Fate/of dark night (茨の男)
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開幕挨拶
開幕挨拶 ※改訂版


どうもお久しぶりです。物語構成に苦悩している最中故更新がしばらく途絶えてしまいましたが、いつぞやの言葉通り改訂版を入れていく作業になりました。未完にしないように努めていきますが、その上での誤字脱字は教えてもらえると有難いです。またマンネリが続くようで心苦しいですが、向上を心掛けていきます。


ーー何処にでもありうるような御伽話。

かつて世界の何処かに聖者の血を受けて神秘を得た聖なる物々が在った。聖骸を包んだ布は信仰により主を信ずる者を護り賜う結界となり、神の子を害した槍は狂信により人類の支配者たる資格を得る救世の戦士の象徴となり、その神の子の血を受けた杯は崇拝により万物の願望に形を与える聖杯となった。

しかしそれら全てが今日まで現存しているとは言い難いまでに夢の又夢だ、流行りのものがある日忽然と姿を暗ましてしまうが如く。在るとしてもそれらは贋作の様な夢の跡でしかないだろう。

だがそれでも尚夢に焦がれた人間達は永きに渡りその空想を真実と語り続けた。

古の騎士団も、十字旗の軍隊も、世界を戦慄させた独裁者も真に受けて悲願の為に捜し求めたものの、遂に見出せずその真価を目の当たりに出来た者など誰一人として現れなかったというのに。

しかし、この真実は諦めに陥った者を生み出しただけでは終わりはしなかった。

 

“魔術師” ーー神秘探求の先駆けたる彼らはその奇跡を自らの手にて再現せんと試みたのだ。

 

その執念を以て幾百年を経て編み出した方法は略式になるが大方次の通りとなる。

 

まず聖杯機能の要である願望成就能力の再現の為に実際には土地それぞれの特有の神話に登場する類似する存在を模した事で、本物には程遠いのだろうがそれ相応の能力を持ち得た願望器を作り出す事に成功した。

次に、その願望機を機動させる為に必要不可欠な膨大なエネルギー量の魔力の生産方法としてある贄を決闘に用いるよう、儀式に組み込んだ。それは聖杯の導きにより選定された七人の魔術師に与えられる剣にして盾である最高級の使い魔。それは集合的無意識と社会学で呼ばれ、俗信でアカシックレコードと言い、魔術師達がその性質から仏教用語でアラヤ識と呼称した「 」という根源の渦の何処かに在るとされる英霊の座より招来した神話、歴史に記録された模倣。選出されたそれらーー否彼らは己が残せし伝承から所縁の深く、かつ業の深く最も適当な位格を授けられるのだ。

 

「最優」の剣士

「最速」の槍兵

「魔弾」の弓兵

「破軍」の騎兵

「暗躍」の魔術師

「策略」の暗殺者

「暴力」の狂戦士 そして

 

運命の魔術師達は彼らを供としてあらゆる手段を用い、最後の一組となるまで殺し合う。勝ち残った魔術師にその杯の奇跡を得られる、というものだ。

この儀式を通称して聖杯戦争とし、血塗れを同意の下に闘争は始められたのだ。

 

‥‥だがそれでも、それでも尚、その杯を以てしても奇跡を手にしたものは誰一人として現れなかった。

第一の闘争は勝者無き始まりの惨劇で閉幕した。

第二の闘争は聖杯の無力化で霧散してしまった。

第三の闘争にてある違反が後の火種となり、

第四の闘争は聖杯戦争史上最悪の災禍を産み落とし、某国某州都市部の一端を瓦礫の焦土と変えた。

これだけの悲劇を巻き起こしておきながら多くの魔術師は疑問を浮かべるどころか、気に留めることすらなく闘争を続ける所存であった。否、知りもしなかったからというべきか。罪深き血の河を産むその聖杯がかの違反によってその在り方を歪め、最早眠れる邪神の揺籃(ゆりかご) と化しているのだと誰も知らず。

 

‥‥しかしその悲劇は突然、次の世代達の闘争を節目に忽然とその姿を消し去った。

第五の闘争、それは悲劇に終止符を打つ鍵の物語となった。一人の少年を英雄にし、一人の少女に至福への道を示し、一人の英霊に心からの救いを与え、幾多もの犠牲の上、遂に。

 

そして第六の闘争にて聖杯は全て解体された。施行者は第四次の生還者と第五次の少年少女と従者。彼らの手により、かの混沌悲喜劇の作詞者は解体/殺されたのだ。奇跡への追求の道は潰えるが、真実を知る者達にそれは最早不要の代物。またあの惨劇を繰り返しかねないまま奇跡を我が手にしようなど絶対に成してはならないのだと決していた。

 

こうして永きに渡る聖杯を巡る闘争は幕を引き、歴史の闇深く葬られ静寂の底に沈んでいった。

 

ーーはずだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

追記.

 

開幕式を閉じる前に一つ言わなければならない。例えこの物語の顛末がどの様な終幕を迎えるとしてもこの悲喜劇は姿形を変化させてまた新たな書き手に紡がれる。その物語達が産まれ、讃えられ、潰えるのを繰り返しどれほどの年月が流れるかは定かではないが、語れることは唯一つ。

時系列で言えば最後の舞台は月の上だ。遠い未来、人類/我々の滅びが刻々と迫る時にこの活劇は再び幕開き、少々趣を変えられた闘争にこそ最も派手で惨たらしい悲喜劇は謳われるだろう。

 

ーーでは今度こそ物語を語ろう。

 

 

 



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何処かの誰かの

1.終焉の救済は

壱.⁇?

 

此処は素晴らしい世界だ。面白くて、楽しくて、輝いている。本当に興味が尽かない。しかし何処か残念であり、馬鹿げていて、そして退屈と絶望があって。これが現実なのだと考えると心底悲しくなる。

 

これが約束された地だと?これがかの理想郷だと?

悲劇にするにも足らない無為徒食の批判的喜劇の日常

喜劇にするなど言語道断の全てが絶望的な灰色の日々

矛盾 相対 相反する これが今の世界というモノ

 

良く言えば、面白味に欠けた檻の中の楽園

悪く言えば、汚れきった悪徳と罪業の町

最大の悪意をもって言えば、神々の玩具

最大の敵意をもって言えば、冒涜の溜まり場

 

もしかしてこの世界は人間を飼い殺す為の牧場なのかもしれない。

それこそ、いわゆる、人間の人間による人間の為の暗黙の了解か、それとも結局は脱しきれていない自然の摂理か。‥‥それは神のみぞ知ることだとしても、ホントに誰が決め、進ませ、望む末路があるのだろうか。

 

誰が悪で、誰が正義か もう分からない。

いっそのこと狂人を自称する嘘つきにでもなったほうがマシなのではないだろうか。

 

綺麗事に美辞麗句 醜悪事に悪口雜言

天使はおらず 悪魔はおりて

 

おお、我が主よ…

これがあなたの望んだ、産み出した光の末路か

 

だとすれば あなたはもう……




スマホは難しい…。 次もこのぐらいでいけるといいなあと思うばかり…。


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本編
災厄の再来


壱.イギリス ロンドン 時計塔

 

既に知っているかと思われるが、時計塔の地下深くには魔術師の魔術師による魔術師のための大学がある。だが、結局は名ばかりのご老人や箱入りの貴族っ子達の横領と賄賂の横行した巣窟のため、傑出した人物が現れることは例外を除けばまずほとんどない。(ちなみにその例外には死徒二十七祖の魔法使いに第四次聖杯戦争の生還者、蒼崎家のとある姉妹 等が挙げられる。)

 

それはさておき、先程巣窟といったがこの大学はそれと同時にここは迷宮でもある。困ったことに魔術は世界各国の神話や伝承、宗教や神学、果ては都市伝説などの迷信すら含めて収集すると恐ろしい数で存在する。それに相応してこの大学の学科の数も混沌的であるため、全てを把握している者はまず上級魔術師の中でも長く滞在していた者のみだろう。

…その広大な迷宮の何処か。とある部屋にて四十近くの男と二十歳に見える女が静かに言葉の交わし合いが行なわれていた。

 

「…ということが今現在魔術師の間で噂になっているようでして」

「何ということだ…」

 

美しい黒の長髪を流す女の伝えた言葉に対し、厳格な風格漂わす男はその事実を受け入れられないようで、頭を重そうに片手で支えて俯いた。

 

「あの“聖杯が再び現れた”、だと?」

「噂だけ、ではありますが信憑性はかなり高いかと」

 

男はそう返されると苦々しい顔で一瞬間黙り込んだ。目覚ましのために注いだコーヒーで口を満たそうとしたところにその報告がきたものだから、せっかくの一息が無駄になることも含め、過ぎたはずの厄災が戻ってきたという朗報に頭を悩ませるしかないからだ。

 

「あり得ん。あの聖杯は随分もの前に私達が解体したはず。再び現れるなど有り得ない。一体何故…」

 

更にその顔は苦悩に満ちてゆく。その様は命題を解かんと思考する哲学者のそれ故か、この上なく厳粛な様子だった。

 

「むう、まさかあの儀式が失敗だったというのか…」

「…話の途中なのですが、続けてもよろしいですか?」

「…と、済まない。続けてくれ」

「はい。それで、降臨の地は確かに日本ですが冬木ではないようでして」

「場所は?」

「東北と呼ばれる地方の某県に降臨したと噂されています」

 

女が至極冷静に、だが何処か悩ましげに告げた予期せぬ事実に男は、

 

「チッ…秋葉原近くに降りなかったのか、聖杯は」

 

そのような回答をした。 真剣に苦悩した顔で。

…何だろう。頭を片手で支えるその苦悩した姿は威厳があるのだが、何というか、その、口から

 

聞いてはイケナイ単語を耳にした気がした。

 

それは下の話のような卑猥な言葉でも、いわゆる冒涜の言葉でもない。どちらかと言えば、日本の土地名のような…うん、間違いだ。間違いだろう。間違いに違いない。

 

「え…と、教授?今のは一体…」

 

女は聞き間違えたのだろうと気を取り直して男に声を掛けた。

 

その声掛けで男ははっと我に帰って、

 

…欲しかったのだが。

 

「ああ、冬木ならばまだ良い。まだ近いし、それよりもあれの最新版の予約販売終了日までに仕事を…」

 

 

「ーー教授、それは一体何のことDeath?」

 

瞬間、危険を察知した男は今度こそは我に帰った。感情の無い殺気めいた冷たい声に心臓を掴まれた感覚に心底恐怖したからだ。

 

ーーあかいあくまを召喚してしまった。

 

そう思考した男はこれ以上はNGのようだと変に日本という単語に反応したことを後悔した。

 

「い、いやなんでもない。話を続けよう」

 

「…はい。それで、早急にでも欠席許可が必要なので、教授から上の説得をお願いしたいのですが、出来ませんか?」

 

ーーもう隠す必要はないだろう。(まあ、おおよその方は既に分かっていたかもしれないが…)

 

彼女の名は遠坂 凛 現在助教授候補者の上級魔術師

 

かの第五次聖杯戦争の勝利者

 

男の名は ロードエルメロイ 二世

 

かの第四次聖杯戦争の厄災からの生還者

 

ーー彼らが封じたはずのそれは今新たなる伝奇活劇として開幕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




遅くなりました。 また遅くなるかもしれないですが、(内容は既に出来てはいますが…) 次回もお待ちください。


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生還者の一時

壱.イギリス ロンドン

 

時計塔の地下迷宮大学の外。彼女、遠坂凛はとある店、いわゆる隠れ家喫茶にて優雅に紅茶を一杯、あの見慣れた赤髪の男と共に会話しながら嗜んでいた。双方気難しい顔で、だが。

 

「…そういうことで日本に帰る、と。はぁ、全くどうしてこんなことばっかりなのさ? …つくづく騒動に巻き込まれていないか、俺達?」

 

彼の名は衞宮士郎。第五次聖杯戦争の元セイバーの主。現在遠坂凛の従者。現在彼女の下にて修行と調教……もとい、再教育を施されている。(その理由は後々に……出来れば察して欲しい。)

ロンドンのとあるお嬢様の屋敷で執事の勤務を先程終えた所を師匠である彼女に急遽呼び出しをくらい、来てみればまた日本へ帰ると聞かされ、何事かと問えば記憶の奥底に閉まっていた災厄が舞い戻ってきたという返事だったがために、一度剣呑な顔をすると同時に「なんでさ」と重そうな溜め息を吐くのだった。

 

「否定はしないわ。眉唾な話の類だったけど、変に広まってしまうのも時間の問題以前にまで膨れてしまっているのよ。一応、あのプロフェッサーが率先して上部の力を借りてある程度には抑えて貰っている。その間に事実かどうか調べることが出来るのは一部を除いても私達ぐらいだったのよ」

 

衞宮士郎の愚痴に対して遠坂凛は同意を示す。同時に飲み終えたティーカップにまた濃い橙色を再度注いだ。

 

「だとしても噂されている程度のことで何でそんな許可を貰えたのさ。デマかもしれないだろ?」

 

「その可能性もまだ否定出来ないのは確かだけど、私は事実だと思う」

 

見てもらった方が早いわね。と、彼女はおもむろに袖を捲って右腕の白肌を晒した、其処に

 

其処に、赤く刻まれた三画の槍を模した入れ墨が腕の一面を覆っていた。

 

「令呪⁉ そんな、まさか…」

 

見覚えのある紅色と、わずかながらに感じる魔力の波動。彼にとっては懐かしい悪夢の残滓だ。

 

「本物だと断言するわ。魔術刻印にしては根本的に違うし、たとえ恨みを持った何処ぞのイタズラだとしても上出来過ぎる代物。一応、これに呪いの類は見当たらないわ」

 

「本物、か……」

 

一瞬間、静寂が辺りを支配した。 しかし、その程度では黙り込む彼らではない。

 

「……後戻りは出来ないが、いいんだな?」

 

彼、衞宮士郎は既に覚悟した眼差しを彼女に向けていた。

 

「ええ、どうせこの招待状(れいじゅ)を渡された以上、否が応でも私達は聖杯戦争に赴かなければならなくなったわ。でもーー」

 

彼女、遠坂凛はその眼差しに自信の込もった微笑みを、だが何処か悲しそうな顔で返した。

 

「私達にとっては望んでいた奇跡(うそ)には違いないかもしれないかもね」

 

 

 

 

Fate/of dark night 01

 

 




急展開済みません、 又遅くなりました。 前書き更新しました。
次回も楽しみにして下さい。

誘惑に無惨に散った……


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それが、日常(普通)の

壱.日本 東北の某県の何処か

 

「だとすれば、あなたはもう、もう……」

 

PCのキーボードを細やかに打つ静かな音が次の瞬間、止んだ。 …次に続く言葉が思い浮かばない。何も、何も。思考の停止、だ。

あ、慌てるな、待て。少しでいい。今はアイデアが来るのを待て、待つんだ…。

 

………ダメだ、思い浮かばない。…? いや、だが、だが代わりに何かそれらしい言葉が、

 

「ーーあなたを、犯人です」

 

違う違う違う違う! これじゃあない! 俺の求めているのはこれじゃあない! ええい、去れ!邪念!…何か、何かいい言葉は……!

 

「むしろ空白でいいーんじゃない?」

「………へ?」

 

今度の俺は、聞き覚えのある少女の声に思考を停止した。

 

「だからぁ、あえて空白にしとくのよ」

 

その声のある横に振り向けば、そこには可愛いらしい顔した黒髪のポニテ少女がいた。

 

「…ノゾミ、一体いつからそこにいたんだ?」

 

「珍妙な恥ずかし言葉を放ってた前から」

 

「まじでか………」

 

妹に小っ恥ずかしい所を観られて羞恥の念にかられて顔を伏せたのだった、まる。

 

 

 

 

 

 

…ええと、紹介の前にお見苦しい所を観せたことを謝罪したい。

本当に申し訳有りませんでした。全くの説明も無く進めたのも含めて済みません。

 

では、改めて。どうも初めまして。

俺の名前は幾ノ瀬 光一(いくのせ こういち)

どこにでもいるであろう成人男性一歩手前の境界人だ。

現代、神話の人物や獣や神、果ては哲学用語からの片仮名名前にうまいこと漢字を当てる親御さん方が急増している最中、至って普通過ぎてマイナーな名前なのが何か妙に気後れするのが今の所の悩みだ。

しかし、だからと言って俺はこの名であることを悔やんだことはない。まあ、言葉も理解出来ない幼い頃にそんな名前付けられても大きくなってその名前を付けられた理由を知ったも困るだろうから別にいいのだが。

 

「で、どう? 私の案は?」

 

で、さっきから自分の案を推すポニテ少女は幾ノ瀬 希望(いくのせ のぞみ) 俺の妹だ。

可愛いらしい奴だが、こいつは俺のデカ過ぎる悩みの種だ。普段はそんな気になるような行動は取らないのだが、何か、…イケメンとか、イケメンとか、イケメンとかを目にした途端、こいつは突然正気を失うのだ。おかげでどれだけの迷惑を生んだことか。変に報道機関に取り上げられなかったことが奇跡だ。神様仏様、ありがとうございます。

 

「あー、うん、良かったよ。ありがとさん」

 

実の所、俺は既に社会人の身だ。地元高校を卒業後、親の許可を得て自営業を始めている。無論、非合法なものではないので安心して聞いてほしい。

営んでいるのは小さな民宿だ。場所は…これまた親に頭を下げてそれに関する責任を全て負う形で、昔祖父母が暮していたという小さな日本屋敷を貸してくれた。そこは同時に俺の住処でもある。

とは言えこの屋敷、貸してくれたのは本来父さんが売却しようとしていた所を、「まだあまり中を片付けていないから、それを代わりにしてくれるなら」という条件付きで売却を止めてくれたのだが、初めて来た時の屋敷の中はまさに“幽霊屋敷”だった。ひどいよ父さん。

今でこそ綺麗にされているが、部屋だけは使用していない所は今も幽霊屋敷の面影を生々しく残している。(あまり人に見せたくない。評判が下がるのは困るから。)

 

「あっ、そうだ忘れてた! にいちゃんに言わなきゃいけないことがあったんだ!」

 

と、突然妹は思い出したように声を上げた。 ああ、それがここに来た理由か。で、面倒なことならとっとと部屋から出てくれな。

 

「いやいや、それはないから。仕事の方の話だよ。実は明日、久しぶりにお客様がくるんだ!」

 

 

 

こんなやりとりが俺の知る限りの変わらない日常/普通の世界の姿だったのだ。

 

 

 

 

Fate/of dark night02

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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日常崩壊前

壱.東北 某県 ⁇⁇市

 

今現在、日本の季節は春から夏へと移り変わるちょうど境目の時期、"この町”の優しい自然の緑がより一層輝き始める光景は未だ多く残っている日本屋敷が独特の文化を何処か漂わせている。…そこに少しばかり背伸びをする建築物(ビルディング)達がなければより良いのだが。

この町”の風景を絵にするには現実なのだが、あまりにも戯画的に好ましくないが、それはそれで見る価値のある光景だと思える。

そのような風景を一望することが可能な場所、…この町で一番高いビルの屋上に無断で立ちいる二人の男女がいた。

 

「……何というか、現実なのに現実(リアル)だと思えないわね。だだっ広い草原にビル群が建てられた感じが嫌と言うほど臭うし、何よりここは本当にド田舎過ぎるわ」

「…そうか? だとしたら冬木の辺りと似たようなもんじゃないか」

 

それは違うわ。と、女は言葉を返した。

 

「似ていることは否定しないけど、それでもここはここ、冬木は冬木よ。ただ田舎を漂わせているかどうかの違いだけど」

「それはさすがに差別じゃないのか?」

 

余りにも辛く断言する彼女に男はやや反論地味た言葉を返した。

 

「……まあ、言い過ぎたかしら。けど、これだけの自然を見せつけられたら地元と比べてしまうわ。冬木(あっち)は自然があると言えば情け程度にはあるけど、都会成分が強すぎるから」

 

それでも便利に越したことはないけど。と、彼女は付け足した。

 

「さてと…それで、どうだった? この町で拠点に出来そうな宿かホテルはある?」

 

女の問いに対し、男は少し困り顔になりながら答えた。

 

「……一応は。中々の条件だよ。けどなぁ」

 

言い籠る男に女は少しばかり疑問を覚えた。

 

「先客がいる。一人だけ、みたいだが…」

 

「その程度ならいいじゃない。別に魔術を知らない団体は欺くぐらい簡単よ。封印指定級の魔術師じゃない限りはいけるでしょ?」

 

「……だといいんだけどな」

 

 

 

 

 

 

 

弐.同時刻 同所 幾ノ瀬の家

 

「色白ならぬ色黒の童顔イケメンっ……アジア系イケメンよろしく東南系イケメンとかマジでいいじゃない……‼」

「やめてくれ、頼むから。何も心配したくないから、何もするな」

 

先ほどから不審に、どこぞの有名人(アイドル)を直近で見てきたような妹の興奮ぶりにドン引きながらも、放っておけば間違いなく何かしでかしかねないため大いに釘を刺す俺だった。

 

だって人には言えないほどの赤っ恥の前例があるもので、もう。

 

久しぶりに来た今回のお客様は妹の報告通りの二人ではなく、予約をしていない急用のインド人だった。(一人で観光旅行に来たのだとか。) 一応成人男性だとは言っていたが、どうにも怪しい。この島国の人の肌色もそれはそれで目に行く違いだったが、それよりも彼が何処からどう見ても中学生ほどの身長しかないことの方が目に行った。更に付け足すならば、彼はあの狂った妹の供述通り、童顔だ。もし年齢詐称(十才未満〜十代前半)をされたら俺は絶対に見抜けない自信がむしろある。

しかし、それでも何とか話をしながら気付いたことがあった。

 

彼は生粋のヒンドゥー教信者だということだ。

 

「僕が信仰しているのは主に秩序神(ビシュヌ)なんですけどね」

 

華奢な彼が優しい顔で語ってくれたことを鮮明に覚えている。

 

ヒンドゥー教、通称インド神話とは我が国日本の信仰の一つ、仏教の源流だ。

開祖は言うまでもなくかの生き仏釈尊。その波乱の生涯に関しては割愛させてもらうが、なんでも彼は秩序神ビシュヌの転生の一人なのだという。

しかし、伝説は伝説。その故郷(インド)では彼の教えは実は無神論に当たるため、転生(アバターラ)の一人として数えない人もいるらしい。

存在は認めるが、かの秩序神の転生ではない。…という感じだ。

何ということか……と、しまった。回想にふけっていたようだ。が、まあいい(良くない)か。とにかく、今回最初のお客様、名前は……

 

「ああ〜、アシェカ・ビシュバーさあん♡ もうインドったら素晴らすぃ〜逸材を見逃してぇ〜もお〜」

 

……そろそろ鉄拳制裁にてお前を制するが良いかね? いい加減言葉で止めることに面倒臭さを感じ始めたのでね。

 

「おねがいだからそんなことしないでお兄ちゃん! でも駆け落ちぐらいは許してね!」

 

だから何をする気だお前は。やめろ、絶対に何もするな。とにかく……おや、誰か来たようだ。何だか今日はやけに泊まりに来るお客さんが多いな。よし、妹者よ迎えにいくぞ。

 

「はいはいりょーかいりょーかい。あとそのネタやめて」

 

この時俺は気付いていなかった。何処か遠く高い樹の上から俺達兄妹を嫉妬にも似た眼差しを男の存在があったことを。

 

更にこの数時間後、俺はこの未来永劫不変のまま時を過ごすであろう日常の世界から瞬く間に異形達が踊り狂う世界へと転落し、理由も分からないまま逃げ惑い、長いこと彷徨うことになるなど知る由も無かったのだ。

 

 

 

Fate/of dark night03

 

 

 



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早すぎな閑話休題的出来事

壱.幾ノ瀬 客室 (元茶の間)

 

今度こそは妹の報告にあった予約したお客だったと確認出来た。やって来たのは夫婦……というには、いや、何だか新婚旅行でやって来ましたと言わんばかりにLOVEオーラ隠し切れていない、というかむしろ満開で、だが同時に「長年もの間二人で人生を駆けたことが一番の幸せです」とでも語りそうな熟年の夫婦の如き男女だった。

 

女性の名は遠坂 凛 という。長い黒髪に青い瞳が印象的な、俺としては「美しき赤き炎の女王」とでも例えるべきだろうか。既婚者であることは確認するまでも無さそうだが、実は既に十歳になる子供がいる(⁉)そうだ。俺と妹の目には二十代前半、下手をしたら二十歳になったばかりにしか見えない程若い。若過ぎる。

 

男性の名は遠坂 士郎 という。彼が遠坂 凛さんの夫だ。元々別の名字だったそうだが、深入りに聞くことはしなかった。赤みの強い短髪が一番印象的で、(妹曰く) かなりの……一部の男前すら裸足で逃げ出すような美形だ。(俺? いや、もしイケメン戦争なるものがあったとしてもまず規約的にリングにすら上がっていないからな……うん、誰かは分からないけど 御免。)

 

……で、ここまで至極かしこまった(?)説明をして誤魔化していたのだが、

 

「あぁんぬぁのォにいぃ‼」

 

頭に両手を当て絶望のポーズをしてまるで取り憑かれかのように憤怒の咆哮を上げ続ける赤き悪魔大公(命名 by妹) と、

 

「お、落ち着け遠坂! 悪かった! 俺が悪かったからさぁ!」

 

それを慌てて鎮めんため彼女の理性を呼び戻さんと声をかけ続ける赤い髪の従者。(実質的に現在の状況の一因だが。)

 

今現在、俺と妹の目の前には先程得たばかりの情報(イマジン)をド華麗にBreakしてスクラップにしていく光景が広がっていた。

 

「あああああああああああああーーーー‼」

 

「戻ってきてくれ遠坂ーーーー‼」

 

 

 

「……どうしようこの状況」

 

〜一時間前〜

 

この惨状の発端はこの方、遠坂 士郎の一言だった。彼女、遠坂 凛の唐突に始めたとある話に対してかなりの苦労があったんですねえ。と、幾ノ瀬が答えた際に彼が

 

「……まあ、あの頃に比べればそりゃあまだマシ…」

 

「ええ、そうよね。ホントによ。全くもってあんなのに」

 

突然その言葉に反応した彼女は何故か少し俯くと、

 

「あんなのに。あんなのに。あんなのに、あんなのに、あんなのにあんなのに」

 

彼は後悔した。彼女、遠坂 凛には触れてはならないものがあることをすっかり忘れて閉まい込んでいてしまったからだ。

 

「あんなのに!あんなのに!あんなのに‼ あんなのに‼ あぁんなぁのぉにいいぃ‼」

 

トラウマ兼逆鱗たる心の古傷に触れてしまったらしく、謎の呪詛を最初は呟くように吐露し始め、段々声の声量を上げるとヒートアップして遂には顔を上げて絶叫するように発狂してしまったのだ。

 

「と、遠坂⁉ 一体どうした⁉ とりあえず落ち着け!何を思い出したんだ⁈」

 

大方の理由は一部の方々は知っているあの某愉快型迷惑犯(人外)ことなのだが……まあ、仕方のないことなのかもしれない。

 

〜そして現在〜

 

「ハァ、はぁっ、くっ……アレは思い出すだけで、もう……」

 

「……ホントにごめん。アレは俺、忘れてて…」

 

……とりあえずは落ち着いたらしい。いや、本当にすごいものを見せられた。色々と恐ろしい意味でだったが。

 

「ええと、も、もういいでしょうか……?」

 

「あっ……いっ、いえすみませんでした。大変見苦しいところを晒してしまいましたね」

 

うん、大丈夫だ。しかし、あの時かなりの憎しみを込めて連呼していた“アンナノ”とは一体何のことなのだろうか…?

