その男、八幡につき。 (Ciels)
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その男、ぼっちにつき。

導入部です。
気まぐれと変なテンションで書いているので、続くか未定です。



 

 

 

 

 青春とは嘘であり、悪である。

 

青春を謳歌せし者たちは常に自己と周囲を欺き自らを取り巻く環境を肯定的にとらえる。

 

彼らは青春の二文字の前ならば、どんな一般的な解釈も社会通念も捻じ曲げてみせる。

 

彼らにかかれば嘘も秘密も罪科も失敗さえも、人生(ソナタ)の中の青春(ソナチネ)でしかない。

 

仮に失敗することが青春の証であるのなら、貧乏くじばっかり引いている人間もまた青春のド真ん中でなければおかしいではないか。

 

しかし、彼らはそれを認めないだろう。

 

すべては彼らのご都合主義でしかない。結論を言おう。

 

青春を楽しむ馬鹿野郎ども――――――

 

 

 

 

いちいちうるせぇんだよこの野郎。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 比企谷 八幡という高校生がいる。

身長は平均的、外見も普通よりは少し良い程度。

勉強はできる方だ。得意の国語では自身が在籍する総武高において学年三位だし、理系を除けばそれなりに良い。

普通にしていれば、どこもおかしくない普通の高校生であることは理解していただけるだろう。

 

ではなぜこんな、ありふれた少年の事を紹介しなければならないのだろう。

彼には異世界へ旅立つような選ばれし素質もないし、特殊な能力……いわゆる超能力なんてものもない。

武器は己の肉体のみで、身の丈よりも長い剣など使う事など、もってのほかだ。

 

だが、そんな彼にも、一つ……とりあえず、今は一つ……不思議な事がある。

 

 

記憶。

 

 

人には記憶がある。

記憶とは通常、自身が生まれてから体験してきた記録であり、自分が自分であるための証明でもある。

だが、彼には身に覚えのない、自分以外の記憶が何個もあった。

 

 

一つは、どうしようもなく危なっかしい刑事の記憶。

容疑者をぶん殴ったり証拠を捏造したりしてまで逮捕する、おおよそ一般的な警察組織のイメージからかけ離れているようなヤツ。

こいつには妹がいて、妹が侮辱されると激怒してよく暴れていた。

 

最期は妹を攫って慰み物にした奴を殺し、その妹を助けようとしたが……

妹はすでに廃人と化していて、自分の手で殺してしまった。

コイツ自身も闇討ちされて終わり。なんともまぁ、救いようのない人間だった。

 

 

もう一つは、どっかのヤクザの組長。

沖縄に飛ばされ、本家に利用された挙句に破門。

仲間もほとんど死んでるのにこいつの心は最初から最後までほとんど変わらなかった。

最後?女に見られながら笑って自殺。ヤクザが疲れたらしい。

 

 

まだまだ終わらない。

次はまた刑事だ。簡単に言えば、妻の為ならなんでもする。

文字通り、殺しでも銀行強盗でも。

刑事って何だよ。いやまぁその頃には刑事辞めてたけど。

 

 

次の記憶は前の奴らほど難解な人間ではないが、かなり暴力的で、昔気質のヤクザ。

こいつも散々利用された挙句に破門、子分も死んだが豚箱に入って生き延びた。

生き延びたと思ったら刺された。

出所したらまた利用され、仇を取るも周りは敵だらけ。

 

 

碌でもない連中ばかりじゃないか。

では比企谷 八幡はどうだろうか。

先ほどの紹介ではスペック上でしか彼を測っていない。

 

ならば性格は?上の奇妙な人物と同じく、彼自身も碌でもないのだろうか。

 

否。

 

彼……めんどくせぇ。俺、比企谷 八幡はただの性悪根暗ぼっちだよ馬鹿野郎。

 

 

 

俺には自分が無い。

幼い頃からこんな記憶があった。

様々な記憶は溶け込むように勝手に束ねられ、その記憶の人格すらも一つに収束する。

 

だから、比企谷 八幡という人間は、存在しない。

 

 

我妻、村川、西、大友。

こいつらの記憶が、一つの人格となり、比企谷 八幡という人物を構成している。

元は複数の人格は、互いに干渉しすぎることもなく、平穏に一人の人間をこなしている。

 

しかしそれは、本当に人間と言えるのだろうか。

 

いつも考えていた。

考えて考えて、おかしくなった。

いや、どうでもよくなった。

 

考えてもどうしようもなかった。

 

だって、俺はこういう人間なんだからさ。

あーだこーだ考えるより、なんかやった方がいいじゃねぇか。

 

この作文にしたってそうだ。

俺なりに考え、実行し、本心を書いた。

そしたらなんだ、生活指導の先公が文句言ってきやがったんだよ。

 

 




初投稿です。


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その女、お嬢様につき。

閲覧ありがとうございます。
過度な期待されると失踪したくなります(震え声)


 

 

 

 

 

 

 頭が痛む。

別に持病とか、悪い病気とか、中二病特有のおかしな妄想ではない。

物理的に頭が痛む。

その痛みを引き連れながら、廊下を歩いていく。

目の前にはハイヒールと、多少のヤニで黄色く染まった白衣。

それを携えるは、国語と生活指導を担当する教師、平塚 静。

 

あの作文のせいで彼女の目に留まり、生活指導という事で呼び出しを食らった。

食らって、罵倒を浴びた。

舐めた作文だの死んだ魚の目だのと言われて頭にくるものはあったが、先公に手を出したら停学じゃ済まないかもしれないのでやめた。

もし罵倒されていたのが比企谷 八幡ではなく、村川や大友といったヤクザだけの人格であったならば、椅子を蹴とばして殴りかかっていたに違いない。

それを考えると、案外比企谷 八幡という人格はしっかりと確立しているのかもしれない。

 

ではなぜ頭が痛むのか。

それは彼女の年齢に対する煽りの無さが原因だ。

 

屁理屈と冗談を交えてなんとかバックレようとしていた時に、

 

 

「小僧、屁理屈を言うな」

 

 

と、言われた。

そう言われたもんだから、こっちも、

 

 

「あんたからしたら俺ゃ赤ん坊みたいなもんですからね」

 

 

と言ったら、拳が飛んできたのだ。

そして頭にたんこぶを作った。こりゃ小町に呆れられるなぁ。

 

手を出されても堪えたのは、この人の人柄にある。

この人は、独身でいわゆるアラサーで、しょっちゅう合コンでやらかしてるらしい俺以上の問題児だが、昔気質で生徒の事をしっかりと見ていてくれている良い教師だ。

俺みたいな問題児ぼっちに対しても世話を焼いてくれているあたり、善人なのだろう。

 

もし、村川や大友、そして我妻が彼女みたいな上司や先公に恵まれていたなら、ああはならなかったかもしれない。

……いや、彼女みたいな腕っぷしの強い奴がいたからああなったのだろうか。

 

 

避けられなくは無かったが、先公の愛のムチはしっかり受け取っておくべきだと判断した。

そう、言い訳しておく。

 

 

さて、彼女の提案で俺はどこかへ連れていかれている最中だ。

学校の廊下を歩く彼女の後姿を時折眺める。

 

格好いいのになんで結婚できねぇんだろうなぁっへへ。

考えつつも笑いが出てきてしまう。彼女が結婚できない理由を探っていると、どうしてもおかしさが込み上げてくるのだ。

 

 

「なにを笑っているんだ?」

 

 

「いーやなんにも」

 

 

ぎろりと振り向く平塚は、その美貌に反してとてもキレのある睨みを利かせていた。

 

 

 

 

 

とある教室の扉の前に着くと、彼女は足を止めた。

猫背なもんで、彼女のハイヒールばっかり見ていた俺は一瞬ぶつかりそうになるが、若い身体がさっと彼女を避けた。

 

そして、扉を開ける。

一体どんな面白いモノを見せてくれるんだろうか。内心わくわくしている俺がいる。

 

扉が開ききると、平塚と扉の間から、妙なものが見えた。

いや妙ではないのだが、その光景が現実離れしているもんだから首をかしげる。

 

 

そこはどう見ても空き教室だった。

 

机は積まれており、何かの教材が入っているであろう段ボールがそこらに転がっている。

平塚の後に部屋へと足を進める。

すると、俺と平塚は足を止めた。

止めて、見とれた。

 

 

少女がいる。

 

髪は長く、艶があり、真っ直ぐだ。

平塚のロングヘア―もなかなか綺麗だが、ちゃんと洗っていないのか歳なのか、そこまで褒めるものではない。あんまし本人の前で言うのはやめておこう。

顔は整っており、日本人なのに西洋の人形を模ったように美しい。美少女ってやつだ。

彼女は椅子に座っており、本を読んでいる。

開けた窓から入り込む風が、彼女の髪と服に躍動感を与え、現実であることを認識させてくれた。

 

なんだ先生、俺みたいなぼっちが可哀想になっちゃって女の子紹介してくれんのか。

 

 

読書に夢中になっていたのか、しばらく少女は動かなかった。

ようやくこちらの存在に気が付くと、開幕から注意をした。

 

 

「平塚先生、入る時はノックをお願いしたはずですが」

 

 

透き通るような、清楚な声だった。

しかしその中には強気なノイズも混じっていて、それが生を感じさせる。

自分とは正反対の、生きている声色が、とても関心を寄せた。

 

 

「ノックをしても君は返事をしたためしはないじゃないか」

 

 

言いつつ、平塚は教室中央まで足を進めた。

 

 

「返事をする間もなく先生が入ってくるんですよ」

 

 

「へへ……」

 

 

少女の反論に小声で笑ってしまう。

そういうところが男が寄ってこない原因でもあるのだろうな、なんて口が裂けても言えないから、笑って表現してみせたのだ。

 

続いて、少女はこちらを見る。

相変わらず猫背で、少し横に傾いて突っ立っている目つきの悪い男を、高校生にしては鋭い視線で突き刺した。

 

 

「それで、そこの不気味な笑みを浮かべてる男の人は?」

 

 

正直言うと、俺はその少女の事を知っていた。

頭の良い女子ばっかのお嬢様組の2年J組で、良い意味でも悪い意味でも注目を集める、雪ノ下雪乃。

名前と顔くらいは知っていた。

相手は知らなくて当然である。

 

そんな有名人お嬢様に、平塚が紹介をする。

 

 

「彼は入部希望者だ」

 

 

そう言うと彼女は俺に自己紹介を促した。

しかしその前に今の発言を問いただす必要があった。

 

 

「入部なんて聞いてないですよ」

 

 

ニヤケ面をちょっと残し、割と真顔でそう尋ねる。

 

 

「君には、舐め腐ったレポートの罰として、ここでの部活動を命じる。異論反論講義質問口答え一切認めない」

 

 

「へ、勝手なことしやがって先公が」

 

 

小声で、かつ聞こえるように言う。

しかし平塚はそれを無視して会話を進めた。

 

 

「と、言う訳で見れば分かると思うが、彼はこの腐った眼と同様、根性も腐ってる。そのせいでいつも孤独で憐れむべき奴だ。この部で彼の捻くれた孤独体質を更生する、それが私の狙いだ」

 

 

さすがにカチンと来た。

大友の、荒っぽい記憶と経験がよみがえり、つい怒鳴ってしまう。

 

 

「大きなお世話だよ馬鹿野郎」

 

 

「それはお前の事だ馬鹿野郎。教師に馬鹿野郎とは何事だ」

 

 

「勝手に事大きくしやがって、てめぇなめてんのかコラァッ」

 

 

若干しゃがれて渋くなり、かつ低い声で威圧する。

しかしそれでもこの教師は動じず、なお正論を並べて負かそうとしていた。

 

 

「人の心配より自分の心配したらどうなんだこの野郎!」

 

 

「なんだぁ比企谷、貴様何が言いたい!」

 

 

「だから行き遅れるっつってんだこの野郎ッ!」

 

 

「なァ!!??行き遅れだとォー!?このガキ、もう一辺行ってみろッ!」

 

 

「行き遅れっつってんだよこの野郎!おい!てめぇ散々偉そうなこと言って自分はどうなんだ、この野郎!」

 

 

「私だってなぁ!」

 

 

唐突にヒートアップする喧嘩。

久々の平和的な口論に楽しんでいる俺がいる。

この先公には悪いが、このまま捲し立ててさっさと出てっちまおう。

 

そう考えていた矢先、雪ノ下が動いた。

 

 

ぱんっ、と本を勢いよく閉じ、注意を自分に引き付けたのだ。

 

 

「こほん。先生、彼の件ですが、お断りします。そこの男から発せられる汚らしい言葉と、先ほど私を見ていた時の下心に満ちた下卑た目を見ると身の危険を感じます」

 

 

「なんだこの野郎、ずいぶん言ってくれるじゃねえか。誰もお前みてぇな貧乳見てねぇよ馬鹿野郎」

 

 

「なッ!」

 

 

名前の通り雪のように白い彼女の頬が赤くなる。

同時に胸元を本で隠す。だからそんな貧相な胸見ねぇっつってんだろ馬鹿野郎。

 

 

「あなた初対面の人間に向かって馬鹿野郎とはいい度胸ね。それにひ、ひ、貧乳ですって?セクハラで訴えてやるわ」

 

 

「やれよこの野郎、はやくやれィ!」

 

 

「待て比企谷ッ!さっきの決着がまだついてないぞ!」

 

 

「興味ねぇよ馬鹿野郎!」

 

 

静かなはずの教室が、一気に騒がしくなった。

全員の息が切れて落ち着きを取り戻すのに、しばらくかかってしまったのは言うまでもない。

 

 



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その部活、奉仕部につき。

俺ガイルってこんなに人気なんですね……(困惑)


 

 

 

 「ぜー、はー、ぜー、はー」

 

 

「コヒュー、コヒュー……」

 

 

先ほどまで雪ノ下が座っていた場所に腰かけ、俺はしばらく女二人の口論を観戦していた。

本来なら俺もまだあの場所にいるのだが、途中で飽きてしまったために、うまいことあの二人をけしかけ、こうなってしまったのだ。

あまりにも滑稽だったために、俺はしばらく笑っていた。

しかしまぁ、あれだけヒートアップして手が出なかったというのは、それだけ彼女達が出来た人間なのだろう。

 

ふと、息を切らした平塚がこちらを見る。

 

 

「比企谷、なんでお前、座ってるんだ」

 

 

「へへ、なんででしょうね」

 

 

背もたれに腕を乗っけてそう返す。

どうやら今の平塚には言い返す気力も無いようで、ただただ息を切らして雪ノ下と見つめ合っていた。

 

 

「ま、まあ、これで分かっただろう。この男の狡猾さと趣味の悪さに関してだけは、なかなかのものだ……あれ?」

 

 

自分で言って、褒めていない事に気が付く平塚。

なら最初から言うなっての。

 

 

「ま、まぁ少々荒っぽい所はあるが、今まで刑務所にぶち込まれるようなこともしてないし、小悪党ぶりは信用してくれていい」

 

 

「へ、よく言うよ」

 

 

常識的な判断ができると言ってほしい。

それに、俺の歳じゃまだ少年院が限界だよ。

 

 

「コヒュー、小悪党……、なるほど、コヒュー」

 

 

こいつ体力ねぇなぁ。

水野あたりが見たら焼き入れてるに違いないだろう。

なぜか納得しながら息を切らしている雪ノ下を笑いながら、かつての子分を思い出す。

 

 

「ま、まぁ先生からの依頼であれば無碍には出来ませんし……」

 

 

ようやく息を整えた雪ノ下が、咳払いをして平塚に向き直る。

 

 

「承りました」

 

 

その一言を聞いた平塚は、安心したような表情を見せた。

反面、今までにやついていた俺の顔が曇る。

 

 

「そうか。なら頼んだぞ雪ノ下!」

 

 

背を向け教室を後にする平塚。

俺の怒りはまた昇り始めていた。

 

 

「誰が部活やるっつったんだよ!」

 

 

「黙って言う通りにしとけ馬鹿野郎」

 

 

ガララ、ピシャリ。

最後の最後に勝ち誇った罵倒を浴びせ、正直行き遅れではない丁度いい年齢のスタイル抜群な教師は去っていった。

なんで結婚できねぇんだろうなぁあいつ。

 

雪ノ下と二人で残された教室。

なんだか昔の事を思い出してしまう。

 

 

中学の時、俺の、比企谷 八幡が持つ四人の男の記憶は、完全ではなかった。

だから当時はまだ、ただの中二病が混じった比企谷八幡という中学生の性格が強く、女子と接近するたびにラブコメ染みたものを妄想していた。

 

その妄想が現実へ飛び出してしまったのが、告白というあまりにも身の程知らずな行為。

当然、根暗でちょっと暴力的、それでいて性格がころころ変わる比企谷 八幡はフラれてしまった。

 

 

「へっ……」

 

 

苦笑いと懐かしみが混じった笑いが漏れる。

 

 

「それで、あなた。名前、は?」

 

 

と、座る場所の無い雪ノ下が、その貧弱な身体で机に積まれた椅子を降ろしながら問いかけた。

 

 

「北野武」

 

 

「……バカにしているのかしら」

 

 

「へへ、比企谷 八幡」

 

 

笑って答えると、雪ノ下は何も言わず椅子に座り、また本を読み始める。

 

思春期の少年なら、ここで甘いラブコメを妄想するのだろうか。

これが出会いとなり、部活を重ねていくうちに、恋に発展する。

そしてクリスマスやバレンタインのイベントを通り、二人は結ばれ……

 

みたいな。

考えていて馬鹿らしくなり、おかしくもあった。

そんな上手くいくはずねぇじゃねぇか。

仮にこの雪ノ下という完璧超人が俺みたいな変態に惚れるのであれば。

 

記憶の中にある数々の死は、無かっただろう。

 

 

岩城は薬の密売を止めて奥さんと末永く暮らしていたかもしれない。

 

ケンや片桐は撃たれずに済んで大物になっていたかもしれない。

 

堀部は下半身不随にならずに、家族と仲良く遊園地へ行っていた事だろう。

 

大友組は池本の後を継いでいたかもしれないし、木村も殺されずに済んだかもしれない。

 

 

かもしれない。

便利な言葉だと思った。

 

同時にらしくないと思う。

こんなに感傷的になるなんていつ以来だろうか。

本当らしくない、らしくない。

 

 

よし。

久しぶりにセンチメンタルになったところで、そろそろお開きと行こうか。

こういう場合、さっさと嫌われた方が早く終わるものだ。

 

俺は雪ノ下を見つめる。

ただ見つめるのではなく、雪ノ下という人物の、底を見つめるように。

 

すぐに視線に気が付いた雪ノ下がこちらを見返す。

まるで威嚇する様に鋭い目つきだった。

俺が猫ならあいつは虎か。

 

 

「へっへへ、お前いい根性してるじゃねぇかよ」

 

 

笑いながら褒める。

 

 

「褒めてるのかしら?」

 

 

「うん」

 

 

そこで会話が途切れた。

俺の目論見は失敗し、沈黙へと変わる。

 

数分視線を窓の外と雪ノ下を往ったり来たりしていた。

晴れた空と雪ノ下。名前は雪ノ下なのにこれが意外と似合う。

そんなくだらない事をつまみに、ありもしない酒を飲むのは贅沢だろうか。

 

ふと、とある疑問を雪ノ下にぶつけてみることにした。

 

 

「ここってよ、何の部活なんだ」

 

 

「当ててみたら?」

 

 

くるりと、シャフトのアニメのように振り向く雪ノ下。

俺だってアニメぐらい見るよ馬鹿野郎。

 

 

「鉄砲の通信販売」

 

 

「つまらないジョークね」

 

 

「じゃあ机の積み木部」

 

 

「もっとつまらないわ」

 

 

「答えは?」

 

 

「今私がここでこうしている事が部活動よ」

 

 

「お前が一番つまんねぇよ馬鹿野郎」

 

 

「あなた本当に失礼ね……」

 

 

すっかり興味を削がれた俺はまた空を見る。

すると、今度は雪ノ下の方から質問が来た。

 

 

「比企谷君、あなた女子と話したのはいつぶり?」

 

 

「なんだこの野郎、そんなの知ってどうすんだよ」

 

 

「質問に答えて」

 

 

「……」

 

 

そういや、いつぶりだろうか。

平塚はカウントに入るのか?入るなら、数分ぶり。

もし入らないのであれば……中学んときに話しかけられたと思った時以来か。

 

しばし考えていると、雪ノ下の減らず口が開いた。

 

 

「持つ者が持たざる者に慈悲の心を持ってこれを与える」

 

 

「あ?」

 

 

何やら小難しい事を言いだした。

 

 

「人はそれをボランティアと呼ぶの」

 

 

全然難しい事じゃなかった。

 

 

「困っている人に救いの手を差し伸べる。それがこの部の活動よ」

 

 

可憐な少女が風を受けながら立ち上がる。

まるで風が彼女の舞台をセッティングしているかの如く吹くと、同調する様に雪ノ下の黒髪が揺れた。

俺はと言えば、髪よりも少しだけめくれ上がるスカートを見ていた。

 

 

「ようこそ奉仕部へ、歓迎するわ。頼まれた以上、責任は果たすわ」

 

 

歓迎なんて微塵もしていない様子で、締めくくる。

 

 

「あなたの問題を矯正してあげる。感謝なさい」

 

 

その上から目線の言動に、記憶が叫びをあげた。

いや、これは比企谷 八幡という人間の、本心だった。

 

 

「問題だァ?てめぇ誰に向かって言ってんだこの野郎?」

 

 

静かに付いてしまった炎が、雪ノ下をやや驚かせた。

 

 

「知ったような口聞くんじゃねぇ!てめぇが誰だろうが俺は俺だ馬鹿野郎!」

 

 

立ち上がり、座っていた椅子を蹴とばす。

一瞬彼女の身体がビクついたが、すぐにごみを見るような目へと変わった。

 

 

「いいかこの野郎、俺は今の成績に不自由しちゃいねぇし顔だって普通だよ馬鹿野郎!友達彼女がなんだコラ、なんで俺が周りに合わせなきゃなんねぇんだよこの野郎!オラァ、言ってみろよアマぁ!」

 

 

ふっ、と雪ノ下が笑う。

ぶちぎれているにもかかわらず、彼女は余裕を見せていた。

それだけで今までの彼女の人生はそれなりに苦労していたことを物語っていたが、今の俺はそんな事には気が付かない。

ただこいつが気に入らない。なめられたらケジメをつけさせる。

 

 

「あなたに友達がいないのはその腐った根性と捻くれた感性が問題なようね。それと容姿についてだけれど、美的感覚なんて主観でしかないのよ?つまりこの場においては、私のいう事だけが正しいの」

 

 

「そうかい、なら俺の言う事も正しいだろ!この貧乳野郎!」

 

 

「あなたのそういう所、実に幼稚だわ。まるで怒りに身を任せてブレーキが利かなくなっているようだわ」

 

 

「てめぇ……」

 

 

言い返せない自分がいた。

俺の人格は、あの四人による部分が大きい。

あの四人に、知的かつまともな反論が出来るとは思えない。

筋が通るかは別として。

 

ファサァ、っと雪ノ下が髪を指でとぐ。

その様は実に絵になっていた。

それが妙に腹立たしくも美しくもある。

 

 

「さて、これで人との会話シミュレーションは完了ね」

 

 

「あぁ?」

 

 

にっこりと、雪ノ下は微笑む。

 

 

「私のような女の子と話が出来れば、大抵の人間とも会話が出来ると思うわ。少しは更生したんじゃないかしら?」

 

 

その天使のような佇まいは何人の男を虜にしてきたのだろう。

この四人にとっては、ただの敵としか映らないようだが。

 

 

「お前いつ俺が人と話せないっつった?俺ぁあんま口が多い方じゃねぇんだよ。更生なんて要らねぇよ」

 

 

「あなたは変わらないと社会的にまずいレベルだと思うのだけれど」

 

 

言い返せなかった。

正論だ。この四人と俺の元々の人格を考慮してみても、まともだとは思えない。

村川は沖縄でほぼ無言で一人で遊んだりしている訳だし、我妻なんて有利になる証言が聞けるまで徹底的に殴る有様だ。

 

何も言えなかった。

俺はいつも通り、無表情よりも少しムッとした表情で、猫背で身体を少し横へ傾けながら立ち尽くしていた。

 

 

 

「雪ノ下~邪魔するぞ~」

 

 

と、そんな時平塚がまたやって来た。

というよりは、ずっと扉の前にいたのだろう。

 

 

「比企谷の更生に手こずってるみたいだな?」

 

 

「本人が問題を自覚していないせいです」

 

 

まるでさも自分が正しいように雪ノ下は言う。

 

 

「変わるだの変わらないだの、てめぇが俺の何知ってんだよこの野郎。お前が俺語るほどなんか知ってんのか?どうなんだよ」

 

 

「あなたのそれは逃げでしょ?」

 

 

「変わんのも逃げじゃねぇのかよ。なんで今までの自分認めてやらねぇんだこの野郎」

 

 

ぷるぷると、雪ノ下の拳が震える。

俺はまだ彼女を睨んだままだ。

 

 

「それじゃ……」

 

 

掠れそうな声で、雪ノ下は言った。

 

 

「それじゃ何も解決しないし、誰も救えないじゃない!」

 

 

「お前そんなに偉いのかよ。救う救わないは、本人が決めんだ馬鹿野郎ッ!!!!!!」

 

 

お互い手が出る一歩手前まで行く。

雪ノ下がなぜそこまで変わることにこだわるのか分からない。

だが、俺……いや俺たちにも意地があった。

 

我妻も村川も、変わらなかった。そして、あの結末を迎えた。

記憶というのは感情も引き継ぐ。

だから、あの時の、変わらずに死んだときの二人の気持ちはよく理解できていた。

 

諦めと達成感。

恐らく二人の感情が混ざっているのだろう。

だが、二人とも後悔は無かった。

ただ現実と向き合い、今の自分を肯定し、ただ前進して死んだ。

西もそうだ。

今の自分にやれることをすべてやって、添い遂げた。

 

だから、目の前にいる弱冠16歳程度の小娘に、それを否定されているような気がして、俺は声を荒げていたのだ。

 

 

 

「まぁ落ち着きたまえ!」

 

 

唐突に平塚が割って入る。

 

 

「古来より、互いの正義がぶつかった時は勝負で雌雄を決するのが少年漫画の習わしだ」

 

 

「あぁ?なんだ急に」

 

 

思わず素っ頓狂な声が出てしまう。

 

 

「つまりこの部で、どちらが人に奉仕できるのか、勝負だ!」

 

 

ビシッと、平塚は指をさす。

まるで少年漫画のキャラクターのようなその動作は、彼女がなぜ結婚できないかを物語っていた。

 

 

「なんだこの野郎、教師が生徒焚き付けんのかコラァ!」

 

 

スッと、怒る俺に指先を向けて制する。

大友という人格は非常に荒っぽいから、こういう理不尽な時に出やすい。

 

 

「勝った方が負けた方に何でも出来る、というのはどうだ?」

 

 

なんでも。

この言葉を聞いて、過去に回答を持ち合わせている大友の記憶がフラッシュバックする。

 

 

「なんでもすんのか?」

 

 

「そうだぞ!」

 

 

自信たっぷりの平塚に、ニヤケ面を向ける。

 

 

「野球やろっか」

 

 

ただし敗者がバットになる。

だが、雪ノ下が断りを入れた。

 

 

「お断りします。この男が相手だと、身の危険を感じます」

 

 

「へへ、よく分かってんじゃねぇか」

 

 

性欲ではなく、凶暴的な眼差しを向ける。

高校生全員が邪な事を考えている訳ではない。

例えば俺みたいな危ない奴のまとまりだと、真っ先に暴力が出てきてしまう。

 

おそらく、我妻や西の、大切な人以外にそういう気持ちを持ちにくい人格が邪魔しているのだろう。

 



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そのガハマ、結衣につき。

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。

結局、俺は奉仕部に入れられ、平塚の安い挑発に乗った雪ノ下と勝負することになった。

俺の意思なんざ関係なく進んでいく話に、やや辟易しながらも、新しい刺激に少しだけ期待しつつある。

まぁ美人の姉ちゃんと一緒の教室でなんかやるってんなら、その気がなくとも乗り気にはなるってのが男の性だ。

それに平塚から色々脅されてちゃあ、学生としては行かざるを得ないだろう。

ヤクザでは親の言う事が絶対であるように、学生は先公の言う事が絶対なんだからよ。

 

いつも通りクラスでは誰とも会話せず、放課後にマッ缶を片手に奉仕部の部室へと向かう。

他の記憶ではこんな甘ったるいもん好き好んで飲んでいた試しがなかったが、比企谷 八幡という男はこれが大好きなのだ。

もはや珈琲と呼べるか分からない飲み物を一口含み、俺は扉を開けた。

 

そこには、案の定雪ノ下の姿が、昨日とほぼ変わらない様子で本を読んでいた。

 

 

「よう」

 

 

挨拶だけして教室へ入り、昨日雪ノ下が重そうに降ろしていた椅子へと腰かける。

雪ノ下は一瞥もせず、名前の通り静かに本を読む。

 

やることが無いのでとりあえずは俺も読書でもしようかと思っていた矢先、雪ノ下が口を開いた。

 

 

「こんにちは。もう来ないかと思ったわ。もしかしてマゾヒスト?」

 

 

遅い挨拶に憎まれ口を挟む当たり、性格が悪い。

 

 

「俺がそんな風に見えんのかよ」

 

 

「だったらストーカー?」

 

 

さすがに笑った。

いつものように不気味なニヤケ面をしつつ、

 

 

「俺がいつお前の事好きだっつったんだよ」

 

 

「あら、違うの?」

 

 

彼女は純粋に疑問だというような表情をこちらに向ける。

 

 

「へへ、違えよ馬鹿野郎。自信あり過ぎじゃねぇのか」

 

 

雪ノ下へ向くように座り直し、彼女を笑う。

そしてそんな質問を簡単にしてしまうこの女に、素朴な質問をしてみせた。

 

 

「お前よぉ、友達いんのか?」

 

 

「そうね、まずどこからどこまでが友達なのか定義してもらってもいいかしら?」

 

 

「もういいよ、大体わかったからよ」

 

 

そんな事言うやつはだいたい友達がいない。

 

 

「人に好かれそうな奴なのに友達いねぇんだなぁ」

 

 

そう言うと、彼女は少しだけムッとして答えた。

 

 

「あなたには分からないわよ」

 

 

そしておもむろに立ち上がる。

 

 

「私って昔から可愛かったから――近づいてくる男子は大抵私に好意を寄せてきたわ」

 

 

「人に好かれてんのにぼっちなのかよ。へへ、お前矛盾してんじゃねぇか」

 

 

彼女は窓の外を見て自身について語りだす。

それは非常に人間的で、とても醜い思い出話だった。

 

誰からも好かれる奴なんていない。

好かれれば、当然誰かからは嫌われる、そんな当たり前で、残酷な体験を彼女はして見せたのだ。

女子からの嫉妬、それに伴う被害。

正直、簡単に想像できた。可愛いってのも酷だよなぁ。

 

思えば、記憶の中の人物も、誰かを惹きつける反面、敵を作りやすい奴らばっかりだ。

いや、むしろそんな奴しかいない気がする。

 

 

「人は皆、完璧ではないから」

 

 

意外にも雪ノ下は、その名前とは裏腹に、熱く語った。

 

 

「優秀な人間ほど生き辛い世の中なのよ。そんなのおかしいじゃない」

 

 

だから、と雪ノ下は続ける。

 

 

「だから変えるのよ。人ごとこの世界を」

 

 

「お前、あいつら(TAKESHIS')よりもぶっ飛んでんなぁ。頭おかしいんじゃねぇか」

 

 

笑って彼女を称賛してみせる。

頭がおかしいというのは、俺からしてみれば褒め言葉だ。

 

 

「それでも、あなたのようにグダグダ乾いて果てるよりマシだと思うけれど……あなたの、そうやって弱さを肯定して何もかも笑ってしまう部分。嫌いだわ」

 

 

バッサリと、彼女は斬り捨てた。

俺はこれ以上彼女とやり合おうとはせず、二人してそのまま沈黙に身を任せる。

 

持つ者ゆえの苦悩ってのもあるんだなぁ。

記憶や今の自分含め、持ってないものばっかりだったから、新たに知った世界について俺は興味があった。

同時に、持たざる者ゆえの苦悩もあるのだと、内心思いながらも、それを彼女に語るのは筋違いだと感じた。

 

人間、誰しも自分をごまかす。

理想と現実は違うから、ごまかして生きるのが普通の人間だ。

 

でも、彼女はそれを良しとせず、努力する。

抗い、生きようとする。

なんだか、俺と、俺の持つ記憶の人物に少しだけ似ている。

気に入らない事に抗い、ぶつかっていく様が、どこか親近感を持たせるのだ。

 

柄じゃねぇのは分かってるけど、それでも今はこの沈黙すら心地良い。

やっぱ俺変態なのかなぁ。

 

 

「なぁ雪ノ下」

 

 

柄じゃねぇよなホント。

そう思いつつも、好奇心は狂犬をも殺す。

 

 

「友達に、ならねぇか」

 

 

「ごめんなさい、それは無理」

 

 

あっさりと拒絶された。

分かってはいたが思わず笑い、

 

 

「馬鹿野郎、へへ」

 

 

と一言だけ返した。

 

 

 

 

 

コンコン、と扉を叩く音がしたのはそれとほぼ同時だった。

雪ノ下の許しが教室に響くと、扉が開かれ、一人の女の子が中へと入ってくる。

 

 

「失礼しまーす」

 

 

雪ノ下とは対照的な女の子だった。

清楚な感じはせず、元気はつらつとしているような格好と髪型、それにおっぱい。

すげぇな、おっぱいでけぇのかよ。悪いな雪ノ下。

 

右側の髪をお団子結びにするその女の子には見覚えがあった。

確か俺と同じクラスの、いわゆるリア充グループの連中の中の一人だ。

 

 

「平塚先生に言われて来たんですけど……」

 

 

そう言う彼女と目が合う。

俺は無表情で彼女を見ていたが、彼女の方は心底驚いた様子で、身振り手振りを交えてそれを表現した。

 

 

「な!なんでヒッキーがここにいんの!?」

 

 

「部員がいちゃ悪いのかよ」

 

 

雪ノ下の声に比べて、非常にやかましいその声は耳に来る。

ヒッキーとかいうわけのわからない呼び名に首をかしげながら俺は不機嫌そうにそう答えた。

 

 

「2年F組、由比ヶ浜 結衣さんよね?」

 

 

いつの間にか立ち上がっていた雪ノ下がそう尋ねる。

 

 

「とにかく座って。……比企谷君、椅子」

 

 

雪ノ下が俺を見ながら机の上に積まれている椅子を指差す。

俺は何も言わず、この教室の女王様の命令に従った。

椅子を机から降ろし、雪ノ下の席の近くに置く。

由比ヶ浜はなぜか嬉しそうにそこへ座った。

 

 

「あたしのこと知ってるんだ!」

 

 

「全校生徒知ってんじゃねぇのか?」

 

 

ある意味皮肉交じりに言いつつ、俺は彼女達から少し離れた場所へと座る。

 

 

「いいえ。少なくともあなたの事は知らなかったわ」

 

 

そう答える雪ノ下の声色は得意げだった。

 

 

「そうかよこの野郎」

 

 

「気にする事ないわ。あなたの存在から目をそむけたくなってしまう私の心の弱さが悪いのよ」

 

 

「なんだこの野郎、お前俺に喧嘩売ってんのか」

 

 

「いいえ、正直に自分の非を認めているだけよ」

 

 

「へ、お前相変わらず口が減らねぇな。だから友達できねぇんだよ」

 

 

「あなたに言う権利は無いわ、ぼっちヶ谷君」

 

 

「へへ、センスねぇよ馬鹿野郎」

 

 

そんなやり取りを間で見ていた由比ヶ浜が、思った事を口にする。

 

 

「なんか、楽しそうな部活だねっ!」

 

 

「頭おかしいんじゃねぇのかおめぇ」

 

 

思わず直球な事を言ってしまったが彼女は気にせず喋る。

 

 

「それにヒッキーよく喋るよね!」

 

 

「なんだ、おめぇ俺の事教室で見てんのか。へへ、こいつのがよっぽどストーカーじゃねぇか雪ノ下」

 

 

目の前のちょっと頭が弱そうな娘を指差す。

由比ヶ浜はそれを否定する様に手を広げた。

 

 

「ストーカーじゃないしっ!なんつーかその、ヒッキーもクラスにいる時と全然違うし、雰囲気恐いしキモいし」

 

 

「うるせぇんだよこの野郎、お前だって変なギャルみてぇな格好してんじゃねぇか」

 

 

唐突な罵倒に思わず反論する。

 

 

「はぁ!?ビッチってなんだし!?」

 

 

「言ってねぇよ」

 

 

「大体あたしはまだ処……」

 

 

そこまで言いかけて由比ヶ浜は自分が何を言っているのかを理解して必死に否定した。

こいつ面白れぇな、バカでよ。

 

 

「うっほああああああなんでもない!」

 

 

真っ赤に顔を染めているところからして、彼女は本当に処女なのだろう。

処女だからって別に、差別したりなんなりしないけどよ。

 

 

「別に恥ずかしいことではないでしょ?この歳でバージ……」

 

 

「うっはああああああちょっと何言ってんの!?高二でまだとか恥ずかしいよ!雪ノ下さん女子力足んないんじゃないの!?」

 

 

雪ノ下のフォローだかディスってんのかよく分からない発言に、由比ヶ浜が噛みつく。

んなこと言ったら俺だって童貞だよ馬鹿野郎。

俺は女子二人の和気あいあいとした様子を笑い半分に眺めていた。

 

 

「くだらない価値観ね」

 

 

「なぁにが女子力だこの野郎。お前そんなんだから処女なのにビッチ臭いんだよ馬鹿野郎」

 

 

俺も追撃する。

すると由比ヶ浜は180度反転して今度は俺に食ってかかった。

 

 

「ちょっと!人をビッチ呼ばわりとかありえない!ヒッキーマジでキモイ!」

 

 

「うるせぇんだよこの野郎!ぎゃんぎゃんぎゃんぎゃん騒ぎやがってこの野郎!ビッチ呼ばわりが駄目ならおめぇのヒッキー呼ばわりはいいのかコラァ!」

 

 

あんまりにもうるさいのでこちらも声を荒げる。

だが彼女はプルプルと震えながら、

 

 

「こんの……ほんとキモイウザい!つーかマジあり得ない!」

 

 

「へへへへへへへ、お互い様だ馬鹿野郎」

 

 

騒がしいけど怒鳴るにはちょうどいい奴だ。

 

 



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そのクッキー、凶暴につき。

ここから会話内容などが変わります。


 

 

 

 

 「クッキーだぁ?」

 

 

 家庭科室。

俺と雪ノ下、そして由比ヶ浜の三人。

女二人はエプロンを身にまとい、俺はいつもの立ち方で二人の準備を見つめていた。

ろくに料理をしたことがない由比ヶ浜はエプロンの付け方もちゃんとなっておらず、そのたびに雪ノ下が小言を言う。

美少女二人がじゃれあっている光景はそっちの趣味がある奴らからすればたまらないだろう。俺にそんな気ねぇよ。

 

それで前述のクッキーに関してだが、雪ノ下が解説を入れた。

 

 

「手作りクッキーを食べて欲しい人が居るそうよ」

 

 

「でも自信がないから手伝ってほしい……というのが彼女のお願い」

 

 

解説しながら雪ノ下は準備を淡々と進める。

いつものように髪を下ろしてるのではなく、後ろでまとめている彼女の姿に興味をそそられつつも、話を進める。

 

 

「そんなん友達に頼めばいいじゃねぇか」

 

 

正論を言うと、由比ヶ浜はしどろもどろといった様子で理由にならない理由を語る。

 

 

「それはその、あんま知られたくないし……こんなマジっぽい雰囲気友達とは合わないから……」

 

 

「お前それ友達って言えんのか?雰囲気ばっかで顔色窺わなきゃなんねぇのは働いてからでいいんだよ馬鹿野郎」

 

 

嘲笑する様に笑いながら投げかける。

由比ヶ浜もそのことに対して疑問を持っていながらも、本人は気付いていないだろうが話をそらすように俺への攻撃に入った。

 

 

「馬鹿って言うなし!それに平塚先生から聞いたけど、この部って生徒のお願い叶えてくれるんだよね?」

 

 

すると、その言葉に反応したのは雪ノ下。

彼女は準備を中断して由比ヶ浜へと向く。

 

 

「いいえ、奉仕部はあくまで手助けするだけ。餓えた人に魚を与えるのではなく、取り方を授けて自立を促すの」

 

 

アフリカで同じことやっても全然自立しねぇけどな。

この前やっていたニュースの内容を思い出してそんな事を思っていると、由比ヶ浜は感心したのかなんなのか。

 

 

「な、なんかすごいね」

 

 

小学生みたいな感想を言って奉仕部というか雪ノ下の思想を褒めた。

雪ノ下はそんな褒め言葉に何も言う事は無く、由比ヶ浜の曲がったエプロンを再度直す。

由比ヶ浜が感謝すると、雪ノ下は少しだけ照れたように目を伏せた。

良い趣味してるじゃねぇか。

 

しかしそれだと俺がいる意味がない。

料理こそ多少はするものの、菓子なんてもん作ったことないし、そう言うのは妹の小町の専売特許だ。俺は食べる側。

 

 

「じゃあ俺帰るわ。あと頼んだぞ」

 

 

「あ、ちょっとヒッキー!」

 

 

そう言ってポケットに手を突っ込み、おもむろに家庭科室から立ち去ろうとする。

 

 

「待ちなさい。あなたは味見係よ」

 

 

「そんなもんお前でも出来んだろ」

 

 

「分かってないわね。男女の意見が重要なのよ」

 

 

雪ノ下に止められ、俺は渋々椅子に座る。

めんどくせぇ事はあんま好きじゃないんだけどな。

そんな顔すんなよ由比ヶ浜。

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして、クッキーが出来上がる。

正確に言えばクッキーではなく、クッキーを作ろうとして失敗した木炭みたいな食い物。

犬の餌に劣るとも知れないそれは、おおよそ人が食するようなものではないのは見れば分かる。

こんなん味見するまでもねぇじゃねぇかよ。

 

 

「どうしてあれだけミスを重ねることができるのかしら……」

 

 

こめかみを手で押さえ、雪ノ下が困惑する。

無理もない。

あれだけ懇切丁寧に教えておきながら、由比ヶ浜は徹底的に失敗してみせた。

わざとやってるんじゃないかと思うくらいだったが、雪ノ下の苦しむ姿が見れたことに内心喜びながら俺は何も言わずにただその光景を見守っていた。

だから、クッキーが出来た時に今からこれを食べるんだという事を思い出して、雪ノ下と同じ表情をしてしまった。

 

できそこないのクッキーを掴んでまじまじと観察する。

 

 

「お前これ土手に落ちてる犬のうんこみてぇじゃねぇか」

 

 

苦笑いしながらそう言うと、落ち込む由比ヶ浜を守る様に雪ノ下が俺を睨んだ。

由比ヶ浜もクッキーを手に取り、うーんと何かを連想させている。

 

 

「確かにうちの犬がうんちしたときっぽいかも……」

 

 

「……死なないかしら」

 

 

雪ノ下が困ったように俺に尋ねてくるが、俺は思わず笑った。

 

 

「うんこ食ったくらいじゃ死なねぇよ」

 

 

「だからうんちじゃないし!」

 

 

汚い言葉が飛び交う家庭科室。

普段からは絶対に考えられないだろう。

 

さて、と雪ノ下は気を取り直してまた材料を用意する。

まだやんのか、俺そろそろ本気で帰りたいぞ。

 

 

「どうすればちゃんとしたものが出来るのか考えましょ」

 

 

そう言って悩む雪ノ下は絵になるが、俺は対照的に疲れたような態度で椅子に座っていた。

 

 

「もう料理しなきゃいいんじゃねぇか」

 

 

冗談でそう提案すると、由比ヶ浜は納得したように、それで解決しちゃうんだ!と言った。

こいつやっぱ馬鹿だなぁ、なんて思いながらも、それがまた愛嬌みたいに感じられて面白い。これならすぐに男も出来るだろ。なんで処女なんだろうな。

 

由比ヶ浜はローリングピンを握りつつも落ち込んだように言う。

 

 

「やっぱりあたし、料理に向いてないのかなぁ?才能って言うの?そんなのないし……」

 

 

才能。

その言葉を聞いた時、ふと雪ノ下が目に付いた。

目に付いたというか、次にこいつが何を言うかなんとなく理解できた。

 

才能で全部片づけてしまうという行為は、恐らく雪ノ下が最も嫌いな行為の一つだろう。

 

 

「解決方法は努力あるのみよ」

 

 

雪ノ下は作業したまま続ける。

 

 

「由比ヶ浜さん、あなたさっき自分に才能がないって言ったわね」

 

 

「え、あ、うん」

 

 

「その認識を改めなさい。最低限の努力をしない人間には、才能がある人を羨む資格は無いわ。成功できない人間は、成功者が積み上げた努力を想像できないから成功できないのよ」

 

 

良い事言うなぁ、最近の若い奴らにも教えてやりたい。

あぁ、俺も若いわ。

 

 

「で、でもさぁ、最近みんなやらないって言うし、こういうの合ってないんだよ……えへへ」

 

 

ここから先は、俺が説教しようと、記憶が言った。

別に記憶の人格はそんなうるさい奴らではなかったが、元人格の比企谷 八幡という若者が何かを感じたんだろう。

 

雪ノ下が口を開く前に、俺は由比ヶ浜に物申していた。

 

 

「お前それやめねぇか?他人に合わせて生きてっとよ、後が苦しいぞ。それによぉ、そういうの嫌いなんだよ、俺」

 

 

「え?」

 

 

「そうやってやってもいねぇのに自分の非ぃ他の野郎に責任なすりつけやがって、てめぇなめてんのかこの野郎。お前が頼んだから雪ノ下がお前に教えてんだろぉ、あ?どうなんだよこの野郎、おめぇ恥ずかしくねぇのか?」

 

 

少しキレ気味に言ってしまうと、由比ヶ浜は下を向いて黙ってしまった。

雪ノ下は何も言わない。

彼女の気持ちを代弁したからか、それとも意見が合わなかった俺がそんな事を言いだしたからか。

少なくとも、彼女は驚いているような気もした。

 

由比ヶ浜が何か言おうとしている。

まずったな、もしかしたら俺平塚に怒鳴られるかもしれない。

 

 

「か、かっこいい!」

 

 

突然そんな事を言うもんだから、俺と雪ノ下は唖然とした顔で、そのちょっと抜けた女の子を見た。

 

 

「建て前とか全然言わないんだ!そういうの、かっこいい!」

 

 

煽ってるのかとも思ったが、彼女の顔を見る限り本心のようだ。

どうやら俺たち二人にその称賛を向けており、雪ノ下はたじろいでいる。

 

 

「え、いや、あなた彼の話を聞いてたのかしら?」

 

 

「お前、俺けっこうきつい事言ったぞ」

 

 

 



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全員、奉仕部

 タイトルは適当なうえに使いまわします。
誤字報告ありがとうございます。

息抜きで書いているので、一時的にこっちを優先します。
Falloutはチョットマッテ


 

 

 

 由比ヶ浜 結衣という少女は、空気を読むのがうまい。

その場に溶け込み、無難な事を言い、争う事もなくやり過ごす。

例えば強気な友達とも、弱気な友達とも、うまい具合に付き合いを保てるのだ。

しかしそれは長所とも短所ともとれる部分であり、諸刃の剣でもあることに、彼女は薄々気が付いていた。

 

目の前にいる一見すると根暗ともチンピラともとれる男と、それとは正反対な完璧少女の言葉は、彼女の心に何かときめくものを感じさせた。

少女の言葉には刺があるが、すべてが正論で反論の余地を残さない。

一方で男の言葉は荒々しくてやや知性に欠けるように聞こえるが、どれもしっくりと来るもので説得力があった。

 

空気を読む彼女としては、つるむには完璧な少女の方が好都合だろう。

でも、本心としてはその不機嫌そうな男の方に惹かれる何かがあった。

 

 

 

 由比ヶ浜は何回もクッキーを作った。

どれもおおよそ完成とは言い難いもので、雪ノ下はとうとう疲れを露わにする。

俺は最後に出来上がったクッキーを手に取って、その形をまじまじと見る。

相変わらずウンコみたいだが、最初のものよりはマシにはなっていた。

 

 

「どうして失敗するのかしら……」

 

 

雪ノ下が呟く。

このままじゃ良いものが出来るころには日が暮れてしまう。

そうなると帰るのが遅くなるわけだから、なんとか避けたい。

記憶の四人には、お節介焼きはいない。本来の比企谷 八幡も、そんな性格ではなかった。

それでも今は、頑張ったアホな少女の為に一肌脱いでやろうと思ってしまったのだ。

 

 

「おいお前ら、ちょっと外してくれ」

 

 

立ち上がりながらそう言うと、彼女たちは首をかしげた。

 

 

「なぜかしら比企谷君?」

 

 

柄にもなく予備のエプロンを制服の上から着る。

 

 

「俺がうまいもん作ってやっからよ、へへ。期待しとけよ」

 

 

「え、ヒッキーキモイ!」

 

 

「うるせぇなぁ、いいから早く出てけ!ほら!出てけっつーんだよ!」

 

 

半ば無理矢理彼女達を家庭科室から追い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分して、クッキーが出来た事を外に居た彼女たちに伝える。

怪訝な顔をしている雪ノ下が何かぶつくさ言っていたが、どうでも良かったので無視した。

 

家庭科室に入り、トレーの上に乗っているクッキーを見せる。

そこに乗っているクッキーは、あまりきれいな形とは言えない。

所々に焼いたのちに包丁で無理矢理形を整えたような跡があるし、焼きすぎにも見える。

 

 

「ほら、食ってみろ」

 

 

そう促すと、二人の少女は恐る恐るそのクッキーを口に含む。

続けざまに、顔があからさまな難色を示した。

 

 

「なんか、あんまり美味しくないね」

 

 

「……これがあなたの言う美味いものなのかしら?」

 

 

そう言われ、俺もあからさまにしょげたような顔をして見せる。

そしてクッキーが乗ったトレーを手にすると、その場から立ち去ろうとした。

 

 

「そっか、悪かったな。捨ててくるわ」

 

 

「え、ちょっとヒッキー!?……えっと、食べられないこともないよ?」

 

 

精いっぱい由比ヶ浜がフォローに入る。

雪ノ下も慰めの言葉の一つぐらいあってもいいが、彼女と俺の関係を考えると言えないのだろう。

 

俺はすかさず立ち止まり、いつものニヤケ面で言って見せた。

 

 

「お前のクッキーだからまずいのは当たり前だろうが、へへ」

 

 

「はぁ!?なにそれ!?」

 

 

「へっへへへっへ、びっくりしたろ」

 

 

「どういうことかしら、比企谷君?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大友の記憶の中に、おかしなものがある。

それは、大友の右腕で武闘派のヤクザでもある水野についての記憶だ。

ある日、大友組の面子が事務所の近くのクラブへ行ったときの事。

珍しく水野が気にかけていた女がいた。

 

一緒にいる時は大友について離れない水野だが、この時ばかりは大友の許しを得て女と酒を楽しんでいた。

 

 

「あいつが親分から離れて女と飲むなんて珍しいですね」

 

 

水野の兄弟である安倍が、冷やかすように言う。

 

 

「たまにはいいんじゃねぇのか?へへへ、あいつ遊んでばっかだしよ」

 

 

久しぶりに面白いものを見た大友も、同じように楽しむ。

石原だけは何か別の事を考えていたような気もしたが。

 

 

数日して、水野が嬉しそうに何かを事務所に持ち帰って来た。

どうやら女から手作りのチョコを貰ったらしい。

その時だけはやたら気前のよかった水野はそのチョコを、舎弟の組員にも食わせたのだが……そこで問題が起きた。

 

 

「どうだ美味いだろう、あ?へっへへへへへ」

 

 

ソファーに深く腰かけ、チョコを頬張る武闘派ヤクザ。

そんなあり得ない光景に内心笑いつつも、大友もチョコを一口食べる。

が、それが異様にまずかった。

苦いとか、そういうのではない。作り方を間違えているレベルでまずいのだ。

 

あんまり何か文句を言うと、水野が不機嫌になるから大友は黙っていた。

他の組員も顔をしかめて何も言わなかったのだが……彼の兄弟で舎弟、そして大友組の金庫番であった石原が、空気を読まずに言ってしまった。

 

 

「犬の餌みたいな味してますね」

 

 

大友は笑ってしまった。

一番言ってはいけない事を言った事に加え、それを言ったのが舎弟と来たら。

 

 

「あ?石原、まずいか?ん?」

 

 

チラッと、こちらを一瞬見たのちにそんな事を水野が言いだした。

そして、

 

 

「テメェ誰に向かって言ってんだコラァッ!!!!!!えぇ!!!???石原ぁあああああ!!!!!!」

 

 

ブチ切れて石原をボコボコにしていく。

周りの組員は水野を止めにかかったが、大友だけはただ笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……男ってのはよ、単純でさ、女の子から手作りのなんか貰うと、調子ん乗っちゃうんだよ」

 

 

水野の話をして、こう締めくくる。

すると雪ノ下と由比ヶ浜はちょっと引いた様子でこちらを見ていた。

 

 

「……比企谷君、それはあなたの体験談ではないわよね?」

 

 

「知り合いだよ、知り合い」

 

 

「ヒッキーの知り合いって……その、ヤクザなの?」

 

 

「うーん、どうかな」

 

 

適当にはぐらかす。

例として水野の話を持ってきたのはちょっとあれだったが、由比ヶ浜は納得したようだった。

……気持ちこもってても、犬の餌食う気にはならねぇなぁ。

 




会話文多めです


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義理とクッキーとコーヒー牛乳

 

 

 

 

 雨。

雨は好きではない。

行動が制限される上に、お気に入りの、ベストプレイスともいえる場所で昼食を食えないし、通学の際に自転車もまともに使えないからだ。

なにより、このクラスに居続けるのが酷で仕方ない。

どいつもこいつもうるさくて飯も満足に食えやしない。

なんだぁ由比ヶ浜のグループは。

当たり障りのない事ばっか言いやがって、つまらなくねぇのか。

あそこに水野をブッこんだらさぞかし楽しい事になるだろう。

 

 

「結衣さ~最近付き合い悪くない?」

 

 

「あ、えーと……」

 

 

仲良しに見えたと思ったら、今度は女王様が由比ヶ浜に対して嫌がらせ。

二転も三転もするあのグループは、まるで現代社会の凄まじい技術スピードを見ているようだ。

そんな大層なもんではないけど。

 

由比ヶ浜は空気が読める。

だが、それは相手に同調して生きているという事。

だからああやって矛先が自分に向くと、彼女には謝るか服従するかの方法しかない。

 

 

事の発端は女王様、三浦のレモンティー買ってきてと言うパシリ発言。

由比ヶ浜は昼食を誰かと取るらしく、やんわりと断ろうとしたが、それに対し三浦が喧嘩を吹っかけてきたのだ。

 

由比ヶ浜はよほど三浦の機嫌を損ねたくないのか、三浦の質問をはぐらかす。

 

 

「それじゃあわかんないじゃん、あーしら友達じゃん」

 

 

席が離れているのによく聞こえる。

よほど怒っているのだろう。

 

 

「なにが友達だよ馬鹿野郎」

 

 

いつものように嘲笑しながら呟く。

その間にも由比ヶ浜は責められ続ける。

 

俺はただ、まずい昼食を続けた。

彼女とは別に友達でもないただの知り合い。

助けてやる義理は……

 

 

本当にないだろうか。

一瞬、彼女と目が合った。

 

そう言えばクッキー、まずかったな。

頑張って作ったのに、最後まで味は犬の餌よりマシ程度だった。

 

 

「……貧乏くじばっかだよ」

 

 

自分で言っていて悲しくなる。

スマホをしまい、紙パックに入ったコーヒー牛乳だけ手にして立ち上がった。

 

義理ならあんじゃねぇか。

まずくても、クッキーもらっちまったんだからよ。

ああやって責められんのは俺だけでいいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「あんさぁ、結衣の為に言うけどさ、そういうはっきりしない発言って……」

 

 

「おい三浦」

 

 

由比ヶ浜のグループが支配する空間に、突如として不機嫌そうな男が現れる。

あ?と、三浦が机の前にいる男を見上げる。

名前を呼ばれたからには、こいつは何か言いたいのだろう。

 

 

「なんだしお前」

 

 

怒りと目の前の男にも劣らぬ不機嫌が混ざった表情と声色で言った。

彼女の恐ろしさは、彼女のグループのメンバーですら黙らせてしまう。

本来なら仕切り役の葉山という男でさえ、彼女に圧倒されて困っている始末だった。

 

だが、目の前の男はそんな女王にも屈せず彼女を見据えていた。

睨むわけでもなく、怯えることもないその表情と目つきは、まだ高校生であるその女王をやや困惑させた。

今までクラスの中心にいたが、こんなヤツいただろうか。

 

 

「飲みもん欲しいのか」

 

 

男が言った。

 

 

「は?」

 

 

三浦が聞き返す。

中心核の葉山と由比ヶ浜は、男の突拍子も無い行動に混乱した。

ただでさえこんな状況なのに、そこにイレギュラーな事態が舞い込んできたからだ。

 

 

「ひ、ヒッキー……」

 

 

「お、おい君……」

 

 

由比ヶ浜と葉山が何かを言う前に、三浦が彼を制した。

 

 

「あんた何?急に出てきて……」

 

 

「飲みもん欲しんだろ、ん?」

 

 

また同じ質問。

 

 

「お前には関係ないし」

 

 

「欲しいかって聞いてんだよ」

 

 

その態度が、彼女のプライドを傷つける。

 

 

「そうだよ欲しいよ、あんたに関係あんの?」

 

 

そう逆に聞き返すと、男はニヤッと不敵に笑った。

 

 

「やるよコーヒー牛乳」

 

 

男が左手に持ったコーヒー牛乳のパックを三浦に向ける。

刺さったストローは直前まで飲んでいたのか、少しだけ中身を含んでいた。

 

舐めている。

この男は、あーしを舐めてやがる。

三浦がそう考えるのに、苦労はしなかった。

 

 

「こんな飲みかけのコーヒー誰が……」

 

 

刹那。

ぶにゅっという鈍い音が響き、男の持っていた紙パックから茶色い液体が溢れた。

勢いよく溢れた液体は、三浦の顔目がけて襲いかかり、彼女の言論を止めた。

よく見れば、男が握る紙パックが握りつぶされている。

 

葉山と由比ヶ浜、そしてグループのメンバーのみならず、クラスでその様子を見守っていた者たちの背筋が凍った。

 

だが、男の行動はそれだけでは済まなかった。

 

 

パァンッ!!!!!!

続けざまに弾けるような音が響く。

 

 

「ぐえッ!!!!!!」

 

 

なんと、男が三浦の頭を、となりの机に放置されていた分厚い教科書で真上から引っ叩いたのだ。

三浦の首はその勢いに負け、彼女の顔面は机に叩きつけられる。

 

葉山の顔が青く染まる。

 

 

「ちょ、ヒッキー!?」

 

 

由比ヶ浜が慌てるが、ヒッキーという男は動じない。

目の前でひれ伏すように頭を押さえる三浦を、見下すように見下ろしていた。

 

 

「友達なら仲良くしろよ馬鹿野郎」

 

 

低めの、ドスの入った声で男が言った。

 

 

「お、おいお前ッ!」

 

 

最初に反応したのは三浦ではなく葉山だった。

三浦はあり得ない状況と痛みに混乱していて、何も言えずにいる。

 

葉山は自分よりも小さい不機嫌そうな男を彼女から離そうと手を伸ばす。

 

 

が、

 

 

「引っ込んでろこの野郎」

 

 

一言。

 

たったその一言で、葉山は動けなくなってしまった。

今まで経験した事の無い得体の知れない恐怖が、葉山を襲う。

 

 

「おいお前あんま調子に乗んなって!!!!!!」

 

 

しかし、その恐怖に気が付かない葉山の金魚の糞のチンピラが、男に噛みつく。

彼の胸倉をつかみ、今にも殴りかかりそうな勢いで。

 

 

「うげっ!?」

 

 

そいつが声をあげたのは同時だった。

急にくの字に折れ曲がり、まるで腹痛のように腹を押さえたのだ。

よく見れば、男の膝が、チンピラの腹に突き刺さっていた。

 

男は乱れた襟元を直すと、倒れたチンピラに追い打ちをかけようとする。

 

 

 

 

「そこまでよ、比企谷君」

 

 

 

教室の入り口から、透き通るような声が響く。

ぴたりと、男の上がった足が止まった。

お弁当箱を持った雪ノ下が、そこにはいた。

 

 

「あなた、ちょっとやり過ぎじゃなくて?」

 

 

「そういう事はこいつらに言えよ」

 

 

「口よりも先に手が出るなんて、どこの暴力団かしら」

 

 

男は言葉を返さない。

代わりに、ようやく動けるようになった葉山が怒りを露わにした。

 

 

「おいヒキタニ!お前」

 

 

言い終える前に、男が葉山を睨む。

またしても葉山は言葉を失う。

 

 

「自分の女の面倒ぐらい見とけ馬鹿野郎」

 

 

それだけ言うと、彼はポケットに手を入れ、背を向けて教室を去ろうとする。

三浦が何か言いたげだったが、その気迫と恐ろしさに声が出なかった。

 

男が雪ノ下の隣を通り過ぎ、教室を出る間際にクラス全体を見回した。

こんな状況になっているのに、誰一人止めに入らず何も言わない愚かなクラスメイト達。

目をそらす彼らを一瞥し、

 

 

「見てんじゃねぇこの野郎ッ!」

 

 

怒鳴った。

ようやく彼は消え失せ、教室に平穏が戻る。

 

 

「……由比ヶ浜さん、先に行ってるわね」

 

 

沈黙の中、雪ノ下が友人に伝え、同じように教室を後にした。

静まり返る教室。

幸運にも、誰も男の行為を先生に告げるものはいなかった。

 

いや、必然かもしれない。

 



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BROTHER

沢山のご感想や評価有難うございます。
今回一番キャラが変わっている人物が出てきます。


 

 

 

 放課後。

あんなことがあったにもかかわらず、由比ヶ浜は三浦と和解していた。

特に指を詰められたりけじめをつけろと言われたりしなくて良かったなと思いながら、俺は部室へと向かう。

まぁ高校生で指詰めろはねぇか、あったとしても根性焼き程度だ。その時は俺が代わってやらなけりゃならないだろう。

 

いつものようにポケットに手を入れ廊下を歩いていると、部室の扉の前に奇妙なものが見えた。

それは、由比ヶ浜と雪ノ下の姿……なのだが、二人とも扉の前で何かしている。

少し開いた扉の隙間から、中を観察しているのだ。

 

 

「何やってんだお前ら」

 

 

怪訝な表情で声をかけると、二人してこちらに寄って来てこっそりとした声で言いだした。

 

 

「比企谷君、何かガラの悪い男が部室にいるのだけれど」

 

 

「あれ、絶対そっちの人だよね……」

 

 

どうやら誰か部室にいるらしい。

今度は俺が覗いてみる。屈んで、わずかに開いた隙間からこっそりと教室の中を確認してみた。

 

眉を細めた。

床には紙が散乱しており、窓際には小太りで、制服の上からスーツを羽織った男がいたのだから。

 

右手にはタバコのような何かを持っているが、煙は出ていない。

左手はポケットに手を突っ込んだまま。

明らかにガラが悪い。見た目は俺以上だろう。

だが、なぜか見覚えがある。

 

 

「……なんだあいつ?」

 

 

「あら、てっきりあなたの『友達』かと思ったわ」

 

 

いちいち嫌味で返してくる雪ノ下。

俺は彼女の顔を見返す。

 

 

「お前俺の事なんだと思ってんだ?」

 

 

「すぐ暴力に走るチンピラ」

 

 

返す言葉はなかったから、そのまま扉を開ける。

もしこいつが何かよからぬことをすれば、雪ノ下の俺に対するチンピラレベルが上がってしまうだけだ。

 

音を発てて扉が開かれると、ガラの悪い男はタバコのようなものを窓の外から投げ捨てる。

奴はまだ背を向けたままだ。

 

奴の後ろまで来ると、俺は足を止めた。

 

 

「おい」

 

 

呼びかけると、反応したように男は首を動かした。

そして、とうとうこちらを向く。

 

男の顔にはサングラス。

それもチンピラがかけていそうな、趣味の悪いものだ。

髪型はオールバックで、白髪のように灰色に染めている。

 

 

「……待ってたぜ、兄貴」

 

 

男がそう言うと、サングラスを外す。

正直、素顔を見てもすぐには思い出せなかった。

いくら記憶の中にヤクザがいても、比企谷 八幡として生きている中で兄弟分を持った事は無いし、ましてやヤクザになったこともない。俺はなんだかんだ至極真っ当な人生を歩んできたからだ。

 

だから、そいつが前に体育でペアを組んだ奴だと分かるまで、時間が掛かってしまった。

 

 

「……お前材木座か」

 

 

そう尋ねると、男は不敵に笑って頭を下げた。

まるで鏡を見せられているような気分だった。

 

 

「久しぶりですね、兄貴。覚えていてくれましたか」

 

 

やはり。

どこかで見たシルエットだと思ったら……だが、こいつ前に見た時と全然違う。

前は、バンダナにロングコート、そして指ぬきグローブという中二病だった。

言動も何かアニメ染みていたし、少なくとも目の前にいるようなチンピラでは無かったはずだが。

 

 

「知り合いかしら?」

 

 

いつの間にか雪ノ下と由比ヶ浜が俺の後ろに隠れるようにしていた。

俺は振り返り、また材木座に向き直る。

 

 

「材木座っつー、知り合いだよ」

 

 

そう言うと、材木座は後ろの二人を品定めする様に眺める。

前は女子に話しかける事なんてできなかった奴が、人が変わったように下衆い視線を二人に送っていた。

 

 

「へっへっへ、流石っすね兄貴。こんな美人二人も侍らせちまうなんて、葉山でも出来ませんよ」

 

 

「お前何しに来た」

 

 

材木座の称賛を無視してそう尋ねると、彼はサングラスをかけ直して懐を探った。

一瞬警戒する。記憶がこういう輩が懐を探るという行為に対し警鐘を鳴らしたのだ。

 

だが、取り出したのはタバコの箱……ではなく、ココアシガレットの箱だった。

材木座は一本だけそれを取り出すと、口に咥える。

若干呆れたような顔でそれを見ていると、今度は近くにあった椅子に座った。

 

 

あぁ、大体わかった。

こいつまだ中二病だ。

 

 

「ちょっとぉ、兄貴に挨拶がてら見てもらいたいものがありましてね」

 

 

そう言いつつ、お菓子を咥えて優越感に浸る材木座。

雪ノ下と由比ヶ浜は相変わらずビクついていたが、俺は対照的に笑いが込み上げていた。

それをすべて吐き出さず、いつものようにニヤケ面で表す。

 

そして材木座の目の前まで近づいた。

 

 

「兄貴?」

 

 

「ヤクザぶってんじゃねぇッ!!!!!!」

 

 

バチーン!

