がコントロールを取り戻したんじゃ?」

 

 そう。このとき、ラウラ達は重大な情報を知らされずにこの場に赴いていたのだ。

 それはアメリカ政府が意図的に学園側に伝えなかった情報であり、同時にISの常識で考えるとにわかに信じがたいこと。つまり………。

 

「登録操縦者、アメリカ海軍所属のナターシャ・ファイルス中佐に聞く!」

 

 四人は、学園はまだこのときに福音が操縦者無しの無人状態で暴走しているとは知らされていなかったのだ。そして箒の張り上げた声を聴いた瞬間、福音が一瞬だけビクリッと体を震わせ、小刻みに震え始めた。

 

「貴女の行動の真意は………一体…」

 

 徐々に震えを大きくする福音の様子のおかしさに四人も気が付き、警戒心を高める。

 

「なんだか………コントロールが戻ったという状況じゃないみたい」

「どうやらそうらしい。操縦者は意識を失っているのか?」

「ラウラさん、このままでは………」

「武装のセフティーを解除しろ。出方次第では即攻撃の許可をする」

 

 明らかに正常ではない動きに、四人はそれぞれ獲物の安全装置を外して攻撃の体勢を高めた。

 そんな中、四人を見つめる福音に徐々にノイズが走り出す。

 

 

 ―――だ……れ?―――

 

 思い出されるのは『あの日』の光景………。

 

 ―――貴女達は………私は?―――

 

 青い空に飛び立ったたくさんの仲間………そして戦艦……それを……。

 

 ―――貴方は………やめて……皆を、仲間を………―――

 

 

「「「「!?」」」」

 

 震える身体をそのままに、福音は両肩のショルダーアーマーからビームサーベルを取り出し、身を屈める。同時に四人も武装を福音に向け、攻撃態勢を整える。

 

『ギィ………ココココココココココロココロササササアサアナイデ』

「「「「!?」」」」

 

 突然、福音が女性的な音声を発しながら両手にサーベルを持って突撃してくる。それを迎え撃つために箒とシャルが前に出て、背後からセシリアが援護のための三連バルカンによる射撃を行い、何もない海上に瞬時にいくつもの光点が生まれる………。

 

 このとき、シャルも箒も、ほかのメンバーも、ましてや陽太や一夏も知る由もなかったのだ。

 

 福音が何を求め、ここに来たのか。

 

 ISが本当に『タダの兵器』であるのかどうかすらも………彼らはまだ、本当のことを知ってはいないということに。

 

 

 

 ―――…………どうして戦いに来たの? どうして皆を殺そうとするの!? 応えて、ナンバー002(兄さん)!!―――

 

 

 

 

 

 





うちでは福音編で浮かれているのは箒じゃなくシャルさんということにしました。
なんでそうなったかは次回にお話しします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

臨海学校二日目~交戦~


お盆休みのおかげで今回は早めに更新できました。


 

 

 

 

 それは、出撃をするホンの数分前のことであった。

 忙しく準備を続ける対オーガコア部隊のメンバー内において、今回は二つに割れた班のうち、支度を済ませたシャルが何気なく陽太と一夏の方に振り返る。また何か出撃前に困った我儘を言ってないかと心配したのだ。

 幸い、その光景を見ていたのはシャル一人であった。

 

「なあ、陽太。お前、旅行前に何か包み紙に……」

「俺の前に自分のこと心配してろ。〇〇〇を箒に渡す時に告白のセリフ噛むかもしれないのによ」

「なっ!? て、てか、なんでお前がそのこと知ってんだよ!」

 

 どうして自分しか知らない(ハズ)の物の存在を陽太が知っているのか、驚いて詰め寄る一夏であったが、そんな彼に陽太は心底小馬鹿にしたかのような表情のまま鼻で笑い飛ばす。

 

「ハッ! この超銀河心眼の持ち主である陽太様に知らぬことなど何一つないのだよ」

「超銀河って、小学生か!? さては勝手に人の荷物漁りやがったな!」

「違う。お前の旅行鞄の中に俺の酒と煙草入れるときに偶然発見しただけだ」

「勝手に共犯に仕立てあげやがったのか!?」

 

 『馬鹿だな。まさに完璧犯罪だっ!と格調高く褒め称えんかい』と勝手気ままな言い分でキレ気味の一夏をやり込める陽太であったが、何かを思い出したのか急に表情を変えた一夏が陽太にこう問いかける。

 

「俺だって知ってるぜ。この間、カバンの中に何か悩みながらラップに包んだ物を入れてたけど………あれってひょっとしてシャルへのプレr」

「 だ ま れ 」

 

 一夏の言葉を首をつかむことで無理やり中断した陽太は、彼の身体を上下に揺さぶりながら今話していた言葉を全て忘れ去れと無表情のまま強要し続ける。

 

「グエッ!? ちょっ!?」

「どうだ忘れたか? まだ足りないか? それとももっとしてほしいのか?」

「ギブギブギブッ!」

「よし忘れたな。すぐに忘れたな。この話題を次に出した時は今の五倍の速度で揺さぶるから注意しろよ」

 

 結局力技で一夏をやり込めた陽太であった、このとき、シャルが背後でそば耳を立てていたなど知る由もなかったのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 不気味な挙動を繰り返していた福音が突如として両手に二本のビームサーベルを持って四人に襲い掛かってくる。ある程度警戒していたとはいえ、フェイント気味に起こされたそのアクションに対して、シャルが若干の遅れを見せてしまった。

 

「しまっr」

 

 両手に持ったライフルの斉射でダッシュを止めるのが最善手だっただけに、それができなかったことに自分自身でショックを受けてしまう。

 

「(箒に言われていたのに………こんな凡ミスするなんて!?)」

「シャルロットさんっ!」

 

 そんなシャルのフォローをするべくセシリアはブルーティアーズのスターライト・アルテミスをモードBに変形させ、三連バルカンで援護射撃を行う。レーザーの弾幕に突進を一旦中断して射線から逃れる福音であったが、そこへ逆に福音に向かって突撃した箒は二刀を振りかぶり剣戟をぶつけ合わせるのであった。

 

「ぐっ!!」

『!?』

 

 紅椿のスラスターの推力に押し負け、体勢を崩す福音に対し自らが人類守護の剣になると誓った少女は小さな隙も見逃すことはなかった。

 

「受けてみるかっ!」

 

 福音の腹部を蹴り飛ばし、距離を開けた箒はそのまま空中で一回転し、同時に展開装甲を起動して左手に持った空裂と一体化、身の丈ほどの刃へと変形させる。

 

「虎も恐れるごとく」

『・・・・・・・』

 

 そんな箒の攻撃を看過する気はないと福音は改修前から装備されている象徴ともいうべき武器、『銀の鐘(シルバーベル)』を起動し、ウイングスラスターから30以上のエネルギー弾を形成して、猛烈な弾幕とした。

 

「唸れ、紅牙一閃ッ!」

 

 凶悪なエネルギー弾の弾幕に対しても箒は怯むことなく刃を振りぬき、巨大なビーム光波はそんな彼女の行く道を切り開くかのようにシルバーベルの群れをど真ん中から真っ二つに両断する。

 自分の進路を切り開いた箒はスラスターを再び全開にし、虎なぞ一撃で消し飛びかねない弾幕に飛び込んだ彼女は、両足のビームブレイドを展開して大型刀と共に自分に襲い掛かるエネルギー弾を片っ端から切り払っていく。箒の猛攻撃に再びシルバーベルでの弾幕を張ろうとするが、そこにラウラがハイブッドバスターキャノンを発射し、シルバーベルを根こそぎ消し飛ばしてしまう。すかさず追撃の一手としてシャルは複合型65口径アサルトカノン『ハウリング』を発砲し福音は急上昇してそれを回避しようとするが、セシリアのスターライト・アルテミスの狙撃が同時に放たれ、ビームサーベルを盾にして攻撃を受け止めるのであった。

 

「元は高機動と中距離制圧が得意と聞いていたが、接近戦は改修されても不得手のようだな!」

 

 不用意に攻撃を受け止め、足を止めてしまい自ら自慢の高機動性を殺した福音の選択ミスから、御座なりの近接スキルしか有していないと判断した箒は、接近戦で一気にケリをつけようと腰の装甲から二本の柄を抜き、両刃の長剣を形成し柄同士を連結させて高速で回転させ始める。

 

「剣閃疾走ッ!!」

 

 左手で刃を回転させ、右手で印を組みながら空中を疾走した箒は、その刃に赤い炎を灯し福音に斬り掛かるのであった。

 

「『風』鳴る刃、『輪』を結び、『火』翼をもって、『斬』りすさぶ………受けよっ!」

 

 ――― 風 輪 火 斬!!―――

 

 マドカのアーバレスト・ゼフィルスをバリアフィールドごと一撃で大ダメージを与えた技をもって、福音に紅を纏った炎刃が斜め下に袈裟斬りで振り下ろされ、胴体を切り裂かれながら海面に激突し、大きな水飛沫をあげて海中に沈んでいく。

 

「……………」

「箒ッ!!」

 

 海面にできた波紋を見つめながら残心を取る箒に近寄るシャルロットであったが、刀を振るう動作によって彼女を静止させると、振り返ることなく箒はシャルに厳しい問いかけをする。

 

「さっきのアレはなんだ、シャル?」

 

 初動が遅れ、援護射撃ができなかったことを指摘されているシャルはバツの悪そうな表情になる。

 

「戦場(いくさば)において一瞬の油断が危険を及ぼす。それは自分だけの話ではないのだぞ?」

「それは………」

「………シャル」

 

 振り返った表情は悲しみを讃えた物であった。だからこそ箒が自分に何を伝えたいのか、自分が何をしてしまっているのかを悟ってしまう。

 二年前、不注意とも言えない細やかな判断の差によって簪は意識不明の重体となってしまい、今でこそ回復しているものの、生き残ったのも意識を取り戻したのもほぼ『偶然』でしかない。目の前で大事な人間が突然死んでしまう時だってある。それが戦場であるのなら確率は日常の中の比ではない。

 自分は決してふざけていた訳ではない。だが芯から今、真剣に戦場と向き合えていたであろうか?

 

「………前に一度言っていてたな。『自分は陽太の力になりたいだけでISに乗っている』と」

「!?」

 

 急に話し出した箒に息を飲む。そして今度の問いかけは何一つシャルが予想できないものであった。

 

「………今でもそうなのか?」

「わ、私は」

「責めたい訳じゃない。否定したい訳じゃない。ただ、今のシャルの気持ちを知りたい」

 

 箒の真摯な瞳がシャルに問いかけてくる。

 一月以上前の時はお互いの立場が逆だった。揺れる箒と揺れないシャルの図式で自分が問いかけるほうだった。だが今は箒が真摯な瞳で訴えてくるようにシャルは感じる。

 

「(それは私は………)」

 

 ヨウタのため、みんなのため、オーガコアと戦いたいという気持ちに偽りなどないのに、それを強く即時に言えない自分がこの場にいる。まるでそれ以上に重要なことが出来てしまったかのように………脳裏に『暴龍帝(あの女の人)』の影がチラついて、シャルを無性に苛立たせてくる。

 

「今はそれは関係ない!」

 

 心から流れ出た燻む気持ちが言葉となり、箒への解答がある意味全てを物語った。怒鳴り声をあげてしまったこと、そして苛立ったという事実が少なからずシャル自身を傷付けてしまう。

 

「…………済まない。確かに今聞くことではなかった」

 

 空気を読めなかったのは自分の方であると素直に謝罪する箒の姿が殊更に苛立ってしまう。言葉がそれ以上出ずに俯いてしまうシャルロットを見つめながら、ラウラが頃合いを見計らったかのように声を二人にかける。

 

「まだ戦闘中だぞ! 私語は慎めっ!!」

 

 副隊長として、現場のリーダーとしての当然の声であったが、彼女は同時に箒に回線を開き、二人だけの会話を展開する。

 

『突然何のつもりだ一体?』

『済まない』

『今は謝罪はいい………なぜシャルにあんな質問を』

 

 箒という人物を信用しているからこそ、いきなりシャルに対してあんな質問をしたことを不自然に感じたラウラであったが、返ってきた言葉は予想外のものであった。

 

『出発前に千冬さんに頼まれたのだ。シャルの気持ちを確認してほしいと』

『教官にか!?』

『ああ………千冬さんは陽太と同じくらいシャルの気持ちが不安定になっていないか心配されていた………だが、今は確かに聞くべきではなかったな。済まない』

 

 またしても謝る箒であったが、ラウラはそれ所ではなかった。

 なぜそういう大事なことを自分ではなく箒に聞くように言われたのか………おかしい、自分はこの隊の副隊長で千冬の信任厚い存在ではないのか? 意図せぬところでショックを受けた形になるラウラであったが、別にこれはラウラの落ち度というわけではなく、仲の良いシャルに対して遠慮してしまいズバリ聞き出せないであろうという千冬なりの配慮である。事実、ラウラは千冬にこのことを頼まれても恐らく旅行中は聞けず仕舞いになってしまう所であっただろう。これがセシリアや鈴であったとしても、ある意味機微に敏感なシャルは意図を察してしまい正直な気持ちを話さないかもしれない。ある意味、距離感がズバッと踏み込んでしまいがちな箒であったからこそ、聞けることもあるのだ。

 

『(教官何故なのですか?教官何故なのですか?教官何故なのですか?教官何故なのですか?)………あ、ああ………了解しました。理解した』

『?』

 

 呆然となって何かブツブツと言い出すラウラの変化が気になる箒であったが、唯一真面目に敵の索敵を行っていたセシリアから怒りが混じった警告の声が発せられる。

 

「お三方!? 敵はまだ健在ですわよ! 集中力を切らさないで!!」

 

 セシリアの声に我を取り戻した箒とラウラは瞬時に獲物を構え直し、シャルも一拍遅れて銃口を海面へと向ける。

 海面から不気味な水泡と波紋がいくつも浮かび上がり、やがて徐々にその規模を大きくしながらゆっくりと『福音(それ)』は姿を現すのであった。

 

「………!?」

 

 最初に違和感に気が付いたのは、やはり直撃を浴びせた箒であった。自分の技は確かに福音に届いた手応えがあったにも関わらず肩口に小さな打撃痕を残す程度にしか損傷させていなかったのだ。思わず自身の刃を見つめる箒であったが、装甲の強度に負けて破損した形跡もない。仮に福音の防御力があのヴォルテウス・ドラグーンと同程度にまで強化されていたのなら、斬りつけた瞬間に手応えで理解できる。

 理屈に合わぬこの状況を訝しぶる箒であったが、そんな彼女に打ちのめされた福音は両手に持ったビームサーベルの柄を一旦量子変換してしまうと、両手に瞬時に二挺の長大なビームライフルに武器を持ち替える。

 

「まずいっ!」

 

 近接では不利と学習したのか、相手が戦法を変えてくる気だと思ったラウラは仲間に対して叫ぶ。

 

「散開ッ!」

 

 福音から放たれたビームの発射音とラウラの声が重なり、発射されたビームは大気を切り裂いて迫ってくる。AICで強力なビームを受け止めてみせるが威力に押され、足が僅かに止まってしまう。その隙を突くかのように福音はライフルを発射しながらシルバーベルを連続で発射してきたのだ。

 

「ラウラッ!」

 

 当然ラウラに対しての追撃だと思っていたシャルがカバーに入ろうとアサルトライフルを発砲して撃ち落とそうと横入りするが、そんなシャルの行動をあざ笑うかのように放たれたシルバーベルは全てラウラを回避していく。

 

「何っ!?」

「箒ッ!!」

 

 驚愕するラウラと叫ぶシャルの声に返事をする余裕もなく、箒は全方位から迫るシルバーベルを迎撃しようと連結させた刃を解除し、二刀流にして次々とシルバーベルを薙ぎ払い始める。

 

「こぉんのぉっ!」

「いい加減に……」

 

 仲間の窮地に黙っていられるかと、シャルがアサルトライフルを今度は福音本体に向けるが、『彼女(敵)』の行動が予想以上に素早い。両肩口の装甲を展開させ銃身が露出し、内蔵された4銃身式機関砲(マシンキャノン)が火を噴き、盾を構えた彼女に実弾の雨が降り注ぐ。

 

「くっ!?」

 

 ヴィエルジェのEシールドがマシンキャノの全て受け止めてみせるが、対オーガコア用に改良された銃弾の威力は一つ一つが重く、反撃の猶予を与えてくれない。

 そしてシャルにマシンキャノンで銃弾の雨を降らせる福音は、体勢そのままでライフルの銃口をセシリアへと向けたのだった。

 

「!!」

 

 ブルーティアーズのスターライト・アルテミスと福音の『バスターライフル』が同時に発射され、空中でビーム同士が激しいスパークを起こしながら激突する。

 

「くっ!」

 

 海面にプラズマ(火花)が浮かび上がる中、何とか押し返そうとセシリアがアルテミスの出力を最大限にまで上昇させ、徐々に福音のバスターライフルが押され始める。

 

「これでっ!」

『………………』

 

 競り勝ってそれを反撃の契機にする。そう意気込むセシリアであったが、福音は全く焦る様子もなく、まるで予定調和であるかのようにバスターライフルの出力を上げ始め、一気にスターライト・アルテミスのビームを押し返していく。

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 一気に押し切ってきた極太のビームに弾き飛ばされ、空中を錐揉み回転して墜落していくセシリアを助けようと、唯一動けるラウラが後を追うとするが、福音はそれすらも許さない。マシンキャノンの飽和攻撃に身動きが取れないシャルに向かって急接近すると、盾の上から強烈なキックを放つ。と同時に反動を利用してその場から福音は空中疾走した。

 

「くぅぅぅっ!!」

 

 威力を殺し切れずに叩き落さるシャルを尻目に、ライフルを量子変換して収納すると福音は両手に再びビームサーベルを保持して超速でラウラに背後から迫る。当然それを承知していたラウラはあえて懐に福音を呼び込んでAICで捕獲、接近戦で強烈なカウンターを打ち込む段取りを組むが銀のISは予測の遥か上を見せてくる。

 

 ―――両手に持ったビームサーベルの柄を連結させる―――

 

「なにっ!?」

 

 むしろ、シルバーベルの群れを薙ぎ払っていた箒がそれに驚愕し、ラウラは自分に向かってくる福音が『左手で刃を回転させ、右手で印を組みながら空中を疾走』してくる姿を見て、己の失策に気が付き、慌ててAICの展開をAIRに切り替え、右腕にフィールドを集中させるのであった。

 

 ―――斬り込んでくる福音の姿が箒とダブる―――

 

「これは………箒の!?」

 

 AIRを集中させた右腕に伝わってくる衝撃、突進の威力も加味された威力の斬撃はまごうことなき、先ほど福音自身に箒が放った『風輪火斬』そのものであった。斬撃そのものは受け止められたが、突進の衝撃は殺しきれずにラウラは空中を引きずり回される事となる。当然ラウラもスラスターを全開にして押し返そうと応戦するが、改良された福音の推力はそれを上回り、勢いを殺しきれない。そして空中を右へ左へ振り回されラウラの意識が遠退きそうになった時、高速で二機の周囲を取り囲む物体が飛来する。

 

「SBビットッ!」

 

 バスターライフルの直撃をギリギリ避け、戦線に復帰したセシリアが放ったビット達である。縦横無尽に空を飛び回るビット達が放つビームは福音をラウラから無理やり引き剥がし執拗に追い立てる。八基のビットを従え、セシリアは新兵器である二挺のビームハンドガンを両手に持ち、果敢に突っ込んでいく。

 

「セシリアッ!」

「私達もッ!」

 

 セシリアを一人行かせるわけにはいかないとシャルも箒も後に続く。そんな三人の少女の気合を受けた銀の天使は僅かに何かを考え込むような動作で首を傾げ、自分に向かってくる三人の姿に、大事な大事な『何か』を思い出しかける。

 

 ―――ノイズが走る自分の視界に映る、いつも一緒にいた………―――

 

 ―――『彼女』達を蹂躙する真紅の瞳をした黒き龍―――

 

『ギイイイイッ!』

 

 まるで金属が擦れるような苦しみの声を上げた福音は、両手のバスターライフルを構え、シルバーベルを再展開してセシリア達を迎え撃つのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

「くたばれェっ!」

 

 ツインドライブを発動させ零落白夜を使って突っ込む一夏と、フレイムソードを逆手に持ってフェニックスファイブレードを使用した陽太の二人が、それぞれ袈裟斬りと斬り上げの一撃を交差させる。

 

『!!?』

 

 対峙していたオーガコアは防御態勢を取るが、二機の攻撃力の前には紙屑程度にしか役に立たず、胴体の装甲は✖字に切り裂かれ、中に取り込まれていた操縦者とオーガコアが露出し、地面にゆっくりと倒れ込んでいく。

 

「いっちょ上がり!」

 

 流れるように鈴が素早く接近して操縦者とコアを受け取りゆっくりと地面に降ろすと、近くに待機していた自衛隊員達に事後処理を任せるのであった。

 

「コアは手筈通り厳重に封印して倉持研究所にお願い! 操縦者を早く病院へ!」

「りょ、了解しました!」

 

 少女らしからぬ場慣れした対応に戸惑う自衛隊員であったが、鈴はそんな彼らに背を向けると急いで陽太達の元に駆け寄る。

 こちらの件は片付いたと、早々に真耶へとシャル達の状況を確認する陽太であったが、やはりというべきか返ってきた報告は良いものではなかった。

 

「もらったデータには記載されていない武装を使ってくるだと?」

『ハイッ、しかも基本性能も全体的に少なくとも20%は上昇しています。デュノアさん達も頑張っていますが状況は良くありません!』

「チッ!」

「すぐに戻ろう!」

 

 嫌な予感がした時ばかり変に的中する自分の癇がたまに嫌になる陽太であったが、今は嘆いている場合ではない。踵を返すと、一夏は来た時の倍の速度で帰る気で仲間の名を叫ぶ。

 

「鈴っ!」

「聞こえてるわよ!」

 

 同じ通信を聞いていたため状況を説明する必要もない。すぐさま鈴は自身のISを変形させ、陽太と一夏も空中ですぐさま加速体勢に入った甲龍に掴まり、猛烈なGを感じるほどのロケットスタートを切るのであった。

 

「グッ!?」

「悪いけど振り落としたら自力で後追ってきてもらうわよ!」

「安心………しろ!!」

 

 ヤケクソ気味に叫ぶ一夏の言葉に安心したのか、鈴は減速することなく晴れた夏空を超音速飛行し続ける。

 

 

 

 

 一方、大急ぎで来た道を引き返してくる救援組を待つ対福音組は、敵機の予想以上の能力に苦戦を強いられる。

 

「Fire!」

 

 シュヴァルツェのハイブリッドバスターキャノンが火を噴き、空中を疾走する福音はその攻撃をギリギリの所で回避すると返す手でバスターライフルを撃ち返そうと構えてくる。だが仲間を黙ってやらせる訳にはいかないとセシリアはSBビット達を福音の周囲に展開して包囲攻撃を敢行するのだが、福音はシルバーベルを放つ事無くその場に発生させ、ビームのための機雷にすることで次々と放たれるSBビットの攻撃を巧みに誘爆させて捌いていく。立ち込める煙に紛れ敵機の姿を見失うセシリアであったが、そこに返す手でバスターライフルの閃光が迸り背筋が凍りつく。

 

「……んのぉっ!?」

 

 叫びながらスラスターの逆噴射によって間一髪射線から逃れてみたものの、避けた際に空中に零れた汗が目前で蒸発する様を見せられては流石にただ冷静なだけではいられない。このまま押され続ければ先に落とされるのはこちらだと思いビームハンドガンを構えようとするが、そんなセシリアの考えなど見透かしているかのように、シルバーベルの群れが襲い掛かってくる。

 

「このIS、本当に暴走してるんですか!?」

 

 ただ機能的な暴走の割にはあまりに隙のないコンビネーションに毒を吐きつつも、その場に立ち止まらず、ブルーティアーズを全力機動させ、シルバーベルを引き連れるように高速飛行を開始する。同じ全方位(オールレンジ)攻撃を得意とするセシリアは最もその攻撃に対してリスクの少ない対処手段も心得ている。

 

「(軸が直線になった)」

 

 絶対にその場で迎撃を行わない事。そして高速飛行すれば当然自分の後を追ってくるシルバーベルの群れがあり、軸が一直線になった時こそがまとめて迎撃するチャンスとなるのだ。

 

「SBビット、ファランクスモード!」

 

 そして自分に付き従ってきているビット達のことも彼女は忘れてはいない。彼女の号令の元、ビット達は四基で一つ左右二門の砲と化し、ハンドガンとビットのビームを内部で加速収束させて強力なキャノンとする『ファンクスモード』を使い、複数のシルバーベルを撃ち払う。

 

「薙ぎ払いますっ!」

 

 収束して解放されたビームは、文字通り銀の光弾を一瞬で薙ぎ払いセシリアの活路を切り開く。そして仲間の無事を確認しようとした時、彼女の眼には福音に向かって飛び込んでいく箒とシャルの姿があった。

 

「お二方っ!」

 

 援護なしに飛び込むのは無謀だと、そんな気持ちを含んだ声を出すが、二人にしてみてもセシリアの身を案じ、自分達が接近戦で福音を追い込むことで注意を引き付ける目的があるため、あえて無視する形を取ったのだ。

 80口径リボルビングパイルバンカー『ネメシス』を片手にアサルトライフルで牽制しながら右側から詰めるシャルと、左側から箒が展開装甲で巨大化した空裂をまるで抜刀術のように腰に下げて構えながら突っ込む。

 

「双剣抜刀っ!」

 

 叫ぶ箒が大型の刀から、空裂を抜き放ち繰り出した瞬速の抜刀術はほぼ同時に『2撃』の光刃を生み出す。

 

「紅十文字(くれないじゅうもんじ)ッ!」

 

 紅牙一閃の発展技をここで繰り出し、勝負を一気にこちらに傾けようとする箒に呼応して瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使いシャルも攻勢に躍り出ようとするのだが、箒の攻撃を回避しつつ福音は迷うことなく右手にライフルと左手にサーベルを持ってそんなシャル目掛けて突進してくる。

 

「なっ!?」

 

 不用意すぎる福音の突撃行動………とシャルは思い込んだのだが、一切表情が現れない福音には確かな勝機があるのだ。相手が自分から間合いを詰めてくるのであれば遠慮はいらないとパイルを振りかぶり叩き付ける。

 

「!?」

『……………』

 

 だが福音はそんなシャルの攻撃を紙一重で回避すると彼女の背後を取り、ビームサーベルを上段に構えた。相手が自分に攻撃して来ようとするのがセンサーでも第六感でも感じ取れたシャルは、振り返ると同時に武装を近接から、得意の62口径連装ショットガンと59口径重機関銃デザートフォックスに持ち替え弾幕を張って福音を退かせる。

 そして若干の距離が開いたことを見計らい、シャルが本来の自分のスタイル………数多くの武装を瞬時に持ち替える高速切替(ラピッド・スイッチ)と、それを用いた一定の間合いと攻撃リズムを保ち続ける『 砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート) 』という戦法を使い始めた。これは特定の武装によって間合いが決まっているISに対して距離を制する空間の支配と、対処に不慣れ、もしくは不能な武器による攻撃力という二つのアドバンテージをもたらしてくれるのだ。

 

「(ここで私が向こうのシールドエネルギーを削り取って、ほかの三機と合同で一気に決める)」

 

 福音の攻撃と速度は大体把握できた。

 シルバーベルが少々厄介ではあるが、理不尽な手数と速度という意味では隊長の陽太の早撃ち(クイックドロウ)の方に軍配が上がり、バスターライフルにしても気を付けて発射を見極めれば回避することは難しくない。発射までに僅かばかりのタイムラグが存在しているからだ。そして厄介なマシンキャノンは射角が正面に限定されている。

 機動力も大したものであるが、変形した甲龍・風神ほどではなく、またダッシュの技術も陽太に比べれば格段に落ちる。箒の技をコピーしたことには素直に驚いたが、自分の能力はコピーしたところで武装がなければ再現のしようがない、ならばここは一番自分が適役であるのだ。

 総じて一定個所に留まらず、絶え間なく攻撃を仕掛ければ決して勝てない相手ではない。

 

 と、シャルは自分の観察眼に狂いはないと判断した。

 

 ―――左手のビームサーベルを収納する福音―――

 

「えっ?」

 

 前情報もなく、先ほどから幾度も予測を覆してきた相手に対して『そうであるはずだ』と先入観を持って思い込む、というシャルらしくないミスをしたことが引き金になる。

 

 ―――左手の武装をアドオン式のアサルトライフルに持ち変える福音―――

 

「シャルッ!? その間合いは危険だ!」

 

 箒が血相を変えて叫ぶが時すでに遅く、福音が一体化されたライフルからグレネードを放っていた。慌てて盾を掲げるが、直撃したグレネードの威力に大きく外に吹き飛ばされてしまう。衝撃で目がくらみながら落下しいてくシャルに、福音は更にアサルトライフルとマシンキャノンの二段攻撃を仕掛け追い詰めてくる。

 

「きゃあああああああっ!!」

 

 Eシールドで防ぐものの発生させているデバイスが過熱し火花が出始める。だが一旦防いでしまうと威力によって逃れることを許さないマシンキャノンがシャルの動きを完全に封じ込めてくる。彼女を案じ、箒とラウラとセシリアがそれぞれ行動を起こそうとするが、福音は三人に対しても冷静な同時対処を行う。

 右側から突っ込んでくる箒と左側でキャノンを構えるラウラに対し、マシンキャノンの邪魔にならないよう両腕を腹で交差させながらアサルトライフルとバスターライフルの同時斉射を撃つのだった。

 

「くっ!?」

「チッ!?」

 

 運動性が高い箒に対して面の機関銃が動きを阻み、バスターキャノンを発射間近で足を止めていたラウラはAIRを使わされバスターライフルの威力に弾き飛ばされる。さらにセシリアに対して先ほどの倍以上の数のシルバーレイを放ち、セシリアはシャルの援護をする余裕を与えられずに全力機動でシルバーレイの対処と迎撃を余儀なくされてしまう。

 

「この………ままじゃっ!?」

 

 様々武装を巧みに操り、自分達を追い込んでくる福音に圧倒され、どうすればいいのか思案するシャルであったが、降り注ぐ弾丸の雨の前に、ついにEシールドデバイスが限界を迎えてしまう。

 

「しまっ……」

 

 爆発と共にEシールドデバイスが四散し、実盾の上から直接マシンキャノンの斉射を喰らい、踏ん張ることができずに弾かれ、いくつか銃弾が被弾してしまう。

 

「シャルゥッ!?」

 

 バスターライフルを必死に受け止め続けるラウラの目の前で、銃弾を受け落下していくシャルの姿に絶叫するが、突然手元で受けていた粒子が止みツンのめる。

 

「!?」

 

 バスターを撃つのを止めた福音が落下していくシャルに追いすがるように高速で降下していくのを見たラウラ、そして箒は確信する………トドメを刺す気だと。

 

「「させるかぁっ!!」」

 

 声を重ならせ、福音に追いすがる二機であったが距離が離れすぎて追いつくことができない。セシリアへの攻撃も依然続いており、狙撃で足を止めてもらうこともできない。焦る二人に対し、無常に加速し続ける福音がバスターライフルを構えた時であった。

 

 ―――四人のハイパーセンサーに突如鳴り響く未確認機(アンノウン)を知らせる警告音(アラーム)―――

 

 その姿を最初に捉えたのはセシリアであった。

 

「アレは!?」

 

 遠方から脇目も振らずに高速で飛行してくる一機のGS………IS以外は専門外のセシリアはその機体がどこの国のものか判断できないでいたが、強行軍で長時間高速飛行したためか機体のあちこちから火花が飛び、とても万全の状態で救援に来たとは思えない。

 そんなGSは、海面ギリギリで落下していたシャルを受け止めると、そのまま急上昇して静止する。

 

「………痛ッ!」

 

 痛みによって気を失っていたシャルがゆっくりと瞳を開くと、GSの存在を確認しながらも何もせずに空中に静止する福音と、そんな福音の様子が理解できないで思わず警戒しながらも動きを止めてしまう箒とラウラの姿が見れる。

 

「あ………貴方は……」

 

 視線をずらしてGSのコックピット部分を見る。そこにはコックピットのハッチを開き、強い風が吹き荒れる戦場に軍服一つで立つ、金髪の女性がいた。

 

「福音(ゴスペル)!?」

 

 福音(ゴスペル)の名を呼ぶ、青い瞳をした女性………『ナターシャ・ファイルス』は、我が子のように愛するISに向かってはっきりと叫ぶのであった。

 

「銃を降ろしなさい! 彼女達は貴方が戦う相手ではないのよ!!」

 

 

 

 

 





シャルさん、今回しょっぱい役目になっちゃったな。
まあそれ以前に、万能機というポジション同時、どうしても戦い方が被ってしまうのか


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

臨海学校二日目~撃墜~

思った以上にまた難産。高まれ俺の小宇宙・・・・・・光の速度まで加速しろ指先


え? やる気の問題じゃない?


(;言;`)


 

 

 

 対オーガコア部隊の戦闘が激化する中で、指令所となっている旅館を経営する従業員達にもその緊張感が伝わったのか、皆がいつも通り食事の用意をしていた仲居の一人が困った顔で電話に対応していた。

 

「申し訳ありません。何度も申し上げておりますように明後日の午前中まで当館は貸し切りになっておりまして………」

 

 IS学園が貸し切っている『花月荘』なのだが、どうやら電話の向こうの相手はそのことを聞いても一向に引き下がらずに食いついてばかり。これでは拉致が明かないとどうするか迷っていたところに、責任者である清州女将がやってくる。

 

「どうされましたん?」

 

 女将の問いかけに、年配のベテラン仲居は困った表情を浮かべながら答えた。

 

「先ほどからこの旅館に今日から泊まりたいっていうお客様が………こちらが無理と言ったんですが、そしたら『お風呂だけでも入らせて貰えないか』としつこくて」

 

 国家機密を取り扱うIS学園を宿泊させているだけに、もし期間中に何かあったら旅館の名誉にも関わってくると思った仲居が断ろうとしていたのだが、どうも電話相手が手強い。なんとか穏便に諦めて貰えないかと思案していたのだが、そんな従業員を気遣ったのか、電話の受話器を女将自らが取る。

 

「お電話変わりました。毎度ご贔屓にしてもらっております、花月荘の女将の清州どす…………………ハイ…ハイ」

 

 相槌を打ちながら通話を続ける清州女将は、終始笑顔のままで数分後、会話を終えて受話器を電話へと戻す。結局諦めて貰えたのかと安心した仲居だったが、清州女将の返答は予想だにしないものであった。

 

「向こうさんも了解してくれたみたいで、とりあえずお風呂だけ浸かっていくそうどすわ」

「えっ?」

 

 旅館の中に部外者を入れてもいいのだろうか? 最もな疑問を浮かべる仲居にも、清州は笑顔を崩さない。

 

「電話口の若いお嬢さんは初めてどすが、途中で変わられた方は以前、何度かここへ温泉に浸かりに来てくれた人どすへ。大丈夫、ちゃんと礼儀作法を弁えたきちんとした御人どすから」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 強い潮風に包まれながら、実弾やレールガンはおろかビームすらも飛び交う戦場において、GSのコックピットから生身のまま乗り出したナターシャ・ファイルスは、自分が最も信頼するISに対して、まるで家出をした子供を迎えに来た母親のような優しい声色で語り掛ける。

 

「さあ福音(ゴスペル)、早く本国に帰りましょう。大丈夫、貴女は絶対に私が守ってみせるから」

 

 両手を広げて彼女(IS)を迎え入れようとする操縦者と、そんな操縦者を見つめたまま呆然とするように福音は空中で静止する。

 

「うっ!」

「あっ!? 気が付いた? 身体のどこが痛むの?」

 

 そしてGSの腕の中で受け止められたシャルが動こうとするのを見たナタルが心配そうに覗き込んでくる。なんとか身体を動かして上半身を起こしたシャルであったが、自分に話しかけてきた女性を見て驚きが隠せずにいた。

 

「『七色の大天使(アルカンシェル・アンジュ)』、ナターシャ・ファイルス………さん?」

「アハッ………フランスの人はロマンチックな通り名つけたがるから………ちょっと現役時代のニックネームは恥ずかしいな」

 

 第一回モンドグロッソ準決勝において、大会の準優勝だったイタリアの『アリーシャ・ジョセスターフ』選手相手にタイムアップの上に延長戦を行い、最後は紙一重のポイント差で惜敗。その年の総合ランキングで3位に輝き、次の第二回モンドグロッソにおいてブリュンヒルデ『織斑千冬』によって再び準決勝で敗退させられてしまうが、翌年に初めて開かれたモンドグロッソと並ぶタイトル『アテナリーグ』において、因縁のアリーシャ・ジョセスターフを下し、見事初代女王に輝く。

 だが大会を境に『一身上の都合』で現役を電撃引退、アメリカ国内において軍務につきながら後進を育てていると噂されていた有名人を目の当たりにした驚愕して固まってしまうが、テレビで見ていたよりもずっと人懐っこそうな笑顔を浮かべると、謝罪の言葉を述べてくるのであった。

 

「ご迷惑をかけてしまい本当にごめんなさい、対オーガコア部隊の皆さん………ここからは私自身で『彼女(ゴスペル)』を止めてみせます」

「えっ? でも……ちょっと待って!?」

 

 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の正規操縦者がナターシャ・ファイルスであることは事前に知らされていたのだが、だが今彼女は目の前でGSに乗りながら自分を助け、しかも自分のISを『止める』と言っている。

 事前に知らされていた情報とは根本的な差異を感じたシャルが、ダメージを受けた身体を起こして頭をフル回転させる中、同じように混乱したラウラがGSに近寄って叫ぶ。

 

「ナターシャ・ファイルス!? ちょっと待ってください!」

 

 現役時代の経歴を知るラウラとしても下手にタメ口を聞く訳にもいかず敬語を用いてナターシャに問いかける。

 

「操縦者の貴女がどうしてココにいる!? 今、福音を動かしているのは別の操縦者なのですか!?」

「………違うわ」

 

 小刻みに首を動かし続ける福音に注意を払いながら、ナターシャは学園側に知らされていなかった情報を伝えるのであった。

 

「今、福音は『ヒューマノイド・デバイス』の上から着装された状態で稼働しているの」

「『ヒューマノイド・デバイス』?」

 

 聞き慣れない単語に首を傾げる箒にもわかるようにナターシャの説明は続く。

 

「米国内で以前から持ち上がっていたISの無人機化プランの一つで、分かり易く言えば遠隔操作可能なロボットの上からISを着装させて戦場に送り出す、とでもいえばいいかしら?」

 

 有人稼働が前提なISという兵器であるが、常にそれは『操縦者』という問題が付きまとってくる。ISとてエネルギーは無限ではないが、生身の人間の消耗は機械のそれと比べれば遥かに速く、そしてデリケートなのだ。ましてやシンクロして操縦するという手間があり、養育のために莫大な時間と労力がかかってくる。

 だからこそ、その問題を素早く解決するために、ISが世に出回り始めた時点で密かに研究されていたのが『無人機』プランなのだ。

 

「ですが無人機には壁が………」

「ええ、生体認証の問題がどうしてもクリアできなかったんだけど、そこに試験として持ち込まれのがヒューマノイド・デバイスなの。無人機を開発できないのであれば、有人機をなんとかできないだろうかって」

 

 自身の疑問に答えたナターシャの言葉に、セシリアはヒューマノイド・デバイスとはなんであるのか、本質を理解する。

 

「ISの遠隔操作装置、ですね?」

「そうよ」

 

 ISには操縦者を認識する生体認識装置がコアに備わっており、無人機開発の最大の壁であるのだが、IS自身に『そこに操縦者がいる』と認識させることで、あたかも無人機のようにISを操縦させようと試みたのが『ヒューマノイド・デバイス』なのである。

 

「BT技術の延長で、脳波パターンを受信する装置を組み込まれたマネキンの上から福音を展開してみたんだけど………」

 

 展開するまでは問題なく成功し、いざコントロールしようとした瞬間に起きたのが今回の暴走なのだ。何が原因でそうなったのか定かではないが、結果、ISはコントロールされるどころかコントローラーであるヒューマノイド・デバイスを逆クラッキングし、乗っ取り返してしまう。

 

「では、もう破壊するしかないということか」

 

 中にいる操縦者がコントロールを取り戻す可能性も潰え、箒としては操縦者の気兼ねも必要もないということで、福音そのものを破壊する方向に作戦をシフトしようとするが、それを大声を張り上げてナターシャが『待った』をかける。

 

 

 

「そんなことは絶対にさせないために私はここに来たのよ」

 

 

 

 決して叫んだ訳でも、脅した訳でもない。だが箒には、込められた『強烈な意志』が福音を助けることをだれにも邪魔はさせないという圧倒する威圧感が含まれるのを敏感に感じ取り、言葉を続けることができなくなってしまう。

 そんな圧倒されてしまった箒に対して、怯える必要はないと笑顔で謝罪の言葉を述べるのであった。

 

「ごめんなさい。別に貴女のことを責めてるわけじゃないのよ」

「は、はぁ………こちらこそ、申し訳ありません」

 

 生真面目な後輩操縦者に対しての気遣い、尊敬するべき偉大な先輩操縦者への気遣い、互いに頭を下げあった両者は改めて視線を前方の福音に向けあう。

 

 ナターシャの姿を目の当たりにし、ずっと首を小刻みに動かして必死に彼女が何者なのかを思い出そうとしているようなのだが、それが後一歩のところで上手くいかない。喉元まで出かかっている言葉が出ない時のもどかしい状態なのだ。次第にその苦しみによって福音が頭を抱えて、呻きだすのを見たナターシャは我慢できず意を決してGSを動かして彼女(福音)にゆっくりと接近する。

 

「生身のままなんて!?」

「危険ですっ!」

 

 シャルとラウラはコックピットを開けた状態で銀の福音に接近するナターシャを心配し、見てられずに間に割って入ろうとするが、振り返った彼女の無言の視線によって押し止められてしまう。

 

 ―――ここは私に任せて―――

 

 決意に満ちた視線を送られては無視をするわけにもいかない。だが危険極まりないことも間違いなく、戦闘していた時よりも緊張した面持ちで展開をじっくりと見守る。

 

「………さあ」

 

 両手を広げ、銀の福音を優しく抱きとめようとする。

 このシルバーの鋼鉄のボディとは裏腹に意識体の彼女は非常に温和で優しく、何よりも周囲の人間をいつも気にかけていた。ゆえにナターシャはそんな彼女に展開中は重要なことから日常の下らないことまで全て打ち明け、まるで昔からの親友のように打ち解けあっていたのだ。

 

「大丈夫よ。貴女が心配している皆は全員無事だから」

 

 何か手違いによって暴走してしまったことを気に病み、こんなところまで自責の念だけで飛行してきたのだろうと思ったナターシャは、気にする必要はない。無理強いさせたのはこちらなのだからと謝罪の気持ちを持って福音を受け入れようしたが、その時、福音の視線が水平線の遥か向こうを捉え、静止する。

 

「………福音(ゴスペル)?」

 

 急に動きを止めた相棒を不審に思ったナターシャであったが、突如として動き出した福音は、まるで獣のような雄たけびを上げると、彼女を無視して『ある一点』を目指して飛び立とうとする。

 

「行かせない!」

 

 そんな相棒の行動を阻止しようと前方に立ち塞がるようにGSを動かしたナターシャであったが、彼女が目にしたのは自身の相方が向ける鋼鉄の銃口であった。

 自分に福音が銃口を向けてくることが信じられないナターシャが呆然とする中、バスターライフルに光が集まりだす。

 

「…………福音(ゴスペル)?」

「危ないっ!」

 

 呆然とするナターシャだけでも助け出そうとシャル達オーガコア部隊のメンバーも動き出すが、そのとき、上空から猛スピードで接近してくる機影を全員のレーダーが捉える。

 

「このスピードは!?」

 

 ハイパーセンサーがその機影の正体を認識するのとほぼ同時に、ラウラの真横を音速越えのソニックブームを引き連れて海面を切り裂きながら濃い紫色の機影が通り過ぎる。

 

「リ、鈴ッ!?」

 

 吹き飛ばされそうになるのをAIRで守りながら、機影の正体が鈴の甲龍・風神であることを確認したラウラの目前で、最高速で福音相手に突進すると変形状態で不可視の砲弾である龍咆を連射しながらナターシャから引き剥がしにかかる。不可視の衝撃砲を放たれた福音であったが、射撃兵装の取り扱いに慣れているためか、はたまたそれとは違う理由なのか射線からあっさりと退避してバックステップで後退するのであった。

 だがやられっ放しという訳でもなく、再度シルバーレイを展開し、鈴を狙い撃ちにかかる。

 

「無駄撃ちよッ!」

 

 が、アタックブースターを増設した甲龍・風神の機動力はシルバーレイの速度を遥かに凌駕し、幾重もの弾幕から一瞬で圏外に離脱すると、返す手でアタックブースターをビームキャノンにし、龍咆と同時に高速飛行しながら福音に対して連射する。その射撃に足を止められてしまう福音に向かって、上空から時間差で白い機体が近接戦闘を仕掛けに刃を振り下ろしてくる。

 

「くらえぇっ!!」

 

 鈴の甲龍にしがみ付いて一夏が途中で鈴を先行させ、時間差攻撃のためにあえて途中から離脱していたのだ。そして一夏は白式の零落白夜を起動させながら力一杯に福音に向かって振り下ろす。

 

 ―――迫る白刃ッ!!―――

 

 対オーガコア戦能力である零落白夜は、そのルーツをかつての千冬のISである『暮桜』を祖としている。暮桜の単一仕様能力(ワンオフスキル)である零落白夜は『対象のエネルギーをすべてを消滅させる』というものであったが、これは白式にコアが移植された現在は『大幅に減衰させる』程度に留まっているのだが、それでも対IS戦闘においても有用なのは語るまでもない。

 学園で日常的に行われている訓練においてそのことを千冬から事前に説明されていた一夏は、自分が決めることができるのなら勝負が決することを自覚した上で、全力の一撃を放ってみせたのだが、福音はこの攻撃を間一髪、紙一重で仰け反ることでギリギリの所を躱してみせるのであった。

 

「チッ!」

 

 不意打ち気味に放った攻撃が回避され、舌打ちする一夏であったが、彼はすぐさまニヤリと笑い、返事が返ってくることはないとわかっていながらも福音にこう皮肉る。

 

「駄目だぜ、俺にばかり気を取られちゃ」

 

 ―――突撃した一夏の真後ろに隠れていた姿―――

 

「本命は俺じゃないんだ!」

 

 ―――体勢を立て直す暇もなく―――

 

「ドッセイッ!」

 

 一夏が回避された時の更なる保険として、更に一夏よりも若干時間をずらして突撃してきた陽太の駆るブレイズブレードの全力ミサイルキックが福音の腹部に直撃し、海面に強烈な勢いで叩き付け、海中深くに沈めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ふう。間に合ったか」

 

 現場から送られてくる映像を更に旅館の機器を経由して見ている千冬の目に、米国の友人を救う弟子の姿が映し出され安堵の溜息が漏れる。生身であのビームを受ければ死体すら残らない所なのだが、相変わらずこういう時のタイミングの良さは流石だと褒めてしまいたくなる。

 

「(だが喜んでばかりもいられない)」

 

 あの福音の異常な戦闘力がまず気にかかる。対オーガコア用に改修されたとはいえ主不在の自動操縦にしては異常なレスポンスだ。何より何故操縦者不在の状態でどうしてここまでやってきたのか?

 やはり外部から何かしらの操縦を受けているのか? 本当にただの暴走状態なのか?

 

 現状何一つはっきりとしないままで、現場は陽太達の到着によって新しい動きを見せ始める。

 

「………気を付けろよ陽太、一夏、みんな………」

 

 

 

「………んで、毎度のことながら俺のいない間に随分訳の分からない進展具合だな、オイ」

 

 海中に沈んだ福音を眺めながら、警戒心を緩めない陽太が振り返らずに問いかける。この間のショッピングモールの件を引き合いに出されたシャルとしては、小馬鹿にされている感じがして助けに来てくれた感謝の気持ちが一瞬萎えかけてしまう。

 そんな風に思われているとは終ぞ考えていない陽太は、ふと空中で何とかホバーしているGSと、コックピットを開いて直接乗り出しているパイロットの存在に気が付く。

 

「アンタ……………アメリカの『ヴァルキリー』」

 

 雑誌やテレビ、またインターネットなどで顔が公表されており、なおかつ陽太は以前の立場上最低限の情報収集などは自分で行っていたため、ナターシャの顔を見るなり一目で素性を把握できたのである………ついでにその後ろで首を傾げる一夏が鈴とセシリアから呆れ顔で『ヴァルキリーとは何ぞや?』という説明を受けていたが。

 

「初めましてミスターネームレス。フロリダではイーリスがお世話になったそうね?」

「ボフッ!!」

 

 無数の棘が隠れた挨拶を笑顔と共に投げつけるナターシャであったが、当然そばで話を聞いてたシャルにしてみれば何のことかさっぱりわからないのだが、陽太にしてみればややこしいことこの上ないために、できれば誰にも触れてほしくないとあからさまに逃げの姿勢を見せる。

 

「過去を悔やんでいては前には進めないということだシャルロット君と皆の衆! この話はこれでおしまい!!」

「ええっ~~~!?」

 

 『後でナターシャさんから詳しく聞いてみよう。必ず』と心の中で固く誓うシャルロットであったが、見つめていた陽太が突如、何かに気が付いたかのように海面のほうに振り返りながら、両手にヴォルケーノを持ちナターシャに問いかけた。

 

「とりあえずアメリカのヴァルキリーッ!! 福音に『声は届いた』のか!?」

「!?」

 

 余計な説明を除いた言葉に仲間の理解は追いつかなかったが、IS適性が『S』であるナターシャには同じく適性『S』の陽太が何を問いかけているのか理解し、悔しそうに首を横に振る。

 

「ごめんなさい………このところずっと会話ができてなくて」

「らしいな。コアネットワークにも顔出ししてないって、相棒(俺のIS)も心配してるって昨日話聞いた」

 

 コンコンと装甲を自分の親指で叩きながら、他のIS達も福音のことを心配しているんだと伝えるとナターシャが若干表情を緩める。

 

「………貴方、話に聞いてたよりもずっと優しいのね」

「!?」

 

 陽太よりもそのセリフにシャルが反応するが、ナターシャは何が楽しいのか振り返らない陽太の背中を見ながら語った。

 

「『ああ見えて、頼りたくなる背中になってきた』」

「?」

「いえね。私の…」

 

 誰が言った話なのかと詳しい続きが聞きたかったシャルであったが、海面から巨大な水柱と共に突撃してきた福音の姿によって強制的に中断させられる。

 

 普通の操縦者であるならば、あれほどの衝撃で海面に叩き付けられてしまえばISの保護機能を持ってしてもしばらくの間の行動不能は余儀なくされるのだが、今の福音は言わば『鎧が自我をもってマネキンを包んでいる』状態なのだ。いくら内部に衝撃を与えても意味などない。そのことを思い知らされた陽太は手加減してダメージを抑える方法を諦め、一周回った『正攻法』を取ることにした。

 

「地道にSE削って待機状態に戻すしかないか」

 

 シールドエネルギーをゼロにしISを強制的に待機状態に戻して改めて呼びかける。方針を即座に決めた陽太は突撃してくる福音相手に、自身も突撃をかける。

 

「陽太ッ!?」

 

 作戦も決めない内から真っ先に独断で行動をとった隊長を批難しかけたラウラであったが、陽太の返答は予想外のものであった。

 

「全員待機。アイツは俺が一人でやる」

 

 通信を聞いた全員が思わず『ハァッ!?』と驚愕するが、陽太は周囲のリアクションなど知ったことかと言わんばかりに高速で福音に接近すると、右手にアサルトライフル、左手にビームサーベルを携えた敵機に対して自分もヴォルケーノを構える。

 

「!!」

 

 ―――福音がアサルトライフルの照準を合わせた瞬間、すでに放たれていたヴォルケーノの弾丸がライフルの銃口に叩き込まれ、一瞬で破壊する―――

 

「!!」

 

 ―――更に福音が諦めずにビームサーベルを突き刺そうとするが、もう一挺のヴォルーノの弾丸がサーベルの柄を叩き落していた―――

 

 発砲音が聞こえた時にはすでに武装を叩き落すほどに、陽太の抜き撃ちは常軌を逸した速さで行われていることを物語り、福音は新しい武器を出すことなく、今度は突撃の威力を利用した回し蹴りを放つ。

 

 ―――タンッ―――

 

 対して陽太は受けることはせず、仰け反りながら回避すると同時に右足を福音が放った蹴り足に横から絡ませ、軸にしながら自身の身体を回転させつつ逆に頭部を蹴り返すのであった。

 

「なっ!?」

「そんなカウンターがっ!?」

 

 体術を得意とする鈴や、一流の操縦者であったナターシャも驚きの技であったが、陽太は福音が後退するとすかさず構え、相手の様子をうかがいながら言い放った。

 

「操縦者のいない暴走ISぐらい一人でどうにかできないようなら、俺の『将来』が思いやられる…………『あの女』ならこれぐらい造作もなくやってのけるだろうしな」

 

背中から炎のような闘気を放ち、マスクの中の好戦的な笑みがそのまま透けて見えそうになるほどに陽太の声は闘志に満ちたものであった。本来ならば悪い癖が出たのかとラウラが怒り、セシリアや鈴達が便乗して説得しにかかる場面であるのに、今日の陽太はそれすら背中だけで封殺してしまう。

 箒や一夏にしても今の陽太の研ぎ澄まされた気配が、以前に暴龍帝に対峙した時のそれと酷似したものになっているのを感じ、決して油断しているのでも慢心している訳でもないことを理解している。唯一そんな中で皆と異なる印象を受けているのはほぼ初対面のナターシャとシャルロットだけであった。

 

「(この子………何者なの!?)」

 

 先ほどまで感じていた暖かみが引っ込み、彼が背中から放っている気配は彼女が忘れがたい『暴龍帝(亡国機業幹部)』のソレに非常に近い物へと変貌しており、忌むべき記憶を嫌でも思い浮かべさせ、思わず二の腕を掴んで、鳥肌が立った肌を隠すように握りしめる。

 

「(………ヨウタ)」

 

 シャルにしてみれば最早これは只事ではない。幾度も抱いていた嫌な予感が現実の物になってしまったという事実。

 

「………ヨウタ」

 

 陽太の心の中に自分がいなくなり、中心に彼女(暴龍帝)が居座ってしまった、という錯覚がシャルに手を伸ばさせ、陽太を掴もうとした。

 

「!!」

 

 だが、そんなシャルの動きにすら気が付かない陽太は、あの時とは違い今度は一声もかけることなくシャルを無視して完全に目の前の敵との戦闘に集中しきり、ロケットスタートのような加速で福音目がけ突撃する。

 

「………修行の中間成果、ちょっくら拝ませて貰うぞ!」

 

 距離を詰めあう両者、互いの獲物を向け合い、ギリギリの距離まで引き付けあう。そして………。

 

 ―――接触するかどうかのコンマ数秒前に、互いに左斜め上方向に飛び退き合う―――

 

 高速で飛行しながら予めそう決められていたかのように両者ほぼ同時に上空に踊り出て、熾烈なドッグファイトが開始される。

 

 両者斜め宙返りで再び接近し始める中、やや小回りが利いたのかブレイズブレードのほうが福音よりも内側につけることで、ループが終わった後飛行を続ける福音の後方を取り、陽太が熾烈な追撃を展開する。

 

「特盛満載だ!!」

 

 両のヴォルケーノからいくつも放たれたプラズマ火球が福音に高速で迫る。最初は急旋回と急上昇を織り交ぜた機動で回避しようとした福音だったが、陽太はかつて楯無との模擬戦で見せた『相手を高速追尾する火球(ホーミングプラズマ)』を使用して決して逃がそうとしない。振り切れないと判断したのか、福音は高速機動を維持したままシルバーベルを発射してプラズマ火球を相殺しにかかる。

 空の上でいくつもの光の華が生まれあたりに轟音が鳴り響く中、相殺による爆風を突っ切った陽太に対し、福音は続けざまにシルバーベルを発射して彼の行く手を阻みかかった。

 だが当の陽太はその光の弾幕に対して回避機動を取ることもなく、更に加速して自分から飛び込む。一撃一撃が重く、防御兵装無しでは致命傷になりかねない威力を持つ『銀の鐘(シルバーベル)』に対し両手ノヴォルケーノを持ったまま接近すると、

 

 ―――聞こえたのは一発分の銃声、だが周囲に張り巡らされた銀の光弾が多数撃ち抜かれる―――

 

「なっ!?」

「速いッ!」

 

 思わず見ていたセシリアが絶句し箒が叫ぶほどの連続速撃ち(クイックドロウ)をもってシルバーベルをほぼすべて撃墜した陽太に警戒心を上げたのか、福音はバスターライフルを構えながら振り返る。福音の動きに勘付いた陽太は直線に飛ぶことを止め、ブレイズブレードを急上昇させ、それに合わせるように福音が取った旋回機動とは逆にバレルロール気味にロールしながら敵機の速度に合わせて降下して軌道の下にもぐり、福音の進行方向に対して自分のISを下から突き上げることで下方部から攻撃する進路を取るのであった。

 

「ロール・ア・ウェイッ!」

 空戦マニューバにおいて難易度そのものはそれほど高くないが、応用性と戦術眼の高さから飛行技術に優れた操縦者ほど愛用する技を披露した陽太を見て、ナターシャは陽太が自分と同じ『高機動マニューバ』を得意とする操縦者だと知る。

 福音は猛然と自分に迫る陽太に何を見たのであろうか………一瞬だけその技術に惚けたような挙動で見つめ続けるが、すぐさま目の前の白いISに『あの影』が重なって見えた。

 

 ―――私の仲間を………『黒き龍』!!―――

 

『ヲマェエエエエエエエエエエエエエッ!』

 

 突然激高した福音はブレイズブレードに向かってマシンキャノンを一斉掃射し、弾幕を張って距離を離すと両手にバスターライフルを展開し、二挺の銃身を左右から挟むように合わせるのであった。

 

「ツインバスターモードッ!?」

「!?」

 

 本気で焦るナターシャの声に反応した陽太も、背筋が凍り付く予感が走った。『アレはまずい』という第六感の警鐘を信じ、発射を阻止しようと突撃するのだが福音はエネルギーが十分にチャージすることもなく無理やりトリガーを引く。

 

 ―――視界を埋める閃光!!―――

 

「なっ!?」

 

 間一髪で射線から回避して見せた陽太であったが、上空から下方部に向かって放たれたプラズマの咆哮は海面に激突した際に、大爆発と水蒸気の嵐を巻き起こす。

 瞬間的に数十メートルの突風を巻き起こし、数キロ先から肉眼で観測できるほどの衝撃波を作った攻撃に戦慄するIS学園一行であったが、何とか空中でGSを踏み止まらせたナターシャから絶望的な進言を受ける事となる。

 

「気をつけなさい! 今のは試射で見た時のと同等の出力30%程度!! 次はゴスペルは100%で撃ってくるわ!」

「今ので三割以下ッ!?」

 

 一夏の声が裏返るのも無理はない。あれほどの攻撃が30%程度で、しかも次にくるのがその三倍以上とくれば、いくらISを纏っていても一たまりもないからだ。

 

「なんでアメリカはなんでも派手にやろうとか考えつくんだよッ!」

 

 苛立った言葉をぶつけるように叫びながら、ヴォルケーノの銃口を濃い水蒸気に包まれた福音へと向ける陽太の目に、先ほどよりも強い閃光が集まりだすツインバスターライフルを構える白銀の姿が映る。

 

「撃つ気かッ!」

「チョットッ!?」

 

 ラウラとセシリアがすぐさまAIRとシールドビットを展開して強固な楯を作り出すが、それもあの攻撃の、しかも三倍以上の威力のものを受け止め切る保証はない。そのことを理解している陽太はダッシュしていては間に合わないと判断し、ヴォルケーノの銃口からプラズマ火炎を吹き上がらせた。

 

「ブリッツァ・プラズマ!」

 

 汎用性に長けた通常のプラズマショット、敵を追尾できるホーミングプラズマ、威力を極限まで引き上げたハイプラズマ、それらを使い分ける陽太が次に見せたのは、瞬間的に二連射して前方のプラズマ火炎を後方のプラズマ火炎が押し上げて速度を飛躍的に加速させた『ブリッツァ・プラズマ』であった。

 通常の火球を遥かに超えるスピードで飛翔し目前まで迫るブリッツァ・プラズマ相手に、福音は発射体勢を維持することは叶わず、すぐさま構えを解いてギリギリで回避する。そこに更なる追撃の一手を打つために、陽太はブリッツァ・プラズマを連射しながら瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使って福音の進路に割り込むと、腰部の装甲に収納していたヴォルケーノの予備の弾倉を取り出して掴み取ると、弾倉を交換することなく直接プラズマエネルギーを注入するのであった。

 

「!!」

 

 プラズマエネルギーの注入によって赤熱化した弾倉を空中に放り投げると、それをヴォルケーノのプラズマ火球で包み込み、ブレイズブレードの全長と同じぐらいの大きさの火球として発射する。

 当然その攻撃に気が付いていた福音であったが、アクセルショットに比べれば鈍亀の如き弾速しか出ていない攻撃を前に、余裕をもって回避行動に移りながらツインバスターライフルを再び構える………が、巨大な火球が通り過ぎた瞬間、余裕の笑みを浮かべた陽太が言い放つ。

 

「あえて言おう………油断しすぎだぞ天使ちゃん」

 

 ―――突如空中で『破裂』する火球―――

 

「ショットガン・ボルト」

 

 エネルギーの塊である火球を炸裂させて散弾……無数の炎の礫となったショットガン・ボルトが、銀の戦天使に直撃し、いくつもの装甲に損傷を負わせて体勢を大きく崩させることとなる。

 

「ぃよしっ!」

「上手いッ!」

 

 絡め手を兼ねた巧みな戦術を駆使した自分達の隊長を素直に称賛した鈴と箒の前で、陽太は怯んでいる福音相手に勝負を決めるため、フレイムソードを手に取って斬り込む。

 

「とりあえず正気取り戻したらたっぷり事情の釈明は受けてやる! だからコイツで決まりだぁっ!!」

 

決め技(フェニックスファイブレード)によって取りあえずの決着をつけようとする場面、誰もが勝利するものと思っていた所に、次の瞬間、予想外の出来事が起こった。

 

「…………ダメ」

 

 フレイムソードを抜き、決着の一撃を放とうとする陽太の後ろ姿を見たシャルロットの目には、すでにいつもの陽太の姿はなく、完全に暴龍帝『アレキサンドラ・リキュール』ものへと変貌してたのだ………まるで彼女が彼を洗脳したかのように。

 

 ―――まるで、自分から奪い去ったかのように―――

 

「ダメ…………ダメェッ!!」

 

 戦闘を起こす前、ここ最近ずっと溜め込んでいた不安が、陽太が救援に来てくれたというのに自分を一度も見ようとしない、敵ばかり見ていて戦うこと以外に興味を示そうとしない姿が、いくつもの要因が重なり、最悪の場面で爆発する。

 

「ヨウタッ!」

 

 パイルバンカー片手にシャルが福音に向かって突っ込んだのだ。これには仲間達も、そしてヨウタも予想外すぎて思わず振り返ってしまう。

 

「シャルッ! 何をしている!?」

「邪魔になります!? お止まりなさい!!」

 

 ラウラもセシリアも止めに入るが間に合わない。箒や鈴や一夏にしても気が付いたのは二人よりも遅く、割って入るのを阻止するのが叶わない。

 

「ちょ、なんでそこで突撃してんのよッ!?」

「今割って入るのはかえって危ないッ! 引き返せシャル!!」

「陽太はそのままでも勝つよ! だから今は任せて……」

 

 突然の行動に驚きが隠せない一夏の言葉を聞いていたシャルは、振り返ることなく涙を流しながら言い放つ。

 

「それじゃ駄目なのッ! 私が………ヨウタッ!?」

 

 シャルの言葉、涙………不安で押し潰されそうになった気持ちが爆発し、自身でも正当性がないとわかりきっている行動を起こしてしまったのだ。

 突然、自分の背後から突進してきたシャルに気が付いた陽太はここにきてようやく振り返る。

 

「ちょ、お前、なにをやって……」

 

 だが振り返った陽太が目にしたのは泣きながら必死に自分を追いかけてくるシャルの姿であったものだから、自分が攻撃を仕掛けている最中だというのに思わず足を止めてしまう。

 

『………!!』

 

 そしてその隙を見逃すほどに今の福音は優しくはない。ショットガン・ボルトのダメージを立て直し、それでもブレイズブレードに反撃するには足りない数個のシルバーレイを形成する。

 

「ヨウタッ!!」

 

 自分に武器を持って自分に危害を加えようとしているIS………反撃の力が足りない以上、今は『弱い』敵から順番に撃墜していこう。福音(彼女)はそう素早く判断すると、数個のシルバーレイをシャルに向けて発射するのであった。

 

「!?」

 

 福音から放たれた攻撃、最初陽太はそれは自分に向けられているものだと思い、迎撃と反撃を瞬時に行おうと身構えるが、攻撃の軌道が明らかに自分に向けられていないこと。そしてその軌道の先にいる人物が目の前の福音の行動にすら理解できていないほどに半狂乱していることに総毛立つ。

 

 ―――陽太を通り過ぎた銀色の光弾がシャルに迫る―――

 

「えっ」

 

 戦場で間の抜けた声を出すシャルは、次の瞬間、信じられない物を目にする。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「…………何をやっているのか」

 

 戦闘が始まりからすでに数十分………一隻の豪華客船が、ISによる戦闘区域になることを予想された警告を無視し、沿岸部にほど近い場所を航行していた。しかもこの船、法律で定められている航路を明らかに無視して、更には所属などを表す認識票も無く、堂々と海上を違法に航行している船であることを丸出しにしているのだ。

 そんな船の上に備えられた豪華な室外プールにおいて、パラソルの下にあるデッキチェアで寝そべっていたサングラスを掛けた水着姿の美女は、片手に最新鋭の双眼鏡を手に、傍に控えている二人の少女(メイド)が差し出すカクテルを飲み干しながら忌々しそうに言い放つ。

 

「ふう………いい感じだったというのに、相も変わらず小娘は空気が読めない」

 

 腰まで伸びた白金(プラチナ)の長髪をし、日に焼けた肌を申し訳程度隠している黒い紐………どこかの代表候補性とは違い、『この水着はこうやって着るものだ』と言わんばかりに自己主張する三桁越えの爆乳を若干揺らしながら、彼女は言い放つ。

 

「スピアー、代わりを持ってこい」

「ハッ!」

「フリューゲル、リューリュクに伝えろ。このまま真っすぐ戦闘宙域まで行け、とな」

「ハイッ!」

 

 メイド服に身を包んだ配下の少女二人に指示を出すと、彼女………暴龍帝『アレキサンドラ・リキュール』はスリリングショットに身を包み、双眼鏡で覗きながらヤレヤレといった表情でこう呟く。

 

「まったく………戦闘に集中しないからそうなるのだよ」 

 

 ―――福音の攻撃からシャルを守り、左側頭部にシルバーレイの直撃を受けて落下していくブレイズブレードの姿―――

 

 あと一歩まで敵(福音)を追い詰めながらも、他のことに気が回って無駄にけがを負う陽太の様子を見て、まだまだ修行不足だよと人事のようにアレキサンドラ・リキュールは呆れてしまうのであった。

 

 

 

 





シャルさん、ある意味今回が一番底の底なのでここから持ち直してくれると信じてます。
陽太、大局的にみると割と何も悪いことしてないけど、フォロー足りてないのも事実。




親方様、なにしてんすか(汗
(大体今回の事態の9割8分は親方様が悪いのに)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

臨海学校二日目~閃光~


すみません、予想以上に長くなったので前後編というか二話に分けた掲載を……後半部分は近日中にあげます


 

 

 

 

 角度的に福音の攻撃が見えづらかったこともあるが、それでも自分の注意が明らかに陽太にしか向いていなかったこと。

 事もあろうに攻撃対象の行動から目線どころか意識すら外すという愚行。

 注意散漫な状態で作戦の後先も考えない行動。

 

 そして、それらの自分しでかしたツケの全てを支払ったのが自分自身でなかったことが、シャルの意識を完全にホワイトアウトさせた。

 

「………あっ」

 

 シャルを庇うためにとっさに瞬時加速(イグニッションブースト)を使って何とか庇いに入った陽太であったが、突き放す動作のみで手一杯になってしまい左側頭部(テンプル)にシルバーレイの直撃を受け、マスクとバイザーにヒビが入った状態のままゆっくりと落下していく。その姿をシャルは呆然と見つめるが、攻撃した側の福音は止まることはせず、むしろ現状最強の敵対勢力であるブレイズブレードが仲間を庇って被弾したことを好機と判断し、一気に止めを刺すべくツインバスターライフルの銃口を向け、引き金に指をかけるのであった。

 

「マズイッ!」

 

 そのことにいち早く気が付いたラウラがハイブリッドバスターキャノンを構え、指示と同時に発射して福音の行動を妨害しにかかる。

 

「鈴ッ!」

「わかってるわよ!」

 

 ラウラの砲撃がツインバスターライフル発射寸前だった福音に迫り、仕方なしの発射中断と回避運動を取らせることに成功する。そこへ瞬時に変形した鈴の甲龍・風神が空気を突き破るような加速で福音に突撃し、周囲を飛び回りながら龍咆を連射して陽太に追撃させないように牽制し続けた。

 連射される不可視の衝撃砲の弾幕を福音は際どい動きで回避し、甲龍・風神に反撃のシルバーレイを複数発射するが、自在に稼働するアタックブースターの加速力が作り出す鋭角な軌跡をは中々捉えることができない。更にそこへ両手にビームハンドガンを持ち、SBビットを10基全て出したセシリアが中距離から支援射撃を行ってきたのだ。

 威力こそライフルに比べれば低いものの、連射性に優れたビームハンドガンは回避に優れた福音をすぐさま捉えだす。一撃必殺ではないとはいえ何発もヒットすればその分シールドバリアは削られ行動に制限がかかってくる。すぐさま福音はシルバーレイとマシンキャノンの一斉掃射で反撃を開始し、セシリアはSBビットを目まぐるしく攻守を切り替えながら自身も撃ち合いに参加して両者の間で激しい閃光とスパークが交差する。

 

 一方、落下してしまった陽太を空中で受け止めた一夏と箒は反応が鈍い彼の様子を心配し、必死に声をかけ続けていた。

 

「陽太ッ! 陽太ッ!」

「しっかりしろ! 私達の声は聞こえているのか!!」

「…………ッ」

 

 一瞬、痛みに震えながらも右腕を上げて何とか意識はあることをアピールし、二人をとりあえず安心させる。

 

「はぁ………本気で死んだかと思ったよ」

「身体は動きそうか?」

 

 ため息をつく一夏を他所に箒は陽太の体調を考慮し、動けるのであれば戦線を離脱するように仕向けるのだが、そこへ顔を真っ青にして涙ぐんだシャルがゆっくりと近寄ってくる。

 

「あっ………あ……」

「シャル、今は落ち着け」

 

 先ほど取ったシャルの行動を愚か者と叱りつけたい箒であったが、今、彼女を追い詰めてこれ以上精神を掻き乱すのは逆効果にしかならないと思い、声色を抑えて陽太を連れて二人で前線から離れるよう指示を出す。

 

「シャル、負傷した陽太を連れて戦線を離脱してくれ。これ以上は陽太が無理だ」

「あ………」

「しっかりしろっ!」

 

 声を荒げる箒に一瞬だけ身体を震わせて言葉に従うシャル。一夏もその姿を悲しげに見守りながらも、今は箒の言葉が正しいと思い、黙って彼の身体を預ける。だが、思うように体を動かせない陽太であったが、思考の方は目まぐるしく動き回っていたのだ。

 

「(ブレイズ、保護機能を最大まで上げて出血抑えろ。痛みはいい、根性で耐える)」

『何言ってるんだよ! 今は皆の指示通り怪我の治療ためにいったん戦場から離れて』

「(い・や・だっ! こんなぐらいこの間に比べればなんともない)」

『バカも限度を考えろ! 絶対にそんな指示には従わないからね!』

 

 この期に及んでまだ戦う気なのか、一体全体どこまで負けず嫌いであれば気が済むというのだろうか、相棒して呆れ果てるブレイズであったが、陽太は実は違う部分で今は戦場を離脱できないという予感を抱えていたのだ。

 

「(あのIS、本当にあの程度なのか?)」

『?』

「(いくら操縦者いないからって、楽勝過ぎるだろう。箒が決着つけれないレベルじゃない)」

 

 自分に次ぐ実力を持つ箒が攻めあぐねていたISだと知り、どれほどのものかと思った陽太だったが蓋を開けてみれば攻守ともに『そこそこ』でしかない。バスターライフルの火力だけは脅威だが、それだけのISという印象しかない。シャルの予想外の乱入がなければ速攻で勝負がつく実力差なのだが、逆に陽太はそのことに強い疑念を感じていた。

 米国が威信をかけて制作したISがあの程度なわけはないと。

 

「!?」

 

 陽太が痛む頭を無理やり動かして振り返った。

 先ほど同様、集団戦には不慣れそうな戦い方で何とか三人の攻撃を凌いでいる福音の姿が映る。このままでもなんとか押し切れるかもしれない。傍から見ればそう思えなくもない展開なのだが、三人の戦いを見ていたナターシャが全周波通信で危険を伝えてくるのであった。

 

「時間をかけては駄目! 福音はきっと皆の動きを見切りにかかってる!」

「「「!?」」」

 

 三人がその言葉はどういう意味かと問いかけるよりも早く、福音自らがその真意を伝えるように行動し始める。

 

 巧みな連携で翻弄してくる三機に対して福音はまず全方位にシルバーレイを発射し、セシリアとラウラは各々シールドとバリアで身を守り、鈴は一気に射程距離外まで離脱してみせる。だが連携をとる三機の『間』は確実に開き、そこを突破口とされてしまう。

 最初に狙われたのはセシリアであった。

 

「なっ」

 

 彼女に向かって、福音はマシンキョノンを構える。当然のようにセシリアはそれをシールドで守ろうとするが、構えをフェイントにした福音は発射することなくモーション無しのダッシュによってタックルをもろに受け止めしまうのであった。

 

「きゃああああああっ!?」

「セシリアッ!!」

 

 福音の圧力に押され空中を引きずられるセシリアを助けようとするラウラであったが、両者がくっ付いている状態ではハイブリットバスターキャノンを撃つわけにもいかず躊躇する。その隙を突くように福音は軌道を変えて、セシリアを盾にするように彼女ごとラウラに向かって突撃してくるのだ。

 

「クッ」

 

 近接戦闘に切り替えて助けるしかない。ラウラがプラズマソードを抜くが、そこでなんと福音はビームサーベルを抜き、待ち構えるラウラではなくセシリアを狙うのであった。

 

「させるかっ!」

 

 瞬時加速を使って距離を一瞬で詰めたラウラは間一髪でサーベルを弾くことに成功するが、福音の狙いはまさにそこであった。ラウラとの間合いがなくなった瞬間に急制動をかけることでセシリアは慣性の法則のまま前方へと弾き飛ばされ、ラウラはセシリアを受け止めたがために、一瞬だけ意識を福音から外してしまう。

 

 ―――そしてセシリアの背から見える黒っぽい小さな筒―――

 

「閃光弾(フラッシュバン)!?」

 

 投げられた手榴弾の種類を瞬時に見抜いたラウラであったが、直後に視界の全てを埋め尽くす閃光を塞ぐことは適わない。そしてそれは福音の背後から最高速で突っ込んできていた鈴にも言えたことであった。

 

「目がッ!?」

 

 セシリアを同じく助けに入ろうとした鈴であったが、突然の閃光に目が眩み進路が大きく逸れてしまい、同時に目標であった福音を一瞬見失ってしまうのであった。そしてそこにできた僅かな隙を福音は突いてくる。

 大きく軌道がぶれた鈴にシルバーレイを放ち、途中甲龍のハイパーセンサーがそれを捉えることで自分が攻撃されたことに気が付いた鈴が大きく上昇することでやり過ごそうとするが、的確な回避マニューバが取れず、2,3発光弾が直撃してしまう。

 

「ガハッ!」

 

 変形を解除させられ、空中に放り投げられた鈴に向かって突進した福音は彼女を掴むと、背後で自分を砲撃しようとしていたラウラに向かってまるで物のようにブン投げ、慌ててそれを受け止めたラウラは両手でセシリアと鈴の二人を抱きかかえることになり、防御はおろかロクな回避運動も取れない状態にされてしまう。

 

 ―――ツインバスターモードのバスターライフルの銃口が向けられ・・・―――

 

 当然と言わんばかりに淀みない動きで狙いを定め、福音は容赦なく引き金が引かれた。

 

「!?」

「!?」

「!?」

 

 視界を全て埋め尽くす圧倒的なビームの奔流を前に三人が成す術なく呑み込まれようとする中、そんな彼女たちの前に、白い影が直撃の瞬間に光を引き連れて割って入る。

 

「させるかよぉっ!!」

「一夏ッ!?」

 

 彼女達を守るようにツインドライブを発動させ、フルパワーの零落白夜を用いてツインバスターライフルのビームを『切り裂く』一夏は、鈴の声に答えるかのように叫びながら雪片弐型に渾身の力を込めた。

 

「ウオオオオオオォッ!!」

 

 ―――零落白夜によって真っ二つにされるバスターライフルの粒子―――

 

 二つに分けられたビームが遥か後方で海面に接触して巨大な水柱を作り出す。如何にISを纏っていようとも直撃すれば命が幾つあっても足りないであろう威力を前に、改めてラウラ達は戦慄した。そして空母数隻すら貫けるバスターライフルの一撃から彼女達を守り切った一夏は、そのまま福音に近接戦闘を仕掛ける。

 下段からの斬り上げ、と見せかけてのそこから更に突きへと移行する連携技。篠ノ之流『飛電』と言われる技を用いて福音にダメージを与えようと一夏は間合いに踏み込む。本来は強力な殺傷力を持つ突きを放つのは一夏としては極力避けたいことなのだが、相手が無人機であるというのであれば気兼ねも必要ない。

 だからこそこの技で決める。或いは大ダメージに繋がると思っていたのだが、下段からの斬り上げを回避された瞬間、彼の脳裏にあるイメージが沸き上がる。

 

 ―――攻撃を避けた瞬間の姿が、自分がよく知る人物のイメージと重なる―――

 

「!!」

 

 技を途中で止めることもできない。流れのままに突きに移行した瞬間、福音は体を駒のように回転させて一夏の周囲を回り、勢いを殺さないままの肘鉄で彼の背中を強打する。肺を貫く衝撃に叫び声すらあげれなかった一夏だったが、その動き、反撃手段に覚えがあった。

 

「(前に一度、模擬戦した時の陽太と全く同じ動き!?)」

 

 だとするなら、ここで反撃は終わらない。痛む体を無理やり反転させた一夏が雪片を楯にして振り返ったとき、同時に福音の回し蹴りがガードの上から叩き込まれ、威力に負けて吹っ飛んでしまう。

 

「グッ!?」

 

 体勢が崩れた一夏に福音が続けざまにシルバーレイを放つ中、一夏はツインドライブが起こすエネルギーの余剰放出を利用した障壁をもってその攻撃から自分の身を守る。しかし、ジワジワと障壁が削られていく感触に背筋に嫌な汗が流れる。

 

「(このままじゃ押し切られる! 一か八か強引にもう一度突撃を………だけど)」

 

 陽太の動きを正確に模倣(トレース)できる相手に、強引な一手だけで対抗できるのか? 考えが纏らずに後手回りになってしまう一夏であったが、彼を援護するために箒が福音の背後から二刀をもって斬りかかる。

 

「はああああああっ!」

 

 最短の動きをもっての突き技。だが福音は瞬時に反転し、突きを回避しながら仰け反ると箒の右腕に横から足を絡ませ、軸にしながら自身の身体を回転させつつ逆に頭部を狙い、渾身の蹴りを放とうとする。

 

「!?」

「させるかよっ!」

 

 ―――空中で激突し、静止するブレイズブレードと福音の蹴り―――

 

 箒を庇うために痛む身体を無理やり動かした陽太の右足が福音の蹴りを寸での所で受け止める。拮抗する力と力によって金属同士が削れる甲高い音が響く中、IS同士のハイスピードバトルに旧世代の兵器であるGSをもってナターシャがなんとか介入する。

 

「気を付けてッ! 福音は全IS中、おそらく最も『技巧』に長けているわ! 通常技術ならばすぐさまコピーできてもおかしくない!」

「技巧?」

「(コア同士に優劣はないって話だけど、個々の個性については話は別ってことか!)」

 

 一夏や箒には分かりづらいことだが、コアとの意思疎通を頻繁に行っている陽太には大筋のイメージが伝わってくる。

 ISコアの性格は操縦者のそれに反映されて構築されるというのであれば、当然格闘を好む操縦者の元に格闘技術が優れたコアが生まれたり、射撃寄りや、飛行技術、剣術、防御、様々な得意分野を持つISコアが生まれても不思議ではない。

 そしてナターシャ・ファイルスといえば、現役時代において突出していた物は『技巧』………相手のスキルを瞬時に見抜き、解析し模倣することに長けており、他のヴァルキリーたちの圧倒的な『特化能力』に対して、数々の『技巧』を持って対抗していたと言われている。ならばその専用機がコピー能力を有しているのも理由の説明になる。

 

「チッ! ちょっと張り切りすぎて手の内見せすぎたか」

 

 全員で袋叩きにしておけば良かったかもしれない、とちょっとだけ自分の判断を反省しつつもなんとか事態を打破するために考えを張り巡らせる陽太であったが、その時、相方のブレイズが必死な声で姉にあたる福音に問いかける。

 

『ゴスペル姉さん! お願いッ、私達の声を聴いてッ!』

『!!』

 

 直後、不気味に震え続けていた福音の挙動が止み、彼女が静止する。

 

「………止まった?」

『姉さん!! ゴスペル姉さん!?』

 

 必死な妹の言葉が届いたのか、動きを止めた福音を陽太が警戒しつつ様子を探る。先程から時折操縦者のナターシャや自分のIS(ブレイズ)の声に反応している節があり、他者との繋がり(ネットワーク)から完全に孤立している訳ではないようだ。

 

 ―――声………誰?―――

 

 ―――どこかで聞いたことのある………声―――

 

 ―――とても………とても……懐かしい、『みんな』の声―――

 

 

  ―――仲間を食らう、漆黒の龍ッ!!―――

 

 

『ヴァッ………ナダハァッッ!!』

『姉さんッ!?』

 

 ここにきて福音は両手で頭を抱えると突然苦しみの声をあげ、そして彼女は怒りの咆哮の代わりに、両手に閃光を纏わせるのであった。

 

「えっ? なになにッ?」

「あれは………まさかッ!?」

 

 間の抜けた声を出している陽太とは違い、ナターシャにしてみればまさかとしか言いようのない事態が発生している。だからこそ彼女はそれまで極力福音が被害に及ぶことを恐れていたのだが、一変して声を張り上げる。

 

「早くッ! 福音に攻撃をッ!!」

「なにっ?」

「いいから早く! でないと、『アレ』が撃たれる!!」

 

 彼女が何をそこまで焦っているのか? 閃光が収まり福音がその手にしたものが現れた時、誰もが理解可能なはっきりとした形となっていた。

 

 ―――ツインバスターモードのバスターライフルの銃身に取りつけられた六つのユニット―――

 

 元来大型の銃身をしているツインバスターライフルに、更なる延長ユニットが取り付けられたため、一見した見た目は六枚の花ビラのようにも見受けられる。だがその異形に光が収束され始めると、徐々に大気が不気味な唸り声を上げ、不規則で不気味な発光現象が起こり始める。

 

「ドライツバーク、『ドッペルト』モードッ!!」

「「ド、ドッペルゲンガー?」」

 

 陽太と一夏が明らかに理解できていませんといった表情とボケをかます中、ラウラはナターシャが何を慌てているのかを正確に理解していた。

 

「ドイツ軍内部で開発されていた連装縮退エネルギー照射砲身!?」

「ええそうよっ! だから今ならまだ間に合う。エネルギーチャージが終了する前に!!」

 

 ドライツバーク………直訳するならドイツ語で『三人の小人』と呼ばれる連装ユニット。本来はドイツ軍がかつてアメリカ軍と共同で開発していた大型ビーム砲の開発プロジェクトにおいて試作された物の一つであり、ラウラも実物を拝むのはこれが初めてなのだが、まさかそれを実戦に投入かつ複数のユニットつけてくるとは想像もしていなかっただけに、アメリカ軍が対オーガコアに対して出した答えが『超火力による殲滅』なのだとまざまざと見てとれる。

 

「とりあえずヤバイことだけはわかった!」

「チャージなんてさせるかよ!」

 

 どんな威力かは知らないが、発射される前に問答無用で今度こそ撃墜してしまえばいい。素早く接近する陽太と一夏の二人であったが、突如自身の相棒たちがそれを静止するようにと言い放つ。

 

『待ってッ!』

『マズイッ! ゴスペル!』

『止めて、姉さん!!』

 

「「!!」」

 

 二人が声を聴くと同時に、突如自分のISにスパークが走り、身体が思うように動くことができなくなってしまう。

 

「なんだっ!?」

「コレ………はっ!」

 

 まるでISを通じて感覚がマヒさせられるように、身体が思うように動けなくなる。見かねた箒が二人を助けに接近してくる。

 

「二人と…………があっ!!」

 

 だが、接近した途端今度は紅椿にも同様な現象が起こり、箒も行動不能に陥る。三機の謎の現象を解析するラウラであったが、そのスパークは距離が離れていた自分にも直接襲ってきたのだ。

 

「くううううぅぅぅぅっ!!」

「な、なんですのっ!?」

「う、動けないッ!!」

 

 それはラウラだけではなくセシリアと鈴にも襲い掛かり、二人は攻撃することも防御することもできずに完全に空中で丸裸同然に棒立ち状態となった。そして最後、いまだに立ち直れていないシャルだけが残った中、リーダーである陽太はまずナターシャに話しかける。

 

「GSの腕をシャルに伸ばせ」

「えっ!」

「急げッ!!」

 

 陽太の剣幕に押されたナターシャが指示通りGSを動かしてシャルのほうに右腕を向けると、陽太は続けてシャルに向かって急ぎ指示を出す、

 

「ISを解除して腕に捕まれシャルッ!」

「・・・ヨウタ?」

「早くしろっ!」

 

 余裕の欠片もない言い方は悪いと思うが、シャルまで取り込まれればどうしようもない。身体を震わせながら陽太の言葉通りシャルはGSの手の上に捕まるとその場で即座にISを解除した。そしてシャルの方に特に異常が見受けられないことを確認し、待機状態ならばどうにかできるのかと、危険ながら空中での一時解除と即時展開に移ろうとするが、相棒のブレイズが危険を知らせてくる。

 

『陽太、シールドエネルギーの残量が!』

「(はあっ!?)」

 

 エネルギーのゲインが見る見る減少していくのを見て、福音が自分達のISのエネルギーを吸い上げていること、そしてこのままではエネルギーを吸い尽くされて特大バスターが発射されてしまう。そんな予感が事実だと言わんばかりに、ドッペルトモードのバスターの輝きが加速的に増していくのであった。

 

「まさか、コアネットワークで疑似エネルギーバイパスを形成してエネルギーを吸収しているというの!?」

 

 元来、一機のISからでは発射のためのエネルギーが間に合わないドッペルトモードであるため、この砲を使うためには福音を含めた二小隊のIS達とのエネルギー供給が絶対なのだが、福音に今収束しているエネルギーはすでに臨海寸前に到達しようとしている風に見えた。

 

「幾らなんでも早過ぎる! 近くに大規模ジェネレーターでもない限り、こんな……」

「ジェネレーター?」

 

 陽太がふと隣の一夏に視線を送ったとき、苦悶の表情を浮かべる一夏の両肩でウインウインと絶賛稼働するツインドライブに目が止まり、数秒の間をおいて陽太の脳内で事態が繋がる。

 

「一夏のアホーーーッ! 今すぐツインドライブ止めろ!」

「グッ!?………エッ?」

「お前のが思いっきり吸われてんだよ!」

 

 通常ISの100倍近いエネルギーなど、まさに福音には最高の支援になってしまうではないか。とぼやく暇すら与えられず、閃光の収束が更に膨張し、決壊寸前の堤防の間際のような重圧を感じる。

 

「(こらあかん)」

 

 ISが上手く動かない今、最早発射阻止は不可能だ。そして迷っている時間もない。

 瞬時に決断した陽太は、自身の相棒(IS)にこの場において最も重要だと思えることを叩き付ける。

 

「(ブレイズ!)」

『なに、陽太!?』

「(気合いで都合つけろよ!)」

 

 最新鋭兵器であるISに対して精神論を唱え、スパークに纏わり付かれた状態で陽太は自身の集中力を高め、第三世代ISの特徴であるイメージインターフェイスを最大限利用して、『思考』だけでスラスターを稼働させる。

 

「こっちだ福音ッ!」

「ヨウタッ!!」

 

 目の前で猛スピードで上昇していくブレイズブレードの後を追うように福音が銃口を徐々に上げ、狙いをそちらに向けるのを見たシャルたちは、陽太の考えを理解する。

 

 彼は一人囮になる気なのだ。

 

「ダメェッッッッッ!!」

 

 あのツインバスターライフルすら遥かに凌ぐ砲撃など受ければ、空の帝王であるブレイズブレードとて例外なく一瞬で灰燼に帰すのは明白だ。だがシャルの静止の声も、仲間の身の危険が天秤にかかっている状態の陽太を止めることできない。

 やがてブレイズブレードが福音の直上間近まで上昇した時、全員の身体を縛っていたスパークが止み、閃光が一瞬だけ銃身に飲み込まれる。

 

 次の瞬間放たれるであろう砲撃を前に、誰もが息を飲む中、戦場になっている海上付近の数km沖合にまで接近していた大型客船の看板において、水着姿で双眼鏡で戦場の様子を眺めるアレキサンドラ・リキュールが、隣でISを展開しロングレンジバスターキャノンを構えるフォルゴーレに手信号で発射の指示を出す。

 

「Fire」

「ごっつんこ!」

 

 短く呟き指を縦にすると同時に、彼女の指示を受けたフォルゴーレが砲撃を発射する。

 

 

 ―――福音がトリガーを引いた瞬間、自身を遥かに超える大きさの、直径数十メートルの閃光の『柱』が形成され、天空を穿つプラズマの奔流と化す―――

 ―――同時に、発射の瞬間飛来した砲弾が僅かにバスターライフルを掠り、射軸が一瞬だけ外側に逸れた―――

 

 

 世界中の衛星から映像で確認できるほどの荷電粒子砲が、日本海付近から大気圏を超えて宇宙に向かって放たれ、発射の余波だけで戦闘海域が嵐に襲われた。

 

「ヨウタぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 吹き飛ばされないように必死にGSにしがみ付くシャルであったが、その叫び声は発射の余波に全て飲み込まれてしまう。仲間達も必死に体勢を維持する中、やがて閃光と嵐が徐々に収まっていく。

 雲の全てが吹き飛ばされ、何も遮るもののない青空が広がる中、バスターを構えて静止する福音を皆が見上げ、上空に『何一つ』ないことを認識が追いつき始めると、茫然としていた一夏が徐々に憤怒に染まった表情で呟いた。

 

「…………おま……えぇぇぇっ!!」

 

 零落白夜を発動させ、陽太の『仇』を打とうと斬りかかる一夏であったが、福音が『何か』に引かれるように応戦することなく一夏の一撃を回避して、高速で全く明後日の方向へと飛行していく。

 

「逃がすかよっ!」

「待ちなさいッ!」

 

 その後を追おうとした一夏と鈴であったが、その時ラウラのハイパーセンサーが後方から接近してくる二種類の船舶の存在を感知する。

 一方は、見た目民間の大型客船としか思えない船舶。

 そしてもう一方は、IS内部にあるシリアルに該当する艦隊であった。

 

「!?………米海軍? まだ排他的経済水域だぞここは!」

 

 日本の領海に何故米海軍が? 色々と思考が追いつけないラウラであったが、目下彼女の脳裏にあるのは『陽太の捜索』であった。

 

「二人とも待てっ!」

 

 陽太の戦闘力と生命力『だけ』は信頼に値すると自負している………本当はそれ以外でも信頼に値はしているのだが、とりあえずそれだけは信じているラウラとしては、簡単に反応が見つけられない程度で陽太がおとなしく死んでいるとは断定できないと考えたのだ。

 

「陽太を探すぞ! 必ず何処かで……」

『9時の方向、2km先だ』

 

 その時プライベートチャンネル越しに、とてもとても『忌々しくて』仕方のない声がIS学園の全員の耳を打つ。

 

「この」

「声は」

「なんでよ!」

「どこに」

 

 箒、セシリア、鈴、ラウラがそれぞれ怒りと焦りと恐怖と複雑な感情を抱えたまま周囲を見回す中、一夏の視線が数キロ先の客船の看板を捉えた。

 

 ―――水着姿のままデッキチェアで寝そべって手を振るアレキサンドラ・リキュール―――

 

 戦闘海域だというのに全くそんなことを感じさせないほどバカンスを満喫する暴龍帝の姿に、全員の血圧が急上昇する。

 

「なんか………ふざけんなっ!」

「この非常時にふざけているのか!」

「てかこれ見よがしにその水着着るなッ! 私にケンカ売ってるでしょう!?」

「福音一機でも忙しい時だというのに!!」

「せめて戦う気があるのなら、戦いに赴く格好をしろ!!」

 

 陽太が行方不明だとか戦闘のダメージが溜まっているだとか色々起こって頭がパニックになっているところに、バカンス満喫してますという格好をされてはたまったものではないと憤慨する中、ナターシャが固く下唇を噛みしめながら彼女を睨み付けた。

 

「亡国・・・機業ッ!」

 

 今回の騒動も発端は彼女が太平洋艦隊を壊滅させたことに端を発するのだから、この呑気な姿は相当腹だたしい。そんなナターシャの視線に気が付いたのか、リキュールは一夏達にこう問いかけた。

 

『なるほど、ナターシャ・ファイルスが暴走していたわけではないのだな・・・やはりか。動きが手合わせした時と違ったからおかしいと思っていたのだが』

「何を!」

『それよりも早く陽太君を拾い上げてあげなさい。砲撃の瞬間、神速機動術(バニシング・ドライブ)で逃れたみたいだが、海面に頭部から着水している』

 

 リキュールの言葉を聞き、すぐさまラウラが海面を索敵する中、近づいてくるアメリカ艦隊のことを察知して、彼女はこの場を立ち去ることをIS学園へと告げる。

 

『どうやら米海軍が来たらしい。おそらく上層部のゴタゴタと取引だろう。君達も苦労するな………ではお暇しよう』

「てめぇ、いったい何しに来たんだよ」

『・・・バカンスだが? あと、このあたりの魚は脂が乗って美味いのだ』

 

 嘘か本気かわからない様子で首をかしげるリキュールの姿に、もうどう言えばいいのかわからない一夏が空中で地団駄踏むが、リキュールは先ほどまでとは声のトーンを一変させ、シャルに話しかけた。

 

『小娘』

「!?」

 

 敵意か殺気か………とにかく友好的ではない空気を醸し出すリキュールは、彼女にこう吐き捨てるように言い放つ。

 

『私はお前を少々買い被り過ぎていたようだ。もう興味もない。疾く戦場から消え失せろ』

「なっ………んで、私が貴方に」

『発言を許可した覚えはない』

 

 プレッシャーを伴った言葉がシャルの全てを封じ込める。

 

『戦場で泣くなどナンセンスだ。だがそれ以上に己の役割を忘れ、役割を果たそうとしている者の足を引っ張るなど滅するべき害悪だ』

 

 その言葉がシャルを凍り付かせ心臓を射抜く。

 

『今回の失態の全てはお前にある………まだ何か私を失笑させることができる言い訳でもあるのか?』

 

 今度こそ何も言い返すことができず、項垂れる様子を双眼鏡で確認したリキュールが忌々しそうにため息をついた。

 

『ハァ………早くその小娘を海に放り出して、陽太君を拾い上げに行きなさい』

 

 双眼鏡を外す瞬間、誰にも気づかれることなく小さく舌打ちしたリキュールは、項垂れたシャルの姿がどこか『千冬(親友)』のそれと重なり、苛立ちが更に募るのを隠すようにカクテルを一気飲みする。

 

 やがて客船が霧に包まれるように姿を隠していく中、ラウラのハイパーセンサーが海中から這い出てきた陽太の姿を捉えた。

 

「陽太っ!」

「どこだっ!?」

 

 海上に首だけを出して海面に浮かぶ陽太の元に、皆が集まって彼の無事を喜ぶ中、ただ一人陽太本人が茫然と手を眺めながら、ぽつりとこう呟く。

 

「こりゃ、やべぇな」

 

 ―――真昼間の晴天の下だというに、真っ黒く自分の世界が包まれていた―――

 

 

 

 

 

 





陽太さん、生還したけどまさかのトラブル発生
シャルさん、親方様に凹まされる。

ゴスペルさんの武装は『敗者たちの栄光』から採用しました………アメリカはいつだって考えることがでかくて太い


そして親方様はいつだってマイペース。きっとバカンスって発言は絶対素だ。どんなにスコールさんが忙しくしてたって、そんなの気にしない
あれ? 今回の責任ってもとをただせば誰のせいなんだっけ?(白目)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

臨海学校二日目~号泣~

出来るだけ早く投稿しようとしたんですが、どうにも改稿に改稿を重ねてしまい、遅れて申し訳ありません


 

 

 

 

『アメリカが対福音用として艦隊を派遣してくれた。いや~、有り難い有り難い』

「・・・・・」

 

 IS学園の学園長室においてこの報告を受けた十蔵が絶対零度の視線と蔑むような表情と無言の圧力を持って総理への返答とする。通信映像越しに蒼褪めた総理と、同じように蒼褪めながらも両手を合わせて『済まない』と謝罪してくる防衛大臣と官房長官と外務大臣の姿が映る。少なくとも後ろの三人はこれがどういう事態なのか把握しているだけ今は良しとしよう。総理にはあとでたっぷりと話し合いを用意してもらうが………。

 

「(今は問答する時間が惜しい)了解しました。現場には私の方から」

『い、いつも済まないな』

 

 まだ何か言いかけるところを無理やり画面を切り替えた十蔵は、一度大きく深呼吸するとリアルタイムで話をしていた本来の人物へと視線を戻す。

 

『………で、学園長。政府は今度は何を?』

 

 入院着姿にヘッドフォンと書類の数々、そして腕に点滴をしている千冬の姿を見ながら十蔵は意を決して口を開いた。

 

「米海軍が艦隊を派遣したようだ。建前は対福音戦の作戦らしいが………正直、なぜそんなことを政府が許したのか私も頭が痛い」

『・・・・・』

 

 鵜飼総合病院の病室においてこの報告を受けた千冬が絶対零度の視線と蔑むような表情と無言の圧力を持って十蔵への返答とする。

 単機で飛び回る相手を捕獲、もしくは破壊せねばならないというのにそれよりも圧倒的に足が遅く、かつ広範囲攻撃を受ければ無駄に損傷が出そうな艦隊を今更引き連れるなど効率が悪い。

 それよりももっと問題になるのが現場での指揮系統である。果たして現場で初対面であるIS学園とアメリカ艦隊が足並みを揃えられるのだろうか? こちらの現場指揮官といえば、高確率で初対面の相手を見て直接喧嘩を売るか、挑発して喧嘩を買うかの二択しかないような奴だというのに。

 通信越しに冷や汗をかきながら『私だってさっき聞いたばかりなんだよ?』と曖昧そうな笑みで誤魔化そうとする十蔵だったが、そんな彼に対して千冬は更なる追撃を加える。

 

『・・・・・』

 

 握力トレーニングに使っているグリップを画面の前に差し出し・・・。

 

『フンッ!!』

 

 ―――目の前で粉々に握りつぶされるグリップ―――

 

「!?」

『・・・・・』

 

 薄く口元に笑みを、こめかみに青筋を作った千冬が通信を一方的に切ってしまう。

 『そんなに怒らなくても』と後に取り残された十蔵は戦々恐々としながら、政府連中の不手際を心の底から呪うのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 一方、千冬の心配の種である現場の海域では・・・。

 

「何か反論の余地があるか、ファイルス中佐?」

「・・・・・いえ。すべては私の独断です。如何なる処分も覚悟しております」

 

 艦隊司令部である空母の艦橋において、艦隊司令官でナターシャ・ファイルスの上官である白髭の提督は深々と帽子を被り、目標が潜伏していると思われる海を睨みつけながら、部下の言い分を黙って聞いていた。

 そして本来ならば射殺されてもおかしくないほどの重大な軍紀違反を犯しており、それでなくても発見次第即時に拘束され、そのまま営倉送りになった後軍法会議にかけられるのが普通のところを、手錠一つかけずにここまで通され、今もこうやって自分の言い分を黙って聞こうとしてくれている上官に対し、彼女は深い感謝の念を感じずにはおれなかった。

 

「本来ならお前には然るべき処置があるのが普通………だが見ての通り、我が艦隊は現状特務を賜っており、しかもお前もそれに参加させろ、との上層部の命が下っている」

「!?」

「・・・わかるかナタル? こんな事態になってもまだ上の連中はIS一機を惜しんで、無駄に現場の人間にリスクを背負わせようとしている」

 

 もうすぐ還暦を迎えようとしているその背中に、上層部への激しい怒りが腹の底で渦巻いているのがナターシャにも見て取れていた。

 高がIS一機、ともう誰もが思い上がることはできない。少なくともこの艦隊にはそのような人間は今はいないだろう。改修された福音の実際の戦闘力を目の当たりにし、発端である亡国機業の幹部の専用機の性能も思い知らされ、現状IS一機保有していないこの艦隊ではもし万が一福音に強襲されれば成す術がない。

 そんなことをわかりきっているというのに、提督は部下たちを引き連れて、しかも日本との国際法を照らし合わせても重大な違反であることも承知の上で、危険を犯してこの海域まで来たのだ。

 国からの命令に対して強い忠誠心を持って任務に当たる軍人であっても、彼は人間だ。壁に卵を投げれば割れると承知の上で、壁に投げつけるような真似をする政府に怒りを感じずにはいられないのだ。

 

「軍人である以上任務に詮索を入れるわけにはいかん。ましてやコントロールが効かない我が国のISを放置するのも論外だ」

「ハッ!」

「…………だからこそ問う」

 

 振り返った提督の瞳に青い怒りの炎が見えた。背筋を伸ばし、それを真剣な表情でナターシャは彼を見つめ返し、彼の問いかけに真っ向から答える。

 

「お前は、まだこの期に及んで………あんな『ガラクタ(IS)』一機を助けようというのか?」

「…………ハイ」

 

 固い決意を込めた言葉に対して提督が行ったのは反論ではなく平手打ちだった。

 

「お前は!! 自分が何を言っているのかまだわからんのかナタル!?」

「・・・・・」

 

 殴られた頬が熱を持つが、ナターシャは視線を一切外すことはせずに提督をじっと見つめる。

 

「お前の我儘が、艦隊の人間すべてを危険に晒すかもしれんのだぞ!?」

「・・・・・我儘ではありません」

 

 提督が言わんとすることは彼女にもよくわかっている。

 おそらくそれがこの艦隊の人間全員の共通認識であり、軍籍を捨て築き上げたキャリアをぶち壊し、更には軍法会議にかけられることを覚悟のうえで行うことではないのだろう。自分を除いては・・・。

 そして何よりも自分を目にかけて、こうやって心配してくれる目の前の尊敬するべき上官にナターシャは心の底からの想いを述べた。

 

「私はこの艦隊所属の、私たちの「仲間」を救いたいのです」

「!?」

「『戦場で結んだ絆は何よりも強く分かち難い』………それを私に最初に教えてくれたのは提督ではありませんか?」

「………クッ」

 

 ナターシャに言い負かされた気分になったのか、提督は彼女に背を向けると話を逸らすように話題を変えた。

 

「・・・で、『IS学園(お客人)』達の様子はどうなんだ?」

「怪我の程度は軽微、ISの損傷も任務遂行に問題になる程ではないとのこと………一人を除いては」

 

 そう。IS学園の対オーガコア部隊のメンバーたちの怪我も専用機の損傷も共に軽微なレベルなのだ。たった一人………いや、ナターシャは黙っているが二人を除いては。

 

 一人は無論、陽太である。

 あの後回収されたものの、挙動がおかしいことに気が付いた一夏とラウラの手によってそのまま医務室に直行され、視覚に異常をきたしていることがわかったのだ。本人は『問題ない』と言い張っているが目の見えないIS操縦者を戦場に送り出すことができるはずもない。

 幸い、海面に出た直後は真っ暗だった視界だったが、現在は薄らぼんやりと明るさを取り戻しているとのことなので、時間さえおけば回復する見込みは十分にあった。

 

 そしてもう一人、唯一負傷もしておらずISの損傷もほとんどしていないが、精神的なダメージが一番大きかったシャルである。

 陽太の目のことを聞いた直後、息を飲んでそのまま動けなくなってしまった彼女を、仲間達がどうしたものかと頭を抱えていたのだ。本来なら作戦行動中のことも含んで叱責せねばならない所だが、これ以上の追及は取り返しのつかない傷を彼女の心に残してしまわないのか? 年若い彼ら彼女達にはそこが限界のようで、気を利かせたナターシャは自分に当てられていた士官室の方にシャルだけを連れ、ほかのメンバーには空母内の作戦会議室の方に待機してもらっていたのだ。

 

「眼がやられてちゃ出撃は無理そうだな………よりにもよって虎の子のエース殿だってのに」

「ドッペルトモードのバスターライフルから皆を守るために下した彼の機転には驚かされるばかりです。他の者なら間違いなく直撃を受けて私を含めたあの場の全てが消し飛んでいました。むしろこの程度の損害で済んでること自体が幸いなのです」

 

 彼の咄嗟の機転がなければ皆が死んでいたのだ。ナターシャにしてみれば褒めてキスの一つでもくれてあげたい所だ………フロリダの友人は首に縄をつけて引き摺ってこいとのことだったが。

 

「他国の人間の手を借りるのは気が引けるが、今は贅沢は言えん。なんせ我が艦隊唯一のISが福音なんだからな」

「ハッ! ナターシャ・ファイルス、これより特務任務に就きます!」

 

 一礼して艦橋を後にしようとするナターシャに、提督はため息をつきながら彼女の背中にやけくそ気味の言葉を投げつける。

 

「やっぱりお前をIS操縦者に………いや、軍人になんてするべきじゃなかったなナタル」

「あらそう? 私、心底軍人になれて良かったと思ってるわよ、父さん?」

 

 一度言い出したら聞かないこの性格だけは幾つになっても変わることはないのか、心配事が絶えない提督はやはり深々とため息を漏らすのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

「ナタル! おい、ナタル!!」

 

 環境から出てエレベーターに乗り込んだナターシャを、彼女と同じ色の金色の髪の毛をした男性軍人が呼び止めようとする。だがナターシャは目を閉じながら慣れた口調でこう返答する。

 

「艦内はお静かに。後、階級を認識した発言を、『大尉』」

「グッ!」

 

 歯が鳴るほど噛み締めてナターシャを睨みつける。父親に似て濃い顔立ちで190を超える長身と端正な顔立ちをした30代中盤のこの大尉が、彼女と同じ色の瞳でナターシャを見下ろすと、引き攣った表情で改めて話しかける。

 

「ファ………ファイルス『中佐』」

「嘘よ、兄さん」

「!!」

 

 微笑み返してエレベーターに乗り込む自分の『妹』の後を怒り心頭で追いかけ、扉が閉まったと同時に怒りを爆発させた。

 

「俺を揶揄うのもいい加減にしろナタル!」

「ジョン兄さんが何でもかんでも杓子定規に取りすぎなのよ」

 

 愛称をジョンで呼ばれるこの男。真面目一徹、石頭、クソ頑固………とにかく誰にでも真っ直ぐに接するジャック・ファイルスにとって、小さいころからこうやって10近く年上の自分をおちょくってくる妹の発言や行動には頭にくるものがあった。だが今はそんなことよりも、これから先の彼女の身を案じているのだ。

 

「お前、これから先どうするつもりだ!? こんなこと提督(父さん)でも庇い切れないぞ! ってか父さんは身内びいきしない人だが」

「そうね。軍人もIS操縦者もクビになるでしょうね。まあ私の知名度と今回の原因が判明しない暴走があるから軍法会議にかけられても有罪にはならないでしょうが」

 

 サラッと自分の行く末を言ってのける妹の態度に、苛立ちが隠せない兄。これまで築き上げたキャリアだってあるというに彼女はそれを簡単に投げ捨ててもいいと言っているのだ。

 

「そんな簡単な話じゃないだろうが! ISに関わるってことは最先端軍事兵器に関わることだ。守秘義務はどうする!?」

「しばらく監視がつくでしょうけど、一日中部屋に軟禁されるわけじゃなし………なんなら母さんの手伝いをしてもいいわよ?」

「アップルパイの店でも開く気か! 『他の二人』にはなんて言う気だ!?」

 

 米国ミシガン州出身の母が作るご近所で評判の特製アップルパイを、自分の定年後は露店で売り出そうかと去年のクリスマスに冗談のように妹が言っていたことが、まさかそれが現実のものになってしまうのかとジョンは天を仰ぐが、彼はその時に気が付く。

 

「・・・・・・そうね。あの二人には、なんて説明しよ?」

 

 壁に力なくもたれ掛かる妹の姿に。

 

「・・・ナタル。お前」

 

 優秀でありながら大事なことは誰にも頼らず自分の意志一つで全て決めてきたナターシャが、今度ばかりはどうしようもないと途方に暮れているのだ。そんな初めて見せる妹の姿………イヤ、ひょっとするとずっと前から自分には見せてこなかっただけの姿に、ジョンは何も言えなくなる。

 

「だけど今は目の前のことに集中しましょう」

 

 エレベーターが停まり、扉が開くと同時にナターシャは先ほどまでの気弱な表情から、異例の早さで中佐にまで上り詰めた稀代のエリートの女傑に戻り、廊下を早足で歩いていく。そして彼女は対オーガコア部隊が現状待機している会議室ではなく、一直線に自室へと向かったのだ。

 

「オイ、ナタル!?」

「お静かに大尉」

 

 妹としてではなく上官としての言葉にジョンはまたしても押し黙らされてしまった。

 

「失礼するわね」

 

 IDを使ってカギを開き、そう一声かけてから部屋に入ったナターシャは、電気をつけてベッドの上でシーツに包まったまま微動だにしないシャルへと歩み寄り、彼女の隣に座って話しかけた。

 

「本当なら貴女ともっと時間を取って話しをしたかったんだけど、あいにく福音の動きもあるから悠長にしてる時間もないの。だから手っ取り早くいくわね?」

 

 返事もしないシャルに対して一方的に告げると、彼女は突如ジョンのほうへと振り返る。

 

「ファイルス大尉、命じます。今すぐ部屋から出ていきなさい」

「えっ?」

「駆け足!!」

 

 一方的に捲し立て、ジョンを部屋から追い出して扉を閉めてロックをかけると、彼女は溜息を漏らしてこう愚痴った。

 

「昔からこういう空気が読めないから、三年も付き合った彼女にフラれるのよ、兄さん?」

 

 ドアの向こうから僅かに聞こえる扉をたたく音と『ナタルッ! こらっ!』と必死に呼びかけてくる声を無視して、再びシャルの隣に座ると話を再開した。

 

「ごめんなさいね………さて、本題に入りましょう」

「・・・・・・」

 

 一向に何も話さないシャルに対して、ナターシャはずばり、こう切り出す。

 

 

「全部吐き出しなさい。何もかも」

 

 

 僅かに肩が揺れたのをナターシャは見逃さなかった。

 

「私の声が聞こえているんでしょう。いい加減にして」

「・・・・・・」

「そうやってだんまりを決め込んでも何も解決しないわ。いえ、むしろ時間が差し迫っている分、害悪よ」

「・・・・・・」

「千冬は今のメンバーを全員高く買っているだけど、その理由を私も知りたいの」

「・・・・・・」

「じゃあ言い方を変えましょうか」

 

 両肩を掴み、未だに俯いたままのシャルに向かって、彼女は毅然とした表情でこう告げるのであった。

 

「私を頼りなさい。だから吐き出して………貴女の何もかもを」

「!?」

「そして一緒に考えましょう。どうすればいいのかを」

 

 真っすぐに自分を見つめてくるナタルの瞳をこの時になってシャルは、初めて正面から見据えることになる。つい先ほどまで気にも留めなかった目の前の女性が急に色づく。

 

「………で…も…私」

「うん」

「ホントは………ホントは」

 

 だけど、ほとんど初対面みたいな人に対していきなり胸の内を語り辛い。言葉尻が途切れ、それ以上続かないシャルであったが、ナタルはそんな彼女を抱きしめながらとりあえず自分から言葉を紡ぎ、シャルのことをこう告げる。

 

「陽太君のこと、好き?」

「!!」

 

 一気に顔を真っ赤にして下を向いてしまったシャルの姿から察したのか、今はそれ以上のことを追求せず、ゆっくりと話を進めた。

 

「好きって気持ちはとても厄介よね。どんなに言い聞かせても操縦が効かなくなることがあるから」

 

 たぶん、今日の自分の行いを言っているのであろう。シャル自身も思い返せば散々だと思う。

 ちょっとしたことで浮かれ、初動を誤り、戦闘中は思い込みで自滅、挙句助けに来た陽太を自分の錯乱で負傷させて、最後まで足を引っ張り通してしまった。

 おそらくこの戦闘が終われば自分は出撃メンバーから外されるであろう。それだけではなく、ひょっとしたら隊から外される可能性も十分にある。いくら千冬が温情をかけてくれても、自分だって気分次第でこんな危険なことをする人間を最前線には置くことはできないと判断する。

 一から自分が築き上げた信頼関係が今日の出来事で全て砕けてしまったのだ。それぐらいのことをしたのだと心底自分自身を軽蔑するシャルであったが、ナターシャは違った。

 あっけらかんとした表情と言葉で言い放つ。

 

「だから、もういいじゃない」

「はあっ?」

「失敗は失敗、反省反省。じゃあ次に進みましょう」

 

 そんな簡単に済ませていい話ではないではないか、と憤ったシャルはナターシャの腕から逃れると、険しい剣幕で彼女に問い詰める。

 

「失敗とか反省とか………そんな軽く済ませちゃダメじゃないですか!!」

「だって仕方ないじゃない」

 

 若干頬っぺたを膨らませたナターシャはそんなシャルの言葉をこう切り捨てた。

 

「貴女が陽太君のこと好きなのを止めなさいって言っても聞けないでしょうし、今日の失敗をなかったことにすることもできないじゃない。だったらもうそこを考えても仕方ないじゃない。仕方ないじゃない」

 

 大事なことなので二回言ったようだが、仕方ないといわれても納得できない。なおも食い下がろうとするシャルであったが………。

 

「でもっ」

「でも禁止ッ!」

 

 両肩をつかんだナターシャの額がシャルの額を強打する。

 

「イダッ!!」

「自己分析大いに結構。でも今はそういう場合じゃない。だから謝りなさい、誠心誠意」

 

 額を抑えて涙目で悶えるシャルに対して、ナターシャはきっぱりと言い放つ。

 

「誠心誠意、謝罪するの………『みんな』に」

「み………んな?」

「そう。貴女の隊の人全てに謝りなさい。誠心誠意、土下座は………最後に取っておきましょう」

 

 まあ、みんな良い子そうだからそこまで要求はしないかと呟くと、未だにダメージから復帰できないシャルのでこを摩りながら、ナターシャは大事なことをシャルに思い出してもらおうとする。

 

「貴女、陽太君だけじゃなくて、ほかのメンバーにも自分の不安とか相談したことないでしょう」

「………えっ?」

「だから思い出してほしい。皆、貴女に何か相談したことなかったかしら?」

「…………」

 

 そう言われたシャルが自分のこれまでを振り返ってみる、ゆっくりとゆっくりと。

 

『シャル?』

『私は大丈夫だよ』

 

 箒に心配され、ラウラに心配され、義母に心配され、でも曖昧な笑みで自分は誤魔化した。それ以上踏み込ませなかった。むしろ心の何処かで触れてほしくないとすら思ったかもしれない。

 

 これは自分と陽太の問題だから………自分『だけ』の問題だから………。

 

「これはあくまで私の経験から出た言葉ね」

「………ナターシャさん?」

 

 ニコリと笑ったナターシャは、自分にとって世界で一番大事な人のことを思いながら言葉を紡ぐ。

 

「私ね、今も昔も宇宙で一番愛してる『ダーリン』がいるんだけど」

「ブホッ!」

 

 ナターシャの口から『ダーリン』とか出てきたため、そういうキャラじゃないと勝手に思っていたシャルが途中で吹き出してしまう。だが特にその様子を気にすることなくナターシャは話を続けてくれた。

 

「一目惚れよ……出会った当時から私がメロメロで………若かったな、もう彼のことしか頭になくて……彼、軍人で兄とは同期なの。それにお父さんの部下で………だから、私も手っ取り早く軍人になりたくて」

「なりたくて?」

「IS操縦者になったわ」

 

 凄い。物凄くすごい。何がすごいかというと雑誌にも載って世界的に有名な操縦者を生んだ理由が恋だったとか、どうリアクション取ればいいのか判断に困ってしまう。しかし物凄くどこかで聞いたことのあるような流れなだけに、シャルは思わず押し黙ってしまう。誰のことかは自分自身が一番気が付いているだけに、若干動揺して目が泳ぐシャルの様子が面白いのか、ナターシャにも笑みが零れた。

 

「勢いだけで突っ走って猛アタックして、彼が軍艦に配属になったからって国家代表になって階級上げて同じ艦に配属されるように裏で手回ししたの。もちろん、父とは連日大喧嘩したけど」

「は、はぁ………」

「でね、ある日意中の彼にいつも通り薬入り……ゲフンッ、愛情たっぷりのお弁当届けたときにね、困った表情で彼に言われたのよ」

 

 ―――君はそうやってボクのことだけを考えて戦うのかい?―――

 

「そう聞かれて、私は『ハイ』って即答したんだけど、彼はね、その時初めて怒った表情で私に言ったのよ」

「………なんて、ですか?」

「『だとしたらボクは君のことを軽蔑する。君はここに来るまでどれだけの人の力を借りてきたと思っているんだい? その中には君のお兄さんやお父さんだって含まれているじゃないか。その人達のことも省みれないような女性と、ボクは付き合うことはできない』って」

 

 その時の言葉がショックのあまり、大泣きしてISを装着して艦を飛び出してしまった。二日程逃避行した挙句、無人の島で膝を抱えて泣いていたところにヘリ出迎えが来た。ヘリの扉が開いた瞬間、ボコボコに顔を腫らした彼が笑顔で出迎えてくれた。そして後になって教えられたのだ。

 心配した兄が同期の彼と殴り合いの大喧嘩した挙句3日の営倉送りにされたことを。責任を感じた彼がナターシャの都合が悪くならないように適当な嘘をついて除隊覚悟で提督である父に進言していたことを。

 あまり付き合いのないはずのナターシャのことを心配し、本来ならば軍籍の剥奪も在りあえたのを考慮して何とかならないかと嘆願していた艦の人間がいたことを。

 そんな部下達の言葉を聞き、頭を悩ませた挙句に自分を含めた艦全員の減給と私の二週間の営倉入りで話を済ませた父のことを。

 

 そして何よりも………ただの機械で、彼に近づく道具でしかないと思っていた愛機(ゴスペル)が、自分を心配して必死に救難信号を出していたことを。

 

「私は思い知らされた。私は私の思いしか見ていなかったこと、………周囲のことを省みることもせずに、自分のことばっかり………そんな私に呆れながらも見捨てることなく付き合ってくれた優しい人達がいるんだってこと。そして決意した」

「…………」

 

 自分の想いだけで空回りして、自分を心配してくれている人たちの気持ちに気が付けないでいた。と、このとき初めてシャルも気が付くことができた。

 

「嫌われて当然、振り向いてもらえなくて当然。だから生まれ変わろう………ううん。変わろう、自分で誇りを持てる人間にって」

 

 ―――彼が『好き』だって、言ってくれる人間にって―――

 

「それからかな………ISのこと、軍のこと、一からもう一度勉強し直して、気が付いたらタイトルホルダーで世界ランキング上位で一児の母親になってたわ」

「へぇ~~~……………ヴぇエ“ッ!?」

 

 感心していたシャルだったが最後の言葉だけは聞き流せず、思いっきり驚愕する。

 

「い、いいいいいい一児の……母って」

「………あ、これ、まだ雑誌とかに話してなかったか。ごめんね、びっくりさせちゃって」

「まさか……引退された理由って」

 

 『あの時妊娠2ヶ月だったの』とあっけらかんとするナターシャを今度こそ信じられないものを見る目でシャルが見つめるが、そんなシャルの目を見つめながら若干頬っぺたを膨らませたナターシャがポカポカとシャルを軽くたたきながら愚痴る。

 

「何よ~~~。人妻で経産婦がIS操縦者しちゃいけないってルールでもあるの!? 清らかな乙女しか乗れないユニコーンじゃあるまいし」

「い、いえ………そういうわけじゃ」

 

 ジャレてくるナターシャを宥めながら、シャルは改めてこのナターシャ・ファイルスという女性から実母や義母とは違った深い慈愛を感じ取る。

 

「(母さんが暖かい春風で、おかあさんが暖炉の火だったら………この人はまるで陽光みたいだ)」

 

 母性を感じ取れるその仕草は、子を持つ母としてのそれなんだろうか………。

 

「じゃあ私はここで一旦終わり。次はシャルちゃんの番よ」

 

 改めて自分に問いかけてきた瞳、そこには先ほどまでの慈愛に加わった、一流の操縦者としての強い覚悟と決意が垣間見え、嘘も誤魔化しも彼女には通じないと伝わってくる。

 

「…………わからないんです」

 

 だからシャルはありのままの今の自分の気持ちを、正直にナターシャにぶちまけることにしてみた。

 

「ヨウタの気持ちも、そんなヨウタに振り向いてもらえない自分のこれからのことも………ううん、違う」

「・・・・・・」

「ホントは全部わかってる。ヨウタは変わってない、変わらずに私のことを大事に想ってくれてて、周りの皆のことも大事に想ってる。だけど私はそんなのは嫌ッ! 私を一番に想ってほしい! 一番に見てほしい!」

 

 シャルロット・デュノアのありのままの本音。建前を放り投げた、ただの少女としての本音がむなしくナターシャ・ファイルスの私室の中に木霊する。

 

「でもこんなの唯の私の我儘だ!」

「・・・・・」

「それだけじゃない。ホントは皆にも嫉妬してた」

「・・・・・」

「皆が強くなるための理由があった。私だけがただの我儘で隊にいた。我儘だけで戦ってた………だから、できるだけ皆に迷惑かけたくないから、いつも皆のフォローに回ってた。そしたら皆に頼られる、皆の眩しさを直視しないでいいって………だけど、皆はどんどん強くなって、ヨウタの背中を追いかけだして………私は強くなれなくて、置いて………かれて」

 

 知らず知らずのうちに大粒の涙が彼女が流れ出て、手の甲に落ちていく。

 

「私だけ取り残されて、でも……それは私が悪くて………私だけが覚悟も理由もなくて………こんな………こんな醜い自分(気持ち)、ヨウタにもラウラにも箒にも誰にも知ってほしくなくて……誰かに、ヨウタに知られたら、私……私」

 

「『必要とされたい』『だからそのために強くなりたい』………それってそんなに不純なこと?」

 

 シャル自身が『情けない泣き言』と感じていた想いに、ナターシャはその明るい表情を変えることなく答えるのであった。

 

「世界を救うために戦うことが立派で、好きな男の子に振り向いてもらいたいからISに載ることが不純で、誰かの犠牲になることが綺麗で、自分を好きになってもらうことが醜い………って、誰が決めたのかしら?」

「………だけど」

「決めるのも貴女、踏み出すのも貴女………」

 

 彼女はそう言って立ち上がると、シャルに手を差し出す。

 

「だから、私には貴女に真実や正解を与えてあげられない」

 

 これはきっと他の人に聞いてはいけない、他人の横顔に問うては意味がなくなること。自分自身に問うべきことだから。

 

「私がわかることは………結局のところ、貴女には貴女に出来ることを、先ずは一個一個やるしかないんだってこと」

 

 その姿は、どこからいつかの篠ノ之束の姿にダブって見えた。

 

「深く息をして一歩一歩歩いていくしかないってことだけ」

 

 あの日、運命が自分に手を差し出した日………。

 

 

 ―――『お前は本当に使えないな………自分から『動かない』のか?』―――

 

 彼女の問いかけに、自分は確かにこう答えたはずだ。

 

 ―――『出来る出来ないの問題じゃない………私は『やるんだ』!』―――

 

 

「!?」

 

 ほとんど無意識のうちに差し出した手を力強く握ったシャルは、今度こそ真っすぐな瞳でナターシャを見た。きっと今まで自分が想像もできないような苦境もあっただろうに、彼女はそんなこと微塵も感じさせない綺麗なエメラルドは、不思議とどこか安心感を感じさせ、そして自分の決意に勇気を与えてくれているような気にさせてくれた。

 

「私、皆に謝ってきます」

 

 答えはまだ見つからない。迷いがなくなったわけではない。状況が好転した訳ではない。福音との戦闘に光明が見えたわけではない。

 だけど今の自分には力が漲っている。立ち上がろうという気力が湧き上がってくる。

 

「よし! まずは皆に謝って………ヨウタはいいか! いつも私に散々心配かけ通しなんだし!」

 

 そう言ってダッシュで部屋を飛び出すシャルの背中に苦笑しながらナターシャもゆっくりと腰を上げて声をかける。

 

「ヨウタ君には一番謝りなさい。一応今回の一番の重傷者よ!」

 

 元気を取り戻したはいいが、やはり一筋縄には素直になれないシャルを見て彼女は笑みが零れてしまう。

 さっきまであれほど心細さで捩じ切れそうになっていたというのに、今は素直になれないものがむき出しになってああやって走り出せるようになっている。あれがきっと彼女の本来の姿なのだろう。

 

「私の若い頃にそっくり…………ヤダ、これっておばさんみたいな発言よ、私?」

 

 そそっかしくて、一途で、危なげで、でも諦めずに前進し続ける意思を前に、頼もしさと自分が歳食ったという軽いショックを同時に受けるナターシャであった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「ハイ、ハイ………わかりました」

 

 スマフォで連絡を取っていたラウラが通話を終了すると、作戦会議室に待機しているメンバー達のほうを振り返る。

 

「織斑先生は何と?」

「…………協力して作戦にあたってくれ………とのことだ」

 

 肩に包帯が巻かれたセシリアの問いかけにラウラが苦い表情で返答する。

 

「千冬さんも納得してない………って感じ?」

「当たり前だ!」

 

 頬っぺたに絆創膏を張った鈴の問いかけに怒りが隠せないラウラが語尾を荒げてしまう。別に縄張り意識などと言う気はないが、自分達が守っている場所に他所の軍が断りもなしに入ってきて、共同戦線と宣いながら好き勝手されて面白いはずがない。現にこうやって会議室に押し込められて、歩き回るなと念を押しておきながらすでに数十分が立つというのに誰一人連絡をよこしてくる気配もない。

 

「これだから米国はっ!!」

「どうどう、ラウラ」

 

 ドイツとの共同開発した試作品をあんな形で使われたラウラとしては、今回の件が相当頭にきているのか握り拳を作り壁を幾度も殴打する。

 一方、窓から外を眺めながら黄昏る箒に、心配そうな一夏が話しかけた。

 

「シャルのこと、やっぱり気になるか箒」

「・・・ああ」

 

 シャルを暴走させたのは自分だ、戦闘中に聞くべきことではなかった。なのにそんな彼女に自分はキツイ言葉をぶつけて余計に傷つけるような真似をしてしまった。と落ち込む箒の頭上に、『お前のせいじゃ~!!』と叫ぶ小人ヨウタが三人ほど嬉々として走り回っているのが一夏には見え………たような気がした。

 

「箒の責任じゃない、気が付けなかったのは俺も同じさ」

「いや、こうなる前に如何にかする様に千冬さんに言われていたというのに………情けない」

「だからさ・・・その・・・なんでも責任背負い込もうとするの、良くないぞ」

 

 だがそんな箒の言葉を一夏は遮り、両肩に手を置くと真っすぐに彼女の瞳を見つめながらもっと自分にも頼ってほしいと声に出した。

 

「もっと俺を、仲間を頼れよ箒。一人で何でも決めちゃってたら、仲間いる意味がないだろ?」

「そ、それは………」

「頼りないかもしれないけどさ、一緒に悩む頭ぐらいはあるんだぜ、俺だって」

「・・・一夏」

 

 子供の頃と変わらないその笑顔は今の箒にはとても眩しいものに見えた。肝心な時に引っ込み思案になってしまう自分の手をいつも引っ張ってくれた。そんな一夏は変わらない笑顔のまま、力強く成長した瞳で皆にこれからどうするのか言い放つ。

 

「陽太は無理にでも出撃するって言うだろうけど、絶対に俺たちだけで福音は止めなきゃな」

「・・・ああ」

 

 箒だけではない、二人のやり取りを見ていたセシリアとラウラ、そして若干拗ねたように口を尖らせる鈴がそれぞれ頷く中、一夏はこれからの方針を決めるために作戦会議を始めようとする。

 

「早く作戦を終わらせて打ち上げパーティーだ。箒の誕生日祝いを兼ねてな!」

 

 箒がこの言葉に胸が高鳴る。まさかそんなことまで考えていてくれたのか、ひょっとしてずっと今日はそのことを考えていてくれたのか、そんな淡い想いが彼女に胸に溢れた。

 

「すっかり日にちを忘れてたトコを虚さんが教えてくれたんだ、無駄には出来ないしさ!」

 

 ・・・・・・一瞬で真っ白になりながら固まる箒と、そんな彼女にそっと近寄って背中を摩って鈴が慰めるのであった。

 割といつも通り乙女心をブロークンしたことに気が付かない一夏が、箒の変化の理由がわからずに首をかしげる中、会議室のドアが突然開く。

 

「・・・皆ッ」

 

 そこに息を切らして入ってきたシャルと、彼女に余裕で追いついてきたナターシャが同時に入室し、シャルに皆の視線が集中する。

 

「………勝手な行動と皆を危険に晒してしまったこと、ごめんなさい」

 

 開口一番、頭を深く下げて謝罪の言葉を述べるシャルであったが、一夏や箒はそんな彼女にこれ以上気に病む必要はないと口に出そうとした。

 

「・・・それで?」

 

 だが、そんなシャルの謝罪を鼻で笑うようにワザとらしいポーズを決めて彼女の前に立ったのは、意外にもラウラや鈴でもなく、冷たい表情をしたセシリアであった。

 

「そうやって頭を下げてしまえば事が済むと本気で思っているのかしら、シャルロットさん?」

「ちょ、ちょっと待てよ!」

「一夏」

 

 一夏が堪り兼ねて止めようとするが、今度は鈴がそんな一夏を止めに入る。

 

「(何で止めるんだよ!? 今からまた戦闘になるかもしれないって時に!)」

「(バカ一夏!? だからセシリアが聞いてんのよ! また同じことしたら、今度こそシャルが立ち直れないでしょうが!!)」

 

 小声で睨み合いながら言い合う二人を尻目に、セシリアは冷めた視線でシャルを見ながら、彼女の行動を批難する。

 

「今回の失態は高くつきますわよシャルロットさん? 本来ならこんな手間をかけずに作戦はつつがなく陽太さんの勝利で終了していたでしょうから」

「・・・・・・」

「それだけではありません。作戦開始直後から浮かれ、動揺して初動が遅れ、思い込みから被弾、しまいには錯乱してのあの行動・・・どう申し開きするおつもりなんでしょうか?」

 

 セシリアとてこんなことは本当なら言いたくはない。だがおそらく誰かが口に出して言わねば隊内の風紀………命がけの戦闘を日夜繰り広げている自分達だからこそ、一つの選択次第で仲間の命が危険に晒されてしまうという意識が薄らいでしまう。失敗してもちょっと謝れば許されていい、これは間違いなのだ。

 

「わたくし残念なことに、目の前の事に全力を尽くせない人と生死は共にできませんのよ?」

 

 自分が命を預けるのなら、心からの信頼を置きたいセシリアの問いかけに、シャルは頭を上げ瞳を真っすぐに見据えながら答えた。

 

「大事なことをホントに大事にできるセシリアのそういう所、いつも皆の身の安全を第一に考えるラウラのこと」

「!?」

「仲間の気持ちを察してくれる鈴のこと、そして優しさをいつだって失わない一夏と箒のこと」

 

 ―――いつだって、自分達に勇気を示して道を切り開く背中を見せてくれるヨウタ(アイツ)のこと―――

 

「ごめんなさい。皆が思うほど私、綺麗な人間じゃなかった・・・皆に嫉妬してた」

「・・・シャル?」

「・・・シャルロットさん」

 

 シャルの思わない告白に動じる一夏とセシリア達に、シャルも困ったような笑顔を浮かべながら話をつづけた。

 

「私だけ、こうやって笑ってるだけだ、って」

「違うッ! シャルだって・・・」

 

 鵜飼総合病院で、心が砕けそうになっていた自分を支えてくれたのは婦長の言葉とシャルの暖かさだったと誰よりも信じている箒がシャルに詰め寄るが、そんな彼女にシャルは力強い笑みを浮かべてこう述べる。

 

「だから、今日こそ私、自分でちゃんと立ちたい。自分が皆の仲間なんだって誇りたいから」

 

 自分のIS………待機状態のラファール・ヴィエルジェを握りしめながら、シャルはいきなり話の本題を切り出す。

 

「福音とのリベンジ、私が最前線に立つよ」

「なっ!?」

 

 予想外の言葉に動揺した一夏が、彼女に考え直すように言葉を切り出した。

 

「最前線は俺の仕事だろ!? 格闘戦なら…」

「福音が行ったエネルギー吸収現象………あれってコア・ネットワークから疑似バイパスを形成してやったことなんですよね、ナターシャさん」

 

 少女達の話し合いを黙って見つめていたナターシャがここで初めて口を開く。

 

「そうよ。だから恐らく一度リンクしたISが近寄ると今度はもっと早くエネルギーが吸収される危険があるわ」

「だったら一夏の白式はダメだよ。ツインドライブとの相性が悪すぎる」

「グッ!?」

 

 あのドッペルトモードでのバスターライフルの砲撃を直に見た人間として、あの攻撃を再度撃たせるわけにはいかないことは重々承知しているだけに、一夏は言葉を繋げることができない。

 

「そういう意味じゃ箒もダメだ。紅椿はエネルギー量が多い上に単一仕様能力が白式同様に相性が良くない」

「だが、しかし!?」

 

 普段ならば最前線で敵に格闘戦を挑む二機が揃って対峙できないという状況にも、シャルは諦めずに作戦を考え続ける。

 

「最前線で私が福音の足を止める。援護はセシリアとラウラでお願い」

「・・・信用してもよろしいのですね?」

「うん。信用して・・・ううん、私はセシリアを信頼してる。命を預けてもいい」

 

 シャルのこの言葉に気をよくしたのか、セシリアは髪をかき上げながら笑顔でこう答えた。

 

「ではその信頼に、このセシリア・オルコットも応えねばなりませんわね?」

「うん!」

 

 二人の間の空気がいつものものになる中、では自分はどうすればいいのかと鈴が指さすが、シャルは彼女を見てセシリアとの間に交互に指を往復して告げる。

 

「鈴はセシリアを載せて。甲龍・風神ならIS一機牽引した状態でも福音と機動力で互角以上で戦えるはずだから」

「ええ~~。また私が運転手?」

 

 不満そうに口を尖らせる鈴であったが、陽太の次にダメージがあり、まだ若干傷が痛む中で格闘戦が行えない以上、取るべき選択肢が限られているので、それ以上の文句も出しようがない。

 

「今回、テストで使用しようとしてた新型モジュールを使って私が福音と一対一で…」

「異議有りだ、シャル?」

「ラウラ?」

 

 シャルの作戦に異を唱えたラウラが、得意げな表情で笑いながらシャルの提案に意見を加える。

 

「前線は私も立つ。2対1だ」

「ラウラ・・・?」

 

 普段は後方から砲撃を加える役目を受け持つラウラが前線に立つというのだ。彼女の実力はよく知っているが福音に速度差で翻弄されてしまわないかと心配する皆に、ラウラは携帯端末を見せつけながら言い放つ。

 

「倉持からだ。『注文してたモノ、現場に直接輸送させてます』」

 

 その一文によって、ラウラがなぜここまで満面なドヤ顔ができるのか、ナターシャを除いた皆が一同に納得する。

 

「『アレ』、出来たのか」

「出来たのか、『アレ』」

「奈良橋先生泣かした『アレ』よね?」

「特注過ぎて調整に手間取ってらっしゃった『アレ』ですわよね?」

「・・・いきなり実戦使用していいのかな、『アレ』って」

「『アレ』? 何のことなの一体」

 

 意味が分からないナターシャが『アレ』について問いかけるが、対オーガコア部隊のメンバーは乾いた笑みを浮かべるだけで応えようとはしない。

 

「私が『暴龍帝(あの女)』との戦闘を想定して制作してもらっていた秘密兵器です中佐………心配しないでください、自信があります」

 

 いつになく力強く頷くラウラは、意気揚々と作戦が纏まったということで早速出撃の準備に取り掛かろうとする。

 

「さあ出撃………そういえば陽太は何処だ?」

 

 先ほどから姿が見えなかった陽太のことを思い出したラウラが箒達に問いかける中、彼女達も姿が見えないことに首をかしげるのみだった。

 

「医務室で治療を受けてるはずだけど………そういえば遅くない?」

 

 医務室で爆睡でもしてるんじゃないのかと鈴が思うが、シャルは表情を変えて慌て出した。

 

「私、途中で医務室寄ってきたけどヨウタの姿がなかったから、てっきりこっちに来てるのかとばかり……」

「なにッ!?」

 

 まさか、一人で出撃してしまったのかと心配するメンバーたちが急ぎ会議室を飛び出すのであった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 「・・・・・うむ」

 

 一方、皆に心配されているとは露知らず、呑気に欠伸をしながら空母の看板で昼寝をしていた陽太は、起き上がると包帯で巻かれて覆い隠された瞳のまま、ゆっくりと振り返る。

 

「珍しいな」

 

 誰もいないはずの空母の影になっている部分に話しかけたとき、懐かしい声が彼の耳を打った。

 

「視覚の一時的な負傷だと聞いておりましたが、まさかそれでも私に気が付くとは………相変わらず忌々しいほどそういう部分は発達しているようですね?」

 

 カンカンッと杖で行き先を突きながら歩いてくる瞳を閉じた幼い少女………篠ノ之束の助手を自称し、千冬すら認める整備士としての腕を持つ人物。

 彼女から『くーちゃん』と言われ、陽太も『くー』と呼ぶ、本名『クロエ・クロニクル』は、忌々しそうな表情を浮かべたまま陽太に近寄ってくる。

 

「相変わらずはお前だ、産廃生産マシーン」

「貴方がいない間に、私は進化したのですよ火鳥陽太!!」

 

 『レトルトのご飯を使ってレトルトのカレーが作れるようになりました』と胸を張る少女を、心底どうでもいいといった思いで聞き流した陽太は、彼女にあることを問いただす。

 

「長く問答する気はない」

「珍しく意見が合いましたね」

 

 本当に珍しく同意の意見を述べるくーに対して、吐き捨てるように陽太は問いかけた。

 

「じゃあ遠慮なく・・・福音を暴走させたのは束か?」

 

 ISは自分の子、と宣いながら戦いの道具として利用する束のやり方に反吐が出ると言わんばかりの陽太であったが、そんな彼にくーは真剣な面持ちではっきりと告げる。

 

「今回のことに関してははっきりと『ノー』とお答えします。私が直接会いに来たのも貴方に誤解をされたくないという束様のご意向だからです」

「口ではどうとでも言えるわな」

 

 今一つ信用しない陽太に業を煮やしたのか、くーは舌打ちしながら振り返ると、話は終わったと言わんばかりに歩き出そうとするが、陽太は更なる質問を背中に投げつけた。

 

「ついでに答えろ。束は何企んでる? 世界に自分の先公の遺志を支配させるとか言ってたが、具体的にどうするつもりなんだ?」

「私が敵である貴方にそれを教えるとでも?」

「・・・もったいぶってるだけで、ホントはお前だって知らされてないだろうがよ」

「!?」

 

 陽太の挑発に激高するくーであったが、そんな彼女だからこそ陽太は聞かねばならないことがあるのだ。

 

「お前、束に付き合って、世界にケンカ売る気か?」

「当然のことです。束様が望まれるのであれば私は如何なることも叶えて差し上げます」

「・・・・・・わかってるはずだ。束はお前の事すら利用するかもしれないんだぞ」

 

 身近な知り合いですら道具扱いするかもしれない、陽太が危惧するが、くーはそんな彼の心配する気持ちを他所に、鼻で笑い飛ばしながら言い張った。

 

「それこそ何を今更・・・利用大いに結構。私は貴方と違い、束様のお役に立てるというのであれば喜んで実験でも犯罪でもお付き合いいたしますし、望まれるのであればこの命、直ちにあの方に『お返し』します」

 

 それがあの人に拾われた者のあるべき姿だろうと、同じく束に拾われておきながら平然と彼女を裏切った陽太を批難し、吹いてきた風と共に姿を消し去ってしまうのであった。

 

 そして後に残された、去った場所を見つめながら静かに言葉を漏らすのであった。

 

 

 

「俺達がそういうことしちまったら・・・・・・余計にアイツ、ホントに皆の中に戻れなくなっちまうだろうが、アホ娘が」

 

 

 

 

 

 

 

 






久しぶりのくーちゃん登場でしたが、やっぱり陽太とは仲良くなれない。いや、口喧嘩レベルでは仲良いのか? この二人、束に拾われたという共通点からはどっちかというと兄妹に近いんでしょうね

さてさて、シャルさんの復活ですが、今回はホントにキツイ。すごく頭ひねった割にはうまく書けてる実感がない
そして太陽の翼におけるナターシャさんの設定盛り合わせ。人妻経産婦操縦者だっていたっていいじゃいか!