 

「発狂した理由は気になるかもしれないが、出来れば詮索をしないで……いや、むしろ忘れてくれ。無理そうだが是非とも忘れてほしい」

 

さっきは大公様を鎮めるために多大に精神を削ってしまっただろうに、今度はこちらを気遣いしてくれて本当に有難う御座います。

だけども今回のことは次の日忘れられたらむしろ奇跡だと思います。神様の存在を一気に認めるでしょう、ある意味。

 

……そんなこんなで一騒動あった後、すぐに遠坂さんがこほん、と咳払いすると、

 

「ではーーー話を戻しましょうか」

 

一段落したこの部屋に真剣な口調が静かに響いた。

 

「確か、今回泊まる部屋を一ヶ月程借りたい、ということでしたね?」

 

さて……と続けるにはかなり離れてしまうが、実はこの二人、今回泊まる部屋を暫く使わせてほしいと俺達兄妹に申し出たのだ。

いきなりな申し出だった故に反射的にお断りしようとしたが、その前に「ああ、忘れてました」と、言わんばかりにこの大きめの卓袱台の上に恐ろしく分厚い札の束を一つ(間違いなく百万はある⁉)、戸惑うことなく置いたのだ。

……その時にあの殺伐とした空間を生み出し、小1時間程どうしようもなかったのは別の話だが、今はもう関係無い。

 

「料金は何割増しでも払います。どうかお願い出来ませんか?」

 

俺の経営する民宿は少しばかりの狭さ、風呂は最低限の設備のみ、朝夕の食事は別料金……等、お客様にかなりの制限をかけた上での驚きのお値打ち価格を提供している。

これに乗るかどうかはお客様が決めることだが、だからと言ってここは簡易なホテルではあるが、住み込めるアパートではない。長く泊まるとしてもここでは最高で一週間前後だ。不法占拠とまではいかないだろうが、その願い出は (次が何時来るかは今の所不明だが。) 他のお客に多大な迷惑へと成りかねない。

 

「……追加でも最高で一週間までです。それ以上は伸ばすことは無理ですので、それは受け取れません」

 

俺は結局、「否」と答えた。些か目の前の厚い欲望に目が暗んだが、こちらの決定を聞いてもらうしかない。

 

「そうですか……分かりました。…士郎」

 

諦めてくれたかと思った矢先、遠坂さんは士郎さんに呼びかけて……ま、まさか、実力行使という名のアレか⁉

……そんな俺の当て外れな思考を余所に、士郎さんは今回のために持ってきたであろうおおきな旅行鞄に手を伸ばし、中身を少しばかり漁るとそこから出て来たのはーーー

 

「……え? 肉じゃが?」

 

よく見る角の丸まった四角いパッドに入れられた一見普通の肉じゃがだった。

既に熱は無い冷たい状態だが、何故だろう、無性に食べたくなるような誘惑の色を放っている。

 

「まあ、まずは食ってみてくれ」

 

士郎さんは一度食してみるよう促してくるが……さて、どうするか。

(期待はしていないが) 何かしらの援護射撃を頼もうと妹の方に顔を向けると……予想通り、出された肉じゃがよりその後ろの士郎さんに熱い視線を送っている。既に陥落されていた。(自滅とも言う。)

おいバカやめろ。士郎さんが苦笑して困っているだろうが。後、それが関係あるのかは分からないが、何だか彼の隣の遠坂さんがまるで人を殺せそうな眼光をーー俺達にではないようだがーー放たれているから本気でやめろ。

 

「ああ、なんて素敵なんでしょう……あだっ⁉」

 

とりあえず、この馬鹿に脳天チョップを食らわせた俺は悪くないはずだ。

 

「うちの愚妹が本当に済みません。で……いいんですか、これ?」

 

 

 

 

この後、結果的にはその肉じゃがを食べることとなったが、一口入れた時に俺達の舌に電撃が走った。無論、驚きの意味で。 これがお袋の味って奴か……。

俺はこの交渉に負けはしたが後悔はしなかった。

今回のケースは未対応な部分も見受けられるということで、実行した場合どうなるのかを調べるため、連帯責任による実験ということで話を閉めた。(ちなみに料金に関しては割り増しせずに一ヶ月分、後々まで返金しないという形で決着はついた。)

 

肉じゃが、美味しかったです。士郎さん、ご馳走様でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




大変遅れてしまいました。書き溜めを行っていたらこんなに…… それはそれとして、次回こそ「運命の夜」的展開です。お楽しみに。


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彼の者の前に立つ闇の名は

壱.幾ノ瀬 ⁇?

 

今日は本当に疲れた。今回来たお客三人の内二人、遠坂夫婦は強烈な人物達だった。あれが彼らのいつもの地だというのならば一体普段からどんな暮らしをしているのだろう? プライバシーのこともある為、あまり簡単に聞くのもどうかと思うが……気になる。

最初のアシェカさんも然り、この商売をやって(まだ半年も経っていないが。) いると時々TVに出る有名人顔負けの人々がやって来るなんて思いもしなかった。……あんまり続けて来られるのも困るのだが、しかし、このドキドキが何処かそれを求めているのだ。

 

さて、回想はここまでとして現在夜中11時半だ。明日学校の妹は就寝中。学生と言えど結構お早い時間だ。しかし、理由はそれだけではない。先ほど言った通りかなりの賭けだが、今回のような客がやって来ることは珍しくない。それにはつまり……イケメンもこんなところに来るということだ。

また暴走しそうで面倒だ。あの妖怪イケメン置いてけ。

(因みに俺はそのフラグーー妹が建てる寸前にーー幾度となく折ってきたが、それでも夢の為立ち上がるあいつの精神的耐久力は恐ろしいものだ。例えるなら、どんな状況下でも仮死状態となって何十年も生き続ける極小の不死身クマノミが適当だろうか。)

 

そう言えば、何時だったか“お前なら学校という場所で甘酸っぱい青春なるものを味わう事が出来るはずだろう?” と、聞くと

 

「そのための学び舎のイケメン達は既に他が購入済だったのよぉ」

 

……と泣きそうな顔で言っていたが、だからと言ってこちらでの夢追いに切り替えるのも如何なものか。

 

さてさて、何故か本来話そうとした事柄から脱線してしまったので戻るが、現在俺は未使用の部屋の掃除と整理に向かう途中だ。

前にも言っていたと思うが、この亡き祖父母の屋敷はそろそろ売られそうになっていた所を俺が父さんに自営業の為買うか借りるかを迷っていると相談した時に貸すことが可能だと渡された屋敷で、その時言われた所有権の持続条件の一つとして『屋敷内の清掃と物品の整理』を言われたのだ。

一見簡単のようだが、この小さな屋敷は意外と広い。数人ならまだ増しなものの、一人二人程度では辛いものが有り過ぎる。値は張るが業者を呼ぼうとも考えたが、それでは父さんが無償で貸してくれた意味がなくなると感じ、渋々その条件を飲んだのだ。

あれから暇があればそれを掃除のために捧げ続け、あまり広くない屋敷の無駄に広い回廊を含む全十部屋中の内六部屋を使用可能にし、更に三部屋を清掃完了。物品の整理を後回しにして残りの一部屋でいよいよ最後となった。ここさえ終えればこの広い屋敷の清掃は完了。後は使用可能なここには必要ない品々を父さんに送りつければいいというわけだ。

そんなわけで俺はその最後の部屋の中へと進む為、扉のドアノブに手を伸ばすのだった。

 

 

ーー愚かだった。屋敷に初めて足を入れた時にも思ったが、ここはもしかして妖や幽霊の類が住み着いているのではないかと考えてしまう程放置されていたが、この扉の奥にはそれらなどちっぽけな小物どころかただの幻想の存在としか思えなくなる程の恐ろしい異形の存在が閉じ込められていたのだ。

俺はこの時、やはり今日は疲れたから掃除は明日の朝にでも回そうだとか、駄目だ怖くて入れやしないよとだとか、とにかくどんな理由でも構わないから自分を説得してその扉の前から立ち去るべきだった。絶対にその扉の先に進むべきでは無かったのだ。

覚悟だとかそんな感情的で愚かしく蛮勇な決意なんてものを抱かなければあの馬鹿げた法則と古臭い非常識で構成された何処ぞの神話の如き世界へと転がり落ちることもなく、ただ平穏で停滞した世界で人生は素晴らしいのだと呑気に語る仕合わせ者のまま安らかに命を終えたのなら良かったというのに。

だというのに、俺は何も考える事無くその禁忌の扉の錠前を解いて開いてーーー。

 

 

 

 

 

弐.幾ノ瀬の民宿 二号室

 

ーー深夜。月が蒼く輝くかのような冷気を漂わす静けさが舞う頃、幾ノ瀬兄妹の営む民宿のとある一室に遠坂夫婦はいた。

部屋の中は窓にある閉めたカーテンの隙間から弱々しい外からの明かり以外光源は他に無く、薄暗い。……いや一つ、淡い光が見えた。

光源は……あの二人からのようだ。そしてその微々たる光が輝きをまた少し、また少しと増すごとに遅遅しいリズムの衣擦れの音が無機物に響いてきた。

 

「ーーーんふぅっ、はんぅっ……」

 

よく見ればこの二人は今現在その身体の色が肌色のみで構成されているようなーー……否、間違い無い。ほぼ裸だ。

衛宮は下は青いジーンズだけの上半身裸だ。筋肉質な胸板や逞しい腕、童顔であることを除けばまるで命の色を持ったギリシア彫刻のようだ。対する凛も下半身を除けば一糸も纏っていない。胸の蕾は彼女の長い黒髪を退けてしまえば露わになってしまうだろう。そしてその下半身に焦点を合わせると、足は細かい刺繍の施された黒一色のストッキングに、それに繋がった腰の、これまた黒のレースのガーターベルト。唯一秘部を隠しているのは艶めかしいが故に獣の欲望を渦巻かせるようなデザインの凝った薄い下着のみだ。

その姿は愛に生きようとした古の女神にも、男の精を干からびて死に至るまで吸い尽くす女夢魔(サキュバス)にも見えた。

ただ仰向けに横たわる衛宮に凛が己の全てを愛しい母親へと向かう幼子の如く委ねてしまうかのようにその上に腹這いに乗り、互いの手を重ね、そして強く握り合い、逃がさぬように脚を絡ませ、互いの唇を重ねるーーどころか

 

「んん……んふぅ……はんぅ…」

 

互いに舌を奥底まで絡ませるような濃厚な口付けを交わしていた。既にこれ以上の描写が許されない行為を勢いで行ってしまいそうだ。

 

……しかし、その心配は必要ない。彼らは完全に色の欲望のままに駆けている訳ではない。その証拠に、というのも遅いが先程から彼らの肩からゆっくりと光を放つ何かがある。……それは魔術を“根源に至る為の学問”として捉えている、あるいはそう知っている者であればほとんど常識である魔術刻印だと理解出来るだろう。

彼らは今現在、互いの回路(パス)を接続し、魔力を通して繋がりを強化しているのだ。

その方法は最低でも互いに肌同士を接触させていることだが、その中で最も良い方法は……粘膜による接触。

つまり、あの命を宿す行為のような接続か、もしくは先程のキスによる接続が回路(パス)を繋ぐ最も効率良い手段なのだ。因みに、ただ効率性で見るならば前者の方が一番優れているのだが……。

 

やがて凛がゆっくりと身体を起こしながら顔を四郎から離すとその白魚の肌をした腕で口元の濡れたように付いた唾液を拭った。

 

「……終了、と。じゃ、退くからまだ動かないでね」

 

凛が絡ませていた脚を解いて退け、布団の横に座ると四郎は続いて上半身を起こすと伸ばした足を組み、胡座した。

 

「うん、異常無し。回路の接続状態も良好ね。これなら高機能(ハイスペック)な規格外サーヴァントを……例え間違いで狂戦士を呼び出したとしても問題無いわ」

 

凛は念に念を入れた確認を済ませると、脱いだ際に畳んでおいた服を広げて着始めた。

 

「……今更だけどさ、これなら前みたいに肌を触れ合わす程度でも良かったんじゃないのか?」

 

次いで同じく羽織り始めた四郎はふと思い出したように言った。

 

「それはそうよ」

 

当たり前の話よ。と、凛は付け足して返した。

 

「でもね、それだと繋げるには十分だけどそれは強引に断ち切られることには耐えきれないの」

 

そう淡々と語り続ける凛は既に上半身に高級感ありつつも清楚な白いシャツを羽織り、ボタンを一つ一つ丁寧に留めている最中だが、その姿にすら雅を匂わせる。

 

「それに、あの頃の私と四郎はお互いに体を許した関係な訳ないでしょ? 第一、そんなこと恥ずかしいとか言う前に、欲に任せて私を襲うなら問答無用で死ぬのも億劫になる辱めをやらせてもらうしね」

 

「……マジか」

 

四郎は少し恐怖心を覚えた。まあ、過去その頃、彼自身そのようなやましい気は持ち合わせてはいなかったのだが、IF、変な気を起こして彼女を押し倒してしまっていたらーー想像もしたくない。あかいあくまの制裁が以下ほどのものか知らない者にはむしろ語らない方が救いとなるだろう。仕える者としての意見だ。

「……ところで、召喚する為の触媒は大丈夫なのか?」

 

四郎は自分から振った話だったがすぐに変更することにした。

 

「ええ、今回は槍兵狙いよ。神話が正しいなら最低でも騎兵としても呼び出せるはず」

 

そして自信溢れる笑みと共に力強く言った。

 

「私が呼び出すのはトロイア戦争の英雄中随一の駿足の男、アキレウスだもの。負けるはずがないわ」

 

 

 

Fate/of dark night 04

 




遅れました……と、とにかく次回、英霊召喚です! お楽しみに。


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再・運命の夜

壱. 幾ノ瀬光一 ???

 

九つの部屋を除いて、この部屋は最悪だった。

 

古風で錆の多い鉄鍵を使って開けたこの日本屋敷ただ唯一の場違いな西洋扉の向こうは、先さら一筋の光も見当たらない暗闇だった。

夜中だったこともあり、俺は数割り増しの恐怖で背筋が凍りそうだったが、怖じ気ずに装備した懐中電灯の光で照らし出されたのは一面薄い雪のように積もった灰色の埃の狭い平原だった。踏み込めば最後、間違い無く全身は埃塗れとなるだろう。

また時間が掛かりそうだ、と溜息を一つ。……しかしその程度ならいくらでも、こいつの前には意味が無い。持ってきた文明の利器、掃除機を起動させて埃の駆除を開始した。

 

 

 

 

弐.遠坂夫婦 二号室

 

「……良し、こんな感じかしら?」

 

同時刻、遠坂夫婦は英霊召喚のための仕上げを行っていた。先程の蒸れるような愛(汗)に濡れた敷布団を畳んで押入れに投げ込んだり、その他様々の邪魔な物を片付けるとすぐ様召喚儀式の準備に移った。

 

「凜、護符とかの配置終わったぞ」

 

「そう、ご苦労様。こっちもちょうど終わったわ」

 

現在彼らが行っているのは目当ての英雄を確実に引き当てるための準備、言うならば簡易的な祭壇、つまりは簡略化した儀式場の用意というべきだろう。

 

実の所、英霊の召喚を行う為に場所にこだわる必要はあまり無い。勿論、優れた霊場や龍脈の流れる土地を選ぶことに重要性は確かにあるが、それを度外視したとしても……まあ、かなりのリスクを伴う大変危険な賭けとはなるが、魔術の知識に基づき、召喚の為の膨大な魔力量の確保、余裕があれば触媒となる遺物等を用意出来てしまえば殆ど準備は終わったようなものだ。

しかしそんな危ない縄橋を渡ろうとする人間は大抵は魔術の知識どころかその存在すら全く知らない素人以前の愚か者か、嫌が応でも危機的困難な状況を打破しうる方法があの御都合主義の救世主(デウス・エクス・マキナ)たる者の乱入のみという決断による理由がほとんどで、成功例は……後々の展開や末路にさえ目を瞑れば多々ある。(因みに、過去に衛宮士郎は大方前者の形、更には詠唱無しに偶発的にだが英雄の召喚に成功している。)

だがそうは言うものの、例え召喚準備がどんなに最良の状態だろうとその危険性が薄まっただけであり、無くなったとは断言することは不可能だ。詰まるところ、これは魔術師としての実力は言うまでもなく問われるが、同時に運の実力も試されているのだ。

 

「後は……儀式をするだけか」

 

そんな万全を期した彼らの目下の問題は……召喚を行なう人物だった。

 

今回英霊召喚の権限の象徴、令呪を獲たのは間違い様も無く彼女、遠坂凜だ。彼女は嘗て聖杯戦争に望んで参加した者の一人だった。彼女がその戦争から生きて帰還出来たのには幼少より身に付けてきた八極の極意、優柔不断に陥ることの少ないさっぱりとした性格、そして魔術師として大変優れた技量と技術があった。英霊を従わせるには十二分の実力の持ち主なのだ。

しかし悲しい哉、彼女は優秀な能力を活かせず、否一時的に封じてしまう恐ろしいファンブル体質なのだ。

 

命名「UKKARI」 これにより彼女は大抵の場合、常に「イチタリナイ」状態が、それも重要な場面で巻き起こすのだ。彼女の場合、大体は微笑ましいことが立て続けに連鎖するのだ。

……きっと彼女は(※ある意味) 運命(ダイス)の女神に愛されているのだ、多分。

(もっとも、本人としては笑い事では無い。)

 

「後は成功すると信じるだけ……うん」

 

そんな不安があの愉快犯の声で囁いた気がしたが、彼女はすぐに振り払って集中を始めた。

 

「後、二分ね?」

 

……もうすぐ運命の夜の刻限に至る。その時此処に顕現する存在は天使か悪魔か、はたまた死神か。四方に配置された光灯す燈台の真中にある、畳床に敷いた継ぎ接ぎの巨大な羊皮紙に鮮血で描いた魔術陣が深い奈落の入り口のように幻視した。

 

「すぅーー……ふぅーー……」

 

深呼吸を一つ。緊張する理由は分からなくもない。これは召喚の儀式が何度も経験する類の試練では無いこともあるが、彼女には初めての召喚の際、ある一つの失敗を犯している。その時はそのまま運用するには無問題で済んだが、極端に、特に武勇や武器が著名な人物がそのような状態に陥った場合、恐ろしい程不利に働いてしまうのだ。

そんな厭な懸念が頭を過るが、刻はゆっくりと、そして迅速にして冷酷に経ち過ぎてゆきーーー

 

参.儀式開始

 

遂に時計の針は運命の刻を指し、

“そして魔術師達の召喚の儀は幕開いた。”

 

「閉じよ閉じよ閉じよ閉じよ閉じよ

(みたせみたせみたせみたせみたせ)

繰り返す都度に五度。ただ満たされる時を破却する」

 

令呪を刻まれた腕を円陣に向けながら、凜はあの聖杯戦争に身を投じた頃の嘗ての自分を微かに思い浮かべながらその召喚の言霊を発し続けた。

戦う理由は、この狂った闘争を再度封印する理由はただ一つ、それはーー。

 

(私には、やらなくちゃいけないことがまだあるんだから……‼)

 

その顔に負の感情は一切刻まれていなかった。

 

 

 

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師????」

 

遠い昔、救世主が生誕した国の大地の地下深く、白銀の髪を流すうら若き女が感情を、抑揚すらも込もっていない冷たい口調で唱えながら己の右手の甲に映える両刃斧を模したような令呪を虚空に、自身の身体と垂直に掲げる。

我が主を崇拝してきた彷徨の民の彼女は今も尚この聖なる地の所有権を巡り啓典の民達のこの世界の闇で密かに続けられる汚れた聖戦(ジハード)により血を流すことも厭わない者のあまりの膨大さに、遂にかの偽りの奇跡を以てして救世することを苦渋の末、賛同者と共に堅く決意した。

世俗で混沌としたこの世界を救世する為、この地球上を我々の主のみの信仰に染め上げる為に。

 

 

 

「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出でて、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

遠い昔、目覚めた者の生誕した国で、幾億もの星群が夜天を飾るその下、菩提樹の森の奥深く、長身の浅黒い肌をした男が焦燥と憎悪を込めた言霊を放つ。

 

「告げる、」(殺す。奴だけは……弟だけは‼)

 

ある者との力の差を肯定出来ず、虚しく抵抗を続ける幼稚な理由で、かの運命の神に反逆せん為の存在を得んが為に。……首元に刻まれた令呪は彼の醜さを象徴したように無機質な抽象的を放っていた。

 

 

 

「告げる。汝の身は我が元に、我が命運は汝の剣に。 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

太古、広大な砂漠と河川が続くその大地に、現代(いま)を凌駕する程の神秘の文明が、黄金の王朝が生まれ、そしてその痕跡は砂の下へと埋没するように衰退、滅亡し、遂には征服王の支配により神話共々上書きされたこの国のとある西洋屋敷の何処か。茶肌の美しい十代後半の少女は今にも泣き出しそうな顔をして怯え混じりの切迫した声で言葉を紡いでいく。

 

「誓いを此処に、」(誰か、助けて……ただ来るだけでいいから!)

