スーパーロボット大戦3F ~マクロス・コンサート~ (デスフロイ)
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第1話 フロンティア、争乱

 地球圏は、混乱の時代を迎えていた。

 全ては、何の前触れもなく空間に穴が開き、異なる空間と恒常的に連結する、異常現象によるものであった。

 この空間をつなぐ穴は【ワームホール】と呼ばれた。

 それは、空間のみならず軍事上・経済上にも大きな歪みを生じさせていった。

 宇宙からの侵略に対抗するため設立された地球統合政府だったが、地球至上主義の指導者たちに対する宇宙移民の反発が激化。その結果、指導力が低下した統合政府に反旗を翻すジオン独立運動が勃発。地上でも、機械の獣を操る反政府勢力が日本を中心に活動を始めた。

 ついには、地球圏全体を巻き込んだ、いわゆる【十三ヶ月戦争】が巻き起こった。

 しかしながら、ジオン公国を名乗ったサイド3は、デギン=ザビ公王が病による長期療養を余儀なくされ、事実上引退したことによって休戦宣言。反政府勢力も、各地でスーパーロボットらの活躍によって弱体化していった。

 しかし統合政府も戦乱によって求心力を著しく失い、ほどなくして崩壊。地球圏を六つのブロックに分かち、それぞれが自治を行いつつ連合する、地球連邦政府が設立された。

 だが、その後もワームホールの出現はやまず、ついには異世界や外宇宙にまで通路が開いてしまった。

 地球上の政治・軍事バランスの大きな狂いと、異世界や外宇宙との思わぬ接触は、混乱につぐ混乱をもたらそうとしていた。

 そうした情勢の中、極東にてディバイン・クルセイダーズ(略称DC)、北米にてメタトロン、そして宇宙にて、この物語で語られるロンド・ベルの三つの独立部隊が設立され、地球圏の紛争解決を目指すこととなっていった。

 いわゆる、【三軍連合戦争】、俗称【スーパーロボット大戦3F(Triple Force)】の勃発である。

 この物語は、混迷の時代において、人々の心を支えた歌姫たちをもっとも輝かせた、後に伝説とまで呼ばれた【マクロス・コンサート】を描いたものである。

 

 

 

 

 

「どう? この前の話、考えてくれた?」

 

 開口一番、シェリルが熱気バサラにそう問いかけたのは、マクロスTVの廊下であった。

 

「は? 何のことだよ」

「とぼけちゃって。あなたには、私のギタリストになってほしいのよ。何ならダブルボーカル形式でも構わないのよ」

「あのな、俺は」

「ちょっと!」

 

 気色ばんで、バサラのバンド【ファイヤーボンバー】のメンバーであるミレーヌが、シェリルに食ってかかった。

 

「あんた、何言ってくれてるの!? バサラをうちから引き抜こうたってそうはいかないわよ!」

「彼ほどのギタリストが、あなたみたいな下手くそと組んでるなんて、音楽界の損失よ。彼は私と組むべきだわ」

「何よ、ミンメイさんのチャート記録と一回だけ並んだからって!」

「ファイヤーボンバーのチャートが伸びない原因は、あなたじゃないの? ミレーヌ」

「言ったわね!!」

「やめなさい、あなたたち!」

 

 割って入ったのは、ファイヤーボンバーのプロデューサーである、ミュン=ファン=ローンであった。

 

「こんなところを、写真雑誌の人に見られたらえらいことになるわ」

「だってミュンさん!」

「いいから頭を冷やしなさい! 生中継前なのよ」

 

 ミュンは、今度はシェリルに向き直った。

 

「シェリル、あなたも業界のルールは心得て。引き抜きが露骨すぎるわ」

「その方が、バサラのためになると思うんだけどな。バサラ、もう一度聞くわ。マクロスを降りてフロンティアⅣに移らない?」

「悪いがお断りだ。前にも言ったはずだぞ」

 

 バサラは、即座に返答した。

 

「あんたの力なんか借りなくても、俺はチャートトップを取ってみせる! ファイヤーボンバーでな」

「残念ね。私とあなたが組めば、次のラストイヤー・フェスティバルのオーラスを確実に飾れるのに」

 

 シェリルは、ミュンのすぐ側で成り行きを見つめていた、ステージ衣装に身を包んだ女性を真っ直ぐに見据えた。

 

「リン=ミンメイ」

 

 彼女の名前を、シェリルは呼んだ。

 

「あなたは三年連続でラストイヤー・フェスティバルのオーラスだったんだから、もういいでしょ? 今年こそ私がやらせてもらうわ。時代は、マクロスからフロンティアⅣに移りつつあるのよ」

 

 沈黙を保つミンメイに代わって、ミュンが問いかけたのは、シェリルの側でオロオロしている中年男だった。

 

「エルモさん、この過剰な自信は、プロデューサーのあなたの教育のたまものってわけ?」

「いやそんな! 本当に申し訳ありません。シェリル、あの、ちょっと言い過ぎじゃないかな~」

「もう、エルモさんは人がよすぎるのよ。一気にアップル・プロジェクトを打ち破る時よ」

「そう簡単にはいかないわ。ファイヤーボンバーは、まだまだこれからよ」

「いつまでもそう言ってるがいいわ。シャロン=アップルの声優さん」

「そ、それはまずいって……おいシェリル!」

 

 さっそうと廊下を去っていく後を、エルモが慌てて追いかけていく。

 その後ろ姿が曲がり角に消えていくのを見送ったミュンは、ミンメイとファイヤーボンバーの両方を見回した。

 

「ミレーヌ。シェリルの挑発は今に始まったことじゃないでしょ? ミンメイはちゃんと分かってるわ。少しは見習いなさい。私たちアップル・プロジェクトは、純粋に歌で勝負するのよ」

「バサラを持っていくなんて、絶対にやらせないでよ。プロデューサーとして!」

「もちろんよ。みんな、聞いてちょうだい」

 

 ミュンは、口調を改めて続けた。

 

「フロンティアⅣのシェリル=ノーム。プラントのラクス=クライン。この二人は、ポスト・ミンメイの双璧と呼ばれてるわ」

「だけど、ラクスってプラント以外で歌わないじゃない? プラントのテレビ局以外には出てこないし。所詮はプラントの御用歌手でしょ」

「ミレーヌの言う通りよ。今、現在では、ね」

「え、ってことは、プラントから出てくるかもってこと!?」

「いえ、今のところ、そういう話は出てないわ。もし彼女がプラントから出たら、音楽シーンは中途半端な盛り上がりではすまないでしょうけどね。ネットでしか彼女の歌を聴けないファンの間では、待望論が根強いしね。だけど、彼女たち二人に話題をさらわれっぱなしで、いいわけがないわよね? この二人を打ち破るのはあなたたちよ。ファイヤーボンバー」

「当たり前だ! 銀河中に、俺の歌を響かせてやるぜ!」

 

 後輩のバサラが意気軒昂なのをよそに、ミンメイは内心でため息をついていた。

 

(何だか最近、歌以外のことで気疲れすることが多いな……輝に会いたい……)

 

 

 

 

 

 同時刻。

 シェリルも在籍しているフロンティア第4学園にて、ミスコンが行われていた。なお、芸能活動を行っている女生徒は対象外なので、シェリルはノミネートすらされていない。

 校庭に設えられたステージへと、シーブックはドレス姿のセシリーを引っ張っていた。

 

「早く来いよ! あんたの優勝に、俺は賭けてるんだから」

「勝手なことを言わないでちょうだい! 大体、人をトトカルチョの対象にするなんて。私は競馬馬じゃないのよ!」

 

 二人が歩いていく先に、いかにも手製のアイドル衣装っぽい格好をした、緑の髪の少女がいた。

 

「あー! 先輩、そのドレスってやっぱりミス・フロンティア学園に出るんですね?」

「出ないって言ってるのに彼が無理やり! ランカ、あなたも出るんでしょ、その衣装?」

「えへへ、そうなんです。だけど、セシリーさんが出てきたら、もっていかれちゃうな。セシリーさん、歌手とか女優やらないんですか? うちの学校、そういう人も何人かいるし」

「私は人前とか得意じゃないし。第一、歌手なんてシェリルさんにかなうわけ」

 

 セシリーの台詞は、突然の爆音で掻き消された。

 

「な、何だ!?」

 

 ミスコン会場に、戸惑う学生達の騒ぎがあちこちから巻き起こった。

 

 

 

 ちょうどその頃、ミスコン会場から少し離れた場所。

 一台の、赤を基調としたスーパーカーが、道路を走っていた。

 その向かう先に、空中から騎士を模したモビルスーツが数機飛来し、着陸した。

 スーパーカーが、急ブレーキをかける。

 

「あれあれ、いけませんね~。公道はモビルスーツの運転は禁止じゃないのかい?」

「い~けないんだ、いけないんだ~」

 

 帽子をかぶった細面の男・ボウィと、艶っぽい美女・お町がドアを開けると、モビルスーツに対して囃し立てた。

 モビルスーツ隊の指揮官機であるベルガ・ギロスの中で、片目を眼帯で覆ったパイロット、ザビーネ=シャルは、訝しそうな顔をした。

 

「……? まあいい。そこの車の者たち! セシリー=フェアチャイルドの居場所を知っているか?」

「生憎だけど、そんなお嬢さんは知らないな~。なんせ余所者なもんでね」

 

 一拍置いて、ボウィは続けた。

 

「ただ……クロスボーン・バンガードが、行方知れずの貴族のお姫様を探すために、フロンティアⅣを襲撃するって噂は聞いたことがあるぜ?」

「!」

 

 ザビーネは、反射的にマシンガンをスーパーカーに構えて発砲していた。

 最初の動きでそうと悟ったボウィが、ドアを瞬時に閉め、スーパーカーを素早くバックさせた。弾丸が、スーパーカーのいた場所を大きく穿つ。

 

「おっととと。そんな攻撃じゃ、俺様の子猫ちゃんには当たらないぜ?」

「騎士の姿をしていながら、やり口は野蛮極まりない。仏作って魂入れず、とはこのことだな」

 

 後部座席にいた、知的な印象のアイザックがそう批判した。

 

「……貴様ら何者だ? ただの無頼漢ではないな?」

「惜しい! ささ、ボウィさん、ディスクを再生してくださいまし」

「オゥケィ! 早速、ご機嫌なメッセージをお聞きくださいな」

 

 外部スピーカーから、録音済みのメッセージが流れ始めた。

 

『いらっしゃませいらっしゃませ! 近所のケンカに仕事のトラブル、悪徳業者にヤクザの揉め事、何でもお任せJ9! 今なら3割引とお得に……』

 

 お町が慌てて、

 

「違うでしょ! これはお仕事がない時に、街を流して回るための売り声メッセージでしょ! こっちこっち」

「こりゃお恥ずかしい。それじゃ改めてどうぞ!」

 

 ようやく、スピーカーから本来のメッセージが流れ始めた。

 

『夜空の星が瞬く影で、悪の笑いがこだまする! 星から星に……』

「要するに、まともに質問に答えるつもりはないわけだな」

 

 ザビーネは取り合わずに、再び発砲した。

 だが、これもスーパーカーは回避する。

 

「モビルスーツが車に何度も発砲するな! こうなりゃ、いっちょやったるか!」

 

 ボウィの隣に乗っていたキッドが、目を光らせつつそう言った。

 次の瞬間。

 スーパーカーが、いきなり巨大化した。しかも姿も変形し、翼が現れ、戦闘機となった。

 これには、さすがのザビーネも驚愕した。

 

「何だ、これは!? どうなっている!」

「この程度で驚くとは、シンクロン理論を知らないようだな」

「ま、普通は知らないし驚くよな。だけど、ホントに驚くのはこれからだぜ!」

 

 キッドが不敵に笑う。

 そして、戦闘機はさらに変形し、スーパーロボットと化した。

 

「銀河旋風ブライガー! お呼びとあらば即参上!」

「うひょー、決まりましたねキッドさん!」

「カッコいい~! ひゅーひゅー!」

 

 仲間内で盛り上がっているJ9チームをよそに、ザビーネは平静さを取り戻していた。

 

「……なるほど確かに驚いたな。まさか戦闘機が、昆虫みたいな三本指の妙チクリンなロボットになるとはな」

「ぐっ! 人の気にしてることを笑っちゃいけないんだぜ! こいつはお返しだ!」

 

 射撃担当のキッドが、コズモワインダーを構えて撃った。

 ザビーネも、クロスボーンのエースパイロットである。この攻撃を辛くも避けた。背後の部下の機体が避けきれずに被弾する。

 

「本来、我々は貴様らなど相手にしている場合ではないが、余計な事を知っているらしいからな。叩き潰せ」

「あらら~本気で怒らせちゃったみたいね」

「お前たちは口が多すぎるのだ。何とか追い散らすしかないな」

 

 アイザックが、仕方なさそうにそう言った。

 ブライガーの周囲に、ベルガ・ギロスに随行していたデナン・ゾンが展開した。

 

「いくぜ! 先手必勝!」

 

 ブライガーが勢いよく踏み込み、デナン・ゾンに肉薄した。

 

「ブライソード!」

 

 その一撃で、デナン・ゾンが切り裂かれて大破する。

 が、クロスボーンも黙ってはいない。マシンガンの連射がブライガーに叩きつけられた。

 

「こりゃ、ちょっと数が多すぎるな。まいったぜこりゃ」

「さあ、ここで三択です! 1番、ハンサムのキッドさんは……」

「3番は勘弁してくれ!」

 

 キッドがそう叫んだ時だった。

 コロニーの奥から、戦闘機が四機、ブライガーの方に向かってきたのだ。しかも、その内一機は、ブライガーの何倍もある巨大な代物だった。

 

「そこにいるのはJ9チームか! 取り込み中のようだな」

「ああ、破嵐財閥の。クロスボーン・バンガードは短気な人が多くてね」

「クロスボーン!? フロンティアⅠの。ついに動き出したか……」

「万丈さんおひさ~。おいしい仕事ない?」

 

 キッドに続いて、お町が声をかけた。

 

「あるとも。とりあえずは、そいつらを何とかしよう。僕たちも加勢する!」

「どうやら、正解は2番だったようだな」

 

 クールにアイザックがそう独りごちた。

 

「万丈。俺たちが先行する!」

「頼むよフォッカー少佐。君たちのバルキリーの方がスピードが速い」

 

 三機のバルキリーが、クロスボーンの部隊へと間合いを一気に詰めていく。

 

「統合軍時代の戦闘機か。そんなものが通用する時代はすでに終わっている」

 

 ザビーネは、相手の軌道を読んで発砲した。

 次の瞬間。

 ザビーネの片目に、戦闘機から腕と足が生えるのが映った。

 ガウォーク形態となったバルキリーの動きが複雑に変化し、砲撃はどれも当たらなかった。

 

「何だ、あの戦闘機は!?」

「まだまだ! 今度はこっちからいくぞ。輝! マックス!」

「了解!」

 

 三機は、さらに変形し、二足歩行の人型形態・バトロイドとなった。

 その手にしたガンポッドが、三機のデナン・ゾンを撃ち抜いた。

 

「見たか! もうモビルスーツばかりに、大きな顔はさせない!」

「AMBACは、モビルスーツの専売特許じゃなくなったってことです」

 

 輝とマックスは、いささか得意げに口々に言った。

 

「厄介な連中ばかりだな……。こんなことをしている場合ではないというのに」

 

 その時、ベルガ・ギロスの通信機が鳴った。

 

「……む?ドレル様か……ベラ様を保護なさいましたか。それでは、我らも撤退します」

 

 ベルガ・ギロスを先頭に、残存していたデナン・ゾンも次々と、その場を去っていった。

 

「ありゃりゃ、疾風のように去っていったぜ」

「奴ら、目的の姫君を確保したようだな」

「ところで万丈さん、おいしいお仕事のお話が聞きたいんだけど」

 

 口々に喋るJ9チームに、万丈が応じた。

 

「僕たちは、独立部隊ロンド・ベルを旗揚げした。君たちをロンド・ベルに勧誘したい。君たちの戦闘能力、情報収集能力、撹乱工作技術は、これからの我々にとって有用だ」

「独立部隊? 固い組織が苦手な連中ばかりだが、どこの紐がついている?」

「一応は連邦宇宙軍の認可だがね。実質的なトップはマクロスのグローバル艦長さ」

「そうか! マクロスも動き出したか……黙っていてもいずれ押しつぶされるだけからな」

 

 訳知り顔のアイザックとは別に、キッドがダイターン3を見上げて言った。

 

「音楽の聖地マクロスだから、鐘を鳴らすってわけか。洒落た部隊名つけるじゃないか。気に入ったよ」

「それはどうもありがとう。で、どうなんだ?」

「雇われてやってもいいが、一つ条件がある。あんたの頼みでも、こればっかりは譲れねえぜ」

「言ってみてくれ。できる限りのことはしよう」

 

 万丈が、真剣な面持ちでそう答えた。

 

 



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第2話 巨人たちの秘密

「J9チーム! 頼まれてたミンメイのサイン、持ってきたよ」

「おー! 待ってました」

 

 輝が掲げた色紙に、キッドとボウィがあげた歓声が、マクロスのブリーフィングルームに響いた。

 

「君たちの提示した条件はクリアした。これで契約成立だな」

「オーケーだ! 任せときな」

「契約はするが、実のところこちらとしては、ロンド・ベルでなければならない必要も別にない」

 

 アイザックがそう言い出した。

 

「独立部隊なら、極東のDCもあるし、北米にもメタトロンというのが旗揚げしたと聞く。地上まで降りるのがいささか面倒だがな」

「言いたいことは分かっている。働きによっては、臨時ボーナスも考えるさ」

 

 破嵐万丈は、ダイターン3を操る単なる一パイロットではない。結成したばかりの独立部隊ロンド・ベルのスポンサーであり、実質的な幹部の一人である。

 

「どれどれ?『速くてカッコいいスティーブン=ボウィさん。今度ドライブ誘ってね』」

「そんなこと書いてないから。大体、ボウィさん一人のものじゃないから」

 

 お町が半ば呆れ顔でツッコミを入れる。

 

「だけど、どうせなら手渡しがよかったな。一目会ったその日から、恋の花咲くこともある。なんてな」

「あーそりゃ無理ですね」

「ん~? ずいぶんご挨拶だなマックス。このキッドさんに魅力がほんの少し足りないと?」

「そうじゃなくて。ミンメイさんは一条先輩とお付き合いしてるんですよ。マクロス市民はみんな知ってます」

「なにー! それじゃ、ミンメイちゃんの彼氏から色紙もらってたってわけか。道理で、『確実なツテがある』とか万丈が言うわけだな、え?」

 

 わざと大仰に、キッドが輝ににじり寄る。

 

「絡まないでくれよ。発表された時には、散々だったんだから。カミソリメールがもう毎日毎日……」

「トップアイドルの彼氏も楽じゃないわね。昔に比べたら、ファンも物分りよくなったみたいだけど」

「一条先輩の前ですけど、シェリル=ノームとか、ラクス=クラインとかの追い上げがすごいですね。マクロスとフロンティアⅣとの音楽戦争とか、マスコミが煽ってるし」

 

 マックスの訳知り顔の台詞に、万丈が思い出したようにアイザックに尋ねた。

 

「そのフロンティアⅣのことだが、クロスボーン・バンガードについて、何か知っていることがありそうだな? アイザック」

「我々も、クロスボーンとは成り行きで戦っただけで、そこまで詳しくは知らん。ただ、あれはフロンティアⅠを事実上支配している、貴族ロナ家の私兵だということだが」

「それは僕も知っているが、クロスボーンはなぜフロンティアⅣを襲撃したんだろう? 僕たちは救援要請でやってきただけで、詳しい事情が分からない。確か研究所くらいはあるが、どうもそこ狙いではなかったようだし」

「あくまでも噂だが、あそこにはロナ家の娘が暮らしていたらしい。事情があって、ロナ家から離れて養父と暮らしていたようだがな」

「娘の引き取りにしては、あまりにも荒っぽすぎるな?」

「ことによると……ロナ家は、地球連邦に対して反旗を翻すつもりなのかもしれん」

「反旗!? ロナ家一手でか!? それとも、ジオンとつながっているのか」

 

 フォッカーが口を挟んできた。

 

「いや。現時点では、そうでもなさそうだ。確かに、反連邦のコロニーはジオンと結びつくのが常道だがな。ロナ家については、どうもジオンと歩調を合わせている様子がない。考えてみると、相性も必ずしもよくないしな」

「というと?」

「ロナ家は、独特の理念による貴族主義を地球圏に推し進めようとしている。ジオンはあくまで、ザビ家の独裁体制だからな。ロナ家の当主が、ギレン=ザビに対して批判的なコメントを出したこともあるし、両者の関係はあまりよくないようだ」

「独自路線ということか」

「もしかすると、その娘を連れ出したのは、クロスボーンの広告塔にするつもりなのかもしれん。あそこの長男は、モビルスーツ隊を指揮しているそうだから、戦闘面での旗頭ということになる。それとは別に、若い乙女を思想面での牽引役として起用する、それはありえる話だと思う」

 

 万丈が、いったん天井を見上げて、感嘆の吐息を漏らした。

 

「……どうやら、成り行きとはいえ、君たちJ9チームと契約したのは正解だったようだな。貴重な情報を入手できた」

「そう思うんなら、ボーナスよろしくね~。今後はロンド・ベルの専属になるんだし」

「あんたたちは、情報だけじゃなく、戦闘もいけるみたいだしな」

 

 フォッカーは真剣な眼差しを、お町だけでなくJ9チーム全員に向けた。

 

「宇宙は、大変な状況だ。連邦直属のティターンズは、地球至上主義に凝り固まって、ジオンと対立を深めてる。ボアザン星だの暗黒ホラー軍団だのも、地上のミケーネと連合して押しかけてきてる。この上、そのクロスボーンとやらに横やりを入れられると、きつすぎるんだよ。あんたたちの情報と戦闘力には期待しているんだ」

「了解了解! 任せといて~。いい仕事するわよ」

 

 その様子を、輝は半ば呆然と聞いていた。

 

(やっぱり先輩は、肝心なところはしっかり考えてるんだなぁ……俺なんか、話についていくのが精一杯だ。流されて戦ってるだけじゃダメなんだよな)

 

「マックス。お前の伯父貴はこのマクロスの副艦長だろう? もっとひっついて、いろいろ話を聞いて来い」

「やろうとしてるんですけどね。なかなか食えない人で、僕の言うことなんてお見通し、って感じですよ。だけど、あの年代の伯父って僕にいたかなぁ……? 名前が同じなのも今ひとつ腑に落ちないし。親に確認できる状況じゃないですしね」

 

 フォッカーとマックスの会話を聞いていた輝は、ポケットの中に入っていた携帯電話が一瞬震えるのを感じた。

 

(あ、メール来たんだ。このタイミングだと……多分ミンメイだな?)

 

 

 

 無限に広がる大宇宙。

 そのただ中を、訓練機であるVF-1Dバルキリーがただ一機で飛行していた。

 

「うわぁ! すっごい綺麗な星空!」

「そうだろう?バルキリーの座席から見ると最高だろう」

 

 複座の後部座席からのミンメイの歓声を、輝は背中で受けた。

 

「だけど、後で怒られたりしないの? 勝手にバルキリーで出ちゃって」

「大したことないさ。ミンメイはここんとこ、アップル・プロジェクトのお姉さん役で気疲れしてるみたいだから。息抜きしないと」

「そうなのよ。この前も、シェリルがファイヤーボンバーと揉め事起こして」

「彼女もいいシンガーだけど、気が強いみたいだしね……ん!?」

 

 急速でこちらに飛来する遊軍機の反応に、輝はデートの終わりを直感した。

 通信機から、輝の聞き覚えのある声が飛び出してきた。

 

『一条中尉! 勝手にバルキリーを持ち出して、ただで済むと思ってるの!?』

「あちゃ~! 早瀬大尉だよ。苦手なんだよな……」

 

 頭を抱える輝。

 

『まったくとんでもないことをやらかすな輝! だが、男はそのくらい無茶でないと女は口説けんぞ! ひっく』

「隊長! 酔ってますね」

『バカ野郎。酒が恐くて戦ができるかってんだ!』

『フォッカー少佐!! あなたそれでも軍人ですか!?』

『うわっ!? ちょ、ちょっと今のは言い過ぎたかな~』

「あちゃ~! ミュンさんまで来ちゃってる……」

 

 頭を抱えるミンメイ。

 小型艇の中で、未沙の隣にいたミュンが、輝に標的を変えた。

 

『もう少し分別があるかと思ってたら、危険な場所にミンメイを連れ出して! 自分が何をしてるか分かってるの!?』

「分かってます。厳罰は覚悟の上です」

『なんて軍人なの!? とにかく早く戻りなさい!』

「ごめんね、輝」

「いいさ」

 

 その時、バルキリーのコクピットに警告音が鳴り響いた。

 レーダーには数多くの反応が、輝たちを取り囲むように出現していた。もはや、肉眼で確認できる距離まで来ている。

「これは……バルキリーでもモビルスーツでもない! ……地球産じゃないのか?」

『聞こえるか、そこの戦闘機ども。私はゼントラーディ軍、一等空士長ミリア=ファリーナ。こちらは……』

『師団長のカムジンだ! お前ら、逃げられないのは分かってるな!? 投降しな』

「ゼントラーディ軍……?」

 

 聞き覚えのないその名ではあったが、その数にとても抗いきれないのを、輝も理解するしかなかった。

 

 

 

 ゼントラーディと名乗る軍勢の、基艦らしき中に連れ込まれた輝たちは、透明のドームの中に閉じこめられていた。

 ドームを通して見える、暗褐色の、何の飾り気もない巨大な部屋に、誰もが陰鬱な表情を隠せない。

 ふと、壁の一部が大きく開いた。全員の視線が、そちらに向けられる。

 巨大な人影が、開かれたところから見えた。

 

「……巨人!?」

 

 未沙が、怯えを隠しきれずにそう口にした。

 ようやく彼らは、その壁の一部が、巨大な扉であることを理解した。この艦自体が、巨人たちのために作られたものであることも。

 巨人であることを差し引いても恵まれた体格である男が前。それより背が明らかに低い、カリフラワーのような頭の巨人が後ろ。入ってきたのは、その二人だけだった。

 

「……私が、当艦の艦長ブリタイである」

 

 恵まれた体格の巨人が、そう名乗った。

 

「私は副官のエキセドルだ。質問に答えてくれれば、手荒な真似はしない」

 

 カリフラワー頭が、意外に知性を感じさせる口調で続いた。

 

「最初に言っておく。我々が興味があるのは、地球の文化についてだ」

 

 ブリタイの予想外の問いに、未沙は当惑した。

 

「文化……?」

「我々は戦闘種族だ。長い戦いの中で、文化というものを失ってしまった。そこで、地球の文化のことを知りたいのだ」

「信じられない……文化がないなんて」

「お前たちの言語は、自動翻訳機で理解できる。我々の資料によると、そこの女がリン……」

「お待ち下さい閣下!」

 

 エキセドルはひそひそ声だが、マイクがその台詞を拾ってしまっているらしく、内容が翻訳されて未沙たちに聞こえてしまっていた。

 

「それは知らない振りで、話を持っていかねばなりません。高額のギャラが発生したらどうするのですか?」

「しかしだな。ミンメイを拿捕できたのは僥倖だ。歌わせない手はないだろう」

「ですから、彼女が自主的に歌うようにもっていくのです。それも、どうせなら新曲です。リリース間近のはずですし、未発表のものならベストです」

「VTR撮りは万全だろうな?」

「隠しカメラは仕込んであります。撮影に成功すればお宝映像になりますから、戦功を挙げた兵士への褒章としても使えます」

「あなたたち!! 全部聞こえてるわよ!」

 

 未沙がたまりかねて怒鳴りつけると、二人の巨人が慌てて口を押さえた。

 

「な、何のことだ? いや、質問はこれから」

「質問したいのはこっちの方よ! あなたたち、文化を知らないとか言ってるのは大嘘じゃないの!? っていうか、結構地球文化に詳しいんじゃないの!?」

「いや! 決してそのような……」

「グズグズ言ってるんじゃないわ! 何よ、図体ばっかり大きいくせに。暗黒ホラー軍団じゃあるまいし!」

「何だと!? あんなセンスの欠片もないネーミングとファッションの奴らと一緒にするな!」

「語るに落ちたわね」

 

 ミュンは、ブリタイの失言を聞き逃さなかった。

 

「文化のない人たちが、センスがどうとか語るのはおかしいでしょう?」

「う……」

 

 額に汗をかいているブリタイと、斜め上に視線を逸らしているエキセドル。

 ドガァァァン……!!

 艦内に響く轟音、そして振動。

 未沙たちだけでなく、ブリタイたちも予想外のようで、明らかに動揺した様子を見せた。

 

「何だ!? 何が起こったのだ」

「……ブリッジによりますと、先ほど話に出ました、暗黒ホラー軍団の襲来だそうです。警告なしで、いきなり攻撃をしかけてきたようで」

 

 

 

 暗黒ホラー軍団の戦艦グロテクターの中では、ゼントラーディの数倍はあろうかという巨体のダンケル博士が怒鳴っていた。

 

「ゼントラーディごときチビどもの戦艦など、とっとと追い払え! 奴らにこの空域にウロチョロされては、実験の邪魔なのだ!」

 

 ダンケル博士は怒鳴った後、部下に聞こえない小声で呟いた。

 

「くそ、実験の最中に通りかかりおって……。まさか、野蛮人のゼントラーディが、機密をかぎつけたというわけでもあるまいが」

 

 その時、グロテクターに、大きな振動が伝わった。

 

「ダンケル博士! 新手が出現しました。戦闘機三機とスーパーロボット……あれは、ボルテスVです!」

「ボルテスVだと!? ガイキングが地上に釘付けになっているから、宇宙まで出てきたのというのに! ええい、暗黒怪獣を出せ! このグロテクターは離脱する」

 

 内心で、ダンケル博士は舌打ちしていた。

 

(実験そのものは、すでに完了してる。結果の検証は今はできんが、やむをえん。装置が損傷することだけは、何としても避けねばならん)

 

 グロテクターから、暗黒怪獣ブラックモンスターが吐き出された。グロテクターはそれを後目に、その場から去っていく。

 迫ってくるブラックモンスターを、ボルテスVが迎え撃った。

 

「天空ゥゥゥ剣!」

 

 ボルテスVが、手にした剣でブラックモンスターに斬りつける。

 

「この暗黒怪獣は、俺たちが相手する! 君たちは、捕虜の救出に当たってくれ!」

「頼んだぞ。ミュン! 今助けるぞ!」

「ミュンに少しでも傷をつければ、誰であろうと皆殺しにしてやる……!」

 

 イサムとガルドは、真新しいバルキリーを高速で操り、ブリタイ艦に肉薄していた。

 

「二人とも! 待ってくださいよ。ロールアウト直後の機体でその加速は無茶だ! ……って、聞いてないですね。ミュンさんが絡むとこの人たちは」

 

 苦笑しつつも、マックスも愛機を加速させて続く。

 応戦に飛び出してきたリガードが、激しく火線を浴びせるが、それらの方が避けているかのように、どちらの機体にも当たらない。

 

「いくらでも来やがれ! 今の俺は、誰にも止められないぜ!」

 

 イサムが、流麗な手つきで操縦桿を操る。

 

「お前たちの相手などしてはおれん! どけい!」

 

 ガルドが印を結んだまま念を凝らすと、YF-21は敏感に反応する。反撃のミサイルが、次々とリガードを撃ち抜いていった。

 爆発の連鎖が、ブリタイ艦を激しく揺るがした。

 その衝撃で、何かのスイッチが誤動作したらしく、輝たちを囲んでいたドームが大きく開いた。

 

「逃げるぞみんな!」

 

 フォッカーの掛け声と共に、そこにいた全員が駆け出した。

 

「あ、待て!」

「全艦に告ぐ。捕虜が脱走した! 奴らを傷つけるな! 無傷で捕らえるのだ」

 

 エキセドルが即座に、通信機に指示を下した。

 地球人にとっては、やたらとだだっ広い廊下を、必死で駆け抜けていく輝たち。

 

「確か、格納庫は……こっちだ!」

 

 フォッカーが誘導した通り、大きな格納庫に一行は入り込んだ。

 

「あった! 俺のバルキリー!」

「ミンメイ! こっちにいらっしゃい」

 

 ミュンが、輝の方に駆け出そうとするミンメイを捕まえ、小型艇へと引っ張った。

 

「仕方ないか。早瀬大尉、こっちです!」

「仕方ないって何よ! ……確かに仕方ないわね!」

 

 輝が、先ほどまでミンメイが座っていた座席に未沙を押し込み、コクピットを閉めたその時。

 

「待て! 逃がさねぇぜ」

 

 カムジンのグラージが、格納庫の奥から飛び出してきた。その隣には、ミリアのグラージもいる。

 はっと気づいた輝が、機体をガウォーク形態に変形しかけた瞬間。

 委細構わず、カムジンが発砲した。威嚇射撃であり、ギリギリでバルキリーを外している。

 しかし、やはり無茶な砲撃であった。格納庫の壁が吹き飛び、気圧の急激な変化で、輝のバルキリーが一気に外に吸い出された。

 

『きゃあぁぁぁぁぁっ!!』

 

 未沙の悲鳴が、フォッカー機の通信機にこだました。

 まだ艦外にいたマックスは、バルキリーが艦から吐き出されるのを見た。コントロールを失っているのは、傍目からも明らかだった。

 

「先輩っ!!」

 

 マックスが、その後を追いかけてようとした時。

 艦からグラージが飛び出してきた。やはり、輝のバルキリーを追いかけようとしている。

 

「邪魔をしないでくれ!」

「邪魔をするな!」

 

 マックスとミリアが同時に叫んだ。マックスは機体をバトロイド形態に変形させ、ミリアに牽制の射撃を浴びせながらも、なおも輝を追おうとする。

 

「……面白い。久々に、骨のありそうなヤツと戦えそうだ」

 