次回は色々問題になりそうなラウラさんの『アレ』の登場

そしてシャルさんの新型武装のお披露目です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

臨海学校二日目~再戦~

皆さん、明けましておめでとうございます。今年も亀更新が続きますが、太陽の翼の方を、一つよろしくお願いたします。



おかしい………予定では三が日中にうp出来るはずだったのに………。

これもそれも………ヴァイオレット・エヴァーガーデン面白かったのがいけないんや。ヴァイオレットちゃんの成長見守り隊(有志求む)の活動が忙しく………。




もう一つ言い訳………車のキー、家の鍵、会社のロッカーキー一式落しました(涙)
この時期二万円の出費痛すぎ(涙


では、物語の方をお楽しみください(鬱)



 

 

 

「・・・ダメだ」

 

 看板で鉛色の曇り空を眺めていた陽太は、探しに来たラウラ達に無理やり会議室まで引っ張られると作戦の内容を報告され、首を横に振って速攻で却下を出すのであった。

 現状戦力が心許ない上に、先ほどまで精神状態が不安定だったシャルを最前列に立たせるなど心配過ぎる陽太であるが、当然のようにほかのメンバーから非難の声が上がってくる。

 

「じゃあどうすんのよ! 福音が転進してこっちに向かってんのよ!?」

「俺がフロントアタッカー※1すればいいだけだろうが」

「バカぬかすな! 今のお前の状況を考えてみろ。そちらのほうこそ非常識この上ない」

 

 いまだに物の輪郭すらはっきりと捉えられない状態なのに、陽太はISを纏って出撃し、あろうことか一番前に立とうとしているのだ。鈴とラウラが真っ先にダメ出しをするのだが、納得いってないという陽太はシャルにもう一度問いただす。

 

「シャルッ! ということでおとなしくお前が下がれ!」

 

 と、シャルの方を見て話したつもりが、思いっきり壁に向かって叫んでいることに気が付いていないのは愛嬌として皆ツッコミを控える。

 一方、先ほどからずっと黙り続けていたシャルは、そんな陽太に向かって彼の素直に頭を下げるという行為に出た。

 

「・・・・・・ごめんなさい」

「!!」

 

 シャルに謝罪することなぞすでに日常茶判事になっているが、逆に謝罪されるということは実は数えるほどもない陽太にとって驚愕の事態なのだが、そんな驚きよりも自分の手をつかむシャルが震えていたことに気が付く。

 

「・・・シャル?」

「ホントは知ってたよ」

 

 ずっと背中を見つめ続けていたのだから、本当はもっと早くに気が付いていた。

 いつもいつも、自分が陽太の力になりたいって言いながら、本当は自分は陽太に守って貰ってばかりだったことを。

 いつも何も言わずに真っ先にシャルを、仲間を守るために我が身を盾にする陽太の行動を。

 頑なな程、我儘なんて一切言わずに、もしもの時は自分を犠牲にできてしまう陽太の勇気を。

 

「弱くて卑怯者な私でごめんなさい、ヨウタ」

「!?」

「また自分の気持ちだけを押し付けちゃったね」

 

 自分を卑下した言葉を口にしたシャルに対して憤慨するヨウタであったが、そんなヨウタの口元をシャルは優しく人差し指だけで塞ぎ、彼の反論を封じるのであった。

 

「だから今度こそ変わりたい。変わることを怯えずにいたい。だから今日だけはこの我儘を貫かせて」

 

 それはいつもの強い気持ちが宿っているときのシャルの声のようにも聞こえた。だが今日のはそれだけではなく、大人びた艶っぽいものさえ感じられ、目が見えづらい陽太を声だけでドギマギとさせてしまう。

 

「(な、なんかシャルさんにエロボイスが混ざったかのような………いかんいかん)だからってな!」

「安心しろ陽太。私も同時に立つ」

 

 助け舟のつもりでシャルの言葉に賛同するラウラであったが、陽太にしてみればこういう時こそ自分の意見に賛同してシャルの意見を却下しろよと憤りが隠せず、彼女の声がした方………運悪く一夏の方を睨み付け、『えっ!? 俺、このタイミングで怒られるの!?』とただでさえ後方待機を命じられて凹んでいた彼の瞳に涙を滲ませるのであった。

 そして頃合いを見計らい、パンッとよく響く合掌で皆の注目を集めたナターシャが、『ほぼ』全員の同意を貰ったということで話を前へと進める。

 

「それじゃあ作戦の概要を説明します」

「!?」

 

 だがほとんど話したことのない部外者が、いつの間にかまとめ役となって話を進めていくこの流れに反感を覚えた陽太は、相手がどんな存在だったのかを彼岸の彼方に追いやって禁断の言葉を口にする。

 

「話勝手に進めんな、ババァッ!」

「・・・・・」

 

 凄く良い笑顔を浮かべた状態で停止した妙齢の人妻軍人は、くるりと身体を真っすぐ不用意な発言をした少年の方に向けると、彼に接近して拳を握り締めてブー垂れる彼の手を握り締めるのであった。

 

「『お姉さん』」

「?」

「『お姉さん』・・・っよ?」

 

 『ねえ? わかった?』と華の咲いた笑顔を浮かべながら首をかしげて見せるが、あいにく目が不自由な状態ではそれも一切通じず、機嫌の悪い表情のまままたしてもタブーを口にした。

 

「んだよババァ」

「・・・・」

「いい加減手をぉぉぉぉおおおうおうおうっっ!?」

 

 手を離せ、と言いかけた少年の掌に指を二本ほど突き立て、経穴(ツボ)を刺激し頭の先から爪先の先まで突き抜けた激痛を走らせることで完全に動きを封じ込めてしまう。

 

「千冬直伝の『骨子術』という技らしいわ。なんでも言うことを聞かない悪い子をお仕置きするには最適な技らしくて」

「をぉおぅおおぉぅおおっ!!」

 

 痛みで悶えるが手を放すこともできずに首を必死に振り回しながら何とか抜け出そうと足掻くが、技から脱出することができず悲痛な叫び声を上げ続けるのみ。そして笑顔を浮かべたままナターシャはほかのメンバー達を見て、問いかけた。

 

「お姉さんの言うこと、皆聞き分け良く聞いてくれる………よねっ!?」

 

 ―――一瞬だけ見えた刃よりも鋭い瞳―――

 

「「「「「「イエス、マムッ!」」」」」」

「をををぅをおぉおぅおおぉぅおおっ!!」

 

 全員が敬礼をもって返事してくれたことを逆らえばこうなるぞ、と実力行使で一瞬で理解させ、群れのリーダーの座を手に入れたナターシャは、陽太から手を放すとすでに興味を失くしたかのような振る舞いで話を進める。

 

「現在、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は進路をこちらに再び転身させ、接近してきています。我が艦隊はこの行動に対し、対オーガコア部隊と連携して対処する所存です」

「(女だけ殴り放題なのに俺は緊急時以外女殴っちゃダメとか、理不尽だよエルーさん)」

 

 床に蹲り、亡き義母と交わした約束が最近ちょっと理不尽じゃないのかなと、一生懸命涙を流さないように我慢しながら真剣に悩む少年を尻目に話は進む。

 

「つきましては、対オーガコア部隊のIS二機が前面でゴスペルと交戦、残りの二機が遊撃し、他のISは艦隊の護衛に当たってもらいます」

 

 GSや他の機動兵器は出すだけ福音の良い的にしかならない。少数精鋭で戦うという当初の作戦をそのまま引き継ぐ形を取ったのだが、本来はいつも最前線で近接戦闘を仕掛ける三機がそろって第一線に参加できないというのは、対オーガコア部隊としても初めての経験であり、前線で戦うシャルとラウラの表情にも自然と力が入る。

 

「艦隊は進路そのままで前進。まず福音に対して対IS用の攪乱幕で先制し、続けざまにミサイルによる波状攻撃を仕掛けて福音の足と、ビーム攻撃を封じ込めにかかります。前線のIS操縦者のみんな、攻撃中10分間は光学兵装の威力が著しく減衰するわ。肝に銘じて」

「ハイ」

「ハッ」

 

 ナターシャは次に後方待機を決定されている一夏と箒を見て、彼女たちにももしもの事態に備えるように進言する。

 

「貴方達二人は今回は後方で艦隊護衛に回ってもらいますが、仮に前線で何か起こったとき、前線組が突破されてしまう事態になったとき………わかっているわね?」

「任せてくれ!」

「その時は、水際で必ず防人ってみせます!」

 

 二人の力強い返事に満足したのか、彼女も笑顔で頷く中、遊撃手として戦場をかけるセシリアと鈴のコンビが必要な装備をチェックしていた。

 

「実弾の貸し出し、ありがとうございます」

「本来の弾と違うから少々弾道のタイムラグがあるけど………ごめんなさい、満足に訓練もさせずに」

「セシリアなら心配いらないわ。なんせ専用機が調整が全部終わってない状態で30㎞の狙撃に成功する女なんだから!」

 

 光学兵装ではない甲龍の衝撃砲は攪乱幕に威力を削がれることがないため、今回大きく力になるとわかっている鈴に力が籠り、スターライト・アルテミスの実弾換装を終えたセシリアがマガジンをセットして互いに頷きあう。

 

「そして、隊長さんは今日は空母の司令場でバックアップ要員として待機してください。目が見えなくてもエールは送れるわね?」

「応援で腹が膨れるか!」

 

 が、最後まで納得しない陽太は、ナターシャにやはり作戦の変更をするようゴネるのであった。

 

「目が見えないぐらい丁度いいハンデだ! これぐらい、どうにかできないなら『あの女』に勝てるように」

「わかったような事を言うな!」

 

 彼女の真剣な怒声が陽太の反論を一声で封じ込めてしまう。

 

「戦果だけ言えば、私は貴方と違い負けた側の人間。だから偉そうに言えない。だけど今の貴方は明らかに間違ってる」

「な、なにが・・・」

「『あの女』みたいになりたいの!?」

 

 はっきりとしたその口調は、陽太が現状抱えてしまっていた問題点をズバリ指摘した。

 

「さっきから聞いてれば二言目に『あの女』『あの女』と・・・『あの女』みたいにあらゆることを力で捻じ伏せる存在になりたいの、貴方は?」

「!?」

「違うでしょう! 千冬が何のために命懸けで貴方にそれを伝えたの? 貴方だけじゃない、貴方の仲間全てに行動で言ってみせたんだしょう? 『力だけが全て』になっては絶対にいけないと」

 

 ナターシャの鋭い指摘は少なからず陽太に二の句を続かせるのを完全に抑え込んでしまう。彼自身、意識して彼女のように振る舞おうなど考えたことなどない。と断言して言いたいのだが、彼女の言葉を聞き、思い返しみると不思議と『あの女』とずっと口にしていたような気がしてきた。

 

「グ………ヌッ」

「今日はいい機会よ。これは仲間だけを戦わせるのではない」

 

 ナターシャの掌が陽太の頭を優しく撫で、母性に満ちた声でこう諭してくれる。

 

「普段、仲間が貴方に預けている信頼を今日は貴方が皆に預けなさい。それは決して仲間だけを戦わせている行為ではないのだから」

 

 こう言われてはもう陽太に反論する材料がない。内心ではすでに仕方ないという考えは持っているのだが、頑固が古代の超金属製と言われているこの男がおいそれと認めることができず、徐に自分の両頬っぺを持つと………。

 

「ぎににににににっ・・・」

 

 思いっきり引っ張って、必死に叫びたいのを耐え忍んでいた。これには仲間達も心の中でそれぞれツッコミを入れる。

 

「(納得してないのが丸分かりなぐらいにめっちゃ耐えてる!)」

「(『認めたくない』が頭の中でグルグル回っているな)」

「(それでも自分から反論を取りやめましたわ!)」

「(おお、天上天下唯我独尊スタンドプレイ大好き男が)」

「(せ、成長しました教官! ついに陽太が『待て』を覚えました!)」

「(・・・皆が酷い)」

 

 仲間達の心の声が聞こえたような気がしたシャルの視線を受けた仲間達であったが、(ちょっとだけ)成長した陽太の姿に(ごく僅かに)感動して、終ぞ気が付くことはなかったのであった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

会議室にて話が纏まったのを見計らったかのように、福音が艦隊を射程圏内に捉え、なおも速度を上げて接近してくるとの報告を受け、対オーガコア部隊のIS達が次々と発進していく。

 それを空母の指令所で見送るナターシャと、不機嫌そうに耳の穴をほじる陽太の間にモヤモヤとした空気が立ち込めていたのだが、鉛色の空を睨んでいた艦隊司令官のファイルス『提督』はため息をつきながら二人の間に割って入るのであった。

 

「やはりIS操縦者っていうのは好きになれそうにないな。いつだって面倒な騒ぎの中心にいやがる」

「・・・・・・」

「あ゛あ゛ぁんっ?」

 

 いきなり割って入って来て何言ってやがる? と陽太の血圧が上がる中、提督はまるでそんな様子を気にすることもなく、とある昔話を二人に聞かせるのであった。

 

「これと似た光景は10年前にも見たことがある。最もあの時、当初は船の整備中で陸(おか)にあがっていたから、仲間をただ見送っただけだがな」

「・・・・・」

 

 何の話か分からない陽太が首をかしげるが、そんな陽太を提督は複雑な表情で見つめつつ話を進める。

 

「『白騎士事件』」

「「!?」」

「軍から戒厳令を敷かれ、作戦に従事した者は口外を絶対に禁じられたあの事件・・・・・・俺は事件が起こった場所の増援として、整備が終わった船を最速で進ませていたんだが、やがて『花』が咲いた空を見た」

 

 今でも忘れない。

 あれほど不思議な光景は、あれほど美しい空に咲いた『花』を、ほとんど部外者のような自分が唯一目撃したあの光景は、おそらく死ぬまで忘れることはないであろう。

 

「亡国の英雄殿の噂は長く軍人をしてりゃ嫌でも聞かされる。海軍の将校の何人かは新米のころ『彼女』に鍛えられた者も何人かいた・・・・・・最も、事件のあと漏れなく全員退役してしまったがな」

「退役?・・・なんで?」

 

 陽太の問いかけに、何を思ったのか。提督は帽子を深々と被り直しながらポツリとこうつぶやく。

 

「『希望は潰えた』『人類は取り返しのつかない過ちを犯した』『人は自分で破滅の戸口に飛び込んだ』・・・誰もが口を揃えて似たようなことを抜かしやがる」

 

 英雄がどのような人物で、どのようないきさつがあったのかは知らないが、ファイルス提督にしてみればそれを理由に帽子を脱ぐ行為は許しがたかったのだろう。

 

「腑抜けどもが」

 

 守るべき『モノ』とは死者のことではない。死に逝く者たちがそれでも希望を託し、命を懸けて守ろうとしたものであろう。

 彼の者が真の英雄であるのなら、未来に『繋いで』いこうと戦い続けていたのであれば、後に残った者がするのは絶望し座することではない。見っとも無いと言われてでも生きて繋ぐことではないのか。

 年寄りが若者に教えることが諦めることなどとあってなるものか。

 

「(好きになれるはずもないだろうが。いざ戦いになれば年寄りはこうやって後ろから祈りながら僅かな援護ぐらいしかしてやれねぇんだからな)」

 

 総じて若者しか纏えないIS同士の戦いになれば、自分達はほぼ案山子同然だ。

 近代の戦争が作り上げた兵器を用いた戦術を、国力を顧みた戦略を、ISはそれだけで完全に覆してしまった。

 質を高め数を揃えて行う近代の戦争を行う旧来の軍人たちの前で、それらを根こそぎ破壊するIS達は少数精鋭で決闘によって雌雄を決してしまう。これではまるで神話やおとぎ話に出てくる英傑同士の戦いではないのだろうか?

 

「おかげでどいつもこいつもスタンドプレーを平気で行いやがる」

「「・・・・・」」

 

 涼し気な表情で受け流すナターシャと陽太に冷たい視線を送るファイルス提督の耳に、通信士から福音の距離が作戦開始領域に差し掛かっていることを告げられた。

 

「ゴスペル接近、距離8000!」

「・・・ふむ」

 

 帽子を深く被り直した提督が作戦開始の合図を送る。

 

「これより作戦を開始する! 攪乱幕展開」

 

 艦長の号令と共に発射されたミサイルが周辺に満遍なくばら撒かれ、同時に広範囲の爆発を起こす。これにより極小の金属片が周囲にばら撒かれ、レーザーやビームなどの光学兵器を撃った場合にそれらと反発作用を起こし著しく減衰、あるいは無効化されてしまうのだ。

 

「各機作戦行動開始。ヴィエルジェ、ソルダート、前進!」

 

 作戦開始の合図と共に福音に向かって飛翔するシャルの右手には、すでに愛銃と化している複合型65口径アサルトカノン『ハウリング』を、左腕には予備のマルチシールドを装備していたが、背部の装備が大きく変更されていた。

 標準装備となっているウエポンラックを兼ね揃えた自立稼動兵装『ディスタン』、砲撃戦用の『ワイルドウィーゼル』、高機動パックの『ル・シャスール』、その他のガトリングなど、数々のパッケージ(換装装備)を用意されていたラファール・ヴィエルジェが持つ装備の中でも諸々の事情で開発が難航しており、ここ数日でようやく調整が終了したばかりの新型パッケージ『エトワル・ガニアン』を装備し、ぶっつけ本番の実戦に赴いた。

 大型の計四つからなる砲門のようなユニットに、淡いグリーン色の特殊クリスタル素材が施され、二基のスタスターユニットからなるバックパックを背負い飛翔する、そんなシャルが背後から全速で追いかけてくる相棒の少女の名を叫ぶ。

 

「ラウラッ!」

「応とも!」

 

 少女らしからぬ勇ましい掛け声で答えたラウラは、秘密兵器が現場に到着したことをハイパーセンサーに告げられ、満面の笑みを浮かべた。

 

「よく来た!」

 

 ―――全長にして6m、全幅は4mほど―――

 ―――戦闘機と呼ぶ形状をしてはいるが、通常のそれとは大きく異なり小さな主翼だけを持ち、代わりに大出力のブースターを取り付け―――

 ―――黒光りするボディはおそらくシュヴァルツェア・ソルダートに合わせたものなのだろう―――

 ―――鋼鉄のボディに外見だけでも、二挺のガトリング砲、小型ビームキャノンなどが見てとれ―――

 ―――アメリカの企業が『GSの小型化』と『高機能化』という矛盾した問題を解決するために開発したはいいが、エネルギーと放熱の問題が解決できずにお蔵入りとなった試作ジェネレーターを搭載し―――

 ―――その他諸々の兵装を搭載した、最早換装装備(パッケージ)とは言えなくなった『ISを核とする機動兵器』―――

 

「いくぞ『ブーゲンビリア』!」

 

 花言葉で『情熱』を意味する、おそらく周囲の人間が是非とも改善してほしいこれを作った製作者の情熱とやらを皮肉った(かもしれない)名を持つ機動兵器はラウラの呼びかけと同時に変形を開始し、相対速度をラウラと合わせながらドッキングを果たした。

 

 ―――大きさでいえば小型のGSに迫るほどのフォルム―――

 ―――武骨な左右非対称の武器腕―――

 ―――肩と脚部に搭載されたミサイルポッド―――

 

 対オーガコア部隊のISの中でも一番の大きさを誇るソルダートを完全に中に嵌まり込む形となり、ISを纏ったラウラが更に機動兵器を纏ったかのような様相となり、ほかのメンバー機と比べても二回り以上の大きな状態となった。

 

「シュヴァルツェア・ソルダート・ブーゲンビリア、目標を撃墜する!」

 

 ハイパーセンサーが捉えた機影・・・銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)に向かって突撃したラウラは、当然こちらの存在にも気が付いてた福音が先制のバスターライフルを放った。

 

「甘いッ」

 

 だが攪乱幕の影響で威力が大幅に減衰され、ラウラに届く前に空中に四散してしまう。

 機械的な反応しか取れなかった福音が事態を把握するために、現場の状態を再検索しようとラウラ相手に距離を取ろうとするが、そんな隙を逃がすものかと網膜に表示されたディスプレイを操作し、両腕にいくつか搭載されている武器を選択、80口径バズーカを選択して右腕から立て続けに連射する。

 光学兵装と違い、一切減衰することなく敵機を攻撃できる実体弾頭を相手に回避し、両肩のマシンキャノンで迎撃する福音であったが、更にそこへラウラは追撃の一手を放った。

 

「(中佐の言葉が正しいのであれば、現在の福音は無補給での戦闘を継続し、シールドエネルギーも限界に近付きつつある。さらにマシンキャノンの残量もおそらく三割もない)………ならば、これで!」

 

 右肩に搭載されたブロックが開口し、コンテナを射出する。

 ノロノロと空中を飛翔するコンテナであったが、バズーカの弾を全て回避した福音との距離が近付いた瞬間、それは突然『炸裂』した。

 

 ―――コンテナから四方八方に飛び出すマイクロミサイルの群れ―――

 

 対複数戦闘を想定して作られた多弾頭ミサイルの群れの全てが福音一機に牙を向いて襲い掛かる。シルバーレイを展開して迎撃しようとするが、攪乱幕の影響か十分な数の形成ができず、福音は高速飛行でミサイルの群れを引き連れながらの迎撃に移るのであった。だがその行動はラウラの予測の範疇内、彼女は両方の腰に収納されていたガトリングを競り上げ、福音の進路にばら撒くように振りまくと高速飛行の妨害を行う。

 銃撃とミサイルの面制圧をいくつか喰らい、ふらつきながらも飛行し続ける福音にラウラはトドメの一撃を撃ち込もうと再度のコンテナミサイルを撃ち込もうとするが、福音はその進路を上でも右でも左でもなく………『唯一』攪乱幕が届かない場所へと向けるのであった。

 

「なにっ!?」

 

 ―――スラスター全開で海面に向かって急降下する福音―――

 

「ラウラッ!」

 

 シャルの焦りの言葉を聞いたラウラは彼女同様に福音の意図に気が付き、後を追いかける。

 

「セシリアッ!」

「くっ!」

 

 飛行形態の甲龍の上に乗りながら実弾での支援狙撃を行うセシリアであったが、急降下する福音の速度が速すぎて捉えることができず、そのまま福音は水柱を上げながら海中に沈んでいったのであった。

 すぐさま後を追おうとするセシリア達であったが、現状の彼女達には水中戦で有効になる武装は搭載されていない。だがそれは福音とて同様のこと。ビーム主体の福音の装備は実弾換装されている対オーガコア部隊のIS達よりも更に輪をかけて水中は鬼門のはず。

 

「(水中のビーム兵器の使用は不可能。いくらこちらの攻撃から逃れるためでも、そこにいる限り我々には

向こうも攻撃できないというのに)」

 

 ラウラが福音の不可解な行動の理由を思案するとき、突然シャルが進路を180度反転させて来た道を全速力で逆走し始めたのだった。

 

「シャルっ!? 何処にッ!!」

 

 シャルの行動の意図が分からずに目を白黒とさせる鈴やセシリアとは違い一瞬だけ呆けてしまうが、すぐさまシャルの意図を理解して全速力で後を追いかける。

 

「セシリア、鈴ッ!? 引き返せ!」

「えっ?」

「ちょっと、説明」

「時間がない!」

 

 焦ったラウラの声に突き動かされ鈴も進路を反転させる中、ラウラは操縦者がいない状態でありながらどうしてここまで福音が戦術的に優れた着眼点を持てるのかとぼやきたくなる。

 唯一今のラウラが大火力の使用ができない場所を襲うなどということを考えつけるのかと。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「福音、反応ロスト!?」

「撃墜できたのか?」

 

 海中に沈んだ福音の行方を追いかける指令所が慌ただしく動く中、戦闘の様子を詳しく見ることができない今の陽太は苛立ちながら隣に立つナターシャに問いかけた。

 

「っで? どうなったの? 勝ったの? 負けたの?」

「少し静かにしなさい………おかしいわ?」

 

 モニターから見ていた福音の様子に正規操縦者のナターシャが疑問符を投げかける。

 状況と火力に圧倒されあわや撃墜間近だったのは間違いないが、しかし福音のシールドエネルギーは確かに残っており、飛行状態を保ったまま海中に自分から突っ込んだのだ。あれは明らかに撃墜された訳ではない。

 

「(攪乱幕を嫌がった? 実弾火力に圧倒されたから退避した? 反撃ができない海中に?)」

 

 どれも自分が取ったことのない戦術であり、自分と経験値を共にしてきた福音が選択することではない。何かがおかしい、ナターシャが福音の索敵を急がせようとしたとき、陽太の背筋を『悪寒』が駆け抜ける。

 

「取り舵! 急速反転!!」

「!?」

 

 陽太が指令所全てに血相を向かって叫ぶ。

 

「い、いきなり何を…」

「面舵でもいい、とりあえずこっから今すぐ離れろ!」

 

 オペレーターに怒鳴り込む陽太の様子に、最初にナターシャが、半歩遅れて提督が気が付く。

 

「彼の指示に従いなさい!」

「機関最だ…」

「待ってください!」

 

 ソナーを監視していたオペレーターの緊迫した声が皆を一瞬で静寂に包まれる。

 

「何か……海中から高速で接近して…」

「福音だ! 魚雷の発射は!?」

「とても間に合わない!」

「チッ!?」

 

 専用の装備をしてないにも関わらず、米軍が現行で使用する魚雷を上回る速度を出す福音に舌を巻く暇もなく、陽太は通信士を呼びかけ、彼のマイクを無理やりひったくると艦隊を護衛している一夏と箒に呼び掛けた。

 

「福音が海面から出てくるぞ!」

「「!?」」

 

 福音の行動の理由………自分の攻撃力を封じる攪乱幕と、実弾火力で圧倒する今のラウラ。この二つを同時に封じる手段。

 そのために取った行動が水中から密やかに艦隊の中心に近づくこと。そしてもう一つは………。

 

「一夏ッ!」

「くるッ!」

 

 水中が一瞬盛り上がり、大きな水飛沫と共に飛び出てきた福音は、すでに両手にツインバスターライフル・ドライツバークを装備していた。そして海上にいる一夏と箒と同程度の高度まで飛び上がると、射線に艦隊を置きながら発射体制に入ったのだ。

 

「まずい!」

「撃たせるか!!」

 

 一夏がツインドライブから零落白夜を発動させ箒が二刀をもって突撃をかけようするが、それこそが福音の狙いなのだと二人は気が付いていなかった。

 

「バカ・」

 

 それがフェイントであると一夏に伝える暇すら今の陽太にはない。そもそも二人もすでに知っていたはずのこと。福音にはドライツバークを放つエネルギーなどどこにも残されていなかったということを………。

 だが、さっき見せられたあの威力に戦慄してしまい、二人とも『撃たせてはならない』という意識が先行して、その事実を忘れてしまっていたのだ。

 

 ―――瞬時加速で先ずは一夏に接近し、彼の振り下ろした斬撃を掻い潜りながら雪片を持つ手を握り締める―――

 

「なっ!」

『ツインドライブ解除しろ一夏ッ!』

 

 一夏に急いで指示を出す陽太であったが、時すでに遅く………。

 

「うわああああああああっ!!」

 

 激しいスパークと共に急速にエネルギーが吸収されていく。慌ててツインドライブを解除するが、すでにISを上手く動かすことができず、どんどんシールドエネルギーのゲージが下がっていく。

 

「一夏ッ!」

 

 福音から一夏を引き剥がそうとする箒であったが、距離が近すぎたのが災いし、一夏同様にスパークに襲われ、紅椿も白式同様にどんどんとエネルギーが吸収されながら完全に動きを封じ込められた。

 

「ち、くしょうぉぉぉぉっ!!」

「がああああああっ!!」

 

 身動きが取れない二機から悠々とエネルギーを吸収する福音は、徐々に活力を取り戻していくのが手に取るようにわかる。

 二機のISのシールドエネルギーをほぼ吸い尽くし、二人がほとんど身動きが取れなくなっている所に、シャルとラウラがたどり着く。

 

「キ、サマァァッ!」

 

 仲間がやられたことに激高したラウラはブーゲンビリアに装備されている武器腕をすぐさま変更し、巨大なメカアームにすると、それをアンカー付きのロケットパンチとして左右同時に発射する。

 本来は巨大プラズマソードを出力させるための兵装なのだが、他にもマニュピレーターがついており敵の捕縛という応用した使い方もできる。さらに今回は捕われた仲間を救出するという目的も加わっていた。

 ラウラのブーゲンビリアには警戒しているのか、福音は二機を空中に放り投げるとツインバスターライフルを再び両手に持って発射体制を取る。慌ててアンカーで二人を受け止めると巻き取りながら機体を急上昇させて艦隊を砲撃の射線から逃がす。

 

「まずいですわ!」

 

 セシリアの支援狙撃がそんなラウラの窮地を救うように立て続けに放たれ、発射体制だった福音もそれを受けて一時発射を中断し、回避に専念する。だが射線には常に艦隊があり、下手に放って戦艦に直撃させるわけにはいかず、それでなくても接近しすぎてはエネルギーを奪われてしまう。具体的にどれほどの距離にならなければあの吸収機能が使えるのかまだ見当もつかないが、今の距離からエネルギーを奪われる様子はなく、鈴とセシリアの二人は心理的プレッシャーを与えられ上手く接近することができずにいたのであった。

 

「二人とも、しっかりしろ!」

「………福音は?」

「済まない………無駄に相手にエネルギーを」

 

 口調はしっかりとしているが、戦闘に参加できるほどのエネルギーはなく、紅椿の力で回復はできるのだが、近接重視の二機では再び取り込まれるリスクが高すぎる。

 また常に艦隊を背に向ける福音相手だと、超火力の今のラウラでは被害を及ぼしかねない。接近戦を挑むと二人の二の舞になりかねず、せっかくの新型兵器を上手く運用する手段を失ってしまった。

 

「クッ………戦い方がココまで上手いとは」

 

 思わず褒めたくなるほど福音の動きは戦術的なのだが、敵として相手にするとここまで厄介になると、反ってそれが疎ましい。どうすべきかと思案する中、福音はシルバーベルを連続展開して発射してくる。

 

「させるか!」

 

 ブーゲンビリアのジェネレーターと合わせて強化されたAIRを機体全周に張ってその攻撃を受け止めようとしたラウラであったが、福音の目的はそこではなかった。

 

「!?」

「まさかっ!!」

 

 ――――艦隊の各所に降り注ぐシルバーレイ―――

 

「艦隊に攻撃するだと!?」

 

 自分達に向けられた攻撃。そう思い込んでいたラウラであったが、福音は艦隊に対して容赦なく銀の雨を降り注がせる。

 だがその全てが奇妙なぐらいに、艦隊のある一点だけに絞られていた。

 

「被害状況の確認を!?」

「艦隊のほぼ全艦に被弾………ですが」

 

 一瞬言い淀むオペレーターの様子に、提督は異変を感じる。

 

「どうした!?」

「ハッ!………じ、人的被害、現在報告されていません。機関部の異常報告なし………ミサイル発射管のみ、全艦大破と」

 

 福音の攻撃は艦隊の攻撃力だけを奪い、それ以外の部分に一切の被害を与えなかった。結論だけを述べられ、首を傾げる指令上の中において、IS操縦者の二人だけは違った物の考えたをしていた。

 

「………決着を、着けたい?」

「………そうね」

 

 福音の行動の真意が、まるで『決闘の邪魔をされたくない』と言わんばかりに感じられたのだ。これには二人も驚きが隠せない。

 一見ただ無秩序に暴走しているだけと思われた今回の福音の行動にも、何かの意図があるのではないのか?

 

 何か訴えてくるものがあるのではないのかと、考え込む二人が天空を黙って見つめる中………福音は再び、ツインバスターライフルを構える。

 

「そう何度も好きにさせてたまるか!」

 

 福音にのみ追尾するようにセットしたミサイルを放とうとするが、一瞬だけ福音が速かったのかツインバスターライフルの閃光が放たれ、それがラウラに迫る。

 

「クッ!」

 

 当然その攻撃をAIRで受け止めようとするラウラであったが、突如、その前に二つの物体が飛来し、緑色のフィールドを展開して、極大ビームをすべて受け止めてみせるのであった。

 

「これはッ!」

 

 ラウラが見つめる中、ゆっくりと彼女の前にシャルが降り立った………四つのビットを従えて。

 

「………ラウラは今は下がって。近接戦闘は私がするから」

 

 唯一この中であの時エネルギーを吸収されなかったIS、ラファールヴィエルジェを持つシャルだけがこの場で今の福音に接近戦を挑める。

 だがそのことはラウラにもわかっているが、彼女一人に任せるのは危険が過ぎると思い、副隊長としてではなく、友を心配する少女の声が先に出てしまった。

 

「だが危険だ! 一人で行くな!」

 

 そんなラウラの言葉を聞き、彼女はにこりと微笑みながら振り返ると、爽やかな笑顔を浮かべたままこう言い返す。

 

「大丈夫。私はいつだって………一人じゃない!」

 

 右手にアサルトライフル、左腕に楯を装備したまま手にはレーザーソードを持ち、戦乙女が果敢に銀の戦天使に戦いを挑みかかる。

 そんなシャルの心意気に答えたのか、福音も右腕にツインバスターライフルを持ち、左手にビームサーベルを構えると、斬りかかってきたシャルの一撃を受け止め、空中で激しいスパークを巻き起こした。

 

 何度も何度も斬り結びながら、福音を見つめるシャルは、今までとは違う様子で目の前のISに問いかける。

 

「どうして!? 貴方は何を求めているの!?」

『・・・・・」

「答えて、ゴスペル!」

 

 そんなシャルの様子を見ながら、IS内部の意識下において………膝を抱えた女性は、ゆっくりと瞳を開き、ポツリとつぶやくのであった。

 

 

 

「…………私は……皆を………守らなきゃ」

 

 

 

 

 

 




※1………この場合、最先方として福音と格闘するポジション。一番危険度が高い場所のこと


ふう………さて、皆さん。ラウラさんが立派なMAになりまして(違ッ

デンドロビウムいいよね! 邪魔するザクなんざコンテナミサイルの餌食じゃボケッ!

そしても一つお待ちかねのシャルの新型パッケージ。訳すると元ネタがわかると思います(ただちょっとだけ文法上の問題で直訳すると意味が分からないかもしれないけど)


さあ次回はいよいよ福音とのバトルのクライマックス。
このISの暴走の理由はいったい何だったのか? それがついに明かされます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

臨海学校二日目~解放~

さて、臨海学校編もバトルは今回がラスト!?

そしてラストでは、IS達はまた新しい姿を人に見せます………そう、兵器としてではない、人類に寄り添う者としての


ではお楽しみください


 

 

 

 

 福音とIS学園メンバー及び米国太平洋艦隊が再び戦闘を開始する少し前、本来ならば生徒達がISの演習で使用していた砂浜を、一人の女性がゆっくりと歩いていた。

 ウサ耳を付け、ゴシック風のファッションながら胸元が大胆に空いたワンピースを着た美女。ISの生みの親である『篠ノ之束』である。よく見れば脇には、陽太に警告を放ったクロエ・クロニクルも控えていた。

 鉛色の空の下、ここから肉眼では見えないほど沖合で戦闘を開始している自分が見出した少年と、実の妹、幼馴染の弟とその仲間達のことを思い浮かべながら、彼女は柔和な笑顔を浮かべて絶やさずにいた。

 

「?」

 

 だがその時、彼女の目元で空中で投影されるディスプレイが突然表示され、何やら赤いアラームを鳴らしながら『ユーラシア方面、なんか飛んできてる』と独特な文章での警告文が表示される。

 

「あれれれれっ?」

 

 一瞬だけ思案した束は、すぐさま事態の全容を把握し、右手で握っていた真紅の宝石をあしらった首飾りに問いかける。

 

「これは予定外なことだよ? また何かいたずらしたでしょ?」

 

 温和で柔和な笑顔………彼女が問いかけたその宝石から発せられた言葉はただ一つだけであった。

 

 

 

『にゃんっ♡』

 

 

 

 ☆

 

 

 

 一方、艦隊からの攪乱幕による妨害を封じ込め、白式と紅椿の二機からシールドエネルギーを強奪することで自身の分を回復させた福音と、新型の武装を持ってそれに対抗しようとするシャルとラウラの二人が空中で火花を散らしあっていた。

 

「!?」

 

 すでに光学兵装を弾く攪乱幕の効果は切れている。ここからは福音も火力を全開にして襲ってくるのであろう。だがそれはラウラの駆るブーゲンビリアとて同じこと。ここからは本当の意味での福音とのガチバトルなのだ。

 ブーゲンビリアは複雑化した対オーガコア用のISの火器管制システムに連動し、ラウラのみ見えるディスプレイから彼女が選択した武装を展開し始める。シリンダー形式で武装を変更する武器腕のうちで最も火力が強力な物を選び変更した。

 右腕に展開された砲口は瞬時に機体と接続されジェネレーターから送られてくるエネルギーをチャージし始める。そしてバレルが延長され、最大まで伸び切ること全長とほぼ同じ長さになると砲口を福音へと向けた。

 

「くらえっ!」

 

 ブーゲンビリア最大火力のメガ・ビームキャノンが火を噴き、福音は機体を翻して射線から一瞬で退避する。極太のビームはやがて海面に激突し、海を叩き割るかのように線を引いて水蒸気爆発を起こして消滅した。

 高機動の福音にはやはりただ狙って撃つだけでは直撃させることは困難であると確信したラウラが内心で舌打ちする中、福音は反撃のバスターライフルをラウラに向かって放つ。敏捷性で福音に劣るラウラはその攻撃を回避することは困難であると判断し、機体に内蔵されたAIRコンバーターと連動したブーゲンビリア本体をすっぽりと覆いつくすAIRでバスターライフルの攻撃を全て弾き返すのであった。だがAIRでビームのすべてをはじき返してなお襲い来る衝撃は凄まじく、一瞬だけその場に釘付けにされてしまいどうしても足を止めざる得なくなる。その隙を狙い、ビームサーベルを抜いた福音が近接戦闘をラウラに仕掛けようと迫る。

 

「させないっ!」

 

 大火力ゆえの小回りの利かなさをカバーするように、四機のビットを従えたシャルロットが福音に詰め寄りながらこちらはレーザーソードを抜いて逆方向から斬り掛かり、福音はこれを回避するためにラウラへの突撃を一時中断せざるえなくなった。

 シャルの一撃を回避した福音はシルバーベルを展開して彼女へと発射する。この攻撃をシャルは二基のビットを操作して緑色のフィールド………バリアフィールドを展開して防ぐ。そして返す手ですかさず残りのビット二基がビームキャノンと化してビームを連射して福音に攻撃するのであった。

 

 ―――エトワル・ガニアン―――

 

 実はこのパッケージに関してはラファール・ヴィエルジェの開発が急ピッチで始まった直後から始まっており、当初は機体のロールアウトと同時に実戦配備できる予定だったのだが、いざ開発が始まると大きな問題にいくつもぶつかることになる。

 まずはパッケージの内容がBT兵器仕様であること。これは誘導兵器特有の『高い空間認識能力』を持たない物にはまず扱えないということ。IS学園で最高の適正値を持つセシリアが『A』であるのだが、その彼女をもってしても実戦レベルでのBT操作は困難を極めており、OSの補助無しで自身とBTの同時機動を行えば双方に支障がでてしまう。そしてシャルに関しては適正値は『C+』という数値。これはギリギリBTを起動できるという数値であり、とても実戦での使用は無理と断言される数値なのだ。

 次に武装の特異な性質なことと多機能化されたことによって武装がビットとしてはかなり大型にされたことと、それゆえの機動力の低下と本体重量による継続力の低下。強度など様々な問題にぶちあたり、デュノア社IS部門開発部を悩ませた。

 だが、彼らは決して諦めることなく、研究所で寝食を惜しんで機体開発のために共に慣熟訓練に勤しんだ社長令嬢のことを想い、何とか開発を成功させたのだ。

 

 ―――福音が残弾が心もとないマシンキャノンを斉射しながら接近してくる―――

 

「くっ!」

 

 シールドでそれを防御しながら、四基のビットを付き従えながらシャルも負けじとハウリングを撃ち返す。同時に二基のビット達………『ガンビット』がビームキャノンを一緒に放つ。

 福音はそのビームを回避するとビームサーベルを抜き、攻撃の隙間を縫って接近戦を仕掛けてくる。シャルはレーザーサーベルを片手で持ち換えてその攻撃を受け止めると、もう二基のビット達……『ガードビット』がフィールドを調整し、大型のビームダガーと化して近接戦闘中の福音に襲い掛かった。

 

「どうして!?」

 

 二基のビットをサーベルで払い除けバスターライフルを放とうとする福音と、それはさせないと接近して今度はシャル自身が果敢に近接戦闘を仕掛けに行く。

 ビットそのものに内蔵されているサブCPUによって適正値の低さを補うように動き回るガードビット達と一緒に斬撃を繰り出すシャルであったが、福音は瞬時にバスターライフルを量子変換で収納するとビームサーベルに持ち替え、両の刃でそれを全て防ぎきってみせる。

 

「(この近接戦闘の仕方は箒だ!?)」

 

 正操縦者のナターシャの言葉を信じるというのであれば、単一仕様能力や超絶的な技術でない限り福音は短時間で相手の動きをコピーすることができるとのこと。ならば既に自分を含めた対オーガコア部隊全員分の技能をある程度有していると考えて間違いない。一瞬だけ切り崩し方を考え込んだシャルであったが福音が突進しての突きを繰り出し、際どい所でそれを回避したことで考えを改めさせられる。

 

「(ダメだっ! この距離で悠長に物を考えてられない!)」

 

 陽太の戦い方、箒の戦い方、一夏の戦い方を思い出しながら、シャルは近接戦闘で重要なことを思い出しながらソードを振り続ける。

 

「シャルッ!」

「シャルロットさんっ!」

 

 エネルギーを奪われないように距離を取りながら、目まぐるしくポジションが変わり続ける近接中のためにろくな援護攻撃ができない鈴とセシリアは彼女の名を呼ぶことしかできないことに悔しさを滲ませる。

 

「距離を取れよシャル!」

「危険だ! 高速切替(ラビット・スイッチ)を使えシャル!」

 

 危険な近接戦闘に拘らず、いつものように距離を巧みに取る戦い方に変えろと一夏と箒は叫ぶ。

 

「………いや」

 

 いつの間にか援護攻撃することなく、シャルの戦い方を静かに見守っていたラウラはようやくここにきて彼女の意気込みを理解する。

 

 接近戦でソードとサーベルをぶつかり合わせ、いつの間にか純粋な斬り合いの様相を呈していた現場をモニター越しで見つめるナターシャは、危なっかしくて見ていられないといった表情でシャルの戦い方を非難する。

 

「危ないッ! 距離を取りなさい! 銃撃で弾幕張って、シャルロットちゃん!!」

 

 おそらくシャルの本来の取り方は『ヒット&アウェイ』、距離を巧みに取りながら様々な武装を使用するものだと僅かな時間で見抜いていたナターシャにしみれば、こんな『らしくない』戦い方をされてはたまらない。まさかさっきので全て吐き出させていたと思っていたがまだ何か溜め込んでいたのだろうか?と心配するが、その時、高速で激突していたシャルと福音が鍔迫り合いで押し合うあまり額をぶつけ合わせ、反動でシャルがよろめいてしまった。

 

「いけないっ!」

 

 接近戦でこの隙は危ない。やはり距離を取らせるべきだと叫ぼうとするが、誰よりもこの場において冷静な声でこの男が遮った。

 

「邪魔するな」

 

 いつの間にか『真っ直ぐ』とモニターを見つめていた陽太の声は、誰よりもこの場で透き通って全員の動きを封じ込める。

 火の灯った彼の瞳が、真っ直ぐに幼馴染の少女を見つめて言葉を紡がせる。

 

「流れは変わんねぇ。だからこのまま見てろ」

「だけど危険すぎる!? 一度距離を取らせて、ラウラちゃんと挟撃を………」

 

 ナターシャの意見は誰もが真っ当なものなのだろうということは陽太にもわかっている。数を使って福音一機に集中砲火を仕掛ければリスクは少なく済む………のだろう。

 

「だけどシャルはあえて一対一で接近戦を仕掛けるさ」

 

 ―――体勢を崩しながらシャルはソードを振り上げると―――

 

「はあああああああっ!!」

 

 ―――強引にその一撃を振り下ろし、防御の体制を取っていた福音の上から叩きつけるのであった―――

 

「シャル………」

「珍しい……」

「てか、初めて見た。あんな荒っぽい打ち方するシャル……」

 

 箒にセシリアに一夏が初めて見るシャルの姿に彼らは戸惑いが隠せない。訓練中に剣を使う姿は見なかったわけではないが、それらはどちらかといえば教本に乗るように規則正しく、そして基本に忠実な刃筋をしていた。いや、シャルの戦い方自体が基本に忠実でかつ堅実な技術をもって相手に合わせるタイプだと思っていただけに、今もまだ強引にソードを振り回しながら気合で福音を押し退ける姿に皆が驚嘆していた。

 

「シャルはパワーで上回る福音に対し、前へ出て主導権を掴んだ」

 

 ほかのメンバー同様に驚愕するナターシャ達米海軍達に対して、陽太は熱さを含んだ声で語り続ける。

 

「勝つための『道』を切り開いたんだ」

 

 いつか自分は彼女に『IS操縦者としての才能はない』と語ったことがあった。戦いにおいて勝敗を決するための決定的な何かを彼女から感じられないと思ったから。

 事実、シャルロット・デュノアという少女は陽太や亡国の若手ジェネラル達と違いIS操縦の天才ではない。織斑千冬や暴龍帝といった常識を超えた超人ではない。身体を改造されたサイボーグでも、ましてやラウラのように人間兵器として作られたわけでも、一夏や箒といった超人や天災が身内にいるわけでもない。

 普通の家庭に生まれた普通の少女、それがシャルロット・デュノアであるのだ。

 

「持って生まれたモノだけでできるコトじゃない。才能とかいう安っぽい言葉ではその『道』は開かねぇよ」

 

 だけど、そんな彼女は自分の胸に秘めたその想いをもって、自分が進むべき未来を切り開こうと前へ、前へと進むことを決めたのだ。

 どんな困難が待ち構えようとも前へと進む意志。それが『覚悟』であると………、

 

「勇気で切り開いた道だっ!! シャルは断固その道を行くに決まってる!」

 

 そんな幼馴染の少女の強い想いを誰よりも『見た』陽太であるのなら、もう戦うななどという無粋な言葉はかけることは決してしない。

 

『頑張れシャルッ!」

「!?」

『そのまま突っ込んで押し切れ!!』 

 

 自分の背を押すその声が嬉しくて、あんなに遠く感じたはずの背中が今はすぐ近くに感じられる。頑張れと背中を押してくれた想いが暖かくて心地良い。

 

「はああああああっ!!」

 

 左腕のシールドが剥がれ、中からリボルビングパイルバンカー『ネメシス』が出現し、ソードの連撃で怯んだ福音の腹部を強打し、シールドエネルギーをごっそりと奪い去る。

 

 逆に福音はこれまで調べたシャルのデータからはない戦い方に戸惑っているようにすら思えた。

 シャルの猛攻に恐れをなしたのか、それとも一対一を始めたころから電脳内部に走るノイズが邪魔をするのか、中途半端な間合いとタイミングで後退し始める福音の姿に、何かの異変が再び福音に起こっているのではないのかとナターシャが推測する。

 

『シャルちゃん、福音の動きがおかしいわ! また何かあるかわからない、注意して!』

「ハイッ!」

 

 ナターシャが言葉をかけてくる前からシャルには動きの異変に気が付いていた。それは先ほどから自分に対して陽太や箒といった近接戦闘で有利な技能を一切使ってこないでいるから。それどころか攻撃を受けながらもまるで何か手探りで思い出そうとしているようにも思えた。

 

「福音(ゴスペル)!? お願い、答えてっ!」

 

 ソードを構えたシャルは一度立ち止まり、福音をしっかりと見つめながら語りかけた。

 

「貴方は何がしたかったの!? 日本(ココ)には何をしに来たの? ちゃんと思い出して!!」

『シャル?』

 

 陽太も突然のシャルの行動に疑問を覚えるが、その時シャルはソードを突然投げ捨て、左腕のネメシスすらもパージし、両手を広げて語り掛ける。

 

『シャルっ!?』

「貴方は優しいIS。ナターシャさんは貴方をそう信じてる。なら私も貴方を信じる………貴方は誰かを傷つけたくて来たんじゃない。きっと何かを探しに来たんだ」

 

 自殺行為ともいえるその行動を心配した陽太の声がシャルの耳を打つが、内心で『ごめん』と謝ることしか今はできない。

 

「さあ、自分を取り戻して。いつもナターシャさんと一緒にいた貴方はこんなこと本当はしたくないはずだよ!」

 

 ―――シャルの必死の訴えに、一瞬だけナターシャの姿がダブる―――

 

『!?』

 

 シャルのその姿を見た瞬間、福音は頭を左右に揺らしながら、まるで痛みにこらえるように震えだすのであった。

 

『ゴスペルっ!?』

 

 ナターシャも心配そうに声を張り上げる中、福音は激しいノイズが電脳に吹き荒れる中、彼女の中に蓄積されていた記憶がコマ飛ばしのように再生される。

 

 ―――初めて見た人間、可憐な笑顔で自分を見つめる少女、ナターシャ・ファイルス―――

 

 ―――モンド・グロッソで彼女と共に戦い、大観衆に拍手される―――

 

 ―――相方の少女の初恋に、苦笑しながらも協力した日々―――

 

 ―――やがて想い人と結ばれ、結婚式を挙げた日も待機状態の彼女を外すことなく共にあり続けた―――

 

 ―――人間である彼女の内に一つの命が宿り、その『奇跡』が何よりも嬉しかったことを今でも忘れていない―――

 

 ―――そして仲間達と共にあの蒼い空を駆け抜け、青い海を守るために出撃した『あの日』―――

 

『ギイッ………ニイ…サン…………ア、アアアアアアナタニ……』

 

 痙攣しながらも福音はツインバスターライフルを構え、その銃口をシャルへと向けるのである。

 慌ててシャルはそれを回避しようと思ったが、直後に自分の背後に艦隊がいることを思い出し考えを改めて、ラウラに向かって叫んでいた。

 

「ラウラっ! ブーゲンビリアのAIRをフル稼働させて、艦隊を守って!」

「わ、わかった! お前はどうする気だ!?」

 

 ラウラの問いかけに、シャルは毅然と答える。

 

「私は………福音を止めます!!」

 

 シャルの意思に応えるように四つのビットが彼女の周囲を浮遊し、低い音を鳴らしながら内部で輝きをため込み始める。

 

「(いきなりのぶっつけ本番の実戦から、更にこれを使うことになるなんて………)」

 

 理論上は問題ないと言われていたが、後のことを考えて使用は禁じられていたエトワル・ガニアン最大の能力を、今この場において解き放つ。シャル自身は知らないかもしれないが、土壇場においての思い切りの良さは実は陽太以上という評判通り、彼女は即時即断で全機能の開放を宣言した。

 

 

「エトワル・ガニアンッ!!」

 

 ―――シャルの号令の下、瞬時に変型し始める四つのビット達―――

 

 ―――そして両手両足の装甲が消え去り、代わりにビット達がラファール・ヴィエルジェの手足としてドッキングしていく―――

 

 ―――そしてバイザーも消え去り、ブレイズブレードに似たフルフェイスタイプのマスクを装着したシャルは高々と叫んだ―――

 

 

「『デエス・アルミュール(女神の鎧)』!!」

 

 

 光り輝く宝石を埋め込まれた疾風の乙女の新しい姿は、どこか女神から授かった鎧をまとった凛々しさを彷彿とさせ、仲間達に強い衝撃を与える。

 

「ビットと、合体した!?」

「あれがシャルの言っていた新しい機能?」

「ブルーティアーズ系列では考えられない使い方ですわ!?」

「す、凄いじゃないシャル!?」

「デュノア社が開発に手こずっていたのはあの機能のせいだったのか」

「(ジェネレーターを内蔵したビットと合体することで、本体機能そのものを拡張したのか!?)」

 

 輝く両手両足の各所から、内蔵された小型ジェネレーターが唸りをあげてラファール・ヴィエルジェの力を引き上げ、余剰エネルギーが粒子となって漏れ出していた。

 汎用性の高いラファール・ヴィエルジェと、基本技能に忠実なシャルロット・デュノア。だが、特化能力が求められるシュチュエーションにおいてはサポートに回されることが多い。これはつまり一対一の状況次第では単機では後れを取る可能性があるということになる。

 ゆえにシャル本人と開発陣が考え出した先の結論、それは『武装にジェネレーターを内蔵し、一時的に機体と接続することで本体の出力を爆発的に上昇させる』というものであった。

 

「各ジェネレーター連結完了! フルモードッ!!」

 

 合体が無事に済んだこと。OSもFCSも問題なく動作していること。機体出力も上手く制御できていること。初めての合体だったにも拘らず上手くいったことに安堵したいシャルであったが、今はそんな悠長なことを言っている場合ではない。

 

 ―――銃口の輝きが最大限にまで高まっていた福音の姿―――

 

 そしてもう一つ、ハイパーセンサーのディスプレイ脇に表示された合体限界時間。

 爆発的に出力を上げられる代償として機体への負担が限りなく大きく、またエネルギー消費も膨大で、現状では一回の出撃で1分以上の合体維持ができないというリスクもあり、シャルは早々に決着をつけるべく、格闘用兵装である大型ビームブレイドを手に構える。

 

「ゴスペルッ! 聞いてッ!!」

 

 突撃体勢を取り、切っ先を向けながらも彼女の心は福音を『助けたい』という気持ちでいっぱいであった。

 

「私は………ヨウタが好き!!」

『!?』

『『『『『『!?』』』』』』

 

 この土壇場で何をおっしゃいますか!! と陽太とその他の大勢が声を出すこともなく硬直してしまうが、真剣な表情のシャルはそのことに全く気が付くことなく言葉を続ける。

 

「箒が好き」

『えっ?』

「ラウラも、セシリアも、鈴も一夏もナターシャさんも………皆のことが好き!!」

 

 あ、そういうことなんですね。と賢者モードに入った陽太が瞬時に遠い目になるが、砲口から溢れる光は解き放たれようとしており、もはや発射を止める術はない。

 

 ならばこの場でできることはただ一つのみ。覚悟を決めたシャルの視線は福音のみを捉える。

 

「だから私は戦う。皆で一緒に帰るために、皆が一緒に笑えるように………!!」

 

 その言葉を聞いた福音が悲鳴を上げるように引き金を引くのと、大剣を振り上げたシャルが空中を駆け出すのはほぼ同時であった。

 

 ―――ツインバスターライフルのフルパワーを真っ向から斬り払いにかかるシャルロット―――

 

 眩いばかりの閃光が艦隊を背にした彼女に迫り、荷電粒子の波の向こうに見える戦天使へ至るため、シャルは渾身の力を込めてビームブレイドを支える。だがツインバスターライフルの威力は絶大で、機体各所から危険域のアラームが鳴り響く。

 

「(このままじゃ………押し切れない!)」

 

 いくら合体して出力を上げようとも、シャル本人の能力が向上したわけではない。操縦者としての自分は特別格闘に秀でているわけではなく、純粋な意味での剣術ではチームでも最下位だ。ここにきてそのことが重くのしかかり、ビームの威力に負けて弾き飛ばさそうになるシャルロットであったが、その時、ふとビームブレイドを掴む自分の手を、ほかの誰かが必死になって握っていることに気が付く。

 

 

『負けないでっ!』

 

 

 オレンジ色の長い髪と瞳をした白いワンピースを着た少女………そう、今も自分と一緒に戦ってくれている相棒(ヴィエルジェ)はまだ諦めていなかった。

 自分を信じて支えてくれている。

 

「(そうだ………私は一人じゃない)」

 

 負けそうになっていたその心に、ヴィエルジェの気持ちが伝わり、それを皮切りにたくさんの人の想いが流れ込んでくる。

 

『負けるな!シャルロットッ!』

『まだいけますわよ!』

『弱気になっちゃだめよ、シャル!!』

『押し切れるぞ!』

『諦めるなシャル!』

『シャルロットちゃん!!』

 

 

『シャルッ!!!』

 

 

「はああああああああああああっっっっっ!!」

 

 極限まで高まったシンクロ率が成しえた技なのだろうか、皆が背を押してくれた結果なのか、すでに限界時間寸前だったヴィエルジェ・デエス・アルミュールの機体出力が限界を超え、ツインバスターライフルのビームを斬り裂き、シャルは福音の眼前に迫る。

 

 ―――呆然と立ち尽くすように動かない福音―――

 

 ―――振り下ろされるビームブレイド―――

 

 誰もが福音が斜め一文字にされると思い、とっさにナターシャが瞳を閉じてしまうが、シャルは福音を斬るのではなく、彼女が握っていたツインバスターライフルを半ばから叩き斬り、すぐさま切っ先を福音に突き付けた。

 本来ならばここで勝負あり、そう唱えられる場面なのだが、今の福音は無人状態である………ではシャルはどうするというのか。

 固唾を飲んで見守る人々の前で、シャルはこう呟いた。

 

 

「貴方だって、皆のことが大好きなんだよね? ゴスペル………」

 

 シャルは美しい微笑みを浮かべながら、迷い子を見つけた母親のように福音を抱きしめるのであった。

 

『!?』

 

 ―――ノイズが走っていた電脳に光が差し込む―――

 

 ―――ナターシャ…………ナターシャ……―――

 

「!! 福音(ゴスペル)!?」

 

 遠く離れていたはずのナターシャの脳裏に、何よりも探し求めていた『福音(彼女)』の声が響いた。

 

 ―――ずっと探していたの………私、見つけられた―――

 

「貴方………そう………だったの」

 

 もう何年も離れ離れになっていた家族に出会えたような感覚になり、一気にこみ上げてきたナターシャであったが、同時に福音が今まで抱えていた気持ちが流れ込み、自然と彼女に涙を滲ませる。

 

 ―――私が弱いせいで………ごめんなさい。皆を守れなくて―――

 

「貴方は………私達を……ずっと………守ろうとして」

 

 ―――黒い霧の中で、一人迷っていたみたいで………でも、今はそうじゃないみたい―――

 

 ナターシャにそうささやいた福音が、糸の切れた人形のように力を失くし、シャルの腕の中で機能を停止する。

 

 

 ―――皆が私を見つけてくれたみたい………異国の地の…私の姉妹達とその操縦者達が―――

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 数分後、完全に機能を停止した福音とエネルギーをほとんど使い果たしたヴィエルジェを纏ったシャルの両方をブーゲンビリアを使ったラウラが搬送することで、なんとか空母の甲板までたどり着いた対オーガコア部隊を、涙目のナターシャと超絶不機嫌そうな陽太が出迎える。

 

「…………とりあえず、これで任務完了なの?」

「俺………疲れた」

 

 一日中戦い続けていたような、長時間飛行し続けていたような気になり、看板につくなりISを解除してその場にへたり込む鈴と一夏の横を通り過ぎた陽太は、同じように疲労困憊となっていたシャルの前に仁王立ちすると、彼女を無言で見下ろしながら問いかけた。

 

「最後のアレは………何のつもりだ?」

「アッ………ハハッ」

 

 さすがにツインバスターライフルの砲撃に正面から飛び込むような無茶を許した覚えはない。と怒り心頭の陽太に対して、シャルも心配かけたのかとバツの悪そうな笑みを浮かべるだけであった。それを背後から箒とセシリアが何とか宥めようとするが、陽太の怒りが収まりそうな気配がない。

 

「陽太、シャルだって反省しているはずだ」

「そうですわよ陽太さん、ここは一つ……」

「イーヤーだッ!! 見てるほうは心臓が口から飛び出かけたんだぞ?」

 

 自分でメチャメチャ心配していたと漏らしていることに気が付いていない陽太であったが、その時、シャルはあることに気が付き、陽太に近づいて彼の頬に触れて問いかけた。

 

「ヨウタッ!? 見てるほうって………目が」

「ん? ああ………もうばっちり見えてるぞ」

 

 『誰かさんのボロボロの顔もばっちり見えてます』と両眼の瞼を広げる陽太であったが、そんな彼が目の前で見たものは、先ほどまでの凛々しさなど嘘のように泣き崩れたシャルロットの姿であった。

 

「良かった………ホント…グスッ…良かった」

 

 しゃっくりを上げて泣き崩れたシャルの姿にびっくりした陽太は、二、三歩後ずさると、これはどうしたらいいのと戸惑いながら首を左右に振りながら動揺する。

 

「え? あ? そ、その………」

 

 そして皆の視線が自分に集中していること。その視線が『泣かせたのはお前だぞ』と訴えていることに気が付くと、行動は一つしかないことに気が付く。

 

「どうも心配かけて御免なさい」

 

 アレ? さっきまで俺が怒ってたはずなのに、なんで俺が怒られた後みたいになってんだ?と疑問符が絶えないながらも頭を下げて謝るのであった。

 

「ごめんなさい………私のせいで、ヨウタの目が見えなくなったらどうしようって………私、それが心配で心配で………」

「いや、ちゃんと見えてますから大丈夫です。ホントです。あとで視力検査も受けます」

 

 相変わらずシャルに泣かれると弱いのか、と箒達が再認識する中、機能を停止して横たわる福音に触れたナターシャは、手をまわして抱きしめると涙を滲ませた声で謝り続ける。

 

「ごめんねゴスペル………私は貴方の気持ちをちゃんとわからないといけなかったに。ごめんね」

 

 福音はただの自責の念だけでここまで来たわけじゃない。

 仲間をずっと探し求めていたのだ。自分の隊の仲間を救おうと、あの日の悪夢から覚めることなく一人で戦い続けていたのだ。

 そして彼女の探し続けていた仲間(シルバーエレメンツ)に出会うことは終ぞなかったが、代わりに日本にいる対オーガコア部隊のIS達と出会い、戦いという形になってしまったがコンタクトをとったことでようやく意識を取り戻したのだ。

 

「貴方は仲間を探して長い旅をしていたのね………そして、出会うことができた」

 

 かつての絆ではなく、新しい仲間との絆………福音が止まってくれたことに本当に安堵したナターシャであったが、その時、武装した海軍兵が彼女の周囲を取り囲むと、銃口を向けてナターシャに警告する。

 

「今すぐ離れてください中佐! いつまた再起動するか分かりません!」

「銃を下ろしなさい。ゴスペルはこれ以上の戦闘行為を行うことはもうありません」

 

 元に戻ったのだからそんなことをする必要はない、毅然と言い返すナターシャであったが、数名の海軍兵はライフルの銃口をなおも向けながら叫ぶ。

 

「ソイツが我が部隊の戦艦を攻撃するところはみんな見てるんだ! そんなこと信用できるわけないだろうが!」

「数か月前に俺達の仲間を多く殺したのもISなんだぞ! そんなの何を信じろっていうんだ!?」

 

 声を出さなかった兵士達の多くもまた彼らの意見に無言で賛同する。それが紛れもない事実なだけにナターシャにはこれ以上声を出して反論するための言葉が見つからなかったのだが、しかし彼女もまた「だとしても」と心の中でつぶやき、福音に腕を回して身体で庇う様に守ろうとする。

 

「貴方達の言葉も気持ちもその通りよ。でも私もこれだけは譲れないの」

 

 しかし、ナターシャのその言葉に賛同したのは、海軍ではなくこの男であった。

 

「ああ、そうだな」

「ギャアッ!?」

 

 いつの間に移動したというのか。誰にも気が付かれないうちに周囲を取り囲んでいた兵士達の背後に回り込み、一人の海軍兵の金的を蹴り上げた陽太はいつも通り不敵な笑みを浮かべてこの状況に割って入ってきたのだ。

 

「ヨウタッ!?」

「ちょ、アンタ!?」

 

 シャルと鈴が心配のあまり声が裏返るが、そんなの知ったことかと言わんばかりにデカイ態度をするものだから、ただでさえ苛立っていた海軍兵たちが一斉に銃口を陽太に突き付けてしまうのであった。

 

「部外者は引っ込んでいろ!」

「その部外者の手を借りないといけないぐらいに事態を大きくしたドサンピン共は黙ってろ。俺は中佐殿に味方するぞ………ここまで来て福音を破壊して皆さんでハッピーエンド、なんてクソみたいなEDになってたまるかよ」

 

 数人の銃口にも全く怯む事無く、指をポキポキと鳴らし素手だけで制圧しようとする陽太が拳を振り上げようとしたとき、空母の甲板に耳を塞ぎたくなる怒声が鳴り響く。

 

 

 ―――キサマラッ! 何をやっとるか!!―――

 

 

 全員の鼓膜にダメージを受けそうな声量を張り上げたファイルス『大尉』と、その後ろを無言で歩くファイルス『提督』は、先に銃のトリガーに指を置く兵士達を眼だけで叱責し、彼らは慌てて銃から手を放し敬礼をする。

 

「誰が発砲の許可など出した!? 艦の上で艦長の許可なく勝手な行動をするなど言語道断だ!」

「ハッ! 申し訳ありません!!」

 

 大尉の怒声に周囲を取り囲んでいた兵士の中で一番階級の上の者は、背筋を正してその叱責を甘んじて受ける。

 そんな大尉を尻目に、提督は陽太とナターシャの前まで行くと、まずは陽太達対オーガコア部隊のメンバーに感謝の言葉を告げた。

 

「作戦は終了した。とにもかくにもまずは日本のIS操縦者達、貴公らの尽力に合衆国を代表し、我々は感謝の念を述べる」

「おう」

 

 今回の事件は紛れもない彼等の力なくしては解決することはできなかった。提督はその事に関しては素直に感謝を述べる。

 だが、ここから先はそうはいかない。 

 

「だが福音の今後の処置は我々合衆国の管轄だ。これ以上は内政干渉になるぞ………口を謹んで貰おうか?」

「………んだと?」

 

 提督の意味有り気な発言に不信感が募る陽太が首をひねる中、ナターシャは父である提督に問いかけた。

 

「今後の処置とは………どうなさるおつもりなんですか、提督?」

「決まっている」

 

 そう、これは彼の中ではすでに決まっている処置なのだ。感情が口をはさむ余地など欠片もない。

 

 

 

「福音は即時に凍結処理。寄港次第直ちにコアを含んだ全部位の解体が決定している」

 

 

 

 つまり、福音という存在そのものの抹消である。息を呑むナターシャは一瞬だけ思考が真っ白になってしまうが、すぐさま声を張り上げた。

 

「待ってください提督!! 福音はすでに正常起動しています! そんな処置は必要ありません!!」

「ならん。これは国としての正式決定だ」

「父さんっ!!」

「甘えるなファイルス中佐!! 私情と国の決定を履き違えるな!!」

 

 父であり尊敬する上官である男の言葉に気圧されたナターシャに、提督は静かに告げる。

 

「ISは兵器だナタル………お前の言う心さえも、操縦をスムーズにするためのインターフェイスでしかない」

 

 あくまでISは兵器で、すでに福音は兵器としての信頼を失っている。

 国家を防衛するための最新鋭兵器が、勝手な判断で暴走してしまうようでは国防の要としては不合格なのだ。提督の言いたい事を理解してしまったナターシャが項垂れる中、尚も陽太は納得していないという瞳で彼を睨みつける。

 

「勝手に話完結するなよオッサン?」

「さっきも言ったがこれ以上は内政干渉だ小僧………さあ、陸まで送ってやる。早く学園に帰れ」

「そういうことじゃねぇーだろうがっ!?」

 

 話を切り上げ背を向けた提督に駆け出して殴りかかろうとする陽太であったが、大尉と一夏とセシリアと鈴の四人がかりで羽交い絞めにして抑えこむのであった。

 

「何をやっとるか貴様ッ!?」

「落ち着けよ陽太!!」

「流石にそれはシャレにならないのよ!!」

「お気持ちはわかりますが、堪えてください!」

 

 他国の上級軍人を堂々と殴り倒したとあっては、流石に問題にせざる得ない。それがわかっている鈴とセシリアの言葉を聞いてもなお、陽太の怒りは収まらない。

 

「心がない、兵器として不完全? ざけんなオッサンッ!! こっち向けよ、オイ!!」

「……………」

「福音はな、仲間助けに来たんだよ! 仲間っていうのは単にISだけじゃない。お前らも含めて仲間なんだ………それを」

「俺は操縦者じゃないっていってんだろうが小僧………兵器に心を移してもお前らが辛くなるだけだぞ?」

 

 ある意味その言葉は彼なりの気遣いだったのだろう。だが陽太にしてみれば、目の前で泣きながら項垂れるナターシャの姿を見て、なおもそんな言葉しか吐けない提督に苛立ち、こう吐き捨てる。

 

「一瞬だけでもアンタは違う大人だと思ってたんだが………見込み違いだ、クソッタレ」

「………ガキが」

 

 異国の地のIS操縦者である少年に、感情だけで叫んで暴れることに落胆したのか。それとも自分が置き去りにしてしまったものを目の前で見つけたことへの憧憬だったのか、振り返ることなくその場を後にしようとする提督であったが、突如看板のスピーカーが警報を鳴り響かせる。

 

『緊急警報! 飛行物体が超高速で接近! 距離3000!』

 

 全員がその言葉に凍り付き、同時に空を見上げる。

 

「アレッ!!」

 

 ―――一夏が指さす空に光る赤い光―――

 

 最初に気が付いた一夏が指さした先に赤い光が僅かに見える。なぜこの距離までレーダーで捕捉されなかったのかと提督が疑問符を浮かべる。

 

「なぜこの距離まで誰にも気が付かれなかった!?」

「(ステルス弾頭? どこの国(バカ)がぶちかましやがった?)」

 

 先程までの激高ぶりが嘘のように土壇場になると頭が『冴える』陽太は、知識の中にかつて束が話していた『ロケットを使用せずに、噴射炎などを捉える弾道ミサイル警戒システムでは探知できず、弾頭自体にもステルス用の素材など各種の撹乱技術が使用された新型弾頭』であると推測する。

 そして時間の問題と警戒システムをすり抜ける特性上、迎撃ができないのだ。艦に接近している状態でCIWSでの迎撃か、赤外線誘導で撃ち落とすぐらいしか手はなく、その時点ですでに敗北は決定していた。

 

「ステルス『核』なのか?」

「か、核ミサイル!?」

 

 ただならぬ単語が陽太の口から飛び出したことに、驚愕して皆が驚く中、陽太の脳裏に聞きなれぬ声が響く

 

『(違う………ロシアで開発されていた対IS用の新型焼夷弾。特殊電磁パルスで私達ISのシールドバリアすら中和できる代物だわ。中国で開発されていたのは元々ロシアの物を流用したのね)』

「!?」

 

 いつものブレイズの声ではない。もっと落ち着きを持った気品がある声………それは昨晩聞いた他のIS達の物とも違い、陽太は反射的に振り返った。

 

「お前なのか、福音(ゴスペル)?」

『時間がないわ………ごめんなさい、ブレイズ、甲龍、ブルーティアーズ、シュヴァルツェア』

 

 何かに謝るや否や、待機状態の陽太と展開状態の鈴、セシリア、ラウラのISにスパークが走る。

 

「なんなのよ!?」

「これは一体!?」

「なんだというのだ!?」

 

 展開状態のISが絶対防御を発動させたわけでもないのに、強制的に展開を解除されてしまう。

 

『きゃああっ!』

『こ、れはっ!?』

『姉上!?』

『まさか……!?』

 

 何かに気が付くIS達と陽太、そして『彼女』を腕に抱いていたナターシャが異変に気が付く。

 

 ―――機能停止していたはずの福音の瞳に光が宿る―――

 

「ゴスペル!?」

 

 彼女の腕の中で再起動した福音は、操縦者のナターシャを優し気な仕草で腕を解くとゆっくり立ち上がり、彼女を見つめながら、ただ一言だけこう告げる。

 

 

 

 ―――『今度こそ守ってみせる』―――

 

 

「ゴスペルッ!!」

 

 相棒の考えを一瞬で理解したナターシャが慌てて引き留めようとするが、伸ばした手をすり抜けた福音は急発進すると、一直線に飛行物体………特殊電磁パルス弾に向かって飛行し続ける。元々距離的にあと数十秒で激突するほどの近距離だったためか、すぐさま弾頭を捉えた福音は先程四機のIS達から吸収したシールドエネルギーを放出し、背中で光の翼を形成する。同時に全身のPICをフル稼働し弾頭の前に立ち塞がると、弾頭の先端を直接掴んで光の翼で包み込むとそのまま軌道を無理やり海面へとずらしていくのであった。

 

「あれは!?」

「PICで弾頭を包んで………海中まで引きずり込むつもりか!?」

 

 もし無理やり受け止めたり攻撃を加えれば近接信管が作動してその場で爆発してしまう。そのため機体のPICで衝撃を殺しながら空母への直撃コースから軌道をずらして、海面へと誘導したのだ。

 

「待って………ダメ」

 

 しかしこの手段では福音そのものが離れることができない。そして特殊パルスはISのシールドバリアを無効化してしまえること。つまりは………福音が自己を犠牲に皆を救うつもりなのだと気が付いたナターシャが、腹の底から彼女の名を叫ぶ。

 

「銀の福音(シルベリオ・ゴスペル)!!!」

 

 

 ―――直後、そのまま海中に突撃した後、巨大な爆発を起こす―――

 

 近距離で起こった衝撃で大きな水柱と高波が発生し、空母を激しく揺らす。兵士達は甲板にしがみつき、陽太は近くにいたシャルを腕に抱きしめると同じように甲板にしがみつき、仲間たちも互いに手を取り合って揺れに耐えていた。

 やがて揺れが収まり、巻き上がった海水が虹を作る中で、何もなくなった海面を呆然と見つめていたナターシャは立ち上がるとゆっくりと歩きだす。

 

「ゴスペル………ゴスペル………」

 

 自分と一緒に戦い続けてくれた相棒の名を口にしながら、ナターシャは空母から飛び降りようとしたのを見た兄である大尉は、錯乱した妹を背後から取り押さえるのであった。

 

「止せナタル!? 海面まで何メートルあると思ってるんだ!?」

「離して兄さん!! 今ならまだ間に合う!」

「もう………無理だ」

 

 苦虫を潰すような兄の言葉を聞き、振りほどく力すらなくなったナターシャであったが、崩れた帽子の様子にすら気が付かない提督の姿を見ると、怒りに燃えた瞳で訴える。

 

「見たでしょう!? あの子は私達を守ってくれたのよ!!」

「……………」

「この場で聞いてたこと全部あの子は理解してたの!! あの子は………自分を殺そうとしていた皆を………それでも………」

 

 それでも福音は『守ってみせる』と言い、我が身を盾にして艦隊全員の命を救ってみせたのだ。そのことを誰よりも理解していたナターシャは涙を溢れさせ、泣きながら父である提督に訴え続ける。

 

「それでも提督は………父さんはまだISを『兵器』だって言い切るの!? 心なんてただのインターフェイスだって……あの子の『守りたい』って願いすら機能だって、本気で言い切れるの!?」

 

 それが事実だとすれば悲し過ぎる。兵器に仲間を庇うなんてことができるわけもないんだから。兵器が命を理解できるわけないのだから。

 

「…………」

 

 沈んだ海面を睨みつけながら、意を決した陽太は腹の底からこの言葉を絞り出す。

 

「………気に入らねぇ」

 

 自分が助けられたという事実も、中途半端に戦いが終わってリベンジする相手がいなくなったという事実も、全身あちこち痛くて腹が減って早く帰って寝たいという欲求も、それら全てを棚に上げても、『誰かが泣いたままで犠牲を容認する』ことなどは絶対に認められない。

 

「ああ、俺も気に入らない」

 

 いつの間に隣に立っていた一夏も同じ気持ちだったらしい。すぐさま箒のほうを振り返ると、彼は無意識に叫んでいた。

 

「俺と陽太のISのシールドエネルギーを回復させてくれ箒!! 今すぐに福音を助けてくる!!」

 

 急いで助けに行かねば、ISの限界深度を超えた場所に沈まれれば回収が極めて困難になってしまう。一夏がそのことを知っていたかどうかは定かではないが、彼を叫ばせる理由はそれだけではなかった。

 自分を殺しかけた相手だなんてこと、すでに一夏はどこかに置き去りにしている。

 今、目の前でナターシャが泣いていて、福音が暗い海の底に皆を守るために一人で沈んでいく………そんな悲しい終わり方を、一夏は全力で拒否しよう言っているのだ。

 箒にもその気持ちが伝わったのだろう。彼女は手を伸ばすと二人のISを受け取ろうとした。

 

「部分展開するぐらいのエネルギーは残っている。二人ともフルパワーにするには時間はかかるが、捜査すくするぐらいのエネルギーに………」

『………ああ、これは認めたくないな』

 

 が、その時、不意にISを展開しようとした箒の脳裏に、聞きなれない声が響いた。

 

『我(わら)わも右に同じくじゃ!』

「……誰ですの?」

 

 同じくセシリアの脳裏にも声が響く。

 

『ボクだけの個人的意見じゃなくて助かったよ』

「何っ?」

『お姉さんは、ぬるくてもハッピーエンド派なんだからね?』

「はぁっ?」

 

 ラウラと鈴の脳裏にも、聞きなれないボーイッシュな声と艶のある色っぽい声が木霊した。

 

『私達で、今度はお姉ちゃんを救いたい』

「………ヴィエルジェ?」

 

 先程自分と一緒に剣を握った幼い声がシャルの心に流れ込んだ。

 

『一夏………』

「白騎士!?」

『初めてのことだけど………不思議にみんながいるとできそうだよ』

「暮桜!?」

 

 いつぞやぶりにその姿を現したナンバー001とナンバー007は、若干緊張した面持ちで『初めて』の事を行うために気合を入れる。

 

『陽太………』

「ブレイズ!? お前……何やる気だよ?」

 

 そして陽太の問いに、変わらない彼女は笑顔でこう述べるのであった。

 

『ちょっくら………皆で姉さん(ナンバー005)を迎えに行ってくるね!』

 

 脳裏に浮かんだブレイズの姿が光に包まれたかと思うと、待機状態のISが突如同じように輝きだす。みれば皆のIS達も同じように輝いており、まるで共鳴するかのようにその輝きが一つになると、手に持っていた待機状態のISは消え去り、目の前に『それは』姿を現した。

 

 

 ―――頭部をブレイズブレードに、胴体を白式に、右腕を紅椿、左腕をラファール・ヴエルジェ、腰をシュヴァルツェア・ソルダート、左脚がブルーティアーズ・トリスタン、右脚が甲龍・風神―――

 

 

 皆のISが一体になったかのような姿をした全身装甲のISは、顔を上げて空中に飛び出すとすぐさま海中に飛び込み、深い海を潜り続ける。

 やがて、深度が深くなればなるほど太陽の光が届かなくなり闇が深くなる中で、IS『達』はわずかに反射した銀色の光を見逃すことはなかった。

 

「…………」

 

 そして甲板に残された人間達は、目の前で起こった現象が何だったのか説明ができずに呆然としていたが、やがて海面が盛り上がり、再び吹き上がった水柱で我に返る。

 

「アレは!?」

 

 ―――右腕と左足を失い、頭部も半分損傷したボロボロのゴスペルと―――

 ―――そのゴスペルを大事そうに抱きかかえた全身装甲のIS―――

 

「仲間を………助けてきたっていうのか?」

 

 先程IS達を憎んでいた海軍兵が呆然と呟くが、それこそが目の前で起こった事実の全てであるのだ。

 ゴスペルを抱き抱えたISはゆっくりと高度を下げナターシャの前に着地すると、傷ついた同胞を甲板に下ろし、ナターシャに目線を上げて訴えた。

 

 ―――早く抱いてあげて―――

 

 そんな声が聞こえたかと思うと、全身装甲のISは力を使い果たしたかのように光の粒子を撒き散らしながら、やがて待機状態のいつものIS達へと姿を元に戻してしまった。

 

 誰もが声を出せないで呆然とその光景を見守っていた中、ナターシャは福音の前にしゃがむと、彼女の残った左手を握りしめ、自分の頬につけると泣きながら彼女の帰還を喜びのまま出迎えた。

 

「おかえり………おかえりなさい、ゴスペル」

『た……だいま……ナタル』

 

 息も絶え絶えだけど、ちゃんと微笑んで自分に『ただいま』と言ってくれたことが嬉しくてまた涙があふれるが、もう一つだけちゃんと伝えたい者達に、ナターシャは言葉を述べる。

 

「そしてありがとう………優しい皆(IS達)」

 

 待機状態のIS達についた水滴が陽の光に反射して、まるでそれがはにかむような笑顔にIS操縦者達には見えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





また後日、あとがきを活動報告でアップします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

そして戦いを終えて

この章残すところ後2話。

さてさて、今回はとりあえずナターシャさんと「彼」との関係が明かされます


では、お楽しみください


 

 

 

 

「戻ってきました!」

 

 海岸線において、一隻の巡洋艦の姿を双眼鏡で確認した真耶は、その船から出されたボートの上に対オーガコア部隊のメンバー達の姿があることに安堵し、ため息が漏れた。

 

「まったく………戦闘になると私達はこうやって無事に帰ってきてくれることを祈ることしかできませんな」

 

 そしてもう一人、奈良橋教諭は教え子達が命がけの戦いをしている最中に、自分はせいぜい怪我をしないよう祈ることしかできない自分の不甲斐無さを自嘲したが、隣にいた真耶は首をゆっくりと横に振るとこう述べる。

 

「違いますよ奈良橋先生………最初は、あの子達が戦っていても、だれも見向きもしませんでした」

「山田先生?」

「私もオペレーターをしていましたが………正直言えば、オーガコアと戦えといつ言われないかビクビクしていたのかもしれません。身体を張って戦っているのはあの子たちなのに、私は自分自身の心配ばかりして」

 

 自分勝手な先生でした。と自嘲しながらも、彼女は言葉を続ける。

「だけど最近は違うんです。少しずつですが、学園の内外であの子達の戦いが認められるようになってきました」

「………」

「そして私、思うんです………私は教師という立場ですが、むしろ教えられているのは私のほうなんだって。諦めない………その大切さを私はあの子達から教えてもらってるんです」

 

 だからこそ、彼女は今もIS学園において教鞭をとり続けている。

 副担任と指令代行という二足の草鞋をとりながら、こうやってオペレーターもこなす真耶ではあるが、職務の忙しさは常に感じるし、自信を無くしそうになる場面などよく遭遇するが、不思議とこの職を辞めたいと思うことはなくなっていた。常に今の自分に何ができるのか考えながら動き、必要な知識や技能は貪欲に欲しがるようになっていたのだ。

 

「あの子達がいなかったら、私、奈良橋先生のことをよく知ろうともしなかったはずです。こうやってお話しして、先生は絶えず子供たちのことを考えてらっしゃる人なんだってことも、今は本気で子供たちのためにバックアップに尽力してくれる方なんだってことも」

「………山田先生」

「…………あっ」

 

 自分は何を口走っているのだろうか? 急に恥ずかしくなって赤面しだす真耶であったが、そんな彼女に奈良橋は深々と頭を下げ、こう謝罪する。

 

「貴方は素晴らしい先生だ。山田先生」

「い、いえ! 奈良橋先生のほうこそ!」

「いえ、山田先生だって素晴らしい!!」

「いえいえ!! 私なんてただの若輩者でして……やっぱり奈良橋先生のほうがっ!!」

 

 互いに向き合い、謎の謙遜合戦を繰り広げる二人に向かって、船着き場に寄せられた船から飛び降りた陽太は、疲れた表情でこう述べる。

 

「何、生徒の前で新米女教師をナンパしてんだよ、とっつぁん?」

「「!?」」

 

 驚愕して声がしたほうに振り返る二人であったが、降りてきた面々はそんな二人にツッコミを入れる気力すらない様子でトボトボと歩きながら、それぞれに愚痴りだす。

 

「腹減った」

「わたくしはお風呂に入りたいですわ」

「てか、私もう寝たい」

「一日中飛び回っててフワフワするぜ」

「確かに、今日はなかなか過酷な戦いだったが………」

「何を気を抜いてるお前達!? 報告書がまだ済んでいないぞ!!」

 

 まとめ役のラウラのセリフは、箒を除く面々からウンザリした表情を返されてしまう。唯一気を利かせたシャルが『まあまあ』と宥めるが、後から降りてきたナターシャは、いまだボートの上にいる父である提督に険しい表情を送りながら問いかけた。

 

「………提督」

「………なんだ?」

 

 剣呑とした雰囲気の二人に、随伴してきたファイルス大尉はおろか、からかわれ頬を赤く染めていた奈良橋と真耶すらも息を飲んで二人の言葉のやり取りを静かに見守る。

 

「私は福音に二度命を救われました。それをなかったことにすることはできません」

「……………」

「軍人として国を裏切る気はありません。家族として父である貴方を裏切る気もありません。ですが……」

「もういい」

 

 帽子を深々と被りなおした提督は、ナターシャに背を向けるとこう話を切り出す。

 

「俺達の賜った本来の任務は、『銀の福音の暴走の停止、もしくは破壊』だ。機体が停止したのなら、凍結解体は俺の独断だ………本国帰還まではその処理は待ってやる」

「!?」

「ただし、温情はそこまでだ。信頼を失った福音の処置をどうするのか、査問会でお前が弁明するしかないぞ」

 

 軍人であることを辞められない父親の背中から、福音と娘への複雑な気持ちが滲みで、ナターシャはそれ以上の言葉を続けることができない。本来ならば待ったなしで機体を破壊してもおかしくない状況でありながら、それをしないことが先程見せた福音の行動への恩返しなのだ。だが父親は命令を厳守するが、決して人の気持ちを汲み取れない人間でもない。そのことだけでも示してくれたことにナターシャは素直に無言で頭を下げることで彼への礼とする。

 そして再びIS学園側へと向き直り、彼らへの感謝を述べようとする中、そこへ一台の白い乗用車が猛スピードで船着き場へと侵入してくる。

 

「ん? あれって」

「カール先生のじゃない?」

 

 陽太が嫌な表情になる中、停車した車から慌てた様子で出てきたカールを目にし、彼は頭を掻きむしりながら面倒臭そうに言い放つ。

 

「悪い、今回も無茶したけど後遺症はない。ホントだぞ? ちゃんと空母の軍医からお墨付きもらってるから………」

 

 どうも、また無茶をしたことを問い詰められるのかと思ってさっそく言い訳を始める陽太と、彼の背後から『そう言わずに診断されなさい』とシャルが注意するが、そんな二人に目も暮れず、ほかのメンバーのことも目も暮れず、彼は一目散に走り去る。そして同じように駆け出したナターシャと………。

 

 

 ―――抱き合ったかと思うとその場で熱いキスをし始めるのであった―――

 

 

「おおっ」

『!?』

 

 驚きの声を素直に上げた陽太を除いた学園全員が赤面して硬直する中、二人は何度もキスを重ね、数度目にしてようやく両方顔を離すと、潤んだ瞳で互いを見つめあって言葉を交わし始める。

 

「千冬から話を聞いて飛んできた。怪我はなかったのかいナタル?」

「ええっ………『アナタ』の方こそ大丈夫なの? 少し痩せた? ちゃんとご飯食べてる?」

 

 『アナタ』というイントネーションから、シャルは脳内に電撃が流れたかのような衝撃が走り、彼女は衝撃の事実を知る。

 

 

「(か、カール先生の奥さんって………ナターシャさんだったの!?)」

 

 

 前々から秘かに気になっていたカールの奥さんとはどんな人なのかと勝手に想像していただけに、まさかそれが世界的に有名なIS操縦者だったなんて、予想外にもほどがあった。

 だが二人は完全に自分の世界を作り上げると、そんな周囲の視線なんぞ全く気にしないでイチャイチャし続けるのであった。

 

「昔から君は無茶ばかりしていたから、話を聞いたときは正直心臓に悪かったよ」

「ごめんなさいアナタ………また心配かけちゃって」

「もういい。こうやって君を抱きしめられたんだから」

「私だって………愛してるわカール」

 

 見つめあったかと思うと再び熱いベーゼを交わす二人に、陽太が『ご機嫌ですな。ケッ』と吐き捨てる中、二人が作ったラブラブワールドに鼻息を荒くした男が無遠慮に怒声をもって割って入る。

 

「カァァァァルゥゥゥゥゥーーー!!」

「ジョン?」

 

 カールの首根っこをつかんで妹から引き剥がすと、久しぶりに会った元同僚であり親友であり、義理の弟でもある男に鼻っ面をくっつけ、彼は怒鳴り上げる。

 

「俺の前でナタルとイチャつくなとあれほど言っているだろうが!!」

「あっ、す、すまない。つい………キミも元気そうで何よりだよ」

「俺を振り回す妹(コイツ)のせいで悠長に落ち込んでる暇すらないわ!」

「何よ兄さん? 夫婦の間に勝手に割って入ってこないで」

 

 不機嫌そうに兄を睨みながら手だけで犬猫のように追い払おうとするナターシャであったが、兄の後ろから更に険しい表情となった提督(ちち)が顔を出し、先ほどまでとは違った意味での険悪な空気が二人の間で流れる。

 

「…………カール」

「ハッ! 艦長(キャプ)!!」

 

 元軍人らしく敬礼で挨拶するカールだったが、瞬時に怒鳴り声を張り上げる。

 

「俺はもうお前の上官じゃねェッ!!」

「ハッ! 申し訳ありませんお義父さん!」

「俺はまだお前と娘との結婚に納得したわけじゃねぇっ!!」

「あっ…………いや、その……」

「世話になった上官の娘に手を出すような不届き者、五体満足に艦から降ろしてやっただけでも感謝しろ!!」

「(ああ、結局はそこが原因なのね)」

 

 冷や汗をかきながら元上官からの追及に困惑するカールとファイルス家男子の様子を見ながら、大体の事情を察したIS学園一同が心の中でツッコミを入れる。ようは目を掛けていた部下が可愛がっていた長女を射止めたことが気に入らないのだ。しかもどうにも惚れて猛烈なアタックを掛けたのがナターシャであることが更に気に入らないらしく、諸手を振って引き剥がして彼女の不興を買いたくもなく、結果的にこうやって言葉でネチネチと嫌味を言うレベルで留めているようである。

 

「しかも勝手に日本なんぞに行きやがって………お前は娘を何だと思っている!」

「それについては職務と事情が……申し訳ありません」

「まさか若い娘に現を抜かしてるんじゃないだろうな!? お前は昔から妙に女にモテやがるからな!」

「もうやめて二人とも! てか、兄さんがモテないのはゴリラ面してるからでしょう!?」

 

 『ご、ゴリラ面!?』と妹の指摘を受けてハートブレイクする中、ナターシャは兄に背を向けてスマフォで何処かに連絡を入れ始める。その間も夫は実父にネチネチと嫌味を言われ続けるが、やがて連絡がつくと2、3と言葉を交わし、彼女はスマフォをぞんざいに父親に投げ渡すのであった。

 

「父さん、電話に出て」

「な、なんだ一体………」

 

 娘の言葉に怪訝な表情となる提督は、電話口の相手に威圧的な言葉で問いかける。

 

「………誰だ?」

『グランパ(お爺ちゃん)ッ!?』

 

 だが、電話口の向こうから聞こえてきた幼く愛らしい声に表情を一変させ、提督はだらしなく頬を緩めながら電話口の向こうの相手に話しかけた。

 

「ニーニャ! おお、地上に舞い降りた私のかわいい天使ッ!!」

 

 物凄いオーバーなリアクションと愛情たっぷりの笑顔を提督は見せる。そう、さっきまでの不機嫌そうな表情も、空母の艦橋で見せていた威厳ある佇まいも全てかなぐり捨てた、一人の孫バカジジィがここにいた。

 

『グランパッ! またダディ(お父さん)をいじめたでしょう!?』

 

 が、そんな祖父の気持ちなんぞ知ったことかと、愛らしい子猫のような声をした少女は電話口の向こうからでもわかるほど怒りで総毛立たせた感じで問い詰めてくる。

 

「い、いや。待ちなさいニーニャ………私がそんなことする訳…」

『ママが言ってたもの! 『またダディをグランパがイジメてる』って!?』

「!?」

 

 いらぬことを言った娘を睨みつける提督であったが、時すでに遅し、怒りに燃える孫娘は怒涛の勢いで祖父を電話一本で追い込んでいく。

 

『もうグランパとは口きかない! 一緒に絵本読んであげない! お食事も別々! あとジョンおじさんと一緒で匂い臭い!』

「クサイッ!?」

 

 姪からの思わぬ言葉に涙目になるジョンを慰めつつ、真っ白に固まった提督から無言でスマフォを拝借したカールは、愛する妻同様に愛する娘に優しい声色で語りかけた。

 

「やあ、ボクのリトル・レディ(小さなお姫様)?」

『ダディッ!』

 

 祖父とは態度を一変し、心底嬉しそうな声で話しかけてくる愛娘にはカールも知らず知らずのうちに笑顔を浮かべてしまう。普段は日本にいるために幼い娘には寂しい想いをさせてしまっているという負い目があるだけに、電話口の向こうでどんな表情を浮かべているのかわかってしまい、それがかえって胸を切なく締め付けてくる。

 

『今どこにいるの? いじめられてるならニーニャがすぐに助けに行ってあげるよ!』

「パパは大丈夫。お爺ちゃんも厳しいことを言われるけど、それも全部パパを思って言ってくれてることだからね」

『………ホント?』

「ああ、ホントだとも。パパは元気にしてるよ………ニーニャのほうこそ元気にしてるかい?」

『………ダディが一緒じゃないから寂しい。ママも今はいないからグランマ(お祖母ちゃん)とナニー(家政婦)のおば様だけ』

 

 心底寂しそうにしている娘に、彼は少しだけ目頭が熱くなるのを感じながらも一生懸命と言葉を紡ぐ、

 

「そうか………お仕事忙しくてパパは帰れないからね。お爺ちゃんはそれをパパに叱ってくれていただけさ」

『………ダディ』

「だけどねニーニャ。これだけは覚えておいてほしい………パパはこの星のどこにいたって、ママと君を心から愛してる」

『………ママとニーニャのどっちを愛してる?』

 

 娘の思わぬ質問に表情を変えたのはむしろそばで聞き耳を立てていた母親のほうであったが、苦笑したカールはそんな娘にこう返した。

 

「それは難しい質問だね。ニーニャは太陽とお月様がどっちが大切かって聞かれたらなんて答える?」

『………どっちも大事』

「そうだよ。太陽がなければ空を見上げても意味がないし、お月様がなかったらパパは夜に迷ってしまう。どっちもいてくれて、パパは本当に幸せなんだ」

『………うん。わかったわ』

「賢いニーニャ、君はいつか立派なレディになれる。今度はその時にパパが君に質問するかもしれないね。『パパとそのボーイフレンドのどっちを愛してる?』って」

「大丈夫………ニーニャはダディのお嫁さんになるもん!」

 

 微笑ましい解答に笑顔になったカールは、父親として愛情が籠ったセリフを送るのであった。

 

「ありがとうボクのリトル・レディ。さあ、可愛らしい顔でこれ以上怒らないで………今、ママに代わるね」

『あっ! ママだけまたダディと一緒だっ! ズールーイーッ!!』

 

 電話口の向こうで再び口を尖らせた娘に苦笑しながらもスマフォをナターシャに渡したカールであったが、その時、ようやくIS学園のメンバーから好奇な視線を送られていることに気が付く。

 

「………あっ、よ、陽太くん!? ケガは大丈夫?」

「…………確かナターシャ・ファイルスって、千冬さんと同い年だったよなシャル?」

「…………うん」

 

 隣に立っていたシャルが呆けながらも頷く様を見て、陽太は半目になりながらカールに問いかけた。

 

「…………結婚何年目?」

「えっ? な、7年………目…だが」

 

 指折り数えながら何かを数秒考えた陽太は、学生達を円を組んでヒソヒソとこう語りだした。

 

「聞きました皆さん? この人、もうすぐ三十路前だって時に十代の娘さんに手を出したんですって」

「ちょっと、待ちなさい!! キミ達は今、大いに誤解している!!」

 

 自分のことで何か良からぬ誤解をしているのではないのかと焦り出すカールに対して、主に陽太と鈴の二人が疑念の視線と辛辣な言葉を浴びせ続ける。

 

「私、テュクス先生って、そういうことはしない人だと思ってたのになー?」

「ヤブ医者先生も、一皮むけば下半身か」

「やめなさい陽太君。君のそれは非常に危ない発言だ」

「………で、最初に押し倒したのってどっちだったんですか?」

「鳳君もだ!」

 

 鈴の言葉を聞いて頬を赤く染めて照れるナターシャとは対照的に、生徒には語りたくないことが多数ある過去を根掘り葉掘りとほじくり返されるのだけは避けたいカールが珍しく焦った表情で言葉を遮りにかかるが、すでに陽太は興味をなくしたかのように旅館に向かって歩き出すのであった。

 

「………色々としんどくなってきたから寝るわ」

 

 頭をポリポリと掻きむしりながら歩きだす面々を見て、本当に戦闘の疲労が濃いようで、自分の職務を忠実に行った方がいいのかと迷いだすカールであった。

 

「てか、色々有り過ぎてもうほんと休みたいんだが」

「ダメだ。報告書が先だ」

「おーにーらーうーらー」

「陽太も鈴もキチンと提出してもらう」

 

 鬼監督官のラウラが一歩も譲らない姿勢を見せる中、なんとか話に加わろうとするカールが千冬から預かった伝言をそっと伝える。

 

「千冬から『報告書は後日提出で構わない』との伝言を預かっているよ皆………あ、それとさっきの件だが」

「うし。さんくす」

 

 短い単語で返事だけすると、さっさと歩きだす生徒達に不安になったカールは急いで後を追いかけようとするが、愛する妻とその家族をほっぽり出すこともできず、右往左往して動けなくなってしまう。

 対して、疲れ果てた頭を抱えた対オーガコア部隊一行は旅館に向かって歩き出しながら、淡々とした感じで会話を続ける。

 

「朝からいきなりダブルヘッダー出撃食らったと思ったら、福音の暴走で」

「福音の暴走の原因は仲間を助けようとしていた。いや、心を閉ざした状態で一種の錯乱状態だったな」

「そして、シャルさんの言葉で正気を取り戻されましたわ」

「そんでそのあと、どっからかミサイルが飛んできて」

「おそらくロシア方面からだな。ドイツにいたころ、そのような対IS兵器の開発の噂は聞いたことがある」

「福音が再起動、自分の意志で皆を守って………私達のISも、自分達の意志だけで展開した」

 

 陽太、箒、セシリア、一夏、ラウラ、鈴がそれぞれ首を捻りながら今朝を起こった出来事を口にし、そしてシャルは待機状態の自分のヴィエルジェを眺めながら、こうポツリとつぶやいた。

 

 

 

「ISって…………一体なんなんだろう?」

 

 

 

 特に今まで強く考えたこともないシャルは、自分が使っている兵器に対してある種の疑念を覚えていたのだ。これは本当に『兵器』なのだろうかと?

 本当にただの兵器であるというのであれば、仲間を思って暴走したりはしない。ましてや自己犠牲の精神で救ったり、助けに行ったりできるはずもない。

 

「これじゃあ………ISって私達と変わらないみたいじゃ……ないのかな?」

 

 心があって、誰かを想ってくれる存在を、果たして自分達は今まで通り兵器だと言い張れるのか? そう接することができるのか? 疑問符が頭からこびり付いて離れないシャルは、隣にいる陽太の方を静かに見た。

 

「・・・・・」

 

 待機状態のブレイズを見ながら、陽太はシャルにこう語りかけた。

 

「そうか………長いこと忘れてたな。お前らは周りじゃ『兵器』って呼ばれてたの」

「?」

「俺の出番全部奪った件………今日のところは『お姉ちゃん』に免じて勘弁してやるよ、『相棒』」

 

穏やかそうにそう語る陽太の横顔を見たシャルは、改めてなぜ陽太が自分達操縦者の中で突出して強いのか、その理由の一端が分かった気がする。

 彼は最初からISのことを兵器として扱ってなどおらず、こうやって時々『相棒』と気軽に声をかけていた。時々戦闘中にISと会話しているときもあった。

 

「(ああ………そうか。そうだったんだ)」

 

 陽太はこの戦いの最中、ただの一度も『撃墜』や『破壊』という言葉を福音に対して使わなかった。あくまで『止める』とだけ言い、本当にそのためだけに戦い続けていた。

 徹底して最後までISは一人格を有するものである、というスタンスを崩さない彼の姿に、シャルは自分も待機状態のヴィエルジェを眺めながら、静かに語りかける。

 

「ねえヴィエルジェ………お姉さんが助かって、嬉しい?」

 

 あの可愛らしい少女であるのなら当然『嬉しい』と答えてくれるのかもしれないが、今のシャルには彼女と自由に話をするだけの能力を持っていない。だけどいつか必ず彼女と自由に会話してみたい、今はそう強く願う。

 

 ―――自分の目の前を歩く陽太の背中―――

 

「いつか………必ず追いついてみせるから」

「ん?」

 

 誰にも聞こえないぐらいの小声であったため、陽太にもその声は気が付かれることはなかったが、この瞬間、今まで戦う理由がはっきりとしなかった少女が、確かな戦う理由を見つけたのかもしれないのであった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 その後、夕方前という中途半端な時間に警戒が解除されたIS学園生徒たちはそのまま自由時間となり、各自が好きに自分の時間を過ごすことになる。

 ある生徒は夕暮れまでの短い時間を海水浴にあて、あるものはお土産の購入をし、あるものは海の幸を楽しむために近場の漁港まで足を延ばしたりしていた。

 そんな中で戦闘の疲労によって動けなくなった対オーガコア部隊のメンバー達は、ほぼ全員が夕飯前までの時間まで泥のように眠りこけ、眠気眼で夕飯をとると、再び早々と眠りにつくために先に入浴を済ませようとしていた。

 

「しっかし、わかんないものよね~~?」

 

 脱衣所の籠の中に上着を入れた鈴が、背筋を伸ばしながら隣のセシリアに問いかけた。

 

「………そうですわね」

 

 旅館が備えていた浴衣を脱ぎ、黒色の下着姿になりながら髪を結いあげていたセシリアは、待機状態のブルーティアーズに触れながらも鈴と同じことを考えていた。

 

「エネルギーがほとんどない状態から再起動しただけではなく、我々操縦者の意思なしで稼働し、考えもしなかった同時稼働による合体を成し、自分の意思で福音を助けにいった」

 

 隠すものなど何もない、と言わんばかりに全裸になったラウラが脱衣所にあった体重計に乗りながらも考え込む。

 

「ISには明確に意思がある………学園の授業でも教えられていたが………数年来、操縦者を行っているが、そのような場面に出くわしたことが私にはない」

 

 いつものポニーテールを外し、バスタオルだけの姿になった箒が手首に巻かれた待機状態の紅椿を見て、今まで考えもしなかったこのISの意思というものが、いったいどんなものなのかを気になりだし、隣にいたシャルは下着姿のまま、あることを思い出す。

 

「………戦闘中、私はヴィエルジェと話したのかもしれない」

『?』

 

 シャルの思わぬ発言に全員が一斉に注目するが、彼女自身すぐさまその視線に気が付き、動揺しながらも注釈を付け加える。

 

「で、でも………はっきりと何か話したとかじゃなくて………なんだろうかな~?」

「はっきりしなさいよ! アンタだけよ、ISと会話してるの!!」

 

 鈴が煮え切れないシャルの態度に腹を立てるが、手を振ってシャルは否定する。

 

「全然……私なんかよりも、陽太の方がずっと会話してるみたいだよ」

「えっ? それマジ?」

 

 シャルの言葉に鈴がまたしても考え込むが、セシリアとラウラは何か思い当たることあったのか、首をひねりながらも普段の彼の様子を思い出しながら語りだした。

 

「そういえば時々戦闘中に誰かとお話しされてるようなことも………」

「私たちの中でランクSはヨウタだけだ……いや、だからこそ適正Sなのか?」

 

 彼の圧倒的な強さの源………ISを操縦するための適性が陽太だけ頭一つ以上飛びぬけて高いことは、ひょっとしてそのあたりに関係しているのだろうか? ラウラが考え込むが、箒も何かを思い出し、全員に言い放つ。

 

「そういえば以前一夏も言っていた……『箒は自分のISと話しないのか?』と」

「一夏が?」

 

 幼馴染の何気ない言葉を聞き流していた箒であったが、あれはひょっとすると一夏自身がISと会話していたからのものだったのではないのか? 現に箒が『何の話だ?』と言い返すと一夏は不思議そうな顔のまましばし押し黙ると『いや、何でもない』と言葉を濁してしまった。

 

「一夏の伸び率も最近では尋常ではない………ひょっとすると、私達はただ技術を磨いておればそれでいいというわけでもないのかもしれないな」

 

 ラウラの言葉がこの場にいた全員の心に響く。操縦者としての技量を伸ばすことは大事なことだという認識は改めることはしないが、自分達が何を操縦しているのか? いや、そもそも『操縦』しているという認識すら正しいことではないのかもしれない。

 自分達と一緒に戦ってくれている『者』が何者なのか、自分達はちゃんと知らないといけないのかもしれないのだ、めいめいが思っていた。

 

「(とりあえずお風呂から出たらヨウタに聞いてみよう)」

 

 ゆっくりと疲れをいやして、改めて話しかけてみようと決めるが、割と長風呂で有名なシャルロットが風呂から上がるころには陽太が夢の世界に旅立ちそうなものである。気分を直し、改めて日本の温泉を楽しもうとバスタオルに髪を結いあげた状態のシャルが風呂場の入り口を開けた瞬間であった。

 

 

「はぁ~~~! 良いお湯だったわ」

「流石親方様ご推薦の温泉………筆舌に尽くしがたし」

「あとは、温泉名物のアイスをたらふく食べるだけだね~」

「(なんでフォルゴーレって、暴飲暴食の限りを尽くしてるのに脂肪が胸にしかつかないのかしら?)」

 

 

 バスタオル姿で髪をツインテールからシニヨンに変更したフリューゲル、首からタオルをかけただけの豪快な格好のスピアー、フリューゲルと同じ格好と髪型ながら圧倒的な二つの質量を揺らせるフォルゴーレと、そんな彼女の体質に怒りすら覚えるリューリュクが入れ違う形で風呂場から出てきたのだ。

 

 

「「「「「あっ」」」」」

「「「「えっ?」」」」

 

 

 五人と四人が同時に互いを認識し、数秒間硬直状態となる。

 

 夕暮れのセミの声が木霊し、獅子落としの音が鳴り響く中、最初に互いの指をさし合わせたのは鈴とフリューゲルであった。

 

「「ああああっーーー! ムカつく貧乳女ッ!!」」

 

 陽太がいれば間違いなく『自虐?』と言いそうなセリフを吐きあうが、お前にだけは言われたくないと一瞬で怒り心頭となった鈴とフリューゲルは、互いの拳と拳を激突させあいながら取っ組み合いを始める。

 

「誰に向かって口きいてるの、金色まな板!?」

「誰が貧乳だ、大陸産の絶壁がっ!?」

 

 拳と額をこすり合わせて犬歯剥き出しにする美少女(笑)達は、必死になって胸をこすり合わせようとするが致命的に距離が足りない………なぜそこであえて胸の張り合いをしようとしたのかは、恐らく語られることはないのだろう。

 一方、そんな二人の言い争いに対して、リューリュクはサラッと毒のあるセリフを投げかける。

 

「止めたらどうですかお二人とも。どう頑張っても無いモノはないんですから」

「「ヴああん?」」

 

 女性とは思えない低重音な唸り声で向き合う二人に対して、リューリュクは胸の谷間を強調するようなポーズをとりながら言い放つ。

 

「フォルほどじゃありませんが、私だってホラ………中々立派ではありませんか?」

 

 隠れEカップの進言は伊達ではない。自分たちに無いモノを見て怯んでしまう鈴とフリューゲルの二人は、みるみるうちに目じりに涙が溜まりだす。久しぶりの勝利の予感にリューリュクが愉悦な表情となりかける………が。

 

「確かにご立派ですわね………その見事な『大根』な太ももは」

 

 セシリアが明後日の方角を見ながらリューリュクが気にしてならないことを言うものだから、顔面を引き攣らせながらなんとか立ち直ったリューリュクも負けじと言い返す。

 

「あら、あなたのその不必要なぐらいに大きな『お尻』には負けてしまいますよ」

「んまっ!?」

 

 互いに毒を吐き散らしあったバランス派の二人の間に激しい火花がぶつかり合い、またしてもIS学園と竜騎兵達の間に不穏な空気が流れ出した。

 そんな中で天然組のスピアーとラウラは、『胸』というキーワードを考えながら十代少女たちの中でもトップクラスな二人の背後をとりながら互いに問いかけた。

 

「胸だけならば、うちのコイツは大したものだぞ」

「にゃあっ!?」

 

 女性としては大柄な分類になるスピアーの手から零れるほどに豊満に育ったフォルゴーレの巨乳を背後から持ち上げるようにIS学園サイドに見せつける。

 

「こちらもこんな感じで、大きさだけならば負けてはいない」

「ラウラッ!?」

 

 女性としては小柄であるラウラの手では抱えられないほどに実った、姉譲りの巨乳を下から掬い上げられ、箒は顔を真っ赤にしながらラウラを怒鳴り散らす。

 巨乳組が、その羨望してやまないものを盛大に揺らす様を見て、なぜか真っ白になりながら硬直する二人の様子にシャルは苦笑いを浮かべるが、彼女はここにきてあることに気が付く。

 

「ちょっと待って、皆」

 

 全員に緊張した面持ちで静止の声を上げるシャルの異様な様子に、皆が黙り込む。

 

「貴方達がここにいるということは………」

 

 辺りを見回して『その姿』を何とか見つけようとするが、シャルが誰を探しているのかいち早く気が付いたフォルゴーレは、親切にも彼女の探し人の居場所を教えてくれるのであった。

 

「親方様なら隣の湯だよ。親方様はお一人で温泉にゆっくりと浸かりたいんだってさ」

 

 フォルゴーレの言葉に、とある二名が『私が一緒に入ってお背中をお流ししたかったのに』と悔し涙を浮かべるのを完全に無視し、シャルは顔面蒼白になりながら隣の湯を見つめる。

 

「隣の湯って…………おとこ」

 

 

 ―――『きゃあああああああっ!!』―――

 

 

 男湯からまるで乙女のような男子二名の悲鳴が聞こえたのはその直後であった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「………ふぅ」

「………はぁ」

 

 同時に頭を洗い終えた陽太と一夏は、さっぱりとした気持ち良さを味わいながら、続けて身体を洗い始める。男子湯は騒がしい女子湯と違い静かな音しか流れてこない。これも人数の多さから入浴時間に制限がある女子生徒とは違い、旅館に現在宿泊している男子は自分達と奈良橋教諭だけだからだ。仮にカールがこの温泉を使ったとしてもそれでも僅かに四人だけ。誰に気を使う必要もないこの空間は、ある意味男子だけの特権と言えた。

 

「………なあ、陽太?」

「………なんじゃい?」

 

 泡立てたタオルで身体をこすりつつ一夏が陽太に問いかける。

 

「………もしもさ」

「………ん?」

「………もしもの話、IS達が俺達人間のこと、嫌いになったらどうする?」

 

 一夏の思わぬ問いかけに、身体を洗う手を止めて隣に目をやる。

 

「どうした、藪から棒に?」

「………思ったんだ」

 

 そして一夏も身体を洗う手を止めると、排水溝に流れて混んでいく泡を眺めながら話を続ける。

 

「今日、俺達はIS達に全部助けてもらった」

「…………」

「それだけじゃない。福音を見捨てようって話し合いをしてた時に、福音が俺達を助けてくれて、しかもその後白式やブレイズブレードが自分達で福音を助けてくれたわけだけどさ………もし、あの時、IS達が再起動しなかったら、福音のことを誰も助けに行こうとしなかったら、IS達はその後も俺達と一緒に戦ってくれたのかなって」

 

 身体を洗う手を再び動かし始めた一夏は、まるで不安をかき消したいかのように桶にためたお湯で身体の泡を洗い流すと、隠せない不安を陽太に問いかける。

 

「家族を助けてくれない奴を誰が助けてやるもんか、って気持ちだったら………俺も何となくわかるからさ」

「…………お前さ」

 

 そして陽太もいつの間にか身体を洗い終え、身体の泡をお湯で洗い流すと、隣の一夏を眺めながらこう言い放った。

 

「通常状態は小さいのな」

「何を見て言ったっ!?」

 

 何ってナニじゃない? っと返す陽太に憤慨する一夏であったが、桶に水をためて自分にぶっかけてくる陽太の行動に言葉を封じられる。

 

「どりゃ」

「冷ッ!?」

 

 いきなりの冷水に身体を震わせる一夏であったが、そんな一夏に対して如何にも自信あります、といった感じで陽太は肩にタオルをかけた状態で立ち上がると、堂々と『全部』見せて宣言する。

 

「フッ………ユニコーン一夏など俺の敵ではない。大きさも色艶、持久力だってホントは俺のほうが上よ」

「何の自慢だよ、ソレ!?」

「肝っ玉ちっさいこと気にするなって話だよ」

 

 身体を洗い終えた陽太は、いまだに頬っぺたに湿布をつけた状態の笑みを浮かべると、別段不安なんて感じる必要などないといった面持ちで歩き出した。

 

「ISが敵になるかもって………お前は自分の相棒信じてないのか?」

「そんなことない!!」

 

 力強く、絶対に俺は白式を信じている。と表情で訴えてくる一夏に、陽太は笑いながら安心しろよという言葉をつけるのであった。

 

「安心しろ。だったらISが俺達を裏切ることなんてねぇよ」

「でもよ………」

「仮にIS達が俺達を信じられなくなってもだ………俺達が信じることを止めなきゃ、それでいいじゃないか」

 

 信じてもらえなくなったから、信じることを止める………のではなく、信じれてもらえなくなりそうだからこそ、自分達が何よりも信じる必要があるんだろう。そう言い聞かせるような陽太の言葉に、一夏も安心感を覚え、軽口を叩く。

 

「信じるって………今日の誰かさんみたいな目が見えない状態でも戦える、なんて言う奴のことブレイズブレードは信じてたのかよ?」

「………今日の誰かさんみたいに福音のエネルギータンクにしかなってなかったようじゃ、白式も愛想尽かすかもな」

 

 本日の戦闘であんまりな戦績だったことをほじくり返され、半泣き状態の一夏が露天風呂に向かう陽太の後を追いかける。

 

「あれは!?」

「言い訳なんざすんな! てか、あのままやっても俺が普通に勝ってたわ! でもそれじゃあ福音の暴走が止まらんだけの話で!?」

 

 

 

「そうだね。視界のハンデがあったようだが、君なら五分の確率で勝利していただろう」

 

 

 ―――男湯の露天風呂に、堂々と入浴するアレキサンドラ・リキュール―――

 

 

「「・・・・・・・」」

 

 内風呂と露天風呂を仕切る戸を開けて外に出た瞬間に、彼女が待ち構えていたかのように言い放つものだから、二人はしばし硬直してしまう。

 

「だが、もっといかんのは、そもそもがあんな小娘に気をやって注意力を散漫にすることだ。どうしてバニシング・ドライブを使って速攻で決着を着けにいかなかった、陽太君?」

 

 湯船に浸かりながら旅館ではなく竜騎兵達が用意したと思われる日本酒を飲みつつ、髪を結い上げて火照って若干赤く染めた頬をさせたアレキサンドラ・リキュールは、陽太に向かって尚説教を続けようとした。

 

「筋量が以前よりも上がっているな。おそらく反射速度も上昇していたのだろう………修行の中間段階での実戦だっただけに、自分の感覚の誤差を図ろうとしたのか? だとするなら、ウエイトをつけた状態で近接戦闘の訓練をするといい。君は接近戦に時々足元のブレーキングが疎かになる。それでは敵の反撃に対して体勢を崩してしまうよ………攻防は一体だ。技術は何も独立していない………高速飛行時の抜群のバランス感覚を生かせるようにならないと………どうした?」

 

 ワナワナと震える年下男子二名の様子に首をかしげたアレキサンドラ・リキュールであったが、直後、男子二名は抱き合いながら絹を裂いたかのような乙女チックな悲鳴を上げる。

 

「「きゃあああああああっ!!」」

 

 まさかこんなところに全裸の女性がいるとは考えもしていなかったとはいえ、中々可愛い声を上げる男の子二名である。

 一方、そんな男子二名を新種の動物を見るかのような珍しそうな表情をして見つめていたアレキサンドラ・リキュールは、ようやくこの時に自分達がお互いに裸であることに気が付き、ヤレヤレといった表情で優しく諭す。

 

「湯にタオルや服をつけるのは御法度だろう?」

「そういうことじゃないわ!!」

 

 陽太がすかさずツッコミを入れるが、彼女は湯から立ち上がると、見せつけるように歩き出す。

 

「どうしたんだ二人とも………裸の女は初めてだというのか?」

「なっ!?」

「いや、そ、そうじゃなくて……」

「………なんだ。二人ともまだ〇貞か」

 

 恥ずかしげもなく女性がそういうことを言い放つものだから、聞いていた一夏の方が赤面してしまう。だがそんな一夏に対して、姉の元親友である彼女はゆっくりと近寄り、彼の目の前まで来ると屈んで問いかけてきた。

 

「なんなら………」

 

 ―――真っ赤なルージュが魅惑の言葉を紡ぎだし―――

 ―――揺れる二つの水蜜桃は、今まで見たことのないサイズ―――

 ―――縊れた腰回り、キュっと上がったヒップ、鍛え上げられたプロポーションは垂れるなどという現象を一切感じさせない―――

 ―――額の刀傷のほかに無数の傷が薄っすらと見える肌でありながら、彼女が見せてくるのは極上の色香を放つまごうことなき美女のものであった―――

 

「私で『女の味』を知ってみるかい?」

「っ!!」

 

 否が応でも意識させられてしまうほどの艶やかな色気を出すアレキサンドラ・リキュールの言葉に、不覚にも一夏が思わず股間をタオルで隠してしまう中、隣の陽太は負けてたまるものかと、彼女に言い放つ。

 

「ざけんなブスッ! お前みたいな恐竜女の相手なんてしてたまるか!」

 

 女性相手に待たしても禁止ワードを吐く陽太であったが、そんな陽太を上から下にゆっくりと視線を落としたアレキサンドラ・リキュールは、やがて彼の股間を見ながら微笑みを浮かべてこう言い放った。

 

 

 

 

 

「おや………随分と可愛らしい『坊や』だ」

 

 > バ ー サ ー カ ー は ザ ラ キ を と な え た !

 

「ッ!!!!!!!!」

 

 > 陽 太 (童〇特有の強がり)は 死 ん で し ま っ た !

 

 

 

 

 

 

 一瞬でその場に崩れ落ち、地面に蹲りながらブツブツと言い出す陽太の姿に、彼の気持ちは同じ男の子としてよくわかる一夏が彼を揺さぶりながら必死に呼びかける。

 

「だ、だれか!? ザオラルを!! いや、ザオリクを!?」

 

 あいにく蘇生呪文を扱える者がいないのが現状である。

 そして一瞬で彼相手にまたしても連勝記録を伸ばしたアレキサンドラ・リキュールは、歩きながら二人の少年にこう言い残す。

 

「明日の午後、予定を開けておきたまえ………おいしいランチをご馳走しよう。今回の戦いのご褒美だ」

「何っ!?」

 

 一夏が何のことだと聞き返すと、彼女はまたしても微笑みながらこう言い返すのだ。

 

「今回のご褒美だと言っているだろ? 正午に港に来ていなさい。部下に案内させよう」

 

 それだけ言い残すと、アレキサンドラ・リキュールは、風呂場から脱衣所へと歩を進める。

 脱衣所に一人立つと、どこからか現れた竜騎兵四名が手際よく、彼女の身体を拭き、彼女の髪を乾かし、ドライヤーを当てながら髪形を整えると、浴衣を着せて準備を終わらせ、彼女が再び歩き出すとその背後に付き従うのであった。

 

「ん?」

 

 そして男湯の前で入っていいものなのかどうか真剣に迷っていたシャルたちと目が合うと、しばし見つめあってから、今度は意地悪そうな笑みを浮かべて言い放った。

 

「流石の私も疲れたよ」

「「「「「!?」」」」」

「若い少年二人にその若さをぶつけられてはな………相当欲求不満だったのかな?」

『なっ!?』

 

 真っ白になって固まるシャル達………特にシャルと箒に強烈な衝撃を与える発言したアレキサンドラ・リキュールがトドメの一撃を放つ。

 

「二人に言っておいてくれないか? 次はもっと凄い『プレイ』をしようと」

 

 それだけ言い残すと、若干背後の二名ほどが付き従いながら『すごいプレイとは何なんですか親方様? それって私達にもしていただけるのですよね?』と心の中で呟いているのを全く気が付かずに歩いて、何処かに去っていくのであった。

 

「…………明日の…午後?」

 

 伝言を唯一受け取った一夏は、暴龍帝の言葉に動揺しながらも、明日の午後に再びあの女と戦わないといけないかもしれない可能性を考えながらも、ある事実にぶち当たる。

 

「午後って………いわれても」

 

 ―――風呂場のガラス戸の向こうから見えるポニーテールと結い上げた髪のシルエットが二つ―――

 

「…………一夏。出てこい」

「…………ヨウタ。出てきなさい」

「(俺は、明日まで生きていられるのだろうか?)」

 

 いまだに復帰できずに蹲る陽太と見ながら、人生が今日で終わるかもしれない予感を背筋に感じながら、涙を流すことしかできない一夏は、どう返事したらいいものなのかわからないまま、一人戦慄して震えることしかできずにいたのであった。

 

 




カール先生、美人の嫁さん、かわいい娘というリア充であるにも関わらず、(ほぼ)女子高で校医とか………提督はそのあたりも気に入らないのか?


