――様といっしょ (御供のキツネ)
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番外編
番外の一 月見酒


本編?も良いけどヨシテル様分不足だからね、仕方ないね。


 草木も眠る丑三つ時。今宵は満月。夜空には宝石を散りばめたような見事な星々。

 一人縁側に座って空を眺める。二条御所の警備は部下に任せているから大丈夫だ。

 

「あー……夜空が綺麗ですね……」

 

 仕事終わりにこうして夜空を見ると癒される。これが日中であれば義昭様と琥白号に癒されているのだが、こんな刻限では仕方が無い。明日にでも琥白号の世話をしよう。そして癒されよう。

 そう決意しながら持参した杯に酒を注ぎ、一口だけ含む。織田様から頂いた、というか男なら酒くらい飲むじゃろう。ということで押し付けられた物である。

 自信満々にこれは良い酒じゃぞ!と言っていたがなるほど、確かに織田様があそこまで自信を持って勧めてくるだけのことはある。喉にさわりはなく水のように飲める。酒好きならどんどん飲んでしまうのではないだろうか。

 ただ、俺はあまり酒は飲まない。幼い頃から毒に慣らした忍の体は基本的に酒に強い。だから酒を飲んだところで酔うことはほとんどないのだ。どうしようもなく疲労しているというのなら話は別なのだろうけれど。

 

「春は桜、夏には星、秋には満月、冬には雪。酒はそれだけで充分美味い。

 いつか出会った陶芸家の言葉はなかなかに的を射ていましたか……」

 

 そんなことを一人呟いてから杯を飲み干し、また空を見上げる。そうして少し時間が経つ頃に人が近づいてくる気配がした。

 この気配はヨシテル様の物だ。どうしたのだろう。

 疑問に思いながら目を向ければ、夜着を羽織ったヨシテル様が歩いてきていた。

 俺の顔を見ると一瞬驚いたような表情になり、そして酒を飲んでいることを理解して更に驚いていた。

 

「ヨシテル様。しっかり休まなければ執務に響きますよ」

 

「少し寝付けなくて……それよりも結城。お酒を飲んでいるなんて珍しいですね」

 

「織田様からの頂き物です。流石に飲まないまま置いておくわけにもいきませんので」

 

 事情を説明している間にヨシテル様は俺の傍に来ると隣に腰を降ろした。そして置いてある酒の銘を見て一瞬動きを止めて、恐る恐るというようにそれを手に取って俺を見た。

 

「あの、結城?これは幻とまで言われた名酒ということは知っていますか?」

 

 微妙に震えた声でヨシテル様がそう言ったのだが、俺としてはそうなのか。程度の認識しか持てない。

 そんな酒を渡すとは織田様は何を考えているのだろうか。自分で飲めば良いのに。

 

「その、もし良ければ私も頂いても良いですか?」

 

 俺としては酒自体ほぼ飲まないので別に構わない。というか処理に困るので実に助かる。

 それに良ければとは言っているがヨシテル様はどうしても飲みたいらしい。

 ふと以前にこの酒を飲んでみたいと言っていたのを思い出した。ただ幻の名に違わず、そう簡単には手に入らないし、醸造元も基本的には表に出さないとのことだ。

 

「ええ、構いませんよ。ただし、飲みすぎないようにしてくださいね」

 

 だからこそ飲みたいのだろうと思い、そして扱いにも困るのでそう返した。

 それから新しい杯でも持って来ようか、と思ったのだがヨシテル様は早く飲みたかったらしく俺の使っていた杯を手に取っていた。

 

「ヨシテル様。それ俺が使っていた杯ですよ。新しいのを用意するので待ってください」

 

 スパッと杯を強奪する。流石に一介の忍が主と杯の回し飲み染みたことをするなんてのは間違っているからだ。

 杯がなく、すぐに酒が飲めないとヨシテル様は少し不満そうだったが転移の術を使ってほぼ一瞬で取って戻って来たので別に良いではないか。と思う。

 むしろ強奪から転移の術で新しい杯を取ってくるまで一秒も掛かっていないのだから不満そうにする必要はない。まぁ、それだけ早く味わいたいということなら仕方ないのかもしれない。

 

「どうぞ。お猪口の方が良いというのであれば持って来ているのでお渡ししますが」

 

「あ、いえ。大丈夫です。この杯を使わせてもらいますね」

 

 そう言ってヨシテル様が杯を持ち、俺がそれに酒を注ぐ。

 

「では……」

 

 一言断ってからヨシテル様は杯を傾けて一口含む。それを味わってから飲み込み、再度杯を傾ける。

 感想なしで飲み続けるということは相当に気に入ったということだろう。すぐに空になった杯に注ぐようにとヨシテル様が促すので酒を注ぐ。

 それを大変美味しそうに飲んでいるのだが……いつもよりも飲むペースが速い。

 

「ヨシテル様。いつもよりも酒が進んでいますがもう少しゆっくりと飲んだ方が良いかと思います」

 

「いえ、大丈夫ですよ。これくらいで酔う私ではありませんからね」

 

 どこから出てくるのかわからない自信と共に酒を自分で注いでまた杯を傾ける。

 普段はこんなに酒を飲まないヨシテル様がこうなるということは、相当に美味しいのだろう。

 ただ、ヨシテル様はそこまで酒に強くない。これは絶対に酔ってしまうに違いない。この時間では侍女を呼ぶわけにはいかないので後始末をするのは俺になるのか。

 仕事が終わったと思ったら予想外の仕事が発生することになろうとは、誰が予想出来ようものか。

 ため息が零れないように耐えながら空を見ると、月も星も変わらずそこにあった。ただ、癒されない。

 

「……結城は飲まないのですか?」

 

 そうして何もせずにただただ空を眺めるだけだった俺にヨシテル様がふと気になった、とでも言うように聞いてきた。

 

「酒はあまり飲みませんし、基本的には酔わないですからね……

 今回は頂いた物だったので口にしましたが、そう飲みたいとは思いません」

 

「なるほど……少し勿体無いような気もしますが、そういう人に無理に勧めるわけにはいきませんね」

 

「そういうことです。ところでヨシテル様」

 

「はい、どうかしましたか?」

 

「以前名酒を飲んでも美味しくない。と言っていましたが、今はそういうことはありませんね」

 

 ヨシテル様は乱世の折り、酒を飲むことがあったが美味しくないと言っていた。いや、むしろ不味いとさえ言っていたのだ。

 ミツヒデ様は良い酒だ。美味しい。と言っていたから酒が悪いというわけではないはずだ。

 

「ええ。何故あの時は美味しくないと思ったのか私でもわかりません。

 あれも有名な名酒であったのですが……不思議なものですね……」

 

 酒に関しての陶芸家の言葉。あれには続きがある。

 春は桜、夏には星、秋には満月、冬には雪。酒はそれだけで充分美味い。それでも不味いなら自分自身の何かが病んでいる証だ。

 あの言葉はある意味で真理だったのだろう。確かにヨシテル様は心を病んでいたのだから。

 ただ、それでも今は酒を飲んで美味しいと言えるのなら大丈夫そうだ。

 もうあの頃とは違って心を病んではいないし、以前にはなかった自然な笑顔も浮かべてくれる。

 

 そんなことを思ってヨシテル様に気づかれないように一人小さく笑んで自分の杯に酒を注ぐ。

 ヨシテル様は少し意外そうな顔をしたが、少し飲みたい気分になったのだ。別に良いだろうに。

 まぁ、意外そうな顔はしたものの何を言うわけでもなくまた杯を傾け始めたので、俺も同じようにする。

 

「あぁ……美味しいですねぇ……」

 

 そう零した俺の様子を見て、小さく笑ったヨシテル様をちらりと見て同じように笑う。

 いつもこうだ。面倒だとか厄介だとか思っても結局ヨシテル様の隣でこれでも良いかな。なんて思ってしまう。

 我ながらその辺りはちょろいな、と思うが仕方ないだろう。好いた人が傍にいるのだから。

 例えばそこで話を終えればそれなりに綺麗な話で終わるのだが、現実はそうはいかないのが常である。

 まぁ、簡単に言えば俺の心配した通りにヨシテル様が酔ってしまったのだ。

 

「ゆーきー……」

 

 厄介で面倒なことにさっきから腰辺りに抱きつかれて頭を腹にぐりぐりと押し付けられているが、痛い。最強の戦国乙女の力でそんなことをされれば当然痛い。

 ただヨシテル様が技量振りのおかげで痛いというだけに留まっている。もしこれが筋力振りの方であればそれだけではすまなかっただろう。

 

「ふふ……ゆーきの匂い……」

 

 ぐりぐりしながら匂いを嗅ぐんじゃない!というか頬擦りしないでください!

 もう本当に面倒だし引き剥がそうと思ってもヨシテル様の方が力が強いので引き剥がせない。それどころか抵抗するようにより強くなった。

 痛い痛いすごく痛い何これやばい。

 

「ヨ……シ、テル……様!ちょっと、離してください……!」

 

「いーやーでーすー!」

 

「これ痛いんですって……!」

 

「やーっ!」

 

 幼児退行しないでくださいヨシテル様!というか本当に離してください!!

 そう思いながら全力で引き剥がそうとして、ふと思いとどまる。引き剥がそうとしたせいでこうなったのであればアプローチを変えてみるしかないのではないだろうか。

 というわけで痛みに耐えながらヨシテル様の頭を撫でる。

 

「大丈夫ですよ、ヨシテル様。俺はここに居ますからそう全力で抱きつかなくても逃げません」

 

 子供に言い聞かせるように優しく言えば腕に込められていた力が少し弱まった。

 よし、これならいける!

 

「さぁ、力を抜いてください。良い子ですからね」

 

 引き剥がせないまでもとりあえずは力を抜かせて安全を確保しなければ。

 そうして声をかければ更に力が弱まった。これでなんとか痛くないという程度にはなったので良しとしよう。

 まぁ、引き剥がそうとするとまたやられそうなので寝静まってから剥がそう。

 

「んー……もっと、なでなで……」

 

 少しだけ見えたヨシテル様の表情はふにゃりと破顔しており、普段とは違い可愛らしさがある。いや、普段が可愛らしくないというのではなく、単純にヨシテル様は綺麗というのが相応しいからだ。

 そんなことを口に出すことはまずないので、俺がそう思っていることを知る人はいない、はず。ただ義昭様が時折温かく見守るような目で見てくるので気づかれていそうではある。

 

「ゆーきー……?」

 

 撫でる手を止めていたせいかヨシテル様が俺を見上げていた。その顔は酔いによって上気し、潤んだ瞳をしていた。自制心がない男なら据え膳がどうだのと言うのだろうか。と思いながら頭を撫でる。

 そうしていればどこか幸せそうな表情になり、俺の腰に回した腕の力を強くした。先ほどよりはマシだがちょっと痛い。

 とりあえずはこのまま撫で続けて、眠ってくれれば楽で良いな。と思いながら撫でているのだが、眠る気配が全く無い。むしろ撫でれば撫でるだけ嬉しそうにしている。

 

 仕方ないなぁ、なんて内心で呟きながらもどうしたものかと思案する。このまま撫で続けておけばヨシテル様は満足するのだろうが、俺の状況がよろしくない。具体的に言うと、寝たい。数刻で構わないので寝ないと任務に響く可能性があるからだ。

 仕方なしに撫でてはいるが……さて、どういった手段で処理しようか。なんて微妙に物騒な方面に考えが動き始めた頃。ヨシテル様が抱きつくのをやめてのろのろと離れて座りなおした。そして、俺をビシッと指差した。

 

「ゆーき!あなたにいいたいことがあります!」

 

 あ、起きたかと思ったけどダメだこれ。潤んだ瞳が妙に蕩けた瞳になっているし、上気していた頬は先ほどよりも赤い。これは更に酔いが回っているに違いない。それと抱きついて動いていたせいか夜着が微妙に肌蹴ている。とりあえずそっと夜着を直しておこう。

 

「ん、ありがとうございます……やはりゆーきはやさしいですね、えへへ……

 あ、いや、ちがいます!いいたいことがあるのです!!」

 

 やけに甘えてきたと思ったら今度は絡んでくる。ヨシテル様は甘え上戸なのか絡み上戸なのかイマイチわからない。いや、普段は酒癖が悪いということはないのだが、誰も居ないとやけに甘えてくるので二人の場合は甘え上戸なのか。まぁ、絡み上戸のようなこともたまにあるのだが。

 

「いいですか!ゆーきはわたしのしのびなのです!よしあきにやさしくするのはありがたいですが、もっとわたしにやさしく、そしてあまやかしてくれてもいいのではありませんか!?」

 

 何言ってんだこの人。義昭様はまだ子供なのだから優しく甘くというのも当然ではないか。というか義昭様は自分の地位というか、扱いはこうあるべきだ。という厳しめに律することがあるのであえて甘やかしているのだ。変に厳しくしても何処かで歪んで育ってしまう可能性があるのだから、当然だろう。

 それにヨシテル様には充分優しくしている。甘くはないけれど。

 

「そしてもっとわたしをなでなさい!よしあきばかりなでてもらって、ずるいではありませんか!

 よしあきがべんがくをがんばったあとはよくがんばりましたね、となでるのに、わたしをなでないとはなにごとですか!」

 

 一人で盛り上がってるなぁ。そこまで撫でられたいのか。と思ってしまう。いや、流石に女性の頭を撫でるというのはそう軽々しくするべきではないだろうに。

 というか主の頭を撫でるなんてことは云々かんぬん。まぁ、それは今更な気もするが。

 

「ヨシテル様、撫でろとも撫でて良いとも言われていないのでそういうことは基本的にしませんよ。

 義昭様からはまた撫でるように、と言われましたのでそうしていますが」

 

「ならなでてください!」

 

 言いながら少しだけ頭を差し出すように傾ける。さっきまで撫でていたし、別に今撫でるのもそう変わらない。

 

「ん~……ふふふ……もっとなでるのですよ、ゆーき!」

 

 まるで子供のような笑顔で言ってヨシテル様は再度腰辺りに抱きついて幸せそうにしている。良かったですね、ヨシテル様。でも俺の中で今のヨシテル様は困った子供扱いですからね。

 そうした俺の考えなどまったく知らないヨシテル様は嬉しそうに、幸せそうにしていたが段々と眠くなって来たのか動きが鈍くなってきた。ようやく眠ってくれるのですね、ヨシテル様。さっさと眠ってください、ヨシテル様。

 

 ヨシテル様が大人しくなって、ようやく眠ってくれたか。と思って撫でる手を止める。そろそろ撫でるのをやめても問題ないはずだ。はずだったのだが。

 

「……もう少し、もう少しだけでいいので撫でてください……

 明日からは、ちゃんとしますから……」

 

 僅かに震えながら小さな声でヨシテル様が言った。本当に小さなその声は、きっと俺でなければ聞き逃してしまっただろう。

 ……本当に仕方の無い人だと思う。酔った勢いを利用しなければあの程度のことも言えないのか。

 こういう時は何も言わずに、言われた通りにすれば良い。下手に何か言うよりもそれで良いのだ。

 事実、それだけでヨシテル様の震えは止まり、どこか安堵したように小さく息を吐いていた。だからこれが正解。ゆっくりゆっくりと撫でていると段々ヨシテル様の体から力が抜け、穏やかな寝息が聞こえてきた。ようやく眠ったようだ。

 これからヨシテル様を寝所へと連れて行き、片付けをして俺自身も休まなければならない。二刻か三刻ほど眠れれば上出来だろう。

 

 ヨシテル様の腕を解き、起きないように気をつけながら姫抱きにして寝所まで運ぶ。途中で鈴蘭が何やらにやにやしながら俺を見ていたので特別に火遁で眼前に小さな爆発を起こしておいた。精々爆風に煽られる程度ではあるが脅しとしては充分だったようで瞬時に土下座に移行した。

 人の様子を見て笑うなんてのは失礼極まりないことだ。部下の躾も頭領の役目。きっちりとしなければ。

 というわけでずっと隠れて見ていた鈴蘭以外の全員には厳しめの鍛錬に挑んでもらおうそうしよう。

 なんて取り留めの無いことを思いながらヨシテル様の寝所に到着し、そっと降ろしてから夜着を脱がせる。そしてヨシテル様を布団の中へ寝かせてから夜着を上から掛けておく。

 まだ酔いのせいで顔は赤いが、穏やかな寝顔だ。これなら悪い夢を見て目が覚めるということもないだろう。

 

「おやすみなさいませ、ヨシテル様」

 

 一声かけてから寝所の外へ出て空を見れば月がだいぶ傾いていた。

 それでも見事な満月に、つい言葉が零れてしまう。

 

「本当に、今夜は月が綺麗ですね……」

 

 当然それに答える声はないけれど、それでも零れたその言葉は誰の耳に届くこともなく、ただ夜空へと消えていった。まぁ、夜なんて物はこれで良い。誰かに聞かれず、応えられず、それこそが忍の過ごす夜らしいのだから。




ヨシテル様!ヨシテル様!!ヨシテル様ぁぁぁ!!
とか、ミツヒデ様のナビボイスみたいな心境。

ヨシテル様メインで短編出すくらいにはヨシテル様好きだからね、仕方ないね。
というかもうすぐゲーム発売でヒデアキ様とかトシイエ様とかリキュウ様とか増えるんだね、キャラ掴まないと大変だね、頑張りたいね。
あと、色々細かいところの設定がわかってないところとかストーリー進めてる間にはっきりしたらその辺りもしっかりしたいね。


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番外の二 酒宴

戦国乙女LBのプレミアムエディション特典ドラマCDのネタでやってみたくなった。
ドラマCDのネタバレもりもりなので、それが気になる人はスルー安定です。

後悔をしていない。公開はしているけれど。(リキュウ様並の言葉遊び)


「結城……姉上は大丈夫なのでしょうか……」

 

「義昭様……」

 

 ヨシテル様のことを思ってか、そんな言葉を口にする義昭様に対して俺は何も言えなかった。

 その横顔は憂いを帯びていてどんな言葉をかければ良いのかわからなかったからだ。

 

「……いえ、結城に問うことではありませんでしたね……」

 

「申し訳ありません、義昭様……俺にはどのように答えて良いのか、わかりかねます」

 

「仕方ありませんよ。ええ、仕方ないのです……だって……」

 

 言葉を切ってから前方を見据える義昭様に続いて、俺もそれを見る。そこにいる、ヨシテル様の姿を。

 

「姉上があんなに酔ってしまうなんて、思っていませんでしたからね……」

 

 ヨシテル様は完全に酔っ払いになってしまっていた。大友様がワインを勧めて、ヨシテル様がそれを遠慮がちに受け取っていたのだが、いつの間にがどんどんと酒が進んでしまい、気づけば現状である。

 酒臭い。臭すぎてどん引きである。とりあえず風遁で酒気が此方に来ないようにしておこう。

 

「風遁・風刃乱舞」

 

 指を二本揃えて立て、本来なら組む印を省略して忍術を発動させようとする。

 

「結城!?それはこの間見た木々をばらばらにした忍術ですよね!?」

 

「冗談ですよ、冗談。印も省略してますから精々風が吹く程度のものですよ」

 

 言ってから今度こそ忍術を発動させる。少し強めの風が吹いて此方に漂ってきていた酒気を全て押し返した。

 義昭様にはまだ酒は早いし、酒気に中てられるかもしれない。それは避けねば。

 

「よ、良かった……結城、冗談にしても肝が冷えてしまいますよ……」

 

「ちょっとした冗談のつもりだったんですけどね。次からは気をつけます」

 

 しかしどうしたものか。ヨシテル様と大友様が酔っ払い、立花様が呆れ、絡まれているミツヒデ様が困惑し、それを楽しそうに見ているカシン様。はっきり言って関わりたくない。しかし何故カシン様は今回も細川ユウサイの姿を使っているのだろうか。

 いや、それは置いておくとしてカシン様は悪ノリというか、力で持って真の平和を!とか言っているが放っておいて良いのか不安になる。

 ただ、すぐに話の流れがおかしくなってきた。なんだ、正義の味方プリティゼネラルとは。ほら、カシン様が困惑しているではないか。

 大友様も正義の味方をやりたいとか言っているし、立花様を巻き込んでいるし……。

 

「義昭様。乙女ホワイトとか聞こえますよ」

 

「そうですね……乙女ブルーとか、乙女レッドとかも聞こえますね……」

 

「ミツヒデ様は乙女パープルだそうです。語呂の悪さが……」

 

「乙女ンジャー……」

 

 もはや義昭様と二人でドン引きである。巻き込まれた立花様とミツヒデ様が不憫でならないが……いや、それ以上にカシン様は何をやっているのだろう。奥都城空間とはカシン様の力が最大限発揮できるあれだろうか。

 それと効果音を口で言うのはやめた方が良いと思う。思春期男子か。

 それにしてもカシン様。口に出さないまでも言いたいことはわかります。変な茶番に巻き込まれて大変ですね。

 

「義昭様。心底あれに巻き込まれなくて良かったと思う俺は、ヨシテル様の忍としては許されないことでしょうか」

 

「いえ……これは、仕方が無いと思いますよ……僕も巻き込まれたくありませんから……」

 

 そんなことを義昭様と話しているとつまみがどうとか言い始めていた。

 カシン様も料理が出来るというのは俄かに信じがたいのだが……どうしてレシピ通りに作ると言っている立花様に喧嘩を売っているのだろう。立花様は立花様でそれに対して真っ向から言い返している。

 

「おつまみですか……結城も料理が得意ですよね」

 

「ええ、幼い頃に料理番の侍女に化けて潜入任務などもしていましたからその頃に。ところで立花様の言ったレシピ通りに、って料理の才能が壊滅的な人には厳しいんですよね」

 

「そうなのですか?ドウセツ殿の言っていたように先人たちの残した設計図、というものなのにですか?」

 

「出来ない人はとことん出来ませんからね……ついでに、カシン様の言うように創意工夫というのは素人がやると大惨事です。カシン様は自信があるようですが……」

 

「私としては、カシンが料理を出来ることに驚きです……」

 

 俺も驚きである。だが話を聞いていた限りでは細川ユウサイとして潜伏するにあたって必要だったから出来るようになった、という俺と似たような理由でどこか納得してしまった自分がいた。

 それにしても、決着を付けるために料理対決。などと言っているが……酔っ払いの戯言。として処理する人間がいない。これは押し通されてしまいそうだ。

 

「ゆーき!!すたじあむのよういをしてください!!」

 

 しまった、巻き込まれた。

 

「……結城、諦めましょう……そして、出来ることなら被害が少ないように動いてください」

 

「義昭様……わかりました、出来る限りのことをさせていただきます」

 

 義昭様に余計な心労を与えてはならない。これは俺がどうにかしなければ……!

 大友様は既に酔いが醒めているのではないか、と思えるほどにはっきりと喋っている。後で立花様と一緒に説教でもしてやろうか。

 

「蘇るが良い!鋼鉄シェフ!!」

 

 ノリノリでそんなことを言っているがある意味鋼鉄なのは立花様だけで、カシン様と巻き込まれて三人目にエントリーされてしまった俺は違う。

 横を見れば困惑以外の感情が伺えない立花様と意外とやる気になっているカシン様。

 ヨシテル様は美味しいおつまみを期待しています。なんて言いながらワインを飲み干した。

 

「そしてこの方!次期室町幕府将軍、足利義昭様です!!」

 

「えっと……巻き込まれてしまいましたが、出来る限り穏便にお願いしますね」

 

 審査員として巻き込まれてしまった義昭様の表情にはどこか諦めが見て取れる。余計な心労を与えないように、と思ったのに大友様のせいで台無しである。許すまじ大友ソウリン。

 一瞬だけ大友様に向かって殺気立ってしまったが、意外なことに立花様はそれを黙認してくれた。きっと立花様にも思うところがあったのだろう。

 肝心の大友様は一瞬だけビクッと身を震わせたが、そのまま司会を続けていた。

 テーマはお酒のおつまみ。となっているが……立花様はレシピ通りに作り、カシン様は創意工夫した独自の作り方を。という状況のようで俺はどうしたら良いのだろうか。

 

「レシピの偉大さを思い知らせて差し上げます」

 

「返り討ちにしてあげましょう」

 

 なんだかんだで二人ともやる気になっており、完全に巻き込まれただけの俺は浮いている。いや、馴染みたいとは思わないのだが。

 とりあえず好き勝手に作ろう。もし作るものが被ってしまうのであればそれはそれ、いきなりのことだったので仕方が無いと諦めてもらおう。

 

 何故か大友様から調理の様子を知らせるように、と言われてしまったミツヒデ様がとても不憫でならない。だが同じく不憫に思ったのか義昭様に激励されてやる気を出したので、放っておいても良いだろう。

 しかし何故二人とも肉じゃがを作ろうとしているのだろう。美味しいとは思うが完全に被ってしまっているし、変えた方が……いや、あの二人なら被っているからと変えることはないだろう。

 むしろ同じ料理なら、レシピ通りに作った物と創意工夫を凝らした物で味の違いが出るはずだ。比べるにはもってこいだろう。

 

 それに対してヨシテル様のコメントは「煮物は好き。でも肉じゃがの方がもっと好き」というもので俺が口出しをする必要は完全になくなった。これで否定的なコメントでもあればそれとなく変更を促そうかと思ったのだが、ヨシテル様が良いならそれで良い。

 ただ、カシン様の方から漂ってくる匂いは肉じゃがのそれとは全く異なる匂いだった。香辛料を使っているようで、忍の嗅覚には少しきつい。

 とはいえ、それらが体に害のあるものではないようなので何も言うことはない。それよりも俺の作っている料理を完成させなければ。

 

 大友様とミツヒデ様は二人の作り料理が気になるようで、俺の方に来ることはなかったが正直助かった。普段は作らない物なので邪魔をされるようなことがあれば失敗していたかもしれない。

 それでも、義昭様は俺が作る物が気になるようで時折様子を伺っていた。大丈夫です、義昭様。怪しい物、不味い物は作りません。そういう意味を込めて目が合った際に小さく頷いておいた。

 義昭様も頷き返してくれたのできっと意味は通じたことだろう。

 

 少ししてから、制限時間が来たようで二人とも完成の声を挙げた。大友様が俺を見てどうなのか、と言いたげだったので遅れて完成しました、と伝えた。

 まず立花様の肉じゃがだが、義昭様曰くとても美味しいらしい。

 

「先人たちの知恵の結晶である肉じゃがが美味しくないはずがありません」

 

 そう言い切った立花様は自信に満ち溢れており、義昭様の反応も当然のことだと言うようだった。それでも、誇らしげにしているので嬉しいものは嬉しいのだろう。

 カシン様はその様子を見て舌打ちをしていたが、そういうのは控えた方が良いと思います。

 

 ヨシテル様も同じくとても美味しいとのことだが、その後にまたワインを一気飲みしていた。ヨシテル様は今日だけで一体どれだけの酒を飲んでいるのだろうか。酔っ払いめ、と思うよりも心配になってきた。

 明日は酷い二日酔いで動けなくなる可能性が高い。二日酔いに良い物はなんだっただろうか、用意しておかなければ。

 

 次にカシン様が作った料理は香辛料をふんだんに使った物で、その匂いを嗅いだだけでヨシテル様の酔いが醒めていた。二日酔いの心配はいらないようで安心した俺はどこか少しずれているのかもしれない。

 ただそれを口にした義昭様には刺激が強すぎたようで咽ていて、その様子を見てカシン様はとても楽しそうだった。高笑いして狙い通りだ、とでも言うような様子だった。

 義昭様の様子に心配して傍に寄ったヨシテル様とカシン様に詰め寄ろうとするミツヒデ様、ノリノリで司会をしていたが一気に真面目な表情になってカシン様の一挙一動を見逃すまいとする大友様に、いつでも攻撃できるように構える立花様。

 それを見ながら俺は義昭様に水の入った湯飲みを差し出しながら優しく背中を撫でる。

 毒ではないにしても、まだ子供の義昭様にはあれだけ入れられた香辛料はきつかったのだろう。

 

「ありがとうございます、結城……」

 

 差し出した湯飲みを受け取り、飲み干してから一息ついた義昭様はそれからカシン様の料理に対する感想を述べた。

 

「とても辛いのですが……それでも、すごく美味しいです……」

 

 それを聞いてどういうことなのか、というようにカシンを見る面々と義昭様に姉上も食べてみてください。と言われてカシン様の料理を口にするヨシテル様。

 同じように咽てしまったようだが、やはり美味しいと言うヨシテル様。

 

 なんでもこの料理はカレーというらしい。初めて聞く料理名ではあるが、どういう料理なのかはなんとなく理解した。香辛料がきつく、最初は驚いてしまうが食べ進めて行くうちに癖になる。とのことだ。

 なるほど、肉じゃがと同じ材料を使いながらも、少し加えるものを変えるだけでこうも変わる。というのは創意工夫を凝らした物と言えるだろう。一手間加えるだけでより美味しくなる、というのは料理の極意とも言える。

 ただしカシン様。それカレーのレシピ通りに作ってませんか。

 

「では、最後に結城。どのような料理を作ったのですか」

 

 カレーを食べ終えたヨシテル様が俺を見てそう言った。おつまみじゃなくて料理と言っている時点でどうかと思うがとりあえずは良いだろう。

 俺の作ったものはどちらかと言えばカシン様のように一手間加えた、もしくは材料と過程を少し変えたものなのだが……。

 

「俺が作ったのはこれです。どうぞお召し上がりください」

 

 底が浅く広い器に盛ったそれは、肉じゃがと同じ材料を使っているが、色合いや見た目はだいぶ違うものだった。

 俺が出した物が何なのか、誰一人としてわからない様子だったがとりあえず食べてもらうことにした。

 

「ん……これは……!」

 

「……汁気が多いのでさっぱりとした薄味かと思いましたが、濃い目の味付けになっていますね……

 ですが、辛いということはありません。むしろ丁度良いように感じます」

 

「そうですね……とても美味しいと思いますよ。それに、なんというか……わいんが飲みたくなってしまいますね……」

 

 飲みたくなってしまいますね、とか言ってからワインを口にするまでに迷いがなかったのは気のせいだろうか。

 まぁ、とりあえず慣れない料理だったが成功したと言えるだろう。

 

「結城様、こちらの料理はどういうものなのでしょうか?」

 

「ざっくり言ってしまえば南蛮風の肉じゃが、でしょうか……いえ、名前はビーフシチューと言うそうですが。

 南蛮の商人の方に話を聞いて作れるようになったのですが、ワインに合うと聞いたので今回作ってみました。

 南蛮人とは味覚の違いがありますので、いくらか味付けは変更していますが」

 

「ふむ……ということは、これはレシピ通りに作ったというよりも創意工夫をした、ということですね」

 

 俺が立花様のように作らなかったことで気分を良くしたカシン様は、言いながら立花様を見ていた。

 カシン様は気づいていないのか、俺のように味付けを変更するなどは創意工夫と言えるがカシン様のはレシピ通りに作ったものだ。それを指摘したい。

 

「とりあえずまだ鍋の中にあるので後で食べたい方はどうぞ。

 それでヨシテル様。審査結果をお聞きしてもよろしいですか」

 

 参加したとはいえ、巻き込まれただけの俺としてはさっさとこの茶番を終わらせたい。なので結果を審査委員長であるヨシテル様に聞くことにした。

 どれが選ばれても不思議ではない、と言えば良いのかも知れないがとりあえずカシン様のカレーはないだろう。

 美味しい料理という条件なら大丈夫だとは思うが、ヨシテル様がカレーを食べてから口にしたのはワインではなく水だ。どうにもワインにカレーは合わないらしい。

 

「この勝負、ドウセツの勝ちです」

 

 普段から作っている料理ではないということもあり、立花様には劣っていたようだ。そしてやはりワインに合うかどうかが鍵だったらしく、それを聞いてカシン様が割りと本気でショックを受けて悔しそうにしていた。

 それを見てヨシテル様が良い感じの話を続けていたが……カシン様は料理人ではありません。カシン様も納得しないでください。ミツヒデ様と同じで微妙な気持ちになってしまうじゃないですか。

 それから立花様と互いを認め合うみたいなことで友情を育まないでください。

 

「……義昭様。疲れましたね……」

 

「私は美味しい料理が食べられたのでそこまでは……あ、びーふしちゅーのおかわりをお願いします」

 

「あ、はい。かしこまりました、義昭様」

 

 そんな盛り上がりを見せるヨシテル様たちを尻目に、俺と義昭様はそれらに関わりなどないとでも言うようにしていた。

 とりあえず、義昭様が俺の作ったビーフシチューを気に入ってくれたようでなによりだった。

 昼間から飲んでいたためにワインがなくなって、気づけば日も暮れて夜になっていた。

 まだ飲もうとしているヨシテル様と大友様だったが、それぞれ立花様とミツヒデ様に叱られていた。そして大友様と立花様は日が暮れているというのに帰ると言っている。

 泊まっていけば良い、というミツヒデ様に対して、立花様は近くに宿を取っていると返した。それでも、宿の狭い風呂では物足りないだろうとせめて風呂だけでも入って行くようにヨシテル様が勧めている。

 どうやら全員で入るという話になっているようだが、そこに義昭様を巻き込むのはやめていただきたい。余計な心労を与えないようにしていたのに、大友様のせいで台無しだ。それに対してまだ追い討ちをかけるつもりか。

 ミツヒデ様も全力でそれを止めている。まぁ、どういった感情を持っていてそうしているかは知らないが。

 

「あ、なんだったらゆーきもいっしょにはいりましょうよー」

 

 義昭様を諦めたと思ったら俺を標的にするか。

 

「遠慮させていただきます。どこぞの呑んだくれ共の後始末をしなければなりませんので」

 

 事実として空になった瓶やつまみの入っていた皿、酔っていたせいか食べ零しが畳の上に散乱している。普段であれば絶対にそういったことはしないヨシテル様がそうしたと考えると頭が痛い。

 呑んだくれ共、と言われた大友様とヨシテル様はへらへらと笑っているが、立花様とミツヒデ様は申し訳なさそうにしていた。流石にあれの片づけを任せるとなれば当然か。

 まぁ、カシン様はそんな俺を見て笑っていたが。

 

「着替えなどは侍女に用意させますので、どうぞごゆるりと」

 

 それだけ言い残して手の空いている侍女を探しに飛ぶ。

 すぐに着替えを用意するように伝えて、酒宴が開かれていた広間の片付けに移る。ヨシテル様が楽しそうだったのでとりあえずは良しとするが、もし次があるようなら厳重に注意しなければならない。

 ……とりあえず、片付けが終わったら義昭様の様子を見に行こう。酒宴の熱に中てられて眠れない。などということはないと思うが、念のために。

 

 しかし、忍の聴覚には露天風呂で騒いでいるヨシテル様たちの声が聞こえてくるが、ため息しか出て来ない。

 内容は多少なりと色のある話であるが……まぁ、基本呑んだくれの戯言程度にしか思えない。枯れているのか、今日の出来事が原因なのかわからない。いや、枯れてはいない、はず。枯れていないと思いたい。

 そんなことを思っていると天下泰平の話になり、すぐに蜘蛛がどうとか聞こえてきた。そしてヨシテル様の絶叫も。

 やはりため息しか出て来ない。続いて聞こえてくる内容として、カシン様の頭の上に蜘蛛が居て、それをヨシテル様が鬼丸国綱で斬ろうとしているのだろう。

 以前見た震えながら蜘蛛と対峙していた姿を思えば、きっと今回も同じようになっているのだろう。

 流石に雲切なんてしないだろう。そう思っている時期が俺にもありました。

 

「天剣一刀 雲切!!」

 

 その叫びと共に轟音が鳴り響いた。やってくれたなあのポンコツ。

 音を聞いて何事かと思ったのだろう義昭様が片付けを終えた俺の下に来たので大まかに説明したが、それを聞いて義昭様もため息をついていた。そうしてしまうのも仕方がないだろう。

 

「結城……心配なので行ってきてくれますか……?」

 

「……不本意ですが、わかりました。義昭様はもう遅いのでお休みください」

 

「わかりました。……結城、後はお願いします」

 

 義昭様の言葉を聞いて廊下に出て、同じく音を聞いて不安そうにしていた侍女を従えて露天風呂に向かった。

 露天風呂に着けば、正に大惨事と言った様子だった。ため息よりも怒りが湧く、がそれ以上に何故この方はこんなことをしているのかと思うのと同時に、その後処理をしなければならないのが哀しくなってくる。

 

「……きっと意識を失っているでしょうから回収をお願いします。体を拭き、浴衣を着せたら部屋に運んで寝かせてください。それと、俺は露天風呂を修繕しますので何かあれば聞きに来てください。

 …………こんな時間ですが、どうかよろしくお願いします」

 

 疲れた様子の俺を見て、同情するような目をしていた侍女たちだが、指示を出してからは早かった。

 沈んでいるヨシテル様たちを回収して、残ったのはぼろぼろの露天風呂と俺だけで、これの修繕をしなければならないと思うと気が重くなる。

 

「はぁ……これは暫く禁酒ですね……」

 

 そんな呟きを零して作業に移る俺の背中はきっと、哀愁の漂うような背中になっていたに違いない。




特典のドラマCD楽しいですね。普段わからない乙女たちの一面がわかるので大満足です。

個人的に一番可愛かったのは義昭様。
あと、ユウサイ様の体は想像以上に平ららしいです。平ららしいです。(大事なことなのでry)


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番外の三 ハロウィン

オリ主はたらし(仮)スキル持ち。


 大友様より届いた書状に、俺に豊後へと来て欲しい。という旨が書いてあったらしく、ヨシテル様の命により豊後へ向けて出立したのが数日前。

 現在は大友様が統治をしている豊後にやって来たのだが……以前に見たときとは違う様相を呈していた。あちらこちらに南瓜を使った飾りだったり、蝙蝠を模した飾りだったり、見たことがない飾りばかり使われていて何かの祭りでもあるのだろうか。

 疑問に思いながらも人の波の中を歩いていると子供たちが店先にいる大人たちに向かって「とりっくおあとりーと」と言っているのが聞こえてきた。どういう意味なのだろうか、そう思ってふとそちらを見るとその子供たちは何やら包帯をグルグル巻きにしていたり、大きな黒いとんがり帽子を被っていたり、黒い裾がぼろぼろになったマントを羽織っていたりと様々な格好をしていた。

 そしてその言葉を言われた大人は子供たちにお菓子を与えているようで、そういう祭りなのかと一人で納得してしまう。ただあの言葉を子供が言えばお菓子を貰える。というだけなのか、他にも何かあるのか。それは現状では判断が出来ない。

 

 それから気づいたこととしては、歩いている大人には子供たちは何も言わない。ということだ。こうして歩いていても子供たちが来ることはないし、周りを見てもそうだ。子供たちに声をかけられているのは全員が店先の大人で、判りやすく言えばその店の店員である。

 子供がどこかの店の店員にお菓子を貰う祭りなのか。いや、それにしては南瓜などの飾りはどういう意味があるのだろうか。疑問は尽きないがとりあえずは大友様に会いに行こう。

 大友様がいるのは町の教会だというのを大人や子供たちの話から察して向かっているのだが、何処を見ても南瓜の飾りがあり、子供たちが楽しそうにあちらこちらへと走り回ってはお菓子を貰っている。

 それを見ていてなんとなくではあるが理解出来たことは、子供たちがどこか店先で店員に「とりっくおあとりーと」と言うと大人からお菓子を貰える。その際に子供たちは何らかの、あれは仮装だろうか。それをしなければならない。町は南瓜の飾りや蝙蝠などを模した飾りを使って飾りつけをしなければならない。

 それをなんとなくで理解はしたのだが、どういう祭りなのかまったくもってわからない。そして大友様がそんな状態の豊後に俺を呼んで何がしたいのかもわからない。

 まぁ、それは本人に確認を取れば良いかと思って教会に入ると大友様が小さな南瓜の飾りがついた黒いとんがり帽子を被り、マフラーを首に巻いて両手に箒と破けたところからお菓子が覗いている大きな袋を持っていた。ただ、子供たちに群がられているせいなのか、着ている服は引っ張られて微かに膨らんでいる胸に巻いたサラシが良く見える。

 他にもスカートを引っ張ろうとしている子供もいるので流石にこのまま放っておくことも出来ずに上着を一枚取り出して大友様の頭上へと放り投げる。ふわりと落ちた上着は上手く大友様の肩の上から羽織らせることが出来てとりあえずこれ以上肌を晒すこともない、はず。

 

「え、これって……あ、結城!来てくれたんですね!!」

 

「ええ、ただいま参上致しました。

 ところで大友様、これはどういう状況なのでしょうか?」

 

 子供たちを宥めながら、それでも上着だとかスカートだとかを引っ張られているのだが俺の方へと歩いてくるので此方からも歩み寄りながら少し挨拶をして状況を確認する。

 俺には仮装した子供が別の子供たちに襲撃されてお菓子を奪われているようにしか見えないのだが、さてどういう状況なのだろうか。

 

「えっとですね、豊後では今なんとハロウィンを行っているんですよ!」

 

「はろうぃん、ですか?」

 

「はい!なんでも南蛮で行われている秋の収穫を祝い、悪霊を追い払う行事だそうです!

 ただ、私がその後に聞いたのはそういった意味合いで行う場合とこうして南瓜の飾り、ジャック・オー・ランタンを作って飾ったり、仮装した子供たちが近くの家を訪れてお菓子を貰ったりする場合があるそうなんです。

 それで豊後では後者を行事として、というかお祭りとして町全体でやることにしたんですけど、流石に何処の家でもお菓子が貰える。なんてことには出来ないので協力をしてくれるお店限定にしてますよ。

 その目印として飾っているのがジャック・オー・ランタンです!」

 

 得意気にそう話をしてくれる大友様だが、未だに子供たちに服や袋を引っ張られている。ただそうしながらも子供たちは突然現れた俺の事を警戒しているようではあった。

 まぁ、周りの大人は大友様の様子からそうして警戒する必要はないと判断してくれているらしく特に変わった様子はない。ただ男性陣の幾らかは俺が大友様に上着を投げてかけた辺りから何やら悔しそうというか、俺を恨みがましく見ていたりする。

 なんとなく察するが、大友様のことを下心の篭った目で見ていた人ばかりなのでそういう意味で見てくるのだろうが、今の季節にあの格好は風邪を引いてしまう可能性がある。流石に領主である大友様のことを思えば俺のように上着の一枚くらい羽織らせようとするのが普通ではないだろうか。

 それに大友様は戦国乙女である。そう、乙女だ。本人がその辺りに無頓着になっているとしても、常識ある人間ならば多少なりと気を使うべきだと思う。それと、大友様が風邪を引いた場合に苦労するのは絶対に立花様だ。同じ主に苦労させられている人間としてそれを見過ごすわけには行かない。

 というか立花様はどうしたのだろうか。こういった祭りをするにしてもあの立花様が大友様を一人にしておくとは思えない。

 

「なるほど。それは理解出来ました。

 ところで立花様が大友様を一人にしておくとは思えないのですが、一体何処に?」

 

「ドウセツなら今お城からお菓子を持って来てもらっていますよ。思っていたよりも子供たちが沢山来てくれて、持って来た分だけじゃ足りなかったんです。

 ドウセツなら私よりも足が速いので、それでお願いしました」

 

「あぁ、そういうことでしたか……」

 

 確かに大友様の周りには子供たちがいるが、離れた場所にも何人も居て、協会の外にも居た。その全員にお菓子を配っているのであれば生半可な量では足りないだろう。現に今も大友様が持て居る袋からお菓子を取ろうと躍起になっている子供もいる。

 ……立花様がどれくらい前にお菓子を取りに行ったのかわからないが、間に合うのだろうか。下手をすると立花様が来る前に大友様が持っているお菓子が全てなくなりそうな気がする。子供たちはお菓子を貰うというよりも、もはや強奪しに掛かっているのだから。

 

「あ、結城を呼んだ理由はですね、ほら、この前に……ってあぁ!ダメですよ!これはまだ貰ってない子たちの分で皆にはもうあげたじゃないですか!だから手を放しましょうね?ね!?」

 

 喋っている最中に子供たちがお菓子の入った袋を強奪しようとしていることに気づいたらしく、手を放すように説得をしているがその効果ははっきり言ってない。袋を奪われまいとする大友様と何が何でも袋を奪ってやろうと躍起になっている子供たち。端から見る分には子供対子供の構図にしか見えないのは大友様の見た目のせいなのか、はたまた奪われまいとする姿が子供っぽく映ってしまうせいなのか。

 それにしても大友様が戦国乙女であり力が強いとはいえ、袋が破けて中身をあたりに撒かないようにと考えて力加減をしているせいか子供たちに押され気味である。袋を引っ張られているのに押され気味というのも不思議なものだが。

 

「だ、ダメです!本当にこれ以上はダメなんですってば!

 ほら!聞きましたか今のビリッて音!もしこれ以上引っ張ると袋が破けて中のお菓子が散乱しちゃいますよ!?だからそっと手を放して欲しいんですけど、って何で増えてるんですかぁ!」

 

 大友様の言葉を聞いて確認してみると確かに子供の数が増えている。全員が楽しそうに袋を引っ張っているのでお菓子が欲しくてやっているのか、大友様も反応が面白くてやっているのか良くわからない。

 まぁ、全員楽しそうにやっているので大友様の反応見たさにやっている可能性が非常に高い。それに袋を見ているのではなく大友様の顔を見ながらやっているし、ほぼ確実だと言っても過言ではないだろう。

 ただ大友様はそのことに気づいていない様子で、今も必死に袋を守っている。もうすぐ破けそうな気はするのだが。

 

「あ、どうしましょうこのままだと本当に袋が破けますどうしたらって結城は見てないで助けてくれても良いと思うんですけどというかお願いします助けてください!!」

 

「大友様、手遅れかと」

 

「え?あ、あぁぁああぁぁ!!??」

 

 気づいたが時既に遅し。今正に袋が左右に引っ張られて盛大に破け、中身であるお菓子が空中に舞った。

 その時の大友様は目を大きく見開き、口を開けて叫んでいた。そしてそんな大友様を見て、更にはお菓子が降って来るのを見た子供たちは目を輝かせていた。とはいえ、一つずつ丁寧に包装されているわけではないようで、いくつかは剥き出しのままになっていた。何と言えばいいのか、とりあえず詰めた。ということだろう。

 それが地面に落ちるようなことがあれば勿体無いことになる。とも思ったのだが子供たちは落ちてくるお菓子を器用に全て受け止めると嬉しそうに食べ始めた。ただし、大友様は魂が抜けたようになっている。

 

「あぁ……お菓子が全部なくなっちゃいました……このままじゃ悪戯が……!」

 

「悪戯?」

 

「え、えぇ……実は仮装した子供たちにトリックオアトリートと言われた場合、お菓子をあげるか悪戯されるかなんです……だからちゃんとお菓子を持ってないと、この人数に悪戯されることになって……

 うぅ……去年は墨で顔に悪戯書きされて最終的には真っ黒にされちゃいましたし、今年こそはそんなことにならないようにって思ってたのにぃ……」

 

「随分と変わった行事ですね……あ、子供たちがお菓子を食べ終わったみたいですよ」

 

「ってことは……」

 

「ソウリンさま、とりっくおあとりーと!」

 

「おかしくれなきゃいたずらするぞー!」

 

「おかしもらってもいたずらするぞー!」

 

「さっきお菓子食べたじゃないですかぁ!!」

 

 お菓子を食べ終えた子供たちにあっという間に囲まれてお菓子を要求されている。ただ既にお菓子を持っていない大友様がその要求に応えられるわけもなく、そして子供たちはお菓子よりも悪戯をしたいようで随分と理不尽な要求をしている。

 そして追い詰められている大友様は視線をあっちこっちに彷徨わせていたが俺を見た辺りで止まった。そして何かを思いついたように俺を指差して叫んだ。

 

「き、今日は前に来てくれていた蝶々のお兄さんが来てくれましたよ!ほら!今回は前よりも凄いことしてくれるらしいですから、皆で見ましょうね!」

 

「大友様、いきなりそんなことを言われても困ります」

 

「あぁ!たしかにちょうちょのおにーさんだ!」

 

「あかいちょうちょとばして!あかいちょうちょ!」

 

「おれきいろのちょうちょがいい!」

 

「あおいの!あおいのくるくるーって!」

 

「あぁ、はいはい。少し静かにしましょうね」

 

 大友様の言葉を受けて子供たちが俺の周りに集まって来た。確かに以前、忍術で蝶々を飛ばしたがそれが随分と気に入られていたらしい。それにしてもここにいる子供たちの全員があの時居合わせた子供たちというのには少しばかり驚きもある。

 仕方なしに蝶々を作り出して飛ばすが子供たちはすぐにそれに食いついた。

 

「おぉー!いっぱいとんでる!」

 

「わぁ!あったかい!このちょうちょあったかい!」

 

「こっちはちょっとびりびりする!」

 

「ひんやりしてるよ!あおいのはひんやりしてる!」

 

 火遁の蝶々、雷遁の蝶々、水遁ではなく今回は氷遁の蝶々を複数飛ばして子供たちの関心を集めてみたが前と同じで非常に楽しそうに蝶々に触れている。

 攻撃性の低い見た目重視であるからこそこうして触っても平気だが、本来であれば触れた瞬間に爆破炎上したり周囲を電撃で焼き払ったり触れたモノを瞬時に凍り付かせるような術だ。こんな使い方をする物ではないのだが、術が完成する前に見せた相手に頼まれたのだから仕方ない。

 それに子供たちも楽しそうにしているので良しとしよう。まぁ、その子供たちに混じって大友様も楽しそうにしているのだが。

 

「結城、見てください!青い蝶々を捕まえましたよ!」

 

「ソウリンさまだけずるい!わたしもつかまえたい!!」

 

「ならぼくはこっちのあかいのつかまえる!」

 

「だったらおれはきいろいのだー!」

 

 大友様が氷遁の蝶々を捕まえて自慢げにしているとそれに感化された子供たちが他の蝶々を捕まえようとし始めた。何人かは握り潰そうとしているのではないか、と思えるような捕まえ方をしているがそんなことをすると消えてしまうので捕まらないように少し高い位置を飛ばしておこう。

 しかしこうしていると子供たちはハロウィンそっちのけで蝶々を追いかけることに夢中になっていて、その中に大友様が混じっている。俺は本当に何のために呼ばれたのだろうか。

 結局疑問は解消されていないのだが、お菓子を要求されるよりはマシかと蝶々を量産しながら飛ばしているが少しして大友様は自分の状態と俺の視線に気づいて動きを止めた。

 

「あ、いや、これはですね!子供たちに合わせてあげただけで、ついつい綺麗で手を伸ばしたら捕まえられたからはしゃいだとか、そういうことじゃありませんからね!?」

 

 自分の行動が子供っぽいということがわかっているからか、顔を真っ赤にしながら必死にそう弁解する大友様だが今更である。大友様がどこか子供っぽいのは知っているし、それで立花様が苦労しているのも知っている。

 それを無理に取り繕う必要はないのだが、本人としては気になるところなのだろうか。俺としては子供っぽいことよりも先ほどの肌を晒していた状態のことについて気をつけて欲しい。本人が普段から気にしないのか、今回は子供たちを相手にしていて気づかなかったのか。

 

「そ、そんなことよりもですね、結城を呼んだ理由を説明します!」

 

「あ、はい。大友様が子供たちと袋の奪い合いしたり絶望したり蝶々追いかけたりで結局聞けてませんでしたからね」

 

「その話は良いんです!適当においておくとして……結城を呼んだ理由は簡単なことですよ。

 前に見せてもらった蝶々の忍術をまた子供たちに見せてあげたかったのと……」

 

 簡単なこと。と言って悪戯が成功した子供のように得意気に俺を見ているのだが一体どうしたのだろうか。

 

「トリックオアトリートです!お菓子をくれないと悪戯しちゃいますよー?」

 

「……大友様はもう立派な大人の女性で、俺は南瓜の飾りなんてつけてませんよ」

 

「なんでそんな可哀想な物を見るような目になってるのか問いただしたいんですけど」

 

「いや、大友様さっき自分で言ってましたよね。子供たちが、って。

 それなのに何でとっくに大人の仲間入りを果たしている大友様にそんなこと言われないといけないんですか?」

 

「結城はチョコレートを持ってるってヨシテル様から聞いたからです!

 南蛮のお菓子の中でもなかなか手に入らないチョコレート。それを結城が持っているどころか作れるなんて聞いたら欲しくなるに決まってるじゃないですか!」

 

「まさかはろうぃんに託けてチョコレート貰おうとしただけですか?」

 

「はい!」

 

 そんなくだらない理由で呼んでおきながら何でそんな満面の笑みを浮かべているのか俺には理解が出来ない。

 

「はぁ……別にチョコレートくらい構いませんが、大友様であれば簡単に手に入ると思うんですけど」

 

「しょくらあとなら簡単なんですけど、調理済みのチョコレートになると手に入らないんですよ……で、そんなことよりもトリックオアトリートですよ!」

 

「はいはい。食べすぎは注意ですよ」

 

 呆れながらもチョコレートを渡すと大友様は目を輝かせながらそれを受け取り、子供たちに気づかれていないことを確認しながら隠した。

 別に此処で食べてしまえば良いのに。と思っているとそれを察したのか大友様が俺の傍、というか耳元に口を寄せ小声で理由を教えてくれた。

 

「子供たちに気づかれるとですね、確実に欲しがられるので隠したんですよ。流石に全員分を結城に貰うわけにはいきませんし、下手をすると折角貰ったチョコレートが子供たちの餌食になりそうですから」

 

 餌食という言い方はどうかと思うが、確かのあの子供たちなら大友様から奪い取るくらいしそうである。先ほど袋を強奪しに掛かったことから絶対にやると思う。

 しかしこうして呼ばれてチョコレートを強請られるだけというのも釈然としないし、軽く仕返しでもしておこうか。

 

「大友様、とりっくおあとりーとです」

 

「……え?」

 

「お菓子を渡すか悪戯をされるか選んでください」

 

「え、え!?ちょっと待ってください!結城だってもう大人ですよね!?」

 

「大友様がそれを言える立場じゃありません。どちらでも好きな方を選んでくださいね。

 あ、すぐに選んでくれないと強制で悪戯です」

 

 そう言うと大友様は焦ったように手持ちにお菓子がないか探すが先ほど俺が渡したチョコレートしかない。

 そんな大友様を尻目に俺はどんな悪戯をしかけてやろうかと思いながらとりあえず筆と墨を用意しておく。素敵忍術は今日も実に使い勝手が良い。

 悪戯書きくらいで良いかな、ということで筆に墨をつけて準備をしながら待つが大友様は諦めが悪いようであれこれと周りまで探し始めた。だがお菓子は全て子供たちが食べた後なので残っているはずもなかった。

 

「さて、そろそろ諦めましょうか」

 

「うぅ~……折角子供たちの関心が逸れたと思ったのにぃ……」

 

「はいはい。良いからとりあえず目を閉じてください」

 

 筆を近づけると諦めたようにぎゅっと目を閉じた大友様を見て筆を止める。ぷるぷると震えながら悪戯書きされるのを待っているが見ているほうが楽しい。そうして眺めていると恐る恐ると薄ら目を開けた大友様と目が合った。

 なのでにこっと笑って筆を更に近づける。するとまたぎゅっと目を閉じて震える。非常に楽しいがこれを続けていても大友様に怒られそうなので普通に悪戯をして終わらせよう。

 ただその姿を見て違う悪戯を思い付いたのでこっそりと回収しておいた、気になったお菓子を取り出す。白くて柔らかい、甘い香りのするお菓子をそっと大友様の唇へと押し当てるとびくっと一瞬震えた大友様。その反応に期待通りだと頷きながらそのお菓子を放す。もう一度大友様を見ると顔が赤くなっている。

 

 恐る恐る目を開く大友様だがその視線は俺の顔を見て、その次に俺が持っているお菓子を見る。そして俺が何をしたのか理解したようだった。その次に今まで以上に顔を赤くしてしゃがみ込んで顔を伏せてしまった。

 反応を見る限り俺が悪戯として口付けをした。とでも思ったが本当はお菓子を押し付けられただけ。ということに気づき、そんな勘違いをしてしまったせいで轟沈してしまったのだろう。

 

「……こういう悪戯は心臓に悪いのでやめてくださいよぉ……」

 

「お菓子を押し付けただけですけど?」

 

「絶対わかってやってますよねそれ……」

 

 しゃがみ込んで顔を伏せたまま大友様は何やら唸ったりしているがそれは放置だ。それにしても悪戯に使ったこのお菓子は何なのだろうか。面白いしちょっと気になる。

 

「これって何てお菓子なんですか?」

 

「それはマシュマロです……もう、こんなことに使わないでくださいよ!」

 

 がばっと起き上がったが未だに顔は赤く、俺を直視しないようにしている。乙女を相手にこんなことをするのは悪戯としても少しやりすぎたかもしれない。まぁ、チョコレート欲しさにわざわざ豊後まで俺を呼んだのだからこれくらいは我慢してもらおう。

 それとこのましゅまろは大友様が口をつけたというか、大友様の口につけたのだし俺が食べるわけにもいかない。ここは仕方ないので大友様に片付けてもらえば良いか。

 

「大友様、あーん」

 

「え、あ、あーん?」

 

 俺が何をしようとしているか理解していない大友様は言われるがままに口を開いた。なのでその隙にましゅまろを入れる。

 その行動に驚いたように一瞬動きを止めたが、その後にゆっくりと咀嚼してから再度しゃがみ込んでしまった。

 

「うぅー……普通に恥ずかしいですよこれ……」

 

「俺はあまり気にしませんよ。それに楽しいですし」

 

「くっ……結城のたらしスキルが微妙に高くて悔しいです……!」

 

 大友様が何を言っているのかわからないが、俺個人としては大満足だ。顔を赤くしてしゃがんでいる大友様は暫く立ち直りそうにないので俺は子供たちの相手をするとしよう。

 飛ばしていた蝶々は過半数が捕まっており、未だに捕まえようとしている子供たちもいる。捕まえやすいように低めに飛ばしてみれば小さな子供も難なく蝶々を捕まえてご満悦のようだった。

 完全にはろうぃんとやらからは離れてしまったが楽しそうにしている子供たちを眺め、そして赤くなってしゃがんでいる大友様の頭を軽くぽんぽんと撫でながらなんだかんだで、豊後に来たのは悪くなかったかな。と思いながら、子供たちに捕まっているために飛んでいる蝶々が少なくなっているのも物足りないだろうと子供たちのために新しく蝶々を飛ばすのだった。




10月31日はハロウィンです。
そしてソウリン様の萌えカットインにハロウィンの様子があります。
やるしかない。というわけでハロウィンでした。

ところでソウリン様って胸小さいようで実は結構あるような気がします。
戦国乙女の中では小さい方であることは確実ですが。


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番外の四 京の日常

オリ主は、非番=待機、忍具の手入れ、忍術の研究

イチャイチャ回。


 諸国を巡ったり雑用をしたりと忙しかったがヨシテル様直々に休むように、ということで久々に非番となった。とはいえ足利忍軍頭領として緊急時に備えなければならないので二条御所を離れるわけには行かない。

 

「兄上、何をしているのですか?」

 

 ということで縁側に座ってお茶を飲んでいると廊下の先から義昭様が現れてそう問いながら隣に腰掛けた。

 

「今日は非番になったのでこうしてのんびりとしていました。忍の頭領としては任務以外で二条御所を離れるのはあまりよろしくありませんので」

 

「なるほど。でもそうなると兄上は何処かに遊びに行く、とかしないのですか?」

 

「しませんね。俺はヨシテル様や義昭が出かける際に護衛として付いて行くか、任務で諸国を巡る以外では基本二条御所にて待機していますから」

 

「そう言われてみれば……確かに兄上は任務か待機のどちらしかしていませんね……」

 

 基本的には任務で諸国を巡ったり、書状を運んだりしているので二条御所に居ることは少ない。そしてその少ない二条御所内での活動は護衛や警護、または緊急時に備えての待機なので俺個人が何処かに遊びに行く、ということはない。

 それについて不満があるわけではないし、待機しなければならないなら忍具の手入れや忍術の研究もしているのでむしろ遊びに出るということに必要性を感じていないのが現状だ。それに下手に外を出歩いてついうっかり室生様に遭遇、なんてことになると笑えない。

 流石に町中で斬撃を飛ばしては来ないだろうが、あの方に絡まれるというのは精神的に疲れるものがあるので絶対に遭遇したくない。

 

「俺としてはそれで構わないので気にしていませんが。それよりも義昭はどうしたんですか?今日はこの後勉学の予定が入っていたと思いましたが」

 

「その予定でしたけど、急に変更になりました」

 

「それはまた……では別の日に、ということですね」

 

「はい。また後日ということになりました。それで今日は予定が空いてしまって何をしようかな、と思っていたところに兄上が居たのでこうしています」

 

「そういうことでしたか。では義昭もお茶を飲みながらのんびりと過ごしましょうか」

 

 言ってから忍術で追加の湯飲みを取り出してから茶を注ぎ、義昭様へと差し出す。熱過ぎないようにと気をつけているので口をつけた瞬間に落とす、ということはないだろうがそれでも警戒はしておく。

 

「ありがとうございます。……こうして温度に気を使っているのが兄上らしいですね」

 

 ただ、そうした俺の考えなど見抜いているようで湯飲みを持ってから一口だけ飲むとそう言いながら微笑んだ義昭様は非常に可愛らしかった。俺の弟が最高に可愛い。

 やはり子供はそうして笑んでいる方が良い。ただミツヒデ様がこうしている義昭様を見ると感涙に咽び泣くか忠誠心が暴走するか、碌なことにはあまりならないのでミツヒデ様にだけはあまり見せないようにしてもらいたい。とも思うのだが。

 

「でも兄上?流石に私がまだ子供だとはいえ、熱いから手を放して零してしまう。なんてことはしませんよ?」

 

「子供だから、というよりももしそんなことが起きて義昭が火傷なんてしてしまったら大変ですから。そういうことですので拗ねないでくださいね」

 

「拗ねてません。これくらいで拗ねる程幼くはありませんからね」

 

 微笑んでいたかと思えばふと思い立ったように言って、拗ねてしまった。

 拗ねていないと言っているがどう考えても義昭様は拗ねている。普段であればこんなことはないのだが、どういうことか今日の義昭様は非常に子供らしい。そういう姿はヨシテル様に見せてあげると大変喜ばれますよ、と言いたいとも思うがそれを言うと更に拗ねてしまうことが容易に想像できるので自重せねば。

 それにしても本当にどうしたのだろうか。こうした姿を見せるのは信頼の証であるので嬉しいといえば嬉しいがいつもと違うというのは少しばかり不安になる。

 原因は何か、と考えると……義昭様がこうなるのなら足利軍の誰かと何かあった、と考えるべきでありそう考えると一番可能性があるのはヨシテル様になる。

 

「それなら良いですけど……義昭、本当はヨシテル様と何かあったんじゃないですか?」

 

「…………兄上は察しが良過ぎます……」

 

 少しばかり唇を尖らせて義昭様はそう言った。やはりヨシテル様と何かあったのか。

 これが町にいる子供ならば遊びに行こうと誘ったが断られた、とかなのだが義昭様の場合はそういうことはない。そして義昭様の性格を考えるとヨシテル様の手伝いなどを買って出たが断られたとか、頼ってもらえなかったとか、多分その辺りではないだろうか。

 

「ヨシテル様の手伝い、断られたとかですかね」

 

 なので口に出して確認すると義昭様がため息を零した。

 

「本当に、察しが良過ぎます。何も言っていないのに、どうしてわかるのですか?」

 

「ヨシテル様の性格だとか、義昭様の性格だとか、お二人の考え方だとか、色々と判断材料はありますからね」

 

「……なんだか、兄上はずるいです。そうやって何でもお見通しなんて、本当にずるいと思います」

 

「何でもはわかりませんよ。わかることだけです」

 

 それにしてもやはり今日の義昭様はいつもよりも感情的というか、何と言えば良いのか。とりあえずこうして拗ねている子供の対処方法はどうするのが良いのだろうか、と考えてみるがそういうことは誰かに教わったことがないので分からない。

 わからないのだが、こういう時は自分が子供の頃はどうだったのか。それを思い出して何らかの対処方法を考えれば良い。あまり思い出したくはないのだが俺も子供の頃は拗ねて師匠や奥方様に迷惑をかけた。そして宥められたものだ。

 確かその宥められ方はこんな感じだったはず、という曖昧ではあるが記憶を頼りに実行することにした。

 

「義昭、こっちに来てください」

 

 言いながら奥方様にこうされたという記憶を元に自分の膝をぽんぽんと叩く。

 

「えっと……兄上?」

 

「ほら、良いから此方に」

 

「あ、はい……えっと、それでは少し失礼します……」

 

 戸惑いながらおずおずと俺の膝の上に座った義昭様を抱き締めるように腕を回して語りかける。

 

「良いですか、義昭。ヨシテル様が手伝いを断ったのは義昭が邪魔だから、ということではありません」

 

「……それは、わかってます」

 

「義昭は最近、剣術の鍛錬や勉学に忙しくこうしてゆっくりと過ごす時間もなかったでしょう?だからヨシテル様は折角出来た時間を大切に過ごして欲しいと考えているのだと思いますよ」

 

「確かに、最近は色々と忙しいですがそれは私が望んだことです。それにゆっくりと過ごす時間がないのは姉上も同じことですよ。姉上がそうして考えているように、私も姉上には執務ばかりではなくてちゃんと休めるような時間を持って欲しいのです」

 

「まったく、互いに同じことを考えていながら擦れ違うなんて笑い話にも出来ませんね。

 そういう時は少しだけ譲歩するんですよ」

 

「譲歩、ですか?」

 

「交渉術の基本ではありますが、最初は義昭が出来る物を全て手伝うと言います」

 

「私が出来る物……一応教わっていますから三割くらいなら出来ると思いますが……」

 

 三割も出来るのか。俺の予想では二割くらいだと思っていたのに。

 

「それなら大体四割くらい手伝うと言えば良いですね。当然ヨシテル様は断るので、それならばその半分だけでも手伝わせて欲しい。そう伝えればきっと上手く行くと思いますよ」

 

「何故ですか?最初に断られていますし、量は減っていますがそれでも手伝いは手伝いですよね?」

 

「お互いに主張がぶつかって、どちらもそれを曲げる気がない。ですが少しばかり譲歩することで相手にそれならば良いかな、と思わせることが出来るんですよ。

 当然、全ての人に対して有効ではありませんが、義昭がヨシテル様に言うのであれば充分に通用するでしょうね」

 

「そういうものですか……」

 

「そういうものです。ミツヒデ様も義昭にやってますよ?」

 

「ミツヒデが私にですか?」

 

「ミツヒデ様が義昭の着替えや食事を全て手伝うと言い出したときに義昭は断りますよね。すると断られたミツヒデ様はならば休憩の際にお世話をさせて欲しい。と言って、義昭もそれくらいならば。と了承していると思います」

 

「…………確かに、そんなことがありましたね……」

 

「あれも本来の目的の前にまず断られるであろうことを提示し、断られた後で譲歩したように見せて本来の目的を達成しています」

 

 ミツヒデ様の忠誠心が暴走した結果があれである。着替え、食事、湯浴みに就寝に至るまで全ての世話をしたいとか言っているのを聞いた時は何も言わずに睡眠薬で無理やり眠らせたが俺は悪くない。

 それにそうした後に義昭様が非常に安堵していたので俺の行動は間違っていなかったに違いない。ついでにそれを聞いたヨシテル様が何とも言えない曖昧な表情を浮かべていたが、いくら忠臣と言えどああいった発言は控えて欲しいのだろう。というかむしろやめてもらいたいのだと思う。

 

「あぁ……あれが……それなら、まぁ……姉上にも通用しそうですね……」

 

「でしょう?ですので次はそうした手段を取るのも一つの手ですよ」

 

 まぁ、義昭様に甘いヨシテル様のことだからそうして言われれば手伝いを許可するに違いない。そして口では休んでも良いとか、無理に手伝わなくても良いとか言いながら内心では喜ぶのだろうということも容易に想像が出来る。

 ヨシテル様はもう少し自分の感情に素直になるべきだと思う。義昭様のことを思って手伝いを断るのもわかるが、義昭様は自分で手伝いたいと言っているのだし、その手伝いの間に一緒に居られるのだから色々と話が出来るだろう。また終わった後に一緒に休憩を取ることも出来る。その辺りのことをそれとなくヨシテル様に伝えてみようか。

 

「はぁ……そういうやり方もあるのですね……やはり兄上は何でも知ってますね」

 

「何でもは知りませんよ。知っていることだけです」

 

「それでも私の知らないことを色々と知っています。私ももっとそうして知識などを身に付けるべきでしょうか……」

 

「将来的には必要になるでしょうが、今はまだ無理に身に付ける必要はありませんよ。

 それにいざとなればヨシテル様やミツヒデ様、それに俺も傍にいますから。というか普通に俺たちを頼ってもらいたいものですね。むしろ甘えて欲しいと思っています」

 

 本当に甘えて欲しい。ヨシテル様も義昭様ももっと甘えて欲しい。こう、ダメ人間を作る勢いで甘やかすから甘えて欲しい。まぁ、お二人ともそう簡単に誰かに甘えるという性格をしていないので無理かもしれないが。

 

「これでも甘えてますよ?特に兄上には」

 

「まだ足りませんね。もっと甘えてくれても良いんですよ?」

 

「んー……ならもう少しだけ甘えさせてもらいますね」

 

 言ってから義昭様は幾らか脱力して俺に体重を預けてきた。そのまま頭を俺の胸にぐりぐりと押し付けてなんとなくではあるが楽しそうな雰囲気だった。

 拗ねていたはずなのだが、どれが功を奏したのかわからないながらも機嫌は治ったようで良かった。まぁ、やったこと全て奥方様にされたこととほとんど同じなので、どんなに大人のような面を持ち合わせていても子供は子供なのだと認識させられた。

 それにしても今日の義昭様は非常に感情的と言うか、素直と言うか。普段からこれくらい甘えるのであればヨシテル様も安心するのに。

 

「ほら、兄上。弟が甘えているのですから頭を撫でても良いのですよ」

 

「ええ、良いですよ」

 

 義昭様の少し変わったおねだりに応えて頭を撫でる。相変わらずふわふわさらさらとした手触りで実は撫でているのが結構楽しかったりする。それとぴょんと跳ねた癖毛も丁寧に直しておく。まぁ、直してもすぐに跳ねるのだが。

 それと、こうして義昭様の癖毛を直したりしているとふと思うことはそういえばミツヒデ様も癖毛だったな。ということである。それも義昭様と同じような癖があるのでそのことはミツヒデ様は内心で相当喜んでいるのを知っている。というか自慢げに話された。

 それを思い出して今日はいつもよりも丹念に義昭様の跳ねた髪を直しておくことにした。今日ミツヒデ様が義昭様を見かけた際に、お揃いではないということに心の中で膝を着いて項垂れるが良い。あの時のミツヒデ様は本当にしつこかったのでこれくらいの意趣返しはしておかなければならない。

 

「兄上兄上、もっと強くても私は構いませんよ」

 

「俺としてはこうして撫でているのも好きなんですけど、義昭はもう少し強めに撫でられたいですか?」

 

「そうですね……町で見た子供たちが、父親と思しき方に少し強めにぐりぐりと頭を撫でられているのを見て少し憧れてしまいまして……」

 

「なるほど、そういうことでしたか。ではそのように」

 

 義昭様もやはり子供で、父親を恋しく思うこともあるようだ。確かにこの年齢で父親も母親も居ないというのは寂しいものがあるのだろう。俺もいなかったが、代わりに師匠や奥方様、それに兄弟子や姉弟子がいたので寂しいとは感じなかったのだが。

 何にしろ義昭様が望むならそのように撫でてみよう。ただし力加減には気をつける。俺は特別力が強いというわけではないにしろ、やりすぎてしまっては事だ。

 そう思いながら少しばかり力を込めて強めに義昭様の頭を撫でれば、その手を押し返すように頭を押し付け、楽しげに笑った。

 

「そうそう、こんな感じで撫でられて楽しそうでした。いつもみたいに優しく撫でられるのも好きですがこうして強めに撫でられる方が私は好きかもしれません」

 

「それならば次からはこれくらいで撫でますけど、頭を押し付けないでください。撫で難いです」

 

「こうしてる方が楽しいので撫で難くても頑張って撫でてくださいね。

 それに兄上が甘えて欲しいって言ったのですから、これくらいはしてもらわないと」

 

「仕方がありませんね……そんなことを言う義昭にはこうしてあげましょう!」

 

 もはや義昭様の考えは撫でられるのが気持ち良いというよりもこうしてじゃれるのが楽しいという様子だったので強めに撫でるとかではなく、わしゃわしゃと先ほど直した髪がまた跳ねるのを気にせずに撫でる。

 こういう撫で方は幼い頃に師匠にされたことがあるが、意外と楽しかったのを思い出す。

 

「もうっ!そんなに強くすると兄上が折角直したのにまた髪が跳ねてしまいますよ!」

 

 文句を言っているように思えるが実際はとても楽しそうにしているのでこれもまたじゃれているだけである。

 なので力を弱めたりせずに撫で続けても問題はない。それに俺は俺でなんだか楽しくなって来たのでもう少し続けたいと思っている。元々は義昭様の機嫌を直すために始めたことではあったが、それはそれ、これはこれ、だ。

 

「手を止めないというのなら、こうです!」

 

 撫でている俺の手を取って自身の胸の辺りで、両手を使ってしっかりと掴んで動かなくした。撫でることが出来なくなったが義昭様が楽しそうなので良しとしよう。それにしても義昭様がこうも歳相応に甘えてくれるようになるとは、感無量とでも言えば良いのだろうか。

 とりあえずこれがミツヒデ様ならいつも通りに感涙に咽び泣いているだろう。というか何でミツヒデ様はことあるごとにあんな反応をしているのだろうか。侍女や兵士がその様子を見ても、またミツヒデ様か。の一言で済まさせれるくらいには慣れてしまっている。

 

「どうですか兄上!これならあんな風には撫でられないでしょう?」

 

「ええ、これでは撫でられませんね。なのでこのままのんびりと過ごしましょうか」

 

「わかりました。あ、でもまだ降りませんからね。もう少し……いえ、満足するまで降りません!良いですよね、兄上?」

 

「それくらいなら構いませんよ。なら俺も満足するまで放しませんけど宜しいですか?」

 

「仕方ありませんね、良いですよ。兄上の我侭に付き合ってあげますから」

 

 満足するまで放さない。なんて言いながらも実際は義昭様が満足するまで、だ。それをわかっているであろう義昭様はまるで俺が我侭を言っているような流れにされてしまった。

 これがヨシテル様であれば当然反論をするのだが、義昭様はこうしたやりとりも楽しんでいるようなのでそんなことはしない。というか子供は存外こうして我侭を言うっているのは自分ではなく相手の方で、自分はそれに合わせている。というようなことをするので、まぁ良いかと思ってしまった。

 後はこうした子供らしい面をちゃんとヨシテル様に見せてくれれば俺としては大満足なのだが、もしかするとこうして接してくれる理由には同性であること、兄のように思われていることが要因なのかもしれない。そう思うとヨシテル様にも同じように接するということは難しいのかもしれない。

 

 まぁ、とりあえずこうして義昭様とのんびり過ごすというのであればそれで良い。それにこうしているのはあくまでも俺が非番であるからであって、普段であればもう少し自重するし周りの目だって気にする。

 ただ今回に限って言えば義昭様のことを思ってなので誰かに見られているのは分かっているがそれでも構わない。俺がどう思われるかなんてのは二の次で義昭様の機嫌が直り、そして楽しそうにしてくれるのであればそれで充分なのだから。




イチャイチャ回、但し相手がヨシテル様とは言っていない。
もう本当に義昭様には年相応に子供らしく振る舞って甘えてもらいたい。
LBの特典ドラマCDの義昭様可愛い。台の演出で出てくる義昭様基本的に暗めなのでもっと明るく楽しくして欲しい。

数話毎にヨシテル様か義昭様を出さないと気が済まないというか、出したくて出したくて仕方なくなるので俺はもうダメかもしれない……


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番外の五 冬の二条御所 前

オリ主(暖房器具)


 身を切るような寒さを感じて目を覚ます。そしてすぐに立ち上がり障子を開けて外を確認すると見事に一面銀世界。どうにも昨夜から降り続いていた雪が積もったようだった。まぁ、実際には暗いので銀世界とは言いがたいが、とりあえずそんな感じになっているのはわかる。

 数刻ほど仮眠を取っている間にこれということは、その間に随分と量が降ったということになる。それは寒いはずだ。

 とりあえず今日の任務は護衛、警護なので手早く着替えてから、寒いのは好きではないので素敵忍術で防寒具としてだけではなく、鋼線を編み込んだ防御面でも使えるマフラーを取り出して首に巻いておく。以前まで使っていたのは黒のマフラーだったが、今の格好に合うようにと白い物を用意しておいて良かった。

 このマフラーには内部に火遁の呪印を編み込んでいるのでこれだけで充分に暖かい。まぁ、その程度のために呪印を使うのは俺くらいしかいないらしいが。

 それだけではなく火遁で蝶々を作り出し、それを自分の周りに飛ばしておく。三頭ほど飛ばしているがこれで俺の周囲も暖かくなるはずだ。

 氷の華のように、この蝶々は周囲を暖かくすることが出来るので冬や寒い地方で任務に就く場合は非常に便利だ。当然、潜入であったり暗殺任務であった場合には見つかってしまうので使うことは出来ないのだが。

 そんなことは置いておくとして、冬ということもあって日は昇っていないが皆が目覚めるには充分な時間だ。耳を澄ませば厨房で侍女が料理をしているであろう音が聞こえてくるし、見張りの兵士や、目覚めたばかりの兵士の動き始める音が聞こえる。

 

 予定よりも一刻ほど早く目覚めてしまったようだが、再度眠る気にはなれない。とりあえず散歩でもしてみようか。まだ外は暗いので光遁で光る球体を浮かべておく。蝋燭を使っても良かったが別にこれでも大丈夫だろう。今更俺が忍術であれこれしたとして、二条御所で驚くような人間はそういない。

 ということで軽く散歩を始めたわけだが遠目に見た兵士や侍女は寒さに震えていたり、厚着をしていたりと各々冬の寒さの被害を受けているようだった。しかし、俺が飛ばしている火の蝶々は術者である俺から離れると消えてしまうのでこれを渡してあげると言うことは出来ない。

 術の改良を行えば或いは、とも思うが冬の時期にしか使えそうにないので優先順位は低い。昔であればそうしたことに時間を使うことも出来たのだが、今となっては時間の確保が難しかったり、別の術を開発改良するのに忙しかったりと地味に大変だったりするのだ。

 

 そんなことを考えながら歩いていると前方の廊下、その曲がった先から誰かが歩いてきている気配を感じる。普段は二条御所で感じることのない気配だが、そういえば昨日用事があると言って足を運んでいたのを思い出した。

 まぁ、あの方であれば目を覚ましていても不思議ではない。普通に挨拶をしておこう。そう思って、一旦足を止めて待っていると角からコタロウ様が現れた。例に漏れず、寒さ対策として厚着をしている。

 

「おはようございます、コタロウ様」

 

「あ、おはようござます、結城様。

 今日は寒いですね……ってあれ、寒くない……?というか、暖かい……」

 

「あぁ、これで温度調整をしているので寒くはないでしょうね」

 

 言いながら掌を上に向けて差し出し、もう一頭火遁で蝶々を作り出す。少し温度が上がったが、暑いということはないので問題はない。

 

「わぁ……綺麗ですね……それに暖かい……良いなぁ、これ……」

 

「俺から離れると消えてしまうので差し上げることは出来ませんが……コタロウ様は散歩の途中でしたか?」

 

「え、あ、はい。寒くて目が覚めてしまって……だからって、二度寝するわけにもいきませんから」

 

「であれば、俺もご一緒してもよろしいですか?同じように予定よりも早く起きてしまって散歩でも、と思っていましたので」

 

「そうなんですか?結城様ならいつものこの時間よりも前に起きてると思ってましたけど……」

 

「いえ、今日は四刻ほど仮眠を、と思っていたのですが寒さのせいか三刻ほどで目覚めてしまいまして」

 

 少しくらい眠っておこう、と思って四刻を予定していたのだが実際に眠れたのは三刻程だ。まぁ、睡眠時間くらい医療忍術で幾らでも誤魔化せるので問題はないのだが、そうしてばかりいると睡蓮にばれた時が面倒なのだ。

 小言だけなら構わない。ただ、それだけでは終わらずに竜胆や鈴蘭に愚痴を零すのだ。そうすると更に竜胆から小言を貰い、鈴蘭はヨシテル様に報告する。本人曰くこれが一番効果的とのことだった。

 本当に効果的だとも。ヨシテル様に心配されて義昭様に話が行って心配されてミツヒデ様に話が行って心配と小言を貰うのだ。やってられない。だから時折でもちゃんと眠るようにしていたのに、この寒さだ。運が悪い。

 

「あぁ……そういうことでしたか。結城様も大変ですね……

 あ、そうそう。散歩、ボクからもお願いします。その、一緒に歩きたいっていうのもあるんですけど……」

 

「俺の近くは暖かいですからね……離れられなくならないようにしてくださいよ?」

 

「大丈夫です!ちゃんと毎朝の鍛錬をしますから、その時まで一緒に散歩しましょう!」

 

 そう言ってからコタロウ様は胸の前辺りで両の拳をぐっと握り締めてふんすっ!と気合いを入れていた。

 ただ、それでもやはり寒さに負けてしまったのか俺の傍に近寄ってから暖かさに顔を緩めていた。気合を入れたところで、冬の寒さに勝てるわけではないようだ。

 

「ふふ……結城様の近くは暖かいですね……」

 

「そういう忍術を使っていますので」

 

 ゆっくりと歩き始めるとコタロウ様もそれに続いて歩き始める。散歩するとお互いに言ったのだから何時までも立ち止まっているというのも可笑しな話だ。

 散歩をしながらコタロウ様と色々な話をしたが、最もコタロウ様が真剣に話をしていたのが、どうやったら強くなれるのか、ということだった。とりあえず自分に適した修行をすることが必要だと伝えて、場合によっては誰かに師事するのも良いかもしれないとだけ伝えておいた。

 実際に俺がある程度強くなれたのは修行と師匠にあれこれと教えてもらえたからなので、俺にはそれ以上のことは言えなかったということもあるのだが。

 そうして暫く散歩をしていたがそろそろ鍛錬の時間だと言うコタロウ様と別れた。ついでに、別れ際にいつもよりも強めに力を込めた蝶々を渡しておいたのでコタロウ様が鍛錬を始めるまでは消えないだろう。着替えとか、そのくらいは暖かくても良いと思う。その後動き始めれば寒さも気にならないかもしれないし。

 

 コタロウ様と別れたので、そろそろ良い時間になっていると義昭様の寝所へと向かう。朝の挨拶をするため、というのもあるが義昭様に起こして欲しいと頼まれたということもある。まぁ、目覚めてすぐにいつもの確認作業をしたいのだろう。

 そういうわけで義昭様の寝所へとやって来たのだが、うん、やはり空気が冷たい。これではもうとっくに目覚めてしまっているかもしれない。というか動く気配がするので目覚めているようだった。それならばと声を掛ける。

 

「おはようございます、義昭」

 

「……おはようございます、兄上」

 

 どういうことだろうか。義昭様が目を覚ましているのは予想通りだったが、声がくぐもって聞こえてきた。

 例えるなら布団の中に潜っていたが、声が掛かったのでそのまま答えた。というような、そんな感じだった。

 

「では、失礼しますよ」

 

 言ってから中に入るとそこには義昭様の姿はなかった。代わりに敷かれている布団が大きく盛り上がっていた。これは、もしかすると……そういうことなのだろう。

 

「義昭、目が覚めているなら布団から出てきてください。寒いのはわかりますが……ずっとそのまま、というわけにはいきませんよ?」

 

「だって、寒いんですもん……」

 

 聞こえてきた声は完全に拗ねたような、本気で出たくないと思っているような、そんな声だった。

 それでも、さっき言ったようにずっとそのままでいるわけにはいかない。なので追加の蝶々を飛ばして室内の温度を上げる。布団から出てきても問題ないくらいには暖かくなったはずだ。

 

「さぁ、暖かくしましたから出てきてください」

 

「そんな簡単に暖かくなるはずが……あれ、本当に暖かいですね……これは、兄上の……」

 

 もぞもぞと布団から顔だけ出した義昭様は室内が暖かくなっていることに疑問を感じているようだった。それでもすぐに俺が作った火の蝶々が飛んでいることでその理由を察したらしく、納得したように頷いていた。

 そして、暖かいのならば、と言うように布団から出てきて少し離れた場所に立っていた俺の傍まで歩いてくるといつものように俺の手を取った。

 

「……兄上も温かいです」

 

「それを言うなら義昭の手の方が温かいと思いますよ。さっきまで布団に潜り込んでいましたからね」

 

「言わないでくださいよ。兄上はちょっと意地悪です」

 

「朝からあんな姿を見てしまったのでつい」

 

「……皆には内緒ですよ?」

 

「ええ、二人だけの秘密にしましょう」

 

 そんな会話をしている間も義昭様は俺の手を取ったままだ。そろそろ放しても良いのではないか、と思うがそれを口に出すことはしない。以前口に出したらちょっとだけ拗ねてしまったのだ。

 子供らしい姿につい微笑ましいものを見るような目をしてしまったので更に拗ねられてしまったのはある意味では良い思い出となってる。だからと言って今此処でそれを再現しようとは思わない。再現したいような気もするが、そこは自重しておこう。

 

「さて、そろそろ着替えませんか?徐々に日が昇ってきていますし、準備しなければなりませんよ」

 

「ん、そうですね……では、今日も一日頑張りましょうね、兄上」

 

「はい、寒さに負けず、頑張りましょう」

 

 言葉を交わしてから義昭様が着替えるのを手伝う。普段であれば特に手伝うことはないのだが、どうにも義昭様は室内の温度よりも蝶々が飛んでいる俺の近くの方が暖かいと悟ったらしく、手伝うようにお願いしてきたのだ。

 まぁ、確かに着替えるために服を一度脱がなければならない以上、幾ら室内が暖かいとは言え肌寒くも感じてしまうのか。だからと言って暖房器具のような扱いになっているというのも思うところがないわけではないのだが。

 それでも義昭様にお願いされた以上は断れない。そういうことで大人しく義昭様の着替えを手伝ったのだ。ただ少しでも寒いと思ったら俺に引っ付くのは着替えが進まないので遠慮してもらいたかった。コタロウ様もそんな感じだったが、これはもしかするとこの忍術の改良は急いだ方が良いのかもしれない。

 

「着替え終わりましたし、兄上は……姉上のところに行かないと、ですね」

 

「ええ、朝の挨拶は今の俺にとっては重要任務らしいですから」

 

「心配させた兄上が悪いのですよ。ところで兄上、その蝶々なのですけど……」

 

「俺から離れると消えてしまいますよ。改良すれば話は違ってきますが」

 

「そうですか……それが近くにあると暖かいのに、残念です……」

 

 本当に残念そうにしている義昭様を見ると、やはり術の改良は急がなければならないと思った。何と言えば良いのか……そう、これはきっと甘やかすチャンスだ。

 前々からダメになるくらい甘やかしたいとか考えていたので、丁度良い。今日中に改良しよう。本気になれば多分出来るはずだ。というかそれくらいやってみせる。

 

「いずれ改良しますので、その時までどうかご辛抱を。代わりと言っては何ですが……このマフラーでも首に巻いておきましょうか」

 

 首に巻いていたマフラーを外してから義昭様の首元へと巻きつける。俺用の大きさになっているので義昭様には少し大きいかもしれないが、これを巻いているか巻いていないかでは大分違う。現に外してしまった俺としては首周りが少し寒い。それでも蝶々が飛んでいるので酷く寒いとは感じないのだが。

 

「わぁ……!このマフラー、凄く温かいです!でもこれって普通のマフラーじゃありませんよね?」

 

「鋼線と火遁の呪印を編み込んだ特別製のマフラーですよ。一点物ですから、大事に扱ってくださいね?」

 

「はい!あ、でも兄上が寒いのでは……?」

 

「大丈夫ですよ、御覧の通りですので」

 

 マフラーを首に巻いて、温かさに喜んでいた義昭様だが俺が身に着けていたのを外したことで、寒いのではないかと心配してくれている。やはり義昭様は天使。

 まぁ、その辺りは問題ないということを示すように俺の周りを飛ぶ蝶々の数を少しだけ増やしておく。目障りにならないし、勿論他の物に引火することもないので安全性も充分だ。問題があるとすれば数を増やせば増やすだけ暖かくなる範囲が拡がって行くので、積もった雪が溶けてしまう可能性はある。

 そうなると俺が離れた後に凍ることになるので、足を踏み入れた誰かが滑ってしまう。ということがあるかもしれない。部下の忍衆であればそんなことで滑って転ぶなんて、と特別な訓練でも用意するがそれが兵士だったり侍女だったりすると申し訳ない。

 そしてヨシテル様や義昭様、ミツヒデ様やコタロウ様であれば土下座物である。いや、土下座で済まないだろうが。

 

「あぁ、それは確かに大丈夫そうですね。いえ、もしかするとこうしてマフラーを巻いているよりも暖かいかもしれません。

 ほら、こうして近くにいるだけでとっても暖かいですよ」

 

「俺としては増やしすぎて暖かい範囲が拡がると雪が溶けてしまうので、遠慮したいんですけどね。

 まぁ、これくらいなら部屋一つか二つくらい暖かくなるくらいでしょうか?こうして締め切っていると先ほどよりも温度は上がりますから、厚着はしなくても良さそうですよ」

 

「これくらい暖かいなら、そうですね。でも兄上が離れるとそうもいきませんから、私はちゃんと厚着しておきます。また後で、兄上の近くで暖を取らせてもらいますので」

 

「わかりました。ではまた後ほど」

 

「はい。姉上が待っているはずですから、ちゃんと挨拶に行ってくださいよ」

 

「ええ、勿論です」

 

 言って、義昭様の頭を撫でてから蝶々を義昭様の周りに二頭程飛ばしてヨシテル様の寝所へと移動する。のだが、道中でミツヒデ様と顔を合わせることとなった。案の定ミツヒデ様も厚着をしていて俯き気味に歩いていた。

 しかし、唐突に暖かくなったことを感じたのか、顔を上げて首を傾げ、俺の姿と俺の周りを飛ぶ蝶々を見てから納得したような、呆れたような表情を浮かべた。

 

「おはよう、結城。お前のそれは少しずるくないか?」

 

「おはようございます、ミツヒデ様。いいえ、俺は自分が出来ることをしているだけですので、ずるくありませんよ」

 

「私はこうして寒さに震えながら厚着までしているのに、お前は普段とそう変わらない格好をしているのにか?」

 

「そう言いながら俺の近くで暖を取るのやめません?」

 

「暖かいのが悪い。いや、暖かいのは良いことだな、うむ」

 

 ミツヒデ様は俺に対して文句を言いながら近づいてきたかと思えば、俺の隣に立って暖を取り始めた。指先が冷たくなっていたのか、一番近くを飛んでいた蝶々に両手を近づけて摩り合わせている。

 そんな姿を見てしまったので飛んでいる内の二頭をミツヒデ様の手元へと動かす。

 

「ふふ……こういうところは優しいものだな?」

 

「この程度でしたら。それにしても今日は本当に冷え込みますね……もしかしたら、明日も同じようなものかもしれません」

 

「それは……むぅ……冬ともなれば仕方がないとは思うが、少々堪えるな……」

 

「俺は平気ですし、義昭様にはマフラーを渡しているのでマシではあるかと思いますが……」

 

「私たちにはきついな……いや、マフラー?」

 

「ええ、特別製のマフラーを」

 

「結城の特別製か……それは暖かそうだな……」

 

 その声には羨ましいという感情が込められているような気がした。まぁ、この寒い中を歩いていたのだ。暖かいであろうことが予想出来る物を羨ましがるのは当然のことか。

 ただ、実を言うともう一つあったりする。俺が以前から使っていた黒のマフラーだ。作り方は同じなので当然のように呪印を使っている。とはいえ古い物なので使ってください、と言って渡すには聊か向いていないのが問題か。

 

「だからこそ義昭様に渡しているんですよ。それよりもミツヒデ様の本日の予定をお聞きしても?」

 

「ん、そうだな……昼を幾らか過ぎた頃に任務で出ることになるが……結城は?」

 

「ヨシテル様、義昭様の護衛、二条御所の警護ですね」

 

「まぁ、その姿を見ればわかることだがな。ならば護衛と警護、任せるぞ」

 

「ええ、お任せください。で、そろそろヨシテル様の下に向かいたいのですが」

 

「…………名残惜しいが、そうだな。ヨシテル様を待たせるわけにはいかないからな……」

 

 いつもなら何に変えてもヨシテル様と義昭様を優先するミツヒデ様とはいえ、この寒さには敵わなかったか。

 まぁ、考えてみれば今朝が今冬で一番の冷え込みかもしれない。それも前日に比べて一気に寒くなっているので誰も備えなど出来ていなかった。暖を取るための火鉢などはあるが、それを寝所に持ち込んでいるわけもなく、また火鉢を使ったとしてもこの寒さではあまり効果はないように思える。

 ではどんな物を使えば暖を取れるのか、と考えるが俺の個人的な願望を入れて考えると一つしかない。用意しておこう。

 

「そういうことですので、俺はこれで失礼しますが……少しの間であれば消えないようになっていますので、その蝶々を連れて行ってください」

 

「おぉ、そうか!いや、寒いからと火鉢の前に居座るわけにも行かないから助かった。

 それで、どれくらいの時間で消えるのかわかるか?」

 

「そうですね……一刻でしょうか」

 

「一刻か……わかった、有り難く頂戴しよう」

 

 そうして蝶々を二頭譲ってからミツヒデ様と別れる。ミツヒデ様は自分の周りを飛ぶ蝶々によって暖かくなったからか先ほどまでは俯き気味だったが今はちゃんと前を見て歩いている。

 ただ、自分の目の前を蝶々が飛ぶとそれを捕まえるように手を伸ばしてから両手を温めているようなので、流石に手足の末端までは温かくなってはいないようだった。二頭ならばそれも当然か。

 ミツヒデ様を見送ってからヨシテル様の寝所に向かうがもはや目と鼻の先である。多分ミツヒデ様は先にヨシテル様に挨拶をしていたのだろう。ということは次は義昭様のところに向かったのか。義昭様とミツヒデ様の蝶々は合わせて四頭、充分に暖かそうだ。

 

 とりあえずそれらは置いておくとして、ヨシテル様の寝所まで辿り着いたので声を掛ける。ミツヒデ様が先に挨拶をしていたようなので起きているのはわかっているが、いきなり入るような無礼な真似はしない。

 しかし、寝所の前に来てとある疑問が浮かぶ。何故か中から人の動く気配を感じることが出来ない。

 

「ヨシテル様、おはようございます」

 

「………………おはようございます、結城」

 

「……布団から出ません?」

 

「な、何故私が布団の中だと……?」

 

「あ、やっぱりそうでしたか。入りますよ?」

 

「……はい、どうぞ」

 

 声の篭り具合が義昭様と似ていたのでもしかして、と思ってのことだったがやはりそうだったのか。こういうところは姉弟で似るものだ。まぁ、義昭様には内緒にして欲しいと言われているのでそんなことは口にしないのだが。

 ヨシテル様の許可も出たので中に入ると先ほど見た光景が広がっていた。敷かれている布団が大きく盛り上がっている。それを見てため息をついてしまったのはきっと仕方なかったはずだ。

 

「ヨシテル様……布団引き剥がしますよ?」

 

「ダメです!この寒い中布団を引き剥がすなんて……貴方は鬼ですか!」

 

「義昭様は出てましたけど」

 

 火遁の蝶々で室内を暖かくした状態で、とは言わないでおこう。

 

「……そうだ、結城なら、結城ならきっと部屋を暖かくしたり出来ますよね!?どうか、この寒い部屋を暖かい部屋に……!」

 

「出来ますよ。というかやってます」

 

「本当ですか……?」

 

 俺が室内に入った時点で勝手に暖かくなる。だからやっているというのは間違いなのかもしれないが、実際に部屋が暖かくなるのだから別にこう言っておいても大丈夫だろう。

 ただヨシテル様がそれを確認するためか、布団の中から片手を出して寒いか暖かいかを確認している姿は何とも言えない奇妙な光景だった。義昭様は自分から出てきたというのに、本当にこの方は。

 

「……暖かいですね」

 

 ヨシテル様も納得の暖かさだったようで布団から出て来た。それでも布団の中に比べると少し寒かったのか、軽く身震いをしていたので仕方なしに蝶々を近づける。

 それに気づいたのか、最初は何故俺がそうしたのか理解出来なかったようで首を傾げたが、すぐに察してくれたらしい。

 

「あぁ、そういうことですか……ありがとうございます、結城」

 

「いえ、この寒さですのでそれなりに気は遣いますよ。

 それで……ヨシテル様は先ほどのご自分の行動について何か言いたいことはありますか?」

 

「何のことかわかりませんね」

 

「子供みたいにそっぽを向くのはやめてもらいましょうか」

 

 冬の寒さは人を幼くしてしまうのだろうか。普段のヨシテル様であればこんな反応はしない……うん、たぶんしない、はず。ヨシテル様のポンコツ化のせいで断言出来ない。もしかしたらするかもしれないし、もしかしなくてもしている可能性がある。

 以前までならそんなことはないと言えたのに……面白さは上がっているので良いのだが厄介さも上がっているのでトントンか。いや、その厄介さとか面倒臭さとかの方が上なのでそんなことはなかった。

 

「違います。蝶々を目で追っていただけです。

 それよりも……手を出してください」

 

「はいはい……やはり先ほどまで布団に潜り込んでいたヨシテル様の手は温かいですね。廊下を歩いていた俺の手は……まぁ、そこまで冷たくはないですけど」

 

「そうですね、結城の手は少し冷たいようにも思いますが……あの時よりは温かいです」

 

「自分で言うのもあれですけど、どれだけ冷たかったんですか」

 

「死人のそれと変わりはありませんでしたよ。睡蓮たちが死んでいるわけではない、と言うので大丈夫だと言い聞かせていましたが……」

 

「あぁ、いつものことですか。というか俺は昔から睡眠中とか体温低いですよ。幼い頃は師匠や奥方様に死んでいると勘違いされるくらいには」

 

「……それって大丈夫なのでしょうか……」

 

 幼い頃は師匠や奥方様どころか竜胆たちもそれで心配させてしまったりした。まぁ、忍だからかすぐにそれに慣れてしまって何も言わなくなっていたが。それと死にかけて数日寝込んでしまうと普段よりも体温が低くなり、本当に死んだのではないかと思われたこともある。らしい。

 その時は里に居る薬師が死んでいるわけではないと言ってくれたおかげで火葬されずに済んだとかなんとか。心臓の鼓動も最低限になっていたために脈を確認し辛かったのも原因の一つとのことだ。とりあえずその時のことを考えると薬師には感謝だ。

 

「里の薬師が言うには問題ない、とのことですよ。ただ冬になるとほぼ死人のようだ、とも言われましたが」

 

「今の時期、眠っているとあれですか……心臓に悪そうですね……」

 

「とは言いますが、人が近づけば目覚めますので大丈夫でしょう」

 

「……確かに結城が眠っている姿を見たことがありませんね……あの時を除けば、ですが」

 

 死にかけたときを除けば、ヨシテル様たちは俺が普通に眠っている姿を見たことは無い。まぁ、忍なのだから当然と言えば当然である。だがヨシテル様にとってはそれが不満なようで、何やら考えているように見える。

 だが、そんなことは今はどうでも良い。重要なことではない。

 

「それよりもヨシテル様。着替えをしてから食事にしませんか?義昭様とミツヒデ様がお待ちかと」

 

「あ、そうですね……結城も一緒に食べましょうか。というか食べますよね?」

 

「護衛ですので食事を取らずに警戒を、と思いますが……単純に俺の近くが暖かいから、ですよねそれ」

 

「…………さて、では着替えますので外で待っていてくれますか?あ、蝶々は残しておいてくださいね」

 

 当然外に出て待機はするが、蝶々は置いていけというのか。いや、別に消えないので問題などないがやろうと思えばこの蝶々に自分の目を繋げることも出来るのだが……うん、黙っておこう。そんなことはしないが黙っておこう。

 本当なら野生動物の目と繋いで情報を集めたりする忍術の応用なので使えるのは当たり前であり、竜胆たちは知っている。余計なことを言うようならば、寒いだろうから爆破炎上させてやらなければ。

 特に鈴蘭。あいつは余計なことを言うし余計な情報を広めるし余計な詮索をするし余計な新聞作成などもする。妙な素振りを見せたら爆破だ。疑わしきは罰せよ、である。

 

「着替え終わりましたので、入ってきてください」

 

 そんなことを考えているとヨシテル様が着替え終わったようで、入ってくるようにと声を掛けられた。その声に従って部屋に入るとヨシテル様はいつもの格好に着替え終わっており、両手で蝶々を包み込むようにしていた。

 

「手先はまだ温かくなりませんでしたか……」

 

「流石にこれはどうしようもありませんからね。それよりも義昭たちを待たせるわけにはいきませんから、行きましょうか」

 

「了解しました。ですがその前に追加しておきますね」

 

 追加の蝶々を飛ばし、それを確認して歩き始めたヨシテル様の後ろを付いて歩く。流石に室内は暖かくとも廊下となれば話は別だ。ヨシテル様が寒くないように、これくらいはしておかなければならない。

 微妙に過保護だとか甘やかしているとか、最近竜胆に小言を貰ったがこの程度は普通だ普通。

 それに甘やかすのはこれからだ。頭の中でどうやって甘やかすというかダメにするか考えながら、とりあえずはと義昭様とミツヒデ様が待っているだろう部屋へと、ヨシテル様の後ろを歩く。

 ……蝶々、また増やさないといけない気がするな。




久々に番外編とか思ったら思いの外長くなったので前編後編にわけることに。
戦国時代の真冬って今と違って火鉢とか囲炉裏とかで暖を取っていたと考えるととんでもなく寒そう。

というわけでオリ主(暖房器具)が大活躍。


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番外の五 冬の二条御所 後

オリ主(ダメ人間製造機)活動開始。


 朝食の時点で両隣をヨシテル様と義昭様に固められ、完全に暖房器具として扱われるという個人的な問題が発生したり、それを見たミツヒデ様がヨシテル様と義昭様に挟まれている俺を羨ましがったり快適な暖かさで食事をしている二人を羨ましがったりしていたが特に問題と言える問題は発生しなかった。

 そんなことがあったが現在は食後のお茶を飲んでいる。ミツヒデ様はやることがあるというので早々に部屋を出て行ったのだが、きっと午後から任務に就くそうなのでそれの準備や、先に片付けておくべきことを片付けるのだろう。

 そして、俺も予定していた二条御所の警護に当たろうと思っているとヨシテル様に、執務中に同室での待機を命じられた。

 

「今日は御所内の警護ではなく私の護衛をお願いしますね。

 とりあえずは、執務中は私と同じ部屋で護衛に当たってください」

 

「ということは、執務室での待機ですか」

 

「そうなります。よろしくお願いしますよ」

 

「……そんなに寒いのは嫌ですか」

 

「だって外を見てくださいよ!あんなに雪が積もって、更に言えばまだ降り続いているんですよ?

 だから暖かくしておきたいんです!ね?良いでしょう?」

 

「別に構いませんけど、義昭はどう思いますか?」

 

 どうにかして部屋を暖かく保ちたいらしいが、それはきっと義昭様も同じだろうな。と思ったので義昭様に意見を求めている。暖房器具扱いというのは思うところもあるが、義昭様が我儘というか、甘えてくれたら良いな。と思ってのことだ。

 

「そうですね……それでは私の勉学は姉上の隣室で行いますね。

 そういうことですから、兄上は私がいる部屋も暖かくしてください。寒いと、その……集中し難いと言うか、手が悴んで筆を取り難いので……」

 

「なるほど……わかりました。ではお二人の部屋は暖かくなるようにしますね」

 

「ありがとうございます、結城。

 多少であれば問題はないのですが……今日は少し、寒すぎますよ……」

 

「そうですね……昨日はそこまで冷え込んでいなかったのに、今朝になってみればこれです。

 兄上が来てくれるまでずっと寒くて大変でした。あ、このマフラーはどうしましょう?」

 

「そういえば気になっていたのですが、そのマフラーは一体……?」

 

「これは兄上からお借りしている物です。とても暖かい、兄上が作った特別製のマフラーですよ」

 

「結城の、特別製のマフラー……」

 

 義昭様はあのマフラーを気に入ってくれているようで、もしかするともう一つ作る必要があるかもしれない。普段から使う、ということはないにしろ、こうして寒い日に身に付ける。というのであれば使うこともあるだろう。

 いつも通り手早く作っても良いが呪印も編み込まなければならないので少しばかり時間が掛かる。とはいえ今日中に一つくらいなら作れるだろう。護衛の任務ではあるがヨシテル様の執務中に邪魔にならない程度にそういったことをするのは許されている。

 俺がそうしたことをするのは大抵ヨシテル様にとって益のあることだから、というのが許されている理由だろうか。

 まぁ、並列思考しながらマフラーを作って周囲の気配を探って火遁の蝶々を制御して時折ヨシテル様の話し相手になるくらいだ。まったくもって問題ない。

 

「それでしたら新しく義昭に合った大きさの物を作りますから、完成してからお渡しします。ですので、その時にでもお返しください」

 

「本当ですか!わかりました、その時にお返ししますね!

 兄上が作ってくれるの、楽しみにしてますよ!」

 

「そう上等な物ではありませんけどね」

 

「いえ、手作りの物が貰えるというのは嬉しいことですよ!普段はお菓子とか、料理とか作ってくれますけど……やはり形に残る物というのも良いですよね」

 

「そんな風に喜んでもらえるのであれば、俺としても嬉しい限りです。俺に出来る中で最高の物に仕上げますので、楽しみにしていてください」

 

「はい!」

 

 まさか義昭様がこうまで喜んでくれるとは……となれば中途半端な物は作れない。鋼線の予備はまだまだあるのでそれも編み込んで俺のと同じ仕様にしておこう。備えあれば憂いなし、だ。

 しかし、今年は問題なく使えるとしても来年になれば義昭様も成長してまた大きさが合わなくなっている可能性があるのでそれも考慮しておかなければならない。少し大きめにしておくか、ある程度の伸縮性でも持たせるか。どうやって持たせよう。

 

「あ、あの!その……私も、マフラーが欲しいかなぁ……なんて思うのですが……」

 

「ヨシテル様もですか?構いませんが……お二人の物は白に足利二つ引きを入れましょうか。御姉弟でお揃い、としておきましょう」

 

「ありがとうございます。では、そのようにお願いしますね。

 …………結城の手作り……」

 

「それでしたら、兄上のこのマフラーにも入れませんか?

 髪飾りにも彫り込まれているそうですが……折角ですし、三人でお揃いにしましょうよ」

 

「お揃いですか?恐れ多いのですが……」

 

「大丈夫ですよ、なのでお願いしますね」

 

 三人でお揃いのマフラーにする、というのが義昭様によって決定されてしまった。いや、白のマフラーに足利の家紋である足利二つ引きを入れるとしても、そこまで目立つようにはしないのでしっかり見なければ分からないだろうがやはり恐れ多い。

 まぁ、恐れ多くても義昭様の決定という時点でそれを覆すことは出来ないのだが。

 

「わかりました。ではそのようにします。

 さて、それではそろそろヨシテル様は執務を、義昭は勉学を頑張りましょうか」

 

 いつまでも食後の茶を楽しんでもいられないのでそう言っておく。

 俺もあれこれとやることがあるので一応気合いを入れておかなければ。

 ざっくりと護衛中の出来事を言うのであれば、ヨシテル様と義昭様が寒くないようにとお二人のいる部屋を暖かくしながらちゃんと護衛の任務に就き、マフラーを作りながら火遁の蝶々が俺の傍を離れても大丈夫なように改良し、時折ヨシテル様の話し相手となったりお茶を淹れたり義昭様の様子を見たりお茶を淹れて茶菓子を用意したりしていた。

 いつも通り、何の問題も発生しなかった護衛任務であった。まぁ、途中で竜胆に指示を出したり鈴蘭にマフラーのことを聞かれて絞め落としたり睡蓮が差し入れと称して睡眠薬入りのお茶を俺に飲ませようとするという良くあることも起きていたが。そんな鈴蘭と睡蓮を引き摺って去っていく竜胆というのもいつものことだった。

 そして執務が終わる時間は昼前と言うのもいつものことだ。以前であればもっとあったのだが、最近は落ち着いているのでこんなものだ。ヨシテル様は義昭様と過ごす時間も最近ではちゃんと確保出来ているようで、個人的には安心している。

 

「ヨシテル様、義昭、そろそろお昼の時間ですのでお二人は用意されている部屋に移動してください」

 

「おや……結城は来ないのですか?」

 

「ええ、少しやりたいことがありますので。午後からはお二人とも予定もなくお休みですよね?

 で、あれば張り詰めることもなく気を抜いていられるように色々と用意したいので」

 

「なるほど……わかりました。どのような物を用意するのか、楽しみにしていますね」

 

「ええ、楽しみにしていてください。

 義昭もそれで良いですか?」

 

「はい、構いません。あ、でも……」

 

「これでしたら術の改良は終わりましたから暫くは消えませんよ。ですから安心してください」

 

 言いながらヨシテル様と義昭様の周囲に蝶々を飛ばす。見た目としては良いのだが数を飛ばすと目障りになるかと思い、一頭で今までの五頭分の暖かさになるようにも改良している。そしてそれは俺が指定した人間の意志によって暖かさを変える事が出来る優れものだ。

 元々涼しくなるための氷の華を作っていたのでそれを元に改良するだけ、ということもあって思っていたよりも早く、そして予定よりも使い勝手の良い忍術へと変わった。攻撃用と今回改良した忍術は別物なので見た目ではわからないということもあり、今度鈴蘭辺りに使ってみようかとも思う。

 

「あ、そうなのですか?わかりました。では有り難くこの蝶々を頂きますね」

 

「私も有り難く頂いておきます。さぁ、義昭。行きますよ」

 

「はい、姉上。兄上もまた後ほど」

 

「また後ほど。どうぞごゆっくりと」

 

 言ってからヨシテル様と義昭様を見送り、事前に使うと部下や侍女たちに伝えておいた部屋へと移動する。

 これからあれこれと準備するわけだが……うん、頑張ってダメ人間を作らないといけないな!

 畳返しをしたり木遁を使ったり土遁を使ったりあれやこれやと小道具を持ってきたり火遁を使ったりとヨシテル様たちが食事をしている間に準備を進めていたが、どうにか間に合ったようだ。

 部下に聞いたが現在お二人は食後のお茶を飲みながら姉弟水入らずの会話を楽しんでいるという。だったらついでにあれとこれを用意しておいて……時間が余るからマフラーの続きでもやっておこう。

 そんなことをしていると半刻ほどしてからヨシテル様と義昭様が部屋の中へと入ってきた。

 

「結城、準備は終わりましたか?」

 

「ええ、終わりましたよ。俺が準備していたのは此方、炬燵になります」

 

「炬燵、ですか……?」

 

「はい。用意を進めていたのはこれなんですよ。

 まぁ、畳を外して、木遁で床下の木枠の形を変えて、土遁で形を変えて、火遁で暖かくしています。たぶんカシン様に見せたら忍術の無駄遣いとか言われるような使い方ですけど、俺がやりたかったので後悔はありません」

 

「兄上が用意した炬燵……暖かそうなのはわかりますが、上に乗っているのって、雪うさぎですよね?それは溶けないのですか?」

 

「氷遁を使っていますので溶けませんよ。折角雪が降っていることですし、それらしい物でも作ろうかな、と思いまして……」

 

 まず雪うさぎを作り、氷遁で溶けないようにするだけだ。普通の雪うさぎとそれよりも小さい雪うさぎの二つを作って炬燵の上においている。ちょっとした理由があるのだが、それはわざわざ口にするようなことでもないので黙っておく。

 

「なるほど……兄上はやはり器用ですね」

 

「そうですね、随分と可愛らしい雪うさぎ。それに……ふふ、これは言わない方が花というものでしょうね」

 

 ヨシテル様は気づいたようだが、俺が口にしないことで自らも黙っていることにしたらしい。義昭様は少しだけ首を傾げてから意味に気づいたようで頷いた後に外へと駆け出して行った。

 

「義昭?いきなりどうしたのでしょうか……」

 

「外に出たようですが……こう、なんと言いますか。駆け出していく姿を見てちょっと和んでしまいました」

 

「あぁ、わかりますよ。とてもよくわかります。本当は違うのでしょうが、雪にはしゃいで駈けて行く子供を見るような気持ちになりました。ああいう義昭の姿が見れるなんて思っていませんでした」

 

「同じく微塵も思っていませんでした。それにしても義昭はどうしたのでしょう?」

 

「さぁ……?義昭には義昭の考えがあるのだとは思いますが……」

 

 ヨシテル様と二人で首を傾げてどうしたものか、と考えていると少ししてから義昭様が戻って来た。その手には義昭様が作ったであろう雪うさぎがある。

 

「兄上!この子も一緒に置かせてもらえませんか?」

 

「構いませんが……一体どうして急にこんなことを?」

 

「二人よりも、三人一緒の方が私は嬉しいですから!兄上の用意した雪うさぎが姉上と私なら、この子が兄上です!」

 

 そう難しいことではなかったために義昭様には勘付かれていたようだ。いや、義昭様にはというか、ヨシテル様も気づいているのだろうけれども。

 それにしても、まさか俺を含めて三人一緒が良いと言ってもらえるなんて思わなかった。

 少し胸に来るものがあるが、それを悟らせないように義昭様の作った雪うさぎを受け取ってから氷遁を使って溶けないようにする。そしてそれを先に置いてあった雪うさぎの隣へと置いて義昭様の手を取る。

 

「これで大丈夫です。ですが……雪うさぎを作るのに手が冷たくなってしまいましたね。まったく……ちゃんと温めないといけませんよ」

 

「あはは……意味がわかったので、これは作らないと。と思いまして……それに、こうして動くなら今しかないような気がしました。その……炬燵に入ると出られそうにないので……」

 

「あー……いえいえ、きっと出れますよ?」

 

「兄上が関わっている時点で……いえ、たまにはこういうのも悪くありませんね」

 

 なんとなくではあるが、義昭様は俺がやろうとしていることを理解しているような気がする。まぁ、わざわざ炬燵なんてものを取り出す時点でわかってしまうのか。

 ただ、ヨシテル様は気づいていないようではある。そして今は炬燵の上の雪うさぎを見て感心している。作り方としては簡単なのだから、ヨシテル様であれば普通に作れそうなものだが……まぁ、この寒い中をわざわざ雪を触るかどうか、となれば話は別なのだろう。

 

「悪くないと言うのであれば……早速ですが炬燵に入ってください。充分に暖かいので息抜きをするのには丁度良いと思いますよ」

 

「この部屋も充分に暖かいと思いますが……折角結城が準備してくれたわけですからね」

 

 言いながらヨシテル様はいそいそと炬燵へと入った。確かに部屋は充分に暖かくなっているが炬燵に入った方が暖かいというのを知っているのだから当然か。とりあえず、ヨシテル様はこれで終わりだな。

 そうしてヨシテル様に見えないところで計画通りだと頷く俺を見てから、義昭様も炬燵へと入った。多分義昭様は普通に炬燵から出られる人なので、上手い具合にやらないと。

 

「あぁ……炬燵、良いですよね……暖かくて、暖かくて、暖かくて……あ、お茶をお願いします。ほっと一息つけるような、少し熱めでお願いしますよ」

 

「姉上……いえ、わかっていたことではありますが……」

 

「良いんですよ、義昭。それにそれくらいなら既に準備出来ていますので」

 

 お茶は当然のように用意してある。なのでヨシテル様の要望通りのお茶を出し、義昭様にはそれよりも熱いのではなく温かいお茶を出す。それから必要になるだろうということで饅頭を炬燵の上に出しておく。

 

「ヨシテル様、何か必要な物があれば言ってください。用意しますので。

 あ、お茶や饅頭だけではなく煎餅や羊羹、炬燵と言えば蜜柑なども用意していますよ。炬燵に入っていて背中が少し寒いように感じるのであれば室温を上げましょうか」

 

「そうですね……では蜜柑をお願いします。先にお茶とお饅頭を頂きますが、そちらは後で」

 

「わかりました。あ、蜜柑の皮を剥くと指先が黄色くなってしまいますね。俺が剥きましょうか。筋はどうします?」

 

「おや、それは助かります。折角ですし取ってもらっても良いですか?」

 

「はい、お任せください。義昭も用意しましょうか?」

 

「兄上は凄く活き活きとしていますね……そうですね、こういう状態ですし、お願いします。私のも筋を取ってもらえますか?」

 

「ええ、わかりました」

 

 ヨシテル様は思っていた以上にダメになるのが早いような気がする。まぁ、俺としてはそれでも問題ないし、義昭様もそれに乗ってくれているので此処からが大事だ。一気に必要になるであろう物を渡しておくよりも、必要だと言ったらすぐに差し出すくらいの方が良いだろう。

 必要な物が最初からあるよりも、言えば用意される。という方がきっと人はダメになる。女性であればそれに母性込みだったりするのかもしれないが、俺には無理なのでこういう手段でダメにするしかない。

 以前からダメになるくらい甘やかしたいとか思っていたし、里で何故かダメ人間製造機とか言われていたのでやろうと思えばきっと出来る。

 

「必要な物があれば何でも言ってください。すぐに用意しますので」

 

「それは助かりますねー……はぁ、炬燵は暖かくて、お茶は美味しい。お饅頭もしつこすぎない甘さでとても美味しいですし、蜜柑は皮を剥かなくても良い。素敵です……」

 

「姉上がそれで良いなら構いませんが……兄上、これで良いのですか?」

 

「ええ、良いんですよ。まだ足りませんけどね」

 

「えっと……加減も必要ですよ?」

 

「普段加減してますから、たまには」

 

 そう、普段からダメにしてみたいと思っていたのを我慢していたのだからこういう時くらいはやらなければ。まぁ、他人をあまり頼らなかったヨシテル様の場合はその反動があるので俺が想定している以上にダメになってしまうかもしれないが、そこは気にしないものとしておこう。

 それに今のヨシテル様は普段のポンコツ化を越えるほどにだらけて緩み切っている。いつもは見れない姿を見れるというのは悪くない気分だ。それと、凛として綺麗な人が俺がいないと何も出来ない状態になるというのはとても楽しい。我ながら歪んでいるような気もするが、それはそれとして。

 

「饅頭も食べ終わりましたね。はい、蜜柑の皮を剥いて筋も取りましたよ。

 此方は義昭のです。蜜柑はまだありますし、必要であれば言ってくださいね」

 

「ありがとうございます。炬燵に入って蜜柑を食べる。あぁ、これぞ冬ですよ……今夜は温かい鍋なんて良いかもしれませんね……」

 

「なるほど。それでしたらそのようにしましょうか。義昭もそれで良いですか?」

 

「あの、大きな鍋に沢山作って皆で食べる。というのでも良いでしょうか?

 鍋をするなら皆で話をしながら食べる、それが一番美味しい食べ方だという話を聞いて、一度で良いのでやってみたいなぁ、と思いまして……」

 

「そういうの大歓迎ですよ。義昭はそうしてあれがしたい、これがしたいというのがあるのなら遠慮なく言ってください。可能な限り叶えてみせますから」

 

 最近の義昭様はこうしてあれがしたい。ということをたまに言ってくれるようになっているのが嬉しい。まだまだ全然足りないのだが。いっそのこと町中の子供くらい我儘を言ってくれても良いのに、と思ってしまうのも仕方ないだろう。

 それにしても鍋か。里に居た頃は師匠や竜胆たちと一緒に囲んだのを思い出す。うん、楽しかった思い出だ。

 

「そう言ってもらえるのは嬉しいですけど、普段から頑張っている姉上や結城、それにミツヒデにあまりあれこれとお願いするのは気が引けますから……」

 

「そういう遠慮はいりませんよ。ほら、ヨシテル様を見てください。もはや遠慮の欠片もありませんよ」

 

 完全にだらけてしまったヨシテル様は渡した蜜柑を食べ終わり、一応炬燵の上に置いた饅頭も食べきっていた。そして炬燵の上に顎を乗せるようにして俺を見ながら一言。

 

「結城ー、蜜柑ください蜜柑。それとお饅頭の追加と、少ししょっぱい物が欲しいのでお煎餅もお願いしますね。あ、それからお茶のおかわりもお願いします」

 

 義昭様が我儘などは控えないといけない。と言っている横でこれである。流石ヨシテル様。

 まぁ、そうなるようにしているのは俺なので何も言えない。今回は俺が悪い。

 

「義昭もあれくらい……というのは言いすぎですが、我儘を言ったり頼ってくださいね?」

 

「あはは……流石に今の姉上ほどは言えませんが……わかりました。なら、今日の鍋は最後にうどんを入れましょう。今日はそんな気分ですから」

 

「わかりました。とびっきり美味しい鍋を作りますから楽しみにしていてください」

 

「はい、楽しみにしておきます」

 

 こうして義昭様と話している間にヨシテル様の要望通りに蜜柑の皮を剥き、饅頭と煎餅を取り出してからお茶を淹れている。実は予定よりもダメになるのが早いのだが、気にしないで良いか。

 どうせ寒い日が続く限りは執務や鍛錬が終われば炬燵に入ってから出て来なくなる。なんてことになるのだから早かろうが遅かろうが関係はないのだから。

 まぁ、そんなことこんなで今夜はどんな鍋を作ろうかと考えつつ、ヨシテル様をダメにする作業へと戻るのであった。作業に戻るまでもなくダメになっているけれども。




原作のヨシテル様を見ていると雷の気持ちがわかる。
もーっと私に頼って良いのよ?
ダメにしてぇ……


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番外の六 未来の一幕

少しだけヨシテル様といちゃつくのが書きたかった。後悔はしていない。


 日が昇る前。久々に布団で眠っていたのだがどうにも違和感を覚えて目を覚ます。

 すると目の前には穏やかな寝息を立てるヨシテル様が居て、違和感の正体はこれかと納得する。

 ヨシテル様を起こさないようにと気をつけて布団から抜け出して着替える。今日は朝からヨシテル様の警護の命が下っているからだ。

 まぁ、そのヨシテル様は俺の布団の中で眠っているので準備を済ませてから、眠るヨシテル様の傍に座って待機する。本来であれば準備が終わり次第ヨシテル様の寝所前で待機でもしておくのだが……まさか俺の部屋に来るとは思っていなかった。

 とりあえずは今日はヨシテル様は珍しく執務などをお休みになるとのことなので、目を覚ますまでは放っておいても問題はない。なので俺はただ静かに見守るだけにしておこう。

 

「んみゅ……ゆーきー……」

 

 そうして見守っているとそんな寝言を口にしながらヨシテル様が手を動かして何かを探しているような素振りを見せた。なんとなくその手を握るとと安心したように緩みきった笑顔になってまた穏やかに眠り始める姿を見て、これで正解だったか。と一人で納得する。

 でもこれはどうしようか。特に予定は聞いていないので起きるまでもう少し放っておいても良いのだが、流石に朝食の時間までには起きてもらわなければならない。いや、それよりも自室に戻って着替えを済ませるくらいはしてもらわなければならないのか。

 幸せそうな寝顔を見ていると起こすのが忍びない、とは思うが主を思えばこそ起こさなければならない。

 

「ヨシテル様。起きてください」

 

「ん~……」

 

「起きてください」

 

 言いながらヨシテル様を揺さぶってみるが起きる気配が無い。

 それどころかヨシテル様の手を握っていたのがいつの間にかヨシテル様にがっちりと掴まれており、これを振り払おうとすればヨシテル様はきっと目を覚ますだろう。

 というわけで振り払わせてもらおう。だが結構強引に振り払おうとしているのに全然振り払えない。というよりも更にしっかりと掴まれてしまい、何故かと思ってヨシテル様を見る。

 すると先ほど前で聞こえていた寝息とは違う呼吸音になっていることがわかった。もしかすると起きているのではないだろうか。

 そう考えて一瞬力を抜いた瞬間、ヨシテル様に引っ張られてしまい布団へと倒れ込みそうになる。空いている手で身体を支えることが出来たのでそんなことにはならなかったが。

 

「……ヨシテル様、おはようございます」

 

 完全に起きているので挨拶をしてみたがヨシテル様からは何の反応もない。

 

「ヨシテル様、起きてますよね」

 

 反応はない。

 

「ヨシテル様、起きているのはわかってますから挨拶くらいしてください」

 

 反応はない。

 

「…………ヨシテル、起きてください」

 

「はい、おはようございます、結城」

 

 反応がないのでもしかしたらこれのせいだろうか。そう思って以前から言われている呼び捨てで名前を呼ぶと、ヨシテル様は目を開いてから俺を見て、挨拶を返してくれた。

 

「おはようございます。それで、いつまでこの体勢でいなければならないんですか」

 

「今日は予定もありませんから、もう少し一緒に休んでも良いと思いますよ?」

 

「一緒に休む、というのが隣で茶でも飲む。ということでしたら喜んで。

 同じ布団に入って眠る。というのであれば時間を考えてください。朝ですよ」

 

「……その言い方だと、夜であれば問題ない。と言っているように聞こえますね……」

 

「ええ、夜であれば断る理由はありませんので。まぁ、休めるかどうかは知りませんが」

 

「え、あの……それって……」

 

 何を想像したのか、顔を紅くするヨシテル様の手を解いてから立ち上がる。

 朝からこんな悪戯を仕掛けてくるようなヨシテル様にちょっとした仕返しも出来たことだし、今はこれくらいにしておこう。

 まだ朝食は出来ていないし、今からヨシテル様が自室に戻って準備をする時間は充分にある。

 

「ではヨシテル様。一度自室に戻って着替えをお願いします。今からであれば朝食までには充分間に合いますのでそう焦る必要はありませんから、いつも通りに準備してください」

 

「……様、はつけなくて良いと言いましたよね?」

 

「任務中ですので」

 

「むぅー……確かにそうですが……」

 

「任務に就いていないのであればちゃんと呼びますから、我慢してください」

 

「任務に就いてても義昭のことは義昭って呼んでるのに、不公平ですっ」

 

「はいはい。ほら、早く準備に戻りましょうね」

 

「なんでそこで流すんですか!」

 

 戯言を言っているヨシテル様を適当に流してから自室に戻るように促す。

 布団を片付けなければならないし、早く出てもらいたい。のだが、ヨシテル様は不貞腐れながら布団を被って出て来ようとしない。何をやっているんだろうかこの方は本当に。

 

「もう良いです!今日はお休みですから布団から出ません!」

 

「ダメです。ちゃんと朝食を取らないといけません」

 

「折角恋仲になったのに、私の扱いが相変わらず雑だったりする結城のせいですからね!」

 

「房事の際は優しく丁寧に致しましたが?」

 

「そ、そういうことを平然と口にしないでくださいっ!

