やはり一色いろはは先輩と同じ大学に通いたい。 (さくたろう)
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プロローグ

ハメだけで投稿するのは初めてな気がしますが、シリーズ物です!

さくたろう知ってる人ならわかるかもですが、たぶん甘くなります。たぶんですけどね!



「はぁ……」

 

 七月の太陽の光が溶けた水銀のような輝きとは裏腹に、わたしは一つの悩みを抱えていて――。

 

 先輩たちが総武高を卒業してから4ヶ月。

 受験生になったわたしは、進学先について悩んでいた。

 

「おっはよーいろは!」

「あ、おはよ、碧」

 

 慣れ親しんだ通学路を歩いている途中、友人の碧に後ろからぽんと肩を叩かたので挨拶を返す。

 すると、何やらわたしの顔を覗き込んで心配そうに口を開く。

 

「どうしたの? 朝から暗い顔しちゃって」

「んー……いろいろとね……」

「なになにー? 悩みがあるなら言ってみなよ。力になるからさ!」

「うーん。あのね……」

 

 そして、わたしの悩みを碧に打ち明けることにした。

 だって碧言いだしたら聞かないし……。それに、友達がそう言ってくれるのは素直に嬉しいから。

 

「実はね、この前の模試で志望校C判定だったんだ……」

「ああ……、それで悩んでたんだ」

「うん、でね……。なんていうか……うう」

「なになに? どうしたの?」

「碧、絶対誰にも言わないでよ!?」

「任せて任せて! あたし口堅いし!」

 

 ホントかなぁ。心配なんだけど……。

 でも、ここまで来たら言っちゃうしかないよね……。

 

「えっと……、わたしがその大学を目指すのって、その……憧れてる先輩がいるからなの」

「ほうほう、いろはの想い人がいるってわけね!」

「ち、違うからっ! そんなんじゃないの!」

「ふふっ照れてる照れてる。ホント可愛いねぇいろはは」

「むぅー。……だからね、わたしどうしても先輩と同じ大学に通いたいの」

 

 ホント、わたしったらどんだけ先輩と同じ大学に通いたいんだろうなぁ……。

 でも、それくらいわたしは先輩が好き。

 この想いは他の誰にも、もちろんあの二人にだって負けるつもりはないから――。

 

 わたしの相談を聞いた碧は、顎に手を添えながら真剣な表情をしている。

 こうして見ると、碧ってやっぱり綺麗だなぁ。なんでこの子彼氏いないんだろう。わたしが男なら放っておかないのに。

 

「あ、いろは!」

 

 ちょうど学校の門に到着したとき、いい案をみつけたのか碧が微笑んだ。うん、やっぱり可愛いなこの子。わたしも負けてないけど。

 

「ん、どうしたの?」

「あんたさ、あたしと同じ塾に通わない?」

「塾……? 予備校じゃなくて?」

「そ、塾。あたしの知り合いのお姉さんが経営に携わってるんだけどさ、そのへんの予備校なんかより断然安いし、結構教え方も上手なのよ」

「塾かぁ……」

 

 予備校よりも安いっていうのはちょっと魅力――いや、かなり魅力的かな。お金がかかると思って予備校に行くのはちょっと躊躇ってたけど、それなら……。

 

「ちなみに場所はどのあたりなの?」

「えっと、コミュニティセンターってあるじゃない?」

「うん」

 

 もちろん知ってる。あそこは先輩との思い出がある場所でもあるから。

 

「その近くなんだけど、どう? もし、いろはに行く気があるならあたしから話しておくし。上手くいけば更に安くなるかもしれないよ」

「ほんとっ!?」

 

 ああ、神様仏様碧様! 授業料が安くなるってもう碧が神様に見えるよ。持つべきものは友人って本当だなぁ。

 

「是非、お願いします!」

 

 わたしは碧に向かって頭を深々と下げ、精一杯のお辞儀をした。

 

 

   *   *   *

 

 

 放課後になり、わたしは碧に案内されて今後お世話になる予定の塾に向かっている。

 あれから碧が知り合いのお姉さんに聞いてくれたらしく、大歓迎だと言われたみたいで。

 それを聞いてわたしも両親に連絡をした。

 もちろん、普通の予備校よりも安く、評判のいい塾ということを付け加えて。そっちの方が交渉に有利になるに決まってるもんね。

 すると、両親も『それならそこで頑張ってみなさい』と、快く承諾してくれた。ありがとう、お母さん。

 

「着いたよいろは」

「あ、ホントに近いね。こんなところに塾なんてあったんだぁ」

 

 辿り着いた塾は、コミュニティーセンターと目と鼻の先。

 二階建ての建物には『スノーゼミナール』と書かれた看板が掲げられている。

 前に先輩と来てたとき、こんな塾あったかな?

 

「この塾ができたのは四月だからね。でも、この辺だと既に人気なんだよ? 講師もいい人が多いしね」

「そうなんだ。でも、それだったら定員とかあるんじゃないの?」

「だね。まぁいろははあたしのコネがあるから。ちゃんと感謝してよね?」

「うっ……ありがとうございます」

「よろしい! じゃあいこっか」

「うん」

 

 碧の後に続き、ガラス窓の自動ドアを潜り中に入る。

 今日はお金とか書類がまだだから入会手続きができないけど、碧の知り合いのお姉さんの好意でお試しで講義に参加させてもらえるらしくて。

 ホント碧には感謝しなくちゃなぁ……。

 

 ロビーから廊下を少し歩くと、ドアが開いたままの少し広めの部屋の前にやってきた。

 

「今日はこのクラスで講義があるから。さ、入ろ?」

「ちなみに講義って何するの?」

「これから受けるのは現文、その後は英語だけど……。どうする、どっちも受ける?」

「うーん。お試しだしとりあえず今日は現文だけ受けてみようかな?」

「そうね、今日はそれでいいかもね。じゃ、席につこっか」

 

 空いている席に二人並んで座る。わたしたちの他には男女合わせて生徒が数人。

 こういうところって、大人数で受けると思ってたけどそうでもないのかな?

 

「ほら、これ教材ね。一緒に見よ」

「あ、うん。なにからなにまでごめんねぇ」

「いいからいいから。この借りは必ず返してもらうし!」

 

 にかっと笑う碧を見てどきっとする。……いや、まってまってわたしそっちの気はないからね!? 

 今のはただ不意打ちにやられちゃっただけで――

 

 心の中でそんな言い訳をしていると、講義開始のチャイムが鳴り出す。

 同時に談笑していた生徒も前を向き始める。

 

「そういえば、講師ってどんな人なの?」

 

 碧に素朴な疑問を投げる。

 

「ああ、現文はちょっと変わっててねー。○○大学の一回生が――」

「すまん、遅れた……」

 

 碧が言い切る前にドアからスーツ姿の男性が慌てて入ってくる。

 教壇の前の立ち息を整えると、辺りを見渡して――

 

「先輩……?」

 

 相変わらず死んだ魚のような目をした、わたしの想い人がそこに立っていた。

 




とりあえずこんな感じで進めていきたいと思ってるんで宜しくお願いします(`・ω・´)
感想やご意見ありましたらどうぞ~。


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1話目です!


「先輩……?」

「一色? おま、えっ!?」

 

 思わぬ再会に、わたしは口が勝手に動いてて。

 でも、先輩はわたし以上に驚いてるみたいだった。わたしの顔を見るなり、幽霊でも見たようなリアクションをするんだもん。

 さすがに失礼すぎませんかね先輩? わたしなんて、先輩に会えただけでこんなにも胸がドキドキって高鳴ってるのに。むぅー、なんか悔しいんですけどー……。

 

「先生ー、早く始めてくださいー」

「ああっと、すまん……えっと、きょ、今日はここから始めるから」

 

 先輩が状況を上手く把握出来ずに固まっていると、前の席の女の子が注意した。

 慌てて教材を開き、ホワイトボードに書き始める。

 先輩が板書をしている最中、さっき先輩を注意した女の子が急にくるりと振り向いた。

 

「っ――!?」

 

 え、なんで今わたしを睨んだの?

 意味がわからないんですけど……。

 困惑しているわたしを置いたまま、女の子は何事もなかったようにホワイトボードに視線を戻してしまった。

 ホントなんだったんだろ……。 授業遅れたことに怒ってるのかな。

 

「ねえねえ~」

 

 わたしが悩んでいると、横にいる碧がウキウキしながら見つめてくる。

 なんだろう。その顔、すっごくバカにされてるみたいで腹立つ……!

 

「なに……?」

「比企谷先生でしょ、あんたの好きな人」

「なっ――な、ななななにいってるのかな碧ちゃん? わ、わたしが? ないないありえない絶対ないから!」

「そこ、静かに」

 

 思ったよりわたしの声が大きかったのか、板書をしていた先輩に注意される。

 

「す、すみません……」

 

 先輩が再び板書に戻ると、隣の碧がくすくすと笑いを堪えている。

 なんなのもう……碧のばかばかばか! 先輩に怒られたんですけど! 

 今日のわたしの感謝の気持ち返して? っていうかホント碧さんは何言ってるんですか? 全然意味がわかりません。大体なんで気づくの? そんなにわたしってわかりやすい!? 

 

「ばればれだよ、いろはちゃん」

 

 碧はキメ顔でそう言った。

 

「碧、少し黙ろっか」

 

 わたしはキレ顔でそう言った。

 

「ひっ――!?」

「あんまり変なこと言っちゃだめだからね?」

「わかったからその顔やめて? 怖いから……」

 

 む、こんな可愛いぴちぴち女子高生に向かって怖いって、失礼しちゃうなぁ。

 大体、全部碧が悪い碧が。

 

「でもさぁ」

 

 それでも碧は懲りてないらしく、話を続ける。

 

「実際のところどうなの? あんな顔したいろは、あたしみたことないよ?」

「あんなって?」

「なんていうのかなぁ。まるで『あっ、わたしの王子様に会えた!』みたいな? すっごい乙女な感じ。いや、あれはむしろメスの顔をして――」

 

 パァンという音が室内に響き渡り、先輩を含め授業を受けていた生徒たちが一斉にこちらに振り向く。

 わたしは手にしてた教材を前に突き出し、必死に言い訳を考えて、

 

「あ、えっと、大きな蚊がいましてー……」

「はぁ……。一色、少しは大人しくしててくれ」

「はい……すみません」

 

 なんでこうなっちゃうんだろう……。原因はわかってるけど。

 隣で鼻をさすっている碧をキッと睨む。

 

「いろは、いたひ……」

「碧が悪いんだからね」

「でもあれね、その反応は当たりってことよね」

「なんでそうなるのかな……」

「だっていろは、違うなら本当に興味なさそうに聞き流すでしょ。いつもそうだし」

 

 まったく……、この子はわたしのことよく見てるなぁ……。

 

「はいはい、白状すればいいんでしょ。碧の言うとおりだよ」

「やっぱりねー」

 

 うんうんと頷く碧。

 まぁ碧ならほかの人に言いふらすとかそんなことは――しそう。凄くしそう。

 

「安心していろは。この秘密は墓場まで持っていくからっ」

 

 親指を伸ばした拳をわたしの目の前に突き出し、にかっと微笑む碧。

 ごめんね、不安しかないよ……。

 

「でもねー」

「うん?」

 

 急に碧は表情を変え、意味ありげな様子で話始める。

 

「比企谷先生のことなんだけどさ」

「先輩が? どうしたの?」

「実はうちの塾の生徒たちに割と人気あるんだよね。特に女子に」

「えっ……なんで? だって先輩だよ? 目に生気なくて猫背だし、いつもやる気なさそうでめんどくさがりでいいとこないのに?」

 

 あれ、わたしもしかしてひどいこと言ってる?

