異世界で悪魔退治するのは間違っているだろうか (しゅーぞー)
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第1章 悪魔、オラリオに降り立つ
Mission1 依頼を遂行せよ


最近ダンまちを読み、DMC4をやり、超書きたくなったので一筆とらせていただきました
1話ではまだオラリオには入れませんが次回か次次回で入れるようにしますので、お楽しみに
では本編をどうぞ


Huh?(ん?)...どこだここ?」

 

 青年はどこともわからない部屋のベッドの上で目覚めた

 上半身を起こしつつ周囲を見回すとその部屋は随分と質素な部屋で、生活に必要なものが最小限置かれている以外は、特筆すべきものはなにもなかった

 強いて挙げるとすれば部屋の入り口が階段であることだろうか

 突然見知らぬ部屋で目覚めた青年は警戒のレベルを最大まで引き上げベッドから音を立てないように抜け出した

 しばらく辺りを調べて、誰もいない何もないことを確認してから、彼は入り口付近に置いてあるソファーの上に大胆不敵にもドカッ、と腰を下ろし、その長い足を組んだ

 それからここにたどり着くまでの過程を思い出そうとして、なにも覚えていないことに気付く

 そう、自分はなにも覚えていなかったのだ

 フォルトゥナを発ってからの記憶が全くない

 青年は何も思い出せない自分に苛立ったのか

 

Shit(クソ)、なんだってんだよ、誰かいないのか?」

 

 そうボヤきながら先ほど確認したばかりの部屋を再び見渡した

 見れば見るほどなんら特徴のない部屋だ

 この部屋の所持者もそれはつまらない奴だろう

 そう勝手に結論付けてから彼はソファーに深く体を沈め、もう一眠り決め込もうとその切れ長の瞳を閉じようとした、その時

 ガチャッ、トットットットッ

 と上の扉を開け走ってくる足音が聞こえた

 その音に微睡もうとしていた彼の意識も一気に覚醒し、入り口の方向に注意を注いでいた

 その足音が階段に差し掛かり、徐々に階段を降りてくる

 青年の緊張感が最大まで高まろうとした時

 

「なんだ、もう起きたのかい?寝てなくちゃダメだろう、ついさっきまで倒れていたんだから」

 

 ヒョイ、と入り口から顔を出したのは齢12、3に届くかというような少女だった

 

「...What?(は?)

 

 青年の間の抜けた声が部屋の中にこだました

 

 

 

 

 

 

 

 

Hey(なあ)、キリエ」

 

 静かな事務所内に声が響く

 それは部屋の奥、更に言えば長机の上で両足を組んでいる青年から発せられたものだった

 その青年の容姿は大変人目をひくものであり、何より目立つのは老人のような、と言っては少しばかり輝かしすぎる銀髪であった

 彼の名前はネロ

 この悪魔退治(デビルハント)専門事務所、"Devil May Cry"の持ち主であり、"悪魔のクォーター"である。そのことを証明するように彼の右手は異形のものであり、美しくも妖しい見るものを魅了するかのような青い光を放っていた

 そんなネロの顔は無表情ながらどことなくムッとしており、初対面の相手には威圧感を与えかねないものであった

 

「なぁに、ネロ?」

 

 しかしその呼びかけに返事をした相手はそんな彼に萎縮することなく、むしろ精一杯の親愛の情を感じさせるような返事をした

 返事をしたのは可憐な女性だった

 キリエ、と呼ばれたその女性は綺麗な金の刺繍が施された上品なドレスのようなものを身につけており、ブラウンの綺麗な髪を後ろで1つに束ねていた

 彼女は親に捨てられたネロの保護者でもあり恋人でもあるようなそんな不思議な関係だった

 天涯孤独になるはずだったネロを救ったのは彼女なのだ

 だからネロは自分のできる限り彼女の助けになろうと決めていた

 

「仕事が入ったんだ。またしばらくここを開けなきゃならない」

 

 そうネロが端的に告げるとキリエは一瞬残念そうな顔をしてから、すぐにその表情を笑顔の形に直してにこやかにネロに返答した

 

「そうなの...気を付けてね?2人でゆっくりできなかったのは残念だけど...」

 

 その言葉からは嘘偽りなくネロともっと一緒にいたかったということが伝わってきてネロはなんともむず痒い感覚に陥る

 

「俺だってそうさ、だからこの依頼(デビルハント)が終わったらしばらくここは休みにする。そうしたら2人でゆっくり家で休もう」

 

 そう提案するとキリエは花のような笑顔を浮かべて心底嬉しそうにした

 その笑顔を見るだけでネロはどんなに大変な依頼でもこなせるような気になる

 そう考えてキリエの方をふと見ると彼女はなんだかモジモジしているように見えた

 なんでも強くは言わないが言いたい事は言う彼女にしては珍しい事だ

 

What's up?(どうした?)

 

 そう尋ねると、キリエは一度二度視線を彷徨わせてから意を決したように口を開く

 

「あのね、ネロ。聞いて欲しい事が...」

 

 とその時

 ジリリリリリリリリリ!!

 と事務所の机の上に置いてある黒電話が大きな音を立てて鳴った

 正直今は電話なんかよりキリエが言おうとした話の方が気になるが、仕方がない

 

「ちょっと待ってくれ、キリエ」

 

 そう告げるとネロは机の上で組んでいた足をダンッ!と机に叩きつけた

 その反動で黒電話の受話器が宙に浮く

 それをキャッチしてネロは耳に当てた

 

「Devil May Cryだ。どちら様?」

Hello,kid(よぉ、坊主)俺だよ、ダンテだ」

 

 その電話口から聞こえてきた声はなんとも懐かしいものであった

 彼はダンテ

 少し前にここ、城塞都市フォルトゥナで起きた悪魔騒動の時に手を貸してくれた人物だ

 その正体は自らの体の半分に悪魔の血が流れている"半魔"であり、いつも人を食ったような態度とふざけたジョークを飛ばす事をやめないオッサンだ

 だがその実力は折り紙付きで、実際ネロも何度も助けられた記憶がある

 

「...アンタか。わざわざ電話してきて何の用だよ?」

Hey-hey(おいおい)、随分と冷たいじゃねえか。キリエちゃんと喧嘩でもしたか?」

 

 そうおどけたようにからかってくるダンテ

 いちいち反応していてはこっちが疲れるのでネロはまともに取り合わない事にしていた

 尊敬できる事にはできるのだが普段の行動でぶち壊しにしている感が否めない

 

「まさか、からかうためだけに電話かけてきてわけじゃないよな?もしそうだったら今すぐ電話線引っこぬくぜ」

「おいおい、そりゃねえよ。ただお前がしっかりやってるか気になっただけだ。」

 

 実はここの事務所の名前であるDevil May Cryという奇妙な名前はこのダンテがネロに押し付けられた妙な看板からとっているのだ

 その看板にはネオンでDevil May Cryと書かれており、聞けばダンテも同じ名前の悪魔退治専門の事務所を持っているらしい

 まあ彼の場合依頼に行くのは気分によりけりなところが多そうだが

 

Ah(あぁ)、そういう事か。しっかりやってるよ。今もこれから依頼に行くとこだ。」

「なら良かった。依頼がこなくて廃業になってたら大変だと思ったんだけどな」

「そんな事万が一にもねえよ。悪魔はいなくなんねえからな。依頼がバンバンきてこっちはてんてこ舞いだ。というか、あんたも仕事しろよ俺に電話なんかかけてる暇あったら」

「いや、俺は今ピザとジェラート食うのに忙しいんでな。あいにく店は休業だ」

「言ってろ」

 

 そうダンテと軽口を叩き合っているとキリエがこちらをジッと見ている事に気がついた

 そういえばさっきキリエの話半ばで電話が来てしまったんだった

 

「そろそろ依頼先に行かなきゃいかないから切るぜ」

「おう、キリエちゃんによろしくな」

「あぁ、変なおっさんがよろしく言ってたとだけ伝えておくぜ」

 

 そうして受話器を投げる

 ガチャン、と音を立てて受話器は元の位置に戻った

 そして机から足を下ろしてキリエの方に向き合ってから

 

「さっき話半ばで切れたよな、なんて言おうとしてたんだ?」

 

 そう尋ねると彼女は少し逡巡してから

 

「ううん、いいの。ネロが帰ってきたら話すわ」

「?...そうか?じゃあそろそろいってくる」

 

 そうキリエに告げてから横に置いてある黒い大きな箱を開けて、中から仕事に必要なもの(武器)を取り出していく

 まず取り出したのは大振りの剣だ

 取っ手がバイクのアクセルのような構造になっており、刃は血に濡れたかのように光っていた

 この武器こそがネロとともに数多くの悪魔を屠ってきた愛剣"レッドクイーン"である

 そして次に取り出したのがこれまた大きなリボルバーだった

 その名も"ブルーローズ"これもネロと運命を共にしてきた愛銃である

 長い銃身が特徴のクールな大口径リボルバーだ

 ついでに銃弾もしっかり補充する

 それから今きている赤いパーカーの上に青いコートを羽織る

 そしてレッドクイーンを背中に、ブルーローズをパーカーに内側に収納した

 仕事の準備は完了だ

 

「それじゃあキリエ、行ってくる」

「うん、行ってらっしゃい」

 

 そう交わしてからネロは事務所のドアを開けて出て行った

 

「ネロ...早く帰ってきてね」

 

 しまっていくドアにどんどん遠くなっていくネロの背中を見てキリエがそう呟く

 その小さな呟きは終ぞ誰にも届く事はなかった

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか?
自分はDMCは一通りやったのですが、ダンテよりはネロの方が好きですかね
若さ特有の熱さやスタイリッシュさが感じられるので笑
コメント、お気に入りお願い致しますm(_ _)m


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Mission2 謎の生物と相対せよ

前回の話に意外と反響が多くて驚きました笑
これをモチベーションにして頑張っていこうと思いますので応援のほど宜しくお願いします
あ、それと気付いたことやご指摘などございましたらお気軽にお教えいただければ幸いです
それでは本編をどうぞ!


 フォルトゥナを離れてから一路ネロは依頼先へと向かって行った

 その日もいつものように仕事先に到着し、いつものように依頼を遂行する...はずだった

 異変は依頼通りに悪魔を斃している時に起こった

 

Ok then...Let's rock!!!!(よしそんじゃあ...派手に行くぜ!)

 

 そう言いながら背中の剣(レッドクイーン)を抜剣しつつ高速で悪魔との距離を詰めるネロ

 "スケアクロウ"

 今ネロの周りを囲んでいる4体の悪魔の名前だ

 その姿はピエロのような見た目であり、手に生えた鎌のようなもので敵の命を刈り取る恐るべき敵だ

 一般の人間ならば(、、、、、、、、)

 しかし青年の前ではその程度の悪魔などは脅威たり得なかった

 

「ハッ!」

 

 レッドクイーンの持ち手の部分を一気に回してアクセルをふかす

 刀身から真っ赤な炎が轟!と吹き出す

 その炎の熱量によってレッドクイーンの刀身が真っ赤に光る

 剣を握る左半身に感じる圧倒的な熱量

 ネロは自身に感じるその熱の熱さの勧めるまま手近にいたスケアクロウを一気に真っ二つに叩き切る

 ソレは黒い粒子のようなものになって消えて行った

 

Hey! hey! hey!Come on! babes!...Okay.(どうしたどうした、来いよオラ!)

 

 一旦悪魔どもから距離をとって手を叩きながらそう挑発する

 その挑発を受け、三体のうちの二体がネロめがけて躍り掛かってきた

 その二体はネロを撹乱するかのように同じタイミングで左右から襲いかかってくる

 その2つの鎌が宙を閃く

 それはネロの首をまっすぐに狙っており、このまま何もせずにいれば現世とオサラバ出来るのは目に見えていた

 本来ならば食らって仕舞えばひとたまりもないその二撃をネロはサッと体を横に反転させただけで危なげなど全くなく華麗に回避した

 そして自分のすぐ横を勢い余って過ぎ去っていく二体の悪魔のうちの一体の後頭部にブルーローズの銃身を押し当てもう一体にはレッドクイーンの刀身を押し当てた

 乾いた発砲音と金属が肉を断つ音と共に悪魔の体は霧散した

 

Too easy!(チョロいな!)

 

 あっけなく消滅する悪魔に思わずネロの顔に嗜虐の笑みが浮かぶ

 残る悪魔は一匹、早々に決着をつけようとネロは地を蹴り宙高く跳んだ

 

「ハァッ!」

 

 その裂帛の一言とともにネロに悪魔の血が流れていることを証明する右手が蒼い残像とともにグッと伸長した

 そしてその手は地上で惚けていた悪魔のその無防備な胴を鷲掴みにしていた

 悪魔は数瞬の間を置いてから自らの置かれている状況に気付いたようで必死に身をよじって逃げようとした、が、もう遅い

 すでに自らの体は宙へと引き上げられ、相手の支配下に置かれていたのだから

 デビルブリンガー(右腕)にしっかりと握った悪魔の体を空中で自分の頭上に振り上げ、その手を振り下げると同時にこう叫んだ

 

Catch this!!!(喰らいやがれ!!!)

 

 その一言とともに悪魔は地面に物凄い勢いで叩きつけられ、断末魔の叫びをあげることすらなくこの世から跡形もなく消滅した

 そのあと何事もなかったかの様に着地したネロは余裕綽々といった様子で右肩を回しながら呟いた

 

「終わったか...さぁて、帰るとする...!?」

 

 か、と本来であればそのあとに続くはずであった言葉が紡がれることはなく

 ネロは横っ飛びに飛ぶ

 自分が先ほどまで立っていたところを見ると大きく抉られておりもし直前で気付いて回避していなければよくて致命傷、運が悪ければ即死だった事が嫌でも分かった

 ネロは珍しく背中を冷や汗が伝うのを感じ、軽い恐怖心を吹き飛ばそうと急襲を仕掛けてきた主を探そうと後ろに目をやる

 そこには驚きの光景が広がっていた

 視界の先には一面異次元が広がっていた

 それは比喩でもなんでもなく

 いや、異次元と言っては語弊があるのかもしれない

 よくよく目を凝らして観察してみればそれは大きな"口"であった

 口の中は本来ならば歯や牙があって然るものなのだがそこにはただ"空間"があるだけだった

 そう、それはあまりにも大きなナニか(、、、)の口である

 

What the fuck...?(なんだこりゃ...?)

 

 思わず呆然と目の前の異形を見つめてしまうネロ

 その口の中は波面のように渦を巻いており、吸い込まれて仕舞えばひとたまりもないだろう

 そうじっくりと観察していると突然その口が迫り、ネロを捕食しようとしてきた

 

「...っ!?」

 

 凄まじいスピードで迫ってくるソレに思わず後方に回避行動をとったネロはその勢いのままソレとの距離を大きく離そうと試みた

 意外なことにソレが追撃をしてくる様子はなく、その場でただ動かずに再び口を開けて佇んでいた

 10mほど離れただろうか

 遠目からよく観察してみると、ソレの全貌を見る事ができた

 最大の特徴であるその口は大きさにして4、5mほどはありそうな巨大さであり、その体躯も口に準ずる様に巨大なものであった

 四つ足をついて地をつかむソレはまるでワニの様な姿をしており、体の表面は分厚い鱗の様なもので覆われていて、並大抵の攻撃では傷すらつけられそうにない事がはっきりと分かった

 それは悪魔と断ずるにしてはネロが見たことのないものであり、いったい何なのかさっぱりわからなかった

 とその時、ネロは自らの体に違和感を感じた

 まるで何かに引き寄せられるかの様な感触であった

 地面を見ると周りの土などの少しずつ動くのがわかり、錯覚などではなく実際に引き寄せられていたのだ

 何に引き寄せられてるのか

 

Damn it!(クソッ!)やっぱりテメエか!」

 

 その答えは当然ソレにあった

 その大きな口で周りのものを根こそぎ吸い込んでいるのだ

 その吸い込む力はどんどん強くなっていっており、今はなんとか踏ん張って耐えているが、このままなんの対策も取らねばあの口の中に吸い込まれるのは火を見るより明らかだ

 

「何か...何かないか!?掴まれるようなもの...あれだ!」

 

 そこでネロが目をつけたのは近くに生えていた太い樹だった

 その樹はこの吸引力の中でも微動だにせず堂々とそこにそびえ立っており、地下に潜むその根の深さが十分に想像できた

 その太い幹を掴めさえすればなんとかこの吸引に対抗できる様な気がしていた

 

Snatch!(掴め!)

 

 その一言とともに彼の悪魔の血が流れている所以であるその右腕が伸び、その大樹の幹をひしと掴んだ

 それを機にネロの体は停止した

 なんとか危機を脱したことを理解したネロは

 

「あぶねぇ...危うくあのクソッタレの中に吸い込まれるところだったぜ...」

 

 そう皮肉交じりに安堵の息を吐いた

 しかし、ネロの想いとは裏腹にさっきとは違いソレの追撃の手が緩むことはなかった

 むしろソレの吸引はさらに苛烈になっており、今や周りの少し大きな樹木までその渦巻く波間の中へ消えて行っていた

 どんどん引っ張られる力が強くなる

 唯一の頼りだった大樹も今ではミシミシと音を立てているのが右腕を伝わってくる

 

「マズいな、このままじゃ」

 

 そうネロが切迫した声で言うのと寸分違わぬタイミングで

 ミシミシミシ、バキバキバキッ!

 と、音を立てて大樹が幹の半ばから真っ二つに折れた

 

「...Serious?(マジ?)

 

 ネロの体は波間に吸い込まれて見えなくなってしまった

 

 

 

 どんどん世界から離れていく

 そんな奇妙な感覚にとらわれながらネロは落下していた

 いや、落下していたのかすら定かではない

 上昇していたのかもしれないし、ただその場にとどまっていただけなのかもしれない

 しかし1つ確かなのは彼がソレによって飲み込まれてしまったという事実

 不思議と恐怖心は感じなかった

 その中は少し暖かく、怖いというよりはむしろ少し心地いいくらいだ

 最近の激務で疲れ切っていた彼の体は、休息を欲していた

 自然とまぶたが落ちていく

 体が周りと溶けて混ざっていく様な感覚がして

 ネロは、意識を手放した

 

 

 青年がいなくなったその場所に残るは剥き出しの地面と無言で佇むソレだけであった

 彼、ネロの存在は今その場から消えてしまったのだ

 おそらくは遠く彼方のどこかの世界へ

 

 

 

 

 

 そして彼の物語はようやく歩き始める

 

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか
ようやく次回からオラリオ編に入ることができます!
描写にも今以上に一層力を入れていきたいと思いますのでよろしくお願いいたします
自分的にはネロの煽りゼリフや英語ゼリフを書いてる時が一番楽しいですね笑


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Mission3 状況を把握せよ

今回は残念ながら会話だけであんまり派手な戦いとかはありません...
でも長くした分丁寧にかけたと思うのでゆっくりとお読みください
m(_ _)m
それでは本編をどうぞ


What?(は?)

 

 ネロの間の抜けた声が部屋の中に響き渡った

 それもそうだろう

 彼もまさか年端もいかぬ少女が目の前に現れるなど全く予想だにしていなかったのだから

 ネロがしばし唖然としていると

 

「ほらほら、早くベッドに戻った戻った。まったく、ダメだろう?ちゃんと休んでなきゃ。せっかく助けてあげたのにまた倒れられたらこっちの立つ瀬がないじゃないか」

 

 そう言いながらネロの体をベッドの方にグイグイと押してくる少女

 ネロは少女に押されるがままベッドに座り込んだ

 ネロの顔を見ていて思い出したのか少女はハッとした様な顔になり

 

「そういえば、キミが倒れてた所のすぐそばにそこに置いてある大剣と銃が落ちてたんだけど...一応持ってきたけどキミのかい?」

 

 少女のその言葉に自分が今座っているベッドの奥側を見てみると、大剣(レッドクイーン)(ブルーローズ)が並べて置いてあるのを見つけた

 そのそばにはネロが仕事の時によく着る青いコートも畳んで置いてあった

 

「あ、あぁ。俺のだ。ありがとう。大事な商売道具なんだ、なくなったら困る」

 

 自分の装備がしっかりあることに安心したネロ、しかし彼には少女に聞きたいことが山ほどあった

 何を質問しようかと思いを馳せていたネロが気付くことはなかった

 

「この世界に銃なんて代物は...ならこの子は一体...」

 

 少女のその呟きに

 それからネロは色々と知りたいことを聞こうと口を開いた

 

「なぁ、アンタ一体誰なんだ?そんでここはどこだ?俺はなんでここに?」

 

 そう矢継ぎ早に頭に浮かんだ質問を繰り出すネロ

 少女は突然喋り出した青年に面食らった様で、驚いた様な顔をした

 

「そんな一気に質問されても困るよ。順番に聞いてくれないと。そもそも人の名前を聞く時はまず自分からって習わなかった?」

 

 そうネロの質問にそう返答しながら少し怒ったようにその細く白い腕を胸の下で組む少女

 冷静になった今ではわかるがこの少女、年に合わない胸の大きさだ

 腕に持ち上げられ柔らかそうに形を変えたそれが嫌でも目に入り、ネロは気まずそうに目をそこからそらす

 

Ah...(あー)、ネロだ。ただのネロ。よろしくな。それで君の名前は?お嬢さん」

 

 自己紹介の後にそうおどけた様に言って優雅に一礼してみせると少女もそれを受けて恭しく

 

「うん、ボクの名前はヘスティア。ふふっ、よろしくねネロ。」

 

 その返答に満足したのかネロの冗談に対して着ている割とピッチリめの服の端をつかんで持ち上げ礼をした後にそう言って笑顔で右手を差し出してくるヘスティア

 

「...あぁ、よろしくな、ヘスティア」

 

 ネロは少しのためらいの後にそう言って差し出された少女の華奢な手を右手でつかむのだった

 そのためらいは別に少女の年齢不相応な体を見て目線のやり場に困った結果生じたものではもちろんない

 ネロが危惧していたのはこの右腕を見せてしまってもいいのだろうか、という懸念であった

 自分で言うのもなんだがこの右腕は初めて見るものには多大な恐怖心を与えてしまうと自負している

 なのでいつもは腕の周りに包帯を巻いて三角巾で隠しているのだがもちろん依頼先にそんな邪魔なものをつけて行く様なことはなく、この時のネロはその右腕を無防備に晒していた

 ヘスティアは自分の右手を握る異形の手を珍しいものを見るかのような目でまじまじと見ながら

 

「この腕、少なくとも人間(ヒューマン)に元から備わっているものではないね。キミ、見た目は人間(ヒューマン)だけどどっち(、、、)なんだい?」

 

 その質問にはネロが"人間"であるのか"人外"であるのかを尋ねるニュアンスが含まれていた

 ネロは自分の正体が本当はこの少女にとっくに見抜かれているのではないかと憂慮した

 ヘスティアにはそんな意図はなく、それは青年の勝手な想像に過ぎなかった

 しかしながらネロからしてみればヘスティアの質問はもっともなものだった

 道端に倒れていた男を助けてみたら右手が異形のものだったのだから

 その正体を知りたくなるのは当然だった

 これまでネロの右腕を見たものはキリエ以外奇異の視線か侮蔑の含まれた視線で見てくるかのどちらかだった

 しかし、ヘスティアの顔を見やると、こちらの視線に気づいて首をかしげるその仕草の中にネロに対しての恐怖や侮蔑などの感情は見受けられず、ただ単純にこちらは一体何者なのかを知りたがっているだけのように思えた

 変な奴だ

 そう思うと同時に心のどこかで嬉しいとも思っている自分もいる事に気付いたネロは妙な気恥ずかしさを感じてそれを振り払うように一度かぶりを振ると

 

「いいや、俺はまごう事なき人間だ。変な付属品(デビルブリンガー)ついてる事以外はな。コレ(右腕)だけは...悪魔だ」

「へぇ〜悪魔なのかい...って悪魔ぁ!?」

 

 一瞬受け入れかけたがすぐに驚きをその端正な顔に貼り付けるヘスティア

 コロコロと表情を変える少女にネロはある種微笑ましい感情を覚えつつもきちんと説明をする

 

「あぁ、俺には悪魔の血が流れてる。完全な悪魔じゃないんだけどな」

「へぇ〜、人の身に悪魔を宿す...か。あいつら(他の神々)に知られたらどうなることやら...」

 

 そう含みがある口調を取った彼女にネロが怪訝そうな視線を送るとネロのその視線に気づいた様で

 

「いや、なんでもないんだ。気にしないでおくれ。あ、そういえば質問にまだ答えていなかったね」

 

 思い出したかの様に先ほどネロがした質問のことを話題に出すヘスティア

 うまい具合に話を変えられた感は否めないが今は自分のこの右腕がどう思われているかよりも現状を把握するのが先決であろう

 ネロはそう結論付けると少女の話に耳を傾けることにした

 

「まず、ここはどこかって質問だったね。というか普通この世界に住んでる人だったらここのことを知ってるのはもはや常識の範疇だけど...まぁいいか、ここは"迷宮都市オラリオ"この広い世界でも随一の大都市だね。」

 

 彼女の口にした言葉"オラリオ"はネロにとっては全く馴染みのない言葉であった

 依頼先の地名でももちろんないし、ネロの故郷の名前はフォルトゥナだ

 ネロだってバカではない。オラリオなんて都市が自分が地に足をつけた範囲に存在しないことくらいは分かっていた

 ならばここはどこだ?

 あちら(元の世界)で覚えている最後の記憶を掘り起こそうとする

 それは大きな"口"の中に飲み込まれたというものだった

 それから気付いたらいたのだ

 この"オラリオ"に

 この部屋に

 先ほどから頭の片隅でチラチラと瞬いていた可能性が突然鎌首をもたげ始めた

 それはあの怪物に飲まれてどこかの世界に飛ばされてきたというものである

 

「そうか...オラリオか...」

 

 そうヘスティアの言を反芻するネロ

 おそらくは先ほどの自分の考えで正しいのだろう

 帰る方法は全くもって検討つかないのがネックだが

 とりあえずはそう結論付けたネロは次の少女の発言を待つ

 

「それで、次の君がなんでここにいるのかだけど、キミ大通りのど真ん中に倒れてたんだよ。冒険者通りのど真ん中にね。朝ボクが外散歩してたら人だかりが見えてね。なんか面白いことでもあるのかな〜って思って人混みをかき分けたら驚いた事にキミが真ん中に倒れてたわけ。もうびっくりだよ。そのまんま野ざらしにしておくわけにもいかないからキミをここに運んできたのさ。以上が事のあらましだよ」

Really!?(マジかよ!?)んなとこにいたのかよ...バッチィな...」

 

 懇切丁寧にネロが倒れていた状況を説明してくれるヘスティア

 しかし、よくよく考えてみると引っかかることがあった

 それはどうやってネロをここまで運んできたのかという事だ

 この少女の華奢な体ではとてもじゃないがネロを持ち上げられるとは思えない

 

「なぁ、アンタどうやって俺をここまで運んできたんだ?しかも俺の武器まで持って...」

「あぁ、知り合いの神に手伝ってもらったんだ、あとでお礼を言いに行ったほうがいいよ?」

「...神?」

 

 彼女は一体何を言っているのだろうか

 神?

 そんなものはいない

 ネロは神というものの存在をあまり信用していない

 それは熱心な信者であるキリエの両親が忌々しい悪魔どもによって殺された事に起因している

 あの日からネロは神の存在を疑っている

 

Are you kidding me?(冗談だろ?)ふざけんのも大概にしてくれよ。神なんかいるわけないだろ」

 

 そう言うとヘスティアは

 

「この世界に生きている人達が神の存在を疑うことはないはずなんだけどなぁ。いるわけないも何もそもそもキミの目の前にいるボクも神々の1人だよ?」

「ハァ?んなわけ...」

 

 その時、ネロの身体をゾッと怖気が駆け抜けた

 バッ!と身を翻してヘスティアとの距離を大きく取るネロ

 今感じた殺気...いや、今感じたものはもっと強大な何かだった

 神気...とでも言えるだろうか

 信じたくもないが

 だがそうでもしないと今感じた感覚の説明がつかなかった

 今の一瞬で嫌でもネロは思い知らされた

 この少女の発言が嘘でも誇張でもなんでもなく純然たる真実であるのだと

 この少女、ヘスティアは神なのだ

 比喩でもなんでもなく

 すると唐突にビンビンに肌に感じていた神気が消失した

 

「分かってくれたかい?こんな風に無理に人に信じ込ませるのはあんまり主義じゃないんだけどね。こうでもしないと絶対信じてくれないでしょネロくん」

 

 そこには先程までと全く変わらないヘスティアが立っていた

 敵意がなくなったことを感じ取ったネロは脱力した

 

Knock it off.(やめてくれよ)小便漏らすところだったぜ。俺みたいな一般人を脅迫するのは感心しねぇな?」

 

 そう発言にたっぷり毒を混ぜて返すとヘスティアは痛いところをつかれた様に肩をすくめた

 

「それに関しては悪かったと思ってるよ。ごめんね。まぁキミは一般人なんかじゃないと思うけどね。ところで、キミ帰るところとかあるのかい?無一文みたいだけど。風来坊とかなのかい?」

「そんなわけないだろ。俺だって急にここにきて混乱してんだ。帰れるもんならとっくに帰ってるさ。アンタ神なんだろ?それなら俺を帰してくれよ」

 

 神に対してあまりにも怖いもの知らずな発言をするネロ

 ヘスティアが神であることを知ってもなお態度を変えようとは思わなかった

 

「生憎ボクら神々は地上では権能を全く使えないんだ。ここではボクらもキミら子供達と同じ人間だよ」

 

 帰ってきた言葉はネロにとっては想定内の言葉であった

 さすがにそこまで都合の良い展開はないだろう

 

「そうか、そりゃ残念だ。」

「キミ、全然そんなこと思ってないでしょ」

Of course.(当たり前だろ)流石にそんなに期待はしてねぇよ」

「む。なんかそう言われるとそれはそれで...」

 

 そう断言するネロに悔しそうに言うヘスティア

 しかしすぐに気を取り直した様で

 

「あっまた話が逸れちゃったね。それで、行くあてがないんだよね?キミ」

「だからそうだって言ってるだろ?」

「それならネロくんさ、ボクんちに一緒に住まないかい?助けた手前このまま放り出すのも気が引けるしさ」

 

 その提案はネロにとっては願ったり叶ったりのものであった

 本来なら一も二もなく飛びつきたいのだが....