材木座の顔目がけてビンタを繰り出す。

同時に咥えていたココアシガレットと、かけていたサングラスが宙を舞った。

 

材木座は一瞬何が起きたのか分からず、目を大きく見開いて赤く染まった頬を押さえた。

 

 

「あ、兄貴?え?」

 

 

「それやめろッ!」

 

 

もう一度ビンタ。

すると材木座はあたふたして椅子から転げ落ちそうになる。

 

 

「ちょ、すみません!すみません八幡!許して!」

 

 

「てめぇどこ座ってんだ!降りろコラッ!降りろっつってんだよ!」

 

 

ドカドカと蹴りを入れる。

材木座は椅子から素早く降りて土下座しだした。

 

 

「ごめんなさいッ!八幡ごめんなさい!」

 

 

「なんだこの野郎、てめぇの兄貴の事呼び捨てかッ!」

 

 

「え、だってそれやめろって……痛いッ!冗談じゃなく痛いッ!」

 

 

材木座の横っ腹を蹴る。

 

 

「ヒッキー!」

「比企谷君!」

 

 

後ろで見ていた二人が叫んだ。

俺は足を止めて振り返る。

 

 

「……おい起きろ!おら!起きねぇか!」

 

 

無理矢理材木座の腕を掴んで立ち上がらせる。

そして女子二人に向き直らせると命令した。

 

 

「謝れこの野郎!二人に謝れ!」

 

 

そう言いながら材木座の足を蹴る。

 

 

「も、申し訳ありませんでしたぁ!!!!!!」

 

 

なぜか材木座は俺に謝って来たのでまたビンタする。

 

 

「俺じゃねぇよ馬鹿野郎!二人だっつってんだろ!」

 

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 

「誠意見せろコラ!指詰めろ馬鹿野郎!」

 

 

「そ、それだけは!」

 

 

「お前ヤクザだろ!詰めろっつってんだ!」

 

 

結局この騒動は、雪ノ下が止めに入るまで続いた。

 

 



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中二病、ここに眠る

 

 

 

 

 

 正座した材木座を中心に、俺たちは椅子に座って紙束を見る。

そこに書かれているのはやっすい偏差値35ぐらいの……異世界転生小説だ。

書いた奴は顔が腫れて鼻血を出して正座している材木座。

さっきまでの態度はどこかへ消え去り、まるで親父に呼び出されたヤクザみたいに縮こまっていた。

 

材木座がここに来た理由。

それは、自分の書いた小説を呼んで評価してほしいという、なんともまぁどうでもいい理由だった。

なぜ格好が前のように中二病全開でないのかと尋ねると、ちょっと前にVシネマを見てハマってしまったらしい。ありがちな話だ。

 

しかしまぁ、あんだけ焼き入れればもうこんな格好しないだろう。

 

 

「……なんだ、こりゃあ?」

 

 

一ページ読んで、眉を細める。

一言でいえば酷い文章だ。

日本語の使い方もなっていないし、設定もめちゃくちゃだ。

 

雪ノ下も同じことを思っていたようで、容赦なくこの駄文を斬り捨てていく。

由比ヶ浜も由比ヶ浜で、フォローしようとして逆に貶してた。

 

 

「お前これなんのパクりだ?」

 

 

「八幡……もうやめてぇ……」

 

 

「八幡じゃねぇだろお前、兄貴の事呼び捨てにすんのかこの野郎」

 

 

「あ、兄貴」

 

 

「ヤクザぶってんじゃねぇこの野郎!」

 

 

「痛いって八幡!ケリは痛いですって!」

 

 

「比企谷君、うるさいわ。もうやめなさい」

 

 

雪ノ下に制されて材木座をいたぶるのを止める。

こいつにだけは口喧嘩では敵わないから、素直になろう。

 

 

「お前これ持って帰って全部読めってか?」

 

 

「はい、お願いします」

 

 

「この野郎なんでてめぇのために時間作らなきゃいけねぇんだ」

 

 

「え、だってここに相談しろって平塚先生が」

 

 

「うるせぇよ馬鹿野郎、俺の前でその名前出すな!」

 

 

「もうヒッキーは黙ってて!」

 

 

とうとう由比ヶ浜にも制されてしまった。

だが雪ノ下はともかく由比ヶ浜に何か言われる筋合いはないので今度は由比ヶ浜に噛みつく。

 

 

「うるせぇなこの野郎、お前のがうるせぇのに俺に命令すんのか」

 

 

「今は関係ないし!」

 

 

「だからそれがうるさいってんだよ馬鹿」

 

 

「馬鹿って言うなし!」

 

 

「馬鹿野郎!馬鹿野郎!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、材木座の小説を持って帰ることになった。

雪ノ下が叩いてくるとは思わなかったし、一応部長だから言う事を聞く事にした。

そして夜、俺は自分の部屋で材木座から受け取った小説を読む。

しかしまぁよくこんなもん何百ページも書いたなあいつ。

 

一ページ目は読んだから二ページ目も見る。

なんでいきなり異世界に飛んでんだ。

読む気を無くした。明日でいいか。

 

小説を放っぽってベッドの上に寝転ぶ。

ふと、材木座の格好の事を思い出した。

 

どこにでもいるようなチンピラが、どこか懐かしくもあった。

兄貴と呼ばれるなんて何年振りだろう。

いや、比企谷 八幡としては初めてだった。

 

それでも、兄貴なんて言われると昔を思い出す。

アメリカでのこと、沖縄で組の金使い込んでしまったこと。

 

あの黒人の青年はどうなっただろうか。

生きて、どこかでまたバカをやっているのだろうか。

 

沖縄に来たあの二人は、地元のヤクザ共に一矢報いただろうか。

 

 

そこまで考えて、ハッとした。

 

 

これは、誰の記憶だ?

 

我妻でもない、村川でもない、西でもない、大友でもない。

我妻と西は刑事だし、沖縄に行った村川も、堅気に鉄砲なんて売っていない。

そもそも記憶の中の四人はアメリカになんて行っていない。

 

新しい記憶が増えている。

 

 

「……まぁいっか」

 

 

深くは考えない。

そもそも四人の記憶と人格がある時点でもう普通じゃないのだから、これ以上増えても同じだ。

 

なら寝よう。

学生らしく宿題もやったし、材木座の小説も諦めた。

 

 

だがコンコン、とドアにノックがされる。

 

 

「お兄ちゃん、まだ起きてる~?」

 

 

「寝てるよ馬鹿野郎」

 

 

「入るね!」

 

 

俺の言葉を無視して扉が開く。

すると、そこから俺とは似ても似つかない妹が飛び込んできた。

 

比企谷 小町。

俺の妹で中学三年生。

ぼっちで友達なんかいない俺と比べて、彼女は明るくはつらつとしている。

なんで俺こうなれなかったんだろうなぁ。

 

小町はベッドに寝転ぶ俺を間近で見下ろすと、にっこりと笑った。

 

 

「お兄ちゃん最近なんかあった?」

 

 

「ねぇよ馬鹿野郎、俺今から寝るんだよ、早くあっちいけ!」

 

 

邪険にするように小町をあしらう。

だが小町は不敵な笑いをしたまま、

 

 

「とぉーうっ!」

 

 

俺の上にダイブをかまして来た。

ぼすっという鈍い音とともに、小町が俺の上で暴れる。

 

 

「痛ぇなお前この野郎、この!この!」

 

 

「きゃー!くすぐったい~!」

 

 

小町をくすぐる。

くすぐった上で技をかけるように抱きつく。

可愛い奴め。

 

我妻のせいか分からないが、俺は重度のシスコンである。

小町の事は大好きだし、目に入れても痛くない。

小町がいかに俺をバカにしようとも、笑って許せるし、勝手に金を使ったとしてもむしろ小遣いとしてあげる始末だ。

 

小町の頭をわしゃわしゃと撫でる。

やっぱりこいつの頭撫でてる時が一番落ち着く。

 

 

「も~、お兄ちゃん雑すぎ!小町的にポイント低い!」

 

 

「いいじゃねぇかよへっへへへ、ほらもっとやってやるよ」

 

 



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自分勝手な屑とANIKI、蘇る

原作映画のネタバレを多く含みます。


 

 

 

 

 

 

 

 

  あれは十月だった。

十月になってもまだ暑い沖縄じゃあ、スーツを着ているのが辛い。

まぁそこが地元だし、今更何言ってもしょうがないのだが。

 

上原という男は、他の記憶の人物と比べてしょぼい……というのもなんだが、立場的には弱い面があった。

他のヤクザ人格共は組長クラスなのに対し、上原は親の兄弟分に面倒を見てもらっているチンピラヤクザというどうしようもない奴だ。

いや、そもそもがヤクザというのはろくでもない奴らの集まりというのが記憶から得た教訓であるが、それでも上原はどうしようもない。

なんてったって、組の金使い込んだ挙句、けじめ付けろと言われてるのに組長殺しちゃうような奴だからな。

だが、狂気というカテゴリーでは、上原は他の人格よりも強烈なものがあるだろう……村川は、まぁ置いといて。

 

そんな男が、野球の面白さに気が付いたのが十月だった。

どちらにせよ、その直後に組の構成員に殺されてしまったのだけど。

 

 

 

  記憶は移る。

 

 

山本、という大友に負けず劣らずの武闘派ヤクザがいた。

外様で立場は弱いが、凶暴さに関しては右に出るものはいないかもしれない。

 

親兄弟を殺され、その責任に破門された彼は腹違いの弟がいるアメリカへと向かった。

そこでも山本は凶暴性を表し、今まで上り詰めた事の無いほどの地位へと返り咲いた。

出逢いは最悪だったが、自身を兄貴と呼び、兄弟のように接していた黒人の青年デニー。そしてアメリカまで自分の為に命を賭けに来てくれた舎弟の加藤。

 

マフィアを激怒させてしまい、山本の組は壊滅した。

それでも、最後まで着いて来てくれたデニーを、恐らく死なせずに済んだ。

山本は、すべてを失っても兄妹(BROTHER)を守ることができたのだ。

身体中を弾丸で貫かれても、悔いは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝。

目が覚めて天井を見つめる。

昨日はあやふやだった記憶が、今日ははっきりとしていた。

それと同時に、二つも人格が増えたためにより一層、比企谷 八幡という個人が消えゆくのを感じ取っていた。

 

だが焦りはない。そもそも、この記憶や人格ですら、比企谷 八幡という男の妄想である可能性が高いのだ。

それにしては随分と危険な妄想なのだが。まぁ中二病全開の材木座よりはよっぽど現実なんじゃないかな、なんて思いつつ、正当化する。

 

ふと、左腕に柔らかい何かが当たった。

そちらを見ると、昨日一緒にじゃれていた小町がすやすやと眠っていた。

そういやあれから疲れて一緒に寝てしまったんだ。

 

なぜ上着を脱いでいるのか分からないが、断じてやましい事はしていない。

なぜなら兄妹なのだから。

 

そっと、寝相のせいで乱れた肩ひもをかけ直す。

可愛い奴め。

 

時計を見ると、今はまだ5時半。

起きるにはまだ早いが、朝飯を作ったりなんなりすればあっという間に登校時間だ。

 

仕方ない、今日は休ませてやるか。

 

俺は小町を起こさないようにベッドから降りると、キッチンへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日して、材木座の件は片付いた。

最初こそ俺はチンピラみたいな格好が気に入らなかったが、あれはあれで面白いので、材木座に許しを与えたのだが、それ以来比企谷さんと妙によそよそしい。

そのくせどこかへ行こうとすると付いてくるのだから、なんだかタチが悪かった。

まぁ、弟分みたいで悪くは無いのだが。

つーかよ、いつの間にか奉仕部に入りやがって。何が比企谷組だ馬鹿野郎。

これも上原と山本の影響なのだろうか。

 

 今は体育の授業中で、テニスをするはめになっている。

ぼっちな上に材木座のクラスと合同なので、嫌でもこのデブと組まなくてはならない。

 

スポーン、と材木座に向けてボールを返す。

俺は意外にテニスが得意だ。

 

 

「兄貴今日も、奉仕部へ?」

 

 

ポーン、と派手な振り方で材木座も返す。

 

 

「だったらなんだ、よっ!」

 

 

パコン、とちょっと情けない音を発たせながら、テニスボールが離れて行く。

 

 

「いえちょっと、行くところが、あって!」

 

 

この野郎見た目の割に動けるじゃねぇか。

 

 

「どうせ秋葉だ、ろっ!」

 

 

「よく分かりました、ねっ!」

 

 

「ならチンピラみたいな格好やめとけ、よっ!」

 

 

「最近してないで、しょッ!!!!!!」

 

 

ドパーン!

見た目通りのパワフルな一撃が、俺の真上を通り過ぎた。

身長は平均的な俺があんなもん打ち返せるわけもなく、二人で使っているボロボロのテニスコートからボールが飛び出していく。

 

 

「お前馬鹿野郎、どこ飛ばしてんだ!」

 

 

「すいません兄貴!」

 

 

「なんだこの野郎、お前俺に取り行かせんのか!」

 

 

「そう怒んないで下さいよ!」

 

 

「ったくよぉ~この野郎……」

 

 

とことこと、重い足取りでボールを拾いに行く。

何だかんだ言いつつも、こうして誰かとバカみたいにやり取りするのは楽しい。

別に俺は好きでぼっちやってる訳じゃない。

 

おむすびころりんのように流れていくボールを、それだけ見つめて追いかけていると、ボールが誰かの足元で止まった。

話しかけるの面倒くせぇなあ、なんて思い、その人物の顔を見上げる。

 

今までの、気分の高揚が一気に冷めた。

 

葉山が、俺たちのボールを手にこちらを見ていたのだ。

 

 

「……」

 

 

お互い何も言わずに佇む。

後ろにはそれを見守る葉山のグループ連中(男子)がいた。

この前膝蹴りを食らわせたチャラついた奴は俺を睨んでいたが、そっちに視線を向けると目をそらした。

他の男子はまだ俺を睨んでいる。

 

 

「……はい、ボール」

 

 

葉山がボールを差し出す。

 

 

「……おめぇこの前の事怒ってねぇのか」

 

 

単刀直入にそう尋ねた。

すると葉山は苦笑いを浮かべる。

 

 

「あれは……お互い様だから。優美子と戸部が迷惑かけたね」

 

 

「俺に謝ってどうすんだよ」

 

 

「いや……だって、結衣は君の友達でも」

 

 

「そういうんは由比ヶ浜に言えよ馬鹿野郎」

 

 

「てめぇ……!!!!!!」

 

 

後ろにいるガタイのいいヤツが怒ったように詰めてくる。

恐ろしい事は何もないので、動じずに対峙する。

しかしデカいなこいつ、材木座もコイツ見習って鍛えろよ。

 

正直こいつが喧嘩売って来たら買ってやろうかとも思っていたが、葉山はそれをさせなかった。

 

 

「まぁまぁ落ち着けよ二人とも、仲良くしようぜ」

 

 

その言葉に、俺は不可解を示す。

 

 

「仲良くだぁ?」

 

 

「え……う、うん」

 

 

葉山はうろたえているが、それでも笑顔は絶やさない。

なるほど、みんな仲良く、か。

こいつ相当な甘ちゃんだな。

 

俺はいつものように笑う。

そして目の前の男を見上げた。

 

 

「だってよ、デカいの」

 

 

「この……!!!!!!」

 

 

腕を振り上げる。

来るか、そう思って少し身構えた。

 

が、

 

 

「てめぇ何してんだこの野郎ッ!!!!!!」

 

 

ラケットをその辺りにブン投げて怒鳴りながら、材木座がやって来た。

あまりにも唐突な登場に、この場にいた全員が動きを止めて材木座を見る。

 

 

「兄貴に手ぇ出したら俺がただじゃおかねぇぞ!!!!!!比企谷組舐めんじゃねぇぞこの野郎!!!!!!」

 

 

「おい材木座」

 

 

「分かってんだろうなぁ、てめぇら全員ぶち殺すぞコラァッ!!!!!!」

 

 

「うるせぇよこの野郎!」

 

 

材木座を蹴る。

だが、その蹴りには多少なりとも愛情が篭っている事に、自分でも驚いた。

驚いて、笑ってしまった。

材木座は急に弱気になり、へこへこと俺に頭を下げる。

 

 

「おら葉山、ボール返してくれ」

 

 

葉山に手を差し出す。

すると葉山はボールを拾って俺に手渡した。

へへっ、と笑ってその場を後にしようとした。

 

 

「悪かったな葉山」

 

 

そう言い残し、彼らが使うテニスコートを後にする。

途中で材木座に蹴りを入れたりしながらも、俺は気分が良かった。

 

と、戻っている途中で材木座がわずかに震えている事に気が付く。

どうしたのかと聞いても答えないので、ビビっていたのかと尋ねると、渋々彼は頷いた。

やっぱ、装ってるだけだとこうなるのが普通だよな、へへ。

 

 

 

 

 

 

 

「……うわぁ」

 

 

その様子を、他のテニスコートから眺めている少年がいた。

少年……いや、外見的には少女というべきだろう。

彼は、心臓をドキドキさせ、握ったテニスラケットを強く締め付ける。

 

かっこいい。

あの怒鳴っていた眼鏡の人はなんだか滑稽だけれど、その人と一緒にいた、目つきの悪い不機嫌そうな少年に、彼はときめいていた。

断じて彼は男色ではない。

だが、普段は気にもかけないその男が、今はとても輝いて見える。

 

自分もああなれば、部員たちも頑張ってくれるだろうか。

 

 

謎の期待と興奮を胸に、彼はとろけそうな顔で、先生に注意されるまでその男を眺めていた。



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男の娘は恋愛対象に入るか否か

 

 

 上原という人物には問題がある。

それ以前に記憶の人物たちが総じて問題しかないのだが、上原にはそれ以上に厄介な問題がある。

 

バイセクシャル。

つまり、男も女も恋愛対象や性的対象として見れるという、マイノリティ。

彼は、そういう人間だったのである。

沖縄では自身の舎弟を無理矢理掘ってしまっているし、愛人とも性的関係にあった。

 

記憶を読み解いていくうちに人格と言う物は形成されていくが、失敗したな、と思ったのはすでに人格が比企谷 八幡に統合された後だった。

手遅れなのだ。俺は、もうバイセクシャルの素質がある。

 

 

そんな事を考えながら、俺はお気に入りの場所で昼飯を食っていた。

幸いにも、今現在俺の性的関心が男に向かうようなことはない。

だが、このままだとそれも時間の問題であることは、彼らの記憶と人格を統合する俺が一番分かっていた。

どうすっかなぁ、なんて考えるも、そういう専門家じゃないからどうにもならない。

仮に誰かに相談しようものなら、それこそ精神病院待った無しだろう。それだけ、俺という一個人が持つには奇妙な体験をしてしまっている。

 

 

「ふぅ……」

 

 

ため息まじりにパンを一口。

間に挟まった焼きそばが、とてもいい味を出している。

 

これらを考えても仕方がない。

今は海へと帰り行く潮風を浴びながら、この時間を楽しもう。

一人の時間は大切だ。

 

 

「あれ、ヒッキーなにしてんの?」

 

 

その矢先、乱入者が現れて俺の大切な時間を潰された。

振り返るとそこには、由比ヶ浜 結衣のすっとぼけた顔。

 

再び前を向いて食事に戻る。

 

 

「ちょ、無視!?」

 

 

「うるせぇなぁ、とっととあっち行けよ」

 

 

悪態をつきながら由比ヶ浜をあしらう。

考えてみたらこの対応、ちょっと上原に通じるところがあるが、他の奴らも大体こんな感じだから気にしないことにしよう。

 

 

「なんでぼっちで食べてんの?」

 

 

「ぼっちで食ってちゃいけねぇのかよ馬鹿野郎」

 

 

「あー!また馬鹿って言った!ヒッキーキモイ!」

 

 

「うるせんだよこの野郎、耳に響くからあっち行けって!」

 

 

が、その言葉を無視して由比ヶ浜は隣に座り込む。

手には自分で飲むであろうジュースと、誰かのために勝ったであろうカフェオレが握られていた。

 

あまりにも由比ヶ浜が近いので、ちょっと離れる。

こいつ無意識にこんなことすんのか、将来心配だな。

 

 

「お前こそなんでこんなとこにいんだよ。雪ノ下にパシられたのか」

 

 

最近、由比ヶ浜はよく雪ノ下と一緒に昼食をとる。

場所はもちろん奉仕部だが、それはあくまで彼女達が友達だからだ。

ただの部員である俺はお呼び出ないし、俺も昼飯くらい一人で食いたい。

……突然行ったら雪ノ下に睨まれるからな。

 

 

「違うし、ゆきのんにゲームで負けたから罰ゲームでジュース買いに来ただけだし」

 

 

「ならそれ持ってとっとと行け」

 

 

「ヒッキー酷い!」

 

 

本当にやかましい奴だ。

一人の時に比べて何デシベル音量が上がっているのだろう。

まぁ具体的な数値持ってこられても分からないので何とも言えないが。

 

 

「酷いのはお前だろうがよ、わざわざ罰ゲーム重くするために俺と話してんだからよ」

 

 

冗談交じりに笑う。

 

 

「あ……なんか、ごめんね?そう言う訳で来たんじゃないんだけど……」

 

 

「お前この野郎、そういう態度だと俺がかわいそうみてぇじゃねぇか!」

 

 

ある意味コイツも雪ノ下並に、会話時に苦労する人物だ。

変に空気読みやがってこのアマ。

 

しばらく由比ヶ浜が一人で罰ゲームに至った経緯を話し続ける。

その間俺は黙々と飯を食べる。食い辛いったらありゃしない。

 

 

「……なんか、今までもみんなとこういう罰ゲームやってたけど、初めてこんなに楽しいって思った!えへへ」

 

 

みんな。

葉山以下、その手下。

最近一番気に食わない連中だ。

 

この前のことといい、やたら最近は葉山連中と揉める。

そのことについて、山本と上原はやっちまえと戦争案を出してきたが、他の連中は放っておけと結論付けた。

もちろん頭の中であの連中が会話していたわけではないが、おおよそそんな所だろう。

俺としては、面倒事や貧乏くじを引きたくないので、放置することにした。

こっちの手札は自分と材木座しかないし、そもそも俺がなにされようが知ったこっちゃない。

 

 

……こっちのみんなが何かされれば、話は別だが。

 

 

「へへ、なぁにがみんなだ馬鹿野郎」

 

 

やや自嘲気味にそう呟く。

だが、由比ヶ浜にはそれが自分たち葉山組のことだと思ったらしい。

 

 

「感じ悪~い、そういうの嫌いなわけ?」

 

 

「あんなつまんねぇもん見せられて楽しいわけねぇだろ」

 

 

そういうのは好きなヤツ同士でやってりゃいい。

俺は嫌いだ。笑いにセンスがない。

 

 

「強いて言えば、内輪もめしてんの見るのは好きだぞ。へっへへ、一回葉山たちがめちゃくちゃになってんの見んのも面白そうだな」

 

 

「ヒッキー趣味悪~い」

 

 

「大きなお世話だよ馬鹿野郎」

 

 

「でもヒッキーもよくゆきのんと言い合ってるじゃん。あれはいいの?」

 

 

痛い所を突いてきた。

 

 

「ありゃ不可抗力みたいなもんだからいいんだよ」

 

 

「ふかこうりょく……ってなんだっけ?」

 

 

あまりの馬鹿さ加減に由比ヶ浜を見る。

 

 

「不可抗力ってなぁ、ようは人間にゃどうにもなんねぇことだよ。お前そんなんでよくここ受かったよな。あぁ、身体使ったのか」

 

 

「~~~ッ!!!!!!ヒッキーマジでキモイ!そんぐらい知ってるしぃ!ちゃんと入試で受かったしぃ~!!!!!!」

 

 

ポコスカと由比ヶ浜が俺を叩いてくる。

その顔は真っ赤だ……スケベな妄想でもしたのかこいつ。まぁ俺はしたけどよ。

 

 

「痛ぇよ馬鹿野郎、やめろって、おい」

 

 

半笑いで防御する。

たまには小町以外でこういうリアクションも悪くはないかもしれない。

 

が、急に首を叩かれてむせる。

 

 

「馬鹿やめろっつってんだろ、ゴホ、おいこの野郎、ゲホ」

 

 

むせて咳が出てしまった。この野郎調子に乗りやがって。

 

 

由比ヶ浜の攻撃が止み、一人で咳をこじらせていると、妙に神妙な顔で由比ヶ浜が言った。

 

 

「……ねぇ、入試と言えばヒッキーさ、入学式の事覚えてる?」

 

 

ふと、そう切り出して来た。

呼吸を整えて返答をする。

思い出したのは、入学式の数時間前の事。

 

 

「俺よ、入学式のほんの数時間前によ、事故って警察に捕まったり病院行ってたから出てねぇんだよ。まぁ俺なんも悪い事してねぇからすぐ釈放されたんだけどよ。そん時に骨折ってすぐに入院したし」

 

 

そう。

あれは入学式直前。

 

柄にもなく、高校生活が始まるという事ではしゃいでしまい、一時間も早く家を出て学校へ向かったのだ。

今思えば、それまでは比企谷 八幡は、まだ普通の少年だったのだろう。

まだこんなに口も悪くなかったし、記憶はあるにしてもまだ人格ははっきり統合されていなかった。

 

 

だが、事件は起きた。

 

犬が、道路に飛び出したのだ。

まだ善人だった頃の心優しい俺は、その犬を守るために道路へ駆けだすが……

まぁ、犬を守って自分は守れなかったのだ。

 

犬を車からかばい骨折し、おまけにその運転手をボコボコにしてしまった。

その時から、比企谷 八幡は狂ってしまったのだ。

挙句の果てに一か月入院し、いざ高校生活が始まる頃には俺だけ仲間外れ。

 

それも今となってはもうどうでもいいことだ。

ぼっちも悪くないからよ。

 

 

「じ、事故……それなんだけどさ」

 

 

由比ヶ浜が何かを言おうとした、その時だった。

 

 

「あれぇ?」

 

 

不意に正面から誰かがやって来た。

今日は来客が多いな。

 

そこにいたのは、体操服を着てテニスラケット片手に、タオルで汗を拭く爽やかな少女だった。

ショートカットで、健康的なスポーツ少女のようだが顔は非常に整っている。

こりゃ、彼氏の一人や二人いんだろ。

 

 

「あ、彩ちゃんだぁ!よっす!」

 

 

と、由比ヶ浜が立ち上がって手を振った。

 

 

「……よっす」

 

 

ちょっと恥ずかしがってそう挨拶する。

その仕草がまた可愛い。俺にも小町以外にこんな感情あったんだな。

 

 

「由比ヶ浜さんと比企谷くんは、ここでなにしてるの?」

 

 

俺の名前も呼ばれてちょっと反応してしまった。

よくこんな奴の事知ってるなぁこの子。自分で言ってて泣けてくるけどよ。

 

 

「べ、別になんにも?……彩ちゃんは部活の練習?」

 

 

「うん」

 

 

一瞬由比ヶ浜が言い淀んだが、気にしない。

 

 

「部活して、昼連もして、確か体育でもテニス選択してたよね?大変だねぇ!」

 

 

「ううん、好きでやってることだし……」

 

 

由比ヶ浜の他人事感が凄いな。

俺は会話に入らない。だって、こいつらの会話だから。

いくら基地外だからってしゃしゃり出るような真似しねぇよ。

 

 

「あ、そう言えば比企谷くん、テニス上手いね!」

 

 

「あぁ?」

 

 

不意に名前を呼ばれる。

思わず訝しむような目で見上げてしまうが、彼女は微笑んでいる。

 

 

「そうなん?」

 

 

「知らねぇよ」

 

 

由比ヶ浜の質問を受け流す。

そもそも俺もそんな事知らない。

ただ材木座と遊んでたり、一人で壁当てしてるだけだからな。

 

 

「フォームが凄く綺麗なんだよ!」

 

 

そんなお世辞に、思わず嬉しさが込み上げる。

同時にこんな美少女と接点もないので、疑問もこみ上げる。

 

いつものようにニヤケ笑いしながら、

 

 

「嬉しいじゃねぇか、なぁ。へっへへ……悪いんだけどよ、あんた誰だっけか?」

 

 

「はぁー!?同じクラスじゃん!信じらんない!」

 

 

なぜか由比ヶ浜が噛みついてくる。

 

 

「うるせぇなぁ、お前に聞いてねぇよ馬鹿野郎」

 

 

だが、そんな失礼極まりない質問にも、その美少女はやや困ったように笑いながら、答えを返してくれた。

 

 

「えっへへ、同じクラスの戸塚彩加です」

 

 

まるで、清楚でけなげな少女を代表しているかのような立ち振る舞いだった。

頬を片手で押さえながらそう言う少女は、とても三次元離れしている。

正直惚れそうだ。

 

 

「お前も見習え由比ヶ浜」

 

 

「どういう意味だし!」

 

 

とりあえず由比ヶ浜にいちゃもん付けて紛らわせる。

久しぶりの心臓の高鳴りを治めながらも、どうにかして少女と話す。

 

 

「俺よ、クラスの女と関わりないからさ。悪ぃな」

 

 

男ともないのだが、それは言わないことにする。

だが、少女はなぜか恥ずかしそうにこちらを横目で見た。

その姿は、まるで失われてしまった大和撫子のような仕草だった。

そういうのを見習えってんだよ由比ヶ浜。

 

 

「……僕、男なんだけどな」

 

 

「……あぁ?」

 

 

思わずそう言ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六限目は体育の授業だった。

選択しているから今日も今日とてテニスだが、今回は合同授業ではないので材木座はいない。仕方なく一人で壁当てをして汗を流す。

もうそろそろジャージの長袖はしまわないとな。暑くて仕方ねぇ。

 

ポンッと、不意に後ろから肩に手がかかる。

その手つきはとても優しく、まるで女子のようだ……俺そんなことやられた事ないけど。

 

振り返ると、頬に指が、むにっと突き刺さった。

あぁ!?と言いつつブチ切れそうになりながら振り返ると、そこにはテニスラケットを抱え、ピンクのタオルを首にかけ、微笑んでいる戸塚彩加の姿があった。

 

 

「あは、引っかかった!えへへ!」

 

 

在りもしないのに彼女の周りに花畑が見える。

あぁ、彼だわ。

 

噴き出しそうな怒りがどこかへ飛んでいき、代わりに愛情のようなものが湧き出る。

可愛いなぁこいつ。

 

 

「へへへ、おうどうした」

 

 

精一杯の笑顔で尋ねる。

 

 

「今日さ、いつもペアになってくれてる子がお休みで……」

 

 

確かに、このクラスは男子の数が奇数だから、ハブられるのは俺だけだ。

 

戸塚はちょっと困ったようにもじもじしながら、上目遣いで微笑んだ。

 

 

「よかったら……僕とやらない?」

 

 

 

 

 

 

きゅんと、胸が締め付けられた。

真っ白な頬を赤く染めて上目遣いするその姿は、男や女という性別の壁を破壊した。

ベルリンの壁が崩壊するよりも重要な事だ。

 

同時に、下半身が熱くなる。

やらない?というのは、言うまでもなくテニスについてだが、個人的にはテニスの一文字違いの単語を連想していた。

 

ヤる。

なんだか脳内で麻薬が出ているような気分に陥った。

俺の人格の中で男も行けるのは上原のみだが、不思議と他の人格も止めに入らない。

 

つまり、GOサインってことだ。

 

 

「へっへへへへ、へへへ」

 

 

ニヤケながら、戸塚の肩に手を置く。

そして、さすったり揉んだりする。

 

その行為に戸塚は首をかしげる。

この野郎、なんでそんな可愛いんだ。

 

 

「比企谷くん?」

 

 

「いいよ、俺も一人だしよ、っへへへ」

 

 

そう言った後の戸塚の顔は、どんな花よりも綺麗だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふぅ……」

 

 

戸塚とラリーをすること数分、疲れたので一旦ベンチで休憩することにした。

俺が深く腰掛けると、その隣にちょこんと戸塚が座る。

まるでお人形さんみたいに姿勢がいいその姿は、見ているだけで心が和む。

 

やたら近く座っている戸塚に興奮を覚えながらも、なんとか抑える。

こんな時ばっかでしゃばんじゃねぇよ上原。

 

 

「やっぱり比企谷くん、上手だねぇ!」

 

 

「うん?そうか?おう」

 

 

意味もなく何度も頷いてしまう。

だが、戸塚は少し俯きながら、やや暗い顔をした。

 

 

「あのさ、比企谷くんに、相談があるんだけど……」

 

 

お、なんだ。

恋の相談か、よし誰を痛めつけるんだ?

 

 

「相談か、うん。おいもっと寄れよ」

 

 

半分しか頭に入っていない戸塚の言葉を聞きながら、俺は戸塚の肩に腕を置いて抱き寄せる。よく昔のカップルで男がやっていたやつだ。

水野がソファーの背もたれ相手によくやってた、あれ。

 

 

「あ、うん。えへへ……」

 

 

近寄るだけでも男とは思えないフローラルな香りがするが、密着するともっと凄いな。

こいつフェロモン出してるに違いない。

 

 

「うちのテニス部の事なんだけど……知ってるかな、すっごく弱いんだ」

 

 

「そうだよな、へっへへ……あぁ違う違う、知らなかったわ」

 

 

危ない危ない。

おい上原、マジでてめぇ邪魔するな。

 

 

「人数も少ないし、三年が引退したらもっと弱くなると思う」

 

 

「うーん、そうかぁ」

 

 

「それでね?」

 

 

不意に、戸塚が俺の真横で上目遣いをする。

その魔力に俺は釘付けになった。

 

 

「比企谷くんさえ良ければ、テニス部に入ってくれないかな?」

 

 

「へへへへ、俺は戸塚ん中に入りたいけどなぁ、ふふふ」

 

 

そう言いながら、俺は戸塚を抱きしめて匂いを嗅ぐ。

 

 

「わっ!ちょっと比企谷くん!?」

 

 

もう限界だ。

上原云々の問題じゃない。比企谷 八幡そのものが、戸塚をものにしたいのだ。

 

 

「戸塚~戸塚~」

 

 

そう言って戸塚の赤く染まった頬を撫でる。

同時に、体中をもう片方の手でまさぐるように撫でた。

 

 

「何考えてるの?変だよ?」

 

 

あくまで純粋な戸塚は、これが男同士のスキンシップにしか思えないらしい。

 

 

「色んなこと考えてんだよ、ふふ」

 

 

男の娘は恋愛対象に入るか否か。

 

 

入るようだ。

 




こんなんで5000文字超えてて草


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テニスラケットは武器か否か

 

 

 

 

 

 「無理ね」

 

 

 いつものように椅子に座って本を読みながら、雪ノ下が言った。

俺は雪ノ下の目の前で仁王立ちし、その回答に難を示す。

こちらもこちらでいつものように不機嫌そうに彼女を睨む。

 

 

「無理だぁ?何が無理なんだよ」

 

 

やや怒りのこもった声でそう言った。おそらく上原の怒りだろう。

すると雪ノ下はパタン、と本を閉じてこちらを見もせず口を開く。

 

 

「無理なものは無理よ」

 

 

「うるせんだよこの野郎、てめぇが無理でも俺はやんだよ」

 

 

「じゃあなんで聞いてきたのよ……」

 

 

話しが進まないわ、と言って雪ノ下がこめかみに手を添える。

確かに話が進まない。上原の異常な戸塚への執着心はなんなんだ。

まぁ確かに戸塚は可愛いから、上原みたいな変人が愛着を抱くのも分かるが……

 

とりあえず一旦冷静になった方が良い。

怒鳴って乱れた呼吸を整えて首をくいっと動かす。

 

 

「まぁよ、ちょっとテニス部に出向いて焼き入れてやればいいだけだからよ。な?」

 

 

「だからそれが問題なのよ……そんな人間が集団生活に加われると思って?」

 

 

「なんだこの野郎」

 

 

「だからそう言う所の事を言ってるのよ」

 

 

痛い所を突かれて黙る。

 

 

「最も、あなたという共通の敵を排除するために一致団結するかもしれないわね。でも排除するための努力だけで、自身の向上に繋がる事は無いの。だから解決にはならないわ」

 

 

やや捲し立てるように、それでいて筋を通すように言い切る。

この時ばかりは雪ノ下が俺のことをしっかりと見ながら話していた。

これだけ教訓っぽく話すという事は、そういう経験があるのだろうか。

どうせろくでもないんだろうが。

 

 

「ソースは私」

 

 

やっぱり経験があった。

 

 

「なんだお前、自分でそう言う事した経験あんのか」

 

 

「いえ。……私、帰国子女なの」

 

 

あ、何かスイッチ入ったな。

そう直感した。彼女が自分の事を語る時は、ちょっとだけ熱くなる。

正確には熱くなるというより、攻撃性が増す……と言った方が良いか。

具体的には、何もしていないのに俺が口撃の被害に遭うのだ。

 

ちょっとため息をつきながら彼女の話に付き合う。

 

どうやら中学の時に海外へ編入した際、彼女の事を気に入らなかった学校中の女子たちが、雪ノ下を排除しようと躍起になったらしい。

 

 

「……まぁ、誰一人として自分を高めて私に対抗しようとする者なんていなかったのだけれど。……あの低能ども」

 

 

まるである種のサクセスストーリーを語ったかのように見えた雪ノ下だが、最後の一言だけに何か恨みのようなものが混ざっていた。

恐らく、それなりに苦労したのだろう。

 

だが、それじゃあ戸塚の願いを叶えられない。

そして俺の欲求すらも叶えられない。

 

 

「とにかくよ、戸塚の為にもなんとかなんねぇか」

 

 

「……なぜそんなに熱心なのかしら。あなたのキャラじゃないわね」

 

 

「そんなもんお前、戸塚だからに決まってんじゃねぇか馬鹿野郎」

 

 

理由になっていない理由に、自分でも疑問を感じずにはいられないが、実質それが理由みたいなものだ。

雪ノ下の顔はさらに険しくなる。

 

 

「……あなた、同性愛者なの?」

 

 

「てめぇ馬鹿野郎、俺ホモじゃねぇよ!」

 

 

半笑いでそう答える。

実質、俺という人間はホモではない。

ただ、俺が有する人格の一つにバイセクシャルが混ざっているだけだ。

そのホモなら男はなんでも食えるみたいな目ぇやめろ雪ノ下。

お前も由比ヶ浜と絡んでる時嬉しそうじゃねぇかこの野郎、お前もホモなんじゃねぇのか。

 

 

「……まぁいいわ。でもね比企谷くん、何でもかんでもお願いを叶えることが彼らのためになるとは限らないのよ」

 

 

「うるせぇな、俺に説教すんじゃねぇよ。お前母ちゃんか」

 

 

「はぁ~……」

 

 

雪ノ下が大きくため息をつく。

どうやら呆れられたようだ。

 

 

「なんだこの野郎、じゃあお前ならどうすんだ、あ?」

 

 

すると雪ノ下は、そうね、と考えてから少しだけ邪悪な微笑みを見せた。

 

 

「全員死ぬまで練習、死ぬまで素振り、死ぬまで走り込み……とか」

 

 

「お前も死ぬんだよッ!」

 

 

とうとうその態度に俺は怒鳴ってしまった。

案の定雪ノ下はこちらを睨み、何か憎まれ口を言おうとする……が。

ガララ、っと教室の扉が開き、遮られてしまった。

 

二人して入り口を睨むと、そこには無邪気に手を振る由比ヶ浜の姿が。

 

 

「やっはろ~!今日は依頼人を……って、どうしたの?」

 

 

険悪なムードを察して由比ヶ浜が尋ねるが、俺は無視した。

 

 

「何でもないわ。それより由比ヶ浜さん、依頼人がどうかしたの?」

 

 

雪ノ下が催促すると、由比ヶ浜は思い出したように笑顔になった。

 

 

「今日は依頼人を連れてきたよ~!ふっふふーん」

 

 

やたら上機嫌に由比ヶ浜がわめくと、彼女の後ろから一人の可愛らしい少年がやって来た。

戸塚だ。

戸塚を見るや否や、俺まで由比ヶ浜に毒されたように笑顔になる。

 

 

「おう戸塚!」

 

 

「あれ、比企谷くん?なんでここに?」

 

 

驚く戸塚も可愛い。

 

 

「俺あれだからよ、ここ刑務所だから。収容されてんだよ。な、雪ノ下?」

 

 

「なぜ私に同意を求めるのかしら……死んでもあなたと同じ独房は嫌よ」

 

 

その流れをまたもや遮るように、由比ヶ浜が勝手に喋りだす。

こいつ空気読めるのか読めねぇのか分かんねぇな。

 

 

「いや~私も奉仕部の一員じゃん?だから働こうと思ってさ~。そしたらさ、彩ちゃんが困ってる風だったから連れきたの~!」

 

 

こいつ部員だったのか。

てっきり公園に居座るホームレスかなんかと同じ類だと思ってたわ。

しかし、どうやら雪ノ下も同じことを思っていたらしい。

 

 

「由比ヶ浜さん」

 

 

「ゆきのん、お礼とかそう言うの全然いいから~!部員として当然の事をしただけだし」

 

 

「別にあなたは部員ではないのだけれど」

 

 

シレっと、雪ノ下が残酷な事を言い放つ。

 

 

「違うんだ!?」

 

 

思わず笑った。

俺は戸塚に近寄ると、由比ヶ浜を押して部屋から出そうとする。

 

 

「違うってよ。ほらあっち行け、行けっておら。お前入部届も出してねぇだろうが」

 

 

「書くよ~!入部届くらい何枚でも書くよ~!うわーん!」

 

 

 

 

 

 

 




今更ながらこんなものを描きました。
クッキー☆見ながらだから30分くらいで描いたので、なんだかよく分かりませんが一応テーマみたいなものです。


【挿絵表示】


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テニスと恋心

 体調崩してました


 

 

 

 

 戸塚の依頼が転がり込んできてから数日が経った。

俺たち奉仕部は総出で(と言っても三人とおまけ一人だけだが)彼の練習をサポートし、技術の向上に努めていた。

しかしまぁ、数日の練習で劇的にうまくなるわけがない。

それに戸塚も自覚している通り、あまりテニスが強くないのだ。それでも戸塚というだけで許されてしまうのだが。

 

 

「あっ!」

 

 

と、そんな事を考えていると戸塚が転んだ。

立ち上がろうとする可愛らしい戸塚だったが、膝には擦り傷があった。

 

 

「彩ちゃん大丈……」

 

 

「おい戸塚!大丈夫か!おい雪ノ下、救急箱持って来い!」

 

 

近くにいた由比ヶ浜よりも先に戸塚へと駆け寄る。

 

 

「なぜあなたに命令を……」

 

 

「いいから持って来いよ馬鹿野郎!ほら!」

 

 

「……分かったわ」

 

 

雪ノ下に反論を許さず、俺は命令した。

彼女もそれに素直に従い、保健室へと駆ける。

クライアントが怪我をしたのだ、あいつだって何だかんだ言いつつも優先的に戸塚の為に動くだろう。自分が提案した練習メニューで怪我されて練習できなくなったりでもしたら、あいつは自分を許せないだろうしな。

 

戸塚の膝の傷に手をやる。

そこまで痛そうには見えないが、今までの疲労も祟っているのだろう。

 

 

「他に痛いところないか?」

 

 

「大丈夫……僕、雪ノ下さんに呆れられちゃったかな」

 

 

ふと、戸塚が悲しそうな顔をしてそう言った。

 

 

「なんでそんな事思うんだよ」

 

 

「だって、いつまで経っても上達しないんだもん……そりゃあ見捨てたくもなるよ」

 

 

いつになく弱気な戸塚。

それをフォローしたのは珍しく由比ヶ浜であった。

 

 

「それは無いと思うよ!ゆきのん、頼ってくる人を見捨てたりしないもん!」

 

 

それに便乗する様に、材木座が笑って言った。

 

 

「そうですよ戸塚の叔父貴。ああ見えて、雪ノ下の姉貴は面倒見いいですから。ね?兄貴」

 

 

なぁにが叔父貴だこの野郎、馴れ馴れしく呼びやがって。

そもそもこいつ奉仕部じゃねぇくせによぉ。

 

 

「ね?じゃねぇよ、お前が戸塚の名前呼ぶんじゃねぇ馬鹿野郎」

 

 

「えぇ、ちょっと兄貴、酷くないっすか?」

 

 

「酷くねぇよ馬鹿野郎。いいから、お前なんか飲みもん買って来い」

 

 

「ヒッキーって中二には厳しいよね……」

 

 

何か知らないが由比ヶ浜に呆れられた。

なんだこいつら、いちいちうるせぇ奴らだな。

 

材木座に飲み物を買わせに行かせたので、とりあえず休憩と称し戸塚をベンチまで運ぶ。

肩を貸してやるが、その際俺は異様なまでに戸塚に密着してみせた。

汗かいてるのになんていい匂いなんだろうか。

 

 

「比企谷くん、近いよ……恥ずかしいって」

 

 

あまりにも匂いを嗅ぐことに必死になり過ぎて、戸塚の耳元まで鼻を近づけていた。

恥ずかしいと言う割には、戸塚の顔はまんざらでもないような気もする。

 

 

「いいじゃねぇかよ、役得だよ役得」

 

 

「もう、比企谷くんったら……」

 

 

ベンチに座ってもなお、俺と戸塚は密着したままだ。

これは上原関係なく、ただの比企谷 八幡だったとしてもこうしていたかもしれない。

 

肩を抱き寄せ、頭を撫でる。

最初こそ戸塚は驚いていたが、次第に自ら頭を寄せるようになったため、遠慮なく撫でた。

こいついいシャンプー使ってんのかな。

 

その間由比ヶ浜がじっとこちらを見ていた。

 

 

「なに見てんだよこの野郎」

 

 

「べっつにぃ!ヒッキーのスケベ!」

 

 

「なんだこの野郎!」

 

 

「うっさいしこの野郎!馬鹿野郎!」

 

 

「馬鹿が人に使う言葉じゃねぇだろ!なめてんのか!」

 

 

「バーカバーカ!バカヒッキー!」

 

 

「このやろ!待てコラ!」

 

 

そうして唐突な追いかけっこが始まる。

片方はテニスラケットを振り上げ、もう片方はデカいメロンを揺らして走る。

 

そんな光景に戸塚は笑った。

まるで子供を見ているようだったからだ。

しかしそれと同時に、ちょっとばかり由比ヶ浜に嫉妬も覚えていたことに、彼は気が付けなかった。

 

 

 

 

 

「はぁー、はぁー……」

 

 

「はぁ、はぁ、この野郎、疲れんだよ、馬鹿野郎」

 

 

雪ノ下でもないのに息が上がっている。

見た目によらずこのデカ乳娘はかなり体力がある。

 

二人で息を切らして座り込んでいると、戸塚が言った。

 

 

「仲良いんだね、二人とも」

 

 

にっこりと笑ってそう言う戸塚。

由比ヶ浜は息を切らしながらもそれを否定した。

 

 

「べ、別に仲良くなんて……」

 

 

「そうだぞ戸塚、こんな馬鹿と仲良いわけねぇじゃねぇか、なぁ?」

 

 

「なんで私に聞くし!?」

 

 

そんな時だった。

 

 

 

「あれ~?隼人ぉ、なんか面白そうなことしてるよ~?」

 

 

聞き覚えのある甲高い声がコートの外から聞こえた。

 

 



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解決手段

 

 

 自信たっぷりの女の声には聴き覚えがあった。

というより、いつもクラスで聞いている声だから、聴き覚えも何もないのだが。

 

一瞬にして不安そうな顔を浮かべた由比ヶ浜と戸塚が声の方へと振り向き、遅れて俺がそちらを一瞥した。

顔にはもはや、先ほどまでの純粋な笑顔は残っていなかった。

ただただいつも通りの不機嫌そうな顔を、そちらに向ける。

 

葉山の組。

いや、高校生なんだからそういう表現の仕方は正しくは無いのだが、そう表現した方がいいだろう。

クラスどころか学校中の人気者、葉山 隼人が率いる集団が、テニスコートの入り口に陣取っていた。

 

 

「う、あいつ……」

 

 

と、俺を確認したギャルみたいな女……三浦が顔を歪める。

まぁ、理由は一つしか考えられない。この前の、教室での一件だろう。

同様に、脇にいるチンピラも顔を強張らせた。

 

三浦は何か言い淀んだが、次の瞬間には無理矢理にでも不敵な笑みを浮かべて口を開いた。

 

俺は一歩だけ前へと踏み出す。

 

 

「ねぇ、あーしらもここで遊んでいい?テニスなんて久しぶりだしぃ」

 

 

遊ぶ。

その間違った認識に初めに難を示したのは戸塚だった。

 

 

「三浦さん!僕たちは別に遊んでる訳じゃなくて……」

 

 

彼なりの精一杯の叫びだった。

だが、あからさまに聞こえていたはずの声を、三浦はおちゃらけた顔で流す。

 

 

「ええ?何?聞こえないんだけどぉ~」

 

 

腐っても三浦はこの高校では上位のカーストに位置する女だ。

その一言だけで戸塚はおろか、由比ヶ浜までもが俯いてしまう。

その様子が酷く気に入らなかった。

 

無言になったしまった二人を置いて、葉山たちがいるテニスコートの入口へと足を運ぶ。

その途中やたら彼らは動揺していたようにも見えたが、今はそんな事気にならなかった。

しかし言葉をぶつけるべき三浦が葉山の陰に隠れてしまったので、仕方なく葉山の50センチ前に立つ。

 

 

「おい葉山、俺たち遊んでる訳じゃねぇんだよ。戸塚が許可とって使ってっからよ、他の奴は無理なんだ」

 

 

「なんだこの野郎、てめぇだって使ってんじゃん」

 

 

と、葉山や三浦ではなくそのグループの金髪が怒鳴る。

こいつよくあんだけやられたのに喧嘩腰になれるなぁ、なんて少し感心しながらも、俺は一切笑顔を見せずにその金髪を睨んだ。

 

睨んだというよりは、ただじっとそいつの顔を見ただけだ。

それでも金髪は少しだけたじろいだが、目はそらさなかった。

 

 

「戸塚に依頼されて手伝ってんだよ」

 

 

「奉仕部のか?」

 

 

今度は葉山が口を開いた。

 

 

「分かってんならさっさと出てけ」

 

 

それだけ言い放ち、この場を後にしようと背を向けるが、

 

 

「あ?てめぇ誰に向かって口効いてんだこの野郎!」

 

 

「あんま調子乗ってっとぶっ殺すぞこの野郎!」

 

 

唐突に、葉山の取り巻き三人が口を開く。

金髪に、ガタイのいいアホに、猿……どいつも品の無い男どもだった。

正直、最初に喧嘩売ってきた金髪以外なんで葉山の組にいるのか分からない奴らばっかりだ。

まぁ三浦と眼鏡の子は外見はいいから何となく分かるが……あぁ、これがヤリサーってやつなのだろうか。

 

俺は振り返るとそいつらを一睨みして言った。

 

 

「やってみろよこの野郎」

 

 

三対一。

圧倒的に数では不利だが、こちとらそれなりに修羅場を潜って来ている。

ヤクザとしても警察としても、そして比企谷 八幡としてもだ。

テニスラケットを握る手に力が篭る。

 

が、それを仲裁する様に葉山が割って入った。

 

 

「おいおい落ち着けよお前ら、みんな仲良く使えばいいじゃんか。な?」

 

 

みんな仲良く。

こいつの言うみんなとは、一体誰の事だろうか。

俺たち奉仕部側?そしてそれを含んだこいつら?

 

否、葉山組の面々だけだ。

 

いつも通りの不敵な笑みを、俺は浮かべる。

 

 

「ふーん。みんな仲良くかぁ」

 

 

「あぁ、何も喧嘩することなんて……」

 

 

「なめてんのかこの野郎ッ!!!!!!」

 

 

刹那、俺の怒号がテニスコート中に響き渡った。

あまりにも突然の事に、葉山の組連中どころか奉仕部側まで固まってしまう。

俺の怒号はかなり大きかったらしく、グラウンドで遊んでいた他の連中の注目まで引いてしまったようだ。

 

 

「いや、ヒキタニ君……」

 

 

「なにがみんな仲良くだこの野郎、そのみんなの中に俺らは入ってねぇだろうが、あぁ?」

 

 

「そういうつもりで言ったわけじゃ……」

 

 

「じゃあどういうつもりで言ったんだ馬鹿野郎、言ってみろコラァッ!」

 

 

もう高校生のやり取りではなかった。

俺はそれを承知して葉山を急かす。

 

 

「な、なんか悪いな、謝るよ。そんなに怒るとは思ってなくて……なんかあったのか?俺も相談に乗るからさ」

 

 

「そう言うところがよぉ、お前がモテる理由なんだろうなぁ。弱い者には優しくってか、へへ。ぶち殺すぞ」

 

 

葉山は何も言わない。

というより、言えないのだろう。

 

 

「色んなもん持ってるお前が何も持ってない俺からテニスコートまで取り上げんのか。ここはお前のシマなのか葉山ぁ、どうなんだよ」

 

 

「そうだこの野郎、てめぇだったら何しても許されんのかコラ、何とか言ったらどうなんだよ最低野郎ッ!」

 

 

と、いつの間にか戻って来ていた材木座が便乗してきた。

こいつ普段からリア充の事目の敵にしてるからノリノリだなぁ。

 

 

「んだこのデブッ!てめぇら隼人君に喧嘩売ってただで済むと思ってんのかッ!」

 

 

とうとう葉山組も反撃してきた。

やはりその先陣を切るのは金髪だ。その手には、入り口に放置されていた体育用のテニスラケット。

どうやら紳士らしくテニスをする事が目的ではないらしい。

 

 

「やっちまおうぜ!」

 

 

「んだんだ!」

 

 

それに便乗する様に木偶の坊と猿も喧嘩腰になる。

だが、ボス猿の葉山はそれを良しとしていなかった。

 

 

「おい待てよお前ら……」

 

 

葉山が止めたがる理由は分かっていた。

もう既に、テニスコートの外には騒ぎを聞きつけたギャラリーが集まってきている。

もしここで喧嘩なんて事になれば、葉山の評判に傷が付いてしまう。

ただでさえ善人ぶってるコイツの事だ、いかに自分が馬鹿にされようとも丸く収めたいに違いなかった。

 

だが、葉山の言う事に子分は聞く耳を持たない。

 

 

戦争だ。

 

自らの内に眠る山本が、溢れ出んばかりの輝きを見せる。

他の面々もやってしまえと言っている。

俺自身も、やる気満々でスタンバイしている。

材木座は……こいつ絶対喧嘩した事ないだろうから、内心喧嘩することを嬉しく思ってはいないだろう。

 

 

「なんだ出来ねぇのか、やってみろチンピラ」

 

 

金髪たちを煽る。

 

 

「んだとこの野郎ッ!」

 

 

「上等じゃねぇか!」

 

 

おい材木座、ちゃっかり俺の後ろに来るな。

兄弟分名乗るなら前出ろ前。

 

と、いよいよ目の前の金髪がテニスラケットを振り上げようとした。

その瞬間を見逃さない。

 

 

一気に目の前まで詰め寄り、逆手でラケットの柄を握ると、金髪の胴体に押し当てる。

そう、押し当てただけだ。殴ってなどいない。

 

だが、それだけで金髪は動きを止めてしまった。

まるで居合のごときその光景に、恐怖してしまったのだ。

 

 

こんなとこ(テニスコート)でラケットそんな風に使っちゃダメだよ兄ちゃん」

 

 

不敵に笑いつつそう言うと、金髪は心底驚いた様子で足を竦ませて後ろへ転んだ。

刀なら斬り捨ててるぞ――そういう意図が、伝わった瞬間だった。

 

それを境に、葉山組の下っ端も静かになる。

どうやら俺のが上だと言うことを理解したようだった。

 

誰も何一つ、それこそギャラリーでさえも何も言わずに静まり返る中、不意に後ろから声がかかる。

 

 

「そこまでよ」

 

 

氷のように冷たい一言が刺さる。

雪ノ下が戻ってきたのだ。

 

彼女は救急箱片手にこちらへと歩み寄ると、葉山に言う。

 

 

「賢いあなたならこの状況が分かるわよね?」

 

 

言われて、ハッとしたように葉山は周りを見回す。

 

 

――おい、葉山のグループが手ぇ出したぞ。

 

――すげぇ、あいつ誰か知らないけど殴ってないのに止めちまった。

 

――これマジ?失望しました、葉山のファン止めます。

 

――これどう見ても葉山が悪いんじゃ……

 

 

確実に、葉山の株が落ちた瞬間だった。

 

それを察して顔を真っ青にした葉山は、何も言わずに背を向けてテニスコートを後にする。

仲間たちを置き去りにして一人逃げ出す葉山は酷く滑稽だった。

 

 

「ま、待ってよ隼人~!」

 

 

それに続いて三浦たちが彼を追いかける。

俺はそれを笑わずにじっと見ていたが、葉山がテニスコートから完全に出ていく際に一言。

 

 

「おい葉山」

 

 

葉山の足が止まる。

しかしこちらを振り返りはしない。

 

それでも俺は続けた。

 

 

「次ぃなんかあったら殺すぞ」

 

 

そう脅した。

 

殺す。

それを高校生である彼らがどう受け取るか分からない。

だが、確実に今の一言は効いただろう。

 

葉山は少しだけ震えて、また足を動かす。

ぼっちがリア充に勝った瞬間だった。

内心ざまぁみろと思いながらも、それを言葉には出さない。

 

 

「おいお前ら!見世物じゃねぇぞ!とっとと消えろ!」

 

 

材木座がギャラリーを散らす。

こいつこういう時は空気読めるんだなぁ、なんて感心する。

 

 

「比企谷くん」

 

 

不意に、雪ノ下が声をかける。

 

 

「お前ずっと見てたのか」

 

 

「……あなた、やり過ぎよ」

 

 

「ならどうすんだ?みんな仲良くテニスすんのか?」

 

 

「いいえ。でも他にやり方があったはずよ」

 

 

「結果論だろそれ。……へへへ、救急箱ありがとな」

 

 

雪ノ下から救急箱を受け取ると、まだ固まっている戸塚と由比ヶ浜の下へと戻る。

とにかく、これで戸塚に手当てしつつセクハラする準備は整った。

 

 

 

 




 逆手にラケットを握って云々の所は座頭市を連想してください。


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入学式

ホルスター作ってたりしたら遅れました


 

 

 

 

 ふと、この前由比ヶ浜から言われて思い出したことが夢に出た。

出た、というよりは思い出したと言った方がいいだろう。

それはもちろん、高校の入学式の出来事だ。

 

まだ碌でもない人格が完全に形成される前の俺は、入学式という事もあって一時間も早く登校した。

勿論俺はぼっちでそれまでの事があったのだから、過度な期待はしていなかったのだが、それでもこれからの可能性を考えると浮足立っていたのも確かだ。

妙に鼻歌なんか歌って自転車に乗っていたのを覚えている。

 

もう一度言うが、この頃はまだ今の人格が完全には形成されてはいなかった。

他人の物騒な記憶というのはあるにはあったが、それでも中二病にもなったし、言動こそやや物騒になりつつも、それを除けばただの少年であったことは言うまでもない。

言うまでもないのか?