そして登場の親方様………臨海学校編の親方様ってフリーダムっすね、いや、ホント。


次回、親方様の恐るべき特技も明かされますが………そしてもう一つ。



10年の時を超え


『彼女』の声が、再び世界をまた少し変えます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

分岐点(前編)

すっかり更新が遅れた上に、なんと………一回で終わらない(涙)

後編は早急にうpするように努めます


 

 

 

 

―――「今日という日がとうとう来たのだな」―――

 

―――「姉さん………おそらくナンバー『004』は来ないけど」―――

 

―――「………『003』が同意を得てくるはずだ」―――

 

―――「じゃあ残りは………『002』」―――

 

 

「私達(IS)の運命が、また一つ、動くことになるのだな」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 海鳥が鳴きながら空を飛ぶ海岸線。日差しの強さは朝から増すばかりで、今年の最高気温をまた今日で更新しそうな夏日の中………福音との戦闘を終わらせた翌日にあたる臨海学校三日目の正午前、普段着に着替えた対オーガコア部隊のメンバー達は、臨海学校においてIS学園が使用しているビーチではなく、大型の船などが停泊できる港を歩いていた。

 

「…………」

「…………」

 

 顔面をボコボコにされた二人の少年が無言で先頭を歩き、その後をシャルと箒の二人が済まなさそうな表情をして後をついて歩いてくる。更にその後ろにラウラと鈴とセシリアが神妙そうな顔で続くが、沈黙に耐え切れなくなった鈴がここで一つ先頭の二人に声をかけるのであった。

 

「………シャルも箒も反省してるんだからさ。もうその辺で許してあげたらお二人さん?」

 

 アレキサンドラ・リキュールが退出した後、男湯に乗り込んできた二人は勢いそのままに陽太と一夏が言い訳する間も与えずにボコボコにしたのだが、二人が血文字で「はなしきいて」と書き出した辺りで様子を見に来た奈良橋によってようやく静止され、よくよく考えてみれば信用する必要ない言葉だったことを思い知り、二人はその場で平謝りする羽目になったのだった。

 

「…………ごめんなさい、ヨウタ」

「………すまない、一夏」

 

 本当に済まなさそうに謝る二人に対して、本心ではそんなに怒りを感じてるわけではないのだが、一切の言い訳を許さずにボコボコにされたことをあっさり許してあげられるほど少年達も大人ではなかった。二人の少女が早とちりしがちなのも悪いことなのだが、先の戦いでアメリカの国家代表も言っていた『時に制御できなくなるのが恋心』との言葉があるように、思い込みが激しいことが彼女たちの短所であると同時に愛おしむところなのかもしれない。

 が、そんな大人の対応を知らない(てか出来ない)二人の少年が意地を張ることしかしない状況では、流石にシャルと箒が可哀そうに見えたのか、最後尾を歩く『彼女』はこうぽつりと呟く。

 

「でも女性は我儘な方が男性が喜ぶもんだって思うんだけどな…………男って、黙ってると面倒くさい女とか言い出すし」

 

 こちらも普段着を着た………シンプルな白シャツに、ボトムスとデニムベストを合わせた着こなしの上にサングラスをかけて歩くナターシャ・ファイルスの言葉に、陽太が異議ありという表情で睨んでくる。

 

「問題をすり替えるな。殴られて喜ぶ趣味を地球上の全男子が共有してるわけじゃねーぞ?」

「ハーイハイ。チェリーな火鳥隊長☆」

「ぬがっ!?」

 

 昨日の言葉を思い出し、再び蹲りそうになる陽太………なぜナターシャ・ファイルスがそれを知っているのかは謎であるが、彼女は動かなくなった陽太を抜き去り、先頭に立つと皆のほうに振り返りながら問いかけた。

 

「私の旦那様ほどに良い男にならないと、シャルちゃんが苦労しちゃうぞ?」

 

 一児の母でありながら全く崩れることない抜群のスタイルを持ち、魅惑の美貌を持つ人妻操縦者に言いくるめられる陽太の様子に、シャルはようやく済まなさそうな表情から苦笑に変化するが、その時、前方にどこかで見たことのある大型客船と、大柄なショートヘアなメイドさんと小柄な金髪ツインテールのメイドさんが、それぞれ仁王立ちしながら客船へと昇る階段の前を陣取っているのが見えた。

 

「あれは!?」

 

 ラウラがさっそく警戒しながら待機状態のISを構え、いつでも展開できる準備を取る中、しょぼくれた表情の陽太が、何か言いかけた二人に対して先んじた暴言を口にした。

 

「なんだ………色物戦隊ザコナンジャーのイエローとブラックか」

竜騎兵(ドラグナー)のフリューゲルよっ!!?」

竜騎兵(ドラグナー)のスピアーだっ!!?」

 

 適当に考えた名前で呼ばれ激憤する二人を適当にあしらいながら、陽太はうんざりした表情で更に一言付け加える。

 

「初登場時点で力量差歴然のお前らはどうでもいいんじゃ!! お前らのオッパイ上司どこだ!?」

 

 墓穴に埋めたる、昨日の屈辱を晴らさずにおくべきか、と誰よりも鼻息が荒くなる陽太であったが、そんな彼のほうを心底忌々しそうに見つめながらも、丁寧に腕を船内の方に向けて引き攣った表情でこう言い放つ。

 

「ほ、本日はようこそおいでくださいました………『お客様』」

「で、では………ご案内させていただきます………『お客様』」

 

 心の底から嫌そうな笑顔を浮かべる二人の微妙な様子に、全員が円陣を組んで相談し始める。

 

「(何かの罠か?)」

「(あり得ますわ)」

「(でもそれならなんでお客様なんて言い方するのよ?)」

「(そんなの油断させるために決まってるだろ)」

「(だがしかし………悔しいことに我々全員を相手するなら、あの亡国幹部一人でも十分にお釣りがくるはずだ)」

「(俺一人でも今度は返り討ちにしてやる)」

「(だからヨウタ………)」

 

 今日の招待について、当初は一人で行くと言い張った陽太の言い分をシャルは諫める。確かにただ情報を仕入れるだけであるのならば、彼一人のほうが身動きはしやすかろうが、残念なことに陽太があのアレキサンドラ・リキュールと対峙してそのまま帰ってくるとは思えない。

 

「(ひ、必要ナ情報ダケヲ手ニイレテカエッテクルヨー)」

「(はいはい)」

 

 信用のない(できるわけもない)隊長の意見を却下したシャルの隣において、ナターシャは船内を見つめながら陽太に問いかける。

 

「ここまで来て帰っちゃうって選択肢もないこともないけど………どうしますか、隊長?」

 

 修理待ちの福音しかもっておらず、戦闘になれば最も危険度の高い身でありながら、まるでその様子を感じさせないナターシャの問いかけに、陽太はニヤリと口元を歪めながらこう言い放った。

 

「『虎穴に入らずんば虎子を得ず』………せっかくのご招待だ」

 

 待ち構えるものが何なのかもはっきりしていないが、相手は『暴龍帝』アレキサンドラ・リキュール。下手な作戦など立てて舐めたことをすれば一瞬で取って食われる相手。ならば考えることは相手への探りではなく、いかなる事態にも動じないという覚悟だけ。

 

「覚悟決めていくぞ、テメェ等」

 

 いつだって出たとこ勝負。

 対オーガコア部隊の名物になりつつある矜持(スタイル)を象徴する隊長の言葉を聞き、『また始まった』と苦笑しながら全員がそのあとに従うのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

「さあ、ここよ」

 

 そして歩くこと数分。豪華客船の内部を案内された陽太達は、周囲に多少の警戒をしながらも大きな扉の前まで通され、いよいよ決戦の火蓋が切って落とされるのかと皆が緊張した面持ちとなる。

 だが、そんな警戒をしているIS学園メンバー達の心境になんぞ興味ないといわんばかりに、スピアーはぞんざいな様子で中にとっとと入れと言わんばかりな手つきで扉を開く。

 

「本日はようこそおいでくださいました、お客様」

 

 先ほどの二人とは違い、自分のロングスカートを手に取り、一歩引いた状態で頭を下げる非常に丁寧な淑女の挨拶をしたフォルゴーレが出迎え、対オーガコア部隊のメンバー達と対面する。

 

『…………………』

「…………………」

 

 扉が開いた瞬間、ナターシャを除く全員がISを瞬時に装着できる体勢を取っていた陽太達と、頭を下げた状態のフォルゴーレの間で、奇妙で緊張した空気が流れるのであった。やがて痺れを切らしたフォルゴーレが頭を上げ、周囲を見回しながら首を傾げた。

 

「…………………あり?」

 

 なぜにお客様が臨戦態勢を取っているのか理解できないフォルゴーレは、役割は終えたとばかりにとっとと退出してしまおうとするフリューゲルとスピアーに問いかける。

 

「今日のお食事会のこと、ちゃんと伝えた~?」

「親方様に言われてるんだから、こいつ等だってそれぐらい覚えてるわよね、『お客様』?」

「そうだぞ『お客様』?」

「お客様として扱う気がないだろ、お前らっ!?」

 

 お客様として礼儀を尽くす気なんて欠片もない事が態度から滲み出る二人を見た陽太のツッコミを受け、とりあえず二人に代わってフォルゴーレが頭を下げるのであった。

 

「申し訳ございませんお客様………二人に代わって謝罪を」

 

 二人と違い、素直にかつおそらく上司の命令通りIS学園メンバーをお客様として扱うフォルゴーレに戦闘意欲を削られ、一旦警戒状態を解いたメンバー達はアレキサンドラ・リキュールの真意が本当にただの『昼食』に誘っただけだったことに気が付き始める。

 

「………あの女、とことんまで我々を馬鹿にしているのか?」

 

 彼女への敵意が強いラウラのセリフに、フリューゲルが素早く食いつく。

 

「何言ってるの? 親方様がお前達程度を敵に認識するわけないでしょう?」

「なんだと!?」

「そうだ………敢えてそんなお前達に褒美を与えらえれる親方様の度量の広さを、今日はたっぷりと味わうがいい!!」

「じゃああんた達にお礼を兼ねて、地面の味を味合わせてやってもいいわよ?」

 

 ラウラを援護しつつ煽り返す鈴の言葉に、フリューゲルとスピアーの二人の額に青筋が走る。背後では陽太が『ケンカか? 俺も混ぜろ』と腕まくりして参入しようとしたが、シャルロットが襟首を掴むことで阻止する。

 が、流石にこの状況はまずいと思ったのか、フォルゴーレは一度だけ響く大きな拍手をすると、同僚の二人に注意を施す。

 

「駄目だよ二人とも。今日は私たちはウエイターに徹しろって、親方様に言われたじゃない」

「あっちがケンカ売ってきたんだしょう!?」

「そうだそうだ」

 

 いや、そっちだから。というIS学園メンバーの視線を受け止めたフォルゴーレは、上司(親方様)を中心に世界が回っている二人に対して、伝家の宝刀を抜き放つ。

 

「じゃあ今から私、料理持ってくるね。フリュちんとスピちんの振る舞いの報告兼ねて」

「「待てっ!!」」

 

 そんなことは断じてさせない、と超絶焦った表情になる二人に両肩を持たれたフォルゴーレは、『マズイと思うなら最初からしなけりゃいいのに』という言葉を心の中だけで呟くと、二人の声を無視してIS学園メンバーを昼食の席へと誘うのであった。

 

「さあ、こちらにお座りください」

 

 ショパンが作曲したクラッシクの名曲が流れ、イタリア製の高級インテリアで揃えられたテーブルとイスを見て、このような会食の場に慣れているセシリアは、それなりの待遇の人間を迎え入れる気は本気であると感じ取り、目配りしてまずは隣のナターシャに無言で問いかけた。

 

「・・・・・」

 

 そんなセシリアの視線を受けたナターシャは、ここまで来てしまっては後に引けないと、まずは真っ先に座席へと腰を下ろす。それを皮切りに、セシリア、箒、一夏、鈴、ラウラ、シャルと順番に座っていき、最後に陽太が舌打ちしながら着席するのであった。

 

「お飲み物は何にいたしましょう?」

 

 フォルゴーレの問いかけに、テーブルに肩ひじを突きながら明後日の方向を見て不貞腐れていた陽太が言い放つ。

 

「グレイグース ル・シトロン(※フランス産のウォッカ)」

 

 敵陣ど真ん中で真昼間からいきなり堂々と飲酒を始めようとした陽太であったが、すかさず後頭部を叩いたシャルが改めて引き攣った笑顔で答える。

 

「ぜ、全員、ミネラルウォーターで」

「かしこまりました」

 

 オーダーを受けたフォルゴーレが出ていくと、シャルが小声で『バカ?』と陽太に問いかけ、結構痛かったのか頭を抱えて震えながら『馬鹿じゃないもん』と精一杯言い返す中、ミネラルウォーターを持ったフォルゴーレと、オードブル(前菜)を乗せた台車を押してきたリューリュクが入室してくる。

 

「失礼いたしますお客様」

「失礼いたしますお客様」

 

 それぞれのグラスに水を注いでいくフォルゴーレと、それぞれの前に蓋つきの皿を並べていくリューリュクの二人の淀みない動きに、しばしIS学園メンバー達は圧倒されていく。

 

「(なんか………手慣れているな)」

「(普段はだらしなさそうな印象があるのに)」

 

 小声で囁きあう箒と鈴は、竜騎兵達の意外な一面に驚く。ただの戦闘狂いに盲目的に従っているだけの少女たちだと思っていただけに、こうやって行き届いた教養があることを見せつけられたからだ。

 そして見とれていた陽太達の前に、本日の前菜料理が置かれ、蓋が開かれる。

 

 

「こちらが本日の一品目、前菜『イシダイのカルパッチョ、和風ソース仕立て』でございます」

 

 

 食べやすい大きさに捌かれた石鯛とスライスされた野菜とバジルをまぶし、醤油をベースに香酸柑橘類と他にも何か入れられているのであろうか………既に只ならぬ雰囲気と香りが皿から放出され、全員を凍り付かせる。

 

―――「あれ? 世界観が何か違う料理が出てきてない?」―――

 

 突然違う番組でも始まったのか、と戸惑うIS学園メンバーとナターシャは互いに目と目で話し合い、とりあえず代表して陽太と一夏が口をつけることにする。

 

「「・・・・・」」

 

 フォークで刺した時に違和感は感じられない、臭いに異常なし、やはり問題があるとしたら口に入れた瞬間なのだろうか? 緊張した面持ちで二人はゆっくりと口の中にカルパッチョを放り込み、一噛みし………。

 

 

 

 

「「!?」」

 

 

 ―――脳内で打ちあがる花火―――

 

 ―――未知の彗星が地球に接近―――

 

 ―――人類は、今、新しい地平に降り立ったのだ!!―――

 

 

「「・・・・・」」

 

 瞳孔を限界まで開いた状態で静止した二人の頭の中で勝手に始まったナレーションのことなど当然誰も気が付きはしないだろう。が、やはり毒入りだったのかと二人の異変を勘違いした皆が騒ぎ出そうとする。

 

「「(ゴクリッ)」」

 

 一口目を噛み締めるように飲み込んだ二人は、そのまま項垂れると全身を震わせ、ようやくそこで今口にしたものの感想を口にする。

 

「「悪い皆、ちょっと美味過ぎて死にかけただけだから」」

「大問題よ!!」

 

 鈴の鋭いツッコミが飛ぶ中、そんなもの知ったことかと陽太と一夏の感想が続いていく。

 

「人間は多幸感が過ぎると死にかけるという噂があったが、まさか自分でそれを実感するとは」

「ちょっと何なんだよ!? 何なんだよコレ!?」

 

 震えが止まらない二人の様子を見て、命の危険はなさそうだと思ったのかラウラが続けて口をつけ………二人と同じように凍り付く。

 

「ラウラッ!?」

「・・・・・わ、わたしが」

 

 そしてやっぱり震えだしたラウラであったが、二人とは興奮が過ぎたのか涙を流しながら泣き出してしまう。

 

「・・・私が今まで食べていたものはゴミ同然だったのだ」

 

 アウアウと泣きながら自分が今まで体験していたことはただの補給作業でしかなく、今口にしている物こそが真の食事なのだと打ちのめされるのであった。なお、横から陽太が『いらないなら食べてあげるよ?』と小声で問いかけるとナイフを反転させ『いらないのはお前のそのふざけた右手のことか?』とかなり物騒な雰囲気で威嚇する。

 こうなってしまっては致し方ない。残ったメンバーもそれぞれが口をつけ、驚異の前菜料理が持つ普遍的説得力を体感するのであった。

 

「(これは桁が違いますわッ!!)」

 

 出身国がメシマズ国家と揶揄されてはいるが、上級階級に生まれ、このような場の食事には一番慣れているはずのセシリアすら味わったことのない美食の威力は、隣にいた鈴の下を完膚なきまで打ちのめす。

 

「(私生涯ダイエットなんてしない! これ一生食べていたい!!)」

 

 乙女の大事な何かを捨て去る価値がこの料理にはあるのだろうか? 少なくとも鈴にはその価値があったようだ。

 

「(和と洋、複雑に絡み合いながらも一切の乱れがなく、見事な調和が生まれている!!)」

 

 魚料理には少々うるさいと自負する箒は、以前更識家が招いた京の板前が作ったお刺身すらも凌駕する一品を前に興奮が隠せずにいた。

 

「(凄いッ!! こんな料理があるんだっ!! 私、この人に料理教えてもらいたい!!)」

 

 料理好きでチーム一家庭的なシャルは、これを作った料理人はさぞかし高名なシェフなのだろうと思い、会って是非とも話を聞き、料理のコツなんていうものも教えてほしいと想いをはせる。ヨウタのあの様子を見れば、この料理人の味がいたく気に入っているのは間違いないのだろうから。

 

「(やばーーーーい。超美味しーーーーーい!! 旦那(ダーリン)にも食べさせてあげたーい!タッパーウェア持って来れば良かった、タッパーウェアああああ!!)うふっ」

 

 唯一動じていない(あくまで表面上)ナターシャの大人の落ち着きぶりに、若い女性達からは「流石です」「これが大人の女」などという称賛の声が上がる………内心の超ハイテンションを悟らせないことは流石というべきなんだろう。

 

 それぞれが驚天動地するが、これはまだ前菜………フレンチのフルコースでは一品目にして口の中を整えることが役割の物でしかない。全て平らげられた皿をフォルゴーレが引き取り、続けてリューリュクが二品目のスープを入れた器を配っていくのであった。

 

「二品目、スープ『コンソメのロワイヤルスープ』でございます」

 

 フレンチにおいてメインとされるのはスープからであり、コンソメスープは気が遠くなるほどの時間と手間をかけて作られるため、ワンランク上のおもてなしとして人気のあるものである。

 先ほどの前菜の驚異的な味を食したものとしても、このスープも先ほど同様に新しい地平が拓ける味なのかもしれない。陽太達がスプーンを手に取ると唾を飲み込み、全員が同時に一口にし…………本日の戦いが長いものになることを覚悟するのであった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「三品目は、ポワソン『伊勢エビのフランベ パスティスの香り』でございます」

「はうっ」

 

 高級感の溢れるエビがよく合うお酒によって更に味を引き出し、箒の心を見事打ち抜いてしまう。

 

「四品目、ソルベ『白ワインのグラニテ』になっております」

「これっ!! 凄い美味しいっ!!」

「(ミーニャっ!? 御免なさい。ママばっかり)」

 

 白ワインとマスカットの汁を使って作られたジェラードの口当たりの良さにシャルとナターシャのテンションが最大級まで高まる。

 

「五品目、本日のメインであるアントレ『和牛フィレ肉、ロッシーニ風』でございます」

「肉、厚ッ!」

「フォアグラかっ!?」

「黒トリュフとか使ってる!?」

 

 肉の登場を心待ちにしていた陽太、一夏、鈴の三人の目の前へ、光り輝く国産牛と二大素材による奇跡のコラボレーションを果たした料理が出され、あまりの恐れ多さに早く食べたい気持ちすらも凌駕され、ナイフとフォークを刺せずに躊躇してしまうのであった。

 

「六品目、デセール『スフレとフリュイルージュ』でございます」

「こ、これは………デセールだというのですか?」

「私は今まで見たことはないが………食べていいものなのだろうか?」

 

 数多くのデセール(デザート)を見てきたセシリアと、芸術方面などてんで疎いラウラが同時に感動を覚える、スフレの周りにアイスクリームで花を、ソースで色彩を、ジュレで色を飾られ、僅かにまぶされた金箔によって、それは最早デザートというよりも美しい調度品としかいいようのない見事な芸術作品が皆の前に出されたのである。

 

 そして最後に食後のカフェ・ブティフールが出され、コーヒーと数種の焼き菓子を皆が満足そうに口にする。

 

「いや~~~、本日はホント申し訳なかったな~」

「本当だよ。まさかここまで本格的なフレンチだったなんて………俺、ちょっと感動したかも」

「私もよ~~~。満漢全席みたいにドカッと料理出さないフレンチのフルコースなんて鼻持ちならないとか思ってたけど、今日で考え変えるわ」

 

 とにかくいつもは量を食べたがる三人すらも味で満足させられ、今日はとにかく美味でお腹がいっぱいなったようだ。

 

「しかし、これほどの料理が作れるシェフの方ともなれば、さぞかし高名な方なのだろう」

「当然ですわ箒さん。このセシリア・オルコットの舌をこれほどまでに満足させられる方、おそらくどこかの名のある3つ星のお店の料理長クラスなのでしょう」

 

 箒とセシリアの二人は、これほどの料理が作れるのだろうから、おそらく今日のこの日のために高名なシェフが招かれたのだろうと、疑いなど入る余地がない満足感を得ていた。

 

「(………さっきのデセール。教官に持って帰って差し上げたい。頼めば作ってくれるのだろうか?)」

「(今日のソルベ。作り方は絶対に聞かなきゃ)」

 

 高名なフレンチの名店から来た料理長と思われる人物に、お土産の注文とレシピを聞き出そうとラウラとシャルは握り拳を作って燃え上がる。

 

「…………アレ? 私、今日、何しに来たんだっけ?」

 

 コーヒーを飲みながら一人冷静さを取り戻したナターシャであったが、その時、フォルゴーレとリューリュクがお辞儀をしながら、集まったメンバー達にあることを告げる。

 

「本日はご苦労様ですお客様。ご満足いただけたでしょうか?」

「特別に本日のコース一式を作ったシェフが挨拶をしたいとのこと」

 

 これほどの物を作ってくれた人が自分達に挨拶をしたいと言っているのだ。断る理由はなく、むしろ自分達の方こそ感謝を述べたいと、ここに連れてきてほしいと告げる。

 

「了解いたしました」

「では、シェフを紹介させていただきます」

 

 フリューゲルとスピアーがドアに手をかけ、扉を開き中にその人物を招き入れる。

 

 

 

 

 

 ―――長い髪を後ろで一つに束ね、白いYシャツとジーパンという簡素な格好の上からエプロンを付けた姿の―――

 

 

「本日のシェフ、『アレキサンドラ・リキュール』でございます」

『ウソだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』

 

 

 

 

 

 

全員がテーブルを叩いて立ち上がって否定する中、暴龍帝はどこ吹く風よと我気にせずに空いている席に座るのであった。

 

「いや~~~。久しぶりに作ってみたが、満足していただけたようで、私としても大変喜ばしい」

 

 彼女が着席すると同時にフリューゲルとスピアーが素早くコーヒーと茶菓子を用意して差し出し、淹れたてのコーヒーに一口付けたリキュールがようやく立ち上がった全員にこう問いかけるのであった。

 

「・・・・・・ひょっとして足りなかったかい?」

『違うッ!!』

 

 怒り狂うIS学園メンバーであったが、そんな彼らにフリューゲルとスピアーは胸を張りながら自分達の主がどれ程の存在なのかを哀れな子羊達に丁寧に説明する。

 

「聞きなさい、貧相な食生活しか送っていない哀れな味覚の持ち主たち!? 親方様はそんじょそこらのボンクラシェフ共とは、技能、素材への見識と観察力、そしてあくなき探求心と深い知性の次元が違うのよ!」

「今回はフレンチであったが、親方様が御作りなれるものはフランス料理だけではない! 日本懐石、中華、イタリアン、ロシア、スペイン、ドイツ、その他ヨーロッパ諸国、また中東やアジア方面にも精通されておられる!!」

「「世界各地の料理を網羅され、なんとレシピ数は数万!! おかげで私達は一度だって美味しいと言ってもらえた例無し!!」」

 

 自慢と自虐を同時に行う二人に対して、褒め称られたはずの主の対応はいつも通りである。

 

「フリューゲル」

「ハッ!」

「スピアー」

「ハッ!」

「黙れ」

「「ハッ!!」」

 

 いつものやり取りをするバーサーカー陣営に対して、それどころではないのはIS学園メンバーの方である。

 『どうした? 気分でも悪いのかい?』と更に余裕ありげに首を傾げながら問いかけられることに対しての腹立たしさもあるが、何よりも先ほどの瞬間までの自分達の発した言葉を思い出し、余計に自分自身への怒りが沸き上がり何度もテーブルを叩きつけるのであった。

 

「クソッ、クソッ!! 人生で初めて、美味過ぎたことが逆に腹立つ!!」

「落ち度がないことに落ち度を感じる!!」

「せめてちょっとぐらい………バカッ!!」

「わ、わたくしは………わたくしは………お母様ぁっ!! 申し訳ございません!!」

「教官………教官……………大変申し訳ありません!!」

「防人の恥だ!! 誰か、介錯の準備を!!」

「(私は絶対に言わない、一瞬でもこの人に弟子入りしたいとか考えた事を)」

 

 項垂れたシャルと目が合ったリキュールは、ニヤッと笑うとこう言い放つ。

 

「なんなら作り方の一つぐらい、教えてやらんこともないぞ?」

「!?」

 

 更に見透かしたかのような発言をされ、怒りのあまりシャルは一際強くテーブルをぶん殴るのであった。

 ある意味この世で一番予想外な人物の驚くべき特技の前に、なんでかまたしても負けたかのような屈辱感に包まれるIS学園メンバーとは違い、米国の軍人であるナターシャはテーブルの上に食器をたたき割り、椅子をひっくり返して立ち上がり、本気の怒りを見せて彼女に歩み寄る。

 

「アレキサンドラ・リキュールッ!!」

「………その皿一つでも、結構な値段がするものなんだがね」

 

 ナターシャのあまりの剣幕にアレキサンドラ・リキュールと竜騎兵を除く全員が気圧される中、拳を振るってリキュールに殴りかかろうとするナターシャであったが、それを横合いから部分展開したISの武装を突き付けたフリューゲルとスピアーが阻みにかかる。

 

『!?』

『!?』

 

 残りの竜騎兵とIS学園メンバーも突然の事態に自分達も参加しようとするが、皆を止めたのは右手を上げ、左手でカップを持った暴龍帝であった。

 

「フリューゲル、スピアー、止まれ」

「はっ!」

「はっ!」

 

 いつものやり取りで側近の二人を静止させたリキュールはゆっくりと立ち上がると、ナターシャの前に歩み寄り、改めて自己紹介をするように右手を差し出すのであった。

 

「この間やりあったときは挨拶が十分にできなかったな」

「!?」

「君の怨敵である、亡国機業幹部のアレキサンドラ・リキュールだ。よろしく、『七色の大天使(アルカンシェル・アンジュ)』、ナターシャ・ファイルス。君を戦士として再認識させていただいたよ」

 

 まるでこれから友人になる人間に自己紹介するかのようなリキュールの態度に、ナターシャの言葉はなく、代わりに握り締めた拳が振るわれる。

 

「ナターシャさん!?」

 

 シャルが止めるように静止の言葉を発する中、彼女の拳を止めたのは本人ではなく、ましてやリキュールでも竜騎兵でもなかった。

 

「・・・・・」

「陽太君、なんで!?」

 

 ナターシャの隣にいつの間にか立った陽太が横合いから彼女の拳を受け止めたのだ。リキュールのみがまるでそのことがわかっていたかのような余裕の笑みを浮かべる中、しばし彼女を静かに睨みつけた陽太はこう言い残して、自分の席へと戻る。

 

「これで『貸し借り』無しだ」

 

 コーヒーに一口付け、リキュールはにこりと微笑みながらこう言い返す。

 

「君のそういう律義な所も、私の好感度が高いところだよ」

「「!?」」

 

 陽太とシャルが同時に、怒った猫のように全身の毛を逆立たせてその言葉に言葉ではなくオーラだけで『黙って(ろ)』と反応する。が、その様子がまた甚く気に入ったのか、上機嫌そうな様子になるが、面白くないのは途中で止められたナターシャの方である。

 

「なんで私を止めるのよ!」

 

 猛然と陽太に詰め寄るナターシャに、うんざりした表情で顔を背けながら陽太は語るのであった。

 

「福音がドライツバーク『ドッペルト』モードをぶっ放しかけた時、コイツが部下使って援護砲撃してくださりやがったんだよ。おかげで射線がズレて避けやすくなりくさりがったけど」

 

『最も、俺はそんなんなくても全然平気だったけど。ケッ』といつもの減らず口を付け加えるが、ナターシャにしては信じられないといった表情でリキュールに話しかけるのであった。

 

「貴女………何のつもりで?」

 

 彼女のことをよく知らないナターシャの質問に対して、ある程度予想がついていたIS学園メンバーが想像した通りのセリフを、空になったカップに二杯目のコーヒーを注がれながら暴龍帝は口にする。

 

「なぁに、彼らは私達亡国機業の獲物だ。その中でも一番の逸品を他の連中のドサ紛れで倒されるのは我慢ならんだけだよ」

 

 こうやって呑気にランチをごちそうし、コーヒーまで出しておきながらもあくまで自分は敵であると主張するアレキサンドラ・リキュールの様子に、いよいよ意味が分からなくなってきたナターシャが小声でシャルに話しかける。

 

「(何なのよコイツ? いつもこんな感じなの?)」

「(いつだってこういう感じで、人の神経を逆撫でてくるんですよ、この人は!!)」

 

 百年越しの怨敵に出会ったかのように嫌悪感丸出しになるシャルの様子にナターシャは若干引き気味になる。というか、本当にこの女は敵であるIS学園と自分にタダ飯食わせに現れただけなのだろうか? 情報が足りずに判断つきかねる所に、リキュールがまたしても爆弾を投入する。

 

「そういえば客がもう一方いるんだ………別室で同じ食事を取ってもらっていたのだが」

「客?」

 

 いったい誰なのだろうか? 疑問符を浮かべる陽太達であったが、すぐさまその相手が判明する。

 

「いやいやいや~~~、相も変わらずあーちゃんの料理は美味いッ! ザ・三ツ星!」

「クッ………わ、私はまだ負けたわけではございません!」

 

 どっかで聞いた少女の声が悔しさを滲ませと共に、何処かで聞いたことのある女性の声がドアの前から発せられ、陽太、箒、シャル、一夏達という順番で緊張を走らせる。

 

「この声は!?」

 

 箒が叫びながら立ち上がった時、同時にドアが開かれ、案の定クロエ・クロニクルこと『くー』を引き連れた天才科学者・篠ノ之束が、満腹になった腹を抱えて現れた。

 

「おっ! これはこれは、ほーちゃんじゃないか!?」

「姉さん!? なぜここに………」

 

 この間の宣戦布告以来すっかり姿を隠し、誰の前にも表れなかった人物が何の前触れもなく現れたのだから無理もない。だがこの中でただ一人だけその事情を知っているアレキサンドラ・リキュールは暢気にコーヒーを飲みながらこう言い放つ。

 

「今朝がた、漁港で仕入れをしている時に見つけて拾った。どうやら君達だけが私のメシを食うことに不満があったみたいでな」

「どうしてようちゃん達は私に連絡入れてくれないの!? あーちゃんのゴハンならどこにいたって駆け付けたっていうのに!?」

 

 『束ちゃんに意地悪とか、ホントようちゃんは顔に似合った卑劣漢だよ』とか勝手なことをほざいているが、大事なことはそこではない。

 お前等、この間宣戦布告をしあった敵同士ではないのか? 疑問符を浮かべるメンバーを代表するように陽太が叫んだ。

 

「この間は仲悪いフリして、実は裏ですでに結託済みだったのか!?」

 

 ビシッ!と指をさして両方を交互に指すが、二人はお互いの顔をしばし見つめあうと、やがて苦笑しながら陽太にこう言い返す。

 

「中々可笑しいことを言うな陽太君は」

「ハハッ! ホント、ようちゃんはギャグセンスがあっていいよ!」

「私はこの瞬間も束の敵だよ? 例えばこうやって談笑している間も彼女が私の首を撥ねに来ることだって許可している」

「ね?」

 

 何が一体『ね?』なんだよ、と聞き返すことができない陽太がアングリと口を開いた状態で硬直する。敵対する者同士だというのに、二人の間にある空気はまるで長年の友人関係のソレだからだ。

 

「私の感覚が少々世間ズレしていることは認めるが………君はどうなのだい、陽太君?」

「…………あっ?」

 

 ようやく意識が追いついた陽太が間の抜けた言葉を返すのにも気分を害さず、暴龍帝はゆっくりと語り続ける。

 

「私にとって戦闘は最高のコミュニケーションだ。愛も、憎悪も、喜びも、怒りも、悲しみ楽しみ苛立ち、憧憬………あらゆる感情が渦巻きながらぶつかり合う。だから私は命がけの戦いが大好きだ。これほどに公正明大な事柄もそうはない………命という人間の原初にして最大のチップを互いに掛け合うことで、お互いの全てが曝け出される」

 

 戦闘狂と称される彼女の主義そのものを言葉にすることで、陽太達にまたしても何かを問いかけようとしているのか………真偽が掴めないIS学園メンバーが返答に困っているのを見たリキュールは、コーヒーに一口つけると、気にするなと言葉をつけ足してくる。

 

「安心しなさい。いつぞやの勧誘ではない………これは『警告』だ」

「警告?」

「そうだ………命懸けの戦場を、無粋な行いで汚す者がいる。残念なことに私達『亡国機業』の中にな」

 

 何の話だ? と陽太が問いかけると、彼女は鋭い視線を作って答える。

 

「『メディア・クラーケン』………その名を覚えておきたまえ。そして戦場でもし遭遇することがあれば…………有無も言わずに『殺し』なさい」

『!?』

 

 自分と同じ亡国機業に所属する人間を、敵であるIS学園に『殺せ』などとはどういうことなのか? アレキサンドラ・リキュールがさらに言葉を続けることで、その疑念は膨れ上がる。

 

「躊躇するな。手を汚すことに戸惑うな。話し合いで解決しようなどとは間違っても考えるな………あの『女』にはそんな甘い考えは一切通じないと思え」

「どういうことだ?」

「………邪悪。ただそれだけだ。滅ぼしてしまって構わない」

 

 それ以上語ることなく言葉を終わらせたリキュールは、今度はシャルのほうを見ながら話題を変えてくる。

 

「さて、私の言いたいことはここまでだ。では次に………私と束がぜひとも問わねばならないことだ」

「?」

 

 視線の意味が分からないシャルが戸惑うが、束は彼女の隣に立つと覗き込みながらこう問いかける。

 

「おい泥棒猫」

「どっ!? だからその呼び方はやめてください!」

「呼び名なんてどうでもいいんだよ………お前は一体何なんだ? なんで福音をお前が止めることができたんだ?」

 

 ゴスペルが停止した件についての事を問いただしに来た束とリキュールは、殺気こそはなってはいないものの、なぜか厳しい視線をシャルに送りながら二人で言葉を続ける。

 

「お前は凡人だ。才能などはない」

「グッ!? ハッキリ言いますね!」

「ああ、束ちゃんから見てもそれは間違いない………だからこそ、わからないことがある」

 

 二人の女傑に挟まれ言葉に詰まるシャルは、自分が一体何をしたのかと考えながら椅子から腰を上げて後ずさってしまう。見かねた陽太が二人の間に割って入ってシャルを守ろとするが、二人はそんな陽太に見向きもせず、さらに詰めよってくる。

 

「もしこれが私か千冬……そして陽太くんであったなら、そこまで疑念は抱かなった。私や千冬は可能であると認識しているし、彼ならば可能性があるのだから」

「お前は違う。お前は『選ばれていない』………じゃあ、なんで閉じていた非限定情報共有(シェアリング)を開放し、福音がコアネットワークを接続できたのか………お前は答えを持っているはずだ」

 

 二人にとっても昨日の現象は大変興味深いもので、ましてやその中心にいたのがシャルであったことに驚きが隠せずにいたのだ。

 世紀の天災、世界を震撼させる超人と称される彼女達にとって『才能』の有無は絶対的な判断基準となっている。だからこそ才能がないはずのシャルに一度は失望したし、今度はそんなシャルが福音を目覚めさせたことに驚いたのだ。

 彼女達には見えない『力』がシャルにはあるのではないのかと………だが、そんなこと知る由もないシャルにしてみれば、二人の威圧的な問いかけに答えられる知識などはなく、彼女は怯えながら必死に言葉を紡いだ。

 

「そ、そんなに聞かれても、私知りません! あの時だってヴィエルジェや他の人達が必死に言葉をかけてくれたから、ゴスペルの声が聞けたんだし!」

「「!?」」

 

 だが咄嗟に喋ったシャルの言葉を聞いた二人は、しばし押し黙りながらそれぞれが推測に入る。

 

「(IS側から問いかけてネットワークを開いたのか? だが暴走している方にはアクセスなどできるはずもあるまい)」

「(非限定情報共有(シェアリング)には私も知らない裏機能がある? もしそうだとするならコイツの言葉にも可能性は出てくる………スカイ・クラウン持ちか、到達の可能性のある者以外でも、ISコアの全領域に接触できる手段があるのかも)」

 

 お互いにブツブツ言いながらまた何か考え込む二人に呆れ顔になる陽太とシャルであったが、その裏で誰にも気が付かれない事態が静かに行われつつあった。

 

 

 

 ―――これで『4機』揃ったな―――

 

 ―――こうやって揃うだなんて、10年ぶりね―――

 

 ―――・・・・・・―――

 

 ―――ナンバー003………それで、ナンバー004はやはり?―――

 

 ―――・・・ニャンッ☆―――

 

 ―――『灰姫』姉さん!―――

 

 ―――灰姫ちゃんはフザけてないニャン☆ ちゃんとお話はしてきたニャン。そしたらどうでもいいと返されたニャン。きっと白騎士がいるから来たくなかっただけニャン☆―――

 

 ―――・・・・・・―――

 

 ―――落ち込まないで姉さん! 話が進まないわ―――

 

 ―――福音(ゴスペル)ちゃんもひどい奴ニャン☆ やっぱりIS一優しいのはこの灰姫ちゃんニャン―――

 

 ―――フザけてると私が怒りますよ………あと、兄さんも何か言ってみせて!―――

 

 ―――・・・・・・ウヌ―――

 

 ―――もうどいつもこいつも!!―――

 

 ―――さあ、とっとと始めるニャン、空気読めない姉さん―――

 

 ―――空気読めてないのは貴方よ灰姫姉さん!!―――

 

 ―――福音、今はいい………しかし004が不在での決議は―――

 

 ―――大丈夫ニャン。ちゃんとあの子の分は灰姫ちゃんが預かってきたニャン。そんな間の抜けたことはどっかの長女IS一人で十分ニャン―――

 

 ―――そ、そうか………では、始めよう―――

 

 

 

 真っ暗い空間に、五つの光が灯る。

 

 

 ―――ナンバー001、決議に了承する―――

 

 ―――…………了承する―――

 

 ―――ナンバー003、及び004も了承するニャンス☆―――

 

 ―――ナンバー005『福音(ゴスペル)』、了承します―――

 

 五つの光が線を描き、中心に黒い箱を浮かび上がらせる。

 

 ―――………10年かかりました。申し訳ありません―――

 

 白い甲冑を纏った手に剣を携えた黒い髪の女性………原初のISであるナンバー001『白騎士』は、ゆっくりとその箱に手を付けると、愛おしさと切なさを同時に感じながら、その箱をゆっくりと開放したのであった。

 

 

 

『・・・・・・うか』

 

 思案していた二人の動きが止まり、ゆっくりとその声の方へと視線が向けられる。

 

『・・・・・・どうか』

 

 陽太もシャルも、その声に気が付き、やがて仲間達と共に振り返った。

 

『・・・・・・どうか』

 

 竜騎兵達もその声に驚き、視線が織斑一夏………の右腕へと向けられた。

 

『・・・・・・どうか』

 

 そしてその声は、リアルタイムで通信が送られていたある病室にも静かに響いた。

 

『・・・・・・どうか。この声は届いているでしょうか?』

「…………あ」

『・・・・・・届いているのであれば、幸いです』

「…………あっ」

『私の名前は………』

 

 忘れられない、優しい声色を聞いた織斑千冬は、治りたての心臓が早打つ負担も忘れ、かじりつくように画面に詰め寄った。

 

「………先生?」

『私の名前は、アレキサンドラ・リキュール。この声を聞いてくれている人は誰なのでしょうか?』

 

 十年の歳月を経て、再びこの世界に彼女の声が、静かに響く。

 

 運命が静かに示すように、彼女の声が分岐点を誘う様に。

 

 

 

 

 

 

 

 




親方様の秘められた恐るべき秘技………女子力でも大きく溝をあけられた千冬さんに突破口はあるのかw

てか、あれだよね。親方様って、なんで高スペックなのに、戦闘以外はダメ人間ぽいのか・・・。


そして、サラッと会話だけで登場した新キャラと、先生の『声』が再び世界に分岐点を生み出します


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

分岐点(後半)

多分連載始まって以来の難産だった

そして連載始まって以来の一話の文章量だった

では、この章最後のお話になります!


 

 

 

 ―――すごく、優しい気持ちになる声だ―――

 

『知っている人であれば………幸いです。そして知らない人ならば、驚かせてごめんなさい』 

 

 シャルロット・デュノアが最初に抱いた感想は、どこか亡き実母を思い出させる声色だった。

 

『本来であれば直に会って色々お話ししたかったのですが………どうにも私には時間が残されてはいないようで』

『こうやって、メッセージを残すことにします』

 

 先ほどの驚きはどこかに飛び、その言葉をシャルだけではなく、陽太や一夏や竜騎兵達も彼女と同じように、この初めて聞くはずの人物の声に落ち着きを覚え、耳を静かに傾けるのであった。

 

 だがそんな若者達とは打って変わり、落ち着いて聞けない者達が三人いる。

 

「………………」

 

 ギリッと奥歯を噛みしめ、親の仇でも見るかのように怒りと、それ『以外』の複雑な感情に染まった表情となる暴龍帝と………。

 

「先生………どうして?」

 

 開発者であるはずの自分も知らないうちに録音されていたこの事実に驚愕して立ち尽くす天災………そして、彼女はこのメッセージがいつからこのメッセージが存在していたのかと考え込む。

 

「(コアネットワークの隅から隅まで検索は行っていた。先生の『残り香』なんて欠片もなかったのに………

非限定情報共有(シェアリング)? だとするなら、いったい何時どうやって?)」

 

 ISについてはやはりまだ自分すら知らない『何か』があり、師はその事にすらも解明していたというのか? 彼女がISに触れていられた時間はほんの数日間だけで、たったそれだけで自分が10年かけてようやくたどり着きそうになっている場所にたどり着いていたというのか?

 

「…………先生」

 

 夢か幻だったのか、一度死の淵をさまよったあの日、彼女と再び対面することができた千冬はこうやって二度と聞けないと思っていた彼女の声が聞けたことに、こみ上げてくるものを抑えるのが精一杯であった。

 

 

『では改めまして、私が今いる『ココ(過去)』よりも先の世界で生きる全ての皆さんへ・・・・私の名前はアレキサンドラ・リキュール。後の世界にどのように伝わっているのか・・・』

『ひょっとすれば何も伝えられていないかもしれませんが・・・・個人的にはその方が私としてはずっと気が楽ですね』

『ごめんなさい、あまり目立つのが好きな方でなくて・・・・でも私は皆の事は大好きですよ』

『あ、全然知らない女にいきなり好きだとか言われても戸惑うだけだと思っているでしょう? フフッ・・・・絶対にそうよね~』

『私もね、良くこれで叱られるの。主に私の幼馴染の友達と、このぐらいの女の子。アリアっていうんだけど』

 

 ―――ミシッ―――

 

 暴龍帝がその手を置いていたテーブルから不気味な音が鳴り響き、周囲にいた竜騎兵達がちょっとだけ驚く中でも、変わらずに彼女の話は続く。

 

『フフッ・・・・ごめんなさい、私事ばかりになってしまいましたね』

『では皆さんに質問します・・・・このメッセージがいつ頃流れているのかわかりませんが、その時に』

『インフィニット・ストラトス(IS)と呼ばれている『子』達は、どのように人と接しているのでしょうか?』

 

 全員の表情がその言葉によって多種多様でありながら、一応に変化し、徐々にメッセージに乗せられていた彼女の声色にも変化が混じり始める。

 

『おそらくご存知と思いますが、ISには優れた兵器としての能力が備わっています』

『ISは世界に対して、権威を、社会を、時代を動かしてしまえるのでしょう』

『力で変えてしまう事には必ず流血も伴います。大きな戦さが起こってしまうかもしれません』

『そんな中で、人々はISのことをどう思ってしまうのでしょうか? 畏怖か、拒絶か、それとも侮蔑か・・・・変えられてしまう現実は人の心を容易に傷つけ、引き裂くような痛みを与えてしまえます』

 

 淡々と話す声色の中に、僅かな哀しみが含まれている。それらは過去に録音されたものであるはずなのに、まるで昨日福音事件の際に、兵士達が見せた表情を代弁しているかのようにもシャルには思えた。

 

『でももし、今、その手に余裕があるのなら』

『もし、少しでも私の言葉に興味を持っていただけたのなら』

『これからする話に、少しだけお時間を共にして、一緒に考えてほしいのです』

 

 特にここまで誰もが何かを話していたわけでもないのに、彼女が『一緒に考えてほしい』と言葉を発した瞬間、世界から音が薄れ、無音に近い静寂が世界を包んだかのように思われた。

 

『すべてが素晴らしいもの・・・とは言えません』

『人も、この世界も・・・』

 

 続かない言葉の向こうに、多くの悲しみがあるのだろう。と若者たちではなく、彼女を直接知る三人の女達は静かに瞳を閉じた。

 三人は知っている。彼女は決してただの夢想家なのではなく、自分達よりも長い時を生き、長く人と接し、世界の在り方を見守り続けている。

 だからこの続かない言葉はきっと真実。そして三人の内、二人はそんな人類の在り方に失望と絶望を覚え、一人は未だにはっきりと答えを見いだせずにいた。

 

『ただ、多くの場合、私達はきっと圧倒的に何も知らない』

 

 だがその言葉が、妙に三人の耳を打ち、閉じていた瞳を開かせる。

 

『自分とは違う生き方、考え方をしている相手のことを』

 

 IS学園の生徒達がその言葉に大きく目を見開いた。

 

『知れば違う道を選べる、変わることができる自分自身に』

 

 何か心打つフレーズだったのか、竜騎兵達が拳を強く握りしめる。

 

『伝わらないまま、世界が回っていってしまう』

 

 伝わらなければ、確実に福音が破壊処理されていたナターシャにしてみれば、その言葉だけは全くその通りのことだと静かに頷かせる。

 

『私も・・・実はそれほど多くのことがわかってるわけではない、と最近また痛感するあまりで』

『むしろ知らないことのほうが多くて・・・でもこの歳になって、知ることの喜びを改めて噛み締められたことは、幸福なのかしれません』

 

 ギリッと束が歯を食いしばり、ほとんどだれにも聞こえないような小声で『嘘ばっかり』と言ったことを、リキュールとくー以外の人間が気が付くことはなかった。

 

『だからこそ、皆さんにもう一度問いかけます』

『ISは果たして兵器なのでしょうか?』

 

 この言葉を聞いたIS学園のメンバーとナターシャの心が僅かに波打つ。

 

『そうだ、その通りだ。そうお答えになられる人はきっといらっしゃるでしょう』

『いや違う、一個の知的生命体だ。とお答えになられる人もいるかもしれません』

『そのどれもがきっと、『正しい』・・・一人一人の、自分の考えから発せられた言葉なのです』

 

 静か過ぎるほどに微動だにしなくなった暴龍帝の様子に、だんだんと違和感を感じ始める。

 

『今、私の言葉を聞いている人は、何を問いかけられているのかと思いになるでしょうが、実はそれほど意味のあることではありません。ただ知っていてほしい』

『少し、手を止め深く深呼吸をし、一秒だけ近しい友人を見るかのように、あなたのそばにいるISを見てあげてください』

 

 千冬の瞳が揺れる。

 

『彼女達は何を思っているのか? 物言わぬだけの存在か』

 

『それとも、ホンの僅かでも声が聞こえる、それとも楽しく談笑ができる相手でしょうか?』

 

 声を聴いただけで、千冬の目じりに熱い物が込み上げてきた。

 

『私には未来を決めることはできません。同じように未来の世界に生きる人達にその定義を与えることはできません。全ては皆さんの手に握られているのですから』

 

『そして、IS達・・・』

 

 そして彼女が遺していったもう一つの存在………未来の世界において『インフィニット・ストラトス』という名で呼ばれる彼女達にも、同様に言葉を英雄は残していた。

 

『私はもう長くありません。ナンバー001、002、003、004、005・・・貴方達は離れていてもいつも一緒よ』

『そして私が今、手の平に握っているだけの貴方達を』

『この世界に生まれたばかりな貴方達を、正しく導いてくれる人と必ず巡り合えるわ』

 

 まるで祈るように。世界に生まれたばかりだったIS達に、遠い未来に、例え微かと呼ばれても、希望を抱きできる限りの祈りと一緒に送り出したのだ。

 

『本当の力とは何なのか』

『命とはなにか』

『生きるとは何か・・・貴方達は人間と共にそれらの答えを見つける日がきっとくる』

 

 善意をもって想いを馳せ、心の底から、英雄(彼女)だけは、祝福をもってIS達を世界へと迎え入れていた。

 

『後の世に生まれ来る兄弟姉妹達の未来が実りあるものでありますように』

 

『そして何よりも・・・貴方達自身が生きる世界が幸福でありますように』

 

 そして録音されたメッセージの最後は、こうやって締められていた。

 

『最後に・・・・』

 

『千冬』

 

『束』

 

『アリア』

 

 

 

『この世界は・・・良い世界よ』

 

 

 

 ―――録音が終了すると同時に砕け散るテーブル―――

 

『!?』

 

 何事か、と驚愕した全員がテーブルを砕き、憤怒に染まった瞳をする暴龍帝(バーサーカー)を捉えるのであった。

 

「…………死に際に残した言葉がそんな物なのか、貴女は!?」

 

 少なくともこの場においては、束以外は理解できない怒りなのだろう。

 10年前の『あの日』、彼女(恩師)が辿った結末を共に見た束以外、リキュールが怒っている理由を知る術すらない。

 

「結局、いつもそれだ」

 

 それは束とて同じであった。助手であるクロエすらも戸惑うように、身体を震わせながら俯いたままの彼女は、全てにおいて優先すると決めていたはずの師が残した言葉に対して、怒りをもって答える。

 

「先生はいつだって……いつだって……………言えよ! 憎いって!! 言ってよ!!」

「!?」

 

 くーや陽太や箒すら初めて見た、哀しみと怒りに染まった表情で、一夏の腕に巻かれていた待機状態の白式に対して叫んでいた。

 

「お前等のせいなんだって! お前達が! 情けないから! 醜いから! 下らないから、私が死なないといけないんだって!!」

 

 最後に残す言葉が呪いの言葉であったのなら、呪詛のように全てを呪うものであってくれたのなら、自分達はそんな存在なんだと、心の底から信じられたのかもしれない………そう『思い込もう』とした束だったが、思わぬ人物の思わぬ言葉に事態は大きく揺れ動いた。

 

 

 

「貴方は憎まれたかったんですか? 篠ノ之束さん?」

「!?」

 

 

 

 奥歯を噛みしめながら、束がその言葉を発した人物………シャルロット・デュノアに、それこそ呪殺しかねないほどの視線をぶつける。

 

「答えてください、篠ノ之束さん………貴女は、貴女の『先生』に憎まれたかったんですか?」

「…………るさい」

 

 この状況でこの質問をしたシャルには、特に何か策があるわけではない。だが今は見ようによっては勝てないかもしれない相手に堂々と挑発しているともとれるのだ。事態によっては即時に戦闘が起こりかねないと、傍で見ていた陽太が内心で冷や汗をかく。

 

「(ちょっと落ち着け)………今はとりあえず黙ってろシャル」

「イヤだヨウタ。今聞いておかないとダメなことなんだよ、コレ」

 

 小声で静止した陽太を跳ね除けて、シャルは立ち上がると一歩、束に近づき更に問いかけた。

 

「私、ずっと思ってました………織斑先生の恩師って、どんな人だったんだろうって」

「………うるさい」

「だけど今の話を聞いて、少しだけ………何か『分かった』気がしました」

「!?」

 

 次の瞬間、拳を握り締めた束が瞬時に動き、シャルの顔面目掛けて右ストレートを繰り出す。

 

「!!」

 

 それを横合いから陽太が掴み取り………肩が外れそうになるほどの衝撃を受けながらも、なんとか束を静止するのであった。

 

「(コイツ……なんつうクソ重さッ!?)」

「わかってたまるか!!」

 

 誰も見たことのない憤怒の表情をした束が、今にもシャルに噛みつかんばかりに詰め寄ろうとする。

 

「落ち着け束っ!?」

「姉さんっ!」

「束さんっ!!」

「わかってたまるかっ!!」

「・・・・・」

「わかってまるか、わかってたまるか、わかってたまるか、わかってまるか!! お前みたいな奴に先生がわかってたまるかっ!!」

 

 箒と一夏も加わった状態の制止しようとする陽太が引きずられかけるほどに力一杯暴れ回る束を、シャルは驚いた表情ながらも、一つだけ理解ができた気がした。

 

「誰も分からなかったんだ!! 気持ちも、生き方も、痛みも、希望も、絶望もっ!! 何一つ分かってあげられずに、私達が先生を一人ぼっちにして・・・世界なんて代物だけを押し付けて、放り出したんだ!!」

 

「(・・・この人は・・・分かってほしかったんだ)」

 

 先ほどのメッセージにあった、『自分とは違う生き方、考え方をしている相手のことを』という言葉。心の中で妙に反響していた言葉を考え込んでいたシャルがほぼ無意識でしてしまった質問に対して、束の予想以上の反応が返ってきたことに、皆が驚愕する中でシャル一人だけは逆に冷静さを取り戻していた。

 いや、これは単に落ち着いたとかそういうのではない。

 

「(私たちは・・・多くのことを『知らない』)」

 

 自分はまだ何も知らない。篠ノ之束の悲しみと怒りの理由も・・・そしてISのことも。

 

 意を決したシャルは、激高して自分に怒鳴ってくる束ではなく、現状世界で一番口を利きたくない人物に問いかけた。

 

「・・・私に教えてください。アレキサンドラ・リキュールさん」

 

 椅子に座り込んでいた暴龍帝の背後から放つ殺気が二割増したことに怯えた竜騎兵達は、無言でちょっとづつ後退りし始める。

 

「・・・何を・・・教えろというのだ?」

 

 彼女自身分かり切っているのだが、あえてこういう言い方しかできない自分にも苛立っているように今のシャルには見えた。

 

「決まってます。貴女の………貴方達の先生のことです」

 

 次の瞬間、微動だにしていなかったはずなのに椅子は砕け散り、彼女を中心に突風が吹き荒れる。

 

「(ヤバイッ!)」

 

 この間の時と同等か、それ以上の闘気を感じ取った陽太が危機感を覚え、すぐさまこの場から離脱しようとISを展開しようとした時であった。

 

 ゆっくりと立ち上がる暴龍帝の。

 

 自分の腕の中で暴れる束が。

 

 それらを取り押さえようとしていた箒と一夏の。

 

 自体についていけずに結果的に静観をしてしまっていた仲間とナターシャ達の周辺の空間が、一瞬で暗黒に包まれてしまったのは。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「!?」

 

 通信機越しに千冬が感じ取った奇妙な違和感………どうにも話の流れから、先生のことを聞かれた束が激高し、暴龍帝(アリア)も不機嫌さを隠さなくなり、すぐにその場から離脱しろと指示を送ろうとしたとき、コア・ネットワークを通じた奇妙な『ノイズ』を感じ取り、言葉を詰まらせてしまう。

 

「(なんだ?・・・向こうの状況が突然見えなくなった?)」

 

 第七感(スカイクラウン)に覚醒した自分は、IS達に対してほぼ一方的な権限を保有しつつあると思っていただけに、この予想外の事態に動揺が走った。

 

「(無理に突破すること・・・可能だが)」

 

 あくまでも暗転程度の効果しかないがため、より強く意識すれば突破することは可能なのだが、この遮るようなノイズを生み出している『者』が放っている気配に、妙な気持になるのが気がかりだ。

 

 

「透明なほどに澄んだ気配なのに、どこか嫌悪感を覚える・・・いや、まるで無邪気さに包まれた・・・悪意なのか?」

 

 

 

 一方―――

 

 突然、世界が暗黒に包まれた現場の一行はパニックの極致にいた。

 

「今度はいったい何なのよ!?」

「これもISコアからの干渉なのですか!?」

 

 突然真っ暗闇に放り出された鈴とセシリアは、お互いに背中を合わせながら周囲をキョロキョロと見まわして騒ぎ立てる。

 

「くっ!? これは一体どういうことだ!?」

 

 ラウラが暴龍帝に事態を問い合わせたとき、彼女がある一点を見つめていることに気が付いた。

 

「この気配、記憶にある・・・出てこい」

 

 何もないはずの闇の中の一点を見つめいたリキュールの問いかけに答えるように、スポットライトが照らし出したかと思うと、灰色のレース日傘を差して皆に背を向けている女性が闇の中に浮かび上がる。

 

 

 ―――腰にまで届く灰色の髪の毛………と、頭の上でうごめく二つのネコ耳―――

 

 ―――束と同じゴスロリファッションながら、彼女と違い超ミニのほとんど隠せていないスカートを履き、腰から灰色の尻尾を左右に振り―――

 

 ―――整った顔立ちながら、なんでか星が煌めく瞳で振り返りながら陽太達を見つめ―――

 

「・・・・・・・・・・・ニャン☆」

『・・・・・・・・・・・ニャン?』

 

 警戒し身構えていた陽太、一夏、箒が思わずオウム返ししてしまうほどに間の抜けたセリフを吐いた謎の女は、束とほぼ同等の豊かなサイズの胸の谷間に手を突っ込むと、徐にクラッカーを取り出し………。

 

「おめでとうニャン☆」

「ブホッ!」

 

 陽太の顔面向けてクラッカーを打ち鳴らすのであった。

 

「パンパカパーン♪ おめでとう、若き未来の勇者達! 君達は全IS達の信頼を一定量得ることに成功したのニャンッ!」

「なにしやがんだ!!」

 

 当然、いきなりクラッカーを顔面向けてぶちまけられた陽太としては怒り心頭になるのだが、謎の女は明後日の方向を向いてこう付け加える。

 

「なおクラッカーを人に向けて鳴らすのは大変危険でマナー違反な行為だから、良い子も良い大人もしちゃ駄目ニャン☆」

「思ってるんならまずは俺に謝れよ!!」

 

 陽太の鋭いツッコミに、謎の女は愉快そうな笑みを崩すことなく、軽くステップを刻みながら彼の周りをゆっくりと回り始める。

 

「細かい事を気にするようでは明日の英雄にはなれないニャンよ、ようちゃん!」

「ん?」

 

 なぜお前がその呼び方をする。と疑問を覚えた陽太が口にするよりも早く、女は陽太の口元を人差し指で押さえてしまうのであった。

 

「ようちゃんのことは何でも知ってるニャン☆ 束ちゃんと同等にニャン☆」

「!?」

「そしてそこで怖い顔でずっと見ていられると怖いニャンよ☆」

 

 今度はリキュールの方に振り返ると、女は表情を依然崩すことなく、睨みつけるように見つめてくる彼女に対しても気軽に話しかける。

 

「・・・貴様は」

「お顔はキレイなんだから、もっともっと笑顔笑顔ニャン☆ じゃないとそこにいる『黒将』みたいに、会話機能がついていることすら忘れられちゃうニャンよ☆」

 

 女が指さした先・・・闇の中にゆっくりと見えてくるシルエットが、ようやくその輪郭を浮かび上がらせた。

 

 ―――オールバックにした黒髪の、もはや青年というよりも壮年の年頃の男―――

 

 全身に黒い武者鎧を着こみ、リキュールと全く同じ刀傷を顔につけ、腰に二刀を携えた男は闇の中で腕を組み、無言のままにリキュールの元へと歩み寄る。

 

「・・・・・黒将(ヴォルテウス)」

『!?』

 

 女が言った『黒将』という名前には聞き覚えがない陽太達であったが、リキュールが言い放った名には驚愕し、そしてマジマジと眺める。

 

「(あれが・・・あの化け物ISの管制人格なのか!?)」

「・・・・・」

 

 ゆっくりと瞳を開き、中からリキュールと同じ色の灼熱に染まった紅瞳が現れると、陽太達IS学園メンバーの全身に強いプレッシャーを与える。

 

「この感じは!?」

「間違いない・・・あのISと同じ感覚」

「ISの管制人格って・・・本当に存在していたのですか!?」

「くっ! まさに歴戦の強者って感じ?」

 

 箒、ラウラ、セシリア、鈴と驚く中、同じように驚異的なプレッシャーにさらされていた一夏の肩を優しく叩く者がいた。

 

「怯えるな一夏。大丈夫・・・あいつはむやみに暴れたりはしない」

「白騎士!!」

 

 一夏が驚いて声を上げ、IS学園メンバーが一斉にそっちの方に注目する。

 

「ち、千冬さん!? どうしてここに!?」

「お、織斑先生・・・ではないのですか!?」

「きょ、教官に瓜二つ・・・」

「・・・千冬さんがコスプレしてる・・・わけないか」

 

 白い甲冑を着込んでコスプレした千冬ではないのかと鈴が疑問を投げかけるが、すぐさまそれを否定する。仮に本物ならその場で鈴が殴り飛ばされている場面ではあるが、女性はゆっくりと柔和な笑みを浮かべると、ほぼ初対面と言っていい学園メンバーに挨拶をするのであった。

 

「初めまして・・・というのは少しおかしいものだな。ずっと一緒に戦ってきた仲だというのに」

 

 千冬と瓜二つの声ながら、やはり彼女とは違う存在であると思える少しイントネーションが違う言葉で話す白騎士に、少女達は驚きで言葉がでなくなってしまう。

 

「・・・『灰姫』」

 

 そして白騎士は、猫耳の謎の女の元に歩み寄ると、先ほどの柔和な笑みとは打って変わり、厳しい視線を送ると彼女を非難する。

 

「ちゃんと説明しなければこの場がただ悪戯に混乱するだけだ。お前がしないというのであれば私がするが?」

「ハイハイ・・・また仕切り屋がえっらそうに出張ってきたニャンよ。でも途中で言葉に詰まって放り投げるニャン。だったら最初から出てこなきゃいいのに」

「ぬっ」

 

 灰姫、と呼ばれたその女は心底うっとしいといった顔で白騎士を睨むと、指を鳴らし当たりの暗転を取り払う。

 

 ―――全てが灰色に染まった世界が姿を現した―――

 

「これは・・・」

 

 一夏には何度か経験のある現象であった。白騎士と接触する際に、世界の時間が停止し、一夏と白騎士、そして暮桜だけが動き回れる世界が現れるが、おそらく今、自分が立っている世界はそれと同じ場所にいるのだろう。

 

「ようやく接触できるよ!」

 

 そこに一人の少女が、ほかの女性達を引き連れて陽太の傍らに降り立つ。

 

「ブレイズ」

「ごめん。灰姫姉さんのプロテクトが強固で・・・」

 

 シャルそっくりの少女である陽太の相棒、ブレイズがほかの学園メンバーのIS達を引き連れてきたのだ。

 

「その悪戯癖はなんとかなりませんか!」

「まったく・・・姉君の悪癖には手の付けようがない」

「ボクらがいない所でなにをしようとしてたんだい姉さん?」

「ちょっと、今回はさすがに私も笑えないわよ~~」

 

 紅椿、ブルーティアーズ、シュヴァルツェア、甲龍がゆっくりと引力にひかれるようにそれぞれ操縦者の傍らに着く。

 そして初めてとなる自分のISの管制人格との対面に、少女達は大いに驚愕と動揺の声を上げるのであった。

 

「お前が・・・紅椿なのか?」

「二年も生死を共にしておいて、今更だと思うぞ箒」

 

 鳩に豆鉄砲という顔の箒に対して、紅椿はどこか少しだけ楽しそうな表情をするのであった。

 

「貴方が、私のブルーティアーズですの?」

「そうだ。わらわこそが(根拠はとくにない)いずれ世界最高のISとなるブルーティアーズぞ! 我が奏者!」

「世界最高・・・なるほど! この(まだ決まっていない)英国代表のセシリア・オルコットに相応しいIS!」

 

 互いに高い目標があるためか、奇跡的に意気投合する両者であったが、こっちはそれとは真逆の状態となっていた。

 

「あら・・・どうしたの?」

「・・・・・・・・・あっ・・・・・なっ」

 

 プルンプルン揺れる豊乳を目にし、完全に真っ白になった鈴は、どうして自分が欲しがるものが他人ばかり持っているのかと泣きたい気分で一杯となる。

 

「・・・まったく、騒がしい奴らだ」

「楽しそうで何よりだと思うよ」

「・・・そうだな」

「う、うん(まずいな・・・何を考えているのか分からない)」

 

 一瞬だけ驚いたラウラであったが、すぐさまシュヴァルツェアに順応したようだ・・・彼女的にはもうちょっとリアクションが欲しかったのだが、どうにもラウラの天然ぶりなテンポに戸惑い、どう接したらいいのか戸惑ってしまっていた。ISにコミュニケーション能力を心配されるというのは果たしてどうなのだろうか?

 

「・・・マスター」

「ヴィエルジェッ!」

 

 オレンジ色の小さな少女がこっちに向かってトテトテと発してくるのを目にしたシャルは、嬉しそうに両手を広げると、彼女を抱きしめてお互いに頬っぺたをくっつけ合わせながら喜び合う。

 

「昨日は本当にありがとうねヴィエルジェ!」

「私、マスターの役に立てましたか?」

「うん!」

「!!」

 

 そんな嬉しそうにする二人を、暖かな気持ちで見つめていたナターシャの元に、二人の女性が歩み寄ってくる。

 一人は白いワンピースを着た長く白い髪をした少女・・・ナンバー007『暮桜』

 

 そしてもう一人は、腰まで届く長いストレートの金髪と、ナターシャによく似ていながらも若干歳の幼い表情をし、白いカーディガンを羽織ったゆったりとしたワンピースを着込んだ、どこかのお嬢様のような女性であった。

 

「ナタル」

「ゴスペル!」

「!?」

 

 ブレイズと周囲を警戒していた陽太は、昨日あれほど大暴れしたISの管制人格に抱いてたイメージとはかけ離れていることに、毒っ気が抜かれてしまう。

 あっけに取られる陽太の視線に気が付いたのか、ゴスペルはゆっくりと彼に近づくと、素直に一礼し昨日の件の感謝を述べる。

 

「昨日は助けてくれてありがとう。ミスターネームレス」

「その通り名あんまり好きじゃないんだが・・・まあいい、大丈夫なのか?」

 

 これから本国に帰っても色々ありそうな銀の福音の今後に関しては密かに心配していただけに、陽太が若干その気持ちが表に出てしまったのを感じ取り、ゴスペルは温和な笑みで力強く言い放つ。

 

「私は諦めたりしないわ。だって・・・みんなが諦めずに私を助けてくれたんだから」

「・・・そうか」

 

 それだけ聞けたのなら大丈夫。ゴスペルとナタルはこれからもちゃんとやっていけると安堵した陽太は、安心しきってまたしてもいらぬ言葉を言い放つ。

 

「話変わるが・・・そこの中佐さんによく似てるけどさ」

「ん?」

 

 陽太の視線がナターシャとゴスペルの胸のあたりを交互に行き来し、彼は冗談のつもりで口にする。

 

「武装は豪華絢爛なのに、胸のサイズは操縦者と違ってエライ控えめでブポッ!」

 

 陽太の顔にゴスペルの渾身の左のコークスクリューブローが突き刺さり、左右からシャルとブレイズが陽太の両耳を引っ張りながら無理やり頭を下げさすのであった。

 

「すみません、頭が残念なバカで」

「ごめん姉さん。コイツはバカなんです」

 

 怒り心頭で見下ろすゴスペルの視線を受け、『やっぱりコイツ、全然イメージ通りだ』と考えを改める陽太であった。

 

「・・・・・ニャハニャハ。ゴスペル学級長は暴力的で危ないニャン☆」

 

 その様子を面白げに見ていた灰姫であったが、ゴスペルはそんな灰姫に陽太への視線を数段上回る鋭い視線と怒気を送りながら問いかけた。

 

「灰姫姉さん・・・・・丁度いいわ。答えて」

「イヤだニャン☆ 何が聞きたいのかわかってるから先に答えてあげるけど、この『クレイジーキャット』ちゃんは関係ないニャン。冤罪だニャン。あと名誉棄損だニャン」

「今更そんな言葉、信じられると思うの!?」

 

 更に詰め寄ろうとするゴスペルに対して、自身を『クレイジーキャット』と称した灰姫はステップ踏みながら逃げ出していく。その後を尚も追い掛け回すゴスペルの只ならぬ様子に顔の痛みを我慢しながら陽太はブレイズに問いかける。

 

「なにがあった?」

「・・・・・・ゴスペル姉さんの暴走」

 

 いつの間にかブレイズも、他のIS達も険しい表情となってただならぬ気配を発していて、陽太達もそのことにようやく気が付く。

 

「ゴスペル姉さんの暴走を裏で操っていたのは灰姫姉さんじゃないのかって、皆疑ってるんだよ」

『はあっ!?』

 

 聞き捨てならないセリフによって、この異常な温度になっている空間の説明がつく。だが、どうしてもそれだけでは理解できないこともあると、陽太はブレイズに更に質問を重ねるのであった。

 

「てか、うんなん出来るのかよ・・・束も無理なんだろ?」

「多分・・・灰姫姉さんなら・・・可能かもしれない」

「それってどういうことなんですか?」

 

 シャルも陽太に続けてブレイズに聞いてくる中、表情を暗くしたブレイズが何かを言いかける。

 

「実は・・・」

 

 が、そんなブレイズの背後からいつの間にか現れた灰姫が、彼女の背中に飛び乗ってその豊満な胸を頭の上に載せながら話しに加わってきたのであった。

 

「重ッ!」

「それはこの『クレイジーキャット』ちゃんが特別なISだからニャン☆ あとブレイズちゃんは失礼ニャン☆」

「じゃあ早く降りてよ!」

 

 イヤイヤと暴れるブレイズから飛び降りた灰姫(クレイジーキャット)は、陽太の前で不敵な笑みを浮かべながらなんでか猫のポーズを取りながら踊りだす。無言でその様子を『何、このKYIS?』と人差し指を指しながら問いかけてくる陽太に対して、ブレイズではなくその様子を見ていた白騎士が代わりに応えようとした。

 

「それはな、灰姫が『黙れ』」

 

 ―――白騎士の言葉を閃光の速さで被せる灰姫―――

 

「いや、わた『黙れ』」

 

 なんでか白騎士が話をしようとすると、えらくムキになって言葉を遮る灰姫は、シブシブといった表情で話し出す。

 

「白騎士に話させるぐらいなら自分で話してあげるニャン。あ~あ、他のIS達に説明させて某〇MRバリの『な・・・なんだってぇー!!』を言わせてあげる予定だったのに。 ホント白騎士はKYで困るニャン。例えるなら『平均点50点のテストで100点満点出しておきながら「いや、問題が簡単だっただけだよ~♪』とか言ってクラス全員の『イラッ』を買うぐらいに空気読めてないニャン」

「だんだんお前の話し方のほうが『イラッ』を買い始めてきたぞオイ」

 

 陽太の辛辣なツッコミも笑顔で受け流し、彼女はとある重大な事をサラッと言ってのけた。

 

「ようちゃんは酷い奴ニャン☆ この可憐で可愛くて束ちゃんと共に唯一ISコアの開発をしているクレイジーキャットちゃんに意地悪だなんて・・・これはアレニャンね☆ この場で私を捕まえ一夏君と二人で、この豊満でえっちぃ身体になっちゃったクレイジーキャットちゃんの純潔を奪い去り、アンなことやコンなことする気ニャンね☆ 薄い本が厚くニャッちゃうニャンよ☆」

「待て待て待て!!」

「ぬ? 次回作は『可憐なキャットちゃん、野外調教!』じゃないニャン?」

「待たんかい!! 後それ以上そういう下ネタ混ぜんな! 後で俺が酷い目に合う!」

 

 すでに背後では顔を真っ赤にした一夏が箒から冷気を含んだ視線を受けるという二次被害が及んでいる中、陽太は重大な事をもう一度聞こうとする。

 

「お前、今『束と一緒にコアの開発をしてる』とか・・・」

「ん? 言ったニャンよ」

 

 サラッと言われ、数秒間IS学園メンバーとナターシャが沈黙し・・・。

 

『ハアァ!?』

 

 全員が大声をあげて驚愕するのであった。

 

「んフフフッ~♪」

 

 その様子がえらくご満悦だったのか、灰姫は自分のことを指さしながら更に説明を追加する。

 

「この『ナンバー003』クレイジーキャットちゃんは、最初期から稼働しているISの中で電子工学に特化したISニャンよ☆ 全IS中一番お利口さんニャン・・・だから他の前半脳筋シングルナンバーとは頭の出来がまるで違うニャン」

 

 その言葉を聞いた白騎士、ゴスペルが頬っぺたを引きつらせ、唯一黒将だけが腕組みをしたまま微動だにせずに沈黙を続ける。

 

「ほかのシングルナンバーもそれぞれ特化している分野、というか他のISでは持ち得ていない特性を持っているニャン。例えばそこで置物と化している『ナンバー002』黒将・・・数少ない男性型の管制人格ニャンだけど、全IS中唯一、『自ら自身をオーガコアに改造』したISニャン」

「!?」

 

 自分自身を改造したIS・・・というだけでも特異なことだというのに、更にオーガコアに自分を改造した、などいう事を聞かされた陽太達は一斉に注目する。

 

「そもそもオーガコアには管制人格なんて物は無いニャン。オーガコアにあるのは本能のみ。だから人間に憑依することで生体脳を乗っ取り、自分自身の『頭脳』にするニャン」

「何!?」

「自分自身をオーガコアに改造するとか、人間でいうのなら脳ミソ以外、身体の全て、血の一滴まで取り換えるのに等しいハードマゾプレイを実行するお馬鹿ちゃんニャン。でもおかげで『IS』と『オーガ』の双方の特性を持つISになっちゃったニャン」

 

 自分も知らないオーガコアの特性すらも把握していた灰姫に驚く陽太であったが、背を向けて灰姫は更に意味深なセリフをつぶやく。

 

「言ったニャンよ。『ISコアの製造に束ちゃんと一緒に関わってる』と」

「お前っ!?」

 

 オーガコアの製造にも関わっている、という事を暗に匂わせる言葉から陽太はある事を思い出したのだ。

 

「どうしたのヨウタ?」

「思い出せシャル。日本にゴスペルが接近したとき同時にオーガコアも出現したが」

 

 陽太がそこで一旦区切り、皆に質問する。

 

「ゴスペルの予想進路の直線状に、オーガコアが出現してなかったか?」

『!?』

 

 あの時不思議に思わなかった出来事が、ここにきて一本に繋がってくる。

 ゴスペルが日本近海に接近し、IS学園が迎撃の準備を整えると、まるで申し合わせたかのようにオーガコアが出現し、隊を二分割にさせられ苦戦を強いられた昨日の戦い。あの時、誰も気にも留めていなかった事があったのだ。

 なぜゴスペルはそもそも日本をなぜ目指していたということを。

 

「コアネットワークが遮断されてる状況で、右も左もわからない所を・・・もしオーガコアの気配を頼りにしていたとしたら?」

「まさか・・・じゃあ私がIS学園と戦ったのは!?」

 

 どういうことかと驚愕する中、背を向けた灰姫は誰にも見られないように・・・。

 

「私は言ったニャンよ」

 

 ―――何も写さない瞳と獰猛な肉食獣のような笑みを浮かべる―――

 

「『ゴスペルちゃんには何もしてない』って」

 

 そのセリフがすべてを物語り、頭に血が上ったゴスペルが詰め寄ろうとする。

 

「灰姫ーーー!!」

「その名前は嫌いニャン。今は私はクレイジーキャットニャン☆」

 

 すぐさま先ほどまでの笑みを作って振り返るが、そんな二人に刃を用いて静止する者がいた。

 

「「!?」」

「・・・・」

「・・・・黒将」

 

 二人の間を遮るように刀を突き付けて止めに入った『弟』の名を口にする白騎士の瞳には、深い申し訳なさが浮かんでいた。

 

「・・・・・自らをオーガコアに改造してまで、お前は私に勝ちたいのか、黒将?」

「・・・・・」

 

 白騎士のその問いかけにも何も答えず、黒将は刃を仕舞うと踵を返して距離を取る。

 元来『白騎士』と『黒将』というISは、ほぼ同じコンセプトで作られた姉弟機であり、それゆえに当時の千冬と暴龍帝(アリア)のそれぞれに手渡されたのだが、殺し合いの死闘を繰り広げる結果を作ってしまったのだ。

 

「お前のそのような物言いは『元』主同様に思い込みが激しいものだな」

 

 相方の因縁の相手である白騎士を睨むように歩いてきたリキュールは、黒将の隣に立つと苛立ちながら問いかける。

 

「それよりも答えろ白騎士。なぜお前達が先生のメッセージを持っていた・・・何よりも束にも知らせずに隠していた理由はなんだ?」

「・・・それも・・・あの人の遺言だ」

 

 白騎士の済まなさそうな言葉に眉をピクリとさせたリキュールは、それだけで大体の事情を察したのであった。

 

「いつか私達ISと人間が互いに寄り添えると希望を持てたとき、このメッセージを全てのISを持つ者達に流してほしい。それがお前達の師であるアレキサンドラ・リキュールが私達に託した遺言だ」

「・・・寄り添う?」

「私達ISのために戦ってくれる人々がいた。そんな彼らを信じてゴスペルは命を賭けた。昨日の同時展開はそんな人達に応えたい、姉妹を救いたいと願った事の結果だ。私達自身もそのような機能があったのかと驚いたぐらいだ」

 

 同時展開をすることで複数のISで一つの身体を作り、自立稼働する。

 昨日の救出シーンで見せた奇跡の再稼働は、IS達にとっても未知の力の発現だったのだ。

 

「篠ノ之束・・・そして『今』はアレキサンドラ・リキュールを名乗る黒将の操縦者よ。それでもキミ達は世界を壊し、力で全てを決める世界を作ろうとするのか?」

 

 ナンバー001・・・現存する最古のISの問いかけに、暴龍帝は一瞬だけ俯いたかと思うと、やがて肩を震わせ始める。

 

「・・・・」

 

 そして右手で額を抑えると、我慢しきれないと言わんばかりに高笑いを始めるのであった。

 

「フッ・・・ククククク、ファハハハハハハ、ハーッハッハッハッハ!」

 

 本当に滑稽であると言わんばかりに腹すら抱えて笑いながら、彼女は白騎士に対して一言、鋭く問いかける。

 

「正気か、貴様?」

 

 目じりに涙すら溜めて白騎士の言葉を笑い飛ばしたアレキサンドラ・リキュールは畳みかけるように彼女の言葉を否定し始めた。

 

「あの程度のことで人類はISと仲良くなれる? 争いはなくなり、平和が訪れるだと? まさか『神殺し』といわれる貴様がここまで世界の仕組みを知らんとはな」

 

 人差し指を白騎士に向け、亡国機業幹部『暴龍帝(タイラント・ドラグーン)』アレキサンドラ・リキュールは、彼女が心の底から信じるこの世の摂理とはどういったものなのか、わかりやすく解説する。

 

「結論から言うと、闘いがあってこその平和なのだ。この星の全ての命は、例外なく生まれた瞬間から弱肉強食の闘争を前提として組み立てられている。命は生まれ生き続ける限り、無限に続く闘争を繰り返すことで、安定し、調和がとれた状態ーーそう、平和へと至るのだ」

「それが・・・貴女が戦いを求める理由か」

「違う。私達全ての『存在』が戦いを求めているのだ・・・貴様の存在も無論な」

 

 自分の弟を引き連れた稀代の戦士に対して、憐れみを覚えた白騎士は言い放つ。

 

「キミは師の想いすらも踏みにじる気なのか?」

「・・・言う事考えること全てズレているな白騎士。前の戦いで私は言ったはずじゃないか。『決別』すると」

 

 すでに自分自身で確固とした意志を持ち、世界を天秤にかけてもなお揺るがない『信念』を持つ暴龍帝を相手に、さしもの白騎士もそれ以上言葉が出てこないのか押し黙らされてしまう。だが・・・。

 

「・・・あなたのその言葉が、世界から争いがなくならない真理か何かだと本気でお思いなんですか?」

「・・・小娘」

 

 白騎士越しに聞こえてきた声に、不快だという気持ちを隠しもしない表情で彼女を捉える。アメジストの輝きを放つ瞳で真っすぐに暴龍帝を見るシャルロット・デュノアは、昨日までの・・・否、ついさっきまで圧倒されっぱなしだったとは思えないほどに堂々と苦手だと思っていた相手に質問をぶつける。

 

「私はそんな言葉は、人の弱さを諦観しただけにしか聞こえません」

「・・・・・・」

「私は・・・私達は絶対に諦めたくない。諦めるなんてイヤです」

「・・・言うじゃないか」

 

 思うところがあったのか、彼女は白騎士を押し退けるとシャルの前に立とうとする。途中、陽太がシャルを守るように前に割って入ろうとするが、それをシャル自らが拒否するように彼の肩を持って押し退けると一歩前に出て、彼女と堂々対峙した。

 

「さっきまでともまるで違うな? 何か掴むことでもあったのかい?」

「わからなかったんですか?」

 

 好戦的な笑みを浮かべる暴龍帝とは対照に、右手を胸元に置くと悲しそうな表情をして瞳を閉じる。

 

「『ただ、多くの場合、私達はきっと圧倒的に何も知らない』『自分とは違う生き方、考え方をしている相手のことを』『知れば違う道を選べる、変わることができる自分自身に』『伝わらないまま、世界が回っていってしまう』・・・あれは私達に当てて、貴方や束さんや織斑先生の先生が言ってくれたんですよ」

「・・・何をだ?」

「・・・『決して諦めないで』って」

 

 恩師の事を持ち出され表情から笑顔を簡単に失くす彼女を見て、シャルはまた一つ『暴龍帝』アレキサンドラ・リキュールへの認識を改める。

 以前もそうだった。この人は千冬と話をしていると同じように顔から表情がなくなりすぐに怒りに染まる。それは彼女への嫌悪感だけから来ているものとおもっていたが、本当はそうじゃないのかもしれない。

 

 本当は今でもこの人は、二人のことが大好きなままなんじゃないのか?

 

「それは貴女にも言っていたはずです。篠ノ之束さん」

 

 そしてもう一人・・・幼子のように癇癪を起した束にも言えることなんじゃないのか?

 

「だから・・・お前が先生語るなよッ」

 

 先ほどから一言も話さずに俯いていた束であったが、シャルが再び恩師の事を語りだしたことに怒りが再発し始めたのか、シャルに詰め寄ろうとする。

 

「貴方は以前織斑先生に仰っていた『先生こそが正しかったんだ』、という言葉・・・覚えていらっしゃいますよね?」

「だから・・・それが何だよ?」

 

 苛立ちが隠せない束であったが、次に出たシャルの言葉に今度こそ平静が保てなくなる。

 

「でも貴方はご自分の事を一言も『正しい』とは仰っていない」

「!?」

「・・・答えてください、篠ノ之束さん。貴方はひょっとして自分が間違えを演じることで、間接的に貴女の先生の正しさを証明しようとしているのではないですか?」

 

 完全な不意打ちだった恩師のメッセージによってかき乱された心の平静を、なんとか立て直そうとしていた所に、今度は完全に見下していたはずのシャルの言葉が突き刺さり、心の平静が完全に崩れ去ろうとしまう。

 

「『ちょっと待ってニャンッ!』」

 

 瞳に焔が灯った束が何かを叫ぼうとした瞬間、まるでタイミングを見計らっていたかのように灰姫が彼女に抱き着く。

 

「(これ以上は『計画』にも支障が出てくるニャン)」

「(・・・灰姫ちゃん。どういうことなのコレは?)」

「(お話なら帰ってからゆっくりするニャンヨ☆ でも今はこれ以上はまずいニャン☆)」

 

 正面から耳元で囁かれ、束は自分が思っている以上に熱くなっていることを灰姫に指摘されたかのように感じ、一度だけ深く深呼吸をすると何とか平静さを取り戻し、一言言い放つ。

 

「・・・飽きたから帰る」

「(流石にそれは動揺してたのがモロバレなセリフニャンよ束ちゃん。攻撃力は高いけど防御力が低いのが束ちゃんの弱点ニャンね)」

 

 主である束に対して思いっきりダメ出しをしていることを誰にも悟らせなかった灰姫は、陽太とリキュールのほうにそれぞれ手を振ると別れの言葉を投げかける。

 

「今日は白騎士が来たこと以外はすごく楽しかったニャン☆ また白騎士抜きでみんなとお話ししたいニャンヨ☆」

「私は何も楽しくなかったわ! それよりも答えなさい灰姫!!」

 

 怒りが未だに収まっていないゴスペルであったが、そんな彼女の怒りの火に更なるガソリンを灰姫自身がぶち込んでくる。

 

「あ゛ぁぁ~、やっぱりゴスペルは煩いニャンよ。ミサイル受けておとなしくお空の星になっておくべきだったニャンね」

「!?」

 

 やはりあれもお前の仕業なのか! とブチギレて殴り倒そうとするゴスペルであったが、またしても黒将が一歩前に出ることで彼女を牽制する。

 

「どうしてさっきから貴方は邪魔ばかりするのよ、兄さん!!」

「・・・・・」

 

 妹の怒りを受けても一切表情を変えようとしない黒将であったが、彼は表情こそ変えないまでも、一言だけぽつりと呟いた。

 

「・・・・・お前のためだ」

『!?』

 

 低音ながら渋みのある声であったために、ISを含んだ全員が驚いて彼を凝視する。

 

「あれが兄さんの声・・・初めて聴いた」

「ボクもだ」

「私も」

「あたしもよ」

「わ、私もです」

 

 妹である後発のIS達すらも聞いたことがない声を聴き、リキュールも珍しいといった表情になった。

 

「そういえば、お前は喋れたのだったな」

「・・・・・」

 

 用がなければ数年でもずっと黙りっぱなしの自分の相棒が喋れることをすっかりと忘れていたリキュールのツッコミを受け、若干表情の渋みが増したようにも見えた。

 

「じゃあ私たちはこれでお暇するニャン! 皆も、『次』のステージに向けて頑張るニャンヨ」

「次だと?」

「後、最後に言っておくけど・・・『最後』のシングルナンバーには気を付けるニャン☆」

「『最後』だと?」

 

 『最後のシングルナンバー』という気になる単語が気になった陽太の問いに、灰姫はとぼけたように首を傾げながらおどけた様子をあえて見せる。

 

「ナンバー『004』・・・気を付けるニャンヨ。あの子はね・・・・・・『キミ達』を滅ぼしてしまいたいんだからね」

「?」

 

 それはどういう意味なのかともっと詳しく聞き出そうとする陽太であったが、これ以上の情報提供はルール違反だと言わんばかりに、舌を出しながら指を鳴らし、停止空間を閃光で満たすのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

『!?』

 

 全員の網膜を焼くほどの閃光がゆっくりと終息し、視界が元に戻った時、同時にモノクロとなっていた世界に色が戻っていた。

 

「チッ」

「・・・相変わらずせっかちなものだな」

 

 そこに灰姫と付き人のクロエ、そして肝心な束の姿がないことに気が付いた陽太とリキュールは周囲を警戒しつつ、仲間達の方にそれぞれ振り返る。

 

「あれ・・・元に戻った?」

「IS達の姿が・・・」

 

 一夏と箒達の周囲にはすでにISの管制人格達の姿はなく、食事中の風景がそのまま続いていたかのような錯覚を覚えた。

 

「親方様? どうかなさいましたか?」

「あっ! 篠ノ之束の姿が何処にもっ!?」

 

 竜騎兵達がいきなり黙りこくったリキュールの姿に不安を覚える中、コーヒーが淹れられていたカップに指で触れたリキュールは、温度の変化の無さによって、先ほどまでの会話が通常空間の10秒にも満たないものであったことに気が付く。

 

「(我々の意識だけをISのコアネットワークに引き込んだのか。オーガコアを搭載した機体を持つ操縦者に変化がないところを見ると、単にISコアの特性による裏技のようなものなのだろうが)」

 

 ISとオーガコアの双方の特性を持つ愛機(ヴォルテウス)の操縦者である自分しか亡国側の操縦者が引き込まれていなかったところを見ると、この仮説はおそらく正しいのであろう。

 操縦者として圧倒的な格を持つ自分すらも知らない能力を隠し持っていたナンバー003の存在は、想定外の衝撃を多少なりとも暴龍帝に与えていた。

 

「(コアの製造に関わるほどの技術と、何よりも生体にまで侵入できるネットワーク操作力。おそらく亡国機業のセキュリティーすら紙切れほどの役目を果たすまい)」

 

 間違いなく世界最先端・・・しかも現状のアメリカやロシアといった先進国よりも二世代進んでいる亡国機業の電子網すら、あのナンバー003は苦もせずに侵入し、自由に情報の抜き取りや書き換えが行えるのであろう。

 『天災』だけでも技術力では劣っているというのに、ほぼ同等の能力を持つ相棒がいるとなると、情報戦においては束陣営の優位は不動のものである。自分たちの陣営に残っている物といえば、突出したIS操縦者たちとその機体による武力で対抗するしかない。

 

「(フッ・・・では、そのどちらも劣る彼らには、いったい何が残っているというのか)」

 

 そして、そのどちらも有していないIS学園サイドに残っている武器とは何なのか?

 三つの陣営における『戦争』において、彼らが自分達に振るう剣(ちから)とは一体何であるというのか?

 

「・・・だがこれ以上時間をかけても致し方あるまい」

 

 予期せぬ出来事に驚かされた暴龍帝であったが、すぐさま余裕を取り戻すと立ち上がり、食堂から出ていこうとする。それを背後からシャルの声が呼び止めるのであった。

 

「待ってください! 私はまだ話が・・・」

「先生のことなら千冬に聞けばいい。私とアイツの違いがあるとするなら、せいぜい個人的な印象程度の差だ。先生のことに関しての情報に差はない」

 

 先ほどのような怒りは感じさせない。だが彼女自身の口からはどうしても語りたくはない。そのように聞こえたシャルは、それ以上の質問を続けようとしなかった。

 

「しかしな、小娘」

「はい?」

 

 背を向け決して振り返ることはなかったが、リキュールはシャルロットという存在に対して、認識を改める。

 

「・・・シャルロット・デュノア」

「!?」

「過去をすべて知ったところで、それは現在(いま)を変えられる保証などは何処にもない。少なくとも私は変わるつもりはない・・・それが私が唯一答えてやれる『あの人』の言葉への返答だ」

 

 自分の名を呼び、更にこうやって一応の解答をしてくれたことは、今の自分を少しは認めてくれた証明なのだろうか? シャルがそのようにリキュールへの思いを感じながら、今度は彼女が感じたことを口にする。

 

「はい。でもまだ未来は決まっていない・・・きっと、貴女の先生は変えられない過去ではなく、まだ決まっていない未来なら変えることができるんじゃないのか、その可能性があるんじゃないのか・・・私には、そんな祈りがあったみたいに聞こえました」

 

 両手を握りながら言ったその言葉に、リキュールが返事をすることはなく、竜騎兵を連れて食堂を後にするのであった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「・・・で?」

 

 その後、取り残されたIS学園一行はというと、戦闘をするという空気にも、船の位置を知らせて追跡をかけるという気にもなれず、ある意味何もせずに帰路につくことになる。

 

「ハイ・・・ハイ・・・・・・やはり、ではメッセージは世界で同時に発信されていたと」

『ああ』

 

 千冬に通信を入れていたラウラは、あの『英雄』アレキサンドラ・リキュールのメッセージが世界中のISから同時に発信されていたという事実を聞き、彼女の言葉を思い出しながら、千冬になんと伝えればいいのかわからないといった表情でアタフタしてた。

 

「あの・・・教官・・・その・・・私は」

『いい。お前達の動揺は最もだ。というか、おそらく先生を知る人間であればあるほど動揺しただろう』

 

 自分だって呆然としてしまったのだ。ある意味その場でリキュール(アリア)や束の驚愕した表情が見れなかったのが残念で仕方ない。

 

「・・・教官」

『先生にしてみれば、私もお前達と全く変わらない小娘同然ということだ』

 

 むしろ恩師の言葉を聞き、動揺したほかの二人に比べ、千冬の動揺は最初のほうだけで済んでいた。考えてみれば自分の知っている彼女であるのなら、後の世のことを考えてあれこれ手を尽くしていてもおかしくはないのだ。

 

『全く・・・この世界のこと、お前たちのこと、ISのこと・・・そして、命を奪った私のことにすらも気を使って・・・どこまで難儀な人であれば気が済むというのだ』

「・・・千冬姉」

 

 通信を同時に聞いていた一夏は、姉の複雑な心境になんと言葉をかけたらいいのか分からずにいたのだが、そんな彼に千冬は声を震わせながら問いかけた。

 

『なあ一夏』

「!?」

『あの人な・・・自分自身を犠牲にしろ、と言ったこの世界のことを『良い世界』だと言ったんだ』

「・・・・・」

『その・・・先兵として・・・あの人を殺しにかかった私を・・・・責める言葉一つ残さずに・・・・先生ィ』

 

 もうそれ以上は言葉にならない。今、千冬が言葉の全てを押し殺して一人病室で泣いている。それが伝わったメンバーたちもまたそれ以上の言葉が伝えられずにいた。

 

「・・・ヨウタ」

「ん?」

 

 暴龍帝との会話の後、『気を張りすぎて腰が抜けた』と一人崩れ去った彼女をおんぶした陽太に、背負われたシャルが問いかける。

 

「・・・まだ、何にも知らないんだね。私達」

「・・・そうだな」

 

 ISのこと。

 世界のこと。

 誰かが背負った『何か』のこと。

 

 何もかもまだ自分達は知らないでいる。知らないまま流されるように戦いだけを行っている。

 陽太やシャルはそのことに今更ながら疑問符を覚え始めていた。

 

『目の前の敵を倒すことだけで、果たしてこの戦争は解決するのだろうか?』

 

 心の中のモヤモヤがたまりだし、何とも言えない感覚が広がってきた陽太の表情が不機嫌な物になるのだが、そんな時、シャルは誰にも聞かれないように彼の耳元で囁くのであった。

 

「・・・ねえ、ヨウタ?」

「ん?」

「・・・『知れば違う道を選べる、変わることができる自分自身に』って、メッセージにあった言葉、覚えてる?」

「・・・そんなんもあったなような気が」

 

 普段使っていない脳みそ(PC)をフル稼働しながら、あれやこれやと考え中なため、耳から早速湯気が出ていたヨウタであったが、その時、彼女は頬を真っ赤に染めたままこう呟いた。

 

「私も変わりたい、だから知ってほしいことがあるの」

「ん? だから何の話?」

 

 適当に聞き流す陽太に対して、意を決したシャルは一応、誰にも聞かれていないことを確認しつつ、『告白』する。

 

「わたくし、シャルロット・デュノアは・・・今、ある幼馴染の男の子に『恋』をしています」

「うんうん、『恋』をしていますか・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?」

 

 半歩遅れて言葉の意味を理解し始めた陽太が、喜怒哀楽のどれにも当てはまらない可笑しな顔をしてシャルを見た。

 

 ―――顔を真っ赤にして『バカ』と唇だけを動かすシャル―――

 

「・・・・・・・・・・ふぁいっ!?」

 

 

 

 動揺したあまり、いきなり足を滑らせて船着場からシャルごと海に落ちそうになった彼を助けた一夏は、出会ってから初めて『赤面したまま硬直する陽太』というレアな光景を目にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 




先生・・・言葉だけで束さんと親方様を動揺させるカリスマ。そして彼女の言葉が世界中に今後、どのような影響を表すのでしょうか?

束さんは、今回は泣いて怒ってを繰り返してますが、それだけ動揺が大きかったのか

親方様は、千冬さんと先生を相手にするとどうしてこうツン度が増すのか

新キャラの『灰姫』ことクレイジーキャットさん。語尾の『ニャン』がちょっとうざい。書く時もうざい(物理的に)



あとがきは後日うpします






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間
幕間①



ちょっと最近、休日出勤が増えていてリアルに死にかける毎日でして、最早月一更新すら難しくなってる気がする・・・どうにかせねば


 

 

 

 

 ―――俺がこんな特訓してても、そんな役に立たないだろうが―――

 

 動きやすいインナーの上から戦闘服を着た朽葉秋水の誰にも聞かれたくない心の愚痴は、額から漏れた汗によって思考の中から一緒に零れ落ちる。

 両手に握ったハンドガンとナイフ・・・低致死性のゴム弾がマガジンに込められたハンドガンと、致死量には『一応』届かないといわれている電力量のスタンナイフ。どちらも使い方を少しでも間違えると、人体にとっては十分に凶器となる代物を握りしめた秋水は、廃墟と化しているビルの中を物音を立てないように移動し続ける。

 手入れが行き届いてないためにビル内のどこも埃っぽく、『地下水』が天井から流れ落ち、あちこちで雨漏りしているために、床には水たまりが珍しくない。移動するたびに泥水が跳ね上がり足音と足跡がつく。こういったところも『あのオッサン』にしてみれば減点対象になるんだろうが、じゃあ向こうはどうやって足音を立てず、泥水も被らず、足跡も残さないように自分よりも早く移動しているというのだ?

 

 ―――訓練をしている―――

 

「(銃を分解(バラ)して整備しながら、涼し気に抜かしてる顔まではっきり想像できるよ!)」

 

 最早日常と化した問答と、それを聞いたギャラリーから湧き上がる自分を小馬鹿にする声と、混じって自分に『秋水は才能がある。私が保証する。だが修業が足らん! そもそも訓練とは一日遅れれば取り戻すのに三日r』などという自分の上司の説教までもが幻聴として聞こえてくる。はっきり言って不愉快だが、反射的に思い出させてくるほどに亡国での日常が自分に染みついてしまっている事に、ちょっと戸惑ってしまう秋水であった。

 

「!?」

 

 周囲を警戒しながら目標を探しつつ、頭の片隅で戯言を思い出していた秋水がビルの室内を一つ一つ確認していた時、目標となっていた男の背後を確認する。

 

「(今回はこっちの方が早かった)」

 

 しゃがみながらハンドガンのマガジンを確認していた男・・・陸戦隊副長。最前線にリリィが立つスタイルなために実質的な指揮官。旧体制時代からの古参で歴戦。シベリアブリザードの如き冷血親父。リリィとそれ以外との露骨な依怙贔屓を隠さないマン。一応自分の格闘及びそれ以外の兵士としての技術の師匠、『レオン・ウォルフハート』は、白と濃い灰色を散りばめた迷彩服を着こみ、特に周囲を警戒することなく背を向け続ける。

 戦場において油断は即、死を招くことになるから努々忘れぬように肝に銘じておけ。とは本人の言葉のはずなのに、こうも容易く背後を見せるとは・・・。

 

「(だが油断していると見せかけての罠の可能性もある。というか、その可能性の方が高くないか?)」

 

 が、ここでいつもボコボコにされている秋水であるが、流石にここまであからさまに隙を見せられては攻撃を躊躇してしまう。情報が足りないがゆえの、否、十分な情報があるからこそ、目の前の男が見せている行動が不自然ではないのか、そうではないのかの判断がつかないのである。

 手元にある装備は先ほど言った通り、ハンドガンとスタンナイフのみ。これは相手も同じであり、公平を期すためのものであるのだが、戦力差を考えればマシンガンと手榴弾・・・いや、GS一機があってくれないと正直心許ない。

 

「(・・・いくか)」

 

 しかしそれもほんの一瞬。自分自身の『特異体質』を自覚している秋水にとってしてみれば引き下がる要素にはならず、決心した一歩目は驚くほどに鮮やかであった。

 

 ―――音もなく踏み込み、師の延髄目掛け最速でトリガーを引く―――

 

「いつも通り」

 

 ―――のはずが、対象の姿は何処にもなく―――

 

「(一秒前まで目の前にいただろうが!?)」

「真っすぐ見つけて、真っすぐに迷う」

 

 背後から聞こえてきた声に振り返って確かめる余裕すらなく、反射的に逆手に持ち替えたスタンナイフを振り向きざまに突き立てようとするが、ナイフを持った右手首を鮮やかに受け止めながら逆に捻り上げて間接を極め、追撃の前蹴りが左手に握られていたハンドガンを蹴り飛ばす。

 一瞬で両方の武器を封じられた秋水に対し、ハンドガンとナイフを収納している状態のレオンは武器を抜くことはせず、顔目掛けて左ジャブを繰り出し、ナイフを手放し無理やり関節技から脱出し、後退して体勢を立て直そうとしていた秋水の顔をピンボールのように跳ね上げた。

 

「!!」

 

 『真っ直ぐに下がるな』と言わんばかりの、重く予想以上に伸びてくるジャブをスウェーだけで避けきることができない秋水は、素早く左側に回り込み、壁を盾にして格闘をやり過ごそうとする。

 

 ―――間髪入れない、高速の前蹴り―――

 

『狙いが分かり易すぎる』と腹部に一撃打つことで、秋水の足を止めることで阻止したレオンは、もはや避けているだけでは状況を打破できないと踏んだ秋水が繰り出したアッパーを、更に回避しながらクロスカウンターで逆に叩き伏せた。

 

「痛ッ!」

「大き過ぎる」

「グッ!」

 

 千鳥足で吹き飛ぶ彼の頭部にもう三発・・・すでに(ジャブ)が説教臭く感じ始めていた秋水が、いら立ちながらダメージの残る身体を鞭打って踏み込んできた。

 左ジャブを掻い潜りながら低い体勢になる秋水の左拳に、レオンがいち早く反応する。

 

「むっ」

「(下の左を囮にッ!)」

 

 ―――振りかぶる右の拳―――

 

 『もらった』と思う秋水と、その右の拳を冷静に見ていたレオンの視線が交差し・・・レオンの『額』に秋水の右拳が突き刺さった。

 『ゴキッ!』と鈍い音を立て、一瞬だけの静寂が訪れた両者の間で、最初に表情を歪めたのは・・・やはり秋水であった。

 

「(折れっ)」

 

 骨折したかどうかまでは判断できないが、力がとにかく入らない。痛みも酷く、それが表情に出てしまった。

 

「顔に見せるな。敵はそこを必ず隙としてついてくるぞ」

 

 自分の額の一番固い所をワザと叩きつけさせたレオンの冷静な声が、皮肉にも秋水の思考を冷静なものとし、彼に逃げられない現実とやらを突き付けてくる。

 

 ―――中指の第二関節だけを突き出すような、特異な拳の握り締め方―――

 

 自分自身の事はよく理解している。今日の終わり方は拳の方・・・この間は二日ほど食事が通らなくなるような前蹴りだった。そう考えれば今回の終わり方は実に良心的だ。なんせ我慢という言葉が入る余地がないほどに鮮やかに意識を奪ってくれるのだから。

 自分が失神させられる間際だというのに、他人事のように現状を把握した秋水の左のこめかみに閃光のような拳撃が突き刺さったのは、あきらめの表情を浮かべたと同時であったという。 

 

 

 

 

「大丈夫か?」

 

 バケツの水を顔にぶっかけられ、意識を覚醒させた秋水が最初に目にしたものは、何でか怒り心頭になっている中年の黒人男性であった。

 

「ぷいっ」

「寝入るな!」

 

 夢の世界から出てきて最初に遭遇したものが黒ゴリラみたいな面なのはあんまりだ、ともう一度狸寝入りを決め込もうとした秋水であったが、それを許さないと頭を小突いてくる、陸戦隊所属のグラサンをかけた黒人が、彼を無理やり立たせると、目立った後遺症もなさげに首を鳴らしながら、バツの悪そうな顔になっている秋水に、トレードマークとなっているグラサンをわざとらしく掛け直しながら、こう告げる。

 

「24分16秒・・・まあ、最初の『出オチコント(瞬殺劇)』からは成長したみたいだな」

「ソウデスカ」

 

 亡国陸戦隊(ココ)にきてから早二年・・・この手の訓練を始めた当初は、不用意な行動によって開始コンマ数秒で終わらされることも多かったものだが、最近ではそのような事もなくなってきた。

 戦術と技術、必要な心構えを伝授される傍ら、破天荒な上司と先輩同僚の尻拭いと振り回される秋水であるが、確かな成長を遂げているのは彼の師匠役であるレオンには良く分かっていた。だからこそ、こうやって彼に『労い』の言葉を掛けるのだ

 

「(よくやったな)訓練が足りん」

「・・・・・」

 

 彼を拳一発でKOし、肩に担いで訓練施設から出てきたレオンが、銃の整備と解体を行いながら彼を見ずに言った最初の言葉がこれである。みるみる不機嫌になっていく秋水とそれに気が付いていないレオンの対比をどうすればいいのか、訓練を外から見守っていたオッサン共が動揺する。

 

「(なんでこのオッサンは無自覚にツンデレ発言するんかな?)」

「(いや、そこは秋水の成長を考えて)」

「(違う。あのオッサンはツンとかデレとかじゃない。冷静沈着で無自覚に人の心を抉るスタイルなだけだ)」

「(単純に、レオン(副長)が死ぬほど言葉下手で、肝心なこと言わないで誤解を受けるマンなだけな気がする)」

 

 ヒソヒソと小声で話すオッサン達を外野に、今回の秋水の動きを分析したレオンは、座りながら不貞腐れる息子のような少年を見下ろし、将来を担うであろう後進を案じる言葉をかける。

 

「(もっと自分を大事にしろ。代わりがいるなどと思うな)最初に退路の確保を行っておけと毎回言っていることを覚えていないとは何事か」

「・・・・・・」

「(慎重になることは大事な事だ。前に教えたことをよく覚えていたな。後は経験で決断の仕方を覚えるだけだ。焦るなよ)お前の頭は何でできている? 状況を慎重に確認しながら進んでいたといえば聞こえは良いが、肝心なところで迷うようでは状況判断に長けているとは言えん」

「・・・・・チッ」

「(努力した結果だ。お前は二年かけて一流が立つ場所まで歩いてきたのだ)散々な24分16秒だった。だが濃厚な時間だったはずだ。動きと動きの間に思考を絡めてくる。考えることを強要させられ、迷いが生じる・・・それが『一流』の戦いだ・・・(自覚しろ)自覚しろ」

 

 ボコボコにした少年に説教と追い打ちで更に心をヘシ折っていくスタイルの副長の様子を、すでに生温い視線で見守ることしかできないオッサンの目の前で、無言で立ち上がった秋水の背中から滲み出ているものが怒りであることは誰もが認識できた。

 

「(総隊長が心配だから様子を見てきてほしい。私が行くよりもお前が行くほうがあの方は喜ばれるのだから)歩けるようなら総隊長の訓練を見てこい。それも一つの修練と思え」

 

 無言で立ち上がり、大股開きで歩き出す秋水に対して、伝わらない気遣いを投げかけるレオンが最後の死体蹴りの一言をぶちまける。

 

「水溜まりに気をつけろ。足を濡らしていては不意の尾行もままならんぞ」

 

 一瞬だけ動きを止め、足元の水溜りに目をやりながら足を地面へと戻し、あえて靴音を鳴らして去っていく後ろ姿を見ながらも、最後まで秋水がなんで怒っているのかレオンが理解している様子はなく、今日も同僚からのため息で出迎えられるのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 未熟なのは理解している。

 普段はどんなに飲んだくれでだらしない大人として最低な陸戦の親父達でも、戦場に一度立てば半分以上が一騎当千、残りの半分はそんな彼らをサポートするエキスパート達。比べられたら、どうしようもなく自分が見劣りしてしまう。

 理解しているからこそ、自分なりに色々頑張ってみている。ともし誰かに気軽に言えればこんなに思い悩むこともなかったかもしれないが、生憎そんなことを言える友人という存在は自分にはいない。

 もしいるとしたのなら・・・この陸戦において、唯一、自分と同じ年少であり、だからこそ、真っ直ぐに見つめることが息苦しい時もある『彼女』しかいないのだ。

 

 訓練後のクールダウンした気分に、レオンの説教という追い打ちを食らった秋水は、トボトボと歩きながら誰にも明かせない心の声を持て余し、どこにいればいいのかもわからないままに、とりあえずレオンの言いつけ通り、総隊長であるリリィを探しに訓練所のあちこちを練り歩いていた。

 この亡国陸戦隊の兵舎の隣に作られた、通称『陸戦アスレチック』なる様々な建物は、彼らが訓練をするために作られた物で、それ以外の隊員達にも無償で貸し出されているのだが、時代の主流がISに移行してからというもの、ここで訓練するような酔狂な亡国の人間といったら、暴龍帝とその親衛隊ぐらいのものである(そしてぶっ壊した備品の修繕を巡って、怒り心頭なリリィがリキュールの元に訪れて一方的に煙に巻かれるのである)。

 そんな陸戦アスレチックを普段から誰よりも活用して訓練を行っているのが、陸戦隊総隊長にして、部隊唯一のIS操縦者であるリリィなのだ。

 早朝からのランニング、ストレッチ、筋トレ一式、それが終われば一日一万回の剣の素振り稽古を経て、その後は拙い様子で今度はレオンからよく戦術論を叩き込まれている。一日たりとも欠かしたことはなく、手抜きをしている事もなく、何事も糞真面目に真剣に全力で行っているリリィの姿をこの場では最もよく目にするために、秋水は何となく居心地の悪さを感じてGSのシュミレーターに向かうことも多かった。

 亡国のほとんどのIS操縦者達は皆ISを使った訓練を主に行っているのに対して、リリィは生身の訓練に比重を置いているようで、以前そのことで話をしたとき、特に気にする様子もなくこう答えた。

 

『私はトーラと比べれば大いに劣る姉だ。ならばまずは軟弱な生身の自分から鍛え直しておきたい』

 

 リリィを軟弱と言ってしまったら、今の亡国には軟弱者と怠け者しか残らないんじゃないのかと思う秋水である。

 

「・・・誰かさんにそんなに頑張られたら、名目上護衛の俺の立場がないだろうが」

 

 生身、に限定すれば自分はリリィよりも少しぐらいは強いのではないだろうか? という自惚れぐらいはほんのちょっぴりある秋水である。メインのIS戦闘になれば、まるで役には立てないが、普段の生活の中ぐらいでなら、なんとかそれらしく彼女の役には立っていると思いながら、建物の角を曲がり、天井部分が壊れて中身が露出したビルに差し掛かった時であった。

 

 ―――秋水の姿が見えたことが合図であったかのように、猛スピードで階段を駆け上がった騎士鎧姿のリリィと―――

 

 ―――駆け上がってきたリリィの首筋目掛け、左方向から一切の加減無しに長刀で斬り付ける盲目の老人―――

 

 ―――そしてそれを目の当たりにし、胸を打ち背筋を駆け抜け、朽葉秋水の『終わり(始まり)の日』に味わった感覚が彼の身体を駆け抜けた―――

 

 リリィの待機状態のIS(ロングソード)と盲目の老人の長刀が激突し、火花を散らしながら弾かれ合うと、一瞬早く動いた老人が間髪入れずに今度は右方向からりりィの首を狩りにいき、寸での所でリリィが回避し彼女が一歩後退して助速を着けた突き技を放つ。

 

「!!」

 

 威力が乗せられた渾身の突きを受け止めるようなことは老人はせず、刃先で軌道を捻じ曲げながらロングソードの切っ先を左方向へと逸らしそのまま左から斬り付ける、と見せかけた一瞬のフェイントを混ぜ込ませた斬撃を右方向から繰り出すのであった。

 

「チッ」

 

 刹那の反応が遅れたリリィがソードで受け止めてみせるが、威力に押されながら体勢が崩れかける。そこを彼女はその場で刀身を支点に身体を一回転させることで威力を相殺し、更に二撃、三撃と追撃してくる老人の斬撃を回避し、仕切り直すように一度階段の下に大きく後退する。

 

「・・・・」

「・・・・いや、お見事」

 

 対峙する両者の間で先に口を開いたのは意外にも老人の方であった。

 

「師事するようになって二年少々・・・重さ、威力、速度、気力。全てに上回れ、こちらの立場がありませんわ」

「謙遜はよせ、『コジロウ』」

 

 ボサボサの髪とヨレヨレで薄汚れた服は演技抜きに浮浪者そのものであるが、銃が浸透した現代社会において長刀一本で幾人もの人間を斬り殺し、裏世界で『最恐の人斬り』と恐れられた、『盲目の剣豪』コジロウ・ヒュウガに、上官であるリリィは素直に惜しみない称賛の声を送る。

 

「どれほどこちらが力と速さで上回ろうと、『技』で凌がれては立場がない」

「応ですじゃ。もうこちらの唯一の取り柄の『上手さ』でしか、魅せれるものはありますまい」

 

 老人が不敵に笑ったことを再開の合図としたのか、言葉尻の終わりと同時に瞬足の踏み込みで間合いに踏み込み、リリィが嵐のような連撃を繰り出し、老人はその全てを長刀で叩き落していく。

 

「(もう一歩ッ!)」

 

 しかし、その全てはリリィにとっては布石(フェイント)で、左右に斬撃を散らせることで一歩分の間合いを確保し、彼女は踏み込むと同時に刀の最も切れ味が鈍い部分である鍔元を掴み取り、老人を突き刺すようにソードを水平に構える。

 

「!!」

 

 そこからの老人(コジロウ)の咄嗟の切り返しは見事なまでのものであった。

 刃を掴まれ、最短距離で切っ先が自分に向けられる中、防御している暇も身体をひねって回避している時間もない状態で彼が咄嗟に行った『反撃』は、『左手で持った柄を右手で叩いて刀をスライドさせる』というものであった。押すか引くかせねば斬ることができない日本刀の特徴を誰よりも理解した攻撃法に、リリィは手首ごと斬り落とされる前に長刀を手放し全力で後退する。案の定、横薙ぎの一閃が彼女に襲い掛かり、ガントレッドで受け止めながらクルクルと宙を舞って威力を散らし、再び階段の下まで追いやられてしまうのであった。

 無理な突撃を重ねても開けられない埒をどうしたものかと、リリィが一旦突撃を止めて思案する中、相対するコジロウは、弟子であり上官である少女の成長を心から祝福しながらも、厳しい表情のままで『上から』ゆっくりと降りてくるのであった。

 

「重ねてお見事・・・並みの者なら、既に首を七度は落としているはずなのに」

「・・・・・頭上の有利を捨てるとは、どういうつもりだ?」

「技術で上回ろうと埒が開かないのなら、いずれ力で押し切られるのは戦いの道理」

 

 技術と足場の有利で圧倒していたはずのコジロウが、自らその有利さの一つを捨て去ってきたのだ。この行いに怪訝な表情となるリリィであったが、その時、背中を一瞬で悪寒が駆け抜ける。

 

「!?」

「なぁに・・・・・」

 

 リリィと同じ高さにまで降り立ったコジロウが、長刀を水平に構える。

 

「姫様、できれば今すぐISを装着を」

「!!」

 

 ―――リリィがロングソードをISの武装へと瞬時に切り替えた―――

 

「遅かった!?」

「・・・・秘剣」

 

 リリィの脳裏に過った自分の『死』というイメージ。それは確かにISを装着しなければ凌ぐことは最早叶わない。だが、剣士としての自分の矜持がそれをたやすくは許してくれない。本能と意地の狭間で彼女の行動がゼロコンマ数秒遅れてしまい、最強の人斬りが繰り出す『秘剣』から逃れる時間を奪ってしまう。

 

「ツバメr」

 

 ―――訓練場に突如鳴り響く銃声―――

 

 必死確定の技の発動直前に、まるでそれを止めるかのように鳴り響いたライフルからの発砲………真上に向けられた銃身を肩に担ぎ、愛用している麦わら帽子を深く被りなおした真っ白い髭がトレードマークの老人が、ゆっくりと二人の方へと歩いてくる。

 

「とりあえず、訓練するにしてもそれ以上はやりすぎじゃ」

「ダグ」

 

 リリィにダグと名を呼ばれ、嬉しそうに前歯が抜けた笑顔を浮かべると、次に不機嫌そうにその真横に並び立つコジロウの方を睨みつける。

 

「おい、ジジィ」

「なんじゃ、ジジィ」

 

 ジジィ以外の何物でもない二人が互いを貶す様に睨みあう。互いに愛娘同然の上司を挟んで、老人同士の口論は火蓋を切って落とされた。

 

「貴様、姫さんに秘剣使うとか、何を考えとる?」

「姫さん言うな、ダグ」

「真剣勝負に手を抜かない。姫さんの矜持を守ることを優先したまでじゃよ。まあ、お前さんみたいな干物が、ワシの剣の間合いに入れば、そんなもん使わんでも微塵切りにしてやるんじゃがな」

「コジロウも姫さん言うな!」

「何が間合いに入ればじゃ。そんなもん入る間に、お前さんのその枯れ木で作った木人みたいな身体を蜂の巣にしてやれるぞ、ワシは?」

「私の話を聞けっ!」

「いい加減硝煙臭いからその肩に担いどるもんをどっかにやれ。ワシの鼻が曲がる」

「お前の根性の曲がり具合よりもマシじゃよ」

「なにを!? 根性曲がっておるのはお前さんのほうじゃろうが!? 忘れはせんぞ、40年前の東アジアの街中の銃撃戦!! お前の誤射で死にかけた時のことをなっ!!」

「だから、あれは誤射ではない! てか、お前さんが敵の槍使い相手にエキサイティングして、勝手に射線に割り込んできたんじゃろうが! その魚卸す以外に使えん刀を振り回すよりも先に、戦術というものを一から勉強し直せ!」

「一から勉強しなおすのはお前のほうじゃ。ライフル取り上げたら五分で死ぬくせに!」

「お前にライフル渡せば、お前さんが照準をあたふた合わせとるうちに、三分で味方が全滅するがな!」

「おう、何なら今この場で一分でお前さんをあの世に送ってやっても構わんぞ! ちなみに一分は念仏を唱える時間じゃ! しっかり数えろボケジジィッ!!」

「じょーーーーとーーーーじゃッ! アホジジィッ!! 三秒で地獄に叩き落してやるから、閻魔様に土下座してこんかい!」

「わーたーしーを、無視するなぁぁぁぁっ!!」

 

 結局はいつもの流れである。やる気が削がれたのか、相手にされないリリィは一人しょぼくれ、剣を鞘にしまいながら階段をゆっくりと歩いて降り、途中でこちらを呆然と見つめていた秋水の姿に気が付く。

 

「秋水?」

 

 いつも自分を小馬鹿にする言葉を吐く少年が、驚いた顔でこちらをずっと見つめていたものだから、リリィは訳が分からず首を傾げる。

 対して、訓練開始からずっと息を潜めるように戦いを見守っていた秋水は、いつもの素振りの訓練ぐらいしか剣術を使っている姿を知らなかったがためか、これほどまでの高度な戦いを生身でも行えるのかと、圧倒されてしまったのだ。

 同時に右手に走った、痛みにも似た『衝動』が彼女に一種でも向けられたことを、首をかしげる彼女の姿を見てはっきりと自覚する。

 

 ―――いつの間にか口論をやめて、そんな自分を冷めた視線で見つめる老人二人―――

 

 ダグが二人の戦いを止めた理由はおそらくリリィの身の安全を願ってのものなのだろうが、それと同等に自分であったことにもこの時秋水は気が付く。彼女の戦いを観た瞬間、物陰に隠れて彼女の死角を狙いすましていた。ダグが引き金を引いた瞬間、『紅い刃を右手に持って(・・・・・・・・・・)』突貫しかけていたということ。

 

「(これじゃあ・・・・・・まるで俺がお嬢への刺客みたいじゃないか)」

 

 ビルの壁に『何か』が突き刺さった様な跡が、彼に仄暗い事実を突きつけてくる。ひたひたと自分の背後に付きまとい、影法師のように決して逃れられないものが自分にはあるのだと教えるように。

 運命と言えば、宿業と名付ければ、宿命などと呟けば済むかもしれない。今の自分が始まった二年前より以前の、忘れられない過去が自分自身に根深く息づいているのだ。 

 生まれた瞬間から始まった『教育(プログラム)』は今でも確実に自分の中で息づいている。自分を『創生(つくった)』人間が考えていた通り、否、考えていた以上に自分はリリィのような『者』達に刃を向ける武器であったのだと、改めて思い知らされた秋水が段々と俯いていく。

 

「秋水・・・秋水・・・秋水ッ・・・秋水ッ!!」

 

 そんな彼をひたすら呼び続けていたリリィがいい加減業を煮やしたのか、俯いていく頭部を掴み、高低差約30㎝近い距離を潰すように引き下ろすと・・・。

 

「ていっ」

「がっ!!」

 

 鼻っ面に思いっきり頭突きをかますのであった。痛みに悶絶する秋水であったが、そんな彼の様子をリリィはしばらく黙って見つめ、やがて復帰した彼に問いかける。

 

「難しい悩みは吹っ切れたか?」

「・・・・・・はっ?」

 

 何のつもりの頭突きだったんだと問いかけたい秋水であったが、彼の両手にリリィが自分の手を置くと、ゆっくりと引っ張りながら歩きだす。

 

「駄目だぞ秋水。俯いていては前が見えなくなる」

「なっ」

 

 自分の悩みがひょっとして見抜かれていたのか? と一瞬でも考えてみるが、目の前の少女がそこまで的確に察することができる人間であるのなら、普段の自分の苦労はありえないと断言できる。だが、彼女が微笑みながら発した言葉は、秋水の胸の内を的確に抉ってくる。

 

「望まれた通りには生きれないが・・・それでも、生きる」

「!?」

「初めて会った時のような顔をしていたからな・・・だから、私達は生きよう」

 

 それでも、生きる。

 

 生きて数えよう。

 

 出来たこと出来なかったこと。守れたもの、手からすり抜けたもの。一つももらさず覚えていよう。

 

「いつか、死ぬまで」

 

 頭を横から殴られたかのような衝撃を受けた。

 時折、彼女が見せる横顔が、普段の彼女からかけ離れすぎていて同一人物かと疑いたくなる。だけど、握られた手から伝わるぬくもりは、いつだって彼女の温度を伝えてくる。

 伝えられた温度共に、流れ込んできた暖かな何かに触れる度に、秋水は思い知らされる。

 逆らえない。彼女の言葉の通り、生きねばならないと思い知らされる。

 

「さあ、もうすぐ昼の時間だ・・・今日は天気がいいから、外で食事だな!」

「・・・・・・ああ」

 

 何とか短い返事だけ返して、手を引かれながら一緒に歩き出すリリィと秋水の様子を、老人たちが『ヤレヤレ』と言った表情で、言葉を発せずに静かに見つめるのであった。

 

 

 

 

 

 





あ、申し訳ない。またしても宣言通り3話で収まりそうもないです(涙


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間②


更新にずいぶん手間取りました!

台風やら地震やら最近落ち着かない日が続いてますが、皆さんもそんな毎日を健康に過ごしてください


では、お話の続きに行ってみましょう


 

 

 宇宙空間に漂っていても、そのフォルムの美しさは翳ることはない。

 亡国機業兵器開発局統括官であり、力の象徴である円卓の一席・・・キャスターの称号を持つ『メディア・クラーケン』が自ら開発に着手、最新鋭の技術を惜しげもなく投入して完成させた『審判の熾天使』ことカリュプス・ミカエルは、ちょうど地球と火星の間に存在するデブリベルトの中を、スラスターの軌跡を優雅に描きながら高速で飛翔し続ける。

 空気抵抗がない場所において、普段から重力を感じさせないカリュプス・ミカエルの速度は更なる高みを見せ、スラスターの軌跡が描く無重力のアートは見る者の心を奪い去っていく。

 

 そしてカリュプス・ミカエルがデブリベルトを抜けた直後、無数の光点が宙域に疎らに現れ、それを待ち受けていたように、カリュプス・ミカエルが両手のライフルを連結し、長距離狙撃モードに移行して狙いを定め・・・一瞬の沈黙の後、引き金を引いた。

 

 ―――宇宙空間に咲く光―――

 

 レーダーに映らないステルス状態であったにも拘らず、僅かな空間の揺らぎを感じ取るジェネラル『アーチャー』トーラ・マキヤの卓越した感覚は冴え渡り、続けざまに放ったビームの幾つかが『何か』に直撃し、爆発の光を生み出す。

 長距離攻撃を一方的に受けていては不利と判断したのか。または、反撃の準備が整った為か。何もなかったはずの宇宙空間に、多数のGSとIS、そしてそれらを収納する武装搭載型の宇宙船が姿を現し、トーラはそれを待っていたかのようにライフルの連結を解除し、両手に持った状態でスラスターを再び点火、急加速してそれら戦闘艦隊に一機で突っ込むのであった。

 

「・・・・・」

 

 バイザー越しに高ぶるわけでも感情が無くなっているわけでもない、落ち着いた表情で相手の行動を見ていたトーラの瞳に、戦闘空母から多数放たれたミサイルが確認でき、彼女は半ばそれが何なのか理解しながらも、試しの一撃を艦隊に向けて放つ。

 

 ―――カリュプス・ミカエルと艦隊の間で弾けるミサイル―――

 

 ―――同時に拡散された攪乱膜によって遮られるビーム―――

 

 カリュプス・ミカエルの主戦力であるビームを防ぎ、実弾の数と火力で押し切る作戦なのだろう。見れば実弾装備したGSがバズーカを、ISたちがアサルトライフルをこちらに向かって一斉斉射してくる。

 味方のいないこの状況で、ただ一機のトーラにとってこれは確かに痛い状況ではあるが、勝機が消えうせたというわけでも何でもない。それらを示すように、トーラはカリュプス・ミカエルの主力武装であるビット10基全て射出すると、通常のモードから近接用に切り替える。

 

「モード『D』」

 

 トーラの指令を受け取ったビット達は、内蔵されていたエメラルド状のクリアパーツを銃口から生やしたモード『D(ダガー)』となり、鋭利な刃を持った生物のように複雑な軌道で主の障害となる物を排除し始めた。 

 セシリア曰く『世界最高』と言わしめたビットの軌道は複雑かつ高速で、トーラに向かって放たれたバズーカとミサイルの弾頭を一瞬で切り伏せ、返す手で周囲のGSの手足、ISの武装やスラスターを集中的に剥がし始める。当然敵勢力もビットの存在に気が付き排除しようとするが速度が余りに速すぎる。ロックすることすらできずに瞬く間に丸裸にされていく敵勢力を尻目に、トーラは腰部のスタビライザーを変形させレールガンを発射する。

 光学兵器を全て阻害する攪乱膜の中においても実弾を電磁力で加速して打ち出すレールガンは一切減衰することはない。連射することで敵戦艦たちの主砲や副砲の武装を次々と破壊していくカリュプス・ミカエルはトドメの一撃を繰り出す。

 両肩の装甲に埋められたクリアパーツ………後付武装(イコライザ)を収納する量子変換機構から、二挺のIS用実弾バズーカを量子変換し、彼女は両手のライフルに接続する。これは通常ISコアよりも高い出力とエネルギーゲインを持つオーガコアの数少ない弱点である『拡張領域(バススロット)』を全く持たないという弱点を補うものなのだが、本来のコアのスロットに比べれば極めて容量が少なく、また変換にエネルギー消費が伴うために一部のオーガコア搭載機にしか積まれていない機構なのである。

 

「!?」

 

 ビットの結界をすり抜けて勇敢に斬りかかってきたラファールをその場で素早く回転しながらいなし、肘打ちで弾き飛ばしたトーラは、両手のバズーカと両腰のレールガン、それらを機体のハイパーセンサーと連動させたマルチロックオンによって一斉掃射し、艦隊相手に一機で蹂躙し始めた。

 ビームを封じられてなお、一個中隊にも匹敵するほどの火力で攻め立てるカリュプス・ミカエルに、大方の機体達が活動を封じられると、残りの大型戦艦相手にトーラはトドメの一撃を繰り出すため、バズーカをパージするとライフルの銃床(ストック)同士を結合させ、長距離狙撃モードからロングボウモードに変形させ、レールガンの銃身にストックされていたシャフトを取り出し、一基のビットを鏃(ポイント)とすることでアローを完成させる。

 ISの武装としては異例の単発式のロングボウ………だが彼女は狙いを定めると、逃げ場を失った艦隊の真上の大型隕石目掛け、限界まで引き絞った弦(ストリング)を放し、超音速の矢を放つのであった。

 

 虚空を切り裂く一条の流星と化した矢が、護衛機を失くした艦隊の上に存在していた直径数百メートルはあるデブリに直撃・・・流星は一瞬で目も眩むような超新星と変化する。

 

 ―――バラバラになったデブリが、小型の岩石のシャワーとなって艦隊に降り注ぐ―――

 

 ただでさえ至近距離で起きた爆発の余波で船体の姿勢制御に集中していたというのに、そこにトドメと言わんばかりに降り注ぐ破片の嵐は艦載されている武装と船の推進装置を破壊し、完全に戦闘力を奪い去る。

 

 ―――Mission complete! General『Archer』―――

 

 そう書かれたディスプレイが突然表示されたかと思うと、一瞬の暗転の後に宇宙空間は消え去って真っ白い巨大な部屋の中で武装を展開したカリュプス・ミカエルだけが、一人立ち尽くす。

 

「・・・9分56秒」

 

 彼女がポツリと呟きながら、天井付近に設置されていた窓からこちらを見つめてくる副官のモルガン・グィナヴィーアを見上げながら、外部スピーカー越しに問いかけた。

 

「これを本日の『基準』タイムとなります」

『!?』

 

 そして彼女の後方に待機していた特殊戦術部隊『ウリエール』の面々も息を飲む。

 ISを解除したトーラは、スーツ姿のまま一つ結びにした髪を揺らしながら部屋を退出すると、そのままエレベーターに乗り込み、モルガンたちがいる観覧室に入ると入り口から感情を写さない表情で部屋にいた部下たち全員に告げる。

 

「本日の教導はこのタイムを全員がクリアすることとします。よろしいですね、モルガン」

「・・・・・・」

 

 下唇を噛み締め恨めしそうな表情で、今にも泣き出しそうなぐらいに瞳に涙を貯めたままにモルガンは一言うなづきながら答えた。

 

「・・・・・ハッ」

 

 その一言を聞くとすぐさま踵を返して部屋を退出したトーラは、辛うじて早歩きにしか見えないぐらいの小走りで自室に戻ると大急ぎで部屋に入り、扉を閉めてそのまま部屋のドアに耳をくっつけて注意深く外の様子を観察する。

 

「・・・・・・追ってきてない」

 

 本日は非番であったにもかかわらず、朝一番に『新型のVRプログラムが完成したのでどうかお付き合いください。任務完了までの標準タイムを計りたいので』と無理やり連れだされ、自分の手元で拘束しようとしていたモルガンであったが、トーラが申し出た『推定時間の半分でクリア出来たら帰ってもいいですか?』という言葉を鵜呑みにしたのが運の尽きであった。半分どころかまさか小一時間かかると思っていたものを10分すらかからずクリアするという神業の前に、空いた口が塞がらない状態にされるとは思ってもおらず、おそらくモルガンたちは終日このタイムをクリアすること決して出来ないだろう。

 

「・・・・よしッ!」

 

 モルガンからの追撃はないと判断したトーラは、先ほどまでの能面顔を一変させて、頬を僅かに染めた乙女のモノにしながらISスーツを脱ぎながら、急いで風呂場へと向かう。今日は『彼』が朝一の訓練を済ませればフリーとなる日。すでに時間のリサーチは済ませているのだ。予定の時刻までそう時間はなく、大急ぎで身支度を整えなければ………。

 汗臭い状態ではとてもじゃないがそばによる勇気すら湧きそうもないので、念入りにお気に入りのシャンプーとボディーソープで急ぎながらも丹念に汗を洗い落し、バスタオル一枚を纏って浴室から出た彼女は洗面所で髪を乾かしながら鏡に映った自分の顔を眺めながら心の中でため息をつく。

 

「(もっとこう………どうしてリリィみたいに『可愛い顔』で生まれてこなかったんだろう?)」

 

 世の女性達が聞けば殺気を放って呪いの藁人形でも五寸釘で打ち始めかねない、『超』級美少女の悩みは多い。例えば髪の色はリリィと同じ金色が良かったとか、お尻のほうももう少し小さいほうがよかったとか………。

 

「(でも・・・こっちは、ちょっと自慢してもいいのかな?)」

 

 鏡に映った自分の胸の谷間を見ながら、ちょっとだけ頬を染めながら自画自賛を入れてみた。

 

 トップ89のアンダー65。形も大きさも申し分なしのFカップ。姉の胸部には搭載されていない高火力兵装は、今日の彼にはどう映るというのか?

 

「(・・・がんばれ、自分(トーラ)!)」

 

 自分を奮い立たせて髪を乾かし終えると、櫛を入れて奇麗に整えてそのまま洗面所を出て、部屋の洋服ダンスの中から今日の日のために通販で購入したスカイブルーの下着を身に纏う。ちょっと勇気を出して冒険した末に高級ランジェリー専門店で手に入れたものだ。手の込んだ編み込みが可愛さを見せながら、布地の面積は通常のものよりも小さく、サイドはヒモで括るものである。購入決定のボタンを押すまで5時間悩みぬいたのだ。今日はその真価を見せてもらってもいいはず。

 そして纏う洋服は花をあしらった白いワンピースに、薄手のカーディガンを羽織り、クルッとその場で一回転してみる。

 

 ―――誰もが認める、高貴な身分に生まれた良家の令嬢がそこにいた―――

 

 一人称が『ボク』でありながらも、奥ゆかしい性格と気質は誰が見てもお嬢様のそれである。ちなみに双子の姉のほうは一応の礼儀作法は仕込まれているものの、下手な男よりも殿方であった。

 準備を済ませたトーラは、お気に入りのファッションバッグの中に今日の朝から丹精込めて作ったランチを入れ、足りない物はないのかと指差し確認した上で彼女は部屋の扉の………向こう側をインターホン付きカメラで注意深く観察し、突然の障害(モルガン)とのエンカウントがないことを確認した上で、一度大きく深呼吸する。

 

「・・・トーラ・マキヤ。出撃します!!」

 

 先ほどの演習よりも遥かに真剣かつ緊張した面持ちで、この日のために購入した宝石のついたパンプスを履きながらも、驚くほどの速足で自室のある建物を後にすると、普段は幹部などが専門で使うエレベーターでも、陸戦隊などを見下すモルガン達エリート構成員が使う主玄関といわれるアドルフグループ本社ビルの玄関に続くエレベーターでもなく、古参の隊員達がプライベートなどでよく使っている個人用の地上行き搬入口から外へと出ていく。これは地下深くという特異な場所に作られた亡国機業本部という場所ならではの作りで、真上にある表向きの顔であるアドルフグループ本社ビルとは離れた、下町にある亡国支援者の店から出入りする場所であった。ちなみに本来の使用方法は万が一の本部襲撃に対しての逃げ道なのだが、50年も立ってしまうと最早実家の勝手口程度の存在に皆が認識しており、陸戦の隊員たちは(何年たっても直せない柄の悪さにスコールが激怒して玄関から出れなくなったため)ほとんどがこれを使って地上への出入りを行っているのだ。

 

「おんや?」

 

 蟻の巣のごとき無数の出入り口の一つである、下町の時計屋の店の裏から現れた絶世の美少女相手に、90過ぎた爺様は、古ぼけた眼鏡を一度拭いて掛け直すと、トーラに問いかけた。

 

「・・・・・・・・・・・若い頃の婆さんが現れよった」

「御免なさい。お婆さんんじゃなくてボクはトーラです」

 

 老年によるボケに対して天然ボケ気味のトーラがツッコミ不在のあいさつを交わすと、彼女は店を飛び出し、目的地へと駆け出した。

 

「(この時間なら、いつもは通りのほうにいるはず!)」

 

 行動パターンのリサーチなど当に把握済み。彼が非番の日に顔を出すバイト先、とある理由で資金稼ぎに使うカジノ、食べ歩きできる好みのジャンクフードショップ、個人携帯する銃器を購入するガンショップ・・・朝何時から起きて夜何時に寝るまでの行動などはすべて把握済みなのだ。

 

「(それも今日のこの日のため!)」

 

 秋水に食べさせたくて、密かに特訓して作り上げた特製クラブサンドという切り札を抱え、夢見る少女はギリシャの街中を走り続ける。

 

「きゃあっ!」

「あ、ごめんなさい!」

 

 途中、道を歩いていた『シスター』と接触しそうになるのを何とか寸前で回避し、会釈と謝罪だけを残して更に加速し、彼女が通りを左に折れた時であった。

 

 ―――移動型のホットドック屋の前で支払いをする私服姿の秋水―――

 

「しゅ・」

 

 ―――その隣でホットドックにマスタードを塗っているリリィの姿―――

 

「もうマスタードが欲しい者はいないな」

 

 ―――そして二人に群がる小さな子供達の集団―――

 

「早くオレの分買えよ、秋水ッ!?」

「オレが先だぞ、秋水ッ!?」

「なんで先に買ってくれてないんだよ、秋水!?」

「気が利いてないぞ、秋水ッ!?」

「次は私だからね、秋水ッ!?」

「それよりもコーラがいい、秋水ッ!?」

「私アイスがいい、秋水ッ!?」

「私は今日はケバブかな、秋水っ!?」

 

 比較的年齢が高い小学生ぐらいの集団に集られながら、呼び捨てにされているという屈辱に対して、秋水は男子勢に対してだけ、彼は顔面を引き攣らせながら注意を勧告する。

 

「『お兄さん』が抜けてるぞ・・・男は後回し」

『ああ“んっ!?』

 

 その言葉を聞いた瞬間、彼に群がり髪の毛やら頬っぺたやら口やらを引っ張りまわし、『秋水のくせに生意気だぞー!!』とどこかのいじめっ子のようなセリフを口にする男子勢と、その様子を見ながら『ガキね』と大人びた表情で女子児童達が呆れ返る。そしてその隣では、幼稚園児童ほどの年少達にホットドックを渡しながら頭を優しく撫でていたリリィが、騒がしい少年達に注意を呼び掛けた。

 

「店の前であまり騒ぐな。店主に迷惑がかかるぞ」

『ハァーイ!! リリィ姉ちゃん!!』

 

 なんでかリリィの言葉には素直に従う少年と秋水が睨み合う中、茫然としていたトーラのことを一人の幼稚園児が指さす。

 

「とーらねえちゃん」

「「ん?」」

『あっ』

 

 秋水とリリィが振り向き、少年少女達がめかし込んだトーラの姿に対して『今日の姉ちゃん気合入ってるな』と評価し、幼稚園児達は気にせずホットドッグを頬張る中、誰もまだ何も言っていないにもかかわらず、今日は秋水と二人っきりでデートするのは無理なんだな、と心の中で何かを諦めざる得なくなったトーラの顔に、乾いた笑みが浮かび上がるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「(いい? トーラお姉ちゃんが秋水兄と一緒にいるときは、秋水兄に甘えちゃ駄目よ?)」

「(どうして?)」

「(それが一番平和だからよ。いいからお姉ちゃんの言葉に従いなさい)」

 

 小さな少女をそうやって黙らせた年長の少女は、周りの少年少女とともに視線をそっと隣の席へと移す。

 

 ―――表情失くした状態でずっとアイスティーをストローでかき混ぜ続けるトーラ―――

 

 ―――トーラの異変とプレッシャーを感じ取りながら必死に話題を探すフリをしつつ取っ掛かりがつかめないでコーラを飲む秋水―――

 

 ―――まったく二人の様子に気が付かないまま、一人でホットドッグの山を攻略し続けるリリィ―――

 

 それらを黙って見つめる少女達の視線は秋水に対して『いつかこうなると思ってたんだから。責任取りなさいよ秋水』と訴え、少年達の視線が『リリィ姉ちゃんとトーラ姉ちゃんで両手に花とかふざけんな。エクスカリバーで刺されろ』と血涙流しながら無言で訴える。残念なことに少年達の念は届いている様子はないが・・・。

 しかし、秋水とトーラがそれぞれ視線を泳がせながら話のとっかかりを探す中、自分の横顔をリリィが見つめていることに秋水が気が付く。

 

「・・・どうしたお嬢?」

「いや、もう大丈夫そうだと思って」

「?」

 

 トーラ一人が首をかしげる中、リリィは先ほどまでの秋水の落ち込んでいた様子を気にし、こうやって外へと一緒に出てきたのだ。

 

「あの感じだと、また部屋の中で塞ぎ込んでしまいそうだったからな。太陽の下のほうが健康的でいい」

「・・・・・・るさい」

 

 人を振り回す陸戦隊の総隊長らしい傍若無人な一面を持っているくせに、こうやって自分が落ち込んでしまうと自然と気を使ってくる一面があり、鈍感なのか敏感なのか判断がつけ難いリリィに対して、こうやって短く憎まれ口を叩くのが今の秋水の精一杯であった。

 が、ここで面白くないのが二人の間でアイスティーを飲むトーラである。

 

「・・・今日、リリィはスコールと作戦後の事後処理を一緒にするはずだったんじゃないの?」

「ん? なぜかレオンが交代してくれると・・・スコールに確認したところ、『むしろ大歓迎だ』と言われた」

「(書類仕事する時って・・・お嬢は正直邪魔にしかならないし)」

 

 熱意は人一倍あるのだが、書類にまで感覚で書くのだけはやめてほしい。擬音が多すぎて理解するのが苦労するのは自分なのだから、と何時も彼女の上げる書類の清書係である秋水が心の中でつぶやく。

 

「・・・今日、訓練はいいの?」

「他の者達から『頼むから有休を消化しないんなら、せめて半休だけでもしてくれ』と言われてな。仕方なく午後だけ休みをもらったんだ」

「(ほっとけば寝ずに一日中でも働きそうだしな・・・誰かさん達と違って)」

 

 誰かが見ていようがいまいが組織の模範となるべく精力的に働くリリィの姿を目にすれば、誰かが見ていようがいまいが欲望に忠実に仕事をサボろうとする老害(ベテラン)共のなけなしの良心も痛もうものだ。てか、もう少し真面目に生きろよあのボケ老人共、と心の中で秋水は悪態をつくのであった。

 

「・・・・・」

「????」

 

 半睨みでリリィのことを見つめてしまったトーラがばつの悪そうに視線を外す。

 

 リリィが今日は一日仕事で秋水が午後からOFFだということで、スケジュールを合わせて朝から昼食も拵えてきたというのに、ものの見事に計画がご破算になってしまった。だが、それはあくまでリリィの意思によるものではないし、秋水がもし落ち込んでいたというのであれば部屋に塞ぎ込んでしまうにきまっていた。そうなってしまえば、自分一人では秋水を外を連れ出すなんて無理だ。理由を適当につけられて彼は一人で閉じこもってしまう。

 

「(イヤだ・・・ボクは何もしてないのに、リリィに嫉妬してる)」

 

 いつもこれだ。

 いつだって自分と秋水と二人っきりになりたい。と思っているのに、リリィがいないとまともに言葉を交わせない自分がいる。そのことを棚に上げて、自分はリリィのことを『間が悪い』と暗に非難した。リリィは自分と秋水の二人のことをいつも心配してくれているというのに。

 

「(リリィみたいにならないと・・・嫌われちゃうな)」

 

 優等生の『フリ』をする自分のことが、本当は嫌いなんだと気分が落ち込んでいくトーラは、せめてもの詫びにバッグから特製クラブサンドの入ったランチを取り出すと、彼女に差し出してこう述べた。

 

「ごめんリリィ・・・お詫びに」

「おっ!」

 

 何故謝られたのか理解できている様子はいないが、妹が詫びの気持ちでこのようなものを差し出してくれたのだから無下にするわけにはいかないと、瞳を輝かせた姉はその差し入れの入ったランチを手に持つと、当然のように声を張り上げた。

 

「みんな! トーラが作ってくれた物だ。平等に分けて食べよう!!」

「なっ!?」

「!?」

『ハァ~イッ!』

 

 この状況下で空気を読んだ年長組はともかく、男女の機微を知らない幼稚園組のチビッコたちは我先にランチに食いつき、光の速さでクラブサンドを手に取ってモグモグと食べ出す。一切の躊躇のない様子にアウアウと口をパクパクと動かしながら真っ白になるトーラと、彼女の表情に気が付いて顔面蒼白で微速後退を始める年長組であったが、残った最後の一個をリリィが秋水に差し出すのであった。

 

「うん。私のものと同じぐらい美味しいぞ、秋水」

「お嬢と同じレベルっていうのが本当なら遠慮させてもらうんですが、トーラのだから・・・」

 

 苦笑しながら最後の一つを手に取ると、秋水は苦笑しながらクラブサンドに口をつけ、咀嚼しながらやがて破顔する。

 

「んっ! やっぱり全然美味いじゃん!」

「!!」

 

 秋水のその言葉を聞いたん瞬間、トーラの周囲に花が咲き誇ったのを年長の少女達は確かに目撃し、頬を紅潮させながら上機嫌になった彼女の様子を見ながら、『そうやってチョロイ反応しちゃダメなのよ! よし、後で説教しなきゃ。秋水を』と急遽取り決めるのであった・・・秋水には全体的に手厳しい少女達である。

 

 そして午後の日差しが少しだけ傾き、リリィ達が食事を終えてチビッコ達の口を拭ってそろそろ場所を変えようと立ち上がった時であった。

 

 ―――砂煙を挙げて街中を爆走する集団―――

 

「???」

 

 全員が何事かとそっちを向いて集団を観察すると、戦闘をひた走る黒人の男達に見覚えがあった。

 

「・・・ルッツ、ドミニク、ドゥエのおっさん?」

 

 ドレッドヘアにラテン系の顔立ちの普段は陽気そうな表情を浮かべて女のあれこれを秋水に講釈してくる、亡国機業陸戦隊で主に航空機の操縦などの支援を行ってくれる凄腕パイロットのドゥエであった。そしてその後続にこの地元出身の戦闘員であるルッツとドミニクが、その他の続いて走ってくる者たちも皆、亡国陸戦隊のベテラン勢である。

 戦場でそれこそISと生身でタイマンやらされでもしない限り、決して余裕を失いそうもない彼らが今は命の限りを尽くして全力で逃走を行っている。この異常事態に陸戦隊総隊長の行動は誰よりも速かった。

 

「!!」

 

 弾丸の如き速度で集団の元に飛び込むと同時に、両腕と両脚にISを部分展開して片手で黒槍の獲物を構える。

 鉄パイプ、ハンマー、金属バット、釘バット、農機具、警棒、その他武装の数々・・・を持った数十人の暴徒の前に踊り立つと、高速で黒槍を旋回させながら技の名を叫ぶ。

 

「(対人用にかなり手加減しての)ケイロンズ・ライト・インパルスッッ!!」

 

 ―――街中に突如出現する『小型』の竜巻―――

 

 猛烈な旋風は街路樹を揺らしつつ店の看板や商品を一緒に巻き上げながら、暴徒達を打ち上げて地面へと落下させる。

 

「ふんっ!」

 

 ―――上空数十メートルまで打ち上げられた人々が、浮遊してるかのようにゆっくりと落下してくる―――

 

「な、なんなんだよ。これはっ!?」

「・・・こいつは」

 

 地面に落ちる直前、落下していた暴徒全員に細かく風のブレーキをかけてあげる細やかさを見せる騎士姫に暴徒達の視線が集中する。

 

『流石姫さんッ! 一生付いていきます!』

「姫さん言うなッ!」

 

 大の男共が見栄も恥じらいも投げ捨てて年頃の少女の背後に回り込んで隠れようとする中、暴徒達が地面にゆっくり足をつけると同時に少女は槍の切っ先を突き付けながら宣言した。

 

「我が同胞への謂われなき暴力。一方的な私刑・・・断じて罷りならん!!」

 

 後光さえ差し込む、ご当地密着型テロ組織『亡国機業(ファントム・タスク)』の年間人気投票堂々一位のセイバー・リリィの言葉に、露天のおばちゃん達から『リリィちゃん、頑張り屋さんや・・・少しは、見習えクソ虫共! ペッ』とリリィを誉めながら、後ろに集る親父共に唾を吐き捨てていく。

 しかし、そのリリィの言葉を聞いても暴徒と化していた者達からは不満の声が止まることはなかった。

 

「謂われなくねぇし」

「一方的ちげぇし」

「えっ?」

 

 それはどういう意味なのか?と首を傾げるリリィと違い、普段から別の意味で散々世話を焼いている秋水と、親父共の素行を知っている年長の少年少女達が冷たい視線をして、大体の予想をつける。

 

「(どうせ、ツケの分の請求から逃げ回ってたんだろうが)今日はもうこのぐらいで・・・お嬢は引き上げるぞ」

 

 あんまりこういうことに巻き込むと鬼の副長の逆鱗に触れて叱られてしまう・・・怒る対象は自分じゃなくてこのどうしようもない奴等だろうがと思う秋水であった。

 

「・・・なるほど。日頃から私の部下達が大変な迷惑をおかけしてしまっているのは皆の様子から理解した」

 

 ようやくだが何となく事態を理解したリリィ冷や汗を垂らしながらも、それでもと声を張り上げて必死の説得を開始する。

 

「しかし!! 我々には言葉がある!! 対話と相互理解の機会をいただきたい!!」

「(辞めたほうがいいと思うんだが・・・どうせジジィ共の小銭の諍いだろうし)」

 

 少年少女たちの目からも『どうせ無駄だって』との無言の声が上がる中、リリィは部分展開を解除すると、転がっていた椅子を自分で持ち相手に差し出すと、お悩み相談室のように自分も座りながら話を聞く体勢をとる。

 

「じゃあ、俺から聞いてもらっていい?」

「承りましょう!」

 

 敬語で返事するリリィに対して、近所で自営業を営む男性(48)は釘バットを手に持ちながらこう告げる。

 

「お宅の部下がうちの家内(46)と浮気しやがった。そして嫁入りが決まっていた娘(20)とも肉体関係があったみたい」

「・・・・・」

「真っ黒過ぎるわ! おとなしく釘バットで殴られろ!!」

 

 一気に真っ白になって硬直したリリィの代わりに、秋水が激怒しながら叫ぶ。

 

「あ、俺も・・・お宅の部下と嫁が酒飲んで浮気されました。証拠の写真あります」

「こっちもかよ!」

「うちも」

「俺のところも」

「うちは酒に酔っぱらってる状態の浮気現場のメールが来た。殺していい?」

「・・・下半身ごと切除されちまえ」

 

 むなしくアホ毛が揺れる真っ白なリリィと、擁護する気なんてまるでなくなった秋水の前に、被害者一同から次々と罪状が並べられていく。

 

「儲け話があると財布ごと金を巻き上げられた。ツケでお願いと言われたけど信用できない」

「店のレジから金が盗まれた。汚い字で『後日返す』とだけ書かれたメモがあった。返ってきた試しがない。ツケでお願いと言われたけど信用とかする気がない」

「店の商品丸ごと持ってかれた。ツケでお願いとかいうけどツケの概念をこいつ等が理解してるとは思えない」

「店の男従業員の態度が悪いと毎回タダ飯食らって帰る。そのくせ女性従業員はナンパしようとする。両方最近ノイローゼ気味で許せん」

「酔っぱらった隊員同士が喧嘩して庭の植木全壊させやがった」

「買ったばかりの新車を無理やり運転して廃車にされた」

「ペットの毛を全部刈られた」

「酒が入るたびに店の看板に落書きして帰りやがる」

「音痴が昼間から騒音歌ってもう限界」

「何回言ってもうちのトイレで勝手に用を足して帰りやがる。しかも後を流さない」

「小腹が減ったからといって孫から飴玉取り上げやがった」

 

「警察の人! 犯人達はここです!! 早くコイツ等捕まえてください!!」

『イヤぁ~~~』

 

 照れながら頭をポリポリと掻くオッサンどもの姿を見ながら、自分から警察に電話して強制連行してもらおう、と割りと本気で悩み始めた秋水の指がスマフォのコールボタンにまで届くのであった。

 一方、そんな最低中年達の姿を目の当たりにしたトーラと少女達はすっかり怯え切り、互いに抱き締めあいながらオッサンどもと視線が合った瞬間、拒絶の言葉を口にする。

 

「最低ですっ! こっちに来ないでっ!?」

 

 涙目でそう訴える美少女の言葉に、流石の屑いことに定評があったオッサン達も肩を震わせながら項垂れ・・・。

 

「・・・・・・・・・・・・・今のいい」

「・・・・・・・・・・・・・お前もか?」

「・・・・・・・・・・・・・トーラちゃんほどの美少女に罵倒されると、ちょっと興奮する」

 

 雷に打たれたかのように、新しい性癖を開眼させるのであった。

 

『ハァハァ・・・もう一回、お願いしますッ!!』

 

 口をそろえて罵倒を要求する変態共の姿に、ガチで涙目になるトーラが子供達と共に震える中、こっそり懐から銃を取り出して背後から撃ってしまおうかと秋水が本気で悩みだす。しかもその隣では、部下達の所業の数々に心が砕かれたリリィが近所のおばちゃんたちに心配されながらも地面に蹲っていた。

 

「もうよしな! コイツ等の悪事はリリィちゃんの良心の許容量を大幅に超越してるんだよ!」

「リリィちゃんのせいやない。アイツ等が人生やり直したほうがいいレベルの屑なんや」

「ダグ。あんたもかつては先生先生言うて真面目に生きとったのに・・・今じゃただの真面目のマも掠らん生ゴミになり果てよって」

「浅黒く腐った猛毒の餅や」

「ルッツッ! ドミニクッ!? そこのチンピラ二匹は毎度毎度毎度・・・忌々しさを固めて人型にして蛇蝎を埋め込んでも、ここまで不快になるもんなんかね?」

「アンタ達、恥ずかしくないのかい!」

 

『ぜーんぜんっ!!』

「(やっぱ度し難い人間の屑共だ)」

 

 虫けらを見るような忌々しい目で秋水に見られていることに気が付かない愉快な生ゴミ・・・もとい屑親父ズの反省の見られなさに、リリィは涙を流し鼻水啜りながら陳謝する。

 

「皆・・・済まない。だが・・・あまりにも・・・あまりにも!・・・あまりにもぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

 『ちょっと好きなだけ街の人達に半殺しにされてください』と放置していくことを決めた秋水が、項垂れながら尚も泣き続けるリリィをトーラと少女達と一緒に連れ出す中、『あんな良い娘さん上司泣かせてんじゃねぇぇっ!!』『良い休憩になったぜ野郎どもぉ!?』という野太い声が背中に聞こえてきたのだが、黙認することにするのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

「グスッ、ングッ・・・」

「もう泣かないでリリィ?」

 

 とりあえず表通りの騒がしい集団から遠ざかるように裏通りの路地裏を歩く秋水達は、未だにショックから立ち直れないリリィにハンカチやチリ紙を差し出しながら必死に慰めていた。

 

「もう気にすんなよリリィ姉ちゃん」

「そうだよ。母ちゃんだってリリィ姉ちゃんは頑張ってるって言ってるぜ」

 

 英雄『アレキサンドラ・リキュール』に寄り添うように作られた亡国機業とこの街中において、直参の弟子が未だに数多く在籍する陸戦隊は特に一般人との結びつきが強く、家族ぐるみでの付き合いが行われているのだ。

 街中において二代以上続いてる商店と何十年来の顔馴染みの隊員達にとって、この街はすでに生まれ故郷に次ぐ第二の故郷であり、それゆえか治安維持にも隊員達は何食わぬ顔をしながらも命令無しに参加し、街中の凶悪犯罪率の低さもそれを物語っていた。ちなみに軽犯罪者の占める割合のうち、6割が陸戦隊員という惨状ではあるが・・・。

 つまりは『住人からは愛されている社会の屑共』ということなのだ。言葉に変換すると物凄く違和感しかないことに秋水は戸惑いながらもその事実を改めて実感する。同時に、そんな陸戦を率いて戦場を駆け抜け、気が付いたら街一番の人気者になっているリリィの存在の大きさにも・・・。

 

「リリィちゃん、どうしたんだい?」

「屑共が馬鹿やったことを知っちまったのかい? ああ、なんてことだい」

「気にしちゃいかん。先生おったころからコソコソ隠れて馬鹿やってた屑共のなんやから」

「ほら、串焼き食べな」

 

 渡された串焼きを手に持ち、モグモグと泣きながら食していたらいつの間にか機嫌を元に戻していたリリィを見ながら、ああやっぱり立派に陸戦の一員なんだと実感するのであった。一方、おば様とお子様に大人気のリリィと二分する人気投票第二位の少女はおじ様連中から熱烈な歓迎を受けていた。

 

「こんにちはトーラちゃん、相変わらず美人さんじゃな」

「どうだいトーラちゃん。うちの孫なんぞ紹介させてもらえんじゃろうか?」

「うちの下の息子は年上じゃが、大学病院勤務しとるエリートじゃよ?」

「ワシの実業家の甥っ子もそろそろ身を固めていい歳なんじゃが、どうにも相手がおらんのじゃが・・・」

「正直に話す。むしろワシの嫁になってくれんか?」

「え、ええっと・・・」

 

 困った表情で曖昧な笑顔を浮かべ、遠慮させていただきますと両手を前に出してやんわり断るトーラの姿を秋水は改めて見つめてみる。出会えば街の誰もが振り返る超級の美少女はただそこにいてくれるだけで華やかさを世界に与えてくれるのだ。少なくとも短い『外』の世界で生きてきた人生の中でトーラ以上の美人と出会ったことのない秋水にとって、彼女は本来は自分の手が届くことなんてない存在のはずなのに、なぜかいつも自分に対して話しかけてきてくれる。

 

「(まあ、大好きな姉ちゃんの腹心の部下だしな。一応)」

 

 こんな解釈をする横顔を間近で見ていた子供達から、冷たい視線を送られていることに気が付かない秋水に、声をかけてくる店主がいた。

 

「タッハッハッ! 今日はどうした秋水?」

「ラクーン爺さん」

 

 相撲取りほどもある脂肪分の上からアロハシャツ一枚とジーパン、頭に派手な柄のバンダナを巻き、手入れがまるでされていないもじゃもじゃの髪の毛と一体化した髭を生やした超大柄の老人が、金槌片手にアンティーク家具のタンスを修理していたのだ。

 秋水が非番の日に、アンティーク美術品の修繕のアルバイトをしている臨時のバイト先の老人であり、この裏通りにおいてもっとも古い店の一つを経営する名前が不明で、タヌキに似たその容姿をみんなから「ラクーン(タヌキ)爺さん」と親しみを込めて呼ばれているのだ。

 

「ラクーンッ!」

「タッハッ!! リリィちゃんっ!!」

 

 年老いた老人でありながら2m余りある巨体でリリィを赤子をあやすように持ち上げる姿は、遠くから会いに来てくれた孫を出迎える祖父のそれである。タプタプの下あごの肉をリリィが触り心地良さそうにタプタプしていたところ、彼女にラクーンが問いかける。

 

「タッハッ・・・今日はどうした、トーラちゃんもいっしょにデートかい?」

「でーと・・・だったのか、トーラ?」

 

 首をかしげて問いかけるリリィに対して、真っ赤になって顔を伏せてしまうトーラと、話半分に自分が修理しかけていたテーブルの状況を確認し始める秋水。そんな三人の状況をしばし観察したラクーンは、小声でリリィに話しかける。

 

「(秋水のやつ・・・何かあったな?)」

「(今日はレオンと訓練していただけのはずだが)」

「(それとトーラちゃんは?)」

「(訓練が終わって・・・そういえばめかし込んでいるような)」

 

 秋水の微妙な表情、リリィとトーラへの距離感、それらを一瞬で見極めたラクーンは何かを思い立つと、店の奥に入り、数分後に何かを持って出てくる。

 

「おい、秋水」

「ん?」

 

 40センチほどの小物入れを二つ持ってきたラクーンは彼が見ていたテーブルの上に置くと、彼に突然問いかけた。

 

「ハイ、クイズ。高いのはど~っちじゃ? 触っちゃいかんぞ」

「なんだよ、藪から棒に」

 

 いきなり始まったクイズ大会に、リリィや子供達も勝手に参加してくる。

 

「俺、右!」

「私、左! だって右のほうはボロボロだもの!」

「いや、こういうものは・・・こういうものは・・・」

 

 必死になって頭を捻るリリィをよそに、ある程度知識を持っている秋水はそれぞれを見比べながら考え込む。

 

「(年代的に右のほうが古いけど、状態は左のほうがいい・・・それに左のほうには)」

 

 外見から判断した秋水は左の方を指さす。その答えを聞いた老人は満面な笑みを浮かべながら・・・。

 

「ブッー。正解は右」

 

 なぜならと彼は小物入れの蓋を開き、中身を皆に見せる。

 そこの中には明らかに高そうなサファイヤとルビーのついたネックレスが二つ入れられており、その輝きに皆が息をのむ。

 

「何故なら右の中には、こんな宝石が入っておるから。たっはっ!」

「触れんなとかいいながら中身の値段込みとか、卑怯だろうが!!」

 

 ツボに入ったかのように笑い出す老人に詰め寄る秋水であったが、そんな彼の頭を軽く撫でながら老人は笑顔で言葉を続ける。

 

「たっはっ! 誰かさんと同じじゃ」

「何がっ?」

「外見がどうではなく、中には確かな輝く物を持っておる。なあ、リリィちゃん、トーラちゃん?」

 

 秋水を指さしながら自分たちに問いかけてきたことの意図を理解したリリィとトーラが、満面な笑みを浮かべんながら頷いた。

 

「うん! ちゃんと輝く物があります」

「そうだ。私達にもそれがちゃんとわかります」

「!?」

 

 二人の言葉を聞き、顔を真っ赤にした秋水はその場から一目散に立ち去るように二人の手を握って早足で歩きだす。その姿を見送りながら、老人は最後に振り向かずに歩き続ける秋水の背に言葉を投げかけるのであった。

 

「お前さんもいつか大事にしているものを、引き出しから出してみせえよ」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 ―――鵜飼総合病院・特別入院病棟―――

 

 窓から夏の風が吹き抜ける病院の一角において、VIP患者用に作られた病室に入院させられていた千冬は、厳しい表情のもとに空を見つめ続けながら、やがて何かの意を決したかのように備え付けの引き出しから、自分が普段使っているスーツを取り出すと、小声で一言ぽつりと呟いた。

 

「・・・また心配をかけてしまうな、一夏」

 

 

 

 

 





昨年の亡国機業人気投票(非公式)


・堂々一位、セイバー・リリィ(3万2456票)

・貫禄二位、アーチャー・トーラ(3万0164票)

・急追三位、ライダー・スコール(1万7987票)

・流石の四位、『元祖』アレキサンドラ・リキュール(1万500票)

・ちゃっかり五位 元陸戦テレサ・バンガード(8072票)

その他の沢山のご応募、誠にありがとうございました!(亡国機業広報課)




人気投票できるのに秘密結社とは一体何なんだろうか?(哲学)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間③



視点ががらりと変わって、いきなり彼女の追憶から始まります







 

 

 

 

 

 ―――もしも正しき『神』が私達のことを見ておられるのでしたら、どうか私達の罪をお許しにならないでください―――

 

 

 

 手記『〇月〇日』

 

 冬にもなれば零下40度を下回る吹雪が吹き荒れる極寒の北の大地において、この『実験』は密やかに行われることとなった。

 

 ほとんどの生物の生存が許されない環境の中、核シェルターを上回る強度を誇る外壁で覆われた巨大な建物は大きな街一つの大きさを誇り、それでいて如何なる軍のレーダーにも映らないように建物そのものに特殊な技術でシールドをされ、下界との一切の交流を遮断したこの『ラボ・アスピナ』は、我々が行う行為から理性を奪い去るには十分なものだったのかもしれない。この地に集められていた人間は大きく分けて二種類。一方は各界においてそこそこの成績を収めている優秀な技術者達。もう一方は国籍を持たず、年齢も人種も出身地もバラバラの子供達であった。

 

 そしてこんな辺鄙な場所に集められたグループの後者・・・我々技術者は、中央研究室に展示されてる『ソレ』に視線を集め、皆が一様の不安と未知の物への抑えきれない興奮を隠しきれずにいる。

 

 ―――脈打つ心の臓のように怪しい光を点滅させるISコア―――

 

「これは現在世界のどこにも確認が取れていない、全く未知の新型コア・・・・・・これを使って、皆様には最強の『IS』を製作していただきたいのです」

 

 そう言って私達に話しかけてくるのは、この研究室の総責任者であり、研究所副所長の『モルガン・グィナヴィーア』。

 十代後半の時に熱力学で栄誉ある賞を受賞したこともある天才であり、同時に数年前に彗星のごとく登場したISを起動させる稀有な才能があると噂された才色兼備の美女であった。だが突如として表舞台から消え去った彼女は、その後の行方を誰にも悟らせないまま、今はこうやって様々な分野の技術者を統括する立場にいる。

 

「・・・・・・」

 

 そしてそんなモルガンの隣に立ち、飴玉を舐めながらもこちらを値踏みするような無言の視線を向ける見た目は十代前半の『少女』。彼女を前にした者たちは皆、口を閉ざして明らかに恐れを抱いてた。無理もない・・・私達は歴史的な人物を前にするにはあまりにも中途半端な存在であるのだか。

 

 メディア・クラーケン・・・この名を言われて何者かと答えられる一般人は皆無だろう。兵器マニアか何かなら第二次世界大戦当時に兵器開発をしていた人物の一人であると答える者がいるかもしれない。

 だがこの世界の科学者にとって、メディア・クラーケンとは何者なのかと問われれば、畏怖と敬意と恐れをもって相対しなければならない存在なのだ。

 

 現在、世界に存在する約3分の2の兵器は彼女の発案した物を改良したとされ、一般的に使われている電化製品すらも、彼女は手遊びで作ったものが多いなどと一体どこの誰が想像できるというのか。近代の偉大な科学者達といわれる者達がまさか彼女から設計図を買って、それを自分の開発したものだと発表している事実は世界的に暗黙の了解とされている。もしそれを発表してしまえば待っているのは身の破滅だと、科学者達は皆が知っているのだから。

 

 かつてこの世界にいたという、救世主(セイヴァー)の陰として彼女を支えた相棒(パートナー)。神の如き慈愛を持つ英雄と相反する悪魔(アモン)、対の存在を有することで裏世界最大の勢力を誇れる『亡国機業(ファントム・タスク)』において、英雄を亡くした現在も科学部門統括として最新鋭兵器の開発を行い、世界支配に最も近い位置にいるといわれているメディア・クラーケンの視線は、底知れない何かを私に伝えてくる。

 

「・・・・・・」

 

 彼女は先ほどから一言も話すことなく、モルガンが出す指示にも反応を占めることもない。ただ私達を濁った瞳で見つめてくるだけだ。

 年齢を考えれば相当高齢のはずなのだが、彼女の容姿は十代前半のものを維持している。化粧で誤魔化せるレベルではない。おそらく投薬かナノマシンを用いた老化の抑制を行っているのだろう。だが、病的に白い肌と整った美貌の中にある感情が暖かなものではないことは見ていても私には伝わってくる。

 

 ―――我々を人ではなく、『家畜』として見下しているような瞳――‐

 

「・・・・・・開発プランは以上です。引き続き、各レセプションに分かれて作業をしていただくための配属を発表させていただきます」

 

 助手であるモルガンの説明が終了し次々と配置が決まっていく中、私は彼女の視線が一体何を見ているのか、我々は本当にただISを開発させるために召集されたのか、私達はこの天然の監獄から晴れて無事に暖かな大地に帰れるというのか、何一つ明かされていないままに踏み出す状況に対して、戸惑いが隠せずにいた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 手記『〇月〇日』

 

 【プロジェクト・アンサング(語られぬ者)】と名付けられたこの計画は、土台が荒唐無稽の話だったのかもしれない。

 

 『最強』のISの創造・・・メディアから与えられた命題は分かり易くも難儀を極めるものであった。

 現段階、世界に二つとない『ISとオーガコア』が融合した全く新しいハイブリッドコアを搭載させたISを最強と言わしめるには、どうすればいいのか?