 

「あんた……さすがにそれは比企谷先生可哀想だから。……まぁなんていうかさ。なんだかんだあの人面倒見がいいんだよね。だから結構慕われてるわけよ」

「ああ……」

 

 それはわかる。痛いくらいわかる。あと先輩って年下に甘いところあるし。ソースはわたし。

 確かに、そういう先輩のいいところを知ったら好意を抱いてしまうのも無理もない。

 

「さっきあんたのこと睨んだ女の子いたじゃん?」

「うん。あっ……」

 

 要するに、さっきのはわたしに対する威嚇だ。

 急に湧いてきた敵に対する……。

 でも、それはわたしだって同じだ。こっちは散々自分よりも素敵な先輩のライバルが二人もいた中頑張ってきたんだから――。

 ただ、さっきの女の子はこの三ヶ月、わたしの知らない先輩と過ごしたんだろうなと思うと、少しだけ心がチクッとなった。

 

「そゆこと。それと……」

「まだなにかあるんだ……」

 

 割と、今までの話だけでおなかいっぱいなんだけどなぁ……。

 

「あたしの知り合いのお姉さんも比企谷先生を買ってるのよねー。先生を誘ったのお姉さんらしいし」

「え、碧の知り合いのお姉さんって――」

 

 質問を言い終える前に授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。

 

「ん、じゃあ今日はここまで。また明日あるやつはその時にな」

 

 先輩の挨拶にみんながお疲れ様でしたと返す中、さっきの女の子が先輩に近寄っていく。

 

「お疲れ様です、先生っ」

「おいこら……三崎。そういうのやめて?」

 

 見ると、先程の女の子が先輩の腕にしがみついていて――は?

 何しちゃってるのこの子?

 そこはわたしのポジションの予定なんですけど!

 

「も、もうあれだ。お前ら次あるだろ。んじゃ俺はいくから」

 

 先輩がそう言って三崎という女の子の腕を剥がし、退室した。

 いろいろと言いたいこともあるけれど……。特に三崎さんに腕を掴まれて照れてたところとか。

 でも、それよりせっかく会えたのに全然喋れなかったのが寂しくて。

 

「なにしょぼくれてるの。先生なら今日はもう終わりだし、追いかけてみたら?」

「え、ホント?」

「うん、今日はもう帰るだけだと思うよ。いろはももう終わりなんだし、行ってきな」

 

 碧、グッジョブ!

 わたしはグッと小さくガッツポーズをとり、帰り仕度を済ませ教室を飛び出した。



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2

サブタイトルはそのうち考えていこうかなと思ってます!
とりあえず平日は毎日投稿目標でっ。



たくさんのお気に入り、評価ありがとうございます!
感想もとても嬉しく、見ては喜んでおりますヽ(*´∀`)ノ


 まるで仕事疲れのサラリーマンのように歩く先輩。

 気づかれないように後ろにポジションを取って、

 

「お仕事お疲れさまです」

 

 と、耳元で囁き、終わり際に「ふっ」と息を吹きかける。

 

「ヴぉあ!?」

 

 先輩の身体が大きく跳ねて、その場から素早く離れる。

 というかなんですかその「ヴぉあ!?」って。

 わたしまで驚いちゃったじゃないですか!

 

「きゅ、急に何すんだよ!?」

「先輩がお疲れのようでしたので、元気づけてあげようかなと思って」

 

 可愛らしさを全面に押し出しながらえへっと笑い、先輩の腕を取る。

 久しぶりに可愛い後輩からこんな笑顔を向けられたら先輩だってきっと――。

 

「そういうのいらないからな? つかお前は狙いすぎ。それにあざとすぎ」

 

 だめでしたっ!!

 先輩はそう言い放つと、わたしから顔をぷいっと背けてしまう。

 いや、でもわかってましたし? 久しぶりでちょっと先輩にじゃれたかっただけですし!

 それにしたって、さっきの子に腕を掴まれてたときはもっと照れてたくせに……。ぐぬぬ……。

 

「……んで、なんでお前ここにいるわけ?」

「えっと、友達の紹介でここに通うことになったんですよ」

「ああ、白楽か……」

「ですです。今日はお試しで授業を受けれるって言われたので、きちゃいました♪」

「その『彼氏の家に勝手に来ちゃった♪』てきな言い方でいうのやめてくんない? ゾクッとするわ」

 

 それはわたしも言いたいんですけど。わたしの真似しながらその台詞はちょっと、というかかなり引きます。ドン引きです。

 虫を見るように先輩を睨んでいると、ばつが悪そうに話を変える。

 

「あ、あれだ。一色ももう受験生だもんな。志望校はどこなんだ?」

 

 先輩の質問に一瞬どきっとする。

 ここで、先輩にわたしの志望校を教えたらどうなるんだろう。

 応援してくれるかな?

 それとも、いつものようにめんどくさそうな態度をとるんだろうか。

 ……今先輩に教えるのはやめておこう。

 

「△△大学です」

 

 わたしは嘘をついた――。

 

「へえ、結構いいところ狙ってるんだな」

「ま、まぁわたしくらいになれば当然ですよ」

「それならいいけど、授業中は静かに頼むぞ?」

「うっ……」

「他の奴らに迷惑かかるからな」

「――っ!?」

 

 先生らしく注意しながら、先輩は自分の手をわたしの頭にぽんと乗せる。

 思いもよらない不意打ち――。

 ううん、先輩のお兄ちゃんスキルが勝手に発動したんだ。

 それでも、大好きな人がわたしに触れてくれてると考えると、顔がかぁっと熱くなって。

 今の顔を先輩に見られたくなくて俯く。

 

「あ、わりぃ……。その、なんだ。小町に対するお兄ちゃんスキルがだな」

「……知ってます」

 

 先輩は今どんな顔をしてるのかな? と気になって伏せていた顔を上げると――

 

 先輩と目が合ってしまった。それも頬を赤く染めた先輩と。

 

 なんだ……先輩だって照れてるんだ。

 わたしだけじゃなかったと一安心してると、

 

「お前、熱でもあるのか……?」

 

 予想してなかった言葉が。

 どうやらわたしの顔は想像以上に赤くなってるみたいだ……。

 わたしのばかばかばか! 興味本位で先輩の顔なんて覗くんじゃなかったよぉ……。

 

「えっと、マジで大丈夫かお前?」

「だ、大丈夫です! 全然ホントに!」

「そうか……? ならいいんだけど」

「は、はい」

「……んじゃ、俺はそろそろ帰るからまた今度な」

 

 先輩が向き直り、歩きだそうとする。

 もっと、もっと先輩と話したい。せっかく会えたのに。

 

 ――気がついたらワイシャツの裾を掴んでいた。

 

「……一色?」

 

 えーっと、えーっと。掴んだのはいいんだけど、次にわたしの取るべき行動ってなに? というかなんでわたしはワイシャツ掴んでるの……? ああ、もうっ!

 

「あ、っと……、その、やっぱりちょっと具合悪いみたいなので、よかったら送ってもらえませんか……?」

 

 もう一度、嘘をついた。先輩と少しでも一緒にいたいと思ったから。

 神様だってこれくらい許してくれるよね……?

 それから少しの間があって。

 

「……少し待ってろ。帰る用意してくるから」

「はい……」

 

 歩き出す先輩の後ろ姿を見ながら、わたしは火照った顔をなんとか冷まそうと努力した。

 

 今日のわたしは少しおかしい。というのも、三ヶ月ぶりに先輩に会えたことが原因だと思う。というかそれしか考えられないし。それまでは毎日のように会ってたわけだし。

 それが卒業ときっかけにぴたりと終わってしまえば当然そうなる。……なるよね?

 飼い主に「待て」って言われて、「よし」って言われた子犬みたいな感じ的な……。

 と、とにかくそんな感じで久しぶりに先輩に会えたのが嬉しかったのでこうなっちゃったの仕方ない。

 せっかく先輩と一緒に帰れるわけだし。もうちょっと普通に接しないと……!

 

「なにしてんだ……?」

「あ、えっとー……」

 

 拳を硬く握りしめているところを帰り仕度を済ませた先輩に思い切り見られる。

 うん、わたしなにやってるんだろ?

 

「あー、っと……握力、鍛えてます?」

「なんで疑問形なんだよ……」

「そ、そんなことより早く帰りましょ!」

「お、おう。つうか、お前わりと元気じゃない?」

 

 あ、すっかり忘れてた。今のわたし病人だった。

 

「せ、先輩が待たせるからその間に大分よくなったんです!」

「いや、数分なんだけど? まぁそっか。よくなったんなら一人で帰れるな」

 

 そう言って帰ろうとする先輩の後ろ襟を掴んで止める。

 

「ぐぇっ!? あにすんだよ……」

「先輩、もう暗いです」

「……だな」

「女の子が一人で夜道を歩くのは危ないですよね」

「……だな?」

 

 なんでそこが疑問形なんですか……。

 

「というわけで、男の人がかよわい女の子を家まで送るのは義務だと思うんですよ?」

「おう、じゃあ誰かに頼んでもらえ」

「はい、なので先輩、宜しくお願いします」

 

 今更逃げようとするのを逃すわけもなく、わたしは先輩に向かってぺこりとお辞儀をする。

 

「はぁ……。わかったよ。んじゃいくぞ」

「はーい」

 

 先輩と一緒にロビーを出て、駐輪場に向かって歩いていく。

 

「先輩、今も自転車なんですねー?」

「何その自転車馬鹿にした感じ。自転車って素晴らしいだろコスパ最強」

「まぁいいですけどー」

 

 先輩と二人乗りできるなら――まぁ先輩がそんなことさせてくれるわけないけど。

 

「ほら、早く乗れよ」

 

 ええっ!? いいんですか? 高校生のころはどれだけお願いしても乗せてくれなかったのに?

 

「何してんだ? 乗らないならこのまま帰るけど」

「あ、待ってください! 乗ります乗りますから!」

 

 慌てて後ろの荷台に乗り、えいっと先輩の腰のあたりに手を伸ばしてしっかりと掴まる。

 

「いや、お前のそれは掴まりすぎじゃね?」

「落ちたら危ないですし? 安全対策ですよ安全対策」

 

 言うと、先輩は照れくさそうに頭をポリポリと掻いて前を向き、ペダルを回し始めた。




今回はようやく八幡といろはの絡みでした!
まぁ3話目なので抑え気味な感じでっ。


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3

 先輩との帰り道。

 わたしを乗せてるからか、先輩の運転は丁寧でとても安定していた。

 こういうところが先輩の優しさなんだろうな、なんて思いながら空を見上げる。

 こんなとき都会の夜空はナンセンスだ。

 これが少女漫画とかだったら、きっと満天の星が綺麗に輝いてるのになぁ……。

 

「――っしき、一色」

「は、はい?」

「何ぼさっとしてんだよ……。俺道わかんねぇから道案内頼むぞって言ったろ」

「あっ、そ、そうでしたね。えっと、突き当たりを左でお願いします」

「あいよ」

 

 どうやらわたしは自分の世界に入っちゃってたみたいで。

 せっかく先輩とこうして二人きりなのに、それは勿体ないことこの上ない。

 こういう時にしっかりアピールしていかないと……!