 結城は平気かもしれませんが、私は恥ずかしいんですよ!?」

 

 がばっと布団から出てきてそう言ったヨシテル様の顔は先ほどと比べるまでもなく真っ赤になっており、良く見ると耳まで赤くなっている。

 確かに房事の話を出されてはヨシテル様も恥ずかしいか。と反省すると共に、やはり弄り甲斐があって楽しいとも思ってしまう。

 

「うぅ~……もう知りません!今日の私は結城の布団を占領して不貞寝しますからね!」

 

 完全に不貞腐れてしまったヨシテル様の姿にため息をついてからどうしたものかと考える。

 このまま放っておくのはあまりよろしくないし、不貞腐れているを知っていて放っておくと後でヨシテル様に文句を言われてしまう。曰く、恋仲になったのだからもっと甘やかして欲しい。とのことだ。

 当然そんなことを言われては全力で甘やかしてしまおうか。とも考えたのだがそれは義昭様によって阻止されてしまった。どうやら以前に炬燵に入っているヨシテル様を甘やかしてダメ人間にしようとしていたのを覚えているらしく、また同じようなことがあってはいけない。と思ったらしい。

 俺としてはもっとダメにしてみたかったのdが、流石に義昭様にそれ以上はいけないと止められたのは今でも記憶に新しい。だから自重しているのだが、それがヨシテル様的には納得が出来なかったようだ。

 

「はぁ……仕方ありませんね……」

 

 というわけで、もう少し甘やかしてみようと思う。義昭様に止められない程度に、且つヨシテル様がある程度納得してくれるように、という加減が少し難しいがきっとなんとかなるだろう。

 

「では侍女にはヨシテル様の朝食は少し遅らせるようにと伝えておきます」

 

 言いながら離れるわけにはいかないので影分身を作り出して伝令として走らせる。伝えることを伝えたら消えるようにしてあるのでこれは放っておいても問題ない。

 ということで今からヨシテル様をいくらか甘やかすのだが、どうやって甘やかそうか。

 布団を占領して休むとか言われたがどうせ途中で俺の様子を窺おうとするのはわかっているのでその時に何かしなければならないような気もするが……まぁ、考えるのが面倒なので子供をあやすのと同じ要領で添い寝でもすれば良いか。

 適当にそんなことを考えてからヨシテル様が被っている布団を剥ぎ取る。丁寧にゆっくりとやるだけ意味がないのでバッと一気にだ。

 いきなりの出来事に何が起こったのか理解出来ていないヨシテル様に何を言うでもなくそのまま俺も布団の中に入ってヨシテル様に背を向けるようにして横になる。それから剥ぎ取った布団を上から被せて完成だ。

 

「え、あれ?ゆ、結城?」

 

「ヨシテル様が不貞寝をするらしいので、どうせなら俺も眠ってしまおうかと。ほら、寝るなら早く寝てください」

 

「いや、あの……こういう添い寝みたいにするときは普通私の方を向いて寝るとか……」

 

「かもしれませんが……不貞寝するとのことでしたので、余計なことをすべきではないかな、と思いまして。

 まぁ、本来は俺の寝床なので余計なことはしない、でも眠る。となればこうするしかありませんね」

 

 言ってから目を閉じて本当に眠る体勢に入る。とはいえ眠る気などないのであくまでふりでしかない。

 情報収集のためや暗殺のために一般人や兵士に化けて、眠った振りをして皆が寝静まった後に行動する。ということもしていたので、微妙に混乱しているというか、戸惑っているヨシテル様には充分に通用するだろう。

 

「あ、結城?ちょっと起きてくださいってば」

 

 何か言っているが気にしない。遅くならない程度には起きて、ヨシテル様にも準備してもらうがそれまでなら静かにしておけば良いだろう。

 そう思って寝たふりを続けていると後ろで何やらもぞもぞと動く気配がした。何となくではあるが、ヨシテル様が此方へと身体を向けるために動いたような、そんな気がした。

 果たしてその予想は正しかったようで背には温かく、そして柔らかな感触が伝わってきた。

 どうたらヨシテル様が背にぴったりと寄り添っているらしい。

 

「……結城、起きていますよね?」

 

 それに返事はしない。あくまでも俺は眠っていることになっているのだから当然だ。

 

「…………まぁ、良いですけど……」

 

 そう呟いてからヨシテル様はそのまま動かず、かと言って眠るわけでもなくそのままの体勢を維持している。

 何をしているのかと思ったがヨシテル様なりに納得しての行動であれば俺がとやかく言うことはないと寝たふりを続けておく。ただ一つ気になることがあるとすれば背中に当たっている物の感触だろうか。

 以前までは他の戦国乙女の方々を見てもさして何も思わず、枯れているのではないか。とか考えたこともあったがそんなことはなかった。今でも背に当たるヨシテル様の双丘の感触が気になって仕方ない。

 だが忍たるもの冷静さを失ってはならない。ということで意識しないように努める。

 

「むぅ…………こうすれば殿方なら反応がある、と睡蓮に聞いたのに……」

 

 睡蓮は許さない。ヨシテル様に何を妙な入れ知恵をしているのだろうか。

 

「えっと、ダメならこう……」

 

 そんな言葉が聞こえてもぞもぞと動いたかと思うと背に当たる双丘がより押し付けられるようになり、耳元にはヨシテル様の吐息が聞こえる。

 なんだこれは。新手の拷問か何かだろうか。

 

「結城……」

 

 耳元で名前を囁かないでもらえますか。いや、平常心だ。平常心であればきっとこれくらい耐えられる。

 

「………これもダメですか……だったら、えっと……」

 

「普通に寝てくれませんか?あと、睡蓮の言っていることを真に受けるのはやめてください。どうせ何処かで鈴蘭が様子を見ていて、良くわからない新聞とかの一面にしようとするので」

 

 これ以上何かされるとあまりよろしくないのでやめてもらうことにした。それに言ったようにどうせ鈴蘭が見ているに決まっている。あいつの隠行術は自身の興味というか趣味のためならばずば抜けて上手くなるので見つけることは難しい。

 ただ、ヨシテル様と恋仲になった際にもいつの間にかそれを全国の戦国乙女や里に新聞をばら撒いていたことを考えると今回も見られているだろう。と安易に想像が出来る。

 事実として俺がそう口にした瞬間に、一瞬ではあるが鈴蘭の気配を察知した。とりあえず鈴蘭と睡蓮に関しては後で罰を与えなければならない。

 

「あ、やっぱり起きてたんですね。ちゃんと返事をしてくれないと困りますよ」

 

「変なことをし始めて、俺の方が困ってるんですけど。不貞寝するんじゃなかったんですか?」

 

「同じ布団の中に入ってきた、結城が悪いんです。もうちょっと、こう……甘い雰囲気になるかなぁ、とか思ったら背を向けるなんて、普通そういうことしませんよ?」

 

「しても良いですけど、時間が時間ですから。ちゃんと朝食を食べて、一息ついてからであれば相手をしてあげます。だから起きて準備しません?」

 

「完全に子供扱いされていますけど……相手をする。と言ったその言葉、信じますからね」

 

 機嫌が幾らか直っているヨシテル様はそう言って布団亜から出たのを見てから俺も同じく布団から出て立ち上がる。夜着が少し乱れているのでそれを直して、微かにではあるが寝癖のせいで跳ねた髪を手串で整え、一歩離れて屋敷内を歩いても問題ない姿になっていることを確認する。

 うん、夜着も寝癖も問題ない。後はやっていて恥ずかしかったのか、ヨシテル様の顔が未だに紅いのが少し気になるが、今の時間なら人と擦れ違うこともそうないだろう。だから辺に勘繰られることもないとは思う。

 

「はい、綺麗になりましたよ」

 

「……やっぱり子供扱いしてます……」

 

 そんなことを呟くヨシテル様ではなる綺麗という言葉に反応したのか、少し嬉しそうにも見える。まぁ、事実ヨシテル様は綺麗で可愛らしい方なのでその言葉に反応するのは自意識過ということもないのだが……そういえば、恋仲になる前はこんなことはヨシテル様に対しては言った記憶はほとんどなかった。

 他の方に対しては見目麗しいだとか可愛らしいだとかは言っていたのだが……まぁ、これからちゃんと伝えていくので問題ないだろう。実はあれ、ヨシテル様がその話を聞いて少しばかり不機嫌になっていた。ということを竜胆から聞いている。

 まぁ、そういうところも可愛いものだと思う辺り、変わったというか、惚れた弱みというか……いや、良いことではあるので気にしない方が良いのか。

 

「では自室に戻りますよ」

 

「ええ、わかりました。警護しなければなりませんのでお供しますね」

 

「はい。あ、手くらい繋いでも良いですよね?」

 

「今更な気もしますが……で、お手をどうぞ」

 

「確かに今更だと思うかもしれませんが、こういうのは恋仲だからこそ、ですよ」

 

 言いながら俺の差し出した手を取ったヨシテル様と一緒に部屋を出る。

 忍の俺が主と恋仲に、というのは秘密にした方が良いとも思っていたがどこぞの鈴蘭のせいで周知となってしまった。そのために秘密にする意味はなく、足利軍全体が何故かお祝いムードだったりしたので隠す必要はなくなっている。

 なのでこの状態を見られても問題はないのだが……まぁ、人並みに恥ずかしいと思う感情を持ち合わせていたようで、非常に恥ずかしかったりする。いや、恥ずかしいというよりも照れくさい、の方が正しいのか。

 

「さて、食事の後はどうしましょうか。相手をすると言っていた以上はぞんざいな扱いは許しませんからね?」

 

「わかってますよ。適当にあしらいもしません。ただ……」

 

「ただ?」

 

「いえ、どうしたら良いのか、あまりわからないので師匠と奥方様を参考にするしかないな、と思いまして」

 

「私は結城の師匠とその奥方がどのようにしているのか知りませんが……参考までに聞いても?」

 

「俺は当時あまり気にしていませんでしたが、鈴蘭曰く砂糖吐きそう。とのことでした。

 師匠が奥方様を後ろから抱き締めて、睦言を交わすようで見ている方が恥ずかしかった、とか。まぁ、俺は睦言を交わすように、とはいきませんが……たまにはそうして抱き締めるというのも悪くは無いと思いますので」

 

 そんなことを言った後に鈴蘭は、よくそんな空間に一緒にいて平気でしたね。と俺に対して言っていたが、俺にとってはアレが普通のことだったので特に気にしていなかっただけだ。

 ある意味で常識が欠けていてまともに判断出来ていなかっただけで、今になって思えばあれは恥ずかしい。一緒の部屋にいるのもきついだろう。今の俺ならそっと席を外す。というか誰でも席を外すに違いない。

 

「それは……そこまでやると確かに恥ずかしいというか、照れくさいというか……あの、後ろから、というのは良いのですが後は普通に話をするので良いと思いますよ。

 睦言のように、というは、その……」

 

「いえ、わかりますよ。非常に恥ずかしいというのは俺もですから大丈夫です」

 

「良かった……でも、あれです。そうして仲睦まじくありたいものですね……」

 

「ええ……本当に」

 

 師匠と奥方様のように人前でも平然とああしたことをするようにはならなくても、あの二人のようにヨシテル様と仲睦まじく、二人で何時までも一緒に居られれば良い。

 そう思って俺はヨシテル様に返事をし、ヨシテル様と繋いでいる手を指を絡めるようにして繋ぎ直してヨシテル様の自室へと向かうのだった。




オリ主布団で就寝 → 気づいたらいつの間にかヨシテル様の侵入を許していた → たぶん寝顔はヨシテル様に観賞されてそう。

一人称視点でやるとどうしてもそのキャラの知っていること、思っていることしか書けないから実は描写不足になったり、思い込みのせいで本来の姿と違って映ったりするという欠点があるんだよなぁ。
と最近思うようになりました。ええ、最近です。

今更かよ。


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本編
ヨシテルさまといっしょ


 オリ主は微ツンデレ。


 松永の乱、細川ユウサイ改めカシン居士による争乱の終結。そしてその後の全国の戦国乙女との天下統一を賭けての戦いに勝利して早数ヶ月。

 他の雇い主よりも高額の報酬に釣られた雇われ忍に過ぎない俺は未だに二条御所にいる。というか働いている。雇われて以来裏切り寝返り鞍替え一切なくヨシテル様の元で任務を遂行し続けた結果。大変重宝されており長期契約と相成ったのだ。

 そして今日も任務を終えて報告のためにヨシテル様の部屋を訪れる。

 

「ヨシテル様、任務無事遂行し報告のために参りました。

 ……って、何してんですか」

 

 形式を大事にしながら報告に移ろうとしたが、眼前の光景を見てそんなものを投げ捨ててしまった。

 

「あぁ、結城……その、実はですね?あの、く、蜘蛛が……」

 

 そこには何故か抜刀して小さな蜘蛛と対峙しているヨシテル様の姿があったのだ。

 蜘蛛が苦手というのは知っていたが……

 

「情けないですね、マジ大爆笑」

 

「結城!?」

 

 コレがあの白き剣聖だとは……民衆にはとてもじゃないが見せられない姿だ。いや、こういうポンコツなところが受けてより支持を得る。というのは良くあることなので別に見せても良いのか。

 まぁ、小さな蜘蛛相手に刀を向けながら微妙に震えている姿というのはなんとも情けなく口に出して言ったが本当に笑ってしまいそうになるのも致し方なし、だ。

 

「あ、いえ!今はそんな冗談を言っている場合ではないのです!さぁ、結城!早くこの蜘蛛を外に……!」

 

 人の後ろに隠れるをやめてはもらえないだろうか。最強の戦国乙女の名が泣くぞ。

 とはいえ雇い主様の命令(お願い)ともなれば仕方ない。

 畳の上でジッとして動かない蜘蛛を掴んで立ち上がる。

 

「そうです、そのまま外へ逃がしてあげましょう。小さな蜘蛛とはいえ命あるものですからね」

 

 何故この人は良いことを言った、とでも言うような態度を取っているのだろうか。やはりポンコツだからだろうか。

 そんな姿を見てちょっとした悪戯を仕掛けてみよう。という考えが頭を過ぎる。採用。

 蜘蛛を掴んだままに振り返る。

 

「……結城?何故外ではなく此方に進んでくるのですか?それも蜘蛛を掴んだままで。

 あの、結城!?その新しい玩具を得た子供のような笑顔なんですか!?」

 

 言わなくてもきっと分かっているだろうに。と言うわけで投擲である。

 

「え、何故振りかぶって……って、やめてくださいそれだけは!」

 

 聞こえません。喰らえポンコツ将軍。憂さ晴らしのために。

 

「ぴぃっ!?く、く、蜘蛛が、蜘蛛が!!」

 

 ぴぃっ!?とかなんだその反応。面白いじゃないか。

 蜘蛛が服について涙目になりながら慌てている姿を見ると、胸に来る物がある。なんというのだろうか、きっとこれは……愉悦?

 予想以上の憂さ晴らし効果にほっこりとしながらヨシテル様を見ていると蜘蛛が徐々に服を上がり、もうすぐ素肌の上を這い登るであろう状態になっていた。

 

「ゆ、結城!お願いします取ってください!!」

 

 流石に素肌の上を蜘蛛が這う。などとなれば本気で泣き出すか気絶する可能性もあるので、ヨシテル様の服や肌に触れないように気をつけながら、それでいて一瞬で蜘蛛を掴んで外へと逃がす。

 忍にとってこの程度造作もなく掴んでから外に逃がすまで本当に一瞬で終わらせた。まぁ、ゆっくりやっても良かったかもしれないがやりすぎると流石に怒られる。

 

「はぁ、はぁ……結城、何故このようなことをしたのか、説明してくれますね」

 

 わたわたと慌てていたせいで乱れた息を整えながらキッと私怒っています。とでも言うように睨み付けてくるヨシテル様。そんな姿にも胸にキュインキュイン来る物がある。やはりこれは愉悦に違いない。

 

「趣味?」

 

「人の嫌がることをするなんて、最低な趣味ですよ!?」

 

「冗談です。最近こき使ってくれることに対する報復と憂さ晴らし。なんてことはないです。ええ、ないです」

 

 そう言うとあっと何かに気づいたような表情になり、気まずそうに目を逸らされた。

 ヨシテル様も自覚はあったのだろう。最近、俺に対して仕事量が多いということに。

 主に北は南部、南は薩摩。飛び回って天下泰平のために働きづめである。それでいて二条御所に戻ってからは報告、忍具の手入れ、義昭様の護衛、そしてすぐにまた飛ぶことになる。

 他の忍はどうやらそこまででもないらしい。ソースは紫苑と鬼灯なのでなんとも言えないが。

 

「まぁ、良いですけど。それよりも報告です」

 

「え、あ、はい。お願いします」

 

「松永様は現在とても落ち着いた様子でした。以前はヨシテル様が理想のみを求めることから不信感など抱えていましたが……天下統一を成して見せたことでその不信感もなくなった、と考えるべきかと。

 まぁ、変わらず甘い考えを持っていることに対しては苦言を呈していましたが」

 

 今回の任務はほとんどお使いのようなものだった。

 松永様ともう一人、細川様改めカシン様の様子を見てきて欲しい。というものだ。

 

「それと最近はすることもないようで、家宝の平蜘蛛を用いて茶会を開く回数が増えた。とも言っていました。

 茶会の客人としては今川様と徳川様が良く来るそうです」

 

「そうですか……松永は松永の考えを持ってこの国の行方を憂いていましたが……

 ……どうやら私は、彼とは違う道を進めども、認められたようですね……良かった……」

 

「考えが甘いとは、自分も思います。乱を起こした松永様を許すと決めたのはヨシテル様ですが……かの乱世の梟雄、松永弾正久秀です。再度、乱を起こすことも考えられます」

 

 国の行く末を憂いて、力による統治を選び、カシン様に利用された松永様。けれど、その想いは確かに本物であった。権力に酔ったわけではなく、乱世を終わらせようとしていたのは事実だ。

 それでも松永様はヨシテル様の統治では泰平の世は来ないと思えば再度立ち上がることだろう。あの人はそういう人だ。

 

「そう、ですね……確かに松永であればそうするでしょう……ですが彼の行いは私と同じ、この国を想っているからこそのものです。ですから、可能であれば天下泰平のために協力し合えれば、と思いますよ。

 ……ところで、松永にトドメを刺そうとした私を止めた結城がそれを言うのはどうかと思います」

 

 まぁ、確かにその通りだ。しかし、あの人はあの人で確かにこの国の行く末を憂いている人だ。それに刃頭雨流についての話も聞きたかったのでトドメの一撃を止めたのだ。

 

「言ってみただけです。松永様から色々と聞けましたし、そのおかげでカシン様の存在にも気づけたので良いじゃないですか。それに松永様は非常に優秀な方ですから、天下統一の先に必ず必要な方だと思いましたから」

 

 権力のためではなく、国のために力による天下統一を目指した松永様。あの人の思いは確かに本物だった。そして、そうしなければならないことに少なからず苦しんでいたことも俺は知っている。

 それに以前の雇い主である松永様の人となりは知っていたためにここで亡くすには惜しい人だと思ったというのもある。それと、ヨシテル様と松永様はなんだかんだでお互いに刺激し合いより良い統治をしてくれると思えたのだ。

 

「まぁ、それは置いておいて……次はカシン様ですが、以前のような力、憎悪は既に無くなっています。そして嫌味を言いながらも分かりにくく歓迎してくれましたので、少しずつではありますが良い方向に進んでいる。と思います」

 

「……?嫌味を言いながら分かりにくく歓迎、ですか?それは一体どういったことなのでしょうか?」

 

「『足利ヨシテルの犬がわざわざ我に会いに来たか。天下統一を成して思い上がったか。我がその気になれば再度争乱の世にすることも可能だということを忘れるな。だが、そうだな……退屈しのぎに話を聞かせよ。粗茶程度であれば出してやらんこともないぞ?』とのことです」

 

「それは本当に歓迎されているのでしょうか……?」

 

 とても困惑したようにヨシテル様が首を傾げた。確かに何も知らない人が聞けば歓迎されている。などとは、とてもではないが思えないだろう。だが実際にあれはカシン様なりの歓迎が含まれているのだ。

 

「歓迎されていますよ。以前に客人を歓迎する際にはお茶を出すのが一般的にですね。と言っておきましたので」

 

「なるほど……それならば本当に良い方向に変わっているのですね。以前までのカシン居士であれば話をする前に術で攻撃されてしまいそうですし」

 

「ええ。とはいえ、以前のような力はなくとも戦国乙女としては最上位に入る力は健在です。その点においては警戒が必要と思われます」

 

「わかりました、その点については頭に留めておきましょう」

 

 とりあえず報告は完了だ。本当なら部屋に入った時点でしていたはずなのに……蜘蛛と対峙していたヨシテル様が悪いに違いない。

 とはいえ……ああいった姿は忠誠を誓っているミツヒデ様にも見せてはいないらしい。どうにも俺に対して気が緩みすぎている気がする。そういえばポンコツになるもの俺の前でだけらしい。他の人からはそういった話は全く聞かないのだ。

 特別扱いされている、というか信頼されている、というか……たまにこんな雇い主で大丈夫だろうか、と不安に思ってしまうこと以外は問題ないから良しとしよう。

 

「報告、お疲れ様でした。次の任務まで休んでいてください。……本当に、休んでくださいね?」

 

「わかりました。本当に休ませていただきます」

 

「あぁ、それと……」

 

 休んで良いということでさっさと自分の部屋に戻ってしまおうと思い、移動しようとしたところでヨシテル様が言葉を続けようとしていた。

 

「今まで結城には沢山迷惑をかけて来ました。ですからその謝罪を。

 そして貴方のおかげで私は道を踏み外すことなく、ここまで来ることが出来たのです。だから、その感謝を。

 この二つの意味を込めて……私に何か出来ることはありませんか?私に出来ることであれば何でもします。

 ……私に出来ること程度で、貴方に報いられるとは思えませんが……」

 

 休ませてください。切実に。

 と言ったところできっとヨシテル様は納得しないだろう。いや、確実に納得しない。

 なら何か最高の報酬を望むとしようか。それは俺のやりたいこととも繋がっている。

 

「んー……何でも、ですか?」

 

「はい、何でも、です」

 

「不敬だ!とかで首刎ねません?」

 

「しません。というか結城は私を何だと思っているのですか」

 

 少しだけムッとしたような表情になるヨシテル様。なんというか、こうして素直に感情を表現するヨシテル様の姿になんとなく、ほんの僅かにだが笑んでしまった。

 雇われたばかりの頃は将軍として凛とした姿を見せていた。そして笑ったり怒ったりもしていたが、どこか空虚に見えていた。きっと将軍としてのヨシテル様であり続けるために、ただ一人としての己を押し殺していたのだろう。

 だからこそ、こうして心の底から感情を発露している姿こそが本当のヨシテル様なのだ。それが見れたことがどうしてか嬉しかった。

 

「では……少しだけ、目を閉じてもらえますか?」

 

「目を、ですか?構いませんが……」

 

 不思議そうにしながらも目を閉じたヨシテル様に近づく。その気配を察知したのだろう、ほんの少しだけ緊張したように体を強張らせるヨシテル様の頭をそっと撫でる。慈しむように、愛でるように、優しく優しく。

 

「え、あの……結城……?」

 

 目は閉じているが、困惑したような雰囲気が伝わってくる。

 それでも止めずに頭を撫で続ける。

 

「ヨシテル様」

 

「は、はい。なんでしょうか……?」

 

「今までお疲れ様でした。そして、よく頑張りましたね」

 

「結、城……?」

 

 いつだって一人で立ち、支えなど必要ないように振る舞い続けてきたヨシテル様。

 民衆の目にはきっと何よりも頼りになる将軍様として映っていたのだろう。ただ、そう長くない期間ではあるが傍で見ていた俺には無理をしているのがわかっていた。

 松永様は小娘に何が出来るのか、と言っていたがそれに近しいことを俺も思っていた。それをヨシテル様も理解していたのだろう。

 だからそれを否定するように強い自分を演じ続けていた。それはきっととても辛く苦しいことだったのだ。

 

「ヨシテル様は話し合いによる平定を望み、松永様とお互いの思想の違いから剣を交え、そしてカシン様との戦いとこの短い期間に苛烈な戦いを続けてきました。その中でヨシテル様が苦しみながらも前に進んでいたことは知っています」

 

 だからこそ、伝えておこうとも思ったのだ。

 貴女は本当に良く頑張ったと。そしてお疲れ様でした、と労おうと。

 きっとこれは誰もヨシテル様には言わないだろう。

 

 誰よりも強く、正しい道を進み続けるヨシテル様。頑張るのは当然で、褒められることはなく、また労われることもない。本人はそれで良いと思っていたのだろう。

 まぁ、俺はそれで良いとはこれっぽっちも思ってないのだが。

 

「他の誰もが言わなくても、俺だけでも伝えておこうと思ったんですよ。

 だから、今伝えました。俺なんかが言うのは不敬とは思いますが、どうかこの言葉を受け取ってください。

 俺はそれだけで充分ですから」

 

 これが本心。何かを望めと言うのならこの言葉を受け取ってほしい。

 きっとこれは楔になる。将軍としての振る舞いを続けるヨシテル様ではなく、ただ一人のヨシテル様であり続けることになる。だがそれは悪いことではないと思う。

 これから先はヨシテル様一人ではない。ミツヒデ様を始め、織田様や今川様たちも天下泰平のために尽力してくれることとなっている。だから大丈夫。ヨシテル様が辛く苦しい道を進み続ける必要はない。支えてくれる人は沢山いるのだから。

 

「結城……貴方という人は……」

 

 もう目を閉じてはいない。開いた目には徐々に涙が浮かんでいる。

 

「……わかりました。貴方のその言葉、確かに受け取りました……」

 

 涙を浮かべながらも笑う姿は何故だかとても愛おしく思えるもので、普段ならからかうような姿を綺麗だとも思えた。

 

「ありがとうございます。そしてもし許されるならこれから先もヨシテル様の力になれれば、と思います。許していただけますか?」

 

「ええ、勿論です。これからも私の傍で、私を支えてください。貴方が居てくれれば私はこれから先も道を踏み外すことなく、挫けることなく歩んでいけるはずですから。どうか、よろしくお願いします」

 

「はい、俺で良ければ、喜んで」

 

 万感の想いを込めたような言葉に、同じように心からの言葉を返す。

 その答えを聞いてヨシテル様は今までで一番の笑顔を浮かべてくれた。

 それを見れたことが、今まで戦乱の世をヨシテル様と共に戦い抜いて来た俺にとって最高の報酬となったのだ。




 ヨシテル様の頭撫でながら「お疲れ様でした」「よく頑張りました」って言いたい。
 凄く頑張ってるヨシテル様を性的な目で見るのをヤメロォ!


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義昭様といっしょ

オリ主は微おかん属性。


 契約社員から正社員になること数日、本当に休みをくれたらしく久々にのんびりと過ごしている。具体的には琥白号の世話や義昭様の護衛という名の遊び相手になったりしている。琥白号と義昭様に癒される日々である。

 ヨシテル様に許可を頂き、義昭様と遠乗りに出た際には琥白号はのびのびと走り、義昭様は流れていく景色や途中の村での人々の営みを見て大変楽しそうだった。

 その様子を見ながら遠乗りに出て正解だったな、などと思いながら手綱をしっかりと握り琥白号に進路を伝える。それなりの距離を走り、太陽も高い位置に来ている。そしてきっちりと整えられた体内時計が昼食の時間だと教えてくれる。そろそろどこか昼食を摂るのに丁度良い日陰を探そう。

 琥白号の走る速さを緩め、周囲を見回すと少し大きな樹があり、その木陰が昼食を取るには良い場所に思えた。

 

「義昭様、あの木陰で昼食にしましょう」

 

「わかりました。……あの、琥白号の御飯もありますか?」

 

「ええ、牧草を用意してあります。義昭様が琥白号に食べさせてみますか?」

 

 琥白号のためにと素敵忍術で持って来ている牧草だが、普段こういうことをあまりしない義昭様には良い体験になるかもしれない。そう考えて提案するとパァッと明るい表情になって嬉しそうな反応が返ってきた。

 

「良いんですか!私はこういうのやったことないから興味があったんです!」

 

「それなら丁度良かったです。では琥白号には義昭様が食事をあげてください。琥白号は意外と量を食べるので驚かないでくださいね」

 

 そんなことを言いながら目的の木陰の傍で琥白号から降り、義昭様を琥白号から降ろす。

 そうして琥白号の為の牧草を素敵忍術で取り出すと義昭様はその量に驚いたようだった。

 

「琥白号は、こんなに食べるんですか?」

 

 ちょっとした山のようになっている牧草に目を丸くしながら、それでも楽しそうに牧草を一掴み持っていた。

 それを見て琥白号は少し鼻を鳴らしながら義昭様の持っている牧草へと意識を向けている。

 

「琥白号はヨシテル様の愛馬ですから、他の馬よりも鍛え抜かれています。それによって食べる量も多いんです。ほら、義昭様が牧草をくれるのを今か今かと待っていますよ」

 

「そうなんですか……琥白号、御飯ですよ」

 

 言いながら義昭様が琥白号の鼻先に牧草を差し出すと、美味しそうにそれを食べ始めた。

 

「わぁ……見てください結城!琥白号が美味しそうに食べてますよ!」

 

 そうしてはしゃいでいる義昭様の姿は歳相応の姿だった。普段は大人しく落ち着きのある振る舞いをしているがやはり子供は子供。こうしている姿の方が見ていて好ましい。

 

「良かったですね、義昭様」

 

「はい!もう少し食べさせてあげても良いですか?」

 

「どうぞ。ただ、義昭様も食事を取らないといけませんから程ほどにお願いしますよ」

 

「わかりました。それじゃ……これだけ、食べさせてあげましょう」

 

 言いながら義昭様はその小さな両手一杯に牧草を持った。牧草の山から見れば僅かな量でしかないが、義昭様が持つととても沢山持っているように見える。まぁ、琥白号としてはそう大した量にはなっていないが。

 それでもそれをゆっくり与えている義昭様は琥白号が食べる姿に大喜びだ。

 

「義昭様、そろそろよろしいですか」

 

「あ、はい!お待たせしました」

 

 手に持っていた牧草を全て食べさせ終えた義昭様が、昼食の準備が完了した木陰の中に入り、座れるようにと用意しておいた茣蓙に腰を降ろした。

 昼食はミツヒデの用意したおにぎりと俺の作ったおかずが入っている重箱である。

 

「なんだか豪勢ですね。このおにぎりは……ミツヒデが作ったものでしょうか。それで此方の重箱は……もしかして結城ですか?」

 

「ええ……ミツヒデ様に頼んでおにぎりを作ってもらったので、他は自分が用意しようと思いまして」

 

 まぁ、本当はミツヒデ様が義昭様の昼食は私に用意させて欲しい!と言ったので任せた結果がおにぎりだけだったのだが。そしてとりあえずミツヒデ様は凹ませておいた。

 育ち盛りの義昭様におにぎりだけ、というのはどういうつもりなのか。こういう場合は栄養に気を使って色々用意するべきではないのか。というか自分で用意するって言ったんだからそれくらい気にしろよ、と軽く叱っておいた。

 その結果、私はなんということを……!とか言いながら部屋の隅で蹲って後悔していたので放って来たが……たぶん、今も蹲っているのだろう。

 ミツヒデ様はヨシテル様と義昭様のことになると行動が極端になるのでこの予想で間違いないはずだ。

 

「そうだったんですね。ありがとうございます、結城」

 

「いえ。戻ったらミツヒデ様にもお礼を言ってあげてください。絶対に喜びますので」

 

 具体的には蹲っているのが元通りになるくらい喜ぶはずだ。

 

「ええ、勿論です。では、そろそろ……いただきます」

 

 そうして食事を取る義昭様を少しだけ眺めて景色へと目を向ける。

 戦乱の世の中ではこうした景色の先には必ず戦火の証となる煙が上がっていたが、今は何処にも上がっていない。ここに来るまでに村で見た人々の姿、今見ている景色、それらはとても穏やかなもので平和そのものだ。

 これはヨシテル様が成した、天下統一によって齎されたものだと思うと感慨深いものがある。

 

「……結城?どうかしましたか?」

 

 そうしている俺をいぶかしんだ義昭様が食事の手を止めて此方を見ていた。

 

「いえ、平和なものだと思いまして。見てください。この景色を」

 

 言った通りに義昭様は目を景色へと向ける。

 

「何処にも戦火の煙は昇っていません。何処からも悲鳴は聞こえません。何処からも剣戟の音は響いてきません」

 

「確かにそうですね。これが姉上と結城が成した、戦乱の世の終結。その結果なんですね……」

 

「ええ、そうで――って、違います違います。ヨシテル様が成した。です。俺じゃないです」

 

 俺はただ松永様へのトドメを邪魔してユウサイ様改めカシン様をボコるのを手伝って、雇われだったとはいえヨシテル様の忍として協力をしただけだ。

 どう考えてもヨシテル様がやったことで俺はちょっとサポートしただけだ。

 

「いえ、違いません。結城がいなければ姉上はきっと道を違えていました。……姉上はあれで心の弱い方なんです。誰かが支えてあげないと簡単に折れてしまうような、それくらい弱いんです」

 

「義昭様がそれに気づいているのに驚きですけど、頑張って強い自分を演じていたヨシテル様がちょっと不憫に思えるんでそれヨシテル様には内緒ですよ?」

 

「はい、それは大丈夫です。姉上は強い方。そういうことにしておきますから」

 

 義昭様がなんだか強かになっている。まったく、どこの捻くれた忍の仕業なんだ。どう考えても俺だ。

 

「とりあえずそれは置いておいて。そうした姉上を傍で支えてきたのはミツヒデや私ではなく結城なのですよ。

 だからこれを成したのは姉上だけではなく、結城もなのです。

 というわけで……そういう事実をちゃんと受け止めてください。じゃないと姉上に言いますよ?

 結城は自身を過小評価しすぎる、って」

 

 なにそれ絶対面倒なことになる。特に最近のヨシテル様は俺に対して遠慮とかなくなってきているし、やめてください。仕方ないので受け止めておくのでやめてください。

 

「もう少し素直に受け止めてほしいのですけど……まぁ、今回はこれくらいにしておきます」

 

 あぁ……本当に強かになってしまった……これは成長と取るべきかどうするべきか。

 これから先、政治の世界へも踏み入れることを考えれば強かなのは悪いことではないが、幼少からこれでは……末恐ろしい方だ、義昭様……!

 

「ごちそうさまでした……さて、結城。片付けましょうか」

 

 気づけば義昭様は食事を終えていた。少しシリアスな雰囲気だったのに何故こんなにブレイクされているのだろうか。義昭様のせいなのか俺のせいなのか。多分俺のせいだ。

 なんてふざけたことを考えながら片づけをする。義昭様も手伝ってくれたおかげですぐに終わった。

 

「わぁ……すごいですね!琥白号は本当にあの牧草の山を食べきってますよ!」

 

 性根は優しく素直ではあるが、ああいうことに関しては強かなのか。

 これが俗に言うピュアブラックとでも言うのだろうか。

 

「まぁ……琥白号は本当に良く食べますからね……義昭様、少し食休みを挟んだら二条御所に戻りましょう。

 あまり遅くなってはヨシテル様が心配しますからね」

 

「はい。ですが、もう少しだけ琥白号と遊んでからでも良いでしょうか。戻ると、その……剣術や勉学で忙しくてこういうこともあまり出来ませんから……」

 

 確かに、今の義昭様は少し忙しい身だ。本来ならばすぐにでも戻って勉学に勤しむべきなのだろう。そんなものは関係ないとばかりに連れ出した俺の言えたことではないが。

 まぁ、義昭様は剣術の稽古や勉学を嫌っているわけではない。必要なことだと理解して進んで行うようにしている。だがそれでも、他の子供たちが楽しそうに遊んでいる姿を遠くから羨ましそうに見ていることもあった。

 だからこそこうして連れ出したわけだが……折角だからもう少し色々体験してもらおうか。

 

 馬櫛を取り出して琥白号に近寄る。そうすると義昭様は何をするのか興味があるように見てくる。

 

「義昭様。折角ですし琥白号の毛づくろいをしてあげましょう。手順に沿ってやると色々と大変なのですが……今回は省略して、鬣や体の毛づくろいだけとしましょう」

 

「私がやっても良いんですか?その、初めてですし琥白号が嫌がるのでは……」

 

「大丈夫ですよ、そう難しいことではありませんから」

 

 言いながら琥白号の鬣へと櫛を通す。鬣が絡まっていると引っかかった場合に琥白号が痛がるので丁寧にゆっくりと。そうして数回繰り返すと目に見えて琥白号の表情が変わり、気持ち良さそうにしている。

 

「なんだか気持ち良さそうにしてますね……」

 

「こうして丁寧に、ゆっくりと。優しく櫛を通すのが基本です。引っかかってしまうと可哀想ですからね」

 

 納得したように数回頷いた義昭様に櫛を渡してそっと背中を押す。そして緊張している義昭様の手を取って一緒に琥白号の毛づくろいを行う。数度櫛を通すと義昭様も感覚を掴んだのか自分で手を動かし、琥白号への毛づくろいを続けている。

 

「気持ち良さそうではありますが、結城のときとはなんだか違いますね」

 

 確かに先ほどとは少し違う。やはりこれは慣れの差ということだろうか。

 櫛はないがそっと琥白号の頭を撫でてやる。これだけでも随分と気持ち良さそうにしている琥白号は本当に可愛い。これはヨシテル様も犬派猫派の争いに馬派として参戦してしまうのも納得の可愛さだ。

 

「……結城」

 

「なんですか、義昭様」

 

 櫛を通しながらその様子を見ていた義昭様に名前を呼ばれて、琥白号を撫でる手を止める。

 

「撫でてください」

 

「はい?」

 

「だから、撫でてください」

 

 義昭様を撫でろ、と。そういうことだろうか。不敬とか言われないか少し不安である。いや、義昭様が言うわけないのだが。とりあえず何もしないというのはダメだと思い義昭様の頭をゆっくりと撫でる。

 ヨシテル様と同じ金糸の髪は柔らかく、サラサラとしていて撫で心地が良い。先日のヨシテル様はそれを堪能する雰囲気ではなかったのであまり意識していなかったが、こうしてみるとやはり姉弟ということだろうか。

 しかし、影になっていて義昭様がどんな表情をしているのかわからないのが怖い。いや、怖くない怖くない。義昭様はとても素直で優しい方。怖いわけがない。

 

「……なるほど、これは落ち着きますし気持ち良いですね……」

 

 どうやらお気に召したらしい。人の頭を撫でるなんてことはヨシテル様が初めてで、今回が二度目だから変に緊張してしまう。

 

「姉上の機嫌が良かったのはこういうことだったんですね」

 

 こういうこと?まさかヨシテル様は俺が頭を撫でたことを義昭様に言ったのか。いや、普通なら言わないはず。あんな弱さを見せていた姿に繋がることを、義昭様に明かすだろうか。いや絶対に明かさない。

 

「姉上は結城に撫でられたことを嬉しそうに話してくれましたよ。それと、傍で支えてくれると言ってくれたとも」

 

 明かさないと思っていたのにヨシテル様は何を暴露しているのだろうか、帰ったらお説教が必要かもしれない。いや、絶対に必要だ。

 義昭様だから大丈夫だがもしこれがミツヒデ様だった場合一体どんな反応をされるか……あの人はヨシテル様と義昭様に関することになると本当に面倒な人になるから残念だ。

 

「結城が相手なら姉上のことも安心して任せられます。これから先も、姉上のことをよろしくお願いします。

 それと、たまにで良いのでこうして私を連れ出して、いろんなことを教えてください。あと、撫でてください」

 

「あ、はい。わかりました。ヨシテル様の忍としてこの先もヨシテル様の力となるように尽力し、支えていくことを誓います。あと、撫でるのと連れ出してあれこれ教えるのは構いませんがそのうち忍術とかになりますよ?」

 

「少し分かってないみたいですけど、今はそれでも良いです。それと忍術は姉上に内緒でお願いしますね」

 

 分かっていない、というのはどういうことか理解出来ないが、忍術を内緒にする。というのはなんとなく分かる。危険なものは教える気はないがそれでもヨシテル様は心配するだろうからだ。

 

「さて……それではそろそろ戻りましょう。今日はとても良い日ですから戻ってからの勉学を頑張れそうです」

 

 義昭様は自身で何か納得して、戻る気になったらしい。まぁ、義昭様が良いのなら別に構わないが……

 とりあえず、次はいつ連れ出すか、そして何処に行くかを考えながら二条御所へと戻ることとしよう。

 それと戻ったらヨシテル様に説教。これ重要。絶対に説教してやる。




義昭様が子供らしく笑っている姿が見たい。そして頭撫でたい。
足利姉弟が大好きです。はい、とても大好きです。


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ヨシテルさまといっしょ そのに

オリ主は料理上手。


 二条御所に戻り、義昭様のことを迎えに来ていた侍女に任せて琥白号を馬小屋へと連れて行き、少し世話をする。

 走って、戻って、はい終わり。とするよりも少しでも世話をしておくと琥白号が喜んでくれるのと、個人的な話だがその様子を見てとても癒されるのだ。琥白号可愛い。実は犬派だったが最近馬派になったのは内緒だ。

 そうして琥白号に癒されてから心を落ち着けてヨシテル様の執務室へと向かう。あの人には説教が必要だからだ。

 途中にミツヒデ様がなにやら感涙に咽び泣いていたが見なかったことにしよう。何があったのか予想はついているし、今は関わっている暇はない。というかあの状態のミツヒデ様には関わりたくない、というのが正しい。

 一瞬こっちに気づいた素振りを見せたので行儀良く歩くのをやめて、忍の必須技能である転移の術と呼ばれる忍術を行使する。消えるように見えるが実際にはとんでもない速さで移動しているだけである。忍術によって肉体を活性化する必要があるので、使えない忍もそれなりにいるらしい。必須技能とは一体。

 しかしこの転移の術、何故か障害物となるものを無視して移動できる。肉体の活性化だけでどうやってそんなことが出来ているのかイマイチわからない。もっとも使用頻度の高い術ではなるが意外と謎が多い術なのだ。口伝によればこの術よりも更に上位の術が存在するらしい。というか師がそれを使っているのを見たことがあるが、意味がわからなかったのを覚えている。なんだったんだあれは。

 そういえばミツヒデ様は転移の術は使えないが分身の術は使える。忍の流れを汲んでいるのだろうか。いや、でも本人が言うにはただの乙女武将であって忍とは一切関係がないらしい。武器がクナイの時点で本当かどうか怪しいものだが。

 

 閑話休題。

 転移の術で飛んだのはヨシテル様の執務室前。流石に部屋の中に直接飛ぶようなことはしない。

 そして一声かけてから部屋の中に入る。そこには執務を終えてのんびりとお茶を飲んでいるヨシテル様だった。流石ヨシテル様、朝見たときは結構な量の巻物が置いてあったがその全てが片付いている。

 

「おかえりなさい、結城。何か用ですか?」

 

「ヨシテル様。俺がヨシテル様の頭を撫でたこと、義昭様に言いましたね?」

 

「ええ。それがどうかしましたか?」

 

「今日、頭を撫でてください。って言われたんですけど」

 

 それを聞いて首を傾げるヨシテル様。それが何か問題でもあるのですか?とでも思っているのだろうか。大問題だ。いや、足利軍としては問題ではないのかもしれない。最近、正社員になってからの足利軍全体の態度がやけに友好的になっているのだ。

 足利忍軍頭領となり武将の方々に挨拶をした際にとてもとても歓迎された。まるでこれで足利軍も安泰だ、とでも言うような態度だったのが少し気になる。

 

「おや、そうですか。それで結城はどうしたのですか?」

 

「撫でましたよ。本当なら俺みたいな忍がするべきことではないと思いますが……」

 

「思いますが、どうしました?」

 

「あ、いえ……なんでもありません」

 

 義昭様は素直で優しい純粋な方だ。怖くない怖くない。

 

「ただ、ヨシテル様は何故義昭様にそのことを話したんですか。

 このことが他の方の耳に入って、何かの間違いでミツヒデ様にでも知られたらどうなると思うんですか」

 

 絶対に面倒なことになる。義昭様にお礼を言われただけで感涙に咽び泣くミツヒデ様だ。これで実は俺、ヨシテル様と義昭様の頭を撫でたんですよ。とか言ったらどうなるか……考えたくもない。

 以前まではそんなことはなかったのに、ヨシテル様が天下統一を成してから忠誠心というか忠義心というか……そういうものが暴走気味になっている。色々な緊張の糸が切れて可笑しな方向に振り切れた結果ということだろうか。

 

「あ、それは、その……

 幼少の頃以来、撫でられて褒められるということがなかったので……懐かしくて、少し嬉しかったんです。

 その様子を義昭が疑問に思ったらしく、ついつい本当のことを……」

 

「あぁ、何か考えてとかじゃなくて本当にただポンコツなだけだったと」

 

「ぽ、ポンコツ?」

 

 理由を聞く限りは仕方ないのかな、とも思うが……だからと言って話さないで欲しい。これが義昭様だったから良いがうっかりミツヒデ様だった場合はあの日の時点で襲撃されていただろう。

 やはりこれは説教だ。ポンコツなのは仕方ないが、それをもう少し隠してもらわなければ。

 

「さて、ヨシテル様。ちょっと説教しましょうか。そのポンコツっぷりを直しましょうそうしましょう」

 

 さぁ、これから説教だ。と言うところでヨシテル様から待ったがかかる。

 

「待ってください。ポンコツとはどういうことですか!

 私は結城にポンコツ扱いされるようなことを一切していませんよ!」

 

「ポンコツじゃないですか」

 

「どのようなところがポンコツだと?」

 

「蜘蛛に抜刀して震えながら対峙するところとか、夜中に甘味を食べようか悩んで羊羹の仕舞ってある棚の前で考え込んだり、犬派か猫派の話をしているところに「私は断然馬派です!」と言いながら入ったり、調合や調理をする前のしょくらあとを飲んで涙目で震えたり、他にも……」

 

 そこまで言ったところでヨシテル様を見ると全力で目を逸らしていた。自覚があるのは良いことだ。

 ジト目になりながら見ていると手をぱたぱたと振りながら言い訳を始めた。

 

「あ、あれは違うんですよ?蜘蛛に抜刀していたのはあくまでも襲い掛かって来た時のための備えで、羊羹の棚の前にいたのは食べようか悩んでいたわけではなく……というか、なんでそれを知っているんですか!」

 

 言い訳から一転、何故か問い詰められた。そんなもの、忍として警護していたからに決まっている。

 主君が安心して眠れるように周囲を警戒するのも忍の役目だ。決してヨシテル様が甘味を食べたいと言っていたから面白がって見ていたわけではない。そう、決して面白がってなどいないのだ。

 

「主君の警護は忍の役目。ヨシテル様と義昭様を思ってこそです。決してこれは面白いことが見れる。とか思ったわけじゃありませんよ?」

 

「どう考えても面白がってるではありませんか!

 結城が私に説教をすると言いましたが、どうやら逆のようですね。私が説教をします!

 良いですか、まず主君に対してポンコツなどと言うのはあってはなりません!そもそも結城は……」

 

 なにやらヨシテル様の説教が始まった。真摯に聞いているふりをしながら説教を全て左から右に聞き流していく。本当なら俺が説教をしようと思っていたのに……とりあえず、ヨシテル様の説教が終わるまで待とう。

 大人しく説教を受けているように見える俺を前に、徐々に気分良く説教をしていくヨシテル様。なんというか得意気な顔になっているのがポンコツと言う所以の一つになると気づいていないのだろうか。

 そんなことを思いながら見ていると分かったことが一つ。ヨシテル様の背後に先日の蜘蛛がいた。外に出しただけなので御所に戻ってきたということだろう。どう動くのか気になるのでヨシテル様を見るふりをしながら蜘蛛に注目する。

 少しずつ動いてヨシテル様に近寄っている。当然、ヨシテル様は気づいていない。どうしよう、俺の脳内でキュインと何かが光り始める。良いぞ、行け。愉悦が、愉悦がそこに待っている……!

 

「……結城?目がキラキラしていますが一体……?」

 

 疑問を持ったヨシテル様が聞いてくるがそんなものに反応をしている暇はない。そんなことよりも行け蜘蛛!お前の行動で俺の心の中で何かがキュインキュインとスピンしながらフラッシュする気がする。

 そうして遂に蜘蛛がヨシテル様の足元に到着した。

 

「ヨシテル様ヨシテル様」

 

「なんですか、結城」

 

「足元」

 

「足元にいったい、なに……が……」

 

 ヨシテル様が自身の足元を見るとそこには尚近づいてくる蜘蛛が一匹。そして固まるヨシテル様。

 

「ゆ、結城!?蜘蛛です!蜘蛛が出ました!!」

 

「はい!そうですね!」

 

「た、助けてください!この蜘蛛を早く外に!!」

 

 大慌てで逃げるヨシテル様の様子に心のスピフラが鳴り響く。

 

「ひぅっ!お、追ってきます!わ、私を狙うというのなら相手になりますよ!結城が!」

 

 そこで人任せにする時点でポンコツ感マシマシだと気づいていないのだろうか。まぁ、見たいものも見れたので蜘蛛を捕まえて外に逃がす。また来る可能性もあるがそれはそれで良しとしよう。

 逃がして手をパンパンとはたきながら振り返ると今までの様子を誤魔化すようにヨシテル様が、落ち着いた様子で座って湯飲みを持っていた。

 それを見て何してんだこの人。というような目を向けたのも仕方ないだろう。というか自分でも無理があると思っているのか微妙に顔が赤いですよヨシテル様。

 

「よ、よくやってくれました結城。やはり貴方は頼りになりますね」

 

「あ、はい。これくらい誰でも出来ますよ。義昭様も普通に出来ますし」

 

 義昭様と庭で遊んでいるときに蜘蛛が義昭様の服についていたが、別段慌てた様子もなく潰さないように掴んで逃がしていた。その際に「毒蜘蛛であれば結城に駆除を頼みますがそうでないのなら殺してしまうのは可哀想ですからね」と言っていたが、流石義昭様。落ち着いた対応で見ていて安心する。

 

「うぅ……義昭は平気でも、私にとって蜘蛛はどうしてもダメなんですよ……」

 

「まぁ、義昭様はとても強い方ですからね……勿論、力ではなく他の要素ですが」

 

「ええ、私の自慢の弟ですからね」

 

 そう言うヨシテル様の表情は誇らしげだ。義昭様もヨシテル様のことを話す際はどこか誇らしげな様子を見せる。互いが互いに誇りに思っているというのは良い姉弟の証とも言える。

 そして、そんな二人に仕えることが出来るというのが足利軍所属の全員の誇りだ。という話を聞いた。

 声高にそう主張したのはミツヒデ様で多くの武将や侍女、兵士がそれに賛同していた。忍衆に確認すると我らも同じ想いです。と返答された。

 俺としてはそこまで誇りには思っていないのだが……それに、仕えるのではなく支えていくと決めたのだ。他の方たちとは少し違うのも仕方ないだろう。

 

「そういえば結城。ソウリンの様子を見に行って欲しいのですが……」

 

 数日間休みとなっていたが遂に任務再開ということか。

 

「今から、でしょうか?」

 

「いえ、明日の早朝に出発で構いません。実は、その……しょくらあとを仕入れているということなので、それを受け取って来てもらおうかと……」

 

 しょくらあとを?あれの調合か調理は足利軍では俺しか出来ないはずだが……もしかしてヨシテル様自身が調理するつもりなのだろうか。というか俺が頼んでいたものがついに来たか。

 

「そして、ですね?出来れば結城に調理を頼もうかなぁ、なんて思っていまして……」

 

 やはりそう来るのか。別に構わないが……大友様の領内というのならついでにカステラでも買って戻ろうか。義昭様も喜ぶはず。

 

「構いませんが本来はあれ、忍者食のつもりで作ったので食べ過ぎると太る可能性が高いので気をつけてくださいよ」

 

「わかっています。それに普段から鍛錬を重ねている私が簡単に太るわけないではありませんか。それと、義昭も結城の作る、ちょこれーと?を気に入っていますからね」

 

 確かに以前作った際に義昭様は甘くて美味しい、と言ってとても気に入っている様子だった。それ以上にヨシテル様とミツヒデ様が気に入っており、作ったチョコレート全てを持っていかれたのは記憶に新しい。

 貴重なしょくらあとで作った忍者食だったのに……と思っていたが、代わりのしょくらあとを頼んでいたのがこれから手に入るということなので良かった。

 

「わかりました。では明日の早朝に出発します。戻ってくるまでの間は忍衆を警護に当たらせます」

 

「ええ、お願いします。

 ………………結城のちょこれーと、今から楽しみです……♪」

 

 どうにも作った物を全部持っていかれそうな気がするのはどうしてだろうか。

 まぁ、俺の忍者食と義昭様のチョコレートを確保して残りをヨシテル様とミツヒデ様に渡してもいいだろう。しょくらあと自体はいくらか残しておけばまた作れるのだから。

 

「あぁ、そうだ。ヨシテル様」

 

「え、はい。なんでしょうか?」

 

「俺、まだ説教してません」

 

「……え?」

 

 ポンコツを直すのには意味がある。それは将軍としての威厳を保つということに繋がるのだ。

 今は俺の前だけだが、あれを民衆に見せるわけには行かない。なので早速説教だ。

 

「俺はヨシテル様の説教を聞きました。なのでヨシテル様も俺の説教を聞いてください」

 

「あ、いえ!普通そういうのは私がするべきであって……」

 

「以前に俺の忍者食をミツヒデ様と掻っ攫っていったのも一緒に説教しますね」

 

 そう言うと慌てて弁明を始めるヨシテル様を尻目に決意を固める。さぁ、説教の時間だ。

 

 この後滅茶苦茶説教した。




ヨシテル様にチョコレートとか甘くて美味しいもの食べさせたい。
そして綻んだ顔を見たい。
見たくない?


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ソウリンさまといっしょ

オリ主の忍術はとてもファンタジー。


 大友ソウリン。キリシタン大名。信心深く清楚でお淑やかな性格。という評価の乙女武将であるが武器を持つと性格が変わる、なんともクセの強い人物である。戦国乙女でクセの弱い人間はそういなかったと思うが。

 そんな大友様の領地へと踏み入れた俺を迎えたのは南蛮からやってきた多くの船と、活気に溢れる町だった。以前から他の町に比べても充分に活気のある場所ではあったが、今はそれ以上だ。

 転移の術を連続で使用することとなったが、朝に京を出て太陽が真上に来る頃には到着することが出来た。これなら戻るのは夜になるか、明日の朝になりそうだ。

 二条御所を出立する際に見送りに来たヨシテル様と義昭様、そしてミツヒデ様。本来はそんな主要人物が見送りに来るということはないのだが……ヨシテル様とミツヒデ様は明らかにチョコレート目当てでの見送りだ。顔に書いてあった、ように見えた。

 大友様への書状としょくらあとの為の金子を受け取り、ヨシテル様が口を開いたが……楽しみにしていますからね!と言うことだった。その時の表情はポンコツ感マシマシだった。ミツヒデ様は同じくポンコツ化していたのでその様子に気づいてはいないようで、そんな二人を見て義昭様は苦笑を漏らしていた。

 こういった場合は子供の義昭様がチョコレートを楽しみにし、大人であるヨシテル様とミツヒデ様が微笑ましく見守る。というのが普通ではないだろうか。ポンコツ主従とはなんとも言えない気分になったものだ。

 そんなことを思い出しながら町を歩く。別段急いで帰る必要もない。むしろ急いで帰ってチョコレート作りというのは癪だ。少しくらい待たせても良いだろう。一応、数日を予定している任務であるから問題はない。

 まぁ、義昭様を待たせることになる。というのは心苦しいので明日には戻るつもりではいる。

 

 そして、暫く歩いていると教会の前で数人の子供たちが集まって遊んでいるのを見つけた。それを横目に、平和なものだと思いながら通りすぎて町の散策を続ける。

 そうしていて気づいたがあちらこちらから子供の楽しそうな声が聞こえてくる。以前の町の様子を思い出すと、活気はあれど子供の声はあまり聞こえていなかったはずだ。乱世の終わり、ということもあるが……大友様の統治によるもの、と考えるべきだろうか。

 大友様はあの見た目のせいもあってか子供たちから良く懐かれるようで、子供目線で物事を見ることも出来るようだった。つまるところ、今この時代は支えている多くの大人たちだけではなく次代の人間である子供たちにとっても馴染み易く生き易い政治が出来るということだ。

 なんて、適当なことを考えながら辿り着いたのはこの町で一番有名な、カステラを売っている店だ。義昭様へのお土産に買わなければならない。義昭様の笑顔と琥珀号の可愛さで今日も頑張れます。

 ついでにヨシテル様の休憩時のお茶請けとしても買って戻ろう。京の和菓子も良いが、たまにはいつもと違うものを食べてみるのも良い気分転換になってくれるはずだ。

 一人で頑張り続けなくても良くなっているとは言え、ヨシテル様は色々考え込んでしまう人だ。こういう息抜きに使えそうなものはあればあるだけ助かる。それに、それを渡したときのヨシテル様の顔は見ていてとても癒される。なんというか、動物に餌付けをしているような気分になるのだ。

 それと、いつも鍛錬を真面目に頑張っているコタロウ様にも買って戻ろうか。いつも報われない方であるし、労いと慰めの意味を込めて。

 そう思い、多めに買って店を出ようとしたところで入ってきた誰かとぶつかりそうになった。危ないと思いスルリと避けるとその誰かは驚いたように此方を見て来た。完全にぶつかると思ったのにそれがなく、平然と避けてみせたせいだろうか。そういえば自分の今の姿は変化の術によって一般人のそれと変わらないものになっているのだった。

 

「え、え?今確かに当たったと……あれ?」

 

 良く見るとそれは大友様だった。戦装束や修道服と言うものは見たことがあったが普段着と言うか、そういうものは初めて見た。失礼なことを思うが、身形の良い子供。という風に見えてしまう。

 

「大友様。酷く困惑しているところ申し訳ありませんが、その様子で入り口に立たれると店側にとっても迷惑かと思いますよ」

 

 言って外に出ると大友様が後ろからついて来ていた。様子を見るとその目はどこか胡乱なものを見る目になっていた。

 見た目は一般人で、動きが一般人のそれとは違う。そういう手合は大抵忍であることが多い。本当に警戒心の強い忍であれば避けることもなく完全に一般人として振舞うのだが、別に敵対している相手でもないので普通に動いてしまったのが悪かったようだ。

 そして今の大友様からすれば、所属不明の忍が領内にいる。そしてそれが自分の前にいる。そうともなれば当然か。

 変化の術を解除する為に人目を避けて少し細い路地に入り進むと背中に何かを突きつけられている気配がした。路地裏で弩・佛狼機砲を使うことはないだろうからきっとランスだ。

 

「……何処の忍なのか、聞かせてもらうぞ」

 

 完全に敵対者に対する態度だ。まぁ、別に構わないのだが。

 

「ええ、わかりました。術を解きますので少々お待ちを」

 

 言ってから一拍置いて術を解除すると、大友様は驚いたように目を見開いた。

 

「ゆ、結城!?いや、でも確かにさっきは別人だったはず!」

 

 可笑しなことを言う大友様だ。忍にとっては変化の術など基本中の基本。忍であれば誰でも出来るはず。それとも大友様の忍はこういう術は使わないのだろうか。

 

「変化の術によって見た目を変えていただけです。大友様はこういったものを見るのは初めてでしたか?」

 

「変化の術……?え、そういうのって本当にあったんですか!?」

 

 ランスから手を離したのか喋り方が戻っている。乙女武将のやる武器を取り出す。仕舞う。というのはどうやっているのだろうか。俺の素敵忍術と同じ原理なのだろうか。

 というか、本当にあった。というのはどういうことだ。忍なら誰でもやっていることだと思っていたのだが。

 

「大友様の忍は変化の術を使わないのですか……となるとわざわざ変装しているということでしょうか。大変そうですね……」

 

 変装しようとすると小道具や衣装、場合によっては被り物も必要だ。それを準備して変装するなんて手間がかかりそうで俺はやりたくない。変化の術があればそれで充分だ。

 

「待って!もう一回、もう一回見せてください!」

 

 キラキラした目で俺を見ながらそう言ってくる大友様。何か大友様の琴線に触れたのだろうか。

 

「構いませんが……ではお互いに分かる人に化けましょう」

 

 言って大友様の知っている人物に変化する。まぁ、ユウサイ様の姿になっただけなのだが。次に松永様の姿に変わり、ヨシテル様の姿になる。そして術を解除する。

 

「すごいです!忍者って本当にそんなことが出来るんですね!」

 

「すごくはないですよ。忍にとっては基本中の基本。これくらい出来なければ忍にはなれないと師にも言われましたから」

 

 師である里長に言われて頑張ったが……出来るようになれば本当に便利で、これなくして諜報活動は出来ない。他にも基本となる忍術を叩き込まれているがどれもあるといざというときに助かる。厳しい師ではあったが感謝している。

 

「他には何が出来るんですか?私、気になります!」

 

「転移の術とかですね。わざわざ見せるほどのものでもありませんが」

 

「それはいつもやってる消えたり突然現れるあれですか?」

 

「そうです。あれも忍の基本と言われていますね。というか、師に言われました」

 

 師に何度も言われてきた。これが基本だよ、あれが基本だよ、それとこれも覚えようね。と。

 他の忍はどうなのか、と聞いたときにはみんな出来るから頑張らないといけないよ。とのことだった。

 だが最近思うのだが、師の言うことは嘘だったのではないか。転移の術を使う忍は少なく、変化の術を使う忍もあまりいないらしい。もしかしたら、師の言う忍というのは多くの方が知っている忍者とは別物なのではないだろうか。

 今度里に戻って確認してみようか。なんとなく誤魔化される気がするけれども。

 

「忍って、すごいですね……それならこう……手品みたいなのって出来ます?」

 

「手品ですか?忍術なら出来るんですけど……」

 

 言ってから火遁を応用して火で出来た蝶々を掌の上に作り出す。そしてそれを飛ばして水の蝶々、雷の蝶々を飛ばすと、三頭の蝶々がクルクルと大友様を中心に回っている。

 あくまでも見た目を気にして作った蝶々なので殺傷能力は全くない。また今度、そういう忍術でも作ってみようか。見た目の良さと殺傷能力、造形美と機能美を兼ね揃えた忍術。師に妙な名前をつけられそうな気がするのは何故だろう。

 

「綺麗……忍術ってこういうことも出来るんですね……」

 

「でも、これがどうかしたんですか?はっきり言いますけど見た目しか有用な点はありませんよ」

 

「そうですね……私と契約して、忍術で子供たちを喜ばせてあげてください!」

 

「……は?」

 

 どうしたのだろうか、大友様の後ろに白い意味のわからない獣らしき存在が見えた気がした。というか、こんな言い方をされると何故か契約したくないと思ってしまう。契約すると厄介なことが起こる気がするが……いや、それよりも書状を渡さなければならない。しょくらあとを受け取らなければならない。そちらを優先しよう。

 

「あ、いえ、それよりも書状を渡したいのですが……それに受け取る物もありますし、とりあえず本来の任務を優先してもよろしいですか?」

 

「あぁ、わかりました。そっちが終わったらさっき私の言ったことを考えておいてくださいね」

 

 まぁ、忍術を見世物にするのは別に構わないのだが、あの言い方が嫌だ。もう少し別の言い方をしてもらいたいものだ。

 そういえば、大友様はあの店に用事があるのではないのか。なにやら嬉しそうに楽しみだとか言っているが……

 

「…………あぁ!か、カステラ買わなきゃ!!」

 

 言って走り去る大友様。カステラを買いに来たのか。と思うよりも何故あれほど急いでいるのかわからない。そういえば先ほど当たりそうになったのも急いでいたからなのかもしれない。

 気になって後を追うと慌てたようにカステラを買い込んでいる姿を見ることが出来た。俺が買ったのよりも量が多い。あの小さな体でどうやって持って帰るつもりなのだろうか。案の定いざ持ち帰ろうとした段階で固まってしまった。

 

「大友様。どうかしましたか」

 

 どうかしたのは知っているがあえてこう聞いておこう。微妙に愉悦だがヨシテル様の方が個人的には好きだ。カステラやチョコレートを食べ終わった辺りで食べ過ぎると太りますよ。とでも言ってみようか。

 

「えっと……か、買い過ぎちゃったから手伝って欲しいなぁ、なんて……ダメ、でしょうか……?」

 

 胸の前で手を組んで、上目遣いで見てくる大友様。可愛い。のだが……あざとすぎませんか、大友様。

 

「別に構いませんけど、なんでこんなに買ったんですか。自分で全部食べようなんて考えてるなら立花様に怒られますよ」

 

 立花様なら確実に怒る。いや、怒ると言うか呆れると言う方が合っているのかもしれない。そして軽く説教をしてしまう。そんな方だ。

 ……むしろ立花様に言ってみようか。きっとそれも楽しくなるだろうし。

 

「実はですね、お茶請けのカステラをついつい全部食べちゃって……それでこっそり補充しておこうかなぁ、と……」

 

「それにしてはちょっと買い込みすぎでは?一人で持てないような量ですけど」

 

「あの、その……また食べたくなると思うので、ちょっとしたへそくりとして……」

 

 なるほど。ヨシテル様と同じか。

 ヨシテル様も自分で羊羹や饅頭を買って隠し持っているのを知っている。それを夜中に食べようかどうか悩んだり、悩んだ結果食べてしまうのも知っている。もしかすると何処の主君も同じようなものなのだろうか。

 何でも乙女というのは甘味が無ければ生きてはいけない繊細な生き物なのだ。と酔ったヨシテル様が言っていたしあながち間違いではないかもしれない。ただし、室生様を除く。あの方はどちらかというと肉を食わなければならない人のはず。

 

「なるほど。理解しました。では手伝いますので城に戻りましょう。書状はその際に」

 

「ありがとうございます!さぁ、早く戻ってドウセツに気づかれる前に補充しますよ!」

 

 言って意気揚々と歩く大友様だが……立花様は確実に気づいている気がする。むしろ大友様の行動を予測しているだろうから、こっそり食べたのも、補充しようと町に出たのもお見通しだろう。

 そして戻って補充し終わった頃に現れて、何をなさっているのですか、ソウリン様。とか言いそうだ。それを見て微妙に愉悦するだろうな、と内心わくわくしながら大友様の後を付いて歩く。

 

 これから書状を渡して、しょくらあとを受け取る。そして先ほどの契約して忍術云々の話をするとなるともしかすると戻るのは明日の昼過ぎになるかもしれない。それでも良いか。と思いながらこれからに思いを馳せる。

 当初の予定よりも時間が掛かるかもしれないがそれはそれで良しだ。平和な世になったのだから、少しくらいは日々を楽しんで行かなければ。

 

 それと、実はさっきから後ろに立花様がついて来ているが大友様は気づいていないらしい。一瞬確認した際に目が合ったが互いに小さく会釈をしてそのことは黙っておく。

 楽しそうに歩いている大友様がこれからどうなるか、想像するだけで楽しい。

 きっと大友様はこの後で説教をされるが、慰めの意味も込めて忍術を披露するくらいなら別に良いかも知れない。それで子供たちが喜ぶのならそれで良い。

 そう思って歩く背を押すように聞こえる喧騒や笑い声が平和の象徴のようで、少し嬉しかった。




あざとくソウリン様にお願いとかされたい。
そしてあざといなぁ、とか思いながらもわかりました。とか言いたい。


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ドウセツさまといっしょ

オリ主は、序盤から中盤までは万能型でスタメン入りするけれど終盤には専門職によってスタメンを外されるタイプ。ただし特定の相手に対してほぼ無敵になるタイプ。


 大友様と共に城へと入り、先導されるがままについて歩く。擦れ違う侍女や兵士が怪訝そうな顔をするが仕方ないだろう。見たことも無い人間が大きな風呂敷を持って主君の後ろを歩いているのだ。何者なのだろうか、と思うのと同時に何があったのか、とも思うだろう。

 ただ、大友様がとても上機嫌に歩いているので悪いことがある。とは思われていないらしく、怪訝そうな顔で此方を見た後は首を傾げながらも声をかけては来ない。大友様はそれらを気にした様子は無いが、後ろで立花様が呆れたような顔をしていた。

 そんな状態で暫し歩いておそらくお茶請けの菓子などを入れておく棚の前に着いた。そして大友様が意気揚々と振り返る。

 

「ここです!ドウセツに気づかれる前にささっと補充しちゃいましょう!」

 

 もう気づかれてます。そうとは知らない大友様は俺の降ろした風呂敷からカステラを取り出して棚の中へと納めて行く。どんどん納めて行く。まだまだ納めて行く。これは一体どれだけのカステラを納めているのだろうか。というか、これだけの量を食べたとでも言うのか。

 困惑しながら見守っていると約三分の一を納めてから風呂敷を持ち、此方へと向き直った。

 

「次は私の自室に持って行きます。結城は……そうですね、執務室の方で待っていてください。大丈夫です、すぐに行きますからね」

 

 行ってからウィンクをして足早に歩いていく大友様。それを見送ると後ろから立花様が姿を現した。一応、隠れていたらしい。

 

「ようこそおいでくださいました、結城様」

 

「ヨシテル様の命により、参上致しました。立花様」

 

 お互いに向き直り言葉を交わして一拍置いて同時にため息をつく。

 

「……大友様のあれは、大丈夫なのでしょうか?」

 

「ソウリン様のあれは以前から変わりませんので……」

 

 あれ、とは上機嫌な状態での注意力散漫になることだ。主君があれでは臣下が変わりに警戒する必要もあるだろうし、大変だろう。ヨシテル様も最近は大友様のように注意力散漫になることがあるので気持ちはとても良く分かる。

 ただ、ある意味では自分たちのことを信用しているからこそ、そういった姿を見せている。とも取れるので一様に悪いとは言えない。まぁ、もう少しくらいは周りを気にして欲しい、というのが本音ではあるのだが。

 

「そうですか……ところで、後ほど大友様には説教を?」

 

「当然です。本日は昼食をあまり摂っていなかったのでもしやとは思いましたが……どうやら先にカステラを食べてしまったようですので」

 

「食事の前に茶菓子ですか……なんというか、子供ですね……」

 

「ええ、全く持ってその通りで御座います」

 

 食事の前に茶菓子を食べる。というのは流石にヨシテル様でもしない。当然、義昭様もしない。

 だというのに大友様は……まさか、あの身長の理由はそうやって茶菓子ばかり食べていたからなのではないだろうか……いや、そんなことを立花様が許すとは思えないが。

 

「もしや、あれも以前からですか?」

 

「ええ……注意してから暫くは大丈夫なのですが、ほとぼりが冷めた頃にまた、ということを以前から繰り返しています」

 

「いや、なんですかそれ。本当に子供じゃないですか。大友様あれでお酒飲みますしもう立派な大人ですよね」

 

「言わないでください……それが私の目下の悩みですので……」

 

 やはり立花様は苦労しているらしい。俺は最近ヨシテル様が……という状態だが、立花様は以前からのようでその苦労が偲ばれる。

 だがそれでも、なんだかんだで世話をしてしまうのは立花様の性格が理由なのか、もはや家族同然の二人だからなのか。きっと後者だ。それともう一つ、理由があるのだろう。

 

「苦労は確かにしていますが、それでもソウリン様のことを支えていくのは私の役目。そう考えています。

 これはきっと、結城様もそうなのではありませんか?」

 

 まぁ、確かにそうだ。以前よりも苦労することは多いがヨシテル様を支えると決めたのだ。

 それはきっと立花様と同じ気持ちだろう。

 

「ええ、その通りです。

 前から思っていましたが……どうにも似た者同士だったようですね、俺たちは」

 

 これはずっと思っていた。互いに主君をぞんざいに扱うようで、きっと他の誰よりも大切に思っている。そしてそれを表に出さない。

 立花様はカラクリ人形であるが故に悟られ難く、俺は忍であるが故に悟らせない。それでも互いにそれを理解したのは、そういった自分と共通する項目が多いからだろうか。

 そう言って立花様を見れば普段はあまり変わらない表情に変化があり、微かに笑んでいた。

 

「そのようですね。カラクリ人形である私と同じ、というのは結城様にとってはあまり愉快ではないかもしれませんが……どうしてでしょうか、何故か嬉しいと感じてしまいます」

 

「いえ、大丈夫ですよ。それに俺も存外嬉しいと思います。可笑しな話、ですが」

 

 同族意識と言うか、なんと言うか。同じ考えの、似た状況にいる二人。もしかすると、良き友となれるかもしれない。

 

「そうですか……それは良かった……」

 

 なんとなく、穏やかで悪くない雰囲気になっている。だが、まぁ、大事なことを忘れてはいけない。

 

「ところで……そろそろ大友様が執務室に向かっているのでは?」

 

 そう、本来の任務だ。忍が任務を遂行できず帰るなどあってはならない。それがただのおつかいのような任務だとしても、だ。

 それにしょくらあとを受け取って帰らなければ。俺の作るチョコレートを楽しみにしている義昭様たちがいるのだから。……忍のすることではないと思うのだが。

 最近は何故かおさんどんのようなこともしている。どうしてだろうか。

 

「それもそうですね。では向かいましょうか。

 ……その後で少々お説教もしなければなりませんから」

 

 スッと一瞬剣呑な目になったのはきっと気のせいではないと思う。流石に何度も繰り返していることから今回の説教は長くなる、もしくはきつめになりそうだ。

 俺の目の前で説教をするとはあまり考えられないので、帰った後にするのだろう。その間に説教したいことがあれこれと見つかって長くなりそうだ。

 

 前を歩き始めた立花様について歩く中で、ふと思い付いた、とでもいうように立花様から声をかけられた。

 

「そういえば結城様。その姿は一体?城内に入る前に変えているのは見ましたが……」

 

「これは尾張で見かけたことのある男性の姿です。どうにも任務中に本来の姿を取るのは抵抗がありまして……」

 

 とはいえ、書状を渡す際は元の姿に戻る。流石に町人に化けた状態で書状の遣り取りをするのは非常識すぎるからだ。面識の全く無い相手であれば、存在しない忍の姿に化けることはあるのだが。

 それでも道中は別の誰かになっておくに越したことは無い。乱世では油断すれば狩られる。そういうものだったからだ。今となっては必要のないことなのかもしれない。それでも一々化けてしまうのは習慣なのだろう。

 しかし、そうだ。既に城内であるなら化けておく必要もない。解いてしまっても良いだろう。そう考えて歩きながら術を解く。

 

「……結城様はその姿の方が落ち着きますね。見慣れているせいもあるのでしょうが」

 

「俺もこの姿の方が落ち着きますよ。二条御所では変化は使いませんからね」

 

「使う方がどうかと思います。ヨシテル様相手に姿を偽る必要はないでしょう?」

 

 確かに必要はない。とはいえ任務帰りについつい術を解き忘れて驚かせてしまう。というのはやってしまったことがある。そういえば何者だ、と問われて術を解いた際の反応がソウリン様と同じだったような気がする。

 俺と立花様が似た者同士であるように、主君であるヨシテル様とソウリン様も似た者同士なのだろうか。

 

「しかし……結城様は不思議な方ですね。大友軍の忍はそういったことは出来ないのですが……」

 

「……最近、自分と他の忍の違いについて少し思うことがあります。どうにも師に騙されて普通の忍とは違う系統の術ばかり覚えているようでして……」

 

「確かに結城様の忍術は見たことのないものばかりですね。

 そういえば、カシン居士を相手にした際には呪術を使ったとか」

 

「あぁ……カシン様の足止めというか、時間稼ぎというか、その程度ですけどね」

 

 師曰く、忍たるもの呪術にも明るくなければならない。とのことだった。

 発端は伊賀忍が呪術を用いていたことに起因する。伊賀には亡命者が多く、物部氏を祖先とする者や服部氏などの奇術や呪術得意とした一族が含まれていたと言う。その結果として伊賀忍は呪術や奇術を用いる。

 それに抵抗、対抗することが出来るようにと里では、というか師からは色々と叩き込まれた。

 そうして呪術を扱うことも出来るようになっていた為にカシン様に対抗し、ヨシテル様たちが駆けつけるまでの時間稼ぎをしたに過ぎない。

 もし後少しでもヨシテル様たちが来るのが遅ければきっと俺は無様に死んでいたに違いない。それなりに呪術を使うことが出来る俺と強大な力を持った呪術師であるカシン様では自力が違いすぎるのだ。

 

「……結城様は本当に忍なのでしょうか。別の何か、と言われた方が納得してしまいそうなのですが」

 

「最近自分でもそんな気がして来ました。ですが忍です。これでも忍なんです」

 

「結城様、必死ですね」

 

 そこで呆れたような顔をしないで欲しい。俺だって最近自分って何なのか、と考えることが増えてきているのだ。

 本来は火遁などは逃げるための物。なのに何故俺が使うのは戦うための物なのだろうか。とか。

 転移の術はあくまで肉体活性化しての移動であり、障害物を無視して進むことは出来ないのに何故俺には出来るのか。むしろ師がやっていたので普通かと思っていた。

 そして今回話しに上がった呪術。これ自体は師もあまり得意ではないようだったが、俺にはそれなりに適正があったらしくカシン様相手に時間稼ぎ出来る程度には扱えるようになっていた。とはいえ、カシン様が本気ではなかったからそう出来ただけだったが。

 

「そんなことはどうでも良いんです。重要なことではありません」

 

 とりあえず話を変えよう。というか考えるのはよそう。

 

「早く執務室に行かなければ大友様を待たせてしまうことになりますよ」

 

「それもそうですね。あまり待たせるべきではありませんし少し急ぎましょう」

 

 話題の変更に立花様は乗ってくれた。大変ありがたい。こうした相手を気遣って話を合わせてくれるのは本当に助かる。クセの強い戦国乙女の中では貴重な常識人枠だというのが再度確認できた。

 他にも常識人枠としては伊達様や上杉様だろうか。まぁ、常識人=苦労人とも考えられるのだが。

 

 先ほどよりも少しだけ歩調を速める立花様に続いて少し歩くと、大友様の執務室へと辿り着いた。中に気配が一人。これは大友様の気配だ。

 なんとなくではあるが、少しそわそわしているような気配。のように感じる。俺がまだ居なかったこと、立花様が未だに姿を見せないこと。それが気になっているのだろう。

 

「大友様。結城、参上致しました」

 

 一声かけて中に入ると案の定、そわそわして座っている大友様がいた。

 俺が来たことで何か安心したような顔になったが、その後ろに立花様が居るのを見てその表情が引き攣って固まった。というか少し怯えている。

 

「ソウリン様。結城様をご案内致しました」

 

 目を向ければ立花様の表情に感情は伺えず、何を考えているのか分からない。それが大友様を怯えさせているようにも見えた。

 

「ソウリン様、如何なさいましたか」

 

「え、いえ、なんでもありませんよ?」

 

 硬い表情で返す大友様。何か感づいているのだろう。

 

「ところでソウリン様、棚にあったカステラですがちゃんと買ってきたようですね」

 

「あっ……」

 

「後ほど説教です。覚悟して置いてください」

 

 言われて絶望したような表情になった大友様の様子に内心愉悦である。嫌いだとかではなくただ単純に誰かのああいった様子は心に来るものがあるのだ。一番はヨシテル様であるけれど。

 

「い、いや、そんなことよりも結城!書状をください、話をちゃんとしましょう!」

 

「あぁ、はい。此方が書状になります。ご確認ください」

 

 受け取って内容を確認しながら時折立花様を見る大友様だが、話は逸らしたとしても立花様は絶対に忘れないはず。まぁ、俺個人は返事の書状としょくらあとさえもらえればそれで良いので構わないが。

 

「なるほど、わかりました。今朝南蛮から届いたしょくらあとをお渡ししますね。返事を書くので少々お待ちください」

 

 キリッと仕事用の顔になる大友様だが、それを見てため息をついている立花様にも気づいて欲しい。

 少ししか変わらないが、あれはいつもそうしていてくれると助かるのに。とでも言いたそうな表情になっている。

 

 とりあえずは書状をもらった後はしょくらあとだ。

 それさえ受け取ることが出来れば一応の任務完了になる。まぁ、その後で先ほど言われた子供たちを喜ばせて欲しい。というのがあるが……まぁ、やっても良いだろう。

 俺の使う、普通とは違う忍術にも存外使い道がある。というのはなんとなくではあるが悪い気はしないからだ。

 それに、子供たちの笑顔というのは、平和を実感することが出来る物であり、そのために何かをするというのたまにはやっても良いとも思えるからだ。

 ……少し、楽しみかもしれないな。ついでに、大友様を見つめる立花様と、少し挙動のおかしい大友様を見るのは現在進行形で楽しいので、今回の任務はお使い程度ではあったが悪くない。

 

 狙ったわけではないだろうが、ヨシテル様に、少し感謝しなければならないかもしれないな。




ドウセツの微妙な表情の変化とか読み取って会話とかしたい。

最後駆け足ですまんな。
ドウセツのキャラ、イマイチ良く掴めてないんだ……


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カシンさまといっしょ

オリ主はカシン様に少し弱い。


 大友領の子供たちに忍術を見せ、しょくらあとと返事の書状を受け取って半日。日も暮れて月と星の光を頼りに移動をしている。本気を出せば夜中に二条御所に着くと思うが、そこまで急いで戻ることもないだろう。

 それにどうにも視線を感じるのだ。遠くから誰かに見られているような感覚。やるとしても一人しかいないが。

 とりあえず何がしたいのかわからないので、相手から接触して来るのを待つ。まぁ、放っておいてもただ見てくるだけのような気がして森の中、そして開けた場所に出る。そして、そこで少し待つと、暗闇の中から歩いてくる人影が一つ。

 

「これはこれは。わざわざこのような場所で待たずとも、二条御所へとお戻りになっても良かったのですよ」

 

 それは細川ユウサイ様だった。以前と変わらず、本心の読むことの出来ないような薄らと笑みを浮かべている。というかちょっと待ってもらおうか。

 

「カシン様カシン様。なんでその姿なんですか」

 

「……別に構わないでしょう?私がどのような姿であろうとも」

 

「まぁ……確かにそうですが……」

 

 ユウサイ様の姿だと何を考えているのか微妙にわからなくて困る。いや、最近はわかりやすくなっているか。しかしカシン様本来の姿であれば感情豊かなのでもっと分かりやすい。自分の思ったままに感情を剥き出しにする姿は子供のそれと同じように思えてしまい、微笑ましく見ているのはカシン様には内緒である。

 また本来の姿であれば辛辣な態度を取ることが多いが、ユウサイ様の姿であれば二条御所に居たときとそう変わらない態度で接してくれる。話しやすさという点では今の方が断然上だ。

 

「それで、一体どういった用件でしょうか。暇つぶしのつもりなら早く戻った方が良いですよ。主に紫苑と鬼灯のために」

 

 カシン様が暇つぶしと称してふらりと城から居なくなるとそれを探すのは紫苑と鬼灯の仕事だ。

 少し前になるが、カシン様がいなくなったと涙目の紫苑に縋り付かれたときは本当に驚いた。そして全力で探し出したのは記憶に新しい。

 憎悪はなくとも超一流の呪術師であり、戦国乙女としても最上位の存在だ。そんな人がいなくなってしまい、もし何かしでかしたら大変だ。いや、大変なんて程度ではないのだが。

 探し出して理由を聞けば、徳川様を挑発しながら、ついでに今川様を小馬鹿にて遊んでいたらしい。はた迷惑な話だ。そして、そうしたカシン様の話を聞いた各戦国乙女の反応を俺から聞いて実に楽しそうにしていた。

 

「あの二人は別に構わないでしょう。戻った際の反応も随分と良くて大変面白いものですよ」

 

 しかし、まぁ、その辺の感性はとても理解出来る。というか俺のヨシテル様に対して愉悦を感じるようになったのはこの人のせいだ。

 言うなれば戦国愉悦部部長である。そして俺が部員候補になる。そう、愉悦なんてものを教えたカシン様が全部悪い。俺は悪くない。

 

「あぁ、それはわかります。あの二人、特に紫苑が良い反応しますよね」

 

「ええ、やはり結城は話がわかりますね」

 

 まぁ、俺の愉悦の始まりはあの時の紫苑と鬼灯だ。それをカシン様が見抜いてあれこれと話をしたの結果がこれだ。存外楽しいので別に構わないが。ただ、本当に人が絶望する様に愉悦を感じることはない。それがあくまでも候補となる所以だろう。

 

「で、その話は置いておくとして……用件をどうぞ」

 

「……結城は大友領へと赴き、何を得ましたか」

 

「あ、良いです。察しました」

 

 そういえばカシン様は最近甘い物を好むようになっていた。それで大友領で得た物と言えばしょくらあとだ。それを使ったチョコレートを要求しに来たと考えるのが妥当だ。

 確かに以前、ヨシテル様とミツヒデ様に持って行かれたという話はしたが、その時にやけに食いついて来ていたのはそういうことか。となると……二条御所までついてくるのだろう。そしてカシン様が居ることを説明するのを俺に丸投げする気に違いない。

 

「で、ついでにヨシテル様でもからかうつもりですか」

 

「話が早くて助かります。やることもなく、退屈な私にとってかけがえのない娯楽ですので」

 

 娯楽としてからかわれるヨシテル様に同情を禁じえない。ただし、カシン様を止めるとは言っていない。むしろその様子を見たいのでどんどんやってください。酷いことにならない限りは、ではあるが。

 というかやることもなく、とか言っているがカシン様に何かやらせると面倒なことになるので仕方ない。

 

「程ほどにお願いしますよ。ミツヒデ様が面倒になるので」

 

「あれはあれで見ていて面白いのですが……チョコレート、とやらで手を打っても構いませんよ」

 

 手を打っても構いません。とか言っているが絶対にそれが目的だ。他の人にはわからないだろうが、瞳の奥が少しキラキラしているように見える。これがカシン様の姿であればもっとわかりやすいだろう。

 もしかするとチョコレートは戦国乙女に対して強力な切り札になるのかもしれない。今度適当な相手に試してみようか。例えば冷静沈着な上杉様や伊達様。どんな感じになるのか少し興味がある。

 そのためにはチョコレートを多めに作っておかなければならないのだが……まぁ、大友様から頂いたしょくらあとの量が異常な程だったので材料的には問題ないと思う。作るのが少し面倒ではある。

 

「わかりました。それなりの量を用意する予定なのでそれで構いません」

 

「それは良かった。もし断られたらどうしようかと思いましたからね」

 

 何を仕出かすつもりだったのだろうか。チョコレートのためだけに再度戦乱を、とかだったら笑えないのだが。

 しかし、本当にチョコレート目当てに来たのだろうか。最近のカシン様であれば充分に有り得るとは思うが……別の目的もあるのだろう。そんな気がしてしまう。

 

「あぁ、その猜疑の目。悪くありませんね……本当は気づいているのでしょう?」

 

「やはり、ですか。とはいえカシン様の期待するようなことはありませんよ」

 

「……どうやらそのようですね。いえ、それでこそ結城と言うべきでしょうか」

 

 言ってカシン様はくつくつと笑う。その様子についため息をついてしまう。この方はいつもそうだ。

 顔を合わせる度に俺の様子を見ては一人納得したようにしながら笑うのだ。それで良いと。そうでなければならないと。

 

「良いのです。ええ、それで良いのです。お前のそれがどうなるか、私は楽しみで楽しみで仕方が無いのですから」

 

「カシン様が楽しそうでなによりです……」

 

 カシン様は色々と自由な人になってしまった。自分が楽しむためならどこへでも行くし、なんでもするのではないだろうか。現に駿河まで行って徳川様、今川様で遊び、そしてこうして俺の前までチョコレート目当てで来ている。いや、何処かで暴れるというのよりは断然良いのだが。

 

「さて……行きましょう、結城。あまりゆっくりとしていてヨシテル様を待たせる訳にはいきませんからね」

 

「ええ、わかりました。ですが、折角の月夜です。もう少しくらいゆっくりとしても問題ないのでは?」

 

 月明かりの夜は好きだ。星明りの夜が好きだ。以前から好きではあったが、最近特にそう思うようになっている。徳川様とカシン様曰く、月は強大な魔力を放っているらしい。星もその月の影響によって魔力を帯び、星明りには微弱ながらそれが含まれるのだとか。

 そして俺にはそれらが必要なのだ、とはカシン様の言葉だったか。

 

「構いません。そう、構わないのですよ。人が自らに必要なモノを欲するのは至極当然のことなのですから」

 

 言って愉快そうにまたくつくつと笑う。その姿は月の光に照らされて幻想的で、人の心を不安定にするような不気味さを孕み、人の神経を逆撫でするような不快感を与える。

 ただ、それが普通の人であればの話だ。忍にとっては、または俺にとってはカシン様なら仕方ない、といった程度でしかない。人となりを知っていればそれが当然のように受け入れられるのだから。

 それが出来るかどうか、その違いでカシン様との人付き合いというのだろうか、それの難易度が大幅に変わってくる。

 そして、カシン様のことを良く思っていない方が多いため基本的に戦国乙女の全員がカシン様との関係はあまり良くない。むしろ悪いと言った方がいいのかもしれない。

 

「カシン様、そういうの控えないとこの先も皆さんと不仲なままですよ」

 

「別に構わないのですが。まったく、結城は余計なことを心配していますね。

 誰に嫌われようと、誰に憎まれようと、私は全てを受け入れます。

 そして私は全てを嫌い、全てを憎み、全てを怨み、全てを妬み、全てを嫉み、そうして生きているのですから」

 

 それはカシン様の本心からの言葉だった。人ならば誰もが思うような、誰かに認められたい、誰かに愛されたい、そんな願望は一切無い。

 以前までの全てを憎んで破壊しようとする状態よりはマシになっているが、それでもやはりカシン様は自らの根元を変える気はないらしい。

 

「そうした生き方が私なのです。私は変わらず、そう生き続けるでしょう。

 ただ……結城だけは違います。結城だけは、愛しましょう。慈しみましょう」

 

 脳を蕩けさせる様な声でそう言うカシン様。何も知らない人ならばきっとその声に従ってしまうだろう。

 だが、その瞳には愉快で愉快で仕方ないとでも言うような喜色が込められていた。

 

「さぁ、此方へ。結城には私の持てる全ての愛を捧げても良いと言っているのですよ?」

 

 これはきっと頷いてカシン様の傍へと行けば、本当にそうするのだろう。ただ、そうすることは有り得ない。この身は既にヨシテル様を支えるために使うと決めているのだから。

 

「申し訳ありませんが、その言葉に頷くことは出来ません。

 俺が心に決めているのは、ヨシテル様を支えていくということです。ここでカシン様の傍へと行くというのは、それを放棄することになりますからね」

 

 告げればカシン様はつまらなそうな表情へと変わり、何処か投げやりな態度へと変わっていた。

 

「あぁ、そうですか。それは残念です。ええ、本当に」

 

「カシン様、変わり身早すぎませんか。というかそれって、俺がヨシテル様から離れた場合に周りの反応が楽しみだ、とか思ってませんでしたか?」

 

「それもあります。ですが、結城がそうして確固とした意志でヨシテル様を支える。というのが残念なのです」

 

 どうしてだろう。ヨシテル様を裏切ることがない。ということだからだろうか。

 

「わからなければわからないで構いません。今は、ですが」

 

 カシン様の浮かべる感情としては、心から残念だ、と思っているように感じる。何がそれほどまでに残念なのか、イマイチわからなかった。

 そして、やれやれ、と言う風に頭を振って歩き始めるカシン様。

 その後を追うようにして歩けば、少し此方を見てため息をついた。

 

「お前は本当にそういうところが残念です。私の感情にさえ気づけるというのに」

 

 ため息だけではなく、更には少し睨みつけてきた。一体どうしてだろうか。本当に分からない。

 

「……わからないのならそれで構わないとは言いましたが、気が変わりました。許しません」

 

「それ理不尽ですよね」

 

「さて、なんのことやら。

 あぁ、ですが埋め合わせに何かあるのなら許して差し上げましょう」

 

「もう良いですそれで」

 

 むしろ此方が投げやりになるのは仕方ない。理不尽なことを言われて、更には謎の埋め合わせまで要求されたのだ。というか、その埋め合わせと言うのはチョコレートではダメなのだろうか。

 

「それってチョコレート多めに、とかでなんとかなりませんか?」

 

「なりません。多めには貰いますが、それ以外の埋め合わせをしてくれるのでしょう」

 

 確定事項ですか。自由な上にものすごく強引な方になってしまった。いや、元からなのだろうか。

 とりあえず、行き過ぎない程度であれば埋め合わせというに付き合うのも良いかもしれない。それでカシン様の気が済むのであれば。

 

「わかりました。ですが限度と言うものがありますからそれだけは心に留めておいてください」

 

「仕方ありませんね。それなりに妥協はしましょう。それなりに、ね」

 

 それなりというのが不安である。カシン様は他の方ならするであろう加減や遠慮というのはしないのだから。

 ただ、それがカシン様らしいと言えばらしい。

 

「もうそれで良いです。諦めますから……」

 

「分かればそれで良いのですよ。さぁ、そうと決まれば二条御所へと戻りましょう」

 

 そう言うカシン様は聊か機嫌が良くなったように思える。機嫌が悪いよりはずっと良い。というか戻りましょうではなく行きましょう、ではないのだろうか。

 そんなカシン様の後について歩きながら疲労感と同時に充足感を覚えた。

 

 カシン様の相手をするという疲労感、そしてカシン様が良い方向に少しずつ変わっているということに対する充足感。この先も時間を要するだろうが、カシン様は変わっていくだろう。それはきっと、いつか徳川様とさえ友人として接することが出来るようになる。そんな気がしてくる。

 そして、それほどの時間が経った時には多くの人々が笑っていられる平和な世界となっているのだろう。

 そんな世界を空想しながら、歩く俺を照らす月明かりは、何処か暖かで優しいように思えた。




カシン様に認められたい。
きっとカシン様は誰も認めないタイプの人だから。

1話毎の話の終わり方がいつも微妙。


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ヨシテルさまといっしょ そのさん

オリ主の尊敬する相手は師匠。


 カシン様と一緒に二条御所に戻る頃には地平線の彼方から太陽が昇って来ていた。

 この時間になればまず侍女は起きていて色々と一日の始まりの準備をしているはずだ。例えば侍女であれば朝食の支度を、武将や兵士であれば起きてからの鍛錬を。忍衆であれば交代で警備をしている。

 そしてそんな忍衆がカシン様の姿を見て殺気立つ。仕方ないといえば仕方ないのだが、まず勝てないし変に刺激しても面倒なので手で合図をして下がらせる。

 合図に従って忍衆は下がるが、きっと二条御所内の人々に知らせに動くだろう。間もなく内部の空気が殺気立つのを感じた。あぁ、やはりこうなったか。

 

「カシン様。大人しくしていてくださいよ」

 

「わかっています。ただ、周りがどうするか……あぁ、楽しみですね」

 

 この人は絶対にわかっていて周囲の人々を煽るのだろう。それでどういう反応が返ってくるのか、楽しんでいる。とりあえず、俺が近くにいるときはその辺のことは気をつけよう。空気が悪い中にいるのとか好きではない。

 ヨシテル様と義昭様のことが大好きすぎる足利軍において、その二人を利用し、敵対していたカシン様は絶対に許せない。と思っている人間が過半数を占める。むしろほぼ全員がそうである。

 そんな状況でカシン様を放置しておくと絶対に厄介なことになる。空気が悪いどころか一触即発の空気になりそうだ。

 

「チョコレート作る間、絶対に大人しくしておいてくださいよ。面倒なんで」

 

「周りがどうするか、だと言ったはずですが?」

 

「煽って面倒なことにしたらチョコレートなしで紫苑と鬼灯に連絡して強制送還です」

 

「……仕方ありませんね。大人しく待つこととしましょう」

 

 絶対に強制送還よりもチョコレートなしに反応したに違いない。どれだけチョコレートが楽しみなんだろうかこの人は。大体、紫苑と鬼灯に連絡したところでこの人は全く気にしない。それに強制送還とはいえ、あの二人はカシン様の言葉に従うために任せても意味がないのだろう。

 いざ本当に強制送還となれば転移の術を使って無理やり、となる。それでも良いか。

 

 カシン様を連れて歩けば侍女、武将、兵士、忍衆の目が険しくなっており、何か不審な動きをすれば即時に行動を起こす。とでも言うような体勢になっている。そうして警戒するのは良いが、カシン様には勝てないのだからもう少し落ち着いて欲しい。

 ため息をつきそうになるのを耐えていると部下の忍が一人、そっと耳打ちをしてきた。どうやらヨシテル様は執務室で俺とカシン様を待っているらしい。まぁ、当然と言えば当然か。

 小さく頷いて指示を出すと部下はスッと廊下の影に潜むようにして姿を消し、気配を最小限にする。そのまま移動したが、まだまだ気配遮断が甘い。あれはその辺りが一番上手な忍ではあったが、この後で再度指導が必要かもしれない。無論、忍衆全員にだ。

 

「気配の消し方が見事ですね。術なくして見抜くことが難しいほどです。足利軍の忍は随分と錬度が上がったようですね」

 

「いえ、まだまだ気配遮断が甘いですよ。今度忍衆全員集めて指導をする予定です」

 

 とりあえず、全員一段階ずつ錬度を上げよう。ヨシテル様と義昭様を思えばそれくらい出来るはずだ。というか出来る。謎とさえ思えるほどの忠誠心によって絶対に出来る。場合によっては更に錬度を上げることも出来るかもしれない。

 そんなことを思ってついつい口角が上がってしまう。それを遠目に見た忍衆がびくついているような気がするが気のせいだろう。

 

「結城。随分と楽しそうですね。部下の忍が怯える様は愉快ですから私は構いませんが」

 

「楽しいですとも。師が俺を鍛えるのを楽しいと言っていたのが分かる程に」

 

 師は俺を鍛えるのをとても楽しんでいた。厳しくして、苦しんだりする姿を見るのが楽しいのではなく、確実に成長していく弟子の姿を見るのが楽しいとのことだった。今となっては里長になっているために弟子は取れず、そういった楽しみがあまりない、ともこぼしていた。

 ただ、俺がたまに里に戻った際には時間を取ってあれやこれやと新しい忍術を教えてくれる。忙しいというのにあの人は何をしているんだ、とも思うが、それ以上に感謝の気持ちで一杯だ。師がいなければ俺は何も成しえなかった。ヨシテル様を支えることも、ヨシテル様のために戦うことも、義昭様の笑顔を守ることも。

 どうしようか、今度里に戻った際にはちゃんと感謝の気持ちを伝えるべきだろうか。言わなくても察しているだろうが、言葉にするのが大切だよ。とも言っていたし、それも良いかもしれない。

 

「結城の師……あの男ですか」

 

「師匠と面識が?」

 

「いえ、ありません。遠見によって見ただけですが……どうしてか気づかれてしまいました。そう見つかるものではなかったのですがね」

 

 流石師匠である。あの人は松永様と同じように戦国乙女ではなくとも彼女たちと真っ向から戦える強さを持っている。それどころか、下手をするとヨシテル様や織田様とも戦えるのではないだろうか。それほどに凄い人ではあるが、ネーミングセンスは残念なのがなんとも言えない。

 

「師匠は強いですからね……というか規格外ですから。普段は優しく、穏やかな人なんですがやるときはやる人ですよ」

 

 だからこそ里長になっている。というべきなのかもしれない。里の人間全てが認め、また頼られる存在でなければ里長にはなれない。強さだけではなく人格に問題がないか、人望はあるか、様々な点で優れていなければなれない里長である師。口には出さないが俺はあの人を尊敬している。

 今考えるにはどうでも良いことではあるが。

 

 その後もカシン様に師について聞かれながらも歩き、とうとうヨシテル様の執務室前へと辿り着いた。

 中にいる人間の気配は一つだけであり、それはヨシテル様のものだ。ミツヒデ様は居ないらしい。いや、居たとしても中々に面倒なことになりそうなのでその方が安心する。

 

「ヨシテル様、カシン様をお連れしました」

 

「どうぞ、中へ」

 

 その言葉のままに執務室の中へと入るとカシン様も大人しく後に続いてくれる。

 中では戦装束に身を包んだヨシテル様が険しい面持ちで座っていた。ヨシテル様は戦国乙女の中でも徳川様と並んでカシン様と因縁深い。そして、警戒することを忘れてはならない相手となるとそうなるのも仕方ないだろう。

 二人が向かい合うように座ると空気がピリピリとした張り詰めたものに変わる。険しい面持ちのヨシテル様といつもと変わらない薄らとした笑みを浮かべるカシン様。一触即発の空気、と言えばいいのだろうか。

 ただ、あまりこういう空気が長引くと俺が下がれないのでやめてほしい。

 

「結城、どうしてカシンがいるのか、説明を」

 

「チョコレート欲しさに見てきたので、問題起こす前に連れて来ました」

 

「……え?」

 

 真面目に聞かれたが少しふざけたような返し方をする。空気が悪いならさっさとぶち壊してしまうに限るからだ。それに嘘は言っていない。カシン様の目当てはチョコレートであるし、問題を起こされると色々面倒なことになる。

 

「それと、お二方がいつまでもそんな空気だと俺が離れられないのでチョコレート作れませんよ」

 

「良く来ましたね、カシン。あまり歓迎は出来ませんが、大人しくしているのならば二条御所への滞在を私が許可しましょう」

 

「ええ、感謝します、ヨシテル様。私も特に面倒ごとを起こすつもりはありませんのでどうぞご安心ください」

 

 掌を返すように空気が一変した。幾分かにこやかに話をする二人を見るとなんとも言えない気分になる。この二人の目的と言えるチョコレートを引き合いに出せば何とかなるのでは、と思ってのことだったがここまでとは。

 ため息をつきそうになるのをまた我慢し、大友様から受け取った書状を渡す。弛緩した空気の中に居るのもなんとなく嫌なので仕事だ仕事。

 

「あぁ、ソウリン殿からの書状ですね。

 ………………なるほど、感謝します、結城」

 

「いえ、この程度であればいつでも」

 

 これでひとまず任務終了となる。一番疲れたのは二条御所に戻ってから、というのはどういうことなのだろうか。とりあえず何もかもカシン様が悪いに違いない。

 

「それで、ヨシテル様はお食事がまだですよね。カシン様もですが。

 侍女にはヨシテル様の物と同時にカシン様のお食事も用意するように言付けているのでもう暫しお待ちいただければ隣の部屋に持って来てくれると思いますよ」

 

「分かりました。義昭は?」

 

「義昭様はカシン様が来ている、ということで別室へ。其方へは後ほど俺が」

 

「おやおや、随分と嫌われているようですね」

 

 嫌われた、と言いながらもカシン様はよりいっそう笑みを深くしている。

 

「嫌われている、というよりもカシン様が余計なことをすると良くないので別室にお願いしています」

 

「あぁ、そういうことでしたか。相変わらず過保護というか、なんというか……」

 

 義昭様の護衛も俺の任務の一つだ。その一環なのだから当然だろう。

 それに下手にカシン様と話をすると妙なことを吹き込まれるたり、ブラック感マシマシになる可能性があるので遠慮していただきたい。

 

「義昭のことは結城に任せることが多いですが、あの子が楽しそうで私はとても嬉しく思っていますよ」

 

 そう言うヨシテル様は過保護だとは思っていないらしい。当然だ。過保護というのはミツヒデ様のことを言うのだから。

 それとこれから先のことを考えると義昭様に対してただただ過保護、というのは考え物だ。ミツヒデ様にもそのことを言っておく必要があるかもしれない。

 

「ヨシテル様はヨシテル様で相も変わらず、ですか。相変わらず似た者主従だこと……」

 

 特に似てはいないと思うのだが。ヨシテル様のように清廉潔白ではないし、素直でもないし、強くもなければポンコツでもない。似ている要素はないはずだ。

 あぁ、それでも義昭様に対しては確かに似ているのかもしれない。ここにミツヒデ様を入れてきたら全力で否定するのだが、俺とヨシテル様の二人なら大体同じようなものか。

 

「まぁ、良いでしょう。結城は義昭様と話が済み次第チョコレートを作るのでしょう?そちらを忘れないようにお願いしますよ」

 

 やれやれ、と言わんばかりに首を振って釘を刺してくるカシン様だが、本当にこの人はチョコレートのことが頭の中の大半を占めているのだろうか。

 いや、その方が安全なので今は良いのだろう。それに酷く気分屋でもあるので次の瞬間には別のことを考えている、なんてことは良くあることだ。今だけでも安心させて欲しい。

 

「そうですね……私も楽しみにしていますよ、結城」

 

「はい、わかりました。

 そういえばヨシテル様」

 

「なんでしょうか?」

 

 大友領で買ってきたカステラを取り出して見せるとヨシテル様の目がキラキラと少し輝いたように見えた。

 

「お土産、ということでカステラを買ってまいりました。本日のお茶請けに出そうかと思いまして」

 

「カステラですか……ですが、ちょこれーとが……」

 

「そういう場合は特別に両方出して貰えば良いのですよ、ヨシテル様」

 

 少し悩むヨシテル様の背を突き飛ばして崖下に叩き落すようにそんな提案をするカシン様。

 浮かべた笑みが、ニヤニヤしているように見えることから食べ過ぎると太る。ということを知った上で言っているようだ。ヨシテル様が自己の体重などを気にするので、それを後々に弄りたいのだろう。

 

「で、ですがそのようなことをすると、その……体重が……」

 

「ヨシテル様。いつも頑張っていますし、その程度良いのではありませんか?

 それにそう言ったことが心配ならば鍛錬に力を入れれば問題はないかと」

 

「結城の言う通りです。ヨシテル様ほどの方であればそう心配することもないでしょう」

 

 そう言われて目をぐるぐるとさせながら考えているようだ。後少し、と言ったところだろうか。

 

「大丈夫ですよ、ヨシテル様。今回ばかり、特別にということですので」

 

「いつもそう食べてばかりいては気になるでしょうが、そうでなければ問題もないでしょう。

 それに結城が好意で言っているのです。受け取るのもまた主の役目かと……」

 

「そ、それもそうですね……結城の好意を無碍にするわけにもいきませんからね。

 結城。今日のお茶請けは二つお願いします」

 

 両方出して欲しい、という言葉を聴いてカシン様が大変楽しそうな表情に変わった。これで食べ終わった後にそっと耳打ちするのだろう。随分と食べてしまったようですが、大丈夫なのでしょうか。と。

 当初の俺の目的でもあるので良しとしよう。その場面に会えるようにしなければ。

 

「では、そろそろ義昭のことをお願いします。それと、ちょこれーとも」

 

「ええ、了解致しました。カシン様、どうかご自重ください」

 

「わかっていますよ。お互いに益のあるようにしますとも」

 

 その益のあるように、というのが聊か不安を覚えるのは何故だろうか。やはりカシン様だからだろう。

 とりあえずヨシテル様が居れば暴れることはないはずだ。そう思い、ある程度安心して執務室を後にすることにした。

 そういえば部下の報告の中にミツヒデ様の所在があったが、もう少しすれば戻ってくるらしい。ヨシテル様の命によってのことだろうが、なんともタイミングが悪いと思ってしまった。

 念のためにミツヒデ様が二条御所へと戻る前に部下に今回のことを伝達しているが……さてどうなるか。

 出来ることならミツヒデ様も大人しくしておいて欲しいものだ。




カシン様と組んでヨシテル様をからかいたい。

カシン様だと辛辣、ユウサイ様だとある程度は穏やかに対応してくれるイメージ。


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義昭様といっしょ そのに

オリ主は周囲から義昭様LOVE勢筆頭と認識されている。


 執務室を後にして急いで義昭様の下へと移動する。

 本来であれば俺かミツヒデ様が必ず護衛についているのだが、今回はヨシテル様の命によって二人とも二条御所を離れていた。部下が護衛についているとはいえ、足利軍の、引いては幕府の重要人物を護衛するには聊か不安がある。

 それに今回はカシン様が二条御所にいるという理由でヨシテル様と義昭様は別々に食事を取っているが本来は二人とも一緒に、もしくはミツヒデ様を含めて三人で食事を取っている。理由としては以前まではヨシテル様が思い詰め、義昭様と接することも少なかったために義昭様に淋しい思いをさせていた。その埋め合わせというか、空白の時間を埋めるためというか、そういったことで一緒に食事を、という話になっているのだ。

 そうなっているのに義昭様に一人で食事を取らせるというのはいただけない。ミツヒデ様が知ったら過保護が暴走すること間違いなしだ。

 そして何よりも、義昭様は表情には出さないが一人で居ると寂しそうにするのだ。気づいているのは現在俺だけのようで、口止めをされているのだが。理由を聞けばあまり心配をさせたくはないとのことだった。それを聞いて俺は誰にも言わないと決めた。義昭様が決めたことを俺の勝手な行動で台無しにするわけにはいかない。

 そうして義昭様の思いを尊重するようにしている俺のことを、義昭様は信頼してくれている。その信頼を裏切るなんて俺には出来ない。

 

 急いで義昭様の下へと移動すると、膳が二つ向かい合うように置いてあり、その一つの前に義昭様が座っていた。

 侍女の気配がそう遠いところにはないのであまり待たせることにはならなかったようだ。それでも待たせてしまったことに変わりは無い。

 

「義昭様、遅くなってしまい申し訳ありません」

 

「いえ、大丈夫です。それにそんなに急がなくても良かったんですよ?カシンが来ているなら結城もそっちに付いていた方が良さそうですし……」

 

 確かにそれはそうだ。カシン様を野放しにするのは心配事が多すぎる。それでもヨシテル様が居て、カシン様も大人しくしてくれるとのことなので多分大丈夫なはず。

 

「それならご安心ください。カシン様の目的はチョコレートですので、それ目当てで大人しくしてくれています」

 

「姉上やミツヒデと同じですか……なんだか、今まで持っていた恐ろしい相手という印象が大きく崩れてしまいそうです……」

 

「あー……それは俺も同じ思いです。それでも、良い変化ではあると思いますよ。前の世界絶対滅ぼすガールよりは」

 

 滅ぼしてくれるわ!とか言いながらあの武器なのか乗り物なのか良く分からない物から色々飛ばしていたカシン様。それに比べれば圧倒的に今の方が良い。例え自由な人になってしまってふらふらしていたとしても、だ。

 そのせいで紫苑や鬼灯のみならず、色んな方の胃に負担をかけるようになってしまったので、そこは何とかして欲しいのだが。

 

「確かにそうではあるんですが……」

 

「義昭様、もう諦めましょう。平和になった為に緊張の糸などが切れてああなったんです。もしかしたらあれが素の状態かもしれないですからね」

 

「結城……そんなに遠い目をしなくても……」

 

 遠い目をするのも仕方ないことなのだ。ヨシテル様やミツヒデ様、カシン様だけではなく他の戦国乙女の方々も幾人か以前までと印象が少し変わってしまったのだから。

 環境と言うか、状況が変わればそういった変化があってもおかしくは無いのかもしれないが。

 

「大丈夫です、義昭様。もう諦めてますから」

 

「諦めてるんですか……」

 

 義昭様、その不憫な者を見るような目をやめてください。心に来ます。

 

「それよりも、そろそろ食事としましょう。冷めてしまうとどうしても味が落ちてしまいますからね」

 

「それもそうですね。食事は美味しく食べましょう、でしたね」

 

 くすくすと笑いながら言う義昭様。俺の言った言葉だが、それを思い出しながらつい笑ってしまった、と言った風だった。

 それを言ったのは義昭様が一人で食事をしていた時に、あまり美味しそうに食べていなかった為に言った言葉だ。味付けに思うところがあるなら伝えたほうが良い、一人で食事が嫌なら誰かと一緒に。と続けたのを覚えている。

 その時に義昭様がぽつりと零したのが一人の食事は寂しい。誰かと一緒に食べたい。と言うものだった。幼い義昭様には一人きりで食事を続けるというのはどうしても辛いものがあったのだろう。それでも、将軍家の人間として耐えなければならないと無理をして笑っている姿に心が痛んだものだ。

 それでつい、忍である俺は一緒に食事をすることは出来ませんが、食事の際には傍に居ます。ただ一人で食事をし続けるよりは、誰かが居ればまた違うはずです。と言ったのだ。

 

「忍らしくはありませんでしたが、結城の心遣いは嬉しかったですよ。

 それに本当に傍に居てくれて、あまり行儀は良くなくても食事中に少し話をしたり、凄く楽しかったですね……

 今となっては姉上やミツヒデと一緒に食事をしたり、どうしても二人が無理なら結城が一緒に食事をしてくれる。あの頃とは大違いです」

 

 懐かしそうに、嬉しそうに言う義昭様には微笑が浮かんでいた。あの時のような無理をして笑っているのではなく心から笑っている姿に胸の中に暖かな何かが灯るのを感じる。

 やはり義昭様には笑っていてほしい。この方の笑顔こそが、足利軍に所属する人間の原動力だ、と言うミツヒデ様の言葉には納得してしまう。

 

「ええ、確かに大違いですね。今の方が遥かに良いでしょう。

 ですが……今は食事としましょう。しっかり食べないと今日一日、乗り切れませんよ」

 

「はい、わかりました。では結城も一緒に食べましょう。

 結城はこれからチョコレート作りもありますし、任務もありますからね」

 

 言ってからお互いに少し笑って食事を取り始める。以前まではあれこれと俺が話しかけていたが、今となってはお互いに無言で食事を続けるようになった。話すことが無い、ということではないのだが、義昭様とは互いに無言であってもそれは気まずい沈黙ではなく、どこか心地良い沈黙となっているのだ。

 そうして食事を続け、食べ終わるのはほぼ同時だった。本来は俺の方が早く食べ終わるのだが、そうして食べ終わり義昭様を待っていると義昭様は急いで食べようとしていたのだ。

 流石にそれはよろしくない。良く噛んで味わって食べてこその食事である。それに主君の弟君を急かす忍というのはあってはならない。

 そんなことがあってから義昭様と食事をする際には速度を落として、義昭様と同時に食べ終わるように調整している。最初の頃はその調整がイマイチわからなくて苦労したものだ。

 

「御馳走様でした。なんだかいつもすいません」

 

「御馳走様でした。いえ、義昭様はお気になさらずに」

 

 こうして普段通りの会話をしながら思うのは、最近のヨシテル様と会話するよりも落ち着きがあると言うか、実は義昭様の方が主君然としている気がする。

 これが成長と言うものだろうか。最近になって一気にその成長をしているというのが驚きである。

 

「さて、食事も済みましたし食後のお茶としましょうか。護衛の任務もありますから今日の予定も聞いておきたいので」

 

「それもそうですね。とは言っても予定の幾つかは取り止めになってますよ。

 カシンが二条御所に居る、ということで護衛を付けて下がっていなさい。と姉上が」

 

「なるほど。当然と言えば当然のことかもしれませんね」

 

 カシン様が来ているというだけで色々と予定が変わってしまっている。あの人はこうして迷惑をかけているとか、迷惑をかけるかもしれない、とか考えてくれないのだろうか。いや、むしろそれを考えて動いているのかもしれない。カシン様は迷惑をかけて楽しむ人だった。

 

「結城はどうするのですか?」

 

「この後は一度ヨシテル様とカシン様の様子を見てからチョコレートを作るために厨房へ。

 出来ればカシン様の監視ということでミツヒデ様が居れば良いのですが……」

 

「ミツヒデはすぐに戻る。とのことでしたが、どうでしょうか」

 

 カシン様の玩具になりそうではあるが、ミツヒデ様がいればヨシテル様と二人で押さえ込むことも出来るはずだ。あの二人は足利軍の最高戦力であるし、以前よりも力の劣るカシン様であれば問題ない。

 ただし、ミツヒデ様が普段通りに冷静さを持って対処できれば、ではあるが。

 

「今回はあまり期待出来ないかもしれませんね……相手があのカシン様だと」

 

「ミツヒデは冷静な時は頼りになりますが、一度調子を崩すとどうしても不安になってしまいますよね……」

 

 そうなのだ。ミツヒデ様は頼りになる。頼りになるのだがどうしても不安になる時があるのだ。

 松永の乱、カシン様との決戦、天下取り。その全てにおいて自慢の頭脳を遺憾なく発揮し、足利軍を勝利へと導いてきた。ヨシテル様の信頼する参謀役ということだ。

 だが、予想外のことが起こると一瞬硬直してしまい、そこからどうするか思考する。そうして思考している間に更なる問題が起こって混乱する。そうなるとぐるぐると思考の海に溺れていくのだ。

 

「心配ではありますが、ミツヒデ様なら大丈夫でしょう。ヨシテル様の前ですし」

 

「あぁ、確かにミツヒデはそうですね。姉上と私の前ではとてもしっかりとした姿であろうとしていますね」

 

「はい。ですので暫くは大丈夫かな、と。チョコレート作りも忍術を併用するとそう時間もかかりませんし、終わり次第向かえば……昼前にはなんとか」

 

「昼前……それなら問題ありませんね。では結城、なるべく早く作り終えてカシンを見ていてください。

 場合によってはミツヒデを下がらせて姉上に助力を。良いですね?」

 

 凛とした居住まいで真っ直ぐと此方を見ながら言う義昭様。以前の不安そうに、何処かおどおどしたような姿からは想像も出来なかった姿だ。

 

「わかりました。義昭様も、護衛に部下を付けますが念のため警戒を怠らないようにお願いします」

 

「勿論です。それではよろしくお願いしますよ、結城」

 

「お任せください、義昭様」

 

 そうして言葉を交わして、食後のお茶も終わっていたので立ち上がろうとするとその前に再度声をかけられた。

 

「あ、結城。忘れるところでした」

 

「はい、どうかしましたか?」

 

 話は終わったはずだが、何かあっただろうか。

 

「ん、お願いします」

 

 言って立ち上がり、俺の傍まで来て膝を折り座る。

 そわそわしているような、期待しているような態度にどうしたのだろうか、と首を傾げそうになってはたと気づく。そういえば前にお願いされてたことがあった。

 今回で人の頭を撫でるのは三回目になるのか。それも所属する軍の重要人物を相手に、だ。こんなもの緊張するに決まっている。

 それでも、その緊張を悟られないように気を落ち着けながら義昭様の頭を撫でる。そうしながらところどころ跳ねている髪をそっと整え、慣れないことながらちゃんと出来ていることに内心で我ながら上手に出来た。と納得する。

 

 そろそろ良いかな、と思いながら撫でる手を止めるとどうやらまだ満足していないらしく、俺の手に少しだけ頭を押し付けてきた。

 義昭様が満足するまでもう少しだけ、と撫でるのを再開するとちらりと見えた義昭様の表情は嬉しそうに綻んでいた。というか、手に頭をぐりぐりと押し付けてくる姿は子犬が撫でて欲しくてそうしているように見えてついつい笑みが零れてしまった。

 そして随分と子供らしくて、可愛らしいものだな、と思ったのは仕方ないだろう。

 

「んー……結城に撫でてもらうと気分がふわふわしてきて気持ち良いです……

 姉上には悪いですが、今は私が独り占めですね」

 

 言ってから悪戯っ子のような笑みを浮かべる義昭様。それなりに傍に居たがこういう表情もするのか、と少し驚いたのと同時に、多分ミツヒデ様は知らないだろうな。と思った。また知られると面倒なことが増えてしまった。

 いや、義昭様のあの笑顔が見れたならそれくらいは安いものなのかもしれないが。

 

「今は、と言いますか……あれ以来ヨシテル様を撫でることはありませんよ」

 

「あれ、そうなんですか?」

 

 そうそう主君の頭を撫でるようなことは無い。というか普通はない。こうしているのだって本当は有り得ないようなことなのだ。

 

「そうですよ。義昭様は勘違いしているかもしれませんが、忍が主君の頭を撫でる、というのは本来ありえませんからね?」

 

「なるほど……でも私と姉上はその辺りのことは気にしませんから今度撫でてあげてください。きっと姉上も喜びますよ」

 

 喜ぶのだろうか。ヨシテル様と義昭様、お二人とも撫で心地が良いのでまた撫でたいな、とは思っていたのだが。……義昭様から言われたということもあるので、今度二人きりの時にでも撫でてみようか。

 

「……そろそろ満足したので良いですよ。これで一日頑張れます」

 

 言われて撫でるのをやめると、顔を上げて笑顔を見せてくれる。なるほど、これは確かにヨシテル様と義昭様LOVE勢のミツヒデ様なら忠誠心が暴走していただろう。

 

「この程度で頑張れると言うのでしたらいつでも。

 では一度ヨシテル様の下に戻りますので、また後ほど」

 

「はい、チョコレートを楽しみにしてますね。

 それとその言葉、忘れないでくださいよ」

 

 そう言葉を交わして部屋を後にする。途中で部下に義昭様の護衛を任せてまた急いで移動する。

 どうかヨシテル様とカシン様が大人しくいてくれますように。と願ってしまったのはきっと仕方の無いことなのだろう。




義昭様可愛いよ義昭様。
義昭様と一緒に食事したい。
頭なでなでしたい。
そして跳ねてる髪をそっと整えてあげたい。

形にするって大変ですね。


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ミツヒデさまといっしょ

オリ主には何らかの秘密がある。


 ヨシテル様の執務室の前へと戻ると中から声が聞こえてきた。威嚇しているというか、警告をしているというか、とりあえずそれがミツヒデ様の声であることだけはわかった。

 聞こえてくる言葉の内容から察するに、カシン様が何かヨシテル様に失礼なことを言ったようだ。カシン様が言う言葉を一々気にしていたら身が持たないと思うのだが。

 それに、ミツヒデ様の言葉に対してくつくつと笑うカシン様の声が聞こえることから狙って言ったのだろうということが簡単に予想できる。

 あぁ、やはりこうなったか。と思いながら、放っておくわけにも行かないと考えて一声かけてから中に入る。向かい合うように座っているヨシテル様とカシン様、その二人の間に立ってヨシテル様を庇うようにしているミツヒデ様の姿が見えた。

 

「カシン様、ミツヒデ様で遊ぶのはその辺りで止めていただけますか。

 ミツヒデ様も、一旦落ち着きましょう。カシン様の思う壺ですからね」

 

「結城!だがカシンのあの言葉、撤回させないわけにはいかないのだ!!」

 

「ヨシテル様、何を言われたんですか」

 

 完全に頭に血が上っているミツヒデ様に聞いたところであまり意味がないと思いヨシテル様に聞く。カシン様に聞いた場合も適当にはぐらかされるに決まっている。

 

「天下人としての風格がない、と……」

 

「あ、はい。そうですね、それは俺も思ってました」

 

 天下人としての風格は本当にない。将軍としての風格ならば充分にあるのだが。

 というよりも、将軍としての印象があまりにも強いために天下人と言われてもピンと来ない。と言った方が正しい。それに天下人というのはきっと織田様のような風格のある方の方がお似合いなのではないだろうか。

 

「結城!?」

 

「私の言った通りでしょう?結城も同意する、と」

 

 事実は事実なのだから仕方ない。それにヨシテル様には天下人としての風格を得るよりも、ポンコツ化するのを何とかして欲しい。

 大体、民も天下人として振舞うよりも善政を敷く将軍としての姿を望んでいる。それにヨシテル様の意向によって尾張は織田様、駿河は今川様、と言ったようにそれぞれの乙女に統治を任せている。支配ではなく互いに協力しての天下泰平を目指したのである。どうにも天下を統一した天下人、というのには微妙に違う気がする。

 

「結城、何を言っているのだ。ヨシテル様ほど天下人に相応しい方は他にいないだろう?」

 

 少し落ち着いたようだが、それでもまだいくらか頭に血が上っているのだろうか。目つきがやたらと怖い。別に侮辱する意味を込めて言ったわけではないのだが、それがちゃんと伝わっていないようだ。

 

「民はヨシテル様には天下人としての風格よりも、将軍としての威厳や治世を望んでいます。そしてヨシテル様も天下人としてこの国を支配するのではなく、他の方と協力して天下泰平を成す。としていますのでそれでよろしいかと。

 それにヨシテル様も天下人ということに拘ってはいないでしょう?」

 

「そうですね……結城の言う通りに実はそう天下人というものには拘ってはいないのです。

 私は天下人になるためではなく、将軍として民の為にこの剣を振るい続けてきました。ですので、天下人としての風格と言うのはあまり必要だとは思っていないのです。

 それにしても、結城はその辺りのことをちゃんとわかっていてくれるようですね。なんというか、安心しました。理解してくれる方がいる、というのは心強いものですからね」

 

 そう言って嬉しそうに、少し照れたように表情を綻ばせるヨシテル様。

 

「ええ、ヨシテル様の忍として当然のことです。

 それに、傍で支えていくというのであればヨシテル様の想いを理解しておくのは必要なことですからね」

 

 応えるように少し笑んで返せばそれに嬉しそうに微笑み返してくれた。

 普段はヨシテル様をぞんざいに扱うのだが、こういう真面目な時はちゃんとしなければ。まぁ、あまりらしくはないのでそういう態度を取る事は基本的にない。

 こういうところは立花様と似たようなものだ。

 

「わ、私とてそのくらいわかっていた、ような、いなかったような……いや!だがヨシテル様を想う気持ちに偽りはない!!」

 

「それでも結城には劣っていたようですが。仕えている期間は結城の方が短いというのに……」

 

「うぐっ……だ、だが!」

 

「言い訳というのはあまり良くないのではありませんか?足利軍の参謀たる身でありながらそのようなことをするなど……」

 

「ぐぬぬ……!」

 

 ミツヒデ様を玩具にして遊んでいるカシン様は実に楽しそうだ。

 俺とヨシテル様が何処か和やかにしているのに対して、ミツヒデ様とカシン様がある意味で和やかにしている。それはカシン様だけというのがなんとも言えないが。

 

「ふふ……その言葉、とても嬉しく思います。

 この先もどうか私の傍で、共にあってくださいね。私は貴方のことを何よりも信頼していますから」

 

「ヨシテル様は何よりも結城を信頼している、と。お前はどうも一番ではないようですが、そこはどう考えているのでしょうね」

 

「結城ぃ……!普段はヨシテル様に対して失礼な態度を取る事が多いというのに、どうしてこういう時だけ……!!」

 

 怨めしそうに睨んでくるミツヒデ様だがそれに気づかないようにヨシテル様を向いたままにしておく。

 折角ヨシテル様と和やかに、お互いに信頼の情を見せている。それを邪魔されたくは無い。ミツヒデ様には悪いとも少し思うが、こうして素直な気持ちでヨシテル様に接することも必要だ。

 ヨシテル様はあまり表に出さないがふと不安そうにすることがあるからだ。松永様の謀反、ユウサイ様の裏切りというかカシン様の謀略、次はもしかして俺が、とか悪い想像をしてしまうらしい。

 そこら辺のことが気になって聞いてみたらそういう答えが返ってきた。疑心暗鬼というか心配性というか、二度あることは三度ある。ということか。

 流石にただの忍である俺にはあの二人のようなことは出来ないし、する気もないのでその旨を伝えて安心してください。とは伝えてある。それでもこうして時折裏切ることはないと伝えないとヨシテル様が不安がるのだ。

 

「伝えるべきことは伝えているだけです。ですが、そろそろ俺は厨房へと移動しようかと思います。あまり作るのが遅くなるのも、どうかと思いますから。

 よろしいでしょうか、ヨシテル様」

 

「ええ、構いません。楽しみにしていますよ、結城」

 

 ある程度やるべきことはやったと思うのでチョコレート作りに向かわなければ。

 カシン様は遊んでいるだけのようで、心配する必要もなさそうだ。

 

「あぁ、ミツヒデも下がって良いですよ」

 

「しかしヨシテル様。カシンと二人というのは聊か危険かと」

 

「いえ、カシンとは少し話したいこともありますので」

 

 カシン様と話すこと、とはなんだろうか。以前であればユウサイ様として居たので話すこともある。というのはわかるのだが。

 なんとなく引っかかるものもあったが、二人きりで話したいということなので大人しく厨房へと移動しよう。ついでに食い下がろうとしているミツヒデ様も引っ張って行かなければならないかもしれない。

 

「いえ、ですが!何を仕出かすかわからないカシンと二人きりになるのは危険すぎます!」

 

「ヨシテル様が私と二人で話がしたいと言っているのですよ。主の言葉に逆らおうというのですか」

 

「お前は黙っていろ、カシン!」

 

 カシン様は一々言い方が相手を煽るようになっているせいかまたミツヒデ様の頭に血が上り始めている。普段はこんなに声を荒げる人ではないのだが、今回ばかりは我慢ならないらしい。

 ミツヒデ様がこうなるのも仕方ないことだとは思いながらも、ヨシテル様の意向に従うためにもミツヒデ様を下がらせなければならない。

 

「ミツヒデ様。ヨシテル様は二人で話がしたいとのことなので下がりましょう。二条御所内であれば何か妙な動きをすればすぐにでも対処出来ます。

 それに、ヨシテル様であればカシン様を相手取っても問題なく制することが出来るかと。ですのでここはヨシテル様のお言葉に従いましょう」

 

「結城……本当に大丈夫なのか?」

 

「はい。ですのでここは下がりましょう」

 

「……わかった。

 ヨシテル様、何かあればお呼びください。すぐに駆けつけますので」

 

 渋々といった様子ではあるが下がることを決めてくれたようだ。これで無理やり転移の術で下がらせる必要はなくなったので良かった。

 ミツヒデ様が下がるというので一緒に執務室を出て厨房へと移動する。思いのほか時間を取った、とは思うが今から調理に取りかかれば昼前か、遅くても昼過ぎには作り終わるだろう。忍術というのは実に便利である。俺の使うのが忍術なのか最近疑問に思うこともあるのだが。

 ミツヒデ様は下がるとは言ったものの、どうも執務室の付近、というか隣の部屋で待機するらしい。

 納得した体ではあったがそれはそれ、これはこれ。ということだろうか。

 

 そんなミツヒデ様と別れて厨房に向かえば、数人の侍女が朝食の後片付けと昼の仕込みをしていた。事前に知らされていたらしく、俺を見ると一礼して自分の仕事へと戻って行った。

 時折使わせてもらっている場所に行けば幾つか調理に用いる道具が用意されていた。ヨシテル様の指示だとすれば、どれだけ楽しみだったのだろうか。と少し思ってしまった。

 そんなことを頭の隅に追いやり、調理を開始していく。慣れたものでさっさと作っていくのだが、どうにも他の人には理解できないらしい。見ていても何をしているのかまったくわからない、もしくは忍術を使っているようなのだがその忍術が何なのかわからない。とのことだ。

 

 手際良く作っていると厨房の中へと新しく誰かが入ってきた気配がした。

 誰か、としたがこの気配はミツヒデ様のものだ。執務室の隣室で待機すると言っていたが、ミツヒデ様は真っ直ぐと俺の方に歩いてくるようで、俺に用事があるようだ。どうしたのだろうか。

 

「どうかしましたか、ミツヒデ様」

 

 振り返らず、作業の手を休ませずに問いかけると背後で立ち止まる気配がする。

 

「待機していたが、ヨシテル様に下がるように、と。

 本来ならば離れるべきではないのだが……」

 

「ヨシテル様にそう命じられた、ということですね。主君の命であれば致し方なし、ですか」

 

「……私としては結城がそこまで落ち着いているのが疑問だ。あのカシンが居るというのに、何故だ?」

 

 言われてみれば確かに疑問に思われてもおかしくはないのか。まぁ、色々と事情があるのだ。

 カシン様は以前ほどの力はない。そして憎悪も同じくない。それを様子を見て、確認したということでヨシテル様には伝えていたが本当は違う。俺はそれを知っていたからそれを伝えただけなのだ。

 そうとは知らない他の方はそれを信じることが出来ないでいる。

 だからこそミツヒデ様はこんなにも警戒というか心配しているのだろう。

 

「問題がないからですよ。事実としてあの方は以前とは大きく違っていますから。

 まぁ、多少は心配になることもありますが……ヨシテル様とカシン様が戦うことになれば今の状態であればヨシテル様が勝つのは明白です。だからこそ俺はこうして落ち着いているんですよ」

 

「結城は私たちの知らないことを知っている。と、そういうことか……

 ……信じても良いのだな?」

 

「ええ、断言します。今のカシン様はヨシテル様にとっては問題なく対処することが出来ます」

 

 信じられないかもしれない。それでも事実である以上はそう言うよりない。

 

「はぁ……わかった。信じよう。結城は信用に値するというのは分かっているからな。

 だが、何かを隠しているのは気に入らない。いずれ話してもらうぞ」

 

「はい、今は話せませんが、いずれ」

 

 ミツヒデ様は頭の回転が早い。今回のこの話の間にも色々と考えていたのだろう。若干の不信感と、それ以上の信用。そんな感情を込めての言葉だった。

 それにいずれ話すと約束して、その後お互いに無言となった。

 いずれ、とは言ったもののやはり酷く気になるようで、色々と考え込んでしまっているようだ。原因が俺にあるということでこのまま放っておくのもどうかと思い声をかける。

 

「ミツヒデ様、折角ですしチョコレートの味見でもしてみますか。前回よりもいくらか甘さを控えめにしましたので感想を聞かせていただければと」

 

 皿の上に氷遁で固めたチョコレートを乗せて振り返り、爪楊枝と一緒に差し出す。完全に物で釣るということになるが、別にそれでも良いだろう。とりあえず空気を変えるというのが目的だからだ。

 

「……そうだな、頂こう」

 

 仕方が無いな、とでも言うように少しだけ笑って皿を受け取るとチョコレートを爪楊枝で刺し、口に含んだ。

 そして味を確かめるようにゆっくりと咀嚼して飲み込む。表情の変化を見るに口には合ったようだ。

 

「うん、美味しい……」

 

 思わず漏れた、という風なその言葉は普段俺に対して使う少し強い言葉とは違い、柔らかく優しい声色だった。具体的に言うのであれば義昭様と話をする際のそれだ。

 どうにも以前から俺に対して強い言葉を使うのだが、どうしてだろうか。微妙に信用されてない?忍ということで警戒している?まぁ、そのどちらかなのだろう。

 この先、信用を得ることが出来れば良いのだが。

 

「その様子を見るからに大丈夫そうですね。ではこのままの味で作りますので、また後ほどお持ちします」

 

「ん、あぁ、そうだな。昼を過ぎるだろうから午後の茶請けに出してくれ」

 

「わかりました。その時間までには間に合わせます」

 

 その返事に満足そうに頷いて踵を返し歩いていくミツヒデ様を見送って作業に戻る。

 この先まだ時間はあるのだ。出来ることならもう少しミツヒデ様との距離感を近づけることが出来れば良いな、と思いながら少しだけ作る速度を上げる。

 まだ時間はあるとはいえ、急いで作らなければ数が数だ。間に合わなくなってしまう。

 少しだけ甘さを控え目にしているがヨシテル様と義昭様の口に合えば良いのだが。




ミツヒデ様に強い言葉で接してもらいたい。
そして時折見せる優しく柔らかな言葉を聞いて、あぁやっぱり乙女なんだろうなぁ。とか思いたい。


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コタロウさまといっしょ

オリ主のネーミングセンスは師匠よりマシ。


 チョコレート作りも終わったので、氷遁で作った氷の箱に入れて保管しておく。こうでもしておかないとどうにも溶け易くて困る。とはいえ少しずつ暑くなって来ている今の時期であれば必要なことなのだから仕方が無い。

 それを素敵忍術で持ち運べば厨房で仕事をする侍女たちの邪魔にもならない。それにこっそりと誰かに取られることもないだろう。良く分からない兎とか良く分からない犬とか。ああいう動物には食べさせてはならないような気がするからだ。

 以前からあちらこちらであの兎と犬は見かけているが最近は二条御所で見かける。もし誤ってチョコレートを食べて死んでしまう。となっては流石に寝覚めが悪い。あんな奇妙な存在がそう簡単に死ぬとは思えないが。

 そういった理由から持ち歩いているが、誰かに渡して味見をしてもらうのも良いかもしれない。ミツヒデ様の反応は上々だったが、やはり少し不安なものがある。味を変えて作るとなると心配にもなる。

 そう考えて厨房から離れて歩いているとコタロウ様が珍しく戦装束ではない姿で歩いていた。というかコタロウ様が二条御所内にいるというのは珍しい。どうしたのだろうか。

 

「あ、結城様!」

 

 不思議に思っているとコタロウ様が俺に気づいたのか、名前を呼びながら駆け寄ってきた。犬のような尻尾と耳が見えた気がしたのは気のせいだろうか。

 

「どうかしたのですか、コタロウ様。というか、二条御所に居るというのは珍しいですね。戦装束でもありませんし……」

 

「昨夜到着して、書状を渡した後に遅いので泊まって行くようにとヨシテル様に言って頂いたので一日泊まることとなりました。そして先ほど朝食を頂いて少し散歩でも、と思って……それで今結城様を見かけたのでこうして声をかけさせて頂きました」

 

 言って嬉しそうな笑顔を浮かべているコタロウ様は一体何が嬉しいのかイマイチわからない。

 

「そうでしたか。あぁ、それなら丁度良いのでこれを」

 

 コタロウ様にお土産として買ってきたカステラを取り出して渡す。

 

「大友様へと書状を持っていった際に買ったのですが、普段から鍛錬を続け、真面目に頑張っているコタロウ様にと思って買ってきました。甘い物はお好きでしたよね」

 

「あ、ありがとうございます!これってカステラですよね?ボクの大好きな牛乳と一緒に食べるとすっごく美味しいんですよ!」

 

 受け取って大事そうに胸に抱え、本当に嬉しそうにしている。お土産に買ってきた身としてはここまで喜んでもらえると嬉しい。

 ただ廊下で渡すというのは少しおかしかったかもしれない。とりあえず部屋に置いておくべきかもしれない。

 

「コタロウ様、一度部屋に戻りましょう。カステラを持って散歩というのもおかしいですからね」

 

「それもそうですね。すぐそこの部屋をお借りしているので少し待っててください。すぐに戻りますから」

 

 ぱたぱたと足音を立てながら小走りで去っていくコタロウ様を見送って思うのは、いつの間にか俺も散歩に付き合うことになっているらしい。ということだ。

 別に今すぐやることもないので構わないのだが、さてどこを散歩しようか。二条御所を散歩するということで良いのだろうか。俺は普段から動いているので別段珍しくも無いのだが……コタロウ様は普段歩き回ることもないのでそれで良いかもしれない。

 それに足利軍としてはヨシテル様の住まう二条御所の景観にも力を入れているので散歩するだけでも充分に楽しめるだろう。

 

 そんな風に考えながらコタロウ様を待っていると思いのほか時間が掛かっているようで戻ってこない。どうしようかと思っているといつの間にか足元に立って此方を見上げてくる兎のような生物がいた。

 それを見下ろしていると兎は首を傾げながらじっと見つめてくる。そのまま数秒待っていると随分と可愛らしい声でこんな言葉が聞こえてきた。

 

「グミだよ?」

 

 どこから聞こえてきたのか、と思って周囲を見渡すが誰も居ない。そして気配もない。もしやと思いながら見下ろしてその兎を見る。

 

「グミだよ!」

 

 ぴょんぴょんと跳ねながらどうもその兎が喋っていた。この兎の名前はグミというらしい。

 

「グミさん、ですか。んー……二条御所に居る理由を聞いてもよろしいですか?」

 

「グミはグミだよ?ここにお兄ちゃんを探してるの!」

 

 未だにぴょんぴょん跳ねているグミさんに視点を合わせる為に持ち上げるというか抱き上げると本当の兎のように軽かった。もう少し重そうにも思えたのだが。

 

「人?探しですか。それでも勝手にうろうろすると怖ーい忍に追い払われてしまうかもしれませんよ」

 

 主にヨシテル様と義昭様への忠誠心が吹っ切れている部下の忍である。疑わしきは罰せよ。ということらしい。とりあえず、そういった輩がいるのであれば捕縛して俺に報告ということにはしてあるのだが。

 

「怖い忍?んー……でも、お兄ちゃん探さないと……」

 

「お兄さんというのも貴方と同じような兎なのでしょうか」

 

「お兄ちゃんはシロって言う真っ白な犬だよ」

 

 言われて、あの犬か。と当たりをつける。確かに最近この周囲には居るので嘘ではないようだ。

 なんとなく居るというのはあくまでも俺の傍であって、二条御所には人探しのようなことをしているということか。それならば部下に伝達しておくか。

 

「竜胆」

 

「はっ、此処に」

 

 名前を呼べば部下の一人が姿を現した。竜胆とはあくまでも忍としての名前であって本名ではない。のだが、本人はこの名前を気に入っているらしく本名で呼んだとしても反応しない。

 

「この兎と最近見かける白い犬。無害であるということを全員に伝えてください」

 

「頭領、よろしいのですか」

 

 目に浮かぶのは懐疑の色。得体の知れない存在を無害だと断定したのを疑問に思っているのだろう。

 

「構いません。それに、何かあるというのであれば、ね?」

 

 言葉には出さずに、何かあれば、何かしようとするならば、どうするのかを伝えると竜胆の顔色が蒼白に変わり、微かに震えているのが見えた。そう怯えなくても良いと思うのだが。

 俺には似合わないと思うが、こうして容赦なく恐ろしい存在のように振舞うのも頭領として必要なことなのだ。その辺りを理解してやっているのだが、これは怖がりすぎではないだろうか。

 

「わかったのであれば、よろしくお願いしますね」

 

 言えば竜胆は逃げるように姿を消した。これで他の部下たちにも伝えてくれるだろう。

 

「さて、グミさん。お兄さんを探すのは構いませんが入ってはいけない場所があります。よろしいですか?」

 

「うん、わかった!」

 

 その返事を聞いてグミさんに入ってはいけない場所として厨房やヨシテル様の執務室、ヨシテル様と義昭様の自室などを伝えた。流石に主の部屋に入られれば無害だとしても対処しなければならないからだ。

 伝え終えて、シロさんを探しに行くのを見届けてからコタロウ様を待つ。するとそれから少ししてコタロウ様が戻ってきた。

 服装が変わっていて、先ほどよりも可愛らしい着物へと変わっていた。そう華美な物ではないが、着物に桜をあしらった模様が施されている。

 

「コタロウ様、随分と可愛らしい姿になりましたね」

 

 師曰く、女性の変化には気をつけろ。そして褒める時は褒めろ。

 それくらいの気遣いが出来ないと怒られる、と言っていた。師匠は奥方様に幾度と無く怒られていたので、俺にもそうした教えをしてくれたらしい。イマイチ分からない教えではあるが、実践しておこう。

 そういえば奥方様は近頃子供を身籠ったということを里の忍から伝達を受けた。やはり近い内に一度里に戻らなければならないかもしれない。というか戻るべきか。

 

「あ、はい!ありがとうございます!