 

 

夢の中で俺は、自転車に乗って歩道を走る。

入学式にはもってこいの天気で、桜の花びらがいい味を出していた。

周りから見れば怪しくにやけていた俺だったが、当の本人は希望に胸を膨らませているんだからしょうがない。

 

不意に、犬の鳴き声がした。

昔から猫は好きじゃないが、犬はそれなりに好きだったためにふと鳴き声のした方向を向く。

 

遠めだったし自転車に乗ってたために飼い主の顔はよく分からなかったが、同い年くらいの女の子が犬を連れて散歩している最中だった。

と言っても、犬が元気を持て余すあまり、飼い主が引っ張られている始末だったが。

 

何やってんだ馬鹿だなぁ、なんて思いつつも俺は自転車を走らせた。

だが、急に飼い主の女の子が叫びをあげた。

またそちらを振り向くと、犬が車道へ飛び出してしまっていたのだ。

 

咄嗟に車道を確認する。

すると、止まる気の無い黒塗りの高級車がクラクションを鳴らして犬に突っ込もうとしていた。

 

 

「……」

 

 

らしくない。

本当にらしくない。

今にしてみればそう思う。

 

だが、この頃の俺はまだ優しかったのだろう。

気が付けば、俺は犬を助けるために車道へと突っ込んでいた。

 

 

 

 

フレームが歪んだ自転車が倒れ、車輪が回る。

腕には怯えた犬。

立ち上がろうと力を入れた足は、酷く痛かった。

 

それでも立ち上がり、犬を放してやると、犬は飼い主の下へと駆ける。

飼い主の女の子はへたり込んでしまっていた。

 

 

自分と犬を轢き殺そうとした車を見る。

ボンネットは歪んで、自転車がぶつかった後が生々しく残っていた。

よくもまぁ、俺生きてたな。実は死んでんじゃねぇのか。

 

と、そんな時、運転席の窓ガラスが開いて運転手が顔を出した。

運転手は酷く驚いた様子で、

 

 

「君、急に飛び出すな」

 

 

と。

 

 

「……」

 

 

無言で俺は運転手を見据えた。

そして、痛む右足を引きずりながら、車へと寄る。

 

運転席の横へと辿り着くと、運転手は呆けた表情で俺を見ていた。

 

 

「何……」

 

 

運転手が何か言い終わる前に、俺はそいつの顔を殴った。

拳に生々しい感触が伝わる。

 

 

「出てこいこの野郎」

 

 

ドアを開けて鼻を押さえる運転手を引きずりだす。

 

 

「何なんだ!」

 

 

そう言う運転手をまた殴る。

 

 

「てめぇ人轢いといて何だじゃねぇだろ」

 

 

拳のコンビネーションを運転手に決める。

運転手の顔を見てみれば、前歯が一本折れていた。

 

 

「てめぇこの野郎ッ!!!!!!何が飛び出すなだコラァッ!!!!!!ぶち殺すぞあぁッ!!??」

 

 

酷く怒りながら、ありとあらゆる暴力を注いだ。

自分を轢いたことを怒っているのではない。

確かに足は痛むが、せいぜい骨が一本折れているくらいだろうから。

 

入学式に出られないことを嘆いている訳でもない。

校長や市議会議員の話なんて長いだけでどうでもいい。

 

 

だが。

 

 

こいつのしていることは筋が通らないのだ。

 

 

気絶寸前の運転手を何度も殴る。

気が付けば、足だけでなく拳までも痛めていたバカな自分がいた。

 

 

結局、その暴力は警察が俺を止めるまで続いたのだ。

 

 



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時に友人は敵意を向く

 

 

 

 

 朝。

目覚ましが鳴り、無理矢理意識が現実へと引っ張られる。

上半身を起こしつつ、見向きもせずに目覚ましを止める。

 

入学式の夢を見た。

誇張も何もなく、ただありのままの現実を再現した夢だ。

思えばあの事故で、記憶のみにとどまらず、人格も覚醒したのだろう。

覚醒なんて言うとなんか捕まりそうだが、事実だから仕方ない。

 

最初に覚醒した人格は、村川と大友だった。

歳は離れているがどこか似ているこの二人の人格は、俺の中に眠る暴力を簡単に呼び起こして見せたのだ。

そんな風に言うと中二病みたいじゃねぇか、もう違うよ。

 

 

「……」

 

 

いつものように何も言わず、ベッドから降りてリビングへと向かう。

階段を降りて扉を開けると、先に起きていた小町がソファーの上に寝転んで本を読んでいた。

 

 

「おはよーお兄ちゃん」

 

 

「うん、おはよう」

 

 

挨拶しつつ、牛乳を冷蔵庫から取り出し口飲みする。

行儀が悪いが、この牛乳を飲んでいるのは俺だけだし、それならいちいちコップに移したりするのは面倒だ。

目覚めの一杯を飲むと、軽くゲップが出た。

 

ふと、小町が読んでいる本に目をやる。

うつ伏せで本を読んでいるため、上から見下ろせば内容が入ってくるのだ。

 

 

「……相変わらず頭悪そうなもん読んでんなぁ」

 

 

その雑誌はいわゆる、女子力に関するくっだらないものだった。

適当な事が並べられており、少なくとも俺のためになることなど一つもない。

由比ヶ浜あたりが読んでそうだなぁ、なんて思ってしまうのは失礼だろうか。

 

 

「ほら小町、飯作るから着替えてこい」

 

 

声をかけると俺はパンをトースターに突っ込む。

つまみを捻り、テーブルの上に放置された新聞を広げる。

親父が読んだんだろう、あのジジイ朝早いからな。

 

適当な返事をしつつ立ち上がる小町。

俺はペラペラと新聞を読みつつパンが焼けるのを待つ。

 

と、その時急に顔に何かが覆いかぶさり視界が真っ暗になった。

何かと思ってその物体を手で掴んで見れば、小町の寝巻だった。

 

 

「お兄ちゃんそれよろしく!」

 

 

下着姿で走っていく小町が笑顔で言った。

 

 

「おー」

 

 

適当に返事をして小町の寝巻を洗濯機へと持って行く。

確かに小町は可愛い妹だが、決して性的な目で見ている訳ではない。

そんな目で見ているヤツがいればそいつはやっちまわなければならない。

 

……本当に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 小町を自転車の後ろに乗せてペダルを漕ぐ。

きゅっと俺の背中にしがみつく小町は見なくても可愛いだろうということが分かった。

さわやかな朝の空気と日差し、そして小町の存在がとんでもない癒しとなる。

 

 

「もー、お兄ちゃんぼうっとしないでよ!また事故るよ~」

 

 

「うるせぇなぁ、事故りたくて事故った訳じゃねぇよ」

 

 

あの事を思い出してちょっと心に暗い部分が出来る。

あんまり思い出さないようにしてんだからそう言う事言うなよ。

 

 

「そういえば、事故の後にあのワンちゃんの飼い主さんがお礼に来たよ」

 

 

不意に、小町がそう言った。

ちょっと待て、俺そんなこと一言も聞いてないぞ。

 

 

「お菓子貰った~、美味しかったよ」

 

 

「お前それ早く言えよ馬鹿野郎、俺食ってねぇよ!」

 

 

「あ、そっちに食いつくんだ」

 

 

「当たり前じゃねぇかお前、俺が甘いの好きなの知ってんだろ」

 

 

「てへっ」

 

 

てへっ、じゃねぇよこいつ……でもまぁ、可愛いから許すか。

それに、もう終わった話だ。あーだこーだ言っても仕方ない。

 

 

「でもさ、飼い主さん同じ学校なんだから会ったんじゃないの?学校でお礼言うって言ってたよ?」

 

 

お礼?今までそんなもんされた事無い。

きっとその時のでまかせかなんかだろう。そもそも俺に会いに来る奴なんていねぇよ。

ぼっちだし存在感ないだろうし……いや、最近結構切れてるから存在感は増してきたな。

 

ため息まじりに俺は小町に言う。

 

 

「ていうかよ、お前なんで今言うんだよ。そん時言えよ馬鹿野郎。名前とか聞いてねぇのかよ」

 

 

「えーへへ、忘れちった……」

 

 

「馬鹿野郎、お前全然意味ねぇじゃねぇか」

 

 

半笑いでそう言う。正直今更だ。

それに、飼い主ももう忘れているだろう。

それならそれでいい、俺もあの事を思い出したくはないからだ。

 

 



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時に友人は敵意を向く2

 

 

 

 

 

 

 職場見学というものがある。

要は、興味のある職場にお邪魔してその仕事を体験したり見学したりするものだ。

大体この行事は平日の昼辺りに行われるため、授業が潰れる。

それだけ見てみれば中々有用な行事ではあるのだが、俺、比企谷 八幡には一つ問題があった。

 

 

放課後。

進路指導室において、現在平塚と面談中。

内容は、まさに職場見学についてだった。

俺が提出した見学調査書に問題があったらしく、こうしてこの行き遅れと対面している訳だが……

 

 

「……比企谷ァ」

 

 

イライラした様子で俺の調査書を握りつぶす。

俺はいつものように無表情かつ不機嫌そうに、平塚と対面する形で椅子に座り、お茶を飲む。

飲んで、コップをコースターの上に置くと言った。

 

 

「なんすか」

 

 

「なんすかじゃないだろなんすかじゃ、えぇ?」

 

 

そう言うと平塚はくしゃくしゃになった調査書を広げて俺に見せた。

そこに書かれている職場は、自宅。

そう、俺の職場見学希望は自宅で、職業はヒモだった。

 

 

「先生、今時ヒモってなるの難しいんですよ。顔も良くなきゃなれないし」

 

 

「そんな事聞いてるんじゃない馬鹿者。お前こんなもの提出して通ると思ったか、え?」

 

 

正直、通ると思ってはいない。

いないのだが、それでも他の職業に興味を示せないのだから仕方ない。

昔、まだ人格が完全に形成される前は、公務員だった。

でも、公務員も公務員で面倒事多いし、かと言って男子の憧れ警察官はもうやりたくない。

我妻も西も、どっちも警察官としての闇を知っている訳だし。

それにその二人の記憶と人格が混ざった俺がなろうものなら、今度こそ免職処分では済まないだろう。良くて塀の中だ。

 

それに他の……もう一つやれる職業があるとすれば、ヤクザだ。

そんなもん、ヒモって書くよりヤバいに決まっている。

 

 

「イケてると思ったんですがねぇ」

 

 

「お前の頭は逝ってるよまったく……」

 

 

「先生の年齢もいってますよ」

 

 

「ふんっ!!!!!!」

 

 

ドッ、とノーモーションでパンチが飛んでくる。

鳩尾に平塚の拳が激突すると、思わず咳き込む。

 

 

「いてぇなこの野郎、体罰じゃねぇか!教育委員会に言うぞ!」

 

 

「その前に撃滅のセカンドブリットを叩きこんでやるぞ」

 

 

「……すんません」

 

 

素直に謝る。

正直二発もこいつのパンチを食らいたくない。

 

 

「作品古いんだよ馬鹿野郎……」

 

 

「何か言ったか?」

 

 

「いいやなんも」

 

 

結婚できない理由の一つがこの荒々しさだと、この人はなぜ気付けないのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暴力的進路指導が終わり、奉仕部へと向かう。

あのババァ、平気で殴りやがって……何が再提出だこの野郎。

 

痛む腹をさすりながら扉を開けると、いつものように雪ノ下が読書していた。

おう、と挨拶だけしてカバンを机の上に置く。

と、そんな時、由比ヶ浜のカバンが机の上に放置されている事に気が付いた。

もちろんあのバカは教室にはいない。

 

 

「会わなかったの?」

 

 

由比ヶ浜の事を聞こうとした矢先、雪ノ下がそう言った。

 

 

「誰にだよ」

 

 

雪ノ下は口で答えるのではなく、目線だけを扉へと向ける。

何かと思ってそちらを見てみれば、由比ヶ浜が勢いよく扉を開ける瞬間だった。

 

 

「あっ!いたー!」

 

 

俺を見るや否や、そう言って指をさしてくる由比ヶ浜。

夏服になったせいでワイシャツ越しにおっぱいがゆっさゆっさと揺れている。

デカい。

 

 

「何だこの野郎、指差すなよ」

 

 

「あなたがいつまで経っても部室に来ないから、探しに行ってたのよ。由比ヶ浜さんが」

 

 

わざわざ説明してくれる雪ノ下。

しかしわざとらしく由比ヶ浜を強調しているあたり、嫌味を言ってきているに違いない。

 

 

「わざわざ聞いて歩いたんだからね!そしたらみんな、比企谷?あっ……知らないですやめてくださいって言うし」

 

 

「なんだそりゃ、俺犯罪者みてぇじゃねぇか」

 

 

何で察するんだよ。

つーか何を察するんだよ、俺なんもしてねぇぞ。

 

 

「この前の戸塚さんの件、大分噂になってるみたいね」

 

 

「俺が戸塚とイチャついてたのがそんなに悪いのかよ」

 

 

「そうじゃないわよ……」

 

 

はぁ~っと大きなため息を見せる雪ノ下。

この野郎、ここぞとばかりに遠回しやら直球で馬鹿にしやがって。

少しは戸塚のピュアさを見習え。

 

 

「あれだよ、隼人君たちとの……」

 

 

「分かってるよ馬鹿野郎、俺お前より頭良いんだからよ」

 

 

嘲笑しながら由比ヶ浜をバカにする。

雪ノ下が馬鹿にするなら俺は由比ヶ浜をバカにしよう。

あれだ、じゃんけんみたいな三竦みの関係だ。

 

 

「もー!事あるごとにバカにしてー!もういいしっ!とりあえずヒッキー、携帯出して!」

 

 

「何だこの野郎、カツアゲすんのか」

 

 

「違うって!アドレス交換しようよ!また探しに行くの嫌だから!」

 

 

なるほど、こいつにしては中々良い案だな。

でも待てよ、探さなきゃこうにはならないんだよな。

なら俺は奉仕部を止めて戸塚と遊びに行こう、そうしよう。

 

と、俺が提案しようとしたが、由比ヶ浜が人のポケットから携帯を奪い取った。

 

 

「もうヒッキー遅い!」

 

 

「だからって人のポケット漁んなよ」

 

 

「いいから!ほら、早く交換しよう!」

 

 

そう言って由比ヶ浜から自分のスマホを渡される。

でもなぁ、俺アドレス交換なんてしたことないしなぁ。

 

 

「おい、お前やれ」

 

 

ならばと、由比ヶ浜にスマホを投げ渡す。

危なっかしくキャッチすると、由比ヶ浜はちょっとだけ引いたように言った。

 

 

「あたしが打つんだ……ていうか、迷わず人に携帯渡せるのがすごいね」

 

 

「なんも大事なもん入ってねぇからだよ。大事なもん入ってたらお前に渡さねぇよ、壊しそうだし」

 

 

「あーもー!ヒッキーまたバカにして!」

 

 

「いいから早くやれよ馬鹿野郎!」

 

 

急かすように怒鳴る。

とりあえず椅子に座り、彼女がアドレスを打ち終わるのを待つ。

 

由比ヶ浜は趣味の悪いピンクのガラケーを取り出すと、凄まじい速さでアドレスを打ちだした。

ていうかよ、なんだって由比ヶ浜みたいな奴らは携帯にゴテゴテ変なもん付けまくるんだろうか……痛車の事言えねぇじゃん。

 

 

「お前打つの早ぇなぁ、そんなんばっかしてっからテストの成績悪いんだぞ」

 

 

「普通だし!ちょっと黙ってろし!」

 

 

怒りながらスマホとガラケーを交互に見る由比ヶ浜。

 

 

「貴方の場合、メールする相手がいないから早く感じるだけよ」

 

 

唐突に雪ノ下がディスり始める。

 

 

「お前だっていねぇじゃねぇか」

 

 

「……」

 

 

「何とか言えよ、おい。雪ノ下?なんか言えって」

 

 

「うるさいわね、黙りなさい」

 

 

ブーメランを食らって反論できない雪ノ下。

こういう雪ノ下は少し可愛いと思う。

 

 



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機械仕掛けのチェーンメール

 

 由比ヶ浜に無理矢理メールアドレスを携帯に入れられた。

久しぶりにアドレス帳に人が増えたため、興味半分に慣れないフリック操作をして由比ヶ浜のアドレスを確認する。

 

親に小町に平塚先生に大天使戸塚に……なんだこれは。

なんだかスパムメールで送られてくるような、絵文字と名前が混じったものがある。

 

 

「なんだこりゃあ」

 

 

顔をしかめてそれをまじまじと見ていると、中央に『ゆい』という文字が入っていた。

あぁ、コイツの名前由比ヶ浜結衣とかいうふざけた名前だったなぁ。

なんて考えて、試しにスパムメールゆいに馬鹿野郎とだけ文字を打ってメールを送った。

 

すると案の定、

 

 

「馬鹿って言うなし!」

 

 

「言ってねぇよ、書いたんだよ馬鹿野郎」

 

 

「同じだしぃ~!!!!!!ヒッキーのばかぁあああ!!!!!!」

 

 

ポカポカと俺の背中を殴り始める由比ヶ浜。

痛くはないしむしろマッサージに丁度いいので何も言わずに満喫する。

女子高生にマッサージなんて言葉にするとエロイよなぁ。

 

と、どうやら携帯を持ちながら叩いていたらしく、携帯特有の角張った部分が背中のツボを刺激した。

 

 

「痛ぇなこの野郎!マッサージ中くらい携帯置けよ!」

 

 

「マッサージ!?何言ってんのヒッキー!」

 

 

「比企谷君、あなた由比ヶ浜さんになんて卑猥な事を」

 

 

「させてねぇよ馬鹿野郎、お前は本読んでろ」

 

 

こいつらと話していると会話が成り立たない。

 

そんな時だった。

怒りを表現していた由比ヶ浜の顔が、急に不安そうな顔へと変わったのだ。

丁度その光景を目にしていた雪ノ下がどうしたの、と声をかける。

 

 

「ううん、なんでもない。何でもないんだけど……」

 

 

取り繕うように笑みを見せる由比ヶ浜。

だがその笑顔もどこか不安を隠しきれていない。

 

 

「何でもないんならそんな顔すんなよ」

 

 

振り返ってそう言う。

 

 

「あのね、ちょっと変なメールが来たからうわってなっただけ!」

 

 

「……比企谷君」

 

 

「俺じゃねぇよ!……そうだよな?あ?」

 

 

複数の人格がある故に、もしかしたら俺の意識外で誰か(TAKESHIS')がおかしなメールを送ってしまったのかもしれない。

特に上原や村川が怪しい……あいつらほんとガキみたいな事しようとするからな。

あ、俺も変わんねぇか。

 

 

「さすがに違うよ~」

 

 

「なんだよさすがにって。普段からそんな事してるみたいな言い方やめろ馬鹿野郎」

 

 

「だって内容がうちのクラスの事なんだよね。ヒッキーはヒッキーだからこんなメール送らないよ~」

 

 

「お前この野郎、俺だって同じクラスじゃねぇかよ」

 

 

なぜか必死になっている俺を他所に、雪ノ下は納得した様子。

 

 

「なるほど。では比企谷君は犯人じゃないわね」

 

 

「もういいよ、馬鹿野郎」

 

 

負けを認めるようにそっぽ向く。

こいつら揃いも揃って人の事馬鹿にしやがって。

奉仕部はいつから個人をバカにする団体になったんだ。

 

 

「まぁこういうの時々あるからさ、あんまり気にしない事にする!」

 

 

結局メールの内容は語られず。

ちょっと気になるが、まぁ触らぬ神に祟りなしってやつだ。

神とメールを同一視するのもどうかと思うが、まぁそういうこと。

 

とりあえず話が終わり、俺はカバンから本を取り出そうとする。

が、そんな時、世にも珍しい来客がやってきた。

 

 

扉をノックする音がし、全員でそちらを見る。

がらりと扉が開くと、なんとあの葉山がいつものようなにこやかスマイルで入室してきたのだ。

 

ちょっとした緊張が、由比ヶ浜と雪ノ下の間に走る。

俺は立ちあがると、後ろの二人を背にして葉山の前に立ちふさがった。

 

葉山は相変わらずの笑顔で、

 

 

「えっと、奉仕部ってここでいいんだよね?」

 

 

と、この前の事なんて無かった様に言う。

 

 

「違えよ、とっとと帰れ馬鹿野郎」

 

 

対する俺は敵意剥き出しで邪険にする。

もし俺が、この凶暴な男たちの人格を有していないのであれば、本能的に負けを認めていたかもしれない。

だが、世の中の残酷さを知っている俺からすればこいつはただの高校生だ。

それ以上でもそれ以下でもない。

 

 

「比企谷君、やめなさい。……何の用かしら」

 

 

俺ほどではないにせよ、雪ノ下もそれなりに敵意のようなものを葉山へとぶつけた。

こいつ意外と嫌われてんじゃねぇか?

だが葉山は困ったように笑ってそれらを受け流すと、俺を避けて部屋の中央へと向かい鞄を置いた。

 

 

「平塚先生に、悩み相談するならここって言われたんだけど、いやぁ~中々部活から抜けさせてもらえなくて」

 

 

「能書きはいいわ、用があるからここに来たんでしょ?葉山隼人君」

 

 

話の途中にも拘らず、雪ノ下は言って見せた。

こいついつもよりキレがあるな、どうしたんだ。

それにフルネームでの呼び方……初対面に対するこいつの対応という点では理解できるが、何というか、それ以外のものが混じっている。

まるで古くからの知り合いで、今は避けているように。

 

葉山は少し残念そうにしながらも、ポケットから携帯を取り出す。

 

 

「あ、あぁそれなんだけどさ」

 

 

葉山は携帯を開くと、画面を俺たちに見せてくる。

 

 

「あ、変なメール……」

 

 

由比ヶ浜がそれを見て反応した。

どうやらさっきまで言ってたメールと同じものらしい。

 

内容は本当にしょうもなく、特定の人物を非難するようなもの。

それも葉山のグループの男子三人を、だ。

 

 

戸部は稲毛のヤンキーで、ゲーセンで西高狩りをしている。

大和は三股、最低の屑野郎。

大岡はラフプレーで相手高校のエース潰し。

 

つまり、このメールはチェーンメールというやつだ。

今時そんなもん送るヤツいるんだなぁ。

ていうかよ、今時ラインなんじゃねぇのか?メールじゃなくてよ。

 

 

「懐かしいなぁ、不幸の手紙思い出すなぁ、由比ヶ浜」

 

 

「ヒッキー古い……」

 

 

昔を懐かしむ俺と憐れんだような目を向ける由比ヶ浜を他所に、話は進んでいく。

 

 

「これが出回ってからクラスの雰囲気が、なんか悪くてさ。それに友達のこと悪く言われると、腹立ってくるし……」

 

 

「子分の間違いだろ」

 

 

「ヒッキーちょっと黙って」

 

 

とうとう由比ヶ浜にまで怒られる。

全部葉山のせいだ。

 

 

「でも、犯人探しがしたいわけじゃないんだ。丸く収める方法を知りたい。頼めるかな?」

 

 

なんだこいつ。

それじゃあ筋が通らねぇじゃねか。

雪ノ下も難色を示している。

 

 

「おい葉山、お前子分が悪く言われて腹立ってんじゃねぇのかよ」

 

 

「それはそうだ、俺もみんなも、友達な訳だし」

 

 

「なら丸く収めてどうすんだよ、そいつのせいでお前らどころかクラスの居心地まで悪くなってんだろ。頭のお前がケジメ付けなきゃみんな納得しねぇじゃねぇか」

 

 

葉山に詰め寄る。

 

 

「ケジメって……何もそんな」

 

 

「お前はどう思ってるか知らねぇけどよ、チェーンメールなんて掲示板の悪口以上に尊厳やらなんやら踏みにじってんだよ。名前もねぇ顔も見えねぇ、そうやって安全に他人貶すんだぞ、あ?お前がてめぇの子分大事に思ってんならよ、その気にならねぇとどうしようもねぇだろうが」

 

 

葉山は黙る。

俺の目を見ずに、ただ下に俯くだけだ。

 

 

「……比企谷君の言う通りよ。チェーンメールを無くすなら、大本を叩かないと効果がないわ。……事態の収拾なら尚更ね。ソースは私」

 

 

「実体験かよ」

 

 

「うるさいわ比企谷君黙りなさい」

 

 

二回も言わなくていいよ馬鹿野郎。

 

 

「ともかく、そんな人間は確実に滅ぼすべきだわ。それが私の流儀」

 

 

なんだかこいつまでヤクザ染みてきたと思うのは気のせいだろうか。

 

 

「私は犯人を探すわ。一言いうだけでぱったり止むと思う。その後どうするかはあなたの裁量に任せる。それで構わないかしら?」

 

 

その一言で相手の息の根を止めてちゃあ……いや、言わないでおこう。

だが葉山は渋々……というよりも、雪ノ下の提案だからといった様子で受け入れる。

 

 

「それでいいよ」

 

 

この野郎、女には甘いってか。

 

 

「……メールが送られたのはいつからだ」

 

 

そう尋ねると、由比ヶ浜と葉山はお互いに顔を見合わせる。

 

 

「確か、先週末からだよな?」

 

 

由比ヶ浜がそれに頷いた。

先週末……あれ。それって職場見学の調査書が配られたあたりだな。

だがそれでなぜチェーンメールが発生する?考えろ。

元刑事なんだから頭を働かせろ……職場見学、葉山組……

なにか見落としている事はないか?

 

 

「クラスで変わった事は?」

 

 

雪ノ下の質問に、二人は首を横に振る。

まぁそんなもんあったら俺だって気が付くさ。

 

……一つだけ気になることがある。

 

 

「おい由比ヶ浜ぁ、馬鹿三人組は葉山抜きでも仲良いのか?」

 

 

「えーっと……正直隼人君無しだとそんなに……」

 

 

「決まりだな」

 

 

なんだ、簡単な事じゃないか。

相手は高校生なんだからよ。

 

 

「職場見学のグループ決めだ」

 

 

 



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On the list

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 次の日の、とある休み時間。

俺はいつものように何もせずただ席に座り、休み時間を満喫する。

休み時間なのに話しててどうすんだ、休むためのもんだろ、と以前由比ヶ浜に言ったら引かれた。俺は悪くない。

 

そうは言ったものの、何もせず、というのは厳密には違う。

それは表面上の事であり、内心では昨日の依頼のためにちゃんと仕事をこなしていた。

具体的には、聞き耳を立てている。

あの葉山組の連中に対してであった。

 

 

「でさー、葉山君ったらまじっべーの!」

 

 

「大袈裟だなぁ、ははは」

 

 

いつものようにあいつらは駄弁っている。

そこにおかしな点は見当たらない。

 

 

「……面倒くせぇなぁ」

 

 

ふと呟いた。

俺が探偵染みた事をしなくちゃいけない理由は、昨日の依頼と切っては切れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日、奉仕部。

職場見学が原因であることを言うと、由比ヶ浜がいつになく冴えた事を言いだした。

 

 

「あたし犯人分かっちゃったかも!」

 

 

「説明してもらえるかしら」

 

 

珍しくそんな事を言う由比ヶ浜に、雪ノ下は少し驚いたような顔で言ってみせた。

 

 

「こういうイベントのグループ分けは、その後の関係性に関わるからねぇ~、ナイーブになる人も居るんだよ~」

 

 

うんうん、と頷いて自分が導いた結論に納得する。

 

 

「なんだお前、シャブでも決めてんのか。えらく頭働いてんなぁ」

 

 

茶化すように笑う。

実際は褒めているようなものだ。つまり俺は、ツンデレさんなのである。

自分で言ってて嫌になっちゃうよ。

 

 

「シャブって何?」

 

 

「覚せい剤の事よ」

 

 

「ヒッキー酷い!」

 

 

ここまでテンプレートだ。

葉山も苦笑いしている。何笑ってんだこの野郎、と言ったら笑わなくなったので良しとしよう。

さて、ズレてしまった話を元に戻そうか。

 

 

「職場見学は三人一組だかんなぁ。一人だけハブられないように蹴落とそうってんだろ、よくあるじゃねぇか」

 

 

ふむ、と雪ノ下が顎に手を添える。

やっぱこいつはこういうの様になるよなぁ。

由比ヶ浜も見習え。いや、やっぱ戸塚を見習え。

 

 

「となると、犯人はその三人の中で間違いないわね」

 

 

よし、なら一人ずつ取り調べして吐かせよう。

こういうのなら慣れてんだ俺は。

と、次の暴力に備えていた時だった。

 

焦ったように葉山が口を開いた。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!俺はあいつらの中に犯人がいるなんて思いたくない。三人を悪く言うメールなんだぜ、あいつらは違うんじゃないのか?」

 

 

この期に及んで何を言うのかこいつは。

まだ友達ごっこがしたのだろうか。

 

 

「馬鹿野郎、お前だってもう気付いてんだろうが。そんなもん自分が疑われないようにするために決まってんじゃねぇか、あ?」

 

 

うっ、と葉山は一歩後ろに引く。

仮にもこいつは学年で成績が二位と、頭は悪くない。

それならもう気が付いているはずなのだ。ここに来る前から。

だから、こんな話は時間の無駄だった。

 

だが、こいつの取り巻き三人……というよりは犯人は、そこまで賢くはないらしい。

もうちょっと賢ければ、あえて一人だけ悪口の内容を軽くして自分に疑いの目が掛からないように徹するだろう。

 

 

「とりあえず、その三人の事を教えてもらえるかしら?」

 

 

雪ノ下が葉山に尋ねる。

まだ納得していない様子の葉山だったが、渋々答えた。

 

 

「戸部は、見た目悪そうに見えるけど、一番乗りの良いムードメーカーだな。イベント事にも積極的に動いてくれる、良い奴だよ」

 

 

あのよく突っ掛ってくるあいつか。

少なくとも葉山より根性あって見どころがあると思う(ヤクザ視点)

 

しかし、雪ノ下はバッサリとこうメモをした。

 

 

「騒ぐだけしか能がないお調子者、ということね?」

 

 

「お前酷ぇなぁ、ふふ」

 

 

思わず笑ってしまった。

こいつこんなんだから友達出来ねぇんだよ。

あ、俺もか。

 

他の二人が困惑する中、雪ノ下は続けて、とだけ言った。

 

 

「大和は、冷静で人の話をよく聞いてくれる。ゆっくりマイペースで、人を安心させるって言うのかな、良い奴だよ」

 

 

「それ単に優柔不断で人の話聞いてないアホじゃねぇのか?」

 

 

今度は俺が酷評する番だ。

雪ノ下も同じような内容をメモしているに違いない。

 

葉山はめげずに紹介を続ける。

 

 

「大岡は、人懐っこくて、いつも誰かの味方をしてくれる、気の良い性格だ!いいヤツ……」

 

 

「でもそれって人の顔色ばっかり窺ってるって事だよね?あっ」

 

 

由比ヶ浜がトリを務めてコンボは完了した。

ていうかお前仮にも葉山のグループなんだから言ってから気付くなよ。むしろ擁護しろ擁護。

 

 

「そういう人間を風見鶏と言うのよ由比ヶ浜さん」

 

 

「そうなんだ~」

 

 

由比ヶ浜に新しい知識が加わった。

容赦ねぇなぁ。

 

ふむ、と雪ノ下はメモを見て悩む。

 

 

「どの人が犯人でもおかしくは無いわね」

 

 

確かにその通りだ。

コイツの話は全て主観で物事を語っている。

 

 

「お前の話じゃアテんなんねぇなぁ。もっとなんかねぇのかよ、コンビニ強盗したとかよ」

 

 

「君は何を言っているんだ」

 

 

真顔で葉山は返してくる。

 

 

「貴方たちはどう思う?」

 

 

と、雪ノ下が俺たちに情報を求めてきた。

 

 

「え?ど、どう思うって言われても……」

 

 

「知らねーよ、俺教室じゃ戸塚としか話さないんだからよ」

 

 

由比ヶ浜も俺も、今の情報じゃどうにもならない。

 

 

「じゃあ調べてもらってもいいかしら?」

 

 

「う、うん……」

 

 

雪ノ下の頼みに、由比ヶ浜は渋々頷く。

無理もないだろう、身内を調べるのは辛いものだ。

我妻も、親しかった岩城の事を知った時は、どうにも動けなかった。

 

 

「ごめんなさい、あまり気持ちの良いものではなかったわね」

 

 

雪ノ下が謝る。

 

 

「俺やるよ」

 

 

気が付けば、言葉が出ていた。

皆が俺を不思議そうな目で見る。

 

 

「戸塚にさえ嫌われなきゃいいしよ。へへ、こう見えて捜査得意だからよ」

 

 

一人で何件ものヤマを当たってきた。

これくらい何とかなるだろう。

 

 

「あ、あたしもやる!」

 

 

便乗する様に由比ヶ浜が手をあげた。

まるで何かの当番決めてる時のガキみてぇだ。

 

 

「ゆきのんのお願いなら聞かない訳にはいかないしねっ!」

 

 

ぐいっと雪ノ下に笑顔で詰め寄る由比ヶ浜。

なぜか雪ノ下は頬を赤らめた。

そして恥ずかしがるようにそっぽ向く。

 

 

「……そう」

 

 

「頑張るねっ!」

 

 

そう言って由比ヶ浜は抱きつく。

なんだありゃ、百合じゃねぇか。材木座に教えてやらねぇと。

 

 

「仲良いんだな!」

 

 

いつもの笑顔で葉山は言った。

……今ならあの二人は見ていない。

 

 

「おい葉山」

 

 

スッと、由比ヶ浜とは違う目的で葉山に寄る。

ギリギリ二人には聞こえない距離だ。

え、と葉山は顔に疑問を浮かべた。

 

俺は葉山を睨むように目を合わせる。

 

 

「な、なんだいヒキタニ君……」

 

 

「今度は殺すって言ったろ」

 

 

葉山が凍る。

作り笑顔のまま、葉山は動かない。

雪ノ下と由比ヶ浜の百合タイムが終わるまで、俺は葉山を睨んでいた。

 

 




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On the list2

皆さんの評価をお待ちしてます。
評価次第で執筆速度が上がったりします(大嘘)


 

 

 昨日の事を思い出してなんだかイライラしてくる。

ちくしょう、殺すとは言ったけど本当に殺すわけにはいかないし……

俺が塀の中にぶち込まれたら小町と戸塚に会えなくなる。

それはマズイ、非常にまずい。

出所する前に死んでしまう。

 

俺がくだらないことで必死に悩んでいると、由比ヶ浜が机の前にやって来た。

見上げると、大きなおっぱいの上に由比ヶ浜の笑顔が浮かぶ。

 

 

「ヒッキーは何もしなくていいからね!」

 

 

「なんだお前、何かいい案あんのか?」

 

 

そう尋ねると、由比ヶ浜は前の席に座る。

そこお前の席じゃないだろ、という注意はするだけ無駄なのでしない。

 

 

「とりあえず女子に聞いてみる!クラスの人間関係なら女子の方が詳しいし!」

 

 

得意げに語る由比ヶ浜。

 

 

「共通の嫌な奴の話したりすると、結構盛り上がって色々話してくれたりするし!」

 

 

「それじゃあお前らが嫌な奴らじゃねぇかよ」

 

 

なんだって女ってやつは人の事ねちねち陰で言うかなぁ。

まぁチェーンメールしちまうような男もいる事だしお互い様なのだろうか。

それにしても、男はここ数年の技術でそう言う風に変化はするが、女は変わらないもんだ。

普通は逆って言うが、俺はそうは思わない。

 

 

「と、とにかく!私やるから気にしなくていいよ!」

 

 

確かに、ここは由比ヶ浜に任せるべきなのかもしれない。

だって俺が聞き込みすると職質されるか平塚に呼び出されそうだもん。

 

 

「じゃ任せるわ」

 

 

すると由比ヶ浜はとっておきの笑顔を作り、

 

 

「うんっ!」

 

 

と頷いて席を後にした。

そしていつも一緒に絡んでいる女二人の下へ駆け寄る。

一人は俺がぶっ叩いた三浦とか言う女王様、もう一人は時折何か騒いでいる眼鏡の女の子だ。

犬が飼い主に向かって走っていくようなそぶりでそっちへ向かうと、由比ヶ浜は聞き込みを開始する。

 

 

「いやはや~、てかさ、戸部っちとか大岡君とか大和君とか、最近微妙だよね~!」

 

 

「馬鹿野郎……」

 

 

思わず口癖が出てしまう。

なんだってあいつは急にターゲットをディスり始めてんだ馬鹿野郎、これじゃ怪しむだろうが。

三人を話題に出すとしてももうちょっとなんかあんだろうに。

 

どうやら由比ヶ浜の言動をおかしく思っていたのは俺だけではなかったらしい。

眼鏡の子がちょっと引いた様子で言う。

 

 

「結衣ってそういう事言う子だったっけ……?」

 

 

「あーさ、そういうのってあんま良くなくない?友達の事そう言うのってちょっとマズいっしょ?」

 

 

正論だ。

普段の行動はどうしようもないが、今だけはあの金髪縦ロール野郎に同意する。

 

 

「あぁいや!違くて!その……気になると言うか!」

 

 

必死に由比ヶ浜が弁解をしている。

いやその言い方はまた別の問題があんだろ由比ヶ浜。

 

 

「なになにぃ~?あいつらの誰か好きなん?」

 

 

イジワルそうな顔で由比ヶ浜に迫る金髪野郎。

あーあ、面倒くさいことになってんなぁ、と思って少し笑っていると、

 

 

「うるさいし!あんま調子乗ってっとブッ飛ばすよッ!」

 

 

急に、由比ヶ浜がキレ始めた。

突然の転調に笑いを止めて目を見開く。

それは怒鳴られた金髪と眼鏡の女の子も同じだった。

 

クラス全員が由比ヶ浜に注目する。

その様はまさしく、この間由比ヶ浜を助けた時とまるっきり同じだった。

 

ハッと、由比ヶ浜は自分がしてしまった事の大きさに気付いてわたわたし出す。

そして、

 

 

「な、な~んちゃってぇ、てへっ」

 

 

いくらなんでもそりゃキツイだろ。

そう思わずにはいられない返しだった。

 

しばし教室を静寂が包む。

どうすっか、助けに入るか?いや今入ったら助けになんねぇどころか火に油を注ぐことになりかねないからなぁ。

大友と村川、笑ってんじゃねぇよ。

 

 

「……だ、だよねぇ!あ、あはははは」

 

 

「そ、そうだよ、あはははは」

 

 

なんだそりゃ、無理矢理すぎんだろ。

いつの間にか教室の空気も元に戻っている……こりゃ疲れるわ。

俺だけがおかしいのだろうか?

 

だが、由比ヶ浜の受難はこれでは終わらない。

 

 

「でさ、結衣の好きなヤツってだれよ?いるんしょ?」

 

 

一旦落ち着いた俺の心はまた慌ただしくなる。

 

 

「だからうるせぇって言ってるしッ!ぶち殺すぞ優美子ォ!!!!!!」

 

 

「ヒィッ!?」

 

 

また由比ヶ浜がキレた。

もう今回は笑うしかない。

 

 

「……ウソウソ!そんなに怖がらないでよ~」

 

 

「こここここ恐がってないし!ないし!」

 

 

キャラが完全に崩壊している。

どっちもおかしい事になっているが、面白いので観察しよう。

つーか、あれは本当に切れているのだろうか?

それともああいう芸なのか?

 

 

「気になってるのは……あれだし!三人の関係性!」

 

 

取り繕ってそんな事を言いだす由比ヶ浜。

お前それ犯人に聞かれてたら怪しまれんぞ。

 

だが、意外な人物が絡んできた。

それは、あの静かそうな眼鏡の女の子。

 

 

「分かる、分かるよ。結衣も気になってたんだ。実は私も……」

 

 

あれ、ここに来て進展したか?

俺は懐から学生手帳を取り出す。メモの部分なんて入学してから一回も使ってねぇからな、ここが使いどころだ。

 

 

「そうそう!なんかギクシャクしてるっていうかさー……」

 

 

だから本題をいきなり言うんじゃねぇよ、いろんな人間がこの教室に居るんだからよ。

 

 

「私的に、絶対……」

 

 

メモに書き込む準備は万端。

彼女の眼鏡が光る。

……やっと聞き込みらしい事が出来る。

 

 

「戸部っち受けだと思うのッ!!!!!!」

 

 

戸部は受け。

そこまでメモに書き込んで、あ?っと声を出した。

なんだ受けって。

 

あまりの大声にクラス中があの眼鏡を見る。

 

 

「え?」

 

 

由比ヶ浜のマヌケな声が漏れる。

三浦は頭を抱えている。

 

 

「大和君の強気攻め!大岡君は誘い受けね!あの三角関係絶対なんかあるよね!」

 

 

興奮した様子で由比ヶ浜に攻め寄る。

教卓まで追い込まれると、興奮した眼鏡は逃げ場のない由比ヶ浜にさらに攻撃を仕掛けた。

 

 

「でもねでもね!?きっと三人は隼人君狙いだと思うのッ!!!!!!」

 

 

つまりあれか、あの眼鏡は腐女子ってやつか。

んで、あの取り巻き三人はホモで葉山のケツを狙ってると。

シャブやってんのはあの眼鏡じゃねぇか。

由比ヶ浜すまん。

 

その後、眼鏡が鼻血を噴き出したりしたがそこは割愛。

畜生、初めて生徒手帳に書き込んだもんがホモネタとか小町に縁切られちまうじゃねぇか。



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On the list3

 

 

 

 

 

 

 

 昔、友達がいた。

あれは友達という定義に当てはまるのかは分からないが、とにかく友達と呼べるような事を二人でしていた事をよく覚えている。

幼稚園に入る前の事だ。そいつはどこからともなく現れて、一人公園で遊ぶ俺に声をかけてきたのだ。

 

 

「一緒に遊ぼうよ」

 

 

何の変哲もない、誘いの言葉。

当時からコミュ力の無さでボッチと化していた俺は嬉しかった。

一緒に砂場で遊び、鬼ごっこをする。

たまに他のガキと喧嘩して、一緒にたんこぶを作る。

昼間に現れては夕方に消えるそいつを、俺は兄貴と呼んでいた。

名前は知らなかった。教えてくれと頼んだら、兄貴って呼べと言われたのだ。

 

幼稚園に入って、しばらく兄貴とは会わなかった。

いつも彼と遊んでいた時間は幼稚園で費やしてしまっていたせいだ。

 

幼稚園に上がって何が辛かったかというと、友達と遊べなかった事だろう。

元々ボッチだった俺に、新しく友達を作れと言うのが酷だ。

 

入園から一年が経った頃。

 

 

兄貴が、いつの間にか入園していた。

変わらぬ不機嫌そうで不気味な笑顔で、おう久しぶり、とだけ彼は言った。

 

 

それからの幼稚園生活は一変した。

兄貴と一緒にちょっとだけ過激な遊びをしていたせいで、幼稚園一の問題児と化した。

 

落とし穴、花火で戦争ごっこ、その他色々。

今考えて見ても、あれは中々に過激だった。

でも、彼とは幼稚園以来会っていない。

 

どうしても、彼の顔や、最後の言葉が思い出せない。

 

 

 

 

 

 

 

 「兄貴、来ましたぜ」

 

 

 不意に、材木座の声が耳に響く。

俺が無表情で材木座の顔を見る。するとこいつはちょっとだけビクついた様子で言った。

 

 

「なんすか」

 

 

なんでも、とだけ言って周囲を見渡した。

ゲームセンター。放課後は学生でごった返すこの場所は、ただでさえうるさい機械音とガキ特有の甲高い笑い声が加わって頭が痛くなる。

そもそも俺はゲーセンよりも家で据え置きのゲームやってる方が性に合っている。

 

ではなぜこんなところにいるのか。

それはやはり、葉山三人衆の調査に他ならない。

 

由比ヶ浜が聞きだすことに失敗したせいで、俺まで動かなきゃならない羽目になったのだ。

 

 

「……兄貴?」

 

 

「なんだよ」

 

 

恐る恐る尋ねてくる材木座に言葉を返す。

 

 

「いやぁ、なんかボーっとしてるなって思って……どうしたんすか?」

 

 

「なんでもねぇよ馬鹿野郎。戸部は来たのかよ」

 

 

最初の調査対象は、稲毛のヤンキーと言われていた戸部。

材木座は謝りつつ肯定すると、周りにばれないように指を差す。

そっちを見てみると、いかにもヤンキーらしい格好の男が真剣にUFOキャッチャーに挑んでいた。

 

別にそれ自体は何の変哲もない光景だが、一つだけ違和感がある。

それは、戸部の周りに小学生の集団がいることだ。

 

 

「あの野郎偉そうにしときながらロリコンなのかよ畜生」

 

 

材木座が羨ましそうに呟く。

だが、俺にはどうにもあの戸部がロリコンには見えなかった。

あれはむしろ、気の良い近所の兄ちゃんだろう。

 

 

「ロリコンはお前じゃねぇかよ」

 

 

「えぇ?違いますよ、ロリも行けるってだけで」

 

 

「気持ち悪ぃなぁお前、ちょっとは隠せよ」

 

 

 



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三匹の子豚

 

 

 

 

 結局、戸部はあの後小学生たちと遊んだあと帰っていった。

ゲーセンには西高の奴らもいたが、そいつらには目もくれなかったし、西高の奴らも戸部を見ても反応は無い。

つまり、チェーンメールの内容は嘘。

元々今回の件はチェーンメールの審議を確かめるようなものではないが、それでも調査対象の情報を知っておくことは重要だ。そこから見えてくる真実もある。

 

材木座と、フードコートで夕食のハンバーガーを食べる。

なんでこいつと夕飯一緒に食べなきゃならねぇんだよ、と愚痴りながらも、奉仕部でもないのにわざわざ調査に付き合ってくれた礼を含めて奢ることにしたのだ。

小町にはメール済み。

 

 

「いやぁ~すんません兄貴、奢ってもらっちゃって」

 

 

「ならもっと遠慮しろよ馬鹿野郎、三つも頼みやがってよ」

 

 

材木座のトレーに乗っているハンバーガーを指差す。

普通のハンバーガーにチーズバーガー、そして少し値が張るスペシャルバーガー。

最後のは通常よりも具の量が多い分、価格も二倍近い。

加えてダイエットコーラを飲んでいる……アメリカ人みてぇだなこいつ。

 

対して俺はハンバーガーとサラダ、そして水のみ。

見ろよこの質素な夕食。

 

 

「まぁそう言わずに……戸部のヤツ、結局ガキと遊んで帰っちゃいましたね」

 

 

ハンバーガー片手に材木座が言う。

 

 

「ん~、まぁあいつは見た目チャラいだけみたいだしなぁ」

 

 

サラダを箸で口に含む。

べちょべちょで食えたもんじゃない。

顔をしかめつつ俺は水を飲む。

 

 

「こっちでもあいつの事は調べましたけど、あの野郎チェーンメールできるほど頭良くないっすよ」

 

 

「まぁ、単純そうだしなぁ。なんかあれば直接手ぇ出してんじゃねぇか?」

 

 

続いてハンバーガーを食う。

これはいたって普通のハンバーガーだが、小町が焼いてくれるトーストほどの価値は無い。

 

 

「どうします?とりあえずあいつは放っておいて、他の奴調べますか?」

 

 

「そうだなぁ。……おい、お前大岡ってヤツ調べろ」

 

 

食いかけのハンバーガーを置いてそう命令する。

材木座はもぐもぐと咀嚼しながら大きく頷いた。

 

 

「ういっす」

 

 

「飲みこんでから喋れよ馬鹿野郎……」

 

 

見た目通りの食いしん坊具合に笑いながらも、注意した。

その時である。

 

 

 

「比企谷君?こんなところで何してるの?」

 

 

天使のお声が、真後ろから響いてきたのだ。

振り返ると、そこには女子よりも女子らしい男子テニス部の部長、戸塚がいた。

背中には通学用兼テニスラケット持ち運び用のリュックが。

相変わらず緑色のジャージ姿だ。

 

俺はニコッと笑い、手を振る。

 

 

「よう戸塚、今帰りか?」

 

 

「うん、結構長引いちゃって……比企谷君も奉仕部の帰り?あ、どうも……えっと、材木座君だよね?」

 

 

戸塚の笑みが材木座を襲う。

材木座は照れながら、どうもっす、と言って何度も頭を下げている。

 

 

「そんなとこ。今から飯か?」

 

 

「うん。たまにはハンバーガーもいいかなって」

 

 

「そうか、なら奢るよ。椅子も用意しなくちゃな……おいこの野郎、お前椅子持って来いよ馬鹿野郎」

 

 

戸塚に対する態度とは一変して、材木座に椅子を持ってこさせるように促す。

まだ食べている途中の材木座は嫌そうな顔をして、

 

 

「えぇ!?ちょっと待ってくださいよ」

 

 

「うるせぇ馬鹿野郎、お前誰の金で食ってんだ!じゃあお前がどけ!どけよこの野郎!」

 

 

「ちょ、やめてくださいよ!痛いですって!」

 

 

ゲシゲシと机の下から材木座の足を蹴る。

 

 

「ひ、比企谷君、椅子なら近くから持ってくるからいいよ!」

 

 

と、それを見かねた戸塚が空いている席を指差す。

戸塚の提案を無碍にするわけにもいかないので、俺は渋々納得することにした。

そして立ち上がり、

 

 

「じゃあなんか買ってくるよ。何がいい?」

 

 

「え、そんな悪いよ」

 

 

「いいんだよ、何がいい?」

 

 

「じゃあ、エビカツバーガーが、いいかな」

 

 

「おし、ちょっと待ってろ!おい材木座、手ぇ出すなよ!」

 

 

「出しませんよ!ったく……」

 

 

ハンバーガーショップまで急ぐ。

途中その辺の高校生たちとぶつかったが、無視して突き進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戸塚が椅子に座る。

元々二人用の席に腰かけていたため、少しばかり狭い。

その男の娘らしくない華奢で可憐な動作を見てから、材木座は改めて挨拶した。

すでに三つのハンバーガーは胃の中に消えてしまっている。

 

 

「お疲れ様です戸塚の叔父貴」

 

 

そう言うと、戸塚は無表情で何も言わず、ただ材木座の事を見つめる。

基本的に、不機嫌な兄弟分以外まともに喋る人間がいないため、まともに見つめられると材木座は黙り込んでしまう。

でも、どうしてかその目から逃れることができない。

何か不思議な、それこそ魔力のようなものに囚われたかのように。

 

戸塚 彩加は美しい。

それこそその辺りの女子が束になっても敵わないくらいに。

小柄な体形、白くてきめ細かな肌、硝子細工のような瞳、人形のような顔立ち。

クラスであまり話題にならない理由は、ある意味人間離れした容姿が一因だろう。

あと、男。

 

だが、仮にそんな人物にずっと見つめられたらどうなるだろうか。

深夜にいきなり現れたフランス人形に見つめられたら、どうなるだろうか。

 

 

「ねぇ、材木座君」

 

 

不意に、戸塚が口を開く。

 

 

「あ、はい」

 

 

普段チンピラぶってる材木座も、思わず素で返した。

 

 

「君さ、『八幡』と仲がいいんだね」

 

 

「ま、まぁ、それなりに……」

 

 

「ムカつくなぁ」

 

 

唐突に告げられた不満に、材木座は驚いて黙る。

 

 

「僕、あんまりムカついちゃうとね」

 

 

カラン、と戸塚は先ほどまで不機嫌そうな少年が手にしていた箸を掴む。

そして、

 

 

「殺したくなっちゃうんだよ」

 

 

ぐさっと、材木座の腹に軽く突き立てた。

彼が戸塚へ抱いていた不気味さは、今恐怖へと変わった。

普段の可愛らしさとは正反対の恐ろしさに泣きそうになりながらも、材木座はただ、すんません、とだけ謝る。

 

帰りたくて仕方ない。

でも、兄貴分を待っている手前、帰るわけにはいかない。

 

 

結局、この状況は彼の兄貴分が帰ってくるまで続いた。

 



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三匹の子豚2

 

 

 

 次の日、奉仕部。

昨日は戸部の調査が済んだため、今日は大和とかいう図体のデカい優柔不断を調べる手はずだ。その前に部室へ行き、雪ノ下に簡単な報告をする。

報告って言っても、戸部は何ともなかったとしか言いようがない。

そういや飯の後、なんだか材木座のヤツが体調悪そうだったな。

 

今日は珍しく平塚に捕まらずに部室へ行けた。

扉を開けると由比ヶ浜と雪ノ下がすでに集まっていた。

 

 

「あ、ヒッキー!どこ行ってたの?探したんだよ?」

 

 

相変わらず元気いっぱいの由比ヶ浜が叫ぶように言う。

 

 

「うるせぇなぁ、便所だよ便所。うんこしちゃ悪いのかよ」

 

 

昼にいつもより食い過ぎたせいで沢山出てしまった。

おかげで今俺の腹はとてもスッキリしている。

 

が、それとは反対に由比ヶ浜と雪ノ下は顔をしかめる。

 

 

「入って来て早々汚らしい言葉を言うのはやめてくれるかしら、比企谷君」

 

 

「そこまで聞いてないし……」

 

 

そんな二人の言葉を聞き流し、鞄を机の上に置く。

そして相変わらず本の虫である雪ノ下に報告を済ませることにする。

 

 

「そういやよ、昨日戸部のヤツを探ってきたぞ」

 

 

「そう。収穫はあったかしら?」

 

 

本から目を離さずに雪ノ下は言う。

俺は首を横に振った。

 

 

「いんや。チェーンメールの内容は嘘だってことしか分からなかったな。ただ、あいつが犯人って線は薄いと思うぞ」

 

 

そこまで言うと、雪ノ下は興味を持ったように本から目を離す。

そして硝子細工のような瞳でこちらを見た。

 

 

「説明してくれるかしら」

 

 

あとは昨日見た事をすべて話す。

小学生たちと仲睦まじく遊んでいた事などだ。

話し終えると、雪ノ下は本に栞をして、ぱたんと閉じた。

 

ふぅ、とため息にも似た吐息を吐く。

 

 

「まだ推測の段階は出ていないわね。けれども、私も比企谷君の意見には賛成よ」

 

 

「珍しいね、ゆきのんがヒッキーと同じ意見だなんて」

 

 

横で話を聞いていた由比ヶ浜が言う……確かにそうだけどよ、あんま煽るような事言うんじゃねぇよ。

 

とにかく、俺の話は終わった。

これから大和ってやつの所に行って調査しなければ。

 

俺は鞄を手にすると、部屋を後にしようとする。

 

 

「あれ、ヒッキー帰るの?」

 

 

ヒッキー帰るなんて言われるとヒキガエルに聞こえてくる。

俺は振り返り、

 

 

「大和んとこ行くんだよ」

 

 

「比企谷君、それは明日でいいわ」

 

 

不意に、雪ノ下が俺の事を止める。

雪ノ下はスッと立ち上がり、一言。

 

 

「私も行くから」

 

 

 

 

 

 

 次の日、朝のホームルーム前。

昨日は結局あれで解散になった。大和の調査は今日、雪ノ下と行う。

由比ヶ浜がやたらと二人で行くことを抗議していたが、あいつが行くと顔が割れているので問題になる可能性があるため却下された。

 

んで、今俺は何をしているのかというと。

 

 

「…………」

 

 

自分の席で葉山たちを観察している。

相変わらずあいつらくっだらねぇ話題で盛り上がってんなぁ。

こりゃ聞くだけ無駄かもしれない。

 

と、そんな時だった。

目の前に、緑色のジャージとふりふりした手が飛び込んでくる。

 

見上げると、そこにはちょっと緊張した笑顔の戸塚が。

 

 

「おはよっ!」

 

 

笑みがこぼれる。

なお、他人から見たら不気味な模様。

 

 

「おう、おはよう戸塚。今日もかわいいな」

 

 

そう言いながら、戸塚の手を握る。

 

 

「あっ、ちょっと比企谷君……もうっ」

 

 

唐突なセクハラにぷくっと頬を膨らませる戸塚。

うーん、最近は戸塚でもいいんじゃないかと思えてきた。

かわいいし。

 

 

「悪い悪い、へへっへ」

 

 

手を放す。

ちょっとだけ戸塚が残念がったような気がした。

 

 

「なんか用か?」

 

 

「うん。職場見学のグループ、もう決めた?」

 

 

まさかのタイムリーな話題。

いやまぁ、職場見学自体は奉仕部だけの問題じゃないのだが。

 

 

「まだだよんなもん。お前はどうだよ」

 

 

「え?ぼ、ぼく?僕はもう、決めてる……よ?」

 

 

両手の指を合わせ、もじもじする戸塚。

かわいいなぁ。

 

まぁ戸塚ならもう決めちゃってるか。

テニス部だしかわいいし、引く手数多だろう。

 

そいつらぶっ殺さなくちゃな。

 

 

でも俺はどうだろうか。

俺がつるむ奴なんて、男子では材木座しかいない。

あいつ昨日はちゃんと調査したんだろうな。

 

 

「うーん、俺男の友達いねぇんだなぁ」

 

 

一人、ぼやく。

 

 

「あの、僕男の子だけど……」

 

 

そう言って自分を指差す戸塚。

お前は男の娘だよ。

 

しかし今考えて見たら、俺と戸塚は友達なのだろうか。

依頼で少し仲良くなったけどなぁ。

 

ふと、葉山のグループを見る。

 

 

「隼人君、どこに決めた?」

 

 

丁度大岡とかいうチビ助が職場見学の話題を振っているところだった。

この瞬間を見逃さない。

 

一瞬、葉山がこちらを見た。

そしていつものイケメンスマイルで答える。

 

 

「俺はマスコミ関係か、外資系企業見てみたいかな」

 

 

すかさず戸部が、

 

 

「やっべー!隼人マジ将来見据えてるわ~!でもぉ、俺らもそういう歳だしぃ、最近親とかマジリスペクトだわぁ!」

 

 

あいつは変わらないな。

と、今度はガタイの良い大和が急に戸部の肩を掴み、便乗する。

 

 

「これからは真面目系だよな!」

 

 

その瞬間を見逃さない。

もうこの時点で犯人の目星は殆ど付いていた。

 

 

 

「…………」

 

 

俺はしばし黙り込む。

そんな俺を心配そうに戸塚は見ている。

 

 

「比企谷君?」

 

 

話しかけてきた戸塚を、俺はまじまじと見た。

 

 

「彩加」

 

 

葉山たちのようにファーストネームで呼んでみる。

これは俺なりの気遣いでもあったのかもしれない。

戸塚はしばし驚いた様子だったが、次第に笑顔へと変わった。

 

 

「へへ、なんでもな」

 

 

「嬉しい!」

 

 

「……おう」

 

 

いきなり喜ぶ戸塚に、俺の撤回の言葉は遮られる。

ニッコリと、小町とタメを張れるくらいの笑顔で、

 

 

「初めて名前で呼んでくれたねっ!」

 

 

その笑顔があまりにも眩しくて。

そしてそんな事で喜んでいる戸塚があまりにも愛おしくて。

 

俺まで笑顔になる。

戸塚の手を掴んで、俺の膝の上に乗せた。

男でテニス部をしている戸塚の体重は、小町と同等くらいの重さでちょうどいい。

 

少し驚いていた戸塚だが、すぐに笑顔で振り返るようにこちらを上目遣いで見上げた。

 

 

「えへへ、僕もヒッキーって呼んでいい?」

 

 

「そりゃ駄目だ」

 

 

「じゃあ、八幡!」

 

 

「へへへへ、もう一回」

 

 

「八幡!」

 

 

「あと三回」

 

 

「八幡!八幡!八幡!八幡も僕を呼んで?」

 

 

「彩加ぁ、へっへへへへ」

 

 

だらしない笑い声をあげて戸塚に抱きつく。

戸塚……いや彩加もまんざらでもないようで、後ろから回している手をぎゅっと握ってくれている。

その光景はあまりにも異端で、周囲のクラスメイトは固まってしまっている。

 

一人ばかり鼻血を出している女の子もいるが、気にしない。

なんだ由比ヶ浜、そんな目で見やがって。羨ましいか?彩加はやらねぇぞ。

 

 

職場見学の話しそっちのけで俺と彩加が戯れていると、なんと葉山がやって来た。

 

 

「ようヒキタニく」

 

 

「何だこの野郎!帰れッ!」

 

 

彩加の時とは打って変わり、厳しく当たる。

突然の怒号に葉山は固まる。

 

 

「もう八幡!あんまり他人に厳しくしちゃダメだよ!」

 

 

「彩加、悪いんだけどよ、ちょっとここで待っててくれ」

 

 

膝の上に乗せていた彩加をお姫様抱っこで抱き上げ、机の上に座らせる。

抱き上げた瞬間、なんだか色っぽい声をしていた彩加だったが、今は目前の問題に集中する。

 

席を離れ、教室の後ろへと葉山を押し出す。

 

 

「なんか用かコラ」

 

 

「え、あ、いやぁ、なんかわかったかと思って」

 

 

「分かんねぇよ馬鹿野郎」

 

 

そう言いつつ、俺は葉山組の三人を見る。

葉山がいなくなった途端、あいつらから会話が消えている。

三人は携帯を取り出し、黙々と弄り始める……なぁにが友達だ馬鹿野郎。

 

俺はしばらく黙った。

それから葉山を睨み、

 

 

「明日まで待ってろ、馬鹿野郎」

 

 

それだけ言って自分の席へと戻る。

そして机の上にちょこんと乗った彩加を前に席へ着くと、彩加の腰へと抱きついた。

 

 

「わ、ちょっと八幡!」

 

 

それを見ている葉山。

そして鼻血を出す海老名。

 

先生が来るまで、この光景は変わらない。

 

 



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子豚の王様

 

 

 

 

 放課後。

比企谷は雪ノ下と共にラグビー部の練習場へと向かう。

向かうと言っても、練習場の側まで来てしまうと姿を見られてしまうので、そこから少し離れた場所のベンチから、眺めるだけにする。

 

この調査をやる意味は、まったくない。

傍から見れば、今回の調査はただのデートに見える事だろう。

はっきり言って仲がいいとは言えない雪ノ下と二人きりになることは、彼の精神衛生上良くないが、それでも二人きりになって、どこか落ち着いた場所で確認しなくてはならない事があった。

 

 

二人でベンチに座り、ラグビー部の練習を眺める。

会話は無い。座席も、一人分離れて座っている。

耳に入ってくるのは、運動部の連中の掛け声と風の音。

ボーっと、少年はせっせと練習している大和を見た。

 

何ら変わった事は無い。

先輩風吹かして、後輩に厳しく指導しているようだった。

つい先日三年生は引退したと聞いたし、おかしい事は無いだろう。

 

 

「それで比企谷君」

 

 

不意に、雪ノ下が口を開く。

隣りを見てみれば、ラグビー部の練習を眺めている美人の横顔が。

晴れた空となびく風が、雪ノ下という少女の美しさを引き立てていた。

 

 

「このままラグビー部の練習を眺めていても、調査になるとは思えないのだけれど」

 

 

「そりゃそうだよ、だってもう犯人分かってんだもん」

 

 

笑ってそう言う。

そして練習場を見直した。

 

 

「どういう意味かしら?」

 

 

「お前もそうだろ雪ノ下。最初から目星付いてたくせに」

 

 

笑いながら言うと、雪ノ下は黙った。

少しして、雪ノ下がまた口を開く。

 

 

「いつから気付いてたの?」

 

 

「何が?」

 

 

「犯人よ」

 

 

「最初から」

 

 

「……そう。そうだと思ったわ」

 

 

「確信持ったのは昨日だけどね、たまたまだよ」

 

 

ちょっと謙遜したように、彼は言った。

雪ノ下がクールに笑う。

 

 

「そう。……そんな風にも話せるのね、あなた」

 

 

少年が不思議そうに少女を見た。

そこでようやく、二人が顔を合わせた。

笑って、すぐにお互い正面を向く。

 

 

「話してもらえるかしら。あなたの推測を」

 

 

少年は頷く。

その眼には、いつしか存在していた凶暴な刑事と同じ炎を宿していた。

それに応えるように、少女も今日ばかりは嫌味を言わない。

 

いつか沖縄で見たように空は青く、部活をしている高校生の声が響く。

今日も、一日は変わらず過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の放課後、奉仕部。

俺と雪ノ下、そして由比ヶ浜の奉仕部メンバーの他に、材木座と葉山も部屋にいる。

材木座には大岡の調査報告をさせるため、そして葉山には今回の件の犯人を告げるため。

 

材木座の調査報告は、葉山が来る前に終わってしまった。

なんてことはない、大岡は普通の野球部員で、試合でも大した活躍はないし、ラフプレーなんてことをするような度胸も無い……それと童貞。

分かってはいたが、こいつはチェーンメールの犯人ではないだろう。

 

 

「……それで、何かわかったのかい?」

 

 

いつものように笑顔の葉山が、言った。

 

 

「その前に。貴方は犯人が見つかればどうするつもり?」

 

 

雪ノ下の突き刺すような言葉が、葉山を襲った。

 

 

「え、それはもちろん、穏便に……」

 

 

そこまで言って、雪ノ下が呆れたようにため息をつく。

 

 

「そう。なら、私達が関わるのはここまでよ。犯人は引き渡すけど、そこからは貴方の問題。当初想定していた目標とは違うけれど、貴方にとって私達がかき乱すよりはよっぽどマシでしょう?」

 

 

そう言われ、葉山は笑顔を崩して黙り込む。

そして渋々、頷いて了承した。

今回の種明かしについては、雪ノ下に一任しているため、俺は椅子に座って葉山を睨むだけだ。

同じように材木座も隣に座り、眼鏡越しに葉山を睨む。

 

由比ヶ浜だけは雪ノ下の傍で、事の成り行きを不安そうに見守っていた。

あいつからすれば、どう転んでも良い結果とは言えないだろう。

 

 

「チェーンメールの犯人は大和君よ」

 

 

単刀直入に、雪ノ下は告げる。

 

 

「……理由や証拠は?」

 

 

「明確な証拠はないわ。ただ、状況証拠としては十分ね」

 

 

「聞こうじゃないか」

 

 

葉山が言うと、雪ノ下はゆっくりと話し始めた。

 

 

「まず、あのチェーンメールには犯人にとって重大な過失があるわ」

 

 

葉山は首を傾げる。

なんだかそれもわざとらしい。

 

 

「戸部は稲毛のヤンキーで、ゲーセンで西高狩りをしている。大和は三股、最低の屑野郎。大岡はラフプレーで相手高校のエース潰し。メールの内容よ」

 

 

「それは分かっている」

 

 

「あらそう。なら、この中で仲間外れな内容が混ざっている事もかしら?」

 

 

葉山は黙った。

驚いたように、ではない。改めて事実を突き付けられたように、表情は暗くなる。

 

 

「戸部君と大岡君の両名は、主に暴力行為。それに対し、大和君だけ女性問題に対する物。これっておかしいわよね?」

 

 

葉山は何も言わない。

雪ノ下は続ける。

 

 

「暴力行為をでっち上げられるということは、どの年代や社会においても名誉を傷つけられるわ。でも、女性問題はどうかしら?社会人にとっては響くこともあるけれども、学生間、それに男子同士なら?」

 

 

男というのは女が考えるよりも単純だ。

付き合った人数が多ければ、それだけで称賛することもあり得る。

ましてや三股など出来る奴は羨ましがられるかもしれない。

それが高校生の間柄ならば特に。

 

まぁ良い印象はどちらにしても無いが、暴力で有名になるよりはマシだ。

 

 

「……だがそれだけで」

 

 

「もちろん。そこまで甘い考えはしていないわ」

 

 

黙れと言うように、雪ノ下は葉山の言葉を遮った。

 

 

「比企谷君と材も……材なんとか君に色々と人柄についても調べて貰った」

 

 

「あの、名前……姉貴……」

 

 

雪ノ下に名前を忘れられてしょげる材木座。

俺は由比ヶ浜とこっそり笑う。

そんな捨てられた犬みたいな顔すんなよ。

 

 

「フッ」

 

 

どうやら葉山も笑ったようだ。

 

 

「何笑ってんだこの野郎」

 

 

「いや、笑ってない」

 

 

材木座が噛みつくが、葉山はシレっと受け流した。

雪ノ下が咳払いをして話しを続ける。

 

 

「戸部君はまったく問題が無かった。むしろよく友達に手を差し伸べてバカを見るタイプね。大岡君も、人の顔を窺う所はあれどチェーンメールなんてことをするような度胸は無い」

 

 

でもね、と。

 

 

「大和君だけは違う。彼はああ見えて嫉妬深く、他人を蹴落とすことも辞さない。それはラグビー部においての行動で証明されているわ」

 

 

一年生の時。

奴はレギュラー入りの為に、他のライバルたちを物理的、そして社会的に潰した。

裏も取れている。なんと、由比ヶ浜が海老名さんにリークしてもらったらしい。

 

葉山はもう何も言わなかった。

ただ諦めたように俯く。

もう潮時だ。

この辺でこいつも認めるべきだろう。

 

 

「諦めろよ。いい加減認めろ」

 

 

葉山を見据えて俺は促す。

そんな葉山は、俺を少し悔しそうに睨む。

 

……そう言う事かい。

この野郎、ハナっから俺が目当てだった訳か。

 

立ち上がり、葉山の前へと赴く。

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

お互い、間近で睨みあう。

それを雪ノ下と由比ヶ浜、そして材木座が見守った。

 

 

「お前何考えてんだ」

 

 

そう尋ねると、葉山は、

 

 

「何の事だ」

 

 

すっとぼける。

俺はニヤッと笑った後、構える。

その構えを見て、即座に葉山が動いた。

 

 

「ッ!」

 

 

葉山のストレートが迫る。

咄嗟に横へかわして回避すると、ボディブローを極める。

 

 

「ぐあっ!」

 

 

葉山がのけぞる。

続けざまに反対側のボディを殴る。

 

顔歪める葉山。

その顔へジャブを一発浴びせるも、葉山はフックで応戦してきた。

 

それをガードすると、そのまま腕を取って密接し、数発腹を殴って膝蹴りを打ち込んだ。

由比ヶ浜の短い悲鳴と、材木座の興奮した声が響く。

 

 

「弱ぇなぁお前。いいよなぁ、弱くてもちやほやされんだからよ」

 

 

腹を押さえて倒れる葉山に投げかける。

珍しく、雪ノ下は止めなかった。

 

部屋には静寂が木魂する。

葉山は、もうこの部屋にはいられない。

 

 



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黒のレース

 

 

 

 

  

 遅刻した。

朝のホームルームを余裕ですっぽかし、あと数分で一時限目が始まるぞと言う所で俺は教室に到着する。

到着して早々、ホームルームを仕切る平塚に目を付けられることは予想していたのだが、まさか殴られそうになるとは思いもしなかった。

 

とりあえずなんとか殴られまいと言い訳を口からほいほいと放り出す。

だがまぁ、俺にそんな器用な事ができるはずもなく。

 

 

「しょうがないでしょ遅刻は。やっちまったんだから。重役出勤っすよ」

 

 

「せめて言い訳ぐらいしろ。君の場合は重役というか組長出勤だろう」

 

 

組長出勤とかいうセンスはどうかと思うが、本当にその通りだと思う。

だが、下手な言い訳で殴られるよりも直球で勝負した方が良いだろう。

 

 

「それで?なぜ遅刻した」

 

 

「妹とゲームしてたんですよ。仲睦まじいじゃないですか」

 

 

その答えに平塚はため息をつく。

タバコとコーヒーの、相性最悪の臭いが鼻につく。

あまりにも不快なその臭いにイラッとしてしまった俺は、

 

 

「まぁあんたにはそこまでの仲の男はいねぇか、ハハ」

 

 

「オラァッ!!!!!!」

 

 

平塚の拳が飛んでくる。

何となく予想していたそれをしゃがんで避ける……が。

ドスンッ、という鈍い衝撃がこめかみに響いた。

一瞬だけ意識が飛びそうになるが、堪えて今の攻撃の正体を見極める。

 

なんと、平塚は拳を振るった直後にハイキックをぶち込んでいたのだ。

これ体罰として十分成立するだろ。

 

 

「ドラァッ!!!!!!」

 

 

だがそれで攻撃は終わらない。

今度は足を大きく振り上げる……踵落としだろうか。

よく足が上がるなぁ、スカートだったらなぁ、とだらしない事を考えながら、防御に入った。

 

が、

 

 

ゴッ、ドンッ。

ガードを無視して頭にヒールが突き刺さる。

 

 

「いってぇ!!!!!!」

 

 

頭へのダメージが蓄積して、とうとう俺は尻もちをついて転がってしまった。

これ俺以外の奴にやったら死ぬんじゃないだろうか。

平塚は心底不機嫌そうな顔で俺を見下す。

 

 

「この野郎、ちょっと女と惚気てるからっていい気になるなよ」

 

 

焚き付けたのは俺だが、妹と戯れている事を惚気と言ってしまうあたり、この人には余裕がないらしい。

ちょっとこの暴力的な面と、男のような趣味趣向を改めれば、男の一人や二人は見つかるだろう。もっとも、いい関係に行くまでにボロが出そうだが。

 

と、そんな時だった。

 

 

平塚が、倒れている俺ではなく、教室の入り口を見る。

うつ伏せから仰向けへ転がってそちらを見てみると、そこには長身でスタイル抜群の、ポニーテールの女がいた。

もちろん制服を着ているのでここの生徒で、おまけにこの教室に入ってきたからにはこのクラスなのだろうが、俺はこんな女知らない。だって友達いねぇもん。

 

 

「まったく、このクラスには問題児が多くてたまらんな、川崎 沙希。君も重役出勤かね?」

 

 

葉山の事かな?