 

「いや、ちょっと待て。何か企んでるだろアンタ」

「...!?」

 

 生来ネロは人の企みや裏に敏感な方ではない

 それならばなぜそんなネロでもそのことが分かったのかというと

 

「そ、そそそそそんなことあるはずないじゃないか!これはただの人助けさ、人助け!」

 

 そもそもの話ヘスティアの挙動が不審すぎたのだ

 住まないかい?の下りからヘスティアの目が露骨に泳ぎまくっていた

 さすがにネロでもそこまであからさまだったら分かるものだ

 

「それで...何が望みなんだ?」

 

 そう端的に切り出すネロ

 図星をつかれヘスティアはしばし下を向いて視線を彷徨わせ狼狽した後、意を決したかの様に顔を上げネロの目をしっかりと見て

 

「え〜〜〜〜っと、ボクのファミリアに入ってくれませんかっ!」

 

 そう言いながらDOGEZAを敢行するヘスティア

 そんなヘスティアに対してネロは

 

「あぁ、いいぜ」

 

 そう軽く返事をした

 もとよりネロはこの世界の常識について疎いのだ

 今はまず寝床を確保したい

 だが宿を借りようにも金がない

 だから今はヘスティアの提案を受け、住居を確保するのが吉だろう

 

「そうだよね、いきなりこんな事言ってもダメだよね...ってえぇっ!?良いのかい!?」

 

 とても驚いた顔でネロを見てくるヘスティア

 自分で提案しといてなんなのだろう

 

「本当なんだね?ホントのホントにホントなんだね?弱小ファミリアだよ?キミ以外メンバーは誰もいないよ?それでも良いのかい?」

 

 今でもネロの発言を信じることができないのかうわ言の様に何回も同じことを繰り返し念押ししてくるヘスティア

 

「だから、入るって言ってんだろ。そのファミリアとやらに」

 

 そんなヘスティアを安心させる様にそう告げるネロ

 するとヘスティアはその大きな瞳をうるうると潤ませながら

 

「〜〜〜っっっっやったーーー!!ありがとうネロくん大好きーーー!!」

 

 そう言いながらネロに飛びかかり、その柔らかい頬をネロの頬に擦り付けてきた

 

Gosh‼︎(うわっ!!)何すんだいきなり!」

「ネロくぅ〜ん!!ありがどぉぉぉぉぉ」

 

 つい一瞬前まで諸手を挙げて大喜びしていたのに今ではその口調には少々泣きが入ってき始めていた

 そんなヘスティアに驚きつつネロは

 

「ったく...世話の焼ける...」

 

 優しく左手でその頭を撫でてやっていた

 ヘスティアが泣き止むまで

 

 

 

 

 

 しばらく経ってヘスティアが泣き止むと

 

「ありがとうネロくん、キミってば顔に似合わず意外と優しいんだね」

 

 一転して花の様な可憐な笑顔をその綺麗な顔に浮かべて頬を赤らめるヘスティア

 

「余計なお世話だ」

 

 そう皮肉交じりに返すもその表情についつい目を奪われてしまうネロ

 そんなネロに

 

「それじゃあ、ネロくんのファミリア入りも決まったところで、ボクの友達に挨拶回りに行こうよ!ネロくんをみんなに紹介してあげなくちゃ!ヘファイストスに、ミアハに...」

 

 と、ネロは完全に置き去りにして勝手にこれからの算段を立て始めたヘスティアはテンションマックスでネロの手を引いて部屋の入り口から階段を登り、外へ出た

 少女の手は暖かく柔らかく、少々ネロはドギマギしてしまっていた

 外へ出てから後ろを振り返り今自分が出てきた建物を見ると、それは朽ちた教会の様な形をしており、さらに上に目を向けると空は雲ひとつなく青く澄み渡っていた

 それから外の眩しさに手で目の上に庇を作りながら地上に視線を戻し、目の前ではしゃぐヘスティアのその様子を見ながらネロは

 

Well,Well(やれやれ)...これから忙しくなりそうだぜ...」

 

 ずんずん前を行くヘスティアに手を引かれるままにそうひとりごちたのだった




いかがでしたでしょうか
早く異世界バトルが書きたくて筆者うずうずしているのですがテストが近いため、しばらく更新する事ができないと思います
お待たせする分クオリティの高いものを書き上げられる様頑張りますのでお待ちいただければありがたいです


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Mission4 乱入者を撃退せよ 前編

ちょっと我慢できなくて書いちゃいました!
あんまり更新を滞らせたら忘れられちゃうかなと思いまして笑
それにしても今回は自分史上初の8000文字越えしました
あまり長い文を書くのは得意ではなかったはずなのですがなぜか気付いたらこんな数になっていました
まあ何はともあれ更新することができてよかったです
しっかし、書いている途中で思ったんですけど、ここ最近会話しか書いてない気がします...
戦闘描写の方が書きやすいとまでは言いませんがどちらかと言うと考えやすいですね、はい
筆者はあまり会話描写が得意ではないです
今回は特に会話が読みづらいかと思いますので注意してご覧いただけると幸いです
それでは本編をどうぞ


 ヘスティアに手を引かれるままネロは教会から随分離れたところまできていた

 

Hey-hey(おいおい),まだ歩くのかよ?良い加減疲れてきたんだが...」

 

 そう弱音を吐くネロに対してファミリア構成員獲得の喜びからか未だ興奮冷めやらぬ様子のヘスティアは元気いっぱいな様子で

 

「もうへばっちゃったのかいネロくん?仕方がないなぁ。でももうすぐ着くからもう少し頑張ってくれないかい?」

 

 そうまるで赤子をあやす様な口調で諭されてはこれ以上不平を言うのも子供な気がして口をつぐむネロ

 今ネロ達が歩いているのはどこかのうらぶれた路地裏だ

 そこはやはり路地裏らしく、大通りとは隔絶されていて、陽の光もあまり入ってこず、まだ昼前だというのにすでに夕方かの様な暗さであった

 その様子も手伝ってか、そこはいかにもゴロツキが絡んできそうな風体を擁していていて人通りはあまりなかった

 陽光が当たらないせいかジメジメしており湿気独特の不快感がネロの体にまとわりついてくる

 かなり鬱陶しいが我慢するほかない

 ネロは黙ってヘスティアの後について行っていた

 そこから更に歩いていく事数分、ようやくネロを縦横無尽に連れ回していた少女の足が止まる

 その事にネロが気付き辺りを見回してみるとなんてことはない、先程までとそれほど変わらぬ景色が広がっていた

 

「ほら、着いたよ。ボクの友達のファミリアだ。キミをボクんちまで運んできてくれた張本人でもあるから、お礼を言っときなよ?」

「あぁ、それはわかった...が、こんなところに人なんかいるのか?そもそもここに来るまでだってほとんど...」

 

 と、言おうとしていたネロの目にそれまでとは違う変化が1つ、入ってきた

 それは控えめながらもしっかりと主張している看板であった

 その看板は少しばかり古ぼけていて、かろうじてそこに書いてある文字が読める程度だ

 "ミアハファミリア"

 ネロは違和感を覚える

 よくよく見てみれば今読む事ができたその文字は文字ではなかった

 否、ネロが知っている文字ではなかった(、、、、、、、、、、、、、、、、)

 それはネロが知るどこの国の言語とも違った形をしており、ネロの目にはまるで象形文字かの様に見えた

 そもそもネロの母語は英語なのだ

 なぜこの様な不可解な文字が読めているのかさっぱりわからなかった

 知らない、しかし読める

 そんな奇妙な気味の悪さを感じていた

 

「何ボーッとしてるのさネロくん、入らないの?置いてっちゃうぜ?」

 

 そう言いながらその場で立ち尽くしているネロの目の前で手を振るヘスティア

 それによって漸くネロの意識は思考の向こう側からこちらへと戻ってきた様で

 

「...そうだな、行くか」

 

 そう言って少し痛んだドアのノブをひねり、引いた

 ギィィ、と軋んだ音を立てながら開く

 "ミアハファミリア"の中へとネロとヘスティアは入っていった

 

 

 

 中は少しカビ臭く、お世辞にも綺麗とはいえなかった

 床には試験管などが散乱していた

 うっかりすれば踏んづけて転んでしまいそうだ

 足元に気をつけつつ店内を見渡すネロ

 ネロとともに店に入ったはずのヘスティアは友人のミアハとやらを探して店の奥まで行ってしまっており、まだ店内の暗さに目が慣れていないネロは入り口付近をウロウロとしていた

 棚がいくつか設置してあり、そこに深い青色をした試験管の様なものに入っている薬や、様々な試験管に入った試薬が置いてあった

 なんの用途に使うのか見当もつかない

 危ない薬か何かだろうか

 そう益体もないことを考えながらネロがそれを物珍しそうな目で見ていると

 

「それ...買うの?」

 

 ネロの耳朶をどこか気だるげな声が打った

 唐突に言葉を投げかけられたネロは少し驚いた様な顔をして声の出所を探す

 と、入り口の近くに設置されたカウンターの内側に女性が座っていた

 薬の方に意識を持って行かれていて全く気付いていなかった

 その女性は頬杖をついてこちらをジッと見つめており、ネロを見つめるその目はどこか眠そうに垂れ下がっており、その耳は犬のものであった

 

Dog!?(犬!?)

 

 人ならざる耳を持つその女性にネロは珍しく驚愕の声をあげる

 するとその女性はその声にうるさそうに目を細めてネロを見やると

 

「...元気だね、君。なんていうの?」

 

 一瞬何を問われているのかわからなかったが、自分の名前を聞かれているんだと理解し返答する

 

「俺か?俺はネロだ。アンタは?」

「ん〜、ナァーザ・エリスイスだよ、そんで犬人(シアンスロープ)。よろしく〜。ふあぁ...」

 

 ネロに自分の名前を告げると眠そうに大あくびを1つして机に伏せってしまったナァーザ

 彼女は商売をするつもりがあるのだろうか

 その様子を見てネロは心配になった

 そもそもなぜこんな人のこなさそうな裏路地に店を構えているのだ

 そこからしてすでにおかしい

 大通りに出ればいいのに

 答えの出ない自問自答をしていると

 

「ネロくんお待たせー!」

 

 そんな溌剌とした声が店の奥から聞こえてきた

 声の主は言わずもがなヘスティアである

 やっと店の中の暗さに慣れてきたその目で店奥を見やると、ヘスティアがこちらへ走ってくるのが見えた

 

「おい、そんな走ると...」

 

 ネロが言い終わるよりも早く

 

「ギャッ!?」

 

 案の定床に落ちていた試験管を踏んづけて転んだ

 額をしたたかにぶつけた様子のヘスティアは微かに涙を浮かべて起き上がる

 鼻も強打したらしくその形の良い鼻が少し赤くなっていた

 

「い、いたたた...な、なんなんだい、もう!」

「大丈夫か?ほら」

 

 ネロがそんなヘスティアに近付いて行き手を差し伸べると彼女は一変、破顔して

 

「ありがとう、ネロくん」

 

 そう言いながらネロの手をとって立ち上がった

 転んだ時の体についたホコリをパンパン、と手で叩いて払うと咳払いを1つして大仰な身振りで話し始めた

 

「コホン、えーっと彼がここまでネロくんを運んできてくれた恩人、ミアハだよ!」

 

 そういうのと同時にヘスティアの後ろから男が現れた

 その男の容姿もまたヘスティアのように整っていた

 肩まで伸びたその髪は不快感を一切感じさせるものではなく、むしろ1つの要素として彼の容姿の端麗さを際立たせていた

 彼は輝くような美しさではなくむしろ、さり気なく咲いている花のような美しさ

 そう形容できるほどのものであった

 

「ミアハだ。初めまして、ネロ」

 

 そう言ってその端正な顔に人当たりの良い笑顔を浮かべて自然な仕草でこちらに右手を伸ばしてくるミアハ

 そんなミアハに気圧されたのか

 

「...よろしく」

 

 一拍の間ののちに伸ばされたその手を握るネロ

 もちろんその右手(デビルブリンガー)

 ネロの顔には少しばかりの緊張が走っていた

 いつも傍若無人で余裕を崩さない彼に似合わぬ素行だ

 まあ相手が相手だけに仕方ないと言えば仕方ないのだが

 

「ん?この手...」

 

 ネロの右手を見たミアハの目が変わる

 その言葉に反応してネロが怪訝そうにミアハの表情をうかがうと

 それは子供が見たこともない生き物にあった時のような、好奇心に満ち溢れたものであった

 その視線のどこか薄ら寒いものをネロは感じた

 心の奥まで見透かされているような、そんな感覚

 それはミアハの神気に当てられたのか、はたまた緊張が見せた幻覚なのか

 それは本人ですらわからなかった

 

「ストップ、ストォーップ!自己紹介も終わったところだし、今日ミアハのところに来た目的を果たさないといけないねネロくん!」

 

 そう早口でまくしたててミアハとネロの間に割って入ったヘスティア

 その理由はもちろん、"ネロが悪魔であることを他の神々に知られないようにすること"である

 神々は不死である

 それは当然のことで周知の事実だ

 神殺しなど物語での話でしかない

 彼らには寿命という概念がない

 そんな彼らは刺激に大変飢えている

 何か面白いことがあれば飛びつき骨の髄までしゃぶり尽くす

 そんな連中なのだ、神というのは

 ミアハはそんなことないとわかってはいる、わかってはいるのだが今は面倒ごとを起こしたくない

 そうヘスティアはいち早く判断した

 ヘスティアにそう言われてネロはやっと当初の目的を思い出したようで

 

「あぁそうだった、今日はアンタに礼を言いにきたんだ」

「礼?礼を言われるようなことはなにもしてないと思うが...」

 

 キョトン、といった様子でとぼけるミアハはさっきまでとはうってかわって別人のようだった

 先程のはやはり気のせいだったのだろう

 

「いや、道で寝てた俺をヘスティアのところまで運んだのアンタだろ?なら俺にとっちゃ礼を言う理由は十分だ。ありがとな」

 

 緊張がほぐれたせいか口もよく回る

 軽やかになった口でミアハへの感謝の言葉を紡ぐ

 そう言われてミアハも思い出したのか

 手をポン、と叩き

 

「あぁ、あの時の青年か。私はたまたま居合わせただけだ。でも君をあのまま放置しておくことなんてできるはずないだろう。当然のことをしたまでだ」

 

 そう爽やかに言い放つミアハ

 その人柄のよさに感嘆しつつ、ネロはこの人物は信頼に足る()なのだろうなと十分すぎるほど分かった

 

「それじゃあ俺の気が済まない。何か困ったことがあったらなんでも言ってくれ。その都度飛んで行って馬車馬みたいに働くさ」

「それはありがたいね、でも今はあいにく馬には困っていなくてね、しばらくは厩舎で休んでいてくれ」

 

 ネロの軽口にそう返すミアハ

 軽口が通じる相手がネロは嫌いではない

 

「アンタとは気が合いそうだ」

 

 そう言って拳を突き出すネロ

 そのネロの突き出した拳に己の拳を合わせつつ

 

「奇遇だな。私もそう思っていたところだ」

 

 どうやらミアハも感じたことはネロと同じらしくそう言って今度は喜びの気持ちを満面の浮かべながら言った

 そんな2人をよそに、完全に置いて行かれたヘスティアは

 

「は、話についていけない...」

 

 ネロとミアハの男同士の会話に完全に置いてけぼりを食らっていた

 

 

 

 

 2人はミアハに別れを告げ、冒険者通り、ネロの倒れていた場所を歩いていた

 道の幅はかなり広く、朝ということもあり人もあまりおらず閑散としていた

 左右に立ち並ぶ出店の数々

 そこかしこに並ぶ看板に書いてある文字を目で追っていると"武具店"、"防具店"、"道具店"など、様々な店が所狭しとひしめき合って並んでいた

 これだけあるとどれに入ろうか逆に迷ってしまうだろう

 昼や夜は人でさぞ賑わうのだろうと容易に想像することができた

 そう考えつつあたりを散策していると

 

「ネロくんネロくん、キミ、ここに倒れてたんだよ」

 

 そうヘスティアがネロが倒れていた場所を教えてくれた

 そこを見てみると

 

「...What the fuck!?(なんだよこれ!?)

 

 ネロはそう驚くのも無理はない、そこにはクレーターができており、そのクレーターの中心にはネロとちょうど同じくらいかと思われるくぼみができており、そのそばにはこれまたレッドクイーンとブルーローズによく似た形のくぼみができていた

 これだけのクレーターを生じさせるほどの勢いでネロが地面と衝突したと考えるならネロの体は今頃木っ端微塵になっているはずなのだが、ネロの体には今の所なにも不具合は起きていない

 

「あれ?あの人朝倒れてた奴じゃニャイ?」

「あー!ほんとだニャ!シルー!朝の奴いるニャよー!」

 

 近くの店から少女の大声がネロの耳に届いた

 そちらの方に目を向けると2人の少女が立っていた

 彼女らの立っている店の看板には"豊饒の女主人"とでかでかと書かれていた

 その少女たちは2人とも幼げな印象ながらその顔はよく整っていた

 まあ神であるミアハやヘスティアとは比ぶるべくもないが

 しかしながら彼女らには共通した特徴があった

 それは"猫の耳が生えている"ことである

 さっきの犬人(シアンスロープ)のナァーザといい彼女らといい、人間ではない者をよく見る

 "異形"とまでは言わないが違和感を覚える

 

How horrible,(ったく)この世界はいったいどうなってやがんだ...」

「ネロくん、彼女達とは知り合いなのかい?なんか話題になってるみたいだけど」

「バカ言え、そんな訳ないだろ。初対面だ」

 

 そう不満げに呟くと、その"豊饒の女主人"の出入り口からまた1人出てきた

 その少女はその光沢に乏しい薄鈍色の髪を後頭部でお団子にまとめ、そこから一本の尻尾が出れていて、まるでポニーテールのようであった

 人懐っこそうなその顔に戸惑いの色を浮かべながら店の奥に出てきた少女

 

「もうっ、アーニャ、クロエ、あんまりサボってるとミア母さんに...って、あ!朝の!」

「遅いニャよー。それにしても朝の奴、じっとこっち見てるニャね?」

「そんなの見とれてるに決まってるニャ。言わせんニャ恥ずかしい」

 

 やいのやいの騒ぎながら好き勝手言っている少女ら

 全員ネロのことをよってたかって"朝の"としか呼ばない

 どれほど朝自分は目立っていたのだろうか

 

「...なぁ、アンタら、誰なんだよ?」

「そうだよ、うちのネロくんとどんな関係なんだい?」

 

 先ほどからネロを指差して騒いでいるその少女たちにとうとう話しかけるネロ

 ヘスティアがおかしなことを言っているがそれは無視しておく

 すると少女たちは会話するのをやめ、こちらを向くと、シルと呼ばれていたその少女が喋りだした

 

「気にさわっちゃったならすいません。朝のあなたの様子があまりにも衝撃的で...」

 

 チラチラとこちらの気色を伺いながらそう言った

 その目には申し訳なさがありありと浮かんでいてネロも毒気を抜かれてしまった

 

「ここ、豊饒の女主人の従業員、シル・フローヴァです。どうも初めまして、冒険者さん」

 

 そう言って一礼をしてくるシル

 ネロをなぜか冒険者と呼んでいることに疑問を覚えたがシルに倣うようにその両脇に立っている少女たちも自己紹介を始めたのでその疑問は頭の隅に追いやられた

 

「アーニャ・フローメルにゃ。よろしくニャン」

「クロエ・ロロですにゃ。以後よろしくニャン!」

 

 そう元気に自己紹介する2人

 

「ネロだ。ただのネロ。よろしく」

「ボクはヘスティア。初めましてだね、よろしく」

 

 端的に自分の名前を告げるネロとヘスティア

 お互いに自己紹介が済んだところでネロはひとまずふと気になったことを聞いてみる

 

「なぁ、さっきから俺のことを"朝の"って呼んでるけど、朝の俺ってそんなに目立ってたのか?」

「目立ってたなんてもんじゃないニャよ。ここら一帯でお前が倒れてたことを知らない奴はいないと思うニャよ」

「そう...ですね。かなり目立ってましたし」

 

 自分はかなり周囲の注目を集めていたらしい

 それもそうだろう

 道にでっかいクレーターができていると思ったらその真ん中に誰とも知らぬ男がいたのだから

 当然のことだろう

 

「朝、お店の掃除をしていたら外でドガーン!!って聞こえて、びっくりして外に出て見たらネロさんが倒れていたんですもん。ビックリしましたよ」

 

 どうやらネロの第一発見者はこのシルという少女らしい

 そんなシルの言葉に反応してクロエが

 

「シルがお前を店に運び込もうとしたのにはビックリしたニャ。みんなで止めたんニャけど、どうしてもって言ってて、大変だったんニャよ?まあ気付いたらいなくなってたんだけどニャ、お前」

「クロエ!なんでそれ言っちゃうのよ!もう...」

 

 クロエのその言に赤くなってうつむいてしまうシル

 この少女はネロを助けようとしていたらしい

 しかしその途中にヘスティアたちにとって奪い去られてしまったそうだ、ネロが

 自分の知らないところでそんなことが起こっていたことに少し驚きネロはひとまずシルに感謝を述べた

 

「いいや、恥ずかしがるなよ。助けようとしてくれてありがとう」

 

 そうシルを見て言って笑いかけるとシルはその白い肌をさらに赤くさせ

 

「どう...いたしまして」

「「ヒューヒュー!ニャ!」」

 

 ネロの感謝に返答するシルとそれを囃し立てる2人

 なぜシルが赤くなっているのかはよくわからなかったが、とにかく感謝しているのは本当だった

 自分なら道に倒れている奴なんか絶対に関わりたくない

 できるだけ面倒ごとなどに首を突っ込みたくないのだ

 

「本当に感謝してるんだ。俺にできることならなんでも言ってくれ。手伝うよ」

「え...?いやいや!私何もしてないですし、そんな恩返しされるようなことなんて...」

 

 顔も目の前で手をいやいやと振ってネロの申し出を断ろうとするシル

 

「助けようとしてくれたんだろ?その気持ちに礼がしたいんだ」

 

 ダメ押しにそう告げるとシルはその細い顎に指をやりしばし考えた後に

 

「うーん、それじゃあ、今晩ここ(豊饒の女主人)で晩御飯を食べにきていただくっていうのはどうですか?店の儲けにもなりますしネロさんも恩を返せますし一石二鳥だと思います!」

 

 名案を思いついたかのようにそう堂々と言い放ったシル

 そんなシルの様子にどこかキリエの影を思い出しながらもネロは

 

「...OK,んじゃあ今夜ここに来るよ。楽しみにしとくぜ」

「はい、待ってますね。それじゃあ、お気をつけて」

「とっとと金落としにくるニャー」

「そうニャそうニャー」

「もうっ、2人とも...」

 

 正直すぎる物言いの2人に苦笑しつつシルたちに手を振って豊饒の女主人を離れたネロとヘスティア

 次はどこへ行くのかネロがヘスティアに尋ねようとしたその時

 

「っ!?」

 

 後頭部に視線を感じてバッと身を翻して視線の出所を探すネロ

 しかしあたりを見回せど怪しい影は見えなかった

 そこには先程までと全く変わらない穏やかな朝の景色が横たわっているだけだった

 さっきと比べて通りに人が増えてきており、少しずつ昼に近づいてきていることが分かった

 

「どうしたんだいネロくん?」

 

 ネロの突然の行動に驚いたのかそう問うてくるヘスティア

 

「いや...なんでもない。視線を感じただけだ」

「...?君が大丈夫って言うなら信じるけど、何か感じたらすぐに言うんだよ?」

 

 ネロを案じるヘスティアの優しさを感じつつ今の視線に思いを馳せるネロ

 今のを言葉にして表現するならそう、ゾクリ、だ

 首筋を舐められたかのような、そんな怖気の走る感覚だった

 気のせいと終わらせてしまうにしてはあまりにも確実な感触だった

 しかし誰がやったのかは皆目検討がつかない

 したがって気のせいとするしかなかった

 視線と体を前へと戻し、しかしどうにも気になり後ろをチラチラと怪訝そうにうかがいながらネロはヘスティアと朝のオラリオを歩いていくのだった

 

 

 

 

 

「あら、気付くなんて鋭いわね」

 

 部屋の中に鈴の音のような声が響く

 広い部屋のその真ん中で1人の女神が下界を覗いていた

 その美貌はどの神よりも光り輝いたものであり、言葉の限りを尽くしたところでその魅力の端の先すらも伝えられないであろう

 あえて伝えるのであれば、"美の到達点"

 その顔のパーツは一人一人が完成されており、それがさらに黄金比とも言える配置でその顔の中に収まっていた

 パッチリと開きつつ切れ長で色香のある一度見つめられれば骨抜きになってしまいそうなその目

 スッキリと通っていて細いその鼻

 形良く桃色の細いその唇

 そしてそれらの印象に加えて大きく、更に見事な形をしたその胸

 それと対比するかのように細くしまっているその腰

 そしてこれまた見るものの目を捉えて決して離さない大きすぎず、しかし小さくもない男の理想が形となって現れたかのようなその臀部

 彼女の表情、身体全てが他人を魅了してやまない

 人類の欲する容姿の究極の形がそこにはあった

 誰しもが目を奪われてやまない彼女の興味は今鏡の中に注がれていた

 いや、正確にはその鏡の中に映し出された下界の様子であるか

 彼女のいる場所、それはオラリオでも際立って目立つ巨大で空高く伸びた塔のその最上階

 そこから彼女は下界を覗いていた

 それは神の力の行使であった

 本来なら許されないはずの地上での力の行使

 だが彼女にはそれが許されていた

 いや、黙認されていた

 その理由は彼女の美貌、説明はそれだけでも十分だろう

 

「ねぇ、オッタル」

 

 そう呼びかける彼女にその側に立つ大男が返事をする

 

「はい」

 

 返事をしたその男の体はまるで1枚の大きな岩のようなものであり、筋骨隆々という言葉がこれほど似合うものもそうそういないだろう

 その鋼の肉体は並大抵の攻撃など全く通じそうになどなく、むしろ攻撃した側が怪我しそうなほどだ

 精悍な顔つきの男だったが、本来耳が生えている場所に人間のそれはなく、変わりに猪のそれが生えていた

 彼は猪人(ボアズ)である

 女神に返事をするその声は低く重々しいものでありながらもどこか柔らかいものであり、敬愛する者(主神)に対する愛情がひしひしとにじみ出ていた

 そんな大男にその女神は

 

「あの子、気に入っちゃった。すごく眩しいんだもの。だから」

 

 そこで一度言葉を切り、芸術品と見紛うほど薄く綺麗な形の唇を舌で濡らし、もう一度その麗しい口を開いた

 

試してきて?(、、、、、、)

 

 その視線の先には銀髪が太陽の光を受け綺麗に輝いている青年の姿があった

 しかし彼女に見えている輝きはそんな表面上のものなどではない

 それは内面、つまり"魂"の輝きであった

 彼が目に入ったのは偶然、本当に偶然なのだ

 ふと下に目を向けた時にその視界に入っただけ、しかしその一瞬でさえ彼は女神の目を自らのその身に釘付けにしたのだ

 いや、或いはネロが彼女の目に止まるのは必然だったのかもしれない

 上面を見つめたまま繰り出されるどこか陶酔したように聞こえるその女神の言葉を聞き大男は

 

「はっ」

 

 とだけ、短く返事だけをして部屋から出て行った

 手に大柄な黒く無骨で、それでいてなお刃も厚く、触れるだけで斬れてしまいそうな特大の剣を携えて

 

 彼の名はオッタル、神フレイヤの寵愛を受けしLv.7、迷宮都市オラリオ最強の男であった




いかがでしたでしょうか?
誰か会話のうまい書き方を教えてください...
次回はオッタルとの戦いを存分に濃厚に書いていこうと思いますのでお楽しみに!