 

果たして、彼女の誓文により出でて従うのは正義の使者か悪の徒か、それともーー。

 

 

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 

嘗て眠れる獅子と呼ばれ、近代や西洋の哲学者達に劣らぬ偉大な賢人を、かの星群の神話にも勝るとも劣らぬ多くの英傑達を産んだ広大な国の何処か。都市の郊外、一人の短い黒髪の少女が人知れぬ広い路地裏で召喚の儀式を行っていた。

 

「汝、」

 

偶然に知り得たこの闘争へ投げられたことをただ幸運だったとだけで参加するという恐ろしい順応力の持ち主だった。

しかし、彼女は知らないのだ。聖杯戦争なる儀式が名状し難いまでの悲喜劇であることを。無知な彼女の愚行を制止しようとする、否すべき魔の賢人は此処には居ない。

 

 

 

「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手操る者」

 

嘗て世界を国の全てにする為、あらゆる最新科学技術から古の魔術までに手を出し、更にはかの聖なる血の槍(ロンギヌス)や聖杯を求めた恐ろしき独裁者を産んだ国の何処か。首都近くの小さな森の奥、一人の今にも消えてしまいそうな眼鏡をした茶髪の男が、その言葉の意味を知るならば絶対安易に唱えてはならない禁句をその詠唱に躊躇することなく付け足した。

ゆっくりと白く眩い光を放つ魔術陣を見詰めるその眼はまるで己の死に場所を求めているようにしか見受けられず、彼にとってこの儀式など只のーー。

 

「汝、」(俺は、どうしたら死ぬことが出来るのだろうか……)

 

 

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ‼」

 

そして全呪文の詠唱が終了した。やがてそれに呼応するように彼らの眼の前に放たれる白い輝きは更に増してーー

 

 

 

四.????

 

「さて、此処らで一つ謳い上げようか」

 

ーーこれより語るは新たにして懐かしさ香る伝奇活劇。

始めるは思惑交差する台本の無い台詞劇。

月と星の瞬く夜天の下、踊り狂うは無知な新参者達と全て知るたった二人の古参達。

 

かくして悲喜劇は開幕する。

これは無学の叡智なる月の序曲。

それは常識を捨てた古の理に縛られた世界の入り口。

故にそこは理解不能の法則に支配される狂乱と悦楽の檻にして底の澱。

汝(なれ)はこの物語の末路を見る探索者。

我は姿無き語り部にして口先だけの似非悪魔。

……未だ口数と頭の臓の足りぬ三流だが何、語り聞かせるには十分だろう。

 

では、ゆっくりと御覧あれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




こいつぁくせぇ!!(ry ……はい、済みませんでした。随分と遅れてしまいました。言い訳させてもらうなら……ネタ切れです。というわけでしばらくネタの貯蔵に入ります。 けど、未完にする気は毛頭無いので頑張ります!
次回、遂にfateらしい主役級の方々の登場です!


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英雄召喚

壱.幾ノ瀬光一 最後の部屋

 

この世には“事実は小説より奇なり”という大変便利にして随分と使い古された名言がある。(しかし、これの元がかつて伝説の好色漢の物語で使われた小説の一句だったとどれほどの人が知っているのだろうか?)

俺はこれを「現実には空想地味た阿呆な奇跡が存在する」という大体合っているが何処か嫌なニヒリズムを含むような感触で自己解釈している節がある。

例えるなら……

ある日、特に理由も無く偶然空から絶世の美少女が降ってきて、「アンタ、私をお嫁にしなさいっ!」と、何故か頭から理解不能かつ理不尽な理由で一つ屋根の下、怒気惑(ドキ&ワク)の共同生活をすることになったとか。

ある日、突然悪の軍団に世界を支配される危機に陥ってしまい、あわやここまでか、と思ったのも束の間、表現のしにくい意味不明な力に目覚めてしまい敵を返り討ちにした挙句、よく分からない使者を名乗る人物がやって来て「貴方こそが世界を救う宿命にある勇者だ……!」と、頭の沸いたような発言されることになったとか。

ある日、自分が奇っ怪な悪夢を見始めたのを筆頭に恐怖の怪事件に巻き込まれたと思ったら今度は神の使いを名乗る名状し難い不定形の悪魔がやって来て「この世界は君達人類のものではないのだよ」と、絶望的な真実を告げられてしまい、やがて自分も発狂により人ならざる者になってしまったとか。

無論、そのような非常識は99.99…%有り得ない話だ。しかし極論的に歴史上の奇跡の数々の伝承を完全否定するつもりは毛頭無いのだが、かつて「神は死んだ」と宣告した哲学者がいたように、かつて世界を構成しているという元素、第五架空要素(エーテル)の存在を完全否定した理論物理学者がいたように、魔法を迷信と蔑むようになり、何時SFの類も時間と共に空想として否定されゆくだろうと現代の科学技術を過大評価し、信じ込んでいたのだ。

 

……だが、そんな俺の普遍的な幻想(イマジン)は次の瞬間に跡形も無く、そして瞬く間に崩壊してしまったのだ。

これから語る俺が知る言語を以てした表現を一体誰が信じてくれるのだろうか?

 

 

 

俺が掃除機を使って埃を駆除を終えると、辺りは先程とは全く違う世界にがらりと顔を変えてしまったいた。

未だ電灯に照らされていない為に相変わらず深い闇が残っているが、灰白の膜を取り除いた下にあったのは古めかしい本の山だった。部屋一面の壁棚に収まりきらなかった本達は四隅の内入り口の向こう側の二角を始めに塔でも作る気だったのではないのかという程に俺の背丈並に積まれていたおかげなのか軋みそうな木の床が一応見えた。

 

「凄い数だな、こりゃ……」

 

おおよそ何処かの小さな図書館でもなければお目にかけることの出来ないであろう圧倒的間狭なる空間で立ち尽くしていると、ふと、奇妙に興味をひく一冊の本があった。

……おそるおそる手を伸ばし、少しばかり塗れた埃を払いーーその時誤って埃を吸ってしまい、咳き込んで数秒後、涙を漏らした目元を拭うと改めてその本に目を移した。

それはとても重厚な雰囲気を醸し出す題名の無い黒表紙で、一度も空気に触れてこなかったかのように真新しくあると同時に、所々錆びてはいるが細かな金属の装飾がその本の崇高さを物語っていた。

 

「……見たことないなこんな本」

 

嗚‥‥駄目だ、駄目なのだ。いますぐにでもいい、捨てるんだ! 力無く座り込んで幼稚に泣き出そうと、無様に地に伏して這いずり回ろうとどれ程の醜態を晒してでもその禁忌の本の扉だけは開けては鳴らないのだ!

だが、そんな本能的にけたたましく鳴り響く警鐘を普遍的人間である俺が聴き取れるはずがなく。

俺はどんな内容かを確かめようとページを開こうとして本の扉に手を掛けたーー、

ーー斬‼

と、瞬間、俺の左手首に鋭く冷たい金属が通り抜けるような感触が走ったのだ。

 

「が痛!?」

 

俺はその痛みに反射して持っていたその黒本を落としてしまい、自身の身体は仰け反るように倒れてしまった。左手に痛烈な熱と空虚を感じながら。

 

「痛たた‥‥あ、え?」

 

そして違和感を感じる痛みに右手が触れて掴もうとした左手にいつも通りの感触が無いことに気付き、慌てて自分の左腕を見ると‥‥鮮やかな赤を垂れ流す本来あるべき肉を三割持っていかれた腕の生々しい断面図が俺の両眼に映ったのだ。

 

「 」

 

目の前の出来事が理解出来なかった。腰が抜けて微動だに出来なかった。この現実を取り繕う都合の良い言葉が出なかった。全てが嘘であって欲しかった。

そんな俺を無視して人格の無い規則めいた非常識は更に物事を加速させていく。

床に転げ落ちた謎の本は俺から分離した左手首から流れる血を喉の渇きを潤す為のようにじわじわと吸い上げると、開かれたページが再度風に吹かれたかのような速度で捲られーーーやがて止まると、その新しく開かれたページからめりあがるように精巧な口元が現れ、一呼吸すると、全く意図の理解仕様の無い呪文らしき言葉を唱え始めたのだ。

 

「閉じよ閉じよ閉じよ閉じよ閉じよ

(みたせみたせみたせみたせみたせ)

繰り返す都度に五度 ただ満たされる時を破却する」

「素に銀と鉄 礎に石と契約の大公 祖には我が大師???? 降り立つ風には壁を 四方の門は閉じ 王冠より出でて 王国に至る三叉路は循環せよ」

 

理解が俺の頭では追いつかない。ただ意味不明な非常識が恐ろしかった。この後どうなってしまうのかとひたすら焦燥に駆られ始めていた。

 

「告げる 汝の身は我が元に 我が命運は汝の剣に 聖杯の寄るべに従い この意 この理に従うならば応えよ」

「誓いを此処に 我は常世総ての善と成る者 我は常世総ての悪を敷く者」

 

ーーまずい、今までのことに気を取られ過ぎて自分が腕の傷によって失血しかねないかもしれないことを考えていなかった。このままでは事の顛末を見る前に、死ぬ。間違い無く。

 

「汝三大の言霊を纏う七天 抑止の輪より来たれ 天秤の守り手よ」

 

そして意識が遠のきそうなままの俺の目の前の白い輝きは加速するようにその光量を増していきーー。

 

 

 

 

 

弐.衛宮夫婦 儀式場(仮)

 

「ーー問おう。お前がアタシの主(マスター)か?」

 

小太陽を間近で受けたかのような熱と光が闇に収まると、今度はやや湿気を孕ませたように幻惑する霧の如き白煙が覆うその向こうから凝縮された強靭な魔力の波動が感じ取れた。

それは人間の姿こそしているが、自分達とは体系が全く異なる、次元すら違う異形の存在がそこにいる。

‥‥夫婦(ふたり)にとっては再び経験することなのだが、このえも言われぬ感覚は改めて体感するに辺り、十分に新鮮な緊迫と高揚、不安と期待を与えてくれた。

白煙の晴れた先を見れば、鮮血で描かれた魔術陣の真ん中に立つ者がいた。

 

ーー女神だ、女神がいる。

 

そこにいたのは二振りの青銅色の長槍を右手に携えた美しい女の戦士だった。

銅のインゴットを糸の如く限界まで繊細に鋳造したかのような長く巻き毛の目立つ栗毛色の髪、宝石と見紛う程に輝かしい黒の瞳、触れればその手垢だけで穢してしまいかね無いと罪悪感が走る程に白い陶磁器の如き肌、それを限界までに晒している上に最低限の部分しか隠していない蠱惑さを漂わす鋼の防具。それこそ腰に備えられた短剣や斧を持ってしても秘部以外を殆ど隠していない白桃は好青年の目には猛毒級の代物だ。胸元は言うまでもない、卑猥ではないのだが、何度見てもそれはただの鉄の水着としか思えなかった。更に、彼女は黄金の西洋兜を被っており、もう少し深く被れば彼女の顔はこちらからでは見えなくなりそうなまでに大きく不相応だというのに、ずれ落ちないのが不思議だった。

 

 

 

(成功、した)

 

もう十数年も前になる本来最後の聖杯戦争があった頃、彼女、遠坂凛は「UKKARI」により自身の使い魔をスカイダイビングさせて降ろし、自分の家の一角に衝突させ、それが原因か記憶喪失状態にさせてしまった。

 

(ーー成功したんだ、私)

 

挙句、衛宮士郎の使い魔が敵に誘拐された時に何を考えたのかその敵の魔術にて遠坂凛との契約を解除、更には相手側に着いて若かりし頃の衛宮を襲ったのだ。

 

(「成功」、だ‥‥‼)

 

割愛して終局、誘拐犯を撃破した際にはぐれになった衛宮の使い魔と再契約し、そして明らかになった二人の首謀者を倒して、泥に侵されていた聖杯を破壊したのである。その時に彼女の使い魔も影から応戦し、その後、彼が衛宮の未来分岐による結末の姿であることを知ったのだ。

 

「‥‥ええ、私が貴女のマスター。間違い無くてよ」

 

「そうか、了解した。主(マスター)」

 

その聖杯戦争は便宜上彼女の勝利とされた。無論、聖杯は破壊した為に魔術師としての願いは叶わずに終わってしまったが、他の魔術師にその中身を理解しないで聖杯を用いられるよりはマシだったのだ。無論、彼女自身も不満は相当持っていた。しかし、彼女は優しさを忘れることをしない善の魔女、悪く言うならば温情を捨て切れない未熟者だった。その程度、彼女も理解している。だが、それが当時に置いて最良の解答だったのだ。故に、不完全燃焼(とは言うものの、何度か死に目に遭いそうになったが。) にこの闘争に致命的を超えた絶望的欠陥が見つかった以上解体、もしくは封印しなければならなかったのだ。

 

 

 

‥‥が、それでも彼女には拭えないものがあったのだ。

 

「…………成功したぁ」

 

そうして契約成立を終えた瞬間、凛は唐突にへたり込むと押し込めていた感情が涙となって溢れ出したのであった。

 

「ちょ、ちょっとマスター!? いきなり泣き出すなんて……」

「ううっ、ひっく、もう嬉しくて嬉しくて……」

「あぁもう、召喚されてからのアタシの始まりがコレって……」

 

溢れんばかりの喜びに涙をぼろぼろと流す彼女にはもう新参の従者の声は聞こえていないようだった。

 

 

 

 

 

 

……ちなみに先程から一言も聞こえない此処での唯一の男子、衛宮士郎は何故か部屋の隅の壁に向かって「俺は見ていない、俺は見ていないぞ!」と謎に満ちた供述をしており、やがてそれに気付いた妻の凛は顔を振り向かす処か、自身の涙も拭かず、通称“フィンの一撃”を後頭部急所のピンポイントに的確に構えて放ったのは別の話である。

 

また、「馴れた手捌き、それもたった一発だけで沈めたことに何処となく軽い恐怖を感じさせるマスターだった」と、後にこの使い魔が意識を取り戻した彼へ秘密裏に語ったのも別の話である。




不定期気味で済みません。現在生活が忙しくて中々執筆が進まぬ状況です……。
オリ鯖の情報整理も兼ねていてアイデアが出ても、それらがうまぁく繋がらないもので。次回も遅くなりますが、どうか最後までお付き合いお願いします。


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奈落への猶予

壱.幾ノ瀬 ????

 

また今日もーーを殺した。

 

それだからオレの体は雨に降られたかのように真っ赤にぬれて、染まっていた。

 

目の前に広がる渇いた土の上には力無く倒れ、あらゆるカタチで出た傷から赤い水を垂れ流すさっきまで生きていたオレと同じだった奴ら。

やったのはオレだ。戦いを終えたときにあの大きな席に座るオウサマに殺るように言われたからだ。

カンキャク達はダレからかもらったのだろう四角い食い物を持ちながらオレのこのしでかした光景に楽しんでいるようにケモノみたいなデカい声を上げていた。

 

一体ダレが考えたことなのか。

何でこいつらは飽きること無くこのサマを見ていられるのか。

オレは何でこんなザマでいるのか。

 

……一体ダレが仕組んだ地獄なのか。

 

オレはこれらの何もかもが分からなかった。

 

だが、これがオレの知っているセカイ。

この黒く乾いたこの土の上がオレの落ち着く居場所。

オレの生きガイの一つ。

オレはこれ以上にオレをシメせるモノを知らない。

 

これこそがオレのユイイツ明日に生きるタメの手段だったから。

 

 

 

弐. 中国 北京郊外

 

二人の男が同じ場所、違う場面にて同時刻、別々の理由にて地に伏している頃ーー

 

‥‥今宵の聖杯戦争への参加者はどうやら未だに現地には着いてはいないらしい。かなり魔術に長けたサーヴァントであったために信頼性は高い。これなら多少の準備をもう少ししておいても良いだろうとすぐ戦いに走るための英気付けに羽休めをしていた。

 

ーーのだが……、

 

 

 

「……であるからにして、十字教の信仰する温和な父なる創造主というのは母体とされたユダヤの暴虐な至高神Y.H.V.H (アドナイ)の形骸だと断言出来るのだ」

 

ーーーー。

 

「そもそも、彼らの教義における天使と悪魔‥‥善と悪の対立という思想も他の教義である預言者ゾロアスターの定めた二元論によるものだ。しかも、悪魔はともかく、今現在に至るまでに確認されたという天使のにおいては主要も含めてその当時、特にギリシア神話が主流だった頃に著名な神々に一人づつ“el”の綴りを付けまくってさも自分達が信仰する主に仕える副神のように見せかけたに過ぎない。それ故に神に仕える主要な天使はミカエル、ガブリエル、ウリエル、ラファエルのたったの四人だけに定めた宗派も存在する」

 

ーーー眠い。

 

「また、さらに起源を遡ると旧約に記されている逸話の一つに “ノアの箱船” があるのだが、これは実際に起きた災厄、自然災害を元にしたことは確かに有り得ることだろう。しかし、だ。これは英雄王ギルガメシュの伝説の故郷バビロニアに本来の原型が見られている」

 

‥‥ああ、どうして、あだっ⁉

 

「おい、さっきの説明はちゃんと聞いていたのか? 寝惚けている場合ではないぞ、我が助手(マスター)よ」

 

私は端くれだけど魔術師なのに何故自分の召喚した使い魔に偉そうに講義されなきゃいけなくなったのだろう?

事の始まりはかれこれ数時間前のことであるーーー。

 

 

 

 

参.同地 数時間前

 

私の名は 西 卓恩 。(ザイ・セロン って読んでね。)

中国に住む一般的な女の子であるーー。

 

というのは表向き、建て前である。そう、私はいわゆる “裏の世界” の住人、無頼者なのだ。

どのような類でそう名乗っているかはご想像にお任せしよう、中々に表沙汰には出来ない仕事をしてきたものなので簡単に語るのが至難の代物なのだから。

 

ーーしかし、それでも尚私には彼らにすら見せたことのない第二の、本来の顔がある。

それは‥‥

 

 

 

(※推奨挿入曲 某絶望系魔法少女物語 開幕前奏歌 )

 

この世の悪を絶つために、遥か昔から戦い続けてきた白の魔女の意思を継ぎ、自らその運命の渦に飲み込まれることを覚悟した新たな英雄譚の主人公の虎耳魔法少女なのだぁ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……嘘です。 本気にした人、ごめんなさい。

 

本当は魔術師、と言ってもこちら三流の没落貴族が遠縁である程度の‥‥言うならば “魔術使い” である。まあ要するに魔術師特有の誇りなんてものは犬に食わせた外道とまではいかないが、異端の魔術師だ。

我らの業界の噂によると、ほんの三十年前にその道の一流さえ言いようもない恐怖で震え上がったという殺し屋、 “魔術師殺し" がその部類で派出したとされる人物だ。殺害方法は全くの謎だが、一部の話によると彼にやられたとされる者はまるで体内の魔術回路や神経を滅茶苦茶に繋がれており、原因であるはずの外傷は数発の弾痕があるのみでこれとは全くの無関係だったらしい。怖い話だ。

まあそんな私も‥‥おおっと、この話はまた今度にしよう。

 

さて、話を巻き戻すがそんな私に昨日運命が舞い降りたのだ。

 

“聖杯戦争”

 

魔術師ならば間違い無く頭の中に必ず存在する言葉だ。

嘗て磔にされた救世主を槍で刺した際に流れ出た血を受けた器が、持ち主の願望を叶える聖遺物、聖杯になったという伝説は誰もが知るお話だ。現物は既に失われたと言われたりするが、一説には彼らを信仰することで有名な国の一つ、バチカン市国の教会地下深くに厳重に保管されているという。

しかし、ここまではある事無い事を含んだ「世間一般」でのお話である。この語彙の後ろに「戦争」という物騒なモノが付け足された時、彼らが生き残れるなど無に等しくなる災厄に早変わりするのだ。

 

ーー彼らはきっと知らないままに幸せに生涯を終えるのだろう。

魔術師はカビが生えた絵画のように古臭いが科学より万能性が高く持つ天才なのだ。

 

なんせ我々の先人達は力を結集することにより自分達の手にてその願望機を作り上げたのだから。‥‥それが例え間違いだったとしても。

 

 

‥‥詳しい話はまた今度とさせてもらおう、実は私もよく知らないんだけどネ。

 

 

 

四.以下同文

 

まあ要するに私は何故かこの模造聖杯を奪い合う抗争 (ゲーム) に何時の間にか参加してしまっていたのだ!

(鬼ハショリ、メンゴ。)

で、張り切ってどの英雄 (ひと) 呼ぼうかと考えていたのだが‥‥

 

「‥‥告げる。汝の身は我が元に、我が命運は汝の剣に。 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

とは言うものの、私では英雄様を好きなように召喚するなんて夢のまた夢。それこそ伝説級の代物を探す時間はあんまり無かったもので、期待せずかつての自分の父の家の書斎辺りとかを漁ってみたのだけれども‥‥いやはや、我が父は恐れ多いまでの勤勉家だった。

なんと、ほぼ初世紀頃のギリシア語訳の旧約聖書を持っていたのだ!

 

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 

これはきっと当時の、それもかなり博学な人の持ち物らしい。かなり黄ばんでいるのだけどその当時は主流だった鉛の筆でみっちりと (私は読めないけど) 内容の注釈が書き込んでいて何だか‥‥とにかく凄い代物が出たわけで!

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ‼」

 

これはきっと当時の十二使徒の誰かの物に違いない。とすればうまいこと神の子 (メシア) を呼び出すことも夢じゃない‥‥!

 

と、思っているのだけど果たして‥‥?

 

 

 

 

「‥‥我は幸福されたし者、聖シモン。魔術師の位格にて参上した」

 

ーー成功はした、ようだ。湿った白煙の晴れた先に今までに感じたことのないもの凄いオーラを感じるから間違い無い。

 

「問おう、君が私の助手 (マスター) か?」

 

目の前にいたのは時代錯誤感を醸すアンティークを思わす博学の賢者がいた。中世の魔術師のファウストと、あるいは古代の哲学者のソクラテスと名乗られたらそのまま信じてしまいそうな痩せた男がいた。

 

「ええ、そうです私で間違い有りません!」

 

言ったぁ‥‥言ってやったぜ私ぃ‥‥。ああ、ついに、ついになったんだな、ほんとに。

 

「‥‥ふうむ、良いだろう。此処に契約は成立した」

 

 

 

‥‥と、ここで終われればイイハナシだったのに私は、己の軽さに酷く後悔したのでした‥‥。

 

「ところでさっきシモンと名乗っていたけど、つまり貴方は十二使徒のペテロなんですよね?」

 

この発言の次の瞬間、私は激昂したキャスターの前におり、盛大な喝采の如く怒声を浴びせられた後、何故か愛の英才魔術教育を受けていたのであった‥‥。

 

 

 




お久しぶりです。リアルの厳しさが編集と相まって長いこと空いてしまいました。今度からは少しながらも定期的に上げていくつもりです。

しかし皆さんの作品のやり方がちょっと羨ましいです。自分、どうも堅苦しくなるようで、息抜きも兼ねてこんな感じをしてみたのですが……。

感想 批評お待ちしております。


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邂逅、或いは運命的な

壱.幾ノ瀬 ???