 普段はこういうのは着ないんですけど、今日は思い切って着てみました。

 えっと、似合ってますか……?」

 

 不安そうに聞いてくる姿は普段の報われない姿などと相まって庇護欲を刺激される。それを抜きにしても大変に可愛らしく思う。やはり足利軍において部下の兵士にさえ守ってあげたいと思われているだけのことはある。

 それは本人には知らされていないというか、兵士たちが全力で隠し通しているのだが。

 

「はい、似合っていますよ。コタロウ様は可愛らしいのですから、そういったことには自信を持って良いのではありませんか」

 

「そ、そうでしょうか?

 でも、結城様にそう言ってもらえるのは凄く嬉しいです」

 

 はにかみながら頬を掻くコタロウ様。それを遠くから見ている影がいくつかある。

 兵士だったり侍女だったり忍だったり。あれは鈴蘭か。後で説教でもしてやろうか。

 

「いえいえ。

 それで散歩でしたね。コタロウ様はあまり二条御所内を歩き回ることもないでしょうし、ご案内します」

 

「そう、ですね……それではお願いします!」

 

 そうして二人で二条御所を散歩となったのだが、影が付いてくる。その数はさっきよりも増えており、忍の姿も見受けられる。あれで隠れているつもりなのだろうか、というか任務はどうしたのだろうか。

 コタロウ様に気づかれないように目線だけを付いてくる影に向ければ全員が蜘蛛の子を散らすように逃げていった。顔は覚えたので覚悟しておけ。

 

 暫く散歩として二条御所を案内しているとコタロウ様は実に楽しそうだった。

 個人的には見慣れた風景でも、コタロウ様にとっては見慣れない物ばかりだからだろう。

 

「結城様、二条御所にはこんなに綺麗なところがあったんですね。

 普段はこうして歩くこともないのでちょっと新鮮な気持ちです」

 

「そうですね……俺にとっては慣れた場所ですが、ゆっくりと歩いて回るというのはあまりしないのでたまには良いかもしれません」

 

 二条御所は景観に気を使っているので散歩しているだけでも意外と楽しいものだった。

 散歩などしないからわからなかったが、これは意外と息抜きに丁度良いかもしれない。今度ヨシテル様の休憩時に提案してみようか。

 

「結城様、今日はありがとうございます。本来なら忙しいはずなのにボクなんかに付き合って頂いて」

 

 そんなことを考えていると隣を歩いていたコタロウ様がそう言った。

 確かに本来であればやることもあるのだが。今回の目的はあくまでもチョコレートの味見なので、こうして付き合っても問題ないと判断したのだ。それにヨシテル様はカシン様と二人で話がしたいと言っていたので、暫くは行かない方が良いだろう。

 

「いえ、構いませんよ。

 ただ、そうですね。少しお願いしたいことがあります」

 

「お願いしたいことですか?」

 

「ヨシテル様の希望でこれを作ったのですが、良ければ味見を」

 

 そう言ってから氷の箱に入れられたチョコレートを一つ取り出してコタロウ様に渡す。こういった素敵忍術だったり忍術の応用というか利用をしているのは何度も見ているので驚かれてはいない。ふと思えば、コタロウ様とは意外と接する機会が多い。

 そういえば足利軍に雇われた当初から任務で一緒になったりする機会が多かったのを思い出す。

 

「これは……えっと、なんでしょうか……?」

 

「チョコレート、という忍者食です。この辺りには無い甘味のようなものなので、ヨシテル様が随分とお気に入りなんですよ」

 

「チョコレート……」

 

 見たことも無い物に警戒心を抱きながらも、信用してくれているようで文句などなく食べてくれた。

 そして口の中で転がしているようで、少しすると一度目を見開き、口の中のチョコレートに集中したようで無言のまま一心不乱に味わっているようだった。

 完全に溶けてなくなったのだろう。コクリと嚥下する音がして少しするとコタロウ様がキラキラした目で此方を見上げてきた。

 

「これ、凄く美味しいです!」

 

「それは良かったです。この後ヨシテル様にお出しするのですが、この様子であれば大丈夫そうですね」

 

 ミツヒデ様とコタロウ様の二人だけではあるが、美味しいとのことなので大丈夫だろう。カシン様もきっと気に入ってくれる。というか気に入らなければ機嫌が悪くなって面倒なことになる可能性がある。

 それにしてもコタロウ様は随分と気に入ったらしくそわそわとした様子で俺を見てくる。もう一つもらえないかな、とか思っているのだろう。

 

「数は作ってありますし、いくらかお渡ししましょうか」

 

 言いながら氷の箱を取り出して渡す。大きさとしてはそう大きなものではないし、外部から触っても氷の冷たさは感じられない物となっている。

 とはいえ、俺の手から離れれば精々数日で忍術の効果が切れるのでそれまでに食べ終えてもらいたい。

 

「わぁ……!ありがとうございます!大事に食べますね!」

 

 大事に食べるのは良いのだが、早めに食べてもらいたい。

 それにしても、こうしていると仔犬を相手にしているというか、仔犬に餌付けをしているような気持ちになってくる。馬派ではあるが犬派になるのも悪くない。

 

「さて、また荷物が増えてしまいましたし戻りましょうか。

 俺もこの後ヨシテル様の下に行かなければなりませんし、コタロウ様も時間があるようでしたら京の町を楽しんでくださいね」

 

「わかりました。結城様、今日はありがとうございました。

 まだ任務があると思いますが、頑張ってくださいね」

 

 そう言ってからコタロウ様と離れて歩き、角を曲がる前に様子を伺えば嬉しそうな笑顔で千切れんばかりに手を振っていた。それを見てほんの少し笑みが零れてしまう。

 そして角を曲がってすぐに再度竜胆を呼ぶ。音も無く現れた竜胆に念のためにコタロウ様の護衛をつけるように指示を出しておく。

 あの方は足利軍に所属する戦国乙女の一人だ。大丈夫だとは思うが念には念を入れて護衛をつけておかなければならない。

 そうして指示を出して思うのだが、カシン様に過保護だと言われても仕方ないかもしれない。必要なことだからしている。というのはあるのだが、あの方たちが傷つくのが見たくないという甘い考えもあるのだ。

 きっとカシン様はその辺りを見抜いているからこそのあの言葉なのだろうな、と納得しながらヨシテル様の執務室へといつもより少しだけゆっくりと、景色を楽しみながら歩を進めた。




幸せそうなコタロウ様が見たい。
いつも不憫だけど満面の笑みとか、嬉しそうな笑顔のコタロウ様が見たい。

部下の名前はオリ主がつけた設定。


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幕間の話

少し短く、諸国を回るための下準備的話。
オリ主は心配性(ヨシテル様と義昭様限定)


 コタロウ様と別れてヨシテル様の執務室へと向かう。まだ本来の休憩時間にはなっていないし昼食前ではあるがチョコレートが完成したことを伝えて、場合によってはカシン様にお引取りを願わなければならないからだ。

 渡すものを渡して、カシン様が満足して返ってくれるのであれば良いのだが、場合によっては残ってヨシテル様やミツヒデ様で遊ぶ可能性がある。

 個人的にはやりすぎない程度であれば気にならないのだが、あの二人にとっては気にならない、では済まないだろう。

 そう考えながらヨシテル様の執務室の前に着いた。不思議なことに中から感じる気配の数は四人分。ヨシテル様とカシン様はわかるのだが……後は義昭様とミツヒデ様のものか。ミツヒデ様はまだ分かるのだが、義昭様はどういうことだろうか。

 疑問に思いながらも一声かけてから執務室に入るとやはりそこには四人がいた。どうにも妙な雰囲気になっている。一体どうしたというのだろうか。

 

「チョコレートが完成したので、一旦持ってきたのですが……どうしてここに義昭様が……?」

 

「いえ、少し散歩をしていたら近くに来たので。結城が心配しているようなことはありませんでしたよ」

 

 心配していたこと、と言うのはカシン様が何か義昭様に言うのではないか、ということだろうか。それとも妙な影響を受けてしまわないか、ということだろうか。

 どちらにせよ、心配していることはなかったというので安心して良いのだろう。いや、既に影響を受けてしまった場合は安心出来ないか。

 

「そうですか……それなら良いのですが……」

 

「結城、義昭のことは大丈夫です。

 それで、ちょこれーとですが……」

 

 話を逸らされたような、ただ単純にチョコレートを催促されたような。違和感を覚えたが、それでもヨシテル様の意思に従って話に乗ることにした。

 

「わかりました。それではチョコレートですが、完成しました。

 まだ休憩でもありませんし、昼食前ですが……とりあえず味見の意味も込めて少しだけどうぞ」

 

 言ってから氷の箱に入っている状態のチョコレートをそれぞれに渡す。中に入っているのは三つほどであるが、昼食の前であればこれでも多いくらいだ。

 そうして渡す際に、部屋の中にあった、というか四人にあった妙な雰囲気が消えていた。別に敵対するようなピリピリとした雰囲気というわけではなかった。戦前の作戦会議、その時のように真剣でそれでいて何らかの疑惑を抱えているような、それに対して毅然と立ち向かうような、なんとも形容し難い雰囲気だった。

 しかし、今はそれがなくなった。本来なら探りを入れるなりしなければならないのだが、どうにもヨシテル様はそれを良しとしていないようだった。そうなれば、下手に探りを入れることは出来ない。

 カシン様が関わっているのを理解出来るので、下手をすると厄介なことになる。それでも釈然としないまま今回は引き下がることにした。

 

 もやもやとして気持ちのまま、それでもそれを悟らせないようにしている。が、此方を見るカシン様が随分と楽しそうにしているので、カシン様には悟られてしまっているようだ。

 ここでカシン様の様子に苛々したところで無意味だと思ってため息をつきそうになるが、それを耐える。

 とりあえずはチョコレートを食べているヨシテル様たちの反応を確かめることにした。

 

 ヨシテル様はチョコレートを一つ口の中に入れて幸せそうに味わっている。

 ミツヒデ様は表情に出さないように努めているが、それでも頬が緩んでいるのがわかる。

 カシン様は一つを口の中に入れて味わっているようだった。そして納得したように頷いて二つ目を同じように食べようとしていた。

 義昭様は以前と違い、甘さを控えめにしているのでどうなるか、とも思ったが気に入ってくれたようでヨシテル様と同じように幸せそうにしている。

 それぞれの反応を見る限りは大成功、と言えるだろう。作った側としても満足の行く結果だ。

 

「なるほど、これがチョコレートですか。結城、約束通りに多めに貰いますがよろしいですね」

 

「ええ、それは大丈夫です。大友様から譲っていただいたしょくらあとがとても多かったので、チョコレートも沢山作っていますから。

 どうしましょう、お帰りの際に渡そうかと思っているのですが」

 

 今渡したとして全て食べてしまう。ということはないだろうが、この後は昼食の時間になる。食事の前にこういった物を食べるというのはあまりよろしくない。

 

「あぁ、それなら今受け取りましょう。結城にはこれから任務がある、とヨシテル様が仰っていましたからね」

 

「任務ですか……それならお渡ししましょう。それでヨシテル様。任務とは」

 

 カシン様から任務について言われたことに疑問もあるが、ヨシテル様に詳細を聞くことにした。

 流石にヨシテル様がいるというのに嘘を言う、とは考え難いがそれでもヨシテル様の口から聞きたい。

 

「そう、ですね……結城、暫し諸国を回って他の方々の様子を見てきてもらえませんか」

 

「はぁ……構いませんが、定期的に戻っての報告、ということでよろしいでしょうか」

 

「ええ、それで問題ありません。義昭の護衛はミツヒデに頼みますのでそこは安心してください」

 

 どうにも本当に任務があってカシン様がそれを伝えた。というよりも、俺を二条御所から遠ざけるために任務を言い渡した。という風に受け取れる。

 これはカシン様が何かを言った、ということで間違いないだろう。

 

「わかりました。それでは渡すべき物は渡しておきます。

 それと部下には護衛や諜報の任務を伝えてから出立します」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 護衛の隊長として竜胆を、諜報の隊長として鈴蘭を、そしてその他に必要であれば睡蓮を隊長とした別働隊に任せることにしよう。

 念のために義昭様だけではなくヨシテル様やミツヒデ様にも護衛に数人付け、周囲に可笑しな動きがないか諜報させよう。カシン様が関わったという時点で警戒しておくべきだ。

 

「結城、そう心配しなくても大丈夫ですよ。確かにカシンといくらか話をした結果としてこういった任務を任せることにしていますが、悪い話ではありません。

 最近の姉上は少し結城に頼りすぎているということなので、それで今回の任務となったんです」

 

 色々と考えている俺の内心を悟ってか、義昭様がそう言った。こうも簡単に悟られる程に考えて込んでいただろうか。いや、義昭様ならその辺りのことを悟ってもおかしくはないかもしれない。

 以前はそうでもなかったが、最近の義昭様はヨシテル様以上に人の心の内を察することが出来る。

 

「あぁ、確かにそう言われればそうですね。ですが…いえ、わかりました、大人しく任務につきます」

 

「よろしくお願いしますね。

 …………それと、ミツヒデが最近姉上に頼ってもらえない、と言っていたので、その辺りのこともあるんですよ」

 

 後半は小声で、ミツヒデ様に聞こえないように言って、少し困ったように笑っていた。

 それを言われると此方としてもどうしようもない。あのミツヒデ様がそうして悩んでいるというか、嘆いているのであれば譲るべきではある。変に暴走されるよりもそっちの方が断然良い。

 

「カシン様、今回は大人しく下がりますけど、あまりやりすぎると此方としても手を打たせていただきます。

 それを覚えておいてください」

 

「ええ、覚えておきましょう。

 代わりに諸国を回る際に一度私を尋ねてください。その時に少し話がしたいので」

 

 少しばかり剣呑な雰囲気になったが、カシン様はそれを受け流して平然とそう言った。

 それを見て毒気を抜かれるというか、どうしようもないと思って耐えていたため息をついた。

 

「わかりました、ええ、わかりましたとも。

 すぐに任務につきますので、ミツヒデ様、お二人のことをよろしくお願いします」

 

「あぁ、任された。……すまない、結城」

 

 小さな声で呟かれたそれには気づかないふりをして、渡すべきものをカシン様に渡し、残りは侍女に任せることにしよう。

 まぁ、今回の任務は仕方ないことだとして、時間があれば里にも戻ろう。長期の任務になるのであればそれも許されるだろう。

 

「ではヨシテル様、任務につきます」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 短く言葉を交わして執務室から出る。その時にカシン様が笑っているのが見えた。

 やはり今回の件はカシン様が元凶として間違いないだろう。それでもヨシテル様たちを信じるのも、俺のすべきことなのかもしれない。

 

 とりあえずは、尾張に向かうとしよう。織田様には以前時間があれば来るように、とも言われていたしそれとなくカシン様がヨシテル様に何かを言ったから俺はこうして諸国を回っているだと伝えれば良いだろう。

 大胆不敵で面倒臭がり気分屋で気が短く荒くれ者。と言われるが頭の回転が速く切れ者でもある。普段の振る舞いからは想像も出来ないが、あの方に情報さえ流しておけば今回の一件についてもある程度核心に迫ることだろう。

 織田様を利用する、となれば織田様の怒りを買うことになるかもしれないが、致し方なしだ。それでも、最悪の結果を避けられるのであればそれで良い。

 

 尾張の次は駿河か、甲斐、越後のどれかだ。

 今川様は普段はアホの子であるが領国経営のみならず、外征面でも才覚を発揮して今川家を守護大名から戦国大名へと転身させた、それがどれほどのことかこの時代を生きる者ならわかることだ。

 そして海道一の弓取りの異名は伊達ではなく、今川様が本気を出せば射抜けぬモノはなし、とさえ謳われているという。

 それとカシン様ともし戦うようなことになれば徳川様の力は必要不可欠だ。本人は気づいていないが卑弥呼様の力を受け継ぎ、時として卑弥呼様の力そのものを扱うことがある。どうして本人が気づいていないのかイマイチわからないが。

 いや、力を扱うというか、徳川様の肉体を器に卑弥呼様が力を振るっているというのが正しいのかもしれない。徳川様を媒体としてこの世界に顕現するのだから。

 

 武田様であれば個人の戦闘力も高く、かの軍神との軍略合戦までしてのける頭脳派である。いや、頭脳派(物理)である。どうしてか真っ向勝負の殴り合い、というのが似合いすぎて困る。

 上杉様は軍神と謳われる軍略、戦闘力共に武田様と同様に高く、それでいて冷静に物事を考えられることから突然のトラブルにも対応出来る。とても頼りになる方だ。

 そんな二人が組む、それだけでどれだけ安心感が得られる。得られるはずなのにどうしてか不安に思ってしまうのは何故だろうか。共闘はやらかす。とはなんだろうか。

 とりあえず、本当は頼りになる。だから大丈夫のはず。

 

 他にも土佐に行けば長宗我部様、安芸には運が良ければ毛利様、奥州には伊達様、大和には松永様、豊後には大友様と立花様、なんとも頼りに成る方々ばかりだ。

 それに、里に戻れば師匠がいる。幼少期からずっと傍に居た方だからこそ誰よりも頼りに思ってしまう。事実師匠であれば直接出てくることはないが、力になってくれるはずだ。

 

 ざっと考えをまとめて、竜胆、鈴蘭、睡蓮の三人を呼び出して指示を出す。

 忍衆の中でも選りすぐりの三人で、里から俺の指揮する分隊をそのまま連れてきたのだ。その三人であれば信頼できる。

 俺の尋常ではない様子に三人とも表情が硬いが、それに対しては簡単に説明しておく。それを聞いて神妙な顔つきで頷いてから三人は任務へと走った。

 その三人を見送ってから自らも尾張へと出立するための準備をする。

 杞憂ではあると思うが、何事もなければ良いのだが。




尾張→京都→駿河→京都、の流れだとヨシテルさまといっしょが増え続けるのでこういう形で自由に動かせるようにしました。
四人でどういう話をしたのか、などはいずれ。


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幕間の裏

シリアス?な感じ。
厨二感が漂うような、やっぱり漂う感じ。


 ユウサイの姿でヨシテルの目の前に座るカシンは以前と変わらず、何を考えているのか分からない笑みを浮かべていた。その姿は、結城が評したような人の神経を逆撫でするような不快感を与えるもので、それを正面から見ているヨシテルの表情は酷く険しいものになっていた。

 カシンはそんなヨシテルの様子が愉しくて愉しくて仕方が無いとでも言うようにくつくつと笑う。

 

「何が可笑しい、カシン」

 

 その言葉には、普段のヨシテルを知る者であれば信じられない程の棘があった。

 

「あぁ、これは失礼しました。ただ、ヨシテル様の様子が随分と愉快なものでしたので……」

 

 そう言って嗤うカシンの目には誰でもわかるような愉悦が浮かんでいる。こうして人に不快な思いをさせることで、自分に対して嫌悪の感情を向けさせる。その感情を愛おしく感じているカシンにとって今の状況はとてもとても愉しいものなのだろう。

 

「私はお前を楽しませるために話をしようとしているのではない。

 話してもらうぞ、結城が今どういう状態なのか」

 

「ええ、構いませんよ。ヨシテル様はそれを知ったとしても、何も出来ないのですから」

 

「御託は良い。話せ」

 

「おぉ、怖や怖や……」

 

 睨みつけるようなその視線に怯えた様子など見せず、それでも口だけで恐ろしいと言う。

 それがより一層ヨシテルの神経を逆撫でする。

 

「さて、結城の状態でしたね。簡単なことですよ。あれは呪われています。いえ、私が呪ったのですが」

 

「お前が……もしや、あの時か」

 

 あの時、というのは結城がカシンを相手取り、時間を稼いでいた時のことだとヨシテルには容易に想像がついた。

 滅びを齎す術式を発動させないために強力な呪術師であるカシンと一人で戦い、ヨシテルを含む戦国乙女たちが駆けつけるまで不退転の覚悟にて攻防を繰り広げて見せたのだ。

 

「結城はどうにも自己評価が低くてなりませんね。儀式の為に力を割いていたというのはありますが、あの時の私は確かに全力でした。

 本当に、あれは本人が自覚する以上に呪術に対して耐性があり、また才能に溢れています。

 そうあるべくしてこの世に存在する私には劣りますが、そうした存在ではないただの人間にしては規格外と言えるでしょうね」

 

 そう語るカシンの声と表情にはその有り方を知っている人間にとっては信じられないほどの情愛が含まれていた。

 話の繋がりを考えるのであれば、その感情を向けている対象は結城になる。人を憎み、恨み、怨み、妬み、嫉み、そうして生きているカシンがである。

 現にヨシテルはそれを理解して驚愕の表情を浮かべていた。それに気づいていないのか、気づいていてそうしているのか、カシンは言葉を続ける。

 

「もはや今の私に以前までの憎悪も力もありません。全ての憎悪を呪いの起源として結城を呪ってしまいましたから。

 本来ならばそうして呪われた以上は死ぬよりないはずでした。ですが結城は今も尚、生きています」

 

「……それは、何か問題があるのか」

 

「ありますとも。あれは呪いが魂を蝕むことを自らの呪術で停滞させ、封印術が得意な者の手によってどうにか封印することに成功しています。

 とはいえ、私の最大の呪術とも言える呪いは封印術だけでは意味がなく、常に結城自身が呪いへの対抗をし続けなければなりません。それが一体どれだけの力を消費し続けることになるのか」

 

「まさか、月の魔力が必要だ。というのは……」

 

「ええ、そうしなければならないほどに力を消耗しているからです。

 そして何よりも可笑しいのは、そんな状態でありながら結城にはその自覚がないということ。

 あれは無意識にそうして対抗を続けている」

 

「このままそれを続けると結城はどうなる?

 話を聞いている限りでは、あまり良い状態ではないように聞こえるが」

 

「死んでしまうでしょうね。いえ、普通ならもう死んでいるはずです。

 はっきり言ってしまえば結城はそれらに対抗するだけの力は既に尽きているのですから。

 ですがヨシテル様の心配することはありません。死ぬことはありませんから。死ぬことは、ね」

 

 言ってからカシンは酷薄な笑みを浮かべる。まるで、死にさえしなければ構わないのだろう。とでも言いたげなその笑みに、ぞっとする物を感じたヨシテルは反射的に鬼丸国綱へと手を伸ばす。

 それを見たカシンはヨシテルを馬鹿にするように鼻で笑った。

 

「私を斬りたいというのであればご自由に。それこそヨシテル様の求める答えを得る機会が永遠に失われるだけですので」

 

「くっ……!カシン、貴様……!」

 

 カシンの言葉を聞いてヨシテルは鬼丸国綱から手を放す。だがその顔に浮かぶのは隠しようのない怒りだった。

 ヨシテルにとって結城はかけがえのない存在であり、結城の為になるのであれば無茶でさえ通すだけの覚悟がある。故にそれを利用するカシンに対しての苛立ちは、普段のそれを遥かに上回るものであった。

 

「少し遊び過ぎたようですね。別に結城が死なないけれど酷く苦しむことになる。というのを私も良しとはしません。あれの中にある物が変質するであろうと考えているので、それだけは気になりますが」

 

 結城の中にある物。それが何かヨシテルにはわからない。だがどうにも話の流れから、それが重要な物であることだけは理解出来た。

 

「さて、それが何なのか教えるのも構いませんが……少し事前知識として確認をしておきましょうか。

 私は卑弥呼の闇の部分の力を受け継いだ存在であり、イエヤスは卑弥呼の陽の力を受け継いだ言わば私の対極の存在、そして戦国乙女というのは卑弥呼の闇や陽などの括りなく力を受け継いだ者たち。それは理解していますね」

 

「あぁ、それは理解している。だがそれがどうかしたというのだ。

 結城には関係のない話ではないのか?」

 

「ありますとも。無駄に引っ張る必要は無いので教えますが……結城から話を聞いているでしょうから榛名をご存知ですね」

 

 榛名。卑弥呼が制御し切れなかった強大な力を封印した勾玉である。それはヨシテルも知っている。

 結城がカシンから聞いた話を又聞きした程度ではあるが、それで充分だと判断したヨシテルは調べるようには言っていなかった。しかし、カシンはまだ伝えていないことがあるようだった。

 

「結城には教えてはいませんが……榛名の欠片と言うものが存在するのですよ」

 

「榛名の、欠片……?待て、それはどういうことだ……?

 封印の塔にあるはずの榛名の、その欠片というのが存在するということは榛名は既に砕けているということか?」

 

「いえ、違います。榛名の欠片とは力そのものを指します」

 

 榛名が砕け、その欠片が結城の中にある。ということではなく、実体を持たない力が宿っているとカシンは言う。それを口にするカシンがどこか忌々しげにしているようにヨシテルの目には映った。だがそれもすぐに消える。

 

「まぁ、端的に言えば結城は榛名の欠片を宿してるために自らの力を使い切って尚生きていられる。ということです。

 死ぬことはないでしょう。ただ、榛名の欠片、その力は言わば無色のそれです。陽の力に染まった欠片となるか、闇の力に染まった欠片となるか……このまま手を打たなければ確実に呪いによって変質し、闇の力に染まった欠片を宿すことになるでしょう。

 それがどのような結果を齎すのかは私にもわかりません。ですので結城のことを想うのであれば闇の力に染まる前に手を打つべきではありますが……

 そうですね。元より呪術に対して適性があるのは何らかの要因によって闇の力に傾いていたからということでしょうから、闇の力に染まるのも時間の問題かとは思いますが……」

 

 カシンの話はヨシテルには理解し難い話であった。だが、冗談や嘘としてそれを言っているような様子はなく、淡々と真実を話しているようだった。

 そしてその話にヨシテルが衝撃を受けていると襖が開き、義昭とミツヒデの二人が入ってきた。

 

「随分と面白そうな話をしていますね。私にも聞かせていただけますか」

 

 言ってからミツヒデの用意した座布団に座る義昭の姿はヨシテルとは違って余裕があるように見え、またミツヒデはそんな義昭に付き従うように沈黙を守っている。

 先ほどとは違う意味で衝撃を受けることとなったヨシテルを意にも介さずカシンは口を開く。

 

「これはこれは義昭様。ですが子供が聞くようなことではありませんよ」

 

「ええ、そうでしょうね。ただし、それが結城に関わることであれば話は別です。

 姉上にとって結城はかけがえの無い存在であるように、私にとってもそうですからね」

 

 小馬鹿にしたようなカシンの態度に一切怯むことなく堂々と言い切った義昭はふわりと笑みを浮かべた。

 それは義昭からカシンに対するちょっとした意趣返しであり、引くつもりはないということを言外に伝える物でもあった。

 そして少し呆けているヨシテルを見て表情を引き締める。

 

「姉上。確かに驚いてしまって呆けてしまうのも仕方ないのかもしれませんが、それよりもどうするべきなのか。それを聞かなければなりません」

 

「義昭……そうですね、確かにその通りです。

 ……カシン、お前は私にはどうすることも出来ないと言っていたが本当か?」

 

「ええ、本当です。ですが、そうですね……榛名の欠片を変質させたくないのであれば諸国を回り、陽の力を帯びた乙女たちと接触すると良いでしょう。

 闇の力に天秤が傾いているのであれば、陽の力に傾ければ良いのです。気休め程度ではありますがね……」

 

 根本的な解決にはならない。それでもやらないよりはマシなのだとカシンは言う。

 それを理解していて尚、そうする以外にないのだと。

 

「なるほどな……では、結城には諸国を回り各地の戦国乙女の様子を確かめて欲しい。と言って任務に行かせるのが良いということだな?」

 

「ええ、本当に気休めですが。しかし……忌々しいことにイエヤスであれば結城に魔力を譲渡する程度は容易いことでしょう。

 あれはとてもお優しい。であればこそ、何も言わずともそうするでしょう」

 

 お優しい。その言葉に込められるだけの皮肉を込めて言うカシンではあるが、イエヤスならばそうするであろうことがわかって言っている。

 そこまで嫌いなのか。とヨシテルは思ったが確かに今の状態になる前から酷く嫌っていたのを覚えている。それどころか世界を、戦国乙女を憎むそれ以上の憎悪を向けていた。

 

「では結城にはそのように言いましょう。それで少しでも結城が楽になるのですから。

 ……ただ、傍に居たのに気づけなかった。そのことがどうしようもなく悔しいですね……」

 

 ひとまずの対処が出来る。それに安心したような風にも見えたが、それ以上にカシンに言われるまで気づけなかったことが悔しいと、義昭の表情が曇る。

 だがそれ以上にヨシテルの表情が優れない。当然のことだ。

 ヨシテルは結城のことをかけがえの無い存在だと思っている。ヨシテルが苦しい時に支え、不甲斐ない自分を助けてくれた恩がある。だから結城の為に何かをしたいと思っていた。

 だというのに、今回の事態に気づくことができなかったのだから。

 

「……私は、結城の為に何も出来ないのですね……」

 

「姉上……」

 

 悲痛な表情でそう零すヨシテルに、ただ呼ぶことしか出来ない義昭。それを見て目を細めて愉しそうに笑むカシン。

 

「……ヨシテル様。そうして悲しむより、これからどうするのかを考えるべきかと思われます。

 確かに今のヨシテル様であれば結城には何も出来ないのかもしれません。ですが、今回のことに片を付けそれから何が出来るのかを考えれば良いのです」

 

 そんな三人を見て、沈黙を守っていたミツヒデが口を開いた。いや、見ていたというよりも見かねて、と言うのが正しいのかもしれない。

 

「私とて結城には助けられています。だというのに私は結城を助けることが出来ない。

 それは心苦しいものです。ですが……今は私たちが個人の感情で躓くわけにはいかないのです。

 結城の為に何も出来ない、ならば出来ることを探せば良いのではありませんか。

 ……カシン、現状では何も出来ることはないとして、対処法を見つければ我々が結城の為に出来ることがある。そういう状況にもなるのだろう?」

 

「可能性は確かにありますね。ですが必ずしもそうなるとは言い切れませんよ。

 結局、ヨシテル様は何も出来ない。そうなったとしても何らおかしくはないのですから」

 

 あくまでも可能性があるという程度で、ミツヒデの言うようにヨシテルたちが結城のために何か出来るようになるとは限らない。そしてそうなる方が可能性としては高いのだとカシンは言う。

 それでも、ほんの僅かでも可能性があるのならそれに縋り付くのが人間なのだろう。

 

「……カシン、心当たりはあるのか?」

 

「ええ。まだ確証がないので教えることは出来ませんが……」

 

 ヨシテルに問われて答えるカシンは少しだけ思案するようにそう返した。だがその思案した内容が思い当たることがあるが確証がないからなのか、まだ教える必要はないと考えたからなのか、それを判断することは出来なかった。

 

「それでも良い。話せ」

 

 だからと言ってそれを聞かないという選択肢はない。

 

「やれやれ……仕方がありませんね。

 榛名を求めなさい。あれを用いれば私の呪いを解くことも出来るでしょう。ただし、呪いの起源たる憎悪が私に戻る可能性はありますがね……」

 

「本来ならば、お前に憎悪と力が戻ることは忌避すべきことだ。それでも、私は結城が助かるのなら私はその道を選ぶ。

 ……もしお前が戻った力を使い、再び乱世とするのならばその時は容赦なく、お前を殺すことになるだろう」

 

「ええ、構いません。構いませんとも。

 いえ、そうでなければ面白くありません。どうぞ、出来るものならば、ね」

 

 自らの選択によってカシンに憎悪が戻れば再度この世は乱世となるだろう。ならばそれを止めるのは、選択してしまった己の役目なのだと、ヨシテルはその決意を込めてカシンにそう言った。

 しかしその言葉には出来ることならば殺したくなどないという想いも込められていた。敵になるとしても、今こうして話をして結城を助けるための手段を教えてくれた相手だ。であるからこそ、そうした想いを抱いてしまう。

 ただ、それを理解しながらもそうなったのならば殺して見せろというのだからやはりカシンの性格の悪さというか、性根の曲がり具合というか、捻くれ具合というか、そういうものは相変わらずと言えるだろう。

 

「では後はご自由にどうぞ。私はわざわざヨシテル様たちと協力するつもりはありませんので」

 

「わかった。ただ、情報の提供には感謝する」

 

「いえいえ……この先どうなるのか、楽しみにさせていただきますので……」

 

 言ってからくつくつと笑ったカシンだがすぐにそれは鳴りを潜める。

 

「……話も一区切りつきましたし、これまでにしておきましょう。結城が此方に向かっているようですしね」

 

 その言葉にヨシテルは頷き、義昭とミツヒデに目配せをする。目配せの意味としては、結城にはこの話は内密に。ということであるが、それを正確に理解した二人は頷いてヨシテルに応える。

 とりあえずは結城に諸国を回るように任務を与え、そしてそこから自分たちで榛名の情報を集めなければならない。そのことを考えてこれから少し大変になるな。などと思いながら、それでもヨシテルの心は少しばかり軽くはなっていた。

 結城のために何も出来ないと思っていた自分が、もしかすると何か出来るかもしれない。それは結城に対する恩返しになるのだ。それがヨシテルにはどうしようもなく嬉しいものでもあったのだろう。

 だからこそヨシテルの心は少しだが軽くなった。しかしそれと同時に不安もある。榛名を求めても尚、結城が助からなければどうなるのだろうか、と。

 故にその表情は未だ硬いままで、纏う雰囲気もまた険しくもなるのだ。

 あぁ、これからが大変だ。だがなんとしても成し遂げなければ。そう決心するヨシテルを見て何処か羨ましそうにしていたカシンには誰も気づかなかった。




シリアスとか似合わないですけど、ちょっと真面目に。
尚、結城本人はこの時点で知らないので好き勝手考えてたりします。
カシン様を疑ったり、このタイミングでこの任務は必要性なのだろうか、とか。


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ヒデヨシさまといっしょ

オリ主は兄扱いされる。


 任務の準備を完了させ、出立前に琥白号が満足するまで構い倒しているとその最中に義昭様も参加し、気づけば義昭様と琥白号を撫でているという不思議な状況になっていた。

 カシン様が原因でもやもやしていたというか、苛立っていた心が義昭様と琥白号によって癒された。子供と動物、最強か。いや、最強に違いない。

 そんな風にしている俺たちをヨシテル様が物陰から羨ましそうに見ていたのはきっと気のせいだろう。気のせいにしておこう。気のせいじゃなかったとしても良く分からない任務を言い渡して来たのだから、流しておいても問題ない。

 その後の出立する際に、義昭様から心配はいりません。少しばかり時間が必要なだけですから。という言葉を受け取ったので今回は比較的ゆっくりと任務に当たっても良いのかもしれない。

 まぁ、その隣には非常に楽しそうにしているカシン様が居たのでなんとも言えない気分にはなったのだが。それにヨシテル様とミツヒデ様は離れた場所から申し訳なさそうにしていたので、それに対しては苦笑を漏らしてしまったのは仕方なかったのかもしれない。

 

 閑話休題。

 そんなことがありながら出立してから一夜明け、尾張領に入ってから転移の術を使わずに歩いて移動をしている。

 戦国乙女である織田様たちの様子だけを見るのであればそうして飛んでも良いのだが、今回は時間もあるので領地の様子を含めて観察することにした。

 ゆっくりと歩いてみれば、街道を歩く人々には焦燥感などはなく、穏やかな表情で時折同じ道を行く人と楽しげに会話をしている。戦乱の中では見られなかった光景である。

 ただその中に、というか道中の大きな木の太い枝に座っている、見覚えのある姿を見つけた。街道を歩く人々を眺めながらも誰かを探しているようにきょろきょろと忙しなく視線が動いている。というよりも、額の上に手をかざして視線だけではなく頭も動かしていてとても忙しそうだった。

 それを見て歩いている人々は奇妙なものを見るような目を向けており、木を通り過ぎても一度振り向いてその姿を確認している。幾人かはそれが誰なのかわかっているようで苦笑しながら通り過ぎているようだった。

 

 何をしているのだろうか、と思いながらも歩いてその木の下を通り過ぎる。それから少し歩いて他の人たちと同じように振り向いてもう一度見ると首を傾げながらも、まだ人々を眺めていた。

 そのまま放置しても良いかと思ったが、何をしていたのか気になるので旅人の姿から本来の姿に戻って一つ上の人一人なら乗れそうな枝に飛ぶ。枝の上に立つと歩いている人々は驚いたような様子を見せたが一つ下に座っている人物、豊臣様はそれに気づいていないようだった。

 悪戯心というか、そのまま様子を見てみようと思って気配を消し、豊臣様の丁度頭の上で同じように歩く人々を眺める。驚いたような顔をする人が圧倒的に多いが、幾人かは顔見知りの行商や旅人が居て、苦笑と会釈をしてくれた。それに対して軽く手を振って見送ると、そういった行動をしている人を見て豊臣様が怪訝そうにしていた。

 

 そのまま少しして、何かに気づいたように顔を上に向ける豊臣様に気づかれないように豊臣様の真下、地面に降り立つ。豊臣様は上を見上げたまま首を傾げて再度前を見ると、視界の端に俺が映ったようで驚いた表情になっていた。

 

「あー!結城、見つけたよ!」

 

 言ってから飛び降りて正面に立ち、ビシッと指を指してきた。

 

「ずっと待ってたんだからね!」

 

「ずっと、ですか?」

 

「お館様に時間が出来たら来るようにって言われてたよね?

 それでちゃんと来るかこうして待ってたんだよ!」

 

 胸を張って得意気に言う豊臣様はやはり他の戦国乙女の方々よりも幼い印象を受ける。戦国大名として幼少期から過ごしたわけではないので仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。

 それに純粋無垢、天真爛漫であり、とても可愛らしいと思う。時折見せる様子が里の子供たちのように思えてつい構ってしまうこともある。織田様と豊臣様がそれを許してくれているので問題にはなっていない。

 ただ、他の家臣の方からは羨ましそうに見られることもあるのだが。

 

「あの、豊臣様?時間が出来たら、というのは言われましたが織田様はその後に、『とは言え結城とてそう容易くは時間を作れまい。半年の間に来れば良いわ』と続けていましたが……」

 

「え……私、それ聞いてない……」

 

 織田様から伝えられていなかったのがショックだったのだろうか。

 

「結城が来るって言うから、楽しみにずっと待ってたのに……」

 

 そっちか。ずっと、と言うのはもしかしたら織田様と以前会ってからということになるならば三ヶ月程前になる。だが、流石にその頃から毎日というのは考え難いだろう。いや、でも豊臣様ならもしかしたらということがある。

 

「豊臣様、そのずっとというのはもしかして三ヶ月前からですか?」

 

「うん……毎日朝から昼頃までずっと待ってたんだ……」

 

 本気で毎日待っていたのか、驚きである。別に悪いことをしたわけではないのだが、早く来れなかったことに罪悪感を感じてしまう。

 現に目の前で落ち込んでいる豊臣様を見ている申し訳ない気持ちになるのと、道行く人々から豊臣様に対して可哀想に、というような視線と俺に対して女の子を虐めている最低な男、というような視線が送られてくる。

 流石にそのままの状態だと俺が居た堪れないのでとりあえず豊臣様をどうにかしなければ。

 

「あの、豊臣様。とりあえず城下に行きませんか?

 そう急ぎの任務ではありませんから、どこかでお茶でも飲みながら話をしましょう。

 団子とか頼みましょう、それとちょっとした甘味も持っていますからそれも」

 

「お団子!うんうん、急いで行こう!

 今はお館様もお城に居るからいつもよりも多めに頼んじゃおうっと!」

 

 完全に気休めというか、問題を先送りにするようなものだったが、単純、ではなく純粋な豊臣様はそれに何も考えずに乗ってくれた。

 なんだかんだで織田様が心配するのも当然のことか、と思いながらも先ほどまでの雰囲気の欠片も残っていない豊臣様と一緒に城下へと向かうことになった。

 

 道中、とても嬉しそうに歩いている豊臣様に並んで歩いているのだが、先ほどまでの視線とは違って微笑ましいものを見るような目で見られていた。

 具体的に言うならば、仲の良い兄妹を見るような目である。京の町を義昭様と歩いている時も兄弟のように見られているのは知っていたが、まさかここでも同じように見られるとは。豊臣様は気づいていないが、義昭様は気づいた上で楽しそうにしていたのを思い出す。

 というか豊臣様、さっきからお団子お団子言いながら歩くのはやめてもらえませんか。回りの目がものすごく生暖かいものになってます。

 

「お団子お団子~♪

 最近はお館様が食べすぎると怒るからあんまり食べてないけど、こういう時くらい沢山食べないとねっ!」

 

「織田様がですか?以前はそういったことはなかったような気がするのですが……」

 

「うん、前はなかったんだけど、えーっとヨシテルさま?が天下統一してからそういうことが結構あるようになったんだよ。

 この間なんて夕食の前にちょっとお腹が空いたから城下町でお団子買って食べてたらお館様にすっごい怒られたんだ。そうやってお団子食べてるとご飯が食べられなくなる!って。

 その後、同じようにお腹空いた時にお団子食べに出たら茶屋のお姉さんに、お館様から私にお団子食べさせたらダメだって言われてます。って結局食べれなかったんだよ?

 お団子一杯食べても、その後ちゃんと御飯も食べてるのになぁ……」

 

 以前に忍衆の報告で聞いた話だが、どうやら本当だったらしい。いや、報告を信じなかったというわけではないのだが、聊か信じがたいものではあった。あの織田様がそういうことを心配するというか、言うものだろうかと。

 荒くれ者とも評される織田様が、であるからして怪訝な表情をしてしまったのを覚えている。むしろ報告した部下も信じられないものを見た、という風だった。

 

「それはなんというか……正論ではありますね。豊臣様、茶菓子の食べすぎは良くないと思いますよ。特に食事前は控えるべきです」

 

「うぇー……結城までお館様と同じこと言ってるー……」

 

「というか、今から城下に戻って団子を、となると昼食の前になりますね。

 食べるのは構いませんが、控えめにしましょうか」

 

「えぇー!折角のチャンスなのに!!」

 

 本気で信じられない、とでも言うような大きな反応が返ってきた。

 そうは言われても事実として食事の前に団子を食べ過ぎて、しっかりと食事を取れない。というのはあってはならないと思っている。ヨシテル様や義昭様にもそう言っているのだから、豊臣様だけが例外というわけには行かない。

 それにここで豊臣様が団子を食べ過ぎるのを俺が見逃したとなれば、織田様に何を言われるかわかったものではない。当然それは俺と豊臣様の両方が、である。

 

「もし沢山食べたとして、織田様にそれがばれたら確実に怒られますよ。

 というよりも、そうやって先に茶屋に伝えているということは食べ過ぎている場合に報告するように言ってある可能性も高いですからね」

 

「うぐっ……確かに……で、でもお団子……」

 

「今回の任務は長期のものとなっていますので食事の後にでもまた城下に降りましょう。

 その際に茶屋に行けば良いと思います。ですから今回は我慢してください。

 織田様には俺から進言させていただきますから」

 

「むぅ……わかった。でも約束だからね?絶対だからね?」

 

 不満そうにしながらも、約束だと念押ししてくる豊臣様はやはり里の子供に似ている。

 今度戻ってきたら忍術教えてよ?約束だよ?絶対、絶対にだからね!と言っていたあの子達を思い出す。やはり一度里に戻ろう。師匠や奥方様に会うのは勿論、里の忍と情報交換をしたり、子供たちの相手をしてやらねば。

 

「ええ、約束です。ですから団子は一つで我慢しましょう」

 

「……うん、わかった」

 

「我慢できる豊臣様は良い子ですね」

 

 里の子供たちのことを考えていたせいか、ついうっかり豊臣様を子供扱いしてしまった。しかも義昭様にするように頭を撫でるという行動のオマケ付きである。

 やった後にしまった、と思ったのだが豊臣様は気持ち良さそうに目を細めてどことなく嬉しそうに笑っていた。

 

「えへへ……結城って撫でるの上手だね。お館様みたいにちょっと強めにぐりぐりって撫でられるのも良いけど、結城みたいに優しくされるのも良いなぁ」

 

 ……道行く人たちに見られているがもう少し撫でても良いんじゃないだろうか。と思ってしまう。それに豊臣様も満更でもないようだし問題ないのではないか。いや、もう周囲の目が生暖かいものになっているし幾人かはほっこりしているのは問題かもしれないのだが。

 それでもとりあえず、と豊臣様を撫で続けているがその反応がどうにも義昭様よりも幼い。豊臣様が年齢よりも幼いと考えるべきなのか、義昭様がいくらか年齢よりも大人びていると考えるべきなのか。

 

「んー……そろそろ良いよ、結城。とりあえずは満足したから次はお団子だよ!」

 

 そう豊臣様が言うので手を離せば城下の方角を指差して俺の手を掴むと走り始めた。

 全力で走っているわけではないのでなんとも無い、いや、豊臣様が本気で走ったとしても俺としては普通に追い付けると言うか忍びの俺の方が圧倒的に速いので構わない。

 でも周りの視線を少しは気にして欲しい。完全に兄妹を見るような目と言うのはもう諦めているが、流石に知り合いの行商や旅人にまで同じように見られるのは勘弁してもらいたい。そして良く見れば織田軍家臣がちらほら見える。

 あれは豊臣様のことが心配で見に来ていたのだろうか。ただ、羨ましそうというか、怨めしそうに見るのはやめてもらいたい。別に豊臣様とこうしているのは俺が望んでやっているわけではないのだから。

 

「ほらほら!早く行かないとお昼御飯の時間になってお館様に怒られちゃうよ!

 急いでお団子食べて、お城に戻らないとね!」

 

 いっそ昼食を先に食べてから茶屋に向かう。という選択肢はないのだろうか。

 昼食に遅れると織田様に怒られるということであればそっちの方が堅実だと思うのだが。

 

「本当に急いで、ということでしたら抱えて飛びましょうか?」

 

「抱えて飛ぶって、あのすっごく速いやつ?」

 

「ええ、そのすっごく速いやつです。

 転移の術というのですが、あれなら一瞬で行けますよ」

 

「それならお願い!」

 

 その言葉を聞いて豊臣様を姫抱きにする。そうした瞬間に織田の家臣の方が殺気立った気がしたが無視して城下へと向けて転移の術で飛ぶ。普通ならこの移動は認識されないはずなのだが、何故か豊臣様は認識出来ているらしく、以前何かのアトラクションのようにして楽しんでいた。

 だからこそのすっごく速いやつという呼び方をしているようだった。

 

「城下に到着です、豊臣様」

 

「やっぱりすっごい速いね。一瞬でここまで戻って来れるなんて便利で良いなぁ……」

 

「これを覚えるまで結構大変でしたけどね。便利なのは否定しませんが」

 

 豊臣様を降ろして羨ましそうに言う豊臣様にそう返して周りを見れば周囲の人々が驚いていた。しかし、豊臣様を見てから戦国乙女の関係者なら仕方ない。とでも言うような顔をし、苦笑を漏らして普通に往来を再開していた。

 確かに戦国乙女というのはもはや超常現象さえ起こす存在なので仕方ない。俺は戦国乙女ではないのだが。

 

「よーし!それじゃお団子食べよう!

 ほら、あそこの茶屋がお勧めだよ!」

 

 言いながら駆け出す豊臣様に苦笑しながら後を追う。そんな俺を見ながら周りの人たちが先ほどと同じように仲の良い兄妹を見るような目になっていた。

 なんだかんだ思ってはいるが、豊臣様みたいな妹が居れば楽しいのだろうな。などと思いながら、満更でもない自分に気づいた。

 まぁ、うん。こうして団子を食べるのに付き合うのも、平和ならではということだし、任務のための時間も沢山ある。折角の機会だし、俺も俺なりに楽しむとしよう。




ヒデヨシ様を妹にしたい。撫でたい抱き上げたいわしゃわしゃしたい遊びたい。
たぶん戦国乙女の中で一番幼さがあるのはヒデヨシ様ではなかろうか。


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ヒデヨシ/ノブナガさまといっしょ

オリ主は子供に優しく甘い。


 城下町の茶屋で豊臣様とお茶をしようとすると、茶屋の従業員から織田様の命によって豊臣様にはお昼前はお団子を一つしかお出しできません。ということを聞いた。元よりそのつもりであると伝えると少しだけ驚いたような顔をされた。

 事情を聞くと、どうやら豊臣様は織田様に気づかれないようにこっそりと来ては団子を頼んでいたらしい。他にも金平糖だったり普通の料理だったりと、意外と食べているのだとか。

 ただ、それは全て織田様に織田軍の忍経由で伝えられているらしく、その度に豊臣様は怒られているらしい。

 それでもほぼ毎日昼前に来ていたという。これは俺が来るのを待って、帰りに寄っていたということなのだろう。豊臣様がそうした行動に出たのは俺のせいになるのだろうか。それとも単純に育ち盛りというかなんというか、現状の食事量などが豊臣様に足りていない可能性もある。

 もしそうなら一度織田様に話をしてみる必要があるのかもしれない。子供の成長には適度な食事も必要だ。過度な食事になるようなら止めるのだが。

 そんなことを頭の隅で考えながら豊臣様を見ると、団子を美味しそうに食べながら道行く人々を見ていた。歩いている人を見ているだけなのだが、その目にはどうにも楽しそうな色が浮かんでいた。

 

「……こうして皆を見てるとね、平和になったんだなぁ……って思うんだ。

 前まで小さな戦や大きな戦がずっと続いてたからこんな風に平和じゃなかったんだよ。

 …………本当ならお館様に天下統一してもらって、平和な世界に。って思ったけどこうして平和になってくれたんなら、ちょっと残念だけど良かったのかもしれないね」

 

 少しだけ残念そうにしながらもその言葉に嘘はなかった。確かに豊臣様は織田様に天下統一を成してもらい、平和な世界にしてほしいと願っていた。だが天下統一はヨシテル様が成した。

 織田様による天下統一という夢が絶たれた豊臣様の心中を察することは出来ないが、それでも平和な世界という夢は達成されている。

 俺であれば悪いとは言わないが、なんとも言えない気分になっているだろう。

 

「あ、ごめんね。別に不満ってことじゃないんだ。

 ただ、少しだけそんな風に思っただけ。だから結城は気にしないでよ」

 

 そう言って笑う豊臣様は無理に笑ってはいない。それどころか、先ほどの言葉に含まれた残念そうな感情の色さえ伺えない。隠しているわけではないようで、本当に少しだけそんなことを思ったということがわかる。

 妬むことも恨むこともなく、残念に思うこともあるが、平和になったことが本当に嬉しい。そんな考えが豊臣様の言動から伺える。俺ではきっとそうは思えなかっただろう。何かしらの後悔が残ったはずだ。

 あの時ああしていれば、こうしていれば。そんな詮無いことを考えてしまったに違いない。それがないのはきっと豊臣様が真っ直ぐに育った純粋な方だからなのだろう。

 

「よし!私も結城ももう食べ終わったし、お城に戻ろう!

 早く戻らないとお館様に怒られちゃうからね!」

 

 言って立ち上がる豊臣様は笑顔を浮かべていて、それを見ると小難しく考えていたのがどうにも馬鹿らしくなった。豊臣様のこういった所はきっと他の誰にも真似することは出来ないだろう。

 本人の意図したことではないとしても、多少とはいえ落ち込みそうだった気持ちを持ち直させてくれる。存外難しいことではあるが、こうも容易くやってのけるとは驚きだ。

 まぁ、それ以上に近くに座っていた知り合いらしき女性から団子を分けてもらっている姿に驚きであるのだが。

 

「豊臣様。織田様にばれますよ」

 

「ふぇっ!?」

 

「というか、さも当然のように受け取って食べないでください」

 

 もしよろしければどうぞ、と差し出されてありがとう。の一言で口に運んでいたが、一つで我慢しましょうという話だったはずなのだが。

 そして急いで食べて串を隠すのはやめてください。ばればれです。

 

「これは織田様に報告するべきですね」

 

「だ、ダメ!お館様すっごく怒るから!すっごく怖いんだからね!?」

 

「というか、俺が言わなくても報告されると思いますよ。

 大人しく自首した方がまだマシかと」

 

「自首って、別に悪いことはしてない!ような、してるような……」

 

 本人としても少しばつが悪いようで歯切れが良くない。悪いことではないのかもしれないが、約束を違えたのと、織田様に怒られることを考えるとどうにも断言は出来ないらしい。

 やはり大人しく自首して慈悲を願うのが正しいのではないだろうか。

 

「うぅー……お館様、許してくれるかなぁ……」

 

「とりあえず、自分から白状して謝りましょう。昼食の前に団子二つ食べてごめんなさい。くらい言えばなんとかなるかも、ですね」

 

「そうだよね……お城に戻ったら自分で言うよ。そうすればお館様も許してくれる可能性があるもんね」

 

 死地に赴く兵士のような表情でそう言う豊臣様はどこまでも本気のようだった。本人としては冗談では済まされないレベルで織田様に怒られるのが怖いのだろう。

 確かに織田様が本気で怒った姿は怖いというか恐ろしいものがあった。その時は相手がカシン様であったために平然と怒りを受け止められ笑われていたが。その程度の怒りなど我には意味を成さん、もっと恨むが良い、憎むが良い。とかなんとか。

 あの時のカシン様は全盛期というか、カシン様の持つ本来の力を十全に扱える状態であったからこそああいうことを平然としていたのかもしれない。いや、今のカシン様でも多分鼻で笑いそうではあるのだが。

 

「そう言う割には足が震えているように見えますが」

 

「これは、ほら、あれだよ?武者震いだよ?」

 

「無理があると思いますよ。怖いなら怖いで認めても良いかと。

 というか、俺も織田様が怒った姿を想像すると怖いですからね」

 

 事実として怖いのだからこれは言っても問題ない。とはいえ織田様が本気で怒るというのはそうそうないと思う。短気だとか荒くれ者だとか言われているが思慮深く頭の回転の速く、ただ感情に流される。ということはないのだから。

 とはいえ、何度も何度も同じことを繰り返しているということであればその限りではないのかもしれない。

 

「とりあえず織田様に謝ることから始めましょうか。というか、このままだと豊臣様動きそうもないので強制連行しますね」

 

 言ってから再度豊臣様を姫抱きにして飛ぶ。とはいえ城内にいきなり飛ぶわけには行かないので城門の前に、である。城門の前では門番となっている兵士が突然現れた俺に警戒したように構えたが、顔見知りとなっていたために納得したように頷いて構えを解いていた。

 そんな兵士に豊臣様を降ろしてから会釈して、動こうとしない豊臣様の背中を押しながら城内へと入っていく。それを見送ってくれるその兵士には苦笑されてしまったが仕方ない。

 

「豊臣様、織田様は謁見室でしょうか。それとも執務室に?」

 

「え、あ、うん……多分まだ厨房だと思うけど……」

 

「……厨房?」

 

 織田様が何故厨房にいるのだろうか。つまみ食い、というのは豊臣様に散々言っていることから有り得ないと思うんだが、どうしたのだろう。

 

「そうだよ。三ヶ月くらい前からお館様がご飯作ってくれるようになったんだ」

 

「え、嘘ですよね?あの織田様が料理とか、嘘ですよね?」

 

「あはは……確かに私も最初は信じられなかったけど、嘘じゃなくて現実なんだよね。

 最近は料理担当の侍女の人よりも美味しく作れるようになってるからお館様って凄いと思わない?」

 

 あの織田様が厨房に立って料理をしている。それがどれほどの衝撃を齎したか。

 はっきり言って現実だと言われても信じられない。むしろ実物を見るまでは信じない。これがお嬢様気質全開の今川様であったとしてもまだなんとか納得も出来るが、織田様が料理と言われても全く想像が出来ないのだ。

 割烹着でも着ているのだろうか。それとも普段の戦装束なのか、普段着と言うか、そういうもので作っているのだろうか。そのどれだとしても、頑張ってイメージを固めようとするがまったく想像が出来ない。

 

「こういうのはなんだっけ、百聞は一見にしかず。だよ!

 とりあえず厨房に向かおうよ!」

 

「あー……まぁ、織田様に会うのは確定事項ですからね。わかりました、行きましょう」

 

 イメージが固まらないとしても実物を見てしまえばそんなことを気にする必要もない。とりあえずは豊臣様の提案に乗って厨房へと向かおう。

 ここまで来ると背中を押さなくても豊臣様が歩いてくれるので後ろを大人しく付いて行く。厨房の位置は覚えているが、意気揚々と歩いている豊臣様の邪魔をする訳には行かない。主に楽しそうな子供を邪魔してはいけない。という理由で。

 

 少し歩いて厨房に着くと、確かに見覚えのある赤い髪を揺らしながら料理をしているであろう後姿が見えた。

 鍛え上げられた忍の聴覚によって聞こえるのは楽しげな鼻歌であった。どうやら織田様はとても楽しそうに料理をしているらしい。

 後姿だけしか見ていないというのに、酷く衝撃を受けてしまった。まさか本当にあの織田様が料理をしているなんて。俺は夢でも見ているのではないのか、と本気で思ってしまったのは仕方ないだろう。

 

「お館様ー!結城を連れてきましたよー!」

 

 元気良くそう言った豊臣様は真っ直ぐに織田様へと近寄って行く。その声に反応して織田様が振り返ると後姿で分かっていたが、和服を着ており、その上からフリルの付いたエプロンを来ていた。

 確かあれは今川様が以前に冗談混じりに「野蛮人には似合わないと思いますが着てみるとよろしいんじゃありませんの?」とか言って渡していた物だったはずだ。名前はなんと言ったか。明治浪漫エプロンとか言う物だとか。

 なんでもファッションリーダーとしてこういう物を手に入れるのは当然であり、少し変わった物を売っている商人とも繋がりがあるのだとか。

 しかし、明治浪漫とはなんだろうか。浪漫というのはなんとなくわかるのだが、明治というのがなんなのかイマイチわからない。

 

「ようやく来たようじゃな、結城。思ったよりも早く来たことは褒めてやらんこともないぞ。

 ただサル、お前は後で説教じゃがな」

 

「うぇ!?ま、待ってくださいお館様!確かについついお団子二つ食べちゃいましたけどそれは素直に白状して謝ろうと……」

 

「ワシよりも先に謝らんお前が悪いわ。今謝ればもしかすると許すやもしれんがな」

 

「ごめんなさいお館様!言いつけ破ってまたお団子食べちゃいました!」

 

 非常に楽しそうな織田様に遊ばれているとも気づかずに本気で必死に謝っている豊臣様を可哀想だと思いつつも、ついつい愉悦してしまうのはどうにかするべきかもしれない。いや、カシン様のせいでこうなっている以上はどうしようもないのかもしれないのだが。

 それにしても織田様は服装などは変わってもやはり内面は変わっていないようで安心した。これでとても女性的な話し方などになっていたとしたら俺はきっと発狂していたに違いない。というかそのことを今川様に話したら俺以上に発狂するかもしれない。

 とりあえず駿河に行った際には今回の織田様のことを話してみよう。面白いことになりそうな予感がする。まぁ、確実に嘘をついていると思われるだろうが。

 

「今回は特別に許してやっても良いが次はないと思えよ、サル」

 

「は、はい!わかりましたお館様!!」

 

 許してもらえたことが嬉しいらしく満面の笑みを浮かべている豊臣様の頭をぐりぐりと強めに撫でている織田様の表情は優しく、この方も平和になってこういうところは少し変わったな。と思った。

 以前から豊臣様に対して優しかったのは知っていたが、ここまで表情に出していたことはなかったはずだ。やはり乱世であったからこそ気を張り詰めていたのだろう。それがこうなっているというのはある意味では面白い変化なのかもしれない。

 

「結城、このワシの姿を見て何か言うことがあるじゃろ?」

 

 そう何処か得意気に言ってくる織田様であるが、この表情はあれだ。今川様がファッションショーで「似合っているでしょう?褒めてもよろしくてよ」とか言う時の表情である。なんでこんなところが似ているんだろうか。

 

「そうですね……ギャップが激しくてどう反応を返したら良いのかわかりません」

 

「そういう言葉は期待しておらんわ。素直な気持ちを言えば良い」

 

「はぁ……そうですね、普段の姿から懸け離れているのでどう言うべきか悩みますが、悪くは無いかと。

 馴染みがないからこそ悪くない、程度ですが見慣れれば織田様に似合っている。と言えるようになる可能性はあります」

 

「はっきりせん奴じゃな。が、今回はそれで許すとするか」

 

 言って笑う織田様は随分と楽しそうに見えた。普段も自分が楽しめるように動いていることの多い方ではあるが、今回のように笑うというか、笑顔になっているのはあまり見ない。

 うん、まぁ、そうだな。こうして笑顔であれば存外今の服装も違和感無く見れるのかもしれない。いや、似合っていると言っても良いのかも。

 

「んー?なんじゃその顔は。もしやあれか、実は似合っていると思っておるとかじゃな?」

 

「先ほどみたいな笑顔であれば、ですが。

 まぁ、なんというか……戦国乙女の方々は見目麗しい方ばかりですしね」

 

 事実であるからこそ変に取り繕ったり誤魔化したりせずに素直に言えばどうにも織田様にとって予想外だったようで、驚いた表情をされた。

 

「結城がそう言うとは珍しい……ところでそれはヨシテルには言ったか聞きたいものじゃな」

 

「え、言いませんけど。ヨシテル様には基本こういうの言いませんし」

 

「あぁ、そうじゃったな。まぁ良いわ。

 結城も昼はまだじゃろう。ワシが手ずから作ったんじゃ、食っていけ」

 

 織田様の手作り。というのは何と言うか不安にも思うが、豊臣様曰く美味しいとのことなので大丈夫なのだろう。とりあえず今はそれに期待して、その後にでも織田様と色々話をして、豊臣様とまた茶屋に行くとしよう。




思いのほかヒデヨシ様の出番ががががが……
そんなわけでタイトルがこんな形に。

戦国乙女のソシャゲ、まだまだ問題ばかりですね……
ヨシテル様出るまでリセマラしましたが、色々きついです。


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ノブナガさまといっしょ

オリ主は遠慮したり、壁を作るけどなるべく悟らせない。
ただし頭の切れる人や勘の鋭い人には気づかれている模様。


 織田様に執務室の隣に食事等の際に使っている部屋があるのでそこで待つように、と言われて豊臣様に案内されるままに付いて歩き、大人しく待機することになった。

 少しだけ空いた襖から見えた執務室は綺麗に片付いており、ぱっと見では仕事が片付いているようだった。なんというか、領主である戦国乙女の方々はどうしてか仕事が早い。大友様は立花様に急かされることも多いとかなので全員が全員そうとも限らないのだろうけれど。

 そして通された部屋で待つのだが、同じく待っている豊臣様がとてもそわそわしている。見る限りでは楽しみで楽しみで仕方が無い。というように見える。それだけ織田様の料理が美味しいということだろうか。

 というか豊臣様はもう少し落ち着くべきだと思うのだが。いや、こうした子供のようなところが豊臣様らしいと言えばらしいのかもしれない。

 

「豊臣様、もう少し落ち着いてはいかがですか」

 

「う、うん……でもやっぱりご飯楽しみだし……」

 

 そう言って相変わらずそわそわしている豊臣様は今か今かと食事を楽しみにしている。

 こうしてみると、子供というか、仔犬とか仔猫とかその辺りのようにも見えてくる。飼い主から貰える食事を待つ動物。うん、実にしっくり来る。

 こんなことを考えているというのがばれると怒られるかもしれないが、まぁ、豊臣様であれば問題ない。多少は怒るとしても、そこまで激昂するということもないはずだ。

 

「サル、結城!飯じゃ!」

 

 そう言って侍女を従えて入ってきた織田様はいつもの和装で、大胆と言うか豪快に肌蹴させていた。普通であれば女性がそういった格好をしている、というのはあまり良くないと思うのだが、織田様であればむしろ安心する。あぁ、いつもの織田様だ。という感じで。

 

「結城!ご飯だよご飯!」

 

 キャッキャと嬉しそうにはしゃいでいる豊臣様を見ながら満足げにしている織田様に付き従っていた侍女は早々に膳を三つ置くと一礼をして退室して姿を消した。どうにもただの侍女ではなく、忍が侍女のふりをしていた。ということだろうか。

 足音はなく、気配もない。流石織田様の忍、錬度の高さは足利軍の忍と同等かそれ以上だ。これは戻ったら本当に部下全員の錬度を上げなければならない。

 しかし厨房に居た侍女はそういったことはなかったので、侍女の中に忍を紛れさせており、有事の際の保険ということなのだろう。

 そんな決心をしながらも目の間に置かれた膳を見るとどの料理も見た目はとても美味しそうに見える。

 上座に織田様、そして向かい合うように座る俺と豊臣様。そうして前に座る豊臣様を見るとちらちらと織田様を見ていた。これは食べても良い、と言われるのを待っているのだろうか。

 

「さて、いつもであればサルにさっさと食わせてやるが……折角じゃし結城に感想でも聞こうかのう」

 

「はい、わかりましたお館様……」

 

 わかった、とは言うもののしぶしぶ返事をしたように見える。早く食べたいけれど、織田様がそう決めた以上は待つしかない。というのが原因だろうか。

 そんな豊臣様と、感想を楽しみにしている織田様を待たせるわけにはいかないと思い、手を合わせてからいただきます。と言って手をつける。

 味は悪くない。というかむしろ美味しい。なるほど、確かに織田様が得意気になるのも納得できる。

 

「美味しいですね……まさか織田様がこうも美味しく作れるなんて驚きです」

 

「そうじゃろうそうじゃろう!なんと言ってもワシが作ったんじゃからな!

 サルももう食って良いぞ!」

 

「はい、お館様!それじゃ、いただきまーすっ!」

 

 満足そうに笑って織田様が許可を出すと、豊臣様は嬉しそうに言って食事に手を付け始めた。そして織田様も食事に手を付けて自分の料理の味に納得したようにうむ、と頷いていた。

 それに習って静かに食事を続けるが、思うことはまだ足利軍の侍女達の方が腕は上だな、ということである。

 ヨシテル様と義昭様により美味しい物を!と考えて日々腕を磨いている侍女は流石と言わざるをえない。

 

 そんな風に思いつつも織田様の料理に舌鼓を打ちながら食事を終え、食後に出されたお茶を飲む。

 正面の豊臣様は未だにおかわりをして、食事を続けている。本当に良く食べる。俺の周りでこんなに食べる人はいない、と思いながらもふと徳川様を思い出す。

 あの方はとてもよく食べる。豊臣様と饅頭の大食いで対決したり、お祭りでひたすらにたこ焼きを食べていたりする方だ。どれだけ食べてもどんどん入っていく、という感じで食べているのを覚えている。

 まぁ、それを言うならば豊臣様もお好み焼きを何個も重ねて持っていたのでどっちもどっち、と言えるのか。

 

「結城。何も用がないのに来た。ということはないじゃろう。

 それで、今回はヨシテルの奴から何を言われて来たんじゃ」

 

「ヨシテル様からは諸国を巡り各地の戦国乙女の方々の様子を見てきて欲しい、と。

 ただカシン様がヨシテル様と話をした後にそうした命を受けたので、カシン様が元凶だとは思われます」

 

「ほう……カシンか……」

 

 目を細めた織田様は思考を巡らせているようで、正に真剣そのもの、といった風だった。

 だが、ふと気づいたことがあるように眉を顰めて俺を見た。

 

「結城、あのカシンが元凶と言っておる割には随分と落ち着いておるようじゃが、何故じゃ」

 

「元凶とは言いましたが、落ち着いて考えてみれば今のカシン様は自分が楽しいことを優先する困った方ですからね。今回も引っ掻き回して遊んでいるんじゃないかなと。

 まぁ、ヨシテル様から今回の任務を言い渡された際にはカシン様に対して剣呑な雰囲気にもなりかけましたが」

 

「なるほどな……それならば問題なさそうじゃな。

 ヨシテルと義昭に対して過保護なお主がそうも落ち着いて、問題ないと判断しておるのじゃ。ワシがとやかく言うことでもなかろう」

 

「……普通は俺が大丈夫だろう。と思っているとしても、疑問を抱くのでは?

 なんと言ってもあのカシン様ですから」

 

 他の方であればまず疑問を抱くはずだ。事実ミツヒデ様は俺がヨシテル様とカシン様を二人きりで話をさせても問題ないと判断した際に疑問を抱き、俺に対してどうしてか聞いてきた。

 それだというのに今回、織田様は一切そのようなことをしなかった。

 

「たわけ。ワシを誰だと思っておるか。

 それに結城はあの二人に関わることであれば判断を誤ることはない。ワシはそう確信しておるのでな」

 

 ヨシテル様と義昭様が関わること限定で、というのは信用されているのかされていないのかイマイチわからない。というかなんだその限定的な確信は。

 

「あぁ、それだけではないぞ。ワシとてカシンのことは調べておる。

 どうにも以前よりは付き合いやすそうに変わっておるようじゃな。他にも他人で遊ぶような困った奴になっておると報告を聞いておるが、何もかも恨んでおったときよりはマシじゃろうて」

 

「なんというか、意外ですね……カシン様は性格がアレですから仲良くというか、多少なりと付き合いやすそうと思えるとは驚きです」

 

「アレとか言うことにワシは驚きじゃがな。お主はカシンのことを存外信用しておるようじゃしそれなりには仲も良いのじゃろう?そっちの方が意外じゃな」

 

「事実アレですし」

 

 事実は事実なので仕方が無い。大体カシン様の性格についてなんて、アレですし。とか言っておけばなんとなく察してもらえるのだからそれで良いと思う。

 むしろカシン様の扱いなんてそのくらいで充分だろう。他の方たちの心情的に。

 

「……時折お主がわからん……実はカシンのこと嫌っておったりするのか?」

 

「あ、いえ。カシン様はどちらかと言えば好きですよ?ただ、殺し合った仲ですし遠慮なんて必要ないかなと」

 

「殺し合えば遠慮がなくなるのかお主は」

 

「かもしれませんね。殺し合い中は遠慮も何もありませんし、その延長で遠慮もなくなりますからね」

 

 事実カシン様とはそうした経緯でお互いに遠慮は無い。俺の性格上普段は敬語で話して遠慮などしているように見えるかもしれないが、言いたいことは言うし、必要ならば忍術を使って強制送還だってする。これが織田様や豊臣様であればまずそんなことはしない。

 ただ、ヨシテル様の場合はぞんざいに扱うことが多いということもあるが、現状はお互いに遠慮がなくなってきている。もしかしたらその内ヨシテル様に対しても完全に遠慮なくアレとか言うようになり、敬語で話すこともなくなるのだろうか。

 

「ならばワシと殺し合えば遠慮がなくなると言うことじゃな」

 

「やめてください、死んでしまいます。俺が」

 

「じゃろうな。冗談じゃから安心せい。

 とはいえ、そう遠慮されても面白みがないとは思わんか?」

 

「そうですね……きっとあれですよ。残念、好感度が足りない。って奴です」

 

 好感度が足りない。とか言っているが、好感度の高いヨシテル様や義昭様にさえ敬語使って遠慮のある態度を取っている。ということはどれだけの好感度が必要なのだろうか。自分で言っておいてなんだが想像が出来ない。

 それにそんなシステムを引っ張り出すのであれば、ぶっちぎりでマイナスになっていたカシン様とかどういうことなのだろう。システムに深刻な異常が発生してマイナスから一周してプラスになったとかなのだろうか。嫌すぎる。

 

「……自分で言っておいてカシンのことを考えたじゃろ」

 

「はい。この話はなかったことに」

 

「はぁ……仕方がないのう」

 

 そのやれやれ、みたいな目をやめてください。

 というか豊臣様はどうした。さっきから何も喋らないというか食べ続けているが。

 もはや一心不乱と言うのが正しいレベルで食事をしている。織田様の料理が美味しいと言っていたし、待っている間ずっとそわそわしていたことから本当に楽しみだったことはわかるのだが、これほどまでに集中して食べるのだろうか。

 気になって見ていると漸く食事を終えたように一息ついてお茶を飲み出した。入れたてのお茶ではないので熱くないためか湯飲みの中身を一気に飲み干していた。

 

「ふぅ……ご馳走様でした!

 お館様、今日も美味しかったです!」

 

 これはあれだ。俺と織田様の会話を完全に聞いてなかったに違いない。

 

「うむ、当然じゃな。して、サル。話は聞いておったか」

 

「話、ですか……?」

 

 やはり聞いていなかったらしい。何か話なんてしてましたか?と言わんばかりの様子で頭の上に?マークを飛ばしている。それを見て呆れたような、仕方ない奴め、とでも言いたげな視線を向ける織田様。わかって聞いたに違いない。

 それがわかっていない豊臣様は首を傾げながら織田様を見ていた。

 

「結城がワシらに対して遠慮しておる。それをどうにかせよ。

 そういう話をしておったのじゃ。サルとて結城にいらん遠慮などされたくはなかろう?」

 

「なるほど……確かに結城って遠慮してるって言うか、たまに壁があるって言うか……

 そうだ、こういう時はあだ名を付けて友好的に、ですよ!」

 

「ほう。なんと付けるつもりじゃ」

 

「結城だからユッキーで!」

 

「いつか現れるかもしれない真田様に悪いのでやめてください」

 

「えー、良いじゃんユッキー。今度からユッキーって呼ぶね!」

 

 なんだろう。本当にいつか姿が見えるかもしれない真田様に申し訳ないような気がする。というかミツヒデ様と微妙に被っているのだが豊臣様はその辺りはどう思っているのだろうか。

 

「ユッキーにミッチー……ってことはヨシテルさま?はヨッシー?」

 

「それやめましょう。どこぞの緑色の恐竜のような名前はダメです」

 

 ヨッシーだけは阻止しなければ。というかそれなら今川様もヨッシーに……いや、あの人はヨシモーか。

 それにしてもなんでこう微妙なあだ名を付けようとするのだろう。伊達っち、ミッチー、ユッキー。なんとも言えないあだ名の数々である。

 

「良かったのう。サルにあだ名なんぞ付けられる奴は限られておるぞ。なぁ、ユッキー?」

 

「織田様、やめてください。違和感が凄いですよ」

 

 あの織田様の口からユッキーとか違和感が凄まじい。織田様には普通に結城と呼んでもらいたい。主に心の平穏的な意味で。

 というかニヤニヤしながら言わないで欲しい。俺の反応見て楽しむのなんてカシン様だけで充分だ。

 

「良いではないか。まぁ、ワシとて自分で言って似合わんとは思うがな。

 とりあえずはサルにそう呼ばれるくらいは耐えよ。サルも嬉しそうじゃからな」

 

 確かにあだ名を付けてからの豊臣様は非常に楽しそうである。あだ名を付けることがより親密になれた、とか思っているのだろうか。里の子供たちと同じ考えだがそれで良いのか、豊臣様。

 しかし、どうにも俺やヨシテル様だけでは飽きたらず他の方のあだ名も考えているらしい。とりあえずの今川様がヨシモーとか呟かれてて、そこはちゃんとヨシモーなのか、と安堵してしまった。ここでヨッシー第二号なんてことになったら目も当てられない。ただアホの子状態の今川様であれば気に入ってしまうのかもしれないが。

 

「あー……豊臣様。それよりも少ししたら茶屋に行きましょう。昼食前に団子を、まぁ二つ食べてしまいましたが多少なりと我慢したので、それくらい許してもらえると思いますし。構いませんか、織田様」

 

「そうじゃな……サルが楽しみにしておった結城も来たことじゃし、今日くらいは許してやってもよいか」

 

「本当ですかお館様!」

 

「今日くらいは、な。結城、サルのことは任せたぞ。くれぐれも間食のし過ぎ、などと言うことのないようにな」

 

「わかりました。では豊臣様、食休みを挟んでから城下に行きましょう。

 ……とはいえ、食べすぎは認めませんからね?」

 

「うんうん!大丈夫だって!それはちゃーんとわかってるからねっ!」

 

 念のためにと釘を刺しておくが浮かれていて聞いていないようにも思える。まぁ、豊臣様であるから仕方ないのかもしれない。こういう幼いところが豊臣様の良さというか、そういうのにも繋がっているのだろうから。

 それにそんな豊臣様を見て楽しそうにしている織田様もいることだし、これはこれで良しということなのか。

 とりあえず俺のすることはなんだか豊臣様の母親染みている織田様に言われたように食べすぎないように注意することだ。足利軍ではまずやらないことではあるが、存外面白いかもしれない。そんな風に思うと少しだけ楽しみになってしまう。

 まぁ、楽しみだの思ったところで豊臣様が食べ過ぎた場合は織田様に怒られるのは俺と豊臣様の二人になるのだろうけれど。




なんというかこう、荒くれ者とかの面ではなく、臣下に対して優しかったりする面とか見てみたい。
たぶんヒデヨシ様相手には常時そんなのかもしれないけれど。


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ノブナガ/ヒデヨシさまといっしょ

オリ主は器用。


 食休みを挟むということで織田様とその後も各地の戦国乙女の話や南蛮からの貢物の話。料理の話などをしている間に豊臣様は退屈だったらしく何処かへと行ってしまった。城外に出たということはない、と織田様が言うので気にせず話を続けること一刻。痺れを切らせた豊臣様が来るだろうと思っていたのだが姿を現さない。

 それについて織田様に聞いてみると満腹になって寝ているのかもしれない。ということだった。食後についうとうとして眠ってしまう。というのを豊臣様はよくやるらしい。

 あれだけ一心不乱に食べてお腹一杯という状態になっていれば仕方ないのかもしれない。しかし、だからと言って放っておいて茶屋に行けなかった。となれば豊臣様も残念がるというか落ち込むかもしれないので起こしに行かなければならない。

 

「サルが寝るなら自室じゃろうな。結城、ついて参れ」

 

 そう言う織田様について歩き豊臣様の自室へと向かう。道中で擦れ違う侍女の中にはやはり忍が紛れているようで会釈をしながらも油断のない目を向けてくる。織田軍の忍とはあまり面識がないので仕方ないのかもしれないが、そういうのは相手に悟られた時点であまり意味がない。

 気配の消し方、足音の消し方というのは足利軍の忍より上手であるかもしれないが、そういった所は甘いようだ。違和感のないように自然に人々に紛れ込めるように鍛えてあるので当然と言えば当然かもしれない。それでもやはり学ぶべき点はあるので各地を回りながらそういった点を見つけていくのも良いかもしれない。

 そうして考えながらばれない程度に観察するとどうにも視線に別の感情が込められているように感じた。なんだろうか、と思いながらも現時点でははっきりわかりそうにないので観察するのを止めて大人しく織田様について歩く。

 少ししてから織田様が立ち止まった。どうやら豊臣様の自室に着いたらしい。部屋の中には確かに人の気配があり、これは豊臣様の気配だな、とわかった。

 

「サル、入るぞ」

 

 一声かけてから織田様が襖を開けて中に入り、数秒ほど待ってから部屋の中へと続く。

 そうして部屋の中を見ると、部屋の中央に敷かれた布団の中で幸せそうに眠っている豊臣様の姿があった。

 

「……見事に寝ておるようじゃな」

 

「そうですね……起こすのが憚れるくらいに幸せそうに寝てますね」

 

「さて、どうしたものかのう……」

 

 どうしたものか、と考えていると豊臣様が何か言っているのが聞こえてきた。どうにも寝言を言っているらしい。なんと言っているのか耳をすませてみる。

 

「んん~……もう食べられにゃいよ~……えへへ……」

 

「夢の中でも何か食べてますね。豊臣様は最近食べてばかりだったりしませんか?」

 

「そうじゃな……朝に大量に食い、昼前に茶屋で団子を食い、昼には先ほどのように食い、八つ時にはまた団子か饅頭かを食い、夜になればまた大量に食う。と言ったところじゃな。

 鍛錬も忘れずにしておるが……こうして考えると随分と食っておるのう」

 

 それだというのにまだ夢の中で食べているというに驚くべきなのか、呆れるべきなのか。よく食べてよく眠る。これが子供の育つのに必要だとは言うが豊臣様はこれで良いのだろうか。

 豊臣様は残念そうにするだろうが、この後に茶屋に行く必要などないのではないか、と思ってしまったがきっと俺は悪くないはずだ。

 

「こやつは起こさずに寝かせておいても良い気がしてきたんじゃが。

 毎日あれほど食っておれば別に構わんじゃろう」

 

「それ、豊臣様が落ち込みますよ。いえ、俺も思いましたけど」

 

「サルが落ち込むとしても仕方なかろう。

 食ってばかりおるようじゃし、今回は見送っても良いと思うぞ」

 

「おまんじゅぅ~……こんぺーとー……」

 

 そんな話をしている最中も豊臣様は夢の中で色々食べているようだった。食べられない、とはなんだったのだろうか。

 

「織田様、豊臣様の寝言がなんだか面白いのでもう少し観察してみませんか」

 

「そうじゃな、ワシも少し気になって来たわい」

 

 微妙な気持ちになりながら織田様と、とりあえず豊臣様を観察することにした。

 なんとなくではあるが、お互いに豊臣様がどんな夢を見ているのか、どんな寝言を言うのか少し気になったからだ。

 

「わぁいうすしおヒデヨシうすしお大好き……」

 

「うすしおってなんでしょうか」

 

「味付けのことじゃろうな。何の味付けかは知らんが」

 

「というか、豊臣様って自分のことを名前で呼ぶことありましたっけ」

 

「名乗り程度であればするじゃろうが……普段では有り得んな」

 

 なんなのだろうかこの寝言は。幸せそうなのがより意味がわからないという感覚を強くしている。豊臣様は眠っている時はいつもこうなのだろうか。

 織田様を見ると同じように微妙な顔をしていて、俺と同様に意味がわからないのだろう。その間にも豊臣様は色々言っているがそのどれもが意味がわからないことばかりだった。

 

「豊臣様、なかなかに意味不明な夢見てますね」

 

「そうじゃな……まさかサルがこうも意味のわからん夢を見ておったとは驚きじゃな。

 いや、いつも意味のわからん夢ばかり見ておるのかはわからんがな」

 

 そんなことを話しながらふと思いついたことがあった。

 これは先ほど食べ続けていたからこんな寝言を言っているとしたら、別の何かで状況が変われば夢が変わるかもしれない。という確信も何も無い思いつきだ。

 思い立ったが吉日。ということで早速状況を変えてみよう。

 素敵忍術で布、綿、針、糸を取り出して準備をし、ぬいぐるみを一つ作ってみる。

 

「……なんじゃそのデフォルメされたワシのようなぬいぐるみは」

 

「これですか?抱きつきぬいぐるみ織田様一号です」

 

 言ってから織田様によく見えるようにしたぬいぐるみは腕に抱きつくような形にぬいぐるみの腕を曲げており、赤い髪、気の強そうな瞳、その他にも織田様の特徴を捉えたぬいぐるみになっている。

 我ながらよく出来ていて、自信を持って他人に勧められる作品になっていた。

 

「……それで、それをどうするつもりじゃ」

 

「これを豊臣様の枕元に置いてみます」

 

 胡乱げに見てくる織田様にそう返してぬいぐるみを豊臣様の枕元に置くと、豊臣様の表情が変わり頬が緩んだ。

 

「えへへ~……おやかたさまだぁ……」

 

「これは偶然、ということじゃろうか」

 

「どうでしょうか。試してみますね」

 

 言って、再度材料を取り出してぬいぐるみを一つ作る。

 裁縫というかぬいぐるみなどを作るのはこれでも得意なのでささっと作ることが出来る。ただこれもチョコレート作りと同様に何をしているのかわからないと言われてしまう。

 ただ早いだけで、普通に作っているだけなのに。

 

「それでは、二つ目を……」

 

 先に置いたぬいぐるみの反対側に置くと、豊臣様の表情が困惑したようなものに変わった。

 

「うー……?おやかたさまがふたり……?」

 

「偶然ではないようじゃな」

 

「みたいですね。増やします?」

 

「ふむ、やってみよ」

 

 言われた通りにぬいぐるみを作って豊臣様の周りに置いていく。三つ目、四つ目と作っていると段々と気分が乗ってきたのか作るペースが上がり、作っては置き、作っては置きを繰り返す。

 同じ物ばかりでは面白くないと思って、キリッとした表情の織田様、少し目元の柔らかい豊臣様を見ているときの織田様、何か思いついたときの悪い顔をした織田様などなど色々作ってみた。

 それが豊臣様を囲むように置かれており、困惑したような表情が苦しそうな表情へと変わっていった。そしてそれを見ていた織田様もなんとも言えない微妙な表情へと変わっていた。

 

「おやかたさまぁ……おやかたさまが、いっぱい……うぅ……」

 

「結城、どうするんじゃこれは。

 サルはなにやら苦しんでおるし、ワシを模したぬいぐるみが大量に出来るしで意味がわからんぞ」

 

「そうですね……もう少し増やしてみましょうか。気分が乗ってきたので」

 

 言っている間にもどんどん増やしていくがそれを見て織田様は呆れたような、諦めたようなため息をついていた。自分で増やしてみろ。とは言ったが、俺がここまで作るとは想像していなかったからだろうか。そして俺がノリノリで増やしてしまったからだろうか。

 何にしろ、そうして大量の織田様のぬいぐるみに囲まれた豊臣様は魘されながらも寝言を続けていた。

 

「おやかたさまがぁ……たくさん……」

 

「増やしただけでは単調でつまらんな」

 

「では、こうしましょうか」

 

 今度は大きめのぬいぐるみを作る。今まで作ったのは腕に抱きつく形になっていたが、あえて今回は胴体にも抱きつけるように、そしてしっかりと抱きつく形になるようにしてある。

 さらに言えば、首や腕などの関節には針金を使うことで多少ならば形を変えることも出来るように作ってみた。

 これを豊臣様の枕元に置くと同時に、少しだけ関節を曲げて腕組みをした織田様が豊臣様を見下ろしているようにしておく。豊臣様が目を覚ませばこのぬいぐるみと目が合うはずだ。

 

「また奇妙な物を……いや、しかし結城。お主随分と器用じゃな」

 

「忍たるもの器用でなければならない。師匠にそう言われてきましたからね。

 まぁ、師匠は裁縫とかではなく罠の仕掛け方や覚える術に関しての器用さを言っていたんですけど」

 

「ほう……とはいえ結城のことじゃ。そちらに関しても問題ないのであろう?」

 

「当然です。師匠の弟子として情けない姿は晒せません。今となってはヨシテル様の忍として、というのもありますが」

 

 師匠の弟子であること。ヨシテル様の忍であること。これは俺にとっての誇りなのだ。であればこそ、情けない姿は晒せない。だからこそ修行に励んだものだ。現在進行形でもあるのだが。

 それでも、まだまだ足りない。もっと強くならなければ。もっと巧く立ち回れるようにならなければ。と以前に思っているとカシン様に色々言われてしまった。

 ならば我が力をくれてやろう。という明らかに頷いてはいけない系統の話であったので丁重にお断りした。その後に舌打ちされたのを思い出したので今度仕返しをしよう。今までのあれやこれやを含めて。

 

「何やら考えておるようじゃが、サルが起きそうじゃぞ」

 

「そのようですね。さて、どんな反応をしてくれるのか……」

 

 楽しみに思いながら豊臣様が起きるのを待つ。魘されながら目を覚ました豊臣様は焦点の定まらない目で枕元の織田様ぬいぐるみと目が合った。

 

「おやかたさまだ…………ってお館様ぁ!?」

 

 飛び起きた豊臣様は大きなぬいぐるみを見て大声を上げ、更に自分の周囲に置いてある大量のぬいぐるみを見て再度大きな声を上げる。

 

「あっちにも!こっちにもお館様!!えっと、えっと……とにかく一杯のお館様が居ます、お館様!!」

 

 周囲を見回し、何故かそれを大きなぬいぐるみに向かって言った豊臣様。

 そしてそれに対して意外と容赦なく頭を叩く織田様。

 

「たわけ!ワシはこっちじゃ!!」

 

「痛ぁっ!?お、お館様!?え、だってこっちにもお館様が……ってぬいぐるみだこれー!」

 

「そんなものは確認せんでもわかるじゃろうが!どうにもサルには説教が必要なようじゃなぁ!!」

 

 思った反応と違うが随分と面白いことになってしまった。というか織田様は結構本気で怒っているのが伺える。流石にあのデフォルメされたぬいぐるみと本物の姿の見分けがつかなかった。というのは本人的に許せないことのようだ。

 布団の上で正座をさせられた豊臣様は怯えたような落ち込んだような様子で大人しく説教をされている。ただ、周囲にある織田様のぬいぐるみのせいで不思議な光景に見えてしまうのは仕方ないのだろうか。

 

「前々から説教せねばならんと思っておったこともあるからのう、今日は茶屋に行けると思うでないわ」

 

「えぇー!だって、だってユッキーが連れて行ってくれるって!」

 

「そんなものは明日じゃ!今日はこのまま説教にワシが決めたのじゃ!諦めよ!」

 

 完全に駄々を捏ねる子供とその母親。という構図になっているのは気のせいではないはずだ。というか織田様は俺が明日も尾張にいること前提で話を進めていた。

 今回の任務は時間もあるので問題ないのだが、そういうことは出来れば確認を取ってから言って欲しかった。

 というか、それを織田様には伝えていないのだから普通は確認を取るべきなのだ。これはもしかすると織田様に対して説教をする必要があるのではないか。いや、でも相手は織田様だ。するべきではないはず。

 これがヨシテル様であれば遠慮なく説教が出来たというのに……!

 

「それじゃ、明日です!絶対ですよ!!

 結城もそれで良いよね?」

 

「構いませんが、織田様はそういうの確認取ってからにしてくださいね。これがヨシテル様なら八刻ほどの説教です。織田様なのでしませんが」

 

「……お主、本当にヨシテルに対しては容赦ないのう……それにワシでもサルに説教は四刻程度じゃがな……」

 

「やったー!って、四刻もですか!?も、もう少し短く……!具体的には二刻くらいに……」

 

 ヨシテル様への説教の時間について驚かれてたが豊臣様にとっては織田様の説教が四刻よど続くというのが衝撃的だったようで何とかして時間を短くしてもらおうと必死に懇願している。こういう姿は見ていて非常に面白いものだ。それはカシン様のせい、カシン様のせい。

 

「とりあえず、説教中はどうしてたら良いんでしょうか。勝手に動き回るわけにもいきませんし」

 

「そうじゃな……団子でも買って来い、と言えば行くか?」

 

「わかりました。数はどうしましょう」

 

「……サルが食うじゃろうから多めに、じゃな」

 

 やはり豊臣様のためだったか。いや、豊臣様に聞かれないように小声で言っている時点で察しがついていたのだが。

 豊臣様に気づかれる前に買いに行くとしよう。早めに戻っても説教は終わっていないことが予想できるので、町並みを見て回ってからでも問題ないだろう。




ほのぼのする二人を見たい。
あと、漫才染みたこととかしてるのが見たい。


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ムラサメさまといっしょ

オリ主は一般的な忍ではありません。故に警戒されることも多々あります。


 織田様が豊臣様に説教をしている間に団子を買うべく城下に降りて、早すぎても問題だと思って城下町を見て回ることにした。四刻ほどならば、ゆっくりと回っても何とかなるだろう。

 そうして歩いていたのだが、どうにも視線を感じる。後ろをつけられているようで、城を出た辺りからその気配はついて来ていた。とはいえ、特に害があるものではなく、直接接触してくるわけでもないようなので無視して歩く。

 城下町をあちらこちら歩いているのに何処までもついて来る気配は覚えのある物で、良く尾張に、というか織田様の居城の城下町に居るものだと感心さえ覚えた。俺なら普通は出来ない。あの方の性格上そうした行動を取ってもおかしくはないのかもしれないが。

 とはいえ、関わりはなく言葉を交わしたことさえない。俺が一方的に姿を見たことや、話でどんな人物かある程度予想をしている。くらいのものだ。

 

 何か用件があるなら話しかけてくるだろう。これがカシン様であればこちらから接触しても良いのだが、はっきり言ってしまえば関心のない相手に話しかける気は起きない。

 ただ、毛利輝元様の関係者という情報があるので、その点においては気になると言えば気になる。戦火を逃れるために京を離れた毛利輝元様だが、現在何処で何をしているのか情報がない。忍衆を使って探させたというのに、一切の目撃情報が上がらないということは、見つからないように隠れているということになる。

 それがなんとなく不穏な物を感じさせ、警戒は怠らないようにしている。ヨシテル様は「気にすることはないでしょう。いずれ輝元殿も京へと戻るでしょうからね」と言っていたが、どうにも危機感が足りないのではないか。と思ってしまうのも仕方ないだろう。いや、だからこそ俺が警戒しているのだが。

 いっそのこと関わりがあるのなら聞いてみるのも良いのかもしれない。素直に教えてくれるとは思えないが、聞くだけならタダなのだ。

 

「斉藤様。ストーカーしてないでちょっと話を聞かせてもらえません?」

 

 何処に居るのか分かっているので、その背後に飛んで声をかけると驚いたような表情をしながら振り返った。とはいえ、その表情は一瞬でいつか見たような余裕のある表情へと変わった。

 

「あら……後ろから話を聞かせて、なんて……ちょっと軟派すぎないかしら?」

 

 どこか小馬鹿にしたような態度と口調でそう言われたのだが、伊達にカシン様と問題なく会話を出来るわけではない。その程度の挑発なぞ、俺には意味がない。

 

「そういうのいらないです。それよりも毛利輝元様について聞きたいことがありまして」

 

「あなた、そういう反応はないんじゃないかしら?少し位は乗ってくれても良いんじゃない?」

 

「嫌です」

 

 カシン様が相手ならば多少は乗っても良い。というか乗らないと妙に機嫌が悪くなって面倒なので乗るというのが正しいのかもしれない。

 以前面倒だったので「今日はそういうのなしでお願いします」と言ったら露骨に不機嫌そうな顔になっていたのを思い出した。いや、不機嫌になったというか、拗ねたというか。

 とりあえずそんな状態のカシン様のご機嫌取りの方が面倒だったのだ。ただ、今回は話を聞ければラッキー程度の認識なので気にしない。それにご機嫌取りをしなければならないほどの縁もない。

 

「仕方ないわねぇ……それならそれでも良いけれど、あなたが欲しがっている情報は渡せないわよ」

 

「そうですか。それならばそれでも仕方ないかとは思っています。

 それに、態度を改めたからと言って教えてくれるわけではないでしょうから」

 

「当然ね。それでも、そうわかっていて聞いてくるなんて、何を考えているのかしらね」

 

 目を細めて楽しそうにそう問いかけてくる斉藤様は思っていた以上に面白い方なのかもしれない。ただ単純に俺がこうして腹を探り合うような、含みを持たせた会話が結構好きなせいかもしれない。

 カシン様は完全に腹の中が真っ黒で普通の会話でさえ探りあいになってしまう。こちらが探っているだけとも言うのだろうが。

 

「まぁ、良いわ。あなたみたいな人を相手にするなら、深く考えれば考えるほど深みに嵌っていくものだもの。

 なんでもないように笑って、内心何を考えているのかわからないような、仲間にするにも敵にするにも面倒な相手。あなたはそういう評価がされているのよ」

 

「そういう評価はカシン様を彷彿とさせるのでやめてもらえませんか。

 それに俺にはそんな大層な評価をするのは間違っているかと。俺はただの諜報を担当する忍ですので」

 

 事実として今回の任務や前回から就いている任務も諜報の一環である。戦場に出るようなこと、戦闘をするようなことは基本的には有り得ないのだ。例外中の例外が、松永様とカシン様の一件、と言ったところだろうか。

 だというのに何故か多くの方からの評価が高い。俺としてはもっと低いのが妥当だと思っているのに。

 

「良いじゃない。随分と仲が良いそうだし、お似合いじゃないかしら。

 それに……あなたは警戒しておかないと後々厄介なことになる、って話よ」

 

「それは毛利輝元様の言でしょうか。あの方とはあまり関わりが無かったはずですが」

 

「あなたみたいな変わった忍、調べるなりするのが普通よね。その結果よ」

 

 そういえば松永様、カシン様にも実は警戒されていた。という話を聞いたが、毛利輝元様もそうだったのか。

 本当にどうしてそこまで警戒されているのかわからない。ただの忍を警戒し続けるような人たちではなかったはずなのに。

 

「まぁ、そんなことはどうでも良いじゃない。あなたの欲しがっている情報は教えられないけど、あなたが何をしているのか教えてもらえないかしらね」

 

 なんて図太すぎる要求だろうか。いや、どうせ教えてもらえないだろうけど聞くだけ聞いておくか。という俺の判断も図太いといえば図太いのかもしれないが。

 

「教える義理ありませんよね」

 

「ないわね」

 

「ですよね、なので教えません」

 

「仕方ないわね、なら諦めるわ」

 

 お互いに淡々と会話をしているが、その間にも斉藤様は相変わらず楽しそうにしていた。ふと思えば、こうした会話が出来そうな戦国乙女の方というのは実は少ないのではないだろうか。

 我の強い戦国乙女の方々はこうした淡々とした会話というか、相手の投げた言葉をそのままの調子で返すというのはあまりしないように思える。

 比較的冷静な方でさえ、斉藤様が相手だとどうしても苛立ちが伺える。それに畳み掛けるような態度と言葉で相手のペースを崩して自分の思うように話を進めてしまうのが斉藤様だ。

 だから俺のように特にそういった様子もなく、ただ言葉を返しているだけという状態の相手と話をするのが珍しく、思いのほか楽しい。といったところではないだろうか。

 まぁ、俺の場合は相手のペースを乱すだとか苛立たせるだとか、どうしてもカシン様を相手にしていると慣れてしまう。それに言ってしまえば斉藤様よりもカシン様の方がそういったことについて慣れているというか、得意としているというか。

 とりあえず、斉藤様が相手なら苛立つことは早々ないだろう。カシン様の場合は俺の想像以上に相手を苛立たせることが得意なようで、たまに不愉快で苛立ってしまう。その度にまだまだ白面郎だと自覚するのと同時にもっと精進せねば、と思うのだ。

 

「あぁ、良いわねあなた。甲斐や越後の彼女たちも面白いけれど、あなたも素敵だわ」

 

「甲斐、越後と言うとあのお二人ですか。一緒にされたくないと思ってしまうのは何故でしょうね」

 

 何故でしょうね、などとは言っているが理由なんて自分でもわかっている。あの二人は頼りになる方ではあるのだが、二人揃うとどうしても愉快な方々になってしまうのだ。

 そんなお二人と一緒にされると、愉快な人間という微妙な評価をされたということになってしまう。非常に遺憾である。

 

「さぁ、何故かしら。それよりも、あなたの聞きたいことは教えられないけれど、少し面白い話なら教えてあげても良いわよ」

 

「面白い話ですか」

 

「ええ。榛名、この名前を知っているかしら?」

 

「それを手にすれば天下の覇権を握ることが出来る。という代物でしたね」

 

 詳しくどんなものなのか、というのはカシン様から幾らか聞いているがわざわざそれを教える必要などない。それに斉藤様から話を振ってきたということは知っているか、もしくは俺から情報を引き出せれば、と思ってのことだろう。ここでどういうものなのか、斉藤様の知らない情報を出すというのは癪だ。

 それに斉藤様は現在こうして話をしているが味方というわけではない。いや、毛利輝元様の思惑如何では敵となるだろう。

 

「あら、それくらいしか知らないのね。なんだか意外だわ」

 

「もしかしてカシン様から何か聞いているとでも思いましたか?あれでカシン様は重要なことほど隠す方ですからね。

 それで、その言い方を考えるに他にも何かありそうですが教えていただけるんですか?」

 

「そうねぇ……少しくらいなら良いかしら」

 

 少し考えてからそう言った斉藤様は本当に榛名について話をし始めた。

 

「この国の創世期、あらゆる物を見通す予言の力「刻読の眼」を用いて世を治めた女王に卑弥呼という存在がいたわ。その卑弥呼が自らの制御し切れなかった強大な力を勾玉に封じた物が榛名よ。

 その封じられた力を使えば確かに覇権を握れるでしょうけれど、使い方次第ではそれだけではないんじゃないかしら。強大な力なんてものは、結局使い方次第なのよね」

 

「なるほど。確かに力なんてものは使い方次第というのは同意します。

 しかし、何故今その話を?」

 

「もし何か知っていれば、と思ったのよ。情報なんてものは集めて厳選するものなんだから、あなたから私の知らない情報が手に入れば良い、程度のことね。

 それに、こうして話をしていればあなたが勝手に調べてくれそうだもの」

 

「そうですね……どうにも毛利輝元様は信用できそうにありませんし、調べるでしょうね。

 ただ、俺を張っていても意味はありませんよ。部下に任せるでしょうから」

 

 俺自身が動いても良いのだが、どう考えても良いところで邪魔をするか、横から掻っ攫っていくような気がしてならない。ならば部下を動かすのでも良いだろう。

 ただし、斉藤様や毛利輝元様を俺が引き付けておかなければならないのかもしれないが。

 もしくは、誰にも気づかれないような高い隠密性があれば問題ないのか。

 

「それは残念だわ。情報だけもらって、私が榛名を手に入れてしまおうと思ってたのにね」

 

「それはそれは。本当に残念でしたね」

 

 言ってからお互いに軽く笑ってはいるのだが、目は笑っていない。腹の探りあいをしているとどうしても剣呑な雰囲気になってしまう。

 周りには誰も居ないので気にはしないが、これで誰か居れば織田様か豊臣様が来たかもしれない。そうなる確実に厄介なことになる。特に豊臣様は斉藤様とは因縁があるのだから。

 

「本当に堪らないわね、あなたは。

 城下でなければ殺し合えたのに、とても残念だわ」

 

「殺し合いなんて言ってますけど、俺の方が弱いですし弱いもの虐めしたいだけではありませんか」

 

「そうねぇ……確かにあなたがどんな声で鳴いてくれるのか、興味はあるわね」

 

 やはりこの人は加虐趣味だったか。いや、調べた情報の中にそういうものだとあったので知ってはいたのだが、実物を目の前にすると幾らか引いてしまう。

 

「でも、あなたがどんな風に私を鳴かせてくれるのか、そっちにも興味があるのよ」

 

 そして被虐趣味の持ち主でもあった。加虐趣味程度であれば幾らか引いてしまう、という程度で済ませることが出来るのだが、更に被虐趣味まであるというのにはドン引きである。

 というか言いながら頬を上気させるのはやめてもらえないだろうか。見た目の良さもあってか、とても妖艶ではある。だがそんなものを見ると逃げ出したくなる。

 先に言われた鳴かせたい、鳴かされたいと言ったような言葉のせいでドン引きしてしまっているのだから。

 

「まぁ、それは今度の機会にさせてもらおうかしら」

 

 そんな機会は来なくても良いです。というか来るな。

 

「ここは場所も場所だから私はもう行くわ。だから榛名のこと、よろしく頼むわね」

 

「頼まれても困ります。それに情報はそちらには渡しませんし、場合によってはこちらで榛名を回収させていただきます。忍術を使えば他の方では手の届かないようにできますから」

 

「それでも構わないわ。本当に欲しいと思えば、容赦も何もなく、なんとしても奪ってみせるから」

 

 そう言い残した斉藤様は凛としており、悠々と歩いて去って行った。

 豊臣様に対してした仕打ちのことを考えれば、その豊臣様と主となった織田様がいるこの尾張にいるというのは可笑しな話で、去るならば見つからないようにとするのが普通だ。

 それなのにどうして斉藤様はああも堂々としていられるのか疑問である。

 

 ただ、下手にコソコソするよりも堂々としていた方が見つからないこともあるので、そうするのも有りと言えば有りだ。それに見つかればどうなるか、考えたくも無い。

 折角平和になったというのに、一騒動という括りでは収まらないような厄介ごとになっただろう。

 一応、斉藤様が居たことは織田様に知らせはするが……さて、どうなることやら。

 織田様であれば城下を去ったと知れば手出しはしないかもしれないが……いや、忍程度であれば走らせるか。

 

 とりあえず俺は城下を見て回る。予定だったが幾らか時間が潰されてしまったので大人しく団子を買って戻ろう。

 きっと団子に気を取られてさえ居れば織田様への報告も楽になるだろうし、喜ぶ姿も見てみたい。それに織田様からの頼みごとであるのだ、失敗というか、忘れるわけにはいかない。

 明日になれば豊臣様と茶屋に行くというのに、きっと沢山食べるんだろうな。と思うと少し呆れてしまい、ため息が漏れそうになったが、きっと仕方ないはずだ。




エロネーチャン様と話したい。
腹の探りあいしたい。むしろ物理的に腹をまさぐりたい。


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イエヤスさまといっしょ

オリ主は基本声を張ったり荒げることはない。大声も出さない。


 尾張で過ごすこと数日、豊臣様と遊んだり、織田様に料理の指導をしたり、家臣の方々から豊臣様と仲が良いということで嫉妬され、なかなか濃い日常を過ごすこととなった。

 持っていたチョコレートのことを思い出して豊臣様に渡した際にはとても幸せそうに食べていて、織田様も機嫌が良さそうに食べていた。ただ、酒をどうにかして混ぜられんか。と言われたので嗜好品としてのチョコレートを作ってみるのも悪くないかもしれない。

 ただ、日本酒はどうにも合わない気がするので大友様に話を通して洋酒を用意してもらったの方が良いのだろうか。そうなると大友様にも完成したチョコレートを渡すことになるのか。一体どれだけの量を要求されるのかわかったものではない。ただ、立花様がいるのだからきっと大丈夫のはず。

 

 そんな取りとめもないことを考えながら駿河への道を歩いていたが、急ぐ任務でもないのでゆっくりと移動していた。すると顔見知りの行商や旅人のみならず、任務に出ている里の忍と会い、カシン様を探してるであろう紫苑を遠目で見ることとなった。

 里の忍からは里の近況報告や俺からの情報の提供。師匠からの言付けと師匠への言付け。暗号化した榛名について書いた書状の受け渡し。その他いくらか。

 そうしたことをしてから別れた忍には一度里に戻るように。と言われてしまった。師匠が戻ってきてほしいと言っていたとのことだ。戻らざるをえない。

 

 そんなことがあったのが先日のことで、現在はすでに駿河領に入り、今川様の屋敷がある町が間近に迫っていた。

 だがそんなことはどうでも良いのだ。問題はその近くにある大きめの木の下で眠っている徳川様がいることだった。何故こんなところで寝ているのだろうか。

 そんな疑問を覚えながら徳川様を見るが、当然のように戦装束ではなく、普段着とでも言うのだろうか。俺にとっては見慣れない格好で、すやすやと眠っていた。

 むしろ徳川様がすやすやと言いながら眠っていた。これは起きていると考えるべきだろうか。いや、だが徳川様なら本当に眠っている可能性の方が高い。とりあえずは観察でもしてみようか。

 と思ったのだが、薄着で木に凭れ掛かるように眠っているせいか少し肌蹴そうになっていた。流石にそれを放置は出来ないので普段着ている上着を掛けておく。

 なんというべきか、あられもない姿を見ていました。などと今川様が知ったら相当お怒りになるだろう。今川様は徳川様に対しては過保護であり、愛情が過剰であるからして当然のことなのだろうけれど。

 

 ふと思えば、暖かな陽気で陽射しも優しい。これは確かに眠くなっても仕方ない。それが普段から眠そうにしている徳川様であれば尚のことだろう。

 こんな日は、ヨシテル様と義昭様の二人を琥白号と共に遠乗りなどでどこか落ち着けるような場所に行くというのが良いのかもしれない。そう考えると、今駿河にいるのが悔やまれる。

 

「んん~……ゆーきー……?」

 

 名前を呼ばれた。起きたのだろうか。

 

「榛名を……」

 

 榛名。あの勾玉をどうしろと言うのだろう。見つけろとでも言うのか。

 

「食べてはいけませんよ……」

 

「誰がそんなもの食べますか誰が!」

 

 ついつい反応して大きな声を上げてしまったが仕方ないだろう。何故俺が榛名を食べなければならないのだ。食材ならば確かに食べることは可能かもしれないが、あれは無機物だ。誰も食べない。

 だいたい、どうしたらそんな意味のわからない夢を見ているのだろう。

 

「ん……んー……?

 ゆーき……?」

 

「あ、起きましたか。おはようございます、徳川様」

 

「おはようございます……榛名は食べ物じゃありませんよ……ぐぅ……」

 

「寝ないでください。そして食べ物じゃないことくらい知ってます。

 ほら、こんなところで寝てると風邪引きますよ。起きてください」

 

 起きたはずなのに、また意味のわからない忠告をしてから眠り始めた徳川様を再度起こそうとするがなかなか手強い。というか起きる気配がない。どうなっているんだこの人は。

 声をかけても起きない。軽く肩を叩いてみても起きない。肩に手を置いて揺すってみても起きない。

 どうしたものだろうかと思いながら、とりあえず頬をぺしぺしと叩いてみる。

 

「うー……」

 

 唸っているがそれでも起きない。徳川様はこんなに起きない方だっただろうか。以前今川様が声をかけた際には普通に起きているのを見たのだが。

 もしかしたら特定の人間に声をかけられたなら起きる、ということなのかもしれない。ならやることは決まっている。

 

「イエヤスさん!こんなところで眠っていては風邪を引いてしまいますわ。起きてくださいな!」

 

 声帯模写で今川様の声を真似てみた。必要とあれば変化するのだ。これくらいは普通に出来る。

 

「うみゅ……おねーさま……?

 …………?今、お姉様が居たような……?」

 

「居ませんよ。気のせいでしょう。

 それよりもこんなところで寝てないで、屋敷に戻るべきかと。今川様も心配していると思いますよ」

 

「お姉様が……わかりました、戻りましょう」

 

 そう言って立ち上がった徳川様だが、ふらふらとした足取りで見ていて危なっかしい。寝起きであるから仕方ないのかもしれないが、この方は普段からこんな感じなのだろうか。

 どこでも寝て、寝起きはふらふらとしている。もしそれが常であるのなら、今川様が徳川様に対して過保護になるのも納得してしまう。

 

「ちゃんと歩きましょうね、徳川様。そんなふらふらしていると転んでしまいますよ」

 

「私はふらふらなんてしてません……地面がぐらぐらしているのです……」

 

「あー、完全に寝惚けてますね……ほら、ちゃんと目を覚まさないと危ないですって」

 

「むぅー……ならこうします」

 

 徳川様はそんなことを言いながら俺の服の裾を掴んだ。子供が親の服を掴む、あれと同じか。

 

「これなら真っ直ぐ歩けます」

 

 心なしか得意気に言った徳川様はなんというか、アホの子状態の今川様と相通ずる何かを感じてしまった。アホの子は感染するのだろうか。

 もしそうなら厄介なことこの上ない。もしそれが他の戦国乙女の方にも広がってしまった場合、というかヨシテル様に感染してしまった場合は俺の胃にダメージがあるに違いない。

 ポンコツな上にアホの子とはもはや手に負えない。勘弁してほしい。

 

「さぁ、結城。屋敷に帰りましょう」

 

 ある意味最悪な想像をしていると徳川様がそんなことを言いながら歩き始めた。しかし先ほどよりマシではあるがふらふらしているし、むしろ屋敷から遠ざかろうとしていた。

 そして先ほど掴んだ服の裾から手を離している。あの得意気な顔はなんだったのだろうか、やはりアホの子で寝惚けているのだろうか。

 

「徳川様、違います。こっちですよ」

 

 仕方が無いので徳川様の手を取って軽く引いて歩けば大人しくついて来てくれた。未だに眠そうに目をこすっている徳川様は町中で見た親に手を引かれて歩く子供のようで、微笑ましい。

 いや、待て。それだと俺は親の立ち位置になるのか。義昭様の兄、豊臣様の兄、という立ち位置であればまだ納得もできる。だが親というのは無理があるだろう。徳川様ほどの年齢の子供がいるほど生きてなどいない。

 

「それはわかっています。ちゃんとそっちに歩いてますからね」

 

「歩いてなかったじゃないですか。あぁ、まだふらふらしてますよ、気をつけてください」

 

 そんなやりとりをしながら歩き町の中へと入ると、町人は徳川様のことを知っているようで皆会釈をしている。そしてその徳川様の手を引いて歩いている俺に対して怪訝そうな顔をしていた。幾人かは殺意というか敵意を持っているようで険しい表情で俺を見ていたのだが。

 尾張でも同じようなことがあったが、どうやらこれは徳川様のファンというか親衛隊と言うか。非公式ではあるがそういうものがあるらしく、それらが俺に対して殺意や敵意を抱いているらしい。

 俺のような忍が豊臣様や徳川様のような戦国乙女の方に対して抱く感情など敬意が大半で、ファンだの親衛隊だのが抱く好意などはほぼない。好ましい方々だとは思っているが。

 

「……徳川様は随分と多くの方に慕われているようですね」

 

 漏れそうになるため息を堪えてそう言えば、徳川様は何のことかわからないと言うように首を傾げていた。それを見て町人の幾人かが歓声を上げていた。こう言ってはなんだが、聊か気持ち悪い。

 

「私よりもお姉様の方が慕われていると思いますよ。なんと言ってもお姉様ですから」

 

「あー……確かに今川様は大変慕われていますね。確か今川様が町を歩けば色んな方に声をかけられ売り物の食べ物を貰ったり子供が遊んでと寄って来たりするとか」

 

「そうなんです。領民の方に凄く慕われている素敵なお姉様なんですよ」

 

 普段と変わらないように見えるが、その表情は微かに嬉しそうな物に変わっており今川様のことを語るのが楽しくて仕方ないように思えた。事実、眠そうだったはずなのに今ははっきりと起きており、身振り手振りを交えながら色々と話をしてくれた。

 歩きながら、ではあるが段々と話しに熱が入ってきたようで身振り手振りも大きくなって来た。周りの町人はそれを微笑ましい物を見るように笑んでいるが、徳川様はそれに気づいた様子がない。気づいたらきっと恥ずかしがるか照れるかしそうだが、まぁ本人が気づいていないならそれで良いか。

 

「それでですね!この間お姉様と一緒に町中を歩いているときに小さな女の子がお団子を落としてしまったんです。そして女の子が泣いてしまって、それを見たお姉様はその子に声をかけて近くの茶屋でお団子を買ってあげたんですよ。そうしてお姉様は言ったんです。女の子は泣いているよりも笑っている方が素敵でしてよ。と、それから女の子の頭を撫でてあげると女の子が泣き止んで、笑顔になったんです!」

 

 その時のことを思い出しているようでとても楽しそうに、それでいて幸せそうにしている徳川様の話を聞く限り、今川様の治世は、というか普段の行いは町民たちにとって親しまれるような、慕われるような、そんな治世のようで安心した。

 ヨシテル様がそれぞれの戦国乙女に国の統治を任せている現状で、それぞれの国がどんな状態なのか見て回らなければ分からない。そして、見ただけではその詳細を知ることは出来ない。

 正確に状態を知りたければ数日は滞在して町人、旅人、行商、兵士、武将。その他話を聞ける人間から情報を集めて、また自分で城内や屋敷に潜入して探らなければならない。

 

 とはいえ、それは戦乱の世であればそうしなければならない。という話であり、現在は信用することの出来る方々が統治しているので、言うほど心配はしていない。

 ただ、ヨシテル様から命じられた任務であり必要であればそのくらいのことはする。という覚悟はあるのだが。

 

「そういえば、結城は何故駿河にいるのですか?

 ついお姉様の話に熱が入ってしまって聞きそびれてしまいましたが……」

 

「ヨシテル様の命により、それぞれの戦国乙女の方の様子を確認している最中です。今回は駿河にて今川様と徳川様の様子を確認しようかと」

 

「なるほど……それでしたら早速お姉様にお話した方が良さそうですね。

 安心してください。私が一緒であれば正門から屋敷に入れますからね」

 

「それは有り難いです。尾張では運良く豊臣様とお会い出来たのですんなりと入れましたが、駿河ではどうしようかと思いました。

 まぁ、忍び込んでから話をつければ良いかとも思っていましたが」

 

 事実としてこうして徳川様と会うことがなければ屋敷に忍び込んでいただろう。忍らしくて良いとは思うが、今川様にどんな反応をされるか……いや、面白いかもしれないけれど。

 

「お姉様が驚いてしまいますから、あまりお勧めは出来ませんよ。

 あぁ、そうだ。折角ですし、お姉様との話が終わったら少し時間をいただけますか?話したいことがありますから」

 

「話したいこと、ですか。わかりました。

 ……もしかしてそれは、榛名に関わることでしょうか」

 

 寝言で榛名について言っていたのでもしかしてそうなのだろうか。と思って聞いてみると徳川様は驚いたように目を見開いた。

 

「どうしてそれを……いえ、それよりも結城は榛名について知っているのですか?」

 

「ええ。それなりに詳しく知っています。カシン様から教えてもらったことですので本当に正しいかどうか、わかりませんが」

 

「そうですか……では話が早いです。その榛名について話したいことがあるので、どうかよろしくお願いしますね」

 

「はい。俺としても気になることがあるのでそれが聞ければ幸いです」

 

 そんな話をして歩くが、そういえばまだ徳川様の手を引いていたことを思い出した。手を繋いだ状態で器用に身振り手振りをしていたので忘れていた。

 もう目も覚めているので必要ないだろうと思い徳川様の手を引くのをやめて手を離そうとすると何故か徳川様にその手を掴まれた。

 

「……徳川様?」

 

「結城、このまま手を繋いで歩きましょう」

 

「いえ、徳川様は足取りもしっかりしていますし、必要ない気がするのですが」

 

「必要です。こうして手を繋いでいるというのに意味があります」

 

「はぁ……徳川様がそう言うのであれば……」

 

 断言されてしまい、これは断っても意味がないだろう。と思って仕方なしに手を繋いだ状態を維持することになった。どうして徳川様は意味があると言ったのかわからないが、徳川様は天然なので気にするだけ意味がないのかもしれない。

 

「結城。無理はしてはいけませんからね」

 

「無理、ですか?ええ、それはわかっていますが……」

 

「わかっていないから言っているんです」

 

 そう言った徳川様は、私怒っています。という風に見えてますます意味がわからなかった。

 ただ、それは俺を心配しているように見えるので何も言えない。とりあえずは徳川様の意向に従うこととして屋敷へ向かうことになった。

 ひとまず、今川様と話をしなければ。徳川様との話も待っているのだから。




天然イエヤス様の手を引いて歩きたい。
兄のように、父のように。


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イエヤス/ヨシモトさまといっしょ

オリ主は基本的にマイペースな人相手だと自分のペースを崩されやすい。


 徳川様に手を引かれながら町中を訝しむような視線、敵意や殺意の込められた視線を受けながら歩いている。以前は何故そのような視線を向けられるのかわからなかったが、理解した今となっては鬱陶しいことこの上ない。

 なので少し前に徳川様の意識が他のところに向いた瞬間に一度手を離したのだが、その後すぐにまた手を掴まれてしまった。手を離したのがダメだったようで、先ほどよりも強く掴まれているというか、握られているので手を離すことは難しそうだ。

 そうして、諦めて繋がれた手を離すことなく大人しく徳川様と歩いていると何故だか少しだけ心が軽くなるというか気が楽になったような気がしてくる。別に徳川様に特別何かの感情を抱いているわけでもないし、徳川様が何かをしているというわけでもないだろう。というか徳川様の使う魔法は攻撃と防御に使えるが回復、治癒には使えなかったはずだ。

 これは一体どうしたことだろうか、と思っていると徳川様が歩みを止めて振り返り俺を見た。

 

「……どうです、少しは楽になりましたか?」

 

「えっと……それはどういうことでしょうか?」

 

「何と言えば良いんでしょう……例えば心が軽くなる、とか……?」

 

「それは確かにありますが……徳川様、何かしました?」

 

 やはりこの変化は徳川様が何かしたのだろう。そうでなければあんなことは聞いてこないはずだ。

 ただ、本当に何をしたのか皆目検討が付かない。

 

「そうですか。それなら良かったです」

 

「いや、何をしたのか教えて欲しいんですけど……」

 

 確かに楽にはなった。と伝えると徳川様は納得したように頷いてまた前を見て歩き始めた。

 何をしたのかは教えてくれないらしい。なんでさ。

 

「あの、徳川様?」

 

「結城。無理をしてはいけません。だから今はこうしていましょう」

 

 どうしよう。徳川様と会話が成立しない。完全に徳川様は自分の中で話を完結させているようで俺の質問には答えてくれない。徳川様は天然ではあるが、ここまで会話が成立しないのは珍しい。

 普段であれば会話が飛ぶこともあるがちゃんと会話が成立する。それなのに今日はどうにも無理な気がしてしまう。いや、もしかしたらこの後に時間を取って欲しいということだったので、その時にまとめて答えてくれるのかもしれない。

 これがカシン様であれば確実にそうであると言い切れるのだが、やはりまだ徳川様を相手にするのは慣れない。むしろ天然の相手と言うのはどうにも分が悪いような気がする。

 もっとこう、色々考えている相手だったり理性的に話が出来る相手の方がやりやすい。感情的な相手も問題はないと思う。ただ、天然というのはどうにもこちらが思っていることの斜め上を平然と行くのでどうしようもない。

 

 とりあえずはその辺りのことも諦めて大人しく徳川様に手を引かれるままに歩いていると漸く今川様の屋敷が見えてきた。というか正門前まで辿り着くことが出来た。

 そして徳川様は俺の手を引きながら門番の兵士に二、三何かを言うと門番は頷いて門を開いてくれた。こうしてまともに正門から事情を説明した状態で入る。というのは珍しく、少しだけむず痒く感じてしまった。

 そんなことを俺が思っている間に徳川様は迷いの無い足取りで門の中へと入っていく。当然手を引かれている俺もそうなるのだが、徳川様の手を引く力が意外と強くて驚いてしまった。

 そうして俺が驚いていると屋敷の奥から徳川様を呼ぶ声が聞こえてきた。声の主は随分と慌てているようで、声に焦りの色が伺える。まぁ、声の主は今川様で、徳川様の姿が見えなかった為に酷く慌てているというところだろう。

 

「イエヤスさーん!何処にいらっしゃいますのー!?」

 

「あ、お姉様が呼んでいますね。

 お姉様ー!こちらでーす!」

 

「あぁ、いらっしゃいましたのね!姿が見えなくて心配しましたわ!」

 

 屋敷の中でお互いに大声で会話をしているような状況に内心で面食らってしまう。二条御所ではまずこのようなことはないからだ。というかお嬢様然とした今川様がそのようなことをしているというのに驚きである。

 

「見つけましたわイエヤスさんっ!って、結城さん!?どうしてここにいらっしゃるんですの!?」

 

「ヨシテル様の命により戦国乙女の方々がどのような様子なのか、確認して回っています。

 今川様はお変わりなく、ご健勝のようで何よりです」

 

「あぁ、そういうことでしたのね。

 ですが、本来なら先に連絡をしておくべきだと思いますわ。門番に訪問の旨を伝えて後日改める、というのも出来たはずですわ」

 

「ええ、確かにそうですね。ですが現状を見ていただければご理解頂けるかと」

 

 言って徳川様に引かれている状態の手を見せると今川様は酷く驚いた様子で口元に手を持っていき、息を飲んでいた。一体どうしてこんな反応をしているのだろう。

 

「い、イエヤスさんが……殿方と手を繋いでいるなんて……!?」

 

 驚いているのはそこなのか。というか手を繋いでいるというか手を掴まれているというか。

 

「あ、でも結城さんですし別に大丈夫ですわね。これが他の殿方、例えば非公式の、そう非公式の親衛隊やファンクラブであれば烈風真空波ですけれど」

 

「待ってください。それ死にますよね?」

 

「イエヤスさんに手を出すような方に容赦なんてしませんわ!」

 

 どうしてそこで得意気なのだろう。言っていることは物騒極まりないし、この国を治める領主として許されないことではないだろうか。いや、でも今川様の目は本気だ。

 もしかしたら既に犠牲者が出ている可能性がある。それも一人や二人ではなく複数名だ。非公式の親衛隊やファンクラブについて言及していることから、前例があると考えられるからだ。

 

「……今川様、それは既に何名か射っていたりしますか?」

 

「ええ、つい先日その数が三桁に届きましたわ。あ、命に別状は無いように手加減しているので心配いりませんわよ?」

 

 必殺技を手加減できるものなのだろうか。いや、でも今川様であればギャグ補正でなんとか出来る気がする。

 

「結城、お姉様はああ言っていますがその半分以上はお姉様の烈風真空波目当てですよ。

 なんでも、お姉様のファンの方が言うには、痛いけれど癖になる。とか……」

 

「徳川様、その方と接触、会話をするのは止めましょう。それと可能であれば特徴を教えていただければ俺が処理しておきますが」

 

「処理、ですか?普通の方でしたから、そういうのは必要ないかと思うんですけど……」

 

「変態死すべし。慈悲はない。と言いますから」

 

 どう考えても変態がいる。それも被虐趣味の持ち主だ。今川様は気づいていないし、徳川様は何のことかわからないようだ。これは二人がその人物の変態性に気づく前に処理しておくのが良いだろう。

 いや、処理とは言うが加虐趣味の斉藤様に押し付けるとかそんなことなのだが。流石に変態なので容赦なく始末する、という物騒なことはしたくない。ただしヨシテル様と義昭様に何かしようと言うのならば迷いなく始末する。

 

「あ、でも結城さん。あまりそうしてイエヤスさんと手を繋いだままにしていると偶然矢が飛んでくるかもしれませんわ。ですから手を離した方がよろしくてよ」

 

「待ってください今川様。これは俺の意思ではなく徳川様に手を掴まれているんです。ほら、このがっしり掴まれている感じを見てください」

 

「……セーフ!ですわ!」

 

 何が判断基準なのかわからないが今川様的には許される範囲だったらしい。

 釈然とはしないがこっそりと弓を持っていた今川様が何もなかったようにそれを隠したのでまぁ良しとしよう。

 

「あら、そういえば……イエヤスさん、その羽織っているのは結城さんの外套ではありませんか。一体どうして?」

 

「起きたら結城が掛けてくれていました。見た目よりもしっかりしていて暖かいんですよ」

 

 徳川様の言葉だけでは要領を得ないと思ったのか今川様が俺を見てきた。どういうことなのか説明して欲しい。と言いたげな顔をしていたので素直に答えることにした。

 

「徳川様が町の近くにある樹の下で眠っていたのですが、薄着でしたので風邪を引いてしまっては。と思ったので着ていた上着を掛けさせていただきました。

 …………それと、少々服を肌蹴ていたのでそのままにしておくのはどうかと思いまして」

 

 前半は徳川様にも聞こえるように。後半は今川様にだけ聞こえるように。本人に聞こえるように言うには内容があまり適していないように思えたからだ。

 普段から天然でふわふわした方ではあるが、直接聞いてあまり気分の良いものではないだろう。という気遣いとも言える。

 

「なるほど……なかなか気遣いも出来ますし、紳士的ですわね。流石ヨシテルさんの忍と言えば良いのか、流石結城さんと言えば良いのか……

 ですが、そうですわね。結城さんのそういうところはとても素敵だと思いますわ」

 

 そう言って微笑む今川様はお嬢様然とした態度と相まって、まるで織田様が自慢げに見せてくれた南蛮の絵画の一枚のようにも見えた。ただ、それを今川様に伝えるときっとアホの子状態になってしまうだろう。だからあえて言うことはしない。

 

「そう、具体的に言うならば50紳士ポイントくらい差し上げますわ!」

 

 それなのになんだこれは。どうして一瞬でアホの子になっているんだろうか。それに紳士ポイントとはなんだろう。

 いや、それよりもあんなに綺麗な微笑みからどうしてこんなアホの子マシマシのポンコツスマイルになっているんだ。俺の気遣いというか、心遣いを台無しにしないで欲しい。

 

「あ、この紳士ポイントは女性の場合は淑女ポイントになりますわ!