 

「せーんぱい」

「…………なんだよ」

「むーっ。なんでそんな嫌そうな返事なんですか」

 

 先輩のめんどくさそうな態度に思わず顔をむくれてみる。

 まぁ先輩前向いちゃってるし、こんな顔したって意味ないんだけどね

「お前がそんな甘ったるい声で話すときは何かあるからだろ……」

「失礼ですね……。わたしは先輩と会うのも久しぶりなんで、もっと話がしたいなと思っただけですー」

「はいはい、さいですか」

 

 先輩はわたしの言葉を軽く流す感じで返事をした。

 はぁー、なんですかそんなにわたしと話すのはめんどくさいですか。

 こうなったら意地でも先輩との会話を終わらせたくなくなるわけで、

 

「……それで、先輩。何かわたしに聞きたいこととかありませんか?」

「特にないぞ?」

 

 普通こういうときって『三年になってからどうだ?』と『好きな奴とかいるか?』

とか『何か悩み事とかあるのか?』とか聞いたりするところじゃないんですかね。

 いや、全然先輩は言わなそうですけど。

 でも特にないって言われるのもちょっと悔しいので、

 

「そうですかー? 高校でモテモテの小町ちゃんの学校生活とか、知りたくないんですかねー?」

「教えてくれ今すぐに」

「さすがにその返答の速さはドン引きなんですけど」

 

 はぁー。……やっぱりシスコンだなぁ先輩は。

 ホント小町ちゃんの言うとおりだ。でも、そんな小町ちゃんが羨ましかったりするわけだけど。

 

「やっぱり教えませーん」

「なんでだよ……」

「いや、先輩さすがに必死過ぎますから。あと、危ないんで前向いてください」

 

 小町ちゃんの話題になってからさっきまで前しか向いていなかった先輩がちらちらと後ろを振り返ってくる。これがわたしの話題でだったら嬉しいんだけど、ちょっと複雑だ。

 小町ちゃんは妹だと思っててもやっぱり少しだけ嫉妬してしまう。こんなに先輩に想われてるなんて。

 でも、妹になりたいとは思わない。わたしは先輩の隣にいたいから。

 

「先輩は大学生活とかどうなんですか? やっぱり大学に入ってもぼっちだったりするんですか?」

 

 小町ちゃんの話はそろそろやめておこうかなと思って話題を変える。

 単純に先輩がどんな生活を送ってるのか気になるし。

 

「やっぱりってなんだよ……。そうだな……ぼっちだったら楽だったんだけどな」

「え、じゃあぼっちじゃないんですか?」

「なんでそんな驚いてんの? まぁなんだ、サークルの奴らとかがな……」

 

 照れくさそうに頭を掻く先輩。きっと今先輩の顔を見たら照れてるに違いない。

 でも、そっか。先輩、大学でちゃんと友達できたんですね。まぁ去年も最後の方はあの二人以外ともいい感じでしたもんね。

 

「ふふっ」

「なに……?」

「いえ、お会いしていない間に先輩も変わったんだなぁと思いまして」

「三ヶ月かそこらで人なんてそう簡単に変わるかっつうの。俺が変わったなんていうのは気のせいだ」

「そうですかー? 先輩変わったと思いますよ? 目と性格はあれのままですけど」

「それほぼ変わってないよな」

「あはっ、バレました?」

 

 なんだろ、こういうのいいなぁ。上手く言葉にはできないけど、先輩とこうしてくだらない会話をしているだけで幸せなんだと感じるわたしがいる。

 ホント、この時間がずっと続けばいいのに。

 

「そういえば、せんぱいのスーツ姿って初めて見ましたけど、意外と似合ってるんですね。目元を隠せば普通にかっこいいと思いますよ」

「何それ褒めてるの? 貶してるの? つうか目元隠せって誰だかわかんねえだろそれ」

「たしかにその通りですね。あ、そこ右でお願いします」

 

 わたしの合図で先輩が道をゆっくりと右に曲がる。

 曲がりきって少しいけばそこにはわたしの家で。

 それは先輩とお別れの時間がくるということ。

 それがちょっとだけ悲しくて。

 わたしは先輩を掴む手に少しだけ力を込めた。

 

 

   *   *   *

 

 

 家の前についたので自転車からゆっくりと降りる。

 

「先輩、今日はありがとうございましたっ」

 

 家まで送ってもらったことはもちろん、わたしの話に付き合ってくれたことに感謝して。

 今できるわたしの最高の笑顔を先輩に向けた。

 

「ったく、お前は本当……」

「あざとくないですからね?」

 

 またあざといって思われちゃったかな……? そんなつもりはなかったんですよ? 先輩。

 

「知ってるよ……」

「そう、ですか……」

 

 てっきりそう思ってるのかと思ってたから……その返しはちょっとずるいです。

 先輩の顔は暗くてちゃんと見えなかったけど、なんとなく照れてくれてる気がして。

 今の雰囲気なら、もう少しだけ勇気をだしてもいいんじゃないかと思ったわたしは、

 

「先輩、手、貸してもらえますか?」

「ん、なんで?」

「いいから、お願いします」

「おい、ちょっ」

 

 手を出し渋る先輩の右手を強引にとる。

 先輩の小指とわたしの小指を絡ませて、

 

「せんぱい、絶対わたしを志望校に合格させてくださいね。もちろんわたしも本気で頑張りますんで」

「……まぁ努力はする」

「約束ですよ? 嘘付いたら針千本飲ますですからね?」

「嘘も何も、俺何もいってないんだが……」

「小さいことは気にしないでください。そんなんじゃモテませんよ?」

 

 モテてもらったら困るのはわたしなんだけど。

 

「はぁ。この状況で俺に拒否権……あるはずないんだよなぁ」

「よくわかってますね。……それじゃ、指切った、です」

「あいよ……」

 

 こうして先輩と再会した初日。

 わたしたちは一つの約束をした――。

 



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4

「おはよー、いろは」

「あ……おはよう碧」

 

 先輩と再会した日の翌日。

 重い身体に鞭打ちながら登校していると、いつものように碧と合流した。

 

「なに、あんたどうしたの?」

「うん、ちょっとね……」

「凄い顔色悪いけど……」

「全然平気だから、気にしないで」

 

 言えない……絶対に言えない。

 先輩との再会が嬉しすぎて、お風呂で何時間も今後の妄想をして体調崩したなんて絶対言えない。

 特に、横にいる碧には絶対に……。

 今は心配そうにしてくれてるけど、こうなった理由を聞いたら絶対からかってくるに決まってるから。

 

「そういえばさ」

「……どうしたの?」

 

 碧が唇に人差指を当てながら、何か思い出したように口を開く。

 

「あんた、比企谷先生と一緒に帰ったじゃない? あのあと何か進展あった?」

「ごほっ!? ごほっ!」

「なになに? やっぱり何か進展あったのぉ~?」

「ないない、何もないから! 碧には感謝してるけど、昨日は先輩と一緒に帰れなかったの」

 

 先輩と一緒に帰ったことは秘密にしておかないと……。

 

「へぇー……?」

 

 わたしが答えると、碧は不満そうにこちらをジーッと見つめる。

 なになんなの、その顔は……?

 

「な、なんでしょう……?」

「ん、いやさぁ、英語の授業ってね、ちょうど駐輪場が見えるんだー」

「へ、へぇ……」

「でね、昨日窓から外を眺めてたわけ。そしたら比企谷先生の自転車の後ろにあたしのよく知ってる子が乗ってるじゃない?」

 

 なんで外なんて眺めてるの!? ちゃんと授業受けてよ! いや、わたしが言えたことじゃないけどさ……。昨日だってせっかくのお試し授業、ほとんど碧とお喋りしちゃってたし。……ちゃんと勉強しなきゃ。

 

「そんな現場を目撃しちゃったわけだからさ? 普通気になるってもんでしょ。その後どうなったか、ね?」

「た、確かにそれは気になるね。誰だろうなその子。先輩と一緒に二人乗りとか。羨ましいなぁ……」

 

 さすがに自分でも苦しい言い訳だっていうのはわかってるけど、今更認めるのもなんか嫌だし、無駄な抵抗を続けてみるわたし。

 

「写真もあるよ、ほら」

 

 碧がポケットからスマホを取り出し、こっちに向けてくる。

 それを覗くと、待ち受け画像が表示されてて、そこには先輩とわたしのツーショットがばっちり写っ――

 

「なんでこんなの撮ってるの!?」

「いろはをゆするのに使おうと思って」

 

 碧はニカっと笑みを浮かべる。なんでこんなに楽しそうなのこの子……。

 というか、ここまでの証拠を見せつけられたらもう言い逃れなんて出来る訳もないわけで。

 無駄な抵抗は諦め、わたしは一つ、碧にお願いすることにした――。

 

「碧……」

「なに? あらたまっちゃって」

「お願いがあるんだけどさ、いい?」

「まぁあたしが聞ける範囲ならいいけど……」

「その写メ頂戴!」

「へっ……? ……いいけど」

「やった、ありがと、碧!」

 

 すぐさま碧に送るように頼む。

 アプリを開くと、碧から画像が送られてきたので、素早く保存。

 ふふっ。遠目だけど意外とちゃんと撮れてるし、わたしの待ち受けにしちゃおっと。

 あ、でも先輩に万が一見られたらまずい、よね? ……でも、先輩がわたしの携帯見たりしないかー。

 少し悩んだけど、結局先輩とのツーショット画像を待受にすることにした。

 心なしか体調も少し良くなった気がする。先輩効果かな……?

 

 

「それにしても、お願いっていうから、あたしは別のことだと思ってたよ」

「んーなんでー?」

 

 画像を眺めるのに夢中になっていたわたしは碧の言葉に生返事をする。

 

「てっきり、『このことは秘密にして!』とか言うのかと思ってたからさー」

 

 確かに、それはそれで大事なことだ。言いふらされても良いことないし。碧が言いふらすとは思えないけど……? うん、やっぱり最後はどうしても疑問形になっちゃうな。

 

「……言いふらさないでね?」

「疑われてるなぁあたし。その辺は安心して大丈夫だから」

 

 そうだよね、碧はそんなことしないよね! 疑ったりしてごめんね。

 

「言いふらす前に結構な人知ってるからさ」

「なんでぇぇぇえ!?」

 

 ちょっと待って? なんで? なんでそんなことになってるの? 意味わかんないんですけど?

 

「や、だってあんたあそこ塾の前だよ? 普通に他の人に見られてるって。三崎さんも見てたし」

「三崎って……」

 

 あの子か……。

 あの子にも見られてたのはちょっとめんどくさいことになりそうだなぁ……。

 

「あの子、比企谷先生帰る時間は大体外見てるからね。それで目撃したんでしょ。ちなみに他の女の子にもバッチリ伝えてたよ」

 

 碧はそう言い放って、親指をグッと突き出した拳をこっちに向ける。

 グッじゃないよグッじゃ……どうするのこれ。先輩にも思いっきり迷惑駆けっちゃってるじゃん……。

 

「先輩、辞めさせられたりしないかな……」

「んー大丈夫じゃない?」

「なんでそんな軽いの……」

 

 こういうのって、生徒と講師が肉体関係を持ってるとか言われてクビにさせられたりするんじゃ……。肉体関係なんて持ってないんだけどね……?

 ああ……せっかく体調良くなったかなと思ったけど、また頭痛くなってきた……。

 

「あの人はほら経営者の人のお気に入りだし。別にいろはだって送ってもらっただけなんでしょ?」

「経営者のお気に入りって……それだけで済む問題なのかなぁ」

「大丈夫大丈夫。気にしすぎなのよいろはは」

「そうなのかなぁ……」

「あ、でも三崎さんには気をつけたほうがいいかも?」

「あー……」

 

 碧の言いたいことはなんとなくわかる。初日の段階であんなに敵視されてたし。

 

「完全にいろはをライバル視してるねあれは」

「だよねぇ。……まぁ負ける気はさらさらないけど」

「お、いいますねぇ」

 

 こっちは二年前から片思いしてるんだから……。

 そんな簡単に譲ったりしない。

 それにわたしのライバルはあの二人だけだから。

 

「ま、これからどうなるか、楽しみかなっ」

「人ごとだなぁ」

 

 お互いを見て、くすくすと笑い合う。

 

「で、いろははいつから通うの?」

「そうだなぁ、たぶん来週の月曜かな」

「そっかそっか、これからが楽しみだね」

 

 楽しみの意味がすっごく気になるんですけど? 絶対わたしと三崎さんで楽しむつもりでしょ。

 まったく碧は……。

 でもまぁ……なんだかんだわたしも、これからが楽しみで仕方ないから不本意ながら碧の言葉に同意するとしよう。

 

 



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5

「くしゅんっ――」

 

 どうやら本格的に風邪を引いてしまったみたいだ。

 碧と一緒に登校したあと具合が悪くなったわたしは、強制的に保健室に連れてこられて養生しているわけで。

 

「どう、一色さん? あんまり悪いようだったら早退する?」

 

 カーテンを捲って養護教員の先生が様子を声をかけてくる。

 

「いえ、もう少しだけ休めば大丈夫だと思うんで……」

「そう、それならゆっくり休んでね。私はちょっと用事があるから少し席を外すわね」

「わかりました」

「それじゃあね」

 

 カーテンが再び閉じられて、カラカラと扉を開閉する音が聞こえる。

 

「はぁ……」

 

 一人になった保健室で自然とため息が溢れる。

 携帯を取り出して時間確認すると、時刻は十二時を過ぎていて、もうお昼休みの時間だ。

 午前中の授業をまるまる休んだことになるなぁ。

 ホント何やってんだろわたし。

 受験生だっていうのに体調管理もダメダメで。

 先輩に再会したからって浮かれすぎちゃったなぁ……。

 

 自分の情けなさが嫌になってへこんでいると、コンコンと扉をノックする音が聞こえて、

 

「失礼しまーす」

 

 聞き覚えのある声が室内に響く。

 とたとたと歩く音、段々とこちらに近づいて、カーテンの隙間からひょっこり顔を出したのは先輩の愛妹、小町ちゃんだった。

 

「あ、いろはさん! お身体大丈夫ですか?」

「うん、大分良くなったかな。小町ちゃんはどうしてここに?」

「平塚先生から、いろはさんが体調崩して休んでるって聞いたんですよ」

「あーそっかぁ……」

 

 そういえば今日の三時間目は現文だったっけ……。

 平塚先生のことだから小町ちゃんに様子を見てくるようにでも言ったんだろうなぁ。

 

「いろはさん、お昼まだですよね?」

「うん。今日は来てすぐにここに来ちゃったからね」

「だと思って小町、調理室でおかゆを作ってきました! 名づけて小町特製スペシャルおかゆです!」

「え、ホントに!? 小町ちゃん、ありがとー」

「いえいえ、いろはさんには日頃お世話になってますからね、これくらい当然ですよ」

 

 ホント小町ちゃんは良い子だなぁ……。

 先輩と結婚したりしたらこの子が義妹になるのかぁ。

 想像すると、なんとなくさっきまで沈んでた気分が明るくなってきて――

 

「いろはさん、もしかしてお兄ちゃんのことでも考えてます?」

「へ? な、なななななにいってるの小町ちゃん? せ、先輩のことなんてなにも考えたりしてないよ? ホントに全然!」

「いやぁ、恋する乙女は可愛いですなぁ」

「ホントに違うってば……!」

「ちなみにどんなこと想像してたんです? 新婚生活とか?」

「違うからねっ? ただ、先輩と結婚したら、小町ちゃんが義妹になるんだなぁ、なんて――」

 

 ……あ…………。

 ああああああああああああ!?