 

オレが「オレ」というものにふと気付いた時からオレはすでにドレイという奴だった。デカいタルみたいな腹をしたシュジンにボロボロの服でいろんなことにこき使われて、与えられる食い物は片手で持てるくらいちっぽけなのが毎日。

死ぬかと思ったなんていつものことだった。

 

ある日、とても月が青くキレイだった夜。

オレはココから逃げることをようやくケツイした。

みんなが寝たのをみてシュジンのところに行き、オレがどれだけ近づいても起きないと分かると、オレはナニも手に取らずにそこからすぐに逃げはじめた。

はじめはこっそりと歩いて歩いて、そしてその家から出たら普通に、町の中を人に見つからないようにといのりながら歩いて、町を出たらオレは、走っていた。よく分からないナミダを流し、ぬぐい、息を切らせながら走っていた。森に入って峠をコえ、また森を抜けて荒れ地に入って、そして荒れ地を抜けてこごえるようなサバクを走り、走り、走りーーー。

 

‥‥その後のことはよく覚えていない。起きたときにはオレはいつの間にかドコのダレかに捕まってまた買われる前だということだけは分かった。

ジブンのウデと首に付けられた重い黒いテツの鎖がそのショウコにミトめたくない今日がそこにあった。

 

ーーメンドウだな、もう死のう。

そう考えていたオレに待っていたのは、新たなセカイだった。

知らなかった。初めて見るセカイのカタチだった。

メシを喰うためにこんなにも簡単なやり方があったのか。

 

相手に勝てばいい。ただ生きるか死ぬかだけの違いが分からなくなっただけ。

それでいい、そこがいい、それだけでいい。そんな生き方にオレは強くホれた。

 

だからーー。

 

 

 

弐.元屋敷現宿屋 二号室 衛宮夫婦

 

「‥‥ほーんとどうしてこの朴念仁様はこうやって馬鹿みたいにねえ!」

「いや、確かに俺が悪かったけどさ、不可抗力なんだよ。本当なんだ。だからその 魔弾の銃口を降ろしてもらえませんか」

「‥‥何というか仲良いのか悪いのか、いや夫婦だっけか。‥‥あの女神 (ヘラ)と天神 (ゼウス) もこうなら良かったんだけどねぇ」

 

英霊召喚から約三十分後、(妻の制裁により) 撃沈した士郎が目を覚まして起き上がると太陽の如き微笑みと冷気にも似た怒気を放出する凛が片手に特大のルビーをいつでも射出可能にした状態で待機していたのだった。‥‥理由は言うまでもないだろう。強いて言うならば、とばっちりである。

 

「もうこれ以上変に何処ぞの女の子と仲良くなったりだとかもうーー」

「そこまでにしましょうか、主 (マスター) 。見たとはいえ裸体よりはまだ許容出来る上第一、不可抗力だろう? ‥‥まあそこの色男が普段からどういうことを起こしているかは察しましたし、お咎めなしお咎めなし、ね?」

 

割り込んできたのは正に鶴の一声、その柔らかく咎める美女の語りに凛は彼女に向き直しーー呆れ顔から放たれる少々痛烈な視線にうっ‥‥と、やや羞恥しながらも改めて自身の呼び出した使い魔の現在の容姿を拝観した。

なるほど、色々と問いたいことが多々あるが確かにこれでは女でも目を背けたくなるだろう、と彼女は思考した。

(色々とは主にランサーの常識もしくは感覚に対してだが。)

 

「‥‥はぁ、まあいいわ。私もやり過ぎたわ」

 

そうして凛は溜め息を深くーーそして認め難い現実に意識を仕方無く戻すのだった。

 

呼び出した今宵の槍兵、駿足半不死身の英雄アキレウスが女性だったという歴史どころか神話すら根幹から覆す事実に。

 

英雄。そう語られるのは大概歴史上、或いは神話上男が主である。無論女が同じように語られるのは珍しくない。‥‥だがその女が男として、或いは男が女として後世に語られているなど一体どれほどいるのだろうか。もしくは知られているのだろうか。

そうした齟齬が起こる幾多もの理由は理解出来る上に有り得ることだと順応も出来る。伝承の不足、過多による事実の歪曲。誇りの為故の不利益の隠蔽。陰湿な敵対者の流した現実的な嘘。伝説に心躍らせた後世の創造力。神代から薄まりつつあるも未だ根強い男尊女卑。

かの雷神トールや日本武尊の如く女に化けて敵を欺いたように女が男、男が女に詐称して己の身や仲間を護ったという伝承は少なくない。

だがそうだとしても一生どころか後世に渡ってまで一部の者以外から完全に自身の性別を偽るなど現在でも全く不可能なる代物なのだ。

女装男装の伝承より、“実は女だった” “実は男だった” という伝承は希少だ。例に中世の頃ローマ教皇ヨハネス八世はヨハンナという女性だったと語る伝説がある。それは後に創作だったと歴史学者達は結論した。

嘗て聖人とさえ讃えられたかの杭刺し公が後に明確な理由も無く、当て付けの伝承により敵味方双方から恐るべき悪魔ーー吸血鬼の祖として記されたと、誇張の嘘だと結論したのだ。

しかし、彼女は必ずしもそれが正しい結論にはならないと心得ている。現に彼女は知っている。あの日、あの時、聖杯を奪い合う闘争の中で見えた麗しき翡翠の瞳の少女がかの誇り高き騎士王なのだと、自身の目で確かに焼き付けているのだ。

 

(英雄アキレウス。確か子供がいたはずだけど‥‥まさか女装の必要が無いなんて、神代の古代ローマ辺りは何でもありなの?)

 

最初はかなり呆気に取られたがやがてじわじわと笑たい衝動が込み上げてくるのに凛は気が付いた。既に吹き出しそうな勢いだ。

原因は言うまでもなく前述した神話や歴史における齟齬だ。更に詳しく語る為、もしもここに今までに人類史の中で確認された人物の氏名と詳細が余すところ無く記載されたーーきっと塔の如く馬鹿馬鹿しいまでに分厚くなるか、何とか辞書程度ではあるものの巻数が読む気を失せさせる程あるーー人名辞典があったとしよう。其処から完全な神話の登場人物と歴史に存在した者達を完璧に取り除いたしよう。‥‥全てを取り除いくことは出来ただろうか?

 

解答は否。例え除けたとしてもだ、英雄、悪党、愚者と種類種族性別を問わずに必ず、それも星の数程見つけることが出来てしまうだろう。

シャーウッドの森の番人、天才的奇人探偵、怪盗紳士‥‥彼らがその一例だが、実在はしない。何故ならそれは著名な作家達があることないことを全てない交ぜにして生誕させた空想上の人物だからだ。これでも理解が出来ない、もとい大衆小説を好まない生粋、正統なる魔術師であっても “3倍も偉大なるヘルメス” は多かれ少なかれ錬金術の御話でお馴染みであろう。

詰まるところ、彼女は知ってしまったのだ。神話の不確定な情報ではなく、目の前の場違いな現実こそが真理なのだと。‥‥そう考えると驚きや外れを引いたかもしれないと焦燥する思考から発する頭痛より先に阿保らしさから湧く笑いが止まらなくなるのだ。

 

「くっ‥‥ぷふふ、ふ」

「お、おいどうしたんだよ凛? さっきは嫌に寒い殺気を漂わせてたのに今度は急に苦しそうにして‥‥」

 

‥‥その辺りを察することの出来ない衛宮士郎は彼女が笑い (彼には苦しみ出したように見える。) を堪えている様が理解し難ったようで酷く困惑していたが。

 

「っくふふ‥‥ふう、いえ何でもないわ。ちょっと当てられただけだから‥‥」

 

笑いを殺しきった彼女はやがて落ち着いた表情で顔を上げると再度、ランサーに向き直した。

 

「恥ずかしい所を見せてしまってごめんなさいね、お待たせしたわ。早速仕事へと行きたいけれどもその前に一つ確認させて」

 

そう言う彼女の表情は先程と一変して冗談を口にするのも億劫になる真剣さを放ち、ランサーと困惑していた士郎は慌てる素振りも無く気を引き締め直したかの如く静かに彼女の言葉を待った。

 

「単刀直入に聞くけど、貴方が聖杯に願うことは何?」

「ないわ、何一つとして」

「え‥‥⁉」

 

断言した。あまりの即答振りに二人は驚愕した‥‥よりも先に凛はむしろ不思議な爽快感を覚えた。

英霊はどの様な方法であれ、呼ばれるには (彼らにとっては) それ相応の理由や願望を持っているのは当然の話。

王ならば世界の統治を、賢者ならば更なる探求を、無辜の咎人ならば冤罪の直訴を、架空/嘘 ならば現実/誠 に成り変わることをーー。諸事情は多少の差異はあれど大抵はこんなもの。

しかし、例外も無いわけではない。

 

「ないの?」

「ないわ」

「‥‥随分と興味や欲望が皆無ね。それはそれでかなり有り難いのだけども、またどうして?」

「まあ確かに大抵はどんな形であれ聖杯に関しての願いを持っている方が普通に見えるだろうね。‥‥しかし、ふぅんなるほど」

「無いなら、何で召喚に応じてくれたんだ?」

「強いて言うならね、私の所望は前段階としては既に叶っている」

「‥‥それは?」

 

その問にランサーはしばしダンマリを続けたが、意を決したと分かる表情をすると苛立ちを含む口調で語り始めた。

 

「戦だよ、戦。‥‥私はね、嘗ての己を認められずにいるんだよ」

「………」

「戦争を起こすって意味? とでも思っているならそれは不正解だ。個人的な対決をしたい、それだけ」

「‥‥解った」

「こちらから何一つ聞かないでくれる理由はそういうこと、ね。‥‥私たちのは聞く? 貴方だけにこうするのは不公平な気がするから」

 

等価交換にどう? とやや軽めだが質問をするように彼女は催促するようにランサーに顔を向けた。

 

「必要ない。時間か、それかボロが出たら話して貰うから」

 

‥‥敵わないわね、本当に。

そんな風に感じてしまう彼女だが‥‥いや、語るまでも無いのだろうか。何せ彼女、否この夫婦のその願いは冥界より這い出た亡霊 (かれら) に語っただけで殺されかねない代物なのだから。

 

「‥‥ありがとう、ランサー」

「感謝するよ主。何、心配する必要はないさ。欲を言えば本来なら騎兵として万全な形で呼び出して欲しかったが徒での戦闘の心得もある。だからこの戦い、必ず主(マスター)に勝利を捧げようじゃない。アマゾナスの王であることを誓ってね」

 

いやなあせがせすじをはしった。‥‥今彼女は何と語った?

 

「‥‥アキレウスって知っているかしら」

「はい? 何を言ってるのマスター。そんな当たり前なことを聞かないでよ。そいつは私の好敵手、再度私の前に現れたならば次こそは首を狩ってやる気だ」

「‥‥確認だけど、真名は?」

「あ〜‥‥そうか、何か手違いがあると御思いで? いや、既に解っていると思っていたのだけれど‥‥まあいいか、なら改めて名乗らせて貰おうか」

(いや、きっと気のせいだ。絶対に気のせいだ!だから‥‥)

 

「私はの名はペンテシレイア、良く覚えておきなさいな」

 

瞬間、女王の方を呼び出したと頭から理解した赤き魔女は瞬く間に白い灰となって座り込むのであった。

 

ーーそして更にその数分後、この微笑ましいこの光景が戯言だと罵られていると錯覚するほどの凍り付く忌まわしい奇跡に再度、彼らは邂逅する。

 

 

 

参.幾ノ瀬 最後の部屋

 

 

‥‥悪夢、とは何か。

まず夢とは何か。古い迷信も多々あるが現在では浅い眠り、レム睡眠時に無意識的に流される映像がそれと一般的に言われている。内容はそれこそ十人十色、千差万別だ。正夢又は逆夢と呼ぶべき程に現実味溢れたようなものから、何処ぞの御伽話のような妄想味の濃いものまで‥‥それが自分にとって心地良いものか、はたまた悪寒のするものか。とにかく悪寒のする方の夢を悪夢だと仮にしよう。

 

次に地獄とは何か。まず天国の対義語だ。閻魔、或いは魔王サタンが罪深き者達を裁きいたぶる場所‥‥という宗教的なイメージが強い。

比喩の地獄、曰く “生き地獄” 。当人がひた隠ししていた恥ずかしい過去等を晒されて笑いの種にされる様や火山や竜巻のような自然の脅威、そしてTVや新聞等の情報媒体ですら見かけることのないであろう、ーー正に地獄絵図さながらの戦争による人々の悲劇。傷痕。

(あまり込んだ話はしたくはないのだが、例えが少々不謹慎なものを選んだことには謝罪させてほしい。申し訳ない。)

 

以上を元に俺は “現の悪夢” なる言葉を個人的に提唱したいと考えている。

使用方法、状況としては自分がこれからある行動を起こそうとした際に、全く予想だにしなかったこと‥‥それもよく考えれば未然に防げるもの以上の、後に前代未聞の事件として語られるかもしれない現実味の乾いた出来事が我が身に降り掛かる事態。

要約するならば、馬鹿げた杞憂が本当に必要な状況になったとでも言うべきか。そんな時に発する一言に入れてみてほしい。

‥‥どうやら最近は “不幸” という大変便利な単語が市場を独占しているようで流行りそうな気配が全くしないが。

とにかく、次からそのような状況をそう呼ぶつもりだ。では実際の使用例を見てみよう。

 

 

 

ーーーー本当に夢であって欲しい時とは誰にでも訪れるものだ。目を覚ました時に最初に気付いたのはこれ以上ない快楽にも似た熱を纏った激痛を下腹部から訴えられたことだった。

‥‥まあ直接的に言うとだ、

 

何故か俺の分離 (切断) されたほぼ手首と三割くらいの左腕が本棚の壁で失血で気絶してしまっていた俺の腹に指を獣の爪牙の如く喰らい込んでいた。

 

「ぁぐ、がぁーー‥‥」

 

知りたくなどなかった現の悪夢がそこにいた。

‥‥動け、ない。この異質な痛みがまるで打ち込まれた鉄の杭のように縛り付けている感覚に惑う。

首、大事無し。右腕、問題無い。足、脚‥…駄目だ、腰からか。麻痺した感覚がある。

 

「ーーぅ、ぐ」

 

再度、改めてその現の悪夢 (カイブツ) に吐き気を覚えながらも目に移した。

何なんだ、これは。本当に現実なのか? だとしても‥‥いや、悲しいが覆しようの無い事実だろう。証拠は数えるのも面倒になる程ある。

 

「畜生っ‥‥何なんだよ、この状況」

 

逃れたい。だが、逃れられない。バケモノに喰らいつかれ、逃れたられない。

だから少しでもこの現実から逃れようとそれに目を背けようと周辺を視界に捉えようとしてーーそこで見たものを、非常に後悔した。

 

「‥‥起きたか」

「ーーーーーーーーーーーーーーーぁは、え?」

 

‥‥気が付かなかった、目の前に人がいるなんて。こんな非現実的状況を前にして良く怖気付かないものだ。おそらく宿の主である俺に何か聞きたいことがありここまで捜しにきたのだろう。そうでもしなければこんな普段は鍵の掛かっている部屋の中に入ってくるはずがないのだから。だがこの様な精神すら右往左往しているかもしれない俺に出来ることなんて、もうーー。

 

…………? いや待て。

 

どういうことだ、俺は何故この人を知っている。

何時、何処で、何故、誰によって?

そして何故焦りを微塵に露わにせず落ち着いている、いられる。

いや、そもそも考えてもいなかったが、どうして、どうしてこの状況で俺は悠々と安堵に浸っていられるんだ。

 

‥‥そして、この人はーー本当に人間なのか?

 

考えれば考える程分からなくなっていく。馬鹿げた予測が頭の中を高速的に流動し、熱を増す頭痛から鉄の歯車の軋む音が幻聴しそうになる。

 

「済まない、聞きたいことがある」

 

俺の迷走する思考を断つ声がした。あの人だ。目の前に人間‥‥らしき、時代錯誤な古代の戦士の格好をした女性だと再認識するが、俺が先程確認した自身の命も危うく見えてくる中だ。どうしようも無い。あらゆる苦悶に呻く俺を無視して彼女はこう語る。

 

 

 

「オレがお前のサーヴァントか」

 

こうして普遍的存在だったはずの俺が理解出来ることなどない問いをトドメに今日俺の平常な物語はまるでチープなB級映画の展開の如く、劇的に狂い出したのである。

ーーそしてそれが阿呆な古の法則の入り口だと知るのも少々先の話である。

 

 

 




‥‥遅れて済みませんでした‼ 言い訳のしようも有りませんが、少々スランプに陥っていました。次こそは‥‥ともかく、無理矢理まとめた感が強いかもしれませんが、その辺りは感想誤字批評でお願いします。本当に済みませんでした‼


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砂漠の国の灰被り

壱.エジプト 某所

 

ーー英雄召喚より十数分前の事、近代化の進む砂漠の都の何処かのジャズエイジを匂わす古風な西洋館。その地下深く。

そこはピラミッドの内部に描かれた神の社を忠実に再現した空間で王座と思しき石のオブジェクトの前にはその空間の中心に居座るが如くあの魔術陣が刻まれていた。

その周りには寡黙に数十人の中年で構成された男達とか弱い少女が紅一点でその場に居た。

 

「さあ皆の衆、招来の儀式を始めましょうぞ」

 

そこに鼓舞する声が響いた。その主の名はトトルメス・イクナークと言う。何処ぞの著名な壁画から画竜点睛の故事の如く出でて白で統一された紳士服に身を包んだ様な出で立ちの男である。

 

「遂に機会が来るとは‥‥」

「我らの王朝が目覚めるのだ!」

「そして全てがラーの下に集い、服従する!! 」

 

彼らはこの館の主に仕えしエジプトの系譜を現在に伝える魔術師だ。トトルメスはこの集団では副リーダーにあたる人物であり、彼はある偶然から指揮を取るよう館の主と本リーダーに言い渡されたのである。それが目の前の儀式 (これ) 繋がるのだがーー、

 

「……………」

 

ただ紅一点、沈黙を守る茶肌の少女。名をライラ・アモシスと言う。齢十八にしてこの館に召使いの一人として仕える貧民出の娘である。

彼女自身魔術の知識どころか存在すら認知していなかったーーのだが、後々に語らせて頂くが‥‥様々あって彼女はこれより儀式の生贄に等しく用いられようと、まさに裁判の判決を待つ罪人の表情で自身の運命を呪っていた。

 

並の魔術師であれど例の闘争の前準備である英霊召喚の儀はそう易々と御覧になるのは到底に「夢の又夢の‥‥」と数回自乗するような賭け事に等しい話である。現在の地球上の人口を仮に七百億としよう。内正式に選定される者達は七人。簡単に計算しても選定の内に入る確率は百億分の一。+αを望んでもαが1000以上でもない限り塵の差でしかない。

その登竜門を抜けられた事は喜ぶに値するのだーー普遍的な魔術師ならば。

 

彼女は表現しきれない膨大な負の感情を押し殺しながら露出した胸元にあるエジプト特有の象形文字に似た紅く刻まれた三画の印を晒していた。

ただただ、半裸にされたことより訳の分からない魔術の人身御供にされる事に負の、特に怒りの感情を露わにしていた。

 

ーーそして、彼らの運命の夜は訪れる。

 

 

 

 

「ーー来たれ、天秤の守り手よ‥‥‼」

 

紅い印を刻まれた幼い胸元を晒した彼女が涙ぐみながら聖句を唱え終えると急速に蝋燭の心許ない灯火以上の瞬きに空間の祭壇前の魔術陣を中心から全てが溶解するかの如く包んでゆく、掻き消えてゆく。

 

(どうか、成功して。誰でもいいから来て‥‥‥お願い‼ )

 

そして、

 

「ーー問おう、君が吾 (ぼく) の臣下 (マスター) かな?」

 

白い闇が消え失せ、湿気を孕んだ白煙がやがて晴れたその先、魔術陣の中心には忽然と一人の逞しくも何処か幼なさを残す青年がそこに居た。

身体の隅々は黄金の装飾で彩られ、あの棺より出でた黄金仮面の原型の如き柔和な貌。その出で立ち、姿格好は確かにかの荘厳なる王 (ファラオ) そのものだった。

彼女、ライラ・アモシスは救済されたのだと歓喜を纏った脱力感に幸福を覚え、緊張の糸が切れたのか堪えられない涙を溢れさせてただへたり、と座り込むのだった。

 

 

 

ーーしかし。

 

「‥‥何故だ」

 

成功。それが成された光景にトトルメスは必然的な迄に失望の声色を漏らした。驚くことに既にそう言う者が現れても仕方が無いと魔術師達は顕現した王に疑惑を抱き始めていたのだ。

‥‥何かがおかしかったーー魔術師ならばこの程度は普遍的事象なのだが。強いて言うならば目の前の虚空から人が現れるという不可解な現象が起きたはずだが、まるで、TVの画面に映る仕掛け (トリック) の見え透いた三流奇術 (マジック) を威風堂々と見せ付けられているような感動の虚無感を姿の見えた時の瞬間に覚えてしまったのである。

本当にサーヴァントなのか? 否、これはただのホログラムの類ではなかろうか。何故ならばこの若き王は美しい意匠の施された黄金杖をまるで老衰してしまった故にそれを頼りに大地に立っているのだから。

 

「は‥‥はい! わ、私です。私がマスターです!」

「良いだろう、契約完了としよう」

 

神の化身たる王は実に百を超える。それも英雄、賢者、暴君と種々多様。しかも大半が実に特徴的であるーーだから故に、それ故に。

あの特徴的な貌。

青年にして片足の不自由を補う為の杖。

そして、こちらが引けてしまう程の優しさ‥‥魔術師トトルメスはある一抹の不安を抱きつつも意を決して王へ臣下の礼を持って重い口を開くのだった。

 

 

 

「失礼致します、王よ」

「うむ? おおっと、これはしまった‥‥。王は威厳を常日頃より保たなければなかった。久しく川の向こうより帰ったきたことに動転していたようだ」

 

 

 

見当違いか、或いは最悪の解答か、それともーー。

 

「ーー王よ、貴方は太陽神アモンの化身トゥトアンクアメン殿であられますね?」

「その通りだ、我が末裔達よ。ーー我 (わたし) の名は “アモンの生ける似姿” に相違無い」

 

ーー瞬間、その言葉を火種に周りにいる魔術師達の大半はまるで今まで以上に敵意を露わにし、或いは落胆の息を吐き、蔑みや嘲笑の眼差しでマスターとなったライラを睨みつけるのだった。

トゥトアンクアメンーー否、ツタンカーメンと称した方が適当か。古代、何者かの手により一時史実より抹消された悲劇の少年王。

 

ーーが、彼らが本来座より君臨させるべき王は “病人” ではなく “英雄” 、良くて “賢者” 、最悪でも崇拝された “暴君” であってほしかったのだ。

人類最初の宗教改革者などと記されるあの狂信者や王朝を傾けた淫売の魔女を誤って呼び出すよりはましだろう。この方は正しく英雄だ。馬を用いた戦車 (chariot) で砂漠を駆け、敵対する者共をその卓越した弓の技にて駆逐してきた。

‥‥だろうがだとしてもそれだけだ。未だに研究が続いているとはいえ神格化に値する逸話があまりにも乏しいのだ。更に厄介なことに王には夭折した史実がある。死因は殺害、事故、病死、etc‥‥と主張は様々にあるがその主因はどうしようも無く決定的に彼と生涯を共にした病にある。遡れば遠因は血筋を濃くする為の産み親の近親婚にあるらしい。

人外の身となれどこれでは虚弱者だ。戦場にて勝ち残る見込みなどまるで皆無。落胆する方が自然だろう。

 

「ーー成る程、この闘争に参るのは我では不服と申すか?」

 

異変に気付いた王は事態を理解するとその魔術師達を救いようもない汚物を見るような殺意を込めた両眼で彼らを見渡したーー、

 

 

「ーーぐふっ、ごぼっ‥‥⁉」

 

 

次の瞬間、偶然にも王に視線を向けてしまった者は知らぬ間に毒の盛られた杯をあおったかの如く顔から脂汗を浮かし始めるとやがて、目鼻口から鮮血をちろちろと垂れ流し遂には地に伏すのだった。‥‥唐突に、何の前触れも無く。

 

「があ、あぁ⁈‥‥ぁ」

「な、何が‥‥ごぶふ⁉」

「痛い、痛い、痛い、痛い‥‥」

「き、気をお確かに!傷は浅いですよ!」

 

「‥‥え? え、ええ?」

「戒めだと思え、今回は咎めはしない。だが次の時刃を持ってして我や臣下たる我のマスターに害成したならーー命は捨てたものと知れ」

 

阿鼻叫喚、死屍累々の惨状に素人のライラは事態の把握に頭の追いつかないでいた。

人が血を吹いて倒れ悶え苦しんでいる‥‥理解したのはそれだけである。

 

「いっ、一体何がーー」

「何、少々罰を与えただけさ。吾を呼んだ君の大儀に彼らが不服だと言いたげだったから少し力を見せただけさ。‥‥あまり吾はこの力は好きではないのだがね」

「力って‥‥何もしたようには」

 

彼女、マスターのライラが理解出来ていないと察した王はやや返答に困った苦笑をして沈黙し、‥‥ああこれはだな、と再び話を始めた。

 

「吾を正しく理解していなかった盲信的な民の者達が創り上げた “呪い” だ。いやはや、さすがにこの扱いはかなり堪えたものだったなぁ‥‥」

「民の、呪い? 作られたって、まさか‥‥」

 

(呪いーーだと? ーーいや、そんなはずは)

 

偶然にも無事だったトトルメスはその言葉に違和感を覚えーー気のせいだとその思考を片付け、事態の収集に勤しむのだった。

 

 

 

その “呪い” こそが王を意味する伝承に繋がる重要な鍵とも知らず。

 

 

 

弐.????