 私個人としてはこのポイントが一定数貯まった場合にはご褒美を差し上げるようにしていますの」

 

 人差し指を立てて、口元に持っていくと共にウインクを一つ決めて笑む今川様はその行動が様になっており随分と可愛らしく見えた。

 綺麗、ポンコツ、可愛い。という風に受ける印象がコロコロ変わるのはきっと今川様くらいだろう。だがある意味で今川様らしいのでそれはそれで良いのだろう。

 

「ついでに言えば私とイエヤスさんは天元突破していますわ。次点でヨシテルさんになりますが、ノブナガさんは現状0淑女ポイントですわね」

 

 言いながら納得したように頷いている今川様だが、そんな奇妙なポイントを考えている時点で淑女的ではないようにも思えてしまう。

 そしてそんなポイントを作るのなら俺としてはポンコツポイントとでも作れば良いと思う。はっきり言えばそれは多くの戦国乙女の方に該当するようなポイントになるだろう。

 とりあえずヨシテル様は今川様風に言うならば天元突破で良いだろう。次点は今川様で、その次は大友様になるのではないか、と思ってしまった俺は悪くない。

 

「お姉様。それよりも……」

 

「あぁ、そうですわね。とりあえず謁見の間……いえ、私たちと結城さんの仲ですし、そこまで畏まる必要はありませんわ。折角ですし、茶室でよろしいかしら?」

 

「茶室ですか……申し訳ありませんが、茶会に参加するような身分ではありませんし、作法などあまり知りませんよ?」

 

「問題ありませんわ。あまり知らないと言いますけど、最低限は知っているのでしょう?」

 

「ええ、まぁ……最低限、失礼にならない程度には……」

 

 事実最低限であれば知っている。松永様に雇われていた際に知っておけ。と言われて覚えたのだ。それを試す機会は訪れなかったのだが。

 そしてその後ヨシテル様に雇われてからも茶会に参加することはなかったので覚えるだけ無駄だったように感じていた。ただ、今回それを試す機会がやってきたのだ。

 ヨシテル様の忍として恥ずかしくないように、そして俺自身が恥をかかないようにしっかりとしなければ。

 

「では茶室にご案内しますわ。本当なら野点というのも考えたのですが……たまには茶室も使わなければ勿体無いですからね」

 

「そうですね、お姉様。それにもし結城に時間があるのであれば、その際に野点というのも良いと思います」

 

「あぁ、時間であれば充分にある。と言っても良いかと。

 今回は様子を見てすぐに戻るのではなく数日滞在してから戻ろうかと思っています」

 

「それなら野点も出来ますね。お姉様、明日は結城を交えて野点にしましょう?」

 

「わかりましたわ、イエヤスさん。結城さんも楽しみにしておいてくださいね」

 

 どうにも今日は茶室で、明日は野点。ということになったらしい。

 これを機にしっかりと覚えるのも良いかもしれない。ヨシテル様はあまり茶会を開いたり参加することはないが、松永様や宗易様の茶会に参加することもあるかもしれない。

 俺が何かを教えるということは必要ないと思うが、念のために覚えておけばいざという時に使えるだろう。

 

「はい、楽しみにしておきます」

 

 そう答えた俺に満足げな様子で頷いて徳川様の手を取り、今川様が歩き始めた。

 ただしここで忘れてはならないのは、未だに俺の手を徳川様が掴んでいるということだ。

 つまり、今川様に手を引かれる徳川様に手を引かれる俺。という奇妙な状態の完成である。それを見た屋敷の侍女の顔には困惑の感情が浮かんでいたのは仕方ないだろう。

 俺だって事情を知らなければそうしてしまうかもしれないからだ。

 

「ところで徳川様。いつまでこの状態なんですか」

 

「んー……もう少しです。大丈夫だとは思いますが、念の為に」

 

「はぁ……そうですか。わかりました」

 

 仕方ないので頷いておく。もう少ししたら放してくれるというので大人しくしておこう。

 ただ、本当に何故か心が軽く、気分が良くなっているのが不思議でならない。この辺りの事は後で聞こう。

 ……なんとなくだが、もしかしたらこれは徳川様に相当に感謝しなければならないような事態になっているのかもしれない。と漠然と思ってしまったのだが、それはきっと間違いではないのだろう。

 今の俺の状態を考えて、奇妙ではあるがそう確信のようなものを抱いた。




ヨシモト様はポンコツ可愛い。
ポンコツかわいいヨシーモト!

宗易=千利休のこと。


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ヨシモト/イエヤスさまといっしょ

オリ主はAPP15かAPP16くらい。
戦国乙女の世界だとモブでさえそれなりに顔は整ってそうですよね。


 ヨシモト様に案内されるままに茶室に着く頃になるとイエヤス様が手を放してくれた。放す際に俺の手を両手で持ってじっと見た後、何か納得したように頷いていたのでイエヤス様的には満足というか、問題ないと判断してくれたのだろう。

 その様子を見て今川様も首を傾げていたので、いつも徳川様といる今川様をして珍しい行動であったようだ。

 

「イエヤスさん。もう結城さんの手を握らなくてもよろしいのかしら?」

 

「はい、もう大丈夫だと思います。あ、でも今は、なのでまた今度手を握らせてもらって良いですか」

 

「えっと……任務で駿河を訪れることがあれば、ということでしたら構いませんが……」

 

 あれ、おかしいな。今疑問系ではなかった気がする。

 いやそれでも徳川様に手を握られていると何故か楽になること、無茶はしてはいけないという言葉。その二つから考えられるのは、徳川様は俺の為にそうしてくれているということだ。それならばそれを断る理由はない。

 まぁ、定期的に訪れることが出来るのか、と問われれば答えに窮するのだが。

 

「それで構いません。……カシン居士と手を繋ぐ。ということでも良いのですが……あまり頼りたくはありませんね……ですが私がそうするように言っていた。と言えばきっとそうしてくれるとは思います。

 ……嫌そうな顔をする可能性はありますけど……」

 

 なんとなくではあるが、それは予想がつく。ユウサイ様の姿であれば話は別だろうが、カシン様の本来の姿であれば確実に嫌な顔をする。そして嫌味の一つや二つ言われるだろう。

 まぁ、それでも多分ではあるが、手を握るくらいはしてくれるだろう。というか、何故このようなことをしなければならないのか、なんとなくではあるがわかった気がする。

 徳川様とカシン様は強力な魔法使いと呪術師だ。その二人に、何らかの手助けを求めなければならない状況と言うことは、そういうことなのだろう。ヤバイ、自覚するとなんだか体が重くなった気がする。

 

「大丈夫ですよ、結城。あなたの内にそれがある限り、そうそう取り返しのつかない状況にはならないはずです」

 

「それ、というのが何かはわかりませんが……徳川様がそう言うのでしたら、そうなのでしょうね……」

 

 こういうことに関して徳川様は答えてくれないのだろうな。というのを今日だけでなんとなく理解してしまった。いや、完全に答えてくれないということではなくて、答えるべき時に答える。というのが正解なのかもしれない。

 俺が聞かなければならないのはきっと、俺の内にあるそれ、というのが何なのか。ということだろう。

 そういえばカシン様にも「お前のそれがどうなるか、私は楽しみで楽しみで仕方が無いのです」と言われたことを思い出した。ということは、カシン様は徳川様と同じで俺の内にある何かに気づいていて教えてくれなかったということになる。

 本当に重要なことや必要なことを教えてくれない人だな、と少しだけ頭が痛くなった。

 

「むぅ~……イエヤスさんとお互いにしか通じない話をするなんて羨ましすぎますわ!

 さぁ、イエヤスさん!私ともお話をしましょう!例えば……今日どんな格好をするか、乙女同士の内緒話でも!!」

 

 頬をぷくっと膨らませて不満があることを表現していたかと思えば、すぐに自分の欲望に忠実に動き始めた。またファッションショーでも始める気だろうか。

 ……観客として巻き込まれると面倒そうだし、適当に逃げたい。でも徳川様から話があると言われた以上はそうすることは出来ないのだが……本当に厄介だ。

 

「セーラー服か、ブレザーか……いえ、いっそのことギャップ狙いの学ランという手も……!」

 

 真剣に考えているようではあるが俺としてはどうでも良い内容であり、観客になることを免れないなら免れないでさっさと決めて欲しい。

 そんなことを考えていると、今川様と目が合った。そして何かに気づいたようにハッとすると口元に手を持っていきワナワナと震え始めた。

 

「わ、私としたことが、失念していましたわ……!」

 

 俺を見て何かを気づく。というのはやめてもらえないだろうか。嫌な予感がしてしまう。それに何で俺を頭の上からつま先まで観察しているんだろう。

 

「女性のためのファッション。それは当然のことですわ。それでも、男性のファッションについてはまったく考えていませんでしたわ……!

 結城さん!今度是非私の選んだ服を着てはいただけませんか!?そうすればきっと私はファッションリーダーとして更に上を目指せる気がしますの!!」

 

 ガッと俺の手を両手で掴むとそんなことを言ってきた。確かに今川様は女性のファッションについてはファッションリーダーの何恥じぬ程に詳しいが、男性のファッションについてはほとんど知らない。というか、知る必要はないはずだ。

 それなのに何故か今度は俺を標的にして男性のファッションについてのスキルアップを考えているのだろうか。

 だいたいファッションリーダーとは言っているが、コスプレに片足を突っ込んだようなファッションなのに何を言ってるんだか。

 

「あー……別に構いませんが……」

 

 それでも断れない。何故なら今川様の目が絶対に逃がさないと如実に語っているからである。いや、むしろ血走った目で俺を見てくるのだ。逃れられそうにない。何でこの人はこんなどうでも良いことで全力なのだろう。

 

「ご協力、助かりますわ!ではお茶会の後に方々に声をかけて色々と探しますから、楽しみに待っていてくださいまし!」

 

「それならお姉様が準備している間は私が結城の話し相手になりますね」

 

「ええ、よろしくお願いしますわ、イエヤスさん。

 あ、イエヤスさんに何か妙なことをしたら許しませんから、それを肝に銘じておいてくださいね?」

 

「あ、はい。それはわかってますから大丈夫ですよ」

 

 女性相手に妙なことをするような、痴れ者ではないのでそれは大丈夫だ。

 むしろ戦国乙女の方相手に不埒なことをしようものならぶっ飛ばされるのが必定である。そんな相手に何かしようと考える人間の方が少ないのではないだろうか。

 とりあえずそれは置いておくとして、茶会の後に徳川様と話をすることがこれで今川様公認となった訳か。それは有り難い。内容を幾らか想定するとしても、あまり他人に聞かせるようなことでもない。

 これが今川様公認でなければきっと話が出来なかっただろう。その心配がなくなっただけ助かった。

 

 ただ、探すと言っていたことからもしかすると一番早くて今日、もしくは明日くらいに着せ替え人形にされそうな気がして仕方が無い。

 どうしよう。今の時点から気が重い。

 

「それは良かったですわ。さ、それではお茶会としましょうか。

 私の自慢の茶室とお茶、とくとお楽しみくださいまし!」

 

 気が重くなっている俺とは正反対の楽しくて仕方が無いと言わんばかりの笑顔で言ってのける。

 それを見て気づかれないように小さくため息をつき、徳川様を見る。何らかの助けを期待してそうしたのだが、徳川様は徳川様でそれは名案だとでも言うように手を打っていた。

 あぁ、これはダメだなと理解して、無駄な抵抗をせずに諦めてしまう。着せ替え人形くらい我慢しよう。それで角が立たず、一応は丸く収まるはずなのだ。

 茶会とは斯くも辛いものだったとは、思いもしなかった。

 ある程度の作法は出来ていたのだが、所々で直すべき点などがあり今川様から厳しめに指摘されたのだ。そして指摘だけでは飽き足らず、正しい作法などを叩き込まれたのだ。

 徳川様はそんな今川様とは反対に、直すべき点を優しく指摘して正しい作法を教えてくれた。まるで飴と鞭である。まぁ、ヨシテル様の忍として恥ずかしくないように。と考えていたので正直言うと有り難かった。

 ただそれでもやりすぎな感が否めなかった。茶の点て方なんてものは知らなかったし、そうすることもないと思っていたのに何故俺は茶の点て方を覚えてしまったのだろう。それも今川様が納得するレベルの茶の点て方だ。

 松永様と茶会を、という話を聞いていたがそれには納得してしまった。松永様も作法には厳しい方だった。そんな松永様に受け入れられる程の方だ。今回のこれは当然のことだったのだろう。

 

「少し厳しめにしましたのに、ついてくるなんて……どうにも私は結城さんのことを甘く見ていたようですわね……」

 

「確かに厳しくはありましたが、師の修行に比べればまだ……」

 

 事実、師匠から課せられた修行の方が圧倒的にきつかった。まだ幼かった頃から修行をつけてもらっていたが今にして思えばあんなものは子供がやることじゃない。それに兄弟子に話を聞いたがある程度修行を積んだ自分たちでも辛いと言われたのだ。

 何故そんな修行をさせたのか、と師匠に聞いた時は確か「結城なら出来るって思ったからだよ」と言われたのだったか。子供だった俺は、それが師匠から期待されていると思って「ま、まぁ、そこまで言うなら僕だってやってやりますよ!」とか答えた記憶がある。

 あぁ、なんて単純な子供だったのだろうか。その結果が更にきつい修行だったのだが「期待されているんだ、頑張らないと!」なんて張り切っていたな。そう思って遠い目をしてしまう。

 

「……結城さんがそのようになるなんて、本当に大変だったのですね……」

 

「結城、強く生きなければなりませんよ?」

 

 可哀想な者を見る目をしながら俺を見た二人はそんなことを言った。今川様は口元に手を当てて一歩引き、徳川様は俺の方をぽんと叩くというオマケ付きである。

 いや、今となっては遠い思い出で、そのおかげである程度は強くなったのだ。だから別に問題ない。むしろ助かったとさえ思っている。まぁ、気持ち的にはたまに思い出して軽く憂鬱になることはあるのだが。

 

「あ、いえ、師には感謝することの方が多いので大丈夫ですよ」

 

 ネーミングセンスは微妙だし、用意が良いというか手癖が悪いというのもあるし、俺に対してだけ修行をやりすぎるし、困ったところは結構あるが悪い人ではない。

 むしろ良い人すぎるくらいに良い人、なのである。色々な恩があるために師匠には本当に頭が上がらない。

 

「それならば良いのですけれど……」

 

 良いのですけれど、と言いながら未だにその目には哀れみの色が見える。これはもう少し続きそうである。根が良い人であり、なかなかに感受性も高いような今川様であるから仕方が無いのかもしれない。

 とりあえずそんな今川様は置いておくとして、これからのことを考えなければならない。徳川様と話をする必要があり、また今川様のファッションの研究のために着せ替え人形にされる。

 微妙に憂鬱になるが、それくらいなら良しと考えよう。むしろそう考えなければ俺の精神安定上あまりよろしくない。

 

「ところで今川様。ファッションがどうとかって話でしたが……」

 

「はっ!そうでしたわ!

 早速声をかけて探しますので楽しみにしておいてくださいな!」

 

 言ってから何処かに去っていく今川様を見送り、残るのは俺と徳川様のみになった。

 とりあえずこれで徳川様と話が出来るということだ。

 

「さて、徳川様。話を、ということでしたが……」

 

「ええ、私の部屋で話をしましょう。結城にとっては少しきつい話になるかもしれませんが……」

 

「あー……いえ、なんとなくの予想はついているので……」

 

 まぁ……そこまで何も知らない、わからないということもないので予想は出来てしまう。思い当たることが多々あるせいでその予想が外れてはいないであろうと確信さえ持てる。

 ただ、全てが予想出来ているというわけではないので、俺の知りえない、想像し得ない何かがあるのではないか。とも思ってしまう。

 具体的には榛名に関わるような何かのことである。榛名自体調べる前なのでわからないことだらけで、知っていることと言えばカシン様から話を聞いたことくらいだ。

 

「そう不安がらなくても大丈夫ですよ。力になりますからね」

 

「それは……そうですね、心強いです。徳川様」

 

 天然で予想の斜め上を行く徳川様であるが、こういうことに関してとても心強い方である。カシン様もとても心強いのだが、本人の楽しみのために大事なことを敢えて伝えない。ということをするのであの方には困ったものである。本当に、ほんっとうに困った方である。

 

「ただ……結城のことを心配している方たちが居ます。ですから、戻った際にはその方たちのことも気にかけてあげてくださいね?」

 

 心配している方たち、と言われて思い浮かぶのはヨシテル様と義昭様、そしてミツヒデ様だ。

 確かにあの方たちは俺の状態を知れば心配するのだろう。というか多分カシン様が話をしていそうなので心配してくれていると思う。

 どうしよう。どんな顔をして会えば良いのかまったくわからない。俺が心配することは今までに何度もあったが、心配されるようなことはなかったはずだ。そう振舞ってきたのだから。

 だというのに本当にどうしよう。いつも通り何事もないように、何も知らないように振舞うか。理解していて心配しなくても大丈夫だと言うか。

 あぁ、本当にこれは憂鬱な気分になってくる。あの方たちに心配なんてかけたくないのに。

 ……素直に話をするべきか。こういうことを黙って自分で何とかしようとする方が余計に心配をかけるものだ。ヨシテル様が思い詰めていたあの時のように。

 

「わかりました。戻ったらヨシテル様と話をします。

 まぁ……あれですね。今まで散々心配をさせられましたし、次は俺を心配してもらいますよ」

 

 苦笑しながら徳川様にそう伝える。冗談めかして言った言葉は、半分ほどが本気だった。たまには心配される立場になっても良いだろう。

 

「ふふっ……それくらいの気持ちで良いかもしれませんね。

 一人で全て背負い込む必要はありませんからね」

 

 そう言って微笑む徳川様と未だに苦笑を浮かべる俺では随分と差があるが、致し方なしだ。

 とりあえず今はそう思っておこう。二条御所に戻ってどうなるかはわからないが、現状優先すべきは徳川様から聞く、詳しい話なのだから。




ヨシモト様とファッションショーを開きたい。そして眺めたい。

とりあえずヨシモト様のファッションショーって女性限定?
単純にその対象になる男が居なかった可能性を考えて、結城を着せ替え人形にしてしまおうかなと。


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イエヤスさまといっしょ そのに

オリ主はオリ主で癖が強い人間。


 徳川様に案内されるままに辿り着いた部屋に入り、用意してもらった座布団の上に座る。なんというか、普段は畳の上に直接座る。いや、むしろ座らずに立っていることの方が多いので微妙にむず痒い。

 とは言え、用意されたのにそれに座らないのは失礼だと思うので大人しく座っているのだ。

 

「少し待っていてください。侍女にお茶を頼んでいるので、すぐに持って来てくれるはずですからね」

 

「わかりました。お気遣いありがとうございます」

 

 茶会のそれとは違う普通のお茶というのはありがたい。お茶と言うだけであれを思い出して少しだけ疲れてしまう。いや、確かに味は良かったのだけれども。

 それでも細かい作法に気をつけなければならないのは大変なのだ。

 

 お茶を頼んでいるということは、きっと侍女が来るまでは徳川様は何も教えてはくれないのだろう。そう思って徳川様を見れば目を閉じて微動だにしない。

 であれば俺が今話とは何なのか聞いたところで答えてはくれないだろう。だから大人しく待つのが正解だ。

 そう思って大人しくしていると、人の気配が近づいて来るのを感じた。気配を消しているわけでもなく、足音も普通で何か特別な訓練などを受けた様子もない。普通の侍女なのだろうか。

 

 織田様のように忍に侍女へと変装させておらず、忍は忍として隠れているということなのか。

 そう思って気配を探るが近くにはそういった気配はない。

 なんとなく察したのか徳川様は目を開けて俺を見た。

 

「……あぁ、忍の方々には下がってもらっていますよ。

 今回は結城にだけ聞かせるべきかと思いましたから」

 

 なるほど。そういうことなのか。道理でまったく気配を感じないわけだ。

 いや、もしかすると俺が気づかないだけで気配を消して隠れている可能性もあるのか。

 であれば少し本気を出して探らなければ。隠れているかどうかなんてものは関係ない。もはやこれは忍としての意地のようなものである。

 そうして探ってみるとこの部屋の周囲にはそれらしい気配はなかった。ただ、流石に屋敷全体で見ればあちらこちらには忍の気配を感じることが出来た。

 いつも通りの気配察知能力である。これで見つけられないのであればそれは相手の方が上手ということだ。それならば仕方ない。というか、これくらいやれば満足である。

 

「結城のそういうところはなんというか、子供っぽいようにも思えますね」

 

「いや……つい……」

 

 その様子を見ていた徳川様が何処か意外そうにそう言った。普段はこういうことはしないせいなのかもしれないが、俺だって男なのだ。無駄だと言われるとしても意地になることだってある。

 ……意地になるようなこと自体、あまりないのだけれども。

 

「あ、でも……普段の落ち着いた姿と違って、なんだか新鮮でした」

 

「そういう感想やめてもらえませんか。少し恥ずかしいです」

 

 普段と違う姿が新鮮でしたとのことだが、口元へと手を持っていきくすくすと笑うという行動と一緒に言われると流石に恥ずかしい。

 とはいえそれを表情には出さないようにしている。忍たる者感情を悟らせるべからず。とは師匠の言葉だ。師匠はだいぶ感情を表に出していたようにも思えるのだが。

 

 そんな他愛の無い話をしていると侍女が数名部屋に入ってきて茶と茶菓子の饅頭を大量に置いて去って行った。流石今川様に仕える人間だけあって礼儀作法をきっちりと叩き込まれているようで、所作が綺麗なのが印象的だった。そして饅頭の量が衝撃的だった。

 侍女が退出するのを見てから、それでは早速話を……と思ったのだがどうにも徳川様は違うらしい。

 茶菓子が饅頭だったのだが、それをとても美味しそうに頬張っていた。それも栗鼠のように頬を膨らませて、である。確かに茶菓子にしては随分と量があるな、とは思ったが対徳川様用だったのか。

 とりあえず、頬張っている饅頭がなくならなければ話が出来ないので徳川様が食べ終わるのを待たなければならない。しかし、量が量である。すぐに食べ終わることはないだろう。

 具体的に量を言うのであれば饅頭の山が三つである。それも以前豊臣様と大食い対決をした時に食べていたような大きさの饅頭だ。

 饅頭を頬張り、時折茶を飲んで、また饅頭を頬張る。その繰り返しである。

 

「……徳川様、そうして饅頭を美味しそうに頬張っているのを止める、というのは聊か心苦しくはありますが……もう少し落ち着いて食べても良いと思います。というか落ち着いてください。

 なんですかそれ。見ているだけで微妙に胸焼けが起こるんですけど」

 

 事実胸焼けが起こっている。なんであんなに饅頭を沢山食べられるのだろうか。むしろ徳川様の体のどこにあれが消えているのだろうか。

 とりあえず俺の言葉を聞いて饅頭を頬張るのをやめて、それでも口の中にある饅頭を味わいながらもぐもぐと口を動かしていた。そしてそれを飲み込むと茶を飲んで一息つき、姿勢を正して俺に向き直った。

 

「ん、そうですね……お饅頭は後でも食べられるので、先に話をしましょうか。

 …………本当はもう少し食べたかったのですが……」

 

 真剣な表情に変わったかと思えば後半の呟きで台無しである。だがそれを指摘して妙な話の拗れ方をしても面倒なので黙っておく。……この辺りは、宗易様の連発する駄洒落をそのまま流すのと同じようなものだろうか。

 そんなことを頭の隅で考えながらも、それを表には出さずに徳川様が喋り始めるのを静かに待つ。

 

「まずはそうですね……結城の状態について、気づいていないようですので教えなければなりません」

 

 俺の状態、というのは何か。なんとなく察しているものであれば……

 

「カシン様の呪い、でしょうか」

 

「ええ……気づいていたのですか?

 その割にはなんというか……魔力が……」

 

「あ、いえ……なんとなく、察しました。カシン様の話と、徳川様の行動。そして幾らか楽になったことを考えると、カシン様の呪いが原因で魔力不足というか、呪力不足というか……

 とりあえず、そういった状態になっているのではないか、と」

 

 今になって思えば、そうした結論に至ることが出来る情報は幾らかあったのを思い出す。特にカシン様は顔を合わせる度にあれこれと言っていた。だというのに俺はその結論を出すことが出来なかった。

 どうやら泰平の世ということで気が抜けていたのかもしれない。乱世の折にはもう少し察しが良かったはずなのだから。

 

「そうですか……それがわかっているなら幾らか省略しても問題ありませんね。

 先ほど私が結城の手を握っていたのは魔力を譲渡していたからです。既に枯渇した状態でしたので、気休めではありますが……」

 

「なるほど……って、待ってください。枯渇した状態、ですか?

 それはおかしくありませんか?そんな状態になっているのならとっくに死んでいるはずですが……」

 

「本来であれば、そうなります。ただ、結城の中には少々特殊なものがありますから」

 

「……カシン様が言っていた俺の中にある、というのは呪いそのものかと思っていましたが……どうにも違うみたいですね……」

 

 それならば俺の中にある物とはなんだろうか。カシン様の呪いとその起源である憎悪をこの身に封印しているのでそれかと思っていたのだが。

 

「この身に卑弥呼を降ろすこととなった時に幾らかの記憶と情報が私の中に残っていました。

 そしてそれによって榛名の欠片と呼ばれるものの存在を知りました」

 

 榛名の欠片。その名前だけを聞けば既に榛名は砕けているとも考えられるのだが、それならばカシン様がわざわざ俺に榛名の話をする意味がない。となれば……

 

「それは形の無い何か。ということでしょうか」

 

「ええ、そうなります。

 榛名は卑弥呼が浄化し切れなかった負の気を封印したものです。それが何故か手にすれば天下の覇権を握れる、という風に言われるようになっていましたが……本来のあれは、世に解き放てば災厄を招くことになるでしょう。

 ……少し話がずれましたね。その榛名の名を冠した欠片ですが、榛名とは違ってその性質は陽でも闇でもない、どちらにも染まっていない状態の力です。

 ですが……もしこれが闇に染まるのであれば、結城は以前のカシンと同じ存在になってしまうかもしれません。

 そして結城の中にある榛名の欠片は既に闇に傾いているように思えます」

 

「それは困りますね。それをどうにかする手が無いなら、とりあえずこの首を落としてしまうのが一番でしょうか?」

 

 以前のカシン様と同じ、ということは世界を憎み、滅びを呼ぶ存在になるということか。それは困る。ヨシテル様の悲願が達成された今、それを乱すなんてことは許されない。

 それも俺自身が、となるのであれば一刻も早くこの首を落としてしまわなければならない。

 命ある限りヨシテル様を支えていきたかったが、致し方あるまい。

 

「結城のそうした誰か一人のために全てを投げ捨てることが出来るというのはある意味で美徳なのかもしれません。ですが結城が亡くなれば悲しむ方が多くいます。ですから軽々にそんなことを言わないでください。

 それに、手が無いわけではありませんよ」

 

「……すいません。軽率でした。それで、手があるのですね」

 

 自分の命を軽く見る。どうにも昔からそうだが、師匠にもあれこれと言われた記憶がある。人の命は決して軽くなどないのだと。里にあった本を読んで得た考えだったが、それが原因で随分と怒られたものだ。

 今となってはそんなことはないはずなのだが、必要であればこの命を切り捨てることに躊躇いは無い。

 

「ええ。陽の力に傾ければ良いのですよ」

 

「…………カシン様が闇の力に染まっている見本とするなら、陽の力に染まっている見本は徳川様や他の戦国乙女の方々、と言ったところでしょうか」

 

「はい、少し大雑把な考えではありますがそれで問題ありません」

 

 となれば、早々に陽の力に傾けなければならない。以前のカシン様のようになるなど、あってはならないのだから。しかし、何故だろうか。陽の力に傾ける、その考えを忌避する自分がいる。

 

「……どうにも、浮かない顔をしていますね……

 もしかして、陽の力に染まることが、あまり良く感じられませんか?」

 

「はい……どうしてか、忌避感があります。

 なんというべきか……無理に陽の力に染まらずとも、多少であれば闇に傾いても良いのではありませんか?」

 

「何故そう思うのですか?下手をすればカシンのような存在になってしまうかもしれないというのに。

 結城もそれが原因でヨシテル様と結城がこうして成し遂げた泰平の世が乱れることを良しとはしないでしょう?」

 

「…………あー……変なこと言いますけど、笑わないでもらえます?」

 

 忌避感を覚えて、何故かを少し考えると思いつくことは幾つかある。それでもきっと、一番大きな割合を占めているのはカシン様のことだろう。

 

「俺が闇に傾いているというのはきっとカシン様は認めないと思いますが仲間意識とか持ってそうだな、と。

 そんな俺が陽に傾き染まるとなれば……確実に拗ねて面倒なことになりそうだなぁ、とか思うわけですよ」

 

「あのカシンが、ですか……?」

 

「徳川様にとっては信じられないと思いますが、本当にそんなことで拗ねてしまうんですよ。

 まぁ、それに現状維持でも問題はないのならそれで良いと思っていますからね」

 

 闇の力に傾いていても、それは問題ではない。傾く程度ではなく、染まってしまうのが問題なら現状維持ということでも良いのではないだろうか。

 それにきっと昔からそうだったのだと思う。片方に傾いた状態でずっと生きてきた、それならこれからもそのままで生きていけば良い。

 

「今のカシンは私よりも結城の方が詳しいですから、そうなのかもしれませんね。

 ……ですが、出来れば結城には陽へと傾いて欲しいと私は思います。万が一、ということもありますから」

 

「あー……それは必要に応じて、ということで……

 ……ところで徳川様。カシン様の呪いを解呪する方法などに心当たりはありますか?」

 

 少し話を逸らそう。いや、実際に解呪の方法を徳川様が知っているのならそれに越したことは無いのだが。

 

「カシンの呪いを解く方法ですか?

 ……榛名の力を利用すれば、可能かとは思いますが……」

 

「榛名の力ですか……そうするのであれば素人が扱うよりは、徳川様かカシン様に協力してもらうべきですね」

 

「はい。私やカシンであれば扱えるでしょうね。ですが、カシンが呪いを解くことに協力してくれるのかどうか……」

 

 まぁ、そうだ。カシン様が何の見返りもなく手伝ってくれるとは思えない。

 というか、見返りがあっても手を貸してくれる保障など何処にもない。

 

「となれば、まずは榛名を手にしろ。ということですね」

 

「あまりお勧めは出来ませんが……確実ではあると思います」

 

「わかりました。では最終手段として考えておきます。

 榛名に手を出す前に、色々と試してみますよ」

 

「それが良いかもしれませんね……ですが、何度も言います。無理だけはしないようにしてくださいね」

 

「ええ、わかっています」

 

 話を逸らすことに成功したし、解呪の最終手段も確保した。

 それに俺の中にある榛名の欠片とやらの状態も知れたので駿河に来て良かったかもしれない。ただ、徳川様に言われた通りにすれば本当にカシン様が拗ねてしまうだろう。

 多分俺がこうした任務に就いたのはカシン様がヨシテル様に教えた結果だろう。そして徳川様と同じように欠片を陽に染めろ。とか言ったかもしれない。

 ただ、それで本当に俺が榛名の欠片を陽に染めてしまえばカシン様は気を悪くする。

 あの方は本当に子供のようで、素直ではない。なんだかんだで気に入られている俺が闇に傾いているのをカシン様は内心では気を良くしているだろう。というか、陽に染まっているだろうヨシテル様の傍に居る、そんな人間が闇に傾いているというのが面白いのかもしれない。

 

「…………榛名、調べてみましょうか……」

 

 饅頭をまた頬張り始めた徳川様を見ながら呟いた言葉に答える者はない。ただ、一瞬だけ徳川様の目に今までと少し違う色が浮かんだ気がした。




この作品の設定とか、そのあたりをちょろっと。

資料集読んでゲームやって、修正とかこういう風な話にしようとか色々思いますね。
というかオリ主いるからゲームで言うと京都編の終わりくらいから原作剥離してるんですよねこれ。
というかもうオリ主がいて色々やらかしてるからこんな話になってるんですけどね、うん。


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リキュウさまといっしょ

オリ主は習えば大抵出来るようになる。


 徳川様との話も終わり、既に冷めてしまった茶を飲みながら饅頭を消化していく徳川様をなんとなしに眺めているとぱたぱたと足早に此方に向かってくる足音が聞こえてきた。

 どうしたのだろうか、と音の方へと顔を向けると襖を開けて兵士の姿があった。

 

「イエヤス様、結城様。リキュウ様がお戻りになられました」

 

「リキュウさんが?」

 

「はい。ヨシモト様は今手を離すことが出来ないとのことなので、イエヤス様に対応をして欲しいとのことでした」

 

「そうですか……結城?」

 

 徳川様の表情から察するに、宗易様と席を同じにしても良いか。ということだろう。

 

「構いませんよ」

 

「わかりました。どうぞ、リキュウさんを通してください」

 

 宗易様は巫女の守り人として本来徳川様を守るという使命を帯びた方だ。まぁ、それを言うのであればカシン様が使っている細川ユウサイという名前や体もそうであるのだが。

 とはいえ、カシン様が今使っている細川様の体は忍の秘術を用いて作ったものであり、本当の体は既に宗易様たちの手によって丁重に葬られている。

 その際にカシン様は細川ユウサイ様の肉体を器として随分と気に入っていたために手放すことを拒んだ。ついでにそうして宗易様たちがどんな反応をするのかを楽しんでいた。

 仕方なしにカシン様に代わりになる器を提供することによってどうにか細川様の体を安らかに眠れるようにと葬ることが出来たのだ。

 

「宗易様が戻ってくるということは、何処かに……里に戻っていたのでしょうか」

 

「そうですね……一度里に戻るとのことでした。少し用事がある、と」

 

「なんと言うか、里に戻らなければならない用事がある。というのが少し不穏な気配を感じてしまうのですが」

 

「大丈夫ですよ。お墓参りとお世話になった方に感謝の意を込めて贈り物を用意したい。という話でしたからね」

 

 墓参り、ということは細川様の墓参りだろう。しかし、お世話になった方への贈り物というのはなんだろうか。というか宗易様が世話になった相手となると今川様くらいしか思い浮かばない。

 いや、カシン様を相手にした際に他の戦国乙女の方々が協力してくれた。ということを考えれば候補としては増えるのだろうけれど。

 

「宗易様も義理堅いと言うべきでしょうか。いえ、確かにお世話になった相手への感謝というのは当然すべきことではありますが」

 

「……その感謝される相手が自分自身という可能性には行き着きませんか?」

 

「俺ですか?いえ、それはないでしょう。細川様の件についてはカシン様を封印するなりしないように話を持っていった俺がするべき後処理。程度のことですから」

 

 はっきり言ってさっさとカシン様を封印してしまえば細川様の体を取り返すことは簡単に出来たのだ。それを邪魔する形になってしまったのだから言い方はあれだが償いのようなものでしかない。

 それを感謝されるというの個人的にはあまりしっくり来ない。余計なことをした人間がその処理をする、それは当然のことだ。

 というか、怨敵もしくは宿敵のようなカシン様を生かす選択を押し通した俺は本来であれば恨まれるなりするべきだと思う。だというのに何故かそうした感情は向けられていない。

 

「結城にとってはそうかもしれませんが、リキュウさんにとっては違うんですよ。

 それに、結城は普通であればそうだろう。という考えを持っているようですが、私を含めた乙女たちにはあまり当てはまらないと思いますよ」

 

「確かに癖の強い方が多いですからね……常人とはまた違う、ということでしょうか……」

 

「んー……そういうわけではないのですが……」

 

 そんな話を続けていると近づいてくる気配があり、襖が開かれた。

 そこに居たのはやはりというべきか、いつもと変わらず目を閉じているのか開いているのかわからない、柔和な笑みを浮かべた宗易様だった。

 

「イエヤス様。ただいま戻りましたよ。

 結城様も、私が言うのもおかしいかもしれませんが、良くぞおいでくださいましたね」

 

「いえ、宗易様もご健勝のご様子で何よりです」

 

「結城様も、以前と変わらないご様子で」

 

 軽く挨拶をしてから宗易様が腰を下ろし、いそいそと茶の準備をし始めた。

 この方はどうしてか自分で茶を振る舞いたいようで、席を同じくする場合は大抵こうして準備を始めるのだ。とはいえ、宗易様が二条御所に来ること自体少ないのでヨシテル様や俺が茶を振る舞われる機会は少ない。

 いや、普段は警備や義昭様の警護や話し相手などをしているので今回が初めてなのかもしれない。とさえ思える。

 

「さてさて、普段は結城様にお茶を味わって頂く機会もありませんが、今日はついにその機会が訪れた様子。

 ですので早速振る舞わせて頂きます。この千リキュウ自慢のお茶を!」

 

 何やらとても張り切っているようだった。作法などはそこまで気にしなくても良いようなので助かるが、何故こうまで張り切っているのだろうか。

 徳川様を見ればふわりと笑んで宗易様を見ているので聞いたとしても答えてはくれそうにない。多分、なぜ張り切っているのかはわかっているのだろうけれど。

 そしてすぐにまた食べ始めるのはどういうことだろうか。まるで私は暫く黙りますね。とでも言いたいのだろうか。

 

「ふふふ……実は以前から結城様にお茶を振る舞おうと思っていました。ですがその機会が今までなかったので、今回は丁度良かったです」

 

「そうですか……ところで宗易様。里に戻っていたと聞きましたが」

 

「ええ、ユウサイのお墓参りと……お世話になった方に新しい装束を、と思いまして」

 

「なるほど。その装束と言うのがどのような物なのかはわかりませんが、喜んで頂けると良いですね」

 

「そうですね……喜んで頂けると、私としても大変喜ばしいです。

 さて、お茶の用意が出来ましたので、これをどうぞ」

 

 宗易様の出してくれた茶を受け取り、一口飲んでみれば先ほど今川様が点てた茶よりも美味しく流石宗易様だと思った。表情に出ていたのか、俺の顔を見て一つ頷くと自分用に茶を点て始めた。

 なんでも自分専用の黒茶碗で飲む濃いお茶は最高なのだとか。そんなことを言いながら茶を飲んでいるのを以前に見たことがある。普段の様子とは違って随分と可愛らしい様子だったのを覚えている。

 というか現在進行形で濃いめの茶を飲んでいるようで実に幸せそうにしている。自分の好きな物を飲んでいるのだから当然と言えば当然か。

 

「はぁ……やはりお茶は濃い物に限りますね。とても美味しくて大満足です。

 あ、結城様はどうですか?濃いお茶がなくちゃ嫌になっちゃうなー、なんてことはありませんか?」

 

「そうですねー……たまに飲みたくなることはありますよ」

 

 宗易様の言葉遊びは相変わらずのようで、本人は会心の出来だ。とでも言うように自慢げな表情になっている。

 しかしわざわざそれに反応をするのは今川様と毛利様くらいだ。まぁ、今川様はどう反応したら良いのかわからないとか過剰反応するのと、毛利様は容赦なく詰まらないと斬り捨てる。

 ただ、あまりそういったことをしていると宗易様から直々にお仕置きされるのでやめた方が良いだろう。

 確か以前に毛利様がそうして斬り捨てたのが原因で宗易様が目を開き、いざお仕置き開始となった折に毛利様だけ逃げたとかなんとか。

 

「そうでしょうそうでしょう。では次は私も大好きな濃いお茶を振る舞いましょう」

 

「あ、リキュウさん。私にもお願いします」

 

 徳川様を見れば饅頭の山が一つ消えていた。それでも結構な量が残っているのだが。徳川様の湯飲みを見ると既に茶は残っていないようで、だからこそ催促したのだろうけれど。

 宗易様は徳川様の言葉に頷くと手際良くお茶を点てていく。

 

「……流石と言うべきでしょうか。宗易様は手際も良いですね。

 どうでしょうか、今度二条御所でヨシテル様や義昭様のために茶会など開いていただければと思うのですが」

 

 本来は勝手に決めて良いことではないのだが、ヨシテル様も宗易様の茶を飲みたいと言っていたので丁度良いだろう。日程に関してはまた後日決めて伝えれば問題はないのだから。

 

「なるほど……色んな方と茶会はしていますが、ヨシテル様とは茶会としての作法に則ったものはしていませんでしたね……

 わかりました、また後日二条御所にお邪魔します。その時に、茶会を開きましょう。京の銘菓をお茶菓子に、抹茶も良い物を用意して……ふふ、楽しみですね」

 

 宗易様は随分と乗り気なようだ。駿河の様子を見るのが終わったら一度京に戻るとしよう。報告と、宗易様のことを話さなければならない。予定を一つ決めたところで宗易様から茶を受け取る。

 礼をしてから口をつければ、なるほど。確かに先ほどよりも濃いめになっている。ただ、苦いということはなく不思議と飲みやすい。そして口に残る茶の風味は豊かでとても美味しい。

 

「これは……とても美味しいです。濃いのはあまり飲みませんが、こういうのは悪くありませんね……」

 

 素直に感嘆の言葉を漏らす。心のどこかで高々茶である。と思っていたがそんなことはなかった。点てる人間が変われば此処まで変わるものだとは思わなかった。

 なるほど、確かにこれは松永様や今川様が好んで茶会を行うようになるのも納得である。

 

「そうでしょうそうでしょう。結城様は茶の湯に対して理解のある方のようですね。

 それではこれを機に結城様も茶道を歩まれては。結城様は幸運なことに師と仰ぐに相応しい方とお知り合いですからね。もしよろしければ僭越ながらこの千リキュウが師となる。ということも選択肢としてありますよ」

 

「有り難い話ではありますが、俺の本分は忍ですからね……

 いずれこの身が忍でいられなくなったのなら、その時にでもお願いします」

 

「んー……結城様が忍でいられなくなる、というのは想像がつきませんね……

 こう、なんと言うか……忍として生き、忍として死ぬ。そういう方のような気がしてなりません」

 

「褒め言葉として受け取らせていただきます」

 

 それ以外は想像が出来ないと言う宗易様に返してからまた茶を飲む。確かに俺は忍として生きて、死ぬのだろう。ただ出来ることならばヨシテル様のために俺が出来ることをやりきってから果てたい。

 

「んー……確かに結城様にとっては褒め言葉になりそうですね……

 あ、そういえば一つお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」

 

「なんでしょうか。答えられることであれば、答えますが」

 

「今のカシン居士について……以前のような存在ではないと聞いてはいますが、実際にはどうなのか気になっていまして。

 結城様のことを過信し過ぎて最悪の状況になる。というのは避けたいので出来れば最近のことを聞かせていただけませんか?」

 

 確かに過信しない方が良いというのは頷ける。だが俺を見ながらどうですか!と言うような目を向けるのはやめてほしい。確認がしたいのか、ただ言葉遊びがしたいだけなのか判断に困る。

 だがこれに反応すると今川様と同じになってしまう。

 

「そうですね……最近のカシン様は二条御所にチョコレートの催促に来たり、ミツヒデ様で遊んだり、ヨシテル様と話したり、義昭様と何故か笑みながら話をしていましたね……

 良く考えるとこの中で一番おかしいのって義昭様とのことですよね。義昭様なんであんなに強かになったんでしょう」

 

「え、えーっと……義昭様のことはわかりませんが……いや、待ってください。

 どう考えても全部がおかしいような気が……」

 

 義昭様とのこと以外でどこにおかしなことがあったのだろうか。全部カシン様らしいような気がするのに。

 

「その、ちょこれーと?というものを催促にというのは何かの武器だったり……?」

 

「あ、いえ。忍者食、なのですが……どうにもお菓子か何かと勘違いされているようで……

 宗易様と徳川様もよろしければどうぞ」

 

 言ってから二人にチョコレートを差し出すと、控え目に言っても黒い塊であるチョコレートを見て引いているような気がする。徳川様は甘い香りに気づいたのか興味津々と言うようにしている。まぁ、とりあえず騙されたと思って食べてもらおう。

 恐る恐る、というように口にする宗易様と躊躇いなく食べる徳川様はとても対照的だった。

 

「んんっ!?なんですかこれは!」

 

「とても甘くて美味しいです!初めて食べますが、これはあれですね、雛祭りの時に食べたケーキにするともっと美味しいような気がします」

 

 チョコレートとケーキ。安直にチョコレートケーキと言えば良いのだろうか。織田様の言っていた酒入りと徳川様の言ったケーキにする。これはどうにも難しいような、思っているよりは簡単なような……。

 そんなことを考えている間にも宗易様と徳川様はチョコレートを口にしている。まぁ、そこまで量は出していないのでなくなっても良いのだが、どうしてこう戦国乙女の方々は遠慮と言った物をなしにどんどん食べるのだろうか。

 それに、茶には微妙に合わない気もするのだが……いや、甘い物に関してはその辺りを度外視するのが乙女というものなのか。

 

「カシン様も気に入った様子で幾らかお渡ししたのですが、今になって思えば他の戦国乙女の方とそう違わない反応でしたので甘い物は好きなのでしょうね」

 

「ま、まぁ……確かにこれほど甘く美味しい物となればそうなのかもしれませんね。

 …………なんだか、今までのカシン居士に対しての印象がぼろぼろと崩れていくような気もしますが……」

 

「んー……おいひぃです……」

 

「って、徳川様!?残り全部頬張るって何をしているんですか!?」

 

 一瞬だけ目を離した隙にチョコレートの残りを全て幸せそうに頬張っている徳川様に驚いてしまった。先ほどまで饅頭を食べていたのに、まだ食べ足りないとでも言うのか。

 いや、それよりも宗易様がぷるぷると震えているのが、なんとも嫌な予感がしてしまう。

 

「イエヤス様……」

 

「ひょっとまっへくらはい……」

 

 徳川様は口の中にチョコレートがあるせいか呂律が回っていないように言い、少ししてから飲み込むと一息つきてから茶を飲み、宗易様へと向き直った。

 

「はい、なんでしょうか」

 

「ちょこれーと、というのがとても美味しいのはわかりますが、私の分が残っていませんよね?」

 

「…………ゆ、結城?もう少しちょこれーとがあったりは……?」

 

「いえいえ、そういう問題ではありませんよイエヤス様。

 他の方と一緒に分け合って食べている物を断りもなく全て平らげてしまうなんてことは、とてもではありませんが許されることではありません。

 ですので私としても大変不本意ではありますが、お仕置き。と行きましょうか」

 

 カッと見開かれた目は真剣そのもので、冗談で言っているわけではないようだった。手にはいつの間にか傘が握られており、今にも振り上げんばかりの気迫を感じる。

 それに対して徳川様は冷や汗を流しながら視線を彷徨わせてから、俺を見た。どうやら助けを求めているらしい。

 

「宗易様」

 

「なんでしょう結城様。私は今からイエヤス様のお仕置きで忙しいのですが」

 

「やるなら外でお願いします」

 

「ゆ、結城!?あの、そういうのを期待したわけではなくてですね!?」

 

「そうですね。室内で、というわけにはいきません。イエヤス様、表に出てください」

 

 宗易様はとても良い笑顔でそう言い切った。ただし目は全く笑っていない。そして徳川様の手を取って室外へと連れ出す宗易様を見送ってから、微妙に冷め始めた茶を口にした。

 それは冷め始めているとはいえ、とても美味しくて、外から聞こえ始めた破壊音など聞こえないように飲み干すのだった。




言葉遊び(駄洒落)を全力でスルーしたい。
それとリキュウ様の点てたお茶飲みたい。

何故だ……何故戦国乙女二次創作が増えない……!


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ヨシモトさまといっしょ

オリ主は普段から忍らしい格好はしない。
忍だと感付かれないために。


 未だに聞こえてくる破壊音と、徳川様の悲鳴染みた声を聞きながら完全に手持ち無沙汰になってしまった俺は仕方なしに、無礼かもしれないが試しに茶を点ててみることにした。

 宗易様がしていたように、また先ほど叩き込まれたことを思い返しながら点てる。

 少々手際が悪かったが、それでも本来茶を点てることはない俺にしてはなかなかの出来だった。

 

「……ふむ、やはり宗易様には劣りますか」

 

 それでもつい今しがた飲んでいた宗易様の茶と比べてしまって軽くへこんでしまう。

 もしもっと上手く点てることが出来るようになればヨシテル様や義昭様に、と考えてしまうので、あんなことを言った後ではあるが宗易様に師事するのもありなのかもしれない。

 そんなことを思っていると慌てたように今川様が駆け込んできた。

 

「結城さん!?外でイエヤスさんとリキュウさんが戦っているのはどういうことですの!?」

 

「あれは宗易様が徳川様に対してお仕置きをしているだけです。ですので放っておいても良いと思いますよ」

 

「り、リキュウさんのお仕置き……!?そ、そうですわね!あまり私たちが手を出すわけにはいきませんものね!」

 

 宗易様のお仕置きというのがトラウマになっているのか、微妙に震え始めている。どうにもそれは大好きな徳川様を見捨てるような選択さえ選ばせてしまうほどのもののようだった。

 俺はそのお仕置きというのを見たことも、されたこともないのでなんとも言えないのだが……とりあえず、カシン様と戦うようなことになるよりはマシだろう。もう二度とカシン様とは戦いたくない。

 

「ん、んん!で、でしたら私たちはファッションの研究といきましょう!」

 

 咳払いを一つしてから今川様は外で行われている宗易様のお仕置きなどないとばかりにそう言った。

 

「ちょうど屋敷へやってきた商人の方に話をしたところ幾つか男性用の物を持っていましたので、譲っていただきました。ですので……早速着替えていただきますわ!!」

 

 着替えていただきますわ。とのことだが、これはつまるところ完全に着せ替え人形になれということだ。別に変化を多用する前に変装も覚えていたので、服装を変えるという程度であれば気にならない。

 ただそれが着慣れたものなのか、初めて見るようなものなのか、それが気になるところではある。

 

「侍女たちに隣の部屋に用意するように言っておきましたわ。ですから隣で着替えて、それが終わったら戻ってきてくださいな」

 

「わかりましたが……着方のわからない物が合った場合はどうすれば?」

 

「あ……そ、そうですわね……その時は仕方ありませんから私がお手伝いしますわ。

 本来ならばそうして殿方の着替えを手伝うということはありえませんが……流石に今回ばかりは致し方ありませんものね」

 

 確かに今川様が誰か男性の着替えを手伝う姿というのは想像が出来ない。徳川様の着替えであれば必要なくとも手伝うのだろうけれど。いや、むしろ徳川様が必要ないと言ったとしても、今川様であれば手伝うに違いない。

 まぁ、そんなことは置いておくとして。わからなければ手伝ってもらえるなら助かる。着方がわからなくて、手伝いなどなしに妙な着方などしたくはない。

 

「感謝します、今川様。それでは着替えて来ます」

 

「ええ、よろしくお願いしますわ」

 

 言葉を交わしてから隣の部屋に移動すると、いくつかの葛篭が置かれていた。これの中に服が入っていると考えれば良いのだろう。とりあえず端から順番に着てみよう。

 開けてから中を見ればそこに入っていたのは豊後で見たことがある。確か……メイド喫茶、執事喫茶とかそんな名前の場所だった気がする。立花様が大友様に言われて、そのメイドとかいう存在の服を着せられていたのを覚えている。

 とりあえず、一度でも見たことがあるなら問題なく着ることは出来るだろう。似合っているかどうかを度外視するのであれば、だが。

 そうした取り留めのないことを思いながら着替えてみれば、何故か服のサイズが俺にぴったりと合っていて、それに違和感を感じてしまう。

 

「今川様、少しよろしいでしょうか」

 

「ええ、構いませんわ。もしや早速着方がわからない物がおありで?」

 

「いえ、どうして俺にぴったり合うのか、と疑問に思いまして」

 

「それは簡単なことですわ。ファッションリーダーたる私にとって、その人にサイズの合う服を選ぶことなんて造作もありませんわ!

 このスキルは日々イエヤスさんの成長を記録するために必須でしたので、習得しましたの。あれは……そう、まだイエヤスさんが幼い日々に……」

 

「あ、そうなんですかわかりましたとりあえず着替えるので待っていてください」

 

 何か語り始めたので適当に切り上げて、着替え終わっているのだがまだ着替えていないふりをしておく。これで話が続いているなら終わるまで待つし、適当に時間を潰すのに使えば良い。

 ひとまず、他にはどんな服が入っているのか確認しておこう。一つは今来ている執事服。次に黒の帽子に黒のコート、黒のズボンに鎖の飾りなどが入っている。中に着るであろうベストは背中が大きく開いているようで、少し特徴的なような気がした。

 それから次の葛篭にはわかりやすいほどの忍装束が入っていた。ただ、腰当やマフラー、羽織が入っている。あれ、これもしかして風魔様の……いや、気のせいだと思いたい。そういえばなんで風魔様は例えるならば後輩っぽいのだろうか。坂田様の話を何度聞かされたことか。

 とりあえずそれは置いておこう。次に入っているのは……白を基調とした装束なのだが、どうにも見覚えがある意匠が施されている。これは……ヨシテル様の戦装束がモチーフということになるのか。流石にヨシテル様の物と同じように肌が出ている、ということはなくむしろ肌が見える場所はほぼない。

 普段から肌を出すことのない格好をしているので、それを考慮してくれたのか、はたまた元々そういうデザインなのか。いや、元々だとしても何故ヨシテル様の戦装束をモチーフにした服など作っているのだろうか。

 

 ひとまずそれは置いておくとして、今川様も静かになったので隣の部屋に戻ってみよう。

 

「今川様、とりあえず着てみましたが……」

 

「ばっちりですわね!着こなしも良い感じですし、似合っていますわ。

 ただ……普段の格好を見慣れていると違和感がありますわね……いえ、それは仕方のないことですので結城さんが悪い訳ではありませんけれども」

 

「それよりも今川様、これ本当に今日用意した物ですか?

 以前からこういった機会を伺っていたと考えた方が自然な物がありましたけど」

 

「あぁ、ヨシテルさんの戦装束をモチーフにしたあれですわね?とある方から結城さんに、と預かった物ですわ。

 それともっとこう……忍らしい装束として何かないか、と行商に話したところ、お得意様の忍の方の装束と同じ物を用意してもらいましたの。あ、ちゃんとその忍の方には許可を頂いているらしいのでそこは安心してよろしくてよ」

 

 風魔様はそれで良いのだろうか……いや、俺がどうこう言う話ではないのだろうけれども。

 それにしてもお得意様の忍というので風魔様が出てくるということは、話に聞いたことのある宅配サービスをしてくれる行商なのだろう。

 以前に部下が勝手にその宅配サービスを追い返したことに対して怒っていたのを思い出す。

 

「あ、そうそう。今回の衣装は全て結城さんに差し上げますので、是非持ち帰ってくださいな。

 そしてヨシテルさんとお揃い、という風に着てくれることを期待していますわ!」

 

「ただの忍に何を期待しているんですか……それに主とお揃いなど恐れ多いことですよ」

 

「大丈夫ですわ。ヨシテルさんにとって結城さんはとても大切な方ですもの。許してくれるというか、喜んでくれるはずですわ。だから、是非ヨシテルさんに見せてあげてくださいな。

 というわけでその話は置いておくとしまして……次の衣装に着替えてくださいますわね?」

 

「はぁ……一応、わかりましたとだけ言っておきます。着替えの方も、了解です」

 

 とある方、というのはもしかしたら宗易様だろうか。徳川の言っていたことを思えばそうなる。特に感謝されるようなことはしていないと思うのだが……とりあえず無理にでも納得するのと同時にヨシテル様とお揃いというのは恐れ多いような、確かにヨシテル様ならなんだかんだで喜びそうだな、と思ってしまう。

 ただ、そうした場合には確実にミツヒデ様が面倒なことになるのだろうな。ということも容易に想像出来てしまって少しだけため息が漏れそうになってしまった。

 いや、今はそんなことはどうでも良い。さっさと着替えてこの着せ替え人形状態なのをどうにかしなければ。

 

 次に手をつけたのは先ほど見た黒を基調としたコートなどが入った葛篭だ。着方はなんとなくではあるがわかる。わかるのだが……姿見が置いてあるので着替えてから確認してみるとどうしてか胡散臭さが滲み出ているような気がした。

 なんだこの服は。いや、自分で言うのもなんだが似合ってはいる。似合ってはいるのだが、普段であれば感じるはずのない胡散臭さを感じてしまうのだ。

 ……思うところがないわけではないがとりあえず着てしまった以上は今川様に見せなければ。

 

「今川様……着替えましたけど、これで良いんですか。凄く胡散臭い感じがしますけど」

 

「……シュガーソングでビターステップな感じがするかと思いましたが、これではどちらかと言えば碧の魔導書ですわね……」

 

「何を言っているのかわかりませんけど、とりあえず今川様の想像していたものとは違うことだけはわかりました」

 

「そうですわね……こう、結城さんの名前がテルミであっても違和感がないような……」

 

「本当に何を言っているんですか」

 

 本来はそのシュガーソングがどうこうというイメージだったんだろうが、胡散臭さのせいで碧の魔導書とかなんとかになってしまったらしい。それと俺の名前はテルミではない。

 そんなことよりも今川様がこれに満足したのなら次の、風魔様の忍装束に着替えたいのだが。

 

「待ってくださいな!こう……まずはコートを脱いで、それから……このパーカーを着てもらいますわ!」

 

 なんだろうかこの橙色のパーカーは。

 とりあえず着てみるが……胡散臭さはなくなったが何故だが外道に見える。

 

「あ、ダメですわねこれ。似合いすぎてダメなやつですわ。さ、脱ぎましょう」

 

 着せられたと思ったらすぐに脱げとはどういうことだ。いや、確かに外道な人間に見えてしまったのだから着ていたくはないのだが。

 しかし、さっきから思っているのだがこれは果たしてファッションの研究になっているのだろうか。

 

「今川様。これってファッションどうこうじゃないですよね。ただのコスプレですよね」

 

「……コスプレも、ファッションの一部ですわ!」

 

 一瞬、しまった。という顔をしてから言われても説得力はない。というかやはりこれはただのコスプレだったのか。

 シュガーステップがどうだの、碧の魔導書がどうだの言っていたのでなんとなくそんな気はしていたが。それに忍装束というのは風魔様の物と同じとなれば、つまるところ風魔様のコスプレというだけだ。

 それにヨシテル様の戦装束をモチーフにした装束も、ある意味ではヨシテル様のコスプレのようなものではなかろうか。いや、しかし用意してくれたのは宗易様なのでなんとも言えないのだが。

 

「今川様、コスプレはなしにしてもらえませんか」

 

「せ、折角用意しましたし、少しくらいは……!」

 

「……風魔様の装束はやめてください。流石に風魔忍頭領のコスプレは恐れ多すぎます。

 いえ、ヨシテル様の戦装束をモチーフにしたあれも恐れ多いのですが……とりあえず、ヨシテル様なら許してくれそうなので良しとしますが」

 

「むぅー……仕方ありませんわね……では、それで構いませんわ。

 あ、コスプレ以外にもちゃんと用意していますので、それもよろしくお願いしますわね」

 

 あ、ちゃんと普通の物も用意していたのか。今川様のことだからてっきり全てコスプレ衣装かと思ったのだがそうではなかったらしい。だいたいファッションショーと言いながらもやってるのはコスプレ大会な今川様が悪い。

 以前徳川様を着せ替え人形にしていた時など、今川様が着せてみたいと思っていたであろう衣装ばかりで流石に徳川様も辟易としていたのを覚えている。あのまま何も言わなければ俺も同じようになっていたと思うとげんなりしてしまうがきっと仕方ないことだろう。

 

「おや、もしかして丁度良い時に戻ってきましたか」

 

 ついでに今川様はやはりアホの子の状態だと面倒だな、と思っていると徳川様へのお仕置きが済んだのか宗易様が戻ってきた。良い汗をかいた。とでも言いたげな、どこか満足そうな表情をしており、すっきりとした様子だった。

 これはきっと徳川様が大変なことになっているのではないだろうか。

 

「あ、イエヤス様でしたら今頃外で風に当たっていると思いますよ。運動の後ですから、涼んでいるんじゃないでしょうか」

 

 それは本当に涼むために風に当たっているのだろうか。むしろ風に当たるというか、お仕置きの結果地面に転がして風に当てているのではないか、と邪推してしまった。

 流石にそんなことはない、と思いたいが……その辺りのことはどうなっているのだろうかと思って宗易様を見ると、私には何のことだかわかりません。とで言うように笑みを浮かべていた。どうにも無闇に探ると薮蛇になりそうだ。

 徳川様には申し訳ない気もするが、元はと言えば徳川様が欲張ってしまったのが悪い。俺も宗易様と同じように知らないふりをすると言うか、関わらないようにしておこう。

 

「それよりも結城様。私の用意した、ヨシテル様とお揃いになる装束を着ていただけるんですよね?」

 

「はい、そういう約束をしましたからね。宗易様、装束の用意、感謝致します」

 

「いえいえ。私が好きで用意した物ですから。

 それに結城様にはお世話になりましたのでそのお礼ですよ」

 

 俺は礼をされるようなことはしていない。と思ってはいても宗易様にとっては違うらしいので、大人しくその言葉を受け取ることにした。

 宗易様は、というよりも俺の知る戦国乙女の方々はこういったことは絶対に譲らない。礼をしたいと思ったなら必ずそうする。半ば押し付けるような形になる方もいるので、そこが困り物だと思うが。

 

 以前までの俺であればそういったことは嫌がっていただろうが、ヨシテル様の忍となってから随分と慣れてしまった。順応せざる負えなかったとはいえ、随分変わったものだと思う。

 それ以外にも変わった所があるのを自覚している身としては、そんな自分自身に呆れてしまうところもあったりする。

 それよりも今は宗易様から頂いた装束に着替えなければ。

 

 白を基調とし、ヨシテル様と同じような意匠が施されているこの装束だが、脚甲は軽く薄いが頑丈であり動きを阻害することはない。手甲は暗器を仕込めるようになっており、忍の身としては有り難い。

 コートは鋼線が仕込まれているようで刃を通し難い作りになっていて、いざとなれば義昭様に羽織ってもらうだけで多少なりと安全になるのではないだろうか。それにしてもコートというのは、もしかするとヨシテル様のマントに近いような何かを選んだ結果なのかもしれない。

 ヨシテル様のような鉢金というかカチューシャのような物はないが、何故か髪飾りが入っていた。丁度両の耳付近に付けるようになっていて、何処か機械的な印象を受ける。だがこっそりと足利家の家紋である足利二つ引きが刻まれている。なんというか、細かいところまで気を使っているようだ。

 おかしなところはないか姿見を使って見て確認するが、大丈夫そうに思える。ただ……コートの時点で忍らしさはだいぶなくなっている。髪飾りもなんだか落ち着かないし……いや、それは後だ。とりあえずお披露目としよう。

 

「着替えましたが……忍らしくないですよね、これ。いえ、普段から忍だと一目でわかるような格好は控えていますが……」

 

 部屋を移動して、披露するのと同時にそうした感想を口にする。似合ってはいると思う。だがどうにも慣れない格好なので違和感を覚えてしまう。

 

「まぁ……!似合っていますわね!それに男性が髪飾りを、なんて少し思いましたが素敵ではありませんか!

 なるほど……こういうのもありだと覚えておきますわ!」

 

「ふふふ……思った通り結城様に似合っていますね。それにその格好であればヨシテル様の隣に並び立ったとしてもとてもお似合いの二人に見えるはずですよ」

 

 何やら絶賛されているが、少し照れくさい。それとなんというか……ヨシテル様の隣に並び立つ。というのは俺の在り方からして少し違うような気がする。

 ヨシテル様がそうするように、と言うのであれば話は別なのだが。

 

「さて、では次に二条御所に戻る際にはそれで戻ってもらいましょうか」

 

「そうとなれば……駿河に居る間もその格好でお願いしますわ。慣れなければなりませんものね」

 

「そうですね。着慣れてしまえば今よりもしっかりと着こなせるでしょうし……

 あ、同じ物を幾つか用意してありますので、そこも大丈夫ですよ」

 

 どうしてだろうか。俺を置き去りにして話が進んでいる。それどころか何やら二人で盛り上がっているようで、微妙に放置されてしまった。

 ただそうして俺を放置しながらも話している内容がどんな服を着せようか。と言うものなのでまだまだ着せ替え人形にならなければならないらしい。

 困ったものだと思ってついため息を零し、そこでふと思う。この格好で戻るということは、一体どんな反応をされるのだろうか、と。

 ……似合っていないと笑われたり、主を真似た格好をするなどと、呆れられたりしないか聊か心配になってしまったが……もはやこれで戻ることが決定事項となっているようなので、諦めるしかないのかもしれない。

 しかし……ヨシテル様やミツヒデ様にそうされるのは耐えられる。だがもしそれが義昭様だったら耐えられる気がしない。とりあえずは義昭様に笑われたりしませんように、なんて祈ることにしよう。




絶対にヨシモト様のファッションショーはコスプレ大会で、普通のファッションは二の次だと思う。
でも仕方ないね、アホの子だもんね。

ヨシテル様の戦装束モチーフの、オリ主が着た装束はざっとしたイメージなので各自で脳内補完推奨。鉢金やカチューシャはしないのであえての髪飾り。
イメージが曖昧な場合はとりあえずヨシテル様モチーフの装束を着ていると思ってもらえれば良いのかな。
尚、所謂オリ主の2Pカラーくらいのつもり。


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トシイエさまといっしょ

オリ主はカシン様から影響を受けて人で遊ぶことがある。


 駿河で過ごした数日はとても内容の濃い物だった。

 今川様のファッション研究という名目で着せ替え人形にされたり、徳川様に頼まれてお菓子を作ったり、宗易様に少しだけ茶道について学びながら言葉遊びを流したり、色々な衣装を押し付けられたり、徳川様と二人でコスプレをさせられたり、とにかく色々あった。

 その中で織田様の現状について話をした際に、今川様は冗談だと思ったようで笑って流していたがその後に配下の忍からの報告と言う名の証言を聞いて固まっていた。そして、酷く青褪めながら嘘だと言って欲しそうに俺を見てきたので静かに首を振った。

 発狂までは行かなくとも、精神的に強い衝撃を受けたようで宗易様が茶を煎れることでなんとか平静を取り戻していた。悪いことをしたような気もするが、見ていて楽しかったので良しとした。

 

 そんなことがあった駿河を離れ、京へと戻る最中の俺はとある人物に絡まれていた。まぁ、前田様なのだけれど。

 道中の茶屋で一息ついているところに偶然現れた前田様は俺を見るなり何やら吠えた。かと思えば食って掛かってきたので反応に困るのだ。

 

「前田様、落ち着いてください。犬っぽいとは前から思っていましたが、そうキャンキャン吠えていては本当に犬かと思えてしまいますよ」

 

「うがーっ!!またそうやって犬扱いする!!オイラは犬じゃないって言ってるだろ!!」

 

「はいはい。あ、すいませんが団子の追加をお願いします。それと茶は少し濃いめで」

 

 吠える前田様を置いて、茶屋の主人に団子と、駿河ですっかり気に入ってしまった濃いめの茶を頼む。宗易様が煎れた物には当然劣るのだが、こうした茶屋でもついつい頼んでしまうのはどう考えても宗易様が悪い。まぁ、抹茶と煎茶では全く違うのだが。それでも気分的には違うのだから仕方が無い。

 それと、団子で思い出したがチョコレートは今川様にも好評でしょくらあとやその他の材料さえあれば作れると伝えたところ今度用意する。とのことだった。次に訪れた際に用意されているようなら作ることになるのだろう。

 まぁ、それくらいなら別に構わない。ただ声を大にして言うのならば、お菓子ではなく忍者食として作ったことを忘れないで欲しい。

 

「おいこら!話を聞けー!!なんでそんな普通に団子食ってんだよ!良いか!オイラはな、いっつもオイラのことを犬扱いする結城に怒ってんだからな!!」

 

「髪型が犬の耳のように見えますし、織田様に褒められた際には尻尾があるように見えますし、そうして噛み付いてくるのも同じく。といったところですので仕方ないかと」

 

「よーし、わかった。結城はオイラに喧嘩売ってるんだな?

 だったら遠慮なく買ってやる!!」

 

 何やら一人で盛り上がっているが、やはり前田様で遊ぶのは楽しい。こうして前田様で遊ぶのは織田様にも見られたことがあるが、その時は織田様も笑っていたので容認してくれているはずだ。

 ただ、前田様は遊ばれていることに気づいていないようで毎度良い反応を返してくれる。

 

「前田様。そんなことよりも茶屋を前にして何も注文しないというのはどうかと思いますよ。

 ほら、丁度店主もいますから団子でも頼んだらどうですか?」

 

「ん、んー……?ま、まぁ……確かにそうだけど……いや、それよりも結城をとっちめないと!!」

 

「ここの団子は思っていたよりも美味しいですよ。一本差し上げますので試しに食べてみてください」

 

 言ってから丁度出てきた団子を一つ前田様に差し出す。なんだかんだで子供なので、こういう団子などの食べ物を出されるとついつい流されてしまうのが前田様だ。

 

「お、おぉ……?た、確かにそうだな、結城をとっちめるのは後でも出来るし、折角だしもらっとくよ」

 

 一瞬首を傾げて考えようとしたらしいが、目の前に差し出された団子に思考が持っていかれて、結局流されてしまったようだ。流石前田様。そういうところも犬っぽいです。

 団子を受け取ると、迷うことなくそれを食べ始めた前田様だが、随分と幸せそうな顔になっている。やはり甘味というのは偉大らしい。

 

「団子で思い出したんだけどさ、少し前にヒデヨシのやつがノブナガ様に内緒で城下の茶屋に団子食いに行ったことがあるんだよ。そうしたらそれを知ったノブナガ様が凄い怒って、怖かったなぁ……」

 

「あぁ、その話なら知ってますよ。豊臣様から聞きましたから。

 けどそれって豊臣様が食事の前に食べていたのが原因ですよね?それに食べ過ぎているのも」

 

「そうなんだけどさー。それがオイラにまで飛び火して、団子禁止って言われたんだよ……

 まぁ、オイラはそこまで酷くないし、すぐに解禁したけど」

 

 そういえばあの話を聞いた際には前田様について何も言っていなかった。それは前田様の言うようにすぐにその話から除外されたから、ということだろう。

 しかし、こうして前田様を前にして思うことは、何故少し前に尾張を訪ねた際に居なかったのか、ということだ。いや、たぶん修行でもしていたとは思うのだが。

 まぁ、なんというか……顔を合わせることがなかったのは、微妙にお互いタイミングが悪かったのだろう。

 

「前田様。実は俺、少し前に尾張に居たんですよ」

 

「え?オイラそれ知らないぞ!?あ、でも団子の話を知ってるってことはそうなるのか……じゃなくて!

 ヒデヨシの奴が結城がいつ来るかって毎日毎日楽しみにしてたのに来る気配がないからまだ来ないと思ってたのに!!」

 

「基本的に俺は京を離れる場合はヨシテル様の命がある場合ですからね。尾張を訪れるとしても急なことになるのは仕方ないと思いますよ。まぁ、先に書状を出してから、という場合でもそれを運ぶのは俺ですしね」

 

 ヨシテル様が向かう。という書状を相手に渡す場合は当然のように俺がその任務に就く。俺がいない場合はミツヒデ様の役目となるのだが、遠い場所まで短時間で移動出来る俺の方が重宝されている。

 適材適所と言えば良いのかも知れないが……どうしてミツヒデ様は時折忍である俺が受け持つはずの任務に就くのだろうか。それも本人の意思で。

 やはり前に義昭様が言っていた、ヨシテル様に頼ってもらえない。という風に考えてしまうからなのだろうか。そういった雑務は俺がこなすが武将としてしなければならないことであれば、ヨシテル様はミツヒデ様に頼っているというのに。もしかするとそうして頼られるだけでは足りないのか。

 

「なんだよそれー!折角ならさ、俺が行きますーって感じの書状を他の忍が持ってくるとかしないのか?」

 

「いや、忍が行くってことを他の忍を使って知らせるってなんですかそれ」

 

 まるで意味がわからないぞ。というかそんな無駄なことに俺は部下を動かしたくない。

 

「というか、なんで前田様は俺を待ってたんですか?」

 

「え、べ、別に待ってないぞ!?」

 

「いや、来ないと思っていたから修行に出ていたんじゃないんですか?」

 

「そ、そうだけどさ……ってあれ、オイラ修行してたって言ったっけ?」

 

「前田様が織田様から離れるのは大抵修行のためですから。豊臣様よりも強く、というのはなかなか難しいと思いますよ。潜在能力で言えば戦国乙女一だとされていますから、この先まだまだ強くなるでしょうからね」

 

「うっ……そ、そうだけどさ……だからってヒデヨシよりも弱いままじゃいられないし……

 オイラだってわかってるんだよ。ヒデヨシの方が強いし、ヒデヨシの方がノブナガ様に信頼されてるし、ヒデヨシの方が胸が大きいし……」

 

 最後だけいらない気がする。大体それで言うならばカシン様だって似たような大きさだと思う。ユウサイ様の体の場合は更に小さいのだが。

 なんだったか、巨乳のいる世界なんて滅ぼしてやる。とか自分の胸に手を当てて言っていたことがあったような、なかったような……いや、思い出すのはやめておこう。なんだかカシン様が可哀想になって来る。

 

「でもさ、やっぱりオイラはヒデヨシのライバルで、ノブナガ様の家臣なんだ。弱いままじゃいられないんだよ!」

 

 立ち上がって決意の篭った目をしてそう言った前田様には普段の子供のような、犬のような、そんな雰囲気はなかった。前を見据える、立派な戦国乙女の姿そのものであった。

 老いにより長の座を退いた先代が、子供の成長する姿を見るのは何よりも楽しいものだ。と言っていたのがなんとなくだが理解できた。まだ俺自身が若いのに、それよりも若く、もしくは幼い誰かの成長する姿には感じ入る物がある。

 

「そうして決意するのは大変素晴らしいことだとは思いますが、団子くらい置いてください。台無しです」

 

 それなのに何故団子の串を握り締めているのだろうか。折角の姿が台無しだ。

 というかなんだこれは。つい先日どこかで団子にまつわる似たようなことがあったような気がするぞ。ライバルだとかなんとか言っているが、微妙に似ているところが多くて姉妹のようにすら感じてしまう。

 

「……そ、そういうのは、思ってても言わないもんだと思うんだけど……」

 

 恥ずかしそうに、もしくは拗ねたように言いながら再度座ると手に持った団子にかぶりついた。先ほどまでよりもだいぶ豪快なその様子を見るに恥ずかしかったのではなく、完全に拗ねているのがわかる。

 ただし、そういった感情も長続きしないのが前田様だ。

 

「……そういえば結城はなんでそんな格好してるんだ?いっつもはこう……もっと黒いのに。

 いや、似合ってるとは思うんだけど……全体的に結城の趣味じゃなさそうな格好だよなーって思ってさ」

 

「これは宗易様が用意した物ですからね。俺の趣味じゃないのはそれが理由です。

 悪いとは言いませんがこれ目立つんですよ。町を歩いててもこっちを見る人とか、通り過ぎてから振り返る人とか結構いてなんとも微妙な気分になりました。

 忍の身としてはもう少し忍べる格好が好ましくはありますが……まぁ、機能的ですからそれなりに気に入ってはいますよ」

 

「ふーん……あ、でもなんかその格好見てるとオイラと似たようなもんだな。って感じはするかも」

 

「似たような……あぁ、前田様の刺青ですか」

 

「そうそう。オイラとノブナガ様の絆の証だ!結城の場合はえっと……ヨシテル、様とだろ?」

 

 そういう意図は俺にはなくとも、宗易様はそうした思いからこの装束を用意した可能性は高い。お揃いだとか、隣に並び立つだとか、そんなことを言っていたのだから。

 にしても、そうか。そう考えてみると前田様と同じような動機でこの格好をしていると思われるのか。

 

「……やはり着替えるべきでしょうか」

 

「えっ……いやいや、折角用意してもらったんだろ?だったらちゃんと着ないとダメだって!

 それに似合ってないわけじゃないんだぞ?」

 

「そういう問題じゃないんですけどねー……」

 

 俺はヨシテル様とお揃いだとか、そういう考えは全くないのに周りからはそういう意図で着ていると思われるのは、なんと言えば良いのか……少し恥ずかしいような気がする。

 俺の性格上そんなことはない。と断言しそうな方もいるのだが、その人数は少ないのだから。

 

「んー……まぁ、良いじゃん。似合ってるし便利なんだろ?」

 

「……まぁ、そうですね。ぐだぐだ言っても仕方ありませんし……この格好を必ずヨシテル様に見せるように、と今川様と宗易様に言われていますしね」

 

 少し考えればわかることだ。見せなくてもばれないと考えて、いつもの格好で京に戻ったとしても何処からかそのことを聞いた今川様と宗易様に何を言われるか。

 それならばいっそ身内の笑い話程度に納めてしまうのがまだマシだ。未だに迷いがあったが、諦めてこの格好のまま京へと戻ろう。

 

「そうそう。男ならぐだぐだ言ってないで即断即決くらいじゃないとダメだぞ。まぁ、オイラも基本的に即断即決!ノブナガ様が言ったことなら尚のことな!」

 

「前田様らしいです。で、話を戻しますけど俺に用があったんですか?」

 

「なんでそこで話を戻すんだよっ!良いじゃんか今の流れでそのままなかったことにしてもさ!」

 

「いえ、何か重要な用件がある可能性もありますから」

 

「そんな重要なことじゃないからどうでも良いだろ!!」

 

 前田様としては重要なことではないと言っているが、あんな反応をされたら気になるのが人だ。というか普通に気になる。

 

「前田様。どうでも良いような些細なことなら聞かせてくれても別に良いんじゃないですか」

 

「嫌だ!言いたくない!!」

 

 そんな俺に聞かれるのが嫌な理由とはなんだろうか。というかもし俺が尾張に行ったときに前田様がいればそれについて話しているはずなのだから、別に話しても良いと思うのに。

 まぁ、どうしても嫌だと言うなら無理に聞き出すつもりはない。

 ただ……前田様はなんだかんだで、こういったことは話したがる性格をしている。言いたくない、とは言うのだが内心では話したいと思っていることが多い。

 

「……まぁ、結城がどうしても聞きたいってんなら、仕方ないから教えるけどさ」

 

 こうしたところもやはり子供だ。言いたくないだのなんだの言いながらもそれはあくまでも気を引くために言っているのであって、本当に言わない。ということの方が少ないのだから。

 

「そうですね……どうしても聞きたいので教えてもらっても良いですか?」

 

 だから前田様が欲しがっている返答をすれば、どこか得意気な表情をしながら教えてくれた。

 

「実はさ、結城にちょっと聞きたいことがあっただよ」

 

「聞きたいことですか?」

 

「そうそう。ノブナガ様が厨房に立って料理するようになって、ヒデヨシの奴は何が出てくるのか楽しみだっていっつも待ってるんだけど……それでオイラも同じように待ってるだけってもどうかと思うんだよ。

 だからいっそのことオイラもノブナガ様と並んで料理とかしてみようかなーっとかって思って……いや、オイラは料理できないけど、これを機に覚えるのも良いかなって思うしさ」

 

 織田様が料理というだけでも意外なのに、そこに前田様まで加わるのか……。想像してみたが少し無理があるような気がしてならない。というか多分そんな曖昧な理由では織田様はそれを許してはくれないと思う。

 

「悪くはないと思いますが、今はまだやめておいた方が良いと思いますよ」

 

「ん?悪くないと思ってるんだろ?なのに何で今はやめとけって言うんだ?」

 

「織田様が料理するのを楽しくて仕方ない状態だからです」

 

 それに現在の織田様は料理をしてそれを豊臣様や前田様に食べさせて、美味しいと言われるのが楽しい状態になっている。単純に料理が楽しくて、食べてくれる人がいるのがもっと楽しい。そんな感じだ。

 俺も昔に師匠や奥方様にそうして振る舞っていた時期があるのでわかる。自分の作った料理を美味しいと言ってもらえるのは意外と嬉しいのだ。

 そういう状態だからこそ、前田様は豊臣様と同じように料理を楽しみにして、沢山食べて美味しいと伝えるのが一番だと思う。そのことを前田様に伝えると感心したほうに何度も頷いていた。

 

「なるほどなぁ……確かに料理してるときのノブナガ様はすっごい楽しそうだし、ヒデヨシが美味しいです!って言うと当然じゃ!とか言いながらなんか嬉しそうだったな……

 わかった。ノブナガ様と料理するのはまたその内ってことにして、今はノブナガ様の料理を沢山食べることに集中だな!とりあえず、ヒデヨシよりも食ってやる!!」

 

 やはりそこは豊臣様と張り合うのか……ヒデヨシ様がどれほど食べるのか近くで見た身としては本当にあれ以上に食べられるのか心配になってしまう。食べすぎは良くない。

 

「前田様。豊臣様はあの見た目からは想像出来ないほどに食べますから無理だけは禁物ですよ。

 食べ過ぎて動けないだとか、お腹が痛くなるだとか、そんなことがあれば織田様に何を言われるかわかりませんしね」

 

「うっ……た、確かに……前にヒデヨシの奴が食べ過ぎてお腹痛いって言った時のノブナガ様、凄く呆れてたしな……オイラはあんなことはないようにしよう……うん」

 

 その時のことを思い出しているのか、少し呆れたような表情をしている。豊臣様の状態を思い出してのことだろうが……あの方は一体何をしているのだろうか、と思ってしまった俺は悪くない。

 まぁ、豊臣様がそうなったことがある。という話を聞いても普通に納得できてしまうのが豊臣様らしいと言えばらしいのかもしれない。

 

「いやー、それにしてもやっぱり結城に聞いて正解だったな。これで料理しようとしたらなんて言われたか……

 別に怒られるとかはないだろうけど、ノブナガ様の楽しみを邪魔するなんてダメだもんな」

 

「そうですね……織田様がある程度満足したら料理を教わるのが良いかと思います。

 織田様は誰かを教え導くことが出来る方ですので、しっかりと教えてもらえると思いますからね。それに料理が出来るようになると、今度は誰かに教えてみたくなったりしますし」

 

「はぁー……そういうのもあるのか……オイラじゃ全然思いつかなかったな……」

 

「一つの案として、ですよ。ちゃんと織田さまと一緒に料理がしたいから料理を教えて欲しいと言えば、織田様が前田様を邪険に扱うようなことはないでしょうから」

 

 というか織田様は豊臣様と前田様のことを大切にしている。だから仕方ないとか言いながらちゃんと教えてくれるはずだ。

 ただ、織田様の性格から考えるとそうして料理を教えるだけでも随分と厳しいのだろうな、と簡単に予想がついてしまう。

 

「そんなの当然だろ!なんてったってノブナガ様だからな!!

 よし、そうと決まればちゃんと修行もしたし、尾張に帰らなきゃな!」

 

 そう言ってから前田様は一つ気合いを入れるように自分の頬を叩くと、店主に料金として金子を幾らか渡してから俺を見た。

 

「結城、ありがとうな!相談に乗ってくれて助かったぞ!

 あ、でも今度はちゃんとオイラがいるときに尾張に来るんだぞ、わかったな!それじゃ、またなー!!」

 

 そして言いたいことだけを言って走り去ってしまった。

 俺をとっちめるだとか言っていたと思ったが完全に頭の中から消えているのだろう。俺としても面倒なことにならなくてとても助かる。それと同時にあんな単純で良いのだろうか。とも思ってしまう。

 ただ、ああした姿を見るとなんだかんだで和むので別に良いかな、とも思えてしまうのだが。

 

 とりあえずは俺もそろそろ京へと戻ろう。そう長い時間離れていたわけではないのだが少しだけ懐かしいように思える辺り、自分で思っていた以上に京は、というか二条御所は俺にとっての帰るべき場所になっていたようだ。

 それに、ヨシテル様や義昭様、ミツヒデ様の顔を見ていないとどうにも落ち着かない。

 ……少しだけ、急いで戻らなければ。報告を待っているだろうヨシテル様を待たせるわけにはいかない。そういう理由だ。決して俺が早く戻ってヨシテル様たちの顔を見たいとか、そういうことではない。

 そんな誰に向けたのかもわからない言い訳を頭に浮かべながら、前田様と同じように店主に金子を渡すのだった。




トシイエ様はわんこ可愛い。
ご主人様に尻尾振って、誰かがご主人様に近づくとキャンキャン吠える仔犬くらい可愛い。

新武将は残りヒデアキ様か……たぶん、三人の中で一番大変かも……


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ヨシテルさまといっしょ そのよん

オリ主だって慣れない格好は恥ずかしい。
特に身近な人間に見られるのは恥ずかしい。


 京の都に戻り、町中を歩いているとどうにも人の視線を感じてしまう。

 ほぼ全員が見知った顔なので、理由は簡単にわかってしまった。どう考えても今俺が着ている装束のせいだ。

 普段の俺は基本的に黒い服を着ているのに今日に限って白を基調とした、というか知っている人間が見れば一目でヨシテル様の戦装束がモチーフになっているとわかるような格好をしているのだ。

 むしろこれで何事かと俺を見ない人は京の住人ではない行商や旅人だけではないだろうか。

 

 そんなある意味で京の都の住人の視線を独り占めしている俺だがあまり気分の良いものではなかった。主にひそひそと話している言葉の内容が耳に入ってくるからである。

 

「あれって結城様よね?いつもの違う格好だけど……もしかしてヨシテル様とお揃い?」

 

「あちらこちらの模様って言うのかしら、そういうのがヨシテル様と同じよねぇ」

 

 という女性二人の言葉だったり。

 

「ある意味でペアルックか……なかなかレベルの高いことをしてるな、結城様」

 

「バカップルがするようなことをわざわざする人には見えなかったけど……何か理由があるんじゃないか?」

 

 という男性二人の言葉だったり。

 

「まっしろだ!」

 

「ゆーきさまがまっしろだ!」

 

「よしてるさまとおんなじだー!」

 

 というとても元気な子供たちの言葉だったり。

 いや、子供たちの場合はひそひそ話というレベルではなく、普通に喋っているのだが。むしろ叫んでいたか。

 

 とりあえずそんな風にいろいろ言われるとやはり気になってしまうし、俺が進んでヨシテル様に合わせているわけではないと声を大にして言いたくなる。ただ、俺がそうしたところでちゃんとわかってくれるかは謎である。

 というか、何故かそうしたところで照れ隠しだとかなんだとか言われて流されるのが常である。解せぬ。

 

 本当ならさっさと二条御所で大人しくしておきたい。だが残念ながらそうも行かない理由がある。

 京の都に戻ってすぐに部下が来てヨシテル様は現在町中を散策している。という報告をしてきたのだ。それも散策に出かけてからそう時間が経っていないので暫く二条御所には戻らないという話だった。

 ならば二条御所で待っていれば良いのではないか、とも思ったが主が護衛も付けずに町中を散策しているなんて話を聞いて放ってはおけない。ヨシテル様ほどの方ならば必要ないとはわかっていても、やはり護衛は付けるべきなのだから。

 そんなわけで仕方なしに京の都を歩いている。ヨシテル様は現在茶屋で休んでいるということだったのでそこに向かっているのだ。まぁ、さっさと飛べば良かったとも思っているけれど。

 

 そうして歩いて目的地である茶屋に向かうと、そこには道行く人々を見ながら穏やかな表情で茶を飲んでいるヨシテル様がいた。

 俺も尾張や駿河、街道などで同じようにそうして人々の姿を眺めていたので、ヨシテル様の気持ちは良くわかる。平和になった証として、人々の笑顔を見ているのだ。

 こういうところは主従で似るものだと苦笑を浮かべながら、そうしているヨシテル様へと声をかけた。

 

「ヨシテル様。報告のために一度帰還致しました」

 

「ん……結城ですか、戻ったのですね。ご苦労様で、す……?」

 

 ヨシテル様を見ると言葉を途切れさせながらそう言った。どう考えても俺の格好が原因だ。

 やはり見慣れた人物が普段とはかけ離れた格好をしていればこういう反応をしてしまうものだろう。俺だってヨシテル様が普段の白い装束ではなく、黒い装束に着替えていたら戸惑う。

 むしろ正気かどうか疑うレベルだ。たぶんヨシテル様もそういう状態なのだと思われる。

 

「ゆ、結城?どうしたのですかその姿は!」

 

「……宗易様から頂いた装束です。頂いた際に、必ずヨシテル様に見せるように、ということでしたので……」

 

「リキュウ殿が……?な、なるほど……」

 

 納得したように頷くのは良いのだが、人のことを観察するように見るのはやめてもらいたい。

 というかヨシテル様、座って眺めるだけではなく立ち上がってほぼ全方位から観察しないでください。そしてコートを摘んで捲らないでください。その下はコートを脱いだ場合でもヨシテル様の戦装束とお揃いになるように作られているだけで特別変わった物はありません。

 

「おぉ……細部まで随分と拘って作られているようですね……

 それに髪飾りですか、足利家の家紋が刻まれていますし結城が私の忍だということを表しているのでしょうか」

 

「詳しくは聞いていませんが、ヨシテル様の戦装束をモチーフにしているとのことです。

 ですから細部の意匠などはどうしてもヨシテル様の物と似たようになっていますね。まだ慣れてはいませんが、これでも機能的で気に入っていないと言えば嘘になります」

 

 まぁ、どうしても普段の格好の方が慣れ親しんでいるのでそっちの方が落ち着くのだが。

 しかし、慣れ親しんでいるから、という理由であればこの格好も続けていくうちにこれの方が落ち着くという状態になるのだろうか。

 

「なるほど……ええ、これは良い物ですね。素敵だと思います。

 それにリキュウ殿が用意したということは結城が任務に当たる際に便利な機能というか、仕掛けがされていそうですからね」

 

「はい、一応暗器を仕込めるようになっていたり、コートに鋼線が織り込まれているので防刃効果はあるでしょうね。万が一義昭様の護衛にて敵に囲まれた場合はこれを着ていただければ多少は役に立つかと思います。

 普段であれば……攻撃されてもそれが当たる、ということ自体少ないのでなんとも言えませんが」

 

「ふむふむ……その言い分から察するに結城としては問題なく使える。と思っているのですね?」

 

「ええ、そうなりますね。ただ目立ってしまう、という点に関して言えば遠慮したい装束ではあります」

 

 そう、目立つのだ。京の都だからこの格好が目立つとかではなく、この装束は何処に行っても目立つ。駿河でもこの装束を着て町中を歩いていると随分と注目されたものだ。

 今川様や徳川様、宗易様がいたというのに、何故か俺ばかりが見られていた。その視線に込められていたのは今川様たちと歩いている俺に対する、敵意だとかではなかった。好奇の視線が多いのはわかるが、それ以外にも何か感情が込められていたような気がする。

 

「あぁ……確かに目立ってしまいそうですね。色もそうですが、とても似合っていますからそれも仕方ないのかもしれませんね」

 

「確かに、自意識過剰と言われればそれまでですが、自分でも似合っているとは思います。ですが忍の任務においては目立つ格好は避けるべきです。ですので、この格好では任務に就くことはないかと。

 いえ、ヨシテル様や義昭様の護衛であれば問題ないとは思いますが」

 

「ではそうしましょうか。忍として任務に就く際には普段の格好で構いません。ですが私や義昭の護衛、二条御所の警備においてはその格好。ということで良いですね?」

 

「ヨシテル様が決めたことであれば構いませんが……この格好、大丈夫ですか?義昭様に笑われたりしませんか?」

 

 一番の懸念事項はそれだ。義昭様に笑われるようなことがあればこの装束は闇に葬られることになるだろう。ついでに渡してきた宗易様は言葉遊びをしても今後一切反応しない。もしくは今川様を使ってつまらないと伝えさせる。

 それで今川様がどうなるかわからないが、コスプレに付き合わされた怨みを晴らせるのならばそれで良い。

 

「義昭にですか?大丈夫ですよ、むしろ似合っていると褒めてくれるはずです。

 まぁ……ミツヒデの場合は、その……どういう反応をするのか、考えたくはありませんが……」

 

「それならば良いのですが、ミツヒデ様ですか……」

 

 俺がヨシテル様とお揃いのように見える装束を着ているとわかったらミツヒデ様はどういう反応をするだろうか。羨ましがるのか、どうして俺がこんな格好をしているのか問い詰めて来るのか、自分もヨシテル様とお揃いにすると言うのか。

 どれにしても頭の痛い話になるだろう。主に俺が。

 そのことを考えて、頭を抱えている俺を見てヨシテル様は少しだけ笑っていた。人の様子を見て笑うのは失礼だ、とも思うのだがヨシテル様が笑っていられるのであればそれでも良いかとも思ってしまう。本当に、こうして笑えるようになって良かった。

 

「まぁ、良いではありませんか。それよりも結城」

 

「良くはないんですけどね……なんでしょうか、ヨシテル様」

 

「私は町を散策するのに護衛をつけていません。ですから、護衛を頼めますか?」

 

「はい、勿論です」

 

 既に茶屋から離れるために店主に金子を渡していたので、なんとなく予想は出来ていた。というかヨシテル様は何故護衛をつけなかったのだろうか。いつもであれば誰かしら護衛を任せているはずなのに。いや、竜胆は何をしている。ヨシテル様の身に何かあってはならないというのに護衛をしてないというのは許せない。

 どのような処罰を与えるのが妥当か真剣に考えようとした瞬間に、思い出したようにヨシテル様が口を開いた。

 

「あぁ、そうです。護衛に関しては鈴蘭から結城が京の町の傍にまで戻っていると聞いたので竜胆には護衛は不要だと伝えました。

 折角ですから、護衛という名目で結城と少し歩きたいと思いましたからね。……ですから、あまり竜胆を責めないように、良いですね?」

 

 完全に俺の考えを読まれていた。

 なるほど、そういう理由で護衛がいなかったのか、と納得する一方で、それでも念のためにヨシテル様に気づかれないように気配を殺し、存在を消し、護衛をしておけとも思う。

 あまり責めないように、とのことだったがあくまでもあまり、である。責めたとしても問題はないということだ。とりあえず軽めの処罰として竜胆には減給くらい言い渡しておこう。

 鈴蘭は俺に対してそのことを伝えていないので同じく減給だ。ついでになんとなく睡蓮も。連帯責任ということで。

 

「わかりました。あまり責めはしません。

 ただヨシテル様。そういう場合でも護衛を付けて下さい。俺が戻ってから交代する、という方法を取れば良いんですからね」

 

「まったく……結城は心配性ですね。京の町にいて、危険なことなどそうそうありはしませんよ」

 

「絶対にない。とは言い切れないからです。例え平和になろうとも警戒を怠らないようにしなければなりません」

 

「はいはい。仕方ありませんね……わかりました、次からはちゃんと護衛を付けます」

 

 どうしてそこで俺が我儘を言っているような反応をされなければならないのだろうか。俺は正論を言っているはずなのに。

 やはりヨシテル様はポンコツだ。危機感が薄くなったというか、平和ボケしていると言うか。とにかく俺がしっかりしなければならないようだ。

 そんなくだらない決意を新たにする俺を生暖かい目で見てくるヨシテル様に少しばかりイラッとした俺はきっと悪くない。相手が主であろうと悪くないったら悪くない。

 

 とりあえずそうしているヨシテル様にあれこれ言ったところで微妙な反応しか返ってこないであろうことを考えて、何も言わずに散策の護衛を務めることにした。

 まぁ、事実として京の都の治安に関しては忍衆さえ使っているために基本的に犯罪などは起こらない。起こったとしても京の外からやってきた人間が食い逃げをするくらいのものだ。

 そして、そうしたことをした人間はすぐに警邏隊に捕まるか、警邏隊から逃れられたとしても治安維持に務めている忍衆によって捕まってしまう。ここまでする必要があるのか、と疑問を抱かれる程度には人員を割いている。

 実際に俺も疑問に思うことが幾度もあったが、そうするのも必要なことなのだとか。民が安心して暮らせるように、というヨシテル様の考えとヨシテル様、義昭様の安全を確保しなければならない。という足利軍の考えが噛み合ってしまったのだか。そう、噛み合ってしまったのだ。

 

 完全にヨシテル様と義昭様に対して過保護を拗らせているミツヒデ様の考えによって、他の町では見られないほどに、それでいて傍目にはわからないように厳重な警備がされている。

 そのために忍衆を使うというのには反対したのだが、肝心の忍衆からはヨシテル様と義昭様のためならば!という言葉が飛び出し、ミツヒデ様が嬉々として警備を任せたのだ。任務への人員の振り分けについてあれこれ考えていた俺としては迷惑な話だ。

 ……まぁ、完全に必要のないこと、というわけではないので文句も言えないのだが。

 

「結城、そんな難しい顔をしていては折角の散歩が台無しですよ?」

 

「散策です、ヨシテル様。というか難しい顔なんてしてません」

 

「いいえ、しています。結城は表情に出さないようにしていますが、私にはわかりますからね」

 

 なにそれこわい。忍たる者感情を悟られるべからず。なんて里で聞いたことがあるがヨシテル様にはそれが通用しないらしい。これが最強の戦国乙女の力なのか、と慄いているとどうにも違うらしい。

 

「何か勘違いしているようですが、私がそうしてわかるのは義昭やミツヒデ、それに結城くらいのものですよ。

 いつも一緒にいますからね、些細な変化だとしても私にはわかります」

 

「言う割には義昭様の表情の変化見抜けてませんよね。まぁ、最近の義昭様の強かさや冷静さは頼もしい反面、どうしてあそこまで成長したのか不思議でなりませんが」

 

「義昭は……昔はもっと子供らしかったんですけどね……

 ……原因は何にあるのか、というのを考えると必然的に結城のせい、となってしまいますが……」

 

 確かに初めて会ったときの義昭様はとても子供らしかった。初めて会う忍を警戒しながら、乱世故に僅かでも怯えが見えた姿。俺が足利軍に馴染んでからの、時間があるからと義昭様の話し相手になった際の笑顔。今思い出しても町中で見かける子供とそう大差はないものだった。

 それが今になると初めて会う相手だろうがカシン様だろうが余裕のある笑みを浮かべているし、町中を散歩している際に子供たちを見て羨ましそうにする時もあるが、それよりもその様子を穏やかに眺めている姿の方が印象に残る。

 既に義昭様はただの子供ではない。次期将軍としての自覚があり、また統治者としての貫禄さえ備え始めているのだ。それはきっとヨシテル様よりもらしいのではないか、とさえ思える。

 

「俺のせいと言われましても。義昭様は次期将軍として成長しているのですから良いではありませんか。

 俺が相手だとまだ子供らしい一面も見せてくれますし、大丈夫ですよ」

 

「ちょっと待ってください!!子供らしい一面なんて、私は最近見てませんよ!?」

 

「そうですかそうですか。俺は結構見ますけどね」

 

「待ちなさい!その子供らしい一面というのを詳しく教えてください!」

 

「嫌です。そんなに気になるならもっと義昭様と一緒にいる時間を増やせばいいじゃないですか。そうすれば多分見れますよ、多分」

 

「ぐぬぬ……私が忙しいことを知っていてそんなことを言うのですね……!」

 

「知ってはいますがヨシテル様。こうして町を散策する際に義昭様と歩くとか出来ますよね?

 それにヨシテル様が剣術を教えてはならない、ということはないんですからちゃんと教えて、それから良く頑張りましたね。とか褒めるとかしたら良いんじゃないですか?」

 

「いや、その……以前に少し熱が入りすぎてしまって……」

 

「あぁ、やりすぎてしまったんですね」

 

 ヨシテル様の剣の腕は超一流だが教えるのはそうでもなかったようだ。熱が入りすぎた、ということなのでどうせ義昭様にはまだ出来ないことも望んでしまったのだろう。

 そのことを言うとばつが悪そうに目を逸らすヨシテル様にため息が漏れてしまう。

 

「良いですかヨシテル様。義昭様は確かに成長しています。ですがそれはあくまでも精神的なものであって、肉体的には未だに子供のままです。確かに義昭様は教えれば教えるだけ、それを身に付けようと努力を惜しまない方です。だからこそ熱が入るのも理解は出来ます。ですが、義昭様のことを思えばこそ自重が出来るはずです」

 

「わ、わかっています。ですが、その……つ、つい……」

 

「つい、ではありません。だいたいヨシテル様はいつもそうです。こと剣に関しては歯止めが利かなくなるんですから気をつけてください。というか雲切なんて俺に覚えられるわけないじゃないですか。頭に偽って付きますよ」

 

「す、すいません……でもこう言っては何ですが、忍術と剣術の複合で雲切を再現する時点で結城も相当におかしいと思うのですが……」

 

「俺の事はどうでも良いんです。というか忍術を使えば大抵のことはなんとかなります」

 

「いえ、ですからそれがおかしいと言っているのです」

 

 そんな風にヨシテル様と話をしながら歩いているのだが、なんというか京に帰ってきたのだな、と思ってしまった。ほぼ毎日ヨシテル様と顔を合わせて、時に真面目な話を、時には他愛のない話をしていた。それが数日なかっただけでもどうにも物足りなかった。

 だからこそこうしてくだらない話をするだけでも楽しかったりする。

 

「……結城は随分と楽しそうですね」

 

「そういうヨシテル様も、とても楽しそうに見えますよ」

 

 まぁ、俺が楽しそうだというのは否定出来ないしするつもりもないが、そう言って来たヨシテル様も随分と楽しそうだった。

 

「ええ、諸国を見て回るように、というのは私が命じたことではありますが……やはり結城がいないとどうにも調子が出ませんでした。義昭もどこか寂しそうでしたから、二条御所に戻ったら顔を見せてあげてください」

 

「わかりました。報告が済んだら義昭様の下に向かいます」

 

 義昭様が寂しそうだった、などと言われて放っておくわけには行かない。任務とはいえ、義昭様には申し訳ないことをしてしまったような気分になってしまう。

 ただ、まぁ……俺がいないとどうにも調子が出ない。とヨシテル様は言ったが、ヨシテル様にとって俺は必要な存在なのだと言われたように思えて気分が良かったりもする。

 

「はい、お願いしますね。

 あぁ、そうです。結城に一つ、渡しておきたいものがありますから義昭の相手をした後にまた戻って来てもらえますか?」

 

「俺に渡したいもの、ですか?ええ、構いませんが……それは一体何なのでしょうか?」

 

「刀を一振り。今のその姿に似合う物ですし、折角私が剣術を教えたのですから使わなければ勿体無いでしょう?」

 

 そんなことを言うヨシテル様だが、先ほどまでは感じられなかった憂いのような物が微かではあるが感じられた。どうしてなのか、と考えようとしてそういえば今回の任務の原因を思い出す。

 俺の状態をカシン様から聞いていて、それを思い出したからなのか、その刀に何かあるのか。おかしな物を渡すということはないだろうから俺のためを思って刀を渡したいと言っているはず。ならばきっとそれは霊験のある刀である。と考えることが出来る。

 まぁ、ヨシテル様ほどの方が選んだ刀であれば、ただそれだけということもないのだろうが。

 

「確かにそうですね……わかりました、有り難く頂戴致します」

 

 であれば受け取ることに迷いはない。それにしても刀か。普段使う物と言えば苦無か手裏剣程度の物なのだが……とりあえず持っておくだけ、となりそうなのが現状だ。

 それでもきっと持っているだけでも充分に意味があるのだろう。

 

「ではそろそろ戻りましょうか。……色々と、話を聞かせてくださいね」

 

「ええ、勿論です」

 

 話と言うのは報告だけではないのだろう。ならばヨシテル様の希望に答えて尾張での話、駿河での話、そして前田様との話でもしてみようか。普段から京を出ないヨシテル様にはきっと良い土産話となるだろう。

 それをどのように話そうか、なんて考えながらヨシテル様と歩く京の姿はとても穏やかで、そんな町を治めるヨシテル様の忍であることが、どこか誇らしく思えた。




ヨシテル様と町を散歩しながら色々話をしたい。
というか穏やかに話が出来るとか多分凄く幸せ。
むしろ穏やかに、幸せそうにしてるヨシテル様が見たい。義昭様が見たい。

甲斐や越後はまだまだ遠いなぁ。


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義昭様といっしょ そのさん

オリ主は剣の腕前はそれなり。
そしてそれはヨシテル様直伝。


 二条御所に戻ると、御所内にいた武将や忍、侍女に兵士まで全員が俺を見て固まっていた。やはりこの格好か。この格好がそんなに悪いのか。

 とりあえず固まった忍衆にはきつめの鍛錬を用意してやろう。別にそんな反応をしたからではない。尾張で織田様の忍を見てそうしなければならないと思ったからだ。決して八つ当たりなどではない。

 

 その後、ヨシテル様に報告と他に尾張や駿河での話をしてから義昭様の下へと向かった。義昭様は現在、剣術を習っているということだったのでそれが終わってから顔を合わせることになるのか。

 ヨシテル様からは義昭様が満足するまで相手をしてあげて欲しい。とのことだったので義昭様で存分に癒されよう。用事が全て終わったら琥白号で癒されよう。

 とりあえず屋根に跳んで、義昭様に気づかれないように、というか邪魔にならないようにその様子を見守ることにした。教えているのは足利軍の武将ではあるのだが、まだ基本を教えているらしい。

 確かに基本はしっかりとする必要がある。だがそれだけでもダメだ。とはいえ、やはり義昭様がまだ子供ということでそうした教え方をしているのだろう。義昭様も真剣に取り組んでいるので俺がどうこう言うことではない。

 これがヨシテル様のように熱が入ってやりすぎる。という状態にあるのであれば確実に止めていたのだが。

 

 特に俺が口出しをするようなこともなかったので黙って見守っていたのだが、、少ししてそれも終わったらしい。武将から幾らかの言葉を受け取ってから、義昭様は頭を下げてから自主訓練として素振りを始めた。それを見てその武将は困った顔をして、あまり無理はなさらないでくださいね。と言い残して立ち去った。

 一応ではあるが、本来予定されていた剣術の訓練も終わったのであれば義昭様に顔を見せに行こう。

 屋根から飛び降りて義昭様の下へと歩を進めると足音に気づいたのか義昭様が素振りをやめて振り返った。そして驚いたような表情の後で、嬉しそうに笑った。

 

「結城、おかえりなさい。その格好はまるで姉上のようですね」

 

「ただいま戻りました、義昭様。これは宗易様からの贈り物です。どうにもヨシテル様が気に入った様子で忍としての任務であればいつもの格好で構わないが、護衛と二条御所の警護においてはこの格好でするように。とのことです」

 

「それは……確かに随分と気に入られたようですね。でも私もそうしてもらえると嬉しいです。

 ……ふふ、とっても似合っていますよ、結城」

 

 そう言って笑う義昭様は本当に嬉しそうだった。自惚れでなければ俺が戻ったことも嬉しい様子だったが、それとは別に俺のこの格好をしていることが嬉しいようにも見えた。

 

「この格好がそんなに気に入りましたか?」

 

「はい。結城のことは兄のように思うことがありますから、そうした姉上のような格好をしていると本当の兄上のように思えまして……

 実は、その……兄上という存在に、少し憧れていたので、それでちょっと嬉しいんです」

 

「それは、なんというか……他の方には内緒にしておいてくださいよ?」

 

「わかっていますよ、特にミツヒデには、ですよね」

 

「ええ、その通りです」

 

 言ってからお互いに小さく笑う。兄のように思われているというのは驚いたが、町中を歩けば兄弟のようだといわれているのでそれも原因の一つなのかもしれない。

 それと、義昭様が兄のようだと言ってくれるのは非常に嬉しい。他人としてではなく身内として見てもらえているのだから。それに身内であるのなら子供らしく甘えてもくれるだろう。

 まだまだ子供である義昭様には無理はせず、時折でも良いので歳相応に甘えて欲しいものだ。勿論、それは俺にではなくヨシテル様やミツヒデ様でも良い。とにかく誰かに甘えることが出来るのだと、誰かを頼って良いのだと理解してもらいたい。

 それを理解していなかった、いや理解しようともしなかったヨシテル様などは随分と酷い状態になっていたのだから。

 

「では、これからは兄のように振る舞うべきですかね」

 

「それは良いですね!ではこれからよろしくお願いします、兄上」

 

「ええ、よろしくお願いします、義昭」

 

 今度は二人揃って、普通に笑ってしまった。冗談だとわかっているから二人ともそれに合わせられるのだ。

 冗談を言って笑うというのもヨシテル様の知らない一面になるのだろう。まぁ、俺にとっては日常茶飯事。というようなことなのだが。

 ただ今回に限って言えば義昭様の声に冗談ではなく本気の色が伺える。

 

「まぁ、冗談ですけどそれも悪くないかな、なんて思いますね」

 

「義昭様がそう呼びたいのであれば構いませんが、他の方には内密に。二人のときだけですよ?」

 

「ふふふ……ええ、わかりました。では他に人がいないときだけそう呼ばせてもらいますね。

 あ、折角兄上と呼ぶことにしましたし、兄上も私のことは義昭と呼び捨てにしてください」

 

「仕方ありませんね。当然これも二人きりの場合に限り、ですからね」

 

 そう呼びたいなら構わない。と言えば了解の意が示された。本当に呼ぶつもりらしい。俺としては冗談のつもりだったのだが……いや、だが今更冗談ですとは言えそうにない。

 義昭様の言葉に冗談が混じっているのであれば問題なかったが、どうにも本気のようだからだ。

 なんとも恐れ多い話ではあるが、義昭様がそうして慕ってくれていること、甘えてくれていることを考えると拒絶など出来ない。今回のことは本気でヨシテル様やミツヒデ様、というか他の方々に気づかれないようにしなければ。

 尚、忍衆に関しては遠くから見ていた者にハンドサインで黙して語らず。語れば罰を。と伝えておく。返って来たのはハンドサインではなく、何度も頷くという行動だったが理解しているようなので良しだ。

 

「では兄上、私に少しばかり剣術を教えてはいただけませんか?

 姉上に頼んだときは、その……少し大変だったので、お手柔らかにお願いしますが……」

 

「あぁ、ヨシテル様から話は聞いていますよ。大丈夫です。俺はヨシテル様と違ってちゃんと手加減も自重も出来ますからね」

 

「良かった。それなら安心ですね」

 

 その顔に浮かぶのは苦笑で、話で聞いていたよりも酷かったのかもしれない。確かにヨシテル様に教えを請う場合に気をつけなければならないのはヨシテル様が剣においては歯止めが効かなくなることがある。ということだ。

 俺も何度か剣術を教えてもらったことがあるのでわかるが、自分の教えをちゃんと守って上達していると気分を良くしてそれ以上のことを教えてくれる。そしてそれもきっちりとやって見せるとヨシテル様はそれなら次はこれ、次はこれという風に際限なく教えてくる。教えてくれるのではない、教えてくるのだ。

 そうするともうヨシテル様は止まらない。あれを教えてこれを教えてそれも教えて、とやり過ぎてしまう。

 俺は師匠の修行に比べればまだ楽な方だ、と思ったので問題はなかったが、普通に考えればあんなのは普通ではない。

 教わる方からすれば有り難いのは有り難い。だがとっくに限界を越えていてもヨシテル様基準で動くせいか止めてくれない。

 

「まだ二度ほどしか教わっていませんが、あれは大変でした……」

 

「心中御察しします。ところで義昭。教えるのは構いませんがお時間はよろしいのですか?

 この後に勉学などがあるのであれば、そちらを優先した方が良いと思いますが」

 

「あぁ、それなら大丈夫ですよ。今日はこの後何も予定が入っていませんからね。

 というかお願いしておいてあれですけど兄上は大丈夫ですか?この後姉上に呼ばれていたりしませんか?」

 

「それでしたら大丈夫ですよ。義昭が満足するまで相手をするように、とのことでしたので」

 

「そうなのですか?それなら遠慮なく、兄上を独り占めさせてもらいますね」

 

 うん、義昭様はとても嬉しそうに笑顔を浮かべている。歳相応の笑顔だ。

 俺にとって義昭様の子供らしい面というのは日常的に見ているというのに、何故ヨシテル様はあまり見ないのだろうか。一緒に居る時間が、とかいう理由だけではないような気がしてならない。

 

「では早速ですがお願いします」

 

「わかりました。ではまずは刀の振り方、正眼からの振り下ろしが基本ですね。

 刀の持ち方については問題ないと思いますが……そうですね、義昭はまず剛剣よりも柔剣を、変剣よりも正剣を扱えるようになりましょうか。いずれは全てを満遍なく使えるようにならなければなりませんが、まだ剛剣や変剣を使うには早いかと思いますし」

 

「柔剣と正剣ですか……姉上と同じ、ということで大丈夫ですか?」

 

「はい、ヨシテル様と同じです。とはいえヨシテル様は普段使いませんが剛剣も変剣も使える剣士として最上級の方ですので、目標とするならば遠く険しいものになるかと思います」

 

 事実ヨシテル様の剣の腕前は戦国一と言える。柔剣や正剣というのは純粋な技術力が物を言うために当然として、見た目に反して力も強いために剛剣を振るわせれば織田様や豊臣様と平然と打ち合い、変剣を使わせれば毛利様のような特殊な戦い方をする相手でさえ翻弄できる。

 最強の戦国乙女と言うのはただ単純な力の強さだけではなく、その並外れた剣技の腕前も含まれているのだ。ただし精神面はどうしても弱いのでそこは俺やミツヒデ様で支えることにしている。

 

「そうですか……それでも、目指そうと思ってしまうのは私が姉上の弟だからでしょうか……」

 

「そうかもしれませんね。もしくは義昭が男だから、なのかもしれません」

 

「私が男だからですか?」

 

「ええ、最強に憧れ、誰よりも強くなろうとするのが男というもの。と師匠に聞きました。

 里の子供の中にはそうして最強に憧れる子たちが何人もいますし、大人になっても尚、師匠や先代の里長を越えるべき存在として定める人もいます。

 まぁ、男と言うのは存外馬鹿なものですよ。憧れてしまった存在に追いつくために、立ち止まれなくなる。そういう人が多くいますしね」

 

 憧れてしまったから追いつきたい、越えたいと思う。その結果ちょっとやそっとでは挫けず、決して立ち止まらなくなる。そういう人間こそが大成するのだろう。

 だから義昭様が本気でヨシテル様に追いつこうと努力し続けるのであればあるいは、ヨシテル様と同等かそれ以上の実力を有するようになるのかもしれない。

 だがそれは生半可な努力では決して到達し得ない高みだろう。

 

「なるほど、それならば私も馬鹿なのかもしれませんね。

 どれほど大変で、挫けそうになるとしても姉上のように、いえ姉上よりも強くなりたいと思ってしまうのですから」

 

「そうですね、それは確かに大馬鹿者と呼ばれてしまうかもしれません。

 ですがそうして自ら定めた道を行くのです。なんと言われようが構わずに突き進むのが良いでしょう。

 愚直なまでに真っ直ぐ突き進む。そうするのも必要なことですからね」

 

「ありがとうございます、兄上。その言葉を聞いて、私のこの想いは間違いではないと胸を張って言えそうです。

 それにしても、その……なんと言えば良いのか……兄上とこうした話をしていると何故だか兄上の年齢は実際の年齢よりもずっと上なのではないか、と思ってしまいます」

 

「あー……これらは受け売りみたいなものなので仕方ありませんね……

 こうした言葉を口にしていた方は皆俺よりも年上の方ばかりでしたし……」

 

 師匠や先代の里長。師匠の師匠に、そのまた師匠。とりあえず全員俺よりも年上で、人生経験も豊富な頼れる方たちだ。そんな方たちの言葉を使っていればそれは当然本来の年齢よりも上に見られてしまうのも仕方ないのかもしれない。

 

「いえ、そうではなくて……普段の落ち着いた姿と相まってそんな気がしただけですよ」

 

「落ち着いた、ですか……これでもまだまだなんですけどね……いえ、それよりも剣の話をしましょうか。

 剣の握り方について少し話しましょうか。剛剣を振るうのであれば強く握り、力を込める。ということになるのですが柔剣ともなれば話は変わります。持ち手は柔らかく、力を込めずに振るいましょう」

 

「持ち手は柔らかく、力を込めずに。ですか?」

 

「ええ、最初は難しいとは思いますが……実際に見てもらいましょうか」

 

 言ってから手を前に出し、氷遁を使って刀を一振り作り出す。これがヨシテル様から刀を頂いた後であればそれを使ったのだろうが、今はないのだから仕方ない。

 それに普段刀を振るうことがあればこうして氷遁を利用しているので、慣れている物を使う。と思えば悪くない。

 

「剛剣とは力強く、一振りに全てを込める。そんな剣です。

 具体的には織田様や室生様が正しく剛剣の使い手ですね」

 

 刀をしっかりと握り、力強く踏み込みながら全力で振るう。

 轟ッ!と音をさせながら振り下ろされた刀は何を斬るでもないが、それでもどれほどの力が込められていたのか、その一振りが容易く防ぐことが出来ないであろうことが義昭様に伝わったらしく、驚いたように固まっている。

 

「これが俺に出来る最大限の剛剣になります。当然ですが先ほど挙げたお二人には遠く及びません。

 ですがヨシテル様の教えによってこの程度であれば出来るようになっています」

 

 もし斬っても構わない岩でもあれば両断することが出来る程度には剛剣を使える。ただ、俺がそうして振るった剛剣はあの二人にとってはそう力を込めたつもりがなくとも出来てしまえるようなものだ。

 ヨシテル様であれば……まぁ、あの二人よりも地力が違うためにそれなりに力を込めることになるのだろう。

 

「そして次にお見せするのが柔剣になります。まぁ、本来であれば相手の剣を捌くことになるのですが……相手もいませんからこうしましょうか」

 

 指を二本揃えて立て、風遁を使う。周囲から木の葉が舞い、ひらりひらりと落ちてくる。

 それに対して、義昭様に言ったように刀を柔らかく持ち、力を抜く。そして剛剣とは違い、風を斬るように軽やかに刀を振るう。その一振り一振りが落ちてくる木の葉を二つに裂き、俺の動きが止まる頃には全てが両断されていた。

 一旦刀を空気中の水分へと戻して義昭様を見ると、普段では見られない姿をしていた。具体的に言うならば口を開けて呆然としていた。

 

「本来の柔剣とは異なりますが、扱えるようになればこの程度出来るようになるでしょう。

 ……ところで義昭。どうしてそう呆けているんですか?」

 

「あ、す、すいません!その、実は兄上が剣を振るうとしてもまさかそこまでとは思っていなくて……」

 

「あぁ、なるほど。確かに忍としては刀を振るうことは少ないですが、あのヨシテル様に教えられましたからね。

 こう言っては何ですが、コタロウ様よりは純粋な剣の腕は上だと思います。いえ、コタロウ様のような野太刀と俺が教えられた居合いを主体とした剣では色々と違ってくるのですが」

 

 それでも俺の方が上だと思ってしまうのは、やはり独学で腕を磨いたか、ヨシテル様から教わったか。その違いによるものなのだろう。それと、ヨシテル様に教えられた以上は、最低でもコタロウ様以上でなければならないような気がしてならないのも理由かもしれない。

 ……まぁ、随分と傲慢な考えでもあるのだろう。それでも、ヨシテル様直々に教えられた剣術。それが身についていません。だから弱いままです。なんてことは許されない。

 最低でも剣一本で充分に戦えるようにはなっておく必要がある。忍としては、剣よりも忍術の腕を磨きたいとも思うが。というかそろそろ新術を作りたい。主に豊後で大友様に見せた蝶の忍術を。どんなものになるかイメージがあるのだから出来るときにやっておかなければ。

 

「な、なるほど……どうやら私は兄上を少々見縊っていたようですね……

 でも、ますます兄上に剣を教わりたくなりました。姉上のようにやりすぎることがなくて、剣の腕も確かとならば安心してお願いできます」

 

「それは良かったです。では義昭のためにもしっかりと、俺に教えられる限りのことを教えますので、よろしくお願いします」

 

「はい。私の方こそよろしくお願いしますね」

 

 言ってから義昭様は木刀を手にして構えた。俺が言ったように柔らかく持っているがそれでも力が入っているように見える。流石に柔らかく持つように、などと言われて最初から出来るわけがないか。

 

「義昭。まだ力が入っています。もう少し、なんと言えば良いのか……琥白号を撫でるときのように柔らかくしてください」

 

「琥白号を撫でるときのように……こう、ですか?」

 

 例えとして言ってみたが、効果は充分にあった。持ち方は問題ない。

 

「ええ、それで大丈夫です。次に力を込めずに振りましょうか。

 例えるのであれば、刀を振るうのではなく腕を振るうように。まぁ、刀を自らの体の一部として扱えるようになればそれも簡単になります」

 

「刀が体の一部、ですか……難しそうですね……」

 

「実際難しいですよ。なので素振りをしましょうか。本当に疲れて、体に力が入らない段階まで行くと自然とそうした振り方が出来るはずですので、義昭さえ良ければそのくらい素振りをしてもらいたいのですが」

 

「は、はい……わかりました。折角兄上が教えてくれるのです。やってみせます」

 

 決意を込めた言葉に、頷きを一つだけ返して義昭様の素振りを見守ることにした。

 まぁ、あんなことを言ったが俺が無理だと判断したらやめさせるつもりだ。限界までやれば自ずと言ったような振り方も出来るだろうが、それでもやはり義昭様に無理をさせるわけにはいかないからだ。

 真剣に素振りをする義昭様を見守り助言をしながらそう考えて、いつでも止められるように気をつけるようにしながら、ヨシテル様に再度会いに行くのには時間が掛かるな、なんて思ってしまった。




義昭様に兄上と呼ばれたいだけの人生だった……

義昭様はヨシテル様という越えるべき目標があるので努力は欠かさないと思います。
それが勉学であれ剣術であれ。


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義昭/ミツヒデさまといっしょ

オリ主だって厳しくするときは厳しくする。


 義昭様が素振りをするのを見守りながら時折握り方を直したり、振り方を直すようにと口を出す。最初に出来ていたとはいえ、それがずっと維持されることはそうそうない。握る手に力が入っていたり、剣筋がぶれていたりするのも仕方が無いことだ。

 とりあえず口を出して、見本を見せて、必要なら実際に手を取って剣の振りを確認する。そうして少しずつ改善を繰り返しているのだが、流石義昭様。最初よりもずっと綺麗な振りになっている。

 後はこの状態で素振りを続けていれば体力の限界と共に、理想的な振り方が出来るだろう。ただ、それは最後の一振りになって漸く、であるのでその感覚を掴めるかは義昭様次第だ。まぁ、一度でダメなら日を改めて何度でも挑戦するのが良いのかもしれない。ただしそれは義昭様の心が折れなければ、である。

 

 ただ、こうして見ている限りでは大丈夫だと思う。義昭様は真剣に取り組んでいるし、一度やると決めたことをそう簡単に投げ出してしまうような方ではない。俺が気にすることと言えば、頑張りすぎて無理をしないかどうか、ちゃんと見極めることだろう。

 ヨシテル様がそうであるように、義昭様も無理をしてしまう可能性は大いになる。そして本人はそれは必要なことだと割り切ってしまうために、無理をしているとわかっていても止まらない。

 だから外から見ている誰かが止めるしかないのだ。まぁ、そうして止めることの出来る人間がどれほどいるのかわからないが、一応俺は止められる。時に実力行使になってしまうがそれは仕方が無い。

 

 そうして義昭様が素振りをするのを見届けていると、少しずつ体から力が抜け始めているのが見て取れた。どうやらそろそろ限界らしい。

 里では限界まで鍛錬を続けて、最後に立っていることが出来ずに倒れてしまう人が何人もいたのでいざというときのためにすぐに動けるようにしておく。限界まで素振りをさせているのは俺だが、それで倒れた結果怪我をさせてしまうなんてことはあってはならない。

 本当に限界が来ており最後の一振りを決めた義昭様はそのまま力なく倒れそうになっていた。ただ、準備をしていた俺はその前に義昭様を支える。

 

「お疲れ様です、義昭。最後の一振りは正に理想の一振りでしたが感覚は掴めましたか?」

 

「す、少しだけですが、なんとか……それよりも、兄上。普通そこは心配する場面だと思いますよ……」

 

「鍛錬の終わりなんてこんなものです。まぁ、未だに子供である義昭にそうした鍛錬をさせることは心苦しいものがありますが、本人がすると決めたのなら俺からは何も言えません。

 そして心配はしていますが、それ以上に得るものが何もなかった。なんて笑い話にもならないので確認しておかなければ」

 

「あはは……兄上は、甘いようで厳しいですね……」

 

 確かに普段は甘いところもあるが、本人が望んだ鍛錬において妥協はない。そんなものがあっては成長など出来ないからだ。やると決めたならとことんやる。そうしなければ目標を達成することなど夢のまた夢だ。

 それにヨシテル様がその目標となる人であれば厳しくもなる。あの方は才能があるから強くなったというわけではないからだ。過去からどれだけの研鑽を続けて来たのか、俺にはわからない。だが俺とて忍としての修行を続けて来た。その修行よりも楽だったということはないだろう。

 だからこそ義昭様にも厳しくしてしまう。まぁ、ヨシテル様のようにやりすぎてしまう、ということはないのだが。

 

「厳しくもなります。ですが……終わったのであれば休憩にしましょう。歩けますか?」

 

「ええ、そのくらいなら……ただ暫く何も握れそうにありませんけど……」

 

「それは仕方が無いかと。手にも肉刺が出来ているでしょうから、薬を塗っておきましょうね」

 

 何度も剣を振るうことで肉刺が出来るのは当然としても、何の処置もせずに放置していては義昭様も辛いだろう。俺の持っている塗り薬を使えば大分良くなるはずだ。

 これから先も鍛錬を続けるのであれば現在持っている薬の量で足りるのか、少し不安にはなるが……今度里に戻る予定なのでその時にでも貰っておこう。作ることも出来るが材料がなかなか揃わないのが難点だ。

 そんなことを思いながら義昭様が途中で倒れないように支えながら縁側まで連れて行く。そして腰を降ろすのを確認してから片膝立ちになり手拭いで顔に浮かんでいた汗を拭く。

 

「ありがとうございます。はぁ……覚悟はしていましたが、大変です……

 でも姉上と兄上はこれよりもずっと辛い鍛錬や修行を続けてきたんですよね……」

 

「はい、そうなりますね。特にヨシテル様は現在最強の戦国乙女と呼ばれるほどの方ですので、その鍛錬も俺や義昭の想像よりも遥かに辛く苦しい鍛錬を続けてきたことでしょう」

 

「やはりそうですよね……なら、これくらいで弱音なんて吐けません。少し休憩したらまた再開しないと……」

 

「いえ、義昭。初日から無理をするのは見過ごせません。それに前に言いましたがまだ子供の身で無理をしても良いことなんてありません。今日はこれで終わりにして、また明日から頑張りましょう」

 

 頑張らなければならない、だからまだ続ける。そういう考えはとても良くわかる。というか子供の頃の俺がそうだった。

 ただ、その時は師匠にそんな無茶なことをしても強くなんてなれない。と怒られたのだが。

 今にして思えば、師匠に怒られたのはあれが初めてだったような気がする。普段から温厚な方で、めったなことでは怒らないが怒ると怖い。まぁ、奥方様の方が怖いのだが。

 そんなことよりも、薬を塗らなければ。

 

「少し染みるかもしれませんが我慢してください」

 

「ええ、わかりました」

 

 義昭様の言葉を聞いてから手を取り、見てみると当然のことながら出来た肉刺が潰れていた。先ほど出来た肉刺がすぐに潰れた。ということだろう。

 薬自体が染みるのは仕方ないが、力を入れすぎて義昭様が痛がらないように注意しながら薬を塗っていく。痛みに顔を顰めているようだったがこれからの鍛錬を思えばこの程度我慢してもらわなければ。

 ……とはいえ、そうして顔を顰めている義昭様の姿は見ていて楽しいものではない。流石に義昭様相手に愉悦なんて出来るわけがないか。

 

「……良く我慢出来ましたね。少し染みたとは思いますが、これを使うか使わないかでは後々変わってきますので次に肉刺が潰れた場合は同じように使いましょう」

 

「はい……ところで、それはどういう薬なんですか?」

 

「里に伝わる秘薬の一つです。とは言ってもそう特殊な物ではないのでこうして持ち出してもお咎めはなし、なんですけどね。痛み止め、治癒促進、それから傷痕が残り難くなります。

 傷があるせいで忍であるとばれる。なんてことがないように、こうした薬が作られたそうですが……まぁ、肉刺に使うのであれば掌が硬くなるのは硬くなりますが、使わない場合よりも見た目に変化は少ないはずです」

 

 例えば顔に大きな傷がある人間が普通の人間として認識されるだろうか。何かの事故で怪我をしてしまい、傷痕が残ったとしてそれでも普通の人間だと認識出来るのはその事情を知っている人間だけだ。

 何も知らなければ何者なのか疑問に思ってしまう。だからこそ傷痕は残らないようにしなければならない。ほんの少しの疑問が、小さな違和感が命取りになることがある。忍なんてものはそんなものだ。

 

「なるほど……兄上は不思議な薬も持っているのですね」

 

「不思議な薬、と言われるとあまりよろしくない印象を受けるので出来ればそういった表現は遠慮していただきたいです。

 とりあえず、義昭様はこれからの鍛錬で肉刺が潰れたり怪我をしたら使ってください。後で予備の薬をお渡ししますので」

 

「ありがとうございます、あ……じゃなくて結城」

 

 兄上、ではなく名前で呼んだことから誰か来たのが見えたのだろう。俺からは見えないが気配でわかる。だからこそ義昭様を呼び捨てにしなかったのだが。

 というか聞かれたら厄介なことになる相手がやって来た。

 

 すっと目線を向けるとミツヒデ様が此方に向かって歩いてきている。ミツヒデ様はミツヒデ様で任務を終えて戻ってきたようだ。幾らか前に二条御所に戻ってきている気配はしていたので、先にヨシテル様の下へ向かってからこっちに来た、というところだろう。

 義昭様の手を取った状態の俺を見て、驚いたように目を見開いているがどうしたのだろうか。義昭様とのお互いに対する呼び方は聞かれていないはずだから問題ないはずなのだが。

 そう思ったところで自分の今の格好を思い出す。普段の格好とは異なる、ヨシテル様の格好をモチーフにしていると一目でわかる格好をしていることを。

 

 何か言われるのだろうな、と思いながら義昭様の手を離してから立ち上がりミツヒデ様を見ると言いたい事がある。ということが顔を見て簡単にわかった。

 ただ、義昭様の手前、俺に何か言う前に義昭様へと帰還したことを伝えなければならない。だからひとまず後回しにしよう。とでも思っているのだと思う。

 まぁ、何か言われるのは確実なので少しばかり気が重くなるのも仕方のないことだろう。

 

「義昭様、このミツヒデ無事帰還致しました」

 

「無事で何よりです、ミツヒデ。この後は特に任務などはないのでしょう?ちゃんと休んでくださいね」

 

「はい、わかりました、義昭様。

 ……ところで結城、お前も戻ってきていたのだな」

 

「ええ、先ほどまで義昭様の剣術の鍛錬に付き合っていました。

 ミツヒデ様……俺がいない間、二条御所、引いてはヨシテル様や義昭様に何か変わったことなどはありませんでしたか?本人から聞くよりも、第三者として見れるミツヒデ様なら何かあったとしてもすぐに気づいていると思いますので聞かせていただきたいのですが」

 

 とりあえず何か言われるにしても話題を少し逸らしておこう。この後ヨシテル様の下へと戻らなければならないのだから、いつでも逃げ出せるとはいえ放っておけば今すぐにでも言われそうだ。

 少しばかり話をして、それから逃げよう。義昭様ともう少し話をしたいとも思うが……刀を受け取ってからでも問題はない。……義昭様が満足するまで、という話だったのに逃げるのだから、後でちゃんと謝っておかなければ。

 ただ、そんなことを思っていると義昭様がまるで仕方のないとでも言うように俺を見ているのでこの思考は読まれているような気がする。というか完全に読まれている。少し離れた間に更にそういった面において成長をしているらしい。

 頼もしいがとても恐ろしい。純粋な力ではどうしても戦国乙女の方々に劣ってしまうが、こうした相手の考えなどを読むことに関しては織田様と同等なのではないか、とさえ思ってしまう。

 

「え、あ、あぁ……そうだな……

 ヨシテル様は少し考え込むことが増えたが……まぁ、どうしてなのか私にはわかっている。結城が気にするようなことではない。

 それと義昭様だが、そうして接しているのだから分かっていると思うがお変わりはない。ただ……以前よりも幾らか頼もしく思うことがあるな……」

 

 ヨシテル様が何か考え込むことが増えた。というのが気になる。後でそれとなく探ってみよう。

 義昭様に関してはどうやらミツヒデ様も俺と同じで成長をなんとなくは感じられているらしい。まぁ、事実義昭様は俺が二条御所を離れている間に想像以上に成長しているようだった。

 男子三日会わざれば刮目して見よ、と言うがその言葉の意味を実感してしまう。

 

「二条御所については、そうだな……竜胆、鈴蘭、睡蓮の三人が忍衆をまとめくれていたおかげで特に問題はなかった。ただ、カシンが帰った後に本人にその気はなかったようだが、カシンの気に中てられた侍女や兵士が体調を崩してしまったな。

 まったく、ただそこにいるだけでああなるとは……やはり恐ろしい相手だ」

 

 そう言うミツヒデ様の表情は硬く、カシン様の恐ろしさというか厄介さというか。そういったことを再度肝に銘じているようだった。ただ、あの姿で来たからこそその程度で済んでいたが、本来の姿であれば今回以上に酷い有様になっていたのではないだろうか。

 そんなことを思ってから、ふとカシン様はそうなることを理解していたからこそユウサイ様の姿で来たのではないか、と思ってしまった。

 以前までのカシン様であれば絶対にないと言い切れるのだが、最近の変わってきているカシン様が相手だとそう断言することが出来ない。あの方は良い方向に変わっているとわかっている分、そんな可能性を思ってしまった。

 ただそれを口には出さない。確証はないし、もしそうだとしてもカシン様はそれを言われるのを嫌がるだろう。というか絶対に嫌がって何らかの仕返しをして来るに違いない。それに関しては以前から変わりないのだから。

 

「後は……あぁ、そうだ。

 何故か結城の格好がヨシテル様を彷彿とさせる物になっている。という私にとって大きな問題なら今さっき気づいたな」

 

 しまった。そういう話に繋がるのかこれは。

 

「さて、私から話を聞きだしたのだから次は私が結城から話を聞く番だな。

 どうしてその格好をしているのか、聞かせてもらうぞ」

 

 ミツヒデ様の目が笑っていない。どうしてこうこの方はヨシテル様と義昭様のことになると冷静に見えてとち狂ったような状態になるのだろうか。

 お二人を大切に思っている俺でさえそんな状態にはならないというのに。これが忠誠心の差なのだろうか。もしくは個人差、というかミツヒデ様の性格によるものなのだろうか。全くわからない。

 

 適当に誤魔化したり逃げ出すことを許さない。とでも言うような目つきに変わってきたので仕方なしに事情を説明する。本当ならもう少し落ち着いてから、もしくはヨシテル様がいる前で冷静に振る舞わなければならない状況で説明がしたかった。

 いや、義昭様がいるのだから暴走するようなことはないだろうが、それでも少し心配になってしまうのだから仕方ない。

 

 そう思いながら全ての説明が終わるとミツヒデ様は何か考え込むようにしてから一つ頷いた。

 

「なるほどな……リキュウ殿が……」

 

「ええ、宗易様からの贈り物です。ヨシテル様とお揃い、などと言われてしまい恐れ多かったのですが……ヨシテル様からはヨシテル様と義昭様の護衛、それと二条御所の警護の際にはこの格好で。とのことでしたので……」

 

「……まぁ、なんだな……確かにその、似合っている、と思うぞ?」

 

「え、あ、はぁ……ありがとうございます……?」

 

 また何か言われるのだろうな、と思っていたら似合っていると褒められた。そんな言葉をかけられるとは思っていなかったのでとても困惑してしまい、感謝の言葉を口にしながらもつい疑問符を浮かべてしまった。

 そしてそんな俺とミツヒデ様を見て義昭様は微笑ましい物を見るような、生暖かい目で見ていた。どうしようか、とても気恥ずかしい。いや顔には出さないが。

 

「まったく……ミツヒデ、そんな歯切れの悪い言い方だと結城も困ってしまいますよ。

 ほら、結城もちゃんとお礼を言わないとダメです」

 

「わ、わかりました義昭様!

