モンスターハンターStormydragon soaring【完結】 (皇我リキ)
しおりを挟む

Prolog
プロローグ


初めまして
小説の投稿というのは初めてなので何からしたら良いか分からないのですが、少しずつでも上達していければ良いと思っているので暖かい目で見守って頂けると幸いです。

カプコンさんの大作『モンスターハンター』をベースに少しオリジナル設定も付け加えて話を書いていく予定です。


以下注意事項
一部原作の世界観と設定の異なる描写があります。
具体的には話を書きやすくするためだけに科学的技術が昭和程まで高水準になっています。
ラノベチックにするために登場人物がかなり若いです。低身長で小柄でもハンマーや大剣を振り回します。

以上が無理な方はこの時点でバックボタンを!


では始まります。
モンスターハンターStormydragon soaring

【挿絵表示】



 その知らせが来たのは見た事もない大雨の日だった。

 

 

「絶対にお父さんの仇を取ってくるからね。絶対に戻ってくるから」

 そう言うと僕の憧れていた最強のハンターである姉は、男と一緒に街を出て砂漠へ向かう。

 その時自分は何も知らない子供だった。

 

 

 雨の日、姉が死んだと知らされた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 物語を語る前に自分のステータスというのを話しておかなければならない。

 

 

 これは自分の事を未だに肯定出来ず、自分が何者かすら分からない自分自身を見付けるための作業だと思ってくれれば良い。

 

 矢口深海。これは自分の名前だ。

 可もなく不可もなく五十点というところだろう。

 身長は学校卒業時点で百七十五程度。髪は栗色。顔立ちは普通。歳は十七。

 

 

 本当に何処にでもいそうなこの人間が今、休日のハズの日曜日にやっている事と言えば会社で資料の整理整頓である。

 

 株式会社狩りに生きる。

 この世界が高度な科学的成長を経て大昔から雑誌を出していただけのこのグループは世界に足を伸ばす大企業になったと言う。

 と、言っても自分が産まれた頃には既に大企業だった訳で。それで自分は何を間違えたのかその会社で働いていた。

 

 元々何になると決めた物も無く。ただ危ないだけのハンターになるよりは定職に着こうと考えて今に至る。

 大企業と言ってもしたっぱはしたっぱ。事ある事に仕事を押し付けられ、入社から最初の日曜日すらこれだ。

 

 

「やってられるかぁぁぁ!」

 誰も居ない部屋で一人叫んでみるも、誰が見ている訳でもない。

 

 休憩と称してテレビを着ける。

『えー、今日のゲストは伝説のお笑いハンターの———』

 なんて下らない番組がやっていた。

 

「何が伝説のハンターだよ」

 ハンターなんて下らない。

 収入は安定しないし常に危険が伴う。

 仕事に出掛ければもう家には帰れないかもしれない。なら今の仕事の方が幾分かましだ。

 

「いや……帰れないのは一緒か」

 気付きたくない事に気が付いてしまった。

 

 

「あぁ……目眩く美少女達とイチャイチャしたい。良い仕事してれば女の子が寄り付いてくると本気で思ってたのになぁ」

 こんな人生のまま自分は歳を取っていくのか。そんな事を考えていた。

 

『いや、何がええかってゆったら。ハンターはモテる! これに限る!』

 伝説の(?)ハンターはテレビ越しにそう語りかけてくる。

 

「モテる……だと」

『わいも初めはハンターなんて嫌やった。せやけども思い出したんや。子供の頃の夢を! 自分らも子供の頃は憧れとったやろ? ハンターに』

 小さな子供がハンターに憧れるのは自然の摂理だった。

 それはもう格好良いし。成功すれば生活は安定する。

 

 でもそんなのは夢だ。

 現実はそんなに甘くない。自分はそれを知っている。

 

 

『夢を掴むんは他人や無い』

 そんな事は分かっている。

 

『せやかて自分でも無い』

 なら誰やねん。あ、喋り方移った。

 

 

『周りの人間や。自分の長所をきちんと見てもらえれば自ずと道は開ける』

 そう言われ、既に自分は立っていた。

 

『でもその周りを掴むんは自分や。ええか? 掴め。最高の仲間を。自分を高見に上げてくれる存在を』

 この時はただ、今この現状を変えたい。そう思っただけだった。

 

 『ありがとうございました。今日のゲストは伝説の———』

 何もかも捨てて会社を出ていく。

 

 

 そうだ、ハンターになろう。危険と分かっては居るんだ。

 なら危険から逃げる事くらいは出来る。

 

 ハンターになればモテる。休みもあって収入も大きい。

 なってやろうハンターに! 初めはそんな安直な考えだった。

 

 

 さて、ここまで来て初めの一文に戻るとしよう。

 物語を語る上で必要な自分のステータス。

 

 ただのダメ人間。

 これが矢口深海という男であった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 自分の生まれ育った街、グングニールは大陸南部に位置していた。

 反面を海、反面を密林に囲まれた大陸でも一番栄えている街である。

 

 

 さて自分はというと今そのグングニールをモンスターから守る壁の外側に立っていた。

 切り詰めた夕食代で買ったボーンシックルを背に生まれ育った故郷を眺める。特に思い入れも無い。

 

 

 ところでハンターとは何か。

 自分の父親がハンターをやっているし、自分は元々ハンターの育成学校で育ったから大体どんな物かは把握している。

 

 高度な科学的成長を経た今でもこの世界にモンスターは存在し、人と付かず離れず暮らしている。

 そもそもモンスターというのはこの世界に存在する人間以外の生き物の事だ。

 

 小型の肉食動物や中型の草食動物、虫や巨大な哺乳類や魚類。

 特異な力を持ったワイバーンとも呼ばれる飛竜、多くが謎に包まれた古龍。

 

 陸に空に海に。この世界には様々な動物が存在し、生き物は生きるために他の生き物と戦うのが自然の摂理だ。

 

 

 人は非力故に大昔からモンスター達に対抗する為の技術を磨いてきた。

 様々な武器やアイテムを使って自分達より遥かに強力な動物達に立ち向かう。

 それがハンターだ。

 

 

 このポーンシックルというのもその武器の一つ。二本の双剣の手数で戦う戦いが出来る。

 

 

 

「さて」

 まずは形から入った物も、やる事が分からなかった。

 

「ど、どうすれば良いんだ……」

 勢いで出てきてしまったが、そもそもハンターは普通ギルドが発行する民間からのクエストをこなすのが仕事である。

 

 

「と、とりあえず形からだな。なんでやねーん、なんでやねーん」

 形から入るタイプなのでとりあえず伝説のなんとかハンターの真似をしてみる。

 

「そういや学生時代はこの喋り方、流行ってたな。あの伝説のハンターが元ネタだったとわ」

 なるほど強いハンターはこう喋るのか。伝説のなんとかハンターの真似。

 

 

 昔学校で流行ってたのも納得が行く。

 

 

「なんでやねーん、なんでやねーん」

 そんな事を言いながら密林を散策していた時だった。彼女と出会ったのは。

 

「ぁぅあ……っ!」

 そんな声にもならないような、悲鳴のような声が聞こえる。

 

 

「なんだ? いや、なんや? なんて修正してる場合じゃない!」

 声の聞こえた方へ走る。さっきのは女の子の声だ。もしモンスターに襲われた一般人なら助かる可能性の方が少ない。

 

「見付けた!」

 木々の間に倒れている少女を見付ける。

 白くてもふもふしていそうな防具に初めに目が行った。その次に黒いショートボブの髪、眼鏡。

 

「はぅぁ…………らん……ほす……っ!」

 倒れている色白で小柄な少女は、はっきりしない滑舌でそう言う。

 

「なん…………や? らんほす?」

 今ははたして伝説ハンターの真似をしている場合なのか。

 

 

 しかしどうして、こんなに小柄な少女が防具を着て密林の真ん中で倒れているのか。

 ふと視線をズラすと少女の脇にはヘビィボウガンが落ちていた。

 

 弾を込めてモンスターに撃ち込む、遠距離用のハンターの武器だ。

 なぜこの小さな女の子がそれを持っているのか不思議でならない。

 

 

「ぅ?! らん……ほす……っ!」

 少し姿勢を上げて少女は今度は強めにそう言った。

 

「いや、だかららんほすってなん———」

「ギャイッ!」

 問いただそうと大声を上げると同時にそんな動物の声が聞こえる。

 

 

 ランポスというモンスターが居る。

 細身の体躯に鮮やかな青と黒のストライプ模様、黄色い嘴の中に鋭い牙が特徴の鳥竜種のモンスターだ。

 その生息域はリオレウス等よりも広いと言われ、環境に適した亜種も多数存在する。

 

 普段は群れで行動し、高い知能とコミュニティー能力で敵を翻弄する賢いモンスターでもある。

 

 

 それが目の前に三匹居た。

 

 

「あぁ……ランポス」

 この三匹に追われていたのだろう。

 少女は三匹を見るや丸まり固まってしまう。

 

 仮にもハンターならこんな危険は当たり前だ。

 それが嫌で父親や……姉のようになる気は無かった。

 

 忘れていた訳では無いが覚悟が出来ていた訳でもない。

 

 

 ただ戦う気がないなら初めからこの少女を助けようとして探しもしない。

 

 

「なんやお前ら三匹で寄って掛かってこないな小さな女の子を一人……恥ずかしく無いんか?」

 ただ三匹か、どうしよう。とりあえず挑発してみる。

 

「ギャイッ!」

 怒られた。

 

 

 三匹は正面に並んで、警戒しているのかまだ手を出してくる気は無いようだ。

 しかし自分とこの少女がこの三匹のお腹の中に入るのは時間の問題。

 

 構えては見た物の双剣は複数を相手取るには不向きだ。

 せめて後ろで丸まってる少女が一匹でも退治してくれればと期待してみるが、少女は未だに白いラングロトラになっている。

 

「ヘビィボウガンか……」

 一瞬昔あった出来事が頭を過る。

 憧れていたその人はそれを背負って出掛けて、二度と帰ってくる事は無かった。

 

 良く見たら同じ種類のヘビィボウガンじゃないか。

 

 

「なんの運命だ? これ」

 片手に持った双剣の片方を頭上に投げ、ランポスの視線がそっちに一瞬向いた隙に少女のヘビィボウガンを迷わずに拾い構えた。

 双剣で戦うよりその方が確実と判断したからだ。

 

 ボウガンには色々な種類の弾丸が存在する。

 その中でも、たまたまそのボウガンに入っていた弾丸はこの現状を打破するに調度良い物だった。

 

 

 標準も合わせずに銃口を三匹に向けるだけ向けてトリガーを引く。

 次の瞬間ボウガンは既に装填されていた弾薬を弾き発射した。

 

 弾はボウガンから離れるや否や一瞬で粉々に砕け散りそれぞれがランポスに向かっていく。

 

 

「ギャイッ!」

 勢いを殺さず粉々になったそれの大半はランポスに直撃し、その身体を遠くに飛ばした。

 

 散弾はその名の通り発射されると散々になって広範囲の敵にダメージを与えられる弾だ。

 ダメージもそのため下がるがランポスくらいなら怯ませる事は用意である。

 

 

「キャィッ」

 ランポス三匹は可愛い鳴き声を上げてその場から逃げていった。賢い事で。

 

 

「ふぅ、なんとかなったな……。ほら、大丈夫か?」

 ランポスが去るのを確認してから少女に手を差し伸べる。良く見たら可愛い顔してるなこの娘。

 なんでこんな娘がこんな格好でこんな場所に居るんだ?

 

 

「アカリ!」

 少女に手を差し伸べていると背後からそんな声が聞こえる。ハスキーで格好良いモテそうな声だ。

 

「無事だったか、良かった。君がアカリを助けてくれたのか?」

 長身の茶髪の男が話し掛けてくる。

 誰だこのイケメンは。この娘の彼氏か?

 

 

「せ、せやけど?」

「妹なんだ、目を離した隙に……。助けて貰ったお礼がしたいんだが着いてきてくれないか?」

 兄だった。似てないな。

 

「お礼なんて別に……」

 そんなつもりで助けた訳でも無いし。

 

 

「良いからさせてくれよ」

 強引?!

 

「こっちだ」

 勝手に話が進んでいる?!

 

「お、おい少し落ち着けや!」

「ん? あぁ、自己紹介がまだだったな。俺は橘圭介、気軽にケイスケって呼んでくれ」

「そういう話や無いわ!」

 

「妹の橘小明だ」

「……」

 こくりと頭を下げるメガネ少女。

 

「なんでやねーん!!」

 ここぞと言う瞬間に練習の成果が出た。

 

 

「よし行くぞ」

「話を聞けやぁ!」

 

 

 これが自分と小明、いや皆との出会いの始まりだったのだ。




最後まで読んで頂きありがとうございました。
一週間に一度くらいの更新を目標にして投稿していきたいと思います。

もし目に止まって少しでも面白いかもと思って頂けたなら、応援してくださると幸いです。


二度目になりますが今回は読んで頂きありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

始まる物語

 

 龍は天空を泳ぐ。

 

 空と天界を分ける雲の中を白き龍は閃光の如く走り抜ける。

 霊峰に棲む嵐の化身はなんの気まぐれか、また大地に降り立とうとしていた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「そういえば凄いボウガン捌きだったな。その双剣はまるで飾りのようなくらいに」

 密林を歩く中ケイスケはそう話し掛けてくる。

 

 

 誰も着いていくと言ってないのに、肩を持たれ半分拉致状態である。

 

「いや、あれは……。双剣よりヘビィボウガンのが解決しやすいと思っただけで。お……わいは最強の双剣ハンターやから。本業は双剣やで」

「その言葉を聞いたら余計連れていきたくなったぞ」

 なんでやねーん。

 

 

「そうだアカリ。ちゃんとお礼は言ったのか?」

「……」

 兄が聞くと妹は無言で首を何度も横に振った。無口だなぁ。

 

「ちゃんと言わなきゃダメだろ?」

「……て……も」

 ても?

 

「良いから。怪我じゃすまなかったかも知れないんだぞ」

「……ぅ…………く」

 少女は少し俯いてから。

 

「…………ぁり……と…………ぅ……っ!」

「ど、どういたしまして」

 緊張してるのかな?

 

 

「俺達は猟団として旅をしているんだ。君は? と、いうか君の話を聞きいていなかったな。名前を聞かせてくれ」

「矢口深海や。やっと人の話を聞く気になったか……」

「シンカイか。良い名前だ」

「そりゃどうも。言っとくけどお礼なんか要らんで?」

「そう言うなよ」

 結局聞く気は無いんかい。

 

「で、シンカイ。お前もハンターなんだろう? 何処に住んでるんだ?」

「住んどると言うか……。今朝夜逃げしたばかりなんやけど」

「と、言うと?」

 正直に言いたくない。

 

 

「自分探しの旅に出ようと思って。寝床とかそう言うのは……まぁその日その日で? サバイバル好きやねん」

「素晴らしいな。これはもう偶然を超えて必然だ」

 なんの話?

 

 

「よし、着いたぞ」

 ケイスケがそう言うと密林が開け、広い空間に出る。

 

 洞窟の近くで木々が生えていない場所にアプトノスという中型の草食動物を飼い慣らして荷台を運ばせる竜車が三台並び、近くにテントが何個も張られていた。

 

 

「これは……」

 

「お前ら帰ったぞー」

 ケイスケが自然な感じでテントが集まる空間に歩きながらそう言う。

 するとそこには十人ほど人が集まっていて皆がケイスケに寄って来たんだ。

 

「遅かったな何してた?」

「ドキドキノコあった?」

「飯にしよう」

「アカリー!」

「その人誰っすか?」

 

「あぁ、紹介するよ」

 大勢に囲まれたケイスケはこっちを見ながらこう口を開いた。

 

 

「俺達の新しい仲間だ」

「なんでやねーん!!」

 なんでだ! なんでそんな勝手に話が進んでるんだ!

 

「お、双剣使いじゃん」

 ピンク髪のアカリと同じくらいの大きさの少女が意味深な目で見てくる。

 

 

「どういう事か説明しろ!」

「ん? いやだから俺達は今日から仲間だ」

「ふざけろぉぉおおお!」

 

「おい、ふざけてんのかケイスケ!」

 突然竜車付近に座っていた男が立ち上がりそう口を開いた。

 黒髪でがたいが良い長身の男で、何故かとても怖い表情をしている。ヤバイ怖いチビりそう。

 

「何もふざけてなんて居ないぞ?」

 ケイスケがそう言うと男はさらに表情を悪くして口を開く。

「この腑抜けた面の双剣使いがマックスの代わりだとでも言うのかよ!」

 初対面で腑抜けた面とか言われたんだけど。マックスって誰だ。

 

「マックスの代わりなんて居る訳がないだろラルフ」

「く……」

 今の会話で察せなかったらただのアホだ。

 ハンターってのはそう言う世界なんだから。

 

 

「だから落ち着いて俺に任せろ」

「……くそ」

 ケイスケに言われ、ラルフというらしい男は黙って元の場所に座りに戻る。

 

 

「と、いう訳だシンカイ」

「何がどういう訳やねん」

 この喋り方———ツッコミやすい!

 

「俺達と一緒に旅をしないか?」

「なんでそう言う話になったんや! わいはただ成り行きであの娘を助けただけやなんやで?!」

 確かにこの提案に魅力を感じていた自分が居るのは事実だった。

 

 

 猟団と言うのは、何人かのハンターが集まって気慣れたメンバーでお互いをフォローしつつ要所要所に仕事を振り分け生活していくグループの事だ。

 猟団に居ればとりあえず衣食住に困る事は無い。幸いこの竜車の数から見て規模の大きな猟団な気がするし。

 

 

「衣食住には困らないぞ」

 痛い所を着いてきた。

 

「なんでや! なんでわいをそんなスカウトするんや?」

 自分にそんな価値は無い。

 

 

 矢口深海という男はただ仕事が嫌になってモテるからという理由でハンターになろうとした、ただのダメ人間。それなのに、なぜや?

 

 

「俺の直感が告げたんだ。お前はでかくなる」

「成長期なら止まったで」

 

「ハンターとしてな」

 違う。あれは、ヘビィボウガンは違う。

 

 

「後詳しい理由は入ってから教えてやる。どうだ? シンカイ」

 このダメ人間に衣食住が与えられるチャンス。

 

 気にくわ無いけど、なぜかここは人生の転機だと自分は思った訳で。

 

 

「分かった分かった、わいの負けや。ここで世話になることにする。お願いします」

「決まりだな」

 

 こうして、この狩猟団への入団が決まったのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「さっきも言ったが。俺は橘圭介、武器はランスを使っている」

 んで、始めにやる事と言えばやはり自己紹介なのだろう。

 ケイスケが一人ずつメンバーを紹介してくれるらしい。

 

 

「こいつはお前の前に入ってきたタクヤだ。武器は片手剣を使っている」

「タクヤ・アルファードだ。宜しくな!」

 元気の良い黒髪の少年が挨拶してくる。多分年下だろう。

 

「宜しく」

 

 

「こいつはガイル。ハンマー使いだ」

「……ガイル・シルヴェスタだ」

 腕立て伏せをしながら銀髪の筋肉質な男が挨拶をしてくれる。何この人強そう。

 

「私はサーナリアって言うの。気軽にサナって呼んでね」

 ガイルさんを見ていると横からひょこっと子犬みたいな女の子が挨拶をしてくる。

 ピンクの髪に小柄な身体。こんな少女もハンターをやっているのか。

 

「サナは太刀使いだ。あ、こいつこう見えて腹黒だから気を付けろ」

「は? 何言ってんだテメ———って、あは! なんでも無いよぅ!」

 もう遅い。

 

「お、おう……」

 

 

「こらサナ、新人君が引いてるわよ」

 同じピンクの髪をポニーテールにした女性がサナにそう話し掛ける。

 

「うるせーよババァ」

「あん?」

 何この人達怖い。

 

「彼女はクーデリア。狩猟笛使いでサナの姉だ」

「姉妹なんか。なるほど」

「クーデリア・ケインよ。宜しくね」

 ならサーナリア・ケインか。

 

「若く見えるが二十歳過ぎだ」

「ちょ! ケイ君?!」

「キャッハハ! ざまぁ無いぜババァ! っと……あは、なんでも無いよ」

 この娘に近付きたくない。

 

「ん、まぁ。宜しくな」

 

 

「あっちの二人も姉弟だ」

 そう言ってケイスケが指差す先には金髪の男女二人組がオセロをやっていた。なんでオセロ。

 

「ちーす」

 金髪のモヒカンの男がそう口を開く。

 なんで一人だけ世紀末。

 

「あいつはヒール。ライトボウガンを使っている」

「ヒール・サウンズっす、宜しく」

「宜しく」

「こっちは双子の弟。んで、そっちが姉だ」

 

「ナタリア・サウンズよ。宜しく」

 金髪セミロングの綺麗な女性が挨拶をしてくれる。

 なんというかお嬢様的な気品がある。可愛い。

 

「彼女には我が猟団の会計を頼んでいる。使ってる武器は弓だ」

「なんでオセロしてるん?」

「「こいつを倒すため」」

 ここの兄弟仲悪すぎ。

 

 

「んで、あそこに居るのが俺のマイエンジェルだ」

 急にケイスケのキャラが変わった。

 

「ん? なんやて?」

 マイエンジェル?

 

「誰がマイエンジェルだボケぇ!」

「ゲボァ!」

 綺麗で長い赤い髪を揺らす女性が、 ケイスケの頭を地面に埋める勢いで殴り倒す。

 

「なぁぁ?!」

 殺された!?

 

「ふ……くく。痛いじゃないかカナタ」

 生きてた。

 

「死ね」

 直球?!

 

 

「彼女は俺の嫁の橘叶多だ」

「だ、誰が嫁だぁぁ!!」

 顔を真っ赤にしている辺り、満更でも無いのだろうか?

 ツンデレ?

 

「ゲボァ!」

 ケイスケ?!

 

「道輪叶多よ。ガンランスを使ってるわ、宜しく」

  手を出して挨拶をしてくれるカナタさん。

 

「おいシンカイ……その手に触れるにはまず俺の許可をだゲハォッ!」

 生きている辺り凄いと思った。

 

「宜しくね」

「宜しく」

 

 

「アカリ、こっちへ来い」

 突然さっきまでの調子に戻り、妹のアカリを呼ぶケイスケ。

 

「……」

 少女はこくりと頷くと、早足でこっちに向かってくる。

 真っ白で華奢な身体に黒髪ボブと眼鏡。整っているが所々幼い身体つきで可愛い女の子だ。

 

「橘小明だ。使っているのはヘビィボウガン。二度目だがまたお礼を言わせてもらう。ありがとう、シンカイ」

「……」

 兄がそう言うと妹は無言でペコリと頭を下げる。本当に無口だな。

 

「あんたが妹から目を話すなんてどうしたのよ」

 と、カナタさん。

 

「少し気になる物を見付けてな……。……いや何でもない、俺のミスだ」

「気になる物?」

「まぁ、気にする程の物でも無かったが」

「ふーん」

 

「後は……ラルフと親父か。アカリは着いて来てくれ」

「……」

 少女は無言で頷くとケイスケの後ろをひょこひょこと着いていった。

「シンカイも行くんだよ?」

「いやだってラルフって……」

 

 

 

「ラルフ・ビルフレッドだ。武器はチャージアックスを使っている」

「言っとくが俺はまだお前を認めた訳じゃ無いからな」

 この怖い兄ちゃんやろ?

 

「お、おぅ……」

「まぁ、そう言うなラルフ」

「うるせーよ」

 これは認めてもらうのに時間が掛かりそうだ。

 マックスねぇ。

 

 

 

「後は親父だな」

「親父?」

「俺達兄弟の父親でもあり、我等猟団の団長であり、皆の親父だ」

 そう言うとケイスケは並んでいる竜車の一番後ろの荷台に向かう。

 

 

「親父、紹介したい奴が居るんだ」

 ケイスケがそう言うと竜車からとても大きな人が出て来た。

 

 身長は二メートルなんて優に超え、とても人とは思えないがたいの良さ。頭はボウズでよく見れば耳が妙に尖っている気がする。

 

 

「な、なんや?!」

 とても息子や娘に似ても似付かない。

 

「こいつは双剣使いのシンカイだ。今日から仲間になって貰った」

「ほぅ、良い逸材を見付けたか」

 巨人のような親父さんは手を伸ばしながらそう言う。

 

「え、あの、えーと?!」

 この人はなんなんだ?! 本当に人間なのか?

 

 

「…………ぉと……さ……ん……」

 アカリがとてつもなく不満げな顔をしている。なぜだろう。

 

「おっと自己紹介が遅れたな。俺がこの橘狩猟団の団長、橘デルフだ。大剣を使ってる」

「よ、宜しくお願いします」

 どうしても固くなってしまうのは、この団長の希薄のせいか。

 

「ハッハッハッ! そう固くなるな!」

「え、いやぁ、あはは」

 怖いもん。

 

 

「まぁ、しょうがねーわな。この辺りじゃ竜人なんてのは珍しいだろうさ」

 竜人?

 

 そう言えば聞いた事があるな。

 人と似て居るが全く人とはかけ離れた存在。人より長寿で技術もあり、長身だったりその逆だったり。

 ともあれ人と似ては居るが全く別の存在らしい。アイルー達みたいな物だ。

 

 人口は少なくて見掛ける事の方が少いからか、本物を見るのは初めてだった。

 

 

「人間の中には俺達を嫌う奴も多いからな。おめーはどうだ?」

 嫌いも何も無いけども。

 

「別に嫌いだろうが構いやしねぇ。本音を言いな本音を」

「興味が無い、が本音やな。まぁ……初めて見たさかいビックリした」

「興味がない、ほぉ。ガッハッハ!」

 答えを間違ったか?! 殺されるか?!

 

 

「良い本音が聞けたぜ」

 そりゃどうも。

 

「一つ聞いてええか?」

「聞く前に答えてやるよ。ムスコ達はハーフさ、俺と人間のな」

 一番気になってた事をそう簡単に話すデルフさん。

 

 なるほどハーフ。人間と竜人の……マジか。

 

 

「嫁さんは?」

「死んだよ」

 人生で今一番後悔しています。

 

「す、すみません……」

「きにすんなぁ。誰もが認める最強のハンターだった。それこそ狂戦士とまで呼ばれる程の腕のあいつが死んだのは誰でもない俺のせいだ」

「親父……」

 

「おめーは竜人と人のハーフをどう思う?」

「どうもこうも、興味がないって言うたで」

 デルフさんの質問にそう答える。

 

 ふとアカリを見ると何か怯えたような表情をしていた。

 

 

「どうしたんや?」

「…………ぃ……ゃ」

「アカリ、仲間なんだから」

 後退りするアカリをケイスケが止める。

 

「ケイスケはまぁ、人間の身体で生まれたんだがなぁ。アカリは少し竜人の血を受け継いじまったんだ」

 デルフさんがそう言い終わると、アカリを捕まえたケイスケは彼女の髪をかきあげる。

 

「…………っ」

 その下にあったのは人とは違う尖った耳だった。

 

 

「可愛い耳やな」

 昔、女の子はとりあえず誉めろと言われたのでとりあえず誉めた。

 

「……っぁ?!」

 照れた。

 

「そう来たか」

「ガッハッハ! 面白い奴だ。話し方も変だし、キャラも立ってる」

 この話し方をバカにするのは許さへんで!

 

 

「しかし娘さんは無口やなぁ」

「いや、聞こえないんだ。アカリは」

「ん?」

 聞こえない?

 

「幼い頃に……この耳の事で里の子供に苛めを受けてな。俺が守れなかったばかりに……」

 小さな声でそう語り出すケイスケ。

 それで、さっき不満そうな顔をしていたり怯えていたのか。

 

「鼓膜が完全にやられてしまってな……。このくらいの声だとアカリには聞こえもしないし、自分の声もアカリは聞こえない」

「そうなんか……」

 そうとは知らず悪い事を言った。

 

 

「……?」

「悪かった!」

 アカリに向かってきちんと頭を下げて謝る。このくらいの声なら聞こえるだろう。

 

「アカリ、こいつも別に怖くないだろ?」

 ケイスケがそう言う。

 

「……」

 無言で頷いた後、アカリはなぜか突然後ろを向いてしゃがむ。

 え? どうしたの? お腹でも痛いの?

 

 

「……んっ!」

 キリッとした表情で振り替えったアカリは手にスケッチブックを持っていた。どこから出した。

 そこには何やら文字が書いてある。

 

『今日は助けてくれてありがとうございます! ヘビィボウガンの使い方がとても上手で尊敬しました。そんな人が仲間になってくれて私嬉しいです! これから仲間ですね! 皆良い人で楽しいところなのでシンカイさんもきっと楽しく居られると思う! 耳……可愛いってどういう事ですか? シンカイさんは変な人ですね。後話し方も変です。耳聞こえなくて迷惑かけるかもしれないけど仲良くしてくれたら嬉しいです。えーと、これから宜しくお願いします!』

 

「全然無口じゃ無いやないかいぃぃいいい!」

 この自分でも良く分からない話し方が良かったのかクスクス笑うアカリ。

 

「おっと、握手がまだだぜ。改めて団長から言わしてもらおう。これからこの橘狩猟団での活躍を期待してるぜ。宜しくな、シンカイ」

 そう言いながら手を出すデルフさん。

 

 その手に答え、この瞬間から矢口深海の橘狩猟団としての生活が始まったのであった。

 

 

 

 物語が始まる。




ここまでがプロローグと言う事で。

ここまで読んで下さった方々ありがとうございました。
これから始まる物語を楽しんで頂けたら幸いです。


登場人物や独自設定とかまとめた方が分かりやすいと思うんですけどやり方が分かりませんすみません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Charge Blade『第一章』
新しい環境で彼は思う


 眼球が痛い。閃光に飲まれ、瞼を閉じても視界は光が照らし続ける。

 

 

 死ぬのか? こんな所で。

「アニキ! 俺の後ろに!」

 マックスはそう言って俺の前に立った。双剣を構えて敵を迎え撃つ。

 

「ま、マックス……? よせ! 逃げろ!!」

「大丈夫だよアニキ。アニキは俺———」

「ギェエエ!!!」

 モンスターの鳴き声が轟く。

 途端、マックスの声は聞こえなくなった。

 

「お、おい……マックス? マックス! マックス!!」

「…………アニ……キ」

 眼に光が戻った時、眼前に映ったのはモンスターの下敷きになっていたマックスの姿だった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 歓迎会という事なのだろうか。

 目の前にはあらんかぎりの豪華な食べ物が並んでいる。

 大きな肉から特産キノコにガーグァの卵等々盛り沢山。なんだこれは最後の晩餐か?

 

 

「なんやこれ凄いな……」

「たらふく食べてくれ。大歓迎会という名の俺達のピクニックだからな」

 串焼きを食べながらもう一本を渡して来るケイスケ。何これ旨い。

 

「って、ピクニック?」

「あぁ、言ってなかったな。俺達はピクニックの真っ最中、食材を探すために密林を散策していたんだ」

 モンスターの住まうこの世界でピクニックなんて言葉はサバイバルとなんら変わりはしないのだが。

 

「その時に俺はジンオウガの変な死体を見付けてな、それを気にしている内にアカリとはぐれてな」

 申し訳なさそうにそう言うケイスケ。ジンオウガの変な死体?

 ジンオウガなんてモンスターの名前はこの密林の生息分布にあっただろうか?

 

「そして、アカリを助けてくれたお前を見付けた」

「偶然って怖いのぅ」

 ピクニックねぇ。

 

 周りを見渡す。

 笑顔ではしゃぎ回る若いハンター達。その中にポツンと一人、孤独に身を寄せている人物を見付けた。

 

 ラルフ・ビルフレッド。長身黒髪の確かチャージアックスという武器を使う人物だ。

 つい先ほどの悶着を思い出す。

 

 マックスなる人物は今この中には居ない。

 

 

「…………ぁぉ……の……っ!」

 あおの?

 考え事をしていると、ワイワイやっていた皆の中から抜け出してきたアカリが大きな肉を突きだしてくる。

 

「えーと、わいにくれるんか?」

「……ぅ!」

 ぶんぶんと首を縦に振るアカリ。

 受け取った途端振り向いて、さっきと同じスケッチブックを取り出すと今度はそれを突き出した。

 

『シンカイさんも皆と食べませんか?』

 そう書いてあるスケッチブックの上にはみ出るアカリの顔は除き混むような調子を伺うような、まだ慣れていない人物への表情。

 

「ならお邪魔しようかな」

 そう言うとアカリは少し笑顔になって、裾をいきなり掴んできたかと思えば走り出す。

 内心と表情にギャップがある娘だなと思いながら連れ去られた先には皆が待っていた。

 

「お、シンカイさんも食べるっすか!」

「こっちに焼きたてがあるわよ」

「……それは俺のだ」

「いやケチんなよ」

 これから行動を共にする仲間達……か。

 

『これからよろしくお願いします』

「あぁ、宜しくな」

 そうやってワイワイする中、やはりただ沈黙している男が気になってしょうがなかった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 日が沈むと密林は一気に不気味な雰囲気に包まれる。

 元々人が住む世界では無いというのもあるが、なにより暗い。

 

 

 生い茂る木々は月の光すら遮り、一度ここから離れたら元に戻れないのでは無いかとすら思える。

 そんな中で電気ではなくランプの火の光で寝ようというのだから不安しか残らない。

 

 ここはモンスターの世界なんですよ?

 

 

「と、トイレ……あかん食い過ぎた」

 昼間かなり騒いだからか。こんな時間になってようやくウコンさんは出てくる気になったらしい。

 しかし竜車から出るのは怖い。でももう出てきそうウコンさん。

 

「……うげ!」

 意を決して前に進むとヒールの腹を踏んでしまった。

 

「おぅっとと」

 見た目世紀末だが中身は優しい奴なので起きても許してくれるだろう。

 うん、こんな事でなんたら真剣の奥義とか出してくる奴じゃないハズ。

 

「……お…………のれ……」

「やば、逃げよ」

 ばれる前に逃げた。

 

 

「お、どこに行くの?」

 外に出ると綺麗な赤い髪のカナタさんが居て話し掛けてくる。のんな時間に外で何をしているのだろうか。

 何をしているのか伺おうと周りを見ると、すぐ近くにガンランスとアカリが倒して置いてあった。

 

 アカリ?!

 

 

「カナタさん……アカリに何を」

 地面に横倒しになっているアカリを指差しながらそう言う。きっと今、 自分は青ざめているだろう。

 

「私は何もしてないわよ?! まぁ……勝手に寝ちゃったんだから仕方無いじゃない?」

「こんな所で寝かしとったらあかんと思うんやけど?」

 

「見張り番だから甘やかすのはダメ。でもせっかく夜食として私のお手製の味付け肉を渡したのに寝るなんて、まだ子供だから仕方無いかな?」

 ふと嫌な予感がしてアカリの顔を覗いてみる。

 

「……」

 泡吹いてた。

 

「アカリぃいい!!」

 なんだ?! 何食わしたんだこのねーちゃん?!

 

「どうかした?」

「カナタさん何食わしたんです……?」

「色んな茸を磨り潰して作ったお団子だよ?」

 この人バカだ。

 

「しっかりしろアカリ!」

「……」

 返事は無いただの屍のようだ。

 

 

「それよりどうしたの? お手洗い?」

 覗き込みながらそう聞いてくるお姉さんはハンターなのに良い香りがした。

 ねーちゃんはいつも泥臭かった。

 

「い、いや、ちょいと外の空気をやな」

 これには男なら多少たじろいでも不思議じゃない。決して女の人に慣れてないとかじゃない。

 

「つい先日までベッドで寝てた都会っ子に竜車の中は辛いかな?」

「いや、ベッドなんてとんでもない。ここ一週間ソファか椅子で寝てたんやけど」

「どんな生活してたの?!」

社蓄です。

 

「……ん、ぅぅ」

「お、生き返ったかアカリ」

『シンカイさんって変な喋り方ですよね』

 なぜ貴方がここに居るのですか? と言いたげな不思議そうな表情で彼女はスケッチブックを掲げる。

 毎度の如くのスケッチブックにはそう書かれていた。

 

「この喋り方は最強のハンターの証なんやで? バカにするのは許さへん」

「何それ初耳」

「……?」

「え、知らへんのか?」

 カナタさんとアカリにジト目で見られている中、ふと一つ考え事が浮かぶ。

 

 耳が聞こえにくい娘にこの変な喋り方は不便か……?

 

「アカリ、わいが喋っとる事聞きにくいか?」

 思ったので、直ぐに聞いてみる。

 

 

「…………」

 アカリは少し俯くとスケッチブックを取って背中を向ける。

 

「……ん」

『大丈夫。全く聞こえない訳じゃないから。それに口パクで大体分かるし。変って言ってごめんなさい』

 そう書いてあるスケッチブックを破ると次にはこう書いてあった。

 

『私の耳の事で誰かに迷惑を掛けたくない』

 スケッチブックで半分隠れたアカリの表情は、落ち込んでいるような悲しんでいるような表情。

 

 どうやら地雷を踏んだらしい。これは申し訳無い。

 

 

「迷惑とかそう言うんじゃなくて……わいは皆がやりやすいようにしとるだけや。この喋り方も適当で未完成だしな」

「?」

 首を横に傾けるアカリのその頭に手を乗せてこう続ける。

 

「だからその気持ちはありがたく受け止めてこの喋り方でいかしてもらうで。変とか気にしてないから謝るなや」

「…………は……っぅ」

 するとなぜかアカリは顔を真っ赤にして、怒り状態のババコンガのようになったかと思いきやモンスターのような速度で竜車に飛び込んでしまった。

 

 

「え?! なんで?!」

「わーぉ」

 カナタさんの意味ありげなジト目がなんか酷い。

 

「なんでやねん!」

「妹でも居るのかシンカイは。女の子はデリケートなんだよ?」

「姉なら居るけど」

 小さくて妹みたいな姉が。

 

「何となく察した。うーん見張り中なんだけどなぁ。シンカイ代わりね」

 ウコン漏れるて。ババコンガ見たく散らばかすて。

 

「お、お、おう」

 しかし断る訳にもいかず。

 

「いやでも、アカリに謝らんと」

「明日には忘れてる忘れてる」

 なんとか逃げようとするが無理だった。

 

 ウコンが! ウコンが来る!

 

「そういや、こうやっていつも見張りしてるんか?」

 な、何か話をして気をそらさないとババコンガになる。そう思い、そんな事を話題に持ち掛ける。

 よく考えればこの人数の猟団を竜車三台でまとめるなんて無理が無いか?

 

「あぁ……いつもは違うんだよ」

「違う?」

 

「ケイスケに聞いたでしょ? これはピクニックだって。私達の拠点はちゃんと他にあるから、このピクニックが終わって少しすればちゃんと帰れるよ」

 夜空を見ながらそう言うカナタさんは少し間を開けてこう続ける。

 

「慰安旅行みたいな物なんだよ」

「慰安旅行?」

「もう一週間も前かな。私達の仲間だったマックスって子がね……死んじゃったの」

 そう語るカナタさんの表情はとても苦しそうな物だった。

 

「シンカイと同じ双剣使い。チビのくせに生意気で怖い物知らずでさ……怖い物知らずだったからかな」

 竜車の方を向いてカナタさんは続ける。

 彼女……いや彼等にとってこの話はとても辛い物なのだろう。

 

 マックスという人物の事は知らないが、自分はこの話をきちんと聞くべきだと思った。

 

 

「ラルフと二人で狩りの途中、狩りの対象じゃないゲリョスに二人は襲われて。マックスは……」

「そう……だったのか」

 

「ラルフは責任感じてずっとあんな感じだし。本当はもっと明るくて熱い良い奴なんだよ? 今は当たりが厳しいけど……嫌いにはならないであげてね?」

「んなもん……気持ちは分かるから当たり前や。しかし分からんのはケイスケやな。その状況でたまたま見付けたわいを仲間に誘おうなんて」

 

「ラルフ以外、皆それなりに立ち直っては居る……けど。ケイスケはあれでずっと悩んでた。リーダーだから、あいつは無理して笑ってるんだよ」

「カナタさんは?」

「え?」

「カナタさんはどうなんや?」

 人の事ばかり話す彼女の本音が聞きたくて、そう聞いてみる。

 

 

「私だって悲しいし泣いた……。でもラルフやケイスケの気持ちを考えたら俯いてばかりいられないし、皆も同じ気持ちだと思う」

「もっと自分の気持ちも大事にした方がええで? カナタさんは優しいんやな」

「そう……かな? まぁ、そう言うシンカイも優しいね」

 大切な人を失う悲しみが分からない訳では無いから。

 

「逆の立場ならわいはこの新参物を受け入れる事が出来るか分からん。こうやって話してくれるカナタさんには感謝や」

「それじゃ私がマックスの事を気にしてない薄情者みたいじゃない?」

「そう言う訳じゃなくて。周りの事を考えられるええ人やって事、カナタさんは」

「カナタで良いよ」

「ええんか? 一応……わい年下やで? 十八って聞いたけど」

「そんな事気にしないの。仲間ならさん付けは無し無し」

 なら遠慮なく呼ばして貰おう。

 

「カナタ」

 結構良い声で彼女の名前を呼ぶ。

 

「な、なに?! 突然」

「わいトイレ行きたい」

 ヤバイってもうマジで我慢の限界やってババコンガになる。

 

「私も流石に女だからね……竜車の裏でしてきてね? 後見張りから逃げたらダメなんだから」

「あ、やっぱりトイレなんて素晴らしい物無いですよねぇ。了解やで」

 走って竜車の裏側に向かう。

 

 

 

「自分の気持ちも大事に……か」

 

 

 

 ババコンガの様に豪快に出る街の外で初めてした記念のウコン……は、穴を掘って埋めた。

 

「ただいまぁ」

「おかえり。あ、そうだシンカイも夜食食べる?」

「お、そりゃありがたい」

 小腹も減っていたのでありがたく焼いた肉を頂く。

 

 

 それを口に入れた瞬間後悔する。あ、そういえばこれって———

 

 薄れゆく意識の中、冷たい地面の感触だけが伝わって来たんだ。

 

 

 これがハンターの生活か。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

辿り着いた村で

 

「お、起きたんじゃね?」

 随分と可愛い声が近くで聞こえた。

 

 

 覗き込むように顔を見ていたのはピンク髪の少女。誰だこの可愛い娘は、てかここは何処だ?!

 揺れる地面に驚きながらも身を起こす。周りには他に黒髪眼鏡の少女と金髪セミロングの少女、それにカナタが居た。

 

「あぁ……」

 カナタの顔を見て思い出す。なにやらとんでもない物を食べさせられて気絶した記憶があるがあれは夢か? いや現実だ。

 

「カナタの作った物食べるなんて自殺行為よ?」

 カナタをジト目で見ながらそう言う金髪の少女ナタリア。それを聞いてカナタは心臓に槍が刺さったかのように項垂れる。

 

「まぁ死ななかっただけ良いんじゃね? カナタもいい加減学習しろよ」

「ぐぅっ」

 酷い事を言うのはサーナリア。それを聞いてカナタは床に頭を着けた。

 

 

『大丈夫?』

 スケッチブックにそう書いて見せてくるアカリの表情はとても心配そうだった。

 安心させるために笑顔で手を振ってみるとアカリは顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。あるぇ?

 

 

「い、いや失敗は成功の元でしょ?! 次こそは成功させるって!」

「「辞めて」」

「そんな……」

 立ち上がりそう宣言するも、女子二人に完全否定され崩れ落ちるカナタは見ていて悲しかった。

 

 しかしこの竜車には自分以外女子しか乗っていないのか。多分看病のためだがまさかこんな所でハーレムを手に入れられるとわな!

 

 

「着いたぞー」

 そんな事を考えていると竜車は止まり、ケイスケが外からそう呼び掛けてくる。

 

 ハーレム終わった。早すぎるだろ!

 

 

「お、シンカイ起きてたか。どうだ? 俺の嫁の飯は」

「誰が俺の嫁だ!」

「最高に……命に関わるかと思ったで」

「シンカイ酷い!」

 泣き顔になるカナタの頭をケイスケはよしよしと撫でながらこう口を開く。

 

「着いたから休憩だ。一時間、自由時間」

「昼飯昼飯ー!」

「走ったら危ないよサナ!」

 急いで出ていくサーナリアをナタリアが追い掛ける。

 ハーレムが……。

 

「……ところで、着いたってなんや?」

 昨日カナタが言っていた拠点か?

 

「アプトノスの休憩だ。拠点が置いてある町の半分くらいの所にある村に着いたからな」

 モンスターと言えど生き物である。

 この竜車はアプトノスという草食種のモンスターが引いてくれているおかげで動いているので、そのアプトノスの休憩という事だろう。

 

 

「ほぅ」

 竜車の外に出ると視界は開け、密林に開けた小さな村の風景が目に入ってくる。

 

「わいは何時間寝とったんや……」

「もう昼だよ」

 心配そうな表情でカナタがそう言うが、お前の作った何かのせいやからね?

 

「ルーンという村だ。たまに世話になってるから何も遠慮せずに村を回ってきて構わないぞ、てか回ってこい」

 強制?!

 

「お前もだアカリ、シンカイを案内してやってくれ。早く俺とカナタを二人きりにさせろ」

「なんでだ!」

 本音がただ漏れやでケイスケさん。

 

「……んぇ?!」

 驚いて声を出すアカリは少し俯いた後スケッチブックを取り出す。

 

 

『着いてきて下さい!』

 兄の事を応援してるんだろうなぁ。

 

「おぅ。ほな御二人とも楽しんでー」

「よし、空気が読めるなシンカイ!」

「読まなくて良い!!」

「恥ずかしがるなよマイハニー」

「キ! モ! イ!」

 わー、仲が良いなぁ。

 

 そんな二人は置いておいて、自分はアカリに着いて村を回る事にする。

 しかし賑やか村だ。グングニールの商店街を見ているよう。

 

「アカリー!」

 唐突に背後からアカリを呼ぶ声が聞こえる。

 振り向くとそこには自分の前にこの猟団に入った先輩(年下)のタクヤが立っていた。

 

「あ、あのさ! 一緒にご飯とかどうだ?」

 タクヤは少しモジモジしながらもアカリにそう言う。ははーん、さてはこいつアカリの事が。

 

「わいは一人でも大丈夫やで。行ってきたらどうや?」

 そう考え大人の態度でアカリのエスコートを諦めタクヤに譲るとする。

 

「……」

 しかし何故かアカリは無言で俺の後ろに隠れた。

 

「ぇ」

 絶望したような表情をするタクヤ。

 なんでや! なんでやアカリ!

 

「シンカイ……」

「な、なんやタクヤ」

「てめぇは今日から俺のライバルだ糞野郎ぉおお!」

 そう言いながらタクヤはお店の裏まで走って行ってしまった。

 

「あいつバカだからほっとけば良いよ」

 これまた背後からサーナリアが表れてそう言ったかと思えば、彼女はタクヤを追い掛けて歩いていく。

 

「アカリの事は頼んだ。おーいタクー、サナちゃんが一緒にご飯してあげるから我慢しろー」

 サーナリアはそう言ってアカリを自分に任せると、タクヤが向かったお店の裏に向かって行った。あの二人も歳が近いし仲が良いのかな?

 

 

「アカリ、なんでや?」

 それを見送ってからアカリに聞いてみる。

 別にタクヤはアカリとも歳も近いし飯くらい逃げる必要は無いんじゃないか?

 

「……」

 申し訳なさそうな表情のアカリはいつも通りスケッチブックを取り出してこう書き連ねる。

 

『タクヤ君は悪い人じゃ無いんだけどちょっと苦手で。よく話しかけてくれるけど喋り方早くて声も小さくて聞きにくくて……絶対私と居たらつまらないから。私が悪いんだけど……。でもいつもなんでか誘ってくれて……それもちょっと苦手』

 また長文を。

 

 

「いや、なんやろな。アカリは悪くないで」

「……?」

 強いて言うならタクヤの気持ちが伝わってないのが問題だな、うん。

 

「……ん」

 もう一度背後を向いて、文字を書き出すアカリ。

 

『シンカイさんは声も大きいし優しいから安心する』

 タクヤ……なんかごめん。

 

 

「バカみたいにうるさいって事?」

「……っ?!」

 冗談でそう言うと首が飛んでいくんじゃ無いかという程首を横に振りまくるアカリ。しまいには首ではなく眼鏡が飛んでいく。

 

「……ぁっ!」

「あ、拾ったる拾ったる」

 聞こえなかったのか咄嗟だったからか、眼鏡に伸びる自分の手がアカリと重なった。

 

「おっとすまん」

「……っ?!」

 何をビックリしたのか、ウサギのように跳び跳ねるアカリ。

 

「ほれ眼鏡」

「……ほ、こゎ、く……っ?!」

 もしかして男性体制無いんだろうか……。

 

「す、すまんアカリ。で、デリカシー無かったな。うん。悪い」

「……ぅぅ」

 首を横に振るアカリ。

 続いていつも通りに。

 

『眼鏡ありがとうございますシンカイさん』

「んな事態々書かんでもええで」

 そう言いながら眼鏡をかけてあげる。眼鏡無しもありやけどやっぱ眼鏡有りやな。

 

 

「後その……シンカイさんは辞めようや。ここじゃ歳なんて関係無いやろ?」

「……ぇ…………」

 

「呼び捨てでええんやで。後一回でええから口で呼んでみてくれんか? 嫌なら良いけど」

「……ぅ…………」

 そこから結構間をあけてから。

 

 

「……し、し……か……ぃ」

「惜しい」

 

「……し……か……っ!」

「無理せんでええで……?」

 

「……し……ぃ…………」

「な、泣くくらいなら辞めようや!」

 無理言い過ぎたな……。

 

 

「……しん……か……ぃ…………」

「おぉ! ありがとうな、アカーーー」

「…………く……ん……っ!」

 後付けで君付けされた。

 

「あるぇ」

「……んっ!」

 ほぼ半泣きの表情でスケッチブックを突き出すアカリ。悪い事したなという反省の半面、文字書くの早いなと驚く。

 

『流石に呼び捨ては無理!!』

 そっちかい。

 

「ほ、ほな君から行こうか。無理矢理喋らせたのは怒ってないん?」

『私が悪いから』

 振り向かずにそんな事が書いてあるスケッチブックを見せてくる。

 流石に早業なんてレベルじゃない。良く見たらその紙は長年使い込んだ年期の入った感じだった。

 

 なるほどストックもあるのか。

 

 

「せやけどな」

 アカリからスケッチブックを取り上げて『私が悪いから』等と書かれたページを破り捨てる。

 

「……んぇ?!」

「この言葉はダメだ。自分が悪いとだけ考えるのはダメだ。分かったか?」

「……ぅ…………」

 アカリにスケッチブックを返すと徐にページを捲ってそれを見せてくる。

 

『ありがとう』

 そういうのは、ええな。

 

『シンカイくんは優しいね』

 そう書かれたスケッチブックを見せてくるアカリの表情は困ったような嬉しいような、少し複雑な表情だった。

 

 

「んならほら、飯でも食うか。オススメとかあるん?」

 それを聴いてアカリが振り向いてスケッチブックに文字を書き出したその時だった。

 

「ふざけんな!!!」

 近くで野太い大声がそう聞こえる。

 自分もアカリもビックリして跳び跳ねて声のした方を向く。

 

 

「そいつはマックスの仇かも知れないんだぞ! 俺に行かせろ!」

 ケイスケに向かってそう叫ぶのはあのラルフというチャージアックス使いだった。

 

「ダメだ。今のお前は熱くなり過ぎてとてもじゃないが信頼できない」

「て……めぇ……っ!」

「辞めなよラルフ」

 ケイスケの言葉に腕を振り上げたラルフをカナタが前に出て止める。

 一体なんの騒ぎだ?

 

「どうしたんや?」

 気になったので寄って行って聞いてみる。

 

 

「シンカイ? あ、いや村長からクエストを貰ったんだよ」

 カナタはこちらに気付くと背後に立っていたこの村の村長なる人物を紹介しながらそう説明してくれる。

 

 クエストとは簡単に言えばギルドや民間が発行するハンターへの仕事の依頼書のような物だ。

 

 

「彼が例の新人かい?」

「あぁ……そうだ、良い事を思い付いた」

 村長らしきふくよかな男性の質問を肯定するついでにケイスケは何かを思い付いたらしく。

 

「シンカイ、橘狩猟団入団後初めての仕事をしてみないか?」

「え?」

「おいケイスケ! テメェふざけてんのか!」

 ラルフの方が俺よりケイスケの発言に反応する。

 それはともかくもう初仕事か。短かったなニート生活。

 

「ラルフ、お前もやっぱり来い」

 意味ありげな笑みを浮かべながらケイスケはラルフにそう告げる。

 正直ケイスケが何を考えているのか分からなかった。さっきと言っている事が違う。

 

「カナタ、ガイルとサナに謝っておいてくれ。ラルフとシンカイは一時間後に準備を整えてここに集合だ。俺とカナタ、お前達でこのクエストを引き受ける」

 ともあれ、これからがこの生活の本番みたいな物だろうな。

 

「おいどういう事だこんな奴と一緒に狩りに行けって言うのか?!」

「嫌なら来なくて良いぞ。行きたいんじゃ無かったのか?」

 反抗するラルフにケイスケはあしらうようにそう言った。

 なんでこんなに毛嫌いされているのか。

 

「……っ。……くそったれ」

 ラルフは地面を蹴りながらその場を離れていく。それを見送ったケイスケはこう自分に話しかけて来た。

 

「マックスも双剣使いだったんだ……。マックスの事はカナタに聞いたな?」

「え、あぁ……うん」

 ラルフがそのマックスの代わりのように入ってきた奴を認められない気持ちは分かるけどもな。

 

 

「あいつは責任を感じて、仲間には当たらずに自分で背負おうとしてるんだ。だから、まだ仲間だと思ってないお前に当たる」

「それ、わいただの災難」

「だから今回のクエストでお前は自分を示せ、シンカイ」

 んな事言われても。

 

「……ん」

 後ろからアカリがちょんちょんと肩を叩いてくる。いつものスケッチブックにはこう書かれていた。

『大丈夫? シンカイくん』

 優しいな、アカリは。

 

「ま、大丈夫やろ」

 

「よし、なら一時間後にここに来い。狩りの目標はゲリョスだ。アカリ、シンカイの狩りの支度を手伝ってやるんだぞ?」

「……」

 こくこくと頷くアカリ。

 支度といっても自分防具もアイテムも無いんだけど。持ってるのは安上がりの骨の双剣のみ。

 

 しかしゲリョスか。

 マックスとラルフを襲ったのもゲリョス。ラルフが熱くなるのも仕方がないのかもしれない。そんな事を思いながら狩りの支度をするのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

立ち込める瘴気

 狩りの支度といっても、最低限のアイテムを揃えるだけに終わってしまった。

 

 

 その名の通りの効果がある回復薬に解毒薬、そのままの意味の携帯食糧。

 モンスターの位置を探る手懸かりにするペイントボールにここら一帯の地図といったところか。

 

 

「揃ったな」

 リオレウスという飛竜の防具を頭部以外装備し、同じくリオレウスの素材を使ったランスのレッドテイルを背に背負ったケイスケがそう言う。

 

「シンカイは防具無いの?!」

 そう驚くカナタの防具はリオレイアという飛竜の素材を使ったスカートの綺麗な防具だった。

 ケイスケと同じく頭部は外してあり、武器もリオレイアの素材を使ったオルトリンデ。

 

「街から出た時もこれ二本やったからのぅ」

 対する自分はとても動きやすそうなTシャツにズボンである。

  背負う物だけ背負ってさながらハンターごっこ。

 

 

 しかしハンター稼業に必ずしも防具が要るわけでは無い。

 確かにモンスターの素材を使った防具は軽い攻撃なら傷一つ貰わなくなるだろうし、場合によっては致命傷を防いでくれる事もある。

 半面まだ若いハンターにとって防具は他人が想像するより遥かに重く動き辛い。二人が頭部の防具だけ外しているのはそのせいだろう。

 そして必ずしも防具は自分を守ってくれる訳では無く、貰う物貰えば人なんて防具の有り無しに関係無く死ぬ。

 

 

「おいテメェふざけてんのか?」

 予想はしていたがやはり突っ掛かってくるラルフ。

 彼の防具はなんだろう? 見た目では判断できない。武器もスラッシュアックスという事は分かるが素材が特定できない。

 多分この密林近くには居ないモンスターなのだろう。

 

 

「ふざけてたら死ぬだけやろ?」

 だから自分はふざけてなどいない。

 元の理由はお金がないからだが、双剣を選んだ理由は防具が一番不必要だからだ。

 

「……っ。…………勝手にしろ」

「おぅ」

 

「よし、なら行くか」

 ケイスケの言葉で四人は村を出る。

 振り向けば支度を手伝ってくれたアカリがスケッチブックに『気を付けて!』と書いて掲げていたり、タクヤが怨めしそうにこっちを見ていたり。それを見てサーナリアはくすくすと笑っていた。

 他のメンバーも全員見送りには参加していて、この盛大な感じが毎回なのかと思うとこれからが楽しみで仕方がない。

 

 そしてこれが矢口深海のハンター生活第一歩だ。気を引き閉めて行くとしよう。

 

 

 ところでクエストの内容だがこうだ。

 ここ最近村の離れの鉱脈で鉄鉱石等の採掘場にゲリョスが度々現れては採掘場を荒らしていくらしい。

 まだ死人は出ていないようだがこのままでは最悪の事態になりかねないのでギルドにクエストの申し込みをしようとしたとたん我等が猟団が都合良く村を通ったらしい。

 

 ちなみにルーン村の村長と団長のデルフさんは旧友らしく、信頼されてこのクエストを託されたと言う。信頼には答えたい物だ。

 

 

 村を離れて数十分。

 先頭を歩くケイスケが腕を上げてメンバーを止める。何か見付けたのだろうか?

 

「あれはなんだと思う?」

 ケイスケが指差すその先には、密林でポツンと開けた場所に光る鉱石等が集めて置いてあった。

 単に綺麗だと簡単に思ってしまうが、こんな密林の真ん中に鉱石があんなに沢山転がっているのはおかしい。

 

 それに良く眼を凝らすと、何かハンターの武器のような物まで置いてあるのが分かった。

 あれはなんだ? 双剣だな。ツインダガーか?

 

 

「あれは……っ!」

 隣で一緒にそれを見ていたラルフは突然そんな声を出したかと思うと、 鉱石や双剣の落ちている所まで走って行ってしまった。

 

「おいラルフ!」

「あれはマックスのだ!」

 なんだと?

 

「ラルフ!」

 走り去ったラルフの名をカナタは叫ぶ。

 ケイスケのような注意の声ではなく、もっと焦ったような声で。

 

「ギョェェエエエッ!」

 次の瞬間、どう考えても人の物とは思えない泣き声がその場の空気を揺らした。

 

「ラルフ!」

 もう一度叫ぶケイスケ。

 

「くっ?!」

「ギョェェエエエッ!」

 木々を薙ぎ倒しながら現れたそのモンスターはラルフの眼前で足を止める。

 奇妙な形のトサカと、鱗が無く藍色の皮膚。体型は丸い方で鳥竜種だが飛竜の特徴よろしく一対の翼がある。大きさはそうだな人十五人分くらいかな、とにかくデカイ。

 特徴はその奇妙なトサカと全身を被うゴムのような性質の皮で弾力性に優れ打撃や電気、水に強く尻尾はしならせる事で元の何倍にも伸びてそれを鞭のように使って攻撃する。

 見た目の割には臆病で賢い。と、いうのが学校の授業で習ったこのゲリョスというモンスターの特徴だろうか。

 

「おめぇだな……」

 その場でスラッシュアックスに手を伸ばすラルフ。

 

「クェッ! クェッ! ギョェェエエエッ!」

 そんなラルフに対抗してか? ゲリョスは頭を高く持ち上げ自分を大きく見せるいわゆる威嚇のポーズを取った。

 良く見るとそのゲリョスの腹部には小さな傷跡が付いている。小さな剣で目一杯切りつけた感じの切り傷だ。

 

 

「一端戻れラルフ! 体制を———」

「うるせぇ! こいつだ。こいつがマックスを!」

 ゲリョスと真正面で対面するラルフはそれにも関わらず叫ぶ。

 何故分かる? モンスターは化け物ではない。この世界に存在する生き物で、その種類に対し個体数は一では無い。

 繁殖し狩り狩られ、人にとっては一モンスターでも彼等は一個体だ。人にとってはそれはどうでもいい事なのかもしれないが、そうでないならそれを分けるのは個体の外的特徴。あの腹部の傷だろう。

 

 

「まったく……。カナタ、俺達で囲んで援護するぞ。シンカイ、お前は俺達より後ろにいて隙を伺って後は好きにやれ。出来るな?」

「当たり前や」

「行こうか」

 ケイスケの指示に二人で返事をして三人で飛び出る。一気にゲリョスに近付きケイスケとカナタは挟むようにゲリョスの両脇に並んだ。

 これでゲリョスはほぼ全方面を警戒しなければならなくなりハンター側からすれば有利を取れる。

 

 モンスターは根本的に人間より強い。

 人が逆立ちしたって土下座したって生身ではモンスターにとって美味しく頂ける餌か羽音がうるさい虫でしかない。

 だから人はこうやって武器を持ち仲間と共に作戦を練る。

 

 

「グェェエエエッ!」

 先に動いたのはゲリョスだった。何かを啄むように何度もラルフに向かって大きく頭を降り下ろす。

 あんなもん喰らったら普通に死ぬ。防具とか関係無い。

「く……っ!」

 右に左に後ろに転がって避けるラルフ。追い掛けるケイスケとカナタだがゲリョスは背後から迫る二人を伸びる尻尾を振り回して近付けさせない。

 

 

「……っ、近付けないな。ラルフ!」

 頼んだ! とばかりに声を駆けるケイスケ。

 

「俺が……やられるかよぉ!」

 ゲリョスの攻撃を避けきったラルフは、その眼前で武器を構える。

 

 スラッシュアックス。

 変形機構によりリーチの長い斧モードと手数で攻められる剣モードに変形できる特殊な武器だ。

 

 

「うぉぉおおお!」

 それを斧モードで抜いたラルフは攻撃を終えたゲリョスの隙に懐に潜り込み、大きな横振りでゲリョスに叩き付ける。

 

「グェォッ」

 しかしゴム質の皮にその攻撃はダメージが通らなかったのか、ゲリョスは見た目無傷でただラルフを睨み付けた。

 

「まだだ!!」

 そんな事は気にせず、ラルフは無理矢理にでも斧を振る。

 何度も叩き付けられる斧に流石に苛立ちを覚えたのか、ゲリョスは羽ばたいて後方へジャンプした。

 あの巨体が本当に一瞬でも空中に浮いたのかと思うと、大型モンスターを初めて見る自分にとっては驚きしか無い。

 

 しかし上手く距離を離されたと思ったが、そこにはケイスケとカナタが既に立っていた。

 まるでラルフの猛攻にゲリョスが距離を置くと分かっていたかのような位置取り。

 

 

「カナタ!」

「言われなくても!」

 次の瞬間、ゲリョスを爆炎が包み込んだ。

 

 竜撃砲というガンランスの特徴の一つで、飛竜のブレスを元に開発された発射までに時間がかかるが高火力の砲撃。

 発射までに時間がかかるとはガンランスにもよるが秒数にして約三秒から五秒。しかしゲリョスが一度飛んでから地面に降りて竜撃砲発射まで一秒も経っていない。

 

 これが信頼と実績という奴なのか。

 流石のゲリョスもその攻撃で地面に横倒しになる。

 

 

 その隙に翼の両方からランスの突き、腹部にはラルフが斧を剣モードにして斬りかかった。

 ならばと自分は弱点である尻尾にこの双剣を叩き付ける。

 

「ギョェエエエッ!」

 体勢を取り直したゲリョスは地面を何度も踏みつけ、口からは毒々しい紫色の吐息を吐いて怒り狂っているように見えた。

 

「一旦距離を取れ!」

 ケイスケの号令でラルフ以外はゲリョスから離れる。

 

 

「うぉぉおおお!」

 しかしラルフは暴れまわるゲリョスに斧モードに戻したスラッシュアックスを降り下ろす。

 それは果敢というよりは無謀だった。

 

「ギョェエエエッ!」

 血走った眼でゲリョスはラルフを睨み付ける。狙いを定めたのか背後に居る三人には見向きもしない。

 

「テメェはマックスの仇だ……俺はテメェを許さねぇ!」

 気持ちは分かった。でもそれは違う。

 

「ギョェエエエッ!」

 さっきのような啄み攻撃を倍速でラルフに繰り出すゲリョス。だがラルフはそれを全て交わしきり、自分の攻撃は当てていく。

 

「おぉぉおおお!」

 一見冷静には見えないが、才能なのか実力なのか。一人で交戦しているとは思えないほどにラルフはゲリョスを圧倒していた。

 

 

「あの兄ちゃんやるな……」

 ただ呆然とそんな言葉が口から勝手に出てくる。

 

「ケイスケ……」

「まぁ……あいつに限って致命的なミスは無いだろうさ」

 不安そうなカナタにケイスケはそう言った。致命的なミスはってどういう事だ?

 

「こりゃわいの出番は無いな……」

「ケイスケの目論見が外れるとわ。ラルフや私にシンカイの実力見せられないじゃん」

「そうと決まった訳じゃ無いだろ?」

 意味深な笑みでそう答えるケイスケ。なんだ?

 

「クェ……ッ! クェ……ッ!」

 そんな会話の中、ラルフ一人に追い詰められたゲリョスは奥の手を使おうと頭を持ち上げた。

 

 

 ゲリョスの特徴である奇妙な形のトサカはただの飾りでは無い。

 その特殊な成分で出来たトサカと嘴の先端を打ち合わせる事でゲリョスは強力な閃光を発する事が出来るのだ。

 

 他の生物の眼から一定時間光を奪いかねない強力な閃光はまさに奥の手と言えよう。

 ちなみにゲリョス自身は自らの閃光に慣れているため強い光に耐性があり自滅にはならないらしい。

 実際の所その閃光をまともに受ければ数分はまともに目が見えない。

 

 しかしラルフは動じなかった。ゲリョスが閃光を放つより前にゲリョスを倒すと言わんばかりに、閃光を放つ準備をするゲリョスに猛攻を仕掛ける。

 

 

「これでトドメだぁああ!!」

 そしてラルフ・ビルフレッドはそれをやってのけた。

 

「ギョェッ……クェェェェ…………」

 ラルフの渾身の一撃を受けたゲリョスは全身の力が抜けたかのように地面に横倒しになる。

 そのまま声も小さくなり、ピタリと動かなくなった。

 

「決まっちゃったけど?」

 意地悪そうな顔をしてケイスケにそう言うカナタ。

 

「……ふ」

「な、何?」

 しかしケイスケは一向に表情を変えずに見透かしたような表情でこちらをちらりと見る。

 カナタは良く分からず首を傾げていた。

 

 まぁ、期待には答えるとしよう。

 

 

「はぁ……はぁ……や、やったぞ。マックス……仇は…………」

「凄いのー、ほぼ一人やん」

 そう話ながらラルフの方に向かっていく。

 

「ラルフ、大丈———」

「待て」

「え?」

 背後から続くカナタをケイスケが止めたのを聴いて確信した。

 橘圭介という男は計算高い男だなと。

 

 

「マックス……」

 ラルフはこちらの台詞は無視して、鉱石が集められた場所にポツンと置いてある双剣を拾い上げる。

 

「ゲリョスの特性に、光り物を巣に集めるって生態があるんや。理由は雌へのアプローチだとかなんとか。……それ、マックスって人が使ってた双剣なんか?」

「……新入りか。あぁ、そうだ。お前と同じ双剣使いのな」

「それでわいが認められんと?」

「マックスの代わりなんて俺は要らねぇ!」

「人を勝手に代わりにして下さんなや」

「喧嘩売ってんのかテメェ!」

 怖!

 

「もう一つゲリョスの特性について教えたろうか?」

「あ? ゲリョスなんざどうでも良い。俺はマックスの仇を討てた、今はそれで……」

「討ててないで」

「なに?」

「ゲリョスはモンスターの中でも賢い方でな。こうやって」

 ラルフの腕を着かんで引っ張りゲリョスから離す。

 

 そして丁度良くゲリョスはその場で死体がいきなり生き返ったかのように、その場で暴れだしたのだ。

 

「死んだフリをして外敵をやり過ごしたり不意打ちを喰らわすんや」

「な……に……?」

 そのままマックスの双剣を見て黄昏ていたらあんたは今こうやって暴れまわるゲリョスの下敷きだよ。

 ケイスケはそれを知ってて、ラルフがゲリョスの死に真似を見抜けないと分かっていたのだろう。

 

「クェ……ッ! クェ……ッ! クェェェッ!!」

 そしてゲリョスはさっきの続きだと言わんばかりに閃光を放つ。

 辺り一面を一瞬真っ白な世界が包み込んだように見えただろう。自分はちゃっかり地面に顔を伏せたので分からないが。

 ケイスケやカナタは盾で防いだだろうが、何よりゲリョスの生存に驚いていたラルフはやはり間に合わなかったらしい。

 

「ぐぉっ……く、またかよ! くそ! くそ!!」

 閃光をもろに喰らい、眼を庇いながらその場に崩れ去るラルフ。

 

 

「ギョェエエエッ!」

 チャンスだと、思ってるんだろうな。

 

「く……そ! 逃げろ新人!」

「なんや、認めて無いんや無かったのか?」

「そんな事言ってる場合か! お前もマックスみたいに……」

「仲間の代わりなんぞこの世界に一人でも居るかいな!」

 叫びながら、双剣を地面に投げ付ける。

 

 ケイスケめ、この状況は想定内なのだろう。ここで自分の力を証明しろという事なのだろう。

 

 

「お前……」

「わいはシンカイや、矢口深海。もう一度言うで? 誰かの代わりなんぞこの世界のどこにも居ない。仲間に代わりは居ない」

「シンカイ……」

「自分にとってマックスの代わりは無いかもしれへんけどな? わいにとって自分の……ラルフ・ビルフレッドの代わりはおらん。だから守るんや、仲間を」

 もう、誰も失わないために。

 

「だ、だとしても辞めろ! 双剣じゃ無理だ!」

「誰が双剣でモンスターと怠慢なんかするかいな。借りるで、これ」

 ラルフのスラッシュアックスを拾いながらそう言う。

 

「ギョェエエエッ!」

 その嘴で押し潰そうと言うのか? 大きく頭を降り下ろそうとするゲリョス。

 

 少なくともゲリョスが死に真似をするのは自分の生命の危機を感じてからだ。

 だからこいつは確実に弱っているハズ。

 

 そしてこのスラッシュアックスにはガンランスの竜撃砲と同等の威力を持つ必殺技がある。

 

 

「おらぁああ!!」

 スラッシュアックスを斧モードから剣モードに変形させながら足を踏み込み突き上げる。

 次の瞬間スラッシュアックスは内部に組み込まれた属性付きのビンから大量の属性を放出しだした。

 

 属性解放突きというスラッシュアックスの大技の一つ。

 

「終わりや」

 属性ビンのエネルギーを貯めつつあいてにダメージを与え、最後に一気に解放された属性が爆発しフィニッシュとなる。

 

「グ……ェェ…………ッ」

 既に瀕死の状態だったからか、ゲリョスは今度こそ地面に倒れて絶命した。

 

「双剣じゃ……確かに無理やわな」

「お前……今、俺のスラッシュアックスで?」

 まだ眼が直ってないラルフは倒れるゲリョスの鳴き声だけを聴いてそう口を開く。

 

「せやで」

「お前……何者なんだ」

「シンカイ! スラッシュアックスも使えたの?!」

「良くやった、シンカイ」

 走って向かってきたカナタと共にラルフは驚きを隠せないといった表情をしていた。

 ケイスケは何も驚いて無いみたいだが、どこまで見透かされてるのか怖い物だ。

 

「わいは矢口深海、伝説のハンターになる男や」

なんてな。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「マックスは……俺を庇って死んだんだ」

 ゲリョスを狩猟した後の帰り道。ラルフはマックスの片身である双剣を胸にそう語りだす。

 

 

「閃光を避けきれなかった俺の前に立ってマックスは俺を守ろうとした。さっきのお前みたいにな」

「マックスにとって、あんたは大切な仲間だったんやろ」

「だからって……あんな無茶をして…………バカ野郎」

「そんなあんたも、そのマックスの仇を前にあんな無茶な戦いをしていたじゃないか」

「う……」

 気付いて無かったのか。

 

「かけがえの無い大切な仲間のためなら、人間自分の事なんか見えなくなる物やで……。あんたが認めてくれんでも、自分にとってはかけがえの無い仲間なんや……あんたは」

「シンカイ……」

 

「まぁ……あんたがまだ心の踏ん切りが着かないってなら、わいの事はじゃがいもか何かとでも———」

「あんたじゃねぇ……」

 かなり低い声でそう言うラルフ。しまったこの人そう言えば歳上だった。

 

「ラルフだ。チビ共からはアニキって呼ばれてるが勘違いすんな、俺の名前はラルフだ」

「んなもん知ってるわ……アニキ」

「生意気なガキだな、シンカイ。お前は」

「良く言われるで」

 

 

「ここまでは計画通りって? ケイスケ」

「さぁな」

「ふーん」

 

 

 その日、ゲリョスを無事狩猟した事を村長に告げると猟団は報酬を受け取り村を後にした。

 ラルフ……アニキとの距離も縮まったという事で今日の夜の移動はアニキとケイスケ、カナタ、アカリと自分の五人で竜車に乗り込む。

 

 

『ラルフが元気になって良かった』

 そう書かれたスケッチブックを見せてからアカリはページを捲る。

 

『四人が無事に帰ってきて良かった』

「わいが居ればゲリョスなんぞなんとでもなるで」

 正直大型モンスターを見るのすら初めてだったので内心恐怖しか無かったが。

 

「あぁ、助かったぜ」

 ネタやから肯定しないでアニキ!

 

「これからも期待しているぞ、シンカ———あれは」

 期待の言葉を掛けられたかと思えばケイスケは竜車の外に眼を向けてそっちに集中する。何かを見付けたのだろうか?

 

「またジンオウガ……?」

 ケイスケが指差す先には大きな四足歩行のモンスターが倒れて居るのが見えた。

 竜車は止まらずに進んで行くが、五人はそのモンスターを凝視する。

 

 暗くてモンスターの特徴は見れないが、明らかにおかしな所がこれだけ離れていても分かる。

 腹部に人が潜れそうな程の大穴が空いているのだ。そういうモンスターという訳では決してない。ならば何者かに空けられたと考えるしか無いが……。

 

「昨日みたジンオウガの死体と同じだ……」

「あんなのが他にもあったのか?」

「なんなの……あれ」

 

 今思えば、この時見付けた物があのモンスターの仕業だったんだと……思い出す事に思う。

 

 

 その日の夜中は雨が降った。




第1章はこれで完結です。
ここまで読んで下さった方々ありがとうございました。

ここまでは一気に書きましたが次からは落ち着く予定です。
もし楽しんで頂けたのならこれからも温かい目で見守って頂けたらうれしいです。


厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Great Sword『第二章』
砂上船キングダイミョウ


 

 嵐の夜だった。

 最愛の彼女は自慢の防具と武具を背負い、笑顔で語りかけてくる。

 

「行ってくるね。ケイスケとアカリの事よろしく」

「態々こんな嵐の日に行かんでも」

 彼女は村、いやこの大陸でも名の知れたハンターだった。

 彼女がタテガニグループという大企業の家系であるのに関わらずハンターになったのはなぜか、答えは一つだ。

 

「そこに困っている人が居るなら、駆け付けて助けるのがハンターでしょ?」

「がっはは、それもそうだ。気を付けて行ってこい!」

 彼女の腕を信用していた。彼女は俺よりずっと強かったから。狂戦士の二つ名そのままの強さを持っていたから。

 

 

 嵐の日。名も知らぬモンスターに襲われた村を助けるために出掛けた彼女が家に帰ってくる事は無かった。

 

 

 

 そこに困っている人が居るなら、駆け付けて助けるのがハンターだ。

 俺はその言葉を忘れやしない。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「起きろよシンカイ。良く寝るな、お前は」

 そう言われながら自分の身体はゆさゆさと揺らされる。

 誰だ、この竜車の程好い揺れによる安眠を邪魔するのは。

 

 

「起きろ!!」

「あ、アニキ……もう五分」

 なんだアニキか。そういや猟団に入ったんだっけ。未だに実感が沸かない。

 

「おいシンカイ起きねーぞ」

「ラルフ、持ってきてくれ」

「ったくしょうがねーな」

 何の話をしているんだ?

 

 

「よっこらせっと」

「うぇ?! うぉぉ?!」

 次の瞬間、身体が空に浮く感覚で完全に意識は覚醒する。何が起きたかと言えば自分の身体はラルフ・ビルフレッドの肩に掲げられていたのだ。なんてパワーでしょう。

 

「やっと起きたか」

「おはよう皆さん、皆のアイドル矢口深海です。……あのアニキ、下ろしてくれまへん?」

 ずらっと背後に並ぶ皆に挨拶をして、アニキに要望を伝える。寝坊してすみませんでした。下ろしてください。

 

「いや、寝起きで辛いだろ? 俺が運んでってやるよ」

 悪人見たいな顔でそう言うアニキ。このまま人身売買の現場にでも連れていかれそうな雰囲気なんですが。

 

「全然!! 全然辛くないで!!」

「遠慮するなって」

「恥ずかしいから辞めて!!」

 良く見れば見知らぬ村にたどり着いとるし。寝てる間に何処だここ!

そんな中を自分はアニキの肩の上で歩いて村の端にある集会所まで向かったのであった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「酷い目にあったで……」

「きゃっはは、滑稽だったわ滑稽! あっはははは」

 酒場でジュースを飲みながら項垂れる自分の横で、笑い転げて居るのはサーナリアだ。

 殴ってやろうかなこいつ。

 

 

「寝坊助は女の子にモテないぜ?」

 隣に座りながらそう言うタクヤ。え? そうなの?

 

「寝坊助じゃなくてもモテない奴居るけどなー」

「今なんつったサナ!」

「え、私何も言ってないよ? もー、怖いなぁタッ君。てへぺろ」

 いつか後ろから刺されるぞこの小娘。

 

 

「しかし広い村やなぁ」

 ここがこの狩猟団の拠点なのだろうか?

 グングニールのような街と比べる訳には行かないが、先日訪れたルーンという村と比べればそれなりに大きな村に思える。

 

 密林と砂漠を分けるような場所にあるこの村は北を見れば砂漠、南を見れば密林と面白い風景が見てとれた。

 砂漠の方にある集会所。外には砂上船が何隻も止まっていて交流の広い村だと伺える。

 

 そして何より異色を放つ、他の砂上船とは比べ物にならない大きさの砂上船が一つ止まっているのが気になった。

 あれは何だろうか? 海でも航海して、漁でもしてきそうな大きさのその船はとても個人の物とは思えない。村の所有物か、ギルドの船かどちらかだろう。

 

 

 ところで砂上船と言うのはだ。

 地域によるが砂漠の砂は普通の砂より非常に細かい。モンスターが簡単に砂の中に潜るのはそのためなのだがそこは割愛しよう。

 

 この砂漠を竜車や歩きで移動するにはかなりの労力が必要な訳だが、この細かい砂で出来た大地と言うのを利用し、水を渡る船で砂を渡ろうと考え作られたのがこの砂上船だ。

 どうなっているか構造までは知らないが、普通に海に浮かぶ船となんら変わらないとか聞いた事がある。

 

 砂漠を長期間移動するならばこの砂上船は必須な交通手段なので、この村を拠点としているなら橘主猟団もあの巨大な船とは言わずとも何か小さな砂上船くらい持っているのでは無いだろうか?

 

 

『カラドボルグという砂漠と密林を繋ぐこの村は砂上船での交流や物資交換が盛んで、二つの地形をすぐに往き来出来て何かと便利なのでハンターで無くても人気の村です。観光地でもあったりして、観光名所は村の中央つまりここにある巨大サボテン! 全長三メートルに達するこのサボテンは推定百才超えとまで言われています。他にもオアシスや菜園など観光スポット盛り沢山です』

 そうスケッチブックにズラリと書き列ねたアカリは笑顔でそのスケッチブックを見せてきた。

 心無しかはしゃいでいる気がする。気がする。

 

「サボテンやべーよサボテン!」

「確かにでかいな」

 妙にサーナリアもはしゃいでいる。

 

「よしお前らクエストの仕度は済んだ。夕方には出発する」

 そう言いながら現れたのは、デルフさんと並んで集会所の受付に行っていたケイスケだった。

 

「え? もう出るんか?」

 拠点に着いて早々に出発だと? もしかして結構忙しく活動してるのだろうか。

 まだ自分の住む家も決まって無いのに。

 

 

「あ、もしかして勘違いしてる?」

 玩具を見付けた子供のような眼で、自分を見ながらそう言うサーナリア。

 な、なんだ? 何を勘違いしてると?

 

「なんだ、拠点の事これまで誰にも聞いてなかったのか」

 ケイスケも笑いを堪えるような表情でそう言う。え? 何? ドユコト?

 

「このカラドボルグ言う村が拠点や無いんか?」

「違うな。俺達の拠点……家は他にある」

 これまでにまして不適な笑みを浮かべるケイスケは眼で皆を諭すと乗船場のある方へ歩き出す。

 

 

 拠点で、家だと? そしてこの方向。この人数を収納し拠点となり得るような船の大きさ。

 まさか———まさか?!

 

 

 

「なん……だと……」

 思わず出た声はそんな驚きの声だった。それ以外に言葉もでなければ感想も無い。

 海で漁でもするんじゃ無いかと思えるような巨大な砂上船。確かにこれならこの人数のハンターの拠点になり得るだろう。

 

 そう、それはさっきまで全く関係無く他人事だと思っていた巨大な砂上船の事だった。

 

 

「がっははは、驚いてるな。そうだ、これが俺の……いや俺達の船! キングダイミョウよ」

 なんて前衛的な名前。

 

 その名前の由来なのか、船の先端をダイミョウサザミという甲殻種のモンスターが宿にする角竜の一種であるモノブロスの頭骨が飾っていた。

 しかしダイミョウは宿としてモノブロスの頭蓋を『背中』に背負うので、これではキングダイミョウというよりキングモノブロスである。

 

 

 そんな細かいところはツッコミを入れてはいけないのか。皆自然と船に乗り込んでいく。

 それを見て、本当にこの船が彼等の拠点なのだと思い知らされた。

 

「ほら、お前も乗るんだよ」

 デルフさんはそう言い、大きな手で自分を引っ張る。

 

 

 甲板に上るとその大きさをまた感じる事が出来た。村を一望出来る高さでも、帆を入れたならここは一番高い所という訳でもない。

 

 ははは、見ろ人がごみのようだ。とか、思わずそう言いたくなる。

 

 

「改めて改めてようこそ、橘主猟団へ」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「帆を上げぃ!」

 荷物の詰め込み等が終わると、デルフさんのその合図で巨大な砂上船キングダイミョウは動き出した。

 良く考えれば大名の王、的な名前なんだが大丈夫なのだろうか。

 

 

 砂上船はゆっくりと進みだし、村を離れていく。あんなに大きかったサボテンも直ぐに眼に見えなくなった。

ここが、この砂漠が、この船が、この橘狩猟団の拠点なのか。地平線の彼方までもが砂に覆われる風景を三百六十度拝みながらそう思う。

 

 

「シンカイにまずは船内の案内をするか。誰にやらせるのが最適だ? 誰に頼みたい?」

 顎に手をやりながらケイスケはそう言う。

 案内待ってました。んで、選べるなら女の子が良いな。

 

「カナ———」

「カナタだけは選ぶなよ」

 眼が怖いよケイスケさん。

 

「じょ、冗談や。ほなアニキに頼もうかな」

 この選択肢は完全にバットエンドルートな気がするが、焦ってしまった。

 

「俺かよ! お前ホモなのか?!」

「ちゃうわ! ケイスケが怖いから!」

「カナタは俺の嫁だ」

 眼が本気だもん。

 

「分かった、ラルフとアカリに頼む事にしよう」

「なんだと?!」

 アカリの名に反応するタクヤ。あ、これまた敵意向けられる奴だ。

 

 

「と、いう事で二人にクエストだ。船の案内をシンカイに頼む。報酬は50ゼニー」

 回復薬も買えんがな。

 

「クエストスタートだ!」

大した任務では無いのだが、気合を入れたケイスケの合図にアカリも答えて気合を入れるのだった。




第二章の始まりです
今回狩りはありません!()

二章というよりは物語の登場人物達を紹介する話になりそうです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

橘狩猟団の家

 

「ここが一番船底に近い部屋だ」

 アニキがそう紹介した部屋は船の一番下にある部屋だった。

 

 

 周りには木箱に詰められた荷物が散りばめられ、他に何も無いかと思えばなぜか支給品ボックスと収納品ボックス、さらにベットが完備されていた。部屋と言うよりは倉庫に近い。

 

「場所にもよるが、ここを開けると大体水面や砂面から一メートルくらいの高さになってる」

 いかにも開きそうな大きな壁を叩きながらアニキはそう言う。

 なるほど、ここを狩りに出かける時の拠点に使える訳か。その壁を開ければ丁度壁が橋になって外に出られる仕組みなのだろう。それで支給品ボックス等が完備されて居る訳だ。

 

 よく見たら男女一個ずつの更衣室と武器防具の収納ボックスまである。

 ここだけで生活しろと言われてもハンターなら難なくこなせる設備が整っていた。

 

 

「分かったら次行くぞ次」

 アニキに着いて橋の方にある階段を上っていく。上がると直ぐに大きな広間があった。

 

『ここは皆のたまり場です!』

 今度はアカリがスケッチブックにそう書いて教えてくれる。

 なるほど甲板にも繋がっていて、広くてたまり場には丁度良い。周りには人数分の椅子と大きな机が三つ置いてあった。

 

『お風呂とお手洗いと小さいけどキッチンも完備されています! 水回りは大体この辺りに固めてあります!』

 自分の自慢をするような表情で説明してくれるアカリ。それだけ自分達の船が好きなのだろう。

 

「てか風呂あるんか?!」

 単純に凄いな。

 見てみれば二人くらいなら入れそうな木桶の風呂。出した物はそのまま自然にお帰り頂くお手洗い。料理猫は居ないけど中々の設備管理のキッチン。

 本当に船の上なのか疑いたくなるが、このたまにくる不規則な揺れは船の上その物。

 

 

「ちなみに女の風呂覗いた日にはそこのトイレから流されるから、覚悟しろよ」

「なにそれバラバラになってない?」

 砂漠にとんでもない物が撒き散らかされる。

 

 

『逆はOKです』

 格差社会だ。

 

「男女差別反対」

 他にも黒板や掲示板まで設置されている、もはや集会所と言っても可能なレベル。これが船の上なのだから驚きである。

 しかし帆を貼ったり畳んだりするためのロープや舵までこの場に終結しており、ここが船の心臓だと言わんばかりの設備の整い方だ。

 

「んで次だ」

 そう言うアニキに着いて小さな階段を上がって行く。すると長細い廊下に出た。

 左右にそれぞれ四つずつと奥に一つドアが立っている。これは寝室かな?

 

 

『向かって左側は女子で右側が男子の部屋になってるよ! 一部屋二人ずつ寝れるの。男子側の四番目は書斎で逆は客室になってるよ! あと一番奥の部屋はお父さんの部屋です!』

 いつ書いているのだろうか分からない、いつも通りのスケッチブックが掲げられる。

 確か自分を入れて男子七人女子五人だったか。一番奥の団長は一人部屋だから男子は六人三部屋できちんと二人ずつか。

 しかし女子は一人部屋が一人居る訳だが、はてはて誰なのだろう。

 

 

「んじゃ部屋割り説明すっか。まずはこっちだな。開けるぞケイスケ!」

 一番階段に近い寝室の扉を開けると言った瞬間に開けるアニキ。ノックはした方が良いと思います!!

 

「お、来たか」

 部屋に置いてある机で本を読んでいたケイスケは自分達が扉を開けると本を閉じてこちらを向く。

 部屋は思ったよりは広く、二段ベットが端にあって机が二つベットの逆に並べられている。机とベットの間は人が二人並べるくらいのスペースがあって全然狭いと感じなかった。

 

 

「ここは俺とケイスケの部屋だ」

 アニキとケイスケが一緒の部屋なのか。なら自分は誰と一緒になるのだろう?

 自分が来る前は男子も団長のデルフさんを覗けば五人だった訳で一人余るハズだ。いや、マックスが居たのか。

 

 つまり……マックスの代わりに自分が入る訳だ。

 

 

「まぁケイスケに話す事は何もねーだろ。次行くぞ次」

「そうだな、行ってこい。案内が終わったら下で晩飯にしよう」

「なら先に行ってろ。回りながら伝える」

「頼んだ」

 二人はそう会話を終えると、アニキは自分とアカリを部屋から出す。その後にケイスケは部屋を出てきてそのまま下に向かって行った。

 

 案内が終わったら晩飯か。タダ飯最高だが誰が作っているのだろうか?

 カナタだけは勘弁して貰いたい。

 

 

「次は……おいタク開けるぞ! パンツ履けよ!」

 そう言いながらアニキは次の扉を開ける。パンツ履けってドユコト?!