 ミリアは不敵な笑みを浮かべ、マックスに砲撃しつつ移動していく。

 フォッカーは、輝とマックスの機体が、どちらも急速に艦から離れていくのを、レーダー画面で見て取っていた。

 

「輝! マックス! 何てこった。待っていろすぐ行く!」

『追うな、フォッカー少佐!』

 

 イサムの怒鳴り声が響いてきた。

 今、輝の機体が吸い出された穴から、イサムがYF-19をバトロイド形態に変形させて入り込んできていた。

 

『ミュンと、ミンメイを無事に届けるのが先決だろう!?』

「……!」

『イサムの言うとおりです。一条中尉は、マクシミリアン少尉に任せるんです。二人とも腕利きのパイロットだ。そう簡単にはやられはしない!』

 

 フォッカーも、後輩たちの説得に、折れざるを得なかった。

 カムジンを二人で牽制するイサムとガルドを尻目に、断腸の思いで、フォッカーはエンジンの出力をあげた。ミュンの操る小型艇も、脱出の準備をする。

 艦から飛び出そうとした時。

 ブラックモンスターが、出口のすぐ側に見えて、フォッカーはぎょっとした。

 

「必殺! Vの字斬りぃぃぃっ!!」

 

 ボルテスVの必殺技が、ブラックモンスターを大きく切り裂いた。

 すかさず、ボルテスVはブラックモンスターを蹴りつけ、出口の側から払いのける。出口から離れたところで、爆発の閃光があがるのが、フォッカーにも見えた。

 

「フォッカー少佐ですね!? 小型艇は、俺たちが守ります」

「そういえば、お前らは何者だ?」

「俺は剛健一。これはボルテスVです! ロンド・ベルに参加するために宇宙に来て、これが初仕事です。それより、他の仲間の救出を急いでください!」

「すまん……!」

 

 だが、ゼントラーディを振り切るのに時間を費やしてしまい、フォッカーの捜索は空振りに終わってしまった。

 

 

 

「やあ。やってきたね」

 

 マクロス副艦長・マックスは、その妻であるマクロス市長・ミリアと並んで座り、レストランの個室の扉を開けたミレーヌに手を挙げた。

 

「パパもママも、先に来てたんだ。二人共忙しいのに、よく間に合ったよね」

「たまの娘との会食よ。少しくらい、無理はするわ」

 

 ミリアは、五十に手が届く齢とは見えない、美しい微笑みを見せた。傍らのマックスも、それ以上の齢のはずだが、実に若々しい容姿を保っている。

 三人が揃ったところで、料理が次々に運ばれてきた。テーブルが埋め尽くされたところで、挨拶に来た支配人はおろか、給仕ですら部屋から出て行った。公的な話でも遠慮なくできるようにと、あえて席を外す、店側の配慮だった。

 三人は、料理に舌鼓を打ちながら、互いの近況を喋っていた。

 

「……でさ、ミンメイさん、本っ当に元気ないのよ。カメラ回ってると何とか普通にパフォーマンスやってるけど、終わったらほとんど口を利かないし」

「まあ、心配なんだろうね、一条中尉のことが」

「ネット上じゃ『ミンメイも一条中尉も自業自得』とか叩いてるし! 頭きちゃう!」

「僕も公式には、立場上あんまり庇えないからね。悪く思わないでくれよ」

「分かってる!」

 

 ミレーヌは苛立たしそうに、鳥の揚げ物に箸を突き刺した。

 

「パパ。一条中尉と早瀬大尉の行方は、分からないの?」

「捜索隊は出してるけど、ゼントラーディの勢力圏の空域だからね。思うに任せないで、担当のフォッカー少佐も傍目に分かるくらい焦ってるよ」

「自分のかわいがってる後輩だから、なおのことでしょうね。その時の事件で、同じ小隊のマクシミリンアン少尉も、敵機と交戦して行方不明になってるみたいだし、ね」

 

 ミリアはグラスのワインを傾けながら、意味ありげな視線を夫に向けた。

 

「あぁそうだよね。ま、その敵機がよほど手強かったか、気に入られたかしたんじゃないかな?」

「よく言うわね、まったく」

「……何で二人とも、へらへら笑いながら話してるの? 行方不明者が出てるのよ」

 

 ミレーヌは、むっとした表情を見せた。

 

「パパにとっては、甥っ子だか何だかの、同じ一族の人なんでしょ!? 顔合わせした時には、ずいぶん気にかけてたのに、どういうことなのよ」

「そうだな……。そろそろ、ミレーヌに教えてもいい頃だろうな」

 

 マックスは、傍らのミリアに目配せした。ミリアも頷く。

 

「実はね、ミレーヌ。あのマクシミリアン少尉は、僕の甥でもなければ、親族でもないのさ。あの時は、そう言わないわけにはいかなくてね」

「え!? じゃ、じゃあ、パパは何で、あの少尉さんを気にしてたの? 年齢は離れてたけど、名前が同じだったし」

「同じなのは、年齢だけじゃない」

 

 マックスは、厳かに述べた。

 

「実はね、あのマクシミリアン少尉は、僕自身なのさ。三十年前の、ね」

「……え!?」

「そう。そして、マクシミリアン少尉と戦っていた敵機に乗り込んでいたのは、この私。三十年前の私は、ゼントラーディの兵士だったから」

「え? え!? どういうこと? 話が全く分からないんだけど」

 

 両親の告白に、ミレーヌは目を白黒させるだけ。もうすでに、鳥肉の刺さったままの箸は取り落としていた。

 

「マクシミリアン少尉、つまりこの僕と、ゼントラーディのミリア空士長は、あの宙域のすぐ傍にあったワームホールに飛び込む羽目になって、三十年前にタイムスリップしたんだよ。ワームホールを逆に戻ろうとしたけど、機体の損傷もあって、結局できなかった。それが、今回の行方不明の真相さ。もちろん、僕たちは彼らの運命は知っているし、あえてそれを食い止めるつもりもなかった」

「やむをえないことよ。止めてしまえば、あなたも、あなたの姉妹も、誰一人この世に生まれてこない可能性があったのだから」

 

 もはや、ミレーヌは目を見開いたまま固まっている。

 

「……ってことは。え!? ママってゼントラーディなの!? あたしもゼントラーディの血を引いてるの!? だけど別に巨人じゃないんだけど!?」

「マイクローン装置というものがあるのよ。私は、地球の先住人類プロトカルチャーが遺跡に残したマイクローン装置で、地球人と同じサイズになって、この人と結婚した」

「どうやら、地球人とゼントラーディは、プロトカルチャーを先祖とした、いわば親戚関係にある種族らしいんだ。だから、僕とミリアは君たちを生み育てることができた」

「……はぁ……あの、それって姉さんたちは」

「君を除いて、全員知ってるよ。真実を理解して飲み込める年齢になってから、一人ずつ教えたから。末っ子の君が最後になっただけさ」

「いいこと? ミレーヌ」

 

 ミリアは、娘をじっと見つめた。

 

「人類とゼントラーディは、必ず和解できる。私たちがその証。だけど、一足飛びというわけにはいかない。時期が来るまでは、今の話は家族以外にはしてはいけない」

「幸い、僕はこのマクロスの副艦長となり、ミリアはマクロスの市長となれた。必ず、二つの種族を和解させる方向に持っていく」

 

 両親の、かつてないほどの真剣な表情に、ミレーヌは圧倒されていた。

 

「ただでさえ、地球は内にも外にも敵を抱えているんだ。ゼントラーディくらい、味方につけなければ、地球圏の平和なんて夢のまた夢だ。僕はここまでの大きな歴史の流れは知っていたけど、ここからの地球の行く末は分からないし、運命は自ら切り開いていくしかない。君にも、協力してもらうことがあるかもしれない。腹づもりはしておいてくれ」

 

 父親の言葉に、ミレーヌは呆然としながらも、ただ頷くしかなかった。

 

 



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第3話 テキサスの砂嵐





 テキサスコロニー。月の軌道近くに建設された、旧式のコロニーである。

 元は、アメリカのテキサス州を模した観光コロニーだが、十三ヶ月戦争の頃には戦略価値の低さゆえに、統合軍・ジオン軍双方から見捨てられていた。太陽光をコロニー内部に送り届けるはずのミラーは既に機能を失い、コロニーは砂嵐が常に吹き荒れる状態となっていた。

 ゴーストタウンと化した建物の一つから輝が、続いて未沙が出てきた。

 

「髪、ボサボサになっちゃった。あなたのせいだからね」

「またそんなこと言って」

 

 どこか馴れた口調になってしまっているのを、未沙は自分で感じ取っていた。

 

(でも、やっぱり後ろめたいな……私たち二人は、ミンメイさんを裏切ってしまった)

 

 輝は、そのことをどう思っているのか?

 知りたくて仕方がないが、とても聞けない。

 二人の乗ったバルキリーが宇宙を漂流し、ようやくこの荒れ果てたコロニーに避難してから、すでに二十日以上が過ぎていた。

 かろうじて機能が生きていた浄水設備を再起動し、コロニー内で生息していたネズミなどを口にしながら、二人でどうにか命をつないでいた。

 挫けそうになるのを輝に励まされているうちに、互いを必要とする心が生まれていき、ついに踏み越えてしまった。

 未沙は歩みながら、輝の背中をじっと見つめていた。

 急に、その背中が止まった。

 

「……未沙! 何かコロニーの中にいるぞ。見てくれ!」

「え!?」

 

 砂嵐の中へと、未沙は目を凝らす。四つの、大きな姿が見える。

 

「……何あれ? 巨大な獣? まさかそんなはずが」

「いや……あれは、生物じゃない。動物の姿をしたメカだ」

「メカ!? じゃ、あれに人が乗ってるということ?」

「おそらくはね。見たことがな機体だ。ゼントラーディのものでもなさそうだし」

「どうする? 敵か味方か、分からないけど」

「……助けを請う! 最悪捕虜になっても、ここで朽ち果てるよりはマシだ」

 

 未沙も頷いた。この機会を逃せば、救助される可能性はもうないかもしれなかった。

 輝は駆け出しながら、大声でそのメカに呼びかけた。

 

「そこの人たち! 誰か知らないが助けてくれ! 俺たちは漂流してここに流れてきたんだ!」

 

 人型らしきメカのコクピットが開いた。顔を出してきたのは、目つきの鋭い青年だった。

 

「その前に、どこの誰なんだてめえは? まずそっちから名乗りな」

「私たちは、マクロスを母艦にする独立部隊ロンド・ベルのメンバーです。これはマクロスで開発されたバルキリーです」

 

 未沙の言葉に、他の三機のメカもコクピットを開けた。なぜか、誰も外部スピーカーを使わない。

 

「マクロス!? ずいぶん遠くまで飛ばされたんだね。よくコロニーに引っかかったなあ」

「マクロスが独自に動き始めたとは聞いていたが、お前たちがそうなのか」

「あたしたちは獣戦機隊さ。……どうする、忍? さすがに放ったらかしにするわけにもいかないだろ」

 

 童顔の青年、バンダナの青年、赤毛の少女が口々に言った。

 忍、と呼ばれた、最初の青年は舌打ちした。

 

「ち、仕方ねえな。今、俺たちは探索中なんだ。それがすんだら、俺たちの船で送ってやる」

「ありがとう! ……差し支えなければ、何を探索してるのか聞いていい?」

 

 バンダナの青年が、少し考えて答えた。

 

「マクロスはジオンとは関わりないからいいか。お前たち【星の屑】って知ってるか?」

「星の屑? えーと、宇宙に光るちっちゃい星の集まりのこと、でいいのかな?」

 

 輝の返答に、少女が露骨にうんざりした表情を見せた。

 

「こりゃ何も知らないね。とにかくジオンが、このコロニーに用があるっていう話なの!」

「ジオンが!? こんな無人の廃コロニーに?」

「……何か来やがる、隠れろ! そこのお前らもだ!」

 

 忍の呼びかけに、他の三人は急いでコクピットを閉めると、建物の陰に隠れた。輝と未沙も、手近の物陰に身を潜める。

 遠くの空中に、十機の機影が見えた。小さかったものが、どんどん大きくなり、機体の色や姿まで何とか分かるようになってきた。

 

「あれは……モビルスーツね」

「だけど、ジオンにあんな機体があったかな?」

「私にも分からないわ。もう少しはっきり見えれば……」

 

 やがて、いかにも指揮官のものらしきモビルスーツが着陸した。背中から伸びたシャープな印象の翼がある、紫の機体だ。その周囲に、他の機体も降り立っていく。

 未沙が注目したのは、指揮官機ではなく、その周囲の量産機らしきモビルスーツの方だった。

 

「あれは、ザフト軍のジン!?」

「ザフト? ……確か、プラントの義勇軍だよな」

「プラントは、前からジオンとの癒着が噂されてたわ。ジオンが関わりを持つコロニーに、プラントのモビルスーツが現れた」

 

 不穏な予感に、未沙は身を震わせた。

 やや遅れて、最後のジンが着陸を試みる。

 が、その時、一層強い風がそのジンを襲った。空中でバランスを崩し、地面に横倒しで墜落した。そのまま数回転んだ先は、輝たちの隠れている場所だった。

 

「あっ!」

 

 激しい砂煙に、思わず逃げかけてしまう未沙。

 ジンのモノアイが、その姿を捉えていた。

 

「クルーゼ隊長! 人影があります。連邦軍の制服です!」

「何!? 逃がすなディアッカ!」

 

 ディアッカ、と呼ばれたパイロットは、言われるより早く、未沙へとジンの腕を伸ばしだしていた。

 輝は飛び出すと、未沙を抱え込むように逃げ出す。

 なおも追おうとするジンに、砲撃が飛んだ。輝たちを巻き込まないよう、あえて大きく上に外している。

 

「ちぃっ! あの下手くそのおかげで、見つかっちまった。やるぞ、沙羅、亮、雅人!」

「仕方ないね!」

 

 獣戦機隊が建物の陰から飛び出した。

 ザフト軍のクルーゼも、間髪入れずに反撃を指示。自らも砲撃を開始し、激しい銃撃戦が始まった。

 最初こそ、先手を打った獣戦機隊が優勢だったが、数に勝る上に精密な攻撃のザフト軍に巻き返されていく。

 

「時間の問題だな。しかし、どうしてここに連邦の……むっ!?」

 

 クルーゼの乗り込むシグーに、不意に上空からミサイルが打ち込まれた。命中こそしなかったが、周囲の地面に砂埃をいくつも立てる。

 

「俺も戦う! 助けられた返礼をしたい!」

「やれるのか!? 頼むぜ!」

 

 輝の呼びかけに、忍は大声で答える。

 

「ふっ。旧式の戦闘機で、このシグーの相手になると思うのか」

 

 クルーゼは、仮面の下の目を光らせ、バルキリーの飛行の軌跡に合わせて砲撃を放った。

 が、輝はガウォークに変形し、AMBACの効果も借りて、それをスレスレで回避する。

 

「!? 戦闘機に手足が」

 

 意表を突かれたクルーゼのシグーへと間合いを詰めながら、さらに輝はバトロイドに機体を変形させた。戦闘機ではありえない動きで、シグーの攻撃を避けながら、逆にガンポッドを乱射する。

 

「変形機構!? 速い! パイロットの技量も高い」

 

 辛くも回避するクルーゼの口元に、喜悦の笑みが浮かんだ。

 

「つまらぬ任務と思っていたが、こんな楽しみが味わえるとは!」

 

 シグーも空中に舞い上がった。

 変形を繰り返し、複雑な動きを見せるバルキリーを、執拗に狙う。バルキリーからの反撃を、鋭い方向転換で回避してみせる。

 

「並のパイロットじゃない! 簡単には倒せない」

「輝……!」

 

 バルキリーの弾薬が尽きるまでに、勝負をつけられるか。輝だけでなく、後部座席の未沙も冷や汗をかいていた。

 

「あいつ、なかなかやるじゃねえか!」

 

 ちらりとバルキリーを見た忍が感嘆の声をあげた時。

 通信機から声が飛び出した。

 

『獣戦機隊! 戦闘中か』

「アキトか! 数が多い。ちっと厄介だ」

『俺たちもすぐ行く。それまで頑張ってくれ!』

『獣戦機隊! 合体するんだ。俺たちがついてる!』

「今は数が多い方が有利なんだよ!」

『ヤマダ、今は黙ってろよ! 趣味に走るなって!』

『戸籍上の名で呼ぶな! 俺の魂の名は、ダイゴウジ=ガイだー!!』

 

 それからほどなくして。

 戦場に、2機の人型兵器が飛来してきた。バルキリーよりもさらに小さい。

 一斉砲撃が、ジンに浴びせられる。うち一機が、直撃を受けて爆発した。

 

「新手か」

「どうします、クルーゼ隊長!」

「どうやら、こちらも来たようだ。やつらが来たら敵は任せよう」

 

 残念だがな、という台詞はクルーゼは飲み込んだ。

 突然、コロニーの壁が外側から破壊された。できた穴から、巨大な円盤が次々飛び込んでくる。

 

「来たか。出足が遅いな」

『何か言ったか!? ラウ=ル=クルーゼ!』

「いや何も。救援を感謝する、ガンダル司令」

『このコロニーは、もう作戦には使えんな!? とんだ失態だな!』

「候補のコロニーはこれだけではない。他の部隊も動いている」

『ザフトもだらしないものよ。ジオンも、最初から我々に任せておけばいいものを!』

「そうかもしれんな。なかなか手強いぞ、気をつけることだ」

 

(まあ、円盤獣ごときでは、歯が立たないだろうがな。せいぜい足止めをしてもらう)

 

 円盤獣の出現に、一瞬攻撃が止まったバルキリーに、クルーゼは乱射を加えた。命中を確認もせず、シグーを翻して、コロニーの奥へと向かう。同行していたジンの残りも、追随していった。

 

「逃げた!?」

 

 バルキリーも残弾が心許ない。輝は追撃を断念した。

 円盤は地面に降りると、次々と四足歩行の怪物型のメカに変形する。

 それを目の当たりにしたガイが、歓声をあげる。

 

「円盤獣が出てきたぞ! 今こそ、今こそだなー!」

「あーやかましい! 合体すりゃいいんだろうが、まったく」

「こんなしぶしぶ合体する忍、初めて見るよ」

 

 沙羅が肩をすくめて、合体のフォーメーションに向かった。

 沙羅のランドクーガー、雅人のランドライガーが足に。亮のビッグモスが胴体に。そして、忍のイーグルファイターが頭部に変形し、それらが一つになる。

 

「見たか! これぞ、超獣機神ダンクーガ!!」

「お前が名乗りをあげるんじゃねぇーっ!!」

 

 忍が、今日一番の怒鳴り声を、愉悦の表情のガイ操るエステバリスに叩きつけた。

 

「信じられない! 獣のメカが合体して、巨大ロボットになるなんて」

「……あのね、ブライガーとかダイターン3とか、無茶な変形は見慣れてるでしょ?」

「あんたの機体の変形も、あたしたちから見るとほとんど魔法だよ。速すぎて」

 

 輝に対して、未沙と沙羅がツッコミを入れた。

 

「行くぜ! 断・空・剣!」

 

 ダンクーガが、抜き出した巨大な剣を、円盤獣ギルギルに叩きつけた。大きく装甲が切り裂かれ、ギルギルが地面に転がる。

 

「なんてパワーだ!」

「こっちも行くぞ! そこのえーと変形戦闘機、まだやれるか!? こちらは戦艦ナデシコ所属のエステバリス、テンカワ=アキトだ!」

「戦艦マクロス所属、バルキリーの一条輝だ! 機体は問題ないが、残弾が少ない」

「マクロス!? 話は後で聞く。無理はせずに俺たちに任せろ!」

「すまない。可能な限り援護する!」

 

 次々と、円盤獣が撃ち抜かれ、切り裂かれていく。

 

「お……おのれ! あんなやつらに」

 

 ガンダルが、ベガ獣グラグラの中で呻いていると。

 外壁の穴から、別の円盤が飛び込んできた。明らかに円盤獣とは異なる、黒と白を基調とした機体だ。

 

「ガンダル司令! 今度は何を企んでいる」

「グレンダイザー! いつも逃げ回っている腰抜けが、今日はそちらから来おったか!」

 

 ガンダルは、交戦中の味方を放り出して、スペイザーから飛び出したグレンダイザーへと向かっていった。

 ベガトロンビームがグレンダイザーに叩きつけられた。これを、グレンダイザーの宇宙合金グレン製の装甲は堪え忍ぶ。

 その時。おびただしい砲撃が一斉に、背後からグラグラを直撃した。

 

「断空砲の味はどうだ!? 俺たちを無視してるんじゃねえ!」

「こ、この!」

 

 深刻なダメージを受けたグラグラの中でガンダルが唸っている。

 

「ダブルハーケン!」

 

 グレンダイザーの肩から飛び出した白刃が、柄で連結される。それによる斬撃が、正面からグラグラの装甲を裂いた。

 さらに、間合いを取ったグレンダイザーの頭部の角から、雷撃が放たれた。

 

「スペースサンダー!!」

 

 必殺の一撃が、グラグラを直撃した。

 

「おっ……おのれおのれ! 今日は邪魔が入ったが、次はこうはいかぬぞ!」

 

 グラグラはどうにか空中に浮かぶと、急速度で外壁の穴から逃げ出していった。

 忍は、もはや円盤獣の残骸だらけとなったコロニー内を見回した。

 

「どうやら終わったみたいだな。ところでそっちの白黒のやつ、何モンだ?」

「助太刀するつもりが、逆に助けられてしまったようだ。僕はデューク=フリード。これはグレンダイザーだ」

「グレンダイザー!!」

 

 ガイが大声をあげた。

 

「マジンガーZ、グレートマジンガーの仲間じゃないか! ということは、あの二体も! どこだどこだ!」

「いや、彼らはおそらく地球上だ。僕は一人で動いている」

「なーんだ……いやいや! グレンダイザーだけでも十分! 俺の名はダ……」

「一人って、お前はどっかの部隊に所属してねえのか? 俺は獣戦機隊の藤原忍。こいつは超獣機神ダンクーガだ。戦艦ナデシコ所属だ」

 

 忍が、ガイの台詞を遮るように尋ねた。

 

「そうか。僕は、どこにも所属はできないんだ。僕がいると、あのベガ星人が押し寄せてくる。ベガ星人の大王の娘は、僕を庇って亡くなった。それを恨んで、ベガ星人は僕とグレンダイザーを一番の標的にしているんだ。関係のない地球人を巻き込みたくない」

「そういえば、あんたはフリード星の王子だったな」

 

 亮も、グレンダイザーの勇名は知っていた。

 

「僕は、地球を第二の故郷だと思っている。本当は、ベガ星人を地球から引きはがすために、地球から去るべきなのかもしれない。だが、ベガ星人はミケーネ連合に参加して、地球侵略の片棒を担ごうとしている。しかも、ミケーネ連合はジオンと同盟を結んだという話も聞く」

「何だそれ!? 侵略軍が一つにまとまってるってことか!」

『そういうことだね~』

 

 アキトの通信機から、突然、呑気そうな声が響いた。

 

『ザフト、というよりプラントもそれに加わってる可能性が高いな。【星の屑】は、ジオンの作戦のコードネームだ。ジオンの作戦行動にザフトが絡み、ベガ星人が救援に駆けつけた。これは、全てが一体となってると見た方がいいよ。いや~まいったまいった』

「まいったじゃありませんよ! タイラー大佐!」

「タイラー大佐!?」

 

 未沙が、驚きの声をあげた。

 

「もしかして、ジャスティ=ヒトシ=ウエキ=タイラー大佐ですか!? 【無責任参謀】の!? あ、いえ、あの」

『いいよいいよ。実際僕って無責任だからさ。それよっか早瀬大尉。僕は今、戦艦ナデシコに同乗して、ロンド・ベルに合流するところなんだ。君と一条中尉をマクロスに送り届けることができる』

「ありがとうございます!」

 

 礼を言ってから、自分たちの素性が知られていることに、未沙は驚愕した。

 

(さすがに、かつては統合軍随一の切れ者と呼ばれた人……)

 

「ちょっと待ってください!」

 

 アキトが、話に割り込んできた。

 

「俺たちって、ロンド・ベルに参加するんですか!?」

『あれ、言ってなかったっけ?』

「初耳ですよ!」

『ごめんごめん、言うの忘れてた。まぁそういうことだから』

 

(さすがに、かつては統合軍随一の無責任男と呼ばれた人……)

 

 いささか脱力感を覚える未沙であった。

 

『アキト大丈夫!? 怪我とかしてない!? ああもう、全速力でそっちに向かうから!』

「落ち着けよユリカ! 別に何ともないから! 普通にやってきてくれよ」

「え? 今のは?」

 

 輝が尋ねるとアキトは、

 

「……戦艦ナデシコの艦長の、ミスマル=ユリカ……俺の幼なじみで、あのー」

「アキトにベタ惚れなんだよねー」

「雅人! 黙ってろよまったく!」

「どうせすぐにばれちゃうだろ?」

 

 その名前で、未沙も思い出した。

 地球連邦大学における、戦略シミュレーション無敗の才女。実は、オンラインで一度だけ未沙も対戦したことがあるが、上位にランクインしていた彼女でも、到底歯が立たなかった。

 

「こういう人だったなんて、さすがに思わなかったわ……」

「え? 何が?」

「な、何でもないわ」

 

 輝の問いに、未沙は慌てて手を振った。

 

「どうやら、迎えが来るようだな。それでは、僕はこれで失礼する」

「え!? グレンダイザー、どこに行くつもりだ」

「どこでもいい。ベガ星人と戦っても、他の地球人を巻き込むことのない所なら」

「待て!!」

 

 ガイが大声をあげた。

 

「お前一人で行かせはしない。俺も一緒に行く!」

「え!?」

 さすがのデュークも、面食らっていた。

 

「気持ちはありがたいが、君の機体は、おそらく戦艦の補給なしでは稼動できないだろう? 無理な話だ」

「残念ながらその通りだ。ならば、戦艦も一緒に連れて行く。それなら文句はないだろう!?」

「ちょっと待て! ヤマダ、戦艦ってどれの話だ」

「寝ぼけてるのか、アキト! 戦艦ナデシコに決まっている!」

「はぁ!? あ、あのな……ナデシコはお前の付属品じゃないんだよ!」

『そうよそうよ! 私はアキトの側から離れないんだから!』

「とにかく、俺は絶対にグレンダイザーと行くからな! 従って、ナデシコも同行する!」

「人の話を聞いてるのかお前は!!」

 

 もはや、言葉を差し挟むこともできないデュークと、他のパイロットたち。

 そこに、タイラーが語りかけた。

 

『すまないねデューク君。言い出したら聞かないもんで』

「あ、いえ……」

『もう仕方ないから、ヤマダ君を連れて行ってくれないかな? もちろん、戦艦ナデシコも一緒だ』

「え!? しかし、そちらにはそちらの使命が」

『そうなんだ。だから、こっちの仕事も手伝ってくれないかな?』

「……それは、つまり」

『ナデシコと共に、ロンド・ベルに参加しなさいってことさ』

「ですが、先ほど申し上げた通り」

『ついさっき、コロニーから出てきたベガ獣と、ナデシコはすれ違ったんだ。おそらく、ナデシコはグレンダイザーの母艦だと思われてるよ。となれば、実際に君がいようといまいと、ベガ星人はナデシコを攻撃目標にしてくる。それなら、本当にグレンダイザーがいた方がいいに決まっている』

「……」

 

 デュークが沈黙した。

 

「おい!」

 

 忍が、口を挟んだ。

 

「男なら、グズグズ言ってんじゃねえよ! いいから俺たちと来い! ベガ星人だか何だか知らねえが、さっきみたいに、一緒にぶっ飛ばしてやろうぜ」

「……迷惑をかけるかもしれないが、その言葉に甘えよう。忍君、よろしく頼む」

「俺もだ! 俺を忘れてもらっちゃ困るぞ!」

「もちろんだ。君の男気のおかげだ。えー……ヤマダ君」

「だからそれは戸籍上の名前! 魂の名はダイゴウジ=ガイだー!!」

 

 そんな様子に、輝が笑みを浮かべていると。

 

『ん? どうしたのルリちゃん。……え!? そんな……』

 

 通信機のユリカの声が、切迫していた。

 

『みんな、ナデシコが到着したら、急いで帰艦して!』

「どうしたユリカ。敵襲か!?」

『ナデシコじゃないの。連邦軍の観覧式があったのは知ってるでしょ? そこにガンダムが出現して……核バズーカを撃ち込まれて、甚大な被害が出たって』

「核攻撃!? ガンダムが!? どういうことだ!?」

『北米でジオンに奪取された、稼動試験中のガンダムが使われたみたい。詳しいことはまだ分からないわ』

 

 先ほどの和やかな雰囲気は吹き飛び、一同の間に緊迫感が立ち込めていた。

 



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第4話 二組の避難民

 観覧式核攻撃が行われた、ちょうどその頃。

 一隻の輸送船が、月面都市ギガノス・シティから脱出しようとしていた。

 

「無茶よ! あなたたち、ドラグナーを操縦なんて、したことないでしょう!?」

「他に方法があるかよ。黙って見てろ!」

 

 リンダの制止も聞かず、ケーンはスロットルを開いた。

 三機のメタルアーマーが、輸送船から飛び出していく。

 メタルアーマーは、ギガノス・シティにおいて作り出された、作業機械を発展させた人型兵器である。モビルスーツとの差別化を図るべく、独自の名称がつけられているが、現状では月のみで製造・使用されるマイナーな規格とされている。

 

「タップ! ライト! いけそうか!?」

「ああ、何とかな!」

「基本は研修で習ったものと同じだ。まさか、戦いまでするとは思わなかったがな」

 

 ケーンのD-1が先頭。タップのD-2が続き、ライトのD-3が最後のポジション。

 三機は、輸送船を追ってきたメタルアーマーの小隊を迎え撃った。

 追っ手の弾丸が、次々と三機の側を通過していく。

 

「ケーン! このままだと、輸送船に流れ弾が!」

「分かってらあ。今度はこっちから行くぜ。二人とも援護してくれ!」

 

 D-1が、後退速度を少し緩めた。追っ手との距離が、縮まっていく。

 

「クララちゃんよ、接近戦の武器とかないのか!?」

「迫兵戦用アサルトナイフ、およびレーザーソードがあります。どちらを使用しますか?」

「ナイフでいくぜ!」

 

 クララ、とはD-1に搭載されたAIの名称である。会話形式でのアクセスが可能なため、初めてD-1に乗り込むケーンでも、容易にD-1の細かい操縦方法を知ることができた。

 D-1が、ナイフを抜き出した。支援用のD-2、索敵用のD-3が背後から援護射撃する。

 目前の相手が、レールガンを捨ててレーザーソードを抜き出そうとしたが、素早くD-1が懐に入り込んでいた。

 ナイフが一閃。メタルアーマー・ゲバイの首筋が切り裂かれる。D-1がすぐさま飛び退くと、D-3の砲撃がとどめを刺した。

 他のゲバイが、慌てるようにD-1を銃口で追う隙に、D-2がその姿を撃ち抜く。動きの止まった相手にD-1が近づき、脇の間接の隙間にナイフを突き立てた。

 

「新型相手とはいえ、何と不甲斐ない! それでもギガノスの将兵か。私が行く!」

 

 前に出てきた、そのメタルアーマー・ファルゲンは、青く塗られていた。

 愛機の色から【ギガノスの蒼き鷹】と呼ばれている男。マイヨ=プラートが、その中にいた。

 明らかに、他の機体とは動きがシャープだ。

 

「ケーン、こいつは他の奴らとは違う!」

「言われなくても!」

 

 ケーンは、臆せずD-1をファルゲンに近づけた。

 手にしたナイフがファルゲンを襲うが、これをマイヨは当たり前のように回避する。

 

「悪くない腕だ。貴様、どこの部隊出身だ?」

「部隊!? このケーン様は、そんなご大層なモンには所属してねえ! ただの学生だ!」

「何!?」

 

 マイヨは眉を寄せたが、すぐに平静な表情に戻った。

 

「ならば、義理立てする組織もあるまい。速やかに投降し、ドラグナーを三機とも引き渡せ。そうすれば、命までは取らん」

「ふざけるな! 俺は、あの娘に約束したんだ。ギガノスから逃がしてやるってな!」

「リンダのことか。あれは、私の妹だ」

「何だと!? どういうことだ」

「我が家族と、この月の命運に関わることだ。学生ごときが口出しをするな」

「ケーン=ワカバだ! 名前くらい覚えとけ!!」

 

 ナイフを断念したケーンが、レールガンを構えようとした。

 が、ファルゲンは間合いを詰め、レールガンに斬りつける。砲身が半ば切り落とされた。

 さらに後退すると、今度はファルゲンが肩口からミサイルを発射。D-2、D-3ともに命中。大破こそしないものの、援護の手が止まった。

 

「覚えておこう。それほどまでに、墓標に書いてもらいたいならば」

 

 マイヨの目が光り、ファルゲンがD-1に詰め寄ろうとした。

 小さく唸るケーン。

 が。

 次の瞬間、上空からレーザーが一筋。ファルゲンの肩口に命中した。

 

「!?」

 

 上を見上げたケーンとマイヨ。

 そこには、細いフォルムの蒼い機体がいた。明らかに、メタルアーマーのものとは違う。

 

「何者だ、貴様!」

「僕の名はエイジ。これは、SPTレイズナーだ」

「SPT……?」

「あなたこそ何をしているんだ。見たところ、武装もない輸送船を襲っているようにしか見えないが」

「貴様には関係のないことだ! 手出しするなら、蹴散らすまで!」

「……どうして、地球人同士で、戦わなければならないのか。仕方ない」

 

 ファルゲンとレイズナー、共に蒼い機体が、空中で向かい合った。

 ファルゲンのレールガンを、流れるような動きで回避するレイズナー。

 反撃のレーザーを、ファルゲンは複雑な挙動でくぐり抜けた。そのまま、レーザーソードでレイズナーに斬りつける。

 かわしたレイズナーの拳にスパークが走った。叩きつけられようとした拳を、ファルゲンが避けた。

 その背中を、飛来したD-1が蹴りつけた。衝撃で呻くマイヨ。

 