 ゆ、結城。その格好だが、とても良く似合っている……きっと私ではそうもいかないだろうと想像がつく分、少々悔しく思うほどに」

 

「えっと……ありがとうございます、ミツヒデ様。

 でもそれ褒められているのかどうか微妙な言葉を後ろにつけない方が良いと思います。

 それと、こうしたヨシテル様に似せた格好が似合わないと思うなら何処か一つ、装飾をヨシテル様の物に似せてみるというのはどうでしょうか」

 

「……装飾を、か……それは結城の髪飾りのように、家紋を入れたり、ヨシテル様の格好と似た意匠を施したり、そういうことか?」

 

「ええ。あ、いえ……ミツヒデ様がそうしたいと思うのであれば、の話です」

 

「なるほどな……助言に感謝するぞ、結城」

 

「大した助言でもありませんし、お気になさらずに」

 

 どうしてだろうか。適当に言ったことなのにミツヒデ様が何かやる気になっている。

 もしかしたら俺の言葉を本気にして、何かヨシテル様と似通った装飾を施すつもりなのだろうか。別にそうしたことは構わないが、ミツヒデ様のイメージカラーの問題からその装飾が大きくて目立つものだと不恰好になりそうだ。

 今それを言うのはやる気になっているミツヒデ様に悪いので、そうしたこと物を付けた際にでもそっと言っておこう。折角面倒なことにならなかったのに、自分で面倒ごとを引き寄せるようなことはしないに限る。

 

 ただ、まぁ……なんというか、信用されていないと思っていたのだが実はそうでもないような気がしてきた。ミツヒデ様は俺に対していつも厳しい口調なのだが……もしかするとただ単純にヨシテル様や義昭様から信頼されている俺が、自分と同じようなポジションだと思って警戒しているのかもしれない。

 もしくは俺が足利軍に所属した当初に辛辣とまではいかないまでも、今以上に厳しいことを色々と言っていたのでそれが引っかかってしまっているのかもしれない。

 しかし、それはわざわざ俺が指摘することでもない。ミツヒデ様がなんとかしなければならない、と思っているなら自分でどうにかするだろう。

 もしそれでもミツヒデ様だけではどうにもならないというのなら俺から歩み寄っていくのが良いだろう。ミツヒデ様は少し不器用なところがあるので、きっと俺が幾らか歩み寄ることになるのだろうけれど。

 まぁ、俺個人としてもミツヒデ様とはもう少し仲を良好なものにしておきたいと思っている。同じ足利軍に所属していて、ヨシテル様を支える者同士なのだから。

 

「……結城、私のことは良いのでそろそろ姉上の下に戻ってください」

 

「義昭様、よろしいのですか?」

 

「はい。私は充分に相手をしてもらいましたし、この後も結城はやることがありますからね」

 

「わかりました。ではミツヒデ様、義昭様のことをお願いします」

 

「あぁ、任せてくれ」

 

 義昭様からもう充分だとの言葉を貰ったのでヨシテル様の下へ戻ろう。

 この後は休みになっているというミツヒデ様には申し訳ないが、義昭様のことは任せる。ミツヒデ様からも任せてくれ、と言われたので大丈夫だ。

 ただ、なんというか……義昭様は本当は満足していないが、そろそろヨシテル様が待ちくたびれているだろうと思ってそう言ったような気がしてならない。

 ……ヨシテル様の用件が終わったら、もう一度義昭様と話をするのも良いかもしれない。もしくは一緒に琥白号の世話をしよう。義昭様も琥白号の世話をするのは存外楽しそうにしているので悪い考えではないだろう。

 まぁ……その際にはヨシテル様も連れて行こう。普段から馬派だと言っているし、義昭様の子供らしい一面を見たいとのことなので丁度良いはずだ。




頑張る義昭様が見たい。兄上って呼ばれたい。応援したい。兄上って呼ばれたい。

ミツヒデ様とこう、微妙に距離があるような状態から歩み寄られたい。不器用ながらに少しずつ歩み寄ってくるミツヒデ様とか可愛いと思う。


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ヨシテルさまといっしょ そのご

オリ主は年齢不詳。ただし元服済み。
元服済み~20代前半くらいのイメージ。


 義昭様の言葉を受けて、ヨシテル様のいる執務室へと向かう。その道すがらすれ違う部下や侍女、兵士などから近況を聞いておく。

 ミツヒデ様の言葉を信じない、ということではなく単純に幾つもの視点から見た情報が欲しいからだ。

 そう思って話を聞けば、ミツヒデ様から聞いたのとは別の話を聞くことが出来た。

 どうにも最近琥白号の様子がおかしいらしい。いや、おかしいというよりも以前よりも元気がない、とのことだった。ヨシテル様や義昭様が世話をしているとそうでもないのだが、それ以外では元気がないという。

 まぁ、馬の世話をいつもしている兵士が言うには元気がないというか物足りないというか。そんな風に見えるらしい。それと、その原因は俺が暫く離れていたせいではないか、とのことだった。

 俺に懐いている、というのもあるだろうが多分走らせていないのが原因ではないだろうか。俺は義昭様と遠乗りに出ることがあるが、最近そういったことはないとも聞いた。ならばいっそのことヨシテル様と義昭様で琥白号に乗って遠乗りにでも出てもらおうか。

 世話をするのも良いが普段はしない遠乗りに二人で出かければきっと楽しいはずだ。まぁ、流石に護衛なしと言うわけにはいかないので俺か他の忍、もしくはミツヒデ様がついていくことになるとは思うが。

 

 そうした予定を勝手に頭の中で組みながらヨシテル様が待つ部屋の前に辿り着き、声を掛ける。

 

「ヨシテル様、戻りました」

 

「待っていましたよ、どうぞ中に入ってください」

 

 その声を受けて襖を開ければ、座っているヨシテル様の正面に座布団が置かれており、その間には一振りの刀が置かれていた。一目見ただけでどうしてか、普通の刀とは違う物だということがわかった。

 そして、魅入られてしまったように目が離せない。

 

「さぁ、そこに座ってください。

 ……どうやらこの刀が気になっているようですね」

 

「あ、す、すいません……どうしてか、目が離せなくて……」

 

「いえ、良いのですよ。それにこれを結城に渡そうと思っていましたからね。その反応を見る限り、私の記憶は正しかったようで安心しています」

 

 ヨシテル様の言葉を聞きながら座るがやはりその一振りへと向けられた目を逸らすことが出来なかった。何か惹かれるものがあるような、この感覚。

 そういえばこの感覚は初めてヨシテル様と顔を合わせたときに感じたことがある。厳密に言うならば鬼丸国綱を見たときか。名刀であるから惹かれたということではなく、その一振りが宿していた霊験に惹かれたのだろう。ともなれば今回もそうなのだと思う。ただ、一介の忍に与えるような刀にこれほどの霊験が宿っているものなのだろうか。

 

「さて、なんと言えば良いのでしょうか……まるで新しい玩具を前にした子供のようで、結城の意外な一面を見れた気がしてもう少し見ていたくもありますが……

 いえ、これくらいで良しとしましょうか。あまり長くお預けなんてしても結城が拗ねてしまうかもしれませんからね」

 

「確かに子供のようだったかもしれませんが……拗ねません。いったい幾つだと思ってるんですか」

 

 流石にそんなことで拗ねるような子供ではない。元服だってとっくに終わっているしもう充分に大人なのだから。というかヨシテル様に子供扱いされるとかなにこれ屈辱。

 普段のポンコツっぷりを知っている俺からすると少しばかり刀から目を離せなくなった程度で子供扱いされるなんてあって良いはずがない。それに子供扱いされるのはヨシテル様やミツヒデ様ではないだろうか。

 チョコレートに釣られてしまう様はどう考えても物に釣られる子供そのものだ。義昭様を見てみろ。そんなヨシテル様とミツヒデ様を見ながら苦笑いを浮かべている様子なんてどっちが子供なのかわからなくなるというのに。

 

「ふふ……ごめんなさい、ちょっと可笑しくて。それにしても……義昭の子供らしい一面は見れないのに、結城のそういった一面が見れるなんて思いませんでした。なんと言えば良いのか……最近の頼もしい姿との差があって可愛らしく見えてしまいましたよ」

 

「とっくに成人した男に可愛らしさなんて必要ないと思います。そういうものは義昭様のような幼い方か、ヨシテル様やミツヒデ様のような女性に求めてください」

 

「そんなこと言って……その言い方こそ拗ねてるように見えますよ?」

 

 拗ねてません。だからそう言ってからクスクス笑うのをやめてください。美人にそうされているってだけで気恥ずかしいんですから。決して顔には出しませんが。

 まぁ、これ以上言ったところでどうにもならないだろう。ヨシテル様にとっては、現在俺は拗ねている子供のようなものでしかないのだから。だったら諦めて話を進めよう。

 それにしても……この刀はどこかで見た覚えがある。それも俺の記憶が正しければ一介の忍が持つような刀ではないはずなのだが……どういうことだろうか。

 そういえば、もし俺の思っている通りならばその時も同じように魅入られた記憶がある。ただその時はじっと見つめるような時間もなかったのだが。

 

「それよりもヨシテル様、その刀ですが……」

 

「はいはい。仕方ありませんね……どうぞ、今この時よりこの刀は貴方の物です。大切にしてくださいね」

 

「あ、いえ、催促ではなくてですね……見たことがあるな、と思いまして……というか、なんだかこれ鞘と柄が鬼丸国綱と同じ拵えになってるような気がするんですけど」

 

「あぁ、特に意味はありませんよ。ええ、意味はありません。ただ、少々綻んでいたような気がしたのでいっそのこと新しくしようと思っただけです。その際にちょうど鬼丸国綱を持っていたのでそれに合わせて新調するようにお願いしただけですよ」

 

 特に意味はないと何故二回も言ったのだろうか。まぁ、そんなことよりもやはり鬼丸国綱と同じ拵えになっていたのか。ただそれを除いても見たことがある気がする。

 

「本来そう簡単に誰かに譲るような刀ではありませんが、結城にならば安心して託せると思ったのでこの一振りを選びました。

 ……結城は既に自分の状態について、気づいているのでしょう?」

 

「俺の状態、ですか……カシン様の呪いとこの身に宿っているという榛名の欠片についてであれば、徳川様から話を聞いたこともあって理解しています」

 

「やはりそうでしたか……であれば、私が霊験の宿っているこの刀を選んだ理由もわかりますね?」

 

「ええ、なんとなくですが。ところで……銘を聞いてもよろしいですか?」

 

 ヨシテル様が俺の状態を理解した上で選んだ、強力な霊験の宿る刀。なんとなくだが嫌な予感がしてならない。それにヨシテル様は誰かに譲るような刀ではない。と明言したことを考えるとただの刀であるはずがないだろう。

 それに見たことがある。と思ったが俺の頭の中で行き着いた答えで合っているのであればとんでもない刀を持ち出したものだ。そしてもしそれをぽんと渡そうとしているのであればヨシテル様は頭がおかしくなったのではないか、とさえ思ってしまうだろう。

 

「この刀の銘は大典太光世と言います。天下五剣の一振り。足利家が誇る宝と言えるでしょう」

 

「なんて物を渡そうとしてるんですか!というかやっぱり大典太光世じゃないですかこれ!天下五剣なんて忍が持つような物じゃありませんよ!!」

 

「え……な、なんでそんな怒っているのですか?あ、鬼丸国綱の方が欲しかったとかなら、申し訳ありませんが流石に鬼丸国綱は譲れないので……」

 

「違います!良いですかヨシテル様。天下五剣と称される刀を忍に与えるなんて本来あってはならないことです。

 そうして与えるというのであれば最も信を置く武将に、というのが普通だとは思いませんか?例えばミツヒデ様のように昔から仕えてくれている相手とか」

 

 そう、普通はそういうものだ。長い間仕えてくれた相手に対して感謝を込めるだとか、それほどに信を置いているとか、武勇に対しての褒美だとか、そういうことがあって渡すべきだろう。それが天下五剣の一振りともなればどれほどの相手になるのだろうか。

 とりあえず、俺のような忍に渡すなんてのは有り得ない。というか、普通は忍にそれほどの逸品を渡すようなことはないのではないだろうか。だというのにヨシテル様は一体どういう考えでこんなことをするのだろう。

 いや、まぁ……ヨシテル様のことだから、自分がそうしたいと思ったから。もしくは必要だと思ったから。とかその辺りだとは予想がつくのだが。

 

「ミツヒデに聞かれると悲しまれるかもしれませんが……今私が最も信を置いているのは結城、貴方なのですよ。

 それに結城は私に仕えることと、あの言葉を受け取って欲しい。たったそれだけしか望みませんでした。あの時は、その……とても嬉しかったのですよ?でも、後になって思うとやはりそれでは私の気が治まりません。

 ですからこれは信を置き、私を支えてくれた結城に対する感謝の気持ちだと思ってください」

 

「……そう言われると色々と思うことがあっても受け取れません。なんて言えないってわかって言ってますよね」

 

「ええ、結城ならこう言えば受け取ってくれるとわかった上で言っています」

 

 普段のポンコツっぷりからは考えられないがちゃんと考えた上でああいう言葉選びをしたらしい。これでは本当に受け取る以外の選択肢がないではないか。

 ……まぁ、なんと言うか……大典太光世ほどの刀ともなれば欲しいとは思ってしまうのだが。というか口ではああして言っているし、理性では有り得ないと思っている。だが一度魅入られてしまっている為か本音で考えるのであれば素直に受け取っておくべきだ。

 ただそれでもついつい口に出してしまうのは忍という立場だからだろうか。

 

「結城、素直に受け取ってください。これは私の感謝の気持ちなのですから。

 それに……結城が大典太光世を手にしたところで、足利の皆は悪いようには言いません。結城は自分で気づいてはいないようですが、足利の誰からも認められるだけの働きをしてきました。ですからこれはこうして然るべき物なのですよ。

 大体、結城は自己評価が低すぎます。忍だからなんだと言うんですか。私や義昭、それにミツヒデや他の皆も忍だからと結城を軽視などしません。

 ……結城は自分が忍だということを理由に色々と逃げているような気もします。いえ、結城にそういった考えはないのかもしれませんが……私にはそんな風に思えてしまうのです」

 

 俺が逃げている。というのはどういうことだろうか。まったく心当たりがないのだが。

 

「結城も自覚はない、と……まぁ良いでしょう。少し心に留めておいて貰えればそれで構いません。

 それに今はそんなことよりも、大典太光世を受け取ってもらわなければなりませんからね」

 

「……わかりました。ありがたく受け取らせて頂きます」

 

 これ以上何かを言ったとしてもヨシテル様は引かないだろう。というか何故か俺の方が押されている気がする。普段であれば俺があれこれ言って俺のペースで話を進められるというのに。それにしても自己評価がどうだの、逃げているだの言われると何故か言い返せない。一体どうしてなのだろうか。

 ヨシテル様の言葉に、胸の中で何か引っかかるような、そんな感覚を覚えた。

 いや、そんなことよりも今はヨシテル様が言うように大典太光世だ。

 

「ええ、それで良いのですよ。さぁ、どうぞ手に取ってください」

 

 そう言いながら大典太光世を手にしたヨシテル様がそれを俺に差し出した。

 もはや受け取ると言ってしまった手前、大人しくそれを手にする以外の選択肢はない。

 内心ではまだ納得できていない部分もあるが、それを抑えて受け取る。すると何故だか先ほどまで魅入られていたはずなのに、その感覚が消えた。そしてどうしてかわからないが、こうして手にしていることが自然のことのように思えてしまった。

 

「大典太光世。鬼丸国綱と同じく随分と特殊な刀です。そして足利家にあって誰も手に取らず、宝の一つとして扱われてきましたがそれには理由があるのですよ。

 この刀にはちょっとした逸話があります。これが納められていた蔵の屋根に止まった雀は皆急死してしまい、屋根から滑り落ちてしまったそうです。そのせいか、その蔵の周りにはいつも雀の死骸が幾つも転がっていたとのことです。

 ですがそうして蔵に納めていて雀の死骸が常にある状態は流石によろしくありません。それ故に結城も知っていると思いますが大典太光世は封印を施して地下に祀られていました」

 

「ええ、知っています。御神体とはまた別に祀られていましたね……って、待ってください。それって普通に人に渡しても大丈夫な刀なんですか」

 

「人間が手に取るだけならば本当はなんら問題はありませんよ。あくまでもあの小さな雀が急死してしまう、という話です。ただこの刀を振るおうものならば酷い吐き気や頭痛に襲われてしまうのでいつからか誰も手に取らなくなったのです。まぁ……そうですね、本来ならば誰かに渡すものではありませんね」

 

「なんて物を渡してるんですか!!」

 

 どうしよう、確かに強大な霊験を宿しているのは知っていたし、祀られているのも知っていた。だがそんな逸話までは知らない。

 それにそんな危険な代物を平然と渡すなんて一体何を考えているんだ。

 

「落ち着いてください。大典太光世に関しては実はある程度のことは既にわかっているのです。

 まず、切れ味もとても鋭いのですがそれ以上に宿っている霊験。これは鬼丸国綱と同等かそれ以上のものとなっています。そして大典太光世に認められた者でなければ扱うことは出来ません」

 

「それって俺が所有者として認められなければ宝の持ち腐れ。ということですよね」

 

「あぁ、それに関しては大丈夫ですよ。大典太光世は自らの所有者を選ぶと言いましたが、手に取って初めてわかる。と言うものではありません。

 ただ大典太光世を見た際に、魅入られたような感覚があったでしょう?あれは大典太光世に認められた証なのです」

 

「なんでそんなことがわかるんですか」

 

「私も認められた人間なので。それに過去に大典太光世を振るうことが出来た人間が皆そうであった。と残されていますからね」

 

 まぁ、確かにそういった特殊な刀であれば何らかの文献に情報があるのかもしれない。それに先人たちがそうであった、という確かな情報があるので信じても良いのかも、とも思う。

 ただなんと言うか……やはりヨシテル様も認められた人間であるらしい。その割にはヨシテル様が大典太光世を振るっている姿なんて一度も見たことがない。

 それに少し考えてみると俺が認められる保障は何処にもなかったのにどうしてこれを渡そうとしたのだろう。

 

「まぁ……私には鬼丸国綱がありますから、大典太光世を使うことはありませんでした。それに以前結城が僅かな時間でしたが魅入られていたのは知っているので丁度良いと思いましてね。

 ただ祀られているよりも、扱える誰かが持っている方が良いでしょう?更に言えば今の結城には強力な霊験の宿るこの大典太光世は丁度良いですからね」

 

「あー……気づいてましたか……本当に短い時間だったんですけどね……」

 

「あの頃はまだ結城のことを信用し切れていませんでしたから幾らか警戒して観察していたので。

 もしそうしていなければ結城が大典太光世に認められたなんて気づかなかったでしょうが」

 

「本当に、警戒しなければならない相手に対しては一切抜かりのないことで……普段からそうしてくれると個人的に助かるんですけど……」

 

 話を聞く限りではちゃんと警戒していればそうした周りの動きにもちゃんと目が向けられるようだ。本当に普段からその警戒心というか、周りの動きを見るというか、そういうことをして欲しい。

 それと問題なのは一度信じた相手を疑うことをあまりしないことだ。毛利輝元様なんて完全に怪しいのに何故か怪しいなんて欠片も思っていないし、警戒なんてするわけがない。

 以前から何度も言っているのに、どうしてこの方はこうも真っ直ぐというべきか、純粋と言うべきか……俺もミツヒデ様も苦労していることを察して欲しい。

 

「大丈夫です。警戒すべき相手はちゃんと警戒していますよ。例えばカシンとかですね」

 

「カシン様もですが毛利輝元様も動きが怪しいので警戒しておいてくださいよ。

 ……それにしてもこの刀は手にしてみると随分としっくり来ると言うか、なんと言うか……」

 

「認められているから、でしょうか。何にしろ結城が気に入ってくれたようで何よりです。

 どうでしょうか、この後少し剣を交えてみませんか?以前に私が剣術の指南をして以来になりますし、ちゃんと腕を磨いているか確認したいので」

 

「……ヨシテル様と剣を交えるなんて嫌なんですけどね……

 どう考えてもヨシテル様の方が強いですし、絶対にやりすぎますよね」

 

 剣に関してはついやりすぎてしまうヨシテル様と剣を交えるなんて絶対にしたくない。途中で火が点いて本気を出し始めるに決まっている。

 そうなれば俺程度の腕前でどうにかなる相手ではないし、周りにも被害が出てしまう。兵士たちが普段使っている鍛錬場でするにしても後片付けが面倒になることは間違いない。

 しかもヨシテル様はやることがあるので俺が一人でその後片付けをすることになるだろう。面倒過ぎだ。

 

「結城は私を何だと思っているのですか……私だってちゃんと手加減出来ます。

 というわけでこの後は鍛錬場に行きましょう」

 

「勝手に話を進めないでください」

 

「そうだ、義昭も剣術を学んでいますし丁度良い機会です。

 義昭には見学をしてもらいましょう。それと兵士たちにもたまには私が戦えるところも見せておかないと……」

 

「ヨシテル様、それ見せる必要ありませんよ。誰もヨシテル様の腕を疑ってなんていませんし、誰が最強の戦国乙女が戦えないなんて思うんですか。いえ、ヨシテル様の戦う姿が好きだと言う方もいるので喜ぶかもしれませんが」

 

「それならば尚のこと皆に見学してもらいましょう!」

 

 どうしてこの人は変な方向に話を持っていて勝手にやる気になっているのだろう。

 付き合わされる俺のことも考えて欲しいのだが。

 まぁ、そんなことを言ってもヨシテル様は聞いてくれないだろう。既にやる気に満ち溢れている以上俺が何を言っても意味がないのはそれなりの付き合いで理解している。

 とりあえず怪我をしないように、それと周囲に被害が出ないように立ち回れるだけ立ち回ろう。

 

「ふふふ……結城は私の一番弟子ですからね。どれほどの腕前になっているかしっかり確認しなければなりません!」

 

 ただまぁ……なんだかんだでヨシテル様が楽しそうならそれでも良いかな。とか思う辺り自分でもある意味で重症だとは思う。

 いっそのことミツヒデ様でも巻き込もうか。俺一人でヨシテル様の相手をするなんて荷が重過ぎるしそれくらいは許してもらえるのではないだろうか。ミツヒデ様が何て言うかはわからないが。

 そんな考えを浮かべながら、意気揚々と立ち上がったヨシテル様の後に続いて鍛錬場に向かうのだった。




ヨシテル様は剣に関してはきっとついついやりすぎるし、熱くなると思う。

大典太光世に関してはタグにある独自設定がもりもり。
尚、雀の逸話は本当にある模様。

ヨシテル様と剣を交えるシーンは全カットの運命にあります。


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ヨシテルさまといっしょ そのろく

オリ主はそれなりに強いけれど足利軍の主要人物、元主要人物の中では下位。
ヨシテル様>カシン様>>>松永様>>>ミツヒデ様>オリ主


 腰に差した鬼丸国綱に手を掛けてはいるが特に構えることなく此方を見ているヨシテル様は、一見隙だらけにも見えるがその実そんなものは存在しなかった。

 どのように斬りかかったとしても避けられて斬られるか、弾かれて斬られるか、受け流されて斬られるか、とにかく結局斬られる未来しか見えない。

 普段のポンコツっぷりは完全に成りを潜めており、今目の前にいるのは最強と称されるに相応しい覇気を秘めた一人の戦国乙女だった。ただそれを見て言えることは、何故少し剣を交えるだけなのにこうまで本気になっているのだろうか。

 ヨシテル様の目を見る限り油断や慢心はなく、さながら強敵を前にした時のように真剣そのものである。本当になんでそんな目を俺に向けているのだろう。そういうのは織田様や室生様のような本当の強者にこそ向けるべきであって俺のような一介の忍に向けるものではない。

 

「ヨシテル様、目が大分本気になってますけど軽く剣を交えるだけですよね?」

 

「ええ、そうですよ。だから遠慮なく斬りかかって来てください。結城がどのような攻め手で来るのか楽しみにしていますよ」

 

 遠慮なく斬りかかっても結局は無力化される未来しか見えてないので無理です。

 まぁ、別に純粋な剣術のみでなければやりようはあるのだが……さて、どうしたものか。ヨシテル様はあくまでも剣術の腕前がどうなったかの確認をしたいということなので、大人しく剣のみで挑戦しようか。無理だと判断したら体術も使おう。

 

「あまりわかりたくはありませんが、わかりました。仕方ないので参ります」

 

「どうぞ、何処からでもかかってきなさい」

 

 その言葉を聞くと同時に最大速力でヨシテル様の背後に回り、居合いの一撃を繰り出す。目にも留まらぬ速さという言葉があるが、俺の場合は目にも写らぬ速さとでも言えば良いのだろうか。とにかく、師匠曰く人の知覚できる速さを越えているとのことなので恐ろしく速いとだけ理解している。

 ただ、そんな速さであろうとも勘や直感に従って動き防いでしまうから戦国乙女というのはおかしい。現に背後からの攻撃でさえヨシテル様は鬼丸国綱を背後へと回し、半分ほど抜いた刀身で防いでみせた。そしてそのまま振り返りながら抜刀し、その勢いのままに俺へと一閃。

 直撃するわけにはいかず、また受けたとしても衝撃を逃がしきれないことを理解しているので背後へと大きく跳ねる。ここで半歩下がってその刃から逃れたとしても返す刀で再度斬られるに決まっている。半歩以上下がったとしてもヨシテル様にとっての剣の間合いは広い為に少し後ろに下がる程度でも足りない。だからこそ大きく跳んだのだ。

 それに俺が大きく跳んでヨシテル様の間合いから離れたとしてもその距離は俺にとっては一瞬で詰められる距離だ。以前に剣術を教わってから考えていたがやはりヨシテル様とこうして剣を交える場合は一撃離脱の戦法を取る以外にはない。

 俺の攻撃は通らず、またヨシテル様の攻撃も当たらない。というのは戦況が動くこともないのでなんとも言えない状態にはなるのだが。ただ、ヨシテル様はどういった原理なのか知らないが平然と斬撃を飛ばしてくるので距離を取っているから安心、というわけではないので警戒を怠ってはいけない。

 初撃なんてものは所詮様子見でしかなかったとはいえ、あの速度に普通に対応する辺りやはりヨシテル様は恐ろしい。まぁ、織田様も普通に対応するのだろうが。

 とりあえず速さに任せて斬りかかっても反撃されるのが関の山だ。一体どうやって攻めるべきなのだろうか。そうして考えている間にヨシエル様は納刀して俺を見ている。まだ俺がどう動くのか見るつもりらしく、ヨシテル様から攻めては来ないようだった。

 

 このまま何もしないで時間が経過するようならヨシテル様も攻めて来るだろうし、見学している義昭様やミツヒデ様も退屈だろう。少しばかり冒険をするのも悪くないのかもしれない。

 それにあくまでも軽く剣を交える程度なのだから、そう気負う必要もない。はず。ならば少し試したいこともあるしやってみようか。

 

「ヨシテル様、少しばかり無茶をするかもしれませんがどうかご容赦を」

 

「結城が少しばかりの無茶、と言うと私にとってはとんでもないことをしそうで不安になりますが……わかりました。ですが本当に危ないと思えば止めさせていただきます」

 

「ええ、それは仕方のないことですので大丈夫です」

 

 この場合の止めるというのは、力づくで止めるということだろう。まぁ、多分俺の意識を刈り取るとかそんなところだとは思う。そんな止め方はされたくないので一応注意だけはしておこう。

 

「では、少しばかり手荒くいきます」

 

 言ってからヨシテル様の真正面から居合いで斬りかかる。当然のように防がれたが構わずに返す刀で再度斬り、後ろに大きく跳ぶ。二撃目は受け流されたようだがそんなものは知ったことではない。着地と同時にヨシテル様の背後へと移動して、それに反応するように腕が動いたのを見て左手で鞘を振る。ヨシテル様は見てから対処しているのではなく、攻撃に反応して対処している以上これも同じように刀で防ぐと予想していた。

 そしてその予想通りにヨシテル様は抜き身の刀で鞘を防いだ。その隙に右手に持った刀を振るうがヨシテル様は体を半身にして避けた。本来なら隙を突いた攻撃として充分なはずなのにやはりヨシテル様には通用しないか。

 そうした思考の間にもヨシテル様は此方に向き直り、距離を取っていない俺に対して刀を振るう。右足を一歩踏み込み袈裟斬りを仕掛けてくる。それを姿勢を低くしながらあえて一歩前に出ることで刃を受けることなく、左手で刀を持つ手を受け止めてから一歩前に出た勢いを殺さずに肘をヨシテル様の鳩尾へと打ち込む。

 剣を交えると言いながら普通に体術を使っているがきっとヨシテル様も許してくれるだろう。というか剣だけで戦えるわけがない。ただの兵士や武将が相手ならまだしも戦国乙女、それもヨシテル様が相手となると数度剣を交えてそこで負けるに決まっている。

 

 まともに鳩尾に入ったはずのヨシテル様だが一瞬顔を顰めたがすぐに左手を鞘から離し、脇腹へと掌底を叩き込んでくる。ただそれをそのまま受けるほど俺は体術においては劣っていないつもりだ。すぐに刀から手を放して手首を取り一本背負いの要領で投げる。地面に叩きつけるようにしたのだが途中で俺の手首が掴まれ力の入れかたから関節を外されると判断してすぐさま手を放して、手首を掴んでいるヨシテル様の手の人差し指を掴んで本来曲がらない方向へと一気に曲げてへし折りにかかる。

 だがそれを察知したヨシテル様に寸前で手を放されて地面に叩きつけることも出来ず、少しばかり離れた場所にヨシテル様を投げ飛ばすだけとなった。それも空中で体勢を整えたヨシテル様は着地と同時に地面を蹴り、此方へと突進してくる。勢いをそのままに刺突での攻撃だろうが、これは妨害させてもらおう。

 手を放していた刀を蹴り上げ、突進してくるヨシテル様へと飛ばしながらその足で地面を踏みつけて土遁を発動させる。威力度外視のあくまでも妨害用の術として発動したそれは地面から夥しい数の石礫が散弾のようにヨシテル様へと襲い掛かる。それを見たヨシテル様の判断は横に飛び退くというものだった。真っ直ぐに飛んでくる石礫を避けるにはそれで充分で再度地面を蹴る頃には俺も刀と鞘を手にして距離を取っている。

 周りから見れば精々数秒から十数秒の出来事だっただろうが、あれこれやってみても結局俺の当身一回だけがまともに当たっただけの攻防となってしまった。それもヨシテル様の様子を見る限り痛手にはなっていない。

 しかし、ついやってしまったが主の指をへし折ろうとするのは忍としてどうなのだろうか。いや、むしろ人としておかしいのではないか。そんなことを思って少し不安になってしまった。

 

「……剣術を、と言う話だったのに体術に忍術と使ったことに対して少し言いたいことがありますが……とりあえずは置いておきましょう。それよりも結城、何か言いたそうにしていますがどうかしましたか?」

 

「あー……ついヨシテル様の指をへし折りそうになりましたけど、それを謝っておこうかと……

 その、申し訳ありませんでした。いざ戦うとなるとついどう相手を無力化するかで動いてしまって……」

 

「え、あ、いや、それは構わないのですよ?ですが何故体術と忍術を使ったのか聞きたいのですが……」

 

「初手で剣術だけではどうにもならないと悟ったのでそれならば体術や忍術を使おう、と思いまして。普通に考えてくださいよ、どうやったらヨシテル様に剣でまともに勝負が出来るんですか。無理ですよ」

 

 そう、無理である。どう考えても俺程度がヨシテル様とまともに斬り合うことは出来ない。だからといって精々数秒で終わるような無様なことはしたくない。そうなれば俺に出来ることは体術や忍術を駆使してやれるだけのことをやる。それだけのはずだ。決して剣術だけで挑んで惨敗するのが嫌だとかそんな理由ではない。

 それにすぐ終わってしまってはヨシテル様も退屈だろうし、見学に来ている兵士や武将のみならず、義昭様やミツヒデ様も何のために来ているのかわからなくなってしまう。まぁ、忍術を使っている時点で参考にはならないだろうが。

 

「あの、今回皆が見学しているのはあくまでも剣術に関してですので大人しく剣術だけで挑んで欲しいのですが……」

 

「すぐに決着着いても知りませんよ」

 

「結城に当てること自体が難しいことなので大丈夫だと思います」

 

「だと良いんですけど……」

 

 そんな風に会話をしているがヨシテル様は容赦なく斬りかかってきている。それを受けることはせずに避けたのだが、すぐに追撃が来るのでまた避ける。そうすることがわかっているようで更に追撃が来るのでまた避ける。そしてそこからはヨシテル様が斬り、俺が避けるだけの光景が続く。

 受け続けることが出来ないので避けることを選択しているのだが、これは剣術とはまったく関係ないような気がする。いや、それでもこんな状況になってしまったのなら避け続けるしかないのだが。

 とはいえこのままでは俺が延々と避け続け、ヨシテル様がひたすらに刀を振るうだけになってしまう。そんなことを続けるわけにはいかないと思うので仕方なしに避けるのではなく刀で受け止める。

 そのまま力を込めて押せばヨシテル様と鍔迫り合いをするようになる。するとヨシテル様は驚いたような顔をしていた。力は全然弱まらないし少しでも気を抜けばそのまま斬り伏せられそうだったが。

 

「受けるとは結城らしくありませんね……いえ、避け続けてばかりというのも面白くないので私は一向に構わないのですが」

 

「らしくなくても受けるしかないんですよ。ヨシテル様だって理解していると思いますけど、このままだと同じことの繰り返しです。なのでそろそろ終わりにしませんか?」

 

「……そうですね、では最後に現状で出来る最高の一振りで終わりとしましょうか」

 

「それすっごく嫌な予感がするんですけど……」

 

 そんな俺の反応など関係ないとばかりにヨシテル様が大きく距離を取った。そして居合いの構えを取るがどう考えても雲切を使おうとしているようにしか見えない。

 もはや止めても意味はないと悟ってしまった俺は諦めの境地で同じく後ろに跳んで、ヨシテル様と同じように居合いの構えを取る。それなりに離れているのだが雲切は抜刀のみならず剣撃を飛ばすことも出来るのでこんな距離はあってないようなものだ。

 そして最高の一振りとヨシテル様が言った以上は俺もそれに応えなければならない。気が重すぎる。

 

「では行きますよ、結城」

 

「どうかお手柔らかにお願いします、ヨシテル様」

 

 お手柔らかに、なんて言ったがどう考えてもヨシテル様は本気になっている。中途半端な攻撃で迎え撃ったとしたら確実に怪我をする、程度ではすまないだろう。ならばやりたくはないが、全力でやってやる。

 

「天剣一刀……」

 

「偽天一刀……」

 

 本家のヨシテル様には遥かに劣るが、それでも忍術を使って無理やりに威力を上げればそれなりのものになる。

 所詮は偽物でしかないが最高の一振りとなればこれに尽きる。だからこそ、らしくない真っ向勝負だ。

 

「「雲切!!」」

 

 互いに全力で駆け、渾身の居合いを打ち合う。純粋な威力で言えばヨシテル様が上だが、最も威力が出るよりも先に俺が忍術で威力を補い、最大火力での雲切もどきを叩き込む。これならばヨシテル様が相手でも通用する。

 そんな風に思っていたが、それは傲慢な考えだったようだ。

 

 俺がそうして勝てる可能性を上げたとしても、相手となるのは最強の戦国乙女。その程度では到底敵わない相手なのだ。

 確かに俺の方が先に雲切を叩き込んだ。だがそれは無情にもヨシテル様の雲切によって完全に無効化されただけに留まらず、多少は威力が下がったそれが俺の胴へと綺麗に入った。

 本来ならそれで真っ二つにされているのだがろうが、念の為にと普段から着ているインナーと宗易様から頂いたコートとその内側に着ていたベストが全て防刃仕様であり、そして仕込んでいた幾つもの暗器が破壊されながらも盾の役割を果たしてくれたおかげでそうはならなかった。

 吹き飛ばされたが無理やり体勢を立て直し、倒れないように何とか体に力を入れて膝を着く程度で収まっているが顔を上げることが出来ない。それも当然である。恐ろしいほどの威力を誇る雲切を受けたのだからただではすまない。

 具体的に言うと死ぬほど痛い。もう痛すぎて思考が逆に落ち着くくらい痛い。泣かないが泣きそうである。というか本当にヤバイ痛いヤバイ吐きそうなくらい痛い。

 

「流石ですね、結城。私の雲切と同時に放ちながらも私以上の抜刀速度でした。

 これからも精進を続けていけば今よりも更に強くなれるでしょう。忍である結城に剣術を教えたのは間違いではなかったと今更ながら確信を得ることが出来て私は嬉しく思います」

 

 ヨシテル様俺の状態を見てください多分顔色とか相当悪いと思います。いや顔を上げれないのでそれはわからないか。でもこれは本当に状況が悪すぎる。カシン様に呪術をかけられた時くらい状況が悪いと思う。

 

「よ、ヨシテル様……」

 

「どうかしましたか、結城?」

 

 なんとか顔を上げるがヨシテル様は俺の状態に全く気づいていないようで不思議そうにしている。

 

「その話は、後ほど聞きますから、休ませてはもらえませんか……少し、不味い状態になっているので……」

 

「少し不味い状態ですか?」

 

 俺の顔を見ても何も気づかないってどういうことですかヨシテル様あれですか今気分が良くなっているせいでそこらへんに気が回らない状態ですかそうですか。

 とりあえず主の前で嘔吐するなんて無様な姿は晒したくないので懐から丸薬を一つ取り出して口に含み、噛み砕いて嚥下する。嘔吐することはこれでないはず。

 まぁ、無理やり嚥下したせいで咳き込んでしまった俺を見てどういう状態になっているのか察したらしいヨシテル様も顔色が悪くなったが俺がそれを気にする余裕はまだない。刀の当たった部位を見ればコートやベストは無残にも切り裂かれ、そこから除く壊れた暗器の残骸。そしてその下に黒のインナーが見える。

 微妙に震える手を這わせると湿った感触と鉄の匂いがしたのでインナーの下ではやはり裂傷が出来ているようだ。こんなまともに攻撃を喰らうなんて何時ぶりだろうか。

 そんな風に現実逃避をしている俺の前ではどうしたら良いのかわからずにオロオロしているヨシテル様がいるがその背後から義昭様とミツヒデ様が駆け寄ってくるのが見えた。だがもう無理。顔を上げるだけでも辛い。

 

「結城!無事ですか!?」

 

「命に別状はありません……少し休めば問題ないかと思います……」

 

「無理をするな結城!ヨシテル様の雲切を受けて無事なはずがない!すぐに手当てをしなければ……!」

 

「そ、そうです!誰かすぐに結城の手当てをしてください!!」

 

「大丈夫ですよね!?結城は死んだりしませんよね!?」

 

 なんだこれは。何でヨシテル様も義昭様もミツヒデ様もこんなに取り乱しているんだろうか。死にはしないから大丈夫なのに。いや、死なないだけでだいぶきついが言った通りに休むことさえ出来れば多分大丈夫なはず。

 とりあえず手当てをしなければヨシテル様たちも落ち着かないだろうと思ってコートなどを脱ぎ捨てて傷を自分で確認する。どうやらインナーが傷口を圧迫していたおかげで血があまり出ていなかっただけのようで、脱いでみると血が溢れてきた。傷を見ると思っていたよりも深い。丸薬のおかげで感覚が鈍くなっているので今は大丈夫だが後々響きそうだ。

 

「動くな!すぐに手当てをするから大人しくしていろ!!」

 

「は、早く!誰か早く手当てをしてください!!このままだと、結城が……!」

 

「何をしているのですか!!安静にしてください!それと誰か……睡蓮!睡蓮なら手当ても出来るはずですから呼んで来てください!!」

 

 三人が五月蠅いがそれどころではないのでさっさと手当てをしよう。やりづらいが印を組んで忍術を発動させる。医療忍術は睡蓮の方が上手ではあるが、今この場にいないのなら俺がやるしかない。

 忍術が発動したのを感覚で理解し、そして傷口に手を当てて傷を塞いでいく。本来ならばもう少しゆっくりとやるのだが取り乱している三人がいる以上さっさと傷を塞いで大丈夫だとわかってもらうしかない。

 事実、傷口が塞がっていくに従って三人とも静かになっている。どんな顔で見ているかはわからないが落ち着いてくれたのならばそれで良い。それにしても医療忍術ももっと使えるようになった方が良いのだろうか。

 当たらなければどうということはない。という考えで医療忍術に関しては疎かにしてきたせいかどうしても拙い。忍術の開発よりも既存の忍術を使えるようになった方が良い気がしてきた。それにまたこうしてヨシテル様と手合わせをすることがないとは言い切れない。

 

 そうして考え込みながらも多少時間をかけて手当てを終えてから一息つく。そして顔を上げて三人の様子を確かめるとヨシテル様は安堵したような申し訳なさそうな様子で、義昭様は泣きそうになりながら俺の手を掴んできた。ミツヒデ様は俺の足元に出来た血溜まりを見て険しい表情をしていた。

 ミツヒデ様はわかっているらしい。流した血が多いということに。

 この血の量は俺にとっても予想以上だったので、急いで傷口を塞いだというのもあるが……そろそろ限界かもしれない。

 

「ミツヒデ様」

 

「……なんだ」

 

「ミツヒデ様が一番冷静そうなので、後のことをお願いします。睡蓮にでも言えば、どうにかしてくれるはずですので」

 

「わかった。まったく仕方のない奴だ……後で覚えていろ」

 

「覚えていれば、ですね……」

 

 言い終わると同時に視界が暗転する。こういう無茶は想定外だな、と言う思考とヨシテル様と義昭様の悲鳴染みた声を何処か遠くに聞きながら意識を手放した。




オリ主最強はやりません。ヨシテル様たちよりも強い姿がイメージできないので。
ステ振りは回避極振りの戦闘スタイルはヒット&アウェイの一撃離脱型。
今回のように真っ向勝負をすると基本負けます。

戦闘描写(もどき)でも大変なので二度目は多分ないと思います。
それと描写がおかしかったりするのは作者の技量不足なのでどうかご勘弁を。


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ミツヒデさまといっしょ そのに

オリ主はなんだかんだでミツヒデ様のことも仲間として好意的に思っている。


 目を開いても何の光景も写らない。自分の姿は確認出来るが周囲は何も見えない。

 一体どうしてこうなっているのか、と考えてみるが多分夢でも見ているのだろうという結論に至った。あの程度の傷と出血量では死ぬとは思えない。ならば意識を失っている間に見ている夢。ということである。

 だが随分と妙な夢だ。夢を見ていると認識出来ているうえに意識がはっきりとしている。一体どうしてだろうか。

 そう思いながらふと遠く見ると暗闇の中で薄らとだが光が見えた気がした。このまま立っているわけにもいかず、仕方なしにそちらへと歩いてみると先ほどまでは薄らとしか見えていなかった光が急に大きくなった。

 その光へと向かおうとしてから数歩歩いただけだったのだが……まぁ、夢の中であれば何が起こってもおかしくはないのかもしれない。そう考えて歩くといつの間にか目の前に光の正体であろう、黒い燐光が溢れている大きな結晶が現れた。

 ただ、その中には何故かカシン様が閉じ込められており、俺に気づいた途端に憎悪に塗れた表情へと変わった。そして何事か叫んでいるが良く聞こえない。どうしてだろうか、と考えていると先ほどまでは見えなかったがその結晶は鎖で雁字搦めにされており、その鎖には幾つもの札が貼り付けられている。そして周囲を囲むように柱が五つ立っていて丁度五芒星の形に配置されている。

 その全てに見覚えがあり、これは奥方様の扱う封印術と同じだった。というかカシン様が封印されている状況で意味のわからない夢となるとなんとなく察してしまう。

 

 この封印されているカシン様はきっと、呪いの起源であるカシン様の憎悪そのものなのだろう。周りの封印術はそのまま俺の中で封印されていることを表していると考えれば良い。となればただの夢ではなく、俺の精神の奥底とかそんな感じなのだと思う。

 そうなった理由は普段眠ってから夢を見るよりも、大量の血を失って気絶してしまったせいで少しばかり死に寄ったから自分の精神の奥深くにやってきた。とでも考えれば良いのだろうか。

 ただ、これを見たからといって何か出来るというわけではない。封印術自体は奥方様によって簡単に解けるような柔な術にはなっていないし、俺がこれを更に強化する。というのも不可能だ。俺にそこまでの力はない。

 しかしこのまま放置しても良いのだろうか。結晶から溢れている黒い燐光を見ていると嫌な予感がしてしまう。一体どうすれば良いのか、考えているとふと左手に何かが当たる感覚があった。確認してみるとそれはヨシテル様から頂いた大典太光世だった。夢の中にさえ持ち込んでいると考えるのか、夢のだからこそ突如現れたと考えるのか。ちゃんと自分の持ち物を見ていなかったので判断が出来ない。

 だが自分の意識とは関係なく、大典太光世を鞘から抜き構える。そしてそうすることが正しいのだと、そうするべきなのだという予感の元に結晶から漏れ出てくる燐光を切り裂くように振るえばその瞬間から燐光は漏れ出すことがなくなった。

 ただそれを見ていた憎悪の表情がより凄惨なものへと変貌する。こんな貌はあの日カシン様と戦った時でさえ見ることはなかったが、直視するに耐えない恐ろしいその表情はあのカシン様の憎悪そのものであると思えば納得してしまえる。

 まぁ、それでも燐光が漏れることがなくなり、安堵の感情を覚える。そしてそれと同時に意識が浮き上がるような、奇妙な感覚がするがどうやら目覚めが近いらしい。自分の精神の奥底にとんでもないものが封印されていることを再認識出来たことを考えると今回の体験は悪いことではなかった、のかもしれないが……それ以上にあれを見てしまっては不安を覚えてしまう。自分は随分と恐ろしい物を封印したものだと。

 ただそれでも、今回は運良く嫌な予感がした燐光を止められたので良しとしても良いのかもしれない。

 目覚めて最初に目にしたのは何もない天井だった。体を起こして周囲を確認するとどうやら俺に与えられた部屋に運ばれていたようだった。

 枕元には大典太光世と無残な姿となった宗易様から頂いた装束が置かれていた。大典太光世を抜いてみればヨシテル様の雲切を受けたというのに折れるどころか刃こぼれ一つしていない。強い霊験を宿しているからかはわからないが、驚くほどに頑丈なようだ。まぁ、ヨシテル様から頂いたその日に折れるようなことにならなくて本当に良かった。

 ただ、同じように頂いてそう日数が経っていない装束を使い物にならないようにしてしまったことに罪悪感を覚える。しかしそれ以上に、これがなければ俺は死んでいた可能性が非常に高いので感謝の念を抱く。今度宗易様と顔を合わせることがあれば御礼を言わせて貰おう。

 

 とりあえず目が覚めたからにはさっさと起き上がろう。きっと血が足りないだろうから増血剤を飲んでおかなければ。それと食事に気をつけておけば早い段階でいつも通りに動けるようになるはずだ。

 そして現在着ているというか、着させられているというか、随分とゆったりとした浴衣なのだがさっさと着替えてしまおう。普段からきつめのインナーを着ているせいかこういった余裕のある浴衣は苦手だ。

 そう思って宗易様に頂いた装束の替えを取り出して着替える。普段の格好でも良いかと思ったのだが、今からすぐに任務に就くわけではないし、これに助けられたと思うと念のために着ておきたくなる。これを機に普段の服装も同じように防刃仕様に変えてしまおうか。それとこれのコートに編みこまれている鋼線も里の物を使ってより強固にしてしまうのも悪くないかもしれない。

 しかし、最近こうしてしまおうか、ああしてしまおうか、こうしても良いかもしれない、ああしたら良いかもしれない。と思うことが多い。優先順位を決めて実行しないとどれにも手を付けられなくなりそうだ。とりあえずは任務をこなしながら出来ることをやっていこう。

 

 そうして着替え終わってから無残な姿になった装束を見る。ぼろぼろになっているわけではないので多分修繕出来るはずだ。里に戻ってから新しい鋼線を使って修繕と言うか改修をしておくつもりなので納めておく。どうやら俺が意識を失っている間に誰かが洗ってくれたようで血や泥がついてないのは非常に助かる。血は時間が経って固まると簡単には落ちなくなるからそこを心配しなくて良いのは個人的には嬉しい。

 そんなことを考えながらふと大典太光世を見ると、先ほどの夢を思い出す。自分が思っている以上に危険な物を抱え込んでしまったものだと思うと同時に、ヨシテル様から頂いたこの大典太光世がとても心強く思えた。夢の中とは言えあれを斬ってしまえる程の力を宿している。

 ……まぁ、本当に夢でしかないことであり、あれが俺の精神の中。という仮定が間違っている可能性はあるので実際のところはなんとも言えないが。

 とりあえずそんなことは置いておくとして。それくらい眠っていたのかわからないのですぐに確認して場合によっては任務に戻らなければ。出来ることなら遠乗りだとか色々やりたいことはあるのだがそれは仕方のないことだ。ということで早速行動に移そうとしたところでスパーンッと良い音を立てて襖が開いた。

 

「お前は一体何をしているんだ結城!!五日も眠り続けていたのだからまだ大人しくしておけ!!」

 

「五日……あ、それならすぐに甲斐に向かいますね」

 

「大人しくしておけと言っているのがわからないのか!!」

 

 たかが五日眠っていたくらいならすぐに動けるはずだ。血が足りないかもしれないがある程度は誤魔化せると思う。というわけですぐにでも出立の準備をしなければならない。

 

「大体お前が五日も眠っている間にヨシテル様や義昭様がどれだけ心配したかわかっているのか!それだというのに起き上がって早々に任務だと!?お前は一体何を考えているんだ!そこに座れ、説教をしてやる!!」

 

「そんなことをするよりも早く出立した方が……あ、当然先にヨシテル様と義昭様に無事であると報告はしますが」

 

「良いからそこに座れ!!」

 

 そう言って俺の肩を抑えるミツヒデ様だが普段からは想像が出来ないほどに力が強い。抵抗しようとしても徐々に押し込まれるというか、無理やり座らされてしまった。

 

「正座だ」

 

「正座とか言いながら力ずくで座らせるとかやめてもらえませんか肩が痛いんですけどって辞めてください力を込めないでください本当に痛いんですけどこれ!」

 

「大人しく正座をしろ」

 

「します!しますからとりあえず手を放してくださいミツヒデ様!」

 

 これ以上やられるのは御免だと思って正座をするとミツヒデ様は手を放してくれた。そして腕組みをしてうむ。とでも言うように一つ頷いてから口を開いた。

 

「まずお前はもう少し自らを大事にしろ。お前自身が思っているよりも、お前はヨシテル様や義昭様にとって大切な存在となっているのだからな。今回は特にヨシテル様は自分のせいで結城が倒れたと自責の念に駆られてしまい酷く落ち込んでいたし、義昭様は時間さえあればお前が目覚めないかと見舞いに来ていた。

 それを聞いても結城は今すぐに任務のために出立すると?」

 

「あ、いや……それはなんというか……え、こういう場合ってどうするのが良いんでしょうか。

 里では五日眠っていても起き上がれば軽く体調を診てからすぐに動いてましたし、竜胆たちも平然としてませんでしたか?」

 

「お前の出身である里は一体どうなっているんだ……

 いや、確かに竜胆や鈴蘭は頭領であればいずれ目を覚ますから問題ないと言っていたし、睡蓮にいたっては結城が何時目覚めてどういう行動に出ようとするか言い当てて見せたが……」

 

「人にもよりますけど俺は里の中でも相当きつい修行をしていましたから。

 それで、ですね……こう、そこまで心配されたりすることが幼少期以来なかったので一体どうしたら良いのかわからなくて……えっと、ヨシテル様と義昭様には一体どうすれば良いのか……」

 

 毒への耐性を付ける為に毒を飲んで寝込んだり、修行のし過ぎで倒れて数日目が覚めなかったり、師匠の忍術をまともに喰らって意識どころか死に掛けたりしたときもそこまで心配されなかった。いや、心配はされていたがヨシテル様や義昭様ほど心配はしていなかったはずだ。まぁ、里には優秀どころか天才とも言える薬師がいたから、ということもあるのだろうけれど。

 そのせいか、ミツヒデ様が言うほどに心配されてしまうとどうしたら良いのかまったくわからない。徳川様には多少心配をかけてしまっても良いという話もしたが、ここまで心配をかけるつもりなどはなかったのに。

 

「はぁ……普段は常識人の癖にどうしてこう特殊な育ち方だったり、妙な考え方で生きていたりするんだお前は……もはや呆れて言葉も出ないな、これは……」

 

「あー……それは申し訳ありません……」

 

「まったく……申し訳ないと思うのであればもう少し大人しくしていろ。

 結城が目を覚ましたことを聞けばヨシテル様と義昭様は多少は安心するはずだ。それとすぐに任務に就こうなどとは思うな。まずはあのお二人を安心させることが最優先だ、良いな?」

 

「……はい、わかりました」

 

 どうしようか、割と本気で凹んでしまいそうである。というか凹んでいる。

 まさかそんなに心配されると思っていなかったし心配させる気もなかったし気を失ってしまったが目の前で治療はして見せたし比較的冷静そうだったミツヒデ様に後のことはお願いしてあったし……というかそうだ、お願いしたはずなのだ。

 

「あの、ミツヒデ様?俺が気を失う際に後のことはお願いします。と言ったはずなんですけど、そこのところはどうなったんですか」

 

「あぁ、竜胆を呼んで部屋に連れて行かせて鈴蘭を呼んでヨシテル様と義昭様の護衛について話し合いをし、睡蓮を呼んで念の為に結城が眠っている間に治療を進ませておいたぞ」

 

「それはとてもありがたいんですけど、そうじゃなくてですね……」

 

「そうだ、その装束についてだが睡蓮が見事に血を落としていたな。それと頭領であれば里の鋼線を使って改修でもするだろうからとそれの用意もしておくと言っていたな」

 

「あ、本当ですか。ではまた後ほど睡蓮のところへ受け取りに……って違いますってば。俺が言いたいのはそっちじゃなくて」

 

「ん、後は竜胆がこれを機に頭領は暫く休むべきとも言っていたな。どうやら結城は自分の状態がどういうことになっているのか気づいているらしいが、多少休んだくらいで悪化はしないだろうからな。ついでに鈴蘭からは暫く任務のことは忘れて忍としてではなく頭領個人、結城という人間として過ごすのも悪くないと伝えて欲しいと言われていたか。

 うむ、そうだな。ヨシテル様には私から掛け合っておくから結城は暫く休め。どういう意図であの任務を命じられたかわかっているのだから、急ぐ必要がないこともわかっているだろう?」

 

「くっ……こういう時は流石に竜胆たちも兄弟子姉弟子として振る舞ってきますね……!!」

 

 実力で言えば俺の方が上であることは理解していて、分隊長として任務をこなして来たためにちゃんと命令に従ってはくれる。それでもこうして何かあると兄弟子姉弟子として俺に接するのだ。俺は師匠が里長になる前に取った最後の弟子であるから仕方ないのだが、こういうのは恥ずかしいのでやめて欲しい。

 それに里に戻れば他の兄弟子姉弟子から色々と声をかけられるがその全てが弟に対するようなもので思い出すだけでも恥ずかしい。何時までも子供ではないというのに。

 

「なるほどな……あの困った弟を見るような目をそういうことだったのか……」

 

「確かに、確かに里ではだいぶ無茶な修行もしてきましたがそういう目で見られるの嫌なんですよ!

 というか何で俺の兄弟子と姉弟子は揃いも揃って俺の事を弟扱いするんですか!普通は後輩扱いとか、そんな感じじゃないんですか!」

 

「私に言われても困るんだが……いや、それにしても結城が弟扱いか……」

 

「どうしてそこで優しい顔つきになってるんですか」

 

「ふふ……すまないが、そうした扱いをされている結城が微笑ましくてな。

 結城はヨシテル様に非常に信頼されていて正直嫉妬の念を禁じえないし、何故か義昭様に兄のように慕われている。そのことについて思うことも多々あるがその分今の結城の状態や扱われ方を見るとどうしてもな」

 

「俺が言えたことじゃありませんけど随分と良い性格してますね」

 

「結城が相手だからな」

 

 そう言ってから楽しげに笑うミツヒデ様を見ると少し前よりも俺に対する態度が柔らかくなったような気がする。もう少しツンツンしていたというか、距離があったというか、それなのに一体どうしてだろうか。

 怪訝そうな顔をしていたせいか、そんな俺の疑問に気づいたのかミツヒデ様が咳払いをしてから少し顔を逸らし、教えてくれた。

 

「ま、まぁ……なんだ。当初は警戒していたせいで態度がきつかったのは自覚がある。それに最近でさえその、ヨシテル様から信頼されていることで嫉妬していたことと、義昭様にあれほど頼られていて慕われているのがどうしても納得できなかったからな。そうした理由で結城に対する態度がずっときついままだった。

 ただ、以前からそれは直そうとはしていたのだぞ?これでも、私は結城のことを大切な仲間だと思っているからな……」

 

 段々と声が小さくなっていったが、ミツヒデ様の言いたいことはわかった。まぁ、確かに特定の主を持たない傭兵のような忍を最初から信用することなんて出来ないだろう。だから警戒をしていて態度がきつかった。

 そして個人的な感情で今まで態度を改めることが出来なかったがこれからはきつい態度を取ることもなくなって来るのではないだろうか。まぁ、すぐには無理だと思うので暫くはあまり変わらないかもしれないが。

 それにしても、大切な仲間だと認識してくれていることが素直に嬉しい。

 

「俺もミツヒデ様のことは大切な仲間だと思っていますよ」

 

 なのでちゃんと言葉にして伝えておこう。

 

「そ、そうか……いや、あれだな、こう……少し、照れくさいな、こういうのは……」

 

 視線を逸らして、頬を人差し指で小さく掻きながら言ったミツヒデ様の頬は少しばかり赤くなっていて、言葉どおりに照れくさくて仕方ないのだろう。

 

「そうですね……あ、大切な仲間ですし、ヨシテル様や義昭様に対する行動についても大目に見てくれるとありがたいのですが……」

 

「それは無理な話だ。ヨシテル様とお揃いだとか、義昭様に兄のように慕われているとか、あまつさえ義昭様に兄上と呼ばれていることとか、話をしなければならないことは幾らかあるからな」

 

「なんでそれ知ってるんですか」

 

「お前が気を失った時に義昭様が兄上と叫んでいたからだ。義昭様に理由は聞いたが、それでもやはり本人と話をしなければならないだろうと思ってな」

 

「ならそれで納得してください。義昭様がそう望まれた。なら俺はそれに応えるだけです」

 

「……まぁ、それで良いだろう。別の意味があるようならば少々手荒な話し合いになったかもしれないが……いや、しかしどこぞの馬の骨にヨシテル様を任せるよりは……」

 

 手荒な話し合いってなんだ。というか動けはするが万全の状態ではない俺相手に何をする気だったのだろう。それと後半はなんと言ったのか何故か良く聞こえなかった。まだ体調が万全ではないからだろうか。

 一切感情を伺うことの出来ない目をしているミツヒデ様に内心慄きながら、そういえばと話を戻す。

 

「そ、そんなことよりも話を戻します。後のことを頼みます、というのはヨシテル様と義昭様への説明というか、俺は平気だということを伝えて欲しかったのですが……

 あれだけ冷静で、竜胆たちの様子を見たミツヒデ様であればそれくらい察してますよね?」

 

「あぁ、そのことか。ちゃんと説明したぞ。

 結城は気を失っているだけでいずれ目を覚ますことも、心配せずとも結城であればすぐに元気な姿を見せてくれるとも。まぁ、それなのに五日も経ってしまったせいでその言葉も意味を成さなくなったが」

 

「…………え、ってことは完全に俺のせいだったりします?」

 

「まぁ、そうなるな」

 

 完全に自業自得であった。いや、俺の予定としては精々二三日で目を覚ますと思っていたのだが、きっとあの夢のせいで目覚めが遅れたに違いない。おのれカシン様、なんという嫌がらせをしてくれるのだろうか。

 そんな八つ当たりを内心でしながらとりあえず二人に謝って数日大人しくしておくことを明言するべきなのだろうか。話を聞く限りでは落ち込んでいるヨシテル様を励まさなければならないし、いつも見舞いに来ていたという義昭様が安心するまでは安静にしておく必要があるのかもしれない。

 それから、竜胆と鈴蘭と睡蓮は許さない。ミツヒデ様にはすぐに目を覚ますくらいのことで他のことは言わなくても良かったのにわざわざ伝えたのだ。絶対に許さない。

 

「まったく……私も多少であればヨシテル様と義昭様に口利きをしてやるから、大人しく心配をかけたことを謝って暫く安静にしていろ、良いな?」

 

「う、く……なんでミツヒデ様まで竜胆たちみたいな目になっているのか甚だ疑問ですし釈然としませんが、わかりました。そうします……」

 

 ミツヒデ様が意図的にそうしている訳ではないだろうが、竜胆たちや里の兄弟子姉弟子と同じような優しい目になっている。非常に居た堪れなくなる。

 

「さて、では私はヨシテル様と義昭様を呼んでくるから大人しく待っているんだぞ?」

 

「そういう子供というか、まるで弟に言い聞かせるみたいなの本当にやめてもらえませんか?」

 

「ふん……皆に心配をかけた罰だ」

 

 不機嫌そうな言葉だったが、その実楽しそうに笑っていたのでなんとも言えないが……心配をかけたというのは本当のことなので何も言い返せなかった。

 ただ、ミツヒデ様の態度が随分と柔らかいものに変わっていたのでそのことを思えば差し引き零として今回の扱いに関しては諦めても良いのかもしれない。良くないけれど、良いと思うしかない。

 それにしてもこの後にヨシテル様と義昭様が来ると考えると少し憂鬱になる。普段であればそんなことはないのだが今回は盛大に心配をかけてしまった以上それについての対処が大変なことになりそうだ。

 だから少しして遠くから聞こえてきた慌しい足音にため息をついてしまったのは、きっと仕方のないことなのだろう。




ミツヒデ様との和解回。尚、険悪になったりしてことはほぼない模様。

ミツヒデ様は地味に不器用なところがあるので一度きつい態度を取った相手との距離を縮めるのが苦手そう。そしてそのまま態度を変えられないまま時間が経っていく。
けど何かきっかけがあればその問題も解消出来る。とかいう妄想の産物。

ところで花でミツヒデ様いないってどういうことでしょうね。
ヨシテル様と組むのならミツヒデ様が適任だと思うんですよ、あの人はヨシテル様LOVE勢ですし。


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義昭/ヨシテルさまといっしょ

オリ主はある意味ワーカーホリック。
そして微ヤンデレ。


 ヨシテル様と義昭様が慌しく部屋へと入ってきたのだが、現在俺はミツヒデ様に正座させられていたのでそのままの格好になっている。ため息をつきながら憂鬱だ、なんて思いながら現実逃避を少ししていたからなのだが、ヨシテル様と義昭様はそれが気に入らなかったらしい。

 

「結城!何故起きているのですか!安静にしていなくてはならないはずですよ!?」

 

「そうですよ兄上。ちゃんと横になっていないとダメですよ」

 

 座っているだけでこう言われるとなると、すぐに任務に就こうと思っていたと言ったらどうなることだろうか。いや、そんなことよりも義昭様が怖い。微笑んでいるように見えるが目が全く笑っていない。そしてしれっと兄上と呼んでいるが……まぁ、すでにばれてしまっているので開き直っているのだろうか。

 

「いえ、あの……もう着替えましたし、これで横になるというのも……」

 

「……どうして着替えたのですか」

 

「あんなゆったりとしたというか、普段着ない服装だと落ち着かないので着替えました」

 

 決してすぐに任務に就こうとしたわけではありません。というようなことを言外に伝えてみるのだがヨシテル様はともかくとして義昭様はまったく信じていないように見える。

 それでも何も言わずに、小さくため息をついているので完全に俺の考えを見抜いているような気がする。というか確実に俺が何をしようとしていたのか気づいているのだろう。

 

「それならもう一度着替えて横になりましょうか。姉上は少し外してもらえますか?」

 

「そうですね……義昭、結城のことは頼みましたよ」

 

 おかしい。なんで俺が義昭様に面倒を見られるような流れになっているのだろうか。

 俺だって大人しくするようにと命が下ればそれに従うし、着替えて横になれという程度は子供ではないのだからなんら問題なく出来る。それなのに何故こんなことになっているのか俺にはわからない。

 そんなことを考えている間にヨシテル様は部屋から出て行き、それと入れ違いに睡蓮が葛篭を一つ持ってきた。

 

「頭領、お着替え持ってきましたから、ちゃんと着替えてくださいねー?」

 

「睡蓮……減給」

 

「えぇ!?竜胆ちゃんや鈴蘭ちゃんと違って私は余計なこと言ってませんよ!?」

 

「竜胆も睡蓮も減給しますから大丈夫です。あ、鋼線は貰いますので」

 

「鋼線と引き換えに、減給はなしの方向でー……」

 

「ほら、着替えるので退室してください。睡蓮とはいえ一応女性に着替えを見られる趣味はありません」

 

「ちょっと頭領ってば!そんなのだと睡蓮さんだって怒っちゃいますよっ!

 というか一応女性ってなんですか!良いですか、睡蓮さんは織田様と対等に戦える豊かさを持った立派な女性、って背中押さないでくださいよーっ」

 

 減給を言い渡すとぷんぷんとでも擬音が付きそうな怒り方をし始めたがそれを無視して部屋の外へと押し出す。そして襖を閉めてから着替え始める。

 ちなみに睡蓮との遣り取りを見ていた義昭様が呆れたようにしていたのは見なかったことにする。

 しかし、葛篭の中に入っていたのが里で着ていたものと同じというのはどういうことだろうか。いや、持ってきたのが睡蓮なのだしもしかしたら睡蓮が作ったのかもしれない。手先の器用さは俺以上で、趣味で服飾も手がけることもあるからその可能性は高いが、それはそれでなんとなく頭にくるのは何故だろう。

 

「兄上、余計なことは考えなくて良いですから早く着替えてください。姉上が外で待っていますよ」

 

「あ、はい!申し訳ありません義昭様」

 

「兄上、もう皆に気づかれていますから、ね?」

 

「何か言われそうではありますが……わかりました、義昭」

 

 そうだった睡蓮のことで忘れていたがヨシテル様が外で待っている。このままぐだぐだと余計なことを考えていて着替えが遅くなればヨシテル様を外で立たせておくことになる。それは主にさせることではない。

 そして義昭様に言われて呼び方を少しだけ変えたのだが皆に気づかれているというのはやはり足利軍全体に、ということなのだろうか。

 とりあえずそれは置いておくとして、急いで着替えなければならないのでぱっと早着替えを行う。一瞬で睡蓮が持ってきた服に着替えたが義昭様はそんな俺を見て普通に着替えてください。とでも言いたそうな視線を投げてくるがそれを見なかったことにしてどこもおかしくないかをざっと見て、問題なさそうなので大人しく布団の中へと戻る。

 

「ヨシテル様、お待たせ致しました。着替えも終わりましたのでどうぞ中へ」

 

「わかりました……それにしても結城、随分と睡蓮に厳しくありませんでしたか?」

 

 横になってはいないが、本来なら布団の中へと戻らずに主が入ってくるのを待つべきなのだが、どうにもヨシテル様と義昭様は俺を安静にさせておきたいようなのでこうしたが、呆れたような、俺が大人しく言うことを聞いていることを安心したような、なんとも言えない様子のヨシテル様を見るにこれで正解だろう。

 

「睡蓮に厳しいのはいつものことです。ですのでヨシテル様が気にすることはありません。

 それよりもヨシテル様……その、義昭なのですが……」

 

 言いながら義昭様を見れば、いつの間にか俺の隣に腰を下ろしてから俺の右手を取り、何かを確認するように両手で包み込むように握っている。どうしてそんなことをしているのか皆目検討も着かない俺はヨシテル様にどうしたのかと問いかける。しかしヨシテル様も理由はわからないようで首を傾げていた。

 そうして二人で義昭様を見ていると納得したように、それでいて安堵したように小さく頷いてから片手を放して居住まいを少しだけ正すと先ほどよりも強めに手を握られた。

 一連の行動にどういった意味があるのかわからずに困惑していると、俺とヨシテル様の様子に気づいた義昭様が自分の行動を見られていたことを悟り、少し恥ずかしそうにしながら口を開いた。

 

「あ、えっと……その、ちゃんと、兄上が生きていてくれるんだな、と思いまして……

 ……眠っている間は本当に生きているのか疑いたくなるくらい冷たくなっていたので……でも良かった、私を優しく撫でてくれる大好きな手の暖かさです」

 

「義昭、それ言われてるほうが凄く恥ずかしくなるのでちょっとやめてもらえると嬉しいんですけど……」

 

「どうしてですか?こういうのは素直に言葉にするべきだと思いますよ。そうですよね、姉上」

 

「え、えぇ……確かにそうだとは思いますけど……」

 

「だから姉上も何か言いたいことがあるなら言った方が良いと思います。

 私の言ったようなこととは違いますが、今言葉にしないと姉上はきっとこの先もそれを抱え込み続けることになるのではありませんか」

 

 義昭様が何を伝えようとしているのか、なんとなくではあるが理解することが出来た。ヨシテル様はまた何やら自分だけで抱え込んでいるらしい。以前にそうして悪い方向に流れてしまっていたのに、何をしているのだろうか。

 やれやれ、と思いながらも義昭様に言われても渋っているヨシテル様へと声をかける。

 

「ヨシテル様。義昭の言う通りですよ。

 以前に一人で抱え込んでしまった結果どうなったか覚えていますよね?であればそうして抱え込むのはやめてください。というか義昭の言い方からするとそれは俺に対して何か言うことがある。ということですよね」

 

「……そうですね、これはちゃんと言葉にしておかなければなりませんよね……

 結城、今回の一件は全て私の責任です。主である私の我侭で貴方を殺めてしまうところでした。

 この一件で結城が私を主足り得ないと判断して足利軍を抜けるとしても私はそれを止めることはしません。……いえ、止めることなど、出来ようはずがありません……」

 

 言葉を重ねる毎に苦しそうな、辛そうな表情へと変わっていくヨシテル様。俺が足利軍を離れるならば止めはしないと言っているが内心では引き止めたいと思っているのだろう。いや、引き止めたいというよりも足利軍を抜けるなんてことはさせたくないのだとう思う。

 ただ、その様子を見て真っ先に俺の頭に浮かんだのは何故ヨシテル様はその程度のことでそこまで思い詰めてしまっているのだろうか、ということであった。

 殺してしまうところだった、と言っているがあれくらいは里で修行をしている頃は日常茶飯事であったし死んでいないのだから別に俺は構わない。次から気をつけてくれればそれで良いのだから。

 

「ヨシテル様。俺はヨシテル様から離れるつもりはありませんよ。

 まぁ、やりすぎてしまったと思うのであれば次から気をつけていただければそれで構いませんので」

 

「……どうしてそんなことが言えるのですか?結城は戦や任務ではなく、私の我侭に付き合った結果死ぬところだったのですよ?それなのに、何故そう簡単に許してしまうのですか?」

 

「忍なんてものは主の道具ですよ。とか言うとヨシテル様だけではなく義昭も怒るので言いませんが……もし死ぬのなら布団の上で老衰というのも悪くはありませんが、この命を預けた方の手によって死ぬ。というのも悪くないと思っています。

 師匠に言わせると考え方が病んでいるとのことでしたが……まぁ、ヨシテル様の手でこの命を終えるというのは個人的には好ましく思います。あ、でもまだ死にたくはないので今そうする、とかはなしでお願いしますけど」

 

 俺が死ぬときは、貴方の手で俺を殺してください。

 そういう意味の言葉であるが、ヨシテル様が俺を殺すようなことはないだろうと確信しての言葉だ。まぁ、貴方に殺されるというのであれば、それもまた本望。ですから気にしないでください。と伝えているだけなのだがヨシテル様がそれを理解してくれるかどうか。

 いや、俺の言い方も随分と問題があるのは理解しているのだが、本音でもあるしいっそのことそれを伝えておこうと思ったからの行動である。

 

「……随分と、危ない言葉ですね」

 

 それでも少しばかり表情が柔らかくなり、呆れているような、安堵しているような声色でそう呟いたヨシテル様には充分に通じたようだった。俺が伝えたかったこととは違う意味で取られた場合は面倒なことになったのではないだろうか、と今頃になって焦りを覚えるが通じたので問題なしだ。俺は悪くない。

 

「ですが少し救われたような気にもなります。

 ありがとうございます、結城。次からはこのようなことはないように気をつけます。

 ……ただ、その……先ほどの言葉は何と言えばいいのか、随分と歪んだ愛の言葉のようにも聞こえてしまったのは私がおかしいからでしょうかね……」

 

 尻すぼみしていく言葉と共に苦笑を漏らすヨシテル様とそれに答えずに小さく笑んでからヨシテル様を見るだけの俺。そんな俺とヨシテル様の様子を見てどこか不満そうにしている義昭様。

 原因は俺にあるのだろうが、一体どうしてこうなったのだろうか。

 

「……姉上の心配事も無事片がついて良かったと思うのですが、兄上はもう少しわかりやすく、素直な言葉にするべきだと思います。いえ、兄上自身も微妙にわかってなさそうですので今はそれでも良いのですが」

 

「それは一体どういうことでしょうか……?」

 

「いえ、わからないならそれで良いのですよ。そのうち理解してくれれば、ですが」

 

「はぁ……」

 

 時折義昭様が何を言いたいのか理解が出来ない。それはヨシテル様も同じようで俺と同じように首を傾げている。そんな俺たちを見て仕方ない人を見るような目をするのはやめてください。

 ただ、そうしている間もずっと俺の手は義昭様に握られたままになっていてどうにも放す気はないように思える。いや、むしろ先ほどよりも力が込められているような気さえする。

 

「義昭……そろそろ手を放していただけませんか?」

 

「嫌です。大丈夫だとは思いますが、自分は大丈夫だから任務に戻りますとか言い出しそうですからね」

 

「いえ、流石にそんなことを言うつもりはありませんよ」

 

「目が覚めるなり任務に戻ろうとしていたのは誰でしたっけ」

 

「さ、さぁ……誰でしょうね……」

 

 何故義昭様がそれを知っているのだろうか。あれか、ミツヒデ様に話を聞いたのか。

 

「結城、ミツヒデから話を聞いているので誤魔化せませんよ。

 それに手を握られるくらい良いではありませんか。義昭のちょっとした我侭だと思えば……」

 

「そうかもしれませんけど……しかしですね、ヨシテル様。片手が使えないというのは結構辛いものがありまして……

 というか、ヨシテル様はなんで俺の空いた手を凝視しているのでしょうか」

 

 義昭様に手を放して欲しいと伝えたくらいから空いた手をヨシテル様が凝視していた。やはりヨシテル様も俺が片手しか使えないというのは良くないと思ってくれたのだろうか。休むように言われたとしても、忍としていざという時にすぐ動けなければならないのだから当然か。

 であればヨシテル様も義昭様に手を放すように言って欲しい。俺では強く言うことは出来ないがヨシテル様ならが放すようにと言えば義昭様も諦めて手を放してくれるはずだ。

 

「……結城、抵抗しないように」

 

 それだけ言ってヨシテル様は空いている俺の手を義昭様と同じように両手で包み込むようにして握った。

 そうすると予想していなかったせいで手を取られた瞬間に驚きで体が固まったように動かなくなった。そうして俺が動かないことを気にするでもなくヨシテル様は好き勝手に俺の手を弄んでいる。本人はとても真剣な表情でしているので義昭様がそうした時以上にどうしたら良いのかがわからない。

 そして更に困ることに義昭様がそれを見て、ヨシテル様と同じように俺の手を弄び始めたことだ。ヨシテル様は真剣に、義昭様は非常に楽しそうに。こんなことをするような人たちだっただろうか、と現実逃避をしながらそれを見る俺を誰も責めはしないはず。

 

「こうしてみると結城の手は綺麗ですね……肉刺の痕もありませんし……」

 

「あぁ、それは里の塗り薬を使っていましたので……というか、それを言うのならヨシテル様の手の方が綺麗ですよ。俺みたいに薬を使っているわけでもないというのが信じられないですが」

 

 事実ヨシテル様の手はとても綺麗だ。俺以上に刀を振るい続けているのだからもっと硬くなっているかと思ったがそんなことはなかった。綺麗で、女性らしい柔らかさを持った手をしている。

 左手を弄ばれているのだが、ヨシテル様の手の感触が存外気持ち良いので別にこうされているのも悪くないかな、とさえ思える。むしろ俺の方がヨシテル様の手を弄んでみたくなる。

 普段なら絶対にしないのだが、今の状態であればやったとしても咎められることはないだろう。なので思い立ったら即実行である。

 

 特に力を入れて俺の手を握っていたりはしないので少し手を動かしてからヨシテル様の手を握る。そしてどうして肉刺の痕さえないのかと気になったので、掌を揉むようにして確かめる。

 何度かそうしていると肉刺が出来るであろう場所に微かに硬い感触がするので、まったくないというわけではないらしい。それでもどうしてこんなに柔らかいのだろうか。これがもしヨシテル様だから、ということではなく足利家の人間がそうだというのであれば義昭様も剣を振るい続けたとしても手が綺麗なまま、となるのかもしれない。

 そんなことを考えながらヨシテル様の手をむにむにとしながら遊んでいると、視界の隅に顔を赤くしているヨシテル様が映った。

 

「あ、あの、結城?そんな風にされると……その、流石に恥ずかしいのですが……」

 

 言われてふと気づく。俺は特に気にしなかったし、気になったとしてもどうしたら良いのかわからない。程度であったがヨシテル様はこういう場合恥ずかしいと思うのか。であればここで手を放すのが正しいのかもしれないが、そんなヨシテル様を見ていると愉悦とはまた違う何かが浮かび上がってくる。

 なんというのか、そうして恥ずかしそうに顔を赤らめているヨシテル様をもっと見たい。そんな風に思えてしまう。なのでヨシテル様の言葉は気にせずに弄び続ける。まぁ、こうしていると存外気持ち良いのでやめたくないというのも多少はあるのだが。

 

「どうして続けるのですか!?こういう場合は手を放すべきだと私は思うのですが……っ」

 

 そんなものは知ったことではない。今はヨシテル様の手の感触を楽しむのが優先である。とはいえ、それだけではなんとなく物足りないので、指を絡めるようにしてみる。指が太いというわけではない俺の指と比べてもヨシテル様の指は細い。少し力を入れると簡単に折れてしまいそうに思えるが、その実何よりも力強い手であることはわかっている。

 そして、弄んで遊んでいるのだが、ヨシテル様はこの手で自らの未来を切り開いてきたのだと思うと感慨深い。また幾らか愛おしくさえ思えるから今日の俺はおかしいのかもしれない。

 

「元々はヨシテル様が始めたこと。であれば多少は我慢してくれても良いのではありませんか」

 

「う、くっ……た、確かにそうですが……!」

 

「それとも、ヨシテル様は俺にこうされるのは嫌ですか?」

 

 いや、まぁ……嫌だと言われてしまえば流石にやめるのだが。なのでヨシテル様に確認してみる。

 

「あ、い、嫌というわけではないのですが……」

 

「であれば我慢してください。満足したらやめますので」

 

「そう言われるとすぐに満足しないように思えるのではどうしてでしょうか……」

 

 実際そうすぐに満足はしないはずだ。このまま暫くヨシテル様の手で遊ぶ気なのだから。

 それにしても、俺の手で遊ぶ義昭様と、ヨシテル様の手で遊ぶ俺。そして恥ずかしいらしく真っ赤になっているヨシテル様という少々意味のわからない状況になっているが大丈夫だろうか。

 とりあえず誰かが来るまでは気にせず遊ばせて貰おう。どうせ今の俺にやることなんて、というかやらせてもらえることなんてほぼないのだし。

 

 そうしてヨシテル様の手で遊んでいると赤くないところを探すのが不可能なくらいに真っ赤になったヨシテル様が急に俺の手を強く握った。どうしたのかと思いながらなんとなく俺も握り返しておく。

 

「どうかしましたか、ヨシテル様」

 

「さ、流石にそろそろ弄ばれ続けるのも恥ずかしいので、動きを止めさせてもらいました。

 止めさせてもらったのですが、その、これは……」

 

 どうやらヨシテル様は握り方を間違えてしまったらしい。とりあえず動きを止めようとした結果、指を絡めた上体で強く手を握り合う形になってしまったのがより恥ずかしいようだ。

 ヨシテル様が動きを止める、というのであればそれに合わせるがまた俺の手を弄ばれても困るのでこのまま握っておくことにする。俺も手を動かせないが、ヨシテル様も同じ状態なので問題ない。

 

「え、あの、結城……?」

 

「暫くこのままにしておきましょうか」

 

 お互いに相手で遊ばないために。

 

「は、はい……わかりました……」

 

 どうやらこうして手を握るだけでもヨシテル様は恥ずかしいようでついには俯いてしまった。やりすぎてしまったか、と少し反省しようとしたところで義昭様に手を強く握られた。

 どうしたのだろうか、やりすぎだと怒られるのだろうか。と思って義昭様を見ると、義昭様はとても楽しそうに、そして温かい目で俺とヨシテル様を見ていた。

 そんな義昭様は俺が何かを言う前に声に出さずに「このまま静かにしておきましょう」と口の形を変えて伝えてきた。どうしてそんなことをするのかと疑問には思ったが義昭様には義昭様の考えがあるのだろうと小さく頷いて答える。

 そうした結果として、義昭様に手を握られながらヨシテル様と手を握り合うという意味のわからない状態になってしまったのは気にしないようにしておこう。

 

 それに別に嫌な気はしない。義昭様は満足そうであるし、ヨシテル様は俯いているが嫌がっている様子はない。それどころか嬉しそうにさえ見える。

 どうして嬉しそうなのかはわからないが、ヨシテル様がそれで良いのであれば俺としては何も言うことはないし、俺としてもお二人と一緒に過ごせるのは顔に出さないがとても嬉しい。俺も随分と足利軍の、ヨシテル様と義昭様が好きだという想いに染まったものだ、と思いながら静かにこの時間を楽しむのだった。




ヨシテル様と義昭様に手を握られてある意味両手に花状態って素敵だと思います。
そして二人の手の感触堪能出来るとか最高だと思います。

そろそろ甲斐、越後に行かないと。


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シンゲンさまといっしょ

オリ主は戦国乙女から気に入られている。
色々とハイスペックなところや、人間性など。


 数日間二条御所で大人しくしていたがただ横になっていたのは最初の一日だけで、後は眠っている間に鈍った体をヨシテル様や義昭様、ミツヒデ様に怒られながら鍛えることだったり、琥白号の為にヨシテル様と義昭様を誘って遠乗りに出たり、ミツヒデ様と将棋を指したりとそれなりに忙しかった。

 それと、義昭様に挨拶をする際には毎日手を握られるようになった。義昭様曰く、ちゃんと確認しなければ不安になるとのことだったのと、そう長い時間手を握られるわけではないので甘んじて受けることにしたがそれにヨシテル様も参加するとは思ってもいなかった。まぁ、ヨシテル様は手を握る度に何故か顔を赤くして俯き気味になるのだが。

 尚、その様子を見たミツヒデ様に小言を少しと、あまり無茶をするなとの言葉と共にあの優しげな目で見られたのは未だに腑に落ちない。あの日からどうしてかミツヒデ様は俺に対する態度が竜胆たちのように弟にするそれに非常に似てきている。解せぬ。

 とりあえず原因であろう竜胆たちと話をしたが、この間俺の事を怖がっていたはずなのになんてことをしてくれたのかと聞けば、任務に関しては恐ろしいこともありますが普段は弟です。と真顔で言われた。やはり年下と言うことで舐められているのだろうか。そんな疑問も覚える数日であった。あと、竜胆たちはきっちり減給しておいた。

 

 そんな数日を過ごした俺だが、漸く任務に戻ることが出来た。現在は武田様の治める甲斐へと向かっているのだが何処も変わらず平和そうで安心した。田畑を耕す人々は怯えや警戒などなく自らの仕事に励んでいるし、茶屋で話されているのは以前までの何処で戦があった等の話ではなく何処の町でどんなことがあった、何処其処の領地を治める方はどんな統治をしている。そんな他愛のない話ばかりだ。

 そして甲斐に近づけば近づくほどに道行く人々にさえ活気が見られるので武田様の統治は素晴らしいものなのだろう。ただ、茶屋で武田様と上杉様が川中島で模擬合戦をするという話を聞くことが出来たのであの二人は乱世が終わっても未だに勝負事を続けているようだった。

 流石に命の取り合いはしていないらしいが、大食いだったり酒の飲み比べだったり蒸し風呂や滝行蒸での我慢対決などをしていたとか。今回は模擬合戦であるが、周囲の農村には事前に伝達が行われ被害が出ないようにと手は打っているという話だが、実物を見てみないとなんともいえない。今回は領地の様子を見るだけでなくその模擬合戦の様子も見させてもらおう。

 そう考えながら街道を歩いていたのだが、新たな茶屋が見え、そしてその店先に人だかりが出来ているのを発見した。茶屋に人だかりが出来るなんてことはそうそうないのだが、どうしたのだろう。

 

 何があるのかと気になって人だかりの最後尾から茶屋の中を覗き見ると見覚えのある人物が団子の皿を積み重ねているのが見えた。いつもの兜は被っていないがあれは武田様に違いない。

 頬の傷だとか長い髪だとか、豪快に団子を食べている様子だとか、どう見ても武田様だ。あの人は一体こんな場所で何故大食いなんてしているのだろうか。

 人だかりから聞こえてくるのは武田様だと気づいていない人たちの困惑の声と、武田様だと気づいた上でどうしてここにいるのだろうかという困惑の声だった。どちらも困惑している。まぁ、その領地を治める人間が街道で商いを行っている茶屋に現れることは少ないだろうし、あまつさえ大食いなんて普通はしない。

 こうしている人々の中で武田様から直接話を聞けるのはきっと面識のある俺くらいだろう。周りの疑問を解消するためにも、そして挨拶をしておかなければならないので一歩下がってから変化を解いてから人だかりの間をすり抜けるように通って武田様が座っている席の正面へと立つ。

 そうすると武田様は俺に気づいたようで団子の皿を一つ積み重ね、茶屋の娘に一声かけてから追加を注文した。それから俺に向き直ってにっと笑って口を開いた。

 

「よぉ、結城。待ってたぜ」

 

「待っていた……あぁ、歩き巫女ですか」

 

「あぁ、俺の優秀な歩き巫女が結城が甲斐を目指してるって教えてくれたからな。ヨシテルの忍が優秀なのは百も承知だが、俺の忍だってそれに負けねぇくらいに優秀だぜ?」

 

「相も変わらず武田様は負けず嫌いですね」

 

 呆れを含んだその言葉が気に入らなかったようで武田様は頬を膨らませて不満を表現した。そして机に肘を着いてから手に顎を乗せて俺を軽く睨んできた。

 

「んなもん当然だろ。負けっぱなしなんて気分悪いぜ。

 ヨシテルとの戦なんて気がつけば兵は皆無力化されて、ヨシテルと俺との一騎打ち。それも早い段階で決着が着いたからな。今度は俺がヨシテルをぎゃふんと言わせてやろうってずっと考えてるんだ。

 まぁ、そんな機会はなかなか来ねぇし……まずはケンシンとの決着を付けねぇとな!」

 

 不満そうに睨んでいたかと思えば、上杉様と決着を付けると言ってから楽しそうに笑っている。武田様のこうした自らの感情を隠すことなく表情に出すところは非常に好ましく思う。腹芸の出来るというか得意なカシン様の相手をするよりも遥かに気が楽であるし、わかりやすいというのは精神的に非常に良い。

 ただ言えることがあるとすれば、こういったところが軍略などにも長けているのに後ろに(物理)が付いてしまう原因にもなってしまっているのだろう。以前に聞いたのは「作戦なんてどうでも良い。真正面から攻めるぞ」とかそんな感じの言葉だったか。宝の持ち腐れというかなんと言うか。

 それでも、上杉様と組んだ場合には猪突猛進な武田様を諌めてから互いに作戦を練りあうことが出来るのだからこの二人を組ませると恐ろしい。先の戦ではそのようなことが起こらないようにと先立って武田様を攻め落としたのは間違いではなかったはずだ。

 その後それを聞いた上杉様との戦においては、上杉様が随分と気合を入れていたので少々苦戦することになったので結果としては多少マシになった、程度の違いでしかなかった。それでも二人を同時に相手取るよりは遥かに良い状態で戦が出来たのだが。

 とりあえず一言断りを入れてから向かい側に座り、武田様を見ると何かを思いついたように見える。

 

「結城ならもう知ってるかもしれねぇけど、今度ケンシンと模擬合戦することになってるんだ。領地の様子だの何だのを見て回ってるんなら見るだろ?」

 

「武田様は話が早いですね。構いませんか?」

 

「おう、良いぜ。ってよりも折角だし立会人にでもなってもらおうかって思うんだけどやってくれるか?」

 

「ええ、わかりました。ただし上杉様が納得するのであれば、ですが」

 

「ケンシンなら大丈夫だ。単純に立会人になってもらうってだけだからな。

 そうと決まればすぐにでも川中島に、って行きたいのに合戦まで日があるからなぁ……」

 

「武田様はすぐにでも上杉様と戦いたいようですが……決着は付くんですか?」

 

 はっきり言わせてもらうが、武田様と上杉様の戦いに決着が付くとは思えない。どちらかが勝ったとしても次は自分が勝つと言って再戦を求めるだろう。そしてそれに対して勝った方は次も自分が勝つのだから別に構わない。と返して結局戦績が引き分けになってしまう。そんなことばかり起こるのだろう。というか実際に起こっているのではないだろうか。

 

「当然だろ!今回は俺の勝ちできっちり決着を付けてやるぜ!」

 

「参考までに聞きますけど大食いってどちらが勝ちました?」

 

「そんなの俺に決まってんだろ。俺の方が圧倒的に食ってやったからな!」

 

「では酒の飲み比べではどちらが?」

 

「それは……まぁ、ケンシンに負けちまったけどさ……」

 

「蒸し風呂での我慢対決」

 

「俺の方が長く蒸し風呂に入ってたな。炎の軍配を操る俺がそうした熱さに耐えれないでどうするってんだよ」

 

「滝行」

 

「いや、俺は確かに負けたけどいっつも滝に打たれてるケンシンの方が有利に決まってんだろ。だからあれはケンシンが自分の得意なことで勝負を仕掛けてきたんだ」

 

 見事に一進一退の勝敗である。これでは本当に決着が付くなんてことは有り得ないのではないだろうか。今回の模擬合戦でさえどうせ二回目が行われるのだろうし、それが終わればまた別の内容で勝負をするに違いない。

 やはりこの二人は決着が付かないまま二人で楽しく勝負をし続けるのだろう。まぁ、不毛な対決のようにも思えるが二人が納得して行っているのであれば俺に止めるつもりはないし、周囲の民への配慮がされているのだろうから問題はない。

 

「でもあれだよなー、やっぱり勝つなら自分の得意分野ってのは当たり前として相手の得意分野で勝ちたいよな。

 こう、完全勝利!って感じでさ」

 

「あぁ、わかりますよ。自分の得意分野で勝っても達成感って少ないですからね。それが相手の得意分野であれば達成感も大きいですし、胸を張って勝てたと宣言できますし」

 

「そうそう。それで戦はお互いの得意分野ってよりも専門だろ?だから決着を付けるならやっぱり戦に限るぜ」

 

 言ってから腕を組んでうんうんと頷いている武田様はこれからの上杉様との勝負に思いを馳せているようで気合い充分と言った風に見えた。ただそんな武田様の左右には高く積まれた団子の皿があるせいで全く持って締まらない。それどころか武田様の背後には追加の団子を持ってきた茶屋の娘が居るので更にがっかり感が増してしまう。

 とはいえこれは以前からなので平和ボケをしているとか、そういうことではない。武田様は戦乱の世であろうが泰平の世であろうが、変わらずに自らを貫き通している名将であり、天下取りへと名乗りを上げた戦国乙女の中でも上位に入る実力者である。まぁ、普段が普段なのでそんな風にはあまり見えないのだが。

 しかし、上杉様が最も警戒し、対等な相手として認めているのは武田様なのだから普段の様子など関係ないのだろう。どんなにがっかり感が強くても、見る人が見れば実力者だとわかる。それでもそれを自然と意図せず隠しているあたり腹芸はせずとも考えの全てを相手に悟らせることもないのではないだろうか。

 

「っと、団子の追加が来たな。さっきから食ってるけど、やっぱり団子じゃ物足りねぇよなー」

 

「肉料理と白米あたりが武田様としては一番ですか?」

 

「当然!ちょっと濃い目の味付けにした肉料理と、俺用の丼に特盛りの白米。んでもってほうとうなんかもつけると良いな!って、そんな話してたら食いたくなって来たぜ……」

 

「では戻ってから作らせれば良いと思いますよ」

 

「だな。適当に伝令の忍を走らせて今日の夕食はそれにするように言っとくか」

 

「食事の用意をさせるために忍を走らせるのはどうかと思いますけどね」

 

「つってもなぁ……最近戦なんてないし、一応周囲のことは調べさせてあるけど何処もかしこも平和そのもの。歩き巫女も全国回ってるけど最近何かあったって言えば二条御所が騒がしくなってたくらいだぜ?

 だからこういうことに使ったって良いじゃねぇか」

 

 そう言われればその通りなのだが。実際に以前のように忍を走らせ続けている戦国乙女などいない。ヨシテル様の場合は天下人となった以上は全国の戦国乙女の動向に目を向けなければならないために俺や忍衆を使って情報を集めることはあるのだが、それも最近になって落ち着いてきた。

 とはいえ毛利輝元様の動向が気になるのである意味で私用で部下の忍衆を走らせている。という点では武田様とそう違いはないのかもしれない。

 

「で、二条御所が騒がしくなってた理由ってのは聞いても良いのか?」

 

「そうですね……足利軍の機密事項ということで」

 

「ちぇー、折角答えを知ってるだろう奴が居るのに話が聞けないなんてないぜ……」

 

 本当なら話しても構わないような気もするが、あの一件でヨシテル様は非常に落ち込んでしまい、義昭様には心配をかけ、ミツヒデ様の俺を見る目が変わり、軍全体で俺が無茶をしないように見張るような動きがあった。

 そんな意味のわからない話なんてしたくない。それにあれを話すとなれば俺の醜態を晒すことになるのだから、言わないのが当然だ。それに他の方に話をした結果、無用に話を広めてしまう可能性がある。それなりに戦国乙女の方々から気に入られていると自覚はあるので、面倒なことになるのが目に見えているのだ。絶対に話さない。

 

「まぁ、無理に話を聞いても悪いし今回は諦めるか。それよりも結城は何か食わねぇのか?茶屋に寄ったなら何か注文するのが筋ってもんだぜ」

 

「それもそうですね……武田様を待つとなれば暫く時間もかかりそうですし……

 では申し訳ありませんが俺にも団子を一つお願いします」

 

「おいおい、一つで足りるのかよ」

 

「武田様を見ていると胸焼けを起こしそうですので一つで充分です」

 

 先ほどから会話の合間合間に運ばれてきた団子を片付けていく武田様の様子を見ているだけで胸焼けが起こりそうではあるが、確かに茶屋に入って何も注文しないというのは良くない。更に言えばこうして武田様に言われた以上は断りづらいというのがある。

 なので団子を一つだけ注文してそれをゆっくりと食べることにした。それに特に空腹感もないので本来であれば食べる必要もないのだから一つでも充分すぎるほどだ。

 

「そうか?これくらいは男なら食えるだろ」

 

「無理です。豊臣様と徳川様であれば普通に食べそうではありますが」

 

「へぇ……あいつらはそれなりに食えるみたいだな」

 

「ええ、豊臣様はそれだけ動き回っていますし、徳川様の場合は魔法を使うのが関係しているのだと思います」

 

「魔法か……ってことはカシンも?」

 

「カシン様は……あまり食べないですね。非常に少食ではありますが、甘味に関しては別腹のようではありますが」

 

「まぁ、あいつのあれは魔法ってよりは呪術ってやつだしな。

 ってことは結城の忍術で使うのは別の力なのか?」

 

「そうですね……気力とでも言えば良いのでしょうか?丹田で気を練り、それを全身に巡らせる。もしくは体の部位に回す。そうして忍術を発動させるのが俺の使っているものです」

 

「へぇ……なんか面倒だな。俺なら気合い入れて軍配を振ればそれだけでいけるのになぁ」

 

 気合を入れてやれば。と言うのはほぼすべての戦国乙女に共通する事項のようで、ヨシテル様も気合を入れて全力で居合いをする必要があると言っていた。どうして気合だけであんなことが出来るのだろう。俺は慣れているから忍術の発動も早いし、徳川様やカシン様も魔法や呪術の発動は早い。それでもそうした上で魔力や呪力を消費しているのだから他の戦国乙女よりも少し不利な気がしてならない。

 その代わり威力と範囲が反則的なのである意味ではバランスが取れているのかもしれないが。

 

「まぁ、今はそんなこと気にしても仕方ねぇか。

 食い終わったら俺は館に戻るけど結城も着いてくるよな?」

 

「ええ、構いませんか?」

 

「ああ、良いぜ。その代わり俺と勝負だ!」

 

「……何で勝負するつもりなのか聞いてもよろしいですか」

 

「結城が飯を作る。俺がそれを食う。美味いって言わせれば結城の勝ちで、言わなけりゃ俺の勝ち!」

 

 あぁ、つまり食事を作れと。確かに料理の腕には自信があるし、それについては以前にミツヒデ様が武田様に話しているのを見た覚えがある。だから知っているとして、どれほどのものか気になっていたのだろう。

 それをただ作れというのでは面白くないので勝負として提案しているのだろうが……まぁ、余裕で勝てる。

 

「わかりました。それで、わざわざ料理をするのですから勝った場合には何かもらえるんですか」

 

「あぁ、結城が欲しいってんなら何だってやるぜ?持ってない物で欲しいって言われたら……そうだな、それを手に入れるのに全力を出しても良いし、結城がそれを探してるってんなら手伝ってやる。どうだ?」

 

「乗りました。その言葉、忘れないでくださいよ」

 

「大丈夫大丈夫!俺に二言はねぇよ!」

 

 言ってから屈託なく笑う武田様には悪いが勝ちは貰ったも同然である。あの他人を褒めることをしないカシン様にさえ美味しいと言わしめたことがある俺にとって、武田様にそう言わせることは簡単なことだ。

 というか武田様は色んなものを食べては「これは美味いな!」とすぐに言うのだから勝てて当然なのだが。武田様はその辺りのことを考えた上で提案してきているのか、甚だ疑問である。

 とりあえず今すぐに欲しいものはないので、そのうち榛名を探すことになるだろうからそれの手伝いをしてもらおう。ああまで断言したのだから頼りにさせてもらっても罰は当たらない。ついでに上杉様を巻き込むことが出来れば尚良い。

 というか上杉様であればもしかすると現在榛名が何処にあるのか知っているかもしれない。事情を説明して納得してもらうことが出来れば俺が思っているよりも簡単に手に入る可能性がある。ただ、榛名を探しているのが俺だけではなく斉藤様と毛利輝元様がいるのでそれに対する戦力として期待できる。

 

「よっしゃ、そうと決まれば戻ろうぜ!あ、どうせならケンシンの奴も誘うか。

 どうせ川中島でどう動くか考えてるだろうし、使いを走らせて連れて来させれば良いよな」

 

「模擬合戦の前ですよね?」

 

「そうだぜ。でもお互いの手なんて大体わかってるし、前哨戦ってことで飯食ってから飲み比べだな!」

 

 果たしてそれで良いのだろうか。そんなことを提案して上杉様が頷くかどうか……いや、多分呆れながらも仕方が無いと言いながら頷くとは思うが。武田様のすることに関して上杉様はあきらめるのが随分と早いのはやはり付き合いの長さから来る諦観であるのかもしれない。

 

「肉料理とほうとう、んでもって白米沢山炊いて……あ、ケンシンの為に山菜を使った料理も頼むぜ!それから飲み比べするんだからツマミが必要だな。こう……酒が進んで、その上でちゃんと美味いツマミも用意してくれよな!」

 

「なんで全部俺が作ることになってるんですか。いえ、別に構いませんけど……山菜の用意はどうするつもりですか?」

 

「んなもん忍を走らせるに決まってるだろ。ケンシンと飯食うときはいつもそうしてるぜ」

 

「……武田軍の忍は、少々不憫ですね……」

 

 戦以上に食事に関する雑用をさせられているなんて、普通では考えられないことなのだが。いや、チョコレートのためだけに豊後まで跳んだ俺が言えることではないのか。

 それにしても本当に上杉様を巻き込むことになるとは……武田様には感謝しておこう。その感謝の気持ちは料理で返すとして、何を作るか考えなければならない。武田様が満足し、更に上杉様も満足するような料理。なかなかに大変そうだが腕が鳴る。

 

「良いじゃねぇかそんなこと。それよりもさっさと戻って料理と酒の準備しねぇとな!」

 

 団子を全て食べ終わってからそう宣言した武田様が立ち上がると、傍に忍が一人現れて武田様の変わりに勘定を払っていた。普段からそうしているのであろうことがわかるほどに澱みがなく勘定を済ませるとすぐに姿を消した。ただ気配は武田様の周囲から離れることはなかったので本来の役目は護衛なのだろう。

 

「結城ー、行くぞー!」

 

 俺も勘定を済ませてから武田様を追うと既に馬に乗っており、そう言い放ってからすぐに駆け出した。

 料理や上杉様との食事、飲み比べが待ちきれないようで一刻も早く戻りたい。そんな風に見えてしまい、まるで子供だな。なんて思ったがそれを口には出さずに後を追うように俺も駆け出す。

 

「流石にこれくらいじゃ着いてくるよな。それじゃ、いっちょ飛ばすか!」

 

 そうして非常に楽しそうに馬を加速させる武田様に追従するように駆けながら、ふと思う。

 斉藤様は武田様と上杉様で遊ぶのが楽しいと言っていたし、どうせなら俺も二人で遊んでみようかな、と。




シンゲン様がご飯とか一杯食べてるのを眺めたい。
一杯食べる女性って可愛いですよね。レッドキャッスルさんとか。

甲斐越後では四話か五話くらいを予定。
彼女たちは決して影が薄かったりリストラされるようなキャラじゃないんですよ……


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シンゲン/ケンシンさまといっしょ

オリ主は若干枯れ気味。


 武田様が町に戻り、何をするのかと思えば酒を求めて酒蔵へと迷うことなく突き進んでいった。どうしてだろうかと思いながらも後を付いて行くと周囲の酒蔵よりもひときわ大きな蔵へと入っていった。

 こうした場合は一声かけて入るのが普通だと思うのだが、武田様は躊躇うことなく中へと歩を進めてから大声で人を呼んだ。そうすると少ししてから酒蔵の人間が奥の方から歩いて出てきた。完全に部外者の俺が口を挟むことはないと判断して黙って話を聞いていると、今ある最高の酒を用意して欲しい。ということだった。

 武田様は上杉様と酒を飲む場合は普段から用意出来る限りで最高の物を用意するようにしているらしい。それは上杉様のことを思ってではなく、半端な酒を用意するなんてことは格好悪いとのことだ。

 それは上杉様も同じらしく、甲斐で飲むなら武田様が最高の酒を用意し、越後で飲むなら上杉様が最高の酒を用意する。そしてそれはもはや勝負の一つとして扱われているのだとか。

 相手を唸らせるような酒の用意が出来れば勝ち。出来なければ負け。だがどうにも酒に関しては上杉様に分があるらしく、上杉様を唸らせるような酒の用意は難しいのだと武田様が悔しそうに教えてくれた。

 そんな話を聞きながらふと思い出すのは以前に織田様に頂いたというか押し付けられたというか、どう表現したら良いのか悩むがとにかく酒を頂いた。織田様が自信満々に良い酒だと言っていたのでもしかしたら上杉様を唸らせるというか認めさせることが出来るかもしれない。

 ただ、俺がそれをする理由は特にないので、また二条御所に戻って落ち着けるときにでも飲むとしよう。それに俺は酒ではなく料理担当になっているのだし。

 

 そう考えながら酒が用意されるのを見ているのだが、味見と称して出てきた酒を一つ飲み干してしまった。

 

「美味ぇな!これならきっとケンシンだって満足するに違いねぇぜ!」

 

 とても満足そうな笑顔を浮かべてそう言った武田様は別の酒へと手を伸ばそうとしていた。放っておいても良いのだが、なんとなく武田様がこのまま此処で酒を飲み続けそうな気がしたので止めておく。

 

「武田様、今から飲んでいると上杉様との呑み比べで負けてしまいますよ」

 

「別にちょっと飲んだくらいじゃ変わんねぇぞ?」

 

「万全の状態で挑むべきかと思いますが。まぁ、本音を言えばさっさと食事の用意に取りかかりたいので酒を飲むなら戻ってからにしてください」

 

「戻ってからなら止めないのか?」

 

「はい。武田様が勝とうが上杉様が勝とうが俺には関係ありませんから。俺にとって重要なのは食事とツマミで武田様に美味いと言わせることです」

 

「お前……ヨシテルとか以外のことになると結構淡白って言うか、冷淡なところがあるよな」

 

「忍なんてそんなものですよ。忍が心を砕く相手なんて主やその家族、仲間だけだと思いますし」

 

 こんなことを言っているがそれ以外にも幾らか心を砕く相手はいるがそれをわざわざ言う必要はないだろう。それに一応ヨシテル様の忍として恥ずかしくない程度には気を使っているつもりだ。

 まぁ、こんなことを言ってはいるのだがなんだかんだで世話を焼いてしまったりするのはたぶん俺の性分とかそんな感じのことなのできっとそれは仕方ないことだ。

 

「そんなもんか?まぁ、良いけどよ。

 それなら戻ってから……いや、飲まなくて良いか。どうせケンシンが来たら飲むんだし」

 

「そのことですが……川中島から此処までとなると時間がかかるのではありませんか?」

 

「んー……大丈夫だろ。ケンシンならどうせすぐに来るし問題ねぇよ」

 

「謎の信頼が見えますが」

 

「いつものことだしなぁ。それに馬を走らせれば結構速いからへーきへーき」

 

「……まぁ、上杉様のことは武田様の方が理解しているでしょうから武田様がそう言うのであれば」

 

 実際俺がどうこう言ったところで、上杉様については武田様の方がわかっているのだしその必要性はなかったか。それに少し本気を出せば今から京まで戻るのに半日掛からない俺があれこれ言うのもどこかズレたことなのかもしれない。

 とりあえずはこれで武田様が此処で飲むことをやめて戻るというので、漸く料理の為に動けるようになる。まずは厨房に入って材料は何があるか把握しなければ。肉料理、とは言われたがちゃんと野菜も食べられるようにしつつ、どうせなら上杉さんの好物である山菜も使いたい。それならば何を作れば良いか考えなければならない。

 武田様は白米を大量に食べたいとのことなので該当する料理は何か。そういえば作れる物の中で丁度良いのがあったはずだ。食材さえ揃っているようならそれを作るのも悪くはない。

 

「よし、そんじゃ戻るか。結城が何を作るのか、楽しみにしてるぜ?」

 

「ええ、ご期待に沿えるものが作れると思いますよ」

 

「へっ、自信満々だな!そんなに言うなら期待させてもらおうじゃねぇか!」

 

 意気揚々と用意された酒を呼び出した忍に任せてから酒蔵から出る武田様に続いて歩き、躑躅ヶ崎館へと歩を進めることとなった。ただし、途中であちらこちらの店に顔を出したり、町人たちと話をしたりで思っていたよりも時間が掛かってしまったが、その様子を見る限りやはり武田様の統治は問題のないもののようであった。

 元々全国を飛び回っていたからざっと見た感想としてはどこも平和そのものであったが、こうして落ち着いて見るのとではまた違ってくる。

 後は模擬合戦ではどのように周囲の村への安全を考慮しているのか、それを確認することが甲斐ですべき俺の仕事だ。そしてそれが終われば越後に向かわなければならないだろう。

 躑躅ヶ崎館へ入るとすぐに武田様は侍女たちに声をかけて俺を厨房へと案内させた。どうしてそんなことをしなければならないのか、それを武田様が説明していたがそれでも侍女たちはイマイチ納得していない様子だった。他所の忍に料理をさせるから厨房を使わせる。なんて言われてすぐに納得できるわけがない。というよりも使わせたくはないだろう。

 それでも武田様の言葉である以上は従うほかにはない。まぁ、邪魔をされるわけではないだろうし俺が気にすることではない。食材を確かめて作れそうなら作ろう。とはいえ、道中で聞いた限りでは問題なく揃っているようなので大丈夫だと思うが。

 

 とりあえず厨房に到着してから使っても良い場所を借りて食材を取る。そして調理器具を探してみると丁度良い物を見つけた。実に順調である。後は武田様の忍が採ってくることになっている山菜が揃えば準備は完了する。

 山菜を待つ間に下準備をするのだが後ろの方で料理番の侍女たちが俺の様子を見ている。妙なことをしないように見ているのか、料理をすると言ったからどれくらい出来るのか確認したいだけなのか。それはわからないが俺はおかしなことをするつもりもないので気にせずに下準備を続ける。

 野菜を切り、豆腐を切り、肉に関してはある程度の大きさがあったほうが武田様が喜びそうなのでそこを気にして切り、砂糖や醤油、酒などを混ぜた物を作っておく。何事も準備が大事なのでこういった作業は結構好きだったりする。

 そうした俺の手際が慣れた物であることを見ると感心したように後ろで頷いている気配がする。別にこうして見られること自体はどうでも良いのだが、侍女たちは料理をしなくても良いのだろうか。俺は武田様と上杉様の食事と酒のツマミを用意するのだが、侍女たちは躑躅ヶ崎館に居るほかの武将たちの食事を作らなければならないはずなのだが。

 まぁ、慣れているのだろうし放っておいても問題なく作りそうではある。ひとまず白米を炊くのとほうとうの準備をしなければ。これらに関しては少し早めに作っておいても良いだろう。というか白米を炊くには時間が掛かるので先にやっておかなければならない。ほうとうは食事の前に火をかけてから温めれば良いのでこれもやっておこう。

 

 そんな風に順調に料理の準備だったり、料理をしていくともはや背後から聞こえてくるのは感嘆の声のみで、懐疑的な声や視線は既になくなっている。それと、竈に火をいれる作業を火遁で済ませた際には便利そうという声も聞こえた。俺は竈や焚き火に火をつける際には火遁を使っているが非常に便利である。料理番の侍女がこれを覚えることが出来れば料理も大変簡単になるのではないだろうか。

 ただ、俺の使っている火遁と本来忍の使う火遁とは大きく違っているのでそう簡単なことではないのかもしれないが。

 そうしたことを考えながらも手を休ませることなく料理を続けていると厨房へと入って来る二つの気配があった。一つは武田様でもう一つはどうやら上杉様のようで、本当に躑躅ヶ崎館まで短時間で来ることができたのか、と少し驚いてしまった。

 

「おー!本当に結城が料理してんだな!」

 

「シンゲン、貴方が料理させてるのに何を言っているのよ」

 

「いや、料理が出来るってのは話に聞いてたけど実際に見たことがなかったからさ。もしかしたらヨシテルが見得張ってたかもしれないだろ?」

 

「上様はそんなことしないわよ……」

 

 聞こえてくる会話は非常に楽しそうで相変わらず二人の仲は良好のようであった。ただそれを言うようなことがあれば確実に否定されるのでわざわざ口に出すようなことはしない。異口同音に否定されても仲の良さを見せ付けられているような気しかしないのだが、とりあえずはそっとしておこう。

 それにしても会話内容からすると俺が料理をしている姿を見に来たような気がしてならない。それは構わないのだが、あまり作っている最中の姿というか、現物を見せたくはない。どうせなら食事のときに出して驚いてもらいたいものである。

 

「それと上様のことを悪く言うようなことがあれば結城が怒るわよ」

 

「マジかよ」

 

「ええ、確実にね。結城はあれで上様のことを相当大切に思っているみたいだもの」

 

 そういうことを話すのはやめて欲しい。事実俺はヨシテル様を大切に思っているが、それを他人に言われたくはない。俺と同じようになんだかんだで主を大切にし、それでいて苦労させられているような立花様であれば気にはしないが。

 いや、上杉様は武田様に苦労させられているのだからその点に関しては俺と同じなのか。大体が武田様の思いつきによって苦労させられているというのだからもしかしたら俺よりも大変なのかもしれない。武田様は上杉様に対して遠慮と言うものが全くないのでそれがどれほど大変なこと、もしくは面倒なことなのか想像もしたくない。

 しかし上杉様は付き合いが良いというか、武田様を見捨てることはないし最初は渋々付き合っているのに段々と気分が乗ってくるのか最終的には楽しそうにしているのだから、上杉様にとってはそれほど苦労させられているという感覚はないようにも思える。

 

「でも結城が怒るのって見た事ないし、興味があるけどな」

 

「……そういえばそうね……私も少し興味があるわ」

 

「そんな興味を持たれたからといっても俺は怒りたくはありませんよ、面倒ですし」

 

「結城らしいわね。シンゲン、諦めましょう。無理にでも怒らせようとして上様の耳に入ればきっと上様も相当お怒りになる可能性があるわ」

 

「あー……結城もヨシテルも、お互いに大事にしあってるしなぁ」

 

「そういう恥ずかしいこと平然と言うのやめてもらえませんか」

 

 事実ではあるがそれを言われると非常に恥ずかしいのでやめて欲しい。それを顔に出すことはないとしてもこの二人の場合は恥ずかしがっていると普通に見抜いてしまいそうなので、背中を向けたままの状態と言うのは非常に助かる。

 とりあえず少し落ち着いてから料理をしている手を止めて振り返る。そこに居たのはやはり武田様と上杉様の二人で、既に戦装束ではなく随分と楽そうな着物を着ていた。

 

「そんなことよりもお久しぶりです、上杉様」

 

「ええ、久しぶりね。結城は全国を回ってそれぞれの領地の様子を見ているのよね?それなら次は越後にいらっしゃい。歓迎するわ」

 

「有り難い話ですね。感謝致します」

 

「これくらい構わないわ。それに今日は結城が夕食を作ってくれるらしいじゃない。楽しみにしてるわよ」

 

「そうそう!結城が自信満々に言うもんだから俺もケンシンもすげぇ期待してるからな!」

 

「その期待は裏切りませんから安心してください」

 

 作ろうとしている料理はヨシテル様たちにも好評で、武田様と上杉様も気に入ってくれるとほぼ確信しているのでこうして断言できる。ただ、肝心の山菜が届いていないので未だに手をつけられていない。夕食の時間まではまだあるのだが、時間には余裕を持って動きたいので早めに届けて欲しい。

 まぁ、何も言わずに料理の中に山菜を仕込んでおくのも上杉様の反応が見れて面白いのかもしれないが。

 

「そういえば上杉様。今回行われる模擬合戦の立会人になってほしいと武田様に言われているのですが、その話は聞いていますか?」

 

「ええ、聞いているわよ。私としても結城が立会人になってくれると助かるわ。もし周囲への被害が出そうになっても結城ならなんとかしてくれるでしょうね。

 あぁ、勘違いしないでほしいけれど私もシンゲンもそんなヘマをするつもりはないわ。あくまでも保険として結城には備えていて欲しいっていうだけだから」

 

「なるほど。そういうことでしたらお任せください。最悪の場合は武田様と上杉様だけ隔離して被害が広がらないように手を打ちますから」

 

「隔離って何する気だよ」

 

「地面を隆起させて四方を囲む壁を作ります。その上から水を使って膜を作り武田様の炎と上杉様の雷を封じ込めます。まぁ、お二人が本気になれば容易く打ち破れるでしょうが、それでも被害を押さえ込むことができますので」

 

「……そういうことを簡単にやってのけるから結城は頼りになるわね。本当に、貴方みたいに優秀な忍がいて上様が羨ましいわ」

 

「だな。それに料理も出来るってんだから俺も結城みたいな奴が欲しいぜ……」

 

 上杉様からは忍としての力量を評価され、武田様からは料理が出来る点を評価されている。同じ戦国乙女で、ライバル同士だというのに何故評価する点がここまで異なってしまうのだろうか。

 ある意味武田様らしいと思えるし、上杉様らしいとも思えるので特に残念な気分にはならないのが不思議である。

 それと、俺はあくまでもヨシテル様の忍なので他の方の忍となるつもりはまったくないのであしからず。まぁ、以前までの傭兵のようにして雇われていたときならば仮初の主としては認めていたのかもしれないが。

 

「にしても夕食までは時間もあるし……よし、ケンシン!風呂入ろうぜ風呂!」

 

「今からって、流石に早すぎないかしら?」

 

「良いんだよ、どうせこの後は結城の作った飯食ってから飲み比べするんだぜ?そうなったら風呂入る時間なんてないだろ」

 

「確かにそうかもしれないけど……」

 

「なんだよ、俺と風呂入るの嫌だってのか?別にお互いに裸見るなんてのはいつものことだろ」

 

「……そういう言われ方をすると確かに嫌になりそうね」

 

 また夫婦漫才でも始める気だろうか。そういうことは他所でやって欲しい。

 まぁ、俺がするべき話は今切り出せそうにないので料理へと戻ろう。こっそりと武田様の忍が山菜を届けてくれたのでそれを洗ってから使えるように下準備を進めていく。その間にも後ろでは武田様と上杉様がああだこうだと話をしているが俺には関係ないことなので聞こえないふりをしておく。

 余計なことに巻き込まれないためには必要なことだ。普通にどういう話をしているのか全て聞こえているので本気で巻き込まれたくないような、少し参加して二人で、もしくは上杉様で遊びたいという気持ちにも駆られるのだが。

 

「なー、良いじゃねぇかよー。別に今更減るもんじゃねぇだろー?」

 

「減る減らないの問題じゃないわよ!変な言い回しされたら嫌になるに決まってるでしょ!?」

 

「そうか?でも風呂入って背中流すだけだろ?それくらいなら……

 …………いや、そうだな、ケンシンが嫌だって言うなら仕方ないよな」

 

「あら、今回はやけに素直に引き下がるのね……」

 

「まぁな。その代わりに……」

 

 そこで言葉を切った武田様が俺の方に手を置いた。標的が俺に来たのか、とげんなりしながら手を止めて振り返ると上杉様には見えていないようだが、なにやらあくどい顔をした武田様の顔が見えた。

 

「結城と一緒に入るとするか!」

 

 そしてそんなことを言うのであった。それを聞いた上杉様だけではなく、料理番の侍女や護衛の為に隠れていた忍までもが驚きの声を上げており、その反応を楽しむように武田様はにやりと笑った。

 それと同時になんとなく武田様の狙いを理解してしまい、一瞬だが呆れたような表情へと変わってしまったのだがそのことを見逃さなかった武田様はより笑みを深くするのであった。武田様が何をしたいのか、俺に何をさせたいのか察してしまったせいではあるが、そういうのは遠慮したい。下手をするとヨシテル様の耳に届いて怒られるというか、小言を貰うことになってしまうのだから。

 まぁ、乗るのだが。

 

「仕方ありませんね……ええ、わかりました。背中を流す程度、お任せください」

 

「いやぁ!結城は話がわかる奴で助かるぜ!

 それじゃ、飯の準備は一旦おいといて風呂行こうぜ!」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよシンゲン!それに結城も!!」

 

 意気揚々と動き始めた武田様と、その後ろに続いて歩こうとする俺の前に上杉様が立ちふさがった。

 

「んだよ。ケンシンが風呂入らないって言うから結城と入るだけだろ。なんで邪魔すんだよ」

 

「そうですよ。俺はあくまでも上杉様の代わりとして背中を流すだけです」

 

「おかしいでしょ!?シンゲンは確かにガサツだけど、乙女なのよ!?それなのになんで男性の結城と一緒にお風呂なんて入ろうとしてるのよ!!

 それに結城も結城よ!普通断るのになんでそこでシンゲンの言うことに従ってるのよ!上様に言いつけるわよ!?」

 

「俺は別に、相手が結城なら気にしねぇけどな」

 

「領地にお邪魔している状態ですし、多少なりと言うことを聞いておくべきかと思いまして。

 それに大丈夫ですよ、俺は義昭様の背を流すこともありますから慣れていますので」

 

「お、そうなのか?ならやっぱ頼んで正解だったかもなー」

 

「背中を流すのが上手か下手かとか、そんな話じゃないのよ!!

 あぁ、もう!結城は大人しく料理でもしてなさい!ほら、シンゲン行くわよ!仕方ないから私が背中を流してあげるわ!!」

 

 上杉様の言いたいことはわかっているので、あえてそれを間違った解釈をしたように返せば我慢ならないという様子で武田様の手を取ってズンズンと歩き始めた。

 そうして手を引かれている武田様は非常に楽しげであり、笑いながら言った。

 

「そういうことだから、結城は飯の方頼むぜ!それとありがとうな!」

 

「いえ、この程度のことであればお気になさらず。どうぞごゆっくりと」

 

 まぁ、言ってしまえば上杉様を嵌めるために片棒を担いだだけなのだが。

 少しくらい二人か、もしくは片方一人で遊んでみようかな、なんて考えていたので武田様の考えは渡りに船と言った感じであった。そしてこのことを気づいたとしてもきっとそれは入浴中のことであり、怒りの矛先は俺ではなくまずは武田様に向くので湯から上がる頃には怒りもある程度は収まっているだろう。

 やはり人で遊ぶ場合はどの程度怒るかを考えてから、問題ない範疇に収めるのが大事だ。カシン様は相手を怒らせようと関係ないので好き放題やっているが俺にはとてもではないがそんなことは出来ない。今回は武田様が上杉様の怒りをほぼ全て受けてくれると思うと運が良かったのかもしれない。

 

 そんなことを考えながら、侍女や忍へと事情を説明してから料理を再開する。あの二人が出てくるまでにはそれなりの時間がかかるだろうから、料理のほうが先に完成してしまうだろう。

 ならばついでにツマミも完成前まで用意して食後に飲み始めた場合すぐに出せるようにしておこう。ただ、なんとなくではあるがまた蒸し風呂で我慢対決でもしそうなので遅いようなら侍女に頼んで様子を見に行ってもらわなければならないのかもしれない。




なんだかんだ一緒にお風呂入るだろうけど言い回しによってはきっとケンシン様は嫌がるような気がする。
でも結局シンゲン様に流される未来しか見えない。

花ではお助けキャラに選べるらしいですけど、それっと復活的なので出てくるって事ですかね。出番少なそう……


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ケンシン/シンゲンさまといっしょ

オリ主はダメ人間製造機(弱)
ヨシテル様に対してはダメ人間製造機(強)
尚、自制中。


 武田様と上杉様が満足するようにと、下ごしらえから気を使った料理が遂に完成間際だ。しかしそうなったのは良いのだがあの二人はまだ浴場から出てきていないらしい。どうせ蒸し風呂にでも篭っていて出て来ないだけだろうと予想していたので侍女に声をかけて様子を見に行ってもらう。

 声をかけたときには何事かと警戒もされたが、事情を説明すると納得したようで快く様子を見に行ってくれた。まぁ、蒸し風呂に篭っているのではないか、と言った際にはなんだまたか。と言うような表情になっていたので実は良くあることなのかもしれない。

 それならば俺があれこれと気を使わなくても問題なさそうなので気にせずに料理を続けて完成させる。後は必要な物をあらかじめ聞いておいた部屋に持っていくだけだ。ただ、必要な物が多い。

 料理は勿論として、武田様が食べるということで大量に炊いた白米にツマミ、更にはあの二人が飲むということで尋常ではない量の酒がいる。これを一人で運ぶことは出来ないわけではないが難しい。なのでこれも侍女に説明して手を貸してもらう。

 声をかけた侍女は苦笑いと共に承諾してくれて、少し話をした結果これもいつものこと。ということがわかった。いつものことで済まされるくらいに同じことばかりしていることよりも、やはりあの二人は仲が良いのだな。と納得してしまった。もはや武田様と上杉様は二人で一つの扱いをされているのだから当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが。

 

 とりあえず、その辺りのことは考えないこととして持って行けば暑いせいだとは思うが大胆に衣服を肌蹴させた武田様と、そうしたいのだろうが俺が来るとわかっていたためにしっかりと着ている上杉様がいた。

 

「あーちー……毎回だけど蒸し風呂で我慢対決はきついぜ……」

 

「そう思うなら次はなしにしなさいよ……」

 

「いや、でも恒例になってるし……」

 

 二人で話をしているがどちらも元気がない。侍女の話と二人の話。それを聞いて思うことは蒸し風呂なんかで我慢対決をするのはやめてしまえば良いのに、ということである。

 ただ武田様が言ったように恒例となっているのならばずるずると引きずってしまい、やめることはないのだろう。それを理解しているようで、上杉様は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。

 

「夕食を持ってきた訳ですが……食べられますか?」

 

「あー……今はそんな気分じゃねぇな…」

 

「そうね……とてもじゃないけれど、食事をする気にはならないわ……」

 

「だよなぁ……そうだ、結城。そこらへん探せば団扇か扇子があるから扇いでくれよ」

 

「シンゲン……流石にそれはないわ……

 子供じゃないんだから自分でやりなさいよね」

 

「良いじゃねぇかよー……なー、ゆーきー……」

 

 大きな子供が現れてしまった。というかやけに甘えてくるのはどうしてだろうか。普段の武田様であればもう少し遠慮というものがあるのに。それに甘えるのなら上杉様に甘えて欲しい。本来俺が甘やかすのはヨシテル様や義昭様だけなのだから。

 それだというのに武田様は間延びした声で話し掛けてくる。そんなに扇いで欲しいのか。そんなに自分で扇ぐのが面倒なのか。

 仕方なしに氷遁で氷の華を一輪作り武田様と上杉様の間に置いた。ただ綺麗なだけではなく周囲の温度を下げるようになっているので、これだけでも幾らか変わる。

 

「あら……綺麗ね。それに何だか涼しくなったような気がするわね……」

 

「確かに……なぁ、これ何だ?」

 

 二人とも興味深そうに眺めたり、つついてみたりしている。まぁ、つついているのは武田様だけで、上杉様は壊れないかと心配しているようにも見える。

 

「氷遁で作った華、というのは見ればわかると思いますが……造形美と機能美の二つを求めた術の先駆けとなるものです。

 まぁ、基本的には夏の暑さを凌ぐ為の、周囲の温度を下げる術になります」

 

 氷遁で涼しくなるには、という師匠が出した課題に真面目に取り組んだ結果完成した術である。完成してから師匠に報告したら「冗談だったんだけどね」と言われたのを今でも忘れない。

 そして幼い頃の冗談の通じない、純粋だった頃の自分の姿は今すぐにでも忘れたい。あの頃のせいで未だに里では子供扱いされることもあるのだから。

 

「へぇ……悪くないわね……」

 

「これ貰っても良いのか?」

 

「構いませんが、温度を下げるのは今だけでもう少しするとただの氷の華になりますよ」

 

「なんだ、ならいらねぇや」

 

 完全に涼む為だけに欲しかったようだが、この術自体幼い頃に作った術であり、特に改良もしていないので効力はそう続かない。精々が華としての形を保つことが出来るだけだ。まぁ、夏の暑さ程度で溶けることはないので置物や飾りとしては使える。

 それを聞いて武田様は興味をなくしたようだが、上杉様はより興味を持ったようだった。

 

「ねぇ、それなら私が貰っても良いのよね?」

 

「えぇ、置物でも何かの飾りでも、お好きなようにお使いください。注意点としては夏の日差しで溶けることはありませんが、火を近付けると普通に溶けます。それと、氷ですので触れば冷たいのは冷たいですね」

 

「誰も火なんて近付けないわよ。

 それにしても夏でも溶けないのは良いわね。見てるだけで何だか涼しくなりそうだわ。まぁ、触れば冷たいなら見るだけの置物には出来ないわね」

 

 そう言ってまだ冷たい華を手に取って大切そうに指先で少し撫でている。その表情は柔らかく笑んでいて、非常に絵になる。まぁ、そんな上杉様の隣でだらけている武田様がそれを台無しにしているのだが。

 

「ケンシーン……その涼しい奴独り占めすんなよー」

 

「はいはい、それじゃ置くけど壊したりするんじゃないわよ」

 

「いくら俺でもそんなことしねーよ」

 

 そうして二人で楽しそうに話をしているがだいぶ落ち着いているように見える。これなら食事も取れそうな気がする。というか今ならまだ炊いてそう時間が経っていないので白米も温かくて美味しく食べられるのだから食べてもらいたい。俺はただ作っただけではなく、美味いと言わせなければならない。

 そのことを考えてわざわざ氷遁を使ったのだ。本当なら放っておいても問題などなかったのに。

 

「さて、そろそろ良いでしょう。食事としましょうか」

 

「お、確かにそろそろ大丈夫そうだな。なら飯だ飯!