 

「ほうほう……いろはさん、そんなことを考えてたんですね」

 

 何言っちゃってるのわたしは……。もうやだ、穴があったら入りたい。一生穴に籠ってたい。殺して、誰かわたしを殺して!

 

「冗談はさておき、小町もいろはさんが義姉ちゃんになるのは大歓迎なのです」

「……え? ホントに?」

「ホントですとも。でも、いろはさんだけじゃないですけどね? 雪乃さんと結衣さんが義姉ちゃんになるのも小町は大歓迎です!」

 

 ああ……なんだそういうことか……。

 まぁでもそうだよね。小町ちゃんはわたしより雪乃先輩や結衣先輩の方が付き合い長いわけだし。そんな中、わたしのことも大歓迎って言ってくれるだけ感謝しなきゃ。

 

「ありがと、小町ちゃん」

「いえいえ。ささ、おかゆ、冷めないうちに食べちゃいましょ!」

「だね、いただきまーす」

 

 再び、小町ちゃんの作ってくれたおかゆを口にする。

 うん、やっぱり美味しい。

 ただ、あれだなぁ。小町ちゃんがこれだけ料理が上手だと、先輩をわたしの手料理でどうこうするのは厳しいかなぁ。あ、でも、小町ちゃんに先輩の好みの料理を聞いて、それを先輩に食べてもらえば……?

 

「いろはさん、どうしました? お口に合いませんでした?」

「ううん、そんなことないよ! すっごく美味しい」

「あ、もしかして、またお兄ちゃんのこと考えてました?」

「ち、違うよ!?」

「本当ですかー? お兄ちゃんの好きな料理とか知りたいと思ったりしてませんか?」

 

 うぐっ……。

 小町ちゃん鋭すぎでしょ……。

 

「……そうです。先輩の好みの料理とか教えてもらいたいと思ってました」

 

 観念して答える。この子には見破られてるような気がしたし……。

 

「そうですかそうですか、それなら小町がお兄ちゃんの好きな料理をいろはさんに教えてあげますよ!」

「え、ほんとに!? いいの?」

「もちろんですよ、それくらいなら全然オーケーです! ですので、早くお身体良くなってくださいね?」

「うん、わかった。じゃあ良くなったら宜しくね!」

「はいです! それでは小町はそろそろ教室に戻るので、おかゆ食べ終わったら置いておいてください。後で小町が取りに来るので」

 

 そう言って、小町ちゃんは保健室をあとにした。

 

 

   *   *   *

 

 

「ふー。お腹一杯になったなぁ」

 

 おかゆを食べ終え、一息つく。

 心なしか大分気分が良くなったきがする。

 おかゆ効果ってすごい……!

 

 置かれていた体温計を手にとって熱を測ってみる。

 

「三十六度……か」

 

 うん、熱もないみたいだ。

 これなら途中からだけど授業に参加できるかな。

 

 わたしはベッドから出て上履きを履き、教室に向かった――。

 



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6

 小町ちゃんと約束した週末の土曜日。

 小町ちゃんからのお誘いで、わたしは先輩の家を訪れることになった。

 

「今日も暑いなぁ……」

 

 七月も終わりに近づき、それに伴って気温がどんどん高くなってる気がして。

 胸元をぱたぱたとさせながら服の中に風を送る。

 ……今度先輩の前でこれやってみよっかな。

 なんてくだらないことを考えつつ、今日の予定にわくわくしながら歩いていく。

 

 小町ちゃんに教えてもらった住所のとおり歩いていくと、目的地である先輩の家にたどり着くことができた。

 今日は気温が高いということもあり、いつもよりも肌を露出させた服装をしていて。

 わたしの服装を見る先輩の反応を想像しながら玄関のインターホンを鳴らす。

 

「はいはーい! あ、いろはさん、いらっしゃいです!」

 

 扉が開かれ小町ちゃんが顔を出すと、わたしを見て、いつも通りの元気な笑顔で出迎えてくれる。

 後輩の笑顔に癒されながら、挨拶を返す。

 

「こんにちは、小町ちゃん。今日はその、先輩は……?」

「ああ、お兄ちゃんなら今日も塾のバイトですよ。お兄ちゃんに会いたかったですか?」

「なっ、ぜ、全然? そんなことないよ? だってほら、先輩いたら料理教えてもらえないし! だから、いない方が助かるっていうか、なんていうか……」

「つまり会いたかったんですね!」

「……はい」

「いろはさん、乙女ですなぁー」

 

 うう……だって、せっかく先輩の家に来たわけだし、そう思っちゃうのは仕方ないというかなんと言いますか……。

 はぁ、とため息をついて肩を落とす。

 まぁ今日の目的は小町ちゃんに先輩の好みを教えてもらうことだし、先輩に会えないのは我慢しよう……。

 それから家の中に入り、小町ちゃんに案内されリビングに向かうと、女性がソファーで新聞を読んでいた。

 この人が先輩と小町ちゃんのお母さん……。

 小町ちゃん綺麗系にして大人にさせた感じの女性は、わたしを見ると、

 

「あら、いらっしゃい」

「あ、お邪魔します! えっと、小町ちゃんと同じ学校の一色いろはです。小町ちゃんにはいつもお世話になってます」

「あなたが一色さんね。話は小町から聞いてるから。今日はゆっくりしていきなさい」

「は、はい。ありがとうございます」

 

 ぺこっとお辞儀して顔をあげると、お義母さんはこちらをじーっと見てて、

 

「ねえねえ、いろはちゃん。バカ息子のどこがいいの?」

 

 ……えっ?

 んんん、あれ? いまこの人はなんて言ったの? ごめんなさい全然何言ってるのか聞こえなかったんで答えられません!

 というか、バカ息子って……先輩家でもそんな扱いなんですか。ちょっとだけ同情します。

 

「えっと……?」

「あれ? いろはちゃん、うちのバカ息子のことが好きなのよね?」

 

 うん、今度はしっかり聞こえた。さっきもバッチリ聞こえてたけど。

 ってそんなことは実際問題なくて。……なんでお義母さんがそのことを知ってるんですか? 

 まったく状況が読み込めなくて――助けを求めるように小町ちゃんと見ると――。

 

 ぺろっと舌出しながらごめんなさいというような仕草をしていて。

 小町ちゃぁぁぁん! 

 辛い。好きな人のお義母さんにバレちゃうのってホント辛い……。

 

「えっと、はい……。そうです……」

「それで、どんなところが好きなの? 良かったら教えてくれないかな?」

「えーっと……」

 

 良かったらっていっても、こんな状況じゃそれは半ば強制的なものじゃないですかお義母さん!

 ……でもどこがいいか、か。どこがいいんだろうなぁ……。

 

「……どんなところといいますか。……ただ、先輩と一緒にいたい、先輩の隣で一緒に時間を共有したいというか……」

「つまり結婚したいってことね」

「いやいやいやいや、そ、そういうんじゃないんですけど、まだ!」

「まだっていうことはいつかは結婚したいってことね!」

「それは…………うう……」

 

 お義母さんにグイグイと迫られて、わたしのライフはもうゼロです。

 小町ちゃん助けて……。

 この場をなんとか切り抜けたいと思って、小町ちゃんを縋るように見つめる。

 すると、小町ちゃんが、

 

「お母さんお母さん、いろはさん困ってるから。そのへんにしなよ」

 

 ぽんぽんと後ろから肩を叩きつつ、お義母さんをなだめる。

 お義母さんも、「少しやりすぎちゃったかしら?」と言って、これ以上追求するのをやめてくれた。

 ふう、助かったよ、小町ちゃん……。

 ホント、小町ちゃんには感謝しなきゃだ。……あれ? でもお義母さんがそのことを知ってるのは小町ちゃんのせいなわけで、つまり原因が小町ちゃんなんだから感謝っていうよりは……。

 うん、後で小町ちゃんにはお仕置きしなきゃ。

 わたしは固く決心した――。

 

 

   *   *   *

 

 

 それから小町ちゃんに先輩の好みの料理をいろいろと教わった。

 窓から外を見ると、夕日が沈んできていて、

 

「あ、もういい時間だね。小町ちゃん今日はありがとう」

「あれ? もう帰っちゃうんですか?」

「うん、もう暗くなっちゃうしね」

「夕飯一緒に食べたらいいのに」

 

 わたしが帰ろうとすると、ソファーでくつろいでいたお義母さんが声をかける。

 

「ご迷惑じゃないですか?」

「そんなことないわよ? ね、小町」

「小町も全然オーケーなのです!」

「えっと、それじゃお言葉に甘えまして……?」

「じゃ、決まりね。私はこれからお父さんと実家の方に用事あるから帰りは明日になるけど、小町、あとはよろしくね」

「はーい」

 

 え? お義母さんは出かけるんだ。……あ、そっか。それで小町ちゃん一人になっちゃうから……。

 

「それじゃいろはさん、夕飯の準備しましょうか!」

「うん」

 

 小町ちゃんとキッチンに並び夕食の準備に取り掛かる。

 材料を取り出して準備をしていると、

 

「じゃあ私はいくから」

 

 出かける仕度を済ませたお義母さんがキッチンに顔を出す。

 そしてわたしたちにそう言うと、玄関の方に向かっていた。

 お義母さんが向かったあと、わたしも追いかけるように玄関に向かって、

 

「あの、今日はありがとうございました」

「いーのいーの、また遊びに来て頂戴ね。小町も喜ぶから」

「はい!」

「それじゃ、今日は頑張ってね」

「はい! ……頑張って?」

 

 何を頑張るんだろう? なんて疑問に思っていると、お義母さんはすでに家を出ていて。

 結局その意味がわからないままわたしは小町ちゃんの待つキッチンに向かった。



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7

 キッチンに戻ると、小町ちゃんが既に料理を始めていて、

 

「あ、いろはさん、先始めちゃってました」

「ごめんね、わたしもすぐ手伝うから!」

 

 小町ちゃんの隣に立って、二人での共同作業。

 下準備をわたしが済ませ二人で調理する。

 それから小町ちゃんが今日教えてくれたことを復習しつつ味付けを整えていって。

 完成した唐揚げを盛り付け、練習中に教えてもらって作ったお味噌汁を温めてよそう。

 

「できたー」

「いろはさん、すごいですよ! もうバッチリじゃないですか!」

「一応は料理得意を自負してるからねっ」

「これならお兄ちゃんのハートを射抜くのもあとわずかですね!」

「そ、そうかなぁ……?」

「そうですそうです。あ、じゃあテーブルに運んじゃいましょう!」

 

 小町ちゃんの言葉に頷き、唐揚げ、お味噌汁。そして小町ちゃんが作ってくれたサラダをテーブルに運ぶ。

 炊飯器から炊きたてのご飯をよそい、これで本日の夕食の完成っ。

 うん、見た目も色鮮やかな感じで申し分なしかな。ここに先輩がいないのが残念なくらい。

 

「さ、食べよっか」

「そーですね。あ、ちょっと小町部屋に用があるので行ってきます!」

「う、うん?」

 

 ぱたぱたと駆け足でリビングを出て行く小町ちゃん。

 急に用ってどうしたんだろう……?