「おい!! 俺を無視してるんじゃねえ!」

「この……!」

 

 蹴りつけるくらいなら、ナイフなりで斬りつけることもできたはず。注意を引くための、あえての蹴りに、マイヨはいささかプライドを刺激された。

 レイズナーを押しのけるように、D-1がその前に躍り出た。

 

「こいつは俺がやる! お前は手を出すな!」

「そんなことを言っていていいのか? あの輸送船を守らないといけないんだろう?」

「くそ……!」

 

 冷静な指摘が悔しかったが、実のところ、慣れていないD-1でファルゲンを倒せる気は、ケーンにはしなかった。

 

「ここは退いてもらいたい。僕ら二人を、同時に相手をして勝てるなら話は別だが」

 

 マイヨは、自分についてきていた他の小隊機が、いつの間にか残り二機まで減っているのに気がついた。その二機はD-2、D-3と戦っているが、いかにも分が悪い。

 このまま手こずれば、四機がかりの攻撃を受けるのは確実だった。

 

「……大事の前の一事だ、やむをえん。ドラグナーは、ひとまず貴様たちに預けておく」

 

 ファルゲンは身を翻すと、元来た方向へと飛び去っていった。生き残りの二機もそれに続く。

 D-1とレイズナーは、飛行しながら並んだ。

 

「ちっと不本意だが、助けられちまったみたいだな。お前、何者なんだ?」

「僕の名は、アルバトロ=ナル=エイジ=アスカ。地球は、狙われている!」

 

 ドラグナーを操る三人が、その台詞に一瞬押し黙った。

 最初に言葉を発したのは、ライトであった。

 

「……どれだ?」

「え?」

「ベガ星か? ボアザン星か? キャンベラ星か? バーム星か? それとも暗黒ホラー軍団か?」

 

 次々と出てくる名前に対して、エイジが言葉を絞り出すのにしばらくかかった。

 

「……今のは?」

「今、地球に侵略してきている、他の星系の宇宙人だ」

「……そんなにいるのか? 多すぎないか?」

「ちょっと待てよ」

 

 今度はタップが口を挟んだ。

 

「ジオンとか、プラントとかのコロニー群だって地球連邦に刃向かってる。そいつらも地球侵略を狙ってるって言えなくもないぞ」

「それを言いだすなら、ミケーネや百鬼帝国のような地下組織もカウントしないといけなくなる」

「確かに多すぎるなぁ。うっかり幾つか忘れそうだぜ」

「……普通、忘れるか? 自分たちの星を侵略しに来てる勢力の名前を」

 

 エイジが、呆れ返った声音で言った。

 

「言われるとそうだな。ワームホールが地球圏にやたらと増えて、外宇宙とか異世界とつながるようになったからな。いろいろな思惑を持った連中が集まってくる」

「そんなことはどうでもいいんだよ!」

「どうでもいいのか……?」

 

 ケーンの横やりに、エイジはまだ納得がいかない様子だ。

 

「俺が聞きたいのは、お前が何者で、何で俺たちを助けたのかってことだ!」

「そうだな。本題に戻ろう」

 

 エイジは、気を取り直した。

 

「僕の仲間は、火星から避難してきた輸送船に乗っているんだ。彼らは生粋の地球人で、しかも民間人だ。彼らをこの月で引き取ってもらおうと、まず僕が様子見にやってきたんだ。君たちがその輸送船を守ってるのを見て、人事とは思えなくて」

「何だ、そっちも避難してんのかよ」

「待った!」

 

 三人の中では知恵袋的存在のライトが、エイジの言葉の違和感に気づいた。

 

「今、『生粋の地球人』って言ったな? ということは」

「そうだ。僕はグラドス星の出身だ。僕自身は、グラドス星と地球人の間に生まれた。このレイズナーも、グラドス製の機動兵器SPTだ」

「グラドス星人……そのハーフということか……」

 

 ライトが、まじまじとレイズナーを見つめる。

 

「まさか、今度はそのグラドスとかが、地球に攻めてくるってんじゃないだろうな?」

「実はそうなんだ」

「……何だって!? また侵略者が増えるのかよ!」

 

 驚くタップを余所に、ライトはじっと考えた。

 

「どうやら、もう少し話を聞いた方がよさそうだな。エイジ、君が守ってる輸送船に案内してくれないか? そこにいる彼らからも、話を聞きたい」

「ぜひそうしてくれ。僕の方の輸送船は、月の上空で待機している」

 

 

 

 二隻の輸送船は、ギガノスとは反対側にある、フォンブラウン・シティ間近の月面の影に身を寄せていた。

 ケーンたちの輸送船を訪れたのは、エイジの他に、若い四人の男女だった。

 

「つまり、あなたたちは体験学習先の火星で、グラドス軍のSPTに襲撃されたのね? そこを、このエイジ君が助けたと」

 

 リンダが、四人の話をまとめていた。

 

「あの……! 私たち全員、エイジを信頼しています。彼がいなかったら、私たちはとうに捕まっていたか、殺されていたと思います」

 

 アンナと名乗った、黒髪の少女が、身を乗り出すようにそう述べた。

 

「だけど、まさか月まで厄介事に出くわすとは思わなかったぜ。グラドス軍や、他の軍勢に発見されないように、息を殺しながらここまで来たってのによ。その間に、えらく情勢が変わっちまってるみたいだな」

 

 うんざりしたように頭を掻くデビッドという青年に、ライトが尋ねた。

 

「何で月まで? 他にもソロモンとか、連邦の軍事基地もあっただろう」

「行けるわけねえだろ、軍事基地なんか。エイジが信用される保証はねえし、何されるか分からねえしな。フォンブラウンとかギガノスなら、普通の都市だから、まだ話しやすいかと思ったんだが」

「特にソロモンはダメよ。あそこは、ティターンズの拠点でしょう?」

 

 シモーヌ、と名乗る娘がそう言った。

 

「私たちだって知ってるわ。ティターンズは連邦軍の特殊部隊で、地球至上主義で宇宙移民を抑圧してる。そんなところに、グラドス人とのハーフのエイジを連れて行ったら、ろくなことにならないのは分かり切ってるわ」

「そうでしょうね。私もそう思う」

 

 リンダも頷いた。

 

「だけど、この月は危険よ。ギガノスは……地球連邦に対して、反乱を起こそうとしている。一番初めに標的になるのは、フォンブラウン。月の統一を図るためにね」

「何だって!?」

 

 エイジが立ち上がった。

 

「今は、地球人同士で争っている場合じゃないだろう!? いずれは、確実にグラドスが攻めてくるんだぞ」

「ギガノス防衛軍司令官のギルトールは、地球連邦を見限ってるわ。ジオン公国とつながりを持って、ギガノスを独立させるつもりなのよ」

「……何で君は、それを知っているんだ?」

「私の父、ラング=プラートは、ギルトールの親友で、ドラグナーを開発した科学者だった。だけど父は、ギルトールの挙兵に反対して、私にドラグナーを託したの。だけど……兄は、ギルトールに心酔してるから、それが許せなかったのよ」

 

 そう言うリンダに、ケーンが尋ねた。

 

「あのな……マイヨが、あんたのことを妹だって言ってたけど」

「そうよ。私の兄の名は、マイヨ=プラート。ギガノス軍のパイロットよ」

「それじゃ……俺は、君の兄貴と」

「それは気にしないで。私は、あんな兄は見たくない。いっそ撃ち落とされてくれれば、と、ちらりと思ったわ」

 

 沈んだリンダの目に、ケーンはかける言葉が見つからなかった。

 

「お互い、厄介な事情を抱えてやがるな。余計に、うかつな所に救助を頼めねえぞ」

「こんな時に、ロアンが知恵を……あ」

「シモーヌ! あいつの話はよせ」

 

 険しい表情を見せるデビッドに、ライトが尋ねた。

 

「そのロアンとかいうのは?」

「……元は、俺たちの仲間だった奴なんだが。あいつは地球を裏切って、グラドスにつきやがった……!」

「で、でもさ」

 

 気弱そうな青年が、口を挟んできた。

 

「本当に、心からグラドスの手先になったのかなあ……? ロアンのことだから、何か考えがある、んじゃないか?」

「アーサー、お前は人が良すぎるんだよ! あいつのせいで、危うく捕まりそうになったのを忘れたのか!?」

「デビッド。そのことばかり言っても仕方ない。話を戻そう」

 

 エイジが制止した。

 

「僕たちは、何ヶ月も身を隠しながらやってきたから、情勢がよく分からない。何かいい知恵はないだろうか?」

「知恵といえば、こっちのライトだぜ! なあ?」

「こういう時だけ頼られてもな」

 

 タップにおだてられつつ、ライトはじっと考えた。

 

「……マクロスはどうだろうか?」

「マクロス!? あの、リン=ミンメイの」

 

 アンナが目を見開いた。

 

「マクロスは元々、冥王星から避難民を地球まで送り届けた実績がある。それに、グローバル艦長は重厚で公平な人柄だというし、話くらいは聞いてもらえるかもしれない」

「ロンド・ベルとかいう、独立部隊を立ち上げたって聞くぜ?」

 

 タップが口を添える。

 

「そのこともある。独立部隊だから、割と大きな裁量権がある。話の持っていきようで、道が開けるかもしれないな」

「……ちょっと待って! 臨時ニュースが」

 

 リンダが、モニターを切り替えた。

 

『……連邦軍が開催した観覧式への核攻撃は、ジオン軍によるものと思われます。多数の艦船が大破し、被害状況の全容は、未だに判明しておりません……』

 

 その場の全員が息を飲んで、ニュースを聞き入っていた。

 

 



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第5話 ギガノス、挙兵

 輝は一人で、月面都市フォンブラウンにある、宇宙ドックの格納庫へと、足を進めていた。バルキリーの修理が完了したと聞かされ、確認に向かっていたのだ。

 幾つもの機体が並んでいる中に、白いモビルスーツが据えられているのを見つけた。

 

「あ、あれがガンダムか……見るのは初めてだな」

 

 だが、ガンダムが核攻撃で数多くの連邦戦艦を、作戦名同様に星の屑に変えてしまっていることを思うと、輝も沈鬱な気持ちについ襲われる。

 さらにそちらに足を進めていくと。

 若い士官が、二人の女性と何やら話しているのが聞こえてきた。

 

「……分かってないわねぇ。この機能的なフォルムが美しいんじゃない」

「趣味がよくないわね、ルセット。だからあなたは、デートには誘われるけど長続きしないのよ」

「おあいにく。今の彼氏とは続いてます!」

「あのールセットさんもニナも、今はそういう話じゃ」

 

 若い士官が口を挟むと、二人の美女が彼に向き直った。

 

「ウラキ少尉はどう思います? GP-01とこのGP-03、どちらがカッコいいか」

「あら、コウに答えさせたら、答えは決まってるじゃない?」

「そうよね。ウラキ少尉だって、GP-03に乗りたくて仕方ないでしょうし」

「そ、そんなこと言われても……」

 

 そのシチュエーションに、なぜか人事とは思えず、輝は助け船を出すことにした。

 

「やあ! 北米からロンド・ベルに来たっていうガンダムのパイロットか? 俺は一条輝、ロンド・ベルのメンバーだ」

 

 弾かれるように、その士官が満面の笑みで、輝の方を振り返った。

 

「あー! あなたが一条中尉ですね!? コウ=ウラキ少尉です。大変だったですね!」

「輝でいいよ。ロンド・ベルは階級は関係ないから。俺、今回のことでみんなに迷惑かけちゃって」

「いや、みんなすごく喜んでるから! 俺もとても嬉しい。よく来てくれた、じゃなくてよく戻ってきてくれた!」

「もしよかったら、ナデシコの護衛部隊や獣戦機隊にも紹介するから来ないか? 彼らもロンド・ベルに参加するらしいし」

「ぜひ! これから一緒に戦う仲間だものな。絶対挨拶しとかないと。いや~忙しいな。それじゃ二人とも、悪いけど俺はこれで」

 

 いそいそと、輝についていくコウの背中を、じっと見据えるニナとルセット。

 

「……いつもなら機体の方に釘付けなのに、えらく調子いいわね」

「……あの会話、合コンに来る男どもによくありがちな雰囲気だわ」

 

 廊下を歩きながら輝は、ほっとした様子のコウに話しかけた。

 

「真面目な話に戻すけど、マクロスもここまで来てるのか?」

「いや。さっきのGP-03の受領のために、俺とニナの二人が来てるだけで。マクロスは別の作戦行動に入ってる」

「そうか……」

「ロンド・ベルのメンバーが喜んでるのは、嘘じゃない。フォッカー少佐も、涙目になってたし」

「先輩が?」

 

 輝が振り返ると、コウの表情は、思いつめたそれに変わりつつあった。

 

「あの……観覧式での戦闘で、俺はあの人に助けられたんだ。少佐が他の敵を引き受けてくれたおかげで、俺はガトーとの戦いに集中できた。俺の腕が足りなくて、相打ちがやっとだったけど」

「ガトー? ジオンのアナベル=ガトーか。核攻撃をやった張本人とかいう」

「俺たちが現場に着いた時には、もう核が使われた直後だった。あの男は北米で、俺の目の前でGP-02を奪っていったんだ。俺は、ガトーと戦うために、宇宙にあがってきた」

 

 コウが歯をきしらせる音が、微かに響いた。

 

「ガトーとジオンが、観覧式の襲撃だけで終わらせはしないだろうという話だ。だから俺は、GP-03に乗って、今度こそガトーと決着をつける!」

「そうか……みんなそれぞれ事情を抱えて戦ってるんだな。俺も、その時には力を貸すよ」

「すまない……」

 

 二人が歩いていく先に、早足で近づいてきたのは未沙だった。

 

「二人とも、急いでブリーフィングルームまで来て。プラントが動いたわ。ジオンの作戦とつながってる可能性があるの」

「何だって!? やつら、一体何を」

「それが……とにかく動いて! アナハイムのスタッフも呼んでくるわ」

 

 未沙は、さっきまで輝とコウが歩いてきた廊下を、逆に走り出した。

 

 

 

 

 ブリーフィングルームの一番奥には、タイラーが座っていた。テーブルを囲んで、輝や未沙たちだけでなく、ナデシコ艦長のユリカや他のパイロットたちもいる。

全員を見回して、タイラーが話し始めた。

 

「隣り合う二つの廃コロニーが月の近くにあるんだけど、そこにプラントのモビルスーツが現れたらしいんだ。だけど、その行動が妙なんだ」

「というと?」

 

 未沙が尋ねる。

 

「コロニーには巨大なミラーが二枚ある。コロニーのミラーを片側だけ破壊して、放ったらかしで去っていったんだ。どちらのコロニーにも同じことをしてる。これは何を意味してるんだろう?」

「……もしかして!」

 

 ニナが声を上げた。

 

「コロニーは、ミラー二枚があることを前提にして、常に回転運動をして、内部に重力を発生させています。ミラーが一枚破壊されれば、回転軸がずれます。遠心力でコロニーの回転軸は、螺旋をを描くように動いていきます」

「……そういうことか!」

 

 頭脳明晰な万丈は、理解できた。

 

「軸がずれれば、コロニー自体が螺旋を描く動きを始める。最初はわずかな動きだろうが、徐々にブレが大きくなっていく。隣り合った二基のコロニーで、その現象が起きるから……」

「そうです。いずれは、二基のコロニーは衝突し、互いを弾きあいます」

「そうするとどうなる?」

 

 タイラーが尋ねた。

 

「少なくともコロニーの一基は、月の重力に引かれて落下……月へのコロニー落としです!」

「何だって!? ここにコロニーを落としやがるってか!」

 

 忍が立ち上がった。

 

「フォンブラウン・シティかギガノス・シティ、どちらの月面都市に落ちても大惨事は必至よ」

 

 ルセットも青ざめていた。

 

「冗談じゃねえ! コロニーを止めるんだ」

「無茶言うな! コロニーの回転なんて止められないし、一度落ち始めたら、月の阻止限界点はすぐに超える」

「総攻撃でコロニーを破壊するとかさ」

「コロニーの大質量が相手では、僕たちだけでは不可能だ。この場にいる全員でかかっても、落下までにとても間に合わない」

 

 ガイと雅人の言葉に、亮とデュークが反論していると。

 

「……なんかおかしいな?」

「……え? 何がさ」

 

 タイラーの台詞に、沙羅が聞き返した。

 

「星の屑は、今のジオンが全力で実行する作戦だよ? 月へのコロニー落としが狙いってのは、スケールが小さすぎるよ」

「じゃ、大佐は何が狙いだっていうんですか?」

 

 ユリカがさらに問いかけるが、タイラーはじっと時計を見つめて返事をしない。

 

「……まだ間に合うな。マクロスに打電してくれ。月へ急行してはいけない。行ってほしい場所は……ルリちゃんに計算してもらうか。ブリッジのルリちゃん、聞こえますか~?」

『テレビのロケハンごっこをしている暇はありません。こちらも緊急報告があります』

 

 無表情に、ナデシコのオペレーターのホシノ=ルリがモニターに現れた。

 

『ギガノス・シティが挙兵、ギガノス帝国の樹立を宣言しました。ギガノス製のメタルアーマーが多数、このフォンブラウンに侵攻しています』

「!」

 

 その場の全員が、絶句した。

 

「な、何で、よりにもよってこんな時に……」

「いや。こんな時だから、だと思うな」

 

 未沙の台詞を、平静な声でタイラーは封じた。

 

「敵の真の狙いが、分かりかけてきたぞ。全員出撃! ギガノスを振り切って月を抜け出す!」

 

 

 

 

 

 

 

「コロニーが、この月に落ちてくる……予定通りだ」

 

 ファルゲンは、月の上空に、ただ一機浮かんでいた。その中でマイヨは、そう呟きながらモニターの画面を眺めていた。

 

「GXビットとの接続も、どうにかできているな。ジャンクの機体と有線で無理矢理つないでいるから、作動するか心配だったが」

 

 マイヨは、モニターを切り替えて、状況を確認していた。

 

「……よし! コロニーが、予定の高度まで落ちてきた。連邦の戦艦どもも寄り始めたか。そろそろやるか」

『Satellite Canon STAND-BY』

 

 モニター上の文字を読みとったマイヨは、端正な顔に、獰猛な笑みを浮かべた。

 

「地上の愚か者どもめ、これはギガノスの怒りの矢でもあるのだ!! サテライトキャノン、発射!」

 

 マイヨは、いつもより力を込めて、トリガーを絞り込んだ。

 次の瞬間。

 GXビットが背後に展開していた、縦横二本のリフレクターに、月面からのスーパーマイクロウェーブが収束した。そのエネルギーが、ファルゲンがGXビットの代わりに構えているビームキャノンに集約される。

 通常兵器としてはありえないほどのビームが、落下していくコロニーの推進剤の点火口に直撃した。

 コロニーの移送用のブースターが激しく炎をあげた。徐々に速度を上げて、巨大なコロニーが月から遠ざかっていく。

 

「……地球に方向を変えたか。もうこれは必要ないな」

 

 ファルゲンの腕が、GXビットと自らをつないでいたケーブルを引きちぎった。そこから腕を放すと、GXビットはビームキャノンと共に、ゆっくりと月面へと落下していった。

 その時。

 マイヨはモニター上に、六機の反応を確認した。

 切り替えられたモニターに映し出されたのは、三機のメタルアーマーと、三機のSPT。さらに後方には、二隻の輸送船がついてきている。

 

「ケーン=ワカバとか言ったな。それに、あの蒼い機体。ノコノコ出てきたか」

「てめえ! 一体コロニーに何をした!?」

「貴様が知る必要はない。あのまま月にコロニーが落ちた方がよかったのか?」

「どうせろくでもないことをしたんだろうが! 借りは返させてもらうぜ!」

 

 レールガンを構えるD-1。

 

「まさか、コロニーを地球に落とすつもりか。許してはおけない!」

 

 エイジも、レイズナーで戦闘態勢に入る。

 その脇で、D-2とD-3、そしてデビッドのSPTベイブルと、シモーヌのSPTドールも身構えた。

 

「向こうは一人、こっちは六人だ。やれるか?」

「そうでもないぞ。見ろ!」

 

 ライト搭乗のD-3は、索敵用に特化された機体だ。その高性能のレーダーが、敵機の襲来を感知していた。

 現れたのは、十数機ほどのメタルアーマー。

 

「マイヨ大尉! やりましたね」

「ああ。しかも見ろ。奴らがあわてて飛び出してきた」

「ドラグナー! コロニー落としの副産物ですね」

 

 数では圧倒的に不利な上に、マイヨまで加わっている状況に、ケーンも表情が険しくなる。

 

「ちくしょう! こうなったらやるしかねえか」

「輸送船には、アンナやリンダたちも乗り込んでいる。後ろに回りこまれるな!」

「言われなくても分かってらあ!」

 

 

 

「前方で戦闘中。片方はギガノス製メタルアーマー十機。もう片方はメタルアーマー三機と正体不明機三機、その後方に輸送船二隻です」

「放ってはおけないか。一気に片づけよう」

 

 ルリからの報告に、タイラーは出撃命令を出した。

 最初に飛び出したのは、箱型の戦闘用ユニットに、小さいガンダムをはめ込んだかのような、巨大なモビルアーマーと化したGP-03デンドロビウムだった。ナデシコの格納庫にも入りきらず、艦に係留されている形であるため、発進が容易だった。

 

「そこの六機! 俺たちはロンド・ベルだ。今助けに行く!」

 

 コウの呼びかけに、ケーンはその目を鋭くした。

 

「マイヨは、この青い奴は俺がやる! 手出しすんなよ! こいつには借りがあるんだ」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろう!?」

「……分かった! 他の連中は任せろ。そいつと心おきなく戦え!」

 

 コウの即答に、アキトはつい口を挟んだ。

 

「いいのか!? あの青いヤツの方が腕がよさそうだぞ」

「あいつは俺だ!! あいつの気持ちは痛いほど分かるんだ」

「……なんだか、こういうヤツが増えてきたな。ナデシコも」

 

 GP-03は、反撃しようと身を翻してきたメタルアーマーに、お構いなしに距離を詰める。

 敵の放つレールガンが巨大な戦闘用ユニットに命中するが、小揺るぎもしない。

 箱型のユニットの一部が、前方に発射された。

 それは、メタルアーマーの集団の真ん中に飛来すると、夥しい数のマイクロミサイルを吐き出し始めた。次々と着弾し、損傷していくメタルアーマー。

 そこに、ナデシコから発進してきた各機が襲い掛かった。切り裂かれるもの、撃ち抜かれるもの、マイクロミサイルで損傷したメタルアーマーはひとたまりもない。

 瞬く間に、ファルゲンを除く全てのギガノスの機体が破壊された。

 

「すげえ……ギガノス軍が、ひとたまりもないじゃん」

 

 タップが、半ば唖然としていた。

 マイヨは、D-1相手に優勢に戦っていたが、味方が全滅させられたのに気づくと、

 

「やむをえん! 目的は達した。貴様と遊んでいる暇はなさそうだ」

「あっ! 待て!」

「ケーン! 輸送船を放っておく気か!?」

「く……!」

 

 ケーンは無念そうに、追撃を諦めた。

 

「残念だったな。次で、勝負を決めればいい」

「そこのあんた、すまなかったな。俺はケーン=ワカバ。あんたは?」

「コウ=ウラキだ。俺も、決着をつけなきゃならない相手がいるんだ」

「そいつとやり合う時には、俺が手助けするぜ。借りは返さないとな」

 

 アキトが、会話に割って入った。

 

「その機体って、メタルアーマーだろ? ギガノスの軍勢とは違うのか?」

「一緒にするな! 俺たちは、ギガノスの奴らから逃げ出してきたんだよ! その時に、このドラグナーをかっぱらってきたんだ」

「身も蓋もない言い方するなよ……」

 

 ライトが、頭を抱える。

 

「まあいいや。それで、そっちの三機は?」

「これは、グラドス星の機動兵器SPTです。僕は、グラドス人と地球人のハーフのアルバトロ=ナル=エイジ=アスカです。グラドスの地球侵略を、知らせに来ました」

「な、何だって!? また新顔の侵略軍か!」

「やっぱり、こういうリアクションされるのかよ……」

 

 デビッドが、頭を抱える。

 

「はあ……あと、後ろの輸送船は?」

「僕と同行していた、火星から逃げてきた地球人の避難民と、ギガノスからの避難民が乗っています。ギガノスの追跡をかわすために隠れていましたが、コロニーが落ちると思って抜け出してきました」

 

 そこに、会話に横やりが入った。

 

「だったら、輸送船の民間人は、僕たちがマクロスに連れて行こう。少なくとも今の月よりは安全だよ」

「ありがとうございます。あなたは?」

「お前ら、【無責任参謀】のタイラー大佐って知ってるか?」

 

 忍がそう言うと、ライトが口笛を吹いた。

 

「知ってるも何も! 俺、結構ファンなんですよ。会えて光栄です」

「そりゃありがとう。どう? 君たちもロンド・ベルに参加しない? ちょうど、あのコロニーを止めようと思ってたんだ。手伝ってほしいな」

「行くぜ! マイヨの野郎に一泡吹かせてやる」

「タイラー大佐の指揮で戦うのも悪くないな」

「どうせマクロスに行くんだ。受け入れてもらわなきゃいけないし、手付け金代わりに働くか!」

 

 ドラグナーの三人が、口々に言った。

 

「あの、僕たちは」

「ちょっと聞いてくれ!」

 

 エイジが話し出そうとした時、ケーンが割って入った。

 

「俺は、このエイジに助けられたんだ。こいつと一緒にやってきた連中も、エイジが守ってくれたから生き延びたって言ってる。エイジを信じてやってくれ! 頼む……」

「ケーン……!」

 

 感極まった風情のエイジ。

 

「分かってる分かってる! わざわざ、そのグラドスの侵略を知らせてくれるってことは、地球の味方をしてくれるんだろう? だったら、まとめて面倒みよう。言いたかないけど、面倒みよう!」

 

 あっさり言い切るタイラーに、却って唖然とするエイジ。

 

「……ありがたいですけど、いいんですか?」

「タイラー大佐は、器の大きい人だからな」

 

 グレンダイザーから、デュークがそう語った。

 

「僕もフリード星の出身だが、タイラー大佐のおかげでここにいる。一緒に地球を守って戦おう。僕はデューク=フリードだ」

「そうでしたか! よろしくお願いします、デュークさん」

 

 エイジが、ようやくほっとした表情を浮かべた。

 

 



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第6話 コロニー落としを破れ!

「コロニーの落ちる方向が、地球に変わりましたな。ギガノスはやりおおせたと見える」

「コロニーは連邦の傲慢を貫く矢と化して、ジャブローを穿つ……」

 

 静かに語るデラーズ。

 それを、口元に笑みを浮かべながら眺めていたのは、シャピロ=キーツであった。

 二人がいたのは、ジオンの基艦であった。その近くには、アナベル=ガトーを初めとするデラーズ直属部隊中心のジオン軍、そしてザフト軍や、ベガ星人を加えたミケーネ連合もその空域にいた。

 

「連邦軍の大半は、月に引き寄せられたあげくに方向を変えねばならない。推進剤を使い果たして、阻止に向かえるのは少数の艦のみ」

「それも、ジオンの勇士たちと同盟軍に押さえ込まれて動きがとれまい。星の屑は、もはや成ったも同然」

「そう……ですが、予想外の事態は起こるものです」

 

 カシャ……

 デラーズの後頭部に、シャピロは拳銃を突きつけていた。

 

「何の真似だ? シャピロ」

「あなたには、人質になっていただく。そのジオンや同盟軍に勝手な行動をさせないためにね」

「何のためにだ? コロニーが地球に落ちる事実を変えられるとでも?」

「変えられるのですよ。手はずは整っています」

 

 シャピロが視線を向けた先は、コロニーの落下方向。

 そちらでは、少しずつ、だが確実に、ミラーが数を増して展開されていた。コロニーの行く手を塞ぐように。

 かつて十三ヶ月戦争でも旧統合軍によって用いられた、凹レンズ状に並べたミラーで太陽光を集中させて、超高熱で標的を焼き尽くすソーラシステムであった。

 

「連邦には、コロニーを防ぐ最後の切り札があったのだよ。さあ、ジオン全軍に停止を命じるのだ、デラーズ」

「……」

 

 戦艦ブリッジの異変に、いち早く気づいたのは、ノイエ・ジールに乗り込むガトーであった。

 

「閣下!? シャピロ、貴様正体を現したな!」

「そういうことだ。敬愛するデラーズの頭が撃ち抜かれる様など見たくはあるまい?」

 

 デラーズは表情一つ変えずに、宇宙を眺めていた。

 その一点を見たデラーズは、わずかに目を見開いた。

 

「あれは……マクロス!」

 

 そのブリッジでは、グローバル艦長が腕組みをして、コロニーを見据えていた。

 

「タイラー大佐の読みは当たっていたな。全速前進! コロニーを射程に入れるのだ!」

 

 シャピロも、デラーズの視線の先を見たが、軽く鼻を鳴らした。

 

「ふん……マクロス一隻で何ができる? 主砲を撃ち込んでもコロニー破壊はおろか、方向転換も充分にはできんぞ」

「よく見るがいい。戦艦ナデシコが反対側から飛び出してきた」

「!?」

 

 ナデシコのブリッジでは、ルリが報告していた。

 

「コロニー、射程内に入りました」

「間に合った~! グローバル艦長、マクロスは?」

『こちらも届く!』

 

 タイラーは、満面の笑みを浮かべた。

 

「マクロス主砲、コロニー前方! グラビティブラスト、コロニー後方! 同時に撃ち込め! ぶわ~っとぉ、いってみようか~ぁ!!」

 

 能天気ながら、いつもよりも気合いの伺える合図に、グローバルとユリカ、二人の艦長も呼応した。

 

「主砲、発射!!」

「グラビティブラスト、いっけーっ!!」

 

 マクロスから放たれたバスター・キャノンが、コロニーの前半分に命中。

 ほぼ同時に、反対側から放たれたナデシコの重力波が、コロニーの後ろ半分に命中した。

 地球圏屈指の攻撃力を持つ戦艦二隻の主砲。

 巨大なコロニーが、ゆらり、と傾き、先端の向きを少しずつ変えていった。

 その後方では、先ほど点火された推進剤が、なおも火を噴いていく。

 シャピロが、大きく目を見開いていた。

 

「……反対側から、両端を!?」

「一方だけでは大きく向きを変えるのは無理だが、二方向から同時に強力な力で弾けば、中心を軸に大きく回る。向きが大きく変われば、後はコロニーの推進剤がコースを変えてくれる。それだけの推進剤は充分ある」

(何だと……俺の策が、読まれたというのか!? そんな馬鹿な……)

 

 コロニーの行く手の変化は、ソーラシステムを指揮していたバスク=オムにも見て取れていた。

 

「ジャブロー直撃コースを外れただと……!? こ、これではソーラーシステムは意味がないではないか! シャピロの奴、しくじりおったか!」

 

 愕然としているシャピロに、デラーズは身を翻して襲いかかった。

 

「戦場で隙を見せたなシャピロ! 銃をよこせ!」

「は、離せ!」

「貴様の策は破れた! わしを宇宙の晒し者にしようとて、そうはいかん!」

「くっ、くそ……!」

 

 銃を奪おうとするデラーズと、そうはさせじと抵抗するシャピロ。

 その揉み合いの中で。

 一発の銃声が、鳴り響いた。

 デラーズが、血の吹き出す胸を押さえながら、一歩後ずさった。

 

「ぐ、ぐぅ……ジーク・ジオン……」

 

 倒れ込むデラーズに、シャピロは己の失敗を悟った。

 人質を、撃ち殺してしまったのだ。それも、激高を必死で押さえていたガトーの前で。

 

「うぉぉーっ!! シャピロ貴様ぁーっ!!」

 

 ノイエ・ジールの腕が、ブリッジに叩き込まれた。

 それより一瞬速く、危機を察したシャピロは奥へと逃げ出している。

 突如起こった、異様な出来事は、ザフト軍にも見て取れていた。

 

「自分の母艦を攻撃した!? ジオンに何が起きてるんだ?」

「さあな。そんなことは私にも分からん」

「そんな呑気な……!」

「アスラン=ザラ」

 

 クルーゼは、傍らの赤いガンダムに、平静な声で告げた。

 

「一つ言えることは、我らザフトとしては、この作戦を成功させねばならないとうことだ」

「し、しかしこのままじゃ!」

「そうだ。コロニーはジャブローに落ちず、作戦は失敗する。我々がなすべきことは、それを防ぐことだ。ジオンの内輪揉めなどに、構っている暇はない!」

 

 クルーゼのシグーが、コロニー目がけて飛翔した。アスランをはじめとする他のザフト軍も、ジオンの状況を無視して次々と動き出す。

 一方、ミケーネ連合は。

 

「反乱か!? この肝心な時に何をやっているのか。まあいい、あのナデシコとかいう戦艦とグレンダイザーを沈めてしまえ!」

「待て!」

 

 止めにかかったのは、ボアザン星人の司令官ハイネルだった。

 

「何を勝手に動こうとしている!? 作戦はどうなるのだ!」

「そんなものどうでもよいわ! 作戦を立てた張本人のジオンがあの調子では、どうせ失敗する!」

「だからと言って!」

「ハイネル。貴様の宿敵のボルテスⅤもマクロスに加わっただろうが! ここで決着をつけるいい機会だろうが」

「ぐ……」

 

 苦虫を噛み潰した表情のハイネルだったが、副官のジャンギャルへと、マクロスへの進軍を命じた。ハイネルも、もはや本来の作戦の成功は覚束ないことを理解していた。

 

「おのれ! このままでは、マクロスとナデシコに名を成さしめるだけで終わるわ! かくなる上は、我らはジオンを殲滅する!」

 

 バスクは、自分の指揮下にあるティターンズ各機に突撃を命じた。

 

 

 

「あれは、スカールーク! ハイネルも来ているのか」

「健一君。私情はこの際捨ててくれ。あのジオンのモビルアーマーが動き出した。コロニーを目指しているようだ。あれを止める必要がある!」

「分かっている!」

 