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Mission5 乱入者を撃退せよ 後編

どうもお久しぶりです!
テストも終わり自由の身になったので今日から晴れてどんどん投稿して行こうと思います!
とりあえず今回はオッタルさんとの戦いが中心ですね
これが書きたかったぁー!
とりあえずやりたいことの1つを達成できて作者、大喜びでございます笑
それでは本編をどうぞ!


 豊饒の女主人を離れてからしばらく

 ネロとヘスティアは未だに冒険者通りを当てもなくさまよっていた

 徐々に太陽はネロ達の頭上に達しつつあり、もう半刻もすれば昼になるであろう

 涼しかった町も徐々にその温度は上昇してきており、その身に厚手のコートを羽織っているネロは暑さに少し顔をしかめて

 

Fucking hot!!(クソあちぃ!)

 

 そう言うとその身につけたコートをばさっと翻しつつ脱ぎ、その左手で持った

 現在ネロはパーカーをきている状態であり、先ほどとは比べ物にならないほど涼しそうだ

 さらに袖をまくり上げて暑さ対策万全と言わんばかりの姿となった

 

「そんなに暑いかい?こんな暑さでへばってたらこの先生きてけないぜ、しっかりしてくれよ」

 

 隣を歩くヘスティアはなぜか涼しげにそう言ってのけた

 何を言うか、と隣を見てなるほど、ヘスティアは元から薄布一枚しかその身にまとっていないのだ

 それは涼しくて当然だ

 

「ズリいな。そんな格好してたらデブだって涼しがるぜ」

 

 そう皮肉たっぷりに返してやると、ヘスティアもムキになったのかこちらを向いて

 

「なにをう!ボクが太ってるって言いたいのかい!」

「誰もそうは言ってないぜ?でもそうだって思うんならそうなのかもな」

「ムキー!!」

 

 暑さのせいかヘスティアに応対するネロも気だるげだ

 もともと彼はあまり暑さに強い方ではないのだ

 いや、むしろ嫌いと言ってもいいだろう

 炎獄の悪魔(ベリアル)なんて出て来た日にはもう最悪だ

 

「なあ、こんな暑いんだし言い争いはもうやめようぜ。こんなの疲れるだけだぜ」

「そもそもキミが吹っかけてきたんじゃないかい!まったく、本当にネロくんは...」

 

 ネロのその面倒臭そうな物言いがさらに癪にさわったのか隣で小言を言いつづけているヘスティア

 そんなヘスティアに対してうるさそうに眉をしかめるともう取り合うつもりはないというかのようにプイッと前を向いた

 

「あー!そっぽ向いた!そっぽ向いちゃったよこの子!やってはいけないことをやってしまったねネロくん!天罰が下るよ天罰が!

 

 天罰だなんだと他ならぬ神が入っているサマはなかなか滑稽なものがあったが、如何せんうるさすぎる

 その喋りの熱さにこちらまでも暑くなってきそうだ

 

Bite me(うるせえな),少しは静かにできねえの...」

 

 とやかましいヘスティアを黙らせようとそう言おうとしたそのとき、ネロの目に"異常"が飛び込んできた

 もう太陽は完全にネロの頭上まで登っており、堂々たる輝きを放っていた

 それに伴って大通りにもかなり人が増え、ごった返していた

 そんな中に見つけたのだ

 体格の良い者が多く歩いているその中に

 筋肉の鎧をまとう大男がこちらを鋭くねめつけているのを

 下手に歩みを止めるわけにもいかず、ネロは歩き続ける

 隣で騒ぐヘスティアの声などもはや聞こえてなどいなかった

 全神経をその男に

 その男の一挙手一投足に

 ネロは今最高に集中していた

 徐々に2人の間の空間がなくなっていく

 もう10歩も歩けばその空間は完全になくなるだろう

 歩く、歩き続ける

 とうとう2人の距離がゼロになり、通り過ぎる

 とその時

 ブォン、と小さく体の後ろで音が鳴った

 その瞬間

 

I knew it!!!(やっぱりな!!!)

「わ、わわっ!?」

 

 隣にいるヘスティアの頭を掴んで下げ、それと同時に自分も上体を倒す

 いわゆるお辞儀の体制だ

 轟!

 と音を立てて自分たちの上を何か大質量の何かが通り過ぎていく気配がした

 いや、ここまできたらそれはもはや確信だろう

 ネロ達は今、謎の人物に襲撃されたのだ

 周りの人々もようやく事情を把握したらしく、悲鳴をあげながら逃げていく

 おいおい、誰も加勢に来ねえのかよ、ガッカリだぜ

 そう口の中でだけ呟きながら次の瞬間

 

You bastard!(ンの野郎ォ!)やりやがったな!」

 

 ヘスティアを掴み、地を蹴ってその男との距離をあける

 そうしてようやっと全体像が見えたその男

 最初の印象通りその身体が頑丈な肉の鎧に包まれており、ともすれば剣戟すらも跳ね返しそうにすら思える

 強敵であることはもはや言わずもがなである

 そしてその手には1.5mはありそうな巨大な剣がしっかりと握られており、さらに背中には同じ大剣がもう一振り背負われていた

 

「誰!?ネロくんの知り合いかなんかかい!?」

「残念だがいきなり街中で切り掛かってくるお友達に心当たりはねえな。誰だテメェ」

 

 そう男に言葉を投げかけたネロだったが男が返事をすることはなく、男は再び剣をネロに向けて構えた

 どうやら男はヤル気らしい

 ならば、と背中に背負っているレッドクイーンに手を伸ばす

 スカッ

 手が宙を切る

 何も手につかむことができない

 本来ならそこにあるはずのモノ(レッドクイーン)がない

 そうだ、ヘスティアの家に忘れてきたのだ

 ネロともあろうものが

 よりにもよって命よりも大切なはずの商売道具を

 

「...ヤベェな」

 

 ネロのほおを一筋、汗が伝う

 それはおそらくは暑さのせいではないだろう

 一転して焦燥感に襲われる

 レッドクイーンもないとなればブルーローズももちろん持ってきていない

 武器として使えるのはこの右手だけだ

 だが力任せに殴りつけたとてこの大男に通じるとは到底思えない

 さてどうするか

 そう考えた時、相手が動いた

 ダンッ!!

 少し陥没する程の力でもって地を蹴った男がこちらへ直線的に、爆発的に近付いてくる

 その速度は尋常ではなかったが、これまで何度も死線を潜ってきたネロにはしっかりとその目に捉えることができていた

 男は剣を後ろに降り下げ、そこから一気にこちらを切断しようと腕をこちらへ振った

 常人ならざる筋力で振られたその大剣は物凄い勢いでこちらへ迫ってきており、ネロは一瞬息が止まるのを感じた

 

「っ!!」

 

 上体を思い切り後ろへそらしブリッジのような体制をとったネロ

 顔の寸前すれすれを巨大な鉄の塊が通過していく

 猛烈な速さのそれはついでとばかりにネロの髪を何本か奪っていく

 剣が過ぎ去った後ブリッジの勢いそのままにバク転して体制を立て直す

 一回一回の攻防ですらこの危うさだ

 得物すらない状態ではほぼ勝つのは不可能だ

 すると男が構えを解いた

 そして口を開いた

 

「...避けるだけか?」

I thought the cat had your tongue.(喋れるのかよ)忘れ物をしちまってな。何も持ってないのさ」

 

 そうおどけたように返すと男は意外な行動に出た

 その背中に背負っていたもう片方の一振りをネロに向かって投げてきたのだ

 投げられたその大剣はネロの目の前に突き刺さった

 

「何のつもりだ?」

 

 それは純粋な疑問だった

 ネロを突然襲ってきた張本人が武器を渡してよこしてきたのだ

 疑問に思うのは当然であった

 ネロが武器を持っていないのはむしろ好都合ではないのか

 この男の目的が分からなくなる

 ただの暴漢なのか?

 

「...本気で来てもらわねばあの方の命に背くことになる」

「あの方?」

 

 あの方、とその男は言った

 やはりただの暴漢などではなかったのだ

 確たる目的を持ってネロに攻撃を仕掛けてきている

 しかしそこまではわかってもその目的はさっぱりわからなかった

 だがこちらに敵対する意思があっちにある以上ネロも自ら、ひいてはヘスティアを守るために戦わなくてはならない

 自分の眼の前に刺さる大きな剣に目を向けそう結論付けるとその持ち手を左手で握り、地面から勢いよく引き抜いた

 ガッ

 と重厚な音を立てて引き抜けた大剣

 その重さはレッドクイーンと同等か少し重いくらいで、自分にはちょうど良い重さであった

 剣を何度かブンブンと素振りして感触を確かめてから肩にガツン、とかける

 それから恭しく一礼してその右手を胸に当てる

 

Shall we dance?(ダンスをご希望かい?)

 

 男とネロとの戦いが本当の意味で今、始まった

 先に動いたのはネロ

 地を蹴り空へ飛んだ彼

 落下の勢いを利用して男に剣を叩きつける

 その顔には嗜虐の笑みが浮かんでいた

 

「らぁっ!」

 

 勢いよく剣を男に振り下ろす

 しかし

 

「フンッ」

 

 男にそんな単純な一撃が通用するはずもなく

 ガキンッ!

 と耳を塞ぎたくなるような金属同士が擦れ合う音を立てて斬り結ぶ

 上空から勢いを載せた斬撃を放ったはずなのに今ネロは押し返されていた

 バッ!

 身を翻して後ろへ飛ぶネロ

 

「この程度か」

「あぁ?」

 

 馬鹿にした、というよりはむしろ少し怒りの色が混ざった言葉を男は紡いだ

 少しカチンときたネロは荒々しく返す

 

「あいにく温室育ちなんでね。粗暴な筋肉バカとやりあった経験は少ないのさ」

 

 皮肉にもかなりの毒が混ざっていた

 もちろんネロは温室育ちでも喧嘩慣れしていないわけでもない

 むしろ喧嘩はたくさんしてきた方だ

 だからこそ男の物言いはネロの怒りを買うのに十分なものであった

 しかしネロのそんな皮肉も意に介せずに男は

 

「あのお方の選んだ男がこの程度とはと失望しただけだ。弱きものは死ぬ、ただそれだけだ」

 

 そう言って男がこちらに背中を向けて帰っていく

 その背中は完全に脱力しきっており、ネロは自分の脅威になるなど全く考えていなかった

 何かが切れたような音がした

 

「OK、そうかい。それじゃあ見せてやろうじゃねえか」

 

 その言葉に億劫そうにこちらへ体を向けたオッタル

 彼のその瞳はしかと捉えていた

 その耳はしかと聞き届けていた

 脆弱だと判断を下した男のその目が

 キラリと一度真紅に染まるのを

 そしてその口から発せられる声を

 

You will not forget this Devil's power(悪魔の力を思い知らせてやる)

 

 そしてその男の姿が

 目の前から消えるのを

 

Blaaaaaaast!!(吹っ飛べ!!)

 

 男は気付けば目の前まで迫っていた

 頭で判断するより先に体が今までの経験をもとに動いていた

 狙いは腹

 そう判断し刹那のうちに剣を横にして防御体制をとったオッタルはしかし下から打ち上げられる勢いそのままに宙を浮いていた

 一瞬状況が把握できなくなるオッタル

 それは慢心によるものではない

 単純に青年の力量を読み違えていた

 確かにオッタルは最強であった

 この世界では(、、、、、、)

 最強の男は神は知っていても悪魔の存在を彼は知らなかった

 神に仇なす存在を

 そしてやっと現在自分が宙に浮いているのだと把握したその頃には

 

「Double Down!!!!」

 

 その腹に大剣が突き刺さっていた

 猛烈な土煙とともに地面に叩きつけられたオッタル

 その土煙からネロが勢いよく飛び出してくる

 

「チッ、仕留め損なったかよ。バケモノか?」

 

 今の攻撃が有効打とはなっていないことを彼はわかっていた

 もうもうと土煙がたっている

 次第に薄れていくその中に

 

「....」

 

 男は憮然として立っていた

 つい数瞬ほど前にネロが剣を突き立てたその腹には傷1つなく、無傷なまま

 前言撤回、やはりこの男は世界最強なのかもしれない

 

「...なるほど。先ほどまでの発言は撤回しよう。確かにお前は、強い」

「無傷で言われても説得力ゼロだぜ」

「いや効いたぞ、少しな」

「...バケモノめ」

 

 あっけらかんと言い放つ男に辟易したように言うネロ

 先ほどの攻撃は間違いなく全力で叩き込んだつもりだった

 もし相手が上級の悪魔でも消し飛ばせるくらいの力を込めて放ったはずだった

 にもかかわらずこの男は傷1つなくいまそこにたっている

 はっきり言ってこの耐久力は異常だ

 ネロがいうことではないかもしれないが普通じゃない

 だが、攻撃は当たる

 決して倒せない相手ではないのだ

 それならばネロは

 

「来いよデク、相手してやる」

 

 全力で叩きのめすだけだ

 ネロが韋駄天のごとく飛び出すと同時に相手も勢いよくこちらへ駆けてくる

 猛烈なスピードで距離を詰める2人

 お互いに剣を振るう

 ガキィン!ガキンッ!ガキッ!

 剣を打ち合わせる

 ネロが勢いよく剣を振るうのを男は受け流し、攻撃に転ずる

 それをネロが身をかがめてよけ、仕掛ける

 防御、攻撃、回避

 その連続だった

 

「オラァッ!!」

 

 裂帛の気合いとともに繰り出される斬撃

 2人の攻防は次第に熱を帯び、激化の一途をたどっていた

 

 

 

 

 1人の男がギルドに慌てて駆け込んできた

 受付嬢、エイナ・チュールがそちらを見やると

 

「大変だ!冒険者通りで戦闘が起こってる!」

 

 ギルドの職員、エイナ・チュールに切迫した様子でそう報告する冒険者

 

「冒険者通りで...?誰と誰が?」

 

 そう聞き返すエイナ・チュール

 彼女はこのオラリオの冒険者たちが集うギルドの職員で、主にダンジョンへ入っていく冒険者の手続きなどを行う受付嬢だ

 彼女の耳は人間(ヒューマン)とは違いほっそりと尖っており、彼女はいわゆるエルフであることを象徴していた

 そして澄んだ緑玉色(エメラルド)の瞳

 セミロングのブラウンの髪は光沢を放っていた

 美しいその容姿はエルフのように完璧に冴え渡っているわけではなく、どこか角が取れた風貌

 細い体はギルドの制服である黒のスーツとパンツを綺麗に着こなしていた

 仕事人然としていながらも親しみやすいともっぱらの評判の妙齢の彼女は、ヒューマンとエルフのハーフである

 彼女のその返答を受け、いま報告してきた冒険者は少し緊張した様に早口で話す

 

「オッタルさんと、あともう1人はわかりません...銀髪の、多分人間(ヒューマン)だと思います!」

「...えぇっ!?オッタル氏とヒューマンが!?」

 

 彼の報告の心底驚いたような顔をするエイナ

 それはそうだろう、この都市最強と名高いオッタルが一般人と戦っているのだと聞いたのだから

 いますぐ止めに行かなければいけない

 相手が八つ裂きになってしまう前に

 ギルドの職員にいま冒険者から聞いた旨を話し、同行してもらうことにした

 

(そもそも噂ではオッタル氏は冷静な人だと聞いてるんだけど...)

 

 そう疑問にも思いながらギルドの職員を連れて急いで出ていくエイナ

 表には大勢の人たちがおり、おそらくは件の2人が戦っている冒険者通りから退避してきたのだろう

 ガヤガヤとしており、皆冒険者通りの戦闘が気になるらしい

 しかしそんなことを気にしている暇はなかった

 

「すいません!ちょっと通してください!」

 

 人混みをかき分け、冒険者通りを目指す

 冒険者通りはギルドから近いところにあり、すぐにでも見えてくるはずだった

 人混みを抜け、エイナが見たのは

 

「オラァァァァァ!」

 

 鬼神の如く闘っている青年の姿であった

 

 

 

 

「オラァァァァァ!」

 

 渾身の一撃を打ちこむ

 が、効かない

 危なげなく受け流されたネロ

 そのまま何合か斬り結ぶ両雄

 人ならざる速度で打ち合わされる斬撃を目で追うことは当人たち以外もはやその場の誰にもできなかった

 

「...すごい。オッタル氏と互角に...」

 

 信じられないものを見る様な口調でそういったエイナ

 それはそうだろう、彼は紛れもなくこの都市最強の男だ

 その彼にいまどこの誰ともわからぬ青年が互角にやりあっているのだから

 

 2人の攻防はさらに他者を寄せ付けないものになっていく

 片方が力強く打ち込めば、もう片方は軽く受け流し、一瞬のうちに反撃をする

 そんなことの繰り返しが起きていた

 オッタルとここまで打ち合いをしたのは世界広しといえど彼だけなのではなかろうか

 そしていま2人の剣が重なり合った

 激しく鍔迫り合う

 ネロが力負けし、飛ばされる

 軽く吹き飛ばされた彼にすぐさまオッタルの剛腕とともに大剣が迫る

 しかしながら常人が触れればひとたまりもなく吹っ飛び戦闘不能になる事請け合いであろうその一撃をネロは見切っていた

 いや、見切っていたのではない

 待っていたのだ(、、、、、、、)

 この大振りの一撃を

 しかしその大振りの一撃ですら男の剛腕にかかれば凄まじい速度に変化する

 そんな一撃をネロは

 

Humph(フンッ)

 

 高速でその身体を一歩分後ろへと移動させただけで回避した

 ネロの顔面すれすれをオッタルが握る無骨な剣が途轍もない風圧とともに過ぎ去っていった

 ネロの銀髪がその吹きすさぶ風で揺れる

 いとも簡単に己の斬撃を躱されたオッタルの目に驚愕の色が宿る

 そのオッタルの目がネロを捉える

 そこにはすでに両腕で剣を握り、まるでバッティングのような体制をとっている男の姿があった

 視覚ではなく本能で危険を感じて防御姿勢をとろうとするオッタル

 しかし先ほどとは違いその防御が間に合う事はなかった

 次の瞬間には青年がもうすでに目の前にいたのだから

 ネロはその手に握る大剣を下から猛スピードですくい上げる様に振り上げ

 

Kill best!!!(クソッタレが!!!)

 

 Shuffle

 一度大きく後ろへバックステップで相手の攻撃をかわしたあと素早く踏み込み大振りの一撃を加える大技

 そのネロの攻撃は今度こそ確かに、オッタルのその身に突き刺さっていた

 

 

 

 

「あぁっ、いいっ!すごくいい...」

 

 甘美な声が部屋に響き渡る

 人間も、神ですら虜にする彼女はいま下界(ネロ)に夢中になっていた

 

「あの子すごく...すごく綺麗」

 

 口の端から涎すら垂れさせつつ女神は恍惚とした表情で熱心に鏡を覗いていた

 そこでは彼女すら認める最強の従者、オッタルが青年に痛烈な一撃を喰らっていた

 彼の輝きが一層増しており、もはや眩しいほどだ

 手に入れたい

 なんとしてでもあの青年を自分の手元に置きたい

 可愛がりたい

 愛情を注ぎたい

 彼女の中にはいまその感情しかなかった

 暗い部屋の中で美の女神はただひたすらに鏡を見続けていた

 

 

 ネロは息も絶え絶えに見ていた

 自分の攻撃を受けてなおそこに立っている男を

 その顔は少し、ほんの少しだけ苦痛に歪んでいる様にも見えた

 先の攻撃が男に与えたダメージは如何程だったのだろうか

 効いたのか、効いていないのか

 それすらもわからない

 手応えはあった

 だがそれだけだ

 すると男は

 

「これで十分だ。また相見えることもあるだろう」

 

 そう一言だけ呟くと跳躍した

 屋根伝いに走っていく男の姿はすぐに見えなくなってしまった

 あっけにとられたのはネロだけではなかったらしく、いつの間にか来ていた見物客も唖然としていた

 うそ、あのオッタルさんが...や、あいつ一体誰だ?などの観衆の声も聞こえてきていたが、ネロはそれを一切合切シャットダウンしていた

 そして観衆達のその中にはヘスティアの姿もあり、おそらくは保護されたのだろう

 安堵すると同時に今までのはなんだったのだろうと思わずにはいられないネロ

 

「一体なんだったんだ?」

 

 次の瞬間、観衆の大歓声が通りに響き渡った




いかがでしたでしょうか?
ネロくんのスタイリッシュさを引き出そうと誠意頑張った結果でございます笑
スタイリッシュさのその一部だけでも皆様に伝われば感無量ですね
そもそもネロくんをかっこいいと思ってこの気持ちをみんなにも知って欲しいと思って書き始めたものなんです笑
それでは改めてこれからの宜しくお願い致します!


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Mission6 騒動の後

みなさんお久しぶりです
少しずつ書いていて、あまりにも更新しないのは皆様に申し訳ないなと思って投稿させていただきます
いつもの話と比べると大変物足りない内容ではあると思いますが現在夏休みに突入したので執筆時間が十分に取れると思いますのでこれからもどうぞよろしくお願いいたします


 オッタルとの一戦から一週間、ネロの名は瞬く間にオラリオ全域へと広がっていた

 それもそのはず、名も知らない一般人が都市最強と呼び声高いオッタルと互角以上の戦いを繰り広げて見せたのだから

 その上その"一般人"が冒険者を知らないときた

 噂にならないほうがむしろ異常だろう

 冒険者というのはなったその瞬間から様々な恩恵が得られる

 肉体的なものはもちろん、知能もそうだ

 親として仰ぐ神によっても得られる恩恵は変わってくるだろう

 それゆえ冒険者というのは一般人とは一線を画す存在なのだ

 常識的に考えて、一般人が冒険者に勝てるはずがない

 そう、常識的には

 しかしながら彼には常識など通用しない

 なぜなら彼の存在自体が常識ハズレだから

 神に憎まれし存在、Devil(悪魔)

 その血をその身に宿しているのだから

 しかしそんな彼は今、濃い疲労の色をその端正な顔にありありと浮かべていた

 

「Ah...だりぃ...」

 

 机にみっともなくグデーと突伏して貧乏ゆすりをしている青年が気だるげにそう言う

 顔だけでなく声まで疲労に包まれており、聞いている方まで疲れが襲ってきそうな声だった

 その疲労の原因は、奇しくも彼が立てた"偉業"によるものだっだ

 前述の通り、彼がオッタルに一太刀浴びせたという大事件は瞬く間に広がった

 人々の注目は一気にネロの集まっただろう

 しかし、ネロに注目したのはもちろん人間たちだけではなかった

 そう、神々だ

 文字どおり死ぬほど暇を持て余している彼らは面白いニュースがあれば我先にとそれに飛びつき、貪り、骨までしゃぶる

 そんな彼らの目に止まってしまったのだ

 それからのネロの日常は地獄だった

 毎日のようにファミリア加入の勧誘が押し寄せ、朝から晩まで譲れ譲らぬの大騒ぎ

 何度ブルーローズの引き金に手が伸びたのかネロですらわからないほどだ

 どちらかといえば短気な彼がなぜそこまでされてキレなかったのかというとその理由は

 

「んぅ...むにゃむにゃ...ねろくぅーん、えへへ」

 

 人様が寝不足による頭痛とイライラに悩まされている間贅沢にも惰眠を貪っているこの少女の功績であった

 ネロが銃を抜くたびにヘスティアがネロを諌めていたのだ

 今騒ぎを起こして仕舞えば、さらに大きな事件になってしまうよ?いいのかい?

 と

 そう言われて仕舞えばネロにはどうすることもできない

 銃をコートの中にしまうことを余儀無くされてしまうのだ

 銃も撃てない、寝ることもできない

 今、ネロのイライラは頂点に達しようとしていた

 先ほどから続く貧乏ゆすりも次第に激しくなってきており、今やテーブルがグラグラするほどにまでなっていた

 そんな時足音が聞こえた

 現在ネロは教会の下の居住スペースにおり、聞こえてくる足音は上の教会からだった

 タッタッタッと小走りで近づいてくる足音

 勧誘の神々(ヤツら)がくるには早すぎる

 まさか他のファミリアを出し抜こうと朝早くきたのか...?

 その可能性は十分に考えられた

 むしろ今までどうして早朝からこなかったのが不思議なほどだ

 しかしもしそうだったら余りにもウザすぎる

 こうなったら一発お見舞いしてやろう

 と、ネロは近くに置いてあった本を手に取った

 入り口にジッと視線を注いでいると顔がひょこっと飛び出してきた

 橙の髪色をした糸目の女神だ

 狡猾そうな顔立ちをしていて、しかしその容姿は十分すぎるほどに整っていた

 だがそんなことは今のネロには隣家の晩飯事情程にどうでも良いことだった

 今己がなすべきことはストレスの発散のみ

 そう意を決して手に持った本を思いっきり投げつけた

 悪魔の膂力によって中々のスピードで飛んでいったそれは

 

「よー!ロリ女神ぃ!会いにきたったで...ぶぎゃっ!?」

 

 本はバコーンと痛快な音を立てて見事訪問者の眉間に命中した

 ガッツポーズせずにはいられないネロ

 倒れる少女にガッツポーズをする青年、ねむりこける幼女神

 おそらくは、オラリオ(いち)カオスな空間がそこには展開されていた

 

 ネロはこれより、また新たな事件に巻き込まれることになる

 

 

 




いかがでしたでしょうか?正直ネロとヘスティア以外の会話を書くのは苦手ですね...
もし会話におかしなところがあったらどんどん教えていただけると助かります


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Mission7 ファミリアに加入せよ

なんかランキングで2位をとったり、1日のお気に入り数が140だったり、度肝を抜かれる最近です
作者、喜びで死にそうです
最近感想を頂けることも多くなって、返信しているのが本当に楽しいです
皆様の期待に応えられるように頑張りますので、これからもどうぞお願いします


「ったく、どういう教育しとんねん、いきなり(ひと)に本投げつけるて!びっくりするわ!」

 

 赤くなった鼻筋を抑えながらそう怒鳴り散らす一人の女神

 それを正座しながら聞く一人の幼女神

 椅子に堂々と腰掛けながら偉そうに聞いている青年

 三者三様の体制をとったその場は荒れに荒れていた

 元はと言えばもちろんネロがこの女神の鼻っ面に本をブチ当てたことに他ならないのだが肝心の本人はというと

 

「...ふん」

 

 傲岸不遜な態度で目の前で五月蝿く喚く女神を面倒臭そうに横目に見やっていた

 

「そもそもなんやねんその態度!先に手ェ出してきたんはそっちやで!?訴訟や!訴訟!」

「ちょ!?ロキ!それは勘弁してくれよ!ほら、ネロくん謝って!」

 

 ネロのあんまりといえばあんまりな態度にカチンときたのかさらに烈火のごとく怒るロキと呼ばれたその女神は実は大ファミリアを束ねる主神だ

 その構成員の多さは先日やっと一名加入(未契約)したばかりのヘスティアファミリアとは比べ物にならないほどであり、その気になればヘスティアファミリアなど一息で吹き飛ばせるほどの力を持っている

 そもそもそんなファミリアを怒らせること自体が珍しいことなのだが謝ることを促されたネロは憮然とした面持ちで

 

「ハァ?こっちの安眠を邪魔してきたのはそっちだろ。俺は謝る筋合いなんかないね」

 

 と悪びれる様子もなく言い放つものだからロキはそのきれいに整った顔を怒りで歪め

 

「そっちがそのつもりなら力づくで謝らせたるで!アイズ!この男に反省って言葉を教えたれ!」

「えぇっ!?」

 

 と入り口の方向に大声で呼びかける

 その言葉に盛大に驚くヘスティア

 アイズ、とは一体どこの誰なのかヘスティアに尋ねようとしたネロは、ヘスティアの顔が青ざめていることに気づいた

 今ロキが呼んだアイズ、とはアイズ・ヴァレンシュタインというLv.5の冒険者でオッタルに次ぐ迷宮都市オラリオの実力者

 神々に与えられた称号は"剣姫"

 常識のある人間、いや、常識のない人間でも喧嘩を売ろうとは夢にも思わない相手である

 しかしつい最近オラリオに来たネロはそんなことを知っているはずもない

 彼はいつも通りの高慢とも取れる態度で言葉を紡ごうとした

 

「アイズ?ハッ、聞いたことねえな。誰だそれ」

 

 嘲笑うかのように言い放った青年の視界に、ふと青が写り込んだ

 異変に気付いたネロがそちらに目をやるとそこにはいつのまにか少女が立っていた

 青色の軽装に包まれた細身の体

 鎧から伸びるしなやかな肢体は眩しいくらいに美しい

 繊細な体のパーツの中で自己主張する胸の膨らみを抑え込む、エンブレム入りの銀の胸当てと、同じ色の紋章の手甲、腰に下がっているサーベル

 腰までまっすぐ伸びる金髪は、いかなる金銀財宝にも負けない輝きをたたえていて、その華奢な体の上に、いたいけな女の子のような童顔がちょこんと乗っている

 ネロを見下ろす瞳の色は、金色

 今気付いたのだが、どうやらネロはこの世界に来てから人の容姿を事細かに観察してしまう癖がついてしまったようだ

 ネロの視線に居心地の悪さを感じたのか

 

「私の顔に、何か付いてますか...?」

 