 

「待て待てそれじゃ俺がいつもパンツ履いてないみたいだろアニキ!」

 部屋から出てきたタクヤ・アルファードは普通に上下服を着ていた。いやそれが普通なんだけども。

 部屋には一人しか居ない、つまりはそういう事か。

 

 

「マックスに聞いたぞ。あいつが部屋開けた瞬間、お前ノーパンでアカリの名前を呼びながら———」

「あぁぁぁああああ!!! うぁぁあああ!!! な、なな、な、な、何言ってんだアニキ!! んな、んなな、んな事俺はしてねぇ! アカリの前で変な事言うんじゃねーよ!!」

 もうほとんど口から出てしまった台詞を一生懸命大声を出して止めるタクヤ。

 

 

「?」

 一方で振り向いてみると当のアカリさんは首を傾げて頭にはてなマークを浮かべて居た。

 良かったなタクヤ。意味は伝わってないみたいだ。

 

 

「つまり、わいの寝室はここか」

「あぁそうだ。……前はマックスが使ってた。まぁ……タクと仲良くやれよ」

 仲良くやれるかなぁ……。なんかライバル視されてた気がするし。

 

「まぁ、よろしく」

「おぅ」

 普通に返事してくれたタクヤは手を伸ばしてくれる。おぉ、仲良くやれる気がする。

 

 

「んじゃ次だ。あー……タク、飯だから下降りてろ」

「ほーい」

 タクヤが階段を降りていくのを見送ってから次の部屋へ。

 

「開けるぞガイル、ヒール」

 言い終わる前に扉を開けるアニキ。パンツ履いてなかったらどうするねん。

 

 

「うぉぉ?!」

 と、驚きの表情と声が出たのはヒールだった。ヒールは自慢のモヒカンを手入れしている最中だったらしい。

 しかしそんな事で驚いていた訳では無く。多分ヒールが声を上げたのは、この床で腕立て伏せをしているガイルのせいだろう。

 

「……うす、アニキ」

「うす……じゃねーよパンツくらい穿けよ!!」

 ガイルは全裸で腕立て伏せをしていた。腕立て伏せなので秘部は床方面に隠れているが、そういう問題では無い。本当にパンツ履いてない奴が居たよ。

 アカリはスケッチブックを盾にして廊下から入ってこない。十四歳のアカリにはこの光景は完全に毒である。

 

 

「……汗でパンツが濡れては洗濯物が増えるだけだ」

「別に増やせよ!! 増やせば良いだろ誰も困らねぇよ!! お前いつもは履いてたろ!!」

「……隣からパンツの話題が聞こえて俺なりに考えた結果、全裸で筋トレする方が良いいう結論に至った」

「お前の脳ミソはどうなってんだ!!」

 ガイル・シルヴェスタはどうやら想像以上にヤバイ奴だったらしい。ヒールの頭が可愛く見える。

 

「……分かった、考えを改めよう」

 立ち上がりパンツを履くガイルは、これまですっと筋トレをしていたのか汗だくだった。

 

「ヒール、なんでこのバカを止めなかった」

「俺が言っても止まらなかったんすよ」

「そうだな。そうだよな」

 だとしても平然とモヒカン弄ってる精神力は凄いと思うよヒール。

 

「ま、まぁ良い。お前ら飯だから下降りてろ」

「……うす」

「了解っす!」

 二人が降りていくのを見送ってからアニキの顔を見るとかなり疲れた表情をしていた。

 

「あの人いつもあんな感じなん?」

「いや……悪い奴じゃ無いんだけどな。……なんて言うんだ? …………バカなんだよ」

 気苦労お察しします。

 

 

「んし、次は左の女子部屋だな。頼んだぞアカリ」

「……ん!」

 さっきまでスケッチブックシールドに守られていたアカリはスケッチブックシールドを解除して元気に頷いた。

 流石に女子の部屋をさっきまでのように突然開ける訳にもいかないだろうし、ここはアカリに任せようという判断だろう。

 

 そんな訳でアカリはまた階段に近い方の扉に向かってノックをする。すると誰も喋る事無く扉が開いた。

 

 

「どうしたの? アカリ」

「ラルフに……シンカイ?」

 出てきたのはナタリアさんとカナタ。

 

『シンカイ君に船の案内のクエスト中です!』

 と、書いて見せるアカリは責任を持ったハンターのようなきっちりとした表情をしていた。

 そんな重要なクエストでは無いけども。

 

「それは偉いわね、アカリ」

「……んぇ」

 ナタリアさんはそれを見てアカリの頭を撫でながら誉める。アカリが不満そうな表情をしているのはおつかいに行く子供のような対応を取られたからだろうか?

 

「見ての通りカナタとナタリアの部屋だ。うちの看板娘共のな」

「誰が看板娘だ!」

「ケイスケの嫁って言った方が良かったか?」

「ぶっ飛ばすぞ」

 怖いよカナタ。

 

「か、看板娘なんて……そ、そんな……」

 反対にナタリアさんはそんな恥じらいの表情を見せ、お嬢様のような見た目通りの可憐な少女だった。

 

 

「ぶっ飛ばすな。……後飯だから下降りてろ」

「三人は?」

「後で行く」

「ふむ、分かった。行くよナタリア」

「看板だなんて……そんな……。えへへ」

「ナタリアー……」

 ずっと恥じらってるナタリアさんをカナタは引っ張って階段を降りていく。普通に転げ落ちる音が聞こえたのだが大丈夫だろうか?

 

 

「次だアカリ」

 アニキのその言葉にアカリは頷くと次の部屋の扉を叩く。すると出てきたのは小さなピンク髪の少女だった。

 

「デカブツと新入り連れてきてどったの? アカリ」

「誰がデカブツだ」

「え? 私何も言ってないよ! きゃは!」

 きゃはってなんやねん。彼女はサーナリア、腹黒ピンクと名付けよう。

 

『シンカイ君に船の案内のクエスト中だよ!』

 使い回せば良いのに『です』を『だよ』に書き換えてスケッチブックをサーナリアに見せるアカリ。

 単に歳が近いからか普通に仲が良いのか。部屋の中を見るに二人で使っているようなので多分アカリとサーナリアの相部屋なのだろう。

 

 自分とタクヤの部屋の正面がこの部屋で、自分の部屋から見て左側ケイスケ達右側はヒール達左前がカナタ達。

 となると残る右前の部屋はサーナリアの姉のクーデリアさんか。

 

 

「可愛い部屋しとるのぉ」

 そう言って部屋を覗いてみる……と、

 

「こ、こら見るなぁ!!」

 サーナリアが突然必死になって部屋から自分を押し出そうとする。しかし悪いがそんな小さな身体ではモンスターはおろか自分を押す事すら無理だね。

 

「…………サボテン?」

 はて、部屋の机を見てみると。どう考えてもアカリの机だろうスケッチブックが大量に並べられている机の隣、消去法でサーナリアの机には三つばかりサボテンが綺麗に並べられていた。

 

 人形とか置いてある女の子の部屋の片隅に自然と置いてあるこの三つのサボテンが気にならない訳も無く、思わず口に出してしまう。

 

 

「わ、悪いか……?」

「ん?」

「盆栽が趣味で悪いかぁぁあああ?!」

「えぇええ?!」

 腹黒ピンクの意外過ぎる趣味に仰天である。

 なんで? なんで盆栽?! なんかそういえばカラドボルグのあの巨大サボテンをニヤニヤと見ていた気がする!

 

「可愛いじゃんサボテン! 分かんないかな?! 分かんねぇわなぁ!」

「いや別に否定してないで?! 可愛いか可愛くないかはともかく別に盆栽を否定するつもりは無いで!!」

「そ、そう……なら良いけど」

 むすーっと頬を膨らませるサーナリア。こんな一面もあるんだな。

 

『サボテン可愛いよ』

 笑顔で肯定するアカリ。マジか可愛いのか。

 

 

「サボテンはどうでも良いからサナ、飯だから降りてろ」

「どうでもよくねーよ!」

「はいはい」

 プンプンしながら降りていくサーナリアを見送ってから、アカリは次の扉を叩いた。

 

「アカリちゃん? に、ラルフ君とシンカイ君。どうしたの?」

 さっきのピンクとは打って変わった大人びたピンク髪の女性。クーデリアさんが一人部屋なのか。

 

 

『シンカイ君に船の案内のクエスト中です!』

 ですに戻った。

 

「あら、偉いわね」

 ナタリアさんのようにアカリの頭を撫でるクーデリアさん。アカリはというと、さっきと同じ表情をしていた。

 

 

「クーデリアさんは一人なんやな」

「お、おいシンカイ!」

 クーデリアさんに聞くとなぜか焦ったような態度でアニキが自分を制すような声を出す。え? 何?

 

「ひ、独りで悪かったわね! どうせ私は二十過ぎたのに未だに恋人も居ないボッチよ! 男なんて知るか!!」

「別にそんな話はしてないんやけどぉおお?!」

「処女はステータスよ!!!」

「もう……喋らない方が良いぜクー姉」

 まるで死に際の人に言うようにクーデリアさんを諭すアニキ。優しい。

 

「う……」

「飯だから……下行ってて下さい」

「はい……」

 見てはいけないものを見てしまった感じがする。

 

 

「良いかシンカイ。クー姉に独身だの彼氏だの結婚だのの言葉はタブーだ、分かったな?」

「肝に命じるわ……」

 大人は怒らせない方が良い。

 

「よし、最後に親父の部屋だが」

 二部屋分の大きさの書斎と客室を挟んだ廊下のその先。一番奥にある団長の部屋にアニキが振り向きながらそう言うが、言った瞬間部屋の扉が開く。

 

「その前に出てきちまったな」

「おぅおめぇら! 飯のようだな!」

 飯に反応して出てきたというのか。

 

「シンカイ、船の中は把握したか?」

「ちょいちょいやな」

「はっはは! やっぱりお前の喋り方はおもしれーな!」

 またバカにされた?!

 

「ほら飯だ飯! 行くぞおめーら!」

 そう言って、意気揚々と下に降りていく団長を追って自分達も階段を下るのであった。




拠点キングダイミョウの見取りのお話みたいな

お話では説明が無かったのですが捕獲したモンスターの収納スペースや、帆の上には見張り台等も完備されております


大きさは我らの団の船の四倍程度だと認識してもらえれば!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

彼らの団

 

「なんや……これは」

 見渡す限りの多種多様な料理が並ぶ甲板に並べられた机。

 

 

 何が凄いって確かに美味しそうだし細かいところまできちんと料理してある。しかしそれ以前に、さっきここを案内して貰った時はこんなもの無かったんですが?!

 

「久し振りだから少し張り切りすぎたな。まぁ、残りはしないだろ」

 背後でそんな声が聞こえ振り向くと、そのままコックさんの格好をしたケイスケがさらに一品料理を持って立っていた。

 

「よし、これで完成だ! お前ら座れ!」

 ビシッと決めるケイスケ。それに答えて皆が椅子に座り出す光景はリーダーとして様になっている。

 

 

「こ、これ一人でやったんか?」

「ほぼ一人だな。途中から降りてきた奴に少しずつ手伝って貰ったが」

「それにしても早すぎとちゃう?」

 数分の話だった気がするんやけど。

 

「昔、料理猫学校に体験入学していた時に身に付けた技術が役に立っているだけさ」

 料理猫学校ってどんな過去送ってるんだこの人。てか料理猫学校って何? そんな物あったの?

 確かに料理猫さん達はアホみたいに料理が早いけど、人の業でそれが実現可能とは知らなかった。

 

 

「ちなみに料理は当番制だからお前にもいつかやって貰うぞ」

「そんな早業出来訳あるかい!!」

「いやこんな事出来るのこいつだけだから」

 アニキが横からそう言ってくれて安心した。ハンターになる前に料理人にならなければいけないかと思ったわ。

 

 

「よーしお前ら! 食材と自然に感謝を込めて!」

 そう言うと団長は立ち上がり手を合わせる。手を合わせただけなのに風圧が来た気がするんだけど気のせいかな?

 

「「「頂きます!」」」

 それに皆が合わせて今晩の晩飯となる訳だ。これがこれからの毎日の基本になるのだろう。

 そう思う度にこれからの事が楽しみになる。

 

 

「———ぐはぁっ!!!」

 しかし突然。ヒールがとんでもない声を出しながら、その場でひっくり返った。

 え?! 何?! 毒?!

 

「お……うぐ……あ……」

「ヒール?! 大丈夫?! ねぇヒール返事をして!」

 倒れるヒールに駆け寄る双子の姉のナタリアさん。

 なぜだ。なぜか初日の晩餐で毒殺による殺人事件が。

 

「カナタに料理させたの誰よ! もぅ……ヒール眼を覚まして! ヒールぅ!!」

「なんで私って決めつけるの?!」

 カナタお前かぁぁあああ!!

 

 

「まーたカナカナがやったぞー」

「いやサナ、お前ちゃんと監視しろよな……」

「私後から降りてきたしー、お前が監視しろよノーパン」

「聞こえてたぁぁあああ?! いや履いてるし! ノーパンじゃねーし!!」

 

「……とりあえず寝室に運ぼう」

「お、おう。頼んだぞガイル」

 

「きゃぁぁ! 口から泡吐き出したんだけど?!」

「お、お、おいカナタ?! お前炒飯に何入れた?!」

「ドキドキノコが余ってたから入れただけじゃん! 悪いの?! 私が悪いの?!」

「お前が悪いわ!!」

「いや、カナタは何も悪くないぞ」

「お前は黙ってろケイスケ!!」

 

「きゃぁぁ! 泡が黄色にぃいい!」

「落ち着いてナタリアちゃん! とりあえず寝室に運ぶのよ!」

「……任せろナタリア」

「ヒールぅ……これまでごめんね。その髪型も許すから私を許してぇ……」

「う……ぐぉ…………ぉおおお」

 

 

「…………何これ嫌だ怖い」

『いつもの事だから大丈夫だよ!』

 アカリのそんな励ましの文字も、逆にいつもこうなのかという不安しか出てこない文章だし。

 

「がっはははは、全くこりねーなお前は!」

「わ、私は……私は悪くない……」

 それでもまぁ、楽しいんだろうと。雰囲気がそう感じさせてくれる。

 あの料理を食べるのは勘弁だけどな……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 食器洗いの手伝いってのも中々新鮮な物だ。家では母親がやってくれてたし。

 そう考えると母親って偉大。

 

 

「……お前、家族はどうしてる?」

 そんな事を考えていると、隣で同じく食器洗いをしていたガイルがそう聞いてくる。

 

「家族……か。グングに居るで」

 父親と母親と姉が……一人。

 

「……そうか。家族は大切にしろ」

「お、おう。そう言うガイルさんはどうなんや?」

 この人色々と謎なんだよな。食器洗いながら残飯処理してるし。たまに動作にスクワット入れてるし。

 

「……俺か。……俺の家族は親父やここの皆だ。勿論、シンカイお前も」

「ガイル……?」

 そう言うガイルの表情は何か固いような気がした。

 何かを思い出すような表情。

 

 

「そ、そういや。皆団長の事親父って呼ぶみたいやな。なんでや? あれ」

 とりあえず話を反らしてみる。嫌な記憶ってのは思い出さなくて良いんだ。

 

「……親父は皆の親父で居てくれるからな。自然とそう呼びたくなる人なんだ、あの人は」

「へぇ。わいは父親って物が嫌いやからなぁ……」

「……シンカイ」

「な、なんですか?」

「……家族は大事にしろ」

 家族は大事に……ねぇ。

 

 

 逆にあいつらは家族を大切にしていたのだろうか? そうならば父親はあんなハンターでなく、ねーちゃんもあんな事にはならなかったハズだ。

 

 まぁ、もう居ない人の事は大事には出来ない。

 

 

「せやな」

 だからもう失わないために。今この仲間を守るために。

 

 戦おう。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「ほい、これでワイの三連勝やな」

「ば、バカな……この俺がオセロで負けるなんて!」

「おーい、次お前ら入っていいぞー」

 部屋でタクヤとオセロをしていると、アニキが扉を開けてそう伝えてくれる。

 

 

「よーしオセロ対決により、ワイが先に入らせて貰うで」

「く、くそ……やるなシンカイ。だが俺はまだ真の力の半分も出してやいないのさ」

「そりゃ明日が楽しみやわ」

「くっそぉぉおおお!」

「なんだお前ら仲良いな。どうせなら一緒に入ってこい」

「「え?」」

 そう二人で口にした時にはすでに自分とタクヤは空に浮いていた。

 嘘やろ?! この男二人同時に抱えおった?!

 

「ちょ、ちょ、待ってアニキ! 俺心の準備が!」

 なんの心の準備やねん!

 

「ほらよ」

 そして小さな更衣室に投げ出される自分とタクヤ。

 

「ふ、間違っても間違いは起こすなよ」

「「起こすか!!」」

 アニキはそれだけ言って上に上がっていってしまった。まぁ、ここまで来たらどうでも良いので二人で入る事にする。

 幸い二人共体格はそこまで大きくなく、窮屈という訳では無かった。

 

 

「あー……極楽」

「おっさんか」

 おっさんにもなりそうなくらい極楽なんだよ。

 

「風呂まであるとか最高やな」

「俺は結構長く居るから、その気持ちは忘れちまったぜ」

 タクヤってそんなに長くいるのか?

 アカリへの片想いはどれだけ続いているのだろう……聞いてみよう。

 

「いつからアカリの事好きなん?」

「———どぅべばぶほふぼみゃがぶへ?!」

 動じすぎて意味不明な言葉が出てきた。なんの呪文?

 

「す、す?! 好き?! なんの話?! ははは、何の話ぃ?!」

「いや多分本人以外は皆気が付いとるで?」

「ば、ばかな!!」

 顔が芸術品みたいな表情になっとるよタクヤ君。

 

「で、いつからなん?」

「からかうなよ!!」

「からかうかいな。応援したろう思っとるんやで?」

「う……ぐ。…………あ、あれだ。いつからかは覚えてないけど」

「ほぅほぅ」

「アカリは……俺の命の恩人だからさ」

 急に話が重くなった?!

 

「だから……気にしてたら、気が付いたら好きになってたんだ」

「へぇ。まぁ……頑張れや?」

「お前が邪魔してくるんだろ?!」

「知るか!! 男なら自分でなんとかせーや!! タマ無しか我ぇ!!」

「はぁぁあああ?! あるわ!! タマあるわ!! 見るか?! 見ろごらぁ!!」

「ちいせぇタマ見せんな汚い!!」

「小さくねぇぇしぃぃいいい!!」

「おめーら静かにしろぉ!!」

「「あ、痛い!!」」

 突然風呂場に入ってきたアニキによってタクヤの愚行はなんとか止められたのであった。え、なんでまだ居たの?

 

 とんでもないアホだ……タクヤ。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「おぉ、シンカイ」

 風呂から出て、もう寝室で休もうと部屋に戻ると扉の前で団長のデルフさんが待ち構えていた。

 え、何の用ですか? 怖い。

 

 

「ちょいと寝る前に俺の部屋にこいや。話したい事もあるしな」

「ごめんなさいタクヤが何でもするから許してください」

「なんで俺なんだよ!!」

 良いから早く生け贄になれ。

 

「がっははは! なに、別に説教とかじゃねーさ! ただ新入りとゆっくり時間を取りたいだけよ。嫌なら断っても構わねーぜ」

 この状況で誰が断れるのだろうか。

 

「お、おう。ほな、行こうかな? おやすみ、タクヤ」

「おーうおやすみー」

 他人事だと思いやがって!

 

 

「んなら行くか」

「あ、はい」

 団長の後を着いていって書斎と客室を抜け、一番奥の部屋の扉が開かれる。

 想像より狭い部屋にはベッドと机が一つずつと、砂の時計やお洒落な懐中時計等。海賊の船長みたいなコレクションが並んでいた。

 後、使われていないのか綺麗な大剣が一本飾ってあるのが気になる。

 

 

「ほれ、座れ座れ」

 自分はベッドに座り、机の椅子を明け渡す団長。そのまま近くにあった酒の瓶に手を伸ばす。飲むんかい。

 

 とりあえず座らせて貰おう。分かっては居るのだが、小心者な者で団長とのタイマンには恐怖を覚えざるお得ない。

 

 

「シンカイも飲むか!」

「あ、いえ、結構です」

 自分十七歳です。

 

「がっははは! 何もそう固まらんでも良い! 別に取って食いやしねーよ!」

 それはもう承知しておるのですがね?

 

 

「ケイスケに聞いたぜ、ゲリョスを倒したんだってなぁ!」

 一口で瓶の半分を飲み干してからそう口を開くデルフさん。アルコール度四十とか書いてあるのは幻覚だろうか?

 

「え、いや……あれはアニキが弱らせてたから。うん」

「熱くなって周りの見えなくなったラルフを助けてくれてありがとうよ。ゲリョスの特徴をちゃんと分かってなきゃ出来ない事だ」

 全部知らされてた。

 

「た、たまたまやて。たまたま」

「はっははは! 謙遜は良いが自信を持て。ハンターは自信がなけりゃやれんからな!」

 ごもっともな事おっしゃる。

 

「また家族を失う所をお前に助けられたんだ。感謝してるぜ」

 染々とそう言うデルフさん。

 マックスが亡くなったのはほんの少し前だと言っていたな。

 

 

「別に感謝される筋合いは無いんやで?」

「いや、してもしたりない。お前はアカリの事も助けてくれたんだろ?」

「どれもこれも偶然や」

 本当にたまたまそこに居ただけやし。

 ラルフに至ってはケイスケの罠みたいな物だろあれ。

 

 

「お前は大切な人を失った事はあるか?」

 唐突にそんな事を聞いてくるデルフさん。なぜ……そんな事を聞く。

 

「別に教えろって訳じゃ無い。ただ、今の表情で何となく察しは着いたぜ。悪い事を聞いたな」

 何この人エスパー?

 

「いや、別に……」

「なに……ここの奴等は大体そんな感じよ」

「どういう事や?」

「皆何かを失ってる。そんな奴等が集まって、心を寄せあってるのさ」

 もう一口で瓶を空にすると、デルフさんは二本目を開けながらそう言った。

 

「ここからは……独り言だ。聞き流すなり部屋に戻るなり勝手にするといい」

 立ち上がり、部屋に飾ってあった一つの写真立てを持ち上げるデルフさん。

 大切な何かを思い出して、彼は続ける。

 

 

「雨の日だった、大きな嵐の日だ

 俺と嫁は二人でハンターをやっていてな。小さな村だったが子供二人に囲まれて幸せに暮らしていた。

 

 ある日、近くの村がモンスターに襲われたらしく俺達に助けを要請してきた。

 まぁ……そこら一帯じゃそこそこ名の知れたハンターだったからな。

 

 だが、まだチビのケイスケとアカリを二人だけ置いていく訳にも行かず。

 嫁は俺に子供二人を任せて村に急行したんだ。

 

 別に心配などしていなかった。

 嫁の実力に自信があったからな。彼女以上のハンターは居ないとまで思っていた。

 

 だが、翌朝になっても彼女は帰って来ない。

 流石におかしいと思ってな。昼には嵐も収まり、俺はケイスケとアカリを連れて村に向かった。

 

 村に着いた時には言葉も出なかったぜ。

 なんせ、村は全壊していてそこら辺死体の山だったんだからな。

 

 一眼じゃ誰一人生きてる姿を見付けられなかった。

 そもそもこんな事が現実にあり得るのか? たった一晩で村が一つだ。

 

 いったいどんなモンスターが来たんだ。嫁はどこにいる?

 子供達を返してから戻ってきて、そんな事を考えて歩いていると俺は見付けちまった。

 

 認めたくなくて、目をそらして、見付けるのに時間がかかっちまった。

 冷たくなって、身体に綺麗な穴が空いた嫁の姿をな。

 

 あぁ、何も思えなかったさ。まず訳が分からなかった。

 見渡せば他の死体も身体の一部が消し飛んだり穴が開いてる。

 

 怒りも悲しみも。何も分からなかった。

 ただ立ち尽くして、後悔とこれは夢だとかいう妄想だけが頭を埋め尽くした。

 

 目の前の現実が受け入れられなかった。

 

 なぁ、お前は大切な人を失った事はあるか?」

 そこまで言って、また初めの質問に戻る。

 

 

「俺はある。今だって悔しくて悔しくてしかたがねぇ」

 デルフさんは写真立てをまた机に戻す。そこには小さな子供が二人とデルフさん、そして一人の女性が写されていた。

 

「だけどな、嫁は言ってたんだ。そこに困っている人が居るなら、駆け付けて助けるのがハンターだってな。だからきっとあいつは後悔してやいなかった。あいつはハンターとして立派だった。それだけだ」

「死んだら……意味が無い」

 とんでもない言葉を自分が口走ったと気が付いたのは、そう言った数秒後だった。

 

 

 でも、だってそれは。自分の本音だからだ。

 

 ハンターだから? 帰ってくるのを待ってる人が居るのに?

 そんな事が許される訳が無い。

 

 

「……そうだな」

 デルフさんは優しくそう言った。

 

「悪いな、下らん話に付き合わせて」

 その大きな手が、自分の頬に触れる。その時にやっと、自分が涙を流していた事に気が付いた。

 

 なんでだ。姉の事を思い出してか?

 脳裏に映るのはまだ小さな頃、最後にその人を見た時の記憶。

 

 

「誰もがそう思う」

 彼は続ける。

 

 

「だからこそ、俺はこの船とこの猟団を作ったんだ。誰かの大切な人を守るために、困っている人のところに駆け付けられるように」

「それなら空でも飛ばな難しいで……」

 

「がっははは! そうだな。いずれは飛べるようにしなきゃな!」

 正気かこの人。

 

 

「ギルドの話じゃ、村を襲った可能性があるのは古龍のクシャルダオラってモンスターかもしれないらしい」

「古龍……」

 古龍は生物的に現代の科学でも他のどれにも当てはまらない異例な存在のモンスター達の略称だ。

 非常に長寿であったり、他のモンスターとはかけ離れた力を持った物が多い。

 

 ただ明確な古龍種という概念は無く。新種でなんか良く分からないからこれは古龍だなんて流れで使われる種類のためかなりアバウトであるが。

 

 

 その内の一体。クシャルダオラは嵐を操ると知られる古龍だ。

 

 

「いつか見付けて……ぶっ倒してやりたい物だがな」

 部屋に飾ってあった大剣を撫でながらデルフさんはそう言う。

 

「クシャルダオラか……」

 古龍なんてのはまず個体数が少なく会う事は非常に希だ。

 生涯ハンターで居続けても天寿を全うするまで古龍には会えないハンターだって少なくない。

 

 

「ラルフとカナタはな……その時の村の唯一の生き残りだったんだ。嫁が命を賭けて守った……俺にとってはあいつらも子供のようなもんだ」

 大剣から手を離し、そう続けるデルフさん。

 

「そ、そうだったんか……」

 その頃から一緒だから幼馴染みだったという事なんだな。

 じゃあ、カナタもアニキも家族を亡くしてるのか……。

 

「それだけじゃねぇ。ここに居る奴は皆家族だ。かけがえのない仲間、大切な人。……勿論、お前もだぜシンカイ」

「デルフさん……」

「だからその他人行儀な呼び方を辞めやがれってんだ」

「ひぎぃ!」

 大きな手で頭をグリグリしながらそう言ってくるデルフさん。んな事言いましてもね?!

 

 

「良いか? お前の父親は生きてるかも知れねーが、今日から俺もお前の父親だ。家族は俺が命を賭けて守る」

「ふざけんな」

「ぬぉ……?」

 あぁ、負けた負けた。確かに他人行儀は良くないかも知れない。

 だからお言葉に甘えるとしよう。

 

「命は賭けんといてくれや。言ったやろ、死んだら意味がない。確かに『親父』も大切な仲間や、わいも親父も互いを守る。だから、どっちかが死んだらそれは誰かが大切な人を失う事になる」

「シンカイ……お前……」

 

「だから命なんて賭けへんでくれ。賭けるのは金でも晩飯でも魂でも良い。生き残って、嫁さんの魂を継ごうや。困っている人が居るなら駆け付ける。ええやん、橘狩猟団」

 確信した。自分は最高の人達と一緒に居る。

 テレビで伝説のなんとかハンターが言っていたな、最高の仲間を探せって。

 

 

 なら、ここに居る皆は大切で最高の仲間だ。

 

 

「し、し、しん、シンカイ……お前って奴ぁ……」

「ひっ?! え?! 何?! 泣いてんの?!」

 まさかの、親父号泣。酔ってるのか? 酔ってるんだな?!

 

「良い奴だぁ! 最高だぁ! うぉぉおおお!」

「ぎゃぁぁ!! 死ぬ! 死ぬ!! 死ぬぅうう!!!」

 目一杯この巨体に抱き着かれる。潰れる!!

 

 

「ぬぉぉぉ! シンカイぃぃ! 俺の新しい息子よぉぉ!」

「だぁぁ! 放せ糞親父ぃいい!! 助けてぇぇえええ!!」

 

「うわ、何あれホモ?」

「やべぇ……変態だ」

『お父さんと仲良くなったんだね!』

「サーナリア? タクヤ? アカリ? 見てないで助けろや! 助けろやぁ!!」

「うぉぉおおお! シンカイぃぃいいい!」

 

「邪魔しちゃ悪いな」

「そーだなー」

『おやすみなさい!』

「てめぇらぁぁあああ!!」

 あぁ……本当に。

 

 

 最高の仲間だぜ、まったく。

 

 





これにて第二章完でございます。最後だけ無駄に長くて申し訳ありません。
全く狩りにも出ず……主人公の現状、新しい拠点、彼等の成り立ちを語るだけになったしまいました。

きっと、きっと次からは楽しいハンター生活が待っていると思います。
飽きずに読んでくださると嬉しい限りです。ここまで読んで下さりありがとうございました。


細やかなおまけコーナー

【挿絵表示】

おまけは章ごとに更新します

厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Lite Bowgun『第三章』
砂漠の夢


 何もかも他事だと思っていた。

 これまでもこれからも、僕らは二人だけで生きていくんだ。

 

 誰も助けてはくれない。家族は一人、僕らは二人。

 死ぬ時は一緒だろう。だから、生きてる時はもっと一緒に居よう。

 

 二人だけの世界で僕達はもう残り少しの時間を生きようと決心していた。

 

 

「俺の、俺達の家族にならないか?」

 それは、救いの手とかそんなんじゃなくて。そう、心地好い。

 

 家に帰ってきた子供を迎えるような、当たり前に差しのべられるような手だった。

 だから僕達はその手を取ったのだろう。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「こんな事やってられるかぁ!!」

 もう我慢出来ないと釣竿を地面に叩き付け、自分はその場で仰向けになってカンカンに照り付ける太陽の御機嫌を伺う。

 

 

 今日も今日とて冬なのに、太陽は頑張って砂漠を照らし続けていた。

 このオアシスでなければ木々に日光が遮られる事も無く、地面は熱した鉄板のように熱くなっているのだろう。

 

 

「何言ってるんすかシンカイさん! 釣りは我慢っすよ!」

「出来るか! かれこれ何時間釣竿持っとんねん! アホか! 釣りバカか! ワイは釣り人やないハンターやボケェ!!」

 ダイミョウザザミの素材を使った防具を着た金髪のモヒカンの男———ヒールは真面目にそうに言いながら釣竿と睨めっこを続けている。

 本来の体型は決してゴツい訳では無いのだが、その防具と髪型が相まって見た目がどこかの悪い人みたいだ。

 

 あ、アレに似てる。子供の頃に読んで貰った、世紀末ヒーロー北斗君っていう絵本に出てくる悪役キャラ。

 

 

「でもちゃんと釣らないと帰れないっすよ?」

「う……」

 いや、それはそうなんだけどもな?

 でもさ、なんでハンターが態々釣りなんかしないといけないんだ。

 

 

「そんなんじゃ一流のハンターにはなれないぜシンカイ」

『これも立派なお仕事だよ!』

 と、口とスケッチブックが語るのも今は耳に入ってこない。

 釣りとハンターになんの関係があるんですか。そのゲネポスとフルフル防具使うんですか?

 

 

 そもそも、なぜこんな事になったか。それから説明しなければならないか。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 それはキングダイミョウに乗船して三日後の事だった。

 

 

「シンカイ、少し良いか?」

 そろそろ船にも慣れて、一人でトイレに向かおうとする途中だ。

 丁度ドアノブに手を掛けた瞬間、ケイスケがそう言って自分を引き止める。

 

「おしっこの後で良い?」

「いや、今すぐに」

「マジか……」

「冗談だ」

「なんやねん!」

「俺の部屋で待ってるから終わったら来てくれ」

「……へーい」

 その後身体の水分を砂漠に返して、早々にケイスケの部屋に向かう事にした。

 

 さて、なんの話だろうか?

 ここ数日ただただ船に揺られる生活をしてきて、たまに他の誰かが船から出ていったり帰ってきたり。そんな光景を見るだけ見ていた。

 

 つまり、皆はクエストに出掛けているのに自分はのうのうと暮らしていてた訳で。

 ケイスケから呼び出しがあったという事はそういう事なのだろう。ついにクエストに連れていって貰える!

 

 

 そうワクワクしながら部屋に入ったのだった。

 

「よし来たなシンカイ。お前に乗船後初めてのクエストを任せたい」

 よし来たビンゴ。ドスゲネポスかドスガレオスか? いや、ダイミョウサザミでもラングロトラでも良い!

 

 

「今近くにオアシスがあるんだが、そこで白金魚を八匹釣ってきてくれないか?」

「……はい?」

 一瞬———どころか数秒間何を言っているのか分からなかった。

 クエストって狩りじゃないの? 釣ってくる? 釣りするの? そもそも白金魚って何?

 

「どういう事だって顔をしているな。だがこれも立派なクエストだ。依頼人はダイダロスっていう大きな街のお偉いさんだからな」

「ハンターってハンティングする人だから……ハンターや無いんか?」

「こういう納品クエストも立派なハンターの仕事だ。なんせ釣り場にだってモンスターは出てくるんだからな」

 確かにそうだけども。

 

「メンバーはお前とアカリ、タクヤにヒールの四人だ」

 アカリもクエストに出るんか。魚釣りだけども。

 

「大丈夫なんか? そのメンバー」

「事前調査でそのオアシスの辺りには大型モンスターは確認されていないからな」

 そりゃ、準備がよろしくて何より。

 

「そろそろ船が白金魚の釣れるオアシスに近付くから用意だけしてこい。他の皆にはもう下に行って貰ってるからな。ハンターたるもの用意は怠るなよ?」

「うぐ……」

 本当に釣りしに出掛けるのか……。

 

 そう考えていると、断る暇も無いまま船が止まる。

 

 

「よし、クエストスタートだ!」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 そんな訳で、今自分達は砂漠のとあるオアシスの湖で釣りをしているのだ。

 

 

 白金魚は黄金魚の親戚のような物なのだが、黄金魚が好むツチハチノコが大して好きでもないらしく。

 黄金魚が簡単に食い付いてくれるツチハチノコを混ぜた黄金ダンゴという餌に食い付こうともしない。

 

 かれこれ三時間、池に釣竿を垂らす遊びをしているが白金魚は一匹も釣れていなかった。

 

 

「帰りたい……」

 正直言ってとてもつまらない。釣りが趣味の人とか居るけど自分には全く理解出来なからな。別に否定するつもりは無いけども。

 

「全く素人かよ! 見てろ、俺が格好良く白金魚釣ってやるからよ!」

 そう言いながら、タクヤは釣竿に餌を着けて池に沈めた。格好良く魚釣るってどうやったら格好良いの?

 

 

「は! 来たぜ来た! 見てるかアカリ?! 俺が今から釣るからなぁ!!」

 早々に何かが引っ掛かったらしく、アカリにアプローチしながら竿を持ち上げるタクヤ。

 アカリは呼ばれると自分の後ろになぜか隠れるが、タクヤは竿に夢中でそれには気が付かなかったようだ。

 

 

「ぐ……ぬ、お、重いな……大物か?!」

 確かに白金魚は大きな部類の魚らしいが……。入れて直ぐに引っ掛かってあの引き具合からするにあまり良い予感はしない。

 

 

「よっしゃぁ! きったぁ!!」

 力一杯ふんばってタクヤは竿を引き上げる。しかし、針についていたのはどこからどう見ても魚どころか生き物ですら無かった。

 

「木?!」

 水面に沈んだ木の破片かな。釣糸にぶら下がるそれを見て、タクヤは大きく口を開いて固まる。

 格好良く釣ると言いながらこの失態は流石に恥ずかしい。アカリも自分も、悲しい眼でタクヤを見ていた。

 

「み、見るな! 俺を見るなぁ!」

「そう言っとるでアカリ。見んといてやれや」

「……ん」

「ぐはっ……」

 こくんとゆっくり頷くアカリを見て、タクヤは顔面真っ青になってその場で倒れる。

 もうなんか可愛そうっていうかなんていうか。格好つかないなぁ、タクヤは。

 

 

「で、自分はまだ粘るんか?」

「俺っすか? まぁ、クエストっすからね」

 未だに水面を見ているヒールに聞くと、そんな真面目な返事が返ってきた。

 頭の上のトサカ、じゃなくてモヒカンは飾りなのだろうか。見た目とは全く違う真面目で良い奴なんだよな、こいつ。

 

 

「そーかいそーかい。ワイは昼寝でもさせて貰うでー」

 流石に馬鹿馬鹿しいから寝るか、良い天気やしな。砂漠だから。

 

「おやすみ」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 はっきりとでは無いが、意識はあったのだろう。記憶はしているのだろう。

 忘れよう忘れようと強く思うほど、人の記憶は深く刻まれていくからだ。

 

 

 これは夢だ。

 まっ広い空間に自分と彼女は立っていた。訓練所という、街にあるハンターのための施設である。

 

 彼女は言う。

「こうやって、狙いを定めて」

 自分には無い綺麗な銀髪の髪。今の自分と変わらない歳の少女は、小さな子供にヘビィボウガンのスコープを除かせて居た。

 

 彼女はハンターだ。

 夢はギルドナイトという、ハンターでも強いハンターだけがなれるっていう良く分からない奴。

 良く分からないけど、それに向かって努力している彼女が自分は誇りで仕方がなかった。

 

 

「当たった! 当たったよ! おねーちゃんは最強のハンターだ!」

「えっへへ、そんな事無いよ。シンカイもいつか、私と狩りに出ようね」

 その優しさも強さも、自分は大好きだった。

 

 

 

 ある日だ。

 

 砂漠に強力なモンスターが現れたと情報があった。父もハンターだったから、それと戦って半殺しにあって帰ってきていた。

 父がモンスターに負けるのはいつもの事だったから気にしなかったが。父のやられ具合は過去最高の物だった。死んでないのがおかしい。

 

 

 後から聞いた話だが、そのモンスターはディアブロスという飛竜らしく。特に大きく強く育ったその一個体を周囲の村の人達はマ王と呼んだらしい。

 

 

「行ってくるね、シンカイ」

「おねーちゃん……?」

 彼女はいつもより強く自分の頭を撫でると、いつも教えてくれてたヘビィボウガンを抱えて家を出ていく。

 

 いつもみたいに帰ってくると信じていた。

 彼女は最強のハンターだと信じていた。

 またヘビィボウガンを教えてくれると、信じていた。

 

 

「おねーちゃん……?」

 帰ってきたのは、彼女の死体だった。

 

「なん……で……? おねーちゃん……は……最強の……」

 ギルドナイトになるんじゃ無かったのか。

 

「おねーちゃん……」

 一緒に狩りに出るんじゃ無かったのか。

 

「おねーちゃん……っ!!」

 起きろよ。生きて帰ってこいよ。ハンターってなんだよ。何がハンターだよ! 勝手に死ぬんじゃねぇよ……っ!!

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「おねーちゃ———……っ。はぁ……はぁ…………夢」

 何分間か何十分間か何時間か。下らない夢を見ながら寝ていたようだ。

 せっかく気持ちの良い日差しの下だというのに勿体無い。あるいはここが砂漠だから……かな。

 

 そうか……ここは砂漠か。

 そんな事を思いながら、眼を開けた。

 

 

 




第三章の始まりです。
いきなり変な終わらせ方してすみません。

一章丸ごと書いてから分けてるんで、どうも区切りとか文字数だとかが変になってしまいます……。直さないとね。


今章はヒール君のお話です。見た目的には一番インパクトのあるキャラクターだと思ってます、はい。
戦闘シーンはラフになってしまうと思います。ちゃんと戦闘するのはいつになるのか……。応援して下さると嬉しいです。

オマケ絵はヒール君。格好良く描けねぇ……。

【挿絵表示】



厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

釣り上げた答え

 

 瞼が重い。

 照り付ける太陽のせいもあるだろうが、さっき見た夢が心の何処かに引っ掛かって気分が悪かったのが大きいんだと思う。

 

 

「おはようっすシンカイさん。うなされてたっすよ? 大丈夫すか?」

「気にすんな……。何時間寝てた?」

「え、えーと二時間くらいすかねぇ? 嫌な夢でも見たんすか?」

「気にすんなって言ってるだろ……」

 別に誰かに話す事でもない。

 

 

『皆何かを失ってる。そんな奴等が集まって、心を寄せあってるのさ』

 唐突に、そんな親父の言葉が頭を過ぎった。

 

 

「シンカイさん」

「な、なんだ?」

「苦しい時は誰かにすがっても、別に天罰は無いと思うんすよ。別に俺じゃなくて良いっすけどね」

「そ、そうか……」

 苦しいのだろうか。自分は。

 

「……そいや、何匹釣れたんや?」

「四匹っすね」

 少な。計五時間で四匹。釣り終わるのに後もう五時間かかる計算。日が沈むわ。

 

「アカリが一匹釣ってくれたんすよ! 後は俺っすね」

 ほぉ、アカリが。タクヤは何をしているんだか。

 いや———寝ていた自分が何か言える訳では無いか。

 

「んでそのアカリは?」

「シンカイさんの右っす」

「んぉ?!」

 さっきまで自分の左に居たヒールと話していたから目に着かなかったが、右側には釣竿を垂らすアカリが居た訳だ。

 何に驚いたかと言うと、釣竿を垂らして座ったままアカリは頭をカクンカクンと揺らして眠っていた事にだな。

 

 

「横にして寝させてやれや……。昼寝してサボってたワイが言うのもなんやけど」

「そうしてあげたいのは山々何すけどねぇ」

 困った顔でそう言うヒール。何か問題でもあるのか?

 

「シンカイさん寝かしてあげてくださいよ」

「なんでワイやねん……。まぁええけど。おーいアカリー」

 右に向き直って肩を揺すりながらアカリに声をかける。カクンカクン頭を揺らしていたアカリは、目を開けて自分の声に気が付くと、ハッとした表情になって背筋を伸ばした。

 

「……はぅぁ?! んぁ!」

 俗にいう———寝ちゃいけないけど眠くて仕方なくて、気が付いたら寝てて誰かに諭されてまた頑張って起きていようとする。アレだ。

 

 

「アカリ、寝ればええやん」

 そんな張り切らんでも。

 

「……ん!」

 真剣な表情になって自分を見てくるアカリ。いつものスケッチブックにはこう書かれていた。

『私なんかに出来る数少ない仕事だから!』

 そういう考え方か。

 

「んー……まぁ」

 自分も竿を持って池に向き直る。

 

「一人だけサボるのもなぁ……」

 こんな頑張っとる娘の横で一人サボれるほど気が太くは無い。

 

 

「そいや、タクヤは何しとるんや?」

「後ろで遊んでるっすよ」

「はん?」

 振り向いてみるとタクヤはブーメランを投げて遊んでいた。

 

「見ろよアカリ! 俺めっちゃ上手くね!」

 タクヤが投げたブーメランは樹に生っていた木の実を綺麗に打ち落としてから、手元に戻っていく。上手いものだ。

 

 しかし、アカリは池に垂らした竿に集中していて全くタクヤの事は見ていないようだ。と、言うよりは聞こえていないのだろう。

 普段正面からゆっくり話せば聞き取ってくれるようだが、口パクも見えなければ遠いところからの声は聞こえないらしい。

 

 

「よーしもういっちょ!」

 戻ってきたブーメランをもう一度構えるタクヤ。次も木の実を狙って投げたのだろう、ブーメランは真っ直ぐ木に生った木の実を直撃した。

 が、しかし。ブーメランは戻っていく事無くあらぬ方向へ飛んでいってしまう。

 

 まぁ、確実に戻ってくる訳では無いだろうなぁ。

 

「あ! ブーメランが!」

 しかしその飛んでいった方向が問題だった。

 なんとこっちにクルクルと周りながら飛んでるるでわないか。

 危ないと身体が叫んで、自分はアカリを地面に押し倒して身を低くする。

 

「ギャフン!!」

 背後で嫌な音と共に悲鳴があがった。

 振り向けば、ヒールの頭にブーメランが刺さっている。モヒカンが二つあるように見えるな。

 

 

「だ、大丈夫かヒール?!」

 流石に慌ててタクヤが戻ってくる。しかしヒールは何事も無かったかのようにブーメランをタクヤに渡しながらこう言った。

 

「全然平気っすよ」

 仏かお前は。

 

「流石に怒った方がええで。甘やかしたらあかん」

「お、俺は反省してるぞ!」

「いやいや、タクヤのブーメランの腕は確かっすよ。それでもこうなったのは……運っす」

 湖に視線を戻しながらそう言うヒール。自分だったらブーメランをそのままタクヤに投げ付けるけど。

 

 

「あ、でもアカリに当たらなくて良かったっすよね」

 仏だこいつは。

 

「ほ、本当にすまねぇヒール!」

「良いっすよ良いっすよ」

 全く気にしてない様子のヒール。そいやこの前のカナタの飯の犠牲になった事と良い、不運だなぁこの人。

 

 

「お、俺向こうでハチミツとかキノコとか採取してくるよ!」

 流石にそのまま遊ぶ気にはならなかったのか、木々の向こうに走っていくタクヤ。いや魚釣り手伝えや!

 

 

「全くあのアホ……」

「それがタクヤの良いところっすよ」

「お前が良いんならええんやけどぉ?」

「お、釣れそうっすよシンカイさん!」

「なんやて?!」

 話のどこでかは分からないが、自分の竿に何かが掛かっていたらしい。竿は大きく上下にしなりだす。

 

 

「上げるっすよシンカイさん!」

『頑張って!』

「こんなもん頑張らんでも……っ!」

 口ではそう言いつつも中々に重量があって、力一杯竿を引き上げた。

 

「おらっと!」

 引き上げた瞬間、白く光る大きな魚が眼に映る。大当たり、これが白金魚か。

 

「旨そうやな」

 釣れた白金魚はいい感じに肉も乗ってとても食べ答えがありそうだった。

 

「ダメっすよ? あと三匹釣らないといけないんすから」

「この分だと終わるのは夜中やで……」

 クエストに出る時間も遅かったからか、時刻はもう少しすれば日が沈みだすような時間だった。

 一応ホットドリンクも用意してあるが、とんでもなく寒くなる砂漠の夜で釣りなんてしたくない。

 

 

「しかしあと三匹か……」

「皆でやれば一瞬っすよ!」

 一人キノコ取りに行ってるけど。

 

「ん!」

 隣側から肩を叩かれ、振り向くとアカリはスケッチブックにこう書いていた。

『私も頑張るからシンカイ君も頑張ろ!』

 お前がそう言うなら頑張ってやるかぁ。

 とか思った次の瞬間、スケッチブックの後ろからお腹の鳴る音がする。ほら、腹減った時に出るあの音だ。

 

「腹減ったんかアカリ?」

「はぁぅぁぇっ?! ちか……っふ! たちょふ!」

 落ち着け。

 

「別に悪い事や無いから! ほら、顔隠さんでええから!」

 一瞬で真っ赤になったアカリを励まそうとするが、スケッチブックで顔を隠して今にも泣きそうである。

 う、うーむどうした物か。

 

 

「そろそろご飯でも食べるっすか?」

「飯か! キノコ取ってきたぜ!!」

 背後でヒールが言うと、タクヤが沢山のキノコを抱えて飛んで来た。おいマヒダケとか普通に混じってるぞ。

 

「そこにある食えるキノコだけで腹が膨れるかぁ?」

「白金魚以外にも魚釣れたっすから。焼いて食べましょう!」

 ヒール君最高。

 

 

「だ、そうやでアカリ。良かったな」

「んぅ……っ!」

 んーと、何々?

『今の音はお腹の音じゃないから!』

 女の子って言うのはこういう時に意地を張る物なのだろう。

 

 

「魚を焼くのなら任せろ!」

 肉焼セットを出しながら、タクヤはヒールから魚を受けとる。サシミウオか、めっちゃ旨そう。

 

  はい、軽快なリズムに乗って。

 

「へい! タッタタッタ、タンタタンタタタタンタタン、タタタ、タタタンタタタンタタタンタタタンタタタタタン!! まだまだ焼くぜ燃え上がれぇ!! タタタンタタタンタタタンタタタンタタタタタン!!」

 案の定、コゲた。

 

「なぜだぁ!!」

 なんのためのリズムや。

 

 

「わいにやらせい」

  『頑張って! シンカイ君!』

 任せろ。

 

「そいや……」

「どうした? シンカイ」

 魚を焼ながらタクヤに問い掛ける。

 

「わい料理どころか焼肉セット使った事無いねん」

 ハンター学校で焼肉セットを使う実習なんてサボってたからなぁ……。

 

「いつ焼けるんやこれ……」

「シンカイ……裏見ろ裏」

「え? あれ? うぉ?!」

 コゲた。あぁ……勿体無い。

 

「んぅ……」

 アカリさんはもやは呆れ顔だった。

 

 

「わ、ワイ、コゲたの好きやねん! ほら普通に食えるで。あー、旨い! 旨いわぁ!」

「お、俺もコゲたの大好きだし! う、旨……旨……い…………し。うん」

「真似すんなやリズム音痴!」

「リズムも知らなかった奴が言うなよ!」

 やるんか我ゴラァ!

 

「喧嘩はダメっすよ二人共。ほらまだサシミウオは結構残ってるっすから」

 そう言いながらヒールはサシミウオが入ったバケツを渡してくる。

 

「いや、正直言ってワイには無理や。タクヤは信頼できんから……ここはヒールさんにお任せしたいです」

「なんで敬語なんすか?!」

「おい待て俺はちょっと失敗しただけだ!」

 だとしてもタクヤよりヒールさんのが断然信頼できるね。

 

「と、いうことでヒールさんお願いします」

「敬語辞めてくださいっす!」

 ヒールも少し変だけど敬語だよな?

 

 

 言いながらも準備をして魚を焼き始めるヒール。手際良くさっさと焼いてしまうヒールが自分は格好良く見えたね。

 

 

「ヒールは万能やな。なんでそこまで何でも出来るんや」

「何でもなんて事は無いっすよ」

「いや、ワイよりは色々出来とるやん。釣りなんざワイには向かん」

「強いていうなら……自分でやらなきゃいけない事が多かったんすよ」

「ヒール?」

 良く分からない事を言う物だから、どういう事か聞こうとすると、ヒールはこんがりと焼けた魚を渡してきた。

 

「食べて良いっすよ」

「なら遠慮無く」

 ヒールに渡されたこんがり魚の腹部に歯を立てる。その瞬間しっかりと焼けた表面のパリッとした食感と、その後に訪れるサシミウオ特有の歯応えのある身の感覚が口の中に広がっていく。

 程よい塩気が絶妙に効いていて、それでいてサシミウオ本来の味を失わせない絶妙な加減。なんだこの美味さは?! 船で食べた皆が作る料理も美味かったが、狩場で食べるこの焼いただけのサシミウオもそれに引きを取らない物がある。

 

 なんだこれ、本当にただのこんがり魚か?!

 

 

「俺達は捨て子っすから」

 自分が味に浸っていると、ゆっくりとヒールはそう口を開いた。ただ、言葉の割には明るい表情で。

 

「捨て子……?」

 自分は案外裕福な暮らしをしていたから、その単語にピンと来るものが無い。

 街暮らしで生活も命も住居も食べ物も困った事が無いし、親には大事にされていたから。

 

 

「アカリも焼くのか? お、俺にも食わせてくれ!」

「ん!」

「ありがとう! 任せたぜ!」

 

 

「俺とナタリアの両親は俺達をダイダロスで売ったんすよ。まぁ、珍しい話じゃ無いっす。生きるのにはお金が居る、双子の世話が出来るほど両親は裕福じゃ無かった見たいっすから」

 そんな話を魚を食べながらのうのうと話すヒール。

 

 信じがたいという訳では無く、信じられないという訳でも無い。ただ、納得の行く話では無かった。

 自分の住んでいた街はそんな貧困とは無縁の都会だから、そう感じるのかもしれないが。

 

 

「やた! ん!」

「ありがとうアカリ! 一生掛けて食べるぜ! うんうん……この生焼けが…………うん。…………う、うん旨い!」

 コゲとるよりはマシだな。あと甘やかしても成長はしない。

 

 

「んで、買い取られた場所から逃げて、砂漠で二人で生活してたもんで。色々身に付いたんすよ。まぁ……親父に拾われてなかったらどっかでモンスターに食われてたと思うっすけどね」

 そう言うヒールはどこか達観としていた。

 

「す、すまんな……変な話させて」

 ここにはそういう奴しか居ないのか。

 親父の言葉が頭を何度も過った。自分は恵まれている。裕福だった。

 

 

 だからこうもダラけて、今もこうして平然と呑気に健康に暮らしている。

 

「気にしないっすよ!」

「苦しい時は誰かにすがっても別に天罰は無いんや無かったんか?」

「苦しく無いっすから」

「そうか……?」

「だって俺にはもう、かけがえの無い家族が居るっすからね!」

 そう言うヒールの表情は嘘偽りの無い笑顔だった。かけがえの無い……家族か。

 

「でもやっぱり家族にこういう事話すとスッキリするっすよ」

「ワイも家族なんかい」

「当たり前じゃないすか」

 当たり前か。……そうか、家族か。

 

「さて、もうひと踏ん張りっすよ! 俺、先に釣りを再開するっすよ」

 そう言うとヒールはこんがり焼けた魚を渡してきて、竿の元へと向かった。

 

 

「お、引いてるっす! これは白金魚間違いないっすよぉ! よっしゃ釣れたっす!!」

 金髪モヒカンとかいうとんでもない姿だが、やっぱりヒール・サウンズという男は優しくて立派で強い奴だ。

 そう確信した。

 

 

「あー食った食った。なんかお腹いたいけど気にしないぜ!」

 こいつはタダのバカだな。

 

「……ん」

 バカを見ていると、横からツンツンとアカリが肩を叩いてくる。んーと、何々?

『こんなクエストなら、皆で楽しいよね』

 なんて事を、笑顔で彼女は書いていた。

 

「まぁ…………せやな」

 狩りをするだけがハンターではない———の、かもしれない。

 

 




ここまで狩り描写ゼロ。
そろそろ飽きられてしまうかもしれませぬ……。お付き合い頂けると幸いです。



【挿絵表示】


今回のおまけはとタクヤ君です。ブーメランの腕だけは確か←
次回は早めにアップします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

砂漠の水竜

 

「よっしゃ! 後二匹頑張って釣ってこのクエスト完遂するで!」

 意気込み新たに決意を込めた声を上げる。

 魚も倒せなかったらモンスターなんて夢のまた夢だ。

 

 

「ん!」

「よし、俺に任せろ!」

「お前はまだ一匹も釣っとらんやんけ」

「う、うるせぇ! 俺にはさっき取ってきたとっておきがあるんだよ!」

 さっき取ってきた? と言うと、さっきハチミツやキノコを取ってきた時の事か?

 

「これだ!」

 そう言いながらタクヤが出したのはアホでかいカエルだった。素手でそれを持って溢れる笑顔はまるで少年のようだ。いやこいつはまだ少年か。

 

「……ひっ」

 勿論アカリドン引き。タクヤ……お前本当にバカなのか?

 

「こいつでいっちょ大物を釣ってやるぜ! 見てろよアカリ!」

 ガクガク震えながら目を丸くして涙目で自分の腕にしがみつくアカリをよそに、タクヤはそう言いながら湖の方に走っていく。

 お前がアカリを見ろよ。いや、その前に目的は大物じゃなくて白金魚だぞ? 白金魚そんなでかいカエル食べるんか?

 

「た、タクヤは別に悪気があってやってるんや無いんやで……うん、多分」

「……ん、んぅ」

 えーと?

『分かってるよ! 分かってるけどカエルだもん! タクヤ君は確かに良い人だけど! なんか怖い!』

 タクヤ……。

 

「ま、まぁ……ワイらも釣りに戻るか」

 こんなクエストもたまには良いが、流石に真っ暗になる前には帰りたいからな。

 

「ん!」

 アカリがそう元気良く返事をしたそのすぐ後だった。

 

「な、なんか来たぜ! やべぇ大物だ!!」

 もはや目的を見間違えているタクヤの竿に何かが食い付いたようだ。あんな化け物みたいなカエルを食べる化け物、この湖に居たのか。

 

 

「って、重すぎる! み、皆手伝ってくれぇぇ!!」

「わ、分かったっす!」

 どうやらかなりの大物らしく助けを呼ぶタクヤに答えてヒールが竿を持とうとした次の瞬間だった。

 

「おわぁぁ?!」

 タクヤは竿に逆に引っ張られ、音を立てて水中に引きずり込まれてしまう。

 

「「タクヤ?!」」

 そんなバカな。いくらタクヤでも魚に負けるなんて事があるのか?

 あの化け物カエルを食べる魚だとして……その魚こそ化け物。いや化け物?!

 

「離れろヒール!!」

 気が付いて叫んだその時には、既にとてつもない量の水飛沫が上がり、ヒールに覆い被さっていた。

 その頭上三メートルには強大な翼……いやヒレを持ったモンスターが空を舞い、自分とアカリの目の前に着地する。

 

 まず感じたのはその巨大さだった。

 足だけでも自分の二倍、頭から尻尾までだと十人くらい並ぶのでは無いだろうか。ゲリョスも大きかったがこいつは倍くらいある。こりゃ確かに化け物だ。

 特徴的なのは背ビレと先端がヒレになった尻尾に水掻きになっている足、ゲリョスでいう翼はヒレになっていて頭はそのまま魚を大きくしただけのような流線型。全体的にも水の抵抗を少なくするフォルムで、濃い青色の鱗に腹部は綺麗な白色をしている。

 

 

「ギェェッ」

 おいおいケイスケさん、この辺りには大型モンスターは居ないんじゃ無かったか?

 めちゃくちゃでかいモンスターが目の前に出てきたんですけど。

 

「下がっとれやアカリ……」

「ん、んぅ……」

 さてどうする? 双剣のリーチじゃ脚にしか攻撃できないだろうし不利でしかない。

 かといってアカリにヘビィボウガンを借りるのは……。

 

 モンスターは待ってはくれない。

 縄張りを荒らされたと思ったのか、はたまた美味しい餌が現れたと思われているのか?

 どちらにせよ自分とアカリを仕留めようと、ガノトトスは体内で圧縮した水をブレスとして一直線に吐き出してくる。

 

 

「っと!」

「っぁ?!」

 咄嗟にアカリを押し倒してブレスを避けた。背後にあった焼き肉セットが消し飛ぶのが見えて背筋が凍る。

 

 ヒールとタクヤの姿が見当たらない。まさか腹の中……? いや、池に沈んでるなら早く助けないと。

 

 

「ギョェッ」

 思考が追い付く間もなくガノトトスは次の攻撃のために姿勢を整えた。

 もう一度ブレスだとしたら震えるアカリを抱えてまた何とか避けれるか?!

 

「俺を見やがれぇ!!」

 身構えた次の瞬間だった。湖の方からそんな声と共にブーメランがガノトトスに飛んでいく。

 ブーメランは見事にガノトトスの頭の鱗に弾かれてから、池から上がってきたタクヤの手元に返っていった。

 

「タクヤ!」

 無事だったか良かった。

 しかも、お得意のブーメランでガノトトスの気が一瞬タクヤに向く。おかげで体勢を整えられた。

 

「ギョェ……ッ」

「お、ぉ、お、や、やん、やんのかぁ?!」

 その股間から垂れているのは湖の水だよな? 漏らしてる訳じゃ無いよな?

 

「ギェェエエッ」

 ブーメランに苛立ったのか? 狙いをタクヤに変えて姿勢を低くするガノトトス。

 そのまま片脚を軸にしてタクヤ向けてタックルを決める。

 

 しかし身体が大き過ぎて、しかもタクヤとの距離も結構あったからかそのタックルはただ空気を揺らすだけに終わった。———かのように思えた。

 

「へへん! 眼が悪いのかこの魚。そんな所からの攻撃全く意味———うぇぇえええ?! またかよぉぉ!!」

「タクヤぁ?!」

 タックルの動作のほんの少し後。タクヤの身体は空に浮き、また池に水飛沫を上げて沈んでいく。

 

 

「こ、これが俗に言う亜空間タックルか……」

 風圧だけで人が飛んでくとは。いや感心している場合じゃない。

 

 この化け物は本格的に化け物染みてて、はっきし言って自分達には手に余る。

 最悪アカリだけでもここから逃げ出させなければ。そういえばヒールはどうなった?

 

 そんな事を考えていた時だった。

 

「そいつを俺に貸せ」

 聞き覚えのある声が背後から聞こえると共に、手に持っていた自分の双剣が奪い取られる。

 こんな時になんだと振り向けば、そこには知らない金髪のイケメンの男が立っていたのだ。

 

 

「……誰?」

 どことなく誰かに似ている気がするが誰だろう? てかいつ現れた。

 その正体不明の男は肩からライトボウガンを下ろすと剣を構えこう叫んだ。

 

「テメェ良くも俺のモヒカンを濡らしてこんな風にしてくれたなぁ!! ぶっ殺してやる!!」

「ヒールぅぅううう?!!」

 こいつヒールかよ! そのライトボウガンと言いザザミ防具と言いヒールみたいな人だとは思ったけどヒールだったのかよ!

 濡れて崩れたモヒカンはまるで髪の毛が普通に生えて来ているかのように見えて、本当にただの金髪の人になっていた。

 モヒカンだった時は分からなかったがヒールさん凄く格好良い顔してたんだな。てか輪郭変わってね?

 

 

「ギョェッ」

「なーにがきょえぇだふざけてんのか、あぁ?! 謝罪の言葉はねーのかこの魚面!!」

 誰だこいつ。

 

「無いならぶっ殺してやる! 今日の晩餐はテメェの刺身だぜヒャーッハー!」

 ヒャッハー?! 本当にヒールなのこの人?!

 

 

「ギョェェェッ」

 なりふり構わず突進し、ガノトトスの脚を斬りまくるヒール(?)。その勢いに怖じ気づいたのか、ガノトトスは足踏みをしてなんとかヒールを引き離そうとしていた。ぶっちゃけ押してる。

 

「グヘハハハハ! 雑魚め! 刺身にしてやるぜぇ!!」

 あの優しかったヒールさんは何処へ。

 

 

「ヒールはモヒカンを誰かに崩されると、あーやって怒り狂うんだよ」

 いつの間にか隣に来ていた水浸しのタクヤがそう説明してくれる。

 あいつのモヒカンにはもうこの生涯で触れる事もよした方が良さそうだ。

 

「あの状態になったヒールは止められないからなぁ……」

「いやでも任せるわけにもあかんやろ……」

 

「ヒャッハー!」

 任せても良い気がしてきた。

 

 

「……っ」

 しかし、振り向いて見るとアカリはまだガノトトスが怖いのか怯えた表情で地面に転がっている。

 確か初めてあった時もそうだったな。こうやってランポス相手でも怯えて縮こまっていた。

 

「構えろアカリ」

 自分は……ライトボウガンならええか。ちょいとヒールさんに借りるとしよう。

 それを構えてささっと中に入っていた貫通弾をガノトトスに三発当ててからアカリにそう言う。

 

「ま、待てよシンカイ! アカリは狩りなんてまだ!」

「甘やかしても成長はしない。そしていつ何処で仲間がモンスターに襲われるか、その時に動けるのが自分だけだったらどうするんや」

「……ぅ」

 アカリの手は空気を強く握っていた。もうひと踏ん張りだな。

 

 

「わいは誰も失いたくない。だからトリガーを握れ、アカリ」

「……ん!」

 強い眼差しで、立ち上がってヘビィボウガンを構えるアカリ。わお、全然様になってない。

 何も知らないのか。こりゃ教えたらなかんな。

 

「フハハハハ! 刺身だぜぇ!!」

 幸いヒールさんはガノトトスを一人で翻弄してるし。

 

 

「ええか? ボウガンはこうやって構えてやな」

 アカリにくっついて直接身体で、まずは構え方を教える。

 

「おま、ずるい!」

 なんでやねん。

 

「……ぅぇ」

「違う違う、こっちを持って」

 なんか……懐かしい感じがする。なんでだろう。こんな事昔あったな———

 

 

『こうやって、狙いを定めて』

 

 

 ———あぁ……そうか。今は逆なのか。

 

「こうやって、狙いを定めて。 射ってみ」

 そう言うと、アカリはゆっくりとトリガーを引いた。反動の少ない通常弾でも仰け反る身体を支えてやる。

 弾は一直線にガノトトスの腹部に直撃し、それを見たアカリの表情は一気に険しいものから楽しそうな物に変わったのだ。

 

 

 ———まるで自分を見ているみたいだった。

 

 

「……たった! ぁ……った!」

 声の事も忘れて、嬉しそうに笑顔になるアカリ。いや、まだ初心者の息も超えてないんだけどな。

 まぁ、今はこれで良いか。

 

 

「ギョェッ!」

 第三者の加入も察知したのか。ガノトトスは不利を察して湖の中に走って逃げていく。なんか面白い走り方するな、あのモンスター。

 

「待ちやがれ刺身野郎がぁ!!」

 帰って来てくださいヒールさん。

 

 

 

「いや……酷い目にあった色んな意味で。さーて、どうするかなぁ……まだ白金魚は二匹も釣らなかんのに湖にはガノトトスでもう日も沈んでまう」

「その事なら心配ないぜ」

 さっきまで体操座りで拗ねていたタクヤが立ち上がりそう言う。心配しかないぜ、の間違いでわ?

 

「さっきガノトトスに飛ばされて池に沈んでる間に防具にこいつら入ってきててさ」

 そう言うとタクヤはゲネポス装備から二匹の白金魚を尾を持って取り出して、自慢気に見せ付けてくる。

 なんたる奇跡。

 

 

「つーことは……」

「クエストクリアだぜ!」

「ん!」

 そうやって三人で喜んでいる中、池に向かって「出てこいや魚面! なめてんのぁ!」とか言ってガノトトスをビビらせているヒールを、何とか三人で落ち着かせて。自分達はギリギリ日が沈む前にクエストをクリアする事が出来たのであった。

 

 

 しかし、一発目でちゃんと弾を命中させるとはな。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「いやー大変だったっすね!」

 何が大変だったってお前を沈める事だよ。まさか絞めて気絶させないと元に戻らないなんて。

 

 

「クエストご苦労だったな」

 アカリの頭を撫でながらケイスケは自分等に労いの言葉を掛ける。

 計算高いあのケイスケさんの事だからガノトトスも想定内だったのだろうか?

 

 いや、何かおかしい。こいつはそう言う嘘を付く奴じゃない。

 

 

「実はな、本当のクエスト内容は白金魚三匹だったのさ」

 こういう嘘は付くけど。

 

「は?! なんだそれ!」

「お前らへのご褒美だよ」

 損したと声を上げるタクヤにケイスケは諭すようにそう言う。船の二階に上がると小さなパーティーグッズと共に、白金魚を使った料理が並べられていたのだ。サプライズ。

 

「めっちゃうまそー!」

 これだけでタクヤ君ご機嫌よろしく。

 

「頑張った甲斐があったっす!」

 ほぼお前の手柄だしなぁ。

 

 

「ケイスケが一人で作ったんか?」

「いやいや、皆の気持ちだ」

 嫌な予感がする。

 

 その予感は的中して、スケッチブックを掲げて『美味しいよシンカイ君も食べなきゃ!』とカンペを出してくるアカリの隣で、ヒールが泡を吹いて倒れ出す。

「……ひっ」

「ぎゃぁぁ?! カナタ触ってたのかよぉぉおお!!」

 不幸だなぁ……ヒール。

 

 いや、これが家族って奴で。幸せって奴なのだろうか。

 

 

「たまにはこんなクエストもあるが、どうだシンカイ。楽しいものだろ?」

「あぁ、せやな。『ガノトトス』なんかも釣れて楽しかったで」

 そう言うと想像通り、ケイスケは唖然とした顔で固まる。

 

「今……なんだと?」

「ガノトトスなんかとも戦えたで。まぁヒールさんが無双してやっつけてくれたけどな」

 やっぱり想定外か。そりゃあのアカリをモンスターと戦わせるなんて考えないだろう。

 

「あのオアシスにガノトトス……。普段は居ない所になぜだ……」

 腕を抱えて何やら考え出すケイスケ。

 どうやら想像以上に想定外の事らしいな。

 

 

「とにかくすまなかった。また皆を守ってくれたな、お前は」

「いや今回こそワイは何もしとらんで。ヒールさんのおかげや」

 怖かったけど。

 

「まさかマ王か……?」

 小声でケイスケが言ったそんな言葉を、自分は聴き逃さなかった。

 

 

 

 ———マ王……。

 

 

 

「今回の事は悪かった。また皆を頼むぞ、シンカイ」

 そう言うとケイスケは三階に戻っていく、もう夜遅いしなー……ってか。

 

「ヒール泡吹いてるけど無視かいぃ!!」

「カナタは何も悪くない!!」

 やっぱりカナタかよ!!

 

 

 

 そんな光景が日常になりつつも。少し小さな事が頭に引っ掛かるのだった。

 

 マ王か。マ王ディアブロス……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「クックククククク…………ブロォォオオオ!!」

 

 




第三章完でございます
戦闘シーンから逃げました。言い訳はあるのですがとりあえず逃げました。すみません。
真面目に戦闘シーンを掛けるのは次の次の章とかになってしまいます……あぁ、飽きられるんだろうなとか思ってる次第です。

どうしてこうなったんだろう。


ヒール君のお話でした。

おまけです。

【挿絵表示】



厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Hammer『第四章』
砂漠の町で


「や、辞めろ!」

 叶わない願いを叫んだ。

 

「逃げて……ガイル」

「お前を置いて逃げれるか!」

 敵わない敵を睨んだ。

 

「ガイル……」

 唇が重なる。愛しい彼女の唇は血の味がした。

 

「生きて」

 その言葉が耳から離れない。

 

 自分の無力が許せない。

 だから鍛える。もう失わない為に。

 

 

「———夢か。筋トレでもしよう」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「おーいそろそろ起きろやタクヤ」

 もうこの船にも大分慣れてきた。

 

 

 船に乗船してから何日が経っただろうか。

 未だにクエストは魚釣り一回とアニキと二人でゲネポス三匹を狩るクエストだけだが。

 それでも皆とは打ち解けて来たし、この猟団の生活には慣れてきた。

 

 

 ただ一つ、慣れない人物が居るとするならば。

 

 

「うぉっ?!」

「……すまない、邪魔をしている」

 短い銀髪に引き締まった筋肉。趣味は食べる事と筋肉トレーニング———ガイル・シルヴェスタというこの男だ。

 

「なにしてんの?! ナニしてんのぉ?!」

 昼間になっても降りてこないタクヤを呼びに自室に戻ると、なぜかタクヤのベッドに寝ているタクヤの上で腕立て伏せをしている半裸のガイルの姿があったのだ。

 タクヤは寝ているがそういうのは問題じゃなくて、絵面的にはもう完全にアウトなアレだ。特定の人達が喜びそうなアレだ。

 

「……下敷きにした人に体重を乗せないで腕立て伏せをするという筋トレだ」

「いやそういう意味じゃ無くてな?! なんでワイの部屋でやっとんねん! なんでタクヤの上でやっとんねん!」

「……ヒールはカナタの飯を食って体調を崩している。可哀想だからタクヤで代用している」

「あいつ……またかい……」

 いやヒールの不幸はさておき、タクヤは可哀想だと思わないのだろうか。

 

「…………んぇ……?」

 そんな事を考えていると、寝ていたタクヤが突然目を冷ます。目が覚めたら眼前で男が半裸で居たらどんな反応をするだろうか。

 

「ちょ……ぇ…………お、俺……そんな趣味無いよ……? や、辞めてくれよ……俺には心に決めた奴が居るんだ!」

 こんな反応だった。

 

「……タクヤ」

「は、はい」

「……気にせず寝ていろ」

「いや気にするって! 気になり過ぎるくらいに!」

「……後腕立て伏せ五十回」

「きゃぁぁぁ!!!」

 そう言うと暴れまわるタクヤを抑えながらガイルはその場で腕立て伏せを始める。

 ガイルが身体を伏せると顔がタクヤに近付いて、タクヤは女の子のような悲鳴を上げながら気絶するのであった。

 

「…………ほっとこ」

 関わり辛いというか、接し辛いというか。彼の事を自分はまだ全く理解してないんだと感じる。

 他の人達はまだどんな奴か分かってきたし、どんな接し方をすれば良いかも分かるんだが。

 

「……二十五……二十四」

 この男は何か壁があるような気がした。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「着いたぁぁ!!」

 なぜかハイテンションの腹黒ピンク———サーナリアが甲板でそう叫ぶ。

 

 着いたと言うのは砂漠の町『ダイダロス』に、このキングダイミョウが入港したという意味だ。

 ダイダロスはこの広大なバトス砂漠の中央付近にある、グングニール程では無いが大きな町で、砂漠に住む九割の人がここに集まっていると言っても過言ではない。

 グングニール程では無いが進歩した科学技術の結晶もチラホラと見える。電気が通れば水も下水上水で流れていて砂漠とは思え無い過ごしやすさの町では無いだろうか。

 

 そんなダイダロスに我等が橘狩猟団が来た理由は三つだ。

 

 一つはギルドクエストのクリア報告と報酬の受け取り。ダイダロスは大きな町だからギルド管轄の集会所もあってクエストの公式な取引が可能なのだ。

 

 もう一つは物資の補給。水や食料等船の上で砂漠を渡るだけでは補充が追い付かない事もあるようで。

 

 最後に団員の休息。ずっと船の上ってのも辛い物だからな。ダイダロスは何故か温泉が多くてその手の旅館なんかが沢山あるそうだから、このために我等が橘狩猟団は度々このダイダロスに立ち寄っているらしい。

 

「ほらほら早く行こアカリ!」

「……ん!」

 船が着くなり大急ぎでアカリの手を取って走っていくサーナリア。横でタクヤが泣きそうな顔してるのはもう見慣れたものである。

 

「勝手に行かせてええんか?」

「集合する旅館は決まってるからな。きちんと夜までにそこに帰ってくれば後は自由行動だ」

 ケイスケに聞くとそう返ってくる。

 

「つまりワイは」

「今回に限り誰かと一緒に居てくれ。大きな町だから迷子になられたらたまらないからな」

 なら今回は誰か優しい人に町を案内してもらうか 。

 

「なぁアニキ」

「ん? どうした?」

 とりあえず一番頼れそうなアニキに声を掛ける。ダメだったらヒールさんだな。

 

「ちょいと町を案内してくれへんか?」

「あー、ダメだ。俺とヒールとナタリアにクー姉は買い出し当番だからな」

 ヒールさんもかよ!

 

「マジか……アカリはもう行ってまったし。ケイスケは暇なんか?」

「俺はカナタとデートだから邪魔するな」

 酷い。

 

「誰がデートだバカスケ」

「気分だけでもデートが良かったんだが……」

「父親連れたデートがどこにある」

 親父も?

 

「本当は親父とカナタと俺でギルドに行くんだ。だから悪いが他の奴に頼んでくれ」

「いや他の奴って言われてもね?」

 もうタクヤとガイルしか残って無いんだけど!

 

「因みに俺はアカリをスト———じゃなくて見守らないと行けないから暇じゃないぜ」

「あ、はいどうぞご自由に」

 ガイルしか居ないじゃん!

 

「よーしお前ら! 自由時間スタートだ!」

 ケイスケのその言葉で一斉に船を降りていく団員達。ちなみにこの船の清掃と手入れと点検等々はギルドのその手の仕事をしている人に委ねるらしい。

 

 団員達とギルドの人達が入れ替わる中、自分とガイルだけが船の出入り口で固まって入れ替わる人々を見守るのであった。

 

「……」

「……」

 いやどうしたら良いか分からねぇ!

 

「あ、あのー……ガイルさん?」

 無理だってどう接したら良いか分からないって何すれば良いかも分からないって!

 

「……シンカイ、何か予定はあるか?」

 固まっている自分に突然そう話し掛けてくるガイル。

 予定も何も糞も無い。右も左も分からぬ町に思考も行動も分からない相方と二人。

 

「いや……何も」

「……そうか。なら少し付き合ってくれ」

 だから自分はその言葉に逆らう事は出来ないのだった。

 たとえこの全く行動の読めない男が何をしようとしても自分は着いていくしか無い。

 

「お、おぅ」

 もし行く先でアカリとサーナリアに会ったら土下座してでもそっちに着いていこうと固く決心するのであった。

 

 

 

 

 

 

「し、死ぬ……」

 ただいま自分は昼飯を食いながら机に突っ伏している。

 

 ガイルに着いてきて何があったかと言うとだな。

 まず連れてこられたのは町にあるジムだった。数々のトレーニングマシーン等がそろうこの場所で三時間ほどぶっ通しで筋肉トレーニングに付き合わされ、やっとの思いで解放された訳だが、彼は飯をささっと食い終わると同時にこう告げた。

 

「……次は訓練所に向かう」

「……え」

 嘘……だろ?

 

 腹筋腕立てスクワットのフルコースに良く分からんマシーンを使い回して、もう体力の限界というか限界以上に身体を動かしたというのにここからまだ何かしようってか?

 しかも平然と表情変えずにそんな事を言えるこの男は何者なんですか。自分には全くガイル・シルヴェスタという男が分からない。

 

「……良いか?」

「あ、はい」

 しかし、今の自分に断る権利など無かったのである。

 

「な、なぁ……ガイルさん」

 近くにあるという訓練所に向かう途中ずっと無言で居るのに耐えられなくてつい名前を呼んでしまった。

 しまった話す事なんて何も考えてない。

 

「……どうした?」

「え、えーと、その……なんでそないに自分の事鍛えとるんや? これ以上無い程に自分ムッキムキやんけ」

 体格的には自分とあまり変わらないガイルだが筋肉の着き方が格で違うというか筋肉のせいで一回り大きく見えるくらいガイルの身体は鍛え上げられている。

 

 それをまだこうまでして鍛えてどうする。

 

 なんて日頃からの質問が、焦った自分の口からはみ出していた。

 

「……弱いからだ」

「ん?」

「……俺が、弱いから鍛える」

 そう言うとガイルは足を止めてすぐそこの扉を開ける。ここが訓練所という事だろう。

 ガイルの言葉の真意を聞こうとする前に自分達二人の前に一人の男が現れた。

 

「おぅ! 今日は二人かガイル。珍しいな!」

 クロオビ装備を一式着こなしたこの中年のおっさんは誰だ? ガイルの知り合い?

 

「……新入りだ」

「なるほど! わいはこのダイダロスの訓練所教官を勤めるゴールドいうもんや!」

「なんやその喋り方……」

 と、思った事がそのまま口に出たが。そう言えば自分も同じ喋り方してない?

 

「いやこの人も伝説のハンターの真似か……。我ながら単純なんやなぁ……」

 まぁ伝説のハンターって言うんだから有名なのは当たり前か。

 

「新人君変な事言うとるけど大丈夫なんか?」

「……元から変な奴だから大丈夫だ」

 お前に言われたくないんだけど!

 

「なるほど……。さて、今日もやってくんやろ? 二人ってならちょぉど良さそうなのが今日入ったで!」

 そう言うと教官は棚にある雑に纏まった資料を漁り始める。

 おい待て二人って言ったか?

 

「いや、あの、ワイはもう体力が」

「……お前に迷惑は掛けない」

 いやどういう事。

 

「……お前は端で見ていてくれればそれでいい」

 なんだそれ。

 

「おーあったあったこれや。準備するさかい、先に闘技場に入っとってええで!」

 そう言うと教官は部屋の奥に入って行き、ガイルは真っ直ぐ部屋を進んで行く。

 

「お、おい。ちょー待てや待て。勝手に話進ませ過ぎとちゃうか?」

「……訓練所では防具は借りて訓練に挑む。から、ここで好きな装備を選んでくれ。大丈夫だ、使う事は無い」

 適当な防具と骨で出来たハンマーを背負いながらそう言うガイル。いや人の話を聞いて下さいお願いします。

 

「もう……どうとでもしてくれ」

 分からない。

 

 一つ扉を開けると周りを十数メートルに及ぶ岩壁が囲った広い平地に出る。これが闘技場。

 ハンターの為の施設で見習いハンターや学生から現役のハンターまで幅広い人が狩りの訓練を行うための施設だ。

 

 訓練というのは何かというと実際に見てもらえれば分かるのだが、捕獲した本物のモンスターをこの岩壁で囲った闘技場に放ち、そのモンスターと戦う事だ。実践となんら代わりはしない。

 実践と違う事と言えば防具や武器は訓練所に置いてある整備の整った物を使える事と、いざピンチの時は教官が助けてくれるという点だったか。

 

 そんな闘技場に二人で入って、数秒程で教官が遠くから声を掛けてくる。

 

「今日はこいつや!」

 そう叫ぶと共に奥の方に設置してあった檻の扉が開かれた。その中に捕獲したモンスターが入っているのだろう。

 教官はその、魔の扉を開けるだけ開けてせかせかと抜け穴から出ていく。

 

「ブルォォォオオオ!」

 声が聞こえた。

 

「来る……?!」

 地響きと共に次の瞬間空気が揺れる。

 地面が揺れ、目の前に降って来たかのように現れたのは牙獣種のモンスターだった。

 

「……お前は下がっていろ。そこで見ていれば良い」

「あー……そうなん? なら、お言葉に甘えて」

 んじゃ、まぁ……実力を見せて貰うとするか。

 

 




次回久方振りにちゃんとした狩り描写があります!←

月一かニくらいでこの作品とは別のモンハンの小説も執筆しているのですが(そちらもお暇があれば是非)、そっちの方がUAやお気に入りの割合が高いんですよね……トホホ(嬉しくも悲しいです)。
タイトルと第一話の大切さを思い知りました。でも、こっちも頑張るぞい。見守って下されば嬉しい限りです。

おまけにガイル君。
きっと本当はもっと格好良いんだ……。私に画力が無いばかりに、ゴメンよ。

【挿絵表示】



厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ドドブランゴ亜種退治訓練

 

「ブルォォォオオオ!!」

 焦げ茶色の体色で大きく発達した腕と飛び出た牙、コブのように突き出た頭部が特徴。

 学校でこんなモンスターの事は習った覚えが無い。訓練所の教官が放したモンスターはそんなモンスターだった。

 

 

 近い姿にドドブランゴってのが居た気がするけど、そのモンスターは主に雪山に生息する白色の体色をしたモンスターのハズだ。

 

「……ドドブランゴ亜種か」

「亜種?!」

 亜種なんか居たのかドドブランゴ。え? じゃあブランゴの亜種も居るの?

 

「……良い相手だ。下がっていろシンカイ!」

 そう言うとガイルはハンマーを構えてドドブランゴに直進していく。

 

 下がっていろってお前あの化け物と一人で戦う気なのか? 人間五人分くらいあるんだけど。

 

「うぉぉ!!」

 気合いを入れながらドドブランゴに突進するガイル。ドドブランゴの亜種もずっと檻の中に居て苛立っていたのか、かなり攻撃的な眼でガイルを睨み付けた。

 

「ブォッ!」

 自身は動かず、懐に入ってきたガイルにその発達した腕を振りかざすドドブランゴ。

 ドドブランゴはただ腕を降り下ろしているだけだろうが、それだけで人間の自分達には致命打になる訳で。

 

「……っぉおお!」

 その攻撃を屈んで避けてから、ハンマーを振り上げるガイル。鈍い音がして骨のハンマーがドドブランゴの頭部に直撃するが、ドドブランゴは怯みもせずにもう一度足の止まったガイルに腕を降り下ろす。

 

「……踏み込みが甘いかっ!」

 だがガイルはその攻撃を後ろに転がって避けてみせた。

 ついでに作った距離を使い勢いを着け、ガイルはもう一度ハンマーをドドブランゴに叩き付ける。

 

「ブォォ……ッ!」

 今度は効いたのか、大きく仰け反るドドブランゴ。

 

「うぉぉおおお!」

 そこにチャンスだと言わんばかりに踏み込んでハンマーを叩き付けるガイル。叩き付け叩き付け大きく回ってフルスイング。

 八メートルはあろうその巨体が地面を横に転がる姿は圧巻の一言である。毎日のように鍛え上げられたガイルの筋力は伊達じゃないようだ。

 

「ブォォ……ッ」

 一旦距離を取り、ドドブランゴはガイルを睨み付ける。どうやらガイルが強敵だと悟ったらしい。

 ドドブランゴは頭の良いモンスターとして知られているからな。亜種とてそれは変わらないのだろう。

 

「……逃がすか!」

 息継ぎ無しでガイルはドドブランゴに突進する。どんなスタミナしてるんだこいつ。

 普通なら味方に任せて一旦下がるところなのに。そういえば自分は何をしたら良いのだろうか? 本当に見てるだけで良いのか?

 

「おぉぉおおお!!」

 雄叫びを上げながらドドブランゴにハンマーを叩き付けるガイル。しかしドドブランゴは綺麗に後ろにジャンプしてそれを交わした。

 そこで流石のガイルもスタミナ切れなのか地面に膝を着く。言わんこっちゃない、このままだとドドブランゴに反撃を貰うのは眼に見える。

 

「しゃーないなぁ」

 そう思って双剣を構えた瞬間、思いもよらない言葉が耳に届いたのだ。

 

「手を出すな!!」

「……はい?」

 手を出すな。今そう言ったのか?!

 言葉の意味が理解出来ないでいる間に、ドドブランゴはガイルとの距離を縮める。

 

「ブォォォゥッ!」

 勢いを着けたドドブランゴの右腕がガイルに叩き付けられ、大きな鈍い音が闘技場に響いた。

 あばらの二三本は折れたんじゃ無いか? 何してるんだあいつも自分も!

 

「ガイル!」

「来るな!」

 加勢に入ろうとするも、そんな言葉で足を止められる。

 どういう……事だ?

 

「ブォォッ!」

「うぅぉぉぉおおおお!!」

 倒れたガイルにトドメを刺そうとドドブランゴは立ち上がり腕を振り上げる。

 そのままその腕を降り下ろすだけで人の身体など紙みたいに潰れてしまうだろう。

 

 だが、ガイルはその腕をハンマーで受け止めて見せた。降り下ろされた腕が振り上げたハンマーに直撃した瞬間風圧が数メートル離れた自分の所にまで飛んできて、地鳴りがする。

 

「化け物かあいつ……」

 思わずそんな言葉が口から出ていた。

 でも、なんであんな無茶な戦いをするのだろうか?

 

 ただの死に急ぎ野郎なのか、自分に絶対の自信があるのか。それとも人を、仲間を信じられて居ないのか。

 

「確かめるか」

 どのみち暇だし。ガイルとずっとこのままという訳にもいかんからな。

 

「うぉぉおおお!」

 気合いを溜めた降り上げからの降り下ろしがドドブランゴの頭を地面に叩き付ける。

 

「ブルォォォッ!」

 しかしドドブランゴは冷静にすぐに体勢を立て直して距離を取った。

 一見押しているように見えるがガイルは一人で人間だ。どれだけ鍛えようがモンスターのスタミナとは天と地ほどの差がある。

 

「ぐぅ……はぁ…………はぁ」

「ちょい失礼」

 膝を着くガイルの前に立って双剣を構えてみた。

 さて、どんな反応をするのだろうか。

 

「よせ!」

 後者か。

 

「ブルォォォッ!」

 雄叫びを上げ狙いを定めるように体勢を取り直すドドブランゴ。

 

「何が怖いんや」

「……シンカイ?」

 ドドブランゴの挙動に気を付けながらそんな事を聞く。

 

 ハンターは自分だけが強くても意味が無い。人は一人ではランポスだって倒すのは危うい。

 それに自分達はパーティーだ。仲間なんだ。

 

「もっと『背中を預ける』仲間を信じてもええんとちゃうか?」

 振り向いて、ドドブランゴに背を向けてそう言った。

 

「シンカイ!」

 見えていたが、あえて無視する。

 自分を押し退けて振るったハンマーは突っ込んできたドドブランゴには影からいきなり出てきて反応しきれなかったのだろう。

 

 力の入った重い一撃がドドブランゴに直撃する。

 

「ドドメや!」

 脳震盪でも起こしているのか? 地面で仰向けになってドドブランゴに一気に詰め寄り双剣の手数を生かしてその身体を切り刻む。

 

 戸惑いながらだがガイルも加勢に入り、ドドブランゴはそのまま立ち上がる事無く長い眠りについたのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「なぜあんな事をした!」

 訓練が終わって防具を返している控え室で聞いたのは、そんなガイルの感情の籠った声だった。

 

 普段無口なのに、怒ると喋るんだな。怖い。

 

「なぜ……ってなぁ。気になっただけや」

「……気になった? シンカイ、お前あの時もし俺が間に合わなかったらどうなってたと思ってるんだ!」

「死んどったかもなぁ」

 かもというか、当たれば死ぬ。自分はそんな丈夫に出来ていない。

 勿論当たる気は無かった訳だが。

 

「そんな呑気な話じゃ———」

「自分が信じられないから、人の事も信じれへんのか?」

「……っ。俺は…………いや、俺は仲間は信じている。……だが俺は弱くて惨めだ。だからこうやって自分を鍛えているんだ」

 仲間を信じていたら、あんな事は言わない。

 

 ただ自分が信じられないから、自分が信じる仲間も信じられないのだろう。

 思えばガイルは自分以外の皆とも壁一枚距離があった気がする。

 

「もっと自分を信じてもええんや無いか?」

 いや、そう言っても多分無駄なんだろうな。

 

 きっとガイルも皆のように、何かを無くしている。だから頑なに自分を鍛えている。そう思えた。

 

「俺には……誰かを守れる力が無い」

 だから聞いてみよう。ヒールは言ってくれたしな。言って楽になったってさ。

 

「わいの事は守ってくれたやんか」

「あれは…………たまたまだ」

「ガイルは強いと思うで。実際一人でドドブランゴとやりあってた訳やしな? それでもまだ求める物があるんか?」

「俺は……」

 そこから言葉を閉ざして、ガイルは装備の返却を済ませ訓練所を後にする。

 

 訓練所から無言で十数分歩いた所で何か決心したかのようにガイルは口を開いた。

 

「少し……付き合ってくれるか?」

「勿論」

 話してくれるようだな。

 

 それからまた十数分歩いて連れてこられたのはなんと墓地だった。

 想像以上の嫌な予感を感じつつも、花とお水を持ってガイルに着いていく。

 

「……久しぶり。今日は遅くなってすまなかった」

 優しくガイルがそう言った眼前には特に代わり映えの無い墓石が立っている。

 セシア・ハリング。この墓石に刻まれた名前は誰なのだろうか。女性か?

 

「……マックスを死なせてしまった。俺はその場に居なかったが……悔しくてならない。お前に誓ったのにな」

 近状報告をしながらガイルは墓石を磨いていく。毎回ダイダロスに来る度に来ているのだろう。周りの墓石と比べてこの墓石はとても綺麗だった。

 

「……あと新人が入った。今日はお前みたいに無茶をして危なかったんだ」

 お前みたいに……?

 

「ただそのおかげで……少し思い出した」

 そこまで言ってから、ガイルは花を墓石に飾って墓に背を向けた。

 

「……セシアは俺の恋人だった」

「……そうか」

 想像した中で一番最悪な言葉が飛んできた。

 

「……俺は今よりも多分猪突猛進で、セシアはいつもひやひやしていたらしい」

 今よりも猪突猛進とかもう猪なんてレベルじゃ無い。マグロだ。前に進まないと死ぬのかお前は。

 

「……それでもうまく行っていたのはセシアの無茶なサポートのおかげだったんだろう」

 そりゃガイルが無茶ばかりするからサポートも無茶しないといけなくなる訳か。

 

「……俺は調子に乗ったガキだった。少し腕が立つからと轟竜に十五才が二人で挑みに行ったんだからな」

「彼女は反対しなかったのか?」

「……してくれた。だが、俺は聞かなかった」

 若気のいたりとか、若さゆえの過ちとかそういう物だろう。

 

 

 誰にだってある。だけど、取り返しのつかない過ち。

 

 

「いつもみたいに、なんなく終わるものだと思っていた」

 きっと、後悔したのだろう。

 

「……俺を庇って、彼女は死んだ」

 だからこうやって、辛い思いをし続ける。

 

 自分があの時こうしていれば。

 そんな後悔はどうしようもなくて、心にずっと突き刺さるんだ。

 

「自分が弱い事を知っているなら、人は強くなれるもんや……」

 きっと、ねーちゃんもそうだったんだろうな。

 

「シンカイ……」

「だからガイルは自分を助けてくれた。助けられた。ガイルは充分強いから、その娘に胸を張って……生きていてもええんとちゃうかな?」

「……俺は」

 振り向いて、ガイルは墓に手を着ける。

 

「……まだまだかも知れないけど。今回は守れた。お前の事を守れなかった分…………もう絶対に俺の前では誰も死なせないから」

 吹っ切れたように、そう言った。

 

「……俺の事を見守っていてくれ」

 

 

 

 

 

 

 ガイルの話では、絶体絶命の彼のピンチを救ったのが我等が橘狩猟団だった訳らしい。

 

 恋人は間に合わなかったが……生き残ったガイルは親父の言葉と誘いで橘狩猟団に入団したのだと。

 ちなみに、ガイルと自分は同い年である。マジかよ。

 

「おぉ、遅かったな」

 また何かを企んだような表情で温泉旅館から出迎えてくれたのはケイスケだった。

 

「ガイルと何して来たんだ?」

「ひたすら筋トレや、もう死ぬ。一歩もあるけん」

 どうせこいつの事だ。自分にガイルの事を分からせようと企んで二人きりにさせたに違いない。

 

「何をしていようが二人で話していてくれたなら充分だ」

 だから嘘を着いてみたのだが、ケイスケはそう答えてきた。どういう事や?