 万丈に返事すると、健一はボルテスⅤをダイターン3と並ばせた。

 そこに、高速で飛来してきた、一機の戦闘機。

 それは、輝と未沙の乗り込んだ、VF-1Dバルキリーだった。

 

「輝!!」

「先輩! ご心配かけて、申し訳ありませんでした。未沙を、早瀬大尉を預けに来ました」

「馬鹿野郎! お前の愛機は用意してある。とっとと乗り込んでこい!」

 

 フォッカーが、マクロスへと飛び込んでいく輝のバルキリーを、涙の浮かんだ目で見送った。

 格納庫に着艦すると、輝は本来の愛機VF-1Jへと駆けていく。未沙は、ブリッジを目指していった。

 ブリッジに駆け込むと、グローバルがちらりとそちらを見た。

 正面のモニターでは、ティターンズの部隊を、ノイエ・ジールが次々と粉砕し、なおも前進を続けていた。

 

「早瀬大尉。無事で何よりだ」

「艦長! 報告です。アナハイム技術者のニナ=パープルトンが、コロニーに小型艇で向かっています。バルキリーの側を通り過ぎるのを見ました!」

「何? どういうことだ」

「私にも分かりません。おそらくは、コロニーの制御室へ向かったと思われます。そちらを巻き込むような攻撃はおやめください!」

「む……やむをえんか」

 

 

 

 コロニーまであとわずか、というところまで肉薄したノイエ・ジール。

 その機体に、一本のビームが伸びた。しかし、Iフィールドで掻き消される。

 

「ガトー! それ以上は行かせない!」

「コウ=ウラキ。邪魔はさせん!」

 

 GP-03とノイエ・ジールは、共に巨大なビームサーベルを解き放つと、激しい斬り合いを始めた。

 互いに、一歩も譲らない猛攻。

 そこに、何本ものビームが、GP-03の背後から浴びせられた。

 シグーを先頭に、クルーゼ小隊五機が迫ってきていた。

 

「ガトー少佐。我らが支援する。貴官はコロニーへ! 作戦を成就させるのだ」

「クルーゼ大尉か」

 

 ガトーは複雑な表情を一瞬浮かべた。

 

「お前たちの相手をしている暇は!」

「やらせてもらう! 我々ザフトも命運がかかっている!」

 

 GP-03に果敢に挑んだのは、アスランの乗り込むイージスガンダムだった。

 

「赤いガンダム!?」

 

 コウが目を見張る。

 イージスガンダムは、GP-03のビームライフルを対ビームシールドで防御しつつ、間合いを詰めた。

 その機体が、変形した。

 手足が四本の爪となった、巨大な掌。その爪からビームサーベルが伸びると、GP-03の装甲を鷲掴みにするように、大きく切り裂く。

 突如、イージスガンダムとGP-03の狭間に爆発が起こった。イージスガンダムの爪の付け根に当たる中央部から、エネルギー砲スキュラが放たれたのだ。ゼロ距離からの大火力は、Iフィールドといえども無効化できなかった。

 コクピットに響く警告音に、コウは呻いた。

 が、その攻撃が、いったん止んだ。

 イージスガンダムは、再びモビルスーツ形態に戻り、自分に砲撃してきた白い機体に向き直った。

 

「コウは、男の決着をつけようとしてるんだよ! てめえの出る幕じゃねえ」

「何だあの機体……? メタルアーマーのようだが」

 

 イージスガンダムはビームライフルを放つが、ケーン操るD-1は、それをギリギリでかい潜ると、抜き打ちで斬りかかった。

 イージスガンダムの胸の装甲が、わずかに傷む。

 

「今のを避けやがるか。マイヨと引けはとらねえってか!」

「動きに独特のキレがある……! 片手間で相手はできないか」

 

 両機が揉み合うところへ、割って入ろうとするシグー。

 その眼前を、ミサイルの群れが横切った。

 

「お前の相手は俺だ! この間の決着をつけるか!?」

「その動きは。機体は違うが、テキサスコロニーのあのパイロットか。どうやら、放置もできなさそうだな!」

 

 輝のVF-01Jへと、クルーゼは標的を変えた。

 

「はん! ロンド・ベルなら、鐘を鳴らしてりゃいいんだよ! ディアッカ、ニコル。雑魚掃除といくぞ!」

 

 ジンに乗り込んだイザークが、同じ機体に乗る仲間二人に声をかけた。

 イザークが狙ったのは、レイズナーだった。充分に引きつけて、ビームを放った。

 が、それを相手は、流れるような挙動で回避する。立て続けに撃つが、ことごとく命中しない。

 一気に間合いを詰めてきたレイズナーの拳が、ジンを揺るがした。

 

「コロニー落としでどれだけの同胞を殺めるつもりだ!? 自分たちが何をしているのか分かっているのか!」

「き、利いたような口を!」

 

 反撃のビームサーベルの斬撃は、レイズナーのわずかな機体の捻りで空を切っていた。

 

「くっ、雑魚と侮ったのが間違いか!?」

 

 イザークが他の二人を確認すると、どちらも複数の機体を相手にしていて、明らかに苦戦中だった。

 

「俺たちのガンダムが完成していれば、こんな奴らに……!」

 

 イザークは、荒い息の中で、そう嘯くだけだった。

 仲間の援護を受けるGP-03は、なおもノイエ・ジールと戦おうとするが、やはり損傷が大きかった。ビームサーベルに機体を切り裂かれ、ユニットを次々と失っていく。

 

「これまでだな!」

 

 ガトーが、最後の一撃を打ち込もうとした時だった。

 

「日輪の力を借りて! 今、必殺の! サンアタァァァァック!」

 

 万丈が、マクロス防衛を他の仲間に任せ、救援に飛び込んできたのだ。

 強烈な光が、ノイエ・ジールに襲い掛かった。抗しきれず、その巨体がコロニーの壁に叩きつけられる。

 

「ダイタァァァァン、クラァァァァッシュ!!」

 

 GP-03にも匹敵する巨体を誇る、ダイターン3の跳び蹴りが、ノイエ・ジールを直撃した。

 ガトーは、動かなくなったノイエ・ジールのコクピットから抜け出すと、損傷したコロニーの壁から、中へと入り込んでいった。

 

「く、やむをえんか!」

 

 万丈は、コロニー制御室を破壊する腹を決めた。この時万丈は、ニナもまた制御室を目指していることを知らない。

 

「そうはさせん!」

 

 アスランが、咄嗟に標的をダイターン3に切り替えてビームライフルを放った。大きすぎる的に外すはずもなく、まともに命中。

 シグーもVF-01Jの攻撃をかいくぐりつつ連射。ダイターン3の出足が鈍った。

 

「この状況で倒すのは無理だが、足止めくらいはできる! ガトー少佐が軌道修正をする時間を稼げればそれでいい!」

 

 ほくそ笑むクルーゼ。

 だが彼も、コロニーの外壁に張り付いているGP-03が戦闘不能だと思いこみ、注意していなかった。GP-03からコウが抜け出し、コロニーに進入したことに気づかなかった。

 

 

 

 コロニーの制御室では。

 

「ガトー」

 

 ニナが、制御パネルを操作していた男に語りかけていた。

 

「もうやめてちょうだい! コロニーはもう、連邦軍の総司令部のあるジャブローへのコースは大きく外れたわ。計算だと、落ちるのはオーストラリア。今から制御しても、とても」

「ジャブローは無理なのは、私にも分かっている」

「だったら!」

「だが、オーストラリアに落下させるわけにはいかん。君には、分からんのだ」

「……!? それってどういう」

 

 ニナが問いかけようとした時。

 扉が開いた。

 銃を構えたコウの表情が、ガトーとニナを見た瞬間、驚愕のそれに変わった。

 

「……ニナ!? どうしてここに」

 

 言いかけたコウだったが、首を振ると、ガトーに叫んだ。

 

「何をしている!? そこから離れろ!」

「断る。もう軌道修正は終わる」

「!」

「撃ちたければ撃て。私は丸腰だ。だが、撃ち殺されてもこれだけは成し遂げる」

 

 淡々とそう告げながらも、ガトーはキー操作を止めなかった。

 コウが、怒りに任せてガトーに向けた銃の引き金を引こうとした。

 パァン……!

 銃声に、コウは引き金にかけた指を止めた。

 その目の前に、ガトーの前に回り込み、天井に向けて発砲したニナがいた。

 ニナの銃が、コウの方に向けられた。

 

「やめて、コウ! あなた、自分が何をしようとしてるか、分かってるの!?」

「き……君こそ、何をしようとしているんだ! そいつは、コロニーを……地球に落とそうとしているんだぞ!」

「分かってるわ。それでも! あなたに撃たせるわけにはいかない!!」

 

 ニナがそう叫んだ時。

 

「もういい、ニナ=パープルトン。終わった」

 

 ガトーはニナを押しのけると、コウの眼前に真っ直ぐ立った。撃ち殺されるのを覚悟しているのは、明らかだった。

 コウは、憎しみに震えながらも、ガトーの気迫に押されて、引き金を引けない。

 

「……ずいぶん安っぽいのね、あなたのジオンへの忠誠も」

「何!?」

「ここで死ねば、もう戦えないのよ。あなたの信じるジオンの大義も果たせない。スペースノイドの独立を、自分の手で実現できもしない。あなたは自己満足で犬死にしたいの?」

「ぬ……!」

「あなたは戦士でしょう? どうしても死にたいなら、戦場で戦って死になさい! こんなところで無抵抗で死ぬのが、あなたの戦士の誇りというわけ?」

 

 ガトーは、黙ってニナの言葉を聞いていた。

 

「用が済んだなら、ここから出ていきなさい! 戦場でなら、コウと雌雄を決するのは、あなたたちの勝手。だけど、こんな形で終わらせるのはやめて! それとも、私が彼を撃つのを見たいとでもいうの!? 悪趣味にも程があるわ!」

 

 ニナは、コウに銃口を向けたままで、そう叫んだ。

 彼女の目に、涙が溜まっているのを、二人とも気づかなかった。

 ガトーは、わずかに躊躇した素振りを見せたが、

 

「……大義のためだ。一時の恥辱に耐えるのは、今に始まったことではない」

 

 コウに背を向けると、出口に向かった。

 銃口を向けるコウだが、ニナがその手の銃で牽制している。

 いや、ニナがいなくても撃てるか、コウにはもう分からなかった。

 肩口から、ガトーがコウをちらりと見た。

 

「戦場で、決着をつけるとしよう。待っているぞ」

 

 コウは、何の返事もできず、ガトーが出口から消えていくのを見守るしかなかった。

 ニナは銃を降ろすと、悲しげにため息をついた。

 

「ごめんなさい……私は、先に戻るわ」

 

 ニナが出口から去っていくのを、コウは呆然と眺めていた。

 

「う……ああ……うぉーっ!!」

 

 コウは悲痛な叫びをあげながら、その場で銃を滅茶苦茶に撃ちまくった。

 弾切れになっても、その指がなおも引き金を引き続けていた。

 

 

 

 コロニーが落ちたのは、ジャブローでもオーストラリアでもない、太平洋上だった。連邦などの所有する公的施設も周囲には存在せず、人的被害はほぼゼロであったという。

 ニナとコウは、コロニーの制御室での経緯を問いただされたが、どちらもそこでの事情を一切語らなかったため、一週間の独房送りの処罰を受けた。だが、どこからともなく流れたある噂から、ガトーを含めて何事かがあったのだろうという推察がなされた。ニナを追放するべきだという論調まで出たが、確証がないという理由で、グローバルもユリカもそれを実行はしなかった。

 なお、タイラー大佐はこの一件の直後、ロンド・ベルの指揮をグローバルに一任して、どこへともなく去っていった。【無責任参謀】の面目躍如であった。

 ロンド・ベルは、マクロスとナデシコの二隻体制となり、それぞれに属していた機体と人員は合流した。宇宙において、ロンド・ベルはもはや、無視できない勢力と化していた。

 だがしかし、新生ロンド・ベルに所属する面々の中には、事情を抱えた者達も少なからず存在した。

 

 

 

 マクロスTVの控え室。

 未沙の頬を平手打ちする音が、部屋の中に響き渡った。

 それを目の当たりにしていた輝が、顔を引きつらせつつ身じろぎする。

 

「早瀬大尉、それってあんまりじゃないですか! 輝が私と付き合ってるのは知ってるはずでしょ!?」

「落ち着いてミンメイ!」

 

 ミュンが制止するが、ミンメイはなおも続ける。

 

「そんなことまで、ブリッジクルーの職権のうちなんですか!」

「あ、あなたね、言っていいことと悪いことが」

 

 頬を押さえた未沙の顔色が、怒りに染まっていた。

 

「やっていいことと悪いことがあるでしょう!? 何よ、軍はいつも偉そうに命令するだけで、やることが汚……」

 

 ミンメイが最後まで言い終わらないうちに、未沙がミンメイの頬を平手打ちしていた。

 

「いい加減にしてちょうだい! いくらマクロスのアイドルだからって、侮辱は許さないわよ!」

「やったわね!この……!」

「だからダメだって!」

「離してよミュンさん!」

「早瀬大尉もです!うちの大事なタレントに、軍が手を出すんですか。問題にしますよ!」

「先に手を出したのは、そっちじゃない!」

「ああもう! クラン、見てないで早瀬大尉を止めてちょうだい!」

「了解した」

 

 青いショートヘアの、小学生のような少女が、がしっと未沙を羽交い締めした。

 振りほどこうとする未沙だが、意外なほどの力の強さに、それができない。

 

「悪いな。リン=ミンメイは大事な商品だそうだ。……戦闘員でもないのに、くだらない喧嘩はするんだな。不思議な連中だ」

「何よ! 子供のくせに。離してちょうだい!」

「子供とか言うな! 私はこれでも十九歳だ! 遺伝子がちょっと不器用なだけだー!」

 

 未沙をはじめ、全員の動きがぴたりと止まった。

 

「十九? 私とあまり変わらない? え?」

「あなたの腕力が強くて助かるわ。クラン、早瀬大尉には退出してもらって。バイトの時給はアップするから」

「了解。時給アップはありがたい」

 

 自分より大幅に背が高い未沙を、あっさり引きずりながらクランは部屋から出ていった。

 廊下に出た未沙の声がドアを通して聞こえていたが、それもやがて聞こえなくなった。

 

「一条中尉。あなたもよ。この部屋から出て行きなさい。ミンメイには私が話します」

 

 輝の背中を、ミュンは部屋から押し出した。

 後ろ手にドアを閉めると、ミュンは振り返りかけた輝を睨んだ。

 

「一条中尉。事情はともかくとして言わせてもらうわ。今のあなたは、男として最低よ!」

「……」

「こんなことなら、ミンメイとのつき合いを認めるんじゃなかったわ! できれば当面、ミンメイとは会わないでちょうだい。彼女の気持ちが乱れるだけだわ」

 

 輝を置き捨てたまま、ミュンは部屋に入ると、乱暴にドアを閉めた。

 

「男として最低、か……」

 

 返す言葉が何もなかった。輝は、肩を落としてその場を去っていった。

 

 

 

 輝は、マクロスシティをとぼとぼと歩いていた。

 街中に店が立ち並んでいるが、どこにも入る気がしない。

 ふと。

 離れた所から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 何の気なしに、そちらに視線をやると。

 オープンカフェの席上で、コウとニナが口論していた。いや、コウがニナを問い詰めていて、ニナが必死で抗弁している雰囲気だ。

 輝は、暗い目を逸らして、足を進め始めた。正直、関わりになる気も起きなかった。

 

「待って! コウ! まだ話が」

 

 ニナの悲痛な叫び声が、背後から微かに聞こえてきた。

 輝は、いつの間にか、道端の公園に入り込んでいた。背の低い茂みが大きく広がっている。歩き疲れているのを感じて、そこに入り込んで寝転がった。

 頭上には、青空が広がっている。住民に圧迫感を与えないための巨大な映像だ。

 今までのことが、脳裏をよぎる。ミンメイとお忍びでデートした時のこと。ゼントラーディに拿捕された時のこと。未沙とのコロニーでのサバイバル。星の屑での激闘。

 

「あげくが、アレか」

 

 結局、ミンメイと未沙、どちらかきちんと選べないまま、二人を争わせる羽目にまでなってしまった。自己嫌悪が、再びぶり返すだけであった。

 どれだけ、そうしていただろうか。

 草むらを分ける足音が、聞こえた。

 

「一条中尉。あなたもよくここに来るの?」

 

 身を起こすと、そこにはニナが立っていた。いつもの、花の咲いたような微笑ではなく、傷心を隠しきれない、自嘲じみた笑みだ。

 輝は、横になると、ニナに背を向けた。正直、声をかけてほしくなかった。

 

「……あなたまで、私に背を向けるのね。分かってたわ、見てたんでしょ?」

 

 ニナはさらに輝に近づくと、その側に座り込んだ。

 

「……汚れますよ、スカート」

「どうでもいいわ。どうせ、みっともない顔になってるんだもの」

 

 ニナは、青空を見上げた。

 

「映像でも、青空はいいわね。私が月の居住区にいた頃、こんな公園で空を見上げてた。星空しか見えないけれど、よく一緒に眺めてたわ。私が、アナベル=ガトーと交際していた頃にね」

「……」

「驚かないのね。やっぱりみんなに知られてるのね」

 

 ふう、と、ニナはため息をついた。

 

「欺瞞に聞こえるかもしれないけど、ガトーのことは、私の中でとっくの昔に終わってるの。だけど……コウは、信じてくれなかった。私があのコロニーで、ガトーを庇ってコウに銃を向けたから」

「……え!?」

 

 輝は、もう一度身を起こしてニナを見た。

 ニナは、抱えた膝の上に、顔を埋めていた。

 

「なんで、庇ったりしたんですか? ガトーとは終わってるんでしょう?」

「ガトーは、あの時丸腰で、無抵抗だった。あの場で死ぬ覚悟はできていたんでしょう。だけど!」

 

 ニナは、輝に顔を向けた。

 

「コウに撃たせたくなかった! 私の好きになったコウは、敵とはいえ、無抵抗の人間を撃ち殺すような人じゃない! 私はコウに、そんな最低の人間になってほしくなかった!!」

 

 その絶叫に、輝は気押されていた。

 

「……コウは、そう言われて納得しなかった、んですか?」

「そもそも聞いてくれなかったわ。結局、私はコウと、それだけの信頼関係を築けていなかった。そういうことなんでしょうね」

 

 悲しげなニナに、輝はようやく言葉を搾り出した。

 

「……何で、俺にそんな話をするんですか?」

「……私だって、知ってるのよ。あなた、ミンメイさんと付き合っていながら、早瀬大尉とも」

「やめてくださいよ! ……あんたが、説教できる筋合いですか?」

「そうね。一貫した態度をとらなかったのは、私も同じ。だけど、一つだけ聞きたいの」

 

 ニナは、一呼吸置いた。

 

「一条中尉。あなた……今この時、本当に好きなのはどっちなの? ミンメイさん? それとも早瀬大尉?」

「……!」

「過去のことなんて、本当はどうでもいいのよ。大切なのは、今。今の自分の気持ちを、正直に見つめてみたら? 答えが見つかれば、後は脇目も振らずに進めばいいの」

 

 すっ、と、ニナは立ち上がった。

 

「私は、自分の気持ちをきちんと整理しきれていなかった。その挙句が、コウに誤解されることになったんだと思う。あなたには、私と同じ轍を踏んでほしくない」

「……」

「とんだお節介よね。ごめんなさい。それじゃ」

 

 ニナは、草を踏みながら立ち去っていった。

 その寂しげな背中を、輝は見送っていた。

 

 

 

「……そんな話なら、出ていってくれないか?」

 

 コウは苦々しげに、輝に言い捨てた。

 

「あんた、ニナさんの話もろくに聞かなかったんじゃないのか?」

「気持ちが通じたと思ってた相手に、銃を向けられてみろよ。しかも、よりによってガトーを庇ってだなんて……!」

「ニナさんは、ガトーとは完全に終わってるって言ってる」

「じゃ、そもそもなんで、落下するコロニーの監視室まで飛び出していったんだ!? その上がアレだ。どう信用しろって言うんだよ!」

 

 絶望的な面持ちのコウに、輝も正直、心が折れそうになる。

 しかし、ここで引くことは、今の輝にはできなかった。

 

「あんた、丸腰のガトーを、撃ち殺そうとしたんだろ?」

 

 コウの肩が、一瞬震えた。

 

「ガトーはあんたの宿敵だし、核で大勢死なせた男だ。だけど、だからって無抵抗の相手を撃ち殺して、それで戦士としてのあんたは満足なのかよ!?」

「やめろ!」

「ガトーをやりたいんなら、戦場で正面切って雌雄を決するべきだ。恨みを晴らしたいだけで屠殺するんなら、あんたは戦士でもなんでもない、ただの人殺しだ!」

「やめろって言ってる!!」

「あんた、ニナさんに、自分がただの人殺しっだって見せたかったのかよ!!」

「黙れ!!」

 

 コウは、輝を殴り飛ばした。

 壁に叩きつけられ、その場で座り込む輝。

 

「大体、お前が人の関係に口を挟める立場か! 俺だって知ってるんだぞ。ミンメイと早瀬大尉を両天秤にかけてる女たらしのくせに!」

「……別れた」

「……え?」

「ミンメイに、俺の方からサヨナラを言い渡した。ついさっきだ。ずいぶん泣かれたよ……」

 

 さすがに予想していなかった返答に、コウは次の言葉が出ない。

 

「正直さ、きつかったよ。だけど、今までそれをやらなかったから、結局はミンメイを深く傷つけたんだよな。俺は結局、自分がきつい思いをするのを避けてただけなんだ」

「……」

「自分の気持ちに向き直った。正直になって考えた。俺が今この時、本当に愛してるのは未沙なんだ。だから、ミンメイとは別れるしかなかったんだ」

「な……何でそんな話をするんだ? 俺とは関係のないことだろう……」

「あんたも、自分の心に向き直るべきだ。あんた、今でもニナさんが好きなんじゃないのか?」

 

 苦しげに横を向くコウに、輝は続けた。

 

「過去なんてどうでもいいじゃないか。本当に大切なのは、今の自分の気持ちだ」

「……だけど、ニナは……」

「ニナさんが今、愛してるのはあんたなんだ。ただの人殺しでは決してない、自分の好きなコウ=ウラキであってほしかったんだよ。今後、あんたたちの関係がどうなるかは、俺にもどうしようもない。だけど、ニナさんの話だけは聞いてやってくれ。お願いだ……」

 

 しゃがみこんだまま、頭を下げる輝を、コウはじっと見つめていた。

 

「……なんで、そこまでニナに肩入れするんだ? 彼女に頼まれたのか」

「俺は、彼女に借りができたんだ。ニナさんが言葉をかけてくれなかったら、俺は自分の本当の気持ちから逃げっぱなしのまんまだった。やるべきことをできたのは、あの人のおかげなんだ。借りを返したい。ただそれだけだ」

 

 輝はようやく、ゆっくりと立ち上がった。

 

「俺にできることなんて、こんなことくらいだよ。邪魔して悪かった」

 

 輝が部屋から出ていくのを、コウはただ黙って見送るしかできなかった。

 

 



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第7話 歌姫たちの受難

「……手を引いてもらおうか。そいつは俺が狙ってたんだ」

 

 ケーンの鋭い視線を、イサムは薄笑いを浮かべながら受け止めた。

 

「クチバシの黄色いヒヨッコが何言ってやがる? 先輩に譲るもんだ」

「関係ねえよ。手の早い方が勝ちだろうが」

「俺の方が明らかに早かった。いいから離せ!」

 

 二人の争いを、周囲は苦笑混じりに眺めていた。

 

「やれやれ、箸が折れそうですね~」

 

 ボウィが肩を竦める。

 

「ソーセージの取り合いで白熱するなっつーの、二人ともガキよねえ。忍も加わったら? 同類としてさ」

「うるせーな! だけど、J9チームがロンド・ベルにいるとは思わなかったぜ」

「情報屋が何で戦闘にまで加わってるのかと驚いたよ。だけど、どうして星の屑のことをグローバル艦長に、もっと早く話さなかった?」

 

 亮が尋ねたが、お町は悪びれもせずに、

 

「聞かれなかったんだも~ん。第一、星の屑作戦にここまで足突っ込むとは思わなかったし。あ、箸でチャンバラしてる」

 

 怪力のガルドに小突かれた二人が、涙目になるまではそう時間はかからなかった。

 

「だけど、こうなると四方八方敵だらけだな。グローバル艦長、どうするつもりだろう?」

「コロニー共和連合の代表と会談して、お互い協力できる線を模索することになっている。今はスケジュールの調整中さ」

「ロンド・ベルの評判は、星の屑の一件以来、割と上がっているというが?」

「コロニーのジャブロー落下を防いだのは確かだからな。グローバル艦長の人柄や行動規範にも期待が集まっている。タイラー大佐という後ろ盾があるというのも、実は大きい」

 

 デュークと万丈が、真面目な話題に戻した。

 

「コロニー共和連合って、ジオンと対立してるとかいうアレか?」

「タップ君、その認識は大まかには正しい。ジオンは建前としては、スペースノイドの独立を叫び、武力闘争も辞さないというスタイルだ。プラントやギガノスもこれに同調している。だが、スペースノイド全てが、戦闘的なタカ派というわけじゃない」

「ハト派のコロニーも、当然あるってことだろ?」

「そういうことだ。ハト派のコロニーが集まって作られたのが、コロニー共和連合さ。かつてはサンクキングダムという、王制のコロニーがその中核だったが、国王が亡くなってからはコロニーそのものが消滅した。今は、合議制で組織を維持している」

「連邦よりの組織ってことか?」

「それも違うな。やはり連邦の宇宙移民軽視の方針には批判的だ。ただ、武力闘争を辞さないジオンにも同調せず、あくまで対話による政治レベルで権利を勝ち取ることを主眼としている、と主張している」

 

 含みのある万丈の台詞に、ライトが口を挟んだ。

 

「コロニー共和連合による、テロの噂は週刊誌で読んだことがあるけど。あれは真実なのか?」

「確証は何もない。だが、僕はありうると考えている。コロニー共和連合は、独自のモビルスーツを開発していて、それがテロの現場に出現したガンダムだという噂もある。テロとされる襲撃の状況を見るに、どうも連邦とジオンのどちらかが圧倒的優位にならないよう、戦況をコントロールするのが目的じゃないかと思えてならない」

 

 そこまで万丈が語った時。

 

『緊急出動! 緊急出動! 現在、フロンティアⅣ内部に侵入者あり! 本艦はフロンティアⅣの救援活動に入る』

 

 未沙の艦内放送が、食堂に流れた。

 

 

 

 

 

 

 フロンティアⅣは、地獄と化していた。

 先程までは、いつもと同じように人々が日常生活を送っていたコロニー。

 その内部に前触れなく飛来したのは、小型の円盤状の飛行物体だった。数多く撒き散らされたそれは、人間の体温を感知するとレーザーを放ち、回転する歯で金属すら切り刻み、時には爆発して、多くの人々を殺傷していった。

 そのただ中に、二機のモビルスーツがいた。片方はガンダムタイプだった。

 二機は、その武器でもって、次々と飛行物体を撃破していた。ただ、コロニーそのものや生き残った人々を、なるべく巻き込まないようにしているのは明らかだった。

 

「潰しても潰してもキリがないわ! どうすれば……」

「セシリー、俺と背中合わせになるんだ! とにかく一つでも多く破壊しないと、フロンティアⅣは全滅する!」

 

 シーブック=アノーはガンダムF91を、ビギナ・ギナに接近させた。

 両機は背中合わせになると、空中を浮かびながら、さらにバグを破壊し続けた。

 そこから少し離れたところで、動けなくなった車から飛び出したのは、シェリルとエルモ、そして新人歌手のランカだった。

 

「な、何ですかシェリルさん? この飛んでくる円盤!」

「私に分かるわけないでしょ!?」

「とにかく逃げましょう! 前だけ見て! 周りはあんまり見ないでください」

 

 エルモは、円盤が人々を切り裂く様子を、ちらりと見てしまっていた。シェリルとランカには、見せたくないと思ったのだ。

 もっとも二人とも、周囲の悲鳴や破壊音から、おおよその予想をしてしまっていた。

 そんな三人が角を曲がろうとした時、一体の円盤が飛来してきた。

 

「隠れて!」

 

 エルモは咄嗟に二人を止めて、建物の陰に押し戻した。

 次の瞬間、円盤が爆発した。

 エルモの体が、地面を二転、三転するのが、シェリルたちにも見えた。

 

「エルモさん!」

 

 ランカが駆け寄ると、血まみれになっているエルモが、それでも身を起こそうとしていた。

 

「だ、大丈夫ですよ……私は、体だけは頑丈なんで……。二人とも、怪我はないですか?」

「私たちは大丈夫です!」

「なら、急いでこの場を……」

 

 エルモがそう言いかけた時、円盤が三機、離れたところを横切っていくのが見えた。

 が、それらは移動を一瞬止めると、三人のいる場所へと方向を変えた。

 全員の顔色が、蒼白となる。

 が。

 空中からのバルカン掃射が、円盤を三機とも撃ち抜き、破壊した。

 爆煙の中へと降り立ったのは、バルキリーVS-25F。ガウォーク形態から、バトロイドへと変形した。

 

「シェリル! ランカ! 大丈夫か!?」

「アルト! あんたなの、それに乗ってるの!」

 

 シェリルの目に、希望の光が宿った。

 

「私たち二人は大丈夫だけど、エルモさんが爆発で怪我を」

 

 ランカが、エルモを抱き起こしている。

 

「ここは俺が食い止める! 誰一人、絶対に死なせたりしない!」

『そこにいるのはバルキリーか!?』

 

 VS-25Fの通信機から、声が飛び出してきた。

 

『こちらガンダムF91のシーブックだ。人がいるのか? 俺たちができるだけバグを潰す! そこは頼んだぞ!』

「すまない! できるだけ援護する」

 

 F91とビギナ・ギナの姿が、アルトにも見えた。

 VS-25Fは移動せずに接近する円盤を破壊し、時にF91らへの援護射撃で支援した。

 周囲の円盤は数を減じていき、やがてアルトの視界から、全て存在しなくなった。

 F91とビギナ・ギナが、VS-25Fの側に降り立った。

 セシリーが、外部スピーカーで呼びかけた。

 

「ランカも無事で何よりだわ。お久しぶりね」

「その声はセシリー先輩!? 学校のみんなも、心配してたんですよ! あの一件以来いなくなって、その、クロスボーンのお姫様だとか」

「ごめんなさい、あれは私が間違ってたわ。もうクロスボーンとは決別します」

「それで、よかったんですか?」

「元々そんなの向いてなかったのよ。あなたこそ、あれからすぐに歌手デビューしたでしょう?結構な人気みたいね」

「セシリー先輩がデビューした方が、よかったかもです。あのままミスコンやってたら、先輩が優勝してたと思いますし」

「まあ、私の優勝にお金賭けてた人もいたみたいだし、ね? シーブック」

「もうそれは言ってくれるなよ。ん……? 来るぞ! クロスボーンだ」

 

 シーブックが、空中を指し示した。

 六機のモビルス-ツが、接近してきていた。

 先頭にいたベルガ・ダラスの中で、ドレル=ロナは苛立ちの表情をしていた。

 

「バグは全て潰されたか。実験を妨害するとは、ベラ、君は何をしてくれるんだ」

「お兄様! こんな無法な真似をお認めになるんですか!? あなたは、最初から知ってらしたんですか」

「私も先ほど父上から聞かされたばかりだ。少しでも地球をきれいにするためには、やむをえないことだ」

「何がやむをえないのですか!」

「人類は増えすぎた。少し間引きする必要があるのだよ。心の痛む情景を見ず、効率よく口減らしできる道具、それがバグなのだ」

 

 その平静な声は、セシリーが切り忘れていた外部スピーカーを通して、シェリルたちにも聞こえていた。

 シェリルは、眦を決して怒鳴りつけた。

 

「心が痛まないですって!? あんた、どれだけ死人や怪我人を出したと思ってるのよ!!」

「ああ、シェリル=ノームとかいう下品な歌手か。品性のない歌で大衆を踊らせて金儲けをするしか能のない俗物が、利いたようなことを言うな」

「何ですって……!? あんたなんかに、歌の何が分かるのよ!!」

 

 シェリルは、怒りに燃えた目を、傍らのVS-25Fに向けた。

 

「アルト、そいつは許せないっ! やっちゃてよ!!」

「……俺もはらわたが煮え繰り返ってる! だけど、今はお前たちを守ることが俺の役目だ」

 

 鷲のような眼光が、その怒りを裏付けていた。

 

「私がやります。こんなロナ家など、消え失せてしまえばいい!」

「いくらロナ家の直系とはいえ、所詮は庶民の間で育つとこんなものか。貴族としての誇りを失った者など、ロナ家に必要ない」

「人としての心を失った者が何を言う!」

 

 ビギナ・ギナが、空中に飛び上がった。F91も追随する。

 ベルガ・ダラスは動かず、周囲にいたデナン・ゾンが、騎士のランスを思わせる武器を携えて動いた。

 それらは、ビギナ・ギナを素通しさせ、続くF91のみに襲いかかる。

 5対1。

 だが、F91は繰り出される剣先を、次々と回避する。

 

「邪魔しないでくれ!」

 

 ビームライフルが、デナン・ゾンの一機を直撃した。その腕が吹き飛ぶ。

 

「あのガンダム、何て動きだ! もしかして、ニュータイプってやつか?」

 

 デナン・ゾンにとどめのミサイルを地上から浴びせつつ、アルトは感嘆していた。

 ベルガ・ダラスとビギナ・ギナは、一進一退の攻防を繰り広げている。

 だが、業を煮やしたドレルが、あえて避けずに愛機の片腕で斬撃をガードした。半ば腕を落とされかけながら、勢いよくビギナ・ギナに体当たりした。

 たまらず、コロニーの内壁に叩きつけられるビギナ・ギナ。

 