 おずおず、というよりは少し感情のない口調でネロにそう問うてくるアイズ

 ネロが自分をジッと見つめているのが不思議だったのだろう

 アイズに突然話をかけられたネロは困惑した

 容姿をてっぺんからつま先まで事細かに描写していたなどとは、口が裂けても言えない

 言ったが最後、ヘスティアからも目の前の少女からもロキからも軽蔑の視線を向けられるに相違なかったからだ

 

「いや...なんでもない」

 

 と、目をそらしてそう返すことしかできなかった

 今の状況を知らないひとが見ればそれはともすればラブコメのワンシーンのようにも見えたのかもしれない

 そんな娯楽を山ほど知っているロキがそれに気付かないはずがなく

 

「なんで勝手にラブコメ展開しとんねん!アイズたんはうちのもんやで!アンタみたいな白髪にやれるかい!」

 

 そう言いながらロキはアイズの背後に立ち、両腕をアイズに腹部に回す

 息がかかるほどにその体を密着させ、恥骨をアイズの臀部に押し当てていた

 現在進行形でロキのセクハラを受けているアイズはというと

 困った顔をして腹に回された手を取ってひねり、肘鉄、ロキが痛みであとずさったところにその頬っ面に盛大な音を立てて張り手をかました

 ネロには本を鼻っ面に当てられ、アイズからは頬に張り手を食らわされ、散々だ

 アイズはなおも困ったような顔をして

 

「ラブコメって何ですか。変なことをしないでください」

 

 と、無感情に言い放った

 ロキはアイズに思い切り引っ叩かれた頬を押さえ涙目になってプルプル震えていたかと思うと、すぐに復活して

 

「クーデレのアイズたん萌えー!!」

 

 などと意味のわからない言葉を叫び出した

 アイズはもちろん、ネロにもその言葉の意味は全く理解できていなかった

 そもそもネロは寝不足なのだ

 正直このうるさい(ヤツ)を相手している暇などあれば寝たい

 

Hey(おい)、いつまで人の家で茶番かましてるんだ?」

 

 そう低い声で機嫌悪そうに尋ねるネロ

 実際機嫌の悪さはもうすでにメーターを振り切っているのだが

 そこでロキは元々の目的をやっと思い出したようで

 

「そうやった!アイズ!この男をぶちのめしたり!」

 

 と先程までと全く変わらぬうるささでそうアイズに命じた

 いつまでいってんだよ、と辟易するネロ

 アイズもそんな主神の指示に戸惑いを隠せないらしく

 

「ですが彼は...冒険者ではなく一般人です。私たち冒険者は一般人と闘ってはいけないと規則で決められています」

 

 その声には先程までとは異なり同様の色が現れていた

 ロキはなおも食い下がる

 

「そんなもん知るか!ウチはこいつに土下座させな気が済まんのや!」

「いくらロキファミリアだからってうちの大事なファミリア構成員に手は出させないぞ!」

 

 アイズの登場に呆気を取られていたヘスティアがようやく喋り出す

 しかしネロはまだヘスティアのファミリアには加入していない

 別に加入する気がなかったわけではないのだが、いかんせんここ数日はあまりにも多忙すぎた

 前述の通り連日の勧誘でゆっくり休む暇が全くなかったのだ

 それゆえネロはまだ無所属(フリー)なのだ

 それはどうやらロキも知っていたようで

 

「ファミリア構成員とか言うても一般人でまだ契約しとらんやろ!...せや、そいつロキファミリア(こっち)にくれや!性格はクソほど悪いけどこの前のオッタルとの話はウチも聞いとる。そこまでの実力者なら是非欲しいっちゅーもんや。どうや?ネロをこっちにくれるんやったらさっきまでのことは水に流す。もし断るっちゅーんやったら...」

 

 突然真面目な顔をしてそう切り出したロキはそこで一度言葉を切って

 

「戦争しかないよなぁ?」

 

 と、とても嗜虐的な笑みを浮かべてそう言い放った

 その表情は娯楽を求める神々のそれであり、先程のネロも行いに対する怒りというよりは戦いに対する飢えのように見えた

 文字どおり死ぬほど(、、、、)暇を持て余している彼らにとっては、ファミリア同士の抗争すらも娯楽の一部なのだ

 そんなある種狂気とも取れるようなロキの発言を受け、ネロは少し気圧されてしまっていた

 神々の異常性に

 しかし隣にいる神はそうではなかった

 ヘスティアはその身丈に合わぬ豊満な胸を堂々と張り、無理な要求を突き付けてくるロキに

 

「いやだね!ネロくんはボクのもんだ、渡す気はさらさらないね。戦争するつもりならするがいいさ、でも覚悟しておいてくれよ?ネロくんは、凄く強いぜ?」

 

 と、きっぱりと言い放った

 ロキはしばしあっけにとられたような表情をした後

 

「プッ、あっっはははははは!」

 

 大爆笑を始めた

 面喰らうヘスティア陣営

 アイズだけがそんな主神を冷めた目で見つめていた

 

「あははは、ひー、冗談やっちゅーに、そんなにガチにならんでも...はっはははは!腹いたいわ!」

 

 この神のふざけた態度を見るに、どうやらネロ達はからかわれていたらしい

 ということは最初から全部嘘だった...?

 自分たちがからかわれていたことに遅まきながら気づく

 もともとマイナス方向に天元突破していた機嫌がさらに底なしに落ちていく

 

「ほんだらもう帰るわ、十分笑わしてもろたし。でも」

 

 帰ろうと入り口に近づいていったロキが振り向きざまにこう言った

 

「あんまりロキファミリア(うち)をなめたらあかんで?あんたらじゃかすり傷もおわんわ」

 

 先ほどのヘスティアのロキファミリアを軽視しているとも取れるその言葉にその実少しカチンときていたのだろうか、意趣返しのようにそう言い捨てて帰ろうとしたロキ

 自らの力を軽んじられたことに対する怒りか、眠れないことへの怒りか、青筋が額に立ってしまっているネロが

 

Kick your ass(ぶちのめすぞ)

 

 ビッ、と中指を立ててその神の背中に向けて言い放った

 と、ロキもまたネロのその煽りにカチンときたようで同様にその白い額に真っ青な筋を立ててこちらを振り返った

 怒っているはずなのになぜか笑っているその顔が見るものの恐怖を誘う

 そばに立つアイズですらその迫力に少したじろいでいる様子だった

 しかし今のネロにはそんなもの関係ない

 正面切ってメンチを斬り合う二人

 火花がバチバチと散っているのが容易にわかる

 

「やってみいや、クソ白髪」

「やってやるよ、クソ糸目。悪魔殺し(デビルスレイヤー)から神殺し(ゴッドスレイヤー)になるのも悪くねえ」

 

 大胆不敵な発言をするネロにアイズが殺気立った

 主神が殺害予告をされているのだ、ここで動かねばファミリアの一員などと間違っても名乗れはしないだろう

 しかしそんなアイズをロキは片手を上げることによって制し

 

「まあええわ。そんじゃ暇があったらまた来るわー」

 

 などと言って帰っていくロキ

 荒らすだけ荒らして、どのツラ下げて帰ろうとしているのだろうか

 

Don't show your face here again!(二度と来んじゃねえ!)

 

 部屋の中にネロの声が響き渡った

 こうしてオラリオ内の大ファミリアの一つ、ロキファミリアとのファーストコンタクトは最悪の形で終わりを告げた

 

 

 ネロの住む協会から出て、自分たちの家であるファミリアへ帰ろうとするロキとアイズ

 ロキの気まぐれに振り回されたアイズは少し疲れたような顔をしていた

 しかしアイズの表情とは対照的にロキは新しい玩具を見つけた子供のようなキラキラした表情で

 

「ネロって言うたか、人の身で悪魔の血を宿すなんてなぁ...オモロイわ、あの子」

 

 ネロに興味を持った神が、また一人

 

 

 

 

 ロキが帰ってからしばらく経って

 二人はみすぼらしい書店にいた

 店内には老齢のヒューマンがおり、ヘスティアは店内に入ってくるのを見ると短い白髭を動かした

 

「やぁ、ヘスティアちゃん。ファミリアへの勧誘ならお断りだよ」

「違うって!おじいさん、二階の書庫を貸してくれよ!」

「おうおう、構わんよ。本は読んだら、元の棚に戻しておいてね」

 

 どうやらヘスティアはこの店主を勧誘しに来たことがあるようだ

 誰彼構わず誘っているのだろうか

 などと考えているネロの手を引いてヘスティアは階段を駆け上がると、その一室は古いこの香りが漂っていた

 隙間なく埋まった本棚が部屋の四方を占領しており、棚の前にも書物の山が築かれている

 

「ボク、お金がなくてね。ここの店主さんの好意でよくここに入り浸って本を読んでいるのさ」

 

 そう言われあたりを再度見渡してみる

 ネロは本を読むことがあまり好きではない

 読んでるうちに眠くなってしまうのだ

 なのでこの本の山を見ていると少し気が滅入るような気分になってくる

 

「本はあまり好きじゃないな。それよりどうしてここにきたんだ?」

「うん、それは君の僕のファミリアに入るための儀式を執り行う為だよ。ささ、服を脱いでそこに腰掛けて」

「服をか?」

「あぁ、上着だけでいいよ。これから君にボクの『恩恵』を刻むんだ」

 

 その声色に喜びを混ぜながらうきうきした様子で『神の恩恵』(ファルナ)をネロに刻み始める

 実は彼女は自分が子供に『恩恵』を授ける場所はここだと決めていた

 本が好きである自分には本に囲まれた場所であるここで始めるのが一番あっているのだと感じていたからだ

『物語』の始まりは、沢山の(ものがたり)に囲まれた、ここがふさわしいのだと

 

 

 ややあって、ネロのヘスティアファミリアへの加入の儀は無事に終了した

 ネロの隆々ながらも引き締まった背中には幾つもの漆黒の文字が刻まれている

 神聖文字(ヒエログリフ)によって刻まれた『ステイタス』

 それはまるでその者の成長を、これまでの歴史を表す『本』のようだった

 

(ネロくん、君はこれからどんな物語(みち)を歩んでいくのかな)

 

 ステイタスの更新は神によって行われる

 【経験値】(エクセリア)・・・・・冒険者が見聞きしたこと、努力、功績を蓄積する【ステイタス】は、いわば『恩恵』を授かった者の歴史書だ。

 眷属が見て聞いて成したことを神々が評価し、その背中にある【ステイタス】へと書き記していく

 冒険者が歩み、神々が記す

 ネロが歩む道のりを、その足跡を、ヘスティアが書き綴っていくのだ

 

「さぁ....ネロくん、頑張って行こうぜ。ボク達の【ファミリア】はここから始まるんだ」

「あぁ、それはいいんだけどよ、とにかく早く帰って寝たい」

「うんうん、ネロくんも気合十分で...っておいっ!いきなり出鼻を挫かないでくれないかい!」

「うるせえな、あんまりでかい声張り上げないでくれ。頭に響く」

 

 ギャーギャー、と自分のそばで騒ぐヘスティアをうるさそうにそっぽを向いてあしらうネロ

 本屋の窓から差し込む陽光は騒ぐ二人を暖かく照らしており、それはまるで二人のファミリアの門出を祝しているかのようだった

 全く反応しなくなったネロの背中に向かってギャーギャーと未だに騒ぎ立てていたヘスティアはふと目に入ったその背中に刻まれた白紙の物語を見て、嬉しさがこみ上げてきて、口をつぐんで微笑んだ

 突然止まったヘスティアの馬鹿騒ぎに怪訝そうに後ろを振り返ったネロの目に映ったのはまるで我が子の成長を見守るかのような目をした主神の姿だった

 顔立ちは幼いながらもその顔は聖母のような包容力に溢れているように見えた

 ファミリア加入の儀式は何事もなく終わったかのように見えた

 しかしヘスティアは大事な異変を見逃していた

 本来神に【ステータス】更新時にいじられない限りはただの文字で、なんの反応も示さないはずの背中に刻まれた【ステイタス】に、波紋のように紅が広がるのを

 それはまるで静かな水面に一滴の水が落ちたようで

 一瞬の後にはもう何も見えなくなってしまっていたけれど

 

 

 

 以降、彼の物語は、彼女の手で書き記されていく

 それは子供達の織り成す冒険譚

 過去、何度も繰り返されてきた冒険譚

 神々がこれまでずっと見守ってきた、英雄神話

 しかし今、そこに一つの異端が入り混じろうとしていた

 これは、その身に悪魔の血を流す青年が歩み、女神が記す

 【悪魔の物語】(デビルズミィス)




いかがでしたでしょうか
次回か次次回くらいにはダンジョンに入れたらなーと思います
それにしてもネロくん、何か忘れてることがあるんじゃないか?


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Mission8 ダンジョンを攻略せよ

みなさん、お久しぶりです
夏休みも終わってしまい、非常に悲しいです笑
さて、今回はダンジョンにネロくんがいくそうですよ...?


「それじゃあファミリア加入も終わったことだし、ステイタスの確認をしてみようか!」

 

 ネロのヘスティアファミリアへの加入が終わった後、ネロは妙にテンションの高いヘスティアに促されるままうつ伏せになりその裸の背中をヘスティアに向けていた

 そのネロの腰に座り込んでいるヘスティア

 正直ステイタスが一体どういうものなのかネロはよくわかっていなかったのだが、とりあえず言われるがままになっていた

 ネロの無言を肯定と受け取ったのか、ヘスティアはステイタスを確認する

 その間ネロは考えていた

 これからどうするのかを

 この世界に来てから怒涛のように出来事が流れていって忘れていたが、自分は元の世界からこちらへなんらかの手段で召喚されたのだ

 最後に覚えている元の世界(あちら側)での記憶は、大口を開けている魔物のような何かの姿だけだった

 背中でチャリ、と音がなっているが、深く考えを巡らせていたネロには、それがなんの音なのか考える余裕はなかった

 今ネロの頭の中を支配しているのはどうすれば元の世界に帰れるかだった

 しかし、それについて考えるにはあまりに情報が少なすぎた

 などと色々と思考したネロが最終的にたどり着いたのはこの世界に精通している人物(ヘスティア)に尋ねることだった

 思い立ったが吉日、ネロのステイタスをチェックしているヘスティアに話しかけようと首だけ傾け後ろを振り向いたネロの目に入ったのは

 

「...........」

 

 一点を見つめたまま静止してしまっているヘスティアだった

 その一点はネロの背中があるであろう位置で固定されており、さらに言えば神の恩恵(ファルナ)が刻まれている点であると思われる場所であった

 

「おい、どうした?なんか変なもんでも見たのかよ?」

 

 明らかにおかしいヘスティアに話しかけるネロ

 するとヘスティアはその細い肩をビクゥ!と震わして

 

「い、いや、なんでもないさ。ネロくんが気にすることなんて、な、何にもないよ」

 

 どこからどう見ても見え透いた誤魔化しだ

 しかし、ネロはそんなことよりも聞かなければいけないことがあった

 

「それよりもヘスティア、いきなりで悪いんだが、元の世界への戻り方を教えてくれ。ずっと考えてたんだけど見当もつかない。流石にいつまでもこの世界にいるわけにはいかない」

 

 真面目な顔をしてそういったネロにヘスティアも真面目な雰囲気を感じ取ったのか気を取り直したかのようにゴホン、と一つ咳払いをしてからネロの問いかけに対してこう返した

 

「そのことなんだけど、キミが来てからボクもそのことについて考えてたんだけど...結論から言うと元の世界に帰るのは現状不可能だよ」

 

 その可能性も少しは考えていたのだが、きっぱりと言われるとやはり来るようなものがあり、うなだれるネロ

 別の世界に飛ばす悪魔など今まで聞いたことない

 ここに来たのは偶然ではなく誰かの意思が関わっているのはなんとなく気が付いていた

 簡単には元の世界になど返してはくれないだろう

 だがそうするとこの世界に飛ばされてきた意味がわからない

 今のところ悪魔の出現もないし、そもそも悪魔がこの世界に存在するのかどうかも定かではない

 ヘスティアは知っているような口ぶりだったから、いるにはいるのかもしれない

 

「ボクら神々でも今までの歴史の中で外の世界からこちら側に飛ばされてきた人間なんて見たことない。悪魔なんてもってのほかさ。つまりネロくんの存在はボクらにとって初めての経験なんだよ」

Serious...?(マジかよ...)

 

 トドメのように突きつけられたその現実にネロは目の前が暗くなるような心境に陥った

 帰る手段があればどんなことをしてでもやるのだが、それがないとこればどうしようもない

 深くうなだれるネロに、ヘスティアが気を取り直すように明るい口調でヘスティアが言葉をかける

 

「でも、今帰る方法がわからないだけで、これからそれが分かるかもしれないだろう?まだ何もしてないのに、諦めるには早すぎると思わないかい?」

「それも...そうだな。なんとしてでも元の世界には帰らねえと」

 

 ネロの元の世界への執着にどこか寂しいものを感じるヘスティアだったが、その寂しさは押し殺してただ笑顔を浮かべていた

 しかしヘスティアにはそんな感情などよりも万倍興味を強く惹かれているものがあった

 それはネロのステイタスである

 

 冒険者 ネロ

 Lv.1

 力 : SSS 7926

 耐久 : SSS 5872

 器用 : SSS 3568

 敏捷 : SSS 6231

 魔力 : | 0

 

 青年のステイタスは、もはや規格外だった

(アビリティ...オールSSS...!?)

 ヘスティアの驚きは、誰にも知れることはなく、ただ彼女の胸の内にしまわれたままだった

 

 

 

 

 

 

 それから少しして、ネロはギルドに来ていた

 ヘスティアから

 

『とりあえずはギルドに入って冒険者として登録してもらってきなよ。そのほうが色々と楽だと思うぜ?』

 

 と薦められたからだ

 冒険者ギルドは冒険者通りの突き当たりに建っている

 荘厳な見た目をしており、白い柱が力強く立てられており、一見神殿のような雰囲気を醸し出していた

 

「ここか」

 

 ギルドの前で立ち上がり、見上げながらそうひとりごちるネロ

 ギルドの前は冒険者と思しき人々でごった返しており、ギルドの中に入るだけでも一苦労といった様子であった

 その人ごみの中には様々な人種がおり、あるものは獣の耳を、あるものは鋭い耳と美貌を、あるものは身長が低い代わりに尋常ならざる筋肉に覆われていた

 そんな様々な人種が入り乱れる人ごみの中を白銀の髪の毛の青年が歩いていた

 

 ギルドの中に入ると、その中奥には受付のカウンターが設置してあり、向かって左手には"換金カウンター"と書いてある看板がぶら下げられているブースがあり、それ以外にも様々な部屋があった

 さすがに全てを一度に把握し尽くすのは不可能なので、ネロはひとまず受付カウンターへと向かった

 幾つかあるカウンターのうち、"冒険者登録受付"と書かれた札が壁に設置されているカウンターへ向かう

 

「こんにちは、本日は冒険者登録にお越しいただき誠に...」

 

 一礼とともに定型的な口上を述べる受付嬢の顔が、ネロの顔を見た途端にフリーズする

 前もこんなことあったなと思いながら、これから起こる出来事になんとなく予測がついてしまうことにため息をつく

 

「輝くような銀髪に整った顔立ち...高身長に鋭い目つき...間違いないわ..."銀髪の剣士"よ!」

 

 妙な二つ名と共に叫ぶ受付嬢

 その瞬間にざわつくギルド内

 

「あいつが銀髪の剣士...」

「あのオッタルと互角に戦ったっていう?」

「バカ、互角以上だよ、打ち負かしたらしいぞ」

「マジかよ!?凄まじいな...」

 

 あちらこちらでひそひそ話が飛び交っている

 ここではおちおち冒険者登録も落ち着いてできないのか

 ネロは辟易としながら、どこか疲れたような低い声で

 

「めんどくせえな...早いところ冒険者って奴に登録したいんだが、いいか?」

 

 そう受付嬢に頼んだ

 それと同時に後ろを振り向き未だざわざわとしている冒険者達に

 

Bite me.Don't fuckin' look(うるせえな。見せもんじゃねえぞ)

 

 そう一言言い放つと同時にサァッ、と静かになるギルド内

 先ほどまで好き勝手に噂話をしていた冒険者達もどこか所在無げにギルドを出て行く

 その光景を見て満足げに椅子にドカッと腰掛けるネロ

 背中にかけてあるレッドクイーンは外してそばの壁に立てかける

 

「それで、冒険者登録するにはどうすりゃいいんだ?」

 

 さっきまでのテンションとは一転、しおらしくなった受付嬢

 

「は、はい、こちらの用紙に必要事項を記入していただきまして...」

 

 

 

 そうして冒険者登録と冒険者についての説明を一通り受けた

 曰く、冒険者とは天を衝く巨塔、摩天楼施設"バベル"の地下一階に入口のあるダンジョンを探索し、モンスターを倒してそのモンスターから入手することのできる魔石を金銭と交換して生計を立てているそうだ

 その魔石を交換することができるのが先ほどのカウンターだ

 そして冒険者には1人につき1人、担当の受付嬢がつくらしい

 ネロの担当はエイナ・チュールというらしい

 登録を担当した受付嬢によると人気No.1の受付嬢らしい

 あいにく今日はいないらしいのだが

 その後、ギルドを出てからネロはそびえ立つ塔、バベルにあるダンジョンへ向かっていた

 

『もしよければ、ダンジョンに潜っていかれてはいかがですか?でもくれぐれも危険は冒さないでくださいよ?』

 

 と先ほどの受付嬢に言われ、ネロ自身少し興味がわいたからだ

 それにオッタルとの一戦以来体をほとんど動かしていない、いい加減そろそろ鈍ってしまっていそうだ

 運動ついでにネロはダンジョンへ挑もうとしていた

 バベルに着くと、ギルド前と同じくらいの人数がたむろしていた

 徒党を組んでダンジョンに挑もうとしているものや、1人でダンジョンに潜っていこうとしているもの

 ダンジョンに向かう姿勢は千差万別だった

 ネロはもちろん冒険者の知り合いなどまだ1人もいないので必然的に一人(ソロ)でのダンジョン攻略となるのだが

 

 ダンジョン1階層に到着したネロの目に最初に飛び込んできたのは視界を埋め尽くす薄青色に染まった壁面と天井

 空の見えない天然の迷路はどこまでも途切れることなく四方八方に続いている

 一緒に降りてきた他の冒険者達は方々へ散っていってしまい、今ここにはネロしかいなかった

 散歩がてらゆっくりと歩く

 二股道、十字路、緩やかな下り坂

 一定間隔で整った道を形作っている地下空間を

 すると

 

『グルオォォォォォ!』

 

 目の前に犬のような異形の生物が現れた

 その口には鋭い牙が生えており、その手にはこれまた同様に鋭い爪が生えていた

 コボルト

 その鋭い牙や爪を武器として戦う犬型の魔物だ

 先ほどギルドの職員にモンスターについての話を聞いたので記憶に残っている

 

『ガルアッッッッ!!』

 

 有無を言わさず直線的に襲いかかってくるコボルトをネロは

 

Humph(フンッ)

『ギャウッ!?』

 

 軽く右手(デビルブリンガー)で掴み

 

Catch this!(喰らえ!)

 

 腕を振りかぶり、壁に猛烈な勢いで叩きつけた

 強烈に全身を打ったコボルトは

 

『グェ!?』

 

 そう間抜けな断末魔の叫び声をあげてから霧のように消えていった

 本来なら魔物の心臓部にあるはずの魔石はネロの叩きつけの勢いで破壊されてしまったらしく、その場にはもとより何もなかったかのような雰囲気が流れていた

 ネロはコボルトを叩きつけた壁を見ながら

 

「...Too weak(弱すぎる)

 

 そう退屈そうに言ったのだった

 すると

 

 ビキッビキビキビキッ

 

 近くの壁が割れる音がする

 見やると、確かにダンジョンの壁に亀裂が入っていた

 何事、と思っているとその中から

 

『『『『『『『『ギュピィッ!!』』』』』』』』

 

 先ほどのコボルトが8体も出てきた

 しかもちょうどネロを取り囲むような位置取りで

 一見知能がなさそうな見た目をしているのに、獲物を集団で狩る程度の知能はあるようだ

 ネロに獲物になるなどという意識は毛頭なかったが

 

「ハッ、束でかかれば倒せるとでも思ったか?」

 

 囲まれてなお余裕綽々といった立ち居振る舞いでネロは左手でレッドクイーンの柄を握り、一度ブィィン!!と高らかにイクシードの駆動音を鳴らす

 刀身に赤が混じる

 そして正面を見据え

 

「行くぜ」

 

 その一言と共にネロは地を蹴り天高く飛び上がった

 咄嗟のことで動きが止まりその場でボケーっと宙に浮かんでいるネロを見上げるコボルト達

 そんな彼らにネロは一切躊躇せずレッドクイーンの柄を思い切り捻り、推進剤を起爆した

 鐔の下部についているエンジンのような噴出口から紅蓮の炎が巻き上がる

 大音量と共にネロはレッドクイーンを盛大に地面に叩きつけた

 付加された推進剤の凄まじい勢いと共に

 

「Double Down!!!」

 

 とてつもない衝撃波が生じる

 その衝撃波は、ダンジョンの床に大穴を開けた

 その勢いのまま一瞬のうちに二階層に到達したネロが濛々と煙の立ちこめる中、姿を現す

 そして彼の周りには魔石が丁度8個、散らばっていた

 その一つ一つを拾い、コートのポケットの中に突っ込むと

 

「準備運動にもならねえな」

 

 フン、と鼻を鳴らしてネロは次の獲物を探して歩き出した

 

 

 

 

 それから何度か戦闘を繰り返し(一方的な虐殺が戦闘のうちに入るのかはさておき)ネロは順調に各階層を攻略して行っていた

 そしてたどり着いたのは五階層

 今までの階層と空気が違うことをネロはなんとなく感じ取っていた

 そんな感覚を覚えながらネロはしばらく五階層を歩き回っていた

 すると何かの足音のようなものが聞こえてきた

 身構えるネロ

 その足音は時間が経つに連れてどんどん大きくなっていく

 相当近い、とネロが感じた次の瞬間

 壁を突き破り、モンスターが飛び出してきた

 全身をこの前のオッタルを彷彿とさせるような無骨な筋肉で覆われた牛人

 ネロでも名前だけなら知っている

 "ミノタウロス"

 半牛半人のモンスターだ

 猛々しく天を衝くように生えた角

 息は荒く、野生の本能が荒れ狂っているのを感じる

 

「久々にちゃんとやれそうなやつじゃねえか。来いよ、相手してやる」

『ブモォォォォォォォォォォォ!!!』

 

 興奮状態なのか、唾を飛ばしながらこちらを威嚇してくるミノタウロス

 ネロは不愉快そうに顔を歪めながら

 

「汚ねえな、コートが汚れちまうだろうが」

 

 なんとも緊張感のない様子である

 しかし今までの奴らとは格が違うと分かったネロはレッドクイーンに手を伸ばし、柄を捻る

 刀身に熱が込められ真っ赤に染まる

 そしてレッドクイーンを地面に突き刺し、そこによりかかって頬杖をついた

 それから右手を突き出し、人差し指をクイクイ、と曲げた

 そんなネロを見てミノタウロスは蹄で地を二、三度踏みしめて突進体制をつくる

 ネロは今だにレッドクイーンに寄りかかったままだ

 と地を力強く蹴りながらミノタウロスは爆発的にネロへ襲いかかった

 自慢の角を低く下げ、ネロを突き上げるつもりなのだろう

 凄まじい突進のスピードに二人の距離がぐんぐんと縮まっていく

 ミノタウロスは動かない相手に勝ちを確信したような様子であった

 そして二人が激突しそうになるその瞬間に

 

Too slow(遅すぎだろ)

 

 ネロの退屈そうなその一言と同時に二つの影は激突した

 そこには突進の体勢のまま停止しているミノタウロスと、右手でその角を掴み、突進を止めているネロがいた

 ネロはつまらなそうにミノタウロスを見下ろしており、ミノタウロスはなぜ突進を止められたかを把握しきれていない様子だった

 

「なんだよ、これで本気か?」

 

 バキィ、と小気味良い音がダンジョン内に響き渡った

 

『グモォォォォォォォ!?』

 

 自慢の角をいとも簡単にへし折られたミノタウロスが怯み、二、三歩後ずさった

 本能的にネロとの実力差を感じ取ったらしく先程までとはうってかわってその目には恐怖が浮かんでいた

 戦意を失った相手に用はない

 そう結論付けたネロはミノタウロスに止めを刺そうと近づいていく

 そしてレッドクイーンを振りかぶり袈裟懸けに切り刻もうとーーーーーーーー

 

『ブモォォォォォォ!?』

 

 まだその体にネロの剣は届いていないのも関わらず、ミノタウロスは断末魔の悲鳴をあげる

 

「??」

 

 ネロが動きを止めて訝しむ

 すると

 バキバキバキィ!