 

「ガイルは猟団に入ってからもあまり人と会話もしなかったからな。普通に話せる相手が出来たなら幸いだ」

 そうだったんですか?! あいつリアルに友達居なかったって事?!

 

「んなアホな……」

「まぁ……そこまで深刻では無いんだがな」

 

「おかえりっすーガイル!」

「……腹はもう良いのか?」

「万全っすよ!」

「……また筋トレの手伝いを頼む」

「了解っす! もうカナタの飯はこりごりっすよ」

「おいこら聞こえてるぞこらぁ!」

「……俺もこりごりだ」

「なぁ……ぐ、ぅぅ」

 

「あの通り打ち解けては居るとは思うんだが。消極的でな……あまりパーティーでの狩りにも参加してくれない」

「そうなんか」

 まぁ、そうだったんだろう。

 

「何か話せたか?」

 その期待を込めた顔はもはや期待ではなく確信なのだろう。

 

「あいつはもう……自分の事を信じる事が出来ると思うで」

「ほぅ、そりゃ……。ありがとうシンカイ」

 何もかもこの人の思い通りに進んでいる気がするのは気に食わないが。まぁ、良いか。

 

「よーし。ならばお前ら! 今日もいっちょ飯の前にあれをやるか!」

 そして突然ケイスケが広場でそう声を上げる。え? 何? あれ?!

 

 僕知らない。いったい……何が始まるって言うのだ……?

 

 




サブタイの適当さ加減がヤバい
お気に入りが一人減っていてナイーブな皇我リキです

久し振りの狩りシーンなのに短いし質も悪い……
うーん、お気に入り減るのもしょうがないのかな

自信が無くなってきたけどポツポツとやっていきます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

温泉と言えば卓球

 

『橘狩猟団恒例温泉と言えばタッグ卓球大会だよ!』

 ガイルとの一件の後貸切の旅館に辿り着き、ケイスケに近況を報告する。その後何かケイスケが始めたかと思えば、そんなカンペがいきなり目の前に現れた。

 それのカンペを抱える、浴衣に着替えたアカリの姿はころっとしていて可愛い。アカリはふわっとした姿が似合うな。

 

 

「卓球大会……?」

 卓球とはボードの真ん中に網を張ってピンポン玉をラケットで打ち合う勝負の事だ。

 

「そんなんやるんか?」

『毎回やってるんだよ!』

 なぜだかとても楽しげなアカリ。卓球が好きなのだろうか。

 

「俺達十二人でダイダロスに寄る度に行われる恒例の行事だ。優勝チームには草食獣の温泉卵が贈呈される」

「おーら! 今日も持ってきたぜ!」

 ケイスケの説明が終わると同時に、その場に居なかったアニキが化け物みたいな大きさの卵を抱えて旅館の広場に現れた。

 え、なにその卵。本当に卵なんですか?! 人の頭ぐらいの大きさしてるけど?!

 

「これが旨いんだなぁ。ちなみにチームは毎回くじでランダムだ。さーて、チームを決めるぞ!」

 ケイスケがそう言うと皆が一斉に一列に並ぶ。毎回思うがこの統率力は凄いと思う。

 

 そうして簡単に作られた割り箸のくじでチームが決定される。

 

「よーし決まったぞ。まずはAチーム! ラルフとタクヤだ!」

「よっしゃ勝つぜタク!」

「任せとけってアニキ!」

 アニキとタクヤか、タクヤが足を引っ張りそうだな。そしてなぜかお隣でナタリアさんがガッカリしている。あまり話す方ではないが分かりやすいよねこの人。

 

「タクヤ、アカリとじゃなくてええんか?」

「ん? あー、いやだって勝ちたいじゃん」

 お前屑だな。

 

「そんなに旨いのか……草食獣の温泉卵」

 この屑をここまで執着させる卵。食べてみたい感じはある。

 

「続けてBチーム! ヒールとクーデリアだ!」

「よろしくっす!」

「温泉卵は私達の物よ!」

 強そう。

 

「Cチーム! アカリとサナだ!」

『頑張ります!』

「やるかー」

 弱そう。

 

「Dチーム! ナタリアと俺だ」

「よろしくね、ケイスケ君」

「あぁ、任せろ」

 残りはカナタと親父とガイルと自分か。

 

「Eチーム! 親父とカナタだ!」

「がっはは! わりぃが温泉卵は渡さねーぞ」

「あの温泉卵を料理に使いたいなぁ……」

 大人気ないよ親父。てか最強のパーティーじゃね? あとカナタやい、今聞き捨てならない台詞を聞いたぞ?

 

「そしてFチーム! ガイルとシンカイだ!」

「……勝つぞ」

「おぉ、やる気やな」

 神のイタズラかケイスケの罠か。

 

 しかしいつになくやる気のある表情をしている気がする。

 

「……カナタに温泉卵を渡す訳にはいかない」

 震えていた。

 

「…………せやな」

 そりゃもう満場一致な答えですわ。

 

「第一試合! Aチーム対Bチーム!」

 アニキとタクヤのチーム対ヒールとクーデリアのチームの対決か。

 ちなみにトーナメント方式で、シード権は年齢の低いパーティに渡されるらしい。

 

 Aブロックシードはアカリ達でBブロックシードは自分達やな。親父と組むと絶対にシードにならないバグ。

 

 試合の結果はというとやはり強かったアニキがタクヤを引っ張って圧勝したのだった。

 こりゃAブロック勝ち抜いて決勝に来る奴だな。

 

「す、すまないっすぅ……」

「大人気ないわよラルフ君……」

「クー姉のが歳上っすよね」

「あ、アニキ!?」

「ハッ!」

「そうよ歳上よ! 二十歳よ! この年でなに言ってんだって言いたいの?! どうせ私は売れ残りよぉぉ!!」

「悪かった! 悪かった!! 俺が悪かったぁ!! クー姉はわけーよ!! な?! そうだろタクヤ! ヒール!」

「「そ、そ、そう!」」

 酷いものを見た。

 

 続いてケイスケとナタリア対親父とカナタの試合。なんと親父、ピンポン玉をラケットで破壊して失格。

 

「がっはっは! またやっちまったぜ! 前回は力の加減上手くいったんだがなぁ!」

 怖いよ! なんでピンポン玉が粉々に粉砕するの?! どんな腕力してるの?!

 

「気を付けてよクソジジィ!」

 カナタさんクソジジィ呼びなの?! それともブチギレてんの?!

 

「これで今日の晩御飯は安定ね」

「カナカナに卵が行ったら地獄だかんねー」

「ナタリア……サナ……あんたら私を何だと思ってるの?!」

 

「任せろカナタ」

 トーナメント表に自分のチームの勝ち上がりを書いて来てからケイスケはそう口を開く。

 

「俺が買ったら卵はお前に渡す」

「お前ら絶対にケイスケに勝たせるなよ!!」

「「「おー!」」」

「あんた達ねぇ!!」

 毎回これやってんの?!

 

 第二試合。シードのアカリとサーナリアチーム対アニキとタクヤのチーム。

 いくらタクヤがヘッポコでも最年少女子チームにアニキを連れて負ける事は無いだろう。

 

 

 なんていうのはフラグでしか無かった。

 

 

 アカリは普通なのだが、なんとサーナリアさんは化け物染みた強さを見せ付けてくれる。

 アニキとご互角に打ち合い、タクヤは相手にならない。おいおい嘘だろタクヤ……。

 

 いや、サーナリアさんが強いのだろうか?

 

「タクよっわぁ!! きゃっははは!」

「アカリの前でこんな無様に……てめぇ……」

 まさかの決勝進出チームに驚きを隠せない。そういやサーナリアとはまだ一緒に狩りに出た事が無かったな。

 

 さーて次は自分等の番かと気合いを入れ直していると後ろからツンツンと誰かが指で着いてくる。

 振り向くとそこには勝ち上がれて嬉しそうなアカリが居ていつものスケッチブックを掲げていた。

 

『シンカイ君頑張ってね! 決勝で戦おうね!』

「おぅ、任せとき」

 次の対戦相手アカリのお兄ちゃんなんだけどこっちを応援してくれるんかい。

 

 それはそうと、そんなアカリを見て灰になるタクヤを自分は見ていられなかった。

 

 

「ついに俺と戦う時が来たようだな、シンカイ」

 なぜかラスボスの雰囲気を出しながら歩いてくるケイスケ。いやお前ラスボスと違うから。ラスボスあの腹黒幼女だから。

 

「言っとくけどなケイスケ」

「なんだ?」

「ワイは普通に強いで」

「ふ、それはこっちの台詞だ。俺にはカナタに温泉卵を渡すという義務がある」

 確かにケイスケは強いだろう。強者のオーラがひしひしと伝わってくる。

 だが、ケイスケの相方はナタリアさんだ。

 

「ケイスケを勝たせるなよ!」

「分かってるっすよね? ナタリア」

「勿論」

「……ん?」

 試合は圧倒的差で自分達が勝った。

 なぜかって? あぁ確かにケイスケは強かった。だがこれはチーム戦、相方のナタリアにやる気がなければ一人がどれだけ上手くても勝てる訳が無いのだ。

 

「裏切ったのかナタリア……っ!」

「ごめんねケイスケ君。カナタに温泉卵を渡す訳にはいかないから」

「俺はカナタに温泉卵を渡さなきゃいけなかったのに……」

「ねぇ私の扱い酷くない?」

 いつもは完璧超人とも言えるケイスケだがカナタが関わると突然ダメになるな。

 

「よくやったぞナタリア!」

「ふぁっ、ら、ラルフ君……わ、わたひは別に何も」

「何もしなかったのがよくやった!」

 もう訳分からないから。

 

 

 そして決勝戦。

 

 

「まさか新人が上がってくるなんてね」

 余裕の表情で対面に立ってそう言うのはサーナリア。アカリはやる気満々といった表情で構えている。

 

「まぁ実際何も頑張っちゃいないんやけどな」

 シード枠で準決勝の相手は自滅だからな。

 だから本番はここからというか、最初からクライマックスというか。

 

「とっとと地に這いつくばって私に温泉卵を少しでも分けて下さいと土下座しなさい! そしたら多少は分けてあげても良いかもーなんてーきゃはは!」

「誰がするか!」

 そうまでして食べたくないわ。

 

「……シンカイ、負けたら土下座しよう」

 えぇぇ?! そうまでして食べたいのぉ?!

 

「……だがまずは勝つ事を考える」

「せ、せやな」

 

 

「決勝戦! シンカイガイルチーム対! アカリサナチーム! 試合スタートだ!」

 

 

「よーし初めからやってやあげる! サーナリア様サーブ略してトリプルS!」

 なんて痛い事を言いながらボールを構えて打つサーナリアさん。

 

 そういえばこれまでマトモな試合をしてこなかったからかこの卓球というスポーツがどんな物か話す機会が無かったのでここで話す事にしよう。

 卓球は二人で一対一か四人で二対二でやるのが基本のゲームで、さっき簡単に説明したように机の上でピンポンを打ち返し合い戦う。

 もしピンポンを相手に返せなかったり、返しても机にボールが着かずにあらぬ方向に飛んでいってしまうと相手に点が入って、この大会では先に十五点取った方が勝ちとなる。

 打つ順番も四人では決まっていて、今回はサーナリアから順番にガイルで次にアカリで次に自分からサーナリアに球を返して行くのだが。

 

 

「……」

 何か風圧を感じてガイルの方を見ると、ガイルの頬から血が出ていてピンポン玉は既に背後で煙を吐き出しながら転がっていた。

 

「うそーん……」

 何が起きたんですか?

 玉が見えなかった。なんだ今のは。サーナリアお前一体何者なんだ。

 

 

「……流石だな」

「あいつタダの腹黒ロリじゃ無いんか!!」

『サナは橘狩猟団の一番のエースなんだよ!』

 対面でアカリがそんなカンペを自分の事のように誇らしげに見せてくる。

 うそーん……。

 

「……試合は終わっていない」

「っぁ?!」

 だが次の瞬間そのカンペをピンポン玉が吹き飛ばした。はぁ?! どんな威力?!

 

「ガイルぅぅ?! アカリにも手加減無しなん?!」

「……これは戦いだ」

「あんた!! アカリが怪我したらどーすんのよ!!」

 ガイルは怪我してるんですけどね。

 

「……身体は狙わん」

 だからといって今のは卑怯だと思います!

 

「……ん!」

 アカリのサーブ。かなり緩くて打ちやすいな。やっとラリーが始まると思いながらもミスを誘えるように強めにボールをサーナリアに返すが———しかし。

 

「この下郎!」

「……グハッ」

 結構強めに打ったハズのボールだがサーナリアは簡単に、しかもガイルが吹き飛ぶくらいの強さでボールを返して来た。嘘……だろ?!

 

 

「ガイルぅぅううう?!」

 人が飛んだんだけど。物理的にありえない事が起きたんだけど。

 

「……負ける訳にはいかん」

 もう棄権した方が良いじゃ無いですか……?

 

「……ふぇ?!」

 そしてやっぱりアカリには打てないサーブを放つガイル。そのアカリのサーブを返してそのボールでサーナリアはガイルを吹き飛ばす。

 

「オラァ!」

「……オブォッ」

「ガイル?!」

「……フン!」

「んぁ?!」

「アカリに当たったらどーすんじゃボケェ!」

「……ん!」

「えい」

「オラァ!」

「……オグォッ」

 なんて事を繰り返すだけの作業。この大会まともにラリーしてた事無いんですけど。

 

 見ての通り交互に点を取って行き、お互いが十四点を取った時にやっと気がつく事が出来たのだった。

 このまま続けていたら負ける。

 

 お互いにサーナリアかガイルがボールを打つ度に必ず点が入って、初めに相手側が点を取ってからそれがループしていた訳だから、先に十四点目をサーナリアが取って次に十四点目をガイルが取った。

 今からアカリのサーブを自分が返してそのボールをサーナリアが打つという事は十五点目が入るという事だ。つまり負ける。もう負ける。このままつまらない試合のまま負ける。

 

 

「ぬぅ……なんか悔しいのぅ」

 相手が女の子二人とかそういうのじゃなくて、ただ負けるという事実が悔しかった。

 

 

「……シンカイ」

「な、なんや?」

 そんな事を考えていると隣からガイルが話しかけてくる。

 

「……俺を信じろ。俺はお前を信じる」

「ガイル……」

 そうだ。自分がガイルに言ったんじゃないか、仲間を———自分を信じろと。それなのに自分がガイルを信じなくてどーする。

 

 

「分かったでガイル! お前に賭ける!」

「ハッ! 何したって無駄よ! さーアカリ、私が終わらせてあげるからやっちゃって!」

「ん!」

 やる気満々に撃ってきたアカリのサーブをこれまで以上に強く返す。自分にはこれくらいしか出来ない。

 でも、自分の出来る事を最大限やったつもりだ。だから後はガイルを信じる!

 

「終わりじゃぁ! 吹き飛べ脳筋バカ!」

 吹き飛ばす気なのか?!

 

「オラァ!」

「……グォァアッ」

 自分は出来る限りの事をしたつもりなのだが、やはりボールは簡単に返されてしまった。ありえないスピードで飛んで来たボールは本当にガイルを壁まで吹き飛ばす。

 そんな馬鹿な。物理学ってなんだっけ。アタリハンテイ力学ってなんだっけ。摩擦ってなんだっけ。

 

 

 負けてしまったのか、そう思った瞬間だった。

 

 

 ボールが目の前を通過して、アカリの方に緩やかに山形に飛んで行く。

 

「な?! 返したぁ?!」

「……後は……頼む」

 ガイルの野郎最後の最後にやりやがった?!

 だけど流石に緩すぎてアカリでも簡単にあのボールは返せる。自分がそれを返しても次はそれをまたサーナリアが打つ。

 

 いや、頼まれたんだ。信じて託したんだ、ガイルは。

 

 

「任せろ!!」

「む、無駄だし! アカリ、それ返したら私がまた終わらせるからね!」

「ん!」

 最初で最後のラリーが繋がる。ガイルの繋げたボールは、アカリが自分にそこそこ強めに打ってくるが歳下の女のそこそこ強め程度だ。自分の思い通りに打てる。

 

「お前に託されたこのボール、繋ぐで! ガイル!」

「な、何したって無駄!」

 出来るだけ今の自分に出来る最大の強さで、打つ———振りをした。

 

 ギリギリ最後のとこまで力んで、相手をその気にさせる。返された事に焦ったて居るのだろう、サーナリアは強いボールを警戒して台から少し離れる。

 

 それが分かっていたから自分はゆっくりと、ラケットを振る。ボールはアホみたいに山形に、ネット付近で小さく跳ねた。

 

「うっそ……っ!」

 強いボールを警戒して机の中央から離れていたサーナリアは、そんなボールに反応出来なかったのだろう。ボールはそのまま返される事なく地面に転がったのだった。

 

 

「ま、負けた……」

「「「おぉぉぉぉおおおおお!」」」

 歓声が上がる。

 

「勝者! シンカイガイルチーム!!」

 

「……ありがとう、シンカイ」

「こちらこそや」

 ガイルが自分を信じて全力を尽くしてあの化け物サーナリアさんのボールを返してくれなければ、自分達は負けていた。

 全部お前のおかげだ、ガイル。

 

「……グッ」

 が、そのまま気絶するガイル。

 気絶するほどってサーナリアお前は何者なんだ。

 

「ガイルぅぅううう!?」

「優勝者にはこの草食獣の卵だ」

「うわ目の前で見るとやっぱデカ!! いやそうじゃなくてガイルがだなアニキ!!」

「サナのボールを受けたんだから肋骨の一本はいってるかもな」

「あいつ何者なん?!」

「ガイルは食えないだろうからこの卵は全部お前の物だぜ」

「こんなもん一人で食えるかい!!」

 

 

 この後、草食獣の卵は皆で美味しく頂きました。

 

 

 いや全く———飽きない場所だなぁ、ここは。

 

 




狩りから逃げました←
何してんだろ自分……そろそろ真面目にやらないとな


と、いう事で次回からテコ入れ開始です。
キャラ紹介や環境の紹介も終わったしちょうど良いのです。

次章から本気出す!()
暖かく見守って頂けると嬉しいです……すみません。


厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Long Sword『第五章』
ドリンク忘れました


「お兄ちゃん!!」

 兄が居た。

 

「クー姉、サナを頼む」

「あんた何言ってんの! 逃げないと!」

 兄は最強のハンターだと、私は思っていた。

 

 

「バカ言え、俺はハンターだぜ?」

「お兄ちゃんなら勝てるの?」

「バカ言わないでサナ!」

「ったり前だろ!」

 多分皆バカで、皆力が無かったから。

 

「どの道皆は逃げれないさ……。サナ」

「何? お兄ちゃん。頑張ってね! やっつけてね!」

「お前はハンターになるんじゃねーぞ」

「お兄ちゃん……?」

 その言葉の意味が私には分からなかった。

 

 

 姉と兄と私の三人で行った砂漠のキャンプ。

 家に帰ったのは二人だけ。

 

 

「クッククククククククク……ブロォォォォオオオオ!!」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 春と言えばこの世界でも桜だが、この砂漠にそんな綺麗な物は無い。

 立っている植物はサボテンか枯れた木だけ。

 

 

 グングニールなら桜の木がピークを過ぎて散ってそれまた花吹雪が綺麗な季節だが、この砂漠で散るのは散々お天道様に当てられて身体から絞りとられる汗という名の水分だけだった。

 

 

「あ、暑い……死ぬ」

「きゃっははは! クーラードリンクとホットドリンク間違え持ってくるとか! うっははは! ダサ!! ダッサ!! きゃっははは!」

 悶え苦しむピンクの髪のサーナリア、他アニキとカナタと自分の四人でのクエストの帰り。クーラーとホットを間違えた、なんて単純なミスで自分は死の淵に立っていたのだ。

 

 サーナリアはもう笑いまくってるが、割と本気で脱水で死ぬ。もうヤバイ。

 つい先程「あ、クーラーとホット間違えてもうた!」「何してんだお前」「バカだねー」とかギャグテイストだったのにも関わらず、その数十分後には本当に死に掛けてるのだから笑えない。

 

 

 良いか後世のハンター達よ。絶対にクーラーとホットは間違えるな。本当に死ぬから。なんか砂漠なのに大河が目の前に見え始めるから。

 

 

「悪りぃなシンカイ。必要最低限の荷物で、が家のルールだからなぁ」

 そう言うのは黒髪長身のラルフもといアニキ。その彼が言うように三人ともイジメで自分にクーラードリンクを渡していない訳では無い。

 狩りに掛かる余計な時間も計算した上で所持して来ている訳だしそもそも最大所持数が五個の時点で徒歩で狩場に向かって徒歩で帰る我々は最大所持数で持っても必要最低限で余らないのだ。

 

 勿論調合素材分等持ち合わせている訳もなく、砂漠に氷結晶なんて転がっている訳が無い。

 

 

「分けれたら分けたかったんだけど……ごめん、さっき最後の使っちゃった」

 そう言ってくれる赤髪長髪スタイル抜群の、カナタの言葉が身に染みた。良いんです、悪いのは自分なんです。

 

「まぁ……自業自得やし……」

 ついさっき皆最後のクーラードリンクを飲み終わった所だからね。皆は涼しそうですよ。

 

「つーかな、シンカイ。忘れたなら言えよ」

 アニキの言う通り、今さっきまで自分はクーラードリンクとホットドリンクを間違えて持って来たなんて事は誰にも教えて無かったのだ。

 それで、流石に痩せ我慢も出来なくなってぶっちゃけるとサーナリアさん大爆笑。人の不幸は蜜の味とはよく言った物だ。

 

「いや忘れてないし。間違えたんやし」

「同じだろ」

「恥ずかしいやん?!」

「ぎゃはははは!」

 ものっそい下品な笑い声で腹を抱えるサーナリア。殴りたい。

 

 

「あー笑い死ぬ。ほら、これあげるこれあげる」

 そう言いながらサーナリアが荷物から取り出したのは何やらヒンヤリとした飲み物の入ったビンだった。え? ドユコト?

 

「これ……クーラードリンク?!」

 差し出されたのは紛れもない神の聖水クーラードリンク。

 

「え? それどーしたのサナ?」

 自分も思った疑問をカナタが代弁してくれる。

 クーラードリンクの効果時間は基本一定だから、普通に飲んでたら今、丸ごと一本余ってるのはおかしいのだ。

 

「まぁ? 私? 天才だから?」

 これでもかという程のドヤ顔。

 

「この阿呆がクーラー持って来てないのくらいドスガレと会う少し前くらいから分かってた訳よ」

「わいの完璧な演技が見抜かれてた言うんか?!」

「私気が付かなかった……」

「俺も……」

「仲間の様子見くらいハンターの基本よ」

「「うぐっ」」

 サーナリアさんが正論を言ってらっしゃる?!

 

「い、いやほら。ワイも隠し取ったしな?」

「ドスガレくらいだったからどーにかなったけど。これがディアボとかだったらどーしてた訳?」

「う……」

 ちなみにドスガレとは魚竜種ガレオスのボスの事で正式名はドスガレオス。中々巨体だがサーナリアさんがほぼ一人で翻弄していたおかげで直ぐに対峙する事が出来た。

 少し前に温泉旅館で聞いた、サーナリアさんはエースってのは本当なのだ。眼にも止まらぬ太刀捌きでドスガレオスさんは今回数分で刺身と化していたからな。ちなみに今回が初めてのサーナリアさんとの狩りである。

 

 

「てか早く飲みなさいよ」

「え、ええんか?」

「私は節約してたから。ほら、それに……あんたがもし死んだらアカリが悲しむでしょ!」

「アカリ以外悲しんでくれへんの?!」

「そういう事じゃ無いでしょバカなの?! 良いからとっとと飲みなさいよノロマ! 死ぬ前にほら!」

 なんかもう無理矢理飲まされるクーラードリンク。このヒンヤリ感、一口で世界が変わるような効能。

 

「ほら飲んだらとっとと歩く! ったくこれだから初心者は。マヌケ初心者は」

 そう文句を言いながら先を歩いていくサーナリア。くそぉ……歳下に言いたい放題言われる。

 

「なんなんやあいつ……可愛くないのぅ」

「サナはそういう性格だから。いや、本当ごめんねシンカイ」

「いや、別にカナタは悪くないってか……まぁ悪いんは自分やしな……?」

「まぁあいつは良い奴だから、そこらへん慣れだ慣れ」

 アニキはそう言うと水を一杯コップに入れて差し出してくれる。

 

「慣れてもウザそうやけどな……」

 可愛くない。

 

 

「遅いってマヌケ共! そんなんじゃ日がくれ———」

 結構離れて歩いていたサーナリアが振り向いてそう口を開いていた。気のせいか、少し表情が辛そうで。

 

 自分が手に持った空のビンの重みをその時やっと思い知る。

 

 

「サナ?!」

 振り向いて、いつものような憎まれ口を言いかけたサナはその場で固まったと思ったらそのまま砂の地面に、横に倒れてしまった。

 

 

 当たり前といえば当たり前だ。

 天才だとか気が付いていたとか関係無しに、あんな小さな女の子がクーラードリンク無しに活動出来る程この砂漠は甘くない。

 そこそこ身体も出来上がって丈夫な自分でも死ぬんじゃないかと思って、それが分かっていたのに手に握るビンにはもう何も入って無かった。

 

 

「クソ!」

 馬鹿野郎。

 自分もお前も、馬鹿野郎。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「いや、死ぬかと思ったわマジで」

『無理したらダメだよ!』

「大丈夫大丈夫、私天才だから」

 あの後、アニキがサーナリアを背負って猛ダッシュで船に帰って来た訳だが。

 クーデリアさんによれば軽い脱水症状だそうで一日安静にすれば大丈夫だそうだ。

 

 

「すみませんでした……」

 しかし、基本的に悪いのは全部自分な訳で。

 休んでいるサーナリアの部屋に出向いてこうして謝る。誠意を持って、きちんと頭を下げた。

 

「深々と下げ過ぎじゃね?」

 ただ一人は心細いのでタクヤに付いて来て貰っている。二人って結構話してて仲良く見えるし。歳も近いからか。

 

「下げ過ぎやない……。ワイのミスで仲間に迷惑をかけたんやからな」

「サナならどれだけ迷惑掛けても俺は気にしないけどなぁ」

「なら私はタクにこれから迷惑掛けまくるわ」

「いつも掛けられてるんだけど?!」

 なんて会話をベッドに座ったアカリとサーナリア、入り口で自分とタクヤがする。

 確かに重症では無いにしろこんな小さな女の子に迷惑を掛けたのは反省しか無い。

 

 

「てかそんな所に突っ立って無いで入ったら?」

「ええんか?」

「暇だしお菓子でも食べてゴロゴロしよーかなって思ってたところだし。タクヤ、お菓子持ってこーい」

「なんで俺?!」

「うるせーな早く行けよ」

 有無を言わせないこのオーラである。

 

 

 そんな訳で自分達四人はお茶とお菓子で子供らしい時間を過ごす事になった。

 しかし四人で一部屋にいるとそこそこ狭いな、当たり前か。

 

 

「あんたってどーしてハンターになったの?」

 唐突にそんな話になった。

 

「ワイ?」

「あんた以外に誰に聞くのよ」

 ですよね。

 いや、しかし、ここで正直にモテる為にとか仕事が嫌になったからとか言ったら格好悪過ぎる。

 

「自分探しの旅?」

「くっさ」

 酷い。

 

「ちなみに俺も自分探しの旅だぜ!」

 と、タクヤが水を差す。

 

「うわタクヤと同じかい、最悪な気分やわ」

「どういう意味だごらぁ!!」

『格好良いと思うよ! 自分探しの旅』

 アカリは優しい。

 

「アカリはなんでハンターになったんや?」

「……ん」

 少し困った様な表情をしてから、アカリはスケッチブックにペンを走らせる。聞かれたくなかった事なのかもしれない。

 

『初めはお父さんやお兄ちゃんと一緒に過ごしてただけなんだけど。足手まといになるのが嫌だったからかな。まだ足手まといのままだけど、いつか皆の役に立つハンターになりたい!』

 と、決意を込めた表情でスケッチブックを見せてくるアカリ。確かによく考えればこの質問は安直過ぎたかもしれない。

 

「アカリは偉いのぅ」

「……はぅっ」

 言いながら頭を撫でてやるとアカリは凄い可愛い反応をする。ヤバイ、隣のタクヤの視線が怖い。

 その隣ではなぜかサーナリアが物欲しそうな目で自分を見ていた。

 

「なんや、撫でて欲しいんか?」

「はぁ?! ば、ばっかじゃないの?!」

 そんな気がしたのだが違うのか。

 

「そーいや、サーナリアさんはなんでハンターになったんや?」

「いやいつまでそう呼ぶつもりだよ。サナで良いけど」

 ならお言葉に甘えよう。

 

「サナは?」

「私が?」

「いや、だからハンターになった理由やて」

「え、あー……んーとねぇ」

 また困った様な表情をさせてしまう。学習能力ゼロなのか自分は。

 

「ふふーん。私はね、私を大切にしてくれる王子様に会うためにハンターになったのよ!」

 と、思ったがサナはそんな返答をして来たのだった。王子様だぁ?!

 

「くっさ」

「何よ! 文句あんの?!」

 いや文句と言うか、ハンターになったら王子様探せるのかと言われると答えはノーでは?

 

「ハンターは知名度が高いし色々な場所に赴けるでしょ?! だから王子様に拾って貰える可能性が高くなる訳」

 そんな馬鹿な。

 

「王子様ってなぁ……。つまり、彼氏が欲しいって事か?」

 そんな事の為にハンターになる奴も居るんだな。いや、自分もそういえばそうだった訳だ。同類になってしまった。

 

「そうよ!」

「家のメンバーじゃあかんのか?」

 男揃いならあるし。

 

「却下よ却下。私の目標は大きいの」

「そんなんじゃ一生王子様なんて見つからねーよ」

 タクヤが水を差す。こいつら仲良いけどそういう関係では無いのかな。

 まぁ、タクヤはアカリが好きな訳だが。

 

「まず、あんたみたいなヒョロヒョロのチビはありえない」

「チビじゃねーし!」

『タクヤ君は良い人だけどなぁ』

 しかし、アカリからの好感度は恋愛には届かないレベルなのだ。

 

「アニキは? デカイし強いで?」

「あいつホモじゃ無いの?」

 何それ聞いてないよ?

 

「え? え? えぇ?」

「まぁ確かにアニキはたまにそんな節見せるな」

 自分のアニキへの信頼がワンランクダウンした。

 

「ヒールは? 強いし一緒にいて楽しい奴や」

「モヒカンはありえねぇよ」

 ですよねー。

 

「ケイスケは? 頼りになるしイケメンやし」

「あいつカナカナ以外の女を異性として見てないでしょ」

 そ、そうだな。

 

「ガイルは?!」

「あんな筋肉バカ論外でしょ」

 もうどうしようも無い。流石に親父を進める訳にはいかん。

 

「その点まだあんたは可能性あるけどね」

「……ワイ?」

「そこそこ強いし、話せるし? まぁ、よーく考えたら無いんだけど」

 なんなんだこの人。

 

「目標高いんやなぁ……」

「当たり前でしょ! 私の王子様は完璧イケメン超優しい最高の人じゃないと許さないんだから!」

 そんな完璧な人がこのドス黒サボテンオタクを好きになるかどうかの問題にまでなりそうだが。まぁ見た目は可愛い。

 

「そーいやサナ今日飯当番だろ?」

「あ、そーじゃん!」

 唐突にタクヤが思い出した様に言うとサナは焦って立ち上がった。ここに居る全員分の飯を用意するのは中々至難の技である。

 

「手伝おうか?」

「何? 王子様ポイント稼ぎたいの?」

 王子様ポイントって何?

 

「そんなんやないそんなんやない。せめてもの償いや償い」

「へー、いい心構えじゃん? 王子様ポイント追加ね」

 いらんわ。

 

「それにほら? 他の理由もあるしのぅ」

 タクヤをチラ見しながらそう言う。そう、ここで自分とサナが居なくなればタクヤはアカリと二人きりという訳だ。これでも自分は応援しているのだ。

 

「お、おぅそうか! じゃあ俺はここでゆっくりしてようかなぁ、なんて!」

 自分の優しさに気が付いたのか、タクヤはそう言ってアカリとの時間を楽しみに鼻の下を伸ばす。感謝しろよ?

 

『なら私もサナのお手伝いするね!』

 ここでまさかのどんでん返し。

 

「んじゃそう言う事でタク、ここでゆっくりしてればー。にっひひ、ばいびー」

 タクヤの気持ちを分かっているからか。この暗黒少女は自分の部屋に固まったタクヤを一人にして三人で部屋を出て行くのだった。

 

「…………なぜだ」

 不憫なりタクヤ。

 

 





第五章です!
今章からテコ入れ出来ると良いなぁ……

その代わり結構話数が増える予定です。大丈夫かなぁ。


厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

砂漠の王の名

 突然だが、我等が狩猟団の料理当番は基本交代制で二人ずつのローテーションだ。

 今日はサナと、もう一人はガイルが料理当番だった。ガイルに料理スキルはあるのか。

 

 

 それで暇な人が手伝いに入って仲の良いこの仲間達は気が付いたら四、五人で料理をしているんだとか。

 

「私の手助けは不要とでも言いたげな顔してるわね!?」

 そう言うのは料理大好きカナタさん。出来るだけ厨房に入らないで欲しい人ナンバーワン。

 

「今日はアカリと新人が手伝ってくれるから」

「ほ、ほら人手は多い方が良いじゃ無い?」

「食材に触らないなら手伝ってくれても良いよ」

 笑顔で実質お断り宣言。

 

「うわーんケイスケぇ! サナがイジメるぅ!」

 ケイスケに泣きつくのか!

 

 

「よーし邪魔者は消えたわね」

 カナタの扱いが酷い。

 

「んでまずは何すればええんや?」

「新人は芋の皮剥きに決まってるでしょ?」

 決まってるの?!

 

「ていうか、新人は辞めてくれや。わいもサナって呼ぶんやから」

「名前なんだっけ?」

 酷くない?

 

「シンカイや……」

「冗談だよ真面目に答えんなよ」

 キレそう。

 

「なら、シンカイって呼ぶね」

 でもたまに見せるこの笑顔は反則だと思うね。

 

「……サーナリア、俺は何をすれば良い」

「筋トレでもしてれば?」

 扱い雑!

 

「……分かった」

 分かって良いの?!

 

 

『私は?』

「アカリは私が捌いた魚の調理ね」

 そう言うとサナはまだ頭の付いた魚を取り出して頭を落とし、鱗を剥いで内臓を取り出す。ここの手際の良さと来たら漁師と間違えるレベルだ。

 

「ワイ……要らへんのや無いかなぁ」

「……サーナリアは基本なんでも出来るからな」

 真下で腕立て伏せをしながらガイルはそう言った。邪魔なんだけど。

 

「なんでもか……」

 あの歳でハンターとしても上級者でそこまで出来るんだから、まぁ将来のパートナーくらいワガママに探しても良いのかもな。

 ただ、そのためにハンターになったと言う言葉にはまだ疑問が頭に残っていた。

 

 

「ちょっと料理止めて貰って良い?!」

 そんな事を考えていると、金髪美少女のナタリアが厨房に入って来て焦った様子で口を開く。

 

「どしたー? ナタナタ」

 そうサナが聞いた瞬間、船は減速して慣性の法則で調理台の上の物がゴロゴロと床に落ちてしまった。

 

「な、なんや?」

「うわ、私がせっかく捌いたサシミウオが!」

「間に合わなかった……ごめんね」

 申し訳無さそうにナタリアはそう言う。船が減速した理由を知っているのだろうか?

 

「なんなんだよもぉ!」

「進路方向にディアブロス見付けて、慌てて進路方向変えようと思って……」

「ディアブロス……?」

 そう聞くとサナの表情が変わる。ディアブロスと言えば砂漠では最強クラスのモンスターだ。

 そんな奴に見付かって船が襲われたらたまったものでは無いからな。回避するのは当然と言えば当然か。

 

「どっち?!」

 そう言って厨房を飛び出して行ったのはサナだった。なんだ? どうした?

 

 

「え? えーっと」

 それにナタリアも付いて行くものだから、自分もとりあえず付いて厨房を後にする。

 まさかとは思うがアイツでは無いだろうな。ディアブロスに関しては因縁があるが、この広大な砂漠でアイツに会う事はそう無いだろう。

 

「あっちの方!」

 甲板に出るとナタリアがそう言って、太陽が沈む方向を指差していた。サナはナタリアから双眼鏡を受け取ると、ナタリアが指差す方向へ視線を向ける。

 

 

 裸眼では沈む太陽の明るさもあって良く見えない。微かに目に入るのは飛竜の特徴である巨大な一対の翼と角竜である所のディアブロスの最大の特徴である巨大な角。

 距離にして一キロ程だろうか。この船の高さと広大で真っ平らな砂漠だからそのくらい離れていてもその存在はよく目に映った。

 

 

「片角の———」

「あいつだ……っ!」

 自分が言いかけた瞬間、サナはそう言って双眼鏡を放り出して走り去る。どこへ向かうかとそれを目で追うと、下への階段にサナが辿り着いた所で下から登ってきたケイスケとクーデリアさんに身体を押さえ付けられた。

 

「なっ……は、離せよっ! 離せ!!」

 なんだ……?

 

 

「マ王……」

 クーデリアさんがそう言う。

 

 片角のマ王。この砂漠じゃ知らない奴は居ないどころかこの大陸なら有名な話だ。

 

 ディアブロスというモンスターは飛竜の中でも角竜と呼ばれる種類に属している。

 砂漠で生きる為に巨大化した身体の代償に空は飛べなくなったが、他に類を見ない力の持ち主で頭に生えた二本の角で砂を掻き分けて地中に潜る程だ。

 

 通常大人の個体は全長が二十メートル程なのだが、この砂漠には角の二本の内一本が折れている全長三十メートルにも成長した個体が生息している。

 その強さは全長の巨大さだけでなく、知能も優れていると言われていて実際に被害に遭ったハンターは決して少なくない。何度も討伐隊が組まれては返討ちになっているなんて話まである。

 

 

 有名なのもそうだが、自分がなぜそんか話を知っているかと言うとだ。———自分の姉もそのマ王に殺されているからだ。

 だから、自分も今一人だったとしたらサナみたいに飛び出していたかもしれない。

 

 

「何処へ行く気だ?」

 ケイスケがサナの手を掴んだまま、いつもと違う表情でそう言った。

 普段の明るくて頼り甲斐がある兄貴分の彼からは想像も付かない冷たい声で。

 

「邪魔だよ……離せよ! あいつが! あいつがすぐ側に居るんだ!」

 サナはケイスケを振り切ろうと、掴まれた手を振り回すがケイスケは一向に離す気配が無い。

 しかしサナはどうしたんだ? マ王に何か恨みがあるのか? その答えは直ぐにサナの口から出て来た。

 

 

「姉ちゃんも何のんびり見てんの?! お兄ちゃんの仇なんだよ?! あいつが直ぐ側に居るってんのにあんたはそこで私の邪魔をするの?! ねぇ!!」

 お兄ちゃんの……仇。そんな言葉を聞いて手に力が入る。

 

 サナは……兄貴をマ王に殺されたのだろうか?

 王子様を探すなんて理由に浮かんだ疑問が晴れた気がした。

 それでも、あんな小さな女の子がそんな事の為にハンターをやってるのは心が苦しい。

 

 

「いつまで握ってんだ離せよっ!」

 ケイスケにそう言うが、彼は全く離す気が無いとでも言うように反応すらしない。

 

「あんた一人で出来る訳無いでしょう!」

「うるせーよ何もして無いあんたに何がわかんの?! 私はあいつを倒す為———」

「サナ、今日はお前何当番だ?」

 ケイスケは表情を少しだけ緩めて、サナの言葉を遮りそう言う。

 

「当番って……食事当番…………だけど」

「そうだ。お前がやってくれないと俺達は困る」

「ぅ……く……」

 なんとも有無を言わせない感じでケイスケはその手を離した。落ち着いたのか、サナは暴れるのを辞めて自分の方に目を向けた。

 いや、自分を見ている訳では無いな。見ているのはその奥にいるマ王ディアブロスか。

 

 

「クッククククククク…………ブロォォォォォゥゥゥ!!」

 鳴き声だろうか? ここまで聞こえて来る悪魔の叫び声のようなその音を聞いて、自分の心臓の鼓動が早くなるのが分かった。

 落ち着け。確かに姉ちゃんの仇だ。でも、今は、違うだろ。その為に生きてる訳じゃ無いだろ。

 

 ———サナは、そうなのだろうか?

 

 

「ケイスケ君」

「ここから北に小さなオアシスがある、今日はそこに船を止めよう。サナは晩飯の準備を頼んだぞ?」

 どうやら船の操縦を任されていたナタリアが聞くと、ケイスケはそう返してついでにサナを厨房に戻らせる。

 一時はどうなるかと思ったが大事にならずに済んだのは幸いか。しかし、マ王が近くに居るのか……。

 

「……わったよ…………はいはい」

 そう言うとサナはクーデリアさんを睨み付けてから厨房に戻って行くのであった。

 

 

「なぁ……サナって」

「ん? どうしたシンカイ」

 まさか今からサナに聞く訳にも行かず、事情を知っているだろう古参のアニキが近くに居たので捕まえて、サナの事について尋ねる事にする。

 

「マ王に因縁でも……?」

「因縁なんて話じゃねーだろうな、サナは兄貴をマ王に殺されてるんだから」

 さっき言ってたからな……仇だって。

 

「サナはね、橘狩猟団に自分から入りに来たんだよ。ダイダロスにいる時にケイスケ君を捕まえて「私をハンターにしろ」って」

 そう説明してくれるのは船の舵を切り終わったナタリアだった。

 

「皆とは違う入団の仕方なんやな」

 大体ここの皆って話を聞けば親父に助けられた口だったのに。

 

「ナタリアが入った少し後だから……何年前だ?」

「三年くらいかな?」

 その時サナは十歳くらいなんですが。

 

「サナはあのディアブロスを倒す為にハンターをやってる様な物だから、目の前に居るのに……悔しいんじゃ無いかな」

「十歳から三年間あいつを追い掛けてたって訳なんか……」

 今サナはどんな気持ちなのだろうか。

 

「俺はあいつの気持ちが分からないでも無いけどな……実際マックスの仇のゲリョスを見つけた時は、あぁだった訳だし」

 腕を組んで目を閉じて、アニキはそう言った。しかし、こう続ける。

 

「まぁ、だからこそ……ケイスケやクー姉が止めるのも分かっちまう。出来るなら手を貸してやりたいが、俺にはどうにも出来ねぇな……こりゃ」

 説得力の塊の様な発言である。仇だとか復習だとか、怒りで我を忘れるとはよく言うものだが。そんな状況は自分を危険に晒すだけだ。

 

 

「でもまぁ、あのサナなら大丈夫だと思うけどなぁ」

 確かにサナはいつも冷静で強い、しかし忘れているぞアニキ。さっきサナは明らかに冷静じゃなかった。

 

「そいや、入った時の十歳からあんなにサナ強かったんか? まさかそんな事はあるまい」

「いや、どうだったかな……俺は知らん間にエースの座を取られてたわ。才能の塊みたいな奴だしな」

 そんな悲しい発言しないで下さい。

 

「ナタリアは覚えてるか?」

「え、えと私は……」

 アニキに見つめられ挙動がおかしくなるナタリア。あー分かりやすい羨ましい。

 

「一年経つ頃には立派なハンターになってた……と、思うよ?」

 天才って自分で言う奴に限って本当に天才だから困る。

 

 

「ふーん……」

 才能なのだろうか。

 

 何か、違和感があった。

 

 




少し短いな……

はい、今回はサナとディアブロスの話になりそうです
ディアブロス、モンハンクロスにはなんと居ないんですよね。自分はディアブロスがかなり好きなモンスターなので結構残念だったり


マ王は漫画モンスターハンター2で登場しますね
この世界の設定では別個体ですが、未来設定なので伝承を元にそう呼ばれる様になったそうな———そんな設定
珍しく語ってしまいましたな……



【挿絵表示】

と、いう訳でサナちゃんことサーナリアさんを描きました。可愛く描けたかな……?

それではまた


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

彼女の才能

 

 船はケイスケの言ったオアシスに辿り着き、一旦停泊する事になった。マ王出現のための進路変更兼情報収集のためだ。

 

 

 オアシスには十数人の住人が居るらしく、ケイスケと親父が挨拶に行っている間に自分達は飯の支度を終わらせる。

 二人が帰って来てからいつものように皆で飯を食べて、いつものようにまた自由時間になった。

 

「ガッハッハ! やっぱりサナは良い飯を作るな、これは嫁に行かせるのが勿体ねぇ!」

 本当の父親みたいな事を言う親父。そういや、サナの両親は健在なのだろうか? いや、考えるだけ無駄か?

 

「そ、そんな褒めても何も出ないから」

 

「ねぇシンカイ君」

 内心嬉しそうなサナを見ながらニヤけていると、その姉のクーデリアさんに話し掛けられる。

 

「いや決してそういう目で見ていた訳では無く!」

「何の話?」

 墓穴を掘った。

 

「い、いやこっちの話や。何用かいな?」

「サナの事なんだけど」

「誤解です」

「いや何の話?」

 自分ロリコンじゃありません。

 

「その……何ていうの。さっきサナが騒いでたのは忘れてあげて? 後シンカイ君も結構サナと仲良くなって来たから頼みたいのだけど……あの子を宜しくね」

「仲良くも何も。自分ら仲間やろ? 勿論クーデリアさんもな」

 ここでキメ顔で答えてみせる。そう、自分はクーデリアさんのような大人の女性の方が好みです、はい!

 

「あら、頼もしいのね。でも私歳下には興味無いのよ」

「そんな殺生な……」

 ここに年上といえばカナタかクーデリアさんしか居ないんですよ?

 

「私の弟でね……」

 唐突に話しだす。

 

「ハンターだった……サナの事本当に優しくしてて。サナにとっての兄が殺されて、あの子変わっちゃったの」

「昔はどんなんだったんや?」

「あんな腹黒く無いし純粋に可愛かったわ……」

「そりゃ……かなり捻くれたもんやな」

 自分も人の事言えないけどな。

 

「だから、あの子の事お願いね」

 それは「もし一人ででも、マ王の所に行く様な事があれば止めてあげてね」そう口では言わずに念を押す様な、そんな言葉だった。

 

 

「任せろや」

「頼もしいわね」

 一応、サナよりは年上やからな。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「もう寝ようで? な?」

 タクヤといつも通りオセロで就寝時間まで過ごしていた。

 もう恒例になっているが未だに一度も負けた事が無い。それでも挑戦してくるタクヤの向上心だけは褒める所でもある。

 単に負けず嫌いなら、もう辞めてるからな。

 

「今日も勝てなかったぁ! 何が悪いんだよ全く!」

「角気にしなさ過ぎやろ」

「って言われてもなぁ……」

 ベッドに入りながら、いつもの様に反省するタクヤに指摘をしてやる。本当に少しずつだけど覚えていっては居るから一応教えてやる。

 そんな毎日の日課で、もうタクヤとはだいぶ仲が良くなった物だ。多分一番なんだと思う。

 

「むしろ弱過ぎやろ。お前他の誰かに勝った事あるんか?」

「一度だけあるぜ!」

 自信満々な声が聞こえる。マジか。逆に一度だけなのか。

 

「誰に?」

「サナに」

 嘘ぉ?!

 

「あの天才サナもオセロは苦手やったんか? てかタクヤが勝てるとかもう相当ヤバいくらい下手なんや無い?」

「お前酷くね? 俺の事どんだけ見下してんの?!」

 だってマジで弱いもん。

 

「あいつは天才なんかじゃねーよ」

 タクヤはそんな事を言った。

 

「なんでや?」

「言っただろ? 勝ったのはあいつが初めてオセロをしたその一回だけ。その後は一回も勝ててない」

 どういう事だろうか。

 

「あいつは天才なんかじゃ無くて努力する奴なんだよ。一回負けたのがどうしても悔しかったのか、次やった時にはマジでボロ負けした。後で聞いたらさ、影でヒールの奴に特訓させて貰ってたらしいんだ」

「へ、へぇ……」

 そうなんか。何か勘違いしていたんだな、自分は。

 そんな何でもかんでも出来る奴が居る訳が無い。

 

 あいつは。サナは、努力が出来るってだけだったんだ。

 

「だから今も多分努力してるぜ? いや今だからかな」

「どういう事や?」

「こうやって船が外に泊まってる時なんかあいつは大体、夜中外で特訓してる。なんなら見に行って見たら?」

「タクヤも一緒に行こうや」

「俺は寝る!」

 つれない奴。

 

 

 

「見にいくのかー?」

 ベッドから降りて、扉まで行くとタクヤがそう聞いてくる。はよ寝ろや。

 

「トイレやトイレ」

「へー、おやすみ」

 なんで気になるかは分からないけど。

 その努力する姿が想像付かないんだよ、サナって。いつも平然と物事をこなしてみせる奴だからかな。

 

 ただ、脳裏に過るのは、マ王を見付けて必死になっていたあのサナの表情だった。

 

 

 

「夜の見張りかー?」

「まーねぇ。シンカイは迷子?」

 船の上に居るカナタに話し掛ける。ちなみに見張りは一晩二人の交代制だ。今日はカナタとアニキやったな。

 

「どーやって迷子になんねん!」

「なっはは、シンカイならやるかなーって?」

 やらへんわ。

 

「サナの奴知らへん?」

「えーと、サナ? サナならオアシスの湖の方にアカリと行ったよー」

 アカリも? どういう事だろう。

 

「情報サンキューや。この借りはいつか必ず」

「じゃあ! 新しい味付け考えたんだけ———」

「却下」

「なんで?!」

 言わせるのか。お前はバカなのか。

 

「女の子が夜更かしせんと無理せず寝ろやー?」

「アレが近くに居るかも知れないんだからそんな事言ってられないのー」

 マ王の事か。そりゃ親父やケイスケも神経質になるんだろうな。

 カナタに手を振ってから、自分はオアシスの湖の方に向かった。

 

 

 

「居たな……なんて格好してんのあいつ」

 オアシスに着いて、目に付いたのはほぼ下着姿で構えてるサナの姿だった。もう少し成長していれば悪い大人に襲われそうな格好。

 

「もう一回お願い! アカリ」

 サナがそう言うと、オアシスに生えた木々の中から何故かブーメランが飛んで来る。

 ブーメランは下手くそな挙動でサナと結構離れた所に飛んで行くが、サナは走ってそれを追い掛けて、見事に空中でキャッチして見せた。

 

 

「ふぅ……まだ反応が遅いかな。アカリー!」

 そう言うとサナはブーメランを木に向かって投げる。ブーメランは真っ直ぐに木に突き刺さり、木の奥から出て来たアカリがそれを一生懸命な表情で引き抜くと、また木の奥に戻って行った。

 

「もう一回!」

 それが続く。全く出処も挙動も掴めないブーメランを、サナは何回もキャッチしては同じ木に突き刺さる様に投げ返した。

 

 

「はぁ……はぁ……。こんなもん……か? はぁ……いや、もうちょい」

「何してるんや?」

「ひゃぁぁぁ?!」

「ごふぇっ!」

 少し休憩していた様なので話し掛けると、手持ちのブーメランで頭を殴られる。あ、星が見えた。

 

「ふぁ?! あ、あぁ?! ご、ごめんシンカイ! ……てか何してんのよ!!」

「自分こそこんな時間に何してん……良い子は寝る時間やで」

 見えた星はどうやら幻では無い様で。一撃でノックダウンした自分は仰向けに倒れていた。綺麗な夜空と、駆けつけて来たアカリと、言葉とは裏腹に申し訳無さそうな表情のサナが心配そうに自分を見つめている。

 

「いや、急に話し掛けて悪かった。自業自得や」

 起き上がりながらそう言う。

 

「そ、そうよ。ちゃんと話しかける時はマナーってもんがあんの。てか……あんた何しに来———何じろじろ見てんのよ?!」

「いや、良く見たら結構スタイル良いんやなって」

 引き締まってるけど、十三歳なりには出る所は出ている。ロリコンじゃないけどもう少ししたら凄い美人になるだろうし、今でも充分可愛いと思った。

 

「変態!?」

「その気は無いで?」

「……」

「え?! なんでアカリは泣いてるん?! え?!」

 サナだけ褒めたから?! 女の子の気持ちは複雑なのだろう。パジャマ姿のアカリは何故かそのパジャマを脱ぎ捨てようかどうかという考えを起こしたらしくパジャマに手を掛けながら泣いていた。

 

「早まらないのアカリ」

「……ぅぅ」

「アカリも充分可愛いで」

「……」

 え、なんでムスッとするの?!

 

「あんたは女心が分かってない……」

「す、すみません……」

『私だって脱いだら凄いんだからね!』

 嘘が書いてある。

 

「恥ずかしく無いんか?」

「はぁぅぁっ」

 真っ赤になるアカリを撫でてやると更に顔が赤くなる。アカリはアカリでまたこう可愛いんやから何を気にしてるんだか。

 

「あんたねぇ………………てか、何しに来た訳?」

「暇やから散歩しとっただけや。それこそサナ達は何してるんや?」

 正直に天才気取りのサナが努力してるのを見て見たかったとは流石に言えない。

 

「と、特訓よ……悪い?」

 もう少しはぐらかすと思っていたのだが、サナは意外にも正直に答えた。

 絶対そういうの人に知られたく無いタイプだと思ってたから「遊んでたの!」とか言うかなと思ったんだけどな。

 

 いや多分頭の良いサナだから、そんな事言っても無駄だと分かったのだろう。

 

「ガイルでもそこまでやっとらんで? 後幼い時に筋肉付け過ぎると成長に支障が出るって知ってる?」

「あの筋肉バカと一緒にすんな!!」

 何が違うのだ。

 

「わ、私は今でも充分可愛いし?」

 よく自分で言えるなぁ。本当に可愛いから何も言わんけど。

 

「それに別に筋トレしてる訳じゃ無いわよ……。あのバカと違って私はちゃんと効率よくやってるの、分かる?」

「分かりません」

 何が違うのか全く。

 

「あーもぅ。これだからド素人は」

 そこまで言われるのか。

 

 

「これは反射神経の特訓なんだから」

「反射神経?」

「そう。あの木の奥、夜だからよく見えないでしょ? あそこの何処でも良いからアカリにブーメランを投げて貰うの」

 そう言うとサナはアカリにブーメランを渡して、何も聞かずに頷いたアカリは木の陰に走って行く。

 

「それで」

 ほんの少しして、全く予想だにしない位置から予想だに出来ない程下手くそな軌道を描くブーメランが木の陰から投げられた。

 こうして見るとタクヤのブーメラン捌きは目を見張るほど上手いんだな。なんて考えていたらサナはパッと走って飛んで、さっきまでのようにそのブーメランをきちんとキャッチしてみせた。

 

「おー……良く反応出来たな」

「反射神経の特訓って言ったでしょ? 見えたら直ぐに動いて、取るの。取れたなら避ける事だって容易いでしょ?」

「なるほどなぁ……。モンスターがブレスなんていつどう放つかなんて分からんしな」

「そういう事。あー、バカに説明すんの疲れるわ」

「なんやとごら……」

 いちいち皮肉を言う。

 

「はふぅ……」

「付き合ってくれてありがと、アカリ。疲れたでしょごめんね」

「……っん!」

「ありがと」

 首をブンブン横に振るアカリ。そのアカリの頭をサナはよしよしと撫でる。

 サナはアカリの一歳年下なくらいだから、二人にそんなに体格差は無いというかサナの方が少し大きかったりするくらいだ。

 しかし年下によしよしされて喜んでたらいけない……事は無いか。この二人本当に仲が良いな。

 

「まぁ特訓もええけどなぁ……毎日こんな事やってるんか?」

「な訳無いじゃん」

 一秒もせずに関心を裏切られた。

 

「今日はアカリが手伝ってくれるって言ってくれたからこうして身体動かしてるだけだし。あの筋肉バカみたいにムキムキになったら嫌じゃん?」

「ガイルをバカにするとわいは許さんで」

 あいつの思いは知ってるからな。

 

「バカにしてるけど別に本気でバカだとは思ってないわよ」

 どっちなんだ。

 

「私は私のやり方があんの。どれだけ鍛えたって女の私には限界があるんだから……だから身体動かさない時はクソ親父にモンスターの知識の勉強見てもらったり、武器の手入れしたりしてる訳。確かにあのバカみたく筋肉だけ鍛えても強くなるかもしれないけど……私チビだし才能無いからそれだけ頑張らないといけないの!」

「天才じゃ無かったんか?」

「茶化すなよ……」

「ごめんなさい」

 いや、そういう気じゃ無かったんだけどな。

 

「ただ、関心したんやで?」

「何よ! 普段威張ってるくせに影でこそこそやって格好悪いとか思ってるんでしょ?! 何が天才だ、とか思ってるんでしょ?!」

 

「いんや……サナはやっぱ天才やわ」

「ふぇ……?」

「サナには努力出来る才能がある。それは誰にでも出来る事や無いからな。ワイは絶対にそんな事までしたく無いし?」

「な、なによ……。べ、別にこれくらい当然なんだからね!」

「へいへい、偉い偉い」

 サナがアカリにやったようにサナの頭も撫でてやる。サラサラしとるな。

 

「なぅぁ?! あ、アカリの前で何すんのよぉ!!」

 が、一瞬でサナは顔を真っ赤にして自分の手を突き飛ばした。え、ダメなの?

 

「いや、サナは偉いのぅ思って」

「だ、だ、だ、だからって撫でるか普通!」

 さっきアカリの事撫でとったやん。

 

「……む」

 何故かアカリが不機嫌に?!

 

「あ、アカリもサナに付き合って偉いで。将来立派なハンターになるなぁ」

「……へへぇ」

 アカリの事も撫でてやると少し顔を赤くするが嬉しそうだった。褒められるのは普通嬉しいもんだ。

 

「わ、私は別に全然偉く無いんだから。こんな事やって当たり前なの! それに別にただ特訓のために夜更かししてる訳じゃ無いし」

「どういう事や?」

 

「せっかくオアシスに来たのよ? 砂漠で水は貴重なの、プールなんて船じゃ入れないんだから! 遊ぶの!」

「まさかその為に下着姿なんか……っ?!」

「運動するとどーせ洗濯に出すんだから一石二鳥でしょ? ほらアンタも来んの! アカリも!」

 そう言うとサナは自分の手を掴んでオアシスの方に走る。その手は男の腕を掴むには少し足り無いくらい小さな手で、綺麗な肌だった。

 

 





今回は長引きます……。
具体的にはこのお話はあと四話ありますね。一ヶ月掛かるのかぁ……。

しかし、そんなに読んでる人が居るわけでも無いので。ゆっくりと気ままに進めていこうと思います。


厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

星に手が届く場所

 

「うわ、ちょっ、待ていや!」

 サナに手を掴まれて連れて来られたのは、このオアシスの源である湖の岸。

 なんで自分まで、そう言いかけるが目の前の光景が綺麗過ぎてそんな言葉は喉の奥に消えていく。

 

「どう? 綺麗っしょ」

「本当だ……」

 目の前の湖には、空に浮かぶ星々が反射して第二の星空となって足元に広がっていた。

 空も水も綺麗でなきゃ、こんな綺麗な光景は見れたものじゃ無い。砂漠のオアシスの水は砂で綺麗にされるからこうなるのか。

 

「どれだけ届きそうに無いお星様でも、水に映った星なら手が届きそうな気がする」

 彼女は普段見せないような表情で、湖に手を伸ばしながらそう言う。

 

「お兄ちゃんがね、両親を亡くした時に泣いてた私にそう言ってくれたの」

「お兄ちゃん……か」

 両親がなぜ亡くなったかは知ら無いし聞きはしない。けどそのお兄ちゃんも亡くなっている事を、自分は知っていた。

 

「だから私は砂漠の湖が大好きなんだ。届くどころか触れそうな綺麗な星の中に、お兄ちゃんやお母さん達が居る気がして……励まされてる気がして」

「サナ……」

 こんな小さな女の子が、なんでこんなに頑張って居るんだろう。

 なんでこんなに頑張らなければいけないのだろう。

 

 

「どーせどっかのバカに聞いたんでしょ? 私のハンターになった本当の理由」

「ちらほらとな……。サナはマ王を倒したいんか?」

 

「その為に戦ってるんだもん」

 自分はそんな事は無い。自分は元々本当にそんな理由でハンターになったんじゃ無いし、姉の事は恨んですら居る。

 サナと自分は違うようで少しずれているだけだ。何を恨んだかが違うだけだ。

 

 

「ワイもな、マ王にねーちゃんを殺されたんや……」

「え……」

 きょとんと、申し訳なさそうな表情をするサナ。別にサナは悪くないからな。

 

「でもワイはマ王を恨んでなんか無い……」

「なんで……」

「ワイはモンスターってのをそん時知らんかったから……ただ帰って来なかったねーちゃんを恨んだ。今思えば酷い話やけどな」

「そー……なんだ」

 俯くサナの頭を撫でる。

 

「だ、だから撫でるな———」

「今ならサナの気持ちも分かる気がするわ」

「シンカイ……?」

 この時自分がどんな表情をしていたのか、分からないけどサナは一旦頭を横に振ってからこう続けた。

 

「遊ぶぞ!」

「はぁ?!」

 サナに自分の頭を捕まれ、さっきまで浸っていた湖に叩き付けられる。えぇ?! なんでぇ?!

 

「ぶはっ! お、お前! さっきまでの感傷は何処に行ったんや!」

「遊ぶつったろ!」

 急過ぎだろ!

 

「おら!」

「ちょ、辞めい!」

「辞めろと言われて辞める奴はお人好しって言うの!」

 思いっきり水を掛けてくるサナは人を馬鹿にしたようないつもの明るい表情だった。

 

「なろぉ……ワイに喧嘩売った事後悔させたるでぇ! おらぁ!」

「ぬぁっ! や、やりやがったなぁ!」

「仕掛けてきたのは自分やろがい! はっはっは! オラオラぁ!」

「きゃぁぁ!」

 男の力思い知れ! そして詫びろ!

 

「アカリもどうやー?」

『私泳げないから』

 ごめんなさい。

 

「とりゃ!」

 固まっている自分を他所に、サナが手で汲んだ水をぶちまけてアカリをスケッチブックごと濡らす。マジかい! そんな事してええんか!?

 

「…………」

 アカリ怒ってない?! 眼鏡曇ってて表情見えないの怖すぎ。

 

「……っぁぁ」

 アカリが聞き取れない声で叫びながら取り出したのはなんとヘビーボウガンだった。

 

「お、落ち着けアカリぃぃ!! お、おいサナも謝らんかい!!」

「別に本気で怒ってる訳じゃ無いわよ。アレ、ヘビーボウガンの形した水鉄砲だもん」

 何その恐ろしい形の玩具。

 

「……むにゃぁ!」

 なんか凄い可愛い声が出てるんだけど。

 

「なんて言ってるんや……」

「酷いよサナー、だって」

「え、分かるの?」

「親友だもん当然じゃな———」

 そう言いかけたサナの顔面をヘビーボウガン型の水鉄砲から放たれた水が直撃しサナを湖に沈める。

 

「親友仕留められとるやんけ……」

 ヘビーボウガン水鉄砲凄い威力だな。水冷弾かと思ったわ。

 

「グハッ……ま、まさか一発で当てて来るとは……」

「まぁ、アカリには前ワイが少しコツを教えたからな」

「嘘ー?」

「本当やで。なー、アカ———」

 直後なぜか自分の顔面を直撃する水圧。想像以上の威力に自分も湖に沈む事になる。

 

「グハッ…………な、なんでや! なんでわいも撃たれなかんねん!」

「ぷっははは! 自業自得って奴?!」

「この場合恩を仇で返されたが正しいな……」

 しかしこんな短期間でかなり上手くなった物だ。

 

「……っん!」

「今度はなんて?」

「水が無くなるまで私達を練習台にするつもりね」

「本当は怒っとるんやない?!」

「良いから奥に逃げるわよ!!」

 そう言うとサナは自分の手を掴んで、湖の奥まで泳いで行く。結構深いなこの湖の奥は。直ぐに脚が付かなくなった。泳げて良かったわ。

 

「……んー!」

 流石に結構離れるとアカリの腕ではまだ当てられないのだろう、水鉄砲の命中率はゼロに等しくなった。

 

「ふっふっふ、アカリは泳げないからここまで来れば大丈夫よ」

「それでもまだ撃っとる当たり本当に怒ってる気がしてならんのやけど……」

「んな訳無いでしょ」

 どこからその自信が。

 

「あ、あのさシンカイ……」

「なんや?」

 急に静かになる物だから、ゆっくりと話を聞いてやる体制を作る。心なしかサナは眠そうだった。

 

「ちょっと……ちょっとで良いからさ」

 人の顔を見ないで、サナは湖に映った星を見ながらこう続ける。

 

「撫でてくんない……?」

「……ええで」

 何も聞かずに了承して、自分はサナを引き寄せて頭を撫でてやった。

 

 

 泣いていた気がした。

 気のせいな気もするが、そんな気がした。

 

 

「あり……が……と……おに……」

「ちょ?! サナ?! お、おいサナ?!」

 ストンと電気を落としたかのように、サナの動きが止まる。何とかしてサナを抱き抱えて岸辺に戻り、心肺を確かめるが別に疲れて寝てしまっただけのようだ。

 

「び、ビックリさせんなや……」

『いっぱい特訓してから遊んでたから疲れちゃったのかな?』

 と、アカリも心肺そうにサナを見ていた。

 

 そういえばサナは昼間に自分のせいで暑さで倒れたばかりだと言うのにな。

 

 

「そ、そいやアカリ……怒ってない?」

『私そんなに短気じゃないもん!』

 濡れたスケッチブックにそう書くアカリ。今それ怒ってるよね?!

 

「アカリってサナと仲ええよな」

 サナを背負ってやりながらそう聞く。柔らかくて女の子の身体だと感じる前に、まず軽いと思った。

 

「んー」

『歳が近いってのもあるんだけどね?』

「けどね?」

『サナは優しくて誰よりも一生懸命で、私の憧れだから』

 そう書いたスケッチブックを見せるアカリはとても笑顔だった。

 

「そうかそうか。これからも仲良くせなかんな、ワイも」

「……んぁ」

 アカリを、撫でてやってから湖を離れて船に歩いて行く。

 

 

 そうだ。こいつは誰よりも一生懸命で、誰よりも優しい。だから倒れてしまうまで頑張ってしまう。

 

「そんなのは……辛いやろ」

「……?」

 軽くて小さな身体を感じながら、自分に何が出来るか考えていた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「あぁ……眠い」

 昨日は湖からサナを送り届けて服の洗濯までしている間に、かなり夜更かしする事になってしまったからな。

 

 

「おはよーございまーす」

 起きて甲板に降りる頃には船は出港していて、昨日の湖はもう遥か彼方だった。

 

「シンカイか、おはよう」

「どこ向かっとるんや? ケイスケ」

「昨日の集落で得た情報だとマ王はこのオアシスを今拠点にしているみたいだ」

 ケイスケは机に広げられていた地図の一点を指差しながらそう言った。

 

 

「この前シンカイに釣りのクエストを任せたのを覚えているか?」

「そりゃまぁ。ガノトトスも釣れたしな」

 それがどうかしたのか?

 

「あの湖はマ王が拠点にしている湖と地下で繋がっていてな。マ王から逃げたガノトトスが普段は行かないあの湖に移動していたらしい。……まぁ、言い訳にしかならんが」

「いや、あれはケイスケは悪く無いやろ。しかしなるほどな……逃げて来たのか」

 マ王が恐ろしい相手だというのもあるが、ヒールに押されて逃げたあのガノトトスの臆病な性格も相まってという事だろう。

 

 

「さて、そこで話し合った船のルートだが」

 

 どうやら自分が起きて来るまで、ここでカナタとアニキと親父、それにクーデリアさんとナタリアで今後の船の進路について話し合っていたらしい。

 

 

「このオアシスを大きく避けて砂原の近くに行くつもりだ。今回持って来たクエストには砂原の辺りでクリア出来るクエストが多いからな」

「なるほどな……」

 悪魔でマ王と戦う事は避けるのが前提という事か。それで良い、それが良いのだろう。

 

 

「俺はマ王とやりあって見たいけどな」

 アニキがそんな事を言う。

 

「今の俺達に敵う相手じゃ無いぞ」

 地図を丸めながらそう言って、ケイスケはその地図でアニキを軽く叩いた。珍しく苛立っているような気がする。

 

「じょ、冗談だよ」

「間違ってもサナと一緒に変な気を起こしてくれるなよラルフ」

「ガキ扱いすんじゃねーよ」

「そうだな……」

 なんか……ピリピリしてるな。

 

 

「どうかしたんか? ケイスケ」

「シンカイ……悪いな。マックスの事で俺も少し神経質になり過ぎてるのかもしれない」

 何かを失うのが嫌なんだ。それは、当たり前の感情なのにいざ失ってみないと分からない物。

 

「まぁ……慎重に越した事は無いと思うで」

 でも、もうこれ以上に無い大切な人を失ってる人はきっとまた別の事を考えて居るのだろう。

 

 

「ふざけんなよ……」

 だから彼女は、そう言った。

 

「お、起きてたの……サナ」

 クーデリアさんが止める手を振りほどいて、サナはケイスケ目の前に立つ。

 

 

「さ、サナ! ちょっと落ち着い———」

「カナカナは黙ってて。これは私の問題なの」

「サナ……」

 

「私はマ王を倒すの……そしたら猟団だって儲かるんだし何も文句無いでしょ?」

「お前が居なくなったら猟団としては大損失だ」

 冷たくケイスケは言った。

 

「私が負けるっていうの?! この為だけにハンターになったんだ、別にそれで死んだら死んだで私の勝手だろ?!」

「勝手なもんか! 俺達は家族だ」

 ケイスケが怒鳴ったのは初めて見た。

 

 

 砂漠に住む者なら誰でも知っている。それがハンターなら尚更だ。

 それがマ王という存在だった。

 

「……っ。お姉ちゃんはなんでハンターになったんだよ! この時の為じゃ無いの?! ねぇ!!」

「私はあんたと一緒に居なきゃと思ってただけよ……」

 

「クソ親父……あんたも邪魔する訳?」

「俺は……そうだなぁ。殴ってでも娘の愚行を止める」

 それ死ぬから。

 

「なんなんだよ……なんなんだよお前ら!」

 そこに、昨日のサナの笑顔は無かった。

 彼女は真っ直ぐだから、今見えてる者に必死になれる奴だから。だから苦しいんだろう。

 

「……っバカ!!」

 一言怒鳴ると、サナは上に走って戻っていってしまった。

 今は我慢するしか無いのだろうか。いや、無いんだろう。

 

 

「なぁシンカイ……俺は間違ってるか?」

 椅子に座って俯きながら、ケイスケはそう言う。

 

「何も間違っちゃ無い……ハズやで。でも、それは押し付けかも知れへんけど……。ケイスケでも悩むんやな」

「人を悩みの無い奴みたいに言わないでくれ。俺はただの人だ……。今自分で思う最善策を口にしているだけのただの人で、本当は何が正しいかなんて分かっちゃいないのさ……」

 そう言うとケイスケは机に置いてあった水を一口飲む。とても疲れた表情をしていた。多分、一晩中悩んでいたんじゃ無いのだろうか。

 

「何が正しいかなんて人には決められんさ」

 親父がそう言う。

 

「そーだよケイスケ」

 珍しくカナタがケイスケに優しく声を掛けた。自分は初めて見るんだが座っているケイスケを慰めているのか、カナタはケイスケの頭を撫でながらこう言う。

 

「ケイスケは頑張ってるから、なんでも背負おうとすんな……うん」

「カナタ……」

「何?」

「このまま抱いてくれ」

「首なら閉めてやる」

「ぐぉぉぉ……っ」

 アホかお前。

 

「がはっがはっ……し、シンカイ」

 死にそうになってるんだけど大丈夫かケイスケ。

 

「なんや?」

「いや皆か……サナが変な気を起こしてるのに気が付いたら、お前ら個人の判断であいつを助けてやってくれ。ラルフの時もそうだったが……結局恨みって奴は人を動かす原動力には充分過ぎるからな」

「私からも頼むわ」

 クーデリアさんも並んでそう言う。気が付かない間に集まっていたガイルやアカリもその言葉に頷いていた。

 

『サナは大切な家族だから!』

「せやな」

 

「よし、そうと決まればとりあえず飯だ!」

 仕切り直しと言うかのようにケイスケが立ち上がってそう言う。

 

 だが、その昼飯も晩飯も。サナは部屋に引き込もって出てくる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

「なぁタクヤ」

「なんだよ……俺のオセロセンスについてなんの文句があんの?」

「いやそれはどうでも良いわ」

「え、酷くね?」

 その日の晩、いつものようにオセロでタクヤを負かしてから寝床に着いた後に話し掛ける。

 結局自分は新入りなままで、皆の事が全部分かってる訳では無いのだ。

 

 だから聞いた。

 

「サナってさ……」

「んー……?」

「一人でもやる奴だと思う?」

 我ながら何の話だよってなる質問だ。

 

「……そーだな。あいつなら意地でも一人ででもやる。んで、やり遂げる」

「よーく知っとるんやな」

「あいつがアカリと良く居るし、ちょっかいかけてくるから嫌でも分かっちまうだけだよ。あいつは多分一人でも行っちまう……でも俺なんかが行っても邪魔なだけだからさ、俺は何にも出来ねーの」

 タクヤも家族思いなんだな。

 

「ったくなんでサナなんかの話しなきゃなんねーんだか。あー眠い、こりゃ今からシンカイが幽霊に拐われても気が付かねーわ」

「いやそこは気が付いてくれへんと困るで」

 そう言いながら立ち上がる。全くどいつもこいつも素直じゃ無い。

 

「サナのとこに夜這いでもしに行くの?」

「トイレやトイレ」

「へー、おやすみ」

 昨日もしたような会話をしてから部屋を出る。甲板に降りてもう一つ下へ、そこには皆の装備を整えて置いてある倉庫があって、普段はそこの隠し扉が開いて皆クエストに向かうのだ。

 

 

 物が揺れる音がした。

 

 

「別に隠れんでもええんやで」

「あ、あんたか……」

 アカリとお揃いで色違いのフルフル装備を付け、太刀と砥石を持ったサナがそこには居る。

 その気なのだろうが、そのまま狩りに出掛けるような格好だな。

 

「止めに来たの……? 皆に大声で知らせる?」

「んな迷惑な事誰がするかいな」

 言いながら自分も双剣を取り出してサナから砥石を奪い取った。

 

「シンカイ……?」

「大声出したら皆に迷惑やけど、サナが一人で行くのを黙って見てるのも自分は無理やねん。なら付いて行くしか無いわな」

「あんた……バカじゃ無いの」

 酷い言われようだ。

 

「マ王よ……っ?! 死んじゃうかも知れないんだから!」

「じゃあサナは……」

 立っているサナの背後にある壁に手を付けて、絶対に一人で逃げられないようにしてからこう続ける。

 

「アカリや他の誰かが一人で行こうとして黙って見てるのか……?」

「そ、それ……は……」

 サナは優しいから、きっと逆の立場なら自分と同じ事をするだろうな。そう思いながら返事を待った。

 

「ば、バッカじゃないの!」

 人を突き飛ばしてそう言うサナは、なぜか顔が赤かった。まさか熱でもあるんじゃ無いだろうな……。

 

「バカとは酷いなぁ……」

「なんでいきなり……もぅ…………大体…………壁ドンとか…………普段アホ面のくせに……」

「なんかブツブツ言っとるけどアホ面だけ聞こえたで?!」

 そんな風に思ってたの?!

 

「はぁ…………もぅ! ……あ、ありがとう……ね」

「なんやて?」

「ありがとうって言ってんでしょ?! これ以上何も無いわよ!?」

 たまーに可愛いなサナって。弄りがいがある。

 

「……っ、誰か来た?!」

 そんな会話をしていると階段を降りてくる足跡が聞こえたのでサナと一緒に物陰に隠れる。ん……良い匂いがする。

 

 

「筋肉バカ……?」

 小声でサナが言った通り、階段を降りて来たのはガイルだった。

 ガイルは俺達に気が付いているのかいないのか、何故か自分のティガレックスの素材を使った防具とハンマーを用意して着替え始める。

 

 な、何してるんだ……?

 まさかこんな時間に出発するクエストなんてあるまい。

 

 

「……なぜ隠れている。行くんだろう?」

 気が付いていないなんて事は無かった。

 

「あ、あんたまで何よ……」

「……俺はただ家族を守る為に動くだけだ。それに頭が悪いからな、お前らを止める術がない」

 ここにも居たよお人好しが。

 

「……大丈夫だ、お前達は俺が守る」

 ハンマーを掲げながらそう言うガイル。なんて頼もしいんだよおい。

 

「頼もしい仲間が出来たな」

「……任せろ」

「あんたら……。ば、バッカじゃないの……」

 それしか言えないのかお前は。

 

 

「で、お前ら見張りをどう突破する気だよ」

 ガイルと話していて気が付かなかったが、既に倉庫には四人目が居て装備を整えていた。チャージアックスを掲げるアニキは不敵な笑みを浮かべ、自分達三人を見比べる。

 

「上々なパーティだな」

「アニキ……?」

「あんたまで……」

 まさか四人も集まるとは思わなかった。しかもアニキにガイルなんて頼もしい限り。

 

「今日の見張りはヒールだ。今さっき俺がヒールに差し入れを出しといた」

 それだけでアニキが何をしたのか想像が付いてしまう辺り自分はもうこの猟団の一員なのだろう。

 

「まさかカナタの……」

「そう、カナタの作った特製おにぎりだ。そろそろ悲鳴が聞こえるんじゃねーか?」

 アニキがそう言ったもう次の瞬間には「グキャァァァッ!!」なんて悲痛の叫びが上から聞こえる。

 今度は何を入れたんだカナタ……。ガイルなんて両手合わしてるし。

 

「次の見張りはナタリアだからヒールはナタリアが介護してくれるだろ。そしてもう一つ。お前らそのまま行ったらただの密猟者だぞ?」

 確かにアニキのおかげで見張りの問題は解決した。しかしアニキの言う通りもう一つ問題がある。

 

ハンターはモンスターと人の生活を調和する者でモンスターを借り尽くすのが仕事では無い。過度な狩りは生態系を壊してしまうためらギルドが禁止しているのだ。

あまりに無意味で横暴な狩りを続けるのは密猟と見なされギルドに厳しく罰せられる事となる。

 

「って、訳で親父の部屋からディアボロス退治のクエストをかっぱらって来た。丁度あって良かったぜ。お前らもう少し頭使えよ」

なんて、アニキには似合わない頭脳プレイで問題を全て解決。自分達は四人で船を後にした。

 今日船は砂漠の真ん中で大きな岩陰に泊まっていて、見張りの目の届かない所まで行くのにはそう苦労しないだろう。

 

 自分達は船を出て、岩陰に沿って船を離れる。

 しかし、船が見えなくなるギリギリの所でまさかの人物に見付かる事になったんだ。

 

 

『皆どうしたの?』

 きょとんとした表情でそう書かれたスケッチブックを掲げるのは洗濯をしていたアカリだった。なんでこんな所で洗濯してるんだお前は!

 

「あ、アカリ……あんたも止める?」

『皆がマ王の所に行くって言うなら』

 いつになく真剣な表情で、アカリはそう書かれたスケッチブックを自分達に見せて来た。

 

 これは流石に諦めるしか無いか……?

 

 

「……ん」

 少しの間沈黙して、アカリはいったんスケッチブックをひっくり返して文字を書き連ねる。

 

『でもサナが他のお仕事だって言うなら私は信じるよ! ちゃんとサナ達が怪我も無く帰ってくるって約束してくれるなら私は何も言わないよ!』

「当たり前でしょ……。アカリ、私を誰だと思ってんの?」

 サナのその言葉を聞くと、アカリは少し笑顔になってスケッチブックをしまった。

 

「助かったぜ……」

「……そうだな」

「ほらとっとと行くわよ!」

 

「……んっ」

 三人に付いて行こうと歩き出すと、後ろから手を引っ張られる。なんだ? アカリ?

 

「……ぁナ……ね、い」

 真剣な表情で、そう言った。

 今なら分かる気がするな。サナの事お願い、だろ?

 

「任せろや」

 絶対に帰ってくるから。美味い飯作って待っといてくれ。今日はアカリが当番だったしな。

 

 

「……ん、って」

 頑張って。笑顔で彼女はそう言ってくれた。

 

 





物凄く長くなってしまった……
さてさて次回からはやっと狩り描写です!


ちょっとグダッてるかな……?


厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

君臨する王

 さっきまで綺麗に光っていた星々は太陽の光に紛れて見えなくなって行く。

 砂漠は日の光を遮る物が何も無いから、こうなれば一気に気温は上昇するだけだ。

 

 

 自分達が船を出てから既に八時間が経とうとしていた。

 

 

「今回は持って来たで! クーラードリンク」

「いや忘れたら洒落にならねーよ。もうあげないからね?」

 冷たいツッコミだなぁ。

 

「さーてここか? マ王様が水飲んでる酒場は」

 勘違いしたような事を言いながら、アニキは武器を置いて準備運動をし始める。気が早い。

 

「バッカじゃないの」

「んだとぉ?!」

「ディアブロスの主食はサボテンだから、そこから水分を貰ってる分、水を飲みに湖に来る事は殆ど無い」

 詳しいな。それも、努力か。

 

「じゃあなんで湖に来たんだ?」

 アニキのその疑問はもっともだ。

 

「まずそんな簡単に目標が見つかる訳無いでしょう? 無駄に歩いて体力を使うよりここはとりあえず拠点を作って体力の温存!」

 そう言いながらサナは湖の岸辺に腰を下ろす。なるほど考えている訳だ。

 

 兄の仇を前にしても、彼女は冷静に狩りの基本から外れて居なかった。

 

 

「勿論ただ待ってる訳じゃ無いんだから。二組に別れてマ王を探すの! 見付けても戦わずに、ここに戻って来る」

「……良い案だ」

 なるほど出来るだけ体力を使わずに目標を探せる訳だ。

 

「なるほどな! よし、じゃあまずは俺とシンカイで行くか!」

「お、行くかアニキ」

 アニキは武器を背負って自分を呼ぶ。多分とりあえず動きたいのだろう、落ち着いて待っているタイプでは無いし。

 

「ま、待ちなさいよガチホモ!!」

「はぁぁ?! 別にホモじゃねぇよぉ?!」

 なんでそんなに必死なのアニキ?!

 

 

「とりあえず私とシンカイが行くわ!」

「何でだ?」

「な、なんでって。……そんなのどうでも良いでしょう?!」

 なぜか顔を赤くしながらそう言うサナ。しかしここまできちんと作戦を立てたのはサナだしそれを信じるしか無いと思ったのか、アニキは渋々といった感じで岸辺に座り込んだ。

 

「ふぅ……み、ミーティングついでに朝ごはん食べてから向かうからね!」

 サナの指揮でここまでは順調に狩りの準備を整えて、後はマ王を探すだけとなる。さぁ何処からでも掛かって来いって訳だ。

 

 

 

 

 

「これが打ち上げ煙爆弾かぁ」

 サナと二人で砂漠の散策中。岩陰に休憩ついでに荷物の確認をしておく。クーラードリンクや回復薬の在庫管理は狩場では重要だからな。

 

 そしてこれが打ち上げ煙爆弾。発火すると空高くまで打ち上がってから煙を上げる仕組みで、遠くに居る仲間に合図を送ったりするために使うアイテムだ。

 ちなみに市販で売っていて、煙の色が何色もあって見晴らしが良く狩場の広い砂漠では必需品と化している。しかし、お値段はそこそこする。

 

 

「そんなに持って来てないんだから間違って使ったりしないでよ?」

「んなヘマせん」

 水筒の水を飲みながらそう答える。休憩もこの辺にしておいてそろそろ探索に戻るか。アニキ達と交代しても良いし。

 

「ちょっと止まって……」

 そんな風に考えながら歩き出そうとすると、サナが真剣な表情で自分……というか背後の巨大な岩を見詰めていた。

 

 高さは人五人ほどで横幅は小さな砂上船位の大きな岩だ。日陰も大きくなるから休憩には丁度良いとその日陰で休んでいた訳だがどうかしたのだろうか?

 

 

「息する音が聞こえない……?」

「息……?」

 ここに着くまで暑さと疲れであまり集中出来ていなかったからか。今言われてみると大きく空気を吸ったり吐いたりするような音が聞こえなくも無かった。

 

「まさか後ろ?!」

 そう言うと同時にサナは岩の逆側に走って行く。

 

「……っま、待てやサナ!」

 一人で行くなっての。

 

 

「……っ」

「っとぉ?!」

 背後からサナを追い掛けるが、急に足を止めたサナにぶつかりそうになって姿勢を崩す。

 なんだって言うんだ? そう思いながら足を止めたサナの目線の先に目をやると、そこにはとんでもない奴が転がっていた。

 

「ティガレックス……?」

 それは飛竜種の中でも原始的な骨格のまま進化を遂げた、ある意味飛竜種の祖先の生きた化石とも呼べるモンスターの名。

 他の飛竜種より前のめりな体型と飛ぶ事より歩行を重視しているような太い前足、黄色に青の 縞模様が特徴である。

 

 それが今にも息を引き取りそうな程、瀕死の状態で横倒しになっていた。

 

 

「マ王にやられたのか……」

 ティガレックスは飛竜の中でも凶暴で強力なモンスターだ。それがなんでこんな所で瀕死で倒れているのか。

 その答えをサナはあっさりとそう口にした。

 

 

「お前も運が無いのぅ……」

 目を閉じるティガレックスに向かってそう言う。

 別に気の毒に思う訳では無いが、ただそんな言葉が出た。

 

 と、いうよりはそのティガレックスのやられ具合に内心動揺していたのだろう。

 ティガレックスの身体はそれはもうこれでもかと言った具合に痛め付けられていたからだ。

 

 

「居るわね……」

 ただサナはそう言った。

 

「……せやな。この近くに必ず居る」

 マ王なるディアブロスは近付く物が人であれモンスターであれ構わずにこのティガレックスのように打ちのめすらしい。

 だからマ王がこの近くの何処かに居る。それだけは間違い無い。

 

 

「一旦戻るか」

「う、うん……そうする」

 

 しかし、そこからが全く予想だにしない程長かった。

 一時間探しては戻って交代し一時間休憩、また一時間探しては戻って交代し一時間休憩。

 そんな事を昼までと言わず夕方まで繰り返して気が付けばクーラードリンクが要らなくなる程に日差しは弱くなって、星空も少しずつ見え、終いには船を出てから丸一日以上が経ってしまっていた。流石に眠い。

 

 

「流石に二日目分のクーラードリンクまでは容易してないで……?」

「俺達の覇気にビビって逃げちまったか? マ王も意外と大した事ねーな」

「……そんな訳は無い」

「え?! ガイルにツッコマれた?!」

 多分アカリでもそれにはツッコミ入れるでアニキ。

 

「アカリの飯……食えへんなこりゃ」

「ん……そうね」

 そんな残念なムードで、探索休憩に晩飯で携帯食料を頂く。

 

 

「そういや……あんたら、なんで手伝ってくれるの? 今更だけど」

「本当に今更だな」

「うるさいわね」

 サナは素直じゃ無いなぁ。

 

「……言ったハズだ。俺は仲間を守る、それだけだ」

 ガイル君なんでそんなに格好良いの?

 

「くさっ」

 その反応は酷い。

 

「で、でも……その…………ありがと」

「……例を言われる事などまだしていない」

 どっちも素直じゃ無い。

 

「ラルフ、あんたは?」

「俺? 俺は……マックスの時に家族がやられる辛さは身を持って知ったし。どう悔しがっても結局は報われないって分かっちまったからな」

「……どういう事?」

「ガキにはちと難しかったか?」

「切り落とすぞクソホモが」

 何を?!

 

「わ、悪い悪い……。ちげーよ、ただ単にお前の気持ちも分かるしお前が心配なだけだ。でも勘違いすんなよ?」

「何をよ」

 

「別にケイスケやクー姉がお前の気持ちを全く分かってない訳じゃねぇ。結局はガイルも俺もシンカイも、ケイスケもクー姉も皆も思ってる事は同じでよ……お前が大切なんだ。大切で心配なんだ、思ってる事は変わらねぇ。だからあいつらの事悪く思うんじゃねーぞ?」

「わ、分かってるわよ……そんなの。でも……私はお兄ちゃんの仇が許せないし、それを邪魔されるのは…………嫌。お姉ちゃんはお兄ちゃんの事悔しく無いのかな……」

 俯いて、サナはそう言った。

 

「……悔しくても、その悔しさよりお前の事が大事なんだろう。クーデリタは」

 ポンと手をサナに乗せるガイル。サナは抵抗しないで口だけを開く。

 

「子供扱いしないで……」

「……していない」

「それならわいも」

 ガイルに続いて自分もサナの頭を撫でてやる。

 

「二人して何?!」

「んじゃ俺も」

「な、なんなのよぉ?!」

 アニキも加わってサナの頭を揉みくちゃにしてやる。

 沈んでいても仕方無い。今はいつも通り時を過ごそう。

 

 

「そういやシンカイ、お前はなんで来たんだ?」

 サナで遊ぶのに飽きたのか、アニキは唐突にそう聞いてくる。今更の今更なんだけど。

 

「んなもん皆と同じ理由……と、言いたいが。ワイはちょっとだけ、いや別に同じ理由って言ってしまえる程度のちょっとなんやけど他にも理由があってな」

「もったいぶらずに言えよ」

「ちょっとラルフ!」

「え? 何?」

「いやサナ、別に何もワイは思っとらんから」

「「?」」

 自分のそんな言葉にアニキとガイルは首を傾げる。

 確かに自分の中ではどうでも良い話だ。でも何故か口はその事を語ろうとしていた。

 

 理由は自分でも分からなかった。

 

 

「ワイも昔ねーちゃんをそのマ王って奴に殺されてるねん」

「何……?」

「……そうか」

 驚いた表情のアニキと、何か遠くを見詰めるガイル。サナは俯いて、自分の足元を見詰めていた。

 

「まぁ、別にどうでもええんやけど? うん。なんならその顔拝んでやろうと思った……みたいな?」

 自分も大概素直じゃ無いらしい。

 

「なんていうの……その。皆ありがと、頑張ろ!」

 結局のところ本心はこの笑顔が守りたい。それだけなのにな。

 だから今はねーちゃんは関係無い。さて、もうひと踏ん張り捜索するか?