「セシリー!!」

 

 シーブックが叫ぶが、まだ周囲に敵がいて対応しきれない。アルトもF91のフォローに気を取られていていた。

 ベルガ・ダラスのランスの切っ先が、ビギナ・ギナに向けられた。

 が。

 ドレルは、愛機を突然その場から待避させた。次の瞬間、元いた空間をミサイルの群れが通過する。

 

「新手か!」

 

 ドレルが見た方向に、バルキリー数機とエステバリスが接近してきていた。さらにその後方では、内部に飛び込んできた円盤獣を、グレンダイザーやブライガーが相手をしている。

 

「ガンダル司令。フロンティアⅣの外郭警護はどうした? 自ら売り込んでおいてこの体たらくか」

「だ、黙れ! すぐに片をつける!」

 

 その言葉と裏腹に、バルキリー四機が高速でデナン・ゾンに向かっていた。

 

「アルト! 勝手に飛び出すなって言っただろう!?」

「オズマ隊長! ここに、シェリルとランカが」

「ランカだと!? 無事なのか、怪我なんかしてないだろうな!?」

「大声出さないでください! 今のところ大丈夫です」

「ならいい。俺の妹に手を出すやつは、誰であろうが容赦せんぞ!」

「誰に対する台詞なんだ、オズマ?」

 

 並んで飛行していたフォッカーが、皮肉混じりに言った。

 

「あんまり束縛すると、ランカに嫌われるだけだぞ?」

「言わないでくれよそれを……。ミハエル、ルカ! あのガンダムを支援するぞ。ランカたちを守ることを優先しろ」

「了解!」

 

 オズマの二人の部下も、ランカが絡んでいる以上、あえて逆らっても無駄なことは重々承知している。フォッカーは呆れつつ、自分がベルガ・ダラスを引き受けることにした。

 ドレルがVF-1Sを狙って発砲するが、当たり前のように回避される。ガウォークからバトロイドに変形させつつ、フォッカーが発射したミサイルの一発が、ベルガ・ダラスの傷んだ腕を吹き飛ばした。

 

「く……!」

 

 ドレルも、このバルキリー相手に分が悪いことを自覚せずにはいられなかった。

 ビギナ・ギナも体勢を立て直し、空中に飛来する。さらに、アキトとガイのエステバリスが迫っていた。

 

「ここまでか!」

 

 撤退する、と部下に言いかけて、ドレルはやめた。

 最後の一機が、F91の攻撃で撃破されたのを目の当たりにしたからだ。

 ドレルは単機でフォッカーたちの攻撃を振り切り、脱出していった。

 アルトはそれを確認すると、バルキリーから飛び降りるようにして、シェリルとランカに駆け寄っていった。

 

「どこにも怪我はないか!?」

「私とランカは、ね。よく頑張ったわね。アルト」

 

 シェリルはアルトに駆け寄ると、その首根っこに抱きついた。

 

「うわ!……ランカたちの前だろ」

「こんなサービス、滅多にしないんだからね」

 

 ランカはその様子を眺めて、複雑な表情を浮かべている。

 

「それにしても」アキトが言った。「あんた、絶対敵の動き読んでただろ。ひょっとして、噂に聞くニュータイプってやつか?」

「いや、このF91の能力に、ずいぶん助けられているだけだ。俺の母親が、この機体を開発したんだ」

「もしかして、お前の母親ってサナリィのモニカ=アノーか?」

 

 オズマが尋ねた。

 

「母をご存じなんですか!?」

「サナリィの近くの研究所で、俺たちもテストパイロットをしてたからな。お互い、研究所からテスト機をかっぱらってきた訳だ」

「もう少し穏当な物言いはないんですか、隊長」

 

 アルトが、ようやくシェリルから解放されてやってきた。

 

「ところで、さっきの円盤は何だったんだろうな?」

「聞こえてたわよ。あれって、あんたの兄貴が作ったやつなんでしょ?」

 

 シェリルが、セシリーを睨みつけていた。

 

「……兄は父の指示で動いていたにすぎません。あれを作ったのは、私の父カロッゾ=ロナです。今回の騒動は、バグの実験です」

「実験!? これだけの被害出しておいて!」

「私も知ったのは、つい先ほどです。私は、とても父の企てに加担できませんでした。父をあんなにしてしまったのは、祖父の思想がどこか独りよがりだったからだと思います。もう、ロナ家ともクロスボーンとも、縁を切ると決めました」

「……そう」

 

 シェリルも、それ以上セシリーを責め立てるつもりはなくしたようだった。

 

「とにかく、シェリルさんたちやそこの姫様にはマクロスに来てもらおう。怪我人もいるし、グローバル艦長たちと善後策を練る必要がある」

 

 フォッカーは、続いてオズマたちを振り返った。

 

「お前らもだぞ。もう、研究所はとても使い物にならんだろう。かっぱらってきた機体ごと、ロンド・ベルに引き取ってもらえ」

「まあ、そうなるか。所属がどうとかは、上の人間に任せておくか」

「あの、俺もですか?」

「シーブックとか言ったな。お前の腕がズバ抜けているのは、今の戦いだけでも分かった。ロンド・ベルでも、充分トップエースを狙えるだろう。お前の母親も、生きてさえいればマクロスに収容してもらえるはずだ。それに」

 

 フォッカーは、意味ありげにセシリーを見た。

 

「彼女を放っておけんだろう? 彼女を守れるのは、お前しかいない。そういうことだろう?」

「……そういう言い方、恥ずかしいんですけど」

「照れるな照れるな! 男は惚れた女を守ってナンボだ!」

 

 フォッカーに肩を叩かれてよろめくシーブックを眺めながらアルトは、

 

(俺と、似たような境遇ってわけか……)

 

 何となく、親近感を感じていた。

 



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第8話 歌は文化、文化は愛

 モニターには、病院のベッドの上で、包帯だらけになって寝ているエルモが映っていた。

 

『すいませんミュンさん……シェリルとランカを頼みます』

「分かってるわ。あなたは早く怪我を治しなさい。そうしたら二人は返すから」

 

 ミュンは、何度も礼を述べるエルモとの会話を終えて、シェリルとランカ、そして自分の元のタレントたちに見せていたモニターを消した。

 

「聞いての通りよ。シェリル=ノームとランカ=リー、あなたたちはエルモさんが退院するまで、アップル・プロジェクトにレンタル移籍となります」

 

 二人は、小さく頷いた。

 ミレーヌは大きく伸びをしながら、

 

「あ~あ、よりによって何でシェリルと一緒に……。テンション下がるな~」

「いいじゃない。アップル・プロジェクト活性化のまたとない機会よ」

 

 涼しい顔で、シェリルはテーブルの上の菓子に手を伸ばした。

 

「不幸中の幸いっていうか、これであなたとのセッションが現実味を帯びてきたわね? バサラ」

「なんかあんたの思い通りに進んだようで気に入らないけどな」

「まったくよ! どうでもいいけど太るわよ。ガツガツお菓子食べてるけど」

 

 呆れ顔のミレーヌ。

 

「だーいじょうぶ。私、食べても太らない体質だしー」

「腸とかに何かいるんじゃないの? サナダ虫とかギョウ虫とかV型感染症とか」

「あ・り・ま・せ・ん!! それはランカが主演やったTVドラマの設定でしょ!」

「あ、そうだミレーヌ」

 

 話題に登ったランカが、口を開いた。

 

「私のぬいぐるみコレクション一体あげようか? ドラマで作ったバキュラぬいぐるみ大」

「あ、あれ……? あのー、アイ君ならまだいいんだけど……」

「それともバキュラぬいぐるみ小の方がいい? 置き場所に困らないし。あれかわいいのよー」

「困るのは置き場所じゃなくってねー」

 

 たまりかねて、シェリルが口を挟んだ。

 

「あんな悪趣味なぬいぐるみ欲しがるのはあんただけだっての!」

「そういえば前に見た、TVのロケの爬虫類動物園で楽しそうだったよな」

「以前飼ってたトカゲちゃんにも、バサラって名前つけてたんですよー。目つきの悪さが、じゃなくて、その、鋭さがよく似てて。とってもかわいかったんですよ」

「どうリアクションしろっていうんだよっ!」

 

 ひとしきり、一同の間で笑いが起きた。

 

「……ところでリン=ミンメイ。あなた元気ないわね?」

 

 シェリルに問いかけられたが、ミンメイは何も答えない。

 

「やめてよ。今はミンメイさんちょっと、その」

「大体のことは知ってるわ。例の一条中尉のことでしょう?」

「やめてって言ってるでしょ!」

「今、大事な話してるのよ黙ってて!!」

 

 ミレーヌを一喝すると、シェリルは再びミンメイに向き直った。

 

「……あなた、何のために歌ってるの?」

「……私……」

「私はフロンティアⅣの惨状を目の当たりにしてきたの。大勢の人が死んだり怪我したり。マクロスで彼らを移送中なのは知ってるでしょう?」

 

 ミンメイは、小さく頷いた。

 

「それをやった連中が何て言ったと思う? バグとかを使えば、心が痛まず大勢の人間を間引きできるって。あいつら人の心を失ってるわ」

「……」

「奴らに言わせれば、私たちは下品な歌で大勢を踊らせて金儲けしてる俗物だそうよ」

「そんな……!」

 

 ミンメイが、顔色を変えた。

 

「侮辱するにもほどがあるわ。私はそんなつもりで歌ってきてないつもりよ。確かにナンバーワンになりたいけど、人の心を引きつけて、幸せになってもらいたい。それが大前提。皮肉にもあいつらが思い出させてくれた」

 

(……私だって……)

 

 ミンメイは、自分が歌手になった時のことを思い出していた。

 フォールド航行の不具合で、冥王星の軌道までマクロスが飛ばされ、通常航行で地球まで戻らなければならなかったその頃。彼女は歌手デビューを果たした。

 多くの人々が、地球までの航行の不安を抱え、それを肌で感じていたミンメイは、自分の歌で人々を励まそうと努め、それを成し遂げた。

 歌の力を、もっとも強く体感してきたのは、ミンメイ自身だった。

 

「恋に悩むのは女として当然。だけど、私たちはこんな戦乱の時代に歌う歌手でしょう?酷かもしれないけど、落ち込んでる場合じゃないの」

 

 ミンメイに身を乗り出すように、シェリルは続けた。

 

「私たちも戦わなきゃいけないのよ。歌手のやり方でね。そうしなきゃ、人の心を失った、あんな奴らが大勢できてしまう……」

 

 ミュンは、感じ入ったように、大きく頷いた。

 

「『歌は文化、文化は愛。歌には愛がなければならない』。エルモさんの教えが身に染みるわね。やっぱりあの人は、すばらしいプロデューサーよ。私は認めるわ」

 

 シェリルとランカが、微笑んだ。

 

「……あなたの言う通りね。ありがとうシェリル。もう一度考え直してみる」

「そう……ね。そうした方がいいわ」

「ただ……もう少し時間をちょうだい。私は、必ず歌に戻ってくるつもりだから……」

 

 ミンメイの表情が、先ほどとは明らかに違うのは、誰もが見て取っていた。

 

「ミュン=ファン=ローン」

 

 シェリルの矛先が、そちらに向けられた。

 

「あなたも、身につまされてるんじゃないの? かつてあなたは、バーチャルアイドル【シャロン=アップル】の歌の部分を担当していた」

「……そう。シャロンの姿はCGだけど、歌は私が歌っていた。事の次第は、もうかなり流布しているから、みんなも知っているわね?」

 

 アップル・プロジェクトの全員が頷いていた。

 

「あの、どういうことなんですか? 私はその頃小さかったし、よく分からないんですけど」

「そうね、ランカは知らなくても不思議はないわね」

 

 ミュンは、ため息をついた。

 

「シャロンは、単なるバーチャルアイドルじゃなかった。早い話、当時の地球統合軍が行っていた、歌を利用した洗脳技術の実験プロジェクトだったのよ」

「洗脳……!」

「人工知能のシステムが暴走して、一時は軍の中枢コンピューターを乗っ取りかけた。一つ間違えれば、全人類がシャロンに支配されるところだった。私は……音楽を、人間をコントロールするための道具として悪用する、そんな目論見の片棒を担がされていた……!」

 

 ミュンが、己の顔を両手で塞いだ。

 血を吐くような懺悔を、シェリルはじっと聞いていた。

 

「……だから、今のあなたは、普通の音楽プロデューサーに転身したんでしょ?」

「そう……私は、音楽に対して、罪を償わなければならない。音楽は、人々を幸福にするものでなければならないのよ。ただの一介のプロデューサーでしかないけれど、そんな音楽を、世界に広めたい……」

「それは、ここにいる全員が分かってることよ。だけどミュン、あなた自身が、シャロンを乗り越えるべきじゃないの?」

「……何が言いたいの?」

「もう一度、歌いなさいよってことよ。あなた自身の姿でね」

「え!? ……私にそんな資格は」

「人工知能なんかに頼ることなく、あなたが自分の歌を歌うことで、人々を感動させられればいいことじゃない? 正直言うとね、あなたのことを知ってから、あなたがそれをしないことに苛々してたのよ。シャロン復活を期待してる人って、結構多いみたいだし」

 

 ミュンは、にじんだ涙をぬぐいながら、

 

「シェリル。あなたがプロデューサーをやった方がいいのかもしれないわね?」

「冗談! そんな面倒くさい仕事はごめんよ。で、どうなのよ?」

「……少し考えさせて」

「もう、二人揃って時間がかかるわね」

 

 傍らでバサラは、いてもたってもいられない、という様子で頭を引っ掻いた。

 

「ミュンさんよ。例のアレ、まだ完成しねえのかよ?」

「え? 今、最終調整に入ってるところ。次のコンサートの隠しダマとして、ファイヤーボンバーみんなの分を準備してるところよ」

「俺の分だけでもいい! 急いで仕上げてくれ。どうせクロスボーンとやりあうんだろ? 手遅れはごめんだ」

「バサラ! あなたまさか」

「今の話で、俺も完全に火がついちまった。俺たちの歌をバカにする連中に、とっくりと思い知らせてやるぜ……!」

 

 バサラの盛り上がりを前に、ミュンは内心で困惑していた。

 

(今のバサラは止めるに止められないわ……リリーナ代表からのお話もあるし、私自身も宿題を抱えてるのに。厄介ごとを増やしてくれるわね……)

 

 

 

 

 

 

 マクロスの一室でセシリーと向かい合ったのは、高貴な雰囲気を持つ少女だった。

 

「わたくしはサンクキングダム・コロニー代表を務めます、リリーナ=ピースクラフトです。こちらはボディガードのヒイロ=ユイです」

「……よろしく頼む」

 

 座るリリーナの斜め後ろに立つ、無表情な少年が軽く会釈した。

 

「よく来てくれました、ベラ=ロナさん……ああセシリー=フェアチャイルドさんでしたわね」

「お名前は存じ上げています。このたびは、コロニー共和連合代表に就任おめでとうございます。ですが、亡命中の私に、どういうお話なのですか? グローバル艦長との会談の席をお邪魔するだけになると思いますが」

「いや、今後のロンド・ベルは各方面との折衝が重要だからな。君たちの意見も聞きたいとのリリーナ代表のご意向だ」

 

 セシリーの隣に座っているグローバルが口添えした。

 リリーナが、本題を切り出した。

 

「わたくしたちコロニー共和連合は、地球圏のあらゆる組織・団体との対話を通じ、地球圏が一丸となって異星からの侵略を防ぐことを目指しています」

「ジオンやクロスボーンともですか? 当事者だった立場から申し上げますと、支配を熱望し、武力を躊躇なく行使する彼らとはその余地はないかと」

「もちろん、武力のみで恐怖政治を行う方々には、考えを改めていただくか、それが無理なら、指導者の椅子を降りていただくしかありません。対話を行うテーブル作りからやる必要があります」

「コロニー共和連合としては、ザフトという軍隊を要するプラントをどうにかしたいと? あそこは、あなたがたと対立するコロニーの筆頭でしょう」

「プラントを叩き潰してしまえというのは極論と考えています。わたくしはプラントとの対話を放棄してはいません」

 

 揺るぎなく語るリリーナを、セシリーはじっと見つめた。

 

「プラントはジオンから技術や資源の供与を受けている、はっきり言えばジオンの属国ですよ。ジオンを無視して対話するとは思えませんが」

「そう決め付けるのはどうでしょう? プラントにも、ジオンのやり口に反感を抱く人たちがいるとも聞きます。フロンティアⅠについても同様です。現に、ロナ家の姫君であったあなたはこうしてここにおられ、わたくしと対話しています」

 

 セシリーは少し考えると、再び口を開いた。

 

「プラントはともかく、ジオンはギレン=ザビの影響力があまりにも大きく、クロスボーンはイデオロギーに凝り固まっている組織です。たとえば、クロスボーンにただ私が呼びかけても、さほど効果が期待できません」

「セシリーさん、あまり話の先回りをされても困ります。わたくしのアイデアは、少し趣向が違います」

「と言いますと?」

「そう……多くの人の耳目を引くようなイベント。その中で、問題の組織のみならず、地球圏全体にわたくしたちのメッセージを伝えるのです」

 

 リリーナの話しぶりは、自信に満ちあふれていた。

 

「組織の枠を超えて、地球圏の世論をわたくしたちの味方につけるのです。そうすれば、破壊的な組織など支持を失い、立ち枯れていきます」

「……そんなイベントが開けますか? 単なるプロパガンタでは、始終さまざまな主張が飛び交っていて、みんな慣れっこになっていますよ」

「政治や軍事関連のイベントではありません。このマクロスという艦の特殊性。そして、わたくしには切り札があります」

「切り札? 何ですかそれは」

「今は水面下で進めている話です。じきに、面白いお話ができると思いますわ。いずれ、あなたにも一役お願いすると思います」

「ただ、現実問題としてクロスボーンは軍事的に討たねばなりません。それも早急に」

 

 グローバルが釘を刺した。

 

「承知していますわ。バグなどという非人道的な兵器を作り出す組織は存在してほしくありません。それでは失礼しますわ。行きましょう、ヒイロ」

「了解した」

 

 部屋を出ていくリリーナの背中を見送りながら、セシリーは思った。

 

(リリーナ=ピースクラフト。私と変わらない若さで、スケールの大きな構想を持てる。政治家としての才能には恵まれているわ)

 

 そのリリーナは、廊下を歩きながら考えていた。

 

(セシリー=フェアチャイルド……すばらしい逸材ですわ。彼女にはいずれ、わたくしの相談相手になっていただかなくては)

 



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第9話 戦場に咲く毒華

「キシリア殿! いつまでロンド・ベルを捨て置くおつもりか」

 

 テーブルを叩きかねないハイネルの焦れた物言いに、キシリアは沈黙を守っていた。

 

「星の屑作戦の失敗以来、ロンド・ベルの増長ぶりは甚だしい! この前も、クロスボーンが作戦行動を妨害されたというではありませんか」

「我々ジオンは、クロスボーンとは何の関係もありません。あの者達が壊滅しようが、どうでもよいことです。所詮はコロニー一基の反乱組織に過ぎませんし」

「とはいえ、地球連邦の敵対勢力であるのは同じ。真綿で首を締められているようなものだ」

「それではどうしろと? たかが一部隊に、ジオンの総力を叩きつけろとでも? それこそ物笑いの種になる」

「知らないわけでもないでしょう? ロンド・ベルは、コロニー共和連合と手を組んだ」

「それで?」

「コロニー共和連合を叩き潰してしまえばいいのです。ロンド・ベルとティターンズは、お互いを無視している。奴らは宇宙で孤立する」

「コロニー共和連合については、ザフトに任せてあります。そこまでおっしゃるなら、ザフトに助力されてはいかが?」

「……仲介していただけるなら」

 

(勝手にしろと言わんばかりか。我らボアザンを侮っているのか)

 

 ハイネルは、内心の憤りをどうにか飲み込んだ。

 

「こちらからも応援部隊を出しましょう。それでよろしいか?」

「お気遣い感謝する」

 

(どうせ申し訳程度だろう。手柄の独り占めはさせないということか。女狐め!)

 

 ハイネルが部屋から立ち去っていき、キシリアが一息つくと、手元の通信機から呼び出し音が鳴った。

 

『ドズル様より通信です。おつなぎしますか?』

 

 部下からの問いかけに、キシリアはわずかに眉根を寄せたものの、通信を命じた。

 

『姉貴! ハイネルめが押しかけてきたそうだな? 何と言ってきたんだ?』

「ロンド・ベルを叩き潰さないのかと、うるさく言ってきたよ。さんざん煮え湯を飲まされたボルテスⅤがいるからこだわるのだろうがな」

『それで? 何と返事を?』

「コロニー共和連合を叩いて奴らを孤立させたいというので、ザフトに仲介することにした。勝手にやらせるさ」

『この際、ロンド・ベルもコロニー共和連合も、一気に叩き潰した方がよくはないか? デラーズの無念を晴らしてやりたい』

「ドズル、お前までそんなことを言うのか?」

 

 キシリアは、教え諭すように言った。

 

「たかが独立部隊のロンド・ベルなど、どうでもいいのだよ。我らの最大の敵は何だ?」

『分かっている。ティターンズだ』

「そういうことだ。ティターンズは今や、事実上連邦軍を支配している。奴らが宇宙で本拠としているア=バオア=クーの奪回。我らはそこにこそ力を注ぐべき。サイド3に近いあそこをティターンズごときがいつまでも占拠していては、我らの面子に関わる」

 

 ドズルは少し黙り込むと、意を決したように尋ねた。

 

『……姉貴。いつまで隠しておく気だ?』

「今はとても無理だな。ヨーロッパを維持した上で、ジオンが制宙権を確固たるものにしなければ」

『DCが極東からヨーロッパに手を伸ばそうとしているし、北米戦線ではメタトロンが障壁になりつつある。時間がかかりそうだぞ』

「分かっている。地上はハマーンに一任してある。あやつは地球に執心しているし、己のためにも簡単には引き下がらんだろうさ」

『む、あれの能力は認めるが……とにかく、噂だけでも疑心暗鬼を生んで、致命傷になりかねん。前にも言ったが、穏当な形で発表するべきじゃないか?』

「例の機密に関しては、知っているのは私とお前、そして死んだデラーズとあの男だけ。そうやすやすとは漏れないはず」

『そろそろ、兄貴に演説でもしてもらうか? ずっと沈黙しているのもどうかと思うが』

「それもそうか。草案はこちらでまとめておくとしよう」

 

 通信が切れると、キシリアは目を光らせた。

 

(ドズルの言うことももっともだ……秘密が漏れる前に、同盟軍をまとめてティターンズを叩き潰さないとな)

 

 

 

 

 

 

 シン=アスカは、クルーゼに詰め寄っていた。

 

「隊長! 何ですかあの連中は! ジオンの援軍はともかく、ミケーネ連合だのクロスボーンだの!」

「不服かね?」

「俺たちザフトだけでも、サンクキングダムくらい落とせます! 非武装のコロニーなんて、攻め潰してくれって言ってるようなもんだ」

「君は、サンクキングダムに恨みでもあるのか?」

 

 側にいたアスランは、クルーゼはむしろシンの言い草を楽しんでいるかのように感じていた。

 

「俺の生まれ故郷のオーブは、十三ヶ月戦争の時に中立を標榜してました。結局は戦争に巻き込まれて、俺の家族は全滅したんだ……! 戦うべき時に戦わない、そんな奴らに何が守れるんですか。そんなに戦いが嫌なら、せめて俺たちプラントの邪魔をするなと言いたいんですよ!」

「それは君の言うことが正しいと私は思うね。だが、忘れてはいけないことがある。サンクキングダム自体は確かに非武装のコロニーだが、今ではコロニー共和連合の盟主であるということだ」

「……」

「コロニー共和連合の所有しているガンダムに、我々ザフトは何度か煮え湯を飲まされている。その上、ロンド・ベルも後ろ盾につこうとしているのだからな」

「ですが隊長」

 

 アスランが割って入った。

 

「サンクキングダムは、あくまでも盟主にすぎないでしょう? あそこを叩いても、別のコロニーが代わるだけかと」

「いや。あそこを統括するリリーナ=ピースクラフト、その父親はコロニー共和連合の生みの親なのだよ。本人もまだ未成年だが、政治家としての才能があるらしく、声望を集めている」

「……そのリリーナを拿捕するなり、何なりすれば、コロニー共和連合の動きを封じられると?」

「さすがに君は分かっているようだな。アスラン」

「ですが」

 

 アスランは、最も気になっている部分を掘り下げにかかった。

 

「ジオンがそれほど、今回の一件に力を入れているようには思えません。援軍は戦艦一隻だけとは」

「その代わり、他の組織の軍勢にも声をかけてくれている」

「ミケーネ連合はジオンの同盟相手ですから分かりますが、クロスボーンはプラントと、これまで関わりがなかったと思いますが」

「これから関わりを作っていくという考えもある。ただ、今回はボアザンのハイネル司令官が発起人らしくてな。彼の人脈でクロスボーンを引っ張ってきたらしい」

「それでは、我々は今回は、そのハイネル司令官の指示の下で動けと?」

「形の上ではそうだ。ミケーネ連合はジオンと同等の同盟者だからな。我らとは立場が違うということだ。まあ、実際の戦闘になれば、臨機応変に行動することになるだろうさ」

 

(つまりは、寄せ集めの軍団に過ぎないということか……。ジオンは、結局己の利益のためにプラントを使い倒すことしか頭にない。プラントは、このままジオンを頼っていてもいいのか?)

 

 

 

 

 

 

 ボアザン軍の旗艦スカールークは、進行していくサンクキングダム侵攻軍の中心にいた。

 

「ハイネル様。間もなく到着いたします」

 

 腹心のカザリーンはそう報告した。

 ハイネルは返事もせず、モニター上の遊軍の様子を眺めていた。

 

(ジオンやプラントはともかく、気になるのはあのクロスボーンとやらだ。ベガ星人め、ミケーネ連合に内緒で、あのような奴らと気脈を通じていたとは。大体ベガ星人は、独断専行があまりにも多すぎる。次の会議で、問題にしてくれるわ)

 

「あと3分で、攻撃可能空域に入りま……」

 

 カザリーンが言いかけた時。

 モニターの一角に映っていた、ジオンの戦艦が突然、爆煙をあげた。

 

「何が起こった!?」

「敵襲です! 左舷方向より、ジオン戦艦に対する砲撃が」

 

 報告が終わらないうちに、モニター上の戦艦が大きく爆発を起こし、大破した。

 その爆発が消えるその時、ハイネルは目を見張った。

 

「ボルテスV! 出てきたか」

「リリーナ代表に手は出させないぞ、ハイネル!」

 

 健一が見得を切った。その周囲には、グレンダイザーやダイターン3、他の機体もいる。

 ロンド・ベルの襲来に、他の軍団も驚いていた。

 

「父上! これはどういうことでしょうか。待ち伏せされていたとしか思えません!」

『私にも分からん。応戦するしかあるまい』

 

 同じ戦艦にいるはずなのに、声だけで姿を見せない父親に、ドレルは微かに苛立ちを覚えた。

 

「ザビーネ! 迎撃だ。私も出る!」

「は!」

 

 ドレルのベルガ・ダラス、ザビーネのベルガ・ギロスを中心として、クロスボーンのモビルスーツが飛び出した。他の軍団も、次々と迎撃部隊を吐き出している。

 前衛に位置する、ボルテスVらスーパーロボットに、クロスボーン各機からビームライフルが放たれた。次々と、狙い違わず命中していく。

 

「他愛のない……む!?」

 

 ドレルは目を見開いた。

 少なからず被弾を受けたスーパーロボットたちは、ただの一体も落ちていない。

 

「ブライカノン! シュートッ!」

「超電磁、ゴマァッ!」

「反重力ストーム!」

「ダンターン、ザンバー!」

「断・空・剣!」

 

 繰り出される反撃は、機動性に欠けるため命中率は悪いものの、当たればよくて半壊、一撃で大破するものも出る破壊力だ。各軍団の迎撃部隊の足が、そこで止まった。

 

「一斉射撃、行くぞ! しっかり狙え! 前衛の仲間を見殺しにするな!」

 

 フォッカーの合図と共に、モビルスーツやバルキリーなどの後衛が次々と砲撃を繰り出す。敵の数が、みるみる減じられていった。

 

「!? 待て、一機でどうする気だ!」

 

 シーブックが、自分の隣にいたダギ・イルスが飛び出すのに気づいて叫んだ。

 しかし、ダギ・イルスはそのまま敵中に突撃する。狙いは、ザビーネのベルガ・ギロスだった。

 

「お前だけは! あたしの手でやるんだっ!」

「アンナマリーか。そうか、貴様が奴らを手引きしたというわけか」

 

 冷徹極まる声音で、ザビーネは応じた。

 

「そんなことをして何になる? 事が済めば、用済み扱いされるだけだ」

「それはお前も同じだろう!? ベラを手づるにロナ家に取り入ろうとして、あたしをコケにした男が!」

「そういうことか。くだらんな」

「一緒に死ねぇっ!!」

 

 ダギ・イルスの突撃を軽くかわし、素早く身を翻したベルガ・ギロスの砲撃は、装甲ごとアンナマリーを撃ち抜いていた。

 ザビーネは、何の感慨も持たず、次の敵を探し始めた。

 一方、ドレルはどうにかスーパーロボットの攻撃をくぐり抜け、後衛への攻撃を伺っていた。

 

「援護の奴らをどうにか黙らせれば、スーパーロボットどもは時間さえかければ倒せる」

 

 そのベルガ・ダラスを狙うバルキリーが一機。

 

「フロンティアⅣでは、好き勝手やってくれたな! お前だけは許さない!」

「あの時のバルキリーとやらか。変形戦闘機で、私を倒せると思うのか」

「思うとも! やってみせる!」

 

 アルトが、ベルガ・ダラスを照準に入れた、その時だった。

 その照準のすぐ前に、回り込んできた赤いバルキリーがいた。

 

「何だ!? 誰だ!? 邪魔するな!」

「悪いな。こいつは俺と、ファイヤーバルキリーの初陣の獲物と決めたんだ」

「え? まさかその声……熱気バサラか!?」

 

 アルトが意表を突かれて攻撃の手を止めている間にも、バサラはバルキリーをベルガ・ダラスに接近させた。

 

「おいド腐れ野郎! こないだは、シェリルが世話になったらしいな。この熱気バサラが、一発お見舞いしてやるぜ!」

「あの下劣な女の仲間か。汚らわしい、消えろ」

 

 ドレルは、無造作にヘビーマシンガンを連射した。

 が。

 絶妙な機体コントロールで、その攻撃を全くかすらせもしない。

 

「素人の動きじゃない! あいつ、あんな操縦ができたのか!」

 

 アルトも驚いている。

 華麗ともいえる動きで、バサラのファイヤーバルキリーがベルガ・ダラスに迫る。

 

「捉えたぜ。これが俺の戦い方だ。貴族野郎、俺の歌を聴けぇ!!」

 

 ファイヤーバルキリーは、ドレルに回避を許さず、攻撃を命中させた。

 が、爆発も何も起こらない。何が起きたか分からないドレルが、一瞬戸惑った。

 バサラは、コックピットで操縦桿も握らずに抱えていたギターを激しく掻き鳴らし、高らかに歌い始めた。

 その演奏は、ベルガ・ダラスに撃ち込まれたスピーカーポッドを通し、コックピットのドレルの鼓膜を直撃した。

 

「な、何だ!? 歌!?」

 

 全くの予想外の事態と、普段あまり聞き慣れないロックミュージックに、ドレルは混乱するだけだった。

 

「脳が……掻き回される……」

「へへん。まずはワンコーラスだ。どうだ俺の歌のすばらしさが分かったか?」

「だ……黙れ、こんなものに、誰が……」

 

 言葉とは裏腹に、ドレルは目を白黒させている。

 

「ほう、なかなかしぶといな? なら2番を楽しみやがれ!」

「もうたくさんだ! やめてくれー!」

 

 ドレルは戦意喪失して、戦線から逃げ出していった。

 ファイヤーバルキリーは機首を返し、ナデシコに近づいていった。

 

『シェリル!』

 

 ナデシコのブリッジのモニターに、バサラの得意満面の顔が映し出された。

 

「無理矢理、ここにいろとか言うから何かと思えば! こういうことだったわけ?」

『そっちにも音声流してたから聴いてただろ? お前の仇はとってやったぜ!』

「……あんた、ほんっとにバカでしょ。でも、ありがとう。少し胸がすっとしたわ」

 

 少し、シェリルの目が潤んでいた。

 

『まぁ、これで歌のすばらしさが分かっただろうぜ。俺の歌で歓声上げてたからな』

「あれって悲鳴じゃない? ミュンさんに何をねだってるかと思ったら、そんなバルキリー特注させて!」

『ファイヤーボンバー全員の機体も、直にロールアウトするぜ。それじゃ俺は、もうひと演奏やってくるぜ!』

 

 また戦線に戻っていくファイヤーバルキリーを、シェリルは微笑みを浮かべて眺めていた。

 その間にも、ロンド・ベルは敵機を次々と落としていく。

 

「ええい、守護神ゴードルで私が出る!」

 

 カザリーンが止めるのも聞かず、ハイネルはブリッジから出ていった。

 

「クルーゼ隊長! ハイネル司令官が出撃するそうです」

「……面倒なことを。司令官を守ることまで、考えねばならないとはな」

「え? 隊長! 今度は、クロスボーンの戦艦から……正体不明の機体が出てきました!」

「正体不明?」

 

 そちらにモニターを切り替えたクルーゼは、なぜアスランがそんな表現をするのか、理解できた。

 現れてきたのは、禍々しい印象を受ける、巨大な花のような機体だった。

 

「モビルアーマーか! それなら俺が!」

 

 コウが、GP-03デンドロビウムのメガ粒子砲を放った。

 が、その機体に当たるかと見えた時、ビームが拡散されてしまう。ダメージを与えた様子がない。

 

「Iフィールド! デンドロビウムと同じか」

「ふはは……! ラフレシアにビームは通用せん」

 