 

 とりあえずと、席について待つことに。

 携帯を弄りながら待つこと数分、階段を降りる音が聞こえて、小町ちゃんが戻ってくる。

 少し大きめのバッグを持って、まるでこれからどこかにお泊りにいくような……。

 

「いろはさん、申し訳ないんですけど小町、急に友達にお呼ばれしちゃいまして! いやぁ本当に申し訳ないです!」

「え、え? ご飯はどうするの?」

 

 テーブルの上には二人分の料理が並んでいて。

 さすがに料理を食べてから行くんだよね?

 せっかく作ったのにもったいないし……。

 

「ご飯をいろはさんと一緒に食べたいのは山々なのですが、早く来いとうるさくて……。なので、ご飯食べてる暇がないんですよ」

「えぇ……。それならこの料理どうするの? それに、小町ちゃんが出かけるならわたしも帰らないと」

 

 家の人が誰もいないのにわたしだけいるわけにもいかないし……。

 この場合、料理はもう仕方ないし、今日は帰ろうかな。

 

 と、その時、玄関のドアが開く音がして――

 

「ただいまー」

 

 声に反応して身体がビクッとなる。

 せ、先輩が帰ってきたんだ……。

 どうしようどうしよう…………あれ? 別にわたしがあせることはない……よね?

 

「小町、急いで帰ってこいってなんかあったの……か?」

 

 リビングでわたわたしているわたしと、先輩の目が合って……。

 

「お、お邪魔してまーす……」

「……何してんだお前」

 

 なんですか後輩に合って第一声がそれですか! 少しぐらいこう『お、一色じゃん。なんだ、俺に会いに来たのか?』とかそういうのないんですかね。

 ……いやこれ、先輩が言ったら気持ち悪いかな。というかこんなこという人ウザイだけだ。戸部先輩みたいだし。あ、でも戸部先輩にしてはキザすぎるかな……。

 と、とにかく今は、えっとえっと――

 

「会って一言目がそれってひどくないですか?」

 

 うん、これでいい。いつも通りいつも通り。

 変なこと言って意識してるのバレちゃったらダメだもんね!

 

「や、俺は単純に疑問を投げかけただけなんがだ……」

「小町がいろはさんを誘ったんだよ」

「小町が?」

「そ、そうです! それで今日は小町ちゃんと遊んでたんですよ!」

「……お前、遊んでる暇あるわけ? 受験生でしょうに」

 

 くっ……。痛いところついてきますね先輩……。

 

「きょ、今日は息抜きです。受験生にだって息抜きは必要じゃないですか」

「まぁそれはそうだが……」

「二人で盛り上がってるところ悪いんだけど、小町そろそろ行くから! あとは若いもの同士でよろしくしてくださいっ!」

「「えっ!?」」

 

 小町ちゃん今なんて?

 わたしと先輩が二人で……?

 頭がごちゃごちゃになってるうちに、小町ちゃんは玄関を飛び出して行ってしまった。……これはえっと、どうしたらいいんですかね……?

 

「えっと……、先輩、とりあえずおかえりなさいです……」

「まったく状況が掴めないんだけど……とりあえずただいま……なのか?」

「ご飯にします? それともお風呂? それとも……わ、わたしですか……?」

「何言ってんだお前……」

 

 うう……。ホントに何言ってるのわたし。テンパりすぎでしょ……。

 

「冗談です冗談! って先輩顔赤いじゃないですか! なんですかもしかして照れちゃったんですかすみませんこういうのはさすがに同棲とかしてからじゃないと無理です!」

「だからなんで何も言ってないのに振られちゃうわけ……?」

「せ、先輩のせいです!」

「意味がまったくわかんないんだけど……。まぁいいわ……、とりあえずそれはとりあえず置いておくとして、お前これからどうするんだ?」

「と、言いますと?」

 

 これからとは? わたしの今後のことについて? それともわたしたちの将来について?

 

「や、小町はどっかにいっちまったし……。帰るなら送っていくけど」

 

 そうですよね、そう言う意味じゃないですよね。わかってましたよ? ちょっとふざけてみただけですから!

 

「あー、あの、ご飯作ったのでそれを食べてからでもいいですか?」

「飯? 誰が作ったんだ?」

「わたしです。まぁ小町ちゃんと一緒にですけど……。二人で食べるつもりだったんですけど、小町ちゃんが急に出かけるって言い出して、一人分余っちゃってるんですよ」

 

 説明しながらテーブルの方を見る。

 準備してからまだ時間はたっていないので料理からは湯気が立っている。

 

「どうです、先輩?」

「そうだな……。俺も腹減ったし、食べるか」

「はーい」

 

 二人とも席について、いただきますをする。

 箸を手に取り唐揚げを一つ口に運ぶ。

 その様子を眺めながら、

 

「ど、どうですか……?」

「うん、美味い。この味、結構好きだぞ」

「ほ、ホントですか!?」

 

 やったぁぁ! 小町ちゃんにいろいろと教わった甲斐があったよぁぁぁ!

 小町ちゃんホントありがとう……!

 うう……、それにしても、好きな人に自分の手料理を褒めてもらうのってこんなにも嬉しいことなんだ……。

 

「おかわりありますからね! どんどん食べてくださいね、先輩!」

 

 それから先輩と一緒にご飯を食べて、帰りは送ってもらった。

 さすがに遅くなりすぎたから、最寄りの駅までだったけど。

 それでも今日は、ここ最近の休日では一番充実してたと思う。

 今日みたいな日をこれからも過ごすために……ちゃんと努力しなくちゃね。




現在書いている八色シリーズですが、個人的に毎日投稿を目安に投稿しています。
しかし、そのために一話の文字数が大体2500文字程度になってしまっていて、これだとあまり濃く書けないんじゃないかと思い、この場で読んでくださっている皆様に相談してみようと思いました。

毎日この文字数で投稿するのと、少し感覚を開け、5000文字で一話、どちらがいいと思いますか?

よろしければ活動報告の方にコメントしてもらえると嬉しいです。


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8

今回はいろは視点じゃなくて友人の碧ちゃん視点です!
たまにこの子視点で話進むかも……?
八幡視点は書くつもりないです(´・ω・`)


「おっはよー!」

「おはよ、あんたにしては珍しく元気じゃない」

 

 いつもならあたしが後ろからこの子の肩をぽんと叩き挨拶するところだけど、今日は珍しく逆パターン。

 というか、普段朝あまり強くないいろはが登校中にこれだけ元気っていうのは……何かあるね。

 

「いろは、休日に何かいいことあった?」

「え……? なななな、何が? 何もないよ何も! ホント全然!」

 

 あたしの問いに歩いていた足を止め、あたふたとするいろは。何この子、ペットにしたい。

 最初の間はなんなんですかねぇ? それにその焦りっぷり。十中八九なにか隠してるに違いないわけで。

 だとしたら何を隠してるのかなぁいろはちゃん? むむ……。あっ――。

 

「比企谷先生」

 

 と、その名前を出したとたん、いろはの動きがピタッと止まる。

 ははぁん、なるほど……比企谷先生と何かあったってわけね……。

 まったく……受験生で志望校危ないっていうのに呑気だなぁ。

 でも、まぁ元気なくて落ち込んでたりするよりはマシか。

 

「せ、先輩がどうしたの?」

 

 何故か必死に隠そうとしてるいろはちゃん。

 仕草やらなにやらで明るい理由がバレバレなんだけど、これはこれでからかい甲斐があるというかなんというか。

 端的に言って、めちゃくちゃ面白いわけでありまして!

 学校じゃ人前であまり素を出さないいろはが、こうも動揺してるのを見るのはこの子には悪いけど、ふふっ。

 少しばかりからかってみよう。なんて考えて、

 

「そう言えば、昨日の夜、比企谷先生に会ったんだけどねー?」

「うそっ!? ど、どこで?」

 

 おお、食いつく食いつく。この子、比企谷先生を餌にすれば簡単に操れてしまうのでは? いろは狙いの男どもには知られちゃいけない事実ね……。

 

「ららぽでね。一人でいたから声かけてみたんだけど」

「……あ、そう」

 

 あれあれ? なんで急にこの子テンション低くなったの? 

 あたし何か変なこと言った?

 

「碧」

「はい、なんでしょう」

「なんでそんな嘘ついたのかな?」

「嘘って? 本当に会ったけど……?」

 

 なぜバレたの? この子、まさか人の心が読める……!? いや、人の心読める子があそこまで動揺するわけあるか!

 

「いい、碧。先輩が、休日に、買い物、まして、ららぽなんかに一人で行くはずがないんだよ? あの人がどれだけめんどくさがりで、人混みが嫌いだか知ってる? わたしなんて、前に一回デートしただけで――」

「ストップ! はい、タイム! まって、ちょっと待ってね」

「……何?」

 

 なるほど、比企谷先生ってそういう人だったのね。というか好きな相手にこの子いろいろと言い過ぎでしょう……っていうのは今は置いといて、えーっと、今この子はなんて言った? 前に一回デート? 何? 実はそんなに進んでたの? どういうことなのかな? いろはちゃん。

 

「今、あんた前に一回デートしたって言ったわよね?」

「……言ってない」

「言った」

「言ってない」 

 

 ほう、そうきますか。オーケー、ならば戦争ね。

 

「じゃあ比企谷先生に聞いてみてもいいよね?」

「それは絶対にダメ」

「じゃあどういう経緯でデートしたか教えてもらおうじゃない。そしてそれを今まで黙っていた理由も」

 

 今や学校中のアイドル的存在のいろは。だけどいろはに恋愛方面でそういう噂はまったくといっていいほどなくて。

 まぁその理由は今ならわかるんだけど。比企谷先生のことが好きすぎて、他の男子に全く興味がなかったからってね。あんたは少女漫画に出てくる乙女か。

 

「そ、それは、なんていうか。いろいろあってといいますか……、無理矢理付き合ってもらったというか……そんな感じなんだけど」

「無理矢理……?」

「うん……。だって普通に誘っても先輩絶対デートなんてしてくれないし。いろいろと理由つけてしてもらったの」

 

 比企谷先生ってそんなにハードル高いのね……。うちの高校に通ってる男子なんかいろはに誘われたらホイホイついていきそうなのに……。

 

「もう、この話はおしまい!」

「えーなんでしょー。もっといろいろ聞きたかったのに」

「ダメ、言わないから。碧絶対言いふらすし」

 

 あんたの中であたしどんだけ口軽いのよ。親友を信じられないっていうの?

 いや、確かに、言っちゃうかもしれないけどね……?

 

「仕方ない、今日のところはこれくらいで引き下がってあげよう」

「なにそのモブキャラっぽい台詞は……」

「そういうこと言うと、週末何があったかまで聞いちゃうよ?」

「ごめんなさい、なんでもないです」

 

 どんだけ聞かれたくないのよあんた。

 まぁいつか聞かせてもらうけどね?

 

「それじゃ、行こっか。大分話し込んじゃったし」

「だね、大体碧のせいだけどね?」

「あーはいはい、あたしのせいでいいですよっと」

 

 いろはと顔を見合わせて、くすくすと笑い合う。

 最近受験の悩みでいろいろと元気がなかったみたいだけど、比企谷先生と再会してからは明るいいろはに戻ってくれて何よりだ。

 これは比企谷先生に感謝しなくちゃね。

 

「あ、そうそう」

「ん、なあに?」

 

 歩き出して数分がたち、いろはが何か思い出したのか口を開く。

 

「わたし、今日から塾に通うから。よろしくね、碧」

「そっか、じゃあ書類とか全部終わったんだね」

「うん、今日受付済ませたら完了。今日から必死に頑張るから」

「憧れの比企谷先生のために?」

「う・る・さ・い!」

 

 からかうと、頬を桃色に染めながら必死になるいろはが可愛くて。

 ああ、この子の恋が成就するといいなぁと。

 あたしもできるだけこの子の力になってあげよう、そんな気持ちになった。




昨日の前書きに対して、ご意見してくださった方ありがとうございます。
みなさんの意見を考慮しつつ、少し考えてみたいと思います!