 

 

「しかしこの暗さじゃもう打ち上げ煙爆弾は意味あらへんな……」

「確かにな。じゃあ、どうする? 一旦帰るか?」

「バカじゃ無いの? 勝手に出て行ったのバレてるんだから帰ったら当分出禁よ?」

 え、そうなの。

 

「こりゃ手土産の一つも無いと帰れへんな……」

「それどころか親父に殴られるだろうしな」

 いやそれ死ぬんだけど。

 

「なら四人でここ離れて探すしか無いか……?」

「……その必要は無い」

 さっきから黙って遠くを見ていたガイルが何故か武器を構えながらそう言った。

 それに釣られて自分達も、ガイルの視線の奥に眼を向ける。

 

「何も……居ないで?」

 しかし、その視線の先にはディアブロスはおろかモンスターの影すら無かった。ただ広がる砂と星空をどれだけ観察しても景色は変わらない。

 

 

「……来る」

 だが、ガイルは確信の表情でそう言う。

 

「下だ!! 飛べ!!」

 次の瞬間、アニキは大声でそう叫んだ。それから瞬き一回分も無い時間で地面が大きく揺れる。

 

「……なっ?!」

 ガイルとサナが横に跳ぶのが見えたと思えば、アニキは自分を抱えてその場から飛び去り地面を何度も転がった。

 その過程で何も出来なかった自分が見たものは、さっきまで自分達が居た地面を割って地上に現れる巨大な何かだった。

 

 

「ブォォォォオオオオオッ!!」

 その何かが咆哮を上げる。

 

 全長三十メートルはあろうかという巨大な身体。砂に紛れるような体色に一対の翼と頭部の襟飾りから伸びる二本の捻れた角が特徴的な飛竜、ディアブロス。

 自分達が朝から探していたそのモンスターは仕留め損なった自分とラルフを睨みつけるように頭をこちらに向けた。

 

 通常の個体よりも一回り大きな身体に、そのディアブロスの頭部の角は一本だけへし折れていた。

 

 これが———片角のマ王ディアブロス。

 

 




戦闘シーンに入るの言ったなアレは嘘(ry


前回の反動か今回は短めです
いや戦闘に入るまで長いのなんの……これは人気が出ない訳だ

伸び悩んでるのに、結構悩んでます。まぁ、書き続けるのだろうけども
でわ、また来週もお会いしたいです……


厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マ王ディアブロス

「ブォォォォオオオオオッ!!」

 

 全長三十メートルはあろうかという巨大な身体。頭部の襟飾りから伸びる一本が割れた二本の角。

 まるで悪魔。マ王の異名に相応しい雰囲気がこのモンスターからは溢れている。

 

 

「……っ」

 少しの間、言葉が出なかった。

 

 こんなに大きなモンスターなのか。

 草食のくせに鋭そうな牙まで生やして、襟飾りも相まって大きく見える頭は心の恐怖を駆り立てる。

 

 

「おいでましやがったか!」

 自分とアニキのディアブロスとの距離はせいぜい合っても二メートル。手を、武器を伸ばせば届く距離。

 

 ふと、ディアブロスの身体の違和感に気が付いた。

 砂色の甲殻は所々、返り血か何かで赤く染まっている。寒気がしてその場に居ないサナとガイルを必死で探した。

 

 

「サナ……ガイル……っ?!」

 背筋が凍る。まさか今ので二人共やられてしまったのか? アニキが助けてくれなければ自分もそうなっていたのか?

 考えたくも無い考えが頭を過って、自分はその時目の前の状況が全く見えていなかった。

 

「シンカイ!」

 聞き覚えのある可愛い声を聞いて我に返る。

 しかしその時には既にディアブロスは身を回転させ、槌のような形状をしている尾を高く振り上げて、自分を叩き潰そうとしていた。

 死ぬ。恐怖だけが自分を支配した。よく考えれば当たり前の事だったのかもしれない。

 

 自分はこんな巨大な生き物と戦った事は無いんだ。初めて対峙したゲリョスという大型モンスターでさえこのディアブロスの半分も無い程度の全長だった。

 他に戦って来たモンスターだって、ランポスやゲネポスとそのボスのドスゲネポスなどの小型中型モンスターばかりで。大型モンスターと言ってもドドブランゴ亜種にドスガレオス、ダイミョウザザミぐらいの大型の中でも小型に当たるモンスター位しか相手をした事がない。

 

 

 なるほど自分は自惚れていたらしい。

 少し動けるからと言って調子に乗って、自分はここで朽ちる。内心そう諦めかけて本能的に眼を閉じた。

 

 身体が浮く感覚は、想像よりも暖かい。

 全く痛みを感じなかったのはアドレナリンが分泌されているからか?

 

 ただ、自分に触れた感触は殺意より優しさという感じだった。

 

 

「何してんだバカ!」

 そんな聞き慣れた罵倒で我に返る。

 自分を押し倒すように上に跨っていたピンクの髪の少女は眼に涙を溜めて自分を見ていた。

 

「あれ……生きて」

 自然と口から出たそんな言葉は二つの意味が込められていたのだろう。

 自分の中でさっきサナはディアブロスにやられてしまっていて、次に自分がやられたと思い込んでいたからだ。

 

「何言ってんの……?」

 そうか……良かった。感動と安心のあまり自分も涙を流しそうになるが、涙で視界を防ぐなんてこの状況では許されない。

 

「サナ! 後ろ!」

「……っ。しま———」

 モンスターはそんな状況を暖かく見守ってくれる程甘くは無いのだ。

 もう一度砂を巻き上げながら振り上げられた尾が、垂直に降りてくる。まるで極刑に使うギロチンの歯のように。

 

 まずい。そう思って身体を翻し、地面を転がって避けられるかどうか運に身を任せようとしたその時だった。

 

「うぉぉぉおおおお!!」

 怒濤の声を上げ自分達とディアブロスの間に入って来たのは、スラッシュアックスを剣モードにして抜いたアニキだった。

 しかし、その剣でアニキは攻撃を入れる訳では無く、幅の広い刃の側面でディアブロスの尾を受け止めようとする。

 

 次の瞬間、目の前にいたアニキは鈍い音と共に後方に吹っ飛ばされてしまうが、それで威力が緩和されたのか。自分とサナは無傷で難を逃れた。

 

「アニキ!!」

 体勢を立て直しながらそう叫ぶ。自分のせいで仲間を危険に晒しているという現実が杭となって心に刺さった。

 だが今は反省だとかをしている場合じゃ無い。これは一瞬の判断が生死を分ける、命のやり取りなのだから。

 

 

「何ビビってやがる! いつも通りやりゃ良いんだよ!」

 全然平気だと言わんばかりに立ち上がったアニキはスラッシュアックスを斧モードに切り替えながらそう言った。

 そうだ、何をビビっているんだか。誰もまだやられてない。

 

 ちょっと大きいだけで、この生き物がこれまで戦ってきたモンスターと何が違うって言うんだ?

 恐怖は捨てろ。ここに居るのは悪魔でも幽霊でも無い、生き物だ。

 

 ねーちゃんの仇だ。

 

 そう思った瞬間、心の中で何かが吹っ切れた気がした。

 戦う理由が、戦う決意が身体を動かす。

 

「いつも通り……か」

 

 

「ブォォゥゥッ!」

 

「ガイル」

「……?」

「アニキ」

「なんだ?」

「サナ」

「何?」

 此方に振り向いて、固まる四人を睨み付けるディアブロスを睨み返しながら自分は三人の名前を呼んだ。

 護るべき三人の名前。自分が背を預ける、三人の名前を。

 

 

「一狩り行こうや……っ!」

「「「おう!!」」」

 そんな三人の返事を合図にしたかのように、ディアブロスはその場で大きく翼を広げて脚を一歩前に出す。

 

 巨体故に飛ぶ事をしないディアブロスはその代わりと言っても十分過ぎる程の脚力を持っている。

 それを駆使した弾丸の様なスピードの突進攻撃を四人は散り散りになって避けた。

 

 巨体過ぎてディアブロスの甲殻スレスレで避ける事になったが、通り過ぎるディアブロスを間近で見て先程感じた違和感が浮き彫りになる。

 返り血か何かだと思っていたのは剥がれ落ちた甲殻や鱗の裏から流れ出るディアブロス自身の体液だったのだ。

 

 

「弱っているのか……?」

 マ王とまで呼ばれるモンスターでも他のモンスターとの戦闘を無傷で終える事は出来ないという事だろうか?

 通り過ぎ、振り向くディアブロスを良く観察すると所々傷付き満身創痍といった感じだった。

 

 これはチャンスか?

 これまで誰も狩る事の出来なかったこのマ王が今まさに弱っている。こちらは信頼に足る仲間が四人、勝てる。そう思った。

 

 

「おぉぉらぁぁあああ!!」

 最初に仕掛けたのはアニキだった。一番遠くまで離れたアニキは、自分達に狙いを付けアニキに背を向けたディアブロスの懐に入り込む。

 走り込んだ勢いを利用して振り上げた斧はディアブロスの腹部を切り裂き血飛沫を上げさせた。

 

「ブォォォ……ッ!」

 思わず悲痛の声を上げ、足元にいるアニキを踏みつけようと足踏みをするディアブロスだが、アニキはすぐに距離を取ってその攻撃を回避しする。

 

 流石アニキ。荒々しくも冷静さを失わない漢の狩りスタイルだ。

 

 

「……次は俺だ!」

 アニキに気を取られ、頭を低くしていたディアブロスの頭部にハンターを振るうガイル。

 鈍い音と共に空気が揺れて、ディアブロスの頭は引っ叩かれた人の顔のようにそっぽを向かされる。

 

「ブォォォッ!!」

「こっちよ!」

 ガイルを怒りの眼で追うディアブロスの視界を横切り、その頭にサナは太刀を叩き付けた。

 斬撃の瞬間に走る稲妻はサナの太刀『鬼神斬破刀』の電気属性の物で、斬り付ける度に切り傷に電撃を浴びせていく。

 

 抜刀で一撃、切り上げて二撃、ディアブロスが狙いをサナに移した所でサナは太刀を振りながら後ろに距離を取る。

 

「まだ行くでぇ!」

 その横を遮って今度は自分が双剣を抜きながら懐に潜り込んだ。足元に右手に持った剣を叩き付け、次に左手、同時に切り上げてから同時に叩き付ける勢いを利用してついでにディアブロスの懐から離脱する。

 

 

 ここまでは上々。ディアブロスに味方への攻撃の隙を与えずにこちらは攻撃を与えて行く。

 一度隙を作ればこの流れに持って行く事はそう難しくは無いが、長くそれを許してくれる程モンスターは甘くは無い。

 

 

 ディアブロスは頭を大きく空へ持ち上げると同時に空気を大量に肺に取り込む。

 

「ブロォォォォオオオオオゥゥゥウウ!!!」

 次の瞬間。鼓膜が突き破れるのではないかという空気振動がその場を包み込んだ。

 ディアブロスの咆哮はその音量もさる事ながら凄まじい衝撃すら生む。砂が舞い上がり、星空が映った湖は荒波を立てる。

 

 その場に居た全員が誰一人例外無く耳を塞ぎ身を縮めた。

 狩場でそんな行動は命取りと、頭では分かっていても身体は言う事を聞かない。

 それ程までの空気振動を撒き散らした後、ディアブロスは砂の混じった息を荒げながら自らの怒りを自分達に伝えるかのように尾を地面に何度も叩き付ける。

 

「来るぞ!!」

 そのアニキの言葉が耳に届く前にディアブロスは走り出していた。

 

 先程とは比べ物にならない程のスピードで自らの角を突き出し突進する。狙いはガイルか?!

 

「ガイル!」

「……っ!」

 ガイルはギリギリの所で地面を転がって交わすが、ディアブロスはある程度直進した所でその場で身を翻しまた突進攻撃を仕掛けてくる。

 しかし次の突進攻撃もガイルはギリギリの所で交わして見せた。

 だが流石ガイルだと思っている暇も無く、ガイルを諦めたディアブロスは次に固まっていた自分とサナに狙いを定めて大地を蹴る。

 

「止まったら死ぬんかあのモンスターは! えぇ?!」

 文句を言いながらサナと一緒に横に飛んで逃げた。風圧が身体を煽ってその勢いがさっきとはまるで違うのを身体が感覚で分かる。

 あれは当たったら死ぬな。

 

 

「ブォォォッ!!」

 まだディアブロスは止まらない。本当に止まったら死ぬ生き物かのように突進を繰り返す。

 また自分達への突進を外したディアブロスは次はアニキへ、その次はガイルへ。

 何度も突進攻撃を続けこちら側の疲労が少し表に出て来たタイミングでやっとディアブロスは諦めたのか、そのワンパターンでも強力な動きを一旦止めて頭を大きく上げた。

 

「ブロォォォォオオオオオゥゥゥウウ!!!」

 二度目の咆哮。同様に例外無く四人共頭を抱えて身を縮める。

 その間にディアブロスは角と襟飾りと翼を器用に使って細かい砂を掻き出し地面に潜って行く。

 だが、吸い込まれるようにして視界から消えたディアブロスの気配が消える事は無かった。

 

 

 逃げた訳じゃ無い。まだ近くにいる。

 

 

 だが何処から来る?

 そんな事を考える暇も無く答えは直ぐに眼前に現れた。

 

「ブァァォッ!」

 瞬きを一回した時には砂の中から最初に現れたように、ディアブロスがガイルを真下から突き上げる。

 

「……カハッ」

 高く打ち上げられ、そのまま地面に叩き付けられるガイル。意識はまだあるようだがどう見てももう立てる状況には思えない。

 

「ガイル!!」

「てぇぇめぇぇええ!!」

 動けなかった自分と違ってアニキは一目散に斧を構えてディアブロスに、突進した。

 尾を振り上げガイルにトドメを刺そうとするディアブロスの懐に潜り込む———前に、ディアブロスは振り上げた尾をアニキに叩き付ける。

 

 鈍い音と共に地面を転がるアニキにディアブロスの視線が行っている間に、ガイルは何とか身体を持ち上げるが満身創痍も良いところだった。

 直様二人の所に駆け付けようと足を上げた瞬間にディアブロスはまたも咆哮を上げる。

 

「ブロォォォォオオオオオゥゥゥウウ!!!」

 何度やられたって慣れるはずもない。そしてそれが奴のパターンだと言わんばかりにディアブロスは砂の中に沈んで行く。

 

 

「……くっ」

 これには流石に自分以外も顔を顰めただろう。

 

 狙いは誰だ?! いつ来る?! 避けられるのか?!

 不安だけが心を支配して嫌な汗が頬を伝う。

 

 

「皆動かないで!」

 そう大声で叫んだのは自分達とは逆方向に走りながら、ポーチから何やらアイテムを出すサナだった。

 

 ディアブロスはとても耳が良くて砂の中に潜っている間、その鋭い聴覚を頼りに砂上の敵を探し当てるらしい。

 足音の一つでも聞き分けるディアブロスに対して動かないというのは一つの選択肢に入るのかもしれないが、既に大声で叫んで走っているサナはどうなる。

 

「私を信じなさい!」

 だがそう思ってサナを止めようと口を開く前に彼女はいつもの自信満々な表情でそう叫んだ。

 それから手に持っていたアイテムを頭上に投げる。次の瞬間それは甲高い高音を発しながら空中で破裂したのだ。

 

 音爆弾。鳴き袋と爆薬を調合したアイテムで、投げると今のように高い高音と共に高周波を周りに叩き付ける。

 耳の良いモンスターにこれを喰らわせれば敏感な感覚を逆手にそのモンスターを驚かせたり動きを封じたり出来る代物だ。

 

 だが相手が怒っていたりすると効果が薄れるどころか、この状況なら自分の居場所を相手に教えてやっているだけである。

 それがサナの狙いなのだろうが、自分は何も出来ずに脚を止めてただ見守る事しか出来ない状況に唇を噛んだ。

 

 次の瞬間ガイルの時と全く同じ光景が視界に映る。サナの小さな身体が地面から突き出るディアブロスに突き飛ばされた———かのかの様に見えた。

 

 

「反射神経の特訓をしてたのよ!!」

 そうディアブロスに向かって叫ぶサナはその捩れた角をしっかりと掴んでいて、突き飛ばされずに勢いを殺していたのだ。

 

「喰らえ!」

 確りと掴んだ角から手を離し、その頭上から降りる勢いを利用してディアブロスの頭部にサナは一撃くれてやる。

 怯むディアブロスを見ながら、自分の脳裏には先日同じような空でサナがしていた事が鮮明に映っていた。

 

 どこからどう来るか分からない物に、直ぐに反応出来るようにする特訓。サナの才能が、サナの努力がここぞという時に力を発揮する。

 

 

「まだ……っだぁ!!」

 着地したサナは自らの勢いを殺す事無く前へ。ふらつくディアブロスの脚に太刀を叩き付ける。

 叩き付け、切り上げ、右に振り回しては左に振り回す。ディアブロスが体勢を立て直す前に渾身の一撃を叩き込むと同時に踏み込み、ディアブロスが体勢を立て直すと同時に三百六十度小さな身体を目一杯回してその場で薙ぎ払った。

 

 巨大な、自分達の何倍もあるその巨体が横に大きく崩れ落ちる。倒した訳では無いが余りの猛攻にバランスを崩したのだろう。

 

 

「今よ!!」

 サナのそんな言葉を聞く前に自分を含めた三人も足を動かしていた。

 今しか無い。サナがカウンターで作ったこのチャンスを今掴まなければ、またあの突進と地中からの攻撃のループを耐え凌ぐ自信が自分達には無かった。

 

 サナはそのまま腹部へ、ガイルは頭上に、アニキが尾の方に、自分は背中に各々自らの得物を叩き付ける。

 ここで終わらせる。そんな決意からか誰一人出し惜しみをしなかった。倒せると思っていたから。

 

切る、切る、切る、無心で本当は数秒しか無かったその時間に時が止まったような感覚の中、己の獲物を叩き付け続けた。

 

 





ディアブロス。作者がモンスターハンターのモンスターでも好きなモンスターベスト5には入るモンスターだったりします
次でこのお話は終わり。もう少し書けばよかったなぁと後悔しております……

記念すべき二十話です!
でも絵も何も無いです!
この小説はどこまで続けられるのか……(´−ω−`)

また来週、会えたらお会いしましょう。


厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

地獄から来た角竜

 

 ———切り続けた。何度も何度も。

 

 

 

 奴が立ち上がるまで。

 

「ブォォォア゛ア゛ア゛ッ!!」

「なんやと……」

「嘘……」

 ディアブロスは起き上がる。

 満身創痍の状態で体液を地面に垂れ流しながらも悲痛の叫びを上げ、怒りに身を震わせながら立ち上がったのだ。

 

 これがマ王。ここ何年もの間砂漠に君臨した生きる伝説。

 

 

「ブォォォア゛ア゛ア゛ッ!!」

 怒りの鉄槌が振り上げられる。きっとこの場に居た誰もが反応出来ないスピードで振り下ろされたそれは、アニキを軽々と地面に叩き付けた。

 

「アニキぃ!!」

 悲鳴も無く倒れたアニキの元に駆け寄る事も、ディアブロスの振り回される尾が許さない。

 

 そうしている間にも怯んで動けなくなったサナの正面にディアブロスは頭を向け、その鋭く捻れた片方の角を向ける。

 その鋭利な槍がサナの身体を貫こうとした瞬間、

 

「うぉぉぉおおおお!!」

 渾身の力を込めたガイルのハンマーがディアブロスのその角を直撃する。

 

 さっきの猛攻で蓄積されたダメージがあったのか、その攻撃でディアブロスの残り一本だった角は不快な音を立てながら破砕し、地面に突き刺さった。

 

「ブルォォア゛ア゛ア゛ッ!!」

 二本の角が不恰好にも折れ、満身創痍の肉体で、それでも尚立ち続ける悪魔。

 折られた角の有無がその力には関係無いとでも言うように、人の何倍もある頭を回転しながらぶつける頭突きで、ガイルを地面に転がせるディアブロス。

 

 今度こそとサナに狙いを付けたディアブロスの尾が振り上げられる。

 

「サナ!!」

「……っ」

 全力で走って、小さな身体を抱えて飛ぶ。

 しかし頭はからっぽだった。

 

「ブルォォア゛ア゛ア゛ッ!!」

 怒りの視線を送って来たかと思えばディアブロスはまた折れた角と襟飾りを駆使して砂の中に潜って行く。

 今度こそ避けられない。そのままディアブロスに逃げてくれと願ってみるが、その気配が消える事は無かった。

 

 倒れているアニキとガイルに視線を送る。

 もう助からない。諦めかけていた。

 

 

「私が……悪いんだ」

 ボソッと、サナの口からそう漏れる。

 そう口にした瞬間何かを理解してしまったのか、手放した太刀と一緒にサナも地面に崩れ落ちた。

 

「私が今だ……なんて言って、倒せると思って……それで」

 違う。

 

「元はと言えば私が皆を巻き込んだ……ラルフもガイルも…………シンカイも……。……私が…………ぁ……ぁあ……」

 違う。

 

 

「ブルォォッ!!」

 多分最後の奇跡だろう。ディアブロスが砂中から浮上したのは自分達から五十メートル程離れた場所だった。

 だが逃げる訳では無い。姿勢を低くし、最後はお得意の突進で四人をまとめて葬る気なのだろう。あまり時間は残っていなかった。

 

「サナ……それは違うで」

 だから手短に話そう。

 

「まだ誰も死んじゃいない! 終わって無い!」

「シンカイ……?」

「サナは何も間違っちゃいない。むしろ頑張った方やろ? ワイら三人だったらこんなチャンスを作れなかった。勿論アニキもガイルも居たからそのチャンスを物にしたんやけども、サナは一番頑張った」

 双剣を地面に捨てて、サナの太刀を拾いながらそう言う。

 アニキは大胆に振舞って時には仲間を助けてくれた、ガイルはあの恐ろしい角を一本へし折った。

 サナは皆をここまで引っ張って、どうしようも無い状況をチャンスに作り変えた。

 

 何もしていないのは自分だけだ。だからここで何かをなさなければ男がすたる。

 

 

「だから後は任せろ」

「辞めて……」

 大切な仲間を守るためなら、どうなっても良いとも思えた。ねーちゃんは……こんな気分だったのだろうか?

 まぁ、出来れば死にたくは無い。親父との約束もあるしな。死んだら意味が無い。

 

「もしダメだったとしても、絶対にあのマ王だけは道ズレにするか動きを封じる。だからサナ……生きろ」

 でもさ、こいつだけは守ってやらないと行けない。そう思ったんだ。

 

「辞めて……っシンカイ!!」

 サナの言葉は聞かずに、ディアブロスの方へと全力で掛ける。同時にディアブロスも自分達をまとめて轢き殺そうと脚を一本また一本と前に進めた。

 

 距離にして五十メートル。自分は五十メートル走るのに七秒掛かるか掛からないかだが、ディアブロスは初めの加速こそ遅い物も二十メートル進む頃には空を飛ぶ飛竜のようなスピードで突進してくる。

 勿論まともにぶつかりあったら全身の骨をバラバラにされて即死だろう。何分こちらは防具すらない。それでも自分は脚を止めなかった。

 

 時間にして三秒も無い。あれだけ離れていた距離は一瞬で縮んで、文字通り目と鼻の先にディアブロスの頭が来るまで瞬き一回分。

 そこまで距離を詰めてから自分はサナの太刀の刃先をその目先に向けた。

 

 

 瞬きをせずにディアブロスと睨み合う。本当はほんの一瞬の出来事のハズだが妙に動きがスローモーションに見えるのは自分が死ぬ間際だからだろうか?

 そんな事はどうでも良かった。ただ自分は、為すべき事をするために刃先に全神経を集中させる。目標は自分を睨み付けるマ王の『眼』。

 

 確かな手応えが手に伝わった次の瞬間、これまで感じた事も無い衝撃と痛みが全身を襲った。

 突き飛ばされた感覚が全身を駆け巡り、自分の骨が軋む音が身体中から伝わって来る。

 肺の空気は全部一瞬で押し出され、内臓が出て来るんじゃ無いかと思える程口から大量に空気と血液を吐き出した。

 

 生きて意識がある事にも驚いたが、もしかしたら死んだ方がマシだったのかもしれない。

 地獄に行った奴が味わうような苦しみを覚えながら、それでも生き残った感触を掴んで視界に映る物をハッキリと見定める。

 

 

「ブルォォォオ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!」

 激痛に叫ぶのは自分だけでは無かった。右眼に『太刀』の突き刺さったディアブロスは脚を止めて悲痛の叫びをあげる。やったのか、やれたのか、良かった。

 

 

 

 眼球と言うのはどんな生物であれ鍛えて堅くできる物では無い。

 ただ、だからと言ってそれを覆う瞼は違う訳で。条件反射で閉じられるだろう瞼を貫通して眼球を突き刺す程の腕力を人間はどれだけ鍛えても得る事は不可能だろう。

 

 ましてや自分は非力な方だ。

 

 だからディアブロスの突進を利用した。相手の走ってくる勢いと自分の勢いも合わせれば、ギリギリ瞼を貫通して眼球に太刀を届かせる事が出来るだろうというカウンター染みた捨身。双剣でなく太刀を選んだのはリーチを確保する為だ。

 一番の問題は綺麗にその太刀の刃先をディアブロスの眼球に合わせられるかといった所だったか。これに関しては何故か自信があった。昨日や今日のサナの反射神経に比べればこの位容易い物だ。

 

 

 あーしかし。もうダメだ。

 身体が動かない。冷たい砂の上で、ただ暴れ狂うディアブロスを見守る。

 頼むから倒れてくれ。不死身のマ王なんて二つ名はもう捨てても良いだろう? そんな満身創痍でまだ戦うつもりなのか?

 

 

「ブルォォオ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」

 しかし、天まで届きそうなその怒りの叫びと共にディアブロスは体制を立て直す。

 嘘……だろ?

 

「ここまで……やって」

 倒れないのか……?

 

 これがねーちゃんを殺したマ王だっていうのか。

 あぁ……今ならねーちゃんの事、許せるわ。

 

 

「まだ……や」

 だとしても。

 いう事を聞かない身体を引きずって立ち上がろうとする。

 

「まだ……終わっちゃいない……っ!」

 まだ誰も死んでない!

 

「そうだな」

 そう右から肩を貸してくれたのはアニキだった。

 

「アニキ……?」

「……俺達の勝ちだ」

 左からはガイルが肩を貸してくれる。

 いや、でもこんな事されたら戦えない。

 

「全くさぁ……っ!」

 そう考えている背後から聞こえる可愛い声。

 ハンターとは思えない程小柄で華奢なのに、誰よりも努力して誰よりも頑張った彼女は、自分がさっき捨てた双剣を一本だけ両手で持ってディアブロスの元に歩いていく。

 

 

「サナ……」

「格好つけようとしてんじゃねーよ! 心配…………したじゃん」

 泣き顔で彼女は振り向くと、構えてこう口を開いたのだ。

 

「まぁ、いつもよりちょっと小さいけど行けるっしょ! 何より私、天才だしな!!」

 全く、可愛い奴だ。

 

 

「ブルォォ……ッ!」

「いい加減眠れ……マ王ぉおお!!」

 それなのに彼女は我等狩猟団の中で最強のハンターなのだから、一人で一番頑張ってみせるのだ。

 

 片目の潰れた両角なしのディアブロスの懐に潜り込み、小さな刀身でも適材適所に連続攻撃をディアブロスに叩き付けるサナ。

 その巨体が力を失って行くのが眼に見えるように分かる。しまいには残った片方の瞳からも光が消えて行く。

 

 砂の大地にそれが倒れると同時に日が昇り始め、生きている実感と———勝ったという喜びを胸に焼き付けた。

 

 

「生きてるんやな……」

「あぁ……生きてるぜ」

「……そうだな」

「そう……だね」

 各々感傷に浸りながらその場に崩れ落ちる。全身の痛みも傷もここまで来れば良い思い出だ。

 絶対折れていると思っていたが自分は案外丈夫だったらしく痛みは残っている物もそれ程悪い状況では無さそだし。

 

 こんな所で朝っぱらから倒れている訳には行かないのだが、それでも今は皆で込み上げる思いが止まらずに笑顔を見せる。

 生きている。俺達は勝ったんだと。

 

 

「ギャィッ」

 が、そんな気持ちに水を差す奴が一匹だけ居た。緑とオレンジの縞模様をしたランポスと同種の小型肉食竜のゲネポス。

 ランポスとの違いは体色と一対のトサカに口外にはみ出た牙で、強力な麻痺毒を持つモンスターとして知られている。

 

「げぇ、ゲネポス……」

 

 勿論、この程度の小型モンスターなら今さっき砂漠の王を倒した自分達の敵である事など無いのは確かなのだが。

 全員満身創痍の上座り込んでいる状態だ。咄嗟にアニキが立ち上がるも武器を構える姿はまるでなっていなかった。

 

 

「や、やんのか……?」

「ギャィッ!」

 流石に四人相手で一匹でいるゲネポスも警戒しているのか、鳴き声を上げて自分達を警戒する。が、その次の瞬間だった。

 

「ギャィィッ!」

 背後からの、鋭利な細い武器での突きでゲネポスは勢い良く地面に転がって絶命する。

 何かと思ってゲネポスを追い掛けた視線を戻すと、そこには一人の男と女が立っていたのだ。

 

「げぇ……ケイスケに、クー姉」

 アニキがその名前を呼ぶ。

 

 

「やっと見つけたぞ……まさか本当にやり遂げてるとはな」

「まぁ、俺が居たからな」

「お姉ちゃん……」

 自信満々にケイスケに勝ちを報告するアニキの横で、静かにサナは姉を見ていた。

 

「サナ……」

 その姉はゆっくりとサナに近付くとその頬を引っ叩く。

 

「な、なんだよ……。私はやり遂げたぞ!! 皆と頑張ってお兄ちゃんの仇を討ったんだ!! それなのにお姉ちゃんはなんだよ!! 何もしないで、なんの為にハンターになったんだよ!!」

 怒鳴りながら手に持っていた双剣の片割れに力を入れるサナ。流石に仲裁に入ろうとするがケイスケにそれを止められる。

 

「あんたを護る為に決まってるでしょ!!」

 泣きながら、サナを抱きながら彼女はそう言ったんだ。

 

「直ぐこんなボロボロになるまで無理するあんたが心配だからに決まってるでしょ?! 私は死んじゃった弟より、生きてるあんたの方が大切なのよ!!」

「お姉ちゃ……ん」

 強く、もう離さない。そんな決意が感じられて、見ているこっちも暖かな気持ちになった。

 

「もう……こんな事は辞めてよね……」

「ご……ごめん…………なさい」

 

 

 実際どうするのが一番の正解だったかなんて知るよしも無い。

 この中の誰か一人でも止めていれば自分達はマ王と戦う事は無かっただろうが、サナは姉の真意に耳を貸す事は無かっただろう。

 マ王を倒した今だからこそ、生死を賭けた戦いを生き抜いた今だからこそ、こうやって姉の言葉を真に受け止める事が出来ているのだと思う。

 

 だから自分としては、これは間違ってないんだと、そう思えたのだ。

 

 

「……ふ、さぁ! 帰るぞ、我が家に!」

 倒れた不死身のマ王ディアブロスを見てからケイスケはいつもの調子でそう語る。

 その表情はなんとも言えない、いつもの何もかも見透かした表情だった。……なんだ?

 

 まぁ、帰ろうか。我等の狩猟団に。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 忘れていたと言えば嘘になる。

 ただ、あまり気にしたく無かったというか目を背けていたのは事実なのだ。

 

 

 我等が砂上船キングダイミョウに戻った、ケイスケとクーデリアさんを除く自分達四人を待っていたのは歓迎なんて物じゃ無かった。

 外で待機していたのは日光の反射で表情の見えない親父ただ一人。

 

 表情見えなくて怖いんだけど!? 殺される!! 今ならマ王より怖いと感じるその親父の前に自分達は四人並んで立った。

 鉄拳制裁か。死刑か。マ王と戦って勝ったは良いが満身創痍の上この仕打ちだ。はは、割に合わねぇ。

 

 

「ラルフ……ガイル……」

 親父が二人の名前を呼んだ次の瞬間だった。夜中に感じたディアブロスの突進をギリギリで避けた時のあの背筋が凍る感覚がまた自分を襲う。

 

「「ガハッ!!」」

「ひぃぃっ?!」

 隣にいたアニキとガイルは背後五メートルにあった岩盤まで吹っ飛んでそのまま気絶した。

 おい何があった。まさかこの今真横にある親父の右腕が二人を同時に殴り飛ばしたのか?! そんな馬鹿な。

 

「何大怪我してやがる糞ガキぃぃいいい!!」

「ひぃぃっ?!」

 怖い! マ王より断然怖い!!

 

「親父、気絶してる」

「ったく親不孝者が……」

 ヤバい次は自分だ。

 

「シンカイ、サナ……」

 ひぃぃいいいっ!!

 

「良く帰ってきたな」

 が、予想とは裏腹に親父の右腕が飛んでくる事は無かった。

 それどころか親父はその大きな腕で自分とサナを優しく抱擁し、こう続ける。

 

「何より……俺は子供達が怪我するのが嫌なのさ。勿論死んじまうのはもっと嫌だ。だから無事で帰って来たならそれで良い……なぁ、よく帰って来た。よく無事で帰って来た」

 そう言う親父の声はとても優しくて暖かかった。だから、今回の件に関して自分は反省しか無い。

 

 

 もしかしたらここに戻って来れなかったかもしれない。もしかしたら誰か一人でも欠けていたかもしれない。

 

 何が正解かなんて分からないが、何が不正解だったのかも自分は分からない。

 

 

 だからそんな未熟な自分が許せなかった。

 

「殴ってくれ」

「……ん?」

 親父にそう頼む。

 

「ワイも皆の家族や! こうなったのは自分にも責任がある。アニキ達が怪我したのは自分にも責任がある!!」

「ちょ、シンカイ!」

 止めるようなサナの声を無視して続けた。

 結果はどうあれ、この判断をしたのは自分だ。自分はただ運が良くて大きな怪我が無かっただけで、アニキ達となんら変わらない。

 変わらないんだ。自分はもう皆の家族で、サナやアカリや親父やケイスケ達と同じなんだ。家族なんだ。だから違う対応を取られるのが嫌だった。

 

 そんな風に思える程には、もう自分はこの人達に溶け込んでいるんだと熟思う。

 

 

「だ、だったら私も!」

 いや女の子は殴れないだろう。そう思った矢先だが親父は両手を振り上げていた。

 

「オメェら、歯食い縛れ」

 言われた通りにする。自分もサナも、ただ瞳は開けて真っ直ぐに親父を見た。

 振り下ろされたのは拳骨。アニキ達みたいに吹き飛ぶ事は無かったがそれでも頭が割れるかと思う程の激痛だった。

 

 それでも、暖かい。

 

 

「もうするんじゃねーぞ」

 優しい表情で親父はそう言うと船に振り向いて背を向ける。

 でっかい背だなぁ。

 

「出発だぁ!!」

 親父がそう言うと同時に船からアカリが全力ダッシュで何かを持って駆けて来た。

 何も無い所で途中で転けて心配になるが、それを笑ってやっていると起き上がったアカリは頬を膨らませてまた駆けてくる。

 

 そんな他愛無い光景を見て「あぁ、帰って来たんだな」と初めて実感できたのかもしれない。

 そういや、昨日のアカリが当番の晩飯食べれなかったなぁ。

 

 

『サナ! シンカイ! これ昨日のご飯の残りだよ!』

 頬を膨らませたまま事前に書いていたのだろうそのスケッチブックとおにぎりを二つ抱えるアカリ。

 食べ損なったご飯を食べられるのは嬉しいがスケッチに書かれた言葉と今の表情がまるで合わなくてまたサナと二人で失笑してしまう。

 

「……んっくぅぅ」

 あぁ、怒ってるアカリも可愛いなぁ。

 

「あはは、ごめんてごめんて。態々ありがとな、アカリ」

「もっと謝りなさいよシンカイ」

 お前も笑ってただろうがい。

 

「……ふむぅ」

 頭を撫でてやると何とか機嫌を取り直してくれたのか膨らんだ頬を縮ませて、アカリは珍しく口を開いた。

 いや、きっと珍しいなんて事は無いんだろう。アカリも口にしたい事がもっといっぱいある筈なのだから。

 

 だから、そっとその言葉に耳を傾ける。

 

「……ぉ……かぃ」

「あぁ、ただいま」

 約束は守れたかな? そんな事を考えながら気絶したガイルを背負って船に戻る。

 

「ねぇ……シンカイ」

「なんや? サナ」

「……いや、何でもない」

 複雑そうな表情でサナはそう言った。なんだ?

 

「親友の王子様を取るのもな……」

「なんの話……?」

 

「んーとさ、その背中で眠ってるバカと、そこ伸びてるバカにも伝えといて。あとあんたにも」

 こう続けてから少し早めに歩いて前に出て、振り返り満面の笑みでこう言ったのだ。

 

「まぁ私一人でもやれたけど?! 今回は無駄なお節介ご苦労様ぁ! ってね!」

 そしていつものドS腹黒少女の顔に戻ると一目散に船に走っていく。

 

「ったく……」

 走りながら「皆ありがとう」なんて言っても誰も気付きやしないっての。

 

「……可愛く無い奴」

『それがサナだから! 照れ隠し照れ隠し』

 

 

 

 余談ではあるが。ケイスケが言うには自分達四人が相手したディアブロスはマ王御本人では無かったらしい。

 なぜ分かるかと言うとケイスケが自分達を探している間に本物のマ王を目撃していたからだ。

 

 でわ、あのディアブロスは何だったのか?

 答えは簡単。マ王により片角をへし折られ、身体中ボロボロに痛めつけられ弱った普通のディアブロスだった訳だ。

 ただ、マ王と戦って生き残れただけでも個体としての能力は高かったのだろう。あの生命力と力量にも納得が行く。

 

 

 つまり、本物のマ王はアレより強い。

 この事は今は自分とケイスケの秘密になるだろうが、いずれまた本当のマ王と戦う事もあるだろう。

 

 だが今は、満身創痍の普通のディアブロスにも手こずっている状態だ。自分も伝説のハンターなんてまだまだ先の話だな。

 

 だから強くなって、また本物のマ王に相見える。その時は誰一人傷付く事なく、欠けることなくまたここに帰って来よう。

 

 

 

「クックククククク……ブロォォォォォゥゥゥウウウ!!!」

 

 そんな決意を胸に、我等が狩猟団はまた砂漠の航海を再開する。

 いつか戦う事になるだろうその鳴き声を背に、今は前に進むのであった。





長くなってしまい、すみません。

そしてとんでもないオチでした←
マ王との本戦を書くことはあるのだろうか?

これで長々とやってきた今章も終わりです(´−ω−`)
お付き合い、ありがとうございます。

次回も張り切って書いたので、お暇があればまたお会いしたいと思います。でわ、また会う日まで。


厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Insect Glaive『第六章』
砂漠の砂中霊


「待って!!」

 大切な仲間が居た。

 

 

「大丈夫だよ! 行ってくるから、ケイスケを頼んだからね!」

 彼女はそう言いながら棍棒を握る。

 自信のある表情には見えなかった。それでも、彼女にしか出来ない事だったのだと、誰もが分かっていた。

 

 

「———シーラ……っ!」

「必ず戻ってくるから!」

 そう言った彼女がその場所に帰って来る事は無かった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「ねぇ知ってる?」

「知らん」

 人を嘲笑うかのような表情が頭上から現れる。

 

 

 肩まで伸びたサラサラピンクの髪を後ろで一本に纏めた彼女は『棒高跳び』を失敗して地面に頭からぶつかり、意気消沈している自分にそう問いかけて来た。

 

 バカにするなよ。自分はお前みたく天才じゃ無いんだよ。まぁ、サナは天才でなく影なる努力家なのだが。

 

 

「この砂漠で落下死した人って砂中霊になって出て来るんだよ?」

「何やその限定的な死に方……さちゅう霊? そもそも砂漠で落下死ってそうそう無いやろ」

 起き上がり、サナことサーナリアの言葉にそう返した。そんな限定的だと何か現実味あるな———いや怖く無いよ? 全然怖くない。

 

「今のあんたとか」

「まさか……実は今ので死んでまって既にワイは幽霊に?!」

「ちゃんと生きてるわよ」

 ポンと、自分の頭に手を乗せるサナ。いつかとは逆だな。

 

「痛くない? 大丈夫?」

 ジャージ姿で動きやすい格好の彼女は、さっきの表情からは想像も付かない優しい表情でそう言ってくれた。

 本当は彼女は優しいのだ。普段はムカつくけど。

 

「お、おぅ。大丈夫や」

「そ、なら良かった。まぁ私が言いたいのはつまり、頭から落ちたら死んじゃうかも知れないんだから気を付けなさいって話な訳。分かった?」

 ありがたい忠告を置いて、サナはアカリとタクヤの元に戻って行く。

 

 

「いや……しっかし何の意味があるんやろうなぁ、これ」

 

 あのディアボロスとの戦いから一月程が経とうとしていた。

 結局マ王本人では無かったディアボロスに、自分はほとんど歯が立たなかった訳だ。全員生きてディアボロスを倒せたのは自分以外の三人のおかげだろう。

 

 

 今自分はダイダロスの訓練所に居る。ディアボロスと戦う前に、ガイルとドドブランゴ亜種の討伐訓練をした場所だ。

 ガイルも勿論居るのだが、今回はサナにアカリにタクヤと、中々に賑やかなメンバーである。まぁ、それぞれ別の事やってるんですけどね?

 

 なぜこんな場所にこのメンバーで居るか?

 答えは至って簡単。トレーニングである。

 

 

 ガイルはいつも通りの事。

 アカリとタクヤはケイスケの命でこれから本格的にハンターとしての活動を始めるためのトレーニング。

 自分もディアボロスの件が恥ずかしくてそのトレーニングに便乗させて貰い、お目付役としてサナが此処に居る訳だ。

 

 

「今回は討伐訓練や無いんなや」

 と、今さっき合流したばかりのガイルに話し掛ける。

 

 ちなみにダイダロスに来たのは今回で二度目で、約一カ月振りとなる訳だが。到着早々自分とアカリ達はこの訓練所へ、ガイルは別行動を取っていた。

 多分、前回みたいにジムで筋トレをしてきた後なのだろう。全身を汗で濡らしているガイルが訓練所へやった来て、行っているのはいつもやっている筋トレだった。

 

 ここまで来てもとりあえず筋肉鍛える筋肉バカの鏡のような奴、とはサナの談である。

 

 

「……もし今討伐訓練を行うとタクヤやアカリに危険が及ぶ」

 上半身裸で腕立て伏せをしながら短い銀髪を含めた全身を汗に濡らしている彼———ガイルはそう淡々と答えた。

 どうやら自分達が邪魔をしていたみたいだった。申し訳無い。

 

「な、なんか……すまん……」

「……いや、良い。たまにはモンスターと戦わず筋トレに励むのも悪く無い」

 いやお前毎日欠かさず筋トレしてるじゃないか。筋トレが趣味みたいな人間じゃないか。

 

「こーらシンカイ! サボるなぁ!」

 ガイルと話していると、背後からそんなサナの声。鬼教官。

 

「シンカイの邪魔すんなよ筋肉バカ」

 鬼教官は態々またアカリ達の元からやって来てガイルにそう文句を落とす。

 一月前に命の掛かった戦いを繰り広げた仲だというのに厳しい物言いだなぁ。

 

 

「シンカイもサボらないの」

「……す、すまん。せやかてな? なんでワイだけ棒高跳びなん?」

 と、鬼教官に疑問をぶつけてみる。

 

 態々猟団がこのダイダロスに来た時の自由時間に、訓練所に足を運んだのは勿論トレーニングの為なのだが。

 アカリとタクヤは一生懸命走り込みをさせられてるのにも関わらず、自分はなぜか棒高跳びを鬼教官に命じられていた。

 

 はっきり言って何の意味があるか分からない。

 

 

「あんたの一番の問題は体力じゃ無いのよ。一緒に何度か狩り行ったけど、私があんたに一番感じた事を解決するためにはこれが一番なの」

 自分の質問にサナは淡々と答える。あれから片手で数えられる程一緒に狩りに出たが、それだけで自分の弱点を察したらしい。恐ろしい娘。

 

「感じた事……?」

「回避性能っていうか……ジャンプ力? ここぞって時にあんた飛ばないのよ」

 ふむ、言われてみればそうかもしれない。ディアブロス戦でもそうだったような気がするし。

 この一ヶ月間の狩りでも何度か危ない所を誰かしらに抱えて貰いながら飛んで、なんとか事無きを得ているのだ。

 

 

「で、あんた飛ぶのが苦手なんじゃ無いかと思って」

「んな事無い」

 ジャンプすら出来ないのかと馬鹿にされている気がしてそう反論する。

 

「なら飛んだ先に頭から落ちて行くのはなぜ……」

「……」

 反論出来ない。

 

 いや、決してモンスターの攻撃が見えてないとか身体が反応してないとか。そういう事じゃ無いんだ。

 はい、サナの言う通り。ジャンプが苦手なんだろう。

 

 どうしても遠くに飛ぼうとすると身体が固まる。転がる事なら出来るから、これまではそうやって攻撃を回避してきたけど回避距離が足りない事がざらにあった。

 

 

「あんたはね、才能あるけど実戦経験が足りな過ぎるのよ。知識もあれば戦い方も分かってる、でもその割に圧倒的に経験が足りて無いからモンスターの攻撃の避け方がなってない」

「そればかりは実際にやってみないと身に付かへんからなぁ……」

 十代前半女子に正論を叩き付けられどうしようもない十代後半の男の図。

 

 端から見れば笑えるかも知れないが個人的には一ミリたりとも笑えない。

 

「だから飛びなさい、出来るだけ高く遠くに。着地は足から入って関節をバネにして勢い殺して転がるの」

 それだから棒高跳びなのか……。流石、鬼教官の考えには無駄が無い。

 

「はい、夕方まで飛び続ける!」

「鬼! 悪魔!!」

「なんとでも言いなさい」

 新しい玩具を見付けたような———いや、つまりいつもの表情で彼女はそう言いながら身の丈程の丈夫な棒を渡してくる。

 

 

「あんたが怪我したら困るんだからね。ほら、とっととやる」

「……は、はい」

 そうして隣でガイルが筋トレ、アカリとタクヤが走り込み等基礎訓練をしている中。自分一人だけはただ永遠と高く飛んでは頭から地面にぶつかる罰ゲームを繰り返していた。

 

 いや、マジで無理です。どうやったら足から着地出来るんですか……?

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「当分歩きたく無い」

 今日も今日とてかんかんと照り付ける太陽の下、我等がキングダイミョウはダイダロスを出航する。

 

 

 結局昨日は日が沈むまで棒高跳びをやり続け、帰れば例の毎回やってるという卓球大会でサナと組み、決勝まで悲鳴を上げる足を動かす羽目になった。

 ちなみに優勝。これで二連覇だとか思う程の余裕も無く、その後の記憶すら無いままにお布団で爆睡。

 

 砂上船の出航時間まで寝ていて、起きたら足がパンパンだった。ガイルは勿論だが、アカリもタクヤも何故かこうはなっていない。

 

 

 なるほど自分は体力というか……持久力が無いらしい。ガイルの筋トレに付き合った時も直ぐにダウンしたしな、自分。

 

 

「だらしねーなっ!」

「ぐへぇ……」

 後ろから喝を入れてくるアニキにも、こんな反応しか出来ないくらい疲れていた。また寝ようかな……。

 

「お前相当体力無いんだな……逆に凄いわ」

「そんなにか……ワイ、そんなに酷いんか?」

「アカリもタクも、サナの特訓の後でもピンピンしてるからな」

「若いってええのぅ」

「……」

 言い訳のつもりだったのだが、アニキは自分より年上だしアカリ達との年齢差は若いという以前に幼い。

 万に一つも言い訳無く、ただ恥ずかしい青年の姿がここにあった訳だ。

 

 

「ここから飛び降りたら楽になるかな……」

 砂上船の甲板から下を覗き込みながらそう言う。恥ずかしさで消えたい。

 

「バカ言ってんじゃねーよ」

 げんこつを貰った。普通に痛い。

 

 

「こーらシンカイ君危ないよ?」

 アニキと会話をしている後ろからそう注意してくれたのは、金髪セミショーの超絶美少女ナタリア。

 薄着で出て来た彼女の胸部に眼がいかない訳が無い。それが、男って物だ。

 

「ワイ……もうお婿に行けへん」

「え?! 何?! どうしたのシンカイ君?!」

 心配そうに声を掛けてくれるナタリア。天使かよ。

 しかし、彼女の心はアニキの物なんだよなぁ。アニキは気が付いて無い見たいだけど?

 

「タクに負けて心の底から落ち込んでんだよ」

「そ、そうなんだっ。んー……人間得意不得意くらいあるよ、シンカイ君」

 その内容が酷いんだよな。歳下に体力負けてたとか。

 

 これまでの狩りはギリギリなんとかなってたけど、本格的にこの体力は酷いのだろう。持久力のトレーニングをサナに教えて貰おう。

 

 

「それにこんな高い所から落ちたら砂漠の砂中霊になっちゃうよ?」

 自分の今後を心配していると、ナタリアがそんな忠告をしてくれる。

 幽霊で脅かすの辞めてくれ。そういや、昨日サナもそんな事言っていた気がする。

 

「そのさちゅう霊ってなんや? 昨日サナもそんな事言っとった気がするんやけど」

「砂の中の霊と書いて砂中霊だ。砂漠じゃ迷信としては有名だな」

 そう言うアニキの表情はどこか暗くて、遠くを見ているようだった。

 もしかして怖いのか! ふ、ふはは、わ、ワイは全然怖く無いで!

 

「ほら、砂漠の南の方にベースキャンプになってる岩の高台があるでしょう?」

 ナタリアがそう言って説明するのは言葉の通りこのバトス砂漠の南に位置する山のような岩盤の事だ。

 

 本当に山のような大きさの岩でモンスターも寄ってこない為、ハンターのための拠点と気球の着陸場が作られたベースキャンプが存在する。

 砂漠に拠点を持っていないハンターが気球で来る時とかに使われる物だから、自分達には関係無いんだけど。

 

「あそこがどうかしたんか?」

「ほら、あそこ高いじゃん?」

 まぁ、確かに凄く高い。落ちたら確実に死ぬ。

 

「昔ね……そこから落とされたハンターさんが居たんだって」

 少し意地悪な表情をして、ナタリアはこう続けた。そんな表情も素敵だけど、ちょっと待ってくれ! それ怖い話?!

 

「え、ちょ、何……」

「ふふふ……それでね。その落ちたハンターさんを落としたハンターさん達が探すんだけど。何処にも見当たらなかったらしくてね?」

「もう既に怖い」

 辞めて!! そういう話無理だから!!

 

 が、自分のそんな心境を察してかナタリアはもっと意地悪な表情で続ける。

 

「探しても探しても見付からないあるはずの死体。ハンターさんを落としたハンターさんは気にしてもしょうがないかな、ってその場を後にしようとするの……振り向いてベースキャンプに戻ろうとするの」

「へ、へぇ……」

 

「そしたらね———ガッ! って、砂の中から手が出てきてハンターさんの足を掴んだんだって」

「「ぎゃぁぁぁ!!」」

 何故か寄って来たヒールと共に自分は絶叫した。なんでヒール君居るの?!

 

「ハンターさんは直ぐにその手を払って逃げたんだけど。結局死体は見付からなかったんだって。曰く、高い所から落とし過ぎて地面に埋まって成仏されずに砂の中で幽霊になっちゃった人のお話……広まりに広まって砂中霊って名前が付いたんだよ」

 そこまで言うとナタリアは伏せて震えているヒールに「何してるの……」と声を掛けた。

 

 こえーよ。砂の中から腕とかこえーよ。辞めてくれよ。

 

 

「あ、アニキは怖く無いんか……?」

「は? んなもん怖くねーよ」

 なぜか不機嫌なアニキ。ん? どうかしたのだろうか?

 

 

「シンカイ君、ヒールが話しあるって」

 震えるヒールを引っ張りあげながらナタリアはそう言った。ヒールもこういう話苦手なんだな。本当に見た目とは反対な人間だ。

 

「俺からの話って訳じゃ無いんすけどね……」

「しっかり話しなさいよ」

「ねーちゃんが怖い話するからっすよ?!」

 仲睦まじい双子な事で。

 

「で、ヒールからの話じゃ無いってどういう事や?」

「ケイスケと親父がお呼びっすよ」

 え、自分何したの。何かやらかした?

 

「怖い話からの怖い話なのか……」

「いやいや、なんかクエストの話っぽいすよ? 親父の部屋で待ってるっす!」

 さて、何かのクエストらしい。いや……足パンパンなんだよなぁ、なんて言ってたら体力も付かないのだろうか?

 怖い話も頭から飛ばしたいし。ここは身体を動かすのが得策だろう。

 

 そうと決まった所で、自分は親父の部屋へと足を運ぶ事にした。

 

 

 さて、どんなクエストが来る事やら。

 

 




忘れられているかもしれませんが、この作品は残存のモンハンゲームとは時間軸と大陸が違うのです。
そうした理由が、こうやって設定を作りやすいから何ですよね……。要するに、逃げです←

この大陸の砂漠にもゲームの旧砂漠におけるベースキャンプのような場所がある設定


さて、第六章の始まりです。
また長くなってしまいますが、どうかお付き合い頂けるとありがたいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

過度な疲労に強走薬

 

「お、来たかぁシンカイ!」

「お前に一つ頼みたい事がある」

 甲板でヒールに言われて親父の部屋の扉を開くと、親父とケイスケが同時にそう口を開いた。

 

 

「ヒールに言われたんやけど? なんかのクエスト?」

 普段クエストのメンバーに選ばれた時は、直接ケイスケが呼びに来てその場でメンバーを集め内容を聞くのだが、今回は違うらしい。

 と、なると重要なクエストなのか……? 今は足が思うように動かないから辛いぞ。

 

 

「クエストといえばクエストなんだがな」

 親父は大きな手で髪の無い頭を抑えながら控え目にそう言う。巨体で威厳もあるからそんな姿も様になるとかズルい。

 

「ダイダロスに着く前にも話したが、そろそろアカリやタクヤも狩りに参加させようと思ってな」

「あいつらまだ十四歳やで……?」

 一方親父と違って茶髪がフサフサのケイスケのその言葉に自分はこう返した。十四じゃまだねぇ?

 

「サナは十三歳だけどな」

 親父が横からそう口を挟む。いや、あれは……うん。

 

「勿論、無茶なクエストをやらせる訳が無いさ。だが、少しずつでも慣れさせて置きたいからな」

「まぁ……言い分は分かった。しかし、どーもそれとワイが呼び出された理由が頭の中でくっつかん。なんでワイ、呼び出されとるん?」

 

「お前にはアカリにヘビィボウガンを教えてやって欲しい」

 なんでやねん。

 

「待て待て……。ワイ、双剣使い。ここまでオーケー?」

 ねーちゃんにヘビィボウガンをうんと教え込まれたのは確かだ。だけど彼女が死んでからはほとんど触ってない。

 それこそ、一番初めにアカリを助けた時がねーちゃんが死んでから初めてで―――あれからまだ一度だって触っちゃ居ない。

 

 

 別にねーちゃんをまだ恨んでいるとか、そういう事じゃ無いんだけどな。

 帰って来なかった事は許せないけど、きっとそれなりの事情があったんだろう。

 サナとの一件で、大切な何かを守る事の大変さは身を持って思い知ったからな。

 

 だから、前ほどヘビィボウガンに対して思う事がある訳では無いのだが。

 たまに人の武器を借りたりするものの、この双剣だって随分と長く使ってるからな。愛着が沸くのだ。

 

 

 自分は双剣使いだと誇りたくなる程には。

 

 

「だが他にヘビィボウガンを使える奴は居ないんだ」

 と、ケイスケは困ったような表情でそう答えた。自分が二つ返事で「分かった」と答えてくれる予定だったのだろうか?

 ケイスケには珍しく計算違いが事が起こったらしい。してやったり。

 

「ヒールは? 一応ライトボウガンやってボウガンやで」

「頼んだんだがな。勝手が違うらしい」

 あ、なるほどだからヒールが呼びに来たのか。

 

「そーいや気になったんやけどな。この猟団って同じ武器使っとる奴がおらへんけど理由とかあるんか?」

「がっはっは! 良いところに気が付いたな」

 良いところなのか。

 

「まぁ初めは偶然だったんだけどな。長年やってる内にそれももう必然みたいになって来た。マックスみたいに居なくなっちまう奴も居れば、事情で猟団を抜ける奴も居た。でもなぁ、どれだけ経っても同じ武器使う奴が被って猟団に居る事は無かったぜ」

 つまり偶然って事ですね?

 しかし、自分が知らない元橘狩猟団の人間も多いのかもなぁ。考えてみると当たり前なのだが少し寂しい気もする。

 

「チャージアックスと操虫棍使いは今おらへんのやな」

「そうだなぁ。チャージアックス使いはタクヤと入れ替わりくらいで結婚して出て行っちまった。操虫棍使いは大分前にシーラって奴が居てだな———」

「親父、長話もなんだぞ?」

 親父の言葉をそういって遮るケイスケ。自分は気にしないのだがケイスケ達は忙しそうだ。

 

「それもそうか。もう着いちまうしな」

 え、どこに。

 

 

「話を戻すがお前しか居ないんだ、シンカイ。頼まれてくれないか?」

 リーダー様にそこまで言われれば断る訳にもいかないか。

 

「…………まぁ、教えるだけなら」

 それに、他でも無い相手はアカリだしな。自分に出来る事があるならしてあげよう。

 

「よし、期待してるぞシンカイ」

「がっはっは! ありがとうよ!」

 二人は安心したような表情でそう言う。血の繋がった大切な家族を任せるというのに何も心配してなさそうだ。

 いや、多分血が繋がってるとか繋がってないとか関係無いんだろうな———ここの皆は。

 

 

 それは自分も同じ訳で。

 

 

「ま、ワイに任せとき! なんなら今からでも構わへんで!」

 張り切ってそう言ってしまったのだ。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「まさか本当に今すぐ出発になるとは……」

 先ほど親父の部屋から出て十数分。防具を身に付けたパーティと共に自分は船の倉庫でそんな風にボヤいていた。

 ちなみに相も変わらず自分は装備なし。俗に言う全裸。服は着てるけど。

 

 

「だから急いどったんかケイスケ……」

 いや、しかし、気が早すぎる。もう少し落ち着いても良いと思う。

 

「ふぁ~……なんか疲れた表情してるけど大丈夫? シンカイ」

 そう言って心配してくれるのは赤髪でスタイル抜群のカナタ。今回のパーティの一人。そう言うカナタも美少女が人前であくびなんて疲れてそうな表情だがどうしたのだろうか?

 そんなカナタは初めにクエストに行った時と同じように、火竜リオレイアの装備を頭部以外身に纏い、武器もリオレイアの素材を利用したガンランス『オルトリンデ』だ。

 

 

「……大丈夫。多分」

「多分って……」

 今回のクエストの目標は鳥竜種ゲネポスの親玉、ドスゲネポスだ。確かに人間と比べると大きな生き物だが良く砂漠にいるアプケロスという草食獣の方が大きいくらいの中型モンスター。

 カナタと自分だけでも普通に勝ててしまうだろうし、クエストに問題は無いハズ。

 

「おいおい、そんなんで大丈夫かよ」

 そう言うのはパーティのもう一人。今回の目標であるゲネポスの装備を見に纏い、鉄の鉱石で出来た片手剣を背負った、黒髪でまだ幼さの残る顔立ちの少年———タクヤ。

 

 自分のルームメイトにして、男子では最年少。オセロのとても弱い、アカリに恋心を抱く、特技はブーメランの、色々と残念な少年だ。

 

 

「お前の頭よりは大丈夫や」

「どういう事?!」

 

『心配だよ?』

 そんな文字が書かれたスケッチブックを掲げるのはフルフル装備で、リオレイア亜種の素材を使ったヘビィボウガンを一生懸命背負おうとしているアカリだった。

 

「自分よりタクヤの頭を心配してやってくれ、アカリ」

「……?」

 首を傾げながらも、黒髪ショートでメガネの少女は数秒間だけ考えた後、首を縦に振る。

 そして、そのままのスケッチブックをタクヤに向けた。

 

「なんで俺がアカリに心配されてるの?!」

『シンカイ君がタクヤ君の頭が大変って言ってるから』

「シンカぁぁあああイ!!」

 不憫なりタクヤ。

 

 

 

「あ、まだ居たまだ居た。良かったぁ」

 タクヤで遊んでいると、唐突に上から降りてきて焦った様子でそう口を開くのはクーデリアさんだった。

 妹のサナより長くてサラサラな髪を後ろでひとつに纏めた彼女は、親父を除けば最年長の大人の魅力を持つ美女である。

 

 曰く、歳下には興味が無いらしいが。

 

 

「クーデリアさん?」

 して、結構な焦り具合が表情から受け取れるので、そう言ってから彼女の息が整うまで待つ事にする。

 どうしたのだろうか? まだ愛の告白には自分と彼女はそこまでの経験を積んでいないハズだ。

 うん、冗談は心の中でもよそう。バレたらサナに殺される。

 

 

「シンカイ君に渡す物があってね」

 あれ?! まさか妄想が現実に?! ラブレターとか貰っちゃうかな?!

 

「はい、これ」

 そう言ってクーデリアさんが手渡して来たのはハートのシールでフタをしてある紙———でわ無く、瓶だった。

 はは、瓶の中にラブレターなんてシャレた真似する人だなぁ。なんて思いながら瓶を受け取るも、どう考えてもその瓶に入っているのはラブレターではなく黄色い液体である。

 

「なんや……これ?」

「強走薬グレート」

 マジか。

 

 

 

 強走薬とは。

 ある種の作用で(詳しく理由は知らない)筋肉への血流を非常に良くして栄養を送り付ける事により、筋肉の疲労を即座に回復。

 さらに筋肉の疲労を抑え、人にもよるが効果が効いている間は全速力で走り続ける事も可能という、摩訶不思議———危ない薬である。

 

 

 

「サナが貴方にって。さっきまで部屋にこもって調合してたの」

 そういや、昨日寝てからサナの姿を見てないと思ったら引きこもってたのか。これを作るために。

 

「なるほど……」

 サナの事だ、きっと考えてこれを作ってくれたのだろう。

 正直言ってこんな得体の知れない危ない薬飲むのは気が引けるが、サナの考えなら間違っては無いハズだ。

 

「ありがとう、って伝えといて貰えます?」

 強走薬を受けっとって、グイッと一気に飲み干してからクーデリアさんにそう伝える。

 絶対に糞マズイと思っていたのだが、そんな事は無く。程よい酸味と甘みが口の中に広がって———ハチミツみたいなトロッとした食感。

 

 あの鬼教官様。態々味の調整までしてくれたらしい。サーナリア様かよ。

 

 

「ふふ、伝えておくわ。あ、タクヤ君にはこれ、アカリちゃんにはこれで、カナタちゃんにもはい」

 クーデリアさんは自分に微笑みかけてくれた後、三人にも同じようにアイテムを渡す。

 しかし全部強走薬グレートという訳では無く、カナタには元気ドリンコ、アカリには煙玉、タクヤにはこやし玉が用意されていた。

 

「私昨日サナと夜遅くまで話してたから……眠いの知ってて」

 そう言いながらカナタは元気ドリンコを飲み干す。そういやさっき、あくびしてたな。

 

「アカリの煙玉はヘビィボウガンの位置どりをする為のアイテムか」

『サナね、昨日の夜からずっと起きてて今日船に乗って部屋に入ってからもずっと調合の作業してくれてたんだよ!』

 アカリはそう書かれたスケッチブックを誇る様な表情で抱えていた。親友の頑張りを直ぐ隣で見ていたのだ、誇りたくもなるだろうな。

 

『でも、ずっと寝てないから心配』

 しかしアカリは優しいからそう思っているのです。サナって本当頑張り過ぎる奴だよなぁ。

 

「全くサーナリア様々って感じやな。ここまでやってもらったんや、良い結果出して戻らなかんなぁ」

 アカリを撫でながらそう言う。サーナリア様万歳。

 

「ふふふ、サナもそこまで言ってもらえれば喜ぶわねきっと。今頃は部屋で寝てるだろうけど、皆が帰ってくる頃には起きてるから、クエストの成功を伝えてあげてね」

 自分の事のようにクーデリアさんは自分達のサナへの評価を喜んでいた。

 大切な妹だしな。当たり前か。

 

 

「んじゃ、一狩り行こうか! クエストスタートや!!」

 いつものケイスケのように掛け声をあげて倉庫の壁を開き、砂の大地に足を踏み入れる。

 まぁ、相手はドスゲネポス。万に一つも無いだろう。帰ったらサナの頭を目一杯撫でてやろう。

 

 そんな事を考えながら、クエストに出発するのであった。

 

 

 

「いや、なんで俺だけ『こやし玉』なの?! うんこなの?! 三人共意味ありげなアイテム貰えてるのになんで俺だけこやし玉なの?! おいちょっと誰かツッコミ入れろよ!! ………………サナぁぁあああ!!!」

 不憫なタクヤ……。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

腹を壊しては戦は出来ぬ

 

 今回のクエスト内容を説明しておこう。

 

 

 狩場は砂漠では南の方。カラドボルグとダイダロスの間くらいに位置する区域だ。

 狩猟目標はドスゲネポス。この砂漠に広く繁殖している鳥竜種のボス。他のランポス種と同じで、十数体で作る群れのリーダー格である。

 

 依頼主はなんとギルド本部。

 依頼内容はというと、さっきナタリアさんの話に出てきたベースキャンプになっている岩の高台がこの付近にあるのだが。

 その近くに件のドスゲネポス率いるゲネポスの群れが縄張りを作ってしまって、気球でベースキャンプに来るハンターの身の安全が保証出来ない状態となってしまっているらしい。

 

 その群れの統率力であるドスゲネポスを狩猟し、ベースキャンプ一帯のゲネポスを追い払うのがギルドの目的だった。

 

 

 と、まぁ。クエスト自体はなんの問題も変哲も無いただのクエスト———なのだが。

 

 

 例の岩の高台が近付いてくるにつれ、灼熱の大地に立っている筈なのに足元がどうも冷たく感じる。

 

 砂中霊。そんな、この砂漠に伝わる迷信が頭の中から離れなかった。

 いつ足元から手が出て来るか、とか考えてたら足元に眼をやれない。遠くで砂の中から顔を出すヤオザミにすら恐怖を覚える。

 

 くそ……あんな話、聞くんじゃなかった。

 

 

「……カナタ?」

 ふとカナタに視線をやると、なぜか彼女の表情もあまり良いものでは無かった。まだ眠いのか? 眼を細めて、不機嫌そうにしている。

 

「……ん? どうしたの?」

「いんや。なんか暗い表情しとるなーと。元気ドリンコ効いてないんか?」

「いや、そんな事無いよ。全然効いてる。サナが作ってくれたんだから効果無い訳無い」

 この信頼感である。ここまで来るとプラシーボ効果とか発生しそう。

 

 

 して、ならなぜそんな表情をしているのだろうか。

 

 

「あんまりこの辺り……良い思い出無いんだよね」

 その疑問の答えはすぐにカナタの口から出て来た。

 あ、やっぱり砂中霊の話か。カナタも女の子だもんな。怖いわな。うん、怖い筈だ。

 

 自分だけが怖がっている筈が無い。

 

 

「ま、まぁアレや。んな非現実的な事ある訳無いある訳無い」

 自分に言い聞かせるようにそう言う。そ、そうだ。幽霊とか居る訳が無い。

 

「何の話?」

 違うかったみたいです。

 

「なんでも無いです……」

「ふふ、変なの。まぁそれがシンカイか」

 そう笑って笑顔を見せてくれるカナタ。くそ……馬鹿にされてる気がする。

 まぁ……カナタはそうやって笑ってる方が似合ってる。

 

 

「んー、そうだ! 着く前にお昼食べちゃおう!」

 と、続けてカナタはそう提案してきた。確かに良い頃合いの時間か。

 

「分かったぜ! あの岩陰なんてどう?」

『あそこなら涼しそうだね!』

 二人もその気のようだしこれで決定だな。

 

「シンカイは?」

「勿論賛成」

「ふふ、よしよし」

 おっと、嫌な予感がするぞ。なんだろう。

 

 

 そんな訳で近くにあった大きな岩陰へ。クーラードリンクを飲んでいるとはいえ、気分的にはかなり熱いのだ。

 だから狩場で休憩するならやはりこういう岩場に限る訳だな。モンスターに発見される可能性も激減するし。

 

 

「はい、今日はなんと私が特製お弁当を作って来ちゃったよ!!」

 岩陰に着くなりカナタは高らかに爆弾発言をしながら、カバンから木材で作られた弁当箱を取り出す。はい、嫌な予感的中。

 

 

「俺、自分で持って来たから」

 しかしすぐさまタクヤはそう返事をした。その手にあるのはギルド支給の携帯食料。

 保存食兼非常用の食べ物なのでハッキリ言ってとてもマズイ。食えたものでは無いのだが、カナタの飯を食べて灰になるよりはマシという奴か。

 

「そ、そっか……。アカリ、食べる?」

『私お腹減ってないかな』

 こころなしか文字が冷徹なんだけど。スケッチブックを持つアカリは笑っているけど心の中では絶対に苦笑いしてるぞアレ。

 

「え……」

 アカリのそんな態度にカナタはさっきより酷い表情をして落ち込んでしまう。いや当然の結果なんだけども。

 でも本人に悪気は無い訳で。……確かに、一生懸命作って来たのであろうお弁当に誰も手をつけないのは辛いだろうなぁ。

 

「わ、ワイ……何も無いわ」

「あ、シンカイ食べる?」

 自分でも口が滑ったかなぁ、と思ったね。

 いや、だってあのカナタの飯だぞ。ヒールが泡吹きながら倒れる姿を何度見てきた?

 

「これこれ。昨日サナに見てもらいながら作ったんだけどね」

 そう言いながらカナタは弁当箱を開ける。その中に入っていたのは数個のサンドイッチ。

 うん……見た目は普通だ。いや、カナタの場合基本的に見た目は普通だ。騙されるな。

 

 

「シンカイ……」

「……ぅ」

 タクヤとアカリは信じられないといった表情で自分を見ていた。

 いや、確かに今は大事なクエストの前だ。しかも砂漠のど真ん中で倒れて気絶でもしてみろ。大惨事間違い無し。

 

 でも自分はカナタの言った、ある一言を聞き逃していなかった。

 

 

 ——昨日サナに見てもらいながら——

 

 

 カナタはさっき、そう言った。

 つまり、夜更かししていたのは一緒に起きていたサナに見てもらいながら弁当を作ってもらっていたからでは無いか?

 ある種、これは賭けだが。サナが見ていたならきっと大丈夫なハズだ。これから大切なクエストなのにカナタが落ち込んでいたら色々と問題が起こるかもしれないしな。

 

 

「どれどれ」

 入っているサンドイッチは四種類が二個ずつの八個。メンチカツにハムに卵に野菜か、メンチカツにしようかな。

 

「これ貰うで」

「う、うん……っ!」

 自分がメンチカツサンドを手に取ると、何故か緊張した表情になるカナタ。

 普段はあんな無茶苦茶な食べ物をこれでもかという自信に満ちた表情で渡してくるのにな。

 

 

 ———さて、実食と行こう。

 

 初めの一口は正直身構えていた。

 いくら誰かに見られてたとはいえ、相手はカナタだ。ドキドキノコを調味料だと思っているような奴だ。サナに隠れて何かしていてもおかしくは無い。

 

 

 しかし、そんな心配は杞憂に終わる事となる。

 フワフワなパンと、作ってから時間が経っているはずなのにサクサクな食感を残したメンチカツを噛み切っても、自分は泡を吹いて倒れるなんて事は無かった。

 

 それどころか普通に美味しい。

 揚げたてかと思えるようなミンチカツを噛んだ瞬間、口に広がる芳醇な肉の味。

 それを引き立てるのはダイダロス特産のふわっと焼けた弾力のあるパンだ。

 決してカツの感覚を邪魔する事なく共存する二つの食感は食材の旨味を口いっぱいに広がらせる。

 

 語彙の無い自分が口にするのなら、このサンドイッチの感想は。

 

「普通に美味い……」

 だった。いや、カナタが作ったなんて信じられない。普通に美味い。

 

「嘘?! 本当?!」

 そして、それには作った張本人ですら驚いていた。タクヤとアカリなんて目を丸くして、信じられないと言いたげな表情で自分を見つめている。

 

「本当はもっと隠し味にキノコとか虫とか入れようかなって、サナに言ったんだけど。今回だけはそういうの良いってサナが頑なに言うものだから……あまり味に自信が無くて」

 悪気が無くて言ってるのが、本当に質が悪い。ていうか今、虫って言った? もしかしてこの人、虫とか言った?!

 この人、絶対自分が作った食べ物の味見した事ないだろ!

 

 いや、でもとにかく助かった。サーナリア様マジで神かよ。帰ったらキスしよう。

 

 

「アカリもタクヤも食ってみ。普通に美味いで!」

「お、おぅ……マジか」

『お腹減ってきたかも!』

 自分の言葉と毒味による実績により、カナタのサンドイッチを手に取る二人。

 アカリもこの件には中々厳しい評価なようです。

 

 そのまま二人も自分のように身構えながら口に入れたが、次の瞬間その旨味に頬を落とすのだった。

 

「う、うめぇ!」

「……ぅゎぁっ」

「せやろ?」

「わ、私だってやればこんなもんよ!」

 こころなしか、いや目に見えて嬉しそうなカナタ。これで今日の狩りは大丈夫そうだな。

 しかし、ずっとこの調子でご飯を美味しく作ってくれない物か?

 

「ふふ……なら次はちゃーんと味付けしないと」

 あ……ダメだこりゃ。

 

 

「それで、ちゃんとケイスケにも食べさせてあげないとね」

 普段は素っ気ないのに、裏ではカナタってこうやって言う奴なんだよな。実際は満更でも無いのかもしれない。

 

 

「ほらほら、まだ残ってるからどんどん食べちゃって!」

 そう言うカナタのお言葉に甘え、自分達三人はそれぞれサンドイッチを口にしていく。うん、卵も美味い。

 

 

「これで今日のクエストは余裕だな!」

 お腹いっぱいになったのか、タクヤはそんな甘い考えを口に出す。こら、変なフラグ立てるんじゃ無いよ。

 いや、万に一つも大丈夫だろうけど。今はゲネポスの群れが縄張りを作っているせいで他のモンスターもこの辺りには近付いて来ないだろうし。

 

『油断はダメだよ!』

 アカリの言う通りだ。

 

 

 

 注意点といえば三つか。

 

 まずアカリだ。正直最近忘れかけていたが、アカリは聴覚が弱い。全く聞こえない訳では無いが狩りになった時にきちんとアカリに声を伝える為には、アカリから離れる事だけは避けなければならない。

 だから、ドスゲネポスを見付けたらサーナリア様から頂いた煙玉でまずアカリの位置どりをする。背後に壁になる物を置いて出来るだけ障害物に隠れられる場所。ベースキャンプ辺りは岩場が多いからその点は問題無いだろう。

 後は、親父やケイスケの頼みだし。自分は前線には出ないでアカリにヘビィボウガンを教えつつ、アカリの援護に徹すれば良い。

 

 次にタクヤ。運動能力が別に低い訳じゃ無い(そもそも自分より体力がある)がまず自分以上に狩りに慣れていない。装備はゲネポスの装備だけど実際にドスゲネポスを倒した事は無いらしい。貰い物だ。

 立ち回りはカナタが教えてやるらしいが、ガンランスと片手剣じゃそもそもの立ち回りが違う。双剣持った自分の方が同じ盾持ちのガンランスよりまだ近い立ち回りになる。まぁ、その辺は自分よりベテランのカナタだし心配は要らないか。

 もし危なくなったら用意しておいた閃光玉もあるし。タクヤの事は出来るだけカナタに任せてしまっても良いか? 流石にカナタの心配はする必要が無いしな。

 

 最後に他のモンスターの乱入だが。これもゲネポスの群れのおかげであまり気にする必要は無いはずだが、万が一にというのがある。地面は岩だらけで砂の中を泳ぐモンスターは入ってこれないから本当に万が一なのだが。

 もし大型モンスターが現れたら閃光玉投げて即離脱だな。幸いこの砂漠に閃光玉の効かないモンスターはほぼ居ない。いても洞窟にいるフルフルだ。

 だから出来るだけ周りに気を配って、もし他の大型モンスターが近付いてくる事があれば直ぐに行動出来るようにしておかなければならない。

 

 

 つまり、今回はサポートに徹する。それが自分の今回の仕事だ。

 

 

 

「何してんだシンカイ? 置いてくぞー」

 自分が考えをまとめている間にどうやら片付けも終わって狩場に向かう準備が出来たらしい。

 

「シンカイ行くよー」

『行こ!』

 前衛にアタッカーの片手剣とタンクのガンランス、後衛に狙撃守と盾剣士。パーティとしは上出来だ。

 きちんと立ち回れればドスゲネポスは倒せる筈。このクエスト絶対に成功させて、サーナリア様にキスしに帰ろう。

 

 この二人だっていつか肩を並べる最高のハンターになる。今日はそんな二人の記念すべき初めての狩りなんだからな。

 

 

「へいへい」

 さてと、まぁ。なら……一狩りして貰おうか。

 

 




分け目の関係で文字稼ぎになってしまった感じががが……
次回でやっと狩りシーン突入です。


先日とても為になる感想を頂きました。
もう11月分まで下書きがあるこの作品をこれから良い方向に持っていけるか不安ですが、やれる事はやって、きちんと完結させたいと思っています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

襲撃

 

 辺り一面を真っ白な煙が包み込んでいる。

 まるで霧が掛かっているような風景だが、本物の霧ではない。

 

 

 もっとも、この砂漠ではオアシスのある所でたまに発生するので異常な光景では無いらしい。

 その証拠に眼前に群れる今回のクエストの標的は、その煙の中で違和感を感じる事無く、ゆっくり歩く自分達に気が付かないご様子。

 

 

 煙玉。文字通り使用すると辺り一面に霧のような煙を広げられるアイテムだ。

 煙には匂いを吸収する作用もあって、大抵のモンスターはこの煙の中に身を潜めたハンターを見つける事が困難になる。

 

 そんな物を用意してくれたサーナリア様に感謝しつつ、自分達は各々の持ち場にゆっくりと配置した。

 

 

 自分とアカリは目標から死角になった岩場。タクヤとカナタは目標の背後に陣取る。

 

 煙玉の効果時間はそんなに長くは無い。この煙が晴れた時が、戦いの幕開けとなるだろう。

 

 

 段々と薄れていく煙の中、アカリの腕に力が入るのが分かった。

 

「……大丈夫」

 そんなアカリの肩を叩いて、そう伝える。

 

「……んぅ」

 心配そうな彼女。当たり前か、初めての狩りなのだ。

 

 

「一人やないで、ワイがおる。カナタもタクヤもおる。アカリならやれる」

「……ん!」

 そう言ってやると、アカリは力強く頷いてヘビィボウガンを構えた。

 

 

 ———煙が晴れる。

 

 

「たぁっ!!」

 先陣を切ったのはカナタだった。走って目標に向かいながら背負った得物に手を掛ける。

 

「ギャィッ!」

 群れの内の『一匹』がそれに気が付き目標とカナタの間に立ち塞がった。

 

 その一匹にカナタは迷い無くガンランスを抜刀し押し付ける。吹き飛ぶ小柄な鳥竜種。

 

 

 ゲネポス。ランポス系の亜種で緑とオレンジの縞模様に嘴から飛び出した二本の牙が特徴的な小型のモンスターだ。

 

 

「ギィルル……ギャィッ!! ギャィッ!!」

 その寸劇の後、カナタに気が付いた標的は姿勢を上げ高らかに吠える。

 

 ゲネポスは群れを作って暮らすモンスターだ。その群れには時折、強く身体も発達した個体が現れる事がある。

 普通のゲネポスより一回り大きな体躯に、大きく自らを主張する一対のトサカ。強力な麻痺毒を有する群れのボス———ドスゲネポス。

 

 

 煙が晴れたおかげで件のドスゲネポスが率いる群れの全貌が明らかになる。

 ベースキャンプの岩場付近に屯する群れのゲネポスはこの場に居るだけでも十五匹。

 カナタが一匹屠って減らしたが、元々がかなり大規模な群れだ。未だに視界にはゲネポスが満遍なく映っていた。

 

 なるほどギルドがクエストを出す理由も分かる。

 

 

「う、うぉぉ!」

 続いてタクヤが岩陰から走り、標的に向かう。

 だが、やはりその間にゲネポスが入ってタクヤをも拒んだ。命を張ってボスを守るその姿勢は賞賛に値すると思う。

 

「この!」

 目の前に立ち塞がったゲネポスの頭にタクヤは片手剣を叩き付ける———が、浅かったようでゲネポスは怯むだけに終わって姿勢を低くしタクヤを威嚇した。

 

「ギャィッ!」

「……っ」

 ゲネポスに盾を構えるタクヤ。分からないでも無いが、この数相手にそれは間違いだ。

 まぁ、ハンター初心者からすればゲネポスとてかなりの強敵だ。身構えてしまうのもやはり分からないでも無い。

 

「怯んだらダメ! タクヤ!」

 そう注意しながら飛び込んでくるゲネポスを盾でいなし、カウンター気味に砲撃を食らわせるカナタ。これで減った数は二。

 

「……っ! うぉぉ!」

 カナタの声を聞いて、タクヤはもう一度片手剣に力を入れた。勢いに任せた振り下ろしだが、ゲネポスの頭を砕くにはそれで十分。

 

「ギェァ……ッ」

 力の限り振った剣撃でゲネポスは吹き飛び、頭から地面に落ちて絶命する。タクヤの記念すべき初狩りだろう。それで三匹。

 

 

「ふぅ……」

「落ち着くの早すぎ! 後ろから来る!」

 数匹のゲネポスに囲まれながらもタクヤにそう注意するカナタ。多分カナタならそのくらいの状況大丈夫だろうが、問題はタクヤだった。

 

 一匹仕留められて気が緩んだのか、倒れたゲネポスを見ながら固まっていたタクヤの背後からゲネポスが飛びかかる。

 

 間に合わず、タクヤの頭上からゲネポスは自慢の麻痺毒を———浴びせる事は無かった。

 タクヤ目掛けて跳躍した一匹のゲネポスは威力の高い銃弾によって空中で軌道を変える。隣で撃ったアカリの通常弾が頭部に直撃したらしい。

 

 ゲネポスはその一撃が急所に当たったのかその場で即死。タクヤも無事だ。

 

 

「ナイスや、アカリ」

「……ん!」

 アカリは何というか、目が良い。いや、物理的には視力は悪い筈なんだが。

 見るべき場所を見る才能があると思う。耳が聞こえにくい分、普段そういう所でカバーしてるからか。

 

 

 

 さて、これで十五匹とボスが一匹だった群れが四匹減った訳だが、見た目ではそんなに変わらない。ボスに攻撃を与えるのは難しいだろう。

 

 ゲネポスを全滅させるのも手ではあるが、こちらの体力が持たないし長期戦になればこの場に居ない群れの仲間も呼ばれてこちらが不利になるだけだ。そもそも生態系的に宜しくない。

 

 だからここは一点突破。考えはカナタも同じはず。

 

 

「タク! 私が道を切り開くからドスゲネポスに斬り込んで!」

「お、俺?!」

「アカリに良いところ見せたいでしょ!?」

 そんな会話をしながらカナタ自信がドスゲネポスに接近する。竜撃砲のトリガーを引きながら。

 

「「「ギャィッ!」」」

 勿論そんなカナタを易々とボスに近付けさせる統率力では無いらしい。何匹ものゲネポスはボスの前に立ち塞がり、カナタを牽制する。———だが、それがカナタの狙い。

 

 

「……喰らえ!」

 刹那、彼女の眼前を爆炎が包み込んだ。ガンランスの奥義とも呼べる竜撃砲、それをボスを守る為に纏まったゲネポス達に浴びせてやる。

 

 三匹がその場で絶命。二匹が吹き飛び、文字通り開かれたドスゲネポスへの道。

 

 

「う、うぉぉっ!」

 切り開かれたその道をタクヤは全力で走った。今ならドスゲネポスに一太刀浴びせられる。

 

 カナタはその背後で振り向いて、後ろからタクヤを襲おうとするゲネポスを盾で防いだ。

 横から回り込み、ボスを守ろうとするゲネポスはアカリが放った銃弾が絶命させる。

 

 

「ギャィッ!!」

「喰らえぇぇ!!」

 二人の援護もあってついにドスゲネポスに接近。良い根性見せるじゃないか、タクヤ。

 

 そのまま走った勢いも乗せた斬撃をドスゲネポスに叩き付けるタクヤ。ここまで爆煙に紛れ込んでいた事もあってか渾身の一撃はドスゲネポスに直撃する。

 

 

「ギィ……ッ」

 流石のボスも身構えもせずにそんな物を喰らって怯んだ。その隙にタクヤは腹部に切り上げを叩き込む。

 

「一旦離れる!」

「お、おう!」

 カナタの言葉を聞いてタクヤはドスゲネポスから距離を取った。タクヤもやれてるし、それ以上にカナタのカバーが完璧だ。

 

 自分はというと何もしてない。いや、それは良いんだけど……うん。

 

 

「……ギャィッ!! ギャィッ!!」

 今の攻撃が聞いたのか、ドスゲネポスは高らかに吠え自らの怒りを露わにした。順調ではあるがここからが本番だ。気を抜けない。

 

 

「よっしゃもう一発決めてやるぜ!」

「慎重にね?」

 カナタが周りのゲネポスを引きつけ、隙が出来たところでタクヤはドスゲネポスに攻撃を仕掛けて行く。

 たまにカナタのカバーが追い付かない事もあるが、そこは上手くアカリがカバーしてやっていた。教える事無いんだけど。上手いなアカリ。

 

 

 そしてやっぱり、順調に進んでいる。このまま退治出来る。———そう思っていた。

 

 

 

「……ギャィッ!」

 ドスゲネポスはいきなり踵を返し、足を引きずってこの場から逃げ去ろうとしだした。追ってからまた戦っても良いがここで畳み掛けた方が楽なのは間違いが無い。

 

 タクヤも同じ考えだったのか、足を引きずって逃げるドスゲネポスに向かっていく。

 

 

 

 風向きが変わった気がした。

 いや、実際に変わった。比喩表現でも何でも無い。さっきまで感じられなかった風を今感じるようになった。

 

 問題はそこじゃ無い。

 その風に乗った匂い。血の匂い。恐怖のにおい。

 

 

 一番初めに気が付いたのはアカリだった。

 

 

「……っぁ?! し……ぃくっ!」

 肩を叩かれ、アカリが指差す方に眼をやる。太陽を遮る、黄色に青の縞模様。

 

 飛竜の祖先の特徴を受け継いだ骨格、件のマ王相手でも怯まずに自らの命の限り戦う強暴性は一月前に見た瀕死の同種からも伺える。

 比較的広い生息域と捕食の為に神出鬼没でなにより好戦的。あの空の王等に肩を並べる危険度を持つモンスター。

 

 

 絶対強者———ティガレックス。

 

 

 

 他のモンスターの乱入を考えていない訳では無かった。

 

 ただ、この大規模な群れの中に突っ込んでくる程の好戦的なモンスターがそこまでいるかと言えば答えは限りなくゼロに近い。

 そもそもこのベースキャンプ付近は普段モンスターが近付かないエリア。その乱入を予測出来る奴はそう居ないだろう。

 

 

 いや———自分だけは違ったハズだ。アカリの周りにゲネポスが来る事は無かったし、タクヤもカナタのおかげで順調だった。

 なら自分は周りの警戒をするべきだったのでは無いか? そんな後悔も一瞬、その存在は滑空するように飛んで逃げるドスゲネポスとタクヤに襲い掛かる。

 

 

「待ちやがれドスゲ———」

「タクヤ!」

 ティガレックスに気が付かず、ドスゲネポスに片手剣を振るおうとするタクヤをその場から突き飛ばすカナタ。そこまではまるで時が止まったかのように遅く見えた。

 次の瞬間、突き飛ばされて訳が分からなそうな表情のタクヤの眼前を巨体が通り過ぎる。剛腕な前脚に轢かれ、弱っていたドスゲネポスはそれだけで息を引き取っていた。

 

 

「———ぇ」

 

「くっそ……ッ!!」

 カナタはどうなった?! ティガレックスが通り過ぎた場所に残っていたのはタクヤだけ。

 ドスゲネポス諸共蹴散らされたゲネポス達はボスの生死が目で見ても分かったのか一斉にバラバラに逃げ出していく。

 

 その動きにも視線が散ってカナタの所在が掴めない。

 そして、彼女が何処に居るのか分かったのは『声』が聞こえてやっとだった。

 

 

「———っあ゛あ゛あ゛っ!!」

 悲鳴。激痛に人が本能的に発してしまう『声』。

 

 その声の主は———カナタはティガレックスの真下に居た。

 

 

 強靭な前脚に踏み付けられ、防具が軋む音がゲネポスの鳴き声に混ざって聞こえてくる。

 

 

 生きている。

 この絶望的な状況でまず頭に浮かんだのはそんな事だった。

 

 まだ生きている。ならなんとか出来る。まだ助けられる。死んで無い。

 

 

 

 考えろ。今出来る最高の選択を今直ぐに実行しろ。

 考える前に身体は動いていて。アカリを一人にしないように手を掴んで走っていた。急な事でアカリはヘビィボウガンを落としてしまう。

 

「……っぁ?!」

 そんな行動に驚くアカリだが、悪いけど何かを言ってやれる暇が無かった。

 自分達に構ってる暇も無く逃げ回っているゲネポスと反対側に走る。

 

 

 考えろ。何がある?

 回復薬———意味が無い。閃光玉———ダメだ、ティガレックスがこっちを向いて無い。

 ブーメランとかこの双剣を投げるか———ティガレックスが反応するとは限らない。切り込むとしても距離が間に合わない。

 

 

 何か……何か……何か何か———

 

 

 ブーメラン……?

 

 

 ——いやなんで俺だけ『こやし玉』なの?!——

 

 唐突に頭に浮かんだそんな言葉に自分は口角を上げざるおえなかった。

 サーナリア様、帰ったら結婚してくれ。

 

 

「タクヤ!! ティガレックスにこやし玉なげろ!!」

「は?! え?! うぇ?! なんで?!」

 大声でそう叫んだ自分を気にもとめずに、ティガレックスは抑え込んだカナタにその大きな顎を近付けていた。

 間に合うか?! いや間に合わせろ!!