あ、俺か。

 

川崎と呼ばれた女は、頭を軽く下げて挨拶。

そしてそのまま自分の席へと行こうとする……おい待てこの野郎、こいつには殴らねぇのか。卑怯だぞ。

 

俺がそのことを言おうとした、その時。

丁度、俺の横を通ろうとした川崎のスカートの中が見えた。

 

黒のレース……なかなか際どいもん付けてんじゃねぇか。

 

 

「黒のレースなんてエロ画像でしか見た事ねぇなぁ」

 

 

笑みを溢しながらそう告げる。

だが、

 

 

「馬鹿じゃないの?」

 

 

と、バッサリ切り捨てられる。

 

 

「本当にバカじゃないのか君は……」

 

 

次いで平塚にも。

俺は笑ってごまかし、そそくさと席へと戻って葉山を睨んだ。

 

 



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黒のレース2

 

 

 

 

 

 放課後。

奉仕部も特に活動が無く、割と早めに切り上げることになった。

 

ちなみにこの間の葉山とその周辺の問題は、すんなりと解決したらしい。

聞いた話だが、職場見学のグループにおいて、葉山があの三人とは別になることで丸く収めた……と。三人一組だからまぁ、俺もこの案は最初に浮かんでいた。

だが、それではチェーンメールのケジメが付かない。

本来ならば、犯人を徹底的に袋叩きした挙句追放するべきなのだ。

 

葉山は、本当に甘い。

いや、そもそもこの問題は、最初からこの妥協案で解決できたものだ。

俺たちに相談するまでもなく。

それをわざわざ奉仕部に……いや、「俺」に持ってくるあたり、あいつは割とえげつないとは思う。

本命の雪乃ちゃんに見破られていたのは災難だったが。

 

 

「兄貴、今日はどうします?」

 

 

「なんだこの野郎、いいよ解散で。ついてくんなよ」

 

 

「いいじゃないっすか、兄弟分なんですし」

 

 

「だから兄弟の盃なんざかわしてねぇだろ馬鹿野郎……俺はヤクザじゃねぇっつうの」

 

 

しつこくくっ付いてくる材木座と昇降口を出る。

 

 

「それにお前、ラノベはどうなったんだよ。書いてただろ、マシになったのかよ」

 

 

ちょっと前に持ってきた、ゴミのようなラノベ。

テンプレまみれで誤用まみれの文は、見ているだけで頭が痛くなる。

それを問うと、材木座は顔をそらした。

 

 

「思い切ってネットにあげたら袋叩きにされました」

 

 

「お前が袋叩きにあってどうすんだ馬鹿野郎」

 

 

思わず笑って材木座の頭を軽く叩く。

すんません、と謝る材木座がちょっとだけかわいそうになったが、それも経験だ。

 

いい加減材木座と別れて自転車置き場へと向かう。

夕日が校舎を赤く染めているのを見て、風情だなぁ、なんて考えていると、見覚えのあるポニーテールが目に入った。

 

川崎である。

あの黒のレースの、一匹狼感のある強そうな女だ。

 

声をかけるような仲ではないのでそのまま素通りしようとした。

だが、彼女が何か思いつめたように掲示板の張り紙を見ているので少しだけ気になってしまう。

 

そっと、ばれないように後ろから覗いてみると、どうやら夏期講習のポスターを見ているようだった。

そういや、もうすぐ夏休みだ。

俺も進学希望だし、夏期講習には行くつもりだ。

 

 

「……」

 

 

と、しばらくしてから川崎が歩き出す。

空気と化していた俺には気が付いていない様子だ。

まぁ、進学するんなら夏期講習に興味はあるだろう。

それだけだ。

 

俺もまた、同じように自転車置き場へと歩いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 川崎に触発された訳ではないが、帰りに夏期講習の資料を貰ってきた。

早いうちに目を通すのも悪くないと思い、近くのハンバーガー屋に寄る。

高校生にとって、ハンバーガー屋なんてもんは図書館と一緒で、勉強をする場所でもある。

図書館より優れている部分は、ある程度腹を満たせるものが在るか否か。

仮に図書館で飯が食えるなら問答無用でそっちへ行ってるだろう。うるさいし。

 

席に着くや否や、聞き覚えのある甲高い声が耳に届いた。

由比ヶ浜と雪ノ下、そして彩加が、窓際の席で勉強をしていたのだ。

 

普段なら、知り合いを見た程度で声をかける気にはならない。

だが、彩加が居るとなれば話は別だ。

不自然にニコニコしながら席へと近づく。

 

 

「次の慣用句の続きを述べよ。風が吹けば?」

 

 

「うーん、指が飛ぶ?」

 

 

雪ノ下の問題に、由比ヶ浜が答える。

 

 

「ゆ、由比ヶ浜さん、正解は桶屋が儲かるよ……」

 

 

「あ、そっか!えへへ」

 

 

ドン引きする雪ノ下と彩加。こいつ最近暴力的になってきてないだろうか。

そこに割って入るように、俺は話しかけた。

 

 

「相変わらずバカだなぁお前」

 

 

「うわぁ!?なんだヒッキーか!いきなり怖い人に話しかけられたと思った!」

 

 

面と向かって怖いって言うなよ。

傷つくだろ、俺意外と繊細なんだぞ。

 

 

「なんだこの野郎、人の顔見るなり変な事言いやがって……よう彩加。あぁ、それと雪ノ下も」

 

 

「なにかしらその取って付けたような言い方」

 

 

雪ノ下の冷ややかな目が突き刺さる。

俺は顔をそらして不満には答えなかった。

こいつはちょっと苦手だったりもする……弄ってると楽しいけど、後が怖い。

 

と、彩加がいつものようににっこりと微笑んで、

 

 

「あ、八幡!八幡も勉強会に呼ばれたんだね!」

 

 

と言った。

……俺そんなの初耳だぞ。

すぐさま由比ヶ浜の方を不機嫌そうな顔で見る。

 

うっ、とあからさまにヤバいという表情をして顔をそらした。

この野郎、誘ってない奴来やがったみたいな顔すんじゃねぇ。

そして、由比ヶ浜を援護する様に、

 

 

「比企谷君は勉強会には呼んでいないのだけれど……何か用?」

 

 

雪ノ下がとどめを刺す。

なんだこいつら、そんなに俺の心をいたぶるのが好きなのか。

材木座じゃねぇんだから喜ばねぇっつうの。

 

 

「お前本当に俺に恨みねぇんだよな?」

 

 

「無いわ」

 

 

きっぱりと、そう告げられた。

それっていじめって言うんだぞ。

 

不意に、由比ヶ浜が俺が手にしていた封筒に気が付く。

 

 

「なにそれ?」

 

 

「夏期講習の資料だよ」

 

 

「意外、ヒッキーってもう受験勉強?」

 

 

「意外ってなんだよこの野郎……他の野郎だって進学希望ならもうやってんじゃねぇのか。なぁ?」

 

 

そう、雪ノ下に返答を求める。

代わりに彼女は、カップのコーヒーを啜った。

なんなんだよ本当によ。

 

また不機嫌そうな顔で話を続ける。

 

 

「俺ゃ予備校のスカラシップ狙ってるからよ、尚更早くしねぇとな」

 

 

「スクラップ?」

 

 

「お前の頭だよ」

 

 

「ヒッキー酷い!指詰めるし!」

 

 

「お前最近マジで変だぞ」

 

 

とうとう人にエンコまで要求する様になってきた由比ヶ浜を案じる。

ちょっと俺に影響されてるのだろうか……いや、でもコイツの前でそんな用語使ってねぇしなあ。

話しを戻すため、雪ノ下が解説を始める。

 

 

「スカラシップよ。最近の予備校は成績の良い学生の学費を免除しているの」

 

 

さすがユキペディア。

何でも知ってるな。

 

 

「それ取って親から学費も貰えば全部俺のシノギになるしな。頭良いだろ俺」

 

 

「詐欺じゃん……」

 

 

「性質が悪いわね……」

 

 

呆れたように二人は言った。

やっぱり俺の味方は彩加だけだよ。……その彩加も目をそらしているあたり、俺は本当に駄目かもしれない。

 

 

「いいじゃねぇか誰も嫌な思いしてねぇんだからよ……」

 

 

ちょっと拗ねたように言った。

ここまでボロクソ言われると、さすがの俺でもしょげる。

そんな事もあって、座るか帰るか考えている時、入り口から声がかけられた。

 

 

「あ、お兄ちゃん!」

 

 

振り向くと、そこには最愛の妹がいた。

 

 

 

男を携えて。

 

 

「おう小町、ここで何してんだ?」

 

 

そう問いかけつつ、隣りの男を睨む。

服装からして小町と同じ中学の生徒なんだろう。

この野郎、人の妹と何しようとしてやがんだ。

 

 

「いや~友達から相談受けてて~」

 

 

友達。

誰だそいつ、小町の近くにはクソガキしかいないぞ。

と、そのクソガキが頭を軽く下げた。

俺はより一層そいつを睨む。

 

小町が他の男に寝取られる危機感を覚える。

同時に、新たに起こる波乱を、俺の中の恐い人格達がいち早く察知しだした。

 



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My sweet......

人によっては不快なシーンがあります。
不満がある方は3-4x 10月をご覧ください。


 

 

 

 

 

 「いやぁ~どうも~!比企谷 小町です!」

 

 

六人が座るテーブルで、小町がいつもの笑みで挨拶を始める。

結局、その友達とか言う馬の骨の話をみんなで聞くことになってしまった。

クソガキ、小町、俺で一シート、その対面に雪ノ下、由比ヶ浜、彩加が座っている。

嬉しい事に彩加は俺の真正面だが、中坊がいるせいで素直に喜べない。

 

 

「兄がいつもお世話になってます~」

 

 

そう言う小町はどこか嬉しそうだ。

万年俺をごみいちゃんだのぼっちの鑑だの罵倒しまくって、その実心配してくれているのだから、俺がこうして女たちといる事が嬉しいのだろう。

俺の母ちゃん以上に母ちゃんしてるよお前。

 

 

「初めまして、クラスメイトの戸塚 彩加です」

 

 

真っ先に、彩加が笑顔で名乗りだす。

ほんの一瞬、由比ヶ浜が彩加を横目で見てなぜか表情を曇らせたが、気が付いた時にはいつもの天真爛漫な笑みへと変わっていた。

俺の気のせいだろうか。

 

小町はちょっと、興奮気味に、

 

 

「おほ~!可愛い人ですね~!ねぇお兄ちゃん!」

 

 

と言って振ってくる。

 

 

「当たり前だろ、彩加だぞ彩加」

 

 

俺も頷いて同意する。

 

 

「あ~、お兄ちゃんがよく言ってる人ですね!いや~、妹としてもこんなに可愛いお姉ちゃんができるとは、誇らしいですね~!」

 

 

お姉ちゃん。そう言われ、顔を赤らめる彩加。

そう言うところが可愛いんだよなこいつは。

もじもじと、女よりも女らしい仕草を見せると、男子テニス部部長は訂正した。

 

 

「僕、男の子なんだけど、なぁ」

 

 

それを聞いた途端、小町は眉をひそめる。

だが取り繕ったように笑顔になり、

 

 

「マジ?」

 

 

と俺に確認を求めてきたため、頷いて彩加が男であることを認めた。

小町は一瞬固まったが、空気を読んだ由比ヶ浜が自己紹介を続行する。

たまには役に立つじゃねぇか由比ヶ浜。

 

前のめりになり、たぷん、と揺れる胸をテーブルの上に乗せる由比ヶ浜。

 

 

「いや~はははっ!クラスメイトの、由比ヶ浜 結衣です!」

 

 

その魔性の果実は、中学男児には刺激が強かったらしい。

小町の横にいるガキが目をそらしながらもぞもぞし出した。

この野郎、いっちょ前にデカいのが好きってか。

 

 

「どうもどうも~、初めまし……ん?」

 

 

挨拶を返す小町だったが、突然訝しむような顔をして由比ヶ浜をじっと観察し出した。

何か忘れてるなぁ、なんて顔をしてうねり出す。

その様子に、由比ヶ浜も首を傾げる……うーん、こういう仕草は由比ヶ浜も可愛いと思うが、口にするとキモイと言われそうなので言わない。

 

一体何なんだ、と聞こうとしたとき、遮るように雪ノ下が言葉を発した。

 

 

「もういいかしら?」

 

 

そう言うと、小町ははっと我に返ったように笑顔を戻す。

 

 

「初めまして、雪ノ下 雪乃です。比企谷君とはクラスメイトではないし……友達でもないし、誠に遺憾ながら、知り合い?」

 

 

言い続けていくごとに、雪ノ下の表情が曇っていく。

だが、そんな雪ノ下に、小町は爆弾を投下する。

 

 

「あ、お姉ちゃん候補ってことでいいですかね?」

 

 

ピシッ。

小町がそう言った瞬間、空気が張りつめる。

主に対面している三人が、まるで銃撃戦を始める一歩手前のような雰囲気を醸し出しているのだ。

 

彩加は笑顔だが、目を開いたままピクリとも動かない。

由比ヶ浜は真顔で、いつも以上に目を見開いて小町を見ている。

雪ノ下は、腕を組んで呼吸すらしていない。

 

大丈夫だよな、机の下に拳銃とか仕込んでねぇよな。

ファッキンジャップなんて一言も言ってねぇぞ。

 

俺は思わず顔をそらした。

小町も何かよからぬものを感じたらしい、苦笑いして何も言葉を発せない。

余計な事を言おうものなら、ファミレスは血の海と化すだろう。

 

 

「あ、あの、俺、川崎 大志っす。比企谷さんとは塾が同じで……姉ちゃんが皆さんと同じ総武高っす」

 

 

なんと状況を切り開いたのは馬の骨。

ようしよくやった、みんな元に戻ったぞ。功績を称えて馬の骨から畜生にレベルアップだ。

とりあえず口の中が乾いたのでコーヒーを一口。

 

 

「名前、川崎 沙希って言うんすけど……」

 

 

そこまで聞いて、俺はコーヒーを飲むのを止めた。

タイムリーすぎる話題にちょっとばかし驚くも、今日遅刻してきた黒のレースの女を思い出していた。

この畜生、あいつの弟だったのか。道理で少し似ている。

 

 

「あ、川崎さんでしょ?ちょっと怖い系っていうか……」

 

 

由比ヶ浜が思い出したように言った。

 

 

「なんだお前、友達じゃねぇのかよ」

 

 

「まぁ話したことぐらいはあるけど……ていうか、女の子にそういう事聞かないでよ!答え辛いし!」

 

 

困ったように答える由比ヶ浜。

 

 

「でも、川崎さんが誰かと仲良くしているとこ見た事ない……かな」

 

 

フォローするように彩加が言った。

まぁ確かに、クラスの中心人物じゃなさそうだな。俺知らなかったし。

 

 

「それでね、大志君のお姉さんが最近不良化したっていうか、夜とか帰り遅くて、どうしたら元のお姉さんに戻ってくれるかっていう相談受けてたんだよ」

 

 

話しを進める小町。

 

 

「そりゃお前あれだろ、大人になったんだよ。男の一人や二人出来れば朝帰りなんてしょっちゅうだよ」

 

 

経験論からそう言った。

我妻の妹も、そう言う事があった。あまり思い出したくない、この畜生を殺したくなる。

まぁ案の定この席にいる誰もが俺の回答にドン引きした。

小町なんかゴミいちゃんとか言っている始末。

 

 

「畜生谷君の事は置いておいて……」

 

 

「畜生は大志だろこの野郎」

 

 

「なんすか突然」

 

 

雪ノ下の畜生発言に俺は真っ向から反対するが、無視された。

 

 

「そうなったのはいつ頃から?」

 

 

「最近です。総武高行くくらいっすから、中学んときはすっげえ真面目だったし、優しかったっす」

 

 

そう説明する大志の表情は暗い。

ここでようやく、この中学生に同情した。まぁ、あれだ、俺の立場だったら小町が不良化するようなもんだから、そう考えたら確かに悲しい。

悲しいどころか、その原因を突き止めて皆殺しにしかねない。本来の意味で。

 

 

「つまり、比企谷君と同じクラスになってから変わったという事ね」

 

 

「お前何が何でも俺叩いてないと気が済まねぇのか、あ?」

 

 

唐突な罵倒にもめげずに返す。

きっと、これは雪ノ下なりの冗談なのだろう。

こいつなりに空気を読んでのことなのだろうから、特に気にしていない。

 

少しだけ和んだ空気の中、由比ヶ浜が質問を投げかける。

 

 

「でもさ、帰りが遅いって言っても、何時くらい?私も結構遅いし」

 

 

「それが、五時過ぎとかなんすよ」

 

 

「やっぱ朝帰りじゃねぇか」

 

 

「ごみいちゃんは黙ってて」

 

 

ぴしゃりと小町に制止させられる。

 

 

「ご両親は何も言わないのかな?」

 

 

「両親は共働きだし、下に弟と妹がいるんで、あんま姉ちゃんにはうるさく言わないんす」

 

 

戸塚の疑問にも、大志は逐一答えた。

なるほど、良くある話だ。大家族の長女がグレる……平成も20年以上経ったのに、変わらない物は変わらない。

 

ふと、雪ノ下が呟く。

 

 

「家庭の事情、ね」

 

 

やや俯き、そう言った雪ノ下の表情は、パッと見いつも通りの真顔だが、普段見ない程曇っていた。

 

 

「どこも同じなのね」

 

 

俺は何も言わず、ただ雪ノ下を見た。

そのうちどこか決意したような顔をして、雪ノ下は言った。

 

 

「わかったわ」

 

 

突然、雪ノ下は了承する。

 

 

「動くのか」

 

 

奉仕部で。

そういった意味を含めて尋ねた。

雪ノ下はいつもの冷静な様子で、すらすらと語りだす。

 

 

「大志君は本校の生徒、川崎 沙希さんの弟……ましてや相談内容は彼女自身の事。奉仕部の仕事の範疇だと私は思うけれど」

 

 

もっともな意見だ。

だが、本人の意思も確認せず、勝手に行動することは、独善や偽善に他ならない。

行き過ぎた善意は、時に人を殺す。

良かれと思って好き放題やれば、いつか巡り巡って自分へと返ってくる。

 

俺は黙った。

黙って、手にしたカップを揺らす。

わずかに残ったコーヒーが、カップの中で揺らめいていた。

 

だが、いつものことだ。

巡り巡って死んでいくのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後、奉仕部。

テニス部を早めに切り上げてきた彩加を加えて、会議を始める。

聞いてしまった以上、彩加も余所者ではない。

今だけでも奉仕部として働きたいと、自分から申し出てきたのだ。

 

 

「考えたのだけれど」

 

 

雪ノ下が言葉を紡ぎ出す。

 

 

「一番良いのは誰かに強制されるより、川崎さん自身が問題を解決することだと思うの」

 

 

「当たり前じゃねぇか、思春期のガキなんだからよ。勉強しろって言われてする奴が居るかよ。具体的にどうするか考えてんだろうなぁ」

 

 

少々雪ノ下への当たりを強める。

いやむしろ、これくらいがちょうど良いのかもしれない。

いつの間にか仕事モードになっている自分がいることに、少しばかり辟易している。

俺もこの状況を楽しんでいるのかもしれない。

 

雪ノ下は目をそっと閉じ、そして開ける。

 

 

「アニマルセラピーって知ってる?」

 

 

「あ?」

 

 

 

 

 

 

 校門前。

一度家に帰ってうちの猫を連れてきた。

どうやら動物を餌に川崎を釣るらしい。

 

 

「こっからどうすんだよ」

 

 

段ボールに入れられ、あくびをするカマクラ()

相変わらず野生が抜けきっているだらしない猫を見ながら、そう尋ねる。

 

すると雪ノ下は自信を持って堂々とした様子で、

 

 

「動物と触れ合う事をきっかけに、川崎さんの心優しい部分を引き出すの。彼女の心が動かされればきっと拾うはず」

 

 

「お前漫才やってんじゃねぇんだぞ」

 

 

思わず突っ込んでいく。

だが雪ノ下の自信はそうとうなものらしく、動じずに命令を下した。

 

 

「いいから配置につきなさい。きっと上手くいくはずよ」

 

 

どこから来るんだこの自信。

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、雪ノ下は一人校門前へとやって来る。

猫の前でしゃがむと、いつもは見せ無いような顔をして、カマクラの喉を撫でた。

ゴロゴロという心地よい音と共に、雪ノ下は微笑む。

 

 

「にゃー」

 

 

ボソッと、呟くようにカマクラに投げかけた。

カマクラもだらけきった鳴き声で雪ノ下に返事をする。

 

しばらくにゃーにゃー戯れている雪ノ下。

いつものクールなイメージは消え去り、今はただの猫好きの文学少女だ。

少しでもこの可愛さが普段からあれば友達も出来るだろうに。

 

しゃがみ込んでいる雪ノ下の背中を、呆れたように眺める。

そろそろ俺の方が見ている事に飽きてきたため、終わりにしよう。

パコン、と何も言わずに雪ノ下の頭をスッ叩く。

 

 

「イタッ」

 

 

両手で頭を押さえながら、びくっと驚き立ち上がる。

恐る恐る後ろを振り返る雪ノ下。

その眼には涙が溜まっている。

 

じっと、しばらく雪ノ下はこちらを睨んだ。

 

 

「何やってんだ馬鹿野郎」

 

 

「……何が?」

 

 

いつものようにキリッとした様子でそう言うが、もう遅い。

今の雪ノ下はとんでもなくダサい。

 

 

「何がじゃねぇよ馬鹿野郎、お前川崎だなんだって言っといてうちの猫と遊びてぇだけじゃねぇか」

 

 

ちょっと怒ったように言う。

こいつからこの問題に取り掛かったくせに遊んでんじゃないぞ、という雰囲気を醸し出す。

 

 

「それよりも」

 

 

ピシャリ、と雪ノ下のターンが始まる。

 

 

「あなたには待機命令を出したはずだけれど。そんな簡単な事一つ出来ないのね。あなたの程度の低さは計算に入れていたつもりだけれど、正直そこまでとは」

 

 

ここで雪ノ下の頭を引っ叩く。

すると雪ノ下はまた頭を押さえ、今度こそ泣きそうになった。

 

 

「うるせぇんだよこの野郎。お前が部長なんだからよ、遊んでたら示しがつかねぇじゃねぇか馬鹿野郎。どうなんだよ」

 

 

「……ひっく」

 

 

まるで怒られた子供のように震えだす雪ノ下。

そこから数分雪ノ下に説教すると、唐突に携帯が鳴る。

 

もう涙を流すのも時間の問題な雪ノ下を目の前に、電話に出る。

 

 

「小町か、どうした」

 

 

だが、スピーカーから聞こえてくるのは愛しの妹の声ではない。

 

 

『あ、お兄さんっすか?大志っす』

 

 

「ぶち殺すぞ」

 

 

そう言って電話を切る。

ため息をつくと、まだ目の前で棒立ちしている雪ノ下がこちらを涙目で睨んでいた。

 

 

「なんだこの野郎」

 

 

「すぐに手を上げるその癖、直した方が良いわ」

 

 

「葉山の時はなんも言わなかったろ」

 

 

「それとこれとは」

 

 

「うるせぇ猫野郎」

 

 

「ねっ……」

 

 

と、また電話がかかってくる。

苛つきながら出ると、案の定大志の声がスピーカーから響いた。

 

 

『ちょ、なんで切るんすか』

 

 

「今忙しいんだ馬鹿野郎、お前の姉ちゃん来るのをバカと待ってんだからよ」

 

 

バカと言われ、雪ノ下は何か言いたそうだったが、睨むだけで何も言わない。

やっとこいつに一勝した。

 

 

『それなんすけど……うちの姉ちゃん、猫アレルギーなんすよ』

 

 

それを聞いて、ダメ押しに雪ノ下の頭を引っ叩いた。

 

 




 


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二つの

 

 

 その後、平塚を使った更生作戦を実施した。

平塚から川崎へ直接注意を促すと言う物だ。

あまりダイレクトに注意すると本人のためにならないので、それとなく言ってもらうことになっていたのだが……

 

 

「人の将来心配するより自分の将来心配した方がいいって、結婚とか」

 

 

川崎のこの一言により、平塚は大ダメージを受けて逃亡してしまった。

あの人が結婚できないってのはそこまで有名なんだなぁ。

その光景を見ている最中、俺と材木座はずっと笑いをこらえていたのは秘密だったりする。

万が一バレていたら後々鉄拳が飛んでくるからな。

 

さて、次の作戦だが……

葉山を利用して、川崎に恋をさせようというものだ。

俺は反対したが、じゃあヒッキーに出来るの?と由比ヶ浜に言われて渋々了承した。

 

今、川崎は自転車置き場へ向かっている最中だ。

理由はもちろん、自転車で帰るため。

 

あくびをし、自転車に鍵を挿す。

鞄をカゴに入れてそのまま走り去ろうとした、その時だった。

 

 

「お疲れ!」

 

 

葉山が、颯爽と登場した。

 

 

「眠そうだね、バイトか何か?」

 

 

いつも女子に向ける爽やかさを、まんべんなく向ける。

それを見て、材木座とイライラし出す俺がいる。

 

 

「お気遣いどうも」

 

 

しかしそれでも興味無さげに、川崎は自転車を押してその場を後にしようとする。

 

 

「あのさ」

 

 

通り過ぎる間際、葉山が声を強調して言った。

川崎も、眉をひそめながら立ち止まる。

葉山は振り返り、

 

 

「そんなに強がらなくてもいいんじゃないかな」

 

 

と。

イケメンオーラ全開で川崎に投げかける。

あぁ、ありゃ確かにやられる女もいるだろうなぁ、なんて考えていると、川崎はまったく興味がないというような顔と声で、

 

 

「そういうのいらないんで」

 

 

バッサリと斬り捨てる。

そしてそのまま、駐輪場を後にしてしまった。

何の役にも立たねぇなあの野郎。

 

俺と材木座は、平塚で蓄積されていた笑いをとうとう爆発させる。

隠しもせずに笑って葉山を指差す。

 

 

「お前フラれてんじゃねぇか」

 

 

笑いながらそう言うと、葉山はプルプルと体を震わせていた。

 

 

「わ、笑っちゃだめだよ」

 

 

戸塚がそう言うも、俺と材木座は無視して笑い続ける。

 

 

「き、気にしてないから」

 

 

そう言う割には今にも爆発しそうな葉山がいた。

こいつ最近散々だな。

 

そんな時だった。

突然、普段鳴らない電話が鳴った。いや、さっきイタ電来たな。

あの畜生から。

電話を取り、通話ボタンを押す。

 

 

「なんか用かよこの野郎」

 

 

さっきまでの態度とは一変して声を出す。

 

 

『この野郎じゃないよお兄ちゃん』

 

 

「あ、小町か。悪い悪い」

 

 

スピーカーから聞こえてくる天使の声を聞いて謝る。

 

 

『それよりお兄ちゃん!大志君の家に変なお店から電話かかって来たんだって!』

 

 

「あぁ?」

 

 

これは一筋縄には行きそうもない。

あぁ葉山、お前は帰っていいぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「つまり、エンジェルなんとかと言う店の店長から電話がかかってきたという事ね」

 

 

駅の近く。

葉山を除く先ほどのメンバーで先ほどの電話の事を話しながら足を進める。

先ほどの電話の内容は、今雪ノ下が言った通りだ。

 

 

「うん。でよ、千葉でエンジェルってつく店で朝方までやってる店は二店舗しかないらしいよ」

 

 

先ほど携帯で調べた情報を思い出す。

先陣を切る材木座の背中を追いながら、雪ノ下に伝えた。

ちなみに先ほどの猫の件は無かった事にされている……後で色々と強請れそうだな。

 

と、材木座が建物の前で足を止めた。

若干興奮気味になっている材木座が振り返ると、建物の二階を指差した。

 

 

「着きましたぜ兄貴」

 

 

材木座とは対照的に、眉をひそめてそれを見上げる。

 

 

「そのうち一件が……これということね」

 

 

雪ノ下が怪訝な顔をして言った。

エンジェルと名の付く店舗その一、それはメイドカフェだった。

だから材木座の野郎知ってたのか。

 

いつものようにジャージ姿の彩加が不思議そうな顔で問う。

 

 

「僕、あんまり詳しくないんだけど……メイドカフェって、何をするお店なの?」

 

 

「ぼったくりバーみたいなもんだよ」

 

 

それ以外に出てくる答えがない。

だってただのオムライスに千円以上取られるって聞いたぞ。

そんなんだったらサイゼでドリア食ってたほうがマシだろ。

 

 

「ほら皆さん、行きましょうよ。へへへへ」

 

 

いつも以上にノリノリの材木座が階段を上がっていく。

 

 

「中二ヤクザ、いつも以上に気持ち悪いね……」

 

 

由比ヶ浜の刺々しい言い方に、俺は心底同意した。

 

 

「ていうか、ここ男の人が来る店じゃん!あたしたちどうすればいいの!?」

 

 

喚く由比ヶ浜だったが、雪ノ下が問題解決策を提案した。

提案というより、見つけたのだ。

 

 

「ここ、女性のお客も歓迎しているみたいね」

 

 

そう言って指差したのは、張られている店のポスターだった。

 

 

 

 

 

 「お帰りなさいませ、ご主人様だワン」

 

 

店に入るなり動物の格好をした女の店員が俺と材木座を席へと案内した。

雪ノ下と由比ヶ浜、そして彩加は他の場所へと連れていかれる。

一体何すんだろうな。

 

席に着き、出された水を飲む。水道水かな、美味しくない。

まぁ800円する水出されても困るけど。

他の席とは違う殺伐とした雰囲気が、俺と材木座を包む。

 

 

「お前こういう店によく来んのか」

 

 

隣りに座る材木座に尋ねる。

 

 

「えぇ、まぁ……あれっすよ、兄貴でいう、キャバクラみたいなもんすよ」

 

 

「俺キャバクラなんて行った事ねぇよ馬鹿野郎」

 

 

「すんません」

 

 

会話が途切れる。

どうもこういう雰囲気に慣れない。

なんだかサービスは偏っているし、俺は飯食うならもっと静かな方が良いのだ。

他の席から聞こえる気持ち悪いやり取りが、俺の機嫌を悪くしていく。

なんで男まで猫撫で声で注文してんだ馬鹿野郎。

 

 

「お待たせしました、ご主人様……」

 

 

と、聞き慣れない事を言う聞き慣れた声が横から投げかけられる。

そちらを見てみると、メイド服に身を包んだ由比ヶ浜が、何やらもじもじとして佇んでいた。

 

 

「……」

 

 

いつもとは違うその姿を、俺は黙々と眺める。

まだ慣れていないその様子は、どことなく俺の父性を刺激していた。

 

 

「な、なんか言ってよ」

 

 

「……似合ってるよそれ」

 

 

そう言ってやると、由比ヶ浜は顔を赤らめてにっこりと笑顔を作った。

 

 

「えへへ、ありがとう」

 

 

なんだかこっちまで照れくさくなるからその反応はやめてもらいたい。

 

 

「へっ、そんなのただのメイドコスっすよ、魂が」

 

 

「あ?」

 

 

「なんでもないっす。似合ってますよ姉貴」

 

 

材木座の茶々を、俺は一睨みした。

せっかく着てくれてんだからそう言う事は言うもんじゃねぇだろ。

と、突然後ろから肩に手が掛かる。

もうこの時点で、誰がそんな事をしているのかは分かっていた。

 

俺が振り返ると、むにゅっと頬に指が刺さる。

痛くない。むしろ柔らかくて気持ちが良い。

 

 

「えへへ、お待たせしましたご主人様」

 

 

彩加だった。

彩加が、メイド服を着て佇んでいる。

俺はだらしないニヤケ面を見せてしまう。

 

 

「おう、似合ってんな彩加」

 

 

「そう……かな。僕男の子だけど」

 

 

「関係ねぇよ、な?材木座」

 

 

「えぇ、そうっすね……ハハハ……」

 

 

なんだか元気のない材木座。

気まずいというか、恐れているというか、一向に彩加を見ようとしない。

まぁどうでもいいか。

 

どうやら雪ノ下も来たようで、由比ヶ浜が可愛いと褒めまくっている。

たまにこいつ、男みたいな反応するよなぁ。

いつも通り、雪ノ下の表情は決まっていて、それでいて愛想なんて振り撒かない。

 

しかし遠目に見てもここにいる女子勢(彩加含む)は魅力的らしく、他の席の奴らが何か言いだした。

 

 

「おほ^~、我もあのメイドさんとにゃんにゃんしていでござるぅ^~」

 

 

「もう気が狂うほど、かわええんじゃ」

 

 

「ほらメイドさん、立ってないでこっち来て」

 

 

それを言われた瞬間、今までの和やかな雰囲気は一変した。

俺を含めた総武高メンバーが、そちらを一斉に睨んだのだ。

騒いでいた連中は、即座に黙って手元の料理を堪能し始めた。

 

しばらく睨んでから、雪ノ下が取り直すように話し出す。

 

 

「ここには川崎さんはいないようね」

 

 

「なんだ、調べたのか」

 

 

手際の良さに感心する。

 

 

「シフト表に名前が無かったわ。自宅に電話がかかっている事から考えて、偽名の線も無いもの」

 

 

どうやら時間の無駄だったようだ。

いや、こいつらのメイド服が見れただけでも良しとしよう。

雪ノ下も、良く似合ってる。

 

おかしい、と材木座が考え込む。

何かあったのかと尋ねてみれば、

 

 

「ツンツンした女の子がこっそり働いて、にゃんにゃん!お帰りなさいませご」

 

 

「もう喋んなよお前」

 

 

途中で遮る。

そんなこんなで、一件目は終了。

材木座、お前もうヤクザぶるの似合わないよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。

ホテル・ロイヤルオークラの最上階にある、エンジェルラダーという洒落たバー。

二件目はここだ。

バーという事で学生は入れるはずもなく、一度帰って店のドレスコードと年齢確認を突破できる服に着替えてから集合という事になった。

 

もう既に、いつもの不機嫌そうな少年以外のメンバーは揃っており、普段は見られない友達の服装を褒めたりしていた。

 

胸元が開いた赤いドレスに身を包む由比ヶ浜。

黒の、肩が出たドレスで清楚系から脱却を図る雪ノ下。

グリーンの、背中の空いたドレスでもはや男とは思えない彩加。

三人ともメイクもばっちりだ。

 

髪の量がある雪ノ下と由比ヶ浜はおしゃれに髪を縛っている。

彩加も髪にはブローチを付けて違和感が無い。

ちなみに三人の衣装はすべて雪ノ下から拝借したものだ。

 

 

「眼福っすね」

 

 

背広に身を包んだ材木座が言う。

コイツの場合、髪をセットして眼鏡からコンタクトに変えただけだ。

それでも高校生には見えないため、問題ないだろうと判断した。

 

 

「それにしても雪ノ下さん、すごいねぇ!あんな所に一人暮らしで、こんな衣裳まであるなんて!」

 

 

戸塚が、ちょっと幼い笑みで褒める。

 

 

「マジでゆきのん、何者?」

 

 

「大袈裟ね。こういうのはたまに着る機会があるから持っているだけよ……さて、後は遅刻谷君だけね」

 

 

無理矢理話を逸らす雪ノ下。

まるで触れてほしくないように。

 

と、皆が待つホールに、エレベーターが到着した。

ようやく来たか、と全員が開いたエレベーターを見る……が。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

出てきたのは、ちょっとヤバそうな感じの男だけだった。

サングラスを着けていても、その鋭い眼光が嫌というほど分かるくらい、凶暴そうだ。

 

 

「目を合わせないで」

 

 

小声で雪ノ下が呟く。

全員が、男から目を離す。

 

コツコツと、男の足音が響いた。

早く通り過ぎて欲しい、それだけを考えている。

 

 

だが、その足音は彼女らの前で止まった。

 

 

「おい」

 

 

低めの、威圧感のある声が、彼女らにかけられる。

 

 

「……なんでしょうか」

 

 

対応したのは雪ノ下。

勇気を振り絞って出ようとしていた材木座を押さえての事だった。

彼女はちゃんと目を合わせようとはしない。面倒事に巻き込まれるのはごめんだった。

 

 

「おい、雪ノ下」

 

 

と、男が彼女の名前を呼んだ。

怪訝に思いながらも、今度こそ雪ノ下は男の顔を見る。

 

 

「……比企谷君?」

 

 

「えっ」

 

 

全員が驚く。

そして男の顔を見た。

 

 

「どっからどう見たって俺だろお前」

 

 

サングラスを外す男……確かに、いつも見ている顔だった。

ほっと一息する皆。

 

 

「なんだよ、そんなに格好良かったか?」

 

 

にやりと不敵に笑う少年。

サングラスをかけていなくても、本職と言われれば信じてしまう何かが彼にはあった。

 

 




誰だよ(ピネガキ)


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天国のシンデレラ

 

 

 

 

 

 

 

 遅れてきた俺を先頭に、奉仕部とプラスαはエンジェルラダーへと向かう。

エレベーター内でも、俺が扉の前に立っているため、もし何かあれば真っ先に俺が対処しなければならないだろう。

 

記憶の、エレベーターの出来事を思い出すが、碌な思い出が無い。

村川は狭いこの箱の中で銃撃戦を起こし、大友は腹を撃たれているのだから。

だが今回は、特に敵対するヤバい奴らもいないし、そんな事起きようがない。

 

エレベーターの中では会話は無かった。

理由は、多分これから向かうであろう場所への不安感だ。

俺たちは一応未成年だし、バーなんて場所行こうにも行けないから。

一部で悪名高い比企谷 八幡ですら、そんな所で酒飲んだりなんてしない。

 

エレベーターが開くと、由比ヶ浜が感嘆の声を漏らした。

ホテル最上階だけあって、内装は豪華だ。

それでいて落ち着く雰囲気であり、一人で飲んでも楽しめそうだ。

そういや大友は池本の同伴でこういう店に来たことあるな……もっとも、親を差し置いて酒を楽しめる状況ではなかったが。

 

 

俺はポケットに手を突っ込み、いつものように歩く。

それに追従する様に、一行はカウンターへと向かった。

 

 

「うわぁ、すごいねぇ」

 

 

「こりゃ時給も良さそうだわ」

 

 

彩加と材木座がきょろきょろと辺りを見回す。

 

 

「二人ともきょろきょろしないで。背筋を伸ばして胸を張りなさい」

 

 

まるで母親のように、雪ノ下が二人を注意する。

雪ノ下はやけに場慣れしてるな……やはりお嬢様なのだろう。

 

と、カウンターへ向かう途中、一人のバーテンに目を付ける。

ビシッと制服を着こなし、慣れた様子で客に酒を配る。

見慣れたポニーテールで、制服の上からでも分かるくらいのプロポーションの良さが目に付いた。

 

川崎だ。

 

 

適当にカウンター席に座る。

右から材木座、俺、雪ノ下、由比ヶ浜、そして彩加だ。

俺は懐からタバコを取り出した。怪しまれないように持ってきたのだ。

 

 

「ちょ、ヒッキー……」

 

 

「……感心しないわね」

 

 

由比ヶ浜と雪ノ下がやや軽蔑するような目で見てくる。

対して俺は、サングラス越しにじっと彼女らを見た。

その有無を言わさない重圧感が、彼女達を黙らせた。

 

 

「……今日だけだよ」

 

 

半ば無理矢理黙らせてしまった彼女達に、弁解する。

その間も、彩加だけはこちらをじっと見つめている……

なんだろうか。別に注意するとかでもなさそうだ。

 

 

「兄貴、身体に悪いっすよ」

 

 

「お前ナリの割には健康的だな」

 

 

どこからどう見ても高校生に見えないのにやたら身体に気を使う弟分を笑う。

そんなこんなで、タバコを口に咥えライターで火をつける。

タバコの先に火が当たると、息を吸った。これでタバコの先端はしっかりと燃え出すのだ。

一旦最初の煙を吐きだすと、改めてタバコを吸う。

肺を少量の煙が満たすと同時に、ちょっとだけ気持ち悪さを覚えた。

 

まぁ、比企谷 八幡として吸うのは初めてだしなぁ。

だが、それでいてどこか懐かしさも。

大友以外の記憶の男たちは皆吸っていたし、そいつらのせいだろう。

 

 

「……あなた、ずい分慣れてるのね」

 

 

雪ノ下が横目でタバコを見て言う。

 

 

「初めてだよ。……おい、ハイボール」

 

 

「あなたお酒まで……」

 

 

「お前らも飲んどけ。今日くらい飲んだって罰当たんねぇよ」

 

 

酒を注文する。

すると、他の面子も渋々軽めの酒を注文した。

俺は……というか、俺の中の男たちは、混ぜ物は好きじゃない。

 

しばらくして川崎がハイボールを持ってくる。

丁度タバコ一本が消費された頃だった。

 

グラスを手に取り、一口。

やはりこの身体ではまだ早いらしい。

 

 

「俺に何か言う割にはお前も慣れてんじゃねぇか」

 

 

マティーニをちびちび飲む雪ノ下に、笑ってそう投げかける。

 

 

「別に。私も飲むのは初めてよ」

 

 

黙々と、酒を飲む。

由比ヶ浜と彩加は慣れないせいか、飲もうとしてはやめている。

まぁ、無理強いはしない。今から酒の味を覚えてしまっては、後々大変な目に遭うかもしれないからだ。

 

だが、俺の隣のバカは早くも酒に飲まれそうになっている。

 

 

「いやぁ、ハイボールってのもいいっすねぇ」

 

 

「うるせぇよ。お前少し黙ってろ」

 

 

酒入ると碌な事しねぇなこいつ。

さて、すっかり普通に酒を楽しんでいた俺は、とうとう行動に移すことにした。

 

グラスを置き、サングラス越しに川崎の姿を捕らえる。

彼女は今、目の前で黙々と洗ったグラスを拭いている。

 

 

「川崎」

 

 

そう声をかけると、川崎は訝しむような顔で俺を見た。

 

 

「……失礼ですが、どちら様でしょうか?」

 

 

明らかに警戒している彼女に、不気味な笑顔を向ける。

 

 

「黒のレース」

 

 

それだけ言うと、彼女は驚いたように黙った。

そしていつものような、キッとした目付きになる。

材木座、ツンデレってよりはツンしかねぇぞ。

 

 

「……比企谷」

 

 

珍しく名前を憶えられていた。

 

 

「あら、名前を覚えてもらっているなんてありがたいわね比企谷君」

 

 

どこか棘のある言葉を向けてくる雪ノ下。

この野郎、喧嘩売るなら俺じゃなくて川崎に売れよ。

 

川崎は雪ノ下の顔を見ると、ため息をついた。

どうやら雪ノ下は色々な人物に記憶されているらしい。

 

 

「ど、どうも~」

 

 

「こんばんは、川崎さん」

 

 

「うっす」

 

 

由比ヶ浜、彩加、そして材木座が挨拶をする。

 

 

「由比ヶ浜と戸塚まで……え、そっちのは誰?」

 

 

「兄貴、泣いていいっすか?」

 

 

「勝手にしろよ」

 

 

当然のように他のクラスである材木座を知らない川崎。

このやりとりは割と笑える。

 

川崎はため息まじりに目を閉じると、またグラスを拭きだす。

 

 

「で?何の用な訳?そいつらとデートって訳じゃないでしょ?」

 

 

俺と材木座をちらりと見る。

なんだこの野郎。

 

 

「横のこれらを見て言っているなら、趣味が悪いわ」

 

 

「なんで俺らの事ばっか言うんだよこの野郎」

 

 

思わず反論した。

なんだってこいつはいつも余計に突っ掛ってくるんだろうか。

俺意外と傷付きやすいんだぞ。

 

一向に進まない話を、無理矢理進める。

これ以上俺たちがボロクソ言われるのはごめんだ。

 

 

「……帰りが遅いって大志が心配してたぞ」

 

 

そう言うと、川崎は理解したというような表情とため息を見せた。

 

 

「どうも周りが小うるさいと思ってたら、あんたたちのせいか。大志が何を言ったのか知らないけど、気にしないでいいから。もう関わんないで」

 

 

ぴしゃりと、壁を作るように言い放った。

彼女は背中を向け、他のグラスに手を伸ばす。

 

雪ノ下が、静かに口を開いた。

 

 

「シンデレラの魔法が解けるのは零時だけれど……あなたの魔法はここで解けてしまうわね」

 

 

言われて俺は時計を見た。

もう夜の十時になろうとしている……十八歳以下が働けるのは、ここが限度だ。

守らなければ、罰せられる。

 

こんな所で酒飲んでる俺らも、だが。

 

 

「魔法が解けたなら待ってるのはハッピーエンドじゃないの?」

 

 

にやりと言う川崎に、雪ノ下は反論する。

 

 

「あなたに待ち構えているのはバッドエンドだと思うけど、人魚姫さん?」

 

 

バチバチと、二人の間で火花が飛ぶ。

由比ヶ浜は疑問を隠せない表情で、雪ノ下を挟んで俺に小さく言った。

 

 

「ねぇ、この二人何言ってんの?」

 

 

「お前ちゃんと話聞いとけよ。俺らの歳じゃ夜遅くまで働けねぇだろ」

 

 

「川崎さんが歳をごまかして働いてるってこと?ならそう言えばいいのにね」

 

 

「ほんとにな」

 

 

どっちも回りくどい事ばっか言いやがって。

ここはお前らの頭脳を見せつける場所じゃねぇぞ。

 

辞める気はないのか、と雪ノ下に問われれば、川崎は無いと答える。

このままでは話が進まない。

 

 

「あのさ川崎さん、あたしもほら、お金ない時にバイトするけど、歳誤魔化してまで働かないし……」

 

 

恐る恐る由比ヶ浜が言う。

 

 

「別に、お金が必要なだけ」

 

 

「大志が同じ事言ってたらお前だって怒るだろ。それと同じだよ」

 

 

「ヒモになりたいとか言ってるヤツに言われたくないね」

 

 

「なんだこの野郎、お前何だかんだ俺の事色々知ってんじゃねぇか」

 

 

平塚との話を聞かれていたことに若干恥ずかしくなる。

 

 

「人生舐めすぎ。こっちは別に遊ぶ金欲しさに働いてるんじゃない。そこいらのバカと一緒にしないで」

 

 

完全に彼女は心は閉ざす。

 

 

「あんたらエラそうな事言ってるけどさ、あたしの為に金用意できる?うちの親が用意できないものを、あんたたちが肩代わりしてくれるんだ」

 

 

全員が黙りこくってしまう。

正論に何を言っても正論であることは変わりない。

俺はハイボールを一口含んだ。

 

 

「その辺にしておきなさい。それ以上吠えるなら……」

 

 

「ねぇ」

 

 

不意に、雪ノ下の言葉が川崎に遮られる。

そしてより一層彼女を睨むと言った。

 

 

「あんたの父親さ、県議会議員なんでしょ?そんな余裕のあるやつにあたしの事わかるはずないじゃん」

 

 

言われると同時に、雪ノ下が一瞬酷く激高した。

震える手で飲み物の入ったグラスを持つ。

 

 

「やめとけよ」

 

 

それを、俺はそっと手で制する。

雪ノ下は少し俯いて、誰とも目を合わせようとはしない。

 

 

「今こいつの家の事は関係ねぇだろ」

 

 

「ならあたしの家の事も関係ないでしょ」

 

 

苛ついたように川崎が言う。

雪ノ下の手を離すと、俺はサングラスを外して言った。

 

 

「お前俺に人生舐めてるっつったよな。舐めてんのはお前だ馬鹿野郎」

 

 

「は?」

 

 

「まだなんも知らねぇガキが居ていいほど、夜は甘くねぇぞ。……おいお前ら、帰るぞ」

 

 

バンッと万札をテーブルに置いて席を離れる。

それを追うように、総武高メンバーも席を離れた。

何か言いたげな由比ヶ浜や彩加だったが、埒が明かないと思ったのだろう、素直に撤退する。

 

それを見ていた川崎は、疲れたようなため息をついて代金を手にする。

と、しわくちゃの万札の下に紙きれがあることに気が付いた。

 

手に取ってみると、何かペンで書いてある。

 

 

『明日の朝五時半、通り沿いのワック 比企谷』

 

 

「……」

 

 

川崎は、それをポケットにしまった。

ついでに、釣り銭も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねぇヒッキー、本当に帰るの?いいのこれで?」

 

 

しつこく由比ヶ浜が尋ねてくる。

 

 

「今なんか言っても無駄だろ」

 

 

つっぱねると、由比ヶ浜が拗ねたように頬を膨らませた。

俺は振り返らずにエレベーター前まで来る。

そしてボタンを押した。

 

しばらく無言のままエレベーターを待つ。

相変わらず雪ノ下は不機嫌そうだ。こいつがお嬢様だという事は噂には聞いていたが、まさか本当に、しかも議員の娘だとは。

そりゃあこういう場所に慣れてもいるか。

 

エレベーターが到着すると、皆が乗り込む。

ただ、俺はそのまま立ち尽くしていた。

 

 

「あれ、兄貴乗らないんすか?」

 

 

酔いが醒めてきた材木座が不思議そうに尋ねる。

 

 

「ん?うん。ちょっと忘れ物」

 

 

「なら俺も」

 

 

「いいよ。補導される前にさっさと帰れ」

 

 

ちょっと強めに言うと、渋々材木座はエレベーターに収まる。

 

 

「……比企谷君」

 

 

雪ノ下が、何かを察したように名前を呼んだ。

 

 

「朝の五時半に通りのワックに来てくれ、な」

 

 

俺がそれだけ言うと、エレベーターの扉が閉まる。

さて。

 

俺は振り返り、バーへと戻る。

しかし、向かう場所はカウンター席ではない。

Staff Only。そう書かれた、離れにある扉。

 

早めに終わらせて帰ろう。

久しぶりに酒を飲んだら少し酔っちまった。

 

少しだけ、酒の力を借りる。

昔に、戻る。



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雷鳴の先に

 

 

 

 「川崎さん、もう帰っていいよ」

 

 

同級生たちの乱入から一時間もせずに、店長からそう告げられた。

店長の顔はシフトに入る前とは変わり、大きく腫れて所々に絆創膏が張られていた。

突然の宣告に私は驚き、理由を尋ねる。

いくら時給が良いと言っても、まだ一時間ちょっとしか入っていない。

今帰ってしまえば、今日の稼ぎが少なくなる。それだけは避けなければ。

 

 

「え、なんで急に……」

 

 

「君、未成年なんだって?ヤクザのお客さんから言われたよ」

 

 

比企谷。

余計な事をしてくれた同級生たちに、呪いの言葉を心で呟く。

程なくして店長が言った。

 

 

「働いた分はしっかり入れとくからさ。こっちも危ない橋渡りたくないんだよ」

 

 

言っている事は分かってはいる。

だが、納得できない。

つまり、私はクビという事だ。

 

 

「本当なら騙してたこと怒りたいけどさ、そんなことしたら君の知り合いに今度こそ殺されちゃうから。とにかく帰ってくれ、な」

 

 

疲れたように店長が言う。

まさか、この怪我もあのうちの誰かにやられたのだろうか。

だとしたら、あの本職に見えるあいつに……

 

拭き終わったグラスを置く。

ため息をつく事すら出来ない。

彼女の将来の道は、今まさに閉ざされようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝五半時。

通り沿いにあるワックには、俺と雪ノ下、そして由比ヶ浜の奉仕部トリオと、小町と大志の中学生コンビが朝早くから居座っていた。

俺が提案したことだからと言って全員にドリンクを奢り、俺は早めの朝食をとっている。

なんだか最近ハンバーガーばっかり食ってる気がするが、高校生だしみんなこんなもんだろう。

 

大志にはすでに姉について話してある。

良いとは言えない現実にへこむ大志を小町が慰めている。

そのせいでこっちまで不機嫌になっていた。

 

数分して、俺たちしかいない店内に、入店音が響く。

川崎が、入ってきた。

 

 

「……大志、あんたこんな時間まで何やってんの」

 

 

こっちに来るや否や、川崎が問う。

 

 

「こっちの台詞だよ姉ちゃん。姉ちゃんこそこんな時間まで……」

 

 

「あんたには関係ないでしょ」

 

 

「関係あるよ!なんで……」

 

 

「おい!」

 

 

このままでは川崎姉弟が延々と疑問をぶつけあうだけだ。

その前に、こちらから話をしかける。

俺の一声で二人は静まり、注目する。

 

 

「座れよ」

 

 

雪ノ下の横を指差す。ハンバーガーはすべて食べた後だ。

川崎は俺を睨みつつ、雪ノ下の隣に座る。

先ほどまで雪ノ下に向かっていた矛先は、今や完全に俺へと向いていた。

対して俺は、気に入ったサングラスをかけてじっと川崎を見ていた。

表情はよく分からないだろう。

 

静まり返る店内。

コーラを一杯飲むと、俺は口を開いた。

 

 

「川崎、お前がなんで必死に金貯めてたか、当ててやるよ」

 

 

まるで遠回しに結論を言う探偵のように、俺は言う。

 

 

「大志、お前中三に入ってなんか変わった事あったか?」

 

 

尋ねると、大志はうーん、と考える。

 

 

「うーん、最近だと比企谷さんのパンツがお子様パンツから大人っぽくなってたことくらいしか……」

 

 

「テメーこのヤラァッ!!!!!!」

 

 

まさかのカミングアウトに俺がブチ切れる。

小町も嫌な顔をしていたが、大志に殴りかかろうとする俺を必死に止めている。

川崎も姉として弟を守ろうと俺のボディを何度も殴った。

 

数分して、小町によりなんとか怒りを抑え、今度は生活面で変わった事を聞く。

 

 

「はぁ、はぁ……おい、なんかあんだろ、学校以外になんか変わったとかよ」

 

 

「ぜぇ、はぁ……あぁ、塾に通い始めました」

 

 

「お前よ、最初からそれ言えよ。普通そうだろ馬鹿野郎」

 

 

この野郎小町の事狙ってやがる。

手なんか出したら切り落としてやる。

 

 

「あ!じゃあ弟さんの学費を稼ぐために」

 

 

由比ヶ浜が閃いたように言うが、否定する。

 

 

「四月から通えてんだからそれは解決してんだろ」

 

 

そこでようやく雪ノ下も理解したらしい。

 

 

「なるほどね。学費が掛かるのは弟さんだけではないものね」

 

 

正直、雪ノ下ならもう気が付いていると思っていた。

だが、そうか。こいつはお嬢様で金の苦労を知らない。

つまり、金が無くて勉強ができないという事を知らないのだ。

そんなヤツ、ありふれているのに。

 

 

「進学校だからなぁ。うちらくらいの歳になりゃ、進学意識する奴も多いんだよ。夏期講習とか色々考える奴が増えるだろ」

 

 

ここまで来てようやく理解した大志が、ハッとしたように川崎を見た。

当の川崎はため息をついて諦観を表わす。

 

 

「だからあんたは知らなくていいって言ったじゃん。あたし大学いくつもりだったから……ま、それもそこのヤクザのせいでお釈迦になったけど」

 

 

そう言うと、川崎は俺を指差す。

俺は笑った。

 

 

「その様子じゃクビんなったろ」

 

 

「おかげさまで。あんたの事殺したいほど恨んでるよ」

 

 

「へっへへ、だろうな」

 

 

と、殺伐とした空気の中、小町が手を上げた。

 

 

「あの~、川崎さんが大志君や親御さんに迷惑かけたくない気持ちは分かりますけど……それと同じように、大志君もお姉さんに迷惑かけたくないんですよ~。だからこんな時間にこんなとこ居るわけですし」

 

 

川崎は黙り込む。

どうやら大志の伝えたい事が嫌というほど伝わったらしい。

ナイスだ小町。次は俺の出番だな。

 

俺は椅子の横に置いてある安っぽいポーチを手にする。

そしてそれを、テーブルの上に置いた。

川崎に押しやると、彼女は不思議そうな顔をして中身を覗く。

 

 

「……えッ!?なにこれ、どうしたの!?」

 

 