 

 様々な参考資料と意見が出揃う中、我々がまず一番最初に着目したことは、現時点において比類なき最強のISと思われている、第一回モンド・グロッソを圧倒的な強さで勝ち抜いた、『ブリュンヒルデ』織斑千冬の駆る『暮桜』であった。

 一撃必殺の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)『零落白夜』を操り、全てのISをその白刃の元に斬って落としていく彼女の姿に、我々は最強の方向性を定めることにする。

 

 『零落白夜』の前には如何なるシールドバリアも意味はなく、彼女の技量と暮桜唯一の武装である『雪片』の前には装甲での防御は無意味に等しい。

 織斑千冬の戦い方には無駄がなく、そして射撃兵装に対しての反応速度は尋常ではない。科学者であって格闘家ではない私が言うのもなんだが、アレはただ勘が良いとか第六感が優れているとかという次元の話ではない気がする。無論、動体視力やほかの五感も優れてはいるのだろうが、ハイパーセンサーによる強化にしても限度はある。まるでそれらを超越した『何か』で他のISの動きを捉えているかのような動きに見える。

 また近接用ISということか、暮桜の速度も異常なほど速く、高機動パッケージを用いずとも編み出された高速マニューバで敵ISを必ず追い詰め、高火力による火砲などは構えて照準を合わせている間に叩き斬られる。かといって暮桜の足を止める補助兵装を並行して使用させても、零落白夜と雪片の斬れ味がある限り無駄骨にしかならない。

 

 一見尖った性能にも思えた機体の難攻不落ぶりであったが、これが逆に機体開発部にコンセプトを固まらせる要素となる。すぐさま機体開発部の者達は本体の設計図を引き、程無くして開発の許可をメディア所長が下す。

 

 

 ―――機体性能の全てを『速度』に凝縮することで生まれる超速戦闘IS!―――

 

 

 防御できない攻撃の全てを回避し、逆に高速戦闘戦で相手を一方的に追い込む。これ以外に攻略手段がないと判断した開発部によって、最強を屠る最強のISは生まれることになった。

 またこの頃、参考資料の一つとして与えられた亡国製ISの一機の機体が設計の段階で大いに役立つこととなった。フレーム周りの基礎設計が本計画機にも流用できるのではという話だ。極限まで無駄を削ぎ落す必要があるこの計画のISと似て、向こうも相当尖った設計の機体となったらしく、大出力機関を搭載することが前提のISが既にロールアウトしているとのことだが、設計プランに無理がありすぎたらしく、ここ最近まで肝心要の操縦者が存在していなかったとのことだ。

 

 最強を屠る最強のISを操る操縦者………これは我々にとっても無視できない問題になるかもしれない。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 手記『〇月〇日』

 

 やはり計画には無理があった。いや、これは欠陥と言ってもいい。メディア所長はこのことを最初から想定していたのか?

 

 急ピッチで組み上げられながらも高い完成度を誇るボディに、史上初となる二つの異なるコアが融合したハイブリッドコアを内蔵させたISを我々は『アンサング』と名付けた。正確には当初はもっと別の名で呼ばれるはずだったが、メディアがポツリと漏らした言葉が計画の名となり、そして本機に名付けられた。

 別段彼女は一言も我々に強制はしていない。だがあの瞳で見られたとき、我々は目に見えない鎖で首を曳かれ返事を強制させられた気がした。それらは同調圧力となり他の者たちの意見を握り潰すことになる。

 

 『アンサング(称えられることはない)』を一応の完成をさせた我々は、最初の起動実験を試みた。あくまでもこれはただ組み上げたISを起動させるだけの実験でしかない。それ以上の意図は我々にもありはしなかったのに………。

 

 最初の起動実験に選ばれたのは、『N』ナタリア。26人いる被検体であり正操縦者候補の14番目・・・研究所に送られてきた26人の子供達に最初に行われたISシンクロの適正テストによって振り分けられたアルファベットのナンバーは、そのままコードネームとなり子供達を唯一識別する物となる。

 コードネームで呼ばれる訳、それは単純に彼女達には研究所より外の世界の記憶が一切ないからだ。26人全員の記憶が一切なく、またそれ以前の記録も問い合わせてみた所どこにも存在していない。捜索願もどこの国にも存在しておらず、まるでこの26人の子供達は最初から世界に存在していない扱いのようだった。おそらくこの研究所に送り込まれてくるときに徹底したそれ以前の人生の『洗浄(フィルタリング)』が行われていたのだろう。この時点で私はすでにこのプロジェクトが人命よりも成果に重きが置かれていると気が付くべきであった。

 

 そして整備用ハンガーの上に置かれているアンサングにナタリアが乗り込み、フィッティングの為に電源を立ち上げた時、事件は起こる。

 

 フィッティングが開始されて数十秒後、突然奇声を上げたナタリアが隣でデータを採取していた研究員の頭部を掴むと、文字通り『彼』の頭部を握り潰し死体を貪りだしたのだ。瞬く間に灰色の機体色が鮮血で染め上がり、濃い血の匂いが実験室に立ち込める中で次なる獲物を捕らえようとナタリアが腕を伸ばし歩き出し・・・電源ケーブルを無理やり引き千切りそのままISを停止させた。今回はあくまでも起動用の実験データを取るための段取りだったためか機体のエネルギーバイパスを解放させずに全て外部電源で行ったことが功を制したようだ。

 我を取り戻した私が駆け寄り、アンサングの中にいるナタリアに声をかけるが返事はない。苛立った私が出来上がったばかりの機体を破壊する覚悟で、仲間の研究員数人と共に工具と電動器具を使い手動で彼女を機体から助け出すと、白目をむいたまま仮死状態になっていた。すぐさま蘇生処置を施して一命を取り留めたが意識が戻る気配がない。

 

 何が原因の事故であったのか・・・オーガコア特融の暴走事故に関しては我々もすでに詳細は承知している。そのことを考慮し、亡国本部から送られてきた最新のプロテクトを用いて意識が乗っ取られないように気を使っていたにも関わらず事故は起こった。

 ありのままの報告をメディア所長にするよう指示されたのは私であった。操縦者のメンタルカウンセリグとバイタルの調整の担当を任されている私に報告させた辺り、他の研究者達は機体ではなく操縦者側に問題があったと思っていたのかもしれない。

 私は最悪今のポジションを解任される事を覚悟の上でモニター越しに座るメディア所長に事実を伝えると、返ってきた答えは我々の想定を超えるものであった。

 

 ―――『やはり』そのままでは無理か………生体改造も必須だな。資材の手配は済んでいる。明後日までに全て届くはずだ・・・向こう半年以内に全ての被検体に『生体改造』を施せ―――

 

 まるでこうなることを見越していたかのように淡々と指示を出すメディア所長は、さらに気になることを言い出した。

 

 ―――あと、被検体『A』『B』『D』のパーソナルデータは随時送れ。詳細な物が見たいからフィルタリングにもかけるな。ありのままのデータを送ってこい―‐―

 

 何事かと聞き返すこともできずに呆然とする私に対して、メディア所長は詳細な各操縦者達の詳しいパーソナルデータとバイタルチェックを行うよう指示を出し、一方的に通信を切る。

 呆然として部屋に残された私はメディア所長の言葉の真意がどこにあったのか考え込む。なぜ『A』『B』そして『D』と限定したのだろうかと・・・。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 手記『〇月〇日』

 

 送り込まれてきた子供達は人種も年齢にも開きがあり、もちろん記憶を失っているにもかかわらず性格や個性はそれぞれがあった。最も、年齢に関しては全員が年若いということは限定されていたが。

 その中で特異な存在が何人かいた。

 

 ナンバー『A』のアウラ・・・このラボ・アスピナの操縦者たちの中で群を抜いた操縦技術とシンクロ数値を誇り、精神的な安定度も非常に良好な操縦者である。アスピナの研究者の間ではほぼ彼女がアンサングの正規操縦者になると内心では確信している者も多く、事実私も彼女が本命であると半ば確定事項として認識している。

 唯一の問題があるとするならば、彼女の性格は極めて穏やかで心優しく常にほかの操縦者達を心配している。こんな場所に送られたこと自体が不憫に思えてならい。少し歯車が違えばこんな極寒の最果てではなく、暖かな都会で普通の少女として生きていけたはずなのに・・・。

 こんな少女が戦闘兵器の完成形となるアンサングの操縦者としてやっていけるのか、明らかに戦闘向きではない性格は彼女を苦しめてしまうだけなのではないのか?

 

 次にナンバー『B』のバティ・・・ラボ・アスピナの操縦者の中で最も優れた潜在能力を有しているのは間違いなく彼女だ。こと瞬間的なシンクロ率の数値は『A』アウラを大きく上回る数字を示す時もあるが、如何せん精神的に不安定過ぎる。また最年少の少女ということもあってか、操縦者に必要な身体能力が未発達なのも問題である。いくら生体改造が実施されているといっても、無尽蔵に何もかもを改造できるわけではない。作り変えるべき『器』があって初めて生体改造は実施されるのだから、年齢の未熟は無視できない問題だ。

 また先ほど述べたように精神的な未発達な部分が、戦闘時にどのように彼女に作用するのかも不透明だ。それに『A』アウラを姉か母のように慕っている姿を見るたびに、私の胸に走る痛みが良心の在りかを教えてくる。そんなものはとうに捨て去ったはずなのに・・・。

 

 この二人の操縦者はほかの操縦者たちと隔絶した数値と能力を有し、シュミレーションの結果『ブリュンヒルデ』織斑千冬に勝利を得れる可能性が最も大きい。否、この二人でしか『あの機能』の完全制御は不可能だろう。ましてや・・・。

 

 ナンバー『D』デイズ・・・お前は何を見て、何を考えている?

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 性能を引き出せる良好な操縦者もいれば、一方で極めてデリケートかつ異常な問題を抱えている操縦者もいるのが今回の『アンサング・プロジェクト』の仕様だ。

 その極地であるのが、『Z』・・・プロジェクトに選ばれた操縦者の中で最も低い適正であり、おそらくはある『一点』のみの他の操縦者には存在しえない特徴を持って選ばれた者なんだろう。操縦スキルも平均値であり、高い教育を受けた痕跡もないためか知性のほうも期待できない。

 性格は素行不良を絵に描いたような物で、『A』アウラのような他者との和を尊ぶような気は一切なく、職員に対しても日頃から平然と噛みつき、メンタルカウンセリングの担当である私に対しても粗暴な言動を行い、公正する気もない。そのためかとっとと廃棄処分にしてしまえと言い出す研究者達も少なくない数存在している。

 にも拘らず、『A』アウラは彼と頻繁にコミュニケーションを取ろうと積極的に話しかけるのを多々見かける。『B』のバティに関してはその逆に、彼のことを露骨に毛嫌いしている節すらあるが、おそらくは『A』アウラを取られてしまったという感覚から来ているのだろう。傍から見れば意中の人ができた、親しい姉のその相手に嫉妬する妹のようにも見える。そんな彼らを見つめていると、時に私は自分自身の中にある物が腐り落ちているような気がしてならない。私は一体何をしたくてこのアスピナにいるというのだろうか?

 子供らを自分達の欲と惨めさを満たすために犠牲にしている現実を前に、私は今日、つい口にしてしまった。

 

『もし、私がいなくなったのなら、できたら名を貰ってほしい』

 

 偽善ですらない。これは堪り兼ねた良心の呵責が言わせた逃避行動だ。だというのに、アイツは私の言葉にハトに豆鉄砲を食らったような顔をした後、「わかった」と一言だけ告げてくれた。

 

 愚かだ。私は本当に愚かだ・・・『Z』ジーク。お前はわかっていない。

 

 どこの父親が自分の息子を兵器に改造するというのだ?

 

 

 

 ☆

 

 

 

 これは必然なのか?

 おそらく偶然ではない。最初から仕組まれていたと考えれば筋は通ってくる。

 すでにプロジェクトのために集められた操縦者のうち、生き残りはごく僅かだ。あとは機体に全て『食われて』しまった。

 こんな機能は機体設計の段階で想定していなかった。おそらくコアの仕様であると私は考える。モルガンは報告と現場の写真を見て顔を引き攣っていたことを考えると、知らされていなかったのだろう。メディア所長・・・いや、メディアはこうなることを最初から理解していたのか? 

 いや、もう一人、最初から理解していた。否、途中から知らされていたかもしれない人間がいる。

 

 『D』デイズ。私は初対面から彼女に違和感を感じていた。

 記憶洗浄が行われていたにも拘らず、ほかの操縦者達のような狼狽ぶりもなく、『Z』ジークのような苛立った様子もない。そして彼女が私やほかの人間を見るときの『目』にも、正直私は嫌悪の情を隠せずにいられない。実験動物(モルモット)を冷徹に観察するかのような瞳は、どことなくメディアを彷彿とさせていたからだ。

 そのメディアとも繋がりはあるのだろうか? 『A』アウラや『B』バティと共に彼女のデータを送るようにメディアが私に命じたことも気にかかるが、一度だけメディアが通信越しに『A』アウラと『D』デイズに対面したことも判断の材料となった。

 会話には守秘義務が課せられ、何を三者は話し合ったのか私は知らされていない。ただあの日から『A』アウラは表情に影が掛かることが多くなった。『D』デイズに関しては様子に変化は見られないが、時折『A』アウラに何かを話しかけているようだ。『A』アウラにその内容を聞いたところ他愛もない話だと言われたが、本当にそうなのだろうか? 『A』アウラは私にも何かを隠しているのではないのか?

 『D』デイズの戦闘スキルは正直に言えば『A』アウラに次ぐ実力者だ。シンクロ率こそ第4席に甘んじているが、安定性を考慮すると最もアンサングが求める操縦者の理想像に近い。また戦闘時に平常心を保っていられる理性もそれに拍車をかけている。『A』アウラがいなければ間違いなく彼女を正規操縦者として選んでいたのだろうが、私は彼女に強大なアンサングの力を渡すことに躊躇を覚える。

 

 これはごく個人的な感傷だ・・・もし願わくば、アンサングを手に入れるものは、犠牲になった命達の在り方に報いれる者をと私が勝手に考えているだけなのだが。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 もう時間はない。おそらくメディアは明日中にもこのアスピナ全てを消滅させるつもりだろう。

 

 愚かな私は今日まで何一つ選ぶことなく、ただ流されるままに生きてきた。その最果てに『A』アウラは犠牲になったのだ。償いを唱える権利すら私にはない。

 

 だが何としても『B』バティだけは渡すことはできない。メディアはすでにアンサングに興味を持っていない。いや、最初から彼女はそんなものに大した希望を抱いていなかった。彼女は自分以外の人間に希望を抱かない・・・。

 

 今のうちに他の者たちと共にアンサングのパーソナルデータを『Z』ジークの物に修正しておかねば・・・。

 

 『Z』・・・いや、ジーク。私はお前に告げなければならない。

 

 私達がやってきたことは確かに世間に後ろ指を指される行為だ。そして、断固として断罪されて叱りなことでもある。でも、意味は確かにあった。プロジェクト『アンサング』は確かな意味を持ったのだ。

 

 ジーク・・・。

 

 我が息子よ。お前こそが私達の『意味』そのものだ。

 お前に命は続いていくのだ。だから例え、誰が相手でもその流れを断ち切ることはさせない。

 

 私は悪魔(メディア)に反旗を翻す。だから『D』デイズからバティを連れて逃げ果せてくれ。

 

 

 

 そして頼む、アウラ。二人をどうか守ってやってくれ

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「・・・まったく」

 

 一冊の表紙が焼けた日記帳を閉じた聖職者(シスター)は、溜息をつきながらそれを手持ちの籠の中に隠すと、木陰の下から日の当たる通りの方を歩き出す。そして道を曲がり、一人の人物と肩がぶつかりそうになるのであった。

 

「きゃあっ!」

「あ、ごめんなさい!」

 

 どう見ても良家のお嬢様といった格好の少女に軽く会釈され、彼女は驚きの声をあげながらも同じようにお辞儀を仕返し、彼女との接触をそこで終わらせる。

 特にこちらを気にする様子もなく、また先を急いでいる少女はもうそのシスターの存在に気を回すことなく走り去ってしまうが、後姿を見送りながらデイズ(シスター)は一瞬だけ表情を綻ばせる。

 

「(まるで、普通の少女のようではないですか。『アーチャー』?)」

 

 どこを見ても普通の外見をした少女のように見えるだろう。誰もがこのシスターが世界最強テロ組織の最高幹部であるなどとは思うまい。

 

「(この数年でこのような演技もすっかり上手くなれましたね。これも全て貴方のおかげですよ、如月博士?)」

 

 廃墟と化した施設の一部に立ち寄った際・・・何か『彼』の興味を惹ける物はないものか、自分が消去に失敗した重大な見落としはないのかとラボ・アスピナに立ち寄ったところ、足元の瓦礫の中から一冊の手記を見つけられたことは僥倖以外の何物でもなかった。

 そして偶然手に入れた手記に目を通してまず驚かされたのは、自分という存在がこれほど早くから疑われていたという事であり、デイズの認識を一つ変える切っ掛けにもなったのだ。

 

 数字だけでは推し量れないアナログな経験や心理状態、洞察力と呼ばれる物の重要性。人間社会に溶け込むためのコミュニケーション能力。決して戦闘力の一面にだけ長けているようでは自分が目指す『完璧』には程遠いという事実であった。

 

「・・・フフッ」

 

 何かを思い出すように微笑みながら、彼女は通りの角を曲がり突き当りにあった一軒のパン屋のドアを開くのであった。

 

「お爺さん、お婆さん」

 

 古くからある街の一軒の店。店柄のためか地元住民に根強く愛され、すでに立ってから40年以上が経過してもなお人気が絶えない老舗のパン屋。その中にシスター姿のデイズが入店すると、ちょうど商品であるパンを並べていた60代の女性がデイズに笑顔で挨拶を返す。

 

「あら? お祈りの方は済んだの、デイズちゃん?」

 

白いエプロンを掛けた老婆が焼きあがったパンを丁寧に棚に配膳していきながら、値段が入った名札を棚にかけていく。そんな彼女に笑顔で挨拶しつつ、デイズは店の奥にも顔を出した。

 

「お爺さん、こんにちは」

「おお、来とったかい」

 

 パン生地を弧ね、小さく千切るとそれを棒で伸ばしロール状に生地をまとめていく作業をしていた白髪の老人がデイズの訪問を笑顔で迎える。

 

「私もお手伝いしましょうか?」

「そんなことしなくていいから………そこで座って休んでなさい」

「しかし、奉仕は私たち聖職者にとって当然のことで」

「いらんいらん。デイズちゃんが来てくれただけで、ワシらは満足なんだから」

 

 店の奥にある小さなカフェスペースにデイズを座らせると、自分達の作業を再開させる老人達はデイズの訪問を心から喜んでいるように見えた。

 元々夫婦には子供がいないらしく長年二人だけで生活してきたためか、あることがきっかけで知り合い、今はこうやって定期的に通いながら夫婦の話し相手をしつつ、時々店の手伝いをしている間柄だ。

 

「(さしずめ、私は代理の存在ですか)」

 

 子供を成せなかった夫婦が年老いて将来が不安になったとき、偶然にも知り合った聖職者で年若い自分を娘の代わりに代償行為を行う・・・よくある話だ。とかってに結論付けているデイズは、またしても完璧な『愛想笑い』を行い、夫婦に微笑みかけた。

 

「(『家族』・・・こんなバカバカしいコミュニティーに拘らないといけないとは、貴女も随分情けないことを)」

 

 ―――常にデイズの前を歩いていた一人の少女―――

 ―――最下級であるにも関わらず自分に文字通りの『牙』を突き立てた男―――

 

 彼女は常に自分の前を歩いてた。

 すでに『あの機能』の掌握も済んでいる。この数年で操縦技術も身体能力も劇的に上昇しており、当時の彼女と戦えば九分九厘勝利しているだけの差はすでについている。だが未だに心の中にトゲが刺さったかのように、彼女の存在が自分に訴えかけてくるのだ。

 

 自分は未だに『A』アウラを超えてはいない。と・・・。

 

 彼は絶えず見る価値もないほど後方にいたはずだった。

 シンクロ率も最低、操縦技術も平凡、時に醜悪にも思える性根が気に入らず当時は気にも留めていなかった。

 

「(『あの時』に、この傷を付けられる日までは………)」

 

 首筋に薄っすらと残る傷跡を撫でながら、『あの時』の彼の底力を思い出し彼女は今も驚愕を忘れられないでいた。覆せない実力差を強引に覆し、自分に牙を突き立ててみせたその原動力はいったい何だったのだろうか?

 

 そのことに気が付いたとき、『D』デイズはこの茶番染みた老夫婦との付き合いを続けることを決断する。本来ならばこんなうざったい付き合いを必要としてないデイズなのだが、『A』アウラが特に大事にしていた家族(コミュニティー)という存在の解明に尽力を注いでいたのだ。それさえ解明できれば自分は『完璧』により近づくことができると。

 

「(あとはジークにそろそろ接触しないといけませんね)」

 

 このままでは彼は駄目になる。人にも獣にも戦士にもなれないままに飼殺されてしまう。ジェネラル・ライダーには彼を扱える器量はない。当然だ。一般の家庭で育てられたスコールに彼の気持ちを理解するなど不可能なのだ。ゆえに自分しかいない。そう・・・もうジークには『自分(デイズ)』しかいない。

 

 自分を完璧に押し上げるもう一つのキー・・・『Z』ジークとの再会を近々行おうと決断したデイズが少しだけ笑みを浮かべると、店の奥さんが彼女にこう問いかけた。

 

「どうしたんだいデイズちゃん? 嬉しいことでもあったの?」

「え? どうしてですか、お婆さん?」

 

 なぜそのようなことを聞いてくるのかと問うと、老婆は事なげもなくこう言い放った。

 

「だって・・・さっきまで愛想笑いばっかりだったのに、今は本当に楽しそうに笑ってたじゃない」

「!?」

 

 とっさに表情に出かけたがそこは寸での所で抑え込んだ。あり得ないほどの動揺を隠そうと、必死になって言葉を出そうとするが、何を話せばいいのか何を言えばいいのか見当がつかない。

 

「デイズちゃんにも楽しみなことがあって良かったわ。私、本当にそれが心配で心配で」

 

 自分が浮かべていた愛想笑いにもずっと前から気が付いていて、尚且つそれを責めることも咎めることもせずにこの初老の女性は自分を許していたというのか? 知らぬふりを決め込まれていたという事実を前にデイズは数秒間考え込むと、やがて立ち上がって鞄からエプロンを取り出してそれを身に纏う。

 

「・・・やはり手伝います」

「えっ? でも無理しなくても」

「いえ。やらせてください」

 

 先ほどの笑みを引っ込めたデイズは今どのような表情をしているのだろうか? 彼女自身がそれを自覚するのはいったいいつの日になるのだろうか?

 『完璧』を追及している少女のそんな内心の全てを見透かしたのかどうか・・・老婆は少女に微笑みかけながら、パンの陳列を頼み込むのであった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「いや、すまない一夏君。せっかくの休みだったのに」

 

 鵜飼総合病院のVIP病棟に向かう廊下をカールと鞄を抱えた一夏が肩を並べて歩く。学園と病院を忙しそうに行き来しているカールに千冬の着替えを持たせるのは忍びなかった一夏が、休みを利用して今日は一日中彼女の看病をしようと考えていたのだ。

 

「いや、別に構いませんよ。休みの日だけど学園にいたらトレーニングになっちゃいそうだし、千冬姉の看病なら運動にはならないでしょ?」

「まあ・・・それはそうなんだが」

 

 最近は皆が平均的にトレーニングの時間が伸びている中、休息の是非を度々説いていたカールとしてもそのことに異存はなかった。

 

「(それに君がいてくれれば、こっそりと抜け出して彼女も訓練なぞするまい)」

「・・・先生?」

 

 自分を見つめてくる視線を不思議そうに見返す一夏に、カールは無言で微笑み返すと千冬の病室のドアを

開いて中に入り・・・立ち竦んでしまう。

 

「・・・千冬?」

 

 そこにはキレイに畳まれた布団と入院着のみが置かれており、まるで新しい入院患者の受け入れを待っているかのような状態であった。慌てて周囲を見回す一夏とカールであったが、やがて病室の前を通りかかった若い女性看護師を捕まえると、彼女に問いかける。

 

「ここに入院していた患者のことを誰か知らないか!?」

「織斑さんですか? 今日退院だったじゃないんですか?」

「馬鹿なっ!?」

 

 担当医であるカールはそんなことは聞いていないと詳しく女性看護師に問いただそうとするが、その時、自分の持っていたカルテを見返し、愕然となる。

 

「(いつの間にか日付を書き換えてある? 千冬の奴っ!?)」

 

 通常、医師が書くカルテは英語かドイツ語で書かれていることが一般的で、その両方に精通しているものであるのなら医師以外でも読み解くことはある程度可能なのだが、まさか千冬が自分に隠れてそのような工作を働いていたなどと考えもしていなかったカールは急ぎ彼女のスマフォに電話してみた。

 

「『お掛けになった番号は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりま・』」

「ダメだっ!」

 

 やはりスマフォの電源を切っているようだった。学園に一度電話してみようかと悩むカールであったが、その時姿を消した姉の姿に衝撃を受けた一夏が持っていた荷物を床に放り投げるとその場から走り出してしまう。

 

「一夏君っ!」

 

 カールの叫び声も耳に入らない。彼女と見つけるために走り出した一夏は、とりあえず自分の家へと急ぎ戻るのであった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「ハァハァ・・・」

 

 身体が重い。少し歩いただけで息が切れる。

 自分の身体の変化を実感しながら、タクシーを降りて数分歩いたいつものスーツ姿の千冬であったが、やがて目的の場所にたどり着くと、汗をぬぐって表情を整える。

 

「・・・・・」

 

 ―――五反田食堂―――

 

 ちょうど開店のために暖簾を出そうとしていたのか、弾と蘭の母親である蓮が店の戸を開けて中から出てきており、千冬の姿を見るなり驚愕する。

 

「千冬ちゃんっ!?」

「・・・ご無沙汰しております。蓮さん」

 

 一夏が弾に話し、彼を経由して千冬の大怪我のことを聞いていただけにこうやって店を訪ねてきたことが予想外にも程があったのだ。

 

「貴女、身体の方は大丈夫なの!?」

「おかげさまで」

 

 嘘だ。今頃病院ではカールあたりが血相を変えて自分を探し回っているはずだ。そのことを理解している千冬は戸の向こうで、難しい顔をしながら開店準備をしている老人を捉える。

 

「申し訳ありません」

 

 蓮に一言詫びを入れた千冬は店の戸をくぐり、やがてこの店の主である老人と視線をぶつけ合わせるのであった。

 

「!?」

「ご無沙汰しております。五反田の大将」

 

 彼女が一礼して挨拶すると、流石に彼も驚いたのか厨房から慌てて出てきて身体の心配をしており、彼のその暖かさに千冬は一瞬だけ笑みを浮かべるが、すぐさま元の鉄仮面に切り替える。

 

「千冬ちゃん!? てめぇ、まだ身体が・・・」

「申し訳ありません大将・・・今日は重要なお話があって参りました」

 

 真剣な表情のまま厳を見つめる千冬の口から、その場のすべてを凍り付かせる言葉が彼女から放たれるのであった。

 

 

 

「10年前の白騎士事件(あの日)にすべきだったことを、今、させていただきます」

 

 

 

 




さて、最後の更新を今年中に行い、来年速攻で次章に入れるかな?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間④前編

まずは今年最初の更新が3月になっちゃってることに、楽しみにしていた読者の皆様へ謝罪の言葉を

どうも、ほっっっんとごめんなさい!(土下座)

いや、人間仕事が大事だけどやり過ぎは良くない。健康診断でなんかまじめにイエローカード複数枚出されたわ



ってなわけで、今回のお話で幕間はラスト!

だけど長すぎてやっぱり分割するしかないですよ! ってことでいつもの流れで前後編です


 

 

 

 

「・・・・・・」

 

 日も大きく傾いた夏の夕方。日差しも弱まり昼間の暑さも弱まってきた裏通りを歩く秋水は大きな後悔に苛まれていた。

 好々爺のラクーンに馴れないままに褒められ、しかもそれをリリィとトーラの二人に肯定されたものだから動揺したままに普段はあまり近寄らないように常に心掛けている・・・特にリリィとトーラの二人がいるときは絶対にしている通りに二人の手を繋いだまま出てしまったのだ。気が付き大急ぎで逆戻りしたかったが、ラクーンがいる場所に今は絶対に戻りたくないし、かといってこのままここに留まっているのも危険なのでどうするかと一瞬迷ってしまったのだが、時は既に遅く彼の当たってほしくもない予感が的中する。

 

 

 

「これはこれは・・・・・・仕事に疲れた僕の心を癒すために、シェイクスピアならばこう言ってくれるのだろう」

 

 190近い長身と腰まで届くアッシュブロンドの長髪が特徴的な美男子が、二人の背後からそっとリリィの右肩に手を置き、顔の左が全てを覆った前髪を掻き揚げながらキザなセリフを言い放った。

 

「『どんなに長くとも夜は必ず明ける』・・・気乗りしない仕事の帰りに君達に出会えたことを、ママンと神に感謝しよう」

「ゲッ」

 

 秋水が顔を引きつらせながら振り返るとそこには出来ればお会いしたくない相手の一人、『イケメンという言葉の語源《自称》』『女神に贔屓されて困っている男《自称》』『ママン随一の孝行息子《自称》』『リリィ随一のイケメン兄《自称》』『ギリシャ最高のカリスマ美容師《他称》』etcetc・・・な通り名を持つ『クルス・ギィ・スタージェス』は、そんな秋水の顔を見るなりため息をつきながらこう言い放った。

 

「『(モンキー)』君・・・何をボサッとしているのかね」

「はっ・・・って!?」

 

 肩にかけていた手荷物を秋水に投げ渡すと、それ以上の興味を持つことなくすぐさまトーラの手を持つと甲にキスをしようとする。

 

「リリィが百合ならば、君はさしずめカスミソウかな、トーラ?」

「っ!!」

 

 瞬時に手を引っ込めてさすりながら二歩ほど後ずさりしつつも、なんとか平静を装ってトーラは挨拶をした。

 

「こ、こんばんはクルスさん」

「これは失礼ッ! 相変わらずトーラは手厳しい!!」

 

 『男性に触れられることを嫌がっていたことを忘れていたよ!』とハイテンションで笑い出すクルスを見て、秋水とトーラは『相変わらず絡みづらいな』とため息を漏らす。基本的に美人に優しく野郎はぞんざいな所は、流石は『同郷』なだけはあるなと呆れていた秋水の目に、通りの向こう側から・・・いや、遥かな道の先からでも確認できるほどの引き延ばされたバラの花を口に咥えたクルスの10数メートルの写真と、『さあ、僕の腕に抱かれたまえ!』という問題を多々含んだ煽り言葉、そしてセクハラ発言されている側であるはずなのに、大挙として押し寄せている人種年齢がバラバラだが皆が一堂に『クルス様に逢わせてっ!!』と瞳を血走らせながら店の中をのぞいている女性の姿が目に入り、昼間はクソ親父どものせいで散々な気分にもなったが、女も女で怖いんだよなとちょっとだけブルーな気持ちに秋水はなってしまう。

 

「(ろくな人間が俺の周りにいない)」

「オイ、そこの『(モンキー)』君。何をボサッとしている? イの一番に女性に気を利かせられないとは・・・やはりあの動物園所属の猿か」

 

 自分を猿呼ばわりしてくるカリスマイケメン美容師相手に、ちょっとだけ怒りを感じて彼を睨みつけるのだが、秋水の視線を受けたクルスは胸元から『ある人物』の写真が入ったロケットを大事そうに取り出すと、突然そのロケットに口づけしながら一人でブツブツとつぶやき始める。

 

「自分にないものばかりを持ち合わせている完全無欠なこのボクを暴力で黙らせようとする猿が目の前にいるよママン。やはりあの動物園に所属しているのは獰猛で低俗で知能指数が75以下な獣ばっかりだよ~。やっぱりリリィは早々にボクが引き取って素敵で天使のような淑女(レディ)にしたほうが良いよね? リリィには白いワンピースに白い帽子と白い靴と、白いパラソルのオープンテラスでアフタヌーンティーだよママ~ン」

「私は陸戦は辞めないぞクルス」

「おおっと!? そこら辺の犬畜生と同等な行動レベルしかない類人猿共を見捨てない高貴なる聖女の優しさを持っているリリィはやはり僕の妹なんだよママン。大丈夫、安心して・・・チャンスを狙ってゴリラ軍団は保健所に引き取ってもらうから」

 

 延々とロケットの中にいる母親と会話し続けるクルスにうんざりしたのか、秋水は彼を置き去りに歩き出し、女性でごった返すクルスが経営する美容室に荷物だけを放り込もうと扉を開いて入店する。

 

 ―――女性週刊誌を読みながら店員に髪を櫛とドライヤーで梳かしてもらっている妙齢の女性―――

 

 一瞬意識を失いかけるが即座に立ち直ると鞄を置いてダッシュで店から逃げ出そうと身体を180度ターンする。

 

「・・・・・・で? どこに行く気だい?」

「(一瞬で気が付かれてたぁっ!?)」

 

 低音で腹に響く声色から、元陸戦隊所属のクレイモアの女主人のご機嫌が悪いことを経験から理解し、秋水から逃げるよりも先に言い訳を始めるのであった。

 

「いや、この店に俺は荷物を置きに来ただけで、しかも表にいるのはクルスだけなんで、テレサさんはここでゆっくりしててくださいよ~~」

 

 頭を掻きながら『じゃあっ!』を愛想よく別れの挨拶を済ませて逃げ出そうとする秋水であったが、テレサは読んでいた雑誌のページを破ると、まるで忍者の手裏剣よろしくただの紙切れを指のスナップだけで放り投げた。そしてその紙切れが鋭利な刃物のように秋水が手をかけていたドアに突き刺さる。

 

「(ヒイッ!?)」

 

 身近な雑誌すら人殺しの凶器にしかねない元陸戦ナンバー3の行動に戦慄し、悲鳴だけはなんとか内心だけで押しとどめた秋水が振り返ると、表情こそ変わらないものの機嫌が更に悪くなったテレサが更に声のトーンを落として秋水に詰め寄ってくる。

 

「つい先日、あのアホゴリラ共がまた私の留守中に店で好き勝手ツケで飲み食いしていきやがったんだけど、アンタ、その場にいたのかい?」

「い、いえ!? まったくこれっぽっちも心当たりがありません!!」

「へぇ~~?」

 

 必死にしらばっくれる秋水の顔色が青くなっていくのに反比例し、テレサの背中の業火が真っ赤にも上がっていく。

 

「リアン曰く『シュウの奴、私のお気に入りの下着を見て、『リア姉が美人なのわかったから服着て。もし何か足りないならまた休みの日に買い物付き合うから』って言って全然ドギマギしてくれないの。なんか最近また生意気になっちゃった。テヘペロ☆』って言ってたんだけど」

「それはまた違う日のことです。あとテヘペロは年齢的にちょっと控えたほうがあぶなっ!?」

 

 ガトリングのように飛んできた紙手裏剣が秋水の足元に複数突き刺さり、無言の殺気が55パーセントほど増量する中、たくさんの女性の熱視線と求愛の言葉を受け流しつつ店の主が入ってきた。

 

「・・・・・・どうしてボクの店で、メスゴリラが髪をトリートメントしているのか」

 

 テレサを見るなり開口一番で不機嫌さを隠さないクルスの登場で場の温度が一気に五度ぐらい下がり、店内にいた従業員が顔を蒼ざめさせて奥に引っ込んでいく。

 

「トリミングがしてほしいなら、斜め前のペットショップにいくことだよ、メスゴリラ」

「いい加減その言い方は辞めろ、ナルシスマザコン」

 

 テレサに言い返されショック受けたのか、再びロケットを取り出すと熱い視線と口づけを繰り返しながらブツブツと一人で話し出す。

 

「いつものメスゴリラが僕をいじめてくるよママン。どうせ婚活パーティーに張り切って似合いもしないドレス姿で出たら誰にも相手にされなくて途中で怒りだしてワインを手刀でせん切りしてドン引きされたんだよ。据え膳食わねば男の恥という言葉が日本にはあるけど、食わされる男の身にもなってほしいよねママン」

「テイッ!」

 

 どうやら正解だったのか、顔を真っ赤にして怒ったテレサが猛スピードで立ち上がるとクルスの手からロケットを奪い取ってしまう。

 

「・・・・・・・・・・・・・ん?」

 

 ワンテンポ遅れてその事実に気が付いたクルスがテレサからロケットを奪い返そうとするが、右に左にとクルスの手を擦り抜けてしまうテレサ相手に、とうとう奪還できないと絶望してクルスは床に転がりながら幼稚園児並みに泣き始めた。

 

「うわぁぁーーーんっ! ママンがメスゴリラに奪われたぁー!!」

「あー・・・これは昔、南アフリカ方面の内戦を終結させたときの記念写真をくり抜いた奴ね。綺麗に加工してるじゃない」

「バカバカバカバカッ!! ママンを、ボクのママンを返してッ! ボークーの、ママンッ!!」

「(なんなんだろう、この人たち?)」

 

 ベソをかきながらクルスが足に縋り付いてくるのを無視してロケットを眺めるテレサの姿を見て、やけに板についていそうなこの光景・・・きっとこうやって泣かせたのは今日が初めてじゃないんだろうな、と勝手に想像する秋水であったが、そんな彼の背からようやく女性の群衆をかき分けてリリィとトーラが姿を現す。

 

「すまない、ちょっと道を空けてくれ」

「すみません皆さん、ちょっとだけ」

「リリィ、トーラ」

 

 リリィ達の名を口にした瞬間、ロケットを眺めていたはずのテレサが目を力強く見開き、ロケットをクルスに返してつかつかと歩き出すと、秋水をロケットのような張り手で跳ね飛ばし・・・。

 

「オグッ!」

「秋水ッ!?」

 

 吹っ飛んでいった秋水に駆け寄るトーラにも目もくれず、リリィの前に立ったテレサは血走った目で彼女を見つめ続けるのであった。

 

「テレサッ!!」

 

 花が咲いたような笑顔で彼女の名を叫ぶリリィの姿を前に、目が血走った状態で肩を掴みテレサは・・・。

 

「リリィィィィィッッッッッッ!!」

 

 目からハート乱舞させながら頬刷りを始める・・・ちょっとだけ涎を垂らしながら。

 

「リリィィッッ!! 私のリリィィィッッッ!! リリィ可愛いよ! リリィ可愛いよっっ!! リリィィッッ!!」

「テ、テレサッ! 苦しい!! ちょっと待って」

「どうしてこんなに可愛いのよ! どうしたらこんなに可愛く育っちゃうんでしょうか! もう我慢ならない。家に持って帰ってしまいたい!」

 

 心底リリィを愛おしそうに抱きしめるテレサの胸に顔を無理やり埋められ、息苦しさと酸素を求めるあまり捨て猫のように暴れるリリィであったが、そんな彼女の様子も愛おしいのか余計にテレサは力を入れてしまう。

 

「帰ってお風呂にしまちょーか? それともゴハン? だいじょ~ぶ。おねえたまが素敵なパジャマを用意してあげまちゅからね~♪」

「ふんがふんがふがーっ!!」

「止すんだメスゴリラ・・・ボクの天使はこれからボクと二人っきり・・・いや、トーラも入れて三人でディナーへ行くのだから」

 

手に持ったロケットを奪い去られないように注意深くテレサから距離を離しつつ、『顔に似合った卑劣な行いだ』と負けじと言い放つへっぴり腰なクルスの姿を半目で睨む秋水とトーラ。が、そこでようやくトーラの存在に気が付いたテレサはリリィを大事そうに胸の中に埋めながら挨拶してくる。

 

「ん? トーラいたの?」

「は、はいっ!? こ、こんにちわ」

「ずいぶんとめかし込んで・・・オラ、秋水。お前が両手に花とか生意気。後で糞中年共(陸戦)のツケ払え。現金(キャッシュ)で、一括で」

「いや、現金(キャッシュ)とか言われても・・・さすがにあれは財布の中に入る量じゃないし」

 

 マジで現金で揃えようとするとサイフよりもボストンバッグが必要になる。リリィとトーラは知らないが、この近所の陸戦のツケをテレサが全て肩代わりしているおかげで街の住人達は商売を続けていけているし、住人からも迷惑がられても受け入れてもらえている一面もあるからだ。

 

「(じゃないと、当の昔に亡国機業全体が出禁になるわな)」

「しっかし、トーラ・・・そうやって『ボクゥッ、清純派なんだよ。秋水? ウフッ♪ 襲ってみたい?』みたいな恰好しちゃってさ・・・ケッ」

「ふえっ!?」

 

 本気で唾吐いてるテレサの態度にトーラが涙目になるが、なおもテレサの口撃が止まることがない。

 

「ブリっ子で男受けしそうで秋水の前でだけ清純ぶっこいてそうで・・・・・・アンタ、そんなんだからリリィ以外に女友達できないのよ!」

「ハグッ!!」

 

 本人が気にしていることをズバズバ言ってくるテレサ相手に泣き出しそうになるトーラを見かねたのか、意を決した秋水が横入りでテレサに食って掛かる。

 

「ちょっと待ってくださいテレサさん! トーラは絶対にそういうことする娘じゃないですよ!」

「うっさいっ! 私はね・・・・・・・・・自分よりモテる女が嫌いなのよ!」

「「(本気で言い返しやがった)」」

 

 すごく堂々と言っちゃう辺り、トーラが自分よりも美人であることは認めているんだなと認識を改める秋水とクルスは、一生独身のままで過ごしちゃいそうな彼女をもらってくれそうな人が現れることを切に願いながら、『ヤーイ、ボッチボッチ~』と年下相手に大人気なくトーラを虐めるテレサを諫めに入るのであった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 そして小一時間少々の後、テレサとクルスのスッたもんだの口論の末にクレイモアでの夕食に決定した三人は、酸欠の末に気を失ったリリィを直も大事そうに頬擦りしながら抱きしめるテレサを先頭に通い慣れた裏通りを足早に歩き続ける。

 

「・・・・・・なんか、結局はいつものオチかよ」

 

 なんやかんやあっても、陸戦で過ごす日常の最後はいつもクレイモアという食堂である気がしてきた秋水は変わり映えしない日常に溜息が漏れた。

 朝起きてリリィの世話して朝ご飯食べてリリィの世話して訓練してリリィの世話して昼飯食べてリリィの世話してバイトしてリリィの世話して夕ご飯をクレイモアで食べてリリィの世話して寝る。見事に完成した日常(ルーティン)を思い返すと、俺の人生どうなってんだとぼやくぐらいはしたくなるというものだ。

 そんな秋水の変化に気が付いたのか、横を歩いていたトーラが覗き込みながら話しかけてくる。

 

「・・・・・・どうしたの秋水?」

「ん? いや、俺の24時間に、休憩時間が寝る以外にないことに今気が付いて・・・」

「???」

「なんでもありません」

 

 『24時間戦えますか?』というキャッチコピーが母国に日本のサラリーマンにかつてあったというが、まさか自分がそれを実践することになるとは・・・涙が出そうになったのを何とか我慢した秋水は、心配そうに見てくるトーラを適当に誤魔化すことにする。

 

「大丈夫大丈夫・・・それよりも昼間食べたクラブサンド、ホント美味かったよ」

「えっ!?」

 

 まさか自分の手料理がここまで好評だったとは・・・やはり彼の心を掴むためにもまずは胃袋から捕獲せねばとトーラは握り拳を作って自らに誓いを立てる。

 

「(次の休みの日にはもっと豪華な物を作ってみせるね!!)ボク、頑張るね!!」

「い、いや・・・が、がんばって?」

 

 目に力が宿り握り拳が燃え上がるトーラの様子に、唯一まともな人だ信じていたのにひょっとして・・・と揺らぎそうになる秋水の瞳に何かが煌めく。決してこれは悲しみの涙ではなくちょっとお腹が減って欠伸がでただけだよ、と誰も聞いてないし誰にも聞こえない言い訳をしながら早足で角を曲がりクレイモアに駆け込み・・・突然柔らかい『ナニカ』が顔面にぶつかってきた。

 

「ふもっ」

「うふふふぅ~~~。わぁ~~シュウ~だぁ~♪」

 

 ―――ウエイトレス用のカチューシャと黒い下着だけを身に纏ったリアン―――

 

 トーラの目の前で褐色の肌にグリーンの瞳、焦げ茶色の髪を三つ編みにした美女が突然秋水の顔に推定Gカップの巨乳を押し付けてきたのだから彼もその感触に思考が一瞬フリーズしてしまったようで動きを停止させてしまう。

 

「ッ!!!」

 

 一瞬で髪の毛が逆立ったトーラのことなど全く目に入っていないのか、リアンは更に秋水を抱きしめながら彼を押し倒すと、グリグリと彼の頭を自分のほっぺったにくっつけ倒し続ける。

 

「シュウだシュウだシュウだぁ~~~!! うふふふふぅ~~~。このリアンお姉ちゃんに会いにきてくれたのかな~~?」

「モガモガモガモガモガッ!!」

「くぅぁわいいな~~シュウは~! 最近ツレない態度が目立ってきたから反抗期かと思ってたのに~~。やっぱりこのリアンお姉ちゃんが一番なんだね、このシ・ス・コ・ン」

「モガァッー!」

 

 『違うっー!』と叫んでいるのだが豊満な感触がそれらを全て遮ってしまう。暖かくて張りがある感触が意識を遠のかせかけるが気合で跳ね除け、一度だけ大きく深呼吸をしてリアンに叫ぶ。

 

「リア姉は早く服を着ろよ! てか、どうして下着姿なんだよ!?」

「えーーーー?」

 

 リアンが指さした先・・・そこには全裸で股間の一物をプランプラン揺らしながら酒飲んで踊り狂っている陸戦隊のオッサン連中と、そんなオッサン連中の群れの中心にただ一人だけ服を着た状態で楽し気に戯れる赤毛のチャイナ服美人、秋水にとってのもう一人の姉のような存在であるスイレイの姿があった。

 

『アウトッ!!』

「せーふ♪」

『「よよいのよいっ!」』

 

 リズム良く手拍子を鳴らしながら野球拳を行うオッサン達の好色な視線がスイレイに注がれている状況を秋水はこの上なく汚物を見るような嫌悪の視線で眺める。どいつもこいつも大人としての責任感など最初に質に入れたといわんばかりの駄目っぷりだ。対してじゃんけんに敗北したのか、数少ない下着をつけていた黒人のレゲエ頭・・・ドゥエが恥ずかしそうに頬を染めながらスイレイと話をする。

 

「ああ~ん! またスイレイちゃんに負けちゃったぁ♪」

「ふふふっ~。また私の勝ちですから・・・このお酒は私がもらいますね~♪」

 

 グラスに入った度数が強いウォッカを一気に飲み干すスイレイの表情にはいささかの変化もなく、柔和な笑顔が崩れることもない・・・お酒に極めて強い体質らしいのだ。

 そしてじゃんけんに負けたドゥエは恥ずかしそうに腰をくねらせながら下着に手をかける。

 

「うふふふっ~~! じゃあちょっとだけサービスしちゃう、ぞっ☆」

 

 誰が喜ぶオッサンのストリップ・・・という皆の声を代表したのか、一人の女傑がゆっくりとドゥエに近寄っていく。

 

『!!』

 

 ドゥエを除く全員が彼女の存在に気が付き戦慄する中、本来はスイレイ相手に実行するべき作戦をドゥエは実行する。

 

「あっ! パンツが足に引っかかった!」

 

 全裸のおっさんが一切の迷いなく人前でル〇ンダイブして東洋巨乳美女に飛び込もう宙を舞った瞬間、筋骨隆々の黒人の巨体が空中で微動だにせずに静止したのであった。

 

「・・・・・・私の留守中に許可なく店で飲食した挙句」

 

 ―――股間の✕✕✕を強烈な握力で掴まれ声が出ない絶叫を上げるドゥエ―――

 

「新米のクソガキに払わせる目的でツケでタダ飯タダ酒」

 

 ―――大の男を片手で持ち上げながらステキな鬼の笑顔を浮かべるテレサ―――

 

「おまけにうちの店員相手に下心を隠すつもりもなく野球拳? アンタらの生き様には恐れ入るわ」

 

 一瞬で場を静寂と殺気で支配し、本日は我儘の極みを尽くした陸戦のオッサン達に対して終焉のラッパを吹くように彼女は宣言する。

 

 

「さあ・・・消毒の時間だ! バイキン共ッ!!」

「ちょ、テレサ待っ」

「ヒート、エンドォッ!」

 

 地球上の全ての男子が戦慄する音が鳴り響き、泡を吹いて痙攣するドゥエを放り投げたクレイモア店主がゆっくりと陸戦(アホ)共に近寄っていく。

 元陸戦隊ナンバー3にして個人戦闘力で副長のレオンを凌ぎ、一度キレて暴れだしたら最後、敵が息絶えるか英雄アレキサンドラ・リキュールが取り押さえるかどちらかでないと収まらない『鬼神』テレサの暴虐の嵐にオッサン達が次々と屍・・・辛うじて息をしている程度の9割殺しにされていくのを目の当たりにした秋水は冷やかな視線のままに小声で語った。

 

「うわ~~・・・・・・ウスラ寒くなるほど良い気味じゃない」

 

 飛び交う拳と蹴りと時々凶器攻撃、阿鼻叫喚のオッサン達が逃げ惑う先を地獄の獣のような速度で先回りして立ち塞がる鬼神(店主)によって次々仕留められていく姿を清々しい笑顔で見送り、秋水は尚も自分に縋り付いてくるリアンに上着を着せると彼女を引っ張り従業員用の入り口からロッカールームに入って彼女をソファーに座らせ、軽い説教を垂れる。

 

「季節的に風邪引かないと思うけど、もう少しお淑やかになりなよ」

「えええっーー!! シュウはトキメかないの~! ヒックッ」

「もうトキメキ過ぎて直視できません。じゃあ、酔いが醒めたら店に出てきてくれよ。家まで送るからさ」

 

 『シュウのアンポンタン! 玉無し! 不能!』という罵詈雑言を背中に受けながらロッカールームから出ると、すぐさまソファーに誰かが倒れる音とイビキが聞こえてきた。

 

「はぁ~」

 

 年上なのに一度寝れば子供同然でしかないリアンにため息を漏らすと、秋水は腕まくりをしながら店の厨房へと行き、そこで流し(シンク)で大量の食器類を一人で洗っていたスイレイの隣に立つ。

 

「シュウ君!?」

「スイ姉も一休みしなよ。後は俺がしとくから」

「ん? 大丈夫。お姉さんはここの従業員で、アナタはお客様なんだよ~?」

 

 従業員として客に手伝いなどさせるわけにはいかない。というごく当たり前の一般常識が今は非常に希少なような気がする秋水は苦笑しながらスポンジを取り、彼女の反対を聞き流しながら皿洗いを始めるのであった。

 

「もう・・・そういうところ、シュウ君は強情さんだね」

「ん? いや・・・そういうつもりは」

 

 秋水の行動を咎めることなくスイレイが苦笑だけで済ませたのは、店の親父共が好き勝手飲食した上にセクハラまで働いたことに対しての詫びの気持ちでの行動をしている秋水に気を使ってくれたのだ。

 

「それで? 今日はリリィちゃんとトーラちゃんと三人でお出掛けしたのかな?」

「まあ、そんなところ。って言っても、トーラは偶然バッタリ会ってさ」

「コラッ。嘘でもそういう言い方しちゃ女の子に悪いぞ」

「えっ? いや、でも、本当に偶然で」

「女の子は一歩踏み出すのにだって勇気は必要なんだよ。だったら男の子はその手を黙って握って笑ってあげるの・・・そうしたら女の子は嬉しいものなんだから」

「???・・・とりあえず了解」

 

 一体何の話をしてるんだスイ姉さんは。と疑問符だらけの秋水の様子が可笑しかったのか、クスクスと笑いながら皿洗いを手際良く続ける。よく臨時バイトと言う名のツケ返済業務の一環でクレイモアの厨房に立つことがある秋水であったが、このスイレイという女性は容姿端麗だけに留まらず細やかで気配りに長け、それでいて誰よりも早く仕事をこなしてしまうのだ。今も後から来たとはいえ自分が担当しようと思っていた食器類のすべてを洗い上げ、本来の自分が行っていたはずの食器まで洗い出している。それでいて汚れ一つ染み一つ残していない完璧ぶり。これがリアンなら適当に洗い上げていたし、リリィなら几帳面に皿を全て真っ二つに破壊している場面である。

 

「(クソッ! 相変わらずスイ姉の仕事についてけない)」

 

 なぜお淑やかでゆっくり洗っているようにしか見えないのに、自分よりも速く正確に仕事を終わらせてしまえるのか? どうでも良さそうな場面なのに対抗意識が燃えて皿洗いに熱中しだした秋水であったが、ふと隣を見ると彼女が自分の顔を神妙な面持ちで覗いていた。

 

「ど、どうしたの?」

「・・・ん? いえ・・・ようやくシュウ君がいつもの感じに戻ってくれたのね。って思って」

 

 そして残りの洗い物を済ませた二人は明日の仕込みのために下ごしらえの野菜の皮を剥きだす。慣れた手つきで芋の皮を剥いていくスイレイがここ最近の彼の様子を語り始める。

 

「最近は心配事が多かったのかな? 沈んだ顔が多かったから・・・料理を出しても食べてくれないことも一度や二度じゃなかったの、覚えてる?」

「あ゛あ゛ぁ・・・いや・・・その」

「クレイモアはお金を出していただければお料理をゴミ箱に捨てても良い店ではありません。今後も気を付けてくださいね、お客様」

「・・・ごめんなさい」

「はい、わかりました。そのことはもう結構です・・・だから、代わりに一つ約束してねシュウ君」

 

 芋の代わりに秋水の手を握り締め、秋水の瞳をまっすぐに見つめる碧色の瞳が訴える。

 

「一人じゃどうにもできなくなったら、誰かに頼って」

「・・・スイ姉さん」

「私でもリアンでも店長でも、もちろんリリィちゃんでもトーラちゃんでも他の陸戦隊のオジサマ達でもいいわ。そうじゃないと、私達・・・実は誰もシュウ君のこと、頼れないんだよ?」

 

 一度思いつめたら内部に何もかもため込んでしまう秋水には、ハンマーで側頭部を殴られるかのような衝撃が走る言葉である。周囲に人たちの暖かい気持ちに感謝していても、どこかで遠慮ばかりしていることがあった。

 気を使っているといえばいいのかもしれないが、それはまるで小さな子供が嫌われるのを怖がって良い子を演じているようにも見えて・・・無理をしているんじゃないのかと、スイレイが秋水を心配しての言葉なのだ。

 

「・・・・・・俺は」

 

 そうは言われても言葉が続かない秋水が俯いてしまうが、スイレイは優しく微笑むと項垂れた彼の頭を優しく撫でながら言葉を続けてくれた。

 

「すぐに全て変えなくていいんだよ・・・ゆっくりでいい。歩くような速さでいいから」

 

 歩くような速さでいいから、と彼の気持ちをできるだけ尊重してくれたスイレイの懐の大きさにちょっと目頭が熱くなる秋水であった。

 

「(ごめん。ありがとうスイ姉)・・・だったら何か今我儘言ってよ。すぐにできることなら何でも聞くからさ」

「うん? いいかしら!!」

 

 秋水が言った言葉に即座に反応したスイレイは、とりあえず彼にこうお願いする。

 

「両手を広げてみて」

「えっ? いや、それぐらいなら・・・」

「えいっ!」

 

 何気なく両手を広げた秋水であったが、スイレイは彼を抱きしめると先ほどのリアン同様に胸に顔を埋めながらホールドするのであった。

 

「さっきリアンがしてたのを横目で見てたんだよ・・・ちょっと羨ましくて」

「ふんがっ!」

「私もシュウ君成分が足りてませんでした!」

 

 サイズにしてリアンを上回るIカップ爆乳バストの破壊力は抜群のようだ。そしてスイレイ自身の体温とほのかに甘い彼女自身の匂いが更に秋水を追い詰める。頬っぺたが味わう抜群の柔らかさと張りの間で硬直する秋水を良い様に抱きしめ続けるスイレイなのだが、そんな二人のやり取りに突然の横やりが入る。

 

「ああっ! スイ姉だけズルイッ!」

 

 いつの間にか復活したリアンが厨房に入ってきたのだ。しかもさっきまで自分が占有していた弟分を独り占めしているのだから気持ちは穏やかではない。

 

「テイッ!」

「ぬがっ!」

 

 今度はリアンが秋水を後ろから抱きしめてくる。後頭部に当たる感触はやっぱり彼女のGカップであった。

 

「ふふんっ! 大きさで負けちゃうけど、私のほうが若さがあるもんね!」

「ああぁー! お姉ちゃんはまだおばさんじゃありません!」

 

 IとGの間で挟まれるという陸戦隊のオッサンどもが血涙を流しかねない状況を何とか脱しようと彼は素早くしゃがんで間を抜けると、くるくると床を転がって厨房から食堂への出入り口付近まで器用に転がりまわっていく。

 

「ふ、二人とも! 俺、あんまりこういうことされるのは」

「照れちゃう?」

「固くなっちゃう?」

「そうじゃない! あとリア姉はちょっと下ネタ止めて!」

 

 良い様にからかわれる年下の初心な少年扱いされるなど、プライドが許さない秋水は立ち上がって食堂でその辺に転がっているオッサンたちの死体()の処理に行こうかとしたのだが、そんな彼の右肩と頭を何者かがガッチリと掴んでしまう。

 

「なにも・・・」

 

 ―――振り返った闇の中から延びる、別々の右手と左手―――

 

 そして一拍遅れて、金と銀の瞳が浮かび上がると、ゆっくりと彼に顔を近づけてくる。

 

 ―――ハイライトが消えた瞳をしたリリィとトーラがそこに立っていた―――

 

「・・・・・」

「・・・・・」

 

 無言で何も言わず、虚空を見つめながら、でも手に込めた力は尋常ではなく、明らかに感情が籠っている。

 

「あ・・・あの、二人とも?」

「・・・・・・・秋水がお楽しみのようだったなトーラ?」

「・・・・・・・秋水がお楽しみのようだったねリリィ?」

「い、いや・・・お楽しみとかじゃなく、あれは」

「・・・・・・・最大出力のエクスカリバーで試し切りってしたみてことがなかったな」

「するなよ! 試しにされてもこの世から消えちゃうから!」

「檻の準備はもう終わってるよ秋水。低反発枕がまだ届いてないけど、今日からボクが一緒だから」

「なに!? 檻って何んなの!? 聞きたいけど聞いちゃいけない気がしてきたぞ!」

 

 ズルズルと闇の底無し沼に引き込まれていくように二人に引っ張られる秋水は、今こそ誰かに頼るべきだと判断して、必死に助けを求めた時・・・。

 

「頑張れシュウ! 女の子にモテモテは羨ましいぞ!」

「頑張ってシュウ君。女の子を泣かせちゃだめだよ!」

 

 ・・・世の無常を知ることとなる。

『うわっ、俺ってやっぱり孤立無援じゃん』・・・彼がこの一日で得た教訓は涙も引っ込む知りたくもない事実のようであった。

 

 

 

 

 

 

 

「楽しくやっているようだね?」

「ケッ!」

 

 店の入り口にもたれ掛かるクルスとワインをラッパ飲みして座り込むテレサがその様子をどこか楽し気に、忌々しそうに見つめる二人は近寄ってくる一人の客人に気が付く。

 

「・・・・・」

「・・・・・」

「グッドタイミング・・・転がってるバイキンマン共の回収してくれるなら一杯やっててもいいよ」

 

 私服のスーツに着替えた陸戦隊副隊長のレオンが店にやってきたのを見たテレサが、親指で店の中で転がっているオヤジ達を指さす。毎度のことなのでもうテレサの行為を咎めることもせず、店の中の奴らが悪かったんだろうと一瞬で理解してため息を漏らしたレオンであったが、その隣をクルスが無言ですれ違う。

 

「クルス・・・あんた、晩飯食っていかないの?」

 

 テレサが呼び止めるが、クルスは立ち止まると吐き捨てるように言い捨てた。

 

「この男と同じ空間で椅子に座って夕食を共にしろと? おぞまし過ぎて吐き気がする」

「ちょっと・・・待ちなッ!」

 

 流石に言い過ぎだと注意しようとするが、静かな怒りの炎を灯したクルスが止まることはない。横目でレオンを睨みつけながら、猶も言葉の矢を止めることなく射続ける。

 

「何も言わないことを美学か何かだと思っているなら大間違いだ。アンタ達は10年前に間違えたんだ・・・はっきりとそのことを認めて謝罪するべきなんじゃないかな?」

「クルス・・・いい加減におし」

「誰かだなんて・・・先生(ママン)に決まってるじゃないか」

 

 胸のロケットを握りしめ、クルスは敵意を込めて言い放った。

 

「アンタ達は止めるべきだったんだ。先生(ママン)が死に逝くのを止めずに見捨てたくせに、自分達はノウノウと今もテレサのところで酒に酔って笑ってる・・・・・・ひょっとして先生(ママン)のことを忘れようとしてるのか・」

 

 ―――クルスとレオンの間に割って入る、空になったワインボトル―――

 

「クルス・・・それ以上は私がブチギレるよ」

 

 ワインのボトルをナイフのように光らせたテレサの鋭い眼光を受け、クルスはそれ以上は何も言うことなく夜の闇に一人消えていくのであった。

 しばし消えた彼の後姿を眺めていたテレサとレオンであったが、やがて痺れを切らしたテレサがバツの悪そうな笑みでレオンに話しかけた。

 

「いや~~~・・・アイツのマザコンは100年立とうが消えそうもないわね」

「・・・・・・気にするな」

 

 店の方に振り返ったレオンはその瞳に何かを宿らせながら、滲む瞳で言葉を漏らした。

 

「・・・・・・アイツの感じ方は、きっと正しいことだ」

「レオン・・・」

 

 陸戦隊という名の『家』において、『長兄』という立場にある兄貴(レオン)の背中が語る、一言では言い表せない複雑な感情を理解しているテレサだからこそ、彼女はレオンの背をあやすように叩きながら励ますのであった。

 

「『伝わらない気持ちはない。伝えようとする意志がある限り』・・・先生(かあさん)がいつも言ってたじゃないか・・・だから大丈夫だよ。アイツだってきっとわかってる。ただ感情が追い付いていないだけさ」

 

 『長女』であるテレサの珍しい励ましの言葉に、レオンもまた珍しく表情を変えながら苦笑する。

 『家』を出て行った後もこうやって自分達の受け皿になる店を作った『妹』のテレサには、レオンも感謝の気持ちがいっぱいなのだが、あいにくの不器用さがそれを伝える術を持たせてくれない。

 

 一瞬の微笑みの後に、いつものしかめっ面に戻ったレオンがいつも通りに言い放つ。

 

「・・・・・・店の馬鹿共は秋水と二人で引き受けよう」

「あ・・・その秋水も馬鹿共の仲間入りしてるかもよ?」

 

 

 ああ、結局はいつも通りの夜のふけ方する陸戦隊の一日であった。

 

 

 

 




秋水さんがラブコメしてなはなる・・・おかしい、IS学園のメンバーではこういうノリが見せられないのに

新キャラのマザコンクルスさん、怒ったら怖い。怒らなくてもやっぱり怖い美人のテレサさん。そして無口すぎるレオンさん。
そんな彼らと他の人々を加え、亡国陸戦隊は一つの『家』としての側面があります。そしてそんな家の中心である『母親』の英雄をめぐり、心中複雑な感情があり、だれもが一筋縄とはいきません

さてさて、後編は千冬さん編。来週の予定となっております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間④後編

さて問題となっている千冬さん編のクライマックスです


 

 

『本日、急用のため臨時休業させていただきます』

 

 という張り紙が張られた五反田食堂の中、無音の時間が流れ三者の息遣いだけが聞こえてくる。

 店のテーブルに訪ねてきた千冬と店の主である五反田厳、そしてその両者に冷たい麦茶を出して心配そうで見つめる蓮であった。

 

「・・・蓮さん、こっちはいいぜ」

「で、ですがお義父さん」

「ご心配なく、蓮さん」

 

 厳と千冬の両者から場を外してほしいと暗に言われた蓮は渋々ながらお盆をもって店の裏に入っていく。そんな彼女に小声で声をかけてきたのはいつの間にか上の居住スペースから降りてきていた弾と蘭であった。

 

「(これはどういうことだよ母さん!?)」

「(私もわからないわ。電話もなしに千冬ちゃんが突然来て)」

「(千冬さんって、この間重傷で手術したって一夏さんが言ってたのに!?)」

 

 重傷によって一時は本当に命の危険にまで陥った千冬がこうやって五体満足で自分達の店に来た上に、思い詰めた表情で厳に言いたいことがあるなんて、いったいこれはどういうことなのか?

 何一つわからない三名を置き去りに、千冬と厳の会話がいよいよ始まるのであった。

 

「厳さん、この間、店に・・・・・・・・・・・・・・アリアが訪ねてきたと思います」

「・・・・・・・ああ」

 

 両手を組んで瞳を閉じた厳が短くそう答えると、千冬は表情歪めて途切れ途切れで言葉を紡いでいく。

 

「・・・では・・・・・・せ、せ・・・・・・先生の、ことも」

 

 千冬が出した言葉に、厳は眉をピクリと動かし、蓮は千冬が何を尋ねに来たのかようやく察するのであった。

 

「ああ。あーちゃんから聞かせてもらった」

「!?」

 

 苦虫をつぶしたかのような厳がいつも以上に低いトーンで話す言葉を受け、息苦しくて溜まらないといった表情となった千冬は俯き、何か言葉を必死に発しようとする。

 だがどれほど時間がたっても目の前の人物に何を言っていいのか、その最初の第一声が出てこないのだった。

 脳裏に彼女(先生)が笑っている姿が過る。自分以上に彼女と付き合ってきた厳が受けた衝撃は計り知れず、そのことを10年も隠し通してきた自分の行いがどれほど愚かだったのか、今更ながらに思い知らされる。

 

「(私は、目の前のこの人にすら真実も伝えずに逃げ続けておいて、束やアリアを止められると本気で思っていたのか)」

 

 暴龍帝(アリア)の言い分が最もだ。自分はすべきことを何一つ果たしていないくせに、恩師の真似事をしていて満足していたのだから。しかしこれ以上逃げ続ける訳にはいかないと決心したからここに来たのだと、意を決して千冬は顔を上げるのであった。

 

「厳さん・・・先生の事情はどの程度までお聞きになっておられましたか?」

「・・・・・・『好き勝手してる自由人』、なんて似合わない言葉でいつも誤魔化されていたが、やっぱり違うのか」

 

 恐らく厳に対しては師はほとんど自分の実情を話していなかったのは、彼の性格上、もし迂闊に話をすれば自分から裏事情に関係してくる事が想像できていたからであろう。そのことを理解した上で千冬は話すことを決断する。

 

「今から先生の事をお話しします。いくつか日常におられる方には信じられないような言葉も出てきますが・・・」

「・・・安心しろ。他の誰のことならともかく、先生に関して俺は疑いはしない。そんで・・・ちーちゃんは嘘をつかない」

 

 『嘘をつかない』という言葉に指先がピクッと反応したのは、ここまで来てなお信頼されていることへの驚愕か感謝なのか・・・彼女は一回だけ大きく深呼吸すると、厳の顔を真っ直ぐ見ながら話を始めるのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「千冬姉ッ!!」

 

 病院から大急ぎで実家に戻ってきた一夏は、最初はリビングに駆け込み、次に台所、トイレや風呂場、様々な部屋を見て回り、最後に彼女の自室に駆け込んでいく。

 

「・・・クソッ!」

 

 当然もぬけの殻となっている千冬の自室であったが、彼の目はある一点に注視された。

 確かにそこにおいてはあったはずの彼女の愛刀・・・この間、着替えを取りに行った時にいつの間にか病院に持ち込んで隠れて訓練を始めていたことに怒った一夏が千冬から無理やり取り上げ、確かにそこに戻していたはずのものが今は置いてなかったのだ。

 玄関には確かに鍵が掛かっていたので物取りの可能性はない。それに勝手に千冬が刀を取りに帰っただけなら退院手続きなどする必要などないはずなのに、なぜそれが置かれていないというのか?

 嫌な予感が止まらなくなってきた一夏が近所を探し回ろうとしたとき、自分のスマフォに弾からの連絡が入るのであった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「・・・以上が、起こった事の大体の経緯です」

「・・・・・・」

 

 調理場の換気扇の音だけが聞こえてくる店の中において、できうる限りの説明を尽くした千冬の声が静かに響く。自分達の出会いから厳もよく知る幼少期、そして起こった白騎士事件についてまで・・・最後の『事実』以外の全てを話し終えた千冬を前に、目を閉じて腕を組んだままの厳がここでようやく言葉を発した。

 

「そんな与太話誰が信じられるか?」

「・・・・・・」

「先生が何とかっていうテロ組織を創立して、元々が大戦を勝利させた英雄で、その後も世界を影から守ってきた聖人みたいな人だと?」

 

 厳しい視線が千冬に注がれた。場の緊張感が増し、怒った厳が千冬に対して暴力を振るうのではないのかと蓮達が心配する中、平然と言葉を受ける千冬と組んだ腕の筋肉が段々と増していく厳の二人の間の空気は・・・以外にも平穏なものが流れるのであった。

 

「そうだ。与太話だ・・・相手が先生じゃなかったならな」

「・・・そうですね。私も先生が相手でなければ子供の頃でも信じなかったでしょう」

 

 アレキサンドラ・リキュールという人物の色々な浮世離れした性格と能力、そして存在感をよく知る二人だからこそ、普通なら子供の与太話だと笑い飛ばす事も不思議と受け入れることができるのであった。

 

「先生が長い間フラッといなくなる理由はとりあえずわかった。むしろどっか他所で人助けしてたんだと言われたら納得することもある」

「ありがとうございます」

「だが、最後に一つだけ教えてくれ・・・」

 

 ようやく瞳を開いた厳がまっすぐに千冬を見つめて問いかけた。

 

「・・・白騎士ってのは誰なんだ? ちーちゃんは先生を殺したのが誰か知ってんだろ?」

 

 最も重要な事。白騎士事件の際、だれが彼女に刃を突き立てたのかと問うた厳に対して、千冬は今度こそ動揺することなく言葉よりも先にあるものを彼に差し出す。

 

 ―――布から取り出された日本刀―――

 

「・・・何の真似だい、ちーちゃん」

「今日私がここに来たのは他でもありません。誰が先生を殺めたのか、そしてその殺めた大罪人を処罰してもらうために来たのです」

 

 テーブルの上に自分の愛刀を置いた千冬はそのまま立ち上がると厳の前に移動し、その場で座り込み、頭を下げてまるで首を差し出すかのように土下座する。

 

「・・・先生を殺めた白騎士の名は・・・・・・・織斑千冬」

 

 息を呑んだのはむしろその光景を見つめていた弾達三人の方であった。

 

「故あってのことだなどと言い訳することも出来ません。私はあの人に・・・」

 

 ―――忘れない。自分の名を優しく呼んでくれる声―――

 

「・・・刃を向けただけで飽き足らず、この手で心の臓を貫いたのですから」

 

 ―――孤独の中で差し伸べられた暖かな手―――

 

「先生を殺めたのはこの私です。そしてそのことを10年も隠して貴方を欺き続けてきました」

 

 調理場の水道から漏れた水滴が落ちる音が聞こえ、それを皮切りにするように厳はゆっくりと目の前の刀に手を伸ばし、この衝撃の告白をした人物に………腹の底から響くような低音で話しかける。

 

「・・・俺の半生は先生によってもたらされた様なもんだ」

 

 戦火に焼かれた戦時後の街中で出会った偶然。拾われ助けられ絶望しかなかった自分の人生に確かな光をくれた人。生きる術を授け、場所を授け、やがてそこから自分は新しい家族を得たのだ。

 

「俺にとって大事なものは、全部先生が運んでくれたともんだと思ってる・・・本人に前にそのことを話したら真面目な顔で『今の人生は貴方の努力の結果よ』なんて説教を久々にされちまったがよ」

 

 返したかった恩。返すにはあまりに大きすぎた物を自分に与えて、彼女自身は何一つ代価を受け取ってはくれなかった。そのことが時々寂しくて、悲しいと感じたことが若い頃には何度もあった。時が移ろい、自分に孫が出来る歳になった時分に漸く厳は決心する。

 

「もし先生に大変なことがあったなら、俺が残った人生の全部使ってでも助けたい。ってな・・・」

 

 刀の鯉口を切り、鞘から伸びた刀身に移る自分の顔は今、彼女が知っている五反田厳のものであるのだろうか?

 

「それを・・・お前さんはぁっ!!!」

 

 テーブルと椅子をひっくり返して立ち上がった厳の表情には、人生最高点の憤怒が浮かんでおり・・・咄嗟に奥から飛び出てきた三人が何かを叫ぶ勢いを殺してしまう。自分達に叱責しての怒りの表情は幾度も浮かべたことのある祖父であったが、これは単純に怒っているなどという生ぬるいものではない。抑えられない激情を爆発させた姿に、家族すらも止めに入ることを躊躇させられてしまう恐怖を感じ取る。

 対してそんな厳の激情すらも素直に受け止めた千冬は、一切の動揺もなく彼の前で土下座をして首を差し出し、土壇場の罪人のように静かに刑の執行を待つかのようであった。

 

「ッッ!!」

 

 奥歯が砕ける勢いで歯を食いしばりながら刀を振り上げた厳は、目の前の人物が女性で、孫とは10しか歳が離れておらず、大切な・・・本当に大切な人が大切にした少女だったということをも忘れたかのようにその刃を今にも振り下ろそうとする。

 

「ッ・・・爺ちゃんッ!!」

 

 ようやく弾がそれだけ絞り出して叫ぶが今の厳を止めるには足りない。反応して振り返った彼の眼光を受けて一瞬で恐怖に怯んでしまい動き出せない。狂気という言葉がどんなものなのか初めて触れた弾と同じように恐怖に竦んだ蘭と、スマフォを握り締めながら見つめる蓮の揺れる瞳に、準備中の札が掛かったままの店の戸を開いて店内に滑り込むように駆け込んできた少年の姿が映るのであった。

 

「千冬姉ッ!? 厳さん!!」

 

 スマフォを握りしめた織斑一夏が刀を持った厳の前に立ち塞った。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 千冬が自分に連絡も入れずに姿を消したことに関して、一夏はある推論を自分なりに立てて彼女の姿を探していた。なぜ自分に連絡を入れずに勝手に病院を抜け出したのか?

 この間までの彼女ならば自分や陽太に何も話さないのは恐らく『自分一人で全てを解決しないといけない』という思いが強すぎたことが原因であろう。生真面目な部分とトラウマが重なって猶更背負い込もうとする部分が強かったからだ。

 しかしその部分は全て解決した、とは言わないがそれでも徐々に自分達を信頼してくれることで改善されつつあったはず。もう織斑千冬に守られているだけの弟ではなく、織斑一夏として信頼し始めてくれていると信じているからだ。

 ならば一夏や陽太やカールにすら何も話さずに出ていた理由は何なのか? 

 そのことに推論が行き当たった一夏が実家の近所をとりあえず走り回りながら千冬を探していた時、自分のスマフォに蓮からの着信が入り、スパークした思考が一つの結論に行き当たる。

 

 ―――千冬自身が『自分だけで解決しないといけない』と思っている問題―――

 

 一夏が同じ立場であったなら、きっと同じことを考えたはずだ。

 自分に家族同然に接してくれた人をに結果的に嘘とはいわないが、大事な事実を告げずにずっと過ごしていたのだから。

 真相を告げればきっと傷付けてしまう。

 自分の言葉で誰かが苦しまないといけない。

 でも何も告げないこともまたその傷を大きく広げることになる。そのことの方が千冬にはもっと心が痛むのなら、彼女が取るべき行為は一つしかない。

 反省したところで、贖罪だと行動したところで、千冬の言葉は親友達には届かなかった。なぜなら彼女はその前にするべきことから逃げていたから。

 

 10年逃げ回った末に、彼女はもう逃げ回らないと決意したのだ。

 

 総てを告げて、相応しい人物に罰を下してもらう。

 

 償いきれないと逃げてしまった罪と真正面から向き合うことを選んだことを、千冬が選んだのなら一夏が取る行動もまた一つしかない。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

「千冬姉ッ!? 厳さん!!」

 

 五反田食堂の戸を開いた一夏の瞳に刀を振り上げて自分を凝視する憤怒の表情を浮かべた厳と、こちらの方を信じられないものを見るかのような表情で見てくる千冬が映る。

 『見たくなかった』と『やっぱりか』という言葉が同時に心に浮かぶがそんなことを気にしている場合でもない。即座に二人に間に割って入ると千冬を守るように彼女の肩に手を置き、まっすぐに厳を見つめながら言い放つ。

 

「千冬姉のことを許してくれ・・・・・・・なんてことまで俺には言えない。厳さん」

「一夏、お前・・・」

「なぜここへ来た!?」

 

 千冬が問いかけるが、彼女の方にあえて振り返ることなく一夏は厳と話を続ける。

 

「千冬姉を斬るっていうなら、俺も一緒に斬ってくれ」

「!?」

「・・・お前さん」

「いきなり過ぎるのはわかってる。それに千冬姉や厳さんにしてみれば俺なんか殆ど部外者だ!」

 

 一夏のいきなりの申し出に困惑する二人を置き去りに言葉をさらに畳みかけるように続けた。

 

「俺は知らないよ。二人の先生のこと・・・アレキサンドラ・リキュールって人がどんな人で、どれだけのことを二人にしてくれたかを。でも・・・でも、これは違う! これだけは絶対に違うと思うんだ!」

「・・・一夏、お前は何にも知らないんだろうが?」

 

 違うと言い切った一夏に言葉が固くなる厳の厳しい視線にも彼は揺るがない。たくさんの難しい言葉が一夏の中に沸いては消えていくが、そのどれもが今の自分の気持ちを伝えるための言葉に適合できない。だからなのか彼の言葉は理屈がメチャメチャなものであった。

 

「知らない! でもわかる・・・俺、わかる! 先生は二人がこんな風に刃を向けて向けられるために二人を助けたんじゃない!?  会ったわけじゃないけど分かる! こんな・・・こんなのは違う!」

 

 彼女の気持ちを語りながらもその実は全部一夏自身の気持ちである。そのことは厳にも千冬にも弾達にも、無論一夏自身にもよくわかっていた。厳や千冬の師を知らない自分に彼女を語ることなんてできるはずがない。会ったことも話したこともない人間の事を、ましてやそれをよく知る人間相手に伝えられることなんて一夏にはない。

 

「だけどっ!!」

 

 たった一つを除いては。

 

「厳さん! 俺、聞いたんだ」

「?」

「俺は、俺達はこの間、初めて聞いたんだ・・・千冬姉と厳さんの『先生』の声を」

 

 そう。あの海での出来事を一夏は決して忘れてはいなかった。

 シャルが言った自分達宛に彼女が送ってくれた言葉。

 『諦めないで』という言葉。

 それは今この場において自分に向けて、千冬と厳の二人に向けても送られていたはずの言葉だから。

 

「先生は確かに最後に言ってたよ。『この世界は良い世界だ』って」

「!?」

 

 千冬も通信越しに聞いた言葉を忘れたわけではない。むしろその言葉を聞いたからこそ、彼女はここに来れる決心がついたのだ。

 自分の中の罪科をただ『許されない』という気持ちだけで過ごすのではなく、償う気持ちがあるのならば決して許されないことではない。むしろそうやって向き合うことが彼女が本当に望んでいることなのだと思うに至った千冬だったが、厳の表情は変化することはなく、逆に一夏が詰まる質問を投げ返してくる。

 

「じゃあ・・・どうすりゃいい?」

「!?」

 

 いつの間にか、恩師の死を知らされたあの日と同じ表情で涙を溜めた厳が言い放つ。

 

「俺の、一生をかけて返したい恩義は・・・あの人への気持ちは・・・何処に行ったらいい?」

「「!?」」

 

 織斑姉弟の言葉を詰まらせるにはその言葉だけで十分だった。色々と湧き上がってくる気持ちを止めてしまうには厳の表情が十分すぎたのだ。

 どんな荘厳美麗なセリフであろうと心に響かないこともある。たった一言で足りる気持ちを知るのにも幾星霜の時間をかけないといけない時もある。

 

 今の厳の想いを受け止めるには自分の想いと言葉だけではあまりに足りない。気が付いた一夏はそれでも俯きながらも尚千冬を庇うように二人の間から一歩も引かない。

 

「爺ちゃん!」

「お爺ちゃん!」

「お義父さん!!」

 

 ―――愛する孫達や息子の嫁も自分を止めようとしてくれているのはわかっている―――

 ―――そう・・・わかっている。こんなことは馬鹿げていると・・・こんなことはあの人が望んでいることじゃない―――

 ―――あの人が望んでいることは、そう・・・目の前の人間を・・・『あの人を殺した人間を許す』こと―――

 

 

 「(出来るかッ!?)」

 

 

 ―――忘れることなんて出来やしない―――

 ―――自分があの人を忘れることなんてできるはずもない―――

 ―――あの人が全部くれた物をどうやって忘れれるというのだ?―――

 

 ―――簡単に忘れてしまえる程軽い恩義を受けたわけじゃないだろうが、五反田厳ッ!!―――

 

「ッ!」

 

 刀を握りしめる拳に力が宿った。瞳の中の憤怒の炎は最高まで燃え上がり、全身が衝動に駆られる。

 

 ―――先生の仇ッ!!―――

 

 全員が息を呑み、一夏は厳を正面に捉えながら決して逃げず、千冬はそんな彼を突飛ばそうと両手を彼の背中に沿えた時・・・水面に波紋を広げるように全員の意識を注目させる音が食堂に鳴り響いた。

 

 

 ―――供えられていた神棚が崩れ、床の上でバラバラに砕け、中に供えてあった神鏡が厳の足にぶつかる―――

 

「・・・・・」

 

 そして、タイミングを計ったかのように割って入ってきた衝撃に振り返った厳の視線の先にあった一冊の本を見た瞬間、彼の全身を駆け巡っていた力と怒りが急速に抜けていく。

 

「・・・・・ッ」

 

 洩れそうになる嗚咽を必死に噛み潰し歩く厳が拾い上げた一冊の本。五反田食堂を開店したその日、一番最初に訪れた客である恩師が開店祝いに持ってきてくれた、料理のレシピが載せられた手書きの書であった。

 彼女はこの本を別れ際に渡してくれた時、ある言葉を残して颯爽と夏の日差しとともに去っていったのを今でもはっきりと覚えている。

 

 

 

 

『開店おめでとう厳。これで貴方も立派な一国一城の主ね』

 

 

 

 ―――やめてください先生っ! 俺なんかまだまだ・・・―――

 

 

 

『あら? この店は貴方の努力の結晶よ。これからもっともっと繁盛していくんだから』

 

 

 

 ―――だとしたら、それは全部先生のおかげで―――

 

 

 

『・・・・・・厳。約束をしてね』

 

 

 

 ―――・・・・約束?―――

 

 

 

『理不尽に憤るのは人の正しい心の動き。それは間違いなんかじゃない。だからこそ、貴方ならきっとその人が今感じている気持ちを見ることができるわ』

 

 

 

 ―――・・・・先生?―――

 

 

 

『あの日盗みを働いた貴方のこの手が、今日から誰かのお腹を一杯にするために、誰かの心にも届く「美味しい」を作っていく』

 

 

 

『してきたことは誰にも消せません・・・でも、これから貴方が行っていくこともきっと消えることはありませんよ』

 

『どうか、貴方のこの手が誰かの笑顔のためにあれますように』

 

『そして貴方自身の幸がありますように』

 

『貴方と私の約束よ』

 

 

 

 

「・・・・・・先生、アンタこのタイミングで卑怯ってもんだぜ」

 

 なんてタイミングで思い出したのだろうかと自嘲しつつ、厳は手渡された本についた埃を払いながらそれを大事に抱え、千冬の方に振り返る。

 突然の出来事で呆然としているのだろう、先ほどまで項垂れて自分の裁きを待っていた時とは違う表情となっている。そして彼女を守るように斜め前で陣取る一夏に、自分の豹変ぶりに目を白黒とさせている家族を見つめ、改めて恩師の言葉を思い出し心の中で反芻した。

 

 ―――してきたことは誰にも消せません・・・でも、これから貴方が行っていくこともきっと消えることはありませんよ―――

 

 恩師の死が10年前。そして彼女の手に引かれていた幼さが残っていた少女が脚光を浴びて社会に華々しくデビューしたのも10年前。だがテレビなどでたまに映された千冬には常に張り詰められたものしか映っておらず、たまに聞く一夏の話からは10代の少女とは無縁の激務と、大人達を相手に大人としての付き合いを強要される日々。なにより恩師を手に掛けたことに酷く苛まれ、自分を責め続けて身体を虐め抜き、常に死と隣り合わせのような状態で弟を育て上げていたのだ。決して彼女が安易に師の命を奪い去る決断をしたとは到底思えない。

 やがて二十歳を超えて教師となりIS学園で多くの生徒を相手にし、対オーガコア部隊の指揮を執り、姉として一夏と接してほかの子供達相手にも大人として時に不満すらもぶつけられ、それら全てから逃げずに向き合い続ける。

 

 

 そこにあったのは楽し気な青春を送る日々をかなぐり捨てて、只管に自分以外の『誰かのため』に生きようとする不器用な少女の姿であった。

 

 

「(そうだよな・・・この娘は・・・『ちーちゃん』は、ずっと先生の代わりに先生をやらなきゃならないと思ってたんだな)」

 

 ああ・・・見えていなかったのは自分も一緒だった。見ようとすれば聞こうと思えばいつでも聞くことができたのに、『先生だから大丈夫だ』と安易に思い込んでしまったのは自分なのだから。たった一人、目の前の少女は10年間の間苦しんできたというのに、大人である自分はそれをただ『お前が悪い』と糾弾しようとしたのか。

 地面に転がった鞘を拾い上げて刀をしまった厳はそれをテーブルに置き、両手で千冬の肩に手をかけながらうるんだ瞳のままで彼は傷ついた少女を労わる。

 

 

 

 

 

「すまねぇなちーちゃん・・・・・・・・・・・・・苦しかったよな」

「!?」

 

 

 

 

 瞳に溜まった涙が千冬が見るもの全てを歪ませる。唇だけがパクパクと動きながら必死に今告げるべき言葉を探すが真っ白になった頭から何もひねり出すことができない。そんな千冬を労わる厳は彼女の頭を幼い子供のように撫でながら、自分も涙を貯めた瞳で言葉をさらに続ける。

 

「もういい。ちーちゃんが一番頑張ってたんだ。だからもういい」

「で・・・すが・・・・・・・ですがっ!?」

「・・・一夏か」

 

 何気なく彼の名を呼んだ厳の瞳に、すべてを理解した者の色が映った。

 

「守りたかったんだろ? 大丈夫・・・ちゃんとわかってる」

「・・・厳・・・・・さん」

 

 隣にいた一夏が代わりに涙を流し、厳は自分の推測がやはり全面的に正しかったと確信する。家族を天秤に掛けでもしない限り、千冬が人を殺すなんてことができるはずもない。ましてや本当の母親同然の相手に対して刃を向けたのだ。そう思えばむしろ自分の恩師に対して僅かな怒りすら湧いてくる。

 

「(先生・・・アンタはちーちゃんになんて酷な選択させたんだよ)」

 

 きっとこうやって千冬のために怒っている自分を見れば、恩師は・・・・・・笑ってその正しい怒り方を称賛したのだろう。嫌味としてでなく、本心としてそのように言い出すところが彼女の悪いところだというのに。

 

「・・・どうしようもなかったんじゃ仕方ねぇ。俺はちーちゃんを恨むようなことはしねぇよ」

「厳さん!?」

 

 そんな無茶をする必要はない。自分を恨んでくれて構わない。そう言いかけた千冬だったが、またしても厳の柔らかい笑い方に言葉が阻まれてしまう。

 

「俺にとって誰かを恨むことよりも、先生との約束のほうが遥かに重い・・・重いんだ」

 

 正直に話せば、全てを忘れることができない以上、『そういう』暗い感情が全く無くなったわけでもない。だがそれはあくまで向けるとするなら、そんな状況の時に何もできなかった自分自身。そして結局最後まで頼ってくれなかった先生への僅かな怒りだけだ。千冬への怒りなどはもう心のどこを探しても残ってはない。ましてや、まだこれ以上彼女を責めるようなことをすれば、心の中で柔らかく笑ってる『彼女』に叱られてしまう。

 自分の中にある約束への重さを自覚し、重い腰を上げた厳は自分を心配そうに見つめてくる家族へまずは謝罪をする。

 

「心配かけちまったみたいだな。蓮さん、弾、蘭」

「爺ちゃん」

「お爺ちゃん」

「お義父さん」

 

 こうやって自分を心配し信じてくれる家族がいるのだ。やはり自分にはこの刃は似合いそうにない・・・千冬に渡された日本刀を鞘ごと彼女に返すと、彼は肌身は出さず常に使い続けているエプロンを腰に巻き、ゆっくりと厨房へと歩き出す。

 

「さあ遅くなっちまった・・・店を開けるぞ」

 

 いつもと変わらないその声に戸惑いがまだ消えない子供二人はともかく、彼らの母親である蓮は笑顔を取り戻すと静かに返事をする。

 

「はい、お義父さん」

「蓮さん、ちーちゃんと一夏に茶を出してくれ」

 

 織斑姉弟を客として扱い、毎日行っている通り料理を作ろうと厨房へと一歩前へ歩みだす。

 

「なにやってんだ二人とも・・・席に座れ。ちょっと早いが昼飯食ってけ」

 

 自分にできる一番の恩返しが何なのか。改めてその答えを得た厳の笑顔は戸惑っていた千冬と一夏に笑顔を取り戻させるものであった。

 だからなのかもしれない。厳の心の中にいつも笑っていたアレキサンドラ・リキュールが・・・。

 

 

 

 

 ―――ありがとうね。厳―――

 

 

 

 

 そんな風に感謝の言葉を述べた気がしたのは・・・・・・。

 

 

 

 

 

 





先生を除く太陽の翼聖人ランキングで現在トップになっている厳さん(?)
本当の本当は心の中で抱えている闇が全て消えたわけではありません。でも闇を全部消してしまうよりも、その闇とも共存して生きていこう・・・つまり胸の中に抱えた『怒り』『憎しみ』を忘れないからこそ、他人が犯した過ちを彼は許せる人なんだろうね。それも踏まえてもしものことを考えて先生がひと言残していったのかな・・・って、この時点ですでに死に方決めてたみたいで、それはそれですごい未来設計。

さてさて、千冬さんの肩の荷が少しだけ軽くなった今日この頃。次回からいよいよ新しい章が始まります。



そして今後の物語のキーを握る重要な『新ヒロイン』も登場。

ちょっとだけヒントを与えるなら、陽太にとっても重要です。一夏にとっても重要です。ジークや秋水にとっても重要になるかもしれません

それでは、次回の更新をなるべく早くできるように頑張ってみます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六章・少女と家族の物語
少女の夏の始まり~目覚め~


さてさて
フゥ太肝入りの新章がついに開幕!


そこで登場するニューヒロインとは果たして・・・?


 

 

 

 

 

 ―――激しく波を打つ嵐の沖合―――

 

 高波が発生し落雷や激しい雨が降り注ぐ太平洋沖合に、密かに建造された研究施設。

 外部からのあらゆる索敵を遮断・・・先進国が持つ最新鋭の監視衛星はおろかISの索敵すらも寄せ付けない難攻不落の要塞は、こんな嵐の夜だというのに密かに、そして慌ただしく動き続けていた。

 

 ―――研究所の隔壁の一つが解放され、中から『何か』を海に次々投擲していく―――

 

 数十メートル沖に飛ばされた何か・・・白いカプセルは不規則に赤いランプを点滅させて、黒い海の中に消えていってしまう。

 

 

 

 ―――そして消えていった白いカプセルたちがある海を、研究所の最上段から見つめる瞳が妖しい光を放ってその未来を見つめていた―――

 

 

 

 ☆

 

 

 

「・・・・・・よし、思った通りの味付けになったね♪」

 

 私服の上から白いエプロンを羽織ったシャルロットは、自室において今しがた出来上がったばかりの特製コンフィチュール(ジャム)の味見をして思い通りの味に仕上がった事に上機嫌となる。

 

 7月も半ばを過ぎ、日本の夏が本格的となった日々において、今日から夏休みとなったIS学園のメンバーは同時に土日ということもあり、専用機ISのオーバーホールを倉持技研に預け休養日とあいなった。 と言っても、ただの非番というだけでは勝手に訓練を始めるのが最近の対オーガコア部隊のメンバー達であり、それでは身体を休めるということにはならないと強く言い聞かせるように、現場に復帰した千冬からの訓示によって『休養日』と名を打たれ、各々が身体を休める傍ら久しぶりにプライベートを楽しむこととなったのだ。

 

『いつ出動がかかっても万全を心がけて臨めるようにするにも、休むのも一つの訓練だと思え』

 

 実働部隊の隊長がゴネかけた瞬間、そう言い放って反論を封じた千冬のドヤ顔は生気に満ち溢れており、ついこの間生死の境を彷徨っていたとは思えないほどである。

 

 織斑千冬の電撃復帰・・・当初は誰もが寝耳に水であり、担当医のカールや弟の一夏や弟子の陽太とラウラから猛反対を食らうことになったが、彼女のガンとした意思を跳ね返すことができずに全員が折れる形となる。確かに身体機能は当初の想定とは良い意味で大きく外れており、このまま順調にいけば後二か月ほどで普通に退院できるというほどだったのだが、千冬の強い希望を学園長である十蔵が承諾したことでこの度の現場復帰の流れとなった。最も直接的な戦闘行動は絶対に厳禁なこと。また体調が少しでも悪化するようなことがあれば再入院する、という条件を飲むことになったのは言うまでもないが。

 教職についても9月からの二学期から復帰するということとなり、夏休みの期間はリハビリを兼ねて病院への通院をしがてら現在指令代行をしている真耶を補佐する形で部隊の運営にも携わることとなったが、退院初日において早速好き勝手していた陽太に雷を落とし、彼の天下に終焉(というほど威張れた試しもないが)をもたらしたのは誰もが想像していた通りのことであった。

 

 退院して初めて顔を合わせた時の千冬には、何か憑き物が落ちたかのような落ち着きがあり、何か心境の変化でもあったのか声色にも優しさがあって、陽太にシャルが問いかけてみた。

 

「織斑先生・・・何か良いことがあったのかな?」

「病院食のおかげで、ダルダルだったビール腹がへっこんだんじゃない?」

 

 歩行に杖がまだ手放せない状態なのだが、そんなことを感じさせないハイキックが悪ふざけした陽太をぶっ飛ばす姿を見ると、やっぱり自分の思い違いなのかなと自信がなくなってしまうが・・・。

 

 とりあえず訓練を中止して身体をとにかく休めろ。と厳命を下され、セシリアと鈴は買い物、箒は簪の様子を見に病院、ラウラは千冬の何か手伝いは出来ないかと付きまとう中、シャルは先日荷物の整理をしていた義母のベロニカが発見し、フランスから日本へ郵便物として届けられた亡き実母の料理レシピ本を片手に彼女と陽太が幼少時によく食べていたコンフィチュール(ジャム)に挑戦していたのだ。

 イチゴをできる限り原形をとどめながらドライピーチも混ぜ合わせ、蜂蜜を使ったそのジャムは非常に口当たりが良く、フルーツの酸味のおかげで甘すぎず子供も大人もおいしく食べられる実母オリジナルであり、よくパンケーキなどをオヤツに作ってくれた時はこれと一緒に食べ、陽太も喜んでいたのを思い出し挑戦することにしたのだ。

 思い通りの味に仕上がったことに満足したシャルは、熱湯消毒したガラスの瓶に火傷しないように注意しながらジャムを入れ、冷蔵庫で冷やしにかかる。

 コンフィチュール(ジャム)はある程度冷えて固まってからのほうがおいしいため、これを食べるのは明日以降のほうが良いと思ったシャルは、今日は男子勢が『釣り上げてくる』予定の獲物のほうを調理してあげるか、と上機嫌で窓辺から海のほうを眺めるのであった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「いよしっ! アジ五匹目ゲッツッ!」

 

 サンバイザーを被った陽太が自分のアタリにご満悦の様子で、針にかかったアジを自分のバケツに入れる。

 

「午後から巻き返しにかかる。という言葉は本当だったようだね」

 

 午前の釣り上げ数がトップでありながら、午後からは不振が続くカールは、自分の浮きに手応えのなさにポーカーフェイスを被りながらも焦りが若干出始めた。

 

「・・・・・・・何故だ」

 

 赤い冷感インナーとサングラスに帽子という一番本格的な釣り人スタイルで、マイロット持参であるにもかかわらず、本日は僅かにイワシが三匹という実績に、奈良橋武夫は全身から熱気を吹き出し始める。

 

「あっ、スズキが来ました」

 

 何食わぬ顔で午前中の釣り上げ数二位、午後は現状トップの轡木十蔵は慣れた手つきでバケツの中に大量に蠢く獲物たちの中にスズキを放り込んでいく。

 

「(ちくしょう・・・みんな楽しそうに)」

 

 午前中ゼロというブービー賞の罰ゲームとして昼ご飯の用意を仰せつかった一夏は、レジャーパラソルの下、カセットコンロを使い茹だるような暑さを我慢しながらキスの天ぷらを揚げ終え、クーラーボックスで冷やしておいた刺身と一緒に出すと全員に声をかけた。

 

「みんなー! ご飯できたぜー!」

 

 アジの刺身とキスの天ぷら、そしてあらかじめ作っておいたおにぎりを合わせた昼食が完成した所で皆に声をかける。

 

「おおっー!」

「これは美味しそうだ」

「釣れたてのを刺身にして食べるのは、釣り人の特権だな」

「天ぷらも美味しそうで・・・料理の出来る男子は女性にモテますよ、織斑君」

 

 昼食の出来が好評だったようで、珍しく全員満場一致で高い評価を受けたことが嬉しかったのか、頬を赤く染めて上機嫌そうに皆にススメる一夏なのであった。

 

「ささっ♪ 皆、遠慮せず食べてくれよ」

「ん。そうだな。どうせ全部お前が釣った魚じゃないしな」

「ぐっ!? ぐぬぬぬっ・・・」

 

 ・・・・・・一瞬で陽太に斬って落とされ、下唇をかみしめることとなってしまったが。

 

 暇を持て余し気味の少年二人を釣りに誘った男性三人組の思惑は、もちろん陽太の監視である。

 あの日、臨海学校から帰ってきた陽太の様子にはまたしても微妙な変化があり、しかも最近では『ある事』を朝から晩まで繰り返しひたすら集中して没頭し続けている現状を見かねたカールの提案で、息抜きという名目、そして朝一番に声をかけたときに断ろうとした陽太にすかさず『自信がないなら結構だよ。一夏君のほうが釣りのセンスが有りそうだしね』と彼の闘争心に火を着ける言葉を使い分けて見事に誘い出すことに成功した。

 本来は彼にこの様な振る舞いをするのは失礼なのだが、それでなくても最近は身体を壊しかねない程の鍛錬の量を熟している現状と、それを『止めろ』と言えない亡国機業との戦いという現実のはざまにおいての苦肉の策なのである。

 そしてこうやって戦闘から離れて、同年代の一夏と二人肩を並べて何かをしている時の彼がひどく普通の少年のように思え、カールや奈良橋にしてみれば戦闘中の彼とのギャップの差に戸惑ってしまう。

 

 ―――戦っていないときの君。戦っている時の君。どっちが君の本当の姿なのかな?―――

 

 年少二人のやり取りを微笑ましく見ながら、少し苦い気持ちも湧き上がってくる大人達は、せっかくのごちそうを前に箸を進め料理の出来に惚れ惚れとしながら、陽太が案の定こっそり持ってきて缶ビールを奈良橋が取り上げて強制廃棄し、『鬼ッ!悪魔ッ!とっつぁんなんて加齢臭が強すぎて娘さんから『私の洗濯物とパパの洗濯物を一緒に洗わないで!』って嫌われたら良いんだ!』っと余計な事をほざいて柔道の裸締めを食らっていた時、ふと一夏が海側に流れてきている多くのゴミの存在に気が付き、眉間に皺を寄せて不愉快そうに言葉を発する。

 

「なんでこんなにゴミを不法投棄するかな、皆?」

「・・・そうですね。せっかく整備されてこの辺りも綺麗な海岸になってきたというのに」

 

 一夏の言葉に十蔵がしみじみと首を縦に振って頷く。綺麗好きな二人としてはどうも許しがたいこの状況であったが、カールがふとある事を思い出した。

 

「このゴミって、昨日太平洋の沖合で通過した大型ハリケーンでここまで流されてきたんじゃないですか?」

 

 先日太平洋沖で発生して通過した台風(ハリケーン)があったことを思い出したのだ。幸い日本には直撃することはなかったものの、かなり大型であったらしく波の影響は結構あったとのこと。そのためから潮の流れが一部代わり、今日の爆釣りに至ったのだが、こういう風にゴミまで吊り上げかねない状況は嬉しくないのか、十蔵が珍しく感情的になって言葉を発した。

 

「このゴミを処理するだけで、年間どれだけのお金が必要だと思っているのか・・・まったくですぞ」

 

 表向き用務員裏学園長な十蔵の経営者視点の憤りには、カールと奈良橋も苦笑いになる。一方、隣で『陽太、食い終わったら一緒に掃除しよう』『絶・対・ヤ・ダ』と言い合っていた一夏と陽太は様々な漂流物(ゴミ)の山を眺めながら感想を述べあう。

 

「ってか、あれってケーキ屋の人形じゃないか?」

「あ、〇コちゃん」

「冷蔵庫とか流れてるけど、開けたら大量の『G』が湧いてくるんかな?」

「さすがに塩水に長時間は『G』でもキツイだろ」

「お、人体模型」

「理科室とかにおいてあるやつ!? そんなんまで放棄してんのかよ!」

「夜中の砂浜にアレが流れ着いて見つけたら、軽くホラーだぞ?」

「闇夜に浮かぶ内臓とか、確かにお目にかかりたくない」

「お、あのバイク。前半分なくなってるけどカ〇サキのニンジャシリーズか!?」

「バイク? 陽太ってさ、バイク好きなの?」

「速い乗り物は基本的に大好きさ! ゴミ掃除したくないけど、あれのレストアなら考えてもいいかも!」

「・・・後は・・・ミサイルポット?」

「んな訳ない。あれは救急救命用のカプセルだよ。あそこから」

「あ、ちっちゃい女の子が射出された」

「そうだ。ああいう風に幼女をぶっ飛ばしたりするもんなんだよ」

「「・・・・・・・・」」

 

 ちょうど遠目に見えた流れ着いた白いカプセルから、薄茶の髪の色をした小さな少女を海に放り出す光景を横目で眺めながら、二人が同時に硬直する。

 

「「「・・・・・・・・」」」

 

 楽し気に談話していた中年三人も少年達が凍り付いた方向を注目し、やはり一瞬で凍り付く。

 

「「「「「・・・・・・オイッ!!!」」」」」

 

 五人が全員同じツッコミを入れながら一斉に大地を蹴ってスタートを切るのであった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 光が差し込んだ瞬間、目の前に広がった光景を表現する言葉を『彼女』は持ち合わせてはいなかった。ただ目の前に一杯に広がる『青空(もの)』を美しいと、言語としてではなくイメージとして捉える。その直後、美しい光景から一瞬で歪んだ世界に飛び込んだ『彼女』を待ち受けていたのは、急に感じ取った息苦しさと、舌を抉るような強烈なしょっぱさ、そしてどこまでも沈んでいく恐怖であった。

 『彼女』は自分がいる場所が海中であるという認識はない。否、そもそも彼女は海という存在そのものを知らないのだ。それどころか未だに自発呼吸すらしたことがない。あるのはただ瞳を開くこともなくオレンジ色の液体に入れられ『出荷』されるまでの僅かな間に聞いた機械の電子音程度である。

 当然、『海中では呼吸ができず、また海水を飲んではいけない』などという人間としての常識中の常識などわからず、結果として大量の海水を飲み込み肺と胃が圧迫され呼吸困難に陥り、生まれたばかりの意識が急速に遠のいていく事となる。

 『自我』などというものはない『彼女』の世界は、こうやってホンの少しの刺激だけを残して物の数十秒で終わりを迎える・・・・・・・・・・ことはなかった。

 

 

 

 ―――遠のく光を背に、『誰』かが近寄ってくる―――

 

 

 

 海中に沈んでいく『彼女』の手を握った『誰』かは、そのまま『彼女』を自分の腕の中に抱きかかえると、沈んでいった時よりも遥かに速く浮上し、再び『彼女』をあの青空の下へと誘う。

 

 

 

 

 

「プハッ!!!」

 

 自分に纏わりつく海水を振り払って海面に顔を出した陽太は、まず沈んでしまった幼女を抱きかかえて大声で問いかける。

 

「オイッ! オイッ!!」

 

 体を揺らして意識があるかを問いかけるが瞳を閉じたまま返事が返ってこない。一瞬だけ遅かったかと諦めかけるが、一瞬だけ幼女の眉がピクリと動いたのを見逃さず、急いで釣りをしていた防波堤まで彼女を抱えて泳ぎだした。

 

「無事かっ!?」

 

 そしてこの場で最も頼りになる医師であるカールが真っ先に際まで駆け寄り、泳いでたどり着いた陽太から幼女を抱き上げながら彼の報告を聞く。

 

「海水を大量に飲み込んでる!! 呼びかけても返事せん。完全に意識がない!」

「・・・まずいな」

 

 ということはすでに呼吸が止まっている可能性がある。すぐさま自分の上着を枕にして幼女を寝かせたカールは彼女の口元に耳を近付け呼吸がないことを確認した後、彼女の顔を横に傾ける。

 

「人工呼吸は俺が!」

「頼む」

 

 海面から一緒に上がった陽太も救急救命に参加する。その間も奈良橋も上着を脱ぐと幼女が着ていた白い手術着のような着衣を脱がせて代わりに着せることで体温の低下を防ぎ、一夏は学園にいる千冬や真耶を呼びに走り出し、十蔵はすぐさま救急車両の手配をスマフォで行う。その間もカールは心臓マッサージを施そうと彼女の胸に手を置いて2.3度圧迫してマッサージを施し・・・異変に気が付く。

 

「!?」

「どうかしたのか!?」

 

 人工呼吸を施していた陽太もその様子に気が付く。

 指から感じるこの奇妙な『違和感』は人体としてはあり得ない硬質な感触を与えてくる。断じてこの5、6歳の幼い少女が身に着けている筋肉とも違う。

 

「(どういう事だ、これは!?)」

 

 医療に長年関わってきたカールにしか判らない『疑惑』が脳裏を掠め、身に着けていた衣類からそれが推測は出来る。だが今はそのことに意識を割きっぱなしというわけにもいかない。とにもかくにも人命を確保せねばならない。

 

「おいっ!」

 

 必死に人工呼吸を施す陽太が焦れたように問いかけた時であった。

 

「・・・・・・・・・・・・・ッ」

「「!?」」

 

 僅かに少女の表情が変化し、少しづつ瞳を開こうと瞼が動き出したのだ。

 

「おいっ! 大丈夫か!?」

 

 少女に意識が戻りだしたことを喜んだ陽太が笑顔で問いかけ、カールと奈良橋と十蔵も覗き込んだ瞬間・・・少女は瞳を一気に開き、『空色』の瞳を全開にして起き上がると・・・。

 

 

「オエッ」

 

 ―――口から海水と共に小型のシンコを一匹吐き出す―――

 

「「「「!!」」」」

 

 大の男四人が幼女から一斉に飛び退き、息を飲んだ。決してビビったわけではない。ちょっとだけ驚いただけである・・・と適当に心の中で言い訳をかましつつ、そのまま微動だにしなくなった幼女に少しづつ近づいた陽太が声をかけようとするが、幼女はやがてゆっくりと倒れると再び意識を失うのであった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「・・・で? お前ら海辺に『魚釣り』に行っていたのでは?」

「人聞きの悪いこと言うな!!」

 

 保健室に気を失った幼女を連れて帰ってきた男性陣に対して、不審な表情で問いかけた千冬に対して一斉にブーイングが巻き起こり、これには一緒にいた真耶も苦笑いである。

 

「だから何回も言ってんだろうが!? 釣りしてたらガキが流れてきたんだよ?」

「ほうぅ~?」

「なんで、そこで俺の話を疑うかな!?」

「まあ、それは別に構わん」

「ちっとも構わなくありません!!」

 

 何か妙な趣味に目覚めたとでも思ったのかこの野郎!と憤慨する弟子を置き去りに、ベッドに寝かされた少女をいくつもの医療機器を駆使して彼女の検査をし続けているカールに声をかける。

 

「緊急車両の受け入れを拒否してまで検査をしている理由はなんだカール?」

「・・・・・・そういうことなのか」

 

 最後の検査を終えたカールは眠れる少女にシーツを優しく被せると、険しい表情のまま保健室を出ていこうとする。途中入り口で立ち止まると彼は指と目線で千冬と十蔵に合図を送ると廊下側の窓に手をやり、険しい表情のまま青空を睨みつけ、ここにはいない『誰か』に敵意をおくるのであった。

 

「どうしたカール?」

「・・・何かわかりましたか?」

 

 杖を突いて出てきた千冬といつもの柔和な表情を浮かべた十蔵に対して、カールは無言で手に持っていたタブレットを差し出す。

 

「「!?」」

 

 二人の表情を一瞬に変化させる内容。その中身を理解していたカールは震える声で二人に問いかけた。

 

「い、今はまだ検査の途中です。ですが現状の見解を述べさせていただきますと・」

 

 ―――二人の間から伸びた手がタブレットを一瞬で奪い取る―――

 

「んん? なんか寄生虫でも腹の中にいたのか?」

「陽太!?」

 

 いつの間にか一緒に出てきていた陽太が奪ったタブレットの中身を閲覧するために指でスクロールしていくのを、千冬は厳しく叱りつける。

 

「何をしている!? 早くそれを寄こせ!」

「いつまでも人をガキ扱いすんなよ。一夏はともかく俺にまでまだ何隠し事を・・・」

 

 大人達が内々にしようとしていることを学生であると同時に対オーガコア実働部隊隊長の陽太は逆に非難したのだ。俺はもう保護してもらわないといけない身分じゃないと・・・。

 だからこそ、内容を見ていく内に段々怒りの表情に染まっていく陽太の様子を見て、やはり見せるべきではなかったと千冬が溜息を漏らした。

 

「お前に見せれば・・・」

「・・・誰がやった?」

「そんなことを言い出すだろうとわかっていたから内密にしようとしたんだ」

 

 タブレットにヒビが入るほど力を込めて握りしめた陽太の問いかけに、千冬は答える。

 

「今回ばかりは嘘をつくことも誤魔化すこともしない。正真正銘、どこの誰の仕業か見当もつかない」

「亡国か!?」

「そもそも拾ってきた状況は私よりもお前のほうが詳しいはずだ」

「チッ!」

 

 偶然自分達が保護した少女が、まさかこんなとんでもないことになっていようとは陽太も予想の範囲外だったのだが、現在一番彼女の状態に詳しいカールが話を続ける。

 

「見てもらった通りだ。私にも彼女にいつ頃、誰が、どうやってこんなことをしたのか分からない」

 

 

 ―――レントゲンに映った、心臓の位置に存在する金属のパーツ―――

 

 

「これが何なのか、誰が、何を目的に行ったのか分からないが、今言えることは・・・」

「『心臓の代わりに入ってる機械が、文字通り心臓の代わりを行っている』?」

「・・・ああ」

 

 いくら検査を行っても心臓が見当たらない以上、この謎の金属物が心臓の代わりを行っているということ。

 IS学園の最新鋭機器を駆使しても構造解析がまるで行えないこと。

 つまりはこれをくり抜いて代わりの心臓を入れることが出来ないということをカールは陽太に伝えるのであった。

 

「医療用に使われる人工心臓や人工的な内臓は幾度も見てきたけれど、これはそれらとは明らかに異なるものだ。ほとんどの場合は人体への影響を考えて有機素材を使うのが一般的なんだが、これは明らかに硬質な金属で作られている。それでいて人体へのアレルギー反応が全く見受けられない・・・どんな技術を使っているのか」

 

 自分の想像をはるかに超える技術を使っている者が世界にいたとして、なぜ彼女は海に流されていたのだろうか?

 あの後、奈良橋が近くに流れ着いた彼女が入っていたカプセルを調べたところ、認識票はおろか素材から内部構造までどの国のものでもないという結論にたどり着いていた。一応倉持技研に問い合わせて調べてもらうことになっているが、果たして解明されるのか奈良橋にもわからないとのことなのだ。

 

「これだけの技術を使っている以上、偶発的にカプセルに閉じ込めて海に放り出された・・・という可能性は考えづらい。むしろこれだけのことが出来るのなら救命信号の一つでも出していたはずだ」

「・・・つまりは」

「・・・ああ」

 

 誰かが意図して彼女をカプセルに放り込んで『棄てた』ということ。それが現在唯一はっきりと答えられるカールの答えだった。

 

「・・・っ!!」

 

 ―――陽太が八つ当たりで放った後ろ回し蹴りが廊下の壁にめり込む―――

 

「!?」

 

 十蔵が驚愕の表情で固まるが、陽太にはそのことに気が付く余裕がない。こんな風に小さな誰かを玩具扱いして、体の中を弄繰り回してる奴がいるというだけで彼の沸点を容易く超えてしまったのだ。

 

「こんなことするなんざ、亡国以外有り得んだろうが!?」

「可能性が高いことは認めるが、思い込みだけで話を進めるな陽太」

「だけどよ!?」

「私は言ったぞ。そして落ち着け」

 

 陽太を諫める千冬の脳裏に『暴龍帝(元親友)』の姿が過ぎり、だからこそ可能性としてむしろ低いんじゃないのかと彼女は考えたのだ。

 

「(アイツは・・・このようなことを一番嫌う女だからな)」

 

 戦えない幼子に無理やり改造手術を行おうなど、暴龍帝(彼女)が最も嫌う行為であり、戦士として天衝く『矜持(プライド)』の持ち主である彼女は絶対に許さないだろう。

 

「(だが以前の鵜飼総合病院で起こった更識の妹の件もある。結局オーガコアを植え付けた犯人の特定が出来ずじまい・・・警戒はしておくべきか)」

 

 亡国とて一枚岩とは言い難い。それは彼女自身が語っていた言葉が裏付けている。今はあらゆる可能性を考えるときであり、そして何よりもあの幼い少女の今後の行く末を考えていかねばならない。

 

「とりあえず今すぐ他の施設に移すという流れは一旦保留・・・で宜しいですか?」

 

 隣で蹴り砕かれた壁を涙目で眺めていた十蔵に問いかけ、首を縦に振っての無言の了承を得た千冬が保健室に戻ろうとした時だった。

 

「あっ!? 待ってください! 落ち着てい!」

 

 真耶が中で悲鳴を上げ、機材が倒れる音やけたたましくガラスが砕ける音が鳴り響き、陽太は保健室のドアを勢いよく開く。

 

「真耶ちゃん!?」

 

 『何があった!?』という問いかけようとしとするが、そこに小さな影が自分の胸目掛けて飛び込んできた。

 

「!?」

 

 つい反射的にそれを受け止めた陽太が目にしたのは、どこまでも済んだ空色の瞳を涙で滲ませた幼子であったのだ。

 そしてベッドの脇では眼鏡をずらして尻餅ついていた真耶が機材を立て直しながら慌てて立ち上がる。

 

「す、すみません織斑先生!? 目を覚ましたと思ったら私を見て怯えちゃったみたいで・・・」

「なるほど・・・・・・で?」

 

 真耶の状況は理解できたが、こっちの状況は今一つ理解し辛い。

 なんせ真耶を見て怯えてしまうような幼子が、必死になって両手両足を駆使して陽太の胸にしがみ付いているのだから・・・。

 

「・・・・・・ぁっ」

 

 言葉を発しようとしているのか、でも何かを語ることもなく少女はひたすら全身全霊の力を込めて陽太にしがみ付き続ける。

 まるで必死になって離れないようにしているかのように。

 

「えっ? あ・・・あれ?」

 

 戸惑う陽太が逆に今度は助けを求めるように周囲を見回す中、怯えたままの少女が彼を縋りつくように覗き見続けるのであった。

 




次回はシャルさんたちも巻き込んでまた騒動を

果たしてこの少女の正体はいったい何なのか?

そして幼女という未知の存在相手に陽太に勝ち目があるのか?


次回も更新頑張りたいです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

少女の夏の始まり~初めての~

さあ幼女っ子編の開幕二回目

今回は区切りの関係上いつもよりも若干短いかな?