 

「早く!!」

「お、お、おぅ!」

 尻餅を着いていたタクヤを立たせて急かせる。大丈夫だ、お前のブーメランのコントロールなら外さない。

 

 

「こ、このぉ!」

 ティガレックス一匹分の距離からこやし玉を投げるタクヤ。それがヒットした瞬間にやっと自分はタクヤの居る場所まで辿り着く。

 

 

「グェェッ?!」

 こやし玉ってのはモンスターがとても嫌がる匂いを放つ煙玉の亜種みたいなものだ。勿論人間が嗅いでも普通に臭い。

 ハンターを拘束しているモンスターは拘束しているハンターに集中している為、突然そんな匂いを受けて———

 

 

「……っぁ゛」

「ギェェッ?!」

 ———このように怯んで拘束を解く事が殆どなのだ。

 

 もうサーナリア様には足を向けて寝られないな。式場はどこしようか。カラドボルグの巨大サボテンの前が良いかな。

 

 

「タクヤ、アカリを頼む!」

 そう言ってタクヤの返事を待たずに走った。

 ティガレックスが怯んでいる少しの間にカナタとティガレックスの間に入り、カナタの様子を伺う。

 

 顔色悪いし所々出血してる……が、生きている。

 大丈夫だ。リオレイアの素材を使ったこの防具はそんじょそこらの攻撃で使用者を見放したりはしない。

 

 

「立てるか?!」

「……ぅ……ぁ」

 聞くまでも無い……か。

 

 

「ギェァァァ!!」

 せっかく獲物を仕留めようとしたのにそれを邪魔されて苛立っている。そんな表情。

 

 

 さて、ここまでやってしまったがカナタが負傷した状態で残るパーティはアカリにタクヤに自分。はっきし言って無理。

 

 そんな絶望的な状況かと思いもしたがするべき行動は直ぐ様考え付く事が出来た。

 

 

 多分、考える前に身体は動いていた。

 思考から意識を戻すと眼前には自分の手から離れた閃光玉。

 瞬間、強力な閃光が辺りを包み込んだ筈だ。自分は眼を瞑っていたので分からないが。

 

 

 閃光玉。小さな球体に閉じ込めた光蟲がその球体から脱出する際に発する光を、球体が拡散し強力な閃光を発する事が出来るアイテム。

 その光は生き物の眼を十数秒間焼く事が出来る程で、眼の前のティガレックスもしかりハンターのタクヤでさえその閃光を受けて『目が見えない状況』になる。

 

 

 タクヤは交わせなかったけどなんとかアカリは眼を閉じてくれていたらしい。

 

 後は簡単だ。ここは元々ベースキャンプエリア。ティガレックスの目が潰れている内に、細い岩場の登り場を登っていけばモンスターが入ってこれない高台のベースキャンプに辿り着く。

 

 

「アカリ、頼むで」

 ティガレックスに聴覚だけで場所を悟られないように小さくそう口にしてから、自分はカナタを背負う。

 一方のアカリは眼が見えなくなってあたふたしているタクヤの手を取って自分の思惑通りベースキャンプに向かってくれた。

 

 さて、防具が重くて硬いけどなんとか背負って———登り場へ。

 

 

 

「ギャィアアアア!!!」

 そんな所で、視力の戻ったティガレックスは自分達を見失って行き場の失くした闘争本能を高らかな咆哮に変えて上げていた。

 まともに戦って勝てる相手でも倒せる相手でも無い。ディアボロス戦で自分の未熟さは良く分かったからな。

 

 …………なんとか、なったか。

 

 




少し戦闘シーンをこってみました。久しぶりの狩り描写ですね。
とりあえず、緊張感のあるお話になりそうです……。

厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

思いと意志と決意と

 

「ごめん……ね」

 ベースキャンプのベッドに寝かしたカナタは、砂漠の暑さのせいでは無い汗を大量に流しながらそう口を開く。

 カナタの容態は想像よりは遥かにマシな物だった。勿論想像よりは、であって悪い事には変わりは無いのだが。

 

 

「い、いや! 俺が……俺が何も見てなかったから……」

「お前は悪く無い。あそこでティガレックスの乱入を察知出来たのは自分かカナタくらいや。だから、タクヤは悪く無い」

「で、でも……」

 タクヤがそう言うのも無理は無いし、アカリや勿論自分もカナタに申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 

 でも責任を取り合っても押し付けあってもカナタの容態が良くなる訳でも無いし。今はそんな事を言っている場合じゃ無い。

 

 

 色んな偶然と奇跡でなんとかこの状況まで持ってこれたがまだ問題が残っている訳だ。

 

 一つはカナタの容態。悪く無い訳が無い。

 防具ごと押し潰されて胸部の圧迫で肋骨にヒビ———もしくは折れていてもおかしく無い。ハッキリ言って背負ってここまで連れて来て良い状態では無かった。

 とは言えあの時はそれしか方法が無かった。いや、もっと上手くやれたかもしれない。ケイスケなら———無い物ねだりは辞めよう。

 正直に言って、専門家では無いから今のカナタがどういう状況か分からないのが一番の問題だ。何もしてやる事が出来ない。

 

 もう一つ。ベースキャンプ出入り口に居るティガレックス。流石にここまで登ってくる事は無いが、しつこくあの場に残られたらこっちが移動出来ない。

 その場合動ける三人でティガレックスを退治出来るかと応えられれば答えはノーだ。全く自信が無いしそもそもこの二人をティガレックスと戦わせる訳にもいかない。

 

 

「……詰んどるやんけ、クソが」

 思わず口からそんな言葉が漏れる。

 

 情け無いが荷が重い。きっとこの場に居たのが自分で無くケイスケやアニキ、サナなら———考えても意味が無い事が思考を支配する。

 

 

『私がティガレックスを倒してカナタを助ける!』

 そんな、途方も無い事の書かれたスケッチブックが目の前に置かれた。……アホか。

 

 

「あのなアカリ……今はそんなふざけてる場———」

 アカリの無謀な言葉に呆れてその頭にチョップでも入れてやろうとして、アカリの顔が、表情が目に入った。

 

「……」

 真剣な表情。大切な仲間が、家族が危険な状況で。自分の命を投げ打ってでもその家族を助けようとしている。

 

 そんな、真剣な表情。

 

 

「お、俺も! 元はと言えば俺をカナタが助けたから……」

 タクヤもそう口を開く。この二人はアホか———いや、アホは自分なんだろうな。

 

 

 どうしても最善策を考えてしまう癖がある。

 ガイルの時もサナの時も、自分では最善策だと思ってもそれが結局本当に最善策だった事は無いのに。どうしても自分で最善策だという答えを見付けてそれに従ってしまう癖がある。

 

 真剣になり過ぎて無駄に考え過ぎてしまうと言えば聞こえは良いが、要はアホなんだ。考えるのが下手くそ。

 

 

 少し考えれば分かるだろう。今どうするべきか。何をするべきか。

 

 

「……お前ら、アホか」

 とりあえず、そう言い放った。

 

「「……」」

 勿論アカリもタクヤも不満そうな表情をする。でもこれは褒め言葉だ。そう受け取って欲しい。

 

 

「カナタを助けたいのは分かる。でもアカリ、お前はまずボウガンが無い」

「……ぁぅ」

 さっき急いで引っ張ってしまったからヘビィボウガンは落として来てしまった。まぁこれは自分のせいなのだが、ここはあえて利用させて貰おう。

 

「それにティガレックスを倒すとしてカナタを一人にする訳にはいかんやろ? だからアカリにはカナタの事を頼みたい。……ええか?」

「……ん」

 少し考えてから。

 

『それが私のするべき事ならするよ!』

「アカリは偉いな」

 頭を撫でてやる。でも、いつもの調子で無くてその表情は硬い決意が全面に出ていた。

 

「お、俺は?」

「アカリは今武器が無い。勿論カナタは戦えない。なら……もしゲネポスみたいな小型モンスターがここに迷い込んで来たらタクヤ……お前しか二人を守る事は出来ん」

 まぁ、ありえない事は無いだろうが気持ち的には嘘も方便といった感じ。

 実際の所アカリやタクヤをティガレックスと戦わせる訳には行かない。ならどうするか? 自分がやるしか無い。

 

「お、おぅ! 分かった、任せろ!」

 タクヤも了承してくれたみたいでなによりだ。さて、後は自分が上手くやるしか無いか。

 

 

『シンカイ君はどうするの? ティガレックスと戦うの?』

 まぁ……聞かれるわな。話の流れ的に自分がティガレックスをなんとかするしか無い訳だし。

 

 

「任せろや、とっておきの作戦があるさかい。ティガレックスなんて直ぐに倒してとっとと船に戻ってカナタ見てもらうで!」

 勿論、嘘である。作戦が無い訳では無いがとっておきの作戦という程の作戦では無い。

 

 

『頑張ってね!』

 アカリにそう言われるとなぁ……。なんとかするしか無いか。

 

 

「ほ、本当に大丈夫なのか……?」

「察しろ……アホ」

 アカリには悪いが、タクヤには小さな声でそう伝えた。このくらいの小さな声だとアカリには聴こえない。

 

「お前……」

「まぁ……なんとかする、絶対に。だからその間アカリとカナタを頼んだで」

 だけど今は何か考えている場合じゃ無い。他の奴ならもっと上手くやるんだろうが、自分にはこれが精一杯だ。

 本当は……いざベースキャンプエリアから出たらティガレックスは居なくなっていた。なんて事に期待してるんだけど———ありえないだろうな。

 

 

「カナタ……ちょっとだけ我慢してといてくれや」

 ベッドで苦しそうに呻き声を上げるカナタにそう伝える。さっきよりは辛そうでは無いが……何分どうなっているか分からないんだ。油断は出来ない。

 

「…………行っちゃ……ダメ」

 して、カナタの口から出たのはそんな言葉だった。

 ま、まぁ……そう言いたい気持ちは分かるんだけどな。

 

 

「逆の立場だったらカナタはどうするんや……?」

 もっと上手い方法があるなら教えてくれ。

 

「……ちが…………ぅ」

「何が違う……?」

 どうしたんだ?

 

「お、おいカナタ大丈夫なのか?!」

「……か……ぁ」

 二人も心配だろうな。うん、この二人にならカナタを任せられる。

 

 

「…………行っちゃ……メ…………前も……シーラ…………あの……たいに」

「無理して喋らんでえぇ……文句ならカナタが元気になったらいくらでも言ってくれて構わへんから。せやから今は安静にしとれ……」

 絶対に助けるからな。そう思ってその場から立ち上がろうとすると、カナタに手を掴まれた。

 そんなに心配か。分かるんだけど、今は自分の心配をしてくれ。

 

 カナタって本当に他人優先だな……。

 

 

「…………ダ……メ」

「……ん!」

 その手を無理矢理にでも外したのはなんと意外にもアカリだった。

 

「……アカリ?」

 

「ん!」

『シンカイ君に任せるの!』

 今のカナタでも読めるような大きな字で。そう書かれたスケッチブックをカナタに押し付けるように見せるアカリ。

 

 おぅ、任せろ。

 

 

「…………っ」

 そんなスケッチブックを見て何を思ったのか。

 カナタはゆっくりと目を閉じて気絶するように意識を落としてしまった。

 

 息は荒いが、まだ大丈夫の……筈だ。

 

 

 迷ってる暇は無いな。

 

 

 

「……行ってくる。タクヤ、二人を頼んだで」

「お、おぅ!」

 出来るだけ早く奴を仕留めるか行動不能、最悪でも撃退させる。とりあえずそれだけを考える。

 

「し……か……くっ!」

「……アカリ?」

「ん!」

『本当に大丈夫? 無理してない? ごめんね、何も出来なくて』

 優しいな、アカリは。カナタには心配させないように、あぁ言っておいて自分にはこうか。

 

「いんや、アカリの力はちゃんと借りるで」

 丁度良くあの場所にはあのヘビィボウガンが落ちている。かの雌火竜の亜種の素材を使ったあのヘビィボウガンが。

 

「……んぇ?」

「アカリのおかげでティガレックスなんか勝ち確定や。任せとき」

 ハッキリ言って勝率は五分だ。やれるか分からないし自信は無い。それでもやってのけるしか無い。

 

 

 家族を守るために。

 

 さて、見せてやるか。あのティガレックスに。

 

 

 

 ねーちゃんの強さを。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 担ぐは双剣。残るアイテムにロクなものは無い。

 アカリから譲り受けたボウガンの弾と、閃光玉が残り四つ程。

 

 

 だから、いざベースキャンプを出ればティガレックスが居なくなっていました。なんてオチをやはり期待してみたのだが全くそんな事は無かった。

 なんとティガレックスの奴、ゲネポスが散り散りになってこの場が安全だと思い帰ってきていたアプケロスを捕食していやがる。

 

 それ食ってお腹一杯になったのなら帰ってくれないものだろうか。

 まぁ、こっちにはそんな余裕は無い訳だが。

 

 

「とっととご退場頂こうか……」

「……グゥゥ……ギァィィッ!」

 自分に気が付いたティガレックスは食事を中断し戦闘態勢に移る。勝てるのか……アレ。

 

 

 人間の武器は知恵と文字通りの武器のこの二つだ。

 

 ここにあるのは街の加工屋で市販されている五百ゼニーの双剣。

 それにカナタの落としたガンランス、アカリの落としたヘビィボウガン。

 

 

 いくらでもやりようはある。

 

 

 正直、ヘビィボウガンを触るのはだいぶ昔まで気が引けていた。どうしようも無い状況でも無い限りは関わりたくも無いとまで考えていた。

 ねーちゃんの使っていた武器。ねーちゃんが教えてくれた武器。……自分に一番合った武器。

 

 だから、帰って来なかったねーちゃんが嫌いになって。同時にヘビィボウガンも嫌いになっていた。

 でも、皆の家族になって、皆の事を知って、ディアブロスと戦って、そんな思いは少しずつ薄れて行ったんだ。

 

 

「深呼吸……」

 ねーちゃんはきっと護りたい人を護った。その為に出来る事を全力でやっても、足りなかった。

 誰にだってある若い過ち。誰にだってある大切で護りたい物。ねーちゃんは立派なハンターだったんじゃ無いだろうか。

 

 

 ならその気持ちだけは次ごう。勿論、自分は双剣使いだ。この剣の愛着を捨てた訳では無い。

 

 

「ギャァァアアア!!」

 全力で突進してくるティガレックスの突進を岩場を背にして寸前の所で交わして走る。

 

 ティガレックスは勢い余って岩場にそのまま突進。運の良いことにその岩場に牙を立てて抜けなくなってしまっていた。

 その間に全力で走る。アカリが落としたヘビィボウガンの元へ。

 

 

 

「こうやって……撃つんだよ、か」

 身体が覚えていた。アカリと初めて会った時もそうだったが、やっぱりこの武器が自分には一番合っていると分かってしまう。

 

 ねーちゃんとの記憶が蘇る。まだ小さかった頃の記憶だ。

 自分はねーちゃんみたいなハンターになりたかった。一緒に隣でヘビィボウガンを担ぎたかった。

 

 でも今は違う。

 尊敬してるし、今でも一番強いハンターだって思ってる。けど、ねーちゃんみたいにはならない。

 

 

 ねーちゃんを超えなきゃな。死んだら意味が無いんだ。そこだけは譲らない。

 それが、皆と出会って自分が導き出したハンターとしての心得だった。

 

 

 

 ねーちゃんみたいなハンターになって、それでいて仲間も自分も誰も死なせないハンターになる。

 

 

 

「さーて……ならまぁ、一狩り行きますか」

 

 




主人公に小さいけど大きな目標を持ってもらった。
自分がどうなりたいか、どうしたいか。

目標は大切だと思うのです。と、言っても私はそう教えられただけなのですが。
自分の目標は、この作品を少しずつでも良い方向に持って行って、ちゃんと完結させる事です。それまでお付き合いして下さると嬉しい限りですね。


また来週、会えたらお会いしましょう!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

絶対強者

 

 ヘビィボウガンの弾丸の規定装填数は弾の大きさに反比例する。

 

 

 ヘビィボウガン毎に弾倉の大きさは決まっていて、弾が大きければ大きい程装填数は少なくなり、逆も然り。

 

 入れ方を工夫すれば規定数より多少多く装填する事も可能だ。それに伴う知識というかスキルがいる訳だが。

 

 それに加えてもう少し工夫すれば、違う種類の弾丸を一緒に装填する事も不可能では無い。

 そもそもそんな事をした所で装填の順番と弾の特徴、使い所を誤れば全く意味が無い行為だ。だから普通のガンナーは『そんな事はしない』。

 

 

「ギャァァアアア!!」

 岩場に食い込んでも砕けないその強靭な牙を次こそはと此方に向け、咆哮を上げるティガレックス。

 自分はその間に毒弾二発と『拡散弾』を弾倉に入れ込む。大丈夫、ボウガンの仕組みはそこら辺のガンナーより分かっている。装填数くらい誤魔化せるし弾の特性も理解している。

 

 

「くらえ……ッ!」

 咆哮を上げているティガレックスに毒弾をまず一発。岩にボウガンの背を当てて反動を軽減、もう一発を突進に差し掛かるティガレックスに叩き込む。

 

 次だ。次でしくじったらこんな重い武器を持っている状態ではティガレックスの突進なんて避けれない。

 逃げるなら今だが、そうはしなかった。

 

 

 比喩表現だが自分の後ろにはアカリ達が居る。

 ここで怯んでたらティガレックスを一人で倒す事なんて出来やしない。

 

 思い出して掴め、感覚を。拡散弾の弾速と着弾後に拡散する爆弾。ティガレックスの前足の動き。バランス。風向き。

 

 

「———集中」

 まるで世界が止まったかのように、全ての動きが遅く見えた。

 

 ティガレックスが右前脚を上げた瞬間、スコープも覗かずにトリガーを引く。放たれる拡散弾の着弾点は左前脚。

 上げた右前脚が地面を踏み締めた所で拡散弾が着弾。同時に弾に仕込まれた爆弾がばら撒かれる。

 

 この爆弾は物体に触れる程度の刺激で爆発する。

 

 次にティガレックスは左前脚を上げて前進しようとするが、次の瞬間振り上げた左前脚の先端で何個かの爆弾が炸裂した。

 

 

「ギェァァァ?!」

 自慢の爪が割れ、上がっていた脚のバランスを崩したティガレックスはその場で横転。

 眼前で動きが止まったティガレックスに、拡散弾を発射した瞬間にリロードした毒弾をもう二発叩き込む。

 

 

「これで毒の効果が出るハズ……」

 イーオスの強力な毒牙から作られた毒弾は大型モンスターでも四発ないし五発でその身体を蝕んでいく。

 いくら治癒能力が桁外れな生き物でも体力を少し削る事は出来るハズだ。

 

 

 未だに目と鼻の先で足掻きもがいているティガレックスの他所に次は散弾を四発と拡散弾をリロード。

 

 ボウガンを岩と岩の間に固定して、トリガーにツタで作られたロープを巻き、近くの岩場に引っ掛けてUの字を作りながら『ティガレックスの目の前』を通ってその背後に回り込む。

 

 

「グェァァァアアア!!!」

 脚の痛みが引いたのか、立ち上がって背後に居る自分を睨み付けるティガレックス。

 せっかく背後を取ったのに直ぐに見付けられたな? いや、わざわざティガレックスの目の前を通って回り込んだんだ。『こっちを向いてくれなければ困る』。

 

 

「ほらよ!」

 自分の手から離れた球体はティガレックスが振り向いた直後に強力な閃光を放った。閃光玉成功。

 

「ギィェェァァ?!」

 再び閃光に眼を焼かれるティガレックス。しかし奴も馬鹿じゃ無い。

 目標が目の前に居たのを覚えているのか、闇雲に地面の岩盤を割って前方にその岩を投げ付ける。

 

 恐ろしいコントロールで、それは今さっき閃光玉を投げた位置を通過し岩にぶつかって粉砕した。

 勿論、自分は少しズレた位置に移動したのでそれに当たる事は無かったが。もしあんな物に当たろう物なら直撃した部分は消し飛んで無くなる。

 

 

「さて、お次は」

 手応えを感じなかったのか、動きを止めて威嚇行動に移り様子見を始めるティガレックス。

 その傍らで自分はツタを引っ張る。Uの字に仕組んだツタは連動して遠くに置いたままのヘビィボウガンのトリガーを引いた。

 

「ギャィァ?!」

 発射された散弾は銃口をそれ程気にしなくてもティガレックスに命中。威力は低いがいきなりの背後からの攻撃にティガレックスは驚いただろう。

 

 

 さらにトリガーを三回引いて散弾を全て発射させる。

 

 これでティガレックスは相手がまた背後に居ると思い込んだのか、身体を回転し弾の飛んでくる方へと頭を向けた。

 モンスターの感覚は侮れないな。ティガレックスの眼はまだ見えない筈なのに置いてあるヘビィボウガンの真正面に頭を向けている。

 

 

「正直な奴で助かるわ……」

 そこで、もう一度ツタでトリガーを引いた。発射される弾は拡散弾。ティガレックスの背中に着弾し爆弾がばら撒かれる。

 

 

「ギィェェァァァ?!」

 次の瞬間、その背を数回の爆撃が襲った。そしてその攻撃の犯人は正面には居ない。

 視力も戻ったのか。なんとも理不尽な攻撃をされ続けたティガレックスは頭を上げてキョロキョロと自分を痛みつけた犯人を探していた。

 

「ここやここ!」

 そこに、背負った双剣を構えて背後から叩き付ける。

 狙うは細い後ろ脚。ここで横転させて一気に決める!

 

 

 そう思っていたのだが、流石にそこまでは上手く行かなかったようだ。

 

 

「おっと……っ!」

 ティガレックスはこちらを振り向かずに、その場で後ろに飛んだ。

 

「ギィェェァァァアアア!!!」

 怒りの籠った咆哮。同時にティガレックスの身体の至る所の血管が充血して表面に浮き上がってきた。

 それはもう見ただけで相手の怒りが伝わってくるような姿。

 

 

 それでも、バックジャンプで距離を取ったのは自分を始末するために自らの距離を作った本能的な奴の作戦なのだろう。

 少し予定が狂ったが問題無い。この距離をつくったという事は次にティガレックスがしてくる行動は間違いなく突進。

 

 

 ならばと武器をしまい、アイテムポーチに手を突っ込んで閃光玉を握ったその瞬間———自分は眼を疑った。

 

 

「———はや……っ」

 想像以上にティガレックスの動きが早かった。さっきまでとはまるで別の生物かのような速さで近付いてくる。

 

 反応出来ず、閃光玉を投げる暇も無く前転。ギリギリの所で突進を交わして振り向くとティガレックスはその爪を軸に使って勢いを殺さずに身体を反転していた。

 また突進が来る。思考が追い付いて閃光玉を投げた———その閃光玉をティガレックスは追い越して突進。

 

「嘘だろ?!」

 ティガレックスの背後で意味も無く閃光を放つそれから自分を守る為に身体は反射的に視界を下にズラしていた。

 外れると分かっていて眼を瞑る訳にも行かない。ティガレックスも来る。

 

 また転がって避けなれけば———いや、間に合わない。

 

 大きく飛んで———無理だ。サナの言う通り、自分はそれが不得意だから。

 今この時になってやっとサナの言っていた意味が分かった。ここまでの状況に追い込まれなければ人間って奴は分からないらしい。

 

 

 飛べない。これまでこんな危険な状況になる事は無かった。

 そうでなくても誰かが居て助けてくれていた。

 

 でも今は誰も居ない。一人しかいない。

 

 

 考えろ考えろ考えろ考えろ。生き残る方法は? 死なない方法は?

 

 

 ティガレックスは眼前。さっきと同じ様にまるで世界が止まったかのように、全ての動きが遅く見えた。

 でもそれはさっきとは違う。近付いてくるのは恐怖、死。

 

 

 まずい……もう…………時間が———

 

 

「死———ぇ?」

 思考を吹き飛ばしたのは足元に『生えてきた』どう考えても不可思議な物だった。

 

 それは『手』。人の手首。それが、自分の脚を掴んだ感覚でその存在に気が付いた。

 

 

 色々な思考が交差する。

 なぜこんな所から手がとか、これが死神の手なのかなとか、綺麗な手だな、とか。

 

 しかもこんな状況なのに一番頭に浮かんで直接口から出た言葉はこんな言葉だった。

 

 

「ぇ———砂中霊?」

 サナやナタリアに聞いたあの話。砂漠の砂中霊。あのベースキャンプから落とされたハンターが砂の中に埋まってそのまま幽霊になったとかなんとかいうそんな話。

 

 いやいや、こんな時になんて物を見てるんだ自分は。あぁ……本当に居たんだ。

 

 

 

 ———次の瞬間、自分の頭上をティガレックスが通り過ぎて行った。……ぇ?

 

 

 砂の中から現れた手に思考を全部持って行かれて何が起きたか分からなかった。

 数秒を経て状況を確認。自分はどうやら転んで地面に背を付けていて、ティガレックスはギリギリ自分を踏まずにその場を通り過ぎていった———なんて奇跡のような出来事が自分に起きていた。

 

 

「……死んだと思った」

 数秒前は自分の心臓の音が外に聞こえるんじゃ無いかという位緊張していたというのに、過ぎてみればかなり落ち着く物だ。

 

 よ、よし。冷静になってもう少し安全に狩りを続行しよう。運が良かった、全く。

 そう思って、また振り返り突進を繰り出すティガレックスに向けて、次は外さないように閃光玉に手を掛けたその時だった。

 

 

「あ、それ借りるよ」

 砂中霊が喋った。

 

 いや、何を言っているか分からないだろうが自分にも分からないんだ許して欲しい。

 

 

 あまりに信じられない事が起きたので『彼女』の事は頭の中で居ないものとして処理しようとしていたがどうやら本当に存在するらしい。

 

 はい、自分は転んだと思い込もうとしていたが本当は『彼女』に脚を掴まれて転ばされたという表現の方が正しかった。

 

 

 肩までかかるブロンドヘアーはあまり手入れが行っていないのかボサボサで、それでも整った顔付きをしているその女性は砂から上半身だけを出してさっき自分の脚を掴んだ腕で人のポーチに手を突っ込む。

 その後勝手に取り出された閃光玉を、彼女は上半身だけのままティガレックス向けて投げた。瞬間、今日何度目かの閃光がティガレックスを襲う。

 

 

 ゆ、幽霊に助けられた。

 

 

 いや、いやいやいや。幽霊なんている訳が無いじゃないか。ならこの人はなんだ? なんで下半身が無いんだ。

 そんな自分の不安とは裏腹に、彼女は何故か地面に埋まっていた下半身をヌッと出して地面に立つ。

 

 身長は自分と同じくらい。年齢も多分……同じくらいかな?

 

「ほら、ボサッとしてないで態勢立て直す! 一旦逃げるよ!」

「え、ちょ、えぇ?!」

 砂中霊(?)は自分の手を掴み、その場から少し離れた所にある大きな岩場まで引っ張っていく。

 さ、触れるし。え、何これ。ていうか———誰この人!?

 

 

 

 

 

「よし、ここならティガレックスもそうそう気が付くまい」

 自分を地面に座らせると彼女は岩陰からティガレックスを覗き見ながらそう言った。

 

 な、なんなんだ。

 

 

「あ、あのー……助けて貰えたのは嬉しいんやけどな……? どちらさんで?」

「人に名乗らせる時は自分から、でしょ?」

 そうなのか……?

 

「え、えーと……シンカイです」

「ふむ、呼び難い名前だね。シンに改名しようか」

「マジか……」

 そんな事言われての初めてだ。

 

「で……そちらさんは……?」

「ん、あー……私はシーラ」

 そう名乗ると彼女は手を出して握手を求めて来る。元気の良い表情は髪型や顔付きに良く似合っていた。

 

 しかしシーラか……何か何処かで聞いた事がある気がする。なんだったかな?

 

 

「よ、宜しく」

「そう固くならなくても良いって!」

 いや、そう言われましてもね?

 

 小心者なんです。

 

 

「いや……だって噂に聞く砂中霊さん…………でしょ?」

 とりあえず真偽を確かめる為にそう口にした。お、おい待て。これで本当に「はい、そうですよ」とか言われたらどうする気だ自分!

 

 世の中知らない方が良い事もあるんだぜ?!

 

 

「砂中霊……? 何それ……?」

 良かったぁぁ! 幽霊じゃ無かったぁぁ! いやいや待て待て幽霊が「自分幽霊っす!」とか言うと思うか? 言わないよな?!

 

「私はしがない通り掛けのハンターだよ」

 シーラは呆れたような表情で砂まみれの防具から砂を落としながらそう言った。

 通り掛けのハンターかなるほどなるほどね。いや、むしろ信じられんわ。

 

 

「そのしがない通り掛けのハンターさんが何故砂の中から出て来るんだ……」

「いやぁ……えーと……んー…………ドスゲネポスと戦ってたんだけど。落とし穴を使おうとしたら自分がはまっちゃってさ!」

 アホだった。ただのアホだった。良かったこの人は幽霊じゃない! ただのバカだ!!

 

 そのバカに助けられたのが自分。

 

 

「ドスゲネポスの狩猟のクエストは自分達が受け取ったんやけどな……。……まさか密猟者?」

 しかし今語った様にドスゲネポスは自分達がギルドから狩るように言われていたモンスターだ。

 まぁ、この世界は広いから手違いで同じクエストを同時に受けてしまう事くらい無くは無いのだが。

 

「い、いやいや、密猟者なんてそんな。私は別クエからベースキャンプに戻ろうとしたらあいつがいたってだけだよ。環境不安定特有の乱入って奴。うん」

「まぁ……それなら仕方無いな」

 ディアブロスの件と良い、必要も無くモンスターを狩猟する事はギルドが禁止している。

 今回の自分や彼女の様な避けては通れない状況でもない限り不必要な狩りは犯罪と同じ扱いで罰せられるのだ。

 

 

「ところで君はなんで……あのティガレックスと戦っていたんだい?」

 シーラはもう一度ティガレックスの状況を確認しながら自分にそう聞いて来た。

 ティガレックスは自分達を見失ってその場をウロウロとしている。いつまでそこに張り付いているつもりだ地縛霊かあいつは。

 

「怪我人がベースキャンプで寝とってな……ティガレックスに早く退いて貰わなかんねん」

「それは落ちてたヘビィボウガンかガンランスの持ち主……?」

「……せや。カナタって言うんやけど、ガンランス使いの」

「カナタ……」

 名前を聞いて、シーラは少し考える素振りをしてからこう口を開いた。

 

 

「よし、あのティガレックスを撃退するの、私が手伝うよ!」

「ほ、ホンマか? 通り掛けのハンターさんが?」

「んー、困った時はお互い様って言うじゃないか」

 そんなありがたい言葉を落とすシーラ。

 

 初めは幽霊擬きの自分で自分の罠にかかるバカだと思っていたけど、かなり良い奴じゃ無いか!

 

 

「それなら是非頼みたい……。一刻も争う状況かもしれへんのや……」

「……そ、そんなに具合が悪いのかい?」

「ティガレックスに踏まれて……」

「ん……そうか」

 彼女はまた考えると、背に背負った身の丈程の薙刀を構えながらこう続ける。

 

 

「……ならとっとと終わらした方が良さげだね」

「ありがとう、シーラ。この例はいつか必ずする」

 予想だにしない助っ人の参戦で状況は良い方に動いていれた。

 

 

「行くよシン君!」

「シンカイや!!」

 さて、反撃開始だ。

 

 





ちょっとチートし過ぎてしまった感が……。
防具スキル無しで、反動軽減に装填数upは流石に自分でもやり過ぎかなとは思うんですが。これくらいしないとキャラが立たないかな……なんて、思い。

後悔はしない。


そんな訳でティガレックスとの第一戦でした。
結構前になるのですが、とある方とティガレックスのロケハンをやったので、その時の事を思い出しながら書いたりしています。

ロケハン、Twitter等で募集しているのでもしお暇な人は……←


でわ、また来週お会いしましょう!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天に向けてと天からと

 

「ギィェェァァァ!!」

 自分とシーラを見付け、咆哮を上げるティガレックス。まるでそれが合図のように戦いは再開した。

 

 

「はぁぁっ!」

 自分とシーラは左右二手に分かれてティガレックスを囲む。始まる前にコソッと作戦開示をしておいた。

 

 

 ティガレックスの主な攻撃はその強靭な前脚を生かした物が多い。だからティガレックスの前方は常に危険が伴うのだ。

 そこで自分達二人は常にティガレックスの左右に分かれるようにして、攻撃を集中させないように位置取りをする。

 

 もし自分の方をティガレックスが向くようならそこは回避に専念する事と決め、戦闘を開始した。

 

 

 

「せぇぇい! やぁ!」

 薙刀を軽快に振り回すシーラ。アレ……太刀の動きじゃ無いな。

 

 なんだろう。あの振り回し方をする武器使いは猟団には居ない。……まさか操虫棍か?!

 

 

「おらっ!」

 そんな疑問を頭の片隅にティガレックスの足を双剣で斬り付ける。

 二本で突いて切り上げ切り下げ回転切り。

 

 

 操虫棍は猟虫という大きな虫と棍を同時に操る武器のハズだ。

 その最大の特徴は二つで棍を使った、自分が先日練習していたような棒高跳びでの空中からの攻撃。

 そしてもう一つは猟虫による打撃とその虫がモンスターから取ってくる何らかの力により自分の力を高める、この二つ。

 

 

 しかし彼女はその片方———猟虫を連れていなかった。

 

 

「ギャィアアアア!!」

 左右からの攻撃に初めこそ戸惑っていたものも、ティガレックスは一人に狙いを定める事に決めたらしい。

 その狙いはシーラで、彼女に振り向き前脚に力を溜める。

 

 

「突進が来る!」

 背後からそう注意しながらティガレックスの後ろ脚に攻撃をし続ける。

 その場で組んだパーティだから自分はシーラの実力というのを分かっていない。だから、正直不安だった。

 

 だって自分の落とし穴にハマる奴だぞ?

 

 

「おぉ、来るか!」

 そう意気込むとシーラは薙刀の刃では無い方を地面に叩き付け、それを軸に空へ高く飛んだ。昨日は自分もそんな行動を繰り返していたから、その動きがかなり綺麗な物だと分かる。

 

 次の瞬間空に交わしたシーラの真下をティガレックスが通り抜ける。そんな交わし方があるのかと感心した。

 

 

「Uターン来る!」

 着地した彼女はそう叫ぶ。

 自分は彼女の様に飛ぶ事も、横に飛ぶ事すらままならない。

 今のティガレックスの突進は避けられる程度だが———奴が怒り状態になったらどうする?

 

 いや、戦いながら考えろ。今はカナタの状況的にも考えている時間は無いんだ。

 

 

 シーラは飛んで、自分は横に精一杯走って突進を交わす態勢を作る。

 しかし、ふとシーラを見てみるとジャンプのタイミングが速すぎてティガレックスの突進に向かうような形になってしまっていた。

 

 

「シーラ!!」

 マズイ。そう思って叫んだ瞬間彼女は思いも寄らぬ行動に出る。

 

「っしょっと!」

 空にいるシーラをティガレックスが轢く寸前でシーラは空中で態勢を整えて、なんとティガレックスのその背に乗り移ったのだ。

 

 

「ギィェェァァァ?!」

 捉えたハズの相手に背を捉えられ、一旦突進を辞めてから暴れまわるティガレックス。

 しかしシーラはしっかりと甲殻を掴んで突進よりも大きく動くティガレックスの背から落ちる事は無かった。

 

「ギィェェァァァ……ッ!」

「ほーらドゥドゥ、落ち着きましたねぇっと!」

 流石にスタミナも切れたのか、暴れまわるのを辞めてからその場で動かなくなるティガレックス。

 その背に乗ったシーラはハンター御用達の剝ぎ取りナイフを取り出して、ティガレックスの背中に突き立てる。

 

「ギィェェ?!」

「ほらほら振り落とさないと!」

 何度も何度も剝ぎ取りナイフでティガレックスを攻撃するシーラ。

 流石にティガレックスも黙って攻撃を喰らう訳も無くまた暴れまわるが、シーラはしっかりと甲殻を掴んでどれだけ暴れられても離れなかった。

 

 

「こいつでどうだ!!」

 そして何度目かの攻防。鱗を割って甲殻を剥がしたその先にある物にシーラはこれまで一番の力で剝ぎ取りナイフを突き刺した。

 

 

「ギャィアアアアエエエ?!」

 自身の肉にまで達した攻撃は流石のモンスターも痛みを我慢出来なかったのだろう。

 ティガレックスは身を翻して激痛に身体を怯ませる。バランスを崩したその身体は勢いよく横転し絶好の攻撃のチャンスへと化した。

 

 

「やるやんかシーラ!」

「まーね、伊達にハンターやってませんよっと!」

 その攻撃のチャンスに二人でそう掛け合いながらティガレックスに自らの得物を叩き付ける。

 

 こんなに強い操虫棍(虫いないけど)使いなら是非我が狩猟団に入って欲しい所だ。そのポストも空いているハズだし!

 無事この狩りが終わったら誘ってみよう。親父やケイスケも彼女なら喜ぶんじゃ無いかな。

 

 

 そんな事を考えた所でティガレックスは起き上がって一旦態勢を整えた。

 そこから次の行動はバックジャンプ。また血管が充血して浮かび上がり、その怒りを露わにする。

 

 

「ギャィアアアア!!」

 この時点で自分は横に走った。出来るだけ岩がある場所に位置取って突進を受けないようにする為に。

 

 閃光玉は次使えば最後。大切に使わなければ。

 

 

 単調だが強力な行動。やはりさっきとは比べ物になら無い速度の突進の矛先はシーラだった。

 

 

「シーラ!」

「当たらぬよ!」

 それを飛んで交わすシーラ。ティガレックスは止まらずに前脚を軸にして方向転換し次はこっちに向かって来る。

 

 そのままだと岩にぶつかるだけだけど……?

 

 

「シン君逃げろ!!」

「———なっ」

 驚くべきなかれ、ティガレックスは小さな岩など気にもせずにその強靭な前脚で砕きながら突き進んできたのだ。

 

「嘘だろ?!」

 化け物かこいつ。いやモンスターなんだけど!

 

 

 なんとか横に転がって回避。岩でティガレックスが減速してくれたおかげで交わせたが次は無いぞどうする?!

 

 

「Uターン来る!!」

「マジかよ……っ!」

 次は無い。飛べ、サナにアレだけやらされた事を無駄にするな。飛べ……っ!

 

 そう身体では分かっているのに、身体は言う事を聞いてはくれなかった。

 

 

「……っ!」

 ティガレックスに轢かれるほんの一瞬前、身体が自分の意思とは関係無く大きく横に飛んで行く。

 勿論、無意識に身体が動いた訳では無かった。

 

 

 瞬間、鈍い音と声にならない悲鳴が耳を貫く。

 

 

「シーラ!!」

 自分を押し退け、代わりにティガレックスの猛攻を受けたのは彼女だった。なんでだ、なんで今会ったばかりの自分の為に……っ!

 

 

「……ぐぅぁ。……シン君…………後ろ!!」

 地面を転がってもなお人の心配をするお人好し。上手く受け身を取ったのかそこまでダメージがあるようには見えない。

 

 

 そしてティガレックスの暴走はまだ止まらないらしい。次はもうどうしようもない。

 

 

 

 考えろ。

 

 

 

「……ったく」

 ふと、ある物が視界に映った。

 

 重りになる双剣を地面に捨てて、『それ』を拾いに行く。

 

 

「今日も今日とて人に助けられっぱなしだな……全く」

 それは長い棒状の物。薙刀。

 

 

「ギィェェァァァッ!!」

 思い出せ、昨日の特訓を。何度も失敗したが頭から落ちる事くらいなら出来た。

 自分で出来なくても、昨日はこれさえあれば飛べた!!

 

 

「おぉらぁぁっ!」

「……おぉ!」

 さっきシーラが助けてくれた時に落とした『操虫棍』を使い、昨日散々やった棒高跳びの要領で飛んで、ティガレックスの真上を通る。

 

 

「……ってぇ」

 頭から地面に着地する。こればかりは本当に無理だが、何とか避けれた! サーナリア愛してる!!

 

 

「まだ油断しちゃダメ! 次が来る!」

 その言葉に通り過ぎたティガレックスを視線が追う。まだ走り続けるのか、最早暴走だ。

 

 

 大丈夫、コツは掴んだ。

 

 

 

 集中。

 

 

 

「ギィェェァァァ!!」

 走って来るティガレックス。今度は初めの時のようにその動きはゆっくりに見える。

 

 ティガレックスが自分にたどり着く前に薙刀を軸に空に身を移しす。瞬き一回分の時間で自分の下に入ったティガレックス。落下する身体。

 

 

 薙刀の刃を下にして、そのまま降下。さっきシーラが与えたダメージの残るその背に薙刀を突き立てる。

 

 

「ギャィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!?」

 直接肉に刃を突き立てられ、ティガレックスはこれまでで一番の悲鳴を上げながらその身を投げ出した。

 自分の身体も一緒に飛ばされて地面を転がるが、上手く受け身を取って直ぐ立ち上がる。

 

 

「や、やるじゃんシン君!」

「ったり前やろ!!」

 よし。

 

「「畳み掛ける!!」」

 シーラも自分も、お互いの元々の武器をクロスするように投げて一緒に意気込みを言葉にする。

 初めての狩りなのにこうも通じ合えるとわな。是非とも我等が狩猟団に入って欲しい物だ。

 

 

 

 そして痛みにもがき苦しむティガレックスを言葉通りに畳み掛け、その場からティガレックスが動く事は無くなった。

 かなり強かったな……シーラが居なかったらここに倒れているのは自分だっただろう。

 

「……っし、早くカナタの所に行かないと」

「素材剥ぎ取らないの?」

「んな事してる場合とちゃうからな。シーラも来てもらってええか? 人手が欲しいんや」

「んー、カナタなら大丈夫だと思うよ?」

 ドユコト……?

 

 

「それにだなぁ……モンスターを狩ったら剥ぎ取るのが礼儀だよ。私達ハンターはモンスターと敵対している訳じゃ無い。この戦いはどちらも自分達が生きる為に全力で行った物。だから勝者はその誇りを手にする必要がある」

 そう語るシーラのその言葉は説教というよりは先輩ハンターが志しを話すような感じだった。

 

 君にはこうなって欲しい。そんな願いの籠った言葉。

 

 

 

「そ、それは……」

 正直、モンスターが悪だとは思わないがそこまで感傷的に考えた事は無かった。そもそも何も考えていない。

 

 でも、その言葉を聞いて改めて思う事が一つだけあった。

 

 

「こいつも……生きるのに必死だった…………か」

 このティガレックスだけじゃ無い。初めて戦った大型モンスターのゲリョス、訓練所のドドブランゴ、マ王と戦って傷付いたディアブロス。

 皆生きるのに必死で戦っていた———それはハンターである人間もモンスターも同じ。

 

 アカリの母親、ガイルの恋人、サナの兄も……自分のねーちゃんも。生きている者は皆必死だったハズだ。

 

 

「お前も……そうなのか。……せやろな」

 そう言って、全力で戦い合った好敵手に剝ぎ取りナイフを当て付ける。

 

「……うんうん」

 まぁ……彼女の言う事が少し、分かった気がする。

 

 

 

 

 

「よし、それならカナタの所に戻るかな。シーラも来てくれへんか? 狩りまで手伝って貰って悪いんやけど……ちょっと人手が欲しいんや。お礼ならするで」

 なんて、彼女をキングダイミョウに連れて行ってそのまま猟団に入れさせる為にそう提案する。

 

「ほぅほぅ、じゃぁ急いでカナタの所に行こうか」

「おぅ! ついて来てくれ!」

 よし、作戦大成功! これは皆喜ぶハズだ。いつも世話になっている皆に少しは借りが返せそうである。

 

 そんな訳で、自分は動かなくなったティガレックスを背にベースキャンプに走るのであった。

 

 

 

 

 

「……良い仲間が出来たね、カナタ。私は安心だよ」

 

 




同時更新でございます。こちらは少し伸びが悪いので、頑張りたい。
この章はもう一話ありますね。結構序盤から書きたかったお話なので、楽しく書けました。


こっちでも小さく宣伝しておきます。今月中旬に新しい作品書き始めますので、お暇でしたら……是非!


また来週お会い出来たら嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

彼女のあとがたり

 

「カナタは!」

 走ってベースキャンプに辿り着く。狩りの疲れからか全然早く走れなかったけど自分なりには急いだつもりだ。

 

 

「ティガレックス倒したのか?!」

 自分を見つけるなりそう聞いて来たのは片手剣を構えてベースキャンプ入り口に立っていたタクヤだった。

 ふむ、ちゃんと見張りをやってたんだな。

 

「おぅ、後ろに居るシーラって女の子に手伝って貰ったんやけどな」

 情け無いけど。

 

「……ん?」

 

「んな事よりカナタは?」

「んーぇ、えっと、アカリに聞いて!」

 それもそうか。

 

 

「アカリ、カナタは!」

 ベッドの所まで走ってアカリにそう聞く。それ以前にカナタの姿が目に映っていたのだが、ベッドで座っていて表情はそんなに悪く無いように見えた。

 

『見た目は元気なんだけど無理してるような気がして。シンカイ君を迎えに行くって言って辞めないから頑張って止めてた!』

 偉いぞアカリ。しかしなるほどそんなに悪い状況じゃ無いのかな? 心配かけさせやがって、まったく。

 

 

「シンカイ……さっきシーラって」

 ベッドに座っているカナタは驚いた表情でそう口を開く。うん、見た感じ急を要するような状況では無さそうで本当に何よりだ。

 勿論、油断して良い状況では無い訳だけど、カナタが起きてて話せているのだから少しは安心しても良いと思う。

 

 

「あぁ、そうそう。そのシーラって女の子にティガレックス倒すの手伝って貰ってな。いやぁ、凄い強い操虫棍使いなんやでこの子。と、いう訳で是非この子を橘狩猟団にスカウトしたいんやけ———」

「そのシーラは……何処にいるの?」

 自分の言葉を遮ってカナタはそんな事を口にする。まるで、お化けを見るような目で自分を見ながら。

 

「———ぇ?」

 いや、どこにって。ここに上がってくるまで、ついさっきまで、自分の背後にいたハズなんだけど?

 そう思って振り返る。視界に入る人物は不思議そうな表情をしているアカリとタクヤだけ。

 

 

「あ、あれ……? シーラは……?」

 確かにここに登ってくるつい数秒前まで後ろに居たと思ってたのに。

 

「ね、ねぇ……その子どんな子だったの? 何処にいるの?」

 そう言うカナタの表情は何かに驚いた、なんとも言え難い表情だった。

 

「どんな子って……短いブロンドヘアの……女の子で…………操虫棍持ってて……えーと…………いや、あの子何処に行ったんや……?」

 辺りをどれだけ見渡しても彼女の姿は見えない。

 

 

 あれ? あれれ?

 な、なんだ? なんだこの変な感覚。

 

 …………シーラは???

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく……お手柄だと思ったんやけどなぁ……」

「そんなに強かったのか? そのシーラって人」

「まぁ、少なくともワイと二人でティガレックスを倒せるくらいにわ」

 ナタリアとクーデリアさんが作ってくれた晩飯を受け取って、カナタの寝ている部屋へ行く為に階段を登りながら。自分は聞いてくるタクヤにそう答えた。

 

 

 結局あの後、引き止めたのに意地でも探すと言って脚を動かしたカナタと付近を捜索してもシーラは見付からず。

 それどころかティガレックスの死体すら消えていたと言うのだからもう訳が分からない。剥ぎ取った素材はきちんとポーチに入っていたのに、だ。

 

 ティガレックスは戦いの最中で結構ベースキャンプから離れてしまったから、岩場だらけのあの付近で見失ってしまったのかもしれない。

 だけどシーラは本当に何処に行ったのだろうか? 途中までは確かに居たハズなんだけどなぁ。急な腹痛でどこかに行ってしまった……とか?

 

 そんな訳でシーラは結局見付からずに自分達はキングダイミョウに戻ってたのだった。

 

 

 まぁ……この砂漠に居ればまた出会う事もある気がする。

 

 

 

 

 そう思っていた。

 

 

 

 

「カナター、入るで」

 一応断りを入れてノックまでしてから扉を開ける。

 カナタの容態はというと想像していた程悪い状況ではなかったみたいだ。本当に神のご加護でもあったのかのように奇跡的に軽く済んでいたとか。

 

 本当に良かった。

 

 

「あ、シンカイにタクヤ。ごめんね大した事ないのに態々」

 寝間着姿のカナタはベッドの上でそう言う。いや、大した事無い訳は無いと思うけど……。

 

『ご飯はそこに置いてくれる?』

「ほいほい」

 カナタの世話をしていたアカリに言われて、言う通りにする。船に着いてからもカナタの看病をしてくれて偉いな、アカリは。

 

「ご、ごめん……俺がティガレックスに気が付かなかったから……」

 タクヤは深く頭を下げてそう謝った。その必要はないとカナタと何回も言ってやったのだが、それではタクヤの気がすまなかったらしい。

 まぁ、気持ちが分からないでも無いけどな。

 

 

「そんなに気にするなら一緒に強くなろ? 大丈夫、タクヤは中々才能あったよ。だから当分は私や皆が守るけど、いつかはタクヤが私や皆を守ってね?」

「カナタ……。お、おう! 俺、頑張るぜ!」

 先輩ハンターのありがたいお言葉にタクヤはそう決意を言葉にした。

 うん、タクヤは確かに頑張っていたからな。将来有望だ、勿論アカリも。

 

「うん、頑張れ」

 

 

 

「うーん、しっかし。結局シーラは見付からなかったなぁ」

「あ……そのシーラって子なんだけど……」

 自分が雑談の会話の初めに呟いたそんな言葉に、カナタは何やら困ったような表情でそう返してきた。

 

 

 何か違和感を感じては居たんだ。

 彼女はカナタを知っているような口振りだったし、それはカナタも同じで。

 

 だからもしかしたら二人は知り合いなんじゃないか? そんな事を思っていた。

 

 

「シーラは……多分もう生きてないハズなの」

 でも、そんな考えはカナタのその言葉で打ち消される。え? 生きてない? はい?!

 

「ちょ、ちょ、ちょ、待ってくれ。どういう事や?!」

 だ、だって自分はシーラと一狩した訳で。決してそんな、幻覚を見ていたとかじゃ無いハズなんだ。

 

 

「昔あの場所でね、私とケイスケにラルフ……それにシーラでクエストを受けたんだ」

 カナタはそう語りだす。昔を思い出すように。

 

「もう五年くらい前だからアカリは覚えてないかもしれないけど。父さん……団長が橘狩猟団を立ち上げた時、初めて仲間になったのがシーラっていう操虫棍使いだった」

『ちょっと覚えてるよ! カナタと同い年のお姉さんだった気がする!』

 

 

「うん。それで、チビだった私達初めての四人でのクエスト。今回の私達と同じ場所で、同じドスゲネポス」

 それは、まるで今回と同じ状況だった。

 

「途中までは上手くいってたんだ。でも、ティガレックスの乱入に気が付かなかった私は……ケイスケに守られて怪我もしなかったんだけど。ケイスケが大怪我を負っちゃって」

 それはそれは今回とは比べ物にならないくらいの大怪我だったらしい。だから、カナタは本当に今回運が良かっただけなんだと思う。

 

 

「ケイスケをベースキャンプになんとか運んで。でもティガレックスが居るから私達は動けなかった」

「ま、全く同じ状況だな……」

 

「うん。それでね、シーラは私達の為にティガレックスを相手するってベースキャンプから出て行っちゃったの。止めたんだけど……それでも、ケイスケが危ない状況だって内心分かってたから誰も…………シーラもそうするしか無かったのかな」

 多分どんな奴がその場に居ても、同じ事をするんじゃ無いかな。それが、仲間って奴だから。

 

 

「そしてベースキャンプから出てティガレックスと戦いに行ったシーラが帰ってくる事は無かった……。私、すっごく後悔してるよ…………あの時なんで止めなかったのか。なんで自分も戦いに行かなかったのか。でもさ、多分それは間違いで…………本当は正解なんて無かったんだと思う」

 彼女にとってはそれは辛い過去の話なのだろう。

 

 

 

 いや、だがな。少し待て。

 

 

 

「ちょ、ちょっと待て。まさか、いや、そんな……ハハハ」

「あ、ありえるのか……そんな事」

 自分の気持ちが伝わったのか、タクヤも顔を青くしながら自分を見てくる。

 そしてそんな自分は真っ青に……いや真っ白になっていたに違いない。

 

 

「だから、私は今回シーラが助けてくれたんじゃないかって……そんな事を思っちゃってるよ」

『そうだと嬉しいね!』

 いや全然嬉しく無いから。

 

 

「待て待て待て待て!」

 

 そうだな、そうだよな。シーラ……その名前はどこかで聞いた事があったんだよ。

 クエストに出る前に親父の部屋で、昔居た操虫棍使いの話が持ち上がった時だとか、カナタがダメージで倒れてある時に譫言で言った事だとか。

 

 大体落とし穴にハマったからってそのままあのタイミングまで出てこずに居るか?!

 なんで彼女の操虫棍は虫がいなかった?!

 なんで突然いなくなってしまった?

 

 

 もし、『そう』だというなら全てに納得がいってしまうのだ。

 

 

「お、お化けだったとでも言うんか?!」

 砂漠の砂中霊———と、までは言わないが。自分が一緒に戦ったあのシーラは既に亡き人で幽霊だったと?!

 

 いやいや、いやいやいや!!

 

 

「いや、まぁ……どうなんだろうね。たまたま名前と見た感じがが似てるだけの人だったのかもしれないし……そもそもシーラは生きてて…………また助けに来てくれたのかもしれないし」

 そのどちらにしても疑問が多少残ってしまうが。

 

 

「お、おいどうしたシンカイ」

「タクヤ、今日一緒のベッドで寝ないか?」

「怖がり過ぎだろ!!」

「うるせぇよ!! お前に幽霊と一緒に狩りをした奴の気持ちが分かるか!!」

 

「いや本当、不思議だねぇ」

 そう口を開くカナタの表情は寂しいとか苦しいような表情では無く。暖かい温もりを感じているような、幸せそうな表情だった。

 

 

「…………ありがとう、シーラ」

 

「いや全然ありがたく無いから」

『シンカイ君ってお化け嫌いなんだね』

 恥ずかしい限りだぞ畜生!!

 

 

 

 

 そんなこんなで、我等が狩猟団は進んでいく。

 

 あ、ちなみにきちんとドスゲネポスは倒せた訳だからクエストはクリアした。

 アカリとタクヤの今後に期待しながら、自分は結局その日幽霊に怯えて寝れなかったとか爆睡したとか。

 

 

 いや、本当さ、なんだったんだろうな?

 

 




と、言うお話でした。
モンハンの世界にもこんな不思議なお話があっても良いんじゃ無いかなって思って書いたお話だったりします。

真相は、読者様のご想像にお任せするのです。

長ったらしく書いてしまいましたが、これでこの章も終わりという事で次の章に移ります。
次は少し短くなりそう? ちょっとネタ寄りで行こうかななんて。


余談になりますが、本日モンスターハンターストーリーズの発売日ですね。
私は買いません← 情報は漁るしアニメは見ますけど。とりあえず買いません←

そんな、モンスターハンターストーリーズの世界観を少しだけ組み込んだお話を本日から書き始めました。このお話と同時に更新されているハズなので、もしお暇な方はお付き合い頂けると嬉しいです。


でわ、また来週お会いしたいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Bow『第七章』
いつもの日常(非日常)


 差し伸べられる手は、私にとって縋るしか無いものだった。

 

 

 弟にとっては違ったのかもしれない。

 でも、私はそんな弟も自分の命も自身では守る事が出来ないから。

 

 その手を握るしか無かった———初めはそう思っていた。

 

 

「バカかお前、家族だとか仲間だとかそんな面倒な言葉じゃねーよ。意味を捕らえろ。……俺はな、俺達は、ただお前が大切なんだよ」

「でも私……何も出来ない! 役立たずでお荷物で…………私、ここに居て良いの?!」

「———」

 

 その言葉を聞くまでは。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「これで二勝っすね!」

「くっそぉっ!」

 綺麗に立った金色のモヒカンを輝かせながら、彼———ヒールは勝利を口にした。

 

 

 一方自分はというと、彼に敗北して床に崩れ落ちる。

 いや、ヒールが見た目世紀末だからって別にリアルファイトをしていた訳じゃ無い。

 

 自分とヒールが行っていた勝負事は『オセロ』だ。

 白と黒で別れて順番に盤面に駒を置いていき、挟まれたら色が反転。最終的に残った駒が多かった色の使用者が勝ちとなる単純なゲーム。

 

「何や。何が欲しいんや言ってみぃ!」

「い、いやそういう賭けはやらないっすよぉ!?」

「うわー、シンカイ弱。あ、俺新しい武器買ってくれよ」

 

 自分とヒールはこのゲームで互角の腕があって、こうやって良く暇な時に勝負をするのである。

 ちなみに横で自分の事を笑っているタクヤは我等が『橘狩猟団』でも最弱。おい、人を笑うのは自分が勝ってからにしろ。

 

 

「次は負けへんからな!」

「望むところっすよ」

「シンカイ、俺ともやろうぜ!」

「ほぅ……」

 そう言うタクヤにオセロ板を向けると、ヒールは戦いの準備を手伝ってくれる。

 

 

「俺が勝ったら今日の飯当番を代わってもらうぜ!」

「ならワイが勝ったら厨房で逆立ちしながらニャーニャー泣け」

「ぇ」

 結果は言うまでもなく、自分の圧勝。タクヤは成長はする奴だがあまりにも遅すぎる。

 

 

 

 

「……に゛、ニ゛ャーニ゛ャー」

「アッハ!! アッハハハハ!! 何これ受けるんだけど!! ギャッハハハハ!」

 その結果がこれである。

 

 厨房の壁を使ってなんとか逆立ちしたタクヤはもう半泣きの顔でニャーニャー泣いていた。もはやイジメに見えるレベルで。

 そんなタクヤを見付けて大爆笑するのは腹黒ピンク、サナことサーナリアだった。辞めて、自分が申し訳なくなるから。

 

 

「アカリにも見せたいわぁ、呼んでこようかな?」

「辞めたってくれ……」

 同情の余地しか無い。

 

「く、くそぉ……覚えてろよ!」

 逆立ちを辞めてそう言ってくるタクヤ。

 いや、挑んで来たのはお前だ。

 

 

「つーかなんでこんな事してる訳?」

「タクヤが賭けオセロやろう言うから現実を見せたったんや」

 我ながら大人気ない。

 

「私ともやる?」

「絶対に嫌です勘弁して下さい」

 一ミリも勝てると思わない。

 

 

「ケッ。あ、そーそー、筋肉バカにシンカイ呼んできてって頼まれてたんだった」

「ガイル……? んー、なら行こうか」

「お、俺を置いてく気か!?」

「あんた飯当番でしょー」

「う……」

 そんな訳で、タクヤを置いて厨房から離れる。

 そういえば今日の飯当番はタクヤとアニキのハズだが、そのアニキの姿が見当たらなかった。どうしたのだろう?

 

 

 

 

「ガイル、呼んでってまさか……この為に?」

「……こい」

 ガイルの部屋(ヒールと共同)に入ると、彼は何故か腕相撲の姿勢を一人でとって待っていた。

 短い銀髪は汗で濡れていて、先程まで筋トレでもしてたんだろうなと簡単に予想が付く。

 

「なんか猟団の皆を倒すのが目的らしいわよ。ま、既に何人かに負けてるけどね」

 クスクスと笑いながらサナはそう言った。ガイルって本当たまにどこか抜けた意味の分からない事をやりだす。

 

 

「へぇ、誰がガイルに勝ったんや? あー、サナか」

「あんた私をなんだと思ってんの?!」

「いや、サナなら何か勝つ裏技とか知ってて、なんて事ありそうやん?」

 どうやらそんな裏技は無いらしいが。

 

「んなもんある訳無いでしょ。私みたいなか弱いレディがこんな筋肉ゴリマッチョに力比べで勝てる訳無いっつーの。ま、それ以外なら余裕で勝てるけどね!」

 か弱いレディはそんな口答えしません。

 

 

「まぁ力比べはええんやけどな。ワイとやっても意味無いで」

 勝てん勝てん。

 

「……そうか。なら最後に親父とやる」

 親父ともやるのか。

 

「あんた、死ぬわよ」

「……死にはしない。…………ハズだ」

 不安要素しか無い。

 

「んじゃ、私は無様に吹っ飛ぶ筋肉バカになんか興味無いし。タクの手伝いでもして来るわ」

 そう言って部屋を出て行ったサナに次いで、自分とガイルは親父の部屋へ。

 

 して、親父との腕相撲か……。どうなる事やら。

 

 

 

 

「ガッハッハ! いいぞ、力比べか。よーしかかってこい!」

 事の成り行きを話すと、親父はやる気満々で机に肘を着けた。

 

 ハンター達の間ではこの腕相撲というのは一種の競技のような感覚で広まっている。

 単純な力比べで勝敗もハッキリしていて、力自慢のハンター達からすればこれほど自分の力を誇示出来る物も少ない。

 

 この腕相撲のためだけに専用の机が用意された集会所まである訳だから、この競技の知名度は言うまでも無いだろう。

 

 

「どごぅっはっ?!」

 ちなみに開幕ガイルは地面に叩きつけられた。親父、手加減無しか。

 

「ガッハッハ! まだまだ鍛えが足りんな!」

「……う、うす。精進する」

 どれだけ頑張ったら勝てるんだ。物理的に無理な気がするんだが。

 

 

「シンカイ、お前もやるか」

「腕が折れるわボケ」

「お前も言うようになったな! ハッハ!」

 笑顔でそう言う親父は、家族にどんな態度を向けられてもそれを受け入れる大きな器の持ち主だった。

 ただ唯一言えないのは「ハゲ」って事だけ。いや、誰も言ってないから怖いんだよね。気にしてたら嫌だし。

 

 いや、この親父が髪の毛の事なんか気にしているとは思えないんだけど。

 

 

「さて、そろそろ飯の時間じゃねーのか? 行くぞおめーら!」

 そう言うと親父は立ち上がる。竜人である所の彼だが、身長は二メートル超えで中々立つだけで迫力満点だ。

 

 そんな見た目恐ろしい親父にもそこそこ慣れて来たけどな。

 あ、でもやっぱり時々怖いよね。ディアブロスの時とか本当殺されるかと思った。

 

 

 

 

「頂きます!!」

 合わせる手から風圧を感じながら、親父のその言葉に皆が同調して手を合わせる。食材と自然に感謝を、と。

 

「あれ? アニキは?」

「上で寝てるわよ」

 そう答えてくれたのはサナの姉、クーデリアさん。妹と違ってスタイル抜群の大人の女性は、何の変哲も無い焼き魚を食べる姿も綺麗だった。

 

 しかし、上で寝てる? アニキ、今日飯当番だったハズなんだけど。

 別に飯当番だけがこの人数のご飯を作る訳では無く、気の乗った人が手伝う事はしょっちゅうな訳だが。

 

 アニキが珍しくサボった穴を誰が手伝ってくれたのだろう?

 まさかカナタじゃないだろうな?

 

「カナタ、飯に触っとらへんやろうな?」

「え? あー、うん。私は触ってないわよ?」

 カナタ本人に聞くと、彼女はキョトンとした顔でそう答えてくれる。なら良いのだが。

 

 

 しかし、焼き魚を食べた後クーデリアさんがお茶を飲んだその次の瞬間。カナタの言葉を疑いたくなる事案が発生したのだった。

 

「———グフォッ」

 二十代の女性が出して良いとは思えぬ声のような何かが隣から聞こえる。

 驚いて振り向いてみれば、彼女は泡を吹きながら机に突っ伏していた。

 

 

 カ ナ タ ?!

 

 

「お姉ちゃん?!」

 倒れる姉に駆け寄るサナ。それぞれが一堂に事の権化だろうカナタを見詰める。

 

「触ってない言うたやん!」

「ちょ、何でもかんでも私のせい?! 本当に料理には触ってないわよ!」

 しかし彼女はそう反発してきた。いや、しかし、飯関連でこんな事カナタが犯人としか思えない。

 

 

「タクヤ、本当にカナタはなにもしてないんやろうな?」

「お、おぅ……」

 マジか。これはもうむしろミステリーだぞ。

 

 逆にカナタが関わっていてくれた方が納得が行く辺り、ある意味信頼されている。

 

 

「———うぐぉっ」

「ハッ?! お姉ちゃん?! しっかりして!! お姉ちゃぁぁん!!」

 

「え? 何? 私が悪いの?」

 どうなのだろう。本人もタクヤも、そもそも料理には触ってないと言っているし。

 密室ミステリーかのような事件だな。

 

「とりあえず上に運ぶっすよ!」

 今回は奇跡的に難を逃れた不運の持ち主ヒールの指揮で、クーデリアさんを部屋に連れて行く一同。

 結局、クーデリアさんが倒れた原因は分からなかった。クーデリアさんが食べた料理を自分も食べてみたが何の変哲も無い美味い料理だったのだから。

 

 はてはて、何だったのだろうか?

 

 

 

 

「……困ったな」

 珍しく困り顔を見せて頭を抱えるのは我等がリーダーのケイスケ。

 クーデリアさんを運び終え、食事と後片付けを済まして自由な時間を過ごしている自分の前に態々現れ、彼はそう言葉を落としたのだった。

 

 確かに困った表情をしている。困った表情をしているのは良いのだがなぜ態々自分の前でそれを言うんだ。

 絶対裏がある。聞くな、聞くんじゃない。何が困ったか聞いた瞬間その困りの種に巻き込まれる!

 

 

「お、よくぞ聞いてくれたな」

「いや聞いてないけど! 何も聞いてないよな?! なんか自分喋りました?!」

 面倒事は嫌いなんだが? にしてもゴリ押しし過ぎじゃありません?!

 

「いや、シンカイじゃない後ろだ後ろ」

 そう言うケイスケの指差す方に視線を向けると、張り切った表情でいつものスケッチブックを掲げる黒髪眼鏡の少女が居たのだった。

 

「アカリ……」

 彼女———アカリは、自分に任せろといった表情でスケッチブックを掲げていた。

 

『困った様子でどうしたの? お兄ちゃん。私に出来る事があれば手伝うよ!』

 なんて書かれたスケッチブックを自分は睨み付ける。

 あぁ、これはやられた。付き合わされる奴だ。

 

「うんうん、我が妹ながらその気持ちは高く評価出来るな。俺は嬉しい。して、シンカイ……この場に居合わせたついでに話を聞いていくか?」

 ほら見ろ。

 

 

「あ、はい。聞きますとも。聞けばええんやろう」

『シンカイ君が手伝ってくれるなら百人力だね!』

 あぁ……はい。ありがたい言葉をありがとうございます。

 タクヤと変わってやりたいよ。

 

 

「お前らはラルフが風邪で寝込んでるのは知ってるか?」

「え、風邪だったん?」

 クーデリアさんが上で寝てるって言ってたのは覚えてるけど。まさか風邪を引いていたとは。

 風邪引くようなひ弱な身体には見えないんだが、そんな事もあるのだろう。

 

 

「で、さっきクー姉も倒れてしまった」

 謎のミステリーでな。

 

「しかもダイダロスから出て結構な日付が立っていて、物資の中で足りなくなっているものが出てきたんだ。勿論、それは二人の介護に必要不可欠。それが何か分かるか?」

「なんや……?」

「ん! ん!」

 元気満々に手を挙げるアカリ。多分アカリに悪気は無いんだろうが、ここまで全部ケイスケの計算通り進んでいるんだろうなと思うと歯痒い。

 

「アカリ、なんだか分かるようだな」

『氷です!』

 自信満々な表情でそう描かれたスケッチブックを見せるアカリ。

 氷。あー、風邪ひいたりしたら頭冷やしたいしな。

 

 それに氷はこの砂漠で暮らすには必要不可欠だ。

 いわばそれは生命の源水でもあり、食材の品質を落とさないようにする為にも使え、室温の低下にも使える代物だ。

 

 

 氷結晶というとても溶け難い、氷がある。溶けないというのは誤解で、内部の特殊な鉱石の影響により常温では固まった水分が個体であり続けるという物体だ。

 故に氷結晶の本体はその鉱石であるのだが。氷が無くなるとその鉱石も一緒に消えてしまうためリサイクル出来る物でも無く、また研究も進んでいない。要するに謎の物体。

 

 

 我が船キングダイミョウにはその氷結晶を仕舞っておく倉庫があり、毎度ダイダロスによる度に一月分ほど買い足しているのだ。

 季節が夏という事や、カナタの暴走のおかげで今回はその氷結晶が切れるのが早かったという事だろう。

 

 

「だとして……ダイダロスに早めに向かうしか無いんやないか?」

 解決策としてはそれしか無いと思うのだが。それか近くの村で分けて貰うという手があるが、砂漠の村での氷結晶の価値など言うまでまでも無い。

 

「ダイダロスは今から向かうと四日かかるからな」

 この砂漠は広い。砂上船でも砂漠の端から端まで渡るのに十日はかかる程に。歩いたらどうなる事やら。

 

 そして今船がある場所はダイダロスからそこそこ遠いらしい。それはそれは困ったな。

 

 

 だが、ケイスケが困った表情で困った困ったと言うために話しかけて来るわけが無い。

 何か氷結晶を手に入れる手立てがあるのだろう。

 

 

「まぁ……もう勿体ぶらずに結論を言えや。今回のクエストは?」

「話が早くて助かる。この近くに氷結晶が取れる地底洞窟があってな、そこで氷結晶を現地調達しようって訳だ」

「なるほどなるほど。はいはい行けばええんやろ行けば」

 だが一つだけ疑問が残る。なぜ、自分なのか。

 別にそのくらいのクエスト他の誰でも出来る訳で。

 

「落ち着け早まるな。今回は俺も行く……」

 またも困り顔をしてそう口にするケイスケ。ケイスケ自ら? これはまた疑問が増えたぞ?

 

 

「流石にこればかりは人に任せるのは忍びないからな」

「おい待てならなんでワイに話しかけた!!」

「お前なら事情を知らないだろうからついて来てくれると思うからだ」

 いつもの調子でそう言うが、いつものような理にかなった話じゃ無いぞどうしたケイスケ!

 

 

「あと、アカリはついて来てくれる……よな?」

 兄とは思えない弱々しい表情でアカリの返答を待つケイスケ。おい待ておい待てもうこの時点で嫌な予感しかしないぞ。

 

『うん! 勿論だよ!』

 しかし、アカリの表情は元気満々だった。むしろいつもより明るい気がする。

 なんだ……? なんなんだ……?

 

 

 

「あ、なんか急に腹痛———」

「逃がさんぞ」

 トイレに逃げようとすると凄い力で肩を掴まれる。え?! えぇ?!

 

「待て! 怖いんやけど! もう怖いのは少し前にあったから夏の怪談的には全然十分なんだけど!!」

「誰もが一回は通る道だ諦めろ!」

 こんなに真剣で必死なケイスケ久し振りに見たんだけど!!

 

「く……。わ、分かった……分かりました」

「よし。まぁ……多分この三人で行く事になるだろうな。一応皆に声は掛けるが誰も来ない物だと思って準備をしよう」

 え?! 何?! その洞窟に何があるの?! 怖いんだけど!!

 

 

「なんなんや……なんなんや……」

『楽しみだね! シンカイ君!』

 そう笑顔で語るアカリを他所に不安要素しか無い自分は青ざめ、なぜかケイスケも凄く嫌そうな表情をしていた。

 

 

 な、なんだ……なぜだ。なぜアカリだけこうもテンションが高い。むしろケイスケのテンションの下がり方が異常だし。

 

 

 氷結晶を採取するだけのクエストのハズなのに。何があるって言うんだ……?

 そんな不安が消える事も無いまま、自分はクエストの準備に取り掛かるのであった。

 

 




ほい、なんと三十話です!
良くもまぁここまで書いてるなぁと自分でも思ったりします。この調子で行くと週一更新を続けられたとしても完結に一年掛かる計算です。

もし付き合って下さる方がいらっしゃいましたら、お付き合いして下さるととても嬉しく思います。

せっかくの三十話なのでほとんどのキャラを出してみました。(たまたまなんだけどね)
キャラクターが多いと大変だなって、他の作品を書きながら今更後悔している所であります。

そんな、他の作品ですが。同時に更新したモンスターハンターRe:ストーリーズも宜しければどうぞ!(宣伝)


でわ、また来週お会い出来ると嬉しいですm(_ _)m


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アルビノの誘惑

「氷結晶……? あー……別に私は良いんだけど」

 パーティをあと一人誘う為にケイスケが始めに声を掛けたのはサナだった。

 

 

 倒れたクーデリアさんを介護しながら、彼女はそんな返事をする。

 お、来てくれるんじゃないか。サナが来てくれるなら、なんとかなりそうで心強い。

 

 

「でもお姉ちゃんが心配だし、後でカナカナをしばかないとだからなぁ。あ、でもシンカイは初めてでしょ? 反応見たさあるなぁ……」

 なんて、悩み始めるサナ。いや、カナタの仕業と決まった訳じゃ無い。

 って、え、何。反応見たさって何。

 

 

「んー、他に誰も居ないなら私が行くわ。まぁ……多分私が行く事になるんだろうけどね。準備しとく」

「あぁ……助かる、サナ」

「ま、アレが大丈夫なの私とアカリくらいだしねぇ。全く情け無いなぁ」

「それを言われると面目無い限りだ……」

 サナとアカリだけが大丈夫なアレ……? もう益々意味わからないんだけど?

 

 

「え、なんなん? ねぇ、もう勿体ぶらずに教えてくれや……」

「ニッヒヒ、後のお楽しみって奴だよ」

 まるで玩具を見付けた子供の様な———いや、つまりいつもの表情で彼女はそう言った。

 

 本当……何なんですか。

 

 

 

 

「え、絶対嫌だ」

 真顔でそう言うのはタクヤだった。おい、アカリは来るんだぞ!

 

「アカリに格好良いところ見せるチャンスやで……?」

「は? お前馬鹿じゃねーの?」

 アカリに聞こえない様にタクヤにアドバイスをしてやったのに、帰ってきた言葉はそんな言葉だった。

 

『タクヤ君来ないの?』

「ご、ごめんアカリ……俺ちょっと腹が痛くてさ!」

 

 え、そんなに嫌なの。

 

 

 

 

「え、嫌っすよ」

 あのヒールが真顔で断って来た。

 

「なんでや……」

「い、行けば分かるっすよ……。あ、でもねーちゃんなら……」

 ナタリア?

 

「あ、いや……どうっすかねぇ。いくらアニキの為とは言え…………ねーちゃんアレ大っ嫌いっすから、うーん。あ、俺は絶対に嫌っすよ」

「お、おう、そうか……分かった」

 アレ……?

 

 

 

 

「……断る」

 仲間思いのガイルまでこれであった。

 

「ワイとガイルの仲やろ?!」

「……絶対に嫌だ」

 そう言うガイルの表情は青ざめていた。いやもう自分が絶対に嫌なんだけど。

 

 

 

 

「え、嫌よ」

「俺としてはカナタに来て貰うのが一番嬉しいんだがな。むしろモチベーションが上がる」

「い、嫌よ! 絶対に嫌!」

 何で皆そんなに頑なに拒むの!

 

 

「俺は、カナタが嫌ならその意見を守るだけだ」

 口だけは達者だがとても残念そうな表情をしてらっしゃる。

 

「ん……まぁ、あなた達だけにやらせるってのは罪悪感……だけど、それでも嫌」

 どれだけ嫌なの!

 

「分かった分かった。……ところでナタリアを知らないか? 見当たら無いんだが」

 カナタを宥めると、ケイスケは続けてそう質問を投げかける。

 そういや、確かにナタリアの姿が見当たら無いな。飯の時は居た気がするんだが。

 

 

「あー、ナタリアならケイスケ達の部屋。ラルフの面倒みてるわ」

 おぉ、それはそれは。

 

「なるほど、ありがとうカナタ。お礼に帰って来たら結婚しよう」

「とっとと行け」

「そんなに早く結婚したいのか?」

「その口に竜撃砲打ち込むわよ?!」

 訳、黙れ。

 

「それは困るな……」

「ほら、とっとと行く。……あ、えーと…………気を付けてね?」

「ん、おぅ」

 カナタってアレだよな。ツンデレ。

 

「ところで、親父には聞かへんのか?」

「親父は絶対に来ない。親父でもアレは嫌いだからな」

 あの親父でも嫌いな……アレ。

 

 

 

 

「あ、ケイスケ君」

 カナタの言う通り、ケイスケとアニキの部屋には風邪で倒れた兄貴を介抱するナタリアの姿があった。

 

 役得かよアニキ。変われ。

 

 

「ラルフを見ていてくれたのか、助かる」

「え、いや、これは、えっと。丁度手が空いてたから! だから!」

 分かりやすい反応をどうも。

 

「それでも助かるさ。ところで……だが、ついでに頼んでみたい事があってな。いや、勿論……断ってくれても構わない」

「えーと……どうしたの?」

 ベッドで項垂れるアニキの頭に氷で冷やしたタオルを置きながら、ナタリアは首を傾げた。

 こう、なんだろうね。ナタリアってお嬢様気質があって何してても綺麗っていうか。

 

 

「そこにある氷結晶、もう明日の分も残ってないんだ」

「———ぅ」

 そう聞いた瞬間、ナタリアの表情が固まった。

 あ、ダメな奴だ。

 

「え、えーと……三人しか居ないの?」

「いや、誰もいなければサナが来てくれる。だからナタリアは無理をしなくても良いぞ……?」

 

 

「そ、そうなんだ……」

 氷結晶を取りに行くのがなぜこんなにも苦行扱いされているのか、正直自分には分からないのだが。

 

「でも、サナはクー姉の介抱があるよね……。ラルフ君は……わ、私なんかより他の人に介抱して貰った方が良いだろうし」

 いや、それは無いと思う。

 

 

「……ラルフ君の為、だもんね。私、行くよ! それに……私はこういう時しか役に立たないから」

「……本当に来るのか?」

 何その念押しみたいな質問?

 

「ぅ……」

 なんでそんなに表情が引き攣るの。

 

 

「……な、ナタリアか?」

 唐突に、背後からそんな声が聞こえた。アニキ、かなり辛そうなんだが大丈夫だろうか?

 

「ら、ラルフ君?! 凄い熱なんだから寝てなきゃダメだよ!」

「ぅ……ぅぉ…………すまねぇ……な」

 本当に風邪だったみたいだ。珍しい。

 

 

「私、行くよ。少しでもラルフ君の役に立ちたいから!」

 いや、本当に一途で素敵な思いです。

 

 

「え、ナタナタ行くの?」

 そこに、扉の外から声を掛けてきたのはサナだった。

 

「サナ……? あ、ごめんね準備してた?」

「ん、いや。あんたが行くってんなら……私はお姉ちゃんの事見ててあげたいから残るけどさ。……でも、ナタナタってアレ大っ嫌いだったでしょ?」

 だからアレって何なんですか。

 

「が、が、が、頑張るよぉ……?」

 産まれたてのケルビのように震えてるんだけど。

 

「な、なら……良いんだけど。そうと決まったなら頑張りなさい! このバカとお姉ちゃんは私が責任を持って介抱するわ!」

 このサーナリアさんの頼りになる言葉と来たら———タクヤも見習ってくれ。

 

 

「よし、なら今回のクエストはこの四人で氷結晶の採取だ。二人は分かっているだろうし、そもそもシンカイは防具を持っていないから言わなくても良いだろうが。このクエストの時は全員防具は装備しないのが心得だ」

 ケイスケ、アカリ、ナタリアに自分。と、中々見慣れない面子のパーティが出来上がった訳だ。

 ケイスケとは初めての狩りのゲリョスの時以来だし、実はナタリアとは初めてだったりする。

 

 たかが氷結晶を取りに行くだけだからモンスターと戦う事は無いだろうが、珍しいパーティなのでそこそこ楽しみではあった。

 

 

 ———ただ一つ。皆の不可思議な言動に不安を感じながら。

 アカリとサナ以外の不可解な嫌がりよう、逆にアカリはいつもより活気としているし、防具は要らない……?

 

 

 

「よ、よし……クエストスタートだ!」

 さてさて、何が起こるやら。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 砂漠の夕日は綺麗だ。最近は本当にそう思うようになってきた。

 

 

 街のように周りを壁に囲まれてなければ、生い茂る木々に光を遮られる事は無い。

 オレンジ色に輝く太陽が地平線までどこまでも伸びる砂を照らす。

 

 季節が季節だけに夕日が落ちていくこの時間でも砂漠はクーラードリンクが欲しくなるほどの気温だが、なぜかアイテムポーチにはクーラードリンクでは無くホットドリンクが入っていた。

 あ、勿論あの時みたく間違えた訳では無い。

 

 

 見ての通り時刻は夕方だ。

 砂漠は日光を遮る物も無いが、地表に溜まった熱を遮る物もまた無い。

 昼間のうちに温められた空気は直ぐに上に登ってしまい、そこからこの砂漠は極寒へと姿を変えるのだ。

 

 

「よーし見えてきたぞ」

 目的地が見え、ケイスケはホットドリンクの蓋を開ける。

 

 この砂漠には幾つもの地底洞窟があって、今回の目的地もその一つだった。

 地底洞窟は太陽の光が届かず、温められた空気に晒される事もないので常に夜の砂漠のような気温であったりする。

 

 その為のホットドリンクで、ポーチの空きを作る為に帰りもクーラードリンクが入らないこの時間に出発したのはケイスケの計算高い所だろう。

 

 

 

「ほぉ……これが」

 洞窟に入ると、肌寒い感覚を覚えると共にそんな歓声のような声が上がった。

 

 静かな空間だ。

 広い空間の真ん中にポツンとあるのは小さな池で、砂漠中の地底洞窟に繋がっているとか。

 場所によっては足場より水場の方が多い洞窟もあるらしく、砂漠の下の広大な世界に胸が踊る。

 

 物音の反響する空間で、足音をコツコツと立てながら自分達は洞窟の周りを探索する。

 目的は氷結晶。岩の割れ目にあったり大きな結晶が出来てたり、時には地面に小さな結晶が落ちているらしい。

 

 それらを探して洞窟の周りを回っているのだが、どうしてかケイスケは岩の割れ目を無視して氷結晶を探していた。

 そこからは出ないのか……?

 

 

「……どうやら、掘るしか無いらしいな」

 決意を込めた声で、洞窟を一周したケイスケはそう言う。

 

「……う、うん……そう…………みたいだね」

 背負って持って来たピッケルを持ち、ナタリアも寒さのせいか震えた声で口を開いた。ホットドリンク、忘れたのか?

 

『頑張ろう!』

 で、二人とは対照的な笑顔でアカリはそう書かれたスケッチブックを掲げる。

 ピッケルを持つ彼女の表情はいつもに増して活気に溢れているように見えなくも無い。

 

 

 アカリと他の二人の違いは何だ……?

 

 

「な、なぁ……二人は何をそんなに憂鬱に感じとるん? 気になるんやけど」

「そうだな……なら、そろそろ答えをやろう。そこにある岩の割れ目をピッケルで叩いてみろ」

 ケイスケに言われるままに、ピッケルを持って岩の割れ目の前に立つ。

 

 な、何が起きるというんだ。

 不安と期待でよく分からない心境の中、自分は大きくピッケルを振り上げて———振り下ろす。

 

「……」

 甲高い音が洞窟中に広がり、岩が少し削れて鉱石や崩れた岩が足元に転がってくる。

 

 

 しかし、それだけで。普通にピッケルで砂漠の岩を掘った時の感覚とさほど変わりは無い。

 

 

「何も……ならへんけど?」

 二人は何をそんなに憂鬱になっているのか。まるで分からな———

 

「———って、痛!」

 振り返ってケイスケに説明を求めようとすると、足の方に急な痛覚を感じた。

 騒ぎ立てるような痛みでは無いのだが、何かにいきなり噛まれたような痛みに声を上げてしまう。

 

 

 なんなんだいきなり。

 

 そう思って痛みのする足を見てみると、そこにはとんでもない生き物が居たのだった。

 

 

「———ぇ、えぇぇ?! な、なんやこの生き物!! ひぃぃっ?!」

 自分の足に噛み付いていたのは、眼球も無ければ手足も無い。真っ白な細長い生き物だった。

 

 皮はブヨブヨしていて、頭らしき部分は大きく裂けた口があるだけで他の器官が見当たらない。

 大きさは自分の手首と同じくらいで、白い皮から透けた血管がその不気味さをより引き立てていた。

 

 

 素直に一言で言うならば、とてつもなく気持ち悪い生き物。

 

 

「お、一匹だったか運が良いな」

「運が良いってどういう事やねん! てか離れろ! この! くそ!」

 何度も足を振り回していると、この不気味な生き物も噛み付くのに疲れたのか足から離れてまた岩の割れ目の中に入っていく。

 手足も無いのに身体をくねらせて動くその姿はどうオブラートに包んでも気持ち悪い。

 

 

「な、な、な、なんなんやアレは!」

「フルフルベビーだ」

「アレがぁ?!」

 

 

 フルフルというモンスターがいる。

 さっきの生き物と同じく眼球の無い大きく裂けた口だけの頭とブヨブヨの身体が特徴のモンスターなのだが、フルフルは飛竜だ。

 翼もあれば足もあるし、確かに不気味な姿はまるで変わらなかったが生き物として形が違い過ぎる。

 

 

「フルフルって……小さな頃はあんな姿をして少しずつカエルみたいに成長するらしいよ……?」

 青ざめた表情でナタリアはそう説明してくれた。え、何それ。フルフルって飛竜だよな? カエルじゃ無いよな?

 

「つまり……皆がこのクエストを嫌がったのはアレが出てくるからか」

「あぁ、さっきは運が良かったが酷いと十何匹と同時に出て来たりする」

 何その地獄絵図。

 

 

 猟団の皆が挙って拒否してきたのも分かる。親父でもアレは気持ち悪いのだろう。

 

 

「ナタリア……サナが言うにはアレ嫌いなんやろ? 大丈夫なんか?」

 いや、そもそも好きな奴の方が少ないんじゃ無い———ちょっと待て。

 

「そりゃ……見るだけで全身寒気がするけど。……ラルフ君の……為だし」

「なる……ほどね。いや、しかしだな……」

 ナタリアと話している途中でふと頭に過ぎった疑問を口にしようと、その疑問の根源を目で追ってから口を開こうとする。

 

 

「……ん……ょっ!」

 その根源———アカリは、物凄い笑顔で岩の割れ目にピッケルを叩き付けていた。

 

 

「あ、アカリ…………嘘やろ」

 何その笑顔見た事無いぞ。何が嬉しかったらそんな笑顔になるんだ。

 

 さも、道端で見付けたアイルーがゴロゴロとこっちに愛嬌を振り向きながら寄ってくる。

 そんなアイルーを見つめるような、果てしない癒しを与えられた者がする表情を彼女はしていたのだ。

 

 

 頭がおかしくなったんじゃ無いだろうか。

 

 

「……っふぁぁ」

 そして割れ目から出てくる二匹のフルフルベビーを見てはさらに表情を緩くして、両手を広げ彼等を招き入れるアカリ。

 二匹はそんなアカリを食べ物としか思って無いハズ。それなのに、自分を食べようと器用に飛んでくるフルフルベビーを彼女は慣れた手つきでその胸に抱え込んだ。

 

 え、触るの。

 

「……ふぇっへ」

 満面の笑みとはこの事か。普段そこまで表情の豊かな方では無いアカリがこの表情。

 その胸に抱く生き物がもしアイルーとかならどれだけ微笑ましい事か。

 

 いかんせん、しかしその胸の中でくねくねと身をよじらせる生き物は白くて不気味なフルフルベビー。

 

 

 

「……アカリはフルフルやフルフルベビーが物凄く好きらしくてな」

「……後サナも、アカリ程じゃないけど。私達みたいな苦手意識は無いらしいよ」

 実の兄も、優しいナタリアも、今のアカリを見る表情は青ざめていて狂気な物を見る物だった。

 

 

「……っ……へぇ」

 満面の笑みで気味の悪いその生き物を抱える少女を目の前に、自分も苦笑いが止まらない。

 

 

「さ、さて。俺達も始めるか」

「「お、おー……」」

 幸せそうな彼女を他所に、自分達三人はピッケルを持って全く無い意気込みを形だけでは表すのであった。

 

 




最近この作品も少しずつではありますがお気に入りが増えて来て、少し舞い上がってる作者です。
今さっき、一人減ったんですけどね……(´・ω・`)

フルフルベビー、似た幼体のギィギと違ってゲームに姿が出る事は無いですよね。
確かこんなような姿をしていたしていたハズです(間違っていたらどうしよう……)。

今回はネタ回になりそうです(´−ω−`)


それではまた来週、お会い出来たら嬉しいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

彼女の憂鬱

「うぉっ」

 短い悲鳴を上げながら、ケイスケは岩の割れ目から出て来たフルフルベビーを避ける事に成功する。

 三匹ほどのフルフルベビーが目標に逃げられて、また岩の割れ目に戻って行くのが見えた。

 

 よし、あそこは絶対に掘らない。

 

 

「———って、うわ!!」

 少し余所見をしていたからか、足元からヒョコヒョコっと出てくるフルフルベビーに驚いて尻餅をついてしまった。

 冷たい地面に手を着けた感覚よりも、目の前の奇妙な生物に気が向く。こっち来んな!