驚く川崎。

中身を知らない雪ノ下と由比ヶ浜が、興味を持ったように中身を見る。

 

 

「うぇ!?ヒッキーこれどうしたの!?」

 

 

「……あなた」

 

 

同じように驚く由比ヶ浜と、眉をひそめて俺を見る雪ノ下。

まぁ、ポーチを開けたら二百万も入ってんだから驚くだろう。

川崎は目をまん丸に見開いて、俺を見る。

 

 

「今年と来年の夏期講習と、大志の分だ。足りるだろ」

 

 

そう告げると、

 

 

「そりゃ足りるけど……でも、これどうやって」

 

 

「まぁ、流石に全額やるのは奉仕部の意思に反するからよ。スカラシップ代わりだ、何かあったら手ぇ貸せよな」

 

 

川崎はまだ現実感が湧かないと言った様子で頷く。

そしてしばらく頷いた後、唐突に顔を手で覆った。

なんと、雪ノ下とタメを張るくらい気の強い川崎が泣き出したのである。

 

由比ヶ浜、そして大志が駆け寄る。

 

 

「ちょ、姉ちゃん!?」

 

 

「大志、大志ぃ……」

 

 

弟の名前を呼び、泣きじゃくる川崎。

俺は立ちあがり、背を向ける。そして、出口に向かって歩く。

それを見て、小町も雪ノ下も空気を読んだ。

最後に由比ヶ浜が困ったように笑い、店を後にする。

 

こうして川崎 沙希の問題は、一日ちょいで解決した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あなた、あのお金はどうしたの?」

 

 

店を出て、雪ノ下に尋ねられる。

 

 

「何だお前、知らなくていい事だってあんだぞ」

 

 

「あなた、あそこの店の店主を強請ったわね」

 

 

いきなり正解を告げられる。

俺は顔を背けると、自転車の鍵を外し、手で押す。

 

 

「あなたのしたことは決して褒められることではないわ」

 

 

その通りだ。

俺のやってることはほぼ犯罪だろう。雪ノ下は正しい。

 

 

「知ってるよ。最初はスカラーシップとか奨学金でも教えてやろうと思ってたんだけどよ」

 

 

「なら……」

 

 

「つまりそれって借金するってことじゃねぇか」

 

 

そこまで言うと、雪ノ下は黙る。

黙って、何も言えなくなる。

 

 

「この歳で借金するってさ、悲しいじゃねぇか」

 

 

怒らず、ただ淡々に。

俺は主観的にそう告げる。

 

 

「……悪かったなこんな時間に。おい小町、行くぞ」

 

 

俺と雪ノ下の会話を聞いていた小町は、何も聞かずに俺についてくる。

良く出来た妹だった。

由比ヶ浜が出てくると、立ち尽くしている雪ノ下に目が付いた。

何かあったのかと聞くお団子ヘアーの少女に、雪ノ下は否定を示した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――先日、エンジェルラダー。

 

 

 総武高メンバーを先に帰し、俺は一人店員の控室に来ていた。

扉を開けると、中は思ったよりも簡素で普通だ。

今ここには誰もいない。俺の目的は、店長クラスの人物に会う事だった。

 

奥にも、店長以外立ち入り禁止という張り紙がある扉がある。

扉の小窓から、光が漏れている所を見るに、誰かいるのだろう。

その扉に近づき、そっと開ける。

少しだけ開かれた隙間から、中を覗く……

 

 

「なぁいいだろ?ちょっとだけだからよ」

 

 

「店長、やめてくださいよほんと!?」

 

 

女の店員が、店長とみられる男に抱きつかれていた。

どうやらそういうプレイではなく、本当に嫌がっているようだ。

セクハラだろう。

スマホを取り出し、興味本位でダウンロードした無音写真アプリでその光景を撮影する。

 

ニヤッと笑い、俺は扉を思い切り開ける。

すると、中にいた二人がビクついてこちらを見た。

店長が慌てて女から離れる。

 

 

「お楽しみじゃねぇか、なぁ?」

 

 

ニヤつきながら近づく。

すると、店長が怒ったように言った。

 

 

「なんだあんた、ここは立ち入り禁止……」

 

 

即座に膝蹴りを入れる。

重い一撃は店長の鳩尾に入り、倒れ込んだ。

 

 

「お前高校生雇ってんだってな。あの川崎って子」

 

 

「ごほ、ゲホ、何を」

 

 

何か言おうとする店長の顔を蹴る。

恐らく鼻は折れただろう。

 

ふと、襲われていた女を見る。

まだどう考えても若い……俺と同い年くらいだろうか。

やっぱりな、どうりでおかしいと思ってたよ。

 

 

「お前店の奥どうなってんだ?あ?未成年使って売春してんだろ」

 

 

事前にネットで調べてはいた。

どうやらこの店、昔からそういう疑惑があるとの事。

店員の女の子は皆若いし、時折有名な議員達がこぞって奥の、知られざるVIPルームに入っていくそうだ。

 

 

「何を証拠に……」

 

 

「これ」

 

 

さっき撮った写真を見せる。

 

 

「は?うげっ」

 

 

また俺は店長の腹を蹴った。

この写真、確かにその売春とは関係が無い。

だが、未成年とそういう事をしていた証拠にはなる。

 

警察が動くには十分な証拠となるのだ。

まぁ、議員なんかは捕まらないだろうが。

 

 

「お前詰んだな。未成年に売春やらせちゃってんだもんな。バーテンの子たちもそのうち売春送りだろ?」

 

 

「ひ、ひぃ」

 

 

「なんか言え馬鹿野郎」

 

 

「は、はい、すいません!ど、どこの組の方でしょうか?後で若い子、サービスしますんで」

 

 

胸倉をつかんで思い切り殴る。

 

 

「いらねぇ馬鹿野郎。それよりもよ、バレたくねぇなら誠意見せなきゃな」

 

 

え、と顔にクエスチョンマークを浮かべる店長。

俺はにやりと笑う。

 

 

「五百万出せ。それで見逃してやるよ」

 

 

俺は善人ではない。

悪人は、どこまで行っても悪人なのだ。

 



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一年越しの

 

 

 

 

 

 

 職場見学当日。

なぜか一緒になった葉山や、彩加、そして由比ヶ浜達と、マスコミ関係の会社へとやって来ていた。普段立ち入れない場所に入った事により、はしゃいでいる高校生たち。

それは普段クールな葉山も例外ではなく、一緒になった女子達とあーだこーだと興奮していた。

そんな皆を、俺は遠目に一人で見ていた。

彩加に手を引かれても、すぐに立ち止まって椅子に座り込む……そんなやる気のないというか、心ここにあらずという状態だった。

 

先ほどから由比ヶ浜が心配そうにこちらをチラチラ見ている。

俺は目を合わせず、ただ遠くを見ていた。

 

照明が顔を照らす。

眩い光が、記憶を呼び起こす。

川崎に金を渡した後の、小町の一言だ。

 

 

――お兄ちゃん、あのわんちゃんの飼い主さんと会ってたんだね。

 

 

フラッシュバックが終わると、俺の目は由比ヶ浜を追っていた。

由比ヶ浜……入学式で助けたあの犬の飼い主。

 

俺の視線に気が付いた三浦が何か小声で言っている。

どうでもいいことだった。どうせ悪口なのだろうから。

 

そうなのだ。

つい先日、自分で結論を出したじゃないか。

 

悪人は、どこまでいっても悪人だと。

 

いつだって悪い事言われるのは悪人の役目だ。

由比ヶ浜が今まで優しかったのは、単なる罪悪感なのだ。

本心ではきっと、その他大勢と同じだ。

 

なら、そんな気遣いならしてもらわない方がいい。

俺もあいつも。

 

 

 

 職場見学が終わり、皆が打ち上げと称してファミレスへ向かう。

俺はそんな奴らの遥後ろで一人佇んでいた。

冷房の掛かった広場から、外を眺める。

青い、青い、どこまでも続く空が、窓一面に広がっていた。

 

沖縄、青、遊び、海、死。

何かを連想する。

 

 

「ヒッキー!皆ファミレスいくみたいだからヒッキーも行こうよ!」

 

 

由比ヶ浜が一人、俺を迎えに来る。

俺はただ彼女を見て、言った。

 

 

「由比ヶ浜、もういいよ」

 

 

空笑いして、それだけ言った。

 

 

「え?」

 

 

髪のお団子が揺れる。

 

 

「犬助けたのは偶然だしよ、もう気にすんなよ。多分俺、事故ってなくても友達いなかっただろうしよ」

 

 

自分を嘲笑う。

由比ヶ浜は困ったように、焦ったように笑った。

 

 

「いやー、あはは、なんていうのかな、その~」

 

 

「悪ぃな気ぃ遣わせちまって。気にして構って、変な事に巻き込んじまって。でもよ」

 

 

顔から笑みが消える。

今までよりも強く、言葉を紡ぐ。

 

 

「いらねぇよそんなもん」

 

 

はっきりと拒絶した。

変な笑いが由比ヶ浜から漏れる。

 

 

「別に、そういうんじゃないんだけどなぁ」

 

 

優しい子だと思う。

きっと、こんな子だったなら、『村川も帰っていた。』

でも、この優しさは俺だけのものではない。

すべてに平等で、誰にでも優しい。

 

馬鹿だなぁ俺。

結局中学の頃から変わってねぇじゃねぇか。

 

 

もう関わるな。

そう言おうと、俯いた顔を上げる。

 

 

由比ヶ浜の瞳に、涙が溜まっていた。

 

 

「……馬鹿野郎っ」

 

 

俺の口癖。

由比ヶ浜はそれだけ言うと、走り去る。

惨めな自分にため息が出た。

 

優しい女の子は嫌いだ。

会話をすればにやけたし、メールをすれば声が出た。

電話がかかって来たならば、一日中小町に気持ち悪いと言われるくらいきょどってた。

皆俺だけに優しい訳じゃない。

 

皆に優しい。

 

そんな女の子が嫌いな自分が、もっと嫌いだ。

 

 

その優しさは嘘だ。

ならば真実は?残酷な現実だ。死だ。

知ってたじゃないかそんなこと。

頭の中の大人たちが、嘘は信じてはならないと、悟っていたじゃないか。

 

本当に馬鹿野郎なのは、自分なのだ。

 

 

 



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不安

 

 

 

 

 

 

 ガキの頃。

夕焼けが空を染め、一緒に遊んでいた子供達が帰っていく時間。

ご飯よ、という子供を呼ぶ母親の声が街中に響く中で、俺はいつも一人立ち尽くしていた。

夕飯の良い香りが鼻をくすぐる。

カァカァと、子供達と同じようにカラスの群れが帰っていく。

 

子供には、帰る場所がある。

家があるし、飯がある。父がいる、母がいる。

誰にでも、帰る場所がある。

 

俺には何もない。

家は休まらないし飯も無い。父親はろくでなしで、母親は俺を捨てた。

一人、俺は帰路に就く。

酔っ払いに怯えて、いつ消えてしまうかもわからない場所へと。

ボロボロの木のバットを担ぎ、舗装されていないでこぼこ道を歩いていく。

 

 

 

 車の中で、思い出したくない記憶を呼び覚ましていた。

ぼーっと、ただただホテルの入り口を見る。

ヤクザ達がホテルの中へ入っていく。その中には、盃を交わした親の組の者の姿もあった。

 

親。

 

子がすがり、道しるべとなる者。

俺の親は二人ともろくでなしだった。

一人は飲んだくれ、もう一人は利益のために殺そうとして来る人でなし。

 

 

――ヤクザやめたくなったなぁ。なんかもう疲れたよ。

 

 

ふと、何気ない会話を思い出す。

 

なんで俺はこんな所にいるんだろう。

やめたくなったならやめればいいじゃないか。

投げ出して逃げてしまえばいい。どうせあいつらも追ってこない。

追ってきても殺すかしてしまえばいいのだから。

 

 

――結構荒っぽいことやってきましたからねぇ。

 

 

聞こえてくる、子分の声。

こいつらはどうするのだ。皆、俺について来て死んだ。

ヤクザは関係ない、俺が仇を取らないでどうするのだ。

 

……でも、逃げ出したい。

ようやく見つけかけた居場所に、帰りたい。

一緒に遊び、笑っていられる本物の下へ。

 

 

 

――また帰ってくる?

 

 

名前も知らぬ女の声が頭に響く。

 

 

――もしかしたら。お前待ってるか。

 

 

そう尋ねると、彼女は憂いを含んだ笑みで言った。

 

 

――もしかしたらね。

 

 

もしかしたら。

絶対ではない、不確定な事実。

 

俺を待っていてくれるとは限らない。

なら、俺はどこへ帰ればいい。何を理由に帰ればいい。

 

考えることも疲れてしまった。

 

いつも最後は一人だ。

 

ひとりぼっちで彷徨っては、疲れている。

 

 

「俺も行きますよ」

 

 

不意に現実へと戻される。

青い車の、隣りに乗っていた青年が言った。

 

 

「いいよ馬鹿野郎」

 

 

半笑いでその提案を否定した。

 

 

「少ししたら堅気になんだろ?」

 

 

青年は頷いた。

そうだなぁ、こいつもいるんだもんなぁ。

まだこいつは戻れる。堅気に戻って、自分の帰る場所を探せる。

俺にはもう出来ない事だ。

 

しばらくして、親父の乗った車がホテルの入り口に近づく。

ジジイは降りると、阿南組の奴らと挨拶を交わしてホテルへと入っていった。

頃合いだ。

 

 

「十分後にやりますから」

 

 

青年はそう言うと、車を降りる。

降りて、車の裏手に回ったところでまた戻ってきた。

扉を開け、俺と顔を合わせて一言。

 

 

「帰り、ガソリン入れてってくださいね」

 

 

笑う。

気遣ってくれているのが、嫌というほど理解できた。

今度こそ青年は立ち去る。それをバックミラーで確認すると、俺はまた前を見据えた。

 

じっと、ただ前だけを見つめる。

自分がどんな表情をしていたのか、俺には分からない。

 

 

何分か経った。

ホテルの照明が次々に消えて行く。

 

 

時間だった。

 

 

傍らに置いてあるライフルを手にする。

日常とはかけ離れた、重く鈍い光を放つ金属。

 

ドアを開け、降りる。

ライフルの取っ手を握り、まるで鞄を持ったサラリーマンのように歩く。

 

何も言わない。

何も思わない。

何も感じない。

 

ただ確実に言えることは、死だけが先に待っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝。

普段から低血圧で機嫌が悪いのに、今日は更に酷い。

昇降口で靴を脱ぎ、下駄箱へと突っ込む。そして上履きを手にすると、乱暴に置いた。

上履きを履き、かかとの部分を直す。

 

直してから、前を見上げる。

そこには由比ヶ浜が佇んでいた。

 

 

――馬鹿野郎っ。

 

 

職場見学で言われた言葉がフラッシュバックする。

由比ヶ浜は冴えない表情で目をそらす。

 

 

「おう」

 

 

挨拶をする。

 

 

「うん、おはよ」

 

 

それだけ。

いつもの元気が彼女から消えていた。

由比ヶ浜は俺と顔を合わせず、下駄箱に靴を入れて上履きへと履き替える。

彼女はそのまま立ち去った。

 

これでいい。

元通りの関係に……関係すらない状態へと戻る。

あいつが気を遣う必要なんてない。

 

 

――帰り、ガソリン入れてってくださいね。

 

 

青年の気を遣った言葉を思い出す。

そう言えば、ガソリン入れなかったな。

 




基本は原作ルートです。それを忘れないでください。
変えるとしたら、後半です。
もうこれ評価消したほうがいいんですかね?


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Go wrong, will be better.

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、奉仕部。由比ヶ浜は今日も来ない。

俺は椅子に座り、本も読まずにただ俯いて時間を過ごす。

いつの間にか標準装備と化しているサングラス越しに見る世界は暗い。

暗く、先が見えない。

 

見えているのは、テーブルに置かれたマッ缶。

それと時々見える、本を読む雪ノ下。時折チラチラとこちらを覗くが、話しかけてはこない。

時計を見る。もうすぐ下校時間だ。

 

 

「……由比ヶ浜さん、最近来ないけれど。喧嘩でもしたの?」

 

 

「……うるせぇよ」

 

 

久しぶりの雪ノ下との会話。

由比ヶ浜とは喧嘩していないが、雪ノ下とはやや喧嘩腰で話す。

聞かれたくない事を聞かれると、どうしてもこうなる。

無視してもいいが、どうしても歯を向けてしまう。

 

そう、と雪ノ下はあっさりと引く。

そのあっさりさがどうも気に入らない。

俺は雪ノ下を睨んだ。それでも彼女は動じない。

 

俺が、彼女を気に入っている部分の一つ。

 

 

「……お前、由比ヶ浜からなんか言われたか」

 

 

「……怒ったり尋ねたり、忙しいわねあなた」

 

 

にやりと笑みを見せる。

 

 

「ないわね。そもそも会ってすらいないわ」

 

 

「お前らしいな」

 

 

「どういう意味かしら」

 

 

ケタケタと笑う。

雪ノ下は相変わらず冷静さを貫いている。

こういう所だ、俺が落ち着いていられる部分は。

名前の通り、雪ノ下という女は冷たい。

 

俺は携帯を取り出す。

そしてアドレス帳を開き、数少ない名簿の中から由比ヶ浜を選択する。

スパムメールのような名前を鼻で笑いながら、アドレス部分を見た。

 

0618。

四ケタの数字が連続して並んでいた。

それだけを確認すると、また携帯を制服の内ポケットへとしまう。

 

 

「おい雪ノ下」

 

 

再び静寂が蔓延る部室に、声が響く。

 

 

「何かしら」

 

 

「お前明日暇か?」

 

 

そう尋ねると、雪ノ下は訝しむような目で俺を睨んだ。

 

 

「警察を呼ぶわよ」

 

 

「なんで俺が何かやらかすこと前提なんだ馬鹿野郎。……由比ヶ浜、誕生日近いだろ」

 

 

パタンと、雪ノ下が本を閉じる。

よく見れば栞をしていない……まだ読み途中だったはずだが、いいのだろうか。

 

 

「ええ、そのようね。あなたが携帯を見たのはその確認かしら?」

 

 

頷く。

 

 

「プレゼント、選ぶの付き合ってくれ」

 

 

そう言うと、雪ノ下は驚いたような顔をした。

というより、確実に驚いている。

 

 

「驚いた……あなた、意外と気が利くのね」

 

 

罵倒とも感心とも取れるその言葉に、俺は笑みを見せた。

しばらくして、とうとう下校時間がやってきた。

俺と雪ノ下は帰る準備をして部屋を出る。

 

こっそりポケットに隠していたタバコを確認し、鍵を閉める雪ノ下を待つ。

鍵を閉め終え、俺と雪ノ下は廊下を歩く。

 

 

「あなたまで着いてこなくていいわよ、危険だから」

 

 

「そりゃ俺の身を案じてるのかバカにしてんのかどっちだ」

 

 

小言を言い合いながら、また歩く。

……若干の物足りなさを感じながら。

 

途中、平塚と出くわして何か言ってきたので、結婚できないことをネタに遊んでいたら殴られた。

やっぱり、あの子がいない奉仕部は、物足りない。

 

 



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いつか海で出逢った少女へ

 

 

 

 

 

 

 

 休日、ららぽーと前。

普段なら家でゆっくりしている……のだが、今日ばかりはそうもいかない。

由比ヶ浜の誕生日プレゼントを買わなくてはならないのだから。

それに雪ノ下を誘ったのはこちらなのに、それを放置することも出来ない。

 

 

「……だからってお前まで着いてこなくていいよ馬鹿野郎」

 

 

天真爛漫という言葉が似あう小町の笑顔が目に入る。

妹の服は動きやすそうだが、それでいて可愛さを捨てていない。

うーん、やっぱり小町は可愛いなぁ。

 

それに比べ、俺はアロハシャツにジーンズ。

到底高校生のファッションセンスとは言えないが、快適なので気に入っている。

 

 

「いいんだよ、私も結衣さんの誕プレ選びたいから!それに……」

 

 

何かを企んだような顔で、俺の隣にいる美少女を眺める小町。

 

 

「雪乃さんとも会いたかったですし!」

 

 

そう言われて、雪ノ下は時折由比ヶ浜の前で見せるような、困った笑顔を見せた。

彼女はいつもと趣向を変えて、ロングヘアをツインテールに結っている。

それがまた、コスプレなんかとは比べ物にならないくらい似合っていて、ちょっと目のやり場に困った。

誰だ、ツインテールは二次元しか似合わないなんて言った野郎は。テメェか材木座。

 

また、服もシンプルかつ、彼女のイメージを崩さないものになっている。

薄紫のワンピースに青いカーディガン……ちょっと暑そうな気もするが、むしろ俺の格好が季節に合っていないだけかもしれないな。

 

 

「小町さん、こんにちは。ついでに比企谷君も」

 

 

「どもども~。ほら、お兄ちゃんも挨拶して」

 

 

まるで親が子に小声でしかるように、小町は言った。

 

 

「おう、雪ノ下……なんだよ小町」

 

 

普通に挨拶するや否や、小町が肘で俺の脇をつつく。

顔を見ると、分かってんだろ早く言え、という顔でこちらを見ている。

……あぁ、そういう。でもなぁ、それ言うと雪ノ下の罵倒が始まりそうだしなぁ。

うーん、としばし悩むと、今度は蹴りを入れられる。

観念したように、俺は不思議そうな顔で比企谷兄妹を見ている雪ノ下に告げた。

 

 

「私服、似合ってんな」

 

 

小町的にこの台詞はポイント高い?

言われた雪ノ下は少しばかり頬を染めて目をそらす。

 

 

「あ、ありがとう……」

 

 

「うん?うん」

 

 

最初の一言が疑問形になってしまったのは、全然違う反応をしてきた雪ノ下に見とれてしまったからだ。

無言が、俺と雪ノ下の間に広がる。

 

 

「さぁさぁお二人とも!早速結衣さんのプレゼント探しに行きましょう!」

 

 

やたらテンションの高い小町。

家とはまた違った何かを感じながら、俺はそびえ立つららぽーとを眺める。

 

 

「んじゃ、俺あっち行くわ」

 

 

「そうね、なら私は向こうを……」

 

 

各々が行動しようとしていた矢先、小町が叫んだ。

 

 

「あー!あー!ちょっと待ってくださいね雪乃さん!」

 

 

小町がそう言うと、とっとと行こうとしていた俺に駆け寄り蹴りを食らわせてくる。

 

 

「なんだいてぇなこの野郎」

 

 

「バカ兄貴いいからこっち来い」

 

 

怒った様子で俺の手を引く小町。

そして雪ノ下の真横へと押し出される……何がしてぇんだコイツは。

小町は看板に描かれたマップをしばし眺める。

一方で俺と雪ノ下は、小町の空気に飲み込まれているように困惑して立ち尽くしていた。

 

むっ、と小町が何かに反応する。

 

 

「お二人とも!いいポイントを見つけたのでみんなで行きましょう!」

 

 

「けれど……」

 

 

「ね!みんなでアドバイスし合えるしね!ほら!つべこべ言わずに行きましょう!おらお兄ちゃん!」

 

 

困惑する雪ノ下の背中を押していく小町。

いつもは徹底的に強気で凛としている雪ノ下がそんな有様だからどこか面白い。

若干の呆れと面白さ。この二つを持ち合わせた彼女たちは見ていて飽きない。

 

でも、ここに由比ヶ浜がいればもっと楽しいに違いないと。

俺は、心の奥にひとまずその気持ちを押さえ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小町の言うがままにららぽーとの中心へとやって来る。

休日という事もあり、このショッピングモールは人でごった返していた。

ただでさえ人が多い所は嫌いなので、俺は疲れた顔をしてしまう。

いかんいかん、こんな顔してたらまた小町に叱られる……

 

と、ここまで考えてようやく小町の姿がない事に気が付く。

きょろきょろと辺りの店を観察する雪ノ下に尋ねる。

 

 

「おい雪ノ下、小町知らねぇか?」

 

 

「そう言えば……はぐれたのかしら?」

 

 

携帯を取り出す。

あいつに限って迷子という事はないだろうが、もしかしたら大志みたいな変態野郎に連れていかれているとも限らない。

二、三回コール音が響く。

 

 

『はいはーい』

 

 

いつもの調子で小町が電話に出た。

 

 

「お前今どこいんだ?」

 

 

そう尋ねると、なんだか小町は悩んだように唸る。

 

 

『小町買いたいもの色々あるからすっかり忘れてたよ~』

 

 

「皆で行こうっつったのはお前じゃねぇか。お前何企んでやがんだ」

 

 

どう考えても小町の様子がおかしい。

そんなの兄妹でなくとも分かるような事だ。

それにこいつは、実の兄よりも計算高いところがある。

 

 

『はぁ~……いいからさ、雪乃さんと二人で頑張ってよ。あたしあと五時間くらいかかるからさ、ね?帰りも一人で帰っちゃうし』

 

 

「あぁ?何言ってんだお前」

 

 

『じゃね、ばいばーい』

 

 

ブチッ。

電話が一方的に切られる。

しかめっ面をして携帯をポケットにしまうと、雪ノ下に事の成り行きを伝えるべく、彼女を探す。

が、先ほどまで真横で佇んでいた彼女はディスティニーランドのショップにいた。

ツインテールの美少女は、人相の悪いパンダのぬいぐるみを弄っている……

なんだ、意外と少女趣味なんだなぁ。もっとこう、ぬいぐるみより高倉健みたいなもんだと思ってたよ。

 

そんな意外と可愛いところがある雪ノ下の背後からこっそり近づく。

そして胸ポケットからサングラスを取り出すと、そっと雪ノ下が手にしていたパンさんとかいう顔の怖いぬいぐるみに被せた。

 

 

「俺」

 

 

新たに生まれた芸術作品の名前を言う。

 

 

「プッ」

 

 

不意打ちに思わず笑いが零れる雪ノ下。

その横で俺も笑顔を見せた。

 

しばらく雪ノ下が笑うと、いつものきりっとした表情へと戻る。

猫の時もそうだったが、こいつ切り替わるの上手いな。

 

 

「小町さんはなんて?」

 

 

「買いたいもんあるんだってよ」

 

 

そう言って俺はサングラスをパンさんから外して自分にかける。

その瞬間、雪ノ下が残念そうな顔をしたが、俺は目をそらした。

そういうのは照れるっての、勘違いしちゃうだろ。

 

 

「そもそも休日に付き合わせてしまっているのだし、文句が言えた義理ではないわね」

 

 

うーん、そもそもあいつから勝手に着いてきたんだけどなぁ。

あとは私達でなんとかしましょう、と雪ノ下は言う。

言って、パンさんグッズを購入して店を出た。

 

 

「行きましょう」

 

 

凛とした様子で店を後にする雪ノ下……なんかケチつけたら言葉の弾丸が飛んでくるに違いない。

俺は何も言わず、彼女の後ろに追従した。

 

 

 

 

 由比ヶ浜のプレゼントということだけあって、目的の店はどれも女物を扱っている所ばかりだ。

行く度に怪奇な目を向けられては溜まったものではない。

まぁ確かに、アロハシャツ着た怖い人間が美少女と一緒にいるのだから、嫌でも注目を浴びてしまうが。

 

現に今も、店の店員が俺を訝しむような目で俺を見ている。

 

 

「……何見てんだこの野郎」

 

 

目が合ってしまった店員に文句を言う。

ほとんどとばっちりみたいなものだが、店員も無視して俺から目をそらしたから良しとしよう。

服を選んでいる雪ノ下の下へ行く。

 

 

「なんかすげぇ見られんな俺」

 

 

「どうやらこのエリアでは男性の一人客は歓迎されないようね……もっとも、あなたはどこにいても奇怪な目で見られるでしょうけど」

 

 

「悪かったなガラ悪くて。……俺あっち行ってっからよ、後頼むわ」

 

 

そう言ってこの場を早々に立ち去ろうとする。

が、それも雪ノ下の手によって物理的に止められる。

彼女は待ちなさいと言いつつ俺の襟を掴んでグイッと引っ張る。

 

 

「痛て、いてて、痛ぇよ!」

 

 

「あなた私を一人にする気かしら?私こう見えても一般的な女子高生のセンスなんて持ち合わせていないの」

 

 

自慢するかのように自虐する雪ノ下。

 

 

「そんなの俺だって同じだよ。そもそも店の中俺入れねぇよ」

 

 

「……その、あれよ」

 

 

雪ノ下が困ったような顔になる。

何をそんな困ることがあるだろうか。

確かにプレゼント選びは現在進行中で困り果てているけども。

 

はぁ、と雪ノ下はため息をつく。

 

 

「この際仕方ないわ。あまり距離を開けないようにして頂戴」

 

 

「……お前つまりそれって、恋人みたいに振るまえって遠まわしに言ってんのか」

 

 

恋人、という単なるワードに雪ノ下は頬を染める。

そしてそっぽ向く。

なんだこいつ、今日別人みたいじゃねぇか。

 

 

「そ、そうよ……だから」

 

 

言い終える前に、俺は雪ノ下の手を引いていた。

なるほど、小町の奴め。これが狙いか。

可愛い妹の策略通りになってしまった事を悔やみながらも、妹とは違う女の柔らかい手に触れられたという事実を有難く噛み締める。

 

手を取られた雪ノ下は驚いた様子で口を開けている。

 

 

「お前が提案したんだろ、ほら行くぞ」

 

 

個人的には、娘か妹の手を引いているような感覚だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、由比ヶ浜はららぽーとのペットサロンにやって来ていた。

いつぞやの慌ただしい犬ッころが、順番待ちをして座っている由比ヶ浜の足元でせわしなく動いている。

 

だが、当の本人はそんなこと今は気にしていなかった。

今の悩みは、ずばりあの少年との関係だろう。

このままじゃいけないと考えつつも、なかなか行動に移せない。

 

 

「クッキーも、ちゃんと渡さなきゃな……」

 

 

俯いて、少年に渡した炭のようなクッキーを思い出す。

ボロボロなクッキーを、あの少年はしっかりと食べてくれた。

でも、本当に渡さなきゃいけないものは、もっとしっかりした、本物の――

 

そこまで考えて、足元をうろちょろしていた飼い犬が居ないことに気が付く。

うえ゛ぇ゛え゛、と人が出してはいけないような驚愕に満ちた声を発した。

探さなきゃ。

思い立ったが吉日、由比ヶ浜はあの飼い主に似た犬を探すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 「お前事務用品探すんじゃねぇんだからよ」

 

 

ベンチに座りながら、俺は横で疲れている相方に言葉を放つ。

そして先ほどまでの雪ノ下を思い出した。

まるで耐久実験のように服を伸ばして様子を見る雪ノ下。

こいつ服に何求めてんだろうか、よく分からない。

 

 

「別に由比ヶ浜戦場行ったりしねぇだろ。耐久性だけなら迷彩服で十分だよ」

 

 

「仕方ないじゃない。材質や縫製くらいでしか判断つかないのよ」

 

 

「お前なぁ、そんだったら自分の服はどうしてんだよ」

 

 

「Am○zonよ」

 

 

「あ、ふーん……」

 

 

まさかの珍解答に何も言えない。

こいつ大きくなったら平塚みたいになりそうで怖いな。

雪ノ下は買ってやったマッ缶を手で弄る。

 

 

「私、由比ヶ浜さんがどんなものが好きとか、何が趣味とか、知らなかったのね」

 

 

「案外知んないもんだよ。俺だって彩加の事割と知らねぇもん。適当に知ったかされる方が腹立たねぇか、そういうの」

 

 

フォローする様に言ってから、俺はマッ缶を飲んだ。

甘い。

 

 

「オタクに半端な知識でフィギュア送ってみろ。きっと早口でなんか飛んでもねぇこと言われるぞ」

 

 

材木座とか材木座とか材木座とか。

すると雪ノ下は何かを理解したかのように頷いた。

 

 

「なるほど。そう言う事なら……」

 

 

彼女の目の先にある物は。

 

 

 

 

 

 

 

 「どうかしら」

 

 

今度向かったのは雑貨屋。

エプロンを着た雪ノ下が、こちらに振り返る。

紫色で、猫の刺繍が入った雪ノ下らしいエプロンだ。

 

 

「似合ってんな。お前に」

 

 

そう、似合っているのはあくまで雪ノ下だけだ。

きっと由比ヶ浜には似合わない。

 

 

「由比ヶ浜さん向けではないという事ね……」

 

 

顎に手を当てて考える雪ノ下。

その姿が、意外と可愛い。何というか、美人妻?ロリ妻?

こういう時解説役の材木座がいねぇんだもんなぁ。

 

 

「あいつはほら、もっとフリフリ付いてるバカっぽい奴とかのがいいだろ、な?」

 

 

我ながらピンポイントだと思う。

 

 

「酷い言い草だけれど、的確だから反応に困るわね……これはどう?」

 

 

そう言って雪ノ下が手にしたのは、ピンクでフリルのついたエプロン。

うーん、もうそのエプロンが由比ヶ浜にしか見えない。

 

 

「いいんじゃねぇのか」

 

 

「そう。ならこれにするわ」

 

 

そう言って、先ほどまで着ていた紫のエプロンと一緒に、ピンクのエプロンもレジへと持って行く。

俺は財布を取り出し、雪ノ下の横に並んだ。

中から諭吉を取り出す。こういう時に金は使わないとな。

 

 

「いいわよ、私が出すから……」

 

 

「じゃあ割り勘でいいじゃねぇか。な?」

 

 

渋々雪ノ下は頷く。

女の子にだけ金払わせてたら小町が何言うか分かったもんじゃない。

それに、そんなのは俺らしくもない。

ようし、これ買ったら飯にしよう。それくらいは奢ってやらなきゃな。

あれ、今は男が飯奢るのって古いのか?

 

 

その時だった。

 

 

「あれ?雪乃ちゃん?」

 

 

後ろから、不意に雪ノ下へ声がかけられる。

びくっと雪ノ下の身体が震えた。

不審に思って俺から先に振り返る。

 

そこにいたのは。

どこか雪ノ下に似ているが、それでいて開放的に見える年上の美人。

あれ、この人どこかで……

 

次いで雪ノ下も振り返る。

振り返るや否や、彼女の顔が険しくなった。

 

 

「……姉さん」

 

 

まるで一番会いたくない人に会ったかのように、顔をしかめる。

 

 

「……あぁ?」

 

 

俺は俺で、素っ頓狂な声をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりに自由な休日。

私は気分転換がてら、ららぽーとに来ていた。

相変わらず土日は人が多い。通り過ぎるたびに、人が私を見て振り返る。

 

私は自分が美人の部類だということはわかっている。

人とは違う物に、人は惹かれるという事も理解はしている。

それが良いか悪いかは別として。

 

しかしここ数週間は疲れることが多かった。

家の事、大学の事、色々な課題が私の前に立ち塞がった。

外には漏らさず、心の中だけでため息する。

いくら私に人よりも能力があろうとも、それに見合うだけの達成感や爽快感は得られないものだ。

労力というのは、必要以上にエネルギーを失う。

そして時間も……

 

服を漁る。

数分で欲しいものが見つかった。

 

日用品を漁る。

これもすぐに欲しいものがあった。

 

ゲーセンへ行く。

男どもに声をかけられたから逃げてきた。

 

どこへ行っても、私の事はすぐに片が付く。

それが気に入らない。

 

だから、雑貨店で妹の後ろ姿を見かけた時は、心底嬉しかった。

一番愛し、そして一番手のかかる妹。

声をかけずにはいられない。

 

そしていつものように笑顔で声をかけた。

ほうら雪乃ちゃん、愛しの陽乃さんだよ~と言わんばかりに。

 

 

「あれ?雪乃ちゃん?」

 

 

まるで今気づいたかのように、声をかける。

 

だが。

 

最初に反応したのは、その隣にいた柄の悪い男だった。

肌は若そうだが、なぜかおっさんくさいアロハシャツなんて着ている。

振り返ると、サングラス越しにこちらを睨んできた。

本人は自覚は無いだろうが……あれはどう見ても睨んでいる。

 

まさか悪い男に引っかかったのだろうか。

妹をたぶらかそうとしているのだろうか。

拳に力が入る。

 

だが、次の瞬間、私の頭の中で何かが蘇った。

 

 

 

 

 海、凧、夫婦。

 

遠い昔の、忘れかけていた記憶が蘇る。

私は固まる。

固まって、じっとその男の顔を見る。

 

似ていない。

ただサングラスだけしか共通点は無い。

でも、それなら一体なんで急に……

 

 

 

「……姉さん」

 

 

不意に、現実へと引き戻される。

妹が、相変わらずの表情をこちらに向けていた。

急いでいつもの笑顔を作る。驚きも、何もかも隠す。

 

 

「……あぁ?」

 

 

男の素っ頓狂な声が耳に入る。

やはり似ていない。そうだ、そんなはずない。

だってあの人達はあの時、目の前で――

 

 

 




物語の中核となるサイボーグ姉のんが登場


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Sweet Little Sister

 

 

 

 

 「雪乃ちゃんの姉、陽乃ですっ」

 

 

買い物を終えて、雪ノ下の姉と名乗る人物を加えて店を出た。

店を出て少しした所で、その姉は名乗りを開始する。

陽乃……まるで雪乃という名前に対を成すような名前だ。

 

 

「……どうも、比企谷です」

 

 

軽く会釈してこちらも自己紹介。

なんだか底の見えないような笑顔を見ないように、俺は少しばかり俯いた。

男を一撃で殺すような美貌と笑顔は身体に悪い。

 

しかも、内面はまったく見えないと来た。

普通ならちょっと話すだけでこいつはこうなのだとか、こう考えているなというのが多少なりとも分かるものだが、この人からはそれが感じない。

本当に同じ人間と話しているのだろうかと思えるぐらい、不気味でたまらない。

 

陽乃さんは俺をじろりと、舐めるように見渡す。

喧嘩売られたときに同じようにガン付けられた事は記憶の中であるが、それは男からだ。

女にやられたことはない。

 

 

「ふーん、比企谷君ね……」

 

 

まるで品定めする様に言う。

それでいて、たまに見せる訝しむような目はいったい何だろうか。

少ししてから、陽乃さんは言った。

 

 

「よろしくね、比企谷君!」

 

 

「……はい」

 

 

まるで刑事に命令されたヤクザのように素直に従う。

本能的に、この人には逆らってはならないと感じたし、そもそも目上で知り合いの姉なんだから突っぱねる必要はどこにもない。

 

それからまた、ららぽーとを練り歩く。今度は三人で、だ。

少しして、ベンチがあったのでそこへと座って休む。

ただでさえ体力が無く、人ごみにあてられていた雪ノ下は疲れていたらしい。

だが、座るや否や、陽乃さんからの尋問が始まった。

 

 

「二人はいつから付き合ってるの~?ほれほれ~」

 

 

「ただの同級生よ」

 

 

雪ノ下の肩をつっつく陽乃さん。

あぁ、これは面倒なパターンだ。俺にも飛び火してくるに違いない。

案の定陽乃さんは矛先をこちらへと向けてくる。

具体的には、ほれほれ~と言いつつ、俺の頬を突っついてくる。

嫌がる俺に追い打ちをかけるように、雪ノ下の姉とは思えないほどの大きな胸を肩へと押し付けてきた。

 

 

「……あの、やめてもらえませんか」

 

 

やんわりと、しかしはっきりと拒絶する。

これは男子高校生には刺激が強すぎる……それに、いつ上原の利己的な性欲が飛び出してくるかも分からない。

俺が断ると、雪ノ下もここぞとばかり反撃に出る。

 

 

「姉さん、やめてもらえるかしら」

 

 

便乗する様に被せる。

すると陽乃さんは申し訳なさそうに、

 

 

「あ、ごめんね雪乃ちゃん。お姉ちゃんちょっと調子乗り過ぎちゃったかも……」

 

 

と謝る。

謝るが、俺への攻撃は続ける。

何なんだ、ここまで誘惑してくるのは一体どういう理由があるのだろうか。

まるで試されているようだ。

 

 

「雪乃ちゃん、繊細な性格の子だから、比企谷君も気を付けてあげてねっ!」

 

 

耳元で囁くように陽乃さんは言った。

俺はしかめっ面で距離を取り、陽乃さんを見る。

 

 

「……疲れねぇかそれ」

 

 

「え?」

 

 

ふと呟いてしまった言葉に、陽乃さんはきょとんとしたような顔になる。

この顔もどこまでが本物なのか……いや、きっと偽物だ。

俺は立ちあがると、二人に言った。

 

 

「俺、なんか飲み物買ってきます……」

 

 

ぺこりと一礼してその場を離れる。

この人と一緒だと色々乱されてしまう。

足早にそこを立ち去る。マッ缶でいいだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「俺、なんか飲み物買ってきます……」

 

 

「え、ちょ」

 

 

まるで私から離れるように、年下に見えない少年は去る。

男としては珍しく、かなり私の事を警戒しているように見えた。

事実、警戒しているのだろう。あんなにも距離を取ろうとするなんて。

 

 

「チョイスは任せるわ」

 

 

不意に、妹が当然のように少年へと声を投げかけた。

少年も後ろ手に手を振って了承する……その光景がなんともおかしなものだった。

誰に対しても刺々しいこの妹が、誰かに自分の好みを任せるという事が、おかしい。

 

私は妹をじっと見つめる。

ばれるまで、妹はちょっとだけ口元を緩ませて彼の背中を見つめていた。

 

 

「……何かしら、姉さん」

 

 

私の視線に気が付いた妹が、睨みながら言った。

でもそれが恥ずかしさの裏返しなのを私は知っている。

 

 

「ううん。ただ、雪乃ちゃんがそんなに懐いてるなんて珍しいなって。隼人にだってそんな素振り見せなかったのに」

 

 

「うるさいわね馬鹿野……ゴホン、今は葉山君は関係ないわ」

 

 

一瞬妹の口から出てはいけない言葉が聞こえたような気がしたが気のせいだろうか。

私は心の中で笑う。

笑って、ため息をつく。そのため息の理由を、きっと彼女は理解してくれないだろう。

馬鹿野郎、ね。

一体誰に影響されたのかな?なんて、わざとらしく言ってみる。

 

妹は黙った。

黙って、何か言おうとした時。

 

 

「ね~ね~、お姉ちゃんたち可愛いね~」

 

 

唐突に、どこかの屑共がナンパしに現れる。

屑共はあからさまなチャラさで私達の前に立ち塞がった。

まぁ、こんな美人姉妹見たら誰だって気になるに違いない。

 

私は、二回目のため息をつく。

今日はイレギュラーな事ばっかりだ。

 

 

「ちょっと遊ばない?お金こっちで持つからさ」

 

 

「いえ、人を待ってるので」

 

 

提案を否定する。

そんな典型的な事、今時高校生でも言わない。

 

 

「え~いいじゃんちょっとさ」

 

 

「ねねね、ちょっとだから」

 

 

二人組のしつこい男が妹の腕を掴もうとする。

その刹那、私の身体が反射的に動く。

バンッ、と弾けるような音と共に、掌底を男の顎に打ち込む。

 

 

「おごっ」

 

 

妹を触ろうとしていた男は後ろ向きに倒れた。

それを見た、屑の片割れが怒る。

 

 

「テメェ何してんだこの野郎ッ!」

 

 

さっきのチャラい雰囲気とは一変して、戦意を剥き出しにしてきた。

だからこういう奴らは嫌いなのだ。身の程を弁えず、一線を越えてしまってもそれを悪いとも思わない。

死んでしまえばいい。

 

と、男が構える。

その隣では、先ほど倒れた男が立ち上がろうとしていた。

 

 

「て、テメェ、舌噛んだじゃねぇかどうすんだこれッ!!!」

 

 

「あらごめんなさい。でも、私屑の事なんて全然気にならないの」

 

 

「なんだとテメェッ!!!」

 

 

今にも殴りかかろうとしている男たち……私も相応の覚悟をする。

雪乃ちゃんを守りながらだと、少し厳しいだろうか、なんて考えながら対峙していると。

 

 

 

 

「おい」

 

 

不意に、男たちの後ろから、低めの声が投げかけられた。

男たちは振り返る。私と雪乃ちゃんも不思議そうにそちらを見た。

 

そこには、見知った少年がいた。

サングラスをかけ、不機嫌そうな顔の少年。

少年は手にした飲み物を、男たちの顔面目がけてぶちまける。

マックスコーヒーの缶から放たれる茶色くて甘い液体が、男たちの視界を遮った。

 

瞬間、少年が左右の手でそれぞれの頭を掴む。

そして一気にお互いを打ち付けた。

 

 

ゴチンッ、と鈍い音が響き、男たちが倒れる。

少年はそれらを踏みつける。

あれだけ賑わっていたショッピングモールは、今や別の意味で騒ぎ発っていた。



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Animal friend

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分して、警備員にアホ共を引き渡した。

ここでも雪ノ下家の力は大きいらしく、散々アホを痛めつけた俺は御咎めなし。

事情を話しただけで終わりだ。

今は一旦他のベンチに座って二人を落ち着かせている……といっても、二人ともこういう事は慣れっこらしく、俺が新しく買ってきたマッ缶を飲んでいる状態だ。

俺も俺で、マッ缶を飲んで久しぶりにちゃんと動かした身体を休ませている。

 

 

「いや~比企谷君がいなかったら危なかったよ~」

 

 

そう言うのは姉の陽乃さん。

彼女は女らしいという言葉が似あう動作でマッ缶を飲む。

なるほど、男の理想というヤツを分かっているのだろう。

こりゃ変な虫も寄ってくる……最も、それを分かって演じているのだろうが。

 

 

「あんまり変な事しないほうがいいですよ」

 

 

まるで大友が池本に言うように、何というかかなり下手に忠告する。

色々な力関係ではもちろん陽乃さんの方が上だからだ。

そもそも、年上にはしっかりと敬語を使う。誰に対しても馬鹿野郎は使わない。

 

 

「でもほんと助かったよ~、私比企谷君に惚れちゃったかも!」

 

 

「姉さん!」

 

 

陽乃さんの冗談に釣られる雪ノ下。

こいつ、今までこんな風に遊ばれてきたのだろうか。

そう考えるとちょっと同情する。

 

 

「心にもない事言わなくていいですよ。俺そんな気ないですよ」

 

 

特にその挑発にも乗らずに俺は受け流す。

普通の男子高校生……いや、男なら勘違いしてホイホイ引っ掛かっちゃうんだろうなぁ。

男を意図的に勘違いさせる女は悪に等しい。

勘違いさせた男を駒やおもちゃとして使うなら、そいつは極悪人だ。

 

ふと、中学の頃を思い出す。

まだ純粋で、こんな人格になっていなかった時の事を。

……俺も他の奴の事言えねぇなぁ。

 

 

「ふーん。比企谷君って意外とガード堅いね」

 

 

じろりと、今までの笑顔を消して俺を見つめる。

その瞳からは暖かさは微塵も感じられない。下手をすれば殺されると、本能が告げている。

これがこの女の本性だろうか。

 

そんな時だった。

ケロっと、また陽乃さんが笑顔に戻る。

そして俺の背中をバシバシと叩いた。割と痛い。

 

 

「はっはははは!比企谷君超面白ーい!」

 

 

「……うす」

 

 

抑えろ……相手は雪ノ下の姉だ。

手ぇ出すのはマズイ……

 

 

「もういいかしら。用は済んだでしょう?」

 

 

と、雪ノ下が助け舟を出してくる。

陽乃さんも渋々了解したように立ち上がり、空になったマッ缶を俺に押し付けた。

 

 

「じゃあね二人とも!比企谷君、それ口付けてもいいよ!」

 

 

容赦なく男を殺しにかかる陽乃さんに、俺は苦笑する。

 

 

「しませんよ。……馬鹿野郎」

 

 

小声でばれないように悪態をついた。

陽乃さんはからかうように笑うと、女の子らしい走り方で去っていく。

ドッと疲れた気分だ。

アホ共と言い、あの姉と言い、ストレスがたまる。

 

 

「お前の姉ちゃんヤバいな」

 

 

ヤバい。

意味は複数ある。

 

 

「姉にあった人は皆そう言うわ」

 

 

雪ノ下も肯定を示す。

 

 

「確かにあれほど完璧な存在も居ないでしょう。誰もがあの人を褒めそやす」

 

 

「お前なぁ、完ぺきなのはお前も一緒だろ馬鹿野郎」

 

 

完璧と言った後に馬鹿野郎という矛盾を放置しつつ、俺は自分のマッ缶を飲む。

 

 

「ヤバいってのはあの外面だよ。ニコニコ笑って優しくて、おまけにエロイ。あんなの男の理想じゃねぇか」

 

 

ため息をつく。

もちろん惚れた事によるものではない。

 

 

「はっきり言って胡散臭いんだよね、ああいうの。だって所詮殻被ってるだけの偽物じゃん」

 

 

そう言ってまたマッ缶を飲もうとする……が、もう空だ。

しかめっ面していると、雪ノ下が笑った。

 

 

「暴力の権化であるあなたでも……いや、あなただから見抜けるのかしらね」

 

 

「お前よ、俺そんな手当たり次第暴力振るってねぇぞ」

 

 

そんな、嵐の後の静けさともいうべきやり取りをする。

むしろ反省会か?

 

そんな時だった。

遠くから犬の鳴き声が響いてくる。

甲高く、それでいて興奮したような……

 

よく前を見てみれば、犬がこちらに向かって猛ダッシュしてきていた。

別に犬も猫も分け隔てなく好きな俺としては好ましい。

が、雪ノ下は血相を変えて後ずさりし出す。

 

 

「い、犬……」

 

 

まるで犬嫌いなイギリス人特殊部隊のような事を言って、ベンチに足を引っかけてもつれる雪ノ下。

ベンチにへたり込むと、横に俺がいるのもお構いなしに寄ってくる……もちろん犬から逃れるためだ。

 

 

「ひ、比企谷君……」

 

 

陽乃さんとは違った、純粋な乙女を見せて助けを求める雪ノ下。

と、犬がこちらへと飛びついてくる。雪ノ下は思わず目を瞑る……が。

 

 

「おっと」

 

 

飛びつかれたのは俺だった。

抱きかかえてやると、やたら嬉しそうにしているのが尻尾を見て理解できる。

ハッハッハ、と口を開けて喜びを表わす犬。どこかで見た事があった。

 

 

「なんだこの犬?バカっぽい顔してんなぁ、へっへっへ」

 

 

言いつつ、撫でてやる。

うーん、うちの猫はあんまり俺に懐いてないからこういうのは新鮮だな。

あの野郎小町ばっかり構いやがって……

 

 

「飼い主どうしたんだ?あ?」

 

 

言っても通じないだろうに、思わず声をかける。

とりあえず、一旦床に犬を降ろして立ち上がる。

すると、犬は腹を見せて服従のポーズを取った。

 

 

「何だお前子分になりたいのか」

 

 

腹を撫でてやると、犬は気持ちよさそうに鳴く。

やや冷静さを取り戻した雪ノ下が犬を警戒しながら観察している……そんな目で見なくたって取って食われやしないよ。

 

 

「この犬……」

 

 

と、雪ノ下が何かに気が付いたように言った。

それに言及しようとした矢先、

 

 

「すみませ~ん!サブレがご迷惑を……」

 

 

後ろから、飼い主と思われる少女がやって来る……

雪ノ下と二人でそちらを見ると、見知った顔があった。

 

 

「あれ!?ヒッキーとゆきのん!?」

 

 

由比ヶ浜だ。

彼女は心底驚いた様子で、

 

 

「な、なんで一緒にいんの……?」

 

 

と尋ねてくる。

理由を答えるわけにもいかないから、雪ノ下と目を合わせた。

 

 

「なんでって、あれだよなぁ」

 

 

「ええ……あれよね」

 

 

こいつもこいつでごまかし方下手だなぁ。

しかし由比ヶ浜はなぜか両手を振って、

 

 

「ああいい、いいよ!大丈夫、なんでもない!休みの日に二人で出かけてたら、そんなの決まってるよね~!」

 

 

「あぁ?」

 

 

勝手に一人で盛り上がる由比ヶ浜に難色を示す。

 

 

「そっか~なんで気が付かなかったかなあたし~空気読むのだけが取り柄なのにぃ~」

 

 

壮大な勘違いをしている由比ヶ浜。

これは早めに訂正しないとまずいだろう。

 

 

「おい、お前なんか勘違いして」

 

 

「いいっていいって!そのまま黙っててヒッキー!」

 

 

落ち込んだかと思えば人の話を遮って黙れと言いだす。

由比ヶ浜はロベール ド サブレだとか言った犬を抱えると、背を向けた。

 

 

「じゃあ、あたしもう行くから」

 

 

「由比ヶ浜さん」

 

 

そそくさと逃げるようにする由比ヶ浜を、雪ノ下が止める。

おお流石部長、ここで誤解を解いてくれるか。

 

 

「私達の事で話があるから、明日部室に来てくれるかしら」

 

 

俺は頭を抱えた。

 

 

「あーあははは、あんまり行きたくない、かも……今更聞いてもどうしようもないっていうか、手も足も出ないっていうか」

 

 

「私、こういう性格だから上手く伝えられないのだけれど、あなたにはきちんと話しておきたいと思っているわ」

 

 

「性格変なのは気付いてたんだな」

 

 

「黙りなさい」

 

 

茶々を入れた途端に命令が入る。

俺はもう何も言わず、去っていく由比ヶ浜の背中を見続ける。

まぁ、あれだ。何を誤解しているのかは知らない。

だが明日、祝ってやればきっと元気になるだろうと。

俺は勝手なことを考える。

 

その勝手さは、もしかしたらある種の信頼から来ているものなのかもしれない。

 

 

「……帰るか」

 

 

「……そうね」

 

 

提案し、雪ノ下は同意した。

ふぅ、小町になんて報告しよう。

 

 



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おかえり

 

 

 

 

 

 

 月曜日、放課後。

奉仕部へ行く前に、俺は自販機でマッ缶を三本買う。

その内糖尿病になるんじゃないかと自分でも思うほど、この甘いコーヒーを毎日飲んでいる気がする。

小町曰く、マッ缶依存症だとか。

 

それを飲みながら奉仕部へと向かうと、由比ヶ浜が部室の前で不審な行動をしていた。

深呼吸して扉を開けようとしているが、なぜか思いとどまってまた深呼吸。

それを何度も繰り返している。

最初こそそれをマッ缶飲みながら眺めていたが、次第に飽きてきたのでそっと彼女の後ろへ回る。

 

二本目のマッ缶をポケットから取り出し、キンキンに冷えたそれを由比ヶ浜の頬に付けた。

ピトっという感触と共に、由比ヶ浜の身体がビクッと反応する。

 

 

「うっひゃあっ!!??」

 

 

「へへへへっ」

 

 

驚く由比ヶ浜を笑う。

その笑顔は野球をする時の大友のようだ。

 

 

「ひ、ヒッキー!?」

 

 

振り返り、俺を見てさらに驚く由比ヶ浜。

地味に殴ろうとポーズを取っている事については言及しない。

 

 

「お前何してたんだよ?」

 

 

代わりに不審な行動について言及した。

すると由比ヶ浜は手を盛大に振って何かを表現する。

 

 

「いや~、特殊部隊とかの突入前とかってどんな心境なのかな~って」

 

 

「お前変な事ばっか知ってんなぁ」

 

 

ミリタリーオタクみたいな事を言いだす由比ヶ浜に、呆れた声を漏らす。

だが、由比ヶ浜はいつも以上に食いついてこない。

なぜか落ち込んだように俯いてしまうのだ……ららぽーとでの事と言い、調子が狂う。

まぁ、職場見学での一言が、彼女を圧迫している事は何となく分かっていた。

こいつは優しいからなぁ。

 

たまらず、由比ヶ浜の頭を撫でる。

さらさらとした感触が、手一杯に伝わった。

 

 

「ちょ、ひ、ヒッキー……んぅ」

 

 

ちょっと艶っぽい声を出すものの、由比ヶ浜は拒まない。

むしろ、それを受け入れて素直に撫でられている。

昨日の犬といい、やっぱ飼い主も似てるなぁ、なんて思う。

 

しばらく撫でて落ち着かせてやると、ポンポン、と頭を軽く叩く。

 

 

「行こうか」

 

 

それだけ告げると、由比ヶ浜を追い越して部室へと入る。

顔をほんのり赤くして、由比ヶ浜は頷いた。

扉を開けると、中にはすでに雪ノ下が控えていた。

俺が入り、由比ヶ浜が入ると、雪ノ下は少し思いつめたような表情をする。

 

 

「由比ヶ浜さん……」

 

 

「や、やっはろ~ゆきのん……」

 

 

ぎこちなく、由比ヶ浜が手を振る。

そこからは、あまりよくない空気の中で読書をした。

その中で、俺はマッ缶を飲む……残りの二本は二人に渡した。

 

マッ缶の中身が無くなる頃、雪ノ下が口を開いた。

 

 

「由比ヶ浜さん」

 

 

びくっと、由比ヶ浜が反応する。

雪ノ下は続けた。

 

 

「私達の今後について話を……」

 

 

「あ~!!!あたしのことなら全然気にしないでいいのにぃ~!」

 

 

いや、お前の誕生日なんだから気にすんだろうに。

でも最近俺が口挟むとこいつら怒るんだよなぁ。

 

 

「そりゃ確かにビックリしたって言うか、むしろお祝いとか祝福とかしないといけないっていう感じだし!」

 

 

そりゃ自分の事言ってんのか?

急なハイテンションで語りだす由比ヶ浜に、雪ノ下は驚いた様子だ。

 

 

「え、えぇ、よく分かったわね。そのお祝いをきちんとしたいの。それに貴女には感謝しているから」

 

 

「や、やだな~、感謝される事あたししてないよ……何もしてない……」

 

 

目をそらす由比ヶ浜。

何もしてない……とは思わない。

彩加の時も、川崎の時も、由比ヶ浜は全力を尽くしている。

確かにブレインとなるような奴ではない。でも、それでも、彼女は人の為に尽くす。

彼女は優しいから。

 

 

「それでも……私は感謝している。それにこうしたお祝いは、本人が何かしたから行うという訳ではないわ。純粋に私がそうしたいだけよ」

 

 

そう言うと、由比ヶ浜は渋々納得した。

話がかみ合っていないことは、見ているだけで分かる。

相変わらず、雪ノ下はこういう事に不器用だなぁ。

 

 

「だ、だから、その……」

 

 

「それ以上聞きたくないかも」

 

 

やんわりと、由比ヶ浜は拒絶を示す。

しゃーない、俺がこうなった原因の一つでもあるし、助け舟を出そう。

 

 

「おい由比ヶ浜、お前ちょっと落ち着けよ。何勘違いしてんのか分かんねぇけどよ」

 

 

ケタケタと笑いながら、そう言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「えぇッ!?ちょっと待って、じゃあ二人は別に付き合ったりとかしてないの!?」

 

 

事情を説明すると、由比ヶ浜は驚愕するように言った。

呆れたように溜息をしてしまう。

こいつ乙女みたいな考えだなぁ。

 

 

「そんなわけねぇだろお前よぉ、言っていい冗談と悪い冗談があんだろ、なぁ雪ノ下」

 

 

「そうよ。そこの暴力装置と私がそんな関係になるわけないじゃない。さすがに怒るわよ由比ヶ浜さん。あぁおぞましい」

 

 

「なんだこの野郎、大体お前が濁すようなことばっか言うからこのバカが勘違いすんじゃねぇか」

 

 

「馬鹿って言うなし馬鹿野郎!」

 

 

「なんだ馬鹿野郎」

 

 

「馬鹿やろーっ!」

 

 

そこからしばらく由比ヶ浜と罵倒し合う。

疲れてきた頃、雪ノ下が話を次のステップへと進めた。

 

 

「……お祝いの時間が無くなってしまったわね」

 

 

鞄から、大きめの箱を取り出す雪ノ下。

ほんのりと、甘い香りが漂う。ごくりと、唾を飲んだ。

 

 

「ケーキを焼いてきたのだけれど」

 

 

「ケーキ?なんでケーキ?」

 

 

まだ完全に事情を把握していない由比ヶ浜。

 

 

「お前今日誕生日だろ、それのお祝いだよ。お前全然分かってねぇじゃねぇか」

 

 

「最近部活に来ていなかったし、慰労も兼ねて……あとはその、感謝もしてるし……」

 

 

女の子相手に顔を赤く染める雪ノ下。

ちゃんと言い終えることなく、雪ノ下はケーキと、一緒に選んだエプロンを渡す。

開封して手に取るや否や、由比ヶ浜は喜んで雪ノ下に抱きついた。

まんざらでもなさそうな雪ノ下……やっぱそっちの趣味あんじゃねぇか?