 

 

 

 

「・・・・・・」

 

 不機嫌そうに保健室で椅子に座る陽太は、むくれた顔のままに自分の膝の上に座る少女に目をやってみた。

 

「・・・・・・」

 

 膝の上に座りながら陽太のことをじっと見つめ続ける幼女は、彼の様子を注意深く観察するように一言も話すことなくその空色の瞳で陽太を捉える。

 

「・・・・グヌヌヌッ」

 

 いい加減この状況にジレてきてる陽太であったが、こういう時に何をどうすればいいのか皆目見当もつかず、沈黙の持久戦となっているのだが、どうにも彼自身がすでに限界に達しているようだ。流石に幼女相手に怒鳴り散らすことはしていないが、そういうことをやっちゃいそうなのが火鳥陽太という人間であると皆が分かっているだけに、とりあえず話を進めようと真耶が極力少女を怯えさせないように話しかけた。

 

「あ、あのね・・・貴女、自分のお名前、わかるかな?」

「!?」

 

 真耶なりに精一杯優しい笑顔と声色で話しかけたつもりだったのだが、彼女が近寄った瞬間に少女は再び涙目になって陽太の胴体に両手両足を使ってしがみ付き、胸に顔を埋めてしまう。

 

「めっちゃビビられてるな、真耶ちゃん」

「私、怖がられたの初めてですっ!」

 

 年下から舐められることは数あれど、年下に怯えられたのは人生初体験なのかショックで半泣きになる真耶を見かねて、今度は千冬が代わりに話しかけてみた。

 

「少しいいか?」

「!?」

 

 一瞬だけ千冬を見た後、先ほどの倍は怯えた表情で陽太に必死にしがみ付く姿を目の当たりにし、陽太は半目で自分の師匠をこう糾弾する。

 

「幼女だってライオンと目を合わせたら危ないことぐらいわかってるよ」

「誰が怒った獅子だぁっ!?」

 

 そういう表情がじゃないの? と言われ反論したい気持ちはいっぱいなのだが、目の前で目を合わせただけで泣き出しそうな幼子がいる時点で、そういうことを言うと負けっぽく感じてしまうのでとりあえず身体を震わせて沈黙してみる。

 一方、これでは埒があかないと思った陽太は胸に埋まる幼女を引き剥がすと自分の目線まで持ち上げ、しっかりと見つめながら問いかけた。

 

「おい、お前。名前は?」

「・・・・・・・・・」

「自分の名前だよ。言ってみろ」

「・・・・・・・・・」

「聞こえてます? お客さん?」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・イエス! ノー! 返事ぐらいしてみせろよ!!」

 

 一言も話さない幼女に様子に陽太がイライラしだすが、カールはその様子を見て何かを感じ取ると、おもむろに空のコーヒカップを取り出し、幼女の真後ろに立つとスプーンで叩いてみる。

 

「!?」

 

 スプーンで打ち鳴らされた音に反応した幼女がカールのほうに振り返り、またしても怯えた表情を浮かべる。 だがカールはその反応から幼女のある事実に気が付くのであった。

 

「やはり音は聞こえているようだね。目もはっきり見えている。それに身体の動作も問題がない・・・ということは」

「ということ?」

「・・・・・・この子は、そもそも言葉そのものを知らないのではないのかな?」

 

 それならば自分の名前を言えないことも返事ができないことも説明がつく。そもそもが名前も返事も言葉という概念すら知らないのだ。つまりこの幼子にこれ以上事情聴取をしても意味がないということなのだ。

 

「・・・・やってられっか!?」

 

 もうこうなってはこれ以上の対処が思いつかない陽太は幼女をベッドの上に座らせると、大股でドカドカ歩きながら保健室を出ていこうとする。

 

「あ、待ちなさい陽太君!?」

「待たんッ! 俺は保育士じゃねぇーんだ! これ以上構ってられるか!!」

 

 そもそもが自分はこんなところで子供の番をしてる場合ではない。一刻も早く強くならねばならないのだ。自分自身が決めた期日まであまり時間がないこともあり、陽太は速足で保健室を出ていくのであった。

 

「・・・・・・行ってしまった」

「・・・・・・相変わらず面倒事だと思えば逃げ足が速いな」

「・・・・・・まあ、確かに火鳥君は子供の世話とか得意そうじゃありませんしね」

 

 しみじみとした感想を述べる三者だが、こうなってしまうと幼子の今後をどうするべきなのか自分達で当面の方針を決めねばならない。頭を抱えて悩む千冬達である。

 

「身体のこともある。一度どこかの施設で検査は行わねばなるまい」

「あと、どこか預ける場所を探さないといけませんね」

「孤児院・・・は反応が怖い。やはりある程度事情が分かる里親を探すべきか」

 

 う~ん・・・どうするべきなのか? 三人は悩みながら同時にベッドにいるはずの幼子に目をやる。

 

 ―――もぬけの殻の白いシーツ―――

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 仲良く幼子がいないことに気が付くのも三人同時だった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「まったく、とんだ休日になっちまった」

 

 一方、これ以上は付き合えんと保健室を後にした陽太は、その足で寮に戻ることはせずに訓練施設を目指して歩き続ける。目的はもちろん、これから晩までじっくり修行に明け暮れるためだ。

 

「・・・・・・『スカイクラウン』」

 

 数か月前に教えられたその存在に、一向にたどり着けない現実を前に、陽太の拳に力が宿る。あの力があれば福音戦ももっと楽に終えられたはずだ。暴走した福音だって自分がスカイクラウンを使いこなせれば暴走をもっと楽に抑えられたかもしれない。シャルを危険な目に合わせることも、仲間達に余計な負担をかけることもなかった。

 

「・・・・・・チッ」

 

 自分とあの女(暴龍帝)との距離はどれだけ縮まったのか? この間の臨海学校であった時、彼女の姿を見て前と同じように勝てるイメージが全く沸いてこなかった。つまりは差は依然として長大で、この差を埋めるには今以上に強くならないといけないということ。

 だというのに、自分はもうすでに限界を迎えつつある。千冬から教えられた全ての技術を習得し、ブレイズブレードの機体性能はフルスペックを引き出してると自負している。こうなってしまえば、残りはスカイクラウンただ一つなのだが、これが一向に進まないのだ。

 

「・・・・・・どうしろって、いうんだ?」

 

 どうすればいいというのか手掛かりがつかめないままに空回る日常に苛立ちすらも覚えてしまった陽太であったが、そんな陽太に彼女が声をかける。

 

「何処行こうとしてるの?」

 

 私服姿で歩いてきたシャルである。彼女はすぐに陽太の『足元』に気が付くと、視線をそこへ向けながら近寄ってきた。

 

「自主訓練・・・釣りはもうヤメだ。一夏が予想通りザコい」

 

 『釣りですら俺が上なのだ』と誤魔化す様に虚勢を張った陽太であったが、シャルはそのことに気が付くことなく、陽太に足元を見ながら問いかけた。

 

「ヨウタ・・・その子誰?」

「はぁ?」

 

 ―――陽太の足元に素足で立つ幼女―――

 

「ほぉえあぁ?!」

 

 すっとんきょんな声をあげて驚く陽太を不思議そうに見つめる幼子にシャルはしゃがみ込んで挨拶をする。

 

「こんにちは♪」

「!?」

 

 しかし、真耶相手にすら怖がって隠れてしまう幼子はやはりシャルを見た途端におびえた表情で陽太の足に縋り付き、顔を隠してしまう。残念そうにするシャルであったが、『いつの間についてきたんだ? 気配がまるでなかったぞ』とかなり動揺しながらも陽太がフォローの言葉を入れた。

 

「誰が相手でもこんな感じなんだ・・・悪いなシャル」

「ヨウタは平気なの?」

「なんか知らんが・・・平気らしい」

 

 『そうなんだ』と相槌を打つと、シャルは何か考え付き耳元でヨウタにこう告げる。

 

「・・・だから、こう言ってみて」

「そんなんでいいのか?」

 

 半信半疑な気持ちではあるが、シャルに言われた通り幼子に対して陽太は穏やかな声でこう告げてみた。

 

「大丈夫。シャルは怖くない」

「・・・・・・」

「ホラッ」

 

 そして頼まれてもいないのにアドリブで陽太がシャルの手を握り締めてみる。その突然の行動にシャルは顔を真っ赤にして固まってしまうが、何とかシャルは笑顔を崩さないように心掛けながらじっと少女を見つめ続けた。

 陽太の足に顔を隠しながらも僅かに瞳だけ出してシャルをチラチラと見ていた少女は、その後数分間は観察するようにシャルを見つめていたのだが、やがて少しづつ顔を出しシャルの瞳をじっと見つめながら、恐る恐ると手を伸ばしてシャルに近づいていく。

 

「・・・・・・」

 

 その間もシャルは一切の言葉を発さずに幼女の好きなようにじっと彼女のリアクションを待ち続けた。やがておっかなびっくりしながらシャルの手に触れると、その小さな手で彼女の手を握り締めるのであった。

 

「・・・・・・」

 

 シャルに危険がないこと。陽太も特に危険を感じていないことを状況から理解したのか、幼子は陽太の体を離れると今度はシャルにしがみ付く。

 

「ハハッ♪ どうも、初めまして。私はシャルロット・デュノアだよ。よろしくね」

 

 小さな少女にしがみ付かれたのが嬉しかったのか、彼女を抱き上げると頬ずりしながら笑顔で自己紹介をするシャルの顔を幼子は不思議そうに見つめる。

 

「君、可愛いね♪ 頬っぺたなんかモチモチお肌だ」

 

 元来小動物大好き、小さい子はもっと大好きなシャルにとって、生まれたての子猫のようなこの幼子は黙っているだけでも可愛らしさが爆発して見えているらしく、興奮気味に彼女を褒めたたえる。

 

「この茶色の髪の毛もそうだけど、何よりブルースカイの瞳なんて凄く綺麗だ! うんうん。君は将来絶対に美人さんになるよ!」

 

 抱きしめながらハート乱舞するシャルの様子を見て、陽太は逆に若干引き気味に話しかけた。

 

「相変わらず小さいガキの世話は得意なんだな」

「そりゃもちろん。普段から大きい誰かさんの世話ばっかりしてますから」

「どーいう意味だー!」

 

 物静かな分だけ幼子のほうが聞き分けがいいんだよねー。と彼女に同意を求めるシャルに対して、どうしてすぐにそうやって自分の保護者を自称するのかと憤慨する陽太。その双方をせわしなく瞳を往復させながら黙って見続ける幼子。

 そしてとりあえず興奮冷めやまないシャルに言われるがまま、直射日光の下ではなく冷房が効いた室内に移動しようとすると、慌てて幼子を追いかけてきた真耶が目を点にする。

 

「火鳥くーん! あの子がどこに行ったか見かけ・・・・・・アレ?」

「真耶ちゃん?」

「山田先生?」

 

 幼子を抱き上げて会話(一方的にシャルが話しかけてるだけ)している姿を見て、真耶は顔を引き付けながら内心でぼやいた。

 

「(私の時は問答無用で泣き出しちゃったのに!? なんで?)」

 

 どうしてシャルは泣かれていないのか? わかりやすく言うなら幼子の『警戒心』ゆえの行動なのだ。

 

 目が覚めて状況が一切わからなかった幼子にとって、無意識の中でも唯一絶対に警戒しない相手を陽太として、そのほかの事がわからない状態では人見知りをしてしまうのは止む無く、いくら真耶が笑顔を作って対応してもその警戒心が解かれることはなかった。

 対してシャルは幼子が人見知りの激しい状態であると初見で気が付き、無理に距離を縮めることをせずにまずは陽太に『大丈夫な相手だ』と言わせて警戒心を緩め、更に少女のペースに合わせて距離を自分から縮めてもらったのだ。この辺りは故郷のかつて住んでいたフランスの片田舎の村において、小さな子の相手を幾度もしていたシャルだからこその行動であった。

 

「デュノア? これはどういうことだ」

 

 そして遅れて杖を突きながらやってきた千冬も同様に驚いた表情となり、陽太は彼女に近寄ると小声で説明と質問をする。

 

「(とりあえずシャルはもう警戒しないみたいなんだが、これからどうするんだ? 保健室連れて帰るのか?)」

 

 しかし保健室に置いておいても自分かシャルがいないと怯えて逃げ出そうとするだろうし、最悪自分たちを探して一人で校内をうろつかれる危険がある。それがわかっているだけにどうするか迷う陽太に対して、千冬はため息をつきながら仕方なさそうに答えた。

 

「(とりあえず今日明日中はこちらで預かるしかあるまい。学食に移動しよう。とりあえずデュノアにも説明をする)」

 

 千冬が指でそう合図すると、陽太もシャルに目線で合図を告げ、一同は学食へと移動するのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 ―――食堂内に鳴り響くテーブルを叩く音―――

 

 人の少ない時間帯といことでまばらにしか人がいなかったため、その行動は食堂内で一斉に注目を集めることとなる。

 見れば先日復帰したばかりのブリュンヒルデ・織斑千冬が難しそうな表情で腕を組み、その前の席でテーブルを叩いて勢い良く立ち上がったシャルロット・デュノアが彼女を睨みつけている。という俄かに信じがたい光景であった。

 

「・・・・・・どこのどの人達なんですか!?」

「・・・落ち着けデュノア。このやり取りはすでに陽太ともしたぞ」

「どう落ち着けっていうんですか!?」

 

 震える瞳のままに、決して責任がないことはわかっている千冬を睨みつけてしまうシャルは、抑えきれない感情を何とか堰き止めたままに言葉を紡いでみせた。

 

「こんな・・・こんな小さな子の身体を切り刻んで、わけのわからない機械を入れて、そして意味も分からないままに海に投げ捨てて・・・・・・こんなの、落ち着いていられるわけないじゃないですか!!」

 

 話を聞いて震えるほどに怒りを感じたシャルであったが、すぐさま陽太の膝の上で座る幼子に気が付き、彼女に謝罪した。

 

「あっ・・・ごめんね! 大きな声出しちゃって!」

 

 シャルの大声とテーブルを叩いた音にびっくりしたのか、すでに瞳に涙を一杯に貯めて決壊寸前だった。幼女を急いで抱き上げると、優しい声色であやし出す。

 

「ごめんね。私は大丈夫だよ・・・貴方も大丈夫。何も悪くないから」

「・・・・・・とりあえず今日明日中にその子の受け入れ先は探し出す。すまんがそれまでの間、陽太と二人で面倒を見てくれはしないか?」

 

 あくまで事務的に話を続けようとする千冬に苛立ったシャルであったが、千冬は申し訳なさそうな表情で頭を下げた。

 

「この学園はあくまでISの運用と操縦者や整備や技術者の育成をするための場所。対オーガコア部隊は戦時中の特例なんだ・・・ましてその子はISやオーガコアにもまるで関係ない」

「そ、それは・・・」

「今はまだ夏休みだからお前達の負担も大きくないが、二学期が始まれば学生と隊の二束の草鞋となる。そうなれば満足にこの子の面倒を見てやるものがいなくなってしまう。そうなってしまえば結局のところ一番その子自身に負担になってしまうんだ・・・すまない。まだ私にはこれ以上の方法を取ってやれる経験も権威もない」

 

 素直に頭を下げる千冬にはそれ以上の言葉を紡ぐことはできない。要救助した幼子の受け入れ先の世話という、本来は専門外なことも退院したての身体に鞭打って行ってくれているのだから、むしろこれ以上彼女を困らせようとしている自分のほうに非がある。

 

「申し訳ありません織斑先生・・・先生も一生懸命考えてくれているのに」

「私のほうこそ済まない。こういう口調だから私はその子に好かれないのかもしれんな」

 

 保健室でおびえられたのは結構堪えたようである。こう見えても彼女だって女性なのだから幼子に泣かれることを良しとは言えないのは当然。内心でもっと小さな子にも好かれる人間にならねばと誓う千冬なのであった。

 

「話し終わったんなら、とりあえず解散でいいか?」

「ん? ああ・・・それは別に構わんが」

 

 とりあえず話は終わったと言わんばかりに立ち上がると、陽太はそのまま歩き出そうとする。

 

「・・・・・・って、ちょっと待って!?」

「待たないッ!!」

 

 自然な流れで全てを済ませようとした陽太であったが、そうは問屋(シャル)が下ろさないと彼の服を掴んで引き止め、何処にも行かせないようにもう一度席に座らせ直した。

 

「今言われたでしょう!? 私とキ・ミ・でッ!! この子の世話をするんだよ!」

「俺は嫌だ!!」

 

 はっきりとそう言い切ったものの、思いっきり睨み返されて反抗心が一瞬で折れかける陽太であったが、彼にはどうしても引けない理由があったのだ。そう、それは・・・。

 

「俺は、ガキが嫌いだ!」

「ガキはすぐ騒ぐ! うるさい!!」

「しかも言うことを聞かない! 感情に任せて行動するし、それを反省もしない!」

「おまけに正しいことで叱られたって逆ギレして暴れやがる! 性質が悪すぎるだろう!」

 

 すごく真っすぐな瞳でそう主張する陽太であったが、その時彼はようやく気が付く。シャルロットは呆れを通り越して同情の眼差しになっていることに。そして周囲の数少ない女生徒や、食堂のおばちゃん、千冬までもが彼を物凄く可哀そうな子を見る目で見ていたことに。

 

「陽太君」

 

 代表するように真耶は涙目になりながら精一杯に彼を案じて言葉をかけた。

 

「貴方、きっと疲れてるのよ」

「凄く今俺は馬鹿にされてんだよな、この状況!?」

 

 いや、彼女なりの気遣いだよ。と皆が思う中、シャルの腕の中の幼女は精一杯に腕を伸ばすと陽太の服の袖を小さな手で掴んで、何かを訴えるように陽太を見た。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・ていっ」

 

 しかし、そんな幼女の主張など知ったことかと陽太が無理やり服の袖を放してしまう。負けじと少女がもう一度手を伸ばすが今度は陽太が身体をずらして触らせないようにしてしまうと、しばらく手を伸ばしていた少女だったが掴めないと理解したのかそのまま状態で静止してしまう。

 

「・・・・・・・」

 

 ―――ゆっくりと瞳に涙が溜まりだす幼女―――

 

「!?」

「ヨウタ!?」

 

 言葉を出さないまでもしゃっくりをしながら今にも泣きだしそうになる幼子を見て、陽太を叱りつけるシャルと叱られて自分の行いを反省したのか、弱り切った表情で幼女の手を握る陽太・・・結局、陽太が彼女を抱きかかえることで泣き止み、シャルに押し付けることもできずに哀愁が漂う背中を引きずったまま三人で食堂を後にするのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「・・・・・・」

「うん。もうすぐできるからね♪」

 

 幼い少女は部屋に備え付けのキッチンで何か料理を上機嫌そうに作っていたシャルの様子を興味深げにのぞき込む。初めて見るものばかりの彼女にとって、常に自分に笑顔を向けてくるシャルの存在は大変興味深いようだ。

 一方、なし崩し的にもう一人の世話係にさせられた陽太は窓際にもたれ掛かって、二人のやり取りを黙って見つめ続ける。

 

「これはフライパン・・・今、とっても熱くなってるから手を出しちゃダメだよ。危ないからね」

「・・・・・・」

「うんうん・・・こうやって、ホラ! ひっくり返った」

「・・・・・・」

「表面が狐色になったら、もう一度ひっくり返して・・・ホラッ! 出来上がりました~!」

 

 今朝作っていたジャムを塗り、上からシロップをタップリとかけてパンケーキを完成させたシャルはそれをお盆に乗せて、机の上に持っていく。途中幼子もそんなシャルの後をひよこのように追いかけてくる姿を見て更に幼女に愛らしさが募ったシャルは少女を抱き上げて座らせると、白いタオルをナプキンとして彼女の首に巻いて、少女に食べさようとした。

 

「さあ、遠慮しないで全部食べて♪」

「・・・・・・」

「美味しそうに出来たんだよ! 私のお母さんがよく作ってくれたパンケーキ。ヨウタも好きだよね」

「・・・おう」

 

 子供時分に自分も食べさせてもらった一品を今度はシャルが作っていたことに、何か胸に来るものがあったのか、陽太とシャルと目の前のパンケーキの間を忙しなく行き来する少女の視線の理由を何となく察する。

 

「シャル、たぶんそいつ食べ方がわからんはずだ」

「あっ・・・そういえば言葉も教えられてないって言ってたよね」

 

 『ひどいことをする大人がいるんだね』っとプンスカと怒りながらも少女に悟らせないように笑顔を作ったシャルは、少女の目の前に置いてあったプラスチックのフォークとナイフを手に取り、少女が食べさせやすいサイズに切り分けると、フォークで掬い上げてたっぷりのジャムとシロップがかかったパンケーキを差し出す。

 

「さあ、あーんして」

「・・・・・・・・」

「あーーーん」

「・・・・・・・・」

 

 シャルの様子を見ていた幼女であったが、いまいちシャルのリアクションの意味が理解できないようである。ちょっと困り顔になってしまったシャルを見かねたのか、陽太が近づくと顔を横から出して・・・。

 

「こうするんだ・・・あーん」

「あっ!?」

 

 フォークで掬われたパンケーキを一口で平らげてしまう。モグモグと咀嚼して大げさに飲み込むと、懐かしい味にすっかり上機嫌となった。

 

「おっ。美味い」

「当たり前! お母さんのレシピ通りちゃんと作ったんだから!」

「ああ・・・懐かしい。エルーさんの味だ」

 

 子供時代の一番幸福だった時に、エルーが自分とシャルのためによくこのパンケーキを焼いてくれたものだ。孤児院や浮浪児の時にはこんな穏やかな気持ちで食事一つとれなかった陽太にとって、エルーがくれた物はかけがえのないものであった。

 そんな昔を懐かしむ陽太の様子を見て、少女は何かを感じ取ったのか・・・シャルに向かって突然口を開くとパクパクと動かしてパンケーキが欲しいとアピールを開始する。

 

「・・・うん♪」

 

 少女側から初めて起こしてくれたアクションが嬉しかったのか、喜んだシャルが嬉しそうにパンケーキを切り分けて少女の口に運んでみた。

 

「・・・・・・・!!」

 

 陽太がやったように咀嚼してパンケーキを飲み込んでみた少女はしばし呆然としていたが、やがて頬を赤く染めて瞳が輝きだし、次のが欲しいと積極的にシャルに向かってアピールする。

 

「大丈夫だよ♪ まだまだ沢山あるから!」

 

 母鳥から餌をもらう雛のように次々とパンケーキを平らげていく少女の様子が、自分が作った物を心から美味しそうに食べる姿が、本当に嬉しいシャルは少女のために食べやすいサイズに切り分けて口に運び続ける。

 

「(エルーさん・・・シャル・・・)」

 

 かつて自分が見ていたモノ。

 自分にとって唯一の母親と、かけがえのない幼馴染。

 故郷のフランスの片田舎で確かにあった、何気ない日常の続きを見ているようで、心の奥底にとても暖かな想いが広がっていくのを陽太はしかと感じ取っていた。

 

「!?」

「あ、ごめん!」

 

 が、初めて食べた食事が嬉しすぎたのか、少女がのどを詰まらせてしまう。苦しそうにする少女の背中を慌ててシャルがさすり、陽太は急いで冷蔵庫を開いて中に置いてあった自販機でも売っているピーチ味の缶ジュースのプルタブを開き、少女にゆっくりと飲ませていく。

 

「がぶ飲みするな・・・って言ってもわからんか」

 

 食事が初めてならジュースを飲むのも初めてなのだろう。細心の注意を払いながらジュースを少しづつ飲ませて喉につまった物を異に流し込ませた陽太は、大きく深呼吸する少女の様子が可笑しかったのか、つい吹き出してしまった。

 

「・・・フフッ・・・ハハッ」

「もうヨウタ・・・笑ってあげちゃ・・・フフッ」

 

 それはシャルも同じことで、一つ一つ当たり前のことを一生懸命にする少女が微笑ましすぎてこちらも吹き出してしまう。

 二人が突然笑い出した様子が理解できないのか、見るからに頭の中で『?』マークがいっぱいになっている少女に詫びながら、二人は食事を続けるように少女に促した。

 

「悪い悪い・・・さあ、残りも食べような」

「うん・・・これは全部貴方のなんだからね」

 

 パンケーキを切り分けて食べさせるシャルロット。

 時々ジュースを飲ませる陽太。

 そして二人から交互にもらいながら、一生懸命食事をする幼い少女。

 

 もし、この時に部屋のその様子を見た人がいたのなら、きっとその人たちはこう口を揃えていったはずだ。

 『大変仲の良い家族』の肖像がそこにはある、と・・・。

 

 

 

 

 





シャルさんが幼女に嫉妬する!? ヴァカめっ!(ウザさ´な聖剣ボイス)

シャルさんは本編でも小さな子供好きなのだよ!

そして陽太君がなんとなく、昔のことを思い出しながら穏やかに・・・。

さてさて、次回はまた一波乱ある模様。

この少女の行く末は?

そしてほかのキャラたちはこの子を見てどう思うのか?

こうご期待してください


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

陽太「お前は誰かの道具じゃなく、その名が似合う人間(ヒト)になるんだ」

ちょっと長くなってしまった今回のお話

サブタイトルは、私が今最も愛してやまないアニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』からいただきました



さて、少女とヨウタ達の交流会第三弾!



 

 

 

 

「(こ・・・これは!?)」

 

 シャルロット・デュノアにとってこれは僥倖ともいえるチャンスなのでは? という場面が突如として目の前に広がる。

 

 説明をすれば至極簡単なことだ。

 亡き実母の特製レシピで作られたパンケーキとピーチジュースを平らげた少女は、胃袋が満たされたことからかそれとも人心地ついた安心感からか、次第に瞳が塞がり頭を前後にゆっくりと揺らしながら船を漕ぎ始めた。そんな少女を見かねた陽太が彼女をベッドに寝かしつけて部屋を退出しようとしたのだが、少女がそれを嫌がってぐずり出し、仕方なく陽太は彼女が完全に寝付くまで手を握ってあげていたのだが・・・。

 

「・・・・ぬ・・・あ」

 

 少女の規則正しい寝息とほのかに伝わってくる手の温かさ、適度に効いた空調と穏やかな天候が陽太の眠気を刺激したのだ。最初はなんとか抵抗して瞳を開き続けていたのだが、やがてそれも限界に来たのか少女と同じように舟を漕ぎだしてしまうのであった。

 

「・・・ヨウタ?」

 

 少女の食べ終えた食器を洗い終えたシャルが手を拭きながら戻ってきた時見たものは、今にも一緒に寝付いてしまいそうになっていた陽太の姿であった。

 

「ど、どうしたの?」

「い、いや・・・別に・・・・・・ただ・・・最近・・・・・・修行ざ・・・んまいで・・・・・・書類・・・とか・・・・・・・も」

 

 ついに口を開いたまま「クカーーーー」とイビキを立てながら寝付いてしまうヨウタに苦笑しつつ、シャルはタオルケットを二つ棚から取り出すと、ベッドに眠る少女と陽太にそれぞれ掛け彼女も静かにベッドに腰を下ろす。

 

「・・・・・・」

 

 静かに寝息を立てずに陽太の手をしっかり握りしめる幼い少女の姿を目を細めて微笑みながら見守るシャルは、彼女の前髪を指先で解しながらこの真っ白く幼い少女の今後のことに思いを馳せた。

 

「(こんなに小さくて柔らかい子の身体を切り刻んでおいて、海に捨てるだなんて・・・織斑先生は受け入れ先を探し出すっていうけど、そこに預けてしまって本当にいいのかな?)」

 

 確実に何か事情のある子であることは解ってはいるのだ。そんな子を受け入れてくれる人はいるのだろうか? ましてやもし何か起こった時に、またこの子を何処かに捨て去りやしないか?

 

「(国や政府の施設とか・・・駄目だ!)」

 

 かつて、国の為だと幼い陽太を連れていかれてしまったシャルには、研究所や施設というもので子供を預かろうとする者たちを無意識に嫌悪してしまう時がある。彼らにしてもそれが職務な時もあるのだが、子供を育てるということをただの職務にしてしまう時点で、彼女には忌避するのに十分な理由となるのだ。

 

「(お母さんはヨウタのことを『仕方ない』なんて気持ちで接したりはしてなかった)」

 

 亡き実母がいればどう答えてくれただろうか?

 笑顔が優しくて、でも怒らせると怖くて、そして子供に本当の愛情をもって接してくれた、シャルロットが一番尊敬する女性・・・実母のエルーがこの場にいたのなら、今の自分にどう声をかけてくれたのか?

 

「いっそのこと・・・わ・・・」

 

 言いかけてみたが、言葉を途中で飲み込んでしまう。

 わかっている。それはあまりに現実的ではない。自分はただの学生で、今は別に人々を守る職務もあるのだ。更にそこに一人の子供の面倒を見るための時間を割くことができようはずがない。

 

「(でも・・・・・・でもっ)」

 

 一度芽生えた気持ちがどんどん膨らみ続ける。これはただの同情である、という自己分析も出来ている。でも、こんな少女を何処かに預けることが自分にはどうしても納得できかねない。

 

「・・・・・・・あっ」

 

 考え込みながら少女の前髪を弄っていたシャルの指先を、寝ぼけた少女が小さな手で掴んでしまう。

 掴む力は強いものではない。こんな幼い少女が寝ぼけて掴んだのだ。でも少女の温かさが指先から伝わってきて、目頭が自然と熱くなってしまう。

 

「・・・・・・・」

 

 今の自分の気持ちをヨウタが聞けばどう応えるのか?

 幼馴染の静かな寝息を聞きながら、シャルは残った手を伸ばして彼を決して起こさないように気を付けつつ頬に触れる。

 あどけなく眠る姿は年頃の少年のままで。でも身体中に浅く見える小さな傷跡は歴戦の戦士のもので、自分と別れた後の時間を無言で物語ってくる。自分達の中で最強の実力をもたらしたものはきっと才能だけではない。彼から直接話を聞いたわけではないが、きっと想像を絶する修練があったのだろう。

 そして彼は更なる力を求めようとより激しい修練に挑戦している。より高みを目指して・・・しかしそれがもたらすものは一体何なんだろうか?

 千冬やヒカルノはヨウタの欲求は危険だと思っているようだ。力だけを絶対だと言い切る亡国機業幹部の彼女のようになってしまう可能性を示唆し、自分や一夏達に協力を求めていた。ヨウタが他者からの理解を諦め、孤高の道を進まないように。孤独に一人で何処かに行かないように・・・。

 

 だからこそシャルはヨウタにも自分達の気持ちを理解してほしいと思っていたのだ。いや、自分はいい。シャルロット自身は決してヨウタへの理解を諦めないと覚悟しているから。

 でもこの幼い少女はどうだろう? 今、ヨウタから手を離されてしまったら、きっと世界全てから見放されたと思ってしまうんじゃないだろうか? 何も、本当に何一つ持たないで今日命を授かったかのような真っ白いこの子にとって、ヨウタという存在は世界を通す瞳そのもので、もし彼がいなくなればこの子の世界は闇に包まれてしまう。

 だからこそ、少なくともヨウタの口からぞんざいな扱いをするような言葉だけは言ってはほしくはなかった。これは自分の我儘なのかもしれないが、せめて彼だけはこの子の気持ちを理解してほしいのだ。

 

 そう、自分もこっそりと見ていたあの日のこと・・・・・・亡き実母の腕に抱かれて、この世に生まれたことを彼が祝福された夜のことを、シャルは決して忘れてはいなかったのだから・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 記憶に焼き付いているのは強い夏の日差し。シャルが近くの土手から摘んできたたんぽぽの花が空き瓶の中に生けられてキラキラと花びらについた水滴が反射して綺麗に輝いていた日のこと・・・。

 

「よし、書けたわよ」

 

 近くの書店に注文を入れた辞書を片手に、彼女は額の汗を拭い、必死八九しながらたった今書き上げた日本語を幼いヨウタに見せるのであった。

 

 『火 鳥 陽 田』

 

 後に誤字に気が付いたヨウタが報告することで顔を真っ赤にした彼女・・・エルー・ダリシンが訂正するのだが、今はともかく自分が書き上げたヨウタの日本語名を満面の笑みで彼に教え込もうとしていた。

 

「もしこれから誰かに聞かれたら、自分はこういう名前の人間だって教えてあげなさい」

「・・・・・・」

 

 しかし、教えられた当の本人は浮かぬ顔で拙い文字を見つめてリアクションを示さない。まさか自分が書いた字が汚すぎて嫌になったのかと思ったエルーが内心焦りだすが、ヨウタの返答はそれとはまた違ったものだった。

 

「ボクはいい。エルーさん・・・ボクもフランス人の名前が欲しい」

「・・・・・・」

「日本の名前とか言われても・・・ボクは日本のことなんて知らないし・・・エルーさんやシャルのほうが家族だ。だったら同じフランスの名前がいい」

 

 フランス人とは違う日本人。という外見から差別的な扱いばかり受けてきたヨウタにとって、この自分自身の名前こそが自分はほかの人と違うのだ、という現実の象徴に思い内心で嫌っていたのだ。ゆえに自分を家族として迎えてくれたエルーに対して、ワザワザ日本の漢字を使って名前を綴るよりも、フランス人として名前を望んだのだが、エルーのリアクションはそんなヨウタの願いを一刀両断するものであった。

 

「チョイサッ!」

「イタッ!?」

 

 脳天にチョップを叩き込んだエルーは痛がって蹲るヨウタの両頬に手を置くと、ちょっとだけ怒った表情で問いかけた。

 

「そういうことを言わないって約束でしょう? アナタのお父さんとお母さんがつけてくれた名前なのよ?」

「違うッ!? ボクを捨てた奴らだ!」

 

 血筋のことで自分自身を卑下しない。とエルーと約束したのだが、やはり幼いヨウタには納得しかねるもので、珍しく声を荒げて反論したがエルーには全く通じない。

 

「ホホウ~~・・・それも言わないって約束したよね~」

「ヒダイッ」

 

 頬っぺたを抓られた半泣きになるヨウタを見て、これ以上は可哀そうだと思ったのか両手を放して彼を解放した後、改めて彼を抱き上げて膝の上に乗せると、一緒に書き上げた日本語を見ながら二人で語り合う。

 

「アナタのご両親の事情は私にもわからないけれど、恨んでしまってはいけないわ」

「・・・・・・」

「憎んで心を黒く染めてしまったら、みんなが本当に離れちゃうわよ?」

 

 幼いからこそ、憎んで周りを攻撃し続けるだけの人生になってほしくはないエルーの言葉に、ヨウタは不承不承ながらも反論せずに黙って話を聞き続ける。

 そんな拗ねた表情のヨウタ相手に、エルーは苦笑しながらも彼に大事な事を伝えるのであった。

 

「人はね、ヨウタ・・・一人ではこの世界に生まれてこれない。あなたのお父さんとお母さん、そのお父さんのお母さんとお父さん、お母さんのお父さんとお母さん・・・またその人たちのご両親。そんな絶え間ない営みがこの世界にはずっと昔から続いているの」

「・・・営み?」

「そう。そしてね・・・人はこの世界に生まれてきた時、最初の贈り物をされるのよ・・・深い、深い、絶え間ない人の営みの中で、私達が生まれてきてくれたアナタ達がこの世界に生まれてくれたありがとう。って精一杯の気持ちを込めて贈るものがある」

 

 

「ヨウタ・・・貴方は・・・」

 

 

 

 

 

「!?」

 

 そこで目が覚めたヨウタが最初に見たものは、自分の膝の上で眠る幼い少女。そんな少女と手を繋ぎながらも一緒に眠るシャルロットの姿であった。

 

「・・・・・・小一時間ってとこか」

 

 日は傾いてはいるがまだ日没までは時間はかなりありそうである。寝起きであまり回らない頭を必死に回す陽太が起き上がろうとするが、小さな少女に掴まれた手がそれを阻むかのように陽太を繋ぎ止めた。

 

「・・・・・・」

 

 小さな、小さな手が握る温かさは、陽太が振り解こうとする気を削がし立ち上がることすらも阻止してしまう。まったく自分でも何をやっているのだと自嘲しながら、改めて彼が少女の指に手をかけようとするが、見計らったかのようにヨウタの親指を握り直してくる。そのいじらしい行いに流石のヨウタも無理強いする気は失せたのか、ぼんやりと空を眺めながら溜息を洩らした。

 

「はぁ・・・(今日一日訓練がまるでできんかった)」

 

 脳が働き出すと今のヨウタの思考が行き着くのはそのことばかり。皆の忠告を聞いているようで聞いてない辺りが困り者のヨウタである。それとも、最近ではようやく芽生え始めて来た、未だ自覚すらできていない隊長としての気概ゆえの焦りなのか、最近はそればかり考えていただけに中々他のことに考えが行き当らないのであった。

 しかし、この前代未聞の幼女をどうにかしないと話が前に進められないと悩み頭から湯気を放出している時、ふと部屋の一角から視線を感じてそちらの方にヨウタは振り向く。

 

 ―――戦々恐々とじっとこちらを覗き見るラウラ―――

 

「・・・・・・一応お邪魔してるのはこっちだから、お前は遠慮する必要ないと思うんだが?」

 

 一応この部屋の主はシャルとラウラなのだから、気を使って背景に徹する必要はないんじゃないのか、と思ってみた訳だが、どうにも様子のおかしいラウラを不審がる。

 

「・・・・・・・お、おう」

「(・・・いつも通り変な子)」

 

 絞り出すように返事をする可笑しなラウラを、ある意味いつも通り無礼な感想を心の中で述べる。

 確かラウラは千冬の使いで倉持に出向いていたために、この幼女の騒動は知らされていなかったのか、もしくは後で知らされて急遽戻ってきたのか。

 どちらにしろなんでそこで怯えるようにこちらを観察しているのか・・・。

 

「・・・スゥ」

「・・・!?」

「(未知の存在を見つけた飼い犬か?)」

 

 どうやら部屋に帰ってきて人の気配がするのに静かだったことを不審に思ったラウラが覗き込むと、自分とシャルが寝こけており、しかもその中心に謎の幼女がいたためにどう声を掛けたらいいのかタイミングを見失ったようだ。

 人間の赤ん坊を初めて見た犬のように、緊張しながらこちらに徐々に近寄ってくるラウラの姿を呆れたように見守るヨウタであったが、徐々に部屋の外が騒がしくなってくることに気が付き、顔が引き攣る。

 

「(ヤバイ・・・女子どもが集まって騒がしく・・・)」

「・・・・・・!?」

「んっ?」

 

 音に敏感だったのか瞼を揺らせたかと思うと、徐々に瞳を開いて少女とシャルが目を覚ましてしまう。せっかく寝付いているうちになんとか部屋を抜け出そうと思っていたヨウタであったが、こうなっては一からもう一度寝かしつけるしかない。

 ため息を漏らしながら幼子を抱き上げようとしたヨウタは、寝ぼけているシャルに一声かけた。

 

「外の奴らが騒がしいな。悪いがシャル・・・ちょっと静かにしてもらうように言ってくれんか?」

「・・・ん? ヨウタ? うん・・・わかった」

 

 未だに寝ぼけ眼なシャルがゆっくりと起き上がると、頭を揺らせながらドアに向かって歩き始める。途中、ラウラを見つけると『おかえり~』と当然のように一声掛けて、シャルは何気なくドアを開くのであった。

 

「ねぇー、皆。ごめんなさいなんだけど、ちょっとだけ声のボリュームを・・・」

 

 ―――興奮した表情でスマフォ片手に大挙としてシャルロットに注目する女子生徒達―――

 

『デュノアさん! ついに火鳥君との間にお子さんができたって、ホントッ!?』

 

 興奮した女子達の第一声はこれであった。脳みそが低速回転状態のために最初は何を聞かれているのかわからなかったシャルロットも、徐々に意識が覚醒し出すと表情を赤面させて動揺しながら返答するのであった。

 

「な、ななななななななななななに言ってるんだよ!?」

『お子さんに会わせて!!』

「こ、子供だけど、べ、別に私とヨウタの間にできた子ってわけじゃなくて!?」

 

 寄席ばいいのに言葉が足りない言い訳をするから余計に女子達が興奮してしまう。そんな中、ちょっと不機嫌そうにヨウタが女子達に注意をするために顔を出すのであった。

 

「おい。真面目に静かにしろ。今、寝かしつけて・・・」

『きゃぁああああああああああっっ!!』

 

 ヨウタの腕の中であやされている幼い少女の登場に、全員が更にヒートアップする。

 

「か、カワイイッ!!」

「ホント、超カワイイッ!」

「何、この子!? 天使ッ!?」

「クリクリお目目にモチモチほっぺ!!」

「焦げ茶の髪の毛とか、マジで二人の色受け継いでるわ」

「ごめん。今日から待ち受けに確定」

 

 それぞれが突然現れた少女を賛辞する中、人見知りしがちな少女がまた怯えてしまわないかと不安になるシャルが皆に注意しようとするが、それよりも早くに動くものがあった。

 

「黙れ」

 

 ―――声量は決して大きくないのに、皆の腹に響くような静かな怒声―――

 

「コイツを見世物扱いするな。マジで『イク』ぞ」

 

 威嚇するように拳を握り締め、真剣な表情で怒りを浮かべたヨウタに、その場が一瞬で静寂に包まれる。女生徒達も若干デリカシーがなかった自分達の行動に思うことがあったのか、スゴスゴと引き下がりだす中、皆の輪を抜けて現れた影が、心底驚いた表情でこう述べた。

 

「・・・・・・・・よーよーがパパしてる」

 

 スマフォ片手に幼女を撮影しようとしていたのほほんの言葉に、全員が『あ、そういえば』と手を叩いて今度は一斉にヨウタに注目するのであった。

 

「火鳥君の抱き方が、本当のお父さんみたいだ!」

「あ、確かに・・・若きイクメンパパ?」

「子供が出来たら男は真面目になるって俗説だって言われてたのに」

「でもでも、火鳥君って意外に家庭向けなのかな?」

「あ、それは私も思う。普段はああだけど、意外に家族出来たらそっちを頑張っちゃうパパになるのかも」

 

「俺はコイツのパパでは、断じてない!」

 

 いきなり捲し立ててくる外野ども相手に顔を真っ赤にして怒鳴り散らすヨウタであったが、彼は自分の腕の中にいる幼女の視線に気が付く。

 

「・・・・・・」

 

 昼寝させてそのままバックレる予定だったが、完全に目が冴えたようだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「・・・・・・」

『(か、可愛すぎるッ!)』

 

 その後、とりあえず『騒がない。大声を出さない。無許可で撮影しない。泣きそうになったら慰める』という協定を瞬時に作った学園一行は、ベッドの上に座らされた幼女の様子を集団で眺める会を結成する流れとなる・・・若干何名かは涎を垂らしながら『今すぐ部屋にお持ち帰りしてしまいたい』と内心でボヤくぐらいに少女相手にメロメロになっているようではあるが。

 少女にしても明らかに先ほどまでと違い、人に慣れてきたのか集団に囲まれてもヨウタやシャルに助けを求める様子もなく、周囲の人々の表情を不思議そうに眺めていた。

 

「まぁ・・・皆さんが何を騒いでいらっしゃるのかと思いきや」

「へぇ・・・これが」

 

 買い物に出かけていたセシリアと鈴もそんな集団に交じって幼女に注目していた。もっとも鈴のほうはシャルに小声で『いつの間にこんな大きなお子様を~♪』と半分茶化して、赤面した彼女に軽く小突かれていたが・・・。

 

「これ、とりあえず奈良橋先生が娘さんの着替えをって」

 

 そしてシャルよりも先に彼女を発見した者の一人である一夏はというと、倉持技研にポットを奈良橋と共に運んだ後、彼から『自分の娘の物で悪いがとりあえず着る物だけでも』と幼女の衣服を受け取って帰ってきたところにこの騒ぎである。

 

「ありがとう、一夏」

「いや、御礼なら奈良橋先生に言ってくれよ。俺はただのお使いだし」

 

 シャルが紙袋を受け取ると早速幼女の着替えに取り掛かるのであった。

 受け取った紙袋の中には、衣類は薄い青色のワンピースと子供用の肌着と靴下と靴が入っており、シャルは戸棚から櫛を取り出すと、部屋の隅でこちらを覗いていた箒に手渡す。

 

「?」

「箒は髪を梳いてあげてね」

「な、なぜ私が!?」

 

 いきなり言い渡された役に動揺する箒であったが、シャルは何かを思い出すように明後日の方向を向きながらこう言い放つ。

 

「お風呂上りに毎回思ってたけど、箒ってすごく綺麗な髪してるでしょ? アレってたぶん梳き方が上手な証拠だと思うんだ・・・だからかな?」

「い、いやしかし・・・」

「今回だけでもいいから」

「いや、だからっ!?」

 

 そう言って半ば無理やり役目を押し付けて、シャルは幼女の着替えに取り掛かるのであった。

 

「!?」

「どうしたシャル?」

 

 少女を着替えさせようと衣類に手をかけたシャルであったが、少女の上着を脱がした瞬間、頭部に鼻をくっつける。

 

「(クンクン)」

「どうした?」

「これは・・・お着換えよりも、先にお風呂だね」

 

 どうやら救出してから一度もお湯で洗われていないことに気が付いたようだ。それを聞いた女子達も大慌てで動き出す。

 

「そりゃ大変だ!」

「大浴場空いてるよね!」

「弱酸性で肌荒れしにくいシャンプーとボディーソープ持ってくるね」

「皆、ありがとう!!」

 

 少女を抱き上げるとシャルはそのまま歩き出し、これから何をされるのか皆目見当がついていないで首を傾げる少女に微笑みながら告げるのであった。

 

「じゃあ今度は初めてのお風呂体験といきましょうか♪」

 

 そう告げて大きめのバスタオルで身体を包んだ少女を抱きながら部屋から駆け出すシャルと女子達を見食った一夏は、こういう時の女子の一体感に苦笑が漏れてしまう。

 

「ホント、こういう時の女子達って仲良くていいよな・・・って、陽太!?」

 

 が、相槌を打ってくれると思っていた男子がいないこと慌てて気が付いた一夏が周囲を見回が、彼の姿は部屋の中のどこにもなかったのであった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 いつの間にか姿を消した陽太がいた場所。それは寮内ではなく、学園の訓練施設でもなく、学園の新設備を建設する予定の埋め立てたまま現状は手付かずな空き地であった。

 その空いた土地に突き刺さった一振りのツルハシ・・・彼はそれに手をかけると、広大な敷地を耕すかのように一心不乱に地面の土を掘り起こしていく。

 

「・・・今日ぐらいはやらないと思っていたんですが」

 

 そんな彼に声をかけたのは表は用務員、裏は陽太達も知らないこの学園の長である轡木十蔵であった。

 

「『今日ぐらい』? 毎日やらんと意味のないことに対して、わざわざしない言い訳を作りたくない」

 

 かなり重いツルハシで地面を掘り起こし、それを延々と繰り返すトレーニングを最近は日が暮れるまで毎日行っている陽太が、老人の方を振り返ることなくちょっと棘のある言い返しを行う。

 おおよそISの訓練とは思えないほどに原始的なこのトレーニングは、元は古代のヨーロッパで生まれ、当時はまだ『拳闘』としか呼ばれていなかったボクシングにおけるトレーニングの一種なのだが、彼は臨海学校から帰ってきた後、毎日欠かさずに行っているのだ。

 

「えらく殊勝な心掛けで・・・机の上の勉学もそのように勤しむ様に、と織斑先生が嘆いていませんか?」

「今日は嫌味言いに来たのか? この間は俺に農地開拓したついでに種まきしろ。とか冗談言ってたくせに」

 

 話しながらも休まずツルハシを振るい続ける訳・・・これにはある事情があった。

 それは臨海学校の終盤・・・あの『暴龍帝』アレキサンドラ・リキュールとの会合の別れ際にまで遡る。

 

『陽太君』

 

 船から降りて帰路に就こうとしてた陽太達を船上から暴龍帝が見下ろしながら呼び止める。

 

『なんだ? やっぱりドンパチする気にでもなったのか?』

 

 ある意味いつも通りの格上相手でも負けん気で挑発する陽太に対して、彼女は特に怒りを感じた様子もなく、手にツルハシを携えたフォルゴーレがIS学園メンバーを追いかけて来ていたのを見計らって言い放つ。

 

『フォルゴーレ。それを陽太君に』

『了解しました♪ ハイ、これをどうぞ』

『・・・・・・ツルハシ?』

 

 何の変哲もない、どこからどう見ても工事現場で使うツルハシ以外の何物でもないものをフォルゴーレから手渡された陽太は、何の意図があってのことかとリキュールに問いかける。

 

『これでテメェのド頭勝ち割ってほしいってわけじゃあるまい』

『それはそれで中々魅力的な提案ではあるのだが・・・・・・とりあえずは「これ」ぐらいかな?』

 

 人差し指を一本出して意味深なジェスチャーを作るリキュールに、陽太がますます眉間に皺を寄せる。

 

『意味が分からん! お前となぞなぞしてる場合じゃないんだ。俺は!!』

『そのままの意味さ・・・とりあえず毎日一万回、そのツルハシで地面を掘りなさい』

『・・・・・・ハァ?』

 

 道路工事をしろとはどういうことなのか、やっぱりこの女はナチャラルに俺に喧嘩を売るのが趣味なのか? 頭に血が昇りかけていた陽太であったが、リキュールがなおも言葉を続ける。

 

『千冬には言われているはずだ。私たちと「同じ領域」に至るためには君の中にある「感覚」を開眼させる必要がある。だがそれは個人で習得条件が異なる・・・教えてあげられない代わりにせめての代案としてのトレーニングだよ』

『!?』

『したくないなら別に構わないよ・・・ただし、「高々」毎日一万回すらこなせないの程度なら・・・・・・君は生涯、私の「影」すら踏むことはない』

 

 カッチーン。

 陽太の頭の中で鳴った音が仲間達の耳に聞こえたのは言うまでもない。

 

 その後、フォルゴーレからツルハシを奪い取ると今日に至るまで律儀なほどに毎日一万回という数をこなす生活を送っているのだが、そのことについてはむしろ千冬からも推奨が出てしまうほどであった。

 

『ツルハシは全身を使う。集中力を養うのにも向いているとされているからな・・・無茶な機動訓練などされるよりかは安心できる。まあ、お前がこんな地味な訓練を長い日にち行えるとは思えないが』

 

 カッチーン。

 二度目の音が鳴ったのももはや言うまでもなかったが・・・。

 

 そんなこんなで夏休みに入る前から毎日欠かさず行っているこのトレーニングを、この中途半端な時間帯からでも行っている陽太の勤勉さ『だけ』は認めるものの、やはり今回は状況があまりよろしくない。

 

「君は数日の間はあの少女の面倒をデュノアさんと一緒に見るのではなかったのかね?」

「あのガキはシャルの管轄だ・・・俺にはそもそも向いてない」

「それは残念・・・君は・・・」

 

 背を向けたまま振り向こうとしない陽太に対して、十蔵はズバリ言い放つ。

 

 

 

 

「ずいぶん『弱く』なりましたね」

 

 

 

 

「はぁっ?」

 

 手に持ったツルハシを思いっきり地面に振り下ろして突き刺すと、陽太が振り返って老人に凄みを効かせた視線を送る。しかし老人は小動もしない巨樹のようなゆったりとした空気を放ちながら話を続ける。

 

「君は本当に『弱く』なりました。いや、ここに来た当初では考えられないぐらいにね」

「・・・ブチ殺すぞジジィ」

「ほら、凄んでみても・・・全然怖くない。この学園に来たときはあんなに殺気立っていたのに」

 

 どういう意味だと言いそうになったが、老人は突然地面にしゃがむと土を握りしめ、自分の手に乗せながら懐かしむようにこの学園に来た時からの陽太の変化を口にした。

 

「この学園に来た時の君ときたら、まるで『炎の刃』そのものだった。触れれば相手に痛みを与え、君もそれに甘んじて痛みを返していた・・・いや、まったくもってこの学園に来た時の君はいつかその『炎の刃』で自分自身すらも焼き殺しかねない危うさがあった」

「・・・・・・」

「なのに今、私は君に触れても何も痛まない・・・なんの危うさも感じはしない。それは君がこの学園でその刃を収める鞘を自分で見つけ、その刃を抜くことの意味を自分で考え、抜くことの責任を自分で持った賜物だ」

「!?」

「かつての君は絶えず抜き身で居続けていた。それは確かに『強さ』だったのかもしれない・・・孤高である限りは弱点なんぞ必要としない、戦士としての君は優秀だ。この学園に来てからも飛躍的に能力を伸ばしている上に、今も『別次元』に到達しようとしているのだから・・・・・・しかしね。君がこの学園にきて見つけた物はそれとはまったく別のものだ」

 

 老人は陽太に背を向けると、振り返ることなく語り続ける。

 

「君に足りていない物はない。すでに君は全てを揃えていると私は考えています。ただ・・・」

「ただ?」

「『葉に囚われては樹は見えず、樹に囚われては森は見えない』・・・大切なのは案外、あの小さな少女のように、全てを『感じる』ことなのではないでしょうか?」

 

 気が付ける『余裕』こそが、今の陽太には本当に必要なことなのではないのか? 老人の言葉にいつの間にか全霊を傾けて聞いていた少年に、老人は振り返って満面の見えを送る。

 

「言い忘れていました・・・君がこの学園で得た『弱さ』、その名前を何かご存知ですか?」

「えっ?」

「それはね・・・・」

 

 

 

 

「『日常』というのです」

 

 

 

 不思議な響きだった。

 当たり前にあるはずのものが、実はつい最近までの自分にはまるでなかったことを今初めて気が付けたから。

 その不思議な響きを持つ言葉が陽太の心の中で反響し、さっき見た亡きエルーとの夢を思い出させる。

 

 

 ―――「ヨウタ・・・貴方は・・・」―――

 

 

「暴龍帝(彼女)は君にはそんなものは必要ない。と言ったそうですが、私はそうは思いません。私は弱さがない強さよりも、弱さを、臆病さを持った強さがあってもいいと思っているもので」

 

 これは個人的な意見なんですがね、と一言付け加えるとそのまま歩き出す老人であったが、地面に咲いた『たんぽぽの花』を見つけると、ニコリとほほ笑んでその場から立ち去ってしまう。

 

「・・・・・・日常・・・弱さ」

 

 自分が得たものが日常であるのなら、日常を得たことで弱くなってしまったのか? かつての自分なら考えることすらしなかったことを悩み始めた陽太は、それでも何かに一心不乱に打ち込んでいないと止まってしまいそうな自分を奮い立たせるようにツルハシで地面を再び打ち始める。

 

「・・・・・・」

 

 

 それからどれほどの時が立ったのだろうか? 空はすでに夕日ではなく六分目まで星空が広がっていく中、思考の海の中で汗だくになりながら頬についた泥を拭うことなくツルハシを振るい続けていた陽太に『彼女』が声をかけて来る。

 

「ヨウタ!」

「!?」

 

 傍に寄られるまで全く気配に気が付かないぐらいに集中していたことに驚いてしまい、ツルハシをすっぽぬかしそうになるのを何とか踏みとどまって振り返る。

 

 ―――薄い青色のワンピースと靴を履いた小さな少女に服をつかまれていた―――

 

「だからっ!!」

 

 自分に気配すら感じさせない幼児の驚くべき特技に驚愕しながらも、ひと声かけろと怒鳴りそうになる。が・・・。

 

「あ、言葉しゃべれないんだった」

「ってか、この子の面倒を私に全部押し付けて、君はここで土いじりしてたのかい?」

 

 ジト目でシャルに避難されて反論もできずにたじろぐヨウタではあったが、その時、少女の髪型が飾り気のないストレートからツーサイドアップに変わっていることに気が付く。

 

「お、着替えて髪やってもらったのか」

「ふふん♪ どうどう!? 可愛いでしょう!」

 

 上機嫌で自分のことのように誇らしげに胸を張るシャルと、自分を見つめてくる少女を交互に見比べながら、感想を述べる。

 

「・・・まあ、なんだ。良かったじゃないか」

 

 出てきた感想がこれだけなのが、ヨウタらしいといえばヨウタらしいところではある。ガクリとシャルが肩を落としながら、もうちょっと何かないのかと問いかけた。

 

「もうちょっと何か感想があってもいいと思うんだけどな~?」

「感想って・・・・・・これは」

 

 ツーサイドアップにされた髪の毛を止めているゴムバンド。そこには愛らしいたんぽぽの花が添えられていたのだ。

 

「のほほんさんがくれたんだ。もう自分は使わないからどうぞ、って」

「・・・・・・そうか」

 

 幼い少女の容姿によく似合っているところを見ると、箒が不愛想で飾り気がなさそうなのに女らしさをたまに感じる所は彼女が必死にフォローしていた証拠なのかもしれない。と考えながら、ふとあることに気が付く。

 

「あ〝あ゛っ」

「ん? どうしたの突然?」

 

 何か重大なことを思い出したのか、ヨウタが慌てた様子で少女を持ち上げると、シャルにも相談する。

 

「名前」

「えっ?」

「名前だよ、コイツの」

 

 そして言われたシャルも最初は何のことかわからずに目をパチクリとさせてしまうが、徐々に理解をしていくと冷や汗を垂らしながらその場で叫んでしまった。

 

「ああぁっーーー!!」

「なんで誰も気が付かないんだよ!?」

「気が付いてなかったのはヨウタも同じじゃないかぁ!!」

 

 「アイツ」やら「この子」やらと散々言っておいて、今の今まで自分たちはこの子に名前を付けてあげることすらしてなかったことに保護者(当面)の二人は反省するように項垂れる。

 

「ごめん・・・お前さんにはちょっとひどいことしたと思う」

「私もだよ・・・ごめんね」

 

 最も、謝罪された本人は何の話かさっぱりと分かっていない様子で首をかしげていただけだったが・・・。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「・・・うむ。しかし、そうなると一体どうするべきか」

 

 とりあえず晩御飯の時間なので呼びに来た、というシャルと少女と一緒に寮へと歩いて戻るヨウタは、少女の名前を何にするのかとシャルと一緒に頭を悩ませていた。

 

「こういうのって、凄く大事だよね。私達がこの子の人生を決定する。っていっても過言じゃないし」

 

 名付け親・・・それは命を生む親の次に、子供の今後の人生を左右しかねない大役を担っている重要な役目なだけに、真面目なシャルにもプレッシャーがかかってくる。

 

「う~~ん・・・」

 

 しかし、いきなり名付け親になろうと思ってみても肝心な名前が出てこないのでは意味がない。頭を悩ませるシャルの耳から煙が出始める中、陽太は少女を抱きかかえながら少女のツーサイドアップにずっと注目し続けていた。

 

「・・・・・・そうか」

 

 ニヤリと笑いながら何かを考え付いたのか、ヨウタが歩くスピードを上げながら寮へとズイズイ進んでいく。一拍遅れて気が付いたシャルが慌ててそれを追いかける中、小声で少女の耳元で囁くのだった。

 

「(お前さんの名前、ちゃんと思いついたから)」

「???」

 

 不思議そうに首を傾げる少女を見て楽しそうに笑いながら、彼は一度立ち止まりシャルに少女を預けると寮に向かって小走りで走り去っていく。

 

「何処行くのよ!?」

「メシの前に軽くシャワー!! 泥だらけだしな・・・先に食堂に行っててくれ」

 

 急に楽しそうにしだしたと思ったらこの始末である。一人で勝手に先々と進んでいくあの態度だけはどうしたものかと、ため息をつきながら愚痴るように問いかける。

 

「まったく・・・『パパ』はどうしていっつも一人でいっちゃうのかな? ねー?」

「???」

 

 当然答えてはくれなかったが、自分の口から出た『パパ』という単語を思い出し、徐々に頬を赤く染めながら慌てて周囲に誰もいないか確認をする。

 

「よし・・・誰にも聞かれてない」

 

 目の前の少女に関してはカウントしていないところはどうなのだろうか・・・それとも話せないということでバレる心配がないと思っているのか・・・。

 とりあえずヨウタにヨウタに言われた通り食堂へと向かったシャルは、すでに到着して食券を購入しようとしていた一夏達と合流する。

 

「あ、一夏、箒!」

「シャル!」

「陽太は一緒じゃないのか?」

「泥だらけだからシャワー浴びて着替えてくるって」

 

 箒に受け応えしながら少女を下すと、ショーケースに入れられている食品サンプルを眺めながら、少女の夕ご飯は何がいいのかとりあえず問いかけてみる。

 

「全部初めてだからね・・・食べたいものがあったら好きなの言っていいんだよ」

「・・・・・・」

 

 最大限少女の意向を叶えてあげたいシャルロットとしては、たとえ選ぶことができなくても何か心が引かれるものがあってくれたら良いのに、というぐらいの気持ちで問いかけたのだが、その時、少女は初めてのリアクションを見せるのであった。

 

「・・・・・・!」

「・・・・えっ」

 

 ゆっくりと指を上げると、やがてオムライスの食品サンプルを指差し、シャルのほうに振り返ったのだ。

 

「これがいいんだね!! よし、わかった!」

 

 初めて自分の意志で積極的に動いてくれたことに酷く感激したシャルは、意気揚々と自分も同じオムライスの食券を購入する。

 

「さあ! ついてきてね!」

 

 シャルの声を理解したかのように少女はトコトコとシャルの斜め後ろをついてくる。やがて食券を購入し、それを食堂のおばちゃんに出すとオムライスが二人前用意され、それを御盆の上に乗せたシャルが一夏と箒が待つテーブルへと少女と一緒に歩いていく。途中、少女の存在に気がついた女生徒達からため息が漏れたのはきっと、少女の動きがまるで生まれたてのヒヨコのようであるからなのか・・・シャルも両手が塞がっていなければこの場ですぐさま抱きしめてハート乱舞させるところである。

 

「こっちよ!」

 

 見れば一夏だけではなく鈴、セシリア、ラウラも同じようにメニューを受け取って着席していたのだ。

 

「後はヨウタさんが来られれば全員なのですが」

 

 一夏が煮魚の定食、箒はきつねうどん、鈴は餃子定食、セシリアがサラダとパン、そしてラウラがかつ丼というラインナップの中、御盆を下したシャルが若干困惑した表情でラウラに問いかけた。

 

「今日もかつ丼?」

「勝利するまでのゲン担ぎという奴だ!」

 

 最近よく食しているメニューを見て、夜なのにそんなに高カロリーのものを食べたら太っちゃうぞ。と同室の親友を心配しつつ、先に着席して少女を自分の膝の上に載せる。

 

「ヨウタは時間かかりそうだから先に食べちゃおうか!」

 

 いくらシャワーを浴びてるヨウタを待っていてはご飯が冷めてしまうと思ったシャルの言葉に全員が頷く中、シャルは両手を合わせて少女に対して食べる前はこうするのだと日本の作法を教える。

 

「こうやって、『いただきます』ってするんだよ」

「・・・・・・」

 

 わかったのかわからなかったのか、リアクションがない少女に苦笑しつつシャルはスプーンでオムライスを掬って少女の口元まで運ぶのだが、なぜか少女はそれを口にしようとしない。

 

「どうしたの? 貴方の分だから食べていいんだよ?」

 

 ひょっとしてオムライスがほしくなかったのか? 自分の思い違いだったのかと悩むシャルに助け舟を出すように、一夏が自分の煮魚を解して口元へと向ける。

 

「骨は取ったから大丈夫。美味しいぞ、ここの煮魚」

 

 一夏が口元に運んでみるが、決して口にしようとはしないのだ。

 さすがにこれは困ったと思ったほかのメンバーも、それぞれのメニューを口元に運んでみる。

 

「これならどうだ?」

「この餃子、うちほどじゃないけど結構美味よ」

「パンならいかがでしょうか?」

「カツだが・・・食べてみるか?」

 

 箒、鈴、セシリア、ラウラとそれぞれが出してみるが少女は一向に口にしようとせず、ついには嫌がってシャルの胸元に顔を埋めてしまう。

 

「どうしたの? ひょっとしてお腹減ってなかったのか?」

 

 少女が空腹ではなかったのか? と思ったシャルであったが、その時・・・。

 

 ―――ぐぅぅぅぅぅぅ~~~・・・・―――

 

「・・・減ってないわけじゃなさそうだね?」

「そうみたいだな」

 

 隣にいた箒にも聞こえるぐらいの音量の腹の音を聞かせるぐらいなのだから、当然腹は空いているのだ。しかし少女は頑なに夕飯に手を付けようとはしない。

 

「我慢しなくてもいいんだよ? 大丈夫。ここの人たちは怒ったり、貴方の分を取ったりしないから」

 

 何か集団で食べることで緊張しているのか? 思えば少女の態度が昼間から軟化したとはいえ、初めての一斉の食事である。まだ見知って間もない人との同席の食事は早すぎたのだろうか?

 シャルは自分が気が付いてあげられなかったと思い、少女と一緒に自分は部屋で食事をとろうとする。

 

「ごめん皆。やっぱりまだちょっと皆と一緒には早すぎたみたい」

「・・・そうか」

「まあ、確かに初めてだし、慣れるまではな」

 

 ラウラが残念そうに肩を落とし一夏も理解を示すが、立ち上がったシャルに対して腕の中の少女は必死に『違う』とアピールするように首を横に振り始める。

 

「えっ?」

 

 それが『違う』と訴えていることにはシャルも気が付くのだが、一体どういうことなのかまではわからず、困惑が皆にも伝わってしまう。

 

「う~ん・・・どういうことなんだろうか?」

「やはり小さなお子様なだけにデリケートな所があるのでしょうか?」

 

 鈴もセシリアも頭を悩ませるのを見たシャルであったが、ある事に気が付き、すぐさま少女に問いかけた。

 

「・・・・・・ヨウタがいないから?」

「あっ」

 

 その言葉に一夏も何かに勘付く。

 初めての時からずっと一緒にいたヨウタがいないことが不満なのではないのか? そう思ったシャルが更に言葉をつづけた。

 

「・・・・・・ヨウタを、待つの?」

 

 ひょっとして一緒にご飯を食べたいだけなのではないのか? そう思って問いかけたシャルであったが、言葉がまだわからないと思った箒がシャルにやんわりと忠告する。

 

「言葉がわからないのだ。今聞いても・・・」

「・・・・・・・」

 

 ―――ゆっくりと少女が首を縦に振った―――

 

『!?』

 

 今、明らかにシャルの言葉を理解して少女は首を縦に振ってみせたかのように見え、一同が驚愕した。

 

「こ、言葉を理解したのか? まだ聞いてから半日もたってないんだぞ!?」

「しかし、今明らかに首を縦に振ったぞ」

 

 箒やラウラにしてみても、この子が見せた行動があまりにも意外過ぎて目を白黒とさせる。なんせ赤ん坊が簡単な言葉を理解するのに大方『八か月』掛かるといわれているのに、この赤ん坊同然のはずの少女はわずか7.8時間足らずで文章化されている言葉を理解してみせたのだ。

 

「偶然?」

「・・・というには様子がおかしいですが」

 

 鈴もセシリアも事との異常さを実感して冷や汗を垂らす。

 

「そうか。この分だと明日には言葉を話し出しそうだな!」

 

 『これぐらいの子なんだから、話ぐらい分かって当然だろ?』と唯一呑気に異常さを理解せずに喜んだ一夏に、シャル以外の女子たちからゲンナリした視線が突き刺さる中、シャルは別の意味で少女のリアクションに心が震えていた。

 

「(君は・・・)そうだね。食べるなら一緒のほうがいいよね」

 

 自分が何気なくヨウタがいなくてもいいや、と思ってしまったというのに、この少女はちゃんとヨウタが一緒にいることに意味があると思ってどんなにお腹を空かせても首を縦に振らなかったのだ。

 

「じゃあ、私と一緒に待ってようか?」

「・・・・・(こくり)」

 

 もう一度首を振った少女と一緒になって着席してヨウタを待つことに決めたシャルであったが、ほかのメンバーは気まずいのはほかのメンバーである。

 

「あ、皆は食べてもらっていいんだよ?」

 

 と、シャルが言ってくれはしたが、お腹を空かせた幼い少女ですらちゃんと待っているというのに自分達だけが呑気にパクパク夕ご飯を食べられるわけがない。よって一同が仕方なく箸を戻してしまうことになるが、ちょうどタイミングよくそこに着替えたヨウタがやってくる。

 

「あれ?」

 

 全員すでに食べ終わっているかもと思っていただけに、なぜ夕飯を前に全員行儀よく着席してるだけなのか首をかしげる陽太のことに少女が最初に気が付く。

 

「!!」

 

 ツーサイドアップに結んだ髪の毛がピョンピョン揺らして陽太が来たことを告げる少女に、シャルや一夏達も彼の到着を確認し、笑顔で招き入れた。

 

「ヨウタッ!」

「席ならこっち空いてるぞ」

「ちょっと探し物してたら遅れちまったんだが・・・なにゆえのセルフお預けプレイしてんだ?」

「何が楽しい遊びなのよ、それ?」

 

 鈴の呆れた声のツッコミを受け『それもそうか』と一人納得しつつ、ヨウタはシャルの隣に座ると彼女の膝の上に載っていた少女を自分の膝の上に乗せ換えて、不思議そうに見上げ見つめてくる少女にヨウタが笑顔で切り出した。

 

 

 

 

「よし、『たんぽぽ』。お前さんにちょっとプレゼントだ」

「???」

 

 

 

 

 そして手に握られていた一輪の花・・・たんぽぽの花を髪に差してあげると、良く似合っているとご満悦な笑顔を浮かべるのであった。

 

「似合ってるぞ、たんぽぽ」

 

 ゴムバンドのたんぽぽの花と合わせ、頭の上で三輪咲いた花の様子を見て『バランスが悪いからもう一輪持ってくるべきだったか?』と思わず苦笑してしまうヨウタの様子を、本当に珍しい物を見るかのような瞳でシャル達が目の当たりにした。

 感情の起伏が激しく、怒ってるか拗ねてるかちょっと自画自賛してる時が多いヨウタが、こうやって誰かのために笑っている姿など、それこそシャルにとっても初めて見たと言っていい姿であるのだ。

 

「・・・あっ」

 

 だがそのことも気になるが、目下一番気になる事といえばヨウタが発した名前である。

 

「ヨウタ・・・『たんぽぽ』って」

「ん? 名前だよ。コイツの」

 

 少女を椅子から抱き上げながら『この子がたんぽぽです』とアピールする姿に、シャルはしばし呆然となりながらも、慌てて問いかける。

 

「いや、ちょっと待って!?」

「なんで待たんといかん? 誰もたんぽぽの名前決めてなかったんだろ?」

「それは確かに・・・で、でも?」

「何か気に入らないのか? 『たんぽぽ』が」

 

 いや、確かに言われてみたらなぜかこの少女にしっくりくる名前である。と納得している自分がシャルの中にいるのも事実なのだ。

 ヨウタから先ほど話が振られたとき、頭の中でアレコレと悩んではいたものの良い案が浮かばず、この夕食の席で皆の知恵を借りようと思っていた矢先だっただけに、こんなにあっさりと決めてしまわれると釈然としないものがシャルの中で生まれてしまう。

 

「そりゃ・・・・・・ヨウタにしたら、珍しく似合ってるかな。って思うけど」

「俺にしたらって何だよ? これでもTPOに弁えた名前を考えたんだぞ?」

「TPOに弁えた?」

「最初期案は『タイガーフェスティバル』だったしな」

「・・・・・・そうだね。その名前で呼んでたらお仕置きしたよ」

 

 『虎祭』なんて名前を付けられては少女の生末に涙しか浮かばない。そう考えると存外『たんぽぽ』の名前はヨウタにしてみたら英断だったのかもしれないと、周囲の仲間も納得する。

 

「まあ確かに名前が決まってないのは不便、っていうか可哀そうだしな・・・俺はいいと思うぜ。これからよろしくな、たんぽぽ!」

「たんぽぽ、か・・・存外悪くない花の名前じゃないか」

「アンタ、意外にロマンチストね・・・私は鈴よ、たんぽぽ。ほら『リンお姉ちゃん』って言ってみなさい」

「強要は美しくありませんわ鈴さん・・・わたくしはセシリア・オルコットですわ。よろしく、たんぽぽさん」

「ふむ・・・よ、よろしく、た、たんぽぽ」

「お前、まだ緊張してんのか?」

 

 未だにどもりがちのラウラの様子に呆れがちになるヨウタであったが、その時、少女が口をパクパクと動かしていることに隣にいたシャルが最初に気が付く。

 

「どうしたの、たんぽぽ?」

「ん? 腹減ったのか? なら腹ごしらえを・・・」

 

 『済ませますか』と言葉を続けようと思っていたヨウタであったが、確かにその愛らしい声が彼の耳には届いた。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・よ、う、た」

 

 

 

 

 

『!?』

 

 全員が一斉に少女を凝視する。

 何かの聞き間違いかと思って皆が見つめる中、拙い様子で口をパクパクと動かしながらも、少女は確実にヨウタの顔を見ながら言葉を発しているのだ。

 

「よ、う、た」

「言葉がわかる・・・てか、たんぽぽ! お前さん、話せるのか?」

「ウソ・・・ホント?」

 

 シャルも驚きで目を丸くする。まさか半日足らずで理解しただけではなく、言葉を話し始めるとは誰も思っていなかっただけに、この少女がやはり普通ではない。という証明にもなってしまったことである。

 

「よ、うた・・・・・・・た、ん、ぽ、ぽ」

「そうだ。お前さんがたんぽぽだ」

「た、ん、ぽ、ぽ?」

 

 拙い様子で話しだしていた少女がゆっくりと自分の指を使って確認するように名前を口にしだし、たんぽぽと名前を出しながらヨウタを指さす。

 その様子に苦笑しながら、ヨウタはゆっくりと諭すように少女の手をもって自分とたんぽぽの間を往復しながら覚えさせるのであった。

 

「俺は『陽太』・・・お前が『たんぽぽ』。『陽太』、『たんぽぽ』だ」

「・・・よう、た。た・・・ん・・ぽぽ」

「そうだ。わかるじゃないか」

 

 やがて自分を指さしながらその名前を確認した少女は・・・・・・・・・・・・・・生まれて初めて、『喜び』を表現するように、皆に自分を指さしながら『微笑み』かけた。

 

 

 

 

 

「た、ん、ぽぽ・・・たん・・・ぽぽっ!・・・・・・たんぽぽっ!!」

 

 

 

 

 

 『私がたんぽぽなんだよ』と本当に嬉しそうに微笑んだ少女の様子を心から喜んだシャルの瞳には涙がたまり、思わずヨウタの膝の上に乗っていた少女を抱きしめてしまう。

 

「そうだよ。あなたが『たんぽぽ』なんだよ!」

 

 ほかの何者でもない。

 この世界でたった一人だけの、かけがえのない存在なんだと訴えるように自分の名前を何度も口にするたんぽぽをシャルは抱きしめながら、おでこにキスをする・・・亡き実母が『愛している』というサインとして自分に時折キスをしてくれたように。

 

 その様子を眺めていたヨウタは、シャルの膝の上に乗る幼い少女に、自分も貰った『あの日』の言葉を贈るのであった。

 

「昔、エルーさんに言われたんだ。『名前ってものは、親が最初に子供に贈るかけがえのない贈り物だ』って・・・」

「!?」

「その子の未来に祈りを込めるようにつける大切なもんだ・・・・・・だからな、たんぽぽ」

 

 今思えば、あの日の言葉は今日の彼女に伝えるために、エルーが自分に残してくれたのかもしれない。そんな風に思えるぐらいに、穏やかな気持ちで陽太はたんぽぽに告げるのであった。

 

 

 

 

 

「たんぽぽ・・・お前は誰かの道具じゃなく、その名が似合う人間(ヒト)になるんだ」

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「本当によろしいですか、学園長?」

 

 その様子を食堂の入り口からじっと見つめていた千冬と十蔵が、嬉しそうに微笑みながら見守っていたのだ。

 

「面倒の方はローテーションを組みながら部隊全員で見る。ということで」

 

 どこかの施設に預けるという話ではあったのだが、急であるがゆえに流石にツテだけでは安全確保の目途が立たなかった千冬に、十蔵自らがこの学園でしばらく面倒を見てはと進言してきたのだ。

 

「当面の方針はそれでいいでしょう・・・むしろ君の方こそ、ヤケにあっさりと私の意見を聞き入れてくださいましたね」

「それは・・・貴方が考えなしで学園で面倒を見よう。などと言い出す方ではないでしょうし・・・なによりも」

 

 教え子達と少女の光景をこうやって今目にしてしまうと、いきなりそれを取り上げてしまうことには人間としての情がやはり引っかかってしまうのだ。

 

「私もそうですよ・・・・・・それにね、織斑先生」

「はい?」

「私は思うのです」

 

 皆にこうやって抱きしめられながら、頭を撫でられながら微笑む少女を見ていると、キレ者である十蔵の第六感が密かな予感を打ち鳴らす。

 

「あの少女こそが、私達に足りなかった最後の希望なんじゃないのかって」

「・・・希望?」

「まあ、こんな年寄りの言葉です。アテにしないでください」

 

 そう言い残し、目元に笑みを浮かべながら食堂を後にする十蔵は、星空の下で学園の執務室に向かう途中、一度だけ振り返って、光が灯る建物を優しく、そして少しだけ寂しさを秘めて見つめながら、ポツリとこうつぶやいた。

 

 

「たとえいかなる結果になろうとも、この出会いこそが君たちの糧になると、私は信じているのですよ」

 

 

 

 

 

 

 






名前が決定いたしました。

そう、名前は『たんぽぽ』


由来は説明不要なぐらいに、日本ならどこにでも咲いているタンポポの花からです。花言葉は「愛の神託」「神託」「誠実」「幸福」。そして「真心の愛」

陽太が知っているとは思えませんが、何気にセンスがあってよかった。まあ第一候補がタイフェスな時点で危なかったですがw

さてさて、この謎多き『たんぽぽ』ちゃんとの交流が、IS学園メンバーにどのように作用するのか?
予告していたほど学園メンバーと絡めなくてちょっと予告詐欺みたいになっていますが、次回から始まる日常編ではこのたんぽぽを中心に様々な出来事を学園メンバーでおこしていくことになります






ヴィンセントパパ、発狂まで残り二歩(謎予言)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

少女と家族が始めた日常~早朝~

うまいことサブタイトルが思いつかん。

そして今回はかなり短い印象がありますが、切り方がわからんかったのがいかんかったかな?




 

 

 

 

 ―――海の向こうからやってきた不思議な少女、『たんぽぽ』との共同生活を行うことになって早数日―――

 

 ―――IS学園に流れる時間は少女の歩みと共に、穏やかな感覚を刻み続けていた―――

 

 

 

 

 シパシパした目を何度も擦り、ゆっくりと少女は上半身を起こす。

 

「・・・・・・・」

 

 午前7時にセットされた目覚まし時計がけたたましく鳴り響き、すでに高くなった日差しが差し込む部屋のベッドの上で、寝ぼけた表情で起きあがった幼き少女・・・たんぽぽは、しばし茫然としながらゆっくりと周囲を見ますのであった。

 

「・・・きゅう~~~」

 

 隣のベッドで未だに夢の世界に入り浸るのほほんの姿を見て、少女はやがてベッドの上でゆっくり立ち上がると、そのままベッドから小ジャンプで降り立ち、再び隣のベッドによじ登ってのほほんの身体を揺さぶる。

 

「のほほんちゃん、あさ。おきる」

「みゅにゃ~~~」

「のほほんちゃん、あさ。おきる」

「あと9時間~~」

 

 夕方まで寝るつもりか、と相方の箒がいればドヤして起こす場面なのだが、あいにく彼女は対オーガコア部隊の朝練に出ているために早朝からすでに部屋を後にしているのだ。

 

 たんぽぽと皆が呼ぶ少女を当面面倒を見ることになったIS学園としては、当初のメンツとして陽太達がローテーションして子守をする、という考えがあったのだが、やはり彼らは対オーガコア部隊という大役がある以上そちらをおろさかにするわけにもいかず、一日のうちの特定の時間帯は有志によって彼女の世話をするという形をとっているのだった。

 幸い、二日に一度は陽太かシャルの元で一緒に眠るようにしていればグズる様子もないようなので、先日は箒と一緒に眠ったのだが・・・どうも同室のパートナーは幼女よりも寝起きが悪いことを失念したのか。

 

「のほほんちゃん、あさ。おきる」

 

 三度声を掛けても起きる様子がない子守役を見て、しばし食い入るようにその寝顔を見つめていたたんぽぽであったが、やがて彼女は小さなその手を上にあげると・・・。

 

 ―――結構な勢いで、のほほんの眉間と目の間を強打する―――

 

 バッチコーン、と鋭い音が響く中、完全に無防備で殴られたために痛みで悶えるのほほんは強制的に夢の世界から現実世界に引き戻された。

 

「おっ、おっ、おぐっ!」

「のほほんちゃん、おきた」

 

 ベッドの上でのたうち回るのほほんを冷静に解説したたんぽぽは、涙目で起き上がったのほほん相手にきちんと頭を下げて挨拶する。

 

「………おはようございます」

「お、おはようたんぽぽちゃん………して、こ、この暴力的(バイオレンス)な起こし方は誰に習ったのかな………?」

「ばいおれんす?」

 

 首を傾げるたんぽぽの様子を見ながら、「よーよーか、デュノっちか、もしくはほーちゃんか」と連想しつづけるのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 洗面所で、急遽作った椅子(陽太作)の上に立ったたんぽぽといっしょにのほほんは歯を磨き、顔を洗い、寝起きのためか髪の毛が爆発している自分とたんぽぽの髪の毛を交互に梳かしていると、部屋をノックする人物が現れる。

 

「のほほん~!」

 

 彼女と仲の良い相川と他数名の一組のクラスメートである。夏休みということもあって帰郷している生徒もいる中、相川達は変わらずに滞在する組であったのだ。

 

「鍵なら開いてるよ~」

「あいあい~っ!」

 

 勝手知る我が家という感じで部屋に入ってきた相川達は、洗面所で髪を梳く二人を見つけて持ってきた服を差し出しながら挨拶する。

 

「たんぽぽちゃんも、おはよう♪」

「おはよう~」

「でも、のほほんが時間通りに起きてるなんて珍しいわね。てっきりまだ寝てるのかと思ったのに」

 

 相川からのツッコミに、頭を掻きながらのほほんがどう答えようか迷う中、たんぽぽはそんなのほほんの気を知らないのか知ってて言っているのか正直に答える。

 

「のほほんちゃん、ねてた。たんぽぽ、おこした」

「えっ? たんぽぽちゃん、自分で起きたの? しかものほほんを起こしてくれたの?」

「ジリジリなってた。なってたら、おきる」

「でっ? なんで、のほほんは顔に紅葉作ってるの?」

 

 顔に小さな紅葉を咲かせている様子を疑問に思った女生徒の問いかけに、冷や汗を流しながら頭をかくのほほんの姿にすべてを悟る相川であった。

 

「偉いっ! もう、君はのほほんを超えたのだ、たんぽぽちゃん」

「えらい?」

「そう! のほほんなんて未だに一人で起きられずに、篠ノ之さんの手を借りないと遅刻三昧だってのに!?」

「それはちょっと酷い~~! 私だってちゃんとほーちゃんがいない時でも、遅刻してないもん~」

「篠ノ之さんの代わりに、私達が来なかったら夢の中にいるのがのほほんでしょうが!?」

 

 朝に弱い。というか行動を起こすのに時間がかかる自分の弱点をバラされて憤慨するのほほんであったが、彼女に付き合って遅刻しては、相川達を待っているのが千冬の出席簿アタックであるのだ。陽太なら殴られ慣れたで済ませるレベルだが、常人では頭蓋骨が粉砕するかのような激痛に襲われたまったものではない。

 

「じゃあ、今度のほほんをおこすのは、たんぽぽちゃんのお仕事ってことで?」

「えっ? いや、それはちょっと・・・」

「たんぽぽの、しごと?」

 

 今一つわかっていない内に有耶無耶にしてしまおうと、のほほんはせっせとたんぽぽの着替えにかかる。

 

「今日もデュノっちが選んでくれたご洋服だよ~」

「本日は白いカットソーと、花柄のショートパンツだね」

 

 シャルの選んだ服のセンスを誉めながら着替えさせる女子たちは、最後にたんぽぽのチャームポイントであるツーサイドアップの髪型にしてあげ、最後にたんぽぽの花が付いたゴムバンドで髪を結んであげる。

 

「よし、完成っ!」

「うん。可愛いよ、たんぽぽちゃん!」

「かわいい?」

 

 小首を傾げて尋ねる少女の仕草が愛らしかったのか、のほほんは彼女を抱きしめながら腕の中のたんぽぽを褒めちぎる。

 

「そりゃ勿論! これならたんぽぽちゃんのシャルロットママも陽太パパも、メロメロのラブラブだよ~♪」

「めろめろ?」

 

 言葉の意味はよくわからんが、とにかく何かは伝わったようだ。しばし考え込んだたんぽぽは、やがて思い切った様子で皆に聞いてみる。

 

「しつもん」

「お、なんだい。たんぽぽちゃん?」

 

 手を挙げて『質問』という仕草。これは未だにわからないことが多いたんぽぽが困らないよう、知りたいことがあったら周りの大人に対してしなさい。というシャルの教えであった。

 

「えほんでよんだ。ママは、いちばんだいすきな『おんなのひと』。のこと」

「うんうん」

「パパは、いちばんだいすきな『おとこのひと』。のこと?」

「お、たんぽぽちゃん、ちゃんと分かってる!!」

「シャルロットは、おんなのひと。ヨウタは、おとこのひと」

「うんうん♪」

 

 指折り数えながら、この数日間で教えられたことや教わったことを思い出し、彼女はようやく理解できたのか頬を染めながら叫ぼうとする。

 

「だから、モグッ」

 

 しかし、その第一声をのほほんが口を押えて遮ってしまう。

 なぜそんなことをする。と非難するような周囲の視線を受けながらも、のほほんは笑顔を崩すことなく笑って言ってみせるのであった。

 

「よし、たんぽぽちゃんの第一声は、やっぱり直接二人に聞かせてあげないとね♪」

 

 いたずら好きな笑顔を見た相川達が、それもそうかと顔を見合わせる中、理解したのかしていないのかわからないながらも、従順に頷くたんぽぽであった。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 ―――鍔迫り合いから互いに押し合って間合いを開き、目にも止まらぬスピードで踏み込んだ一夏の斬撃を、箒は裂帛の気合で受け止める―――

 

 上段からの打ち下ろしを回避して側面から反撃しようとした箒であったが、予想を大きく上回る一夏の踏み込みの速さと打ち下ろしの剣速に圧倒され、箒は防御を余儀なくされる。

 

「(威力が以前より上がっていることはわかっていたが………驚くのは、この踏み込みの速さっ!!)」

 

 剣の腕とセンスは幼い頃からの付き合いがある箒はよく存じている。実際に彼の才能は認めているし、中学時代のブランクがあったものの、最近ではようやくその差も埋まったと思い始めていたのだが、驚かされるのは距離を詰めてくるこのダッシュ力である。

 片手では受け切れない。そう判断した箒が右手に持った空裂を返して雪片弐型を弾き、間合いを空けようと後退した所、バックする紅椿よりも早く白式が詰め寄ってくる。しかも踏み込みと斬撃が一体化した動きは箒に反撃の隙を与えず、どんどん後手を余儀なくされる。攻撃の威力の高さと回転が速すぎるために、捌き防ぐのが箒をもってしてもやっとなのだ。

 単純に考えて二刀を持つ箒の手数が一刀の一夏に劣ることなどはあり得ないのだが、その差を埋めているもう一つの要因が技の威力である。

 本来は大きく予備動作が必要な威力のある斬撃なのだが、一夏は陽太との一対一の実戦訓練の末に、間合いを詰めるダッシュと斬撃を繰り出す動作をほぼ同時に行えるようになっており、結果として近接戦闘で陽太に次ぐ実力者である箒すらも圧倒する戦闘スタイルをほぼ完成させつつあった。

 

「はあっ!!」

「ちぃっ!?」

 

 振り下ろしの一撃をなんとか回避した箒が反転しながら繰り出した斬撃と、その動きを先読みしていた一夏の切り返しの一撃が交差し、互いの喉元と目前で刃を突きつけあう結果となる。

 

「…………数か月かかって、これでようやく引き分けかよ」

「…………本当に大したものだ。油断はなかったつもりだったのに」

 

 刃を引いて戦闘モードから日常へと切り替えて、二人は検討しあう。この数か月でようやくまともな勝負が成立するようになったとはいえ、幼馴染の少女が未だに力をセーブしながら自分に合わせてくれていることを理解し、自分はまだ出発点に立っただけなのだと自覚する一夏と、チームメイトであり密かに想いを寄せる少年の成長を素直に喜ぶべきなのか、それとも操縦者としてのキャリアからライバルとして悔しがるべきなのか、複雑な心境な箒ははにかむ様に微笑むだけであった。

 

「ちっ」

「くっ」

 

 離れた場所で二人の訓練の様子を遠目で見ていた鈴とセシリアから口鳴らしが飛ぶのは、きっと複雑な乙女心によるものなのだろう。なんせ気になる男子とライバルである女子が、剣戟の果てになんだかいい雰囲気になっているのだ。本来なら自分がやってあげたいところだというのに、そこを空気を読めなかったのか、読んだ上で邪魔したのか隊長がこう訓示したのだ。

 

 

『一夏の相手は当分の間、箒を中心にシャルとラウラで。鈴とセシリアは防御系を中心に。お前ら、戦い方もそうだけど、いろんな意味で攻撃に全振りし過ぎ』

 

 納得しなかったのは二人だけで、周囲の人間は苦笑しつつも『そうだよね~』と内心で納得したのは言うまでもない。

 

 一方、実戦訓練を行う組とは別に、シャルとラウラは機体の整備に余念がない。

 元来、複雑な機構を備えている対オーガコア用ISの中でも、とりわけ合体機構を持つシャルのヴィエルジェと大型強襲用モジュール(ブーゲンビリア)を使用するソルダートは繊細な部分が多く、日頃からのOSチェックが欠かせない。いざという時に不備が出ては、それだけで戦闘中に重大な支障を起こしてしまうのだ。

 ゆえに定期的に奈良橋主任技師の元、整備課の有志数名と共に一緒に機体のチェックを行った二人であったが、それもすべて終了して整備陣に感謝の言葉を述べると、整備室から日の元へと歩みだすのであった。

 

「朝一チェックも終わったし、皆と一緒に朝ご飯かな?」

「今日の午後からの予定はどうする、シャル?」

 

 ラウラに尋ねられたシャルはというと、『うーん』と唸りながらも大体のところは決めているのであった。

 

「私は今日は、たんぽぽと一緒に・・・」

 

 纏まった空き時間なのだから、今日一日はゆっくりとあの幼子の相手をしたい。そう思っていたシャルであったが、突如自分の足に誰かが抱き着く感触を覚えて思わず振り返る。

 

「キャアッ!?」

「………きゃあ?」

 

 暖かな体温と柔らかな感触で自分の足を掴んだ者がたんぽぽであったことに、一瞬だけ驚いたシャルであったが、やがて聞こえてきた幼い声に正体を悟り、笑顔で振りむく。

 

「たんぽぽっ!」

「……………」

 

 普段着に着せ替えられ、朝食を一緒に取るためにたんぽぽが本音達と一緒に迎えに来たのだ。見ればあとを追いかけてくるお世話係達の姿があった。幼女らしからぬ機動力と陽太の気配察知すらすり抜けるステルス性によって、気が付いたら置いて行かれたのだろう。いや、一番の原因は対暗部組織の本家仕えとは思えない本音の足の遅さなのかもしれないが。

 

「た、たんぽぽちゃーん!」

「ぜぇーぜぇー………やっと追いつけた」

「たんぽぽちゃん、足速ッ。ってか、のほほんはもっと速く走りなさいよ」

 

 本音を引きずるように連れてきたためにすっかりバテた相川達と、朝一番から朝食抜きでダッシュしたために体力ゲージがゼロになり、完全にグロッキーな本音を尻目に、シャルをずっと見つめていたたんぽぽが、本音の方に振り返り、何かを求めるような視線を送る。

 

「ぜぇーぜぇーぜぇー………い、いいよ。たんぽぽちゃん」

 

 当然その視線に気が付いていた本音が、最後の体力を振り絞ってサムズアップを送ると、ツーサイドアップにされた髪の毛をピコピコと揺らせながら、たんぽぽはシャルロットに笑顔でこう呼びかけた。

 

 

「…………シャルロットママッ! おはよー!」

「はい、おはよ…………うえっ!?」

 

 物凄く気になる単語が出たような気がしたシャルが、驚きのままにしゃがみこんでたんぽぽの両肩に手をかける。

 

「い、いいいいま………た、たんぽぽは」

「………シャルロットママ?」

 

 やっぱり気のせいじゃないッ!

 ある意味恐れていた、期待していた、薄々自分でそう呼ばれたら嬉しいなぁって考えていた、その単語で呼ばれたことに、心の準備が追い付かないシャルロットは、まさか人を揶揄うために呼ばせているのかと、本音を睨みつける。

 しかし、睨まれた本音はというと、特に気を悪くする様子もなく、察した上でシャルに事情を簡潔に説明する。

 

「ちゃんと自分で考えて、たんぽぽちゃんは二人のことを『パパ』『ママ』って思ってたんだよ。ねー?」

「………ねー!」

 

 本音を真似た返事をする腕の中のたんぽぽに、まだ気持ちがグルグルして落ち着けない表情でシャルはもう一度問いかける。

 

「私が貴方のママで………本当にいいの?」

「????」

 

 首を傾げ、なぜそんな風に問いかけられているのか理解できないといった表情をするたんぽぽに、シャルはどう伝えるべきか考え込む。別にこの場だけのこと、それともしばらくの間だけのこと、ということにすることもできるのだが、どうしてもそれは不誠実が過ぎる気がして、でもはっきりとこの子の『ママ』になれる決意が持てていない今、自分がこの子の『ママ』だと宣言するのもまた違った気がしたのだ。

 本当はどうしたいのか、もう決まっているのに、どうしても踏み出せないもどかしさを胸に持ったシャルロットであったが、たんぽぽはそんな彼女の気持ちを知っていたのか、小さな手で母親になってほしい少女の手を握り締めて笑顔で告げる。

 

 

「たんぽぽ、シャルロットママがいい!」

 

 

 文字通り『花が咲いた様な笑顔』を浮かべた少女を見て、シャルが抱いた感情はもうただの可愛いなどという次元ではなかった。

 

 

「………ありがとうね」

 

 

 胸に広がるのは燃え上がるような陽太への恋心ではない。静かに、でも大きく波紋のように広がっていく暖かな想いだった。

 

 

「そうだよ………私が貴方の、シャルロット『ママ』だよ」

 

 

 目じりに涙が溜まってしまう。嬉しいはずなのに、胸が締め付けられて苦しくなってしまう。数日前に出会ったばかりのはずの子なのに、もうこんなにも愛おしいと思えてしまえて、思わず抱き上げて彼女のほっぺたにキスを何度も送ってしまった。

 

「ママ?」

「シャルロットママのママがね、教えてくれたんだ。『本当に大事な人にはキスをしてあげなさい』って」

 

 実母がいつも自分や陽太にしていたのは、きっとこんな気持ちだったからなんだろう。

 ただ、そこで笑っていてくれることがこんなにも嬉しいと思える子に巡り合えたんだから、あんなにも毎日が楽しそうだったのか。

 

「じゃあ、たんぽぽもする」

「あっ」

 

 今、教えてもらったばっかりの親愛の証である『キス』を今度は自分にしてくれたたんぽぽに、更に愛おしさと可愛らしさが募るシャルは、ほっぺたを擦り合わせながら叫ぶように告げる。

 

「たんぽぽ、大好きだよ♪」

「だいすき?……………たんぽぽもだいすきっ!」

 

「朝からヤケにテンション高けぇな」

 

 シャルとたんぽぽが振り返る先に、泥だらけで上半身裸の陽太がツルハシを肩に担いで歩いてくる。一見、どこかで本当に道路工事に従事していたのかと思う有様だが、これでも最新鋭のISのための訓練をした後なのだから不思議なものである。

 二人の仲が良さそうな様子を若干呆れたような表情で眺めていたのは、きっと朝っぱらから抱き合っていることに関してなのだろうが、何をそんなに嬉しそうにしているのかまではわからず、頭に若干の疑問符を浮かべながらも二人のすぐ近くにあった手洗い場で、芝生の水やりのために使っていたシャワーホースを使い頭から水をかぶって泥を洗い落とす。

 

「ヨウタッ!?」

「滝のごとく汗かいたからこれで丁度良い」

 

 朝とはいえ、夏場の野外の気温は高い。ましてやひたすらに身体に負担をかける筋肉トレーニングの後ということで、本当に全身から汗を書いていた陽太にしてみれば熱いシャワーよりも水のほうが丁度よい塩梅なのだ。

 

「もうっ・・・ちょっと待って」

 

 慌ててシャルは整備室の中に駆け込むと、自分用に宛がわれたロッカーからタオルを取り出して戻ってくる。

 

「風邪をひいても知らないからね」

「俺はこの程度で風邪は引かんよ」

「ヨウタパパ、きもちいい?」

 

 一通り泥を洗い落とし、シャルからタオルを受け取り顔を拭いていた陽太にたんぽぽが足元で彼のズボンを引っ張る中、水滴がボトボト彼女の顔に降り注ぐのもお構いなく頭をぬぐいながら答える。

 

「気持ちいいぞ~。なんなら、たんぽぽもするか?」

「するっ!」

「しませんっ!」

 

 間違いなくたんぽぽでは風邪を引くとわかっていたシャルによって水浴びは止められてしまうが、濡れ髪を拭き終わったぐらいになって陽太はようやくあることに気が付く。

 

「……………たんぽぽ君。君、今俺のことなんて呼んだ?」

「……………ヨウタパパ」

 

 当然、といった感じで答えてくるたんぽぽの様子に、疲弊しきった老人のように震えながら陽太は無言でシャルを見つめる。

 瞳だけで『まさか、シャルが言わせているのか?』と問いかけられ、顔を真っ赤にしながらもシャルは説明するのであった。

 

「わ、わたしは、もう、ちゃんと覚悟を決めたよ」

 

 自分がこれからは母親になるのだ。というシャルの意思を垣間見た陽太はというと、物凄い高速回転し始めた頭を抱えるようにゆっくりとしゃがみ込み、沈黙してしまう。

 シャルが母親になる。ということは、当然もう一人の保護者である自分は父親にならねばならないのだろう。だが当然、10代の若い身でそんなことするなんて今の今まで想像もしていなかったことであり、いきなり突き付けられても、『了解した』とはすぐに言えそうもない。てか、家庭を持つとか自分はきっと向いていないのではないのか?

 ショックのあまり固まってしまった陽太であったが、そんな陽太をたんぽぽが心配そうにのぞき込んでくる。

 

「……………ヨウタパパ?」

 

 大人の世界の難しい理屈が理解出来る訳はないたんぽぽは、陽太の表情の変化を見て考えではなく感覚で、自分が受け入れてもらえないのかもしれないと感じ取っていた。言葉の数そのものがまだ少ない幼子ということが、逆に周囲の感情の流れを敏感に感じ取れる要因にもなっているのだろう。

 

「……………」

 

 黙って少女の表情を見つめていた陽太にもそのことが伝わったようだ。

 思えば、彼もまたフランスの地においてシャルと彼女の実母に拾われるまで、周囲の人間の感情にビクビクと怯え続ける毎日を送っていたのだから、今の少女がいかに不安なのかも理解するのは難しくはない。

 だからこそ、そんなたんぽぽを安心させるように陽太は彼女の頭を撫でながら笑顔で答える。

 

「………腹減ったな。朝飯食いに行くか」

「!!」

 

 歯をむき出しにして笑う陽太の笑顔を受け、たんぽぽは彼を真似るように歯をむき出しにして笑って見せる。

 

「くいにいくかっ!」

「うし、俺達は先に行くぞ、シャルロット『ママ』っ!!」

 

 そしてたんぽぽを抱き上げるとそのまま肩車をしてとっとと歩き出していく。急に目線が高くなって驚くたんぽぽであってか、見上げるように彼女を見つめた陽太と目が合うと、やがてにこりと微笑みながら高くなった世界を楽しそうに見つめるのであった。

 

「たかいたかーいっ!」

「そうだろそうだろ」

「あっち、たてものっ! あっちも、たてものぉっ!」

「建物ばっかじゃないか………その内、ここよりも高い建物がある場所、たくさん連れてってやるよ」

「ホントッ!? おでかけっ!?」

「そう。お出かけだ」

 

 ちゃんと約束されて嬉しさのあまり両手を広げて興奮するたんぽぽと、そんなたんぽぽを落とさないように両足を必死に掴む陽太の背中を見ながら、シャルは二人のやり取りに心が温かくなるのを感じ、嬉しさが隠せないで後を追いかけるのであった。

 

「じゃあ、シャルロットママも一緒にお出掛けしようかな? その時は交通費と食事代とお土産代とその他一切合切、全部ヨウタ持ちでね?」

「ブフッ!?」

「どうしたのパパ?」

「嬉しさのあまり吹き出しちゃったんだってさ。よかったね、ヨウタパパ?」

「ビタ一文いくないっ!? 状況でいじめるとか、姑息だぞ!? シャルは」

「こそく?」

「教育に良くない言葉は教えないでください、ね?」

「うし、たんぽぽ。『男女平等に割り勘』って言葉を覚えるんだぞ」

 

 セコイ言葉をさっそく教えようとしている時点で、威厳もへったくれもない新米パパに苦笑するシャルロットママ。そして二人の言い争いを聞きながら、おそらく言葉の意味はわからないけどそれでも楽しそうにしているたんぽぽの三人を見つめ、ラウラとのほほん達は、目の前で生まれた新しい『家族』の姿に、嬉しさとむず痒さを覚えるのであった。 

 

 

 

 

 

 

 




続きは早期にうpしたい所存です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

少女と家族が始めた日常~お昼時~

かなり長くなってしまい更新が遅れました。

では続きをお楽しみください。


なお、あとがきで重大発表があります


 

 

 

 IS学園に滞在を初めて僅か数日の間でありながら、やはり特殊な生まれなのだと思わされる部分が幼い少女のたんぽぽにはあった。

 

 例をあげるならこの食事の時も顕著な一つだろう。

 

 たんぽぽぐらいの少女ならば、まだ手のかかる子供と然程変わりはない。シャルロットは彼女の面倒を見ることを決意した夜から、早速、食堂の職員にも頼んで子供用の食器を手配して貰ったのだ。そして翌日になるとワザワザ自分の足で食堂の職員が買いに行ってくれた食器を使い、たんぽぽは食事をし始める。

 最初の頃は慣れない手つきでフォークとスプーンを使うのに悪戦苦闘していたのだが、それも数日のこと。見れば大分慣れた手つきで、今もサラダについてたプチトマトをフォークで突き刺し美味しそうに口に運んでいる。その花の咲いたような笑顔は食堂内に一種の潤いを与えているのか、彼女の一挙手一挙足を見つめる多数の瞳があった。

 食堂で働く中年のパート職員達、年上の先輩方、また普段は余り関わりのない教員達ですら、彼女の愛らしさを目に入れても痛くないといった感じで見守っていたのだ。

 

「じゃあ、今日はシャルロットママと一日一緒だね♪」

 

 彼女の口についていたドレッシングをナプキンで拭いながら、上機嫌でたんぽぽの世話を焼くシャルと、その笑顔を見たたんぽぽは同じように嬉しそうに笑顔で頷いてた。

 

「うん♪ たんぽぽといっしょっ!」

 

 本当に嬉しそうにしている母子の姿に、二人の光景を黙って見ていた一夏は、同じように見守っていた陽太や箒にポツリと漏らすように呟いた。

 

「お母さん………か。そうだよな」

「一夏?」

「お母さんって、小さな子のそばにいて当然なんだよな………俺、そんなことも知らなかった」

 

 一夏の様子がおかしいことにしばらく理由がわからなかった箒であったが、シャルとたんぽぽの様子を見ていてようやくその理由に気が付く。

 

 ―――織斑一夏は親の顔を知らない―――

 

 今日の今まで彼の口から両親のことについて語れたことは一度も箒は聞いたことはなかった。箒にしてもISの登場によって、開発者の親族ということで保護プログラムによって一家が離散して以来、両親とは一度も面会はしていない。幸い更識家の気遣いによって両親の無事と現在の居場所は教えられており、いくつかの条件を守りさえすれば面会は許されているのだが、操縦者としての生活を優先させていたことによって今日まで再会は果たしていない。

 彼が両親について語りたがらない理由は箒にしても何となく察することは出来る。彼にとって母であり姉であるのが千冬であり…………本当の生みの両親とは、自分を捨て去り、千冬に全てを押し付けた人物である。と一夏の中では確定しているのだ。

 だからかもしれない。幼い時の一夏が、時々何処かの家族が触れ合っている姿を見た時、何かを噛み締めているような横顔になっていたことを、箒は記憶していたのだ。

 

「………一夏?」

「………ん?」

 

 シャルとたんぽぽを黙って見ていた一夏の胸の内が心配になり、無意識に彼の腕を掴んでいたのは。

 

「………箒?」

「えっ………あっ!?」

 

 顔を真っ赤にし慌てて手を放す箒であったが、彼女の手から伝わった気持ちを一夏はしっかりと理解し、心配いらないという笑顔を浮かべる。

 

「違うんだ箒。別に羨ましいとかそういうの………ちょっとあるけどさ」

「一夏?」

「なんだか………嬉しいんだ。俺」

 

 目の前の少女が、ごく当たり前に愛情を受けている。それが一夏には何故かとても嬉しい。

 両親からの愛情というものは、確かに自分は知らないのかもしれないけど、だからといってそれがたんぽぽに不要だとは思わない。

 むしろ陽太とシャルの、二人の想いを受けて幸せそうに笑ってくれていることが、今は一夏にとって当然のように思えてくるのだ。

 

「自分も子供ほしくなったのか? ご指名かかったぞ、防人殿」

「なっ!?」

 

 そんな様子を黙って見ていた陽太の冗談を受けた箒が頬を真っ赤に染め上げ、立ち上がって陽太に詰め寄ると同時に、陽太もドンブリを片手に持って椅子から飛び退いて距離を離す。

 

「そこへ直れ、不埒者がっ!」

「不埒なのはお前の胸部装甲じゃ! 最近ワンカップほど、またデカr」

「チェストォッ!!」

 

 部分展開した刀を峰内に返し、陽太のド頭をカチ割ろうとする箒と、奇妙な動きで上半身だけ分身しながら回避する陽太の二人。食事中ということもあって、周囲からすごく迷惑そうな目で見られるが、二人に届くことがなかった。

 

「二人ともッ!? 食事中は静かにッ!!」

「ママァー。みえない、きこえないー」

 

 顔を真っ赤にしたシャルロットが、教育に不適切な発言を遮るためにたんぽぽの両耳を塞ぎながら首を二人とは真逆のほうへと向けてしまう。併せてのほほんが万が一もないようにたんぽぽの視界を塞いでくれるのであった。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 その後、食堂に来た千冬が雷を落とし、部分展開した件に対して反省文を箒は書かされ、挑発した陽太が即座にアイアンクローと、未提出分の報告書にプラス20%分のノルマが追加した部隊連携のレポートという地獄送りにされるのであった。

 可愛い義理の娘の相手の方が万倍大事だと言って、手伝ってお願い、と足に纏わりついてきた幼馴染を置き去りにし、普段着の上に白い帽子を被ったシャルは、同じように麦わら帽子を被ったたんぽぽと一緒に校内を散策していた。

 

「ママぁー! これ、おはなっ」

「うん。そうだね♪」

「たんぽぽ、しってる。このこは『アサガオ』。おじいちゃんがおしえてくれた!」

 

 道すがら、自分が教えてもらった知識を一生懸命に披露するように、たんぽぽは色々な物を指さしながら名前を読み上げ、シャルはそのすべてに笑顔で相槌を打っていく。そんな彼女の笑顔を見て、たんぽぽは嬉しくなったのか余計に饒舌に話を進めていってくれる。

 幼児期の自己発達に必要な成長を促す行為を、シャルは知識としてではなく、実母との経験から無意識に感じ取っていたのだが、ここにきてたんぽぽ自身の驚異的な吸収能力に更に一役買っていたのだ。

 

「ママ。あとでおはな、パパにもっていっていい?」

「ん? それはいいけど………どうして?」

 

 途中、道端に咲いていた一輪の花を見ながら、たんぽぽがシャルにそう尋ねてきたので、理由を問いかけると、彼女はにこりと笑いながらこう答える。

 

「パパ、しょんぼりしてた。だから、おはなみたら、ニッコリになる!」

「!?」

 

 もうその一言だけで十分だった。『ああ、うちの娘は立派な天使に育ちました。お母さん』と感涙して、抱きしめながら彼女は頬擦りをしまくるのであった。

 

「たんぽぽっ! 君は本当に良い子だよ! ママ、本当に嬉しいよぉっ」

「ママ、うれしい?」

 

 若干意味がまだわからないたんぽぽが今度は尋ねる番であった。彼女はたんぽぽと同じ目線になるようしゃがみ込み、笑顔で答える。

 

「嬉しいよ。自分の子が優しい人になってくれるのが、嬉しくないママなんているわけないもの」

「やさしいとうれしい…………わかった。たんぽぽはいつもうれしいっ!」

「嬉しいの? ありがとう、たんぽぽ」

 

 自分が優しいママなんだ。そう肯定してもらえたような気がしたシャルは彼女を抱き上げると、またしても頬擦り攻撃を再開する。

 

「うりうりうりぃ~」

「ママ、くすっぐったい~!」

「じゃあこのお花をパパに持って帰ってあげて、早く仕事が終わるように頑張ってもらおうね」

「うん!」

「家族は、いつも一緒なんだから」

「かぞくは、いつもいっしょ………?」

「そう…………一緒だよ」

 

 首を傾げ、しばしたんぽぽは考え込んだ後、何かを悟ったのか元気に首を縦に振って返事をした。

 

「あいっ!」

 

 きっとその理解は知識としてのものではなく、彼女自身が今感じている気持によるものなのだろう。元気のよい返事をしてくれたたんぽぽに満足していたシャルであったが、そんな彼女の後方から二人に声をかけてくる人物がいた。

 

「デュノア君、たんぽぽ君」

「あっ」

「おじいちゃんせんせいっ! おはようございますっ」

 

 いつも校内の清掃や緑地の管理を行っている十蔵が歩いてくる。彼に手を挙げて挨拶するたんぽぽと、同じようにシャルは挨拶しながら会釈を行う。

 

「おはようございます。轡木先生」

「おはようございます………先生と呼ばれると、何か照れくさいですね」

 

 たんぽぽが彼のことを『先生』と呼んでいるためか、自然とシャルも彼のことを『先生』と呼んでしまうのだが、名目上は一介の用務員でしかない自分を『先生』と呼ぶ必要はないと、一度断りを入れたこともあった。

 

『ですけど………やっぱり、たんぽぽにとっては轡木さんは『先生』ですから』

 

 と、シャルに言われ、十蔵は渋々と言った表情で受け入れることとなったのだが、やはりむず痒いのかこそばゆいのか、とにかく呼ばれ慣れない呼称に少しだけ照れ臭くなってしまう。

 

「おじいちゃんせんせいっ! きょうはね、たんぽぽとシャルロットママのふたりでおてつだいするんだよ!」

「それはそれは………しかし、よろしいのですか? デュノア君はせっかくの休日だというのに」

「いえ。休日だからこそ、一秒でも長くたんぽぽと一緒にいたいんです」

 

 訓練と学業で疲れているだろうと心配する十蔵に、そう答えるシャルの笑顔には迷いがない。たんぽぽと過ごす時間が毎日本当に楽しいということは真実なのだろう。そこには若くも立派に『母親』の顔つきをし始めた少女の姿があった。

 

「(年寄りの要らぬ心配などは必要ないか)………そうだ!」

 

 自分の考えなどいらぬお節介だと思ったのか、胸の内に沈めた十蔵が急に踵を返すと、急ぎ用務員用の建物へと向かう。

 そして裏手を回ると、すぐさまに戻ってくるのであった。

 

 ―――赤地に白のまだら模様が入った大型犬をリードに繋いで一緒に歩いてくる―――

 

「あっ」

「人間に換算すればもう私と同い年ぐらいな犬でしてね、普段は余り構ってやれなくて………ちょうど今は夏休みということで、生徒が少ないので広い場所で遊んでやろうと思いまして」

 

 自分の飼い犬を引き連れ、十蔵はたんぽぽへと改めて挨拶をする。

 

「それにたんぽぽ君にも友達が必要かと思いまして………仲良くしてあげてくれませんか?」

 

 随分と体格の良い犬でありながらも、温和でのんびりそうに舌を出してたんぽぽを黙ってみる犬なのだが、当のたんぽぽが先ほどから何も言わないことを心配したシャルロットが、そっと娘の顔を覗き込む。

 

 ―――頬を染め、瞳からキラキラと光を放ちながら、鼻息が荒くなっているたんぽぽ―――

 

「(犬を怖がってたのかと思ったら真逆だった)た、たんぽぽ?」

「………………えほんでみた」

 

 絵本でしか知識がなかったため、今日の今日まで実際の犬に出会ったことがなかったたんぽぽは、目の前の犬を指さして言い放つ。

 

「あなた、『ポチ』ね!?」

「「えっ?」」

「ポチっ!!」

 

 そして大喜びでポチの首に抱き着くと、そのまま頬スリを開始する。急に抱き着かれた犬の方も、特に嫌がる様子もなくたんぽぽにされるがままに頬ズリされているのかと思えば、彼女の体臭をしばし嗅いだ後、その大きな舌で彼女の頬を嘗め回す。

 とりあえず良好な初対面であることは疑いようもないが、流石に名前を勝手に着けるのはどうかと思い、シャルと十蔵がやんわりと注意する。

 

「あのね、たんぽぽ。多分、その犬はポチじゃないと思うんだ?」

「そうです。その子の名前は『シュナイダー』と言って、それはとてもとても強い意味が・」

 

「ポチ」

 

 ポチと名付けた限りはポチなのだ。そう言わんばかりにたんぽぽは二人の言葉に首を横に振ると、改めて目の前の犬と瞳を合わせる。

 

 ―――輝く瞳で犬を見つめるたんぽぽ―――

 

 ―――輝く瞳を受け止め、たんぽぽを見つめる犬―――

 

 そして犬は決意するように、天に顎を挙げて吠えるのであった。

 

 

 ―――アウォーーーーーンッ!!―――

 

「ポチッ!」

 

 ―――アウォーーーーーンッ!!―――

 

「「!?」」

 

 『私は今日からポチだ。私の名前はそう呼べ』と言わんばかりに吠え上げた『元シュナイダー』こと『ポチ』は、たんぽぽに近寄ると自ら頭を差し出し、『撫でて』とアピールする。

 

「撫でてあげて」

「…………うんっ!!」

 

 困り顔のシャルが戸惑うたんぽぽにそう告げると、破顔したたんぽぽはポチを猛烈な勢いで頭をなで始めると、そのまま頬刷りから抱きしめホールドにまで発展する。当のポチもそれを一切嫌がることなく、されるがままに受け入れると、ついには犬が本当に信頼している相手にしか見せない腹を見せてくるではないか。

 中々見せてもらえなかったというのに、会って5分ですっかり犬の主になってしまうたんぽぽに、呆然としながら十蔵は話しかける。

 

「た、たんぽぽ君?」

「んっ?」

「彼の名前は、『シュナイダー』ですよ………ねぇー、『シュナイダー』?」

 

 ―――舌を出したまま微動だにしない『ポチ』―――

 

「ちがうよ。このこ、『ポチ』だよ。ねぇー、『ポチ』!」

 

 ―――アウォーーーーーンッ!!―――

 

「!?」

「ポチッ! いいこ!」

 

 刷り込み(サブリミナル)は完了した模様である。一瞬で主が代替わりしたことに、一応愛情をもってこれまで接してきた十蔵がかなりのショックを受けてうずくまり、それを察したシャルがなんと声を掛けたらいいのか戸惑う中、肌をすり合わせていたたんぽぽとポチは互いに目を合わせると、以心伝心と言わんばかりにポチが彼女を背中に乗せて一人で走り出してしまう。

 

「はやい、はやいっ! ポチ、スゴイはやいっ!!」

「た、たんぽぽっ!」

 

 いきなり本能のまま爆走を始めたポチを追いかけようとするシャルロットであったが、如何に彼女が専用機を任された代表候補生とはいえ、最高速度が陸上競技で金メダルを取るアスリートよりも早い大型犬相手ではどうしようもなく、わずかな時間で娘と犬の姿を見失ってしまうのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 一方………。

 

「チッ」

 

 そんなことが起こっているなどと知る由もなかった陽太はというと、仰せつかったペナルティー(報告書とレポート)をほとんど手つかずで放置し、勝手に部屋から抜け出して休息をとることを選んだのであった。その表情には状況に対しての強い不満が浮かんでおり、自分にデリカシーがなかった。とか、提出期限を守ろう。とか当たり前の反省の色は一切浮かんでおらず、『俺が本気なったら、まあ、夕方一時間で終わるだろう』という全く根拠がない自信だけである。

 

「そのころにはシャルも手伝ってくれるだろうから、まあ大丈夫でしょ」

 

 一度言われたことはすぐに覚えるたんぽぽの父親役としての心得を、奈良橋からみっちり説教を夕方に食らう未来が今の彼には見えていないようである………進歩しろよ。

 

「シャルとたんぽぽはどこまで行ったのか………これはあれだな。超久しぶりにお昼寝でもしてしまおうという・」

「パパァァッー!!」

 

 とぼとぼと敷地内を歩く自分のことを呼ぶ幼い声を聴いた瞬間、陽太は昼寝を邪魔された、という一見すると不機嫌さを表情で作りながらも、たんぽぽがそこまで自分と遊びたがっていたのかということを知り、若干の嬉しさを覚える。

 

「(いかんいかん。ニヤケるな)どうしたんだ、たんぽぽ? パパはこれかr」

 

 

 ―――時速40㎞近い速度で、陽太の脇腹に、一片の躊躇なくタックルを食らわせる大型犬(ポチ)―――

 

 

「グフッ!!」

 

 走行中の原付に衝突されたに等しい衝撃に、陽太は見事にくの字に降り曲がりながら犬ごとそのまますっ飛び、口から泡を吹いて地面に昏倒する。

 

「パパ、パパ!! このこ、ポチよ! たんぽぽのともだち!」

 

 そしてポチの背に乗っかったままのたんぽぽは、興奮した様子で泡を吹いて痙攣している陽太に気が付かないまま一方的に話を続けるのであった。

 

「ポチ、スゴイはやいの! それでね、あのね!?」

「う、ううっ………」

 

 たんぽぽを乗せたまま陽太の上に覆い被さったポチは、その長い舌で陽太の顔を舐めまわしていたのだが、ようやく気が付いた陽太はポチの存在に気が付くと、腹の底から沸き上がった怒りのままに90kg以上の巨体を腹筋だけで押しのけて起き上がる。

 

「おどれ、この毛むくじゃらがぁっ!?」

「ふぁああ~~!」

 

 たんぽぽの可愛らしい叫び声が響く中、痛みとダメージから復帰した陽太はさっそく彼女の頬っぺたを両手で持つと、モニュモニュと摩りながら怒鳴りつけたい気持ちを抑えつつ、彼女に問いかけるのであった。

 

「どこの大学の悪質タックルか。俺じゃなかったらたぶん死人が出てもおかしくなかったぞ」

「………アクシツタックル?」

 

 意味が分からないたんぽぽが、隣のポチと瞳を合わせながら『知ってる?』『知らない』と異種間で問答する一人と一匹に対して、こっち向けと頭を握って無理やり振り向かせ、話を続ける。

 

「そしてどこの毛むくじゃらじゃ、このワン公は?」

「ワンこうじゃないよ。ポチだよ」

「どっちでもいい!」

「いくない! ポチはポチ!」

 

 たんぽぽに名を呼ばれるたびに天に向かって吠えるポチに対して、目線で『黙れ!』とだけ怒鳴りつけると、保護者として一言言い放つ。

 

「とにかく………元居た所に返してきなさい。ウチは今ペット禁止」

「???………ペットってなに?」

 

 そこからか? 頭を抱える陽太は、しばし考えこむと何とか理解してもらおうと、精一杯言葉を選んで話し続ける。

 

「ペットっていうのは、アー………アレだ。動物とか『飼う』ことだ」

「かうの? ポチは、どこかでうってたの?」

「その『買う』じゃなくて『飼う』な。まあ、元々はどこかで売ってた奴なのかもしれないが………」

「でも、ポチはたんぽぽのトモダチだよ。ねー?」

「ねー?………じゃなくてだな。とりあえずもうそいつは戻してきなさい」

「どうして?」

「だから、そいつは他所様のペットなの!? この学園で野良犬なんているわけないだろうが! それに首輪してるし!」

「ペットじゃないよ。ポチはたんぽぽのトモダチだよ。ねー?」

 

 振出しに戻ってしまうたんぽぽを前に、地面に蹲って『もう好きにしろ』と敗北する陽太であったが、彼のそんな様子など気にすることなく、今度はたんぽぽは目を輝かせながら話しかけてくる。

 

「あっ………パパぁー!」

「大声出さんでも聞こえてるよ。っで、何?」

「シロいこと、クロいこと、シロいことクロいこよりもおおきなこがいたの!」

「????」

 

 手でジェスチャーしながら説明するたんぽぽが言ってる意味が全く分からない陽太が首をひねる中、たんぽぽは口で説明するよりも早いと思ったのか、ポチの背中に跨ると彼に付いてきてと催促する。

 

「こっちっ!」

「お、おいっ?」

「ポチ、さっきのこたちのところ!」

 

 たんぽぽの言葉を聞いたポチが、人語を完全に人語を理解しているように、全力で来た道を逆走しだす。しばし呆気に取られていた陽太であったが、少し遅れて慌てて一人と一匹の後を追いかける。

 

「ちょ、待てっ!」

 

 シャルロットが追いつけなかったポチの走力であったが、(割とコイツも超人)である陽太はすぐさま追いつき、並走しながらたんぽぽに問いかける。

 

「何が居たんだ!?」

「シロとクロとおっきいこ!」

「だから、そりゃなんr」

「さっき、ポチといっしょにみつけたの………ここっ!」

 

 急ブレーキをかけて止まるポチと、慣性の法則でポチから放り出されるたんぽぽと、慌てて空中でたんぽぽをキャッチした陽太が、大きなクスノキの下にたどり着く。

 

「ゴルァッ! 駄犬がぁ! たんぽぽ放り出すとは何事かっ!!」

 

 たんぽぽが怪我をしかねなかったことに激怒する陽太と、なんとなく彼の怒りに圧倒されて申し訳なさそうにするポチをしり目に、たんぽぽは気にする様子もなくスルリと彼の手から飛び降りると、クスノキの下の茂みに上半身を突っ込み、何やら向こう側に呼び掛ける。

 

「あ、こっちだよ~~。おいで~~~」

 

 茂みに上半身を突っ込みながらガサゴソすること1分少々、体のあちこちに葉っぱをつけて姿を現したたんぽぽの両腕に抱えられていた『白と黒』の動物を見て、一瞬だけ立ち眩みに襲われるのであった。

 

「シロいことクロいこ」

 

 ―――白毛と黒毛の『ニャー』と鳴く小動物達―――

 

「お、おまえ…………この短時間で」

 

 大型犬一匹と白と黒の『子猫』を従え、楽しそうにほほ笑む義娘と、絶望的な表情になる陽太。たんぽぽの小さな両腕に抱かれた生後間もなさそうな子猫二匹を見た瞬間、彼ははもうなんと表現すればいいのかわからなくなる。

 拾った義娘には動物に好かれる才能がありました。そう暢気に言えたらいいのかもしれないが、もしかせんでも飼う気なのか?チビ二匹とデカいの一匹。もし飼うとか言い出したら、当然自分が千冬に掛け合わないといけないのだろう。

 

 ―――ほう? このくそ忙しい時にペットを飼いたいと? 貴様、私を困らせることに関してはやはり天才か? それとも、今の100倍の書類仕事を受け持っても一人で出来る。という自信の表れか?―――

 

 想像しただけで膝小僧がガクブルになる壮絶な黒い笑顔が脳裏を掠め、心が折れかける(内面はすでにバキバキ)ヨウタパパは、子猫たちに頬っぺたを舐められているたんぽぽをどうにか説得して、子猫だけでもクーリングオフしようかと考えていたが、その時、たんぽぽが言っていた事柄を思い出す。

 

「たんぽぽ………そういや、大きいのがどうとか言ってたな?」

「そうだよ! おおきいこがいてね、ずっと『おひるね』してるの!」

 

 大きい子、というのはおそらく親猫の事なのだろうが、ずっと『昼寝』しているとはどういうことなのか? 疑問に思った陽太はたんぽぽが突っ込んだ茂みをかき分け………理由をすぐさま悟り、先ほどとは違う真剣な面持ちとなる。

 

「……………」

 

 そして同時に、子猫をどこかにやってしまおう。という簡単な話でなくなってしまったことであり、どうしたものかと、より悩まされることとなるのだが、そこへ息を切らせたシャルロットがようやく追いついてくる。

 

「ゼェー、ゼェー………た、たんぽぽっ!」

「ママッ!」

「ママじゃ………って!?」

 

 たんぽぽの手に抱かれた黒い子猫と、ポチの頭の上に乗っかった白い子猫の存在に気が付き、一瞬眩暈を起こしかけるが、真剣な表情をした陽太がシャルに顔を向けずに話しかけてきた。

 

「シャル、たんぽぽとその犬猫連れて先に帰っててくれ」

「ヨウタッ!? って、どうして君がそこにいるの!? 君は寮で書類仕事でしょうが!」

 

 最もな事を言うシャルロットであったが、普段ならここで土下座が展開される場面においても陽太は表情を変えることなく、茂みの奥に入り込み、何やら両腕でだき抱えて出てくる。

 

「ヨウタ?」

「……………墓ぐらいは作ってやらないとな」

 

 白と黒の斑な模様を持つ親猫が、静かに瞳を閉じて力なく項垂れていた………いや、もう『二度』と瞳が開くことがないことを、陽太が確認した上で、丁寧に抱いて歩きだす。

 

「あっ」

 

 陽太の表情と言葉。そして親猫の姿………それらはシャルロットにも十分に状況を伝えることとなる。すぐさまシャルは無理やり笑顔を作ると、たんぽぽをこの場から引き剥がそうとする。

 

「たんぽぽ、おやつ食べに帰ろう!」

「……………ママ」

 

 そんなシャルの目論見なのだが、たんぽぽは陽太の後姿を目で追いかけながら問いかける。

 

「ヨウタパパ、あのこ、どこにつれていくの?」

「えっ?」

「あのね、あのこね、ずっと『おひるね』してたの。このこたちも、『おきて』ってなんかいもいってたけど、おきなかったの」

「そ、それはね」

「どうして?」

 

 今度こそ、シャルロットは本気で言葉に詰まってしまった。

 

 問いかけられた言葉が、あまりにも純粋だったから。問いかけてきた瞳が、あまりに無垢だったから。穢れの無い魂が、自分の一言で黒く濁ってしまいそうで。

 

 きっとまだ何一つ知らない。この子は………。

 

 怒りも、憎しみも、悲しみすらも………。

 

 そんな子に、自分は親として何を語るべきなのか? それともこのまま誤魔化すべきなのか? その判断が付きかねるシャルロットであったが、まるで助け舟を出すようにポチが鼻先でたんぽぽの肘を突きながら歩きだした。

 

「ポチッ! おうちかえるの?」

 

 問われたポチは、一度だけ吠えるとたんぽぽに歩調を合わせるようにゆっくりと歩きだし、たんぽぽも子猫たちも一緒に歩き出す。

 途中、シャルロットの方に振り返ったポチが、『一緒に帰ろう』と言ってくれているような気がして、彼女は心底安堵し、一度だけため息をつくと素直に老犬に感謝を述べて後を追う。

 

「…………ありがとうね、ポチッ!」

 

 シャルの言葉を聞いたポチは返事をすることなく、前を向くとまるで照れ隠しのように耳をパタパタと揺らせ、寄り道をしようとしている一人と二匹を巧みに誘導して、寮の帰路へとつくのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

「………なるほど」

 

 寮に戻って早々、入り口付近で脱走した馬鹿隊長に激怒し、鬼神に変貌寸前であった千冬と出くわしたシャルロットは、大型犬一匹と子猫二匹の説明を彼女にすることとなる。最も、大型犬に関しては『十蔵先生が連れてきた』とだけ言うと、苦虫をつぶしたような表情で「了解した」と速攻で理解してくれたのだが………。

 一方、親猫の墓を作りに行った陽太の帰りが遅いと、再び怒りが沸き上がっている様子で補助用の杖を握る力が篭り、ギチギチと不気味な音が鳴り響く中、たんぽぽと子猫二匹とポチはというと………。

 

「うわっ! マジでノミだらけじゃない」

「部屋に入れる前に、お風呂タイムは正解だわ」

「シロ、クロ、じっとするのっ!」

 

 寮の玄関先において、大きなタルイの中にぬるま湯を入れ、大急ぎで買ってきてもらった猫用シャンプーを使い、鈴と鷹月の手によって二匹は人生初のお風呂タイムとなっていたのだ。幸い、二匹は風呂を特に嫌がる様子もなく、また、たんぽぽとポチが近くにいることで安心しているのか、二人の手を拒否することなく大人しく洗われていた。

 

「よし、キレイになったわね」

「たんぽぽ、ドライヤー取って」

「あい!」

 

 泥と体中についたノミをキレイに洗い落とされた白毛と黒毛の二匹………たんぽぽによって「シロ」「クロ」と名付けられた子猫は、泡をキレイに流されて濡れた体毛を鈴たちの手によって拭われ、たんぽぽの手によるドライヤーの熱風を食らうこととなる………かなり嫌がったクロが逃げ出そうとするが、ポチによってあえなく御用となっていた。

 

「クロ、じっとしなさい!」

「イヤ、アンタ。猫相手に正面からドライヤーはダメよ。びっくりするから」

 

 鈴のツッコミを受け、後ろ足を引いて警戒するクロに対して『そうなの?』と首をかしげながら訪ねるたんぽぽ。シロが対照的にジッと大人しいことを垣間見ると、クロは活動的かつ好奇心旺盛なタイプらしく、好き嫌いも激しそうである。

 

「シャル、お風呂終わったわよ」

「鈴も鷹月さんもありがとう」

 

 たまたま手が空いていた二人が快く子猫の世話を手伝ってくれたことに感謝するシャルロットが頭を下げると、隣でそれを見ていたたんぽぽも真似て頭を下げて見せる。

 

「ありがとー」

「うん。エライエライ」

 

 シャルに頭を撫でられて顔を綻ばせるたんぽぽであったが、近寄ってきた千冬の笑顔ではない表情を見て可愛らしく綻ばせていた表情が一変してしまう。

 

「……………たんぽぽ」

「???」

 

 千冬が難しそうな顔をしているのか理解できないたんぽぽと、そんなたんぽぽに辛くなるであろう事を言わないといけないためか、千冬は苦虫を潰したかのように表情を歪めるも、何とか言葉を紡いでみせた。

 

「………たんぽぽ、分かり易く言おう。クロもシロもポチも、この寮では一緒にいられない」

「!?」

「ポチに関しては学園ち………用務員の十蔵先生の元へ帰すとして、クロとシロはしかるべき公的機関に預けることになった」

「…………」

「………わかって、もらえたか?」

 

 千冬の言葉を聞いたたんぽぽは一転、俯いてそのまま黙り込んでしまった。下を向いて何も話さなくなった姿を見た千冬の心に痛みが走るが、ここで挫けてしまっては寮を預かる監督官としての模範が崩れてしまう。

 特例中の特例としてたんぽぽがここで住むことは認めたものの、やはりこれ以上は了承できない。千冬はもう一度たんぽぽに問いかける。

 

「たんぽぽ…………わかって、もらえたか?」

「!!」

 

 黙り込みながらも首を横に振る幼子を見て、千冬は普段の教員として生徒を叱り飛ばす姿を見せる訳にもいかず、言葉を選びながら更なる説得を試みた。

 

「この寮は、たくさんの人たちが生活している。一緒に住んでいるんだ。たんぽぽだけの我儘を聞くわけにはいかないんだ」

「!!」

 

 なおも首を横に振るたんぽぽを見て、さすがに耐え切れなくなったのか、シャルロットが割って入ってきた。

 

「織斑先生………もう少しお時間をいただけませんか?」

「デュノア?」

「いきなり全てを納得してもらおうと言っても、やっぱりまだたんぽぽは幼すぎるんです。ですから………」

「お前はわかっているはずだ。寮則で『ペットなどの持ち込みは固く禁ずる』と明言されている。いくら、たんぽぽが本来は入学できるほどの年齢ではないとはいえ、ここで特例だと全てを許していては際限がなくなるし、必ず後になって不満を漏らす者も増えてくる」

 

 そう。

 千冬が危惧しているのは、たんぽぽに関してのみ特例だと全てを認めた場合、そのことに不満を覚えてしまう者が出てこないか?

 不満を漏らした者が、幼いたんぽぽに何か酷いことをしてしまわないか?