 

“こうして新たな役者が又二人。

 

主は茶肌の灰被り。剣は虚弱の王子様。

 

主の知らぬ間の願いは己と家族の安息。更にーー、

 

剣の渇望の願いは妻との再会。そして再度のーー、

 

さてその願い、全て成就するのかしないのか。

 

見物、実に見物だ。”

 

 

 

 

参.???? 更新情報

 

 

 

【真名】トゥトアンクアメン (ツタンカーメン)

 

<保有スキル>

・虚弱体質:B

……最新の研究結果より、彼は近親結婚による遺伝的病質持ちだったという。その証拠に彼の遺体にはかなりの骨疾患の跡があり、右足は欠指症、左足は内反足であり、更に骨壊死症を患っていたという。それ故か、彼の財宝には多くの杖が奉納されている。

 

これにより戦闘開始の度に幸運に失敗した場合本来の筋力、耐久、敏捷等が一定の確率で一時的に低下する。戦闘終了、中断した時に無効とする。

 

 

 

 




遅れてしまい済みませんでした‥‥! 忘れた訳ではないのですが、書く時間が見つからず疲れて眠ってしまったり、遊びに没頭したり、勉強が膨大だったりと忙しい状況でしかなかったもので‥‥。今回からある程度見えたらサーヴァント情報を載せることにしました。まあ今回はいきなり真名バレですからこのくらいは‥‥
感想批評誤字報告、お待ちしております。再度、遅れてしまい済みませんでした!


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無銘の神の徒

壱.イスラエル 某所

 

私 (わたくし) の名はナオミ・マカベア。純系のユダヤの民の者、今では数少ない旧教の信徒の一人である。‥‥話すこともあまりない為開示要点だけを告げさせてもらう。

 

私は苦渋の決意により神の意に反して過去からの招来、召喚を行ったが、その冒涜の試みは成功に終わった。これにより一部の過激派が救世の英雄 (マカベア) が再臨したとこれより始まる戦争にまだ勝利していないにもかからわず熱狂的に賞賛し、父母には神の理を犯してまで我らが民を救おうとする意志、お前は私たちの誇りだと激しく涙され、ラバイたる我が師はその力は救世の為、それを忘れるなと強い警告と共に鼓舞を言い渡された。

 

ーーしかし、自分が召喚を行ったが故に口にするのははばかれるのだが、私は人類救世の為の力を得た喜びを得られなかった。私の誓いに応えたのは十二士師の者だったが、だからといって私はその救世主 (メシア) を心底尊ぶ気にはなれなかった。

何故なら彼は救世主の一人として (個人的に) 数えたくもない無頼紛いだったからだ。

確かに主の賜物による力は伝承通りで申し分も無い。屈強な軍人を手合いさせた所二秒で完勝してみせた。銃火器や弾丸も刃も通さないベストやらで完全武装した五人隊二つを素手で以て、手は抜いてやったと話してはいたが全員巨大な物体‥‥相応な例に大型車種に体当たり、或いは破壊作業に用いられる鉄球を装備した重機で殴られたかのように重傷を負ったのだ。

 

“俺に身合う武器すりゃありゃあ軽く千、二千は殺ってやるよ”

 

などとほざいていたが事実だった。あの弱点はやはりそのままだったがそれには有効な対策が用意される為心配する必要が無い。正に無敵が此処に完成するのだーー、

 

‥‥のに、なのに私には現在進行で問題が一つ浮上してしまったのだ。

儀式には何の問題も無かったが主従契約の際、彼は明らかに私を主として観念して渋々承諾したように私を含め協力者の目に伺えられたのだ。契約破棄は無いとは思いつつも放ってはおけず疑念の出処を問うと、

 

「‥‥お前はあの裏切った女 (アマ) に驚くほどそっくりなんだよ」

 

そう告げられたのだ。

 

名誉毀損である。理由が理解出来ない。一体私の何処があの奔放な悪女と相似するのだろうか?そもそもーー

(以下、延々と彼女のぶつけようの無い怒りが続く。)

 

 

 

ーー丸一日食い潰してでも問答と弁明を行いたいが本来儀式の場は極東の島国、残念ながらその様な時間は作れない。今は諦めてこの待遇に耐えるしかない。

 

 

 

私の、我々の望みは救済だ。皆が無条件に望む平穏だ。自らの思想を押し付けることで世界を無理矢理束ねる啓典の民の名を騙るあの狂信者や一部の資金稼ぎにしか目が無い俗物とは我々は違うのだ。

神の子の血を受けた杯の模倣が真に万能であるのならばこの程度叶えてみせてみるべきだ。

ーー我らが主Y.H.V.Hの影にすら及ばぬただの有り触れた盃でないというのならば。

 

 

 

 

 

 

弐.某国 とある研究員の手記

 

・後半部より

(※書かれた字は後ろにいく程酷く歪んだように震えており、当時の精神状態が伺える。)

 

もしこれが表に流出したとして、自分は後世どう語られているのだろうか、どうでもいいことのはずなのにどうしようもない不安に駆られてしまう。

こんな前代未聞の研究はきっと自らを啓典の民と自負する奴らが恐れる程の冒涜か、或いは昔に滅んだグノーシスや錬金術師の集まりが羨望の眼差しをする程の科学の偉大なる又一歩と認識されるのだろう。それ故前者の人間達には絶対に出会いたくないものだ。

私はそれ程の愚行を成した。些細であろうが確かな事実なのだ。

私はその真意を知らなかった。現代科学では論外、魔術を以ってしても再現不可能の奇跡を追い続け、遂にはその奇跡を手に入れた人間は稀有な存在とされ、俗に言う “封印指定” に認識されてしまうのだ。表の世界ではこれへの摘発は無いが、こちらの世界では話は別だ。我々には言えることだが信仰とは本当に恐ろしい。

巷に聞くバチカン市国の奇跡狩りならば物品は没収、能力者は人権に配慮した一定期間の軟禁、逃げた際の戒め‥‥を除けば至極穏便に済むのだが、あの魔術協会とやらだけはそうはいかない。逃げようと逃げなかろうと彼らは最大の敬意を以って脳をホルマリン漬けされるからではない。発現、開発者のみ再現可能の奇跡を封印する為に執拗に追跡を続けるのだ。完全に姿を暗ますか、彼らの手足にでもならない限りそれは終わらない。

 

‥‥だが、そんな存在は私にはもう凄味は無い。何故ならば私それらを遥かに凌駕する恐ろしき事象に今現在命を狙われているからだ。

私は知り過ぎ、理解し過ぎたのだ。神の領域にのみ存在すべきそのあまりにも神々しき輝きを放つ未知で構成された物質を。そしてそれをーー神を量産する方法を飽くまで理論的、仮説的に発見してしまったのだ。我ら彷徨の民の行末を強く思慮したが故の所業だった。

 

これは再興の為だ、我らが主の威光を知らしめる為だった。

ーーだったと言うのに、私は、私は‥‥!!

 

‥‥奴は、来ないか。だが時間を許された訳ではない。死の宣告者はまだ扉に、二度と開くことの無い厚い鉄の扉の前に確かにいるのだ。

同胞か異教の者かは解らぬがこれを読む者よ、どうか私の戯れ言に付き合ってはくれないだろうか。ここに書き残したあまりに空想地味た法螺の如き現実を。

 

 

 

( ※それ以降は白紙。何ヶ所か破り取った後があるのみである。)

 

 

 

参.研究者の知人の供述より

 

 

 

(※個人のプライバシーに関わる情報は削除しました。)

 

ーーええ、彼は研究に携っていて暫く会うことは難しいという報告の後見事に音信不通となりました。

ーー研究内容? いや、私も流石にその中身は知りませんよ。第一彼は国家機密の研究だと言って一切それらに関するものは話してくれません出したし。ただ大掛かりな任務だから申し訳ないが邪魔にならないようにしたいからと音信不通の予告をしたので、ええ……。

 

(中略)

 

しかしあれは驚きましたね、何せあれから数年経って以降消息が全く見当たらなくて、薄々心配していた頃、数週間前に彼からEメールが届いたんですよ。いやはや、友人達と久しぶりに飲みに行ってた最中にですから皆に笑顔が灯りましたよーーそれを見るまでは‥‥ええ。

何を言っているのか、最初は理解が出来ませんでした。この

 

「神に殺される 冒涜者だった 私は」‥‥って。

 

しかし私は彼がこんな冗談を吐かないことを知っていました。私と友人達は嫌な予感を察知して後日他の友人や、知人の軍人や警察にも協力してもらったんです。

民間の企業に逆探知で彼が最後にいたと思われる場所を割り出してもらいーー国境を越えたアフリカの砂漠の経緯????にいることが判明しーー徹底的にその周辺を巡り探しーー遂に古代遺跡のように埋もれる砂漠には不相応な近代の建物を見つけたのです。かなり新しく建てられたはずなのに廃墟寸前の城構えがやけに不気味でしたが。

ーーそうして埋もれていなかった強固な硝子窓を玄関に中の探索を始めたのですが‥‥結局の所彼は見つかりましたが、手遅れでした。まさか、とは思いました。しかし薄々その可能性も少なくない話、衝撃は少なく済んだのですがーー、

 

ーーソドムとゴモラという言葉を知っていますか? 旧約聖書、ユダヤの民に伝わる‥‥今では世界中に知られる戒めの逸話です。

これはヨルダンーー現在は死海に沈んだ二つの町なのですが、そこには描写することも躊躇う、正に七つの大罪全てを体現したかのような淫靡な所業が蔓延っていました。神はこれに憤怒して天から硫黄と火の豪雨にて滅ぼしてしまったのです。天使の警告に従ったロトという男とその妻子は町から逃げることが出来ましたが、彼の妻はある警告を破ってしまうのです。

天使の “振り向いてはならぬ” という警告に背いて焼かれる町を見た彼女は神罰により塩の柱にされてしまうのです。

 

ーー何を言っている? あ、ああ済みません。あの時の恐怖が取り払えず‥‥とにかくあれを見た時落ち着くには無理がありました。友人達の中にも失神してしまったりとかなり非現実だったんです。例えるにあれ程適した話はありませんよ、だって、

だって、彼の骨の周りには散乱した塩と十数cm程度の塩の柱、燃えて灰と化した衣服の残骸ーーそしてその意味不明な内容のノートのみだったのですから。

 

後に警察の知人から詳しく教えてもらったんですが、死体というのは白骨化して発見されることは珍しくない話だそうです。ーー成人の肉体でも完全なら数ヶ月、最低でも数週間野に晒されていたならば、ですが。因みに地中だと数年がかるそうですが、彼が見つかったのは室内、それもどうやら研究を行う場所故無菌の状態です。このまま放置しても蝿が入り込まない限り水分が抜けてミイラになるだけです。

 

要するに、こんな冗談としか言えない事実は本来有り得ない現象なのです。これが何故目の前に現れたこと

 

(中略)

 

ーーふと思い出したのですが彼は私と二人酒を飲み、幾らか酔うと口癖のように俺は山師だと自嘲することが多々ありました。いや、魔術師だったかな? ‥‥とにかく彼の妄想癖が始まると呪文のように専門用語を多用するので大抵は聞き流しているのですがそれがばれないように、といっても全く彼は私の行動に気付いていませんがまるでその表情は常に既に酒から醒めて達観した物悲しさを訴えているのです。

 

ーー彼は一体何時何処で何を何故どう選びどうやってしてこのような結末に辿り着いてしまったのでしょうか?

 

 

 




ネタ切れ part2! いや、喜べません。また蓄積期間に入ります。今回でペースを戻したかったんですがね、思いつくこと出来なきゃ意味なしですし、 ‥‥はぁ。
感想批評誤字報告お持ちしております。


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真の邂逅

零.????

 

"さあさあ主演がやってきた!

 

阿呆な悲喜劇と知らずにだ!

 

主は無色博識無知の青年。剣は白痴無想の鉄心臓。

 

主の願いは何も無く、

 

剣の願いもーーいや、これは‥‥ほぅ。

 

さてさて、幸運の女神は微笑むのか?

 

旅路は波瀾万丈。帆船は無事に済むことを。”

 

 

 

 

壱.幾ノ瀬の屋敷 ????

 

「…………ぅう、?」

 

ーーふと、目の前の光景が、自分の現在地が何時の間にか歪んでいってしまうかのような酩酊が頭を抑え付ける感覚の中で俺ははっと意識を取り戻した。

 

「ーーーー夢、だったのか?」

 

辺りを見渡せばそこは自分がお客さんに差し出す予定の和室だった。更に確認しているとあの黒表紙の本に触れたことにより分離させられた左腕が何事も無かったかの如く健在だったが、深い鈍痛が響いていた。

 

“ーー誓いを此処に 我は常世総ての善と成る者 我は常世総ての悪を敷く者 ”

“ーー済まない、聞きたいことがある。”

“ーーオレがお前のサーヴァントか? ”

 

「‥‥嫌に鮮明な悪夢だ」

 

まるでおぼろげな古写真の如くあの非常識な地獄の記録が印象を増して何度もリフレインする。

ーー気持ちが悪い。数日前の怪奇 (ゴシック) やら幻想 (ファンタジー) の読み過ぎが原因だろうか、だとしたらひどく痛々しい話だ。現実味溢れた喜劇の方が余程笑い話になる。

‥‥寝ていても仕方ないと考え、弱々しいが未だに訴える痛覚が止まないのにやや苛立ちながら敷布団から起き上がろうと上半身をーー

 

 

 

「マスター‥‥お前、寝るのが好きなのか?」

「ーーはい?」

 

床に垂直にした時、聞き覚えのある声が忽然と響いたのだ。それ故声のした方向に反射的に身体を向けーー驚愕した。

 

「主従契約中に倒れるなんてのは笑える伝説になるなもな」

 

目に映った人物に俺は悲鳴をーー上げなかったが、驚愕は隠せず反動で俺は唖然し、停止し、沈黙してしまった。

何せ夢として片付けたはずの幻想が、あの図書室 (仮) に現れた女剣士が目の前に健在しているのだから。既にここは俺の場所だと言わんばかりに女性に似つかわしくない豪快に胡座をしている様などが些細なことに見える。

こんな状況下で落ち着け、驚くなと言われても小一時間取り乱している方がある意味自然だ。これは一体何の冗談だ? ‥‥もう地球の裏側にでも置き去りにされてしまった気分だ、本当に疲れる。頼む、誰か説明を。もしくは頭を整理する時間の猶予を。そうでないなら一人にさせてくれ‥‥。

 

「大丈夫だ。すぐに説明してくれる」

 

俺の心中を察しているのか分からないが彼女は気休めに言い渡した。

 

「一体さっきから何のことを言っているのかさっぱり‥‥て、待てよ説明たって誰がしてくれるんだよ?」

「それならもうすぐに帰ってくるはずだが‥‥」

「来るってたって‥‥じゃない違うんだよ、俺の聞きたいのはーー」

 

‥‥何だろう、この随分と男勝りな口調の方と会話をしていると出所が謎な安心感に包まれる。だと言うのにあの動揺を止められず発狂しかけている俺は落ち着け、待っていろと絆す彼女に……言い聞かせるのも恥ずかしい訳の分からない説得を訳分からずに続けていると、

 

「セイバー、いる? ごめんなさいね、遅くなってしまったわ。」

「ーーえ?」

 

和室の入り口の引戸を裏側から誰か三度軽く叩く音と共に聞き覚えのある声が耳に入ったのだ。

 

その声に反応したセイバー‥‥どうも本名らしくない。偽名か、大穴でコードネームなどと言われる代物かーーと呼ばれた彼女は立ち上がり戸口に近付くと返事をした。

 

「‥‥ああ、リンか。マスターならさっき起きた所だ」

「そう‥‥残念だけど、言わなければならないようね。とにかく入るわよ」

 

言い終わると同時に引戸が開かれ、誰かが中に入ってくると

 

「 」

 

俺は本日二度目の驚愕を覚えざるを得なかった。何せ目の前に現れたのは……

 

「御早う宿主……いえ、幾ノ瀬くんが良いかしら」

 

今回宿泊客として訪れた遠坂さんだったからだ。ーーしかも

 

「何だかあの頃の俺にソックリだ。 “一体何に巻き込まれたんだ?” って顔をしてたな、うん」

 

その後ろから夫の士郎さんが同じく。

おまけに俺は知らないーーこれまた随分と古風でかなり目に毒な色気を無自覚に漂わす白銀の女戦士が本物か贋作か分からないが青銅色の槍を一振り持っている。攻撃の意思は素人目にも皆無だと分かったが、此方から仕掛けたら返り討ちされてしまうかもしれないと考える程威圧の意思を感じ取れた。

 

既に思考回路の熱で発狂寸前の俺は一呼吸して目の前に優雅に正座し、どうしてか憂鬱そうな遠坂さんから唐突に

 

「本当に御免なさい」

 

と、謝られたのだ。何故だ。そう疑問を推理しようとするもーー

 

「幾ノ瀬くん、貴方は全ての真実を知ってもらうわ。

「いや、だから、一体何を言ってーー」

「少ないけれど、頭で整理する時間は用意してあげるわ。だから今から言うことを良く聴いて」

 

その言葉を皮切りに遠坂さんは先程とは真逆の真剣な表情になって見守るとも、睨んでいるとも捉えられる冗談抜きの眼差しを向けた。

 

「ーー覚悟して。残念だけど貴方はね、 “儀式” に巻き込まれたのよ」

 

そう彼女は焦燥を露わにしているのと対照的に俺に冷たく非常識に足を踏み入れたことを告知したのである。

 

 

 

 

弐.幾ノ瀬 光一

 

ここまで辛くも耐え忍んだが受け入れ難い非現実の恐怖と狂気の続け様の脅迫に遂に白旗を掲げた俺は意を決して三猿全てを投げ捨てた。

 

炎の魔女は語った。

 

真実。

“魔術師” ソレが人類史の始まり、古の法則に縛られた世界に在ることを。

“聖杯” ソレの模造にて奇跡を呼ぶ血塗れの大いなる儀式が在ることを。

“英雄” ソレを深淵から現に蘇らせ使役させる禁断の方式が在ることを。

 

現状。

“選定" 俺はその聖杯の模造に選ばれたのだと。

“従者” 俺はその橙色髪の戦士を召喚したのだと。

“過去” 俺は傑物な魔術師の末裔なのだと。

 

現実。

忠告。曰く、俺はこのままでは死に至る運命に在ると。

警告。曰く、もしこのまま立ち去るならば容赦なく沈めると。

宣告。曰く、俺はこれ以上の全てを知らなければならないと。

 

知らず知らずの内に後回しとしたツケの重さの如くその真実は俺が受け入れるには膨大な日数を必要としなければならないのであった。

 

 

参.???? 更新情報

 

【クラス】剣士

【真名】????

<ステータス>

・筋力:C (?)・耐久:C・敏捷:C (?)

・魔力:E・幸運:A (?) 宝具:ー

<クラス別能力>

・対魔力:C−

……元々魔術的才能、及び知識は一時的に所有している聖杯からの情報を除くと一切持っていないので、セイバーとして有るまじき低さを誇る。

 

・騎乗:B

……騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。

 

<保有スキル>

・武器奪取:A

……相手の武装、もしくは宝具を奪い取って自身の所有物とする能力。ただし宝具の場合、概念武装の類は例え武器や防具として扱う物でも奪うことは出来ない。更に、そのような類では無いとしても本来の担い手では無いので、例えば真名解放や常時発動能力は基本的に使い捨て、持続させるも本来の持ち主以上に魔力を消費する。

 

<武装>

・剣:無銘

・盾:無銘

 

 

 

【クラス】槍兵

【真名】ペンテシレイア

<ステータス>

・筋力:B・耐久:C・敏捷:A

・魔力:D・幸運:D・宝具:C

<クラス別能力>

・対魔力:A (B+)

……ランクA以下の魔術は全てキャンセル。

事実上、現代の魔術師では彼女に傷を付けられない。

 

<保有スキル>

・魅了:A+

……女神の援軍とまでトロイアの民に称された程の美しき戦場の華。戦闘時に最も発揮される。

一定確率で彼女の味方には鼓舞によって成功率を、敵対する相手には畏怖によって失敗率を上昇させる。

 

・神性:A

……神霊適性を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊の混血とされる。

父方は戦神アレス、母方はアマゾネスであり精霊とされるオートレラである。

 

・騎乗:A

……幻獣、神獣を除く全ての獣、乗り物を自在に操れる。

 

<武装>

・盾、短剣二本、槍二本

・大剣:無銘

……背に担ぐ程の大きさで、銀と象牙で美しくこしらえられた鞘に納められている。

現在のクラスはランサーの為所持していない。

 

<宝具>

・????