 ミノタウロスの体が二つに裂けた

 そこから大量に飛び出してきた血液で覆われるネロ

 そして二つに裂けたミノタウロスのその向こうに

 

「大丈夫ですか...って、あ...」

 

 アイズ・ヴァレンシュタインが立っていた

 今再び邂逅する二人

 ミノタウロスの血にまみれたネロの口から出たのは

 

Bullshit(ざけんな)

 

 コートも顔も汚されたことに対する怒りの言葉だった




いかがでしたでしょうか
正直コボルト相手だとネロくんの強さが正直あまり表現しきれないです
ミノでなんとかしようかと思ったんですけど、ネロくんがミノに苦戦するビジョンがまったく思い浮かびませんでした...笑
やっぱりチートキャラって扱いが難しいですね
それと、更新の間隔が空いてしまい申し訳ありません
しっかりと書いていくつもりはあるので、応援していただけると幸いです


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Mission9 制裁を下せ

お久しぶりです、いやー、ベートは良いキャラしてますね。


 ダンジョンを出た2人は外の噴水の縁に腰掛けていた

 ネロは血塗れになってしまったコートを脱いで片手に持っており、顔を真っ赤に染め上げていたミノタウロスの血は洗い流した

 

「........」

「........」

 

 2人の間にただひたすらに流れる重い空気

 それもそのはず、ネロもアイズも会話が大好きというタイプではない

 むしろ寡黙な方に分類されるだろう

 こんな時アイツ(ダンテ)でもいれば、お得意のおどけた口調で場を盛り上げられたのかもしれない

 そう考えながら、しかしネロは尚も沈黙を貫いていた

 隣のアイズに目をやると、どこか罪悪感を感じているような顔で地面を見つめていた

 なぜかむしろこちらが罪悪感を感じてしまった

 

「あの...」

 

 不意にアイズが話しかけてきた

 

「なんだ?」

 

 多少驚きつつも返答する

 するとアイズは座っていた縁から徐ろに立ち上がった

 そしてネロの前に立ち

 

「さっきは...ごめんなさい。獲物を横取りしてしまって」

 

 そう謝罪したのだ

 別段、ネロはあのミノタウロスの特別執着心があったわけでもないので、特に気にしてはいなかったが、改めて言われると獲物を横取りされた形になるのか、と彼女の言を頭の中で反芻した

 

「クリーニング代なら出すから、許してほしい」

 

 主人に叱られて謝る犬のような上目遣いだった

 そして財布を取り出してこの世界の通貨をネロに差し出してくる

 先刻コートを汚されたことからつい荒い口調で喋ってしまって萎縮させてしまったのだろうか

 しかしそんなことで萎縮するような奴とも思えない

 先ほどまでの沈黙はどうやって謝るかを考えていたのだろうか

 とすればなんとも可愛い話ではないか

 ネロはどこかおかしさがこみ上げてきてプッ、と吹き出してしまった

 

「?」

 

 そんなネロを不思議そうな目で見つめるアイズ

 

「いや、悪い。なんかあんたが犬みたいに見えてよ、おかしくてつい笑っちまった」

「私は犬人じゃないよ?」

 

 ネロの軽口にそう生真面目に回答するアイズ

 どうも冗談が通じていないみたいだ

 

「とにかく、コートのことは気にすんな。クリーニング代もいらねえ」

「いや、でも」

「本人がここまで言ってんだからもう気にすんな。この話は終わりだ、いいな?」

 

 なおも食い下がろうとするアイズの言をぴしゃりとはねのける

 

「それじゃ、俺はもう行くからな。じゃあ」

 

 そう言って別れを告げて去ろうとするネロ

 踵を返して立ち去ろうとすると髪を引かれるような感じがした

 いや、実際には袖を引かれていたのだが

 アイズがネロのパーカーの袖をキュッと掴んでいた

 何事かと怪訝に思って尋ねる

 

「...なんだよ?」

「名前」

Huh?(は?)

「前にヘスティア様の本拠(ホーム)でも聞いたことあるかもしれないけど、一応。私はアイズ・ヴァレンシュタイン。Lv.5の冒険者。よろしく」

 

 唐突に始まった自己紹介に頓狂な返事しか返すことができないネロ

 彼女は一通り自己紹介を終えてから

 

「それで、君は?」

 

 と、ネロにも自己紹介を促してきた

 生まれてこのかた自己紹介などほとんどしてこなかった彼はなんと言えばいいのか逡巡したが、彼女を真似て

 

「ネロだ。Lv.1、ってことになるのか?この前登録ってやつも済ませたばっかだし。」

 

 そう言うとアイズの読み取りづらいその表情の中に一瞬確かに驚愕の色が浮かんだ

 しかしネロにはその訳はわからなかった

 

「...そう。それじゃあ改めてこれからよろしく、ネロ」

「あぁ。」

 

 逆方向に向かって歩き出す2人

 こうして2人の本当の意味での初めての邂逅は終了した

 本拠(ホーム)である廃教会への帰路についてからネロの心を支配していた問題はただ一つ

 

(コートどうすりゃいいかなあ...)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネロと別れた後、アイズは再びダンジョンの方向へと向かっていた

 別にまた潜りに行くというわけではない

 ファミリアの面々達と合流しにいくのだ

 実はアイズはダンジョンの深層攻略の帰りであった

 しかしその中途でミノタウロスの群れに襲われたのだ

 しかし、問題はミノタウロスごとき(、、、)などではない

 ミノタウロスは皆深層攻略の疲弊もあったが問題なく片付けることができていた

 しかし、そんなロキファミリアの圧倒的な強さに恐れをなしたのか、一匹のミノタウロスが上階へ逃げて行ってしまった

 上層にいる冒険者たちはLv.1がほとんどだ

 そんな彼らでは束になってかかってもミノタウロスには勝てないだろう

 それゆえアイズはミノタウロスを急ぎ追いかけ仕留めようとしていたのだ

 追って追って、駆けて駆けて彼女がやっとミノタウロスを見つけた時そこには目を疑うような光景が広がっていた

 Lv.1であるだろう青年が事もあろうにミノタウロスの突進を片手のみで止めて、さらにその角を圧し折ったのだ

 結果的にはアイズがミノタウロスを仕留める結果になったが、あのままアイズが傍観を決め込んで居れば確実にミノタウロスはネロによって仕留められていてことだろう

 そんな彼の圧倒的な、まさに鬼神のごとき強さを見せられた

 今まで十余年と短い人生の中でも、あそこまで圧倒的な強さを見たことが彼女はなかった

 ともすればオッタルと並び立つ、いや、越えているのかもしれない

 先ほどの会話で師事を請いたくなるほどに、あれこれと栓有る(、、)ことをしつこく尋ねたくなるほどに

 彼女は彼に並々ならぬ興味をその心の内に宿していた

 その強さに、その強さの理由に

 

「アイズたあああああああああああん」

 

 向こうから自らの主神の自分の名を呼んでいる声が聞こえてくる

 彼女は歩を速めた

 

 

 

 

 そして、夜

 ネロはベッドに横になりながら今までに起きた出来事を整理していた

 突然この世界に飛ばされてから、激動の日々を過ごしてきた

 これまでのことを思い出しながら、ネロは違和感を感じていた

 それはさほど重大なものではない気がするのだが、ネロの頭に引っかかり続けている

 ふと、記憶の引き出しから一つの記憶が飛び出してきた

 思い出されるのは、一週間前のシルとの会話の記憶

 

『うーん、それじゃあ、今晩ここ(豊饒の女主人)で晩御飯を食べにきていただくっていうのはどうですか?店の儲けにもなりますしネロさんも恩を返せますし一石二鳥だと思います!』

『...OK,んじゃあ今夜ここに来るよ。楽しみにしとくぜ』

 

 この世界にきてから初めて、戦闘においての危機感以外でネロの頬を冷や汗が伝った

 

(...忘れてた)

 

 あの後すぐにオッタルとの戦いがあり、そこからの勧誘地獄ですっかり忘れていた

 自分はあのとき確かに恩返しのためにその日の夜に食事をしに来ると約束したのだ

 自分を助けようとしてくれた少女に

 ベッドからゆっくり体を起こした

 体感的には、まだ21時ほどだろう

 幸運なことにあの少女の店は見た感じ酒場だった

 この時間なら余裕でまだやっているだろう

 ネロに割り当てられていた部屋のドアを開け、近くの椅子にかけられていた自分のコートを取り、勢いよく羽織り少しの金を持って部屋を出て行った

 

 

 大通りを歩いていると、そこはむしろ昼間よりも人が多く、その様相は昼とは打って変わって乱雑なものとなっていた

 うろ覚えの記憶で通りを歩くネロ

 方々の酒場から景気よく大声が打ち上がっており、後から怒声や笑い声が続く

 解放された店の窓から漏れ出るオレンジ色の灯りと一緒に、いくつもの人影が舗装された道の上を踊っていた

 しばらく大通りを周囲を見渡しながら歩いていると、ようやく記憶に合致しそうな建物の前にたどり着いた

 

「...ここか?」

 

 他の商店と同じ石造り

 二階建てでやけに奥行きのある建物は、周りにある酒場の中で最も大きいかもしれない

 店の中に入ると最初に目についたのは、カウンターの中で料理やお酒を振る舞う恰幅のいい女性の姿であった

 おそらくはこの店の主人だろう

 チラリと見える厨房では見覚えのある猫耳を生やした少女たちがてんてこ舞いに動き回り、そして客の注文を取る給仕たちもさも当然のように全員ウェイトレスだった

 店内のスタッフの全員が女性だった

 そしてその中の1人が入店したネロに近づいてきた

 

「いらっしゃいま...!?」

 

 言葉途中で途切れてしまった店員の顔を見やると、彼女は一週間前にも会った少女、シルであった

 やはりネロが突然来たことに驚いたのか、ネロを見上げるその目にはあからさまに驚愕の色が浮かんでいた

 ネロは罪悪感からか居心地悪そうに頬をポリポリとかきながら

 

「悪い、色々ゴタゴタしてて来るの忘れてた。許してくれ」

 

 そう一言、謝った

 そんなネロに一瞬ハッとなっていたシルは瞬間、ニッコリとして

 

「大丈夫ですよ、そんなに申し訳なさそうな顔しなくても。ほら、こんなとこに立ってないで席に座りましょう?」

 

 そう言われると断ることもできずに、ネロは下げていた頭をあげて、ネロを席に案内するシルの後ろについて行った

 この時ネロは大きな勘違いをしてしまっていた

 

(良かった、あまり怒ってはいなさそうだな)

 

 5分後には彼のそんな考えなど跡形もなく打ち砕かれてしまうことも知らずにそんな呑気なことを考えながら歩くネロ

 案内されたのはカウンター席の一番端

 初めてこの店に来るネロに配慮してくれたのだろうか

 しかしその気遣いは生来他人の視線など気にもとめないネロには不要なものであったが

 とりあえずは案内された席に座るネロ

 お詫びにたくさん注文したいのは山々だったのだが、ネロはもうすでに夕飯を食べてしまっていた

 なので非常に申し訳ないのだが、量が少ない料理を食べる心算だった

 メニューをシルにも見えるように傾けながら尋ねてみる

 

「なぁシル。量が少ない料理って...」

「このパスタですね」

 

 半ばかぶせるようにそう言ったシルが指差しているのは、魚介類が盛りだくさんのパスタだった

 とても今のネロに食べ切れる量には見えない

 嫌な予感がした

 

「...ん?い、いや、シル。俺が聞いたのは量が少ない料理なんだが...」

「このパスタです」

 

 珍しく面食らった様子でシルに同じ質問を繰り替えすも、またもや被せるようにシルが同じパスタを指差しながら同じ答えを口にする

 シルが指差しているパスタから横に少し視線をずらすと小さい皿に盛られたパスタの写真も載っていた

 なぜこちらを紹介してくれないのか

 もうネロの中で答えは出ていた

 

(怒ってるなこりゃ...)

 

 ここは逆らわずに言う通りにしたほうがいいな、と悟ったネロは

 

「...じゃあ、それで」

 

 普段優しい人が怒った時が一番怖い、という世界共通概念をこの日ネロは再認識することになった

 

「はぁ〜い♪」

 

 機嫌の良さそうな返事と共に厨房へ戻り、ネロが注文したパスタを厨房の料理人に伝える

 しばらく待っていると料理が出てきた

 

「デケェ...」

 

 写真よりも3割増しほどに増量して出てきたパスタにネロはそう端的に感想を述べるほかなかった

 

「アンタがシルのお客さんかい?ははっ、冒険者のくせに整った顔してるねぇ!なんでもアタシ達に悲鳴を上げさせるほど大食漢なんだそうじゃないか!じゃんじゃん料理出すから、じゃんじゃん金を使ってってくれよぉ!」

What!?(はぁ!?)

 

 告げられた言葉に驚くネロ

 ばっと背後を振り返ると、いつの間にかそばに控えていたシルはさっと目を横にそらした

 やりやがったな...

 

「なぁ、俺はいつから大食漢になったんだ?初耳なんだが」

「......えへへ」

「......」

 

 呆れて物も言えなくなったネロ

 取り繕うようにシルが言い訳をする

 

「その、ミアお母さんに知り合った方をお呼びしたいから、たっくさん振舞ってあげて、と伝えたら.....尾鰭がついてあんな話になってしまって」

On Purpose!(わざとだろ!)

「私、応援してますからっ」

「金もあんまり持ってきてねえし、そんなに食えねえぞ?腹も減ってねえし」

「何日もネロさんが来るのを待っててー来てくれたと思ったらこの仕打ちなんてー酷すぎますー」

 

 棒読みでそう言い放つシル

 そう言われると罪悪感から何も言えなくなってしまうネロ

 そんなネロを見てシルは微笑みながら

 

「ふふ、冗談です。ちょっと奮発してくれるだけでいいんで、ごゆっくりしていってください」

「...わかったよ」

 

 注文して料理が出てきたからには食べないわけにはいかない

 木製の食器入れからフォークを取り出して勢い任せにスパゲッティを口に運んでいく

 勢いで完食できるかと思いきや、5口目を口に運んだあたりから腹がキリキリと痛んできた

 もう胃の中は満タンだとアピールしているかのようだ

 先ほどまでネロがスパゲッティを食べている間に時々話しかけてきていたシルは他のテーブルのオーダーを取りに行ってそばにいない

 少しの孤独感を感じつつもネロは無理やり口の中に運んでいく

 全体の80%ほど無理やり胃の中に収めてもう少しというときに、店内にどっと十数人規模の集団が酒場に入店してきた

 ネロが座っている席とちょうど対角線のぽっかりと空いた一角に案内されていた

 

(...ん?)

 

 不意にネロの視界に金色の髪が飛び込んできた

 大勢の冒険者の中でひときわ異彩を放ち周囲の注目を集めているのは、アイズだった

 周りのざわめきにも微動だにせず静かな表情で落ち着き払っている彼女はここ(酒場)には大変似つかわしくないように思えた

 

『......おい』

『おぉ、えれえ上玉ッ』

『馬鹿、ちげえよ。エンブレムを見ろ』

『......げっ』

 

 周囲の客は彼等が【ロキ・ファミリア】だということに気づいた途端にこれまでとは異なるざわめきを広げていく

 顔を近づけあって密談を交わすようなひそひそ話が始まっていた

 

『あれが』『......巨人殺しの【ファミリア】』『第一級冒険者のオールスターじゃねえか』『どれが噂の【剣姫】だ?』

 

 方々からそれぞれ好き勝手言い合っているのがネロの耳にもよく聞こえてくる

 

「よっしゃあ、ダンジョン遠征みんなご苦労さん!今日は宴や!飲めぇ!」

 

 おもむろに一人の人物が立って音頭をとった

 ロキだった

 まああの面々は皆【ロキ・ファミリア】の構成員であるだろうから、当たり前と言えば当たり前だろう

 彼女のその音頭を起点として【ロキ・ファミリア】の構成員達は騒ぎ出した

『ガチン!』とジョッキをぶつけ合ったり、料理を豪快に口に運んでいたりしていた

 外見は目立つアイズは少しずつマイペースに食事を進めていた

 先ほどまで注目を一身に集めていた【ロキ・ファミリア】が宴会一色の雰囲気に突入すると、他の客達の我に帰ったのか、それぞれの食事や酒に手をつけ始めた

 

「【ロキ・ファミリア】さんはうちのお得意さんなんです。彼等の主神であるロキ様に、私たちのお店がいたく気に入られてしまって」

 

 いつの間にそばに来ていたのだろうか

 シルが横で解説をしていた

 しかし、ネロにはさして興味のない話題だったので、そうなのか、と短く返事だけして放置していたままだった少量だけ残っているスパゲッティに再び手をつけ始めた

 わざわざアイズに挨拶しに行く必要もないだろう

 しかし、料理に没頭しようとしたネロの意識は再び【ロキ・ファミリア】内の会話に引き寄せられてしまった

 

「そうだ、アイズ!お前のあの話を聞かせてやれよ!」

「あの話......?」

 

 アイズから見て席が二つほど離れた斜向かいに座る獣人の青年が、何かの話をせがんでいるようだった

 

「あれだって、帰る途中で何匹か逃したミノタウロス!最後の一匹、お前が五階層で始末したしただろ!?そんで、ほら、あんときのトマト野郎の!お前あの後介抱してやってたんだろ?」

 

 どうやら獣人の青年はネロのことを話題に挙げているらしい

【ロキ・ファミリア】の会話などネロにとっては特に興味のないことだったのだが、自分のあずかり知らぬところで噂されるのはやはり気になりようで、耳を傾けていた

 なおも会話は続く

 

「ミノタウロスって、十七階層で襲いかかって返り討ちにしたら、すぐ集団で逃げ出していったやつ?」

「それそれ!奇跡みてぇにどんどん上層に登って行きやがってよっ、俺たちが泡食って追いかけていったやつ!こっちは帰りの途中で疲れたってのによー」

 

 その青年が言っていることから推察するに、【ロキ・ファミリア】は深層まで遠征していて、帰路の際に遭遇(エンカウント)したミノタウロスの群れを仕留め損ね

 なんとかそれを追いかけていった後、アイズがとどめを刺した

 どうやら【ロキ・ファミリア】の中ではこういったシナリオになっているらしい

 

「それでよ、いたんだよ、いかにも駆け出しっていう世間知らずそうな冒険者(ガキ)が!」

 

 ネロのことだ

 

「抱腹もんだったぜ、俺は最後の瞬間しか見れてないんだけどよ、アイズが真っ二つに両断したミノの裂け目の間からそいつが見えてきたわけよ!」

「ふむぅ?それで、その冒険者どうしたん?助かったん?」

「アイズが間一髪のところで助けてたからな。なっ?」

 

 アイズにそう同意を求める青年

 アイズはわずかに眉をひそめているように見えた

 

「それでそいつ、あのくっせー牛の血を全身に浴びて......真っ赤なトマトになっちまったんだよ!くくくっ、ひーっ、腹いてぇぇ......!」

「でもその後二人はどうしたん?どっかいったんでしょ?」

「さあな、俺はそっからは見てねえけど。だってよ、あんまりにも可哀想すぎるだろ?真っ赤になってそんで介抱されてるときにまた俺にバカにされたらよ!俺だったら冒険者やめてるぜ、思い出したらまた笑えてきたわ、くくくっ」

「うわぁ.......」

「アイズ、あれ狙ったんだよな?そうだよな?頼むからそう言ってくれ..............!」

「.........そんなこと、ないです」

 

 獣人の青年は目元に涙をこらえ、他のメンバーは失笑し、別のテーブルでの話を聞いている部外者達は釣られて出る笑みを必死に嚙み殺す

 一方ネロはといえば、残ったイカをフォークで刺して、口に運んでいた

 そばにいたシルはまた他のテーブルの注文を取りに行ってしまっているようで、またネロは独りだった

 なおもネロの話で盛り上がる【ロキ・ファミリア】

 

「しかしまぁ、久々にあんな情けねえやつを目にしちまって、胸糞悪くなったな。女に介抱されて、恥ずかしくねえのかよ」

「......あらぁ〜」

「ほんとざまあねえよな。ったく、雑魚なんだったら最初から冒険者なんかなるんじゃねえっての。ドン引きだぜ。なあ、アイズ?」

「......」

 

 好き勝手言い続けている青年に、さすがのネロも少し苛立ちを覚えた

 いわれのないことで非難されることほどムカつくことはない

 

「あぁいうやつがいるから俺たちの品位が下がるっていうかよ、勘弁してほしいぜ」

「いい加減そのうるさい口を閉じろ、ベート。ミノタウロスを逃したのは私たちの不手際だ。巻き込んでしまったその青年に謝罪することはあれ、酒の肴にする権利などない。恥を知れ」

「おー、おー、さすがエルフ様、誇り高いこって。でもよ、そんな救えねえやつを擁護して何になるってんだ?それはテメェの失敗をテメェで誤魔化すための、ただの自己満足だろ?ゴミをゴミと言って何が悪い」

「これ、やめぇ、ベートのリヴェリアも。酒が不味くなるわ」

 

 ーーーイライライラ

 

「アイズはどう思うよ?自分の前で震え上がるだけの情けねえ野郎を。あれは俺たちと同じ冒険者を名乗ってんだぜ?」

「ネロは、そんなんじゃありません。彼はすごく強いです」

「おいおい、そんなわけねえだろ?俺の目を誤魔化そうったってそうはいかねえぞ?お前が助けた現場、しっかり押さえちまったんだしな。

 そもそもそんなにつえぇなら一人でミノくれぇ倒せるだろ?」

 

 その一言でまたドッ、と場に笑いが起こった

 

「.......彼はまだダンジョンに慣れていないようでしたし、初めてでは仕方ないと思います」

 

 ーーームカムカムカ

 

「何だよ、いい子ちゃんぶっちまって。......じゃあ質問を変えるぜ?あのガキと俺、ツガイにするならどっちがいい?」

「.....ベート、君、酔ってるの?」

「うるせえ。ほら、アイズ、選べよ。雌のお前はどっちの雄に尻尾を振って、どっちの雄に滅茶苦茶にされてえんだ?」

「......私は、そんなことを言うベートさんとだけは、ごめんです」

「無様だな」

「黙れババァッ。おいアイズ、あんな軟弱野郎を選ぶのかよ?顔ばっかいいだけで中身が全然伴ってねえじゃねえか。デクだぜ、デク」

 

 ーーーイライライライライライラ

 

「あんな奴好きんなる女なんてよ、よっぽど好き者かキチガイのビッチ(、、、、、、、、、、、、、、、、)かどっちかだろ!」

 

 我慢の限界だった

 椅子を弾き飛ばすように立ち上がり、ツカツカと獣人の青年に近づいていくネロ

 それにアイズもロキも気付いたようで

 

「あっ.......」

「...誰かと思ったら........白髪頭やないか!」

 

 そんな二人の反応などの目も耳もくれず、獣人の青年だけを目標に近づいていく

 獣人の青年もネロの目的は自分だと気付き、こちらを鋭い目付きで睨んでくる

 しかし表情は何かに気づいたかのような気色に変わると途端にバカにしたような表情に変わった

 

「テメエ、誰かと思ったら昼間の冒険者(ガキ)じゃねえか!おいおいお前ら見ろよ!こいつがさっき俺が言ってた奴だ!恥ずかしすぎて俺に話をやめてくれとでも頼みに来たみてえだ!」

 

 その一言にまたもや笑いが起きる

 しかしそんなものには全く反応を示さない

 ネロは獣人の青年の獣の耳が生えた頭をむんずと掴むと

 

Don't get carried away.(調子に乗んな)

 

 テーブルに猛烈な勢いで強烈な音を立てながら叩きつけた




いかがでしたでしょうか
正直最後のベートへの制裁を書いてるときはすごく目が輝いてたと思います笑
原作を読んでたときから何とか復讐してあげたかったので笑


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Mission10 ブチのめせ

記念すべき第十話です!
自分はなかなかな飽き性だと自覚しているんですけども、ここまで続いたことは正直びっくりしてます笑
正直みなさんの応援がなかったらここまで頑張れませんでした!
これからも頑張っていきたいと思いますので、応援お願いします!


Don't get carried away.(調子に乗んな)

 

 テーブルに猛烈な勢いで強烈な音を立てながら叩きつけた

 その衝撃でテーブルは砕け、哀れ、ベートの頭はその木造の床に衝突することとなった

 

「ガッ!?」

 

 短い苦悶の声

 もちろん現在床に沈められているベートのものだ

 さすがに床材は突き破ることはできず、ただただぶつけるだけになってしまったが、かなりのダメージを与えたはずだ

 筈だったのだが

 ベートの指先がピクリと動いた

 

(こいつ、まだ意識が...)

 

 驚きよりも先にまず怒りがやってきた

 なぜキリエを侮辱したこいつがまだ息をしてやがるんだ?

 一度地面に押し付けたままだった青年の顔を無理やり引き上げる

 幾らベートが上級冒険者であろうと一級のダンジョン経験者であろうと、ネロとは格が違った

 彼は人類を脅かす"悪"そのものと対峙してきたのだ

 端正だったその顔は今は床材にぶつかった衝撃から出た鼻血で真っ赤に染め上げられていた

 呻き声を上げながら、しかしその瞳だけは未だにネロへの敵意をむき出しにしていた

 おそらくは脳震盪を起こしてしまっているのだろう

 焦点の合わないその瞳で、今なおネロのことを睨めつけ続けていた

 腹が立つ

 

「おいおい、無様なのはどっちなんだよ?ザコはどっちだ?ゴミはどっちなんだよ?なあ、教えてくれよ、言ってみろよッ!!!」

 

 身を突き刺すような激情にその身を任せ、渾身の怒りを込めてもう一度床に叩きつける

 その衝撃はともすれば店全体を揺らしたかもしれない

 今や天井にぶら下げていた灯りは明滅を始め、叩きつけた瞬間は周りの椅子やテーブルが一瞬浮き上がったほどだった

 そしてネロの脳裏を常に焼き続けるのは、世界で一番愛しい存在(キリエ)だった

 そんな彼女が、ネロが命を賭してでも守ろうと決めた彼女が、今どこの誰とも知らぬ男に愚弄され侮辱され踏みにじられたのだ

 もう一度無理やり顔を引き上げながらその憎い面に鋭い犬歯をむき出しにしながらネロは叫ぶ

 

「テメエは!キリエを侮辱した!殺す、殺してやるからなァ!!!」

 

 今まであっけに取られてことの行く末を見守っていて【ロキ・ファミリア】もネロの殺害予告とも取れる、いや、殺害予告としか取れない(、、、、、、、、、、、)発言に我に返ったようで

 

「オメェなにしてくれてんだコラァ!」

 

 大勢のうちの殺気立った一人がそう言いながらネロに食ってかかってくる

 ベートを押さえつけているその背中に一撃くれてやろうと殴りかかった

 しかし

 

「邪魔すんじゃねェ!!」

 

 ネロはすぐさまベートの拘束を解き迎え討つ

 ネロの拘束から解放されたベートは力なく地面に倒れ伏した

 

「オラァ!」

 

 そしてこちらを殴り付けようとして突き出された拳を最小限の動きで避け、相手の横っ面に右ストレートを叩き込む

 クロスカウンター気味に決まったその一撃でかわいそうな犠牲者は窓を突き破って外に飛び出していく

 

『なんだあいつ...』『おい、ベートの奴の話じゃあいつぁよえぇんじゃねえのかよ?何だよあの強さっ!?』『鬼みてえなやつだ......!』

 

 ネロのあまりの強さと鬼気迫る戦いにさすがの歴戦の猛者ぞろいの【ロキ・ファミリア】の面々にも緊張が走る

 

「あの子っ...!」

 

 未だ臨戦態勢のネロを見て、アマゾネスの姉妹の片割れ、妹のティオナがネロを止めようと飛び出そうとした

 

「待って、ティオナ」

「団長!?なんで止めるの!?」

 

 しかしそんな彼女を呼び止める声が一つ

 フィン・ディムナ

 彼女ら【ロキ・ファミリア】の構成員達を束ねる小人族(パルゥム)の団長だ

 ファミリア最古参で、オラリオでも最高峰の実力者であるLv.6の第一級冒険者

 非常に理知的で頭も切れる彼が止めたのだ

 何かしら理由があるのだろうと考えその理由を問う

 

「今の彼は興奮状態で非常に危険だ。今僕たちが出て行ったとしても非常に厳しい戦いを強いられるだろう。ベートは彼をザコ、と評価したが僕はそうは思わない。今の戦いぶりを見ていて君もわかっただろう?彼は強い。冗談抜きでね。不本意極まりないけど、今は彼が落ち着くのを待つしかないだろう。わかってくれるね、ティオナ?」

「でも...!」

「わかってくれるね?」

「むぅ...」

 

 団長であるフィンにそう強く諭されてはどうしようもない

 ティオナは渋々見守ることにした

 ベートは自業自得だとしても彼はやりすぎだ

 このまま止めないままではきっと、彼に殺されてしまう

 そんな焦りとの板挟みの中で、【ロキ・ファミリア】の上位構成員は見守ることしかできない自分の歯がゆさを強く感じていた

 

 

 そんな中、厨房でも同じような事件が起きていた

 

「ミアお母さん!ネロさんが!」

「そんなに怒鳴らなくても聞こえてるよ、ありゃ止めようがないねぇ。そこらの冒険者が暴れてるだけってんならまだしも、あれはねぇ...」

「アイツ、マジギレしてるにゃん...」

「あの狼人(ウェアウルフ)にも非があるとは思いますが」

「そうだけどやりすぎじゃないかニャ!?殺しそうな勢いニャン!」

 

 そう言う騒がしく会話している彼女達の視線の先には激情に身を任せる獣が立っていた

【ロキ・ファミリア】と同様に今まで数多の冒険者同士の諍いを止めてきた"豊穣の女主人"も、ネロの凶行に対して沈黙を選んだ

 それほどまでに彼の能力は圧倒的な威圧感を以ってその場の全員を飲み込んでいたのだ

 

 そして舞台は戻り、ホールへ

【ロキ・ファミリア】はネロの暴に完全に飲まれ、今や完全に膠着状態に陥っている

 しかしネロは何かが自分の背後で動き出そうとしている気配を感じた

 と、同時に感じる強い殺意

 その殺意はネロの身体に本能的に回避行動をとらせるのに十分なほど濃密なものだった

 

「っ!?」

 

 身を翻して横に半歩分回避する

 瞬間、つい先ほどまでネロが立っていた場所のベートの踵下ろしが突き刺さっていた

 おそらくは金属製なのだろう、いかにも特別仕様といった外見のそのブーツがベートの武器なのだろう

 その顔を見ると先ほどネロが叩き込んだ傷跡はなかなかの回復具合を見せており、彼本人の治癒能力の高さをうかがわせた

 

「ザコが粋がりやがってっ........!今からボコボコにしてやるから覚悟しろよクズがぁ...」

 

 自分を散々一方的にねじ伏せたネロに並々ならぬ怒りを抱いているようでその目には殺意以外の何物も映っていなかった

 

「剣を抜けよクソガキがぁ...!武器ごと叩き潰してやるからよォ!」

「ハァ?お前ごときにコイツ(レッドクイーン)を使うなんざ、剣が泣くぜ。御託はいいからよ、とっととかかってきたらどうだよ?ビビってんのか?」

「...後悔してもおせぇぞ」

 

 血を蹴り弾丸のように飛び出しベート

 そのベクトルは一直線にネロの方向に向かっていた

 

「フッ、ハッ!」

 

 連続で繰り出される高速の蹴り技をネロは次々と難なくかわしていく

 

「おせぇよ、蚊が止まったみてぇだ」

「ほざくな!」

 

 ネロがそう一言言い放つと同時にベートが蹴りかかってくる

 右フェイントからの左回し蹴り

 普通ならばここで顔面に食らって即気絶GAMEOVER

 しかし何度も言うようだが彼は全くもって(、、、、、)普通ではない

 ドン!