 結城が何を作ったのか知らねぇけど、あれだけ自信満々だったんだし期待してるぜ!」

 

「そうね、これのおかげだわ」

 

 言いながら華を手にしている上杉様と飯だ飯だと楽しそうにしている武田様。戦国乙女とは言うけれど、武田様は乙女らしい所がほぼないこは何故だろうか。

 いや、俺が知らないだけでちゃんと乙女なのだろうけれど。とりあえず言えることは上杉様があまりにも武田様相手に乙女らしい一面を見せるせいで、それと比較してしまうのも乙女らしくないと思えてしまう要因だということだ。何故上杉様は男性ではなく女性である武田様にああも乙女の反応をしてしまうのだろうか。そっちの人なのか。

 

 まぁ、そんなことは実際にはどうでも良いことだ。そんなことよりもさっさと食べてもらわなければ。

 

「さて、ではこちらが今回用意した料理になります」

 

 底が浅くそれでいて広めの鉄の鍋に大きめにかつ薄く切った牛肉、少し火で炙って表面を焼いた豆腐に長葱やしらたき、それから春菊に少し大きい麩と上杉様が好きな三歳を数種類ほど入っており、砂糖醤油酒その他幾分かの調味料を合わせた割り下で充分に味をつけている。

 里ではそう珍しくもない料理だが、何故か里の外では食べられることがほとんどないようで武田様と上杉様は非常に興味深そうに見ている。

 

「肉はちゃんと入ってるし、ケンシン用に山菜も入ってるな。で、何なんだこれ」

 

「見たことの無い料理ね……」

 

「すき焼き、という料理になります。

 こうして鍋を使ってはいますが鍋料理なのかと問われると答えに窮しますが……味は保障しますのでどうぞ召し上がってください。ご飯をよそいますが上杉様は標準的に、武田様は山盛りで構いませんか?」

 

「おう、ちゃんと山盛りにしてくれよ!」

 

「それくらいでお願いするわ。シンゲンみたいなのはお断りだけど」

 

 その言葉を聞いて武田様専用の丼に本当に山になるように白米をよそう。普段なら絶対にしないし、する人もいないはずのこれは武田様には良く似合う。むしろ普通の茶碗によそう程度では体調が悪いのかと考えてしまうだろう。

 上杉様には通常の大きさの茶碗に山になるようなこともなく、そして少なすぎることもないようにしてから渡す。ヨシテル様やミツヒデ様と同じくらいの量であり、普通は大体こんなものだ。まぁ、良く食べる豊臣様や前田様、武田様辺りには絶対に足りないのだろうが。

 

「さて、これは用意してあるように少し高い位置に置いてありますが、これはこのようにする為です」

 

 火遁で火を着けてから少し経てばグツグツと音を立てて温かい状態から美味しく食べられる熱々の状態へとなった。美味しそうな匂いが部屋中に充満しており、武田様の腹の虫が盛大に鳴き始めた。

 

「なぁなぁ!食って良いんだよな?充分温まってるし、ってか今が一番美味いだろ!」

 

「あぁ、その前に少し良いですか。

 武田様とは話をしましたが、美味いと言わせたら俺が協力を仰いだ際に力を貸してくれる。ということで良いですね?」

 

「おう!俺に二言はねぇから安心しとけ!

 あ、ケンシンもやるか?」

 

「やるかって……結城の料理を食べて、美味しいと言ったら何か協力しないといけない、ってこと?」

 

「元々は何か褒美をって話だったんだけど、今は特に欲しい物はないって言うしな。それでその内欲しい物とか必要な物が出てくれば手に入れるのを手伝うってことになったんだよ。

 まぁ、よっぽど無茶苦茶なことじゃねぇ限りは手伝うつもりだぜ」

 

 その手伝って欲しいことは榛名を手に入れることなのだが、今は黙っておこう。特に封印の塔の守護者である上杉様に素直に話して反対されるのは困る。約束を盾にしてしまえば上杉様であれば断りはしないだろうし。

 それとこういうことは俺が言うよりも武田様に巻き込んでもらうのが一番だ。俺だと何か企んでいると勘付かれてしまう可能性がある。以前に暗躍していたせいではあるのだが、本来忍とはそういうものなのだから仕方ない。

 

「そうねぇ……まぁ、良いわ。前までの結城だと何を企んでいるのかわからなかったけど、今なら大丈夫でしょうし。……大丈夫よね?」

 

「さて、どうでしょうね。ただ、泰平の世となりましたし、無茶なことをするつもりはありませんよ」

 

「なら良いわ。それに美味しいと言わなければ良いだけだもの」

 

 良し、かかった。料理の腕にも選んだ料理にも自信があるし、言わないようにと思っていても油断した瞬間に零す可能性は充分にある。それに武田様と一緒に居るときの上杉様は基本的に色々とゆるくなっているので楽勝だろう。

 ただ勝利を確信して失敗すると恥ずかしいので内心に留めておく。決して表には出さないように。

 

「良し、話もまとまったしもう良いよな?」

 

 言うな否や箸を持って合掌。確認を取っているようでいて、そんなことはないようだった。

 

「そんじゃ、いただきますってな!」

 

 そして迷うことなく肉へと箸を伸ばして数枚ほど掴むと一気に口の中へと放り込んだ。そうして数度噛んでから山盛りの白米をかき込んで咀嚼する。それから飲み込んでから再度同じ行動をする。

 完全に無言で食べ続ける武田様と何事かとそれを見ている上杉様を尻目に、事前に侍女と話をして持って来てもらうようにしておいた追加の食材と白米の入った御櫃を受け取っておく。この様子だと、足りなくなるかもしれないので更に追加をお願いしたが、武田様が一心不乱に食べているのを見てから頷いてくれた。

 事情を説明するよりも実物を見てもらうのが早いという良い例になりそうなほどに理解がはやかったような気さえする。

 

「武田様が落ち着くまでは放っておくとして、上杉様もどうぞお召し上がりください」

 

「シンゲンが無言で食事をしているなんて、悪いことが起きそうな気がするけれど……まぁ、放っておきましょうか。

 それじゃ、私も……頂きます」

 

 合掌をしてから箸を取り、まず箸を伸ばしたのは武田様のように肉ではなく豆腐だった。ここで真っ先に肉に箸を伸ばす姿は想像が出来ないのである意味では予想通りと言える。

 

「……なるほどね、この鍋の中に入っているこれ自体がしっかり味が付いているから豆腐にも充分味が染みこんでるようね……良いじゃない、気に入ったわ。

 他のはどうかしら」

 

 そうしてしらたきや春菊、長葱や山菜に麩と箸を伸ばす上杉様は全て味わってから頷くという動作を繰り返している。最後に肉を食べてから少し思案するように箸を止めた。

 

「んー……少し味が濃いというべきかしら……一口目はなんてことなかったけれど、食べ続けるとそこが気になるわね」

 

「でしたら溶いた卵に一度潜らせてから食べてみては如何でしょうか。そのまま食べるか、溶き卵に潜らせるか、大体この二通りの食べ方がありますよ」

 

「溶き卵に?ならやってみましょうか」

 

 言いながら小鉢に卵を割ってから渡せば、言葉通りに卵を溶いてから長葱を取り、潜らせる。それを口にして味わっているのだが先ほどよりも口元が綻んでいるので上杉様は此方の方が好みのようだ。

 そのまま他の食材にも端を伸ばし順番に丁寧に味わっている。

 

「溶き卵に潜らせるとなんて言えばいいのかしら……味の角が取れてまろやかになる気がするわ。

 シンゲンはそのまま食べているみたいだけれど、私はこっちの方が好みね」

 

「それは良かったです。あぁ、ほうとうもありますからそちらも冷めないうちに食べてくださいね。武田様はほうとうは眼中にないようなので諦めていますが」

 

「……シンゲンに作るように言われたのよね?」

 

「ええ、そうですよ」

 

「はぁ……まったく、シンゲンは本当に相変わらずだわ……」

 

「らしいといえばらしいので俺は構いませんよ。なんとなく、読めてはいましたし」

 

「まぁ、確かにそうかもしれないわね……」

 

 それにあの様子を見る限りは食べるのを終えれば期待している通りの言葉をもらえそうだ。上杉様も言葉にはしないように気をつけているが満腹にでもなって気が緩めば口を滑らせるだろうし、今更折角作ったほうとうが冷めてしまったとしても俺は気にしない。気にしないようにする。

 そんな風に自己暗示をかけている間にも武田様は食事を続けているし、上杉様も食事に集中し始めたようで無言で箸を進めている。話すことがないのであれば俺はお代わりを無言で要求してくる武田様に応えて御櫃から再度山盛りでよそい、渡しておく。

 なんというか、ヨシテル様たちが相手であれば特に気にならないのだが普段食事の席を共にしない人と一緒だと微妙に居づらくなってしまう。俺自身が食事をしていないのも要因ではあると思うのだが。

 

 暫くの間、黙々と食事を続けていた二人だがほぼ同時にその手を止めた。

 上杉様は問題なかったが武田様は途中で鍋の中身が空になってしまったので念のために予備として作っていたすき焼きと入れ替えることになったり、追加で肉を足したりとしていたのだが、その間も武田様は無言だった。

 それだけ集中していたということなのだろうが、普段の武田様を知っている身としては無言の武田様は不気味とも言える。黙っていることのほうが少ない、とまでは言わないがどうにも騒がしい印象があるのだから。

 

「ご馳走さん!いやー、美味かった!

 いっつも食うのとは違う味だし、気に入った!後で料理番に作り方教えておいてもらっても良いか?」

 

「それは何より。作り方は簡単ですし、構いませんよ」

 

「なら私も教えてもらえるかしら。そうすれば城に戻ってから料理番に伝えられるしね」

 

 二人とも気に入ってくれたようで良かった。教えるのは構わないので、後はついうっかり上杉様が口を滑らせるのを待つだけだ。

 

「あぁ、それでしたら次は越後に向かおうかと思っていますのでその際にお教えしましょうか。

 武田様から話は聞いているのでしょう?」

 

「ええ、話は聞いているわ。それならその時にお願いするわね」

 

 やはり武田様は俺が何の目的で諸国を回っているのか話してくれていたようで俺からは何の説明もなく話が進んだ。毎度これなら楽なのだが、そうもいかないのが現実である。とりあえず今回は運が良かったと思っておこう。

 

「にしても……本当に美味かったなぁ……ヨシテルとか食いたいときに結城に言えば食えるんだろ?良いよなー」

 

「結城は忍であって料理番じゃないのよ。シンゲンは何か勘違いしてるんじゃないかしらね?」

 

「良いだろ別に。結城は料理できるんだし、言えば作ってくれるみたいだからさ」

 

「まぁ、確かに少し上様が羨ましいとは思うわね」

 

「料理の腕で評価されるのは忍としてはどうかと思いますが……」

 

「小せぇこと気にすんなよ」

 

「小さくはない、と思うけれど気にしなくても良いんじゃない?」

 

 満腹になっているせいか、受け答えか幾分かゆるいことになっている。何と言えば良いのか、少しばかり幼児退行を起こしているようにも思える。二人ともゆるーく笑いながら何を言っているのか考えずに喋っているようだ。

 それに関しては俺にとってはどうでも良いことなので別に構わないのだが、護衛の忍や膳などを片付けに来た侍女が微笑ましいものを見るような目をしていたり、呆れたのか苦笑を漏らしていたりしていたのは良いのだろうか。

 

「それよりも、酒とツマミを持ってきましょうか。

 すぐに飲み比べをしないまでも、すぐにでも始められるように」

 

「おー、悪いな。それじゃ頼むぜ」

 

「何から何まで悪いわね」

 

「いえ、この程度はいつものことですので」

 

 いつものこととは言うが、あくまでも俺が勝手にやっていることであってヨシテル様が望んだからしていることではない。ミツヒデ様にヨシテル様がダメになるので世話をし過ぎないようにと怒られてからはなるべく自重するようにはしているのだが。

 というよりも、ヨシテル様の場合は何でもかんでも自分でやろうとしていた時期があり、それを見ていられなかったのが原因である。それを今でも少しばかり引き摺っているのは確かに俺にも非があるとは自覚している。

 それでも、ついつい世話をしてしまうのはやはりヨシテル様の力になりたいだとか、少しでもヨシテル様が楽を出来るように、だとか考えてしまうからだろう。本当にあの人に対して甘くなったものだ。

 

「あぁ、そうだ。夜はどのようになるのか、領地の視察をしたいので席を外しますがそこはご容赦ください」

 

「別に構わねぇよ。流石に飲み比べの世話までさせるのは気が引けるしな」

 

「そうね……まぁ、今更何を言っているのか、なんて思われるかもしれないけど」

 

「いえ、では用意をさせて頂きますね」

 

 言ってから飲み比べの為の準備をしようと動き始めるその前に。

 

「そんじゃ、ツマミも美味いことを期待してるからな!」

 

「料理は美味しかったし、そっちも大丈夫でしょ」

 

「まぁ、今更不味いんじゃねぇかって心配なんざしてねぇけどな」

 

 そんな言葉を受けて、勝負に勝ったことを内心で嬉しく思いながら一礼をして部屋を後にする。

 さっさと準備をしてから離れるとしよう。流石に飲み比べに巻き込まれるようなことは御免である。以前に二条御所でヨシテル様と大友様が飲みすぎてしまったのを思い出すと、酔っ払いの相手なんてのは絶対にしたくないと思ってしまうからだ。

 そう思って、本来であれば滞在する数日の間に済ませればそれで良い夜間の視察を開始することにした。まぁ、戻る時間を考えなければ飲み比べの最中か終わり頃の片付けに巻き込まれる可能性があるのでその点は気をつけなければ。




丼に山盛りというか山にしたご飯をかき込むシンゲン様可愛すぎか。萌えカットインは偉大。
ケンシン様は正統派美人、綺麗な花とか絶対に似合う。そしてそれを見て微笑んだりするとヤバい。

タイトル、ケンシンゲンさまといっしょ、でも良かったような、良くないような。


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モトナリさまといっしょ

オリ主は魅了耐性持ち。


 夜間の領地視察をとして町をふらりと歩いて回っているが、時間の関係で酒を飲んで幾らか酔っている町人を見かけるが喧嘩などは起こっていないし、スリもいないようで治安においては問題がないと判断できる。むしろ酒が入ったおかげで活気の溢れる町になっているので、良い方向に作用しているようだった。

 そんな町の喧騒の中を周りの様子を見ながら歩いているのだが、治安維持のためなのか町人の中に時折忍の姿があることを確認できた。まぁ、問題などが起こっている訳ではないので本当に見回りをしている程度の物ではあるのだが。

 ただ少し感心した。こういう街並みの中を兵士が歩いていると否が応でも何かあったのかと町人が不安になってしまう可能性がある。それを忍を潜ませる方法で解決しているのだからやはり武田様は民のことをちゃんと考えているのだろう。

 とはいえ、日中の様子などを考えるにどうにも忍使いが荒いようにも思えるのでもう少しその辺りに気を配った方が良いのではないだろうか。

 

 そんなことを考えながら歩いているのだが覚えのある気配が町の中心から離れた場所にあるのでそちらに向かう。視察自体は滞りなく完了しているので挨拶と簡単な情報交換が出来れば御の字だ。

 お互いに欲しい情報というか、気になっていることは同じであるしそこは問題なく情報を交換出来る。となれば良いのだが、如何せんその情報が少ないために言うほど簡単ではなかったりする。

 まだ全力で捜索をしていないので当然と言えば当然ではあるが、少し探しただけでは足取りさえ掴めないように隠れている、あるいは逃げていると考えるとやはり警戒しなければならない。

 というかなんでコソコソしてるんだろうか。榛名を探しているようだしどうせ碌なことにならないんだろうな、なんて思ってしまうのはきっと仕方のないことなのだ。本当にどうしてくれようか。本来ならさっさと見つけてさくっと始末するなり話を聞いて締め上げるなりしたいのだが斉藤様がいるせいでそう簡単な話にはならない。

 毛利輝元様だけなら見つければ後は簡単なのに、戦国乙女である斉藤様がいるとなれば話が変わってくる。武田様と上杉様に頼んで斉藤様の足止めをしてもらうのが一番なのかもしれない。

 

 まぁ、なんとなくではあるが探索を始める前に向こうから問題を起こして登場、その後ことに当たる。ということになりそうな気がしてならないのだが。

 そうなるとヨシテル様がまた剣を手にすることになるのだと思うと多少なりと思うことがあるのだが、とりあえずそれは置いておくとする。

 

「お久しぶりですね、毛利様」

 

 丁度少し大きな橋の中ほどで最も気配が強くなったのでそう言葉を投げかける。

 すると月を隠していた雲が流れ、月明かりに照らされた誰も居なかったはずの場所に毛利様が立っていた。

 

「結城、久しぶりね。元気にしていたかしら」

 

「ええ、まぁ、それなりには」

 

「ふふふ……死の淵に寄っていながらそれなりに、なんて答えるのね」

 

「生きていますからね。ですからそれなりに、ですよ」

 

 もはや毛利様がこういった死に掛けたことを知っていたりしても俺は何も疑問には思わない。だって毛利様だし。あと、カシン様もその辺のことを感知してくるがあの方なら仕方が無い。そういう人なのだから。

 

「そう……それにしても、少し見ない間に随分と変化があるようね……

 深くなった闇と、それと同じように黒く染まる欠片のような物。そしてそれら以上に強力な破邪の力……」

 

「破邪の力……これのことでしょうか」

 

 大典太光世を取り出して毛利様に見せればまるで眩しいように目を細めた。

 それでもその視線は大典太光世にしっかりと向けられていて納得したようにも見える。

 

「それがあるなら、貴方は大丈夫そうね。

 貴方から感じていた闇の気配を祓うことの出来るその刀があるのであれば」

 

「ヨシテル様から下賜されたこの一振りには鬼丸国綱と同等か、それ以上の霊験が宿るとのことです。

 であるからこそ、ヨシテル様は大典太光世を俺に下賜した。とも取れますね」

 

 あの時は色々と話を聞いていたが、俺の事を思ってそうしてくれていたのはわかっている。あの方は普段がポンコツになっているのに不意に主としての格を見せ付けてくれる。

 人を惹きつけて止まない魅力とでも言えば良いのか、そういう物を持った方ではあるのでヨシテル様が主であるということは非常に誇らしくもある。そして好ましくも。

 まぁ、そういうことは思っても普段の様子で台無しにされてしまうのが残念であるのだが。

 

「ヨシテルはいつか闇に飲まれてしまうと思っていたけれど、貴方はそれを防いで見せたわ。そんな貴方なら、貴方の中にあるその闇に飲まれることもないでしょうね。

 それでも、その刀は大切に持っておくと良いわ。最悪の場合の、保険として」

 

「ええ、わかっていますよ。というか保険として持つのではなくヨシテル様が最も信を置く者として俺に下賜してくれたこの刀を大切にするのは当然のことです」

 

 もしこの刀に特に霊験などなく、ただの刀であったとしても俺は大切にしただろう。主から下賜された物、というだけではなくヨシテル様が俺を最も信頼しているとしてそうしてくれたのだから。

 そんな旨のことを口にするとどうしてか毛利様が呆れているように見えた。普段からそこまで表情の変わる方ではないので、完全に俺の感覚での話ではあるが。

 

「貴方がヨシテルを大切に思い、ヨシテルが貴方を大切に思っているのは知っていたけれど……どうやら私が思っていた以上の感情が込められているようね。

 私はそれを否定しないけれど、今の状態をやきもきしながら見ている人が居そうな気がしてならないわ」

 

「それは一体どういう意味でしょうか?」

 

「わからないのであれば私が口にすることではないわね。

 そんなことよりも……毛利輝元について、何か知っている?」

 

 よくわからないことを言われたが、とりあえずそれは気にしないことにして。

 本来の用事ともなる毛利輝元様についての情報を交換できるのであればしておかなければ。

 

「現在の所在は不明ですが、斉藤様と接触した折に榛名を探していることがわかりました」

 

「榛名……そう、なら輝元は……」

 

「心当たりはありますか?」

 

「……結城、輝元が榛名を手にするような事態はあってはならないわ。

 もし可能なら私か貴方が榛名を一度手にし、輝元では見つけられないようにしなければならないでしょうね……」

 

「……毛利輝元様はやはり榛名を利用して面倒事を起こそうとしているようですね……」

 

「ええ……貴方とヨシテルによって齎された泰平の世が終わるような、そんな面倒事が起こると思うわ」

 

 なんだそれは。そんなことがあって良いはずがない。

 それにしても俺が思っていたよりも相当に深刻なようで、予定よりも早く捜索を始める必要がありそうだ。とりあえずは上杉様と話をして封印の塔の情報を得る必要があり、場所によってはすぐにでも榛名を手にしなければ。と思うのだが、封印を解くにはきっと俺程度ではどうにもならないだろう。

 カシン様か徳川様に頼む必要が出てきそうなので、榛名を手にするのはやはり後回しにするしかない。先に毛利輝元様を見つけ出し、先手必勝とばかりに片付けるのが良いのかもしれない。

 

「目の色が変わったわね……そんな事態を阻止したいのであれば、力を貸してくれるかしら」

 

「それに関しては此方からお願いしたいほどです。毛利輝元様が何をするのか、具体的には分かっていませんがそれを阻止するために協力しましょう」

 

「ええ、勿論。ただ、残念だけど私が知っている情報はそう多くないわ。

 どういった事態が引き起こされるかはわかっていてもどうやってそうするのかはわからない。いつ行動に移すのかわからない。相手はどれだけの情報を揃えて、どれだけ準備を進めているのかわからない。

 はっきり言うけれど、わからないことだらけよ」

 

「俺も同じくわからないことだらけです。

 であれば……まずは情報を集めましょうか。俺自身が動けば斉藤様経由で毛利輝元様に勘付かれる可能性が高いので部下に情報を集めさせます」

 

「なら私は変に行動を変えずに動くわ。輝元を危険視している私の動きは、警戒されていてもなんら不思議なことではないものね」

 

 まぁ、こうして俺と毛利様が話をしているという時点で既に毛利輝元様を警戒させるには充分すぎるだろうし、場合によっては動きが早くなる可能性もあるのだが。

 

「ある程度情報が集まれば良いけれど……暫くしたら私は安芸に戻るわ。

 貴方が諸国を回っているのであれば、安芸を訪れるでしょう?」

 

「わかりました。では安芸にて再度情報交換としましょう」

 

 安芸を訪れるまではある程度時間がかかるだろう。それならば、その間に幾らか情報が集まるはずだ。

 上杉様から封印の塔の在り処を聞いておけばその場所を防衛するように幾らか仕込みも出来るだろうし、毛利輝元様が榛名を狙っていると分かれば当然上杉様も守りを固めるはず。

 というか、泰平の世を乱すなんてことは俺たちだけではなく、ほぼ全ての戦国乙女の方が認めないだろう。

 ともなれば事情を説明して戦力を集め、一気に叩くことも出来るかもしれない。

 ただ、ヨシテル様に余計な心配と言うか、心労をかけたくはないので秘密裏に処理できるのであれば処理してしまいたい。

 

「話はまとまったわね……この後は時間はあるかしら?」

 

「時間は……」

 

 ある程度ゆっくりと戻らなければ酔っ払った武田様に捕まりそうなのであると言えばある。むしろ時間を潰してから戻らなければ面倒なことになりそうな予感さえする。

 

「ありますね。それがどうかしましたか?」

 

「少し付き合ってもらえる?

 思いがけず協力者が出来たことに対して、ささやかなお祝いを、ね……」

 

「あぁ、祝杯とでも言うのでしょうか、そういうことですか」

 

「そうなるわね……構わない、ということで良いのね」

 

「ええ、断る理由もありませんから」

 

 毛利様であれば酔っ払って面倒なことになる。とはならないだろう。

 いつぞやのヨシテル様や大友様、今頃浴びるように飲んでいるであろう武田様とは違うのだから。

 

「ではどこかの店にでも行きましょうか」

 

「あまり人が多くて騒がしいところは好まないのだけど……

 私の取っている宿はどうかしら。お酒を用意して、ツマミはなくても構わないわ」

 

「毛利様の、ですか……いえ、毛利様がそれで構わないというのであれば異論はありませんが」

 

「それなら問題はないわね。大丈夫よ、貴方なら妙なことはしないと信じているわ」

 

「しませんよ。それにそんなことをした場合は首を狩られそうですし」

 

「ふふふ……さて、それはどうかしらね……」

 

 非常に楽しそうに笑んでいる毛利様だが、冗談抜きで首を狩られると俺は思っている。

 まぁ、毛利様は俺が冗談で口にしていると思っているようではあるのだが。とはいえ妙なことをしなければ大丈夫だと言っているようなものなのでそんな心配はいらないはずだ。

 それにしても酒を用意すると言っていたのでとりあえずどこかで買わなければならない。

 

「では宿までの道で酒を買いましょうか」

 

「必要ないわ。もう買ってあるもの」

 

「……俺が協力関係になった、とかどうこう関係なく飲むだったということですか」

 

「ええ、そのつもりだったわ。だから本当はわざわざ用意する必要なんてないの」

 

 そこでどうして悪戯が成功したように笑うのだろうか。毛利様はこういうことをしないような、大人であると思っていたのに。戦国乙女というのは大人のようで子供染みた行動をするのが当たり前となっているのだろうか。

 見た目も行動も子供のような大友様や豊臣様は除外するとしても、である。

 

「さぁ、行きましょう。そう遠くに宿を取っているわけではないからすぐに着くけれどね」

 

「……毛利様が子供染みたことをしたことに驚きましたが、それは置いておきます。

 そう言いながら実は遠い、なんてありきたりなことはなしでお願いしますよ」

 

「……そうして先回りするのは良くないわね……」

 

 図星だったようで拗ねているように見える。というか本当にどうしたんだ毛利様。

 そんな子供みたいなことは今まで一度だってしていなかったはずなのに。

 いや、これも泰平の世になり平和ボケしたとかそんなことなのかもしれない。一瞬そう思ったが毛利様の場合は毛利輝元様を探し続けていたのだし、そんなことがあるはずがない。

 となれば元々こういう性格で、今まではそれが隠れていただけ、ということになるのだろうか。

 

「ありきたりすぎるのがダメなんですよ。もう少し捻らないと簡単に予想出来てしまいます」

 

「なら次はもう少し考えてみるわ。

 それにしても……今の、ヒデアキなら簡単に引っかかるのに……」

 

「小早川様と同列に考えないでください。あの方は騙され易くて将来が心配になるほどですよ」

 

「そうね、簡単に騙されてくれて楽しかったわ……」

 

 あぁ、元々そういう性格だった、とかではなくて小早川様のせいでそういうことをするようになった、というのが正しいようだった。

 確かに小早川様を見ているとついつい虐めたくなる気持ちは非常に良くわかる。何と言えば良いのか、虐めてオーラとかいうものがとても強い方なので仕方ないことだとは思う。きっと小早川様をカシン様に引き合わせてはいけない。カシン様なら確実に虐めるし、やりすぎるに決まっている。

 

「小早川様は苦労している様子ですが……一緒にいないということは伊達様と共に行動をしているのでしょうか?」

 

「今はマサムネに任せているわ。あの子の相手をするのは悪くないけど輝元を探らなければならないから仕方ないわね」

 

「小早川様を引き連れて毛利輝元様の捜索ですか。難航しそうですね」

 

 何かあれば叫び怖がる小早川様が居ると大変だろうと容易に想像が付く。精神的に最も幼く、実力も低い小早川様ではあるが、磨けば光るといえば良いのか将来性は非常に高い。伊達様が付いて鍛えているのであれば今後の成長に期待が出来るとは思うが、失礼な言い方であるが現状使い物にならないのが現実である。

 そんな小早川様を引き連れて、もし斉藤様や毛利輝元様と遭遇して一戦交えるということがあれば確実に弱点となるに決まっている。

 

「だからこそこうして離れているのよ……さぁ、着いたわ」

 

 暫く歩いて辿り着いたのはそれなりの大きさがある宿であり、この町で一番大きな宿でもあった。

 一泊するにはそれなりの値がするのは知っているが、目の前には酒屋あるので毛利様はそれ目当てでこの宿を選んだのではないか、と邪推してしまう。

 

「目の前の酒屋で良いお酒が買えたのよ。一口飲んで気に入ったから買ったけれど、結城も気に入ると良いわね……」

 

 どこか楽しそうにしている毛利様には悪いのだが俺は酒をあまり飲まない。一応、付き合いとしては飲むのだがまず酔わないし誰かと飲む場合は世話をすることの方が多いので仕方ないことだ。

 思い出してみれば泰平の世になってからはヨシテル様の世話であったりミツヒデ様の世話であったり大友様の世話を立花様としたりと本当に世話ばかりしてきた。

 一応自分で夜中に飲んだりもしたがその時はヨシテル様が来て、結局世話をすることになったのは記憶に新しい。

 

「ほら、こっちよ……」

 

 思い出して少しばかり感傷に浸っていたが毛利様に促されたので後に続く。そのまま部屋まで案内されたのだが酒が幾らか用意されているのが確認できた。量はそこそこ。これなら酔っ払って酷い有様になるということもないだろう。

 当然、俺がということではない。毛利様が、ということである。

 

「結城はお酒、強い方かしら?」

 

「酒にも毒にも強いですよ」

 

「……酒毒と言うし、同列に扱うのはある意味では正しいのかもしれないわね。

 でも今からお酒を飲もうとしているのにわざわざ毒を引き合いに出すのは良くないと思うわ……」

 

「これは失礼しました。俺にとってはどちらもあまり効かないという意味で口にしたのですが不快な思いをさせてしまいましたね」

 

「まぁ、良いけれど……折角二人で飲むのだし、手酌なんてことはしないしさせないわよね」

 

 言いながら毛利様は障子を開けて月の光が部屋の中に差すようにした。ツマミはいらないと言っていたが、どうやら月見酒と洒落込むようだった。

 そして杯を手にしてそれを俺へと差し出してきた。酌をしろということだと判断して酒を注ぐと、その様子を見ながら微かに笑んで口をつけた。

 月明かりに照らされて、杯に口をつけて酒を飲む毛利様はどこか幻想的な光景を作っていた。元々毛利様は妖しく艶やかな雰囲気を纏った方であるので、こういう姿が非常に良く似合う。

 ヨシテル様のように静かに穏やかに飲むのとも、大友様のように楽しげに飲むのとも、武田様のように豪快に飲むのとも違う、その姿に常人であれば見蕩れのだろう。今の毛利様は人を魅了する妖しい魅力に溢れているのだから仕方はない。

 ただ、俺にとってはそれほどでもなかった。確かに蠱惑的ではあり目を離せなくなりそうではあるのだが、昔からそういったことに対して耐性があるので大丈夫だ。それでも見つめ続けていると魅了されてしまいそうな気がするのでスッと目を逸らして杯を一つ手にする。

 

「次は私がお酌してあげる」

 

 手に取ってすぐに毛利様が酒を注いでくれた。軽く礼を言ってから口を付けると確かに上質な酒であり、美味い酒と言えると思った。それでもやはり俺はこの程度の酒気で酔うようなことはなさそうだ、とも思った。

 

「ふふふ……良い飲みっぷりね。もう一杯如何かしら?」

 

「断るのもどうかと思いますのでお願いします」

 

 そうして二杯目の酒を飲む。元々酒はあまり飲まないということもあって、二杯飲めば充分だ。

 

「では次は俺が」

 

「ええ、お願いするわ」

 

 返すように酒を注いで、それを飲み干す毛利様は何処か楽しげに見える。しかしそれでも変わらず蠱惑的なのはもはや毛利様らしいと片付けるよりない気さえする。

 

「こうして誰かと飲むなんて久しぶりだわ……」

 

「伊達様とは飲まないのですか?」

 

「飲まなかったわね……ヒデアキも飲まないから、マサムネはヒデアキの相手をしていたわ。

 だからいつも私一人で飲んでいたけれど……誰かと飲むのも悪くはないわね」

 

「あぁ、確かに小早川様は飲まないでしょうね。というか飲んでもすぐに酔ってしまいそうですし、飲ませない方が良さそうです」

 

 まだまだ子供の小早川様の場合は酒を飲ませるなんてことはしない方が良いだろう。この場合の子供というのは年齢的な意味ではなく、精神的な意味であるのだが。

 それにしても、なるほど。確かにそうした理由であれば一人で飲むのも納得だ。伊達様は厳しい印象を受ける肩ではあるが、とても世話焼きな性格でもあるので小早川様を放っておくことは出来ないのだろう。

 だからこそ酒を飲むにしても毛利様一人で、となってしまうのは当然のことだと言える。

 

「結城はもう飲まないのかしら?」

 

「普段から飲みませんので、これでどうかご容赦を。

 それよりも毛利様、杯が空いていますよ」

 

「仕方が無いわね……ならお酌と、話し相手くらいにはなってもらうわ」

 

「その程度であれば喜んで」

 

 言いながら再度毛利様の杯へ酒を注いで、それから毛利様の話に耳を傾ける。

 その話は小早川様の話から始まり、伊達様に話になり、そして自分自身の話と移り変わっていく。そのどれもが些細なことではあるが、そうしたことは乱世ではそう起こることではなく、毛利様は毛利様で平和になったことを噛み締めているようだった。

 そうして話をする毛利様からは蠱惑的な印象を受けることはなく、穏やかで今の幸せを大切にする一人の乙女の姿そのものであり、先ほどとは違う魅力を感じた。

 また、毛利様の酒の飲み方は常識的且つ自分の酒に対する強さを理解している飲み方であったので非常に安心して話に付き合うことが出来た。

 これから戻る躑躅ヶ崎館では今頃武田様と上杉様が潰れるまで飲んでいるのだろうな、と考えると人とはこうも違うものなのだな、と思ってしまった俺はきっと悪くはないのだ。




モトナリ様がお酒飲んでるのを傍で眺めたい。
月見酒とかしてる姿は絶対に人を魅了するくらい綺麗だと思う。

漫画版のラスボス毛利輝元はパチンコとかスロットでは結局出て来ないんでしょうか。
なんだか公式から忘れ去られてそうですよね……


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オウガイさまといっしょ

オリ主は回避極振りステ。


 数刻ほど毛利様の話し相手になっていたが、用意していた酒を飲み干し、話をすることにも満足したようなので特に問題なく躑躅ヶ崎館に戻ることが出来た。

 まぁ、毛利様は酒を飲むにしても飲みすぎるような方ではないし、あの様子からまだまだ余裕があるということもわかる。ヨシテル様たちも毛利様のように自分の限界を理解した飲み方をしてもらいたいものだ。

 そう思いながら武田様と上杉様の様子を見に行くと見事に酔い潰れており、今まさに侍女によって介抱をされているところだった。杯は投げ出されており、中身のない酒器が散乱し、俺が用意したツマミは全てなくなっていたがそれを入れていた皿は割れていた。

 一体何をしたらこんなことになるのだろうか、と頭を抱えてしまった俺は悪くない。それに介抱をしていた侍女の一人が気の毒そうにしていたのは気のせいに違いない。というか気の毒そうにするのは本来は俺ではないだろうか。主がそんな姿を晒してしまっているのだから、頭を抱えるなら侍女であるはずだ。

 それなのに何故俺が、と思ってしまった。とりあえずその日は部屋を借りていたので其処で休んだが、翌日になって二人に挨拶をすると死にそうな顔をしていた。

 

「おはようございます、お二人とも」

 

「え、えぇ……おはよう、結城……」

 

「…………おう……」

 

「死にそうな顔ですね」

 

「ちょっと、飲みすぎたみたいでね……」

 

「あー……頭痛ぇ……ゆーきー……なんとかしろー……」

 

 上杉様は座っているのだが、武田様は畳の上でだれている。そして俺の膝をぺしぺしと叩きながら何とかしろと言ってきた。昨夜ちゃんと民のことを考えているのだな、と見直したがこれではそんなことはなかったことになってしまいそうだ。というかなかった。

 二日酔いにはどうしたら良かったか。水を飲ませて首筋を冷やせば良かったような。後はしじみかあさりの味噌汁に蜂蜜や柿も良かったような気がする。まぁ、この辺りのことは既に侍女が手を打って食事を用意しているような気がするのだが。

 

「とりあえず水でも飲んでください。まぁ、水差しがありますし飲んだ後ではあると思いますが」

 

「水ならもう飲んだわ……一向に良くならないけどね……」

 

「なー、ゆーきー……忍術でぱっと治してくれよ……」

 

「忍術は万能ではないので無理です。飲みすぎる武田様が悪いんですから我慢してください」

 

 本当はある程度治すことは出来るのだが、ここで武田様を甘やかす必要はないと思ったから無理だと伝えておく。それに躑躅ヶ崎館の侍女は気が利くようであるし、二日酔いの対処として食事を用意しているだろうという考えから俺が治すよりもそちらに頼った方が良いと思ったのだ。

 それと武田様は少し甘やかすと図に乗るというか、調子に乗って更に甘えてくるようなので厳しく接しておかないといけない。武田様は甘えるのなんて、上杉様だけで充分だ。それに俺が甘やかすのはヨシテル様や義昭様だけで充分なのだから。他の方の世話をする余裕はそれなりにあるが、そこまで世話を焼く気はない。

 昨日は細々とした世話も焼いたし、武田様の世話をするのはもう充分だ。

 

「それよりも本日のご予定は?

 川中島での模擬合戦まで数日ほど猶予がありますが、上杉様はどのように動くのでしょうか」

 

「今日は……いえ、一日此処に滞在するわ……

 頭が痛くて動けそうにないから仕方ないわね……」

 

「俺も大人しくしとく……こんな日は何にも出来ねぇ……」

 

「わかりました。それでは俺は今の内に甲斐の視察をさせて頂きます」

 

「おう……町民とかに迷惑かけねぇようにな……うぁー……頭痛ぇ……」

 

 二日酔いが酷いようで二人に覇気はなく生きる屍とでも表現すれば良いのか、とにかく酷い有様である。これでは話をすることもままならないと考えて甲斐の視察をすることにした。

 本来であればもう少し武田様の傍で仕事ぶりを見たかったが、今回は仕方ない。この様子だと今日は仕事をせずに二日酔いに苦しんでいそうだ。

 甲斐の視察と言えど町を視察した限りでは問題がなかったので領地そのもの、つまりは中心地から離れた農村などを視察するために軽く跳んでいる。いつもの速度であれば視察など出来たものではない。

 とはいえ普通に視認出来る速度ではない。今日一日で甲斐全土を回ろうと考えているのだからこれでもまだ足りないかもしれない。しかし速く跳べば当然見落とすものがあるのでこの速さが限度だ。

 そう思って跳んでいたのだが目の前に突如として黒い斬撃が飛来し、空を蹴り回避行動に移る。そしてそれを見越したように更に数と威力を増した斬撃が飛来するが俺にしてみれば非常に遅い。焦ることなく全てを避けてから誰の仕業か、なんてわかりきっているが斬撃を飛ばしてきた人物を見れば、斬馬刀を肩にかけ、不敵な笑みを浮かべた室生様が立っていた。

 

「久しいな、結城」

 

「…………お久しぶりですね、室生様」

 

「ほう……苦虫を噛み潰したよりも尚渋面をしているな」

 

「なりますとも。なんで俺を見つける度に斬って来るのか。

 何度言えば良いのか分かりませんか、室生様と一対一で戦う場合俺では絶対に勝てませんし、室生様では絶対に俺に勝てません。諦めてください」

 

 毎度毎度俺を見つければ斬撃を飛ばしてくるが、俺には当たらない。室生様の攻撃は速度よりも一撃の威力を重視しているために、速度重視回避優先の俺にはまず命中することはない。

 そして当然ではあるが俺では室生様に傷一つ付けることが出来ないので勝てるわけもない。つまりお互いに相手に攻撃をしても意味がなく、勝敗を決するにしても単純な戦いとなるとまず決着が着かない。それは室生様としては面白くないような、倒せない相手を倒すために戦うのが面白いような、俺からすると理解出来ないのだが矛盾した感覚を抱きながら俺を斬り伏せようとしてくるのだ。

 

「それは無理だな。我に斬れぬ者が在る。それは酷く気に入らん」

 

「気に入る気に入らないの話ではなく、無益だから諦めてくださいと」

 

「有益無益、そんなものは意味を成さぬ。我が望み、我が斬る。それで良い、それが良い」

 

「相変わらず自分の考えと言うか信念というか、そういうもので生きていますね。とても迷惑ですが」

 

 本当に迷惑極まりない。まぁ、別にこの方はそういう方だと理解しているので今更どうこう言って改善されるなんてことはこれっぽっちも思っていない。

 

「それで室生様は何故甲斐に?武田様にでも喧嘩を売りに来たのなら今日はやめた方が良いですよ。二日酔いで死んでいるような状態ですし」

 

「我が言うのも可笑しな話ではあるが、領主の状態を容易く教えて良いものか」

 

「室生様の場合はまともに戦える相手と戦って勝利し屈服させるのが目的でしょうから、戦えないと知っていれば何もしないでしょう?」

 

「ふん……我の獲物になりえぬのであれば斬るに値せん。

 それで、貴様は何をしている」

 

「甲斐の視察を。まぁ、問題は特に見当たりませんが……問題児ならいましたね」

 

 大きな問題児に捕まってしまったのは全く持って予想外の出来事だ。室生様と遭遇するなんてことはそう起こることではないし、なるべく俺も室生様の気配を感知した場合は見つからないようにしている。ただ今回は視察と速度の調整に気を使っていて、更に室生様が何故か気配を殺していたために気づくことが出来なかった。

 いや、待て。どうして室生様は気配を殺していた?

 

「……室生様は俺の姿を確認してから気配を殺したわけではありませんよね。では何故そのようにしていたのか、聞いてもよろしいですか」

 

「構わん。この近くの村で聞いた話だが、どうにもこの辺りには通常よりも大きな猪が出るらしい」

 

「まさか……それを仕留めて食べようとしてます?」

 

「うむ!久方ぶりに牡丹鍋を食らうも悪くはないからな!」

 

 不敵な笑みのはずなのにどことなく武田様と相通じる何かを感じてしまう。これはあれだ、ハラペコ属性という奴に違いない。まぁ、室生様の場合は豊臣様のような可愛らしいものではないのは確実である。

 

「貴様も付き合え。猪は我が斬る。処理は貴様がしろ」

 

「自分が面倒だから押し付けてるだけですよね、良いですけど料理はしませんよ」

 

「それで良い。代わりに土産に幾らか肉を持たせてやる」

 

 土産と言われても戻るのは躑躅ヶ崎館であり、武田様に渡すより他にない。これが単純に視察に来て京に戻るなら良かったのに、と思ってしまった。それと、血抜きや解体をしろということでそれはそれで面倒である。

 まぁ、室生様はある程度相手が戦う気構えをしていなければ斬りかかって来ないので別に大丈夫と言えば大丈夫だ。挨拶代わりに斬撃を飛ばしてくるのはどうかと思うが。

 

「ところでどれくらいの大きさなのか、話は聞いていますか」

 

「村人に話を聞いても要領を得んが……一応我が聞いた話であれば、その村人の家よりも大きいとのことだ」

 

「は?」

 

「畑仕事の最中に山から下りて森へと入るのを見た、ということもあって不明瞭なところもあるが……真であれば実に面白い」

 

「それって刃頭雨流と同じくらいってことですか」

 

「その程度はある、ということであろうな」

 

「……放置すべきではないのかもしれませんが……先にどんな存在か確認させてもらえませんか?

 山の主であったり、神霊の使いであったりした場合に仕留めるようなことがあるとよろしくありませんので」

 

 そんな大きさの猪がただの猪であるとは思えない。言ったようにこの辺りの山の主であったり、神霊の使いとして存在しているようであれば、仕留めるなどというのはもってのほかだ。そんなことをして祟られでもしたら目も当てられない。

 室生様が祟られるのは別にどうでも良いのだが、この土地を祟られでもしたら面倒すぎる。ただでさえ毛利輝元様の件があるのだ、余計なことに気を張りたくはない。

 

「む……そんなもの関係なく斬り捨ててしまえば良かろう。例え神霊の使いであったとして、神霊が現れようが祟られようがそれら全て斬ってくれようぞ」

 

「室生様が祟られるのは良いですけど、土地や国が祟られても困りますから。いえ、室生様を差し出して許されるなら問題ありませんが」

 

「貴様は我に対して本当に歯に絹着せんな」

 

「挨拶が斬撃の室生様には遠慮とか必要ありませんので」

 

 カシン様と同じように室生様へも遠慮なんてしない。まぁ、呼び方に関しては以前からこうなので変えていないが遠慮なんてものはとっくに捨てている。わざわざ遠慮して気を使う必要はない相手だ。

 というかそんなことをしていてもどうせ室生様は斬りかかって来るに決まっている。それなら本人に対して気を使うよりも警戒するのに気を使うべきなのだ。もしくは遭遇しないように気を使う。

 

「まぁ、良いわ。では行くぞ、結城」

 

「はい、仕方ありませんし不本意ですけどお供します」

 

「二言多いわ、馬鹿者」

 室生様に連れられて森に入り、件の猪を探しているのだが痕跡が見つからない。大きさが大きさなので木々を薙ぎ倒していることも考えられるし、足跡が残っているはずなのだ。

 それだというのに何処を探しても痕跡はなく、話を聞いたという村人が見た場所に向かっても何もない。まるで元々そんな猪は居なかったとでも言うように。

 ただ、それを探しているのはあくまでも室生様であって俺はまったく協力していないので、俺が痕跡を探せばもしかすると何か見つかるのかもしれない。

 

「足跡すらないとなると、あの村人の虚言であったか……?」

 

「どうでしょうね……とりあえずこうして足跡など見当たらないとなると山の主、ということはなさそうですね」

 

 俺が見たことのある山の主、森の主などは巨大な狼や猪、熊や少し特殊だが狒々が存在した。それらは木々を薙ぎ倒して移動したり、間を移動しながらもその巨大な足跡を残したりと、まるで人に対して此処は人が踏み入るべきではない土地である。と警告しているようでもあった。

 そうした主が存在する土地は秘境とされる土地が多いのだが、時折人里近くにも居る。今回はそれかと思ったが、どうにも違うようだ。

 となれば神霊の使いとして、実体のない存在なのかもしれないし、それとは違うが同じく実体がないのかもしれない。これは室生様では厳しいし食用には出来そうにない。

 

「とりあえず俺が見てみましょう。実体がないなら室生様には見つけられそうにありませんし」

 

「実体がないだと?では我の牡丹鍋はどうなる」

 

「諦めてください。もしくは適当な猪でも仕留めてください」

 

 無駄話はさっさと切り上げて目に気を巡らせて通常では見ることの出来ないものを見る。見えないものとは、霊体であったりカシン様が扱う呪いであったり様々である。見える人間にはそのようなことをせずとも見えるらしいのだが、俺はそういう人間ではないので目に気を巡らせなければならない。

 そうして森の中を見れば、あちらこちらの木に黒い靄が纏わり着いているのが見えた。どうに神霊の使いということもなさそうである。もしこれが神霊の使いが残した痕跡だとしたら、それは厄神となってしまうので始末しなければならないだろう。その時は室生様に譲れば良い。きっと嬉々として斬ってくれるに違いない。

 そうした結果室生様が祟られたり厄神に目をつけられたとしてもきっと大丈夫だ。室生様は祟りだろうが厄神だろうが斬ると決めれば斬るに決まっている。室生様はそういう方なのだから。

 とはいえ、これはそういう類のものではなく怨みの集合体のようなもののようだ。なんとも馴染み深い気配がする。

 

「室生様、どうにも山の主でも、神霊の使いでもなく、誰か、又は何かの怨みの集合体のようです。

 牡丹鍋はやはり諦めてください」

 

「……ならばその怨みの集合体とやらは我に斬らせよ。程度の知れたものであっても憂さ晴らし程度にはなろう」

 

「ええ、構いませんよ。もとより俺は手出しするつもりはありませんので」

 

「ならば良い。何処に居るのか貴様ならわかるのであろう。ならば案内せよ!」

 

「ええ、では此方に」

 

 黒い靄を追って進む俺の後ろに着いて来る室生様であるが、非常に機嫌が悪い。そこまで牡丹鍋が食べたかったのか。それなら本当に適当な猪でも狩れば良いのに。

 仕方が無いので森の中で猪を見つけたら仕留めておこう。機嫌が悪いままで俺に斬りかかって来られても困る。ご機嫌取りが猪数匹で済むならば安いものだ。

 そんなわけで室生様を案内しながら目に付いた猪を仕留めては風遁で持ち上げ素敵忍術で適当に収納しているがなんというか、全ての猪の気性が荒く此方を見つけ次第突進して来ようとしていた。まぁ、風遁で首を刎ねるか土遁で心臓を貫くかしているので問題はないのだが。

 どうにも怨みの篭ったあの靄に触れた猪のみがそうなっているようで、放っておいた場合は近隣の村に被害が出そうだ。本来は視察が目的であったが、危険な芽を早めに摘むことが出来ると考えれば室生様に襲われたのも結果としては悪くなかったのかもしれない。ただ余計な心労が掛かっているので良かったとも言えないのだが。

 

 そうしたことを思いながら歩いていると木々に纏わり着いている黒い靄が多く、大きくなってきた。そろそろ怨みの集合体である巨大な猪が見えてくるはずだ。

 少しだけ歩みを遅くすると室生様はそれがどういう意味なのか察してくれたようで斬馬刀を持つ手に力を込め、ガチャリと音を立てて肩に担いだようだった。獲物が見えればすぐにでも斬り捨てる、そういうことなのだろう。

 そして少し進めば開けた場所で巨大で皮膚の大半が腐り落ちたような、酷く醜い猪が地面を踏み荒らし、唸り声を上げていた。それはとても低く、怨嗟に塗れたものであった。ただ、それを見ても室生様は何の反応も示さない。

 

「室生様、件の猪を発見しました。ただこのままでは見えないと思いますので結界を張ります」

 

 声をかけてから印を組み、見えざるものを見るための、姿なきものに干渉出来るようにするための結界を張る。

 

「醜き姿に悍ましき声。されど我にはそのようなものは意味を成さんわ!」

 

 あれほど強い怨みの集合体である姿は見るものを恐怖させ、怨嗟の声は聞くものを呪うようなものだ。俺のように呪いに耐性がある、もしくは呪いに精通しているのであれば平気で居られるだろう。だが室生様は違う。とか思ったがこの方は色々とおかしい方だった。

 恐怖などなく、呪いを裂帛の気合で跳ね除け、俺であれば処理するのに多少なりと時間が掛かるであろうそれを一刀の下に斬り捨ててしまった。だが集合体であり、小さな怨みが集まった結果があれだ。斬るならばその大元を斬らなければならない。

 とはいえ、見る限り室生様は死ぬまで斬り続けるという方法、つまり怨みの全てを斬り捨ててしまえば良いとばかりに斬馬刀を振るい続けているのでそのうち大元を斬る事になるだろう。

 

 それにしても、干渉出来るようにと結界を張ったのは俺だがあれほど簡単に斬るとは思ってもいなかった。干渉自体は可能だとしても、あれは本来実体なき存在。であるならば鬼丸国綱や大典太光世とまではいかないが霊験の宿る刀などで斬るべきだ。

 だというのに霊験が宿っているわけではない斬馬刀で平然と斬り捨てている室生様はやはりおかしい。もしくは規格外と言えるのではないだろうか。

 この姿を見ているとヨシテル様や織田様、カシン様と同様に最強の一角として数えられているのにも納得が出来る。まぁ、そちらに納得はしても今のこの光景を見て納得できるのかは全くの別物であるが。

 

「脆弱!なんと脆弱なことか!図体ばかりでかいなど、巻藁と変わらぬわ!」

 

 思っていたよりも易々と斬り捨てていることからこれでは室生様の憂さ晴らしにならないのではないか、と危惧したのだがどうやらそうでもないらしい。

 斬っても斬っても消えることのないことから確かに憂さ晴らしには丁度良いのかもしれないが、反面単調な作業のようでつまらないようにも思える。まぁ、室生様が楽しそうに斬っているので本人としては満足なのだろうけれど。

 とりあえずそんなのを見続けるのは非生産的なので、仕留めておいた猪を取り出して血抜きと解体をすることにした。今のうちに済ませておけばさっさと室生様と別れて視察に戻ることが出来る。視察に戻ることよりも室生様と別れたいというのが本音であるのだが。

 

「ええい!このような相手であれば素手で充分だ!」

 

 何を言っているんだろうこの方は。普通あんなものを素手で殴ろうなんて思わないのに……あ、本当に殴った。しかも猪の牙を掴んで殴っているので遠くに飛んでいくことはないのだが、どれだけ力を込めて殴ればあの巨体が浮くのだろう。

 いや、本来は実体がないのだから重さはさほどないのかもしれないが。それでもこの光景は衝撃的すぎる。

 これはあれこれ考えても詮無いことなのだろう。気にしないようにしてさっさと猪の血抜きと解体をしておこう。なんと言うか、室生様なら仕方がないという風に思えてきた。

 

 とりあえず処理が終わる頃にはきっとあれも終わっているだろうし、二三言葉を交わしてから視察に戻らせてもらおう。室生様のように全国を回っている方であればもしかすると毛利輝元様について何か知っているかもしれない。

 それに室生様は独自の情報網のような物を持っているようで、時折ではあるが部下を走らせても集められなかった情報を持っていることがある。であるならば、今回もそれと同じように何か知っているのではないか、という期待をしている。

 ただ……どうにもノリノリで殴り続けているのを見ると暫く掛かりそうだとため息をひとつ。殴っても何とかなるにしても非効率的過ぎると思うのだが、そんなことは関係ないとばかりに握り拳を振るい続けている。呆れ半分、諦め半分でそれを視界の端に収めながら、心の中で大きな大きなため息をひとついて、それでも手を休めることなく淡々と猪の処理をしていくのだった。




オウガイ様はあれできっとハラペコ属性持ちのはず。
予告の「熊だ!食え!」には笑った。
それとオウガイリーチの乙女八人の攻撃を受けても無傷で「それで仕舞いか」って何あれ格好良い。

花、一ヶ月切ったな……!


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ケンシンさまといっしょ

オリ主だって立派な男性。
枯れ気味とはいえ完全には枯れていない。


 室生様が怨みの集合体たる猪を殴り潰す頃には俺が仕留めておいた猪の処理も終わっており、それを見た室生様は非常に満足げだった。主に解体された猪の肉の量を見て。

 そして気分が良くなっている室生様に試しに毛利輝元様の話を聞いてみたのだが見事に空振りとなった。ただ、やはり斉藤様をあちらこちらで見かけたと言っているので本当に榛名を探しているようだった。それと室生様は榛名を手にして覇権を握る。というのを考えているのかと思ったのだが今はそういう考えはないらしい。

 どうにも諸国を回りながら好き勝手に喧嘩を売ったり名物を食べたり場合によっては他の戦国乙女の方を強襲して荒らすだけ荒らして去っていくなど、カシン様以上に迷惑な状態を非常に楽しんでいるようで、覇権だの榛名だのは興味の欄外とのことだった。

 それを聞いて安心した。室生様ほどの方が榛名が欲したとなれば厄介な敵となっていただろう。それがないというだけで気分が楽だ。当然、榛名を欲していないだけで味方になったわけではないのであくまでも気が楽になる程度に留まるのだが。

 そうした話も終わって、猪を全て押し付けてから視察に戻ることが出来たのだが、別れる際に室生様に次こそ斬るとか言われたような気がしたがきっと気のせいだろう。気のせいに違いない。気のせいであってくれ。

 その後もはや願望染みたことを思いながら視察を終えて躑躅ヶ崎館に戻り報告と最低限の世話などをし、上杉様が越後に帰ってから数日後、川中島で模擬合戦が行われた。

 

 川中島の模擬合戦は周囲の村への配慮はされており、事前に避難をさせていた。そして田畑や家屋に何らかの被害が出た場合はそれを補償するために金子であったり労働力であったりを提供するとしていて、それでも念のために兵士たちが村の周囲を固めていた。

 この被害が出るというのは兵士がどうこうという話ではなく、武田様と上杉様がぶつかった場合に周囲に被害が出るのが常であるためにされていることであり、この二人が直接戦うことがなければそんな心配をする必要はない。必要ないのだが、あの二人は兵士の指揮を執り自らの知略でもっての対決の後に直接対決をするのがもはや定番となっているとのことだった。

 まぁ、であれば対策も問題ないのだろうと立会人としての役割を果たしていたのだが、最初は良かった。用兵術は互いに勝るとも劣らず見応えのあるもので、これにミツヒデ様が混じれば更に壮観だったのではないか、とも思った。だが問題はその後だ。

 互いに兵士を下がらせて直接対決、となったのは良いが全力の打ち合いの時点で砂利や石、果ては岩を吹き飛ばし炎は舞い、雷は走りと大惨事となった。その渦中にあって二人はとても楽しそうに戦っていたが兵士たちを見て欲しい。右往左往しながら飛んで来る物を避けたり仲間に指示を出して避難していたりと大変そうだった。

 そのまま放っておけば被害が拡大していく一方なので予定通りに土遁と水遁で二人の周囲を囲んで、更にそれを補強するように木遁も使っておく。ついでに氷遁も使って補強。これくらいやっておけば少しくらいは囲いの意味を成してくれるだろう。

 そうして完成した囲いを見上げて兵士たちが驚愕とも感嘆とも取れる声を上げているが今の内に離れた方が良い。これはあの二人にしてみれば簡単に打ち壊すことの出来る程度の囲いなのでもう少しすればまた周囲に被害が出るだろう。

 俺はなるべくそうならないように術の重ねかけをしておくがどれだけ効果があるかはっきりとわからない。戦国乙女なんてのは極一般的な忍である俺には理解出来ないようなことを平然とやってのける。室生様とかそうだし、蜘蛛相手に雲切を使うヨシテル様も理解出来ない。むしろ理解したくない。

 

 そうして暫く補強や修繕を繰り返して最終的に二人とも全力を出し切り相打ちという結末になった。川中島は俺が被害が広がらないように、としていたがそれでも無残な状態になっておりこれは後日それぞれの軍から兵士を派遣してなるべく元の状態に戻すということで話がついているとのことだった。

 後始末までちゃんとするのなら俺が言うことはないと思いながらも文句くらいは言うべきだと考えて、膝を付いている二人の下へと向かった。

 

「模擬合戦お疲れ様でした。それぞれの知略を尽くした用兵術は見事なものでしたが、一騎打ちはどうにかならなかったんですかあれ。見てくださいよ川中島の惨状を」

 

 周囲を示しながら言うが、武田様も上杉様もそれを見てから不思議そうにしていた。

 

「惨状って言われても……今日は結城があの囲いを作ってくれたからいつもよりマシだぜ?」

 

「そうね、いつもならこれ以上に大変なことになってるわよ。ありがとう、結城。貴方のおかげで兵士たちも楽が出来るんじゃないかしら」

 

「それ本気で言ってるんですか?普段がこれ以上って……」

 

 控えめに言ってもこれは正に惨状である。通常の戦場のそれ以上に荒れ果てていて、事前に模擬合戦ということを知らなければヨシテル様との盟約を破って本気で合戦を行ったと思っただろう。それだというのにこれでマシとはどういうことだ。

 いや、考えるのはよそう。この二人が揃うと戦力としてもだが、それ以上に俺の想像を越えることを平然とやってのけるのだ。今回もそれに違いはない。

 どうにも甲斐に来てから疲れることばかりが起こっているのは何故だろうか。先日の二人に出した料理は別に構わないが、翌日の室生様と今日に至るまでにしてきた武田様の世話やこの現状。今回は甲斐に良い思い出はなく、むしろ嫌なことが起こっている。

 何かに呪われているのだろうか、とか思ったがそういえば俺はカシン様に呪われているのだった。ならきっとこれもカシン様が悪いのだろう。そうに違いない。

 今度あったら絶対に仕返しをしてやろう。という完全に八つ当たりを思いながら言葉を続ける。

 

「それこそ本当に自重してください。今は泰平の世ですよ?それなのに本当の合戦と変わりないかそれ以上の被害を周りに出すとか最悪です。あまり度が過ぎるようですと、ヨシテル様から模擬合戦の禁止令さえ出る可能性がありますよ」

 

「……まぁ、確かに少しやりすぎた可能性はあるわね……次からは気をつけるわ」

 

「はぁ!?いつもよりマシなんだぞ!?なのになんでだよ!」

 

「黙りなさいシンゲン!こういう時はとりあえず了解さえしておけば後で何とでも出来るのよ!」

 

「あ、そうかそうか。そうだな、次から気をつけるぜ!」

 

「そういうのもっとコソコソと聞こえないように配慮してからやってくれます?」

 

 なんでこの二人は俺の目の前で雑な内緒話をしているんだ。しかも指摘したら上杉様は目を逸らしたし、武田様は吹けてもいない口笛を吹きながら明後日の方向を見ている。そんな適当な漫才に俺を巻き込まないでもらいたい。

 

「はぁ……本当に気をつけてくださいよ。

 それで、これからお二人はどうするおつもりですか。また酒宴でも、と言うのであれば俺は一足先に越後の視察に向かいますけど」

 

「それなら私もシンゲンもそれぞれの領地に戻るわ。その後に兵士を派遣して川中島の整備と周囲の村への被害の確認。それから場合によっては補償をしないといけないからそれもちゃんと見ておかないと」

 

「だな。それが全部片付いてから宴と行こうぜ!」

 

「わかりました。では上杉様に同行させていただけますか?道中の様子の確認や少しばかり聞きたいこともありますので」

 

「聞きたいこと?ええ、別に構わないけど……」

 

 流石に道中で榛名や封印の塔については聞くわけには行かないが、その他のことであれば確認が出来る。まぁ、その確認自体は大したことではないのだが。

 それでも道中で確認しておけば後々の話がすんなりと進むはずだ。

 武田様に滞在に関しての感謝を伝えてから上杉様と越後へと向かっている。

 今まで諸国を回っていたがそれらと変わることなく平穏そのものの光景が続いており、その中を上杉様率いる上杉軍が行軍しているというのは何とも違和感があることだろう。

 俺は馬に乗っている上杉様の横を歩いているがその後ろを付いてくる兵士の視線が何やら俺に集まっているようだった。やはり他所の忍が主君の隣を歩く。というのは看過出来ないことなのだろう。

 

「結城は随分と兵たちに気に入られているようね」

 

「先ほどから視線を感じていますが、気に入られてるんですかこれ」

 

「川中島で私とシンゲンの周りに囲いを作ったわよね?あれを見て気に入ったというよりは尊敬されてるんじゃないかしら。結城はあまり気にしてないようだけど、あんなこと出来る人なんてほとんど居ないわよ」

 

「あー……確かに他の方だとあんな細々とした制御とかしそうにありませんね」

 

「しないと言うよりも出来ないのよ。ほとんどの人が戦うことに特化してる中で貴方は色んなことが出来るというのは良いことね。それのおかげで上様の力に成れているんだから」

 

 確かに俺が戦闘をすることを主体とした忍であったのならヨシテル様は松永様の息の根を止めていただろうし、その後のカシン様の企みも阻止することは出来なかっただろう。

 それを考えると俺はこれで良かったと本気で思う。戦うための力も必要ではあるが、それだけではきっとダメなのだ。特にこれからの泰平の世でヨシテル様の力になるためには。

 

「ただ、何て言えば良いのかしらね……最近、結城を見てると頼りになるとかよりも便利で良いな、って思うのよ」

 

「人を便利な道具と同じ扱いしないでください。自分でもそういう自覚はありますが」

 

 あちらこちらで俺に対する評価が何でも出来るとか便利とかそういう評価になっているのを最近自覚はしている。確かに忍術を使って良いのであれば大抵のことが出来てしまう。幼い頃からの修行の結果だと思えば誇らしくもあるのだが、俺は忍であって便利屋ではないということを忘れないでもらいたい。

 

「さて、そろそろ本題に移ろうかしら。

 私に聞きたいことって何かしらね」

 

「美味しいって言いましたよね?」

 

「……はぁ……覚えていたというか、気づいていたのね……ええ、言ったわ。シンゲンの言葉通りなら、結城に何か協力すれば良いのよね」

 

「そうなります。それで、ですね。どうしても上杉様の協力が必要になるであろう事柄があります。それについては春日山城に戻ってからお伝えします」

 

「…………此処では話せないことなのね」

 

「そうですね、他の方にはあまり聞かれたくはありませんので」

 

「なんだか厄介事の気配がするわ……でも、仕方ないから聞いてあげる。感謝しなさいよね」

 

「ええ、勿論ですよ」

 

 話が早くて非常に助かる。それと申し訳ないとも思うが厄介事だとわかっていても協力はしてもらう。聞きたい情報を引き出して、協力を要請するとしても毛利輝元様への対処はきっと俺か毛利様がすることになる。上杉様が厄介事に巻き込まれるとしたらそれはきっと斉藤様関連ではないだろうか、と予想している。

 というか斉藤様は上杉様か武田様にでも押し付けたいと思っている。戦国乙女を相手にしたくないというのもあるが斉藤様はどちらか、あるいはこの二人に任せなければならない気さえするのだから仕方ない。

 

「ならこの話は一旦終わりになるわね。折角だし、気になってることがあるから聞いても良い?」

 

「答えられることでしたら」

 

「風の噂で聞いた話だけど、上様と御揃いのような服を着ていたらしいわね」

 

「どこの風の噂ですかそれ」

 

「シンゲンの忍が優秀なら、私の忍も当然優秀ということよ。というか、どの軍も貴方のせいで忍の重要性を見直したみたいだから当然と言えば当然じゃないかしら。前よりもずっとずっと優秀な人材を揃えているんだから」

 

「武田様の場合はその結果が雑用に走らされる忍衆みたいですけど」

 

「……それだけ平和ってことよ」

 

 平和関係なくあの方ならやりかねないと思うのだが、そこはどうなのだろうか。

 

「それよりも、結城らしくない服を着ていた理由は何なのかしら」

 

「宗易様からの贈り物ですよ。色々とお世話になった、とのことです。頂いた物ですし、袖を通さないのは失礼かと思いまして」

 

「なるほどね……そういうことなら、確かに納得だわ。

 それで、それを見た上様はどういう反応をしたのか聞かせてもらえる?」

 

「ヨシテル様ですか?見慣れない格好ということもあって随分と興味深そうに見られましたね。まぁ、コートを捲られてその下まで確認するとは思っていませんでしたが」

 

 本当にあの時は呆れた。ヨシテル様はどうして人が着ているコートを捲ってその下がどうなっているのか確認したのだろうか。いくら親しい間柄とはいえ、そして部下とはいえそんなことは普通しないというのに。

 ただ、普段の俺を知っているからこそ興味深かったというのであれば仕方ないのかもしれない。お洒落とか、服装に関する遊び心とか、絶無と言っても過言ではない俺があんな格好をしていたのだから。

 

「それだけ?私の予想だと上様はきっと喜んだんじゃないかと思ったんだけど」

 

「それは、まぁ……随分と機嫌も良さそうでしたね。あの格好も気に入っていただけたようでしたから」

 

「やっぱりね」

 

 俺の言葉を聞いてから納得したように頷く上杉様だが、どうしてそこで納得するのだろうか。というか何故ヨシテル様の反応をそう簡単に予想というか、断言出来たのだろう。

 

「どうして、って顔をしているけれどわかるわよ。

 ただ上様も結城もどうにも鈍いから理解出来てないのかもしれないわね」

 

「鈍い?」

 

「そうよ。私がわざわざ教えるようなことでもないから言えないけど二人ともとても鈍いと思うわ」

 

「はぁ……そうですか……こう、イマイチ納得はいきませんが……」

 

「納得が出来なくても私は何も言えないわよ。二人に最も近い場所に居るはずの人が何も言っていないんだから」

 

 どうにも要領が得ない。いや、上杉様の中ではそうでもないのだろうけれど。

 全く仕方が無い、とでも言うように少しだけ笑んでいるのでどうにも今すぐにどうにかしなければならないこと、ということではないようなのでとりあえずは放っておいても良いのだろうが。

 それにしてもなんというか、馬に乗っている女性の隣を歩くというのはあまりよろしくない気がする。主に目のやり場的な意味で。いや、普通の着物等であれば大丈夫なのかもしれないが戦国乙女の方々の戦装束はどうにも露出が高く、今回で言えば上杉様の健康的で魅力的な太腿が目に付いてしまう。

 凝視するなんてもってのほかで、だからと言って話をするのにそちらに顔を向けないのは失礼だ。まぁ、話をする相手の顔を見るために顔を向ければどうしても視界の端に映るので少し気まずかったりする。

 最近はどちらかと言えば琥白号に乗って義昭様と遠乗りに出ることの方が多く、またヨシテル様の遠乗りに付き合う際にも馬に乗るようになっていたので、そういえば毎度こうして目のやり場に困っていたりしたな。と思い出してしまった。

 

「……なんだかさっきからあまり私の方を見ないようにしてるようだけど、どうかしたの?」

 

「お気になさらず。軍の先頭を歩いていますし、見栄え的にも前を見ておくべきかと思いまして」

 

 流石に上杉様の太腿が視界に映るので見ないようにしています。なんて言えるわけがない。言葉にした時点で引かれそうであるし、わざわざ口に出す必要もないことだ。まぁ、俺の知る限りではそんなことは気にしないような人も何人かいるのだが、上杉様は絶対に気にする。

 それがわかっているので何も言わない。もし聞かれたとしても適当にはぐらかすに限る。ただ人によっては視線で気づいていることがあるので意味を成さないこともある。

 

「あぁ、確かにそうね。でもそれを言うなら結城がいつも着ている忍装束よりも、上様とお揃いの方が絵にはなると思うわよ」

 

「あれは二条御所の警護、ヨシテル様や義昭様の護衛の際に着ることにしていますので今はあれを着るつもりはありません。絵を気にするなら……忍らしく周囲の森の中、木の上を跳びましょうか」

 

 着ることにしているというか、着ることになっているというか。とりあえずあれは京とその近辺でしか着るつもりはない。ヨシテル様や義昭様の命であればその限りではないのだが。

 

「木の上を跳びましょうか。なんて言うけれど、それは普通の忍がやることではないのよね……

 結城はもう少し自分が他の忍とは違うことを自覚すべきだと思うわ」

 

「一応、少し前にどうにも俺は一般的な忍とはズレがあるとは自覚していますよ。まぁ、そのズレは確実に師匠のせいなのですが。

 なんにせよ、俺はこれなのでヨシテル様の忍として動けるので悪いことばかりではありませんけどね」

 

「そう、良い師なのね。少し変わり者なのかもしれないけど」

 

「ええ、実に良い師匠ですよ。ネーミングセンスは壊滅的ですけど」

 

 忍術を教えてもらい、体術を教えてもらい、呪術を覚えるようにと半分以上丸投げされ、封印術を教わるようにとまだ恋仲になる前の奥方様を紹介され、色々と世話になってきたのだがあのネーミングセンスを認めることは出来ない。少し前に文で火遁の蝶々について話をすると「ん!それならオレが術の名前を考えておくよ。大丈夫、とびっきり格好良い名前にするからね」と言っていたが全力で断っておいた。それでもあの人は絶対に考えているだろうことを容易に想像出来るのだが。

 

「人は何かしら欠点がある物だけど……ネーミングセンスねぇ……それって忍としてはどうなの?特に欠点のようには思えないわよ?」

 

「そうですね……術を使う際に術名を口にしてより確実なものにする。という方が里には居ますが、師匠の考えた術名だと大変痛い名前になります。思春期の男子が考えたような、そんな名前です」

 

「……それは、なんというか……嫌ね……」

 

「ですよね。俺も嫌なので新術開発に成功して師匠が勝手に名前を考えても採用しないことにしています」

 

 里に居た頃は新しい術が出来る度にどこからともなく現れて勝手に名前を考えていたのを思い出す。そして、その名前を聞いて「ないです」と答えた際の残念そうな顔だとか、ショックを受けたような顔だとかも思い出した。

 あの方はどうしてあんなネーミングセンスなのだろう。そしてそれをどうして人にまで押し付けようとするのだろう。

 

「結城は話を聞けば聞くほどに疑問が湧いてくるわね……」

 

「それは誰も同じかと思いますよ。人のことを聞けば、他のことも気になるものですから」

 

「んー……確かに、それは言えてるわね。興味がなければその限りではないけど、気になってくるとどうしてもね」

 

 つまり、上杉様は俺に興味があるのか。この場合は奇妙な忍について気になることがあるというだけなのだろうが。此処で異性として興味があるのでは、という風に考える人もいると話を聞いたことがあるが俺はそういうことはない。

 それに俺はヨシテル様の忍なのだから色恋沙汰に心を躍らせるなんてことをするつもりはない。ヨシテル様が俺を好きに使えば良い。まぁ、その使い方に多少なりと不満を覚えることもがある。

 

「まぁ、良いわ。それよりも結城が本当にしたい話が気になるし、少し急ぎましょうか」

 

「そうですね……春日山城であれば他の方に聞かれないと信じていますよ」

 

「大丈夫よ。人払いもちゃんとするわ」

 

 内緒話というか、内密の話をするための人払いを何も言わなくてもしてくれるようなので助かる。

 そして春日山城であればまず斉藤様に話を聞かれることもなければ、毛利輝元様の手の忍がいるとしても盗み聴きなんてことは出来ない。だからこそ安心して話をすることが出来る。

 話をして、協力を得て、ヨシテル様が漸く築き上げた泰平の世を乱す可能性のある毛利輝元様の手を潰せるようにしておかなければ。




半数以上が露出高めで太腿とか見える。それが馬に乗って、その横を歩く。
絶対に太腿に目が行く。絶対にだ。
とりあえずニコニコ的にFSS。特にヨシテル様。

投稿時点で三が日真っ只中。あけましておめでとうございます。
こんなしょうもない小説ですが、今年もよろしくお願いします。


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ケンシンさまといっしょ そのに

オリ主の善意は人のためではなく自分のため。という考え。


 上杉様と共に越後、春日山城に到着するとそのまま城内へと案内された。城門を守る兵士には怪訝な顔をされたがそれに関しては上杉様が二三何かを言うとすんなりと通れたので、これからもある程度であれば正面から訪問しても問題はないだろう。

 それに城下を通り過ぎる際にざっと見ただけではあるがなかなかの賑わいで、町全体が活気に溢れているのを感じられた。話を終えて時間を見つけてから視察をするにしても、越後も問題なく見て回れそうな気がする。

 まぁ、流石に甲斐でのように室生様に遭遇するようなことはないだろうし、他の戦国乙女の方が居るということもきっとないだろう。

 

「さて、人払いも済ませたし此処でなら安心して話が出来るわね。でも少し待って頂戴。お茶を持ってくるように頼んであるから」

 

 案内されるがままに歩くと上杉様の執務室へと通された。周囲に気配はなく、人払いは終わっているようだった。そしてその中で此方に向かってくる気配があるのでこれが上杉様の言ったお茶を持って来てくれている侍女のものなのだろう。

 それを大人しく待ちながら視線だけで周囲を伺えば大量の巻物が積んであり、書類仕事が貯まっていることが分かる。

 

「あぁ、それは今回の模擬合戦で必要な書類になるわ。前から大変だったのは大変だったけど、今回は上様にも念のために知らせる必要があるからそれについても纏めないといけないのよ。

 当然、私だけじゃなくてシンゲンもだけど……まぁ、書状として上様に送るわ」

 

「そういうことでしたか。ではその報告用の書状については俺が一度内容を確認させてもらってもよろしいですか?

 あの雑な漫才を見せられた後ですので念のために」

 

「別に誤魔化したりはしないわよ。でも、まぁ……あんなの見た後だと仕方ないわよね。良いわ、出来たら確認して頂戴」

 

「理解が早くて助かります」

 

「あんなことした私たちのせいだもの、当然よ」

 

 実際にあんなことを目の前でされなければ俺が確認する。なんてことはしなかっただろう。とはいえ上杉様も武田様も誤魔化すようなことをする人ではないのはわかっているので、本当であれば必要ない。

 お互いにそれが分かっているので特に空気が悪くなることもなく、単純に軽口を叩いているような感覚で言葉を交わせている。

 酔っ払っているのを軽く世話をしたり、模擬合戦についてツッコミを入れたりしていたせいかこうして軽口を叩けるようにはなったが、個人的にはそれに少しだけ驚いている。以前よりも人との距離が近くなっているような、そんな気がするのだ。

 

 ただこれはこれで良いのかもしれない。カシン様が良い方向に変わってきているように、他の戦国乙女の方々や俺も変わってきている。それはきっと泰平の世であるからこそなのだと思うと、感慨深くもある。

 感慨深くもあるのだが、ポンコツになる方々もいるのでそれはあまり良いこととは思えなかったりする。まぁ、それでも緊張状態が解けたのであれば仕方ないのかもしれない。何故なら、元からポンコツであったのならばどうしようもないからである。

 

「それにしても、結城の話だけど……人に聞かれたくなくて、私にどうしても協力して欲しい。なんて言うんだからきっと封印の塔について聞きたいのかしらね」

 

「察しが良くて助かります。上杉様にとっては話したくない、協力したくない。と思うかもしれませんので、先に協力すると確約させてもらいました。本来であれば手順が逆ですし、少々卑怯なやり方ではありますが……そうまでして協力を願いたかった。ということです」

 

「そうね……封印の塔に関してはあまり話したくないわね……」

 

「申し訳ありませんが、上杉様の協力が必要ですので手段を選んではいられませんでした」

 

「はぁ……そういうところは前と変わりないのね」

 

 やれやれ、という風にため息をついた上杉様はそのまま何かを考えるように目を閉じて微動だにしなくなった。であれば俺も同じく黙るのが道理だろう。きっと本当に協力するべきか否かを考えてくれているのだろうから。

 まぁ、これでどうしても話せないと断られるようなことがあれば自力で探すだけなのだが。とりあえず動かせる部下を使って虱潰しに探させるのが良いだろう。封印の塔の守護者である上杉様が越後に居城を構えてることを考えれば、越後を中心に探せばそう厄介な探し物ではないはずだ。

 ただ心配なのは結界で近づけない、気づけないとなっている場合は部下の忍ではどうしようもないので俺が動くか、カシン様や徳川様に協力を求めなければならない。徳川様は二つ返事で協力してくれるかもしれないが、カシン様はどうだろう。協力してくれるにしてもあれこれと条件をつけられそうなのが難点だ。いや、単純に協力してくれない可能性の方が高いか。

 

 そうしてお互いに沈黙しているとお茶を持った侍女が部屋に入ってきた。その侍女は俺と上杉様の前にお茶を置くと一礼して退室し、そのまま遠ざかっていった。気配を知覚するまでもなく、この部屋の中には俺と上杉様、そして周囲には誰も居ない状況となった。

 そのまま暫く黙ってお茶にも手をつけない状態となっていたが、すっと上杉様が目を開き、俺を見た。

 

「さて、もう話しても大丈夫でしょう。

 まずは話を聞くわ。それから判断させて頂戴。本当に、封印の塔について話しても良いのかはそれから判断するわ」

 

「そうですね……まずは何から話しましょうか。

 榛名について知っている理由は上杉様ならもう既に察しが付いているとは思いますが」

 

「カシン居士に聞いた。というところでしょうね」

 

「はい、カシン様から話を聞いています。それ以外にも徳川様や斉藤様からも少し聞いていますが……」

 

「……待って、ムラサメから?」

 

「ええ。斉藤様も榛名を探しているらしく、俺がカシン様から話を聞いていることを前提に何か情報を引き出せれば、もしくはその話をして俺が集めた情報を奪い取れれば、と考えてのことだそうです。

 ただ、斉藤様というよりもその背後にいる毛利輝元様がそうさせた、という可能性もあります。毛利輝元様は非常に裏のある方ですので」

 

 裏があると言うか、腹の中が真っ黒と言うか。とにかく毛利様の話を聞いて、そして俺自身が以前から感じていることを加味すれば現在最も警戒しておかなければならない相手が毛利輝元様だ。

 

「そして毛利様とお会いした際に話をしたのですが、どうにも毛利輝元様は榛名を用いて良からぬことを企んでいるようです。ヨシテル様が築き上げたこの泰平の世を乱すような、個人的には看過できないようなことを」

 

「あ、あの、結城?その、目が怖いわよ?」

 

「失礼しました。ですがそうなるのも仕方ありませんよ。上杉様も、この泰平の世を乱すような輩を許してはおけないでしょう?」

 

「え、えぇ……確かにそうね……」

 

 許されないことだと、そう思ったので上杉様に同意を求めてみたのだが何故か表情が引き攣っている。何かあったのか、俺にはわからないがとりあえず同意してもらえたのだからきっと力を貸してくれるのではないか、と思ってしまう。

 

「……なんて言えば良いのか……とりあえず、力を貸すべきだということはわかったわ。

 とはいえ、私に出来ることなんて封印の塔についての情報を提供するくらいでしょうけど」

 

「そうですね……場合によっては斉藤様の足止めでもお願いしようかと思いましたが……」

 

「それは状況による、ってところでしょうね。その毛利輝元が何を考えているのかわからないけど、誰にも気づかれずに動けている状態ではないのよね?それなら事情を知っていそうな相手にはそれなりの妨害でもしてきそうだけど」

 

「毛利輝元様の戦力がどれほどのものかわかりませんが……もっとも警戒すべきは斉藤様でしょうね。

 もしくは……榛名を手にした場合の毛利輝元様本人」

 

 榛名がどういった代物なのか知っていれば、本来戦うだけの力がない毛利輝元様でさえどれほどの存在になるか想像するのも嫌になる。戦国乙女と同等の力を得るのか、それ以上の力を得るのか。きっと後者になるのだろう。

 ただ、そうだとしてもあの毛利輝元様であるのならば付け入る隙は充分にあると思う。戦場に出る武官ではなく執政などに関わる文官である以上、どれほどの力を得ようとも戦い方を知らないのだから。

 

「確かに榛名の力を使えばそうかもしれないわね……何にしろ、此方から動けるとしたら封印の塔の守りを固めるくらいじゃないかしら」

 

「守りを固める、ですか……封印の塔の周囲に結界を張っていたりはしないんですか?」

 

「結界は張ってあるわ。見つかり難く、近寄れないようにね。

 でも……その結界を突破できそうな人間は何人かいるわ。力技で壊せそうなのが二人。術で突破できそうなのが二人。むしろ突破出来ない方がおかしく思えるのが二人」

 

「あぁ、力技で結界を壊しそうなのは織田様に室生様、呪術や魔法を用いて突破しそうなのがカシン様に徳川様ですね」

 

 名前を出してみれば納得である。織田様も室生様も結界があったとして壊れるまで斬れば良いとか普通にやりそうで困る。非情ノ大剣も極王斬も単純な威力を考えれば生半可な結界ではまず防げない。それに室生様の場合はそれ以外にも何か手と言うか必殺技くらい隠し持っているかもしれない。

 そして、カシン様と徳川様であれば力技など必要なくすんなりと結界を解除してしまいそうだ。特にカシン様の場合は徳川様以上にそういった事柄に秀でており、更に慣れている。

 

「その通りよ。後は上様と結城ね」

 

「ヨシテル様はわかりますが……俺ですか?」

 

「ええ、上様の鬼丸国綱とあの剣術の腕前があれば結界を斬り裂くなんてのは容易いことじゃないかしらね。

 それに結城の場合は色々と規格外の忍術が使えるんだもの。なんだかんだで、結界くらい解除出来そうだわ」

 

「それは買い被りすぎだと思いますけどね……何でも出来るわけではありませんし」

 

「何でも出来そうだから言ってるのよ。貴方が上様の忍でなければすぐにでもスカウトしたいくらいには優秀で、頼りになるんだもの」

 

 最近思うのだが、どうにも周りからの評価が不相応に高い気がする。ただ義昭様に言わせると俺は自己評価が低いとのことだったが……俺はそんな大層な人間ではないと思うのだが、どうしてこうなった。

 

「まぁ、良いわ。一応後で地図を使って場所は教えてあげる。頭に叩き込んでおいて」

 

「わかりました。後ほど確認させていただきます」

 

「後は……結界についてはそっちでどうにかしてもらうとして、場所も教える。そうなるとこれ以上私が教えられることはないわね。

 言えることがあるとすれば……榛名を納めている封印の間、その扉にも封印が施されているから、それをどうにかしなければならない。ってくらいかしら」

 

「そちらは上杉様の私見では解くのは難しそうですか?」

 

「塔に近寄られたとしてもその封印を解けなければ意味がない。ってこともあって相当に厳重な封印が施されてるわ。周囲の結界を解除するよりも大変だと思うけど……まぁ、今回はその毛利輝元が榛名を手にすることを阻止するのが目的なんだから、問題はないわね」

 

「そうですね……現状、毛利輝元様と斉藤様をどうにか出来れば良いのでその扉の封印に関しては触れないようにしておきましょう。うっかりで封印を解いてそれを横から掻っ攫われても困りますから」

 

「賢明な判断。って言いたいけど、うっかりでそんなことになるものかしら?」

 

「……どうしてでしょうか、上杉様のその声でうっかりなんてことがあるのか、と聞かれると酷く違和感がありますね……」

 

 具体的に言うならば、うっかりで失敗などをする家系の人間にうっかりなんてない。と断言されたような、そんな気分だ。それにしても上杉様の声で言われたというだけでそんな感覚に陥るというのはどうしてだろうか。

 いや、今はそんなことはどうでも良い。ちゃんと話をしておかなければならない。

 

「まぁ、それは置いておくとして。封印の塔に関してですが、他に何か頭に入れておく必要がある。というようなことはありますか?」

 

「んー……特にはないわね……大掛かりな仕掛けがあるわけじゃなくて、塔の周囲に結界が張ってあることと榛名を納めている封印の間の扉に厳重な封印が施されている。ってこと以外だと私から言えることは特にないのよね。

 本来なら封印の塔の守人としては誰も近寄らせたくはないし、近寄るなんてことはありえない話なのよ。だからそれ以外に私の一族が何か仕掛けていたり、万が一の為の仕掛けなんてものはないわ」

 

「わかりました。ではそれ以外には注意すべきことはないということですね」

 

「……いえ、違うわね。まだ少しだけあるわ」

 

「と、言いますと?」

 

「封印の塔には榛名の他にも卑弥呼の使っていた鏡の一枚が封印されているわ」

 

 卑弥呼の使っていた鏡と言うと、八咫鏡のことだろうか。それなら確か、一枚は二条御所の地下で鬼神と負の気を封印するために用いられている。まぁ、松永様の反乱だったり、どこぞのカシン様のせいで鏡を守る結界が劣化するわ、突破されそうになるわで大変だったのを覚えている。

 その企みに気づけたので最悪の事態に陥る前に結界を守ることが出来て、更には新たに結界を張ることで事なきを得た。それにしても何かを守るための結界を更に守るために動くというのは、聊か可笑しな話だと思う。

 

「二条御所の地下にもありますね。確か全部で三枚あると聞いたことがありますが……」

 

「ええ、それで間違いないわ。最後の一枚に関しては私は何も知らないわね。上様……は知らないかもしれないけど、カシンなら何か知っているんじゃないかしら?」

 

「……知っていれば前の時に利用していそうな気はしますが……何にせよ、知っていても教えてはくれないでしょうね。あの方は重要なことほど隠しますし、聞いたところで惚けますから。

 それでも、それがカシン様らしいので無理には聞きません。ただ……他の方と話をするにしてもそうした態度ですので、どうにも険悪な雰囲気になってしまうのが難点ですね……」

 

「はぁ……困った相手ね……」

 

「ええ、良いように振り回されることばかりですよ」

 

 本当にあの方には困ったものだ。とはいえ、あれでもだいぶマシになっているし、もう暫くすればもっと落ち着いてくれると信じている。まぁ、今よりもマシになって落ち着いたとしても皮肉家なところや人を煽る癖はきっと抜け切らないのだろうけれども。

 

「貴方も大変ね……ところで、何で結城はカシンのことを其処まで気にかけているのか聞いても良いのかしら」

 

「別に構いませんよ。気にかけているのは、まぁ……俺がカシン様を生かす選択を押し通したので気にかけているのは当然のこと、という程度ですから。

 あれですよ、これでも報われず救われない人ほど幸せになった姿が見たかったりしますので。それに善意なんてものは相手のことを思って、というよりも自分がそうしたいと押し付けるものなので」

 

「確かにそうかもしれないけど……臆面もなくそういうことを口にするのはどうかと思うわよ。

 それにしても……思ったよりも冷たい回答ね。もっと情が湧いていたりするのかと思ったんだけど」

 

「情は湧いてますよ。遠慮なく好き勝手言える相手ですし、どちらかと言えば好きですし。でも、まぁ……カシン様のことを思って、とか言うと絶対に機嫌が悪くなりますのでこれで良いんですよ」

 

「……そうした言葉を聞くと、もしかすると貴方が一番カシンのことを理解しているのかもしれない。なんて思えるわね。いえ、事実としてそうなんでしょうけど」

 

 まるで仕方ないとでも言うような、それでいて何処か微笑ましいものを見るような。何とも言えない笑みを微かに浮かべてそう言った上杉様。その様子を見る限りでは、カシン様へ向ける感情は他の方よりは幾分か悪くないものなのかもしれない。と思ってしまった。

 まぁ、実際はどうなのかわからないし、俺の返答を聞いて少しだけマシになった。という程度のものかもしれないのだが。

 

「それと、カシン様の為を思ってそうしています。なんて恩着せがましいことはしたくありませんからね。俺が勝手に行動して、勝手に善意を押し付けて、カシン様が忌々しそうにしながら変わっていけばそれで良いんです」

 

「基本貴方って上様の為に動いてるけど、時々そうして別の人の為に動くのね。貴方の言い方をそのまま使うなら、善意を押し付けているだけなのかもしれないけど」

 

「ヨシテル様の忍びですので。他の方に対しては気分ですよ、気分」

 

「その気分でしてる善意の押し付けに、助けられた人も結構いそうね」

 

 どうしてか、上杉様はとても優しいような生暖かいような、そんな目で俺を見てくる。目は口ほどに物を言うなんて言葉があるのだが、この目は「なんだかんだで良い人よね、貴方は」とでも言いたげな目だ。

 多分これは正解だと思う。話の流れとか、上杉様の俺に対する印象だったり、とにかくそういったものから考えるとこれくらいしか出て来ない。

 

「上杉様、その生暖かい目を止めていただけますか」

 

「あら、ごめんなさいね。貴方の言葉を聞いて、少し気分が良くなったせいね、きっと」

 

「気分が良くなった、ですか?」

 

「ええ。少し捻くれているようで、遠慮とかしないで好き勝手言ってるのにそんな相手のことを思って何か出来る。そういう人ってどれくらい居るのかしらね。それも損得勘定を抜きにして。

 貴方の場合はこういうことに関して損得で動いていないでしょうし、そういうところを見れてなんだか嬉しいような、温かい気持ちになれたような、とにかく良い気分だわ」

 

「別に俺は少し捻くれている、なんてことはありませんが……」

 

「こういうのを何て言うんだったかしら……」

 

「いや、聞いてくださいよ」

 

 完全に俺の言葉が聞こえていないようで何かを思い出そうとして何かをぶつぶつと呟きながら考え込んでしまった。多分特定の言葉を何とか記憶の中から呼び覚まそうとしているのだろうが、人が目の前に居る場合はそういうのは控えて欲しい。

 上杉様から話を聞くために此処に居るのにその話はほとんど終わっているし、何か他の話をしようにもその相手がこれでは、完全に手持ち無沙汰になってしまった。

 だからどうか早く思考の海から上がってきてください上杉様。

 

「…………思い出したわ!」

 

「やっと戻ってきましたか。それで、何を思い出したんですか?」

 

「貴方みたいに少し捻くれてて素直じゃないちょっとツンとしてる人が善意の押し付けなんて言いながら誰かの為に何かするとか、優しくするのをデレるって言うらしいわよ?」

 

「何変なこと言ってるんですか上杉様」

 

「そして、そういう人のことをツンデレって言うのよ。シンゲンから聞いたわ!」

 

「何変なこと吹き込んでるんですかあの方は」

 

 というかツンデレは俺じゃなくて上杉様だと思う。ツンとするのもデレるのも武田様だが。

 

「つまり結城はツンデレってやつなのよ。ちょっと引っかかる物があってすっきりしなかったけど、これですっきり出来たわ」

 

「意味のわからないことを言わないでください。それにツンデレと言うのなら……いえ、なんでもありません。これは言わぬが華ですね」

 

 ツンデレは上杉様ですよ。とか言ったとしても絶対に否定されるし、変に機嫌を損ねるようなことはしたくない。

 

「あら、何か言いたいことでもあるのかしら?」

 

「いえ、お気になさらずに。気のせいでしたので」

 

「気のせいって……まぁ、良いわ。胸のつっかえが取れてすっきりした気分で、今日はとても上機嫌ってところだもの」

 

「そうですか……それは何よりです」

 

 微妙に、そう。微妙にだがポンコツ化の症状が出てきている。

 数日前まではそんなことはなかったというのに……これは徐々にポンコツ化が進んでいて、目に見える形で症状が出てきた。ということで良いのだろうか。もしそうならまだ大丈夫な方も同じようにポンコツになるということになってしまう。

 なんだろう、それは平和だからこそと思えばまだマシかもしれないが厄介と言うか、面倒と言うか。個人的には遠慮願いたい状態になってしまいそうだ。

 そんなくだらない考えを頭の中で無為に組み立てながら、目の前でとても機嫌が良さそうにしている上杉様に勘付かれないようにため息を一つ漏らすのであった。




初代のケンシン様の滝行後の萌えカットインがヤバイ。
最近は可愛い系が多いけど、初期は本当にエロめなのが多かった気がする。

花が導入されるよ!萌えカットインがいつものと違って色んなイラストレーターさんが手がけてるよ!違和感しかないなおい。
打ってる間に慣れる、かな?


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マサムネさまといっしょ

オリ主は万能型であり、特化型には劣ることがある。


 越後で上杉様から封印の塔や榛名、それと八咫鏡についての話を聞いた俺はその後予定通りに越後全土を視察した。既にその視察自体も慣れたもので特に問題なく終えることが出来た。

 今回は流石に室生様と遭遇するだとか、斉藤様にストーキングされるだとか、そういうこともなかったのである意味では拍子抜けだと思ったのは内緒だ。

 それと、視察を終えてから越後を出立する際に上杉様には毛利様と協力することは出来るか。と聞いたところ毛利輝元様の企みを阻止することは、封印の塔を守ることでもあるということで無事協力を取り付けることに成功した。

 多くの戦国乙女に協力を求める。というのも手かもしれないが、それだと此方の動きを勘付かれ易くなるので踏みとどまっている。協力を求めるにしろ、求めないにしろ、どちらにも利点があるというのが悩みどころになっているのだ。まぁ、俺が声を掛けて協力を仰ぐことはないだろう。と予想はしているのだが。

 とりあえずは毛利様、上杉様、それと勝負に勝ったのでいざとなれば協力してもらえる武田様の三人がいるだけでも充分な戦力だろう。毛利輝元様が俺に予想の出来ないような面倒なことをしていなければ、ではあるが。

 

 そうした話を上杉様としたのは数日前のことで、現在俺は奥州の港町に来ている。

 奥州を治めるのは伊達様ではあるが、伊達様が全ての執務執政を担当しているのではなく、伊達家の人間が総出で行っているのである。そのため、他のように居城に赴いて挨拶をする。という手段を取った所で伊達様が其処に居るとは限らない。

 なので今回は情報を集めながら奥州を視察し、この港町に居るという話を聞いたのでこうして足を運ぶこととなったのだ。まぁ、伊達様が居る理由はこの港町に魚介類を求めてやって来た。というものなのだが。確か伊達様の好物が魚介類のはずだから、そのためなのだろう。と予想は出来る。

 なんと言うべきか、伊達様は伊達様で結構自由な人なのかもしれないと思ってしまった。どこぞのカシン様と比べるとそうでもないと言えるのだが。

 

 港町を歩きながら様子を伺っているが、港町特有の活気とでも言えば良いのだろうか、他の町とは違った活気に溢れている。豊後も港町と言えば港町なのだがあそこは南蛮との交易が行われている場所で、漁師たちの町という感じではなかった。

 だがこの町は正に漁師たちの町と言える。獲れたばかりの魚や天日干しにされた干物、少し待ちの中心部に近寄れば魚介類をふんだんに使った料理を提供している料理屋などが軒を並べている。美味しそうな匂いがしてくるので微妙にお腹が空いて来るような、そんな気がした。

 とりあえず今日の昼食は適当に店に入ってから食べることにしよう。新鮮な魚介類を使った料理というのは今の時代、港町くらいでなければそうそう食べられるものではない。

 まぁ、俺が港町で新鮮な魚介類を手に入れてから京まで跳んだりすればその限りではないのだが。ヨシテル様か義昭様が望むのならばヨシテル様の忍である俺はそれに異を唱えることなく実行するだろう。ただヨシテル様の命の場合は異を唱えないまでも内心では思うところも絶対にあると思う。お使いに使われる忍なんてのは大体そんなものだ。

 

 そんなことは置いておくとして、港に辿り着いてざっと見渡してみると一箇所だけ他よりも人が集まっている場所を見つけた。何があるのかと気になったので近づくと伊達様が何故か魚を捌いて刺身を作っていた。

 その刺身を振る舞っているというか、魚を獲ってきた漁師がそれを伊達様に渡して、伊達様が捌いてからそれを漁師に渡しているようだった。

 見事な手際で捌く様子は、普段二刀を操っている姿以上に慣れているような気さえする。そして非常に活き活きと包丁を振るっているようにも見えるのはどうしてだろう。

 そんな様子を見ていると伊達様と目が合った。ただ適当な町人に化けているので俺だとは気づかなかったようだが、それでも少しだけ首を傾げいていたので何かしら勘付いている可能性はある。それでも手を止めない辺りは流石と言うべきかなんと言うべきか。

 ただそうして見ているとどんどん人が増え、捌かなければならない魚の量も比例して多くなっているので大変そうに見える。手伝うべきか、そのまま見守るべきか少し考えてしまう。

 まぁ、本来の目的が伊達様に会うことなので此処は手伝っておくべきだ。というわけで変化を解いてから一歩前に出ると伊達様が驚いたように目を見開いたがすぐに納得したようにも見えた。

 

「結城殿!もし良ければ手伝ってはもらえないか!」

 

「ええ、構いませんよ。何故こんな状況になっているのかはわかりませんが、協力します」

 

 手を洗うために水を張った桶があるのでそれで手を洗ってから置いてある包丁を手に取って捌くようにと渡された魚を捌いていく。並んで同じことをしているが流石魚料理が得意だとか、魚介類が大好きだというだけあって俺よりも手際が良く、感心してしまう。

 これでも料理に関しては俺の知り合いの中では一番とまでは行かないまでも上手だと自負していたが……普段から魚を使った料理や魚を捌くことに慣れている分、伊達様は俺よりも上手だということだろうか。

 ヨシテル様や義昭様に振る舞うこともあると考えれば一度伊達様に魚料理について習うのも手なのかもしれない。なんてことを思いながら作業を続ける。

 

「流石だな、安心して任せられる」

 

「手伝い程度でしたら問題はありませんよ。まぁ、伊達様ほどの腕ではないので邪魔にならないように気を張っていますけどね」

 

「私なんてまだまだ若輩だ。剣も料理もな」

 

「相変わらず謙遜をしますね……純粋な剣の腕前で言えば全国でも上位に入りますし、魚料理にしてみれば相当な腕前かと思いますが」

 

「剣ではヨシテル殿に及ばず、料理で言えばその道の職人に劣る。ならばまだまだ若輩だな。

 どちらも精進あるのみ。道は長く険しいものだ……」

 

 うん、微妙に話がずれているような気がする。伊達様はなんと言えば良いのか……こう、少し天然が入っているような気がしてならない。普段であれば気にならないのだが、こうして普段しないような話をすると少しずれていたりするのだ。例の如くヨシテル様が天下泰平を成した後から。

 もうそういうものだと思ったほうが良いのだろうか。ヨシテル様が天下泰平を成す。平和になる。戦国乙女問わず皆気が緩む。ポンコツ化とか天然化とかその他諸々。嫌な連鎖だ。

 まぁ、それでも手を止めていないのだからちょっとくらい可笑しな天然になっていても問題はないのだろう。

 

「それにしても、この状況の説明をお願いしても良いですか?あ、手は止めませんのでご安心を」

 

「ん、確かに説明しなければならないな。

 まず私は新鮮な魚が欲しくてこの港町にやって来たのだが、漁師に話をしたら捌いて欲しいと言われたのだ。それでなら魚を捌く代わりに幾らか獲ってきた魚を分けて欲しいと言ってな。

 その取引は成立したのだが……その、周りの漁師もそれなら自分も、と声を上げて気づけばこの状況に……」

 

「あぁ、そういうことでしたか。いえ、どうしてそうしたのかはなんとなくわかるので納得です」

 

「なんとなくとはいえわかるのか……流石だな……!」

 

 妙な感心のされ方をしているが、それは置いておくとして。伊達様の包丁捌きは見事なもので料理をする人間としてはその腕前が非常に高いことが伺える。はっきり言って見ているだけでも少し楽しい。

 きっとそれは周囲に居る人間全員がそうなのだろうことは表情を見ればわかる。捌いてもらって刺身を食べている人は勿論のこと、伊達様を見ている人たちはみんな楽しそうにそれを見ている。

 あと、ついでに途中参加した俺が伊達様の手伝いをしているのを見て、大道芸の一種か何かだとでも思ったような人まで集まっている。

 ただ捌いているだけなのと、手伝いをしているだけなのに何故だ。いや、伊達様も俺もたまに投げた魚を空中で捌いたりして時間の短縮を図っていたりするのが原因か。

 

「それにしても、全く減らないな……いや、寧ろ順番を待っている漁師が増えているような気もするが……」

 

「増えてますね。伊達様がこうして捌いているのを聞いて人が寄ってきている。というところでしょうか」

 

「特に変わったことはしていないのだが……」

 

「急いでいるせいかある種の曲芸染みてますけど」

 

「この程度急ぎでやる場合は普通だぞ?」

 

 あれ、伊達様ってこういう人だったっけ。もっと冷静沈着、冷たいようで義に厚く面倒見も良い性格だったはずなのになんでこの人はこんなに可笑しな方向に突き進んでいるのだろう。

 パフォーマンスとして空中で捌いていると思ったのに素でやっていたのか。思っていたよりもポンコツ化が進行しているようでちょっと怖い。全戦国乙女ポンコツ化計画とかそんな感じの恐ろしい計画が裏で進んでいるのではないかと邪推してしまう。いや、そんなものあるはずがないのだが。

 

「普通は魚を空中に投げて捌いたりしませんよ」

 

「だが結城殿もやっているだろう?」

 

「俺のはあくまでもパフォーマンスですので。まぁ、する必要はありませんが人が集まっていますしこれくらいやっておけば好印象を抱かれることがあります。そうすると後々使えますので」

 

「なるほど……だが、パフォーマンスか……私にとっては普通のことなのに……」

 

「いや、俺の場合は。ですから気にしないでください。というか落ち込んでないで手を動かしてください」

 

 自分にとっての普通の行動が他人にとってはパフォーマンスだった。ということが思いのほかショックだったようで伊達様は落ち込んでしまった。そして手も止まってしまったので動かすようにと促す。

 量がどんどん増えているので俺一人ではまず間に合わないし、伊達様が動いてくれないとどうしようもない。というか本来これは伊達様がやるべきことなので俺が主導でやるわけにも行かない。むしろやりたくない。

 それに漁師たちも俺より見目麗しい戦国乙女である伊達様が捌いている姿の方が見ていたいだろう。

 

「それにその取引をしたのは伊達様ですよ。途中で投げ出すようなことはしないでください」

 

「む!私はそのようなことはしないぞ!」

 

 軽く挑発してみると思っていたよりも簡単に釣られてくれた。そして先程よりも、いっそ華麗とも言える包丁捌きで次々と魚を刺身へと変えていく。

 それと同時に歓声が挙がる。もはや刺身を作ってもらうことよりも、伊達様の姿が見たいだけのような気がしてきた。というわけで手伝いはするがなるべく目立たないように伊達様の補助を主にやろう。その方が楽だったりするというのもある。

 

 その後やる気を出した伊達様を手伝って漁師たちに刺身を振る舞い終わり、漸く落ち着いて話をすることが出来るようになった。

 

「ふぅ……漸く終わったか……結城殿、手助け感謝する」

 

「本当に少し手伝った程度ですのでお気になさらず」

 

 実際、伊達様を挑発した後から俺がやったことは本当に簡単なことばかりで、あの状況を切り抜けることが出来たのはどう考えても伊達様の成果だ。

 まぁ、それでもちゃんと感謝の意を表するという辺りが伊達様らしいというか、根が正直な善良な人間らしいというか。いや、こんな表現をすると俺が捻くれた人間のように捉われそうなので自重しておこう。

 

「いや、本当に助かった。私一人ではきっと全てを捌き切ることは出来なかっただろうからな。

 それで……何故、結城殿は奥州に、というかこの港町に?」

 

「少し伊達様に用事がありまして……まぁ、奥州を治める伊達家当主としての伊達様に、なのですが」

 

「ふむ……当主ということにはなっているが、実際に統治を行っているのは私ではないからな……その用事の内容によっては力になれないかもしれないぞ?」

 

「そう畏まったものではありませんよ。ただ単純に奥州全土を視察させていただこうかと。

 ヨシテル様の命により諸国を視察して回っていますが、領主である伊達様に話を通しておこうかと思いまして。それに幾らか話も聞いておきたいと思いましたからね」

 

 なんだかんだで今まであれやこれやと見て回った際にもまず領主である方にどういった用件かを伝え、それから視察をしていたので今回もそれを行っているだけである。

 まぁ、伊達様が奥州に居ないようであれば実際に統治を行っている伊達家の方に話をしてから。と思っていたのだが今回は運良く伊達様が奥州の港町に居るということでこうして直接尋ねたのだ。

 

「なるほど……そういうことか。なら自由に見てもらっても構わない。必要ならその旨を記した書状を持たせようか?当主から一筆あれば誰かに邪魔されることもないだろうからな」

 

「ええ、いずれは米沢城へも向かうことになりますので助かります」

 

「米沢城に居るのは今は小十郎だが……結城殿であれば問題はないだろう。見た目は、少々厳ついが……」

 

「片倉様は……そうですね、ご職業を間違えていますよねあれ」

 

 武将と言うよりも農家である。そう、農家。決してヤのつく自由業だとかではない。ほら、葱振り回したりしてるしきっと農家なのだ。片倉様の作る野菜は美味しいので実は時折他の土地で買える特産品と交換したりしているので仲はそれなりに良い方だったりする。

 なので実は書状がなくても問題なかったりするのだが……それはそれ、伊達様からの厚意なのでそれを無碍にするわけにはいかない。こういう場合は大人しく感謝して受け取っておくべきだ。

 それに伊達様の厚意を無碍にしたことが片倉様に知られれば絶対に怒られる。というかあの方は怒髪天と言うようなことになりかねない。

 

「いや、別に間違えてはいないと思うぞ?ちゃんと私の家臣であり、立派に統治を行ってくれている。確かに顔は怖いが……うん、顔は怖いな」

 

「え、あの方は農家だったりするほうが活き活きとしてそうですよね。という意味で言いましたけど?」

 

「…………なぁ、結城殿。このことは小十郎には内密に頼む。その、小十郎は怒るときは私が相手でも本気で怒るんだ」

 

「ええ、そういう話は片倉様から聞いていますよ。それで?」

 

「それに小十郎には私が幼い頃から世話をしてもらっていてどうにも頭が上がり難い。だから怒られるのは少し苦手なのだ……」

 

「なるほどなるほど。それで先ほどの俺が農家の方が活き活きとしていそう。という言葉に対して顔がどうのと言ったのが片倉様に知られると怒られると」

 

「そうだ。だから内密に頼むぞ!」

 

 うむ、必死である。いや、確かに片倉様は怖いから仕方ないのかもしれない。

 俺にしてみれば執務よりも農業をするのが楽しそうで、時折葱で部下の兵士を叩いたりしている姿を見るのでちょっとお茶目な人のような気もしている。伊達様にとっては幼少期からの世話役でもあるようで、怒られた記憶が尾を引いているのかもしれない。

 あの方は非常に優しいし面倒見が良いので怒らせなければ良いだけなのだが……まぁ、幼い頃の記憶というのは払拭しづらいのでそれも原因になっているのだろうか。

 とりあえず、ばらしても楽しそうに思えるが此処は素直に頷いておこう。何かあればばらすかもしれないが。

 

「わかりました。今回は秘密にしておきます」

 

「そ、そうか!助かる、ありがとう!」

 

 そこまで片倉様にばれて怒られるのが嫌なのか。なんというか子供が親に叱られたくない。とかそんな感じに見えてしまうのはきっと気のせいではないと思う。

 うん、ばらすのはやめよう。子供を虐めるなんてことはあってはならないのだから。とか思った俺は悪くない。

 

「ところで伊達様。小早川様と一緒かと思いましたが、違いましたか?」

 

「いや、ヒデアキ殿とは一緒に行動しているぞ。ただ今は私が漁師に魚を貰う為に別行動をしているが……宿で大人しく待っているのではないか?」

 

「そういうことでしたか……まぁ、小早川様が一人で町を散策というのは想像がつきませんから、そう言われると納得です」

 

 あの小早川様のことだから一人で外に出たとしても犬に吠えられるとか、道に迷うだとかで泣きそうになっている姿が容易に想像出来てしまう。もしくは漁師は声が大きいことが多いので、道に迷った末に声を掛けた結果、大きな声で返事をされて怯えていそうだ。

 ……いや、流石に小早川様と言えどそこまではないはず。と思えるような、思えないような。

 

「であればとりあえず小早川様と合流しましょうか。話をするにしても、その後で充分ですので」

 

「あぁ、そうさせてもらえると有り難い。あまりヒデアキ殿を一人にしておきたくはないからな。

 それに一人きりで長い時間放っておくと泣き出してしまわないか心配になってしまうのでな……」

 

 伊達様もそう思うのか。まぁ、小早川様の性格を考えると仕方のないことか。

 

「ではその小早川様が待つ宿に向かいましょう。頂いた魚は俺が運びますね」

 

 言ってから漁師たちが置いていった魚の入った桶を持ち上げる。桶には並々と水が入れられており、更に大量の魚が入っているのでそれなりに重たいのだがこれくらい俺にとっては軽いものだ。当然、俺にとってそうであるように伊達様にとっても非常に軽いのだろう。

 それでもこういう場面では男である俺が荷物を運ぶのが良い。と師匠に教わっているので実践しておこう。まぁ、常識という点で考えればそんな師匠の教えだから。という考えなしでもそうすべきなのだが。

 

「そうか、では頼む。お礼に昼食は私が腕を振るおう!これでも魚料理は得意なんだ、期待してくれ」

 

「ええ、期待させていただきます」

 

 豊臣様が言うには伊達様の作る魚料理は絶品らしい。得意と言うのは知っているし、先ほどの包丁捌きを見れば疑いようもないが、味に関しては食べてみなければわからない。まぁ、あの豊臣様の反応を思い出す限り心配する要素はないのだが。

 それに好きこそ物の上手なれ、と言うように元々努力を惜しまない伊達様であれば俺が思っている以上に美味しい魚料理を作ってくれそうなので心配どうこうよりも期待の方が圧倒的に大きかったりする。

 

「案内するからついて来てくれ。ただ、もしかするとヒデアキ殿が宿の外に出て町を散策している可能性があるから少しだけ回り道をさせて欲しい。

 宿に向かう際に、ヒデアキ殿がお菓子を売っている店を気にしていたからもしかしたら、な」

 

「小早川様は見た目に違わずまだまだ子供ですね……まぁ、そういう方は多いですが」

 

 大友様とか豊臣様とか前田様とか。

 

「確かにそうだな。だが、そういうところが微笑ましいものだと私は思うぞ?」

 

「それはわかります。ただ、もう少し落ち着きを持って欲しいと思いますけどね」

 

 大友様とか豊臣様とか前田様とか。

 

「まぁ……それは私も思うことがあるな……」

 

「ですよね……」

 

「ヒデアキ殿は必要以上に怯えずに落ち着けばもっと強くなれるというのに、どうにもな……」

 

 そっちか。普段の様子ではなく鍛錬に関することだったか。いや、確かにその通りではあるが、小早川様は怯えて混乱して適当に振り回しているのが強いのだから今は放っておいても良いのではないだろうか。

 まぁ、黒葬の滅多斬とか必殺技なのか適当に振り回してるだけなのかわからないようなのでも充分な威力を持っているのは俺としては納得できないのだが。

 ただ小早川様の持っているあの鎌は元々が毛利様の三魂爪のうちの一振りである隆景であることを考えれば、使い手の実力が低くてもある程度の威力は保障されているようなものだ、という考えに行き着く。

 やっぱり納得がいかない。

 

「だからと言ってなんとかなる小早川様ではありませんけどね……」

 

「そうだな……それもヒデアキ殿の個性だから無理に治せとも言えないが……」

 

 何と言えば良いのか、伊達様はまるで小早川様の保護者のように見えてしまう。保護者と言えば毛利様もそうなるのだろうが……あれか、放任主義気味で厳しい父親と傍に寄り添いながら厳しいながらも見守る母親とかそんな感じか。

 ただこんなことを伊達様はまだ大丈夫だが毛利様にばれると面倒なことになるので決して表には出さない。

 そんなくだらないことを考えながらふと思う。そういえば俺は小早川様に会うことは平気だが、小早川様の方が大丈夫だろうか。何度か顔は合わせているが未だに俺に慣れてくれない。やはり初対面で軽く炙ったのが悪かったのだろうか。

 ……まぁ、少しすると落ち着くので良い加減完全に慣れて、挨拶の段階からまともに対応して思いたいものだ。




魚料理が得意なマサムネ様の作った料理が食べたい。絶対美味しい。
それで平静を装っているけど本当は味の感想を聞きたがってそわそわしてるマサムネ様に美味しいって伝えたい。
それで安心したような、嬉しそうな声で「当然だ。魚料理は得意だからな」とか言われたい。

花、打ちました。とりあえずカシン様のハートキャッチしました。
尚、ドはまりした模様。


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マサムネ/ヒデアキさまといっしょ

オリ主は遊ぶときには容赦はしない。


 伊達様に案内されるままに歩き、お菓子を売っている店先へと到着した。ぱっと見て思ったことは、子供が多い。ということである。まぁ、お菓子を売っているような店なのだから当然と言えば当然か。

 その中に特徴的な装束を纏った小早川様が子供たちに囲まれて右往左往していた。あの姿だと子供たちの興味を引くようで質問攻めに会っている。

 

「おねーちゃんへんなかっこう!」

 

「どこのこ?このまちでみないけどどこのこなの?」

 

「おれ知ってる!マサムネさまといっしょに来てた子だ!」

 

「マサムネさまと?」

 

「っていうことはつよいの!?」

 

「つよいこだー!」

 

「マサムネさまみたいにつよいんだ!」

 

「ちがうぞ!マサムネさまの方がずっとずっと強いんだぜ!」

 

「なら、こじゅーろーさまくらい?」

 

「こじゅーろーさますんごくつよくておいしいおやさいつくるよ!」

 

「でもこじゅーろーさまはマサムネさまよりつよいんじゃないの?」

 

「そういえば前にマサムネさまがこじゅーろーさまにおこられて小さくなってたぞ!」

 

 うん、それなら片倉様の方が強いな。

 ただそんな子供たちの言葉を聞いて伊達様が恥ずかしそうに赤くなった顔を両手で覆いしゃがみ込んでしまったからそれ以上は止めて欲しい。いや、むしろこれはしゃがみ込んだというよりも沈んでしまったと言った方が良いだろう。こんな伊達様を見るのは初めてだし、どうしたら良いのかわからなくて非常に困る。

 それと小早川様が目をぐるぐる回しているので取り囲んで好き勝手に喋るのもやめてあげてはもらえないだろうか。それにしてもこの子供たちは本当に楽しそうだな。

 

「え、あ、その、あの……あぁ!マサムネ様ぁ!」

 

 そんなことを思っていると小早川様が伊達様を見つけて大声を上げた。地獄で仏にでも会ったような、そんな雰囲気さえする。あの小早川様の性格を考えるとそれもあながち冗談ではないのかもしれない。

 

「良かったですぅ……!子供たちに囲まれて、どうしようかと…………ゆ、結城様!?」

 

 子供たちも声に反応して伊達様を見た隙に、包囲網を抜け出して駆け寄ってきたが伊達様の隣に立っている俺を見て小早川様は驚きの声を上げた。

 そして立ち止まって姿勢を正し、そして綺麗なお辞儀をしながら大きな声で言った。

 

「こ、小早川ヒデアキです!怪しい者ではありませんからぁ!!」

 

「ご丁寧にどうも。でもいい加減に顔を合わせる度にそんな反応するのやめてもらえませんか?

 小早川様の自己紹介を聞くのってもう十回を越えてますよ」

 

「だ、だって……ちゃんと名乗っておかないとまた火炙りにぃ……」

 

 両手で頭を押さえてからプルプルと震えながらしゃがみ込んでしまった。まぁ、なんと言うか、やはり一番最初に出会ったときに軽く炙ったのが悪かったらしい。でもあれは状況が状況だったので俺は悪くないと思いたい。

 それにあの頃はまだ今のようなある程度の柔軟な対応も出来なかったのだから仕方なかったのだ。

 

「大丈夫ですよ、ちゃんと小早川様のことはわかっていますので軽く炙ることもありませんから」

 

 普通は知り合いを軽くとはいえ炙るようなことはしない。なので安心して欲しい。

 

「ほ、本当ですか!?うぅ~……良かったですぅ……」

 

「ええ、だから安心してください。戦国乙女だとわかっていますから、次にやるなら遠慮なくしっかり焼きますので」

 

「それって全然安心出来ないですよぉ!」

 

 いやぁ、小早川様で遊ぶのは楽しいなぁ。

 いつの間にか子供たちはしゃがみ込んでいる伊達様を取り囲んで色々言っているし、小早川様で遊んでいても伊達様に咎められることもない。ならばやりすぎない程度に遊んでも問題ないということだ。

 

「焼くのはダメですか?」

 

「ダメに決まってるじゃないですかぁ!あの時は仕方なかった、のかもしれませんけど……今はもう私のことちゃんとわかってくれてますよね!?」

 

「そうですね、では次は芯まで凍らせるくらいで……」

 

「会話してくださいよぉ!」

 

「冗談ですよ、冗談。ほら、小早川様。飴玉を差し上げますので落ち着きましょうね?」

 

「そんなので誤魔化せると思わないでください!……あ、美味しい……」

 

「あ、別の味もありますよ。南蛮からの物もありますし、諸国を巡ると意外と色んな味の飴玉があるものです」

 

「ほぇー……そうなんですかぁ……」

 

 見事に誤魔化されてしまう小早川様についつい生暖かい目を向けてしまいそうになるが、それを見られてしまうと折角誤魔化したのが台無しになってしまうので悟られないようにする。まぁ、また誤魔化せそうな気もするが。

 それにしても普通の飴玉だったとはいえ小早川様には少々大きかったようで、飴玉を口の中で転がしているようだが時折頬が大きく膨れているのが見える。こう、突きたくなってくるな。

 でもそれを実際にやると最悪小早川様の口から飴玉が弾丸のように射出されるので自重する。流石に人が口に入れた飴玉を受ける気もないし、食べ物を無駄にするなんてもってのほかだ。

 あと、完全に先ほどの遣り取りを忘れて幸せそうに飴玉を頬張っている小早川様を見ているとこれを邪魔するのは人としてどうなのか、と思ってしまった。

 そんなことを思いながら小早川様を暫し眺めてから、ふと気づいたことがある。丁度小早川様も飴玉を食べ終わりそうなので聞いてみよう。

 

「ところで小早川様。飴玉を頬張っている状態で良いので聞いてください」

 

「なんですか?」

 

「伊達様って放っておいても大丈夫なのでしょうか」

 

「え?」

 

 子供たちに囲まれてあれこれ言われて手を引かれたり服の裾や袖を引かれたりして大変そうだった。伊達様はどう対処したら良いのかわからないようで、困惑しているように見える。

 武人然とした伊達様は子供の扱いには慣れていないためにああして袖などを引かれるとどうしたら良いかわからない。というのは分かるのだが、子供たちはそんなことお構いなしだ。

 

「マサムネさまこっちこっち!」

 

「マサムネさまはやくはやく!」

 

「マサムネさま歩いて歩いて!」

 

「マサムネさまおんぶおんぶ!」

 

 お構いなしと言うか、なんだろうこの子供たちは。ある意味で統率された動きで伊達様を引っ張ったり後ろから押して何処かに連れ去ろうとしている。

 これから宿に戻って昼食を食べてから幾らか話をしようとしているのに、このまま連れ去られては俺が困る。

 まぁ、そんな光景を目の当たりにした小早川様は驚いたせいか小さくなっているはずの飴玉を飲み込んでしまった。ただ小早川様はそんなことは気にしていられないくらいに慌てている。

 

「あぁ!ダメですダメですぅ!!マサムネ様を連れて行っちゃダメですよぉ!!」

 

「そうですね、連れ去られると此方が困ります。なので頑張ってください小早川様」

 

「私ですか!?こういうのは結城様の方が得意そうですよね!?」

 

「いやぁ、最近は小さな子供の声をかけるだけで不審者扱いされる時代ですからねー」

 

「結城様ならそういうの適当に誤魔化せるじゃないですかぁ!私にはあの子達の相手は無理ですぅ!」

 

「誤魔化せますけど子供を騙すなんて心が痛い……!」

 

「顔が笑ってますから嘘だってわかりますよぉ!」

 

 いけないいけない。ついうっかり小早川様で遊んでしまった。

 実際、伊達様がいないと困るのでちゃんと救出しなければ。

 まぁ、根が良い子であればこれくらいで大丈夫だろう。

 

「伊達マサムネ様。領主として民と戯れることは必要なこととは存じ上げますが、此度は征夷大将軍、天下人たる足利ヨシテル様の命により足利忍軍頭領結城、罷り越しました。

 どうか、暫しお時間を頂戴したく……」

 

「え、あ、あぁ……そうか。すまないな、私は今からこの者と話をしなければならない。

 遊ぶというのは、その……また今度だ」

 

「えー!」

 

「マサムネさまあそぼうよー!」

 

「ダメだよ!おしごとはだいじだっておとーさんいってたよ!」

 

「しかたないな、マサムネさま、また今度あそぼうな!」

 

「うん、またねマサムネさま!」

 

「はーい!やくそくだからね、マサムネさま!」

 

「つぎあったらおんぶ!」

 

「じゃーな、マサムネさま!ほら、あっちであそぼうぜ!」

 

「はーい!」

 

 目の前で大人が大事な話がある。ということを悟って子供たちは一番大きな男の子を先頭にして走り去った。

 これが話のわからない子供だと伊達様から離れることなく今も遊ぼうとしたり連れ去ろうとしていただろう。見ていて一番大きな男の子を中心にして統率が取れていたので大丈夫だとは思っていた。

 ただ今回は大人しく引いてくれたが代償として次にあの子供たちに出会った場合、伊達様は終始圧倒されながらあの子供たちと遊ばなければならなくなってしまった。

 伊達様はそのことに気づいていないらしく、安堵に胸を撫で下ろしている。とりあえず、ご愁傷様です、伊達様。強く生きてください。

 

「……ありがとう、結城殿。正直に言うと子供たちの相手というのは少々苦手でな……今回は本当に助かった」

 

「いえ、構いませんよ。子供と言うのは俺たちとは違う元気さの塊ですからね。慣れていないと大変なのはわかります」

 

「わかってくれるか!あ、いや……私も慣れなければならないというのはわかっているのだ……だが私は一介の武人であり、あのような子供とは触れ合うこともなかったせいか、どうしてもな……」

 

「俺も以前はそうでしたが、京では子供の相手をすることもありますので慣れましたよ。

 折角ですし伊達様もこれを機に子供と触れ合ってみては如何ですか?ほら、丁度そこに一人いますし」

 

「それもそうだな。どれ、頭でも撫でてみるか」

 

「そこで自然に私を子供扱いしながら撫でないでください!あ、やっぱりもうちょっと撫でて欲しいかもしれませんけど……」

 

 まさか伊達様が乗ってくるとは思わずに小早川様を子供扱いしてみたが、まぁ、こんなことになるとは。

 伊達様に頭を撫でられている小早川様は最初は抗議していたがすぐに気持ち良さそうに撫でられている。小動物が撫でられているようにも見えてくるのはどうしてだろう。

 いや、小早川様自体がもはや小動物と同じようなものか。脆弱さとか、構ったり軽くいじりたくなるところとか。

 

「伊達様、小早川様。そろそろ移動しましょう。随分と注目されていますよ」

 

「む……そうか、往来では邪魔になってしまうからな……結城殿、ヒデアキ殿、宿へと向かおう」

 

「あ、はい!わかりましたぁ!」

 

「注目されてるのはそれが理由じゃないと思いますけどね……いえ、何でもありませんのでお気になさらず」

 

 疑問符を浮かべる二人に気にしないように言ってから伊達様を促せば首を傾げながらも宿へと案内をするべく歩き始めた。そのすぐ後ろを歩くのは小早川様だが、何かに躓いたようにこけてしまった。

 一体何に躓いたのかと確認してみると小さな石が転がっており、これに躓いたことがわかる。ただそれがわかって言いたいことは、どうしてこんな石に躓いてこけてしまうのだろうか。

 いくら小早川様とはいえ戦国乙女の一員だというのに。

 

「大丈夫ですか、小早川様」

 

 一応声をかけるが小早川様は涙目になりながら、こけた際に強く手をついてしまったようで掌に付いた土を払っていた。本人にとっては相当痛かったのかもしれないが……そこまで子供だったか。

 確かに擦りむいているし、血も滲んでいるがこれくらい毛利様や伊達様に稽古をつけてもらっていれば日常茶飯事だと思うのだが、小早川様にとっては何か違うのかもしれない。

 

「うぅ~……擦りむいちゃいましたぁ……」

 

「大丈夫か、ヒデアキ殿。どうしたものか……とりあえず傷口を水で洗わなければ……」

 

「はい……どこかでお水を貰わないと……」

 

「うむ……店に入って水を貰うか……」

 

「……水遁でも使いましょうか?」

 

 言ってから自分の掌の上に水遁で水球を作り出す。相手を攻撃するためではなく、純粋に水で作っただけの球体なのでこれで傷口を洗い流すことが出来る。

 

「おぉ!それは有り難いな!早速だがヒデアキ殿の傷口を洗い流してくれ」

 

「……あの、結城様……痛くないですよね……?」

 

「お望みなら痛いようにしますよ」

 

「い、いいえ!望んでませんよ!?だから痛いのは嫌ですぅ!」

 

「なら余計なこと言わないでください」

 

 人の善意を踏みにじるとは、許せないな。とかではなく、小早川様の扱いが悪いのが原因なので大人しく引き下がっておく。

 傷口に水球を軽く投げてぶつけると、弾けることはなくぶつかった場所で停滞し、内部の水のみが回転して傷口を洗う。本当ならこの水球には毒と水の刃を仕込むのだが……これは言わないでおこう。それと、本来であれば人を一人飲み込むほどの大きさになることも。

 とりあえずもう充分だと判断したので水球を手元に戻して、ただの水としてぶちまけても良いのだがなんとなく火遁で蒸発させる。見た目としては水球が炎上したように見えたかもしれない。

 

「ひぅっ!ゆ、結城様が火を使うと嫌な思い出が蘇りますぅ……

 あ、で、でも!ありがとうございます!その、これで綺麗になりました!」

 

「あぁ、見事なものだったぞ。それにしても今のはどういう原理だったのだろうな……水が留まったことも、内部だけ回転していたことも、最後に炎となって消えたことも、全てが不思議だ……」

 

「忍術です。全ては忍術故に致し方ないのです」

 

「そうか……忍術とは、私の想像よりもとんでもないものなのだな……!」

 

 やはり伊達様はずれている。説明が面倒だったので適当なことを言ったのに、どうしてそんな反応になるのだろうか。それと小早川様まで感心したような顔をしている。なんだこの二人。

 もしかして毛利様がこの二人から離れて行動しているのは毛利輝元様のこともあるが、ずれた二人から離れたかったとか、そんなことも含まれているのではないだろうか。なんて邪推してしまうのも仕方が無いことだろう。

 仕方が無いと思えるほどに、この二人に真面目に対応していると疲れてしまう。

 

「消毒くらいしておこうかと思いましたけど、治しておきましょうか」

 

「治す?」

 

「治せるんですか?」

 

「医療忍術も必要だと再確認したので不本意ながら部下により深く習いなおしました。非常に不本意ですが」

 

「……二度言うほどなのか?」

 

「毛利様が小早川様に何かを教わるくらいには不本意だと思います」

 

「それは……うむ、相当に不本意だったのだな……」

 

「どうしてそこで私を例えに使うんですかぁ!それに前にモトナリ様に私の知ってることを教えたときはそんなに不本意そうにはしてませんでしたよぉ!」

 

 それはきっと小早川様が気づいていないだけだと思うのだが。まぁ、小早川様の自尊心とかに関わりそうなので言わないでおこう。

 それにそんなことよりも医療忍術を使って治しておこう。基本を忠実に、ということで印を組み忍術をしっかりと発動させる。前は俺自身の状態が悪かったので随分と粗末な術になっていたがこれならば問題はないだろう。

 睡蓮にきっちりと習い直したことで以前よりも精度が上がっており、発動した医療忍術によって俺の手に淡い光が集まっている。初歩的な医療忍術ではあるが、擦り剥いた程度であればこれで充分だ。

 ということで丁度患部が手ということもあるので小早川様の手を取る。初歩的な医療忍術であるために、わざわざ患部に手を翳す必要があるのが難点である。上位の医療忍術になれば離れた相手を治療することも出来るのだが、使い手の才能と努力によるところも多いらしく今の俺には出来ない。だが睡蓮が言うには俺に医療忍術の適正はあるらしいので修行すれば出来るようになるはずだ。

 

「初歩的な医療忍術ですのでこうする必要があります。擦り傷程度であればすぐに治りますので少々我慢してください」

 

「え、はい……わかりました……。

 …………なんだかぽかぽか温かいですぅ……」

 

「む、そうなのか?結城殿、触れてみても大丈夫か?」

 

「構いませんよ」

 

「ありがとう。では…………うむ、確かに温かいな……」

 

 邪魔にならないのでこれくらいは構わないのだが、冷静に考えてみると今の俺たちは相当異様な姿になっているような気がする。

 今だ涙目の小早川様に、その手を取っている俺。そして二人の手に自分の手を重ねる伊達様。これを何も知らない人間が見た場合、どういう光景に見えてしまうのだろうか。

 まぁ、すぐに治療が終わったので小早川様の手を放す。我ながら綺麗に傷が治ったと思う。これが下手だと治るのに時間が掛かったり、傷によっては痕が残ってしまうので気をつけなければならない。擦り傷程度で痕が残るも何もないのだが。

 

「これで終わりですね。どうですか小早川様」

 

「はい!もう痛くありません!」

 

「そうですか。ところで擦り傷程度であんな醜態を晒すってどうなんでしょうね、小早川様」

 

「うっ……だ、だって痛かったんですよぉ……」

 

「こら、結城殿。あまりヒデアキ殿を虐めるものではないぞ?」

 

「マサムネ様……」

 

「涙目になったくらいだろう?以前にこけてしまった時にヒデアキ殿は泣いていたのだが、それが今日はこれだ。成長しているとは思わないか?」

 

「マサムネ様ぁ!?」

 

 庇うのかと思えば過去にあったことを持ち出してきた伊達様は気づいていないようだが、小早川様としてはそのことを知られたくなかったようだった。

 確かに涙目になっているだけで俺に言われているのに、前にも同じようなことがあって、更にその時は泣いていた。なんて知られたくはなかっただろう。それと本人もこけて擦り剥いたから泣いてしまった。というのは恥ずかしい話のようでもあった。

 

「なんでそこでその話をしちゃうんですかぁ!」

 

「ん?いや、ヒデアキ殿も成長しているのだぞ。ということを伝えたのだが……何か悪かったのか?」

 

「悪いですよぉ!どうして前にもこけたことと、泣いちゃったことを言うんですか!