 哄笑したその声に、セシリーが反応した。

 

「お父様!? いえ、カロッゾ=ロナ!」

「そこにいたか。父の意志に逆らう悪い子だ! なぜ私を受け入れない?」

「機械を分かる必要はない!!」

 

 ビギナ・ギナが、ビームサーベルを抜くと、ラフレシアに接近していった。

 が。

 ラフレシアの花弁の下から、触手のようなものが数多く伸びていくと、ビギナ・ギナを捉えようとする。

 何とか避けようとするセシリーだったが、その足に触手が巻き付いた。

 振りほどこうとするビギナ・ギナに、さらに何本もの触手が伸びる。

 その時、触手が巨大なビームサーベルに、まとめて斬り飛ばされた。ビギナ・ギナがその場を離脱する。

 

「大丈夫か、セシリー!」

「コウさん! 助かりました」

 

 ラフレシアが、その全身に備え付けられたメガ粒子砲を乱射し始めた。旋回するGP-03にも流れ弾が当たるが、Iフィールドで無効化される。

 その様子は、守護神ゴードルで出たばかりのハイネルにも見て取れた。

 

「クロスボーンめ、切り札を出してきたか! でかしたぞ!」

 

 ゴードルは、戦場を無視してサンクキングダムに向かっていった。ロンド・ベルの注目がラフレシアに集まっている隙をつけると考えたのだ。

 だが、その場の全員が、ラフレシアだけを見ていたわけではなかった。

 

「ハイネル! そうはさせん!」

 

 健一が、その後を追いかけ始めた。

 

「これは僥倖! 我々も行くぞ」

「了解! ボルテスVも動いているようですし」

「速攻でサンクキングダムを落とせば、こちらの勝ちだ!」

 

 クルーゼのシグーに、アスランのイージスガンダム、シンのインパルスが続いた。

 

「健一君、無茶だ!」

 

 デュークが叫ぶが、その眼前にベガ獣グラグラが回り込んでくる。

 

「おっと、お前の相手はこっちだ! 行かせんぞ、グレンダイザー!」

「く……!」

 

 他の機体も、残存している敵に足を止められたり、ラフレシアと交戦を始めていたりで、それ以上サンクキングダムに向かえない。

 ドラグナーやバルキリーが、Iフィールドでも通用する実弾を撃ち込むが、触手に阻まれて本体まで届かない。

 

「触手の数が多すぎるんだよ! くそったれが!」

 

 ケーンが悪態をつく。

 

「だったらよ、ちっと趣向を変えてやるか!」

 

 バサラが、味方全機へと通信チャンネルを切り替えると、演奏を始めた。

 今度は、聞く者の心を高揚させる熱い曲。

 それを聞きながら、コウはふと、星の屑作戦の時のことを思い出していた。ガトーとの出会いと悔しさ。観覧式直後の相打ちとなった戦い。コロニー落としの時の激闘。

 そして、ニナとの一連の出来事。

 ようやっと、ニナはコウの前で、以前の笑顔を取り戻すようになってきていた。

 

「あの時の経験を、無駄にするつもりはない! 突貫する!!」

 

 コウが、捨て身でデンドロビウムを加速させた。

 ビームの雨霰をことごとく弾きながら、ラフレシアに一直線。

 巨大なメガ粒子砲の砲身が、ラフレシアに突き込まれた。

 そのままゼロ距離射撃。

 さすがのラフレシアが、大きく揺らいだ。

 

「まだだ! うおぉぉぉーっ!!」

 

 コウがすかさず、スラスターを最大まで出力をあげた。

 まるで巨体の肩口をぶつけるように、ラフレシアの4倍はあろうかというデンドロビウムが体当たりした。

 猛烈な勢いで、デンドロビウムはラフレシアを押し込んでいく。

 その先にいたのは、クロスボーンの戦艦。

 ラフレシアが、戦艦の側面に激しく叩きつけられた。その花弁が、戦艦に深く突き刺さる。コウも、カロッゾも、その衝撃にかろうじて耐えた。

 

「な……何だ貴様!? デタラメなことを」

「伊達にガトーと渡り合ったわけじゃない! なめるな!!」

「だ、だが、ラフレシアはまだ動ける!」

 

 触手が、ラフレシアに密着したままのデンドロビウムにまとわりつく。そのうちの数本が、デンドロビウムの中央にあるガンダムの頭部にも伸びようとする。

 コウは、咄嗟にデンドロビウムからステイメンを抜け出させた。ビームサーベルを

抜き出し、触手を切り払うと、身を翻して脱出を図る。

 なおも、触手がステイメンを追いかける。

 そこに割って入ったのは、F91だった。ビームサーベルが、伸びる触手を次々と切り落とす。

 

「すまない、シーブック!」

「セシリーを救ってくれた返礼をします! 後は任せてください」

 

 F91が、戦艦に突き刺さったままのラフレシアへと間合いを詰めた。ラフレシアは、戦艦が爆発すれば巻き込まれるため、放射するビームの数は激減していた。

 

「援護する!」

 

 グレンダイザーが、グラグラの隙をついて、ショルダーブーメランをラフレシア目がけて放った。F91に伸びかけた触手が切り落とされる。

 F91が、ついにラフレシアに肉薄した。至近距離から、ヴェスバーが撃ち込まれる。Iフィールドすら貫き、強力なビームがラフレシアを穿った。

 カロッゾが怯んだ。触手の動きが鈍り、ビームも一瞬全て消えた。

 ビギナ・ギナが、再びビームサーベルを構えた。

 

「やめろ!」

 

 ダンクーガが、その行く手を遮った。

 

「なぜ! ロナ家は、私の手で」

「お前が親殺しになることはねえ。俺がやる。きっちり引導渡してやる……!」

 

 忍のいつになく静かな声音に、セシリーは素直に退いていた。

 

「愛の力にて、悪しき空間を断つ……! 名付けて、断空光牙剣!!」

 

 ダンクーガは、断空剣を構えた。その切っ先から、光線が放たれる。

 

「やぁって、やるぜぇぇぇっ!!」

 

 忍の裂帛と共に、ダンクーガが断空剣を振り下ろす。光線が刃と化して、ラフレシアを戦艦ごと両断した。

 ラフレシアから、爆発が巻き起こった。戦艦もそれに巻き込まれて、ラフレシアのいた所からへし折られるように、大破していった。

 

「悪かったな。憎んでくれてもいいんだぜ……」

「いいえ。きっと、父の悪念ごと斬ってくれたんだと思います。ありがとう……」

 

 セシリーは、涙を堪えながら微笑んだ。

 かろうじて脱出したベルガ・ダラスの中で、ドレルは身を震わせていた。

 

「な、何ということを……ベラ、貴様ぁーっ!!」

 

 ドレルは怒号をあげ、ビギナ・ギナに突撃しようとした。

 が、それをアルトは見逃していなかった。

 

「もうお前の出る幕じゃない! 失せろ!!」

 

 VS-25Fから撃ち出されたビーム機関砲が、ベルガ・ダラスを的確に撃ち抜いていく。

 ベルガ・ダラスは、側を通り過ぎていったVS-25Fの後方で、弾けるように砕けていった。

 

「手の空いた者は、サンクキングダムに向かえ! リリーナ代表を守れ!」

 

 フォッカーが叫んだ。彼自身は、この場で残った敵部隊をくい止めるつもりだった。

 



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第10話 守護者たち

 サンクキングダムの政庁を兼ねた屋敷を、二機のガンダムが守っていた。

 

「……来る! 何だ、あのロボットは」

「ボアザン星人の、守護神ゴードルだ。おそらくは、ハイネル司令官自身が操っている」

 

 ガンダムヘビーアームズの中で、トロワ=バートンは平静な声で答えた。

 

「そのすぐ側に、モビルスーツ三機。うち二機はガンダムタイプ。ザフト軍のものなら、お前は知っているのではないか? キラ=ヤマト」

「知っている……」

 

 キラは、フリーダムの中で、その姿を確認していた。

 

「クルーゼのシグーに、アスランのイージスガンダム。それと……インパルス! シン=アスカも加わっているのか」

「手強いか?」

「誰一人とっても、簡単には勝てない。ヒイロが加わればともかく……」

「いない人間の話など意味がない。奴には、別の役割がある。分かっているはずだ」

「……そうだな、すまない。僕たち二人で、ここを守り抜かなければ!」

 

 キラは、迫り来る守護神ゴードルらを、じっと見据えていた。

 その二機の姿を見たアスランが、顔色を変えた。

 

「あれは……フリーダム! キラだ! サンクキングダムに来ていたとは」

「フリーダムを奪っていった奴が、よくも俺たちの前に出られたもんだな!」

 

 二人の言葉を耳にしながら、クルーゼは薄く笑った。

 

「隣にいるのは、例のコロニー共和連合のガンダムだな。どうやらキラ=ヤマトは、奴らと気脈を通じているようだ。だが、いくらキラ=ヤマトといえども、我々三人を同時に相手取って勝てるかな?」

 

 そしてクルーゼは、ゴードルを見やった。

 

「ハイネル司令官! 我々があのガンダムを殲滅しましょう。リリーナはあなたにお任せします」

「うむ。忌々しいガンダムどもを、いちいち相手になどしてはおれん。政庁ごと、そやつを紅蓮の炎で焼き尽くしてくれるわ」

 

 両者の間合いが、詰まっていく。

 そして、双方が相手を射程に入れた。

 次の瞬間、4機のガンダムが、激しくビームを撃ち始めた。

 流れ弾が政庁に当たらないよう、フリーダムはシールドで極力受け止める。

 

「涙ぐましいな、キラ=ヤマト!」

 

 クルーゼは銃撃戦に加わらず、空中に飛翔した。

 眼下に、政庁がある。クルーゼは照準をそこに合わせた。

 それに気づいたトロワが、砲火をそちらに集中させた。クルーゼはあっさり断念して位置を変える。火線の薄くなった分、アスランとシンの攻撃は苛烈さを増す。

 ヘビーアームズが被弾し、ぐらついた。それでも、トロワはシグーへの砲撃をやめない。

 そして、ゴードルがついに政庁に接近した。

 

「焼かれて落ちるがよい!」

 

 炎が、守護神ゴードルの口から放たれた。

 

「させない!!」

 

 フリーダムが、炎の前に飛び込んだ。

 猛烈な熱気が、フリーダムを炙る。キラの眼前のモニターに、警告表示が次々と並んだ。

 

「ほう、そこまでするか。敵ながら天晴れ! だが、次の炎は耐えられまい。それとも後ろを見捨てて逃げ出すか! 好きな方を選ぶがよい!」

「……逃げない!! 最後まで守り抜く! 僕はそう決めたんだ!!」

 

 キラが、フリーダムを仁王立ちさせる。

 クスィフィアスレール砲が、すぐ目の前のゴードルに狙いをつけた。これで確実に倒せるとは、キラも思っていない。ただ、戦いを放棄するつもりはなかった。

 

「惜しい。貴様のような奴が、味方であれば。しかしこれまでだ!」

 

 ゴードルが、炎を吐こうとしているのを、キラはトリガーに手をかけたまま見据えていた。

 突然、ゴードルの背中に爆発が起こった。

 大きくよろめくゴードルに、フリーダムの砲撃が浴びせられる。キラの予想通り、それでもゴードルは持ちこたえた。

 

「!?」

 

 ハイネルは、背後でその腕を砲身として構えているボルテスVを見た。

 

「現れおったか! おのれ、ことごとく邪魔を!」

「それ以上はやらせない! そこのガンダム、加勢する!」

 

 それを見てとったクルーゼは、方向を変えてボルテスVに向かった。

 

「死に体のそこの二機は、シンだけでいいだろう。アスラン、ボルテスVは我々でやるぞ」

「了解!」

 

 正直、キラをなぶり殺すことに嫌悪感を覚えていたアスランは、内心ほっとして向きを変えた。

 シグーの砲撃に足が止まったボルテスVだが、

 

「ボルテスバズーカ!」

 

 反撃を試みるが、シグーは楽々と回避する。

 続いて、モビルアーマー形態となったイージスガンダムが、四本の爪からのビームサーベルでボルテスVを斬りつけた。

 さらに、ゴードルの炎がボルテスVに叩きつけられる。

 

「どうやら助太刀にもならなかったようだな。 ……む!?」

 

 クルーゼは、レーダーに反応を見つけた。

 VF-01Jを先頭に、F91とD-1が続いて、接近しようとしていた。

 

「また貴様か! ここまでの因縁になるとは思わなかったよ」

「それはこっちの台詞だ!」

 

 輝が、砲撃をシグー目がけて放った。

 

「それじゃ、俺はそっちの赤い奴だ! おい、俺のこと忘れてないだろうな!?」

「できれば忘れていたかったくらいだ!」

 

 イージスガンダムがモビルスーツ形態に変形し、D-1に標的を変更した。

 政庁を背にしないよう、回り込みながら放たれるD-1のレールガン。それを避けつつ、ビームライフルでの応戦を始める。

 

「くそっ! 新手か!」

 

 一方、インパルスのシンは、迫り来るF91にビームライフルを放った。

 が、F91はそれをあっさりと回避する。

 さらに撃ち出されるビームも、かすりもしない。

 

「この! この! 落ちろよ!!」

 

 シンは、回避の方向を先読みしながらビームを乱射した。

 そのうちの一発が、F91を撃ち抜いた。

 が、次の瞬間、そのF91の姿が消え失せたのだ。その時には、F91は別の位置にいた。

 

「これは! 質量を持つ、残像だっていうのか!?」

 

 目まぐるしく動くF91は、その姿を次々と空中に現しては、陽炎のように消していく。必死の形相のシンがそれを撃ち抜くが、残像しか命中を許さない。

 キラは、援護に行こうとした出足が一瞬止まり、その姿を驚きを持って見つめていた。

 

「あのシンが! 全く当てられない!? あのパイロットは何者なんだ!?」

「なんとぉーっ!!」

 

 シーブックが、吠えた。

 間合いを詰めたF91のビームサーベルが、インパルスを斬りつけた。

 ビームライフルを持った腕が、地面に落ちる。

 シンは、愕然としていた。

 

「な……何だと!? こいつ……!」

「聞くんだ」

 

 シーブックは、我知らずシンに語りかけていた。

 

「ガンダムは、人をなぶり殺す道具じゃないはずだ! そんな方法でなければ、理想の世界を築けないのか?」

「だ……黙れ!! 俺の何が分かるっていうんだ! 戦場にも出ないで、人を守れるとか思い上がってるやつらに、思い知らせてやるんだ!」

「戦場に出るだけが、戦いじゃない」

「何……!?」

 

 一方、D-1とイージスガンダムは、なおも激しく戦っていた。互いの砲撃をかいくぐり、肉薄して斬り合いを始める。

 そこに、我に返ったキラが、フリーダムで割って入ってこうとする。

 

「何だお前!? 機体が傷んでるくせに、横入りするんじゃねえ!」

「僕がやります! このアスランとは、僕がケジメをつけなければならない」

 

 キラの言葉に、ケーンは一瞬黙った。

 

「そういうことか。仕方ねえ、譲ってやる! 決着つけな」

「すみません!」

 

 D-1が下がり、フリーダムが入れ替わる。

 

「アスラン、君はプラントが今のままでいいと本当に思うのか!?」

「!」

「コロニー落としに核攻撃、無関係の人を大勢巻き込むジオンについていくのが、プラントのためだと本気で思ってるのか!?」

「それでは俺たちコーディネーターは、いつまでも日陰者なのか! 世界を変革する必要があるんだ! お前もコーディネーターなら理解してくれるはずだ」

「ジオン主導の変革など、世界を歪めるだけだ! コーディネーターが生きる道は、他にもあるはず! ラクスはそう言っている!」

 

 ラクスの名前がキラの口から出た時、アスランは一瞬絶句した。

 

「やはり、ラクスはお前が連れだしたのか! 俺の元からラクスを奪っていくのか!」

「今の僕には、これしかできないんだ。許してくれとは言わない。僕とラクスは自分の信じる道を行く!」

 

 その時。

 大きな鈍い音が、政庁から響いた。

 

「しまった!」

 

 健一が青ざめていた。

 揉み合っているうちに、ゴードルを政庁に押し倒してしまったのだ。

 

「ぐう……」

 

 呻くハイネルの視界に、ヒイロに庇われたリリーナが見えた。倒れ込んだ衝撃で政庁の一部が崩れ、壁が壊れて中が見えたのだ。

 

「そこにいたか! かくなる上は!」

 

 ハイネルは、肌身離さず持ち歩いている短剣を手にすると、ゴードルから出た。

 その様子を見た健一は、

 

「ボルテスで止めれば、中の人間を巻き込む! みんな、いったんボルトオフだ! 俺が行く」

 

 そっと、腰の銃を確認した。

 ハイネルは、傾きかけて開きにくくなった扉を、何度も蹴りつけた。

 

「この! この! 開け!」

 

 執拗に蹴りつけていた扉が、根負けしたように、勢いよく開かれた。

 その部屋の奥で、ヒイロが二人の少女を守って立ち塞がっていた。

 

「そこをどけ! ……と言っても、聞くとは思えんな。今日は、骨のある敵が多い」

 

 ヒイロは、無言でその言葉を受け止める。

 ハイネルは、気合いと共に、ヒイロに斬りかかった。

 ガチィッ!

 ヒイロが手にしたガラス製の灰皿が、短剣を受け止めた。灰皿が割れ、ヒイロの手が切れて血が流れる。

 そのまま、ガラスの破片をヒイロはハイネルに投げつけた。一緒に飛んだ血が、顔をかばったハイネルの服を汚す。

 すかさず踏み込み、ヒイロは蹴りをハイネルに放った。狙いは短剣を持った腕。

 短剣が跳ね飛ばされ、床に転がった。

 

「お、おのれ!」

 

 ハイネルが、短剣の方へと駆け寄る。

 健一が、銃を片手に部屋に飛び込んできたのは、その時だった。

 

「動くな! 撃つぞ!」

 

 健一はハイネルを牽制しながら、短剣を拾い上げた。

 その短剣をふと見た健一は、声をあげた。

 

「この紋章! この短剣、俺が父さんから渡されていたものと、全く同じ……」

「何!?」

「刻まれてる文字の形まで、全く同じだ! どうしてお前がこれを」

 

 健一がそう言いかけた時、政庁に流れ弾が当たり、大きく揺らいだ。

 ハイネルは身を翻すと、開け放たれた扉から逃げ出していった。

 

「ま、待て!」

 

 健一は銃を構えたが、なぜか撃てなかった。

 ハイネルはゴードルに乗り込むと、政庁から立ち上がらせ、その場から飛び上がった。そのまま、政庁から一目散に離れていく。

 

「逃げ出した!? 何をやって」

 

 言いかけたクルーゼのシグーに、輝の放ったミサイルが直撃した。

 大破こそしなかったが、少なくないダメージを負う。

 

「くっ、もはやこれまでか! アスラン、シン、離脱するぞ!」

 

 二人とも、苦いものを堪えながら眼前の敵をどうにか振り切り、クルーゼの後を追っていった。

 

「どうやら、持ちこたえたようだな」

「大丈夫か、お前? ずいぶんくらってたようだけどよ」

 

 トロワに、ケーンが声をかけた。

 

「問題ない。俺のことより、政庁の中を心配しろ。リリーナ=ピースクラフトと、ラクス=クラインがいる」

「ラクス……って! プラントの歌姫とかいうあれか!」

「今、その二人を死なせるわけにはいかない。二人をマクロスまで送り届けてくれ。本来、そういう計画だった」

 

 その場に、フリーダムとF91、それにVF-01Jが次々と降り立ってきた。

 

「よう! 大丈夫かお前? えーと何て名前だったっけ」

 

 コックピットを開けたケーンが、フリーダムに声をかけた。

 他の面々も、乗機を降りていく。

 

「僕はキラ=ヤマト。さっきはありがとう」

「いいってことよ。ところで、お前はコロニー共和連合のパイロットなのか?」

「いや。こっちのトロワはそうだけど、僕は違う。元は、連邦宇宙軍の兵士だった」

「元は?」

「説明が、必要ですわね」

 

 その声に、ケーンはそちらを振り向いた。

 政庁の外に、ヒイロとリリーナ、健一、それに声の主らしき、ピンク色の髪をした少女がいた。

 その姿は、さすがにケーンも見覚えがあった。

 

「ラクス=クライン! お前がそうなのか」

「はい。わたくしは、プラントを出奔いたしました。キラは捕虜になっていたのですが、わたくしは彼に、ザフトの新型モビルスーツであるフリーダムを与え、共に脱出したのです。その後は、こちらのリリーナ代表に匿っていただきました」

 

 リリーナが、後ろで頷いた。

 

「誤解のないように言っておきます。ラクスさんは、単なる気まぐれや思いつきで出奔したわけではありません。彼女は、プラントの未来を思い、そのために行動したのです。皆さんに、お願いしたいことがあります」

 

 全員が、リリーナの次の台詞を待った。

 

「ラクスさんとわたくしを、マクロスまで連れて行っていただきたいのです。当初からその予定でした。いささか時期が早まりましたが、これも巡り合わせでしょう」

「ラクス=クラインが、マクロスに……!」

 

 輝が、生唾を飲み込んだ。

 

「それと、ヒイロもわたくしと同行します。彼はわたくしを守らなければなりませんから。ええ、先ほどのように!」

「分かっている。俺はボディガードだ。だから、がっしりと腕を掴むのはやめてくれ」

「では、柔らかく腕を絡めますわ」

 

 その場の一同全員、リリーナがヒイロに対してどういう感情を抱いているか、嫌でも理解できた。ラクスが、ちらちらとキラを見ている。

 

「ウイングガンダムゼロで、俺もロンド・ベルに加わる。このトロワも同じだ」

「そうか。仲間が増えるのは結構なことだな。ところでキラ、お前も来るのか? なかなかの腕みたいだしな。まさか、シーブックみたいにニュータイプとか言わないだろうな?」

 

 ケーンの言葉に、キラはすぐ側にいたシーブックを見つめた。

 

「ニュータイプ! 君がそうなのか……。なら、あの動きも納得できる。僕はニュータイプにはなれそうにない。僕は、コーディネーターだから」

「コーディネーター!?」

 

 その言葉に、今度はシーブックがキラを見つめる。

 

「聞いたことがある。プラントで生み出されたかいう」

「遺伝子操作で生み出された、優勢人種。そんなふうに、取りざたされた時期もありましたわ。わたくしも、コーディネーターの一人ですけど」

 

 ラクスが、やや自嘲じみた声音で言った。

 

「残念ながら、過去の技術になりつつありますわ。人類の革新としては、ニュータイプ進化論の方が現在では優勢ですから」

「平均して高い能力を持つけど、飛びぬけた天才が出ないというのが定説だよ。コーディネーターがニュータイプに覚醒した例は一つもない」

「そんなこと、どうでもいいじゃないか! 守りたい人を守り抜ければ、それでいい。違うか?」

 

 アルトは、フォッカーがシーブックにかけた言葉を思い出していた。

 

「そのラクスを、最後まで守りたいんだろう? 俺にも、そんな奴がいるんだ。お前もロンド・ベルに来いよ」

「……! 実は、こちらからお願いしようと思っていたんだ。つくづく思うんだ。戦争を止めたい、平和な未来を作りたいと。だけど、どうすればいいのか分からなくて。ロンド・ベルの活動を見て、賭けてみたいと思った」

「なら話は早い。未来とやらを、一緒に作ろうぜ! 俺はアルト。早乙女アルトだ」

「ありがとう、アルト……!」

 

 キラは、アルトの差し出してきた手を握った。

 



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第11話 未来への希望

『黙っていないで、何とか言ったらどうなのだ! グローバル艦長!』

 

 ゴーグルで目を隠した、黒を基調とした連邦軍の制服を着た男が、モニターで言い募っていた。

 

『もう一度言うぞ。我がティターンズに、プラントのラクス=クラインを引き渡せ』

「……おっしゃる意味が、よく分かりかねます。バスク大佐」

 

 グローバルは、表情一つ変えずにそう言った。

 

「当艦マクロスには、そのような人物は入艦しておりません。そもそも、なぜ当艦にそのラクスという人物がいると断言されるのですか?」

『そ……そうした風評が、流れている!』

「噂にすぎないというわけですか。実のところ、私もプラントの歌姫の名前くらいは知っていますが、彼女がプラントを出たという話は聞いたことがありません」

 

 グローバルの隣にいたマックスが、端末に目を落としながら補足した。

 

「今、調べてみましたが、彼女は先日からプラント内でコンサートをして回っているようですが?」

『それは、どうせ替え玉とかだろう!』

「確証がおありなのですか?」

『む……』

「分かりました! それでは我々も、本当にラクス嬢が当艦にいるか確認します。ただ、いたとしても偽物という可能性もあります。真偽を充分に精査してからご報告いたします。おかしな報告をしては、ティターンズ最高司令官たるジャミトフ閣下に申し訳が立ちませんから」

『……極力早く、調査結果を報告するように!』

 

 一方的に、バスクは通信を切ってきた。

 

「……マクシミリアン。あんなことを確約していいのか?」

「ただの時間稼ぎですよ。【マクロス・コンサート】が開催されれば、ティターンズもそうそう彼女に手は出せません」

 

 にっこりと、マックスは笑った。

 

 

 

 

 

 

「チケット? 何とか取れたわよ。と言っても、二枚だけだから、くじ引きしてね。入場できるのは、私とアンナの二人だけ」

 

 リンダが、マクロスのブリーフィングルームで、一同を前にそう言った。

 別に会議というわけではなく、手の空いている面々が集まって雑談をしている。

 

「ネット購入だけど、倍率が本当にすごかったの。今世紀最高のプラチナチケットだって、みんな言ってるわ」

 

 アンナがその隣で、笑顔を見せている。

 リンダとアンナは、マクロスの給仕スタッフとして働いていた。本来はブリーフィングルームまで入れる権限はないのだが、彼女たちについてはグローバルもマックスも、作戦会議中以外は黙認している。

 

「そりゃそうだろう。ミンメイとシェリルのジョイントってだけでもすごいのに、ラクス=クラインも加わるんだからな。ファイヤーボンバーとランカもだしな」

「ラクスの出演はシークレットってことになってるのに、噂がずいぶん流れてる。ティターンズが聞きつけて、ちょっかいをかけてるみたいだけど……」

「グローバル艦長がティターンズにそうそう屈するとは思えない。心配いらないさ」

 

 シーブックとキラの会話を、イサムがにやにや笑いながら聞いていた。

 

「あと、もう一つ隠し球があるんだな。シャロン=アップルが復活する。それも素顔でな」

 

 その台詞に、特に年齢の高い者が強く反応した。フォッカーもその一人だ。

 

「ということは! イサム、ガルド」

「ああ。ミュンがOKした」

「ミュンも、自分の過去を乗り越える覚悟をしたということだ」

「そうか……。本当に、伝説的なコンサートになるな、これは」

 

 フォッカーは、感慨深そうだ。

 

「プラントからほとんど出ないラクスが、その豪華メンバーと競演すれば注目度はバツグンだ。そこでラクスはジオンの行動を批判する。そういう筋書きだろう? キラ」

「はい。プラントは親ジオンのザラ派の勢いが強いけど、世論を穏健派のクライン派の味方につけられれば、プラントの方針に影響を与えられるかもしれない。そこまでいかなくても、プラント一丸となってジオン支援とはいかなくなる可能性はある。親ジオンの急先鋒プラントがジオンから距離を置けば、他の親ジオンや中立派のコロニーも連鎖反応を起こすかもしれない。そういうことです」

「ドミノ理論というやつだな」

 

 アイザックも頷いている。

 

「反連邦組織をつないでいるのは、やはりジオンだからな。ジオンが求心力を失えば、それらの連携は一気に弱くなり、分断されていく。それにグローバル艦長がいつも言ってる地球人類の融和、そして文化の大切さをアピールできる絶好の機会だ」

「そういうことだ。これがリリーナ=ピースクラフトの選んだ戦い方さ。彼女は、このコンサートを命がけで成功させるつもりなんだ」

 

 万丈は、その場の全員を見回した。

 

「これは、単なる音楽コンサートじゃない。人類の未来がかかった、極めて重要な作戦だ。諸勢力からの妨害が予想されるが、それを撥ね除け、必ず成功させねばならない。やるぞ、みんな!」

 

 おう! というかけ声が、申し合わせたわけでもないのに、全員からあがった。

 リンダとアンナは、顔を見合わせて微笑み合った。

 

 

 

 

 

 

『みんな、ラクスは元気で~す! ザフトの皆さんも、今日も世界のために戦ってます。それじゃゴキケンに一曲いきますね~』

 

 モニターに映し出されているラクスを、当のラクスが冷ややかに見据えていた。

 

「……わたくしの影武者がプラントに必要なのは分かります。わたくしの名前や顔を使いたいなら、好きになされば結構です。ですが!」

 

 ラクスが、眉根を寄せた。

 

「これは、いくら何でもあんまりですわ。わたくし、こういうノリでステージに出たことなど、ただの一度もありません! キャラクターまでいじらなくても、よろしいではありませんか?」

「まあ……二次創作には、よくありがちだよね。創り手側の事情とかいろいろさ……」

「ミレーヌさん、歯切れが悪くありませんか? 誰を庇っていらっしゃるのですか?」

「その辺りは、こだわりすぎると話が進まないわよ。それより、ちょっとこいつの歌を聴いてやろうじゃない」

 

 シェリルに促されて、ラクスは不承不承という風情でモニターに視線を戻した。

 その横で、ミンメイがじっと、ラクスの影武者の歌を聴いていた。

 

「歌はうまいわ。振り付けもそっくり。だけど……これは違う。上っ面を真似てるだけだわ」

「あなたもそう思う?」

 

 ミュンも同調した。

 

「何となく彼女を見聞きしてるだけの人は騙せるだろうけど、思い入れのあるファンや、私たちプロは騙せないわ」

「人の名前で人の歌を歌って、自分のハートを伝えられるもんかよ。自分の歌を歌いたいだろうな。可哀相にな」

 

 バサラが、珍しくしみじみと言った。

 

「……わたくしも、ある意味で似たようなものでしたわ」

 

 ラクスが、ぽつりと呟いた。

 

「わたくしは、プラントの利益に沿うような活動をしなければなりませんでした。わたくしも一人のシンガーです。本当は……自分の表現したいものを自由にやってみたかった。プラントのために、それを押し殺してきました」

「だけど今、プラントの方針はあなたの望む方向から外れている。そうね?」

 

 ミュンの問いかけに、ラクスは小さく頷いた。

 

「もう、何のために歌っているのか、分からなくなってきていたのです。そんな折に、リリーナさんから言われました。『未来への希望のためにこそ、歌うべきです』と。だから……わたくしは、プラントを出ることを決めました。プラントの未来、そしてわたくし自身の未来を切り開くために」

 

 そんなラクスの肩に、ミンメイが触れた。

 

「気持ちは分かるわ。私も、マクロスが冥王星に飛ばされた時に、乗ってた民間の人たちの不安をそらすために軍から活動を規制されたもの」

「……知っていますわ」

「だけど思ったの。マクロスにいる人たちは今、心の支えが必要なんだって。それに私がなれるならなろう、って。軍のために歌っているわけじゃない、歌を聴いてくれる人たちのために、心の平穏を届けたい、そう思ってた」

 

 ラクスは、ミンメイをじっと見つめた。

 

「……やはりあなたは、わたくしが目標としてきたリン=ミンメイなのですね。わたくしは、あなたのようになりたかった」

 

 ラクスは、一枚の紙を差し出した。

 

「これをさしあげます。プラントから、厭戦的と言われてボツにされた曲です。今のわたくしより、あなたが歌う方がふさわしいと思います」

「これは、歌詞……?」

「わたくしが書きました。わたくしからの、せめてものお礼と思っていただければ幸いです」

 

 ミンメイは、軽く息をついた。

 

「お礼を言うのは、私の方みたい。あの頃を思い出したら、つかえてたものが取れたような気がするわ。これは使わせてもらうわ。ありがとう」

 

 ぱん、と、シェリルが手を叩いた。

 

「どうやら振り切ったみたいね。よかったわ。あなたが迷ったままだと、ジョイントコンサートの張り合いがないものね」

 

 ミンメイが微笑み、ラクスは不思議そうに二人を交互に見た。

 

「あ、特別番組に切り替わりやがった。ギレンの野郎かよ、骨の髄まで無粋だな全く」

 

 バサラが、モニターを見やって舌打ちした。

 演説台にいるギレン=ザビが、大きなアクションで語っている。

 

『我が国民よ!今、愚劣なる連邦は今や死に瀕している……』

「なんかこのおっさんも、オーラがなくなったわね。以前はもう少し迫力があったのに」

 

 シェリルは辛辣に述べた。

 

「ジオンは地球でも旗色がよくないみたいだし、演説で勢いを盛り返したいんだろうけど」

「こいつも影武者なんじゃねえか? 本物はとっくに暗殺されてたりしてな」

「!?」

 

 バサラの軽口に、ラクスは思わず振り返った。

 

「ん、何だ?」

「い、いえ。何でもありませんわ」

 

(……まさか。さすがにそれはありませんわね)

 

 頭を振って、ラクスはその思いを振り払った。

 

 

 

 ちょうどその頃。

 ラクスたちのいる建物のエントランスに、一人の若い女性が立っていた。

 

「ここね。ラクスお姉ちゃんのいる所は」

 

 女性はバッグからカードを取り出すと、入口のスリットに滑り込ませた。

 その上にあった小型モニターに『ロザミア=バダム 入館承認』と表示された。

 自動ドアが開き、女性は中に入っていく。

 

「きっとこっちね。感覚で分かるんだから」

 

 女性は、エレベーターに乗り、迷うことなく目的の階のボタンを押した。

 エレベーターから降りると、彼女は廊下を進んでいく。

 その進む先にあった扉が、開かれた。

 

「ちょっと待て貴様。ここから先は、関係者以外立ち入り禁止だ」

 

 クラン=クランが、その前に立ち塞がった。

 