 

 

「ど、どうだ……シンカイ。氷結晶は」

「全く出ーへんわ。フルベビはアホみたいにうじゃうじゃ居るけどな」

 珍しく疲れ切った表情のケイスケにそう答える。いや、多分自分も同じような表情をしているのだろうが。

 

 

 この洞窟に来てからもう一時間が経過するだろあか。

 

 氷結晶がどれだけ集まったかと言われれば、自分は小さな結晶が三つほど。こんな物親父の酒を冷やすのに位しか使えない。

 

 

「ケイスケは?」

「五個ほど集まったが……全く足りんな」

 これは切りが無い。一人二十個は集めたい所だからこのままではあと三時間は掛かる計算だ。

 

 

 

「アカリは———」

 一方でフルフルベビーと戯れるアカリに視線をやると、その傍らには袋に大量に詰められた氷結晶が置いてあるでは無いか。

 

「———嘘やろ」

「ハンターの訓練をする前からアカリは氷結晶を取りに来るクエストに着いてくるんだが。いつも直ぐに集め終わって、あぁやってフルフルベビーと遊んでいるんだ」

 戦慄する自分にケイスケはそう答えてくれる。

 

 アカリの意外な才能に目を丸くしながら、自分はふと悪い事を思い付いたのであった。

 

 

「もうアカリに全部集めて貰えばええんや無いかな……。自分達が持てる分だけ、ほら」

 なんて、もう大人気無い提案をケイスケにしてみる。

 

 いや、だって本当に気持ちが悪いんだ。

 ウネウネクネクネと、あの形の生き物が何匹も何匹も。流石に精神的に辛くなってくる。

 

 

「シンカイ、お前はそれで良いのか?」

「う……」

 それは、ハンターとしてとかじゃ無く。人としてどーなのか、という感じの質問のような物だった。

 

 そう言われると……そりゃ、よく無いんだけど。

 

 

「せ、せやなぁ……」

 流石に仕事を全部アカリに押し付けるなんて、それは年上として男としてハンターとしてやってはいけないと思う。

 それに、ほら。フルフルベビーが大嫌いだって言ってたあのナタリアも今目の前で青ざめた表情でピッケル振り下ろしている事だし。

 

 自分も微量ながら倒れたアニキやクーデリアさん。はたまた皆の為に、もう一踏ん張りするべきなのだろう。

 

 

「やるしか……無———」

 そう意気込んで、ピッケルを振り上げたその時だった。

 

「きゃぁぁっ!!!」

 直ぐ隣から大きな悲鳴が鳴り、洞窟の空間に響き渡る。

 先程から何度かナタリアは悲鳴を上げてきたが、これまででも最大級のその悲鳴にほぼ条件反射でナタリアの姿を確認せざる負えなかった。

 

 

「———ぅぉっ」

 ナタリアが視界に映ると、その姿に思わずそんな声が口から漏れる。

 

 倒れた彼女に群がる十数四のフルフルベビー。それだけの数が飛び付いた訳で、スカートや上着の中に入り込んでる個体も居たりした。

 そんな状況のナタリアの心境は計り知れないが、その姿と状況で———青ざめ、また恥じらうような表情の混ざったそんな表情も相まってなんというかね。

 

 ———エロい。

 

 

 いやいやそんな事を考えている場合じゃ無い!

 普通に助けるべき状況だ。でも、ほら、アレだよ。男の子なんだからこんな反応しても良いよな!

 

 

「だ、大丈夫かナタリア!」

 直様駆け寄って、手頃なフルフルベビーを蹴って退かしながらナタリアに声を掛ける。

 

「……し、シン……か……くぅ…………ん」

 もう号泣。まともに声も出せないまま、彼女の身体は凍り付いたように固まっていた。

 

 

「お、おぅ……今助けるからな! ちょーっと待っとれや!」

 今はフルフルベビー達も何処に噛み付こうかと動いている最中で、ナタリアはまだ何処も噛まれていないようだ。

 それは幸いで、フルフルベビーにはもう少し粘って———とっとと退いて貰わないとナタリアが噛まれたら大変だよな、うん!

 

 クソ、自分の中から消えろ煩悩。

 

 

「ケイスケも手伝え!」

 とりあえずナタリアのスカートの上に乗っていたフルフルベビーを持ち上げて遠くに放り投げてやる。うぉぉ、触るとマジで気持ち悪い!

 

 

「え、嫌だ」

 はぁぁぁ?!

 

「お、落ち着けシンカイ。所詮フルフルベビーだ。噛まれてもちょっと痛いだけだ。こういう時に防具の中に入らないために、俺達は防具無しで来てるんだからな!」

「嫌なのは分かるけど! 嫌なのは分かるけど! 助けてやろうや、な?!」

 

 

「……んっ、ぁっ…………ぃ、そ……こ……ぃ、ぃゃっ!」

 そうこうしている間にナタリアに張り付いたフルフルベビー達が好き勝手動き回り、嫌がるナタリアは完全にアウトな声を出し始める。

 

 よせ、これ以上は色んな意味で危ない。

 

 

 

「……た、助け…………はぅぁっ……ひ、ひん……ぁっ」

「うぉぉ! い、今助けるからぁ!! とりあえず落ち着け!! 落ち着くんだ自分!!」

「なんでシンカイが落ち着く必要がある」

 こいつはカナタにしか興味無いから分からないだろうが普通の男子からすれば、あんなナタリアの状況を見たらそれはもう落ち着けないのは当然な訳で!

 

 ハッ! こいつ、だからカナタに一番来て欲しいとか言ってたのか!

 

 

「クッソ……ちょ、ちょーっと待っとれよ……。直ぐにでもこいつら蹴散らすさかいなぁ」

 落ち着け。落ち着くんだ自分。

 

 自分は紳士。歳下の少女の哀れもない姿に興奮して後先考えず行動するようなクソ野郎ではない!

 自分は紳士、自分は紳士、自分は紳士!

 

 

「よし、やるか……」

「……ぁっ、ゃ…………ぅぁ……た、助け……ひぃっ」

 自分の決意を返して下さい。

 

 

「こんな状況の女の子に触れるか!! アカリ、ヘルプ!!」

『今フルベビちゃんをモフモフするのに忙しい!』

「いやそれ全然モフモフやないやろ! ブヨブヨの間違いやろ!!」

「……ぉふぅ……っ!」

 モフぅって?!

 

 自分の文句に頬を膨らませるアカリも、フルベビに触ろうともしないケイスケも今は当てにならない。

 自分が……自分がやるしかないのだ。

 

 

「……し、シン……か…………んっ」

 その声で、自分の中の何かが弾けた気がした。

 

 

 

 

「……ハッ!」

 理性。それが自らを支配したのだろう。

 煩悩を乗り越えたその先にあったのは無だった。何も考えず、ただひたすらフルフルベビーを彼女から引き剥がし、今に至る。

 

 なーんて勿体無い事を……。

 

 

「あ、ありがとう……シンカイ君」

 未だに青ざめた表情のナタリアは泣きながらも感謝の言葉を口にする。

 

「いや、ええんやけど……うん。なんで、動けなくなる程嫌いなのに付いてきたんや?」

 正直なところ、自分ももう二度と来たくない。

 でも彼女はこうなる事を知っていて、それを承知でここに居るのだ。これ程までにフルフルベビーが苦手だというのに。

 

 

「ぅ……ご、ごめんね。足手まといで、迷惑だよね……」

「い、いやいや。そういう訳や無くてな?」

 人的被害が出る訳でもないし。精神的には辛いけど。

 

 

「やっぱり……アニキの為?」

「……ぬぁっは?! ち、違うよ! 全く! 全然! 違うから! 好きとかじゃないから!」

 自分がアニキを話題に出すと、ナタリアは顔を真っ赤にして自爆をし始める。

 分かりやすいというかもう既に表面に出ているというか。

 

 

「別に猟団内の恋愛は禁止してないぞ?」

 そう横から口を挟むケイスケ。そういうのに関してルールを付けるような人じゃ無いだろうな、親父は。

 

 そもそもケイスケがカナタと恋愛したいからそんなルールが作られる訳無いんだろうが。

 

 

「あ、いや、だから、そういうんじゃ無くて!」

「遠慮するなナタリア。お前の気持ちは多分ラルフ以外皆知ってる!」

「ふぇぇ?!」

 むしろ気が付かれていないと思っていたのだろうか。

 

 

「しっかしアニキは鈍感やな。こんなにも思われてるのに」

「……」

「なんやケイスケ」

 自分を細めで見てくるケイスケは、短く溜息を付いてからこう続けた。

 

 

「勿論皆応援してる、後はナタリアの気持ち次第だ」

「そ、いや、だ、だから、そのぉ……」

 まるでフルフルの亜種のように、全身真っ赤にして恥じらうナタリアもとても可愛い。

 こんな美少女に思われてアニキは幸せ者である。———変われ。

 

 

 

「わ、私は…………ただラルフ君に救われたから。そんな素敵な彼の力になりたいだけ……ッ!」

 しかし、ナタリアは決意を込めたような表情でそう口を開いたのだった。

 

 まるで、自分とアニキとの間に自ら大きな壁を作っているかのような発言。

 そんな風に感じて、気になってこう聞いてみる。

 

「救われた……?」

 前、ヒールに聞いた話なら。ヒールとナタリアは親から離れて砂漠を彷徨っている内に親父に拾われてこの猟団に入ったらしい。

 その時に二人を見付けたのが、アニキって事なんだろうか?

 

 

「え、えと……ケイスケ君やアカリは分かってたかも知れないけど。私、ヒールと一緒に皆に拾われた時ね……誰も信じてなかったの」

 しかし、彼女の口から発せられた言葉はそんな物だった。

 

「なんでや……?」

「そもそも、誰も信じれなかった。親に売られて二人だけで生きて行くしか無くて。そんな私達二人を無償で救ってくれるっていうケイスケ君達をどうも私は……胡散臭いって思っちゃった」

 ケイスケやアカリに申し訳無さそうに彼女はそう言う。

 

 でも、まぁ分からない話では無い。それどころかそれが当たり前の考えだ。

 

 二人を救った橘狩猟団になんのメリットがあるのか。一般的な常識ではメリットなんてどこにも無い。

 

 

「まぁ、俺の親父の信念そのものが胡散臭いからな。それでも俺はその胡散臭い信念を誇りに思ってる」

 申し訳無さそうなナタリアの頭を撫でながら、ケイスケはそう口にする。

 皆の頼れる兄貴分のリーダー格。アニキとは別のベクトルでケイスケも皆の兄なのだ。

 

 そして、親父の胡散臭い信念。

 困っている人が居るのなら、駆け付けて助けるのがハンターだ。

 

 彼にとってそれはメリットなんて言葉では表せなられない程大切な事なんだろう。

 

 

 でもそれは、やっぱり知らない人からすれば胡散臭い。

 

 

「うん……そうだよね。お父さんは本当に凄い人。でも、あの時の私は信じれなかった…………そんな私を救ってくれたのがラルフ君だから!」

『ラルフは見た目以上に皆に気を配って、皆を大切にしてるから!』

 アカリは自分の事のように誇らしげな表情で、アニキを評価したスケッチブックを掲げる。

 そうだな、マックスの時もサナの時も。アニキは皆が大切だからあんな行動が出来る訳で。

 

 

 

「アニキがナタリアに何かしてやったんか?」

「怒られちゃったの……」

 怒ったんだ。

 

「ヒールと違っていつまでも挙動不審で。遂に熱まで出して倒れちゃって……」

 今とは真逆だな。

 

 

「そんな私を介護してくれるラルフ君に……なんで見ず知らずの私なんかにこんな事してくれるの? って。疑問をぶつけたら、凄い怖い表情で怒ってきたんだ」

 そう語るナタリアは、ラルフに怒られたのが苦では無かったと表情で語っていた。

 

 その頃を思い出す表情は、まるで大切な事を思い出すような。そんな表情。

 

 

「バカかお前って、難しい事関係無しに、俺はただお前が大切なんだって。ラルフ君はそう言ってくれた。それでようやく、私も皆の家族なんだって思えたの」

 嬉しそうに、彼女はそう語る。アニキめ、隅に置けない。

 

 

「そりゃ惚れるわなぁ……」

「わぁっ! 違うから! そういうんじゃ無いからぁ!」

 分かりやすくて弄りやすくて可愛い娘である。

 

 

「い、いい加減にしないとシンカイ君の苦手な怖い話するよ!」

「え、何それ辞め———は?! い、いやいや全然怖く無いわ! 全然怖いとか無いから!」

「へっへーん。そうだねぇ、砂漠の洞窟だしとっておきの話があるんだよねぇ」

「よ、よそう! そんな事をしても何も得るものはあらへん!!」

 どうやら、自分とナタリアのお互いのポジションが決まった瞬間でもあった。

 

 

 

「さて、気を取り直して採取を再開するぞ。アカリ以外全く進んで無いからな」

 ケイスケのその言葉で、そういえばクエスト中なんだと思い出す。

 あぁ……またあの岩の割れ目にピッケルを叩き付けなければならないのか。次は何匹出てくる事か。

 

 それでも、きっとナタリアはやるだろうな。

 

 

「大丈夫なんか? ナタリア」

「だ、大丈夫だよ! だって、ラルフ君に恩を返すチャンスなんだから」

 そんな遠回しな発言も、彼女らしいと言えば彼女らしいのかもしれない。

 

 

『三人共、頑張って!』

 笑顔でそう書かれたスケッチブックを掲げるアカリは、もう既に一匹のフルフルベビーを抱えていてご満悦な様子だった。

 そんな余裕があるなら手伝って貰えないでしょうかとは流石に言えないわな。

 

 

「ケイスケ、一人目標何個やっけ」

「二十個だ」

 まだ半分も集まってない。

 

 

「まぁ……えぇわ。こここらがワイの本気や。双剣使いの本領、見せたるで!」

 そう言いながらピッケルを二刀流で持つ。これで作業効率二倍!

 

「「おぉ……」」

 とっとと終わらせて、アニキやクーデリアさんに氷を分けないとな!

 

 

 さて、一狩り———でなく。一掘り行きますか!

 

 




ちょっとエッチなお話。いや、モンハンやってれば誰でも妄想しちゃうよね?!()
R15だから良いよね!←

でわ、また来週お会い出来ると嬉しいですm(_ _)m


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

壁に耳あり天井に目あり?

 意気込んだ。そこまでは良かった。

 

 

 無駄にピッケルを二本持ち、岩の割れ目という割れ目を叩きまくる。

 しかし出てくるのは鉄鉱石や砥石、そしてフルフルベビーばかり。

 

 アカリは洞窟に着いて直ぐに二十個の氷結晶を集め終わったというのに、だ。

 なんの違いがあるのだろうか。日頃の行いなのだろうか。

 

 

「もうマジでフルフルベビー見とう無い!!」

「ケイスケ君、そろそろ良いんじゃ無い?」

 妥協しても良いのでは? ナタリアは自分を哀れんでそんな事を言ってくれた。

 

 ちなみに洞窟に入って二時間ほど。自分以外の三人はすでに氷結晶を集め終わっている。

 

 

「そうだな、そろそろ引き上げるか。この洞窟にそもそも氷結晶があまり無いみたいだしな」

 そんな慈悲の言葉。ケイスケ様一生着いて行きます。

 

 

「っしゃぁ!! そうと決まればとっとと帰ろう」

 もう洞窟の外は夜で暗いハズだし。あまり遅く帰るのも色々と心配だ。

 

「アカリ、帰るぞ」

「……んむぅ」

 フルフルベビーと戯れていたアカリは、抱っこするフルフルベビーを少し不機嫌そうな表情で岩の割れ目に返す。

 本当に好きなんだな……。アレのどこが可愛いのだろうか。

 

 

「さて、とっとと帰ってアニキに着いてやろうやナタリア」

「わ、私は良い———ってシンカイ君後ろ!!」

 帰りの支度をしていると、ナタリアは突然そんな事を言って怖がらせようとしてくる。

 あのなぁ……流石に突然そんな事言われても、まるで怖く無い。アニキの事でからかった仕返しなのだろうが、甘々である。

 

「あー悪かった悪かった。でもなーナタリア、自分の気持ちに素直になるのも時に———」

「危ない!!」

 そう言ってナタリアは自分の方に飛び込んで来る。

 

 そして自分を押し倒して、硬い洞窟の底を気にせずにゴロゴロと転がった。

 

 

 え?! えぇ?! た、確かに素直になれとは言ったけど!!

 ま、まさかナタリアが自分を抱き締めるほど好きだったなん———いやそんな訳無いか。

 

 地面を転がる最中に、地面とナタリアとの間から覗いた白い影。姿勢を戻そうと頭を上げた瞬間その全貌が明らかになる。

 

 

 

 そこには巨大なフルフルベビーが居た。

 

 

 

「うぉぉ?! お化け?!」

「違う違うフルフルフルフル!!」

 超巨大フルフルベビーだと思ったそれは飛竜の特徴よろしく、一対の翼が備わっている。

 幼体と同じく大きく裂けた口だけがある頭と白くて不気味な身体が特徴的なそのモンスターこそ、今日自分を悩ませてきたフルフルベビーの成体フルフルである。

 

 

「うぉぅゎっ、キモッ」

 

「ヴゥゥ……フグフグフグ」

 音も無く背後に立っていたフルフルは突然目の前から消えた得物を探すためなのか、辺りを探るような仕草をしている。

 

 

「い、いつのまにおったんやこいつ」

「分かんない……多分天井から降りてきたんだけど」

「成体が居たか……どおりで数が多い訳だ」

 荷物をまとめていたケイスケが隣に来てそう語った。なるほど、ここは奴の縄張りって訳か。

 

 

 フルフルは大きい。それはもう、本当にフルフルベビーが大きくなったらこうなるとは信じられないくらいに。

 しかし、フルフル自体は戦おうとしなければそれほど脅威のあるモンスターではない。

 

 まず、動きがそこまで早く無いからさっきみたく奇襲でも受け無い限り簡単に逃げる事が出来る。

 洞窟が広い事も手伝ってこそまで緊張感がある状況では無かった。———それに。

 

 

「はぅぁぁ……」

 アカリがとてつも無い笑顔でフルフルを見ていた。え、成体もイケるの。アレも可愛いの?

 

 

「あ、アカリ……? 帰るで……?」

『なんで?!』

 文字が辛辣なんだけど。

 

 

『もふもふしたいよ!』

「落ち着けアカリ!! あいつモンスターやから! アイルーとかじゃ無いから! 普通に危ないから!」

『あんなに可愛いのに?』

 何が何処が可愛いの?!

 

 

「あ、アカリちゃん。もう夜遅いし、ね?」

 これにはナタリアも苦笑いでそうアカリを諭す。

 しかし、アカリは一向に態度を変える事無くただただフルフルをアイルーを見つめる様な眼で見ていた。

 

 

「ケイスケさんケイスケさん、兄貴やろ? なんとかしてや」

「あーなるとアカリはなぁ……」

「危ないやろ。ベビーならともかく」

 ベビーも辞めて欲しいけど。

 

 

「アカリ、クエストは終わりだ」

「……んむぅ」

 ケイスケがそう言うと、アカリはしぶしぶと荷物を片付ける。

 真面目なアカリだからクエストという言葉には弱かったようで。

 

 

「よっしゃ帰ろうか」

 そう言った瞬間だった。

 

 

「ヴォォァァァアアアア!!」

 人の悲鳴のような叫び声が洞窟に響く。さっきまで何も仕掛けてこなかったフルフルの咆哮。

 

「———うぉっうるさっ」

 ディアブロスとまではいかないが並みの大型モンスターより遥かに大きな咆哮に思わず耳を塞いだ。

 それは例外無く四人共で、手に持っていた荷物を全員落としてしまう。

 

 

 しかも、

 

「ヴォゥッヴァァッ」

 フルフルは鳴き終わると首を伸ばして攻撃を仕掛けて来た———かと思えば四人分の荷物を器用に全て口の中へパクリ。

 

 

「———なにぃ?!」

 そこにはホットドリンクやさっき取った氷結晶、採掘のためのピッケル等しか入っていなかった。

 フルフルにとって食べ物になる物は何も無かったのに、それを奴は満足気に腹の中に収める。

 

 

「食いおった……」

「しまったな……」

 ケイスケと二人で悶絶。顔を見合わせてどうしようと眼で相談する横で、アカリはご飯にありつくアイルーを見るような眼でフルフルを見ていた。

 

「返して!」

 そんな中で、必死な声を挙げる少女が一人。

 

 

 ナタリアはショウグンギザミの素材で作られた弓を引いて構える。

 荷物には氷結晶が入っていた。確かに、フルフルベビーと葛藤し時間を掛けて採取した氷結晶だ。ここで失うのは精神的に来るものがある。

 

 しかし、それは防具無しでフルフルと戦って奪い返そうと思う程の物ではない。また明日にでも嫌な思いをした方が安全ではある。

 

 

 でも、ナタリアにとっては違うようだ。

 自分を救ってくれた大切な人が苦しんでいる。その人の為に、大嫌いなフルフルベビーに囲まれながらも氷結晶を集めたんだ。

 

 自分では無く、人の為に集めた物だから。今それを失うのを彼女はよしとしなかったのだろう。

 

 

「ヴゥゥ……」

 腹でも下したのか。フルフルはその場から動く事は無かった。

 まるで自分達四人に興味がないかのように、ゆっくりと洞窟内を歩いている。

 

 

「待てナタリア。今攻撃したら戦いになる」

「で、でも!」

 ケイスケの言う事は正しい。この状況でフルフルと戦うのはあまりに危険だ。

 

 今でこそ襲っても来ないし動いてすらいないフルフルだが。一旦外敵と見なされれば全力で敵を葬りに来るのがモンスターだ。

 動きは鈍いが近づく者を消し炭にする放電攻撃や、電気ブレスは非常に強力で当たればただではすまない。

 

 

「船に戻ったらもう氷結晶は残ってないんだよ?! ラルフ君が……」

 彼女はそれでも戦うと、そう言った。

 

 クーデリアさんの事も思い出してあげてね!

 

 

 

「……確かに、またフルフルベビーとじゃれあうのも嫌だし倒すか。それに、俺も奴には腹が立っててな」

 ケイスケがやれると思ったなら、やれるのだろう。なら、自分も付き合うだけだ。

 しかし、ケイスケが腹を立てたとは?

 

「シンカイとアカリは良いか?」

「ワイはええで。せやけど……アカリは?」

 まぁ、自分は良いんだけどな? ほら、アカリはフルフルが大好きみたいだし。どうなんだろう?

 

 

『良いよ!』

 良いんだ。

 

「え、狩るんやで? あのフルフルを」

『可愛くてもモンスターだから!』

 あ、それは分かってるんだ。

 

「なら話は早いな。フルフル一頭の討伐、まぁ状況が状況だから密猟にはならんだろう。クエストスタートだ!」

 ケイスケがそう言うと同時に、息の合った動きでランスとヘビィボウガンを構える橘兄妹。

 ヘビィボウガンをアカリに教え出して少ししか経ってないが、その動きは中々に様になっていた。

 

 

 続けて、自分も双剣を構えるのだが———

 

 

「待てシンカイ」

「え、何や?」

 結構意気込んで双剣を構えたのに。

 

 

「お前は今回見てるだけで良い……と、いうかアカリの面倒をみてやってくれ」

「フルフルに剣士一人で戦うんか……?」

「そうなるな」

 なんとも軽い感じでそう言うケイスケ。そうも余裕そうな表情をされると大丈夫なのかと疑いようが無い。

 

 

「理由は……?」

「あの荷物にはな……」

 荷物?

 

「あの荷物には、俺がカナタに初めて貰った弁当が入っていたんだ」

 そう言うケイスケの目は殺意で溢れかえっていた。あ、察し。

 

 後で聞いた話なのだが、カナタはカナタで自分は行かないという事に負い目を感じていたらしく。

 罪滅ぼしという事で、いつもはケイスケの為には絶対に作らない(むしろ羨ましい)飯を特別に作って貰っていたらしい。———いや、嫌がらせかよ。

 

 

 曰く、ケイスケ自身は一度もカナタの飯を食べた事が無いのだとか。

 

 

「あの糞気持ち悪いエイリアン面したゴミめ。カナタの飯の匂いを嗅いで俺からそれを奪うなんて良い度胸だ」

 やだこのケイスケ君怖い。

 

「……ブチ殺す」

 ケイスケさーん?

 

 

「ナタリア、アカリ、援護は頼んだぞ!」

 そう言うとケイスケは槍を構え、姿勢を低くして突進していく。

 なぜか(どう考えてもカナタの飯のせいで)動きが鈍いフルフルに対して雄火竜の尾を模して作られたランスが突き立てられる。

 

 

「ヴォァゥッ」

「ほら、中の物を吐きだせ!」

 突いて、突いて、突く。見惚れる程の華麗な槍裁きで放たれる突きは、全てブヨブヨで柔らかいフルフルの皮を貫いた。

 その皮膚を貫く度に発せられる火属性の攻撃も、フルフルの弱点でありさらにダメージを蓄積させる。

 

 

「ヴォゥッ!」

 流石にケイスケの存在を無視できなくなったフルフルは(カナタの毒弁当による消耗で普段より鈍いながらも)片足を軸に回転し、纏わりつくケイスケを追い払おうとした。

 しかし、ケイスケはそれを無駄の無いサイドステップで綺麗に交わしていく。交わすだけで無く、その度に突きを入れて着実にフルフルにダメージを与えていった。

 

「ヴゥゥ……ヴォゥッ!」

 痺れを切らしたフルフルは、尻尾を地面に接地。

 こうする事でフルフルは体内の電気を放出し身体の周りに放電攻撃を仕掛ける事が出来る。

 

 

 ケイスケはその行動を見るとバックステップで距離を取ってから、自分達に射撃の合図を促した。

 同時にずっと最大まで引いていた弓と、アカリのヘビィボウガンに装填された火炎弾がフルフル身体を襲う———と同時に放電。

 

 

 月の光と見間違えるような光が洞窟を覆い尽くす。しかしフルフルの当ては外れて、その攻撃には誰も当たっていない。

 

 

「こっちだ!」

 ケイスケはそう言うと同時に左手を上げて射撃を中断させる。

 そして何故か、フルフルの背後に回り込んでその尻尾に槍を突き立てた。

 

 

「なんで態々……?」

 そんな疑問が思わず口から漏れる。

 このままラッシュを続けていれば倒せそうな物だが。

 

 

「多分、ブレスを誘うためじゃないかな?」

 弓を引きながら、ナタリアはそう口を開いた。

 

 見れば、フルフルの頭は今こっちを向いている。それはケイスケの攻撃もそうだが、弓とボウガンの攻撃かもこっちの方角から放たれていたのだから、敵はこっちにいる。当然の考えだ。

 そして尻尾を振り回しても、放電攻撃も届かなかった。そんなフルフルが次に仕掛けてくる攻撃というと、容易に想像が付く。

 

 

 

「ヴゥゥォォ……ヴァァッ!!」

 背後に回り込んだケイスケの方を向いて、先程と同じように尻尾を設置。

 しかしフルフルは身体に電気を纏うことは無く、その代わりに地面に頭を近付ける。

 

 次の瞬間、フルフルの正面から三本の光が放たれた。

 超高圧電気を圧縮したフルフルのブレス攻撃だ。当たれば消し炭とは行かなくても感電してそのままあの世行きだろう。

 

 しかしケイスケはそれをフルフルの懐に潜り込んで交わす。

 

 もし、さっきそのまま攻撃を続けていればあのブレスは自分達三人の元へ放たれていただろう。

 三方向に分かれるブレスは距離が遠い程交わすのが困難になる。それを見越しての事だった……のか。

 

 

「今だ仕掛けるぞ!」

 そう言うケイスケの合図でヘビィボウガンと弓、そしてランスの総攻撃がフルフルを襲う。

 カナタの毒飯の効果もあってか、そのラッシュでフルフルは倒れて動かなくなったのだった。

 

 




サクッと倒してしまいました。
ギャグ回だから、仕方ないね←

別に私はフルフルが可愛いとか思ってません、けど。……何故だか女の子の中には可愛いって言う子もいるんですよね。不思議。


そいでは、また来週お会い出来ると嬉しく思いますm(_ _)m


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

彼の為に彼女の為に

「アカリは見たらかんでー」

「……ぁぅ」

 倒れたフルフルを解体中。

 

 

 モンスターの素材を剥ぎ取るのは、数週間前に会った操虫棍使いの少女に礼儀だと教わった。

 しかし、ハンターがモンスターの全てを奪って良い訳では無い。必要分剥ぎ取ったら後は自然に返すのも礼儀だ。

 

 

 しかし、今回は必要分が必要分である。

 

 

「う……ぅぇ……」

「ナタリア、別に無理してお前がやらなくても良いんだぞ?」

 そう忠告するケイスケの隣で、ナタリアはフルフルの腸を探っていく。

 

 フルフルが食べてしまった氷結晶は入れておいた袋毎殆ど溶けてしまっていた、勿論カナタの作った弁当もだが———モンスターの胃液恐ろしや。

 

 

「おのれフルフルめ……カナタの愛妻弁当を」

 いや、そこはむしろ感謝した方が良い。

 

 

 しかし、大きな結晶はまだ残っているみたいで、ナタリアはそれが無くなる前に取り出して綺麗に洗って自分のポーチに一つずつしまっていった。

 

 

「……ぅ……ぐぅ…………」

「おいナタリア……」

 それはもう、生き物の腸なんて見てて気分の良い物では無い。

 それがモンスターであれ、生き物である以上そこに生き物である為の器官が詰まっているのだから。

 

 それでも彼女は、ナタリアは氷結晶をその中から集めきった。

 数にして二十個足らずだが、ダイダロスに戻るまでの分くらいはこれで充分足りるだろう。勿論、アニキやクーデリアさんの看病用も含めて。

 

 

 

「こ、これだけあれば……ぅぇ……」

「そこまでしなくても良かったんや無いか……?」

 真っ青な表情のナタリアにホットドリンクを手渡しながらそう言う。

 確かにナタリアにとってアニキは大切で特別な存在なのだろう。それでも、自分をそこまで蔑ろにしてまでアニキに尽くす事は無い。

 

 だって、自分達は仲間なんだ。ナタリアだけが、アニキの心配をしてる訳じゃないし。

 皆が、アニキだけを心配してる訳じゃない。

 

 

「私は……ラルフ君が大切だから」

 それでも、彼女はそう言った。

 

 分かっては貰えないようだ。ケイスケも同じ考えのようで、さっきと同じように二人で顔を見合わせてどうしたものかと首を傾げる。

 

 

 まぁ、しかし。何はともあれ無事にクエストは完了したのであった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「あぁ……おかえり……」

 船で一番初めに出迎えてくれたのはなんとクーデリアさんだった。カナタの毒飯の効果は大丈夫なのだろうか?

 なんたってフルフルにも効く効力だからな。

 

 

「大丈夫なのか? クー姉」

「え、えぇ……多分生きてるわ」

 生死の境を彷徨っていたらしい。

 

「って、ナタリアあなた大丈夫なの? 顔真っ青よ?!」

「……え? そ、そう? そんな事より……ラルフ君……は?」

「おいナタリア……」

 ケイスケの言葉も聞かずに、ナタリアはアニキの部屋にフラフラと歩いていく。

 

 

『無理してる?』

「せやな……」

 アカリの言う通り、あれはどう考えても無理してる。

 そもそもフルフルベビーが大の苦手だったハズだ。それでいてフルフルの腸から氷結晶を取り出す作業なんて精神的に来るものがあるのだろう。

 

 

「アニキの事以外でも、なんか思っとるんやないかな……ナタリアって」

『心配?』

 そりゃ、勿論。

 

「仲間なら、心配やろ。アカリも」

「……ん」

 小さく頷くアカリ。その傍らの部屋から鈍い、人が倒れたような音が聞こえたのは直ぐだった。

 

「……ったく。ラルフは俺が面倒を見るからお前らはナタリアを頼むぞ?」

 分かりきっていただろうケイスケがそう言って、三人はアニキの部屋に向かった。

 

 

 

 

 

 案の定、アニキの寝る部屋でナタリアは倒れていて。

 彼女を二人で部屋に運んで持ってきたばかりの氷結晶を使った氷水も使って看病する。

 

「ん……ぁ…………れ……わ、私?」

「おぅ、起きたか」

『大丈夫?』

「ねーちゃん!」

 目を覚ましたナタリアにそう声を掛ける。

 彼女が倒れて一時間といった所だろうか? クーデリアさんによれば軽い疲労による物だとか。

 だとしても心配で、自分とアカリとヒールの三人でナタリアを看病していた。

 

「うわぁっ、ひ、ヒール?!」

「心配したっすからね!」

 起き上がるナタリアに飛び付いてそう言うヒール。普段こそ喧嘩越しの二人だが、本当は仲が良いのだ。

 

 しかしヒール羨ましいぞ。双子の姉弟だからってそんな大胆に女の子に抱き上げる物かよ。

 

 

「う、ぅゎ……ん、ご、ごめんね」

「もう無視しないでっすよ!」

 

「あ、あはは……あ、ラルフ君は?」

 こんな時まで人の心配ですか。

 

「ケイスケが看取る。まー大丈夫やろ」

「そ、そか……」

 俯くナタリア。アニキの側にいてやれなかったのが悔しいのか? その手は強く空気を握りしめていた。

 

 

「私……やっぱり役立たずだね」

 おもむろに、彼女はそんな事を言う。

 

「ねーちゃん……」

「結局……大事な時に何も出来ないんだ」

「そんな事あらへんやろ?」

『そうだよ!』

 むしろ氷結晶の件でナタリアはとても頑張った。

 全く集めてないし途中でリタイアしたどっかの誰かとは大違い———うるせぇ。

 

 

「私……臆病だし狩りも下手だし、役立たずだよ」

 そうか?

 

「んー……あぁ…………ワイ、ナタリアとは今回が初めてやからなぁ。下手とかどうかは分からん。……けど、あの弓裁きは上手かったと思うで? それに、ナタリアはフルフルに一番に武器を向けたやないか」

 多分彼女は自分の事を凄く過小評価しているのだろう。クエストに出る前も、そんな事を言ってたからな。

 

 

「そ、そう……かな?」

「あぁ。ワイ、色々武器触ってた事がまだここに来る前にあったけど。どーも弓は一番使えなかったわ。だってボウガンと違って狙うのが凄い難しいやん? 今度教えてくれへんか?」

 実際、自分の弓の命中率はほぼゼロに近い。ボウガンの命中率には自信があるが、同じガンナーなのに弓は全く使えなかった。

 

「だから、自信持てや。な?」

「私は……」

 それでも、彼女は俯いたまま。もう一歩、何かが足りないのだろうが。自分にはもう出せる言葉が無かった。

 

 

「私は……ダメダメだよ」

 

「んな事ねーよ」

 しかし、部屋の外から発せられたそんな声。

 それは決して優しい声ではなく、人を叱り付けるような厳しい声だった。

 

 それでも、その声は暖かい。

 

 

「お、アニキ」

 振り向くと、そこにはナタリアを睨みつけるように見ていたラルフ・ビルフレッドの姿があった。

 

 

「よぅ、悪いな心配かけて」

 そう言うとアニキはズカズカと部屋に入ってきて四人いてただでさえ狭い部屋に入り込んでくる。あのー……アニキ?

 

 

「ナタリア、氷結晶取りに行ってくれたんだってな」

 寝込んでいるナタリアに、アニキはそう言う。

 

「え、あ、ぅ、うん!」

「お前はバカか」

 しかし、アニキから発せられた言葉は労いの言葉などでは無かった。え、ちょ、アニキ?!

 

 

「あ、アニキ?! それはいくらなんでも無いやろ!」

「そ、そうっすよ! ねーちゃんはアニキの為に———」

「お前らは黙ってろ」

 嫌だ怖い。

 

 

「ナタリア……」

「ぁ、ぇ、えと…………ごめんなさい」

 尚も厳しい表情を続けるラルフにナタリアはもう謝るしか無かった。何をそんなに怒っているんだ?

 

「お前はそうやって直ぐに自分を蔑ろにする。そういうのは辞めろ」

「で、でも……私……」

 

「あのなぁ、お前は役立たずなんかじゃねーよ。お前が居なかったら猟団の会計はどーなる?」

 そういや、ナタリアは我等が猟団の会計役を務めいたな。小遣いの割り当てだったり、物資の調達に使う金だったり、クエストの報酬関連だとか色々やってもらってるのだ。

 

 

「そ、そんなの私じゃなくても出来るし……」

「出来るわけねーだろ」

「……え?」

 

「まず、金の事を任せられるしっかりした奴なんてこの猟団にはケイスケかサナかナタリア、お前くらいしかいねぇ!」

 遠回しに他の奴皆バカにしてない?!

 

「ケイスケはリーダーで他にやる事がクソあるし、サナはうちのエースだ。そして他の奴等は全員バカかそうでなくてもアホしかいねぇ」

 そのバカかアホの中に自分も入ってる訳なんだが。

 

 

「お前にしかやれねぇんだよ……」

「ラルフ君……」

「それにな」

 と、アニキはそれまでの建前を全部打ち切って本音を語り始めた。

 

 

「言ったろ? 俺はお前が大切なんだ。お前いつか聞いたな……ここに居て良いのかって。その時と同じ事をもう一度言うぞ?」

 それまで怒ったような表情をしていたアニキだが、そこでふと優しい表情になる。

 

 この人は厳しく、時にこう優しく、猟団の皆を大切にしてくれる。そりゃ、惚れても可笑しくない。

 

 

「ここに居てくれ。俺にはお前が必要なんだ、ナタリア。だから無理するな。お前が倒れちまったら困るんだよ」

「ラルフ君……は、はい! ご、ごめんね……」

 いやそれ告白なんだけど?!

 

 

「うし、とりあえず今日は疲れたろ。寝ろ」

「う、うん。ありがとう……」

 

 

「アニキってもしかして天然……? あれ素でやっとるんか?」

「多分天然っすよ……ねーちゃんもそりゃ惚れるっすよねぇ」

 犯罪だろうアレは。

 

「何言ってんだお前ら? ほら、ナタリア寝かすんだから俺達は出てくぞ」

 そう言うアニキに押し出され、部屋にナタリアを残して全員が出て行く。

 

 

 自分にはナタリアを元気付ける事なんて出来なかったのに。やっぱりアニキは凄いわ、本当に。

 

 

「流石やなぁ……アニキ」

「ありがとうっすよ、アニキ!」

『格好良かったよ!』

 そんな三人の声を漢の背中で聞きながら、アニキは何も言わずに自分の部屋を開ける。

 これが……真の漢か。

 

 

「……グゥッ」

 しかし、その場でアニキは倒れたのだった。

 

「え?!」

 あ、アニキ?!

 直様駆け寄ると、アニキは真っ青な顔で倒れていた。そういや、アニキは風邪だったじゃないか。

 

「人に無理するなとか言っといてこれは情けねぇな……。ナタリアには言うなよ?」

「そりゃ……まぁ。しかしアニキが体調崩すなんて珍しい事もあるもんやな」

「…………カナタがな」

 おっと嫌な名前が出たぞ。

 

 

「今朝お茶を持って来てくれたんだ……。いや、まさかお茶に何かしてるとは思わずに何も疑わずに俺はそれを飲んだ。…………飲んでる途中で「目が醒めるように苦虫とトウガラシを調合しておいたよ!」とか言われたぜ」

 もうとりあえず全部カナタが悪いじゃないだろうか!!

 

 

「……飯の時間だ」

 そんな会話の中、背後からそんな声を掛けて来たのはガイルだった。

 クエストの帰りを待っていて貰ったせいでかなり夜遅くの食事となってしまったな。申し訳ない。

 

 

「アニキ、飯どーする?」

「あぁ……流石に食う。まともな物胃に入れてぇからな」

 カナタよ……。

 

 

「そいやガイル……飯当番カナタに手伝わして無いだろうな?」

「……無論だ」

 良くやった。

 

 

「「ぎゃぁぁぁぁ!!!」」

 しかし、下から聞こえてくる明らか様な二人の悲鳴。この声はサナとタクヤか?!

 

「え、ちょ、ガイル?! 嘘ついたんすか?!」

「……そ、そんなハズは無い」

 いや、確かにカナタは飯には手を出してないかもしれない。

 

 

 だが———

 

 

「俺が飲まされたお茶だな……」

「「「……」」」

 その場にいる全員が同じ表情をした。

 

 そう、あの時クーデリアさんが倒れたのもそのお茶を飲んだからだったのだ。

 食べた料理でなく、その後手を付けたお茶に罠が仕掛けてあって。その騒ぎで誰もお茶に手を付けなかったから他に被害者は出なかったのである。

 

 もしあの時自分も飲んでいたらと思うと嫌な汗が出る。

 

 

 

 して、今回の一件でせっかくナタリアがフルフルから取り返した氷結晶は全て使う事になり。我等が猟団はダイダロスへ戻る事になったのだった。

 

 カナタがこの後全員にどやされたのは言うまでも無い。

 

 




もう全部カナタが持っていくから良いキャラしてると自画自賛。

ほい、これにて今章も終わりです。次回は、チャアク回!


これまで三十四話も書いてきましたが、遂に五人に評価を貰ってこの度評価バーに色を頂きました!
しかも、真っ赤です。本当にありがとうございます。もう少し、頑張れそうです。

【挿絵表示】


厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Charge Blade『第八章』
嗚呼素晴らしい夏の始まり


 ただ、死ぬと感じた。

 

 

 絶対的絶望的状況下の中で俺はそう思う。

 ただ親と喧嘩して村を出ていっただけなのにこんな事になるのか。

 

 いや、俺は子供だから仕方無いよな?

 

 

 死の恐怖ってのが、その時———いや、今も分からなかったから。

 もし、死ぬのが怖いって事だと分かっていたら。

 

 ———俺の人生は変わっていたかもしれない。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「くらえ!」

 絶妙な腕裁きで少年が投げるブーメランは綺麗な弧を描いて目標に直撃し、少年の手に戻っていく。

 

 

「コクカァァッ!」

 しかし、堅牢な甲殻を持つこの甲殻種———ダイミョウザザミには傷一つ付ける事も出来なかったようだ。

 それでもダイミョウザザミはブーメランが飛んできた方向を見定めると、一本の巨大な大きな角を少年———タクヤに向ける。

 

 それだけでもブーメランを投げたタクヤの行動は意味がある物になった。

 角竜の堅牢な頭蓋に守られた部分はどうしても剣ではダメージをを与え難い。

 

 タクヤが一人囮になる事で、まだ攻撃が通るダイミョウザザミの身体が自分達の方を向く事になる。

 どうしても背を向け続けるダイミョウザザミに対してサナが発案した作戦は大成功という訳だ。

 

 

「うぉぉ?! こっち向いた?!」

 いや、向いては無い。

 

 その角はダイミョウザザミが背中に背負った角竜の頭蓋、つまりはヤド。

 本体であるダイミョウザザミは盾蟹の別名よろしく大きな盾のようなハサミを振り上げ、背後に居るタクヤにヤドを向けて丁度角竜の突進の如く襲い掛かる。

 

 

 ダイミョウザザミ。別名盾蟹。

 赤と白の甲殻が特徴的な巨大な甲殻種のモンスターだ。

 その特徴は背中に背負った角竜の頭蓋。そして前述した通りの盾のような鋏。

 

 普段は温厚なモンスターなのだが、一度戦闘意思を見せると盾蟹という名に相応しくない攻撃性を垣間見る。

 巨大な鋏を振り回したり、体の水分を高圧の泡として吐き出したり、今タクヤにやるように背中のヤドを攻撃に使ったりもする。

 

 

「タクヤ避けなさい!」

「わ、わ、わ、分かってる!」

 ピンクの髪を揺らし、納刀しながら駈け出すのはサーナリア。

 ダイミョウザザミの突進攻撃は背後に向かう攻撃の為狙いが定まらず避けるのは容易い。しかし、その巨体に轢かれれば致命傷は必須だろう。

 

 サーナリアに続いて、自分も駈け出す。背後への突進の後には隙が生まれる、そこを突くために。

 

 

 この数十分間程ダイミョウザザミと戦っていたが、ダイミョウザザミはその別名の通りに守りに徹して固まる自分達に頭蓋を向け続け攻撃が全く通らなかったのだ。

 そこで、サナがタクヤ一人を背後に回してこの作戦に出たのだが。見事に大成功という所だろう、流石サーナリア様。

 

 

 背後では既にヘビィボウガンを構えたアカリがダイミョウザザミの頭に弾丸を叩き付けている。

 黒髪のショートカットに眼鏡。あまり表情が豊かな方では無いが、感情は豊かで今みたいに真剣になるとそれが表情に出て来た。

 

 

「たぁぁっ!」

 先に切り込んだのはサナで、突進攻撃の反動で止まっているダイミョウザザミの右足を通り過ぎざまに斬り刻む。

 

 続いてタクヤが左足に片手剣を叩き付ける。ここ一ヶ月でかなり上達した物だ。

 タクヤはカナタと初めてドスゲネポスを狩りに行ったあの時とは見違える程の剣捌きになっていた。

 構えながらアイテムを使える片手剣という武器との相まり、今のように特技であるブーメランを使った戦術も様になっている。

 

 成長は勿論アカリもしていた。ダイミョウザザミの頭に叩き付けられるのは火炎弾。

 ここぞという時に誰にも言われず、ダイミョウザザミの弱点属性でもあるその弾に切り替えている。

 

 

「っしゃぁ!」

 自分は、ダイミョウザザミの正面に立って双剣を構えた。

 右手で切り付け、左手で切り裂き、両手で足の付け根を抉る。

 

 

「シンカイ無理しない!」

「分かっ———うぉ?!」

 もうダイミョウザザミの体力は無いものだと思い込んでいたから、まさか反撃が来るとは思わなかった。

 サナの言葉にダイミョウザザミの動きに集中すると、その巨大な鋏を広げて自分を掴もうとしていた所だった。

 

 これは避けれん。物凄く痛い思いをしそうだ。

 多分、アカリやタクヤの成長に焦っていたのかもしれない。なんて、冷静に考えていたその直後。

 

 

「これでも挟んでな!」

「クカァァッ!」

 ダイミョウザザミの盾のような巨大な鋏は自分ではなく他の生き物の骨を掴んでいた。

 

 砥石で削られた『く』の字のそれはブーメラン。タクヤが投げたのだろうそれをダイミョウザザミは挟み、その間に自分は距離を取る事が出来た。

 

 

「あっぶねぇ、助かったでタクヤ!」

「おぅ!」

 

 次の瞬間、ダイミョウザザミの鋏に挟まれていたブーメランが嫌な音を立てて砕ける。

「「あ、ブーメランがっ!」」

 コレは怪我どころじゃすまなかったかもしれない……タクヤには今度何か驕ろう。

 

 

「バカやってんじゃ無いの!」

 そんなツッコミついでに放たれた回転斬りの果てに、ダイミョウザザミはついに動かなくなった。

 

 

 

 

 ここ最近は、この四人で狩りに出る事が多い。

 歳も近くて部屋割りも同じで、今では多分この四人が自分の中では一番心地の良い物となっていた。

 

 勿論、他の皆も大切な仲間だが。それでもこの四人でいる時は一番———そう、楽しかった。

 

 

「今回もクエストクリアだな」

 船に戻るとケイスケがそう言って労ってくれる。

 

 ここ最近はこのパーティでドスガレオスやラングロトラ、ダイミョウザザミ等色々なモンスターと戦って来た。

 アカリとタクヤの成長が目に見えるようで、自分の立場の危機感を覚えながらもやはり教えた事をグングン吸収して行く二人を見ていると嬉しい。

 

 まぁ、狩りでの立ち回りはほとんどサナの教えな訳だが。

 

 

「へっへ、まぁ俺強いからな! 今日なんてシンカイの事助けてやったんだぜ?」

「お、マジか。てーか何してんだお前は」

 タクヤの自慢に感心しながら自分の頭にチョップを入れたのはアニキ。長身からのチョップは軽めでも普通に痛い。

 

「た、たまたまーやで? うん。たまたまー」

 弁明もございません。

 

 

「調子はどう? サナ」

「お、サンキュー。んー、まーまーかなぁ。タクにしては上出来。アカリはシンカイが良く教えてるわ」

 サナに差し入れで飲み物を渡しながら、パーティの調子を聞いてきたのはカナタだった。

 サナの返事に「ほぉ」と腕を組みながら笑顔になる。また一緒に狩りに出るのだ楽しみなんだろう。

 

 

「んーや、とりあえず腹減ったわ飯にしようで飯!」

『そうだね!』

 出発が昼だった今回の狩りが終わる頃には既に日が沈み始めていた。

 船に戻った今となっては辺りは真っ暗で夕飯には丁度良い時間帯となっている。

 アカリの賛成も得たし決まりだな、うん。

 

「悪いが飯は後回しだ」

「なん……やと……」

 何か予定でもあるのだろうか?

 

 

「船がもう少しでダイダロスに着くから、それまで我慢してくれ」

「え、またダイダロスに行くんか? この前氷取りに行ったばっかりやんけ」

 アレから二週間も経ってないと思うんだがな。

 

 

「まさかまた氷が……」

「そういう訳じゃ無い。ま、明日を楽しみにしておけ!」

 そう言うケイスケの表情は、言った本人も楽しみにしているようなそんな表情だった。

 いつもの悪い予感はしない。ならば、何なのか。

 

 日が沈んでもまだ残った熱い空気を吸って腹を空かしながら、船がダイダロスに着くのを待つのであった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 暑い。

 

 

 とにかく暑い。

 

 

 ここ最近季節も夏になってきて、日が昇りきる頃には視界が歪む程に暑い。暑いのだ。

 それは、町であるここダイダロスでも同じ事で。旅館から出ればそれはもう狩場の砂漠と何ら変わらぬような(言い過ぎ)暑さだった。

 

 

「旅館に帰って扇風機様と遊びたい……」

「バカ言ってんじゃ無いの。ほら、クーラードリンク」

 グダグダ言っていると隣からサナがクーラードリンクを差し入れしてくれた。まさか狩場以外でこれを飲む時が来ようとは。

 

 ちなみに扇風機様とは電気の力で羽を動かして風を自動的に作り出す画期的な機械の事だ。

 ダイダロス程の町になれば電気が町中に通り、電気の力で作られた明かりで夜も町は明るい。

 

 人類がここ数世紀で得た科学技術の発展のたわもの賜物である。

 

 

「そもそも全員で買い出しって何するんや……。この人数でぞろぞろと出掛けて買うもんなんてあるんか?」

「あるんだな、これが」

 結局、自分は昨日ケイスケが言っていた明日を楽しみにしておけを全く理解出来ていない。

 毎度の事だがイベントの度に新人はこうやって振り回されるのだろうか。

 

 またフルフルベビーみたいなトラウマイベントは勘弁だぞ。

 

 

 そんな事を思いながら橘狩猟団は全員でぞろぞろと町を歩いて行く。

 道行く人々からの視線は大柄な親父への物か、はたまた稀に見るイケメンのケイスケへの物か。

 

『楽しみだね!』

 今日のお楽しみの事を差してか、隣を歩くアカリはそう書かれたスケッチブックを見せてくる。

 スケッチブックの裏側にある表情はとても緩くて、今日のお楽しみとやらが本当に楽しみなんだろうと感じた。

 

 だがむしろ不安になるのは、先日のフルフルベビーの件があるからだろう。

 

 

「なーにビビってんの? 今回はあんたが思ってる事は無いわよ」

「本当やろなぁ?」

「私が嘘を付くとでも?」

「サナやからなぁ……」

「あん?」

『サナは嘘なんて言わないよ!』

「まぁ……騙されたと思って信じてみるかぁ」

「それ信じてないわよね?!」

 なんて会話をしていると、目的地に着いたらしく猟団の足が一斉に止まる。

 それに合わせて自分も歩みを辞め、目の前にある大きな建物に視線を移した。

 

 

「……服屋?」

 見た感じ、色々な服を売っている場所のようだ。

 科学技術の発展により布の加工が容易になって、ここ数世紀で服と言うものは色々な種類の物が作られるようになった。

 それこそハンターの防具より形や色があって、街行く人も数世紀前と比べて十人十色な格好をしている。

 

 それはそうとして、この人数でまさか服を買いに来たのか?

 服なんていつも皆は小遣いの範囲で自分で買ってくる物だが。

 

 

「まだ分かってない顔してるわね」

「そら……な?」

「着いてけば分かるわよ」

 そう言われて、賑やかに話しながらお店に入っていく皆に着いて行く。

 

 そして歩く事十数秒。辿り着いた場所で見たものは———女の子の下着だった。

 

 違うから! 決して視線が自動的にそっちに行った訳じゃなく! むしろここにはそれしか置いてない!

 

 

「な、なんやここ……」

 鼻の奥がツーンとなる感覚を覚えながら、隣にいたタクヤにそう聞く。

 するとタクヤは凄い笑顔———ってか気持ち悪い笑みを見せながらこう答えてくれたのだ。

 

「水着だよ」

 とわ、遊泳または潜水時ようの衣服である。

 古来では水遊びは下着や普段の衣服、もしくは全裸で行う物だったのだが近年の技術の向上により水中での行動用に適した衣服が開発された。

 

 水分を吸収するし過ぎない素材で出来ているそれは下着のようにも見えるがいざ付けてみれば水中での着心地が全然違うらしい。

 まぁ、つまりだ、簡単に言えば水遊びの時の正装という事だ。

 

 

 男用は地味なズボンが多めだが、女の子の水着は色々種類があってこれをオシャレに着込むのがこの夏の女性達の楽しみでもあるようで。

 女性陣はこぞって水着を選び出し男性陣はそれは笑顔で見守っていた。笑顔というかニヤけ顔で。

 

 

「毎年この時期になると新しい水着新調すんだよ、親父の計らいでな」

「と、いう事は……? お楽しみって?」

 説明してくれるアニキに期待を込めた質問を返す。

 

「砂漠のオアシスで水遊び、だよ」

「マジか!」

 女の子が全員露出の多い水着を着てキャッキャウフフしてそれに混ざれちゃうとかいうあの都市伝説みたいな遊び。水遊びが今日開催されるというのか?!

 

 

「生きてて良かった!!」

 自慢じゃ無いが我ら橘狩猟団の女性陣は皆可愛い。偏差値高めである。

 そんな彼女達が一堂にもう下着姿と変わらぬ姿になってそれを拝みながらこの炎天下の中冷たい湖にプカプカと浮かんでいられる。

 

「天国かよ!」

 明日死ぬのかな?!

 

「良いノリだな。そーと分かればお前も水着買え! 今回は小遣いからでなく猟団費から出るからな」

 何このイベント、優しい世界。

 

 

 これまでガノトトスを釣ったり命賭けの卓球をやったり君の悪いフルフルの赤ちゃんと戯れたり散々だったが、ついにここまで来てこんなに楽しいイベントが起こるとは。神様ありがとう。

 

 

「とっとと選べよ。お前とタクヤは他にも寄るところあるからな」

「寄るところ……?」

「それも後の楽しみだ」

 そう言われるのもなんだか良い気分だ。

 

「ちなみに男ならこの水着だろ」

 そう言ってアニキが買おうとする水着は、ブーメランパンツだった。漢だ……。

 

「わ、ワイは普通の長ズボンでええわ……」

 流石に自分の体格でそれは恥ずかしい。

 

「ったく、分かってねぇなぁ」

 すみません。

 

「……俺もこれにしよう」

 そう言ってアニキと同じタイプの水着を手にするのは自分と同じ身長だが体格の良い銀髪のガイルだった。

 あぁ、ガイルくらいなら似合うとも思う。

 

「よし、じゃあ俺もこれにするぜ!」

「タクヤ、お前は待て」

「なんでだよ!」

「絶対に似合わへんから!」

 もう少し色々と大きくなってからにしな?

 

 

「俺は男になるんだ!」

「ヒールなんとか言ってくれ!」

「良いと思うっすよ!」

 そう返事をして来た金髪モヒカンのヒールが持っていたのも、ブーメランパンツだった。

 

「なんでやねん!!」

 なんだこの流れは! 嫌やで? 嫌やで?!

 

 

「好きな奴を買えば良いさ、だから好きにさせてやれば良い」

 そう言うケイスケだけが、普通のズボンタイプの水着を持っていた。よ、良かった仲間が居たぁ。

 

「ケイスケ様一生ついて行きます」

「どうしたんだお前……」

 さて、女性陣はどんな水着を選んでいるのだろうか?

 

 

「サナー、どんなの買う———」

 疑問に思って女性陣の集まるコーナーに行こうとすると途中で身体が空に浮いた。

 

「え?! 何これ?! え?!」

「ガッハッハ! ダメだろシンカイ! そうあうのはお楽しみに取っておくんだよ」

 そう言いながら自分を持ち上げ、地面に再び下すのは身長二メートルを超す竜人———団長であり皆の親父橘デルフ。

 

「お、親父か……ビビったわ……」

 いきなり身体が浮くんだもん。

 

「ガッハッハ! 今見るよりな、水場で着ているのを一斉に観た方が心に綺麗に映るもんだ!」

「なるほど……確かに、一理あるな。分かったで、後の楽しみにしとくわ!」

「それで良い! それにタクヤとお前はちょっと早めに行かねーと、昼までにはダイダロスを出るからな」

「早めに……行く?」

 そういやアニキがなんか言ってたな。もう一つのお楽しみ。

 

「ケイスケとラルフに着いていきな! 終わったらキングダイミョウに集合だ!」

 そう言う親父の言葉に従い、自分はタクヤを連れてケイスケとアニキに着いてお店を出て行く。

 

 

 さーて、どこに連れて行かれるやら。




さーて、新章突入です。

ここに来てやっと、あの無駄かと思われていた近未来設定が出て来ました。
多分、これがやりたかったんです()


今回は俗にいう水着回。
キャッキャウフフな、お話を……書けてると良いなぁ。

でわでわ、また来週お会い出来ると幸いですm(_ _)m
厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

加工屋での事

「やってるか?」

「はーいやってますよ」

 また町に出て十数分。アニキが突然立ち止まったと思えば目の前にあるお店に立つ女の子に声を掛ける。

 

 

 金髪の整ったショートカットと顔は美少女のそれに等しい。しかし残念、胸はペタンコだった。アカリと同じ位に。

 これ、本人に言うと凄く怒る。

 

「きのじぃ居るか?」

 きのじぃ?

 

「あー、今ちょっと寝てまして」

「どしたー」

 困り顔で答える少女の背後からは、またもや金髪の次は男性が出てくる。

 

 少女とは正反対の雑な金髪、身長はそこまで高くない———とか観察していると少し違和感を感じた。

 

 

「なんだ……? ジロジロ見て。てか誰だこいつ」

 まず、胸がある。少女とは真逆で大きな胸が。

 二人の違いを簡単に表すなら森と丘だ。少女は平面な森で彼は丘。

 そして頭の上にはどんなファッションしてるのか分からないがキノコみたいな帽子を被っていた。何この人。

 

 

「男におっぱいが……」

「何この失礼な奴。しばいて良い?」

 しかも物騒。

 

 

「な、なんなんやこの人は」

「サイカねーちゃんとユウ君だよ」

 あん?

 

 ごめん、タクヤがどっちを差して名前を言ったのか分からない。

 

 

「そっちの女の子みたいな奴はユウ君。俺と同い年」

「え、男?!」

「あ、はい。男です」

 嘘だと言ってくれ。

 

「んでそっちのキノコ被った変な人がサイカねーちゃん。アニキ達と同い年。二人は姉弟だぜ!」

「おいタク、今変なとか言った?」

「い、言ってない!」

 言ってたよ。

 

 

「俺達が良くお世話になっている木野工房の息子娘さん達だ。これこらも世話になるだろうから仲良く宜しくな」

 ケイスケは淡々とそう語るとこう続ける。

 

「きのじぃは寝てるのか?」

「あぁ、今さっき寝た。急用なら叩き起こすけど?」

「それは勘弁してくやってくれ。……急用じゃないから伝言を頼む」

 そう言うとケイスケは色々な素材が入ったポーチをお店に置いてメモを書き始める。

 

 

 この工房、加工屋になってるのか。

 

 ハンターがモンスターの素材を集めるのは単にモンスターへの感謝だけでも自慢のためだけでもない。

 モンスターの素材は時に鉄より硬く鋭く、物によっては素材が生きている時の属性を引き出せる物まで様々だ。

 

 そんな素材を防具や武器に加工するのが文字通りこのような加工屋という訳で。

 つまり、ハンター御用達のお店。

 

 

「なんでワイ、連れて来られたん?」

「これが何か分かるか?」

 自分の質問にケイスケはそんな失礼で返してくる。何かと思ってケイスケが取り出した物に視線を移した。

 

「ワイのポーンシックルやんけ」

 ケイスケのその手にあったのは自分がグングニールから出て行く時に買った双剣———ポーンシックル。500ゼニー。

 なぜケイスケがそれを持っているのか。少しばかり理解に苦しんでいるとケイスケは質問の答えを聞いて満足したのか口を開く。

 

「もうこいつもボロボロだろう?」

「せやなぁ……」

 橘狩猟団に入ってからもう四ヶ月程の月日が経っている。その間使い続け、すでに身体の一部とも言える双剣だ。

 

 

「だから新しい武器を作ってシンカイに渡してやろうと思ってな」

「なに……」

「どうした? ん、この双剣に思い入れがあるなら無理にとは言わんが」

 そう言われると反応に困る。

 

 

 この双剣とはディアブロスやティガレックスなんかみたいな強力なモンスターとも戦ってきた。思い入れが無い訳が無いのだ。

 ただ、やはり最近切れ味や攻撃力が気になったりする。自分が武器の新調を渋ってパーティに迷惑を掛けたんじゃ元も子もない。

 

 

 そもそもこの双剣、五百ゼニーで買っただけの物だ。

 

 

「いや、ならお言葉に甘えて新しい武器を頂くとするわ。でもその代わりその双剣は御守りとして取っておきたい、加工用に渡してくれるんは辞めて貰えんか?」

「なるほどな、分かった。まぁ、元々加工用にはこっちを使う予定だったから問題は無い」

 そう言いながらケイスケはポーンシックルを自分に返してくれる。

 

 所々欠け、砥石を掛け続けたからか買った時より小さく見える。

 これまでありがとうな、相棒。お疲れ様、少し休んでてくれ。また、世話になるかもしれないから。

 

 

「……こっち?」

 そう聞くと、今度はアニキが双剣を取り出す。

 鉄製の双剣。新品という訳では無く、どこか使用感のあるその双剣の名はツインダガー。

 

「こいつを連れてってくれねーか?」

 それは、自分が猟団に入る前に亡くなったマックスという人物が使っていた双剣だった。

 

 アニキは彼の形見だと大切に保管していたのを知っている。

 

 

「え、ええんか……? それはマックスのやろ……?」

「マックスの、だからだ。俺がこんなもん大切にしまっててもあいつは報われねぇ。だから、こいつはお前が使ってくれ」

 そう言われ、自分は無言で双剣を受け取る。

 

 手にしっくり来る。会えなかった、大切な家族の一員。

 大切な家族を守ろうと、命を落としたマックスの形見……か。

 

 

「ワイはな……昔、勝手に死んでまう奴が大っ嫌いやった」

 姉の死は、今でも心から消えない。なぜ帰ってこなかったのか、会えるのなら問い詰めるだろう。

 

「でも、そこまでする価値があるのが……仲間なんだなって、最近そう思う。それでもやっぱり生きて帰るのが一番なんやけど」

 皆のおかげで、姉の事を少しは許せるようになってきた。それでも自分の信念は変わらないから、こう言おう。

 

「だから、もう誰も死なせへん為に……マックスの力。確かに受け取ったで」

 アニキを守ったその剣を天に掲げ、そう言う。

 

 

 もう、誰も死なせない為に。

 

 

 

「へぇ……。ツインダガーか、ならそこの轟竜の素材でレックスライサーに強化しておくぜ」

 そう言うとキノコ頭のサイカは机にばら撒かれていた素材の内、自分がシーラという操虫棍使いの女性と狩ったティガレックスの素材を何個か袋に詰める。

 

 ティガレックスの素材は属性こそ持たないが素材の質から攻撃力や切れ味が高い。言ってしまうとボーンシックルなど眼では無い武器が出来上がるハズだ。

 そしてティガレックスの武器といえばガイルとお揃いになる訳だな。……そういえば、武器は良いんだが防具は作ってくれないのだろうか。

 

 

「そら、楽しみやわ。あんたが作るんか?」

「ユウも俺も鍛冶屋じゃねぇよ。じーちゃんがここの大将だからな」

 ツインダガーを手渡しながら聞くと、そんな返事が返ってくる。

 

 二人のお爺さんがこの加工屋の店主という事か。

 しかし、サイカという女性の一人称がもうやっぱり男である。

 

 

「このくらいなら明日には取りに来て貰って構わないぜ。ほらユウ、素材とこいつを鍛冶場に持ってきな」

「はーい」

 仕草といい口使いと言い、ユウ君の方が女の子染みているのだが。

 

 

「んで、今回はこれだけか?」

「いや。もう一つ……加工でなくて買いたいものがあるんだ」

 サイカの問いにケイスケはそう答えると、タクヤの頭に手を乗せながらこう続ける。

 

「こいつにチャージアックスを使わせてみようと思ってな。初めだから生産品で試してみようと思う」

「ほぅほぅ、確か倉庫の奥の方に在庫があったから手入れするだけで使えるな。これも明日で良いぜ」

「それは助かる」

 そう言うとケイスケは代金であろう金銭の入った袋をサイカに手渡す。

 彼女はそれを受け取ると金銭をばら撒いて、数えてから釣り銭をまた袋に入れてケイスケに返そうと手を挙げた。

 

「ほれ、釣り銭」

「取っておいてくれ。いつも世話になってるからな」

 猟団費なら返してもらった方が良く無いか?

 いや、そもそも武器防具は自分の金で何とかするのでは無かっただろうか? と、なると目の前の金銭は誰のなのだろう。

 

 

「いや、こっちは商売でやってるんだぜ?」

「橘狩猟団からの本の気持ちと受け取ってくれ。きのじぃには、もっとお世話になる事があるだろうからな」

「まぁ……そう言うなら。今晩の飯を焼肉にするわ」

 おい。

 

 

「おぅ、頼んだぞ。きのじぃにも宜しく言っといてくれ」

「オッケー」

 そんな会話をし終わると、自分達は加工屋を後にする。

 

 明日また戻って来て、出来上がった武器を取りに来る予定だそうだ。

 レックスライサーか……中々に楽しみである。

 しかし、だな。

 

 

 

「釣り銭、良かったんか? あれ猟団費やろ? ナタリアに怒られるで」

 我が狩猟団は特別裕福という訳ではない。生活に困っている訳では無いが、しっかり者のナタリアが財布を握っているのだ。無駄使いには彼女は厳しい。

 

「アレは俺の金だから大丈夫だ」

 しかし、ケイスケはそんな台詞を淡々と口から溢した。

 

「え、ちょ、いくらだったん?! 払うで?!」

「気にするな。共に戦う二人の家族の火力不足を補いたいと、俺のわがままで加工屋に行っただけだ」

 何このイケメン。

 

「そうは言うてもなぁ……」

「確かに本来、自分の武器防具の費用は自己持ちだが。シンカイにはこれまで何度も助けて貰ったし、タクヤの成長には目を見張るものがある。二人には期待してるんだ、受け取ってくれ」

 ここまで言われると引き下がる事も出来ない。

 どうもいつも通り、ケイスケの思惑通りに事が運ぶ訳だ。

 

 最近は、それも良いんじゃ無いかと思えて来た。

 

「なら、ありがたく受け取る事にするわ。この恩は狩場で返すで!」

「おぅ、期待してるぞ」

 しかし、腑に落ちない点がもう一つだけある。

 

 

「それはそうと……タクヤ、片手剣辞めるんか?」

 ケイスケがタクヤに買ってやったのは新しい片手剣でも無ければ今の片手剣の強化でも無い。

 

 チャージアックス。兄貴の使うスラッシュアックスと似た様な武器で、変形ではなく合体機構を備えている。

 右手に盾左手に剣を持ち片手剣の様に戦う剣モードと、長いリーチと高威力の一撃が特長の斧モードの二つの形態がある武器だ。

 

 剣モードは片手剣と使用感が似ているし、筋肉の付いてきたタクヤの火力を上げるならこれ程マッチする武器も無いだろう。

 

 

 それに、

 

「兄貴のアックスと似てて、変形合体するとか格好良くね?」

 変形合体は男の子のロマンなのだ。

 

 タクヤ自身がこう言うのも分かるし、実際練習すれば上手く使いこなすと思う。

 

 

 それでも、腑に落ちない。

 なぜか。その理由は意識せずとも自分の口から勝手に漏れる。

 

「でも、チャージアックスじゃブーメランは出来へんで?」

 確かに片手剣と同じような立ち回りをするのが、チャージアックスの剣モードだと聞く。

 しかし片手剣の盾と違ってチャージアックスの盾は斧その物だから、重量としては比べ物になら無い。

 

 片手剣の長所はその軽さから身軽な動きと軽い盾を構えたその手でポーチのアイテムをそのま使える事だ。

 だから同じような立ち回りと言うが実際は全く違うと言っても過言では無い。

 

 

 タクヤの長所はブーメランだと思ってしまっているから。それが出来なくなるのは個人的に良くは思わなかった。

 

 

「俺はブーメランだけが取り柄なのか?!」

「い、いや……そうとは言っとらんけどな?」

 

「物は試しだ。合わなかったらまた片手剣を使えば良い」

 ケイスケの言う通り、だな。

 

 タクヤにチャージアックスの才能があるかもしれないのだし。

 

 

「俺がアニキに相談したんだよ。なんか俺さ、モンスターにダメージ与えてる気にならなくて……」

「ダメージを与えるだけが狩やないと思うけどなぁ。ま、タクヤがそう思ったならいっぺんやってみーや!」

「おぅ!」

 物は試し、確かにな。

 

 

「よっし、そうと決まれば武器が届き次第すぐに狩りに出ようぜ!」

 張り切ってアニキはそう言う。うんうん、自分も楽しみになって来た。

 

 

「その前に、湖だかな!」

 そうだったそうだった。この後湖で我らが猟団の女の子達も交えた水遊びだった。

 

 この炎天下の中、可愛い女の子達の水着姿を見ながらバカンスをエンジョイ。

 全く楽しみしか無い。夏最高、橘狩猟団最高!

 

 

 

 そんな訳で、自分達は船に戻ると直ぐにキングダイミョウは出航した。

 昼飯は湖で食べるから我慢しながら、船はダイダロスから一番近いオアシスへと向かっていく。

 

 

 さぁ、バカンスの始まりだ!!

 




この後に及んでキャラクターが増えるなんて……ね

いや、多分この作品では再登場は無いと思います(´−ω−`)
忘れても全然大丈夫です←


さてさて、ついに水着回ですよ!(モンスターハンターとは)
また来週お会い出来ると嬉しいです(`・ω・´)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

女の子の水着を狩れ!(ポロリは無いよ)

 暑い。それ以上に現状を説明する必要は無いだろう。

 

 

 雲ひとつない青空から照り付ける太陽は、遮る物の無い地面を焼肉の鉄板のような温度にしあげる。

 そんな炎天下の中。それでも自分達が笑っているのは、クーラードリンクのおかげでも、気が狂った訳でも無い。

 

 

「なぁ、シンカイ」

 小柄な身体に似合わないブーメランパンツだけを履いたタクヤは、落ち着かない様子で声を掛けてくる。

 

「なんや。今はお前なんぞに用は無いねん」

「俺だってお前なんかに興味はねーよ」

 なら話しかけてくるなよ!

 

 内心そんな事を思いながらも、自分もタクヤも———いや此処に居る男子全員が同じ気持ちだという事を自分は知っていた。

 

 

 透き通るような、冷たい湖に身体を浸かる事が待ち切れない訳では無い。

 

 買い足しておいた水鉄砲や浮き輪等で遊ぶのを楽しみにしている訳では無い。

 

 この暑い中パンツ一枚で過ごすのが涼しくて開放感があって、幸せな訳ではない。

 

 

「どんな水着……かなぁ?」

 鼻の下を伸ばしながらそう言うタクヤ。水遊び、男共は女性陣の水着姿を待って此処に集結していた。

 

 

 待ち切れないのは女性陣の水着姿だ。

 

 楽しみなのは女性陣の水着姿だ。

 

 それを見る事が、何よりも幸せなのだ。

 

 

 それが、男って物だろう?

 

 

 

「……来たな」

 ガイルがそう言うと同時に、オアシスの端に止めてある船から我等が橘狩猟団の女子メンバー達がゾロゾロと出て来る。き、来たぁ!

 

 

「ふぅ、今日も暑いわね」

 そう言いながら一番に歩いて来たのは団員一グラマーな身体を持つクーデリアさんだった。

 

 紫色のビキニは、団員一のスタイルを余すとこ無く堪能出来る。

 パレオと呼ばれる巻き付けるスカートがさらに大人の魅力を引き立てる代物だ。

 

 それはもう歩く姿すら美しく、美を絵にしたような光景であった。

 

 

「男共は早いなぁ」

「カナタぁぁぁああああ!!」

「ちょ、ケイス———ふん!!」

「グボォッハッ」

 その次に続くカナタにケイスケはディアブロスも驚きの突進をかますのだが、容赦の無い張り手がケイスケを地面に叩き付ける。痛そう。

 

 そんなカナタの水着は髪の色に合わせた赤色のホルターネックのビキニだった。

 強調される胸部は普段よりもふくよかに見え、これはケイスケが鼻血出しながら突進するのも分からなくも無い。

 

 

「ケイスケ君大丈夫?!」

 地面に頭を埋めるケイスケを心配して駆けてきたのは、金髪美少女のナタリア。密かに一番に水着姿を楽しみにしてました、はい。

 

 そんな彼女の水着はミニスカート付きの水色のビキニで、清楚な彼女のイメージを崩さずに強調する所は強調する素晴らしい水着だった。

 

 生きてて良かった……っ!!

 

 

「カナカナぁ、たまにはサービスすれば良いのにぃ」

 そう言ってカナタの背後から出て来たのはピンクの髪を後ろで短いポニーテールにしたサナことサーナリア様。

 

 歳にしては良いスタイルを黒のビキニが引き出し、水に濡れても良い素材で出来た白のパーカーも上手に着こなしている。

 なんだこの可愛い生物は結婚してくれ。後で求婚しよう。

 

 

「後はアカリやな……」

 横でタクヤが落ち着かない態度でいるのを感じながら、船の奥から最後の一人が出てくるのを待つ。

 

 数秒して、船の影から顔だけ出すアカリの姿が目に映った。

 それを見たサナの手招きで足を前に出したアカリは何故かその場で転んでしまう。

 

 

「アカリぃ!」

 それを見て駆け出すタクヤ。うん、自分も付いて行くとするか。

 

「大丈———」

「下心前面に出しながらアカリに触れるなぁ!」

「ゲボォッハァッ!」

 アカリにケイスケのように突進するタクヤを途中でサナが蹴り飛ばす。とても痛そうだがしょうがないよね。

 

 

「大丈夫か?」

 タクヤが地面を転がっていったので、後から走り出したのに先に着いてしまった。そのままという訳にも行かず、手を伸ばしながらアカリに声を掛ける。

 

「うぅ……」

 泣き顔で自分の手を取って起き上がるアカリ。

 そんなアカリが来ているのは真っ白な肌に同化しそうな真っ白な水着。

 フリルが着いたセパレートタイプで、幼い外見に似合ってとても可愛らしい。

 

 

「……ほふぅぁっ?! し、し……か……ぅ」

 立ち上がらせようとその軽い体を引き上げると、アカリは顔を真っ赤にして固まってしまった。

 そんなに転けたのが恥ずかしかったのか。ここは別の事で気を紛らわせてやろう。

 

「似合っとるで、その水着」

「はふぇぉっぁっ?!」

 ハッキリと出せない声をいつも以上に滑らせて。さっきより真っ赤になったアカリはせっかく立たせたのに地面に座り込んでしまった。

 

 

「あ、あるぇ……」

「何してんのよあんたはぁぁっ!」

「ドゥッヘェッ!」

 そして何故か背後からのハイキック。サーナリア様容赦なさ過ぎ。

 

 

「もう少しデリケートに扱いなさいよ!」

「わ、ワイの腰もデリケートに扱ってくれへん……?」

 折れたかと思ったわ!

 

 

「よーし、これで全員揃ったな」

「あれ? 親父は?」

 ケイスケが自由時間の合図を出す前に、自分はそんな率直な感想を口に出す。

 

 

 親父以外は確かに全員揃っているのだが、彼の姿だけ何処にも見当たらない。

 

 

「親父は船で見張りだよ」

 そう答えてくれたのはアニキだった。

 

「ここはモンスターの蔓延る砂漠のど真ん中だからね。大型モンスターの縄張りになってないとは言っても、いつ何が来るか分からないじゃない?」

 そう付け足すのはカナタ。準備運動をするその姿は眼の行き場に困る。

 

「だから親父はこういう時、いつも見張りをやってくれてるんだ。親父の俺達への配慮みたいな物だから、気にしても親父に悪いだけさ」

 ケイスケはそう言うと、腕を広げ構えてこう続けたのだった。

 

 

「よーしお前ら! これから夏場恒例水遊びを開始する! 今回も色々イベントを用意しているが、まずは自由時間だ!! 思う増分楽しめよ! 自由時間……スタートだ!!」

 

 

 

 

「と、言われたものの」

 各々が準備運動やらいきなり湖に飛び込んで行く中。初めての催しで実は戸惑っている自分が居た。

 

 まぁ、木陰から水着姿の皆を眺めてるだけでも楽しめそうだが。

 

 

 そんな事を考えながら歩いていると、突然背後から指で何回か突かれる感触を感じる。この行動は大体誰だか予想が付いた。

 

「アカリ?」

 振り向いてみれば、少し落ち着かない表情でアカリが自分を見詰めていた。

 上目遣いをいつもと違う衣装が持ち上げて、随分と普段以上の可愛さを感じる。

 

 

『お願いがあります!』

 意を決して人にラブレターを渡すような表情で、そんな事が書かれたスケッチブックを突き出してくるアカリ。

 

「な、なんやなんや改まって。えーで、暇しとったしそのお願い聞こうか」

 てかそのスケッチブックどこから取り出した。

 

「っぁ……」

 返事をすると、アカリはスケッチブックをひっくり返して文字を書き連ねる。

 相変わらず超速なんだが。しかし、なんだか恥ずかしそうだ。

 

 

『泳ぎを教えて!!』

 大きくそう書かれたスケッチブックをさっきと同じ様に突き出すアカリ。

 そういえば、サナとアカリと夜に湖で遊んだ時。アカリだけ泳げなかったのを思い出した。

 

 

「なーるほど。まぁ、ええけど……それワイよりサナのがええんやないか?」

 サナの方が教えるのも上手そうだし。それに……なんかタクヤに悪い。

 

「ふむぅ……」

 え、なんか怒ってる?!

 

 

「アカリぃ! 泳ぎなら俺がッヘェッハッ!」

 どこから聞いていたのかティガレックスの突進のように近づいて来るタクヤ。

 しかし、その足をサナの蹴りが見事に命中してタクヤは地面をラングロトラのように転がりながら自分の目の前に辿り着く。

 

 

「……だ、大丈夫か?」

「……見て分からねーのか大丈夫じゃねーよ」

 うん、分かる。ごめん。

 

 

「サナ、何しやがる!」

「あんた、そんなに泳ぐの上手くないでしょ。むしろ下手でしょ。そんなあんたがアカリの面倒見れるの? アカリに何かあったらあんたどうすんの?」

「ぐ……ぉ…………そ、それは……」

 辞めてあげて! これ以上タクヤを虐めないであげて!

 

 

「はぁ……。だから、私があんたに泳ぎ教えてあげるわよ。ついでにアカリも見てあげたいからシンカイとアカリと合同で練習しましょ!」

「ワイの事も信用してないんかい!」

「そ、そういう訳じゃないけど……。ほ、ほら、何事も一緒にやった方が楽しいでしょ!」

「良い事いうじゃねーかサナ!!」

 タクヤ君掌返し早いよ。

 

 まぁ、サナの言う事はいつも通りごもっともだ。何事も大人数の方が楽しいに決まってる。

 

 それを最近は本当に良く思い知らされる。

 

 

「アカリはそれでええか?」

「……ん!」

 元気に頷いたアカリに内心見惚れながらも、先に行くサナに着いて湖に歩き出す。

 さて、泳げないとは聞いたがどれくらいの物なのだろうか。

 

 まぁ、アカリもタクヤも覚えるのが早いから多分大丈夫だろうがな。

 

 

 

 

 そう思っていた時期が自分にもありました。

 

『無理』

 その短文は、彼女の本心なのだろう。

 

 まずは水の中で目を開けてもらおうと思ったのだが。その時点で断られた。湖にすら入れていない。

 

 

「いや、あの……やな。でないと泳げないというか……いや、泳げない訳では無いんやけど。マジか」

「……ぅぅ」

 罰が悪そうに視線を落とすアカリ。

 

 まぁ、無理な物はしょうがない。少しずつ慣れていけば良いのだ。

 

 

「とりあえずスケッチブック置いて湖の中入ろか。あ、そこで急に深くなるから気ぃつけてな」

「……ん」

 コクリと頷くと、アカリはゆっくりと足を水に浸けて出す。

 少し進むとアカリの身長では肩まで浸かってしまうため、自分の手を貸した。

 

 

「とりあえず水に慣れる事からやな」

「……んぁ」

「大丈夫大丈夫。ワイが居るさかい、安心せーや」

「……ん」

 深さに少し慣れて来た所で、とりあえず湖を歩いてみる事にする。

 アカリの手を引いて自分が先に歩き、これ以上深くならない場所を選んで進んで行く。

 

 

 

「よーしよーし。んなら、眼は瞑ったままでえええから、水に浮く練習するか」

「……ぇ」

 なんでそんな絶望した表情になるの?!

 

「だ、大丈夫やで! ワイが居るから!」

「ん……むぅ」

「大きく息を吸って息を止めて、眼瞑って、頭を付けたら身体の力を抜くんや。大丈夫、アカリならやれるで!」

 そう言ってから何秒かアカリは不安気な表情をしていたが、遂にはやる気になって大きく息を吸い込んだ。

 

 

 そして、音を立てて顔を沈める。手を繋いであげては居るが、次第に足も付いてきて完全に水中に浮いた状態となった訳だ。

 

「よーしよし」

「……プハッ」

 時間にして三秒くらいか。手を上げてアカリを引き上げてやる。

 あ、眼鏡掛けたままだったんやな。どうしよう、陸に置いておいた方が良いか?

 

 

「……っか……ぃ!」

 そんな事を考えていたが、アカリはやる気に満ちた表情でそんな声を出した。もう一回、ね。了解。

 

「ほな、今度は手放すからな?」

「……んぇ」

「もしダメそうだったら助けるから」

「……ん!」

 そう言うとアカリはもう一度息を吸い込んで水中に頭を沈める。今度は手も握ってないし、完全に一人で浮いている訳だ。

 

 

 うんうん、教えればちゃんと出来る娘だからなアカリは。

 

 

 もうそろそろ引き上げてやろうと思った次の瞬間だった。

 

「見てくれアカリぃ! 俺すげー泳ぐの早くなったぜ!!」

 サーナリア様のチートのような教え込みで、早くも泳ぎをマスターしたタクヤが泳いで此方へ向かってくる。

 サーナリアさんどんな教え方したらあんなに人は成長するのか。後で自分にも教えてくれ。

 

 

 それ以前にだな———

 

「おいこら止まれドァホ! アカリはここやで!」

「な———うぇぇっ?!」

 さて、どうなったか口で説明するのは少し難しい。

 

 

 水中に浮いたままのアカリに泳いで突っ込んで来たタクヤ。

 それに驚いてアカリは両手で自分に思いっ切りしがみ付いた。いや、そんな事したら浮上出来なくて溺れちゃうだけだからね?!

 

 

「……いってぇ…………」

「こんの……ドァホ。お、おいアカリ! 落ち着け落ち着け離れろ!」

 未だに水中で自分にしがみ付いているアカリを無理矢理離して、その身体を抱き上げてやる。

 その表情は大型モンスターに襲われた子供のような表情で、とても怖い目にあったんだなと理解出来る物だった。

 

 眼鏡も湖に落ちちゃってるし。

 

 

「……っく、……ひっ」

「ほーらもう大丈夫や———うぉっ?!」

 落ち着かせてやろうと頭を撫でようとするが、アカリは相当怖かったのかその場で一旦暴れ回る。

 少しすると落ち着いたのか、手近に居た人物に思いっきり抱き付いて泣きじゃくったのだった。

 

 

「……っ、……こ……ぃ、ひっ」

「ちょ、ぁ、ぅぁ、あ、あか、アカリ……?」

 因みに、その手近に居た人物とは自分でなくタクヤで。

 多分、眼鏡が無くてタクヤだと思ってないんだろうが……彼の気持ちを知る自分からしてみれば感極まるような光景だった。

 

 

 多分、今のタクヤのどもり声も聞こえて無いだろう。

 

 

「ちょ、あ、あか、アカリ……し、シンカイ…………お、おれ……おれぇ……」

 いや、ええんやで。例えそれが奇跡でも偶然でも掴み取った幸せなんだ。

 普段可哀想な分存分に味わえ。うん。

 

 

「あ、アカリ?! 何してるの?!」

 タクヤの背後から来て驚きの声を漏らすのはサナだった。

 そりゃ、この現場を見れば多分誰もが驚く。人によっては感動の涙すら流しかねない。

 

 

「まぁまぁサナ、たまにはええんや無いか……?」

「良く無いわよ!」

 なんか酷い。

 

「アカリ、それタクだぞ……」

 あー、言っちゃった。

 

「……ほふぇぁぅっとぁ?!」

 聞いた瞬間タクヤを突き飛ばし、危ないと言う暇も与えずにアカリは陸に上がって行く。

 水の中であんなに早く歩ける物なのだろうか。

 

 

「短い夢やったなぁ、タクヤ……」

「つーか何してたのよ……」

 一瞬水中に潜ったかと思えば、その一瞬でアカリの眼鏡を見付けて拾ってからサナはそう聞いてきた。

 何してたと言うか、何があったかと言うか。

 

 

「アカリが水中で浮く練習してる時に、タクヤがドーンって」

「最低ね」

 ご、ごもっともです。

 

 

「ほらタク、謝りに行くわよ。シンカイも付いてきなさいよね」

「まぁ、ワイも止めれんかったしなぁ……」

 と、いう訳で陸に上がってアカリを追いかけようと歩き出す。

 

 しかし、背後で動かないタクヤに気が付いて自分とサナは振り向いた。

 

「何してるの?」

「何しとるん?」

 その二人の質問に、タクヤは顔を真っ赤にしながらこう答える。

 

「いや、その、はみ出ちゃって……」

 何が、とは聞くまい。

 

 聞く前に理解してしまったサナが、水中なのに見事な跳び膝蹴りをタクヤに叩き込んでその身体を沈める。

 

 

「あ、あんた……さ、さ、さ、最低! 信じらんない! このゴミ! 変態痴漢強姦魔!!」

「さ、サナ落ち着いてくれ俺ヴッ?! ちょ、ま、話を———グフェッ、ドグォッ、ま、待って、あっ、そこはダメ!! いやん———いぎにゃぁぉぁぁっ!!!」

 

 

「………………」

 見なかった、聞かなかった事にしよう。自分はただ、そう思った。

 




水着イベントだぜイェィ!(モンハンとは)
やったねタク……。うん、たまには良い事あっても良いと思うよ。


さて、先日せっかくついた色評価ですが少し落ちてしまいました。
私の技量不足ですね……。申し訳ない(こんな事(水着回)してるからか……)。

精進します(´・ω・`)


前回感想にて、キャラクター紹介のご提案を頂きました。
ちょーっとキャラクターの多いこの作品。確かに、あった方が良いかもしれませんね。現在製作中です(´−ω−`)

投稿するのか、本文に乗せるのかあとがきに乗せるのか、はたまた別の方法か。どうしましょう。


さて、また次週お会い出来ると嬉しいです(`・ω・´)
厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

欲望塗れの命掛けレース!

「あんたさ……アカリの事諦めるつもり無いの?」

 湖から出てアカリの所に向かいながら、サナはタクヤにそう聞いた。

 

 

 いや、諦めるのは早いと思う。確かにタクヤはなんかもう酷いが、まだチャンスはある筈だ。

 因みにアカリはパラソルの下で日向ぼっこをしている兄のケイスケの横に座っている。

 

 

「あ、諦める訳無いだろ! 俺はアカリが……す、好きだから」

 口に出せる程本気なのだから、応援したくもなる。

 しかし、サナはその逆の様で。

 

「ふーん……」

「なんや、応援したらんのか?」

「あ、あんた……」

 どうしたのだろうか?

 

 

「はぁ……」

 少し黙ってから溜息を吐いて、サナは何故か自分を見ながら口を開く。

 

「世知辛いわよねぇ……タクも…………私も」

「「?」」

 何言ってるんだ?

 

 

「はぁ……ん、ほらタク。アカリに謝ってきなさいよ」

 タクヤにアカリの眼鏡を渡しながら、サナはそう言った。タクヤはそれを受け取ると足早にアカリの元へ駆けて行く。

 

 

「どうかしたんか? サナ」

「なーんでも無いわよー……」

 ふーむ、おかしい。

 

 

「ま、アカリの事大切に考えとるんは分かるわ」

 とりあえず機嫌を直してもらおうと頭に手を乗っけて撫でてやる。いや、逆効果かもしれないが。

 

「ば、バッカじゃ無いの……」

 しかし、何故か言葉とは裏腹にその表情からはイライラが消えている———ような気がした。

 

 

 

「あ、アカリ……さっきはごめん!」

『私も急に飛びついちゃってごめんね』

 二人は恐る恐るそうやって和解する。今は縮まらない距離だが、いつか叶うと良いな。

 

 

 

「よーし、お前ら! 準備運動は済んだろう。今回も遊ぶぞ!」

 それから少しして、自分達四人は砂浜でお城を作ろうとしていたのだが。

 周りが良く見えそうな場所で、ケイスケがそう声を上げる。何か始まる……?

 

 嫌な予感しかしない。

 

 

 しかしケイスケの声で皆が一箇所に集まって行く。本当にあのカリスマ性には驚かされるね。

 

 

「今回の景品は、一日好きな相手を好きに出来る権利だ!」

 そしていきなり提示される景品。何それあんな事やこんな事までして良いって事?!

 

「ま、待ていや待ていや! ワイ、何も分かってないんやけど?!」

「そうか、シンカイは初めてか」

 もう結構馴染んできたが、まだ入団して半年も経ってない。

 

 

「毎回この湖で遊ぶ時にな、何かしらのスポーツで全員戦って争うイベントがあるんだよ。で、いつもは粗品があるんだが……」

 アニキが横からそうやって教えてくれる。要するに温泉旅館の卓球大会みたいな物なのだろう。

 

 しかしその粗品、多分自分達への武器のプレゼントで無くなった……のでは無いだろうか。そう考えると憂鬱だが、ケイスケにとってそれは誤算でもなんでも無かったのだろう。

 

 

「勿論、あんな事やこんな事までして大丈夫だ!」

 そう宣言するケイスケは、物凄く笑顔でカナタを真っ直ぐ見つめていた。

 

「ケイスケあんた最低!」

「これだから男の子は……」

 カナタとクーデリアさん大ブーイングである。

 

「そ、それって……逆もありって…………事?」

「ま、私が勝つからなんの問題も無いけどね。さーて……誰に何してやろうかしら……」

 しかしナタリアとサナはそんな反応を見せる。あー、なるほどね。そんな考え方もあるのか。

 

 

『頑張ろうね!』

 で、この子は多分状況が分かってない。

 

 

 

「俺が勝ったらカナタに日焼け止めを全身隈無く塗ってやる!」

 高々とそう宣言するケイスケ。あんな事やこんな事までと言うが、この人達の事だから女の子達が本当に嫌になる事はしないのだろう。

 

「絶対に嫌よ!」

 まぁ、カナタは青ざめてるが。

 

 

「なら俺はアカリに……」

「俺はクー姉っす!」

「……サナ」

 そして男子が各々自分の願望をぶち撒ける。が、ガイル君サナ狙いだったの?!