 ほら!結城様が笑えば良いのか、気を使って聞かなかったことにしたら良いのか曖昧な表情になっちゃってるじゃないですかぁ!!」

 

「すいません……こんな時どんな顔をすれば良いのかわからないので……」

 

「笑えば良いと思うぞ」

 

「笑わないでくださいよぉ!!」

 

 なんだこれ。何故俺はこんなコントみたいなことをしているのだろう。

 いや、完全に伊達様に巻き込まれただけなのだが。これは俺も小早川様も伊達様の被害者と言えるのではないだろうか。まぁ、俺が曖昧な表情をしていると言った小早川様も悪いので被害者は俺だけか。とりあえず小早川様には何か報復をしなければならないのかもしれない。

 

「ほらぁ!結城様がまた私にとって良くないこと考えてますよぉ!」

 

「む、結城殿。ヒデアキ殿を虐めるものではないぞ!」

 

「それさっきも言ってましたよね!?」

 

 伊達様が天然過ぎて小早川様は非常に苦労しているようだ。毛利様が居ると一番苦労しているのが毛利様で、この二人だと小早川様が苦労しているのか。なんと言えば良いのか、伊達様たち三人の中で一番強いのは天然の伊達様なのかもしれない。

 ……この状況では、もう少し小早川様に優しくしても良いのかもしれないな。

 

「もう良いですから宿に戻りますよ!このままじゃ埒が明きませんし……それに結城様がなんだか憐れみの篭った目で私を見てるのがすっごく気になりますけど!」

 

 ばれていたか。とりあえず此処は小早川様の提案に乗っておこう。そろそろ人の目が痛い。というか注目を集めすぎている。主に大きな声を出している小早川様のせいなのだが。というか小早川様はこんな性格だっただろうか。

 いや、もっと気弱なはずなのだが……うん、きっとこれも成長した結果なのだろう。そう思うことにしておこう。

 ただ、言葉の端々から私怒ってます。という雰囲気を感じるのだが精々、仔猫が威嚇している程度の可愛らしい物にしか感じないので、その辺りは相変わらずのようで安心出来る。こんな風に思うのは変な話だが、小早川様には虐めてオーラが出ている小動物系戦国乙女であって欲しい。

 

「ふむ、そうだな。いつまでも立ち往生するわけにも行かないか。

 それに昼食は私が作る予定だからな……よし、戻ろうか」

 

「わかりました。小早川様、次は石に躓かないでくださいよ」

 

「だ、大丈夫です!今度は躓いたりしませんよぉ……」

 

 大丈夫と言う割にはその言葉は尻すぼみになっていて、自信はあまりないようだった。

 そんなところが小早川様らしいので俺は何も言わずに伊達様を促す。意図を理解してくれたようで案内をしてくれる伊達様の後を追う小早川様は先ほどのこともあって足元に注意しながら歩いている。

 その二人の後ろを歩く俺は、小早川様は色々と苦労してそうだと思ったので次に石にでも躓きそうになったら手を貸そうと思った。まぁ、小早川様が苦労している原因には、今回は俺も含まれているのだが。

 何にしろ、昼食は伊達様の魚料理ということで期待しておこう。あと、その間に小早川様と少し話をして毎度毎度顔を合わせる度に自己紹介をすることがないように話をしておかなければならない。




ヒデアキ様が涙目になりながら泣かないように我慢しているのを眺めてから、手助けして泣き止ませたい。
それで打って変わって笑顔になったら最高。

戦国乙女で一番口調が難しいのはもしかしたらヒデアキ様なのかもしれない……


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ヒデアキさまといっしょ

オリ主は忍であることに誇りがある。
そして、それに少しばかり捉われている。


 伊達様と小早川様が泊まっている宿に到着してすぐに伊達様は昼食を作ると言って厨房へと向かった。どうやら先に厨房を使わせて欲しいということを言っていたようで、宿の人間は誰もそのことを咎めなかった。

 俺も運んでいた魚を素敵忍術で取り出してから厨房まで運んだのだが、伊達様は非常にやる気に溢れており先ほどまでの天然過ぎる姿は嘘のようにも思える。

 

「何か手伝うことはありますか?」

 

「いや、大丈夫だ。結城殿はヒデアキ殿と一緒に待っていてくれ」

 

「わかりました。何かあれば手伝いますので声をかけてください」

 

「あぁ、わかった」

 

 手伝いを申し出たがその必要はなかったようなので部屋で待機するようにと言われた。何かあれば、と伝えてから大人しく部屋に行くと小早川様がお茶を淹れながら待っていた。

 ただお茶を淹れるだけのはずなのに、小早川様は慎重に、それはもう慎重過ぎる程にゆっくりとお茶を煎れていた。

 

「小早川様、お茶を煎れるだけならそこまで慎重にならなくても良いと思いますが」

 

「ひゃいっ!?」

 

 声をかけたら驚いたようにビクッと全身が跳ね上がり、手に持っていた急須が手から離れてこのままだと畳の上にお茶を零すことになってしまう。流石にそれは宿の人間に申し訳ないので阻止しなければならない。

 なので極短距離ではあるが跳んでから急須を受け取る。位置的には小早川様のすぐ背後に跳んだことになるのだが、小早川様は小さいのでそれでも充分に急須を受け止めることが出来た。

 

「あ、あの!ち、ちちち近、近いです近いですぅっ!!」

 

「あ、ちょっと暴れないでください。離れますから」

 

 真後ろから急須を取るために手を伸ばしたが、小早川様と触れるか触れないかという距離にまで近づいていたために驚かせてしまったようだ。

 それでも急須を落とすわけにはいかなかったのだからこれは仕方のないことだ。と思いながら一歩下がると小早川様は顔を赤くしながら俺へと振り返った。

 

「ゆ、結城様ぁ……その、落とさないようにってしてくれるのは有り難いですけど、近すぎますよぉ……」

 

「失礼しました。ですが仕方のないことです。お茶を畳に零すわけにはいきませんので。

 それとお茶を淹れるにしてもあんなに慎重にならなくても良いと思いますよ」

 

「だ、だって……結城様にお出しするお茶ですから、零したりしたら怒られると思って……」

 

「怒りませんよ?笑いますけど」

 

「それはそれで嫌ですぅっ!」

 

 実際俺は怒らないだろう。というかお茶を煎れようとして零してしまった。という程度であれば怒る人の方が少ないような気もする。それに俺の場合は良い歳をしているのにお茶を零すなんて……と呆れるのが先だ。

 それと相手によっては失笑とか、あえて分かるように笑ったりするだろう。小早川様の場合は……可哀想な子を見る目で見るかもしれない。

 

「それにしたってもう少し普通に煎れてください。見ていて危なっかし過ぎます」

 

「は、はい……わ、わかりましたぁ……」

 

「とりあえずはもう煎れ終わっていますから次の機会ではちゃんとしてくださいね」

 

「うぅ……気をつけますぅ……」

 

 手に持っていた急須を机に置いてから腰を下ろす。すると小早川様が向かい側に腰を下ろしてからお茶の入った湯飲みを俺へと差し出してきた。それをありがたく受け取ってから口を付けるのだが、苦い。ひたすらに苦い。

 どういう反応をするべきなのか、と考えていると同じように自分用にお茶を淹れてから小早川様がそれに口を付けたが、一口で咽てしまった。それでもお茶を零さないようにと気を遣っているようだったので畳などに被害はない。

 

「に、苦いですぅっ」

 

「これを煎れたの小早川様ですよ。これは流石に茶葉の入れすぎですね」

 

「はぅ……ごめんなさい……」

 

「あぁ、別に怒ってるわけではなくて、次は気をつけましょうね。ということです。

 小早川様はどうにもお茶を煎れることに慣れていないようですから仕方ありませんよ」

 

 事実として慣れていないのに完璧なお茶を出せ。なんてのは無茶が過ぎる。

 これから経験を積んで美味しいお茶を出せるようになれば良いのだ。ただ、小早川様の普段の様子を考えるに、そうして美味しいお茶を出せるようになるのはいつになるのか全く分からないのだが。

 

「小早川様。煎れなおしてもらえますか?」

 

「え……ま、またすっごく苦くなるかもしれませんよ……?」

 

「構いません。練習しないと上手にはなりませんから」

 

「わ、わかりました……!」

 

 練習あるのみ。と伝えたところ小早川様は気合を入れて再度お茶を煎れrるために動き始めた。

 一度急須を綺麗にしなければならないのだが、それは宿の人間に言って新しい物を貰ってきたので問題はない。問題があるとすれば此処からだ。最低限茶葉の量や入れる湯の温度に気をつけなければならない。

 まぁ、湯の温度に関しては宿の人間が用意したものなので気にしなくても良いのかもしれないが。となれば小早川様がどれだけ茶葉を入れるのか見なければ。

 

「茶葉の量が少ないですね。それでは薄すぎるかと」

 

「は、はいっ」

 

「……それでは多すぎます。また苦くなりますよ」

 

「ごめんなさいぃ……」

 

「…………人の顔色を窺いながら茶葉の量を調整するのはやめましょうね?」

 

「だ、だって……正しい量がわからないから……」

 

「こういうのは正しいとか、正しくないとかそういうことではないんですよ。

 まずは薄すぎず、苦すぎず、という加減を覚えましょう。それが最低限かと思いますので」

 

「な、なるほど……が、頑張りますねっ!」

 

 頑張るのは良い。ただ本当に少しずつ茶葉の量を調整する姿はなんと表現すれば良いのか。積み木で遊ぶ子供が、その積み木を倒さないように上に乗せていくような、そんな危うさが見て取れる。

 それと人の顔色を窺いながら調整するのはやめましょう。と言ったはずなのにまだ俺の顔をちらりと見て調整を続けている。しかもその顔がどこか不安そうなこともあって、非常に虐めたくなってくる。いや、しないのだが。

 

「はぁ……小早川様、茶葉の量は一人分であればだいたいこれくらいが定番ですよ」

 

 言ってから懐紙を取り出して、その上に茶葉を乗せる。それを小早川様に差し出してだいたいの量を示す。

 それを受け取ると小早川様は感心したように何故か角度を変えたりしながら量を確認すると、二人分の茶葉を急須へと移してから湯を入れた。そうしてから緊張した面持ちで新しい湯飲みへとお茶を煎れて俺へと差し出してきた。

 何も言わずにそれを受け取ってから口を付ける。温度は用意されたものなので丁度良く、薄くもなく苦くもない。普段俺が煎れているものよりは薄いのは薄いが……これならば他の人が飲んだとしても大丈夫だろう。

 

「……ええ、美味しくいただけますね」

 

「ほ、本当ですかぁ!?」

 

「嘘をついてどうするんですか。後は茶葉の量を覚えて人数に合わせて調整出来るようになってください。

 まぁ、新茶であったり少し高級な茶葉になるとまた変わってきますが……今は良いでしょう」

 

「やっぱり、茶葉によっては変わるんですね……それもちゃんと覚えないと……っ」

 

「その意気は大変素晴らしいですが、今は煎茶の量をしっかりと覚えてください」

 

「はいっ!」

 

 小早川様は元気良く返事をしてから自分用のお茶を煎れて、それを口にしてから嬉しそうに頷いていた。先ほどの苦すぎるお茶と比べると普通に美味しいのでその行動も納得が出来る。

 それに自分が煎れたお茶がちゃんと美味しい物となるとそれだけでも嬉しいものなのだろう。

 

「ふふ……ちゃんと美味しいお茶ですぅ……」

 

 両手で湯飲みを持って嬉しいということを全面に押し出した笑顔を浮かべる小早川様は非常に可愛らしい。普段からこうであるのなら俺も小早川様で遊んだりしないのだろうが、そうはいかないのが小早川様か。

 

「それは良かったですね。昼食の支度が終わったら伊達様も戻ってきますし、小早川様がお茶を煎れて差し上げれば良いかもしれませんよ」

 

「マサムネ様……美味しいって言ってくれるでしょうか……」

 

「これと同じようにすれば問題ありませんから、大丈夫ですよ。ちゃんと出来ているんですから、小早川様はもう少し自信を持つべきかと思いますね」

 

「……私なんか、自信を持てるわけがありません……。

 稽古だってちゃんと出来なくて、モトナリ様とマサムネ様のお手伝いも出来なくて、お茶も煎れられなかったんですから……」

 

「今はちゃんとお茶を煎れましたよ。少しずつで良いので色々なことが出来るようになれば良いのです。

 人は誰でも最初は出来ないことばかりですから今回のように一つ一つ学んで行きましょうね」

 

「結城様……はいっ!わかりましたっ!」

 

 自虐を始めた際に表情が暗くなって来ていたがそういう顔はあまり見たくないのでフォローを入れておく。それに事実として小早川様は一つずつゆっくりとで良いので学び身に付けていけば良い。

 俺だって体術も忍術も最初は酷い有様だったが修行を重ねるうちに出来るようになったのだ。ならば小早川様も学び、練習し、稽古を重ねていけば出来るようになるだろう。

 

「ええ、良い返事ですね。頑張ってください、小早川様」

 

 こうして何かを教えたり、諭したりしていると義昭様にあれこれと教えていることを思い出す。また京に戻ったら色々と教えなければ……まぁ、俺が教えるまでもなく最近は色々と知識を蓄えているのだが。

 それでも義昭様には俺が教えられる限りの知識と教えても問題ない忍術と、時間が合えば剣術を教えなければならない。それはきっと将来、義昭様の力になるのだから。

 しかし……もはや知識や忍術や剣術、場合によっては体術も込みで教えるというのは俺ではなく足利軍の武将や文官が行うべきことだと思うのだが……いや、俺が好きでやっていることなのだからとやかく言うのはやめておこう。

 

「私、頑張りますっ!」

 

 うん、良い笑顔だ。女性はやはり笑顔の方が良い。幸せそうな方が良い。いや、性別なんて関係なく幸せそうな姿の方が見ていて気持ちが良い。

 そんな風に思うからこそ俺はヨシテル様の忍として以上に、勝手に動いていたところもある。それがきっとヨシテル様の為になると信じて。

 結果として言えば俺の予想以上に厄介な状況ではあったが先手を打つことが出来ていたのでどうにかなっていた。もし行動に移していなければどうなっていたことか、考えたくもない。

 それらのことを含めてただの雇われ忍が随分と入れ込んでしまったと思ったことがあるが……うん、悪くない選択だったと胸を張って言える。ヨシテル様が幸せそうに笑っている姿を見ることが出来るのだから。

 

 そうして過去に想いを馳せていると小早川様から何やら視線を感じた。どうしたのだろうか、と思って小早川様を見ると何やら口を開けてぼんやりと俺を見ていた。

 

「……何か?」

 

「あ、いえ!その……なんだか優しい表情をしていたのでどうしたのかなぁ……って……」

 

「そうですか……何でもありませんよ。お気になさらずに」

 

「はぁ……でも、なんて言えば良いんでしょう……結城様がそういう顔をするのは、大抵ヨシテル様のことだったり……」

 

「何でもないと言いましたが?」

 

「あ!わかりましたぁ!そうやって何でもないって言って誤魔化そうとするのは図星だから照れ隠しとか……って痛いです痛いですぅ!!」

 

 余計なことを言っている小早川様の頭の上に氷遁で作った氷を落とす。本人が痛いと言っているが知ったことではない。口は災いの元という言葉を知らないのだろうか。

 

「小早川様はどうにも口が軽いようですね。相手の言いたいことや思っていることを察して沈黙することも大切なことですよ」

 

「わかりましたぁ!わかりましたからこの氷が降って来るのを止めてくださいよぉ!」

 

 仕方が無いので氷遁を止めて、落ちている氷を全て火遁で蒸発させる。慣れたもので畳に火が着くだとか、焦げ跡が付くだとかいうことはない。

 

「うぅ……痛いですぅ……」

 

「痛くしましたからね。次から気をつけてください」

 

「はぁい……でも、本当に結城様はヨシテル様のことが好きなんですね」

 

「はい?」

 

「だって、図星で照れ隠ししてて……こうして離れていてもヨシテル様のことを想ってるなんて、なんだか素敵ですぅ!」

 

「あの、小早川様?」

 

「結城様はヨシテル様のためにあのカシン居士とも戦ったって聞きました。やっぱりそういうのって良く聞く愛の力って奴です!?」

 

「いえ、そういうのではなくてですね……」

 

「あ、そういえば結城様とヨシテル様は、その、こ、恋仲だったりするんですかぁ!?」

 

「ちょっと小早川様、話を聞いてください」

 

 どうしてか小早川様が暴走している。此処は一つ、軽く炙ってみるか。

 そんなことを思いながら火遁でも発動させようかと思ったのだが……印を組もうとした手を小早川様に取られてしまった。というか反応が一瞬遅れるほどに速かったのだが、いつもの鈍臭さは何処に行ったのか。

 

「本で読んだことがありますけど、身分の違いっていうのは大変だと思いますっ!でも私は結城様とヨシテル様の仲を応援しているので、めげずに頑張ってくださいね!」

 

「え、速い……じゃなくて、そういう関係ではないのでやめてもらえますか。俺はヨシテル様と支えていくと決めましたが、恋仲だとかそういうのでは……」

 

「わぁ……!それって傍でずっと、ってことですよね?

 凄いですぅ!素敵ですぅ!」

 

 どうして小早川様はこんなに興奮状態で暴走してしまっているのだろうか。完全に小早川様の思い込みでしかないが恋話というものになっているせいなのだろうか。

 そんなことは有り得ないだろうに。俺は忍であり、主君に対して恋愛感情なんてものを向けるわけには行かない。身分の差というのもあるが、忍は主の為に死ぬ。そういうものなのだから、そうした感情は余計なものでしかない。主とその家族のことを大切にするのは必要でも、恋愛感情なんて必要はない。

 でも、どうしてだろうか。そう思えば思うだけ、胸の奥に痛みが走るのは。こんなのは初めての経験で、理解が及ばない。

 

「……結城様?」

 

「え、いえ……何でもありませんよ、何でも。それにしても俺がヨシテル様と恋仲ですか。

 身分の差だとなんとか、俺とヨシテル様はそんなものを抜きにしても恋仲などではありませんよ。まぁ、ヨシテル様にはそういう浮いた話がありませんので、近くに居る俺がそういう対象なのかと勘繰ったのかもしれませんが……」

 

「…………結城様、少し辛そうですけど大丈夫ですか?」

 

「……任務の疲れでも出たのかもしれませんね……」

 

 きっとそうだ。ただ視察をするだけの任務ではなく非常に個性の強い戦国乙女の方たちと話をしてきた為に疲れているに違いない。現に先程まで何処かずれている伊達様に多少なりとも困惑もした。

 そう考えると少し辛そうという言葉にも納得である。疲れてしまう要素は確かにそこに存在しているのだから。

 

「……結城様はヨシテル様のことはお好きですか?」

 

「唐突に、どうしたんです」

 

「いえ、ちょっと確認したいことがありまして……」

 

「はぁ……ヨシテル様のことは好きですよ。その在り方や信念などは主とするには非常に好ましい方ですから」

 

 質問の意図は理解できないが、とりあえずは答えておく。あの方のことは主として好きだ。今までに仮初めの主は居たが、これほど好意的に見ることの出来たのはヨシテル様が初めてだった。

 まぁ、小早川様はこの言葉を聞いていらない勘違いをしそうではあるが、俺がヨシテル様に向けている好意は恋愛感情ではなく、一人の忍が主へと向ける程度のものだ。

 

「そうですか……結城様は少し難儀な方ですねぇー……」

 

「小早川様にそんな評価をされるなんて心外ですね。焼きますよ」

 

「そこは疑問形にしてくださいよぉ……で、でもそれはおいておくとして、結城様はもう少し自分の気持ちを素直に受け止めるべきだと思いますよ?」

 

「俺ほど自分の気持ちに素直な人はそういないと思いますが……いや、戦国乙女の方は基本的に俺以上に自分の気持ちや思い付きに素直でしたね、すいません」

 

「私は違いますけど、モトナリ様とかマサムネ様を見てると……否定は出来ないですぅ……」

 

「確かに小早川様は基本後ろ向きですしね……それで、小早川様は一体何が言いたいんですか」

 

「もう少し自分の本当の気持ちと向き合うべきです。今すぐは無理かもしれませんけど、落ち着いてヨシテル様との思い出を振り返って、自分の気持ちを確かめて見てください。きっと結城様の為になりますから」

 

 そう言って微笑む小早川様は普段の様子とは打って変わって、幼さが消えた一人の女性の姿に見えた。もしかすると数年後の小早川様は今のように落ち着きのある女性になっているのかもしれない。と思うと同時に、一つの疑問が脳内を過ぎる。

 なので印を組んでいつでも小早川様を燃やせるようにする。

 

「え、あれ!?なんでそんな構えてるんですかぁ!?」

 

「いえ、もしや偽者では、と。小早川様はそんなこと言いそうにありませんから」

 

「本物ですよぉ!自分でもなんだか良いこと言ったと思ったのに台無しですぅ!」

 

「あぁ、その反応は本物ですね良かった良かった。本物なら本物であんなこと言われて少し思うところがあるので焼きますけど」

 

 言ってからわかりやすく笑顔を浮かべると小早川様は普段の様子からは考えられないような速さで部屋の隅へと逃げて行った。焼くというのは冗談だったのだが、まさか本気にされるとは思っていなかった。いや、小早川様ならば本気にするか。

 ただこうして小早川様で遊んでいるが……まぁ、なんだ。小早川様の言葉通りに、一度落ち着いて色々考えてみるのも良いのかもしれない。この胸の痛みが何なのか、それを理解することが出来るかもしれないと、漠然としているが何処か確信染みたものを感じているのだから。

 

「冗談ですよ、焼きませんから戻ってきてください」

 

「うぅ……本当ですかぁ……?」

 

「本当です。まぁ……とりあえず小早川様の言葉通りに、折を見てそのようにさせていただきますよ」

 

「そうですか……なら良いですよ、今回はその殊勝な態度に免じて許してあげます」

 

 笑顔を浮かべながら小早川様はそう言って元の場所へと戻ってきた。どうして上から目線なのか、とか思うところもあるのだが、それでもあの言葉は俺の為を思っての言葉である。それならば此処は大人しく受け止めることとしよう。

 しかし小早川様はあの言葉に対する俺の答えを聞いて一気に上機嫌になっているようだった。こうしてほんの少し前のことを忘れて嬉しそうにしてしまうのが小早川様の少し残念なところのような気がする。それと同時に、良い点というか、魅力でもあるのかもしれないのだが。

 

「ええ、ではその寛大な心にでも感謝しておきましょう」

 

「はい!いーっぱい感謝してくださいね!」

 

 こうして見ると普段の小早川様と変わりないが、あの姿を見た後では少しばかり思うこともある。とりあえず、小早川様の評価を改める必要がある。この方は気弱で、泣き虫で、軟弱で、とにかく本当に戦国乙女なのかと疑いたくなることが多々あるが、間違いなく他の方と同じ立派な戦国乙女のようだった。

 意識無意識に関わらず、他の誰かの為に道を示すことの出来るような、そんな戦国乙女だ。

 

 にこにこと笑顔を浮かべる小早川様が思い出したように湯飲みを手に取ってお茶を飲んでいるのを視界に収めながら少しだけ考える。

 初めて会ったときは一般人と変わらない様子で、とてもではないが戦国乙女だは思えなかったのに今となっては多少の疑問はあるがちゃんとした戦国乙女だ。人は変わるし、成長していく。それが良くわかる例として小早川様は最適なのかもしれない。また、最初の姿を知っている為に感慨深いものがあったりもする。

 そんな小早川様の成長を見たからこそ、俺ももう少し変わるか、成長しなければならない。そんな風に思えた。勿論、忍術の精度に関することもそうだが、それ以上に人としての成長をしなければ。それはきっと俺にとって重要な意味を持つことになるような、そんな予感がするのだ。




ヒデアキ様が頑張って何かをしようとするのを応援したい。
それでやり遂げたりして嬉しそうにしているのを見てから褒めたい。

オリ主の内面的に進展回。
これからあれやこれやと進展させていかないと、いつまでもぐだぐだやってしまいそうです。


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ヒデアキ/マサムネさまといっしょ

オリ主はちゃんと空気が読める。
尚、読まないこともある。


 あれから暫くして、伊達様から昼食が完成したという言葉を聞いたので、配膳を手伝うこととなった。

 何かあれば手伝うと言っていたのと、小早川様と話をしていたことに一段落ついていたので俺だけではなく小早川様も手伝うことになったのだが。

 その後配膳を終えて、三人で昼食を取ったのだが流石伊達様。非常に美味しい。まぁ、そうした味に関する感想もあるが、それ以上に気になったのは小早川様の扱いというか、小早川様に対する伊達様の態度というか。

 配膳を手伝っている最中に何度も小早川様に大丈夫かと尋ねる姿は心配性の母親のように見えた。そして食事が始まる前には、茶碗に大盛りで白米を盛ったかと思えばそれを小早川様に渡したのである。どう考えも小早川様が食べられる量ではないというのに。

 そして困ったように受け取った小早川様に対して伊達様は言った。

 

「ヒデアキ殿は良く食べて良く成長しなければならないからな。さぁ、しっかり食べるんだぞ」

 

「あのぉ……これは私にはちょっと量が多いと思いますよぉ……」

 

「うむ、確かにそうかもしれないが……少しずつ食べる量を増やさねばこの先の稽古について来れなくなるかもしれないからな」

 

「うぅ……た、確かにそうかもしれませんけど、これは食べられないですぅ……」

 

 まぁ、無理だろう。これが豊臣様や前田様であれば余裕で平らげてしまいそうではあるが、なんと言っても小動物系戦国乙女の小早川様である。見た目に反してよく食べる。ということはない。はず。

 それに本人も食べられないと言っているのだから、せめてもう少し量を減らすくらいした方が良いのではないだろうか。

 

「伊達様、急に増やしても食べ切れませんよ。少しずつ増やしてみては如何でしょうか?」

 

「ふむ……それもそうだな……では、少し減らそうか」

 

「はぁ……良かったぁ……」

 

 量を減らしてもらえることに安堵している小早川様だが、それでもそれなりの量が盛られたままになっている。確かに伊達様は少し減らしたが、小早川様にとってはまだ多いだろう。

 まぁ、俺は進言して、実際に伊達様は減らしている以上俺が更に何か言うということはしないので後は小早川様本人にどうにかしてもらうしかない。

 なので俺はそれ以上何も言わずに食事を続けることにした。

 

「あのぉ……まだ多いですぅ……」

 

「む……だが、これくらい食べられるようにならなければ大きくなれないぞ?」

 

「うっ……一杯食べれば、モトナリ様やマサムネ様みたいになれますか?」

 

「なれるとも。だからしっかり食べるんだぞ!」

 

「は、はいぃ……頑張りますぅ……!」

 

 確かに身体の成長のためには栄養が必要になってくるが、食べたからと言って必ずしも成長出来るとは限らない。というか小早川様が伊達様や毛利様のようになれるのか、と少し考えてみたが無理な気がした。

 身体的な成長だったり力だったりは流石に難しいのではないだろうか。いや、それでもカシン様が言うには器として使えるとのことだったので、可能性がないわけではない。のかもしれない。

 まぁ、俺にはさして関係のないことなので何も言わない。静かに食事を続けていれば良いだけだ。

 

 そんなこんなで俺と伊達様は食事を終えたのだが、小早川様は今だ茶碗に残った白米と格闘を続けていた。

 それを視界の端に収めていると伊達様が話しかけてきた。

 

「結城殿はこの後どうするつもりなのだ?」

 

「この後、と言いますと?」

 

「すぐに視察へと出立するのか、というところだな」

 

「あぁ、それでしたらもう少しこの辺りに居ますよ。もう少しお二人と話をしてからでも問題はありませんから」

 

「なるほど……だが何を話そうか……」

 

 話題は決まっていなかったのか。俺としては室生様に関する話でもしようか、と一瞬思ったのだがそれはそれで面倒なことになるかもしれないので黙っておくことにした。

 もし話を聞いて今から甲斐に向かう。とか言い出しても室生様は確実に別の地に移動しているし、話をしたところで意味はないということもあるのだが。

 

「ふむ……そうだな、特にないのなら最近子供たちの間で流行っている昔話のような物でも聞いてみるか?」

 

「昔話のようなもの、ですか?」

 

「子供たちは誰に聞いたというわけでもないのだが、皆が知っている話、とのことだったな」

 

「……気味が悪いですね……」

 

 誰かに聞いた。だから皆知っている。というのであれば理解が出来る。それなのに、そういったことはないのに皆が知っている昔話のような物、というのは非常に気味が悪い。

 いや、これがあまりにも有名な昔話であれば問題はないのだが……伊達様の言い方を考えるにそういう話ではないだろう。

 

「確かに幾らか気味が悪いが……もしかするとこの話を広めたのは『神様』なのかもしれないな」

 

「……は?」

 

「あぁ、いや、本当に神様が広めた。と思っているわけではないぞ?この昔話の中に出てくるんだ、神様が。もしかしたらその神様が広めたんじゃないか、と子供たちが言っているのを聞いただけだ」

 

「はぁ……奇妙な話ですね……」

 

「私もそう思うのだが、まぁ……ちょっとした話題くらいにはなると思ってな」

 

 確かにちょっとした話題としては充分か。小早川様はまだ食事を続けているので伊達様の言う昔話のようなもの、とやらを聞いてみよう。

 

「わかりました、ではお聞かせ願えますか?」

 

「うむ、この話を聞いて結城殿がどのようなことを思うのか、少しばかり楽しみにさせてもらおうぞ。

 それと、私が子供たちにこの話を聞いたのは一度だけだからどうしても思い出せない箇所があるかもしれない。まぁ、気楽に聞いてくれれば幸いだ」

 

 そう言ってから伊達様は一拍置いてから話し始めた。

 昔々、あるところにとても貧しい村がありました。

 作物の育ち難い枯れた土地にあるその村はいつも飢餓に苦しんできました。

 それともうひとつ、村の近くの洞窟の中に眠る恐ろしい神様にも。

 神様はふと目を覚ますと黒い風を起こして村へと災いをもたらします。

 飢餓と、神様の起こす黒い風による災い。その二つに苦しんでいた村ではある風習がありました。

 数年に一度、子供を神様へと捧げて黒い風を起こさないようにとお願いするのです。

 数十年続いてきたその風習の効果はほぼありません。

 ですが村人たちは効果がなくともその風習を続けます。

 神様へと捧げる。そんな大義名分を使った口減らしのために。

 そして神様に捧げ物をしているのだから、いつか自分たちは救われると思い込んで。

 

 とある年、村の外れに赤ん坊が捨てられていました。

 村人たちの赤ん坊ではない、きっと他の村の赤ん坊です。

 本来であればその赤ん坊は誰にも拾われることなく死ぬはずでした。

 ですが近年村では赤ん坊が生まれていなかったのです。

 神様への捧げ物が生まれないことに危機感を覚えていた村人たちはその赤ん坊を神様へと捧げることを決めました。

 たった一人の赤ん坊を育てるのも、その村にとっては大変なことです。

 それでも村人は神様へと捧げるためだけにその赤ん坊を育てました。

 ただ、人としてではなく、神様へと捧げられる道具として。

 

 赤ん坊は成長し、男の子になりました。

 男の子に名前はありません。捧げ物に名前は必要ないからです。

 男の子は愛情を知りません。捧げ物に愛情は必要ないからです。

 男の子に感情はありません。捧げ物に感情は必要ないからです。

 男の子には何もありません。捧げ物には何も必要ないからです。

 

 男の子は捧げ物として洞窟に向かいます。

 大人たちは洞窟の前までは男の子を連れて行きますが、中まではついてきません。

 洞窟に眠る神様が恐ろしいからです。

 

 男の子は洞窟の中を進みます。

 男の子に恐れなんて感情はありません。

 男の子は洞窟の中を進みます。

 男の子は捧げ物という道具なのですから。

 男の子は洞窟の中を進みます。

 男の子は神様によって殺されるために生かされていたのですから。

 

 洞窟の奥には神様がいました。

 眠ってなどいません。

 目を開き、男の子を見ていました。

 男の子はただ歩き、神様の前で止まります。

 神様は問いました。「貴様は何者か」

 男の子は答えました。「捧げ物です」

 神様は言いました「ならば貴様は我の手によって死ぬか」

 男の子は答えました。「そのために生きてきました」

 

 神様はその言葉を聞いて、目を細めます。

 今までも何人も何人も子供が捧げ物としてやってきましたが、その全員が神様を恐れていました。

 だというのに、男の子は神様を恐れません。

 それが神様の興味を引きました。

 

 神様は愉快そうに言います。「ならば我が貴様を生かすと言えばどうする」

 男の子は答えます。「神様が飽きるまで生きて、殺されます」

 神様は愉悦を湛えて言います。「ならば我が貴様を殺さねばどうする」

 男の子は答えます。「神様に殺されないと、今まで生きてきた意味がありません」

 その言葉を聞いて神様は大いに笑いました。

 そして神様は言いました。「ならば貴様は生きるが良い。この洞窟の中であれば貴様を死なぬ体にしてやろう」

 言い終わると同時に黒い風が吹きます。

 その風に男の子は吹き飛ばされ、大きな岩に頭を打ち付けてしまいました。

 

 普通であれば死ぬような傷を頭に受けても、何故か男の子は死にません。

 神様の言葉通りに死なない体になっていたからです。

 傷はすぐに癒えました。

 死なない体になったからです。

 男の子は言います。「なら、神様が殺してくれるまで傍にいます」

 そんな体になっても男の子は絶望しません。

 絶望するような感情がないからです。

 その様子は神様の思っていたものとは違いましたが、それはそれで面白いと神様は笑いました。

 

 それから数百年が経ちます。

 その間、男の子は成長しません。

 死なない体は成長しない体でもあったのです。

 そんな体になっていた男の子はそれを疑問に思うことなく、他に何をするでもなく神様の傍に寄り添い続けました。

 神様はそんな男の子を楽しげに観察していました。

 感情はなく、恐ろしい神様に寄り添い続ける男の子は神様にとって非常に愉快な存在だったのです。

 そして、同時に魂の一部が神様と同じ物へと変化しているために、我が子のような存在でもありました。

 神様が男の子を観察し、我が子のように思うこととなった数百年は唐突に終わりを告げます。

 

 神様の目覚めの時が近づいていました。

 それはこの洞窟の神様のことだけではありません。

 他の土地にも存在する神様の本体とも言える存在の目覚めです。

 神様は悟ります。既にこの土地に用はないことを。

 神様は悟ります。自分はあくまでも数多ある一部に過ぎず、自分の抱える感情が消え去ることを。

 神様は悟ります。男の子との別れの時を。

 神様は悟ります。自分はもうこの男の子を殺せないことを。

 

 神様は洞窟を去る前に男の子の記憶を奪うことにしました。

 神様にとっては造作もないことでした。

 神様は男の子の記憶を奪い、意識がない間に洞窟を去りました。

 残されたのは記憶のない男の子一人だけです。

 記憶のない男の子は何故自分が洞窟に居るのか疑問に思う。ことはありませんでした。

 男の子には元々何もありません。

 もし何かあったとすれば、数百年の間に神様と交わした言葉だけです。

 しかしその記憶は神様によって奪われてしまいました。

 

 男の子は何をするでもなく、神様が居た場所を見ていました。

 当然、神様が居たからではなく、目を覚まして最初に目を向けた場所がそこだったからです。

 そして男の子は何もせず、ただただ時間が過ぎて行きます。

 そんな男の子の傍に、いつの間にか大人の男性が立っていました。

 男性は言いました。「君は此処で何をしているんだい」

 男の子は言いました。「わかりません」

 男性は言いました。「君の名前は何て言うんだい」

 男の子は言いました。「わかりません」

 男性は言いました。「君は此処がどういう場所か知っているかい」

 男の子は言いました。「……神様がいました」

 

 何故そう答えたのかわかりません。

 ただ、記憶を奪われたはずなのに、神様が居たことだけは覚えていました。

 何を話したのか、どんな姿だったのか、どれだけの時間を過ごしたのか。

 それらを忘れても、神様が居たことだけは覚えていました。

 何故覚えているのかわかりませんが、覚えていました。

 神様が失敗したわけではありませんが、覚えていました。

 

 男性は言いました。「それはどんな神様だったんだい」

 男の子は言いました。「わかりません」

 男性は言いました。「神様のことがわからないのかい」

 男の子は言いました。「わかりません、でも神様がいました」

 男性は言いました。「そうか。ところで君はこれからどうするんだい」

 男の子は言いました。「わかりません」

 男性は言いました。「ならオレと一緒に来るかい」

 

 男の子は暫し考えて頷きました。

 ただそこに居ても何もないと理解していたからです。

 そこはかつて神様が居た場所で、今は何もないのであれば、きっと自分がそこに居る必要はないと思ったからです。

 どうしてそう思ったのか、男の子にはわかりませんでした。

 

 そうして男性に連れられて男の子は神様が居た洞窟を出て行きました。

 その後暫くしてから洞窟が崩れ、神様が居た洞窟はなくなってしまいました。

 

 神様が居た洞窟が何処にあったのか、男性と男の子以外に知る人間はいません。

 神様に捧げ物をしていた村が何処にあるのか、知っている人間はいません。

 その村がどうなったのか、知っている人間はいません。

 その村が、男の子の記憶を奪って洞窟を出た神様によって滅ぼされたことを知る人間は、何処にもいません。

 何故神様がその村を滅ぼしたのか、それを知る人間は何処にもいません。

 

 神様が何故そんなことをしたのか、知っているのは神様だけです。

 神様が今、何を思うのか、知っているのは神様だけです。

 

 もしかすると、いつか男の子と神様が再会することがあるかもしれません。

 それがいつのことになるのか、それはわかりません。

 本当に再会することになるのか、それはわかりません。

 ですがいつかそんな時が来たとしても、記憶を奪われた男の子と一部でしかない神様の記憶がなくなっているはずの本当の神様では意味がないのかもしれません。

 それでもいつか再会するでしょう。

 一方的に、親と子のようだと思った程度であったとしても、奇妙な親子の縁があるのですから。

 もしかしたら、男の子も心の何処かで神様を親のように思っていたのかもしれないのですから。

 きっと、きっと。そんな奇妙で可笑しな親子の縁が、男の子と神様をまた結びつけることでしょう。

 なんて気味が悪い。伊達様は一度として言い淀むことなく朗々と歌い上げるようにその話をしてみせた。

 

「我ながら見事に話しきったな。いや、もっと言い淀むか思い出そうとして口を閉ざすくらいのことは想定していたのだが……」

 

「そうですね……非常に気味が悪い話です。いえ、その昔話ではなく伊達様がすらすらと全て話すことが出来た、ということが、です」

 

「確かにな。だがどうしてか話せば話すだけ続きが頭の中に浮かんで来るのだ。

 だからこそ、この話を広めたのは神様だ、などと子供たちが思うのだろうな」

 

 なるほど、何故知っているのか、となった際に話に出てくる神様が広めたのだ。となればすらすらと話が出てくる理由になるということか。

 まぁ、誰かが仕込んだのだとは思う。人々の記憶、潜在意識にこの話を植え付けるとでも言えば良いのか……だとしても目的がわからない。

 

「結城殿はこの話を聞いてどのように感じたのか、聞かせてもらえるだろうか。

 モトナリ殿は本当に神様の仕業かもしれない、と言って笑っていて、ヒデアキ殿も同じく神様がそうしたのだと言っている。きっと神様がその男の子に会いたくて探しているのだと、な」

 

「毛利様はそう言って自分の本当の考えは誤魔化してそうですね。小早川様は非常に小早川様らしい考えですが。それで、伊達様はどのようなお考えを?」

 

「そうだな……悪い考えがあるわけではないだろうさ。もしかすると本当に神様がその男の子を捜していてそんなことをしているのかもしれないし、そうではないかもしれない」

 

「漠然としすぎではありませんか?」

 

「これだけの情報ではそうもなるというものだ。それで、結城殿はどう考える?」

 

「どう考えると言われましても……」

 

 返答に困る。何故子供たちが知っているのか、という点では気味が悪い。と答えたし、伊達様がすらすらと話をしたことに対しても気味が悪いと思った。

 ただ、悪意はないのだろうとは思う。本当に悪意があってこんなことをするのであれば、もっと不気味な何かを感じるはずだ。だというのに、今回はそんなことはなかった。

 

「悪意はないでしょうね。ただ単純に広めただけとか、男の子に会いたい神様がそうしたとか、そう考えても良いかもしれません。まぁ……その男の子がそれに気づいているのか、その神様が何処に居るのか。とかその辺りが分からないとどうしようもないと思いますけどね」

 

「ふむ、確かにそうだな……」

 

 まぁ、答えるとしたらこんなものだろう。

 それにしても、俺としては男の子や神様よりも最後の男性の方が気になる。どうしてそこに来たのか、何を思って男の子を連れて行ったのか。いや、考えるだけ意味はないのだが。

 

「そういうのは深く考えちゃダメですよ?こういうのは頭であれこれ考えるよりも、心で感じるものですからね」

 

「小早川様……食べ終わりました?」

 

「はい!なんとか、なんとか食べ終わりました……!

 これで私もモトナリ様やマサムネ様みたいになれますぅ!」

 

 なれないと思います。

 

「それで、小早川様は何が言いたいのですか?」

 

「あ、はい。結城様はあれこれと理由を求めますけど、そういうのが野暮なことだってあると思いますぅ」

 

「……まぁ、確かにそうかもしれませんが……」

 

「だからもっと素直に受け止めれば良いんですよ。というか結城様はいろんなことを素直に受け止めましょうよ」

 

「はぁ……でもそのまま神様はきっと男の子会いたいんでしょうね。で終わらせるとこれを話題に出してきた伊達様に申し訳ないような……」

 

「あっ……」

 

 うん、真面目に考えてみたりしたのは伊達様がわざわざ話題を出してくれたのでそれに合わせたのだ。

 別に小早川様の言うように素直に受け止めても良いのだが、まぁ、話を広げるためには真面目に考えもするだろう。ただ小早川様もこう言っているので話は終わりとしよう。

 

「では小早川様もこのように言っていますし、素直に受け止めましょう。神様はきっと男の子に会うためにこの話を人々の心に広めているのだと」

 

「うむ、ではそういうことにしておこう。いや、すまないな。このような話をしてしまって」

 

「いえ、構いませんよ。実は多少なりと思うこともありましたし」

 

「そうか、それならば良かった」

 

「ご、ごめんなさいぃ!その、また結城様が色々考えてるから何かあるのかもとか思わずに素直に受け止めてもらおうと思って、それで……」

 

「いえいえ、構いませんよ。凝り固まった考えしか出来ないより素直に受け止められるのは素晴らしいことだと思いますからね。

 まぁ、空気は読めた方が良いと思いますが」

 

 今回、小早川様は見事に空気を読まずについつい口を挟んだようなのでそこはきっちり弄っておく。まさか小早川様からネタを提供して来るとは思ってもみなかった。

 

「あぁ、柔軟な思考が出来るというのは戦いにおいても必要なことだからな。

 ただ、結城殿が言ったように場の空気を読むことも時として必要になってくる。それを忘れないように」

 

「うぅ……私が軽率だったから何も言い返せません……」

 

 俺は小早川様を弄るために言っているのだが、伊達様は本心から言っているから性質が悪い。まぁ、俺のような意図がないと理解している小早川様はそれを甘んじて受け入れているので問題はないのだろう。

 ただ、伊達様の言葉を甘んじて受け入れているためか俺の言葉に対する反応がなく、思うように弄れていないのが残念だ。だからと言ってもう一度同じネタで弄るというのは面白くない。今回は諦めておこう。伊達様の手前、やりすぎるのもあまり良くない、というのもあるので。

 

「小早川様は伊達様相手には素直ですね」

 

「……マサムネ様は結城様みたいに意地悪しませんし、モトナリ様みたいに私で遊びませんから」

 

「あ、やっぱり毛利様もそうなんですね」

 

「でもモトナリ様の方はちょっとわかり難かったりしますぅ……」

 

「あー……まぁ、毛利様ですからねー……」

 

 普通に会話しようとしてもはぐらかしたり誤魔化したりする方なので小早川様で遊ぶ場合も微妙にわかり難いのも納得である。ただ、先日会って話をした際にはそういうことはなかった。

 そうしたところは多分毛利様の気分次第でわかり易かったり、わかり難かったりするのだろう。

 

「どうしてかモトナリ殿も結城殿もヒデアキ殿を相手にすると少々意地悪になるな。もっと素直に褒める時は褒める。叱る時は叱る。応援する時は応援する。それくらいで良いと思うぞ?」

 

「そうですね……では次回からもう少し気をつけましょう」

 

「うむ、そうして言われたことをちゃんと理解して実践しようとするのは良い姿勢だな」

 

「……結城様の場合は、気をつけるだけな気もしますぅ……」

 

 良くお分かりで。そんなことを頭に浮かべながら何も言わずに笑んでおく。

 伊達様は小早川様の言葉が聞こえていないようで、俺の笑みを良いように受け取ってくれたらしい。小早川様はやっぱりか、という顔をして俺を見ている。

 この二人が相手となると疲れもする。と思ったがそれ以上に楽しい、ような気がする。つまり、最初は微妙に気乗りしなかったが存外悪くない時間を過ごしている。

 以前であればこうは行かない。だが以前と比べて俺は変わっているためにこうした時間を過ごすことが出来ているのだから、もしかするともっと良い方向に変わることが出来れば今よりも楽しい時間という物を過ごせるようになるのかもしれない。本当に幼かった、あの頃と違って。




ヒデアキ様を弄り足りなかった。
文字数稼ぎの昔話を載せた。
マサムネ様は天然ポンコツ。
ヒデアキ様可愛い。

そんなお話でした。

予約投稿の時間指定を間違えるという痛恨のミス。
ごめんなさい!


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カシンさまといっしょ そのに

オリ主は遠慮しなくていい相手にはあまり遠慮しない。
そして容赦もしない。


 奥州では伊達様と小早川様の二人と出会い、視察も行うことが出来た。諸国を回って様子を見てくるという任務と、戦国乙女の方々と会って榛名の欠片を陽の力へと少しばかり傾けることにはきっと成功したはずだ。

 それと小早川様に言われた通りに、折を見てから自分の気持ちとやらに向き合わなければならない。

 まぁ、それよりも先に今から向かっている場所が俺にとっては微妙に厄介なところなのでそっちに意識を割かなければならないのだが。

 とある山奥、幾多にも張り巡らされた結界を越えて辿り着くのは人を寄せ付けることのないこの場所には不釣合いなほどに大きな屋敷。その屋敷の門の前には一人の忍が門を守るために佇んでいた。

 

「結城か……」

 

「お久しぶりですね、紫苑。カシン様に呼ばれていますので通していただけますよ」

 

「カシン様からそのような話は聞いていないが……良いだろう、通れ」

 

「随分とあっさり通しますね……以前であれば一戦交えるくらいしたはずですが」

 

「それをしたせいで門は全壊、塀は半壊、私は半死半生、鬼灯も同じく半死半生。結城が全て直して、治療もしてくれたが、また同じことをするわけにはいかないからな……それに結城であれば通しても問題はないと判断している」

 

「なるほど……次は屋敷全壊くらいしようかと思っていたので残念ですね」

 

「そんなのだから私は仕方無しにお前を通すのだ!全く、カシン様のお気に入りでなければ斬り殺しているというのに……!」

 

「出来ると思いますか?」

 

「……そこはそれ、その……が、頑張れば出来るかもしれないから……!」

 

 初対面のときのような態度を貫き通そうとしていたようだが、そうはいかない。というか紫苑はからかえば面白くて、そういう意味でカシン様に気に入られているのだからこういう反応は当然と言えば当然かもしれない。

 あの方は遊んで楽しい人間を気に入るようになってきているのだから仕方が無い。そして紫苑はからかうと非常に面白いのだから、普段からカシン様に遊ばれていそうだった。

 

「そうですかそうですか。ところで紫苑、カシン様は相変わらずのご様子で?」

 

「ん?そうだな……確かにカシン様は相変わらず一人でふらっと何処かに出て行ったと思ったらいつの間にか戻ってきていたり、かと思えばユウサイの姿で京や駿河に遊びに行ったり、そのことに気づいて追いかけると入れ違いで屋敷に戻ってきていて、何処に行っていたのか、と怒られたり……本当に相変わらず自由すぎる方だ……」

 

「あぁ、本当に相変わらずですね。主に紫苑と鬼灯で遊んでいるところとか」

 

「私と鬼灯は遊ばれているのか!?」

 

「遊ばれてますよ。お二人はカシン様のお気に入りの玩具らしいので良かったですね、カシン様から必要とされているようで」

 

「お気に入りの玩具……いや、だがカシン様のお気に入り且つ必要とされていると思えば……有りか……!」

 

 紫苑にとってはそれはそれで有りらしい。俺ならば絶対にお断りである。

 まぁ、カシン様のことが大好きというか忠誠を誓っている紫苑にとってはどんな理由であろうと気に入られていたり、必要とされるのは嬉しいのだろう。

 ただ、同じく忠誠を誓っている鬼灯の場合は気に入られていることは嬉しいが玩具として、という点で喜ぶべきか嘆くべきか考えるのではないかと思う。

 

「そういえば、鬼灯はどうしたんですか?」

 

「ん、あぁ……鬼灯ならカシン様の命によって団子を買いに行っているぞ。

 みたらしと餡子、それときな粉に胡麻だったか……それと確か饅頭や羊羹も……」

 

「あの方はどれだけ食べる気ですか」

 

「最近食事を出しても今は饅頭を食べているから必要ないとか、それよりも今は団子が食べたいとか、豊後でカステラが売られているからそれを買ってこいだとか、間食ばかりだがな……」

 

「何でそんなのを許してるのかわかりませんけど、ちゃんと叱らないと。お菓子ばかりじゃなくてご飯も食べなさい、と」

 

「そこでカシン様を叱るという選択肢を選べるのはお前くらいのものだぞ……」

 

「選べないんじゃなくて、選ばないだけの紫苑にそう言われましても」

 

 子供か、と思って叱れば良いと口にはしたが、紫苑と鬼灯には厳しいだろう。カシン様の為ならば、カシン様が望むのならば、と何でもかんでもカシン様カシン様の二人である。

 はっきり言うと、子供を甘やかし続ける親のようなもので、あまりよろしくはない。

 そして、そんな感じだから俺は選べないのではなく選ばないと言った。まぁ、それを理解しているようで、紫苑は俺から目を逸らしたのだが。

 

 そんな紫苑に言いたいことはあるが、あまりカシン様を放っておくと面倒なことになるのでそろそろ屋敷の中へ入れてもらおう。

 

「まぁ、それはそれとして。

 カシン様をこれ以上待たせるのも何ですし、通りますよ」

 

「ん、あぁ……呼ばれているという言葉を信じるならば、カシン様がこの頃機嫌が悪かったのは結城が来なかったからだろうな。

 一応言っておくが、カシン様は今非常に機嫌が悪い。気を付けろよ」

 

「帰って良いですか?」

 

「お前が原因なんだから帰ろうするな!

 良いか、カシン様の機嫌が悪いと私と鬼灯が無茶を言われるんだぞ!」

 

「それっていつものことじゃ……あぁ、いえ、なんでもありません。大人しく向かいます」

 

 言ってから歩き出すのだがまだ後ろで紫苑がキャンキャンと何かを言っている。だがそんなものは関係ないと放置して屋敷の中へと歩を進めた。

 この屋敷だが、辿り着くまでの間に幾多にも張り巡らされた結界を越えなければならないことも大変だが、中に入ると更に厄介なことになっている。具体的に言えば幻術や結界で普通に歩けない。

 カシン様の忍びである紫苑と鬼灯は問題なく歩けるのだが、完全に部外者の俺ではそうは行かない。わざわざ幻術を見破り、結界を解いて歩く必要があるのだ。

 ただ、何度も訪れていることもあってどういった幻術や結界を張るのか傾向が分かっているので今となっては特に気を張り続けることなく屋敷の中を進むことが出来る。

 そして屋敷の最奥の広間に辿り着くと、其処には当然この屋敷の主であるカシン様が待っていた。

 

「遅いわ!!」

 

「いやぁ、色々と忙しかったので……」

 

「我が立ち寄れと言ったのであれば真っ先に来るのが道理であろうが!」

 

「……どうしてカシン様はそうもユウサイ様の体を使っている時と性格が変わるんでしょうね……」

 

「ふん、あれはあくまでも細川ユウサイの性格に寄せているだけのこと。

 まぁ良い。結城、我が貴様を呼んだ理由はわかっていような」

 

「榛名のこと、榛名の欠片のこと、呪いの起源のこと、チョコレートのこと、とかその辺りですかね」

 

「概ねその通りだ。榛名の欠片についてはイエヤスから聞いているな」

 

「ええ、カシン様が教えてくれなかったことも丁寧に教えてくれましたよ」

 

 何で教えてくれなかったんですかね、という思いを込めて皮肉っぽく言ってみたのだがカシン様はニヤニヤと笑うだけで効果はあまりなかったように思える。いや、むしろ俺の答えを聞いて非常に楽しそうにしているのである意味では効果があったのか。

 

「そうかそうか、やはりイエヤスは榛名の欠片について結城に教えたか。

 であれば結城、貴様はどうするつもりだ?いや、聞くまでもなく貴様は榛名の欠片を陽の力へと傾けるのであろうな。ヨシテルのことを想えばこそ、な。

 どれ、我が一つより深き闇の力へと傾けてやろうか」

 

 そう言ったカシン様はニヤニヤとした笑い方ではなく、悍ましさを感じさせる凄惨な笑みを浮かべていた。

 しかし、なんと言うか、その……俺は特に陽の力に傾ける気はないのだが。

 

「カシン様、楽しそうなところ申し訳ありませんが、無理に陽の力に傾けてしまおう。なんて考えてませんよ?

 現状が問題ないのであれば、闇の力に傾いていても良いかな。とか考えてますし」

 

「は?貴様……本気で言っているのか?」

 

「ええ、本気ですよ。流石に闇の力に染まりきるのはお断りですけど、今くらいであれば問題はありませんから。

 まぁ……戦国乙女の方々は基本的に陽の力ですから、俺とカシン様だけ闇の力というある意味で仲間外れ状態になるというのが問題と言えば問題かもしれませんが」

 

 とは言ったが、毛利様は見た目が闇の力とか言われても信じてしまいそうである。あの方の場合はどちらなのだろうか。闇や悪しき気を祓い、迷える魂を鎮めることも出来るのできっと陽の力だとは思うのだが。

 それにしてもカシン様の今の顔は非常に面白い。普段であれば決して見せないような、口を開けて呆けているその表情は貴重なものだ。とりあえずその表情は覚えておこう。何かに使えるときが来れば投射術で寸分違わぬ今のカシン様の表情を紙にでも投射してばら撒いてやろう。

 

「待て、貴様はそれで良いのか?我が言うのも可笑しな話ではあるが、闇の力に傾けば傾くだけ陽の力に傾きづらくなるのだぞ。既に貴様やイエヤスが思う以上に闇の力に傾いているのだ、後戻りが出来ぬようになるぞ?」

 

「そこで心配してくれる辺りカシン様も変わりましたよね……」

 

「……別に貴様を心配しているのではない。ただ確認を取っているだけだ。

 だが……はぁ、貴様がそう言うのであればわざわざ我が手を出す必要はないな」

 

「おや、良いんですか?」

 

「構わぬ。それだけ闇の力に傾き、そして呪いの起源を宿していれば放っておいても闇の力に染まろうものよ。

 ……以前の我のようになるか、変わらず貴様であり続けることが出来るか。それは貴様次第だがな」

 

「問答無用で以前のカシン様のようになるかと思いましたが……どうにかすれば特に変わらない、と?」

 

「貴様であれば、な」

 

 どうにも以前から思っていたことではあるが、カシン様は俺のことについて、俺以上に色々と知っているような気がする。まぁ、榛名の欠片についてはカシン様は見れば分かる。程度のことなのかもしれないが、今回の闇の力に染まったとしても俺ならば何とかなるかもしれない。というのは俺が知りえない俺自身の何らかの情報がなければ判断は出来ないはずだ。

 ただ、それについて言及したところでカシン様は絶対に答えてはくれない。そういう方だということは理解している。

 

「まぁ良いわ。では榛名についてだが……貴様は榛名を欲するか?」

 

「特に必要はありませんが……毛利輝元様がどうにも榛名を欲しがっているようですね。って、そうだカシン様。聞きたいことがあります」

 

「何だ?」

 

「甲斐にて怨みの集合体を見つけましたが、あれカシン様の術のせいですよね」

 

「我は甲斐になど術を使ってはおらぬが?」

 

 俺の言葉を聞いて愉快そうな笑みを浮かべたカシン様は、術は使っていないと否定する。

 ということは本当に今回、そういった術は使用していないのだろう。そう、使用していないだけだ。

 

「では、そういったことが出来るような呪具をどなたか……そうですね、毛利輝元様に渡したのではありませんか?」

 

「ほう、何故そう思う?」

 

「あれはどう考えてもカシン様の術が影響していますし、わざわざそういった物を使っておく必要があるとすれば榛名を求めて暗躍している毛利輝元様くらいですから。

 それに室生様から聞いた情報と、部下を走らせて集めた情報に寄れば各地で斉藤様の目撃情報があります。ですので、カシン様が毛利輝元様に与えた呪具を斉藤様が使った。そのうちの一つを甲斐で見つけた。というところでしょうか」

 

「良いだろう、及第点をくれてやる」

 

「ということは、まだ他にも何かあると」

 

「特に隠すことでもない故に教えてやろう。毛利輝元には呪具の他に封印の塔の結界を解く道具を渡してある。

 この国をより掻き乱すようであれば我としては動き易いと思ったが……やれ、どうにもあれは使えん男よな。動くべき時に動かず、今になって漸く動き始めたわ。

 泰平の世などという多くの者が油断している今になって動くというのは手ではあるが……いや、それでもそちらに気づけば動く者も多かろう。やはり使えぬ」

 

 カシン様の毛利輝元様へ対する評価が厳しすぎるように思えるのは気のせいだろうか。

 いや、カシン様としては自分が行動を起こす前に適度に掻き乱してくれれば陽動程度には使えると思っていたのに、その素振りすら見せずに姿を消したのでカシン様としては忌々しく思っているのかもしれない。

 それでも俺としてはカシン様の言うように泰平の世だからこそ動いている。というのに納得してしまった。ポンコツ化の進む戦国乙女の方々では気づかないうちに毛利輝元様が目的を達成するというのは決して有り得ない話ではないからだ。

 まぁ、それでも元々毛利輝元様を探し続けている毛利様が居るので果たして本当にその考えで動いたとしてどれほど効果があったのか、と考えるとあまり良い手ではないのだろう。

 だが俺にとって重要なのはそこではない。

 

「封印の塔の結界を解く道具ですか……思っていたよりも状況は悪そうですね……」

 

「我にしてみれば、あの者が榛名を手にしようが関係ないと思っていたのでな。いや、実に申し訳のないことをしたなぁ?」

 

「心にもないことを言うのやめてください。しかし……そうなれば此方としても早い段階で手を打つべきですね」

 

「そうであろうな。手を打てるならば打つが良い。

 あぁ、我に助力を願う、などと戯言を抜かすなよ」

 

「言いませんよ。毛利輝元様に関しては此方でどうにかしますから」

 

 事実今回の件に関してカシン様に助力を願うことはない。

 もしカシン様の力が必要になることがあれば、それはきっと榛名を使って何かする必要が出てきたときくらいだ。なるべくならカシン様には大人しくしておいて欲しいので。

 

「そうか、であればこの話は仕舞いとしよう。

 ならば次は我の呪いの起源だが、聞きたいことがあるのではないか?」

 

 聞きたいことはある。それをわかった上でこうして問いかけてくるのがカシン様らしくはあるが、それで聞いたことに対して全て答えてくれるとは限らないので毎度毎度困ってしまう。

 それでもカシン様に問いかけ、答えを貰うことで個人的には好転するのでそれはそれとして諦めているのだが。

 

「少し前に眠っている時にあれを見ましたが、カシン様そっくりですね。

 まぁ、奥方様の封印術などがありましたし、間違いはないかと。それときっとあれは俺の意識の深層とか、そんな感じだったのかもしれません」

 

「……見た目に関しては我は知らぬが、我の憎悪であるならば似ていても可笑しくはあるまい。それでそれがどうかしたか」

 

「いえ、実はですね、それを何処かで見たことがあるような気がして……で、変な話ですけどカシン様は何か知らないかな、と」

 

「知らぬな。あぁ、知らぬとも。我に聞くでないわ」

 

「……?あぁ、いえ、そうですよね……妙なことを聞きました」

 

 何か違和感を覚える返答だった。普段であれば知らないまでももう少し言葉を重ねるはずなのに。

 例え俺が聞いたことが、カシン様にとって全く関係のないことであってもだ。

 それなのに今回は知らない、聞くな。それだけだった。もしかしたら何か知っているが知られたくないのかもしれない。ただ、だからと言ってしつこく聞いても答えてはくれないだろうし、下手に聞いて機嫌を損ねるわけにもいかない。

 結局は俺が引き下がるしかないのか。

 

「ただ、呪いの起源について我が言えることは……貴様があれを斬ることが出来れば消えるだろうさ。

 当然、憎悪は我に戻ることはない。下手に手を加えた結果、あれが我に戻れば貴様にとっては厄介だろう?

 で、あるならば斬って見せよ。そのためであれば多少を手を貸してやろう。どのような決着となるか、暇つぶし程度にはなろうものよなぁ?」

 

 と思ったらいつも通りのカシン様だった。さっきの違和感は俺の気のせいでしかなかったのだろうか。

 

「では、斬るためにはどうすれば良いんですか?」

 

「貴様の意識を起源のある深層まで落とし、そこで殺し合えば良かろう。

 ただ、我の憎悪故貴様では勝てぬやもしれぬ。そうなれば貴様は死に、憎悪は我に戻る。だが貴様があれを斬ることが出来れば貴様の抱える問題を幾つか解決することになろう。

 そうさな……榛名を使え。多少は貴様に勝機が見えるだろう」

 

「なるほど……ですが、俺に榛名が使えますか?」

 

「我が制御してやる。我の娯楽のためであれば、その程度は手を貸してやろう」

 

「……わかりました。では毛利輝元様の件が片付いた暁にはどうかご助力を願います」

 

「あぁ、任せておけ。榛名の制御程度、我にとっては児戯にも等しいものよ」

 

 違和感はなくなったが、カシン様は自分のためだと言いながらも随分と俺に協力してくれるようだった。

 普段であればもう少し渋るなり、手を貸して欲しければ、と何か交換条件を出してくるはずなのに、どうしてだろうか。もしかすると呪いの起源、それを斬らせることでカシン様に何か得るものでもあるのだろうか。

 もしくは今更になって憎悪を取り戻そうとしているか。いや、それはないか。今のカシン様には以前までの憎悪に対して未練などはなく、それがどうなろうが、もはや関係ないという考えを持っているはずだ。

 あくまでも俺の想像と予想でしかないそれはきっと当たっていると思う。カシン様は口では否定的なことを言うが、今の生活やあり方を気に入っているのだから。

 

「さて、ではそれらについてはもう良かろう。

 最後に話すべきことだが……」

 

「あ、カシン様。チョコレートいります?」

 

「ふん、どうしても、と言うのであれば受け取ってやらんこともないぞ?」

 

 真面目な話は終わりということでチョコレートを話題に出してみたのだが、どうしてこうこの方は上から目線なのだろうか。それにユウサイ様の体であればまだ違うのだが、今のカシン様はチョコレートが欲しいと顔に書いてあるように見える。

 やはり自分の感情を隠すことなく表現する、カシン様本来の姿はこういうところがわかりやすい。言葉に関しては辛辣なものが多いが、俺としてはどういう感情を持っているのかわかりやすい今の姿の方が好ましく思える。

 単純に、対処する際に、もしくは腹の探り合いをする際にやり易いから、という理由ではあるのだが。

 

「あ、それほどではないので良いです」

 

「どうしても、と言うのであれば受け取ってやらんこともないぞ?」

 

「カシン様、その結晶を浮かび上がらせるのやめてもらえません?それから光線飛ばすとかやめてください」

 

「どうしても、と言うのであろう?」

 

「はいはい。どうしてもカシン様に受け取ってもらいたいので、良ければ受け取ってください」

 

「そこまで言うのならば受け取ってやろうではないか」

 

 攻撃するための結晶が浮かんでいたが、その先端は全て俺に向いていた。もしチョコレートを渡すことを渋るようであれば本気で攻撃されていたに違いない。

 しかし、素敵忍術で取り出したチョコレートを渡すと口では偉そうにしながら、そして表情を変えないように気をつけているようだが、微妙に嬉しそうにしているのがわかる。それを指摘すると絶対に攻撃されるので黙っておくが。

 

「ところでカシン様。紫苑から聞きましたが鬼灯に団子や饅頭、羊羹を買いに行かせているらしいですがちゃんと普通の食事もしましょうよ」

 

「我に食事など特に必要はない。であれば何を食おうが勝手であろうが」

 

「そういう問題ではなく、折角用意してもらったんですから、ね?」

 

「断る。団子があるならそれを食えば良い。饅頭があるなら饅頭を、羊羹があるなら羊羹を。

 まぁ、今はチョコレートがあるならばそれで良いだろう」

 

「お子様ですか」

 

 ご飯よりもお菓子が食べたい!ということらしい。本当にお子様そのものな考えだった。

 

「ふん、関係ないわ。それよりも結城、もっと寄越せ」

 

「はぁ……仕方ありませんね……」

 

 何を言っても意味がないことを悟って追加のチョコレートを渡す。

 それを受け取って満足そうに頷くのを見ながら先ほどの違和感について考える。

 呪いの起源を見て、何処かで見たことがあるような気がした。それについて聞いたらあの反応だ。何か意味があるに違いない。ただ、それにどんな意味があるのかまでは現状ではわからない。

 もしかすると、意外と重要な何かなのかもしれないので、もう少し気に掛けておいても良いのではないだろうか。

 そんな風に考え込んでいたが、とりあえずは保留することにする。今は目の前の、と言うほどではないが毛利輝元様のやろうとしていること。それに対して気を向けておかなければならないのだから。




甘い物大好きで子供っぽいカシン様とかどうでしょう。個人的には良いと思います。
お菓子食べてばかりでご飯食べられないカシン様とか、良いと思います!

カシン様がお菓子頬張ったりする姿とか絶対に可愛いと思うんですけどどうでしょうか?


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カシンさまといっしょ そのさん

オリ主はカシン様に遠慮がない。
遠慮がないので普通はしないようなこともしたりする。


 真面目な話を終えてからカシン様にチョコレートを渡したが、カシン様は実に幸せそうである。

 先日京で食べていたがその時は感情が読みにくいユウサイ様の体であったのでそこまで気に入っているとは思わなかった。

 それでも甘い物を好むようになっているのだから気に入るのは当然と言えば当然のことなのだろう。

 そんなことを思っているとチョコレートを口にしてからわかりづらい幸せオーラを振り撒いていたカシン様が俺の視線に気付いたのか口を開いた。

 

「ふん、貴様がどうしてもと言うから受け取ってやったが……この程度の物で我が満足すると思うなよ」

 

「どうしても欲しかったので強請ったが、この量ではとても満足しない、追加を寄越せ。ですか」

 

「貴様が!どうしてもと言うから!受け取ってやったのだ!!」

 

「はいはい」

 

「はいはいではないわこの戯けが!」

 

 いや、だってカシン様の顔を見ればわかるのだから仕方がない。さっきだってどうしてもと言うなら。とか言いながら顔にはチョコレートが欲しいと書いてあったし、今だってチョコレートを口にしてから凄く幸せそうに食べていた。

 まぁ、他の人が見たとしてもその辺りのことはわからないらしいのだが。どうしてだろうか、こんなにわかり易いというのに。

 

「それに我は追加を寄越せなど一言も言っておらぬではないか!」

 

「ならいらないんですね、わかりました」

 

「そうも言ってはおらぬわ!」

 

 どうしよう。この打てば響くような会話と言うのは存外楽しいかもしれない。というか楽しい。やはり遠慮なくあれこれ言える相手との会話は良いものだ。

 これでも好き勝手言っているように見えてあれこれと考えて遠慮したりしているので、その辺りを気にしないで言い合えるというか、好き放題言えるというか、そういうことが出来るのは今のところカシン様くらいのものだ。

 まぁ、好き放題言えるのは竜胆たちに対してもそうなのだが、カシン様のようには返してくれない。部下だから、というだけでなく時折困った弟だ、みたいな目をするので此方は控えている。

 

「ええい!良いからさっさと寄越さぬか!」

 

 建前とかはもはやどうでも良いのか。一応取り出しておいたチョコレートを強奪したカシン様はそれを俺に取り戻されないように抱え込んでしまった。元々渡す予定だったので構わないが、もう少し落ち着いて欲しい。

 まだ予備はあるので取り返そうとは考えていないし、子供のような行動をされても正直反応に困ってしまう。下手に弄ると機嫌を損ねてしまうので弄るわけにもいかない。

 

「まったく、貴様と言う男は……何も言わずとも素直に差し出せば良いものを……!」

 

「あ、そういえば以前豊後に赴いた際にカステラも買っていました。余りですけどカシン様は要りますか?」

 

「うむ、さっさと寄越せ。無駄口は叩くなよ」

 

「わかりました。でもカシン様、こうした菓子類だけではなくちゃんと食事をしてくださいよ?」

 

「……しつこい男よな。別にこうして別の物を食ろうておるのだ、問題はなかろう」

 

「紫苑や鬼灯がカシン様の為に用意したものですよ?折角ですからちゃんと食べた方が良いですって」

 

 カシン様は本当に普通の食事は必要ないと思っているようだが、それを用意した人間がいるのだから食べた方が良い。まぁ、その辺りのことをカシン様にすぐに理解しろと言うのは無理があるのかもしれないが。

 それでも良い方向へと変化しているカシン様ならば或いは、と思ってこうして話をしている。

 

「…………はぁ、わかった。本来であればこのようなことはせぬが、貴様がそこまで言うのだ。特別に食ろうてやるわ。ただし、毎度毎度は気が進まぬ。時折よな」

 

「本当ですか?嘘ではありませんよね?」

 

「何故このようなことで嘘をつかねばならぬのか……ただの気まぐれよ。気が乗れば食う。気が乗らねば食わぬ。それで充分であろう」

 

「ええ、そうですね、それで充分です。きっと紫苑と鬼灯は喜びますよ」

 

「あの二人が喜ぼうがどうしようが我にはどうでも良いがな……」

 

 あ、ダメだこれは。本当にどうでも良いと思っている顔だ。

 もう少しあの二人のことを気に掛けるようになれば良いと思う反面、これの方がカシン様らしいとも思ってしまう。それに遊ぶため、という理由であればあの二人のことは随分と気に掛けているようではある。それならば無理にこれ以上気に掛けるようにする必要はないのだろうか。

 それに紫苑と鬼灯は現状でもだいぶ満足しているようだし、変に口出ししなくても良いのかもしれない。まぁ、そうだとしても心の中ではどうしても色々と考えてしまうが。

 

「まぁそんなことはどうでも良い。それよりも我が貴様と京に向かう前に、埋め合わせをせよ。そう言ったのを覚えていような」

 

「ええ、だからこうしてチョコレートを渡しましたよ」

 

「それはそれとして、埋め合わせをせよ。そう言ったことを覚えているのは良い。で、どのようにしてくれようか」

 

「だからチョコレートを……」

 

「そうさな、もし貴様の中にある我が呪いの起源、それを斬ることが出来たなら一度話をする機会を設けよ。そしてもし貴様が逆に殺されるようであればその魂を我が物としよう。異論はあるまいな?」

 

「俺が言えたことではありませんが、もう少し会話しませんか?」

 

「貴様に合わせて話をしようものならいつまでも話が進まぬことがある故に我の言いたいことだけ言っているだけのことよ。で、異論はあるまいな?」

 

「はぁ……わかりました。その時が来ればさっさと斬って話をしましょう」

 

「貴様が殺されやもしれぬ。それは考慮せぬのか」

 

「はい、ヨシテル様の忍としてその程度で死ぬわけにはいきませんので。それにわざわざカシン様が手を貸してくれるわけですからそんな無様な姿を晒すわけにはいかない、ということもありますから」

 

 まだヨシテル様の為に何か出来ることがあるはずだ。それならばそう簡単に死んでしまうことは出来ない。それに死ぬならヨシテル様の手で、とか冗談半分とはいえ言ってしまったのでまだ死ねない。

 あと、カシン様が自分の娯楽のためだとか言いながらも手を貸してくれるのだ。それなのに残念ながら負けて死にました。とか有り得ない。必ず呪いの起源を斬り捨てなければ。

 

「ほぅ……うむ、良い。ヨシテルの忍として、というのは気に入らぬが我が手を貸すのだ。我が呪いの起源と言え斬り捨てられぬようではその甲斐もないというもの。精々無様な姿を晒してくれるなよ、結城」

 

「ええ、勿論です。必ずやカシン様の呪いの起源を斬り捨てて御覧にいれましょう。

 で、それは良いとして……先ほどの話で確認したいことがあるんですけど、良いですか?」

 

「なんだ?」

 

「毛利輝元様に渡したという呪具ですけど、幾つ渡しました?」

 

「そうさな……十だったか、その程度渡したはずだ。些事故に細やかには覚えておらぬが」

 

「甲斐で一つとして、残り九ですか。奥州から始まり、豊後まで戦国乙女の方々の居る土地に割り振っていると考えるべきでしょうか?」

 

「ふむ……そうやもしれぬな。榛名欲しさに動いているようだが……我の呪具を高々足止めに使うか」

 

 段々と声から感情が消えているが、どうやらカシン様は足止め程度に使われることが気に入らないらしい。

 まぁ、カシン様ほどの実力者が作った呪具を侵攻や襲撃の為に使うのではなく足止めに使うとなれば当然なのかもしれない。だが怨みの集合体を作るとしても、あのままでは人に危害を加えられないし、人から危害を加えられることもない。

 

「そういえば、甲斐で見たものだと実体はありませんでしたし、足止めにも使えませんね。

 いえ、周りものに影響を与えてそれらによって足止めをする。というのであれば問題ないのかもしれませんが」

 

「であれば核となる呪具から外れたのであろう。核さえ内に秘めていれば実体を得ようものを……いや、もしくはあの男が扱いを間違えた結果やもしれぬな。

 それにそのようなものであやつらを足止め出来ると思うか?否、無理な話だ。その程度であれば我によってこの世は滅んでいよう」

 

「まぁ、確かにそれくらいでは足止めとしての効果は少ないでしょうね。

 それと呪具は大抵が扱いを間違えると壊れますから……毛利輝元様もそうだったのかもしれません。となれば実際に残っているのは本当に九個と考えても?」

 

「それで良かろう。いずれにせよ、全国にばら撒いたのであれば貴様が気にすることではあるまい。ただの足止め、であれば本命である榛名を守るのが貴様の役目よ」

 

「……まぁ、実体を得た場合は戦国乙女の方々であればそう苦労することもないでしょうからね。部下を伝令として走らせておけば問題はないと思いますが……」

 

 物理で殴れば良い。という状況であれば、幾らカシン様が作った呪具によって完成した怨みの集合体と言えど戦国乙女という存在には勝てないだろう。

 前鬼や後鬼のような鬼丸国綱、もしくはそれに準ずる霊験を秘めた武器を使わなければ倒せない。ということはないのだから。だからこそ本当に精々が足止めになるかどうか、という程度でしかない。

 まぁ、本来はそうもいかないと思うのだが室生様という前例があるのだ。何とかなるだろう。一応、部下にはそれらに対応する為の呪具か何か渡しておけばより磐石だ。

 

「であればそれで良かろう。知らせてやるだけ有り難く思わねばな。

 しかし……いや、つまらん男が仕掛けたことではあるが、存外面白いかもしれぬなぁ?

 あやつらが事に気づいた時には既に最終局面ということよ。いやはや、普段から粋がっておる割には必要な時には動けぬ、役立たず共よ」

 

 カシン様が非常に悪い顔をしている。なんだかんだで辛酸を舐めさせられた相手である織田様たちが足止めを受けている間に黒幕である毛利輝元様と対峙するのは俺であり、危機的な局面であっても戦いに参加出来ないことを役立たずと揶揄しながらその姿を想像しているのだろう。

 何度も思うことだが、良い方向に変わろうとカシン様はやはりカシン様のようで、ある意味安心した。

 

「まぁ、良いんじゃないですか?榛名を使う、ということですから他の戦国乙女の方々が居ない方が簡単に事が進むでしょうし。いえ、邪魔されることはないと思いますが、事情の説明とか面倒ですよね。

 特にカシン様が榛名の制御をしてくれるとのことですから、絶対に変に勘繰られますよ」

 

「我はそれでも構わぬがな。勘繰られようがどうしようが我は気にせぬ故に。

 あぁ、だが邪魔をされたせいで貴様が死ぬようなことがあればあやつらがどのような顔をするのか、それは見物やもしれぬ」

 

「カシン様、ひっどい顔になってますよ。それ、悪人の顔です。ほーら、せめてもう少しマシな顔にしましょうねー」

 

「む、何をしようとしておる。やめ、やめぬか!ええい!我の顔に触れるでないわ!」

 

 流石にこれ以上悪い顔をされると此方としても同じ部屋の中に居づらいのでなんとか戻してもらおうとカシン様の頬を引っ張ってやろうと思い、手を伸ばしたが叩かれてしまった。いや、これは悪い顔をしているカシン様が悪いのであって、こうした行動に出た俺は悪くないのだ。

 それに甲斐での出来事はカシン様が原因の一端であるわけだからそれに対して仕返しをしても問題はないはずだ。カシン様が余計なことをしなければきっと甲斐で室生様に遭遇することもなかったのだから。

 そんな思いを込めて、且つ悪い顔をやめさせる方法を考えて、すぐに思い至った。それは以前から少し考えていたことも含まれている。

 

「……結城、その手に持っている物は何だ」

 

「手拭いです。大丈夫ですよ、水遁でちゃんと濡らしてますから」

 

「何が大丈夫なのか、我には到底理解など出来ぬが何をしようとしている?」

 

「いえ、カシン様の顔のその紋様を消すにはどうしたら良いのか、と思いまして……とりあえず濡らした手拭いで拭けば落ちないかな、と」

 

「貴様は馬鹿か!?」

 

 馬鹿呼ばわりとは心外な。単純に気になったのだから仕方ないだろう。というわけで行動あるのみだ。

 

「ば、貴様正気か!?そのような物で我の紋様が消えるわけが……って話を聞け!だからそのような物で消えぬと言って……!!」

 

 なかなか抵抗をしてくれる。というか呪術師という存在でありながら思っていたよりも腕力が強いようで先ほどから微妙に俺が押されている。まさかカシン様に単純な腕力で負けるなんて……とショックを受けつつも仕方ないので忍術で肉体強化を行う。

 さて、これならカシン様に負けることはないだろう。早速あの顔の紋様を消さなければ。主に憂さ晴らしの為に。

 

「なっ……!?貴様いきなり力が強く……くっ!忍術か!?また貴様の良くわからん奇妙な忍術を使いおったな!?」

 

「はいはい、良いですからちょっとその顔面の紋様消させてください。あと、俺の鬱憤もそれで消えると思いますから」

 

「何故我が貴様の鬱憤晴らしに協力せねば、って本当に力が強いな貴様!やめねば呪うぞ!?」

 

「既に呪われてるんですよねー。ほらほら、紋様消しますよー、額のも消しますよー」

 

「やめっ……ええい!!放せこの阿呆が!これは物理的に消えるものではないわ!」

 

「知ってます」

 

「ならさっさと手を放せ!!」

 

 仕方がないのでぱっと手を放すとカシン様は肩で息をしながら俺をキッと睨みつけてきた。

 いやぁ、普段のカシン様からは想像も出来ない姿になっているのが個人的にはとても楽しい。これならば俺の鬱憤も晴れようものだ。

 

「良いか!この紋様は手拭い程度で拭ったところで消えるようなものではないわ!それを貴様は……!」

 

「なら次は他の物を使いましょうか」

 

「他の物であっても消えぬわ!!何故貴様は我の紋様を消そうなどと考えた!?」

 

「なんとなく?」

 

「本当に貴様は意味が分からぬわ!我が本来の力を持っていれば貴様など……おい、聞いておるのか?」

 

「大丈夫です。次は水だけではなく洗剤も使いますから」

 

「よし、呪う!貴様は今此処で呪う!!」

 

「まぁまぁ、落ち着きましょうよ。あ、徳川様のお気に入りの饅頭でも食べます?」

 

「イエヤスのお気に入り、という時点で気に食わぬわ、この阿呆が!!…………む、美味いな……」

 

 ポンコツ化の症状はどうやらカシン様にも出ているらしい。

 気に食わぬ、とか言いながら美味しかったようで黙々と食べている。その姿はカシン様が知れば嫌な顔をするのはわかりきっているが、非常に徳川様に似ている。

 本人は全力で否定するだろうが、そして他の人にはわからないだろうが、とても幸せそうに饅頭を頬張る姿など少し前に見た徳川様の姿そのものである。カシン様は徳川様のことを嫌っているが、それでもこうしたところが似ているのはやはり卑弥呼に関係が深い二人だからだろう。

 

「ん、おかわり」

 

「ええ、勿論ありますよ」

 

「うむ、貴様のそういった準備の良い所は好きだぞ。

 それに初めて貴様を見た時は見事なまでに感情のない顔であったが、人とは変わるものよ……いや、今の我にとっては今の貴様が好ましいがな」

 

 確かに雇われたばかりの頃はあくまでも雇われただけの忍と割り切って動いていたのであまり感情を出さないようにしていたが、カシン様が言うほど感情のない顔なんてしていただろうか。

 

「顔合わせした時の俺ってそんなに酷かったですか?」

 

「我の知る限りではな。あぁ、今は貴様に良く懐いている義昭も随分と怯えていたのを思い出したわ」

 

「あぁ……ということは確かに酷かったんでしょうね……」

 

 いや、でも今は怯えられることもないので問題はない。というかそうか、当時の俺はそこまで酷かったのか。

 

「あぁ、酷いものだったな。だが変わったのであれば気にする必要もあるまい。

 貴様は貴様らしく生きれば良いのだ。これよりも先、変わり続けるならばそれで良い。これ以上変わらぬのであればそれも良い。我はな、貴様の行く末がどうなるか、楽しみにしているのだ」

 

「カシン様もそう言われるとどうにも不吉な物を感じてしまいますね……」

 

 とは言うが、その言葉に悪意などはなく、言い方は悪いが綺麗なカシン様とでも言っておこう。そんな印象を受ける。まぁ、見た目で言えば綺麗だとか可愛いだとか言われる容姿をしているので、今回はあり方を示しているのだが。

 しかし、あり方の綺麗なカシン様というのも酷い違和感を感じてしまう。いっそ邪悪な方がカシン様らしいと思う辺り、以前までの印象が強すぎる。

 

「貴様がそう思うのであればそれでも構わん。だが……我がことながら珍しく、悪意も企みもない言葉だぞ?」

 

「ええ、どうにもそのようですね。でもカシン様にはそういうの似合わないんですよね……」

 

「自覚はある。が、本当に珍しいこともあるものだ。我のこの言葉、素直に受け取っておくが良い」

 

「……わかりました。では、行く末が気になるというのであれば見守っていてください。と言うくらいは良いでしょう?」

 

「ふん、気が向けば見守るくらいはしてやろう。精々、貴様らしく最後まで生きてみよ」

 

 どうにもそう言うカシン様の目は優しい、ような気がする。何だろうか、最近こうして優しい目というか、そんな目で見られることが多い気がする。

 納得出来ないまでも仕方がないと思える相手もいるが、納得出来ないし仕方がないと思えない相手まで俺をそうした目で見てくるのはどうしてだ。あと関係ないがミツヒデ様はどういう思考の結果、俺を弟として見てくるようになったのだろうか。

 それと小早川様は別れ際にとても優しい目で「ちゃんと自分と向き合ってくださいね」とか言っていた。そうした、別れ際に一言添えるというのは戦国乙女の方であればそう珍しいことではない。だからそれだけなら素直に受け止められたのに、あの目のせいで些か納得が出来なかった。

 

「……我の言葉を聞いて、またくだらぬことを考えているな?本当に貴様は……」

 

「くだらないとは失礼ですよ。その通りですけど」

 

「ならば文句など口にするでないわ」

 

 呆れたようにそう口にしたカシン様にいつものようや辛辣さはない。まさか偽者なのでは?とか一瞬思ったがカシン様の偽者とか誰が出来るんだ。それに此処はカシン様の屋敷だ。入れ替わるとか出来るはずがない。

 ならば今此処にいるカシン様は本物なのだろう。とか、そんな風に考えているとまたカシン様にくだらないことを考えていると言われてしむので、これ以上は自重しておく。現にカシン様は怪訝そうに俺を見ている。

 まぁ、残念ながらそうして自重するのが遅れてまた何か言われるのか、と思ったがどうにも違った。

 

「……どうにも貴様に違和感を感じると思っていたが、何か可笑しな物を持っているようだな。我にとっては好ましくないが……ヨシテルの仕業であろうな」

 

「え?あ、もしかして大典太光世のことでしょうか?」

 

「待て。貴様はあの刀を持っているのか?あの悪趣味な刀を?」

 

「悪趣味って……そんなに酷いですか、これ」

 

 言いながら大典太光世を取り出す。それを見てカシン様は嫌な物を見るように顔を顰めた。

 

「あぁ、酷いとも。我にとってみれば、鬼丸国綱以上に忌々しく思う一振りよ。

 だが……貴様にはそれが似合いか。精々手放さぬようにするが良い」

 

「悪趣味なのが似合ってるって、酷い言われような気が……」

 

「持ち主を選ぶような物、道具としては悪趣味よな。だが自らを道具として考える貴様には似合いと言うことよ。

 いずれはその考えも変わる時が来るであろうが……いや、待て。なんだその柄と鞘は。以前我が見たものと違うではないか」

 

「綻んでいたとかでヨシテル様が直させたそうですよ。鬼丸国綱を持っていたのでそれと同じ拵えにさせたとか言ってましたけど」

 

「…………あの女はあの女で……まぁ、良いわ」

 

 完全に呆れて物も言えない。というようにため息を一つ。

 何かに気づいているのか、こういう場合は以前までなら嘲笑の一つも浮かべていたのに、そういうことはない。

 それどころか、まったく仕方が無い。とでも言うような、そんな雰囲気さえする。

 

「さて、結城。まだ菓子の類を持っていよう?さっさと差し出せ。

 貴様の話に付き合ってやった礼として、その程度のことをして見せたらどうだ?」

 

「付き合ってやったって、半分くらいカシン様が好き勝手言ってましたよね?」

 

「そんな言葉は聞く気はない。差し出す物を差し出せ。

 それに貴様に助言してやったであろう?感謝して自ら礼として、というのが筋だと思うのだがな」

 

「はぁ……良いですけど、徳川様のお気に入りの団子とか、徳川様のお気に入りの飴玉とか、徳川様のお気に入りの饅頭その二とか、そんなので良いですか良いですね」

 

「……イエヤスのことは気に入らぬが、味覚は確か故にそれで我慢してやろう」

 

 先ほどのこともあるので、徳川様のお気に入りの菓子というのが美味しいと理解しているようだ。まぁ、それでも嫌そうな顔をしていることからやはり徳川様のお気に入りというのが気に入らないことが理解出来る。

 そういう反応をするであろうことを理解しておきながら渡す俺に対する苦言も含まれているような気もするのだが。

 まぁ、それでもなんだかんだで大人しく饅頭などを頬張るカシン様は普段と違って幼い少女のように毒気も何もない姿に見える。そんな姿を見ながら俺は、手だけでおかわりを催促するカシン様にまた饅頭などを差し出すのであった。




甘い物好きで、イエヤス様の好きな物とか食えるか!とか言っちゃうけど美味しいからついつい食べるカシン様とかも良いと思う。
というか本当にカシン様が子供っぽかったり甘い物を頬を膨らませながら食べてたら良いと思う。あ、でも不機嫌そうにお菓子をばりばり食べててもそれはそれでありだと思う。

カシン様の顔の紋様を消そうとする。
イエヤス様のお気に入りの饅頭を渡して反応を見る。
とかそんなことがしたかった回。


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コタロウさまといっしょ そのに

オリ主は人らしくもあり忍らしくもある。


 京へと戻り二条御所へ、ではなく町中を散策を行うことにした。

 本来であればすぐにでも戻って報告をしなければならないのだが、小早川様の言葉もあってか今からヨシテル様と会うということにどうしてか躊躇いがある。なので散策をしながら少しだけ落ち着こうとしている。

 ただなんとなくの散策でもしていればこの奇妙な躊躇いもなくなるだろう。ただ問題があるとすれば俺が何の目的もない散策という物をしたことがない。ということだ。

 いや、したことがないからこそ気が紛れるのかもしれない。とりあえずはふらりと歩いて回ってみよう。別に疚しいことがあるわけではないので特に変化は使用しない。ヨシテル様からは急を要するような件でなければ戻ってきた際に町を回っても良いと言われている。

 ただ、今まで一度としてそうしたことはなかったのだが……一応許可は出ているのだから気にしないことにしてよう。

 

 そうして散策をしているがやはり色々な人に話しかけられる。分かりきっていたことなので普通に対応しながら「たまにはこうして散策をするのも悪くありませんから」なんて言っておく。

 皆が皆珍しい物を見るような目をしているがそれは仕方が無いことか。それにしても、そういう話を店先などでしようものなら話をした後に必ずあれを持って行け、これを持って行け、と色々と貰ってしまった。俺個人に、というよりもヨシテル様や義昭様へのお土産としてだ。

 その厚意を踏みにじるようなことは出来ないので有り難く頂戴しておく。これは二条御所に戻った際にヨシテル様に渡すなりしよう。まぁ、ヨシテル様だけではなく義昭様やミツヒデ様にも渡すのだが。

 そんなこんなで歩けば歩くだけ色んな物をもらってしまい、ヨシテル様たちは本当に民に愛されているな。と実感しつつも流石にこれは多すぎやしないか、と思ってしまう。いや、どう考えても多い。どれだけ愛されているんだあの方たちは。

 内心でその事実に慄いていると背後から声を掛けられた。

 

「あれ……結城様、ですよね?」

 

「その声はコタロウ様ですか?」

 

 振り返ればそこにはいつか見た着物を着たコタロウ様が立っていた。

 

「珍しいですね、お一人で町中を歩いているなんて」

 

「まぁ……ちょっとした気分転換にでも、と思いまして。急を要するような件でなければ多少は町を回ってから報告をしても良い、と言われていますからね」

 

「そうなんですか……あ、それでしたら一緒に回りませんか?」

 

「構いませんが……今のコタロウ様の隣を歩くのに、この格好というのは申し訳ない気持ちになりますね……」

 

 可憐な格好をしているコタロウ様の隣を、いつも通りの黒装束で歩くというのは本当に申し訳ない。まぁ、見方によっては良家のお嬢様を守る忍のように見えなくもない、はず。いや、それよりもいっそのこと着替えてしまおうか。

 誰にも感知出来ないとはいえ、流石に町中で着替えるというのはやりたくないので何処か人の居ない場所にでも飛んでから着替えれば良い。それに町のあちらこちらに部下からの報告を受けたり出来るようにと、念のために空き家を用意してある。そちらに向かおう。

 

「コタロウ様、少々お待ちいただけますか?」

 

「え、はい、構いませんけど……」

 

 その言葉を聞いてすぐさま空き家へと飛んで宗易様から頂いた装束へと着替えてから再度飛ぶ。

 時間にして一分にも満たないことだが、それでも待たせたことに変わりはない。

 

「お待たせいたしました。これならば、まぁ……隣を歩くとしても問題はないでしょうね」

 

「……結城様が白い……」

 

「町の子供たちと同じ反応するのやめてもらえません?」

 

「えーっと、あーっと……よ、ヨシテル様とお揃いみたいですね!」

 

「町の大人たちと同じ反応するのやめてもらえません?」

 

「えぇ!?だ、だったら、えっと……ふ、普段は黒を基調とした服ばかりですけど、白も似合いますね!」

 

「ありがとうございます。まぁ、ヨシテル様とお揃いというのも事実なのですが……そこは気にしないでください。これはあくまでも頂き物ですので」

 

「あ、そうなんですか?それってもしかしてヨシテル様からの贈り物でしょうか?」

 

「いえ、宗易様……千リキュウ様より頂いた物です。どうにもヨシテル様とお揃いで着て欲しい、とのことでしたので……恐れ多いと一度断ったのですが、ヨシテル様もこれを良しとしていますからね……」

 

 忍がこのような格好で良いのか、と思うのだがヨシテル様の言葉である以上は逆らえない。特に逆らう気もないのだが。ただ、宗易様に言われた当初はヨシテル様がこれを着るように、と言うとは思っていなかった。

 目立つような格好は慎むように、とか言われると思っていたのに……まぁ、ヨシテル様も義昭様も気に入っているようなのでそれならば別に良いか、とも思っている。

 

「なるほど……さっきも言いましたけど、結城様は白も似合いますから良いと思いますよ。

 普段が普段ですから、対極の色ですけど……もしかしたら黒よりも似合ってるかもしれませんね」

 

「黒は見慣れている、という程度ですからね……しかし、そうですか。白の方が似合っているかもしれないのなら、そういう格好をしてみるのも良いかもしれませんね。当然、任務外でのことですが」

 

「あ、なら今から呉服屋にでも行ってみませんか?善は急げ、思い立ったが吉日と言いますからね!」

 

「そうですねー……特に予定もありませんし、それで良いかもしれません。では……普通の呉服屋ではらしくありませんから、少し変わった道具屋があるのでそこに行きましょうか」

 

「少し変わった、ですか?というか道屋なのに服を売っているんでしょうか?」

 

「はい、色々と扱っていますよ。どのような道具屋なのか、それは行ってからのお楽しみということで」

 

 疑問符を浮かべるコタロウ様を連れて件の道具屋へと進路を取る。

 行ってからのお楽しみ、なんて言ってはいるが着物などで言えば今川様が好むようなコスプレ衣装から南蛮の服、当然のように置かれた着物などを幅広く取り扱っており、普通の日用品であったり呪具や忍具などが置いてあり、必要とあれば店主が道具を作成する変わった道具屋である。

 どうでも良い情報として、俺や竜胆、鈴蘭に睡蓮と言った里の忍は全員常連だったりする。必要な道具はこの道具屋で大抵揃うのだから当然と言えば当然である。

 

 話を戻して道具屋であるが、品揃えが変わっているだけではなく店主も変わっている。置かれている品は正規に取り揃えている物だけではなく、何処からか拾ってきた使い道の分からない品なども置いている。そして最も変わっているのは、そうした商品の多くが店主のコレクションであったり、売っている品を気に入ったからと非売品にしてしまうことが多いのだ。

 本人曰くほとんど趣味でやっている店とのことで、商売をする気があるのかないのか良くわからない。それでも、その品揃えから足繁く通う常連が多いようで売り上げはそれなりにあるらしい。

 まぁ、それでも本人はそうして得る金銭を喜ぶよりも手放した後でやはり手元に置いておくべきだったか、と後悔したりしているのであまり金銭に関しては頓着していないようにも思える。

 それに一応珍しい物を買い取りもしてくれるが使えるか使えないか、綺麗か綺麗でないか、というような判断基準ではなく気に入るか気に入らないかで買い取りの値段が変動するのもそうして金銭に頓着していないように思える原因だ。

 

 そんな道具屋へと続く道をコタロウ様と並んで歩いているが、お互いに無言で歩くのもどうかと思い軽く話題を振ってみることにした。

 

「そういえばコタロウ様はどうして京に?」

 

「実は結城様に以前頂いたカステラとチョコレートのお礼を、と思いまして……二条御所を訪ねた時には不在でしたから数日滞在して会えれば良いな、と思っていたんです。

 ヨシテル様からも許可は頂けましたからね。それでとりあえず今日は町を散策しようかな、と思っていたら丁度結城様を見かけたんです。お礼は、その……二条御所に置いてあるので今は渡せませんが……」

 

「そういうことでしたか……お礼なんて、気にしなくて良かったんですよ?」

 

「いえ!頂いてばかりなんてダメですよ!ちゃんとお返しをしないと!」

 

 コタロウ様は何やら気合に満ち溢れているようで、何が何でもお返しをする。という気迫を感じる。気合の一撃にもこれくらいの気合が込められていれば……たぶん小早川様くらいならまともに当たった場合は倒せるのではないだろうか。他の方であれば当たっても倒せないと思うが。

 

「それに、今までもお世話になりっぱなしですから、ボクに出来る精一杯のお返しをしないといけませんよね!」

 

「お世話になりっぱなし、と言われても……そこまでしてないような気がしますが……」

 

「結城様にとってはそうかもしれませんけど、ボクにとってはずっとお世話になってるんです。

 具体的に言えば、初めて顔合わせをして一緒に仕事をした時からですよ?」

 

「本当に最初も最初じゃないですか。それって俺がヨシテル様に雇われた翌日ですよ」

 

「はい!その日からお世話になってます!

 初仕事ではボクが敵兵の攻撃を受けそうになったのを守ってくれたの、覚えてますか?」

 

「……目の前に斬られそうになっている方がいたのでとりあえず敵兵の首を刎ねたのは覚えていますが……」

 

「それ、ボクですよ。結城様はあまり気にせずに敵兵を倒しただけ。と思っているかもしれませんが、ボクは確かに結城様に助けられたんです。

 それ以外でも一緒に仕事をすると油断した時とか、失敗した時とか、その度に結城様に助けられたり手を貸してもらったりしてました。

 …………その顔は本当に覚えてないんですね……いえ、結城様にとっては一々気にするほどのことでもなかったのかもしれませんが、助けられた方はしっかり覚えてるものなんです」

 

 本当に覚えてなくて、果たしてそうだっただろうかと思い出そうとしていたらコタロウ様に少しだけ悲しそうな顔をされた。いや、本当に申し訳ないと思っているのだが、思い出せないのだ。

 確かに誰かが斬られそうだったから敵兵の首を刎ねたし、危なっかしい誰かを助けたり手助けをしたりはした。それがコタロウ様だと言われてもすぐにはピンと来ない。

 ただ、それだけ覚えているということは本当にコタロウ様なのだろう。

 

「だから、結城様が覚えていなくてもちゃんとお礼がしたかったんです。

 その、用意した物はそんなに立派な物ではありませんけど……えっと、それ以外でもボクに出来ることがあれば何でもしますよ!」

 

「ん?今何でもするって言いましたよね?」

 

「え?あ、はい。ボクに出来ることでしたら、任せてください!」

 

「ならばいずれ義昭様の手合わせの相手をお願いします。今はまだ素振りなどをしていますが……いずれはそうして実戦形式で、となりますので。

 ヨシテル様や俺が相手をすることもあるでしょうが、人や武器が変わるだけでも良い経験になるはずです」

 

「そういうことでしたか……わかりました。ボクに務まるかわかりませんが、精一杯義昭様の手合わせの相手をさせていただきます!」

 

「ええ、その時が来たらお願いします」

 

 特に俺が受け取りたいお礼というのはないので、義昭様との手合わせをお願いしておく。いずれは必要になるし、ヨシテル様や俺では確実に手加減をすることになる。なので、こうしたことをお願いできるある程度の実力者であるコタロウ様を頼るのだ。

 こういう言い方はどうかとも思うが、義昭様には今のコタロウ様より強くなってもらいたい。最低限自分の身を守れるくらいにならなければ、将軍となる身としては不甲斐ないだろう。まぁ、ヨシテル様を越えることを目標をしているのだからコタロウ様を相手にして挫けるようなことはないと思うが……それはそれ、剣術やこっそりと忍術を教えている身なので少し厳しくやっていかなければならない。

 

「あ、でもそれだけだとボクとしては足りないと思うんですけど……それって義昭様のために、ですよね?

 ボクとしては結城様の為に何かしたいなぁ、って……」

 

「俺としてはもう充分かと思いますが……むしろ義昭様の手合わせの相手を頼んでいますし、俺がお礼をすべきかと。下手に義昭様に怪我を負わせるようなことがあれば、それはそれは大変なことになりますし」

 

「うっ……そう言われると、実は大変なことを請け負ったような気が……」

 

「事実大変なことですからね。大丈夫ですよ、ある程度の怪我は俺が治せますし、睡蓮なら俺以上に医療忍術に長けていますから余程のことがない限りは何とかなりますから。

 それに義昭様も幼いとはいえ男の子です。剣術の手合わせとなれば怪我をするくらいは覚悟してくれますよ」

 

「そうだとしても、主君の弟君に怪我をさせる。なんて考えたくもありませんよ……」

 

 その気持ちは良くわかる。だが必要なことなので誰かがやらなければならない。今回こうして頼んだのには戦国乙女であり日々鍛錬を続けているコタロウ様であれば多少の手加減も出来るだろうという期待も込めている。

 まぁ、ヨシテル様や俺が外から見ているのであれば、いざとなれば止めることも出来るのでそこまで大変ということもないだろう。俺なら酷く離れた場所からでも間に入って止めることが出来るので少し脅しすぎな気もするのだが。

 

「で、でも!ボクだって手加減とか、怪我させないようにとか、頑張れば出来るはずですから任せてください!

 それで、結城様の為に何か、って話ですけど……」

 

「だからそれはもう充分だと……」

 

 充分だ、と言ってもコタロウ様は納得してくれない。現に不満そうな顔をしているので、これ以上言ったとしても意味がないのかもしれない。で、あれば何か適当にお願いするかしなければならないのかもしれないが特に思いつかないのが現状である。

 

「むぅ……」

 

「そう拗ねないでくださいよ。まぁ……どうしても、と言うのであれば……少し聞きたいことがありますから、それに答えてくれませんか?」

 

「あ、はい。えっと、何に答えれば……?」

 

「とある方に俺はもう少し自分の気持ちに素直になるように、とか言われてしまいまして……」

 

「自分の気持ちに素直になる……あぁ、なるほど。

 そうですね、結城様はもう少し素直に……いえ、自分の気持ちを理解するべきだと思います」

 

「コタロウ様までそんなことを言いますか」

 

 なんだ、そんなことか。とでも言うようにコタロウ様は軽く言ったが……なんだろう、そんなに俺は自分に素直じゃないとか思われていたのだろうか。

 しかもそれが小早川様とコタロウ様と言うのがどこか納得出来ないような気がする。

 

「うーん……これはボクが言って良いことかわかりませんが……」

 

「構いません。何かわかっているのであれば聞かせてください。

 ……その方に言われてから、少しばかり考えてもよくわかりませんでしたし……まぁ、少し時間を取って落ち着いてから考えを巡らせようかとも思っていましたが……」

 

「…………結城様の場合は、そうすると可笑しな方向に思考が行くというか、余計に深みに嵌りそうですね。

 わかりました、ではずばり言わせていただきます」

 

 そう言ってからコタロウ様は足を止めて俺へと向き直り、真っ直ぐに俺を見つめた。それに習うように俺も足を止めてコタロウ様を見る。

 

「結城様は、ヨシテル様のことが好きなんですよ」

 

「え、はい。非常に好ましい方だと思いますよ。そうでなければ今頃別の方が一時の主になっているでしょうから」

 

「そういうことではなくて、結城様はヨシテル様のことが好きなんです」

 

「えっと……?」

 

 何が言いたいのだろうか。確かにそうだと肯定しているのに、違うと言われてしまった。

 

「主として好ましいとか、そういうことじゃないんです。結城様はヨシテル様に恋をしている、ということです」

 

「…………は?」

 

「こういうのは本人が自覚するのが一番なんですけどね……でも結城様は自分で考えるだけだと絶対に理解出来ないでしょうし、仕方ありません。

 もしかしたら、先ほど結城様の言っていた方は結城様がそういう方だと理解していなかったのかもしれませんね。理解しているのであれば、こうして指摘しているはずですし」

 

「えっと、コタロウ様?」

 

 そう言ってからコタロウ様はまた前を見て歩き始めた。コタロウ様の言葉に動揺しながらも、その後に続く。

 

「結城様は何と言えば良いのか……そうですね、色々な事柄の外に自分を置いているような気がします。

 ヨシテル様と話をしていても、義昭様の稽古の相手をしていても、ミツヒデ様とあれこれと相談をしていても、ボクとこうして町を散策していても、それらを自分に関係のあることだとしている結城様と、それらは自分とは関係のないものだとして淡々と見ているだけの結城様がいるような気がします」

 

「…………続けてください」

 

「ある意味で結城様の二面性と言いましょうか。多くの事柄に関わりながらその中心に近い位置に居続ける結城様と、額縁の中の絵を眺めるようにそれを見る結城様。人として人に関わる結城様と、忍として多くを客観的に見続ける結城様。

 そうした二つがあるからこそ、結城様は誰かに恋をしても忍としての結城様がそれを否定して拒絶する。そんな感じですよ、きっと」

 

「自分ではよくわかりませんが……コタロウ様にはわかると?」

 

「わかりますよ。というか足利軍の人間であればわかる人も多いと思います。とりあえずヨシテル様やミツヒデ様の場合は剃れどころではなかったのでわからないかもしれませんが……結城様直属の忍三人は当然として義昭様もわかっているでしょうね」

 

「……確かに、義昭様であれば納得出来ますね……」

 

 最近の義昭様は底が知れないようになってきているので、人の心情であったりその本人が知らないような内面についても察していたとしてもおかしくはない。それの対象が俺と言うのは少しばかり思うところもあるのだが。

 それにしても、俺自身が気づいていない二面性か。それに俺がヨシテル様に恋をしている、と。

 

「こういう場合はボクがどうこう言ったところで結城様はきっと納得しないでしょうから、事実として伝えるだけに留めておきます。ただ……こういう場合はきっと、結城様の中にあるヨシテル様との思い出とか、そういうのを振り返ってみるといいかもしれませんね。

 その思い出の中にあるはずですよ、ヨシテル様に恋をするきっかけになった思い出が」

 

「…………わかりました。いずれ、そのようにさせていただきます」

 

「いずれ、ではなく早いうちにお願いしますよ。自分の本当の気持ちと向き合うのって、大切なことですからね」

 

「早いうちに、ですか……努力はしてみます。

 ……しかし、コタロウ様も変わりましたね……」

 

「ふふ……ボクだって、日々成長してますからね!自分でも似合わないとは思いますが、こういうことだって言えるくらいにはちゃんと成長してるんです!」

 

「そうですね……本当に、俺が思っていたよりもずっとずっと成長していて、変わりましたね。

 ……今の俺の気持ちを言葉で表すなら……色々と見ていて不安が残る妹が立派に成長した姿を見た兄の気持ち、とかその辺りでしょうか」

 

 本当にそんな感じだ。必要ないと思いながらもコタロウ様に護衛を付けたりしていたのは、何処か頼りないと思っていたからであり、今の姿を見る限りではそんなものは必要なかったと思える。

 人が成長し、変わっていくのはわかっていたが……あのコタロウ様が此処まで変わり、凛とした姿を見せてくれるとは思ってもいなかった。だが、それもそうか。コタロウ様も立派な戦国乙女なのだから、それを思えば当然と言えば当然なのかもしれない。

 

「……あ、あの……結城様って、ボクのことを妹みたいに思ってたんですか……?」

 

「烏滸がましい話ではありますが……そんな風に思うことが何度かありましたね……」

 

 事実として、ぱたぱたと嬉しそうに走り寄って来る姿を見て仔犬のようだと思ったこともあるが、里や町で見かける兄の姿を追う妹のようにも見えてしまったことがある。

 いや、戦国乙女であるコタロウ様を相手に何を考えているのか、とも思うのだが……それを言ってしまえば義昭様には兄のように接しているし、その姉であり俺の主であるヨシテル様には恋をしている。とのことなので色々と恐れ多いような気さえしてくる。

 

「な、なるほど……で、でしたら!義昭様みたいにボクも結城様のことを兄さんって呼んでも良いですか!?

 結城様はボクのことを妹みたいに思ってたってことは、それくらい問題ないですよね!ね!?」

 

「え、あの……なんでそんなに食いついてるんですか……?」

 

「そんなことよりも、良いですよね!?」

 

「え、えぇ……コタロウ様がそれで良いのであれば、構いませんが……」

 

「やった!それじゃ、今度から兄さんって呼びますね!あ、兄さんもボクのことは様なんてつけないでコタロウって呼んでくださいよ?」

 

 順応が早すぎやしませんかね。いや、なんだかこの時を待っていた!とばかりに食いついてきたのでコタロウ様としては順応が早いというよりも心の準備は出来ていたとかそんなところなのかもしれない。

 

「はぁ……わかりました、コタロウ。でもどうして?」

 

「えへへ……実は義昭様が兄さんのことを兄上って呼んでるのを見て、羨ましかったんですよ。

 ボクは一人っ子ですから兄が居たらきっとこんな感じなのかな、なんて思ってたので……でも、やっぱり思った通り良いですね、こういうのって」

 

「そうだったんですか……それにしても最近どうにも弟や妹が増えますが、流石にこれ以上は増えませんよね……?」

 

「んー……もしかしたら、妹なら増えるかもしれませんよ?兄さんは何て言うか、本当にお兄さんって感じがしますから」

 

「別に他人を弟や妹にして喜ぶ趣味とか持ってないんですけど……」

 

「そうだとしても、兄さんが良いって言ったんですよ?ボクはやめませんからね!」

 

 言ってから嬉しそうに、楽しそうに笑うコタロウ様を見て、これ以上増えるのはどうかと思うがコタロウ様がこうして笑ってくれるのであればこれくらいは良いかもしれない、と思ってしまった。

 それにしても義昭様が弟で、コタロウ様が妹か。本当に恐れ多いぞこれは。

 

「ほら!兄さんの言っていた道具屋に行きましょう!

 案内してくれないと、ボクには道がわかりませんよ?」

 

「あぁ、はいはい。わかりましたから落ち着いてくださいよ」

 

「だって兄妹で買い物なんて、憧れてたんですから仕方ないじゃないですか!」

 

「……コタロウは純粋で良い子ですね。どうかそのままで居て下さいよ」

 

 いや、本当に。変に捻くれたりせずに純粋なまま育って欲しいと思ってしまう。前からそう思っていたが兄と呼ばれるだけでよりそう思う辺り、本当に妹のように思っていたのだな、なんて再確認させられてしまった。

 それにしても……俺がヨシテル様に恋をしている。だからそれをちゃんと理解する、本当の気持ちに向き合うためにヨシテル様との思い出を振り返れ、か。簡単そうに言ってくれたが難しいような気がする。まぁ……それでも可愛い妹に言われたのだから、ちゃんとそうしなければならない。それに本当に俺がヨシテル様に恋をしているのかどうか、俺自身信じられないので本当なのか確認したい。

 ただ……コタロウ様と話をしているうちにいつの間にか気持ちは大分軽くなっていた。だからそのお礼としてコタロウ様には買い物をしっかりと楽しんでもらえるように気をつけなければならない。気をつけるまでもなく、きっと純粋なコタロウ様なら楽しんでくれると思うのだが。




コタロウ様妹にしたい。したくない?
個人的にボクっ娘ならお兄ちゃんとかよりも兄さん呼びの方がしっくりきます。
というわけでコタロウ様に兄さんと呼ばれるオリ主の話。

ちょっと真面目に雰囲気の話にしたりするのは、一応話の着地点とか考えているからでもう少しこんな感じのは続くかも。
いつも通りに適当にゆるっとふわっとした話の方が楽なんですけどね……


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ヨシテルさまといっしょ そのなな

オリ主の当初のスタンスは金銭で動く傭兵。


 コタロウ様と道具屋で商品や店主のコレクションを見て回り、コタロウ様の選んだ服であったり装飾品を買うことになったのが五刻ほど前のことだ。俺としては少し見てから時間を潰せば良いくらいに思っていたのだが、コタロウ様に「兄さんにはきっとこれが似合いますよ!」と言われてしまっては買うしかなかった。

 その後、コタロウ様と別れてからすぐに二条御所へは戻らず一人で町中の散策に戻り、言われたことについてあれこれと考えていた。が、既にコタロウ様に一人で考えてもきっと理解出来ないという言葉の通りに理解が出来なかった。

 なので思い出を振り返ろうかとも思ったのだが、そのままでいると二条御所に戻ってからのヨシテル様への報告が非常に遅れてしまいそうだったので大人しく二条御所へと戻ることにしたのだ。

 とりあえずは報告。それが終わったら何処かで思い出を振り返るとしよう。振り返るような思い出があるのか、と考えたときに首を傾げそうになったが多分大丈夫なはず。

 

 そうしてヨシテル様に必要な報告を済ませて退室しようかと思っていると、そういえばというように手を握られた。あぁ、確かに戻ってきてから確認をしていなかったな、と思い出したので大人しく手を握られておく。

 

「はい、大丈夫ですね。ちゃんと温かい生きた人間の手です」

 

「さっきまで報告してたんですから当然生きてますよ。それにしても……これ、毎回やるんですか?」

 

「義昭が始めて、なんとなく定着してしまいましたからね……結城が嫌でなければ付き合ってください」

 

「嫌ではありませんが……ヨシテル様は面倒ではありませんか?」

 

「面倒などではありませんよ。これは私が好きでやっていることでもありますからね」

 

「好きでやっていることなら良いんですけど……」

 

「……どうかしましたか?」

 

 好きでやっている、か。そういえば俺は元々ただの雇われ忍だったのに、何がきっかけでその域を超えてヨシテル様の力になろうとしたのだったか。

 それを思い出そうとして、少しばかり黙ってしまったのがヨシテル様には気になってしまったらしい。

 

「結城、突然黙り込んでしまってどうしたのですか?」

 

「…………あぁ、いえ……ふと思い返してみれば、短い期間ですがそれなりに色々なことがあったな、などと思いまして……」

 

 とりあえずそれらしいことを言って誤魔化しておこう。事実として思い出を振り返る、ということをしなければならなかったのだから。まぁ、話の流れによってはヨシテル様と一緒に振り返るというのも悪くはないのかもしれない。

 

「そう言われてみれば……確かに、そう長い時間を過ごしたわけではありませんが、色々なことがありましたね……

 結城を雇った時なんて、無表情で淡々としていましたが、随分と変わりましたね」

 

「あー……いえ、あれはその……あくまでも一時の主に対して余計な情を持たないためでして……」

 

 ヨシテル様に雇われた当初は長くて数ヶ月程度に思っていたのでいつも通りの態度で接していたのを覚えている。ヨシテル様の前の主である松永様の時も同じようにしていたが、あの方はそうした俺の態度を気にした様子はなく使えるか使えないかだけを気にしていた。

 一応松永様の判断としては俺は使える忍ということだったのでそれなりに重宝されていたが、謀反を起こすより前に契約期間が切れて俺は次の主を探していたところをヨシテル様によって雇われることになった。

 結果として松永様の謀反を止めるために動くことになり、松永様と相対した時に憤怒の形相で睨まれたのは今となっては良い思い出、にはならないが思い出の一つではあるだろう。

 

「いえ、でもそれを言うのであればヨシテル様も笑うことはありませんでしたし、いつも怖い顔ばかりしていましたよ」

 

「それを言われると……でも仕方ないじゃありませんか。あの時は本当に大変だったんですからね?

 天下泰平の為に話し合いによる和平を願い、それでもその道が開けることはなく……松永からはこの思想を否定され、ユウサイ……カシンには賛同しているようでその実、武力を用いて泰平の世を作れば良いと言われ、私にとって頼れるのはミツヒデだけでした。

 でも、ミツヒデには義昭のことを任せていたので結局は頼ることも出来ずにいましたからね……あの時の私は、傍に誰かが居たというのに何処か孤独でした……」

 

 当時を思い出しているのか、ヨシテル様は何処か遠くを見るようにしてそう言葉を紡ぐ。

 

「そんな時に、噂を聞いたんですよ。淡々と任務を遂行する有能な忍がいると。だから力を借りるためだけに貴方を足利軍の忍として雇ったのですが……確かに最初は淡々と命令にだけ従っていましたが、何時の間にかあれこれと世話を焼くようになって、気づいたら噂とは全然違う、世話焼きで優しくてちょっぴり意地悪な気の置けない一人の友人とも言えるような存在が其処には居ました」

 

「友人、と言われて喜ぶべきか。それとも忍を友人なんて言うものではない、とでも諌めるべきか……

 とりあえず、言わせて貰うならばそうして世話を焼かなければならないほど危なっかしくて放っておけない主だったということですよ」

 

「まぁ……確かにあの時はそうだったかもしれませんね……」

 

「いえ、今でも変わらずに危なっかしいところがありますよ」

 

「……それは置いておくとして……以前から気になっていたのですが、何がきっかけで結城はあそこまで私たちの為に尽力してくれるようになったのですか?」

 

「きっかけ……」

 

 さて、本当に何がきっかけだったのか。記憶が探ってみるがぱっと出て来ない。とりあえず順番にでも思い出して行くか。

 

「はっきりと思い出してはいませんが……まず、世話を焼き始めたのが雇われてから一ヶ月ほどしてからでしたよね?」

 

「ええ、確かそのくらいでしたね。そのくらいに何かありませんでしたか?」

 

「…………確か強い雨が降っていたのですが、ヨシテル様が傘も差さずに雨に打たれていたのを覚えています」

 

「雨に……あぁ、そんなこともありましたね」

 

「それで…………確か……」

 

 何があったのか、思い出そうと少しだけ過去の記憶を探る。

 あの日、あの雨の降りしきる中で何があったのか。

 任務を終えて、足利様へ報告をするために二条御所へと足を運ぶ。

 昨夜から降り続く雨を鬱陶しく思いながら風遁で自分の周囲に風の壁を作って濡れないようにしてはいるが、視界が悪くなるは気分の良い物ではない。

 さっさと報告を済ませて次の任務を。そう思い足利様の気配を探るとどうやら庭に出ていることがわかった。

 こんな雨の中を。とも思うが、本人の意思であるのならば俺にとっては関係ない。さっさと用件を済ませて離れさせてもらおう。

 そう考えて庭に飛べば、どうしてか足利様が傘も差さずに雨に打たれていた。

 俺の知る足利様は険しい顔をして、戦乱の世を終わらせるためにはどうしたら良いのかと悩み続ける人であったが、とても辛そうな表情を浮かべているのが雨の降りしきる暗い中で見る横顔からでもわかった。

 そして、何故かはわからなかったが、足利様が涙を流しているように見えてしまった。

 

「足利様、任務遂行完了致しました」

 

「……あぁ、貴方でしたか。お疲れ様です」

 

「雨に打たれたままですと体調を崩しかねません。どうか御自愛ください」

 

「…………もしかして、心配してくれていますか……?」

 

「主である足利様の体調を心配するのは当然かと」

 

「いえ、そうなのですが……貴方が他人を心配するようには思えなかったので……」

 

「そうですね。ただ現状では口出しせざるおえませんので」

 

 非常にらしくない。一時の主に心配なんてものは暗殺されないかどうかくらいのものなのに。

 ただ、泣いているのかもしれないと思ってから何故か普段なら絶対にしないのに足利様に対してそう口にしていた。まぁ、泣いているのですか?とか聞くのは無粋であるし、口にしてもこの程度だ。

 

「動く気はないようですが、そのままで居たとして弟君に余計な心配をかけることになりますが」

 

「心配してくれているようで、辛辣でもありますね。ですが……わかりました。いつまでもこうしているわけにはいきません」

 

「理解しているのであればお戻りを。明智様の小言など、聞きたくはないでしょう」

 

「貴方は心配してくれているのに、どうしてか怒っているようでもありますね」

 

「ええ、そのどちらもですので」

 

「…………こう言うのも可笑しな話ではありますが、責められることはあっても単純に怒られることはあまりないので少し新鮮な気分です」

 

 言ってから少しだけ笑う足利様はもう泣いてはいない、と思う。実際に泣いていたのかわからないので何とも言えないのだが。

 それで、多少なりと笑えるのであれば大丈夫だろう。放っておけば自滅するなりしそうなので、雇われている間は少しばかり気にかけておいた方が良いかもしれない。

 ……まさか一時の主の健康状態、精神状態にまで気を使うことになるとは思っても居なかったし、初めてのことなので不安が残るがやれるだけのことはやるとしよう。

「危なっかしい主なので、自滅されて報酬が出ないとか嫌だったので面倒見てましたね」

 

「あぁ……初めての頃の結城であれば納得の理由ですね。あの頃は本当に淡々としていましたし、報酬が良いので契約します。なんて言っていたのを思い出しますよ」

 

「特定の主を持たない、あくまでも傭兵のようなものでしたから。まぁ、そんなことをしていたのであの頃は竜胆たちも連れてきてはいませんでしたが」

 

「そういえばそうでしたね。竜胆たちを連れてきたのが……二ヶ月と半月程度した頃でしたか」

 

「そのくらいですね。その頃から呼び方も足利様からヨシテル様に変わったと記憶しています」

 

「呼び方は……私がそうするように、と言ったような気が……」

 

「ええ、そうです。初めは断りましたがヨシテル様がどうしても、というので変えましたね」

 

 俺一人では面倒を見切れないと思ってから一度里に戻り、竜胆たちを連れ出したのがそのくらいだ。里長の師匠に事情を話した際には「ん!そういうことなら連れて行くと良い。それに良い方向に行っているようだしね」と言われたが、あの時は良い方向というのがどういうことなのかわからなかった。

 あの頃は、忍は道具だとか忍に感情は必要ないだとか、そんなことを下忍時代に考えていたのを任務に就いた際に引き摺っていたせいかどうにも考え方が凝り固まったものになっていた。

 それが少しずつマシになり始めたのを察してそんな風に言っていたようにも、今なら思える。

 そうして柔軟な思考というか、考え方が出来るようになっていたからこそ、名前で呼ぶようにというヨシテル様の言葉を受け入れたような気がする。まぁ、多少は親しくなってしまったから、というのもあるのだろうが。

 

「私としてはどうしても、なんて言ったとしても断られると思っていましたが……そういえば、あの時が初めてでしたね」

 

「何がですか?」

 

「結城が微笑んだのが、ですよ」

 

「……笑んでましたか?」

 

「はい、微かでしたが……今でも浮かべることのある、仕方がないな、とでも言うような微笑みでした」

 

「ということは、名前で呼ぶように言われた時点で仕方のない人だと思っていたということですね」

 

「それはそれで私としては言いたいこともありますが、そういうことなのでしょうね。

 そんな結城を見て私はこう思いましたよ、この人もこうして笑うのだな、と」

 

「そう思われても仕方のない振る舞いでしたが……それを言うのであれば俺も同じことをあの雨の日に思いましたよ。いえ、笑むことが出来るのであればまだ大丈夫、というような程度でしたが」

 

 それにしてもお互いに笑う姿を見て、まだ大丈夫だとか、こんな風に笑うのだな、なんて思う辺りカシン様風に言うのであればその頃からある意味で似た者主従だったということだろうか。いや、お互いにその考えの中に酷いことが含まれている辺りとか似ていると思う。

 ただ、やはりと言うかきっかけというのはこれくらいだろう。打算に塗れた心配から始まっていつの間にか本気でヨシテル様の心配をするようになっていたのだからその点については師匠の言う良い方向へと変わったということなのだろう。

 

「しかしこうして話をしていると色々と思い出してきますね……結城、時間はまだありますね?」

 

「ええ。どうせなら茶でも用意しましょうか」

 

「そうですね……少しばかり、長い話になりそうですからお願いします」

 

 その言葉を聞いて俺は茶と茶菓子の準備をするために席を外す。

 それなりに長い話になることを俺もヨシテル様も想定しているので話の最中に席を立つ必要がないようにちゃんと準備をしておかなければならない。

 そして出来ることならば、コタロウ様に恋と言われた感情がこの胸のうちに本当にあるのか、それを確かめたい。

「さて、では名前を呼ぶようになってから後のこと……順番に思い出となることを振り返ってみるのも良いかもしれません。まぁ、其処までのことはないかもしれませんが……」

 

「そうですね……名前で呼ぶようになった後ですとヨシテル様が義昭の世話を頼んできた時のこととかでしょうか?」

 

「……あぁ、なるほど。確かにあれはあれで思い出話に華を咲かせるには充分ですね」

 

「ええ。まぁ、カシン様にも言われましたが義昭様には随分と怯えられていましたから……あの時はなかなかに大変でしたよ」

 

「でも良いじゃありませんか。あれがきっかけで義昭とも打ち解けることが出来たのですから」

 

「……それはそうですが、本当に大変だったんですからね?」

 

 顔合わせ時点で完全に怯えられていたのに、俺が世話をすることになったと聞かされたときの義昭様の驚いた表情と信じられないという表情は今でも覚えている。そしていざ世話を始めてみると逃げられたのだ。

 いや、警戒もしていたし怯えてもいたのだから当然と言えば当然ではあるがまさかあれほど本気で逃げられるなんて思っていなかった。具体的に言うと朝に挨拶をしたら逃げられ、朝食の準備が出来たことを伝えようとすると隠れられ、勉学に励む義昭様の護衛をしようとすると集中出来ないからと部屋から追い出され、その後も逃げる隠れる追い出すと繰り返されたものだ。

 まぁ、忍としては子供が逃げようが隠れようが関係ないので背後に飛んで「もうおしまいですか」とか声を掛けていたのを思い出す。そして今になって思えばそれのせいで余計に怯えられていたような気がしなくもない。

 

「義昭のお世話をお願いしてからは義昭と結城の鬼ごっこが此処での名物になっていましたからね。

 こんなことを言うと義昭に怒られてしまうかもしれませんが、実は楽しみにしていたのですよ。今日の義昭はどれくらい逃げれるのか、結城はどうやって捕まえるのか。なんて考えていましたから」

 

「完全に娯楽の一つじゃないですか。俺はともかく本気で逃げたり隠れていた義昭に聞かれると怒られるくらいじゃ済みませんよ」

 

「……怒られるよりも酷いと言われても、義昭からは想像が出来ませんが……」

 

「いえ、多分拗ねます。そしてヨシテル様と暫く口を利いてくれません」

 

「結城、先ほどの言葉は内密にお願いします。良いですか、絶対に義昭に知られてはなりませんからね?」

 

「義昭に何事かと聞かれたらついつい口が滑ってしまいそうです」

 

「ダメです!義昭が拗ねるのは可愛いので良いかもしれませんが口を利いてくれないなんて私が耐えられません!」

 

「口は災いの元ですから」

 

「あ、もしかして結城は結城で義昭のお世話をちゃんとしようと真剣に追いかけたり探したりしてたのを楽しみにしていたと言われて怒ってるのですね?