「私は関係者よ。ラクスお姉ちゃんの妹のロザミィ。通してちょうだい」

「ここにはラクスなどという者はいない。帰ってもらおう」

「嘘つかないで、子供のくせに! お姉ちゃんと一緒に帰るの!」

 

 クランを押しのけながら、ロザミアは先に進もうとした。

 が。

 その腕を、クランがしっかりと捕まえていた。

 

「私は子供じゃない! これでも十九歳だ。進むなって言ってるだろうが!」

 

 ロザミアは、大きく腕を振って、クランを廊下の奥に投げ飛ばした。

 突き当たりの壁に叩きつけられるクラン。

 が、クランは瞬時に起きあがり、ロザミアに駆け寄った。

 

「ミリア小隊のクラン=クランをなめるなっ!!」

 

 敏捷な動きの跳び蹴りが、ロザミアの脇腹に入った。

 が、ロザミアも顔色も変えずにクランの足をつかみ、体ごと高く持ち上げると、床に叩きつける。

 クランは頭をとっさにガードして守った。体を大きく捻り、ロザミアの腕を強引に引き剥がす。

 両者が後ろに飛んで、間合いを取った。

 

「今の蹴りを耐えるとは。貴様もゼントラーディか?」

「……? 何言ってるのか、よく分からないな。とにかく邪魔しないで!」

 

 じっと睨み合う二人。

 

「おい! 何があった!?」

 

 そこに駆けつけてきたのは、バサラであった。

 ロザミアが、その姿を見つけて、床を蹴った。

 小柄なクランの肩を掴み、飛び越えるようにバサラに迫る。

 

「お前も、お姉ちゃんを隠してるのか!」

 

 飛びかかるロザミアを、バサラは踊るようなターンで避けた。

 

「何だか分からねえが、俺の歌を聴きやがれ!」

 

 肌身離さず持ち歩いているギターを構え、激しく演奏を始めた。

 

「バサラ! そんなことやってる場合じゃ」

 

 クランが言いかけた時だった。

 ロザミアが、頭を抱えて、苦しそうに呻き始めたのだ。

 

「あ……ああ……私は一体何を……」

 

 なおも続くバサラの演奏。

 呆然と見ているクランの前で、突然ロザミアは立ち上がると、側にあったガラス窓を叩き割った。そこから身を乗り出し、外に飛び出す。

 クランが下を見下ろすと、ロザミアが着地して、逃げ出していくのが見えた。

 

「あの高さから、地球人でも飛び降りれるのだな……」

「いや、普通無理だぜ。お前みたいなゼントラーディなら、大丈夫かもしれねえけどよ」

 

 バサラの台詞に、クランは思わず振り返った。

 そこには、にやりと笑うバサラ。その背中には、ミリア市長の姿もあった。

 

「クラン=クラン? 久しぶりね。まだあなた、私を隊長だと思ってくれてるようね」

「え? え!? 一体……?」

「コンサートの打ち合わせに来てみたら、あなたが潜入役で入り込んでるなんてね。いろいろあって、ずいぶん歳も取ってしまったけど、私はブリタイ艦のミリア空士長よ」

「え!? 隊長!? あの、どうなってるのか、もう頭の中がゴチャゴチャで……」

「事情は奥で話します。だから、あなたもそちらの状況を説明しなさい。バサラ、あなたたちも同席しなさい。……ミレーヌ!」

「え!?」

「あなたの存在が、役に立つ時が来たわ。私とマックスの娘であるあなたの、ね」

 

 ミリアの強い眼差しを受けて、ミレーヌは息を飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 それから一週間後。

 マクロスのブリーフィングルームで、全員の注目を集めていたのは、クランとカムジン、二人のゼントラーディだった。もっとも、どちらも人間サイズとなっている。

 副艦長のマックスが、全員に宣言した。

 

「このたび、ロンド・ベルとゼントラーディ軍は同盟が成立した。ゼントラーディのブリタイ艦隊は、コロニー共和連合を防衛することとなった」

 

 ざわざわと、全員がざわめく。

 同席していたミリアが、発言した。

 

「事情を、彼らの口から説明させるべきでしょうね。カムジン師団長、クラン大尉」

「は、はい! 隊長!」

「クラン? 今はあなたが隊長でしょう? いつまでも昔と同じつもりでいないように」

「申し訳ありません……」

 

 しゅんとするクラン。

 クランの正体が露見したのを契機に、マックスとミリアは自分たちの正体を明かしていた。グローバルの同意を得て、クランをパイプ役として、ロンド・ベル独自でゼントラーディと交渉に当たっていたのである。

 今まで行方が知れなかったマックスが、実はマクロスの副艦長であったと知り、フォッカーはほっとするわ驚くわで、情緒不安定と見られがちであった。

 

「それじゃ、説明させてもらう。ゼントラーディ軍内では今、地球文化が静かなブームになってる。ゼントラーディの文化はあまりに殺伐として野暮ったい。そこで地球文化を取り入れることになったんだ」

「せっかく戦乱の時代になったことだし、俺たちの軍事力を売り込むことに決まったんだよ。文化の提供を受けることを条件にな」

「私もカムジン師団長も、文化研究生としてロンド・ベルに出向することになった。以降、よろしく頼む」

 

 以前、カムジンとやりあった経験のあるイサムとガルドが、複雑な表情を浮かべた。

 

「……まあいいか。そっちのカムジンはいいけどよ、こんなおちびちゃんで大丈夫かよ?」

「たまにいる遺伝子異常よ。マイクローン化するとチビスケになって性格も幼児化する。巨人の時の写真がこれよ」

 

 ミリアが渡した写真を覗き込んだ忍が、目を見開いた。

 

「げ!? すっげーダイナマイトバディ……」

「あたしはそこまで胸がなくて悪うございましたね!」

 

 肘鉄を沙羅が叩き込み、忍を悶絶させた。

 

「俺とクランは巨人化して出撃する。その方が性に合うからな。マイクローン化装置も持ち込んでいる」

「なら、俺の曲を聴きながら出撃しろよ! 戦果があがるぜ?」

 

 バサラがカムジンににじり寄った。

 

「もうとっくにそうしてるってんだよ。ファイヤーボンバーの曲くらいなら俺でも持ってる。歌ってる本人と一緒に出撃できるとは思ってなかったがな」

 

 さらりと述べるカムジンに、一同は驚く。

 もっとも、バサラは得意満面だ。

 

「へえ! ゼントラーディにも、俺の歌のすばらしさは分かるみたいだな。だけど、どうしてお前らが曲聞けるんだ?」

「ゼントラーディは、定期的に地球圏に潜入者を送り込んでるからな」

 

 さらにどよめきが大きくなるが、カムジンはお構いなしだ。

 

「元々は、先祖を同じくする地球人の動向を探るためだったんだが、地球文化にはまる奴もいてな。中には、地球人の女と子供作る奴までいたんだよ。こいつを見てくれ」

 

 カムジンはモニターの操作ボタンを押して、画像を出した。

 現れたのは、マイクを持ったエキセドルだった。

 何か、と訝しがる全員の見守る中、カリフラワー頭のエキセドルが歌い出した。それも、ミンメイのデビュー曲【私の彼はパイロット】。

 その歌声が、ブリーフィングルームに阿鼻叫喚をもたらした。

 

「な、何これ!? 音痴なのを通り越しておかしいよ!」

「ゼントラーディの音波兵器か!?」

「脳が溶ける~! 耳が腐る~!」

「うぐっ! ……きぼぢわるい~」

 

 ミリアも顔面蒼白になりながら、

 

「い、胃が……。どういうつもりだカムジン!! こんなものを流すとは!」

「悪い悪い。操作間違えた。だけどよ、ミリア、お前久しぶりだろ? 懐かしいだろ?」

「誰がだ! もう二度と聞かずにすむと思っていたのに!」

「俺たちブリタイ艦の乗員だけが聞かされるのは辛すぎるんでな。お前らにも聞かせようと思って用意してたやつだ。俺は【味方殺しのカムジン】様だぜ?」

「道連れにするな!!」

「ミリア、君、完全に素に戻ってるから。気持ちは分かるけど落ち着いて」

「やだ私ったらつい」

 

 マックスにたしなめられて、ミリアはようやく席に着いた。

 やがて、異様に警戒する一同を前に、カムジンは改めて画像を再生した。

 現れたのは、ベッドに横たわるエルモと、その傍らに立つ、マイクローン化したブリタイであった。

 

『それは……私が彼女に送ったロケット!』

『あなたが渡した検体。私の父親が、あなたであることは、間違いないということです……』

『私は、彼女が子をなしたことすら知らなかった……。すまなかった。さぞや、私を恨んでいることだろうな』

『いいえ。母は、亡くなる時も、あなたの名を呼んでいました。母が愛した人を、恨むなんて私にはできません』

 

 カムジンは、再生を止めた。

 

「ま、そういうこった。ブリタイ艦長も、昔は潜入やってた時期があるんだな。けっこういるんじゃねえか? ゼントラーディの血を引く奴ってのはよ」

「星系の垣根を超えた親子か……僕もそうだった」

 

 エイジがそう言った時、健一の肩が震えた。

 

「兄ちゃん……」

「今のおいどんたちには、少々辛か話じゃ……」

 

 健一の弟である、日吉と大次郎が、表情を曇らせた。

 

「お前らの親父がボアザン星人だったって、お袋さんから聞かされた一件か? 誰も気にしちゃいねえよ。今まで一緒に戦ってきた仲だろ?」

「だけど、親の故郷の人間と戦うのは悲しいことだよ。すまない、不用意なことを言って」

 

 忍とエイジが、口々に言った。

 

「いいんだ……。どちらにしても、俺は地球を愛している。地球を守るためにボアザンと戦うさ」

 

 会話を聞いていたカムジンが、肩を竦めた。

 

「地球人ってのはややこしいもん背負って戦うもんだな。俺は目の前に敵がいるから叩き潰すまでよ」

「お前はもう少し地球文化になじむべきだと思うがな。まあいい、その目の前の敵は何か?という話にしよう。我々も事態を把握しておきたい」

「そうだな。いったん状況を整理するか」

 

 クランが促し、万丈が後を引き取った。

 

「クロスボーンは、その軍勢のほとんどを失った。ジオンの傘下に入ることで、どうにかティターンズへの降伏だけは避けたようだが」

「じゃ、次はジオンとやり合うことになるってことか?」とコウ。

「いや。ジオンはティターンズとの抗争で我々どころじゃないようだな。ア・バオア・クー奪回を目指しているんだろう」

「ギガノスはどうなってるんだ? 奴ら、月のほとんどを制圧したとかいうじゃねえか」

 

 ケーンはやはり、そこが関心のあるところだ。

 

「今のところ、目立った動きはないな。ジオンと歩調を合わせるのは間違いないだろうが」

「あと、グラドスがいる。ル=カインは火星で足場を固めていたはずだけど、そろそろ動き出してもおかしくない」

「他の軍団と連携する可能性はないか? ボアザンやベガ星人がそのパターンだ」

 

 アイザックがエイジに尋ねた。

 

「いや。ル=カインはプライドの高い男だ。他の助けなど借りずとも、地球を落とせると思ってるだろう」

「その方が助かる。敵がバラバラであった方が対処しやすい」

「今、ここに攻め込んでくる可能性が一番高いのは」

 

 キラが、硬い表情で言い出した。

 

「やはりザフトだと思う。コンサート中継を妨害するためにね」

「させねえさ……! なあ?」

 

 共に、歌姫とつながりのあるキラとアルトが、目を合わせて頷き合った。

 

 



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第12話 グラドスVSティターンズ

『グローバル艦長!』

 

 ユリカが、いつになく強い口調で、マクロスに通信を送ってきた。

 

『ソロモンの救援に行くつもりなんですか!? 私は反対です!』

「ユリカ艦長。ティターンズを助けるのが気に入らないのかね?」

『当たり前です! ティターンズは、ラクスちゃんを引き渡せとか要求してるんですよ? 私、ラクスちゃんとはすっかりお友達になりましたから。私のお友達に手を出すような組織に、私は絶っっ対! 屈服もしませんし、手を差し伸べるつもりもありません!』

「……君の友誼はよく分かる。だがな」

 

 グローバルは、持て余した様子を見せていた。

 

「ソロモンに侵攻してきているのは、グラドス軍だ」

『どこが相手だろうと関係ありません! 大体私は、元からティターンズなんて大っ嫌いです! あんな横暴で非道な組織は、いっそ壊滅すれば……』

「ユリカ君!!」

 

 グローバルが、ユリカ以上に強い口調でその言葉を遮った。

 

「我々は、連邦宇宙軍に認可されている独立部隊なのだぞ。ティターンズもまた、地球連邦に属する組織だ。確かに、同意しかねる活動も見受けられるが、友軍には違いない。壊滅してしまえはなかろう?」

『……確かに、ちょっと言い過ぎたかもしれません。ですけど!』

「さらに言おう。グラドス星人もまた、地球侵略を狙う勢力だ。エイジ君が、どんな思いで地球に危機を知らせに来ているか、考えてみたまえ!」

『……』

「彼は、生まれ故郷に背いてまで、地球の危機を救いに来て、我々をレイズナーで助けてくれている。グラドスの侵攻に対して、指をくわえて眺めているなどというのは、彼の真心を踏みにじるのと同じ事だぞ」

 

 ユリカは、いつしか目を伏せていた。

 

「ユリカ君。ラクス嬢の身柄は、私が何としても守り抜く。同時に、宇宙からの無体な侵略を断固阻止する、そのために我々ロンド・ベルは存在しているのだ。この場合、君の友誼と、果たすべき使命は、決して両立しないものではないと私は考えている。今は、グラドスの侵攻をくい止めることを優先してくれ」

『……分かりました。ナデシコは、戦闘準備を整えつつ、マクロスと同行します』

 

 ユリカがうち沈んだ様子でモニターから消えるのを確認して、グローバルは一つ、ため息をついた。

 

「艦長」

 

 マックスが声をかけた。

 

「彼女は素直な性格ですし、とびきり優秀な艦長です。まだ若い彼女を育てていくのも、我々年輩者の役目ですよ」

「百も承知だ。ただ、正直、あの真っ直ぐさが少し羨ましくもある」

 

 グローバルは、ほんの少し、遠い目をしていた。

 

 

 

 

 

 

 宇宙要塞ソロモン。

 かつての十三ヶ月戦争の頃に、ジオンの手によって作り上げられたものである。アムロ=レイの操縦するガンダムも参加した激戦によって、司令官ドズル=ザビを撤退させた後は、統合軍所有となった。統合政府崩壊の後は、連邦軍が受け継ぎ、現在ではティターンズの宇宙での一大拠点となっている。

 そのソロモンにて、またも激戦が行われていた。

 

「地球人ごときの要塞など、赤子の手を捻るようなものだと思っていたが」

 

 白い甲冑のような衣装に身を包んだル=カインは、微笑みさえ浮かべて、戦況を母艦から眺めていた。

 

「どうやら、面白いものも少しはいるようだな。まるで野獣のような俊敏さ。ふふ……この星は刺激に満ちている!」

 

 その視界に捉えられていたのは、三機のモビルスーツだった。

 連係攻撃でグラドスのSPTを次々と撃墜し、劣勢を余儀なくされるティターンズ迎撃部隊の中で、唯一気を吐いていた。

 

「次から次へと、モビルスーツもどきが! ラムサス、ダンケル。どうやら他の連中は頼りにならん。気を抜くんじゃないぞ!」

 

 二人の部下たちの返答を耳にしながら、ヤザン=ゲーブルは口角を上げた。

 

「あれはモビルスーツ・ハンブラビですね。飛行形態への変形が可能で、遠近どちらの距離にも対応可能な武装があります」

 

 ル=カインの傍らにいた、眼鏡の青年が説明した。

 

「ロアン=デミトリッヒ。お前の知識は非常に参考になる。グラドスによる、速やかなる地球の進歩への貢献は、歴史に残るものとなるだろう」

「もったいないお言葉。私は、ル=カイン様のお役に立ちたいだけです」

 

 ロアンが頭を下げる前で、ル=カインは再びモニターに目をやった。

 

「……む? ゴステロめ、あやつを狙うか」

「野獣には野獣。ちょうどよろしいでしょう」

 

 SPTダルジャンの中で、ゴステロは高笑いをあげていた。

 

「ひゃははは! どけどけどけぃ! 貴様らもぶっ殺すぞぉぉ!」

 

 味方の機体に体当たりしかねない勢いで掻き分けながら、ハンビラビに突進してきた。

 

「殺す、殺す、そこの三角野郎! 俺は、人殺しがだぁい好きなんだぁぁぁ!!」

「ふん! 何だかキテレツな奴が来やがるな。だったら相手をしてやるよ!」

 

 ダルジャンの猛烈な連射を、強引な挙動で回避するハンブラビ。

 間合いを詰めると、ハンブラビの手元から【海ヘビ】と呼称されるロッドが伸び、ダルジャンに巻き付いた。そこから強力な電流がダルジャンに流し込まれる。

 

「うぉぉぉぉ! 脳がはちきれそうだぜぇぇぇ!!」

 

 ゴステロは喚きながら、ハンブラビを振り回すようにダルジャンを駆った。

 危うくダンケルの機体にぶつけられそうになり、ヤザンは急遽海ヘビを解いた。

 

「何だこいつは? 相当なイカレ野郎だな」

「へははは! 俺には分かるんだよぉ。お前も、敵を殺したくて仕方がないんだろう? 俺もそうなんだ。仲良くしようぜ? え?」

「一緒にするな! 反吐が出るんだよ、戦場を汚すんじゃねえ!!」

 

 ハンブラビが変形し、モビルアーマー形態をとった。

 高速でダルジャンに接近し、腕部クローで掴みかかる。

 これをギリギリで回避したダルジャンは、身を翻して肩口からレーザード・バスソーを抜き出した。

 だが狙ったのは、ヤザンではなく、ラムサスの機体。

 他のSPTを相手にしていたラムサスは回避が遅れ、背中から斬りつけられた。

 

「ラムサス!!」

「おっと間違えた! あははは!」

「この狂犬が……! どうも貴様だけは、この場で殺しておかないといけないらしいな?」

 

 ヤザンの目に、凶暴な光が宿った。

 その時ハンブラビが、戦闘空域に接近する多数の反応を感知した。

 

「……ロンド・ベルか! まさか、救援に来たんじゃないだろうな?」

 

 ヤザンの台詞に答えるように、マクロスとナデシコから、各機が飛び出してきた。

 猛烈な火線が、SPTをみるみる砕いていく。

 新手の中に、ル=カインは蒼い機体を見いだしていた。

 

「アルバトロ=ナル=エイジ=アスカか。いいだろう。私が出る価値はありそうだ」

 

 ル=カインはブリッジを出ると、金色に輝く愛機ザカールに乗り込んだ。

 宇宙を駆け抜ける金色のSPTに気づいたのは、デビッドであった。

 

「ル=カインが、出てきた!」

「何だそいつは?」

「グラドスの地球侵攻軍司令官だ……恐ろしく強い」

「面白え! いっちょ、当たってみるか」

 

 イサムは、YF-19を駆って、ザカールの前に飛び出した。

 

「そこの金ピカさんよ! 司令官なんだってな? ちっと相手してくれや!」

「分をわきまえぬ野蛮人が。推参であろう、下がれ!」

 

 ザカールのレーザードガンが、連射された。

 イサムお得意のアクロバット飛行が、これをすり抜ける。さらにガウォーク形態になりつつ、マイクロミサイルを振りまいた。

 ザカールは素早い挙動でこれを回避。機体を回転させつつ、目前を通り過ぎていくYF-19にさらにレーザーを浴びせた。そのうちの一撃が、YF-19を捉える。

 が、YF-19の機体に当たる前に、レーザーは弾かれて、ダメージを与えない。

 

「バリアを機体に張り巡らせているか。小賢しい!」

「この俺に当てた!?」

 

 イサムはバトロイド形態に変形させつつ、振り返る。

 その眼前に、すでにザカールが高速で迫っていた。クローアームが、YF-19を捉えようとする。

 間一髪、これをイサムは回避した。背中を冷や汗が流れるのが、感じられた。

 

「ほう、今のを避けるか。ただの小鳥ではなさそうだな! 気に入ったぞ」

 

 ザカールが、急に間合いを広げた。空いた空間を、ミサイルがすり抜ける。

 

「らしくないな、イサム!」

「るせぇ! 俺はスロースターターなんだよ!」

 

 援護したガルドに、イサムは怒鳴り返した。

 

「強がるな。確かにこいつは強い。二人でかかるぞ!」

「ち!」

 

 イサムとガルドは同時に発砲するが、ザカールは全てを回避しきった。

 

「む……小鳥も二匹となると、少し厄介か」

 

 さすがのル=カインも、余裕がなくなりつつあった。

 一方。

 エイジはザカールに向かおうとしていたが、邪魔が入っていた。

 

「エイジぃぃぃ! やっと見つけたぜ。今すぐ、コックピットから引きずり出してやる。血の沸騰する音を聞きながら死にやがれぇ!」

「ゴステロ! 相変わらずの外道だな!」

 

 半ばうんざりしながら、エイジはダルジャンに仕掛けていった。

 ダルジャンが、レーザーを撃ちながら距離を詰めていく。

 肩口のレーザード・バスソーが、レイズナーに迫った。

 これを、レイズナーはギリギリで回避した。

 

「へはは、惜しい! 次こそは、うぎゃあぁぁ!!」

 

 部下に押しつけたはずのハンブラビが、高速で飛来して、クローアームをダルジャンに叩きつけていた。

 

「あんな雑魚で足止めとは、ずいぶんナメられたもんだな俺も!」

「て、てめぇ! 邪魔するな! 俺はエイジと戦ってるんだ!」

「それがどうした。言ったはずだぜ? お前は絶対、ここで殺しておくってな! ダンケル、ラムサス、クモの巣だ!」

 

 ハンブラビ三機が三角形に位置し、互いにワイヤーを飛ばして、クモの巣状に展開する。

 そのワイヤーの巣を、ダルジャンにかぶせるようにぶつけると、三機同時に高圧電流を流し込んだ。

 さすがのゴステロも、この攻撃に悲鳴を上げる。

 

「ハイパーボイルだ! 黒焦げになりな!」

 

 ヤザンが、凶悪な笑みを浮かべていた。

 エイジは邪魔がなくなったことで、ル=カインに向かおうと、そちらを見た。

 ザカールが、YF-21に後ろから抱きつかれ、YF-19のピンポイントバリアパンチを受けようとしていた。

 その時。

 ザカールの機体が、真っ赤に燃えるように発光した。

 

「V-MAX!?」

 

 エイジが叫んでいた。

 ザカールは、YF-19とYF-21を同時に弾き飛ばす。そこから高速で弧を描き、両機を次々と体当たりで打った。

 そのまま、ロンド・ベルの各機が、予想しない体当たり攻撃に弾かれていく。

 ル=カインは、まだダルジャンを痛めつけていたハンブラビ三機にも、ぶち当たっていった。

 

「ぐ!? 何だ、この派手な野郎は……!」

 

 慌てて逃げ出すダルジャンを無視し、ヤザンは真っ赤に輝くザカールを見やった。

 

「アルバトロ=ナル=エイジ=アスカ。またも相まみえることができて嬉しいぞ。だが、貴様はレイズナーのV-MAXを、まだ使いこなせてはいるまい? このザカールの完成されたV-MAXに、立ち向かうことができるかな?」

「く……」

 

 エイジが小さく唸った。

 その様子を、ソロモンの司令室から眺めていたのは、ジャマイカンだった。

 

「ぬう、ロンド・ベルも不甲斐ない! ゲーツ=キャパに出撃指示を出せ」

「サイコガンダムMkⅡですか!? あれはまだ調整が」

「今使わずして、いつ使うのだ! このままでは、ア=バオア=クーに詰めておられるバスク大佐に顔向けできん! いいからやれ!」

 

 そして、ソロモンの発進口から、巨大なサイコロを思わせる、紫の物体が吐き出された。

 その側には、ゲーツ=キャパの乗り込むバウンド・ドッグがいた。

 

「ロザミア。お前の任務は、あの金色の機体と、敵の母艦の殲滅だ。ロンド・ベルには手は出すな。仮にも援軍だからな」

「分かってるよ、お兄ちゃん! あの光ってるのを……う……!?」

 

 サイコガンダムMkⅡのコックピットにいるロザミアは、その輝きに、封印されていた記憶を呼び起こされつつあった。

 かつて、コロニー落としを目の当たりにした精神的な大きな傷。強化人間として精神までいじられていた彼女にとって、それは耐え難いストレスとなっていた。

 

「どうした、ロザミア!?」

「う……うああーっ!! 空が、空が落ちてくるーっ!!」

 

 サイコガンダムMkⅡは、巨大なモビルスーツ形態に変形すると、拡散メガ粒子砲を辺り構わず乱射し始めた。

 

「落ち着け、ロザミア……!」

 

 ロザミアをコントロールしていたゲーツの制止も効果がない。逆に、メガ粒子砲を機体に受けてしまう。

 

「く、強化がうまくいかなかったか! ロザミアは、もうダメだな」

 

 どうにもしようがなく、ゲーツは逃げ出していった。

 ビームをやたらと放ち、グラドス軍にもロンド・ベル各機にも、自軍であるはずのティターンズの機体にまでも損害を与えながら、サイコガンダムMkⅡは、ザカールに迫っていった。

 

「何だこやつは! 暴走しているのか!?」

「お前が、空を落とすのか!! 消えろ!!」

 

 巨大な手が、ザカールに掴みかかる。ル=カインは、本能的にそれを回避していた。

 エイジは、側にいたヤザンに問いかけた。

 

「何ですか、あれは!?」

「ジャマイカンが隠し持っていたオモチャだ。人間をいじくった戦闘人形を乗っけてやがる。どうやら、制御に失敗したみたいだな。くだらねぇものを作るからだ!」

 

 ヤザンが吐き捨てた。

 

「制御できてないってことですか!? 止める方法はないんですか! このままだと、被害が増えるだけだ!」

「あれのコックピットは頭部のはずだ。そこを潰しちまえば、操り手のない人形は止まるだろうな」

「コックピットを潰す……って、殺すということですか!」

「言っただろう? 乗ってるのは、強化人間っていう戦闘人形さ!」

「……それでも! 僕は、できるならば殺したくはない!!」

「ずいぶん甘ちゃんだな。戦場でそんなこと言ってると、長生きできんぞ」

「僕は! ……ただ、納得したいだけです!」

 

 レイズナーは、サイコガンダムMkⅡへと飛来していった。

 

「アルバトロ=ナル=エイジ=アスカ! 貴様ごときで、この怪物に太刀打ちできると思うのか? 下がっていればいいものを!」

「やらなければ、大勢の人が巻き込まれる! 僕はやる!」

 

 レイズナーは、サイコガンダムMkⅡの頭部に迫ろうとした。

 

「私に触れるな!」

 

 ロザミアは、レイズナーの動きを読み、サイコガンダムMkⅡの手を伸ばさせた。

 その巨大な右手が、レイズナーの脇を捉え、握りこむ。そのまま潰そうとする圧力が、機体にかかり始めた。

 

「やるしかない……! レイ、V-MAX発動!」

『レディ』

 

 その瞬間。

 レイズナーの全身を、ザカール同様に光が包んだ。こちらは、蒼い輝き。

 サイコガンダムMkⅡはその手を振り払われ、レイズナーを解放した。

 

「お前も空を落とすのか!?」

 

 今度は、左手がレイズナーに迫る。

 レイズナーは、高速でその左手に体当たりした。大きな掌が、粉々に砕け散った。

 

「レイズナーが、輝いている……!?」

「みんな、聞いてくれ!」

 

 エイジは、全軍に呼びかけた。

 

「あのガンダムのコックピットは頭部だ! そこからパイロットを救出すれば、あの暴走は止まる! 力を貸してくれ!!」

 

 レイズナーが、V-MAXを維持したまま、さらにサイコガンダムMkⅡに体当たりする。そちらに、残された右手が迫った。

 その手が、赤い輝きに撃ち抜かれ、またも粉々になった。

 

「ル=カイン!?」

「この怪物を好きにさせておいては、我が軍にも損害が広がる。やれると思うなら、やってみせい!」

「言われなくても!」

 

 レイズナーとザカールが、繰り返し体当たりをする。乱射されていたビームが、少しずつ減っていく。

 さらに、強力な連射が別の方向から飛んできた。メガ粒子砲の発射口が、次々と潰されていく。

 振り返るエイジの目に、フリーダムの姿があった。

 

「パイロットを殺したくないんだろう? 僕も同じだ! 力を貸す!」

「キラ……! すまない、頼む!」

 

 ハンブラビも回り込み、サイコガンダムMkⅡのブースターをクローで破壊する。

 

「まったく、甘い連中ばかりで嫌になる! 救援を受けた義理もある。手伝ってやるよ!」

 

 ヤザンが、忌々しそうに吐き捨てた。

 薄くなった火線の中を、ファイヤーバルキリーがすり抜けた。

 

「ここは俺の出番だろ! 暴れてないで、俺の歌を聴け!!」

 

 スピーカーポッドを撃ち込むと、バサラは演奏を始めた。奇しくも、ロザミアが潜入した時のものと、同じ曲だった。

 

「う……ああ……え? 一体どうなって……」

 

 ロザミアが、戦闘の衝動から解放されていった。そのまま、彼女の意識が遠のいていく。

 メガ粒子砲が、全て停止する。

 

「あの機体のコックピットをこじ開ける! 行くぞカムジン!」

「おいこら、呼び捨てにするな! 俺は師団長だぞ!」

「それはブリタイ艦での話だ! ロンド・ベルでは同格だ!」

 

 クランとカムジンが、クァドラン・レアとヌージャデル・ガーで接近する。

 サイコガンダムの頭部に取り付くと、クランはこじ開けにかかった。

 

「パイロットを無力化すりゃいいんだろ? 潰しちゃダメなのか?」

「殺さないですませろということだ! これも地球文化の一端だ、お前も手伝え!」

「やれやれ、地球文化は面倒くせぇんだよなぁ」

 

 渋々、カムジンもクランを手伝い始めた。

 コックピットが開き、ノーマルスーツに身を包んだロザミアの姿が見えた。

 

「あ!? こいつ、こないだビルに潜入しようとした奴だ!」

「何だ、潜入役やってた女か。まあいい、使い道はありそうだから、連れて行くか」

 

 カムジンは、クランからロザミアを受け取ると、マクロスへと帰還していった。

 ジャマイカンは、口を開けたままそれを眺めていたが、ふと我に返ると、

 

「グローバル艦長!! 我が方のパイロットを拐かすとは何事だ! 速やかにこちらに戻せ!」

「それはできません。先ほど報告がありましたが、相当悪い状態のようです。動かすのは危険だと思われます。こちらで治療します」

「何を勝手なことを!」

「強化人間が、どうとかいう話も報告にありましたが?」

「む……」

「人間をいじくった挙げ句、無理に出撃させて暴走を招き、敵味方関係なく大きな損害を与える結果となった。そちらに戻せば、同様の悲劇が繰り広げられる可能性が高いと考えられます。私としては、それをする気にはなれません」

「……バスク大佐は、決して貴様らをお許しにならんぞ! 覚えておけ!」

 

 ジャマイカンは、捨て台詞を吐いて通信を切った。この場で無理矢理取り戻そうにも、ティターンズは損害が大きすぎて、今すぐ荒事に訴えるのは不可能だった。唯一可能性があるのはヤザンだけだが、それもサイコガンダムMkⅡとの戦いに加わっている上に、普段からジャマイカンと反りが合わないとあっては、指示に従わない恐れがあった。

 

「アルバトロ=ナル=エイジ=アスカ」

 

 ル=カインの呼びかけに、エイジは振り返った。すでに、双方ともV-MAXの制限時間を使い切り、機体を動かすのが精一杯の状態だった。

 

「我が軍も、いささか消耗した。これではあの要塞を攻略するのは不可能だ。我らは体勢を立て直す。次に合う時まで、その命、預けておこう」

 

 ザカールは反転すると、母艦へと戻っていった。

 エイジは、その姿をじっと見送っていた。

 

 



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最終話 マクロス・コンサート

 コンサート、当日。

 マクロスで最も巨大な会場。見渡す限り、客席は全てびっしりと埋まっている。大方の予想通り、チケットはプラチナ化し、かつてないほどの激烈な争奪戦が行われた結果であった。

 まだ暗転していない客席からのざわめきを、ランカはステージの袖から聞き入ると、駆け足で他の面々の元に戻ってきた。

 

「なんかすごいです! 落ち着いてるんだけど、みんながじっと力を溜め込んで、うねりを上げてる感じ。私、ここまでの雰囲気、今までのステージで経験ないですよ!」

「あなたはそうでしょうね。本当のビッグステージは、こういうものよ」

 

 シェリルは、少なくとも表面は落ち着いて見せている。

 

「ではわたくしも、本当のビッグステージを体験してこなかったということですね。わたくしも、ランカさんと同じ気持ちです」

「ラクスさんも、ですか!」

「ええ。ここが、わたくしが歌手として生まれ変わる場所になります。光栄ですわ」

 

 花のような微笑みのラクス。

 

「いいやまだまだ! こいつらを、俺たちのハートでもって、もっともっと熱くさせてやるんだろ? 俺たちには、それができる!」

 

 バサラが不敵に、サングラスの下の目を光らせた。

 ミンメイは頷き、全員を見回した。

 

「いよいよ始まるわ。最初は、私とシェリルでオープニング。みんな、出番が来たら、よろしくね」

「もちろん! 気合いは充分!」

「ミレーヌ」

 

 突然シェリルに声をかけられ、ミレーヌはぎょっとした。

 

「な、何よ? こんな時に喧嘩売ろうってんじゃ」

「前に、売り言葉に買い言葉であんたの歌にケチつけたけど、あんたがいいもの持ってるのは分かってる」

「え……」

「あんたは、あのステージに上がる資格があるわ。今日はフルスロットルでいきましょう」

「も、もちろん!」

 

 ミレーヌの満面の笑みを、シェリルは受け止めた。

 そんな彼女の横顔を、ラクスはじっと見つめていた。

 気づいていないのか、シェリルはラクスに背を向け、ステージに向き直った。

 

「それじゃ行きましょう。リン=ミンメイ」

「ええ」

 

 二人がステージへと出ていくのを、ラクスはただ見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 観客が、二人の歌姫の登場に、大きな歓声をあげていた。

 

『みんな、今日は来てくれてありがとう……!』

『今日は、音楽史に残るくらいのコンサートになるわ。私たちの歌を聴け!』

 

 ミンメイとシェリルの呼びかける姿が、モニターに映し出されていた。

 ナデシコのブリッジで、ユリカが嘆息している。

 

「あ~あ、本当に行きたかったな~。こんなちっちゃな映像だけじゃ物足りない~」

「大画面にしたら、艦長は間違いなく戦闘に集中しませんから。本来、モニターに出すべきではないと、個人的には考えています」

「ちょっと、それはあんまりじゃない~。ルリちゃんは興奮しないの?」

「しているつもりです。明らかに、血液中のアドレナリンが増加しています」

 

 全く表情を変えずに、ルリは戦闘用のモニターに視線を落としていた。

 

「バルキリー全機、配置完了。モビルスーツ全機、配置完了」

 

 奇しくも、アルトとキラはほとんど隣となっていた。

 

「始まったみたいだな」

「うん。……間違っているのかもしれないけど、今日ほどモビルスーツに乗っててよかったと思ったことはない」

「俺も同じだ。おそらく、一条中尉もだ。あの人、ミンメイさんのことを応援していく気持ちは変わらないって言っていた」

「そうなんだ……」

 

 その時、近くにいたヒイロが、珍しく口を挟んだ。

 

「コンサートは必ず成功させる。それが、俺がリリーナから託された任務だ。そして、ここにいる者達全ての使命だ」

 

 アルトも、キラも、同意の声をあげた。

 一方。

 ザフト軍は、やはりマクロスに接近しつつあった。

 

「今回の作戦は、プラントに反逆したラクス=クラインを拘束することにある。フリーダムを強奪し、共に逃亡したキラ=ヤマトは必ず撃墜させろ」

 

 クルーゼの言葉に、新型ジャスティスガンダムの中で、アスランはただ黙っている。

 

「アスラン=ザラ。君はラクスの許嫁であり、キラの親友でもあった。大丈夫か?」

「……プラントのためです。やり遂げます」

 

 ようやく、言葉を絞り出す。

 

「本当だな!? もしラクスがコンサートで変なことでも口走ったら、プラントの立場は悪化するんだぞ」

「やめなよ! アスランはちゃんと分かってる」

 

 問いつめるシンを、側にいたルナマリアが制止した。

 シンは眉根を寄せたが、さりげなくアスランのイージスガンダムに接近した。

 

「ところで、新しいラクスとはうまくいってるのか?」

「やめてくれよ。ルナマリアやメイリンは、ミーナのことに触れるとなぜか過剰反応するんだ」

「あの子、お前にしきりにくっついたり、積極的にキスせがんだりするからな~」

「俺もあんまりベタベタされるのはどうもな。あの姉妹も案外潔癖なんだよな」

「気づいてないのか!? だから鈍だって言われるんだよ」

「シン!!」

 

 ルナマリアの突然の声に、シンは肩を縮める。

 

「アスランに何吹き込んでるの!? あんたは黙ってなさい!」

「あ、いや! その、なんだ。いいか、キラが出てきたら、情けとか無用だからな! 少しでも集中が乱れたらやられるぞ」

「それも分かってる。キラとは、決着をつけなきゃならない」

 

 彼らが話をしている間にも、コンサートの中継が、音声のみではあるが入ってきている。

 ミンメイとシェリルのデュエットが、終わった。

 

『それでは続いて、今日のスペシャルゲストを呼びますね。プラントの歌姫、ラクス=クライン! ようこそマクロスへ!』

 

 この時、今までで一番の歓声が聞こえてきた。

 そして、ステージ上に現れたらしきラクスの声が流れる。

 

『マクロスの皆さんこんにちは。ラクス=クラインです。今日は、こちらのお二人にお招きいただいて感激しています……』

 

 アスランが、一瞬身を固くした。

 ルナマリアは、少し焦った口調で、

 

「ちょっと、始まっちゃったわよ! ラクスが出てきてる」

「……進軍を続けますか?」

「当然だ。これ以上彼女に喋られてはまずい。せめてコンサートなどぶち壊してしまわないとな」

 

 平静そのもののクルーゼの返答に、アスランは内心でうんざりしていた。

 

(この時点でコンサートを妨害しても意味はない。世間の反感を買うだけだ……分からないのか?)