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9

「それじゃいこっか」

「うん」

 

 放課後になり、予定通り碧と塾に向かう。

 先輩に会える。実際には一昨日会ったばかりだけど……それでもやっぱり先輩に会えるのは嬉しくて。

 自然と歩くペースが速くなって、いつの間にか碧がわたしのあとについてくる形になっている。

 

「いろは、比企谷先生に早く会いたいのはわかるけど、もう少しゆっくり歩こうよ」

「な、何言ってんの!? わたしはただ、早めについて書類とかいろいろ済ませたいだけだから!」

「あーはいはい、照れてるいろは可愛いぞうっ」

「もうーっ!」

「あははっ」

 

 調子狂うなぁ……。なんでこんなに動揺しちゃうんだろわたし。

 それもこれも先輩が悪いんだ。……さすがにこれは理不尽すぎるよね。というか碧がからかってくるのが悪い。全部碧のせい!

 

「もう知りません。わたしは先に行きます。じゃあね」

「あ、ちょっと待ってよいろは!」

 

 たたたっという足音が聞こえ、碧が横に並ぶ。

 ふんっ、何も見えないし何も聞こえないもん。

 

「怒っちゃった? ごめんてばー」

「…………」

「ねー? いろはさーん」

「…………」

 

 歩きながら両手を合わせて謝罪をする碧をスルー。

 無視無視。碧は少し反省して?

 

「今度、お勧めのケーキ屋で奢るから、ね?」

「……どこの?」

 

 つい返事をしちゃったけど、これは、うん。なんていうか、碧から美味しいケーキ屋さんの情報を得ることで、いつか来る先輩とのデートに利用するためというか。別に、ケーキが好きで反射的に反応してしまったわけじゃないから。

 

「ほら、最近できた駅前の。あそこのモンブランがすっごい美味しくてね。いろはにも食べて欲しいなー。許してくれるなら奢っちゃうんだけどなー」

「……許す」

 

 碧があまりにも必死に謝るので今日のところはこれくらいで許してあげることにした。

 さすがにこれ以上無視し続けるのは可哀想だし? わたしもそこまで鬼じゃないから。

 決してモンブランに釣られたわけじゃないし。

 例えモンブランに釣られたんだとしても、それはわたしが試食しておくことで、本当に美味しければ先輩攻略時に役に立つ可能性があるからで。ほら、先輩って甘いもの好きだし。

 

「いろは、やっさしー! ……ちょろいな」

「でしょ、そうでしょう。最後なにか言った?」

「ううん、なにも。気にしないで」

「そう……?」

 

 ボソッとなにか言われた気がしたんだけど……。気のせいなのかな。

 

「そうそう、疲れてるんだよいろは。まったり向かおう?」

「う、うん……」

 

 碧に肩を掴まれて、強制的に歩くスピードを緩められる。

 にしても、なんでこんなに碧は楽しそうなんだろ……?

 そんな疑問を抱きつつ、わたしたちはゆっくり塾へと向かった。

 

 

   *   *   *

 

 

 序盤歩くペースが早かったおかげか、予定よりも早く塾につくことができた。

 一旦碧と別れ、受付で入会の手続きを済ませる。

 これでわたしも今日から正式にこの塾の一員なわけで。本格的に勉強を頑張って必ず先輩と同じ大学に……!

 

「ねぇ、あなた」

「はいっ?」

 

 心の中で気合を入れていると、後ろから声をかけられる。

 碧と先輩以外、ここには知り合いがいないのでまさか声をかけられるとは思ってなくて、素っ頓狂な返しをしちゃった気がする。

 振り返って声の主を見ると、この前わたしを睨んできたえっと、誰だっけ? ……ああそうそう三崎さん? たぶん、そんな名前だったような気がする。

 ……なんの用だろう? まさか、初日から因縁付けてきて追い返そうとか……? 残念、わたしそういうの慣れっこなんでー、女子高生一人ごとき、軽くあしらっちゃいますよっと。

 こういうの慣れっこってなんか嫌だな……自分で言ってて悲しくなってきちゃったんだけど。

 

 けど、三崎さんはわたしが振り返ってもそれ以降何も言わなくて、わたしの方が我慢できずに口を開く。

 

「えっと……なんですか?」

「……話、あるんだけど」

「それは、どういう……?」

「いいから、ちょっと来て」

「え、えっ……?」

 

 状況が読めずに困惑していると、三崎さんがわたしの腕をとって塾の外にでる。

 いや、待って本当なに……? 次は先輩の授業なんだから早く済ませたいんですけど。

 

「あなた、比企谷先生のこと好きなの?」

 

 おっと。これはまたド直球な質問ですね。

 

 わたしを無理矢理駐輪場まで連れてきた三崎さんは、いきなりドストレートの質問をぶつけてきて。

 

「えっと……好きっていうのは、likeですか? loveですか?」

「そ、そんなの決まってるでしょ! ら、らぶ、のほうよ!」

「そうですねえ……loveですね。間違いなく」

「――っ!? わ、私だって、比企谷先生のこと好きなんだから!」

 

 それはなんとなくというか、初見で大体わかってましたけど……。

 

「で、話はそれだけですか? もうすぐ授業ありますし、もう戻りたいんですけど……」

「ま、まだ終わってないから! いきなり来たあなたなんかに、私、負けないから!」

「はぁ……」

 

 いきなりって……、こっちからすればあなたの方がぽっとでなんですけど……。

 わたしがどれだけ先輩のことを好きなのか。

 一度教えてあげなくちゃならないみたいだ。

 ただ……、こう面と向かって宣戦布告的なことをされるのは不思議と悪い気分はしなくて。

 それはきっと、別に好きでもない男に好かれたりした時に、影でこそこそ言われたりするより全然辛くなくて。

 わたしもこの子みたいに、あの二人に正面から宣戦布告できたら楽だったんだろうな、と思うから。

 

「いいですよ、わたしもあなたに負けるつもりはありません。正々堂々勝負しましょう」

 

 まずはこの子に正面から打ち勝つことにした。




急で申し訳ありませんが、明日はお休みさせていただきます。
短編でいろいろと思い浮かんだのをまとめたいと思いますので。




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10

「ま、負けないから!」

「わたしもあなたには負けませんよ」

 

 あなたには。

 じゃああの二人には……?

 ううん、今はそんなこと関係ない。

 だって――

 

「なんだ、お前ら? 試験か何かで勝負でもするのか?」

「せ、先輩!?」

「せ、先生!?」

 

 噂をすればなんとやら――ここが駐輪場だったっていうことを忘れていた。

 ちょっと考えれば、ここでこんな話をするのは危険だってことくらいわかるのに。

 わたしも三崎さん相手で少し冷静さを欠いていたんだ。

 もしかして、今の話聞かれちゃってた……?

 で、でも、もし聞いてたなら、先輩はわたしたちに話かけることなんてしないはずだし。

 横目で三崎さんを見ると、明らかに動揺していて。

 ここは、わたしが上手く誤魔化すしか……!

 

「そ、そうなんですよー。三崎さんと次の模試で勝負しよっかって話しててー。ね、三崎さん?」

 

 くっ……今のわたしにはこれが限界……。

 あとは三崎さん、なんとか話を合わせてくださいお願いしますっ。

 

「そ、そうです。模試で勝負して、えっと……勝った方が負けた方の言うことを一つ聞くみたいな?」

 

 え、待って三崎さん? それわたし聞いてないんだけどなー?

 なんでそんなルール追加しちゃったのかな?

 

「なんで、疑問系なんだ? ……まぁいい。もうすぐ授業始めるから、教室行っといた方がいいぞ」

「それ先輩が言っちゃいます? 今来るとか遅くないですか?」

「……大学生は忙しいんだよ」

「へぇーそうなんですかぁ」

 

 なんとか誤魔化せたと一安心。

 

「あ、あの!」

 

 普段通りの対応をしていると、突然、三崎さんが大きな声をあげて、

 

「ひ、比企谷先生。今週の日曜日って空いてませんか……?」

「へ……?」

 

 三崎さんの誘いに先輩は素っ頓狂な反応を見せる。

 たぶん、わたしも同じような反応をしてると思う。

 まさか三崎さんがここで勝負に来るなんて思ってもなかったから。

 出遅れたわたしは、その場を見守るしかできなくて。

 三崎さんは、子羊のように震えながら、だけど目はとても真剣で、

 

「も、もしよかったらなんですけど……、勉強を教わりたいなと思って……」

「あー……、そういうことか……。でもなぁ、三崎と一色は勝負してるわけだろ? それってフェアじゃないんじゃないか?」

「そ、それは……」

 

 先輩の言葉に言い淀む三崎さん。

 確かに、勝負するって話をしたあとでこれは先輩も承諾しにくいよね。

 あれ? でもそれってわたしにも言えることになっちゃうのか……それはまずいですよ!

 

「え、えっと先輩」

「ん?」

「一日くらい先輩が三崎さんの勉強に付き合ってあげても、わたしは構いませんよ?」

「そうなのか?」

「はい。その代わり、わたしも来週辺りお願いしますけど」

「えー……」

 

 ちょっと、そこまで嫌そうな顔することないじゃないですか!

 

「後輩に対して冷たすぎじゃないですかねー……」

「や、高校時代のことを考えれば当然の反応だろ」

「そこまでわたしひどかったですか?」

「自分の胸に聞いてみろ」

 

 んー…………。うん。結構な頻度で先輩に苦労かけてたかな。反省します。

 

「でも、あれだ……。まぁ勉強したいってことは悪いことじゃないしな。二人ともそれでいいなら見てやるよ」

「「ホントですか!?」」

「お、おう」

 

 三崎さんとわたしがぐいっと詰め寄り、若干引き気味になる先輩。

 女子高生二人に詰め寄られてこんな反応するのは先輩くらいじゃないかな? なんて思いながら、わたしは更に追い討ちをかけるように、

 

「先輩のそういうところ、わたし好きですよ」

 

 冗談ぽさを含みながら満面の笑みでわたしの本心を伝えた。

 これは三崎さんへの威嚇も兼ねてだけど……。

 まぁどうせ、この状況であれこれ言ったところで先輩は真にうけないだろうし、これくらいはね?

 

「わ、私もその……先生のそういうところす、好きです……」

 

 ここはわたしの勝ちかな、という予想とは裏腹に、三崎さんも対抗してくる。

 顔を真っ赤にして照れている三崎さんは、女の子のわたしから見てもかなりの破壊力。

 むー。もう少しわたしも攻めればよかったかな。

 

「お前ら急にどうしたの? 煽てても何も出ないぞ。俺今月金欠だからな」

 

 こんな可愛い生徒二人に好意を向けられていても、やっぱり先輩は先輩で。

 ていうかバイトしてて金欠ってどういうことですか? もしかして誰かに貢いでる? いやいや、先輩に限ってそれはないや。

 

「まぁとにかく勉強はみてやる。だからとりあえずお前ら、教室にいっとけ。俺まで遅れちゃうから」

「わかりました」

「はーい」

 

 先輩に言われたとおり、三崎さんとわたしは教室に戻ろうとして、

 

「あ、そうだ。一色」

 

 先輩に呼び止められる。

 三崎さんが先に教室に戻って、外には先輩とわたしだけ。

 これはもしかして……?

 思わぬかたちで、先輩と休日に会う約束をできて少しだけ舞い上がってたわたし。

 そして、先輩に呼び止められたら期待していなくても期待しちゃうわけで。

 

「お前、よく三崎と模試の勝負しようと思ったな」

「え?」

 

 感心したようにわたしを眺めながら放たれた言葉に、急に不安になる。

 この次の言葉に何が来るか、容易に想像がついてしまう自分がいて。

 まさか、ね? そんなね?

 

「あいつのこの前の模試、県でもトップクラスだぞ」

「…………まじですか」

「まじ。まぁ頑張れ」

 

 唐突に突きつけられた現実に、わたしは絶望しながら天を仰いだ。

 

「勉強、しなきゃ……」

 




昨日お休みとったばかりなんですが明日、明後日はお休みしようかと思います。
その代わりピクシブの方に短編をあげる予定ですので、よかったら読んでやってください!