 と短く破裂音のような音がなる

 ベートの左足がネロの右手でしっかりと掴まれていた

 ここからベートの悪夢が始まる

 

Cry out loud!(泣き叫びな!)

 

 足首を強く持って力一杯壁に投げつける

 またもや地を揺るがす轟音

 悪魔の膂力を持って投げつけられたものがどうなるかは想像に難くない

 

「ガハッ!?」

 

 背中を強く打ったからか、苦しそうな声で喘ぐベート

 痛みに苦しみつつ体制を立て直そうと立ち上がろうとしたベートの目の前には

 

It's beginning!(こっからだぜ!)

 

 悪魔が立っていた

 ネロは休む暇も与えずベートの土手っ腹に蹴りを入れ浮き上がらせたところを大上段からの踵落としでもう一度地面に叩き落とす

 

「グゥッ!?」

 

 そして地面に衝突して浮き上がったところを首根っこひっつかんですくい上げ、力任せに投げる

 そして猛スピードで飛んでいくベートに異様なスピードで走りよって追いつきまたもその頭をふん掴み地面に叩き込む

 そのまま無理に引き起こして壁に投げつけ

 

Die!(死ね!)

 

 と叫びながらレッドクイーンを抜いてベートに投げつける

 その瞬間、【ロキ・ファミリア】の面々はしっかり見ていた

 ネロの瞳が紅く妖しく光り、その残像が綺麗に線を描いているのを

 彼らは感じてしまった

 ネロの本気の殺意を

 人間の本能が、冒険者としての経験が彼らに警鐘を鳴らす

 (ネロ)はベートを殺す気だと

 場の全員に緊張が走る

 

 

 

 甲高い金属音を鳴らしてレッドクイーンが壁に突き刺さる

 しかしそんな彼らの危惧に反してネロが投げたレッドクイーンはベートの頭部の真横に突き刺さっただけだった

 

Just kidding(なんてな)

 

 肩をすくめて冗談めかす

 すっかり冷静さを取り戻したようで、冗談を言う余裕すら生まれており、相手を食ったような態度を崩さない何時ものネロに戻っていた

 

「うぅ...ぐぅ...」

 

 こちらもこちらで中々に根性があるようで、ネロの猛攻にも未だ意識を刈り取られていないようだった

 未だに身を起こして立ち上がろうとしているその執念とプライドにネロは少し驚嘆を覚えていた

 第一級冒険者という称号はここまで人を強くするのかと

 しかし、情けはかけない

 まだ一番聞きたい言葉がコイツから聞けていない

 

「オイ、お前。ベートとか言ったか」

 

 息も絶え絶えでこちらを見るベート

 

「キリエに謝れ。お前が侮辱したキリエに、謝れ」

 

 こいつが侮辱したキリエにだけは、なんとしてでも謝らせなければいけない

 ここまでボコボコにしてやればさすがに素直に謝るだろう、とネロは考えていた

 

「ウル、セェ」

「は?」

 

 その口から出た言葉は本来ネロが欲した言葉とは全く異なるものだった

 

「確かに、お前は強い、かもしれねえ」

 

 口の中が切れているのか上手く言葉を紡げていないベート

 そんな中でも彼は喋ることをやめない

 伝えることをやめない

 何が彼をそこまで突き動かすのかネロにはわからなかった

 

「だけどなぁ、いまここで謝っちまったら、自分の非を認めちまったら、俺のいままで貫いてきた信念はどうなっちまうんだよォ!俺のプライドは!築きあげてきた評価は!どうなるんだよ!」

 

 そう言いながらこちらへ突っ走ってくるベート

 おそらくは最後の力を振り絞っているのだろう

 哀れだった

 未だに自分の評判やらプライドやらを捨てないで必死に守ろうとしている彼はただひたすらに哀れだっだ

 もはや蹴りを入れる力もないのか拳を振り上げ殴りかかってくる

 もはや避ける必要もないほど力がこもっていないものだった

 しかし

 ネロはその腕をバッ、と掴むとその勢いのまま体を反転させ一本背負いを決め、凄烈な勢いで綺麗な弧を描きながらベートを地面に叩き伏せた

 あたりに響き渡る爆音は耳を塞ぎたくなるものだった

 

「ギャンッ!?」

 

 その苦悶の悲鳴を最後にして、ベートは動かなくなった

 完全に意識を刈り取ったことを確認してから周りを見渡すとそこには怯えて目をしたものか呆気に取られて呆然としているものしかいなかった

 ロキが大口を叩いてからどんなものかと思っていたが、全く話にならないではないか

 拍子抜けだ

 全くもって、拍子抜けだ

 壁に刺さったままのレッドクイーンを抜こうと壁の方向に歩いて行くと、冒険者たちがザァッ、さながらモーゼの海渡りのように二手に別れた

 そしてそのままレッドクイーンを壁から引き抜くと

 

「ハッ」

 

 と一言あざ笑ってレッドクイーンを背中に背負って店から出て行き、夜の闇へと消えていった

 紅い残像とともに鮮烈な記憶をその場にいた全員に植え付けて

 

 

 

 

 酒場の中はどんよりとした重い空気に覆われていた

 それはもちろんネロのせいであり、ネロに手も足も出なかった彼ら自身のせいでもあった

 

「やー、あの白髪頭、強いなぁー!ベート全然敵われへんかったやん!」

 

 なぜか元気なロキがそう声をかける

 しかし

 

「動け、なかった..........」

 

 フィンが歯噛みしながら珍しく感情を表に出して自らの膝を強く叩いた

 それはその場にいた全員が感じていたことのようで、誰もフィンを責めるものなどいなかった

 そんなフィンに副団長のリヴェリアが慰めの言葉をかける

 

「あれは仕方がなかった。彼は強い。強すぎる。あの一瞬の攻防だけでもそれが痛いほどわかった。なぜいままで彼が知られていなかったのか皆目見当もつかない」

「そうだね......彼の目が一瞬紅く光った瞬間心の臓を掴まれたような感覚を覚えた。そこからさ、身体が言うことを聞かなくなったのは」

「あ、私も!私も!だって彼、すごい怖いんだもん、動けなくなっちゃったよ」

「それにしても、ベート、大丈夫なの?」

 

 ティオナが未だ地面に倒れ伏しているベートを指差す

 誰がどう見ても大丈夫ではないのだが、ベートの尋常ではない頑強さは誰もが知っていたので、大丈夫だろうと心配はしていたがどこか楽観視していた

 しかし、そんな彼の頑強さを知っているからこそ、ネロの強さの異常性がさらに際立つ

 

「まぁ、ベートの悪酔いの自己責任って面もあるしなぁ....ウチは止められへんかったわ」

「まぁ、それは確かに...」

「キリエ、とか言ってたね、彼。大事な人なのかな?」

「うーん、まぁ、そうだとしたらベートが言ったことが彼の逆鱗に触れちゃったんだろうねー」

「でも彼、カッコよかったわね」

「あー!お姉ちゃん、彼のこと気になってたり?」

「さぁね?」

「もー!もったいぶらずに教えてよー!」

 

 ティオナ、ティオネが姦しく騒いでいるなか、アイズは先ほどまでの彼の戦闘を思い返していた

 ベートさんの攻撃をいとも簡単に解ける敏捷性、筋力、テクニック

 それを取っても一級品だった

 Lv.6と言われても疑わないくらいだ

 やはり、気になる

 そんな時、隣のロキがふとこぼした言葉がアイズの耳に届いた

 

「やっぱ、欲しいわぁ、アイツ(ネロ)

 

 ロキの方に目を向けると、そこには【ロキ・ファミリア】の主神としてのロキではなく未知のものに純粋な興味を示す本来の神としてもロキがいた

 そして神は、そんな未知のものを欲しがる(、、、、)

 手元に置きたがる

 ヘスティア、ロキ、フレイヤ

 彼女たち三女神の興味は今、ネロの身に一心に注がれていた

 

 ちなみに、豊穣の女主人の従業員たちはミアの指示でネロの大暴れで大変荒れた店内を片付けている最中、彼への怨嗟の声が止まらなかったらしい

 

 

 

 

 

 

 そして、豊穣の女主人での騒動が起きて一晩明けた次の日

 ネロとベートは仲良くロキとヘスティアの前で正座していた




いかがでしたでしょうか?
せんとうはやっぱりむつかしいですねぇ.........
うまくベートくんをボコれたか心配です


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Mission11 謝罪をせよ

皆さん本当にお久しぶりです。
私事が立て込んでいて更新がかなり、大幅に、これ以上ないってくらい遅くなってしまいどうもすみませんでした。
これから頑張ります!(n回目)
それでは本編をどうぞ



「まったく、他のファミリア、しかもよりにもよってロキのファミリアの構成員相手に大立ち回りだなんて、一体何を考えているんだい、ネロくん?」

「..............」

 

 昨日の一件(酒場での大喧嘩)から一夜明け、ネロはヘスティアの前で正座をさせられていた。

 酒場から帰ってくると玄関で仁王立ちしているヘスティアにすぐさま捕まり、どこに言ってた何をしてたの押し問答の末、事の顛末をネロが話すとすぐさま「正座。」と一言。

 正座なぞまっぴらごめんだとネロが突っ返すと無言の圧力をかけられ、30分ほどの無言の戦いの後、ネロが折れたのだ。

 なぜだか抗いがたい圧力を感じたのだ。

 神の力とやらでも使われたのだろうか。

 

「ネロくーん、聞こえてるかなー?」

 

 なぜか笑顔でこちらの顔を覗き込んでくるヘスティアだが、その目はこれっぽっちも笑っていなかった。

 

「...仕方ないだろ、あっちから喧嘩売ってきたんだから」

「それでもだよ、ネロくん。ただでさえ今キミはここ(オラリオ)で目立っている存在なんだから。そんな簡単に騒ぎなんて起こしちゃダメだぜ?」

「...うるせえな」

「キミってそんなに喧嘩っ早かったっけ?もっとクレバーだと思ってたんだけどなあ」

 

 滔々とネロに説教を垂れているヘスティアはどうやらネロが喧嘩を買った理由が気になるらしい。

 それもそうだろう、ネロは大まかな流れは説明したが喧嘩の発端については全く触れなかったからだ。

 大事な人(キリエ)をバカにされて喧嘩しただなんて、気恥ずかしくて言えなかった。

 そもそもまだ本人(キリエ)にすら思いを告げていないのだ。

 見た目に反してなかなか奥手なネロだった。

 ヘスティアもネロが喧嘩の始まりを語りたがらないのはなんとなく察していた。

 しかしやってしまったことはやってしまったことだ。

 子供の粗相ではなし、きちんと謝罪周りに行く必要があるだろう。

 ヘスティアは一度手をパンっ、とたたきあわせると

 

「ま、とりあえず迷惑をかけた人たちに謝りに行かなきゃね、ネロくん?」

 

 ネロのほおに一筋、汗が伝った。

 

 

 

 

 

 

 場面はロキファミリアに移る。

 正座をさせられ主神ロキや他のメンバー(主に年増エルフ)にこってりと絞られたベートはもはや息も絶え絶えであった。

 もともと昨日の喧嘩で死に体のような状態であったのに、よくもまあ怪我人にあそこまで説教ができるなと言うほど説教を食らった。

 曰く、お前は酒が入るとめんどくさい。

 曰く、口が悪い。

 曰く、アイズたんに絡むのをやめろ。

 などなど、挙げればきりのないほどだ。

 そんなひどい目にあったベートは、それでも昨日の屈辱を忘れられずにいた。

 上級冒険者(ベテラン)であるはずの自分が、なすすべもなく新米冒険者(ルーキー)にボコボコにされたのだ。

 どんな誹りを外で受けているのか想像するに難くない。

 

(あのスカした野郎...ぜってぇ復讐してやる。)

 

 しかしベートはロキから聞いていた。

 昨日自分がやりあった男の功績を。

 

(オッタルと互角に戦った上に撃退だとぉ?俺は認めねえ、ぜってえ俺は認めねえからな。)

 

 しかしどうすればあの野郎に勝てるかの想像もつかない。

 昨日からアイズは全く口を聞いてくれないし、八方塞がりだ。

 

 様々な者の思惑を含みながら、オラリオは朝を迎える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、場面は豊穣の女主人に移る。

 ネロが大暴れした店内を夜遅くまで片付けていた従業員たちは皆帰り、店内には店長でありシェフでもあるミアとシルだけが残っていた。

 

「まったく、あんのバカタレは店をここまで汚して何も言わず帰っちまいやがって。今度来たらただじゃおかないからね」

「ソーデスネー.......」

 

 夜通し働かされたことで疲労困憊で怒り心頭のミアはもう何回目かもわからない科白を吐いた。

 向かいの椅子に腰掛けテーブルにぐだーっと体重を預けているシルはもはや諌める気も起きずにただただテーブルに突っ伏していた。

 昨日、ネロが帰ってから働かされっぱなしだった従業員たちは皆血の気が多く、朝一でネロに"ケジメをつけさせにいく"と言って聞かなかった。

 そんな彼女らをシルはずっと諌めていたのだ。

 1時間諌め続けてやっと怒りを収めてくれたのだ。

 彼女の仲裁がなければ今頃古教会は戦場とかしていただろう。

 そんなファインプレーをした彼女は心身ともに疲れ切っていた。

 しかし彼女の意識は何度も昨日の光景をリフレインしていた。

 ベートが何か一言を言った瞬間に弾けるように席を立ち上がりそのまま彼に近づきその頭をテーブルに叩きつけたネロ。

 その時のネロの激しい怒りに満ちたその表情を思い出していたのだ。

 どうして彼があそこまで激情に駆られたのかは彼女には検討もつかなかったのだが、何か譲れないものがあるのは容易に見て取れた。

 とにかく、その光景が彼女の脳裏に焼き付いて消えないのだ。

 

(困ったなぁ...)

 

 いまは何も手につかなそうだ。

 そんな彼女の様子を見ていたミアは何かを察したようで、その顔を少しいたずらに歪ませながら

 

「シールー?あんな男とは付き合っちゃいけないからねえ?あたしゃ許さないよ?」

 

 と、いたずら半分で茶化すと

 シルは顔を赤くしながら

 

「そ、そんなんじゃありません!」

 

 と言いながら明後日の方向に顔を背けてしまった。

 しかしこちらにかろうじて見えている耳は朱に染まっていた。

 それを見てミアは

 

(...あれ?)

 

 少し不安になるのであった。

 と、その時

 ドンドン、と豊穣の女主人の玄関の戸が叩かれる。

 まだ通常時ですら営業していない時間だ。

 どんな非常識なやつだ、とミアとシルは居留守を決め込んでいたのだが、あまりにもしつこく戸を叩くもので、ミアの我慢が限界に達して一発ぶん殴ってやろうと戸を壊さんばかりの勢いで開けた。

 

「誰だい!こんな時間に!」

 

 するとそこには年端もいかない少女に連れられた昨日の騒ぎの元凶(ネロ)が居心地悪そうにほおをポリポリとかきながら立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、店内。

 テーブルに向かい合わせになって座っているネロ、ヘスティアとミア、シル。

 ミアの顔はもはや鬼のような形相と化しており、その隣に座っているシルは心配そうな目をしてネロの方を見ていた。

 もはや尋常ではない身の危険を感じているネロはこれは早々に誤って退散してしまおうと決め、ミアとシルの方を見て

 

「昨日は頭に血が上っちまって、喧嘩して店内をぐちゃぐちゃに荒らしちまってワリィ。許してくれ」

「ボクからも謝る。だからこの子を許してあげてくれないか?」

 

 と、なぜか一緒に来ている少女と2人揃ってそう素直に謝罪した。

 ミアは少し驚いたような顔をして

 

「.....どんな言い訳をしてくるかと思いきや、あんた、素直に謝れるんだねえ」

 

 と、存外に失礼なことを言って来た。

 それを聞いたネロは反射的に

 

Huh?(は?)俺が謝罪すらできない尻の青いションベン小僧にでも見えてんのかよあんたは?」

 

 と、皮肉を言ってしまう。

 しまった、誤りにきたのにこれじゃ逆効果だ、と少し焦ったネロの予想とは裏腹にミアは豪傑(豪快ではない)にガッハッハと笑った。

 

「いやね、今までここ(豊穣の女主人)で喧嘩やらかす奴らなんかこれっぽっちも悪びれずにのうのうと店に来て、こっちが問い詰めると顔を真っ青にしながら言い訳がましいことを言うもんだからさ、あんたらが意外に素直に謝って来たのがなんだか嬉しくってさ」

 

 そう言いながらまたもや豪傑に大声を上げて笑うミア。

 こいつは生まれる性別を間違えているのではないかと思わずにはいられないネロであった。

 

「...それじゃあ、許してくれるのかい?」

 

 面食らいながらも正気に戻ったヘスティアがミアにそうたずねると、

 

「許すさ、今回だけあんたらの態度に免じてね。だけど次はないよ、覚えておきな色男」

 

 そう言って席を立ち店の奥へと消えるミア

 と、奥から顔をひょっこり出して

 

「あぁそれと、シルにはきちんと感謝しておきなよ?うちの奴らがみんなあんたらのとこ襲いに行こうとしてる中シルだけがあんたをかばってみんなを諌めてたんだからね。モテる男はツライねえ?」

 

 などと言いながら再び奥へ消えていく

 その話を聞いてネロは

 

「...また借りができちまったな。助かった、ありがとう」

 

 と、シルに感謝の言葉を述べた。

 シルは顔の前で手をバタバタと振って

 

「い、いえいえ!ネロさんが意味もなく喧嘩をするような人じゃないって私、わかってますから!当たり前のことをしただけです!」

 

 そう勢い良くまくし立てるシルに少し苦笑するネロ。

 出会ってからそれほど時間が経っているわけではないが、妹がいたらこんな感じなのだろうか、とネロは思わずにはいられなかった。

 本人は謙遜しているが、助けられたのは事実だ。

 ここではいそうですかとおめおめ帰るわけにはいかない。

 それでは面目丸つぶれだ。

 助けられてお礼をしないなんて、キリエに知られたらなんて言われるか、それを想像しただけで少し寒気がするネロだった。

 

「お礼がしたいんだ、俺に何かできることはないか?」

 

 そう聞くと意外にも少しシルは考えた後

 

「じゃあ...あの夜なんで怒ったのか聞きたいんですけど...いいですか?」

 

 少し聞きづらそうに上目遣いでこちらを見上げながらそう言ってくる。

 それに対してネロは

 

「あー...」

 

 と少し逡巡していた。

 しかし、お願いはお願いだ。

 自分から言い出しておいてやっぱりやめたは聞かないことくらいネロにも十分わかる。

 

「あっ、言いづらかったら言わなくても...」

 

 ネロのわずかな逡巡を拒否と捉えたのか取り繕うようにそう提案してくるシル。

 

「いや、そう言うわけじゃないんだ。わかった、じゃあ理由を教える」

 

 そうネロが返すとホッとしたように胸をなでおろすシル。

 しかしそれと同時に隣から不穏な空気を感じたネロが隣に座っているヘスティアの方に目をやると彼女は恨みがましい目でこちらをジーっと見つめており、その柔らかそうな頰はリスのようにふくれていた。

 ネロが何事かと思うとヘスティアは

 

「なんだいなんだい、ボクには話したがらなかったくせに、こんな小娘にちょっと色目使われただけで話しちゃうのかい。そうかいそうかい。」

 

 と、ネロに聞こえるか聞こえないかくらいの声で言った後プイッ、とそっぽを向いてしまった。

 構うと逆にめんどくさいことになりそうなのでそちらは放置しておいて、ネロは回答をシルに返す。

 

「あん時は...大事な人を否定されたんだ。それでカーッとなっちまって」

 

 と、そう申し訳なさげに告げるとシルは得心がいったように

 

「やっぱりそうだったんだ...」

 

 と、小さな声で呟いた。

 

「ん、なんか言ったかシル?」

 

 何を言っているのかよく聞こえなかったのでそう聞き返すと

 

「い、いえいえ!なんでもないですよ!」

 

 そう食い気味に否定された。

 

「ならいいんだけどよ...そういうわけなんだが俺の回答はお気に召したか?」

「はい!ありがとうございました、スッキリしました」

「それじゃあ、用も済んだし帰るか。今度またくるよ。そん時はまた話し相手でもしてくれ」

「任せてください!」

「いつまでもむくれてねえで、帰るぞヘスティア」

「フン、キミに言われなくたって帰るさ。」

 

 そう言いながら店の外に出ていく2人を見てシルは自然と頰が緩むのを感じた。

 

(仲良しなんだなあ...)

 

 2人が出て言ったのを見届けてからそろそろいい加減に寝ようと思って自分も店の奥に引っ込もうとすると

 

「ねえキミ」

 

 と入り口から彼女を呼ぶ声が聞こえた

 そちらを見やると、ネロと一緒の来ていた少女が戻って来ていて

 

「ネロくんはボクのなんだから、あんまりちょっかいをかけないでくれよな!」

 

 そう言ってフン、と一度鼻を鳴らすとズカズカとまた外へ出て行った。

 それはまるで子供が好きなおもちゃを取られないようにするかのようで、どこか微笑ましい気持ちになったシルはフフッ、と笑みをこぼし

 

「可愛いなぁ、あの子」

 

 と、朝日に照らされた店内で1人呟く。

 オラリオの1日は、まだ始まったばかりだ。




いかがでしたでしょうか?
とりあえずやったことの償いはしないといけませんからねえ...
ここからしばらく会話回が続きそうです。
どうぞお付き合いお願いいたします。


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Mission12 情報収集せよ

お久しぶりです。
最近あまり戦闘シーンがなくて会話シーンが多く続いていますね。
それにしてもMission12を書くにあたって1巻を読み直していたんですが、やっぱフレイヤさんめっちゃエロいですね....
それでは本編をどうぞ


「ネロくん、ボク今日の夜ちょっと出掛けるね。多分明日の朝には帰ると思う。ちょっと帰るの遅くなるかもしれないけど、心配しないでね」

 

 謝罪回りから数日経ち、ネロがダンジョンへ行こうと準備しているとヘスティアが唐突にそう話しかけて来た。

 

「あぁ、わかった。なんか用事でもあるのか?」

「うん、"神々の宴"に呼ばれててね。まあ実際は飲み食いして旧友たちと喋るだけなんだけどね。」

「へぇ、いいんじゃないか?楽しんでこいよ」

「うんっ」

「それはそうと、神々の集いっていうくらいなんだから、カミサマ共がたくさんくるんだよな?」

 

 カミサマ共って...あまりに慇懃無礼な物言いにヘスティアは少し呆気にとられたが、すぐに気を取り直し

 

「うん、かなりの数参加してくると思うよ。みんな退屈してると思うし」

 

 そう、何回も言うようだが神々は非常に娯楽に飢えている。

 そんな奴らがこんな馬鹿騒ぎが出来るような催し事に参加しないはずがない。

 ヘスティアは夜のことを想像して少し嫌になった。

 

「ならよ、そのカミサマとやらに聞いて置いてくれねえか?元の世界への帰り方を」

 

 そうなのだ。

 もともと彼は異世界からこちらに召喚されたようで、元の世界に帰らなければいけないのだ。

 ヘスティアにはそう言った知識が乏しい為戻り方の検討は全くつかなかったのだが、他の神なら分からない。

 もしかしたら知ってるヤツもいるかもしれない、と少し希望が生まれると同時に、寂しさも感じる。

 それはおそらくネロが元の世界に帰ってしまう日を想像してのことだろう。

 

「...うんっ、必ず何か有益な情報を持って帰ってくるね!」

「あぁ、ありがとう。頼んだ」

 

 そう言って2人は家を出、1人はダンジョンへ、もう1人はバイトへと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、夜。

 オラリオの各地でファミリアを率いている神々がこの日、とある敷地内で一同に介していた。

 どこか胡散臭いオーラを放つ彼らを見下ろす建物は、一つ。

 それはオラリオの中でひときわ目立つ異彩を放つものであった。

 巨大な象の頭を持つ巨人像が、白い塀に囲まれただけのだだっ広い敷地に中で、胡座をかいてデン、と座している。

 この意味不明の建物はこれでも歴としたファミリアなのだ。

 浅黒い肌に引き締まった肉体を持つ眉目秀麗な神であるガネーシャが、なにをトチ狂ったか大枚をはたいて建造した巨大施設。

【ガネーシャ・ファミリア】の本拠、『アイアム・ガネーシャ』である。

 構成員達の中でももっぱら不評を買っているこの建物の入り口はあろうことか先ほどの象の股間部分なのである。

 

『ガネーシャさんマジパネェっす』

 

 貴族のように煌びやかな衣装をまとった神々がその入り口を笑いながら通って行く。

 彼らは今宵のガネーシャが開催するパーティー、『神の宴』の来賓である。

 

『よく来てくれた皆のもの!俺がガネーシャである!ーーーーー」

 

 外側とは打って変わって落ち着いた内装の建物内部の中心で、今回のパーティーの主賓であるガネーシャが煩いくらいの大声で挨拶をしている。

 他の神々はもはやお約束となったその挨拶を聞き流しながらそれぞれ知己である友人()と談笑を交わしていた。

 そんな群衆の中で、素早く動く影があった。

 そう、我らが【ヘスティア・ファミリア】の

 主神である、ヘスティアである。

 持参したタッパーの中に出された食事を素早く詰め込み、それと同時に自分の口にも素早く詰め込んでいた。

 理由は言わずもがな。

 彼女のファミリアは困窮している。

 日々ネロが稼いで来るお金(ヴァリス)も、その日1日を食いつないで行くほどしかない。

 彼の実力なら一度潜れば一週間分ほどのヴァリスを稼いで来ることも余裕なのだが、本人にあまりやる気がないのか、運動程度に狩ってきて換金するのみのようで、一度そのことについてヘスティアが問い詰めたところ一言、"わざわざしゃがんで水晶を回収するのがメンドクセェ"と言い放たれてしまった。

 なので豪勢な食事が山ほど用意されている今日に出来るだけ食べ物を回収していきたいのだ。

 口に詰め込みすぎたせいでハムスターのようになりながらテーブルからテーブルへ移動しながら遊撃手さながらの動きで料理を回収していると

 

『あれ、ロリ巨乳きてんじゃん』

『ていうかあいつ生きてたのか』

『いや、あいつ北の商店街でバイトしてたぞ。客に頭撫でられてた』

『流石ロリ神.......!』

 

 そんな目立つ行動をしていたので他の神々の目に止まるのも早かった。

 自分がばかにされているのは目に見えているので、ヘスティアはちょっかいを出されない限り無視を決め込む心づもりであった。

 むくむくと頰を動かしながら料理を咀嚼しつつ次のテーブルへ移ろうとしていると呆れたような聞き覚えのある声がヘスティアの耳に飛び込んできた。

 

「なにやってんのよ、あんた.......」

「むぐ?むっ!」

 

 それに反応して振り向くと、瞳に映ったのは燃えるような真紅の髪と真っ赤なドレス。

 線が細くありながら鋭角的である顔立ちは秘めた意思の強さを表していた。

 耳につけた貴金属のイヤリングはむしろその炎のような美貌に力負けしている。

 右目に大きな眼帯をした麗人が呆れた色をした左目でヘスティアを見下ろしていた。

 