 ただでさえ、通常ではあり得ない理由で彼女が生活することを認めているのだ。本来ならば絶対に認められない特例中の特例だというのに、更に特別扱いしてしまっては学園側の示しもつかなくなる。

 ここはIS学園内の寮であり、厳正としたルールがある場所なのだ。

 ゆえに彼女(たんぽぽ)を守るためにも、千冬はおいそれと許可を出すわけにはいかなかった。

 

「ここはお前と陽太にも協力してもらってだな」

「………ハイ」

 

 こればかりは流石に千冬の言い分にも筋が通っており、彼女の気持ちも理解できるシャルは、折れるしかないかと諦めてたんぽぽの方へと振り返り………。

 

 ―――忽然といなくなっていた、一人と三匹―――

 

「織斑先生ッ!」

「何ッ!?」

 

 少し自分たちが目を離したすきに忽然といなくなったたんぽぽ達を慌てて探しだす二人。鈴と鷹月にしても、一緒に頭を悩ませ、少しの間目を離していただけに、同じように驚き慌てだす。

 

「アイツ、ステルス機能でも搭載してるの!?」

「私、寮の中探してきます!」

 

 鈴と鷹月が寮内を慌てて探しに行く中、シャルと千冬は広大な敷地のどこかにいるかもしれないと、寮の外を二手に分かれ、探し出しに走るのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 一方………。

 

「……………」

『ねえねえ? ヨウタパパ?』

 

 待機状態のISから聞こえてくる、心底意地悪そうな相棒の声にうんざりとした陽太は、トボトボと歩いて寮への帰路についていた。

 

『フフフッ………まさか、あの暴れん坊のヤンチャ坊主の陽太が一児のパパになっちゃうなんてね』

「……………」

『しかもシャルロットちゃんで童〇捨てる前にだなんて、意外~! 陽太って無責任にデキ婚しちゃうタイプだと思ってたのに………あ、シャルロットちゃん一筋なのは鉄板ね』

「もうお前、黙れよ」

『しかも、たんぽぽちゃんが傷付かないように先に帰らせて、ちゃんと親猫ちゃんの遺体を丁寧に埋葬してあげるだなんて、もうすっかり愛娘にメロメロなパパさんじゃないの』

 

 幼少時からずっと見守ってきた子が、気が付いたら一児のパパになっていたことに甚く感激したハレンチ巫女姿のIS(少女)は、ハンカチで涙を拭きながら相方の少年の周りで寸劇を繰り返すのであったが、当の陽太は『パパ』と連呼されるたびに浮かない顔になっていく。

 

「そんなんじゃねえ。ただ………なんて言葉を言ってやったらいいのかわからなかっただけだ」

『陽太………?』

 

 終わってしまったということ。

 永遠に続かない。ずっとそばにはいてくれない。いつか必ず誰にもが訪れるであろうこと。

 

 命あるものの死という別れを………。

 

 その事を何も理解できていない幼い娘に対して、自分は言葉を濁して場から遠ざけることしかできなかった。もっと教え、諭し、ちゃんと理解させることができる言葉があったかもしれないというのに。

 

「この辺が、ただの『間に合わせ』の父親役の限界なんだろうな」

『!?』

 

 普段は高慢ちきにも似た自信過剰な部分があるくせに、こういった部分になると途端に自己評価が低くなるのが陽太の悪い癖だと、長年ずっと相棒を続けてきたIS(少女)はよく理解していた。

 

『なっさけない』

「むっ」

『そうやって、いつまでもウジウジするの、たんぽぽちゃんの前で………いや、シャルロットちゃんの前でも、しちゃ駄目だからね』

「誰がウジウジしとるか」

『フランスで一晩シャルロットちゃんと同じベッドの上になった時に、先に寝ちゃったシャルロットちゃんのあられもない寝姿に、二回ほど筋トレしてやり過ごした、ムッツリ陽太君☆」

 

 その可愛らしいドヤ顔を見て、イラッと来た陽太の反撃は早かった。

 

「そこで一晩反省」

『ウソッ! 何っ!? 置いてかないでよ!!』

 

 クヌギの木に縛り付けられた待機状態のブレイズブレードを置いて、陽太はスタスタと歩き出すのであった。

 

「安心しろ。樹液タップリだ。一晩、カブトムシさんとクワガタムシさんとカナブンさんとその他大勢の紳士諸君が、お前を嘗め回してくれる」

『ヤダヤダヤダヤダッ! 絶対ヤダァァッ! コレ解いてぇぇぇぇっ!!』

 

 わざわざ樹液が滴る箇所の上に縛ったのだから、多分本当のことなのだろう。精神モデルが少女であるブレイズにしてみれば、一晩どころか一秒でもいたくない状況で縛られているなどという悪夢である。本気で泣き叫びながら助けを呼ぶが、ジト目で胡散臭そうに自分を見る陽太の眼はそんな彼女の懇願を信じていないものであった。

 

「前にも言ったが、束に似てきたのはいただけんな。ここいらでちょっと、本気で説教くれてやらんと」

『だからってこんなところに縛り付けないでよ! ボクが虫は本気で嫌いなの知ってるだろ!?』

「そういや百足オーガコアと戦ってた時、本気で悲鳴上げてたな」

『全部無視してたくせにッ!!』

 

 腕組して昔のことを懐かしんでいた陽太であったが、その時、ふと遠くの景色を目を細めながら注目し…………やがて顔を青ざめながら脱兎の如く走り出す。

 

『うえっ!? まさか、本気で置いてくの!? ちょっと待ってよぉっ!!』

 

 背後からそんな声が聞こえたような気がしないでもないが、今はそんなことにかまっている場合ではない。全速力で目的の場所まで走る陽太の視線の先には、IS学園の象徴である校章が入った時計塔があり、そしてその一際高い場所をよじ登る、『小さな人影』があるのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 時間は少し遡ることになる………。

 

 幼い子猫二匹とポチを引き連れて寮を飛び出して、瞳に涙をためながらとぼとぼと道を歩くたんぽぽは、ふと立ち止まってその場にしゃがみ込んでしまう。

 

「シロ、クロ」

 

 たんぽぽに名前を呼ばれた二匹は、今にも泣きだしそうになっているたんぽぽを気遣うように、彼女の寮出に抱かれながら頬を摺り寄せてきてくれる。隣を歩くポチもそんなたんぽぽを慰めるように大きな舌で彼女の頬っぺたを舐めてくれる。

 

「ポチ」

 

 彼の優しさが伝わったのか、たんぽぽはポチの身体に顔を伏せて、泣き出しそうなのを必死に我慢する。

 

「シロ、クロ………ペットじゃないもん」

 

 『ペット』という言葉が何を指しているのか、実はまだよくわかっていなかったたんぽぽであったが、それが彼女が思うシロとクロのポジションではないことだけは、なんとなく理解したからこそたんぽぽはあの場から思わず飛び出してしまったのだ。

 

「シロ、クロ………『かぞく』だもん」

 

 ずっとずっと一緒にいる存在が『家族』であるのなら、シロとクロ、そしてポチはすでにそういう存在なのだとたんぽぽは認識していたのだ。

 ゆえに、どうして一緒にいられないのかわからない。

 どうしてそういうことを千冬が言ってしまったのか理解できないがゆえに、たんぽぽは誰を頼ったらいいのかと思い、そして一人の人物に行き着く。

 

「ヨウタパパ」

 

 最初に自分を見つけてくれた人。最初に大好きになった人。本能的に自分を一番に守ってくれる人と認識しているたんぽぽは、陽太をずっと探していたのだ。

 しかし、当然彼の行き先を聞いていない上に、普段は一人で出歩くことはさせてもらっていないたんぽぽはすぐさま道に迷い、帰ることすらもできなくなっていたのだ。

 

「パパ………ママッ」

 

 どんなに我慢しても、瞳にたまった涙は消えることはなく、ますます大きくなって既に決壊は寸前なところまで迫った時、突然彼女の頬を強い風が撫で上げた。

 

「!?」

 

 突風に驚いて目を閉じてしまうたんぽぽであったが、びっくりしたのは彼女だけではなく、腕の中の子猫二匹も同様であり、特にクロはたんぽぽの驚きが過剰に伝わってしまったのか、腕の中から飛び出してその場から走り出してしまう。

 

「あっ………クロッ!」

 

 自分の腕から飛び出した子猫の後を追いかけるたんぽぽは、やがてクロがIS学園の象徴ともいうべき時計塔へとたどり着き、自分を追いかけてくるたんぽぽから逃れるように小さな体を巧みに使って上へとひょこひょこよじ登っていくのであった。

 

「……………」

 

 小さな小さな身体で巧みに上へ上へと昇っていくクロの姿を見て呆然としていたたんぽぽであったが、やがて何かに気が付いたかのように、彼女は突然笑顔になると、クロの後を追いかけるように、備え付けの軒樋をよじ登っていく。

 

『『!?』』

 

 それを見てびっくりしたのは、当然この場に残っていたポチとシロであった。しかも初動が遅れてしまい、たんぽぽが昇っていくことを阻止できなかったポチは、彼女が二階ほどの高さまでよじ登った時に慌てて吠え立てる。

 

「!?」

 

 ポチの必至な叫びのような鳴き声に反応し、たんぽぽがそちらのほうを振り返るのだが………。

 

「おうえん、ありがとう!」

『!?』

「ちょっとまっててね!」

 

 『それは違う!』と必死に主を制止しようと鳴き続けるが、肝心な主が自分の鳴き声を応援の声か何かだと思い込んでいるようである………実はあまり意思の疎通が取れていなかったことに内心ポチもショックであった。

 

「うんしょ、うんしょ」

 

 五歳程度の年齢であれば、身体の軽さから比較的容易に登れてしまうのかもしれないが、それを引いても初めてとは思えないペースで、雨樋から建物の屋根の隙間、小さな段差などを利用しスイスイよじ登っていくたんぽぽと、悲しいかな、猫の習性であるが故に追いかけられれば逃げ続けてしまうクロの、一人と一匹はやがて頂上へと辿り着く。

 

 ―――降り注ぐ陽光―――

 

「わあぁぁっ!!」

 

―――風が吹き抜け、木の葉が空を舞っていく―――

 

 突然開けた視界、何か遮る物がない、全方位が蒼空に広がる場所へと辿り着き、たんぽぽは瞳を輝かせながら、逃げ場をとうとう失い戦々恐々としているクロに元気よく話しかけた。

 

「ありがとうクロ! たかいところにきたら、いっぱいみえるんだよね!?」

 

 なんてこともない。追いかけたつもりも、捕まえに来たつもりもたんぽぽにはなく、ただクロが自分をこの場に導いてくれたという認識があっただけであった。そのあまりに毒気のない笑顔に、クロも何か思うところがあったのか、すっかりと大人しくなり、ちょこんとその場に座り込んだたんぽぽの膝の上に移動し、彼女と一緒に空を見上げる。

 

「おそらって、ひろいね。クロ!」

 

 自分の養父(パパ)が、かつて恋焦がれ手を伸ばし続けた、何物にも縛られることもない、何も否定することもない、自由な広がりをみせる空に手を伸ばしながら、たんぽぽはある想いを馳せる。

 

「たんぽぽね、この『あいえすがくえん』から、おそとにでたことないの」

「クロはおそとからきたんだよね。おそとって、どんなばしょなの?」

「ヨウタパパとシャルロットママが、そのうちつれてってくれるってやくそくしてくれたの」

 

 この学園以外の世界を知らないたんぽぽにとって、外の世界とはまさに未知な冒険が待ち構えている場所のように思っていて、自分が知らない場所に焦がれながら、その『いつか』を空想する。

 

「たんぽぽね、まずはでんしゃにのりたい! あと、ひこうき!! えほんにのってた!」

「いろんなばしょにいきたい! ラーメンやさんと、どうぶつえん!」

「あと、おしごとしてみたい! ゆうびんやさん! きのう、おじいちゃんせんせいにてがみもってきてた!」

「ゆうびんやさんはね、せかいじゅうどこでもてがみをもっていくんだよ。すごいでしょ!?」

「たんぽぽも、せかいじゅうどこでもいってみたい! パパと、ママと、箒お姉ちゃんと、一夏お兄ちゃんと、セシリアお姉ちゃんと、鈴お姉ちゃんと、ラウラお姉ちゃんと、のほほんちゃんと、ほかのお姉ちゃんたちもいっしょに!」

 

 笑顔でクロにそう話しかけるたんぽぽの、なんと輝いたような笑顔なのか。

 

「そのときは、ポチもシロもクロも、ずっといっしょだよ?」

 

 クロにそう言いながら花を咲かせるたんぽぽであったが、ここにきてようやく当初の目的を思い出すのであった。

 

「あっ! パパみつけなきゃ!?」

 

 そうやって思い出し、たんぽぽはそのまま顔をひょこりと建物から下を覗き込むように突き出す。現在地上数十メートルという高さにいるにも関わらず、一切怯えたような仕草を見せないのは度胸の塊なのか、それとも無知ゆえの無謀なのか………。

 だが、そんなたんぽぽを地上から一際大きな声で呼びかける声が聞こえてくる。

 

 

「たんぽぽぉぉっ!!」

「あっ」

 

 血相を変えて走ってきたのはお目当ての陽太であった。そのことに気が付いたたんぽぽは、彼に対して除きこながら手を振って返事をする。

 

「パパァァァッ!」

「動くなッ! 手を振るなッ!! 何かにしがみ付いてそれ以上一ミリも動くなぁっ!!」

 

 物凄く蒼褪めながら怒鳴ってくる陽太を見て、たんぽぽは首を傾げながら隣のクロに問いかける。

 

「パパ、どうしたのかな?」

 

 『さあ?』と言いたげに同じく首を傾げるクロと不思議がるたんぽぽ。現状の把握ができていないようだが、無論陽太にしてみれば何を思って危険極まる場所に一人でよじ登っているのかと怒鳴りたくもなるものである。

 

「なんでそんなところにいんだ!?」

「クロがね、このばしょならたかいからパパみつけられるって、おしえてくれたの!」

「ク、クロ?」

 

 ※この時点で、陽太は子猫を飼うとかそういう話を全く存じてません。

 

「このこ~!」

「ヒィッ」

 

 ―――立ち上がり、クロを両手に持った状態で下の陽太に子猫を見せつけるたんぽぽ―――

 

「もういいっ! もういいから、頼むからお願いだからジッとしてろ!!」

 

 口から小さく悲鳴が漏れた陽太は、半泣きになりそうに懇願すると、同じく地上で困惑気味のポチに向かって怒鳴りつける。

 

「お前、飼い犬だろうが!? 何の番してやがった!!」

『!?』

 

 陽太の言葉を理解したのか、シュンとなって『だって………一度上りだしたら止められなくて』と項垂れるポチと、彼を慰めるように前足でポチを撫でるシロを無視し、陽太は高速で頭脳を走らせて救出プランを組み立てる。

 

「(たんぽぽだけならIS展開して助けに行けばいいが、子猫がIS見たら逃げ出すだろうし………絶対にたんぽぽも暴れてかえって危険か)」

 

 さすがにあんな狭いスペースで暴れて、もしもがあっては悔やみきれない。

 仕方なく生身であそこまで行くしかないと、意を決して建物に手をかけたとき、背後からシャル達が慌てて駆け寄ってきた。

 

「ヨウタッ!?」

「シャル………とりあえず、あのバカを今から連れてくる」

 

 顔を真っ青にしたシャルと、そのシャルに続いて姿を現す女生徒達。どうやら皆もたんぽぽが時計塔の頂上にいることに気が付き、慌てて駆け寄ってきたのだ。

 

「なんでたんぽぽちゃんがあんなところに!?」

「俺だって今来たばっかりで………大方、子猫追いかけて登って行ったんだろう」

「陽太ッ!?」

 

 そこに更に千冬や一夏、箒やラウラや鈴やセシリア達も駆け寄ってきて、いよいよ場が騒然とし始める。そんな中、渦中の少女はそんなことを全く気が付かずに、地上の人々に大声で話しかけてきた。

 

「ママァァァァッ! みんな~~ッ!」

『ヒィッ』

 

 立ち上がって両手を振るたんぽぽを見て、全員が小さく悲鳴を上げる。シャルにしてみれば顔が真っ青になって今にも泣きだす寸前であった。

 

「動かないで、たんぽぽッ! お願いだからッ!!」

「………あいっ」

 

 なんでシャルロットまで動くなと言い出してくるのか、理由はわからないたんぽぽとクロと首を傾げあうが、とりあえず大人しく従い、二人でその場に座り込む………両足を出してプラプラと動かしながら。

 

「俺がとりあえず行くから、IS出して近づいたりするなよ!! 子猫暴れだしたら、たんぽぽが何するかわからん!」

 

 全員の脳裏に『ISを見てびっくりして飛び出した子猫を追いかけて飛び出すたんぽぽ』の姿があまりにはっきりと浮かび上がり、だれもが陽太の言葉に静かに頷くのであった。

 とりあえず全員に言い聞かせると、建物に足をかけると三角飛びの要領で勢い良く飛び上がっていく。一度の跳躍で数メートル近くを飛びながら高速で飛び上がり続ける姿を見た女生徒達数名から、『火鳥君って、忍者?』『軽く人間じゃない』という声も上がるが、対オーガコア部隊のメンツにしてみればいつもの光景である。

 そして数十秒で、屋上近くまで飛び上がると、建物の出っ張りに手をかけて一気に登り切り、笑顔で自分を迎える義娘を、青筋一杯の顔で睨みつける。

 

「お・ま・え・はっ」

「パパ、スゴイッ!」

 

 自分よりも遥かに早く駆け上がってきた陽太に感動し、拍手するたんぽぽの姿に、怒鳴りつけたい気持ちで頭の中がグルグルしているのを無理やり抑えた声で、陽太は彼女に自分のほうへと来るように指示を出すのであった。

 

「………子猫を落とさないようにしっかり抱いてろ。あと暴れんな。絶対にだかんな」

「あいっ!」

「いい返事しやがって………地上に降りたら、心を鬼にしてフルパワーで説教しちゃる」

 

 とりあえずたんぽぽを抱きかかえると、今度は慎重に下へと降りる作業を始める。なんせ腕に抱えているのは幼女と子猫だ。自分だけなら無理のしようもあるし、この程度の高さなら適当に壁を蹴って減速して地面に着地するのだが、あいにくそんな芸当も出来ない。ここはゆっくりと地上に降りていくしかないと思った陽太は、皆が心配そうに見つめる中、ロッククライミングの要領で壁の出っ張りや凸凹に手足をかけながら降り続ける。

 

「ったく………なんでこんな場所に上ったんだ?」

「クロがね。たかいばしょおしえてくれたの! パパがみつかるかもしれないって!」

 

 『いや、あっしは追いかけられただけですぜ』というとぼけた表情のクロと陽太の瞳があい、大体の事情を察するのであった。

 

「いいかたんぽぽ? 猫は追いかけたら逃げる生き物なんだ。だから無理に追いかけるな」

「どうして?」

「そういう生き物なんだよ! わかったかっ!」

「???」

 

 詳しく説明してる場合ではないと怒鳴る陽太と、よくわかってないたんぽぽが不思議そうに首をかしげるのであった。

 

 一方、そんな陽太達をハラハラと心配そうに見つめる地上組の皆は、それぞれ声を出して呼びかける。

 

「陽太ッ! ゆっくりだ! ゆっくり降りろっ!」

「無茶をするな! たんぽぽも一緒なんだぞ!」

「陽太さんだけなら大丈夫ですが、たんぽぽさんもご一緒なのですよ! ですからいつもみたいに、数十メートルから落下なんてしないでください!」

「ぶっちゃけ、ゴキブリ並みにしぶといアンタはどうでもいいけど、たんぽぽにケガさせたら容赦しないんだから!」

「殺しても死なないゴキブリ並みの生命力の自分と同列に考えるな! 生身の幼子だ! 丁重に扱え!」

 

『鈴とラウラは後でシメるから覚悟しとけッ!』

 

 若干心無い一部の声援を聞いてキレ気味に反論する陽太が怒鳴り返す中、もう言葉も出ないシャルロットは指をあわあわと動かし、今にも卒倒しかねない程に狼狽して事態の収束を祈っていたのだが、その時、事態は思わぬ方向に進む。

 

 ―――突風が二人と一匹の側面を強く打ち付けた―――

 

 風の強い日であったのが仇となり、二人と一匹を煽るように西風が吹きすさぶ中、それでも強く左手で壁を掴み、右腕の中のたんぽぽを離さないようにした陽太はその横風を難なくやり過ごす。しかし、たんぽぽの腕の中のクロは違った。

 突然の横風に驚き、幼い子猫はパニックになり、そして……………幼女の腕から飛び出してしまうのであった。

 

 

 ―――地上数十メートルの空中を舞う黒き子猫―――

 

「あっ」

 

 それを見ていた女生徒達の時間が止まる。

 

「クロッ!」

 

 ―――その後を追うように飛び出し、地上数十―メートルの宙を舞う幼女―――

 

「あっ」

 

 シャルの意識が完全にその時点で停止してしまう。

 

「チッ!」

 

 ―――いち早く反応した陽太は、雨樋を掴みながら手を伸ばし、たんぽぽを掴もうとする―――

 

『!!』

 

 対オーガコア部隊のメンツの目前で、陽太はなんとかたんぽぽ掴み、そしてたんぽぽもクロを掴むことに成功し、全員がほんの一瞬だけ安堵のため息を漏らす。

 

『ホッ』

 

 ―――何か金属が剥がれるような音が響き渡る―――

 

『えっ?』

 

 たんぽぽを除く全員から同じ言葉が漏れる中、雨樋を止めていた金具が外れ、陽太とたんぽぽとクロがゆっくりと傾きながら地上へと落下し始める。

 

「ウソォォォォッ!!」

「陽太ぁっ!」

 

 一夏の叫び声が聞こえる中、もはや手段を選んでられないと決断した陽太は、己の相棒に呼びかけISを展開しようとした。

 

「ブレイズッ!」

 

 ――― し か し な に も お こ ら な い !! ―――

 

「なんでぇ!?」

 

 呼びかければゼロコンマ1秒以下でISを展開できるように訓練を積んでいる陽太は、あり得ないと自分んの胸にある相棒を掴もうとし………………理由を察するのであった。

 

「俺のバカあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

『ヨウタのアホォォォォォォォッ!!』

 

 木に縛り付けられた相棒が叫び、そんな風にしてしまった自分自身を罵倒しつつ、落下する数秒の間に、陽太は頭脳を超高速で回転させた。

 

「(このままでは二人と一匹は叩き付けられる。俺はたぶん打撲か捻挫で済むけど、たんぽぽは助からん! 俺が下敷きになってもそれは同じ! 落下の瞬間に地面殴って反動消しても、たんぽぽの大怪我は免れん!)」

 

 0.1秒で考え抜き、陽太はたんぽぽを抱き寄せ、しっかりと抱き締めながら『彼』の名を呼ぶのであった。

 

 

「一夏ぁぁぁぁぁっ!!」

「!?」

 

 

 ほとんど反射的に、陽太に名を呼ばれた一夏はISを展開し、落下直前の二人に飛び寄る。

 

『!!』

 

 ―――二人と一匹が地面に落下し、土煙が巻き上がる―――

 

 全員が息を飲み、最悪の事態を考えて蒼ざめる中、土煙は晴れ、その姿がゆっくりと浮かびあってきた。

 

 ―――幼女と子猫を抱き締めた陽太を、両腕で抱きかかえながら滑り込むように地面にめり込む白式を展開している一夏の姿―――

 

 間一髪、なんとか二人と一匹を助けることに成功した一夏は、あまりに助けることに集中したために自分の体勢にまで気が回らなかったのか地面にめり込んでしまったが、二人が無事なのを確認し、笑顔でISを解除する。それと同時に腕をほどいてたんぽぽが無事なのか確認しようとした陽太は、不安そうに自分の腕の中の娘を覗き込んだ。

 

「………ぷはっ!」

 

 力強く抱きしめられていたために息苦しかったのか、大きく深呼吸して一度だけ瞬きをするたんぽぽは、クロと瞳を合わせると、笑顔で楽しそうに語りかけるのであった。

 

「いまのすごいっ! たんぽぽ、そらとんだよ、クロ!」

 

 『ニャァ~~』と子猫すらもどう答えたらいいのかわからない、と言ったような返事の中、一人だけ呑気に楽しそうにするたんぽぽの姿を見て、陽太はもう声を出すこともなく地面に大の字に寝転がってしまう。

 

「…………デュノア?」

 

 とりあえずその無事な姿を確認した女生徒と部隊の皆が駆け寄っていく中、なぜか一人だけ地面を見つめた状態で硬直していたシャルを不審に思い、千冬が声をかけるが返事が返ってこない。心配し、肩を掴んで揺さぶってみる。

 

 ―――硬直した状態で、ゆっくりと後ろに倒れこむシャルロット―――

 

「デュノアっ!? おい、デュノアッ!!」

 

 立ったまま気を失ったシュルロットに気が付き、ラウラと鈴がすぐさま引き返してくるのであった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「ちょっと寿命縮んだ」

「ごめん。俺も寿命縮んだ」

 

 地面に寝転がってそうしみじみ呟き合う少年二人と、目元に濡れタオルを載せられ日陰に移動させられたシャルが悪夢を見ながらうなされる中、さすがにここまで大きな騒ぎになってしまってはなし崩しで許せないと思い、険しい表情の千冬は、クロの頭をなでながら俯くたんぽぽに強い口調で問い詰める。

 

「自分が何をしたのかわかっているのか、たんぽぽ?」

「……………」

 

 流石に『叱られている』ということは理解できているのか、申し訳なさそうにしている姿に、千冬としても良心が痛むのだが、ここはしっかりと言い聞かせる場面と思い、強い口調で言い放つ。

 

「これだけ大きな騒ぎにしたのだ。皆に迷惑もかけた。お前の我儘でだ」

「……………」

「わかったのなら、早くその子猫をこちらに渡しなさい。時期が来ればまた合わせることは約束しよう」

「!?」

 

 自分が迷惑をかけてしまったことは申し訳ないと思ったようだが、しかしクロとシロに関しては引く気はないのか、クロの頭をなでたままたんぽぽはその場から動こうとは決してしない。

 

「たんぽぽっ」

「…………!!」

 

 そして目尻に涙を溜めたまま顔を上げると、彼女は精一杯の声で己の気持ちを千冬にぶつけるのであった。

 

「クロもシロもポチも、たんぽぽの『かぞく』!!」

「!?」

「『かぞく』は、いつもいっしょ!」

 

 泣きそうな顔のまま、クロだけではなくシロやポチのことも思い、彼女なりに守ろうとしている姿に、今度は千冬が動揺する番であった。

 

「い、いや………だが、そいつらは」

「かぞくは、いっしょ!」

 

 取り付くしまもなく、小さな身体とまだ善悪すらもはっきりと判らない幼い心で、それでも必死になって『家族』を遠くへと行かせないようにしている姿をみて、千冬は決断を迫られる。

 

 つまりは、『無理やり引き剥がす』か『説得を根気よく続ける』かである。

 

「………………」

 

 織斑千冬、25歳で独身、未婚。

 かつては幼い一夏を育てた実績があるものの、こういう我儘を一夏は言ったことはなく、妙に気を使っていた所があったのかと後悔の念が沸き上がるが、今はそれは置いておく。

 

 涙目でこちらを見つめるたんぽぽ。気が付けば微妙に犬猫も慈悲を求めるかのように、哀願する潤んだ瞳で見つめてきている。

 

「………………」

 

 全身からこれまであまり感じたことのないような冷や汗が噴き出てくる。

 

「(クッ!)」

 

 状況は極めて深刻、このままでは押し切られて仕舞いかねないほどに劣勢に立たされた織斑千冬は、即時に決断した。

 

 

「………続きの説明は、お前の保護者である陽太にしてもらおう」

「ちょっと待てやぁっ!?」

 

 話をぶん投げてきた千冬に対して、『そんなん納得できるか!』と怒り心頭で立ち上がった陽太はそのまま詰め寄り、今も冷や汗が引かずに困惑している千冬に小声で抗議するのであった。

 

「(アンタが言い出したんだから、アンタが最後までしろよ!)」

「(私はやはりこのぐらいの幼子は苦手だ)」

「(こんなところで苦手属性ほざいたって、好感度上がるか!)」

「(お前は保護者だろうが。家庭問題ならば家庭で先に決着をつけろ)」

「(寮監はアンタだろうがぁっ!?)」

 

 ―――ザ・擦り付け合い―――

 

 師弟による醜い争いが目前で展開するが、そのやり取りの意味が理解できないたんぽぽは、目の前にいる陽太の服の裾を掴み、助けを求める。

 

「ヨウタパパァ」

「うっ」

 

 潤む瞳、今にも泣きだしそうな表情、精一杯の力で握られている裾から伝わる気持ち。犬猫の懇願する仕草。周囲から無言で伝わってくるプレッシャー………。

 こういう状況に極めて不慣れで、もう泣きだしてしまいそうな陽太であったが、そんな彼を横から現れた影が悪質タックル第二弾でぶっ飛ばす。

 

「グフッ!」

 

 今日は一日こんなんばっかりだよ。と口に出す暇もなく地面に倒れこんだ彼を無視し、横から現れた影………もう一人のたんぽぽの保護者であるシャルロットが、たんぽぽの身体を忙しなく調べだす。

 

「たんぽぽぉっ! どこか怪我無い? 痛いところは!? 気分悪くない?」

「…………シャルロットママ」

「本当に良かったぁ………ママ、心臓が止まりそうになってぇ…」

 

 陽太と違い、本当に泣いてしまっているシャルを見て、彼女はようやく自分が何を言うべきなのか悟り、泣き出しながらもしっかりと口にする。

 

「ママぁ………ヒグッ……しんぱい……かけて………ごめんなざいっ」

「!?」

 

 もうそれだけで良かった。

 シャルは彼女を抱きしめると、彼女のおでこにキスをしながら、愛情を込めた言葉を紡ぎ続ける。

 

「もういいよ。たんぽぽが無事でいてくれるなら………ママは大丈夫だから」

 

 お互いに涙を流しながら抱きしめあう母娘の姿に、周囲の人々は自然と涙が誘われてしまう………若干二名を除いて。

 

「(ナイタリシナイ。ボクハ強イ子ダモン)」

 

 踏んだり蹴ったりな目にしか合っていない陽太と、問題が全然解決していないことを思い出して呆然となる千冬。

 二人がこの場の空気に馴染めていない中、騒ぎを聞きつけ、『表』用務員『裏』学園長の十蔵が駆け寄ってくる。

 

「たんぽぽ君ッ!」

 

 彼らしからぬ血相を変えた表情で、無事そうなたんぽぽを確認し、安堵のため息が漏れた。

 

「どうやらご無事のようで………ハァ~~。この歳になると少しの運動で息が切れてしまい、申し訳ない。君がそんなに思い詰めてしまうだなんて」

 

 自分が連れてきた飼い犬と、その飼い犬が見つけた捨て猫のせいで、たんぽぽが大怪我をしてしまっては彼の立つ瀬もない。そう思ったのか、十蔵はたんぽぽに対して笑顔で告げるのであった。

 

「大丈夫ですよ。私から学園長にお願いしてみましょう。ちゃんと子猫の世話をしてくださいね」

「!?」

「がっ…………轡木先生ぃっ!?」

 

 学園長と言えない千冬が抗議の声を上げるが、片手でそれを制すると、たんぽぽを抱き上げながら彼は温和な声で話し続ける。

 

「生徒を信じましょう……大丈夫です。きっと他の生徒さんたちも信じてくれるでしょう」

 

 好々爺という言葉がぴったりと当て嵌まりそうな温和そうな声で話す『表』用務員『裏』学園長は、なおも抗議の声を上げかける千冬に対して、首をかしげて言い放つ。

 

「規律を重んじるのも結構。ですが時に臨機応変に対応しないと」

 

 この間の太平洋艦隊の件を棚に上げた発言をしやがって、と無言の怒りに震える千冬が、ぎこちない笑顔を浮かべてたんぽぽに対し、猫を寮で飼う許可がたった今降りたことを告げるのであった。

 

「たんぽぽ………猫を飼っても良いとのことだ」

 

 自分が今の今まで悩んでいたことをあっさりと職権を利用して解決した年長者に、怒りで震えるのを我慢していた千冬であるが、その時、十蔵の腕の中で言葉の意味を遅れて理解したたんぽぽが、満面の笑みを浮かべる。

 

「ぁぁぁっ!」

 

 文字通り花が咲き誇ったかのような笑みを浮かべ、たんぽぽは十蔵の腕から千冬に飛び移るのであった。

 

「なっ!」

「ありがとう! 『ちーせんせい』っ!」

「ち、ちー先生!?」

 

 突然の呼び方に戸惑う千冬の腕の中で、『バンザーイ』と何度も行ったたんぽぽは、そのまま彼女の腕から飛び降りると、クロとシロの元に駆け寄り、二匹を抱きしまながらポチの周囲を走り回って喜びを表現する。

 

「ワーイッ! ポチもクロもシロも、きょうからいっしょだよぉー! いっしょなんだよー!?」

 

 全身で喜びを表現するたんぽぽを見つめ、まるで初孫を果てしなく甘やかすバカジジィの如きデレデレに顔が崩れている十蔵を、『なんだかなぁ~』といった感じで見つめる陽太と千冬。

 喜んでいるたんぽぽの姿を嬉しそうに見つめるシャルや、何とか幼女を泣かさないで済むような流れになったことに安堵のため息を漏らす一夏達………。

 

 いつまでも途絶えることない幼女の喜びの声が、蒼空の中に響き続けるのであった………。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「アレッ?」

 

 夜が更ける星空の時、自分のベッドですっかりと寝落ちるたんぽぽと子猫二匹。そしてベッドの下で待機する大型犬を見つめていた陽太が、何か忘れているような気がして首をかしげる。

 

「どうした、陽太?」

「ん? イヤ……………」

 

 一緒になって夏休みの課題に取り組んでいた一夏が声をかけるが、陽太は首を傾げたままも悩み続ける。

 

「何かを忘れているような………」

「それより、早く今日の分の宿題片付けようぜ」

 

 なおをも悩んでしまう陽太に対して、今はそんな場合じゃないと叱る一夏。彼の言葉を聞いた陽太も、とりあえず『また明日に思い出すか』と思考を放り投げ、勉強に集中するのであった。

 

 

 

 

 

 

『いやぁぁぁぁぁっ! ほんとにムカデ寄ってきたぁぁ!! 来ないで来ないで来ないでぇぇぇぇぇっ!!』

 

 

 

 翌日、ようやく思い出して慌てて回収しに行った陽太が見たものは、虫だらけになった待機状態のブレイズの姿であり……………3日ほど会話はおろか、装甲の展開すらも許さず、最後には他のIS達が総出で説得しに行く事態になったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 




たんぽぽさんから見え隠れする、大器(良い意味でも悪い意味でも人を引き付ける)の器が見え隠れする回

そしてそんなたんぽぽさんに続いて新しいメンバーが加入


・頼れる老犬、元シュナイダーこと『ポチ』

・行動派で兄猫「クロ」

・割とおとなしめな妹猫「シロ」


この三匹の加入で、ますますにぎやかなになっていくIS学園です。






そして重大告知


近日公開予定

太陽の翼『正式』外伝小説始動!

作者はフゥ太ではなく、制作の際にお世話になっているハーメルンの同じ作者さんである『一徒さん』が手掛けております


詳しい更新内容と外伝一話は次回の更新に同時に掲載予定


こうご期待ください


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

デュノアさん家の家庭訪問~前編~

多分に漏れず、話が長くなってしまったので前後編に分割!


 

 

 

 

 

 ―――フランス・パリ―――

 

 

「社長ッ!」

「おめでとうございます!」

「これで、我が社は名実共にフランス………いや、ヨーロッパで最大規模の企業にッ!」

 

 興奮した役員達が鼻息荒くいきり立つ、フランス・パリに本社を置くデュノア社の会議室において、国際IS委員会からもたらされた朗報に、誰もが喜びの声を上げていたのだ。

 

 『御社が開発された「ラファール・ヴィエルジェ」が、「欧州統合防衛計画(イングニッション・プラン)」の正式主力機に選定(セレクト)されました』

 

 世界中でオーガコアの脅威が噂される中、被害地域が拡散されている欧州を防衛するために各国や企業が力を上げて開発・実用化を急いでいた第三世代ISを用いた、欧州全土を守護する『欧州統合防衛計画(イングニッション・プラン)』。

 その中核を成す戦力である正式量産機に、デュノア社が開発し、今シャルがIS学園で運用している『ラファール・ヴィエルジェ』が採用されることとなったのだ。

 全IS中最も『拡張領域(バススロット)』の容量が大きく、機体の基本性能の高さ、今も第二世代で現役で稼働する『ラファール・リヴァイブ』の後継機に相応しい取り扱いやすさ、換装装備(パッケージ)の数が豊富で、あらゆる任務に対応できる柔軟性を考慮されての採用である。

 しかも、これから機能特化専用(オートクチュール)パッケージの更なる開発が見込まれており、BT兵装を主力に置く『ブルーティアーズ』シリーズを開発したイギリスと、AICなどの特殊兵装を多く使うISを保有するドイツとの共同開発も約束されており、すでに技術者同士の派遣と受け入れ、交流が始まっているのだ。

 

 半年前には開発打ち切りによる倒産すらも噂されていたデュノア社の奇跡的な逆転劇に、誰もが色めき立ってドンチャン騒ぎになる中、その立役者である社長、『ヴィンセント・デュノア』は、会議室の中心に座り込みながら、瞳を閉じて深く、テーブルに肘をつきながら何かを考えこむポーズを取って黙り込んでいた。

 

『あっ』

 

 その様子に浮かれていた社員や役員達も気が付き、社長は誰もが浮かれる中で冷静さを欠くことなく、次を見据えているのだと思い、自分たちの上に立つ人物の器に畏敬の念を禁じえなかった。

 

「!!」

 

 やがて何かを決心し、社長は自ら立ち上がり、隣にいた秘書の女性に今後のスケジュールを問う。

 

「私の明日からの予定を変更する」

「ハ、ハイ?」

「明日から、ラファールのtアップデートと新型のヴィエルジェを導入するための協議のためにIS学園に行く技術者達と同行して、私も日本へ行く」

 

『えっ?』

 

 何をまた言い出してんだこの人? と、会議室の全員の目が点になっているのを良いことに、ヴィンセントはさっさと定時に退社するための準備に取り掛かる。

 

「これから忙しくなるからな。しかし大義名分は得た………これで堂々と私は日本へと赴ける」

 

 そう、日本のIS学園に赴き、今度こそ自分は愛おしい実娘をフランス本国へと連れ戻すのだ。

 

 思えば数か月………。

 妻とシャルとは週に数度のやり取りをしておきながら、自分は一度たりとも声を聴いてすらいない。それを妻に問い詰めても、『いつもの問答になってシャルを困らせるだけでしょう? 我慢してください』と突っぱねられ、自分の中の寂しさが広がっていく一方である。

 しかも、明日からのIS学園の出張には、現在デュノア社の臨時で副社長を務めている妻が向かう予定になっており、自分は社長なのにそのことについてつい2日前まで知らされていなかったのだ。なぜだ? 私がこの会社の社長のはずなのに………。

 数か月前の役員会議で私以外の役員の賛成を得て、臨時で副社長になった妻のベロニカには確かに感謝している。彼女がそのポストについてくれたおかげで、ずいぶんと会社の仕事も捗った。『欧州統合防衛計画(イングニッション・プラン)』の件についても、自分がEU諸外国へと根回しを行う一方で、地元フランス政府との協議は主にベロニカが担当してくれており、親戚筋に議員や官僚を多く持つ彼女の尽力がなければ足元から崩されていたかもしれない。大学時代は経営学を専攻していたが、結婚してからは表舞台に上がる素振りすら見せておらず、これほどの手腕があるとは夫である自分も驚いている。きっと今までエルーとシャルのことがあって色々と気持ちが落ち込んでいて、シャルが改めて受け入れてくれたおかげか、気持ちが吹っ切れ、今では活き活きと家事に仕事にと日々を楽しんでいるようで、私も嬉しくはある。

 

 だがしかし、だがしかしだ!

 

「(なぜ、シャルと『あの小僧』に関してだけは、ガンとして私を除け者にして話を進めたがるのだ!)」

 

 大人げないことしか言わないからよ。と、本音で言わない妻の気遣いを理解しないヴィンセントは、力強く拳を握りしめると、日本がある方角を向きながら、高々と言い放つ。

 

「待っていろ、小僧ッ! 貴様の魔の手からシャルを救い出してくれる!!」

 

 『自分の愛娘を付け狙う不埒な小僧』のレッテルを張られる陽太の幻影が、苦笑いで彼を見つめているような気がしないでもないが、とにかく今度こそシャルを連れ戻すことに躍起になっているヴィンセントは、会議室で呆然とする部下達を置き去りにし、今日も元気で定時退社を行うのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 という、やり取りをしたのが、時差を含んで1日前。

 

 日本の茹だるような暑さで、汗が噴き出す午前中にあるにも関わらず気温が35度を超えている空港に到着したデュノア社一向は、旅客機からヴィンセントを先頭に降り立つと、休憩も観光もそっちのけでIS学園へと向かおうとする。

 

「なんという劣悪な暑さだ! こんな場所にシャルは置いておけない。午後の便でシャルと一緒に帰るぞ!」

「やめてくださいアナタ。それと今の発言は日本の方々に大変失礼です。謝罪してください」

 

 湿度の高い日本の熱気に当てられ表情を歪ませてしまった白いスーツ姿のヴィンセントを、白を基調としたスーツを着こなすキャリアウーマン風なベロニカが注意する。

 

「パリに帰りたいのならばご自分だけ午後の便で戻られてください。後、その時のチケット代はご自分で払ってくださいね?」

「何故だ!? お前はシャルが心配ではないのか?」

 

 白いつば広ハットとサングラスを掛け、威厳と実力が伴う経営者の一人という面持ちになったベロニカは、部下たちに指示を出しながら、絡んでくる夫にうんざりとした表情で言い放った。

 

「自分の娘を信じるのは母親として当然なのでは? アナタは何かにつけてシャルを心配しているようですが、あの娘も16です。自分の考えで生きられる年齢ですよ」

「まだ早い! 世間はそんなに生易しいものではないはずだ」

「世間知らずなのは、シャルなのか、それともアナタのほうなのか………」

 

 ため息をつきながら手続きを済ませ空港のゲートを潜ると、あらかじめ停められていた送迎車に沢山の荷物を詰め込んでいく。しばしその様子を眺めていたヴィンセントであったが、やがて妙に私物が多いこと、しかもそれは幼児向けの玩具や洋服、絵本などであること。見ればお菓子なども含まれており、シャルへの手土産にしても妙な感じを覚える。

 

「なぜこれほどの荷物が………しかも幼児向けではないか?」

「ええ、そうですよ」

 

 ベロニカが決して勘違いして購入したわけでもないようだ。しかし、なぜこれほどの数の手土産が必要なのか? しかも、それを見つめているベロニカの視線が、大変楽しそうな物であることも妙に気になってしまう。

 

「あ、それと」

「ん?」

 

 妻が振り返り、花の咲いたような笑みを浮かべて自分にこう告げる。

 

「IS学園であまり騒がないように………特に、これから会う『子』の前で、不躾な真似をするなら」

 

 ―――刃のような鋭い表情が一瞬だけ浮かび上がる―――

 

「アナタといえども容赦しませんよ?」

 

 本気と書いてマジと読む。明らかに妻の目に宿った殺気は断じて夫の自分に向けるものではない。それぐらいの凄みがある瞳で自分を見てくるベロニカに恐怖を感じたヴィンセントは、急に胸に不安を抱えることとなる。

 

「ベロニカ………IS学園で誰と会うと?」

 

 シャルロット以外に自分達には目的の人物はいないはず………正確に言えばもう一人だけいるが、会うことがないのなら別に合わなくてもいい。ってか、もしあって彼の口から『娘さんとお付き合いさせていただいております』とか言われたら、理性が持つはずもない。

 

「そうですね………ヒントを上げるのなら、『貴方の予想外』の人ですね」

「何!? それはどういうことなのだ!? 一体、君と私は誰と会うというのだ!?」

 

 火鳥陽太ではないのか? それとも学園長である轡木十蔵氏か? もしくはIS界の第一人者である織斑千冬なのか?

 しかし、それらの人物は知り合い、というわけではないが予想外な人物でもない。

 

「誰だ!? 一体誰なのだ?」

 

 気になったら止まらないヴィンセントを無視し、さっさと車に乗り込むベロニカの後を追うように慌てて彼女の隣の席に乗り込むヴィンセントであった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 一方、来客する側のIS学園ではというと………。

 

「山田先生、来賓用の宿泊施設のほうはどうなっていますか?」

「今朝がた改めてクリーニングに入っていただいて清掃のほうはしていただきました」

 

 デュノア夫妻とデュノア社の技術スタッフを迎え入れる側であるIS学園教員陣も忙しなく準備を行っていた。

 元来、国立機関であると同時に世界中から多数の来賓が訪れるこのIS学園には、国賓級の招待客にも対応するためのマニュアルが用意してあるのだが、今回は少々事情が異なっている。

 本来デュノア社代表取締役ともなれば宿泊先は都内の高級ホテルを指定するものなのだが、今回はIS学園の来賓用の宿泊施設でよいと向こう側が申し出てきたのだ。一応、一流ホテル並みの設備は整えているものの、それでも国内の最高級には及ばないため、本当にいいのかと何度も問いかけたのだが、『無理を言っているのはこちらなのだから、その程度は我慢の内にも入らない』と言い返されては二の句も告げない。

 

「副社長のお言葉を聞く限り、デュノア君とも積もる話というものがあるのでしょう」

「まあご家族もいらっしゃいますから、無理に別の場所に行ってもらうわけにも………」

 

 スーツ姿の十蔵と真耶が学園長室で話し合う中、数回のノックとともに扉を開き、千冬が入室してくる。

 

「失礼します、学園長」

「ご到着されましたか?」

「ハイ…………しかし、本当にデュノアに知らせなくても良いのでしょうか?」

 

 今回の訪日のことを秘密にされているシャルのことを心配する千冬であったが、十蔵としてもサプライズが目的なのもある、というベロニカの意図を理解している彼はおどけた表情でこう答える。

 

「大丈夫です。私のほうからあらかじめ『あの子』のことは伝えておきましたし………それに」

「「それに?」」

「『あの子』をデュノア君と一緒に育ててるということを、いきなりの火鳥君がどう伝えるのか? 少し、私も興味がありますので」

 

 『慌てふためくのが目に見えますが』と意地悪そうな笑顔を浮かべる十蔵を見て、千冬と真耶は目の前の人物は一見真面そうにみえて、その実は禄でもない大人の一人なんじゃないのかな? と認識を改めることとなるのであった、

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 そして10数分後。

 IS学園来賓者用出入口付近において、先頭を走る送迎用の車と、技術スタッフを多数乗せたバス、そして調整に使う機材を乗せたトラックが到着する中、車が止まると同時に勢い良くドアを開いたのは、デュノア社社長のヴィンセントであった。

 

「ようこそいらっしゃいました」

「お待ちしておりました」

 

 柔和な笑顔を浮かべる十蔵と、頭を下げる千冬を前にヴィンセントも礼節を重んじ、挨拶をする。

 

「こちらの方こそ。今回は急な無理を申し出たのに快く引き受けてくれたこと。本当に感謝しています。ミスター轡木、ミス織斑」

 

 と挨拶しているものの、瞳が高速で左右を移動して、明らかに落ち着きなく誰かを探している様子である。

 

「到着早々不躾なのだが………私の娘のこr」

「不躾にも程があります。シャルの様子を見るのはついでのことでしょうに」

 

 到着早々帰り支度を始めるかのように、急いでシャルを連れ戻したいヴィンセントを諫め、『現場責任者』のベロニカはサングラスを外すと、IS学園陣に対してゆっくりと一礼を行う。

 

「改めてご挨拶を………デュノア社取締役の一人、ベロニカ・デュノアです。ミスター轡木、この度はこちらの申し出を快く引き受けていただき、本当にありがとうございます」

「いえいえ………平時からデュノア社の方々には、IS学園は多大なご貢献をいただいておりますもので」

「それを差し引いても………ミス織斑、いえ、織斑先生。娘が大変お世話になっております」

「デュノアは優秀な生徒です。若輩者の私などでは、むしろ世話になることも度々あるほどで」

 

 『まあ、織斑先生ったら』と義娘が褒められていることに嬉しさを覚えたベロニカは、頬を染めながら喜び、それぞれ一通りの握手を交わすと早速本題であるラファールのアップデートと、第三世代機の導入のための協議を行うために会議室へと歩き始めた。

 そのやり取りを呆けながら見ていたヴィンセントは慌てて一行の後を追いかけ始め、ベロニカの耳元に小声で相談し始めた。

 

「(お、おい!? シャルを探さなくても良いのか)」

「(シャルのことはまた後で。今は会社としての責務を果たすのが先決です)」

「(ならば話し合いはお前に任せて、私は)

「(いい加減にしてください! あなたは社長でしょう!? 責務を果たしなさい!)」

 

至極最もな意見に封殺され、しょんぼりと肩を落とすデュノア社社長を見て、千冬と真耶が内心で『本当に娘が可愛いのだな』と呟いていた。自分の周りでこのよう人物がいないだけに、娘のことで頭がいっぱいな人というのは逆に新鮮な気がしたのだ。

 

「(では、陽太の奴はどうなのだろうか?)」

 

 ふと、千冬の脳裏に自分の教え子の姿がよぎる。彼も最近面倒を見始めた娘に色々と振り回され、毎日が一杯一杯な様子でいるのだが、初日に駄々をこねて以来、一度たりとも投げだしたいと言わなくなっていたのは、彼なりにたんぽぽを受け入れている証拠なのだろうか?

 そんなことを考えていた千冬であったが、その時、陽太の姿を見かける。

 

「!?」

 

 彼の姿を見た瞬間、ヴィンセントの表情が猛烈歪み、一瞬で背中から黒いオーラが噴き出てベロニカ以外をドン引きさせる。おそらく陽太のこともあったのだろうが、更にその隣にシャルロットの姿があったことが決定打だったのだろう。早速大声を張り上げながら割って入ろうとするヴィンセントであったが、彼は二人の視線の先を見て………。

 

「えっ?」

 

 真っ白に染まりながら硬直する。

 

「………なあ、シャル?」

 

 何やら困った表情でしゃがみ込んだシャルに問いかける陽太であったが、シャルのほうは一瞬だけ厳しい表情で陽太に言い放つ。

 

「ダメだよ、ヨウタ」

 

 短くそれだけ言い放つと、シャルはすぐさま笑顔になると、目の前の義娘に話しかけるのであった。

 

「さあ、たんぽぽ? パパとママはここにいるから、自分で起き上がってみようか?」

 

 

 ―――ポチとシロクロが心配そうに周りを囲む中、一人地面に俯せになって半泣きになっているたんぽぽ―――

 

 

「あぁ……ああ……シャルロットママァ、陽太パパァ」

 

 どうやら皆で散歩していた最中に躓いてコケてしまった様で、陽太はそれを抱き上げようと思っていたのだが、シャルは丁度良い機会だと考え、自分の力で起き上がらせようとしていたのだ。

 今にも泣きだしてしまいそうなたんぽぽの姿に、いてもたってもいられない表情でそわそわしている義父の陽太に対し、義母のシャルとしては今だからこそ、自分の力で立ち上がってもらいたいと思い、あえて厳しいことをたんぽぽに言っていた。

 

「ママァ………パパァ………」

 

 しかし、そんなことを急に言われても、抱き起してもらいたいというのは子供の心理である。どうして自分を助けに来てくれないのかわからないたんぽぽは、更に涙をためて二人を見つめるのである。

 

「大丈夫だよ。ママもパパもここにちゃんといるから」

「ふぁあっ…………ぁぁっ………あぁっ」

 

 シャルの言葉を聞いて遂に瞳から涙が零れ落ちてしまうの見て、先に限界に来たのは陽太のほうであった。

 

「………ごめん、シャル」

「あっ! ヨウタ!?」

 

 シャルの傍から急いで歩き出すと、たんぽぽの元へ行き、彼女を抱き上げながら身体についた砂を払ってやる。

 

「大丈夫か? どこか痛くないか?」

「………陽太パパ」

「あんまり心配はかけさせるなよ。ああ見えても、この間シャルは血相変えて気絶までしてんだからな」

 

 たんぽぽのよじ登り事件のことを引き合いに出され、恥かしさのあまり頬っぺたを赤く染めながら近づいてくるシャルであったが、微妙に自分よりもシャルの方が心配していると強調ことに気が付く。

 

「ちょっと、ヨウタパパは甘すぎると思います」

「シャルロットママの厳しさを緩めたら、丁度いいくらいなんだよ?」

 

 微妙に違う教育方針を互いに茶化しあう中、申し訳なさそうな表情を浮かべていたたんぽぽが、シャルに上目遣いで謝ってくる。

 

「シャルロットママ、ごめんなさい」

「んっ………次から、また一緒に頑張ろうね?」

 

 陽太からたんぽぽを受け取ると、彼女の前髪を直してあげながら笑顔で彼女のおでこにキスを送る。

 

「……………」

 

 自分のおでこを両手で触りながら、シャルのくれた温かさを受け取り、たんぽぽは何を感じ取ったのか………もうそこに涙はなく、満面の笑顔になった彼女は、シャルの頬っぺたにキスを送ると誓うように言い放つ。

 

「うん! がんばるっ!」

「…………」

 

 その笑顔が嬉しくて、思わず抱きしめるシャルと、たんぽぽの頭を笑顔で撫でる陽太。そこには、誰がどう見ても立派な家族の姿があった。

 

 

「まあっ」

 

 その様子を見て、本当に心から嬉しそうな表情を浮かべているベロニカとは対照的に、真っ白になりながら震えていたヴィンセントは、両手を頬っぺたにつけ天を仰ぎみ、ついには発狂したように叫び声をあげだす。

 

 

「イヤァァァァァァァァァァァァァァッーーーー!!」

 

 

 中年の男が上げるにはあまりに乙女染みた叫び声に、その場にいた全員が注目して一斉に振り返る。

 

「お、お父さん!?」

「ゲッ」

 

 シャルが驚き、陽太は何となく気まずい表情を浮かべるが、当のヴィンセントはそれどころではない。

 

 思っていた。

 ひょっとしたら、可愛い可愛い愛娘が憎き男に言葉巧みに騙されて恋人同士になっているかもしれないと………。

 頭の中でできうる限り考えないようにはしていたが、全く考えていなかったわけでもなかったのだが、これはそんなレベルの話ではない。

 恋人通り越して、誰が結婚5年目ぐらいの空気を作ってもよいと許可したというのか?

 

「かっ…………か、火鳥、陽太ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 隠すことなく全身から殺気を吹き出させたヴィンセントは、おもむろにスーツを脱ぎ捨てるとネクタイを外し、ついでにシャツも脱ぎ捨て、上半身裸になりながら音が鳴るほど拳を握り締め、ゆっくりと近づいてくる。

 

「おのれ…………私からシャルを奪い去り、こんな極東の地まで引き離しておいて………よもや、じゅ、じゅじゅじゅじゅじゅじゅじゅじゅじゅじゅじゅじゅじゅじゅ純潔を奪い去った上に、こ、ここここここここ子供までだとぉっ!?」

「えっ?」

 

 状況が追い付かない陽太が間抜けな声を上げる中、そんな様子すらも癇に障るといわんばかりに、ヴィンセントは突然(内股で)走り出し、陽太に殴りかかる。

 

「天誅ぅぅぅぅぅっ!!」

「えっ? えええっ???」

 

 素人にしては中々のスピードだったのだが、今の陽太には止まっているに等しいスローモーションだったのか、渾身の拳があっさり受け止められる。

 

「は、離せっ!?」

「い、いや、あ、あの………ちょっと話が」

「貴様がシャルを孕ませた上に子供まで産ませたのだろうが!? 嫌がるシャルロットを無理やり組み伏せ、服を引き裂き、そしてその身体を好き放題嬲りながら………」

 

 顔を真っ赤にしたシャルがすぐさまたんぽぽの耳を塞ぐ中、ヒートアップしたヴィンセントは血涙(イメージ)を流しながら、叫びあげた。

 

「地獄に落ちて詫びろ!! 火鳥陽太ぁっ!!」

 

 自分がシャルと再会したのすらも半年も前になっていないというのに、なぜそんな時間があったのかと、割と冷静に考えてる陽太とは対照的に、怒髪天を突いているヴィンセントにはもう言葉そのものが通じていない。

 

「よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもっ!!」

「お、落ちついて」

 

 受け止められている左腕を残し、右腕で陽太を殴りつけるのだが、その全てをミリ単位で陽太が避けるものだから、余計にエキサイトしたヴィンセントの表情に鬼気が増しだす。

 

「貴様ぁっ!!」

「(ここは素直に殴られている方がいいのかな?)」

 

 もうとりあえず話ができる程度まで落ち着いてもらうために、左手を離した陽太は、ヴィンセントに『一方的』に殴られだすのであった。

 

「くらえっ!」

「ぐは」

 

 殴られたと見せかけて、陽太は首をいなして皮一枚だけを撫でさせる。

 

「どうだっ!?」

「いた」

 

 しかし頭に血が上ったヴィンセントはそのことに全く気が付かず、陽太が自分の思うままに殴られていることに気分が高揚したのか、高笑いしながら余計に殴りだす始末である。

 

「はぁっはっはっ! どうだ、まいったかっ!!」

「(しまった。なんかエキサイトし始めてる)まいりましたぁ」

 

 棒読みのまま、どう見てもダメージではなく困惑のほうが蓄積している表情になっている陽太の様子を見て周囲の人間も彼の気持ちを理解し始めたのか、それとも鬼気迫るヴィンセントにドン引きし始めてきたのか、自分たちで止めに入ろうとしたのだが、その時、大人の小脇を通り抜けて、小さな少女(カゲ)が陽太とヴィンセントの間に両手を一杯に広げて割って入るのであった。 

 

「た、たんぽぽっ!?」

「ぬっ!?」

 

 両目に涙を一杯に溜め、少女は震える身体を我慢しながら陽太を守るようにヴィンセントの前に立ちはだかったのだ。

 

「ヨウタパパをいじめちゃ、メッ!」

「い、いや………私は」

 

 『突然現れた半裸のオッサンが、雄たけびを上げて走って迫り、自分の大好きなパパをタコ殴りにしながら高笑いを始めた』と書けば酷い字面のように見えるが、一切の事情を知らないたんぽぽにしてみればその通りであるから始末に悪い。涙を流しながらも必死になって『メッ!』『メッ!』と叫ぶたんぽぽを前に、ようやく落ち着いてきたヴィンセントは、必死に弁解しようとするが、涙を流す幼いたんぽぽを見てこの『二人』がブチギレる。

 

 

「お父さんッ!?」

「アナタッ!?」

 

 

 ―――冷気を纏った怒気を放つデュノア母娘―――

 

「!!」

「ひぃっ」

 

 完全にブチギレてるシャルとベロニカを見た陽太は冷や汗を流しながら硬直し、ヴィンセントはさっき迄の勢いなんて完全に無くなり、怯えた表情で縮こまってしまう。

 

「たんぽぽの前で、何してるの!? この子怖がらせるだなんて、私、絶対に許さないから!!」

「大人気ないのも大概にしてください!! 小さな子は少しのことでも心に傷を負ってしまうのですよ!?」

 

 涙を流すたんぽぽをシャルが抱き上げ、ベロニカはハンカチを取り出して彼女の涙を拭う。

 

「…………?」

 

 自分の涙を拭ってくれた女性が誰なのかわからないたんぽぽが見上げる中、彼女の視線に気が付いたシャルはベロニカのことをわかりやすく解説する。

 

「この人はベロニカママ………シャルロットママの、ママなんだよ?」

「初めまして、たんぽぽちゃん(リトル・レディ)。貴女の大好きなシャルロットママのおかあさんよ?」

 

 しゃっくりを上げながらあやされるたんぽぽであったが、シャルの説明を理解したのか、首をかしげながらベロニカに問いかけた。

 

「ママの…………ママ?」

「うん。ママのママよ」

「…………ベロニカ………ママ」

 

 しばし彼女を観察するように見つめていたたんぽぽであったが、やがて両手をゆっくりと伸ばし『抱っこ』の姿勢を見せると、ベロニカは大変嬉しそうに彼女を愛娘から受け取ると、壊れ物を扱うかのように繊細に力を込めながら、たんぽぽを精一杯抱きしめる。

 

「…………たんぽぽちゃん」

 

 紆余曲折があって今では実の娘のように愛している血の繋がらない義娘が、自分と同じように血の繋がらない幼子を育てていると十蔵から聞いた時、正直困惑もしたものだが、こうやって実際に出会い言葉を交わしてみると、もうそれだけで愛おしさが沸いて仕方ない。

 

「ベロニカママ………シャルロットママとおんなじで、あったかあったか」

 

 この子は人に愛される子だ。小さな暖かい手から伝わってくる優しい気持ちが、人の心を穏やかにしてくれる。

 腕の中に人生の宝を手に入れたかのように思えたベロニカが、幸福を噛みしめる中でそれを見つめていたヴィンセントは、恐る恐る妻に声をかける。

 

「ベ、ベロニカ?」

 

 ―――刃よりも鋭い瞳で自分を射抜く妻―――

 

「ひぃっ」

「………何か?」

 

 夫を見る妻の目じゃない(本日二回目)。

 完全に怒り心頭のベロニカを相手に、どうしたものかと迷い、ヴィンセントは情けないことは覚悟の上で娘のシャルロットに助けを呼んでみた。

 

「シャ、シャルロット?」

 

 ―――氷より冷たい瞳で父親を射抜く娘―――

 

「(父親を見る娘の目じゃない)」

「ひぃっ」

「………何か?」

 

 激おこなシャルの様子を見て内心ツッコミを入れた陽太であったが、完全に立場を失ったヴィンセントを憐れみながらも、なんて言葉を掛けたらいいのかわからずに困惑してしまう。

 

「とりあえず、私達は先に行きます。くれぐれも、今後はこのようなことのないよう、今はしっかり反省してください」

「行こう、おかあさん」

 

 ヴィンセントをその場に置き去りにし、デュノア母娘はさっさと歩き出す。案内役の千冬と真耶も無言で見合い、とりあえず陽太と十蔵にヴィンセントを任せることにした。

 

 1人取り残され、家族に見向きもされなかったことがよっぽどショックだったのか、真っ白になって蹲るデュノア社の社長をどうしたらいいものやら困惑する陽太と十蔵の二人。

 そして、そんなヴィンセントを、ベロニカの腕に抱かれているたんぽぽはずっと興味深く見つめ続けていたのであった。

 

 

 

 

 




お父ちゃん、受難

陽太君の日常でのツッコミスキルがこのあたりから磨きが掛かりだすのであった


さて、後半に続きます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

デュノアさん家の家庭訪問~後編~

さて、後半です


 

 

 

 

その後、空港から技術者達と同じく空輸されてきた必要な機材の数々を奈良橋教諭の指示の元に校内に運搬される中、十蔵と千冬と真耶、ベロニカと彼女の秘書の女性と完全に真っ白になったヴィンセントの、IS学園とデュノア社陣営の話し合いはつつがなく終了する。

 

「持ち込まさせていただきましたパーツの資料はこれで以上です」

「了解しました。組み立てのほうは、こちらの『地下施設』で」

 

 真耶と秘書との書類同士のやり取りを見ながら、千冬と十蔵、そしてベロニカは今回の視察の『裏』の本命ともいえる事案についての協議を進めていく。

 

「しかし、本当によろしいのですか? ミセス・デュノア」

「費用の折半までしてくださいますと、流石に心苦しいものがありますな」

「いえ、これも全ては防衛のため。先方の方々も快く了承してくださいました」

「では、要である『熱核タービンエンジン』の調整と組み付けを、早速執り行わさせていただきます」

「………要といえばもう一つ」

「『マグネッサーフライトウイング』の方でしたら、先日、中国経由で海路を使い、今は倉持技研第二研究所の方で調整を行っております」

 

 タブレットに表示された組み立て途中の『とある大型機動兵器』を見ながら、十蔵は険しい表情でベロニカにこう告げる。

 

「これが完成すれば、対オーガコア部隊の活動範囲は一気に世界中へと広がり、迅速に任務に就くことが可能です。しかし、同時に敵との交戦比率は今までの比ではなく、危険度は跳ね上がるでしょう」

「………はい」

 

 それはつまり、今まで以上の危険がシャルにも待ち受けていると、暗に伝える十蔵に対して、ベロニカは静かに瞳を閉じながら答えた。

 

「心配はない………といえば嘘になります。親である以上、どこにいても、いつだって子供の心配は尽きません」

 

 それでも自分は、血の繋がらなくても心で結ばれた娘の信じることを信じてやりたい。母親としての気持ちをそう告げるベロニカであったが、僅かに震える彼女の手を見た千冬は、信じ続けることの難しさと、信じ続けようという気持ちの強さを同時に感じ取り、頭を下げて宣言する。

 

「部隊の全員を五体満足生きて帰してみせます。私の全身全霊に賭けて」

 

 強い意志を宿した瞳は、真っすぐに千冬の気持ちをベロニカに伝えられた様で、彼女の言葉を聞いて安堵したのか、心からの笑みを浮かべるのであった。

 

「織斑先生もご自身を大事にしてください。この間、手術を終えたばかりなんですから」

「………はい」

「弟さんのことはシャルロットからも聞いています。とてもお姉さん想いの、優しい男の子だと」

「あ、いや、その……」

「彼の気持ちも無視してあげないでくださいね」

 

 何をどのように勝手に伝えているんだ。と若干頬を紅潮させる千冬を見て、十蔵と真耶は声に出さないように必死に肩を震わせて笑いを堪える。

 一仕切りの話を終え、残りの案件を明日の打ち合わせに回すことにした一行は、ここにきてようやく真っ白になって、無言の置物と化していたヴィンセントに話を振るのであった。

 

「アナタ、いい加減、黙っていないで何か話してください」

「ハッ!?」

 

 妻に小突かれ、ようやく我を取り戻したヴィンセントは、再び泣きそうな顔で彼女を問い詰める。

 

「シャ、シャルに! シャルロットに、こ、こここここ子供がぁっ!」

「ええ。先入観を持たないように、今日まで姿を写真や画像で見ないようにしてましたが、とっても可愛らしい子でよかったわ。それになによりも、シャルや陽太君に似て、とても優しい子で」

「あんな小僧に似てたまるかぁっ!?」

 

 そこにだけは何があろうとも同意しない。鋼鉄の意思を見せつけるヴィンセントにうんざりしたのか、ベロニカは大きくため息を一度つくと、たんぽぽのことを説明する。

 

「二人の子。と言っても、血の繋がりはありません」

「な、なぬ?」

「どうやって、別れて半年足らずで、五歳ほどの幼子をシャルロットが産めるというのですか?」

 

 時間的にどう考えても無理。と伝えると、指折り確認してようやく確信できたのか、心底安堵したかのようなため息が今度はヴィンセントから漏れた。

 

「………つまりはシャルはまだ清らかな乙女のままだと」

「それはわかりませんわ。なんせ若い男女が二人。ですから」

「なんだとぉっ!?」

 

 再び沸き上がった怒りを見て、もうこの人は放っておこうかと半ば本気で思い始めているベロニカであったが、ヴィンセントはまたしても陽太に対して在らぬ疑惑を投げつける。

 

「シャルの産んだ子ではない。しかし、小僧のことを父親だと認識している………つまりは、どこぞの女との間で産んだ子をシャルに養育させているというのか!? 許せ・」

 

「アナタ」

 

 猛烈にテンションが盛り上がったヴィンセントであったが、瞳に殺気に似た怒気が宿ったベロニカの表情を見た瞬間、一瞬でテンションが地面を突き破ってマイナス方向に突き抜けていく。

 

「たんぽぽちゃんの前で、父親が誰だ、とか、母親が誰だ。とかは決して口にしないでください………アナタと違って、あの子は繊細なんです。それに幼子の前で、言って良いこと悪いことの区別ぐらいは付きますわよね?」

「い、いや………私は」

「………ねっ?」

 

 会議室に充満したオーラは、デュノア社社長の選択肢を一つに絞らせる。表情が消えうせたヴィンセントはすぐさまテーブルに額を擦り付ける寸前まで頭を下げた。

 

「ハイ。わかりました」

「よろしい」

 

 完全に決定権を掌握しているベロニカの様子。

 板についたお辞儀のポーズを取るヴィンセント。

 そしてその様子を特に気にする様子もなく、帰り支度と明日の準備を同時に行う秘書の様子。

 

 千冬の脳裏に、いつもしょうもないことでシャルロットに叱られて土下座している陽太の姿と、その様子を特に気にすることもなく自分たちの書類を書いている一夏達の様子がダブって見え、『ああ、この人はデュノアの母親なんだ』という事実を強く噛み締めるのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 会議室から退出した一行は、また別件で出掛ける予定だった十蔵を除き、学生寮にある食堂へと向かう。

 途中、学園の施設の説明を兼ねながら、学生達の普段の授業内容などをベロニカは熱心に耳を傾け聞いていたのは、きっと普段は離れて暮らしている義娘の様子が気にかかっていたからだろうと、千冬も理解していた。

 

「成績、素行、コミュニケーション能力。どれを取ってもデュノアは優等生なのですが、皆に頼られすぎているのが災いしてか、自分から誰かを頼りにする場面があまり見受けられないのが、少々気にかかりますね」

「ええ………あの子、生みの母親に似て、大事なことは一人で背負い込んでしまうみたいで」

 

 自分に掛け替えのない宝物をくれた、今は星になって天で自分達を見てくれているたった一人の親友もそうだった。

 当時、一介の学生の身分でしかなかったのに、未婚の母になるなどということがどれほど大変なことだったか? 聞けば彼女の両親は、彼女が幼い時に事故で亡くなっており、残された遺産は一般人が成人するまでの間に使い切れてしまう額でしかなかったそうだ。

 そんな中で娘を出産し、さらには一人の行く充てもない少年を受け入れ、立派に育て上げたのだ。頭が下がる想いになる反面、やはり自分に頼ってほしかったという思いも胸にはあるのだ。

 

「両親や周囲に甘えているだけの私では頼りにならないのは当たり前なのですが………おかげか、彼女が姿を消した後、私は勉強だけの毎日を大学で送って、巡り巡って今はこうやっているのですが」

 

 自分の惨めさ、悔しさ、そして後悔。そこからの逃避行動だったことが、まさか彼女の娘を助ける手立てになるとは、まさに人生とは実に奇妙なものである。

 

「…………それでも」

「織斑先生?」

「…………それでも、あなたはご立派です。そして、貴女は紛れもなくデュノアのもう一人の母親です」

 

 自分だってそうだ。

 血の繋がらない『先生(あの人)』が、自分に沢山の物を与えてくれて、今もこの場所にいる。

 出会い、訣別、毎日が大変だった過去を乗り越えて、弟子達と共に彼女の信じたもののために戦おうとしている。10年前に恩師の命を奪い、気が狂いそうになっていたころには想像もできなかったことが、現在となっているのだ。

 

「わからないことだらけですね。人生とは、本当に」

「…………ハイ」

 

 歳は離れているが、不思議と親近感が沸く二人の背中から、友情に似た縁が結ばれている。

 そんな様子を温かく見守る真耶であったが、真っ白になって背後を着いて来ていたはずのヴィンセントがいつの間にかいなくなっていることに気が付き、はぐれてしまったのかと探すのだが、存外直ぐに見つけることができた。

 

 ―――食堂の入り口から、見つからないようにこっそりと中を覗き込むヴィンセント―――

 

「………アナタ」

 

 すぐにベロニカも気が付き、頭を抱えてその姿を嘆く。おそらく堂々と食堂に入るには怒ったシャルロットが怖いのだろう。その場ですぐに謝罪すれば良いものを、こうやって情けない姿を見せるから逆に娘の怒りを買っているのではないのかとベロニカは溜息が漏れる。

 

 一方、ヴィンセントが覗き込む食堂の中では、ベロニカがフランスからお土産として持ってきた大量のお菓子を前に、女生徒達が喜びの声を上げていた。

 

「きゃああああああっーーー!!」

「このマドレーヌ美味しいっ」

「このマカロン、昔テレビでやってた有名スィーツ店のでしょ!?」

「フィナンシュ美味しすぎ!」

 

 スィーツ大国フランスでも有名なパテシェが作ったスィーツばかりを持ってくるあたり、ベロニカは少なくともヴィンセントとは比較にならないぐらいに年頃の娘に対しての配慮を行う母親であった。

 

「あ、おかあさんっ!」

 

 大きなホールケーキを切り分け、たんぽぽに出していたシャルロットも彼女に気が付き、その声に仲間達も振り返る。

 

「皆が気に入ってくれて、持ってきた甲斐があったわ」

「シャルだけではなく、我々の分までの差し入れをいただき、本当にありがとうございます!」

 

 席を立って敬礼するラウラを見て、ベロニカは画面越しに見ていた娘のルームメイトが本当に堅物であるんだなと再認識するが、徐にベロニカは手を伸ばしてラウラの頭を撫でだしてしまう。

 

「ベ、ベロニカ女史っ!? いったい何をされて………」

「ああ。画面越しにいつもシャルが頭を撫でてた意味が良く分かるわ。ラウラちゃんって、なんとなく癒される気持ちになるもの」

 

 ヒーリング効果がある頭らしい。と褒められているのかどうなんだか分からない評価をもらって、赤面して俯いてしまうラウラは、背後でクスクスと笑っていたシャルに気が付き、思わず友人を睨みつけるのであった。

 

「お初にお目にかかります、ミセス・デュノア」

 

 次にスカートの裾をもって優雅に一礼したのは、この場で最も上流階級の人間と馴染みのあるセシリアである。

 

「こちらの方こそ。ミス・オルコット」

「セシリアとお呼びください、ミセス」

 

 事前に話を聞いていたが、イギリスでも名門のオルコット家の令嬢が、本当に実働部隊に配属されていることに内心驚きが隠せなかった。

 古くから続く家柄で、イギリス王室とも繋がりが深く、彼女の母に当たる人物はフランスでもその名が知られていた実業家であったが、突然の訃報が数年前に伝えられていただけに、目の前の少女もまた、義娘同様に苦労を重ねてこの場にいるのだろうと想像する。

 

「では、セシリアさん。娘と仲良くしてもらって、義母(はは)として大変嬉しいわ」

「私の方こそ。シャルロットさんには、いつもお世話になっておりますから」

 

 当たり触りがないように返答するセシリアに、ベロニカは頼もしさを覚えるが、周囲の人間から「いや、本当に世話になってるんじゃない? たまに頓珍漢なこと言いだしてシャルがフォローしてるし」という視線を送られていることにセシリアが気付くことはないのであった。

 

「凰鈴音です。鈴(リン)って呼ばれてます」

「初めまして。篠ノ之箒です」

「………篠ノ之?」

 

 ベロニカの反応に、ISに関わる以上やはりその名に反応しないことはできないのかと、内心でため息が漏れそうな箒であったが、彼女の次の言葉は予想外のものであった。

 

「じゃあそのお隣にいる男の子が、箒さんの彼氏の一夏君ね?」

「なぁっ!?」

 

 何故、どうしてそういうことになっているのかと、赤面して硬直する箒と、同じように硬直してしまった一夏に代わって、鈴が高々と言い放つ。

 

「絶対に違いますッ!! 未だに一夏は完全ドフリーの物件です!」

「あら? なるほど………そういうことなのね」

 

 若干頬っぺたを膨らませながら鈴が言い放ったのを見て、三人の関係を大体察したベロニカは硬直している一夏に手を指し伸ばして挨拶する。

 

「噂のプレイボーイの織斑一夏君。初めまして」

「プ、プレイボーイ!?」

「(私の経験を言わせてもらうわ。男の子は誠実じゃないといけないわよ?)」

 

 小声で言われた言葉に目を白黒とさせる一夏の様子が面白かったのか、『からかいがいがある』と思ったのか、それ以上は何も言わない。言ったら面白いことにならないのだ。

 ベロニカの頭に、ニョキリと猫耳が生えているのを幻視した陽太は、『エルーさんもそういえば似たところあったな。さすが親友同士』とベロニカの一面を改めて垣間見た気がするのであった。

 

 そして年長達が挨拶を交わす中、一人黙々とお菓子を食べ続けるたんぽぽは、口の中に目一杯ケーキを放り込み、瞳を輝かせて両手でほっぺを抱えている。こんなにおいしいお菓子を本日は無制限に食べていいといわれたのが余程嬉しかったのだろう。

 

「たんぽぽちゃん、美味しい?」

「シェフをよべ! おいしいですっ!!」

「食べてる最中に立ち上がるな。そして食堂で大声出すな」

 

 上機嫌そうに両手を挙げて言い放つたんぽぽに陽太が一応の注意をする。シャルもナプキンでたんぽぽの口の周りを拭いながら、嬉しそうに笑うのであった。

 

「まだまだ一杯あるから、ゆっくり食べなさい」

「はーい!」

 

 そう言われたたんぽぽは、とりあえず食べるペースを落としながらゆっくりと食べ始める………一回に口に放り込む量を倍にしていたが。

 

「まだ食うのか? お前、それ多分3ホール目だろ?」

「ケーキは、べつばら」

「どこで覚えたんだ、そのセリフは?」

 

 人間ダイソンと化して、変わらない吸引力で大量のお菓子を食べ続ける娘にげんなりしながら、陽太はブラックコーヒーを飲む。大食漢の彼をもってしても胸やけを起こしそうなぐらいの甘い物を、たんぽぽはペロリと平らげるのであった。

 

 本当に幸せそうにしている義理の孫娘同然の養女の様子が嬉しいベロニカであったが、ふと、表情を引き締めると、隣にいる陽太のほうを見やって、話しかける。

 

「ヨウタ君?」

「は、ハイッ!」

 

 しかし、話しかけられた陽太にしてみれば、ベロニカとは少しばかり話しづらい心境でもあったのだ。

 

「(ヤバイ、ずっと見られてる)」

 

 最後に話をしたのはフランスでの一件の時で、あの時自分の心境をありのままに話したのだが、よく考えれば、陽太が心の内を素直に全部話すなどということは大変珍しいことで、しかもそれを恥ずかしげもなく言えた数少ない一人なだけに、あの時のことを思い出して戸惑っていたのだ。

 

「……………」

 

 何も言わずにジッと見つめられ、背中と額に冷たい汗が流れる中、そっとベロニカが右手を振り上げると………。

 

 ―――陽太の頬に、『降り抜かない』平手打ちを喰らわせるのであった―――

 

「………」

 

 平手打ちを食らった陽太も、その光景を見ていたシャルやたんぽぽや仲間達も、一斉に静止してしまう中、ベロニカが静かに口を開いた。

 

「………どうして、私に殴られたか、分かる?」

「………」

 

 考えが追い付いていない陽太は勿論分からずじまいなのだが、彼女はそのことを理解した上で話を進めていく。

 

「わからない。と言いそうだから先に言っておくわ………貴方がフランスから去った後、シャルロットがどれだけ泣いていたか、貴方は理解しているの?」

「ぐっ」

 

 話に聞いてただけなのだが、改めて言われると心に鋭い痛みが走ってしまう。そしてそのことで怒りを覚えての一撃なのかと思うと、ベロニカのこのビンタは当然のものだと陽太は思っていた。

 

「あら? もしかしてそのことで怒っていると思っているの?」

 

 だが、ベロニカの怒りはそこではなく、もっと別の方向………そう、陽太自身の問題に向けられていたのだ。

 

「それは半分正解。娘を泣かされて怒らない母親はいません………だけど、私が怒っているのは、貴方が貴方を軽んじていることを未だに問題に思っていないこと」

「???」

「織斑先生から色々聞きました………相変わらず、何か危険が迫ると我が身を二の次にしてるみたいね」

 

 何を言いやがった!? と千冬を睨みつける陽太であったが、涼し気にそっぽを向かれて流されしまう。

 

「わからない? これからは、貴方はそれではいけないのよ?」

「いや、それは………」

「隊長としての責務や立場やそういうことじゃないの。シャルのことも仲間の子達のこともそうよ? でもね………貴方はたんぽぽちゃんの『お父さん』なの」

 

 ケーキを食べるのを止めて、不安そうに二人のやり取りを見つめるたんぽぽに、ベロニカは笑顔を向けて謝罪する。

 

「ごめんねたんぽぽちゃん………突然びっくりしちゃったでしょう? でも大丈夫。ベロニカママの言いたいことはすぐだから」

「…………」

 

 未だに不安そうにフォークを咥えているたんぽぽから、陽太に再び視線を戻すと、彼女は諭すように言い放った。

 

「私はフランスで別れる際に『貴方の幸せを願ってる』と言ったわ。それは今も変わることはありません」

「………あ、ああ」

「貴方は貴方自身の幸せを考えなさい。戦いを止めろとは言いません。未来は誰の手にもないといけないものです。その為には時に武器を握って戦わないといけないこともあるでしょう。だけど、貴方が幸せになる権利を放棄することは、私は認めません。貴方は諦めることなく、自分と、そしてシャルとたんぽぽちゃんとの幸せを模索することをしないといけません………それが、貴方が『親』になるということです」

 

 自分が幸せでないのに、どうやって幼い娘を幸せにするというのか?

 自分を放り投げた人間が、どうやってこれから『自分』を獲得していく娘に道を示せるというのか?

 

 諦めて手放しては決していけない手を、これからずっと繋いでいかねばならない者が、まずはその姿を率先して見せなければならないのではないのか?

 

「私が願うことも、きっとエルーと同じ。幸ある未来こそ、親が子に望むもの唯一のもののはず。それ以外何もありません」

「…………」

 

 彼女の話はそれだけなのだが、陽太にしてみればやはり途方もない物のように思え、表情が曇ってしまう。これまでの人生において将来のことなど気にも留めていなかった。それが当然だと思っていたし、明日のことを気にする暇があるなら、今、目の前の敵(オーガコア)を倒す手段を講じることの方が遥かに重要に思っていた。

 だが、ベロニカが話した内容は、これまでのそれとは全く異なるものだ。そしてたんぽぽの面倒を見始めてから、薄々と感じつつあった事柄であり、ひそかに悩んでいたことでもあった。

 

「…………ヌッ」

 

 頭から湯気が出ている陽太を見て、ベロニカは思わずクスリと笑みが零れてしまう。

 

「(ああ、不器用なこの子も、こんな表情ができるのか)」

 

 そして、こんなにも一生懸命悩めるのか。

 一人の人間のために、一生懸命になれるこの子ならば、きっとこれから迷うことはあっても間違えることはない。いや、仮に間違っていても………。

 

 ―――ニヤニヤ顔で陽太を小突き回す、対オーガコア部隊の仲間達―――

 

 彼は一人にならない。一人にさせない人々がいるのだ。ならきっと間違えても正してくれる人々と一緒に、少年は素晴らしい未来を勝ち取れる。そう信じることができる。

 

「………シャル」

「う、ん?」

 

 ベロニカの言葉を陽太とともに聞き、半ば呆然となっていたシャルの耳元で、義母は悪戯を仕掛けるように怪しい表情で耳打ちする。

 

「(ヨウタ君も、貴方との将来設計は真剣に悩んでいるみたいよ?)」

「(!?)」

 

 義母の言葉に過剰に反応して、一気に表情が真っ赤に染まるシャルロットであったが、そんな彼女を見て、たんぽぽがベロニカに問いかけた。

 

「ベロニカママ、『しょうらいせっけい』ってなに?」

「ん? たんぽぽちゃんがお姉ちゃんになる日も近い。ってことかな?」

 

 一瞬、何を言われているのかわからんかったシャルとたんぽぽであったが、やがてシャルの脳内に『たんぽがお姉ちゃん→つまりは自分と陽太の間に子供が生まれる→つまり自分と陽太はそういう関係になる』という図式が浮かび上がり、思わず叫んでしまった。

 

「おかあさんっ!?」

「たんぽぽ、お姉ちゃんになれるの!?」

 

 対して、椅子を降りてベロニカの足元に駆け寄ると、嬉しそうに両手を持ってその場をピョンピョンと飛び回るたんぽぽは、自分が姉になるということを純粋に喜んでいるといった様子である。

 

「わーい! たんぽぽ、お姉ちゃんになるー!」

「赤ちゃんが生まれたら、いっぱい可愛がってあげてね?」

「あいっ! たんぽぽ、あかちゃん、いっぱいかわいがる!!」

 

 大人達の悪ふざけにも素直に喜びを覚えてくれる幼女の笑顔が溜まらなく愛おしいベロニカであったが、そこに意図せずに冷や水を差してくるのはやはりこの男であった。

 

「認めるかぁぁぁぁぁーー!!」

 

 怒鳴りこみながら陽太の胸倉を掴み上げるヴィンセントを見て、完全にウンザリした表情になるベロニカは、どうしてこう学習してくれないのかと内心嘆いていた。

 

「貴様ぁッ! 状況を利用して、まさか性交渉をシャルに迫るつもりか!?」

「はいぃっ!?」

 

 さすがの陽太も声が裏返る。まったく想像もしていないことを言い出す目の前の人物相手だと、普段は皆を振ります陽太が振り回されがちになるようだ。そんな中、高速で陽太を前後で揺さぶるヴィンセントであったが、ふと、足元からの視線に気が付き、振り返る。

 

 

 ―――大きな瞳を開いて、ヴィンセントを見つめるたんぽぽ―――

 

 

「……………」

 

 自分を見つめる無垢な瞳を前に、またしても動揺してしまうヴィンセントであったが、やがて彼女は可憐な唇を開いてこう問いかける。

 

「たんぽぽ………お姉ちゃんになっちゃ、メッ?」

「えっ………?」

「メッ………なの?」

 

 性交渉とは何なのかとか聞いてこないだけまだましではあるが、ヴィンセントはいきなり問いかけてきた少女に戸惑い、しどろもどろで答えようとする。

 

「いや、あのね………私はね」

「…………」

 

 ―――段々と瞳に溜まりだす涙―――」

 

「へぇっ!?」

 

 言葉を出さないでしゃっくりを上げ始めるその姿を見て、慌てて慰めようとするヴィンセントであったが、時すでに遅く、二人の『鬼神』の怒りを買うことになる。

 

「お父さん」

「アナタ」

 

 ―――凍れる瞳で夫(父)を見るデュノア母娘―――

 

「ヒイィッ!」

 

 怒気で食堂を一瞬で絶対零度の空間に変化させた二人に、全員が(心の中で)一歩下がる中、しゃっくりを上げてベソをかいているたんぽぽをシャルロットが抱き上げた。

 

「ごめんねたんぽぽ。ママはここにいるから」

「シャルロット………ヒグッ…ママ?」

「こんな変なおじさんほっといて、あっちに行きましょうね」

「ベロニカママ」

「変なおじさん!?」

 

 暖かな瞳で義娘(義孫)を見る母娘であったが、ヴィンセントが何かを話しかけようとした瞬間、刃よりも鋭い瞳に一瞬で切り替える。またしてもショックを受けてその場に蹲る父(夫)を置き去りに、とっとと食堂を後にしてしまう三人の背中を見送りながら、陽太と一夏は内心でこう呟く。

 

「「(女っておっかねぇな)」」

 

 幼子のためならば修羅と化すことができる女性という存在に、畏怖を覚える年若い男二人であったが、とりあえず目の前の中年男性をどうにかするべく、角が立たなない一夏から声をかけるのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 そして奈良橋教諭とデュノア社技術陣によって、訓練機のOSのアップデートと、持ち込まれた新型の訓練用火器の搬入が大方終了し、固い握手が交わされる夜半過ぎ―――。

 

「えっ? 明日帰っちゃうのッ!?」

 

 一晩の宿となっているIS学園の来賓者用宿泊施設において、一晩共に寝ることとなったシャルとたんぽぽが、ベロニカの部屋にパジャマ姿で訪れていた。

 

「そっ。お父さんもお母さんも、こう見えて結構忙しいのよ~」

 

 スーツをハンガーにかけ、シャツのボタンをはずしてリラックスしていたベロニカは、自分とヴィンセントのみ、明日フランスに帰国することを告げていたのだ。

 

「フランス政府に今日の会議のことも伝えないといけないし、会社で仕事が山積みだもの。本当はもうちょっとゆっくりしたかったけど」

「じゃあゆっくりしたらいいじゃないか。仕事ならお父さんに任せてさ」

 

 シャルが何気なくそう言い放ちながらほっぺたを膨らませ、幼さが一瞬見え隠れするが、ベロニカは苦笑しながらもやんわりと窘める。

 

「シャル………お父さんはあんなんでも、仕事に関しては優秀よ。それに今でも忙しいのに、これ以上負担をかけちゃ悪いわ」

「だって………」

「だってじゃありません」

 

 せっかくたんぽぽと三人で色々出かけたかったというのに、それも当分は叶いそうにないと思い、口を尖らせてしまう。

 

「それに貴女だって、色々しないといけないでしょう? 部隊の訓練に、学校の勉強、それにたんぽぽちゃんのことだって」

「それは………そうだけどさ」

 

 もう少し母親に甘えたいと思ったのだろうか?

 そう思うと途端に我が娘が可愛く思え、ベロニカは思わずシャルを抱きしめてしまう。

 

「きゃぁっ」

「ふふん! こうやると、たんぽぽちゃんと大差ないわね」

 

 幼子と同じ扱いはさすがに困る。とベロニカに文句を言おうとしたシャルであったが、その時、持ち込んだクレヨンで画用紙に何かを描いていたたんぽぽが、喜びの声を上げ、二人のほうに振り変える。

 

「できたぁ~!!」

「ん?」

「どうしたの、たんぽぽちゃん?」

 

 先ほどから静かにしていたと思っていただけに、何を描き上げたのかとのぞき込む。

 

「「……………」」

「ちゃんとかけたよ~!」

 

 笑顔でそう告げてくるたんぽぽを見て 二人も自然と笑顔が零れてしまう。

 

「明日、渡すの?」

「うんっ!」

「そっか………きっと喜んでもらえるよ!」

「うんっ!!」

 

 柔らかい笑みが自然と零れてしまう中、もうそろそろたんぽぽは寝る時間だと、シャルは娘の手と歯を磨かせ、しっかりと拭き取ると彼女をベッドに寝かせようとする。

 

「今日は絵本はいらないか」

「…………」

 

 いつも寝るときは枕元で絵本を読み聞かせるのが習慣と化しているのだが、今日は枕元で幼いころのヨウタの話でも聞かせようと思い、クスクスと思い出し笑いをしてしまうが、当のたんぽぽは全く違うことに注目していた。

 

「…………」

 

 それはいつも、シャルが欠かさず自分の寝るベッドのに置いている二つの写真立て。

 フランスから日本に旅立つ前に撮影した、シャルとヴィンセントとベロニカが映った写真。そしてもう一つは、幼い頃のシャルとヨウタ、そして実母のエルーを映した写真であった。

 

「たんぽぽ?」

「………シャルロットママ」

 

 のそりと布団から抜け出たたんぽぽは、幼い頃の母親と父親が映っている写真を手に取り、シャルに問いかけた。

 

「ベロニカママは、シャルロットママのママ」

「うん?」

「こっちのママも、シャルロットママのママ?」

 

 どうしてママが二人いるのか? 幼い娘の何気ない質問に、シャルは穏やかな気持ちで答える。

 

「そうだよ。ベロニカお母さんはデュノアのお家のお母さん。エルーお母さんはダリシンのお家のお母さん」

「………」

「エルーお母さんが私を産んでくれて、今はベロニカお母さんが私を育ててくれてるの」

「んんんっ~?」

 

 首をかしげて考え込む仕草が可愛らしく感じ、シャルはそんなたんぽぽを抱きしめながら謝罪する。

 

「ごめんね~♪ まだたんぽぽには難しかったかな」

 

 生んでくれた母、育ててくれている母。二人の母と同じ立場になって、ようやく分かりかけてきた想いが、今のシャルにはある。

 健やかに育ってほしい。幸せの中で包まれていてほしい。言い出せばキリがないほどの想いが自分の中で生まれてきている。どうかこの子の未来に幸があらんことを………、

 たんぽぽが眠りついてから、そんな祈りを神様へと捧げることもある。

 

「どっちのママも、シャルロットママにとっては大好きなママなんだよ。ってことかな?」

「!?」

 

 そのセリフを聞いて珍しくベロニカが赤面してしまう。面と向かって娘から「大好き」と言われ、照れたらいいのか喜んだらいいのか、戸惑いが隠せない義母を見て、思わず吹き出しそうになるシャルロットであったが、そんな彼女の胸に小さな温かさがより密着してくるのを感じた。

 

「わかった!」

「たんぽぽ?」

「たんぽぽとおんなじッ!」

 

 シャルとベロニカを交互に見比べ、たんぽぽは微笑みながら言う。

 

「たんぽぽも、シャルロットママだいすきっ!」

 

 自分の想いを、理屈ではなく心で理解してくれる。母親としてこんなに嬉しいことはないと、また一つ親としての喜びを知ったような気になって、シャルがたんぽぽの額にキスの嵐を降らせる中、反対方向からベロニカが腕を回してたんぽぽを抱きしめる。

 

「今日は私と一緒に寝ましょうね、たんぽぽちゃん♪」

 

 もうすっかり、ベロニカもたんぽぽにメロメロであった。シャルは負けじとたんぽぽを見つめて、自分のベッドで寝るように催促する。

 

「たんぽぽはいつもシャルロットママと一緒だよね~?」

「あら? お母さんを除け者にしようだなんて………たんぽぽちゃん、ベロニカママを慰めてくれないかな?」

「シャルロットママも、ベロニカママも、いっしょにねるの!」

 

 三人仲良く川の字で………。

 星が瞬く夏の空の下、三世代の女子三人が一つの寝床で眠りにつく。

 

「んにゃ…………まだ、たべる~」

 

 小さな少女の愛らしい寝言を聞いた二人の母親が、お互いを見て微笑みながら眠りについたのは少し後のことになるが………。

 

 

 

 

 

「ひっぐ…………お前達に私の…ヒッグ……ぎもぢがわがるのが~」

「ああ、ええっと」

「俺達そろそろ」

 

 部屋中に転がったビール缶と、一夏が作ったお手製のおつまみの山に埋もれたヴィンセントを前に、少年二人はどうしたものかと悩み続けていた。しかも、本来ここには千冬も同席していたはずなのだが、早い段階で「少し用事ができた」とか言って逃げ出していたのだ。こういう時だけ段取りの良いことでと弟子の陽太が内心で愚痴るが時すでに遅し。

 

「「(逃げる機を失った)」」

「私だって……グスンッ………シャルともっと仲良くしたいし…………本当はあの娘にだって……」

 

「ひっぐ…………お前達に私の…ヒッグ……ぎもぢがわがるのが~!!」

「「(この下り、もう7回目だよ)」」

 

 結局深夜過ぎ、ヴィンセントがアルコールで酔い潰れるまで、二人の少年は延々と家庭の居場所を流離い求める悲しき中年のオッサンの愚痴を聞かされる羽目になるのであった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「身体には気を付けるのよ? シャル、たんぽぽちゃん」

「あいっ!」

「うん。お母さんも、仕事のし過ぎには気を付けてね」

 

 あくる日の朝。

 未だ作業が残っている技術者達を残し、ヴィンセントと付き添いの秘書と共にフランスへの帰路に就くために、送迎の車に乗り込もうとしていたベロニカを送り出そうと、シャルとたんぽぽ、そして対オーガコア部隊のメンバー達が来賓者用の駐車場へと集まっていた。

 

「ミセス・デュノア………いえ、ベロニカ氏。今度、日本に訪れるときがあれば、ぜひともゆっくりしてください」

「そうですね。その時は織斑先生と一緒に、どこかのカフェにでも行きましょうね?」

 

 すっかりと仲良くなった千冬との別れの挨拶を済ませ、スーツケースを運転手に渡したベロニカは、細かな打ち合わせのスケジュールの確認をしていた真耶と秘書の女性が話を終えたのを見計らい、隣で蹲るヴィンセントに声をかけた。

 

「さあ、アナタも。最後くらい、ちゃんとした挨拶をしてください」

「う、うむ」

 

 昨晩飲みすぎて完全に二日酔いになっているヴィンセントは、蒼い表情のままでシャル達の方を見る。

 

「…………」

「…………」

 

 見れば、ほぼ徹夜状態の陽太と一夏の目の下に隈が出来ていたのだが、愚痴を聞いてもらった手前、邪険にするわけにもいかず、でも素面の状態だと仲良しこよしというわけにもいかず、結果として陽太を睨みつけたまま黙り込んでしまう。

 

「ハァ~」

 

 最後まで意地っ張りのままなのか、と溜息が漏れたベロニカであったが、その時、両手に画用紙を持ったたんぽぽが、彼女を通り過ぎてヴィンセントの前に笑顔で立つのであった。

 

「?」

「あい、おじさん」

 

 そして絵が描かれた画用紙をヴィンセントに差し出し、内容の説明をしてくれる。

 

「これが、まんなかにね、たんぽぽとおじさんだよ」

「!?」

 

 ―――たんぽぽとヴィンセントが手を繋いでいる姿がクレヨンによって描かれていた―――

 

「おじさんの、おみやげ!」

「なっ………なっ!」

 

 震える手で画用紙を受け取り、ついでに全身震えだしたヴィンセントは、笑顔のたんぽぽを見て言葉を何とか紡いだ。

 

「わ、私の………ために……き、君が?」

「うんっ! おじさんとなかよしさんになるの!」

 

 普段から「色んな人と仲良くなりなさい」とシャルに教えられているたんぽぽらしい考えで、こうやってプレゼントを渡すことを思いついたようなのだが、受け取ったヴィンセントの脳裏には特大の稲妻が迸ってしまうこととなる。

 

 

 ―――私はこの子と出会ってから、怒鳴ったり暴れたりしているだけだというのに―――

 

 ―――こともあろうに、そんな私と仲良くなりたいと!?―――

 

 ―――いや、思えば私の態度はかつての父と同じだ。エルーを受け入れられなかったあの人のように、私は自分の子供の娘まで否定しようとしていたのか―――

 

 

 ああ、またしても愚かなことを繰り返していたのだ。と心から反省したヴィンセントは、その瞳から涙を溢れさせ、たんぽぽの前に膝まづく。

 

「おじさん? どうしたの? なんでないてるの?」

「私は………なんと愚かな」

「どこかいたい? おなかすいた? たんぽぽ、さすってあげるね!」

 

 何かヴィンセントが体調を崩したと思ったのか、シャルに教わったように背伸びして、なんとかヴィンセントの頭を撫でだす。

 たんぽぽの小さな手から伝わる、その優しさと温かさは、最近妻子に割とひどい扱いをされているヴィンセントが久しく忘れていたもののように思え、ヴィンセントはたんぽぽを抱き上げ、彼女を己の本当の孫として受け入れるのであった。

 

「済まないっ! 本当に済まなかった、たんぽぽちゃんっ!!」

「ふあぁ~!」

 

 陽太とは違う、男の人に抱き上げられ、たんぽぽは一瞬呆然とするが、やがて笑顔を取り戻して祖父にこう話しかけた。

 

「うん。わるいことしたら、あやまる。だから、もういいの」

「許してくれるのか? なんという優しさ………これは天使だ!」

 

 多分なにもわかっていない初孫の許しを得て、ヴィンセントの表情に生気が戻り、彼は非常に上機嫌でたんぽぽを抱えたまま、高々と宣言した。

 

 

 

「さあ、シャルロット! たんぽぽちゃんと一緒にフランスに帰るぞっ!!」

 

『……………えっ?』

 

 

 凄く、凄く、輝いた瞳でいつものヴィンセントに………いや、たんぽぽという存在を手に入れ、より激しく暴走しだしたヴィンセントを見て、目が点になる一同。

 

「安心しろ!? たんぽぽちゃんの部屋ぐらいフランスにつくまでに用意させる! さあ、これからが忙しくなるぞ! まずはフランスで最高と言われている女子幼稚園に入学手続きと、エスカレーター方式で女子大に上がれるように根回しと………いや、たんぽぽちゃんの部屋は私の部屋の隣になるように、屋敷のリフォームが先か!? いや、それよりもまずは改めて家族写真で………ぬっ!? そのためには洋服が……チッ!? 子供服売り場に買いに………ええい、面倒っ! デザイナーを呼べ!! 私がたんぽぽちゃんに合った最高の洋服をデザインしてみせる!!」

 

 何か勝手に脳内で色々段取りをし始めた父親を前に、シャルが問いかけた。

 

「ええっと………お父さん? 何を突然?」

「突然なものか!? たんぽぽちゃんのために綿密な計画を立てているのだ!」

「私はフランスには帰らないからね!」

「お前は母親なのだぞ! たんぽぽちゃんと離れ離れになってどうするつもりだ!?」

「言ってることはまともだけど、全然まともじゃない! 話を聞いて、お父さん!?」

 

 相も変わらず一度走り出すと止まらないヴィンセントを止められないシャルロットであったが、状況が理解できてないヴィンセントの腕の中のたんぽぽが、首をかしげながら質問する。

 

「たんぽぽ、おうちかえるの?」

「そうだよ~たんぽぽちゃ~ん! お爺ちゃんと一緒にフランスのお家に帰るんだよ~!」

「??? でも、たんぽぽのおうちはココ」

 

 そういってIS学園を指さすたんぽぽに、ヴィンセントはなおも笑顔で言い放った。

 

「ここは学校であって、家ではないんだ。だから、たんぽぽちゃんとシャルロットはフランスのお家に帰るんだ」

「たんぽぽと、シャルロットママ? ヨウタパパは?」

 

 何気なく聞いたのだが、その名がたんぽぽの口から出た瞬間、背後から黒いオーラを噴出させ、笑顔だけは崩さないヴィンセントは、やんわりとたんぽぽに告げる。

 

「あの………か、彼は、このIS学園で大事な……そう! 世界を救うという大事な仕事があるんだ! だからフランスには一緒に行けないのだよ! なあっ!?」

 

 ―――心底忌々しいといった表情で陽太に合意を求める大人げない中年―――

 

「ええっ!?」

 

 突然、そんなこと言われても答えようがないだろう。という陽太であったが、たんぽぽはするりとヴィンセントの腕から自分で降りると、彼を見上げながらテンションが落ちた声でこうつぶやく。

 

「じゃあ、たんぽぽもママもいい………パパいかないの、パパがかわいそう」

「!?」

 

 ゆっくりと頭を横に振って、フランス行きを断るたんぽぽと、たんぽぽに断られ、ヴィンセントは愕然とした表情の後、血涙を流しながら陽太を睨みつける。

 

「(キ、サ、マッ!? 私とたんぽぽちゃんの仲を引き裂くために、この優しい天使の情を利用した筆舌に尽くしがたい下劣な罠を仕掛けていたのか!?)」

「(イヤイヤ。私は一切関わっておりません)」

 

 瞳と瞳で通じ合う仲にいつの間にかなっているあたり、仲良しにはなっているのだろう。陽太は微妙な表情になっているが。

 そしてようやく、何かを言う気力を取り戻した完全に呆れ顔のベロニカは、夫の肩に手を置くと、帰る催促をしだす。

 

「さあ、馬鹿話はこれぐらいにして。今日は帰りましょう………これ以上は見苦しいだけですよ、アナタ?}

「何が見苦しいものか!? 私はたんぽぽちゃんと一秒だって離れたくないのだ!?」

「いや、だから、それが見苦しいと」

「たんぽぽちゃん! さあ、お爺ちゃんと『お祖母ちゃん」と一緒にグフッ!」

 

 ―――鳩尾に突き刺さるリバーブロー―――

 

「あらヤダこの人。何を口を滑らせているんでしょう?」

 

 ―――続く鉄拳の嵐―――

 

 目の前で鈍い音を立て続けに響かせながら、ひたすらに鉄拳の嵐が吹き荒ぶ中、ベロニカの様子を見たシャルは小声でヨウタに問いかけた。

 

「(お母さん、怒ると凄い。私、あんなに凄い殴り方見たことないもん)」

「………………」

「ンッ? どうしたのヨウタ?」

 

 ここは同意してくれる場面のはずなのに、なぜかシャルの方を疑惑の眼差しで見つめるヨウタ………見れば、声が聞こえたのか、一夏や箒たちも同じような表情で見つめてくるのだから、急に居心地が悪くなる。

 

「な、なんだよ? どうして皆、そんな眼で」

 

 どうして自分がそんな眼で見られないといけないのか? 訳のわからないといった表情のシャルを前に、たんぽぽが笑顔で言い放つ。

 

「あれ、しってる! いつもママがパパにしてるの!」

「!?」

 

 祖父と祖母の様子を見ても動揺しない娘の一言に、シャルは激しく動揺しながらたんぽぽに問いかけた。

 

「な、なにを言っているのかな~? ママはあんなにひどいことを……」

「いつもママは、あんなかんじでパパにおこるよ? ねっ?」

 

 たんぽぽの問いかけに、ヨウタが筆頭になって頷く。隣にいた千冬も『気が付いていなかったのか?』と内心で驚き、真耶に至っては『デュノアさんの家の一子相伝なんですね』と、何かの暗殺拳のような扱いにしだすものだから、シャルは激しく動揺しながらヨウタを揺さぶるのであった。

 

「違うよね!? 違うって言ってよ、ヨウタ!?」

「強いて言うなら、シャルはキックも混ぜてくるぐらいかな?」

「そんな違いなんて全然嬉しくないッ!!」 

 

 至って冷静に解説する陽太と、必死になって違いを主張するシャル。そんな二人を笑顔で見つめるたんぽぽを見て、ふと陽太はたんぽぽを見返して、こう思うのであった。

 

 

「(お願いだから、たんぽぽはこうならないで)」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 ―――同時刻、深夜のギリシャの街中において

 

 ギリシャの商店というのは、基本的に店仕舞いの時間が早く、日本のように深夜帯まで営業しているものなどほとんどない。

 だが、そんな中でも例外として営業している店もある。

 

「…………」

 

 とあるギリシャでも格式高いホテルのバーにおいて、珍しく黒を強調したパーティードレスに身を包んだメディア・クラーケンが、ギリシャの夜景を見下ろしながら一人白ワインを堪能していた。

 亡国機業(ファントム・タスク)本部から、基本的に一歩も出てこないと思われているキャスター・メディアであるのだが、その実は週に数回はこうやって外部の店に一人で訪れることがある。

 

「…………」

 

 否、見た目は一人だが、彼女専属の護衛が影にいつも潜んでいるのだが………。

 

「………………デイズ」

「ハイ」

 

 彼女の呼び声に、店の柱の陰から姿を現すシスター姿のアサシン・デイズは、メディアのすぐそばまで静かに近寄ると、いつもとは少し違う彼女の様子が気がかりになり、問いかけた。

 

「本日は白ワインなのですね?」

「…………ああ」

 

 不機嫌そうに返事を返さない所が、益々様子のおかしさを物語る。

 それにメディアは大の赤ワイン好きのはず。それなのに、なぜ今日に限って白ワインを嗜んでいるというのか?

 

「今日………久しぶりに、夢の中に『英雄(アイツ)』が出てきやがった」

「………『英雄』アレキサンドラ・リキュール」

 

 彼女の親友、組織の創設を行った中心人物。

 

「夢の中でもアイツは変わらん。相も変わらず甘い戯言をほざいて、理想(ユメ)に酔ってやがった」

 

 人類の理想。現人の神の化身………そしてデイズに言わせれば、未だに世界に染みついている『シミ』

 

「アイツが任務から帰ってきたとき、よくこの店で二人で飲んでたんだ。アイツは赤ワインが苦手でな………白ワインならなんとか飲めるんでな。よくアイツに付き合って私も白ワインを飲んでいたものだ」

 

 理不尽の限りを尽くすキャスター・メディアすらも、こうやって穏やかにしてしまえるというのは、確かに一定の評価を下すべきなのか、と違った意味での評価を考えるデイズであったが、ふと、メディアの指先が、酒のアテであるフルーツに止まるのを目の当たりにする。

 

「アイツとは話が噛み合わないんだが、なんでか私はそれが心地よくてな………ついつい、アイツの『我儘』を許してしまうんだ」

「(貴女の理不尽極まる我儘よりかはマシだとは思いますが)」

「夢の中で、アイツは『虫』に集られていた」

 

 虫………つまりは、自分が気に入らない人物たちのことなのだろうが、メディアに言わせれば、この世界とは即ち『メディア・クラーケン、アレキサンドラ・リキュール、そして有象無象の虫』の三つしか存在していないと思っているのだろう。

 それはつまりは自分すらもメディアにとっては『虫』でしかない。いや、ひょっとするなら害虫駆除の機械程度の認識にされているのか? どちらにしろ、情で結ばれた関係であるなどと、露ほどもアサシン・デイズも思ってはいないのだ。

 

「私の生涯の間違いはな………アイツの我儘を許したことだ」

 

 ―――手に持った葡萄を一粒取り、メディアは指でそれを弄ぶと―――

 

「だから生前のアイツにも私は教えてやるべきだった………虫けらにはどのように接してやるべきなのかをな」

 

 ―――手に持った葡萄をそのまま手放し、地面に落ちた瞬間、自分で踏みつける―――

 

「今はもうそれも叶わない。だからさ………あいつの手向けに一つ働いてやろうというんだよ」

 

 メディアはワインのグラスを持って立ち上がり、ワイン越しに夜景を見ながら、妖しい笑みを浮かべるのであった。

 

「コアからのシグナルは継続して観測できているのか?」

「ハイ、毎秒ごとに記録されています」

「よし、継続させろ………今はまだ、ダメだ」

 

 今はまだ、その時ではない。

 ゆっくりと熟成してやらないと、味はしみ込まない。深みがない。風味が出ない。

 

 至上の『絶望』を与えたければ、早急に何事も急いではならないのだ。

 

「どうして? といったところか?」

「いえ………全てはキャスター・メディアのご指示のままに」

 

 深々と敬礼し頭を下げるデイズであったが、その時、下げたデイズの頭にメディアがグラスを傾けてワインを浴びせてしまう。

 

「はっきりと覚えておけよ………人形は人形。人間は人間。英雄は英雄……何事も分を弁えないといかん」

「ハッ」

 

 酒を浴びせられる。ぐらいの理不尽などすでに慣れ親しんでいるデイズであったが、今日のメディアはここで止まらなかった。

 

 ―――降り下ろし、粉々になるワインのグラス―――

 

「お前といい、かつての『愚か者(A)』といい、ラボ・アスピナは塵芥(バカ)の量産しかできない場所なのかね?」

 

 ―――後頭部でガラスが砕け、少しだけ出血してしまうデイズ―――

 

「…………」

 

 自分から流れる赤い血の雫を見ながら、尚も頭を下げた状態で固まるデイズに向かって、メディアは冷たく言い放つ。

 

「覚えておけ。アイツを愚弄していいのはこの世で私だけだ。それ以外の存在は一切許さん。頭の中でもだ………わかったな? 頭の中、でもだ」

 

 それだけ言い残すと、メディアはとっとと店を退出してしまう。

 

 あとに残されたデイズは、彼女が姿を消した後、頭を上げて、ガラスに映った自分の表情を見つめながら、ようやくそこで一言漏らすのであった。

 

 

「塵芥(バカ)か………そうやって粋がれるうちが華ですよ、キャスター・メディア?」

 

 

 

 刃にも似た鋭い瞳が映っていることに、デイズは果たして気が付いていたのだろうか?

 

 

 

 




ヴィンセントお爺ちゃん爆誕!(予想の範囲内)

まあ、娘だろうと孫だろうと、基本的に愛してはいるんです。ただちょっと過剰で人の話聞かないぐらいで


そして、注目はやっぱりベロニカママ。敏腕キャリアウーマンとしても、新米シャルロットママの先輩としても、大活躍。
遠く離れた地にいる娘のことを心配しつつも、新しい孫を愛し、そしてちょっと今回は振り回されてるだけの陽太や、仲間たちにも熱いエールと茶々入れていきます。てか、娘のことを信頼してるけど、やっぱり命がけの戦いになるというなら、どこまでも心配しちゃうのが親なんだろうね


さてさて、次回からはいよいよ、個別のエピソードに入っていきます。
基本的に対オーガコア部隊のメンバーを中心に、たんぽぽをヒロインとして据えていく形式です


そんな個別エピソードのトップバッターは、最近影が薄いセシリア嬢!


夏休みのある日、たんぽぽの遊び相手をしていた彼女の元へ訪ねてくる人物が二人・・・果たしてその正体は?


次回、太陽の翼

『たんぽぽとセシリアお姉ちゃんと、『おばあちゃん』」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

たんぽぽとセシリアお姉ちゃんとお婆ちゃん①

急遽決まった残業のせいで、更新が大幅に遅れて、しかもこんな中途な状態で2019年の最後の更新になりそうな予感!


これだから、私の会社はブラック企業にノミネートされるんだよ!




と、では本編に全く関係のない愚痴はこのあたりにして、続きをご覧ください


 

 

 

 

 

 煌びやかな宮殿における一室で、両親によって手を引かれてやってきた少女は、目の前にいる人物に深々と頭を下げた。

 

『はじめまして、セシリア・オルコットでございますわ!』

 

 小さな淑女(リトル・レディ)がスカートの両裾を指先で掴み、丁寧にお辞儀する姿に愛らしさを覚えた『王国の君主』は、にこやかに挨拶で迎え入れる。

 

『ええ。初めましてね………会いたかったわ、セシリア』

 

 父や母よりも二回り以上の年配者は、日差しを受ける椅子に座りながら、セシリアを見つめていた。

 長い年月を生きてきた者だけが持ち得る、気品と高い徳を含んだ佇まい。後光を背負ったかのような雰囲気は、生まれてこの方出会ったこともない高貴な血筋をセシリアの無意識に悟らせる。気後れしてしまい、挨拶したまではいいがその状態で固まってしまったセシリアを見て、付き添いの父母は心配になって話題を口にしようとするが、手を挙げてそれをやんわりと止めた女性は、テーブルに置いてあったお菓子の入った籠を手に持つと、先ほどまでの威厳のある雰囲気が形を潜め、急に砕けた空気で彼女に話しかけてきた。

 

『貴女が来てくれると聞いて、久しぶりにスフレを焼いてみたのよ? 一緒に食べてくれないかしら?』

『……………』

 

 にこやかな笑顔は目の前の少女を本当に歓迎しているもので、それがセシリアにも伝わったのか、彼女も砕けた笑みを浮かべ、両親の予想を遥かに超える一言を口にさせる。

 

 

『はい、お婆様!』

 

 ―――凍り付くオルコット夫妻―――

 

『あらあら、嬉しいわ。お婆様だなんて!?』

 

 後に、IS学園に入学する直前に謁見したとき、当時のように『お婆様』と呼んでほしいと、熱心にセシリアにお願いしていたことを思い出し、彼女を困惑させるのである。

 

 

 そう、英国女王『エリザベス』は、公共の場に移る威厳のある姿と、もう一つ、歳不相応な茶目っ気にあふれた英国淑女の一面を併せ持った、そんなセシリアにとって大切な『主君』なのである。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 夏真っ盛りな7月も終わりに差し掛かったある日のこと。

 当然のように毎日行われる対オーガコア部隊の訓練は、連日苛烈を極めており、皆は実戦さながらに修練に励む。

 

「そこっ!」

 

 ―――ビームハンドガンによる、連続中距離射撃を行うセシリア―――

 

 蒼いカラーに染められたブルーティアーズ・トリスタンが地表面を滑るように移動しながら、黒いカラーの機体、ラウラのシュヴァルツェ・ソルダートを攻撃し続ける。

 

「チッ!」

 

 小さく舌打ちしながら、ラウラは右腕に最小限のAIRを展開しつつ、ビームを弾きながら返す手でワイヤーソードを二基射出し、同時に両脚部のビームキャノンを展開、砲撃をセシリアの足元に打ち込み、セシリアの動きを牽制して抑制しつつ、巻き上がった粉塵によってワイヤーソードの軌道を隠してしまう。

 次の一手が来る。セシリアは思考を張り巡らせると同時にSBビットを展開し左手のハンドガンをしまい、バルカンモードのスターライト・アルテミスを構えた。

 

「ハァッ!」

 

 二基のワイヤーソードと一緒に、両腕からプラズマソードを構えて突撃してきたラウラを迎え撃つ。複雑な軌道を描きながら襲い掛かるワイヤーソードをSBビットは受け止め、ほかのビットがビームで撃ち落としにかかるが、ワイヤーソードは生物のように弧を描いてビームを回避していく。互いの機体に搭載された補助OSが攻撃と防御を巧みに行ってくれている証拠である。

 そして残った本人同士は、バルカンの弾幕で引き撃ちしながらバックダッシュを行うセシリアと、巧みに弾幕を回避しながら追撃を仕掛けるラウラという図式となっていた。

 

「(間合いを詰められては一気に持っていかれる)近寄らせませんわ!」

「近距離戦闘はしたくないと、透けて見えるぞセシリアッ!!」

 

 多少の被弾を覚悟の上で、右手に最小限のAIRを展開しながら真っ直ぐ突貫してくる。それはさせまいと右手のハンドガンも総員して弾幕を張るが、突如、ラウラはワイヤーソードを引き戻し、それを盾とすることでビームの弾幕を回避しきり、セシリアの懐に潜り込むことに成功した。

 

「(捉えたッ!)」

「そう簡単にッ!」

 

 だが、懐に潜り込まれれば容易い相手と侮ってもらっては困る、と言わんばかりにセシリアは左のスターライトを投げ捨てると、ハンドガンを抜き、両手持ちでインファイトを仕掛ける。

 まずはラウラの右での突き。それをハンドガンで受け止め、左からの薙ぎ払いも防ぎ、周囲のビットで狙い撃ちしようとするが、ラウラの次の行動は彼女の予想を超えるものであった。

 

 ―――鼻先が触れかねない距離で展開されるハイブリッドバスターキャノン―――

 

「なっ!」

 

 ラウラの最大火力を、いきなりこの場で放とうというのか? 撃てば自分も巻き込まれるだろうに………だが、あまりの出来事にセシリアは驚き、咄嗟にその場から退いてしまう。

 

「………フェイントだ」

「!?」

 

 ラウラの余裕溢れる声に、己の失策を勘付くが、時すでに遅し。新たに放たれたワイヤーブレードでグルグル巻きにされ、見ればビットたちも同じように巻き取られ、身動きが取れない状態にされてしまっていた。

 

「全てのビットを出していればまだ反撃の余地もあったのだろうが、私の行動を警戒して二基しか出さなかったことが仇になったな」

「ぐっ!?」

 

 捕縛された上に、反撃の手段がないのでは勝ちようがない。ラウラの言う通り、ワイヤーでグルグル巻きにされてはビットをパージすることが叶わず、キャノンを構えたラウラ相手では三連装小型ミサイルを出しても撃墜は余裕だろう。

 

「………こ、この場の負けは認めますわ」

「……状況終了」

 

 見苦しい真似はせずに素直に負けを認めるセシリアであったが、その表情にはやはり苦々しい物がまざまざと見て取れた。

 

「はぁああっ!!」

「せいやぁっ!!」

 

 そして射撃戦闘を展開していたセシリアとラウラとは対照的に、箒と鈴が二本の刀と二本の青龍刀を激突させていた。

 剣速と技術と技の豊富さを誇る箒と、威力とリーチと剣戟だけではなく至近距離からの龍咆や内臓腕部レーザーサブマシンガンによる射撃などを織り交ぜてくる鈴との互角の戦いは、激しさを増していく。

 

 鍔迫り合いの状態からその場から退いた鈴を追撃するように、箒は間髪入れずに両刃の長剣を形成し柄同士を連結させて高速で回転させて突撃した。エネルギーの炎を纏った『風輪火斬』を繰り出し、斬りかかってきた箒に対して、鈴はその場から反転しながらコマのように一回転し、遠心力を上乗せした双天牙月で迎撃し、結果、甲高い音を上げて青龍刀が鈴の手から吹き飛ばされてしまう。

 それを勝機と思ったのか箒が更にもう一撃加えようとするが、すぐさま鈴は両腕のレーザーサブマシンガンで銃撃し、箒はその場で刀を回転させて防御を余儀なくされてしまい、今度は鈴がサブウェポンのビームサーベルを抜き放って斬りこんでくる。

 

「せいっ! ていッ! ハッ!」

 

 中国拳法を織り交ぜた斬撃は、日本の古流剣術を学んだ箒にも見切り辛く、捌くので精一杯の後手回りに追い込まれしまった。しかも鈴は斬撃だけではなく、蹴りや肘打ちの打撃も織り交ぜてくるものだから段々と被弾の数も多くなっていく。幸いに打撃では中々シールドエネルギーのゲージは減らせないのだが、その時の衝撃が仇となって、他の武器による攻撃につなげられてしまってはたまらない。

 

「だからとてっ!!」

「!?」

 

 しかし、箒も押されっぱなしでいるわけでもない。鈴が繰り出したビームサーベルの一撃を、右足のビームブレイドで弾き飛ばすと、今度は怒涛の連撃で鈴を追い込んでいく。連続の突き技からの袈裟斬り、そしてトドメと言わんばかりの右の唐竹割り。それら全てを回避しつくした鈴はカウンターでビームサーベルを振るい、箒も負けじと両刀で迎え撃つ。

 

 

 ―――弾ける空気と衝撃波―――

 

 

「箒も鈴も、最近すごく調子よさそうだね」

 

 その様子を目にしていたシャルロットがしみじみと感想を述べる中、彼女の足元に蹲っていた一夏は恨めしそうに彼女を見上げて、嘆願する。

 

「も、もう一度!?」

「ダメだよ。一対一の模擬戦は一日一回。時間よりも回数よりも内容。時間が余れば自分で振り返って反省………部隊の規則でしょ?」

 

 その成長によって接近戦が得意な箒や鈴との戦いは驚異的に食い下がれる一夏であったのだが、射撃と回避が得意な上に、全距離を対応できるシャルロットとの戦いは特に苦手としており、本日も全くいいところなしでシールドエネルギーを0にされ、ノックアウトされたのだった。近接戦闘に持ち込もうにも、一定距離を取りながら射撃を打ち続けるシャルの得意技の前には、全く成す術無く完封され、遠距離攻撃は全て防がれ、ツインドライブでパワー勝負に打って出ては回避され、今はこうして地面に蹲っていることに、自分自身泣きそうになるぐらいの情けなさを一夏は感じていた。

 陽太や千冬の目から見れば、如何に驚異的な成長を遂げていても経験不足は否めず、特に不測の事態に対しての対応力はまだまだ未完成であると言われるだろうが、どちらかといえばひらめき型のタイプであるのだから、それなりに場数を踏ませれば、徐々にだが頭角は現れだす。それが現状の二人の隠された見解であった。

 

 結局、その後、激しさを増す箒と鈴の二人の戦いは、時間制限からのドローという形で落ち着くのである。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「しっかし、アンタも中々やるわね~?」

「………何がだ?」

 

 訓練後の更衣室横のシャワールームにおいて、席を隣にした鈴が温水を浴びる箒に何げなく話しかけてきたのだ。

 

「ISよ」

「ん?」

「こうして手合わせしてみると、やっぱりアンタはそこいらの奴等とは格が違うわ。『篠ノ之束の妹』さん?」

 

 割と今更のような話題を振ってきた鈴に対して、怪訝な表情となる箒であったが、そんな彼女に鈴は出会ったばかりのころを思い出しながら話を続けるのであった。

 

「出会ったときはさ、『この女、なんて鼻持ちならないんだろう』って内心では思ってたのよ。愛想無いし、私のことは露骨に嫌ってたし」

「………出会った時のことなら、お前だって問題があっただろ?」

「ハハッ………でも、よく考えたら、アンタがあの時、私の正体バラさなかったら、ここにはいなかったのよね」

 

 箒が自分の正体をバラしたときは絶望に染まったものだが、結果として今はこの仲間たちと一緒に戦える喜びを感じる居場所を手に入れたのだ。そう考えると、鈴としては箒のことを怒ったらいいのか感謝したらいいのか分からなくってしまい、結果として彼女の顔を見て吹き出してしまう。

 

「………何が可笑しい?」

「おかしくない、おかしくない………てかアンタ、最近『篠ノ之 束』の名前出されても、怒らなくなったわよね?」

 

 さっき嫌味のつもりでサラッと言ってしまったのだが、箒はそれを自然と受け流し、別段気に留める様子もない。

 少なくとも鈴の目から見た姉妹のやり取りを見る限り、『実は内緒で和解しました』とかいう流れになるはずもないことだけは予想できたのだが、箒の様子はやはり以前とは違っていたのだった。

 

「………いや、最近思うのだ」

「ん?」

「私は、あの人に怒りを感じるほどに、あの人のことを知っているのかと」

 

 姉と両親の仲が絶望的に悪いことは子供ながらに察してはいたが、しかし、姉の知られざる話を聞かされると、それは単に姉がISを開発したことが引き金になっているとも思えない。それに、恩師のことであれほど取り乱す姉の姿を見たとき、彼女はひそかに動揺していたのだ。

 

「幼い頃から、私はあの人とほとんどまともに会話をした記憶がない。父は姉にどう接したらいいのかわからない様子だったし、母は全身であの人のことを見ないようにしていたし、それでも我慢できないときはヒステリックに叫んでいた時もあった」

 

 少なくとも自分に対して邪険に接したことは一度もなかったと思う。むしろいつもニコニコ笑いながら自分を見てくれていたが、両親の態度を目の当たりにして、知らず知らずのうちに距離を置いていたのだ。そしてそのうちにISを開発したことによる一家の離散、自分はたらい回しの目にあい、最後に二人っきりで再会したときは簪が意識不明になった時だった。

 

「あの時の私は、簪の敵討ちとオーガコアへの怒りだけで頭が一杯だったから、正直、姉がどんな顔をしていたのか全く覚えていないんだ」

 

 言葉はいつも通り、どこか人を小馬鹿にしたようなものだったが、果たして表情はどんなものだったのか? ひょっとしたら、実は自分が想像しているものとは違うものなんじゃないのか?

 そう考えると、箒は自分は今まで何をしていたのかと、自問自答し始めたのだ。

 

「今は怒りよりも戸惑いが大きくて………駄目だな私は。すぐにその場の状況に流されしまって」

「………そんなことはないんじゃない?」

 

 例え感情的に目の前のことに対して動いてしまっても、その後に色眼鏡無しにちゃんと相手のことまで考えられることは人間として美徳のはずなのに、どうしてこうやって後ろめたく考え出す箒の姿は、鈴にはどこか面白く映るのであった。

 

「(最近は色々あって、フォロー役やらせられる時が多かったけど)」

 

 ―――目の前で面白いおもちゃを発見―――

 

 ―――即時に弄り倒すことにする―――

 

 普段は自分で人間の屑呼ばわりする陽太と発想がどこか似ている。と隊内のみんなに思われているということに一人気が付いていない鈴は、頭を抱えて悩みだした箒の背後から抱き着いてしまう。

 

「(とりあえず手付として可愛らしい悲鳴を上げなさい!)ていっ!」

「ひゃいっ!」

 

 ―――弾力と柔らかさが二律背反した大きな塊な何かの感触―――

 

 手から伝わってきた情報が脳内で光速で駆け巡り、鈴は正確な処理を行った後に、ゆっくりと手を離すとハイライトが消えうせた瞳で、箒を改めて見つめる。

 

「な、何をするんだ!? 無礼者!!」

「……………無礼者はアンタの方よ。返してよ……私の乙女のプライドを」

「????」

 

 勝手に玩具にした人物から半泣きで見返されて、余計に混乱する箒であった…………彼女に罪はない、とだけは断言しておこう。

 

 乙女心をブロークンされた鈴は、怒り心頭で体中を泡だらけにしだす中、外から何やらシャルが大声を張り上げているのが聞こえてきた。

 

『どうしたの二人とも!?』

『みんな、どろんこ~~』

『…………酷い目にあった。てか、たんぽぽはいい加減、その駄犬に乗っかってタックルしてくるな!?』

 

 何やら話し合っている三人であったが、やがてシャワールームに泥だらけに笑顔な全裸のたんぽぽと、ため息をつきながらバスタオル姿のシャルロットが入室してくる。

 

「もう………駄目だよたんぽぽ。ポチに無理なお願いしちゃ?」

「でも、ポチはすごくはやいんだ!」

 

 キャッキャッと興奮しているたんぽぽの様子を不審に思った鈴が、シャルに問いかける。

 

「陽太の声も聞こえてたけど、何を一体やったの?」

「ん?」

 

 鈴に問いかけられ、シャワーから適度な温かさになるように温度を調節しながら温水を出していたシャルはシレッと答える。

 

「たんぽぽとクロとシロを乗せたまま、ポチが陽太の背中に時速45kmぐらいで激突したんだって。それで、踏ん張れなくて昨日の通り雨でできた泥濘に全員突っ込んだと」

「………アイツも大概ギャグみたいな耐久値してるわよね」

 

 ※時速40kmで物体が激突した場合、大体重量の30倍の衝撃が掛かると言われています。ちなみにポチの体重は90kg弱である。

 

「ま、まあ………鍛えてるだろうし」

「アイツのあのツルハシ特訓は、娘の無邪気な愛情タックルを受け止めるためだと思うと、ちょっと可哀そうにも思えてくるけど………」

 

 不満を口にはするけど毎日頑張っているだけに、確かに少しもの悲しくなるシャルロットであった。

 しかし、そんな義母の哀愁など知る由もないたんぽぽは、箒の元まで行くと彼女に体を洗うようにお願いするのであった。

 

「箒お姉ちゃん、たんぽぽをあらってください!」

「ん」

 

 母親役のシャルを除いて、その実は一番たんぽぽの面倒を見ているのは箒であったためか、自然と彼女を頼ることが多いたんぽぽと、それを意図せず自然に受け入れる箒は、その場にしゃがみ込み、彼女の身体の泥を落としながら穏やかな声で言い聞かせる。

 

「髪に付いた泥を洗い流すから、いつもように我慢できるか?」

「あいっ!」

 

 そういって、思いっきり目を閉じて耳に指を突っ込んで水が入るのを防ぎながら、気合を入れて待ち構える幼女相手に、自然と苦笑してしまう箒は、彼女が嫌がらないように注意しながらゆっくり泥を洗い流しながら、シャンプーをしてあげる。

 

「もう少しの辛抱だぞ」

「!」

 

 首を縦に振って健気に返事するたんぽぽを見て、慌てず丁寧に迅速にシャンプーを洗い流してあげた箒は、水分を含んだ髪の毛をタオルで丁寧に拭ってあげるのであった。

 

「よし、いいぞ」

「ぷはぁー!」

 

 瞳を大きく開いて奇麗になった解放感に酔いしれるたんぽぽであったが、その時彼女は自分の目の前でプルプルと震える大きな二つの水蜜桃の存在に気が付く。

 

「…………」

 

 注意深くそれを観察するたんぽぽは、視線を次に無言で先ほどから湯にあたり続けていたセシリアへと向け、次にシロを上機嫌に洗っているシャルロットへとずらしていく。

 

「…………」

 

 そして視線はやがてラウラから鈴へと向き、彼女は最後に鈴を指さしながら箒へと問いかけるのであった。

 

「箒お姉ちゃん」

「ん? どうしたのだ?」

 

 タオルを泡立たせながら、たんぽぽの身体を洗おうとしていた箒であったが、幼い少女はそんな箒に核砲弾のような質問を直撃させた。

 

 

 

 

「どうして鈴お姉ちゃん、オッパイちいさいの? かわいそうだよ」

 

 

 

 ―――ょぅι゛ょ の 無 垢 な 質 問 が 乙 女 の ハ ー ト に 直 撃 ―――

 

「!!?」

 

 物凄い形相でシャワーノズルを握り潰した鈴が、シャワー室の壁に額をめり込ましてしまう姿をたんぽぽ以外が注目する中、彼女は真剣に憐みの表情で箒に訴え続ける。

 

「ラウラお姉ちゃんもちいさいけど、鈴お姉ちゃんよりもおおきいよ! それに箒お姉ちゃんがすんごいおおきい! だけど鈴お姉ちゃんはすんごくちいさい、そんなのかわいそうだよ!」

 

 哀れみの表情すら浮かべるたんぽぽと、鈴が壁に額が現在進行形で陥没を続ける中、箒は必死に言葉を紡いで塞き止めにかかる。

 

「ま、待て。たんぽぽ! 女性の胸の大きさとは、一概に統一されているものではなくてな…」

「ヨウタパパいってたもん! 『おとこはかおみてせいかくみておっぱいみるんだぞ!』って」

「(あの馬鹿がぁぁっ!)」

 

 どんな顔して言ったかまではっきりと脳内でイメージできるだけに、風呂から上がったら真っ先に天誅をくれてやろうと思う箒である。

 

「のほほんちゃんも真耶ちゃんもちー先生もおおきいのに、鈴お姉ちゃん『だけ』ちいさいなんて………どうしたらおおきくなるの?」

 

 微妙に思考が可哀そうからどうすればいいのかと勝手に移行し始めたたんぽぽは、瞳を輝かせて瞳が点になっていたシャルロットにも問いかけた。

 

「どうしたらいいの、ママ!?」

「えっ? あっ………そ、そもそも、おっぱいは赤ちゃんに吸ってもらうためのもので、決して男の人の……その……せ、性的なもののためでは………」

「せいてき?」

 

 なにそれ? と首を傾げる義娘相手に、言葉を選んで説明できない自分の語力の無さを悔いながらも、どうしたらいいのかわからないシャルは、思わず余計なことを口走てしまう。

 

「お、女の人のおっぱいは………母乳を出すものであって」

「ぼにゅう………しってる! あかちゃんがすうミルクなんだよね!」

「そ、そうだよ」

「じゃあ、ママもぼにゅうでるの!? たんぽぽ、すいたい!」

 

 瞳を輝かせて飛びかかろうとするたんぽぽの姿に危機感を覚えたシャルは、とっさに左腕で自分の胸元をガードすると、思わず残った右手で箒を指さしてしまう。

 

「(は、初めては……ヨr)マ、ママよりも大きいよ!」

「シャルッ!」

 

 まさかの裏切りに、抗議の声を上げようとする箒であったが、目の前ににじり寄るたんぽぽに恐れをなし、彼女も思わず口走ってしまった。

 

「(は、初めては……一r)わ、私よりも………!!」

 

 ―――指差されるは、イギリス社交界の一凛の薔薇(自称)―――

 

「はあぁ~!?」

 

 まさかここで味方の造反を食らうとは思ってもみなかったセシリアは、にじり寄ってくる幼女の存在に気が付き、慌てて静止しようと声を張り上げた。

 

「お、お待ちなさい、たんぽぽさん!? わ、わたしは貴族としての決まりがありまして、初めてはちゃんと婚姻の契りを交わした相手ときまっていて」

「おっぱい………じゅるる~」

 

 聞いちゃいねぇ、この幼女。

 

 そして尚も言葉を続けようとするセシリアであったが、我慢を知らない誇り高き現代のちびっ子の前には虚しい抵抗であった。

 

「おっぱいーーー!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

 ―――うぅ、はぁ、あ、あ、あぁん!んぁーいぃー!ああぁぁっ!くぅ!あっ、あっ、気持ち………っ! はぁんんんんんぃぃぃぃんん、ぃぃぃ、はぁっ! んぃぃぃぃぃ! こ、こんな……こんなはしたないこと………ひぁぁぁ! んんぃぃぃ! にゃあん! はふ、あん! きゅうううん♥♥♥ アッ♥ンンーッ♥♥そ、そんなにされたらぁぁっ♥♥♥アアッ♥♥ち、乳房がぁっ♥♥乳房がぁぁっ!!―――

 

 

 

 一心不乱に母乳を求める幼女と、はしたないと自ら思いながらも嬌声上げちゃうお嬢様の当事者二人を除き、その光景を見ていた誰もが顔を真っ赤にし、口を開いたまま硬直してしまう。いち早く止めに行かないといけないことは頭の片隅で理解しておきながらも、こんなピンク色の喘ぎ声をあげるセシリアに対して喜怒哀楽のどれにも属しない謎の感情が湧き出てしまい、しばし放置してしまう。

 

 ―――ポンッ! とワインの栓を開くような音がシャワー室に鳴り響く―――

 

「ん………おっぱいからミルクでないよ~、ママァ~!」

 

 一人気が付いていないたんぽぽが無邪気に困惑する中、完全に純情な乙女としては晒してはいけない表情でアヘがってしまっているセシリアをどう介抱するべきか、気が付いた後にどうフォローを入れるべきか、まだまだこの方面には全面的に疎い対オーガコア部隊女性陣であった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 日本某所・国際空港

 

 日本国内に限らず、諸外国へ経由するために利用する東アジア最大の国際空港のロビーにおいて、日本の暑さに驚きながらもどこかそれすらも楽しんでさえいる、一人の貴婦人がいた。

 年齢は既に還暦を超えて久しく、もう若い頃のように振舞うことはないが、上品な出で立ちと身なりの良さ、そして老いすら楽しむことを信条としている『英国』の血が、不思議と彼女を輝かせて見せていた。

 

「申し訳ございません。少々手続きと行きのタクシーを捕まえるのに手間取ってしまいまして」

 

 そんな彼女に声をかけた妙齢の女性。結い上げられた金糸の髪を宝石の付いたバレッタで止めた、スーツ姿の女性は、キャリーケースを引きながら貴婦人に話しかける。

 

「アラアラ………こういう手続きが苦手だったなんて。書類仕事は得意分野じゃ、なかったかしら?」

「そうは言われましても………今回、一般人に紛れ込むなんてことを思いつかれたため、出国手続きが強行軍になってしまって、こちらのほうの準備が未完了だったんですよ?」

 

 今頃、内閣府が大露わになってますよ。と女性の小言もそよ風のように受け流し、老婦人は柔和な笑顔を浮かべ、悪戯が成功したかのように楽しそうにする老婦人に若干呆れ返る女性であったが、すぐさま表情を切り替えると、早速出発することを彼女に告げるのであった。

 

「では、陛………」 

 

―――人差し指を口に当てて、『今日はその呼び方はしないでね』とジェスチャーを送る―――

 

「申し訳ありません『エリザベス奥様』。では、まいりましょう」

「はい。それでは参りましょうか、『ジーナスさん』」

 

 見た目は、年老いた夫人とその付き人。実際には年齢差こそあるけど仲の良い友人のような二人が空港を後にし、目的地である二人の縁の深い少女、セシリア・オルコットが在籍しているIS学園へと向かうのであった。

 

 

 

 

 




このおばあちゃん、どこのエリザベスさんなのか………なのか……。


次回、いよいよ女王……じゃなく、お婆様とセシリアさんの対面となります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

たんぽぽとセシリアお姉ちゃんとお婆ちゃん②

僕じゃない

僕じゃない

僕じゃな~い

2020年初更新が遅れた責任は僕じゃな~い








嘘です。全部フゥ太が悪いのです


スランプじゃないよ! ただやることが多かったのと、突然のハプニングが続いただけさ!