 

<詳細>

・出典:叙事詩イリアス、ギリシア神話

・地域:ギリシア

・属性:秩序・善

・性別:女

 

<経歴>

1.アマゾン

……ギリシア語で“乳無し”という意味である。後に弓や槍を扱いやすいようにするため女児の頃に右の乳房を切り取っていたという……が、これが正しく行われたかは不明である。

ギリシア神話では戦神アレスと女神ハルモニアの子孫とされ、小アジア北東部に住む好戦的女人族であり、男子は隣国に送るか皆殺しにしたという。

 

 

 




ようやくまた準備が整いました。前途多難で済みません‥‥。戦闘までもう少しなんですが、もう一話後になりそうです。断りを入れた上でのこの少なさ‥‥ううむ。
感想批評誤字報告お待ちしております。


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闘争演舞

壱.東北某県某市 郊外の森

 

ーー炎の魔女と惑う青年の邂逅より早五日が経った。

夜。時刻は深夜を回り、辺り一体は欠けた月光に照らされた薄闇のみだ。だが此処は秋冬の季節ですらないというのに月光ですら届くことの無い奥先には誰であろうと入り込むのを躊躇う程の冷気すらまとったかの如き恐怖と全てが眠りに就いたかの如き静寂が無造作、或いは計算され尽くされたかのように佇んでいる。無音のみが反響するそこはまさに冥府への入り口と直喩するべきだった。

その闇を恐れずに歩むどころか、凄まじい速度 (スピード) で駆ける異形の人影が二つ。

ーー彼らはこの世界の常識においては理解不能の、否。魔術という深淵の真理を知らぬ者には理解されてはならない存在だ。

過去より蘇った奇跡 (ぼうれい) ーーそれがこの森を駆けている。

 

一方は両に一振り、計して二本の青銅色の槍を携えて駆ける栗色の髪を風になびかす銀の女戦士の姿。彼女の足運びは世界中の誰をも寄せつけないであろう速さだ。それによって地面を覆う小さな草花は引き裂かれるように散っていった。

一方は女の得物より幾分か見劣りする、現物や贋作を見た覚えのある者には普遍的な長槍を片腕に携えて駆ける金髪の男の姿。彼もまた彼女にやや劣るものの、それでも尚常人では至るはずも無い驚異の脚の速さでもって彼女に拮抗していた。その足運びは重力を無視したかの如く足音を響かせず、まるで気体が色と型を持って現れたかのようだった。

 

「はっ、いい脚しているわねぇ優男! 私と似たような武具を持って “本来の位格” ですらないくせにさぁ!」

「お褒めの言葉と受け取っておきますよ、 “本当” の槍兵!」

 

男の返す声に誉めに似た挑発の言を放った彼女‥‥遠坂 凛の使い魔、ランサーのペンテシレイアは内心焦燥していると同時に、嬉しさが溢れていた。

聖杯の知識と彼女の主の話から思考するに男は間違いなく今回の戦いでいうイレギュラー、番外位格 (エクストラクラス) だと確信出来た。

過去、七つの位格の他に無理矢理仕上げた位格を参戦させた例は少ないが存在する。

第三の闘争、錬金術の家系アインツベルンの反則、復讐者/アヴェンジャー。

第五の闘争、キャスターのサーヴァントの反則、暗殺者/アサシン

 

‥‥しかし、聞かされた前例に奴はどれにも不適当だ。復讐者は論外として、暗殺者にするもかなり実力が有り、そもそも槍を持って現れた時点でそれは無い。自分より劣りはするが、明らかに従来の位格として機能している様相だ。だとすれば、おそらく‥‥。

 

(ーー考えるだけ無駄、か。なら‥‥)

 

その思考の刹那、偶然にも広い空間が二人の前に現れーー剣戟が反響した。

 

「ーーそうね、此処なら」

「ーーええ、此処なら」

 

「誰にも邪魔されない」‥‥そう思考した二人は徒競走を止め、戦闘に移行したのだ。

 

“まだ見ぬ闘争に心踊らせていた。”

 

ーー数秒間の槍による鍔競り合いの沈黙の後、槍兵と槍兵の戦いから聖杯戦争は真に幕を開いた。

 

 

 

弐.同所 郊外の森

 

土、風、鉄、風、鉄、鉄、土、鉄、風、土ーー

ーーしばし静粛が支配し、

土、風、鉄、鉄、風、木、木、鉄、風、土ーー

 

‥‥空を舞い、風を切り、鉄を打ち響かせ、地を、樹木を蹴りーー攻防による不規則かつ規則性を持つ調律が何度も何度も繰り返された。

 

剣舞という言葉がある。東洋で、特に中国や朝鮮、明治期の日本での刀剣を用いた舞踊を指すが、平たく言えば刃を空に晒した剣を持って踊ることだ。

彼らはそれを槍でもって行っているだけにも見える。

突きを避ける為に回り込み、その隙に蹴りや拳を入れ、躱し、防ぎ、追撃を喰らわせんと踏み込み、いなされ‥‥。

それら全てを常軌から乖離する速度で無駄無く繰り返されているのだ。

 

それが行われる都度に、度に、束の間に周辺は秒単位で一変していく。

一撃一撃の身代わりにされた幾つもの大木は実は張りぼてだったのかと思わす程容易く経に、緯に、斜に裂かれ、或いは踏み台ーー壁として助走の為に蹴り砕かれ、折れ、大地は一瞬間の内に地震に襲われたかの如く一線に裂かれ、時に弾けたかのように砕け‥‥。

ーー其処は、それこそ嵐や竜巻の類が此処のみで猛威を振るっていたとした例えようがない惨状へと化していった。

二人に実力差は無い。強いて差異を挙げるとすると金髪の男は風に舞う木の葉を思わす身軽さを駆使しており、対して彼女はその可憐な身体からは想像も出来ない剛鉄の如き腕力や脚力を武器としていると言えば良いか。

柔と剛。異種格闘技に近しいその (彼らにとって) “戯合い” は実に甲乙付け難い勝負と成り果てていた。

 

「はっーー!」

「とぁっ!! 」

 

最後の一撃を双方が叩き込み、その反動で双方が距離を取り、それを合図にまた静粛が訪れた。二人は再度身構える。その間の静けさは時計の短針の如き速度が流れているかのように錯覚を催させた。

 

「やるわねェ、優男」

「いえ、それ程でも」

 

さてもう一度戯れるとしようか、双方がまた随分と好戦的な思考を回し始めたその時だった。

 

 

「待ったと云わせて貰おうか、二人の槍兵よーー」

 

 

再開の前に突然、声が響いた。二人は邪魔をした声の主を探すが、姿どころか影の形すら見つけることが出来ない。ーー間もなく、次の声が響いた。

 

「騎士戦士の試合にこの様な茶々を入れてしまい申し訳ない。しかしそうしてでも折入れて願い出たい話があるのだ‥‥」

「ーー恐れながらこの戦い、己も混ぜて貰おうか!」

 

その声が響き終わる間もなく二人は急激な異変を感覚から気付いた。

ーー上だ、真上から何か強力な気配を嫌でも感じる。地震や津波に似た膨大なエネルギーの塊のような何かが降りて来る。

 

「これはーー!!」

 

夜空を見上げれば深い黒に欠けた月と共に少々の星々が瞬いている。だが先程より数が多いある上に内に怪しげに煌めく赤や橙、紫の星々があるのだ。ーーいや、違う。これは正確では無い。言い直す、その星々は急速に大きくなっているように落ちてくるのだ。

 

やがてそれははっきりと正体を現した。

黄金で彩られた節、羽。独特の風切り音。炎や雷を纏った銀色の鏃。

矢だ。矢としか言いようがない。

それらがここへ向けて約数百本、墜ちてくる。何者から放たれている。

 

「何ですか、まるで火の雨の如きこの攻撃はっ⁉」

「黄金の神の雨は聞き覚えはあるけど、これは流石に初見ねェ!!」

 

あまりにも唐突な第三の敵の猛威には二人も流石に驚きはしたが、簡単に負ける気は微塵も無かった。ーー寧ろ勇ませ、闘志を灯させる代物だったからだ。

腹を決めた二人の槍兵の行動は素早かった。

自身の得物を構え直して数秒後、着弾寸前の神秘を魅せる神代の矢の群の内、彼女は不動を貫く以上避けるのが不可能な一撃必殺のそれらをーー切り払った、いや叩き落とした。

一方の金髪の男は神眼を所持しているのかと思わすかのように墜ちてくる死の雨を風にたゆたうーーを超えて最早彼自身が風の化身ではないのかと言わしめる程の‥‥名付けて “避け舞” を披露して観せた。

 

彼女が矢の雨を切り、折り、斬り、折る度に爆風と閃光が後ろで連続した。

彼が矢の雨を避け、躱し、立ち止まり、跳ぶ度に彼が居た地面は焼き焦がれていく。

 

ーーそれから約一分後。

 

「実に見事、 この程度はやはり “朝飯前” のようだ‥‥」

 

先程の試合よりも更に凄惨な “空き地” となった森の隙間で未だ二人の槍兵は健在しているのを確認し、二人の偉業に静かに賞賛の拍手を送る者は、猛威から無事だった林の向こう側から姿を露わにした。

 

「先程の無礼の詫びだーー我が真名、語せて頂こう」

 

現れたのは一人のやや大きい弓を携えた青年だったーーが、ご都合主義の御約束か明らかに異形を思わす気配を放っていた。

軽そうな金色の武具を纏った下半身以外はほぼ裸同然の東洋特有の薄い色黒の肌。頭には独特な伝統を物語る冠。額の赤い印。薔薇色の瞳。

その姿勢は無頼の類とは全く逆の戦士ーーそれも規律を厳守する者の姿勢だった。二人の槍兵はその様を静かに見守って冷静の仮面の下で心臓の鼓動を早く打たせまいと緊迫を抑えていた。

 

「己(わたし)は秩序神第七転生月の如きラーマ、王のラーマだ!」

 

今宵この戯れに招かれた者は、抑止の顕現たる者の一人の愛と正義の王子はそう名乗りを上げた。

 

 

 

参.同所 某ビルの屋上

 

ワレは一体何を物思うていたのか。何故に心底より熱を持つ殺意が這い上がらんとするのだろうか。

ワレには笑い、怒り、泣く為の意味も、理由も、衝動も、思考も既に在らん。感情などあの地獄の底にて摩耗して在る筈が無いのだ。在るとすればあの軟弱者が目に移る刻のみ、それのみにワレは生きている。

そうだ、ワレの悲願は人の身にして神の転生たる “奴” を魔道に堕つす事。それさえ完遂出来たならば例えワレが歴史より抹消されようと構わぬ。

再度剣を取れ、軟弱よ、次は正面より相手する。

 

ーーだがワレは今世に殊類となりて顕現せどこの世界の醜態に嘆きに嘆きようの無き憤怒に駆られてしまった。

奴の死後教団の理は広く宣教され、修正と再起を繰り返し幾多の分派が現れていった。それはどうでもいい。だが今世、全ての神秘が息途絶えたかの如き世界であの軟弱の転生 (アバターラ) を宣う阿呆が数える程度に幾多もいる事実はワレを憤慨させるのに十分過ぎたのだ。

奴はこの乱れた様を傍観しか出来ないのか。はたまたこれで影武者を量産し己のが身を暗ました積りか。何方にせよ嘆かわしい。大層呆れるぞ愚か者めが。

 

今宵は奴の気配は未だ皆無か。いや、そもこの戯れに奴は参る事は有り得るのかーー。

 

「ーー恐れながらこの戦い、己も混ぜて貰おうか!」

 

その遠い声に眼を凝らし、驚愕した。

 

ワレは目に映る存在に殺意を確かめるようにこの手を開いては閉じること数回行っていた。

‥‥似ている。忌まわしくもワレの知る奴に酷似している。

 

この眼が奴のかの英雄たる姿を、

(だが、何かが違う。奴はあれ程の豪傑だったか?)

この耳が忌まわしくも徳の在る言霊を、

(だが、口調が違う。奴はあれ程手馴れていたか?)

この手があの逞しい奴の腕を、

(だが、あれは‥‥。)

 

何よりもあの忌々しい迄の優顔と神々しさを、

(だが、似ているだけだ。そう、ただの錯誤だ。)

ワレは記憶しているのだ。

 

‥‥ふと思いが浮かんだ。あの弓兵はもしやあの秩序神の転生たる王子、月如き戦士 (ラーマ・チャンドラ) ではないのか。だとすればあれらの差異も頷ける。

 

‥‥否だ、そう在る筈が無い。あれは英雄 (それ) に似ただけの同郷ではないのだろうか。そも、彼の者は言うなれば世界に顕現す抑止の神。我らが未曾有の危惧に天上より来たる救世主。かの様に相当規模の膨大な神の血を受けた杯とは有れど、所詮模造。人の身の魔術で降臨なぞ到底ーー。

 

「己は秩序神第七転生月の如きラーマ、王のラーマだ!」

 

ーー何と?

今、あの者は何と申した? 自らをあの王子と‥‥⁉

なればーーそれは、いやまさか‥‥在るのか、あれ程の厄災が。

 

「悉達多」

 

そうか、お前はーーお前は!!

 

「悉達多ァあああああ!!」

 

 

 

 

 

‥‥げに鬼より恐ろしきは妄執哉。己と同郷であるはずの英雄を宿敵の先鋒と見定めた暗殺者は狂疾した笑顔 (えみ) のまま雄叫びを上げた次の瞬間、その両手甲に毒々しい紫色の液に塗れる長い鉤爪を虚空より現すと周辺の床に一閃、そして狂気の笑いを続けながら微速かつ迅速に水へ溶解しゆく塩や砂糖の如く存在の薄い空と成り果てー去っていった。

 

跡にはやや浅く平行に緩やかな双曲線に刻まれたコンクリートの床とそれに沿うように塗られ、飛び散った紫色の線と飛沫が残っていた。

 

 

 




「貴様には (ry 何よりも速さが足りない!」 どうも茨の男です。最近難産な気がして仕方がありません。しかし最近出来た結合機能に次からは助けられそうです。亀更新なこの駄作を見てくれる人が居てくれて本当に有り難いくって‥‥またすぐに出せるかはわからないですが、次回も楽しみにお待ちして下さい。
感想批評誤字脱字報告お待ちしております。


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絶望前の苦悩

壱.幾ノ瀬の屋敷 真の邂逅より直後

 

ーー歴史とは勝者の描く記録である。

 

些か言葉に差異と捻じ曲がりがあるかとは思うが、歴史とはつまりそういふことだと語った名言がある。詰まるところ俺達の良く目にし聴く歴史とは時の権力者により都合良く編纂されることを指した皮肉めいた台詞だ。

過去とはあやふやだ。何せ俺達人間は過去の記憶を無意識に美化するのだという心理学‥‥違った、脳の構造の研究すらある。不快だと思った出来事は大抵忘れているのがその例だ。

しかし嘘は、特に相手へ向けた真実の編纂は後々に暴かれてしまうのが常。それも最悪のタイミングでだーー時効で当事者から赤裸々にされた真実の残酷さも勝るに劣らぬだろうが。

 

例えばブルータスが友の裏切りに絶望して放ったあの名台詞。

例えば英雄ナポレオンが歴史に刻んだ華々しい伝説的偉業。

例えば悪夢から恐怖の神々を産み出した小説家の “予言” 。

これらは史実から離れ脚色された嘘だ。

ブルータスの台詞は作家シェイクスピアにより装飾されたのであり、ナポレオンの伝説は彼自身と取り巻きの者達が創り上げた崇拝物であり、ーーあの物語はあまりにもリアリティに溢れ過ぎたが故に信じ込んだ者がそうやって騒ぎ立てただけだ。あれはただの架空の神話だ。

 

対し、もう確かめる術すら無くしたものもある。

例えば劇場型殺人事件の開祖、通称 “切り裂きジャック” の正体。そしてその後。

例えば聖女ジャンヌ・ダルクをかの救世主の如く人間に処刑されんことを赦した “宣告者” 。

例えば英雄にして始まりの王ギルガメッシュの史実としての真実、或いは嘘。

これらは全て史実でありながら真相を歴史の海原に沈められた謎だ。

最早証拠になる痕跡は黄ばむどころか虫喰いになり修復する手立ても見当たらない。

 

そもそも我々人間は後世に全てを伝えるなど可能なのだろうか、現時点で散逸してしまった記録も数知れずだ。

時間すらも敵となる。無慈悲、だが慈愛に満ちた死神は人類の意識の流れすらも変革してしまうのだ。

噫、何故だ。何故俺はこの事実を識ることも無くのうのうと生きてきたのだ‥‥‼

 

 

 

「主人 (マスター)」

「ーーっ」

 

非生産的な思考で迷走する無我への瞑想で頭痛が駆け抜けかけた瞬間、澄んだ女性の呼び声を聞いてーーそれは裂けた。

 

「心中を察してやれないのは申し訳ないがもう少し続けて二人の話を聞いてくれ」

 

ーーああ、そうか。これが現実か。俺は避け得られない真実に顔を振り向かなければならないのだ。

悲壮感に酔っている暇は無い。逃げるな、受け入れるのだ。でなければーー俺は夢見のままで死ぬ。

 

「頭の整理時間はあげるとは確かに言ったけれども、開始早々に使われるとは思ってもいなかったわ‥‥」

「いや、俺もあの頃はそんな状況だったぞ」

「あらあら、貴方には魔術師としての予備知識があったじゃない」

「だとしても凛から聞いたのは全て初耳だったけれどな」

 

‥‥のかもしれない。

今現在苦悩する俺の様が微笑ましいのか、夫婦 (ふたり) は昔を懐かしむように話を始めていた。何と言うか、どう聴いてもノロケ話だった。

 

(‥‥えと、あの、そのお二人共。俺の先程までの状況の中で一体何処に朗らかになる要素があるのですか?)

 

俺は諦感の脱力した表情でそう言いたいと考えながら夫婦のノロケ様を見ていた。

真剣にこれからの事に苦悩していたはずなのだが、恥ずかしくなってきた‥‥。

 

「まあ、確かに落第レベルの知識‥‥だったわね、忘れてた」

「‥‥悪かったな」

「ふふふ‥‥御免なさい、からかい過ぎた」

「懐かしいけど、本当にあの頃はーー」

「‥‥あー、済みません。一応頭は冷えたので話を続けてもらってくれませんか?」

 

さて、改めて何処から現状を語れば良いものか。本当に困っている。もう迷走や焦燥は俺の中は現在いない。落ち着いてはいる、間違い無く。

ただ正直決断と例えるべきか、何らかの確固たる意志が欠如しているのだろう。優柔不断も程が過ぎる。話された事柄を事実と受け止めるには胸の鼓動が罪悪感で静止してしまいそうになるのだ。

 

本当に意味が理解不能だが今はそうするしか無い。‥‥説明を続けて貰おう。

 

 

 

 

弐.北京郊外‥‥? 西 卓恩

 

 

 

‥‥もう、力を込めることが出来そうに無い。

だが、それでも、いやーー

 

 

“もう終わりにする” ◀

 

“あきらめない”

 

 

 

もう、終わりにしよう。疲れたのだ、休ませてほしい。

ーーゆっくりと視界がぼやけていく。体温が、下がって、いくーー眠ろう。

 

 

 

<GAME OVER>

 

 

 

読者の皆さん、短い間でしたがこの様な三文小説を愛して頂き感謝の極み、誠に有難う御座います。あまりな展開でいきなりのジ・エンド‥‥全くもって弁明のしようもないこと申し訳有りません。

 

些かの期間の後、次回作「優雅な末裔は魔法少女に転生するようです」

に御期待下さい。再度、誠に申し訳有りませんでしたーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

‥‥って冗談じゃねえよ阿呆っ!なァに勝手に人殺してんだゴルァ⁉

ーーネタに突っ走りたかった‥‥?‥‥よおしワカッタ、解ったぞ。

 

ブチ殺し確定ね☆ ヤロウブッコロシテヤル (某CV)

 

(推奨挿入曲 某アーケードゲーム 必殺技発動成功)

 

ーーまずはその幻想をヌッ殺す! 滅!

ーー生きているなら運命の女神だって殺って観せる、喰らいやがれぇええ‼

ーー泣け!叫べ!そして氏ねえぇ‼

ーー猫なる生モノよ、お前はもうタヒんでいる‥‥。

 

<マジ☆狩る八極拳 × 一夫多妻去勢脚>

 

K.O. ーーPerfect. (某CVpart 2)

 

「たった一つのシンプルな答えだ‥‥お前は私を怒らせた」

 

〜夢(?)回想 強制終了〜

 

 

 

 

弐.同所

 

 

 

「ーーでは今回の受講はここまでだ」

「終わた‥‥」

 

受験地獄、もとい魔術講座 (愛のスパルタ式) が終わった。

ああ、生きてる、私生きてるよ‥‥!

 

「一応言ってはおくが私も厳しくするつもりは無い。試験は行わないから予習だけに専念すると良い」

「‥‥ご容赦感謝します」

 

まああんまりにもつまらならかったから睡魔の囁きに従ったお陰で内容を全く覚えてなんていないケド、仕方ないネ。

さてさて、どんな内容だったカナ? ノートノートと。

 

(んっと〜‥‥)

 

 

 

1.メソポタミア神話 〜創世叙事詩 編〜 P.1

2.メソポタミア神話 〜英雄ギルガメッシュ 編〜 P.51

3.旧約聖書 〜ユダヤの神話 編〜 P.101

4.旧約聖書 〜至高神Y.H.V.H. 編〜P.151

5.新約聖書 〜救世主の偉業 編〜P.191

6.旧約聖書・新約聖書 〜書籍中の悪魔と神 解説編〜 P.231

 

etc‥‥

 

(oh‥‥gha)

 

やったというものが想像以上にヘビィだったZE‥‥

 

「‥‥おっとそうだった、そうだった。次にその範囲は世界史の部分を行うから予習しておけよ」

 

ーーO.M.G.

想像以上にorz状態まっしぐらの非道の御言葉‥‥嗚、O.M.G.

 

「お疲れ様です主様 (マスター)」

 

次の地獄がお前を待つと告げられ絶望の淵に佇むそんな可憐で悲劇のヒロインの私にふと、救いの手を差し伸べる天使、いやもはや女神の優しく暖かく澄んだ御声が香しい珈琲の微風と共に私の真横から静かに響いた。

 

「ありがと、ヘレネさん」

 

そこにいたのは正しく聖母だった。アルビノの髪に肌、灰色の瞳、白基調だけで繕った服を除けば彼女を聖母と比喩ではなく決め付けてもおかしくなかった。

紹介しよう、ヘレネさんだ。

彼女は私の呼び出したサーヴァントのキャスターの従者兼妻兼崇拝物とされる神様の部下の転生‥‥らしい。イマイチキャスターの宗教観が理解不能だ。

何故いるのかと言うと、キャスターの宝具として番外位の従者の位格に収まることで現界を可能にしているのだとか、因みに戦闘に関してはある一部分を除けば大体非力だけど家事万能だから現在私の隠れ家の調理担当者だ。悔しいけどレトルトやインスタントなんか一口で飽きるくらい美味で安いのを作って頂けるのよね、ホント。

 

「あの方も久しぶりなものだから教師の振る舞いが癖みたいになってまして‥‥主様の為とは言えごめんなさい」

「あれがデフォ‥‥? 英雄の振る舞いが一片も無いのに教師となると様になるって何かネ‥‥」

「そういう先生/人だから」

 

ヘレネさんの入れてくれた珈琲に市販のミルクと角砂糖を二三溶かして口に含み、そんなガールズトークを続けた。

 

さてさてここら辺で話題を今回私が召喚したサーヴァント、ティ‥‥違った。キャスターのことについて語ろう。

 

「貴様のような間抜けな無神論者に呼ばれるなど私は大いにがっかりだ。これなら至高神を狂信する愚者の方が張り合いがあるぞ」

 

先日、召喚直後の私の失言に対し雷の怒声を浴びさせた後のその蔑みの台詞に心折にされた私の怒りボルテージは瞬間的に最高潮に達してやる気スイッチを発動させた為、奴への復讐の第一歩として隙をみてーーググった。

‥‥ショボい?はいはい、悪う御座いましたやり方がショボくてネ。ただ言っとくけどサ、魔術師とは言え破格級の上級使い魔であるサーヴァントに対して互角になれる人間は魔法使いか伝菌保持者とか、後 “人間をやめる” ことをやってのけなきゃ無理だから。

だが英雄とて弱点は付き物だ。西遊記の孫悟空は不死身のくせに頭にはめられた冠に誰からでもアレを唱えると冠が奴の頭をきつく締め付けて観念させられ、また仏には勝てないなど、トラウマ級の苦手が絶対にあるのだ!