 

俺もそろそろ渡すとしよう。

バッグから、小包を取り出す。

 

 

「おい、受け取れ」

 

 

そう言って、バーテンダーのように机の上で由比ヶ浜の方へと滑らせた。

 

 

「まさかヒッキーまで用意してくれてるなんて思わなかったな~」

 

 

あと三百万くらいあるからなぁ。

一、二万くらい安いもんだよ。

 

 

「こないだから、ちょっと微妙だったし……」

 

 

「あー、うん……それなんだけどよ、由比ヶ浜」

 

 

ふと、俺は話を切り出す。

 

 

「誕生日だからって訳じゃなくてさ、これで色々、貸し借り無しって事にしてくんねぇか?犬助けたのも、お前が気ぃ遣ってんのも……別にお前だからって助けたわけじゃねぇしよ。お前も結構優しくしてくれたしよ、これでチャラだよ。もう、色々終わりにしようぜ」

 

 

考えて、遠まわしに解決を図る。

いや、むしろ直球なのだろうか。

 

由比ヶ浜は少しだけ俯く。

 

 

「なんでそんな風に思うの?気を遣ったりとか、そんな事一度も思った事ないよ。あたしは、ただ……」

 

 

会話が止まる。

ぽりぽりと、俺は頬を掻いてマッ缶を飲んだ。

甘い、苦さとは無縁だ。

 

 

「なんか難しくて分かんなくなってきちゃった。もっと簡単だったらいいのに……」

 

 

「別に難しい話ではないでしょう?」

 

 

ここで雪ノ下の助け舟。

彼女は夕日を見つめながら、結論だけを述べる。

 

 

「比企谷君は由比ヶ浜さんを助けたわけではないし、由比ヶ浜さんも同乗していた訳ではない……始まりからすでに間違っているのよ。だから、比企谷君の言う、終わりにするという選択肢は正しいと思う」

 

 

「でも、これで終わりだなんて……」

 

 

サングラスをかける。

これから言う事の、照れ隠しのようなものだ。

 

 

「馬鹿だなぁお前。ならまた始めりゃいいじゃねぇか。もういい加減、そういう厄介な事抜きにしてさぁ」

 

 

同時に、ケタケタと笑った。

 

 

「そうね。あなたたちは……悪くないのだし」

 

 

意味深な事を雪ノ下が言う。

彼女はなんだか陰のある笑顔を見せると、椅子に座った。

 

 

「あなた達は等しく被害者なのでしょう?ならすべての原因は、加害者に求められるべきよ」

 

 

「お前、それ入学式の事言ってんだよな?それなら俺も加害者みたいなもんだよ。運転手ボコっちまったんだからよ」

 

 

冗談めいた言い分を見せる。

まぁ、確かにこっちが先に轢かれた訳なのだが。

 

 

「いいえ……どちらも悪くないわよ。あなたのそれも、単なる反撃。やったやられたは関係無い。ただの被害者よ。最初から、二人が揉める必要なんてない」

 

 

黙って、サングラス越しに雪ノ下を見つめた。

何か、俺の知らない何かを、彼女は察知しているか知っている。

でも、深くは突っ込まない気でいた。

 

 

「間違っていないなら、初めからスタートできる……あなた達なら」

 

 

「その中にお前はいねぇのか」

 

 

「……私、用事があるから先に帰るわね」

 

 

逃げるように、雪ノ下は鞄を手にする。

彼女が俺の横を通り過ぎても、俺は振り返らなかった。

ただ、手を組んで夕日を見つめる。

なんだか、それ以上言及すれば、後戻りできないような気がして。

 

 

「……ね、それ開けていい?」

 

 

雪ノ下が去ると、由比ヶ浜が尋ねてきた。

手には包みがそっと握られている。

 

 

「うん?うん」

 

 

許可を出すと、由比ヶ浜は優しく包装を解いて中身を確認した。

嬉しそうなため息が、彼女から漏れる。

 

 

「ねぇ、似合う……かな?」

 

 

「……お前馬鹿だなぁ」

 

 

由比ヶ浜が首にはめているもの……それは確かに、俺がプレゼントしたものに間違いない。

だが、それは人間用のチョーカーではなく……犬用の首輪だ。

これじゃあ俺が変態プレイ好きなド変態みたいじゃねぇか。

 

 

「お前それ犬用だよ馬鹿野郎」

 

 

「えぇッ!?さささ、先に言ってよ馬鹿ぁ!!!!!!」

 

 

「痛ぇ!何すんだこの野郎!」

 

 

箱を投げつけてくる由比ヶ浜。

ポカポカと背中を殴ってくる由比ヶ浜……なんだかこの光景が懐かしい。

ついこの間まで、こんな感じだったのに。

 

馬鹿野郎と言いつつも、俺は鞄からもう一つ、細長い箱を取り出す。

 

 

「こっちがお前用だよ」

 

 

手渡すと、由比ヶ浜はきょとんとした顔で包みを破いた。

中身は、レディースのサングラス。

ちゃっちいもんじゃなく、しっかりとした造りのものだ。

 

 

「これ……結構高いやつだよね?」

 

 

「値段なんて気にすんなよ馬鹿なんだからよ。ほら、かけてみろ」

 

 

馬鹿と言われた事すら気にせず、由比ヶ浜はサングラスをかける。

大きいレンズが、由比ヶ浜の目をすっぽりと隠していた。

 

そのためにっこりと、笑みだけがより強調される。

 

 

「えへへ、お揃いだねっ!」

 

 

サングラス同士で見つめ合う。

俺は若干照れながらも笑った。

 

 

「へへ、馬鹿野郎」

 

 

「そっちも馬鹿野郎。……ありがと、ヒッキー」

 

 

雪ノ下が居なくなった部室。

俺は、新たなスタートを、由比ヶ浜と交わした。



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夢、海、死。

さっき間違えて途中であげちゃいました、すんません。


 

 

 

 

 

 

 

 ごぼごぼと、肺の中の空気が漏れていく。

失った空気をまた取り入れようとするのは普通の事で、口を開けて息を吸おうと試みるのだが、どうしてか出来ない。

代わりに入ってくるのは塩辛い水だけで、それが余計混乱を誘う。

そもそもなんでこんな状況になっているのかが分かっていない。

気付いたらいきなりこんなシチュエーションに放り込まれているのだから、混乱しないはずがないのだ。

 

ここが水中で溺れていると気づいたのは、それから数秒してから。

水面があることに気が付いて俺は必死にもがく。

もがいて浮き上がろうとする。

手を動かし、足をばたつかせ、必死に青の中をもがき続ける。

 

先ほどから水面は、俺の顔から一メートルほどの場所から動いていない。

だが、なぜだかそこに到達することができないのだ。

苦しさと焦りが脳を支配する。このままでは死ぬと、本能が告げている。

その頃には、肺の空気はほとんど水の中へと溶け込み、水が満タン近くまで入っていた。

 

もがく。

もがいて、もがく。

ぶくぶくと、最後の空気が肺から出ていく。

 

そうしてとうとう手足が動かなくなる。

ゆっくりと、死にゆくという事を脳が支配し、視界の端がどんどん暗くなっていく。

 

あっけない。

それが、その時抱いた感情。

だってそうだろう。今まで散々好き勝手してきた悪人の最後が、よく分からない状態での溺死なんだから。

 

しょうがないよ。

悪人はどこまで行っても悪人で、幸せにはなれない。

我妻も、上原も、山本も、大友も、そして西も。

どんな事情があるにしろ、拳銃を握るような彼らは悪人だ。最後には死が待っていた。

 

 

なら仕方ない。

俺も、悪人なら最後はこういう死に方なんだ。

 

自分の運命を受け入れる。

受け入れて、目を閉じる。

 

 

――馬鹿野郎っ。

 

 

声が、聞こえた。

女の子の声。

 

目蓋の裏に、二人の女の子が映る。

 

お団子ヘアーの少し抜けてはいるが、とても優しい女の子。

 

黒髪ロングで気難しいが、どこか危うさが残る真面目な女の子。

 

 

なんでこの二人が出てきたのだろう。

でも、なんだろう、俺、なんか。

 

 

なんか、まだ死にたくねぇな。

 

 

手足に力が戻る。

戻ると同時に必死にもがいた。

もう酸素なんて残っていなくて、俺は死に物狂いで海面へと向かう。

 

てのひらが水を掴み、足の甲が水の塊を蹴る。

上がっていく身体。

俺は死から逃れるために上へと向かう。

 

 

「ッッッッッッッ!!!!!!」

 

 

顔に空気がぶち当たると同時に、俺は声にならない声をあげながら思い切り息を吸い込んだ。

吸い込んで、肺の中に水が溜まってたもんだから咳き込む。

咳き込むのが終わってから、俺は改めて空気を取り入れた。

 

眩しい太陽と、空の青さが目に焼き付く。

 

安堵からか、身体から力が抜け、仰向けのまま水に浮かぶ。

目だけを動かすと、周りに陸地は無い。ここは海なのだ。

 

捨てられたサーフボードのように、波に身を任せて海を漂う。

このままどっかに流されていくのも悪くないと、なぜだかそう思えてしまうくらい穏やかだった。

 

しばらくそうしていると、頭に何かが当たり、流されるのを阻害される。

岩にでも当たったのかと思ったが、硬くはない。

不思議に思って仰向けを止めてそちらを見てみる。

 

 

 

「           」

 

 

 

男が立っている。

 

自ら拳銃をこめかみに突き付けて、男は笑う。

屈託のない笑顔で、男は笑う。

俺はそれを、ただ見つめていた。

 

男が指に力を入れ、トリガーが引かれる。

回るシリンダーと落ちるハンマー。

 

乾いた音が、海に響いた。

 

溢れる血。

流れていく。

 

青い海に、赤い血が溶け込む。

 

波に乗ってそれは俺にも触れる。

 

男の姿はどこにもない。

 

雨が降る。

 

そらが曇る。

いつの間に夕方になっていたのか、空から差し込む光は赤い。

 

海が赤く染まっていく。

まるで男の死を、海が嘆いているように。

 

俺は漂う。

青い海から赤い海へと、自然の摂理のように流れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おにーちゃーん?」

 

 

目を開けると、何よりも早く小町の顔が飛び込んでくる。

眉をひそめた妹の顔は、相変わらず可愛い。

目の前にそびえる可愛さに、俺は手を伸ばす。

そして頭を撫でる。

もう、と困ったように言う小町だが、満更でもないようにそれを享受していた。

 

しばらく撫でていると、小町が俺の手を振り払う。

ベッドに横になる俺は、ただ小町を眺める。

 

 

「そろそろ起きてよお兄ちゃん、朝ご飯片付けらんないよ」

 

 

時計を見た。

時間はもう朝の十時になろうとしている。

平日の十時なんて、本来ならば学校で勉強をしている時間だ。

 

だが別に、小町と二人でばっくれている訳ではない。

単に、今が夏休みというだけ。

小町の要望だから仕方なく俺は起き上がる。

 

 

「おはよう小町」

 

 

「おはようお兄ちゃん。さ、下行こう?」

 

 

頷くと、小町が手を差し出してくる。

気の利く妹の手を取ると、俺はそれを引きずり込む。

きゃっ、と短い悲鳴が聞こえ、小町と俺はベッドの上でじゃれついた。

 

 

「もー!お兄ちゃんキモイ!」

 

 

言葉とは裏腹に笑顔な小町。

だってこんな可愛い妹と遊ばないなんて俺出来ないもん。

小町の脇をくすぐりながら、

 

 

「そんな事言う悪いガキはこうだな~!」

 

 

と、満面の笑みで言った。

俺の妹との遊びは間違っていない。

千葉の兄妹なら、これが当たり前なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、遅めの朝食をとる。

新聞代わりにスマホのニュースをチェックしながら飯を食うのは行儀が悪いが、親父だって朝飯食いながら新聞読んでテレビのニュース見てんだから良いだろう。

相変わらず社畜の親二人は朝早いらしく、二人が使ったであろう食器はもう小町に洗われ、水分は乾いていた。

まぁクーラー効いてるとはいえ夏だしなぁ。

 

飯を食いながら、対面に座る小町を見る。

なんだか怪しい笑みで、彼女はこちらを見ていた。

目をそらすように俺はスマホを、顔の前に持ってくる。

まるで親父が朝食の時に、都合の悪い話をされて新聞で顔を隠すように。

 

 

「おにーちゃーん」

 

 

だが、そんな防壁は小町には通用しない。

関係なく小町は俺に話を仕掛けてくる。その声色は、どう考えても何かを企んでいるものだ。十五年一緒に過ごせばそれくらい分かる。

 

 

「……なんだ」

 

 

先ほどとは打って変わってふてぶてしく答える。

だが小町の笑顔は崩れない。

 

 

「小町、凄く頑張って勉強して、もう夏休みの宿題終わっちゃいました」

 

 

人を小馬鹿にしたような敬語。

 

 

「おう、お疲れな」

 

 

そんな小町を言葉でねぎらう。

もちろん目は合わせない。ていうか、俺だってもう終わってる。

 

 

「頑張った小町には~、自分へのご褒美があっていいと思うので~す」

 

 

「なんだお前、なんか欲しいのか」

 

 

このパターンは、俺に物をねだっている時のパターン。

まぁ、俺も鬼ではないし、なんか適当なもんなら勝ってやらんことも無い。

小町が勉強頑張っていたことは知ってるしな。

兄として誇らしい。

 

 

「ん~ふふっ」

 

 

だが、小町は含みのある笑いを見せるばかり。

なんだろう、新しいパターンだが、どうせ碌でもない事考えてんだろう。

 

 

「千葉行こっか」

 

 

にっこりと微笑む小町。

なんだ、俺この後顔面にボールでもぶつけられんのか。

 

 

「あんま高いもんは買ってやれねぇぞ。あと三百万くらいしかねぇからな」

 

 

失った分はたまにやる競馬やパチンコで稼ぐ、これが俺のやり口。

いや~、十万スッたと思ったら十二万で返ってくるんだもんなぁ。

二万勝っちまった。

 

 

「小町はお兄ちゃんと出かけられるのなら、どこだっていいのですっ。あ、今の小町的にポイント高~い!」

 

 

「お前そのポイント今どんなもんなんだ」

 

 

時折口にするポイントとやらを冗談交じりに尋ねる。

すると小町はう~んと考え、

 

 

「六万二千四十ポイントだったかな?」

 

 

と、けろりとした顔で言った。

俺はスマホを更に高い位置へと持ってくる。

クーラーの効きすぎだろうか、少し寒い。

 

 

「……出かけんのは構わねぇけどよ、お前着替えろよ。その格好で外行ったら俺目に付いた男どもの指と目ぇ落とさなきゃなんねぇ。あと大志」

 

 

さらっとあの川崎の弟も制裁対象に入れる。

小町の格好は部屋着という事もありかなりラフだ。

下着に肩がでろでろのTシャツ一枚……大きく開いた肩からは、キャミソールの肩ひもが見えている。

妹じゃなかったら、八幡砲がいきり立っていただろう。

 

 

「お兄ちゃんほんと大志君嫌いだよね」

 

 

苦笑いしている小町。

ふと、右手で動かしていた箸がおかずを取ろうとして空ぶる。

見てみれば、皿の上にはもう食べものは乗っていなかった。

 

 

「……ごっそさん」

 

 

ごちそうさん、の短縮形を言って食器を片付ける。

流しに食器を置くと、俺は小町と目を合わせずに言った。

 

 

「まぁ、行くだけ行くんなら別に構わねぇよ」

 

 

なんだかちょっとツンデレっぽく言う。

小町は満面の笑みで感謝を述べた。可愛い。

 

 

「じゃあお兄ちゃんも、動きやすい服に着替えてね!」

 

 

そう言うと、小町はリビングから出ていく。

それを見計らって俺はポケットから煙草を取り出し、換気扇の下で火をつけた。

選択肢間違えたかなぁ、なんて考えながら、携帯灰皿を取り出して一服する。

……タバコ、やめねぇとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺には色々な記憶がある。

記憶には人格があり、それが俺の人格とも混ざり合って比企谷 八幡を形成している。

だが、俺の気が付かないところで、その人格たちは密かに活動している。

脳の使われていない部分なのだろうか、そこを依り代にして、凶暴な男たちはそれぞれ自我を保ちながら生活をしていた。

 

海があり、家があり、ソファーがある。

テレビには、比企谷 八幡が見たものが映っている。

新聞には俺が読んだ記事が、正確に書かれていて、人間の脳の底力を感じさせる。

 

ここは俺の脳が作り出したまやかしの世界。

俺が作ったのに俺が知らないのはおかしいが、そういうものだ。

 

 

そんな中、かつて大友と呼ばれた老人は、家の中でなぜか囚人服を身に着け、ソファーに腰かけテレビを見つめている。

外を見てみれば、同じような年代の男二人が、棒切れをバット代わりにして野球の真似事をしている。

中年なのに砂浜で、裸足で遊ぶ二人はまるでガキのようだ。

 

 

不意に、部屋に誰か入ってくる。

 

ワイシャツとスーツのパンツを履いた、外で遊んでる中年と同じ年頃の男。

 

かつて村川と呼ばれていた男だ。

 

 

大友は村川を睨むように見る。

対して村川は、別のソファーに座って傍らに置かれていたビール缶を掴んだ。

プルタブを引いて開封すると、何も言わずにビールを飲む。

一口飲んでテーブルにそれを置くと、いつの間にか手にしていた本を読む。

 

そんなマイペースな、元村川組組長に、元大友組組長が声をかけた。

 

 

「おい」

 

 

だが、村川は無視する。

黙々と本を読み、たまにビールを飲む。

読んでいる本は俺が読んでいるラノベだ。確かに難しくもなく暇つぶしには丁度いい。

 

 

「村川」

 

 

不機嫌そうに大友が名前を呼ぶと、ようやく村川は顔を上げて大友を見た。

 

 

「お前八幡(あいつ)の夢ん中入ったろ」

 

 

単刀直入に、大友は言った。

無表情で村川は大友を見つめる。

 

 

「だからなんだこの野郎」

 

 

挑発ともとれるような言葉を向ける。

大友はペースを崩さず言った。

 

 

「お前何考えてんだ」

 

 

かつて後輩のマル暴に言ったように。

村川は笑う。

 

 

「へへへ、何も考えてねぇよ馬鹿野郎」

 

 

対照的に、大友は顔を険しくする。

 

 

「お前俺ら厄介者なんだからよ。あんま迷惑かけんなよ」

 

 

「別にかけてねぇよ。偉そうに言いやがってこの野郎」

 

 

そう言うと、村川は本を机に投げ置いて部屋から立ち去ろうとする。

大友はそんな男の背中をじっと睨む。

ふと、出ていく間際に村川は振り返った。

 

 

「囚人服似合ってないよ」

 

 

「へへ、うるせぇんだよこの野郎」

 

 

「へへへへ」

 

 

けらけらと笑う村川は、外へと出ていく。

そして少年のように遊ぶ二人に混ざる。

大友は疲れたように背もたれに寄りかかった。

 

ぼーっと、しばらくテレビを見つめる。

俺の愛らしい小町と、電車に乗るところだった。

何が楽しくて他人の目なんて覗いているのか分からないが、大友は見守るようにいつもテレビを見ている。

 

 

そんな時だった。

なんだか異様にけむい。

窓から室内に、煙が大量に入って来ているのだ。

 

不審に思い、立ち上がって窓から外を覗く。

ごそごそっという音がして、窓のすぐ真下を見てみれば、村川と我妻、そして上原が火を起こして煙を炊いていた。

その煙を、村川は団扇で仰ぎ、室内に煙を入れる。

 

 

「てめぇら何やってんだこの野郎!」

 

 

大友が怒鳴ると、驚いたように彼らは見上げた。

やべ、逃げろ、と誰かが言うと、三人は砂浜へと走っていく。

 

 

「てめぇらこの野郎ッ!!!!!!」

 

 

大友は叫ぶと、窓枠を乗り越えて三人の馬鹿を追う。

追われている三人は、まるで教師から逃げるように笑いながら走り回っていた。

 

 

そんな時、西が部屋へと入ってくる。

後ろには山本が居て、職業はまるっきり違うがなぜか仲が悪くない二人はソファーに座ってビールを開けた。

 

 

「……なんか煙くねぇか?」

 

 

ふと、山本が言う。

西も頷き、きょろきょろと辺りを見回す。

 

 

その数分後、火事になった家から西と山本は激怒して飛び出し、大友の列に加わった。

 

 






後半は蛇足みたいなものです。
喋りもあんまりだし、飛ばしたい方は飛ばしてください。


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千葉へ

 

 

 

 「比企谷ァ、なんでメール見なかった。あ?」

 

 

小町に連れられ駅へとやって来ると、平塚がいた。

居たというより、待ち構えていた。

路肩に止まったワゴン車に寄りかかりながら煙草を吸っている女教師。

コイツの方がよっぽどヤクザじゃねぇか。

 

いつものスーツに白衣ではなく、Tシャツにホットパンツというラフな格好だ。

無駄に良いスタイルがさらに引き立っている。

俺は目をそらしつつ、スマホのメールを確認する。

数十件にも及ぶ、平塚からのメールが溜まっていた。

 

時間を追うごとに内容が物騒でストーカー染みたものとなっていく。

おっかねぇなこの姉ちゃん。

……おいちょっと待て。メールの中に千葉村がどうのとか書いてある。

加えて奉仕部のことも……今の俺たちの荷物、よく考えたらどっかに一泊ぐらいは出来るもんじゃねぇか。

 

 

「……小町ぃ、お前嵌めたな」

 

 

てへぺろっとする妹をちょっと睨む。

クソ、千葉に行くってそういうことかよ。千葉村なんて千葉にねぇじゃねぇか。

まんまと話に乗っちまったわけか俺は。

 

だがこのままこいつらの好き勝手にさせるわけにはいかない。

こっちにだってそれなりにプライドがあるし、折角の夏休みをド田舎で過ごすなんて以ての外だ。

 

 

「小町、帰るぞ」

 

 

準備万端の小町にそう言って平塚に背中を向ける。

 

 

「あ、ちょっとお兄ちゃん!」

 

 

天邪鬼な兄を引き留めようとする小町だったが、

 

 

「はちま~ん!」

 

 

振り返った先に、天使がいた。

戸塚 彩加が、手を振りながらこちらへ走って来たのだ。

そんな彩加に、俺も手を振って歩み寄る。

 

友達のようにハイタッチを交わすと、俺は彩加の頭を撫でた。

 

 

「おう彩加!どっか行くのか!」

 

 

「うん!八幡も行くんでしょ?千葉村」

 

 

「行くよ馬鹿野郎!ほら、荷物持つよ」

 

 

手の平を返すように俺はまた平塚の方へと向き直る。

彩加が手にしていたビニール袋を持ってやる……買い出しに行ってたのか。

呆れたような顔をする小町と平塚をよそに、俺は車のスライドを開ける。

 

ガラッと開き、中にはお団子頭と黒髪ロングが乗っていた。

 

 

「あ!ヒッキー遅いし!」

 

 

聞き慣れた女の声が響く。

 

 

「あ、結衣さんやっはろ~!」

 

 

後ろの小町がお団子に挨拶する。

 

 

「やっはろ~!」

 

 

お団子、由比ヶ浜がいつものようなバカっぽい挨拶を返す……

奉仕部云々書いてあったから何となく予想はしていたが、まさかもう乗ってるとは思わなかった。

俺は無言かつしかめっ面でその光景を眺める。

 

 

「雪乃さんもやっはろ~!」

 

 

「やっハ……こんにちは、小町さん」

 

 

一瞬小町と由比ヶ浜につられかけた雪ノ下。

そんなちょっと恥ずかしそうな雪ノ下を見ていると、咳払いした後に俺を睨んでくる。

俺はさも自然に目をそらし、隣りの戸塚に目配せする。

 

 

「乗ろっか」

 

 

それだけ言うと、俺は荷物を手に後部座席へと乗り込んだ。

乗り込んだところで、材木座が当然のようにいた事に驚きを隠せなかったため、一発頭を叩いてしまった事は説明しなくていいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なんでこんな乗ってんだよ馬鹿野郎」

 

 

道中、車内。

いくらワゴンとは言え、七人も乗っていると狭くて暑くて仕方がない。

アロハシャツと短パンでも暑いものは暑いので、俺は不満を口にしていた。

 

運転席にはもちろん平塚、助手席にはなぜか小町、後部座席の前のシートには材木座、そして荷物を挟んで戸塚が。

後ろのシートには俺、由比ヶ浜、雪ノ下の奉仕部コンビが座っていた。

なんだって俺が彩加と小町の隣りじゃねぇんだよと愚痴を漏らしたら、由比ヶ浜が何かよく分からない事を言って叩いてきたのでそれには言及しないことにした。

 

 

「しょうがないでしょ千葉村行くんだから」

 

 

目の前に座る、暑さの原因の一つである材木座が反論する。

 

 

「うるせんだよこの野郎っ」

 

 

パシン、と身を乗り出して頭を引っ叩く。

しかし叩いても暑さは変わらない。

 

 

「暑くてしょうがないよ~」

 

 

俺以外誰も何も言わない。

暑さで喋る気力が無いんだろう。

とりあえず気に食わないので材木座の頭を叩く。

 

クーラーがついているはずなのになんだってこんな暑いんだろうか。

人口密度高過ぎんだよこの車よ~、と不平不満を口にする。

 

 

「うるさいわ、あなたが喋る度にこっちもイライラしてくるから黙ってちょうだい」

 

 

と、度が過ぎたのか雪ノ下が俺に注意してきた。

それを聞いてか材木座がニヤつきだす。

 

 

「何笑ってんだこの野郎」

 

 

また頭を叩く。

この野郎普段は兄貴兄貴言ってこういう時だけ馬鹿にしやがって。

 

 

「あ~、誰か降りねぇかなぁ~。そうしたら俺が彩加の隣になんのになぁ~」

 

 

「それ遠回しに俺に言ってるんですか?」

 

 

「うるせんだよぉ」

 

 

頭を叩く。

そしてまた叩く。

時折平塚がミラー越しにこっちを睨んでくるが気にしない。

だって今は手出せないもんあいつ。

 

 

「なんだよ何処走ってんだよこんなとこよ~、何もねぇじゃねぇかよ~。この野郎っ」

 

 

パシン。

材木座の頭は叩きやすいが油が凄い。

あとで由比ヶ浜にハンカチを借りよう。

 

 



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ファーストステップ

 

 

 

 千葉村に到着した。

千葉村と言っても所在地は群馬なのだから、小町の千葉に行こうという提案は間違っていると主張したい。

まぁ何はともあれ、無事に到着した奉仕部+α。

材木座と車から荷物を降ろし、適当な場所へ置く。

そういや中学ん時の自然教室もここだったなぁ。あん時はひたすら木の陰で休んでた気がする。いや、途中で飽きて川で遊んでたか。

 

男に重労働を任せた女どもは、現代ではあまり触れられない自然を満喫している。

由比ヶ浜なんかは空気が美味しいとか言ってる。

味が分かるほど長く生きてんのかあいつは。

 

 

「お疲れ八幡!」

 

 

笑顔の彩加がタオルを渡してくる。

うーん、彩加の額に滲む汗がなんともエロイ。

 

 

「おう、ありがとな」

 

 

受け取って汗を拭く……あれ、拭く前からちょっとだけ濡れていたような気がしたが気のせいだろうか。

ちらっと彩加を見ると、いつも通りニコニコ笑っているだけだ。

 

 

「叔父貴、俺にもタオル下さいよ」

 

 

「えっ……あぁごめん、ないや」

 

 

まるでクラス替えの後に内気な男子が勇気を振り絞って女子に話しかけてみたけどもなんか引かれているというような構図になっている。

哀れだなぁ、なんて同情してしまう。

材木座もあぁ、そうっすか……と俯いていじけている。

外観はヤクザぶってるが根はただのオタクだからなぁこいつ。

 

仕方なく、俺は材木座にタオルを渡した。

 

 

「ほら、使えよ」

 

 

「え、でもこれびっしょり……」

 

 

「いいから使え馬鹿野郎、兄弟分なんだから」

 

 

便利な兄弟分という言葉を用いて材木座に善意を押し付ける。

大丈夫だよまだ半分は濡れてないから。

材木座は一応の礼をしてから、タオルを受け取って濡れていない部分で額を拭いた。

 

こいつ汗っかきだなぁ、なんて思っていると、彩加が言う。

 

 

「八幡優しいね!」

 

 

「うん?そうだよ、俺優しいよ」

 

 

自惚れたように俺は言った。

可愛いなぁ、可愛さで暑さも吹き飛んじゃうよ。

と、ここで由比ヶ浜から声が掛かる。

そっちを三人で見てみると、俺たちが乗ってきた車とはまた違う、白塗りのワンボックスがやって来た。

俺たち以外に誰か来るのだろうか。

 

そう考えていると、なんと車か降りてきたのは大岡と大和以外の葉山組連中。

俺と材木座の表情が一気に苦痛に歪んだ。あいつらが居ると碌な事が起きない。

 

葉山は由比ヶ浜と挨拶を交わすと、俺を見ていつものさわやかスマイルを送った。

散々殴られたくせによくもまぁあんな顔出来るなあいつは。

……雪ノ下の表情が一瞬曇ったのは、見間違いではないだろう。

 

 

「やぁ、ヒキタニ君」

 

 

そして相変わらず名前を間違えられる。

 

 

「お前毎回わざとやってんのかこの野郎」

 

 

「えっ」

 

 

葉山に詰め寄る。

身長差は少しあるが、それを感じさせないように思い切り睨んだ。

葉山は苦笑いして俺から目をそらす……ふと真横から熱気が伝わって来たから見てみれば、材木座が戸部と睨みあっていた。

ヘタレなのかそうじゃないのか分からない奴だなぁ。便乗って奴だろうか。

 

 

「ハチハヤもなかなか……」

 

 

「ひ、姫菜……」

 

 

相変わらず海老名さんはブレない。

それを心配する三浦も三浦だろう。

 

 

「仲が良いじゃないかお前ら」

 

 

そこへやって来るのは平塚。

笑ってはいるがサングラスの奥に潜む眼光は俺たちを突き刺すようだ。

この人本当に堅気なのだろうか。

 

俺は一旦葉山から離れる。

 

 

「えぇ。見ての通りですよ」

 

 

皮肉を込めてそう言ってやると、平塚はため息をひとつ。

 

 

「揃った途端に戦争しようとするか普通……いいか、君たちにはここでしばらくボランティア活動を行ってもらうぞ」

 

 

ボランティア。つまり誰かの手助けをするという事か。

俺なんかいつも人の事苦しめてばっかりだから柄に合わないだろうに。

いつものように不機嫌そうな顔をする。

クソ、家から引きずり出された挙句ボランティアなんてやってられっか。

 

 

「林間学校サポートスタッフとして働いてもらうぞ。奉仕部の活動も兼ねてるから、帰りたいなんて思うなよ比企谷」

 

 

ギロリと俺を睨む平塚。

この野郎俺に釘刺しやがったな。帰りたくても帰れない。

 

観念したように俺が頷くと、平塚は凛々しい笑みを見せる……いつもこういう顔してりゃきっと結婚できるのになぁ、なんて思いながら俺は葉山を一瞥した。

この野郎、何笑ってやがんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 暑い中、小学生が芝生に体育座りさせられている。

日陰も何もない中で長ったらしい小学校の教員の話を聞くなんてとてもじゃないがやってられないだろうに。

他人事みたいに言っているが、立っているだけで俺たち総武高連中も同じだ。

どうでもいい話を聞き流しながら早く炭酸でも飲みたいなんて思っている。

きっとここにいる高校生全員がそうに違いない。

 

いつものようにイライラしていると、急に教員がサポートスタッフの紹介に移る。

サポートスタッフ、つまり俺たちの事だ。

小学生たちのよろしくお願いします、という元気いっぱいというかヤケクソというか、そんな声が響き、なぜか高校生代表の葉山が教員からメガホンを渡され喋り出す。

 

 

「何かあったら、いつでも僕たちに言ってください。この林間学校で素敵な思い出をたくさん作っていってくださいね。よろしくお願いします」

 

 

これにいちゃもんつけるのは材木座。

 

 

「なぁにが素敵な思い出だ馬鹿野郎。どうせああいうリア充の事だから輪姦学校になっちまうんだろ」

 

 

「そんな事考えてんのお前だけだよ馬鹿野郎」

 

 

ブツブツ小声でとんでもない事言う材木座を蹴る。

今注目は葉山に向かっているので、俺たちの愚行が見られることは、多分無い。

エロゲーやりすぎじゃねぇのかこいつ。

 

 

「あの……平塚先生、なぜ葉山君達が?」

 

 

雪ノ下も葉山という存在に異を唱えているようで、平塚にそのことを尋ねる。

 

 

「人手が足りないから、内申点を餌に募集をかけていたんだよ」

 

 

それ俺たちも貰えるのだろうか。

意外と内申点は悪くない俺だが、いつ何時トラブルに巻き込まれるとも限らない。

最近はやたら面倒事が多いし……

 

 

「これを機会に、君たちも彼らとうまくやる方法を身に着けたまえ」

 

 

うまくやる方法。

つまり、仲良くしなくてもいいから表面上だけでも付き合いを良くしろと言う事だろうか。

仲の悪い兄弟分とつるむみてぇだな。もっとも、そう言うのは大体どっちかがどっちかに殺されるのだが。高橋しかり。

 

 

「うまくねぇ、それができたら苦労しないですよ」

 

 

「案外君なら出来そうだけどな。敵対でも無視でもなく、さらっとやり過ごす腕を身に着けたまえ。それが社会に出るという事さ」

 

 

「あんたは結婚する術身につけろよ」

 

 

「後で覚えとけよ」

 

 

ここでは手が出せないのを良い事に言いたい放題言う。

面白いなぁこの人、飽きねぇし。十年早かったらお嫁さん候補だったかもな。

今現在、そんなリストに誰一人いねぇけど。

 

 



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小さな影

 

 

 

そうして始まるオリエンテーリング。

俺たちの最初の仕事はガキ共のサポートで、渡された地図を頼りにこいつらを導いていく。

オリエンテーリングのルール自体は簡単で、森の中にあるチェックポイントを探して置いてあるスタンプをカードに押すだけだ。

ガキ用の地図も用意されているし、一時間もあれば終わるようなもんだろう。

むかーしのSIRENのゲームに比べれば、こんなもん屁でもない。

懐かしいなぁ、中学ん時一人でチェックポイント全部回ったっけ。

俺が一番乗りだったけど、最後まで日陰に隠れて休んでたから気付かれなかった。

 

小学生の後ろから、俺たちも森に出来た簡易的な道を進んでいく。

森の中だから陽に当たって干乾びる心配はないが、蚊がやや鬱陶しい。

 

 

「っべーわ、小学生とかマジ子供でしょ!小学生からしたら高校生マジおっさん!」

 

 

相変わらずテンションの高い戸部が騒ぎ立てる。

どうやら年下と遊ぶことが好きな戸部は、こういう場でも積極的に介入しているようだ。

女の子からはウザがられているが。

 

 

「ちょ、あーしらがババァみたいな言い方やめてくれる?」

 

 

三浦が反論する。

確かに、俺らまだ十代なのにジジイとかババアは嫌だな。

俺なんてよく老けてるって言われるし。

 

 

「でも、僕たちが小学生の時って、高校生がすっごく大人に見えたよね!」

 

 

葉山たちの話を聞いていた彩加が目をキラキラさせて言った。

すごくではなく、すっごくと言う所が八幡的にポイント高い。

 

 

「小町から見ても、高校生はすっごく大人~って感じがしますよ。そこの老いぼれ高校生を除いて」

 

 

露骨に小町が俺をジト目で見る。

 

 

「うるせんだよ、老け顔の方が後々渋くてカッコイイおっさんになるんだぞ」

 

 

「おっさんになってからなんだ……」

 

 

俺の反論に由比ヶ浜が苦笑いする。

俺だって好きで老け顔な訳じゃねぇっての。

まぁ年齢確認されないのは便利だけど……

 

 

「俺もよく三十代って言われちゃって……仲間っすね兄貴」

 

 

「変な事言うなよ馬鹿野郎、気持ち悪ぃなぁ」

 

 

ここぞとばかり突っ込んでくる材木座。

お前俺が絡むとやたら饒舌になるよな、普段クラスじゃこじんまりしてラノベ読んでるくせに。

 

と、そんな時。

俺らのグループの最後尾にいた雪ノ下が足を止めた。

振り返ると、雪ノ下は小学生たちのあるグループを注視している。

 

 

「ねぇ、あの子たち何をしているのかしら?」

 

 

そっちを見ると、女の子たちが足を止めて何かに怯えている。

なんだ、変質者でも出たか。こんな森の中で出るとは、世も末だなぁ。

なんて考えていると、我先にと葉山が小学生たちの下へと駆けつける。

 

その際に、雪ノ下を見て、俺見てくるよ、なんて言う辺り、よっぽど愛しの雪乃ちゃんにアピールしたいのだろうか。

そのアピールをされた当人は、目をそらして眉を細めている。

 

葉山が小学生たちの先にある茂みで何かをする。

どうやら蛇がいるらしい。

 

 

「葉山噛まれろ!噛まれろ!」

 

 

つい本心が出てしまうが、葉山には聞こえていないようだった。

三浦には睨まれたが。

しばらくして、葉山が手を払い振り返る。

 

 

「大丈夫、ただのアオダイショウだよ」

 

 

どうやら毒も持っていないおとなしいアオダイショウだったようだ。

俺が舌打ちするのと同時に、雪ノ下からも同じような音が聞こえた。

こいつそんなに葉山の事嫌いなのか。

 

すっかり小学生女児のヒーローになった葉山は、先ほどのグループにもてはやされる。

すごいだの、危ないだの。

なんだあの野郎、ロリコンじゃねぇのか。

 

 

「なんだあの野郎、ロリコンじゃねぇのか」

 

 

「お前俺の心の声読んでどうすんだ馬鹿野郎」

 

 

まるで俺が材木座レベルみたいじゃねぇか。

そもそもロリコンなのはお前もだろ馬鹿野郎。

 

 

だがふと、気になるものが目に入った。

それは、葉山を囲んでいるグループの女子の中に、のけ者が居るという事だ。

黒髪ロングのその少女は、まるで雪ノ下を小さくしたような印象を受ける。

 

その子は他の女子とは違い、葉山を囲むことなく一人あらぬ方向を向いてつまらなそうにしている。

 

 

「……変わんねぇなぁ」

 

 

ふと、一人呟く。

直後に、雪ノ下もため息をついた。

どうやら、同じものの匂いを感じ取ったらしい。

 

ボッチ。

やっぱり、どこにでもいるんだなああいうのは。

どうやら、材木座も何か思う節があるようだ。

 

 

「兄貴、どうします?」

 

 

「どうもしねぇよ。ほら、行くぞ」

 

 

オリエンテーリングは続く。

新たな種火を残したまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しして、オリエンテーリングも中盤に差し掛かった。

相変わらず葉山は人気者で、上手い事小学生たちとコミュニケーションを図っている。

俺らは俺らで、時折小言を呟く材木座をスルーして何事もないようにガキ共を見張っていた。

 

見張っていたのだが。

どうにも、さっきの女の子が気になる。

デジカメを手にして俯きながら森を進むその姿は、楽しくオリエンテーリングをしているようには見えない。時折グループのガキ共が、やや後ろに位置するあの女の子を嘲笑っているように振り返るのも気になる。

心配というよりも、放っておけないと言う方が正しいだろう。

 

一人グループから離れる女の子。

どうやら葉山もそんな彼女が目に付いたらしい。

 

 

「チェックポイント、見つかった?」

 

 

その問いかけに、少女は首を横に振った。

そんな彼女に、葉山は更に声をかける。

 

 

「そっか、じゃあみんなで探そう。名前は……」

 

 

さらっと肩を触ろうとする葉山。

 

 

「いえ、いいです。放っておいてください」

 

 

「えっ……」

 

 

そう言うと、少女は手をかわして葉山の下から去っていく。

きっとこんなこと想定してなかったんであろう葉山は苦笑い。そして他の女の子に話しかけられると、そのままその子らのサポートに回った。

 

それを見て、俺は落胆したように言う。

 

 

「駄目だありゃ」

 

 

「あなたには一生掛かっても出来なさそうだけれど」

 

 

「うるせんだよ馬鹿野郎」

 

 

半笑いで雪ノ下に言う。

だが、雪ノ下も俺の意見には賛成らしい。

 

 

「けれど、あのやり方は良くなかったわね」

 

 

「まぁ、そのみんなってヤツが問題だしなぁ」

 

 

葉山が言うみんな。

それがあの少女の悩みの種という事に、なぜ気付かない。

奴ほど頭の良い男ならばそれぐらい気付いてもおかしくないだろう。

少なくとも、チェーンメールの一件では最初からすべて気付いていたのだから。

 

 

「どこも変わんねぇなぁ」

 

 

「小学生も高校生も、等しく同じ人間だもの」

 

 

結論付けるように雪ノ下は言った。

俺は黙ってそんな雪ノ下を見る。

自分と重ねているのだろうか。

 

しばらく黙って、俺は歩き出す。

 

 

「どこへ行くの?」

 

 

「ちょっと」

 

 

濁すように答え、少女が去った方へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 

少女が一人、誰もいない森の中でしゃがみ込む。

人の声は聞こえない。聞こえてくるのは風のざわめきと虫の声。

昔学校で習った歌に、あぁ~面白い虫の声なんてのがあったが、とんでもない。

実際にはうるさくてかなわないし、夜中に蝉が鳴いてたら部屋にあるエアガンでぶっ殺しに行こうかとも思ってしまうほどだ。

 

少女はデジカメを触る。

シャッターボタンを弄り、そしてまた離す。

 

母親から渡されたデジカメ。

友達と撮ってきなさいと渡されたそれは、今現在まで一度も役目を果たしていない。

 

 

「……無理だよ」

 

 

ぼそりと呟く。

誰に聞かれている訳でもなしに、呟いた。

まるで寂しさを紛らわすかのように。

 

最初はなんとか頑張ろうとした。

ハブられているにもかかわらず、果敢にもあのグループに参加した。

母親を悲しませたくなかったから、撮ろうとした。

 

でも、みんな彼女を笑う。

 

 

「……疲れちゃった」

 

 

体育座りで俯く。

こんな思いをしてまでやり遂げるほど、この行為は素晴らしいものではないという事は、もう気が付いている。

 

ずっとそんな事を考える。

マイナスは足せば足すほどマイナスへと傾く。

一人でどうにかなるものではない。

 

ふと、彼女に射していた陽が防がれる。

少しだけ顔を上げる。

 

そこには短パンを履いた男の足があった。

もっと見上げる。

 

 

「こんなとこで何やってんだ」

 

 

老け顔の、それでいてなぜか若そうな男がそこにいた。

 

 

 



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鶴見留美の夏

 

 

 

 

 薄暗い森の中を歩く。

後ろには先ほどの黒髪ロングの少女。

少女は相変わらず下を俯いて、デジカメを大事そうに握っていた。

時折後ろを振り返り、大丈夫か、なんて尋ねるが少女は頷くだけだ。

 

気まずい。

 

自分から少女に手を差し伸べておきながら、何も気の利いたことなんて言えない。

普段ならば相手が同い年だからどうにかなる。

でも、今の相手は小学生だ。しかもそれなりに心に問題を抱えていると来た。

こういう時期の子供は些細な事で傷ついたりするくらい繊細だ。

本来ならば俺が手を出して良いものではないのだろう。

 

それでもこの少女が見捨てられなかった理由は、自身と重なったからだろう。

俺も同じような幼少期を過ごした。

一人で寂しい、ぼっちだった。

 

別にボッチであることをとやかく言うつもりは無いが、誇るつもりも今は無い。

中学の時は色々あれだったから、ぼっちは誇らしいなんて思っていたが……

ただ、世渡りが下手なだけだ。

今ではそれに拍車をかけるように色々な記憶と人格がしっかりと覚醒しているから、褒められたものではない。小町はよくやってるなぁ。

 

 

「……それ、大事なの?」

 

 

ふと、気まずさに耐え切れなくなって話しかける。

少女は手にしたデジカメを指差した。俺も頷く。

 

 

「……お母さんが、友達とって」

 

 

「……そうか」

 

 

しまった、地雷だ。

寄りにもよってそこに触れてしまった。

また沈黙が続く。

 

 

数分歩いて、俺は左右を見回す。

うーん、ここさっきも来たなぁ、なんて考えて地図を取り出す。

分かんねぇ。迷ったなぁ。

 

 

「……ここ、さっきも来なかった?」

 

 

ふと、後ろの少女も気が付いたように言った。

俺は振り返って、気まずそうに周りを見回す。

 

 

「うーん悪い。迷った」

 

 

「は?」

 

 

威圧する様に少女は言った。

この子、大人しそうに見えて結構威圧感凄いな。

やっぱり雪ノ下を小さくしたみたいだ。

 

 

「とりあえず、こっち行こう。な?」

 

 

「……はぁ」

 

 

ため息がもろに聞こえてくる。

そんなのこっちだってしたいよ馬鹿野郎。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どこだここ?」

 

 

しかめっ面をして辺りを見回し、地図も見る。

気が付いたら川に出ていた。

地図を見てみるが、川が何個もあって役に立たない。

せめてどこの川なのか分かればなぁ。

 

なんて思っていると、少女が空を指差す。

少女の傍に寄ってしゃがみ、目線を合わせて指差す先を見る。

そこには輝く太陽が。眩しくて思わず目を閉じた。

 

 

「眩しいなお前馬鹿野郎、太陽が何なんだよ」

 

 

口調はすっかり元通りになっていた。

ただでさえ暑いし迷ってストレスが溜まっているのに、口調まで変えるなんて器用な真似できない。

 

 

「今、十一時半だから太陽の位置はほとんど南」

 

 

ほー、なんて感心したように頷く。

そういや昔学校でやったな。小学校の時だったかは忘れた。

 

 

「お前賢いなぁ」

 

 

「あんたが馬鹿なだけ、おじさん」

 

 

突き刺すような言葉に固まる。

こいつこのままじゃ雪ノ下みたいな氷属性になりかねない。

あと、俺は高校生だ。

 

 

「おじさんじゃねぇよお前、俺高校生だよ」

 

 

「どうでもいい。ほら、地図みせて」

 

 

見せて、と言った割には俺から地図を奪っていく少女。

今気づいたけど俺には敬語使わないんだなぁ、無礼な奴だよこいつ。

 

少しばかり少女は地図とにらめっこ。

そして後ろを指差した。

 

 

「あっち」

 

 

そう言って少女は歩き出す。俺の地図を持って。

大人の立場を失った俺は渋々黙って少女について行く。

なんだかなぁ。

 

 



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歩く鶴見留美

 

 

 川沿いに、少女の言う方角をひたすら歩く。

ひたすら歩くうちに、少女が地図とにらめっこし出して辺りをきょろきょろし出した。

それに既視感を覚える……数分前の俺と同じような行動だった。

次第に歩幅は小さくなり、とうとう止まって地図を睨む少女。

 

地図は取られてやることが無いのでスマホを取り出す。

画面を見るなり思わずため息をついた。

圏外。まぁ、こんなド田舎じゃ通じるもんも通じないか。

俺たちが救援を呼べない理由の一つがこれだ。

 

退屈しのぎに石を拾い、川へと投げ込む。

一回だけバウンドすると、石は水の中へと消えた。

……つまんねぇなこれ。

 

 

「……止まっちゃってよ、どうしたんだよ」

 

 

少女に言葉をかける。

すると少女はふぅ、っと疲れたようなため息を吐いて言った。

その様は、まるで雪ノ下が本を閉じてから俺を罵倒するときのように凛々しい。

罵倒されるのに凛々しいって自分でも何言ってんのか分かんねぇな。

 

 

「迷った」

 

 

きっぱりと、まるで雪ノ下が何かを結論付ける時のように、彼女は躊躇いなく言った。

 

 

「お前この野郎、あんな自信満々に言っといて迷うのかよ」

 

 

「しょうがないじゃん。私方向音痴だし」

 

 

「何がしょうがねぇんだよお前、お前からこっちって言ってきたんだろ!大人馬鹿にすんじゃねぇぞ!」

 

 

思わず怒鳴る。

怒鳴るつもりなど本当は無かったのだが、夏の暑さと虫の煩さ、そして迷った事に対するイライラが、判断を狂わせていた。

だから怒鳴ってから、自分のしてしまった事を後悔した。

 

少女がこっちに目を見開いて停止する。

言い過ぎたと感じた俺は、それから目を背けたり、逆にちらちら見たりもした。

でも俺の悪い癖で、どこか俺は悪くないというような大人げない顔をして……

三回ほどチラチラして、少女の綺麗で無垢な瞳に涙が溜まっているのが見えた。

 

 

「あーもう泣くなよ!俺が悪かったからよ、な?とりあえずこっち行こう?」

 

 

小町にするように少女の頭を撫で、謝る。

俺の提案に少女は頷いたため、頭を撫でながら背中を軽く押し、歩くように促した。

あたふたする俺と今にも泣きそうな俺。

まるで小学校の時を思い出す。小町ともこんなやり取りしたっけなぁ。

 

少年の日の思い出を噛み締めながら、俺は道を探した。

 

 

 

 

 また川に沿って歩く。

 

 

「おじさん、喉乾いた」

 

 

おじさんと呼ばれる事には遺憾の意を示したいが、さっき怒鳴ってしまった手前そんな事言えるはずない。

甘んじておじさんの称号を受け入れ、俺は少女の提案を聞くことにした。

 

 

「つっても俺飲みもんなんて持ってねぇしなぁ」

 

 

パンパン、とポケットを叩く。

今の装備は携帯電話とタバコ、ライターそして携帯灰皿のみ。

さも当然のようにタバコを持ってきてしまった事にちょっとした恐ろしさを感じる。

少女も持ち物はデジカメだけのようだ。

 

俺は隣を流れる小川を指差す。

 

 

「川の水でも飲むか。冷えてておいしいよきっと」

 

 

言いつつ、俺はしゃがんで手を川の水につけた。

ひんやりしていて気持ちが良い。

水着だったらこのまま泳ぎたいものだ。

 

少女は何も言わず、俺の隣にしゃがみ込むと同じように水へ手を浸した。

思っていた以上に冷たかったのか、一瞬ビクッと体を震えさせた少女。

しかし次第に冷たさにも慣れ、二人でぼーっとそのまま固まる。

 

しばらくしてから、俺は隣で涼んでいる少女に言った。

 

 

「まず俺から飲んでみっから」

 

 

そう言って俺は川の水を掌にためる。

そして一気に口の中へと水を放り込む。

キンッキンに冷えた水が、口を刺激する……夏場にスポーツをした後に飲む炭酸飲料より美味い。

変な味もしないし、多分飲んでも問題ないだろう。

 

ごくごくと口に溜った水を飲み終えると、川を指差して、

 

 

「ほら、大丈夫だから飲めよ」

 

 

と促した。

少女は喉を鳴らして、同じように両方の手のひらで水をすくう。

ぴったりと揃えられた手のひらが、少女の口元に引き寄せられる。

少女が目を閉じて口をすぼめると、その水をこくこくと飲み始めた。

 

どうやらよっぽど美味かったようで、飲み干した途端に四つん這いになって頭を川に近づける。

そして邪魔な髪を耳にかけながら、その潤った唇を水面につけた。

艶っぽい表情をしながら貪るように少女は水を飲む。

 

その様子を、俺はじっと見つめる。

なんだかエロイと思ってしまう自分がいた。

 

よく見れば少女は年齢の割に良い身体つきをしている。

今まで気が付かなかったが、四つん這いになったことで尻がやたらと強調されているし、重力に引っ張られる胸に目が吸い寄せられる。

きっと雪ノ下よりはあると思う。姉ちゃん大きいのに可哀想だなぁあいつも。

 

顔立ちもかなり整っており、三次元女子に厳しい材木座ですらこの子には満点を与えるに違いないだろう。

 

 

そんな子が、四つん這いで必死に水を飲む。

はしたない動作にも、なぜか上品さを感じた。

 

 

「……」

 

 

俺は目をそらした。

何考えてんだろうなぁ俺。

ちょっとした自己嫌悪に苛まれ、暑さのせいだと決めつける。

暑いのなら水を飲めばいいと、同じように四つん這いでごくごくと水を飲んだ。

 

 

 



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鶴見留美の受難

 

 

 

 

 

 

 

 「ほら、背中さすってやるから」

 

 

 四つん這いになり何度もえづく少女の背中をさする。

少女は頷いたり返事をする余裕すらもなく、ただひたすら地面に向かっておえっとえづいていた。

悪い事したなぁ、なんて柄にもない事を考えながら、さすっている左手に少女の体温を感じていた。

 

飲み過ぎた酔っ払いが街灯に吐くように、彼女もまた吐いているのだ。

原因は……どうやら川の水らしい。

あんなに美味かったのに、どうやらあんまり質の良い水じゃなかったようだ。

一方俺はピンピンしている。きっと、免疫とかの耐性が高いんだろう。

 

昼間っから何してんだかなぁ俺ら。

遭難して水飲んで、挙句の果てに吐いちゃって。

こんな事なら家に引きこもってるんだった。

元はと言えば葉山がこの子に余計な事するから悪いんだ。

いっつもあいつが絡むと碌な事にならない。

 

 

「……ありがとうおじさん、もう大丈夫」

 

 

ふと、すべて出し終えた少女が口を拭って言った。

 

 

「楽んなったか?」

 

 

「少し」

 

 

少女は肯定するが、その顔色は優れない。

さするのをやめると、俺はハンカチを出してそれを差し出す。

 

 

「ほら、口拭け」

 

 

少女は差し出したハンカチを受け取るが、なかなか口を拭こうとしない。

なんだか躊躇っているようだ。遠慮しているのだろうか。

 

 

「別になんも着いちゃいねぇよ。ほら拭けって」

 

 

再度そう促す。

すると少女は少しだけ申し訳なさそうに会釈をしてからハンカチで口を拭いた。

これからどうするかなぁ、なんて考えていると少女が言う。

 

 

「これ、洗って返すね」

 

 

そう言う少女に俺は首を横に振った。

 

 

「良いよ別に」

 

 

「ううん、ちゃんと返したい」

 

 

俺以上に首を横に振る少女。

改めて、しっかりしていると思う。俺だったら誰かに投げつけかねない。

最近の子どもは、とよく年寄りが言うのを耳にするが、この子を見ているとそんな事はないと否定したくなる。

いや、この子が特に良い子なだけだろうか。

 

そうか、と俺は頷くと、少女に背中を向けてしゃがんだ。

しばらく何もアクションが起きないので、ふと振り返ってみるときょとんとした少女が俺の背中を眺めていた。

 

 

「ほら、乗れよ」

 

 

「えっ」

 

 

「いいから、ほら」

 

 

先ほどのように何度も促すと、少女は折れて俺の背中に抱きつく。

一瞬、何か小さくて柔らかい物が俺の背中に当たった。

何かよく分からなくて一瞬考えてしまい、後悔する。

……小さいのに持ってるもんは大きいんだなぁ、なんて材木座みたいな事を考えてしまった自分にまた辟易した。

 

そんな事を考えるもんだから、手で支えている太ももにも意識が行く。

こんなに細いのに、まるで手がシルクに沈み込むような感触がする。

よく小町にじゃれついたりしているが、妹だからこんなに意識したことは無かった。

やっぱり、他人だとこんな子供でも意識しちゃうもんなんだろうか。

 

首元に、少女の甘い吐息が当たる。

吐いた後なのに甘いってのはおかしいかもしれないが、とにかくその生温かい空気が何かをくすぐっているのは確かだった。

 

駄目だなぁ~、俺なんだってこんな変態な事考えてんだろうなぁ。

 

 

「おじさん」

 

 

ふと、少女が耳元で囁く。

うん?と尋ねてみれば、少女は、

 

 

「ありがとう」

 

 

とだけ言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 降りしきる雨の中、俺と少女は大きな木の下で身体を震わせる。

少女をおんぶして数分で急に雨が降ってきた。

これでは道を探すどころではないので、一旦雨宿りも兼ねてたまたま見つけた大きな広葉樹の下で休憩することにしたのだ。

 

夏とはいえ、急に雨に降って来られると身体が冷える。

俺は慣れてるからいいが、少女の方はそうもいかないらしい。

時折身体を震わせて、手で必死に身体をさすっていた。

 

 

「……寒いか?」

 

 

そう尋ねれば、少女は首を横に振る。

心配かけまいと、嘘をついているのは目に見えた。

子供に心配かけさせちゃ、大人失格だよなぁ。

 

アロハシャツを脱ぐ。

無地の白いシャツだけになって余計寒くなるが気にせずアロハシャツを絞る。

雑巾のように絞って水を落とすと、少女の肩にそれを掛けた。

 

 

「……おじさん?」

 

 

俺を見上げる子犬のような眼。

思わず頭を撫でた。

 

 

「大人は子供に命かけなきゃな」

 

 

にっこりと、恐がらせないように最大限笑う。

体育座りをする少女もまた笑顔を見せた。

 

少しだけ暖かくなったのか、少女の目蓋が下がり始める。

少女の隣に座ると、俺は彼女の肩を抱き寄せた。

ちょっとだけ驚く少女に言う。

 

 

「寝たいなら寝ていいぞ。なんかあったら起こすから」

 

 

ポンポン、と頭をとてつもなく軽く叩く。

少女は頷くと、瞳を閉じて俺の胸に頭を寄せる。

寄せて少しして、寝息が聞こえてくる。

 

幸せそうな無垢な顔を見ていると、なんだかストレスと疲れが消えてくる。

少しだけ、俺もこのままでいたい。

 

 




アウトレイジの続編、もう製作完了したそうですね。


やったぜ。


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鶴見留美の告白

 

 

 

 

 ふと、目が覚める。

揺り籠のように揺れる中、少女は自分以外の体温を肌で感じた。

不思議に思い目蓋を開けると眼前には白いシャツが広がっている。

どうやら、あの目つきの悪い少年が、彼女をおんぶしているようだ。

 

丸い背中に何かを感じつつ、手のひらをそっとつける。

なんだか、父親に似た何かを感じている自分がいる。

すると、少年が少女の目覚めに気が付いた。

 

 

「まだ寝てていいよ」

 

 

昼間の森を歩く少年が、そう言った。

 

 

「……ううん、もう眠くない」

 

 

背中に寄りかかる少女が、小さな声で言う。

そうか、とだけ言う少年だが、少女を背中から降ろそうとはしない。

どうやらこのまま背中に乗っていても良いようだ。

 

言葉に……というか、厚意に甘えて少年の広い背中を堪能する。

先ほどまで雨に濡れていたであろうシャツは、すっかり乾いてしまっている。

気が付けば、雨も止んでいるようだ。

 

アロハシャツは、まだ自分が着ている。

男の人の香りと、少しばかりのタバコの臭いが染みついたシャツは、何というか、不快ではない。

むしろ、少女を落ち着かせるものだった。

 

 

「……ねぇ、おじさん」

 

 

ふと、少女が話しかける。

 

 

「んー、なんだ」

 

 

前を見て、少年が返す。

 

 

「おじさんって、小学生の頃って友達とかって居た?」

 

 

「いないよそんなもん」

 

 

半笑いで少年は言った。

 

 

「私もね、いないんだ」

 

 

声のトーンを落として、少女は言った。

少年は同情するどころか笑う。

 

 

「いいよいなくたってそんなもん馬鹿野郎」

 

 

「だって、大人はみんな友達を作れって言うよ?」

 

 

疑問を投げかける。

もはや常識と言ってもいいくらいの、当たり前の事だった。

歌にもある。友達百人出来るかな、なんて。

でも、疑問と同時に期待もしていた。

次にこの少年が紡ぐ言葉を、少女は待つ。

 

 

「友達なんてポンポン作ったって碌な事ないよ。友達ってのは作ろうと思って作るもんじゃないんじゃないかなぁ」

 

 

思わず少女は共感した。

今まで友達だと思って接していた者たちによる裏切りを思い出す。

無作為に作り過ぎた友達は、時として牙を向くと……少年はそう言いたのだろうか。

 

 

「……そうかもね」

 

 

静かに、沈むような声が背中に消えて行く。

 

 

「なんでそんな事聞いたんだよ」

 

 

今度は少年の方から疑問が飛んでくる。

数秒、少女は黙った。

話していいのか分からない。少年と会ってから一日も経っていない。

信用に値するのかすらも、まだ分からなかった。

 

でも、なんだかこの少年になら話してもいい気がした。

一種の共感を感じたからだろうか。

 

 

「……話したくないならいいよ」

 

 

「……ううん、話す」

 

 

決意したように少女は言った。

 

 

「私ね、ハブられてるんだ」

 

 

少年は何も言わない。

 

 

「前まで皆一緒に話してたりしたんだけど、いつからか無視されるようになっちゃって……私も、見捨てたりしたから言える義理じゃないんだけどね」

 

 

それでも、と。

 

 

「それでも、皆にシカトされてると、私が一番下なんだなって、惨めなんだなって……思っちゃうの」

 

 

少年はただ歩く。

少女はそっとデジカメに触れる。

 

 

「おじさん、小学校の頃の友達いないんだよね?でもね、私はいなきゃだめ。お母さんとお父さんがこれで、友達といっぱい写真取ってきなさいって」

 

 

もうとっくに彼女は気が付いている。

人間なんてそうそう変わらない。変わっても、変わったと思っているのは自分だけで、周りはそうとは思っていない。

世界を形作るのは、人々の固定観念。

いくら一人が変わろうとも、全体が変わることはあり得ない。

 

彼女の世界は、少女をぼっちとすることで成り立っている。

 

 

「惨めなの、嫌か」

 

 

ふと、少年が聞いてきた。

 

 

「……うん、嫌」

 

 

「……俺はボッチでも惨めじゃねぇぞ」

 

 

淡々と少年は言う。

 

 

「中々さ、人間関係なんて変えられ無いんだよ普通」

 

 

「じゃあおじさんはなんで惨めじゃないの?」

 

 

「ん?ぶっ壊しちゃうから」

 

 

あまりにも危険で簡単な回答が返ってくる。

 

 

「ぶっ壊すって?」

 

 

「人間関係」

 

 

「どうやって?」

 

 

「色々だよ馬鹿野郎」

 

 

笑って少年は答える。

少女にはまだ理解できない。

理解できそうなのにも関わらず、なぜかまだ理解できないでいる。

もどかしさが彼女を包む。

 

 

「全然わかんない」

 

 

同じように少女も笑った。

そして頭を背中に擦りつける。

それから少しして、ようやく二人を探していた皆と合流した。

最初こそ慌てていたが、終わると案外あっけなかった。

 

 




えっと、最後に宣伝なんですけども、私普段、オリジナル小説を書いていますのでよろしければそちらもご覧いただけると嬉しいです(ガッツリ宣伝MSRMZNM)


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一歩進んで二歩下がる

 

 

 

 

 

 「いやほんと、いなくなった時は肝が冷えましたよ」

 

 

カレーを食いながら材木座が笑う。

いや笑い事ではなかったと思う。遭難したし、あの少女は腹壊すし……

ただ、俺のせいで腹を壊したことは伝えなかったようだ。伝わってたら今頃平塚に半殺しにされていたに違いない。

 

今、遅めの昼食を皆で摂っている。

どうやら俺らを探していたため昼飯食う所ではなかったらしい。

まぁ、探していた連中は高校生と教員だけで、小学生たちは待機させられた挙句昼飯もお預け食らったから……あの少女は少し肩身が狭い思いをしているだろう。

 

問題の少女を見る。

小学生たちのグループの端っこで、一人カレーを黙々と食う。

腹壊してたのに大丈夫なのかあいつ……それよりも、やはりまたハブられていて何というか予想通りだ。

バレない程度に女の子グループがあの少女を嘲笑ったり、睨んだりしている。

 

 

「……そんなにあの子が気になるのかしら」

 

 

ふと、雪ノ下が言う。

まったく食事が進んでいない俺は、スプーンを置いてコップに注がれた水を一口飲んだ。

 

 

「お前だって似たようなもんじゃねぇか」

 

 

若干のしかめっ面で雪ノ下に言った。

あの子を気にしているのは俺だけではない。

割とぼっちな材木座はもちろん、ガチなぼっちである雪ノ下も気にしている。

それは、人一倍空気に敏感な由比ヶ浜も同じだ。

 

 

「もう、二人とも今は楽しく食べようよ」

 

 

困ったような由比ヶ浜。

渋々俺と雪ノ下は食事を再開する。

 

 

「でも兄貴、あの子どうしますかね」

 

 

いつの間にかカレーを完食していた材木座が口を挟んだ。

 

 

「別にどうもしねぇよ」

 

 

答えながらカレーを食す。

 

 

「機嫌悪そうっすね」

 

 

「大きなお世話だよ馬鹿野郎」

 

 

まるで指摘が図星と言わんばかりに怒鳴る。

それを見かねて、小町が材木座に言った。

 

 

「まーまー、今は食事中ですし、そういうのは後にしましょうよ~、ね?戸塚さん?」

 

 

いきなり話を振られた彩加はにっこりとした笑顔を材木座に向ける。

 

 

「そうだよ材木座君。八幡も、そんなに怒っちゃダメだよ?」

 

 

めっ、という効果音が聞こえてきそうな戸塚の注意に、俺は拗ねたような顔で返答した。

そうして一口、また一口とカレーを口へと運ぶ。

そして、ちらりとあの少女を見る。

 

相変わらず、あの少女は笑わない。

あんだけ腹が減っていたのに、こんなにも美味しくないカレーは初めてだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方。

今はサポートスタッフとしての仕事はないため、高校生組は先ほどカレーを食べた場所にあるテーブルに集まっていた。

集まっていた理由は、あの少女についての対応。

どうやら葉山の組も、あの少女が除け者にされている事に気が付いているらしく、どうにかしたいとの事。

 

沈み始める陽のせいで空は赤い。

あんなに暑かった気温も、今では涼しさの方が勝っているから不思議ではある。

相変わらず蝉と虫の鳴き声はうるさいが。

 

 

「それで?何かあったのかね?」

 

 

分かっていても、平塚は問題を尋ねてくる。

 

 

「ちょっと、孤立しちゃってる子がいて……」

 

 

葉山が思いつめたようにそう告げると、三浦が心底どうでも良さそうに可哀想だよね~、と相槌を打った。

 

可哀想という言葉を使う事に対して、俺にはあまり良い印象は無い。

単純に同情とか憐みとか、対象本人からすれば侮辱以外の何者でもないからだ。

それに、こいつらは誤解している。

 

ボッチは別に悪い事ではない。

悪意によるボッチ化が問題なのだ。

てっきりそのことについて語ると思っていたのに、とんだ期待外れだ。

 

 

「それで?どうしたい?」

 

 

平塚が再度、尋ねる。

葉山は率先して答えた。

 

 

「俺は、可能な範囲で何とかしてあげたいです」

 

 

まるで、正義感を出さずにはいられないというように。

噛みついたのは雪ノ下。

 

 

「可能な範囲で、ね」

 

 

透き通った声が葉山を貫くと、たちまち顔色が悪くなる。

 

 

「あなたには無理だったでしょう?」

 

 

そう言われ、葉山は俯いて何も言わなくなる。

過去にこの二人に何があったのかは知らないが、そんな事今はどうでもいい。

 

 

「雪ノ下、君は?」

 

 

そう問われれば、雪ノ下は奉仕部の部長として口を開く。

 

 