 

「やあ、マイヨ大尉。ギガノスも到着してくれましたか。心強い」

 

 飛来するメタルアーマーを確認したクルーゼが、声をかけた。

 

「……よろしく頼む」

 

 マイヨは、言葉少なく、そう返事しただけだった。

 先ほど、部下のダンと交わした会話が、頭をよぎる。

 

『マイヨ隊長! この出撃は、本当に我がギガノスのためになるのでしょうか?』

『言いたいことは分かる……。ジオンはプラントに離反されたくないが、自分の兵力を割きたくないから、同盟軍の我らにやらせている。だが、今のギガノスはまだジオンの力が必要だ。月の完全な独立を手に入れるまではな』

『ですが、これではギガノスはジオンの属国ではありませんか! 奴らは我々をプラント同様にしか見ていない』

『口が過ぎるぞ! 我らの挙兵そのものが、ジオンの後ろ盾あってのものなのだぞ』

 

(だが、ダンの言うことにも一理ある……心の沸き立たない戦いというのは空しいものだな)

 

 ザフト軍と、ギガノス軍が、いよいよマクロスに近づいていく。

 そこではすでに、ビームの光跡が飛び交い、小さい爆発があちこちで起こっていた。。

 

「何!? 仕掛けているのはベガ星人か! 我らと足並みを揃える予定だったのではないのか、ガンダル司令!」

「だ、黙れ! 戦場に、不測の事態は付き物だ! 貴様らが遅すぎるのだ」

 

 その声だけでも、劣勢に回っているのは明らかだった。

 

「やむをえん。我らグラドスは攻撃を開始する!」

 

 マイヨの指示と共に、メタルアーマーが一斉に戦場に躍り出た。

 ほぼ同時に、ザフト軍のモビルスーツも加速する。

 そして、マクロスの護衛部隊が、彼ら全員の視界に入った。

 

「……フリーダム!」

 

 アスランが、その姿を見つけた時であった。

 フリーダムの背部から、5対の翼が広げられた。

 そこから動き出した機体は、ザフト・ギガノス双方の砲撃をくぐり抜けていく。

 その間にも、キラのヘルメットのバイザーには、モニター上で次々と敵機がロックオンされていく様が映し出されていた。

 そして、フリーダムの肩から、腰から、手にしたビームライフルから、夥しい一斉射撃が放たれた。

 ハイマット・フルバースト。キラの技量と、フリーダムの性能が合わさったその攻撃は、次々と敵機を撃ち抜いていった。

 

「こ、このくらいで俺たちが落ち……う、うあぁっ!?」

 

 イザークのデュエルガンダムはかろうじて回避したが、その挙動を先読みしたヒイロに、バスターライフルを撃ち込まれてしまった。ディアッカのバスターガンダム、ニコルのブリッツガンダムも、同様にロンド・ベル各機の砲撃を浴びて、戦闘不能に陥っていく。

 

「何と……!? 我がギガノスの精鋭が。ザフト軍が。こんな短時間に!」

「マイヨ!」

 

 ケーンが、数少ない生き残りの敵の中に、ファルゲンの姿を見つけていた。

 

「てめえまでノコノコと何だ!? これはただのコンサートじゃねえんだ! そんなに平和が嫌いか!」

「黙れ! ギガノスの本願の方が大事だ……」

「見損なったぜ! 力で何もかもぶち壊すことしかできねえ外道か! 本願が聞いて呆れるぜ!」

 

 ケーンの台詞を苦い思いで聞きながら、マイヨは間合いを詰めていった。

 その間にも、ラクスの歌が終わり、続いて彼女の語りが始まっていた。

 

『……プラントは、このままでは滅びてしまいます。新たな道を見出すために、共に探し求め、歩む人たちを……』

 

 アスランは、もはや戦う意味がほとんどないことを悟っていた。

 ふと、自分の方に飛来するフリーダムを見つけた。。

 

「アスラン! 今更こんなことをして何になるんだ!」

「……分かっていても、どうにもならない! 俺はザフトの軍人だ!」

「ラクスは国に追われてまでも、自分の信じる道を選んで戦っている! 君はどうなんだ!? 本当に今のままでいいのか!」

「それ以上言うな! でないとお前を落とさなければならない」

「落ちたりしない! 僕はラクスを、このコンサートを守る!」

 

 ケーンとマイヨ、キラとアスランが、激しい一騎打ちを始めた。

 

「我々だけでも、マクロスに強襲をかける! シン、ルナマリア、行くぞ」

 

 クルーゼのディンが、先陣を切った。シンのインパルス、ルナマリアのザクウォーリアがそれに続こうとした。

 が。

 そのすぐ前に、ウイングゼロが位置していた。

 天使の羽根のようなウイングスラスターが大きく開かれ、バスターライフルがディンに向けられていた。

 

「散開するぞ! こいつは厄介そうだ」

 

 ディンが左、インパルスとザクウォーリアが右に回り込んだ。

 それぞれで挟み撃ちする、本来なら必殺のポジション。

 だがそれが、ウイングゼロにとっては狙いの配置であった。

 バスターライフルが、縦に二つに割れた。右と左、それぞれの手に一挺ずつ握られている。

 そして、ヒイロが呟いた。

 

「お前らの動きは、全てゼロが教えてくれている……」

 

 ツインバスターライフルから伸びるビーム。

 それらを、3機はいずれもかわしてみせた。

 だが。

 ビームは通り過ぎても消えない。そのままの位置で、ウイングゼロは回転を始めた。

 伸びたビームが、そのまま斬撃と化した。まず、ザクウォーリアが下半身を切り落とされた。

 ディンは間一髪回避したが、

 

「逃がすか!」

 

 その動く先をアルトが予測して狙い撃つ。さすがのクルーゼも直撃を受けた。

 なおもビームの斬撃が、ファルゲンとジャスティスにも襲いかかる。

 ファルゲンはまだ回避できたが、不幸にもフリーダムとの戦いで背後を向いていたジャスティスガンダムは、避けきれなかった。

 ジャスティスガンダムの背に装着されていたファトゥムが大きく切り裂かれた。右足も切り落とされはしないものの、甚大なダメージを受ける。

 

「……くっ!? 動かない!? 推進システムが、軒並み死んでいる……!」

 

 アスランは機体の各スラスターを作動させようと、必死で操作するが、ジャスティスガンダムは全く動かない。斬られた衝撃で、機体は宙を漂い始めた。

 

「アスラン!! どうしたんだ、今助けに」

「持ち場を離れるな。キラ=ヤマト」

 

 ビームのエネルギーを使い果たしたヒイロが、制止した。

 

「コンサートを守るのが、お前の役目だ。まだ敵は全滅したわけではない」

「だけど! アスランは、昔からの仲間なんだ! 見捨てるわけには」

「あの機体の救援ビーコンは作動しているようだ。拾ってもらえる可能性はある」

「キラ!!」

 

 アルトが、有無を言わせぬ口調で呼びかけた。

 

「俺たちは、あのガンダムにとどめを刺すこともできるんだ! だけど、お前の顔に免じて、それはしない。後は、そのアスランって奴の運に任せろ!」

 

 キラは、辛そうな表情を浮かべたが、ジャスティスを追うことはしなかった。

 が、新たに数機のメタルアーマーが駆けつけてきた。新手と見て、身構える各機。

 そこに、マイヨの元に通信が入ってきた。

 

「マイヨ大尉、至急お戻り下さい! 緊急事態です」

「何!? どうしたというのだ」

「月に、グラドスが攻め込んできました! 今、フォンブラウンで防衛戦となっています」

「何だと!? こんな時に! やむをえん、私も向かう!」

 

 ファルゲンは機体を返すと、新手のメタルアーマーと共に急速に去っていく。

 

「マイヨ! 逃げるのか!? 待てよ!」

「逃がしておけばいい。ここは撤退させれば問題ない」

 

 思わず追いかけようとしたケーンだったが、ヒイロの言葉に足を止めた。

 マイヨの動向に一同が気を取られた隙に、インパルスはザクウォーリアの上半身を抱え、離脱にかかった。

 

「逃げるの、シン?」

「仕方ないだろう!? 俺一人で、勝てる連中じゃない! 今は、ルナの安全を確保する方が先だ」

「……ごめん」

「くそっ! この前の奴といい、天使羽根のあいつといい。どいつも俺の行く手を遮ってくる!」

 

 歯がみするシンに、ルナマリアはかける言葉が見つからなかった。

 

 

 

 

 

 

「ミュンさん! お疲れさまです」

 

 まだ上気したまま、ステージを降りてきたミュンを、ランカが労った。

 

「久しぶりだし、素顔で歌うなんて初めてだから緊張したわ。正直、もっとできると自分では思ってたんだけど。全然ね」

「あれでですか!? あの、失礼ですけど、ミュンさんがあんなにすごいシンガーだなんて思わなかったです。今日一番のアンコールでしたよ!」

「現役をさしおいて、それもどうかと思うけど。それに、次はいよいよ、みんなが一番注目してるらしいステージだしね」

「まったく腹立つよなあ」

 

 バサラが苦笑していた。

 

「シェリルのやつ、涼しい顔してたけど、俺には分かる。あいつ、俺との曲の時より気合い入ってやがる。あいつにとっちゃ、ここが一番の勝負どころなんだ」

「でも、ランカには申し訳ないわね。本当はあの曲は、あなたとシェリルのために用意してたものなのに」

 

 ランカは、頭を振った。

 

「ちょっと悔しいですけど、実は私も、聞きたいんです。あのお二人の歌を」

 

 そのステージは、まだ、暗転していた。

 観客が固唾を飲んで、光を待っていた。

 やがて。

 キーボードの音色が、リズミカルに響き始めた。

 始まった。観客の間に、声なき響音めきが起こった。

 そして、キーボードのソロパートが終わる直前。ステージに、誰もが待ち望んでいた光が宿った。

 ステージの右側には、シェリル=ノーム。

 ステージの左側には、ラクス=クライン。

 二人の間には、大きく間が取られていた。

 爆発したかのような大きな歓声が、会場全てに巻き起こった。

 

(ポスト・ミンメイの、頂上決戦……!)

 

 ミレーヌは、ベースの力強い旋律を耳にしながら、心の中で呟いていた。

 まずは、シェリルが歌い始めた。

 

(きらびやかで、妖艶で、自由な歌……!)

 

 ラクスは、VTRでシェリルのステージを見た時のことを思い出していた。

 まるで、ステージ全てが自分の世界であるかのように、場を支配するシンガー。

 いろいろなものに縛られている自分と比較して、どうしようもない羨望と、否定しきれない嫉妬。そして、アーティストとして卓越したパフォーマンスに対する、尊敬の念。

 

(わたくしが、プラントを出た本当の理由。そう……シェリル! あなたと、並び立つ。そのためだった!)

 

 そして今、それは実現している。

 

(恥ずかしいパフォーマンスはできない。わたくしの、今できる最高のものを!)

 

 ラクスのパートが始まった。

 透明感のある、甘い歌声。普段の彼女の歌に比べると、アップテンボだが、それを歌いこなしている。

 

(ステージの空気が、変わった! やっぱりこの娘は、場を支配できる力を持ってる)

 

 シェリルは最初から、それを予感していた。

 リリースされていたラクスの歌は、何度か聴いたことがある。そのたび、シェリルはもどかしい思いに駆られたものだった。

 

(あんた、もっとできるシンガーでしょう? 何を遠慮してるのよ!)

 

 そのラクスは、自分の置かれた立場から飛び出して、今、自分の隣で歌っている。

 

(まだ足りない。どこかで弾け切れてない。だったら、私が引き出してやる!)

 

 そして、二人が同じ旋律を歌うところに差し掛かった。

 二人の歌声が重なり合った瞬間、歓声が一段と上がった。

 ランカは、モニターでそのステージ中継を見ていた。

 

「……二人とも、全然目を合わせない。一体どうして」

 

 デュエットのステージは、互いに目線を交換しながらコミュニケーションを取るのが普通だ。しかし、この二人はそれをここまでしていない。二人の立ち位置もほとんど変化せず、間合いは全く縮まっていない。

 

(これじゃ、二人がバラバラに歌ってるだけだよ。もしかして、相性が合わないの? このまま曲が終わっちゃうの?)

 

 ランカは、自分でも説明できない焦りを感じていた。

 そのまま、曲は1番を終えた。

 二人は互いに歩み寄るが、そのまますれ違い、立ち位置を入れ替えただけ。右と左の観客にそれぞれの姿を見せるための、予定通りの演出に過ぎない。

 2番。今度は、ラクスが最初に歌い始める。互いのパートを入れ替えて歌うというのも、予定通りの流れである。

 

「やっぱり、パートを入れ替えると、曲の雰囲気が変わるわね」

 

 そう呟いたミュンを、ランカが振り返った。

 ミュンは、そんなランカを目で制した。

 

(あなたの言いたいことは分かってるわ。だけど、私は気づいてる。あの二人は、じっと機をうかがっている。おそらく、シェリルが仕掛けるはず)

 

 やがて、2番も終了した。やはり、二人は目を合わせない。

 短いフレーズを二人がそれぞれ歌い、それまでとは打って変わった、静かな間奏。

 シェリルが、ふとマイクを下げた。

 

「ラクス」

 

 マイクを通さないその呼びかけに、ラクスが視線を向けた。

 

「今ここには、私とあなたしか、いない」

 

 厳かともいえるその声音に、ラクスは戸惑った。

 そして、シェリルのパートが始まろうとした。

 その時。

 シェリルは、体の向きを変えた。

 隣にいる、ラクスを真正面にしたのだ。デュエットといえども、まずありえない向かい方。

 驚くラクスを前に、シェリルはそのまま歌い出した。

 観客の存在など、まるで無視。見ているのは、ラクスただ一人。渾身の力と心を込めて歌っているのは、ラクスにも理解できた。

 

(シェリルは……わたくし一人のために歌っている!)

 

 それを直感して、ラクスの心に、いいようのない感動が巻き起こった。

 

(これだけの歌手が、わたくしとのステージを求めてくれている。自分の想いに応えてくれと、そう叫んでいる!)

 

 理解したラクスに、それを拒むことなど、到底できなかった。

 ラクスのパート。

 今度は、ラクスがシェリルに対して真正面に向き直った。互いに相対する二人。

 

(わたくしが、あなたとステージで出会うことを、どれだけ熱望していたか! 届いて!)

 

 まるで縋るように、全霊を込めて歌うラクスに、シェリルは喜びを覚えていた。

 

(そう、それよ! 今のあなたは、他のことなんてどうでもいい。自分の中でのリミッターをかなぐり捨てて、ただひたむきに歌っている。それが欲しかったのよ!)

 

 二人のパート。曲そのもののボルテージも上がっていく。

 互いだけを見つめ合い、共に歌いながら、二人の間合いが徐々に近づいていく。

 シェリルがついに、自分のマイクを放り出した。すぐ側にあるラクスの手のマイクを掴んで歌いだす。二人は、一本のマイクで歌い続けた。

 互いの髪が、ついに触れた。どちらも、見ているのは互いの目だけ。そのまま、曲の最後を歌いきった。

 後奏のギターが鳴り響く中、シェリルの両腕が、ラクスの胴に回された。そのまま、ラクスを抱き寄せる。

 ラクスも、意識しないまま、シェリルの首を抱きしめていた。

 ギターがふっと止み、ステージ全体の照明が消え、ステージ奥からの光だけが残された。

 抱き合う二人のシルエットだけが、一枚の絵のように浮かび上がっていた。

 

 

 

 

 

 中立コロニーの一つ、オーブの戦艦が、マクロスへと向かっていた。

 オーブはかつて、南太平洋の首長国であったが、十三ヶ月戦争を契機に宇宙に移住していた。中立国家を標榜していたオーブも、戦乱の時代にさらされていた。

 そのオーブの首長の娘であるカガリ=ユラ=アスハは、ベッドの側に腰掛けていた。

 

「身体の具合はどうだ?」

「ああ、もう大丈夫だ……まさか君に救助されるとはね」

 

 アスランは、ベッドから身を起こした。

 

「私の艦がうまく通りかからなかったら、宇宙の藻屑になっていたぞ」

「広い宇宙で、そんな都合よく通りかかるはずがあるものか。俺が連絡したからだろう?」

「お前、あのガンダムのパイロットか。なぜ、俺を助けた? 俺は、サンクキングダムを襲ったんだぞ」

 

 問われたトロワは、全く表情を変えなかった。

 

「別にお前に恨みがあるわけじゃないからな。オーブは今、このカガリを名代として、ロンド・ベルと対話しようとしている。彼女を丁重に扱う必要がある。お前を助けたいと、泣いて縋られては助力するしかない」

「もう余計なことはいい!」

 

 カガリが顔を赤らめている。

 

「そうか。あとは若いものたちに任せて、余計者はさっさと出て行こう」

「お前はお見合いの仲立人か! ……ってあの……」

「その……改めてありがとう」

 

 カガリは、改めて座り直した。

 

「なぜキラと戦ったりしたんだ? お前たちは昔からの親友だろう?」

「仕方なかったんだ。プラントの国益のためにはああするしか……」

「国益のためなら親友を殺すのか! そんなことばかり繰り返して、戦争が終わると思っているのか!」

 

 アスランは、黙り込んだ。

 

「お前、あのコンサートをどう思ったんだ? その……ラクスのこととか……引っかかることがあるのは分かる!」

「特定の個人名に引っかかっているのはお前じゃないのか?」

 

 いつの間にか、カガリの背後にいたトロワが声をかけた。

 

「だから茶々を入れに来るな! あっちいけ!」

 

 トロワを追い払ったカガリは、

 

「……えーと何だっけ……そうそう。途中で語りを入れたセシリー=フェアチャイルドが、『戦乱が続けば、こうした素晴らしいコンサートも開けなくなり、文化は廃れます。人類は今、さまざまな垣根を越えて一つにならなければ』と言っていた。私も全く同感だ。あのコンサートを仕掛けたリリーナ=ピースクラフトに会って話をするつもりだ」

「……」

「コロニー共和連合は、今までのようなロームフェラ財団の利益優先の組織とは違うと感じた。彼女が代表になってからだ。同時に、ロンド・ベルにも興味がある。あそこのグローバル艦長は筋の通った人物だと思う。同朋に無闇に攻撃をしない」

「カガリ。君は何が言いたいんだ?」

 

 アスランは、カガリをじっと見つめた。

 

「私は、アスランにもキラにも死んでほしくないんだ……。ザフトに戻るならそれでもいい。ただ、キラとだけは殺し合いはやめろ。悲しすぎる」

「……戻らない。少なくとも今のザフトには」

「アスラン……」

「何の意味もなく、キラと殺しあうのはやっぱり嫌なんだ。外側からプラントのことを眺めてみたい」

「でも……ラクスはどうするんだ?」

「彼女とはもう婚約は事実上破棄されているよ。元々、親同士が決めた許婚だ。彼女は自分が選んだ人と人生を歩めばいい」

「そう、か」

「よかったな」

 

 ほっとした様子のカガリに、また現れたトロワが追撃をかけた。

 

「だから、出てくるなって言っただろーが!!」

「一つだけ尋ねたい」

 

 トロワが、アスランに問いかけた。

 

「たとえば、もしこのオーブの戦艦を、ザフトが攻撃してきたらどうする?」

「……まだ分からない。ただ、カガリは守りたい」

「今のうちに、気持ちをはっきりさせておけ。戦場での迷いは、死を意味する」

「分かっている……」

「俺の任務は、カガリ=ユラ=アスハを無事にマクロスに送り届ける、そこまでだ。リリーナ代表との会談が、彼女にどういう運命をもたらすか、そんなことまでは俺の知ったことではない。その後も、お前が彼女を守りたいというなら、勝手にすればいい」

「……ありがとう。考えてみる」

 

 アスランは、どこか憑き物が落ちたような表情をしていた。

 

 



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エピローグ 時は流れて

 そして、時は流れた。

 ロンド・ベルはその後も幾多の戦線をくぐり抜けた。

 マクロス・コンサートは、リリーナの狙い通り、プラントの親ジオン派の凋落を招いた。そして、プラントは反ジオン派のギルバード=デュランダルのクーデターによって首脳陣が交代、方針を大きく転換。ジオンの傘下から外れて、コロニー共和連合への参加を表明した。その結果、中立派であったコロニーの多くがコロニー共和連合に軸足を移すこととなった。

 ある事件を契機として、ロンド・ベルはDC、メタトロンと合流。三軍連合を結成し、地球圏最強の軍団として、なおも続く紛争解決のため戦い続けていた。

 その果実として、地球連邦に代わり、太陽系合衆国が設立。初代大統領には、DCがヨーロッパにて支援していた、トレーズ=クシュリナーダが就任していた。

 だが、そんな矢先、トレーズの出身母体であるロームフェラ財団にまつわるスキャンダルが、デュランダルによって暴露されたのである。

 

 

 

 

 

『今週の10位ランキングは、今お聞きいただいた、ミーア=キャンベルさんの新曲でした!』

『みんな! ホントありがとね~』

 

 ラクスは、モニターに映し出されている、自分とそっくりの少女の姿を、微笑みながら眺めていた。

 しばらくして。

 自分の控え室のドアをノックする音が聞こえてきた。

 

「あら? わたくしの出番にはまだ時間があるような……どうぞ、お入り下さい!」

 

 ドアが開き、入ってきたのは、先ほどまでモニターに映っていたミーアだった。

 いつ見ても囚われる不思議な感情は置いておき、ラクスは彼女を出迎えた。

 

「あら、ミーアさん。初のベスト10入りですわね。おめでとうございます」

「1位はあんたの新曲でしょうが。……聞いた? あの声明」

 

 ドアを後ろ手で閉めながら、ミーアは本題を切り出した。

 

「……聞きました」

「前にも言ったと思うけど、あのデュランダルはいずれ何かやると思ってたわ」

「わたくしの替え玉をあなたに仕立てたのも、あの人でしたわね」

「その頃はまだ、あいつはプラント評議会の幹部だったけどね。……【ディスティニー・プラン】っていうのを、デュランダルは計画してるみたい」

「何ですかそれ?」

「あいつがつい漏らしたのを耳にしただけだから、あたしも具体的なことまでは知らないんだけど。ただ、以前は遺伝子関係の研究者だったらしいし、そっち方面じゃないかなぁ?」

「……分かりました。少し調べてもらいます」

 

 ラクスは携帯電話を取り出し、リリーナの連絡先を呼び出し始めた。

 

 

 

 

 

 

 リリーナの反応は、素早かった。

 次の日には、リリーナはラクスを伴い、トレーズの執務室を訪れていた。

 

「では、デュランダルから打ち明けられていたのですね? ディスティニー・プランを」

「というより、賛同を求められた。太陽系合衆国でこれを実行してはどうか、とね」

「それを、閣下は拒絶されたと」

「彼にも問題点は指摘したのだがね。どうやら聞き入れてはもらえなかったようだ。それどころか、正統ジオンと連携してきた」

 

 この頃には、ジオンも内部事情によって分裂。正統ジオンとネオジオンの二つが存在していた。

 リリーナは、一つため息をついた。

 

「わたくしがあまりにも浅はかでした。あの人の表面だけで信用してしまいましたから」

「君はディスティニー・プランを知らなかったから、無理もない部分もあるが」

「当然ですわ。知っていたら、コロニー共和連合の代表になど推薦いたしませんでした」

 

 リリーナは、やはり未成年の自分では荷重であるということを理由に、いったんコロニー共和連合の代表の椅子から降りていた。

 そんな彼らの会話を、じっと聞いていた青年が、たまりかねたように口を開いた。

 

「……そこまで悪し様に言われることなのか? デュランダル代表のプランは」

「やめなよシン!」

 

 ルナマリアが、シンの裾を引っ張る。

 シンは、戦場に出てきていたトレーズに撃破寸前まで追いつめられ、その保護下に入っていた。トレーズを見極めたいというシンに、今やそのパートナー同然となっていたルナマリアも同行していた。

 

「いいや言う! 代表は、戦争のない世界を望んでいるのは確かだろう? 俺には、他に思いつかなかったんだ。だから代表のプランを受け入れた!」

「今、他に思いつかないからといって、目の前のプランを検討もしないで受け入れるのですか?」

 

 ラクスが、シンを見つめて問いかけた。

 

「大体、あんたに口を挟む資格があるのか!? ラクス=クライン。あんたは、プラントが窮地に追い込まれる前に、さっさと逃げ出したじゃないか! 自分だけ好きな歌をやれればよかったのか!?」

「わたくしは、ラクスさんが逃げ出したとは思いません」

 

 今度は、リリーナが口を挟んできた。

 

「黙っててくれ! 俺はラクスと話してるんだ」

「黙りません! 自分の安寧だけ求める人が、あのコンサートに出ると本気で思うのですか?」

「何?」

「飛び出した彼女が人前に出てくれば、プラントの国体を批判しかねないと考えるのは普通でしょう。現に、ザフトはマクロスを襲撃しました」

「う……」

「撃退できたからいいようなものの、一つ間違えれば彼女は殺されていたでしょう。それを彼女は受け入れて、コンサートに望みました。彼女を口説いたのはわたくしですから、それは一番よく知っています」

「……」

「モビルスーツに乗り込むことだけが、戦いではありません。わたくしも、ラクスさんも命をかけてコンサートをやりおおせました」

 

 その一言に、シンはふと、サンクキングダムでの出来事を思い出していた。

 

『戦場に出るだけが、戦いじゃない』

 

 インパルスの腕を斬り飛ばしたシーブックの台詞が、リリーナのそれと重なった。

 

「……じゃあ、改めて聞くよ。ラクス、あんたは代表の計画を否定するんだな? なぜだ?」

「……ミーア=キャンベルを知っていますか?」

「知ってる。あんたの影武者だった子だ」

「今、彼女は自分の名前で、自分の歌を歌ってます。熱気バサラは、こう言ってます。『あの頃に比べたら、全然別物だ。歌にハートが宿ってる。心底幸せそうな顔で歌ってる』と。歌は、歌い手の魂を伝えるものです。魂まで、遺伝子で縛れると思うのですか?」

 

 黙り込むシンに、ラクスはさらに続けた。

 

「シン=アスカ。デュランダルは、遺伝子の適性のみで人の運命を決定しようとしています。あなたの遺伝子に、優れた戦士としての素養があったから、その役割を与えたのでしょう。そして、戦士なら戦場で戦えばそれでいいと。ですがあなたは、それでいいのですか? 戦場で人を殺しつづけるのが、あなたの望んだ世界なのですか?」

「そんなバカな!! 代表が、デュランダル代表が俺にそんなことを望むわけが……」

「では、出てきてもらいましょうか。彼女も、あなたに会いたがってましたし」

 

 ラクスが執務室の脇の扉を開けると、そこからミーアが出てきた。

 ミーアは、どこか哀れみを抱いた視線で、シンを見つめた。

 

「……あんたが、デュランダルの選んだ戦士さんね? あたしは以前、あの男に言われるままに、ラクスの影武者をやってた。あの頃は分からなかったけど、離れてみるとおぼろげに見えてくるのよね。あいつの正体が、さ」

「どういう意味だ!」

「あいつが用があるのは、自分の役に立つ人間だけ。役に立つ人間を、役に立つ所に置いて、役に立つ仕事をやらせる。そして、役に立たなくなったら、ボロ雑巾みたいに捨てるだけ。あたしもそうだった。あんたもそうかもね」

「お前っ……!」

 

 激高しかけたシンより先に、ミーアが振り絞るように叫んだ。

 

「人の名前と顔で、人の歌を歌わされてきた屈辱があんたに分かる!? あの頃は、それを必死で押し殺してた。そういう人間が、際限なく出るわよ。あいつに従ってたらね。そんなこと、いつまでも続くわけがないわ」

 

 怨念の籠もったその言葉に、シンは返答もできなかった。

 ラクスが、視線をやや上に向けた。

 

「わたくし、あの時にマクロスに行って、本当によかったと思っています。プラントにいた頃は、わたくしを広告塔として考える方や、わたくしがクライン派のトップの娘ということで傅いてくる方々ばかりでした」

「……」

「ですが、マクロスに行ってからは違います。大勢の方々と巡り会い、様々な考えを聞き、そして教えられました。もしあのままプラントにいたら、今頃、幼い考え方のままで、過激な行動に走っていたかもしれません。狭い考え方に凝り固まっていては、とりかえしのつかない過ちを犯しかねない。そのことを、わたくしは学びました」

 

 そしてラクスは、矛先を変えた。

 

「ルナマリアさん。あなたは、ディスティニー・プランをどう思うのですか?」

「え!? ……あたしは、難しいことは分かりません。だけど、あの計画を知らされて、本当にこれでいいのかなって……」

「やはりそうですか。理屈抜きで、肌合いで受け付けないのですね。おそらく、答えは最初から出ているのです」

「待てよ! ルナの気持ちを誘導しようとするな!」

 

 シンが、ようやくラクスに噛みついた。

 

「そうだな。人間にとって大切なことは、何を言うかではない。何をするかだ」

 

 トレーズが、静かにそう言った。

 

「だからシン=アスカ、ルナマリア=ホーク。私が、私たちが何をするのかを、その目で見てもらいたい。全てはそれからだ」

「……あんた、何で俺たちにそこまで介入するんだ? 俺たちを処刑するくらい、あんたの立場なら簡単にできるはずだ」

「私は、君たちを同志だと思っている。君が、私を間違っていると判断すれば、私を討てばいい。間違いは正されねばならない。私は、君たちの判断を信じている……」

 

 その後、トレーズの行動は、シンのその後の人生を大きく左右することになる。

 だが、それはまた別の物語である。

 



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