 まったく……拗ねているのは義昭じゃなくて結城なのではありませんか?」

 

「義昭に伝えておきますので覚悟して置いてくださいね、ヨシテル様」

 

 拗ねるのは義昭様であって俺ではない。というかヨシテル様まで困った弟を見るような目をするのはやめてもらいたい。そういう目をしても俺が納得することが出来るのは師匠や奥方様などの俺よりも年上で幼い頃からお世話になっている人だけだ。

 竜胆たちは微妙に納得がいかないが兄弟子姉弟子ということで何とか納得しようとはしている。だがヨシテル様やミツヒデ様はダメだ。絶対に納得しないというか出来ない。

 

「冗談ですよ、冗談。あ、でも本当に義昭には内緒ですからね?」

 

「はぁ……わかりました。今回だけですからね」

 

「ありがとうございます。それで、そのことがきっかけの一つと言うのはわかりますが……具体的には何があったのか聞いても良いですか?」

 

「……まぁ、過ぎたことですし言っても良いでしょう。義昭は俺から逃げるために、必死になりすぎたせいか一度外へと逃げてしまったことがあるんです。

 その時に義昭が道に転がっていた小石に躓いて転んで怪我をしてしまいました。まぁ、それを見て見ぬ振りも出来ませんので医療忍術で治していたのですが……」

 

「何か問題でも起こったのですか?」

 

「いえ、その際に手を取った時の反応が、貴方の手も温かいのですね。というものでして……」

 

「あぁ、どうして義昭がそういう反応をしたのかわかりますよ。

 だって初めの頃の結城は、失礼だとは思いますが絡繰人形か何かなのではないかと疑ってしまうほどに人間らしくありませんでしたからね。きっと義昭もそのせいでそうした反応になったのだと思います」

 

「そこまでとは思っていなかったんですけど……ヨシテル様の言葉や義昭の反応を見る限りでは本当に酷かったみたいですね……」

 

「酷いと言うか……まだ松永の手にあった頃のドウセツのような物でしょうか?」

 

「それは酷い」

 

 いや、別に立花様を悪く言っているわけではなく、本当にあの頃の立花様は人間らしさなど欠片もない正に絡繰であった。それが今のように変わるとは……大友様が居なければ有り得なかっただろう。

 そう考えると、俺も立花様も主によって変わることが出来たという共通点があることになる。もしかすると俺が思っていた以上に立花様とは共通する事柄が多いのかもしれない。

 

「ですが、なるほど。何事も些細なきっかけで変化が起こるものですからね……私の知らないところで義昭が結城に懐いていたのはそういったことが始まりでしたか」

 

「ええ、あれがきっかけと言えばきっかけでしょうね。あれ以降逃げられたり隠れられることもなくなりましたから」

 

「そして義昭と普通に接することが出来るようになっているのをミツヒデが何事かと行動を起こしたのが、ミツヒデと話をするようになったきっかけですか?」

 

「ですね……まぁ、義昭絡みで行動を起こすというのはミツヒデ様らしいと思います。あの時は心底鬱陶しいと思っていましたが」

 

「それもあの頃の結城らしいと言えばらしいですが……ミツヒデにそのことを言ってはいけませんよ?最近結城のことを弟か何かのように見ていますから、きっと悲しむ……ような気がしますね……」

 

 確信は内容で言いよどんでいるが、重要なのは其処ではなく何故か俺のことを弟か何かのように見ているというところだと思う。

 それにしても何故ヨシテル様との思い出話でも、と思っていたのに義昭様やミツヒデ様の話になっているのだろうか。いや、これも思い出と言えば思い出ではあるし、そうして皆と接していくうちにヨシテル様と話をする機会が増えたのを覚えている。

 となればこうした話になるのは当然と言えば当然なのかもしれない。

 

「さて、では次はどの話にしましょうか。思い返してみれば結城と関わりのある思い出は意外と多いようで驚いていますが……それ以上に、なんだか嬉しいですね。誰かとこうして沢山の思い出を作ることが出来て、一緒にその話が出来るなんて」

 

「……まぁ、確かにそうですね。個人的にはその相手がヨシテル様というのは悪くありません」

 

「ふふ……それなら良かったです。別の人とが良かった、なんて言われていたらきっと泣いてしまいますからね」

 

「ヨシテル様に泣かれでもしたら義昭やミツヒデ様に何を言われるか……では、泣かれないようにもう少し思い出話でも続けましょう」

 

「ええ、まだまだ時間はありますし、思い出も沢山ありますからね」

 

 まだ自分の感情の名前がコタロウ様の言う物なんかわかっていない。ならばこのまま話を続けよう。

 それに、こうして話をしているのはそういった目的があるから、ということ以上にヨシテル様が笑っていてくれる。それが俺にとっては喜ばしいことだ。

 さて、どの思い出を振り返ればヨシテル様は笑っていてくれるのか。そんなことを考えながら次の話を口にするのだった。




思い出話編。
尚、まだ続く模様。

真面目な感じというか、色恋沙汰が関わると筆が遅くなるのは何故でしょうか。
個人的には今までで一番やり辛い。そして多分次回もそんな感じになる予感。


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ヨシテルさまといっしょ そのはち

オリ主はヨシテル様LOVE勢。


 思い出話を始めて最初にしたのは、全員とある程度打ち解けるきっかけになった話であった。当時の俺を思い出せば当然と言えば当然なのだが随分と警戒されていたものだ。

 それでも今は充分に打ち解け、仲間としても信頼関係を築くことが出来ているので良かったと今では思う。あの頃の俺だったらきっとそんなことは考えもしないのだろうが。

 いや、そんなことよりも次はどの話をしようか。幾らかは思い出しているので話をすることは出来るが、その中からどれを口にしたら良いのか考える。とりあえずはもう少し打ち解ける、仲良くなることになった出来事で良いだろうか。

 

「では次はヨシテル様がまた雨に濡れて帰ってきた時の話でもしますか」

 

「……私としては、忘れて欲しいような気もする話ですよねそれ……」

 

「いえ、折角ですので。まぁ……ヨシテル様がいつも通り挫折しそうになりながら雨に打たれてとぼとぼと帰ってきただけなのですが」

 

「言い方が悪いですよ!もうちょっとこう、ふわっと誤魔化すようにしてですね……」

 

「驚きましたよ。雨に打たれていると義昭が心配するという話やミツヒデ様に小言を貰う。なんて話を以前にしたはずなのにこの方は一体何をしているのかと」

 

「あの、私の話を聞いていますか?もう少し遠回しに言うとか、優しい言葉にするとか、そういうことをするべきだとは思いませんか?特に挫折しそうになりながら、とかとぼとぼ帰ってきた、とかの部分を変えるべきですよ!」

 

「様子を見てまた厳しい現実にでも直面したのか、と思いつつ見てしまった以上は放置も出来ないと迎えに出たのを今でも覚えています」

 

「待ってください!まだ私の話は終わっていません!というか私の話聞いていませんよね!?」

 

 ヨシテル様が何か言っているがとりあえずは気にしない方向で行こう。それに話を聞いたとしても俺がこの話を続けることに変わりはないのだから。

 また、思い出してみればこれはこれでよりヨシテル様のことが放っては置けないと思うことになった出来事でもある。話すものとしては妥当だろう。

 雨の中を消沈したように俯いて歩いているヨシテル様を見つけて、あの方はまた何をやっているのかと思いながらも傘を手に持って出迎えへと向かった。

 そしてこれ以上雨に濡れないようにと傘を差して差し出したのだがヨシテル様はそれに反応することはなく歩を進めて俺へとぶつかり、漸く歩くことをやめた。

 

「あっ……ゆ、結城でしたか……すいません、ぶつかってしまって……」

 

「ぶつかったことはとりあえずは構わない、としておきます。それで、ヨシテル様は一体何をしているのでしょうか」

 

「えっと、その……少し、歩きながら考え事をしていまして……」

 

「なるほど。ですがその考え事は雨に打たれながら出なければ出来ないことなのでしょうか」

 

「いえ……そのようなことはありませんが……

 ……こうして、雨に打たれている私が何を言っても変わりませんね……」

 

「そうですね。それで、考え事は終わりましたか」

 

「……終わりません。まだ、どうしたら良いのか、答えが出ないのです」

 

「では、まだ雨に打たれていますか」

 

「そうすると、義昭に心配をかけてしまいますし、ミツヒデに小言を貰ってしまうかもしれませんから遠慮しておきますよ」

 

 いつぞやに俺が言ったことを覚えていたようで弱々しく微笑みながらそう口にしたヨシテル様は、無理をしているのがわかる。微笑むことが出来るのであれば、なんてことは現状思うことは出来ない。というかこの方はどれだけ精神面が弱いのだろうか。

 もしかすると俺がすべきことは与えられた任務を全うするよりも、この精神的に弱い主君を支えることの方が重要なのではないだろうか。

 いや、それでもそれは俺よりもヨシテル様と親しく長い時間を共に過ごしている明智様の役目のような気もするのだが。

 

「ええ、本当にその通りです。ですが……考えても答えが出ないというのであれば、もう少し考えを巡らせるのも良いでしょう。ただし、もっと落ち着ける場所をお勧めします」

 

「落ち着ける場所、ですか?」

 

「そうです。雨に打たれて体が冷えているでしょうから湯浴みなどはどうでしょうか。

 湯に浸かり体を温めてから落ち着いて考えを巡らせるというのも、答えには至らずとも何かしらの考えが浮かぶかもしれませんので」

 

「……それもそうですね……助言、感謝します」

 

「この程度の助言であればいつでも。どうぞ、傘は俺が差しますので浴場へと向かいましょう。

 今の時間ですと火の管理をする侍女もいませんので俺がすることになりますが……火遁を使えば火の調整も簡単に出来ますので湯加減についてはお申し付けください」

 

「えっと、その、ですね……」

 

「主君の湯浴みを覗き見るような不埒者ではない、と言っておきましょう。信用出来ないようであれば手の空いている侍女を探して来ますので少々お待ちいただければ」

 

「い、いえ!そこまでしていただく訳にはいきません!

 ……疑ってしまい申し訳ありませんでした、結城。火の番、お願いしますね?」

 

「ええ、お任せください」

 

 現状そこまで信用されているとは思っていないのでそうした疑いを掛けられるというのは予想していた。なので必要となれば侍女を探してこようと思っていたが……まぁ、任された以上は役目を全うしよう。

 とはいえ火遁を使ってしまえば火力の調整なんてものは苦労することなく、場合によってはヨシテル様の話し相手くらいになるのではないだろうか。存外簡単そうな役目に見えて、ヨシテル様の状態を考えれば厄介かもしれない。

 そんなことを思いながらヨシテル様を浴場へと連れて行く。傘は相変わらず俺が差しているが、風遁で雨を弾いている俺が濡れることはない。傍から見れば異様な光景ではあると思うが。

 

「ヨシテル様、着替えは侍女に用意させますのでどうぞごゆっくりと」

 

「ありがとうございます……あの、疑っているわけではありませんが覗かないでくださいね?」

 

「覗きません。馬鹿なことを言っていないでさっさと湯に浸かるなりしてください。

 あぁ、俺の火遁と水遁を合わせれば浴場の湯程度すぐに用意出来ますのでご安心ください。では、外で火を見ていますので何かあれがお声をおかけください」

 

「す、すいません!」

 

「いえ、構いませんが。では失礼致します」

 

 そう言葉を残してから浴場の外へと出て、火の番をするために移動する。

 本来であればヨシテル様たちが入浴中は侍女が付きっ切りで火の番をしているのだが今はその時間からもずれているので居ない。それでもやり方自体は里の物と変わらないので俺でも問題なく出来る。

 というか火遁を使うとなればこんなもの片手間で終わらせることが出来るに決まっている。実は火の番自体は特にやることがないと浴場の壁へと背を預けながらぼんやりと空を見る。

 空から降って来る雨粒を眺めながら時折聞こえてくる雨とは違う水音を拾う。それも微かにする程度なのでヨシテル様は湯に浸かったまま考え事でもしているのだろう。

 ……長時間湯に浸かっていて逆上せて溺れる。なんてことにならないか、一瞬不安になってしまったが……ヨシテル様はそこまで子供ではないのできっと大丈夫だと思いたい。

 そうして静かな時間が流れていたのだが、ヨシテル様に話しかけられたことによってその時間は終わった。

 

「……松永に、私の思想は甘いと、そんなことが出来るわけがない。そう断言されてしまいました。

 誰も血を流さず、平和で穏やかな世にしたい。そのために話し合いでの和平を望んでいるのです。結城、貴方は私のこの考えをどう思いますか……?」

 

「非常に甘い考えです。話し合いでの和平?それが出来るのであればとっくに誰かがやっているのではありませんか。時として力を使わなければならないこともあるかと」

 

「やはり、貴方もそう思いますか……では、私の考えは間違っているのですね……」

 

 突然話しかけられたが一言一句逃さずに聞き取ることが出来たので、素直に俺の思っていることを答えた。

 そうするとヨシテル様は何処か悲痛な声で、自分の考えは間違っているのではないか。そう零す。

 確かに真っ向から否定しているような言葉を聞けば、弱っている状態ではそう思ってしまっても仕方ないだろう。だが、俺はそうは思わない。

 

「いえ、間違ってはいないでしょう」

 

「……え?」

 

「甘いと判断しているのは松永様と俺の考えです。

 ヨシテル様にとってはその考えはぱっと頭に浮かんだだけですか?それとも色々と思考を巡らせた結果ですか?」

 

「それは……どうするべきなのかと考えた結果ではありますが……」

 

「であるなら胸を張って自分はこのように考えて、そしてこの考えを貫き通す。くらい言ってください。

 自身の中に一本筋を通せ。その筋は自らの信念である。と里の先代の長に言われた記憶があります」

 

「自身の中に……自らの信念……」

 

「他人に何かを言われた程度で揺らいでどうするのか、と言わせていただきます。

 ヨシテル様のその思想は信念足り得ないようなものなのでしょうか」

 

 先代の言葉を思い出しながら、それをヨシテル様に告げてからヨシテル様はどうなのかと問う。

 これで言い返すこともなく考え込んでしまうようであればそれはきっと信念と言えるものにはなっていないのだろう。だが逆に、はっきりと自身の想いを口にすることが出来るのであればそれは信念と言えるものになっているだろう。

 だから、本来忍である俺程度が口にすることではないが敢えてヨシテル様に対してそう告げたのだ。

 

「……私の、誰も血を流さない、平和で穏やかな世にしたいというこの想いは……」

 

「俺や松永様に何かを言われた。その程度で揺らぎますか」

 

「いいえ!揺らぎません!揺らいで良いはずがありません!

 私が諦めてしまっては、無辜の民に血を流させてしまうのですから!」

 

 ヨシテル様の力の篭った言葉と同時に水の音が聞こえた。どうやらヨシテル様は湯に浸かっている状態から勢い余って立ち上がったらしい。

 

「そうです、私はこの道を進むと決めたのです。

 だから、立ち止まれない、立ち止まるわけにはいかない!辛くて挫折しそうになったとしても、簡単に諦めて良いことではないのですから!

 ……あぁ、どうしてこんなことを忘れてしまっていたのでしょう。絶対に忘れないと、諦めないと心に決めたはずだったのに……」

 

「決意でさえ常日頃から思い出しておかなければ忘れるものですから。ですが、思い出すことが出来たのなら大丈夫でしょう。その決意、その想いを二度と忘れないことを願っています」

 

「……はい、二度と忘れないと誓います」

 

 あれだけ精神的に弱っていたはずなのにもうこんなに元気になっている。ヨシテル様は俺が思っていたよりも単純な方なのかもしれない。まぁ、とりあえずは立ち直ったようなのでこれ以上気を遣う必要はないだろう。

 

「ありがとうございました、結城。貴方のおかげで私は大切なことを思い出すことが出来ましたよ」

 

「それは重畳。ですがその道を突き進むためにと無茶をするようなことはやめてください。皆が心配しますので」

 

「……その中に、貴方は入っていますか?」

 

「ええ、入っていますよ」

 

「そうですか……そうなのですね……わかりました、約束します」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 なんて言っているがこの方は絶対に無茶をすると思う。なんとなくではあるが、そういう方だと察してしまった。そちらに関して幾らか気を回しておかなければまた面倒なことになりそうだと内心でため息をついて、それも俺に出来る役目か、と納得するというか諦めることにする。

 だが、まぁ、そうだな。これはこれで今までとは違う役目を負ったことになるが、何故か存外悪くないような気がしてくる。

 俺の生来の性質のせいなのか、それともヨシテル様のような困った主だからなのかはわからないが……そう、悪くないと思ってしまったのだ。

「……ヨシテル様って本当に精神面ガタガタでしたね」

 

「言わないでくださいよ!私だって良く考えれば結城には弱いところばっかり見せてることに気づいて恥ずかしいんですからね!?」

 

「むしろ弱いところしか見てませんが。精神面ガタガタですし、カシン様と戦ってボロボロになってたりしてましたし」

 

「精神面はそうかもしれませんが、後者に関しては私よりも結城の方がボロボロでしたよね?」

 

「ええ、現在進行形で魂がボロボロらしいです」

 

「……あの、笑えないのですが……」

 

 知っている。本当に笑えない状態になっているということはわかっているが、だからこそこうして冗談めかして言っているのだ。とはいえ、それに関してはカシン様の話を聞いているので希望は見えている。

 だからこそこうして言える。ということもあるのだろう。

 

「でしょうね。ですが、カシン様と話をした結果として解決方法も見えてきているので何とかなるかと」

 

「…………そうですか、カシンが……」

 

「どうかしましたか、ヨシテル様?」

 

「いえ……こういうとき、やはり結城はカシンを頼るのだな、と思っただけです……」

 

「どうしてそこで不機嫌そうにするんですか」

 

「別にそんなことはありません。そんなことを言う結城なんてもう知りませんっ」

 

 なんでヨシテル様は拗ねているのだろうか。俺がカシン様を頼ったというか、カシン様が好き勝手に言いたいことを言っていただけ。とも取れるのに。

 いや、ヨシテル様の場合はそれを理解しているはずなのになぜ拗ねるのかが余計にわからないのだが。

 

「私だって……私だって結城の力になりたいからと色々と調べさせたりしているのに……」

 

「え?」

 

「確かに私ではそういった方面で力になれないかもしれませんが、それでも何かないかと……」

 

「あの、ヨシテル様」

 

「ミツヒデにも手伝ってもらって、ソウリンやドウセツにも南蛮からの品などに使えるものがないかと話を聞いたりしたのですよ?

 それでも結局わからないことばかりで……それなのに戻ってきた結城は既にカシンと話をして解決策を見つけているようですし……」

 

「……解決策を見つけましたが、それが上手く行くかどうかはわかりません。

 力を借りるにしても条件を出されていますし……いえ、それよりもヨシテル様に伝えるべきことがあります」

 

 ヨシテル様が拗ねている理由はなんとなく理解出来た。だがそれよりもちゃんと伝えておかなければならないことがある。毛利輝元様の企みに関することだ。

 

「輝元殿の話であれば、既に竜胆たちから聞いていますよ。結城が以前から輝元殿の動向を気にしていましたから、何か不安なことでもあるのかと確認してみたところ何やら企んでいるようだ、と」

 

「竜胆……相変わらず気が利くと言うかなんと言うか……伝えたということくらいは言っておいて欲しかったですが、これは責めるようなことではありませんね」

 

「責める気があった、と取れますね……いえ、それよりも何か輝元殿について進展があったのですか?」

 

「はい、それを今から伝えさせていただきます」

 

 言ってからカシン様と話をしてある程度掴んだことをヨシテル様に説明した。

 ヨシテル様は話を聞いて驚いたようでもあり、必ず阻止しなければならないと思っているようでとても真剣な面持ちをしていた。

 

「なるほど……であればその呪具による集合体は私が鬼丸国綱で斬れば良いのですね?」

 

「ええ、いつ動くかまだわからない状態ですので……封印の塔へは誰よりも早く飛べる俺が向かいます。ですのでどうか京のことをよろしくお願いします」

 

「わかりました。この京の都は必ず守りきって見せましょう。

 ……ですが、結城。無理はしてはいけませんからね。どうにかなる目処が立っているとはいえ、貴方の状態はあまり良くないのですから」

 

「わかっていますよ。

 しかし申し訳ありません。思い出話、なんて言っておいて話がずれてしまいましたね」

 

「いえ、必要なことですから構いませんよ。

 では話を戻して……次は私が何か話をしましょうか。出来れば結城が少し恥ずかしいと思うような話をしたいですね?」

 

「……ヨシテル様の話を聞かずに話し始めたのを根に持ってますね……」

 

「いいえ!そんなことはありません。えぇ、ありませんとも」

 

 良いながらヨシテル様は悪戯っぽく笑っているのでどう考えても幾らか根に持っていたとしか思えない。

 それでもヨシテル様が笑っているのならそれで良いとか、こういう笑い方は普段しないから珍しい物が見れた。とか思ってしまう。

 そして俺の反応を見ながら楽しげに思い出話を始めたヨシテル様に相づちを打ったり、こういうこともありましたよね。何て言葉を投げ掛けて話を盛り上げたり、違う思い出へと繋げて行く。

 そうする中でヨシテル様と他愛のない話をしながら互いに笑むこともあれば、ヨシテル様にとって恥ずかしい話だったために顔を赤らめて少し怒った風にしている姿に思わず笑みが零れたり、当時の様子があまりにも今と違いすぎて思い出しただけで笑ってしまうというヨシテル様にちょっとした意地悪で返したり。

 最近俺自身のことだったり、毛利輝元様のことであったり、義昭様の相手であったりとこうしてヨシテル様と腰を落ち着けて話をする機会はあまりなかったために、今こうしていると心が穏やかになる気がする。

 なんてことはないありきたりな遣り取りをしている中でころころと変わる様々なヨシテル様の表情を見ていてふと思うことがあった。

 

 恋だの何だのと言われても俺にはわからないが、きっと俺はヨシテル様を支えるだとか世話をしなければ、なんていうのは本当は違う。

 本当は、俺がヨシテル様の傍に居られるように、適当に理由付けをしていただけだったのだろう。だって、この方の隣は俺が今までに感じたことがないほどに穏やかで温かな場所なのだから。

 そう思えば、コタロウ様の言う俺がヨシテル様に恋をしている。ということが本当なのか、それがわかれば良いと思っていたが、今はあまり気にならない。

 恋をしていようがしていまいがそんなことは関係なく俺はきっとヨシテル様の傍に居続ける。だから急いで自分の感情の名前を確かめる必要なんてないのだ。

 だから今はこれで良い。いつか俺が本当にヨシテル様に恋をしているのだということがわかったのであれば、その時になってどうするか考えれば良い。今はただ、こうして何気ない日常を謳歌することが、泰平の世であることを噛み締めることにも繋がるのだ。

 ……それでも、その日はそう遠くない内に訪れるような、そんな気がするのはきっと気のせいではないのだろう。




とりあえずこんな感じに落ち着いて。
次は義昭様かミツヒデ様を挟んで安芸とかそこら辺予定。

すぐに恋だとか気づくよりは、オリ主らしいかなと。


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ミツヒデさまといっしょ そのさん

オリ主は将棋がそこそこ強い。


 ヨシテル様との思い出話は思っていたよりも続き、気がつけば既に日が傾き始めていた。

 そのことに気づいたときに俺とヨシテル様はそんなに時間が経過するまで話をしていたのかと驚きながらも、顔を見合わせて苦笑を浮かべた。

 その後、俺がまだ義昭様に挨拶をしていなかったことをヨシテル様に説明してから退席することにした。

 ヨシテル様としては義昭様が拗ねてしまう可能性を考えて待ったをかけたのだが、挨拶できなかった理由にヨシテル様にしつこく呼び止められた。と言います。と言ったら引き下がってくれた。

 あの方はこう、最近になって自分の欲望に素直になってきているような気がする。それでも常識の範囲内であるし、多少の我儘くらいなら問題ないと思っているので放置しているが。

 

 そんなことがありながら義昭様への挨拶を済ませ、義昭様の要望で一緒に夕食を食べたり背を流したりしたのはもはや数刻前のことである。

 今俺は将棋盤を挟んでミツヒデ様と対峙している。

 こうなったのは、義昭様の背を流した後に就寝の挨拶をして廊下を歩いているときにミツヒデ様に捕まったからだ。まぁ、色々と積もる話があるので納得ではあるが、幾らか義昭様と一緒に居たことに対する嫉妬があるようにも思えた。

 最近はそういったことは成りを潜めていると思ったが、嫉妬自体はしているらしい。そのことに対して、俺の事を弟扱いし始めたがミツヒデ様はやはりミツヒデ様なのだな、とため息を一つ零したがきっと仕方ないだろう。

 そんなこんなで面倒だな、と内心で思いながらミツヒデ様の部屋の前に来たのだが、どうしてか将棋盤を取り出すとそれを縁側まで持って来て座るように言ってきたのだ。

 何でも俺が奥州に行っている間に任務で四国へと向かい、長宗我部様と呑み比べをしたらしい。その時に負けて、更に酔った勢いのまま将棋をして負けてしまったとのことだ。

 酔っていたとはいえ得意な将棋で負けたのが悔しかったらしく、その特訓相手に俺が選ばれた。ということになる。いや、酔っていたなら負けるのも仕方ないと思うのだが……でも長宗我部様に負けたのは確かに悔しいだろう。

 どちらかと言えばあの方は脳筋寄りの考えをするような方であるし、負けたくない気持ちは良くわかる。

 

 そんなこんなでこうしてミツヒデ様と対峙しているのだが、流石はミツヒデ様。付け入る隙がなかなか見当たらない。逆に俺が甘い手を打とうものなら容赦なくそこを攻めてくる。

 もう少しくらい手加減してくれても良いのではないか、とも思ってしまったがミツヒデ様を相手にするのなら正攻法ではなく適度に会話をしながら精神攻撃を織り交ぜれば勝てるので別に構わないか。

 

「ミツヒデ様。こうして将棋を指すのは構いませんが……」

 

「ん、どうした?」

 

「いえ、あまり遅くまで起きていると明日の任務に障りませんか?」

 

「む、確かにそうだな……ではこの一局だけで我慢しよう」

 

「あ、一局は指すんですね……」

 

「こうして用意もしたからな……それにそれは茶を用意してから言うことではないと思うぞ」

 

 まぁ、そうなのだ。折角だからと茶を用意したのは俺なのだ。いや、ミツヒデ様が好きだからということもあるが、日中にヨシテル様と話をした時にも用意したのでその延長で、というかなんというか。

 とりあえず、なんとなしに用意してしまったというのが大きい。そしてこれを飲まないまま捨てることも出来ない。となれば一局くらいは指すことになるのも当然か。

 

「それもそうですね……でも、一局だけですよ。ついつい興が乗って二局三局、というのは断りますから」

 

「わかっている。それに私はそこまで子供ではないからな」

 

 ついつい夜更かしをしてしまうほど子供ではない。ということだろうがそれは果たしてどうだろうか。

 ミツヒデ様は負けず嫌いなところがあるのでもしこれで俺が勝利してしまったら必ず二局目を要求してくるだろう。だからと言って勝たない。という選択肢はない。

 適度に精神攻撃を混ぜながら勝たせてもらおう。そして何を言われようと一局で終わらせてやろう。

 そんなことを考えてから慎重に打っているのだが……あれ、ミツヒデ様ってこんなに強かっただろうか。

 

「ミツヒデ様、腕を上げました?」

 

「一応な。大変不本意だが時折カシンが尋ねてきてはヨシテル様を馬鹿にするような言動を取るのが耐えられずに追い出そうとしたら「ならば貴様が得意なことで勝負をしてやろう。我に勝てたのなら大人しく出て行くが……さてどうする?」と言われてな。それで将棋で勝負したのだが……」

 

「あぁ、カシン様もこういうの得意ですからね。

 それで、その様子だと負けてしまったと」

 

「……私は思うのだ。将棋を指しているときは静かにするべきだと」

 

「カシン様らしく精神攻撃は基本。と言うところですか」

 

「冷静に考えなければならないというのに、カシンがヨシテル様のことを口にするせいで……!!」

 

 なるほど。将棋のような頭を使うものが得意なカシン様が更にミツヒデ様に対して精神攻撃を行ったと。それではミツヒデ様は勝てないだろう。

 カシン様は人の心を抉るようなことを平然と口に出来るし、人が最も苛立つことが何かを理解した上でそれを的確に突いてくる。そんなカシン様を相手にした場合、ミツヒデ様ではまず平常心を維持出来ない。

 ミツヒデ様はヨシテル様と義昭様のことを大切に思っているからこそ、この二人が侮辱されようものなら烈火の如き怒りを抱くのだから。いや、抱くだけではなく表面にも普通に出てくるが。

 

「ならミツヒデ様はそれを克服すべきかと。心の内に怒りを抑えて、冷静にあれるように」

 

「……わかってはいる。だがそれが出来れば苦労はしないんだ……」

 

「でしたら俺がその練習の相手をしましょうか。具体的に言えば精神攻撃を仕掛けます」

 

「……結城であればヨシテル様と義昭様を侮辱することもないか。少しずつ慣らしていくには丁度良いかもしれないな」

 

「では、対局中に仕掛けますので冷静に差すようにお願いします」

 

「わかった」

 

 短い言葉で答えたミツヒデ様は集中して将棋盤を見つめている。さて、ではどんな言葉をかけようか。

 ヨシテル様と義昭様を侮辱するようなことは俺にはとてもではないが言えないのでそういうのとは違う方法を考えなければならない。まぁ、それ以前にカシン様ほどのことを言える自信などないので、本当に練習程度にしかならないだろう。

 

「そういえばミツヒデ様」

 

「来るか……どうかしたのか?」

 

「いえ、義昭様の背を流そうとしてヨシテル様に止められていたと侍女に聞きましたが本当ですか」

 

「……背を流すくらい普通だと思ったのだが……」

 

「義昭も先ほど「兄上に背を流されるのは良いのですが、ミツヒデには……」と言っていました」

 

「よ、義昭様はきっと私に対して遠慮をしてくださっているだけに違いない……」

 

「普通に考えて義昭としては女性に背を流されるのは恥ずかしいのでしょうね。ということでミツヒデ様。義昭の背を流そうとするのはやめてください」

 

 割とずばっと言ってみる。無闇に遠回しな言い方をしてもミツヒデ様は絶対に聞いてくれない。だったらこういうのは真っ直ぐ面と向かって言うに限る。

 それに今回は精神攻撃を仕掛けるとも言っているのでこれで動揺するようならカシン様を相手にするのはまず無理だ。それに義昭様も恥ずかしがっているのだからやめてもらわなければならないということもある。

 というかやめてください。それに関して相談される身にもなってください。

 

「なっ!?べ、別に背を流すくらい良いではないか!それに結城ばかりずるいと思うぞ!」

 

「ずるいどうこうではなく、義昭がそう望んでいるのですから仕方ないでしょう?

 あぁ、当然として着替えの手伝いもダメですからね」

 

「では何であれば許されるというのだ!?」

 

「護衛や勉学を教えることは出来ると思いますが」

 

「出来るが、確かに出来るがそれだけでは気が済まない……もっと義昭様のお世話を……」

 

「必要ありません。義昭はまだ子供ではありますが、全て他人にやってもらわなければならないほど幼くはないのですから。それに必要であれば俺がやりますので」

 

「ずるい!」

 

「ずるくありません」

 

 たったこれだけでミツヒデ様の打ち筋はボロボロになっている。この会話の間に何手も打っているのだが普段と違い悪手を平然と打っている。やはり精神攻撃は基本だな。

 とはいえこんな話題でまともに響くのはミツヒデ様くらいなもので、対ミツヒデ様用の精神攻撃とでも言えば良いのだろうか。

 

「私は義昭様がまだまだ幼い頃からお世話をしてきたのだぞ!」

 

「そうですかそうですか。あ、ミツヒデ様。飛車角落ちましたよ」

 

「え?あっ……」

 

「全滅させましょうか」

 

「なっ!?ゆ、結城相手にそんなことをされるわけがないだろう!

 集中…集中して打たなければ……」

 

 一旦話を終わりにして打ち始めると徐々にミツヒデ様本来の実力を発揮し始める。やはりミツヒデ様は冷静に対処して来ると強い。まぁ、その冷静さが剥ぎ取られてしまうととても残念なことになってしまうのだが。

 今後の足利軍のことを考えるとその辺りを改善して欲しいような気もする。というかしてくれ。

 

「明日の朝食はどうしましょうか」

 

「……何がだ」

 

「いえ、侍女に任せるか、俺が作るか、という話です」

 

「普通に侍女に任せておけば良いと思うぞ?」

 

「それもそうですね……俺は明日の夕食でも作りましょう。ヨシテル様と義昭には何が食べたいか確認を取ってから作ったほうが良いでしょうし」

 

「ん?普段であれば先に決めているのに、明日はお二人の食べたい物を作るのか?」

 

「ええ、離れてばかりですからたまには。ミツヒデ様も何か食べたい物はありますか?

 全員同じ物でも構いませんが、別々に使っても良いと思っていますから。どうでしょう?」

 

「ふむ……では、私も頼もうか。何が良いか、ということは明日の夕食を作る前までに伝えれば良いか?」

 

「はい。そのようにお願いします」

 

 流石にこうした普通の会話では揺さぶることは出来ないか。とはいえ此処から適当に揺さぶって行くことも出来る。

 今回は先にそうして仕掛けるということは言ってあるので割と手加減というか、遠慮せずに言えるのでありがたい。

 

「あぁ、そうだ。栄養の面を考えると嫌いな物も食べることになるかもしれませんけど、そこは諦めてください」

 

「…………別に、他の物でもなんとかなるのではないか?」

 

「なりますよ」

 

「であれば別に……」

 

「それは面白くない、もといたまたま嫌いな物が、ということがありますし」

 

「今面白くないと言わなかったか……?」

 

「気のせいですよ、気のせい」

 

「はぁ……そういうのはヨシテル様との時だけにしておけ。ヨシテル様であれば結城とのそうした遣り取りも楽しみにしているからな」

 

 楽しみにしてくれているのか。まぁ、確かに楽しそうにしてくれているとは思っていたが……そういうことなら遠慮は必要ないということか。

 いや、必要ないからとやりすぎるということはないのだけれども。

 

「そうなんですか?なら適度にそうしてふざけるのも良いかもしれませんね」

 

「あぁ、適度に、ならな。やりすぎるなよ?」

 

「わかってますよ。加減には気をつけます」

 

「そうか。それなら良いんだ。

 ……これからもヨシテル様のことを頼むぞ」

 

 なんというか、今までであればもっと違う反応をしていたのに、こうして頼むぞ。と言われると違和感を覚えるというか、ちょっとむず痒い感覚がするというか。いや、でもミツヒデ様が俺をちゃんと認めてくれていると考えると悪いことなどはまったくないのか。

 ただ、やはりミツヒデ様が相変わらず困った弟を見るような目になっている点だけは認めない。そういう目をしてもまだ俺が許容出来るのは、昔から俺を知っている人間だけだ。

 

「ところでミツヒデ様。どうして俺のことをそんな困った弟を見るような目で見てくるんでしょうか」

 

「ん?おかしいことか?」

 

「おかしいですよ。しかもそれがこの間の一件から急にとか、どう考えてもおかしいです」

 

「いや……ふと考えたときに、なんとなくそんな風に思えてな……竜胆たちもそんな目をして結城を見ることがあるんだ。別に構わないだろう?」

 

「構わない、わけがありません。そういうのはもっと俺のを昔から知っているとかそういう人限定です。

 それにミツヒデ様は色々と俺に対して態度が変わりすぎてませんか?」

 

 これは純粋に疑問だった。何故俺に対して態度がそこまで変わったのだろうか、と。

 別に俺が何かをしたわけではないし、ミツヒデ様と特別何かを話したわけでもない。だというのにどうしてだろうか。

 

「あぁ、その、な……最初は怪しいと思っていたが、ヨシテル様の為に働いている姿や、私ではどうしようもなかったヨシテル様の精神的な支えになったり、義昭様がいつも暗い表情をしていたのを笑顔にしたことだったりと色々とやってくれていたからな。

 ただ、どうにも最初に厳しい態度を取っていた手前、それをいきなり変えることも出来ずにいたんだ……

 そんな中であんなことが起きて、ああいう話をしただろう?その時に、何でも出来る完璧な人間のように思っていたお前が、実はそんなことはないヨシテル様と同じで抜けているところがあるのだとわかってな。

 なんだか、そんな相手に厳しい態度を取り続けるのも、ヨシテル様と義昭様のことで嫉妬をし続けるのも馬鹿らしくなったんだ」

 

「……俺、そんな完璧な人間のようでしたか?割と適当なところとか、どうしようもないところとかあったと思いますけど……」

 

「私の見ている範囲では、だ。ヨシテル様や義昭様を相手にしているときはそうだったのかもしれないが、私と話をしたり何か任務で一緒になった時は見事なものだった。

 まぁ……今になって考えると、私の態度のせいもあったのかもしれないが……」

 

「そうですね……ミツヒデ様の見ている前では失敗は許されない。くらいには思ってましたね」

 

「それが原因か……うむ、まぁ……私が悪かった、ということか……」

 

 そういうことだったのか。まぁ、失敗は許されない。ということで慎重になっていたし仕方ないか。

 しかし何と言えば良いのか。そういうことを気にしているミツヒデ様は普段とは違う姿であり、普段は変人だとか思うこともあるが、見目麗しい方でもあることから大変可愛らしい。

 

「気にしないでください。そういうことであれば仕方ないと思いますよ。

 弟扱いというのは仕方ないと思えませんが」

 

「いや、それはもう、な。それこそ仕方ないと諦めてくれ」

 

「……ミツヒデ様、そこはもう少し考えてくれませんか?」

 

「すまない、それは無理だ。私の中でお前はもはや困った弟だからな」

 

 そう言ってから少し困ったように笑うミツヒデ様は、それでも何処か楽しそうに見えた。

 こうして見ると、前まではミツヒデ様と親しくなれるというか、信用してもらえるかと少し不安に思っていたのだが、もはやそんな心配は必要なさそうだ。

 だがそれは置いておくとして。随分と油断しているというか将棋を指す手が甘くなっている。そんなつもりはなかったのだが……これは特に言わなくても良いか。

 

「困った弟ですか……普通に同僚とか、仲間ってくらいで良いんですけど……」

 

「もうお前に対する対応はそれで決まりだ。諦めてくれ」

 

「はぁ……いや、何を言っても聞きそうにありませんから諦めますか……」

 

「あぁ、そうしてくれ」

 

 今度は非常に楽しそうに笑った。ミツヒデ様が俺にこうした表情を見せてくれるのはもしかすると初めてのことかもしれない。ヨシテル様と義昭様が関わることであれば良くあることなのだが、今回はあの二人が絡んでいない。

 珍しい物を見た、という気持ちと、良い物を見た。という気持ちになり、小さく笑みを零してしまう。

 そうしてその後もそんな雰囲気で打ち続けているのだが、ミツヒデ様は非常に油断しているのか差す手がどんどん甘くなっている。話をするのが楽しくなっているせいなのだろうが、普段では絶対にありえない状況になっていた。

 これはそろそろ言うべきだろうか。全部終わってから言うようなことがあればたぶん怒られてしまうし……もはや挽回のしようもない状況になっているので今更だとは思うが。

 

「ところでミツヒデ様」

 

「ん、どうした?」

 

「盤上見てます?」

 

「何を言っているんだ。当然見ているに決まって……あ……」

 

「飛車角は最初に落ちて、歩は全滅、香車も落ちて桂馬も落ちました。金銀ともに一枚落ちて残り三枚ですよ。

 そちらの手元にあるのは歩が数枚と桂馬が一枚、此処からどうひっくり返すのか楽しみですね」

 

 うん、非常に楽しみである。良く考えると俺の事を弟扱いしてそれについて諦めろと言ってくるような相手だ。こういうところで容赦する必要は無い。

 それに元々は精神攻撃を仕掛けながら揺さぶって行く予定だったのが、楽しく会話して集中力を削ぐということになっただけだ。何ら問題は無い。

 

「ま、待て!この状態は……無理じゃないか!」

 

「いえいえ、こう……歩と桂馬を使って頑張って成金という手段を使えば多少は……」

 

「それまでに落とされるか、成った途端に落とされるのが見えているぞ!」

 

「いやぁ、大変ですね。あ、金貰いますね。変わりにこの成金なら持って行って良いですよ」

 

「貰ってもそれ歩だぞ!くっ……此処からどうにか逆転を……!」

 

 そんな会話をしてからはミツヒデ様が凄まじい集中力でどう打てば良いかと考えたが、まぁ、無理である。

 その後は一方的に俺が攻め、宣言通りに王将以外の全ての駒を奪い取ることに成功した。

 

「さて……詰みまでどうやればいいでしょうか」

 

「状況的にもう詰んでるんだが……」

 

「いやいや、動かせないくらいに、ということで」

 

「……投了以外ないか……」

 

 ということでミツヒデ様の投了でこの一局は終わりとなった。

 非常に悔しそうにしているミツヒデ様の前には多くの駒に囲まれた王将がほぼ身動きの取れない状況でぽつりと置かれている。それを見ているミツヒデ様は非常に悔しそうだった。

 

「……結城!」

 

「さて、それじゃ湯飲みは片付けますから将棋盤の片付けをお願いしますね」

 

「もう一局だ!次は負けない!」

 

「あ、明日の夕食は昼過ぎにでも教えてください」

 

「待て!もう一局!もう一局だけ……!」

 

「ではお疲れ様でした。そして、おやすみなさい」

 

「だから、もう一局だけで良いから……!!」

 

 そんなことをしつこく言い続けるミツヒデ様を置いて湯飲みと急須を片付けるために厨房へと跳ぶ。もう遅い時間になっているので侍女などは居ないが、さっさと片付けて俺も休むとしよう。

 流石に跳んで逃げた俺を追ってくるようなことをミツヒデ様はして来ないとは思うが……もしかすると明日また将棋をしなければならないかもしれない。

 それに対してため息を零してから、それでも、前までとは違って今ならばそうするのも楽しいのだろうな。と思って小さく笑んでしまう。

 少し不安に思っていたことも解決して、今日は良い気分で眠れそうだ。そして、きっと明日はヨシテル様や義昭様と色んな話をして、また夜にミツヒデ様と将棋を差す。そんなありきたりでありながらも楽しい一日にが来るだろうと思うと、何だか嬉しくなった。




ミツヒデ様と和解してからの、更に仲良くなる話。
こう、厳しい態度だったミツヒデ様と親しくなって優しい対応をされるようになって、それから更に仲良くなった時に素の笑顔とか見せて欲しい。

次回、ようやく安芸か四国。


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モトナリさまといっしょ そのに

オリ主でもわからないことはある。


 二条御所を離れて安芸へと辿り着いた俺は毛利様を探すべく手近な町で情報収集を行っている。

 毛利様の居城である吉田郡山城に一度向かったのだが、どうにも不在のようで、しかし安芸に居るのは確か。ということで探し回っているのだ。

 ただ、戦国乙女の中で最も掴みどころがなく、見つけたと思っても気づけば姿を見失うこともあるような方であるために、人から情報を集めるのは難航している。見かけたという情報を頼りに跳んでも、そこで目撃情報が途切れ、まったく違い場所で目撃されていた。なんてことはざらだ。

 だがそんな状態だからこそふと思うことがある。俺が探し出そうとするよりも、毛利様に見つけてもらった方が早いのではないか。ということである。

 適当に目立つ行動をしておけばその話を聞いた毛利様が顔を出す。ような気がするのだ。その目立つ行動というのは忍術を使ってしまえば簡単に出来るし、悪い案ではないと思う。

 というわけで適当な町で大道芸をするように火や雷、氷の蝶々を飛ばしたり派手にするために水の龍を飛ばしたりともはや好き勝手にやっていた。

 目立つことも目的の一つではあるが、実は改良していたりするのでそれの確認を少ししていた。ということもある。おかげで町の住人は集まったし、旅人や行商人も集まった。

 これで後はこの町に滞在して毛利様を待てばきっと現れるだろう。というよりも現れなければ困る。

 いや、それよりも何故居城で大人しくしていないのだろうか。現状でも町に来る人々から情報を集めてはいるが、相変わらずふらふらしているようで、同じ情報が入ってくることはない。

 

 そうして数日ほど滞在しても尚、毛利様が現れる気配が無いことで仕方なしに明日にでも移動しようかと思って夜ノ町中を歩いているとふと視線を感じて、その視線の主を探した。

 すると橋の上に立つ毛利様の姿がそこにはあった。いや、先ほどまで居なかったはずなのに何で居るんだろうかこの方は。俺と同じように跳んで現れたとかではないだろうし……本当に謎である。

 これがカシン様であれば消えて姿を現すという瞬間移動の術でも使ったのかと納得も出来るのだが毛利様はそういう方ではない、はず。

 

「随分と、派手にやっているみたいね……」

 

「分かり易かったでしょう?」

 

「ええ、とてもね」

 

「それは良かった」

 

「でも、私を見つけるのはそんなに大変だったかしら」

 

「ええ、大変でしたね。複数人に話を聞きましたが毛利様の目撃情報とその日時がどうにも噛み合いませんでしたから。試しに跳んでみれば目撃情報が途切れていて別の場所に居るのを見た。なんて話もありましたし……

 本当に、見つけるのは無理かと思っていましたよ」

 

「だからこそ自分は既に安芸に来ている。そう知らせるために大道芸みたいなことをしたようだけど……流石にやりすぎよ。

 この町を中心にして色んな場所で貴方の話で持ちきりだったもの」

 

 まぁ、そうなるだろうとは思っていた。いや、そうならなければ困るからそうした。と言うべきだろうか。

 

「いえいえ、これくらいしておかないと毛利様に気づいていただけるかわかりませんでしたから。

 それで、毛利様。話すべき事柄はお互いにありますが、何処で話をしましょうか」

 

「そうね……歩きながらで良いわ。安芸であれば、毛利輝元の手の者に話を聞かれることもないでしょうから」

 

「安芸であれば、ですか。何やら色々と仕込まれていそうですね……」

 

「ふふふ……どうかしらね……」

 

 これは何か毛利様が仕込んでいる。と確信が持てる。

 確かに、自身の領地である安芸であればあれやこれやと秘密裏に仕掛けることくらいは出来るだろう。それに、毛利輝元様の出身でもある以上は他の地よりも警戒度が高いのも当然と言えば当然のことだ。

 そう思いながらも毛利様の後に続くが、どうにもそれは気に入らなかったらしい。

 

「結城、後ろではなく隣を歩いてくれるかしら」

 

「いえ、俺は忍ですので後ろから付き従うように歩くべきかと」

 

「忍に背後を取られている。なんて恐ろしくて落ち着いて話も出来ないわ」

 

「大丈夫ですよ、ヨシテル様の敵ではありませんから危害を加えるつもりはありませんからね」

 

「ヨシテルの敵ならその限りではない、ということね。なら安心、しても良いけど隣を歩いてくれるかしら。

 貴方の中の闇の気配。それが気になって仕方が無いわ」

 

 そういえば毛利様はそういった類のモノを感じ取ることが出来るのだった。であれば俺の中にあるカシン様の憎悪と呪いは、毛利様にとっては相当に気になるだろう。

 で、あるならば仕方が無い。此処は毛利様の言葉に従って隣を歩かせてもらおう。

 

「そういうことでしたら、わかりました。隣を歩くとしましょう」

 

「ええ、それで良いわ。

 それで、毛利輝元のことも話さなければならないけど貴方に何か変化はあったかしら?」

 

「いえ、特には。少しばかり悩み事が解決した、という程度です」

 

「悩み事ね……それが何か、わざわざ聞く必要はなさそうだけど……

 ……聞くのはやめておくわ。今は、ね」

 

「聞く必要は無いでしょうに……それよりも、毛利輝元様について話をしましょう。

 現状、俺と毛利様の共通の敵なっていますし、そちらを解決するのが優先すべき事柄、でしょう?」

 

 それに俺が安芸に来たのは視察ということもあるが、それ以上に毛利様と情報を交換するため、という理由の方が大きい。多少であれば無駄話に乗ることも出来るが、先に情報交換を済ませてから、というのでも良いと思う。いや、先に済ませるべき、か。

 俺がそう言うと毛利様は納得したように頷いて話し始めた。

 

「そうね。なら私から得た情報を伝えるわ。

 毛利輝元の潜伏場所はわからなかったけれど……ムラサメの姿が目撃されている場所にどうにも甲斐や越後の周りが多いみたいね。もしかしたらその辺りに何かあるのかもしれないわ」

 

「あぁ、それでしたら封印の塔に関して情報を集めているのかもしれませんね。

 上杉様は場所を知っていますし、武田様も自身の情報網を使って場所を特定している。と聞きます。そのお二人の周りを探れば何かわかるかもしれない。そう考えているのかもしれません」

 

「なるほど……それで、貴方はその塔が何処にあるのか、知っているのかしらね……」

 

「ええ、上杉様に教えていただきましたから」

 

「そう……それで、貴方の方は何か毛利輝元のこと、わかったかしら?」

 

「ええ、少しばかり長くなりますが……話をさせていただきましょう。

 まずは毛利輝元様が斉藤様を全国に赴かせている理由ですが―――」

「―――ということです。どうにも全国各地にカシン様の呪具を用いた呪いを振りまいているようですね」

 

「となると……私は安芸を離れるわけにはいかない。そういうことなのね」

 

「そうなりますね。一応全国の戦国乙女には俺の作る呪具を送りますから、それを使えば簡単に祓えるとは思いますが……安芸には毛利様しかいませんので、仕方がありません」

 

「そう……確かに私なら呪具がなくてもどうにか出来るものね……

 仕方ないわね、私は安芸で大人しくしておくわ。だから結城、貴方が毛利輝元の企みを阻止しなさい」

 

「言われずとも」

 

 元よりそのつもりだ。毛利輝元様の企みを阻止してヨシテル様の築き上げた泰平の世を守る。

 そのためにこうして飛び回っているようなものだ。当初は俺の状態に関わっていたが、今ではそちらの方が優先順位は高い。それに俺の問題はカシン様と話をした結果、毛利輝元様の件を解決してから。ということになっているので、後回しにせざるおえない。

 まぁ、ある程度方針は決まっているのでそのことについては焦ることは無い。

 

「なら良いわ。貴方が最低限毛利輝元の企みを止めてくれるのであれば私はそれ以上は望まないわ。

 いつか私が毛利輝元を殺すにせよ……それまでに妙なことをされなければ良いだけだものね……」

 

「毛利様が毛利輝元様をどうしようと俺には関係ありませんが……そのために無茶だけはしないでくださいよ。

 各地を治める戦国乙女の方が一人でも欠けると、面倒なことになりますから」

 

「あら、私を心配しての言葉じゃないのね」

 

「いえ、勿論心配はしていますよ。素直ではないもので、申し訳ありません」

 

「ふふ……そうね、貴方は素直じゃないものね……」

 

 何だろうか、この見透かされているような、奇妙な感覚は。

 毛利様であれば俺が口にしていない出来事でもなんとなく察してしまっているのかもしれないが……流石にヨシテル様とのことについては悟られてはいないはず。

 だが以前会った際には自分が思っている以上に大切にしている。だとか言われた記憶があるので、もしかしたらあの時には俺がヨシテル様に向ける感情の名前を知っていて、それでも違うと思っていたからこそ素直ではない。と言っているのかもしれない。

 

「さて、話は終わりで良いわね」

 

「ええ、構いません」

 

「なら……」

 

「酒ですか」

 

「そうよ。安芸の地酒も美味しいものよ?」

 

「……構いませんが、地元の酒が飲めるからと酷く酔うまで飲むようなことはやめてくださいよ?

 それで、毛利様は近くに宿を取っているんですか?」

 

「大丈夫よ。前後不覚になるまでは飲まないわ。

 でも……宿は取っていないし、場所を変えたいわ」

 

 どうやら今回は近くに取っている宿で飲む。ということではないらしい。

 では場所を変えたいというのはどうしたら良いのだろうか。

 

「折角安芸に来たんだもの、とても良い場所があるわ。そこに行きましょう」

 

「安芸に来たならば、ですか……もしや、厳島神社、なんてことは言いませんよね?」

 

「ふふふ……正解よ」

 

「此処からどれだけ離れてると思ってるんですか……」

 

 あくまでも予想として厳島神社と口にしたが、まさかの正解だった。

 この町からでは大分離れているし、大体厳島まで行かなければならないと考えると今から行けるような場所ではない。いや、俺は行くことが出来るのだが……もしかするとそういうことなのだろうか。

 

「気づいたようね。それじゃ、頼もうかしら」

 

「あぁ……やっぱりそういうことですか……

 跳べますけど……はぁ、良いです。跳びましょう」

 

 ため息混じりにそう言うと毛利様が俺の傍に寄って来たので一言断りを入れてから姫抱きにして、厳島まで跳ぶ。流石に岸から厳島まで一足で跳ぶことは出来ないので途中に水上に足を付いてしまったが、特に沈むことも無いのでそのまま跳び続けた。

 そしてすぐに厳島に到着して毛利様を降ろす。流石に水上に足を付いて跳ぶというのは久々だったので心配だったが大丈夫だったようだ。

 

「水の上を……」

 

「あれくらいは普通ですよ。場合によっては錘を背負って水上を歩く。というのは里では修行の一環としてやっていましたから」

 

「貴方の里はおかしいのね……

 まぁ、良いわ。ついて来てくれるかしら」

 

「わかりました」

 

 言ってから歩き始めた毛利様の隣を歩くが、とりあえず町に向かわなければならない。

 とりあえず厳島に行く。ということで跳んだが、到着したのは岸辺であり町の中ではない。というよりも町が何処にあるのか知らないし、そこから更に厳島神社に向かうのだからそこから離れた場所に跳んでしまっては元も子もない。

 それにいきなり厳島神社の敷地内へと跳んではいるのはよろしくないとも思ったからだ。

 

「……潮騒の音」

 

「ええ、悪くないでしょう?

 日が出ていればそれなりに人も出歩いていて、野生の動物たちの鳴き声もしてくるけれど、夜になれば波の音だけ……こうして波の音を聞きながら、月明かりの下を歩くというのも乙なものね……」

 

「そうですね……悪くありませんね。こんな夜は……仕事が捗りそうです」

 

「今の貴方に暗殺をするような相手はいないはずよ」

 

「いませんね。だから捗りそう、というだけの話ですよ。

 で、そのことを知っているとは思いませんでした。誰かに聞きましたか?」

 

「各地の鎮めた魂の中には、貴方に暗殺された人間の魂もあった。それだけのことよ……」

 

「なるほど。では次は魂も暗殺しておきましょう」

 

「その方が良いわね。私が鎮める必要もなくなるでしょうから」

 

 割と物騒な話をしながら歩いているが、お互いの雰囲気としては軽口を叩き合っているようなものでしかない。

 謎の多い戦国乙女と自分で言うのも何だが謎の多い忍というのはある意味で似たところもあるのだろうか。などと思ってしまったが、そう思うほどでもないのか。

 ただ互いに共通で出来ることがあるからこそこうして会話しているだけなのだから。

 

「それにしても、此処から厳島神社は離れているんですか?」

 

「あまり離れてはいないわね。場所さえ教えれば貴方に跳んでもらうことも出来るけれど……折角だからこうして散歩をしているのよ。

 それに此処は穏やかで清廉な気を感じられるから、私は好きなのよ」

 

「そういうことですか。ですが清廉な気、と言われてもイマイチわかりませんね」

 

「貴方はそうでしょうね。闇の力なら感知出来るかもしれないけれどその反対は難しいんじゃないかしら?

 いえ、普通はその両方を感知することなんて出来ないはずなのだけど……」

 

「闇の気は……まぁ、俺の状態を考えれば仕方ありませんね」

 

 俺の中には毛利様が言う闇の力をふんだんに含んでいるものがあるのだから。

 とはいえ、それが分かるからと何か得するようなことがあるかと言われればそういうことはない。むしろ調べようと思えば微かに感じることが出来る程度の物で、毛利様のように意識しなくても感知出来るということはない。

 だからはっきり言ってしまえばあってないようなものなのだ。

 

「まぁ、使えませんけど」

 

「でしょうね。私のように魂を鎮めて回るには良いかもしれないけれど貴方のような忍には不要な力よ。

 ヨシテルの傍にそういったモノがあれば警戒出来る、とも考えられるけれど……ヨシテルは鬼丸国綱を持っているものね。弱いものであれば寄り付くことも出来ないわ」

 

「流石鬼丸国綱、と言ったところでしょうか?」

 

「ええ、そうね。そしてそれは貴方の持っている大典太光世も同じことよ。

 いえ……大典太光世の方が強力ね。まるで持ち主には自分が居ればそれで良いだろうとでも言うように、他に寄って来るものを寄せ付けないようにしているみたいだから……」

 

「……独占欲が強い、というかなんというか……」

 

「随分と特殊な刀のようだから、扱いには気をつけるべきね。

 ただ、貴方のことは随分と気に入っているような気もするから……大丈夫だとは思うけど……」

 

「……カシン様が悪趣味な刀と言っていたのには、そういう理由もあったのかもしれませんね……」

 

「…………あのカシンが悪趣味なんて言うのね……とんでもない刀を下賜されたものね」

 

 いや、本当にとんでもない刀だったようだ。ヨシテル様から下賜された刀である以上大切に持っておくつもりではあるが……扱いには気をつけなければ。

 普段はまず使わないが、いざと言うときは使わなければならないだろうし、その際に注意すれば良いのか。それと、鬼丸国綱や大典太光世のような霊験の宿る何かを使うようなことがあれば、先ほどの話が確かなら何か起こるかもしれない。

 この先、そういったものは使えないな。とも思ったが……普段から使わないから特に困ることは無いのか。

 

「まぁ、それは良いでしょう。それで、厳島神社まではどれくらいで到着しますか?」

 

「そう離れてた場所ではないからもうすぐね。そこの能舞台を使えるように話はしてあるからそこで飲みましょう?」

 

「構いませんが……能舞台で酒を飲むっていうのも妙な話ですね」

 

「そうね。他にも幾つか候補はあったけれど、あそこが一番珍しいから選んだのよ」

 

「確かに……海の上の能舞台、なんて厳島神社くらいのものですからね……」

 

 厳島神社の能舞台は日ノ本で唯一海の上に存在する舞台であり、非常に珍しい作りをしている。

 また、厳島神社の本殿は毛利様によって改築されており、平舞台においてはそれを支える柱もまた毛利様が寄進したという。そういう話を町では聞いたことがある。

 それと、時折毛利様が厳島神社の能舞台で舞っているという話も聞いたが……毛利様は厳島神社のことを気に入っているというか、大事にしているような節がある。

 反橋に関しても毛利様が再建に関わっているとのことだったので、今回厳島神社を選んだのは単純に毛利様が厳島神社で飲みたかったから。そして能舞台を選んだのは普段はそこで飲むことが無いから。とかそのあたりではないだろうか。

 

「毛利様は厳島神社に関して色々と関わりがあるようですが……随分と気に入っているようですね」

 

「ええ、そうね……私にしては珍しく、随分と力を入れてしまっている。とは思うわ」

 

「能舞台では舞うこともあるとか」

 

「あの能舞台は他とは違う作りだから舞うと少し不思議な気の高揚を感じるのよ」

 

「……いや、本当に気に入っているようでなによりです」

 

 見た目ではそうでもないが、話をしていて確かに高揚しているような気配は感じられた。

 あの毛利様がこうなるとは……恐るべし、厳島神社。いや、冗談だが。

 

 だがふとふと思うのだが、毛利様は全国を回っているはずなのに一体どんなときに厳島神社に手を出していたのだろうか。指示を出して投げておく。ということはしないはずの方なので、それなりに安芸にいなければならないはずだ。

 だというのに毛利様が長期間安芸に留まっていたという話は聞かない。そのあたりはどうなっているのだろうか。

 

「ところで毛利様。毛利様は厳島神社にあれこれと手を出していますが……いつやってるんですか?」

 

「さて、いつかしらね……私なりに考えて、手を出すと決めたときに少しやっているくらいよ」

 

「少しやっている。という程度で改築などは出来ないと思いますが……」

 

「ふふふ……そのあたりは秘密にさせてもらおうかしら。その方が面白そうだものね……」

 

 秘密にされてしまった。いや、本当に謎なのだが……それに安芸の統治は毛利様の役目となっているが、それも完璧にこなしている。本当にいつやっているんだろうか。

 もしかしたら優秀な臣下が居て、ある程度はその臣下に任せている。とかなのかもしれないが……それにしても、安芸、そして毛利様には謎が多い。

 いっそのこと酒を飲んでいるときにでもそれとなく聞き出せないか試してみよう。そう思いながら毛利様と他愛の無い話をしながら厳島神社へと歩いていく。




厳島神社の本殿や平舞台、高舞台に能舞台、反橋などなどは本来は毛利元就とは関係ないというよりも没後に手を加えられたものもありますがそのことに関しては、戦国乙女だから。ということで気にしない方針でよろしくお願いします。

尚、今回は取り上げませんでしたが大鳥居に関しては根元は海底に埋め込まれておらず、詳しくは省きますが先人の知恵と工夫によってその重みだけで立っています。
本当に凄い。


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モトナリ/モトチカさまといっしょ

オリ主は酒に強い。


 毛利様と酒を飲んだ後、毛利様が取っていた宿で一晩過ごすこととなった。

 元々厳島神社で酒を飲む予定だったのだからそうして宿を取っているのはわかるのだが、どうして一部屋しか取っていなかったのだろうか。いや、俺なら変なことはしないと言っていたので信用されていたのかもしれないが、それでも普通は別々の部屋にするべきなのに。

 まぁ、毛利様のことだからそうして同じ部屋で眠る。ということを知った俺の反応を見て楽しもうとしていたのだろうが、そういう方だとある程度は理解出来ていたのでため息をつく程度の反応しかしなかった。

 多分あれなら毛利様が思っていた反応とは違っていたので、次に今回のようなことがあっても同じように同じ部屋で、ということはないだろう。ないと思いたい。

 そう思うのだがあの毛利様のことだ。また同じように、もしくは俺が何らかの反応を返すようにと何かしてくるのかもしれない。そう考えると毛利様はある意味で苦手な相手なのかもしれない。そんな風に思ってしまった。

 いや、でもあの方のお気に入りの玩具は小早川様なので、小早川様が傍にいれば俺が標的にされることもないのか。であるならば、さっさと毛利輝元様の件を片付けてお二人には合流してもらおう。そして小早川様には生贄になってもらおう。

 

 そんな小早川様に対して失礼と言うか、酷いことを考えながら俺は現在宿の外で毛利様を待っている。

 毛利様は一旦四国に渡るということで、安芸の視察自体は終えている俺も同行することになったのだ。丁度次は四国の、長宗我部様がどのような治世を行っているのかを視察しに行こうと思っていたので、正に渡りに船だ。

 とはいえ、毛利様が四国に渡らないとしても俺は普通に四国に渡ることが出来るのだが。少し距離はあるが、此処から跳んで数歩ほど海の上を歩くことになるかもしれないが、その程度俺には何の問題にもならない。

 問題にもならないのだが、結局昨晩は毛利様にお酌をして、お酌されて、とりあえず酒を飲み続けるという状態で情報交換以外の話がほとんど出来ていなかったので、毛利様と話をする時間が欲しかった、

 

「待たせたわね、結城」

 

 そうして待っていると宿から毛利様が出てきた。

 

「いえ、然程待ってはいませんのでお気になさらず」

 

「そう、それは良かった。それじゃ、港に向かいましょう」

 

「船に乗って四国へ、でしたね。既に話はつけてあるんですか?」

 

「ええ、大丈夫よ。時間としてはもう少ししたら迎えが来るはずだから」

 

「わかりました。では遅れないように向かいましょう」

 

 四国へ渡るための船はあるが、まだ厳島の港には着いていないらしい。それでももう少しで迎えが来るということなので遅れないようにしなければ。

 毛利様が歩き始めたのを見て、その隣を歩くのだが、毛利様は俺を見て小さく笑ってからこう言った。

 

「ちゃんと隣を歩いてくれるのね」

 

「ええ、昨晩そのようにしてくれと言われましたので」

 

「忘れた、なんて言いながらまた一歩後ろを歩くのかと思ってたけれど、そういうことはないみたいね」

 

「相手によってはそう惚けても良いんですけど、毛利様相手に惚けてもあまり意味がないと思いましたので」

 

 変に誤魔化す必要も無いとあえて馬鹿正直な返しをしたが、毛利様はまた小さく笑って前を向いた。

 毛利様としては納得の行く、もしくは面白い回答が出来た。ということで良いのだろうか。

 

「そういうの、ヒデアキなら慌てて取り繕ってくれるのだけど……結城の返しも面白いかもしれないわ」

 

「小早川様には出来そうにありませんけどね。それと小早川様は今のままで充分かと。

 変に弁が立つようになっても、面白くはないでしょう?」

 

「それもそうね。あの子は今のままが良いわ。いえ、いずれは成長して変わるにしても純粋なままで居て欲しいものだわ」

 

「変に擦れてしまうよりはその方が好ましいですね」

 

 話の内容が小早川様について、というのは少しおかしいとも思うのだが、共通の話題としては扱い易い。

 それに毛利様は態度には出さないが小早川様のことを大切に想っているような気がする。だからこそ小早川様の話題であれば饒舌にもなるのだろう。いや、饒舌とは言ってもヨシテル様や義昭様について語るミツヒデ様のようにはならないのだが、それでも毛利様にしては良く喋る。という程度だ。

 もしかするとこれが伊達様の話題であってもそれなりに饒舌になるのかもしれない。毛利様、伊達様、小早川様の三人で旅をしていたのだから、悪いようには思っていないはずだ。まぁ、わざわざ伊達様のことを話題に出す必要はないのだが。

 小早川様の話だけで普通に歩きながら会話は続くし、わざわざ話題を考えなくとも他愛のない会話が続く程度にはお互いに仲は良い。そうでもなければ一緒に酒を飲むなんてことは出来はしない。

 

 そうして毛利様と話をしながら港へと進むと、他の船とは一線を画す大きな船が停泊していた。

 まさか迎えとはこの船のことだろうか。そう思って毛利様を見ると臆する様子もなくその船へと歩みを進める。まぁ、つまりはそういうことなのだろう。

 大人しく毛利様とその船に近づくと船の上から声がした。

 

「待ってたわよ、モトナリ!」

 

 その声を聞いてなるほど。と納得した。上を見ればそこには予想通りに長宗我部様がいた。

 

「待たせたわね、モトチカ」

 

「って言っても本当は大して待ってもいないんだけどね。それで、結城も一緒だなんて聞いてないんだけど?」

 

「知ってるわ、それくらい。昨日会ったのよ、四国に、というよりも貴女に用事があるらしいからついでにね」

 

「なるほどね。まぁ、良いわ。今回は特別に長宗我部水軍の一隻で迎えに来てあげたんだから、感謝しなさいよね!」

 

 長宗我部様は船から身を乗り出して、大きくを振っていたがそう言うと身を引いたのか姿が見えなくなった。

 それを確認してから毛利様が大きく跳んで船の甲板へと上がったのを確認して、俺も同じように甲板へと跳んだ。本来はこのような乗り方をするものではないのだが、まぁ、良いだろう。長宗我部様ならそこまで細かいことは気にしないだろうし、毛利様もやっていることなのだから。

 

 船の甲板に降り立つと長宗我部と毛利様しか居らず、船員の姿を見つけることが出来なかった。

 ただ、気配を探れば船の中などに複数名居て作業をしているようだった。流石に長宗我部様とはいえ一人でこの船を操ることは出来ないのは当然か。

 戦国乙女という規格外な存在であることを考えれば、一人でも何とかしてしまえるのではないか。とも思ってしまうのだが。

 

「ようこそ、私の船へ!とは言っても特に歓迎の用意が出来てるわけじゃないし、精々船室にお酒があるくらいなのよね」

 

「あら、充分じゃないかしら」

 

「まだ朝なんですけどね。飲むにしても飲みすぎには注意してくださいよ」

 

「わかってるわよ!それに、お城に戻ると爺やが禁酒だー!って五月蝿いから飲めないし、今の内に飲んでおかないとね!」

 

 飲みすぎないように、と一応注意してみたものの長宗我部様は聞いてはくれそうにない。とはいえ俺の注意自体は聞いてもらえると思っていなかった。ただ単純に俺は注意しましたからね、と言って後で反応でも見て楽しもうか、という程度のことだ。

 そのことを分かっているのか毛利様は毛利様で俺をちらっと見てから楽しそうに笑っていた。毛利様は人の考えていることが読めるのか、それとも毛利様にとって俺の考えが読みやすいのか分からないがあまり良い気分ではない。

 自分の考えていることが他人に筒抜けなんて、誰だって気分の良い物ではないのだから。

 

「そういうわけだから、今から下に降りてお酒、飲みましょ?」

 

「ええ、良いわよ」

 

「構いませんが……この船は何時頃出るのか聞いても?」

 

「あぁ、暫くは出ないわよ。港に着いたんだから荷を降ろしたり、積んだりしないといけないし、船員も休憩が必要なのよね。だからのんびりお酒を飲みながら待ってれば良いってわけよ」

 

 言われてみれば確かにそうだ。ただ毛利様を迎えに来たのではなくそういった用件を片付けようとするのは当然であるし、船員に休みなく船を操れというのは酷だ。

 

「そういうことでしたか。わかりました。では一度船室に」

 

「分かればいいのよ。さ、行きましょう!」

 

 酒が飲めることが嬉しいのか上機嫌で毛利様と俺を先導する長宗我部様。

 船内を歩いていると擦れ違う船員たちの顔には、酒が飲めると良いながら楽しげに歩いている長宗我部を見て、苦笑が浮かんでいるのでもしかすると毛利様と合流するまでは飲まないように、としていたのかもしれない。

 それで、飲みたいけど、まだ早いということを葛藤でもしていたのだろう。そしてそれを見ていた船員がこの反応をしていると考えることも出来る。爺やが禁酒だと言っている。とのことだったのでそれも仕方ないのかもしれない。

 確か長宗我部様は良いお酒が手に入った、と言いながらミツヒデ様に一杯やらないかと二条御所までやってきていたのを思い出した。あれはもしかすると自分の城では飲むことが出来ないから持って逃げてきたということだったのだろうか。

 あの時はミツヒデ様も上質な酒が飲めると機嫌が良くなっていたので俺としては別に構わないが……あれは城に戻った際は爺やにでも叱られたのかも、なんて思ってしまう。

 

 そんな他愛のないことを考えながら長宗我部の続いて歩いていると他の船室によりも大きな扉がついている船室まで辿り着いた。

 その扉を開けて長宗我部様が中に入ったので此処が長宗我部様の言っていた酒を用意している部屋になるのか。

 

「さて、お酒もおつまみも用意してるから、じゃんじゃん飲みましょう!」

 

「貴女が用意したお酒なら、上等な物を用意していそうね」

 

「勿論!爺やの目を盗んで飲むにしても、見つかったら没収されちゃからね。

 本当に良いお酒は没収されないように、こういうところで飲むようにしてるのよ。あ、結城ってお酒飲めたかしら?」

 

「飲めますよ、人並み以上には」

 

「なら良いわ。それじゃ、四国に着くまで飲むわよー!」

 

 宣言してから長宗我部様は酒を杯に注ぐとそれを一気に飲み干した。

 

「ぷはーっ!やっぱこれよこれ!

 この間は爺やに見つかって満足に飲めなかったけど、今日は飲んで飲んで飲みまくってやるわ!」

 

「なら私も……ふふ、悪くないわね」

 

「そうでしょうそうでしょう。なんと言っても今回は私のとっておきを持ってきたんだからね。

 あ、結城の飲みなさいよ。折角良いお酒を飲める機会なんだから、飲まなきゃ勿体無いわよ?」

 

「では俺は頂きます」

 

 言われてしまった以上は口にするのだが、確かに良い酒のようだった。ようだった、とする理由としては俺が酒の良し悪しがそこまで詳しくわかるわけではないことと、普段からあまり飲まないからだ。

 まぁ、織田様から頂いた酒に関してはそんな俺でも美味いと思えるほどのものだったので、流石織田様である。あの方は良く酒を飲むし、南蛮からの貢物として洋酒も飲む。酒に関しては確実に舌が肥えているに違いない。

 そんな方のお勧めというか、良い酒だと豪語していたのだからあれが美味いのは当然とも言えるのだが。

 

 そうしたことを頭の隅で考えながら長宗我部様の用意した酒を飲む。

 うん、確かにこれは悪くない。というよりも結構美味く感じる。

 

「どう?良いお酒でしょ?」

 

「ええ、悪くありませんね」

 

「ふふん、当然よ。

 ほら、まだまだ用意してるんだからどんどん飲むわよ!」

 

「わかってるわ。悪酔いしない程度に楽しませてもらうつもりよ」

 

 二人とそう言って思い思いに杯を傾ける。俺は少しずつ酒を口にしているのに対してこの二人は言葉通りにどんどん酒を飲んでいく。

 内心で毛利様に対して、昨晩も飲んだのにまた飲むのか。と思いつつ、長宗我部様を見れば此方は此方で上機嫌に杯を傾け続けている。

 何となくも毛利様は大丈夫でも長宗我部様は酷く酔ってしまいそうな気がして、面倒なことになりそうだと思ってしまった。というか多分面倒なことになる。

 最悪酔った状態で出航するようなことになれば……いや、考えたくもないな。

 とりあえずはそうならないことを祈っておこう。

「んふふ~……世界が回ってるわぁ……」

 

「あら、モトチカはもう酔ってしまったみたいね」

 

「もう、と言うか……酒壺をどれだけ開けてると思ってるんですか……」

 

「ふふふ……」

 

 完全に酔っ払ってしまった長宗我部を見ながら毛利様は楽しげに笑うだけで介抱しようという気は一切ないように思えた。

 

「なぁによ~……私の用意したお酒が飲めないっていうの~?」

 

「飲んでます。飲んでますから長宗我部様は先ほど開けた酒壺でも飲み干しててください」

 

「んふふ~……言われなくてもぉ……ちゃぁんと飲むわよっ」

 

 面倒なので酒でも飲んで酔いつぶれてください。と言う意味を込めて言ったのだが当然長宗我部様にはそれがわかることはなく、楽しそうな声でそう言って杯ではなく酒壺を両手で掴んで直接口をつけてから豪快に飲み始めた。

 それを若干引きながら見守っているのだがごくごくと音を立てて全て飲みきると満足げにしながら、次の酒壺へと手を伸ばしていた。

 本当であれば止めるべきなのだが、此処まで酔った相手に関わるようなことはあまりしたくない。これがヨシテル様やミツヒデ様であれば関わらざる負えないのだが……まぁ、長宗我部様となれば無理に関わる必要もない。

 それにこういうことで止めるのは、俺よりも長宗我部様と付き合いの長いはずの毛利様だ。まぁ、その毛利様は自分の飲みたいように飲んでいるので期待薄ではあるのだが。

 

「結城、止めなくて良いのかしら?」

 

「面倒ですし、止めなくても良いと思いますよ。まぁ、飲みすぎかとは思いますが……酔い潰れて大人しくなってくれればその方が俺としては楽で良いので」

 

「あら、結構冷たいことを言うのね」

 

「そう思うならどうぞ毛利様が介抱してあげてください」

 

「ふふ……遠慮しておくわ」

 

「いえいえ、遠慮なさらずに」

 

 長宗我部様の介抱をする気が無いことを隠すことなく俺と毛利様はそんな会話をしてから、長宗我部様をもう一度見ると新たな酒壺に手を伸ばしていた。

 

「まぁだまぁだ飲むわよ~……」

 

「そういえば毛利様、長宗我部様って普段からこんなに飲む方なんですか?」

 

「そうね……普段はもう少し控えているはずよ。さっき自分でも言ってたように、思いっきり飲める状況だから歯止めが利かなかったんじゃないかしら」

 

「だとしてもこれは飲みすぎでは?」

 

「かもしれないわね」

 

 毛利様は我関せず、というような様子なので介抱を任せることは出来そうに無い。

 まぁ、長宗我部様が酔い潰れてしまった場合には俺が介抱するよりも船員に任せても良いのかもしれない。そこまでする義理はないというのもあるが、長宗我部様とはミツヒデ様経由である程度話をしたことがあるといったくらいの関係しかない。

 もし介抱する人間が自分しか居ないのであれば介抱をするくらいはするのだが、任せられる人間が他にいるならそっちに任せるに決まっている。

 

「モトナリは飲んでるのに、なんで結城は飲んでないのよぉ……」

 

「飲んでます。ただ酒はゆっくりと飲む派ですので」

 

「なぁによそれぇ……ほら、結城もこれで、飲みなさいっ」

 

 酔っ払いに絡まれると非常に面倒である。今は酒壺を持った長宗我部様にこれを飲めと渡されてしまった。そして杯を没収されたので先ほど見た長宗我部様のように直接飲めということだろうか。

 

「こういう飲み方はしませんので遠慮しておきます」

 

「だぁめ!ほらほらぁ、飲んで飲んで!」

 

「いえ、だから……」

 

「結城、諦めて飲みなさい。そうなったモトチカはしつこいわよ?」

 

「…………わかりました。では頂きますので長宗我部様はご自身の酒でも飲んでてください」

 

「んふふ、わかれば良いのよ、わかれば」

 

 仕方なしに飲むから離れてそっちはそっちで飲んでいろ。という内容を遠回しに伝えてから酒壺を受け取る。

 ため息を一つついてからそれに口をつけ、一気に中身を煽る。

 酒には強いのでそれだけで酔うことはないが、それでも量が量なので中々に飲みにくい。それでも長宗我部様が見ている視線を感じるので何とか全て飲み干す。

 そして空になった酒壺を置くとそれを見た長宗我部様は満足げに自身の持つ酒壺を傾けた。

 

「はぁ……長宗我部様は酔うと面倒ですね」

 

「良い飲みっぷりだったわよ」

 

「普段あんな飲み方はしないので、あまり気分の良い物ではありませんけどね」

 

「ふふふ……たまには良いんじゃないかしらね」

 

 苦々しげな俺を見て、楽しそうにも毛利様はそう言って杯を傾ける。

 そんな毛利様を見てから俺は小さくため息をついて、もう一度長宗我部様を見ると様子が少しおかしくなっていた。

 具体的に言うならば、先ほどよりも力が抜けてだらけているように見えた。ただ、どうやらそういうことではなく単純に酔い潰れて眠っているようだった。

 

「長宗我部様は眠ったようですね。というか酔い潰れてくれたようですね」

 

「そうね。介抱しないのかしら?」

 

「それはもう少ししてから船員にでもお願いしましょう。俺はそこまでする義理はないので」

 

「それでも良いかもしれないわね。普段であれば目が覚めるまで放っておくけど、それよりは優しい対応ね」

 

 非常に楽しそうに言う毛利様にわかるようにため息をついてからもう一度長宗我部様を見る。

 幸せそうな寝顔なので、気分が悪くなって吐くということはなさそうだ。これなら放っておいても問題はない。

 それと、未だに出航していないことを考えて、目覚めたとき船酔いしないかどうか心配になってしまったが、長宗我部様ならば多分問題ないと思いたい。

 四国に到着したら長宗我部様を休ませて視察をしよう。そう思いながら、手元にある杯を傾けた。




長宗我部元親は某ゲームの影響か海賊のイメージがあったりしますけど、本当はそんなことはないという。
まぁ、長宗我部水軍というのは実在したようですが。

酒壺抱えて禁酒って紙を張られてるモトチカ様可愛すぎか。


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モトチカ/モトナリさまといっしょ

オリ主は忍なので余計な口出しはしない。時もある。


 あの後、完全に酔い潰れた長宗我部様を船員に任せて毛利様と酒盛りを続けたり、出航までの時間がそれなりにあったために一度船から下りて追加の酒とつまみを買ってきたり、出航する直前になってから長宗我部様が復活してくるという不思議なことがあった。

 現在は出航してから一刻も経っていないのだが、流石に酔い潰れるまで飲んだのは失態だったと思ったのか長宗我部様の酒を飲むペースは大分遅い。遅いとはいえ、手にしているのは杯ではなく酒壺なので量は相変わらずなのだが。

 そして淡々と酒を煽り続けている毛利様も相変わらずと言えば相変わらずなのか。毛利様は自身がどれだけ酒を飲めるのかを理解しているようで酔い潰れることはないのでその点に関しては安心出来る。長宗我部様は酔い潰れて静かになったのに対して、毛利様は普段の様子からは想像出来ないが暴れ出すとかだと厄介だからだ。

 まぁ、毛利様であればそういったことはないとは思うのだが……何事も最悪を想定しておいても良いと思う。

 そんな場面に遭遇したら多分逃げると思うのだが。

 

「いやー、悪かったわね。情けない姿を見せちゃって反省反省」

 

「情けないと言うよりも無様だったわね」

 

「何よそれ。そんな言い方しなくても良いんじゃない?」

 

「事実は事実だもの。嫌なら次からはお酒の飲み方を気をつけた方が良いわよ」

 

「わかってるわよ。それに今回は大っぴらに飲めるのが久々だったからああいう飲み方しちゃっただけだから次は無いわ」

 

「それならば良いけれど……あまり結城に迷惑をかけるのは良くないわね。随分と忙しいようだから」

 

「ふーん……将軍家の忍ってのは大変なのかしら?」

 

「将軍家の忍が、というよりもヨシテルの忍だからでしょうね。主の意向ではなくて、自身でも考えて行動しているみたいだから」

 

「なるほどね……良いなぁ、私もそういう忍が欲しいわね。それに結城は他の忍とは違うって、ソウリンからも聞いてるし……あ、そうだ!」

 

「勧誘ならお断りですよ」

 

 二人で話しているのを聞いていたが、俺のような忍が羨ましいと言いながら物欲しげに俺を見ていた長宗我部様が何か良いことを思いついた。という様子で手を打っていたので先に釘を刺しておく。

 こういう流れの場合は大抵が勧誘だ。中にはそういう流れにしながらも俺がヨシテル様の忍をやめるつもりはないことを知っていて途中でやめる方もいるが、長宗我部様はそういうタイプではないだろう。

 その予想は的中していたようで、俺が先手を打つと残念そうというか、恨めしそうに俺を見てからこう言った。

 

「何よぉ……別に勧誘するくらい良いじゃない。それに今はもう平和になったんでしょ?だったら無理に強くて便利な忍がいなくても将軍家なら大丈夫だと思うのに……

 あ、じゃあさ、いっそのことレンタルなんてどう?数日間レンタルで、結城を自分の忍として扱える。とかさ」

 

「人を商品扱いしないでください」

 

「あら、でも悪くは無い考えだと思うわよ。口にしないだけで、結城を忍として欲しがっている人は多いものね」

 

「そうそう!私は当然欲しいとして、モトナリとかソウリンもそのはずよ。明智殿は……同じところに所属してるからそういうことはないかもしれないけど」

 

「そうね。結城は面白いから忍として手元に置きたくなる気持ちはわかるわ」

 

「そういう面白いから、とか言う理由で手元に置くのはやめてください。そういうのは小早川様だけで充分だと思いますし」

 

「ヒデアキとは違う面白さなのよ、結城は。それにヒデアキは……たまに疲れるのよね……」

 

 面白いという理由ならば小早川様で充分のはずだ、そう伝えると何かを思い出したようにも毛利様はそう言ってため息をひとつ零した。確かに小早川様は他の方と比べてずれているところがあるので疲れるかもしれないが……毛利様はそれ以上に弄って遊んでいるような気がする。

 というか最近の毛利様はそうやって人を弄って遊ぶことが多いような気がする。勿論、ずっと毛利様を見てきたわけではないので俺の主観ではあるが……小早川様だったり、伊達様だったり、長宗我部様だったり、俺だったり。楽しそうなので悪いことだ、とは強く言えないがせめて俺はその弄って遊ぶ面子の中からは外してもらいたい。

 

「小早川殿の相手って、そんなに疲れるの?」

 

「たまによ、たまに。あの子は天然だからか少しずれてるせいもあってね……」

 

「へぇ……そうなんだ。私はあんまり話したこと無いし、良くわからないけどモトナリも大変なのね」

 

「大変、という程ではないわ。そうでしょう?」

 

 割と疲れると思います。とか思っていると毛利様に話を振られた。此処は毛利様に賛同するのが正しいのかもしれないが……さて、どうしようか。

 別に俺はどちらでも良いのだが、どう答えた方が個人的に面白いのか。とかそんなことを考えてしまうのは生来のモノかカシン様のせいか。もしくは毛利様への仕返しなのか。

 

「そうですね……毛利様の相手をするよりは小早川様の相手の方がまだ楽かと」

 

「あら……面白いことを言うのね」

 

「事実ですので。毛利様は何を考えているのかわかりにくいのと、小早川様を相手にするように俺でも遊ぼうとしますので、どちらかと言えば弄って遊べる分小早川様の相手の方が楽だと判断しました。

 

「そう……確かにヒデアキで遊ぶのは楽しいのと、自分が弄られたりするよりも他人を弄る方が楽なのには同意ね」

 

「ちょっとモトナリ。それを聞くとモトナリも弄られたことがあるみたいに聞こえるけど、そういうのって今までに無いんじゃないの?はっきり言うけどモトナリの普段を知ってるから有り得ないように思えるんだけど」

 

「結城は私への仕返しにやろうとすることがあるわね」

 

「……結城って、怖いもの知らずな一面があるのね……」

 

 どうしてそこで俺のことを化物を見るような目で見るのだろうか。確かに毛利様を弄って遊ぼうと考えるのなんておかしなことだとは思うが……もしかして長宗我部様は毛利様を弄ろうとして手痛い反撃でも受けたのだろうか。

 もしそうならこの反応も理解が出来る。理解が出来るだけで納得するかは全くの別物なのだが。

 

「まぁ……カシン様の相手をする方が厄介ですから」

 

「あー……そういえば結城はカシンと仲が良いんだっけ」

 

「仲が良いと言うか、普通に話が出来ると言うか……いえ、個人的には好ましい相手だとは思いますけど」

 

「あのカシンを好ましいって言える時点で結城ってばある意味でぶっ飛んでるわよね……」

 

 呆れたような、感心したような長宗我部様だが話してみればそう悪い方ではない、とは言わないまでも話しにくいということはなく、接してみれば分かることだが意外と俗っぽい方で嫌いにはなれない。

 元々は織田様に言ったように好感度なんてものがあれば最低値に行っているような方だったのだが、今となっては好ましいというか、個人的には好きな部類の方だ。

 まぁ、腹の探り合いだったりお願いという名の命令だったりしてくるのはどうかと思うのだが……それもカシン様らしいと言えばカシン様らしいのであまり俺からそれについて何か言うということはしていない。多少、嗜める程度であればしているが。

 

「もしカシン様と話をする機会があるようでしたら、落ち着いて話をしてみてください。長宗我部様が思っているよりは話しやすくなっていると思いますよ。

 ただ、怒らない、イライラしない、怖がらない、怯えないとかそんな感じで色々と気にしないといけないことはありますが」

 

「それって人と会話するときに注意事項として言われないといけないようなことじゃないような気がするんだけど……」

 

「結城、会話の時点でそうして気をつけなければならないというのは、少し大変じゃないのかしらね」

 

「そこさえ気をつければある程度は会話が成立しますよ。ただ、失言一つで機嫌が一気に悪くなって辛辣になるのでそこも気をつけないといけないかもしれませんね」

 

「何でそこまで気を使って会話をしなきゃいけないのよ……」

 

 カシン様との会話において注意するべき点を挙げていると毛利様も長宗我部様も難色を示した。いや、難色を示したというよりも呆れているのかもしれない。

 普通、人と会話する際には相手に不快な思いをさせないようにする。程度のことは気をつけるだろうがカシン様の場合はそれ以上に気を使わなければならない。また、自分が気をつけるだけではなく、カシン様の物言いに対しても怒ったりイラついたりするのは頂けない。

 そうすることでカシン様が会話することをやめるから、ではなくカシン様が面白がって更に煽ってくるからだ。あの方は相手をイラつかせることに関しては天才的で、その様子を見るのが好きということもあって性質が悪い。

 

「そのくらいしなければカシン様との会話は難しいですからね。

 それと、カシン様はわざと煽って相手を怒らせるのも好きなので怒らないように、というのは難しかったりします。まぁ、俺は慣れたので特に気になりませんが……」

 

「色々気をつけたり、慣れが必要な相手と話がしたいとは思わないわね……」

 

「んー……でも、そこら辺さえ気をつければ結構会話出来るのよね?」

 

「そうなりますね。お勧めとしては最初から一対一で会話するよりも可能であれば俺が同席するのが良いかもしれません。一応仲裁というか、カシン様を嗜めるくらいは俺でも出来ますからね」

 

「結城でも、というよりも結城だから出来ることじゃないのかしら?」

 

「そんな気がするわね。でも、折角だからもしカシンと話をする機会があればお願いしようかしら。

 結城の話を聞いてると、面倒だけど割りと面白そうだものね」

 

 長宗我部様は意外とカシン様との会話に乗り気のようだ。面倒だと思う以上にもしかしたら面白いのかもしれない。と考えたようだが……うん、カシン様にも他の方とちゃんとは会話が出来るようになってもらいたいので丁度良いかもしれないな。

 機会があれば、とのことだったがある程度なら俺が調整出来ると思うので、その時が来たら俺が同席しよう。カシン様は多分チョコレートなどの甘味があれば大人しくしてくれるはずなので、そう面倒というか厄介なことにはならないはずだ。

 

「わかりました。ではいずれ機会があれば俺もその話には同席させてもらいます。

 多分ですが……その頃にはもう少しカシン様も丸くなっているはずですので、そう構える必要は無い、と思いますよ」

 

「それなら問題なさそうね。でもあのカシンが丸く、ねぇ……なんだ想像が出来ないわ」

 

「カシン様との戦い以来見ていないとなればそうかもしれませんね。俺としては少しずつ変わる様を見ていたので存外安易にその姿を想像することが出来ます。

 最近のカシン様は恐ろしいだとかよりも、俺からすると我儘な子供程度に思うこともありますからね」

 

「カシンに対してそう思えるのは、結城くらいなものよ。

 でも……私も、少しカシンと話がしたいわ。モトチカ、カシンと話をするときには私も同席しても良いかしら」

 

「良いわよ。って、私よりも結城に確認した方が良いんじゃない?」

 

「俺は構いませんよ。一人二人増えたところで問題はありませんよ。

 二条御所に押しかけて来る際はミツヒデ様が一番カシン様の玩具に成り易いんですけど、お二人であればミツヒデ様ほどの反応を返しそうにありませんので」

 

 はっきり言ってしまえば、ミツヒデ様があんな反応をするからカシン様は毎度毎度ミツヒデ様を煽って遊んでいるのだ。ミツヒデ様はそれに気づいた様子はなく、律儀に毎回反応してしまうので、きっとカシン様はミツヒデ様で遊ぶことをやめないだろう。

 カシン様のあれがなければ俺としては二条御所に遊びに来るくらいは問題ないと判断出来るのに……それと、ヨシテル様で遊ぶのも控えて欲しい。

 やめろとは言わない。控えて欲しい。あまりやりすぎるとミツヒデ様が自身のことよりもうるさいのと、ヨシテル様を慰めたり宥めたりするのが大変な場合があるのだ。

 

「明智殿……カシンの玩具にされてるのね……」

 

「カシンは多少丸くなっても厄介であることに変わりは無いようね」

 

「多少変わってもカシン様はカシン様ですから。ただ、そういったことをしないカシン様は想像が出来ませんし、良いように変わって来ているのでその辺りのことは諦めています。やりすぎなければ、ですが」

 

「その良い方だと、やりすぎることがあるようだけれど」

 

「ありますよ。最近はその頻度も下がりましたが……」

 

「……結城も大変そうね」

 

 大変だとも。どうしてカシン様は!と思うことも多々あるし、本当にどうにかしてくれ、と思うこともある。

 それでも何故か嫌いになれないし、そんなカシン様のあり方を受け入れているというのがおかしな話ではあるのだが。

 

「まぁ、良いわ。それよりも聞きたいんだけど、結城はどうして四国に?」

 

「あぁ、話していませんでしたね。俺は現在、ヨシテル様の命によって全国各地の戦国乙女の方たちの領地へと赴き、その統治に問題が無いか、また皆様がどのように過ごしているかの視察をしているんですよ」

 

「安芸はもう終わったわよ。私と会うまでの数日間で視察を終えていたのよね」

 

「毛利様の目撃情報を辿りながらの視察でしたが……それなりにあちらこちら回ったので視察としては問題なく。

 ただ……毛利様がどのような統治をしているのかは謎のままでしたが。特に厳島神社に関係することとか」

 

「ふふふ……細かいことは気にしない方が良いわよ」

 

 素直に教えてくれるとは思っていなかったが、やはりか。いや、そこまで知りたいと思っていることでもないので構わないのだが。厳島神社にあれこれと手を掛けていることに関しては興味があったりもするが……まぁ、良いか。

 

「そういうことですから、四国へ向かう理由は長宗我部様の様子と、領地の統治などのよう様子を見るためですね。別に疚しいことがなければ問題はないでしょうし……まぁ、鯨を探して海に出るばかりで本来の執務をおざなりにしている。とかありそうですけど」

 

「え、そ、そんなことあるわけないじゃない!大丈夫、ちゃーんと四国は私が治めてるわよ!」

 

「……そうですか。では長宗我部様、城へとお邪魔した際には長宗我部様に禁酒を言い渡した爺やなる人物に話を聞いても問題はないということですね」

 

「いや、それは……じ、爺やも忙しいから、私が話を聞くわ!」

 

 どうにも長宗我部様は爺やと呼ばれている方に話を聞かれたくないらしい。まぁ、何となくの予想で言ったのだが図星だったようだ。

 それならそれで構わないが、代わりと言っては何だが長宗我部様にはちゃんと話をしてもらわなければならない。自身の治める領地のことであれば答えられて当然、という程度の内容になるだろうが、この様子だとそれがちゃんと出来るか不安になってくる。

 

「そうですか。それならばそれで構いませんが……」

 

「モトチカがちゃんと自分の領地について話せるか、怪しいわね」

 

「何言ってるのよ!それくらいならちゃんと話せるわよ!

 あ、美味しいお酒を取り扱ってる酒蔵とか、何処の港でどんな魚が獲れるかとか、海のどの辺りでなら大漁間違いなしかとか、そういうことならもっと話せるわよ!」

 

「長宗我部様はそういうことに関しては強そうですよね……」

 

「特に海に出ることに関しては戦国乙女の中でも一番じゃないかしら。

 ねぇ、モトチカ。今度魚が獲れたら私にも譲ってくれない?」

 

「良いけど、どうしたのよ突然?」

 

 話している途中で何かを思いついたように長宗我部様に魚が獲れたら譲って欲しいと言う毛利様。何か考えがあるのだろうか。

 そう思って話の成り行きを見守るが、その内容を聞いてそういうことかと納得してしまった。

 

「魚を使った料理、マサムネが得意なのよ。それにヒデアキはヒデアキで鍋料理が得意だからあの二人に任せればきっと美味しい魚料理が出てくると思ってね」

 

「何よそれ。ちょっと羨ましいじゃない!」

 

「譲ってくれるなら、モトチカが食事に同席しても良いように取り計らうわよ」

 

「その話乗った!たっくさん獲るから美味しい料理を期待させてもらうわ!」

 

「ふふ……あの二人なら張り切って料理してくれるから、そこは期待を裏切らないはずよ」

 

 確かに伊達様の魚料理の腕は大したものだった。というか俺よりも上で非常に美味しかったのを覚えている。

 それに小早川様もあれで鍋料理が得意であり、その出来は伊達様も認めるほどの腕前らしい。まぁ、俺は実際に食べたことがあるわけでもなく、話を聞いたことがある。という程度なので断言は出来ないのだが。

 

「やった!でも魚は鮮度が命だから、三人揃って四国に来たときで良いかしら?」

 

「ええ、それで良いわ。あの二人とは今は別れてるけどまた揃って旅をするでしょうからね」

 

「ならその時に!」

 

 二人とも非常に楽しげに話をしているが、安芸と四国のような近い領地を治める者同士で交流があるのだろう。そうでなければこれほどまでに仲良さげに、楽しげに会話など出来ないと思う。

 そして憶測ではあるが、大友様もこの二人とは仲が良いので一人だけ除け者にされたと勘違いして拗ねるか悲しむかしそうだな、と思った。当然そのことを俺が口にすることはないのだが。

 

「さって、そうと決まれば戻ったらその時の為に色々と準備しておかないとね。

 漁はいつだって準備をしっかりしておかないといけないもの。海を舐めると怖いのよ?」

 

「それは良いですけど、それよりも先に話をさせてくださいよ」

 

「……わ、わかってるわよ?けど、忙しくなりそうだからこう、お手柔らかにね?」

 

「はぁ……最低限答えていただけるのであれば俺としては問題ありませんよ。どちらかと言えば領地の視察の方が任務としては重きを置いていますから」

 

 戦国乙女と接して少し榛名の欠片を陽の力に寄せる。ということは言わなくても良いし、こうして話をしているだけで充分だ。

 なので俺は視察に重い気を置いていると言ったのだが……あからさまにほっとしたようにするのはやめてもらいたい。

 

「なんだ、そういうことだったのね。なら良かったわ。

 そろそろ港も近づいてくるから、酒盛りは終わりだけど……爺やには内緒よ?」

 

「ええ、私も良いお酒を貰ったから黙っておくわ」

 

「別に構いませんよ」

 

「話が早くて助かるわ。それじゃ、二人とも降りる準備をしておいてね。私は一応片づけを頼みに行くから」

 

 そう言ってから多分船員に話をしに行くのだろうな、と思いながらも特に降りる準備は必要ないので最低限片付け易いようにと酒壺などをまとめておく。

 毛利様はまだ自身の手元にある残った酒を飲んでいるが……まぁ、毛利様は割と自由な方なので仕方ないか。

 そして四国ではどの辺りを見て回ろうか、とそんなことを考えながら、幾つも床に転がっている酒壺を一所にまとめることとした。




西国三人組って実際仲良しさんなんですかね。
三人の協力リーチって協力してるって言うか、個人個人が全力でやった結果協力した形になった、とも取れますけど……

四国、九州、京都、それで封印の塔。の順番かなぁ。


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モトチカさまといっしょ

オリ主は聞き上手。


 無事四国に到着した俺達だったが、毛利様は一人でふらりと何処かへと消えてしまった。

 まぁ、四国に到着したらそうするだろうな。と予想はしてたので俺は特に驚かなかった。長宗我部様も毛利様がそうすることをわかっていたようで、まったく仕方ないな、というように笑っていた。

 それから長宗我部様は船員たちに積み荷を降ろすように指示を出してから、すぐに船から下りるのではなくその様子を見届けてから船を下りると言っていた。

 やはり自身の船ということもあり、そうしたことに関してちゃんと責任者らしい振る舞いをするのか。いや、短い時間とはいえ航海の最中に酒を飲んで酔い潰れる。という行動をしている時点で責任者らしい振る舞いをしたとはとてもではないが思えない。

 ただ、それにわざわざ触れて長宗我部様の機嫌を損ねるようなことをする理由はないので、言わないようにする。長宗我部様であれば機嫌を損ねるというよりも、拗ねる方がありそうなのだが。

 

「さーて、私は暫く船に乗ってないといけないから、結城は先に視察だっけ?して来たらどうかしら?」

 

「それもそうですね……では、ざっと見て回ってから岡豊城へと向かい事とします」

 

「ええ、わかったわ。あ、もし私がまだ戻ってなくても、気にせずに城に上がってくれて大丈夫だからね。

 今から城に戻る兵士がいるから伝言を頼めば、結城が城に来るまでには事情は伝わるだろうし……あ、でも、私がいないからって爺やに話を聞くとかダメだからね」

 

「その理由を聞かせていただいても良いですか」

 

「爺やだって忙しいんだから、休める時には休ませてあげないとね」

 

「なるほど。であれば、休憩時に雑談程度であれば話を聞いても問題ありませんね」

 

「え、いや!それはほら!爺やも一人で休みたいだろうし、そう顔を合わせたことがあるわけでもない結城と一緒だと気が休まらないかもしれないじゃない?だから、そういうことはしなくて良いのよ」

 

 爺やなる人物のことを思って言っているように見えて、その実俺があれこれ聞いて自分にとって不利益を被るような情報が出るというか、話になるのを嫌がっているように見える。

 見える、というよりもそれで正しいのだろう。大分慌てた様子であれやこれやと俺を説得、或いは言いくるめようとしているので間違いないはずだ。

 そしてそんな長宗我部様の様子は周囲にいる船員たちにも見えているのだが、それを微笑ましいものを見るような目で見ていたりするので長宗我部様は愛されているな、と思った。臣下や民に愛されているというのは統治者として良いことだ。

 まぁ、長宗我部様で遊ぶのならば了承しておいてから視察をざっと終わらせて、長宗我部様よりも先に城へと向かい爺やなる人物と話をする。というのが良いのだろうが……今回はなしにしよう。

 流石にこうまで必死になっている姿を見ると、そういうことをするのは悪い気がしてくる。

 

「ええ、わかりました。それでは申し訳ありませんが先に視察をさせていただきます」

 

「ほっ……良かった……それじゃ、城で会いましょう?」

 

「わかりました。ですが、俺からは何も言いませんが……」

 

「あー……確かに結城が何も言わなくても爺やから、ってのはありそうね……

 わかったわ。明日のお昼頃に城下町の茶屋で会いましょう。迎えに行くわ」

 

「茶屋だけだとわからないんですけど……」

 

「んー、城下町の中央付近にある茶屋が有名かしらね。そこならわかるかしら?」

 

「城下町の中央ですか。わかりました。ではそこで」

 

「ええ、そこで会いましょうね」

 

 少し考える素振りをしてから茶屋で待ち合わせをしよう。と言われたのだが城下町の茶屋と言われても困ってしまう。

 そのことを伝えると長宗我部様は少し考える素振りをしてから城下町の中央付近にある茶屋を指定した。長宗我部様が言うにはその茶屋は有名らしいので、確かにそれならわかりやすい、はず。

 そうして待ち合わせ場所を決めてから俺は長宗我部様に一言断りを入れてから船から飛び降りた。振り返れば長宗我部様が手を振っていたので、それに応えるように小さく手を振ってから視察をするために港から町へと移動している人ごみに紛れて歩き始める。

 とりあえずはこの町を視察しよう。多分ではあるが、少し大きめの港があることから長宗我部様が良く訪れる町である可能性が高い。それに、積み荷を降ろすように指示を出してる際に、この港のことをわかっていなければああも簡単そうに指示は出せないだろう。

 それならば町人から長宗我部様の話だったり、統治に関する話を聞くことが出来ると思う。その辺りの話を聞いてから別の村や町に向かっても遅くはないはずだ。そう考えてから俺は行動することにした。

 最初の港町や視察するために訪れた町や村で長宗我部様について色々と話を聞くことが出来た。

 普段から領内を統治するためにあちらこちらに奔走し、またそれ以上に船に乗って漁に出ている時間の方が多いらしい。鯨を探して船を出した際には中々戻ってこなかった。と言う話も聞いたので割と自由に好き勝手やっているような印象を受けた。

 だからと言って統治に問題がある。ということではないので、ヨシテル様に報告した場合は多少呆れながらも笑って流してくれるはずだ。

 それに人々には笑顔が溢れていたので長宗我部様に対して不満などもなく、今の統治に満足しているようだった。であるならば、統治に関しては問題なしとしてヨシテル様に報告することにしよう。

 あとは長宗我部様と話をするのが俺の任務というか、俺自身のための行動というか。とりあえずは約束してある待ち合わせ場所に向かおう。

 

 長宗我部様に指定された茶屋は城下町の中央付近、有名な茶屋なのですぐにわかると言っていたが……さて、何処にあるのだろうか。こういう場合はまず何処にあるのか、近くにいる人にでも聞けばすぐにわかるだろう。

 そう思って数人に声を掛けて場所を聞くと少し困ったことになった。有名な茶屋というのが実は二件あったのだ。

 片方が団子などの甘味が美味いと有名で、片方が酒を提供しているのだが酒蔵と契約しているらしく美味い酒が出るのだという。どちらも同じくらいに有名で、どちらに行けば良いのかわからない。とりあえず、個人的に茶屋と言えば茶と団子だと思っているので甘味が美味いと有名な茶屋に向かおう。

 

 そうして茶屋に到着して暫く待つことにしたのだが、長宗我部様が現れる気配はない。

 もしかするともう片方の茶屋だったのだろうか、とも思うのだが今から移動して入れ違いになるようなことがあると面倒なので動くに動けない。いや、影分身でも走らせれば入れ違いは起こらないのだが。

 それでもそんなことをすると流石に目立ってしまう。安芸では目立つことが必要だったので大々的に忍術を使っていたが四国でも同じことをする気にはならない。

 幾ら発動が早くたって影分身をした瞬間は同じ姿で、それを変化させれば目立ってしまう。となれば忍術に頼るわけにはいかない。というわけで俺は今回大人しく団子でも食べながら待つことにしよう。

 待つこと数刻。あまり長い時間茶屋に居座り続けるのも悪いと思ったのだが、茶屋の従業員や客を相手に軽く話をしていたのだが、どちらかと言えば俺から話を振るのではなく話を聞いて相槌を打っていた。するとどうにも聞き上手だとなんとか言われて、代わる代わる人が入れ替わり、俺はその話を聞くことになった。

 そして、その話に対して軽い助言をしたのだが……その結果、何故かそうした助言を求める人が集まってきた。それに一々応対しているせいで増えているのはわかるが、それでもついつい話を聞いてしまうのは生来の性なのか、それとも変わったからなのか。

 

 そうして話をしているとそう大きくはない人ごみを割って長宗我部様が現れた。

 それから俺を見つけて声を掛けようとしていたが、その前に俺の周りに集まっている人の数に驚いたようでぽかんと口を開けていた。

 

「あぁ、すいません。待ち合わせの相手が来たようなので俺はこれで失礼しますよ」

 

 そう言うと残念そうにしながらも待ち合わせ相手が長宗我部様だということがわかったからか大人しく引いてくれた。ただ、目立つつもりはなかったのに目立っている現状と、長宗我部様がいるということで更に人が集まりそうだったので長宗我部様に声を掛けて移動することにした。

 

「長宗我部様、此処から離れましょう。流石に人が多すぎますし、城に向かった方が良いでしょう」

 

「え、ええ、そうね。それにしても結城、どうしてこんなに人が集まってるのよ?」

 

「それは歩きながら話します」

 

 そうして歩くこと暫く。城下町中央からは離れて、現在は城への道を歩いているが先ほどまでついてくる人もいたが今はいないので普通に話をしても大丈夫だろう。

 特に聞かれて困る話があるわけではないが……まぁ、気分の問題なのだが。

 

「さて、そろそろ良いでしょう」

 

「あ、もう良いの?それじゃ聞かせて欲しいんだけど、さっきのあれは何をしてたのよ」

 

「長宗我部様を待つ間に暇だったのであれやこれやと話を聞いていたんですよ。それでついついほんの少し助言をしたらそれを聞いていた人がなら次は自分が、その人が終わればまた別の人が。という繰り返しで気がつけばあんな状態になっていました。 

 もし長宗我部様が来るのがもっと時間が掛かっているようであれば、あれ以上に人が集まってきていたかもしれませんね」

 

「何やってるのよ……」

 

 俺の話を聞いてから長宗我部様は呆れたようにそう言ったが、事実なのだから俺にはこう言う以外になかった。

 

「まぁ、良いわ。それよりも何で結城はあの茶屋にいたのよ?私は有名な方って言ったでしょ?」

 

「はい、言いましたね。だからこそあの茶屋にいたわけですが」

 

「え?あそこって特に有名でもないと思うんだけど……」

 

「有名らしいですよ。団子とかの甘味が美味いって」

 

「へぇ……そうなんだ。でも私としては酒の方が有名な茶屋のつもりで言ってたのよね……

 今回はそのことを言わなかったのが原因だから結城を責めるようなことは出来ないけど」

 

「そうですね。俺も何故どちらか指定してくれなかったのか。とも思いましたが……どうにも長宗我部様は甘味が美味いと有名な茶屋だと知らなかったようなので、俺も責められませんね。責める気なんて毛頭ありませんでしたけど」

 

「あはは……有名な茶屋について話を聞いたときって、爺やに禁酒するように言われたときだったのよね。

 だから甘味が美味しいかどうかとかじゃなくて、美味しいお酒が飲める場所は何処かにない?って聞いたのが原因だと思うんだけど……そっか、あそこは甘味が美味しいのね」

 

 ばつが悪そうにそう言った長宗我部様だったが、甘味が美味しいということを聞いて少し考えるような素振りを見せた。大方時間があるときにでも行こうかどうしようか、と考えているのだろう。

 長宗我部様は武田様のように大雑把で男らしい面も確かにあるのだが、武田様よりは女性的というか、女の子らしい一面をちゃんと持ち合わせているというか。とにかく、酒ばかりということではなく甘味についてもちゃんと興味を持ち合わせている方だ。

 だからこそ甘味が美味いと聞いて考えているのだろう。

 

「んー……今から戻ってお団子とか買うのも良いかなぁ、なんて思ったんだけど……流石にまだ人が沢山いそうよね……」

 

「間違いなくいるでしょうね。もう暫くしてからなら人も散っているとは思いますよ」

 

「そうなのよね……城に戻ってから兵士の一人にでもお願いしてみようかしら」

 

「戦国乙女の方というのは、自身の臣下や兵士をそういった雑用に使うのが当たり前のことなんですか?」

 

「私たちが、っていうよりも城主なんてそんなものよ。必要な執務で手が放せないとか、自分が行くと町民の皆が集まってきて買い物どころじゃないとか、執務を投げていたせいで城から出させてもらえない、とかね」

 

「そういうものですか……」

 

 でも、言われてみればそんなものかもしれない。執務で手が放せないから代わりに誰かに頼む、というのはヨシテル様もやっていることだ。まぁ、必要なものは大体揃えているので京の町で手に入るものであれば使いに出るということはしなくて済む。

 以前あったように、しょくらあとなどの京では手に入らない品物を手に入れるためには忍を使うようなこともあるが……そういうのは稀だ。

 それと町民が集まってきて買い物どころじゃないというのも納得出来たのだが、その割には俺の知っている方々は平気で町に出ているような気がする。これは俺の知らない方に当てはまるようなことなのだろうか。

 そして長宗我部様の場合はきっと最後のが割合としては大きいのではないだろうか。と思ってしまった。

 漁に出ることが多いために執務などをおざなりにしていそうな、そんな気がしてならないのだ。

 

「そういうものよ。というわけで城に戻ったら誰かにお願いするとして……四国を視察した感想でも聞こうかしら?」

 

「俺が見る限り特に問題はないようでしたね。人々から話を聞いてもそうでしたし、少し探ってみても怪しい動きは何処にもありませんでした。

 まぁ、そうして話を聞く限りでは長宗我部様が漁に出ることがあって、中々戻って来ない。なんて話も聞きましたが……執務をちゃんとしているのであれば俺は何も言いませんし、ヨシテル様への報告でも問題なしと言えるでしょう。

 ということで聞きますけど、執務はちゃんとやってますか?」

 

「も、勿論!漁に出る前にやらないといけないのは全部終わらせて、それから漁を終えて戻ってからも手をつけてるわよ!

 そりゃ、確かに漁によっては戻ってくるまでに時間が掛かって少し遅れることはあるけど……そ、それでもちゃんとやってるんだから!」

 

「それなら良いんですけどね」

 

「あ、信じてないわね!それなら爺やに聞いてみなさいよ!執務に関してはずっと言われてるからちゃんとやるようにしてるのよ!」

 

「はいはい。それは城で爺やという方に会えば聞きますよ」

 

「もうっ!そうやって適当に聞き流すのって良くないわよ!」

 

 適当に聞き流しているのではなく、単純にそれならば後で聞くとしよう。と思っているだけなのだが……多分それを説明しても長宗我部様は納得してくれないだろう。

 それに怒ったような、というよりも拗ねたような様子を見る限り俺が何を言っても意味は無いと思う。

 

「適当に聞き流してるわけじゃないんですけどね。それで、長宗我部様は今日、もしくは昨日に終わらせなければならなかった執務は問題ありませんか?

 俺としては長宗我部様から話を聞きたいとは思っていますが、執務が終わっていない状態では邪魔になってしまいますから、そこは確認しておきたいんですけど」

 

「あぁ、それなら大丈夫よ。昨日のはちゃんと昨日の内に終わらせて、今日中にやらないといけないのも昨日に終わらせておいたからね。緊急の案件でもあれば話は変わってくるんだけど……うん、きっとそんな緊急の案件なんて来ないから大丈夫ね」

 

「そうですか。それなら幾らか話を聞かせてもらっても問題ないようで安心しました。

 で、任務とは関係ないんですけど昨日船の中で散々酒を飲みましたけど、ばれました?」

 

「ふふん、簡単にばれるような私じゃないわ!うちの兵士も黙ってくれてるし、私も当然言わない。後はモトナリと結城が黙っていてくれればばれることはないわ。

 というわけで、結城は勿論黙っててくれるわよね?」

 

 自慢げに言っていたのだが、途中で俺がばらす可能性を考えたのか不安そうにしながら俺に釘を刺してきた。

 俺は特に言う気はなかったのでそれに肯定しておくとして、そこまでばれた際に怒られるのが怖いなら飲まなければ良いのに。そして禁酒が終わってからは飲み方に気をつければ問題ないような気がする。

 

「言いませんよ。言う必要はありませんし、そのせいで本来したい話が出来なかったら困りますからね。

 でも長宗我部様。禁酒が終わってからまた調子に乗って飲んでると怒られますよ」

 

「いや、それはほら、長らく飲んでなかったのに飲めるようになったら自制心が効かなくて……」

 

「なら今回は大丈夫そうですね。船で飲みましたし」

 

「あー……うん、多分大丈夫なんじゃないかしら……

 って、そんなことよりも!結城が私に聞きたい話って何なのよ?」

 

 地味に自分にとってあまり良くない話になっていることを悟ってか長宗我部様が話題を変えてきた。

 それならそれで構わないのでその話題に乗ることにしたのだが……これは今の禁酒が終わってから次の禁酒までそう期間は開きそうにない。というか下手をすると数日で禁酒するようにいわれそうだな。

 

「そのことですか。対したことではありませんが……斉藤様が四国に来た。という話を聞いていたりはしませんか?」

 

「斉藤って……ムラサメよね?そうねぇ……私は聞いてないけど、もしかしたら探せば目撃情報が出てくるかもしれない、ってくらいじゃないかしら?

 でもどうしてそんなことを聞くのよ?」

 

「いえ、最近全国各地で目撃されているようなので、四国にも来ていそうだなと思いまして」

 

「全国各地で、ねぇ……なーんだか厄介事の気配がするわ」

 

「ええ、なのでこうして聞いているんですよ」

 

「そうね……なら城に戻ったらその辺りのことも調べさせてみるわね。

 ただ、最近は平和すぎて退屈だったから、ちょっとくらい刺激が欲しいって思ってたし丁度良いと言えば丁度良かったかもしれないわ!」

 

「はぁ……割と本気で厄介事なんですけどね……長宗我部様がそういう反応をするならそれで良いですけど、民に被害が出ないように。ということは気にしてくださいよ」

 

「わかってるわよ。結城はその厄介事に関して何か知ってるみたいだし……城に戻ったらその辺りきっちり聞かせてもらうわよ?」

 

「ええ、勿論そのつもりです」

 

 退屈だった、と言っている長宗我部様だがちょっとした厄介事程度ではなく本気で面倒なことが起こりそうだということまでは理解していないらしい。理解しているのならこうも暢気にしてはいられないはず。

 そのことについては城に着いてからちゃんと話をして理解してもらおう。今回の斉藤様と毛利輝元様のやろうとしてることはちょっとした刺激程度では収まらないことなのだから。




モトチカ様とは仲の良い友達って感じでからかったり弄ったりしたい。
そんな距離感が多分一番心地よい相手なんじゃないでしょうかね。

次は九州か。


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ドウセツさまといっしょ そのに

オリ主は普段使わない忍術も習得はしている。


 長宗我部様の話を聞いたり、城内にいる武将、兵士、侍女、忍から話を聞いた結果、四国の統治には一切問題がない。という結論に至った。

 いや、長宗我部様が漁に出ている間の治世に関しては城内の信頼できる臣下たちに丸投げしているというのはあまりよろしくないのだが、場合によっては長宗我部様が執務を執務を行っている時よりも滞りなく領民からの嘆願などを解決出来るということなのでそれに関しては良いのかもしれない。

 ただ本来の領主がいない方がそうしてすんなりと解決出来るというのは、ある意味で問題があるようにも思えるのだが。

 

 そんなことを思いつつも、視察も終えていたこともあって、そして再度漁に出ると言い出したこともあって俺は四国を離れることにした。

 そして何処に行こうかと考えたところで、全国各地を回っていたのだからついでに九州にも顔を出してみようと思った。まぁ、最近も訪れた場所なので視察などは必要ないが、顔見せというか、挨拶くらいはしておいても良いだろう。

 そういうわけで今俺は九州に来ている。豊後でふらりと観光をしているのだが、これで大友様や立花様と遭遇することがあれば運が良いと言えるだろう。

 本当に会おうと思えば城を訪ねれば良いだけなので、別に此処で遭遇しなくても問題ないのだが。

 だからこそ特に人を探すわけでもなく、なんとなく興味が引かれる珍しい物でもないかと観光しているのだが、そうしていると気になる場所を見つけることが出来た。

 そこは南蛮からの輸入品などを扱っている店のようで、見たことの無い物が店先に並んでいる。買うかどうかは置いておくとして、一体どんなものがあるのかと眺めてみることにした。

 

 望遠鏡はわかる。それでも意匠が凝っていて調度品としても使えそうだ。だがその隣においてある無駄に大きい望遠鏡は何のためにあるのだろうか。普通に使うためと言われても、この大きさでは二人で抱えて一人が覗くという使い方しか出来そうにない。

 大量の本は……南蛮の言語で書かれているようで俺には内容がわからない。ただ同じ本を大量に置いてあるのは大丈夫なのだろうか。読める人間でなければ買いそうにないが……いや、後の世であれば読める人間も増えるかもしれない。であれば大量にあっても問題ないどころか、これでも足りなくなるかもしれないのか。

 それから……何だろう、この銅像?は。奇妙な形をしているし、無駄に大きいし、こんな物を買うような人はいないのではないだろうか。

 他には……西洋の人形も置いてある。こういう人形に関しては欲しがる人もいるだろうから、商品として扱うのには良いのかもしれない。ただ、俺個人としてはこうした観賞用の人形よりも、任務で使える傀儡人形の方が好ましい。

 傀儡人形の操り方については里で教えてもらったが……俺にはまだ両の手で十体操ることしか出来ない。傀儡の術の師匠は百の傀儡人形を扱え、その師匠である祖母は俺と同じ十の傀儡人形を操るがその精度は俺などとは段違いだ。あの二人なら国を落とすことも容易だと里でも言われていたが……最近は新しく弟子を取った話を聞いた。

 傀儡人形に関しては妥協は一切認めない二人の弟子というのは大変だろうが強く生きて欲しいものだ。

 

 そうして店内の商品を眺めていたのだが、どうやら店の奥にも続いているようだったので少しだけ覗かせてもらうことにした。見つかったとしても商品に釣られてふらっと入ってしまった。そういう体で行けば許されるだろう。

 そう思って奥に進んでみると、商品が置いてあるわけではなく少し開けた部屋になっていた。部屋には机と椅子があり、隅のほうには何やら箱が置いてある。これは見るものは特に無いかと思い引き返そうとすると背後に人の気配を感じた。

 

「此方は関係者以外立ち入り禁止となっております。間違えて入ってきたのであれば退室することをお勧めいたします」

 

 振り返ればそこには立花様が立っており、俺は姿を変えているので普通に町人が迷い込んだと思っているようだった。

 まさかこんなところで立花様と会うことになるとは思っていなかったが、立花様はどうして此処に来たのだろうか。特に何か置いてあるわけでもないのに。

 そのことが気になったので正体を晒してから事情を聞いてみよう。

 そう思ってから変化の術を解いていつもの姿に戻ると、目を見開いて驚いたような表情になった立花様だったがすぐに普段と変わらない表情に戻ってこう言った。

 

「これはこれは……結城様でしたか。今までに見たことのない姿でしたのでわかりませんでしたが……どうして此処へ?」

 

「特に用事と言える用事はありませんが……まぁ、折角ですので九州に足を運んでみようかなと。

 此処に入ってきた理由であれば、南蛮の品を多く扱っているようでしたので興味を引かれてふらふらと」

 

「何やら事情がある様子ですね。それにしても興味を引かれてふらふらと、などと結城様らしくないようにも思えますが……まぁ、良いでしょう」

 

「適当に流してくださって構いませんよ。ところで、今度は俺が聞きますけど立花様はどうして此処に?」

 

「少し自身の整備と調整の為に、道具を買い付けに参りました。

 以前まで使っていた物はが磨耗してしまい、使えなくなってしまいましたので」

 

「それが此処であれば揃うと。何だか、色んな物がある店舗のようですね」

 

 カラクリ人形である立花様は確かに整備をしなければならない。人で言うところの健康管理よりも重要なのではないだろうか。人は健康管理を怠ったとしても体調を崩す程度で済むが、立花様の場合は四肢が動かなくなる、程度はありそうだ。

 立花様の内部機構がどのようになっているのか、見たことがあるわけではないのではっきりと断言は出来ないが……傀儡人形を扱うこともある俺にとって見れば、あれ以上に精巧な作りになっているであろうことは予想が出来る。

 そのことを考えれば、四肢が動かなくなるというのはあながち有り得なくはない話になるだろう。

 

「此処は、私がソウリン様の下についてから何度もお世話になっている場所です。少し、無理をして必要な物を容易していただいている。ということもあります」

 

「なるほど、納得しました。それで、店主が見当たらないようですが?」

 

「店主曰く、必要な物は用意しておくので持って行って良いとのことです。また、すぐに整備をする必要があるのならばこの部屋を使っても良いとも」

 

「……あの、立花様。個人的に気になっているのでその整備、というか内部機構が見てみたい。というのがあるのですが……」

 

「結城様はカラクリに関して知識がおありで?」

 

「里で傀儡人形を自作する程度ではありますが……」

 

「傀儡人形……私としてはそちらに興味がありますね」

 

「ではそちらは機会があればいずれ。それで、どうでしょうか?」

 

 立花様は傀儡人形に興味があるようなので機会があれば見せることにしよう。一応傀儡の術を使えるようにはなっているが手元にあるわけではない。素敵忍術で持ち歩いている。ということであれば良かったのだが。

 それは置いておくとして。立花様の内部機構について見せてもらえるかどうか確認を取らなければ。立花様が嫌がるようであれば無理に見ようとはしないので素直に引き下がるつもりだ。

 

「そうですね……結城様はカラクリに関する知識も有しているようですから、何か気づいたことがあれば教えていただけるなら。効率の良い整備や調整であったり、可能な改良であったり」

 

「その程度のことで良ければ」

 

 どうやら内部機構を少し見せてもらえるようだ。個人的な興味なので断られても良いかと思っていたが運が良かったというべきか、立花様の心が広くて助かったというべきか。

 そんなことを考えていると立花様は部屋の隅においてあった箱を開けて中から整備に使うであろう道具を取り出していた。どんな道具を使うのかと気になってそれも見せてもらったのだが、傀儡人形を作ったり整備するときと同じ道具を使うらしい。

 整備自体はそう大きく変わるものではないのかと納得している間に立花様は椅子に腰掛けて手甲を外して、本来であればそれによって隠れている二の腕から手首までを晒していた。

 そこは普段から見えている人と同じ質感の肌とは違い、カラクリ人形らしい機械的な見た目をしていた。立花様はそれに布を被せてからあまり見えないようにすると、手首にある螺子を緩め始めた。

 

「普段は見えませんが……こうして見るとカラクリ人形ということに納得しますね」

 

「どうやらそのように作られたようですので。それで、結城様が操るという傀儡人形とは似ていますか?」

 

「そうですね……俺が使う傀儡人形は外見は人と同じですが、一応武器などを隠すために着せている服を取れば球体関節であったり腕の一部が外れて砲や刃で出てくるようになっているので、似ていないような気もします。

 ただ、傀儡の術の師は人間そっくりな傀儡人形を作ることも出来るそうですが……如何せん、忍という立場上はあくまでも武器として扱いますからね。人とそっくりである必要はあまりないのかもしれません」

 

「なるほど。見た目よりも機能重視、ということで御座いますね。

 強さのみを考えるのであればそちらの方が良いのかもしれませんが……」

 

「大友様に家族とされている立花様は今のままで良いと思いますよ。それにそうした見た目だからこそ多くの人が立花様をカラクリ人形だと知っていて尚、ちゃんと人として見ていてくれるようでもありますからね」

 

「それはそれは。誰が私を作ったのか存じ上げませんが、その点に関しては感謝しなければならないかもしれませんね」

 

 そんな話をしている間に立花様は慣れた様子で手首の螺子を外し終えるとその部位を外して中の機構を見ていた。それを俺も見させてもらったが、俺の知っている傀儡人形の内部機構よりは複雑になっているがある程度はどうなっているのか理解することが出来た。

 立花様はそうして内部機構を確認してから、内部を少しだけ弄ってから手首を軽く動かす。そしてまた内部を弄って同じように手首を動かす。

 微調整をしているのが見て取れるが、やはりああして何度も繰り返すのか。傀儡人形を作った際にも同じようなことをした覚えがあるのであの微調整の重要性はよくわかる。

 そうした微調整を繰り返していた立花様だが、納得いく状態にまで調整が済んだらしく先ほどとは逆に手首の螺子を締めて調整を終わらせていた。

 

「このようにして調整や整備を行いますが、結城様から見て何か言いたいことはありますか?」

 

「そうですね……傀儡人形より内部機構が複雑だなと思いました。それと……手首を外して砲撃を、という改造は無理そうですね。後は鋼線で繋いで手首から先を飛ばすとか……」

 

「結城様……流石にそれは非効率的かと。砲撃に関しては一瞬悪くないかとも思いましたが、私の内部機構にそれを組み込むのは不可能です」

 

「みたいですね。傀儡人形のように術者が操る物であれば多少融通を利かせて仕込むことも出来るのですが……それを立花様に適用することは難しいでしょうね」

 

「そのようで御座いますね」

 

 わかっていた、というように頷いてから手甲を付け直してから反対も同じように調整をするためにそちらの手甲を外し始めた。片方だけ調整する、ということはなくちゃんと両方を調整するらしい。

 一度見ているのでそれを見せてもらうことはないのだが、やはり手馴れた様子で調整をしている。ただそれを見ていて思うのは、軽い調整なら出来るというが本格的な調整や整備はどうしているのだろうか。

 気になるのだが……まぁ、お抱えの職人でもいるのだろうという予想を立てておく。多分間違いではないはずだ。

 

 ぼんやりと立花様の調整を眺めていて、そういえば、と一つ気になることが浮かんできた。

 立花様の武装は基本的に脚に仕込まれた刀だ。本人の格闘技術と速度だけでも脅威的だが、あの仕込み刀がそれをより凶悪にしている。

 あれは一体どういう機構で格納されているのだろうか。傀儡人形のように腕を外したら、人であれば骨が埋まっている場所に刃を仕込むというのはあるが、立花様のあれはそういった物とは違う。

 

「立花様。仕込み刀はどういった風に格納されているのか聞いても良いでしょうか?」

 

「仕込み刀、に御座いますか?あれは脚部の脚甲が開き内部の刀を展開するようになっておりますが……」

 

「可能であれば見せてもらっても良いですか?」

 

「構いませんが……」

 

 よし。これで内部機構がわかれば場合によっては傀儡人形に取り入れることが出来る。わざわざ腕を外してから使うだとか、展開するにしても強度が低いだとか、本来仕込みたいと思っている物よりも小型の刃しか仕込めないだとか、そういった問題が解決出来るかもしれない。

 走考えると存外楽しくなってくる。もしその考えが成功するようであれば里に戻った際に意見を貰いに行くのも良いかもしれない。まぁ、あの二人はそういった武装も好きだが毒などを仕込む方が簡単だと思っている節があるのだが。

 両手首の調整が終わった立花様は少し椅子をずらしてから右脚を前に出した。意図が理解出来たのでその前に方膝をつくようにして脚部の機構が見え易いようにする。

 仕込み刀を展開しても当たらない程度に近づいたのを確認してから立花様が仕込み刀を展開する。一瞬で展開されるが俺の目にはどのようにして展開されていくのか捉えることが出来た。

 

「なるほど……こいう展開の仕方ですか……」

 

「今の速度で見えたのですか?」

 

「ええ、これでも目は良いので。それにしても……足の甲から足首にかけてどうしても隙間が……」

 

「それは仕方のないことですので……」

 

「ただ、それでも強度として問題ないという辺りが恐ろしくもありますね」

 

「戦いの最中で壊れるようなことは御座いません。その点に関しては、誰が私を作ったのかわかりませんが、感謝はしています」

 

 そんな話をしながらも立花様が不快にならない程度に脚部の仕込み刀や、非常に見え難いが内部の機構を覗かせてもらっている。

 女性の脚をまじまじと眺めるというのはよろしくないのだが、こうしたものはどうしても気になってしまう。傀儡の術を教えてもらう際に傀儡人形の作り方まで叩き込まれた弊害とも言える。

 

「そういえば、この仕込み刀自体の切れ味はどれほどのものなのでしょうか?

 普段は立花様の体術と速度もあって切れ味など気にしていませんでしたが……もしかすると名刀でも打ち直してこの仕込み刀にしている可能性もあるのかな、と」

 

「切れ味、ですか……それなりのものではありますが……言われてみれば、気にしたことはありませんでしたね……」

 

 立花様も気にしたことがなかったのか。であればどれほどか少し気になるので実証してみよう。

 とりあえず気を巡らせてから刃に指を這わせる。すると痛みと共に血が流れた。

 

「これは名刀と変わりない切れ味ですね」

 

「あの……指が……」

 

「これくらいはすぐに治りますので。

 どうにも俺が思っているよりも立花様の製作者は戦うことを重点的に考えていたような、そんな気がしてきますが……」

 

「いえ、それよりもすぐに治るというのなら治療を……」

 

「指先が切れた程度ですので問題はありません。それにしても気を巡らせても切れるとなると、本当に名刀を打ち直して組み込んだ可能性がありますね」

 

 では使われたとしてどのような刀だったのか。そんなことを考えながら傷口を撫でれば血の跡は残るものの傷自体は綺麗に治っていた。この程度であれば呼び動作なしに治療が出来る。

 ただそれを知らなかった立花様は少し驚いていたようだったが、すぐに呆れたような表情に変わった。

 

「一瞬驚いてしまいましたが……結城様であれば納得でもありますね」

 

「何処に行っても同じような反応ばかりされている気がしますが、信頼として受け取っておきましょうか」

 

「ええ、そうしていただけると助かります」

 

 他愛の無い話をしながら納得のいくまで内部機構を観察させてもらい、そろそろ良いかと判断する頃になると誰かがこの部屋に向かって真っ直ぐ歩いてきている気配を察知した。

 非常に覚えのある気配で、どうやら大友様が向かってきているようだった。元々一緒に町まで来て、それぞれの用事があるために別れて行動していた。といったところだろうと当たりをつける。

 それから立ち上がろうとした時にふと気になることが出来たので断りを入れて脚に触れ、仕込み刀の繋ぎ目が見えるように少しだけ動かさせてもらった。

 ……繋ぎ目もしっかりとしていて、破壊するのは少し面倒な気がする。立花様の製作者は本当にしっかりと作りこんだものだなと感心さえ覚える。

 そうしていると部屋の中に大友様が入ってきた。

 

「お待たせしました、ドウセツ!ちょーっと遅くなりましたが、無駄遣いとかはしてませんよ!ほんのちょっぴりお団子とか食べちゃいましたけど、まだ大丈夫ですよね。

 って、どうして結城が……いえ、それよりも!何で結城はドウセツの脚を触ってるんですか!?」

 

「ソウリン様、落ち着いてください。これは互いに話し合って納得した上でこうしています」

 

「どうも、大友様。立花様の言うように許可はいただいていますよ」

 

 内部機構を見させてもらっていたのだが、何やら慌てているというか、怒っているというか、とにかく顔を赤くしながらそう言ってくる。それに対して俺と立花様は問題ないと告げるのだが大友様は納得していない様子だ。

 どうしたものか、と思いながら立花様の脚から手を放して立ち上がるとずんずんと俺まで真っ直ぐ進んできた。

 

「良いですか!お互いに合意の上であったとしても男性と女性ということもあるのですからもっと慎みを持つべきです!」

 

「はぁ……それには同意しますが……」

 

「だったら何で結城はドウセツの脚を触っていたんですか!ヨシテル様に言いつけますよ!」

 

「ソウリン様」

 

「ドウセツは黙っててください!結城も男性ですからそういうことに興味があるのはわかります。そういうものだという話は聞いたことがありますからね!」

 

「男性だから、というのは……あ、確かに里でもそういう方は多かったような……」

 

 そういえば傀儡人形を完成させて、好きに改造して良いと言われたときに色々と仕込んだときに里では色んな方が興味深々と言うように見せて欲しいと言っていたのを覚えている。あれには確か男性が多かったような気がする。

 まぁ、あれは遊びで作ったようなところもあるので問題はなかった。本当に使うつもりならどんなものを仕込んでいるかばらすようなことはしない。

 

「傀儡人形は使い手が少ないこともあって、興味深かったのかもしれません」

 

「そうです!使い手が少ないからって……使い手が少ない?」

 

「ええ、傀儡の術はあまり人気がないのか……まぁ、俺は傀儡人形も自作出来るのでその関係で立花様の仕込み刀の内部機構を見せていただいていましたが、あれを再現出来ればより武装を仕込めそうですね」

 

「え?え?」

 

「ソウリン様。結城様は私の脚部の内部機構が気になっているということでしたので、いずれ傀儡人形を見せていただくという条件で確認をしても良い、としていたのですが……

 どうやらソウリン様は別のことを想像していたようで……知っていますか、ソウリン様のような方をむっつりと言うそうですよ」

 

「なっ!?ち、違います!私は、そんな、むっつりだなんて……!」

 

「事実で御座います。ソウリン様もそういうことに興味がある年頃ということですか……子供の成長というのは、早いものですね……」

 

「どうしてそこで子供扱いするんですかぁ!!」

 

 何か思っていたのか俺にはわからないが、とりあえず立花様に内部機構を見せてもらったので今回は満足した。

 これで俺の傀儡人形を改良することも出来るだろう。それを使うかどうかは置いておくとして。

 それにもし改造するにしても暫く後になる確信がある。とりあえずは毛利輝元様の件を終わらせなければならないのだから。




カラクリ人形ってことで、内部機構とか気になりません?
それとあの脚の仕込み刀の収納されてる状態と展開方法って結構格好良かった。
ああいうのって地味に浪漫があるんだよなぁ。


追記
仕事が想像以上に忙しくなっており、執筆に時間を取れなくなってきているために投稿を一時的に停止します。
毎日残業且つ休日出勤ばかりの現状で執筆は不可能と考えてこのような措置にさせていただきました。
投稿を楽しみにしてくれている方々には大変申し訳ありませんが、どうかご了承ください。


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