 

くくく、奴がそう聖シモンを騙るというならばその弱点、暴いて突いてやるのみよーー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー浅はかな考えであったを私は後に強く悔いた。

 

 

 

参.更新情報

 

【クラス】魔術師

【真名】シモン・マグス

<ステータス>

・筋力:D・耐久:E・敏捷:C

・魔力:A・幸運:C・宝具:C

<クラス別能力>

・陣地制作:B+

……魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。

“工房”の形成が可能。

彼の場合、自分の教団を所持していたことに由来する。

 

・道具作成:A

……魔力を帯びた器具を作成できる。

十分な時間と素材さえあれば、宝具を作り上げることすら可能。

 

<保有スキル>

・カリスマ:D(B)

……軍団を指揮する天性の才能。かつて彼が固有の教団を持っていたことに由来する。 だが、今回はとある事情により、大幅にランクが下がっている。

 

・神性:C

……明確な証拠こそないものの、伝承によって創造神エンノイアを生み出した至高神の転生であると伝えられている。

 

・聖人 (偽):E

……異端派から何度か聖人として非公式かつ勝手に列聖されたことに由来。

HP自動回復か、カリスマを1ランクアップ等から一つ選択される。

だが従来の聖人スキルを持つサーヴァント又は人物に相対した際このスキルや効果は無効化される。

 

 

 

<武装>

・杖:無銘

<宝具>

・創世聖母(エンノイア)

……聖娼ヘレネを従者(サーヴァント)の位格にて召喚する。

彼女自身、戦闘力は皆無ではあるが、彼女が創造神エンノイアの転生としての力を発揮することによりシモンや彼に味方する者への魔力の炉‥‥要するに有益な演算に対するバックアップとなる。伝承の通りやはりその神性は零落しているものの、嘗て世界、謀反を起こした天使達を生み出したとされるその魔力量は膨大であり、含有量であれば「陣地作成」における最高ランク“神殿”に匹敵する程の代物である。

【クラス】従者

<ステータス>All E-

(幸運B、魔力EXを除く。)

<保有スキル>

・神性:C

<経歴>

……魔術師シモンが常に連れていた聖娼。伝承によると彼女は“グノーシス派の光の乙女ソフィア”と呼ばれ、第一思考の流出にして創造の神エンノイアの転生であり、トロイのヘレネ、シュメールのイナンナ、ギリシアのアテナ‥‥等、他の女神の化身とされ教団に崇拝される存在の一つとされた。キリストを生んだのも彼女だと彼らは主張している。

(さすがにこれはでっち上げか妄言であることは間違いない。)

説明によれば、シモンが自分が神であったときに彼女と共に世界創造を行ったと断言している。

 

 

 

<詳細>

・出典:史実 新約聖書、使徒教伝

・地域:パレスチナ(古代 サマリア)

・属性:混沌・中庸

・性別:男

<経歴>

1.皇帝ネロ(37〜68)

……ローマ皇帝。(在位54〜68) 暴君として有名。初期は善政に勤めた。彼はこの皇帝から宮廷魔術師の地位を与えられ、その地で信奉者を得ていたという。また、彼は皇帝の前で死んでみせ、その三十三日後に生き返ってみせたという。

(彼自身は紛れもない事実だと自信満々に言い張るが、「魔術師? ああ、確かにいたな。“幸福された者” のことであろう?……だが余に仕えさせたかどうかは…………覚えておらん」とは某聖杯戦争における赤き暴君本人の弁である。)

 

 




遅れですがあけましておめでとうございます! 何だか通例のような感じですが再三遅れてしまいました。清々しくもなれないです‥‥。まあ、今回は結合機能のおかげでイライラせずに約5000文字書くことが出来ました。題材に迷いさえしなければあと三日早く出せたはずなんですが‥‥。今回はかなりネタに奔走しました。ニヤリとしたり、腹筋を鍛えるものであれば幸いです。次回は閑話になる予定です。
感想批評誤字脱字報告お待ちしております。


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閑話 砂漠の国の一時

壱.エジプト某所 西洋館

 

英霊召喚から早数日、館の主に仕える魔術師達の副頭領トトルメスは心底から悔恨し、苦悩していた。

 

王の招来に成功した。‥‥そう終わる筈だったというのに、問題が生じてしまったからだ。

本来恥をしのんで我らの王朝より過去の傑出した王 (ファラオ) を再度君臨させたのは偶然にも巡ってきた異教の儀式 “聖杯戦争” への参加の印を不本意ながらだがーー使用人、それも勤めて日の浅い生娘が手に入れたのだ。

 

‥‥そうして降臨したのは難病を患った老人同然の少年王トゥトアンクアメンだったが。

 

あの威圧を覚える膨大な魔力とは裏腹に隙を付いてしまえば針を突かれた風船の如く弾けて萎み消えてしまうのではなかろうか。

あの王に対抗するならば上級魔術師や屈強な戦士を取り揃え、儀式級の強力な魔術と現代科学による最新技術で編み出された武器や武具を完全武装して挑めば辛勝どころか完封さえ出来るだろうと考えてしまうのだ。‥‥しかし、トトルメスはやはり自分があの印を手にするべきであったのに、とただただ終わってしまった喜べぬ “成功” を恨み、悔やみ、惜しみ、憤怒し、私こそが主と共に始まる安寧の王朝の王を務めるに相応しい人間よ、何故あれでつまずかなければならないのだ、とただその妄言をぶつぶつと蟹の水泡の湧く如き執拗で繰り返した。

 

ーー考察。眼とは魔術の概念においてかなり重要視される器官である。魂や脳髄、心臓に比べればその価値は些か低いが、眼にまつわる伝承は実に多種多様である。

なかでも魔眼の伝承は印象強いだろう。ギリシアのメドゥーサ、北欧のバロルなどが良い例だ。

インパクトに欠けるがエジプトにも例が一つ、 “メジェド” という神がいる。彼は冥府の王オシリスに仕える姿無き従者。パピルスにもその姿は描かれてはいるが、好物は人間の心臓、特技は口から火を吐き両眼から放つ光オシリスに盾突く者を滅することと、容姿からは想像もつかない地獄の番犬ケルベロスに (ある意味) 勝るとも劣らぬ神だ。

まあ、ホルスの両眼は太陽と月だという話よりは相応だろう。

また、伝説と成った史実に近しい人物が各国特有の伝承を悪名功名により比喩や逸話に無理矢理結び付けられるのも多々ある話だ。

赤き竜の血を継ぐ騎士王、偉業より神の息子とされた征服王、自らを楽神をも越える芸術家と自称した赤き暴君、己を大英雄の化身と妄信した狂帝、魔王と畏れられた島国の暴君。

彼らの如く虚偽の伝承は幾多も生まれ、埋もれ、そして後世の手により洗練或いは抹消され事実と語り継がれるのだ。自らが望んで無辜の怪物達を産んでいるなど認知せずに。

 

だから、だからこそ魔術師達は恐怖した。かの王にはそれらに繋がるような伝承は何一つとして存在しない‥‥しない筈だ。いや、存在はするのだが関連性が不十分なのだ。挙げられる点としても異端の太陽神アトン、もしくは神々の王レーへと融合したアモンの化身と昇華された通例の史実のみ。何らかの特性に成り得ても王のみの力、宝具には成り得ない。あるとしてもそれは死後に民や神から与えられたものであり、王 (ファラオ) 自身を象徴する力は何一つ持ち得ていないのだ。

理解出来なかった。その推測は誤りに過ぎないと王は “呪い” と称する何かを用いて我々、それも揃いも揃って実力伯仲の魔術師達を容易く地面にのたうち回らせてみせたのだ。

 

‥‥危険だ、途轍もなく不安だ。原因はなんだ、どうすればいい? 我々の懇願に手を差し伸べた病に蝕まれたあの少年王は、まさか史実とは程遠い魔人だったというのか? こうなると解っていたならば、彼の王に仕えた将軍ホレムヘブでも呼び出した方が得策だっただろうにーー。

トトルメスは再度有り得ぬと忌々しげに誘惑させる頭から過ったあの風評を切り捨てた。彼は元師匠でもある今は亡き祖父の過去語りに思考を沈めて、審議した上での判断だった。

あれは都市伝説などではない、デマだ。第一その “呪い” とやらで死に至った愚者は誰一人として存在すらしてないのだ。民衆や意地汚い下級貴族が己が無知と興味本位で盛り立てただけに過ぎんのだ、と。

 

 

 

 

 

“こうして彼は今日もまた出口の見当たらない謎解きに苦悶して時間を浪費するばかりで何一つ収穫を得られずに悶々と過ごすのみ。

呆然と正しく目前に在る真実に “ it (ソレ)” に関連付けさえすれば良いというのに、彼は己が誇り故にまずそれをしようとも思考出来ないとはーー愚かを通り越して、憐れだ。”

 

 

 

弐.同所 ライラ・アモシス

 

あの‥‥どうも、初めまして。私はライラ・アモシスと言います。現在ある館ーーあまり情報公開が出来ないことをお許し下さいーーの主に仕える家政婦 (メイド) をして暮らす、多分見た目では何処にでもいるような女子です。

趣味はーー珍しい方でしょうか、チェスなどのボードゲームで遊ぶことです。貧しい家庭を両親の為遠出して独学を積む日々を送っています。

 

ーーと、ここまでは普通の話になるのでしょうか。

人生を語るにはまだまだ未熟者ですが‥‥あえて、人生とは本当に何が待ち受け、立ちはだかっているか分からないものです。

皆さんは魔法と聞いてまず何を思い浮かべますか?

アラディンのランプの物語でしょうか、それとも直球に魔女のお話か、もしかして少女オズの冒険でしょうか。

私は同じ質問をされたらこれらのような答え方をします‥‥していました。

私はあの日、あの古めかしい扉から聞こえた謎の声に惹かれて興味本位で中を覗いた時に私の知らない魔法の世界を、非常識の規則を知りました。

 

魔術とは真に何たるかーーを。

 

‥‥その日から私が恐怖の魔術訓練生活を過ごす日々の始まりでもあったのですが。正確な名称をお教えしてくれませんでしたが、魔術師達の副長トトルメス様改め師匠曰く「二流魔術師辺りなら喉から手が出る程の魔術回路」なりものが私の身体にあるらしく、修行と鍛練を積めばを言い訳に毎度毎度様々な魔術に耐えられるようにとのことで最悪生け贄同然で質の良い魔力源として酷使されるのです。過労死してしまいそうでした。

 

そうして日々を過ごしていたあの出遭いの日からちょうど一年の前日、私は今度こそ死を覚悟しました。

 

「失敗の暁にはお前をただの魔力炉にさせて貰う」

 

そう冷たい眼差しでより冷酷にあの魔術師達から告げられたのです。

 

 

 

「ーー来たれ、天秤の守り手よ‥‥‼」

 

只々必死に今まで生きてきた中で間違いなく一番強く祈りました。どう始まり、どう終わるのかも知らず、解らず、考えず。ただひたすらに、ひたすらに彼らの言った “成功” の為私は誓文を唱えました。

失敗したらお前を我ら魔術師の聖域を覗き込んだ不届き者として跡形も無く抹消すると脅されて、一体何をしでかされるのかとても怖くて‥‥私にはこれらを打破出来るだけの術も力もないので嫌々従うしかありません。‥‥こんな知らない場所でなんか、死にたくない。

 

(どうか、成功して。誰でもいいから来て‥‥‥お願い‼ )

 

全てをあっと言う間に飲み込んでいく眩い光すらもう新たな形の悪魔か、世界崩壊の起点にも見えてしまい、私はもう終わりだと思ったーー瞬間でした。

 

「ーー問おう、君が吾 (ぼく) の臣下 (マスター) かな?」

 

王様は、トゥトアンクアメン様は応えられたのです。

ーー救われた。そう、本気で信じ込みました。

瞬間、恐怖心が弾けて消え去った感覚を覚えました。反動で何処かが決壊したかのように涙が溢れ、止めることがで来なくなっていました。嬉しくて、嬉しくて、本当に嬉しくてーーただ歓喜することなど思い付かずに嗚咽を漏らしていました。

 

「は‥‥はい! わ、私です。私がマスターです!」

「良いだろう、契約完了としよう」

 

私はきっと神様がこの方に姿を変えて救ってくれたのだと、そう思ったのですーー。

 

 

 

参.更新情報

 

【クラス】????

【真名】ツタンカーメン

<ステータス>

・筋力:D・耐久:E・敏捷:E

・魔力:C・幸運:D (C) ・宝具:A

<クラス別能力>

・対魔力:A

……ランクA以下の魔術は全てキャンセル。

事実上、現代の魔術師では彼に傷を付けられない。

 

・単独行動:D

……マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立出来る能力。

ランクDであれば、半日は現界が可能。

 

<保有スキル>

・虚弱体質:B

……最新の研究結果より、彼は近親結婚による遺伝的病質持ちだったという。その為彼の遺体にはかなりの骨疾患の跡があり、右足は欠指症、左足は内反足であり、更に骨壊死症を患っていたという。それ故か、彼の財宝には多くの杖が奉納されている。

 

これにより戦闘開始の度に幸運に失敗した場合本来の筋力、耐久、敏捷等が一定の確率で一時的に低下する。戦闘終了、中断した時に無効とする。

 

 

 

<武装>

・弓:無銘

<宝具>

・臣下の誓(ウシャブティ)

……古代エジプトで死者に代わり労働を行うと信じられた副葬品の小人形。石、木、陶器、まれに象牙で作られたものもある。

これらは魔力を通すと劣化したサーヴァント、簡易的な使い魔となり、病弱な王に代わって戦闘を行なわせる。

因みに本来一日一体と定められているようで、彼には一年分、つまり356体分のウシャブティを所持しているようである。

 

<詳細>

・出典:史実

・地域:エジプト

・属性:秩序・中庸

・性別:男

 

<経歴>

1.太陽神アトン

……古代エジプト神話の神。アトンとは「太陽の円盤」という意味。エジプトの光、万物の創造と育成、四季の交替等を与える存在と言われ、その姿は常に赤い巨大日輪でのみ表された。

世界最古の宗教改革者イクナートンにより公式の信仰とされたが、彼の死後は急速に衰退し、この信仰によって足蹴にされていたアモン信仰が蘇ることとなった。

 

 

 

零.????

 

‥‥一度確認しよう。

今宵聖杯の導きの元、選定者たる魔術師とその従者たる英霊はーー、

 

迷走の青年と橙色の女剣士

炎の魔女と銀の女槍兵

黒い灰被りと傀儡王子

優しい弟者と褐色の弓使い

表裏の少女と妄執の哲学者

自殺志願者と無辜の怪物

醜い兄者と悩熱の暗殺者

彷徨の民の娘と怪力の闘士

初殺の養女と英雄の息子

 

後は‥‥いないようだ、今は。

 

ーーでは物語を続けよう。

 

 

 




どうも、茨の男です。少々短めで済みません。時系列も何だかバラバラになりそうな‥‥後、前回はハジけ過ぎました。どうもバカをやらかしたくて仕方ない時期だったようで、申し訳ありません。もう少しで戦闘の続きが出来るのでお待ち下さい。
感想批評誤字脱字報告お待ちしております。


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剣劇乱舞

壱.幾ノ瀬の屋敷 二号室 遠坂夫婦

 

「嘘でしょ、あの魔王殺しの英雄なんて‥‥!」

 

自分の陣地から二人の槍使いの戦闘を自身の放った使い魔から観ていた遠坂 凛は横槍を入れた黄金褐色の弓使いの名乗りに絶句せざるを得なかった。

 

聖杯戦争において主に戦闘を行うサーヴァントの真名はその人物の伝承から関連するあらゆる能力を探す手掛かりとなる為隠す必要性が高い。

一つに “宝具” 、それこそ英霊の特色を示す象徴だ。

例えば‥‥仮にだが、ある相手サーヴァントの正体をアイルランドの英雄クフーリン、因果率を歪ます心臓喰らいの魔槍ゲイ・ボルグを持つ光の御子だと事前に知っていたとする。更に自分はまだサーヴァントを召喚していなかったとしたら、必然的に強力な攻撃を防ぐ盾や肉体を宝具とする者や、初めから不死性の逸話を持つ者を参考に選択するだろう。

二つに、これこそが一番の理由になるのだろうが、“弱点” も英霊の特色なのだ。

同じく例えば、ある相手サーヴァントの正体を竜殺しの英雄ジークフリート、不死身でありながら背中に唯一の弱点を持つ魔剣グラムの担い手だったと知っていたとしよう。更にまたもや同じく自分はまだサーヴァントを召喚していなかったとしたら、必然的に暗殺に長けるアサシン、特に彼の好敵手や遠方から一撃をお見舞いするアーチャー、特にウィルヘルム・テルを参考に選ぶだろう。

しかしそれらに必ず当てはまる英雄とは大変多いとは言え、真名を隠す必要すらない無敵を誇る例外も少なくない。

第五の闘争より、十二回、それも毎回違う手段を用いて倒さねばならないというギリシアの大英雄ヘラクレス。

同じく、第四の正規サーヴァントにして第五の際の運営側の反則、英雄王ギルガメッシュ。

 

ただこれよりも厄介だとすれば、 “人の身のまま偉業を成し遂げた” ことこそが最高で最悪の弱点に成り得るだろう。

神性の血脈を持たず、或いは意味をなさないまでに薄く、常人とは掛け離れた技量や知識を持ち、敵対者や異形の衆を神の助力を多少受けかつ自力で成し遂げた者。

無論生前に成し遂げたが故に民草や後世の善し悪しの補正を受けた者も含めるとする。

‥‥三国志や水滸伝、史実の類は確かに英雄と呼ばれた人間揃いだが、一応神話の人物のみと括って話を進める。

ギリシアの神話はそれこそ神代の血筋に差を持つ者で溢れた物語の一番槍と言える。中でもトロイア戦争時代には人間のままの英雄が数多くいた。

神々に愛され、それに託けて傍若無人に行った為に元妻に死に際すら見放された幸運の迷惑増幅機 (トラブルメイカー) 、元王子パリス。

その者の兄にしてトロイア戦争時に人間最強と謳われた槍使いの戦士ヘクトル。

アテナとアレスの両軍神の呪いにより臆病者に産まれたが、天才的工作力でトロイの木馬を作り上げた影の功労者、拳闘家エペイオス。

 

ーーしかし、それらさえ下に抑えて付けてしまう剛の者、最悪級の一例が長編叙事詩ラーマヤナの主役、ラーマ・チャンドラである。

 

詳しく知る者には当然の話なのだろうが、インドの神話は他と比べ伝承の集約により神々の威光や権能がインフレーションしてしまっていると言える。

例にしても破壊の神シヴァと秩序の神ヴィシュヌの権能は逸脱して途方もない代物と成り果てている。

(蛇足だが、その既に飽和の閾値に達したシヴァとヴィシュヌを冗談抜きに足して2で割ったハリハラなる神が過去信仰されたという。)

内、ヴィシュヌはその特色から抑止力の顕現と表しても過言ではない。太古、彼は世界の危機が訪れる度、地上で様々な姿へと転生し救世を成したのだ。

 

第一に人類の始祖マヌを荒波より救い上げた聖魚 (マツヤ) 、

第二に神族と魔族の乳海の攪拌を助太刀した聖亀 (クールマ) 、

第三に魔神に沈められた大地を持ち上げた聖猪 (ヴァラーハ) 、

第四に全てに不死身を誇る悪魔を引き裂いた人獅子 (ナラシンハ) 、

第五に魔王バリから天と地と地下の世界を三歩闊歩して奪い返した小人 (ヴァーマナ) 、

第六に復讐から怨敵を二十一度殲滅した刹帝殺し (パラシュラーマ) 、

第七に神にも悪魔にも殺せない魔王ラーヴァナを滅した親愛の王子 (ラーマチャンドラ) 、

第八に民衆に親しまれ愛に生きた黒の神 (クリシュナ) 、

第九に菩提樹の下苦行の果てに世界を識った覚者 (ブッダ) 、

第十に世界の末世 “此の世全ての悪” を抹殺する粛正機 (カルキ) 、

 

ーー実の所これらを含め全二十五もの化身があるとされ、更に第九の覚者をその枠の人物ではないと主張があり不毛に近しい論争になっている始末ではあるがーー

これらにヴィシュヌは転生 (アヴァターラ) したのだ。

 

‥‥更に更にと至極丁寧、白熱雄弁に綴りたいが、これ以上偏執狂 (パラノイア) 張りに解説を始めると間違い無く睡魔を大量召喚する研究論文 (まどうしょ) になりかねない。

口惜しいがここはバッサリと割愛して早々に何故ラーマが “人間の英雄” であるかを語るとして結論すると、彼が宿命とばかりに対峙することとなった敵に理由があった。

彼の敵、魔王と称される悪魔の一族ラクーシャサの首領ラーヴァナは嘗て一万年もの苦行に身体を削ぎ続け、末に創造神ブラフマン、仏教における梵天から認められて『あらゆる神や悪魔からの攻撃を無かったことにする力』、半ば不死身地味た能力を身体に与えられた。魔王はこれを悪用して地上にいる幾多もの悪魔を従え、幾多もの神を奴隷に貶め、一時世界の覇者へとなってしまったのだ。

彼は余程自信があったのか、元から人間を見下していた為、彼らからの攻撃は受け付けるようにはしていた。

‥‥しかしそれが致命傷へ繋がるのだとこの時魔王は知らなかっただろう。

限界極まった神々は遂に維持と秩序の神に救世を嘆願した。彼はある王の我が子を所望するという細やかな願いを叶えることで再び地上に降り立ち、成熟の時を待ち、そして魔王がラーマの妻を攫った時大戦争が幕を開け、苦戦の元起死回生の一撃にて魔王を打ち取ったのだ。

これらの伝説通りだったならラーマの実力はあの大英雄に勝るに劣らず、下手をすればかの英雄王の数百分の一に匹敵する武器と太極に生きた魔拳士を唸らす武術を備えているのだ。生半可な覚悟では太刀打ちは出来ない。

 

「ーー不味い状況なのか、凛?」

 

彼女の夫 遠坂‥‥旧名衛宮士郎は彼女の動揺に気が付き、彼なりに心配しているようだった。

 

「‥‥いえ、横槍を入れた後に姿を現しただけで何も‥‥ただ、純粋に勝負がしたいらしいけど」

「オレが援軍に行くべきか?」

「それも視野に入れておくから、今は待機して」

 

加勢したいが相手は人外、勝ち目がそもそも無い。ただ緊迫した状況を見守るしか彼らにはなかった。

 

 

「‥‥すっごく場違いな気がする」

 

‥‥影の薄さと強烈な疎外感で黄昏れているこの屋敷の主人と、それと契約して現れたーー現在命令を待って霊体化せず、壁に背を掛け腕組み仮眠する橙色髪のセイバーを除いて。

 

 

 

弐.東北 某県某市

 

‥‥一方その頃、

 

(噫ーー何と言霊にするべきか、この宿命の輪廻。ワレを無辜の咎人に貶めたかの化身が、ヴィシュヌ‥‥ナーラヤナの転生たる月の如き美勇が今宵の夜の夢の如き戯れに来賓されてたとは‥‥ “噫、蓮華上のマニ宝珠よ (オンマニパドメイウン)” 、我が悲願、遂に果たされん!)

 

ビル群とは呼べない程に少ない高層と低層の建造物の屋上をまるで忍ーーにしてはかなり様々な部分が逸脱し過ぎにも思われるがーーの如く足場として新参の異形が一つ、軽快に今日記念すべき初回の戦場へと赴いていた。

 

(遂に、遂にだ。かの愚神覚者を地獄よりも深い奈落の井戸の水面下に沈めてやれる。我が嘆願はただそれのみ、ワレこそ汝を堕落に身を溺れさせん殺者なり‥‥‼)

 

何にどう例えるにも恐ろしい狂気に歪む笑顔 (えみ) に表情 (かお) を強張らす姿を包む黒衣の異形 (ソレ) は気味の悪い笑いを漏らし、我慢の限界だと訴えていた。

自身の嘆願に果てることの他は最早些末事だとばかりに冒涜に等しい宣告を怨敵と定めた存在へ声高らかに放った。

 

「フハハハハハハハハハハハ‼ 秩序の顕現よ、抑止力の具現よ、待っていろ! しばしっ!待っていろ! この第六天魔王に貶められたこの “天授” が汝を輪廻より堕としてみせようぞ‥‥‼」

 

その悲痛の訴えにも似た宣告は月のみが覗く藍色の虚空に響き渡るのだった。

 

 

 

参.郊外の森 内部

 

‥‥所変わって一方こちら、栗色の髪の女と金髪の若人‥‥敵対関係にあるはずの二人の槍使いは横槍を入れ、しかも唐突に自ら名乗り出た弓兵、ラーマの登場に衝撃を受け攻撃の構えこそ解きはしなかったが、顔の驚愕を隠す考えが停止していた。

 

「嘘、貴方があの魔王を打ち取った勇者‥‥⁉ この聖杯戦争、中々侮れないわね‥‥」

 

聖杯戦争と聞こえは良いものの、その真は殺し合いにて奇跡を喚ぶ退廃的な血塗れの儀式。その舞台で真名は隠し通すのが常、野晒しにするのは無謀の馬鹿か無敵を名乗ることを赦された真の英雄だが、弓兵は後者だった。名を晒すとは多少違うが、宝具たる切り札によってカギを漏らす不始末さえ相手に畏怖を十分に与える人間の “化物” なのだ。生粋の戦士には武者震いをゆり起こす猛者であるに違いない。

 

「何と礼節に満ちた‥‥異郷の勇者であれどその在り方は正に騎士道、実に見事です。その上名乗られた以上名乗り返したい所なのですが‥‥主からの命令故、出来ぬこと御許しを」

 

その人外 (どうるい) に金髪の若人は敬意を表して深く、一礼した。

 

「いやいや、先程の無礼は戦士として疼くものがあった故のことだ。申し訳ないが私が王族の者であれど許される行為ではない。礼節を通す道理は無いのだ、顔を上げてくれ」

 

(聞いた伝承 (はなし) 以上の紳士ねぇこの王子様は。‥‥確かに太陽より月が呼称に相応しいわ。)

 

その男二人の会話をランサーは冷静に見ていた。

 

「あと名乗らぬのは構わない、いや己 (わたし) も軽くだがそう注意されたが‥‥いかんせん性分に合わなかったのだ」

「 “正々堂々” “実力主義” で、だからかしら? 理解は出来るけど」

 

ランサーの苦笑ながらの嫌味に「はははは!」と弓兵はおかしそうに雄大に笑った。

 

「おおまかに言えばその通りだ、その理解で宜しく頼む。‥‥しかし貴公らの槍捌き、実に見事だった。己もこの位格で喚ばれさえしなければ‥‥」

「殺し合いが前提にある以上、実に遺憾ですが誇りある戦士と剣を交えることはこの上ない喜びですがね」

「ふふっ、こんな体験あの戦争以上に心躍るのは確かねーー油断の出来ようもないわ」

 

唐突に、殺気がランサーから放たれる。自身の得物を手中でくるくると器用に回転させて構え直した。

 

「さて、語らいは此処までに。ーー続きは如何?」

「ーーと、そうだったな。談笑してしまったが我らは元来敵同士、語り合う暇は武勇に回さねばな‥‥!」

 

その台詞を最後に場の空気は一変する。先程からの (何故か始めていた) 談笑で薄れつつあったはずの緊迫感がより一層張り詰めてーーまるで氷の刃が深海の奇魚の如く周りを漂う様を幻視する。

ーー静寂がまた立ち尽くす。

 

ーー次の瞬間だった。

 

清水の闘気の中に油の如く濃い殺意の泥が混じったのを三人の異形は直感した。希釈されていた殺意が凝結して首元に据えられた刃物となって現れたのだ。‥‥それもあの弓兵のみに向けたものだと理解出来る濃さでだ。

言葉を発する間も無く、弓兵は天空に向かい鈍角に弓を構え、弦を引きーー放つと、殆ど同時に高く打ち合う金属音が一度すると。

 

「きええええぇえええ‼」

 

狂気をこれでもかと孕んだ奇声と共に一人の黒衣に身を包んだ男が虚空から現れると長い紫色の鉄爪で切り裂かんと弓兵に突撃した。

 

紫の熊手の斬撃による空振りの後、上段、下段、中段とーー見事全て華麗に捌かれたがーー大胆かつ確実な剛拳と肘蹴りの連撃を計三発浴びせ、反撃の殴殺を避け、間を取って再度ラリアットとサマーソルトに似た動きで回転斬撃を‥‥避けられ、弓兵からのーーこれまた見事、風になびく布の柔の如き受け流しを行ったーー飛び蹴りと回転蹴りの編み技を両腕の少々の動作で防御し、再度紫の熊手を振りかざした。

 

拳と拳が、脚と脚が、肘と膝が、肉と肉が。

 

ーー魂と魂が、意地と意地でぶつかり合う。

 

 

「獅子乃型・猛虎 (タイガージェノサイド) ‼」

「巨象牙突 (エレファントファング) ‼」

 

ーー武具すら用いぬ身体 (にくたい) のみでの攻防が行われていた。

 

(この動き‥‥まさか ⁉)

 

この一撃の際、ラーマは驚いていた。

 

(‥‥やはり英雄、生半可など通じはしない!)