 

 

「ヒール君~、分かってるのかな~?」

「俺は本能に忠実に生きる獣っすよ、クー姉」

 ヒール君が初めて見た目通りのセリフを吐いた。

 

「あ、あんたどういうつもりよ!」

「……俺は常日頃お前に勝てない。だから、今日は俺が勝つ」

 道理がおかしい。

 

 

 さて、なら自分が勝てたらどうするか。

 まぁ……正直このメンバー達に勝てると思わないのだが。

 

 

「さて、各々のモチベーションも上がった所で。今回の協議の説明をする」

 そう言いながら、普段は船の広間に置いてある掲示板を立てるケイスケ。

 いつもはクエストや今後の予定等、皆に目を通して貰いたい内容が貼られているだけなのだが。

 

 今日は大きな紙にこのオアシスの拡大地図のような物が印刷され、それをでかでかと貼り付けられていた。

 そして現在居る場所に赤丸、その正反対側に青丸が書いてあるのを見て大体何をするのか理解出来る。

 

 

「この赤丸がスタートライン、参加者は一斉にここからスタートして青丸を目指す。青丸で待ってるラルフが卵をくれるから、卵を割らずに一番に戻って来て待機している審判に渡した奴が優勝だ!」

 アニキに何かの卵を渡しながらケイスケはそう説明した。ルールは至って簡単、シンプル。

 

 だがシンプルなだけに色々と裏技がある。

 

 

「このルールさえ守れば後は何をしても良いぞ。勿論妨害もな」

 ケイスケは意味深にカナタを見ながらそう言った。妨害はそうだが必ず湖の周りを走る必要も無ければ必ずアニキに卵を貰いに行かなくても言い訳だ。

 

 これは色々と裏技があるな……。さて、どうするか。順当に考えるなら右から行くか左から行くか、どちらが早いか考えるべきだろう。

 

 

「アニキは参加しないんすか?」

 ヒールが率直な質問を本人に投げかける。そういや、そうなるよな?

 

 

「俺は特に誰かに何をしてくれって願望は無いからなぁ。それに、こういうのは年長者の役目だろ?」

「やっぱアニキってホモなんすか……?」

「どうしてそうなる?!」

 疑わしさはある……。

 

 

「出場しない奴は申し出てくれ。審判をしてもらう代わりの報酬と言ってはなんだが余った卵を贈呈する」

 要らん。自分の欲望はただ一つ、女の子の身体だ! ———いや、しょうがないよね。男の子だもんね。

 

 

『私審判やるね!』

「ま、私もサナに任せるわ……。歳下には興味無いの」

 と、いう訳でアカリとクーデリアさんが審判に回る事に。親父とアニキ、アカリにクーデリアを覗いた全員が参加する事に。

 

 

 正直言って、このメンバーの時点で何が起こるか想像つかないんだが。

 

 

「よーし全員、位置に付け!」

 ケイスケの呼び掛けで参加者全員が位置に着く。アニキは湖の反対側まで右から走って行った。確かに見た目から単純明快に右側の方が短い気がする。

 アニキが走って一分程の距離。全力疾走を続けるには自分には少し辛いな……。

 

 アニキが位置に着くと、背後にはアカリとクーデリアさんが立って。アカリは『よーい』と書かれたスケッチブックを掲げていた。

 

 

「ケイスケにだけは絶対に勝たせない……」

「なら、俺を押し倒して止めておくんだな」

 なんて会話をする二人。それはそれで多分ケイスケにとっては幸せな事なのだろうが……。

 

「なるほど、そうしようか……」

「ならば俺は止まっておいてやろう」

「言ったわね? 絶対に動くんじゃ無いわよ」

「おぅ、どんとこい!」

 なんでケイスケってカナタが関わるとダメになるの。

 

 

「……サナ、俺を止めたければ———」

「あ、うん。分かった」

「お前らもかい!!」

 

「スタート!!」

 そして突如クーデリアさんがそう宣言して、この欲望丸出しのレースの開幕。開幕起こった事を一言で表そう。

 

「「クボゥッハッ!!」」

 ケイスケとガイルはカナタとサナに蹴り飛ばされ湖に沈んだ。……酷い。

 

 そしてサナは蹴りの勢いまで使ってスタートダッシュ。自分と同じく右から走って行く事を選んだようだ。

 サナに着いていけば間違いは無いのだろうが、むしろサナに着いていくという事は同じ方法でサナに勝たなければならないという事。ハッキリと言おう、無理だ。

 

 

 振り向けば。タクヤとヒールは湖に飛び込んで、ナタリアは左側を選んだらしい。カナタはケイスケさえ勝たせなければそれで満足なのか、アカリ達の元へ向かっていた。

 

 確かに湖を泳げばアニキの所まで一直線だ。だとしても湖を泳ぐのと陸を走るのでは訳が違う……あの二人は素直過ぎるところがあるからタダのミスだろう。気にする事は無い。

 問題はナタリアだ。目測からして右からの方が早く感じるのだが、ナタリアは左を選んだ。何を考えている……?

 

 

 まぁ、今は良い。当面の目標はサナに距離を離されない事。どこかで彼女を抜かなければ勝利は無いのだが、今はチャンスを待つしか無い。

 自分には切れるカードが無いのだから。

 

 

「って、なんやアレ?!」

 スタートしてからアニキのところまでもう半分くらい。

 ふと湖の方を見てみると、自分達とほぼ横並びでタクヤとヒールが湖を泳いでいる姿が目に入った。

 

 

「ヒャッハー! 姉さんのメロンは俺のもんだぁぁ!!」

 いや誰だよあいつ! ヒールか?! いつかガノトトスにモヒカンを潰された時と同じ反応をするヒールの姿が湖に。

 

 

「え?! 何アレ?!」

「あいつ……自発的にモヒカンを崩してネオヒールを呼び出したのね」

 前を走るサナはそう淡々と冷製に分析を述べている。

 

「いやネオヒールって何?!」

 あの状態のヒール君の事?!

 

 

「うぉぉぉっ!」

 しかもそれに追従するようにタクヤが泳いでいるのにも驚きだ。サーナリアさん、タクヤに何を教えたんですか……?

 

 

 このままだと少し湖を泳いでる二人が早いくらいで折り返し地点に到着してしまうだろう。

 しかし、自分にはやはり切れるカードは無く。ヒール、タクヤ、サナの順番で自分より先に三人がアニキの元に辿り着いてしまう。

 

 アニキは手早く到着順に卵を渡していく。自分が着く頃にはヒールは湖に飛び込もうとしていた。く、妨害も無理か?!

 そう思った時だった———

 

 

「タク、歯を食いしばりなさい」

「え」

「良いから」

「え?!」

 自分が到着する寸前に、二人はそんな会話をしていた。そして、自分が到着すると同時にサナの右脚がタクヤのお尻を直撃する。

 

「———なんっでぇ?!」

「メロンメロンメロ———ドフェッ?!」

 見事にタクヤミサイルはヒールに直撃し、二人は湖の底に沈んでいくのであった。

 タクヤの卵は蹴られた反動で割れていたし。もうこの勝負サナと自分の二人の勝負なのか……?

 

 

「鬼だ……」

「この世は弱肉強食よ」

「いや、てかアレ助けないと危ないんやない?」

「ラルフが助けるわよ」

 

「俺かよ!」

 そう口を落とすとサナはその場を走り去ってしまう。う、出遅れた……やはりサナが優勝か?

 そう思いながらもアニキから卵を貰おうと手を伸ばす。視界に一瞬ナタリアが移ったが、やはり自分より遅く到着していて。左を選んでも勝てなかったのだろうなと、悔しい思いが募るだけだった。

 

 

 しかし、ナタリアはアニキから卵を貰うことなく通り過ぎる。どうしたかと思って振り返って見れば、まだスピードに乗ってないサナに追い付き、その背後を取ってサナが持つ卵を盗みとったのだった。

 

 

「え?! ナタナタ?!」

「ふふーん、これで優勝は私!」

 バランスを崩したサナは湖に音と水しぶきを上げながら落ちて行く。ナタリアの奴やってくれたな?!

 

 態々反対から回って来たのは自分から意識を逸らしつつ、速度を維持しながら速度を出す前の誰かに背後から近付くため。

 最短距離だけを考えていた自分達以上に彼女は頭を使っていたという事だろう。なんてこった、アニキの貞操が危ない。

 

 

「おー、ナタリアの奴凄いな」

「感心しとる場合や無いで、アニキは」

「あ?」

 分かってないのが憎たらしい。

 

「ほな卵貰ってくで!」

 ここからのどんでん返しはかなり難しい。それこそ奇跡が起きなければ無理だが、猟団メンバーほぼ全員が参加していたこのレースも折り返しのこの時点で残り二人しか生きていないこの状況。

 

 覆すのは困難———だと、思っていた。

 

 

「ふぇぇ?!」

 前方を走るナタリアの悲鳴。

 

 水飛沫と共に現れたのは湖に沈んだ筈のガイルだった。

 居るはずの無い人がいきなり現れるものだからナタリアは腰を抜かして底に倒れ込んでしまう。

 

 

「……こいつは貰う」

 そしてガイルはナタリアが手に持つ卵に手を掛けた。

 くっ、サナの蹴りで沈んだと思っていたのにまさか待ち伏せしていたなんて……。

 

 ここまでする信念がガイルにあった事に驚きだ。いや、ガイルは自分と同い年。当たり前といえば当たり前だった。

 

 

「い、嫌っ! 私はラルフ君にあんな事やこんな事するんだもん!」

「何爆弾発言しとんねん!」

 そんな所で自分は座り込んでいるナタリアに追い着いた。

 このまま抜き去ってやりたかったのだが、口を開かずには居られなかった。この喋り方をし出してからツッコミに回る事が多くなった気がする。

 

「……俺もサナにあんな事やこんな事をする」

「真顔で言うなや! サナ居ったら殺されるで!」

 ガイルのイメージ変わるわ!!

 

「どうしても通してくれないんだね……。これは私の卵だから!」

「……いや、俺の物だ」

 謎の睨み合い勃発。

 

「元はと言えばその卵も人のやろ……」

 

「ならここはオセロで決めましょ!」

「……良いだろう。受けて立つ!!」

「なんでオセロ?! じゃんけんとかじゃダメなんか?!」

『はい、オセロだよ!』

 そしてなぜか背後から現れたアカリが二人の間にオセロ板を置く。その準備の良さは何?!

 

 

「絶対に負けないんだから!」

「……望むところだ……っ!」

 

「…………置いてこ」

 こいつら、自分も卵持ってるって事忘れてるな?

 

 

 まぁ、良い。これで自分以外全員脱落したような物だ。

 勝利は知らず知らずの内に我が手に収まっていた。歩いていたって勝てる勝負。

 

 だから自分は優雅に歩きながら考えていた。誰に何をしてやろうか、と。

 

 

 オイル塗り、膝枕、頭を撫でてもらう、手を繋いで夜景を見に行く。我ながら臭い願いが滝のように降って来る。

 

 

「おかえり。まぁ、シンカイ君なら変な事はしないでしょうけど」

 出迎えてくれるクーデリアさんはそんな事を言うが、残念ながら変な事しか考えて無い。

 

 クーデリアさんが挙げる手に卵を渡そうとする。さてさてさて! 何をしてやろうかなぁ?!

 

 

「そうやなぁ、変な事というより———」

「俺の勝ちだぁぁあああ!!」

 クーデリアさんの手に卵を置くほんの一瞬、ほんの一瞬前だった。その卵は背後から飛んで来た木の棒に破られて黄色い中身をぶち撒ける。

 中身が飛び散りクーデリアさんに掛かった絵面的にはなんかエロい事になっているんだが、問題はそこでは無い。

 

「わ、わ、ワイの……卵が?! 卵がぁぁ!!」

 勝利は目前。あんな事やこんな事も目前だったというのに。だ、誰だこんな事をしたのは?!

 

 

 いや、一人しかいない。遠距離から木の棒なんかでこの卵を割るような奴は一人しかいない。

 

 

「……っ、タクヤ?!」

「へっ、危ねぇ危ねぇ」

 こいつ……っ!

 

 だが落ち着くけ。こいつは卵を持っていない。さっきサナに蹴られた時に割れていたからな。

 ならばまだあそこでオセロをやっているバカ二人から卵を奪えば勝利の可能性はある!

 

 そう思って走り出そうとしたその時だった。

 

 

「どこ行くんだよシンカイ。もう、勝負は決まったぜ?」

 そう口走るタクヤの手に持たれていたのは、紛れもなく卵。卵だった。

 

 

「ど、どうしてや……? お前の卵は割れたはず」

「人のでも良いんだろ?」

「いや、だとして誰の———ヒールか?!」

 あの時一緒に沈んだ筈のヒールの卵まで割れたとは考えにくい。

 

 

 ま、まさか……タクヤに負けるなんてな。

 

 

「タクヤ……」

 アカリに嫌われん程度にしておけよ、と。後で伝えて置こう。

 まさか、あのタクヤがここまで頑張るとは誰が思ったか。ここは素直に賞賛の言葉を贈るのが良いか。

 

 

「俺の……勝ちだぜ!!」

 おめでとう、タクヤ。

 

 




ストックが無くなってきたので、最近また書き始めたのですが。どうやって書いていたか忘れてしまって困っている作者です。
年末までしか在庫がありません。なんとか書けると良いのですが……。


水着回も大詰めですね。モンハンとは。
男の子ならこういう事になって欲しいんですよ()

また次週もお会い出来ると嬉しいです(´−ω−`)
厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

少年の決意

 欲望見えるレースも終わり。

 残りの時間は各々で自由な時間を過ごしたりした。

 

 

「お、えーでえーで。そんな感じや!」

「……ん!」

 アカリの泳ぎの特訓にまた付き合ったり。

 

 

「もっと右や右ー!」

「こっちかしら……?」

「違うっす逆っす! 絶対にそこでは無いっすぅぅ!!」

 スイカとヒールの頭を並べてスイカ割りをクーデリアさんとやったり。

 

 

「オセロの続き……?」

「……負けっぱなしでは居られない」

「だからってなんでビーチバレー。しかもワイ」

「行くよカナタ!」

「任せてナタリア!」

 ガイルにナタリア、カナタとビーチバレーをやったり。

 

 

「中々やるわね……っ!」

「お前にエースの座は取られたが、まだ二番手だからな!」

「水鉄砲捌きにそれ関係あるんか?!」

 サナやアニキ達と水鉄砲で遊んだりと。

 

 

 中々に充実した時間を過ごしたと思っている。これも皆親父の計らいっていうんだから、何か礼をしたい所だな。

 

 そんなこんなで楽しい時間は早く過ぎる物で。照り付けるようだった太陽さんは次第に低くなって行き、空をオレンジ色に染めてから沈んでいく。

 

 

「綺麗やのぅ……」

『そうだね!』

 こんな楽しい日々が、ずっと続くのだろうか。

 

 

「なんだか夢の中に居るみたいや……」

「……?」

 そんな独り言は、隣で一緒に夕日を見ていてくれたアカリには通じなかったのか。首を大きく傾げて不思議そうにしていた。

 

 

「なーんでも無いっ。さて、戻ろうか? そろそろバーベキュー始まる時間やろ?」

『うん! 行こっ!』

 

 

 きっと、こんな楽しい日々が続いていく。でも今日はもうおしまいだから、その締めにパーっとやろうじゃ無いか。

 

「おぅ、行こうか!」

 

 

 

 

「これ、親父に持って行ってくれないか?」

 ケイスケが言いながら手渡して来た皿には溢れんばかりのお肉や野菜が積んであった。

 

 自分達がこの湖を堪能する為に、親父は一人船に残って監視をしてくれているのだ。このくらいの事はしないとな。

 

 

「って、それも?」

「あぁ、こっちもこっちも」

 しかし一つだと思っていた皿がもう一つある事に驚きを隠せない。

 そんなに食べれるのか……?

 

「悪いが親父の相手もしてやってくれないか?」

「あー、なるほどな。に、二週するわ……」

「俺が持ってってやるよ! しょうがねぇなぁ!」

 そう言ってもう一つの皿を手に持つのはブーメランパンツがとても似合わないタクヤだった。

 

「おぅ、なら宜しく頼むで」

「任せろ!」

 

 

 

 二人で歩いて、船の方へ。

 

「親父ー、飯やでー」

 甲板に登ってから見張り台に居る親父に声を掛ける。

 

「おぅ! そこ少し退けぃ!」

 ん? なんで?

 そう思ったのも束の間。親父は見張り台から飛び降り、自分の目の前に大きな音を立てながら着地したのだった。

 

 何メートルあると思ってるんだこの人?!

 

 

「どぅっはっ?! あっぶな!! 船壊れるで?!」

「がっはは! バカにするんじゃねーよ! 俺の船がそう簡単に壊れ———」

 親父がそう言うのも束の間。その足元で嫌な音がしたかと思えば、床を形成していた木の一部が豪快に凹んだ。

 

「———たな」

「あちぁぁ……」

 まぁ、そんな事もある。

 

 

 

「楽しんでるか! 二人共!」

 気を取り直して、三人で机に座って食事を囲んだ。この時間まで親父は一人で見張りなんてしていたのに、自分達に楽しんでるか聞くのか。

 

 本当に、家族思いな人だ。

 

 

「おかげさまで」

「がっはは! そりゃ、良い! 人生楽しくないといけねぇ。タク、おめーはどうだ? アカリの水着見て興奮したか!」

 自分の実の娘を口に出して何言ってんのこの人。

 

「な、何言ってんだよ親父! お、俺は……そんな…………ね? 紳士だから! うん!」

「はみ出しとったけどな」

「喋るなシンカイぃぃいいい!!」

 事実だ。

 

「がっはは! 男はその位が良いんだよ。まぁ、アカリが欲しけりゃもっと強くなれ。俺は応援してるぜ!」

「お、お父さん……っ!」

「がっはは! まぁ、まだまだお前はなっちないないがなぁ!」

 そう言うと親父はタクヤの背中を軽く叩く。

 

「どべっふぇっ?!」

 い、いや、本人は軽くだったつもり……なんだろうが。タクヤ自身は甲板を転がっていった。

 

 

「親父は応援しとるんやなぁ」

「俺は皆が幸せになればそれで良いのさ。だからアカリが誰とくっつこうと、それがアカリの望んだ事で、それでアカリが幸せになれるならそれで良い」

 軽く考えているようには見えない。そんな父親の表情を、親父はしていた。

 

 

「勿論、お前でも構わないし。ラルフでもガイルでもヒールでも良い。アカリだけじゃねぇ。お前達が幸せになれるなら誰が誰とくっつこうと、それで良いのさ。勿論外の奴とでも構わねぇし、それでこの猟団を抜ける事になっても、それが幸せなら……それで良い」

 親父は言い終わると肉を口いっぱいに詰め込み始める。

 

 そういや、結婚して出て行った奴が居たんだよなぁ。

 

 

 それでも、親父は家族の幸せを一番に考えてくれているのだろう。

 

 

「……親父」

「ん? なんだ」

「野菜も食えや。栄養バランス悪いと身体壊して家族に迷惑掛けるで」

「んーな柔じゃぁねーよ!」

「ボフゥッェ?!」

 なんで叩かれた?! クソ痛いんだけど!!

 

「……ありがとよ」

「照れ隠しかいな……」

 もう少しお手柔らかにお願いします。

 

 

「……そろそろ日が暮れるな。もう少ししたら片付けさせるか」

「ならワイが戻って伝えて来ようか?」

「いんや、俺が行く。お前とタクヤは船で待ってなぁ! 片付けは歳上にやらせときゃ良いんだよ!」

 そう言うと親父は今度は船の上から飛び降りて湖の方に向かって行く。相変わらず人外染みてるが、良く良く思い出せば竜人なんだっけ。

 

 

「なーら、お言葉に甘えるとするかのぅ。……おーい、タクヤくーん。起きろや」

「———ハッ?! な、何が?! 何があった?!」

 記憶飛んどるんだど。親父怖いんだけど。

 

 

「祭りは終わりや。片付けは年長者がやってくれるみたいやから、その似合わないブーメランパンツも脱げ脱げ」

「お、お前こんな外から丸見えの所で俺を襲う気なのか?! ……まさか、ホモなのか?!」

「どうしてそうなるんや!! もう着替えようって言う話やろがい!!」

 そうやってふざけ合いながら二人で下に降りて着替えを済ます。女子の水着姿も見納めになるので、ここで待っていて最後に目に焼き付ける事にした。

 

 

 勿論、提案者はタクヤだ。

 

「シンカイって頭良いよな」

「黙れ」

「ぇ、なんで……」

 提案者はタクヤだ。

 

 

 

「シンカイってさ……その、好きな女の子って居るのか?」

「それはなタクヤ、女の子が好きな男の子に聞く質問やで? ホモなんか?」

「ちげーよ!! 俺はアカリ一筋だから!!」

「クーデリアさんの胸元に釘付けだったような……」

「男ならしょうがないだろ!!」

「同意や」

「同意するのかよ!!」

 男の子だもん。

 

 

「んーで、なんの話やったっけ?」

「だから……恋話だよ」

 女かお前は。

 

「特に考えた事は無いなぁ……。ナタリアって天使みたいに可愛いと思うけど。いや、でも良く考えたらここのレベルは皆高い」

 しかし、下心が湧いた事はあるが恋心を感じた事はまだ無い。

 

 

 悪く言えば、家族と思い込んでしまっているから。そういう感情に至らないのかもしれない。

 

 

「しかし、まぁ。誰かを自分の物にしようとは……思った事は無い。…………皆良い奴だから、選べてないだけかも知れへんけどな」

 明確な好意というのをまだ分かっていない自分もいる訳で。そういうのは難しいのだ。

 

 タクヤやナタリアやケイスケみたいに、ハッキリと自分の感情を掴めていない。の、かも知れない。

 

 

「せやから、よー分からん」

「そうか……」

 その点、タクヤはアカリに明確な好意という奴があるみたいで。

 

 それが良い事なのか、悪い事なのか、自分では判断しかねる問題だ。

 

 

「俺ってシンカイに猟団に入った理由話したっけ?」

「いや」

 あ、これいつもの奴だ。そう思って身構えた。

 このタクヤだって。なんとなくで猟団にいる訳では無いのだろう。

 

 そう考えると、なんとなく会社を辞めてなんとなく此処に居る自分がなんだか恥ずかしい気もして来た。

 

 

「んな、身構えなくても変な話じゃねーよ」

「無理言うなや……」

 これまで何人の重い話を聞いたと思ってるんだ。

 

 

「俺さ、家出中に死にかけてさ」

「やっぱり重いやん!!」

「そうか?」

 いや、開幕命かかってるんだけど。

 

「家族と喧嘩してどうしても家に戻れなくてさー、砂漠でのたれ死ぬ寸前でアカリが俺を見付けてくれたんだよ」

「ほぉ……それで?」

「それだけじゃない。死にかけの俺を必死に介護までしてくれて、船に乗せてくれるようにも頼んでくれたんだ!」

 アカリは優しい。多分彼女にとってそれは当たり前の行動だったのかもしれない。

 

 でも、それはタクヤにとって命に関わる事だったのだ。

 

 

「んで、まぁ……気が付いたら船の中にいて。事情話したら親と仲直りする気になるまで猟団に居させてくれるってなってさ」

「軽っ」

「うるせーよ。シンカイも大概だろ?」

 それを言われると返す言葉も無い。

 

 

「え、てか、つまり……お前は今、家出中なんか……?」

「そうだな」

 帰れよ。

 

「お前なぁ……」

「親二人が、俺には何も無いって馬鹿にして来たんだよ。だから俺はあの二人がビックリするくらい立派になって、彼女も作ってから戻ってやる! そう決めたんだ」

「両親は心配しとるんやないか……?」

「旅に出ますって手紙出しといたこら大丈夫!」

 そんなバカな。

 

 

「だからさ、シンカイ! 俺、新しい武器を構えてアカリに格好良い所見せてさ……」

 意を決したように一旦空気を吸ってから、彼はこう続けた。

 

「……告白してみる!!」

「……おぅ、そうか」

 正直言ってビックリした。タクヤにそんな度胸があるとは思ってなかったから。

 ただ、それくらいに真剣なんだな。そう思った。

 

 

「応援するで! 頑張れや、タクヤ」

「お、おぅ!」

 次の狩りか。さて、どうなる事やら。

 

 

 そんな会話をしていると片付けを終えた皆が帰って来て、きちんと水着姿の見納めをしてから今回のイベントは幕を閉じたのであった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「とうちゃぁぁっく!!」

 年齢の割に落ち着いているいつもの彼女とは違い、一段と騒ぎながら船から降りるのはサーナリア。

 

 

 ここカラドボルグは砂漠と密林を分け隔てる境にある村で、北に砂漠南には密林と様々な物資が行き交う賑やかな場所である。

 砂漠と密林の両方を捉えられる事や、村の中央にある推定百歳の巨大サボテン等地理に恵まれているおかげで観光地としても有名だ。

 

 そして我等がエースのサーナリア様はサボテンオタク。カラドボルグに来る度にあの巨大サボテンでテンションが上がるのだとか。

 

 

 ちなみに自分はこれで二回目。

 湖に行ったあの日の次の日にダイダロスで自分とタクヤの武器を受け取り、数日掛けてこの街へ。

 

 

 態々砂漠の端にあるこの村に来たのは、最近ここら一帯の生態環境に不穏な動きが見られる事からクエストに事欠かないらしいからだ。

 何やら密林のモンスター達の動向に不可解な点が多数発見されているとか。密林で不可解と言えばあのジンオウガの異様な死体を思い出すが。

 

 さて、村に着けばさっそく親父がカラドボルグの村長と話のため集会所へ。

 とりあえず団員は村で自由行動兼休憩という事だがどうするか。

 

 

「……切れ味でも試すか」

 何もしないでボーッとするのも無いと思い、せっかく新調した新たな相棒を手に立ち上がる。

 

 

 レックスライサー。轟竜の素材をふんだんに使った切れ味抜群の双剣だ。

 ボーンシックルと比べるともう桁が格で違う代物。駆け出しハンターの自分には少し手に余る気もする。

 

 

 そんな新しい武器の切れ味を試そうと思って立ち上がった矢先、背後から一人に声をかけられた。

 

 

「悪いなシンカイ、そいつの試し切りはまた今度だ」

 そう言う背後の人物は狩り用のフル装備に、スラッシュアックスを肩に乗せて申し訳なさそうな顔をしている。

 

「どういう事や? アニキ」

「次のクエストはお前にこれを使ってもらう」

 そう言いながらアニキが片手でひょいと渡して来たのは片手剣、デスパライズ。

 ついこの間までタクヤが使っていた一品な訳だが。

 

 はて、これを使ってもらう? どういう事だ?

 

 

「次のクエストがもう決まってな。密林でゲリョス二頭の討伐だ」

「で、なんでワイが片手剣……?」

 双剣使いからすれば片手剣は手数が減るだけの物なのだ。片手剣使いからすれば、また違う意見が出て来るのだろうが。

 

 

「ゲリョス一匹ごとにタクヤの武器を変えて、どっちが良いか最終判断を付けようってのが……ケイスケの考えだ。で、まぁ一匹倒す度に戻って来るのも面倒だからこいつを持っててくれ」

「なーるほどなぁ。ま、そういう事ならええで」

 片手剣をまるで使えないという訳でも無いしな。

 

 

「メンバーは?」

「俺とお前、タクヤに……タクヤの強い願いもあってアカリだ」

「ゲリョス相手に大丈夫やろうか……。まぁ、アニキがなんとかフォローするやろ」

「他人事みたいに言うなよ。お前もフォローするんだ」

 デスヨネー。

 

 

「まぁ、良いとして。タクヤの奴なんでアカリをあんなに強く押して来たんだか。狩り中に恋にうつつを抜かしてると痛い目に合いそうだが……」

「この狩りで格好良い所見せて、アカリに告白するんやと」

「マジか?!」

「マジや」

 一旦考えてからアニキは「なるほどな」と言いながらどこか遠い所に眼をやる。

 それは成長していく弟を見るような表情だった。

 

 

「格好良い所見せられるように全力で為にフォローしてやるか」

「流石アニキ、話が早くて助かるわ!」

「うし、ならタクヤの奴呼んで来い。クエスト行くぜ!」

 さて、タクヤの一世一代の大勝負か。

 

 

 どつなる事か。




どうなる事か。
久し振りにモンスターハンターの世界に戻って来た感じがしますね()

さてさて、別に私はゲリョスがこれといって好きと言う訳では無いのですが……なぜにこうもゲリョスに出番があるのか(´−ω−`)
その謎はもうそろそろ明らかに!←

久し振りの狩りシーン頑張ります(`・ω・´)


また次週お会い出来ると嬉しいです。
厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ブーメラン少年の憂鬱

「……クァッ、クァッ、クァッ―――」

「閃光来る! タクヤは盾!!」

 その奇妙なカタチの鶏冠を嘴の先端に叩き付ける。

 

 

「クェェァァアアアッ!」

 瞬間、辺り一面を瞼も貫通する閃光が包み込んだだろう。

 幸いにも盾のある自分やタクヤはその盾で閃光を防げた訳だが。

 

「……っぁ?!」

「チッ、こればかりは避けられねぇな……」

 背後から後方支援をしていてくれたアカリとアニキの二人はその閃光をもろに受けてしまう。

 その光に眼を焼かれると、大概の生物は一時的に視界が真っ白になり行動出来なくなる。

 

 

 要するに天然の閃光玉みたいな物なのだ。生物である以上、それはモンスターも人間も平等。

 しかしゲリョスというモンスターはその閃光を産まれてから何度も、文字通り眼と鼻の先で放っている為その限りでは無いらしく。

 

 

「グェェェエエエッ!!」

 巨大な翼を大きく広げ、ゴム質で青紫色の巨大な身体をより大きく見せる。

 トサカが特直的なそのモンスターこそ、閃光を放った張本人。鳥竜種、毒怪鳥ゲリョスだ。

 

 

「おぉ……助かった。あ、アカリとアニキは?」

「閃光貰っとる、ゲリョスを近付けさせたらあかんで!」

 そう言いながら辺りをキョロキョロと見回して現状確認中のタクヤの横を通り過ぎる。

 そしてこの場にいる全員を自分の奥の手で行動不能にしてやったと思っていただろう、そのデカ物に右手に持った今日の得物を叩き付けた。

 続けて左手の得物を振るおうと思うが、今日の自分の武器は片手剣デスパライズだ。左手には盾しかなく、黙って片手剣を二度振るう。

 

 片手剣使いには申し訳ないが、やはり双剣使いからすれば片手剣は少し物足りない。

 

 

 して、ゴム質な皮はその特性上打撃に滅法強いが斬撃には逆に滅法弱い。切り裂かれた傷口から体液が吹き出し当時に、その巨体が大きく横に倒れこむ。

 

 

「クェェッ?!」

 油断していたのか、いとも簡単に横倒しになるゲリョス。

 よし、これである程度時間は稼げるな。

 

 

「うし、俺も……っ!」

 そんな掛け声と共に背後から剣モードのチャージアックスを構えて振り上げるタクヤ。

 ここはタクヤに譲って、自分は砥石でもさせて貰うか。

 

 

「頼むで!」

「任せろ! アカリに格好良いところ見せてやるぜ!」

 今、アカリは多分見えてないけどな。

 

 

「おらっ! はぁっ!!」

 普段から片手剣を使っているタクヤだからか、剣モードのチャージアックスを振るう姿は自分より様になっている。

 振り下ろし、横になぎ払い、その度に鮮血が飛び散った。

 

「———よし、どうだ!」

「グェェェッ」

 そんなフラグめいた台詞のすぐ後にゲリョスは立ち上がり、眼を充血させて怒りを露わにする。

 

 

「嘘だろ?!」

「それがモンスターってもんや。でも終わらせるで!」

 そう言いながらまたタクヤの横を通り、砥石で斬れ味を回復させたデスパライズを怒り狂るゲリョスに叩き付けた。

 振り下ろして、振り上げて、回転切り。一度バックステップで距離を取ってから、足をバネにして踏み込んでもう一度斬り下ろす。

 

 タクヤやアニキがこれまで付けて来た傷口を抉るように叩き込むデスパライズから、何度も斬りつけられる事によって注入される麻痺毒。

 

 

「グェォァッ?!」

 それがここに来て遂にゲリョスの全身に回ったらしい。

 自分の最後の斬撃が通ると同時に、ゲリョスは身体の節々を痙攣させてその動きを止める。

 

 ゲネポスの強力な麻痺毒は、ゲリョス程のモンスターでも動きを封じる事が出来る。

 もう少し早めに効果が現れてくれれば良かったのだが。やはり慣れていないと使い辛い物だ。

 

 

「よし、良くやった! タク、アレやるぞ!」

 閃光の影響が薄れたのか、スラッシュアックスを剣モードにしながらアニキはゲリョスに肉迫する。

 その剣でゲリョスを突く。するとスラッシュアックスにセットされた属性ビンが放出され、ゲリョスに直接叩き込まれた。

 

 所謂、属性解放突きはスラッシュアックスの奥義とも言われる技だ。瞬発火力はガンランスの竜撃砲にも手が届く。

 

 

「お、俺も! え、えーと、これどうするんだっけ?! あ、こうか!」

 一方でタクヤもゲリョスに詰め寄り、チャージアックスを斧モードにしてその斧を大きく振り回す。

 

 属性解放切りはチャージアックスの奥義。ビンに溜まったエネルギーを解放しながら斬り付ける技で、斬り付けられた傷から漏れるエネルギーが小さな爆発を起こす。

 

 

 の、だが。タクヤは言ってしまえば体格が良い方では無い。

 大きく振り回した斧から放出されるエネルギーに、逆にタクヤが振り回されてしまって地面を転がって行く。

 

「アイエエエエ?!ナンデェェ?!」

 格好悪!!

 

 

「何してんだタクぅ!!」

 

「グルェェェッ!!」

「うぉぉ?!」

 麻痺毒の効果が切れて、スラッシュアックスの属性解放突きを受けてもなお倒れなかったゲリョスがアニキを怒りの眼で睨み付ける。

 満身創痍。それでも生き物は、生きている限り生きるのを諦めないのだろう。まずは目の前の敵を排除しようと、その嘴をアニキに向ける。

 

 

「アニキ!!」

 あのラッシュで倒せると思っていたからか、中々に不味い状況。クソ、どうする!?

 

 

 しかし、そんな心配は杞憂に終わる。

 

 

「グルェ———グェォァッ?!」

 アニキを突こうとしたその嘴に、突然何かぎ刺さったかと思えばそのまま爆発した。

 徹甲榴弾。目標に突き刺さると爆発するボウガンの弾だ。

 

 アカリ、超ナイス!

 

 

「おらぁぉっ!」

「グェェェァァァ……ッ」

 嘴を爆破され怯んだゲリョスの喉をアニキの斧が掻っ切る。鮮血が飛び散り、その巨体はゆっくりと地面に倒れ伏した。

 

 

 

「あ、アニキ! ごめん!」

「気にすんな。ま、初めてはそんなもんだ。それに、属性解放切りの威力に身体が追い付かねぇかもなんてのはケイスケも予想してたからな」

「うぐ……」

「まーだお前は成長期だろ! 一回の失敗で気にすんな」

「お、おう!」

 素直なのが、タクヤの良いところでもある。

 

「さっきはナイスやったで、アカリ」

「ん!」

 とりあえず、大活躍のアカリの頭を撫でて褒め称える。アカリの援護が無かったらクエスト続行は不可能だったかもしれないからな。

 

 

「んし、んじゃ次行くぞ。タクとシンカイは武器変えろ」

 そう、今回のクエストはゲリョス一匹では無いのだ。

 

 

 ゲリョス二頭の討伐。もし道中またゲリョスに会う事があれば二頭以上でも可。

 それが、今回のクエストになる。

 

 なんでも最近この密林でゲリョスが良く見かけられるらしく、まだ被害は出ていないが村のすぐ近くにまで現れた事もあるらしい。

 そんな訳で、このクエストだ。タクヤに新しい武器と片手剣を比べさせるにも都合の良いクエストである。

 

 

 それでは、二体目行ってみようか。

 

 

 

 

「うぉっとぅ……」

 チャージアックスの剣モードと片手剣を比べると一つ大きいのは盾だろう。

 

 斧をそのまま盾にしているので幅が広くしっかりしていて、攻撃をきちんとガード出来る。

 

 

「グルェェェアアッ!」

 こうやって伸縮自在の尻尾を鞭のようにしならせる攻撃も、この盾ならしっかりとガードする事が出来た。

 一方でタクヤも、小さな片手剣の盾でなんとか受け止めている。アカリは尻尾の射程外。

 

「おらぁぉっ!」

 そしてアニキはというと、鞭攻撃を転がって回避しゲリョスに肉迫。そのまま斧をゲリョスに叩き付ける。

 

 ……す、凄いな。流石アニキ。

 

 

「グルェェェッ!」

 そんなアニキを追いやろうと、振り向いて当たりいっぺんに猛毒液を吐くゲリョス。

 毒怪鳥の名は伊達では無く、この毒はそんじょそこらの毒より強力で頂くと非常に不味いので注意が必要だ。

 

 

「当たるかよ!!」

 

「グルェッ! クァッ、クァッ———」

 尻尾も得意の毒も交わされ、遂にゲリョスはその奥の手を解放しようとする。

 特徴的なトサカは音を立て、ゲリョスはタイミングを計るように同じタイングで鳴き声を上げる。

 

「閃光来る!」

 確かにゲリョスの毒は非常に強力だが、当たらなければどうという事はないのだ。

 しかし、この閃光攻撃はまず基本的に避ける事が難しい。ハンターからすればこの閃光攻撃の方が厄介だったりする。

 

 

 いっそ、閃光鳥の異名で良いと思う。

 

 

 さて、この閃光をどうするか。さっきはアニキが離れていたからこっちに引きつけられたが。

 

 

「やらせるかよ!!」

 そんな事を考えていたのだが、タクヤは閃光に盾を構えるのでは無くお得意のブーメランを構えていた。

 落ち着けタクヤ。確かにお前はブーメラン上手いけど、それで奴の閃光が止められるとは限らないぞ。

 

 むしろ、無理だろ。

 そう思っていた。

 

 

「おらっ!」

 しかし、彼の投げたブーメランは綺麗な弧を描きゲリョスの頭部へ。

 

「クェェァァアアアッ! ———……クァォ…………?」

 トサカと嘴がぶつかり閃光を起こすその部分に、ブーメランは挟まった。

 トサカと嘴に挟まれて鈍い音を立てるだけのブーメラン。その頭部から目を焼く閃光が放たれる事は無い。

 

 

 た、タクヤの野郎……凄い事やるじゃないか。

 

 

「くらぇぇ!!」

 そして、自分の身体が思った通りの攻撃を発生させなかったのを不思議に思ったのか固まるゲリョスの身体をタクヤはデスパライズで切り裂く。

 

 一段二段三段。斬り付ける度に注入される麻痺毒に、ついにゲリョスは動きを止める。

 本日二匹目にも、ゲネポスの麻痺毒は有効。さて、絶好のチャンスだ。さっきのタクヤみたいにならないようにしないとな。

 

 

「「おらぁぉっ!」」

 アニキと合わせて二人で大技を叩き込む。属性解放突きも切りも攻撃の範囲が大きい為、タクヤには退いてもらっているのだがその間タクヤはどうするか。

 

 やっぱりというか、ブーメランをゲリョスに何度も与えてくれていた。

 

「グェェェァァァ……ッ」

 アカリの援護射撃もあって、今回は麻痺毒が効いている間にゲリョスを倒す事に成功。

 やはり、タクヤは片手剣なのだろう。危なっかしい場面も無く、むしろスムーズに倒せたからな。

 

 

 

「やるな、タク!」

「そ、そうかな?」

 アニキも絶賛である。

 

『タクヤ君格好良かったよ!』

 おぉ! アカリに褒めらたじゃないか!

 

 

 そこで、クエストに出る前のタクヤの意気込みを思い出す。

 

 俺、新しい武器を構えてアカリに格好良い所見せてさ……告白してみる!!

 新しい武器で格好良いところは見せられなかったが、ここまで成長したタクヤの格好良い所はアカリに魅せられたのでは無いだろうか。

 

 

「今がチャンスやで」

「そーだ、ガツンと行け」

 だから、自分とアニキは小声でタクヤを押す。

 今が絶好の機会。此処を逃す手は無い!

 

「うぇ?! えぇ、い、いや、でも、さぁ……」

「そこで弱気になるなや」

「そうだぞ。男ならガツンと行け」

 

「……?」

 そんなやり取りを見て、アカリは首を傾げる。

 

「あ、後で! 後でする! まだ心の準備がっ!! ほら、まだ狩場な訳だし。あぶないだろ?!」

 ったく、タクヤの根性無し。

 

 

 そんな訳で仕方が無く、今回はクエストをクリアして村に戻る事にしたのであった。

 

 

 

 

 そして、カラドボルグへの帰り道。

 

 自分達は異様な光景を目にして足を止める。

 

 

「…………なんだ、これは」

「うぇ……」

 

「ゲリョス……の、死体か」

 木々が倒れ、少し広くなった空間に散らばる無数の肉片。

 その中央には辛うじて鳥竜種の物だと分かる生き物の身体が横たわっていて、頭の方にあるトサカの形でようやくそれがゲリョスなのだと理解出来たのだ。

 

 その死体は皮を剥がれ、肉を食い破られた形跡が残っている。

 襲われて、食べられた? しかしゲリョスをこんな風に襲って食べる生き物が居るのか?

 

 色々な思想が頭を回る。

 

 

「……ん」

 不意に肩を突かれ振り返ると、不安そうな表情のアカリがスケッチブックを掲げていた。

 

『危なそうだから、早く帰ってお父さん達に相談しよ?』

 そうだな、それが一番かもしれない。

 

 

「せ、せやな……。行くか」

「お、おぅ」

 方向を変えて、カラドボルグへ向かう。

 

 

「ゲリョスの大量発生……か。そういや、今日のゲリョスは二匹とも死に真似をしなかったし…………何か、怯えてたような気がしなくも無かった」

「アニキ?」

「ん、ぉ、おぅ。悩んでても仕方ねーか。……こういうのはケイスケに任せれば良いしな」

 ゲリョスに関してはアニキも何か思う事があるのだろうな。

 

 

 ただ、自分達四人には何か重過ぎる事のような気がして。カラドボルグに戻るのであった。

 




白猫テニスで新しいシャルが出なくて添付された作品の編集を忘れていました。


メリークリスマース。この作品はそんなの関係無しに進んでいきます。
この作品もちゃんと進めたいのですが、モチベ的に中々危ないです(´・ω・`)

しかし、記念すべき四十話目でした。何か特別な事があると言う訳では無いですが(汗)

厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

彼女に彼の思いを

「密林の奥で嵐、ねぇ」

 ゲリョス二匹の討伐を成したその日の夜。

 

 

 皆で集まって食事をするなか自分と兄貴はケイスケからこの密林で起きている不可解な現象の話を聞いた。

 

 

「そうだ。此処最近、密林の奥……樹海で度々不可解な嵐が起きる事があるらしい」

 ケイスケの話によれば、つい三ヶ月ほど前からその嵐とやらが起き始めているとの事。

 三ヶ月ほど前というと、自分が猟団に入った位の時だ。

 

 そういや、ジンオウガの変な死体を見たその日も雨が降ったな。

 まさかとは思うか、関係があるのだろうか?

 

 

「まさか、嵐なんかでゲリョスがビビって逃げてきたってのか?」

 そう言うアニキの考えも納得が出来る。むしろ、そう考えるのが普通だ。

 しかし、一つ気になる点があるとすれば。それはクエスト帰りに見たあのゲリョスの異様な死体だろう。

 

「密林の奥でその頃に嵐の雷で火事が起きたらしい。それで、そこに住んでいた多くのモンスターが移動したのでは? なんて憶測は一応考えられてはいるんだがな」

 まぁ、ゲリョスは火に弱いからな。

 

 

 だけど、あの死体と村の近くまでゲリョスが現れる理由に説明がつかない。

 

 

「そこで、親父はその嵐が起こる場所に調査をしに行く事にしたらしい」

「一人でか?」

「あぁ」

 それまた、どうして?

 

 

 考えられるのは一つか。

 

 

「クシャルダオラかも……って、話なんか?」

 嵐を纏うとされている古龍。クシャルダオラ。

 

 親父の嫁さんの仇かもしれないそのモンスターが、もしかしたらその場にいるのかもしれない。

 ならば、度々起こるらしい嵐には納得が行く。

 

 

「少なくとも親父はそう考えてるんだろうな……。だから、俺達は連れていけないそうだ。親父が戻って来るまで、俺達はこの密林の不安定な狩場を毎日なんとかする。それで決定だ」

「そういうこったぁ!」

 ケイスケが話し終わると、唐突に親父が背後から声をかけてくる。背中には何やら大量に荷物を抱え、既に出発準備が整っていた。

 

 

「も、もう行くんか?」

「おぅ! 奴は待ってくれねぇかもしれねぇからな。その間、猟団は任せたぜ、ケイスケ、ラルフ、シンカイ」

 なぜ自分が入っているのか。

 

「任せろや! ……気をつけるんやで?」

「おぅよ! こっちの事は任せたからなぁ!」

 ただ、単純に頼られるのは嬉しくて。そう答えて親父を見送るのであった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「……は? 告白だぁ?!」

「声がデカい!!」

 結局、チャージアックスは使いこなせなかったがアカリに格好良い所は見せられた訳で。

 

 

 タクヤはアカリに告白する決意を固めた事をサーナリア様にご相談。

 しかし、サナの反応は……意外では無かったのだが難しい物だった。

 

 まるで「お前に娘はやらん」と言い放つ父親の様な表情をしている。

 

 

「良いじゃねぇか。あいつも中々成長してるのは、お前も良くわかってるだろ?」

 アニキがそう諭すが、サナはまだ渋い顔。

 

「いや、でも…………ねぇ。アカリは……」

「少しくらい応援したったらどうや……」

「アンタがそれを言うかぁ……」

 なんで呆れられてんの。

 

 

「とりあえず、私は断固反対タクにも言っときなさい! 絶対に無理だから!」

 そう言うと、サナは溜め息混じりにその場を後にしていってしまった。

 

 

 

「……そう言われると」

「……引き下がれないのが」

「「男だよなぁ?」」

 流石アニキ、分かってる。

 

 

「シンカイ、お前はアカリをサボテンの所に誘っといてくれ。タクヤから大切な話があるって言ってな」

「な、なんでワイが?!」

「タクには心の準備が必要だろうからな……。ま、あいつの事は俺に任せろ」

 重要な役割を担ってしまった気がする。

 

 まぁ、自分がタクヤを勇気付けられるかと言えば難しいだろうから。こっちの方が気が楽で良いのかもしれない。

 

 

「……分かった。そなら、時間はどうするんや?」

「サナは何も無ければ九時に寝る。今日はサナには何も無いし、サボテンではしゃいで疲れてるだろうから寝るだろ」

「良い子かよ」

 いくらあの歳でも本当に九時に寝る子なんかそう居ないと思うぞ。

 いや、もしや身長の事を気にしているのだろうか……。アカリより大きいから、年齢的には気にしなくても良いとは思うが。

 

「だから、サナに邪魔されないように余裕を持って行動するなら十時だな」

「アカリは悪い子なん?」

「悪い子だな」

 それが普通なんだけどな。

 

 

「よし、そんならアカリの事は任せろや! 祝杯のジュースとかも用意しとかんとな!」

「今日は二人で寝させてやるか」

 それは流石に早過ぎる。

 

 

 

 そんな訳で、自分とアニキはタクヤとアカリの幸せの為にお互い陰で奮闘する事に。

 いや、しかし……もし成功すればこれ程めでたい事も無く。そんなめでたい事に力を貸したと言う経験もまた青春なんだろうな、とか思うね。

 

 

 ただ、やっぱり青春するなら自分も恋……したいなぁ。なんて、ワガママを思っても見る。

 

 

 

「ぉ、アカリ!」

 そんな事を考えながら、探していたアカリを発見。

 

 夜の村の観光名所であるあの巨大サボテンの下にあるベンチで、一人で座って読書に勤しんでいる少女。

 本に集中しているからか、聴力の弱いアカリは自分の声に気が付かなかったようだ。たまにアカリが殆ど聞こえて無いのを忘れてしまう……。

 

 タクヤ、大丈夫だろうか。

 

 

「……アーカーリー」

「……ほぇ? はっつぁっ?!」

 背後に回って、頭を指で突いてやると間の抜けた声を出してから振り向いたと思えば驚いてひっくり返るアカリ。

 え、そんなに?!

 

「うぉぉ?! だ、大丈夫かアカリ! 怪我とかしとらんか?」

 タクヤに殺される……。

 

「……っぁ、ん、んん」

 しかし、アカリは起き上がると首を横に大きく振ってからいつものスケッチブックを取り出す。

 いや、なんとも無かったのなら良かったのだけど。申し訳ない事をした。

 

 

『ごめんねシンカイ君! 本読んでて、集中してたから気付かなくて。ごめんなさい!』

 そう書かれたスケッチブックを、頭を下げながら見せて来るアカリ。

 

「あー、いやいや。謝るのはワイや。急に話し掛けてすまんな」

「んん!」

 もう一度首を横に振るアカリ。

 アカリは優しいなぁ。だからこそ、タクヤも恋に落ちたのだろうが。

 

『どうかしたの?』

 それで、やっぱりと言うべきか聞かれてしまった。

 

 

 タクヤが告白しにくるから十時までここで待っていてくれなんて、そんな直球で言えたら何も苦労はしない。

 自分の事では無いのになぜかこう、恥ずかしいのだ。

 

 だから、こういう時は世間話から行くのが当たり前だよな。

 

 

「何読んどったん?」

「……ほぇ?」

 キョトンと、首を掲げるアカリ。

 突然現れたかと思えばそんな質問されたらそんな反応もするだろう。

 

 自分のコミニケーション技術の低さが憎い。

 

 

『えーと、モンスターの生物学的分類と進化の過程っていう本だよ!』

「ごめん、聞いたワイが悪かった。話を変えようか」

 え、物語とかじゃ無いの?! なにそれ、ハンター学校でもそんな題材の本無かったよ?!

 

 

「???」

 悩ましげに首を傾けるアカリにとっては、その手の本は普通なのか。

 そういえば、皆と会ってからもう半年近く経ったのか。それでもまだ、知らない事ってあるんだな。

 

 

「アカリはさ、好きな人が出来たらどうする?」

「ふぇ?!」

 自分のそんな何気無い質問に、彼女の顔は真っ赤になって身体は跳ねた。

 そんなに驚くような質問だったのだろうか。

 

 自分的には、アカリが読んでいた本の方が驚く物だった訳だが。

 

 

「ぇ、と」

 フルフル亜種みたいな色の顔になりながら、アカリはペンを走らせる。

 相当恥ずかしいのか、ペンもいつものより遅く動いていて。何故か力が篭っているようだった。

 

 

『好きになって貰えるように努力する!』

 なんて、素敵な返答。

 

 

「せやな」

「ぁぅ……」

 その頭を撫でてやる。

 

 うん、そうやって努力してる奴がアカリのすぐ側に居るんだ。

 

 

「アカリ」

「……?」

「ちょっと、十時くらいにここで話して欲しい奴がおるんやけど」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「……いけると思うか?」

「……半々、やな」

 巨大サボテンが見える、村の茶屋。アニキはそこの常連らしく、店主にお願いして店を開けて貰って自分と二人で座り込む。

 

 

 窓から見える大きなサボテンの直ぐ近くのベンチには、さっきのモンスターの生物なんたらかんたらとかいう本を読みながら座っている一人の少女の姿があった。

 

 そして、その少女の元に———なぜか垂直に動きながら近付く少年の姿。

 

 

「……半々か?」

「半半々くらい……かな」

 頑張ってくれよ、頼むから。

 

 

 

 少年は少女に声を掛けるけど、少女は聞けえてないらしく気が付かなかったようだ。

 あいつ、自分と同じ間違いを犯してやがる。

 

 内心笑いそうだったが、今回は一世一代の勝負なのだ。頑張ってもらわねば困る。

 

 

 負けじと、少年は彼女の目の前に立ってもう一度声を掛ける。

 少年の表情は見えない。

 

 だけど、少女の表情を見ればそれとなく真剣な表情で話し掛けたんだなと思えた。

 

 

 少年は少女に促されるまま、ベンチの横に。

 

 数秒間をおいて、少年が少女の方へ向くと少女は初めから少年をしっかり見ていてくれて。

 それに驚いた少年は一瞬目を逸らしそうになるも、そこは男を見せて止まった。

 

 

 少年の口が開く。

 

 

 なんと言ってるかは、ここからじゃ分からない。

 ただ、真剣な表情は見えて。少女もその話を、真剣に聞いてくれていた。

 

 少しだけ立って、少女が立ち上がる。

 少年に目を向けて、空を眺めたかと思えば目を閉じて。反転して、少年の方を向いた。

 

 

 その頭が下がる。

 

 

 お願いしますか?

 

 ごめんなさいか?

 

 

 少年の表情が見えなくて、なんと言われたか想像が付かなかった。

 

 しかし、ほんの一瞬で少年の顔を拝む事が出来た。

 少年は何に反応したのか、勢い良く立ち上がったのである。

 

 

「おぉ?!」

「ど、どっちや?!」

 正直、行けたと思った。

 

 

 だってアイツ、笑ってたから。

 

 

 

 しかし、頭を掻きながら笑っているソイツは一向に動く気配も無く。

 少女も、少年の方を向いて動く気配も無く。

 

 自分とアニキが顔を見合わせて、不思議に思っているとやっと少年は動いたのだ。

 

 

 

 どうしたかと言うと、だな。

 

「「え?!」」

 走って、視界から消える少年。

 

 この時点で可能性は二つ。

 

 

 大成功して、恥ずかしさのあまりに走って行ったか。

 大失敗して、逃げるしか無かったか。

 

 ただ、タクヤは笑っていたのに。

 

 

 なんでか後者の方な予感がして。茶屋の主人に礼も言わずに自分は店を飛び出していた。

 

 

 

 

「……っ、あ、アカリ……タクヤは?」

「……ぅっ……っ…………ぁ」

 自分の無神経な質問に、少女は泣き」声で返して来る。

 

 振り向く少女の表情は、申し訳なさとか辛さとかの負の感情でいっぱいで。

 とても、嬉しかったとかそんな表情には見えなくて。

 

 

「…………ごめん」

「……て、しか、ゃ……ぅの?」

 なんでシンカイ君が謝るの?

 

 そう言っているように聞こえて、胸が痛くなる。

 

 

 

 アカリは優しいから。きっと、タクヤの気持ちはキチンと伝わったんだと思う。

 

 でも、アカリにはそれを断るだけの何か理由があって。

 タクヤの気持ちを彼女に背負わせた。そんな事、考えもしなかったんだ。

 

 失敗してもタクヤが辛い思いをするだけだと、そう思ってたんだ。自分達は。

 

 

「…………ひっ……っ」

「ごめん……ごめんな、アカリ」

 なんで、サナの言う事をちゃんと聞かなかったのか。

 

 あいつが一番、彼女の事を分かっている親友だっていうのに。

 

 

 

「勝手に行くなよシンカイ。で、タクヤは?」

「あ、アニキ……あ、いや…………分からん」

「ったく……って、アカリ……。あぁ……お前はアカリを貸家に連れて行け。タクは俺が見付けるから」

「お、おぅ……悪い。アカリ、歩けるか?」

 これは、本当に悪い事をしたな。失敗したなと、思った。

 

 

 ただ、それだけしか思わなかったんだ。

 

 

 次の日になったら、軽い思い出話になるような。そんな大失敗。

 

 

 

 ただ、それだけの話に収まると思ってしまっていたんだ。

 

 

 

 

 次の日になって、こう言われるまでは。

 

「タクヤが見付からねぇ……」

「…………は?」

 一晩経っても、一晩アニキが村中探しても、タクヤの姿は見付からなかった。

 

 




今年は色んな事がありました。
ハーメルンで小説を書き出したり、読み出したり。
Twitterの方で作家さんたちと関わったり、先日はモンハン飯のしばりんぐさんと会ったりと半年でとんでもな所に立っていたりします。

とりあえず皇我リキとしては、このお話が今年の締めの更新です。明日はハン退を更新するのですがね(笑)
この作品は私の始まりの作品です。どんな形であれ完結させたいので、読んでくれている方は宜しくお願い致しますm(_ _)m


今年はありがとうございました。
来年が皆様にとって素晴らしい年になります様に。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Shield and Sword『第九章』
あなたが好きだ


 ——俺……さ。お前の事がさ——

 精一杯。自分の本気を伝えようと思った。

 

 

 単純な、俺の独り善がりだ。

 

 

 ——好きだ……アカリ……っ!——

 ただ、気持ちを伝えたいだけだった。

 

 

 アカリの事なんて考えてなかった。

 

 

 ——……っ。……ぉ……さぃ——

 バカだよな俺。

 

 

 

 分かってたっての。

 

 

 

 アカリが他に好きな人が居るくらい、さ。

 

 

 

 アカリにとって、彼奴はヒーローだもんな。

 俺は、ただのガキだよな。

 

 

 

「くっそ……っ! くっそ……っ!」

「ギョェェェ!」

 スラッシュアックスを持って、夜の森に入れば直ぐにモンスターに見付かった。

 

 俺がもっと強くて、格好良かったら……アカリは振り向いてくれたかもしれない。

 

 

「くっそ……っ! くっそぉ! くっそぉぉおお!」

「ギョェェェ!!」

 こんな奴くらい……俺一人だって……っ!!

 

 

「うぁぁあああ!!!」

 

 

 

 畜生。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「タクヤが見付からねぇ……」

「…………は?」

 アニキのその言葉に、自分は寝起きで相当間抜けな声を出したと思う。

 

 

 一晩経っても、アニキが村中探しても、タクヤの姿は見付からなかったらしい。

 そんな事があるのか……? 確かに村としては大きな村だ。それでも、人が一人消えるなんて。

 

 

「こりゃ……マズイかもな」

「どういう事や?」

「彼奴森に入っていったのかもしれねぇ」

「んなアホな」

 そんな、自暴自棄じゃないか。

 

 

 タクヤはそこまでバカじゃない。

 

 

「タクはそこまでバカじゃ無い……とか思ってる顔ね」

 ふと、寝室の扉の奥から声が聞こえる。

 

 呆れたような表情で扉に立つのは、我等がサーナリア様と———アカリだった。

 

 

「アカリに全部聞いたわ」

「「ギクゥッ」」

 アニキとそろって、自分は情け無くも固まってしまう。

 いや、だって、その、ね?

 

 

 

「タクヤの防具も武器も無くなってた」

 そして、続くサーナリアの言葉は自分達の考えの甘さを指摘するような言葉だった。

 防具も武器も……?

 

 自暴自棄……では無いにしろ。

 あのバカ、憂さ晴らしにモンスターを狩りに行ったのか?!

 

 

「き、気にもしなかった……。まさか森に一人で入っていくなんてよ……」

「直ぐ探しに行った方がええな……」

 くそ……最低最悪じゃないか。

 

 

 よりによって日が昇ってからやっと動き出すなんて。

 

 

 もしかしたら……もう———

 考えるのは後だ。

 

 

「闇雲に探しても無駄よ……。三人ずつで別れて森を探すって、さっきケイスケに言っておいた」

 流石サーナリア……手回しの早い事。

 

 

「ラルフはヒールとナタリアと北側。カナタとガイル、ケイスケは西側。私とアカリと深海で東」

 ぇ……このタイミングでアカリとか。タクヤを仕向けた分気不味いが、そうも言っていられない。

 

 

「おねーちゃんには村に残って色々して貰う。……ったく、皆に迷惑掛けた罪は重いわ。後で三人纏めて縛り上げるから」

「「は、はい」」

 厳しい言葉だが、自分にはこう聞こえたんだ。

 

 

 絶対に、タクヤを生きたまま連れて帰る———って。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 場所は変わって森の中。

 

 

 流石に砂漠には向かわないだろうと、砂漠の方面は無視した探し方をしているが。

 この広大な密林で人っ子一人を探すのは中々に無理がある。

 

 だが、サーナリアはなぜか確信めいた表情で無口で歩いていた。

 

 

 

 いや、辞めてくれ。喋ってくれ。

 今この責任を感じながらアカリと話すのはキツい。

 

 そんな事を考えていると、横からツンツンと何かに肩を突かれる。

 何かと言わず、それはやっぱりアカリなのだが。

 

「あ、アカリ? どうしたん?」

『昨日ね』

 区切るような、短文。

 自分が頷くのを待って、彼女は同じページに言葉を書き連ねて行く。

 

『タクヤ君に、愛の告白をされた』

 辞めてぇぇ! 聞いてるこっちが恥ずかしくなるから辞めてぇぇ! 許してぇぇ!!

 

 

『それでね』

「……それで?」

『私は断っちゃったの』

 そう『言う』彼女の表情は、申し訳なさそうなそんな表情で。

 自分が何を押し付けたのか。その重みをやっと理解したのかもしれない。

 

 

『タクヤ君は本当に優しいし、良い人だと思う。最近頑張ってるのも知ってるし。だから、私は本当は嬉しかった』

「なら、なんでや?」

『分からないの』

 分からない……?

 

『でも、タクヤ君に好きだって言われてね。変な涙が出て来たの。ここで答えてしまったら、ダメだって思っちゃった』

「ダメ……か」

 それ……もしかして生理的に無理とかそんな理由って事じゃ無いでしょうな……?

 

 

「……はぁ」

 なぜかそこで溜息を吐いたのはアカリでも自分でも無くサナだった。

 ジト眼で自分達を見比べるその眼は、物凄く呆れた物を見るような表情でなんだか気に触る。

 

 

「……なんやねん」

「鈍感野郎と内気な女の子ってなんでこうも発展しないかなぁ、とか。私にもチャンスあんのかなぁ、とか。……そんな下らない事を考えてる」

 ……はぁ?

 

 

 ちょーっと待て。どういう事だ。

 

 

「えーと……つまり?」

「殺すぞ」

 サーナリア様ぁ?!

 

 

「あんたが初めてアカリを助けて上げた時からずっと、優しく気ままに気が効くあんたをずっと見てた娘が居たりする訳」

「ぇ」

 ……ぇ?

 

「———ち、ぁ……たょ?! ……ぁ?!」

 アカリー、落ち着けー。

 

 

「えーと……」

 アカリも落ち着くべきだが、正直言って自分も相当こんがらがってる。落ち着くべきは自分かもしれない。

 いや、でもね? まさかね? だって自分だよ?

 

 

 

「はぁ……」

 そんな固まっている自分を見てまたもや溜息を吐くサナ。

 彼女は一旦目を瞑り、何かを決意したようにその目を開いてから口を開いたんだ。

 

 

「ねぇ、シンカイ」

「な、なんでしょうか……」

「私あんたの事好き」

 

 …………

 

 

 ………………

 

 

 ……………………は?

 

 

「———はぁぁあああ?!」

 え、いきなり?! この状況で?! サナが?!

 

「そ、そんなに驚かないでよ……」

「いやいや、だって、ねぇ?!」

「ぇ、ち、ぉ、……ぁ?!」

 頭が真っ白になる自分の後ろで、声にならない声を出すのはアカリだった。

 自分の気を紛らわせる為に、アカリに顔を向けるのだが———当のアカリは号泣したいる。なぜだ!

 

 

「じ ょ う だ ん よ ! !」

 先頭をスタスタと歩いて行ってから、サナは振り向いてそう大声を上げる。

 少し複雑そうなその表情を見ながら自分とアカリは口を開けてポカンと佇んでいた。

 

 

 

「な、何よ! 間に受け過ぎ! もぅ、なんなのよもう……」

 一人で大声を出して一人で気分を害している彼女はドコドコと歩いて来て、アカリの両肩を掴んで声を上げる。

 

「もう少し頑張りなさい……」

「…………ぅ……」

 サナがアカリに怒ってるのは珍しい光景だな……。

 

「あんたは!」

「ん?」

 次は自分の肩を掴んでくるサナ。心なしか目が充血してる気がする。怖い。

 

 

「今の事を忘れなさい」

「ぇ、ぇぇ……冗談なんやろ……? なっはは……」

「忘れろ」

「あ、はい。分かりました」

 とは言ったものも……ね?

 

 

「な、なぁ……サナ?」

「あぁぁぁっあぁぁぁっ! 黙ってぇぇ!! もう少しで多分着くから!!」

「「……?」」

 着く……? さっきまでの話は終わったのだろうか。

 

 

 さっきから闇雲にタクヤを探していた訳だが。

 サナには何か手掛かりが掴めていたのだろうか?

 

 

「こっち……か」

 真剣な表情で、サナは木陰から前方の様子を伺っている。

 そんなサナを不思議に思っていると、何やら鼻の奥に来る匂いを感じるようになった。

 

 なんだ……これ?

 

 嫌な匂いなのは確かなのだが、良く感じる匂いだ。

 

 

 

 これは———

 

 

「あった……ゲリョスの死体」

 サナが、答えを口にする。

 

 木々の間から見える紫。

 広い空間に出ると、そこは真っ赤に染まっていた。

 

 

 紫の巨体は腸を飛び出させ、もう二度と動かない屍となっている。どう見てもお得意の死んだフリでは無さそうだ。

 

 ———匂いの正体はゲリョスの亡骸と体液の匂いだったって訳だ。

 

 

「二人は周りを警戒してて」

 そう言ってサナはゲリョスの死体の元に歩いて行く。そのまま腸を触ったり、身体を触ったりとゲリョスを調べる彼女の表情は真剣そのものだ。

 さっきの言葉が何だったのか、聞けるようなタイミングでは無いな。

 

 

「しかし……なんでサナはゲリョスがここで死んでる事が分かったんやろな。そもそもワイらが探しとるのはゲリョスやのーて、タクヤやろ?」

「ん……んぅ」

 アカリはさっきの焦りが抜けてないのか、少したじろぎながらスケッチブックにペンを走らせる。

 

『サナに昨日の事話して、タクヤ君が村に居ないって事を知った時。サナは皆に言う前に千里眼の薬を飲んでたよ?』

「千里眼の薬……」

 確か、五感を敏感に働かせてモンスターの位置を把握する事が出来る様になるアイテムだ。

 

 

 確か、匂いと風が乗ってきた方向まで感じ取ってほぼほぼモンスターの位置が分かるようになるんだよな。

 使った事は無いけど、どんな感覚にならのだろうか。そういう胡散臭いアイテムは怖いからあんまり使った事がなくて、分からん。

 

 

 しかし、やはり腑に落ちない。

 

 探しているのはタクヤであって、ゲリョスじゃ無いし。

 

 

「まだ死んで間も無かったわ」

 そして帰って来たサナはそんな事を言った。ゲリョスの亡骸の死亡時間なんて知っても———まさか。

 

「タクヤが……?」

 自棄になったタクヤが出会ったゲリョスを倒したって言うなら、ゲリョスを探したサナの行動の意味が分かってくる。

 

「分からない」

 ただ、サナから帰って来た返事はそんな言葉だった。

 

 

「分からないって……」

「タクヤが居なくなったの確認してから、私は直ぐに千里眼の薬を飲んだの」

「それは、さっきアカリに聞いた」

 その行動力は本当に凄いと思う。

 

「付近のモンスターの気配を感じて、一箇所不自然な方角を感じた。それが、今私達が居る村の東側」

「不自然……?」

 あのゲリョスの事か?

 

 

「ゲリョスが何匹も死んでるの。この東側だけで、ね」

 何匹も……? つまり、あのゲリョス以外にも何匹かこの付近でゲリョスが死んでるって事か?!

 

「なら、やっぱりタクヤはこの付近におるんや無いか? どないしてワイら三人だけで探しとるんや」

「タクヤだけで何匹もゲリョスを殺せると思う?」

「ぇ、いや、それは……」

 そう言われてしまうと、確かにおかしい。

 

 

 タクヤは確かに成長した。

 一人でゲリョスを倒す事だって出来るかもしれない。

 

 だが、それが何回も続くとなると話は別だ。

 タクヤがどうだとかじゃなくて、人一人が一晩のうちにゲリョスを何匹も殺すなんてまともな人間なら不可能である。

 

 

「私が千里眼の薬で感じた異変はそれくらいだった。……私もあんたみたいに、もしかしたらタクヤがって思って私達が東に行くようにケイスケに言ったんだけどね。不確定要素だから、全員を連れて来る事は出来なかったけど……どうやら正解だったみたい。宛が外れたかも」

 所詮は、自分達が村に来る前からあった森の異変と被っただけなのかもしれない。

 

 

 だけど、それならタクヤは何処にあるのだろうか。

 

 

「所で、関係無いと思うんだけど」

「「?」」

 

「あのゲリョスの死体、なんか変なのよ。まるで何かに腸を喰われたみたいな……歪な死に方をしてるの。死に方っていうか……死んでから腸を喰われたみたいな」

「「……っ」」

 アカリとお互いに顔を見合わせる。

 

 

 そんな妙な死に方をしたゲリョスの時点でおかしい。

 おかしいのだが、この世界はまだまだ謎が多いんだ。そのくらいの事はあったっておかしく無い。

 

 問題はそこじゃ無い。

 

 

 自分達は昨日同じように妙な死に方をしたゲリョスの死体に見覚えがあった。

 それが別個体で、まだ他にもゲリョスの死体は周りに転がっているなんて話だ。

 

 その全てがこの妙な死に方をしていた所で何が分かるかといえば、何も分からない。

 

 

 ただ、それが普通じゃ無い事だという事は頭の悪い自分でも良く分かるのだった。

 

「なぁサナ。きになる事があるんやけど———」




あけましておめでとうございます(`・ω・´)

証拠にも無く毎週更新してますが実はストックがギリギリです←
モチベが、ね(´・ω・`)
でもちゃんと完結させたいので、頑張って更新していきたいと思います。

厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

彼女の言葉

「なるほどね……」

 三体目のゲリョスの死体を確認してから、サナは何か考えながら戻って来た。

 

 

 一匹目を見付けてから一時間という所か。

 サナに、昨日も同じような不自然な死体を見た事を伝えてから二匹目を探すとそのゲリョスも腸を食い破られていた。

 そして、三匹目のそのゲリョスも……サナの表情からして同じ結果だったのだろう。

 

 

 これがタクヤの手掛かりになるとは思わないが、どう考えてもこの状況はおかしい。

 

 

 

「何か分かったか?」

「二匹目だけ、違う傷があった。あと死んでからたった時間が一番長い」

「違う傷……?」

 ゲリョスの変死体。そこに疑問を抱くだけの頭はあるのだが。

 

 

 それ以上はサッパリだ。自分の頭の悪さを思い知る。

 

 

「剣で斬った切り傷。他のゲリョスには無かった」

「タクヤか……?」

 あいつ……。

 

「そこまでは分からないわよ。……ただ、あのゲリョスも他と同じで腸を持ってかれてた。ハンターと戦っていただけならどちらにせよ有り得ない」

「余計分からんくなっただけか……」

 くそ……手掛かりが無くなって振り出しか。

 

 

『他のモンスターに襲われたのかな?』

 とは、アカリのスケッチブック。

 

「ゲリョスが今どうなろうが、タクヤには関係無いやろ……?」

「このゲリョスと戦ってたのがタクなら、ゲリョスを襲ったモンスターにタクヤも襲われてる可能性……あるわよ」

「……っ」

 それだけは考えただけでゾッとする話だ。

 

 ゲリョスの死体を見るに相当エグい殺され方をしている。

 そんな物にタクヤが見つかって襲われていたら……。

 

 

「……んぁ?」

 なんて考えていると、アカリが気の抜けた声を出す。

 まるで幽霊でも見付けたかのような表情で、自分達の背後を見ていたのだ。

 

 いや、幽霊を見付けたのかもしれない。

 

 

「お、お前ら……なんでここに?!」

 そんな声に振り返ってみれば、そこに居たのは自分達が血眼になって探していたタクヤだった。

 

「…………はぁ」

「なんで溜息着くんだよ?!」

 いや、気が抜けたと言うか。何事も無く終わってくれたのがとてつもなく幸いだったというか。

 

 

 とりあえず一発殴らせろ。

 

「痛ぇ?! えぇ?! なんでぇ?!」

「こんのドァホ。何勝手に森に入っとるんやボケ」

「え、い、いやぁ……あはは……」

 別に気持ちが分からない訳ではないからこれ以上言うつもりは無いが。

 そもそも、自分にも多少なりとも責任がある訳であるし。

 

 

 

『タクヤ君』

「あ、アカリ……」

『昨日はごめんなさい』

「い、いや! 俺こそ…………急に……あはは……」

 一件落着かな……?

 

 

 二人の溝は深まってしまったが……まぁ、これから少しずつでも埋まれば良い。そう思った。

 

 

「あんたら、なに安心しちゃってる訳?」

「え?」

 やっと落ち着いた雰囲気になったというのにサナはそんな風に口を開く。

 タクヤも無事見つかって、後は帰るだけ。確かに森はモンスターが住んでるが……四人揃ってれば大丈夫だろう。

 

 

 そんな、甘い考えだったのかもしれない。

 

 

「あのゲリョスを倒したのは、タク?」

 目を瞑って、サナはそう質問した後———

 

「……真っ直ぐこっちに近付いてくる。……逃げられないわね」

 ———なんて、小さく呟いた。

 

 真っ直ぐ? 逃げられない? 何を言ってるんだ……?

 

 

「そ、そうだ……彼奴から逃げないと!」

 そして、質問されたタクヤは思い出したように冷や汗を出して焦りだした。

 おいおい、なんだってんだ。

 

 

「俺……自棄になってゲリョスと戦ってたんだけど…………戦ってる最中に森の中から大きな蜘蛛みたいなのが出て来て」

「大きな蜘蛛……? 三十センチくらい?」

「その十倍以上……」

 は?

 

 

 そりゃ、もう蜘蛛じゃない。

 

 

「タクヤ、ついに頭おかしくなったのか?」

「ち、ちげーよ! 本当に見たんだ! ゲリョスより少し小さいくらいの大きさの蜘蛛が……ゲリョスを襲って食い散らかしてる所を!」

「な、なんやそれ……。まるでここら辺一帯のゲリョスの変死体———の、犯人なのか?!」

 アレをやったモンスターをタクヤは見たのか。

 

 

 よくも、まぁ生き延びたものだ。

 

 

 いや、待てよ。

 

 

 今さっき、サナはなんて言ってた……?

 

 

 

「サナ!!」

「分かってる。……もう直ぐそこよ。四十メートル」

「え?! お、俺ちゃんと撒いてきたぜ?!」

「その背中に着いてる糸!」

 サナにしては困った顔でタクヤの背中を指差す。確認してみれば、そこには一本の細い———本当に良く見なければ見えないような細い糸が着いていた。

 

 

 タクヤはそのモンスターから森の中を逃げて来たと言っている。

 それは勿論、真っ直ぐだけ進む訳も無くて木々の間をうねる様に歩いていたハズだ。

 

 そんな中でも、対象から離れず千切れない上手な糸。

 

 

 まるで、蜘蛛の糸だな。

 

 いや、比喩表現では無く。

 

 

 

 それは本当に、蜘蛛の糸なのだろう。

 

 

 

「もう来る! 見渡しの悪い所じゃまずいわ。ゲリョスが居る場所まで走って!」

 サナの言葉に、誰も文句を言う事無く行動を起こす。

 

 ここまで来て仕舞えば相手には見つかっているも同然。ゲリョスの死体に隠れるという行動は取らずに、素直に立ち向かう準備をする。

 

 

 太刀を、双剣を、ヘビィボウガンを———

 

 

「……もう直ぐ側に居るわよ」

「本当に蜘蛛みたいな奴なんだ……。糸を使って凄く早く移動する」

「なんや……この四人ではいつも戦って来たやないか。いつも通りやればええ」

「……ん!」

 

 

 ———チャージアックスを各々構えて、お互いに背中合わせに広い空間に立つ。

 

 大丈夫だ。これまでだって、何度も何度もやって来たじゃないか。

 

 

 

「ねぇ、シンカイ」

「なんや?」

 なんだ……サナ?

 そんな小声で。

 

「隙を見つけたら二人を連れて逃げなさい」

「は? なん———」

「シンカイの正面から! 来る!!」

 サナの言葉と同時に目の前の木々が揺れた。

 

 

 初めに見えたのは、白い糸だ。

 

 人の腕みたいな太さの糸が背後の木々に向けて飛んで行く。

 

 

 次の瞬間迫り来る巨体に、身体が反射的に横に飛んだ。

 これはハンターを続けて来て授かった反射的なものだ。

 

 見てからでは間に合わない。

 モンスターはその見た目に似合わずとても俊敏な生き物も居る。今回の相手もその限りだったのだろう。

 

 

 背中を擦れる生き物の感覚が、それを証明する。

 あと一瞬でも遅れていたら自分の身体の一部を持って行かれていたかもしれない。

 

 そう考えて鳥肌を立てながら、体を起こして皆の無事を確認する。

 一、二、三、全員無事だ。流石だな。

 

 

「チッ、ったく早い奴かいな!」

 少しばかり安心して、悪態を吐きながらその姿を確認する。

 

 その姿は———蜘蛛だった。四メートルの。

 

 

 正直自分の目を疑ったのだが、これが現実だ。

 

 

 

 

 普通の蜘蛛と違うのは、脚が四本しか無いという事だろうか。

 その代りに顎から脚のような物が伸びて六本足のようにも見えた。

 

 

 甲虫種か?

 初めに思ったのはそれだが、何かが違う。

 

 何より、密林に点在する街グングニール育ちの自分がこの密林に住むモンスターで『知らない』モンスターが居るという事がおかしかった。

 

 

 なんだ……こいつは?

 

 

「サナ! こいつなんや!」

「……分かんない」

 サナでも知らないのか……?

 

 

 

「ギィィィィィッ」

 無機質な複眼が自分達四人を見比べる。

 

 どれから頂こうか、そんな事を考えているのだろうか?

 カクカクとした動きが、どうもその見た目の不気味さを倍増させていた。

 

 

「タク、ゲリョスを喰ってたのはこいつ?」

「あ、あぁ……」

 体格はゲリョスより少し小さいくらいなのに、ゲリョスを捕食するようなモンスター。

 それに加え、さっきの移動速度を思い出せばコイツがどれ程の危険度を含んだモンスターかは一目瞭然だった。

 

 

 これまでこの四人で戦って来たドスガレオスやダイミョウサザミなんて比じゃ無い……な。

 

 

 

「来るわよ!」

「ギィィィィィッ!!」

 サナの言葉と共に蜘蛛のようなモンスターは顎から伸びるソレを大きく広げて見せる。

 

 何をする気だ?!

 

 

「皆下がって!!」

 反射だった。サナの言葉にモンスターから距離を開けたその瞬間、開けられたソレが一瞬で内側に閉まる。

 

 まるで、ハサミのように空気を寸断したソレをカクカクと自分の顎に戻すモンスター。

 もし、サナの言葉が無かったらその位置にあった首が飛んでいたかもしれない。

 

 

「はぁぁっ!」

 そんな事を考えて情けなくも動けなくなっていた自分を尻目に、彼女は———サーナリアは未知のモンスターに果敢にも肉薄した。

 手慣れた動きでその懐に入り込み、切り上げから切り下がりを叩き込む。

 

 一撃離脱。そうして距離を離したサナが居た懐を次の瞬間顎から伸びる脚が切り裂いた。

 

 

 何をしてくるか分からない。

 知らないモンスターの脅威とはそれだ。

 

 相手がどんな手を持っているか分からない。見えない敵と戦っているのと同じような感覚。

 

 

 自分が何をして良いのか分からないんだ。

 

 もし、知らなかったとしても失手を打って仕舞えばその時点で人間は簡単に死んでしまう。

 

 

「俺も行くぜ!」

「おいこら待てタクヤ!!」

 それが分かっていないのか、タクヤは正面切ってモンスターに突進していく。

 斧モードで構えたチャージアックスを正面から叩き付けようと振るうタクヤ。

 

 真っ直ぐで正直なのはお前の良いところでもあるけどこういう時は汚点だ。

 

 

「ギィィィッ」

 そんな正面から向かって来る奴の攻撃を受けてくれる相手では無いらしい。

 後方にジャンプしながらモンスターはタクヤの攻撃を避けて、タクヤに口から白いものを吹き出す。

 

 危ない、と口が発する間も無くタクヤに降りかかったそれは粘着性の白い糸でタクヤを地面に縫い付けた。

 

 

「な、なんだこれ?!」

「バカタク!!」

「ギィィィィィッ!!」

 まずは一人、そうとでも言うようにタクヤに向かって来るモンスター。

 

 立ちはだかるサナは、そのモンスターからしてらとても小さな壁だったろう。

 

 

「……っぁ!」

 脚で小柄なその身体を簡単に蹴り払い、そのモンスターの一番の武器なのだろう顎から伸びる脚がタクヤに叩きつけられ———その瞬間。

 

 

 背後でヘビィボウガンが火を吹くのを確認して、自分は走った。

 正面からモンスターに向かっていくが今はモンスターはタクヤしか見ていないのだろう。此方には見向きもしなかった。

 

 次の瞬間、タクヤを自慢に縫い付けていた糸が燃える。アカリのヘビィボウガンから放たれた火炎弾だ。

 そうして強度が弱くなった白い糸をレックスライサーで切り裂く。転がる様にタクヤを押し倒した瞬き一回分の時間で、背後の空気を何かが切り裂いた。

 

 

「う、うぉ……っ。危ねぇ」

「ドァホ、死にたいんか。知らんモンスター相手はもっと動きを見ろ!」

 言いながらモンスターから距離を取る。

 その背後ではアカリのヘビィボウガンから放たれる火炎弾に怯むモンスターの姿があった。

 

 

 見た目的にはやはり火に弱いのか……?

 ところであの背中はなんだ? 身体は甲殻で覆われているのに、背中だけまるで皮があるようだ。

 

 しかも紫色で、妙に見た事がある気がする。まるでゲリョスの皮———

 

 

「ギィィィィィッ!!」

 火炎弾に苛立ちを覚えたのか、モンスターは狙いをアカリに定める。

 しまった、タクヤを助ける為にアカリを一人にしたのが間違いだったか?!

 

 

「……っぁ?!」

「ギィィィィィッ!!」

 襲い掛かる巨体、その速度もあってアカリは反応する間も無く距離を詰められる。

 やはり、早い。この四人だけであのモンスターと戦うには力不足が過ぎる。

 

 

 ———あの一人を除いては。

 

 

「させるかぁ!!」

 背後からモンスターに近付いたかと思えば、その脚を踏み台に空高く跳ぶサナ。

 彼女は自由落下に任せて、太刀を叩き付ける。

 

 

「ギェェェッ?!」

「はぁぁぁぁっ!!」

 怯んだモンスターに、もう三撃をお見舞いするサナ。

 その間にアカリは距離を取ってボウガンに弾を込めた。

 

 

「タク! 次はそっち来る!! ボーっとするな!!」

「え!? えぇ?!」

 サナの言う通り、体勢を立ち直したモンスターが狙ったのはタクヤだった。

 一瞬で詰められた距離から放たれる体当たりで、タクヤは大きく地面を転がった。

 

 

「タクヤぁ!!」

 くっそ、早い……っ!

 

 反応出来ない。

 

 

 その次に狙われたのは勿論タクヤのすぐ側に居た自分で。

 自分が瞬きをした瞬間にまた広げられたアレが、今ハサミのように閉じようとしていた。

 

 

 やば……っ!

 

 

「シンカイ!」

 名前を呼ぶ彼女の声。

 同時に押し倒され、自分を押し倒したサナの背中を何かが掠った。

 

「———ぁ゛っ」

「サナ?!」

「良いから立て止まるなぁ!」

 その言葉に、二人で地面を転がる。自分達が元いた場所には、モンスターの武器が深々と突き刺さっていた。

 

 

 二度も死に掛けた……?

 

 

 サナが居なかったらもう二度も死んでたのか?

 

 

 

「サナ!」

「私の事は……気にしないで……っ!」

 でも、お前……さっき攻撃を受けて———

 

「タク!」

 立ち上がって直ぐに、目標をタクヤに変えたモンスターに向かって行くサナ。

 

 

「う、うわぁっ?!」

「しゃが———ぁぁっ!」

 自分と同じようにタクヤを押し倒して攻撃から逃れさせるサナの背中に、モンスターの脚が叩き付けられる。

 それで地面を転がるサナ。しかし、直ぐに立ち上がってタクヤの前に立ってその太刀を振った。

 

 

「あぁぁあああ!!」

「ギィィィィィッ!!」

 

 

 ダメだ……。

 

 自分達は完璧に翻弄されてる。あのモンスターに。

 

 

 ———違う、サナ以外が付いて行けて無いんだ。

 そんな仲間を守る為にサナは、自分を犠牲にしてる。

 

 そんな事が、長く続く訳が無い。

 

 

 

 考えろ。

 

 

 考えろ。

 

 

 考えろ考えろ。

 

 

 考えろ考えろ考えろ考えろ……っ!!

 

 

 

 それは、考えるというのは、行動するのを放置する事だと———そう気が付いた時には遅かったんだろう。

 

 

「ギィィィィィッ」

「———ぇ」

 目の前に、ソイツは居た。

 

 振り下ろされる、死神の鎌。

 

 

 や、辞めろ。

 

 

 辞めろ辞めろ辞めろ辞めろ辞めろ辞めろ辞めろ辞めろ辞めろ辞めろ辞めろ辞めろ。

 

 

死———

 

「シンカイ……っ!!」

 鮮血が、ピンクが、視界を覆った。

 




急展開が歪めない……(´−ω−`)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

少女の果て

 視界を覆う、赤とピンク。

 

 

 吹き出る鮮血は自分の腹では無く———彼女の左肩からだった。

 視界の半分を覆っていたピンクが、一瞬で赤色に塗り替えられる。

 

 

 サナのその身体が重く、自分に降り掛かった。

 

 

 

「サナぁ!! ちっくしょぉぉ!!」

「……そ……?! ……ぁ!!」

 

 

「さ、サナ……。あ……ぁああ?!」

「ギィィィィィッ!!」

 重く自分に伸し掛る彼女の背後で、モンスターは鎌をまた振り上げた。

 ヤバい、このまま殺られる?!

 

 

「うぉぉあああ!!」

 その背後から振り下ろされる、タクヤの斧。

 そしてアカリの火炎弾を足に受けても、モンスターはその獲物をしまう動作を見せなかった。

 

 

 ダメだ……身体も頭も動かない。

 

 

「ボケっとすんな……バカ」

「……ぇ」

 自分の身体だけが、地面を転がっていく。

 

 腹部に感じる強烈な痛みから、寝転んだままの彼女に蹴り飛ばされたのだろう。

 そんな事は、どうでも良い。

 

 

 今大切なのは、その鎌の下にまだ彼女が居るという事だ。

 

 

「サナぁぁぁぁあああああ!!!」

 自分の叫び声も、祈りも、頼みも、関係無い。

 

 降ろされる鎌は、彼女の小さな身体を切り裂いて何メートルも地面を転がした。

 簡単に地面を転がりながら血飛沫を上げる小さな身体は、木に当たってやっと動きを止める。

 

 その身体が起き上がって来る様子は、少なくとも全く無かった。

 

 

「ぁ…………ぁ…………ぁあ……」

 嘘……だろ?

 

 

 なぁ…………嘘だろ?

 

 

 

 ——隙を見つけたら二人を連れて逃げなさい——

 

 アレは、正しい事だった。

 正直、ふざけるなと思った。

 

 

 でも違う、こんなに強いモンスターの前に立てば自分達なんて荷物でしか無かったんだ。

 

 

 自分が何をしたのか…………それだけは考えるのに全く時間が掛からなかった。

 

 

 

「く、くっそ……うぉぉあああ!!」

 怒りからか、また正面からモンスターに向かって行くタクヤ。

 

 

「…………ぃて!!」

「うぇ?!」

「ギェェェ?!」

 だが、それを止めたのは自分でも無くモンスターでも無かった。

 

 タクヤの目の前に銃弾を撃ち込みながら、声を上げるアカリ。

 はっきりと声にならないその音が何の意味を成しているのか。

 

 

 

 この時ばかりは、はっきりと分かった気がする。

 

 

 

「……だ、……ぁ、は……っぃ、んぇ……か……ぃ!!」

 まだ、サナは死んでなんか無い。

 

 落ち着け。そう言いたいんだな。

 

 

 

 そうだ、焦ってどうする。

 

 落ち着いて考えなきゃ、良い答えが出る訳が無い。

 

 

 

 あのサナが、そう簡単に死ぬかよ。

 

 

 

「……集中」

 考えるな。考えろ。

 

 考え込む前に、最善策を掴め。

 考えるという時間を排除しろ。

 

 

 

 答えを探すな。答えに迎え……っ!!

 

 

 

「タクヤ! 右に回り込め!!」

「え、右?」

「お前から見て左!!」

 その方向は、アカリとサナが居る反対側だった。

 

 まずは、モンスターの視界から二人を離す。今一番に優先されるのはサナの安全の確保だ。

 即死していなくたって、これ以上彼女が攻撃を貰えば命は確実に無い。

 

 

 少しだけ待っててくれ、な?

 直ぐに終わらせるから。

 

 

「アカリはゲリョスの死体の影から撃て! 腸臭いかも知れないけど我慢してくれ!!」

「ん!」

 そんな自分の命令に従ってくれるアカリ。

 

 これで万が一アカリが狙われてもゲリョスを盾に出来るしサナが視界に入る事も無い。

 

 

 まずは最低限の戦闘状態を作った。

 

 

 次は、奴の弱点だ。

 

 見た感じは炎か?

 そして、比較的蜘蛛でいう腹部の甲殻は薄い。

 狙うなら背後からだがその為には正面に立って誰かが囮になる必要がある。

 

 

 その役目は、自分の仕事だ。

 

 

 タクヤの武器は剣モードでなければ重い武器だ。俊敏さで言えば双剣を持った自分の方が都合が良い。

 

 それに、今ならあいつの攻撃に当たる気はしない。

 

 

 

「こっちだ蜘蛛野郎!」

 わざと奴の正面に立って、剣を高く振り上げる。

 ほら、隙だらけだぞ。来いよ!!

 

「ギィィィィィッ!!」

「掛かったな……タクヤ! 後ろから行けぇ!!」

 言われた通りに、剣モードにして連撃重視の斬撃をモンスターの腹部に叩き付ける。

 それでこそ元片手剣使いだ。

 

 

「ギィィィィィッ!」

 挑発が気に障ったのか、タクヤの攻撃を意にも返さずあの鎌を振り上げるモンスター。

 またハサミのように閉じるそれを、しゃがんで交わしてから頭部にレックスライサーを叩き付ける。

 

「ギェェェ?!」

 流石に聞いたのか、身を引くモンスターを逃しはしない。

 すかさず頭部に、もう三撃。

 

 

「おらぁ!!」

「ギィィィィィッ!!」

 背後からの斬撃、銃撃も相まってモンスターは大きく姿勢を崩す。

 

 ここで止めを刺す……っ!!

 

 

「決めるぞタクヤぁ!」

「お、おう!!」

 倒れたモンスターに、最大限の力を入れた斬撃を叩き込———む前に。モンスターは視界から消えた。

 

「「ぇ……?」」

 な、なんだ?! 消えた?!

 

 

「後ろだ!」

 タクヤの声に振り向くと、自分の背後にある木々に糸を吐いたモンスターは一瞬でその場まで移動していたのだ。

 そして、もたつく脚で木々の間に姿を消す。

 

 

「逃げた……のか?」

「……逃げた?」

 本当に、逃げたのか?