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11

今日は前編みたいな話です


 日曜日。

 わたしは、ある理由で朝早くから碧と図書館に来ていた。

 

「ねーねー、なんで勉強するのにわざわざ図書館なのよ?」

「しーっ。静かにして。気づかれちゃうから」

 

 そう、今日は何を隠そう先輩と三崎さんが一緒に勉強する日。

 独自ルートから今日ここで先輩たちが勉強会をするのを知って、こっそり着いてきてみたわけで。

 

「気づかれるって誰に? ……あっ……そういうことね」

 

 碧が離れた席に座っている先輩と三崎さんの姿に気づく。

 二人を見たあと、一瞬にやっとした気がしたけど、そこは今回は大目に見ておくとしよう。

 あ、まだニヤニヤしてる。

 えいっと右手で碧の頭に軽いチョップを入れてからちいさな声で話す。

 

「そういうことです。だから静かにお願い」

「はいはい。てかあんた、これストー――」

「ち・が・い・ま・す!」

 

 べ、別に先輩たちがどんな勉強するか気になっただけで。

 それに、先輩が女子高生と二人きりになって何するか心配というか。

 ほ、ほら、最近は教師とかの生徒に対する性的犯罪が増えてるし!

 まぁ先輩にそんな度胸があるとはまったく思えないけど……。

 それでもね、一応ね? 万が一っていうこともあるし。先輩にそんな気がなくても、三崎さんから襲いにかかるってこともあるわけで。

 

「これはね碧。その、あれよあれ」

「どれよ?」

「と、とにかく、これは必要なことなの。別にやましい気持ちがあってやってるわけじゃないから」

「そんな、サングラスにマスク姿の格好で言われてもまったく説得力ないけどね? あと帽子も取って。暑苦しいから」

「はい……」

 

 渋々わたしは、碧に言われたとおりに変装セットを外して、隣の椅子の上に置く。

 せっかく準備したのに……。

 

「とりあえず、あんたもせっかく図書館に来たんだし、勉強しなよ」

「う、うん」

「あとはあたしが見とくから。なんかあったら教えるよ」

「わかった……ちゃんと見ててね」

 

 しばらく見張っていても、二人に何かありそうな気配はなさそうだった。

 まぁ図書館だしそうだよね。

 それからは碧に言われた通り、わたしも自分の勉強に集中することにした。

 わからないところとかは、碧に聞いたり、図書館の本で調べたりとわりと充実した勉強時間で、気づくといつの間にかお昼になっていた。

 

「あ、いろは」

「何?」

「先生たち動くみたいだよ」

 

 碧の言葉で先輩の方を見ると、荷物をまとめ終えて外にでるところだった。

 

「わたしたちも追うよ!」

「え、これどうするの?」

「えーっと、じゃあ碧片付けお願い! わたし先輩追うから。あとでメールして!」

「はぁ……、わかったわよ。いってらっしゃい」

「ありがと碧! 愛してるからっ!」

 

 荷物を碧に任せ、最低限の持ち物だけ持ってわたしは先輩たちのあとを追う。

 歩きながら変装セットを装備しなおして、図書館の外に出たところで二人が何か話してるのが聞こえる。

 

「あ、あの……お昼どうしますか……?」

「んー……、そうだなぁ」

「よければ、近くに私のオススメのお店があるんですけど」

「あーじゃあそこでいいぞ。あんま遠くてもあれだし」

「はいっ」

 

 どうやらお昼のお店が決まったみたい。

 それにしても三崎さん本当に嬉しそうだなぁ……。先輩は相変わらずだけど。

 そのまま二人の後を電柱や看板、壁を上手く利用し、まるで名探偵のような動きで二人を尾行していく。

 二人で並んで歩く姿はあまり見たくないけど、これも仕方ない。

 それにしても、やっぱり先輩は先輩だなぁと思う。

 歩く速度は三崎さんに合わせてるみたいだし、さり気なく車道側を歩くところとか。こういう地味な気遣いっていうのはやっぱり女性にとっては嬉しいことで……これ絶対三崎さんのポイント上げちゃってるなぁ。

 

「今日はその、本当にありがとうございます」

「ん? ああ、まあ気にしなくていいぞ。別に休日とか暇だし」

「そうなんですね……」

 

 っと、もう会話終了ですか?

 三崎さん、先輩相手に自分から会話切っちゃ話し続かないよ?

 ただでさえめんどくさがりなんだから。

 

 それから二人が会話することなく、淡々と歩いていくだけだった。

 その間もわたしは二人に気づかれることなく尾行を続けた。

 もしかしてわたし、こっちの才能があるのかな? 

 そんなふうに自分の隠された才能を感じながら尾行を続けていると、二人がお洒落なレストランの前で立ち止まった。

 

「こ、ここがそうです」

「へぇー、立派なとこだな」

「最近できたんですよ。それじゃいきましょ」

 

 最近できたのに行き着けっていうのは……? というツッコミはやめておいた方がいいかな。

 とりあえず碧に位置情報をメールしてっと。

 

 

「いろはー!」

「あ、碧。ここ、ここ」

 

 先輩たちが店内に入ってから数分後に碧がやってきた。

 二人で店内に入り、先輩たちに気づかれないように近くの席に座る。

 

「結構良さげなところね」

「そうなんだよねー。たぶん前もって調べておいたんじゃないかな?」

「先生が?」

「そんなわけないでしょ。三崎さんがだよ」

 

 先輩がそこまで要領いいはずないんですよ碧さん?

 

「じゃあとりあえず注文しよっか」

「うん、だけど碧」

「ん、なぁに?」

「もうちょっと声抑えてね? 碧の声結構大きいんだから」

「そんなに大きいかな……? まぁわかったよ」

 

 一応碧に一言注意して、店員さんを呼ぶ。

 二人とも同じクリームパスタを注文して、食後にフルーツパフェを頼む。

 待っている間、先輩たちを観察しながら尾行中の話を碧に報告することにした。

 

 

 

 




明日は後編投稿予定でする


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12

「ふ~ん、なるほどねえ」

 

 尾行中の出来事を一通り碧に報告すると、コップに入った水を一口飲むながら碧は少し退屈そうな反応を示す。

 まぁ実際、特になにかあったわけでもないし、この反応は普通かなぁなんて。

 

「おまたせしました」

 

 話が終わると、ちょうどタイミングよく店員さんが注文した料理を運んできてくれた。

 

「おお、美味しそうだね」

「うん、さすがこの日のために三崎さんがリサーチしただけのことはあるかな……」

「それホントなのー?」

「だって最近できたばっかりなのに行きつけってなんかおかしくない?」

「んーそうかな?」

「そうだよ。だったら今日のために調べてたと思った方がしっくり来るよ」

 

 わたしだったらそうするし。

 ……いや、わたしだったら先輩に選んでもらっちゃうきがする。

 それじゃだめなのかな。……うーん、わたしも先輩とのお勉強会の時に備えてお店探してみようかな。

 もし探すとしたらどういうとこがいいんだろ。

 …………ダメだ。ラーメン屋かサイゼくらいしか先輩の喜びそうなところ思い浮かばないよ……。

 

「ん、これめちゃくちゃ美味いな」

「ほ、ホントですか?」

「ああ、あんまこういう店来ないけど、たまにはこういうとこもいいなと思えてきたわ」

「よかった……先生にそう言ってもらえるの、凄く嬉しいです」

 

 わたしたちより先に料理が運ばれた先輩たちは既に食べ始めていて。

 

「うーん。なんか楽しそうだなぁ……。いいなぁ、わたしもあっちに行きたい……」

「あのね、碧」

「ん、なぁに?」

「人の心読んだみたいな台詞、やめてもらっていいかな? わたし全然そんなこと思ってないし、それになんでわざわざ三崎さんと三人でご飯食べなくちゃいけないの?」

 

 まぁ確かに楽しそうだなぁとは思うけど、あそこに混ざりたいとかそういう気持ちはない。三崎さんと入れ替わりたいとは思うけど。それかこの目の前にいる碧と先輩、チェンジでお願いします。

 

「そういえば、三崎」

「は、はい」

「どうして一色と模試の勝負なんてすることになったんだ?」

「あ、えっと……」

「一色からなにか言われたのか?」

 

 ちょっと待ってください先輩。

 その言い方だとわたしがなにか悪いみたいなんですけど? 元々三崎さんがわたしに――ちょっかいだしてきたというか。

 

「い、いえ、勝負を持ちかけたのは私のようなものですし……。一色さんと、全力で戦ってみたいと思って……」

 

 試験じゃなくて恋愛でだよね? なんてツッコミは心の中にしまっておく。

 

「まぁでも、今のままじゃ勝負になるか怪しいところあるけどな」

「そうなんですか……?」

 

 先輩の言葉に三崎さんが不安そうな顔で尋ねる。

 

「あ、いや、三崎に不利ってことじゃなくてな。その逆だ。今の一色の成績だと、三崎の圧勝っぽいからな」

「そ、そうなんですか」

 

 その言葉を聞くと、三崎さんの表情がパアっと明るくなって、テーブルの下にある手が小さくガッツポーズするのをわたしは見逃さなかった。

 ぐぬぬ……。本当のことだからなにも言えないけど……。先輩にそう言われるとやっぱり悲しいというか。ちょっとだけ切ないものがあって……。

 

「ほ、ほらいろは。冷めないうちにたべちゃおう?」

「う、うん」

 

 先輩の言葉に今度はわたしが落ち込みかけていると、碧が声をかけてくれる。

 

「うん……、悔しいけど美味しい……」

「だね、今度は美智子たちも連れてきて一緒に来ようよ」

「そうだね、あの子パスタとか好きだし、喜ぶよきっと」

 

 予想以上に美味しくて、先輩たちより先に食べ終わったわたしたちは食後のパフェを頼む。

 と、同時に先輩たちも食べ終わったみたいで。

 

「あー、美味かった。んじゃ戻るか」

 

 や、先輩もうちょっと待ってくださいお願いします。せっかくなんでパフェを食べさせてください!

 大体、食べてすぐ帰ろうとするとか、少しはこう、なんていうか余韻的なものを味わったりしないのかなこの人は。……うん、しなさそうだ。

 

「あ、も、もう少しいませんか? デザートとかも美味しいんですよ、ここ」

「そうなのか、んじゃせっかくだし何か頼むか」

 

 三崎さんナイス!

 三崎さんの提案で、先輩たちもデザートを頼むことになったみたいで一安心。

 そのまま、先輩と三崎さんもデザートを注文して。

 

「さっきの続きだけど」

「はい?」

「今の一色じゃたぶん三崎の圧勝だと思うが、油断はしないほうがいいぞ」

「と、言いますと……?」

「あいつは、まぁ普段はあんまりやる気無かったりするが……そのなんだ、やるときはやる奴だからな」

 

 先輩……。

 やばい……。先輩にそう言ってもらえるだけで、凄く嬉しい。

 先輩の期待を裏切りたくない。

 

「……随分、一色さんの評価高いんですね……」

「まぁ短い付き合いでもないしな。あいつが勝負を受けた以上、本気でやるんじゃないか?」

「そう、ですか……。わかりました。私もこの勝負、本気でやります」

「まぁせっかくの勝負なんだしな。本気でぶつかり合ったほうがいいだろ」

「はい」

 

 二人の話を聞き入っていて、既に運ばれていたフルーツパフェは溶け始めていた。

 でも、今のわたしはそれよりも別のことに意識がいってて。

 

「碧」

「んー、はぁに?」

 

 目の前でお気楽にパフェを頬張っている碧。ホントこの子は……。

 

「わたし、今日はもう帰るよ。付き合ってくれてありがと」

「もういいの?」

「うん、せっかく先輩がこう言ってるのに、こんなことしてたらいけない気がするから」

「そっか。うん、そうだね。頑張れ、いろは」

「うん、頑張るよ」

 

 できるだけのことをしよう。

 先輩がわたしのことを評価してくれてるから。

 それが間違ってなかったって思ってもらえるように。

 

 

 

 



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13

 三崎さんと先輩が図書館で勉強をしてから一週間が経った日曜日の朝。

 今日はやっと、わたしが先輩に勉強を見てもらえる日だ。

 

「あ、もうこんな時間だ……」

 

 部屋の時計を見ると、先輩との待ち合わせの時間までそんなに余裕がなくて。

 眠気を堪えて洗面所に顔を洗いに向かう。

 今日は気合入れないとね――

 

「きゃぁぁぁぁ!」

「どうしたのいろは!?」

 

 わたしの悲鳴にお母さんが慌ててやってくる。

 

「お、お母さん……な、なんでもないの、ごめん」

「そ、そうなの? あら、いろは、その顔……」

「やっぱりひどい……?」

「かなりね……」

 

 そう、わたしが悲鳴をあげたのは鏡に映った自分をみたせい。

 最近、毎日のように遅くまで勉強をしていたせいか、顔をみると目元に見事すぎるくらいのクマができてて……。

 せっかく先輩と会えるっていうのになんでこうなっちゃうかなぁ……。

 こんな顔先輩に見られたくないよ……。

 仕方ない……こうなったら……。

 

 

   *   *   *

 

 

「おまたせしましたっ先輩!」

 

 既に待っていた先輩に明るく声をかける。

 なんとか待ち合わせの十分前に到着できてよかったぁ。

 

「おう、意外と早かったな――って誰?」

「わたしですよわたし!」

「何? ワタシワタシ詐欺かなんかなの?」

「違いますよー、一色いろはです!」

「悪い、知らない人だわ」

「それはひどくないですか!?」

「俺の知り合いにお前みたいなギャルっぽいやついないんだけど……」

 

 先輩がわたしの服装を見ながら若干引き気味にそう告げる。

 うう……だからこの格好はしたくなかったのにー!