「へファイストス!」

「ええ、久しぶりヘスティア。元気そうで何よりよ。........もっとましな姿を見せてくれたら私はもっと嬉しかったんだけど」

 

 先ほどまでのヘスティアの醜態に呆れたように天井を見上げたへファイストスは腰まで伸ばした長髪をきらめかす。

 いつ見ても綺麗な髪だなぁ、と思いながらヘスティアは嬉しそうな顔をして彼女に駆け寄る。

 

「いやぁよかった。やっぱり来たんだね。ここに来て正解だったよ」

「何よ、言っとくけどお金はもう一ヴァリスも貸さないからね」

「し、失敬な!」

 

 そう、彼女、へファイストスこそがヘスティアが以前お世話になっていた神友なのだ。

 付き合いは長く、親友とも呼べる間柄ではあるのだが、ここオラリオに住み着くようになってから全く働こうとしなかったヘスティアに対する信用はへファイストスの中でガタ落ちだった。

 ついにへファイストスの堪忍袋の尾が切れて【へファイストス・ファミリア】から追い出された後のことあるごとにやれお金がないだの、仕事がみつからないだの、雨風をしのげる場所がないだので彼女の手を盛大に焼かせたのだ。

 生来面倒見が良い彼女は放っておけず結局世話を焼いてしまっていたのだ。

 結局、教会の隠し部屋をヘスティアに与え、今のバイトを探したのもへファイストスの手配りだ。

 ヘスティアが自力で叶えたものといえばネロを【ファミリア】に加入させたことぐらいだ。

 それも棚からぼたもちのようなものなのだが。

 

「ボクがそんなことをするような神に見えるかい!そりゃあへファイストスには何回も手を貸してもらったことはあるけど、いまはおかげでなんとかやっていけてる!ボクが親友の懐を食い漁る真似なんかするもんかっ!」

「たった今、普通にタダ飯を食い漁っていたじゃない」

「うっ......いやこれは、どうせ残るんだし......どうせ粗末に捨てるくらいならボクが有効利用してあげようかなー、なんて......」

「ほーほー、立派じゃない。そのケチ臭い精神。わたしゃあ、あんたのそんな姿に感動で涙が止まらないわよ」

「ぐぬぅ.......!」

 

 勝ち誇ったようにハン、と鼻を鳴らすへファイストスに、グヌヌと唸るヘスティア。

 そんな中コツコツ、と。

 ハイヒールの楚々とした音が、へファイストスに背後から近づいてきた。

 

「ふふ......相変わらず仲が良いのね。」

「えぇ.....ふ、フレイヤっ?」

 

 彼女はこの会場にいる他の神の容姿とは一線を画していた。

 もはや超越していると言っても差し支えのないその美貌。

 美に魅入られた(、、、、、、、)神、フレイヤがその長い銀髪揺らしながらヘスティアの前までやってきた。

 

「な、なんで君がここに...」

「あぁ、すぐそこであったのよ。久しぶりー、ってはなしていたら、じゃあ一緒に会場回りましょうかって流れに」

「か、軽いよ、へファイストス......」

「お邪魔だったかしら、ヘスティア?」

「そんなことはないけど......」

 

 常に微笑をたたえた女神が問いかけてくる。

 ヘスティアは口を曲げながら言った。

 

「ボクは君のことが苦手なんだっ」

「うふふ、私は貴方のそういうところ、好きよ?」

 

 そうからかってくるフレイヤにやめてくれよ、と手を振っていると

 

「おーい、ファイたーん、フレイヤー、どチビー!」

「もっとも......ボクにはもっと嫌いな奴がいるんだけどねっ」

「あらあら、それは穏やかじゃないわねぇ」

 

 遠くから大声で名前を呼びながらこちらに近づいてくるのは、ロキ。

 フレイヤの後の登場ということで二番煎じ感は否めなかったが彼女の容姿もヘスティアら同様に整ったものであった。

 

「あっ、ロキ」

「何しにきたんだよ、君は.....」

「なんや、理由がなきゃきたらあかんのか?今夜は宴。パーっと行こうってのが趣旨やろーが。むしろ理由を探す方が無粋っちゅーもんや。ほんま空気読めてへんな、このドチビ」

「.......!.........!!」

「顔がすごいことになってるわよ、ヘスティア」

 

 彼女、ロキについてヘスティアが語る事は何もない。

 この女は、敵だ。

 

「本当に久しぶりね、ロキ。ヘスティアやフレイヤにも会えたし、今日は珍しいこと続きだわ」

「あー、確かに久しぶりやなぁ。......ま、久しくないのもここにはおるんやけど」

 

 糸目がちな目を少し見開いてロキが微笑を送る先は、彼女の美貌によって骨抜きになっている給仕から受け取ったグラスを傾けながらゆったりと微笑んでいるフレイヤであった。

 

「なに、貴方達どこかで会っていたの?」

「先日にちょっと会ったのよ。と言っても、会話らしい会話はしなかったのだけどね」

「よく言うわ、話しかけんなっちゅうオーラ、全開で出しとったくせに」

「ふーん。あ、ロキ、貴方の【ファミリア】の名声よく聞くわよ?上手くやってるみたいじゃない」

「いやぁー、大成功してるフェイたんにそんなこと言われるなんて、ウチも出世したなぁ。まあ、今の子供らは結構ウチも自信あるんやけどな?」

 

 そう照れ臭そうに述べるロキには構成員達への情が見え隠れしていた。

 

「そういえば、ドチビのところにも変わった奴入ってきてたよな?」

 

 ここで話の中心がロキからヘスティアへと移る。

 変わった奴、と言うのはネロのことだ。

 それもそうだろう、この前のオッタルとの一件でネロは有名人だ。

 彼女らの興味を引くのも致し方ないことだろう。

 もはや彼のことについて隠し立てすることは不可能だろう。

 

「うん、ネロくんって言ってね...ちょっとみんな顔寄せて」

「なんや、キスでもするんか、気色悪い」

 

 少し戸惑いながらも他の3人が耳を寄せてくる。

 彼のことについて相談するにはいい機会だろうと彼の生い立ちから今生じている問題までをヘスティアは包み隠さず話した。

 へファイストスは言うまでもなく信用できるし、フレイヤは苦手だけどこう言う出来事には精通していそうで、ロキのことは嫌いだが彼女もフレイヤと同様にイレギュラーな問題に関しては造詣が深そうだった。

 他の知らない(ヤツ)に相談するよりは100倍マシだった。

 結果、フレイヤは何かを考えるかのように目を少し細め、ロキはいたずらっぽくニヤリと笑い、へファイストスは驚きをありありとその顔に映し出していた。

 

「別の世界から来ただなんて...本当なの、ヘスティア?」

「うん、朝に冒険者通りに落ちて来た(、、、、、)みたい」

「んなことあるんやなぁ。まあアイツただの人間じゃないのは知っとったけど。悪魔入っとるもんな」

「...え?」

 

 ロキの何気なく放った一言にヘスティアは心臓が縮み上がるような感覚に襲われた。

 彼が悪魔であることは先ほどの話の中で一度も触れていない。

 にもかかわらずロキは知っている。

 

「悪魔って、あの悪魔?」

 

 すこし間の抜けた声でへファイストスが鸚鵡返しに聞き返す。

 

「せやな、あの悪魔やな」

 

 フレイヤはあいも変わらずだんまりを決め込んでいる。

 

「なんでそれを....」

「いや、だってあの腕人間や獣人のものじゃないやん。としたら候補は絞られるやんか。まあ後は神様の勘って奴?他の馬鹿共()は気づいてないみたいやけど」

 

 ずいぶんあっけらかんとした様子でヘスティアが隠そうとしていたことを暴露していくロキ。

 でも知られたからには仕方ない。

 

「ろ、ロキ、そのことは.....」

「言わんとけってことやろ?分かっとるよ、なんの儲けにもならへんし。わざわざ言って回ったりせんから安心しろやドチビ」

「うん、ありがとね....」

 

 珍しくしおらしいヘスティアにロキは少々面食らいながらも

 

「と、とにかく!悪魔うんぬんかんぬんは置いといて、元の世界に帰る方法やけど!」

「.....!」

「全くもってわからん!異世界転生モノとかラノベだけにしとけや!」

 

 ロキの意味不明かつ堂々たる投げっぷりに口から言葉が出てこないヘスティア。

 

「私にも元の世界への帰り方は見当もつかないわ。役に立てなくてごめんなさいね」

 

 頼みの綱であるフレイヤまでもお手上げであるらしい。

 まあ仕方ないといえば仕方ないだろう。

 ヘスティアも別世界から転生してくるなんて初めて聞いたのだ。

 

「ほな、ウチ他のやつにも挨拶しにいかなあかんから、またな。なんか分かったら伝えるけど、期待はすんなよ?」

 

 そう言い残してヘスティア達の元から離れて言ったロキ。

 

「私も用事を思い出したから帰らせてもらうわ。またねヘスティア、へファイストス」

 

 そう言って優雅に踵を返して去っていくフレイヤ。

 彼女が去った後には仄かに鼻腔をくすぐる甘い匂いが残るのみだった。

 結局何一つ掴むことができなかった。

 ネロくんに何かを情報を持って帰る、と約束したのに...と落ち込むヘスティアにへファイストスは

 

「とりあえず...【へファイストス・ファミリア】(うち)くる?」

 

 そう優しく告げるのだった。




いかがでしたでしょうか。
今回から文頭の一字下げを導入してみたのですがいかがでしょうか、読みやすいでしょうか?


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Mission13 少女を救出せよ

2日ぶりです。
少し筆が乗ってしまい、二話一気に書き上げることができたので、一昨日のと合わせて連続で投稿させていただきます。
久々のバトルシーンですね。なかなか書いてて楽しかったです笑
では、本編をどうぞ。


『ギュピィィィィィ!!』

 

 不快な鳴き声とともにゴブリンが消滅する。

 そしてそこに残った魔石をかがんで回収し、腰に下げたポーチの中へ収納する。

 ここ最近その繰り返しだ。

 ネロにもほとほと飽きがきていた。

 聞くところによると更に下層に行けば強いモンスターがわんさかいるそうなのだが、ヘスティアに強く止められていることもあって行きづらかった。

 

『いいかい、ネロくんの実力は認めるけどまだまだこの世界では新米なんだからあんまりダンジョンの下の方に行っちゃダメだよ!いろいろトラブルも起こるしね!』

 

 ネロは今まで散々悪魔どもを屠ってきた自分の力を信頼していた。

 それは慢心などではなく、経験と実績に裏打ちされたものである。

 実際のところネロならダンジョン奥深くへ潜っていこうと無傷で帰ってこれるだろう。

 正直何度か深層へ潜ろうとしたことはあったのだがその度にネロに忠告をしていたヘスティアの心底こちらを心配している目を思い出して不思議とネロの足は止まるのだ。

 しかしながら人には誰にでも我慢の限界があるもので。

 そして不幸なことにネロは人よりも少し(、、)それが短かったこともあって。

 

「.......まぁ、少しだけならバレねぇだろ」

 

 そう言いながら下層へと向かって行ってしまったのは致し方ないことだろう。

 ネロとて別段戦闘狂というわけではないのだ。

 しかし常日頃から任務で悪魔と戦い続けていた男にとってはこの程度の雑魚では準備運動にすらならなかった。

 つまるところ戦闘欲求(フラストレーション)が溜まってしまっていたのだった。

 思い起こせばオッタルを倒したあの日からほとんど毎日ゴブリンコボルトゴブリンコボルト......。

 思い出して鬱屈としながらズンズンと群がるゴブリンやコボルトを軽く掃除しながらダンジョンを下っていくのだった。

 

 

 

 

 

 途中で奇妙な巨大蟻を戦ったり(つぶしたり)、鋭い爪を持つ幽霊のようなモンスターを戦ったり(つぶしたり)しながらいくつか階層をまたいでいくと、突然ひらけた場所に出た。

 ドーム状の広大なダンジョンで、ネロが立っている入り口から反対側までが見通せないほどであった。

 あたりには木々がちらほらと生えており、軽く霧がかかっていて天井部から差し込む光源と相まって、神秘的な雰囲気を醸し出していた。

 目を凝らすと近くの方で冒険者の一団が3mほどはありそうなモンスター五体に囲まれながらも戦っているのが見えた。

 距離にして20mくらいだろうか。

 周りを包囲しているモンスターの見た目は非常に醜悪なもので、茶色い肌に豚頭。

 ズルズル剥けた古い体皮が腰の周りを覆っており、まるでボロ衣のスカートを履いているようだった。

 霧のせいで見にくいが違和感を感じてネロはそれをじっと見ているうちにあることに気づいた。

 彼らは戦っているのではない、襲われていた(、、、、、、)

 襲われているのは四人組のパーティーだった。

 四人のうち三人は武装していて臨戦態勢といった面持ちだったのだが、なんともう一人は小さな子供のようで、武装など何もしていなかった。

 背中にはその小さな背丈に見合わぬ大きなリュックを一つ背負っただけだ。

 そういえば、とネロはギルドの受付嬢に聞いた話を思い出す。

 ここ、オラリオでダンジョンに潜るのはいわゆる"冒険者"のみではなく、モンスターからドロップする魔石やアイテム、戦闘において必要なポーションなどを保管しておく役割を持つ"サポーター"と呼ばれる役職が存在することを。

 おそらく彼女もそうなのだろう。

 

(さて、放っておくわけにもいかないし、助けるか。)

 

 などと考えてゆったりと歩き出したネロの目の前で突然信じられない光景が展開された。

 四人のうちのロングソードを装備したガタイのよい冒険者がサポーターの服を引っ掴んで自分たちの周りを包囲しているモンスターのうちの一匹に投げつけたのだ。

 子供一人とはいえ、それなりの質量があり、なおかつ大きなリュックも装備しているのだ。

 しばし怯むモンスター。

 チャンス、とばかりに包囲が緩んだその隙間から逃げ去っていく冒険者たちがこちらへ向かってくる。

 

「おい、誰だか知らんがアンタも逃げたほうがいいぜ。あぁ、あいつ?ほっとけよ、サポーターごとき」

 

 その言葉に反応して他の二人がケケケケ、と厭らしく笑う。

 そして通りすがりにネロの肩をポン、と叩いて走り去っていく。

 一度もあの子の方を振り返ることすらなく。

 あの子は...捨てられたのか?

 いとも簡単に仲間のことを切り捨てた彼らへの驚きと同時にネロは自分の中に静かに怒りの炎がふつふつと燃えたってくるのを感じた。

 考えるよりも先にまず体が動いていた。

 先ほどまで立っていたところにわずかなクレーターができるほどの脚力で走り出したと同時にレッドクイーンを抜刀しながら敵に肉薄していく。

 先ほどサポーターの子供をぶつけられて怯んでいた一体だ。

 そのサポーターはぶつけられた衝撃で気絶したのか、未だに地面に倒れ伏していた。

 レッドクイーンのアクセルを全開にふかしながら全力で斬りかかる。

 まずはあの子供を助けることが最優先だ。

 

「.......ラァッ!」

 

 一瞬の出来事だった。

 斬、と辺りに炎と共に鈍い音が響き渡った。

 火の粉が地面に散らばっていき、それと同時にモンスターの下半身から上半身がズレ落ちていった(、、、、、、、、)

 重々しい音とともに地面に落ちたソレに目もくれず、倒れている子供を素早く拾い上げて、肩に担ぎ上げる。

 突然のことでモンスターたちの顔にも呆然とした色がうかがえた。

 残るは四体。

 少し間を置いたせいかモンスター達も正気を取り戻し始めたのか、それぞれ手近に生えていた木を引き抜いた。

 おそらく武器の代わりだろう。

 ネロはニヤリと笑ってすでに臨戦態勢となったモンスター達に言い放つ。

 その肩に子供を担いだまま。

 

「ハッ、テメェらにはいいハンデだろ?」

 

 その一言が開戦の狼煙だった。

 四体が同時にこちらへ走り寄ってくる。

 その中でも速い個体がネロに接近してきた。

 巨木を振りかぶり、振り下ろす。

 しかし次にそのモンスターが見た光景は

 

「蝿が止まるぜ」

 

 自らが振り下ろした巨木の上に立つ青年の姿だった。

 身の危険を感じて巨木を振り上げる。

 ネロはその勢いに乗って宙返りをしつつ元の位置に着地する。

 他の三体も追いついてきたようで、ネロの体を四本の巨木が襲う。

 しかしそのことごとくをネロは必要最小限の動きや、時にはパフォーマンスをするかのように軽やかに躱していった。

 おそらくはそのモンスターは知能が低いのだろう、繰り出される攻撃は全てが直線的で愚鈍だった。

 

「そろそろ飽きてきたな...終わりにするか」

 

 そうネロがひとりごちると同時にその体を四本の大木が襲いかかる。

 それを見据えるネロの目は、紅かった(、、、、)

 四体のモンスター達が最後に見た光景は、振り下ろしたはずの大木が木っ端微塵に粉砕されている様子だった。

 ネロは振り下ろされた四本の大木を下からすくい上げるかのように斬りあげたのだ。

 並大抵の力ではない。

 そしてその勢いを利用してちょうどモンスター達の目線と同じくらいの高さまで飛び上がると。

 武器がなくなった、と思わせる間も無くレッドクイーンを無慈悲に一閃。

 剣尖が赤く煌めいたかと思うと同時にそれらの首は地面へと落ちた。

 

It was an anticlimax.(大したことねぇな)

 

 哀れ、頭部をなくした四体の屍体は地面に倒れ伏した。

 地面をドクドクと血で赤く染めながら。

 

 

 

 

 

 それからネロはまだ気絶している子供を地面に下ろした。

 先ほどは遠巻きから見るのみだったので良く観察できなかったのだが、背格好からネロはなんとなく少年だと思っていた。

 しかしその子が深々と被っているフードを上げて見ると、それは少女だったのだ。

 頭に獣耳付きの。

 顔は少しスス汚れてしまっているが、綺麗な顔立ちをしていた。

 とりあえずここにいつまでもいてはいつまた戦闘になるかわからない。

 ひとまずはダンジョンの入り口まで戻ろう、とネロが少女を再び抱き上げようとすると

 

「うーん.......」

 

 少女が目を覚ました。

 目をパチクリさせながらネロを見る少女。

 その視線は先ほど倒したモンスターとネロの間を彷徨っていた。

 

「こ、これ...冒険者様がやったんですか?」

 

 意識が朦朧としているのか、ネロの見た目が怖いのか、おずおずといった様子でそう聞いてくる少女。

 

「あぁ、俺がやった」

「そう...なんですか。助けていただいてありがとうございます」

 

 モンスターに投げつけられた記憶はあるのか、お礼を述べる少女。

 それも大変に申し訳なさそうに。

 何かに怯えているようだ、とネロは感じた。

 

「さっきまでの奴ら、お前の仲間か?」

 

少女が俯いたままで、ゆっくりと頷く。

 

「......はい」

「ならなんであんなこと...?」

 

 ネロは仲間と共に戦った経験はほとんどないためわからないが、普通仲間と言ったら一蓮托生で命を預けあって闘うものではないのか。

 かばいこそすれど見捨てることなどあり得ないはずだ。

 

「それは.......リリがサポーターだからです。なんの役にも立たないただの...サポーターだからです」

 

 そこまでいうと先ほどまで暗い顔をしていた少女が一転、不気味なまでの笑顔をその顔に貼り付けながら

 

「今日はリリの命を助けていただいて、ありがとうございました!このご恩は絶対に忘れません!」

 

 そう言って引き返していくリリ、と名乗ったその少女。

 彼女の笑顔にどこか歪なものを感じつつもネロは何も出来ないでいた。

 きっと先ほどの奴らのところへ戻っていくのだろう。

 自分のことをなんの感情も持たずに切り捨てて言ったやつらの元に。

 自分とは無関係なはずなのに、どこか惨憺たる気持ちで、ネロはその日のダンジョン探索を終えることになった。

 

『いいかい、ネロくんの実力は認めるけどまだまだこの世界では新米なんだからあんまりダンジョン下の方に行っちゃダメだよ!いろいろトラブルも起こるしね!』

 

 という、ヘスティアの言葉を思い出しながら。

 きっと、彼女(リリ)にとってはあれが日常なのだろう。

 

「やっぱり、来ねえほうがよかったかもな」

 

 その小さな呟きはダンジョンの中で小さく反響して消えていくのみだった。

 ネロが今日出会ったリリルカ・アーデという少女を真の意味で救うのは、まだ先のお話ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか?
それっぽい引きにしてみました笑
ネロくんがちゃんと本気を出して戦える相手は果たしてダンジョンの中に存在するのでしょうか...?


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Mission14 企み

最近執筆意欲が高まりつつあります。
ポンポンとアイディアが浮かんで来てなかなか良い感じです笑
できるだけこの調子で続けていけたらな、と思っています!
では、本編をどうぞ。


 光源が心もとない、暗く湿った場所だった

 天井から吊るされた魔石灯が辺りを白く薄ぼんやりと照らしていた。

 一見倉庫のように見える薄暗い空間の中には、無数の『檻』が置いてあった。

 その中には異形のモンスターが鎖に繋がれて閉じ込められており、そこら中から不気味な鳴き声が聞こえ、室内に反響していた。

 この大部屋はオラリオにある闘技場の裏、言うなればモンスターの控え室だ。

 実はオラリオでは近々、怪物祭(モンスターフィリア)と呼ばれる催し物が開催されることになっているのだ。

 概要を説明すると、広い闘技場に一匹の凶暴で危険なモンスターを解き放ち、一人の調教師(テイマー)ーーーいわゆるモンスター達を手なづけることを生業とするものに調教(テイム)させ、その速さや華麗さを競うものである。

 命の危険を伴う非常に危ない祭りなのだが、だからこそ人々は熱狂する。

 熱狂し、絶叫し、盛大にこの祭を楽しむのだ。

 ある意味この祭があるからこそ日頃から溜まっている人々のストレスが発散せさせられているという面もあるだろう。

 世間には"パンと見世物"と揶揄されているが、なくてはならない大切な催しなのである。

 従ってその準備は入念に行われ、開催の何日も前にはモンスターが捕獲され、開催日当日までこの薄暗い部屋の中に閉じ込められる。

 

「逐一チェックしなくてもこんなぶっとい鎖で繋がれてんだから逃げようがないと思うんだがなぁ...」

 

 ブツクサと文句を言いながら檻と檻の間を歩きつつ、檻の中を照らして中のモンスターが逃げていないかチェックすると同時に鎖が悪くなっていないかどうかもチェックする。

 モンスターが街中に解放されるようなことがあれば大混乱に陥るだろう。

 地味だが大事な仕事だ。

 教えられた通りに檻のチェックをしていると唐突にキイィ...と耳障りな音が男の耳に届いた。

 彼にとってはよく聞きなれた音だ。

 その音は檻が収納してある大部屋の入り口の木製のドアが開かれた音だ。

 この時間に見回りを担当しているのは自分だけのはずだ。

 誰だろう、と振り向こうとしたその瞬間

 

「動かないで?」

 

 そっと、後ろから両目が塞がれた。

 それと同時に感じる。

 手の温もり、柔らかさ、そこから発せられる甘美な香り。

 その全てが人間をダメにする要素を十二分に含んでいた。

 底知れない『(なにか)』を感じた。

 体から力が抜けていく、立っていることができない、言葉すら発せられない。

 ありえない。抗えない。逆らえない。

 一瞬にして彼は全身から自由を奪われた。

 

「鍵はどこ?」

「ーーーえ?」

「檻の鍵は、どこ?」

 

 息を吹きかけるように耳元で小さく囁かれる。

 首筋がぞくりとわなないた。

 その問いかけに答えないという選択肢はもはやその男の中には存在し得なかった。

 がくがくと震える左腕を動かし、腰に取り付けてある鍵束を取る。

 カチャカチャと音を鳴らしながら、モンスター達の檻の鍵を肩の高さまで持ち上げた。

 

「ありがとう」

 

 差し出していた鍵が取られ、塞がれていた目からも手が外れる。

 しかし、彼の瞳が機能することはなかった。

 自失した彼に見えているものなど何もない。

 ただ『(なにか)』の余韻に浸るのみであった。

 

「ごめんなさいね」

 

 彼女は美の神フレイヤ。

 美に愛されし神。

 そんな彼女はオラリオに降りてくるに当たって神としての能力は剥奪されている。

 しかし彼女の卓越した美をもってすれば、人を忘我の極致に追いやることなど容易いことなのだ。

 そして彼女の側について歩いている従者が一人。

 筋骨隆々の偉丈夫、オラリオ唯一のLv.7。

 猪人(ボアズ)のオッタルである。

 いつものように大きな剣を二本携えていた。

 

 彼女らは大部屋の中心まで歩いていく。

 未だ室内に反響するモンスター達の唸り声が途絶えることはなかったが、彼女が見にまとっていたフードを取り去るとそのうなり声は一度にして掻き消えた。

 彼女の美の影響の及ぶ所はモンスターでさえもその範囲外ではないのだ。

 しばらく彼女は周りを囲むモンスター達を見て

 

「あなたに決めたわ」

 

 と、一つの檻を指差した。

 そのモンスターは真っ白な体毛に覆われていた。

 ゴツい体つきの中で両肩と両腕の筋肉が特に隆起しており、フレイヤと同じ銀色の頭髪が背を流れて尻尾のように伸びている。

 野猿のようなモンスター『シルバーバック』は、その瞳をギラギラと見開いていた。

 

「出て来なさい」

 

 鍵束のうちから一つの鍵を選び、鍵穴に差し込んで檻の扉を開けはなつ。

 モンスターを解き放つ、ともすれば危険な行為。

 しかし魅了の影響下に置かれた『シルバーバック』は暴れるそぶりすら見せなかった。

 

「ねぇ、オッタル」

「はい」

「彼」

 

 先程魅了によって骨抜きにしておいた男性を見やる。

 

「バレたら私が来たことがバレてしまうから、うまく隠すなりして頂戴?」

「承知しました」

「それから」

 

 アレコレとやっているが、彼女が今日ここに来た理由は一つ。

 ネロだ。

 フレイヤは想う。

 青年、ネロのことを。

 

(あぁ、ダメね。しばらくはあの子を見守るつもりだったのに)

 

 フレイヤは知っていた。

 彼の常識破りの力を。

 

(......ちょっかい(、、、、、)を、出したくなってしまった)

 

 まるで好きな子に意地悪をして気を引こうとする子供のようだ、フレイヤは少し笑う。

 けれど、もう止まらない。

 見初めた相手に対する衝動が、体を火照らせる胸の奥の疼きが、愛が、フレイヤを突き動かす。

 彼の『勇姿』が見たい。

 しかし、この子(シルバーバック)では、少し荷が重いかも知れない。

 だから。

 一拍おいてから

 

「この子に、剣を教えてあげてくれない?今日中に」

「.......はい」

 

 オッタルの力を少し授けることによって少しでもあの子(ネロ)を苦しめてあげようではないか。

 それは歪んだ愛なのかも知れない。

 しかし恋する女神(フレイヤ)には、そんな瑣末なことなどどうでも良いことだった。

 オッタルが身につけていた剣をシルバーバックの方へ投げる。

 躊躇いつつそれを受け取るシルバーバック。

 その光景を横目にフレイヤは綺麗な唇を笑みの形に歪めながらシルバーバックに近づいていき、両の手でその頰を包みこむ。

 

(だから......)

 

 次の瞬間、フレイヤはモンスターの額に唇を落とす。

咆哮が、轟く。

 

(待っていてね?)

 

 オッタルが修練後にシルバーバックをまた元の檻に入れて閉じ込めることができるように鍵を近くの机の上に置き、大部屋から出ていくフレイヤの耳に、剣戟の音が聞こえた。

 来た時と同様に、耳障りな音を立てながら扉は閉まった。




いかがでしたでしょうか?
この後に起こるゴタゴタ(見回り魅了したり)は次回でまとめて描写していきたいと思いますので、ご安心ください


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Mission15 邂逅せよ

こんにちは。
最近重厚な描写をしたいと常々思っているのですが、なかなかうまく行きません。
やはり、何回も書いていくうちにうまくなるものなんですかね...?
それでは、本編をどうぞ。


「見回りが気を失ってた?」

 

 怪物祭(モンスターフィリア)当日まで後少しと差し迫ったある朝、いつものようにギルドに出勤したエイナ・チュールはギルド内がいつもとは違い騒がしいことに気づいた。

 近くの同僚に話を聞いてみるとどうやら昨夜モンスターを閉じ込めている部屋の見回りを担当している警備が何者かに襲われしばらくの間昏倒させられていたらしい。

 もちろん当人にその間の記憶はなく、起きたら朝だったという。

 

「それ、サボって酒飲んで酔いつぶれてただけじゃないのかぁ?」

 

 職員の一人がおどけた調子でそう言うと

 

「確かに。あの警備は少し不真面目であると言う報告を受けています。その可能性は十分にあると思われます。」

「そうだよなぁ、そもそも、モンスターの檻には何も変化なかったみたいだし尚更見回りだけを気絶させる意味なんかないだろ?」

 

 怪物祭(モンスターフィリア)の警備を担当している女性職員がそれに同調する。

 しかし、エイナは一抹の疑問を拭い去ることができなかった。

 いくら不真面目でも勤務中に酒を飲むことはないだろう、ましてやこの大事なときに。

 でも確かに檻に異変がないのなら見回りを狙う意味が...