「これは奉仕部の合宿も兼ねているとおっしゃってましたが……彼女の案件についても活動内容に含まれますか?」

 

 

タバコを一口吸って、平塚は振り返る。

 

 

「林間学校のサポートボランティアを部活動の一環としたわけだ、原理原則からすれば、その範疇に入れても良かろう」

 

 

「そうですか……では、」

 

 

「乗らねぇなぁ俺は」

 

 

雪ノ下の言葉を遮る。

ふと、雪ノ下と目が合った。少しばかり睨むような彼女の目に、俺もそれなりの視線で返す。

 

 

「お前が思ってるほどあの子はヤワじゃねぇぞ、雪ノ下」

 

 

あの子の告白を思い出す。

自分だけが被害者ではない。自分も加害者である、そう告げた彼女の声色を。

俺だけが知っている、彼女だけの秘密。

それを喋ろうとはしない。

 

しばしの間沈黙が流れる。

それをぶち壊したのもやはり平塚だった。

 

 

「まぁいい、後は君たちで話し合うといい。私は寝る。ふぁ~あ……」

 

 

大きなあくびを見せて立ち去る平塚。

残された高校生たちだけで、話が始まる。

 

最初に口を開いたのは三浦だった。

三浦曰く、あの子は可愛い部類に入るから、他の可愛い子とつるめばいい、という。

だがそれは、元からのコミュ力があってこその話だ。

由比ヶ浜にそれは三浦にしかできないと言われ、話が途切れた……

 

のだが、海老名とかいう腐女子が趣味に生きればいいとか言いだし、挙句の果てに雪ノ下をそっちへ引きずり込もうとしたので三浦によってどこかへ連れていかれようとしている。

なんだって全部ホモに繋げようとすんだあの人は。

ちょっとでも趣味に生きるという事に関して感心しかけた俺の気持ちを返せってんだよ。

 

変な空気の中、続いて口を開いたのは葉山。

 

 

「やっぱり、皆で仲良くなる解決法を考えないとダメかな」

 

 

鼻で笑った。

いつでもどこでもこいつはみんな仲良くしなきゃ気が済まないらしい。

 

 

「そんな事は不可能よ」

 

 

ビシッと、雪ノ下が斬り込む。

 

 

「一欠けらの可能性も無いわ」

 

 

ダメ押しと言わんばかりにそう言うと、海老名さんを連れて行こうとしていた三浦が振り返って怒りを露わにした。

 

 

「ちょっと雪ノ下さん、あんたなに?」

 

 

「何が?」

 

 

しれっとする雪ノ下に、三浦は言う。

 

 

「せっかく隼人が皆で仲良くやろうってのに、なんでそんな事言う訳?別にあーしあんたの事全然好きじゃないけど、旅行だから我慢してんじゃん」

 

 

火種が燻る中、由比ヶ浜が火消しに走る。

 

 

「ま、まぁまぁ優美子……」

 

 

「なに勘違いしてんのか知らねぇけどな、てめぇらの仲良しごっこに付き合う気はさらさらねぇんだよアバズレ」

 

 

材木座が怒鳴った。

思わぬところから増援が来たと言わんばかりに、由比ヶ浜は混乱する。

三浦と材木座が睨みあい、なぜかそこに戸部が飛んで入る……もちろん三浦の味方として。

 

 

「でも、留美ちゃん性格キツそうですから、溶け込むのは難しいかもですね」

 

 

補足する様に小町が言った。

あの子留美って言うのか、知らなかった。

 

 

「確かに、ちょっと冷めてるっていうか、冷たい感じはあるな」

 

 

それを失望しているというのだ。

 

 

「冷たいっつーか超上から目線なだけなんじゃないの?周り見下したような態度取ってっからハブられるんでしょ、誰かさんみたいに」

 

 

三浦が自分の怒りを留美へと向ける。

思わず手元にあったペンを握った。

そっと、彩加が俺の手を握ってそれを止める。ふと顔を見てみれば、真剣な眼差しで首を横に振っていた。

 

三浦曰く、その誰かさんが反論に出る。

 

 

「それはあなたたちの被害妄想よ。劣っているという自覚があるから、見下されていると感じるだけではなくて?」

 

 

「あんさぁ、そういう事言ってっから」

 

 

またもや始まるキャットファイト。

 

 

「おい、うるせぇ!さっさと行けこの野郎ッ!てめぇら全員殺すぞッ!」

 

 

見かねて俺は怒鳴った。

口を開いていた全員が、一斉に黙り込む。

 

強く三浦を睨むと、彼女は目をそらして煮え切らないという様子で葉山と目を合わせる。

葉山もこれ以上身内同士での喧嘩はマズイと思ったのか、いつになく冷静に三浦にやめろと命令した。

 

そうして拗ねたように去っていく三浦と、それを追う海老名さん。

さっきまでと逆の光景。

 

 

ペンを握った手の力を抜く。

プラスチックで出来たそれは、いつの間にか中央が砕けていた。

 

 



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夜の静けさに

 

 

 

 その日の夜。

相変わらず葉山たちとはギクシャクしたまま就寝を迎える。

ギクシャクしているのは俺と葉山の間だけで、楽天的な材木座と戸部はなんだかんだUNOしたり何なりと、前までの間柄が嘘のように遊んでいた。

戸塚は俺を気にしてやたらと気を遣ってくれていたが、それが何だか申し訳ない。

 

布団につき、寝ようと努力するもなかなか眠れない。

目の前にすやすやと寝息を立てる戸塚の寝顔があるという事も原因ではあるが、一番の理由は留美の事だ。

果たして、あの子の人生に俺たちは干渉してしまっていいのだろうか。

俺みたいなヤクザもんが、可哀想だからという理由で、影響を与えてしまっていいのだろうか。

 

子供は素直で純粋だ。故に、周囲に大きく影響される。

俺だって、こんな記憶と人格が無かったならもうちょっとマシな人生になっていたかもしれない……いや、多分今と変わらずボッチだったろうなぁ。

 

雪ノ下が留美にこだわる理由も分からなくもない。

まるでかつての自分を見ているようで放っておけないのかもしれない。

それでも。いや、だからこそ、この問題は第三者が勝手に介入して掻き乱していい問題ではない。これは、自分自身で解決しなければならない。留美のためにならない。

 

 

「……」

 

 

起き上がり、戸塚を起こさないようにそっと退室する。

ポケットにタバコとライターがあることを確認し、俺は建物の外へと出ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

外に出て、くしゃくしゃになったタバコに火をつける。

直後、煙が肺を満たした。

少し吸って吐いて、今度は大きく吸う。

このイライラがちょっとでも和らぐようにと、なんだか必死に煙を吸った。

これもある種、現実逃避のようなものに違いは無かった。

 

俺は何がしたいのだろう。

俺は留美をどう思っているのだろう。

 

考えれば考えるほど、悩み事というものは増えていく。

人生経験たっぷりの記憶があっても、俺はまだ未熟な高校生なのだからそれは仕方ないのかもしれない。

 

 

考えているうちに、一本目を吸い終わってしまった。

答えがまとまらないまま、二本目に手をかけようとする。

が、不意にあることに気が付いた。

森の中から、歌のようなものが聞こえてきたのだ。

 

こんな夜中に、しかも森の中で歌が聞こえてくるのだからちょっと怖いが、知っている声なので見に行くことにする。

しばし森を進むと、そこには案の定見知った姿があった。

 

雪ノ下だ。

 

 

夜空を見上げるその少女と、静かな森の中で紡がれる歌というのはどうにもマッチしている。

きらきら星というのもまぁ何というか良いものだ。

絵画にしてそのまま飾っておきたくもある。

タバコを吸うのは無粋だろうか。俺は何もせず、ただその光景と音を堪能する。

その美しさの中に、少しの儚さを残す姿は、一言でいえば美しい。

 

しばらくして、心のモヤモヤがちょっと和らぐ。

タバコよりもよっぽど良い気分転換になるなこりゃ、なんて考えつつ、俺はその場を立ち去ろうとした。

 

 

「……誰?」

 

 

そのわずかな物音に気が付いた雪ノ下が、こちらを振り向く。

歌が途切れてしまった事を少し残念がりながら、俺は再び雪ノ下を見据えた。

 

 

「よう」

 

 

「……あらやだ、犯罪者だわ」

 

 

「事あるごとに喧嘩売るの流行ってんのか、なぁ」

 

 

いつものように挨拶を交わす。

これが挨拶というのもちょっと変わっているかもしれないが、むしろ俺としてはこの感じが気に入っていたりもする。

ふふ、とわずかに笑う雪ノ下。

 

雪ノ下の近くまで歩み寄る。

会話をするにはさっきの距離じゃちょっと遠かった。

 

 

「あなた、タバコ吸ったでしょ」

 

 

露骨に鼻を塞ぐ雪ノ下。

 

 

「ん?吸ってねぇよ馬鹿野郎」

 

 

「でも臭いするわよ」

 

 

「材木座か葉山だよ」

 

 

咄嗟に人のせいにする。

もちろん材木座がタバコを吸わないのは知っているだろうし、葉山の性格からしてそんな犯罪行為に手を染めるなんて事も無いというのは分かっている。

だから、雪ノ下は、そう、とだけ言ってまた空を見上げた。

 

 

「寝れねぇのか」

 

 

尋ねると、雪ノ下はただ語る。

 

 

「ちょっと三浦さんが突っ掛ってきてね」

 

 

なるほど、と俺は頷いて笑った。

コイツの事だから、きっと反論した挙句論破して泣かせでもしたんだろう。

ざまぁみろ、なんて思いつつ懐からタバコを取り出して咥える。

 

 

「やっぱりあなたじゃない」

 

 

「ん?そうだよ?」

 

 

「なにそれ、仕返しのつもり?」

 

 

その問いに笑って誤魔化す。

火をつけると、煙がまた肺を満たした。

リラックスして空を見上げる。都会では見れないような星空。

 

雪ノ下のいる方が風上なので、副流煙が彼女に流れてしまう事はあまりないが、それでもタバコの臭いは消せない。

 

 

「タバコ、身体に悪いわよ」

 

 

思ったよりも優しめの忠告だった。

 

 

「ん?うん」

 

 

至極真っ当なアドバイスに、生返事で頷く。

その様子が気に入らなかったのか、雪ノ下の視線は星空から俺へと移った。

 

 

「……正直、驚いたわ」

 

 

「何が」

 

 

「あの子の事、随分気にしてるのね」

 

 

俺は答えず、ただ煙を吸っては吐く。

 

 

「お前だってそうじゃねえか」

 

 

「別に、あの子が特別な訳じゃないわ。誰であっても私は手を差し伸べるもの」

 

 

そこで一度、会話が途切れた。

必要以上の事は言わない。それでも、お互いが言わんとしていることは簡単に理解できていると思う。

また、雪ノ下から口を開く。

 

 

「でも、そうね。強いて言うならば、由比ヶ浜さんに似ているから……かしら」

 

 

「うーん、あいつもあいつで同じような事体験してそうだしなぁ」

 

 

由比ヶ浜は、はっきり言って八方美人だ。

それは満遍なく仲良しこよしを演じるという事で、敵も少なそうに見えるが実際はそうはいかない。

ふとしたことで、その八方美人は標的にされる事もある。

小町にだって、そう言う事があった。

その時の俺は自分を抑えられなかった。

 

 

「それと」

 

 

雪ノ下が小石を蹴る。

彼女らしくないその行為は、俺の注目を引くに値した。

 

 

「葉山君もずっと気にしている」

 

 

どういう意味なのか、こればかりは分かりかねた。

俺は葉山という人物を良く知らない。

 

 

「お前葉山となんかあんのか」

 

 

「別に。小学校が同じなだけよ。それと親同士が知り合い。彼の父親がうちの会社の顧問弁護士をしているの」

 

 

「らしいなぁ、よくわかんねぇけど。家ぐるみの付き合いってのも、まぁ面倒だろうな」

 

 

「……そうね。最も、そういう外向けの事は姉の仕事よ」

 

 

「お前は代役か。お前はいいのかそれで」

 

 

雪ノ下は答えない。

代わりに、星空を見上げるだけだ。

今まで分かっていた彼女の心が、途端に分からなくなる。

 

タバコの火が消える。

携帯灰皿を取り出し、タバコを捨てた。

 

 

「でも、今日は来れてよかったわ。無理だと思っていたから」

 

 

「……そうか」

 

 

問いはしない。

今までの流れで、これだけは分かってしまったから。

 

 

「……そろそろ帰りましょう」

 

 

「……うん、じゃあな」

 

 

それだけ告げると、雪ノ下はおやすみなさい、と言って先に戻る。

対して俺はまだその場に残る。

まだ星空を見上げるために。

 

それぞれが、各々の悩みと思惑を胸に秘める。

それがとてつもなく怖いことだと思いながらも、当たり前だと自分に言い聞かせ。

 

 

 



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休憩

 

 

 

 

   

 場所は変わり、ここは比企谷 八幡の頭の中。

夜の海辺にある小屋の中で、凶暴な中年達がテレビを囲んでいた。

 

椅子に深々と座って飲み物を手にし、相変わらず似合わない囚人服を着ている大友。

スーツのパンツとワイシャツというクールビズスタイルでビールを飲む西。

どこにでもあるような私服に身を包み、携帯ゲーム機片手に時折テレビを見る我妻。

 

今ここで確認できいるのはこの三人だけ。

特に仲良くもなければ悪くもないこの三人は、ほとんど会話をせずにただテレビに映る映像を見る。

我妻はゲームをしながら。

 

大友は元ヤクザである。

一方で西と我妻は元刑事。

正反対に位置する彼らだが、お互いに特に思う所はない。

 

確かに西と我妻はヤクザが嫌いだが、大友は自分でヤクザではないと言っているし、この空間の中で彼は一番の年長で、比企谷 八幡という少年を最も案じている。

それにやはり、歳に比例して落ち着いていて何かをやらかすことはないので、二人からしたら人畜無害だからまだ安心していられる。

まぁ、二人も刑事とは思えないことをやってしまっている手前、あんまり人の事は言えないのが本音だ。

 

大友も、後輩やらなんやらのせいで警察という組織は嫌いだが、警察官は嫌いではない。

厳密にいえば、筋が通っている人間が彼は嫌いではないのだ。

お互いの過去はこの空間にいる以上嫌でも頭に入って来る。だから、西と我妻の最期を知っている以上嫌いにはなれない。

……正直に言えば、西はいいとしても我妻に関しては他の連中とバカをやるので好きにはなれないらしいが。

 

 

ともかく、この三人は仲が良くもないし悪くない。

だから発生する会話と言えば、共通の話題(比企谷 八幡)についてだけだ。

見ているテレビ番組も、比企谷 八幡の記憶。

もちろん最新の、林間学校で起こった事だ。

 

少女と森を彷徨う八幡とその後発生した奉仕部の仕事内容を一通り眺めた後、ふと大友が口を開いた。

 

 

「あんま手出すのはあいつとしては嫌だろうなぁ」

 

 

独り言のように呟いたそれは、西と我妻の耳に確かに入ってきた。

 

 

「由比ヶ浜の件もあるからなぁ」

 

 

我妻が口を開く。手だけは器用にゲーム機を操作していた。

 

由比ヶ浜の件。

これについては、比企谷 八幡がまだはっきりとは自覚していない。

それはずばり、由比ヶ浜が段々と、凶暴な少年に影響されてきているという事。

 

 

「だからってこっちが手ぇ出すわけにもいかねぇしなぁ」

 

 

そこでまた会話が途切れる。

彼らは昔気質の人間だ。自分たちが居着いて大きく影響を与えてしまっている比企谷八幡という少年に責任を感じている。

日常生活において、彼らが他人に良い影響をあたえられるとは思っていない。

だからこそ、次の犠牲者を出してはいけないと考えているのだ。

 

しばし沈黙が空間を包む。

そろそろ寝ようか、なんて大友が考えていると、西がやたら真剣に画面を食い入るように見ている事に気が付いた。

 

画面には、あの少女……鶴見留美が映っている。

 

 

「…………」

 

 

大友は何も言わない。

西の考えていることが、彼にはよくわかっていた。

きっと、幼くして死んでしまった娘の事を考えているのだろう。

言ってやることも、大友にはない。考えている事は分かるが、独身でヤクザをやってきた彼には西の気持ちは分からない。

 

 

「俺寝るわ。じゃ、おやすみ二人とも」

 

 

我妻が立ち上がり、ゲーム機をソファーの上に放って立ち去る。

それを見送った後、大友は帽子を取ってそれをテーブルの上に置いた。

 

飲み物を飲み、窓から外を眺める。

ぱちぱちと、一人で花火を上げる輩がそこにはいた。

 

 

村川。

一人ロケット花火を手にし、空高く花火を上げる。

大友が、最も警戒している人格だった。

かなりの人生経験がある大友でも、村川を予測することは不可能に近い。

恐らく最も比企谷 八幡に影響を及ぼしているであろうその人物は、普段は遊んでいる。

まるで面子を張り続けていた人生の、遊び分を取り戻すかのように。

 

だが、ひとたび彼が動けば、その子供染みた行動や言動は止まる。

どんな刃物よりもキレるヤクザの組長へと変貌する。

 

 

「……どうすっかなマジで」

 

 

ぼやく大友。

画面には、相変わらずあの少女が映っていた。

 

 



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目覚めの天使

 

 

 

 

 

 ――八幡、起きて。起きてよ八幡。

 

 

女子のような甲高い声で目が覚める。

基本的に寝起きは不機嫌でなかなか起きない俺であるが、この声に反応してすぐに目を開けた。

目を開けてすぐ、天使トツカエルの美しい顔が飛び込んでくる。

覗き込むようにして俺を起こす彩加の顔は、今まで見てきたどんなものよりも美しく感じた。

今更だが、トツカエルって新手のカエルみたいな名前してんな。

 

黙って目をまん丸に見開く。

そんな俺の様子を、彩加は首を傾げることでおかしいと表現した。

 

 

「どうしたの八幡?」

 

 

肩出しTシャツが似合う男を初めて見た。

毛ひとつ生えていない綺麗な肩が、すらりとシャツから出ているのだ。

撫でたいし舐めたいと思うのはいけないことだろうか。

俺はいつから海老名の策略にはまってしまったのだろうか。

 

 

「おう、彩加。朝か」

 

 

「おはよう八幡。もうみんな先に行ってるよ。僕たちも早く……」

 

 

そこまで言いかけた彩加の手を引っ張る。

俺は満面の笑みで布団の中に彩加を引きずり込んだ。

 

 

「わっ!ちょっと八幡!?」

 

 

引きずり込むと、彩加を背後から抱き枕のように抱きしめる。

うーん、この小町に匹敵する柔らかさ。本当に男なのかと疑ってしまうがどうでもいい。

男でもいいじゃない、男の娘だもの。

 

彩加の頭を撫で、ついでに剥き出しの肩に頬擦りする。

 

 

「へっへへへ彩加ぁ」

 

 

男の娘の肩に頬擦りするという、なんとも言えない背徳感を味わう。

だからだろうか、小町に同じことをするよりも興奮する。

 

 

「くすぐったいよ八幡~、ひゃ」

 

 

手を彩加のお腹へと当て、撫でる。

もちろんシャツの中からだ。

艶のある柔らかい腹筋が、溜っていた疲労を吹き飛ばしていく。

なんだか撫でるたびに震える彩加がまた可愛くもあり、エロくもある。

 

しばらく撫でていると、彩加が俺の手を掴んで一連の愛撫をやめさせた。

そしてこちらに向き直り、ぷくっと頬を膨らませる。

 

 

「もう、八幡の馬鹿」

 

 

「だって可愛いんだもんしょうがねぇだろ」

 

 

デレッデレでそんな事を言うと、困ったように彩加は笑った。

そして俺の唇に人差し指を当てる。

 

 

「じゃあ、もっと可愛がってくれる?」

 

 

いつにも増してエロイ声色な彩加。

ごくりと俺は真顔で息を飲んだ。

すると、彩加は俺を真正面から抱きしめる。

 

ふんわりと、同じシャンプーを使っているのかと疑問が出るくらいいい匂いが髪からして、鼻をくすぐる。それをすんすんと嗅ぐ。

俺の胸元の彩加は上目遣いで俺を見上げる。

 

 

「ねぇ、八幡。しよっか」

 

 

「えっ」

 

 

思わず素っ頓狂な声をあげた。

次の瞬間、一転攻勢によって彩加が俺を撫でまわす。

どことは言わない。

俺は動物のような叫びを上げて二人だけの世界へと入っていく……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――兄貴、兄貴。起きてくださいよ、兄貴。

 

 

彩加とのラブラブ行為中に、突如として聞こえるデブの声。

俺はそれを無視して彩加を愛でる。

が、不愉快な声は止まるどころか増すばかり。

 

 

「兄貴、いつまで寝てるんすか。皆もう外行っちゃいましたよ」

 

 

ハッとして、俺は目を開けて上半身を起こす。

そして咄嗟に周りを見回した。

そこには彩加の姿は無い。代わりに自称兄弟分が、呆れたような顔でこちらを見ていた。

 

俺は驚愕したような顔で材木座を見つめる。

……夢だったのか、彩加。

 

 

「なにやってんすか兄貴、そんな顔して」

 

 

小馬鹿にしたように材木座が言った。

俺は口をすぼめて材木座をきつめに睨む。

 

 

「彩加は?」

 

 

「外っすよ。兄貴の事起こしてきてって……なんで戸塚の叔父貴が出てくるんすか?」

 

 

しばし俺は固まる。

そして辛い現実をようやく受け入れた。

受け入れて、枕を思い切り材木座へと叩きつける。

 

 

「痛て!なんすか急に!?」

 

 

「うるせぇ馬鹿野郎、なんでてめぇが起こしに来んだこの野郎!」

 

 

立ち上がり、何度も何度も枕を材木座にぶつける。

 

 

「兄貴がなかなか起きないからでしょうが!痛い!痛いっすよ!」

 

 

「てめぇこの野郎、何が痛てぇだこの野郎!うるせんだよ!」

 

 

蹴っ飛ばしたり枕で殴打する。

最悪な目覚めの鬱憤を材木座へとすべてぶつけた後、俺はいつにも増して不機嫌そうに皆が待つ外へと向かった。

 

 



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目の保養地帯

 

 

 

 

 

 

 飯を食い、林間学校参加者は近くの小川へと移動する。

朝から怠いなぁなんて思っていたが、材木座曰くどうやらみんな水着に着替えるそうなので、男子としてはそうは言ってられない。

美人の雪ノ下や由比ヶ浜の水着は勿論だが、小町と彩加の水着まで見れるんなら頼まれなくても行ってやる。

 

ちなみに俺は水着を持ってきていないので、いつもの格好で川に石を投げて時間を潰していた。

 

 

「まだっすかね~」

 

 

ちゃっかり水着を着て女子たちを待つ材木座が若干イライラしながら呟く。

この野郎この十分でもう30回くらいは同じことを言っている気がする。

まぁ気持ちは分からんでもない。暑いし待たされるわで、俺もちょっとストレスが溜まっていた。

 

ちらりと横を見ると、奥で葉山と戸部が小学生男児たちと遊んでいる。

よくもまぁこんな何もない川で遊べるなぁあの野郎ども。

いい笑顔しやがってこの野郎。

募ったイライラを真横の材木座へとぶつけた。

 

 

「痛いっすよ!何なんすかもう!」

 

 

「ガタガタ言ってんじゃねぇよ馬鹿野郎」

 

 

こいつの頭引っ叩いたら余計暑くなってしょうがないよもう。

 

ふと、小学生の女子グループたちを覗き見る。

彼女らは皆、持ってきたビーチボールを使って楽しそうに遊んでいた。

 

留美を除いて。

彼女だけ、日陰に座って同級生が遊ぶ姿を眺めていた。

希望もなく、絶望もないその瞳は死んだ魚のような目をしている……まるで昔の俺を見ているみたいでどこか居心地が悪い。

 

 

「ちょっと兄貴、なに小学生の事変な目で見てんすか」

 

 

「なんだてめぇこの野郎、てめぇ喧嘩売ってんのか!」

 

 

再度材木座を引っ叩く。

今度は腹を叩くと、パチーンと心地よい音が響いた。

これでプラスマイナスゼロ……にはならないか。

 

はぁ~、と大きくため息をついてしまう。

やっぱり俺たちで介入して解決するしかないのだろうか。

 

 

 

「はちま~ん!」

 

 

と、悩める俺を天使が遠くで呼んでいる。

材木座と同じような動作でそちらを向く。

 

なんとそこには、手を振ってこちらへ駆け寄る水着の彩加の姿が。

てっきりこういうシチュエーションだと男の娘は期待しているような事にはならないのが世の常だ。トランクス型の水着の上からパーカーを着ていたり、水着を忘れたり……

 

だが、彩加は違う。

そんな的外れな男の娘ではない。

 

 

「えへへ、どう、かな?」

 

 

顔を赤らめて俯き、上目遣いをする彩加。

俺は満面の笑みでそれを迎えた。

上は白いビキニに下は薄い青のパレオで象さんを隠す有能スタイル。

頭には花飾りで、可憐な少女を演出している。男だけど。

 

俺の象さんまで目立ってしょうがないよ馬鹿野郎。

 

 

「似合ってるよ~!肌綺麗だなぁ!なぁ材木座!」

 

 

「え、ええ……そうっすね」

 

 

なぜか彩加から目を逸らす材木座。

照れているとかではなく、なぜか苦手といったような顔をしている。

 

 

「そっか、照れるな」

 

 

もじもじして赤面する彩加。

そんな彩加の剥き出しの肩を撫でる。

 

 

「ほんとすべすべだなぁ、ん?何、剃ってんの?」

 

 

「え、ん、僕、元から薄いから……」

 

 

「あぁそう。これいいな、病みつきになるよ」

 

 

背中も撫でる。

これがキャバクラなら出禁になっているに違いないが、俺の彩加はそんな事しない。

断言できる。

これじゃあ上原の事言えねぇなぁ俺。

 

しばらく夢中になって撫でていると、

 

 

「うっわお兄ちゃんセクハラは無いわ」

 

 

愛しの妹の蔑んだ声が聞こえた。

 

 

「おう小町、可愛いよ」

 

 

そう言いつつも手は止めない。

なんだか彩加の息が荒くなっている気がするが気のせいだろう。

だがまぁ、小町の水着は言葉通りだ。

ちょっと子供らしい水着は可愛いの一言に尽きる。

去年も見た気がするけども。

 

 

「ヒッキーマジキモイ」

 

 

ドストレートな罵倒を浴びせるのは由比ヶ浜。

こいつもこいつで結構なもんを持っていて、ビキニの水着がそれをより強調している。

デカいなぁ、小町の三倍以上あんじゃねぇのか?

 

 

「でっかいなぁ」

 

 

「ちょ、どこ見てるし!」

 

 

胸をまじまじと見ながら感想を述べると、由比ヶ浜は胸元を隠す。

 

 

「下品にもほどがあるわよ性犯罪者君」

 

 

名前の原型すら残っていない呼び名で呼ぶのは雪ノ下。

いつも制服をきっちりと着こなしているガードの固い雪ノ下は、水着までガードが固かった。

水着の上から大きいパレオのようなものを着ているため、確かに透き通るような肌はいつもよりはっきり見えるがあまりエロくない。

むしろパレオがポケモンのパルシェンに見えて仕方ない。

 

 

「お前は……あぁ、うん」

 

 

胸を見て、目を逸らす。

完璧美少女にも欠点はあるようで安心したが、同時に悲しくなる。

姉ちゃんはでけぇのに残念なこったなぁ。

 

 

「なにかしら、その言い方は」

 

 

俺が思わんとしている事に気が付かない雪ノ下は首を傾げる。

可愛いよ、可愛いからよ、そんな気に病むなよ。

 

 

 



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大人の取引

 

 

 

 

 その後、やたらプロポーション抜群の水着装備平塚静にいらない事を言って拳を貰ったり、これまたモデル体型の三浦が小学生並の胸を持つ雪ノ下に喧嘩を吹っかけたりと色々イベントがあったが、今俺は水着を持ってきていないこともあって木の陰で休んでいる。

無邪気に遊んでいる女たちを見てすっげぇ揺れてるなぁ~とか雪ノ下を見て全然揺れてねぇなぁ~、とか考える。材木座の野郎の腹が凄いことになっているのは見ないでおこう。

 

水着以前に俺がああいう中に入っていくのは柄じゃないし、そもそも比企谷 八幡は友達の輪に入って遊ぶという事などほぼ経験がないからどうしていいかわからない。

他の記憶を読み解けば多少なりともフィードバックできるだろう。しかしいかんせんこいつら(TAKESHI'S)の記憶というのは厄介で、死ぬ直前以外の古い記憶を読み解こうとするのはかなりの労力を必要とするのだ。

簡単に言えば、頭が疲れる。とんでもなく長い映画を延々と見せられているような感覚に陥るのだ。

 

以前大友の記憶から水野のクッキーの下りを語ったことがあったが、あれは過去に興味本位で大友の記憶を覗いたからだ。

それに、記憶は覗けてもそいつらの感情は得られない。

得られないのにそれに影響されているというのはおかしい話かもしれないが、そういうことは脳科学の先生に聞いてほしい。

 

 

「……なんでお前まで居んだよ」

 

 

ふと、隣りで同じように涼んでいる留美に言う。

彼女はこちらを見もせずに反論した。

 

 

「こっちの台詞」

 

 

「俺はお前、水着持って来てねぇからだよ」

 

 

「パンフレットの持ち物のとこに書いてあったじゃん」

 

 

「知らねぇよんなもん、騙されて連れてこられたんだからよ」

 

 

小町の奴め、一回お兄ちゃんに対する扱いをしっかりと教えてやった方がいいのだろうか。うーん、でもそれで嫌われたくないしなぁ。

相変わらずのシスコンぶりを心の中で展開する。

 

 

「……朝ご飯食べて部屋戻ったら皆いなかった。今日自由行動だから、置いてかれちゃった」

 

 

思わず可哀想だなぁなんて思うが、俺も小学校の宿泊学習で同じ目に遭った。

しばらくそのまま何も言わず、お互い同学年が遊ぶ姿を眺める。

やることがないので煙草を吸いそうになるが、平塚がいる事を忘れていた。

出しかけていた煙草の箱をポケットに戻す。

 

ふと留美を見るが、相変わらずじっと同級生たちを眺めているだけだ。

 

 

と、そんな時だった。

 

 

「鶴見さんだよね?一緒に遊ぼう?」

 

 

何とは言わないがブルンブルン揺らしながら由比ヶ浜と雪ノ下がやって来たのだ。

雪ノ下は揺らすものがないとはあえて言わない。

戸部と遊ぶのに夢中になっていた材木座もやって来る。いいよお前は来なくてもう~。

 

だが留美は、首を横に振るだけ。

そっか、と悲しそうに頷く由比ヶ浜が見るに見かねないので、助け船を出すことにした。

 

 

「おい、お前あの質問こいつらに聞いてみろよ」

 

 

「え?」

 

 

「あれだよ、小学校の時の友達いるかってヤツ。……もう言っちゃったな」

 

 

意図せず留美の質問を代弁すると、

 

 

「いないっすよそんなもん」

 

 

「お前に聞いてねぇよ馬鹿野郎、そんなん分かってんだろ!」

 

 

「ちょっと、酷いっすよ兄貴~」

 

 

材木座がでしゃばって来たので黙らせる。

なんでこいつが来て彩加は来ねぇんだよ~。楽しそうにガキと遊んじゃってまぁ、可愛いなぁったくよぉ。

 

 

「おじさんもいないって言ってたよ」

 

 

留美が由比ヶ浜に告げる。

俺がおじさんと言われたことがちょっとツボだったのか、雪ノ下が笑いを堪えている。

この野郎、ツルペタ雪女め。

 

 

「でも、なかなかいないよ。実際さ。みんな中学に上がると離れてっちゃうし」

 

 

材木座が俺と留美をフォローする様に言う。

 

 

「そうね。私もいないもの」

 

 

「見りゃわかる事言わなくていいよ馬鹿野郎」

 

 

反撃と言わんばかりに雪ノ下の言葉に噛みつく。

ギンッと鋭い眼差しを向けてきたが、俺には効果が無いようだ……

これではマズいと思ったのか、由比ヶ浜が慌てたように、

 

 

「えっとね、この人たちがちょっとおかしいだけだよ?」

 

 

「おかしいのはお前の料理もじゃねぇか」

 

 

「ヒッキーマジうるさいし!そんなの言わなくていいよ!バカ!」

 

 

苦手な料理の事を言われて怒る由比ヶ浜。

しっかし一々動くたびに胸が連動するから息子さん黙ってないよ。

てめぇ材木座何ガン見してんだ馬鹿野郎。

 

俺はそんな由比ヶ浜を笑いながら、質問した。

 

 

「じゃあお前小学校の同級生で今でも会う奴いんのかよ」

 

 

「うぇ?一人か二人かな……?」

 

 

「学年何人だ、30人か?」

 

 

「うん、30人3クラスだよ」

 

 

「全然会う奴いねぇじゃねぇかよ。ほらな留美、こういう空気読める系八方美人でもそんなもんなんだよ」

 

 

なぜか八方美人と言われて喜んでいる由比ヶ浜と、それに突っ込む雪ノ下。

いいコンビだなお前ら。

 

 

「普通の奴ならもっといねぇよ。一人いりゃあいい方だから。いなくてもいいんだもん」

 

 

説得する様に説明する。

しかし、留美は納得していない様子だ。

 

 

「でも、お母さんは納得しない。いつも友達いっぱいいるかって言うし、林間学校も友達と写真撮ってきなさいって、これ渡してきたし」

 

 

留美は手にしたデジカメを強く握る。

 

 

「惨めだよね、私。でも、もうどうしようもないよ」

 

 

雪ノ下が何故と問えば、昨日俺に話してくれたことを言う。

あの、友達を見捨てたという話だった。

 

 

「仮に仲良く出来ても、またいつこうなるか分かんないもん。なら、このままで良いって」

 

 

「……」

 

 

ため息まじりに小学生たちを見る。

あまりにも惨いと思う。この歳で、こんな事を言うなんて。

自分が変わっても周りは変わらない。ただいつも通りに事が進む。

それを、彼女は知ってしまった。

 

だから変わっても意味がない。

意味がないのだ、それは。

 

どんなに昔気質のヤクザを演じていても、周りはそうとは限らない。

いかに犯罪を追及しようとも、厄介ごとを嫌う連中はいる。

 

人は変わらない。

そう簡単には。

 

彼女はまるでボッチが役割と言わんばかりの状況に置かれている。

ならばどうすればいいのか。現状を打破するには。

 

 

「……馬鹿野郎、子供はそんな事気にしなくていいんだよ」

 

 

笑って、留美の頭を撫でる。

 

 

「……おじさん?」

 

 

首を傾げる留美。

俺は、

 

 

「なら一緒に壊しちゃおっか」

 

 

悪い大人の提案を持ちかけた。

 

 

 




更新が進まない……


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おじさん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、肝試し。

由比ヶ浜達は衣装に着替え、俺は材木座と肝試しのルートの安全チェックを行う。

夕方でも明るい真夏日でさえ、この森の中で七時前となるともう真っ暗だ。

懐中電灯で時折材木座の顔を照らしながら、先へ進む。

まぁ安全チェックというのはあくまで建前で、これから行われるある計画の為の下見だ。

 

ひたすら暗い森の中を進む。

無表情で、心には何もないかのように、ただ歩く。

何も言わず、ただライトを片手に。

 

木々を通過する。

そのうち、昨日留美と一緒に雨をやり過ごしたあの木が見える。

それを一瞥して、また歩く。

 

 

「……兄貴、ほんとにやるんですか?」

 

 

おっかなびっくりというように、材木座が尋ねてくる。

なんだかその声色からは、少しばかりの躊躇いが感じ取れた。

俺は顔だけ材木座に向け、眉をハの字にして笑う。

 

 

「だって依頼だもん、やるしかねぇだろ」

 

 

そう言うと、材木座は言いにくそうに、

 

 

「兄貴、あんまやりたくないんでしょ?」

 

 

というので立ち止まり、口をすぼめて材木座をちょっと睨む。

余計な事を詮索されるのは嫌いだ。

自分の事も、仲間の事も、知らない方が良い事だってある。

そうやって距離を取って生きてきた人間だから。

 

懐中電灯で材木座の腕を軽く叩く。

いてっ、という材木座の腹を軽くつついた。

 

 

「うるせぇなぁ、いいから黙ってろお前この野郎」

 

 

「分かりましたよ……」

 

 

若干不服そうな材木座。

それを理解しつつ、俺たちはとある地点へと到着した。

俺と材木座は周りを見回し、確かめる。

頷いてから一言言った。

 

 

「ここらでいいか」

 

 

その場所は、肝試しの折り返し地点の手前だ。

周りは木に囲まれ暗く、通ってきた獣道よりもさらに狭い。

ここならば多少大声を出してもスタート地点にいる奴らには聞かれる心配もないだろう。

俺の計画には打って付けの場所に違いなかった。

 

その時、携帯が振動したため、ポケットから取り出す。

小町から、あと数分で肝試しが始まるから戻ってこいとのことだった。

 

 

「戻ろっか、な」

 

 

「はい」

 

 

そう二、三言葉を交わして材木座と来た道を引き返す。

同じ道をたどっているだけなのに、やたらと背中が重くなるのは何故だろうと、自問しつつ、本当は理由が分かっている自分を嘲笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 肝試しが始まる。

俺と材木座は何かトラブルか起こらないか監視する係だ。

草の中から小学生たちをじっと見つめるこの二人は、大人に見られたら即事案発生だろう。

俺だって好きでこんな事してる訳じゃないが、仕事なので仕方ない。

時折最近の小学生はエロイとか抜かす材木座を引っ叩きながら黙々と仕事をこなしていた。

 

しっかしまぁ、由比ヶ浜の服……なんだありゃあ。

悪魔のつもりなのだろうか。

あれじゃどっかのコスプレ喫茶じゃねぇか。小学生にも怖がられていないどころか無視までされる始末。ちっぽけなプライドが傷ついてしまったのか、ちょっと泣きそうになっている。

 

小町は化け猫か……我が妹ながらあっぱれだと思う。

可愛いよ小町。

 

そして彩加。

魔法使いの格好で、あの中では地味だが一番かわいい。

やっぱ彩加。

 

 

「兄貴、何戸塚の叔父貴ばっかり見てんですか。ちゃんと仕事してくださいよ」

 

 

「てめぇこのやろ、お前に言われたかねぇよ」

 

 

膨らんだ腹を小突く。

やめてくださいよ、という声が草の中に響いた。

 

と、そんな時。

 

 

「ちょっと、あなた達うるさいわよ」

 

 

後ろから、着物を着た雪ノ下が姿を見せたのだ。

あまりにも似合っているその姿に、俺は一瞬固まる。

元々清楚系美人なのは知っていたが、まさかこんなに似合うとは思っていなかった。

恐くはないが、その視線だけで凍らせられそうな点でも、雪女はぴったりに違いない。

 

 

「……にあってんなお前」

 

 

ぽろっと本心が出る。

思わず言われた褒め言葉に、雪ノ下も目を逸らした。

 

 

「そ、そう……」

 

 

しばらく沈黙がこの場を支配する。

いや、実際には由比ヶ浜のアホで悲痛な叫びが響いているのだが。

 

 

「兄貴、なに青春っぽいことしてんすか。似合わないっすよそう言うの」

 

 

小馬鹿にしたように材木座が笑う。

無言で、割と思い切り頭を引っ叩く。

いい音が森に響き、今まで怖がっていなかった小学生たちが体を震わせた。

 

 

 

そんなこんなでしばらく経ち、ようやく小町からメールが来た。

内容は、「いくよー」だけ。

それだけでも、十分。俺は立ちあがり、頭を押さえてまだしゃがんでいる材木座の足を蹴っ飛ばす。

 

 

「ほら、行くぞ。早くしろバカ野郎」

 

 

「ちょっと、兄貴待ってくださいよ!」

 

 

歩き出す俺の後を追う材木座。

ポツーンと、一人残される雪ノ下。

 

らしくない。

まさかこんな高校生みたいな感想言っちまうとは。

いや俺高校生だけども。

 

なんか恥ずかしくて、俺は足早にそこを離れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 肝試し最後の組が出発した。

この組の中には、もちろん依頼主である留美がいる。

数人のグループであるはずのこの組は、あからさまに留美一人を少し後ろに離して山道を進んでいた。

楽しそうな数人に、暗い表情の留美。

そのコントラストが、嫌でも目に付く。

 

そんな光景を俺と材木座が草むらの中から見つめる。

 

 

「だよね~……あ、お兄さんたちだ」

 

 

ふと、先頭の少女が進行方向に何かを見つけた。

それはあの戸部と三浦。

その表情は、どこか苛ついているように見える。

とても子供の前でするものではない。

 

 

「お兄さんたち普通の格好じゃん!恐くなーい」

 

 

「だっさー!この肝試し自体全然怖くなかったよね~」

 

 

「高校生なのに頭わる~」

 

 

自分たちに手を出さないと分かっているからこそ、少女たちは図に乗る。

その言葉遣いは、とても来年中学へと上がる者のそれではない。

 

あ?と、戸部の低く威圧する声が響く。

しっかしあいつほんとに悪そうだなぁ。

 

 

「あんたらさ、ちょっと調子乗り過ぎじゃない?」

 

 

次に口を開いたのは三浦。

ヤンキーみたいな見た目にヤンキーみたいな口調。

小学生には効くに違いない。

現に、先ほどの気のいい高校生から豹変した二人を見て、小学生たちは縮こまっている。

 

二人が少女たちに詰め寄った。

 

 

「俺ら高校生だかんな?あ?タメ口聞いてんじゃねぇぞコラッ!」

 

 

「なに、優しくしてくれるから大丈夫だって思っちゃった?」

 

 

「てめぇら舐めてんじゃねぇぞこの野郎」

 

 

ガンを付け、口調を荒げる二人。

順調だった。全部計画通りだ。あんなにガラの悪い役が似合うとは思っていなかったが。

小学生たちは完全に畏縮している。留美を除いて。

 

 

「ていうかさ、さっきあーしらのことボロクソ言った奴いたよね?誰?」

 

 

問われ、俯きながらボソッと謝る小学生。

 

 

「誰がやったって聞いてんだよ」

 

 

ガンっと木を蹴りつける三浦。

蹴った時にちょっと痛そうだったのはなんとかばれていないようだ。

 

 

「おら言えこの野郎!」

 

 

「やっちゃいなよ。こいつら生意気だしさ」

 

 

小学生たちの事を囲む三浦と戸部。

ゲーセンで小学生たちと遊んでたやつには見えないなぁ。

 

と、戸部が振り返り、暗闇の中へと声をかける。

 

 

「葉山さんやっちゃっていいっすか~?」

 

 

そう問われ、暗闇から姿を現す葉山。

その表情には、先ほどまでの優しさはない。

 

葉山は氷のように冷たい顔で提案する。

 

 

「こうしよう。半分は残れ。半分は行っていい。誰が残るかはお前らで決めていいぞ」

 

 

その提案が出た瞬間、少女たちがざわつく。

だが仮にも一つのグループである少女たち。

 

 

「すみませんでした」

 

 

その内の一人が葉山に謝る。

が、

 

 

「誰が謝れっつったんだコラ、とっとと選べよ」

 

 

ノリノリで、悪役に徹しながら言い切った。

戸部みたいにオラついてるのもあれだが、こういう普段は優しそうな奴が切れてるのがまた怖いもんだ。……いつかの片桐みたいに。

 

 

「おら選べこの野郎!」

 

 

「ビビってんじゃねーっての!」

 

 

葉山組の二人が野次を飛ばす。

追い詰められる少女たち。次に起こることは容易に想像できた。

 

 

「早くしろよ誰が残んだっつってんだよオイ!」

 

 

戸部が詰め寄る。

隣りで材木座が事案だな~、なんて言っているが無視する。

そもそもあれが事案なら、グルの俺らも終わりだ。

 

 

「……鶴見」

 

 

ふと、追い詰められた少女が口に出す。

 

 

「あんたが残りなさいよ」

 

 

「そうだよ、あんた残りなさいよ」

 

 

幼い子供のなんと醜いことか。

少女たち全員が、留美を指名した。

留美はあきらめたように俯き、前へと出る。

 

 

そろそろ俺らも仕事の時間だな。

 

 

「あなたの出番ね、比企谷君」

 

 

ふと、いつの間にか来ていた雪ノ下が言った。

由比ヶ浜も、その表情を強張らせる。

 

 

「じゃ、行こっか」

 

 

「へい」

 

 

材木座と共に立ち上がり、葉山たちの下へと向かう。

あいつらばっかり嫌な役をやらせるのは、俺の主義ではない。

たまには一緒に泥をかぶろうじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 人間とは、弱い生き物である。

本当に追い詰められれば当然のように他人を犠牲にするし、裏切りもする。

平気で殺す。それが女子供であってもだ。

それを見てきた記憶がそう結論付けているのだから間違いない。

 

だから、あの子たちを追い詰める。

追い詰め、人間関係を破壊する。一度壊れた関係なんて治りはしない。

ただ朽ちていくのみ。

 

それに、だ。

 

人間、変わって明るくなろうなんて事がすべてではない。

大人は言う。自分が変われば世界は変わる。

だがそれは、自分が変わったと思っているだけだ。

激流の中に石を投げても変わらないように、世界はただ過ぎていく。

 

なら、その逆は。

留美は変わる必要なんてあるのだろうか。

 

ない。

必ずしも弱者が悪い状況なんてありはしないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずこいつが残るのか。散々無視してくれたしな、たっぷり……」

 

 

「おい葉山」

 

 

後ろから、俺は声をかける。

振り返る葉山。

 

 

「どうも、兄貴。ちょうど良かった、今ガキ共締め上げようと思ってたところで」

 

 

無言で、有無を言わさずに葉山を殴りつける。

瞬間、小学生はおろか計画を知っている戸部と三浦まで固まってしまった。

 

倒れる葉山。

その頬には、殴られた後はもちろん無い。

そう、演技なのだ。

 

 

「てめぇ自分のしてること分かってんのか葉山」

 

 

葉山の胸倉を掴み無理矢理立たせると、また頬を殴りつける。

何が起きているのか分かっていない小学生たちは、その様子をただ見ていた。

 

 

「あ、兄貴、どうして……」

 

 

「てめぇこの野郎、うちの組の親分の娘締め上げるってのはどういう事だ、あ?」

 

 

「この野郎!」

 

 

倒れている葉山に材木座が蹴りを浴びせる。

もちろん痛くはない。Vシネマばっかり見ていたこいつからすれば、ヤクザやチンピラを演じるのは難しくないのだろう。

 

 

「む、娘って……まさか、鶴見って、鶴見組の……」

 

 

ボソッと、しかし確実に聞こえるように呟く戸部。

 

 

「おい!堅気の嬢ちゃん達の前であんま言うなよ」

 

 

俺のが先に親分の娘とか言ってたのは気にしない。

これは演出だ。

 

 

「で、でも兄貴……こいつら俺らをコケにして」

 

 

「てめぇ兄貴分に向かって口答えしてんじゃねぇぞこの野郎!」

 

 

葉山の言葉を遮り、材木座が蹴りを浴びせる。

それを横目に、俺は留美に頭を下げた。

 

 

「お嬢悪いな、うちの馬鹿がとんでもねぇことしちまったみたいで」

 

 

そう言うと、留美は無表情のまま首を横に振った。

 

 

「いいよ別に。慣れてるから」

 

 

ギクッと、少女たちの身体が動く。

とんでもねぇことしてる自覚はあったんだろう。

 

そうか、と言って俺は少女たちの前に立ちはだかる。

 

 

「悪かったなお前らも。なっ」

 

 

「い、いえ……」

 

 

必死に首を横に振る少女たち。

少し安堵しているように見えるのは、これで助かったと思っているからだろうか。

甘いなぁ。

 

 

「でもよ、いくらなんでも友達真っ先に売っちまうのはよくねぇだろ、ん?ましてやうちの大事なお嬢さんをよ、なぁ?」

 

 

またしても縮こまる忙しい少女たち。

 

 

「今度うちのお嬢に何かしてみろ。てめぇら全員タダじゃおかねぇぞこの野郎ッ!!!!!!」

 

 

突然声を荒げ、俺は怒鳴った。

これでいい。

ただの高校生が叱って留美を贔屓して恨みを買うよりは、ある程度の危険な設定を持たせて怒鳴りつけた方が処理しやすいのだ。

 

 

「おじさん、もういいよ。私気にしてないし」

 

 

「お嬢、でも」

 

 

留美の隣りで葉山をしつけていた材木座が口を挟む。

 

刹那、

 

 

ヒュパン!

 

 

留美が何かを振るったと思ったら、材木座がその場に腹を押さえて倒れたのだ。

一瞬、俺を含めて全員の思考が止まった。

 

 

「私がいいって言ってんだからさ、いいんだよ」

 

 

その手に握られているのは、ストラップ。

ストラップの先に鎮座するのは、ピンクのデジカメ。

留美は、それをヌンチャクのように振って材木座の腹にブチ当てたのだ。

 

唐突なアドリブに固まる。

 

 

「おじさん」

 

 

「ん?うん」

 

 

「こんなんでも一応『友達』だからさ、次なんかしたら指一本覚悟しといてね」

 

 

息を飲む。

こんな小学生が、ここまで冷酷にすらっとこんな事を言えるものなのか。

 

俺は頷き、一礼した。

 

 

「すんませんお嬢」

 

 

分かった、と留美は言う。

言うと、視線を少女たちへと向けた。

 

そして、帰ろっか、というと小学生たちは元来た道へと戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「痛てぇ、痣んなってるよこれ」

 

 

「大丈夫だって、な?」

 

 

腹を押さえる材木座と、そいつの肩を叩いて励ます戸部。

今はキャンプファイアーの時間。

あれから特に何事もなく、肝試しは終わりを迎えた。

正直あんなことがあった後だから先生方にしょっぴかれないか心配していたが、びっくりするほど何もなかった。

恐らく留美が口止めしたのだろう。

今じゃあれほど留美を邪険にしていた少女たちは、すっかり留美に怯えて御機嫌を取ろうとしている。

求めていた形ではないにしろ、これで解決はともかく打破は出来た。

 

 

俺は一人、階段に腰かけてキャンプファイアーを楽しむ小学生たちを眺める。

 

 

「随分危ない橋を渡ったな」

 

 

ふと、平塚が横へやって来た。

彼女は座ることなく、立ちながら同じように小学生たちを眺める。

 

 

「すんません」

 

 

「責めてはいない。むしろ時間がない中でよくやったと思っているよ。方法は最低も良い所だが」

 

 

「……分かってます」

 

 

「ふふ、だがそれが今回役に立ったのは事実だしな。最低の、どん底にいる人間にしか、寄り添えない者もいる。そういう資質も貴重だ」

 

 

「遠回しに貶さないでもらえますか先生」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャンプファイアーが終わり、先生が小学生たちに集合の合図をかける。

その中には留美も居て。

自分の前を通り過ぎる時も目も合わせない。

 

これでいいのだ。

俺は役目を果たした。

もう俺は留美のおじさんではない。なら、これは正しい結末だ。

留美が俺を気にも留めずあの小学生たちの輪の中に入っていくのは、清く正しい。

 

 

「報われないわね」

 

 

今度は雪ノ下がやってきた。

その言葉に、俺は笑う。

 

 

「良いよ別に馬鹿野郎。ただ怒鳴っただけだし」

 

 

そう言って、コーラをぐいっと飲む。

 

 

「徒党を組んでいた相手がいなくなるだけで、ずい分と楽になるものよ。たとえ手段は最低でも、御膳立てしたのはあなたよ、比企谷君」

 

 

「……」

 

 

何も言わず、俺はただ前を見つめる。

 

 

「だから」

 

 

そんな俺にはっきりと、雪ノ下は言った。

 

 

「一つくらい良い事があっても罰は当たらないわ」

 

 

「……へへ、馬鹿野郎」

 

 

照れるように、言い返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 由比ヶ浜が持ってきた花火を、皆でやる。

が、俺はただ一人小さな線香花火だけに火をつけ、階段に座り眺めていた。

 

西として、妻と共に花火をしたことを思い出す。

ロケット花火、熱かったなぁ、なんてことを思う。

 

……西は本物の関係と呼べる人と寄り添った時、何を思ったのだろう。

花火を打ち上げ、笑い、逃げ延びた二人は一体何を得たのだろう。

記憶があれど、感情までは分からない。

そこは俺が推察し、得ていくしかない。

 

留美は、なぜあの場で少女たちを救ったのだろう。

あんなのが本物であるはずがない。

でも、それは俺が考えているだけだとしたら。留美にとっては、あんなのでも本物だとしたら。

 

考えれば考えるほど、負の螺旋へと流れていく。

だとしたら、俺はその本物にとんでもないことをしてしまったのか、と。

 

 

「ほら」

 

 

いつのまにか来ていた葉山が、マッ缶を差し出してくる。

俺は表情一つ変えず、それを受け取った。

 

隣りに座る葉山と、楽しそうに花火をする高校生たちを眺める。

だが、葉山の表情はやや暗い。無理もないだろう。

 

 

「悪かったな、嫌な役やらせちまって」

 

 

そう、謝る。

 

 

「そっちだって似たようなものさ。それに、気分が悪いわけじゃないんだ。ただ……」

 

 

ため息が、彼の口から洩れる。

 

 

「似たような光景を思い出してしまった。それを目にして、何もしなかったことを……」

 

 

そう言って、葉山はマッ缶を一気飲みする。

顔を歪めてから、いつものイケメンスマイルで俺に尋ねた。

 

 

「なぁ、ヒキタニ君が俺と同じ小学校だったら、どうなってたかな?」

 

 

俺は笑い、

 

 

「馬鹿野郎。根暗が一人増えるだけだよ」

 

 

「あっはは……俺はきっと、色々な結末が違ってたと思うよ」

 

 

ただ、と。

葉山は確信を持って言う。

 

 

「俺と『比企谷君』は、仲良くなれなかったと思う」

 

 

俺は黙って、その答えを聞いた。

冗談だよ、と笑う葉山。

でも、それはきっと当たっているはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日になり、ようやく千葉と称したクソ田舎から帰る時間となる。

小学生たちはバスの前に整列させられ、順番に乗っていく。

 

俺たちは俺たちで、平塚の車に荷物を載せていた。

暑い中こんな作業してたら死んじゃうよまったく。

 

 

「やっと娑婆に戻れますね兄貴」

 

 

「ほんとだよまったく、こんなWifiもない田舎に連れて来やがってあの野郎~」

 

 

平塚への愚痴を垂れ流しながら彩加の頭を撫でる。

一見無関係に見えるこの動作だが、心の清涼剤として必要なのだ。

 

 

「もう、文句ばっかり言ってたら嫌いになっちゃうよ?」

 

 

「嘘に決まってんだろお前、俺自然児だよ」

 

 

息を吐くように御機嫌を取りに行く。

そんな俺を由比ヶ浜と小町は蔑んだ目で見た。

 

 

「どの口が言ってるのお兄ちゃん……」

 

 

「ヒッキーが日に日にキモくなってる……」

 

 

ともあれ、無事に終わった林間学校。

あとは車に乗るだけ……と思っていた。

 

その時だった。

 

 

バスの方から、走ってくる音。

息を切らしながら、こちらへとやって来る小学生。

 

長い髪を揺らし、アスファルトを蹴るのは留美だった。

 

 

「ハァ、ハァ……」

 

 

膝に手をついて息を整えている留美。

ちょっとびっくりした。いきなり走ってくるんだもの。

 

 

「なんだお前、バス行っちゃうよ」

 

 

急かすように、俺はバスを指差す。

だが、留美はそんな俺の忠告を振り切って言った。

 

 

「おじさん名前なんて言うの?」

 

 

名前。

会ってから一言も言っていなかった俺の名前。

おじさんではない、ちゃんとした名前。

 

俺は笑う。

 

 

「八幡だよ馬鹿野郎!帰れ早く!」

 

 

おかしくて、笑ってしまう。

でもその中に確かに嬉しさもあって。

 

笑顔で帰っていく留美の背中を、バスが行ってしまっても追っていた。

 

 






久しぶりの投稿です。
来年まで忙しいため、ちょっと投稿できない日々が続きます。


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心残り

 

 

 

 リビングのテレビで夏休み特有のくだらないテレビ番組を見る。

内容は頭に入ってこない。目は画面を見ているはずなのに。

後ろでは小町が大人しくあの頭の悪そうな雑誌を読んでいた。

普段はこっちからちょっかいをかけて遊びに行くのに、今だけはそれもしたくない。

 

カレンダーを見る。

八月二十七日。夏休みはもうほんのわずかしか残されていない。

あと数日で学校が始まるというのは非常に億劫だ。

彩加に会えるということを除けばほぼデメリットしかなく、材木座のVシネマとアニメが混じった話や平塚の理不尽な暴力を受ける事となる。

 

……奉仕部。

あれは、まぁ、嫌じゃない。

ふと、あの日の事を思い出す。

林間学校から千葉へと帰ってきた直後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日前、千葉駅。

ようやく我が故郷へと帰ってきた嬉しさを噛み締めていた。

平塚が何やら絞めの言葉を言っているが、俺はそれをそっちのけでひたすら彩加の背中を撫でる。

何やらもじもじしている彩加が可愛くてしょうがないが、そろそろ小町の視線が痛いからやめておこう。平塚も額をひくつかせているし。

てめぇ材木座何見てんだこの野郎。

 

ちなみに葉山たちのグループは別の車で帰っていった。

どうでもいい。

 

 

「……まぁいい、解散!」

 

 

投げやりな号令と共に奉仕部+αが解散する。

彩加と別れるのは辛いが、仕方ない。まだ小町がいる。

俺は彩加の頭を撫でると小町に尋ねる。

 

 

「なんか買い物してくか小町」

 

 

「あーい、何が食べたい?」

 

 

「彩加」

 

 

「はぁ~……」

 

 

冗談だってのに思い切り呆れたようなため息をつかれる。

お兄ちゃん泣いちゃうぞ。もちろん彩加は食べたいけれども。

一人でそんな事を考えていると、小町が俺を無視して雪ノ下に話しかけている。

ほんとに泣くぞこの野郎、大人が泣いてる姿ってみっともないんだぞ。

 

雪乃さんも一緒に行きませんか~、なんて言っているが、勘弁してほしい。

今まで散々車の中で罵倒されて来たのにまた罵倒されんのかよ。

 

だが、雪ノ下はなぜか言い淀んでいる。

小町だけじゃなく俺までその光景に首を傾げた。

しかし……

 

 

一台の車がやって来た事で、雪ノ下の思惑が分かってしまったのだ。

 

 

「はぁ~い!雪乃ちゃん!」

 

 

「姉さん……」

 

 

一台の見覚えのある高級車から出てきたのは、あの雪ノ下の姉、陽乃さんだった。

彼女は作り物のような笑顔で雪ノ下の下へと駆け寄る。

なるほど、小町の提案を素直に肯定も否定もしなかったのはこのためか。

 

 

「雪乃ちゃん全然帰って来ないんだもん~、お姉ちゃん心配で迎えに来ちゃった!」

 

 

いきなりの来訪者に場にいた全員が驚く。

そもそも由比ヶ浜や彩加、そして小町は雪ノ下の姉を見た事は無いだろうから。

一方で、俺は彼女が乗ってきた高級車を見つめる。

 

車のフォルムはもちろん、運転席に座っている運転手も。

じっと、ただ見つめる。

そして一歩を踏み出そうとして、

 

 

「あ~比企谷君!デートかデートかぁ?」

 

 

急にターゲットを俺へと変えた陽乃さんが、腹を肘で突いてきた。

突然の行動に驚いた俺は、否定しつつ彼女から離れようとはしない。

ワンピースからわずかに見える胸元が、なんともまぁ男の性を刺激していたのだ。

だって高校生だもん、大きくて見えやすいのに反応しちゃうのはしょうがないだろ、なぁ材木座。

あ、材木座が逃げの体勢に入ってる。

 

 

と、二重の意味で困る俺を助けたのは由比ヶ浜。

俺の手を引っ張り、強引に陽乃さんから離す。

一瞬陽乃さんがそんな由比ヶ浜をじっと見つめた。

その瞳には、先ほどまでの愛らしさがない。

 

しかしすぐに表情を元に戻すと、

 

 

「君は?比企谷君の彼女?」

 

 

「え、いや違います!クラスメイトの由比ヶ浜結衣です!」

 

 

早口で否定して自己紹介する。

よく口回るなぁ、俺活舌悪いから羨ましいや。

 

そしてそれを聞いた陽乃さんは一気に顔を明るくして、

 

 

「なぁ~んだ良かったぁ!雪乃ちゃんの邪魔する子だったらどうしようかって思っちゃった!比企谷君に手を出しちゃダメだよ!雪乃ちゃんのだから!」

 

 

「違うわよ」

 

 

「違いますよ」

 

 

「息ピッタリだね~!」

 

 

早口でまくし立てるように由比ヶ浜に警告する陽乃さん。

俺と雪ノ下まで早口で否定してしまった。

漫才やってんじゃないんだよ。

しかしそれがさらに陽乃さんを焚き付けてしまう。

 

と、不意に今まで黙っていた平塚が助け舟を出してきた。

 

 

「その辺にしてやれ陽乃」

 

 

「あ、しずかちゃん!」

 

 

「その呼び方はやめろ」

 

 

まるで旧知の仲のような会話だった。

しかしどうも平塚は眉を細めている。

 

 

「なんだ知ってるんですかしずかちゃん」

 

 

「ぶっ殺すぞ比企谷。……昔の教え子だ」

 

 

ふぅーん、と俺は納得する。

それも束の間、陽乃さんはそろそろ行こうか、と雪ノ下を連れて行こうとした。

お母さん、待ってるよ。と、付け加えて。

 

――どこも同じなのね。

 

不意に、川崎の一件で雪ノ下が発した言葉が頭をよぎった。

雪ノ下を見る。彼女はどこか影を落としたような表情で、仕方なくという風に言った。

 

 

「小町さん、折角誘ってもらったのにごめんなさい。一緒に行くことはできないわ」

 

 

「え?あぁ、はい……」

 

 

雪ノ下は歩き出す。

俺たち奉仕部を置いて、魔王と車へと。

 

そして去り際に、

 

 

「さよなら」

 

 

と、まるで今生の別れのように、言った。

太陽が照らす、その、一人の少女がするにはあまりにも暗い背中を眺めながら、今日にいたる。

 

 

 

 

 



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誘い

 

 

 

 

 「キャンキャン!キャンキャンあぅーんオォンオン!」

 

 

ふと、物思いにふけっていると聞き覚えのある煩い鳴き声が耳に入った。

入った途端、仰向けに寝転がっている俺の腹に、重い衝撃が。

ぶへっと、情けない声を出すと同時に、腹筋する様に上半身だけ起き上がらせて衝撃を与えた張本人を見る。

犬だ。

小さめの、由比ヶ浜が飼っている、サブレとかいう飼い主に似て頭の悪そうな犬が、俺にのしかかっていた。

 

俺は不機嫌そうにサブレを睨むが、こいつはそんなのお構いなしに遊んでとばかりに吠える。

実は今、由比ヶ浜が一家そろって旅行中で、その間俺が預かることになったのだ。

ちなみに俺に拒否権は無く、受け渡しの手続きやら何やらすべて小町が済ませてしまい、俺には事後承諾だった。

 

 

「なんだお前よぉ、人が休んでんのにこの野郎……」

 

 

「アンアンアン!キャオン!」

 

 

ベロベロと俺の顔を舐めだすサブレ。

朝風呂浴びたのにもう顔べちょべちょじゃねぇかよこの野郎。

しょうがないと言わんばかりにサブレを抱え、立ち上がる。

そして寝っ転がっているカマクラの横へ降ろす。

 

 

「ほらカマクラ、遊んでやれよ」

 

 

動物同士仲良くしててくれ、と言おうとした矢先、

 

 

「キシャー!!!!!!」

 