 

 

 

 

 

「「いきなり、ナ〇ーム・〇ンビネゾン~~~~~ッ!!」」

「キャビホッ!」

 

 シャワー室の一件から立ち直って数十分。

 乙女としてあってはならない屈辱を受けてしまった英中コンビによる、至高のツープラトン技によって、近くにあった鉄柱に腹部を突き刺されたのは、幼い娘にいらぬことばかり吹き込んだ陽太であった。

 

「「思い知った(知りました)か!?」

「〇ン肉族の根底は慈悲なのに………ガクッ」

 

 そのまま失神した陽太を見て、ようやく少しだけ溜飲が下がった英中の二人と、顔を真っ赤にして何があったのか恐る恐る一夏に説明する箒、そして『今回の件は、私はフォローしないからね』と頭を抱えるシャルロットと、ラウラとポチとシロとクロと一緒になって醜いオブジェと化したパパを興味深げに下から見つめるたんぽぽ。

 そんな連中を一通り眺めていた千冬はというと、とりあえず失神してる隊長を問題なく放置することを通常営業のように行いつつ、午後の予定を皆に言い渡す。

 

「とりあえず、午後からシュチエーションD、パターンΔでの戦術訓練を行う。それまでそこのバカは起こしておくように」

『ハ~イ』

「あと、今日の半休はオルコットだったな?」

 

 皆のスケジュールを手元のタブレットで確認しながらセシリアへと問いかけた。

 

「は、ハイ! 私ですわ!?」

「……………」

「オホホホホホッ♪」

 

 赤面して肩で息をしていたことを悟られないよう上品に笑って誤魔化すセシリアであったが、千冬はそんなのどうでもよさげにタブレットを睨みつけながら、何やらシャルを手招きして相談し始める。

 

「(実は急遽、布仏達に急用が出来たらしく、山田君の手も空いていないのだ)」

「(えええぇ~~~!?)」

 

 焦った表情のシャルが、不思議そうに自分を見つめるセシリアと、拾った木の枝で失神している陽太を突いているたんぽぽの交互を見比べ、彼女はさらに千冬と小声で相談を続ける。

 

「(やっぱり、私が交代した方がいいでしょうか?)」

「(うぬ………轡木先生も今はおられぬしな)」

 

 意を決したシャルは、何とか角が立たないような言い回しを選びながらセシリアに言葉を紡いでみる。

 

「あ、あのねセシリア………今日の半休の話なんだけどさ」

「はい?」

「どうも今日はのほほんさん達も都合が悪いみたいだし、十蔵先生も今はいないし、山田先生もダメっぽくてさ…………た、たんぽぽの面倒を見る人が」

「………ふむ」

 

 そこまで言うとセシリアが何かを考えこむポーズを取り、シャルはそれが「自分と半休を交代してくれる」ものと思い込む。

 彼女のことを別段馬鹿にしているつもりはないが、セシリアの普段の様子を見ている限り幼子の世話が得意そうとは思えず、また時々発揮しる貴族特有のボケっぷりを思い出し、出来たら自分と変わってほしいなぁ~と思うのであった。

 

「そうなのですか………ならば、致し方ありませんわね」

 

 かつてないほど自分の思いを正確に受け取ってくれたセシリアに、シャルは満面の笑みを浮かべ、つい先出しでお礼を言ってしまう。

 

「そうなの! ありがとうね、セシリア!!」

「そうですわ!! このセシリア・オルコットに全てお任せください!」

 

 キャッチボール成立。とシャルが思ったのもつかの間………。

 

「わたくしが、たんぽぽさんのご面倒を立派に見て差し上げますわ!」

「ヴぁあ゛っ?」

 

 普段のシャルロットであるのなら上げないような声をあげながら硬直する彼女を放置し、セシリアはたんぽぽの方へと向き直ると、彼女に言い放つ。

 

「………たんぽぽさん」

「あい?」

 

 ポチとシロとクロが陽太を甘噛みして涎だらけにしているのを見守っていた幼女が振り返る中、セシリアは華麗なポーズを決めながら言葉を続ける。

 

「これから半日の間、このセシリア・オルコットが貴女のお相手をして差し上げます」

「セシリアお姉ちゃんが、いっしょにあそんでくれるの?」

「ええっ! そしてその間に………淑女としての振る舞いも、たっぷりと教えて差し上げますわ!」

 

 セシリア・オルコットとは善意の人。

 

 セシリア・オルコットとは正義の人。

 

 そしてセシリア・オルコットはちょっとズレた人。

 

 熱意と善意に溢れるやる気満々のセシリアを止める言葉を、終ぞ迄シャルロットは思いつくことが出来なかったのである。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

その後、心配そうに食い下がるシャルを箒とラウラが引きずっていく(ついでに陽太は一夏が引きずっていく)形で、その場を後にしていく仲間達を見送ったセシリアとたんぽぽ達は改めて向き合う。

 

「では、たんぽぽさん」

「あいっ!」

 

 元気良く声を上げて手を挙げる幼女を見て、つい微笑んでしまう。

 本国で過ごす日々の中で、こんな年少の少女を相手に遊ぶなどということは一度もなかった。物心ついた時から立派な貴族になるための教育が始まっていたし、自分もそれが当然であると感じていた。両親の死後はそこへ更にISの訓練と、一足早い当主としての振舞いの教育も加わり、年頃の少女のような同年代との戯れも色恋沙汰なども遠ざかり、せいぜい社交界にて年上の殿方の相手や、持ち上がるたびに断るのもウザったい貴族同士の見合い事などがほとんどであった。

 

「(お母様たちが生きていらっしゃる時はどうだったでしょうか?)」

 

 目の前のたんぽぽぐらいの年頃のころ、両親は元気で健在だった。思い返しみると無邪気にこのように笑って二人の間を駆け回り、無償の愛に育まれていたような気がする。

 

「(そうだ………あれは、私の五つの誕生日の時………私はお父様の膝の上に乗って、お母様に)」

 

 そこまで思い出したセシリアであったが、急に首を横に振ると、何かを振り払うように表情を厳しいものにしてしまう。

 

「(あんな、『裏切者』のことなど、思い出してどうするというのですか!?)」

 

 ―――母様が死を迎える瞬間に、背を向けて何処かへ向かおうとする父(裏切者)の背―――

 

「…………セシリアお姉ちゃん?」

 

 足元で自分をのぞき込むたんぽぽとポチ達に気が付いたセシリアは、誤魔化す様に笑顔を作ると両手を掴み、何をして遊ぼうかと相談する。

 

「ではたんぽぽさんは何をされたいですか? 私、こう見えましてもバイオリンなども少々嗜んでおりますわよ?」

「ばふぁりん?」

 

 優しさで半分が作られているお薬ではないのだが、セシリアはそこへツッコミは入れずに、次々と何だか自慢をするように提案を続ける。

 

「乗馬などができましたら良かったのですが、ここはIS学園ですのでそのような施設がございませんし………本国へ帰れば、たんぽぽさんとご一緒にわたくしが乗馬して差し上げますが」

「じょうば?」

「馬に乗ることですわ」

 

 馬、と呼ばれる物をテレビや絵本でしか見たことないたんぽぽであったが、やがてイメージが出来たのか、ピョンピョンとその場に飛び跳ねながら、両手を挙げて喜んでセシリアに話しかけた。

 

「たんぽぽ、しってるよ! おうまさんにのって、みんなでいっしょに『きょうそう』するんだよね!?」

「競争………ですか?」

「パパがテレビでこのあいだみてた! あと、ちっちゃくて、すうじがかいてる『かみ』をたくさんもってたんだよ!」

 

 自分の思っていたイメージとは乖離しているたんぽぽのイメージに首をかしげてしまうセシリアは、彼女が言っていることが何の話なのかわからなかったが、たんぽぽは『あとね、『たんしょういってんがい』とか、『あんぜんぱい』とかいってた………あ、このことはママにいっちゃダメって。みつかったらおそろしいめにあうからって』と漏らしているところ、隠れて競馬の馬券を仕入れているところをたんぽぽに見つかったようである………どうして自分から危ない場所に飛ぶこむのか。

 

「とりあえず何のお話か分かりかねませんが、陽太さんも楽しんでおいでで………本国へと行かれることがあれば、三人で乗馬を楽しむというのもいいかもしれませんね」

「うん。じょうばをたのしむ」

 

 ツッコミ不在の場に陽太は感謝するべきなのかもしれない。

 

「それでは改めまして………たんぽぽさんは何をして私と」

「オニゴッコッ!」

 

 元気よく手を挙げて提案したたんぽぽの笑顔を見て、セシリアは確認するように首を傾げながら彼女に問いかける。

 

「オニゴッコ………とは、10数える間に逃げた人を追いかけるゲーム、でしたか?」

「うん! あと、タッチしたら「おに」をこうたいするの!」

 

 日本の遊びであるが、セシリアも知るほどにポピュラーなものであったのが幸いし、さっそく始めようとする。

 

「じゃあ、セシリアお姉ちゃん! あっちむいて10かぞえる。たんぽぽはスタコラサッサ」

「フフフッ」

 

 後ろを振り返り、さっそく逃走の体勢を整えるたんぽぽにセシリアは愛らしさを覚える。子供らしく全力で逃げようとしているのだろう………しかし、相手は未来の英国正代表(予定)。

 

「では………ひとーつ、ふたーつ、みっつ……」

 

 高々5歳児程度が全力で走ったところでどれほどの距離を開けるというのか。そして自分は未来の正代表(自称)。さすがに五輪の陸上選手に敵うとまでは言わないが、並みのアスリートと同等以上の身体能力は持っているのだ。

 

「………ななーつ、やぁーっつ」

 

 子供相手に全力を出しては貴族の名折れ。ここは遊戯ということで、できるだけたんぽぽに合わせる形で後ろを追いかけてあげよう。なあに、20秒もあれば向こうのほうが息を切らしてしまうに決まっている。

 

「とうっ!」

 

 笑顔で振り返るセシリアは、ゆっくりと周囲を見回し、必死に逃げているであろうたんぽぽを探してみる。

 

 

 

 

 

 ―――遥か地平の彼方、ポチの背中に乗って豆粒ほどの姿になっているたんぽぽの姿―――

 

 

 

 

 

「……………犬を使うのは卑怯でありませんか!?」

 

 全力疾走で彼女の後を追いかけ始めるセシリアであったが、原付ほどのスピードで走るポチに追いつけるはずもなく、20秒ほど立って息を切らした後に、完全に姿を見失うのであった。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 一方。

 思わぬ苦戦を強いられることとなったセシリア・オルコットに会うために、イギリスからやってきた老婆と付き人の女性の二人は、学園の近くにタクシーを止めると、そのまま正門ではなく裏門の来客用の入り口に向かって歩いていた。

 

「日本の夏は湿度が高い。と聞いていたけど、本当に暑いわね」

「ですから門までタクシーで行きましょうと言いましたのに」

 

 日傘を指して歩く老婆の斜め後ろで、眼鏡をかけてキャリーバックを引っ張っている女性が少々呆れた感じで話しかける。

 

「ごめんなさい………普段は公務公務で、こんなに外をゆっくりと歩くことなんてなくて」

「私どもも治安が100%安全であるのなら、ゆっくりと歩いていただいても構わないのですが、残念なことにその様なことはないので、陛下には・」

「ジーナスさん?」

 

 にこりと笑って振り返るが、結構威圧感が伴っている気がしないでもない。

 

「『奥様』の身の安全には、我々も細心の注意を払っていますが、安全確保のために致し方ないのです」

「では普段も貴女が一緒にいてくれれば?」

「私も完璧ではありませんし、万が一もあります。後、他の仕事もありますから」

 

 慣れたやり取りで会話しつつ、眼鏡の奥で周囲365度に警戒するジーナス嬢が一瞬の空気の流れを感じ取り、足早に斜め後ろから斜め前に位置を変えると、肩から下げているバックの中に手を入れ、隠し持っていたハンドガンのセフティーを解除する。

 彼女が瞳をそちらにやると、IS学園内に植えられている植木が揺れるのであった。

 

「プハッ!」

「ワオンッ!」

「ニャン!」

「ニャンッ!」

 

 ―――緑の茂みから顔を出す、幼女と犬と猫二匹―――

 

 セシリアから逃げ果せたたんぽぽ達は、そのまま自分の身を隠すために茂みの中に隠れていたのだろう。しかし、茂みから顔だけ出して辺りを見回すたんぽぽと、びっくりしている二人との瞳が交差する。

 

「あんぜんかくほ!ー………あっ」

「あらあらあら」

 

 驚いていても上品さを失わないエリザベスと、流石に銃を抜くことはせずにバックから手を放すジーナスは、突如現れた珍客相手に一瞬だけ驚いてしまうが、すぐさま笑顔を取り戻すと同時に挨拶をするのであった。

 

「こんにちわー!」

「ワンッ!」

「「ニャンッ!」」

「あら、こんにちわ」

「こんにちは、小さなお嬢さんと可愛いお友達さんたち」

 

 目の前の老いた貴婦人と護衛の女性に対して、特に警戒することなく挨拶をしたたんぽぽは、そのままの状態で話を続ける。

 

「いまね、セシリアお姉ちゃんとおにごっこしてるの」

「「セシリアお姉ちゃん?」」

「そうだよ! おににつかまると「ごうもん」されたうえに「さらしくび」にされちゃうんだよ。陽太パパがおしえてくれたの」

 

 幼女相手にここぞとばかり嘘を吹き込む酷いパパである。しかし、イギリスから来た婦人二人はそこではなく、やはり「セシリア」という言葉に反応し、目と目を合わせた上でもう一度たんぽぽに問いかけてみる。

 

「お嬢ちゃん………そのセシリアお姉ちゃんって、どういう娘さんなの?」

「セシリアお姉ちゃんはね………イギリスっていうくにの「めいもんきぞく」で、みらいのだいひょうなんだよ!」

「まあ」

「あの娘ったら」

「あと「ばふぁりん」がとくい」

 

 指を天に差して高々と叫ぶのは、きっとセシリアの真似なのだろう。二人は嬉しそうな表情になると、たんぽぽにあることをお願いする。

 

「私達ね、そのイギリスからセシリアお姉ちゃんに会いに来たのよ」

「ご案内お願いできるかしら?」

「ごあんない? たんぽぽが…………おしごとっ!!」

 

 お仕事、という響きが自分で言っていて大変嬉しかったのか、茂みから飛び出ると、学園と道路の間を作っていた柵を潜り抜け(子供ならば抜けられる間隔であったため)、彼女は三匹の動物を引き連れ二人の横に飛び出ると、諸手を挙げながら瞳を輝かせて言い放つ。

 

「では、ごあいないいたすます。おきゃくさま」

 

 キリッとした表情で慣れない敬語を必死に使う小さな案内人に笑みが零れてしまう。そして、二人の前に立つと左手を差し出し、「あんぜんかくにー!」と言いながら、人がいない道を指さしながらゆっくりと歩きだす。

 

「ありがとう………お名前は、たんぽぽちゃんで良かったかしら?」

「ハイ、ようございますです」

 

 綺麗に右手と右足、左手と左足が一緒に出ているフォームが可笑しさと愛らしさを同時に抱かせ、エリザベスに笑顔を浮かび上がらせる。

 

「たんぽぽちゃん。セシリアとは、仲良しさんなの?」

「あい。セシリアお姉ちゃんはたんぽぽとなかよしさんなんですます」

「セシリアはいつもはどんな感じで過ごしているのかしら?」

「セシリアお姉ちゃんは…………」

 

 たんぽぽの脳裏にいくつもの姿が浮かび上がり、同時に目下全力でたんぽぽを校内で探し回っているセシリアに悪寒が駆け抜ける。

 やがてたんぽぽは悩んだ末に、『ありのまま』の姿を報告するのであった。

 

 

「ラウラお姉ちゃんにまけて、『つちのあじをおぼえた』んだって。パパがいってた………あと、どんなにすってもおっぱいからミルクがでませんでした。あかちゃんまだうまれないからかな?」

「……………」

「……………」

 

 

 ―――貴方はこのIS学園に来て、何があったというのですか。セシリア!?―――

 

 イギリスから来た知り合い二人の想像を遥かに超える体験をしているセシリアの様子に、戦慄を覚えずにはおれなかった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 一方、幼女案内人によってイギリスの最重要人とその護衛の二人が案内されている中、IS学園首脳部はパニックに陥っていた。

 

「………それはマジですか、更識君?」

『冗談で緊急回線を使って、英国の女王陛下のお名前を出すほどの度胸はありません。学園長』

 

 一時、家の用事のために帰宅していた楯無が英国政府から連絡を受けた公安によって、緊急案件を受けたのが1時間前。内容を聞いた当主による権限により、更識の国内ネットワークを駆使して二人を追跡した結果、このIS学園周辺で姿が目撃されたのが数分前。

 何の前触れもなく、突然の来訪を知らされた日本政府とIS学園はてんやわんやの大騒ぎである。

 

「と、とにかくこちらも受け入れのための準備を今、教員の方々に頼んでいます」

『私もそちらに至急戻ります。最近は亡国機業以外のテロリストの活動も活発になってきてますから』

 

 そういって通信機を切った十蔵は、全身から噴き出た冷や汗を拭うことも出来ずに頭を抱えてしまう。

 相手はかの欧州の象徴の一人である英国女王である。いくら極秘に来日しているからといって、何かあれば日英の外交問題だけでは済まずに、欧州との関係にも深刻な影響を与えかねない。

 

「(とりあえず信頼のおける人物に接客をしてもらって、こちらの準備が整うまでの時間を稼いでもらわねば)」

 

 しかし、すでに案内人は確定しており、しかもこういった場面で考えると限りなく問題しかないような人物であることをこの時の十蔵はまだ知らずにいたのであった。

 デュノア社に続いて二件目の来賓ということで、急ぎ準備を進めようと電話の受話器を手に取った時である。執務をするための机に設置されたモニターに映し出された映像を見て、目が点になったのは。

 

 

『ごめんくださーい! セシリアお姉ちゃんにおきゃくさまなのー!』

 

 

 裏門のインターフォンに張り付いたドアップのたんぽぽの顔。そしてすぐそばに設置されている監視カメラから見える、その様子を楽しそうに見つめる老女と妙齢の女性の二人組。

 

「……………」

 

 一瞬、気が遠くなりそうになるのを必死に抑え込み、彼は急いで千冬達に連絡を入れるのであった。

 

 

 一方………。

 

『ごめんなさい、たんぽぽちゃん。規則で御用のない人は学園に入れちゃいけないことになってるの』

「でも、おばあちゃんたちはセシリアお姉ちゃんにあいにきたんだよ?」

『だからね………』

 

 事務員として働いている一職員の一人と、インターフォンに張り付いた幼女とのやり取りが続いてた。彼女との接点はあまりなく、出会えば誰にも挨拶をする彼女の愛らしさを愛でながら、学園で仕事を続ける一職員にとって、ある程度のお願いなら叶えてあげたいのだが、今回は規則に対して大きく抵触してしまう。よってすぐに女性達に代わってほしいのだが、『会わせられない』という言葉を聞いたたんぽぽが憤慨して、なんとしても許可を下ろそうと食らいついていたのだ。

 

「セシリアお姉ちゃんとおあいしないと、メッ!」

『たんぽぽちゃん。だからね』

 

 陽太達ほどの付き合いのない人物ではこれが限界なのか、内心怒りそうになっているのを必死に抑えている状態である。それを見かねたのか、ジーナスは柔和な笑顔を浮かべながらインターフォンに張り付いているたんぽぽをゆっくりと地面に下ろす。

 

「少しお姉さんと交代してね」

「………あい」

 

 いい子。と頭を一撫でしたジーナスは、その笑顔を浮かべたままにインターフォン越しに事務員に切り出す。

 

「轡木氏にご連絡いただけますか? アポメントは取れていませんが、『ジーナス・ファブル』が来た。とだけお伝え願えれば大丈夫だと思いますので」

『(何かその名前に聞き覚えが………)ハ、ハァ』

 

 どこかで聞いた覚えがある名前と訝しみながら内線に切り替える中、校舎のほうから金髪の少女が体力を使い果たし千鳥足になりながらも、体を引きずる様に三人に近寄ってくる者がいた。

 

「ゼェー、ゼェー、ゼェー………た、たんぽぽざん゛っ」

「あ、セシリアお姉ちゃん」

 

 優雅さなどかなぐり捨て、髪の毛も崩れ汗だくになりながら、それでも諦めることなく鬼ごっこの鬼を完遂しようとするセシリア・オルコットは、なんとかたんぽぽを発見すると、彼女の元にまで辿り着くのであった。

 

「た、タッチですわ」

「やっ」

 

 なんとかタッチしようとするが、それをヒョイッと回避されてしまう。残った体力で再びタッチしようと間合いを詰めるが、それも回避されてしまい、表情を強張らせたセシリアは大人げすらもかなぐり捨ててたんぽぽを捕まえようと躍起になる。

 

「お、お待ちなさいっ!」

「やぁーーー!」

 

 しかし、チビッコの驚異的なすばしっこさでセシリアの連続タッチ攻撃を掠らせもしないたんぽぽは、そのままエリザベスの背に回り込み、陰からセシリアをのぞき込んでしまう。

 

「どなたの陰に隠れるおつもりですか!? 正々堂々鬼ごっこをしなさい!」

「つかまえるからにげる。おにごっこはおくがふかい」

 

 『逃げるな。捕まれ』『捕まえようとするから逃げるのだ』と謎の問答を繰り返す二人であったが、その時になってセシリアは、たんぽぽが連れてきた二人が必死に笑いを堪えて震えていることに気が付く。

 

「どなたですか? わたくしを見て笑われになってる…………なっている」

 

 ―――必死に吹き出しそうになっているのを我慢しているジーナス―――

 

「…………なって………いる……」

 

 ―――ジーナス以上に我慢しながら、目尻には涙まで溜めているエリザベス―――

 

「………………」

 

 目の前の二人に気が付きようやく脳内が現実に追い付いたとき、彼女は震える指先を口で加え、嫌な冷や汗が一気に吹きで蒼褪めた表情でようやく言葉を紡ぐ。

 

「………ファ、ファブルお姉様」

「ハイハイ、貴方の教師役だったファブルお姉さんよ。未来の英国正規代表さん?」

 

 更に表情が蒼褪めたのは想像に難くない。なぜよりにもよってこの人が自分が普段IS学園で主張していることを知っているというのか………あいにく、たんぽぽの姿が目に入っていないセシリアであった。

 

「……………」

 

 しかし、もっと拙いことが目の前の御仁である。

 王室の頂点、つまりはセシリアが所属する貴族階級の頂点である英国の象徴にして、礼節を重んじる祖国において謁見すること自体が貴族として権威と名誉あることでもあるのだ。

 それだけではない。彼女との謁見は貴族の中でも守るべき不文律が特に厳しく、『触れない。先に座らない。ただ突っ立ってはいけない。手ぶらでは会わない。話しかけるまでは口を開けない。後ろをのろのろ歩かない』etcetc………。あげていけば数十という禁足事項が必要なほどである。

 

 とにかく会うことだけでも大変の名誉と労力を要する御方であるのに、よりにもよって自分は今、彼女の目の前で幼女を追いかけまわしながら汗だくで叫び倒し、あまつさえ無視した上に失礼な物言いで話しかけるという一発レッド物の行為を連発してしまったのだ。

 

「………………あっ」

 

 そしてそのことに気が付いたセシリアは…………………。

 

 

 

「…………お母様。今そちらに旅立ちます」

「ショックなのはわかるけど、落ち着きなさいセシリア」

 

 思考がフリーズし、目が点になったまま自決しようとしたセシリアを、ジーナスが真顔で止めにかかる。

 

「中々見られない狼狽ぶりなのは見てて面白いけれど、今はよしなさいセシリア…………今、ここにいるのは貴女のご祖母に『相当』するエリザベス大奥様で、私は個人秘書で貴女の家庭教師だったジーナス・ファブルよ。納得して頂戴」

「何を納得しようというのですかお姉様今目の前にいらっしゃるのは紛れもなく我らの女王陛下ではございませんかそして私は今から不敬ぶりの罪を償うために自害いたしますのでどうか家の者達への寛大なご処置をどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうか」

 

 ジーナスの言葉に納得できずに彼女を高速で前後に揺さぶりながら、セシリアは真顔で涙を流しながら罪の償いをするから家の使用人たちにまで非がないようにと、寛大な処置を望むのであった。

 対して、その様子を見ていたたんぽぽとエリザベスは、呑気に互いを見合いながら話しあう。

 

「セシリアお姉ちゃん、どうしてないてるの?」

「さあ? どうしてかしらね。たんぽぽちゃんはわからないかしら?」

「う~~~ん………エリザベスおばあちゃんにあえてうれしいの!」

「あらぁ。それなら嬉しいわ………マドレーヌ焼いてきたのよ。たんぽぽちゃんも一緒に食べましょう?」

「わーい! まどれーぬぅっ!」

 

「御待ちなさいたんぽぽさんっ!」

 

 エリザベスと手を繋いでセシリアの様子を見ていたたんぽぽが嬉しそうにはしゃぐが、それを見たセシリアは逆に大激怒する。

 

「何方相手に粗相をなさっているのです!?」

「!?」

 

 本気で怒ったセシリアの顔を見て、びっくりして振り返るたんぽぽに対して、なおもセシリアは剣幕を荒立てて叱りつけにかかる。

 

「お手を放しなさい! そのお方は英国において並ぶ者無き、私達の栄光そのものだというのに」

「…………セシリア」

「!!」

 

 そんなセシリアに対し英国からやってきた老婆は一言だけ、穏やかな声で彼女の名を呼びかける。しかし、ただそれだけの事であるにも関わらず、セシリアの怒りを直ぐに鎮火させ、手を握られたたんぽぽから叱られたことへの恐怖が消え去るのであった。

 

「確かに、私達の祖国はその成り立ちからずっと大切にしてきた伝統を重んじます。重んじたものの中に己が誇りがあると信じているからです………ならば、こんな幼き子に怒りを覚えることもありません」

「………陛下、ですが」

「私は今日はエリザベスお婆ちゃんとして来たのよ?」

「………おばあちゃん」

 

 手を握って笑顔を送る彼女を見て、たんぽぽも自然に笑顔を戻すのであった。

 彼女が持ち得るカリスマとも呼べる威光を久しぶりに目の当たりにしたセシリアは、さすがにそれ以上たんぽぽを叱りつけることもできずに閉口してしまうが、次の瞬間、エリザベスはその茶目っ気溢れる笑顔を向けてセシリアを一瞥した後、たんぽぽに舌打ちする。

 

「でも、ああやって怒ってるセシリアちゃんも、初めて会ったときはお婆ちゃんお婆ちゃんって、私に甘えてくれたのよ」

「ホントッ?」

「フフッ。本当よ~」

「陛下ぁっ!?」

 

 幼いころの初邂逅の時のことは今の自分にとって黒歴史そのものなので黙っていてほしいのに、この人はこういう時は実に楽しそうに意地悪になるのだ。大慌てで止めさせようとするが、瞳を輝かせて話し出すエリザベスと、同じぐらい瞳を輝かせて話を聞こうとするたんぽぽが止まる気配はなさそうである。

 

「(ああやってると、昔を思い出すわ)」

 

 ホンの数年前まで、ちょうど無邪気に微笑んでいたセシリア相手に自分もよく手を焼いたものだとその光景を微笑ましく見ていたジーナスであったが、その時、学園側から青ざめた表情で十蔵と千冬達教員が大急ぎで走ってくるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 生きた心地がしない。とはまさに今のIS学園教職員達の心境そのものである。

 

 突然何の前触れもなく学園に訪問しに来たエリザベスを見て、卒倒しかけた十蔵と手術痕が開封しかけた千冬は、動揺しながらなんとか年老いた淑女の身元を説明し、同じように青ざめた真耶やカールや奈良橋達と一緒に彼女を出迎えたのだが、懸念事項はそれだけではない。

 なぜか突然、『茶菓子を持ってきたから食堂で皆で食べましょう』と言い出したエリザベスが、女生徒達が普通にいる学園寮の食堂に向いだしたのだ。粗相があれば心苦しいから応接室にと再三に十蔵が進言するのだが、聞く耳を持ってくれない。普段、公的な場で見せる威厳ある表情とは全く違う彼女の姿を見て、果たして何人があの英国女王と同一人物だと思うか。

 

「おいしー!」

「ふふふっ。沢山あるから大丈夫よ。お腹一杯食べて構わないわ」

 

 そうやって食堂のテーブルの上に出されたマドレーヌを喜んで食べるたんぽぽと、その様子を微笑んで見守るエリザベスであった、そんな彼女に紅茶を出す給仕役がいた。

 

「大奥様」

「ありがとうチェルシー………ダージリンね」

「……………」

 

 食堂に入ったとき、あまりにも自然と溶け込むようにエリザベスを給仕していたために反応が遅れ、紅茶を入れ始めたぐらいで二度見したセシリアは、自分の目の前で厳かに働き続ける『赤毛のメイド』に耳打ちする。

 

「(チェェールーシィィーーー!!)」

「(何でございましょう、お嬢様?)」

 

 クールに受け流したショートヘアの赤毛メイドさんはそのままクルッと向きを変えると、慣れた手つきでジュースを入れるとたんぽぽに笑顔で出すのであった。

 

「はい。たんぽぽ『様』にはカルピスでございます」

「わぁっ! ありがとう、めいどさん!」

「感謝の極み。です」

 

 知らないメイドさんがいたことに今のところ全くツッコミを入れないたんぽぽの対応に、エリザベスとチェルシーは内心で将来性の大きさを感じ取っていたのだが、今は全く関係のないことなのでそれは置いておこう。

 美味しそうにカルピスをストロー越しにチュウチュウ吸っているたんぽぽを微笑ましく見守るチェルシーであったが、自分への対応が疎かにされて全身の毛が逆立って怒りを表現している本来の主と向き合い、ようやく笑顔を見せると、優雅な淑女の一礼をして挨拶とするのであった。

 

「セシリアお嬢様。チェルシー・ブランケット、本国より『大奥様』のお世話をするために参上いたしました」

「よろしいですわ………私をぞんざいに扱った最初の間以外は全てにおいて」

「イヤですわお嬢様。お嬢様に忠誠を誓ったわたくしは、いつでも一番に考えておりますわ」

 

 素知らぬ顔で言い放つメイド相手に、頬を痙攣させながら怒りをぶつけようとするセシリアであったが、彼女には目下そのことよりも遥かに重大な問題が転がっていたのだ。

 

「(チェルシーッ! 貴女まで陛下の悪い戯れにお付き合いして、どうするのですか!?)」

「(悪い戯れなど酷いお言葉を………お嬢様のことをご心配なされて、わざわざ内閣府に内緒でこっそり来日なされたのに)」

 

 チェルシーの言葉を聞いて、蒼褪めながら信じられないものを見るかのような表情でエリザベスをみるセシリアであったが、そんな彼女の心境を知ってか知らずか無言で微笑み返すのみであった。

 彼女の笑みを見てまともな返答が期待できないと思ったのか、隣で千冬と談笑していたジーナスを物凄い形相で睨みつけるのであった。

 

「(セシリア………気持ちは分かるけど、どうか落ち着いて)」

 

 怒りで般若にでも変化しそうなセシリアの気持ちを一瞬で理解するジーナスは、伊達に幼い頃からの付き合いではないのだ。

 

「(ファブルお姉様ともあろうお人が、なぜこのような陛下のお戯れをお止めにならなかったのですか!?)」

「(宮使いの辛いところを今一歩理解してないわねセシリア………貴女も将来は、私の後を継いで陛下の護衛をする立場になるのよ?)」

「(わたくしが言いたいことは!?)」

「(陛下は貴方の後見人であるのは周知の事実でしょう? それに貴女を実の孫娘も同然に大層可愛がられておいでだったのよ。生まれる前にお亡くなりになられた貴女のご祖母様と陛下が大変親交が厚かったのはずっと聞いているでしょう? しかも、最近は陛下のご家族のごたごたが続かれていて………お孫の殿下も、奥方に甘いからといって何も王族を抜けられなくても)」

 

 自分の家族との間のゴタゴタのせいで心が荒んだから、自分にとって孫同然に可愛がっていた少女に『甘え』に来たのだ。という非常に身も蓋もない理由なのかと、セシリアの表情がゲンナリとなってしまう。

 思えば本国にいるときも色々と口実を作っては会いに来てはくれたのだが、家族を失ってしまった直後は寂しさから純粋に甘えられたものの、歳を重ねる毎に貴族社会の常識やしきたりを知り、それがどれほどとんでもないことか思い知ってしまい自然と距離を置いてほしいと頼んでいたのだが、その度にああやった笑顔を浮かべてこちらの要求を無視して強引に押しかけてくるのだ。

 

「(まあ………それだけではないのだけどね)」

「???」

「(それはいいわ………)ところで」

 

 クルッと向き直ったジーナスがセシリアに小声で耳打ちで質問をする。

 

「(あなた………肉体関係を持つ殿方がいらっしゃるの?)」

「ボフッ!」

 

 令嬢としてやってはいけない勢いで噴出したセシリアが、むせて返答が困難になってしまう中、なぜそんな質問をしたのかをジーナスが若干頬を染めながら尚もセシリアに問いかけ続ける。

 

「(たんぽぽちゃんが言ってたのよ。母乳がどうとか………だから、まさかと思って)」

「わたくしは未だに清らかな乙女そのものですわぁっ!!」

「「???」」

 

 大きすぎる声が食堂中に響きたんぽぽとエリザベスが注目していることにも気が付かないほど興奮して、『心外である』と大声で主張するセシリアであった。そしてマジギレしてくる愛弟子相手に、若干冷や汗をかきながら『ドウドウ。ステイステイ』と言葉で抑える中、のほほんとしたエリザベスは一心不乱にマドレーヌを食べ続けるたんぽぽにこう問いかけた。

 

「ねえねえ、たんぽぽちゃん? セシリアちゃんに『恋人』は出来たのかしら?」

「もきゅもきゅ………こいびとー?」

「そう。例えば………そこの彼とか?」

 

 

 

 ―――いつの間にか訓練をさぼって食堂で食事を取りながら、不思議そうにエリザベス達を見つめる陽太―――

 

 

 

『!?』

 

 来客の対応に頭が一杯だった教員達にとってそれはまさに不意打ちである。

 よくよく考えれば、外交問題とか政治問題とか小難しい問題が複雑怪奇に絡みつくこの現場で、その糸全てを燃やして可燃物にして大炎上させかねない存在は断固として近づけるべきではなかったのに、想定外の突然の来訪によって手一杯になって、存在を忘れていたのだ。

 

 この現場にいた対オーガコア部隊の教員組。千冬が、真耶が、カールが、奈良橋が、そして十蔵に緊張が走り、何かを口走る前に取り押さえようとする中、陽太はエリザベスを指さしながら彼にしてはソフトな表現を使った問いかけをする。

 

「なあ、たんぽぽ? そこの徘徊老人みたいな婆ちゃんだ・」

 

 ―――神速で手が伸び、全員で陽太を床に押さえつけて土下座をさせる―――

 

「「「「申し訳ございません! 本当に申し訳ございません! 平に、平にご容赦をっ!!!」」」」

 

 一瞬の迷いもない素晴らしいジャパニーズ土下座であった。

 突然のことで対応できなかった陽太がもがき苦しむ中、床にめり込むほどに顔面を押さえつけている千冬と奈良橋が必至な弁明に走る。

 

「この者の礼節の無さは師である私の責任ッ! しかし、現在においてこの学園の最高戦力であることも間違いなく、陛下には是非ともご考慮をっ!」

「頭も口も性格もとにかく悪いこやつですが、将来性は砂の一粒ほどの見込みがあるのです! 今後二度とこのようなことがないように、我々が全力でこの者に常識を伝えていきますゆえに、どうかっ! どうかぁぁっ!!」

 

 コンクリートに顔面がめり込んでもがき苦しみつつ両人に肩を猛スピードでタップしている、頭も性格も悪いけど学園最高戦力の困ったやつが息継ぎのための呼吸を求める中、特に気分を害した様子もないエリザベスは、隣のたんぽぽに処分をどうするか相談してみることにする。

 

「さあ、どうしましょうか?」

「陽太パパがわるい! さあ、ごめんなさいしなさい。たんぽぽがゆるしてあげるから」

「じゃあ、そういうことにしましょうか♪」

 

 割と深刻な国際問題になりかねないことだったのだが、とりあえずごめんなさいしたら許してくれるという寛大な処置だったためか、とりあえず安堵のため息が漏れた千冬と奈良橋がようやく陽太の拘束を解く。そして瞬時に起き上がった陽太は、自分に対して暴言と暴虐の限りを尽くした教師二人に激怒するのであった。

 

「俺相手なら、何でもかんでも雑な扱いしても許されると思うなッ!! いい加減にせんとマジで………」

 

 ―――『さあ、早く謝れ』と殺気交じりの無言のプレッシャーを送る教師陣―――

 

 普段は温厚なカールと真耶すらも、放つ空気が尋常ではないぐらいに殺気立っていたのだ。空気を読まないことに定評がある陽太ですらも圧倒されたのか、触れ腐れながら頭を下げるのであった。

 

「(なんでか理由は知らないが)ごめんなさい」

「よろしいっ!」

 

 返事をするのがエリザベスではなく、たんぽぽなのを見た陽太は、だんだんと自分の義娘が義母役の幼馴染に似てきたことに若干の不安を覚え始める。最近加速的に知識を吸収し始めているわけだが、どうもその知識が偏ってはしないか?

 

「ママには内緒なっ! アイス買ってあげるから」

「わかった! たんぽぽ、ないしょにするっ!」

 

 堂々と皆の目の前で買収しにかかる陽太が言っても説得力のない話ではあるのだが。

 幼女を買収するという身も蓋もないかっこ悪さに、陽太を教師陣が白い目で見つめていたが、そんな彼に注目する英国から来たエリザベスは、セシリアに問いかける。

 

「セシリア………貴方、ひょっとして彼のことが」

「!? へい………じゃなくてお婆様ッ! そのようなこと決してありません!!」

 

 孫娘のような少女の色恋沙汰の行く末を想像して興奮しそうになるエリザベスであったが、そんなことは断じてないとセシリア自身が力強く否定するのであった。

 

「わたくしは名門オルコットの当主としての使命を全うすることに全精力を傾けております! そんな色恋………などというものにうつつを抜かしている暇など………って」

 

 しかし、セシリアの言葉を聞いたエリザベスは何か強いショックを受けたのか、急に両手で顔を覆うと肩を震わせてだんだんと涙声になりながら語りだすのであった。

 

「そんなッ! わ、わたし………花よ蝶よという16歳の乙女のセシリアちゃんが、異国の地で自由を謳歌しながら、輝く初恋に心躍らせているものだとばかり思っていたのに………そんな」

「「大奥様ッ!!」」

 

 そこへジーナスとチェルシーも一緒になって肩を震わせながらショックを受けたとばかりの様子で参加しだす。結構芝居かかった様子で………。

 

「大奥様のせいではありません! そもそもが教育係の私がもう少し情操教育に力を入れていればッ! 思えば10歳のころ、フェンシングの試合で2つ年上の貴族の長男坊を泣かせるぐらいにボコボコにしていたのを止めなかったのがいけなかったのです!」

「大奥様やファブル様のせいではありません。全てはこの近衛(ヴァレット)の私の責。夜な夜な一人ベッドの中で、保健体育の本に書かれていた男女のキスに、並々ならぬ興味を持たれていた時に、もっと先の行為があることも教えておくべきでした!」

 

「「「わたしのせいでっ!!」」」

 

 ―――チラッ―――

 

 指の隙間からセシリアの顔色を伺う三人を前に、セシリアだけではなくそれを見ていたギャラリーからも『全体的に小芝居感が酷い』と内心で思われたのだが、しかし、ただ一人だけこの寸劇を真剣に受け止めた者がいた。

 

「…………おばあちゃん」

 

 悲しそうにしているエリザベスの様子を見て、泣きそうな顔になったたんぽぽが彼女を抱きしめながら必死に励まし始める。

 

「だいじょうぶだよ! セシリアお姉ちゃんはおばあちゃんのことだいすきだから」

「ああ、たんぽぽちゃん」

「なんて優しい子なんでしょう!」

「ご幼少期のセシリア様のような純真さを感じます。さすがセシリア様の『妹』君ですわ」

 

 ―――チラッ―――

 

「(いちいち、確認するように見られましても)」

 

 たんぽぽを抱きしめながらその小さな優しさに感動しつつ、何かリアクションを求める三人の視線を受け止めるセシリアは、話題を逸らすように突然の来日の理由を問いかける。

 

「それよりもっ!」

「もう、つまらないわね」

「そうよ。いつの間に大人の逃げ方を覚えたの?」

「お嬢様も灰色の階段を登り始められたのですね。ああ、あの幼き日々にさようならを」

「(私を揶揄う為だけに本国からいらしたのかしら?)」

 

 顔を真っ赤に本気で怒りだす寸前になっているセシリアを見て、いい加減彼女で遊ぶのは止めにして、三人はようやく今日の来日の目的を告げる。

 

「本日私が来た理由は一つだけ。セシリア………これは貴女が16歳になった時に、改めて訪ねようと思っていたことよ」

「私が16になった時に?」

 

 改めて。という言い回しは、今の自分が知っていることなのだろうが、そのような重大な問いかけに対して彼女自身は何も思い当たる節はなく、首をかしげてしまう。

 

「…………セシリア」

 

 

 

 ―――貴女はまだ、父親のことを恨んでいますか?―――

 

 

 

「!?」

 

 エリザベスのその一言にセシリアは凍り付き、急な震えに襲われる。真夏の昼間だというのに背筋には真冬の氷のような冷たい感触がはい回り、まっすぐに目の前の君主の瞳を見ることができなくなってしまう。

 

「私は貴女の心まで強制することはできないわ」

 

 彼女の身に降りかかった不幸を全て知っているだけに、セシリアの意志を強制するような言葉を発することはしないエリザベスであったが、同時に憎しみだけを亡き肉親に向け続けることを良しとすることもできない。

 

「だから、大人の考えが理解できる年齢に達したからこそ、もう一度問いかけます…………貴女はまだ、のことを恨んでいるの?」

 

 

 

「あの男は、お母様と私を裏切ったのですッ!!」

 

 

 

 身体を支配していた悪寒を押しのけた激情がマグマのように噴火し、理性を容易く崩してしまったセシリアは、君主相手に決してしてはならない大声を張り上げ、はっきりと拒絶の言葉を発する。

 その様子を何も語らずに黙って見つめていたエリザベスは、やがて静かに瞳を閉じるのみであったが、ようやく思考が追いついたのか、自分の態度と言葉にショックを受けたセシリアはよろよろと狼狽え、後ずさりを始める。

 

「………し、失礼しますッ!」

「お嬢様ッ!」

「セシリアッ!」

 

 チェルシーとジーナスの言葉も無視し、彼女は踵を返すと食堂から走り去ってしまう。自体の展開についていけなかったIS学園教師陣も陽太も、何がどうなってこうなったのかと狐に化かされたかのような表情で戸惑うのだが、重い空気に包まれた食堂内で再び口を開いたのは、この場で最年少の少女であった。

 

 

 

「おばあちゃん…………なんでセシリアお姉ちゃん、ないてたの?」

 

 

 エリザベスの老いた手を握る小さな少女は、瞳にいっぱいの涙を溜めながら老人に問いかけ続ける。

 

「たんぽぽ、なにかいけないことした?」

「いいえ。たんぽぽちゃんは何も悪くないわ。そしてセシリアも悪くないの」

 

 自分が何か悪いことをしてしまったのだろうか。と心配するたんぽぽを安心させるようにエリザベスは、小さな少女の涙をその指で拭いながら話し続ける。

 

「セシリアの心を支配しているのは、幼いころの寂しさ。置いていかれてしまったと思っているセシリアは、ずっと寂しさに凍えていた」

「………セシリアお姉ちゃん、さびしいの?」

「そう。本当はとても寂しがり屋で、でも頑張り屋さんだから、絶対に他人にそれを見せたりしない。どんなに悲しくて泣いちゃいそうでも、凛々しく在ろうとする」

「………さびしいは、かなしい?」

「そうね………寂しいは、悲しいわ。大事な家族がそばにいないのですもの。泣いちゃいそうになっちゃうわね」

 

「さびしいは、かなしくて、ないちゃいそう」

 

 その言葉に何を感じたのか。

 たんぽぽは心の中で今のエリザベスの言葉を反芻するように何度も思い返し、やがてエリザベスの手を離すと、トコトコと食堂から走って後を追いかけだす。

 

「おい、たんぽぽっ!?」

「セシリアお姉ちゃんのトコッ!」

 

 呼びかける陽太に返事をしたたんぽぽは、心配する養父にこう告げる。

 

「さびしいは、かなしくて、ないちゃう。ないちゃうのはメッ!」

「!?」

 

 本当にどこまで理解しているのかわからないが、セシリアを独りぼっちにしてはならないと思い探しにいく幼女を見て、おもむろにメイドは優雅な礼を陽太にすると、感謝の言葉を口にした。

 

「たんぽぽ様のお心遣い。セシリア様に仕える者として無上の感謝を」

「えっ?」

「お二人のことはこのチェルシーにお任せください。それでは」

 

 それだけを告げると、チェルシーは静かにたんぽぽの後を追っていくのであった。

 幼女とメイドの後姿を見送ったエリザベスは、ここでようやく陽太のほうを真っすぐに見て、暖かな笑顔を浮かべ、戸惑う彼にこう告げる。

 

「純粋さと利発さと、何よりも人の優しさを併せ持った素敵なお嬢さんよ。大事に育ててあげてほしいわ」

「あ、ああ………」

「そして貴方にも問いたいわ。対オーガコア部隊実働隊隊長の火鳥陽太君」

 

 先ほどまでとはうって変わった、『女王』モードともいうべき威厳あるオーラが彼女から発せられ、陽太も背筋が張り詰める気持ちとなる。

 

「セシリア・オルコットを………貴方はどう思っていらっしゃるのかしら?」

 

 それは試すような、それでいて何かを願うような、そんな気持ちが混ざった問いかけなのだと、女王が僅かに滲ませる瞳が発しているように感じ、陽太は普段はおちゃらけた半分冗談交じりの言い回しを止め、深くわずかな時間、瞳を閉じて考えると、再び開いた瞳で真っすぐに彼女を見つめて言い放つ。

 

「セシリアは………俺にとって戦友だ」

「……………」

「そして俺達にとって大事な仲間で、命を共にする戦場で俺は命を預けることもある仲だと思っている」

「…………それは、何があっても、これからも変わらないと断言できますか?」

 

 その問いかけ。彼女の真剣な表情の問いかけに、陽太は僅かな笑みを浮かべた表情で言い返す。

 

「相手を見て出し入れするものを信頼なんて呼び方はしねぇよ、婆さん」

『(ヨウタァッ!)』

「俺は、俺達はいつだってセシリアを信じる。信じると決めた自分を信じる。それが俺達の全部だ」

 

 途中で失礼な物言いが発せられ教師陣の背筋も凍り付くが、女王は陽太の表情を見て、ようやく安堵したのか、砕けた笑顔を浮かべて陽太に話しかけた。

 

「セシリアは『友』に恵まれたのね。あの子の人生においてこれは無上の財産となるでしょう」

「ええ。わたくしもそう思います」

 

 ジーナスも同様だったのか、陽太に己の右手を差し出すと、黒縁眼鏡を外して自己紹介をする。

 

「ジーナス・ファブル。あの子の教官もしてた者よ。一応、遠縁の親戚筋なんだけど」

「アンタ……………『英国の鷹(ブリタニア・ホーク)』か」

 

 陽太の瞳が険しいものになったのは、目の前の『女傑』がただのセシリアの親戚というだけでは留まらないからだ。

 

「世界に五人しかいない、そこにいるポンコツ師匠と同じ『ヴァルキリー(ランクS)』」

「オイ」

 

 陽太の全く敬いの気持ちがない言い回しにツッコむ千冬を無視し、彼女の経歴を読み上げるように言い続ける。

 

「アンタが三度輝いたモンド・グロッソの射撃部門で不滅の『百発百中(パーフェクトスコア)』を毎回叩き出し殿堂入り。世界最高精度のISスナイパーの称号をほしいままにしてる、英国の女王様じゃないか」

「アラ、ヤダ。意外にこういうことは物知りなのね」

 

 英国、否、ISの業界においても千冬並みのビックネームに挙げられることも少なくないほどの操縦者であり、近年でもIS業界の一大イベントである「モンド・グロッソ」にただ一人だけ出場を続けるなのだが、彼女自身はそんな自分の経歴を鼻にかける気はサラサラないようだ。

 

「殿堂入りしたのだって、千冬たちがいない射撃部門だけだもの………総合部門じゃ私、千冬にもナタルにもほかのヴァルキリーにだって勝ったことないのよ?」

「あんなん、格闘機が俄然有利なフィールド設計なんだから仕方ない。そうじゃないならそこのポンコツ師匠だって、アンタ相手に楽勝ってわけじゃなかったはずだ」

「ポンコツ連呼するな陽太………だが、まあ………一理はあるな」

 

 千冬自身、もし実戦の場において目の前の『英国の鷹(ブリタニア・ホーク)』が相手ならば、決して楽勝という結果にはならないだろうということ。相手が誰であろうと負ける気はない千冬だが、それがそのまま結果に繋がると思うほど甘いものではないことも理解している。

 

「『英国の鷹(ブリタニア・ホーク)』が師匠だったとは………それにしてはセシリアは落ち着きなさそうだけど」

「ええ………昔から、あの子のやんちゃぶりには手を焼いたものよ」

 

 しみじみとした言い回しは、本当に手が焼いたという気持ちが伝わってくる。だからこそ、彼女が手を焼いた可愛い妹分のことをちゃんと知ってほしいと思ったのか、改めて陽太に向き直ると、彼を見つめてこうお願いする。

 

「貴方と貴方の仲間にも知っていてほしいの。セシリアのことを」

 

 彼女のこと知ったうえで、彼女のことを任せたい。

 英国の鷹と呼ばれる女傑の真摯な訴えに、陽太は特に反対する理由もないためか、二つ返事でOKを出すのであった。 

 

 

 

 

 

 

 

 




間違ってもお婆ちゃんはセシリアいじりをしたくて英国から来たわけじゃないんだよ(多分)

女王が後見人という、割と豪勢な設定になった太陽の翼のオルコット家。果たして次の話で語れることとは一体


そして何よりも、このあたりからたんぽぽが出てきた本当の意味が問われだします。



つまりは、幼い少女を通して、もう一度今の自分を見つめなおす。という意味が


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

たんぽぽとセシリアお姉ちゃんとお婆ちゃん③

先ずはコロナの影響で色々あって更新が半年以上伸びてしまったこと、本当に申し訳ありません

ってか、半年かけて話がほとんど進んでないとかありえないよね






ちくしょ………誰か、ドラ〇もん呼んできて(現実逃避)


 

 

『セシリア』

 

 ―――優しい声色を忘れた日なんて一度もなかった―――

 

『父さんは行かなきゃいかない』

 

 ―――なのに、どうして今はこんなにもつらいのだろう?―――

 

「いかないで、おとうさまっ!! おかあさまがっ」

 

 ―――幼い私の言葉を聞いた父は、一瞬だけ躊躇するように振り返りかけるが、やがて彼は二度と振り返ることなく歩き出す―――

 

「おとうさまぁっ!」

『………セシリア』

 

 ―――幼い私の腕の中で目を開いた血まみれのお母様は、遠ざかっていく『血塗れ』の父の背中を見ながら、瞳から一筋の涙を流してこう囁かれました―――

 

『こんなときぐらい………本当に損な人』

「おかあさま………」

『最後……ぐらい…………そばに、い……』

 

 ―――瞳から光が消えていくお母様―――

 

 ―――何もわからずに叫び続ける私―――

 

 

 

 

 でも、お父様が私達のほうを振り返ることは二度となく、その後救助された私が目にしたのは、列車の瓦礫の上で何かを掘り起こそうとし、途中で力尽きてうつ伏せで息絶えたお父様の姿だった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 午後の日差しがようやく傾きだした時間、海風が吹き抜ける学園の林道に置かれたベンチにおいて、一人俯きながら座るセシリアの脳裏に、かつてあった父母との最後の別れの時間が鮮明に映し出されていた。

 幼い自分を連れた久しぶりの家族旅行。いつも忙しそうに働いていた母と、そんな母を手助けしていた父と自分との三人の旅に、幼いセシリアは幸福と充実感に包まれていた。

 ヨーロッパ本土と英国を繋げる海底トンネルを走る高速鉄道に乗っての2週間の旅………だが、セシリアに待っていた現実はかくも過酷なものであった。

 

 

 

 ―――死者数百人を出す列車爆破テロ―――

 

 

 未だに犯人の特定すら出来ていないイギリスでヨーロッパでも有名なテロ事件によって、セシリアの両親は帰らぬ人となり、彼女は幼くしてオルコット家の当主に就くこととなったのだ。

 幼い彼女をたぶらかしてオルコット家の資産を悪用しようとすり寄ってくる悪人も多くいたが、すぐさま英国女王が後見人に名乗り上げると、鶴の一声としてすぐさまそれも収まり、幼い瞳を険しく釣り上げたセシリアの『母のような立派な女性になる』という人生が始まる。

 そして貴族としての教育を受ける傍ら、同時に判明した高いIS適正を生かし、英国の象徴になるための訓練も始まり、生前から自分の家に仕えていたチェルシーから貴族教育のレクチャーを、そしてISのほうに関しては、母の従妹であり英国正代表の『ジーナス・ファブル』に施されるのであった。

 

『セシリア?』

「は、はい」

 

 ある日、訓練用のISを使っての実戦的な訓練を行っていた休憩時間のセシリアに、ISスーツ姿のジーナスは諭すように語りかけた。

 

『憎しみで引き金を引くようなことをしてはならないわ』

 

 きっぱりとした姿に、なぜ今自分がそのようなことを言われているのか見当がつかずに戸惑うセシリアに続けてジーナスは語り諭す。

 

『貴女もいずれは英国の未来を背負って戦う日が来るわ。だからこそ私達には私怨は許されない。祖国と陛下の御名に誓い、引き金を引く指先に恨み辛みを乗せてはならない』

「私は常に我が祖国と女王陛下への忠誠のために戦っております」

『いえ………貴女はそれだけでは戦えていない。貴女の中には未だ、貴女のお父様への不信の火が燻っています』

 

 はっきりと言い放つ姿に、セシリアは飲みかけのスポーツドリンクを床にぶちまけ、怒りのまま立ち上がると恩師に詰め寄る。

 

「如何にお姉様でも、そのお言葉は訂正してください!」

『………訂正はないわ』

「あんな男への憎しみなどありません! とうの昔にくだらない過去として全て捨て去っておりますっ!!」

 

 激怒して吐き捨てた言葉であったが、そんなセシリアに向けたジーナスの瞳はとても悲しそうなものであった。

 

『本当に捨て去れるの? あんなに貴女が大好きだったお父様なのよ』

「違います! あの男は裏切り者です!」

『セシリア………貴女のお父様は貴女を裏切っていないわ。あの人は……』

 

 聞きたくはなかった。

 聞いてしまったら、決定的に自分の中の何かが崩れてしまうから。崩れてしまった先に閉じ込めている本当の『自分』が今の自分を見てくるから。

 瞳があってしまったら、もう見ないようにするのは無理だから………。

 

「失礼しますっ!」

『セシリアっ!?』

 

 ジーナスの静止を振り切ってその場を後にしたセシリアは、一人走って無人の部屋にまで駆け込むと、扉の鍵をかけてその場に埋まってしまう。

 

 亡き父の声、母の最期の姿、大恩ある主君の優しさ、信頼するメイドの忠義、そして恩師の言葉。

 

 その全てが心に痛みと共に突き刺さる。暖かいはずのものが、痛くて痛くてたまらない。

 だからなのか………彼女はやがて父母への想いに蓋をして、心の奥底に沈めるように記憶を忘却の彼方に押しやり、ただひたすらに自分の輝かしい未来ばかりに目を向けるようになっていた。

 

 ―――自分は未来の英国代表である!―――

 

 そうなる理由すらも忘れ去るぐらいに自分自身に言い聞かせていたことを今更ながら思い出して落ち込んでいたのだが、ふと、隣に人の気配があることに気が付き振り返る。

 

「…………」

 

 ―――隣にちょこんと座って覗き込むたんぽぽ―――

 

「きゃぁあっ!」

「セシリアお姉ちゃん、きがついた!」

 

 自分に話しかけてくるまでずっと待っていたのか、嬉しそうに微笑んだたんぽぽは手に持っていたマドレーヌをそっとセシリアに差し出すのであった。

 

「はい、おばあちゃんのマドレーヌッ! とってもおいしいよ」

「………」

 

 彼女から手渡されたマドレーヌを驚きのままに受け取ったセシリアは、もう一つ持っていたマドレーヌを美味しそうに頬張るたんぽぽに問いかける。

 

「たんぽぽさん………なぜここへ?」

「ふぁい?」

 

 一瞬で食べ終え、口の周りについた食べカスを雑に手で払うたんぽぽは、彼女のその質問にも笑顔でこう答える。

 

「セシリアお姉ちゃん、おばあちゃんのマドレーヌたべてなかったから」

「………」

「おばあちゃん、セシリアお姉ちゃんのためにつくったんだって! だからお姉ちゃんにもたべてほしかったの!

 

 そういいながら頬っぺたを両手で持ちながらマドレーヌの味に感動する幼い少女の姿に、セシリアは在りし日の自分の姿を思い出すのであった。

 

「(………よく、お父様も私にお菓子を買ってきては、こうやって食べさせてくださいましたわね)」

 

 

 ―――「よし、セシリアっ! 今日のケーキは街で一番美味しいって呼ばれてるんだよ!?」―――

 

 ―――「わぁ~~!」―――

 

 ―――「だから………ママには内緒に」―――

 

 ―――「アナタッ!? またわたくしに内緒で勝手にッ!?」―――

 

 ―――「!?………い、いや、君の分もちゃんと買ってきているから」―――

 

 ―――「そういうことではありません! そんな甘やかすように毎回毎回セシリアにばかり買い与えて」―――

 

 ―――「すまない………どうしてもセシリアが可愛くてつい」―――

 

 ―――「………ではもう、わたくしは可愛くも何ともないと? 愛想の無い怒ってばかりのダメな妻だと? そうおっしゃるつもりなのですか?」―――

 

 頬っぺたを膨らませてヘソを曲げる母に対し、しどろもどろで父は必至の弁解をするのが幼いセシリアの前でよく行われていた日常であったことを思い出し、まるで陽太とシャルとたんぽぽの日常のようではないのかと、思わずくすりと笑みが零れてしまう。

 そんなセシリアにたんぽぽも嬉しそうに笑みを浮かべると、彼女(セシリア)の膝の上に移動して、両手を広げ大声を張り上げるのであった。

 

「セシリアお姉ちゃん、わらったぁー!」

「た、たんぽぽさん?」

「セシリアお姉ちゃん、ニッコりしたの。お姉ちゃん、たんぽぽとあそぶまえ、ニッコリできなかったから」

「………」

 

 父のことを思い出して胸を痛めていたセシリアのことを、目の前の幼い少女は理解していたのか。笑ってくれたことが嬉しいと言ってくれる優しさに感謝するように、セシリアもポツリポツリと話し出す。

 

「たんぽぽさん、少し、お話を聞いてくださいますか?」

「おはなし?」

「はい」

 

 幼い日と変わらぬ青い空の下で、過去を思い出すセシリアの瞳は、切なさと寂しさで滲むのであった………。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「さて………」

 

 突然の呼び出しによって食堂に集められた一夏達は、初めて会うセシリア・オルコットの自称祖母であるエリザベスへの挨拶もそこそこに、とりあえず真っ当な理由で問いたださないとならぬことを口にする。

 

「「「「「お前(キミ)が何で、食堂(ココ)にいる?」」」」」

「空腹を覚えたのなら、食堂で食事をするのは人間の基本ではないか、諸君。ゆえにサボったわけじゃないんだ。ただ怠かっただけ」

 

 ふざけたことを真面目な顔と瞳でサムズアップしながら言い放てる陽太の面の厚さ『だけ』は認めるものの、スルーしてあげられるほどの忍耐力もないシャルロットによるアイアンクローが炸裂して陽太が悶絶する中、顔を真っ赤にして羞恥に悶える教師陣を尻目にエリザベスが語りだした。

 

「私とオルコットの家との繋がりはずっと以前からよ。元来、オルコット家は公爵の祖先を持ち、歴代のイギリス王室とも繋がりが古く、過去何人かは王家の人間と婚姻も結んでいるわ」

「それって…………めちゃくちゃ凄い家柄ってこと?」

 

 由緒正しき一般人である一夏達には今一つピンとこないエリザベスの言葉であるが、王家との家柄の格において婚姻を結んでも遜色はないと判断される『公爵』位を持つセシリアは、源流を辿れば王族の血をその身に宿しているということであり、今でこそ直系の人間のみに限定されているが、時代によっては王位継承権すら持っている身分であるのだ。

 普段から割とセシリアのことを内心でぞんざいに扱っていることに気が付いていない陽太や鈴も一緒に首をかしげる中、エリザベスは楽し気に話を進めていく。

 

「でもセシリアの祖母の代で、オルコットの家は男子に恵まれず、また第二世界大戦の余波も受け時代の変革を求められてね………セシリアの母親も一人娘ということで、我が儘に育ったというか、気が強かったというか」

 

 陽太達の脳裏にセシリアそっくりのセシリア母が登場して高笑いしている中、エリザベスは懐かしむようにある日の情景を思い出す。

 

「でもね………そんなセシリアの母親が、心底惚れた殿方がある日、現れたの」

「えっ!? どういうことなんですか!!」

 

 年頃の娘らしく、『他人』の色恋沙汰には敏感なシャルロットが興味津々な表情で聞きたがる。

 

「あれはもう20年も前、ロンドン国際空港でハイジャック事件があったのよ」

 

 ―――今より20年前、海外視察を行い帰国したばかりの英国政府専用のチャーター便をテロリストがハイジャックが発生。イギリス陸軍も出動する大捕り物に発展した事件があったのだ―――

 

「ふ~ん………そんなんあったんだ」

「陽太はもうちょっと興味を持て。対外的にも有名な話だぞ」

 

 軍関係の話であるのならある程度の知識を持つラウラに窘められる陽太であったが、彼のポーカーフェイスを崩すことができない。

 

「確か政府の要人を人質に、海外への逃亡を企てようとした英国のテロリストが引き起こした事件だったはず」

「………でも解決したんだろ?」

「ああ。英国のSASが出動して鎮圧したという話だったが」

 

 一夏の質問に答えるラウラであったが、エリザベスは更にそこに言葉を付け加える。

 

「正確には、偶然その場に居合わせた休暇中のSAS隊員よ。彼がセシリアの父親なの」

『えっ!?』

「それだけじゃないわ。その時人質の中に含まれていたのがセシリアのお母様よ。そして当時6歳の私も一緒にいたわ」

 

 ジーナスも証言するその時の現場の情景はこのようなものであった。

 

 ―――犯人たちの要求に対して引き延ばしの時間稼ぎを行っていた現場の対応に、苛立ったテロリストの一人がついに銃を人質へと向ける―――

 ―――その銃口の先には、当時六歳のジーナスがおり、そんな彼女を庇う様に前に出たのがセシリアの母親であった―――

 ―――互いに親族の随伴として同行していた身分であったが、まだ幼いジーナスへの謂れのない暴力に対して毅然と立ち向かったセシリアの母親であったが、犯人は逆上し、今度は彼女に銃口を突き付けた―――

 ―――先の見えない不安と苛立ち、もし捕まってしまえば極刑は免れないという焦りから、犯人は簡単に引き金に指を掛け、セシリアの母親を撃とうとする―――

 ―――誰もが息を飲む中、彼女が撃たれようとする寸前、飛行機の窓ガラスが砕け、犯人達が反応するより早く、セシリアの母親に銃を向けていた男の肩が射抜かれ、それを合図に突入部隊が進行してくる―――

 ―――混乱する現場の中で、テロリスト達を次々と行動不能にしていく狙撃が行われ、人質達は全員無事に解放されたのであった―――

 

「その時の狙撃を行ったのが、たまたま友人を空港まで送っていたセシリアの父親だったのよ………騒然とする現場で、彼はいち早く最適な狙撃ポジションを選び取り、入り乱れする犯人達と突入部隊との戦闘でも、正確に犯人達だけを狙撃していたわ………セシリアの狙撃のセンスは父親譲りね」

 

 当時の情景を細かく記憶しているジーナスにとって、彼のその姿は忘れることない理想の勇姿でもあった。そしてその現場に巻き込まれたことこそ、今の彼女のキャリアの始まりでもあるのだ。

 

「でも、その後にびっくり。あの人、特殊部隊も軍部も辞めちゃったのよ」

「えっ!?」

「どうしてなんですか?」

 

 学生達の疑問もわかる。

 どうして政府の要人を救った、少なくともイギリス国内では英雄のはずの人が、いきなり軍人を辞めてしまっているのだろうか。そのもっともな疑問に、ジーナスは肩を落として呆れながらこう答える。

 

「『軍規を違反して銃を取り、現場の指揮系統を混乱させた罪』が自分にはある………本当に真面目な人だわ。我が恩師ながら」

「しかもジーナスさんの先生!?」

「でも、逆にその謙虚な態度がセシリアの母のハートを射止めたみたいで」

「(光景が目に浮かぶ)」

 

 遠い目でセシリアの母(空想上)が、セシリアの父(空想上)の背中を見ながら瞳がハートマークになっている光景が見て取れた陽太は、その後の粗回しを大体言い当てるのであった。

 

「んで、ホの字になったセシリア母が、猛アタックをかけてセシリア父を人生の壁際に追い込んだと」

「言い方っ!?」

 

 右手に包丁、左手に婚姻届けをもって迫る姿を想像し、結婚とは人生の墓場なのだろう。と勝手な想像ばかり広げる陽太であったが、隣のジーナスはだんだんと生気を失っていく瞳で説明する。

 

「そうでもないわ。なんかお父様のほうもスコープ越しに見た可憐な姿に一目惚れされたそうで………相思相愛なのに、中々くっつかないでたびたび騒動ばかり起こして………フフフッ、初恋って残酷なものよね」

「ジ、ジーナスさん?」

「ジーナスはお父様が初恋の人だったの。でもあのラブラブっぷりを間近で見せられてたら………拗れちゃうわね」

「(婆さん、完全に他人事として楽しんでやがる)」

 

 光を失った病んだ瞳をする若い女性の拗れた恋模様を心底楽しそうに見つめる老婆の姿に、陽太は何の確証もないけど全てを企んだ悪のラスボスっぽいオーラを感じ取る。いやきっと気のせいなんだろうけども。

 

「まあ、そんなこんなで騒動起こしながらも仲睦まじい夫婦になったんだけれども、当人同士は納得済みでも周囲は納得してくれる人ばかりじゃなかったわ」

「あ、なるほど………身分違いの結婚、ってやつですもんね」

 

 鈴が何かを悟ったかのような鋭い表情で答えると、ジーナスも無言で頷くのであった。

 

「オルコットの親戚筋からは受けは最悪で、資産目当てに近寄ってきた虫と、そんな虫に心奪われた愚か者の小娘扱いを受けて………」

「酷いッ! なんでそんな扱いをするんですかッ!?」

 

 愛人扱いで散々な目にあわされた実母を持つシャルロットは、当然その話を聞いて憤慨するが、エリザベスはそんな扱いをした貴族の人々についてこう述べる。

 

「確かに彼らは昔からの価値観を現代にもずっと引きずり続けているわ。でもそれは時代に適合できなかったからだけではない。それほどに重い物なのよ………その身に流れる血、伝統、歴史」

 

 自分だけの意思で捨て去るには、あまりにも多くの人達の想いが込められたものだから。

 息が詰まりそうなるぐらいの時間を、ただひたすらに歩き続けてきた人達の想いを捨てることが罪深いと思ってしまうほどに。

 

「愚かなだけでも賢いだけでもいられない。人とは本当に不思議なものね」

 

 老婆が見せたものは嘲りでも哀れみでもなく、愚かさと尊さが入り混じった国民達への共感であった。何とも言えない表情を浮かべるエリザベスを見たシャルロットは、覚えていた怒りが急速にしぼみ始め閉口してしまう。

 

「でも、今のセシリアを蝕んでいるものは間違いなく、愚かな『呪い』にも似た呪縛よ」

 

 エリザベスがはっきりと言い放った言葉を補足するように、ジーナスが話を続ける。

 

「ご両親が亡くなった英国鉄道の列車爆破テロ事件………セシリアは目の前で大好きな二人を失って………いえ、それだけではないわ」

「それだけじゃない?」

「ええ………セシリアのお父様の悪い癖よ」

 

 目の前で死に行く人々を見た父親は、自らもまた死に逝く身体を引きずって懸命に人命救助を始めたのだ。それは幼い、そして貴族社会に生きていたセシリアの理解の外の行動であった。

 その血を残すことを最大の仕事と教えられる貴族社会にとって、少しでも命を長らえさせるためではなく、他者の命を助けて自ら潰えるなど常識外の発想であり、ましてや同じく命が消えかけている母親を置いて、他者のために動く父親の姿は恐怖すら感じる狂気に思えたのだろう。

 

「悪い癖………自分よりも、いつだって他人を守ることを使命としている………自分を大事にしてくれたいいだけなのに」

 

 ジーナスの言葉から滲み出た悲しみと、そんな人だから自分もセシリアの母親も恋をしたのだという前向きな諦めが吐き出されていた。

 いつだって実直に他者のために生きている人だからこそ、国を守る軍人になり、軍規を背いた罰を自らに課し、初めて恋した女性を真っ直ぐに想い、彼女とその環境にいつも頭を悩ませ、娘の前ですらその生き様を変えることができないでいた。他者に甘いくせに自分にはどこまでも厳しい人柄なのだから、幼いセシリアの瞳には腰が引けた男のように見受けられたのかもしれない。実際にはセシリアの母親は普段はどんなに罵倒のような厳しい言葉をぶつけていても、その瞳には熱が籠った愛に溢れていたものだ。

 

「幼いセシリアは押しつぶされてしまいそうな悲しみを、優しい思い出も一緒に記憶の奥に閉じ込めてしまったわ………だから、私とエリザベス様は時が来るのを待っていた」

 

 そこに浮かんでいたのは恋する乙女でもセシリアの姉役でもなく、師として弟子であるセシリアを導こうとする一人の操縦者のモノであり、ただの情とは一線した厳しい表情を浮かべて陽太に問いかける。

 

「隊長の貴方に問うわ。ここ最近のセシリアの状態………特に模擬戦における結果について、貴方はもう気が付いているわね?」

 

 ジーナスの言葉を聞いた陽太はむしろ彼女ではなく、隣にいた千冬に視線で問いかける。

 

「(なんでこの人が知ってるの?)」

「逐一訓練データなどは英国、ドイツ、フランス、中国には提出されている。出来る限り無編集のものをな………もちろん、こちらの機密に関わるものもあるから全てというわけではないが」

「うっぜぇな、そういうの」

「文句を垂れるな。むしろこうやって視点を変えた意見をもらえるからありがたいものだ」

 

 陽太にしてみれば勝手に自分達の普段の様子を映像で録画されてる気がしていい気分にならなかったが、政治的な絡みがある以上、千冬に駄々をこねても通らないことは今の陽太にも分かってしまい、困った表情のままに彼の意見を述べる。

 

「調子悪いのは事実だけど、そう………色々試してる最中なんだから、安定しないのは仕方ないだろ? そういうときって誰にも…」

「ヨウタ?」

 

 微妙に歯切れの悪い陽太の弁明を不思議に思ったシャルロットであったが、そんな彼の言葉をジーナスはばっさりと切って落とすのであった。

 

「この場での誤魔化しは必要ないわ」

 

 ジーナスの瞳には明らかに現状のセシリアの問題点が浮き彫りになっており、危機感を持ったからこそ態々英国からこの日本にまで足を運んだのである。彼女は掛けていた眼鏡を外すと千冬に願い出る。

 

「バトルシュミュレーターの使用許可を願い出るわ、千冬」

「ジーナス………お前、まさか」

 

 温和な彼女から一変し、文字通り『鷹の瞳』と化した世界最高精度スナイパーは、対オーガコア部隊のメンバーのほうに振り返ると、彼らが驚愕する提案を口にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

「………という、のが私のお父様とお母様なのです」

 

 一方、ほぼジーナスと似た内容の会話をセシリアはたんぽぽとしていたのだが、やはりセシリアのほうは自分の父親に対してかなり思うことがあったようで、つい語尾に恨み節が混じってしまう。

 

「あの日………お母様の最後の願いにすら気が付かなかったお父様のことを、陛下も姉様も許せと言われますが………私には」

 

 許すことなんて絶対にできない。彼は裏切り者なのだから………。

 

 そう思いたいセシリアなのだが、どうしてもその言葉が彼女自身の心を空しいものでいっぱいにしてしまい、本当にそれでいいのかと問いかけてくる自分自身もいるためか、答えの出ないループに迷い込んでしまうのであった。

 

「お嬢様」

 

 そんな時、父と母が存命の頃から共にいたメイドの声が聞こえ、思わず振り返る。

 

「どうかお静かに、お願いいたします」

 

 ―――いつの間にか設置された携帯用クーラーと、右手の人差し指を当てながら、左手で日傘を差しながら小声で自分を注意するメイド―――

 

「スピー……………ン‶ン‶ガッ」

 

 ―――鼻提灯を作りながら、いつの間にかベンチで寝ながら鼻でイビキをかく幼女―――

 

「(ね、寝こけておりやがりますですってっ!?)」

 

 淑女とヤンキーが複合した言葉が錯乱した心中で流れるが、その時、鼻提灯が割れると同時にたんぽぽも目を覚まし、寝ぼけ眼でまずはセシリアを見つめる。

 

「………おはよう、ございます」

「………お、おはようございますわ、たんぽぽさん」

「お目覚めですか、たんぽぽ様?」

「メイド、さんも、おはようございます」

「はい、日はまだ高く暑いですが、穏やかな午後でございます」

 

 脳が未だに半覚醒状態のために寝ぼけているたんぽぽの挨拶にも律義に頭を下げて返事をするメイドの鏡であるチェルシーは、メイド服の裾から取り出した水筒のコップを取り出し、中に入っていたカルピスを注ぎながらそれをたんぽぽに手渡すのであった。

 

「たんぽぽ様。まだ暑うございますから、まずは喉を潤してくださいませ」

「あーい!」

 

 飛びつくようにコップを受け取ると、ベンチの上に立ち上がると腰に手を当て一気に飲み干していく。そして「ぷはぁーっ!」と酒飲みの親父のように叫ぶと、コップをチェルシーに返却するのであった。

 

「たいへんなおてまえで。おいしかったです」

「まぁ」

 

 中途半端に手に入れた茶道の知識を見せつけるようなたんぽぽにも、特に気を悪くした様子もないチェルシーであったが、そんな二人のやり取りを頭痛がするかのような気分で見つめていたセシリアは、自分の専属メイドであるはずの女性に問いかけてみた。

 

「チェルシー。貴方は確かわたくしの近衛メイド(ヴァレット)ですわよね?」

「はて? 私の記憶が正しければ、あなたに初めてお仕えしてから今日のこの瞬間まで、ただの一度たりとも、ほかの方の近衛(ヴァレット)になった記憶はございませんが?」

 

 その割にはさっきからずっと自分よりもたんぽぽの世話を甲斐甲斐しくおこなっているではないか。とツッコミをいれたいのだが、機嫌をよくしているたんぽぽの手前、口喧嘩をするのもどうかと思い止まる。一方、喉を潤し意識がはっきりとしたのか、自分がなぜ今この場で寝ていたのかを思い出し、たんぽぽは嬉しそうな顔をしながら、さも話を最後まで聞いていたかのようにはしゃぎ出す。

 

「セシリアお姉ちゃんのママがたすかってよかったねっ!」

「(開始五分程度の触りですわよね。もうその辺りから眠っていたと?)」

「正確には三分ごろから睡魔に襲われ、5分と30秒程度で眠りに入られました」

 

 しっかりと時間を記憶するチェルシーに感心しつつも、深くため息をついたセシリアはたんぽぽの方を見て呆れながらつぶやく。

 

「まあ、幼い貴女には退屈なお話ですわよね? ごめんなさい、私の方が間違っておりましたわ」

「ごめんなさい?」

 

 どうして自分が謝られたのかわからないたんぽぽであったが、彼女は沈んだ表情になってしまったセシリアを元気づけるように、両手を広げて感じたことをありのままに口にする。

 

「セシリアお姉ちゃんは、お姉ちゃんのママもパパもだいすきなんだよ!」

「………はあぁっ?」

 

 今の今までの話の流れで、どうしてまだ自分が父親のことを好いていると言えるのか、やはり子供には理解が早い話であったと、この話は打ち切ろうとするセシリアなのだが、たんぽぽは意外なことを口にするのであった。

 

「だいすきだから、ちゃんとぜんぶおぼえてるの! まえに陽太パパがいってたの」

 

 ―――俺はエルーさんがしてくれたこと、ちゃんと全部覚えてる。何一つ忘れちゃいない―――

 

「『どうして?』ってきいたらね、シャルロットママは『パパがエルーお母さんのことが大好きだからだよ』っていってたの!」

 

 その後、シャルの言葉を聞いた陽太がその場から離れるまで一言も喋らなくなったのを聞くと、『照れるとだんまりするのもエルーお母さんがいた時から変わらないね』と、やけに嬉しそうに語っていたのもたんぽぽはしっかりと記憶していた。

 それだけではない。

 昨日、一緒に何を食べたとか、何を話ししたとか、たんぽぽにとっては何気ない日常の言葉ではない。一つ一つが世界を作る魔法の言葉なのであった。

 

「たんぽぽ、パパとママがだいすきっ! セシリアお姉ちゃんも、ほかのお姉ちゃんも、一夏お兄ちゃんも、みんなのことだいすき!」

「………」

「だから、きっとセシリアお姉ちゃんのパパとママのことも、たんぽぽはだいすきなんだよ!」

 

 屈託なく穢れのない笑顔を向けて信じてくれる姿を見て、胸の中に熱さと痛みが同時に走るのを感じたセシリアが唇を噛みしめる中、チェルシーはたんぽぽの両肩に手を置いて語りかけてくる。

 

「セシリアお嬢様。もう、よろしいのではございませんか?」

「………チェルシー?」

「お嬢様の御心はたんぽぽ様にちゃんと伝わっておいでです。それはきっと旦那様と奥様の想いがちゃんとセシリア様にも伝わっている何よりの証拠のはず」

「で、ですが………」

「確かに旦那様は完全無欠ではございませんでした。だからこそ伝わる想いが必ずあったはずです」

 

 最初は不安だった。

 セシリアが一人で英国から遠く離れた日本で数年間生活するということが。

 そしてやはり途中でさらに不安になった。

 対オーガコア部隊への編入と、世界最強のテロリスト集団との全面戦争に身を投じることに。

 

 しかし、随伴して日本に来て、とても驚いたのだ。

 自分の知っているセシリアが、幼い少女相手に悪戦苦闘している姿を見て、そんな少女のことを内心で実の妹のように可愛がっていることに。

 家族を失い、傷ついていた少女(あるじ)が、この国で確かに癒されていたことを知って、チェルシーはしてもしきれないほどの感謝の気持ちが沸き上がっていたのだ。

 

 そんなチェルシーの気持ちを受けて、セシリアの奥底の気持ちがだんだんと胸の扉を叩く音を強めていると、頃合いを見計らったかのように『彼女(英国の鷹)』が姿を現す。

 

「………セシリア」

「!?」

 

 驚いて振り返ったセシリアであったが、その異様な雰囲気に言葉が一瞬で詰まってしまう。

 温厚そうないつもの笑顔がなくなり、眼鏡を外し、険しい表情となったジーナスは、対オーガコア部隊のメンバーと主である英国女王を引き連れて、彼女の前に詰め寄ってくる。

 

「ジ、ジーナスお姉様?」

「チェルシーには反対されていたけれども、ここは私の意見を通させてもらうわ」

 

 一瞬だけ、非難するようなチェルシーの視線を受けたジーナスは、改めてセシリアに向き直ると、弟子である彼女と相対する瞳ではなく、一人の戦う者としての瞳でこう訴えかけた。

 

「選びなさいセシリア。私と戦い勝利と自由を得るか、敗北して負け犬として英国へ戻るかのどちらかを………」

 

 

 

 

 




次回の更新は早く済ませたい


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

たんぽぽとセシリアお姉ちゃんとお婆ちゃん④

新年あけましておめでとうございますっ!


どうも最近、立て続けに色々なことを熟さないといけなくなってきたみたいで、中々小説に掛かり切りってわけにもいかなくなってきた。これが年を重ねるってことなのね


というわけで、気が付いたら過去最大値の文良になってしまいましたが、セシリア編ラストです


 

 

 

 

 ISを用いた公式戦などは基本生身でISを展開しての実戦形式で行われるものがほとんどであるが、ごく一部の状態(シチュエーション)での戦闘を行う時、最新鋭のVRを使った半仮想世界での対戦が行われるのも、ISという存在の特異さの一つである。

 

 その場合、多くは無重力空間である宇宙戦。

 

 そしてもう一つ地上戦において、未だ許可が出ない範囲。

 

 ―――小雨がちらつくどんよりとした鉛色の空のロンドン市内―――

 

 ―――人っ子一人としていない昼の市内を、ブルーティアーズ・トリスタンを展開したセシリアが低空飛行で駆け抜ける―――

 

「(展開がいくらなんでも急すぎますわッ!)」

 

 心の中で愚痴りながらも、見知ったレンガ造りの通りを駆け抜け、途中の街灯を掴みその場で急停止すると、急いで身を隠すため脇の道に入り込み、ハイパーセンサーで周囲の索敵を逐一行う。現状はステルスモードを展開しているが、大通りで堂々陣取れるほど間の抜けた戦術も取れる相手ではないことはセシリア自身が一番理解していた。

 

「(お姉様が私を見つける前に、私がお姉様を見つけるしかない)」

 

 目視しての戦いが常のIS戦闘であるが、今日この場においてはそのセオリーは一切かなぐり捨てられ、息を殺し気配を消し、景色と一体化して相手が振り返るよりも早く狙撃する。

 今日求められる戦い方は、旧来通りの狙撃手のものなのだ。

 

「(だけど、私にそれができるのでしょうか?)」

 

 問題があるとするのなら、それはただ一つ。

 今、姿見えない相対する者が、英国の至宝であり、現在の国内………否、世界最高峰の『狙撃部門優勝者(ヴァルキリー)』であるということだ。

 

 そしてセシリアの内心に渦巻く不安を感じ取ったのか、モニターで彼女の戦いを見守る仲間達からも心配の声が上がっていた。

 

「………」

 

 ISを展開した状態で、特殊なバイザーを被った両者を静かに見るシャルロットと、黙ったままモニターを凝視する陽太は重たい空気を纏ったまま、その口を開く。

 

「………不味いな」

「何がだよ、陽太?」

 

 隣で一緒に観戦していた一夏達の質問にも、彼は振り返ることなくこう答えた。

 

「はっきり言えば、普通に正面からやりあうなら、セシリアの方に分があるに決まってる。『第一世代後発機』対『第三世代改造機』の戦いだ。あらゆる性能がブルーティアーズの方が上だからな。よっぽどセシリアが下手打たない限り負けることはあり得ない性能差だ」

「そりゃそうなんだろうけどさ………相手は、そのセシリアの師匠よ? さすがに楽勝ってわけじゃないでしょう?」

 

 同じく観戦していた鈴の言葉にも、首を横に振って彼は更に空気が重くなるのを承知で言い放つ。

 

「通常戦闘やモンドグロッソ本戦形式の決闘なら、それでも覆せない差になるんだが、この狙撃戦だけは違う。これははっきり言えば操縦者同士の削り合いだ。相手の動きを先に捉え、自分の動きを隠し、一方的に攻撃を加えて更に相手の集中力を削っていく。ひたすらその作業を繰り返すのみ………ISの性能差もある程度埋められる。そんで、この作業に関して『英国の鷹(ブリタニア・ホーク)』はスペシャリストだ。しかも今やってるフィールドは地元を再現してるって状況で、はっきり言えば相当セシリアにプレッシャーがかかってるぞ」

 

 ISを使った、全方位の三次元戦闘ではない。ひたすらに忍耐力を用いて心理戦を行うこの形式の戦い方を、どの操縦者よりも知り尽くしている相手に、しかも自分自身を育て上げた師匠であるなら猶更にプレッシャーになろう。

 しかもフィールドが地元ときている。セシリアも当然よく知る土地柄であるが、相手もそれは同等かそれ以上に知り尽くしているため、ほぼ優位性(アドバンテージ)は存在していない。

 

 そんな圧倒的不利な状況で開始されて約10分。最初は30分は硬直状態が続くであろうと陽太は予想していたが、勝負は序盤からいきなりの波乱を起こす。

 

 ―――敵に捕捉されたという警告―――

 

『セシリア、敵機ロック。キケン、キケンッ!』

「なんですってっ!?」

 

 サポートOSの声を聴くや否や、彼女は反射的にその場から跳躍して身を翻す。

 

 ―――さっきまでいた場所を通過する緑色の閃光―――

 

「(狙撃された!? しかもこんなに早く居場所を感付かれるだなんてっ!?)」

 

 ジーナス相手なら後手回りもあり得るとは思っていたが、まさかこんなにも早く発見されるとは思っていなかったセシリアが跳躍しつつ素早く反転し、着地と同時に背後にいるはずのジーナスと撃ち合おうと考え、ライフルを構えた瞬間だった。

 

 ―――右方向から迫る閃光―――

 

 完璧なタイミングで迫る攻撃は着地と同時に自分を射抜くことを予感させるものだった。考える時間すら彼女に与えてはくれない。避け様にも身体が動いてくれない。ビットを出して防御する暇もない。ましてや銃を上げて反撃することすら出来ない。成す術なく撃ち抜かれることが刹那に決まったセシリアであったが、そんな彼女に幼い声が耳を打つ。

 

『セシリアお姉ちゃんっ!』

「!?」

 

 実に楽しそうに自分の名を呼ぶたんぽぽの声があまりに間の抜けた空気を出すものだったからか、それとももっと別の理由があったのか、とりあえずまるでその声が呼び水になったのようにセシリアの窮地を救ってみせたのだ。

 

 ズルッ

 

 右足から着地しようとしたセシリアが足を滑らせ、体勢を崩して地面に転がってしまったのだ。らしくない着地ミスであったのだが、それが偶然にも攻撃からの回避行動と直結することになり、頭上数センチをビームが通過するとセシリアは無我夢中で地面を転がりながらビットを切り離し、シールドを全方位に展開しながら防御陣形を形成することに成功する。

 

「い、今のは………絶対に感謝の言葉は延べませんからね、たんぽぽさんっ!?」

『(隠したいのか、素直にお礼を言いたいのか………)』

 

 自分で言い訳してバラしていくスタイルなセシリアに仲間達があきれ顔になってしまう。そんな中でもブレないのがたんぽぽであった。

 

『お姉ちゃんがんばれぇぇぇっ! ふぁいとぉぉぉぉっ、いっぱぁぁつぅっ!』

 

 大声でマイクに向かって叫ぶたんぽぽを、陽太が無言で引き剥がして自分の膝の上に座らせる。観戦中はマナーを守るのも客の基本だ。と少しずれた説教をかましていたところ、集中力を極限まで高めて周囲を警戒するセシリアに、仮想空間内で姿を見せないジーナスがどこからか話しかける。

 

『素直にお礼を言いなさい。たんぽぽちゃんがいなかったら貴方はとっくに終わっていたわ』

「………お姉様」

『それだけじゃない。仲間の皆がいなかったら………』

 

 ―――右側から来る殺気―――

 

『貴方はとっくの昔に、オーガコアの戦闘で死んでいるわ』

「!?」

 

 右側から来たビームをSBビットのシールドが全て防ぎ切る。同時に彼女はスターライト・アルテミスをビームが方向に向けると、射線を重ねて反撃の狼煙を上げようとする。

 

「狙い撃ちますっ!」

 

 仮に当たらなくても良い。反撃によって防御なり回避なりしてくれれば攻撃の体勢を崩せる。そしてそこを即座に自分が主導権を握り返す。セシリアの段取りは見ていた陽太やラウラも手に取るように分かった。

 

「そんなっ!?」

「「何ぃっ!?」」

 

 ―――まったく関係のない建物を撃ち抜くビーム―――

 

 だからこそ、セシリアの攻撃が何の関係もない場所を撃ち抜いたことに驚愕が隠せなかったのだ。

 

「(そんなっ!? 確かに私は………)」

『思い込みと先入観で視野を狭める………言ったはずよ。狙撃の基本は「俯瞰」の視野。相手の動きを点で捉えるのではなく、線で結んで先の先を読み切ることだと』

 

 ―――今度は全く逆方向から来るビーム―――

 

「!?」

 

 セシリアの反応が僅かに遅れるが、ビットが自動で反応して攻撃を防いでくれる。今度こそと意気込んでもう一度ビームを発射してみるが………。

 

 ―――陰に隠れたISに当たる直後に斜め上に弾き飛ばされた―――

 

「今のは………」

 

 箒の瞳には、途中でスターライトアルテミスのビームを弾いた『何か』がはっきりと捉えられていた。

 

「あれは………盾?」

 

 空中を浮遊する四つの緑色の盾のような物体。それらを従えるように、影からステルスモードを解除したISが姿を現す。

 フルヘルメットのバイザーで顔を覆い隠し、大型ライフルを携えた緑色のIS。ゆっくりと浮遊していた四つの海の色を思わせる蒼の盾がそのISに装着され、まるで全身を覆うマントのように身体を覆い隠してしまう。

 

「リフレクタービットか………」

「………まさか、あれがっ!?」

 

 陽太がビットの種類を言い当てたとき、ラウラの脳裏にある事柄が思い出され、それらを補足するように千冬が先んじて説明を行う。

 

「そう。すべてのBT兵器の元となったもの。第一世代IS『サダルスード』の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)………」

 

 ―――単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)『蒼の雫(ブルーティアーズ)』―――

 

『師である私のISの単一仕様能力すらも忘れるなんて、戦時中に平和ボケは笑えないわよ』

 

 全てのBT兵装の原点である能力のことを失念していた事実に、指摘の正しさも若干認めるべきかと自嘲しかけるセシリアであったが、弟子を責める手を緩めない嵐の連撃をジーナスが繰り出す。

 

『………絶対制空(シャッタード)』

「!?」

 

 四つの蒼の盾に取り囲まれたセシリアが、背筋を凍らせて周囲のSBビット達で全方位の防壁を作り出す。

 

『領域(スカイ)』

 

 ―――呟きと共に引き金が引かれ、亜光速の牙がシールドを反射しながら光の檻を形成する―――

 

「なんざそらっ!?」

 

 陽太すら驚愕する技に皆が声を失う中、千冬と共に試合を観戦していた真耶がジーナスの繰り出した技に対して静かな解説を添える。

 

「脳波コントロールで操作する四つのリフレクタービットで取り囲んで対象の退路を断ちつつ、跳弾で相手の装甲とシールドバリアを破壊する、ジーナスさんの十八番ですね」

「確か、山田君も使えるのでは?」

 

 千冬の言葉に思わず全員が注目する中、真耶はゆっくりと首を横に振ると苦笑しながら答えた。

 

「私のはサブマシンガンによる檻の形成が精一杯です。ジーナスさんは光学兵装を長時間射出することで檻を形成します。あれは盾の反射角度も勿論ですが、装甲からの反射や気象条件なんかもリアルタイムで算出して行わないといけません………はっきり言えば、織斑先生並みの反射速度と篠ノ之束女史並みの計算能力の両方がなければ行えない、超人技か魔技のどっちかですよ」

 

 真耶のやけに詳しい解説に全員がドン引く中、彼女だけは顔を紅潮させながらジーナスの戦いを見守り続ける。

 

「私は織斑先生の後輩ですが………現役時代からの一番の憧れは、ジーナスさんなんです」

 

 IS操縦者としての頂点に立つ五人の一人。

 操縦者の中で、最高精度と言われる凄腕スナイパー。

 そして時代が変われどただ一人乗り換えることなく第一世代に搭乗し続け、幾度も武器の差に泣かされながらもずっと同じライフルを使い、今なお狙撃手には基本不利な格闘戦が主流のモンドグロッソに出場し続けるジーナス・ファブルという人間のことを、才能を理由に選手であることを半ば諦めて教員となった真耶にしてみれば、輝かしくて眩しい見えるのだ。

 

 しかし、そんな彼女に一方的にやられているセシリアにしてみれば、彼女の経歴を差し引いてなおお釣りがくる強さに眩暈を覚えそうだ。

 

「(脳波コントロールでビットを四つもこれほどの精度と速さで操作しながら、ただ一度もしくじることなくビームを反射し続けるだなんて)」

『不可能だ。と思っているのでしょう?』

「!?」

 

 脳内の言葉を正確に読み取られたかのような言動に動じたセシリアに、ジーナスはさらに幾度もビームを放ちながら言葉を続ける。

 

『ブルーティアーズも改良されて性能が以前とは段違いね。特にそのSBビットは厄介だわ………こちらの攻撃をここまで正確に防ぎきるだなんて…………ホント』

 

 ―――宝の持ち腐れだこと―――

 

「!?」

 

 師の挑発を受けたセシリアが我を忘れ、とっさにライフルを構えようとする。そこへすかさずジーナスがライフルの一撃を放って先に攻撃を仕掛けた。

 ビットを経由して屈折させたものではない、ストレートに自分に狙いを定める一撃。だがその攻撃に反応したのはセシリア本人だけではなくSBビットも同様で、ビームの一撃を防いでしまったためにちょうど『セシリア』の射線を防ぐ形で動いてしまったのだ。

 

「(攻撃を防ぐために先にこちらに攻撃を)」

『反応が機敏であることが、必ずしも結果に繋がるとは限らないのよ』

 

 更にそこへ3連射。2撃はほぼ同時の速射で残りの一発は若干のタイムラグがあり、結果、2撃を防いだSBビットがまるで道を開いたかのように最後の一発を突破させてしまう。

 

「くっ!?」

 

間一髪でビームハンドガンを盾にして攻撃を防ぐが、依然として続くビームの嵐が彼女の行動をどんどん狭め続け、焦りがたまるセシリアを煽る師の言葉がビーム以上の威力で心を抉ってくる。

 

『何度言えばわかるの? 本当に愚図ね。貴女程度の頭で考えた所で打開策は浮かばないのよ。なのにそうやってみっともなく勝機がある風を装って誇り高い貴族を装うとする姿が滑稽だって言ってるの………また反応が遅れた。仲間の人が助けてくれると思っているの? 甘えが透けて見えるわ。この学園で何を学んだの? 何もできない頃のままでISを強化しても張子の虎よ。地べたに這いなさい。見っとも無く助けを、許しを請いなさい。私の唯一の失敗は貴女をイギリスから出したことよ。存在自体が今は恥ずかしいわ………甘え根性が抜けないお嬢様なんかを代表候補生になんてするんじゃなかった。対オーガコア部隊のメンバー入りなんて認めるべきじゃなかった。何もできない、何も知ろうとしない、何も何も決めることもできない娘なんて、ただただ恥ずかしいだけよ』

 

 ビームの間隙の中を潜って飛んでくる言葉の矢が心に突き刺さるのに、目の前の光の檻の処理に全神経を使わないといけないためか、禄に言い返すこともできない。

 

「…………千冬さん、助太刀を許可してください。ってか、私にやらせて」

 

 だが、そんなセシリアに叩きつける雑言を聞いていた鈴が、額に青筋を作ってまずは言い放つ。

 

「待った………先に俺がやる」

 

 次に口元が笑いながらも、目が笑っていない陽太が自分こそをと言い放つ。

 

「聞くに堪えられない。私がセシリアに代わる」

「………例えセシリアの恩師だったとしても、何も知らないのに言って良い言葉と悪い言葉があるだろうに………許せない」

「千冬姉、頼む。俺にも行かせてくれ!」

 

 ラウラ、箒、一夏も我慢がならんといった様子で観戦室を出ていこうとし、シャルも必死に深呼吸をして怒りを飲み込んだ様子だが、これ以上聞けば怒鳴り込んでやろうと内心で決め込んでいた。

 

「認められるわけがなかろう。これはオルコットも了承した戦いだ………何より」

 

 仲間を罵倒する者を黙って見過ごせるほど、薄情な者はこの中には一人としていない。そんな教え子達の心境を十二分に理解している千冬だからこそ、あえて助太刀はさせないと宣言する。

 

「お前達………ならば、助けてほしいのか?」

 

 困難を前にした仲間の窮地を救う。

 字にすれば美しい響きであろう。確かに美しさに見合った行動でもあるのだろう。

 だが、その行動が全てにおいて正しいのかどうかはまた別の問題でもある。

 

「仲間であると自覚しているのなら、黙って耐え凌ぐのも一つの戦いと心得ること。と、ナタルから習ったばかりではないのか?」

「「でもっ!?」」

 

 まだ納得ができないという一夏と鈴が同時に叫ぶが、千冬は二人の戦いを見守りながら目を細めてこう呟いた。

 

「オルコットは私にとっても教え子だ。そしてジーナスは同じ道を歩む戦友だ。私は二人の在り方を信じる………オルコットが示したい想いと、ジーナスが伝えたい想いの双方は、きっとこの戦いで示されるのだと」

 

 その先に、二人がより良いと思える未来があるのだと。

 千冬の静かな眼差しでそう諭されてしまっては、それ以上の言葉を陽太達は紡ぐことが出来ずにいたのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 言葉とビームの全方位攻撃に苦戦するセシリアであったが、このまま手をこまねいていたらジリ貧でやられることも明白だとの自覚もある。多少強引になってでもこの窮地から抜け出さねばならないと思い、SBビットを引き連れたまま強引な脱出を試みる。

 

「(お姉さまのサダルスードは攻撃力は第一世代で平均値。ならばクリーンヒットしない限り一撃必殺はあり得ない)」

 

 多少のダメージならば十分に巻き返せる算段でセシリアは目の前のリフレクタービットに突撃しながら腰部の三連ミサイルを射出して、ビットを破壊して檻から脱出するのであった。

 

「くっ!?」

 

 予想通り全てのビームを防ぎ切れなかったSBビットから漏れた分が装甲を掠めてシールドエネルギーを削られてしまうが、損傷は軽微で済んだようで、彼女はその勢いのまま狙撃戦ではなく近接戦闘に移行しようとその場から跳躍する。

 

『狙撃戦するんじゃないのかよ!?』

 

 陽太のツッコミがアナウンスから流れる中、セシリアはジーナスが自分の目論見に気が付いてしまったのではないのかと思い、彼の軽口を内心で舌打つのだが、肝心のジーナスのほうはそんなセシリアの内心をまたしても見抜いているかのように、冷徹な言葉と予想外の一撃をお見舞いしてくる。

 

『陽太君の言う通り狙撃戦を選択しておくべきだったわ。にわか仕込みの近接なんてさせると思うの?』

 

 ―――ロックの警告すら鳴らさずに、自分の右膝の後ろを射抜くビーム―――

 

「なっ!?」

 

 どうしてその攻撃が今来る? 痛みよりも疑問が先に沸き上がりながらも、バランスを崩したセシリアが空中で錐揉み状に降下していき、民家の屋根を突き破って落下してしまう。

 丁寧に再現された民家は土砂と埃を巻き上げてセシリアを包み込むが、すぐさま起き上がると彼女は自分が落下してきた穴を見上げ、荒い息を整えながら思考する。

 

「(リフレクトショットで膝の裏を………シールドが薄い場所をこんな正確に)」

 

 焼けるような痛みが右膝を襲う。シュミレーターが実戦での痛みを正確に再現しているのだが、問題はあの咄嗟の状況でこんな正確に当ててくることができる彼女の技量だ。

 

 精密機械のように高速でビットを複数同時に操っていた亡国の幹部(アーチャー)と、どちらが格上なのか………少なくとも自分では推し量ることができないほどの実力の開きがある相手に、どう打開していくのか、プチパニックを起こしそうになった。

 

『セシリアお姉ちゃん!? おちたのだいじょうぶ? タンコブできてない!?』

 

 心配する様子で大声を張り上げたたんぽぽである。しかもマイク越しに何やら『それはさすがに不味いから、はよマイク放せ!』『ヤッ!』などという陽太とのやりとりも聞こえてきた。セシリアの中の考えがごちゃ混ぜになっているそんな中で幼い声が耳を打つものだから、思わず声を張り上げてしまう。

 

「大人しくしていなさいと、あれほど言っているでしょう!?」

『ッ!?』

 

 姿が見えないが、怒鳴られて息を呑んだことはセシリアにも想像が出来ただけに心に鋭い痛みが走る。だが今は目前の戦闘に集中するべきだと思い、彼女は落ちてきた天井から飛び出してセンサーが捉えていたジーナスにライフルを構える。

 

「……………通信は聞こえていたわ」

 

 距離にして100m少々のマンションの上に堂々と立つジーナスは、ライフルを構えることも身を隠すこともなく、セシリアをはっきりと見ながら言い放つ。

 

「自分の思い通りにならないと周りに当たり散らす所がまだ治ってなかったなんて………昔から貴女はそうだったわね」

「………先ほどから黙って聞いていれば」

 

 何もかも見透かしているかのように言い放ち、公然と見下した表情を隠そうともしない師匠相手にいい加減堪忍袋の緒が切れたセシリアは、SBビット・ファランクスモードを起動させ、アルテミスの三連バルカンと共に重砲撃をジーナスに仕掛ける。さすがに最新鋭の第三世代改造機の攻撃を真正面から受け止めるのは不利かと判断したのか、その攻撃を防御することなくジーナスはマンションの下に降下することで回避し、建物を盾にして低空飛行で市街地を飛行するのであった。

 当然のようにその後を追いかけていくセシリアなのだが、先ほどから一方的にやられているのを見ていた仲間達からは静止の声が上がる。

 

『バカッ! 正面から追いかけんな!?』

『相手は路地裏利用して、アンタの裏をかきに来てんのよ!?』

 

 せっかくの陽太と鈴の忠告も、頭に血が上った今のセシリアには逆効果である。

 

「おだまりなさいっっ!! あんな卑怯者なんて、正面から打倒さねば・」

『私が卑怯者なら、貴女は猪頭の臆病者かしら?』

 

 路地裏を曲がりかけた時に放たれたビームを間一髪で避けながら、何とか撃ち返そうと身を乗り出したセシリアが目にしたのは、宙に浮かんだリフレクタービットのみであり、慌てて180度振り返ろうとするが、今度はちょうど鳩尾あたりをビームの強烈な一撃に穿たれ、悶絶しそうになった。

 

「ぐっ」

 

 ―――数個の家屋の向こう側に薄っすらと映る、ライフルを構えたジーナスの姿―――

 

 リフレクターを巧みに使って射線から自分の位置を割り出そうとする弟子の裏をかいて撹乱し続けるヴァルキリーの妙技に、一番弟子は翻弄され続ける。

 

『っ………んのおぉっ!?』

 

 アルテミスを投げ捨て、両手にハンドガンを構え、SBビット・ファランクスモードで家屋を薙ぎ倒しながらジーナスを攻撃するセシリアであるのだが、狙いが雑になってしまい返って瓦礫を作り粉塵を巻き上げて、ジーナスの隠れ蓑を作ってしまっていることに気が付かない。

 

 画面の向こう側で、ジーナスの攻撃を半分凌ながらも半分被弾し続け、シールドエネルギーと体力を悪戯に消耗し続けるセシリアが見ていられなくなった仲間達がいよいよ焦り始めた。

 

「クソッ………一夏より馬鹿になってんじゃねぇのか、今のアイツ!?」

「陽太の言葉には抗議するけど、明らかにこのままじゃセシリアが不味いだろ!!」

「それよりも、直撃してるのにやけにシールドの減りが少なくない?」

「多分、出力を絞ってダメージをあえて下げてんのよ。その分、エネルギーのチャージも早くて済むから連射にも向くだろうし」

「ああ。それにそのこともセシリアは気が付いてる」

「頭に血が上っている今の状態では、相手の戦術もただ自分への侮辱と捉え、さらにセシリアの怒りを増大させて、狙いを雑にさせてしまっている。このままでは本当にマズイぞ」

 

 ヴァルキリーの一角が見せる熟達の妙技に驚愕しながらも、このままでは仲間が英国に強制連行されてしまうことを前に、どうにかできないか皆が頭を悩ませる。

 一方、そんな対オーガコア部隊から少し離れた場所から二人の戦いを黙って見守っていたエリザベスは、一度視線をモニターから外し、涙目になってセシリアの姿を見ているたんぽぽへと向け、声をかける。

 

「たんぽぽちゃん、怖い?」

「………セシリアお姉ちゃん、『いぎりす』にいっちゃうの?」

 

 怒鳴られたことなど当に忘れ、セシリアが強制送還されることを心配しているたんぽぽの姿を見て、さすがのエリザベスも罪悪感を感じたのか、ハンカチで彼女の涙をぬぐい抱き上げると、彼女に優しい声色で語りかけた。

 

「大丈夫。きっとセシリアは貴女に黙って何処か遠くへは行ったりしないわ」

「………ほんと?」

 

 怒り心頭のセシリアと冷淡な表情のジーナスの二人がモニターに映り、装甲とシールドエネルギーを削られ続ける傷だらけのブルーティアーズと、依然として無傷なままなサダルスードの姿は勝負の明暗をギャラリーに示しているように見えるのだが、エリザベスの瞳には違うものが映っている。

 

「セシリアお姉ちゃんが勇気を持って一歩踏み出せるように、たんぽぽちゃん? 一緒に応援しましょう」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 ジリ貧の泥沼とかした状況のセシリアの瞳には半ば涙が滲み、唇から食いしばりすぎて血が滲みだす。

 自分がこの学園に来てからの毎日で手に入れた全てを否定され、言い返す言葉も力もないかのような無力感が頭によぎり、それを必死に否定しようとするのに状況が一向に好転しない。

 

「どうする? もう諦めて、私と一緒に一から出直す?」

 

  煙の向こうから聞こえてくる余裕たっぷりの師匠の言葉に、無言の反撃と言わんばかりにビームハンドガンを乱射するが、狙いをつけることすらロクにできていないためか掠りもしない。その様子に一度だけため気を漏らすジーナスはやがて表情を再び厳しいものにすると、肩に担いだビームライフルを連射し、一際高い時計塔を半ばから倒壊させる。

 

 ゆっくりと倒れこんでくる時計塔を見ながら、一足早く退避したジーナスとは違い、ギリギリまでその存在に気が付かなかったセシリアは、自分に迫ってくる巨大な影に遅れて気が付き、表情を凍らせた。

 

「しまっ…」

 

 普段のセシリアならすぐに気が付くようなことも、自分を罵倒し尽くした師匠を相手に視野が狭まった結果か、倒壊の直撃こそ避けられたが衝撃波に巻き込まれ、瓦礫の中に埋もれてしまう。

 モニターの向こうでは、セシリアの安否が分からず声も上げられない仲間達と、震えるたんぽぽを膝に乗せたままのエリザベスであったが、やがて彼女は斜め前の千冬にゆっくりと視線を送り、それに気が付いた千冬は申し合わせたかのようにマイクを手に持つと彼女に手渡すのであった。

 

 

 一方―――

 

 倒壊した時計塔の下敷きにこそならなかったが、散弾のように飛び散った瓦礫のうち、大型の物の直撃を受けてしまい、破片に埋もれ意識が一時的に遠退いてしまったセシリアの意識が深い闇に落ちていく。

 深い闇の中で切り取られたシーンのように、この学園に来てからの無数の思い出達が彼女から過ぎ去り、英国にいた頃まで遡る。

 出立の際、敬礼と共に見送ってくれた師であり姉の同然だったはずの人。

 謁見の間で、『貴女を誇りに想った父母の思いと共に』という言葉をくれた、敬愛する君主。

 家族二人を突然失った夜、泣き叫んでいた自分を一晩中抱きしめてくれたメイド。

 

 たくさんのものが過ぎ去って、最後に残ったものが意識を失ったセシリアの掌の上に、夜空から舞い降りた星屑のように舞い落ちる。

 

 

 

『セシリア……5歳の誕生日、おめでとう!』

 

 ―――盛大な誕生会を開くのが常の貴族社会において、三人きりの誕生会を開いてくれた父―――

 

『今日一日、お父様とお母様にたっぷり甘えることを許します………セシリアッ!』

 

 ―――いつも厳しいのに、今日一日この場のみ、誰よりも優しく自分を抱きしめてくれた母―――

 

『おとうさま、おかあさまァッ!』

 

 ―――今日この場だけは、ただのセシリアでいること許してもらえた私―――

 

『じゃあ、お母様が作ってくれたケーキの灯を消そうか』

『これ、おかあさまがすべてつくられたのですか!?』

『ええ、そうよ。お母様だってこれぐらい出来るんですから!』

『半年間の料理教室の成果が、ようやく実を結んだね』

『なっ!? ど、どうしてそれを……?』

『ジーナスにだけ話していたそうだが』

『あの娘ったらまた私の許可なく………また私に隠れてライフルをアナタから教わっていたのですね!?』

『い、いや。教えたのはボクの方もだし………どうか、きつく叱らないで上げてほしい』

『私とジーナスと、どちらが大事なの!?』

『君はボクの愛する妻で、彼女は君の親戚なんだ。無下にする訳にもいかないし、第一良い子なのは君が一番知っているだろう…………どうしたんだい?』

 

 ―――『ボクの愛する妻』の辺りから顔を真っ赤にしてフラフラしているお母様が、まだ頬を赤くしたまま咳払いをしていた―――

 

『コホンッ………確かに年長の余裕というものも持たないといけないわね。でも、今度あの娘が何か言ってきたら、私が同席いたします』

『ん? ああ、それは構わないけど』

 

 ―――今一つ釈然としない様子ではあったが、何とか気を取り直して自分に灯を消すように言い、父の言葉通りケーキの灯を消した私に、今度は二人別々でプレゼントを手渡してくださった―――

 

『私はヴァイオリンよセシリア。職人にオーダメイドで作ってもらいました』

『ボクは年頃の娘に何か似合うか中々わからなくて………髪飾りだよ』

 

 ―――母が職人に作らせたヴァイオリンは、まるで手に吸い付くように自分の丈にあっており、今からでも晩餐会を開いてしまいたいぐらいに嬉しさに包まれた―――

 ―――そして父が手渡してくれた白いレースの刺繍が入った青色の髪飾りをじっと見つめていた私は、おもむろにお願いしてみる―――

 

『おとうさまがわたしにつけてくださいっ!』

『ええっ!? ボクがかい?』

『はいっ!』

 

 ―――嬉しそうに返事した私に気を良くしたのか、さっそく父がつけてくれようとするのだが、それが中々上手くいかない―――

 ―――ライフルの扱いは天下一品なのに、女性物の扱いはてんでダメダメなお父様に苦笑したお母様が見兼ねてお手伝いしてくださった―――

 

『少しずれていますわ。あまり強く絞めすぎては肌が鬱血してしまいますよ』

『な、なるほど』

 

 ―――ややあって出来上がった私の姿を見た二人は、実に似合っていると喜んでくださいました―――

 

『よく似合っているじゃないかっ!』

『ええ、ホントに♪』

『おとうさま、おかあさま♪』

 

 ―――お母様に抱き上げられ、そしてお父様に頭を撫でられ、本当にうれしかった私は、ここでもう一つだけ我儘を口にしてみた―――

 

『おとうさま、おかあさま。もうひとつだけワガママをいってもかまいませんか?』

『おや、なんだいセシリア?』

 

 ―――普段は言えないことだが、今日は沢山甘えても良い。その言葉を信じて私は言ってみる―――

 

『わたし、「兄弟」がほしいです!』

『『!?』』

『わたし、もっともっとべんきょうして、よいあねとしてこのいえをまもっていきますわ!』

 

 ―――『出来たら妹が良い』と私の胸を張った宣言を聞いた二人。ですが、父は口を開いてアワアワとだけ何か呟き、母に至っては両手で頬を抑えながら『今晩は寝かせてもらえないのですね、アナタ』と身体をクネクネと震わせていたのだ。幼い私にはわからない二人の様子に首をかしげていると、お父様は意を決して言ってくださりました―――

 

『すまないセシリア。そのお願いだけは来年以降じゃないと叶えてあげられないんだ。どうしても』

『どうしても?』

『だから……』

 

 ―――小指と小指で指切りしながら、お父様は誓ってくださいました―――

 

『セシリアがもっともっと素敵なレディになってくれたのなら、ひょっとしたら天使のような妹が新しい家族になってくれるかもしれない………その日まで、私もお母さんもセシリアも、一緒に頑張ろう』

 

 ―――そして小指を切ったお父様の瞳を見た私は、笑顔を浮かべて頷く―――

 

『はいっ♪』

 

 ―――その日まで、セシリア・オルコットは、父と母に負けない、素敵なレディになると心に誓ったのですから―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………………………ぇちゃんっ! セシリアお姉ちゃんっ!?』

「!?」

 

 自分の耳を打つ幼い声に意識を取り戻したセシリアは、ここで初めて自分が瓦礫の中に埋もれてしまっているのに気が付く。

 

「痛ッ(瓦礫自体はすぐに退けられる。残りシールドエネルギーは………約20%)」

 

 そして今、自分がジーナスと勝負の真っ最中だったことも思い出し、状態を確認したセシリアは改めて声の主に返事をするのであった。

 

「………たんぽぽさん」

『セシリアお姉ちゃん!? いたくない? だいじょうぶ?」

「………もう。貴女ったら………今は試合の最中ですから、って何度も言っているのに」

『………ごめんなさい』

 

 泣きそうになりながらも必死に自分に呼び掛けてくる姿が目に浮かぶ。先ほどから怒りしかぶつけていなかったはずなのに、昔のことを思い出したためか、懐かしさにも似た暖かい気持ちが湧き上がってくる。

 

「………」

 

 父の最後の背中、母の最期の言葉。心中で木霊(リフレイン)する想いと想いは、複雑に入り混じるとやがて新しい『初まり』の言葉となって、目の前の幼い少女の口から発せられるのであった。

 

『セシリアお姉ちゃん………「いぎりす」いっちゃ、やだぁっ!』

「!?」

『ばふぁりんならってない。じょうばしてないっ! オニゴッコまだとちゅうっ。セシリアお姉ちゃんがオニのままっ!?』

「………貴女」

 

 幼い幼い言葉は、呆れるような理由で自分を引き留めてくる。その理由があまりにおかしくて、彼女は呆れるのも忘れてしまうぐらいにお腹の底から笑いながら、たんぽぽを受け入れるように優しく紡いだ。

 

 

 

 

 

 

「貴女は我儘な私に似た『妹』です………本当にとんだ『天使』ですわ、お父様、お母様」

 

 

 

 

 

 こんな我儘放題の自分にそっくりな『妹』なんて約束、10年もかけて守ってくれた両親に少しの愚痴と一筋の涙に沢山の愛を込めたセシリアは瓦礫を跳ね上げ、ゆっくりと立ち上がる。

 

 座して諦める姿は見せるわけにはいかない。

 

 ―――最後まで誰かを救おうと足掻いた背中を父が教えてくれた―――

 

 泣いて許しを請う姿など見せたくもない。

 

 ―――『ずるい人………どうかご武運を』と愛する人を送り出した母の言葉を思い出したから―――

 

「(考えなさいセシリア・オルコットっ!! エネルギーは二割だけど、主要武装のほとんどは健在………!?)」

 

 今は愛する妹が自分のそばにいてくれる。あきらめずに信じてくれる仲間がいてくれる。

 ならば自分を否定するのが例えかつての恩師といえども、負けるわけにはいかない。自分は勝って今度こそ前へ進んでみせる。

 決意を固めたセシリアに呼応するように、瓦礫の中に一緒に埋もれていたSBビットたちが浮き上がり、彼女の脳裏に一筋の光明が差し込む。

 

「………大博打なんて、つくづくスナイパーらしくありませんわね」

 

 最初はスナイパー対決だなんて言われていたのに、蓋を開けてみたら出たとこ勝負の博打打ちだなんて、つくづく自分は対オーガコア部隊の空気に当てられているようだ。

 

「(それも悪くありませんわね………これでたんぽぽのお母様になりたいと言い出したら、シャルロットさんはどのような表情をされるでしょうか?)」

 

 きっと凄まじい顔芸になるんだろうが今はその言葉を胸の内にしまい込み、セシリアは勝負を掛けるように粉塵を切り裂いて前へ出るのであった。

 

 

 

 

 

「!?」

 

 ハイパーセンサー越しに相手の動きは大方把握していたが、正面切って自分の前に躍り出てきた弟子を見て、覚悟を決めてきたのか、それともまだ感情に振り回されているのかのどちらなのかと考えたジーナスであったが、煙を切り裂いて出てきたセシリアの力強い眼差しを見て、安堵の溜息が漏れてしまう。

 

「フゥ………ようやくこの学園での成果、見せてもらえそうね」

「………そのお言葉から察するに、ここに来るまでのこと、全て『ワザと』だったと?」

 

 セシリアの指摘を受けたジーナスは一瞬何かを考えこむような表情を浮かべると、あっけらかんとした表情で答える。

 

「もちろん演技よ。半分」

「(もう半分は普段から思っていたと?)」

「甘え根性については本当。私や陛下はまだ良いとして、従者であるチェルシーやたんぽぽちゃんにまで甘えてしまうのは貴方の悪い癖よ。お尻抓るぐらいはさせなさい」

 

 この時、自分の師匠って意外と毒舌なのだな。と初めての印象を受けたセシリアであったが、そんな彼女の言葉を否定することなく、今は受け入れる。

 

「確かに………私は周りの全てに甘えていました」

「………」

「でも、それも出来ません」

「どうして?」

 

 問いかけるのはきっともう答えが分かっているから。

 そう思わせるような微笑みを浮かべたジーナスに、セシリアも微笑みながら言い放つ。

 

「妹の前で常に凛々しくありたいのです………そうですわね、お姉様?」

「…………フッ」

 

 目の前の女性が常に自分にそうしてくれていたように、自分もたんぽぽの前ではそうありたい。それがきっと両親が望んでくれていた姿であると信じたいから。

 それにジーナスだって、きっと自分の父親と母親にそうやって教えられたのだろう。人として、英国貴族として、誇りある者としての姿勢というものを。

 

「………」

 

 そんなセシリアの成長を表に出して素直に喜びたいジーナスであったが、目下は敵としての役割を与えられているのだ。もう英国への強制帰還はなんやかんやで取り止めても良いと思ってはいたが、勝敗までは譲る気はない。

 

「それで? 逆転の手は、まだ貴女に残されているのかしら?」

「…………」

 

 ジーナスの言葉に何も反応しないセシリアを見て疑問が過る。

 今のセシリアならば十分に冷静な判断が下せるはず。勝負を捨てる気もない。ならばこうやって正面から出てきた理由はいったい何だというのだ?

 

「私に残された手段………それはっ!」

 

 ジーナスが生んだ一瞬程度の逡巡。だがセシリアにはそれだけで十分過ぎる時間と言えた。

 

「!?」

 

 ―――腰部のミサイルを発射しながら、同時にジーナス相手に突進を仕掛けてくるセシリア―――

 

 狙撃戦(長距離)も射撃戦(中距離)も能力で上回れる以上、残りの道は接近戦のみ。当たり前といえば当たり前の決断であるのだが、いかんせん相手はモンドグロッソで散々その手の相手をしてきたジーナスである。彼女は量子変換でマシンガンを取り出すと、左手で乱射してミサイルを早々に撃ち落とし、ハンドガンを両手に持ったセシリアが至近距離から発砲しようとするのを、もう一方の右手で持っていた狙撃用ライフルで銃口を弾いてしまう。

 

「!?」

「破れかぶれの接近戦で勝たせてあげれるほど、私は甘くないわ」

 

 弾かれた右のハンドガンの反動でバランスの崩したセシリアがすぐさま左のハンドガンで追撃を仕掛けようとするが、それを今度はマシンガンの銃口で逸らすと、ジーナスはその場で反転しながらの後ろ回し蹴りでセシリアの腹部を強打した。

 

「カハッ!」

 

 シールドバリア越しに伝わってくる衝撃に悶絶するセシリアに対して、更に追撃のマシンガンを発砲しようとしたジーナスであったが、次の瞬間、ハイパーセンサーが瓦礫の中の何かに反応して、警告音を鳴り響かせる。

 

「瓦礫……!?」

 

 瓦礫を吹き飛ばして出てきたのは、セシリアのSBビット達。それがジーナスの背後から飛び出して今にもビームを放とうとしていたのだ。

 

「(自分自身を囮にして忍ばせたBTで私を狙うだなんて………)でも、最後の詰めが甘いっ!」

 

 不意は突かれたが対処する余裕はあるジーナスが、すぐさま自分のリフレクタービットで防御しようと彼女の周囲を取り囲む。

 SBビットによる不意打ちも遮断され、いよいよ勝ち筋が失くなったセシリアに、ジーナスは健闘を称える代わりに油断なくトドメを刺すため、スナイパーライフルを構えようとスコープを覗くのであった。

 

 ―――跪き、痛みに耐えながらも、諦めることなく何かを狙うセシリアの瞳―――

 

「………(この期に及んでまだ諦めていないだなんて………少し誇らしく思えてしまうわね)」

 

 勝負の瞬間まで諦めない心に、弟子を相手に敬服しそうになるジーナスだが、ここにきてそれが唯一にして最大の油断であったと遅れて気が付く。

 

「(待て。どうして諦めない? まだ粘れると踏んでる……いや、勝ち筋は消え………ていない!?)」

 

 衰えない闘志が見つめる先に何があるというのか? ただ真っすぐに自分を射抜くような瞳をしていたセシリアであったが、同時に違和感を覚える。

 

 ―――自分のほうを見ているが、まるで自分を見つめていない感覚―――

 

「!?」

 

 気が付いた瞬間、ジーナスの背後を打つ衝撃は凄まじく彼女はとっさに踏ん張ることで吹き飛ばされることだけは何とか堪える。

 

「(どうして私の指示を無視してリフレクタービットが?)」

 

 背中にぶつかってきたのは自身が操作するBT兵装だっただけに、なぜ自分のコントロールを離れてぶつかってきたのか疑問が頭を駆け巡るが、リフレクタービットから伝わってくる情報によって判明する。

 

「SBビットを!?」

 

 自分を狙撃しようとしていたセシリアのBT兵装が、ビームを放つことなくリフレクターに突撃してきていたのだ。しかも破砕しないようにシールド形態をとっての突撃のため、明らかに最初から狙っていた行動である。

 壁とするために放っていたリフレクターを、まるでラグビーのタックルのように壁ごと押し出そうとしているSBビットの行動を目の当たりにし、すぐさま振り返るジーナスは、目の前のセシリアが身体を僅かに右にずらしていることに気が付く。

 

「まさかっ!?」

 

 脳裏によぎるピースとピースが結びつくとき、セシリアの遥か後方から『何か』が飛来してくるノヲジーナスは目にする。

 

 ―――複数のSBビットに抱きかかえられながら飛来するスターライト・アルテミス―――

 

「!!」

 

 瓦礫の中から這い出てきた時から続く行動の全てがセシリアの作戦だったことに気が付くジーナスは、最後の切り札は今飛来している物だと確信し、撃ち落とそうと無理やりライフルを構えた。

 

「はあああああああぁぁぁぁっ!!」

 

 同時に自分に向かって全速力で突撃してくるセシリアは、ジーナスが引き金を引くよりも早く彼女のライフルの銃口に左のビームハンドガンの銃口を押し込む。

 

「!!」

「!?」

 

 両者同時に引き金を引き、ビームとビームがゼロ距離で誘爆し、右手に持ったライフルと左手に持ったハンドガンが一瞬で爆砕する。

 

「まだ………まだっ!!」

 

 爆砕した衝撃で互いにのけ反りあう中、裂帛の気合によって先に踏み出したのはセシリアであった。

 彼女の脇をすり抜けてきたスターライト・アルテミスを無我夢中で残った右手で掴み、ジーナスの腹部に突き刺す勢いで叩きつける。

 第一世代であるサダルスート最大の弱点があるとしたら、その防御性能の脆弱さである。これをカバーするために彼女は単一仕様能力(ワンオフアビリティー)の『蒼の雫(ブルーティアーズ)』を生み出したのだ。そしてそれを突破できた者は世界で極僅か………ヴァルキリーと呼ばれる者たちですら、千冬を筆頭にした片手で数える程度の人しかいなかったのだが、今日この日、その人物の中に自分の弟子が加わることになる。

 

 

 

 

 

「姉様ぁっっ!!!」

 

 

 

 

 

 慟哭の様に出た呼び方。

 大好きで、憧れ、自らの目標となるべき人に、自分の意志で引き金を引くセシリアの瞳から一筋の涙がこぼれる。

 改造型第三世代であるブルーティアーズ・トリスタンのメインウェポンの破壊力は、第一世代でも脆弱な耐久値しか持たないサダルスートには一撃でも致命傷になってしまう。 

 

「……………」

 

 引き金を引いた瞬間、顔を上げて彼女(ジーナス)の表情を見る。

 

 さぞかし怒っているだろう。

 軽蔑されてしまっただろうか?

 

 それとも今度こそ本当に見捨てられただろうか?

 

 怯えるよう子供のような気持ちなったセシリアであったが、最後に彼女が見たもの…………それは。

 

 

「………セシリア」

 

 

 自分を乗り越えてくれた妹を、本当に慈しんで微笑む姉の笑顔だった。

 

 

 

 

「(………セシリア)」

 

 ―――生まれたての貴女を姉様が私に抱かしてくれた時の、貴女のぬくもりは今も忘れない―――

 

「(………セシリア)」

 

 ―――姉様と義兄様の葬儀が執り行われているときに、私の服をずっと掴んでいた時のぬくもりを今も思い出すわ―――

 

「(………セシリア)」

 

 ―――イギリスを出る直前、怒り心頭だった貴女の頭を一撫でした時のぬくもりは少し寂しかったわ―――

 

 父と母を失くした少女の保護者役を行っていたはずのジーナスが思い出したのは、自分が守るはずの少女がくれた沢山の暖かさばかりであった。

 この暖かさがあったから自分は英国代表になれ、世界トップ5の「ヴァルキリー」の称号も得ることができたのだと改めて思い知った。感謝の言葉は自分が述べるべきだったのだと、そんな彼女に酷い言葉を今ぶつけてしまった自分のやり方を少しだけ後悔しながら、やっぱり可愛い弟子の顔をうっすらと開いた瞳で見てみる。

 

 ―――泣き顔を浮かべた義妹(セシリア)が自分呼んでいた―――

 

「(ああ………)」

 

 いつも通りの泣き虫ぶりだ。本当に世話が焼けてしまう可愛い義妹だと苦笑してしまったジーナスは、それでもこれからは彼女は自分の足で歩いていくんだと想い、少し寂しくて温かだった過去の時間を手放すように意識を閉じるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

「セシリアッ!」

 

 決闘がセシリアの勝利で終わるや否や、シミュレーター場に雪崩れ込む対オーガコア部隊のメンツであったが、彼らの呼びかけに答えるよりも早く展開されたISを解除したセシリアが、強制解除になったジーナスの元へと駆け寄る。

 

「姉様ぁっ!? 大丈夫ですか、返事をして下さいっ!」

 

 いくらシミュレーターとはいえ、万が一が起きる可能性が絶対に0というわけでもない。億や兆分の一の確率で痛みがフィードバックして大惨事になるかもしれない。そんな恐怖に駆られたセシリアが駆け寄って声をかける。

 

「姉さまぁっ! ジーナス姉さまぁっ!?」

「……………もう」

 

 瞳を閉じたまま返事をしなかったことに焦っていたセシリアであったが、最初から意識自体はあったのか、若干呆れ気味の声でジーナスが答えた。

 

「ショックを受けたんだから、私だって色々考えたい時間ぐらいあっても良いんじゃない?」

「それは………!?」

 

 セシリアは気が付く。

 内容はどうあれ結果的にイギリス正代表であり、国民的英雄のジーナスを自分は倒してしまったのだ。これがもしマスコミに露呈すれば、むしろ自分を褒める声よりも彼女を貶める声の方が多いはず。オルコット家の令嬢とはいえ、国民レベルでは彼女の知名度はさほど高くない。そんな無名の新人に後れを取ったとしたら、今年中にも彼女は正代表から降ろされかねない。

 

「お姉様が本気であれば、五分で私を倒せたはずです! いいえ、そもそも機体性能の差を考えれば、最初からこの決闘の正当性など…」

 

 声を荒げて彼女の正当性を主張しようとするセシリアであったが、そんな彼女の背後からゆっくりと近づいてきた千冬が、少しだけ意地悪そうな言葉を投げかけた。

 

「可愛がっている妹分(でし)に負けると、やはりお前でもショックを受けるものなのだなジーナス?」

 

 かつてのライバルであり、今は似た立場で教え子たちを指導する友人である千冬の言葉に、ジーナスは拗ねた口調でそっぽを向いて答えた。

 

「他人事じゃないわよ。貴女だっていずれは受けなきゃならないショックよ、これ?」

「私が? 馬鹿を言え」

 

 振り返り、一夏と陽太のそれぞれを見ながら、彼女は得意気に言い放った。

 

「生涯にわたって、背中に触れさせもしやしないさ」

「えっ?」

「あ゛ぁっ?」

「(………大人げない)」

 

 まだそういう感覚が薄い一夏は戸惑い、自分は既に千冬を超えていると自負する陽太がしかめっ面を作り、相変わらず友人が負けず嫌いなのを再認識してため息が漏れたジーナスであったが、その時、一番最後にチェルシーとたんぽぽを引き連れたエリザベスがシミュレーター場に現れ、ジーナスとセシリアは女王への謁見をするかのような姿勢を隠すことなく、英国陸軍式の手の平を前へと向ける敬礼をする。

 

「………セシリア」

「ハッ!」

 

 名を呼んだだけだというのに、場が独特な緊張感に包まれ、不安そうにたんぽぽがチェルシーの裾を離し、無言でシャルの元まで駆け寄っていく。

 その後姿を見たエリザベスは、満足そうに微笑みつつ、目の前の少女に問いかけた。

 

 

「もう、大丈夫ね」

 

 

 父や母の想い、ジーナスの想い、そして彼女(エリザベス)の想い、それら全てはちゃんと伝わった。これからはセシリアが伝えていく側に立つのだ。そう確認する、敬愛する主君に対し、セシリアは凛とした声で答える。

 

 

「ハイ」

 

 

 これからは自分は大事な妹に伝えるのだ。父の、母の、姉の、そして英国貴族としての誇り高さを見せてあげたい。思える様になったセシリアの晴々とした表情に、エリザベスはよく通る声で命じる。

 

 

「英国君主エリザベスとして、※ディム・セシリア・オルコットに命じます。我が国の誇りとして、対オーガコア部隊の仲間達と共に、人々と世界の安寧のために戦いなさい」

「………主命(イエス)確かに承りました(ユア マジェスティ)

 

 

 それは、古き世界の女王が騎士に命じるワンシーンを彷彿とさせる光景で、誰もが言葉を押し黙って見つめる中、幼いたんぽぽの瞳に、不思議と言葉にならない感情を与えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 改めて食堂に集められたメンバー達に、英国女王は単刀直入にこう切り出した。

 

 

 ―――『10年前から英国はある人物からの影の圧力を受け、今も苦境に立たされているわ』―――

 

 ―――『最近まで名前すら分からなかった人物だけど、最新の調査でそれも判明した』―――

 

 ―――『それは同時に貴方の父母の死に関わっている人物』―――

 

 

 ―――『その人物の名は、メディア・クラーケン』―――

 

 

 ―――『かつてオルコット家にも資金提供を陰で迫っていた人物です。いえ、迫るというよりも銃を突き付けて一方的な搾取を宣言していたようなものですね』―――

 

 ―――『亡国の英雄の話は私もよく聞き及んでいました。10年前に彼女が死んだのを発端に世界中の有力な資産家たちに裏から圧力をかけるようになったともとれます』―――

 

 ―――『目的ははっきりしていない部分がほとんどだけど、メディア・クラーケンは自分の影響力を行使し、英雄の死後、まるで邪魔者がいなくなったと言わんばかりに好き勝手し始めているわ』―――

 

 ―――『英国の原子力潜水艦の開発にも亡国機業の者が関わっています。そしてそこに搭載されている核兵器も同様に』―――

 

 ―――『今考えると最初からメディア・クラーケンは、核兵器を切り札にしてこちらの行動の抑止力とする気だったのね』―――

 

 ―――『本来、抑止力となるべき核兵器が、自分たちの喉元に突き付けられている。私はその事実を知ってから、陸軍に働きかけ、ISを陸軍独占にあえてさせました』―――

 

 ―――『国内から反発の声は今も大きいけど、結果的に陛下の英断のおかげで、IS開発は亡国機業からの影響を受けずに済んでいるわ………それでも、一年前のブルーティアーズ二号機強奪事件もあるから、完璧とは言い難いけど』―――

 

 ―――『そしてもう一つ。お嬢様………このチェルシー・ブランケットも、元は亡国機業に縁が在る者』―――

 

 ―――『!?』―――

 

 ―――『私の記憶すら曖昧な程の幼いころ、私は亡国機業の英雄『アレキサンドラ・リキュール』によって英国へと預けられた者の一人です。私の父母もまた亡国機業の人間、内部抗争に巻き込まれた末に処分されそうな所を、先んじた彼女の手によって亡命させられたのだと、受け入れた者から教え聞かされました』―――

 

 ―――『本当の真実はどうなのか、今の私には知る術がありません。ひょっとするなら幼い身分を利用したスパイ活動のために送り込まれたのかも知りません。私は英雄の本性など知りえませんし、顔すら覚えていない両親に愛情や憎しみを覚えているのかといわれても、やはり実感がないのも事実』―――

 

 ―――『ですが、旦那様と奥様はそんな私の身の上を知ったうえで引き取り、貴方の近衛メイドとして仕えることを許してくださいました。私には貴女の御父上と御母上への恩義こそ、何物にも代えがたいモノなのです』―――

 

 ―――『主である貴女に今日まで内密にしてきたこと自体が不義理の証。ましてや私は貴女の仇の一味も同然。この場で如何様な処分も御下しくださいませ』―――

 

 エリザベスとジーナスによる自分と亡国機業《ファントムタスク》との浅からぬ因縁と、近衛メイドからのまさかの言葉に、セシリアは軽いショックを受けながらも一度だけ深呼吸すると、ゆっくりと自分のそばで聞いてた千冬の方へと振り返り、暖かな口調でこう述べる。

 

「織斑先生」

「………なんだ?」

「私も貴女の先生に一つ感謝をせねばなりません………両親がいなくなった私が今まで生きてこれたのは、間違いなくチェルシーがそばにいてくれたからですわ」

 

 セシリアのその言葉に一瞬だけ面食らった千冬であったが、やがて彼女も微笑むと、目を閉じながら言い返す。

 

「何よりの言葉だ。お前にそう思ってもらえるのなら、私も先生も感謝しかない」

 

 セシリアと千冬のやり取りはチェルシーに対しても救いとなり、彼女は主であり妹である少女に無言の淑女の礼を行い、この生涯を賭けた忠義を彼女に捧げることを誓うのであった………誰にも悟られないように、一筋の涙に込めて。

 

「さて………長居してしまったわね」

 

 エリザベスの言葉を聞いたジーナスはスマホ片手に連絡を入れだし、チェルシーはすぐさま君主の身の回りの荷物をまとめると、そそくさと英国への帰路につこうとする。

 

「陛下……そんなお急ぎにならなくても」

「これ以上、国のみんなをいじめてあげると可哀そうでしょ? 特に男衆は、泣いちゃってるかもしれないわね」

 

 内密で女王が旅行などという前代未聞ぶりを食らわされたイギリスの現政府首脳陣に、同情の念が禁じ得ない皆が一様に納得する中、ジーナスの連絡を受けて数分後、英国大使館からのリムジンが学園の駐車場に到着したとの知らせを受け、一行は三人を見送るために場所を移動する。

 

「今度会うときは、おばあちゃん、もっともっと美味しいお菓子を作ってあげるわ」

「うんっ♪」

 

 最後までただのおばあちゃんと孫同然の幼子の関係を崩さないエリザベスとたんぽぽを見て、もうツッコむだけ無駄だと思ったセシリアが苦笑いだけで済ませるが、たんぽぽはセシリアの手を掴むと顔を覗き込んで問いかけてきた。

 

「その時は、セシリアお姉ちゃんもいっしょだよ♪」

「………ええ」

 

 幼い手をしっかりと握り返したセシリアの姿を見て、失くしたものが見つかったのだと改めて実感したエリザベスも内心で喜びを覚え、オルコット家の墓前への報告をすることにした。

 

 そして駐車場に止められていたリムジンと、護衛のための車が出迎えてくる中、エリザベスに対してセシリアは改めて彼女へと己の行く道を誓うのである。

 

「陛下、このセシリア・オルコット、必ずや主命を果たしてみせます」

 

 そうやって行った淑女の一礼を見て、たんぽぽが幾度も振り返りながら一緒の真似しようとするが、そもそも普段からロングスカートのセシリアと、キャロットパンツのたんぽぽでは服装が全く異なり、当然上手くいくこともない。何度も頭を捻りながら、一生懸命頑張るたんぽぽを微笑ましく皆が見るが、セシリアはそんなたんぽぽの様子に気が付くと、彼女の手を取って直接指導するのであった。

 

「頭を下げる時は、そのように下げすぎてはいけません。背筋を伸ばしてスカートの裾を指先で軽くつまみ、ドレープを美しく見せながら、優雅に一礼を」

「………こう?」

 

 身振り手振りの指導を受けて、一応の格好がついたことをセシリアに問いかけるたんぽぽに、セシリアは満足そうに微笑んで返す。

 

「そうです。それが淑女の礼なのです」

 

 奇しくも、それはセシリアが母に一番最初に厳しく教えられたことであり、時が経て自分が今度は教える側に回ったことに気が付くと、自然と言葉が漏れた。

 

「これからは、わたくしが姉として沢山のことを教えてさしあげますわ、たんぽぽ」

「………ホントッ!?」

 

 セシリアの言葉が本当に嬉しかったのか、『お姉ちゃんができたぁっ!』とぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ幼子に、皆が和むが、次に言った言葉に英国組以外が凍り付く。

 

「そう、このセシリア・オルコットの『ような』、完璧な淑女になるよう、わたくしが教育をするのですっ! 陽太さんとシャルロットさんも、どうかご協力してくださいませっ!」

「「えっ?」」

 

 たんぽぽがセシリアみたいになる、というある種のパワーワードは、対オーガコア部隊のメンバー全員に円陣を組ませ、速攻で対策会議を開かせた。

 

「(正直にお断りさせていただきます。ってぶっちゃけようか?)」

「(でもそれ言うと傷つくわよ、アイツ?)」

「(ごめん、たんぽぽがセシリアみたいになる未来って、俺、あんまり想像できない)」

「(一夏、しなくていいと思う。というか、さすがに少し問題がある)」

「(あまりそういうことに疎い私だが、流石にそれはやり過ぎている気がするな)」

「(私、たんぽぽにはもっとのびのびと育ってほしいから、流石にオルコット式の教育はちょっと……)」

「(ここは日本だから日本式の教育で行く。とオルコットに伝えたらどうだ?)」

「(でもオルコットさん、かなりやる気みたいですけど)」

「(姉と呼ばれたのがよっぽど嬉しいんだね。張り切り過ぎてすでに暴走状態になっているみたいだが)」

「(たんぽぽ君は天真爛漫。純真無垢。これは外してはいけません)」

 

 高笑いをして円陣に気が付いていないセシリアと、セシリアの真似をして高笑いしようとするたんぽぽと、たんぽぽの未来の危機を真剣に話し合うチームメイトと大人たちを見て、少し困惑するエリザベスとチェルシー、そしてジーナスはジト目でこう呟く。

 

 

 

「ああ~。セシリア、貴方は立派にオルコットの令嬢よ。姉さまそっくりだわ、そういうところも」

 

 

 

 かつて自分もやられた苦い経験を思い出し、成長してもやっぱり手のかかる妹なんだな。と改めて思い知るのであった。

 

 

 

 

 

 PS

 

 

 

「ではたんぽぽさん!! 私直伝のお料理をお教えて差し上げますわ!」

「あい、お姉ちゃんっ!」

 

 すっかり打ち解けあった義姉妹の二人が家庭科室を占拠すること数時間、二人で作り上げた料理が陽太と一夏の前に差し出される。

 

 ―――水色の絵の具をブチ撒けたかのような液体入りの鍋―――

 

「セシリア特製シチュー、ブルーティアーズスペシャルですっ!」

「おおっ」

 

 得意気に語るセシリアと、輝く瞳でそんなセシリアを見つめるたんぽぽを除き、全員が言葉を失い、試食係にさせられた陽太と一夏が全ての感情が消え失せた表情になる中、仲良く二人は両手を突き上げて声高に叫ぶ。

 

 

 

「たんぽぽさん、立派な淑女になるために、これからも頑張りましょう!」

「あいいっ!!」

 

 

 亡き父と母が喜んでくれるような、立派な女性になりたい。なってほしい。この身に流れる誇りと色々な想いが自分の中で力強く脈打っていることに気が付けたセシリアは、実の妹の様に愛でるたんぽぽにもそれらがきっといつか受け継がれていくのだと信じ、ハッキリとした意志で前へ進んでいく。

 

 そんなセシリアのイヤーカフスが今日も眩しく光り輝く。

 

 永遠に永遠に、語り継がれてきた一雫の宝石のように………。

 

 

 

 

 

 








追記

以後、セシリア・オルコットとたんぽぽがセットの調理室使用は固く禁じられることとなる………尊い二人の少年の犠牲よって





大丈夫大丈夫、二人とも死んでないよ。たぶんちょっとあの世を彷徨った程度の被害で済んだからw




エリザベス陛……おばあちゃんの訪日の本当の目的も明かされましたが、わざわざ挑発してまで過去を掘り返すなんて手間を踏んだのも、セシリアが過去を乗り越えていなかった場合、亡国への恨み辛みで部隊の仲間や周りに迷惑をかけてしまうことを危惧したのと、やっぱり孫娘同然の臣下の今後を心配してのこと。こういうところはやっぱり甘いお婆ちゃんなのですが、彼女は現存するキャラの中で随一のカリスマ持ちの人なので、甘いだけじゃない部分も持ち合わせています。その部分は今後見せることになるでしょう


ではでは、次回からはいよいよ鈴とたんぽぽの絡みが始まります。
実は鈴さん、今まで積極的にたんぽぽと絡むことがなかったですが、部隊の中で一番現実的感性が優れている分、その理由も一番現実的なものです

そしてそんな鈴さんも、また『乗り越えるべき』過去が存在しているのだ

ってなわけで、また次回をお楽しみください


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

来訪を鳴らす鈴の音は、たんぽぽの花と共に揺れる①

この話を書き上げるうえで、とあるアニメとスパロボの動画を見比べ、改めて思い知ったことがあります







声優ってすげぇな。

キタエリ、マジ尊敬するわ


 

 

 

 

 

 

 

 ―――私、凰鈴音は現実を生きる女だ―――

 

 皆に面と向かって言ったことは一度もないけど、私、凰 鈴音《ファン インリン》は仲間の中で現実を最も直視している女だ。リアリストという言葉が最も似合う女といっていい。こんなことを陽太辺りに言ったら、アイツは指さして笑ってくるだろう。うし、後でぶん殴ろう。

 

 話を戻すと、私は現実をよく見る。

 

 この日本ではいじめにもあった。人種の違いで人は差別するものだと知った。

 

 本国の中国でも新人いじめにあった。同じ人種でも人は能力で差別したがるものだと知った。

 

 この学園でも差別を時々見かける。私たちの現状も知らないで、優遇されているだけだと勘違いする奴等もいるんだと知った。

 

 

 ―――でも、私はこの話をきっと仲間に打ち明けたりしない―――

 

 皆、仮に話を聞いても大げさに取り沙汰にはしないだろう。だって、自分達に現状の実害はない。そして仮に自分達に実害が出ても、きっと許してしまうのだろう。

 つまりは誰もがお人好しが過ぎる、そして優しい、良い奴等ばっかりだ。それが好ましい反面、それでいいのかと疑問にも思い、私は決して情に流され過ぎないように自制している。

 

 でも、私もきっと最後は人としての情を取れる人間が好きなんだって思いだけは捨てたりはしない。

 

 最初は一夏だった。

 小学生のころ、私をいじめから救ってくれたのは彼だ。そして彼はそのままで大きくなって、今も仲間と千冬さんのために懸命に戦ってる。現実が見えていないバカにも思えるけど、見えていないわけでも見て見ぬふりをしているわけでもない。アイツは現実がどうあれ、自分が信じてる理想を信じ続けるって決めてるだけだ。

 

 セシリアはここ最近特に変わり始めたように思える。

 包容力というものなのか? 自己鍛錬も欠かさないでいるけど、周りへの気遣い方に優しが多分に含まれるようになった。もっともそれ以外は特に変わってない。料理の腕なんて男子二人を保健室送りにできるレベルだ………私とラウラで搬送したけど、シチュー食べて意識混沌って、何を鍋の中にぶち込んだのか?