 

「ねぇ、エイナはどう思う?」

 

 エイナがしばらく考えを巡らせていると同僚で友人のミィシャがそう聞いてきた。

 

「そう、ねぇ...。今までそう言う報告が来てたんならまだしも、昨日初めて飲んでそのまま酔いつぶれる...って言うのは考えにくいわよね...。絶対にあり得ないとまではいかないけど」

 

 そうエイナが答えると場が"確かに..."と、納得したような微妙な空気になってしまい、結局事実はわからずじまいだった。

 どうやら件の警備員は今日は勤務を休んでいるそうだし、詳しく聞こうにもそれは無理な話だろう。

 結局上司の"無駄話はそこまで、仕事に取り掛かりなさい"という鶴の一声で皆は方々に散って今日のギルドの通常業務が開始し、そのことについて話すこともなくなった。

 そしてエイナも受付の椅子に座り、いつものように冒険者登録や事務仕事などをこなしていると

 

Hiya(よお)

 

 ドカ、と受付カウンターの椅子に深く腰掛ける青年。

 エイナの担当する冒険者である、銀髪の剣士ことネロがギルドにやって来た。

 その怪物のような活躍を知っている他の冒険者たちは畏敬の眼差しを送っていた。

 彼は結構な有名人で、今もギルド内ではそこここでヒソヒソと話す声が聞こえる。

 

「お、おはようございますネロ君。今日はどうしたんですか?」

「あぁ、この前ちょっと気になることがあってな。一つ聞きたいことがあるんだが、サポーターってのは割と軽視されてるもんなのか?」

 

 それは以前ダンジョンで出会ったリリについてのことである。

 ネロ自身自分がそこまで首を突っ込む義理も理由もないことはわかっているのだが、なぜか気になってしまっているのだ。

 

「いいえ、サポーターもダンジョン内で冒険者のサポートをして安全にダンジョン攻略をできるようにする立派なーーー」

「建前はいい。本当のところを教えてくれ。」

 

 言い切る前に遮られ、改めて問われる。

 真剣なその眼差しに、これ以上のお為ごかしは不可能だと判断して

 

「...正直に言わせてもらうと、冒険者のサポーターに対しての扱いは度々問題になっているわ。実際全てを取り締まろうとするのは不可能だから黙認されているんですけどね。注意喚起はしていますが、大した効果がないのが現実です」

「...そうか」

 

 ありありと現実のサポーターの扱いについてネロに伝えた。

 その時、エイナは今まであまり感情を見せなかったネロの顔に初めて"寂しげ"な表情が浮かぶのを見た気がした。

 と、言ってもそれは一瞬ですぐにいつも通りの仏頂面に戻ったのだが。

 

「誰か、そんな人をみたんですか?」

「あぁ、この前ブタみたいなモンスターに囲まれてるパーティーを見たんだ」

「豚...あぁ、オークのことですね。って、もう10階層まで潜ってるんですか!?」

「そうだけど、なんか悪いか?」

「悪くはないですけど...」

 

 彼の実力を知っている手前中々止めづらい。

 エイナは自分が担当している冒険者を死なせてしまうのが大変嫌いだ。

 いや、ギルドの人間なのであれば多かれ少なかれそのような感情を抱くのだろうが、彼女の場合は突出してそれが強かった。

 けれど、あのオッタルとも張り合った彼だ、10階層ごときでは大した脅威も危険も感じなかっただろう。

 

「一応あそこ、ベテランとルーキーの境目くらいなんだけどなぁ...」

 

 小声で小さくそう呟く。

 

「なんか言ったか?」

「い、いや、何も言ってないですよ」

「そうか、んじゃ話の続きなんだが...」

 

 リリのことについて記憶にある限りの事を詳細に伝えた。

 

「そんなことが...」

 

 口を手で覆い、驚きを隠しきれない様子のエイナ。

 普段ダンジョンに潜らない分、冒険者よりもそう言った類のことに関しては知識が浅いのだろう。

 と言ってもネロも冒険者の中では駆け出しもいいところで、サポーターの件を知ったのも偶然の産物なのだが。

 

「分かりました。このことは私が責任を持って上に報告させてもらいます。こんな行為、許されるものではありませんから」

「そうしてもらえると助かる。俺もどうしていいかわからなかったからな」

「はい、任せてください。それで、その子の所属ファミリアは分かりますか?」

「いいや、わからねえ。けど外見はわかるぜ、犬だか猫だかの耳(、、、、、、、、)が生えてて、かなり小柄な感じだった」

「そうですか、それじゃあ容姿の特徴も含めて報告しておきます」

「あぁ、そんじゃあ行くわ」

「はい、気をつけて行ってらっしゃい」

 

 椅子から立ち上がって出ていこうとするネロ。

 

「...色々とありがとな」

 

 小さくそうお礼を言っていたのをエイナは聞き逃さなかった。

 

「...はいっ」

 

 そしてそのまま今度こそ振り返らずにネロはギルドから出て行く。

 

「彼、かなりかっこいいわよね。正直タイプかも」

 

 ミィシャがそう言ってくる。

 

「ああいう子がタイプなんだ?」

「うん、でもエイナはああいう感じ苦手だもんね」

「うーん...」

 

 実の所、エイナは彼のことがあまり得意ではなかった。

 身長はかなり高いし、顔は整っているけど仏頂面で怖いし、強いし。

 しかし今日の一件でエイナは彼に対する評価を改めざるを得なかった。

 

「意外と、いい子かも」

「それってもしかして!」

「いや、そういう意味じゃなくてね...」

「またまたー!」

 

 今日もギルドは、元気に営業中です。

 

 

 

 

 

 

 ギルドを出て冒険者通りをまっすぐ進んでギルドに向かっていると

 

「おーいっ、待つニャそこのクソ白髪ー!」

 

 呼ばれた方向に振り返ると、『豊穣の女主人』の店先で、猫耳と細い尻尾を生やしたキャットピープルの少女がぶんぶんとこちらに手を振っていた。

『クソ白髪』とは随分な言い様だが、ネロにもそう呼ばれても仕方ない理由があるので何も言えない。

 

「おはようございます、ニャ。いきなり呼び止めて悪かったニャ」

「いや、それはいいんだけどよ。なんか用か?」

「ちょっと面倒なこと頼みたいニャ。はい、コレ」

「?」

「クソ白髪はシルの友達ニャ。だからコレをあのおっちょこちょいに届けてきてほしいニャ」

 

 そう言いながら手渡されたものは、よくありがちな普通の財布だった。

 布袋状で、口金のついた【ガマ口財布】。

 紫色のその金入は、小ぢんまりしていて可愛らしい。

 

「アーニャ、それでは説明不足です。ネロさんも困っています」

 

 と、今度は耳の長い別の店員が現れた。

 準備を行なっていたカフェテラスの方から歩み出て、こちらへ歩み寄ってくる。

 

「リューはアホニャー。店番サボって祭見に行ったシルに忘れ物渡しに行ってほしいだなんて、言わないでもわかるもんニャー」

「だ、そうです。すみませんがお願いします」

「あぁ、分かった。けど、祭って?」

「初耳ですか?この都市に身をおくものなら誰でも知っているもののはずですが」

「生憎と、この前来たばっかりなんだ。この都市のことなんてほとんどわからねぇ」

「ーーーニャら、ミャーが教えてやるのニャ!怪物祭(モンスターフィリア)は、年に一回開かれる【ガネーシャ・ファミリア】主催のどデカイ催しニャ!闘技場を丸丸一日貸し切って、そこでダンジョンから引っ張って来たモンスターを調教するのニャ!」

「なるほどな...」

「なので、今日、闘技場の方へつながるメインストリートは大混雑だと思うので、まずはそこに向かってください。人波についていけば大丈夫だと思います」

「シルはさっき出かけたばっかだから、すぐに出れば追いつけるはずニャ」

「んじゃあ行ってくるわ」

 

 少し怪物祭(モンスターフィリア)に興味を引かれつつネロはシルを探して出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メインストリートに面する喫茶店の、その二階。

 女神フレイヤはそこにいた。

 フードを深々と被りその相貌を覆い隠しているものの、溢れ出る美は周囲のものを拐かしてやまず、彼女の動作一つで周囲の男たちの時間は止まっていた。

 大したこともせず彼女は周囲の異性の注目をその一身に浴びていた。

 階下には、人がごった返していた。

 様々な人種が入り乱れているそこには、一般人に紛れて冒険者もちらほらと散見された。

 そんな彼らの顔を一人一人ジッと観察していると、木張りの床が軋む音と同時に、こちらに近づいてくる気配があった。

 

「よぉー、待たしたか?」

「いえ、さっき来たばかりよ」

 

 手を挙げて気さくに挨拶して来た神物に、フレイヤはフードの中で浅く笑った。

 ボーイッシュな格好をしているせいで少し男神のようにも見える彼女は、ロキ。

 漏れかける欠伸を噛み殺しつつ涙目のまま、にへっと笑みを作った。

 

「なあ、まだうち朝食食べてないんや。ここで注文してもええか?」

「お好きなように」

 

 そんなことをズケズケというロキに、大して気にしたそぶりも見せないフレイヤ。

 二人の間柄が浅からぬものであるということはその会話だけからでも分かった。

 

「ところで、いつになったらその子を紹介してくれるのかしら?」

「紹介がいるんか?まあええわ。うちのアイズや。これで十分やろ?ほれ、アイズ、こんなんでも一応神やから挨拶だけでもしとき」

「...初めまして」

「可愛いわね。それに......ロキが惚れ込む理由、よく分かった」

 

 金色の瞳がフレイヤの視線と絡み合う。

 ぺこりと頭を下げる少女の様子は通り名とは似ても似つかないもので、フレイヤは思わず微笑を浮かべる。

 

「それで、今日はどうして私を呼んだのかしら?」

「んぅ、ちょいと駄弁ろうおもてなぁ」

「嘘ばっかり」

 

 クスクス、と笑うフレイヤにニッ、と不敵に笑うロキ。

 それまで両者の間にあった空気が一変した。

 運悪く注文を取りに来てしまったウェイターは彼女らが発するど迫力に気圧され、金縛りにあったかのようにその場にただ立ち尽くしていた。

 

「率直に聞く。何やらかすつもりや」

「何を言っているのかしら、ロキ?」

「とぼけんな、アホゥ」

 

 未だ側で立ち尽くしているウェイターにフレイヤが優しげに微笑むと、ハッ、とした様子で目を見開き、間をおかずに赤面してその場を離れて行った。

 

「最近動きすぎやろ、自分。興味がないとか行ってた宴にも顔出すわ、さっきの話ぶりだと情報収集にも余念がないわ......今度は何企んどる」

「企んでるなんて、人聞きの悪い」

「じゃかあしい。...男か」

 

 女神は答えない。

 ただフードの中で薄く笑うのみだった。

 それを是、と見てロキは大きなため息をつく。

 

「はぁ......つまり、どこぞのファミリアの子供を気に入った、ちゅうわけやんな。ったく、この色ボケ女神が、誰彼構わず見境なしか」

「あら心外ね。分別くらいあるわ」

「抜かせ、男神(アホども)誑かしとるくせに」

「彼等と繋がっておくと色々と便利なのよ、何かと融通がきくわ」

「で?」

「....」

「どんなヤツや?今度自分の目に止まってるっちゅーのわ」

 

 それくらい言え、と要求する彼女は神特有の野次馬根性を盛大に発揮していた。

 言わねば帰さない、とその目は切に語っていた。

 

「......」

「そっちのせいでこっちは余計な気を使わされたんや、聞く権利くらいあるやろ」

 

 強引な理由を振りかざすロキに、フレイヤは顔を左手、窓側へと向けた。

 先ほどと変わらず眼下には人の群れ。

 昔を思い返すかのようにそこを見ながら、フレイヤは語り出した。

 

「彼は...綺麗だったわ。荒々しく、猛々しく、そして力強く輝いていた。今まで見たこともない色をしていた。」

 

 だから、目を奪われてしまった、見惚れてしまった、と。

 誰も気づけないほどのほんの微かな熱をそのソプラノに乗せながら。

 

「見つけたのは、本当に偶然。たまたま視界に入っただけ」

 

 当時の情景に想いを馳せながらフレイヤは言葉を連ねる。

 

「その時も、こんな風に...」

 

 日の光が霞むメインストリート。

 通りの向こうから、あの青年はこちらへやって来て。

 そう、たった今、視界の中を通り抜けて行ったように。

 フレイヤの動きが、止まる。

 その銀の視線が、大通りをゆったりと歩く『銀髪の青年』に釘付けになる。

 徐々に遠のいていくその背中を見送ったフレイヤの唇に、蠱惑的な笑みが浮かぶ。

 

「ごめんなさい、急用ができたわ」

「はぁっ?」

「また今度会いましょう」

 

 そう行ってすぐに席から立ち上がり、去っていくフレイヤ。

 その場には、ロキとアイズだけが残された。

 

「なんや、あいついきなり」

 

 そこでロキは「ん?」と小首をかしげた。

 アイズが、何やら窓の外をじっと見つめているのだ。

 

「どしたん、アイズ。なんかあったん?」

「...いえ」

 

 そう答える彼女の金の瞳には、銀の残像が焼き付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び、フレイヤは大部屋へと来ていた。

 彼女の周りには、ぐったりと倒れ伏している男女が幾人か。

 そして、彼女の傍らにはあの日と同様に、オッタルが控えていた。

 やはり二本の大剣を携えて。

 

「ねぇ、オッタル」

「はっ」

「準備は、できているかしら?」

「...いつでも」

 

 憮然とそう答えるオッタル。

 その重く響き渡る声に、フレイヤは満足げに頷く。

 本当は、もう少し先延ばしにするつもりだったのだが、今ここにいるとわかったからには仕方がない。

 ガチャ、と金属音が辺りに響いて、檻の扉が開いた。

 中から悠々と出て来た『シルバーバック』は、その体にいくつかの傷が作られていた。

 おそらくはオッタルとの修練の結果のものだろう。

 これならばあの子にも対抗できるかもしれない。

 フレイヤはまるで女児のような純粋な笑みをその顔に浮かべる。

 フー、フーッ、と、鼻息荒く呼吸している『シルバーバック』の頭を優しく撫でながら、フレイヤは遠くの愛しい青年に語りかける。

 願わくば、その勇姿を存分に見せて欲しいという願いを込めて

 

「それじゃあ、頑張ってね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シルを探して闘技場の周辺をひとしきり見て回ったネロは、また東のメインストリートまで戻って来ていた。

 祭りのショーが始まったのを皮切りに、もうほとんどの人が闘技場へ入場したのか、大通りの人影は行きと違ってまばらだ。

 闘技場の中から、熱狂した人々の声が聞こえてくる。

 その声に呼応するかのように周りの気温も上がっていく気がする。

 祭とはこんなものなのか、とネロは自分も少し周りの空気に飲まれていることに気がついた。

 そんな中で、ふと耳朶を打つものがあった。

 それは非常に小さな音だったのだが、しっかりとネロは聞き届けていた。

 小さく切り裂くような声だった。

 フォルトゥナでも聞いたことのあるモノ。

 それをネロはよく知っていた。

 

「......悲鳴?」

 

 その呟きが口からこぼれた瞬間。

 次には、大音声が響き渡った。

 

「モ、モンスターだぁああああああああああっ!?」

 

 凍りついたかのように、つい先ほどまで熱狂の空気をまとっていた大通りは言葉をなくす。

 そして、ネロは見た。

 闘技場から伸びる通りの奥。

 石畳を蹴る音を従えながら、純白の毛並みを持つモンスターがその手に大剣を携えてこちらに荒々しく突っ込んでくるのを。

 




いかがでしたでしょうか?
次回は濃厚なバトルシーンを書いていこうかなと思っているので、お楽しみに笑
それにしても、作中でネロくんやることが多すぎて何からやって行けばいいのか迷いますね...



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Mission16 気付き

皆さん本当にお久しぶりです。
何ヶ月も更新を止めてしまい申し訳ございませんでした。
お知らせがあるのですが、それは後書きで。
ひとまず、本編をどうぞ


「アイズたぁーん、ちょっとは付き合ってえやー」

「いらないです」

 

 隣で駄々をこねている主神(ロキ)に、アイズはほう、と一つ息をつく。

 つい先ほどまで|美の女神《フレイヤ)と会合を交わしていた喫茶店に、まだロキとアイズは留まっていた。

 もうすでにフレイヤはその場にいないにもかかわらず、その場にはどこか艶美な雰囲気が未だに漂っており、男性客たちは余韻を感じるように食事にも手をつけず、ぼんやりと宙を眺めていた。

 ロキが朝飯を食べる終わる間も無くフレイヤが立ち去ってしまったのでロキは今一人で運ばれてきた食事をモソモソと食べていた。

 

「それにしてもアイツホンマ傍迷惑なやつやなあ。サークルクラッシャーやん」

 

 よくわからないことを言いながらトーストを口に運ぶロキを横目にアイズは先ほどの光景を思い出していた。

 一瞬のことで確信はないのだが視界に一瞬だけ映った銀の残像。

 

(ネロ......)

 

 圧倒的な力を持つLv.1の冒険者。

 その素性のついてアイズが知ることはほとんど何もないがその実力だけは知っている。

 あのオッタルですら互角の戦いを強いられたのだ。

 

(それに...)

 

 思い出すのは酒場での出来事。

 ベートに突然詰め寄ったかと思えばその頭を机に叩きつけて一方的な蹂躙ショーを繰り広げた。

 レベルがいくつも上のしかも経験豊富な一線級の冒険者に。

 本来ならばレベル差というものは絶対的なものである。

 一レベル程度ならまだなんとかなる可能性もあるのだが数レベル差とまでなると勝つことは絶望的なまでに不可能である。

 それは今まで冒険者としてオラリオで活躍してきたアイズ自身が1番よくわかっていた。

 でも(ネロ)はその常識を打ち破った。

 アイズが気に留めてしまうのは仕方のないことだろう。

 先程からずっと黙って食事を口に運んでいたロキはそんな思案げなアイズを見て何かを察したのか

 

「ほな、帰ろか」

 

 そう主神に問いかけられたアイズは数瞬の逡巡ののち

 

「...はい」

 

 そう頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は数時間巻き戻って。

 場所はへファイストス・ファミリア。

 数多くの【鍛治スキル】持ちによって構成されたファミリア。

 オラリオの武器供給の中核を担っており、新米冒険者向けの比較的安価な装備から、ベテラン冒険者を対象にした高価な装備までの全てを生産しており、新米冒険者にとって高価で見栄えも良い上級装備を買うのは夢の一つである。

 武具の生産において大成功を収めたと言っても過言ではないそのファミリアの主神は、へファイストス。

 鍛治の女神である。

 大ファミリアなだけあってその本拠地(ホーム)の敷地は広大で、弱小ヘスティア・ファミリアのものと比べるとまさに月とスッポンといった具合であった。

 そんな【へファイストス・ファミリア】の主神、へファイストスの私室に、我らが【ヘスティア・ファミリア】の主神、ヘスティアはいた。

 

「呼んでおいてなんなんだけど、あんたいつまで入り浸るつもりなのよ...」

「せっかく久しぶりに会えたんだ、少しぐらい長居してもいいじゃないか!」

 

 うんざりとしたような顔でそう告げるへファイストスのヘスティアは反論する。

 ガネーシャ・ファミリア主催のパーティーののち数日。

 ヘスティアはへファイストスと一緒にいた。

【へファイストス・ファミリア】にお世話になっていた昔の堕落した生活を思い出して少し心苦しくなるヘスティアだったが、少しくらいならいいだろうと旧友との親交を温めていた。

 愚痴を聞いてもらったりネロのことに関して色々と相談に乗ってもらったりしていたヘスティアはどこかスッキリとした顔をしていたのだが、ここ何日かずっとそれに付き合わされていたへファイストスの顔にはその美貌をいくばくか色褪せさせるほどの疲労の色が色濃く滲んでいた。

 

「でも、いつまでもいるわけにはいかないよね。ネロくんも待ってることだし。そろそろ帰るとするよ」

「えぇ...ぜひそうしてもらえると助かるわ...」

 

 息も絶え絶えといった様子でそう返事をしてくる神友にヘスティアは

 

「色々と聞いてくれてありがとねっ。また遊ぼうね」

 

 そう笑顔で礼を言ったのだった。

 それを見てへファイストスは

 

「.........そうね、また来なさい」

 

 ドアを閉めて去って行った神友の背中にそう言葉を投げかけた。

 なんだかんだでヘスティアには甘い彼女であった。

 

 

 

「さーてっ....帰ろっかな!」

 

 一路帰路に着いたヘスティア。

 結局ネロが元の世界に変える方法は分からずじまいだった。

 あの面々に分からないのならもうわかる(ヤツ)なんていないのではないだろうか。

 それにしても、(ネロくん)が来てからは毎日、退屈知らずだ。

 足元の石を何とは無しに蹴りながらそう思う。

 あのオッタルを追い返したときには流石のヘスティアも仰天したが。

 今やオラリオでも一二を争う知名度ではなかろうか。

 まあその分他のファミリアからのちょっかいも絶えないけどねっ。

 ネロくんは絶対に渡さないよ!

 そう密かに決心したヘスティアであった。

 うーん、と一つ伸びをする。

 

「ネロくんも待ってるだろうし、急ぐかな!まったく、寂しがり屋なんだからネロくんは!」

 

 本人が聞けば怪訝そうな顔をすることは請け合いだが今のヘスティアはそんなこと御構い無しだ。

 久しぶりのホームだ!

 その足取りは軽やかなものだった。

 ネロの置かれた状況とは正反対に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気付いた時には、もうシルバーバックとの距離は無くなっていた。

 

『ガァァァァァァァァ』

 

 強烈な咆哮(ハウル)とともに振り下ろされるネロの身の丈ほどもある大剣を半身の体勢をとることによって回避した。

 体のギリギリを通過していく大剣が地面に刺さり、大量の粉塵が宙に舞った。

 一旦立て直すために地面に刺さったままの大剣を足場に宙返りをしてシルバーバックとの距離を取る。

 

「なんだテメェ。なんでモンスターが街中にいんだ」

 

 その問いかけに答える代わりにシルバーバックは剣を大上段から振り下ろす。

 膂力に加えて重力も加えられた一撃がネロに襲いかかる。

 

「おい、こっちが喋ってんだろうが」

 

 いとも容易くその一撃を右腕で受け止めたネロ。

 顔の目の前で止まった剣。

 その斬撃を届かせようとシルバーバックは力を込めるが一ミリたりとも動かない。

 逆に徐々に押し返されていく。

 驚愕の色をその顔に窶したシルバーバックをネロは冷たい目で見据える。

 

「ったく、コレだから言葉の通じない猿は嫌いなんだ。臭えし汚ねえし」

 

 剣を掴んだままの右腕に力を込めて、押し返す。

 支えを失ったシルバーバックはバランスを崩してたたらを踏んだ。

 辺りがどよめく。

 

『お、おい。あいつ今簡単にモンスターを押し飛ばさなかったか?』

『何者なんだ...』

『お前ら知らないのかよ。アレが噂の"銀髪の剣士"だぞ。あのオッタルと互角に戦ったっていう』

 

 いつの間にかネロの周囲には人々が集ってきていた。

 ほとんど人は逃げたというのに。

 恐らくはネロの実力を知ってのことだろう。

 なんとも緊張感のないことだ。

 

「おい、お前ら」

 

 そうネロが一言声をかけると彼らは揃ってビクゥ!と肩を震わせ

 

『は、はい』

『や、やべえよ、俺たち怒らせちゃったのかも...』

『本気になったら俺らなんか消し炭にされちまうぞ...』

『まだ俺死にたくねえよぉ!』

 

 口々に好き勝手言ってくれていた。

 彼らの中でネロは一体どういう人物なのだろうか。

 こりゃ収拾付かねえな。

 しかし悪童ネロ、こう言う時の立ち回り方(黙らせ方)はよく知っていた。

 

Well...Get the fuck out.(あー、消えな)

 

 睨みつけながらそう言ってやるとヒィィ、と言いながら彼らはどこかへ逃げて行った。

 これであたりには誰もいなくなった。

 改めてモンスターの方に目をやるとその瞳から闘志の色は未だ失せておらず、ただ爛々と輝きながらネロを睨め付けていた。

 どうやらしっかりと力関係を分からせる必要があるらしい。

 

「来いよデカブツ。なんでここにいんのかは知らねえけど、遊んでやるよ」

 

 抜剣していたレッドクイーンの剣先をシルバーバックの方へ向け、クイクイ、と挑発する。

 またもや地を蹴り切迫してくるシルバーバック。

 力任せに横薙ぎに振るわれた一撃をステップバックによって躱す。

 その勢いのまま下から振り上げられた斬撃をバク転によって捌く。

 

Hey-hey(おいおい)、しっかり狙えよ?無闇矢鱈に振り回すだけじゃ、当たるもんも当たらないぜ、そのブサイクな顔にくっついてる眼は何のためにあんだ?」

 

 と、避けながらもなお挑発し続ける。

 と、ピタリと先ほどまで続いていた怪物の猛攻が止まる。

 何事かと思い視線を向けると、モンスターの様子が変わっていた。

 具体的には剣の構え方が変わっていた。

 ただ構え方が変わったのならネロも何も思うところはなかっただろう。

 しかし、モンスターの剣の持ち方は熟練の剣士(、、、、、)のそれになっていた。

 

「...どういうことだ?」

 

 その言葉に答えぬままモンスターは今一度肉薄を図る。

 袈裟懸けに振り下ろされた一撃を弾き飛ばし、数合交わしてハッとネロは気付いた。

 

「あの構え...」

 

 そうだ、あのオッタルとか言う大男と酷似している。

 道理でやりづらいわけだ。

 これは少し本気でやらなければいけないみたいだ。

 ブルーローズで威嚇射撃を行いながら距離を取る。

 そして剣を地面に突き刺し、首をコキコキ、と鳴らす。

 剣を肩にかけ、身を低くしてすぐにトップスピードに乗れるように体勢をとる。

 

「オイゴリラ、遊ぶのはもうやめだ。こっからは本気で行くぞ」

 

 そう行った直後に弾丸のように飛び出したネロは一直線に迫っていき、レッドクイーンのアクセルをふかしながら横一文字に薙いだ。

 爆炎とともに迫る剣を正直にも受け止めようとしたシルバーバック。

 お互いの剣が触れた瞬間。

 シルバーバックは手元が爆発したかのような衝撃を感じた。

 気付けば吹き飛ばされていた。

 

「ハッハァ!」

 

 再度肉薄。

 衝撃でひるんでいたシルバーバックは対処が遅れたようで、ギリギリで防御をする。

 一撃防がれたらすぐに次、それを防がれればまた次。

 これまでの闘いで培って来たテクニックの全てを剣技に集約させて敵に叩き込む。

 袈裟懸け、薙ぎ、突き、斬り上げ、フェイント、逆袈裟、足払い、斬り下ろし。

 そんな無限かのようにも思えるネロの手管を防ぎきれる道理もなく、一撃をまともにくらい吹き飛ぶシルバーバック。

 そんなシルバーバックをデビルブリンガーによってむんずと掴んで引き寄せ、剣で振り上げ打ち上げると共に、自らも舞い上がる。

 数瞬の出来事だった。

 

Showtime!!!(こっからだぜ)

 

 アクセルをふかしながら空中で敵に向かって直進し、横薙ぎの一撃(キャリバー)を喰らわせる。

 そしてその体をデビルブリンガーで強引に引き戻し、グルン、グルン、と空中で回転しながら遠心力を利用してシルバーバックを地面に叩きつける。

 

「テメェに足りねえモンを教えてやるよ!」

 

 そう叫ぶと同時に、空中にいる状態からアクセルの推進剤の勢いを利用して、剣を地面に叩きつける。

 隕石が落下して来たかのような衝撃とともにレッドクイーンは無防備なシルバーバックの胴体を食い破った。

 とてつもない落下速度と衝撃を伴ってネロは轟音と共に地上へと帰還した。

 もはや動かなくなった相手に向かって、ネロは吐き捨てる。

 

「てめぇに足りねぇもんはな、経験だ」

 

 フン、と鼻を鳴らす。

 それにしても、謎ばかりだ。

 こいつがなぜ襲いかかって来たのかも、なぜ剣を扱えるのかも。

 皆目見当がつかない。

 とりあえず今はこいつを何とかしなくてはいけない。

 ギルドにでも持っていけば良いのだろうか。

 右手でひっ掴み、引きずりながら歩いていく。

 

 あとでギルドで聞いたらモンスターが脱走したとこには火の粉を散らしたような騒ぎになったが、闘っているのがネロだと知って安心して任せたらしい。

 それで良いのか...?




いかがでしたでしょうか?
それでお知らせなのですが、作者これから本格的に受験シーズンが始まってしまうため、これからは今までよりもさらに更新速度が落ちるかと思います。
ですが作品を終わらせるつもりはないので、これからもお付き合いいただけたら幸いです。


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