 

この一撃の際、男は苦汁を舐めていた。

 

互いが古代武術カラリパヤットの担い手なのだと、それも驚異的に卓越し、鍛え上げられた技量だと苦々しくも分かったからだ。

 

「何とーーー弓剣槍だけでなく、己が身一つのみで猛者を押し込めるというのですか ⁉ ‥‥す、凄い御方だ‥‥!」

 

ケルトの騎士はあまりの迫力に恐れおののいた。

 

「拳闘家はいたけど、あいつらの型は一体‥‥?」

 

ギリシアの女戦士はあまりの迫力により一層相手の力量分析に没頭した。

 

一撃を終え、双方は飛んで距離を取る。沈黙が支配すると思った矢先、黒衣の男がそれを阻止した。

 

「ーー西暦で数えるなぞしたくもないが二千年と三世紀、さほど長くはなかったがーー」

 

男は褐色の弓兵を睨みつける、親の仇だと言わんばかりにだった。

 

「遭いたかったぞーーこのワレを、ディーダバッタを貶めた抑止の化身が!」

 

‥‥隠す必要はもう無い。

彼の名は提婆達多 (ディーダバッタ) 。かの故国の歴史と伝承における殺人鬼央掘摩羅 (アングリマーラ) に並ぶ覚者を亡き者にせんとした大悪人である。

 

 

 

四.更新情報

 

【クラス】弓兵

【真名】ラーマ

<ステータス>

・筋力:A・耐久:B・敏捷:B

・魔力:B・幸運:B・宝具:A

<クラス別能力>

・対魔力:A+

……A+以下の魔術は全てキャンセル。

事実上、魔術ではラーマに傷をつけられない。

 

<保有スキル>

・神性:ー

……魔王ラーヴァナを倒す為ヴィシュヌ神(作中ではナーラヤナとも)が転生した際に意図的に隠された神性。魔王を討つには半神でも半妖、半魔でもあってはならない為、ほとんど意味を成さない。

因みに彼の弟ラクシュマナ等他三人はほぼ半神である。

 

・カラリパヤット:EX

……古代インド武術。力、才覚のみに頼らない、合理的な思想に基づく武術の始祖。

彼はこれを基盤にムエタイを生んだ始祖とされたいる。

 

<武装>

・弓:無銘

<宝具>

・聖仙の矢(オーリサイ・アストラ)

……聖仙ビシュバーミトラから渡された神々の所有した数々の魔法の矢。これらの矢一つ一つの威力は凄まじく、「心の矢(マーナサ・アストラ)」は敵を何百kmもの彼方に吹き飛ばし、「炎の矢(アグネーヤ・アストラ)」は敵をたった一発で死に至らせ、「風の矢(ヴァーユ・アストラ)」は敵小隊を跡形もなく溶かしてしまう。

この他にも「大鷹の矢(ガルダスートラ)」、「天人の矢(ガンダルヴァ)」、「正義の神の矢(ダルマジャ)」、「毘紐天の矢(ヴィシュヌクラ)」、「梵天の矢(ブラマカ)」‥‥等が存在する。

 

<詳細>

・出典:古代インド神話、叙事詩ラーマヤナ

・地域:インド

・属性:秩序・善

・性別:男

 

<経歴>

 

1.魔王ラーヴァナ

……ランカー島に住む悪魔の一族ラクーサシャの頭領。

魔王は最高神ブラフマンに気に入られる為一万年もの苦行を行い、間千年に一度自身の十ある首を儀式の度に貢ぎにし続け、最後の首を差し出そうとした時に認められたという。その褒美として与えられた力はいかなる神にも悪魔にも殺されないという恐ろしい代物だった。これを悪用した魔王は一時神々の支配者にまで登り詰めたために秩序神は救いを懇願した神々の為に再度人間として転生したのである。

 

 

【クラス】暗殺者

【真名】提婆達多 (ディーダバッタ)

<ステータス>

・筋力:C・耐久 :E・敏捷:C

・魔力:B ・幸運 :E・宝具:E

<クラス別能力>

・気配遮断:B

……サーヴァントとしての気配を絶つ。

完全に気配を絶てば発見することは難しい。

彼は生前、“標的の懐” に居ながらある時まで自身が暗殺の主犯格であることすら匂わせなかったことに由来する。

ーーしかし、その罪業の全てはその “標的” に見抜かれていたというが、定かではない。

 

<保有スキル>

・神性:ー (E-)

……罪業により生きながらにして地獄に落とされたが、刑期を終えた際に悟り小乗の聖者、縁覚になるというが、現在はその恩恵や負荷はある事情により皆無である。

 

・カラリパヤット:A+++

……古代インド武術。力、才覚のみに頼らない、合理的な思想に基づく武術の始祖。

攻撃に特化している。

ーー過去の遺恨が強いのか、南北特有の流派を二つマスターしている。

 

<武装>

・短剣:無銘

・毒爪牙

…… “標的” を殺すため爪に毒を仕込んだ十指‥‥を模した紫毒に塗れた熊手。毒は体内に入れてはならない即死級の代物である。

 

<宝具>

・????

 

<詳細>

・出典:史実(?)、仏伝

・地域:インド

・属性:秩序・悪

・性別:男

 

<経歴>

1.覚者 (前463〜前383)

……世界三大宗教の一角、仏教の教祖。姓をゴータマ、名をシッダルタという。生後間もなく母が亡くなり、叔母の手にて養育された。16歳で妃ヤショーダラと結婚、息子をもうけたが29歳の時意を決して出家。苦行の中35歳頃に菩提樹の下で悟りを開き、 “仏陀" 即ち覚者となった。

以後、80歳で没するまでガンジス川流域のインド各地を巡り人々に説法し続けた。

彼の教えは弟子の手により現在では仏教の心得として伝えられている。

 

 

 




どうも茨の男です。‥‥頑張りました、よね? いや、済みませんでした、真剣にやっていたら自然とそうなってしまいました‥‥。きっと脳内でBGMをスト◯イにしてたせいです。どうしてこうなった?気分を害さなければ笑って許して下さい‥‥。


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The Nxet Guest

零.????

 

ーー悪魔とは諸悪の擬人である。

敵対者として彼等を築き上げた拝火教の二元論に始まる。それは秩序と安息を維持するに最も適した方法でありながら最も容易に戦火と厄災を呼び起こす諸刃の剣である。

疑心暗鬼の黒い霧の中、真実は迷信を呼び、迷信が迷信を呼び、迷信が事実にすり替わる。張りぼての鍍金だと暴かれるまで、後世の遺産として語り継がれ、不都合のみを覆い隠され。

芽吹いた神の娘は翻弄し、される。我らの信仰こそ正義と高らかに謳い、尊び、蔑み、欲望のままに喰らい、犯し、遊び、飽きて棄てる。我らが至高なのだと笑って。廃れて再度拾うのは物好きより金の亡者の死体漁りであることも知らず。

 

愚かなるは過去の産物か、未来への思想か。

それを定めるのは次なる人類なのかもしれない。

 

 

 

壱.????

 

ーー意識が朦朧とする。

ーー音も、風も聞こえはしない。感じることもない。

ーー何処だ、此処は。

 

ーーいつの間にか見渡す限り果ての無い洞穴の黒が広がる場所に私はいた。今現在自分の身体がどうなっているのかも、此処が何処なのかも、何もかもが全く分からないが、はっきりと確認したと言えば、目の前に揺らめく二つの丸い発光体が奥に在ることだった。

片方は青白く、今にも消え入りそうな弱々しい眩さを失い欠けた灯火で、何故か昔の情けない自分を見せつけられているような不快にさせられるもので、もう片方は赤黒く、夕闇、よりは溶岩に成りつつあるマグマに似た灯火で、短針以上の鈍足な心臓の鼓動と共に膨張していった。

 

 

やめてくれ やめてくれ 頼む それだけはやめてくれ……

 

 

‥‥理由は分からないが、すぐに此れらが夢だと確信した。誇るべきものですらないが、幾ら私が魔術師の人間だとしても此れ程の非常を見て脳が現実だと容認するはずがない。そう切り捨てるのが妥当、至極当然と判断した。‥‥否、しなければなるまい。

しかし、あの息絶えそうな声を聞いている限りどうやら青白の灯火は赤黒の灯火に “何か” をされることを拒み、清く何処へと去るよう懇願しているらしい。

だが、その嘆願を夕闇は嘲笑い、その膨張を止めることなく次のように続けた。

それは、それはとても人間とは思えぬ異形の美声で、

神からの警鐘や福音、啓示のような

甘い蜜の罠を携えた魅惑の女の誘惑のような

純真無垢の少年少女の哀願のような

‥‥殺意を撒き散らした暴君の裁定のような

あらゆる趣で本能を強烈に刺激する御声でだった。

 

 

何を言う、お前が望んだ結末 (コト) だろうに。

馬鹿を言う、お前が叫んだ結果 (コト) だろうに。

認めたくないのだろう? 眠りたいのだろう?

裁かれたいのだろう? 欲しているのだろう?

 

ーーならば「「我」「私」「僕」「俺」」に

 

委ねよ、その零を「 」に委ねよ。

捧げよ、その魂を「 」に捧げよ。

与えよ、その躯を「 」に与えよ。

預けよ、その欲を「 」に預けよ。

「 」がその衝動の意味を教授してやろう。

「 」がその罪悪を断罪してあげよう。

「 」がその欲望を肩代わりしてあげよう。

「 」がその肉体を代行してやろう。

 

さあ眠れ、哀れな青年よ。眠れ、眠れ、母の胸に。しばし夢の大地にてその精神を安寧の深淵に沈ませておくがいい‥‥。

 

 

青白い灯火は星雲の規模にまで達した赤黒い灯火に沈むように飲み込まれる瞬間、自分の視界はアナログTVで時折現れる灰色の嵐と耳障りな雑音に意識を縛られていった。

 

ーーまどろみを誘う揺り籠の如く、閉鎖的空間の中でゆっくりと増す水面へ沈むが如く。

 

 

 

弐.郊外の森 更に上の山林

 

聖杯戦争。魔術師の間、なかでも欧州の魔術師にとっては古い歴史程度に認知されているという‥‥自分のようなアジアに住む魔術師達には眉唾ものの噂だ。

だが何かしらの拍子で蓋を開けることとなったが、結果真実だと回答され、その上開催されるのが辺境の島、日本国でだというのは意外だと言わざるを得なかった。まさか西洋の大規模魔術を聖地の類ではなく一介の魔術師の庭で行うというのだから驚かざるを得ない。

そして何よりも驚いたのはその方法は想像していた以上に簡易だった。単に規模が壮大なだけであって形式や方法は至極容易なのだ。

祭壇を造り、契約を詠い、盟約したヒトの模倣を地獄の底、或いは天上の楽園に似た存在、集合的無意識ーーサンスクリット、仏教用語で言うアラヤ識にあるという英霊の座から降ろす。はたから聞けば荘厳な儀式とも言えるが、それを行う際の様は言い表すならば呆気ないの一言に尽きる。最初は多少戸惑いはするが、幾ら美しく飾ろうとしても良くて花火、だがそれも白一色の閃光弾でしかない。感想として述べるにはかなり無味で素直な感情だ。‥‥しかし、何とニヒリズムが痛々しいことだろうか。

 

ーーと、アジア系褐色肌のスーツに身を包んだ若き青年魔術師は彼なりの口調でそう考えていた。

 

「あの雄姿こそ我が国の開祖、か」

 

彼もまた聖杯を狙い、この島国の一辺境へと赴いた一人である。狙う理由は後々にだが、彼は今宵の聖杯戦争では優勝候補と言えた。此方の理由は至極明瞭、言わずもがなである。

自身の剣として顕現した秩序と維持の主の第七の化身、親愛の王子ラーマ・チャンドラ。アルジュナ、クリシュナ、カルナに並び今でも民衆に愛されるインドの英雄の一人だ。

ハラダヌの弓を裂き折り、大地母神の化身を娶り、刹帝殺しの挑戦に応え、聖仙から数多く神々の武器を譲り受け、半神の弟と白猿の英雄を供に連れ、帝釈天の加護を以て不死身の魔王を十の裁きで射ったーー伝説の勇者。

 

その偉大な勇者は現在、

 

“獅子乃型・猛虎ーー!”

“巨象牙突ーー!”

 

‥‥自称反逆者、同郷らしきディーダバッタと名乗る長身の男と格闘戦を繰り広げていた。

鈍い音と風切り音を響かせて、常識と限界から逸脱した連激を何度も何度も繰り返し、相互接近戦から接触戦と言い換えるべき零距離圏内であらゆる鈍器と化した鋼の肉体による鍔迫り合いを行っていた。拳には拳、脚には脚、膝には膝、肘には肘、腕には腕、頭には頭‥‥の永久だ。

その激戦に残りの者達、今ここからでは確認出来ない他マスター達も、唖然、呆然、苦笑、失笑としているに違いない。

 

始めに見た目緑系色の軽装武装の青年のサーヴァントと見た目まるで鉄の水着な古代鎧を着た銅の如く鮮やかな栗毛の女戦士のサーヴァントが現れたかと思えば槍戟が響き、元々乱入だけはしないよう進言したはずだったが‥‥そこに王子が彼らに腕試しといきなり宝具を一部乱発した後、意気揚々と自身の参戦を願い出ながら相手を称賛、暫く談笑したかと思えばいつの間にか再び得物を構えて沈黙が流れ、再戦するのかと息を飲んだ次の瞬間、同郷を語る狂疾が勇者に反逆を謳った。

 

(な、何だか初っ端からカオスだなぁ‥‥。)

 

彼にとって生涯でこれ程混沌とした場面にまみえる確率は間違いなく低いだろうが、これを幸運か不幸か隔てるには難題と言えた。

神話の再現を目の当たりにして出た感想だった。

 

ーーそんなことを考えていた次の瞬間だった。

 

 

“OoooooogGAaaaaaa‼”

 

 

「……⁉」

 

ぞっとする気配が、たった今真上を尋常ならざる何かが通り過ぎていったのだ。まるで意思を持った嵐や津波に等しい滅茶苦茶な魔力。湧き上がる感情に従って思わず空を見上げーー不穏な予想が確信の不安となって固まるのを彼は感じた。

 

「ーーまた、来訪者か」

 

彼は苦々しげにそう 呟いた。哺乳類特有の皮翼を広げた黒い巨影が異形の咆哮をあげて戦場へと飛ぶのを見切りに軽い足取りで離脱した。

 

 

 

参.????

 

感覚にしてひどく長く/ほんの少しだけ 時間が過ぎただろうか。

突然、さざめく灰色の視界が薄れゆく霧の如く晴れた、再度アンテナからの受信受け取りが可能になったかのように。‥‥やはり、洞穴の暗中であることに変わりは無かったが、先程の二つの発光体が姿は無かった。

その代り、また新たな珍客が居座っていた。実に漆黒めいた禍々しい鉄鎧を着込み冑だけを外した綺麗とは言い難い不潔な金髪の青年が此方に執事、いやあれは騎士かーーの礼の真似事を私に向けているらしかった。やがて彼が顔を上げて姿勢を正し、その目が開かれた時ーーソレがヒトならざる者であることを理解してしまった。

奇怪かつ雅に輝く金色の獣の瞳。どれほど富を積もうと、どれほど採掘しようと、どれほどの職人達が総力を上げて精製しようと届くことのない金の双眼が此方を見据えていた。実に嫌らしい作り笑みを浮かべて。

 

「創めまして、どうも御主人様 (master) 。今宵は私めを剣としてお選び頂きまして感謝の極み。」

「ーーーー」

 

驚愕に私は一瞬間、頭蓋の奥が空洞化した感覚を患った。言葉を、飲むしかなかった。

もしこれが喜劇なら今見ている場面は開幕挨拶なのだろう、しかし私はその真意に構わず夢で終わって欲しいと切に願い始めていた。なんせ奴は私を主人と呼んだ。つまりは奴は貴方の支配下に在る者ですと宣言したに他ならない。だが、私はーー。

 

「ああ、これは失礼を。私が貴方の使い魔 (servant) に御座います。以後お見知り置きを‥‥」

 

そうだ、確かにそうだ。だが、お前ではない。そう言い切れる。

 

何を言おう、私が召喚 (出) したのは狂戦士、獣の本性と秘めた劣情、簡易な殺意を放つ人外の成れの果て。 “怪物” なのだ。 “狂気の檻に囚われた亡霊” なのだーー‼

だがこれは理性がある。理性を確かに保持している。鼻のひん曲がる程の腐臭を放つ泥水に似た酷く屈曲した悪魔の面の様が如実に見てとれるが、それは関係無い。

断じて意思疎通可能な、それ以前に元々人間だったのかも判別も、分からない、筈の。

 

「お前は、一体」

 

私が言葉を言い切る前に瞬間、奴が再度礼を交わすとまた視界は灰色の砂嵐、音は耳障りな雑音が走った。

 

「ーーおっと、申し訳有りません。今回はこれまでのようです。御質問は後々御伺い致しましょう」

 

其れでは、と、奴の閉幕 (おわかれの) 挨拶を最後に聴きながら、意識はコンセントを抜かれたかのように落ちた。

 

ーーまるで重力に逆らえず奈落へと沈むようで、無機質なエレベーターの中上昇する感覚を飽食するが如く。

 

 

四.

 

一陣の風が語る。

誰もが直様異変を察知するに秒も要らなかった。

 

轟音。大型鳥類の羽ばたきが鉄の重みを持って響き、時折呪怨を込めたかのような咆哮と共に驚異的な速度でここへ近付いているのだ。司令塔 (pilot) を失って墜落する飛行機すら優しく思える意思を持った恐怖の超常現象がやってくるのだ。

 

(何が、来る)

 

秒の速度で耳触りの悪い轟音が大きくなり、風当たりが強くなる。

 

ーーそして

 

地雷の轟音が響いたと同時に爆風に等しい物量の砂嵐が巻き起こった。

魔術師だろうと普遍な人間だろうとこの暴圧は強固な建物、それこそシェルターに等しい城壁がなければ藻屑の如く吹き飛ばされてしまい、運悪ければ大木に叩きつけられてしまうだろう。

‥‥しかしこの時この場所にいたのは最強の幻想、サーヴァント達。砂塵の豪雨など目くらましに等しい。精々一時的に視界を、呼吸を封じるに至っただけだった。

やがて、砂塵が雪のように深々と舞い降りる程度に風圧が止むと、他の戦士達は自らの得物で砂煙を振り払い、視界を取り戻した。

辺りを見回し、爆心地と思わしき地帯に砂塵のカーテンの向こうに一際巨大なシルエットがあった。

 

「‥‥随分と派手なご登場だねぇ」

「巨人の類でしょうか、しかし羽を持つ巨人など聞いたことがない」

「ふむ、どうやらまだまだ長引きそうだ‥‥」

(ちっ、折角の機会を邪魔しおってーー!)

 

各々が小言を呟いていると再度、鉄の羽ばたきの響音と共にそこから風が起きて彼らを襲う。

ーーそして砂煙が薄れ、晴れた先に露わになったのは、

 

竜 (Dragon)。中世の妄執の象徴、竜だった。

爬虫類特有の四足歩行、コモドドラゴンを何十、いや何百倍も肥大させたかの如き巨体。その背には飛行する哺乳類、例に蝙蝠の皮膜に鰐の鱗が貼り付けられた巨大な翼が在り、そしてまるで太古に栄えた恐竜、肉食獣ティラノサウルスに実に似た面持ちの驪竜は牙を晒す口元から遠目からもはっきりと見える粘性の唾液を垂らして目に見えて毒々しい紫の瘴気を呼吸する都度に漏らしていた。

 

“……………”

 

獣は低い唸り声を響かせながら迎撃体勢を整えた。

 

「はあー、これまたでかい翅の生えたトカゲねぇ」

「‥‥あれが龍神(ナーガ) に匹敵するという西洋の竜か。実に禍々しい」

「‥‥噂には聞いていましたが、随分と欲深い獣のようだ」

 

獣の獲物の品定めする強欲に染まった視線に彼らはその怪物を三下の類だと見限った。

竜とは天馬 (pegasus) や一角獣 (unicorn) に並び世界的に知られた幻想種である。起源まで語ることはしないが、ドラゴンの名を聞けばその中で最も著名なのが聖ジョージの竜だろう。

‥‥独国名聖ゲオルギウスの所持する聖剣アスカロンの錆にされた毒竜である。

 

大方、それでも一部だが竜とは基本的に悪魔の次に英雄達の引き立てにされる悪役に過ぎず、実に悲惨な最期を迎えるのが定石である。

 

聖鳥の餌とされ、民衆に石打ちの刑を受け、馬に喉を噛み切られ、石を喰わされた為に腹を破裂させられ、円卓の騎士に普通の剣で倒され、輪切りにされ、老王に殴殺され、変化前に大臣に食され、皇帝に乗り物にされーー等、激しく、落涙を禁じ得ない。

 

それ故なのかどうかはすぐには判断出来なかったが、彼らは目の前の怪物をさほど危険視してはいなかった。それどころか場に水を差した邪魔者と見ている。

それを理解したのかどうかはわからなかったが、その過小評価に怒りを覚えたのか黒竜は俯いて、刹那顔を上げると 口を此方に向けてーー、

ロケットエンジンの派手な噴出音が一瞬したかと思えば小太陽の如き巨大な火球が獣の口腔から射出されたのだ。そして着弾し、大爆発が巻き起こった。

 

彼らは理解していた、こいつも今宵の参加者だと。

彼らは理解させられた、奴が今宵の “狂戦士” なのだと‥‥!

 

瞬時に自らの力量で爆風を相殺した彼らは評価を改めて怪物を対等に見据えた。

 

 

 

零.更新情報

 

 

 

【クラス】狂戦士

【真名】???

<ステータス>

・筋力:EX(?)・耐久:A+(?)・敏捷:E

・魔力:C(?)・幸運:E−・宝具:B(?)

<クラス別能力>

・狂化:ー(EX)

……理性を代償に幸運、敏捷以外のステータススキルを底上げする。……しかし言語能力を損なっているものの、人ならざる怪物としては狂化の片鱗すら見当たらず、猟犬の如く主に従う様は驚愕である。

 

<保有スキル>

・竜の息吹(偽):ー(EX)

……最強の幻想種である竜が放つ魔力の奔流。魔女の強力な呪いの魔法によってほぼ完全なドラゴンと化している。

 

・自己改造:EX

……自身の肉体に、全く別の肉体を付属・融合させる適性。このランクが上昇する程、正純の英雄から遠ざかる。このサーヴァントは狂化の具合に関係無く、通常は人間形態だが、ある条件を満たすと……

 

<武装>

・???

 

 

 




鬱りました。短くて済みません。書けないのは大変辛いです。しかしようやく書きたい箇所がやってきました‥‥! 山場を超えた爽快な気分です。本当に亀更新で申し訳ないですが、楽しんで頂けたら嬉しい限りです。

新作を始めた為、また遅くなります。失踪しないことを強く宣誓します!


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