 目元のクマを隠すため、わたしはサングラスをつけることにしたんだけど。

 あまりにも立派すぎるクマを隠すためには、少し大きめのサングラスをするしかなくて……。

 そうすると、今度はいつもみたいな服装だとサングラスが完全に浮いちゃうから仕方なく、ね……。

 

「どうみても、これから勉強するやつの格好には見えないんですがそれは」

「先輩、人は外見で判断してはいけないんですよ? わたし、勉強する気しかないですから!」

「説得力ないなホント……」

「小さいこと一々気にしないでください! そんなんじゃモテませんよ!」

「はぁ……。わかったわかった。んじゃとりあえず行くか」

「わかればいいんですわかれば。じゃ、行きましょー!」

 

 ふふ、どうやら上手く誤魔化せたようですね。

 と、どうにか服装の件を納得させて、わたしたちは図書館に向かった。

 

 

 

 待ち合わせ場所から数分歩くと、先週先輩たちが勉強するのに利用していた図書館が見えてくる。

 図書館なんて普段はまったく来ないのに週一ペースで来るなんて、わたし受験生なんだなぁ。

 先輩を先頭に図書館の中に入る。

 中はクーラーが効いてるおかげでひんやりとしていて勉強にはもってこいの環境だ。

 

「ん~~、涼しいですね」

「あんま大きい声出すなよ」

「はーい。あ、そこ空いてますよ」

 

 奥の方の席が空いていたので、二人で一緒に座る。

 

 

 

「んで、なんの勉強するんだ?」

「それはもちろん、現文ですかね」

「ああ、まぁそれなら見てやれるな」

「はい、よろしくですっ」

 

 

 それから一時間くらいたったかな? 先輩とみっちり現文を勉強していると、先輩がチラチラとわたしの顔を覗うようになってきて。

 

「どうしたんですか先輩? もしかしてわたしに見惚れてたとか?」

「ちげーよ。なんでお前勉強中もサングラスかけてるの? 気になっちゃうんだけど」

「あ、そっちですか……」

 

 まぁたしかに、図書館でサングラスなんてしてる人がいたら、わたしも多少なりときにするかもしれませんが。

 でも今はそこには触れてもらいたくないわけで。

 

「そ、それより、ここがわからないんですけど!」

「だから大きい声出すなっつうの……。ここは――」

 

 あぶないあぶない。

 勉強の話題に変えたおかげで、サングラスに対する興味はなんとかなくせたみたいだ。

 それからはなんとかサングラスについては語ることなく、順調に時間は過ぎていって。

 

「そろそろ昼にするか」

「そーですね。結構ガッツリやりましたもね」

「だな。それにしても一色も結構現文できるんだな」

「塾の先生が優秀なおかげですよ、きっと」

「……褒めても昼は奢らないぞ」

「ちっ……」

「おい」

 

 なーんて。実際、先輩の教え方はホント上手ですよ。

 先輩のおかげで教えてもらったところはほぼ理解できてきたし。

 毎日勉強頑張ってるのもあるけど、やっぱり先輩の存在は大きい。

 

「冗談ですよ冗談。先輩のお財布事情が厳しいのはわかってますんで」

「お前の言い方冗談に聞こえないから怖いんだけど」

「そういうこと言うと、ホントに奢ってもらいますよ?」

「悪かったよ。んで、何食うんだ?」

「そうですねー。ラーメンでいいですよ」

「え、いいの?」

「はい、久しぶりに食べたいなって」

「ほう、一色もラーメンの良さに気づき始めたのか。俺は嬉しいぞ」

「そういうのはいいですから……。美味しいところ連れてってくださいね?」

「おう、任せろ。んじゃ準備していくとするか」

 

 ラーメンの話題が出たとたん、目に見えるくらい機嫌がよくなる先輩。

 ホント、先輩ってラーメン好きなんだなぁ。……手作りラーメンとかわたしが作ったら美味しいって言ってくれたりするのかな……?

 

「ほら、一色、早く行くぞ」

「あ、はい、待ってくださいよー」

 

 いつの間にか片付けを済ませてた先輩に追いつくように、急いで図書館を出る仕度を済ませ、駆け足で先輩のもとに向かった。

 




明日は出張なので、もしかしたら投稿できないかもしれません。
その時はまた明後日よろしくです(`・ω・´)


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14

「着いたぞ、ここだ」

「へぇー、結構並んでるんですね」

 

 先輩お勧めのラーメン屋さんの前に着くと、お昼時ということもあってお客さんが列を作っていた。

 

「ここは何が美味しいんですか?」

「そうだな、ここはラーメンも美味いんだが、お勧めはつけ麺だ」

「つけ、麺……?」

 

 つけ麺とは……? あ、あの狩野○光さんがネタでやる? 

 えっと、どんなのなんだろう?

 

「お前……まさか、つけ麺知らないのか?」

「えっと……はい」

「お前は間違いなく人生の半分損してるぞ。つけ麺食べたことないとかありえないだろ」

「いや、さすがにそれは言い過ぎじゃないですかね?」

 

 そもそもラーメンだって滅多に食べないし……。

 というか、先輩の目が若干マジで怖い。

 あと顔近いです。嬉しいですけどちょっと今は無理ですごめんなさい。

 

「言い過ぎなもんか。まぁでもつけ麺初体験がこの店ならお前は幸せ者かもな」

「はぁ。そんなですか」

「まぁ食べてみればわかる」

 

 そこまで言われると、楽しみになってくるわけで。

 実際前に先輩と食べたラーメンも美味しかったですし。

 先輩がここまでいうってことは本当に美味しいんだろうなぁ。

 

「お、そろそろ俺たちの番だ。食券買うぞ」

「あ、はーい」

 

 まるで子供のように目を輝かせる先輩。

 いつもはどよーんと濁ってる目も、今はキラキラと……あ、やっぱり普通に濁ってる。わたしの勘違いだったね。

 販売機の前に一緒に並んで先輩と同じつけ麺を購入して店員さんにあらかじめ渡しておく。

 食券を買ってから少し待つと、カウンター席が空いたので二人で並んで座る。

 すると、ほとんど待たずに頼んでおいたつけ麺が二人の前に置かれた。

 

「へー、随分早いんですね?」

「つけ麺は元々時間がかかるからな。その対策として、待ってるあいだに食券を渡し、ある程度作っておくことで効率をよくしてるんだ」

「お店側もいろいろと工夫してるんですねー」

「このクラスの人気店にもなると、そうしないと上手くさばけないんだろっと、とりあえず食べようぜ」

「では、いただきます」

「の前に」

「はい? なんですか?」

 

 つけ麺を食べようとすると、先輩が急に割って入ってくる。

 なにか食べる前にすることとかあるのかな?

 

「お前、それつけたまま食べるのか?」

「え?」

「マスクとサングラス」

「あ……は、外します」

 

 さすがにマスクしたままはね? と、マスクを外して再びいただきますをする。

 

「サングラスはとらないのな……」

「細かいことはいいじゃないですかー」

「なんか気になるんだよ……」

「ハッ!? もしかしてそれはあれですか? 遠まわしにわたしの素顔を見たいってアプローチですかすみません今はどうしても先輩に素顔を見られたくないのでまた後日ということでお願いしますごめんなさい」

「だからなんで俺が振られたみたいな感じになっちゃってるわけ……」

「まあまあ、さー食べましょう! 冷めちゃいますよ!」

「お、おう……」

 

 と言っても、つけ麺の食べ方がいまいちよくわからないので、横目で先輩の食べる姿を見つめる。

 あ、普通に麺をこのスープにつければいいんですね。

 先輩を真似して麺をとろとろのスープにつけて一口。

 ……美味しい。え、なにこれ? 

 つるつる、そしてもちっとした麺がとろとろのスープにしっかりと絡まって、絶妙。

 鳥のチャーシューはしっとりとした食感で、これもまた美味しい。

 予想以上の美味しさにわたしは、初めてのつけ麺をあっという間に食べ終えた。

 

 

 

「どうだ、一色」

 

 お店を出ると、先輩が感想を求めてくる。

 

「あ、はい。……なんというか、凄い美味しいです」

「だろ? 他のも美味いんだぞここは。週一である味噌ラーメンとか月一の限定メニュー、あとは塩ラーメンだな」

「へー、食べてみたいですねそれは」

「絶対食ったほうがいいぞ」

「じゃあ、先輩、また連れてきてくださいね?」

「や、そこは別に一人で来ればいいだろ。もう店わかるんだし」

「えー、だって一人でこういうお店とか入りづらいじゃないですか」

「友達誘えばいいだろ」

 

 ぐぬぬ……あーいえばこういうとはまさにこのことですね……。

 遠まわしに先輩と行きたいって言ってるんですよ! 少しくらい察してください!

 

「とにかく、先輩はわたしにこのお店を紹介したんですから、一緒に付き合ってくださいよー」

「えー……じゃああれだ。模試で三崎に勝ったらな」

「ホントですか!?」

「おう……勝ったらだからな?」

「聞こえてますよ! その条件なら先輩の奢りでもいいですよねー?」

「まぁその時はな」

「そうと決まればのんびりはしてられませんね! すぐに戻って勉強会の続きしましょう」

 

 先輩の言葉に俄然やる気が上がるわたし。

 元々頑張ってたわけだけど、それプラス、先輩と一緒にご飯を食べるご褒美までついてくるならもう、ね?

 

「ほら、早く戻りますよ、先輩」

「わかった、わかったから袖引っ張らないで?」

 

 早く勉強しなくちゃと、わたしは先輩の袖を引っ張りながら足早に図書館を目指す。

 

 

   *   *   *

 

 

「お疲れ様でした、先輩」

「おう、お疲れ。随分頑張ったな。そんなにあそこのつけ麺気に入ったのか」

「まぁそういうことにしておいてください」

 

 つけ麺も美味しかったけど、わたしが本当に頑張ってる理由は先輩なんですよ? 本人にはまだ言えないけど。

 あれからみっちり勉強したわたしたち。

 まったりと会話をしながら片付けを始める。

 今日は先輩に教わったおかげもあっていつもより捗ったなぁ。ありがとうございますね、先輩。

 と、心の中で感謝をしつつ図書館をあとにする。

 それから先輩が駅までは送ってくれるというので、お言葉に甘えて駅まで一緒に帰ることになって。

 

「じゃあ、また塾でな」

「はい、今日はありがとうございました」

 

 駅まで送ってもらい、今日のお礼を告げて先輩とはお別れ。

 今日は本当に充実した一日だったなぁと今日の出来事を思い返しながらわたしは帰路についた。

 

 




なんかつけ麺SSになってたきがする。
すみませんすみません。
つけ麺ssですみません!
某つけ麺屋さんが好きすぎてすみません!
ということで明日、明後日はハメはお休みしてピクシブに短編あげます(`・ω・´)


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