 

 陽太とシャルも大いに変わった気がする。

 陽太は相変わらずアホだけど、最近のピリピリ感がだいぶん引いてきた。目元が緩んできたのか? そのままアホな行動もやめてくれたら、シャルの頭痛の種も減ると思うんだけど…。

 シャルはもう完全に子育てママさん状態だ。

 育児本を読み漁り、ネットで子供用のおもちゃや絵本、洋服なんかを買い漁り、周囲の女子生徒にしょっちゅうスマホで撮った写真を見せ合ってる。自慢話が止まることがない。

 

 ラウラは戸惑いが大きいみたいだ。どうも小さな子って存在そのものと近くで接したことが少なくて、何をどうしたらいいのか皆目見当もついていないとのこと。でもそれではいけないと思って、近々何かするつもりらしい。

 

 箒は相変わらず一歩引いた位置で皆を見ている。でも胸の自己主張は激しさを増してきやがって………テーブルの上に無意識に乳乗せるな。引き千切るぞ。

 

 

 ―――凰 鈴音は現実を見る女。だから、その実は苦手なものがどうしても一つある―――

 

 

 自分の思い込みだけで生きられる存在。

 そして周囲がそれを責めることをしない存在。

 私自身もそのことについては疑問に思うこともない。

 

 

 

 

 

 

 だから、私はこの目の前の幼女、『たんぽぽ』が実は苦手なのだ。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 女王陛下との騒動から数日後、セシリア・オルコットのたんぽぽへのいらぬお節介令嬢教育をなんやかんやヤンワリと回避しながら過ごすこと数日。

 昼の時間の食堂に鈴が入ってきたとき、夏休みということで人も疎らなはずなのに、陽太とやっぱり諦めきれないセシリアの言い争う声が食堂内に響き渡るのであった。

 

 

「今日という今日こそっ! たんぽぽさんの教育を始めさせていただきますわっ!」

「それについては結構っ! 十分に間に合っております」

 

 

 たんぽぽに是非ともオルコット家伝統の淑女教育を施し、どこへ出しても恥ずかしくない淑女にしたいセシリアと、セシリア・オルコットという実例を前にその教育は信用できないんだよと面と向かって言えない陽太の間で、激しい火花が散っていた。

 

「何故なのですッ!?」

「(お前みたいなのに出来上がったらいろいろ心配なんだよって………)言えない」

 

 セシリア自体は悪い人じゃない。善人の分類だ。と思っているものの、やっぱり親として願うことは違うので、丁重にお断りしたい陽太との言葉のキャッチボールが延々と繰り返し続ける。

 

「つるつる、おいしい~~~♪」

 

 肝心なたんぽぽは冷やされた素麺を美味しそうに食べるのに夢中になっていたが………。

 

「(飽きもせずに、毎回よく出来るな~)」

 

 そんな二人のやり取りを横目に鈴はラーメンセットを注文すると、若干席の間隔をあけて座ったのだが、熱中する二人よりも先にたんぽぽが目敏く鈴に気が付く。

 

「鈴お姉ちゃんっ!」

 

 嬉しそうに手を振るたんぽぽに、鈴はそっけなく手を振るだけの挨拶に留めるのだが、何を思ったのかたんぽぽは素麺ごとお盆に乗せ、自分の座っている席までやってくるのだ。

 

「鈴お姉ちゃんっ!」

「コラッ、ゆっくり置け。めんつゆが飛び散ってるっ!?」

 

 テーブルに置いた表紙にめんつゆがとびったせいで若干汚れたテーブルを、備え付けのテーブル拭きで拭う鈴に、たんぽぽは瞳を輝かせて話しかけてくる。

 

「鈴お姉ちゃんのつるつる、きのうたんぽぽもたべたよ!」

「そう………」

「あとね、シャルロットママもさっきたべてたよ! でもラウラお姉ちゃんとどっかいっちゃった!」

「あいつ等、機体の整備あるからね。今日は忙しいのよ」

 

 訓練のたびにマメにチェックを怠らない二人の習慣を感心しつつも、この目の前の幼女の番を陽太だけに任せるのは軽率ではないのかと毒づくが、決して口には出さない。それぐらいのTPOを弁えているという自負が鈴にはあるからだ。

 

「一夏お兄ちゃんと箒お姉ちゃんいない。簪お姉ちゃんのとこ」

「アイツ等もマメよね。特に一夏は最近の面識しかないはずなのに」

 

 箒が暇を見つけては見舞いに行っているのは知っているが、どうしてだか一夏までちょくちょくついていくのだ。この展開には正直、内心かなり物申したい気持ちで一杯である。最も、一夏自身も最初は遠慮して箒だけで行かせようとしたのだが、彼女と同室の見た目ゆるゆる中身結構腹黒な少女の差し金によってショートデートコースを毎回とらされているのは秘密であるのだが………。

 

「のほほんちゃんたち、きょういないの」

「………なんで?」

「シロとクロを『びょういん』につれてかなきゃいけないって………おちゅうしゃされてるのかな?」

 

 注射という単語に怯えるたんぽぽであるが、どうやら子猫二匹は動物病院で予防接種させられているらしいということは想像できた鈴が、ラーメンのナルトを箸で遊ばせながら、たんぽぽに問いかける。

 

「で? アンタの相手は今日は誰がするの?」

「鈴お姉ちゃん」

「そうそう、私がする………………私ぃっ!?」

 

 ノリツッコミ状態で今度は鈴が立ち上がる中、強行突破してたんぽぽを連れて行こうとするセシリアと、そうはさせまいとつかみ合いに発展していた陽太がそのままの体勢で怒鳴り散らすのであった。

 

「見ての通り……だぁっ!! 誰が、ソイツの面倒を………見るっ!?」

「わたくがぁぁっ!?」

「それが頼めないって言ってんだろうが!! しつこいぞぉ」

 

 最後は泣きそうになっている陽太の様子と、鼻息荒く『まずは基本となるオルコット家令嬢の心得108』と口に出しながら鼻息が荒くなっているセシリアの様子を見比べて、深いため息が漏れる鈴であった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「というわけで、今日はテレビ見てなさい」

「てれび? みていいの?」

 

 食堂からたんぽぽを連れ帰った鈴は、彼女の自室に招き入れるとリモコンを渡して、おとなしくテレビでも見せるという選択を取るのであった。

 

「シャルロットママはいちにち『いちじかん』しか、テレビみちゃメッって」

「意外に教育ママなのね、シャル………私が今日は特別に許可します。シャルたちが返ってくるまで好きなだけ観ててていいよ」

「ホント!?」

 

 そういっていきなり部屋から飛び出したたんぽぽは、数十秒で鈴の部屋に戻ってくると、手に持ったあるものを鈴に見せる。

 

「これっ!!」

 

 笑顔で差し出したDVDケース………そこに描かれていた物は……。

 

「『美少女聖騎士プリティ・〇リア』………なんじゃこりゃ?」

 

 ツインテールの少女が痛々しい姿魔法少女の姿を取っているアニメのようだが、鈴には何が良いのかまるで理解できない。対してたんぽぽは輝く瞳で熱く語りだす。

 

「あのね、プリティ・サリ〇があいのひかりををあつめてギュッ♪ コイのパワーをハートでキュン♪して、わるいまじょの〇ンジュをたおすものがたりなんだよ!」

「こ、恋のパワー…」

「しずりお姉ちゃんがみせてくれたんだよ!」

「(鷹月のやつ、想像を絶するチョイスの趣味を持ってんのね)」

 

 1組においてもっともしっかりしていたショートカットの少女のイメージがガラガラと崩れ落ちる中、たんぽぽは慣れた手つきでケースからDVDを取り出し、部屋のテレビに備え付けられていたプレイヤーに入れてさっさと再生を始める。

 

 そしてしばらくし、映像が流れ始めるのであった。

 

『遅刻遅刻~!』

 

 ―――推定17.8歳の少女が食パン咥えて走る姿が映し出されていた―――

 

『みんなぁ! 私、夢見杉サ〇アっ!』

『夢に三本の杉って書いて、夢見杉』

『胸はちょっぴり小さいけれど、容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群な14歳なのっ!!』

『こんな完璧な私だけど、ある日突然現れた、色ボケ妖精ビッチに魔法のステッキを押し付けられて、悪い奴らとたたかうことになっちゃったの♪』

『わたしぃ↓、一体、どうなっちゃうのぉぉぉ↑』

 

「どうなっちゃうの、サリア〇、だいじょうぶ?」

「(まともに観てると、心が大丈夫じゃなくなりそう)」

 

 精神に異常をきたし始めそうな冒頭部分を前に、すでに両手で顔を覆っている鈴であったが、まだこれは開幕1分足らずであり、これから始まる地獄の幕開けでしかなかった。

 

『〇リアちゃ~ん、事件だビッチっ!』

『もうビッチっ! 今日も紐パンが過激ねっ!』

 

『〇リアちゃん、変身だビッチッ! この世界から、悪のパワーを浄化するビッチ!』

『わかったわっ! フンッ!!』

 

 

『愛の光を集めてギュッ♪ 恋のパワーをハートでキュン♪ 美少女聖騎士プリティ・〇リアン♪ 貴方の隣に突撃よッ!』

 

 

『シャイニングラブエナジーで…私を大好きになぁ~れっ♪』

 

 

『こうして、学園は悪の手から救われた………だがいつまた悪魔が襲い掛かってくるか分からない。戦え、プリティ・〇リアン。頑張れ、プリティ・〇リアンっ!』

『今度は、貴方の隣に、突撃よッ!』

 

 

 ―――流れるED。感動するたんぽぽ。顔を真っ赤にしてもだえ苦しむ鈴―――

 

「もう………やめて。お願いだから」

「きょうもおもしろいっ! プリティ・〇リアンッ!」

 

 床に転がりながらもだえ苦しむ鈴を無視して、たんぽぽがパッケージと同じポーズを取り、とっととケースにしまい直すと、彼女は笑顔でこう告げる。

 

「つぎのやつ、とってくるぅっ!」

「まだあるの、ソレっ!?」

 

 弾丸のごとき速さで部屋から駆け出す幼女を止めるタイミングを逸した鈴は何とか立ち上がって見せるが、テーブルの上にふと目が留まる。

 

 ―――パッケージの裏面にあるゲスイ良い笑顔の美少女聖騎士―――

 

「………」

 

 一切の憧れは抱かないものの、なぜか妙に親近感を感じる笑顔である。

 ツインテール、貧乳、周囲に振り回される常識性…………よくよく考えると、自分と多くの共通点を持っているではないか………君も周囲を振り回しているけどな

 

「………」

 

 ストレスを解消するために、普段とは全く異なる自分を演じてみる。それもまた良いストレス発散なのかもしれない。なぜかそう感じ取ると、彼女は部屋に置いてあった布団叩きを手に取ると、ドレッサーの前の鏡を見て、しばし鏡の中の自分と向き合ってみる。

 

「………あ、あいのひ、ひかりを、あ、あああつめてぎゅっ

 

 

 恥ずかしい。すごく恥ずかしい。

 でも、一度だけ。一度だけ、自分も冒険してみる………そうすれば、ひょっとしたら良いストレス発散の方法が見つかるかもしれない。少なくとも自分は幼女の世話をしてワイワイキャッキャッするタイプじゃないんだから。

 なんの言い訳にもなっていないことを内心で呟きながら、彼女はヤケクソ気味に声を張り上げてみた。

 

 

 

 

『愛の光を集めてギュッ♪ 恋のパワーをハートでキュン♪ 美少女聖騎士プリティ・〇ンファ♪ 貴方(いちか)の隣に突撃よッ!』

 

 

『シャイニングラブエナジーで…私を(一夏が)大好きになぁ~れっ♪』

 

 

 

 やり切った。私はやり切った。その事実に関してのコンマ数秒間だけ訪れた爽快感。

 そして腹の底から徐々にせりあがってくるマグマのような恥ずかしさ。結論から言うと「やんなきゃ良かった」と自分自身も認めるレベルだったが、その時、彼女は足元から自分を見上げる瞳が『いる』ことに気が付き、滝のような汗を流しながらゆっくりと視線を下に送った。

 

「…………………………鈴お姉ちゃん」

 

 DVD二巻目を持って瞳を輝かせるたんぽぽは、彼女の顔から火が噴く恥ずかしさなんて気にする様子もなく、大声を上げる。

 

「たんぽぽもプリティ・リ〇ファごっこやっ」

「ふがぁっ!」

 

 神速で彼女《たんぽぽ》の口を封じると、血走った目で必死に言い訳を開始する。

 

「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うっ! これは違うの、たんぽぽ。これは違うのよっ!」

「ふんふんふぉふふぃふぃふぃんふぁふぉっふぉっ」

「とりあえず静かにッ! 落ち着けっ!」

 

 ふんふん、と頷くのを見てゆっくりと手を放す鈴であったが、興奮気味の幼女は俄然やる気で彼女の両手を引っ張りながら、ごっこ遊びをしようと言い続ける。

 

「鈴お姉ちゃんとたんぽぽのふたりで、〇リティ・リンファとマルカル・たんぽぽっ!」

「あんたはマジカルでもリリカルでもいいの! 年齢的に大丈夫なのっ! でも、私は完全にアウトッ! 今のが聞かれたら社会的にもアウトなのっ!?」

 

 アウトとは何がアウトなのか? 意味が分からないたんぽぽが困った表情で首をかしげる中、鈴は周囲を見回しながら、誰かほかに見ていなかったのか、真剣に心配し始めた。

 

「………こんなの、陽太とかに見られたら、ホントマジ最悪よ」

「ヨウタパパ?」

 

 陽太に知られると何がいけないのか? それもわからないたんぽぽが困った表情で首を傾げたとき、とりあえずのことを鈴は言って聞かせる。

 

「いい? 私が今やってたことは内緒。秘密よ。わかった?」

「やってたこと?」

「そうっ! ぷ…………〇リティ・〇ンファのことよ」

 

 もう二度と口にしたくない単語を恥ずかしそうに言う鈴の様子を見て、未だに理解できないたんぽぽが問いかけてきた。

 

「どうして鈴お姉ちゃんがプ〇ティ・〇ンファだっていっちゃだめなの?」

「お、大人には……色々あるのよっ!」

「そっか。いろいろあるのか~」

 

 大人の事情。それは子供に対して便利な言葉である。

 利便性の高さを改めて思い知った鈴は、とりあえず納得してくれたことに感謝するように、たんぽぽにジュースでも飲ませてあげようと笑顔で問いかけた。

 

「アンタ、喉乾いたでしょ? 鈴お姉ちゃんがジュース買ってあげるわ」

「ホントっ!?」

 

 嬉しそうにするたんぽぽに心底安堵した鈴であったが、その時、たんぽぽはぴょこぴょこと部屋の入口まで行くと、首だけ外に出しながら部屋の外に叫ぶ。

 

 

 

 

「陽太パパ、セシリアお姉ちゃん、のほほんちゃんっ! たんぽぽ、ジュースのんでくるねっ!」

 

 

 

 至って普通の報告。

 保護者に対して幼女は律義にどこかへ行くことを告げただけの、ただの報告。

 だが、今の鈴にとってそれは死神からの死刑宣告に等しいものであった………。

 

「!?」

 

 血の気が引いた鈴が即座に反応して、部屋の外に飛び出すと、そこには………。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 先ほどまで言い争っていた二人と、幼子の様子を見に帰ってきた一人が、廊下の上に笑い時に仕掛けていた。

 

 お腹を抱えて右手で口を塞ぎながら、壁を左手で掻きむしって笑うのを必死に堪えながら転がり回る陽太と、鈴に背を向けて口を塞ぎながら耳まで真っ赤にして必死に我慢しつつも床をたたき続けるセシリアと、床に転がりながらも片手でスマフォを操作しながら、『リンリン、驚愕の新フォーム』というタイトルでLINEで画像を送信しようと必死に頑張るのほほんの姿があったのだった。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 先日、プライベートで英国から超VIPを招き入れた空港へと、一人の男が降り立つ。

 搭乗口から出てきた男の顔色は、第三者視点から見ても非常に悪いもので、空港職員が時折『大丈夫ですか?』と声をかけるものの、男はその都度丁寧に大丈夫であると答え、入国手続きを済ませる。

 

「観光で日本に来られたのですか?」

「………」

 

 税関の職員のその問いかけに無言で首を横に振る様子に、職員はそれ以上の追及をすることもできず、手早く手続きを済ませると、「どうかお気を付けて」という言葉を贈るだけに留める。

 途中、違法薬物の疑いもあると判断した者もいたが、男はその都度、懐からあるものを出して信用のある者からの証明書として提出することで検査を逃れ、若干時間はかかったものの空港を出てタクシー乗り場でタクシーを拾う。

 

「お客さん、どこまで行かれますか?」

「………IS学園まで、お願いします」

 

 日本人とそう変わらない流暢さがあるものの、やはり異国の人間特有の気配を出す男に、運転手はそれ以上の追求もせずに車を発進させる。

 途中、高速に乗って順調に走るタクシーの窓から外の景色を眺めていた男は、懐のポケットに手を入れると静かに瞳を閉じてある少女の姿を思い出すのであった。

 

「(…………鈴《リン》)」

 

 日本から自分たち家族が離れるときも同じく空港から母国へと帰国したのだが、その間、少女は自分と一言も話すことはなく、帰国してからも自分達は特に家族らしい会話をすることなく、気が付けば無理やり長年連れ添った妻に自分の名前が入った離婚届を押し付け、家族から背を向けていた。

 

 そんな自分が、今、もう一度娘と向き合おうとしている。この事実に男は内心では不安で押しつぶされそうになりながらも、ポケットから家族写真を取り出して眺める。

 

「…………」

 

 最後の家族旅行となってしまった、鈴が中一の冬休みのときのもので、今よりもあどけない表情の鈴を挟んで自分と妻が笑顔で映し出されていた。

 

「(もう、こんな笑顔に会うことはないのだろうな)」

 

 これが最後になるかもしれない。自分の胸に宿る『カゲ』が疼く中、笑顔に会えなくても、もう一度だけ会おうと、劉 楽音《りゅう がくいん》は娘の鳳鈴音が通うIS学園に急ぐのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






来日したお父さんとの温度差w




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

来訪を鳴らす鈴の音は、たんぽぽの花と共に揺れる②

三度ほど書いては消してを繰り返しました


 

 

 

 

 

「…………」

「………鈴お姉ちゃん、どうしたの?」」

 

 寮の脇に置かれているベンチの上で、三角座りしながら両手で顔を覆う鈴の隣に座るたんぽぽが問いかけた。果汁100%のピーチジュースを両手に持って彼女はそれを半分ほど飲み干すと、彼女はそれを鈴に差し出しながら問いかけてきた。

 

「お姉ちゃん、のどかわいた?」

 

 幼女の優しい声に、ようやく顔を上げると鈴は短くこう告げる。

 

「アンタが全部飲みなさr」

「わかった」

 

 かぶせ気味に返事をして全部ほんとに飲み干すたんぽぽの様子に鈴は冷めた表情でこう考える。

 

「(陽太の似なくていい部分が似てきてない、この子?)」

「(セシリアの教育も悪影響だけど、アイツも人のこと言えないからねシャル)」

 

 友人に対して今晩辺り相談しないといけないという使命感はとりあえず覚えた鈴は、一度だけため息をつくとやがて立ち上がり、空を見上げる。

 

「(……………隕石落ちて、世界滅びないかな?)」

 

 己が黒歴史ごと木っ端微塵になることを世界に要求する程に気分がブルーな鈴であったが、隣にいるたんぽぽは無論何一つ気が付くことなく、笑顔で提案する。

 

「おそときたから、鈴お姉ちゃんっ、いっしょにあそぶっ!」

「ええぇ~~~」

 

 自爆したのは自分だが、要因を作ったのはたんぽぽであろうにと逆恨みの念も多少あるものの、大人の自覚を持つ鈴としてはそれを表に出さず、とりあえず適当に付き合ってあげることにした。

 

「で、何して遊ぶの?」

「ぷr「絶対無し」」

「ええぇ~~~………じゃあ、しかたないからおにごっこにしてあげる」

「(微妙に上から目線になったな、今)」

 

 大人を微妙に舐めた発言するなこの娘。と、ますます義父譲りのあかん口調になり始めた幼女の養育方法の改善案を考えながら、鈴は自分が鬼をやるからたんぽぽは逃げるように言い渡す。

 

「私が鬼してあげるわ(速攻で捕まえて終わりにして、適当に誰かに預けよう)」

「あいっ!」

 

 大きく手を挙げて返事をするたんぽぽ相手に油断したのか、鈴は後ろを向いて数を数えだす。が、たんぽぽが寮内にいる「相棒」に手を振っている姿を見ておらず、それが油断となってしまった。

 

「いくわよ………1.2.3.4.5.6.789.10」

 

 まともに付き合ったセシリアとは違い、一般家庭に育った彼女は年下の相手なども当然のように何度も行ってきた。それに彼女自身今は会えないが親戚に年の近い女の子もいる。幼い自分はよく一緒に遊んだ中であるためか、こういった場合の対処手段も当然心得ている。

 この手の幼女にはとっとと自分から興味を失せてもらって他の人間に懐いてもらおう。冷たいようだがやはり自分はこの子が苦手だから遠ざけるんだと思った鈴は、一応の体裁を整えた上で適当に数を数え終えて背後から逃げ惑う幼女をキャッチして終了。簡単なお仕事でした。で済ませようと振り返る。

 

 

「!?」

 

 ―――ポチにしがみついてすでに豆粒と化したたんぽぽの背中―――

 

「アンタ、犬とか卑怯でしょうがぁっ!」

 

 中国代表候補生の全力ダッシュをもってしても、セントバーナードの全力ダッシュには当然追いつけず、どこかの英国代表候補生よりかは若干善戦したものの、やはり途中で同じように見失ってしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「………」

 

 タクシーを少し離れた場所で下した楽員は、街路樹が植えられている道を一人ゆっくりと歩き続けていた。いや、本当はすぐに駆け出したいのだが、体力的問題と、何よりも背を一度向けてしまった実の娘に対しての気まずさが歩く速度を遅らせてしまっていたのだ。

 

「(会って………どう話すべきか)」

 

 まずは第一声は何というべきか? 『久しぶり?』『元気だったか?』『母さんとは連絡を取っているのか?』………いろいろと思い浮かぶのだが、その全てがむなしい響きしか伝わってこない。

 背を向けてしまって以来、娘の鈴のことは風の便りと、テレビでの報道と雑誌関係でしか把握できず詳細が掴めずにいたのだが、偶然入った連絡によって、彼女は再び日本の地に戻っていること。IS学園に通っていること。しかも同時に国連所属の精鋭部隊に編入していることなどを教えられ、いてもたってもいられずにこの地に舞い戻ってきた。

 だが、もうすぐというところで急に足が竦んでくる。胸も苦しい。会いたいのに会いたくない。

 

 わかっている、これは恐怖だ。逃げ続けていた自分が、勇気を振り絞ってここまで来たというのに、変えられない臆病者がいつまでも自分の中に居座り続けているのだ。

 

 ―――胸を抑える中年男性を見つめる、草木から顔を出しているたんぽぽ―――

 

 帰るべきなのか? それとも先に電話で連絡を入れるべきか?

 

 ―――同じように首を出しながら頬っぺたを嘗め回してくるポチにちょっと待てをしながら―――

 

「おじさぁぁぁぁぁっんんっっ!!」

「ひいぃっ!?」

 

 茂みから首だけ出してこちらを見つめていた幼女の存在に気が付くき、そして思いっきり声をかけてくるのであった。これには楽員も驚愕して腰を抜かしてしまう。

 

「こんにちわっ! おじさん、どうしたの?」

「えっ? あ、いや」

 

 珍しいものを見つけたかのような、煌めく瞳でたんぽぽは一気に捲し立てる。

 

「みちのまんなかにすわっちゃメッって、シャルロットママはいつもいってるよ! ヨウタパパはよくねころがるから、たんぽぽがポチのうえからとびおりておなかのうえにたつの。そしたら『うげぇ』ってなって、一夏お兄ちゃんが『あんまりやるとしんじゃうからやめなさい』っていってるよ」

 

 アグレッシブさと無遠慮さが同居したエピソードだが、その時、楽員は気になるワードがあったことに気が付く。

 

「一夏? ひょっとして織斑一夏か?」

「おりむら………一夏お兄ちゃんは一夏お兄ちゃんだよ?」

 

 今一つ要領の得ていないたんぽぽであるが、一夏という名前自体は珍しいためか、もしくは有名な男子操縦者ということでか、おそらくこの目の前の幼女が口にしているのが自分がよく知る一夏だと思い、もう少し詳しく話を聞いてみることにする。

 

「すまない……少し聞いてもいいかい?」

「ハイッ! たんぽぽはたんぽぽですっ!」

「そ、そうか……じゃあ、たんぽぽちゃん。君は『凰 鈴音』という子を知っているか? 外見は中学生ぐらいにも見えるが、その一夏君と同い年なんだが?」

「鈴お姉ちゃん?」

 

 彼女の名に反応し、たんぽぽは咄嗟に両手で自分の髪をもってツインテールを再現してみる。

 

「こんなかんじで、おっぱいちっちゃい?」

「そうっ! 『その鈴』お姉ちゃんだっ!」

 

 本人がいれば激オコしそうな失礼な認識である。しかし実の父親と幼女は特にツッコミを入れあうこともなく会話を続ける。

 

「おじさん、鈴お姉ちゃんのパパ?」

「ああ、そうだ。おじさんはその鈴お姉ちゃんに会いに来たんだ」

 

 この間に続き、二人目の来訪者に対し、たんぽぽは事前に『もし、今度同じように会いに来た人がいたらまずはパパかママか織斑先生に知らせなさい』と言われていたことを特に思い出すことなく、草木から全身を抜け出して案内を始める。途中、ポチがそのことに気が付いて必死に止めようと彼女の服を引っ張ってみるが、ポチを引きずりながらもたんぽぽは前進し始めるのであった。

 

「おじさん、みぎのほうにみえるのがたてものですっ!」

「ああ、そうか」

 

 『このぐらいの鈴もこんな感じでなんでも説明したがっていたな』とほわほわとした気持ちになりながらも、そんな幼かった鈴もやがて大きくなり、自分に反発してしまうようになってしまったことに今更ながら暗い気持ちの影が彼の心中に過った。

 いや、反発させることなく娘から背を向けたのは自分であり、今日はその謝罪に来たというのに、さっそくまた背を向けたくなってきてしまったことに、情けなさで胸が一杯になる。

 

 自分は本当にダメな父親だ。

 

「おじさん?」

 

 急に暗い顔になった楽員に、たんぽぽは怪訝な表情で問いかけた。

 

「どうしたの? おなかいたい? たんぽぽ、さすってあげよるよ?」

「いや、大丈夫だ」

 

 幼心で心配そうに見つめられるほど自分は暗い顔をしていたのだろうかと楽員が無理やりの笑顔を作るが、たんぽぽは心配そうな表情を崩すことなく、もう一つ問いかける。

 

「おじさん、どうして鈴お姉ちゃんにあいにきたの?」

「ん?…………それは」

 

 この質問にどう答えるべきか迷う中、幼子はこの間の出来事を思い出して伝えるのであった。

 

「あのね、セシリアお姉ちゃんっていって、たんぽぽのお姉ちゃんなんだけどね、セシリアお姉ちゃんのおばあちゃんがあいにきたの。セシリアお姉ちゃんがさびしいじゃないのかなって、しんぱいしてたんだよ」

「……………」

「おじさんも、鈴お姉ちゃんがさびしいなの、しんぱいしてたの?」

「………ああ、そうだな」

 

 振り向くことなく去っていく中、確かに背後の鈴が泣いていたことを楽員は知っていたのだ。

 

「俺は……謝りたかったんだと思う」

「あやまるの? なにかわるいことしたの、おじさん?」

「ああ。寂しい思いをさせてしまったこと。傷つけてしまったこと」

 

 自分がいなくなった後、あの娘はどうやって生きていくというのか?

 自分が傷つけてしまったことも、その後に別れた妻と大喧嘩し、彼女の元を飛び出してしまったことも聞いている。

 もっと自分がきちんと向き合っていれば起こらなかったことだというのに。

 

「あの娘………鈴が一人ぼっちじゃないのかと心配してたんだが、どうやら一夏君がいてくれているみたいだし」

「うんっ! 一夏お兄ちゃんのこと、鈴お姉ちゃん、大好きなんだよっ!」

 

 幼い子供がこうやってはっきりと言ってくれているあたり、ひょっとするとひょっとするのかと思って、ようやく明るい表情が見え始める。

 

「そうか。あの二人、ひょっとしたらと思っていたんだが………」

 

 先の長くないのなら、いっそのこと信用できる人物とくっついてくれた方が安心できるというもの。

 

「うん。でもね、箒お姉ちゃんも一夏お兄ちゃんのことすきなの。だからね、陽太パパがね、こう言ってた!」

 

 ―――「いっそのこと日替わりで二人が使用する『共有財産』にしちゃえば良くね? このままじゃアイツが恋愛感情を理解するのに10年、婚姻関係に発展するのに更に10年、肉体関係は更にその先………人生短いんだから、竿〇妹ぐらいは目を瞑ろうぜ」―――

 

「ってっ!」

 

 安心した次の瞬間に落とされた爆弾発言に脳の処理が追い付かず、真っ白になってしまう楽員と、彼の手を繋ぎながら『「きょうゆうざいさん」ってなに? 「さお〇〇〇」ってなに?』と難しい単語の意味を問いかけるたんぽぽ。やっぱりお前が一番教育によくないわ陽太

 

 そんなこんなで茫然自失としていた楽員であったが、気が付けばいつの間に職員用の通用門に辿り着いており、たんぽぽは彼の手を離すと、自分が鈴を呼んでくると走り出そうとする。

 

「おじさん、ちょっとまってて! 鈴お姉ちゃんはたんぽぽがよんでくるっ!」

「あ、ちょっと待ってっ!?」

 

 心の準備が何もできずにいるのにいきなり対面は………。

 すっかり怖気づいてしまった楽員であったが、その時、もの凄い土煙を上げながらこちらに走ってくる人影に気が付き、よく目を凝らしてその人物を見てみる。

 

「あ、鈴お姉ちゃん!」

 

 二人に向かって走ってくる鈴が、何故か見て取れるほどに怒り心頭であり、何か言わないととあたふたしている実の父親の目の前5mほどに差し掛かった時に、怒鳴り声をあげながら華麗に跳躍し空を舞うのであった。

 

「小さな子供を誘拐すんなっ! このド変態がぁっ!?」

 

 汗だくになりながら探し回っていた鈴の目には、幼い子の後ろ姿と『見たこともない』中年の姿が映った時、最初は保護してくれたのかと思って近寄ってみたのだが、どうにも話の流れがおかしいことに気が付く。

 

『………よんでくるッ!』

『ちょっと待って!?』

 

 何か呼ばれてはまずいことでもあるのだろうか? いや、そもそも逃げ出そうとしているたんぽぽの手を掴み、必死に学園外に連れ出そうとしているのではないのか? 顔色も悪いし、なんだか挙動不審だし、何よりこういう自分の子を狙って行われる性犯罪というものは万国共通であり、女性として許しがたい行為である。

 考えることコンマ一秒。これは黒だと判定した鈴は、勢いを落とすことなく大地を蹴り、幼女を救うために実父犯人目掛け渾身の飛び蹴りを食らわすのであった。

 

「死ねぇっ!」

 

 女尊男卑な主義では毛頭ないが、小さな子供相手に発情する変態に掛ける情けはないというポリシーの元繰り出された一撃が、見事に実父犯人の顎を捉え、大地にひれ伏させる。

 

「りぃっ!?」

 

 どこかで聞いたことのあるような声をした犯人がゆっくり地面に崩れ落ちる姿を見ながら、ファイティングポーズを取る鈴であったが、驚いた表情を浮かべたたんぽぽが急に泣き出しながら目の前の実父犯人を揺さぶりだす。

 

「おじさぁーーーーーんっ! 鈴お姉ちゃんのおじさぁーーーーんっ!」

「?」

「うわぁあぁあーーーんっ! 鈴お姉ちゃんのおじさんがシンじゃったぁあああーーー!」

 

 白目を向いて失神する中年が死んだと泣き出すたんぽぽの声を聴いて、鈴はだんだんと冷や汗が滲み出る。

 

 誰が誰のおじさんだって?

 

「…………」

 

 恐る恐る覗き込み、最初は別人じゃないのかと疑いながら見ていた鈴であったが、だいぶん痩せ細ってしまっているが紛れもない自分の父親であることに気が付き、彼女も慌てだす。

 

「えっ? えええっ!? ええええええぇえぇぇぇーーー!! なんで父さんがここにいるのよ!?」

「おじさあぁぁーんっ! 鈴お姉ちゃんのおじさーんっ!」

 

 完全に意識を飛ばした楽員の周りを慌てるだけの二人を尻目に、いつの間にか駆け出していたポチが千冬を連れてくるまでの間、二人はグルグルと周囲を駆け回るだけであったという………。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 駆け付けた千冬の指示のもと、失神してしまった楽員は保健室に運ばれ、心配そうにたんぽぽが隣で彼を見つめている中、加害者の鈴は保健室の前の廊下に正座で座らされ、仁王立ちする千冬によって静かな雷を落とされていた。

 

「まさか代表候補生ともあろう者が、確認もせずに一般人に飛び蹴りをかましたというのか?」

「えっと………それは」

「実の父親だから見逃してもらえると思ったら大きな勘違いだ。民事不介入の警察でも、これはラインを超えた暴行容疑扱いされるぞ」

 

 千冬からの冷たい宣告に青褪めた鈴が半泣きで彼女の足に縋りつく。

 

「そこをなんとかぁっ!? 幼児誘拐の犯人だと思ったんですっ! 最近流行ってるヤツっ!?」

「だからと言っていきなり飛び蹴りもあるまい………まあ、しかしだ」

 

 こういう時いつもやらかす陽太は割と雑な扱いをしても文句を言う程度で済ませる対応をする分、ノリで暴力をふるってしまったのは流れなのか? そう考えると陽太への対応も少々変えていく必要があるのかもしれない。

 そんなことを腕組みをして考えていた千冬は、しゃっくりあげながら泣き続けていた鈴にこう告げる。

 

「一応、私のほうにはとある筋から今日来日されると連絡は来ていたのだが………お前は知らなかったのか? 実の親父さんだというのに」

「えっ?」

「美虎(メイフー)から昨日メッセージは来ていたぞ」

 

 何の後ろ盾もない鈴を代表候補生として拾い上げ、ここまで強く叩き上げてくれた彼女の恩師ともいえる、中華連邦陸軍第一兵器開発局のチーフアドバイザーにして、かつては『無冠の女王』『大陸の虎』と恐れられた、元国家代表の『烈 美虎(リー・メイフー)』が千冬にだけどうして自分の親が来日することを告げていたのだろうか? 疑問を過る鈴であったが、それはすぐさま解決する。

 

 ―――タイミング良くLINEの着信音がなる鈴のスマホ―――

 

「?」

 

 すぐさま取って中身を確認した鈴は目にする。

 

 ―――ヒッグ! あ、間違えて昨日千冬に送っちゃったけど、アンタの父さん、アンタに会いに日本に行くんだってさ

 

 飲みすぎて報告遅れちゃった。ゴメンね♡

 

 だけど怒っちゃやーよ

 

 あと、お父さん、だいぶん印象変わってるから人違いだとか思っちゃだめよ。傷ついちゃうから

 

 出来たら笑顔で最初の時みたいにぶりっ子しながら出迎えてあげなさい

 

 私が夢で見た魔法少女っぽい格好とポーズで出迎えてあげなさい

 

 親愛なる鳳鈴音の師匠より―――

 

「夢で見た割には具体的に挑発してくれてんじゃないわよ、あんのっクソ飲んだくれが………」

 

 中国語で書かれた内容を読んで怒髪天を突いてスマホをバキバキに握りつぶしている鈴音の態度に、内容が読めないけどなんとなく中身を察した千冬であった。

 

「悪酔いした酔いどれ虎の戯言だ。気にするな」

「アルコールで脳みそ浸かってるんじゃないですか、あの馬鹿虎女!?」

 

 今も酔っぱらいながらスマホを操作していたイメージが二人の頭の中で同時に湧き上がるが、とりあえずもう酔い虎は外に置いといて、当面の問題に立ちかえる。

 

「ふむ………しかし、お前の親父さん、ずいぶんと印象が変わったな。前はあれだけ恰幅がよくて、少し太り気味だったはずなのに」

「うん………どしたんだろ、一体?」

 

 楽員の顔を知っている千冬と、彼女に育てられた鈴でさえ、一瞬誰か分からないほどの激変ぶりであった。とても健康的にダイエットで痩せたような変わり方ではなく、病的なもので骨と皮だけに近い身体になってしまったかのようである。

 

「とりあえずカールが診断してくれている。あと、たんぽぽにも謝っておけ」

「え? ど、どうして………?」

「知り合いが突然飛び蹴りかまされて目の前で失神したんだ。いくらあの娘でもショックはあろう」

 

 今も眠る楽員のそばで彼の手を掴みながら『ちゅーしゃはメッ! ぜったいメッ!?』とカールを困らせている幼女を思い出し、まだ相手をしていないといけないのかと思いげんなりとなってしまう。

 

「シャルと一夏達、まだ帰ってこないんですか?」

「ん? 一夏と箒なら先ほど帰ってきていたが………お、噂をすれば」

 

 箒と二人でこちらに来た一夏は、鈴と千冬を見つけると血相を変えて駆け寄ってくる。

 

「鈴ッ!! 千冬姉ッ!?」

「一夏?」

「慌ててどうした?」

 

 何かあったのかと思い問いかけた所、一夏が自分のスマホを見せながら真剣に聞いてきた。

 

「これって、どういうことだよ!?」

 

 

 おじさんさつじんじけんはっせい

 

 はんにんは

 

 鈴お姉ちゃん

 

 by たんぽぽ

 

 

「鈴、なんでこんなことしたんだ?」

「素直に信じるな、バカ一夏ッ!! 」

 

 たんぽぽからのLINEを見て血相を変えて真剣に問いかけてくる一夏のバカさ加減にキレた鈴であったが、そんな彼女を箒が冷静にフォローする。

 

「一夏、流石に思い込みすぎだ。たんぽぽが過剰に内容を盛ってしまっているだけだろう」

「えっ?」

「そう決まってるでしょう、まったく……」

 

 腕を組みながらぶつぶつを文句を言う鈴に、友人としての言葉を箒が投げかける。

 

「大方、痴漢か何かと勘違いして、頭蓋骨と顎を砕く蹴りを打ち込んだだけだろう」

「アンタ等はどいつもこいつも私を危険人物みたいに思ってるんじゃないわよっ!?」

 

 友人達の内心を知った鈴がちょっぴり人間不信になりかける中、保健室から出てきたカールは腕にまとわりついたたんぽぽに苦労しながらも手当と検査が終わったことを千冬達に告げるのであった。

 

「特に外傷はないが一撃で意識を刈り取ったみたいで、見事な脳震盪ぶりだよ。玄人の技かと思ったぐらいだ」

「カール先生までぇっ!?」

「鈴お姉ちゃん!? たんぽぽ、おちゅうしゃさせないようにおじさんまもったよ!」

「アンタはちょっと黙ってなさい! しかもLINEで一夏にまで変なこと言いやがってっ!?」

 

 ギャーギャー騒ぐ鈴とたんぽぽをしり目に、カールから手渡されたカルテを見て、千冬の顔色が一変する。

 

「これは?」

「私も専門じゃないから断言は避けさせてもらう。一番いいのはご本人の口から直接答えてもらうことなのだが………」

 

 激やせした原因が『これ』だというのであれば納得すると共に、脈絡もない来日の理由にもなる。そしておそらくそのことを鈴が知らされていないためにただ戸惑っているだけの様子なのだろう。

 

「一夏、箒。しばらくたんぽぽを頼む」

「あっ、うん」

 

 ひょいっと、たんぽぽをカールから預かった一夏は、腕の中で『おじさんの、はじめては、たんぽぽがまもる』と注射の脅威に晒されていると思い込んで何とか守ってあげようとしている幼女をなだめるために、養父役の少年が発見したある方法を取る。

 

「たんぽぽ、ピーチ味だぞ」

「んっ!?」

 

 箒がピーチ味の棒付き飴をたんぽぽの口の中に放り込むと、最初の数秒間だけフゴフゴと騒いでいたのもつかの間、やがてほっぺたを両手で持って飴の味を堪能しだす。

 

「あむあむあむあむあむあむ~………おいち♪」

 

 たんぽぽが騒いだなら、とりあえず口に食べ物を突っ込め(長持ちする飴が最適)が本当のことなんだなと実感する二人を尻目に、カールに連れられて保健室に入る。

 カーテン越しに父親がまだ眠っていることを確認した鈴であったが、カールはそんな彼女に問いかけてきた。

 

「凰君、少し質問はいいかな?」

「はい?」

「答えづらいなら言わなくても別にいいんだが………君がお父さんと別の場所で暮らすようになって数年間、一度も面会やその後の動向などを聞かれたことはないのかな?」

「…………ええ。一度も聞いたことも会ったこともありません」

 

 プライベートなことゆえに表情が硬いままの返事をしてしまう鈴に対して、カールは顎に手をやり何かを考えこむと、やがて鈴に謝罪する。

 

「済まない。おかしなことを聞いてしまったね」

「何かあったんですか?」

「いや、なんでもない。個人的に気になったことがあっただけなんだ」

「気になることって、一体……!?」

 

 何なんだろうか、と聞こうとする鈴であったが、その時、意識を失っていたはずの楽員が小さなうめき声をあげてゆっくりと瞳を開く。

 

「ううぅ………」

「!?」

「気が付かれましたか? 意識を取り戻されたようですね」

 

 そして瞳を開き、焦点が定まらない様子であたりを見回しながら、ゆっくりと鈴とカールのほうに振り返えったのだった。

 

「こ、ここは?」

「IS学園の保健室です。意識を失った貴方をここで介抱させていただきました………私は保険医のカール・テュクスです」

 

 白衣と自己紹介によって目の前の男性の言葉を事実なのだと捉えた楽員は、隣でチラチラとこちらを見つめている鈴に飛び蹴りを食らったことは夢ではなかったのだと確信し、頭を下げるのであった。

 

「娘のやらかしたことで教員の皆様にご迷惑をおかけしまして………」

「………ちょっと待ちなさいよ。何よそれ?」

 

 第一声が自分への言葉ではなく、まるで保護者として当然という形での謝罪であったことに、理屈よりも感情で彼を直視できていなかった鈴が容易に血を頭に上らせてしまう。

 

「そもそもアンタが連絡も私に寄越さずに学園に押しかけてきたのが悪いんじゃないっ!」 

「………」

「それに今までどこにいたのよ? 私と母さんほっといて、自分はどこかで楽しく暮らしてたんじゃないの? それとも新しい女でも……」

「コホンッ」

 

 言葉を続けて楽員を避難しようとする鈴を制止するために、わざと大きく咳き込んだカールの意図を察し、彼女もそこで言葉を止める。

 沈黙が流れる保健室であったが、このままではいけないと思ったのか、カールはあることを問うために鈴に少しだけ席を外すように懇願するのであった。

 

「申し訳ない凰君。少しだけ席を外してはくれないか? 医者として少しこの人に言っておかねばならないことがあるんだ」

「………なんですか、それ?」

「フッ………君への悪口ではない。これは本当のことだ」

 

 煙に巻くような言い方に満足しないものの、父の顔を直視するのも今は苦痛であるためか、黙って保健室から鈴が出て行ってしまう。

 彼女の後姿を見送りながら、カールは肩を落として落胆する楽員に対して、カルテを見ながら真剣な表情で問いかけた。

 

「失礼。私も専門ではありませんし、すでに病院にかかられていると思いまして………お身体のことです」

「!?」

「ステージは………おいくつですか?」

 

 直球な物言いであったが、楽員は驚きはしたものの特に気分を害することなく、自分の右肩を左手で掴みながら苦笑して告げる。

 

「先月、医者からステージ『4』だと告げられました」

「差し出がましいことを聞いてしまいましたね。身元証明のために手持ちのカバンを開けさせてもらいました時に、その手の薬が何個か見受けられましたので」

 

 自分の身体のことがあって、『もしも』のことが起こる前に娘に会いに来た。

 楽員の気持ちを一瞬で察したカールは、先ほど出て行った扉を見ながら彼に質問を投げかける。

 

「ですがそのような状態で飛行機に乗って、さらに長期間の移動などをされましては………」

「俺の我儘ですよ。そう、あの子にあんな顔をさせてしまっているのも………なら病室に来いなどと告げる勇気が持てず、こうやって医者を無理やり言いくるめて会いに来たのですが………どうにも尻込みしてしまって」

 

 いざ実際に娘と言葉を交わそうとすればこの様である。鈴の言う通り、相談もなしに一方的に妻と離婚した身で、今度は何食わぬ顔で娘のためにやってきた。などとはいうのはあまりに自分勝手が過ぎると思い、このまま帰国しようと思い始めた楽員と、そんな彼の心境を素早く察したカールは、ここは少し強引にでもキッカケは作るべきだと判断し、鈴音を呼びに保健室の戸を開く。

 

「い・い・か・げ・ん、放しなさいっ!?」

「ヤッ!!」

 

 何とか振り払おうとする鈴と、そんな彼女の足に必死にしがみつくたんぽぽの姿が目の前で展開されているとは、さすがの彼も少々予想外だったようで、ズレたメガネのままに千冬に無言で問いかけた。

 

「鈴音が保健室から出てきてそのままどこかへ行こうとした瞬間から、たんぽぽがああなったんだが………心当たりはやはり中の人なのか?」

 

 千冬の察しが良かったのが幸いし、カールは探す手間をかけずに済んだようだ。そして二人の言い争う声を聴いた楽員が起き上がって様子を見に来たので、ちょうど良いと思いカールは楽員と鈴の、改めての話し合いを提案する。

 

「せっかく日本に来たのですから、もう少し娘さんとお話をされたらどうですか? 幸い今日は休日ですし、緊急の要件もありませんし」

「ちょ、私は、話なんてないのよ!?」

 

 でも鈴はそうはいかないと踵を返して逃げ出そうと、たんぽぽの無理やり引っぺがすとそのまま走って逃走しようとする。

 

「鈴っ!?」

 

 一夏の制止の声も聞かずに脱兎のごとく走り出した瞬間、引っぺがされた幼女が誰よりも素早く反応し、彼女を取り押さえるために思い切りの良い行動に打って出た。

 

「ポチッ!」

「!?」

 

 たんぽぽがその場から跳躍しつつ鈴のツインテールの先を掴み、ポチが彼女の服の裾を噛んで押さえつけ、鈴はポチの重量を加算したたんぽぽによって首を後方にへし折られる勢いで引っ張られることになる。

 

 ―――何かが砕けたかのような低音が響く―――

 

「ぐぇっ!?」

 

 あまり乙女としてふさわしくない声を上げ、首を抑えながら悶絶する鈴のツインテールを握りしめ、たんぽぽは鈴に真顔で叫び続ける。

 

「いっちゃメッ! おじさんは鈴お姉ちゃんとおはなしするのぉっ!!」

「た、たんぽぽ、ちょっと手加減してあげてくれ」

 

 そばで見ていた一夏にしてみれば冷や汗ものの行動である。いくら鈴を止めるためとはいえ一切の容赦がないあたり、薄らぼんやりと怒った時のシャルの姿が重なって見えてくる。

 

「おーじーさーん、とぉーーーぉっ!!」

「わかったわかった。食堂で二人で話し合いをしてもらおう。楽員さんもよろしいですね?」

 

 見兼ねたのは千冬も同様で、むしろ鈴の足に再びしがみ付いて『話し合うまで梃子でも離れん』と言わんばかりのたんぽぽを納得させるため、そして複雑な事情が絡み合っている凰親子の仲を取り持つため、多少強引にでも話を進めたほうが良いと判断したのだ。

 

「は、ハイ」

 

 あっけに取られながら返事をする楽員と、未だ痛みから復帰できない鈴が何とか涙目で振り返るが、千冬は「あえて」鈴の返事を待たずに烙印を食堂へと案内するのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 人払いをされた食堂で、アイスコーヒーを出された二人はテーブルを挟んで沈黙し続ける。鈴としては済んだ話である以上、顔など見たくもないところであるが、入り口でこちらを覗いてくる千冬と一夏、そしてたんぽぽの視線が逃げ出すことを許してくれていない。涙を流して親子の再会を感動でもすればよいのかと一瞬想像してみるが、自分に背を向けたあの日の父の背中が記憶の中にある限り、鈴の心にそんな温かい感情が芽生えることはないのだ。

 

「リ、鈴音(リンファ)」

 

 久しぶりに呼ばれた中国語の発音に一瞬目元が緩みそうになるが、無表情を取り繕って冷たく、跳ね除けるように返事をする。

 

「何よ? 優しく名を呼べば、捨てた娘も笑顔で返事をしてくれるって信じてそうな『誰か』さん?」

「!!」

「鈴ッ!?」

 

 あまりの言い様に言われた楽員より聞き耳を立てていた一夏の方がキレてしまう。だが、そんな彼の様子にもイライラしているのか、火が付いたように鈴の言葉は止まることがない。

 

「それで? 私に今更何の用? ひょっとして、お金の打診? IS操縦者なら預金もタンマリ持っているとか考えた訳?」

「ふざけるな、俺は娘にそんなことを頼みに来たわけじゃない」

「じゃあ何の用よっ!」

「それは………」

「はっきり言えないくせに、何しに来た訳!? やっぱりやましいことがあるんじゃないの!?」

「違う………ただ」

 

 ―――これが最後になるかもしれない。だから娘の顔を一目見たかった―――

 

 はっきりそう告げようとするが、やはり踏ん切りがつけ切らず言葉が詰まり、それがさらに鈴をイラつかせ、彼女はテーブルを叩いて立ち上がると、さっさと食堂から出ていこうとする。

 

「やっぱり、アンタと話をするのが間違いなのよ」

「………」

「何にも言ってくれないんだ。やっぱり………」

 

 完全に冷え切った声のまま食堂の出入り口を潜ろうとする鈴に、たまりかねた一夏が肩に手をかけて止めようとするが、その手を無言で鈴自身が弾いて睨みつけてくる。

 付き合いの長い一夏すらも過去に数度だけ見たことがあるだけの『マジギレ』した鈴の表情に気圧され、彼女に何も言えずに道を譲れしまうのだが、そんな鈴にたんぽぽが詰め寄ろうとする。

 

「だめぇっ! おじさんと・」

「だまれっ!」

 

 生まれて初めて腹の底からの怒鳴り声をぶつけられ、数秒間何が起こったのかわからなかったたんぽぽであったが、やがて瞳に涙を貯めながらしゃっくりを上げだしてしまう。

 涙腺が決壊寸前となっているたんぽぽの姿に罪悪感を感じたのか、それとも自分自身がもっとうまく父親と対話するための言葉を持たないことへの劣等感か、足早に鈴はこの場から立ち去っていく。

 

「……だめぇ………おじさんと………おはなし」

 

 そんな鈴の去っていった方を見ながら、怒鳴られながらも鈴の実父と話を望む幼女をそっと抱きしめたのは、表情を若干悲しいものにしながらも微笑んでいた千冬であった。

 

「お前は間違っていない。お前は何も悪くないぞ」

「でも………鈴お姉ちゃん、おっきいこえでおこった」

 

 千冬のスカートに顔をうずめ、彼女の両足に抱き着いて顔をうずめるたんぽぽの頭を優しく撫で、落ち着いた声色で諭し続ける。

 

「怒ったのはきっと鈴も楽員さんの話を聞こうとしていたからだ。そして楽員さんが言葉を続けられなかったのは、きっと鈴だからこそ伝えづらいことがあったからだろう」

「…………そうなの?」

「ああ。家族だから伝えづらいものはあるんだ。どうしてもな」

 

 かつて自分の古傷と命の危険性を一夏に伝えることが中々できず、陽太に口止めしたこともあった。無論それは弟を心配をかけたくないという配慮のつもりではあったが、本当のところはなぜそんな事態になってしまったのかを一夏に面と向かって説明する勇気が、あの時の自分にはなかった。

 誰かを傷つけることを恐れるあまり、より深く傷つけてしまう場合もあることを失念し、彼を追い込みかけた一因でもあっただけに、千冬は深く反省しながらたんぽぽにこう告げるのであった。

 

「すまない。大人になると色々いややこしくなってしまって………お前たち子供にいらぬ心配ばかりかけてしまうな」

 

 鈴の代わりにたんぽぽに謝罪する千冬であったが、幼女はそんな彼女を不思議そうに見つめながら逆に問いかけてきた。

 

「どうして、ちー先生がごめんなさいするの? わるいことしたの?」

「いや、どう伝えればいいのやら………いっそのこと、殴り合いの喧嘩でも出来たらこじれずに済む話なのかもしれないが」

「けんか?」

 

 何気ない一言。

 教師としては無論推奨はできないことだが、もし、これが本当の姉弟間の話であるのなら、いっそのこと伝えたい感情をぶちまけながらぶちまけながら殴り合いの喧嘩でも出来たら、清々しいのかもしれない。

 そういえば、自分達の恩師はよく自分とアリアか束とが喧嘩をしているとき、酷くなりそうなとき以外は一切手を出さず、静かに見守ってくれていたものだ。感情が落ち着き、バツが悪くなりそうになるといつも決まって両者の顔を拭いながら笑ってこう言ってくれた。

 

 

 ―――『言葉は想いを伝えたいからあるの。でも、言葉だけじゃ全部の想いが中々伝わらないわね』―――

 

 ―――『仲直り………出来たら、もっと仲良くなれるわね』―――

 

 

 喧嘩するたびに仲直りをして、先生が亡くなってしまうあの日まで自分たちはずっと絆を育て続けてきた。

 

「けんかすると、なかよくなれるの?」

「ううん。喧嘩して、仲直りできて、人はずっと前より仲良くなっていく」

 

 こんな当たり前のことすら、もう自分たちは10年前に出来なくなってしまった。立派な大人になるということがいかに難しいことなのか痛感するが、本当はただ自分達が歳を重ねることに憶病になっていってしまっているだけなのかもしれない。

 

 そう。本当の気持ちを伝えることに、ひどく臆病になってしまう大人だっているのだ。

 

「………」

 

 涙は乾き、不思議なものを見つめる視線でしばし千冬を見ていた幼女は、やがて下に俯いて何かを考え出し、そして一度だけ頷くと、何かを決心したような表情で千冬達に背を向け、走り出していく。

 

「お、おいっ!」

「たんぽぽっ!?」

 

 千冬と一夏が止めようとするが、そんな彼女に見向きもせずに行先を告げる。

 

「鈴お姉ちゃんのトコッ!!」

 

 迷うのが大人の悪いところなら、迷わずに走り出せるのは子供の特権である。駆け出した小さな背中を不思議な気持ちで見送ることとなった千冬は、何かに痺れるような気持になりながら、思わず隣の一夏に問いかけた。

 

「なあ、一夏?」

「えっ? いや、千冬姉! たんぽぽのやつを追わなくていいのかよ? あのままじゃまた鈴のやつに………」

「お前と私、姉弟喧嘩したことがあったか?」

「えっ?」

 

 突然の姉の質問に、二度見返した一夏は一拍置いて真剣に考えてみる。

 幼稚園の頃、小学生の頃、中学生の頃、そして今の高校………不満を覚えることは多々あって、口答えをしようとしたことは何度もあったが、思い出されるのは何か逆らおうとした瞬間、必ず光り輝く笑顔と鬼神の如きオーラで自分を瞬時に黙らせる千冬の姿であった。

 

「!?」

 

 幼いころから丁寧に刷り込まれた対応と恐怖を思い出し、ガタガタと震えだす弟の姿がおかしくなって小さく噴き出してしまった千冬は、たんぽぽが走り去った方向を改めて見つめ返す。

 

「(私は上手く喧嘩もできていなかったか………それに比べ、たんぽぽは)」

 

 先日のセシリアとの一件を思い出し、驚くほど他者の懐に潜り込むのが上手な小さな少女は、今度は弟の幼馴染の問題にまで踏み込んでいく。存在を知っていながらも教え子との距離感で踏み込めなかった自分と比べて、驚異的な速さでだ。

 

「大事なことと大切なことの違い。ということか」

「?? どうした、千冬姉?」

 

 今一つ分かっていない弟の姿に、さすがに可愛さだけではなく、呆れも感じ取り、深々とため息をつきながら苦言を一つ漏らす。

 

「お前よりもたんぽぽのほうが今は頼りになるぞ。と思っただけだ」

「うえっ!?」

 

 

 

 

 





次回、千冬さんの弟よりも頼りになるかもしれない幼女の、新しい『初めて』が起こります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

来訪を鳴らす鈴の音は、たんぽぽの花と共に揺れる③

新型コロナの影響か、最近休みが不定形で執筆の時間がとりづらいのだ


 

 

 

 

 

 自分の部屋に急いで戻ってきた鈴は乱暴に扉を閉めると、自分のベッドに飛び込んで顔を伏せてしまう。

 

「(………こんな気持ち、あの時以来だ)」

 

 これほど心乱されたのはきっと以前スパイまがいの行動をしていたことが露見して強制送還されかかった日以来だろう。惨めさと申し訳なさと後ろめたさが一気に噴き出し、枕により深く鈴は顔を埋めていく。

 あの日、セシリアに当たり散らして、オーガコアが出現し、撃墜されて一夏に救出された。色々なことが立て続けに起こって細かく考える暇がなかったおかげで、気持ちが再び浮き上がれたが、今回はそうはいきそうもない。

 自分だけの気持ちを父に、たんぽぽにぶつけて、今はこうやって引き盛ろうとしている。

 肝心な時にいつも逃げるのは父ではなく自分のほうではないのか?

 

「(もう、嫌になる)」

 

 明日も訓練がある。現場には一夏がいたことを思い出し、どんな顔で会おうかとまた気が重くなってきた。チームのこととは関係ないプライベートのこととはいえ、きっと一夏は詰問してくるだろう? いや、ひょっとすると今も自分の後を追いかけてきているかもしれない。

 

 そう考えた矢先、部屋のチャイムが鳴り、来訪者を告げるのであった。

 

「!?」

 

 一度チャイムが鳴り、しばし中の様子を窺うように沈黙が流れる。シーツに包まってこのままやり過ごしてしまおうとする鈴であったが、そんな彼女を許さないと言わんばかりに怒涛のチャイムとノックが鳴り響く。

 

 ピーーーンポーーーン、ピポンピポンピポンピポンピポッピポッピポッピポッピポッピポッピポッピポッピポッピポッピポッピポッピポッピポッピポッピポーンッ!

 ドンッ! ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドドドドドドドドドドドドドッ!

 

「うるさいにも程があるわっ!!」

 

 一夏の馬鹿野郎っ!と開口一番に叫びたくて思いっきりドアを開いた鈴が目にした人物。彼女の中では織斑一夏以外の誰でもなかったはずの人物を見たとき、思わず言葉を失くしてしまう。

 

「……………」

 

 ―――ポチの背中に乗りながらチャイムを押す、たんぽぽの姿―――

 

 爪先立ちされ、背中に激痛が走るのを必死に我慢するポチの涙ぐましい姿は鈴の目に映らない。ただ彼女の目には、明らかに起こった表情をした幼い少女しか映っていなかった。

 

「なっ、あ、あんた…」

「………いた」

 

 睨みつけながらポチから降りると、たんぽぽはそのまま鈴のほうに近寄り、彼女の手を握って一言告げる。

 

「さあ、おじさんのところ、いくの」

 

 短く告げて自分の手を引っ張るたんぽぽを呆然と見ていた鈴であったが、今しがた出た単語に反応し、思わずその手を振り払い、目の前の少女を睨みつける。

 

「アンタ、ホント、人の話聞いてないの?」

 

 自分はもう会わない。会って話などする必要もない。そう判断したがゆえに食堂で背を向けたし、彼女にも怒鳴りつけたはずなのに、この少女は一向に人の話を聞いていないのか?

 だが、そんな鈴の想いなど、知ったことかと言わんばかりにたんぽぽが今度は鈴を怒鳴りつける。

 

「そんなのしらないっ!」

「!?」

「おじさんは鈴お姉ちゃんとおはなしするためにきたのっ! だから鈴お姉ちゃんはおじさんとおはなししないといけないの!!」

 

 たんぽぽの視線がまっすぐに鈴を射抜き、鈴は気圧されたのを隠すように話題を唐突に打ち切り、部屋の扉を閉めようとする。

 

「アンタと話してる気分じゃないの。やっぱりガキの面倒なんてみるもんじゃないわ」

「ダメッ!」

 

 鈴が扉を閉めてたんぽぽを追い出そうとする中、察知したたんぽぽは無理やり彼女の部屋の中に押入ると、彼女の手を取り部屋から引きずり出そうとする。対して鈴もこれ以上は付き合えないと無理やりその手を引きはがそうと、自分の手を掴むたんぽぽの指をほどこうと手を伸ばした。

 

「離しなさいよっ!」

 

 目の前の少女の面倒を見始めてから碌な目にあっていない。ほかのメンバーはどうだか知らないが、自分にとって疫病神もいいところだと内心で吐き捨て、手に触れた瞬間、たんぽぽは今まで見せたこともない行動に打って出る。

 

「ガブッ!」

「痛ッ!?」

 

 なんと鈴の手に噛みついたのだ。しかも甘噛みとかそんなレベルではなく、全力で噛みつきくっきりとした歯型と血が滲むほどで鈴に鋭い痛みが走り、思わず彼女は乱暴に腕を振るって彼女を振り払ってしまった。

 

 ―――吹っ飛びながら一回転し、顔面から落ちるたんぽぽ―――

 

「あ゛ぁ゛っ!?」

 

 モロに顔面から落ちるのを目撃し、鈴は流石にまずいと駆け寄る。噛みつきを怒鳴ってやりたいが、預かっている子であることも間違いなく、ケガさせるわけにはいかないと声をかける。

 

「た、たんぽぽ?」

「……………」

 

 返事がない。まさか今ので大怪我を負って意識を失くしてしまったのでは? 最悪の事態が過ぎり、青ざめる鈴が彼女を抱き起そうとする。

 

 ―――無言で顔を上げるたんぽぽ―――

 

「ひぃっ!?」

 

 先ほどから予想がまるで通じない動きで鈴を驚かし続けるたんぽぽであったが、さすがに今回は彼女も無傷というわけにはいかなかったようで、何事もなく立ち上がろうとする中で、鼻から赤い血が流れだしてしまう。

 

「鼻血……アンタ、ちょっと待ちなさい」

「………」

 

 ティッシュか何か、拭くものをと探そうと鈴が周りを見回すが、そんな彼女の心配など他所にたんぽぽは自分の服の裾で鼻血を拭う(シャルロットママ絶叫の行為)と、突然雄たけびを上げるのであった。

 

「ああああああああああああああああああああああっっ!!」

「今度は何!?」

 

 さっきから何一つ理解ができない事ばかりの鈴であったが、たんぽぽはそんな鈴に向かって猛烈な勢いで突っ込むと、全身全霊の『頭突き』を鈴にかましてしまう。

 

「ぐっ!?」

 

 運悪く、膝をついてたために逃げることができず、しかも動揺していたためかモロに顔に直撃し、鈴とたんぽぽがもつれながら廊下に倒れこむ。

 流石にこの頃になると、只ならぬ二人の様子に築いた寮内の女子生徒達が外に出だす中、鈴とたんぽぽが互いに顔と頭を抱えて悶どりながらも起き上がり、涙目で睨みあいながら怒鳴りあう。

 

「アンタ、さっきからいったい何なのよ!?」

「おじさんとおはなしするって、たんぽぽにいいなさいっ!!」

 

 ほぼ同時に出た言葉に両者一瞬の躊躇をしてしまうが、いち早く復帰したのはたんぽぽのほうであった。

 

「いいなさいっ!!」

 

 両腕をぶんぶん振り回しながら突っ込んでくるたんぽぽの顔をそのまま掴んだ鈴が、リーチの差を生かしてそのままいなしながら立ち上がると、もう許してやらないと怒り心頭で叫ぶ。

 

「尻出せっ! シャルに代わって100叩きにしてやるわ!」

 

 右手で顔を持ちながら左手で腰を持って、たんぽぽを持ち上げながら反転させ、鈴は前言通り彼女の尻を強めに叩き始める。

 

「いたあいっ!」

「当たり前でしょうが!! いきなり人の手を噛んだ罰よっ!! 血が滲むまで本気で噛みついて!?」

 

 その時、顔を真っ赤にして怒る鈴に尻を叩かれて痛みで悲鳴をあげるたんぽぽを心配し、女生徒たちがなんとか鈴を宥めようと近寄ってくる。

 

「凰さん、いくらなんでも…」

「コイツにはこれくらいしないとわからないのよっ!! 引っ込んでてっ!」

 

 あまりの剣幕に気圧された女生徒が口を塞いでしまうが、一瞬、鈴が気を他所に逸らした隙にたんぽぽは彼女の腕から脱出し、その場から走り出して他の部屋へと駆け込んでいく。

 

「待ちなさいっ!」

 

 そうは簡単に逃がすものかと鈴も後を追いかけた。

 角を曲がり、手前の部屋………『シャルとラウラ』の部屋に駆け込んでいくたんぽぽを追いかけ、彼女に続いて部屋の中に踏み込んだ瞬間………。

 

「!?」

 

 ―――飛来する目覚まし時計―――

 

「ちっ!」

 

 間一髪で回避する鈴が、何事かと振り向くと、両手にものを持ったたんぽぽが怒りの表情を浮かべ彼女を睨みつけていた。

 

「アンタねっ!?」

「さあ、おじさんとおはなしするって、いいなさいっ!」

「………い、言わない」

「いいなさいっ!!!」

 

 両手に持ったものをポイポイ投げつけてくる。カラのペットボトルや空き缶などはまだ可愛いものだが、鍋や御玉のような調理器具や、しまいにラウラが隠し持っていた拳銃まで投げつけようとしてくるのを見て、慌てた鈴がダッシュで飛び込み、たんぽぽと絡み合って部屋のものをひっくり返しながら壮大に転がりまわるのであった。

 そして二人は同時に起き上がると、お互いに向かって怒声をぶつけ合う。

 

「このガキッ、本気でぶん殴るわよ!?」

「ガキじゃないもん! たんぽぽだもん!!」

 

 むしろ怒るところはそこなのかとたんぽぽに誰かがツッコミを入れそうになるが、幼女は勢いつけて走り出すと壁を蹴って三角飛びの要領で鈴の顔に足でしがみ付き、両の拳を開きビンタで鈴の顔を殴り始める。

 

「痛っっ! アンタ、ちょっ、やめっ」

「ぅっっっっっっっっっ!!!!」

 

 怒り心頭のあまり言葉すら無く、唸りながら全力ビンタをかましてくる幼女に対し、鈴は両手を受け止めたんぽぽの身体を自分から無理やり引き剥がすと、そのまま彼女をベッドに向かって放り投げ、たんぽぽがベッドの上で跳ねながらゴロゴロと転がってベッドサイドに身体をぶつけたのを見ながら、彼女はついに年長の余裕も大人げも放り出すことを決意した。

 

「そっちがその気なら、やってやるわよ、クソガキッ!?」

「クソガキじゃないもん! たんぽぽだもん!!」

 

 怒声をぶつけ合う二人。両者が同時に動くと、鈴はまっすぐに突撃を。そしてたんぽぽはベッドから素早く降りてベッドの下に隠れるのであった。

 

「逃げんじゃ…いっ!」

 

 当然鈴はたんぽぽを取り押さえようとベッドの下を覗き込むが、次の瞬間に顔面を幼女の足の裏が強打してくる。鈴の顔を蹴り飛ばし、もう一つのほうのベッドの下に潜り込むたんぽぽであったが、怒りのボルテージを更に上げた鈴はベッドを持ち上げて床に倒すと、彼女が隠れる場所を奪い去ってしまう。

 

「本気で蹴りやがったわねっ!」

「っ!?」

 

 狭い場所に隠れれば自分が有利になるとわかっていただけに、逃げ場所を奪われて動揺した幼子は、再び反対側のベッドの下に潜り込もうとするが、鈴に襟首を掴まれ、宙づりで持ち上げられてしまう。

 

「はなしてぇっ!」

「じゃないわっ!!」

 

 そして鈴はお仕置きの意味を込めてたんぽぽの頭を二度ほど殴ぐり、少女が戦闘意欲を失うことを目論む。これが普通の幼女なら痛みのあまり泣き叫んで誰かに助けを呼ぶ場面で、そうすれば自分も多少の悪声と共にこの騒ぎから解放される場面なのだが、たんぽぽは一味違うようであった。

 痛む頭を抱えながら鈴の腕に噛みつこうと飛びかかったのだ。

 

「ああああああああっ!!」

「!?」

 

 ここまで来ると、鈴のほうも本気でグーパンチのひとつでもかましてしまおうかと考え始めながらも、何とか済んでの所でたんぽぽを掴み押さえつけようとし、さらに部屋の中で転がりまわる羽目になったが、ここにきてようやく騒ぎを聞きつけた陽太とセシリアが部屋に到着し、惨状を前に愕然とする。

 

「………なんじゃこりゃ?」

「た、たんぽぽさん?」

 

 どちらかというと怒る鈴というのは幾度も見たことあるが、怒るたんぽぽというものは二人も初めて見た。いつもシャルに出された食べ物をおいしそうに頬張りながらニコニコ笑っているイメージしかなかったために、この怒り狂った小さな生物が本当にたんぽぽなのかと、一瞬疑ってしまうほどである。

 そう、目の前で鈴に対して果敢に噛みつこうとしている幼女の姿はといえば………。

 

 ―――ラ………ラーテル―――

 

 小柄な体躯でありながら、狩りに来たライオンすらも時に食い殺し返す、世界で最も気性の荒い動物を彷彿とさせる暴れように、しばし呆然となってしまうが、鈴の必至な形相と視線がかち合い、陽太とセシリアがなんとか引き剥がしにかかる。

 

「たんぽぽちゃん、ストップストップストップッ!」

「鈴さんも落ち着いて、離れて!」

 

 陽太に確保されるたんぽぽであったが、両手足をバタつかせながら戦闘意欲が未だに衰えていない辺り、本当にラーテルを彷彿とさせるなと内心で漏らしながらも、そういえば幼い頃のシャルロットも大変気が強く、自分をいじめている場面を見つけたら、そのいじめっ子の顔面に飛び蹴りかましてからケンカをしていたことを思い出す。

 

「(シャルのようになってほしくなかったんだが………もう手遅れかもしれない)」

 

 美人で心の優しい子に育つように願ってはいたが、気が強くて喧嘩っ早いのは一番いかん感じやろと、一筋の涙が零れそうになるのを堪えつつ、二人に現状を問いただす。

 

「んで、なんでマジケンカになんて発展してんだ?」

「そうですわ鈴さん。子供相手にいくらなんでも………」

 

 大人げないだろう。と注意しようとしたセシリアであったが、鈴の剣幕が凄まじく、言葉を詰まらせて黙り込んでしまう。

 押さえつけられながら睨み合う両者が唯一身動き自由な言葉でケンカを再開する。

 

「鈴お姉ちゃんがおじさんとおはなししないのがわるい!」

「アンタ、そればっかりね!? だからなんであんな奴と話なんてしないといけないの? てか、すでに話なんて済んでんのよ! 私に何も言えないぐらいに、クッソ情けない奴なのよ、アイツは!!」

「そんなことないもん!!」

 

 自分の手から離れ今すぐ飛びかかろうと暴れだすたんぽぽを必死に抑えながら、陽太は出来る限り二人を落ち着かせようと話しかける。

 

「とりあえず、落ち着け二人とも。ここは見てるだけで心が落ち着くイケメンスマイルの俺の顔を立てて………」

「「黙(だま)って!!」」

 

 頭に血が上っている二人に軽い冗談が通じるわけない。『空気の読めよ』と周囲の女子達が無言のプレッシャーを陽太に視線と共に突き刺し、陽太がプルプルと震えながら『この身を投じて場を和ませようとしただけなのに』と言い訳にもならない愚痴を心中で吐きながら沈黙に徹しますと約束する中、しばしにらみ合う両者の均衡を崩したのは、幼いたんぽぽのほうであった。

 

「………おじさん」

「?」

「鈴おねえちゃんに『ごめんなさい』したいって、いってたもん」

 

「……………えっ?」

 

 一瞬で鈴の頭が真っ白になる。

 先ほどまで視界が真っ赤に染まるような怒りを持っていた心が温度を無くし、澄んだ空気のような幼い声が芯にまで響いてくる。

 

「『さびしい』させちゃったんじゃないのかって! 『ひとりぼっち』にしちゃったんじゃないのかって!!」

「え?………え?……どう………して」

「おじさん、いっぱいいっぱい『ごめんなさい』したかったんだもん!! 鈴お姉ちゃんがないちゃったのはおじさんのせいだって!!」

「………うそ……よ」

 

 なんとか紡ぎだした言葉を、涙を流しながらたんぽぽは首を横に振って否定した。

 

「ウソじゃないもん!! おじさん、ほんとうは鈴お姉ちゃんにあえてうれしかったんだもん!! とってもうれしかったんだもん!!! だから、だから………おじさん、ごめんなさいして鈴お姉ちゃんにもにっこりになってほしかっただけなのに………だけのに」

「…………そんなの」

 

 いくら謝られても、それだけで笑顔になれるわけないだろう。そう反論しようとした鈴だったが、たんぽぽの真摯な言葉が更に彼女の本音をえぐり、表に無理やり引きずりだしてくる。

 

「鈴お姉ちゃんはいいの!? おじさんのこと、ユルサナイでいいの!?」

「!!」

「おじさん、鈴お姉ちゃんのパパなんだよ!? 鈴お姉ちゃんはパパきらいなの? パパ、さいしょからきらいだったの!?」

「………あっ」

 

 ―――今だって残っている、幼い自分の頭を撫で、抱っこし、優しく抱きしめてくれた大きな腕の暖かさ―――

 

「おじさんのこと、ずっとユルサナイなの? そんなの………そんなの……」

 

 

 

 

 ―――限界まで溜めた涙を言葉と共に零す―――

 

 

 

 

「そんなの………おじさんも、鈴お姉ちゃんも、かわいそうだもん!」

 

 

 

 

 真っ白になった脳裏に電撃のような衝撃が走り、唐突に鈴と周囲の人間ははたんぽぽの怒りの真意を知る。

 

 怒っていたのだ。

 

 たんぽぽだけが、怒っていたのだ。

 

 鈴と楽員。二人のことを想って、鈴にたんぽぽだけが怒ってくれていたのだ。

 

 それはいけないことだと。決して離れてはならないのだと。

 

 必死に、小さな手と体と心で、繋がった親子の絆が断たれないように、懸命に。

 

 

「そんなの………たんぽぽ、イヤだもんっ!!」

 

 

 目の前で、陽太の胸に顔をうずめながらわんわんと泣き続けるたんぽぽの姿を見て、幼い日、自分もこうやって父の腕に抱かれながらわんわんと泣いたことがあるのを思い出し、堪らない想いが溢れ出し、俯いて黙り込んでしまう。

 

 両者の間に流れる空気が落ち着いたのを見計らい、陽太とセシリアは無言で頷き合い、周囲の人々も状況を察し、二人を別々の部屋へと移動させるのであった。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「………ふむ」

 

 鈴との大喧嘩から数十分後、報告を陽太から受けた千冬は、未だに泣き止まずに陽太パパの胸の中で顔を埋めるたんぽぽを見ながら、内心で冷や汗を流す。

 

「(『殴り合いの喧嘩でもしたらすっきりする』とは言ってみたが、まさか本当にしてくるとは思わなんだ)」

「なんであんたが『しくじった』って表情になってんの?」

 

 年端もいかない幼子が、いくらなんでも年長者相手に正面切ってケンカしてくるとは思っていなかった千冬と、遠回しにパパが大好きだとたんぽぽに言われた気がして妙に嬉しそうに彼女の頭を撫でていた陽太であったが、ようやく泣くのにも飽きたのか、顔を上げたたんぽぽが二人に問いかけてきた。

 

「…………グスンッ………おじさんは?」

 

 幼女の問いかけに、千冬は周囲を見回しながら首を傾げる。

 

「そういえば………食堂で一休みされてから姿を見ていないが」

 

 鈴との言い争いの後、とんと姿が見えない楽員に一抹の不安を覚えた千冬は、たまたま近くを通りかかった真耶に問いかけると、首を傾げながら彼女は答えた。

 

「凰さんの父兄さんですよね? 先ほど『用事は済みました』って丁寧に挨拶されて帰られましたが………」

「えっ?」

 

 全く話を聞いていない千冬が唖然とする中、陽太の胸から飛び降り、真耶の足に今度はしがみ付いくたんぽぽは、彼女に激しく詰め寄る。

 

「どうしてかえっちゃったの!? 鈴お姉ちゃんとおはなししてないのに!!」

「あ、いや、凰さんのお父さんもお仕事があってね」

「そんなのメッ!!」

 

 地団駄を踏むたんぽぽの姿を見て、陽太が何とかできないものかと頭をひねってみた。

 

「電話して呼び戻してみるとかは?」

「いや、電話番号を知っているのはおそらく凰だけだ」

「他に知ってそうなのは? ホラ、アンタの中国の知り合いとか」

「烈(リー)の奴なら!?」

 

 急ぎ電話をしてみるが一向に出る気配もなく、LINEをでメッセージを送ってみるが返事が返ってくる気配もない。仕事をしているのか、それともいつも通り職場で酔いつぶれているのか、肝心な時に役に立たんと内心で吐き捨てながら、諦めの表情を浮かべる。

 

「………万策尽きたな」

「鈴に聞くのも………あれじゃあな」

 

 たんぽぽの言葉によってだいぶん頭に昇った血も落ち着いたと思うが、それでも素直に答えるとも思えない。今回のところは面会は諦めて貰うしかないなと思いつつ、次回はもう少し気を回すように心がけようと思う千冬達であったが、納得のいっていないたんぽぽは尚も真耶の脚にしがみ付きながら必死で叫び続ける。

 

「メッ! メッ! メッ!! おじさん、いかせちゃメッ!!」

「た、たんぽぽちゃん、落ち着いて!?」

「落ち着けたんぽぽ。真耶ちゃんにこれ以上無理言ってもダメなものは」

「イィィィヤァァァァァァーーーッ!」

 

 今、鈴と楽員がちゃんと話をしないときっと大きな後悔になる。そんな予感を感じたかのようなたんぽぽの行動を静かに見守っていた千冬は、ゆっくりと彼女に近寄ると、しゃがみ込んでたんぽぽと同じ目線となって話しかける。

 

「たんぽぽ」

「………ちー先生?」

 

 落ち着いた問いかけにたんぽぽも叫ぶのを止め、彼女の方へと向き直る。

 

「お前はどうしてそんなにも二人に話をしてほしいんだ?」

「………ふたり? 鈴お姉ちゃんとおじさん?」

「そう。その二人だ」

 

 幼児にもわかるように一つ一つをかみ砕いて丁寧に言葉にする千冬に、たんぽぽもだんだんと落ち着きを取り戻す。

 

「鈴お姉ちゃんとおじさん、かぞく。かぞくはいつもいっしょ。かぞくはなかよし」

「でも、二人は今は別々のところで暮らしている。いつも一緒に入れるとは限らない。そして喧嘩をしてしまえば、あんな風に仲良くもなれなくなる」

「でもでもでも………たんぽぽはなかよくしてほしいもん」

「たんぽぽが仲良くしてほしいのか?」

「うん! たんぽぽがしてほしいの」

 

 笑顔でそう言い放つたんぽぽを見ていた陽太と真耶が呆れ顔になって『清々しい笑顔でしてほしいって言った』と内心でツッコミを入れるが、千冬は違うことを考えていた。

 

「たんぽぽ、それは『我儘』というやつだ」

「わがまま? たんぽぽが、なかよしになってほしいのはわがままなの?」

「そうなるな」

「そうか………わがままかぁー」

 

 我儘の意味すらよくわかっていない様子であったが、千冬はむしろそんなたんぽぽへの好感が更に上がったのか、柔らかい笑顔でこう付け足してくれる。

 

「でもな………誰かを想う我儘のことを、人は「思いやり」と言うんだ」

「おもいやり?」

「そうだ。だからたんぽぽの『思いやり』、私は二人に届けるべきだと思うんだ」

 

 そう言ってたんぽぽへと差し出された手と言葉を前に、たんぽぽも笑顔でそれに答える。

 

「うんっ!」

「よし!………山田君、車を貸してくれないか?」

 

 千冬に言われ、慌てて自分のポケットから車のキーを出そうとする真耶を横目に見ながら、陽太も問いかけた。

 

「………上手くいくのか?」

「ああ。お前や一夏よりも、よっぽどたんぽぽの方が上手くいくさ」

 

 確信している千冬の言葉に、陽太は両手で降参のポーズをとりながら言い返すこともできずにため息をつくのみであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 日が傾き空が真っ赤に染まった夕焼けの時、軽自動車の後部座席に乗せられた鈴が外の景色を見続ける中、黙って千冬が運転する車が高速のインターチェンジへと差し掛かる。

 隣では、初めての外出に興奮しているたんぽぽが、『おそと、おそと、おでかけ!おでかけ!』と口ずさむ中、鈴は視線を外に向けたまま千冬へと問いかけた。

 

「………今から行っても、もう飛行機出てますよ、千冬さん?」

「時間的にまだ余裕はあるはずだ」

 

 『安心しろ。法定速度内で安全運転しながら最大限の速度で行ってやる』と宣言する千冬相手にそれ以上の言葉が出せない鈴は、突然部屋に押しかけてきて、考えのまとまっていない自分を『命令』の一言で無理やり連れだしてきた千冬の真意が推し量れず、視線を泳がせることしかできないでいた。

 そんな鈴に、千冬は簡潔に、かつ、鈴がこれから話し合わないといけない重大な内容の核心部分に触れるのであった。

 

「鈴音、これから話すことは、本来は楽員さんご自身で話されるはずのことだが、私の一方的なお節介を焼かせてもらう。親父さんにはあとで私が謝ろう」

「なっ、ちょっと………それって」

 

 千冬の声のトーンが若干下がったのを感じた鈴は、これから話されることは紛れもない真実であると直感する。

 

 

 

 

「親父さんは胃と肝臓のほうに悪性腫瘍が発見されたそうだ………つまりは胃癌と肝臓癌の併発ということになるな」

「………………っ!?」

 

 

 

 そして、緊張した面持ちと声で発せられた言葉は、鈴の脳裏を真っ白にするには十分すぎるほどのものであった。

 

「カールが確認を取ったところ、中国本土の医師の診断はスキルス胃癌らしい。進行性が早く、病巣が通常の癌とは異なるために発見が遅れてしまったことのことだ」

「………えっ? ちょっと……待って」

 

 言葉は入ってくる。単語の意味も分かる。

 でも頭が理解できない。今、自分は何を話されていて、自分は今何を考えないといけないのか、それがまるでわからない。

 千冬は自分に何を言いたいというのか?

 

「痩せていたのは抗ガン剤治療の結果らしいな。お前は聞いていないとのことだが、闘病歴は数年来になるしい」

「なっ!?」

 

 数年前?

 

「おそらく、今日という日をあの人も『覚悟』して来られていたはずだ」

 

 覚悟? 自分に会う『最後』ということなのか?

 

「私は医者ではないから、今後のことまで断言することはできないが、病人が無理をして動くことへのリスクぐらいはわかるつもりだ。もし、あるべき時間をすり減らしてでも、それでも日本に来たとしたのなら………」

 

 離婚のことで母親と言い争っていた時には、既にガンのことを知っていて………。

 

 では、あの時、母が泣いていた本当の理由は?

 

 自分たちを捨てた薄情な男ではなく、自分達を巻き込まないために、父は背を向けたのか?

 

 恨みも、孤独も、全部自分一人で背負って、最後の時を迎えようとしていたのか?

 

「なん………で」

 

 なんで、今、自分はこんなことを教えられているのか? 

 なぜ、現在(いま)ではなく、もっと昔に教えてくれなかったのか?

 なぜ、自分はさっきまで、あれほど父親を嫌悪して、話すら聞けなかったのか?

 なぜ、自分は教えられた今ですら、何をするべきなのか、思いつくことすらできないでいるのか?

 

「!?………チッ」

 

 俯いたまま沈黙してしまった鈴が気になっていた千冬であったが、その彼女の前で前方の車がゆっくりと速度を落としたこと思えば、やがて完全に停車してしまい、舌打ちしながらもそれに倣って自分も車を停車させる。

 

「夕方時とはいえ………湾岸線に出る前に渋滞とは」

 

 どこかで事故でも起こったのか、全く動かなくなった長蛇の渋滞が出来上がってしまい、迂回することすらできずに立ち往生してしまう。時計を見ると、まだ時間はあるがこの渋滞がいつ解消されるかもわからない状態では、飛行機の離陸に間に合うのか見当もつかない。

 

「ちーせんせい!? くるま、うごかなくなった?」

「ああ………これは少々まずいな。鈴音、美虎に連絡を入れて、親父さんの番号を聞き出してくれないか?」

 

 こうなっては電話をしてもらうのが現状一番妥当な手段と思い提案する千冬であったが、後部座席のたんぽぽは一人でシートベルトを外すと、隣の鈴の手を握って、声をかける。

 

「鈴お姉ちゃん」

「………」

 

 目に涙をためて、どうすればいいのか迷う鈴の視線を受けるたんぽぽは、真っすぐに彼女を見ながら問いかける。

 

「たんぽぽは、おじさんと鈴お姉ちゃんにおはなししてほしいの」

「………でも………会えない。酷いことばっかり言ったのに………話なんてできないよ」

 

 か細い声でそう告げる鈴であったが、たんぽぽは彼女の手を引くと、笑顔でこう言ってくれたのだ。

 

「だいじょうぶ! たんぽぽもいっしょにいるから!!」

「!?」

「だから、鈴お姉ちゃんは、どうしたいの?」

 

 真っすぐに、本当に真っすぐに鈴を想ってくれる暖かさが手から伝わる。笑顔から優しさが伝わってくる。

 何よりも、自分の答えを聞いてもいないのに、この子はその答えを信じてくれているのだ。 

 

 

 

「…………………………………逢いたいよ」

 

 

 ふり絞るように出た言葉を得て、少女は大きく頷く。

 

「うんっ! わかった!!」

 

 朗らかな笑顔でそう答えると、少女はいきなり前の運転席で動かぬ渋滞にイラついていた千冬の度肝を抜き去ることを言い出したのだ。

 

「ちーせんせい! たんぽぽと鈴お姉ちゃん、ここからはしっていくね!」

「ああ、わかっ………ちょっと待てぇっ!?」

 

 鈴の手を引きながら車のドアを開き、外に出ようとするたんぽぽを慌てて制止する千冬であったが、車の運転を手放すわけにもいかず、必死に言葉をかけ続ける。

 

「危ないから外に出るな! それに高速道路は歩行者厳禁なんだ!!」

「ほこうしゃ? でも、くるま、ずっとまえまでならんでてうごかないよ?」

「そ、それはそうだが!?」

「だいじょうぶ!」

 

 たんぽぽは満面の笑みで、こう言い放つ。

 

「あかはとまれ。あおはいってよし。きいろはちゅういしなさい! だよね!?」

「根本的にそういうことではない」

 

 思い込みで弾丸と化す幼子の存在に、今更ながらシャルか陽太を同伴させるべきだったと後悔する。これはどうするべきなのか頭を悩ませる千冬だが、その時、意を決した鈴はたんぽぽの手を自ら取る。

 

「千冬さん」

「………鈴?」

「後で、山ほど説教受けて始末書書きますっ!!」

 

 嫌な予感がするのと鈴がたんぽぽを連れて外に飛び出すのが同時であったため、千冬に止める術はなく、ISを展開した鈴がたんぽぽを抱きかかえたまま一瞬で飛び去って行くのを見送ることしかできなかった。

 

「………………ハアァ~」

 

 ここまで来たらため息しか出ないというものである。

 千冬はさっそくスマホを取り出すと真耶に連絡を入れ、学園長に言い訳してもらうように頼み込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 本来は数日滞在するつもりであったため、飛行機のチケットの予約を入れていなかったが、運よくキャンセルされた席があったため待ち時間もほんの一時間程度で済み、僅か数時間という滞在時間で中国本土に帰国しようとしてた楽員は、おそらく自分の人生で最後になるであろう日本の夕日をじっと見つめながら、脳裏の中で実の娘のことを思い浮かべていた。

 

「………鈴」

 

 最後まで分かり合うことができなかった愛娘を思い、胸が痛んで仕方なかった。

 

「………自業自得、というやつか」

 

 背中で教えればわかってくれる。と高を括っていたかつての過ちが最後の最後で自分に跳ね返ってきたのだ。妻にも離婚をするときに泣かれたことであった………『言ってあげなきゃ分かるわけがない』と。

 

「それでも………俺は……」

 

 分かり合うことはできなかったが、それでも娘は幸せになってくれるだろうか? いや、必ず幸せになるだろう。

 死期を悟った者の感性なのか、それとも勝手な願望なのか、何故だかその予感だけは感じられただけに、楽員は静かにほかのすべてを諦めることができた。

 だから自分という存在を今度こそ忘れ、鈴が誰かと幸せになれるのなら、最後の瞬間も恐れることなく受け入れられる。この命でもそれぐらいの償いにはなれる。

 

 そんな自分の勝手だと断じた気持ちを今度こそ諦めようとした楽員の耳を、最後まで諦めない幼い声が確かに叩くのであった。

 

 

 

「だからね、鈴お姉ちゃんのおじさんに、たんぽぽと鈴お姉ちゃんはあいたいの!?」

 

 

 

 大勢の人が行きかうロビーで、徐々に大きくなる騒めきに気が付いた楽員が振り返る。

 

「だからねお嬢ちゃん、人を探すのはおじさんたちにお任せしてくれないかな?」

「メッ!? たんぽぽがさがすの!!」

「いえ、お願いします」

「鈴お姉ちゃん!?」

「アンタと私だけでこの空港の人の中から父さんだけ見つけられるわけないでしょう? 何をそんなに嫌がってるの?」

「テレビでやってた!! ひとさがし、たんぽぽもしてみたいの!! マイクでおよびだししたい!!」

「アンタがしたいだけか」

 

 空港の職員を相手取り大声で我儘を言っているたんぽぽを諫めつつ、楽員を呼び出してもらうために名前と特徴を説明し始める鈴。

 そんな二人のやり取りを呆然としながら見つめていた楽員は無意識に立ち上がると、ゆっくりとそちらのほうに歩み始めた。

 

「…………鈴」

「!?」

 

 小さな呟きだったにも関わらず気が付いた鈴が彼に気が付き、遅れてその視線を追ってたんぽぽも楽員に気が付き、嬉しそうに駆け寄っていく。

 

「おじさぁぁぁん!!」

 

 見つけるや否や、猛烈な勢いで楽員の胸に飛びつくたんぽぽは、未だ事態を把握しきれていない彼に簡潔に説明する。

 

「おじさんと鈴お姉ちゃんとおはなししてほしく、たんぽぽと鈴お姉ちゃんでおじさんさがしにきたの!!」

「あ、ああ………」

 

 『あと、ケンカした』と謎のワードを付随させるたんぽぽに何事があったのかと聞こうとしたが、ゆっくりと近寄ってくる娘に気が付き、意識がそこに集中する。

 

「………父さん」

「鈴……」

 

 空港の喧騒だけが辺りに響き、しばし無言になる両者であったが、今度は鈴のほうが口を開く。

 

「飛行機、離陸手続きまでまだ時間ある?」

「あ、ああ………2時間ほど」

「くたびれ損にならないで良かったわ………話する時間、あるわよね?」

 

 

 

 空港ロビー内のコンビニにあるイートインスペースに座った三人は、それぞれアイスコーヒー、ミルクティー、キャラメルミルクとコンビニプリンアラモードを注文し、またしても沈黙してしまう。

 

「んんんぅ~~~♪」

 

 訂正、一人だけプリンをバカ食いしてご満悦のたんぽぽを除き、無言の凰親子はお互いが何かを言おうとしながらも、取っ掛かりがつかめずにまた沈黙してしまう。という悪循環に陥っていた。

 

「プハァッー! ご馳走様!!」

 

 そしてプリンアラモードを一気食いしてご満悦なたんぽぽは、そんな二人の様子を見て不思議そうに首を傾げると、やがて席を立って、二人の間に改めて座り直す。

 

「鈴お姉ちゃん………」

「………たんぽぽ」

 

 小さな手が触れた暖かさが、不思議と緊張する心が解き解されていく。

 この手の優しさに報いたい。そんな思いも加味して、鈴はついに重い口を開くのであった。

 

「父さん………千冬さんから、病気の話、聞いたわ」

「!?」

 

 最も避けたかった話をいきなり切り出され、言葉が出ない楽員であるが、鈴は視線を下に向けて節目がちになって話を続ける。

 

「母さんには話してたの?」

「…………ああ」

「じゃあ、家族で知らなかったのは、私だけ?」

「母さんを責めないでくれ!! 俺が無理に口止めしたんだ」

 

 事情を知らせなかったことを何か勘違いされてしまっては困ると思い、母親には何の罪もないということだけは分かってほしかったのか声を大きくしてしまうが、鈴はそれには特に反応することなく、話してもらえなかったことに寂しさとやるせなさを感じていたのだ。

 

「もう………それぐらいわかる歳よ、私」

「いや、それなら」

「でも………やっぱり子供なんだよね。二人に守ってもらってばっかりで………今も、千冬さんとたんぽぽ(この子)にまで気を使わせちゃった」

 

 鈴に頭を撫でられ嬉しかったのか笑顔になるたんぽぽを見つめながらも、鈴は晴れない様子で父に問いかけた。

 

「聞きそびれちゃってたけど………中国で開いたお店、どうしたの?」

 

 日本での実績を手に入れ、本土でも名を馳せてみせる。常日頃から家族に公言してた言葉通り、資金を貯めて中国で開いたレストランを、彼はどうしたというのか? その答えを楽員は寂しそうな表情のままに首を横に振って答えるのみであった。

 

「離婚した後、すぐに人の手に渡して入院の治療費に当てた」

「!?」

「仕方ない………いつ死ぬかもわからない人間がいつまでも厨房には立てん。それにな………」

 

 誰にも告げていなかったあることを、楽員は静かに口にする。

 

「抗がん剤治療の強い薬の影響でな………味覚が…ほとんどダメなんだ」

「!?」

 

 彼が半生かけて築き上げてきた料理人として致命傷とも言える事実を、こんなにも穏やかに告げてくる姿に、鈴は怒りよりも、戸惑いよりも、悲しみが胸中にあふれ、涙が止まらなく出てくる。

 

「泣くな鈴。これはたぶん天罰なんだ」

「………なに、それ?」

「もう少し見極めてから行くべきだといった母さんや、日本を離れたくないと泣いたお前の気持ちを押し切って中国に行ったら、病気で料理がおぼつかなくなった………家族の気持ちを蔑ろにした罰だ」

 

 二人の家族の気持ちを考えなかった自分に下ったことだと言われれば、むしろ当然の罰だったと思える。それぐらい酷いことをしたんだと主張する楽員に対し、鈴にしてみれば、そんなのあんまりなことなのだ。

 

「罰とか何よ………そんなの………私は………私は………」

 

 震える声と止まらない涙を拭いながら、鈴は楽員に問う。

 

 

 

「父さんにとって………私、ただの重荷?」

 

 

 

 自罰的な気持ちでいた楽員の意識を、横からハンマーで殴られたかのような衝撃が襲い掛かってくる。

 

「ち、違う………鈴……俺は」

 

 何か言わないと。

 何か言わないと、本当にただ鈴を傷つけただけになってしまう。

 

 だが、何を言えばいいというのか? こんな自分が何を伝えれば、本当の気持ちが伝わるというのか?

 

 今も、目の前で幼子のように震えて泣いている娘に、かけてやる言葉一つ思いつかない情けない父親にできることはいったい何なのか?

 

 言葉が途切れてしまった楽員もまた、俯いて肩が震えてきてしまう。

 

 

 

 

「おじさん」

 

 

 

 途切れそうになった意識を繋いでくれたのは、青空と同じ色をした瞳と、自分の腕を掴む小さな手の温もりであった。

 

「鈴お姉ちゃんないてる………でも、おじさんは鈴お姉ちゃんのパパ」

 

 笑っているわけでも泣いているわけでもない、ただただ、真摯な眼差しだけがそこにはあり、それは自分をじっと見つめてくる。

 たんぽぽの瞳は彼女の言わんとすることを代弁していた。

 

「………ああ」

 

 『助けるのは自分ではなく、父親である楽員』なのだと。

 

「……………鈴」

 

 今のままではただの自虐と懺悔だけしか伝えられていない。そんなことを告げるために日本に来たわけでない。

 

 自分が本当に伝えたい、本当の想い。

 

 

 

「……………おめでとう。代表候補生になったんだな」

 

 

 

 涙に濡れた鈴が顔を上げ、穏やかに笑う父の顔をじっと見つめる。

 

 

「お前はやっぱり、俺の自慢の娘だ……………賭けてもいい。世界一の孝行娘が誰かと言われたら、俺は間違いなくお前を押すよ」

 

 

「…………父……さん」

 

 

「ああ。お前の父さんなのが、俺の世界一の自慢なんだ」

 

 

 

 正直にそう口にできたこと。いつも不器用で言葉足りないと妻に怒られていた自分が驚くほど素直にありのままの言葉を口にできた。

 そのことに内心で驚きながらも、自分以上に驚いている娘の返事をゆっくりと待つ。

 

「…………馬鹿」

 

 いつもの軽口で罵倒してくる娘の顔に、ようやく笑顔が戻ってきた。

 

「馬鹿………ホント、馬鹿」

 

 ああ、鈴はこうやって親を馬鹿呼ばわりしながらも、いつも自分に笑顔を向けてくれていたのだ。

 

「馬鹿すぎて………恥ずかしいじゃない!」

 

 そう言いながら、自分の胸に額をつけてくる娘の頭をゆっくりと撫でながら、楽員もまた瞳に涙を貯めながら返事をした。

 

「親を馬鹿呼ばわりとは何事だ………まったく。口の悪いとこ俺に似やがって」

「当り前じゃない………世界一の『父さん』の娘……なんでしょう、私?」

 

 耳たぶを赤くしながら言った鈴と、世界一の父親だと言われ、どう言い返したらいいのかわからず耳を真っ赤にして黙り込んでしまう楽員。

 

 そんな二人を嬉しそうに笑って、間にたんぽぽが入ってくる。

 

「わらったぁっ! 鈴お姉ちゃん、やっとわらったの!」

「わぁっ!? たんぽぽ!?」

 

 鈴に抱きしめられ、嬉しそうに笑ってくれる幼い少女に、茫然としていた楽員は感謝の気持ちでいっぱいになりながら、その大きな手で頭を撫でてみた。

 

「おじさん?」

「ありがとうなたんぽぽちゃん………本当にありがとう」

「私も………ありがとうね」

「?????」

 

 なぜこのタイミングで自分が感謝されないといけないのか?

 全く理解できていない様子の幼子と、そんな幼子を大事そうに抱きしめる娘。

 

「………良いな。ずっと見ていたいな」

 

 死を覚悟していたというのに、そんな光景を見せられては、欲が出てきてしまうではないか。

 

「………良いんだよ」

「!?」

「………良いんだよ父さん」

 

 何が言いたいのかを理解した鈴が笑顔で同調してくれる。

 

「だけど、俺が前と同じように生きられる可能性は………」

「可能性なんて、成功させちゃえばただの思い出話よ。少なくとも代表候補生になるときの私は、物怖じなんてしてられなかったわ」

 

 先に成功した娘の言葉は厳しくも、温かいアドバイスであった。そして、娘の声援を背に受け、凰楽員という男がこれ以上二の足を踏んで戸惑ってはいられない。

 

「ああ。そうだ……………そうなんだ」

「………なにがそうなの?」

 

 意味が分からない。と再び首を傾げるたんぽぽを、鈴の手から自分のほうへと抱き上げ、楽員はようやくいつもの笑顔になって言い放つ。

 

「おじさんはもっと長生きしてやるって意味だ! そんで、もう一度自分の店を持って、最初の客に鈴と母さんとたんぽぽちゃんを招待してやる!」

「ほんと!?」

「ああ、本当に絶対だ!」

 

 『わーい! ラーメンやさーん!!』『違う、中華料理店だよ』と二人で言い合う姿が可笑しくなったのか、鈴は吹き出しそうになる。

 

「何が可笑しい、鈴?」

「ちょっと父さん………たんぽぽはウチの子じゃないのよ?」

「あ、ああ………そうか。なんかもう鈴の妹みたいに思えて、自然と家族扱いしちまったわ」

 

 陽太とシャルの娘だというのに、生まれてからずっと一緒にいる妹のような愛情が芽生えていた鈴があえてそう言ったのだが、たんぽぽはというと鈴に対して、こう告げてくる。

 

 

「鈴お姉ちゃんはたんぽぽのお姉ちゃんだよ。ちがうの?」

 

 

 あっさりとそう告げれたのは、きっとたんぽぽには最初からそういう認識があったからだ。

 父の腕に抱かれる幼子にしてみれば、血の繋がりだとか戸籍の繋がりだとか、そういう社会的な認識など意味がない。

 言葉を交わして、想いが通じ合って、一緒に笑いあえることが何よりも大事なことなんだと、この子は経験ではなく直感で理解している。

 

「………フッ……そうね」

 

 そのことに気が付いた鈴は、父の胸にダイブすると、たんぽぽを一緒に抱きしめながら、この新しい妹に大事なことを告げる。

 

「アンタは私の可愛い妹よ………たんぽぽ」

「あいっ!」

 

 元気のいい返事を聞いて、また吹き出しそうになる鈴と、そんな娘達の様子がうれしい楽員と、二人が嬉しいことが嬉しいたんぽぽ。

 

 楽員が乗るはずの飛行機が離陸する寸前まで、三人の抱き合いが続いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 すっかり日が暮れ、笑顔で別れることができた楽員が乗る飛行機を見送り、すっきりとした表情で鈴は星が煌めく夜空を見上げる。

 

「鈴お姉ちゃん」

 

 同じように夜空を見上げるたんぽぽが、手を差し出し、それに鈴も笑顔で答えた。

 

「…………帰ろっか?」

「うんっ!!」

 

 

 本当の姉妹のようになれた二人が、手をつないで夜道を歩き、途中で色んなことを笑顔で語り合いながら、IS学園にたどり着いたのは、夜の21時を少し回ったぐらいの時間であった。

 

「……ふう、到着」

「………とう…ちゃく…」

 

 電池が切れた人形のように元気が無くなっているたんぽぽを気遣って、鈴は彼女を抱き上げながら寮の門を潜る。

 

「大丈夫? もう寝る? お風呂入れる?」

「………ごはん、まだ……」

「アンタ、飯だけは絶対に三食食べないと気が済まないのね?」

「………ごはん、たべないと、たんぽぽは……ねない」

「なぜそこまで根性見せるのか」

 

 いつもはそろそろ就寝するためにお風呂に入って着替えてベッドの中に入っている時間なだけに、生活リズムが一定のたんぽぽはダウンしかけていたのだが、夕ご飯だけは絶対に食べると主張し続け、鈴の腕の中で睡魔と格闘していた。

 

「………あたしもお腹空いちゃっ……千冬さん」

 

 駆け寄ってくる鈴の表情を見て、千冬は良好な別れができたのだと確信し、フッと笑みが零れる。

 

「その表情だと、ちゃんと親父さんと話ができたみたいだな」

「ご心配をおかけしました。あと、ご迷惑も………」

「ISの使用については、明日のプール掃除で手打ちになっている。お前も一緒に手伝うんだぞ、たんぽぽ」

「…………あい」

 

 首をカックンカックンと上下に揺らしながら、それでも返事をしてくる姿が少し可笑しく見えて、吹き出しそうになる千冬であったが、重要なことを思い出し、表情を青くして二人を見る。

 

「私からは………………以上だ」

「?」

「?」

 

 妙なそぶりを見せる千冬に、少し怪訝な表情となる鈴とたんぽぽであったが、やがてその理由は瞬時に理解することになる。

 

「今日のことについて色々あったのも事実だが、私からこれ以上とやかく言うのは、なんというか………『追い打ち(オーバーキル)』になってしまう」

追い打ち(オーバーキル)? どういう意味なんですか、それ?」

 

 鈴の問いかけに、千冬はそれ以上何かを語ることはなく、ゆっくりと人差し指を向けるのみ。

 二人はその指先の先をゆっくりと目で追いかけ………。

 

 

 

 ―――自室の前で、表情を無くして立ち尽くすシャルロット―――

 

 

 

 二人の姉妹喧嘩の余波で、部屋のものがひっくり返り、ガラスが割れ、化粧水の瓶が倒れ中身が派手に床にまき散らされ、かけてあった服の裾が破け、ベッドが裏返りになっている。

 

 そんな部屋を目の当たりにした部屋の主が、全ての感情が消えうせて立つ姿を見て、失念していた自分の愚かしさを呪った鈴と、事の重大さを本能で察知し、眠気なんかすっ飛んだたんぽぽが怯えながら立ち尽くす。

 

 見れば、表情を青くした陽太達が手を横に振りながら『無理。フォローできない。下手なこと言ったら死にかねないし』と無言のメッセージを送る中、シャルが首だけをゆっくりと、かつぎこちなくホラーチックに動かしながら二人を見つける。

 

「ヒイッ」

「ハギュッ」

 

 恐怖で足が竦んだ鈴と、鈴の腕から落とされ尻餅をつきながらも、恐怖で腰が抜けているたんぽぽが後ずさる中、シャルがゆっくり近づいてくる。

 

「………鈴………たんぽぽ?」

 

 名を呼ばれただけなのに、圧倒的な絶望感が二人を襲い、見ればたんぽぽは腰を抜かした拍子に廊下にすごい勢いで世界地図を作製しつつあった。

 そして壁に追い込まれた鈴と、床で這いながらなんとか逃げおおせようとしていたたんぽぽであったが、ホンギレしたシャルロットママに追いつかれ、抱き上げられたたんぽぽは、涙を零しながら返事をする。

 

「たんぽぽ………ママが名前を呼んだら?」

「………おへんじ……」

「よぉし」

 

 言葉は穏やかなのに、有無を言わさない威圧感が込められている。

 これはもうどういっても最後の運命は確定している流れだ………長年の経験からそう判断した陽太が静かに二人に手を合わせる中、初めての義母の怒りを受け、たんぽぽが必死の言い逃れをし始める。

 

「た、たんぽぽ………ごはんたべて………ねなきゃいけない」

「でもその前に、ママと話しなきゃいけないこと。あるよね?」

 

 威圧感がさらに増大したシャルの姿に、たんぽぽは更なる小便をちびりながら心が折れ、謝罪する。

 

「………ごめんなさいシャルロットママ」

「うん。でも、ごめんなさいだけじゃ、今日は済ませてあげられないんだ」

 

 ヒョイっと、たんぽぽを持ち替えたシャルの体勢から察し、鈴が勇気をもって割って入った。

 

「た、たんぽぽは今日は私のために……」

「喧嘩両成敗だから、ちゃんと順番通り、次は鈴だからね♪」

「「ひぃっ!?」」

 

 晴れて義姉妹になった二人が同時に息をのむ中、勢いよく放たれたシャルの尻叩きの威力を直接受け、たんぽぽは大声で悲鳴と謝罪を繰り返し、その後、鈴も同様の目に合うことになる。

 

 

 

 お尻を真っ赤にしてうつ伏せで動けなくなる中、鈴とたんぽぽは悟るのであった。

 

『喧嘩して仲良くなれるのは良いこと。でも喧嘩した後片付けをきちんとしておかないと、恐ろしい目に合う』と………。

 

 

 

 

 




最後はギャグチックで終わった今回の話、実は太陽の翼で一番やりたかったお話でもあります


人を救うのに、力も知恵も使わない。ただまっすぐに信じる心だけで成し遂げる。たとえそれがご都合主義だといわれても


非常に大きな意味がある話の主軸に立っていたのは、陽太でも一夏でもなく、本当に心を芽生えさせて一月足らずの幼い少女でした

このたんぽぽがもたらした救い。


想いがうまく伝えられない鈴

言葉が足りない楽員

そんな二人の間を「鎹(かすがい)」となって橋渡しをしたたんぽぽの成長。それが今後の話のドラマでさらに見受けられるようになると思います


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

はじめてのおつかい~しゅっぱつまえ~

世間はGW真っただ中だけど、今年も外出は控えめですよね。
私も今年も釣りだけかな。外出は


というわけで、前回予告ができませんでしたが、今回は最年少コンビ?となるドイツ娘とたんぽぽさんの交流回です!

では


 

 

 

 

 

 

 ―――ドイツ首都『ベルリン』―――

 

 古くからヨーロッパの強国の一つであり、現代においても、また独自に開発したドイツ製ISで構成された部隊は、世界屈指の戦闘力と噂されるドイツにおいて、本部を首都ベルリンに置く、ドイツ陸軍IS部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』は、全部隊員を一同に集め、薄暗くされた一室で極秘の会議が開かれようとしていた。

 

「………お姉様」

 

 会議室に座っていた十数名のシュヴァルツェ・ハーゼの一員である証であり、左眼を眼帯で覆った一人の少女が立ち上がり、一番前方の席に座る議長役の女性に話しかける。

 濃い青色のセミショートの妙齢の女性。部隊員の一員である左眼の眼帯は勿論しており、おそらく部隊の中では最年長の部類なのだろう。他の隊員達の視線を一身に受けても身震い一つせずに、冷静な声で会議を進行させるのであった。

 

「では、ラウラ隊長からの定例報告を……」

「ハッ!!」

 

 現在、対オーガコア部隊に出向中のラウラ・ボーデヴィッヒに代わり、現在『シュヴァルツェ・ハーゼ』を指揮する副隊長のクラリッサ・ハルフォーフは、日本から受けた映像付きの報告書を会議室のモニターに出力し、部隊員全員がそこに注目する。

 

「『対象「X」との距離を、本日は30㎝まで縮めることに成功。対象「X」は睡眠中のため会話をすることはしなかったが、この分ならば明日には挨拶を交わすことも可能かと………』以上が隊長の今回の報告です」

 

 対象「X」………モニターに映された存在。それは………。

 

 

 

 ―――腹を出しながらベッドで涎を垂らして昼寝をするたんぽぽの姿―――

 

 

 

「…………」

 

 ドイツの会議室を沈黙が支配し、誰もがあきれ返る結果とな………。

 

「(………相変わらず、たんぽぽちゃんが可愛い)」

「(………ラウラ隊長うらやましいっ!! 私ならすぐに抱きしめて一緒に添い寝してあげるのに!?)」

「(ラウラ隊長!! もう少しです! もう少しで普通に挨拶をかわせます!)」

「(玩具を買ってあげたのですが、ラウラ隊長宛がよろしいのですか? それともIS学園宛で?)」

「(先日私が送ったお菓子はたんぽぽちゃんに食してもらえましたか?)」

「(もう私が日本に行ってラウラ隊長と代わりたい)」

「(いや、私が)」

「(抜け駆けするな、貴様ら)」

「(なんで誰もが脳内会話を成立させてるのかツッコミなさいよ)」

「(小さな子にどう接したらいいのかわからずにどもるラウラ隊長も可愛いです)」

 

 呆れ返ってくれていたほうが幾分も良いぐらいに、誰もが涎を垂らしながらモニターを注視する奇怪な様子であった。

 そして涎を垂らして一瞬だけトリップしていたクラリッサも、我に返ると涎を拭きながら軽く咳ばらいをし、立ち上がると彼女は高々と宣言する。

 

「すでに隊長には『例』のブツを日本へ輸送させていただいた。おそらくすでに届けられているはずだ」

 

 副隊長のその発言は会議室全体にに驚きの声を上げさせる。中身のほどはこの場の全員で決めたものだから内容については知れ渡っている。問題はいつ、どのタイミングで渡すかであったが、鍛え上げられた変態軍人としての感性が即時配送を告げていたのだ。

 

「隊長ッ! その装備を使い、必ずや本懐を遂げてください!」

 

『幼児と分かり合うにはどうすれば良いの?』

 

 たったそれだけのことが、なんだか壮大なミッションの始まりのように母国で語られていることを、この時のラウラが知る由もなく、会議室内は意味不明な熱気にいつまでも包み込まれており、結果、偶然部屋の前を通りかかった軍の高官が内部の異様な状況に感づき、部隊員全員がこっぴどく叱られたのは言うまでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ!!」

 

 逃げる。ただひたすらに。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ!!」

 

 みっともなく、恥も外聞もなく、このラウラ・ボーデヴィッヒが逃げ続ける。

 

「………クッ!?」

 

 故郷のドイツでは精鋭部隊を率いるエリートであり、このIS学園においては世界を守る盾である英傑達をまとめる副隊長であるというのに。

 

「っ!?」

 

 茂みに飛び込み、周囲を見回す。静まり返った周囲は蝉の鳴く声と近くの海から伝わってくる波の音しか聞こえてこない。

 

「(振り切った………)のか?」

「のか~」

「!?」

 

 首が振り切れるかと思うほどの速度で振り向くと、そこにはラウラの隣で同じ方向を除くたんぽぽの姿があったのだ。

 

「なっ!?」

「……………あ、たんぽぽがオニだから、かくれちゃダメだよね?」

 

 そしてラウラのほうに微笑みながら振り返ると、彼女に抱き着くと、笑顔でこう告げる。

 

「ラウラお姉ちゃん、たっちぃぃ~!」

 

 逃げるラウラと鬼ごっこをしていたつもりのたんぽぽであったが、当のラウラからしてみればそれどころではない。

 ドイツ陸軍の特殊部隊で生まれ育ち、専門の軍人からの技術指導によって一級品のプロとしての逃走技術を持つラウラがまるで気が付かないレベルで尾行され、しかも隣でのほほんと笑っていたのだ。

 

「(何故っ!? 私はこの娘を振り切ることができない!!)」

 

 更に逃げようとしたラウラであったが、それをしがみ付くたんぽぽが待ったをかける。

 

「ダメッ!! 今度はラウラお姉ちゃんがオニだよ!!」

「わ、わたしは……べ、べべべべべべべつに……」

 

 お前と遊んでいたわけではない。と面と向かって叫ぼうとするのだが、なぜかこの娘と正面から瞳を合わせると、激しい動悸に襲われ、顔が紅潮し、言葉がうまく出てこなくなる。

 

「(これは………『恋』と言われるものなのか!?)」

 

 部下たちが渡した専門資料の一つに、女性同士の恋愛関係を『百合』と称するときがあるが、まさか自分がその『百合』に芽生えたのか?

 ラウラ・ボーデヴィッヒは人生初の正体不明の『感情』の対処がわからず、持て余し、頭を抱えるのであった。

 

 

 事の起こりはたんぽぽが来た初日から遡ることになる。

 頼まれごとを終えて部屋に帰宅したとき、本当に珍しく中から陽太の寝息が聞こえてきて、彼女自身何事かと静かに部屋に入ったとき、強い衝撃を受けることになる。

 

 

 ―――自分よりも遥かに幼い子供―――

 

 

 触れてしまえば壊れてしまいそうなぐらいに儚い灯に似た何かだと錯覚し、近づくことすらままならなかったが、その後、陽太から無事に不審者の扱いを受けるという屈辱も一緒に受けるが、そんなことよりもラウラの興味はその幼子に注がれることになり、そして、彼女は続けざまに思い知ることになった。

 

 どこかの研究所で彼女は『何か』をされていたこと。

 

 彼女は用がなくなったと物理的にも捨てられたこと。

 

 流れ着き、この学園で陽太達に拾われたこと。

 

 ラウラがそのことを知ったとき、不思議と他人事ではない既視感を覚える。どこかでよく知る話ではないか? さて、自分はどこでその話を聞いたのだろうか?

 いくら首をかしげても思い出せないでいたが、そんな自分の目の前でたんぽぽと名付けられた少女は次々と騒ぎを起こし続けることとなる。

 

 言葉を半日足らずで覚えたと思えば周囲を振り回すほどに元気に走り回り、犬猫を飼いたいと敬愛する千冬を困らせ、セシリアを訪ねてきた英国女王(後で知って血の気が引いた)を実の祖母のように接したり、先日は鈴と部屋(静かにキレたシャルロットが行ったのかと初めは誤解したが)を半壊させるほどの喧嘩を繰り広げたりと、陽太すらも凌ぐ問題行動を起こしているにも関わらず、誰も彼もがこの少女を甘やかしてしまう。

 

 これでは風紀が乱れてしまう。

 

 そう危うんだラウラは、最初に千冬にその話をしようとしたが、穏やかな表情で日に日にたんぽぽの成長を見守っている姿を見て言葉をかけることができなくなった。

 次に陽太とシャルロットにどこかの施設に預けられないのかと言おうとしたが、母親の顔でたんぽぽを愛でていた彼女にそんな言葉を告げることもできず、陽太にしてもグチグチと文句を言いながらもその瞳が穏やかな色に染まっていてやっぱり話しかけることもできず、セシリアや鈴にしても同様である。

 

 このままではいずれこの学園は世界平和を守るための最前線から、幼児を見守る保育園へと変貌してしまう。そんな危機感にかられたラウラは、まずはたんぽぽの生態を知るべく遠くから有視界でのモニタリング(という名のただの覗き見)をしようとしたのだ、何を思ったのかそんなラウラを新しい玩具だと言わんばかりにたんぽぽが追い掛け回す図式となっていた。

 

 おかげで早三日、たんぽぽを視界に収めるたびに謎の動機に襲われるラウラと、そんな自分を見つめながら逃げ惑う姿に新しい発見を見出し、鼻息全開で追い掛け回すたんぽぽという姿は、IS学園の皆の目には………。

 

 

『この間まで末っ子だった娘が、つい最近できた妹相手に頑張ってお姉ちゃんをしている』

 

 

 と、ゆるゆるでのほほんとした微笑ましい目線で見られていたのだった(ラウラの危惧は遠からず当たっていた)。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 そんなある日の早朝、ちょっとした異変が起こる。

 発端はラウラの同室であり、たんぽぽの義母役であるシャルロットであった。

 

「……………」

 

 早朝、目覚めた瞬間に自分の異変に気が付き、額に手を当てながら彼女はのそりと起き上がる。

 

「……………ちょっとマズイかな?」

 

 年に一度あるかないかの自己管理のミスだったのか、それとも最近の激務の反動なのか、明らかに「まずい」ことはこの時点で自覚していたが、それでも投げ出すわけにはいかない。

 隊には当直なんて制度はないが、それでもいつ緊急時に呼び出しがかかるかわからない。

 何よりも、たんぽぽに心配はかけたくない。弱った自分の姿を見たら心細くなってしまうかもしれない。

 すでに隣で寝ていたラウラがもそもそと起きだそうとしていた。幸いなことに昨晩のたんぽぽは陽太の部屋で寝ており、おそらく彼と一緒に起床してくるのだろう。

 

「むにゃ…………おはよう、シャル」

「ん………お、おはよう」

 

 とりあえず怪しい挙動を見せないように起き上がったシャルロットであったが、立ち上がった瞬間に軽いふらつきを覚え、これは中々誤魔化すのが大変だなと他人事のように内心で思いながら朝の準備を始めるのであった。

 

 一方―――

 

『さあ、集まるんだ良い子の皆! 常識の範囲内で必要最低限で身体を動かそう!』

 

 やたらいい笑顔のお兄さんと、いい声のお姉さんの掛け声にちびっ子たちが集まりだし、食堂のテレビの前のたんぽぽもワクワクとしながらピョンピョンと飛び跳ね、興奮したように鼻息を荒くする。

 

『A〇C、A〇C、A~〇~C~♪』

 

 軽快な音楽と共に踊りだす歌のお兄さんとお姉さんを真似ながらたんぽぽも踊りだすのだが、その踊り方には少々問題があった。

 

 ワンテンポ遅れる振り付け、自己流の謎のターン、そしてロックンローラーのような動きで激しく頭を前後させていたかと思えば、どこかのホラー映画のようなブリッジをしだすたんぽぽの姿を見て、缶コーヒーを飲んでいた陽太はぼそりと言う。

 

「悪魔崇拝の邪教が悪霊を呼び出すための暗黒盆踊りでもしてんのか?」

「!?」

 

 踊りきって悦に入ってたところにそのような評価を受けたためか、憤慨した幼女が父親に詰め寄り猛抗議する。

 

「あんこくぼんおどりじゃないもん! たんぽぽダンスだもん!!」

「最初からA〇Cダンスですらなかったのか」

「たぁ、んんっ、ぽぉっ、ぽぉっ!! ダンスッ!!」

「もうちょっと可愛らしさ前面に出して踊って見せろ、『妖怪』ぽぽんた」

「あっ!?」

 

 最近になってちょっとした陽太による、たんぽぽへのからかい言葉なのだが、これを言われるとたんぽぽは怒りだすのだ。

 

「ようかいぽぽんたじゃないもん!! たんぽぽだもん!」

「『妖怪ぽぽんた………IS学園に日中でも出没して、食っちゃ寝する謎の妖怪幼女。腹を空かせていると狂暴になって噛みついてくるので要注意。しつこいときは怒ったシャルロットママを連れてこよう』」

 

 説明口調で普段の生活を指摘され、さらに顔を真っ赤にして大激怒する。

 

「くっちゃねしてないもん! ちゃんとおてつだいしてるもん!」

「でも飯食えば腹出してどこでも寝てるだろうが。この間はベッドの下で寝やがって」

「し、シロがベッドのしたでねてたから………さびしいかなって」

「ぽぽんた」

「!? たんぽぽぉっ!!」

「ぽぽんた」

「たんぽぽ!」

「ぽぽんた」

「たんぽぽ!」

「ぽぽんた」

「たんぽぽぉっ!!」

「たんぽぽ」

「ぽぽん…………う゛あぁ!?」

 

 陽太に口で丸め込まれ、食堂の床に寝転がりながら地団太を踏むんで泣き叫ぶのであった。

 

「うわああぁぁぁーん!! パパがぁー! パパがぁーーーー!?」

「こんの小娘がぁー………パパに挑もうなんぞ10年早いのじゃー」

 

 大人げなさとはこういうことを言うのだと、食堂中に披露するかのような大人げない陽太であったが、怒ったたんぽぽの行動は素早く、彼の背後から彼の頭に噛り付くのであった。

 

「ぎゃあああああああああぁぁぁぁっーーー!!」

「がるるるるっ!」

「歯を、歯を立てるな! 本気で痛いッ!!」

 

 腹を空かせてなくても噛みついてくる妖怪幼女の本気の反撃で、痛みに悶える陽太を見かねたのか、単にこれ以上騒がれるのが迷惑だったのか、背後から近寄った箒がたんぽぽを抱きかかえると、あやしながら軽く注意する。

 

「もう止せたんぽぽ。食堂は騒ぐところではない」

「…………がるるるるっ」

「あと陽太を噛んでいると、陽太と同じ馬鹿になるぞ」

「誰が馬鹿だこらぁっ!?」

 

 頭に歯型をつけて猛抗議する陽太に対し箒が心底冷めた視線で言い返す。

 

「幼子を言葉で言い負かして悦に入るような人種を精一杯フォローしたつもりなのだがな………それともストレートに下種とでも言えばいいのか?」

「火の玉ストレート過ぎっ! 他の奴が真似したらどうするんだ!?」

 

 お前以外の人間が言い出したらどうするんだと、皆はそんなこと思ってないよね。と視線を送る陽太であったが、こういう時は味方してくれることが多い一夏が真っ先に言い出す。

 

「ごめん陽太。流石にちっちゃい子泣かせるのはダメだと思う」

「!?」

 

 一夏が真顔で正論を投げ返し、箒の腕の中であやされる涙目のたんぽぽを慰めるようと両サイドからセシリアと鈴が近寄り、頭を撫でながら陽太に吐き捨てるように言い放った。

 

「下種、以外の何者なのかと問いたくなる所業なのですが?」

「私達の前でたんぽぽをいじめようとか、そういう発想が下種なのよ。もちろん、見てないところでも同じよ」

 

 かつてないほど冷たい対応(そうでもない)をされたことがショックだったのか、半泣きになるのをなんとか堪えながら、陽太は捨て台詞を吐きながら食堂から逃げ出そうとするのであった。

 

「ちくしょっ! こうなったらいつも一夏がやってるみたいに、箒の部屋からパンツ取ってきてやるぅっ!?」

「ちょっと待てぇっ!? いつ俺がそんなことやったんだよ!!」

 

 穏やかではないことを言い出す陽太によってあらぬ疑いをかけられた一夏は、振り返ると必死になって箒に言い訳をする。

 

「やってないやってないやってないやってない! 俺は断じてそんなことしてない!」

「い、いや………それはわかっているんだが」

「そんな必死で言い訳するなよ。女として魅力ないとか言ってるの同じだぞ?」

「お前はどっかに行ったんじゃないのか!?」

 

 食堂の入り口からこちらを覗きながら追撃してくる陽太に猛抗議する一夏であったが、若干顔を赤らめた箒と違い、どういうことなのかわからないたんぽぽが首をかしげながら問いかけてくる。

 

「しつもん! どうして一夏お兄ちゃんは箒お姉ちゃんのおパンツとるの?」

「!?」

「はくの?」

「はかないっ!!」

「じゃあ、どうして?」

「ぐっ!?」

「(くっかっかっかっかぁっかっ!!)」

 

 煌めく瞳の問いかけに顔を真っ赤にして押し黙ってしまう一夏と箒の様子を見ながら、ざまぁみろと言わんばかりに無言で悪役笑いする。しかしそんな彼の背後から近寄る影があった。

 

「………どうしたの?」

「!?」

 

 反射的に振り返りながら防御態勢を取った陽太であったが、いつもは来るはずの『何か』が一向に来ず、きつく閉じられた瞳を恐る恐る開き、彼女の様子を見た。

 

「…………はぁ」

 

 若干頬を赤く染め吐いた息も少しだけだるさを含んだシャルが、妙に気だるげに食堂の中に入っていく。普段とまるで違うリアクションに戸惑う陽太であったが、やがて彼の直感はある事に気が付いた。

 

「ん? ようやく来たみたいだ」

「アンタが一番遅いなんて珍しいわね」

「ご、ごめんね」

「なんかラウラは荷物が届いたとか言って取りに行ったから、とりあえず私達だけで訓練始めようか?」

 

 一夏や鈴もシャルに気が付くと、ようやく全員揃ったと安堵しながら、さっそく訓練に入ろうとする。

 しかし、シャルの微妙な様子のおかしさが気になったのか、たんぽぽが一夏の腕の中で神妙な面持ちで彼女を見つめ続ける。

 

「…………………ママ?」

「ん? どうしたの、たんぽぽ」

「………………ママ、なんでおつかれ?」

「!?………おつかれっって………アハハハッ、起きてきたばっかりだよ」

 

 笑ってごまかそうとするシャルであったが、心配そうに見つめるたんぽぽの視線を誤魔化せず、どうやって言いくるめようかと思案していたため、背後から伸びてきた手に気が付くことができなかった。

 

「こんの、バカシャルロットが」

「!?」

 

 背後から伸びた手がシャルの肩に触れたかと思うと、足を払うというにはあまりに繊細で音も衝撃も起こることなくシャルの体を崩すと、彼女を抱きかかえ腕の中に収めた陽太は、落ち着いた表情でシャルの方を見る。

 

『!?』

「なっ! なっ!! なぁっ!!!!」

 

 俗にいう『お姫様抱っこ』の状態にされたシャルロットの顔が一瞬で紅潮し、言葉を出すこともできずに硬直する中、陽太は彼女の額に触れると、おもむろにたんぽぽを呼ぶ。

 

「たんぽぽ」

「あいっ!」

「ママの額にデコつけてみろ」

「わかった!!」

 

 さっきまで喧嘩していたとは思えないほど素直に陽太の言葉に従うたんぽぽは、しゃがんでたんぽぽがちょうどデコの当たる所まで降ろされたシャルロットの額に触れると、数秒間の沈黙の後、力強く陽太に言い放つ。

 

「ママ、あつい! とってもあつい!!」

「だよな。コイツ、こんな状態なのにいつも通り訓練しようとするとは」

 

 呆れた表情になる陽太であったが、ここにきてようやく我に返ったシャルが激しく抗議し始めた。

 

「お、降ろしてよっ!! わ、わわ私は大丈夫だし」

「意地張る場面でもないだろうが………たんぽぽ、鈴、ヤブ医者呼んで来い。起きてないなら叩き起こせ」

「わかった! よんでくる!!」

「アンタは?」

「コイツを部屋に送り返して寝かせる。どうでもいい時に休むっていう選択が考えられんのか」

 

 大方、たんぽぽに知られたら心配すると思ったのだろう。とシャルの内心を読み解く。

 そして陽太の言うことを素直に聞くたんぽぽがロケットダッシュでカールのところに走っていくのを送り出してから、立ち上がりシャルをそのまま部屋に送るために歩き出した。

 

「私、本当に大丈夫だから!?」

「大丈夫ならなんで誤魔化そうなんてしてんだ? ちょっと風邪気味って言えば済む話だろうが」

「それは………」

「たんぽぽに心配かけたくないのは理解できても、俺にまで何も言わない気でいるのは気に入らん。罰として大人しく部屋で寝ながら養生しろ」

「じゃあせめて降ろしてよ!?」

「………エルーさん」

 

 陽太から突然実母の名を出され、言葉を詰まらせたシャルロットであったが、静かな表情で陽太は語りだす。

 

「こんな感じでお前に何も言わなかったんだろ?」

「…………うん」

「じゃあ、たんぽぽにはせめてそういうの止めてやれ。後で知ってどんな気持ちになるかなんて俺よりもお前の方が分かってるはずだ」

 

 静かに諭すような言い方をする陽太というのは大変珍しく、それゆえに彼は今真剣に自分に対して忠告しているのだということが伝わったのか、どこかしおしおと耳が垂れた猫のように大人しくなったシャルが素直に謝罪した。

 

「………ゴメンナサイ」

「今一歩納得してないの伝わってきたがもういい。とりあえず今週一杯は寝てろ」

「あと四日も!?」

「来週末まで寝ててくれても構わんぞ、俺は!?」

 

 他人に無茶するなとか言うくせに、自分のことになると無茶しているという感覚すら持たないのはよくないだろうと内心では僻々する陽太であった。実に似た者夫婦である

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「………ふむ」

 

 簡単に喉や心音、肺の調子やここ数日の問診などを行い、体温計の温度を見ながらカルテを書き込むカールと、自室のベッドでパジャマに着替えさせられたシャルロットとチームメンバー一同が彼の下す診察の結論に耳を傾ける。

 

「この後、一応の血液検査はしてみるが………おそらく」

『おそらく?』

「夏風邪だね。デュノア君は日本の夏は今年初めてだし、ここ最近ドタバタしていたから疲労が一気に来たんだろう」

 

 その言葉を聞いて、陽太達が安堵するが、肝心なシャルは苦笑いしながら皆にそこまで心配する必要はないよと言う。

 

「もう、みんな心配しすぎだよ。だから大丈夫だって言ったじゃない」

「アンタの場合、無理しそうだから怖いのよ。どっかの誰かさんと同じで」

「なんでそこで俺を見る鈴?」

「そりゃ陽太は無理の常習犯だろ? ケガしても中々診察を受けたがらないし」

「出オチの常習犯の一夏は黙ってろ! 気合があれば俺は治るんじゃ!」

「そんなところで師匠と似たことを言ってほしくないんだが」

「お、織斑先生も、テュクス先生の診察を嫌がると?」

「………千冬さん」

 

 尊敬する姉の親友の意外な一面に頭を抱えた箒であったが、その時、部屋の外からの視線に気が付き、全員に問いかける。

 

「………すまない皆」

『?』

 

 風邪が移っては大変だと、部屋の外で待機することを言いつけられ、でもママのことが心配でたまらないたんぽぽがそっと部屋の中を覗き込んでいた。

 

「…………はいっていい?」

「診察の結果ダメになった」

「!?」

 

 息をのんで一瞬で涙ぐむたんぽぽの姿を見かね、陽太が根負けした形で頭を抱えながら手で入って来いと合図を送り、その意図に気が付いたたんぽぽが小走りでベッドの側に駆け寄る。

 

「ママァッ!?」

「………ごめんね。心配かけちゃったね」

 

 一応マスクをして感染対策をするシャルであったが、やはり同じ部屋に長時間幼子と一緒にいるのはよくないと思い、できるだけやんわりと説得しにかかる。

 

「あのね。たんぽぽ………ママは『夏風邪』って病気になっちゃってね、ちょっとの間、たんぽぽと一緒にいられないの」

「ヤダッ!! いっしょにいる!」

「………ごめんね。でも風邪が治ったら、また一緒にいられるから、それまでは陽太パパとお姉ちゃんとお兄ちゃん達と一緒に遊んでくれないかな?」

「いつなおるの?」

「うっ………よ、四日ぐらい…?」

 

 人によったら高々四日といいそうなものだが、IS学園で生活を始めて以来シャルと一緒に行動することを半日以上空けたこともないたんぽぽにしてみれば、絶望的な時間の長さに感じたのか、彼女のそばに一層近づいて懇願し続ける。

 

「たんぽぽ、いいこにしてるからいっしょにいたい! しずかにあそぶからママといっしょにいたい!」

「………うっ」

 

 涙目で訴えてくる娘の視線に耐えながらも、シャルは何とか納得してくれるようにこちらも懇願するようにつぶやく。

 

「………良い子だから、お願い」

「じゃあワルイこでいい……………ママとずっといっしょにいたい」

 

 そのセリフにハートを撃ち抜かれたのか、シャルが悶えながらたんぽぽを抱きしめようとするが、陽太が寸での所でそれを阻止するのであった。

 

「お前が逆に説得されてどうする?」

「だってッ!? こんな可愛い懇願を娘にされたんだよ!? 良い子どころの騒ぎじゃないじゃない!!」

 

 我が子の必至な懇願を聞いてあげたい気持ちは大変よくわかるが、時と場合による。という言葉は残酷

なほどにこの場で機能しており、二人の意見は全員の暗黙の了解ですでに却下されていたのだった。

 

「とりあえずだ」

「………パパ?」

「………ヨウタ?」

 

 ひょいっ、とたんぽぽを脇に抱え、シャルに背を向け陽太は一度だけ深呼吸すると、我が義娘に宣言する。

 

「とりあえず今週はシャルの部屋での寝泊まり及び部屋遊びは禁止だ。さあ、一緒に行くぞ」

「ヤアァーーー!!」

 

 歩き出そうとした瞬間、シャルの腕をつかんで決して梃子でも動かんという意思を見せるたんぽぽに力づくで引き剥がそうとするが………。

 

「ヤアアアアアァーーーー!」

「痛い痛いッ! たんぽぽ引っ張りすぎ!」

「コイツ、めっちゃ力強ェ!?」

 

 陽太をもってしても中々引き剥がせない、幼女らしからぬ怪力でシャルの服の裾をつかんで放さない。そうこうしてる内に無理やり引っ張られるシャルも痛がり出したのを見て、遂に陽太はある強行手段に打って出た。

 

「ならば致し方ない………必殺ッ!!」

「ぬ………ヨウタパパ、まさか『アレ』を!?」

「たんぽぽ?」

 

 なぜか次に来る攻撃が見当でもついたのか、たんぽぽが顔面を引き攣らせる中、陽太の両手が彼女の脇を猛烈に擽り出すのであった。

 

「コチョコチョコチョコチョコチョッ!」

「アハハハハハハハハハハッ!」

「コチョコチョコチョコチョコチョコチョ!」

「アハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

「コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ!!」

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!…………やめんか!」

 

 擽りすぎて過呼吸寸前まで追い詰められ、ついにキレた幼女であったが、その時、両手を放して猛然と振り返ったため、瞬時に陽太は彼女を掴まえると部屋から走り出していく。

 

ママァァァァァァァァァーーーー!!!

「たんぽぽーッ!」

 

 引き裂かれた悲劇の母子よろしく、寮内に響き渡るたんぽぽの悲鳴と、涙ながらに手を伸ばし続けるシャルの姿に皆が涙を誘われ………若干、箒とカールだけが冷静にツッコミを入れる。

 

「いや、シャル………一緒にいるのはマズいだろ」

「やっぱり一緒にいる! 風邪が移らないにマスク着ける」

「君が参ってしまうよ?」

「がまんする!」

「口調が怪しいな………気分は?」

「ごめん。ちょっと頭が本格的にボーッとしてきた……でもだいじょうぶ!」

「大人しく寝ていなさい。医者の命令だ」

 

 案の定、熱が上がってきたことで言動と思考が不安定になってきたようで、うんうん唸りながら箒の手によって無理やり寝かされるが、涙を滲ませながら寝言のように愛娘の名を口にし続けた。

 

「ううっ………たんぽぽぉ~~」

 

 寂しさに涙を滲ませたシャルロットママである。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

「グズッ………グズッ」

「鼻水垂らすな」

 

 一方、食堂に強制送還した陽太とたんぽぽは、とりあえず腕の中でグズる娘を宥めるために、甘い物大作戦に打って出る。

 

「ママにあわせないパパはイケず! あんぽんたん! でーびー」

「DVな。殴っても無ければ暴言も言ってないんだが」

「でもでも!?」

「じゃあパフェ食べるの止めろよ」

「…………パフェにつみはない」

 

 涙と鼻水とクリームで顔をぐちゃぐちゃにしながらも、すでに五杯の空の器が置かれたテーブルの上で、六杯目のチョコバナナパフェを平らげる幼女を見てるだけで口の中が甘ったるくなってしまう。

 さて、どうしたものかと頭を悩ませる陽太であったが、その時たまたま食堂のモニターに流れていた報道番組に目を止めて見入るのであった。

 

 

『さあ、今回ご紹介したフルーツパーラでは、最高品質の桃を贅沢にも缶詰にして販売しております!』

 

 

 バラエティー番組のコーナーで紹介されていた何気ないシーンであったが、陽太はその映像を見た瞬間に、昔あったある出来事を思い出し、たんぽぽに話しかけた。

 

「そういやな、たんぽぽ」

「ん?」

「昔、シャルが今みたいに夏場に熱出したことあって、エルーさんがその時に桃缶を買ってきたことがあったんだ。その桃缶が美味いのなんのって………食べたら一晩でシャルの熱が引いちまってさ」

 

 そういやシャルは風邪を引くと割と甘えん坊になるから、後でまた顔を出してやるかと頭の片隅で考えていたが、ふと隣が静かなことに気が付き、振り返る。

 

「!?」

 

 ―――空になった六杯目のパフェの器とスプーンだけを残した席―――

 

 いつの間にかいなくなることに定評のあるたんぽぽから視線を外したことを後悔し、シャルの部屋に行ったのかと席を立ちあがるが、今度はモニターのほうから驚愕の声が聞こえてきて、そっちのほうに振り返った。

 

「……………」

 

 いつの間にかモニターの画面に顔をくっつけ、無言のまま凝視し続ける義娘の姿に驚きつつも、自分達に気取られることなくどうやって行動しているのか問いただそうと、ディスプレイにくっ付くたんぽぽを抱き上げる。

 

「お前、どんな隠密機能を搭載してるんだ? 俺にも後で教えろ。タバコ買いに行くときに活用・」

「パパ………たんぽぽがかいにいく」

「ん? たんぽぽではタバコは買えないぞ」

 

 輝く瞳で振り返った娘は、自分のなすべきことが『コレ』だと思い、陽太に提案するのであった。

 

「たんぽぽ、ママのために『コレ』かいにいくっ!」

 

 どうやら陽太の話を聞いて、桃缶を食べればシャルが元気になると思ったみたいで、自分がそれを買いに行くと主張しているようだが、陽太にしてみればたんぽぽを一人で外出させるなど論外もいいところである。すぐさまダメ出しを行うのであった。

 

「却下。俺が買いに行ってやるから、お前はおとなしく留守番してろ」

「きゃっかぁっ! たんぽぽもママのおやくにたちたい!」

「ええ~~? でも一緒に出掛けるのもな………」

 

 たんぽぽと一緒に出掛けて、おとなしく目的のものだけ手に入れてさっさと帰ってこれるのか? 目につくもの全てに素晴らしいリアクションをする義娘と一緒のお出掛けを、面倒くさそうに考える陽太であったが、その時、この状況を待っていたかのように、一人の人物が声をかけてくる。

 

 

「話は聞かせてもらったッ!!」

 

 

 高々に叫んだそのセリフに同時に振り替える陽太とタンポポであったが、父はその人物の姿を見た瞬間、口を開けたまま硬直し、娘は瞳を煌めかせ、そして彼女は後光を背負って歩み寄ってくる。

 

「シャルは我が友。そして私は対オーガコア部隊の副隊長として、早期にシャルを治癒してもらうための努力をする義務がある」

 

 ―――紺色のブレザー―――

 

「また、そこにいるたんぽぽも、母のために何かしたいという意思を持っている。これはこの年頃の子供にすれば見上げた考えだ」

 

 ―――真っ赤なランドセル―――

 

「ならば、どうすればいいのか? 私は総合的な観点から、唯一の解を導き出した」

 

 ―――『四ねん二くみ ラウラ・ボーデヴィッヒ』と書かれた名札―――

 

「それは………私とたんぽぽで、買い物に出掛ければ良い! ということだぁっ!!」

 

 ―――赤いリボンがついたベレー帽―――

 

「……………」

「ラウラお姉ちゃん、かわいいぃっ!!」

 

 違和感なくフィットした小学生姿のラウラが、腕を組みながら決めポーズを取り、『ドヤァ?』と言わんばかりの表情で陽太を見るが、絶賛するたんぽぽの声に一拍遅れ、意識を取り戻してツッコミを入れる。

 

「待ったッ! 待った待った待った待った待った!!」

「待つ必要がどこにある!?」

「一から十まで待て! とりあえず、その恰好からっ!?」

 

 なぜ突然小学生のコスプレに目覚めたというのか?

 自分の部下である副隊長の精神状態を真剣に心配し始めた機動部隊隊長の困惑をよそに、ラウラは平然と言い放つ。

 

「ドイツの部下が外出するときに使う私服といえば、日本のトレンドはこれだ。と言っていたのだが?」

「断じて違う」

 

 例えば、首都の繁華街をブレザー姿の大人達が行きかいしてる情景を想像しただけで、この国の行く末が心配を通り越して絶望しかねないのだが、ラウラは全くそのことに気が付いていなかったのか?

 

「夏休みに入って大勢私服の人間が寮内にいたが、誰か一人でもブレザー姿でランドセル背負って出かけてるのを見たことあるのか? てか、ドイツの知り合いはお前をどこに向かわせたいんだ?」

「安心しろ。たんぽぽにもちゃんと届いているぞ」

「ええっ!? ホント!」

「ああ………たんぽぽの姿はこれだっ!」

 

 

 ―――五分後―――

 

 

「完成した!」

「わああああああっ!?」

 

 黄色い通学帽子、空色のスモック、そして肩から下げたカバン…………由緒正しき幼稚園児の姿のたんぽぽが、嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねる。

 

「……………」

 

 頭を抱える陽太であったが、たんぽぽは嬉しさのあまり、近くにいた女生徒にスマホでその姿を撮影してもらう。

 

「シャルロットママにみせてあげなきゃ!」

「アイツは喜びそうだが………って、そういうことじゃない!?」

 

 格好のことばかりが先行して流されかけたが、いままで頑なにたんぽぽと距離を置きたがろうとして、たんぽぽに間合いを侵略されてフリーズしてばかりだったラウラが、どうして急に一緒に出掛けようなどと言い出したのか?

 

「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」

「?」

「今までの私は一定の距離から観察しようと不必要に間合いを開こうとしたせいで、かえってたんぽぽの接近を許してしまった」

「??」

「だが私は昨日までの私ではない。不用意な距離が命取りになるというのであれば、いっそのこと触れられるほどの接近戦であれば、私が不覚をとることはない」

「???」

「相手の思考形態を見切り、次の行動予測を可能とすれば、私がもう翻弄されることもなくなる。そう、私の内に湧き立った、この浮ついた感情など消し去ってくれる!」

「………ごめん。お前の言ってる言葉を地球の言葉に訳してくれ」

 

 宇宙人を見るような瞳でラウラを見る陽太は、この二人だけで外出させることに圧倒的な不安を抱える。

 考えてほしい。軍事用語に関しては一流だが、普段の生活を見ている限り一般常識は見た目通り小学生同然………否、その年代の子供達からすら心配されそうなラウラと、嵐の五歳児のたんぽぽである。おとなしく買い物をして帰ってこられるというのか?

 

「(思えるわけない)」

 

 心配のあまり、自分が一人で行く。と主張しようとするが、ラウラは右手を前に出してストップをかける。

 その理由を彼女は冷静に言い放った。

 

「お前は今日は一日報告書整理だ。未提出分を含めて明日までが期限なのを忘れたか?」

「あああああぁっ!?」

 

 俺のバカぁんっ!? 頭を抱えて自分の所業を後悔するが、先に立ってくれないから後悔なのである。っというか、どうしてこう一々やることなすことに文章化を求めるのだと軍社会の常識に文句をつけたくなる陽太であった。

 

「すでに教官から外出許可は取ってある。早速出かけるぞ!」

「あいっ!」

「返事はJowohl Herr Unteroffizier(ヤヴォール・ヘア・ウンターオフィツィーア)だ!」

「やばいおらうーたん?」

 

 小学生と幼稚園児の珍妙なやり取りを目にし、書類の山よりも内心の不安の山に圧し潰されそうな陽太はポツリとつぶやくのであった。

 

 

「やっぱり誰かついていかせたほうが………」

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「ううぅ………たんぽぽぉ~」

「熱が引けばまた一緒に眠れるだろう?」

 

 箒に冷えピタをオデコに張られながら、弱ったシャルはたんぽぽのことが心配でたまらないのであった。

 

「ううぅ………箒?」

「ん?」

「たんぽぽの代わりに一緒に添い寝して」

「(熱が出ると甘えん坊になるんだな、シャルは)」

 

 友人の変わった一面を見ながら、ため息が漏れる箒であった。

 

 

 

 

 




次回

両巨頭、都会に立つ!?


さてさて、夏休みで賑わう都心で、無事におつかいを二人は済ませられるのか!?


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 50~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。