 

「ギャンギャンギャン!ウ~~~……」

 

 

お互い臨戦態勢で睨みあって吠え出す。

カマクラの野郎面倒ばっか俺に押し付けやがって畜生。

 

 

「お前らよ、仮にも動物なんだから。もうちょっと仲良く出来ねぇのかよ」

 

 

「お兄ちゃんだって葉山さんたちと仲悪そうじゃん」

 

 

「俺は良いんだ馬鹿野郎」

 

 

痛い所を小町に突かれる。

あいつと仲良くできりゃあ人間戦争なんてしないっての。

小町は俺の飼育能力の無さに呆れたように、椅子から降りてサブレを抱える。

 

そして他人の赤子をあやすようにして声をかけ、遊んであげている。

それを若干羨ましそうな目で見ているカマクラが不憫だ。

 

 

「あいつ早く帰って来ねぇかなぁ」

 

 

いつも以上に文句を垂れつつ、俺は再びソファーに座る。

カマクラも由比ヶ浜もえらい手のかかる奴だなぁまったく。

 

 

 

 

 

 

 

 それから数時間して、ようやく由比ヶ浜がサブレを引き取りに家へやって来た。

肌は少し日焼けしていて、小麦色の手足がホットパンツとTシャツから覗ける。

覗けるって言うとなんかスケベみたいだが、要は普通に焼けているのだ。

手には沖縄という文字が書かれたお土産。個人的にはちょっとだけそれが気になったが、由比ヶ浜はそれを小町に渡すと言った。

 

 

「いや~ごめんね!サブレ迷惑かけなかった?」

 

 

「おかげで顔ベトベトだよ馬鹿野郎。犬も飼い主も似たような事しやがってよ~」

 

 

眉を吊り下げながら悪態をつく。

だが由比ヶ浜は悪態をつかれたことよりも、

 

 

「どぅええぇ!?あ、あたしヒッキーの顔なんて舐めてないよ!?」

 

 

「当たり前だろ馬鹿野郎、そうじゃねぇよ、うっさかったって言ってんだよ馬鹿野郎!」

 

 

「バカじゃないし!」

 

 

「まぁまぁ二人とも」

 

 

小町がヒートアップした俺と由比ヶ浜に割って入る。

こういう所は本当に出来た妹だ。由比ヶ浜にも見習ってほしいし、是非とも彩加と小町の爪の赤でも煎じて飲ませてやりたい。

 

 

「良い子でしたよ~!お兄ちゃんも遊んでくれてましたし!」

 

 

俺ほとんど遊んだ記憶がないんだけどなぁ。

散歩はまぁしてやったりしたが、他の事は小町とカマクラに押し付けてやった。

それでも遊んで遊んでと俺の所に来てはキャンキャン吠えていたが。

とりあえずそんなこんなで話が終わり、動物用のカゴにサブレを納めた由比ヶ浜が挨拶をして家を後にしようとする。

 

出ていくまでは見送ろうとしていたので、そのまま小町の横で由比ヶ浜を眺めていたが、ふと手が玄関の扉に触れた瞬間、彼女は動きを止めた。

まだなんかあんのかな、と思いつつ、由比ヶ浜の背中(正確には大きめの尻)を見ていると、彼女は振り返り、どことなく緊張した面持ちで言った。

 

 

「花火大会」

 

 

「あ?」

 

 

「花火大会、行こうよ。サブレの面倒見てくれたお礼に、さ」

 

 

言われてから、そういえばそんなんやるなぁなんて思い出す。

だって何年も行ってないんだもん。行かねぇよあんなリア充のたまり場。

それじゃなくたってガラ悪い連中多いし、俺行くと絡まれるんだよ。

 

と、心の中で意味のない反発を見せる。

本当は、由比ヶ浜の本心に気付いている。

 

 

「良かったな小町、由比ヶ浜にいっぱい奢ってもらえよ」

 

 

「……お兄ちゃんさぁ、ほんとゴミいちゃん」

 

 

やんわりと俺は行かない事を告げると、由比ヶ浜の表情に雲がかかった。

分かってくんねぇかなぁ、俺と行ってもつまんねぇよ。

たぶん一言も感想なんて出てこないし。

 

だったら三浦たちとでも――

 

 

「あ~小町ィ、こう見えても受験生でぇ~、色々忙しいんですよ~」

 

 

「そっか、そうだよね」

 

 

急に、芝居がかった様な言いぐさをする小町。

こういう時の小町は余計な事をするというのがお決まりだ。

 

 

「でもぉ~でもですねぇ~小町買ってきてほしいものがあるんですぅ~」

 

 

そそくさと、その場から逃げ出そうとする俺を小町は離さない。

 

 

「でも小町時間ないしな~あぁあああ結衣さん一人じゃ量が多くて持ちきれないだろうしなぁあああああああ!!!!!!」

 

 

「ヒッキーがいてくれたらなぁああああああいっぱい小町ちゃんにお土産買ってけるのになぁあああああああ!!!!!!」

 

 

由比ヶ浜まで小町に悪乗りして大声で叫び出す。

なんだこれ、ホラーじゃねぇか。

 

 

「うるせんだよテメェらこの野郎!行きゃいいんだろ行きゃ!」

 

 

舌打ちしつつ、了承されて満面の笑みを浮かべる由比ヶ浜。

俺はそれを直視できず、ただ不貞腐れたようにポケットに手を突っ込んだ。

 

 



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青春女

 

 

 人気のない夜の砂浜で、安い打ち上げ花火に火をつける。

導線に火が付いたことを確認すると、すぐに下がって同伴者の横に座る。

火遊びを覚えた中学生のように少しばかりわくわくしながら打ちあがるのを待っていると、導線についた火花が消えてしまった。

あとちょっとの所だというのに、花火はうんともすんとも言わない。

 

妻と顔を見合わせる。

格好が悪くなってすぐに顔を下に逸らした。別に自分のせいではないが、恥ずかしさと面倒くささが募る。

 

仕方なく打ち上げ花火の下へと戻る。

導線は問題なく役目を果たしていて、燃え尽きていた。

では原因は花火本体だろうか。ふと、打ち上げ花火を覗いてみる……と。

 

ちっぽけな破裂音がしてすぐ目の前を火の玉が駆けあがっていった。

思わず尻もちをつく。その後ろで、あの人は無邪気に笑っていた。

随分久しぶりに見た、まぎれもない笑顔だった。

 

少しして、舞い上がった花火が華を咲かせる。

そんな上等なもんじゃ決してなかったし、数も一つだけだった。

 

でも、すごくきれいで。

今まで見てきた花火の中で、とっても輝いて。

 

自分とあの子は思わず見とれてしまった。

まるで、若い頃に戻ったように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 花火大会当日。

駅前で由比ヶ浜を待ちながら立ち尽くす。

ちょっと煙草を吸いたい衝動にかられながらも、人通りが多い今日この日、総武校の連中にでも見られたら大事だ。

ひたすらポケットに手を突っ込んで待ち続ける。

もうかれこれ数十分こうしていた。

 

小町曰く、男が女の人は待たせるもんじゃないと。

いつもいつも暗躍しやがってあの野郎。

 

その時、特徴的なお団子結びの髪型が階段の下に見えた。

カンカン、と下駄を鳴らしながら徐々に見えてくるお団子ヘアー。

そして、浴衣姿の由比ヶ浜。

 

対して俺はいつも通りの服装にサングラス。

これ以外に似合う物がない。

 

 

「あ!」

 

 

息を切らしながら、まるで飼い主を見つけた犬のように走ってくる由比ヶ浜。

俺も歩み寄っていると、彼女が足を絡めてこけそうになる。

それを手を差し伸べて止めてやると、由比ヶ浜はちょっとだけ顔を赤らめてはにかんだ。

 

 

「ありがとう、ヒッキー」

 

 

いつにも増して母性溢れる笑顔を向けられると、こちらとしても顔をそむけてしまう。

俺は適当に頷いてやり過ごした。

 

 

「ごめんね、バタバタしちゃって……待った?」

 

 

「ん?うん、3時間ぐらい」

 

 

「え!?そんなに!?」

 

 

「嘘だよ馬鹿野郎」

 

 

「も~!ヒッキーの馬鹿!」

 

 

頬を膨らませて怒る由比ヶ浜と悪人面で笑う俺。

いつも通りの風景が、一人を除いて続く。

 

 

「浴衣、似合ってんな」

 

 

ふと、やや不意打ち気味に褒める。

すると由比ヶ浜は頬をやや赤く染めて下を俯いた。

そして、何やらずるいだのなんだのとブツブツ呟く。

ちょっとからかい過ぎたか。

俺もちょっとばかし反省し、無理矢理場面を進めようとする。

 

 

「ほら、電車待とう」

 

 

背中を向け、一人改札へと向かう。

由比ヶ浜も後を速足で追う。

まだまだ初心なのは俺も同じことだ。

 

 

ホームで電車を待っていると、お互いに沈黙が続いた。

由比ヶ浜はなんだか恥ずかしそうに俯いていて、時々何かを言おうとするがやっぱりやめる。

俺も俺で、さっきからかい過ぎた事もあって言葉を発するのに抵抗があった。

 

 

「……花火大会ってよ」

 

 

俺が言いかけた所で電車がやって来て音を掻き消していく。

タイミングを逃し、また黙り込む。

電車に乗り込んでもそれはあまり変わらなかった。

つり革に掴まり、電車の外の夕焼けを眺める。

なぜ現地集合にしなかったのかを尋ねると、それは味気ないという。

確かに一理あるかもしれないが、そもそも俺みたいなのと花火大会に行くことが味気ないとは思わなかったのだろうか。

思わなかったんだろうな、こいつは。

 

優しいから。

 

 

ふと、京葉線特有の急ブレーキが俺たちを襲った。

たまたまつり革に掴まっていなかった由比ヶ浜は、俺にもたれかかる。

謝ってそっと離れる由比ヶ浜。ちょっとだけ俺の心臓も揺れた。

 

いいよ、とだけ言って謝罪を受け入れる。

それが由比ヶ浜にどう映ったのかは分からない。

気が付くと、彼女のか細くて白い手が、俺のシャツの袖にちょこんと触れた。

 

 

「……」

 

 

無言を貫く。

そしてその手を慣れない手つきで払う。

 

思わず顔を逸らした。

そんな俺を、由比ヶ浜は笑っていた。

袖のあたりにはまだ暖かい感触が残っていた。

むずむずした何かが心を這う。

だけど不思議と、心地よい。でも、どこかでそれを否定する自分もいる。

 

 

「……着いたよ、ヒッキー」

 

 

いつの間にか、目的地に到着していた電車。

そっと、由比ヶ浜は呟く。

頷いて、外へ流れていく人波に混ざる。

 

すると。

 

 

きゅ、と。

袖ではなく、今度は俺の手を、由比ヶ浜が握った。

反発して握り返せば壊れてしまいそうなその手を、振りほどけない。

いつもとは違う、どこかおしとやかな由比ヶ浜が、頬を染めて俯く。

 

 

「手、握ろっか」

 

 

そうとだけ彼女は言うと、俺は何も答えずに彼女の手を、精一杯壊れないように握った。

 

 






今年中は更新がきつくなりますのでご容赦ください


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くじ運は強し、女運は悪し

遅れて申し訳ありません。
生活環境が一変し、ろくにパソコンどころか携帯にも触れられませんでした。


 

 

花火大会というのは混雑しているものである。まるでそれが自然の摂理であるかのように、駅からズラッと人の波で溢れている。

 

つい最近までヤクザぼっちだった俺としてはいい気分じゃないが、ここで帰ったら小町に何を言われるかわかったもんじゃないし、そもそも隣で俺の手を握っているこの子が置き去りにされた犬のような顔になってしまうに違いない。

 

それにしたってこの人混みは精神的にきついもので。

 

 

「なんだってこんな人多いんだよ馬鹿野郎」

 

 

ついつい愚痴をこぼしてしまうものだ。

眉をハの字にしている俺を見て由比ヶ浜は笑い、

 

 

「しょうがないよ、だって花火なんだから‥‥‥それよりもほら!たこ焼き食べようよ!」

 

 

手を引っ張る由比ヶ浜。

これじゃサブレ連れて歩いてるこいつじゃねぇかなんて思いながら、苦笑いしてなすがままに屋台の前に連れて行かれる。

 

 

なんで屋台のたこ焼きやら焼きそばってのはやたら高いんだろうな。一個500円ってぼったくりじゃねぇか。

それにこういうのってのは裏にヤクザがいてショバ代やらなんやらって取ってくんだから、警察もその辺ちゃんと取り締まれよ。

ちなみに大友と村川はちゃっかりそういったこともやっていた。

 

もちろん親分が屋台で鉄板相手に、なんてことはしないし、大友の時代に至っては警察の目も厳しくなってきたので大した金にはならなかったが。

片岡の野郎、散々焼きそばやら金やら持ってきやがって。

 

 

「小町に何買ってきゃあいいかなぁ」

 

 

美味そうにりんご飴を頬張っている由比ヶ浜を尻目に一人呟く。

 

 

「ひゃっはりははあめほかほへんほははな?」

 

「食ってから喋れよ馬鹿野郎」

 

「ごっくん、馬鹿じゃないし!」

 

 

相変わらずこいつは元気だなぁ。

ようやくりんご飴を食べ終わった由比ヶ浜が口元に飴をつけながら言う。

 

 

「やっぱり綿あめとかがいいんじゃないかなぁ?私好きだし!」

 

「それお前が食いてぇだけじゃねぇか、もっとなんかねぇのかよ、女の子喜びそうなもんよ」

 

 

考えても仕方がない。

俺と由比ヶ浜はまた人混みの中を歩き出す。ほんとどうすっかなぁ、なんだかんだ理由付けて俺と由比ヶ浜を花火に連れ出したんだろうけど、お土産くらい買って行かなかきゃ怒るだろうしなぁ。

 

と、そんな時、ふとおみくじ屋が目に入る。

 

 

「あ、私これやりたい!」

 

 

何本もの紐が景品にランダムに繋がっているシンプルなくじ。

それを見て由比ヶ浜がささっと寄っていく。

 

 

「へいらっしゃい!やってくかい御嬢さんと……てめぇどこの組のもんだ」

 

 

屋台の親父が俺にガンを飛ばす。

やっぱ見た目って重要だなぁ。

 

 

「どっからどう見ても高校生じゃねぇか。……これ一回」

 

 

そう言って500円玉を親父に渡す。

 

 

「なんだ老け顔かよ。はいよ、じゃあ好きなの引きな!」

 

 

「ほら、お前引けよ」

 

 

顎で紐を指す。

 

 

「ヒッキーありがとう!えへ〜どれにしよっかな!」

 

 

ニコニコしながら由比ヶ浜が紐を選んでいく。

数秒してようやく選んだ由比ヶ浜は、紐を一気に引いた。

 

だが、先っぽには何も付いていない。

ハズレだった。

 

 

「あちゃ〜ごめんヒッキー、ハズレだ」

 

 

「なんだこの野郎、全部ハズレじゃねぇだろうな」

 

 

適当にいちゃもんをつける。

 

 

「変な事言うなよ兄ちゃん、ちゃんと当たりだってあるよ」

 

 

「ほんとだろうな、もう一回やるぞ由比ヶ浜」

 

 

なぜか唐突に変な火がついてしまった俺は、500円玉を財布から取り出して親父に渡す。

こうなったら当たるまでやってやらなきゃ気が済まん。

 

 

「ヒッキーいいよ、違う所に行こうよ〜」

 

 

「ほら、これ持ってなんか買ってこいよ」

 

 

そう言って千円札を三枚渡す。

すると由比ヶ浜は目を輝かせて、

 

 

「わぁい!ちょっと買ってくるね!」

 

 

そう言って走り去っていく。

ようし、こっからは俺と親父の勝負だ。

プレステ当てるまで帰らねぇぞ畜生。

 

 

 

 

 

 

三千円を握りしめた由比ヶ浜。

言われた通りに好きなものを買っていく。綿あめ、またりんご飴、カキ氷と、お祭りのお約束を好きなだけ堪能すると、ちょっとだけベンチに座って休憩。

 

そして今日の出来事を振り返っていた。

 

 

「……やっぱりヒッキー、面白いな。ふふっ」

 

 

普段は不良ぶって不機嫌そうな少年の、珍しく夢中になっている姿を思い浮かべる。

そして同時に、今ここにいないもう一人の部員のことも思い出す。

 

……なんだか抜け駆けしちゃったかな。

多感で正直な少女はちょっとばかりの罪悪感を抱く。

 

 

その時だった。

 

 

「お姉ちゃん今一人?」

 

 

ふと、男の二人組から声をかけられた。

案の定ナンパだった。

由比ヶ浜は何も言わずに小石を拾い上げ、ビニール袋に入れる。

 

 

「俺たち今暇なんだけど良かったら」

 

 

そこまで言って男たちの顔面に強い衝撃が走った。

由比ヶ浜が、小石入りのビニール袋を男たちの顔めがけて振り回したのだ。

 

血を流しながら倒れる男達に目もくれず、由比ヶ浜は少年の元へと歩き出す。

知らず知らずの内に、少年の凶暴さは、少女へと継がれていることに、まだ彼は気がつかない。

 

 

 

 

 

「あーまたぬいぐるみかよこの野郎!もう一回だもう一回!」

 

「兄ちゃんも好きだねぇ」

 

 

相変わらずくじに熱中している俺は、500円玉と引き換えにもう何度目か分からないくじを引く。

今までに手に入ったのはぬいぐるみ三つとジッポとよく分からないおもちゃ。

お土産はこいつらでいいか。由比ヶ浜に一つあげよう。

 

 

「来い!来い!」

 

 

紐を一気に引く。

先端にはなんと最新型のプレステが。

 

 

「見ろ!見ろ!どうだコラ!ざまぁみろこの野郎!プレステだぞ!」

 

「あー、うん、当たり。持ってっていいよ」

 

 

すっかり疲れ顔の親父を他所に、悪そうな笑顔で俺はプレステを掻っ攫う。

いや〜やっぱ祭りはこうでなくちゃな。

 

 

「比企谷」

 

 

不意に後ろから女に声をかけられる。

ぬいぐるみとプレステを抱きかかえながら振り返ると、そこには短髪の女子高生がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

相模南は、その時たまたますぐ側の綿あめ屋にいた。

友達のゆっこと遙と共に花火大会へと来たはいいものの、何をするでもなく適当にぶらついていたのだ。

ひょんな事からその友達二人も彼女らが所属するバスケ部の友人たちとどこかへ行ってしまい、今の彼女は完全にぼっち。

つまらなさに拍車がかかった花火大会は、なにごともなく終わる予定だった。

 

だったのに。

 

 

「親父この野郎!お前細工してんじゃねぇだろうな!」

 

「してねぇって!お前ほんとにどこの組だコラ!テメェみてぇな高校生いてたまっかよ!

 

「いいからほら!500円!」

 

「まだやんのか」

 

 

一見するとチンピラが屋台の親父に喧嘩をふっかけているその姿は、相模には懐かしい思い出のように映った。

ふらふらっと、相模の足が少年へと向かって動いていく。

 

だがそこで一度我に返って、辺りを見回した。

あるのは人混みだけで、いつものゆっこと遙、そして彼にやたらとまとわりついている由比ヶ浜や雪ノ下はいない。

 

話しかけるべきだろうか。

どうしよう。かれこれ一年ぶりに話すのだ、しかも自身が迷惑をかけてしまってから一度も話していないため、声をかけづらい。

どうしよう、どうしよう。

 

まるで恋する乙女のように慌てる相模。

 

 

だが、

 

 

「見ろ!見ろ!どうだコラ!ざまぁみろこの野郎!プレステだぞ!」

 

 

その大声で、背中を押された彼女は意を決して話しかけることにしたのだ。

 

 

「比企谷」

 

 

声をかけられて振り向いた少年は、自分を見て驚く。

ぬいぐるみを落とすぐらいには驚いていた。

 

 

「あんた何やってんの」

 

 

その光景が面白くて。

 

 

「……相模か」

 

 

久しぶりに名前を呼ばれた事が嬉しくて、彼女は笑う。

 



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病み

 

 

 

 

 

買ったものを手に、先程のくじ屋へと歩く由比ヶ浜。

ついさっき起きたことなどもう気にしていないように、その足取りと表情は軽い。

何を一緒に食べてどういう話をしようとか、そういうことしか頭にはないのだ。

あの不機嫌で不器用な少年の事といる事を考えれば、この頭が痛くなるような人混みも気にならない。

 

だから、戻ってきて早々由比ヶ浜の表情から笑顔が抜け落ちてしまった。

あの少年と、知り合いの少女が何やら話している。

それも随分と親しげで、ただクラスが同じとかそういう上っ面だけの理由ではない事は確かだった。

 

幸いだったのは、一番の親友で敵である少女でないという事か。もしそうであるなら、由比ヶ浜は一歩引いてしまったに違いない。今少年と話しているのは、2年連続クラスが一緒で、去年はよく一緒につるんでいた、相模という女だ。あれならば、少年との仲はあってないようなものだから、今現在の危機ではない。

 

 

「お待たせヒッキー!……あれ、さがみん?」

 

 

あくまで気がついていないように、由比ヶ浜は手を振って少年に声をかける。

それに気づいた二人が揃ってこちらを見た。

 

 

「あれ、結衣じゃん?もしかして、比企谷と来てたの?」

 

「言ったじゃねぇか連れいるってよ」

 

 

困ったように少年が笑った。その表情が気に入らなかった。

この少年は、人見知りだ。クラスメイトに話しかけられたぐらいじゃ笑わないし、そもそも話そうとしないだろう。

ということは、この相模という女はそれ以上だということになる。

 

由比ヶ浜の顔が一瞬強張る。

 

 

「あ、あれ、知り合い?」

 

「知り合いって……クラス一緒じゃん。どうしたの?なんか変だよ?」

 

 

思わぬ所でヘマをする由比ヶ浜。

 

 

「え、ああそうだったね!あたしバカだからすっかり忘れてたよ〜……って、バカじゃないし!」

 

「一人で漫才やってどうすんだよ。……じゃあ、俺行くわ。じゃあな相模」

 

 

フッと、少年が笑って相模の隣から離れ由比ヶ浜の側へと移る。由比ヶ浜の顔が一気に明るくなった。

 

 

「え、あぁうん、バイバイ比企谷」

 

「あー、じゃ、じゃあねさがみん!」

 

 

そう言いつつ、少年の手を強引に引いて由比ヶ浜はここから離れる。

その姿を、相模はちょっぴり寂しそうに見つめた。

対する由比ヶ浜は、嬉しそうに。

 

 

「おい引っ張んなこの野郎!ぬいぐるみ落ちんだろうがよ!」

 

「ヒッキー取りすぎ!そんなに取ってどうすんの!?」

 

「取りたくて取ったんじゃねぇよ馬鹿野郎!これやっから離せ!ほら!」

 

「わー!パンさんのぬいぐるみだ!ヒッキーありがとう!」

 

 

そんな会話を聞きながら、ショートカットの少女は立ち尽くす。

自分があそこにいれたらな、なんて思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前これどう見ても買いすぎだろ、食い切れねぇよ」

 

 

りんご飴を頬張りながら俺は言う。

ぬいぐるみとプレステ抱えながらだから食い辛いったらありゃしない。しかも口の周りがべちょべちょだ。

 

 

「ヒッキーだって取りすぎだよ〜、いくら使ったの?」

 

「覚えてねぇよいちいち」

 

 

そんなたわいもない会話。

その途中に、花火が上がった。色とりどりの花火が、大きな音を発てながら夜空に浮かぶ。

その光景を、思わず立ち止まって見続ける。

隣で感想を述べる由比ヶ浜を置いて、ただ見とれるようにカラフルな花火を眺めた。

 

ーーこんなに豪華じゃなかったな。

まるで西を代弁するような言葉は、ぽろりと口から漏れてしまう。

何が?と由比ヶ浜に問われれば、俺は鼻で笑ってなんでもねぇよとだけ答えた。

 

 

 

 

 

「こんなに混んでんならシートでもなんでも持ってくるんだったよ畜生」

 

「ヒッキーって意外と気が効くね!病気?」

 

「お前馬鹿野郎それ褒めてねぇだろ。あのな、気が効くから俺ぼっちなの」

 

「目立たないから迷惑かけてないとか言わないでね。もう思いっきり目立ってるから」

 

「え、なんだこの野郎」

 

 

言いたいことを当てられてしまい返す言葉がない。

二人は周りを見回してどこか座れそうな場所を探す。

 

しばらく歩くと、空いている場所に出た。

座ろうとすると由比ヶ浜が引き止め、近くにある看板を指差す。

 

 

「ここ有料エリアだよヒッキー」

 

「ええ?関係ねぇよそんなん、こっちだっていっぱい金使ってんだから」

 

「それくじやってただけじゃん」

 

 

バカに突っ込まれるとは思わなかった。それじゃあ仕方ないと、渋々俺はここから出ようとする。が、

 

 

「あれ〜?比企谷くんじゃん」

 

 

不意に後ろからかけられた声に、スイッチが入った。

不機嫌とはまた違う、いつもの表情で振り返る。

そこには、雪ノ下の姉、雪ノ下 陽乃が高価そうな着物に身を包み、こちらに手を振る姿があった。

 

 

「……」

 

 

俺と由比ヶ浜は何も言わず、相変わらずの笑顔を向ける雪ノ下姉を半ば睨みつけるように見た。

 

 

 

 

 

 

 

「父親の代理でね、ご挨拶ばっかりで退屈してたんだ〜」

 

 

隣で座る雪ノ下姉が言う。

由比ヶ浜は俺を挟んでその隣で、微妙そうな表情でそれを聞いていた。

 

 

「比企谷くんが来てくれて良かった〜」

 

「はぁ」

 

 

心にもない事をよくも言えると思う。

いや、思っているのかもしれない。退屈しのぎのおもちゃが見つかったとか、そんな風に。

 

 

「貴賓席って言うのかな、普通は入れないんだから」

 

 

そういう彼女の表情は自慢げだが、それすらも作り物のように見える。

確かにこのエリアは先程の有料エリアよりもさらに人が少なく、それでいて眺めも良い。

 

 

「セレブだ……」

 

 

ボソッと由比ヶ浜が呟く。

それを逃さず、まぁね、と言う姉。

 

 

「うちの父の仕事、こういう自治会系のイベントに強いの」

 

 

さすがは一流の建設業といったところか。

 

 

「それはそうと」

 

 

ふと、姉がこちらにずいっと近寄り耳打ちするように言いだした。

 

 

「浮気は感心しないなぁ」

 

 

茶化すように言う。

 

 

「違いますよ」

 

 

「じゃあ本気か〜?尚更許せませんな〜」

 

 

そう言いながら耳を引っ張ろうとしたので、その手を払いのけた。払いのけられた本人は驚いたような顔をする。

 

 

「あ、あの!」

 

 

由比ヶ浜がフォローするように声を張った。

 

 

「えーっと……何ガハマちゃんだったっけ?」

 

 

名前が思い出せないと言わんばかりに姉はわざとらしく首をかしげる。

 

 

「由比ヶ浜です!」

 

 

いつもみたいにきゃんきゃん怒らず言えたのは偉いと思う。

姉はああそうそうごめん、と割とどうでも良いように謝った。

 

 

「今日ってゆきのん一緒じゃないんですか?」

 

「雪乃ちゃんなら家にいるんじゃないかな?こういう行事は長女の私、昔から母の方針なの。あのね〜うちって母が一番怖いんだよー?」

 

「あなた見てりゃ分かります」

 

「えー?失礼しちゃうな〜。……母は、私より怖いよ」

 

 

ボソッと、小声で、しかし確実に聞こえるように言ってみせた。

 

 

「そうでなけりゃ雪ノ下もあんなに捻くれませんよ」

 

「捻くれてるのはヒッキーじゃないかな……」

 

 

大きなお世話だ馬鹿野郎。

 

 

「うちってね、なんでも母親が従わせようとするんだ。こっちが折り合いつけるしかないんだけど……雪乃ちゃんったら、そういうのへたっぴだから」

 

 

ちょっとだけ、素が見えたような気がした。

しばし会話が途切れる。

 

 

「で?今日はデートだったのかな?だったら邪魔しちゃってゴメンね?」

 

 

デート……その発言を否定するか迷っていると、

 

 

「はい。でも、大丈夫ですよ!良い場所で花火見れましたし」

 

 

俺と姉が驚いて由比ヶ浜を見る。

彼女はただ笑って花火を見つめるだけだ。

 

 

「そっか。そっか。また雪乃ちゃんは選ばれないんだね」

 

 

そう、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。

今度は本当に、聞こえるか聞こえないかの音量で。

 

 

花火が上がる。

 

 

「……そういや雪ノ下さんは」

 

「えー、そんなに他人行儀にならないでよ。私の事は陽乃、それかお姉ちゃんで」

 

「雪ノ下さんはうちの卒業生だったんですよね」

 

「比企谷くんって中々強情だね〜。かわいいやつめ。そうだよ。比企谷くんの三つ上、今はご近所の国立理系だよ」

 

 

あ、と由比ヶ浜が何か思い出したように言う。

 

 

「それじゃあゆきのんの志望と一緒ですね!」

 

 

ぴたりと、姉から動きが消える。

 

 

「……あぁ、雪乃ちゃん、国公立理系志望なんだ」

 

 

心底残念そうに、

 

 

「昔から変わらないな〜、お揃いで、お下がりで」

 

 

俺たちが知らない雪ノ下を、彼女は想う。

 

 

「あ、あの……陽乃さんはゆきのんの事が嫌いなんですか?」

 

「やだな〜、そんなわけないじゃん!昔からずっと後ろにくっついてくる妹の事が嫌いなわけないよ〜。由比ヶ浜ちゃんは?雪乃ちゃんのこと好き?」

 

「そ、それはもう好きです!かっこいいし誠実だし、頼りになるし!でも、時々すごいポンコツで可愛いし!それに、分かりづらいけど優しいし!……私、とんでもないこと言ってますね」

 

 

笑ってごまかす由比ヶ浜。

ポンコツってひでぇな。

 

 

「そう。それなら良かった。みんな最初はそう言ってくれるんだよ。でも、最後はみんな雪乃ちゃんに嫉妬して、拒絶する。……あなたは違うと良いな」

 

 

そのささやかな願望が、俺には嘘に見えなかった。

ここにきて、ようやくこの人の一部が理解できた気がする。

由比ヶ浜は不思議そうに、でも何かに気がついてしまったように言葉を詰まらせた。

 

 

「そんなこと、しないです」

 

 

でもはっきりとそれだけは言い切った。

姉はちょっと驚きつつも笑い、

 

 

「で?比企谷くんは?好き?」

 

「……そういうこと男子に聞いちゃダメですよ」

 

「んふふ。ごめんごめん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

混む前に帰ろうという姉の提案で、花火の終わり際に俺たちはここを去ることにした。

駐車場に行くと、案の定あの黒塗りの車がやって来る。

 

 

「良かったら送っていこうか?」

 

 

その気遣いを無視して、俺は助手席の近くに立って運転手をじっと見る。運転手はこちらを見ず、ただ顔をそらした。

その気まずい空気の中でも姉は変わらない。

 

 

「もー、そんなに睨んでも困るな〜、示談も済んだんだし。そういえば雪乃ちゃんから聞いたの?」

 

 

誰も何も答えない。

 

 

「あ、ありゃ?聞いてなかったの?なんか悪いことしちゃったかな」

 

 

「……いえ。行こう由比ヶ浜」

 

 

俺は離れて背を向ける。

 

 

「一つだけ擁護するなら、あの子はただ乗ってただけだし、あんまり責めないであげてね。もう終わったことだし」

 

「……ええ、もう終わったことですから。席、ありがとうございました」

 

 

軽く一礼して、後にする。

ずっと由比ヶ浜はこちらの表情を伺っていた。

 

 

 

 

帰り道、電車。

行きとは違い空いている車内で、俺は由比ヶ浜を横にただ外を見つめる。

 

 

「ヒッキーはさ」

 

 

ふと、由比ヶ浜が口を開いた。

 

 

「ゆきのんから聞いてた?」

 

 

恐る恐る出た言葉。

 

 

「んー、いや」

 

 

「そっか……」

 

 

すっかり暗いムードに包まれる。

稲毛海岸に着くと、俺も一緒に降りた。

近くまで送ると言って、無言で夜道を歩く。

 

 

「お前知ってたのか?」

 

「ううん、ヒッキーは?」

 

「合宿の最後の日に陽乃さん来てたろ、それで知ってたよ。直接聞いてねぇけど」

 

 

「そっか……。でも、言いづらいことだってあるよ。私だって……」

 

「知ってるよそんぐらい。むしろ知らない方がいいことだってあんだろ」

 

「私は……知りたいかな」

 

 

また、会話が途切れる。

と思ったら、由比ヶ浜が止まった。

 

 

「私は、もっと知りたい。ゆきのんのことも、ヒッキーのことも」

 

「ろくでもねえよ俺のことなんて」

 

「それでも、知りたい。もっと、いっぱい」

 

 

しおらしい、いつもの由比ヶ浜じゃない。

でも、そういう頑固なとこは変わらない。

 

 

「私ね、思うんだ。もし、事故が無くても、きっとヒッキーは今と変わらなかったって」

 

「んなわけねぇだろお前」

 

「ううん、きっと、ヒッキーはあたしのこと助けてくれた」

 

「……そうかなぁ」

 

「そうだよ、きっと」

 

 

大人しく笑う由比ヶ浜。でも今にも縮こまってしまいそうな。

 

 

「いつもみたいに捻くれてて、馬鹿野郎って。それで私が騒いで。変わらないよ」

 

「……そうかも」

 

 

釣られて笑う。

 

 

「だからさ」

 

 

また、由比ヶ浜が止まる。

 

 

「ゆきのんに何かあったら、助けてあげてね」

 

 

涙を浮かべながらそう言う由比ヶ浜。

 

 

「そんなたまじゃねぇだろあいつは」

 

「ううん、ゆきのんって、意外と脆いから。きっといつか、助けてあげる日がくるよ」

 

「お前はどうなんだよ」

 

「私は助けてもらったし、いつかヒッキーとゆきのんが困ってたら助けたいよ」

 

「……」

 

 

曲がり角に着く。

 

 

「だから、ね」

 

 

ふと、またまた由比ヶ浜が止まる。

 

 

「私」

 

 

携帯が鳴る。

由比ヶ浜のだ。

 

遮られ、ちょっと残念そうな由比ヶ浜。

携帯を取ると、多分親と会話する。

電話を切ると、困ったように笑って言った。

 

 

「家、近くだからここでいいよ」

 

「……そっか。わかった」

 

「ありがとねヒッキー。おやすみ」

 

 

まるで逃げるように去って行く由比ヶ浜。

こけるか心配しながら見守り、角を曲がって行くのを見届ける。

しばらくずっと、誰もいない曲がり角を眺める。

 

ポケットからタバコを取り出すと、おもむろにくわえて火をつけた。

 

 



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二学期

大変お待たせしました。ようやくアウトレイジ最終章を見た事に加え、今後の展開を見通せるようになってきたので投稿します。


 

 

「なんで俺が実行委員会なんですかぁ」

 

放課後、俺は平塚先生に呼ばれ生徒指導室にて面談をしていた。面談というか、報告というか。夏休み明け早々に朝から由比ヶ浜のクッキーを食して腹を壊し、ショートホームルームの時間をトイレで過ごしたのだ。由比ヶ浜の野郎、この間の花火大会からというものの、アプローチが増している。

 

「決まったことだからしょうがないだろう」

 

タバコをうまそうに吸う平塚先生。ここ学校だぞ、なんで当たり前のように吸ってんだ。俺にも吸わせろこの野郎。こちとら朝から吸ってねぇんだぞ。

事の成り行きはこうだ。これから始まる文化祭の実行委員会をショートホームルームで決めたのだが。その際、どういうわけか平塚先生が俺を指名したらしい。

 

「そんなもん俺じゃなくたっているでしょう、葉山とか。ああいうんにやらせりゃいいんですよ」

 

「そう言うな、決定事項だ。いい機会だ、もっと君は表舞台で人と関わるべきなんだ」

 

ヤクザもどきが表舞台に出ていいんだろうか。俺はあからさまに不服そうな表情を見せる。見せるが、割といつも不機嫌な顔をしているせいで気付かれない。やんなっちゃうなぁ。

 

「総武高の文化祭にはマスコミも少なからず出るでしょう。俺なんかが写真に撮られたら変な噂が立っちゃいますよ」

 

ある意味必死な訴えに平塚先生は溜息と副流煙を吐く。もくもくと立ち上る煙は、室内の換気扇へと吸い込まれていく。

 

「実はな、推薦があったんだ」

 

「ええ?推薦?」

 

誰だそんな事した野郎は。見つけたらタダじゃおかねぇぞ。

そう一人復讐心に駆られ怒っていると、平塚先生は思いもよらぬ人物の名を口に出した。

 

「雪ノ下と相模だ」

 

「ああ!?なんでその二人が!」

 

「さぁな。雪の下に関しては今日の朝に、相模は君の名前を出した瞬間に推薦し出した。おまけに相模は自分も実行委員会に立候補したよ。……比企谷、君、このままだと色々な人間に刺されそうだな。スクイズみたいに」

 

誰が誠だこの野郎。あんな下半身だけで生きてるような人間と一緒にするんじゃないっての。

 

「そんな関係じゃありませんよ。あんたこそもうそろそろいい人見つけたほうがいいんじゃないですか」

 

メキ、という音と共に俺の身体がくの字に曲がる。触れちゃいけないラインに触れてしまったがために、見事なストレートが俺の腹に突き刺さっていた。

ゴホ、と咳き込んで腹を押さえる。相変わらずこの話題になると容赦ねぇなこの人は。

 

「自分の心配をしたらどうだね、ん?ガタガタ言ってるとブチ殺すぞ」

 

「あ、あんたのがよっぽどヤクザみたいだよ……」

 

 

 

 

 

面談を終えた後はすぐに下校へと移った。最近としては放課後は奉仕部に行くという習慣があったはずだが、あの一件以来どうにも雪ノ下と顔を合わせ辛いのだ。事故の件はこちらとしてはもう気にしていないようなものなのだが、きっと雪ノ下はそうではないのだろう。由比ヶ浜にしたって、あの一件を引き摺っている。それに、あのサイボーグ雪ノ下陽乃が何か妹に吹き込んでいないとも限らない。

色々と懸念すべきことが増えているせいでため息の一つや二つ漏れるのは仕方ないだろう。俺だってちょっと頭の中に変な記憶があるだけの人間なんだから。

 

昇降口で靴を履き替える。ラブレターなんてもんは当然のごとく無く、夏休み前から洗っていない上履きを突っ込んで革靴を引っ張り出した。

 

「比企谷君」

 

不意な出来事だった。横から透き通る、聞き慣れた声がしたので振り向いてみれば、そこには雪ノ下がこちらを何とも言えない表情で眺めていたのだ。

 

「……ああ。今帰りか」

 

一瞬言葉に詰まったが、何とか口が動いてくれた。それも何気無い言葉を用いて。

 

「由比ヶ浜さん、怒ってたわよ」

 

「なんで」

 

「あなたが奉仕部に来ないから、クッキーの感想が聞けないって」

 

「腹壊したよ」

 

「……それはご愁傷様」

 

腹をさすってへへ、と笑い、うるせんだよと返す。それを見て、雪ノ下もくすりと笑ってくれた。思ったよりも、彼女はこの前の事を気にしていないようだった。

 

「じゃ、またな」

 

そう言って俺は靴を履き替えて昇降口を後にしようとする。だが、そんな俺の背中に雪ノ下が待って、と声をかけたのだ。

 

「聞かないの?」

 

「何をだよ」

 

「あなたを推薦した理由」

 

「もういいよ、決まっちゃったんだから。やるしかないよ」

 

「……そう。そうね」

 

そこで会話はまた止まる。今度こそ、じゃあね、と言ってこの場を立ち去る。そんな俺に、雪ノ下もまた明日、とだけ言ったのだった。

面倒続きだと、自分でも思う。でも、そんなのはよくある事なのだ。人生いくらでも面倒は付き物だ。それは記憶の中の奴らが証明しているじゃないか、と。

自分の中で無理矢理納得して、小町が待つ家へと帰ることにしたのだ。

 

 

 

 

海は広い。彼らがいつもいる砂浜近くに建てられた家屋からは、夕陽に染まるオレンジの広大な母性が、当たり前のように見えている。そんな中、砂浜では村川が一人花火を打ち上げて遊び、その他の狂人達は各々がビール片手に居間のテレビを見つめていた。要は、比企谷八幡の身に起きた事を共有しているのだ。

西は空っぽのグラスにビールを注ぎつつ、左手に持ったタバコを吸う。

 

「また面倒な事んなってんな」

 

ケタケタと不気味に笑う西。サングラスのせいで表情全てが伺えるわけではないが、どこか愉快そうにも見えた。

対して大友はソファーにどっかりと座り、あまり面白くないといった表情を浮かべ、じっとテレビを見つめる。本家の下っ端組長であった彼からしてみれば、これから比企谷八幡が負うであろうストレスが嫌という程想像できてしまうのだろう。なんせ、池本を含む山王会には散々な目に遭わされた。

 

「あんま貧乏くじばっか引かねぇでほしいけどなぁ」

 

ボソッと、大友は言う。かつて水野に言った、貧乏くじばっかだよ、という言葉が彼の頭の中に響き渡っていた。

奉仕部に入ってからというものの、確実に比企谷八幡は苦労を強いられている。迷惑メールの件もそうだし、夏休みの林間学校も、彼にとっては非常に負荷が大きかった。だからこそ、もう引退してもおかしくない歳である大友は心配する。まるで孫にも思える彼に、自分たちのような苦労を味合わせたくない……ヤクザと学生では、その苦労の質は全く違うだろうが。

 

「なんでもいいからよ、野球見せてくれねぇかな。今日巨人戦だろ」

 

あくまでもマイペースな上原を、真剣にテレビを視聴する二人は呆れた様子で見た。なんだか居心地の悪い空気を悟ってか、上原はなんだこの野郎、と逆ギレするが、それ以上に発展することはない。

 

「まぁ、そんなに俺たちがあーだこーだ言っても仕方ねぇんじゃねぇかな」

 

不意に我妻は口を出す。椅子に座り、西と対面するようにビールを飲む彼は笑いつつ、

 

「俺らなんかやっちゃうとさ、また変な方向に話流れちゃうから。あんま手出さない方がいいと思うんだよね。まぁ結局八幡の頭の中にいる存在だから何できるってわけでもないんだけどさ」

 

その言葉に、大友は黙ることによって答える。確かにその通りだった。比企谷八幡の人格形成にのみ影響を与えているだけの身としては、ここで何もできるわけでもない。なら、黙って事の成り行きを見届ける。それしかないのだ。

 

ただ。

 

「……山本さんと西さん、村川のやつ、ちょっと見といてくれないかな」

 

大友は、最大の懸念事項である男の名前を口にする。山本はタバコを吸いつつ、何度か頷いた。彼にも、村川の危険さが理解できていたようだ。

大友には、村川が何かとんでもない事を考えているように思えてならない。前に比企谷八幡の夢に干渉した事も、その伏線なのではないか。今現在、村川だけがそのような力がある、唯一の狂人。

大友は大きくため息をついてソファーの背もたれに寄りかかった。

 

「……ほんと貧乏くじばっかだよ」

 

村川は一人黙々と打ち上げ花火を上げる。何が楽しいわけでもなく、まるで送れなかった青春を形だけでも取り戻すように。

 

 

 

 

 

 

 

一人、暗くなりつつある帰り道を自転車で駆ける。最近は自転車で歩道に乗るなとうるさいもんだから、多少危なくとも車道の端っこギリギリを走るのだが、どうにも危なっかしい。通り過ぎていく車と自転車の間は数十センチしかないし、こんなんで轢かれたら雪ノ下に何言われるか分かったもんじゃない。

 

「危ねぇなこの野郎!」

 

すぐそばを勢いよく通り過ぎる車に向けて叫ぶ。歩道云々言う前に自転車専用レーンの普及しっかりしろだのなんだの文句を垂れながら、仕方なく自転車から降りて歩道を歩く。カラカラと車輪を回し、そのまま自転車を押して家へと向かう。

だが、今日はよほどついていないのだろう。ちょっとばかし前に、見知った顔がいる。それも、こちらをチラチラと見て、その場で待っているようだった。

 

「……」

 

なんとも言えない表情で、俺はそいつの横を通り過ぎようとする。ちらりと、横目でそいつの顔を見た。シュン、と、残念そうな顔をしている。ため息をつく余裕すらない。仕方無しに、声をかける事にした。

 

「何やってんだお前」

 

見知った顔、相模はちょっと驚きながらも歪んだ笑顔をこちらに向けた。

 

「えっ!?あ、あっと、ちょっと比企谷に、色々謝りたいなって……」

 

「なに謝んだよ」

 

「実行委員の事……とか?」

 

「なんだよとかって」

 

「いや、その……色々?」

 

「なんだそれ。馬鹿野郎」

 

要領を得ない解答に少し笑う。すると、相模もあはは、と年相応の愛想笑いを浮かべた。

 

「こ、ここじゃなんだからさ。どっか、ファミレスでも行こうよ。暇でしょ?」

 

「なんで暇だってわかんだよ」

 

「暇じゃない?」

 

「暇だよ馬鹿野郎」

 

「ふふ、なにそれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

ライト片手に、もう片方にリードを掴みながら由比ヶ浜は歩く。相変わらず暴れまくる愛犬だが、今日はどことなくその動きにも法則性が見て取れた。時折匂いを嗅ぐそぶりを見せ、リードを引っ張っているのだ。

 

「待ってよサブレ〜」

 

とは言え、犬と人間では速さや体力に差があるのは当然。息が上がる由比ヶ浜は小さな愛犬に引き摺られ、ヘトヘトになりながら走る。

と、そんな時。ファミレスの近くで唐突に愛犬が止まる。ジッと、ファミレスの窓を眺める愛犬に違和感を覚えるのも当たり前だろう。由比ヶ浜は息を整えつつ、ガラス越しにそっと客席を覗いた。

 

「えっ……」

 

奥の席。そこに、知っている顔が二つ。一人は同じ部活の友達。そしてもう一つは。

 

「さがみん……?」

 

瞳から光が消える。リードを持つ手に力が入る。多感な少女は、部員と対面する少女の顔を見て、それが女には向けない顔である事を悟った。

 

 



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委員長と恋敵

 

 

次の日、生徒会室。

 

 

「それじゃあ実行委員長を選出したいと思いまぁす」

 

気の抜けた、というよりも、女子力の高い喋り方をする生徒会長が宣言する。同時に、教室内にいた実行委員達は顔をそらした。やりたくねぇならなんで実行委員なんかやんだこいつらは。

城廻会長はそんな生徒達を見て困ったような笑みを浮かべる。かく言う俺も、そっと視線を逸らして注目を浴びないようにした。

 

「あー……誰もいない、かな?」

 

気の毒だが、こういう決め事ってのは日本人は嫌いなものだ。

俺はそんな中で、少し離れた場所に座る人物を見る。雪ノ下、そういやあいつも実行委員なんだった。相変わらず無愛想に、澄ました顔で座っている。てっきり会長に立候補すると思ってたけど。

そしてもう一人。俺の斜め後ろ。相模だ。時折こちらを見ては、目が合うと逸らす。思春期のガキじゃねぇんだぞ。いや思春期だけども。

 

「……あれ?雪ノ下さん?雪ノ下さんだよね?」

 

不意に、城廻会長が雪ノ下の存在に気づいた。どうやら矛先は雪ノ下に完全に向いたようで、会長はやれハルさんは凄かっただのと彼女の姉を褒める。でもやはり、雪ノ下雪乃としてはそれは面白くないらしい。表情こそ変わらないが、どこか不満気な感じを醸し出しているように見えるのだ。

極め付けは、雪ノ下に委員長をしてみないか、という誘い文句。

 

「失礼ですが、あくまで私は実行委員です。委員長をするつもりはありません」

 

きっぱりと、雪ノ下らしく断る。だが、そこにはいつもは見られないような、何か意地のような物も見て取れた。会長は残念そうに、素直に下がった。

 

「えーっと、誰か推薦とかは……あるかな?」

 

重い空気の中、更に重くなるような事を言い出す。まぁ仕方ないだろう。誰も立候補がない以上、そのまま推薦方式での選定になるだろう。特に会長なんてやりたくない俺は、あくまで無干渉を貫く。

だからだろうか。運命の悪戯というのはどこまでも残酷で、小町並みに変な気を利かすものだ。

後ろで、相模が立ち上がる。一瞬何を言い出すのかと思案してみれば、次に言うであろう言葉が容易に想像できてしまった。そして、止めに入ろうとした時には既に手遅れ。

 

「ウチ……は、比企谷くんを推薦します」

 

鳩が豆鉄砲食らった顔というのはこういう事を言うんだろうな、と納得する。主に自分と、雪ノ下の顔を見て。

とにかく、驚いた顔で相模を睨む。相模は少しばかり萎縮していたが、すぐに胸を張って俺を見つめ返した。こうなったら、あの娘は意地でも貫き通すだろう。

だが、苦難は終わらなかった。

 

「私も、比企谷くんを推薦します」

 

雪ノ下まで、便乗するかのようにそう言い放った。もう驚く気力もない。俺はぼけっと空いた口と呆けた顔で雪ノ下の顔を眺めた。知り合い以外の生徒が誰?とか言っている。そりゃそうだろ、一部の奴らは俺のこと知ってるかもしれねぇけど基本的に俺ボッチだからな。会長も首を傾げている。かわいい。

 

「えっと、じゃあ、委員長は比企谷……?くんに決まりました〜」

 

会長が愛想笑いと拍手をどこかに向けてする。俺が比企谷って事分かってねぇなこの人は。

 

「えっと、じゃあ比企谷くん。立って、ちょっとだけ挨拶してもらってもいいかなぁ?」

 

キョロキョロと、目線だけを移動させながら会長が言う。仕方ない、ちょっとだけだぞ。俺はゆったりとした動きで立ち上がった。教室内の視線が俺に集まる。何人か、俺の面の極悪さに萎縮している奴がいた。

あの、会長、あぁこの人か〜って納得しないでもらえますかね。

こほん、と咳払いし、最大限表情を柔和にして口を開く。

 

「えー、どうも、この度は女子高生を部屋に呼び出し、顔を舐めまくった挙句、テレビではメンバー呼びされてしまいどうもすみませんでした」

 

「ひ、比企谷くん、それは某開拓系アイドルのメンバーでしょ!」

 

すかさず会長がツッコミに入る。同時に、少しばかり場の空気が和んだ。こんなしょうもない時事ネタとわずかな羞恥心で場が和めば安いものだ……と思いたい。

 

「えー、本題に入りますと、雪女系自称完璧美少女と、外面のみ女子力アピール筆頭に嵌められ委員長に選出されてしまいました比企谷八幡メンバーです」

 

ちらりと雪ノ下と相模を見ると、二人とも噴火しそうに真っ赤になってこちらを睨んでいる。でもな、お前らにそんな権利ねぇんだぞこの野郎。人の平和を乱しやがって。

 

「もう!メンバーはいいから!」

 

そろそろ会長が激おこぷんぷん丸なので冗談はこの辺りにしておこう。

 

「この度確かな二人の推薦を受けて文化祭実行委員長に就任しました。若輩者ですが、是非とも皆さんにお力添えしていただき、文化祭を盛り上げて完遂していく所存でありますので、ご協力よろしくお願いします」

 

ようやく真面目な挨拶を終える。その頃には、他の実行委員達の警戒心やら何やらは解けていたようだった。前置きが効いたのだろう、大きめの拍手が起こる。

挨拶を終えて座ると、雪ノ下と目が合った。先ほどの一文に関して責めているような目ではない。なにかを決意したような目だった。それは、相模も同じ。この二人、何企んでやがるんだ。

 

「それでは、副委員長を選出したいと思います!誰かやりたい人は」

 

会長がまだ話している途中にもかかわらず、手が上がった。それも二つ。

雪ノ下と、相模だった。

 

「え、えーと」

 

会長が困惑する。そりゃそうだ。雪ノ下はさっき実行委員としてやっていくと宣言したばかりなのだから。それがいきなりNo.2になりますなんて、筋が通らないだろう。それに、二人も副委員長に立候補しているのだ。ここからまた波乱の推薦合戦が始まるか……いや。

俺はまた立ち上がり、会長に意見具申する。

 

「会長、副委員長なんですが、二人貰えませんかね」

 

「え?えーと、いいけど……」

 

「こっちとしても、これだけ大きい文化祭だから補佐が色々必要なんで。ね、いいでしょ?」

 

有無を言わさず、決める。会長も俺の頼みは至極真っ当な上にこれ以上拗れることを望んでいないから認めざるを得なかった。ちょっと困った顔をしつつも、会長は頷いた。

 

「うん。先生には私から伝えておくね比企谷くん」

 

俺は会長に頭を下げて感謝しつつ、また座る。しかし、まぁ、なんだ。雪ノ下と俺だけでトップになるよりも、外面はマシな相模が居た方がまだうまく行くだろう。

俺はそんな安直な考えをしつつも、これから起こるであろう何かしらの波乱を予想し、疲れた。

 

 

 

 

 

 

 

「聞きましたよ兄貴、実行委員長になったって」

 

昼休み、いつもの場所で飯を食っていると材木座がやって来てそんな事を言い出した。俺は不機嫌そうに材木座を睨み、飯を食う。

 

「好きでなったんじゃねぇよ」

 

無理矢理推薦されたんだ馬鹿野郎、と付け加える。

 

「またまたぁ、あれでしょ。文化祭で実績作ってからこの学校で比企谷組立ち上げようって魂胆でしょ。なら一言下さいよ〜、俺だって兄貴と兄弟分なんだから」

 

「うるせぇ野郎だなぁ、人の事ヤクザみてぇに言うなよな。なんだよ比企谷組って、ボッチサークルみてぇじゃねぇか」

 

相変わらず変にそっち寄りな材木座。と、そんな事象兄弟分が何かを窓から見つけた。

 

「あれ、由比ヶ浜の姉さんと相模じゃないっすかね」

 

ちょっと意外な組み合わせに、俺も興味を持って窓の外を覗く。見てみれば、校舎の裏で、由比ヶ浜と相模が二人きりで何かを話していた。

 

「百合……ですかね」

 

「なんでだよ。一年の時、由比ヶ浜と相模は同じグループだったから、その繋がりじゃねぇのか」

 

前に少し由比ヶ浜から聞いたことがあった。だが、今年に入ってからは二人の仲はさほど無かったはずだが。

それに、最初は由比ヶ浜が葉山のグループに入ってたせいで相模が嫉妬してたって話だ。もしかしたらその関係で良からぬ呼び出しでも由比ヶ浜がされたのか……とも思ったが、あれは違うようだ。どことなく、由比ヶ浜が詰め寄ってるようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

「何を考えてるの、さがみん」

 

呼び出されて開幕、結衣が真顔でそう言った。よく意図が分からないその質問に、私は首をかしげる。

 

「ちょっと、何急に」

 

「ヒッキーの事。実行委員長に推薦したんだよね」

 

あぁ、と納得した。結衣があの人相の悪い少年の事を気にかけていたことは知っていた。その少年を委員長に推薦したせいで、彼に苦労をかけさせたくない結衣はウチに詰め寄ってきたんだろう。この子は優しいから。

 

「別に、ウチは比企谷が適任だと思ったから」

 

「違うよ。そう言うことを聞いてるんじゃないよバカ野郎」

 

突然、結衣の口調が荒くなる。まるであの少年のように。

 

「なんで副委員長にさがみんがいるの?ヒッキーをどうしたいの?ねぇ、答えてよ」

 

一歩、また一歩と結衣が詰め寄ってくる。ウチはたまらず後ろに下がった。

こんな結衣は見たことがなかった。それどころか、こんな人間見たことない。こんな、危ない目をしている奴なんて。

 

「結衣には関係無いじゃん!」

 

「あ る よ」

 

ガシッと、両肩を掴まれる。ウチの体が震えた。

 

「ヒッキーはね、優しいんだよ。きっと文化祭で上手くいかないことが出てきたら、自分を犠牲にしてまで解決しようとする。そうなれば、ヒッキーはまた独りぼっち。許さないよ。そうなったら、さがみんぶち殺すからね」

 

狂気というのはこういうものなのだろう。でも、言い返さずにはいられなかった。

 

「そうならないようにウチがサポートするんだよ!」

 

「無理だね!さがみんには!無理!ねぇさがみん、昨日ヒッキーとファミレスにいたよね?何を話してたのかな?教えてよ、ねぇ」

 

話が通じなかった。だから、素直に言うことに従う。

 

「ぁ……前に、コンビニのバイト一緒だったから……その時に助けてもらって……そのせいで比企谷クビになって、それで、あの、謝って、お礼言ってただけ……」

 

「ふぅ〜ん、それは知らなかったよ。ヒッキーがバイトすぐやめたらしいってのは知ってたけどさ。それで?結局さ、さがみんは何がしたいのかな?ヒッキーにどうなってほしいわけ?」

 

殺される、と、心底思ったことは今までなかった。だから、口から本心が漏れてしまう。

 

「う、ウチは……比企谷に委員長やってもらって、それで成功して……みんなに認めてもらいたいだけ。う、ウチ、まだ借りを返せてないし、それに……」

 

「そ れ に ?」

 

「比企谷、いい奴なのに……クラスの奴ら、ゆっことか含めて、みんな馬鹿にするから」

 

結衣から何も返事がない。恐る恐る顔を見てみれば、結衣は驚いたような顔でこちらをじっと見ていた。そして、急に笑顔になったかと思えば、ウチの両肩をバンバンと嬉しそうに叩いてくる。痛い。

 

「ちょ、結衣!?」

 

「うんうん!うんうんうん!そうだよね!ヒッキー凄いよね!さがみんも知ってたんだね!嬉しい!えへへへ!」

 

まるで自分の事のように喜ぶ結衣は、純粋に乙女な顔をしていた。あぁ、この子はあいつの事が……

だが、またすぐに両肩をガシッと固定してくる。そしてその笑顔をぐいっと、お互いの鼻がくっつくくらいまで近付けてきた。そのせいで、ひっ、と声が漏れる。

 

「でもねさがみん、それだけじゃないでしょ?聞きたいな、さがみんの気持ち」

 

ぎくり、と心が動揺した。ウチは目をそらしたけど、結衣が顔を両側から掴んで無理矢理正対させた。逃げられない。

 

「逃げないでよ、逃げないでよねぇ。私聞きたいだけなの。それだけなの。なんで逃げるのかな、違うよねそれ、違うだろコラァ‼︎‼︎‼︎」

 

耳鳴りするほど大きな声に、とうとう涙だけでなく少し失禁した。

 

「好きッ!比企谷好きッ!助けてもらってから、惚れちゃいましたァ!だから助けてぇ!」

 

パッと、顔から手が離れる。ウチはそのまま地面にへたり込んだ。顔を腕で庇いつつ結衣を見上げれば、とてもいい笑顔、まるで恋する乙女のような顔で嬉しそうにこちらを眺めていた。

 

「そっか〜、さがみんやっぱりヒッキー好きなんだぁ〜、だよねだよね!ヒッキーカッコいいもん!うぇへへ〜」

 

「ハイそうれす」

 

もうなんでもいい、早く解放してくれ。

 

「じゃあさじゃあさ、さがみんは私の恋敵だね!」

 

笑顔なのに、目が笑っていない。あんなに純粋そうな笑顔なのに、こんなことできるもんなのか。

とうとう、敵対宣言された。死を覚悟する、なんてできない。まだ死にたくない。

 

「諦める?私、ヒッキーの事になったらちょっと熱くなっちゃうからさ〜、てへへ」

 

一人照れる結衣。でも、こんな惨めな姿を晒しても、ウチには言わなきゃならない事が確かにあった。

 

「ひっく、う、うちも、えぐ、引きたくない」

 

それが、今言える精一杯。結衣はやはり、嬉しそうに笑った。

 

「うん!そうだよね!ここで諦めますなんて言わないよね!だってヒッキー好きなんだもん!ここで諦めたら私が殺っちゃうよ!うーん、でもそっかぁ、さがみんがねぇ、うーん、ゆきのんももうちょっと素直ならなぁ」

 

一人で悩む結衣。すると、急にしゃがんでぐいっとまた顔を近づけて来る。そこに先程までの純粋な凶悪さは無い。

 

「ありがとさがみん。ごめんね、泣かせちゃって。でも良かったよ、素直な気持ちが聞けて。さがみん強いね、私尊敬しちゃうよ」

 

ちゅ、と鼻に結衣の唇が触れる。恐怖しか湧かない。

結衣はまた立ち上がると、大きく背伸びして小さく手を振る。

 

「じゃあ、これで終わりね!ごめんね昼休みに呼び出しちゃって。授業遅れないようにね!」

 

軽快に走り去る結衣。ウチはようやく解放された安堵から、一人壊れたように空を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

なんかとんでも無いものを見てしまった。材木座と互いに顔を合わせる。

詰め寄ったり肩掴んだり顔をロックしたり、チューしたり。最近の若者は〜なんてよく聞くが、これじゃあ言われても仕方ないんだろうか。

 

「兄貴、俺、教室戻ります」

 

「ん?うん」

 

何も見なかった。俺と材木座の間で、暗黙の了解が通る。そう、あれはなんて事ない、女子のイチャつきだ。たまに由比ヶ浜と雪ノ下が部室でやるような、あれなんだ。そう自分に納得させ、残りの飯を食う。

予鈴が鳴る。結局小町手作りの弁当は、半分程残ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「村川、お前何しやがった」

 

室内で一人本を読む村川に、大友が言った。村川は手を止め、飄々としたいつもの顔で大分不機嫌な大友を見る。

 

「何が?」

 

「とぼけんなよ、あの子だよ。お前なんかしただろ」

 

テレビで由比ヶ浜の奇行を見ていた大友は核心を突く。きっと、不機嫌なのは由比ヶ浜の件だけではない。だが村川は表情を変えずにただ言った。

 

「何もしてないよ」

 

あくまで村川は知らんぷり。だが、大友は村川が自身の知らない何かを行なったと、確信していた。こんな事するのはこいつくらいだ。

何もしないようで、遊んでばかりいるようで、本当は一番危険な奴。八幡には特に何も特別な感情は抱いていないように見せながら、本当は一番干渉したがる奴。

 

「バレてねぇとでも思ったか。あ?なんか言えこの野郎!」

 

凄む大友に、とうとう村川も少しだけ驚くような、それでいて不機嫌そうな、そんな感じで口を尖らせた。

 

「そっちこそちょっと過保護なんじゃねぇのか」

 

「あぁ?」

 

「何でもかんでも親みてぇにあーだこーだやってんのはそっちだろ」

 

「テメェこの野郎ァ!」

 

ボクシングで培った一撃が村川の鼻っ面に突き刺さる。垂れる鼻血を、村川は触って確認し、目を見開いて大友を睨んだ。

一触即発だった。今度は殴るだけじゃ済まない可能性だってあった。そんな空気をぶち壊したのは、バット片手に部屋へと入ってきた上原と、グローブとボールを持つ我妻だった。

 

「もうちょっとな、振るの早いといいんだよな、芯に当たらないっていうかさ」

 

「もう歳だから。あんまバット強く振ると腰やっちゃうよ」

 

この面子の中でもマイペースな二人が遊びから帰ってきた。二人は大友と村川の異様な光景を見ると、笑顔を引攣らせる。

 

「なにやってんの」

 

「なんもやってねぇよ」

 

我妻の問いに村川が強めに答える。我妻も状況を察し、あぁそう、と奥の部屋へと消えていく。

「会話」はここまでだと判断した大友も、そばのソファに腰掛けてまたテレビを見だした。

 

「村川さん、野球やろう野球。あともうちょいでスリーベースヒットくらいいけそうだからさ」

 

そんな上原のマイペースすぎる提案に、村川はケタケタと笑った。

 

 



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