 

 

 客観的に見れば願ったり適ったりな状況なのは間違いない。

 

 何かがおかしい。

 

 

 ただ、何がおかしいのか分からなかった。

 

 

 

 とりあえず、サナとアカリを———

 

 

「…………ぁぁっ?!」

 そう思って、振り向いた先に見えた光景は絶望的な光景だった。

 

 

 

 本当に逃げたのか?

 

 

 そんな訳があるか。

 

 

 さっきまで自分達を翻弄していたあのモンスターが、一度攻勢が逆転しただけで逃げる訳が無い。

 

 

 誘われた。

 

 

 

「…………た……けて」

 背後には、そのモンスターに背後を取られて涙を浮かべるアカリの姿。

 

 

 モンスターは、ゲリョスの上に立ってその鎌を振り上げていた。

 

 

 

「アカ———」

 そんな……アカリを狙った?!

 

 森に逃げるフリをして……っ?!

 釣られたって言うのか?!

 

 

「アカリぃぃ!!!」

 そして、思考が止まった自分より先に動いていたのは———タクヤだった。

 

 

 

 そのハサミが閉じる前に、彼女を突き飛ばす。

 

 

「———ぁ……ゃ、……ん?!」

「間にあ———」

 そのハサミが閉じる。

 

 

 何とかハサミを交わすタクヤだったが、モンスターは顎から彼に紫色の気体を掛けた。

 

 

 

 なんだ? あれは。

 

 まるで、ゲリョスの———

 

 

 

 ゲリョスの?!

 

 

 

「吸うなタクヤぁ!!」

 アレは、考えが正しければゲリョスの毒だ。

 

 こいつの事がここに来てやっと少しだけ理解出来た。

 

 

 ゲリョスを喰らい、その背に皮を被っているのは弱い腹部を守る為。

 あの皮はあのモンスターの体の一部では無く防具のような物で攻撃したってダメージを与えられない。

 

 ゲリョスは体内に毒を有している。ゲリョスの皮まで利用する狡猾な生き物が、ゲリョスの最大の武器を利用しない訳が無い。

 

 

「……っぅ」

 間違い無く毒を吸っただろうタクヤは一気に顔の色を青くした。

 ゲリョスの毒は強力だ。早く解毒しなければタクヤの命も危ない。

 

 

 

「クソが!!」

 焦るな。

 

 焦るな焦るな。

 

 

 冷静に考えろ。

 

 答えに迎え。

 

 

「うぉぉあああ!!」

 毒で弱らせたタクヤに止めを刺す為に鎌を振り上げるモンスター。

 その懐に飛び込んで、頭蓋にレックスライサーを叩き付ける。

 

 

「アカリ! タクを!!」

「ん!」

「……っ……ぅ」

 目の前で双剣を振り続ける。

 

 

 

 

 こいつを殺せ。

 

 

 

 こいつを殺せば、皆助かる。

 

 

 

 自分がこいつを殺せば、良いだけだ。

 

 

 

 それが答えだ!!

 

 

「うぉぉあああ!!」

 死ね。死ね!!

 

「うぉぉぉああああ!!!」

 死ね!!!

 

 

「ギィィィィィッ!!!!!」

 

 

 

 ———間違えた。

 

 

 そんな簡単に、モンスターが死ぬ訳無い。

 

 

 振り上げられた鎌は、まるで死神の鎌だ。

 

 

「馬鹿野郎」

 誰が言ったか。

 

 

 

 カツンと、鎌に何かが当たって弾ける。

 

 

 骨で出来たV時の物。

 

 それは、投げた本人の元に戻って行く。

 

 

 

 ブーメラン……?

 

 

 

 待て、お前毒で動けなかったハズだろ。

 

 

 待て、片手剣と違って重い盾を持ったままそんな物投げられる訳無いだろ。

 

 

 

 待てよ、何で盾を持ってないんだよ。

 

 

 

 待てよ、なんでそんな顔してるんだよ。

 

 

 

 待てよ、お前の相手は自分だ。

 

 

 

 待てよ、行くなよ。そっちはダメだ。こっちを見ろ。

 

 

 

 待て、待ってくれ、頼む。あいつは今盾が無いんだ。アカリも居るんだ。

 

 

 辞めてく———

 

 

 

 

「なぁ、アカリ……」

「……ぁ……、ゃ、……ん?」

「俺、お前の事———」

 次の瞬間、モンスターはタクヤとアカリに向かって行く。

 

 

 彼が手を出す。

 

 アカリを突き飛ばす。

 

 

 そして、タクヤの身体は……視界からモンスターと共に消えた。

 

 

 

 ———ぁ……?

 

 

 ぁ…………ぁ…………ぁあ……?!

 

 

 

「タク……ヤ……?」

 

 

「ギィィィィィッ!!」

 なん…………で……?

 

 

 なんで……こんな事に……?

 

 

 妙にゆっくりと、タクヤが地面を転がった。

 

 声にならない悲鳴をあげるアカリ。

 

 

 音を立てて、次はお前だと振り向くモンスター。

 

 

 地獄絵図っていうのは、こんな風景を言うのでは無いだろうか。

 

 

 

 頼みのエースも、大切な仲間も、何一つ守れず。

 次は自分の命が奪われ、最後にはアカリも———

 

「止まるな……っ!!!!」

 何もかも諦めかけた———いや、諦めたその時だった。

 

 

 消え入りそうな、それでもハッキリとした声が森に響く。

 

 

 

 滴る赤に脚を引きずりながらも、血だらけの身体で、動かない筈の身体で、小さな身体で、身の丈程の細い剣をモンスターに向ける一人の少女。

 

 一番強い彼女が、一番辛い筈の彼女が、一番ダメージを負った筈の彼女が。

 諦めずに、崩れ落ちずに、確りとそこに、モンスターの正面に立っていた。

 

「…………サナ……っ?!」

 サーナリア……お前…………っ?!

 

 

「ギィィィィィッ!」

「はぁぁぁぁぁああああああ!!!」

 邪魔だと言わんばかりにサナに突進するモンスター。

 そのモンスターに、サナは太刀を叩き付ける。

 

 さながらカウンター。

 相手の勢いをも利用し、今出来る最大の攻撃をサナはモンスターに叩き付けたんだ。

 

 

「ギェェェッ?!」

 ひっくり返るモンスター。

 

 今動かなければ、いつ動くんだ。

 

 今、畳み掛ければ。

 

 

 なのに。

 

 

 分かっているのに。

 

 

 頭も身体も動かない。

 

 

 

「シンカイ!!!!!」

 サナの声が頭にハッキリと入って来た。

 

 自分は何をやってるんだ……?

 

 

 ——隙を見つけたら二人を連れて逃げなさい——

 思い返すのは、そんな言葉。

 

 

「……ぁ、ぁぁぁ……あぁっ!」

 そうだ、逃げなければ。

 

 逃げなければ、死ぬ。皆、死ぬ。

 

 

 皆? 死ぬ?

 

 

「アカリ……っ!!」

 半自動的な感覚を覚えながら、倒れて身体が赤色になっているタクヤの肩を揺らすアカリの所へ向かう。

 声にならない音をその喉から、瞳からは水分を漏らしながら、彼女は動かなくなったタクヤを必死に救おうとしていた。

 

 まだ(・・)生きてはいる。

 何処からか漏れる空気と、焦点の定まらない目、流れ続ける血液がそれを証明した。

 

 

「タクヤ…………」

 頭が動かなかった。

 

 今直ぐにでも、しなければ行けない事が幾つも有る。

 

 

 その……ハズなのに。

 

 

「……し……か、ぃ……ん、!」

「……っ」

 また止まっていた自分の意識をアカリに連れ戻される。

 半自動的にタクヤの肩を掴んで、その重い身体を持ち上げた。

 

 

「ギィィィィィッ!!」

「はぁぁぁぁっ!!」

 そんな所で、立ち上がったモンスターに太刀を叩き付けるサナ。

 血反吐を吐きながらも勇敢に立ち向かうその姿を、自分は見る事しか出来なかった。

 

 

 

「ギィィィィィッ?!」

「やぁぁぁぁああああっ!!」

 押している。

 

 気迫というか、根性というか。不可能を可能にしてしまえそうな、そんな勢いで彼女はモンスターを再び地面に叩き伏せた。

 

 

「今!!! タク連れて早く逃げる!!!」

 そんな事言ったって……もう、タクヤは…………。それに———

 

 

「……ん、ぁ、……ぁ?」

「お前はどうする気だよ……っ!!」

 ———サナは? そんなアカリの声を代弁する。

 

 

「後で、こいついなして行くから……」

 そんな表情で、そんな事言うなよ。

 

 なのに、なんでか身体は村の方へ動く。

 今はサナを信じるしか無い? 今は早くここから逃げるしか無い?

 

 

 まるで思考が麻痺したような感覚で。

 

 分かっているのに。

 

 

 間違っている答えに向かって行く。

 

 

 

「逃げるぞ……アカリ」

「……っ?!」

「逃げるんだよ!!」

 タクヤを背負って、アカリを肩で押すようにして村の方に歩かせる。

 

 武器は捨てさせて、タクヤの武器も自分の武器も置いて。

 

 

 ただ、逃げる。

 

 

「……っ、て、……ぁ、は?!」

「良いから逃げるんだよ!! ここに居たって何が出来るんだよ!! サナに任せて、逃げるんだよ!!」

 怒鳴るような声に、アカリは心底驚いたのか。

 タクヤに向けたあの涙とは違う涙を流して、自分とサナを見比べる。

 

 

 そして、サナをずっと見た。

 

 

 彼女はこっちを向きながら、口を開け閉めする。

 

 なんと言っているか、耳にも頭にも入って来ない。

 

 

 

「…………ぃ、ぉ」

 少しだけサナを見てから、意を決した表情で自分を見るアカリ。

 普段見ないような表情で彼女は、タクヤを背負った自分を守るように背後に回って森の中に歩き出した。

 

 

 

 これで良いんだよな?

 

 

 これが正解なんだよな?

 

 

 間違っているのか?

 

 

 何が間違っているんだ?

 

 

 

 分からない。

 

 分からない。

 

 分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない。

 

 

 何も、分からない。

 

 

 

 

「アカリ、あのバカ共の事頼んだわよ……」

「ギィィィィィッ!!」

 

「はぁ……参ったなぁ…………。せっかく王子様見付けたのに……さ。王子様は親友の王子様だし、どっちもウブ過ぎて進まないし。本当、世話が焼けるのよ。私が居ないとダメなんだから、本当さ」

 

「ギィィィィィッ!!!」

 

「私が…………居ないと……さ………………あは、あはは……ぃ、ぃゃ……いや…………嫌だ…………なぁ……私だって……あいつの事、好きなのに、さ。あのバカ…………幸せにならないと、承知しないぞ……畜生め。でも、良いかな…………好きな人にはさ、幸せになって貰いたいじゃん。だからさ、だから……だから…………私は……………………嫌だ…………嫌だ……嫌———」

「ギィィィィィィイイイイ!!!!」




鬱エンドへと向かっています……。

サナの運命や如何に……。


厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

少年の果て

 森を、歩いていた。

 

 

 妙に静かな森は、少しずつ沈んでいく太陽の光が届かなくなっていき暗くなって行く。

 歩みは遅い。背負った人物の重み以上に、自分の責任に押し潰されそうになって足が持ち上がらなかった。

 

 

 

「モンスターは追って…………来てないな」

 少しだけ背後を確認して、そう呟く。

 

 まだ、彼女と戦っているのだろうか。

 それとも、彼女を……ゲリョスのように———

 

「―――うぇ……っ。ぅ゛っ」

 考えて、吐きそうになる。

 

 

 気持ちが悪い。

 

 

 気持ちが悪い。

 

 

 

「……シン…………カ……イ」

 耳元で聞こえる少年の声。

 

 消え入りそうなその声を、自分は聞き逃さなかった。

 

 

「……タクヤ、眼が覚めたか」

 さっきまでピクリとも動かなかったタクヤ。

 

 やっとの事で声を出したのは身体が楽になってきたからか? それとも———

 

 

「どぅ…………なって、る?」

「……た、……ゃ、ん…………」

 そんな彼の表情を伺うアカリの表情は、良くは無かった。

 

 救いの無い、表情をしていた。

 

 

「今から帰る所やで」

 出来るだけ、何時ものように返した。

 

 そうした方が、良いと思ったから。

 

 

「そ…………か……。サナ……は?」

「……先に村に行って、迎えを呼んできて貰ってる」

 嘘も付いた。

 

 そうした方が、良いと思ったから。

 

 

「あの…………モンスターは?」

「倒した」

「…………」

 少しだけ、沈黙が流れた。

 

 

 そんな沈黙が耐えられなくて、自分は言葉を繋ぐ。

 

 

「さっきは……助かった。ありがとう……な」

「……へっ、世話の……焼ける奴だぜ」

 そう……だな。

 

 

 今、背負われているタクヤと背負っている自分は逆だったかもしない。

 いや……本当は逆だったんだ。

 

 それで、その方が、良かったんだ。

 

 

「なんで……助けたんだよ」

「……そ、りゃ……助ける、だろ?」

 お前が逆の立場でもそうするだろ? そう言いたいのかタクヤは理由は告げなかった。

 

「もう……村に、着くか? 良かった……な。アカリも、シンカイも…………無事、か?」

 良かった? 無事?

 

 

「お前……自分が何言ってるか、分かってるか? 自分がどうなってるか……分かってんのかよ!!」

 感情を抑えられなくて、声を上げた。

 

 心配そうに覗き込むアカリの表情がハッとしたのは、自分の身体から力の抜けたタクヤが滑り落ちたからだろう。

 

 

 重い効果音でなくて、濡れた雑巾が地面に落ちた様な音を立ててタクヤは地面に転がる。

 

 

「……った、たっ……、タクヤ!! わ、悪い!!」

「…………分かってるよ」

 仰向けて倒れて、少しずつ見えるようになって来たタクヤはそうやって口を開いた。

 

 

 防具を脱がして、上着も脱がしたタクヤの身体。

 肩から腹部まで真っ赤に染まった彼の横腹からは何か赤い物が飛び出して。胸元は赤と白が見え隠れする。

 心臓が動く度に身体中から溢れるドス黒く変色した血液は地面をまた黒く染めて行った。

 

 

「………………何が、分かってるんだよ」

「…………俺……、死ぬ……んだよ、な」

 それはきっと、誰が見ても明らかだった。

 

 

 今こうして話している事の方が、奇跡に近い。

 

 今のタクヤは、そんな姿をしていた。

 

 

「……っ」

 泣きながら崩れ落ちるアカリは、タクヤに何をすれば良いのか分からなくて手で口を押さえる事しか出来ないで居た。

 

 

 

「なんで……だよ」

 そんな彼に自分がぶつけたのは、感謝の気持ちでは無くて。

 

 

「なんで助けたんだよ!!」

 怒り。だった。

 

 

「死ぬんだぞ!! 真横に好きな奴が居て!! 失敗したからってなんだ!! 生きろよ!!! 生きてたら……なんとでもなるだろ……? 死んだら…………何も、どうしようも、無いんだぞ!!」

「関係ねーよ……」

「何が関係無いんだよ!!!」

 声を上げて、その弱々しい少年の肩を掴む。

 

 そうしたら彼の穴という穴から黒い液体が溢れた。毒に汚染され尽くした、血液が。

 

 

「……っぁ、ぁ、ご、ごめん…………ごめん……」

「…………人を助ける事に、俺の失恋は関係無いだろ。こんな時に……人の心の傷まで抉るなよ」

 焦点の合わない眼はどこを見ているのか。

 

 

 

「ごめん……」

「何謝ってんだよ……」

「何も守れなかった」

 何も出来なかった。

 

 

 何のために、ハンターをやっているのか。

 

 せっかく大切な仲間達に出会えて、これからも楽しくやっていく筈だったのに。

 

 

 自分の力が足りなくて、知恵が足りなくて、考えが足りなくて……失う。

 

 

「アカリとサナは…………無事なんだろ?」

「…………」

 サナは……。声がでそうになったそれを、なんとか押し戻した。

 

 

「…………そうだな」

 今、自分に何が出来るのか。何をしなければならないのか。

 

 それは、嘘を付く事だった。

 タクヤに、後悔させない事だった。

 

 

「おかげさまで……皆無事だよ」

「…………そっか」

「あぁ……」

 もう、掛ける言葉も見当たらない。

 

 

 

「なぁ……シンカイ」

「……どうした?」

「何にも見えないだよ」

 言葉が出なかった。

 

「俺の眼、空いて……る?」

「閉じてる」

 嘘だ。

 

「眼も開けられねぇ……か」

 開いてるよ。

 

 

 濁った眼球は、まるで星の数を数えているかのように忙しく動いている。

 瞬きもしないその瞳から、涙がこぼれ落ちたのは丁度その時だった。

 

 

「死ぬんだ……な」

 どんな気持ちなんだろう。

 

 

 

 なんで、お前がなんだろう。

 

 

 

「……たく、ゃ、く、ん」

 大きく、ハッキリとそう言うのは―――アカリだった。

 

 

「アカリ……なのか?」

 眼が見えて居ないタクヤは、その声を聞いて疑問を投げ掛ける。

 それもその筈だ、アカリの声なんてタクヤはそんなに聞いた事が無かっただろう。そして、こんなにハッキリと喋る彼女の声も聞いた事なんて無かっただろう。

 

 

「ご、ぇ、ん、ね……」

「アカ……リ?」

「たく、ゃ、く、ん、ぉ、こ、と、ま、も、ぇ、ぁ、て……」

 違う……。

 

「わ、、し、ぁ、っと、ぃ、っぁぃ、し、ぇ、れ、ぁ……」

 違う……。アカリは悪く無い。

 

 

「アカリ……」

「た、ぁ、く、ん?」

「シンカイ……」

「タクヤ……?」

 彼はその後、少しだけ間を置いた。

 

 

 どれだけの時間だったか分からない。

 

 凄く長くも感じたし、短くも感じた。

 

 そして、口を開く。

 

 

「なんか勘違いしてるだろ、お前らさ……。だって俺、勝手に森に入ってさ……助けに来てくれたのは…………お前達なん、だよ。来てくれなかったら、さ。俺……本当、は、誰……にも、会えずに? 殺られてた……ん、だよ。悪いの……俺なんだよ。だからさ、そんなに、さ、気に、さ……したら、そ……ん、だ、ろ?」

 それは……違う。

 

 

 違うだろ、そんなの。

 

 

「死ぬ……んだな」

「待てよ……」

 違う。そんなのは、違う。

 

 

「ふざけるなよお前!! 勝手に受け入れてるんじゃねーよ!! もっと生きたいって泣けよ!! 生きようとしろよ!! 皆、必死に、必死に……必死に助けようとしたんだ。一生懸命考えたんだ。それなのにダメだった。もっと責めろよ、もっと足掻けよ!! 自分だけ居なくなって残った奴の事考えろよ畜生!!!!」

 いつか、姉が狩りに行ったきり帰って来なかった話を誰かにしたか。

 

 

 そんな姉とタクヤが重なって、あの時のような喪失感と怒りに言葉が漏れる。

 

 

 自分でも、最低だなって、思った。

 

 

「………………死にたく、ないよ」

 そんな言葉をタクヤが漏らして。

 

 

「…………怖い……よ」

 年相応の弱々しい声が、色々な物を貫く。

 

 

「皆の……所に…………帰りたい」

「タク…………ヤ……」

 自分より四つも下の年下が、叩き付けられた運命を受け入れられる訳がなかった。

 それでも、痩せ我慢で自分達を安心させようとしてくれていた。

 

 

 また、間違えた。

 

 

 タクヤの行為を無駄にした。

 

 

 

「助……け、て……」

 手を挙げる。

 

 見えてない彼の瞳から流れる大粒の雫。

 

 その手を、握る事は自分には出来なかった。

 

 

「嫌…………だ」

 死にたくなんか無い。

 

 

 

 当たり前だ。

 

 

 

 当たり前なんだ。

 

 

 姉も、同じ気分だった筈だ。

 

 

 サナも———

 

 

 

 ———考えると、何も動かなくなった。

 

 目も口も身体も心も。もう、何もかもが嫌になる。

 

 

 

「たく、や、くん……」

 その手を握ったのは、アカリだけだった。

 

 

「ぁ、……ぃ……?」

 彼の声が掠れて、その命の灯火が今にも消えるその時だって。

 

 

「ぉ、……ぇ…………ぁ、……ぃ、ぉ、……」

 彼に何も出来ずに、立ち尽くした。

 

 

 

「たく、ぁ、く……」

「………………ぁ———」

 その手から力が失われて、支えるアカリの手を抜けて、地面に落ちる。

 

 水に濡らした雑巾が地面に落ちる音。

 気が付けば、彼の倒れた地面は真っ黒に染められていた。

 

 

 

「…………っ、ぁぁ……ぁ……」

 さっきまでタクヤの死に本気で向き合っていた少女は、その気持ちを爆発させて大粒の涙を彼の頬に落とす。

 

 

「あぁ、ぁぁ…………ぁぁあ……」

 本当に大切な仲間が、家族が、目の前で息を引き取った。

 当たり前の感情が、彼女を襲ったのだろう。

 

 

 それなのに。

 

 

「なんでだ……」

 それなのに。

 

 

「なんでだ……よ」

 自分の瞳からは、何も溢れて来なかった。

 

 

 

 

「なんだよ……これは」

 理解が出来無い。

 

 この前まで、愉快に笑っていた家族が。

 一人、血だらけになって自分の全てをかけて三人を守ってくれて。

 一人、目の前で息をしなくなった。

 

 

 おかしいだろ。

 

 

 なんだよこれ。

 

 

 おかしいだろ、なぁ?

 

 

 

「おい、何寝てんだよ」

「……っぁ?! し、……く、ぅ?!」

 泣いているアカリを振り解く感じで、倒れているタクヤの身体を持ち上げる。

 

 

「立てよ。帰るんだよ……皆の所に、家族のところに、家に…………帰るんだよ」

 屍は口を開かない。

 

「サナが待ってる……。皆、待ってる。お前の事心配して、皆探したんだ……」

「…………」

 背負って、歩き出す。

 

 

 妙に軽くなったのは、何でだろう。

 

 

 

 早く、帰ろうぜ。

 

 

 

 そして、また皆でワイワイやろう?

 

 バカみたいに騒ぎながら飯を食べて、カナタの料理が混ざったりして、ヒールがまた倒れて、自分とお前で良く看病したよな?

 

 

 また、そんな日常に戻ろう。

 

 

 

「こんなの……」

「し、か、……ぃ、……ん……」

「こんなのおかしいだろ!!!」

 怒鳴り散らしたって、何かが変わる訳じゃ無い。

 

 

 

 背負った身体はもう動く事は無い。

 

 

 好きな人にたじろいだり、どこから出てくるか分からない自信で人に勝負を挑んだり。

 からかわれて怒ったり、元気に皆と遊んだり。

 

 

 もう一緒に寝る事も、寝る前のオセロも、恋話をする事も、狩りに出る事も、得意のブーメランを見るのも———

 

 

 

「あぁぁ……、やっと、かよ…………はははっ」

 ———無いんだ。

 

 

 もう、動かないんだ。

 

 

 あれから混乱していた頭がやっと正常な考えを取り戻して。

 

 

 

 やっと、やっと、やっとやっと、何を失ったか分かった。

 

 そしたら、やっと涙が出て来たんだ。

 

 

 止まっていられる時間なんて無いから、そんな涙を受け止める時間もない。

 

 

 

 森を、歩いていた。

 

 歩いた。色々な事を思い出した。

 

 

 出会った時の事、一緒に釣りをしに行った時の事、日課のオセロ、狩りに出掛けた事、武器を変えに行った、水遊びをした、そういや初めてタクヤに負けたんだっけ。

 

 

「…………な゛ぁ゛……タクヤ゛……なん゛で…………なんでよ……ぉぉっ!! ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「嘘……でしょ」

 暗い夜。暗い村。

 

 

 出迎えてくれたクーデリアさんはそんな声を上げる。

 自分とアカリは、ただ立ち尽くす。

 

 

 

「…………良く、帰って来たな」

 そしてケイスケは、そんな二人の頭を撫でた。

 

 その後、タクヤの頭を撫でる。

 

 

「良く、二人を守ったな……。……クー姉、皆を呼び戻す為の笛を吹いてくれ」

「え、えぇ……わ、分か———ちょっと…………待って」

 彼女の言いたい事は、分かる。

 

 

 

 タクヤを探す為に別れたのは三人ずつだ。

 

 この提案をしたのも、自分達と一緒に居たのも、彼女なのだから。

 

 

 

「サナは……何処に居るの?」

「サナは…………」

 言葉が出なかった。

 

 

 なんて言えば良いんだ……?

 

 

「嘘……でしょ? ねぇ…………シンカイ君! 何とか言って!! サナは?! サナはどうしたの!!!」

 

 

「……ぁ、……は…………」

 

 

 この日、初めて、自分は、目の前で大切な物を失った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

後悔しても

「……そこをどけ!!」

 部屋に大声が木霊する。

 

 

「どかねぇ……」

「……仲間が、家族が死ぬかもしれない瀬戸際だぞ!!」

 声を荒げながら、アニキの胸元を掴み壁に叩き付けるのはガイルだった。

 彼はそのまま拳を振り上げ、アニキの頬に叩き付ける。

 

 

「きゃぁ———ちょ、や、辞めてよガイル君!」

 床を転がったアニキの元に駆け寄って、ガイルを止めるナタリア。

 ただ、その瞳はやはり濡れていた。

 

 

「……サーナリアを探しに行く!」

「こんな夜に森に入ってもタクヤ達と同じ目にあうだけだ!!」

 怒鳴り上げる、アニキ。

 

 その言葉で余計に火が回ったのか、ガイルは目の色を変えてアニキを睨み付けた。

 

 

「……あいつがもう殺られているかのような言い草だな」

「そうじゃねぇ……。だが待て! 落ち着け! 夜の森は『ネルスキュラ』にとって最高の場所だ。そこに何の用意も無しに行くのは自殺しに行くようなもんなんだよ!」

「ならサナは自殺させるって事?!」

 その言葉に反応したのは、クーデリアさんだった。

 

 

 当たり前だ、その危険な夜の森に今妹が居るのだから。

 

 

 

 動かなくなったタクヤを連れて村に戻ってから、少しだけ時間が経った。

 皆が戻ってくるのにはそんなに時間は掛からない。

 

 そして、戻って来た皆はベッドに寝かされたタクヤを見て何を思ったのか。

 こんな下らない喧嘩に、至ったんだ。

 

 

 

「ふざけるな!!」

「落ち着けガイル。今はサナを信じるしかない。夜の森でネルスキュラと対峙するのはそれだけ危険なんだ」

 アニキに続いてガイルを説得するのはケイスケ。

 

 

 ネルスキュラ。それが、自分達を襲ったモンスターの名前だった。

 

 鋏角種という種族に属する現場唯一のモンスター。

 ゲリョス等の大型モンスターを捕食する危険なモンスターで、本来はこの密林には生息しない。

 

 

 本来の生息地はこの密林の奥である、樹海だ。

 親父が調べに行った嵐の影響で、このネルスキュラが密林に逃げ込み。

 天敵であるネルスキュラを恐れてゲリョスが村近くにまで出て来たというのが、件の異変の原因らしい。

 

 

 

 そんな事は、どうでも良い。

 

 

「私は止めても行くわよ」

「……俺も行く」

 クーデリアさんとガイルはアニキの制止も聞かずに部屋から出て行こうとする。

 自分は……動けなかった。

 

 動く権利すら、無い。

 

 

 違うか。逃げてるだけだ。

 

 

「行くなと言っているだろう!!」

 怒号が飛ぶ。その声の主は、ケイスケだった。

 同時に飛ぶ彼の右手が、ガイルの頬を殴り飛ばす。

 

「……っが。……な、なにを……」

「ケイスケ君……」

 二人はおろか、周りの奴も全員驚いていた。

 

 

 ケイスケがこうも怒鳴る事は珍しい。それこそ、あのディアブロスの時以来か。

 

 

「……冷静になれ。今、感情に任せて死人を増やしてもサナを助ける事は出来無い。サナを助けられても二人が死んだら意味が無い」

「……それは」

 

「ガイル、お前は明日の捜索パーティに入ってもらう。……少しでも心と身体を休めてくれ、頼む」

 殴った後にガイルに頭を下げるケイスケ。

 

「…………分かった」

 ガイルはそれに返事をすると、静かに立ち上がった。

 

 

「クー姉は医療品の整理を頼む。解毒薬の用意も、朝までに」

「……私」

「今はサナを信じるしか無い。なぁ、アイツが簡単に死ぬと思うか? アイツは、我等が橘狩猟団のエースだぞ」

「ケイスケ君……。そ、そうね…………そうよね」

 死ぬんだよ。

 

 

「ヒール、ナタリア、カナタの三人で今晩村の周りの警護をしてもらう。それでもしサナが帰って来た時は、直ぐに駆け寄ってやって欲しい。ただし、村が見えなくなるところまでは絶対に行くな」

「分かったっす」

「任せて……」

 もう、アイツはボロボロだったんだ。

 

 

「ちょっと待ってよ。私はパーティに入れてくれないの?」

 そうやってケイスケに詰め寄るのはカナタだった。

 

「盾役は俺がやる。パーティはガイル、ラルフ、俺……そしてシンカイだ」

 ……は?

 

「ちょ、待ってよ! シンカイは!」

「ネルスキュラと戦った事があるのはシンカイとアカリだけだ」

「別に初めてだって私な———」

「ネルスキュラを倒すのが目的じゃ無い。サナの救出が最優先だ……そんな時に襲って来るかもしれないモンスターの情報が無い事がどれだけ危険か考えてくれ」

 待てよ、勝手に話を進めるなよ。

 

 

「……行かないぞ」

 小声で、そう言った。

 

 ただ、その無責任な言葉はこの場に居る全員に聞こえていたのだろう。……アカリを覗いて。

 

 

「シンカイ……。ほ、ほら、無理よ」

「…………シンカイ」

 自分の前に立つケイスケ。

 

 

 これは、殴られるか。

 

 

「……無理を言った、悪いな」

「ケイスケ……」

 そうとだけ言って、彼は振り返る。

 

 

「ヒール、パーティに入ってくれ」

「え、ぉ、お、俺っすか?!」

「ネルスキュラを遠くから監視して動きを常に伝えて欲しい。ガンナーのお前が適任だ」

 あぁ……別に自分じゃなくても良いのか。

 

 

 ケイスケは凄いな。こんな時でも冷静なのか。

 

 

「ま、待って。なら私が!」

「タクを見て心配なのは分かるが、ケイスケが必要だって言うんだ。……ナタリアにはナタリアの役割があるだろ」

「ら、ラルフ君……で、でも…………だって……」

 そりゃ、今のタクヤの姿を見ればネルスキュラがどれだけ危険なモンスターか分かるのだろう。

 

「お前の大切な弟も、ケイスケもガイルも……サナも。俺が守る。だから、安心して待ってろ」

 アニキはそう言うと、ナタリアの頭を優しく撫でる。

 

「……アニキ…………殴ってくれ」

 そんなアニキの背後に立って、ガイルはそんな事を言った。

 

 

「さっきケイスケに殴られたろ、お前は……」

「……頭を冷やしたい」

「そうか、歯を食い縛れ」

「……っ」

 ガイルの眼前に拳が突き付けられる、寸止めで。

 

 

「馬鹿言ってる暇があったら休め。お前は明日俺達とサナを助ける。それ以外無駄の事考えてる暇はねーぞ」

「アニキ…………うすっ!」

 

 

「タクヤもサナの事も、全部俺の責任だ。……皆、すまなかった」

 そんなケイスケの言葉が、自棄に大きく聞こえた。

 

 

 ふざけるな。

 

 なんでだ。

 

 

 自分の責任だ。

 

 

「皆、今出来る事をしてくれ。……アカリ、シンカイ……二人はタクヤの側に居てくれないか?」

「……ん」

「……ぇ」

 頷くアカリ。自分はそれに対して間抜けな声を出すしか無かった。

 

 

 自分に出来る事なんて何も無い。

 

 

「各自、行動に移ってくれ。……後、俺の事は朝まで一人にしてくれ」

 それを思い知らされるように続々と部屋から出て行く皆。

 

 それぞれが、各々の決意を持って行動に移る。

 このまとまりこそ、橘狩猟団なのだろう。

 

 

 部屋に残ったのは自分とアカリ、そしてアニキとケイスケ。それと、もう動かないタクヤだった。

 

 

「……ラルフ」

「お前は明日やる事があるだろ。任せろ」

「…………すまない」

「気を張りすぎるなよ」

「…………出来るだけそうするさ」

 そんな会話を二人はして、ケイスケが部屋を出て行きアニキだけが残った。

 

 

 ただ、自分は座り込んでいる。

 

 

 タクヤの亡骸の横で。

 

 

「マックスが死んだ時だ」

 自分の隣まで来て、タクヤの顔に手を触れながら彼は口を開いた。

 優しい口調で。それでも、重い口調で。

 

 

「憎たらしかった。許せなかった。ゲリョスが、じゃねぇ…………マックスを守れなかった自分が……だ」

「……アニキ……?」

 

 

「なぁ、アカリ……シンカイ。俺はさ、そんな怒りを皆や新入りに当てて……最後にはモンスターに当てて、何もかも見失ってた」

 それも、この密林だったか。

 

 

「そこからすくい上げてくれたのは、お前だったな……シンカイ」

「……何もしてない」

「迷子のアカリを助けてくれたな」

「たまたまだ」

 自分は何もしてない。

 

 

「ガイルの心を開いたのはお前だった、サナとディアブロスの戦った時お前が居なかったら全滅してた、カナタ達をティガレックスから一人で救ったのは誰だ? 俺やクー姉のために氷結晶を探してくれた事もあったな」

「……そんなの、別に何でも無い」

 それがどうしたっていうんだ。

 

 

 結局、タクヤを失った。

 

 サナだって……。

 

 

 

「……また、サナを救ってくれねぇか?」

 ふざけるな。

 

「やったんだよ!!」

「……っぁ?! ……ぃ、ん……?」

 突然怒鳴る自分の声に、アカリはビックリして顔を上げる。

 アニキは自分の眼を確りと見ていた。

 

 

「必死に考えたんだ、アカリもサナも……タクヤも救えるようにって!! 必死に考えた、動いたんだよ!! その結果がこれだ! タクヤを死なせて、サナを置き去りにして自分だけ無事に帰って来た!! こんな奴に何が出来るってんだよ!! 何も出来やしねぇんだよ!!」

 そんなクソみたいな言い訳を、アニキは眼を見て聴いていた。

 

 ただ何も言わずに、静かに自分の言葉に耳を傾ける。

 

 

「ケイスケみたいに冷静になんて居られるかよ!! 自分のせいで大切な……なか……ま……が……」

 そんな事を口走る物だから、タクヤの死を再認識してしまった。

 喉が詰まる。息がし辛いし、視界が揺らぐ。

 

「仲間を……家族を…………タクヤを…………失ったのに! どうして冷静で居られるんだよ。おかしいだろ。今ならあの時のアニキの気持ちが分かる。今すぐにでもあのクソ蜘蛛野郎をぶっ殺しにいきてぇよ。でも自分にはそんな力も無いんだ、アニキみたいに強く無いんだよそんな事も出来無いんだ。何も出来ない何も無い。何にも考えずに中身の無い理由で街を出てハンターになった奴の末路がこれなんだよ。自分には何も無いんだ! アニキみたいな強さもケイスケみたいな冷静さも何も無いんだよぉっ!!」

「俺は強くねーし、ケイスケは冷静じゃねーよ」

「何言ってんだアニ———」

「見てみるか?」

 自分の手を掴んで、持ち上げるように立ち上げさせるアニキ。

 その眼は俯いていて、辛そうだった。

 

 

 ……当たり前か。

 

 

 目の前で、もう息をしていない身体は、あの騒がしいタクヤ。

 あいつのバカも、元気な声も、もう感じられない。

 

 

「……何を?」

「俺は強く無い。ケイスケも冷静なんかじゃ無い。……あの時、タクヤを押しちまったのをずっと後悔してるし……もっと出来る事があったんじゃねーかってずっと悪い頭で考えちまう。ケイスケだって……同じだろうぜ」

 そう言うと、アニキは部屋の出口に振り向いた。

 

 

「見せてやるから、来い。アカリ、ちょっとタクの事頼んだぞ」

 そう言ってから自分の手を掴んで無理矢理にでも連れて行こうとするアニキ。

 逆らう気にもならず、なすがままに足取りを彼に任せたその先に居たのは……村の出入り口に付近で木々の前に立つケイスケだった。

 

 

 そんなケイスケを遠目に、気が付かれないような距離でアニキは止まる。

 

 

 何を……見せる気なんだ?

 

 

 

「———あぁぁぁぁぁああああああ!!!」

 耳に届いたのは、怒号だった。

 

 アニキのではない。勿論、自分の物でも無い。

 

 

 暗がりの中で、ケイスケが叫ぶ。

 その拳をその辺りの木に埋めながら、声が枯れるまで叫ぶ。

 

 揺れるほどの勢いで殴られる木は破片を飛ばしながら傷付いていった。

 

 

 

「ケイスケ……っ?!」

 あの、冷静なケイスケが。

 

 叫んで、怒りを、悲しみを、苦しみをぶつけていたんだ。

 

 

 やり場の無い感情をぶつける。

 

 あのケイスケが。

 

 

 

「止めな……いと。あれじゃ———」

「それは無しだ」

「何でだ?!」

「それは俺達の役目じゃ無いし、ここであいつの吐き口を無くしたらあいつは壊れちまう。……ケイスケはさ、皆の前では冷静に居ようとしてるけどな……人一倍責任感があるから一番抱え込んじまうんだよ。こういう時、一番冷静じゃないのは本当はあいつなんだ」

「ケイスケが……」

 嘘だろ……。

 

 

「———あぁぁぁぁぁああああああ!!!」

「ちょ、ケイスケ! またこんな所で!」

 そんなケイスケに駆け寄る一人の少女。カナタはケイスケを羽交い締めにして、その行動を止める。

 

 

 普段ならありえないそんな光景。

 一通り暴れたケイスケを、カナタは無理矢理振り向かせて抱き着く。ゆっくり頭を撫でると、彼は力が抜けた様にその場に座り込んだんだ。

 

 

「ま、ケイスケの事はカナタに任せてれば良いだろ。俺は寝る……明日に向けてな」

 ケイスケ……。

 

 

「シンカイは言われた通り、タクヤのそばにアカリと居てやってくれ。そんで、俺達が連れ帰ってきたサナを出迎えてやれ……な?」

「自分は……」

 ケイスケはあんなに悩んでいるのに、行動に移した。

 

 

 でも、自分は……。

 

 出来ない。

 

 

 何も……出来ない。

 

 

「……シンカイ。お前の役目を果たせ。自分に出来る事をやれば良いんだよ。……無理な物は、無理なんだ。…………たださ、出来る事があるなら惜しむなよ。後悔するな」

 そうとだけ言うとアニキはタクヤの所まで自分を送ってから、寝るために宿に向かった。

 

 

 まだアカリはそこで待っていて。

 

 起きて来る訳が無いタクヤと、一緒にいた。

 

 

「出来る事なんて……」

 眼の前を見る。

 

 ただ、座り込んだ。

 

 

 救えたのはアカリだけ。

 そのアカリだって、救ったのはタクヤとサナだ。

 

 

 出来る事なんて……何も無い。

 




う、鬱展開続きですみません……。


この展開のままだと次の章で終わってもなんら問題無い気がしてきた()
なんてのは冗談ですが、今後の展開を決めかねている所です……。どうしましょうねぇ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

何をやっているんだろうか

 少しだけ時間が経った。

 タクヤの前に座り込み、伏せる。

 

 

 何を考える訳でもなく、ただ床を睨み付けた。

 

 

 眠って仕舞えば楽になるのかもしれない。

 だけど、それすらも出来ない。

 

 

 何度も昨日の事が脳裏に浮かんでは消え、浮かんでは消え。

 その度に後悔して、後悔して、後悔して、後悔して。

 

 昨日の朝に戻れたらどれだけ幸せか。

 

 

 いや、もっと前が良い。

 皆でワイワイ騒いでいたあの頃が良い。

 

 タクヤも、サナも、皆でふざけたり真剣になったり。全部、皆が居たから楽しかったんだ。

 誰一人だって欠けずにやって来たあの頃に———

 

 

 ———いや、もっと前だ。

 

 

 自分さえ居なければ……タクヤは告白しなかったんじゃないか?

 

 サナが選ぶ人選も変わっていたはずだ。

 

 

 彼処に居たのが自分で無くて他の誰かだったら……サナもタクヤも助かったんじゃないか?

 

 

 

 ここに来た事こそが、間違いだったんじゃないか……?

 

 

 

「お邪魔するっすよ」

 そんな事を考えていた矢先、ヒールの声が頭上から降って来る。

 

 

 顔を上げれば、座っていたアカリに水を差し入れするヒールの姿がそこにはあって。

 アカリに水を渡したヒールは、次は自分の元にやって来て同じ水を渡して来た。

 

 

「ずっと何も口にしてないっすよね? 入らないかも知れないっすけど、水くらい飲むっすよ」

「……ヒール」

 そういえば、そうだな。食べてない。

 

 水分も取れてないし、ヒールの名を呼ぶ自分の声は枯れていた。

 

 

「……ありがとう」

「落ち着いたっすか?」

 タクヤの側に立って、タクヤを見ながらそう言うヒール。

 

「落ち着くわけないだろ……」

 普段通りの彼の声に何故かイラついて、無意識のうちにそんな返答をしてしまった。

 なんて情け無い奴だろうか。

 

 

「俺もっす……」

「ヒール?」

「タクヤをこんな目に合わせたモンスターと、明日戦うかもしれない。後衛の俺が指示を一つ間違えれば……また、誰かが死ぬかもしれないっす」

 そう言ってから彼は少し間をあけて、こう続けた。

 

「責任の重さ、痛い程分かるっすよ。自分のせいで家族の誰かが死ぬなんて……考えただけで自分が死にそうっすから。でも、実際に経験した訳じゃないっすから……今のシンカイの心境は俺には分からないっす」

「何が言いたいんだよ……」

 まただ。何がしたいんだ自分は。

 塞ぎ込んで立って何も変わらないって、分かっているのに。

 

 

「シンカイ、いつかここに居る四人で釣りのクエストに行った事を覚えてるっすか?」

「そりゃ……まぁ」

 突然何を言い出すかと思えば、そんな事。

 

 忘れもしない。自分の初めてのクエストだ。

 

 

 タクヤも自分も魚釣りは飽きて、タクヤはブーメランで遊びながらキノコ探してるし自分はといえば寝た。

 その後釣った魚を焼いて焦がしたり食べたりした。

 

 ガノトトスも釣れたっけか。

 

 

「その時に俺が言った事、覚えてるっすか?」

「ヒールが……?」

「苦しい時は、誰かに話すと楽になるっす。家族に話すっすよ。俺も、その時はシンカイに話して楽になったっす」

 あの時、ヒールは自分の事を家族だと言ってくれた。

 

 

 家族に、話す、か。

 

 苦しい事を……辛い事を?

 

 

「別に、俺じゃ無くても良いっす。……だけど、一人で溜め込まずに……誰かには話して欲しいっす。俺達、家族じゃないっすか」

 そうとだけ言うと、ヒールはタクヤに身体を向けた。

 

 

 その顔を目に焼き付けるように。

 普段のヒールとは思えない程真剣な眼差しで。

 

「タクヤ、お疲れ様っす。良く二人を守ってくれたっすね……。大丈夫っす、サーナリアも見付けて……タクヤの仇もついでに取ってくるっすよ。だから、アカリとシンカイと待ってて下さいっす」

 そして、そんな言葉をタクヤに落として。

 

 

「あ、シンカイ」

「……なんだよ」

「その喋り方、似合わないっすね。いつもの喋り方の方が、しっくりくるっすよ」

 そうとだけ言って、ヒールは部屋を出て行った。

 

 

 あぁ……喋り方だぁ……?

 

 そういや……そうか。

 

 

 あのふざけた喋り方って、なんと無く意識して出してからな。実はこっちが素なんだよ。

 なんて、ここの皆は言っても知らないわな。

 

 

 

「誰かに言う……か」

 辛い事を口にして出すと、少しは気分が晴れるとかなんとか。

 そんな言葉を、自分が聞く時がまた来るなんてな。

 

 ただ、今この状態で誰に言ってどうなるのか。

 自分の誤ちを叫んだって、それが正される事なんて無い。

 

 

「……シンカイ」

 ヒールが出て行って間も無いのに、部屋に入って来る一人の人物がいた。

 声の主———ガイルはアカリの元に行くと「少し目を瞑っていてくれ」と声を掛ける。

 

 何のつもりだ? なんて思ってそれを見ていて、アカリが言われた通り目を閉じた次の瞬間。

 

 

「……歯を食いしばれ」

「は———がっ?!」

 ガイルに殴り飛ばされた。本気で振り下ろされた拳は、身構えても居ない自分を三回転させるに充分だったろう。

 感じた事もない衝撃を覚え、天と地がひっくり返ったような感覚に陥る。

 

 

 何をするかと思えば、まさか殴られるなんて。

 

 

「……っでぇ…………」

「んぇ? ぇ?」

 目を開いたアカリには目の前の光景がどう見えていたのだろうか?

 

 ただ、ガイルは何も気にせずにまた自分の元に寄ってくる。

 一発じゃ足りないのか。

 

 

 なら、何発でも殴れば良い。

 それでお前の気が済むなら。

 

 

「……シンカイ、俺を殴れ」

「……は?」

 ただ、降ってきた言葉はそんな言葉だった。

 自分の前に座り込み、目を閉じるガイル。彼が何を考えているのか、自分には分からなかった。

 

 

「なんのつもりだよ……」

「……俺はバカだからな。これでしか語れない」

 そう言いつつ、拳を握り締めるガイル。物騒だなお前は。

 

「…………俺を殴れ。そして、その上で俺の頼みを聞いて欲しい」

「……頼み?」

 なんでそれでお互い殴り合う事になったんだ……。

 

 

「明日の狩りに参加して欲しい」

「断ると言ったら?」

「頷くまでお前を殴る」

 なんて奴。

 

 

「……シンカイ、お前いつか俺にこう言ったな。自分を信じろと。そうすれば、背中を任せる相手も信じられると」

「……そんな事言ったかもな」

 ダイダロスの街で、ガイルが訓練所の狩りをしている時だったか。

 

「……シンカイ、何故来てくれない? 俺達が信じられないのか……? もう誰かが死ぬのを見るのは嫌か? 俺達の誰かが死ぬと思うのか?」

「それは……」

「……今のお前は、お前に会う前の俺と一緒だ。自分を疑って、仲間を信じる事すら出来ないでいる」

「そんな事は……」

「なら何故サーナリアの命を諦めている……。あいつを信じて居ないのか?! 違う、お前は自分を信じられなくなっているだけだ。お前は俺と同じだ。あの頃の……俺と!」

 自分の胸倉を掴みながら、ガイルは普段からは考えられない程喋った。

 

 

 筋肉で語るような奴の癖に、今日は良く喋る。

 

 

「こんな奴を信じろって方が無理だろ。現にサナはともかくタクヤは自分が殺したようなもんだ……」

「そんな事は……」

「なら誰のせいだよ」

 ほっとけよ。

 

 

 こんな奴は、ほっといてくれよ。

 

 

「…………」

 押し黙ったガイルは、出口に体を向ける。

 そうだ。帰れ。お前は明日があるだろ。

 

 

「俺は、仲間を信じる。そして俺の力を信じる。サーナリアは生きていると信じる。俺はサーナリアを助けられると信じる」

「生きてる訳が———」

「……っ!!」

 いきなり振り返り、形容し難い表情で自分を睨み付けるガイル。

 そのまま拳を振り上げ———

 

「……か……くっ!!」

 ———アカリの声の次の瞬間、その拳は自分の身体を再び床に転がした。

 大きな音と一緒に視界が揺れる。上下する感覚に痛覚を刺激され、自分は声をあげることも出来ずに床に横たわった。

 

 

「シンカイ!!」

 そんな自分の胸倉を、ガイルは再び掴む。

 

「……気が済むまで殴れよ」

「……お前……っ!!」

 そうだよ、殴れよ。

 

 

「や、ぇ、て、!!」

 そんなガイルの肩を後ろから引くアカリ。辞めるのはお前だ。

 ガイルには自分を殴る権利がある。自分にはそれを止める権利は無い。

 

 

「……俺はな……お前みたいに頭が良く無い。サーナリアにも良く筋肉バカ筋肉バカとバカにされた。だが、それで良い。俺にはこれしか無い。ならこれで伝えてやる。お前の眼を覚まさせてやる!!」

 振り上げられる拳。覚ますも何も無いけど。

 

 お前の気がそれで済むのな———

 

 

「何やってるのガイル君!」

「ちょっと、ガイル君?!」

 振り上げられた拳が下される瞬間、二人の女性の声がガイルの拳を止める。

 そのままガイルを無理矢理自分から引き離したのは、クーデリアさんとナタリアの二人だった。

 

「が、ガイル君? 落ち着いて? ね? 明日の捜索パーティでしょ? もう、寝て。明日サナを助けて……ね?」

「……っ」

 ナタリアの言葉で、拳を下げるガイル。

 おいおい、そんな事して明日ガイルがストレス溜まったまま狩場に出たらどうするんだよ。

 

 

「ほら、行こ? あ、クー姉……シンカイ君の事お願い」

「え、えぇ……」

 そうやって、ナタリアはガイルを部屋から連れ出す。

 それを自分は見守って、乾いた笑い声が出た気がした。

 

「……ははっ」

 自分には何も出来ない。

 

 

 あんな事を言われたって、自分には何も出来ない。

 

 

「大丈夫……? シンカイ君」

「別に……」

「血、出てるわよ。アカリちゃん、貸家から消毒持って来て」

「ん!」

 言われた通りに出て行くアカリ。

 おかげで部屋にはタクヤと自分とクーデリアさんだけになってしまった。

 

 

「気が立ってるのよ……ガイルも」

「それは、クーデリアさんもじゃ?」

「……そうね。サナまで死ぬかもしれない、なんて……私最低ね。タクヤ君が……こんな事になったのに、自分の妹の事ばかり考えて」

 そんなのは、当たり前の事だ。

 

「皆家族なのに……」

「それは……」

 家族……。

 

 

「でも、今サナが傷付いて一人でいるって思うと……助けを呼んでるかもしれない。一人で苦しんでるかもしれない。…………もう、息をしてないかもしれない」

 言っている途中で声が枯れ出して、クーデリアさんはその瞳を濡らす。

 

 

 置いて来てしまった、サーナリア。

 自分の弱さと情けなさが憎い。何も出来なかった自分が恨めしい。

 

 

「……ごめんなさい」

「シンカイ君が謝る事じゃないわ。あの子はあの子なりに考えて残った……そうでしょ? 私の自慢の妹はね、自暴自棄になったりなんて……しないって…………私は信じたいの」

 サーナリア……。

 

「って、た!」

 治療道具を持って来たアカリが横に立つ。

 そんなアカリから、クーデリアさんは消毒を染み込ませた布を自分に当てがってくれた。

 

 ガイルの拳が抉った傷が痛む。

 

 

「……っ」

「サナがマ王を倒すって出て行った時の事、覚えてる?」

「……そりゃ、まぁ。当事者だから」

 そのついでにか、クーデリアさんはそんな事を話し出す。

 

 

 あの時は色々あったな。

 

 今みたいに、周りもだいぶ荒れたっけか。

 

 

 今なら分かる。あの行動でもし誰かが死んでいたら、こんな思いを皆がしていたんだから。

 

 

 あの時は間違えなかったのに。

 

 今回は、間違えた。

 

 

 だから、殺した。自分が、殺した。

 

 

 

「サナが私と二人で居る時って、決まってする話があるのよ。なんだか分かる?」

「……分かる訳、無い」

「シンカイ君の事よ」

 自分の……?

 

 

「彼奴はバカだけどやる時はやる、とか。彼奴なら背中を任せられる、とか。彼奴は面白い、とか。……彼奴なら……王子様になれるかも、とか」

 サナが……?

 

「サナには内緒ね……」

 その瞳からは、瞼に収まらない水滴が溢れ落ちていく。

 もう会えないかもしれない大切な存在を思い出して、強く拳を握った。

 

 

「私…………あの子に……何も…………何もしてあげられない……っ」

「クーデリアさん……」

 自分は何をやってるんだろう……。

 

 サナの事が、脳裏に浮かぶ。

 

 

 あの可愛く無い態度が、高飛車で、上からで、でも真っ直ぐで的確な彼女の事が。

 

 そんな彼女は、もう居ないかもしれない。

 

 

 もし生きていたとしても、今この瞬間彼女は一人であのモンスターと戦っているかも知れない。

 

 

 

 寒気がした。悪寒がした。気持ちが悪い。

 

 自分は何をしてるんだ……?

 

 

 こんな所で、何をしてるんだ……?

 

 

 

「ヒール君を信じてない訳じゃ無い。でもね、あのサナが貴方になら背中を任せられる……そう言ってたの。……その意味を、少しだけ汲み取って欲しい」

「……ダメだ」

 でも。

 

「シンカイ君……」

「自分じゃ、ダメなんだ」

 自分が行ったって、何も出来ない。

 

 

 また、間違えて誰かを殺す。

 

 

「……そう」

「……ごめんなさい」

「……今は、休みなさい。無理言って、ごめんね」

 自分は……。何をしてるんだろう。

 

 

「アカリちゃん、二人の事お願いね」

「……ん」

 そう言うと、クーデリアさんは部屋を出て行く。

 

 

 そんな彼女に何も言えなくて。

 

 一番辛いはずの彼女に何も出来なくて。

 

 

「あぁぁぁああああぁぁあああああ!!!!」

 強く拳を握って、地面に叩き付けた。

 

 

「……し、……くん」

 なぁ、タクヤ。自分は……何をしてるんだろうな。

 

「ごめん、アカリ…………今話し掛けんでくれ」

「……ん、んん」

 本当に……何をしてるんだろうな。




鬱展開が終わらない……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

彼の役割

 ただ、時間だけが過ぎて行く。

 

 

 驚く程ゆっくりと。

 背後に横たわる、大切な仲間との思い出を遡る時間を与えられたかのように。

 

 ただゆっくりと、時間だけが過ぎていた。

 

 

「……寝ないのか? アカリ」

「……ん」

 鬱ぎ込む自分を心配そうに見詰めるアカリに、そんな声を掛ける。

 彼女はスケッチブックを取り出して、いつものように文字を書き連ねた。

 

『シンカイ君は?』

「寝れないな……。落ち着かない」

 落ち着かないと言うと、嘘になるか。

 

 

 叫んで、吐き出して、正直疲れてしまった。

 その意味では落ち着いているんだ。

 

 

「心配掛けて悪いな……」

 そうとだけ言って、また鬱ぎ込む。ペンを走らせる音が聞こえたが、首を上げる気にはならなかった。

 

 

 

 このままで良いから寝れたりしないだろうか……。

 

 

 それで、起きたら夢だったとか。

 そんな事があったりしないだろうか。

 

 

「あれ? シンカイ寝てる?」

 ふと聞こえたのは、さっきまでこの部屋に居なかったはずの女性の声。

 

「…………カナタ?」

 首を上げればそこに居たのは赤い髪を後ろで一つに纏めていたカナタだった。

 

 

「あ、ごめん……起こしちゃった?」

「いや、寝てない。……何か用……?」

「もうこんな時間だし。寝るなら寝室用意したから案内しようと思って。眠くない?」

 それは素晴らしい提案だ事。

 

 

 だけど、素直には受け取れない。

 

 

「ごめん、自分は良いわ」

「ん、タクヤと居てくれるのは嬉しいけど。シンカイが体調崩したら意味無いよ。あ、ご飯持って来たんだけど食べる」

「それは誰が作った奴?」

「私」

「いらない」

「なんで?!」

 聞くなよ。

 

 

「あの時は食べてくれたのに……」

「あの時だぁ……?」

 カナタの飯なんか……あー、食ったわ。

 

 確か、あれはタクヤとアカリとカナタとドスゲネポスの討伐に出掛けた時の事だ。

 

 

 昼休憩にってカナタが作って来たサンドイッチ。

 カナタが物凄く悲しい顔をする物だから、食べないと今日の狩りに支障が出ると思って口にしたんだっけ。

 

 奇跡的にもその日はサナがずっと監視していてちゃんとした飯になっていたってオチだったっけか。サーナリア様、様々だよ。

 

 

「懐かしいねぇ……あの時」

 そうだな。懐かしい。

 

 本格的にタクヤとアカリが狩猟クエストに挑戦するようになったのがあの頃からだった。

 

 

「あの頃はタクも甘い所あって、油断ばっかりして大変だったよね。ちょうどドスゲネポスのクエストの時なんてティガレックスが現れて……情けないタクを庇ってやったなぁ」

 どこか遠い所を見ながらそう言うカナタ。

 

 それでカナタが動けなくなって、ティガレックスを幽霊と一緒に倒したってのがそのクエストのオチである。

 

 

「タクは成長したよね……」

「……」

 どう返したら良いか、分からなかった。

 

 いくら成長しても、死んでしまえばその先は無い。

 もっと成長する筈だった彼の未来を閉ざしたのは、他でも無い自分だ。

 

 

「あの時さ……タク、凄く悔しそうにしてたのを覚えてるよ」

「悔しそうに……?」

 なんの話だ……?

 

「私が倒れて動けなくて。シンカイは一人でティガレックスを倒しに行ってくれたよね。……タクは、待ってろって言われたのが本当に悔しそうだった。外面は、シンカイに言われた事をきちんとこなそうとしてたけど。……自分が何も出来ない事が物凄く悔しそうだったよ」

 あの時、タクヤには二人を守っていてくれって頼んでいた。

 

 

 本音は、あの頃のタクヤをティガレックスと戦わせる訳にはいかなかったって訳だが。

 

 そりゃ、何も出来ないのは悔しいよな。そうだよな。

 

 

「……だからさ。あの頃と比べるとタクも成長したよね。…………二人を守ったんだから」

 そんな言葉を落としながら、彼女は瞳から涙を落す。

 

 アカリはそれを心配して、彼女の表情を伺った。

 

 

「…………でも死んじゃったら……ダメじゃん。タクの…………バカ」

「……か、……た」

 そうだ。

 

 死んだら、ダメだろ。

 

 でも、タクヤを死なせたのは……自分だ。

 

 

「タク……あのクエストの後言ってたんだよ。……俺、シンカイみたいに皆を護れる奴になりたいって。…………シンカイみたいになりたいなら、ちゃんと生きて帰ってこなきゃダメだよね。本当。……シンカイはティガレックスの時も、ディアブロスの時もちゃんと帰ってきたのにさ」

「違う……タクヤが死んだのは———」

「結局、死んだらダメなんだよ」

 どこか遠いところに居る誰かを思うような。そんな表情をしていた。

 

 

 それは、誰の事だろうか。

 

 

 シーラか、マックスか……タクヤか。

 自分よりも別れを経験している彼女は、ただ静かに首を横に振った。

 

 

「結局、死んだら意味が無い。助けてくれたって、自身が死んだら意味が無い。シーラもマックスも、タクも……本当…………バカだ」

「……か、……た」

「ふふ、歳上なのに情けないなぁ……私。アカリも一緒に泣いてよ……あはは」

 手近にいたアカリを抱き締めては、カナタは涙を流す。

 

 

 そうだよ……な。

 

 死んだら、意味が無い。

 

 

 ずっと、思ってきた事なのにな。

 

 

「その点、シンカイは凄いよ。あのティガレックスから一人で私達を守って、戻って来た……」

「あれは……違う。だから、幽霊がだな」

「シーラ、ねぇ……」

 やっぱりあれは……幽霊だったのだろうか?

 

 いやいや、まさか。

 

 

「シンカイ、貴方は凄い」

 急に立ち上がって、カナタはそんな事を言った。

 

 凄い……? 自分が?

 

 

「なんにせよ、私の知ってるシンカイは一人でティガレックスを倒した男だよ。自分に自信を持て。貴方はタクが憧れて、守った男だ。タクはきっと、シンカイならアカリやサナを任せられると思って……助けたんじゃ無いかな?」

 タクヤが……。

 

 

 普段からバカみたいにはしゃぎ合っていた相手。

 

 

 そんな奴が、自分を尊敬していたなんて。

 

 夢にも思うまい。

 

 

 

「私は村の周りを見てくるね。寝室は用意してあるから、眠いなら寝るんだよ。それじゃ」

 そう言うと、カナタは部屋を出て行った。

 

 

 

 タクヤの憧れ。

 

 それは、サナでもアニキでも無い。

 

 

 自分だったと。

 

 

 バカかよ、お前。

 

 

 

「タクヤ……」

 

 

「あれ、シンカイ君まだ起きてたの……?」

 立ち上がってタクヤの顔を見ていると、後ろから声を掛けられる。

 今日は色々な人と喋る日だな……。今度はナタリアか。

 

 

「あ、あぁ……まぁ」

「そっか、ならガイル君からの伝言伝えておくね」

 振り向いた先には、天使のような笑顔を振りまく美少女が居る。

 そんな彼女が口にしたのは、ガイルからの伝言という言葉。

 

 そういや、さっき。ガイルを連れ去ったのはナタリアだったな。

 

 

 

「ごめん。だって」

「殴っておいて謝るんかい」

 いかん、ついツッコミが。

 

 

「ふふ、ガイル君って少し頭おかしいよね」

「笑顔で物凄く辛辣な事を言ったぞこの人。ガイルが聞いたら泣くで……?」

 いや、まぁ、周知の事実なんだが。

 

 

「ったく、脳まで筋肉で出来てるんだから仕方無いのかな?」

「これ以上は辞めたげて!!」

 え?! 何?! ナタリアはガイルの事嫌いなの?!

 

「……私はあの時、湖での競争をガイル君に邪魔された事を一生忘れない」

 そんな言葉を黒い声で言うナタリアさんには本気の何かを感じた。

 あの時邪魔が入らなきゃ、サナを出し抜いて優勝したのはナタリアだったしな。

 

 

「……まぁ、それとこれとは別で。ガイル君には明日頑張って貰わないといけないし、寝て貰ったけどね」

 明日、か。

 

 

「ナタリアは……どうするんやっけ?」

「私は村の周りの偵察かな……。本当は、ヒールの代わりに私が行きたいんだけど……」

 それは、叶わない。彼女は心の中でそう叫んでいるかのように、拳を強く握り締めた。

 

 

「私は、そんなに狩りが上手い訳じゃないから。自分がするべき事を、自分の役割を果たそうって……思うよ」

「……自分の、役割?」

 自分の役割とは、何だろうか。

 

 

 ここで、こうしてアカリと俯いている事が自分の役割だろうか?

 

 

「私には私の。ヒールにはヒールの。アカリやシンカイ君にはそれぞれの役割がある。……そういえばそんな事を、シンカイ君は前言ってくれたよね? フルフルベビーの時にさ」

 あぁ……あの氷結晶を集めるクエストの時か……。

 

 

 ここ最近だったから、良く覚えている。

 

 

「……私は意地っ張りで。シンカイ君の言葉をちゃんと理解しようと出来なかったけど。でも、その通りだと思う。……人にはそれぞれ、都会不得意があって。それを補う役割を持ってるって」

 そう言いながら、ナタリアは天井を見つめた。

 

 そのままタクヤのそばまで歩いて、顔を覗き込む姿は妙に天使的。

 

 

「……お父さんは、皆のお父さん。皆を集めて、固めてくれる大切な人。……ケイスケ君は、頼れるリーダーさん。物事をちゃんと捉えて、皆を導いてくれる人。……カナタは皆のお姉ちゃん。優しいけど、ちゃんとする時は皆を引っ張ってくれる人。……クーデリアさんは、皆のお姉さん。しっかり者で、お茶目な所もある皆の世話役。……サナは、橘狩猟団のエース。狩りは勿論炊事洗濯掃除なんでもござれの、皆が慕うサーナリアさん。かっこ最年少。……ガイル君は、変な人。脳筋ゴリラで、良くわかんない」

「ちょっと待ってガイルだけ可哀想!」

 

「ふふ、冗談です。ガイル君は頼れる力持ちさんだよ。力仕事じゃ、彼の筋肉に叶う人は居ないんじゃないかな。……ヒールは自分の弟に言うのもなんだけど癒し系だと思う。あの見た目のくせに、可愛い所いっぱいあるんだよ? …………アカリは、皆のマスコット。頑張る姿が見たいて微笑ましいし応援したくなって、皆を元気にしてくれる。…………タクヤ君は、ムードメーカーだよね。シンカイ君やサナ、他のみんなとも仲が良くてタクヤ君と居るのは楽しかった。…………それで、シンカイ君はね」

 そこで言葉を止めた彼女と目が合った。

 

 

 自分に役割なんてあるのだろうか。

 

 皆を良く見ているナタリアに、自分はどう映っていたのだろうか。

 思わず、身体が前のめりになった。

 

 

「シンカイ君は、皆のバランサーなんだと思う」

「バランサー……?」

 なんだ、それ。

 

 

「皆の間に入って、調整出来る人。……シンカイ君ってさ、器用で色んな事が出来るよね。色んな武器を使えたり、色んな事を知ってたり」

「でも、全部中途半端や」

 武器の扱いも、知識も経験も。

 

 全て自分は中途半端だ。

 

 

 扱える武器は確かに多い。それでも、全て完璧に使いこなしてるとは全く言わない。

 

 知識も経験も、並かそれ以下だ。

 

 

 そんな奴に、何が出来る。

 

 

「中途半端で良いじゃん」

「……は?」

 

「だって、シンカイ君は人に出来ない事が沢山出来る。人が知らない事を沢山知ってる。中途半端だって、それが沢山集まれば大きな力になる。……だから、シンカイ君は皆の中心に立っていられるんだと思う」

「皆の…………中心?」

 どういう……事だ?

 

 

「シンカイ君はね、人の事を分かってあげられるの。自分も似たような事を中途半端にでも知っているから、その人の事を分かってあげられる。……他人のバランスを取ることが出来る。そんな事は、そうそう出来る事じゃ無いんじゃないかな?」

「人の事を…………分かってあげられる……?」

 自分が……?

 

 

「シンカイ君はね、嵐の様な私達の中心で……皆のバランスを取る人。私は……そう思うな」

「皆のバランスを……」

「難しい意味じゃなくて、簡単な意味でね。シンカイ君はきっと、私より皆の事を見れてると思う。シンカイ君が中心に居れば、きっと全部上手くいく」

 そう言ってから、彼女は部屋を出て行こうとする。

 

 

 おいおい、言い逃げは良くないぞ。

 

 

「待てや、二人分役割を聞いてないで」

「ぇ、あ、うん。そうだけど……」

「アニキの分はそりゃ、言いにくいわなぁ」

「そ、そ、そ、そ、そぅらそあふぇぉえ?! そんな事ない!」

 動揺し過ぎだろ!!

 

 

「ら、ラルフ君は…………格好良くて頼れる、白馬の王子様です」

「自分の偏見ブチまけたな」

「シンカイ君の意地悪!」

「はっ、元々ワイらはそういう仲やないかい。んで、あと一人やけど。……ナタリアはしっかり者で、皆の事を良く見てる。皆の大切なお世話係さんやな」

「もぅ……。ふふ、どういたしまして。それじゃ、おやすみシンカイ君」

 この天使め。

 

 

「ナタリア」

「何?」

「……皆に、ありがとう言っておいてくれ。ナタリアも、ありがとう。……自分の役割、少し考えてみるわ」

「……そっか。頑張れ」

 そう言うと、今度こそナタリアは部屋を出ていって。

 

 

 

 タクヤと、アカリと、自分だけの。

 

 静かな空間が返ってきた。

 

 

 

「自分の役割……か」

 自分に出来る事は、何だろうか。

 

 タクヤが憧れた自分。

 

 サナが背中を預けてくれた自分。

 

 ガイルが信じてくれた自分。

 

 ヒールが寄り添ってくれた自分。

 

 

 

 こんな奴に、出来る事があるだろうか。

 

 

「……分からんわ」

 何が出来るかなんて、分からない。

 

「……か、ぃ、……ん」

 項垂れる自分の肩を、アカリがちょちょんと突く。

 

 

「……なんや、教えてくれるのか?」

 本当、皆に支えてもらってばかりのダメな奴だな……自分は。

 

 でも、教えてくれ。

 

 

「……ん」

 ずっと自分を見ていてくれた、アカリの口から。




やっと、前に進む事が出来ます。長かったよ……。


さて、そういえばダブルクロスにネルスキュラが復活ですね。
この作品的にはタイムリーなネタで少し嬉しいです。ネルスキュラは戦うの嫌いなんですけどね()


さて、実はこの作品このまま完結させちゃおうと思います。
本当は後三章くらい(カナタとケイスケの話、クーデリアの話、ケイスケの話)ネタがあるんですが……このまま終わらせた方が自然かな?と思いまして。

長らく書いてきましたが50話を超える長編になってしまいました。処女作として、ちゃんと完結させたいですね。
ただ、やっぱり至らない所ばかりだったなと思います。もし無事に完結させる事が出来たら……そうですね、いつかリメイクバージョンを書きたいです。

要らない近未来設定とか抜いて、ちゃんとモンハンの世界での彼等の冒険を一から書こうかと思います。

なので、とりあえずはこの作品の完結。


もし宜しければ、もう少しだけお付き合い下さると嬉しいです。
長々と申し訳ありません。今回は、この辺で。

感想評価などお待ちしておりますm(_ _)m


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

前を向いて

 

『タクヤ君が見つかる前に、サナが言ってた事覚えてる?』

 何故か少し赤面しながら、アカリはスケッチブックにそんな事を書いて見せて来る。

 

 

「サナに愛の告白をされたわ」

 冗談だったらしいけど。

 

「……ふむぅ」

 なぜ頬を膨らませるんだ。

 

 

「し、、か、い、く、ん」

 ただ、彼女は一度首を大きく横に振ってからゆっくりと口を動かした。

 

 スケッチブックは使わずに。

 自らの伝えたい想いを、言葉にする。

 

 

「わ、た、し、ぁ、し、、か、い、く、、の、こ、、が、…………す、き…………ひすっ!」

「…………へ」

 え?

 

「はぁぁぁ?!」

「……ひっ?!」

 しまった、ついサナの時と同じ反応をしてしまった。

 

 そんな自分を見て、アカリは真っ赤になってて背中を向けた。

 珍しく長々とスケッチブックに書き連ねられる文字が横目で見ても凄い速度で増えて行く。

 

 

「……ん!!」

 そして、彼女はフルフル亜種みたいな色の顔で長々と文字の連なったスケッチブックを自分に押し付けた。

 

 

『こんな時にズルいかもしれないけど! これが私の気持ち! サナに言われてちゃんと言わないといけないって思った私の気持ち!』

 これが一枚目。何ページかに分けられているようで、アカリは少し経ってからそのページを破り捨てる。

 

 

 もし、タクヤの霊が居たとしたら自分は今すぐ呪い殺されるかもしれない。

 

 

『初めて会った時、助けてくれたのが嬉しかった。耳の事可愛いって言ってくれたのも嬉しかった。聞こえないのに気を使ってくれるのも嬉しかった。応援してくれるのも嬉しかった。ボウガンを教えてくれるのも嬉しかった。サナ達をちゃんと連れて帰って来てくれたのも嬉しかった。ティガレックスを一人で倒したのなんて格好良かった!』

 

 

『どこでかは分からない。でも、サナにいつか言われて私はシンカイ君が好きなんだって分かった。だから、タクヤ君には凄く酷い事をしちゃった。でも、この気持ちを伝える前に他の人の気持ちには答えたくなかった』

 

 

『私はシンカイ君の事が好きです』

 

 

「な、ぁ……ぁ……」

 アカリが……自分の事を?

 

 冗談じゃなくて?

 

 

 夢にも思わなかった。

 

 

「アカリ…………ワイ、なんかは―――」

「……って!」

 答えを伝えようとすると、アカリは慌てて自分の口を塞いだ。

 なんだ? と、思って首を傾げるとアカリはまた背を向いてスケッチブックに文字を書き連ねる。

 

「アカリ……?」

「……ん」

 ゆっくりと、落ち着いた表情。

 

 

 何か決意めいた表情で、彼女は文字の連なったスケッチブックを見せて来た。

 

 

『私も、サナも、タクヤ君も、皆、シンカイ君の事信じてるよ。ナタリアも言ってた。シンカイ君は、皆の中心に居られる人』

 自分の……役割。

 

 

『サナもね、きっと冗談じゃなくてシンカイ君の事が好きなんだと思う。私とは恋のライバルです』

 そんな事を恥ずかしげも無く良く書けたな。

 

 

 

「こんな奴を好きになりやがって……」

 勿体無い。

 

 タクヤの方が、よっぽど立派だ。

 

 

 自分には何もない。信念も、努力も、何も無い。

 

 

『シンカイ君。サナを助けて』

 真剣な表情で、アカリはそう『言った』。

 

 

「出来ると思うか?」

 一度、失敗した。

 

 そのせいで自分は、タクヤもサナも救えなかった。

 

 

『シンカイ君なら』

「根拠は?」

 

『サナがシンカイ君を信じてるから。サナだけじゃ無い。皆、シンカイ君を信じてる』

 信用、されてるんだな。

 

 

 

 別に、何もして無かった。

 

 

 何の目的がある訳でも。何か信念がある訳でも無かった。

 

 ただ、現状から逃げ出すように出た外の世界で自分は皆に出会っただけ。

 

 

 何も無かっただろうか?

 

 

『シンカイ君は凄いんだよ』

 皆に出会って、何も無かったか?

 

 

『本当に、凄いんだよ』

 そんな訳が無いだろう。

 

 

『お話は面白いし』

 皆と居るのは楽しかった。

 

 

『ボウガンも教えてくれたし』

 必要とされた。家族と思われたのは嬉しかった。

 

 

『すぐ皆と仲良くなれるし』

 自分でも誰かの心は開けるんだと、思えた。

 

 

『強くて、しっかりと皆を守ってくれた』

 戦う力を貰った。何のために戦うか理由を貰った。

 

 

『ピンチで一人でだって、戦ってくれた』

 それを実践する事だって、あの時は出来た筈だ。

 

 

 

「わ、た、、の、す、き、ぁ、し、ん、ぁ、い、く、、は…………み、んな、を……ま、も、、く、ぇ、る……す、て、きな、ひと」

 最後にそう言って、アカリは自分との距離をとる。

 

 

 答えを聞くように、真っ直ぐに自分を見詰めた。

 

 

「そ、ん、な、ぁ、な、た、が、……す、き、です」

「ありがとう」

 なら、今回だって出来る筈だろ?

 

 

「悪い、まだ気持ちには答えられない」

 だから……やろうじゃ無いか。

 

 

 何の為に自分がここに居るのか。

 

 何も無かった自分に何が出来るのか。

 

 

 ここで、見つけようじゃ無いか。

 

 

 

「……ん」

「こんな奴の事を好きになってくれてありがとな。でも、さ…………このままじゃ責任を取れない」

「……?」

 

 

「サナをしっかり助けて、生きて帰って来る。そうして自分の役割を果たしたら、またその時に返事をさせてくれ……」

「……う、ん。…………ご、ぇ、ん、ね?」

 少しだけ残念そうに、彼女は微笑む。

 

 

「なんでアカリが謝るねん」

「……ん」

『私にはシンカイ君に前を向いてもらえるような話は出来ないから……。せめて、自信を持って欲しくて……こんなズルい時に告白した事』

 それもタクヤの前でなぁ。

 

 

「自信……と、いうよりは。勇気……いや、違うな。やらなきゃいけない……そう思えたかな」

『そうなの?』

 

「ここまで言われて動かなかったら……男やないやろ」

 自分にできるだろうか……。

 

 

 

 いや、やるしか無い。

 

 それに、手札はある。

 

 

 

『シンカイ君なら、出来るよ。私は何も手伝えなくてごめんなさい』

「何言っとるんや。アカリには充分手伝って貰うで? 今からな」

「……ふぇ?」

 メンバーはガイルにケイスケにアニキ。ヒールと変わるとしたら上等なパーティーだ。

 問題はガイルが許してくれるか、だな。……いや、ガイルなら許してくれるだろ。

 

 

 自分にやれる事をやろう。

 

 

 自分のすべき事をやろう。

 

 

 その為の布石は、既に用意してある。

 

 

 

「アカリ、今から言うボウガンの弾用意してくれへんか? ワイは今から寝るから」

 そう言い終わってから、自分がとんでもない事を言っている事に気が付いた。

 

 自分はもう寝るから、狩りの準備を少女に頼む。なんて下劣な奴。

 

 

「……ん!」

 ただ、帰ってきた気前の良い表情での返事で発言を撤回する機会が潰れてしまった。何たることだ。

 

 

 ただ、まぁ……アカリには世話になろう。

 

「それじゃ、スケッチブック貸してくれへんか? それにメモるわ」

「ん!」

 元気に差し出されたスケッチブックに、必要なアイテムを書き連ねて行く。

 

 

「そいなら、頼むで」

「ん!」

 スケッチブックを返せば、アカリは直ぐにでも部屋を出ようと足を動かした。

 本当、一生懸命で頑張る皆のマスコットだな。

 

 

 そんな子に、好かれて期待されている。

 

 

 何も無かった自分に与えられたのがそれだけでも、充分に頑張る価値はあるだろう?

 

 勿論、それだけじゃ無いんだけどな。

 

 

「アカリ」

「……?」

 

「ま、サナの事は任せいや。絶対に連れて帰ったるでな」

「…………ん。し、か、、ん」

「なんや?」

『その変な喋り方の方が、シンカイ君らしくて良いね!』

「変な喋り方ぁ?!」

 いや、これはだな。かの有名な伝説のなんとかハンターの喋り方なんだぞ?!

 

 

 

「……し、ん、じ、て、る、ね」

「おぅ、任せろや」

 トテトテと部屋を出て行くアカリを見送って、部屋にはタクヤと二人きり。

 

 

 

「なぁ、タクヤ。どんな気持ちや」

 動かない彼に、話し掛ける。

 

 

「アカリ……自分の事が好きなんやと。悔しいやろ。ん?」

 返事がある訳が無い。

 

 ただ、頭に浮かぶのは泣きそうな顔で悔しがるタクヤの表情だった。

 丁度オセロで負けた時良くする表情。

 

 

「死んだら……言い返せられへんのやで」

 どれだけ悔しくたって。どれだけ辛かったって。

 死んだら何も言えない。

 

 

「それを分かってて、お前は自分を助けたんか? なぁ……タクヤ」

 何も、言えないんだよ。

 

 

 

 それだけは、皆と会う前から知っていた。

 

 

 

「ワイは、死なへんぞ」

 だから、誓おう。

 

 守れなかったお前に。自分を守って死んだお前に。

 

 

「誰も死なせへん。サナも、ガイルも、ケイスケもアニキも……自分も」

 タクヤの顔に近付いて、睨み付けてやる。

 

 

「そんで、皆でまた笑う。お前の分も、また……笑う。……だからさ―――」

 

 

 

 ―――だからさ。

 

 少しだけ、泣かせてくれ。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「おらよっと」

 今朝、ヒールを後ろから膝カックンで転ばせてアイテムの入ったポーチを奪って皆の前に姿を表す。

 

 

 いや、少し寝坊して危うく置いていかれるところだった。

 

 てか、待ってろよ。いや、待ってる訳無いか。

 

 

 

「来てくれるのか?」

 そう聞いてくるのは、ケイスケだった。

 

「要らんなら帰る。ただ、ワイはサナを助けたい。ケイスケにとって今ワイが必要なら……連れてってくれ」

「……ふ。その調子なら、大丈夫だな」

 あぁ、少なくとも今のケイスケよりは大丈夫だ。

 

 

 ケイスケだって辛くて、無理をしてる。

 

 自分だけ塞ぎ込んで……最低な奴だったな自分は。

 

 

 

「痛いっす……なんで朝から膝カックン…………痛いっすよぉ……」

「大袈裟やろ!」

「大袈裟じゃ無いっす! もうこれは許されないっすよ」

 そこまで?!

 

「だから、絶対に無事で帰って来て欲しいっす」

 立ち上がって、彼はそんな事を言った。

 

 

「おぅ。やってみろや」

「カナタの飯を食わせるっす」

「ゴメンナサイ嘘デス許シテ」

「どういう意味よ?!」

 しまった、見送りに来てたカナタに聞かれた。

 

 

 というか、自分はカナタに起こされたんだけどな。

 アカリが用意してくれたボウガンの弾を持って自分を呼んでくれたのはカナタだった。

 ちなみにアカリはその寸前まで起きてたようで。そんなアカリに用意をさせて最低だな自分は!

 

 それに……いやはや、昨日あれだけ格好を付けたのに恥ずかしい。

 

 ただ、アカリの想いは伝わった。

 

 

「立ち直したか、シンカイ」

 嬉しそうにそう言うのは、アニキ。

 

「皆のおかげや」

 本当、皆に救われた。

 

 

「……シンカイ」

 ガイルが、なんとも言えない表情で近寄って来る。

 

 また、殴られるだろうか?

 その覚悟も出来てる。でも、自分は皆を守りたい。

 

 

「……俺を殴れ」

「……アホかい」

 いやそっちかよ。何なんだガイルお前はいつもこうなんだか斜め横にズレた事を!!

 

 

「……だが―――」

「効いたで、ガイルの拳。迷ったら背中を預ける仲間に救ってもらえる……本当ここって、最高やな」

 きっとこの先、何度も迷う事があるかもしれない。

 

 

 そんな時、皆といれば……また歩き出せるんじゃ無いだろうか。

 

 

 

「大切な家族なんや……皆」

 それを教えてくれたのは、皆だ。

 

 

 救えなかった。

 

 

 でも、次こそは救ってみせる。

 

 

 もう、迷わない。間違わない。

 

 

 

「だから、サナを助けよう」

 あいつなら生きてるさ。

 

 

 絶対に生きている。

 

 

 

 

 空を見る。

 

 

 雲行きは怪しい。直ぐにでも雨が降って来そうな最悪な天気だった。

 

 嵐が来るかも知れない。

 

 

 

 関係無い―――

 

 

 

「行こうか、ケイスケ」

「……行こう」

「っしゃ、うちのエースを迎えに行くか」

「よし、完璧なパーティだ。……行くぞ。……クエストスタートだ!!」

 

 

 ―――サナ、今行くからな。




やっと立ち直ったよ……。ここ一ヶ月この作品を書くたびに気分が沈んでいたので解放されましたね!←


さて、クライマックスに入ると思うんですがもしかしたら来週から遅れてしまうかもしれません(´・ω・`)ストックが無いのです。
しかし、ぜったい完結させるので……。はい。頑張ります。


でわ、また来お会い出来ると嬉しいです(`・ω・´)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Heavy Bowgun『第十章』
少女の行方


 あなたは、私と会った日の事を覚えていますか?

 

 

 私が密林で迷子になっていた時。

 

 ランポスに襲われて、私は死んでしまうかと思っていました。

 

 

 逃げてはいたけど、最終的には転んでしまって。

 

 恐怖で丸まってしまったの。

 

 

 

 そんな私を助けてくれたのが、あなたでした。

 

 

 

 いまさっきのあなたみたいに、仲間の死に耐えられなくなってしまっていたラルフを立ち直らせてくれたのもあなた。

 

 

 一緒に釣りをして、その時に出会ってしまったガノトトスを標的に私に戦う勇気をくれてボウガンを教えてくれたのもあなた。

 

 

 ガイル君の心を開いて、サナと私に卓球で勝ったのもあなた。

 

 

 サナと一緒にディアブロスと戦って、約束通り皆を守ってくれたのもあなた。

 

 

 ドスゲネポスのクエストで、怪我をしたカナタや私とタクヤ君を守る為に乱入して来たティガレックスと戦ってくれたのもあなた。

 

 

 一緒に氷結晶を集めたりもしたよね。

 

 

 水遊びで泳ぎを教えてくれたりもした。

 

 

 

 色々あった。

 

 

 あなたは、凄くて頼りになって優しくて物知りで何でも出来て……素敵な人。

 

 そんなあなたが、いつの間にか好きになってました。

 サナも、きっとそうなんじゃないかな。

 

 

 

 サナね、よくシンカイ君の事話すんだよ。

 

 本当に大好きなんじゃ無いかな。

 でも、私も負けないくらい大好きです。

 

 

 ねぇ、シンカイ君。

 

 我が儘を言っても良いですか?

 

 

 

「さ、な、を……た、、け、て」

 きっと、あなたなら出来るから。

 

 

 私は、信じてます。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 木々の隙間から時折水が垂れて来たかと思えば、次の瞬間それは大粒になって空から大量に落ちて来る。

 

 

 天候的には、最悪だ。

 せっかくアカリに用意してもらった火炎弾も、これでは威力が半減してしまう。

 

 用途的には問題無いかもしれないが、そこは何かカバーしなければならないかもしれない。

 

 

 ただ立ち止まっている訳にもいかず。自分達は歩き続ける。

 

 

 

 目的地はまず自分達がサナと別れたあの場所だ。

 

 タクヤが致命傷を負った、あの場所だ。

 

 

 

 理由は簡単。サナは最後に確認した所からそう遠くには離れてないハズ。

 だから、まずはその近くを捜す。

 

 それに、そこにはアカリやタクヤが落とした武器も落ちているハズだ。

 

 自分は今回、アカリが置いて行ったヘビィボウガンを使う。

 その為にアカリに弾丸を用意させた訳である。

 

 

 

「この辺りか?」

「こっちやな」

 ケイスケの問いに、自分は脚を動かしながら答えた。

 

 もしかしたら、そこにサナがまだ居るかもしれない。

 

 

 それは生きていても……死んでいても同じ事で。

 

 そこにサナの亡骸が無い事だけを信じて。

 サナを信じて、昨日ネルスキュラと戦ったその場所へと足を進めた。

 

 

 

「…………居ない、か」

 結果は言葉の通り。

 

 妙な安心感と、不安が混ざって気分が悪くなる。

 サナはあの後どうなった……?

 

 

 辺りを見渡しても、彼女の姿は何処にも見えない。

 

 

 昨日から動いていない、ゲリョスの死体。

 

 その近くに落ちているお目当のヘビィボウガン。

 

 

 と……あれ?

 

 

「どうだ? シンカイ———って、おい聞いてんのかぁ?」

「ちょい待ってくれ」

 違和感に気が付いて、自分は木々の間を抜けて平地に出る。

 警戒は怠らず、ネルスキュラの気配が無い事だけは確認しながら辺りを見渡した。

 

 やはり……無い。

 

 

 

「どうした? シンカイ」

 話しかけてきたのはケイスケだった。

 雨に濡れた髪を掻き分けながら、彼も何かを確かめるように周りを見渡している。

 

 

「無いんや。……タクヤのチャージアックス」

「何……?」

 この場所に落ちているハズのチャージアックスが、辺りをどれだけ見渡しても見付からなかった。

 

 

 ヘビィボウガンと、自分の双剣はある。

 

 

 それなのに、タクヤのチャージアックスだけが不自然に無くなっていた。

 

 

 

 何故だ……?

 

 

「……っ。…………皆、見てくれ……」

 そんな事を考えていると、ゲリョスの死体の裏側を見ていたガイルが雨音に消されそうな声を上げる。

 そこまでは自分も見ていなかったので、まさか……なんて不安が頭を過ぎった。

 

 ただ、その不安は半分だけ当たってしまう。

 

 

 

「こりゃ……斬破刀じゃねぇか」

 アニキの言うとおり。

 

 そこに落ちていたのは、サナの愛刀である太刀だった。

 柄から刃先までを真っ赤に染めたその刀が、ゲリョスの傍に倒れている。

 

 

 その血は、誰の物なのだろうか。

 

 

 

「く……そ…………サナ…………あ……ぁ……」

 太刀を抱きながら、崩れ去るガイル。

 

 諦めるな。まだ死体が見付かった訳じゃない。

 

 

 

 ただ、手掛かりが無いのも現状だ。

 

 どうする?

 

 

 いや、サナならどうした?

 

 

 

「ケイスケ」

「なんだ?」

「ケイスケがもし、満身創痍の状態で仲間を逃してから一人でモンスターと戦う事になったら……どうする?」

「……そうだな」

 自分の質問に一度キョトンとしてからも、ケイスケは少し考える為に瞳を閉じる。

 

 

「守りを固めて、隙を突いて逃げる」

「……だよな」

 つまり、そういう事だ。

 

 

「どういう事だ?」

「サナは、太刀から盾があるチャージアックスに武器を入れ替えたんや。そしてこの場に居ないって事はとりあえず一度は逃げられたって事にならへんか?」

 あの状況から一人でネルスキュラから逃げ切るのは至難の技だろうが……。

 

 

 サナなら……きっと……。

 

 

 

「……なるほどな」

「問題はサナが何処へ行ったかや。そして、ネルスキュラをちゃんと撒けたのか」

 かなり体力を消耗していたからな……。

 

 

 それもこれも、自分のせいなのだが。反省は後だ。

 

 まずはサナを助ける。

 

 

 

「なぁ、あの白いのはなんだ?」

 周りを見渡していたアニキが、ふとそんな事を言った。

 

 白いの?

 なんだろうとアニキの視線の先を見ると、そこにあったのはネルスキュラの出す粘着質な糸だった。

 

 それが、平地を囲う木の枝を何箇所か包んでいる。

 

 

 

「ネルスキュラの糸……」

「デカい蜘蛛って聞いてたが、あんなもん出すのかよ。ヤベェな」

 アレは確か、ネルスキュラが糸を使った高速移動をする為に高い位置に糸を伸ばた物だっただろうか。

 

 辺りを見渡せば、それが三つ。

 

 

 

 一つはタクヤと自分の猛攻から脱出に使った糸。

 

 もう一つは、アカリを背後から襲う時に使った糸。

 

 

 そして最後の一つには、自分は見覚えが無かった。

 

 それはつまり……。

 

 

 

「少なくとも、ネルスキュラはあの方角へ向かった」

 サナを追い掛けたのか、サナから逃げたのか。

 

 いや、流石にサナでもあの状況から巻き返せるとは……。なら、答えは———

 

 

「———サナはあっちやな」

「分かるのか?」

「アニキ、弱った相手が自分を出し抜いて逃げようとしたらどうする?」

「そりゃ、追い掛ける……だろ?」

「そういう事や」

「ん? あれが、サナを追い掛ける為に使った糸だってのか」

 それ以外だとしたら……それは最悪の事態だ。

 

 

 だったら、信じて進むしか無い。

 

 

 

「あっちは村の方角だな……」

 サナが逃げるとすれば、その方向だろう。

 

 

「……だが、獣道も無い木々の間だ。モンスターに背後から襲われる可能性も……」

 サナの太刀を拾いながら、ガイルはそんな言葉を落とす。

 

 確かに、これから進もうとする道は獣道すらない細い道だ。

 ネルスキュラにとっては木々を移動に使える最高の戦い場で、自分達にとっては都合最悪である。

 

 

 背後から忍び寄るモンスターに気が付かずに、そのまま首を持っていかれたっておかしく無い。

 

 

「そこは、仲間を信じるしか無いやろな。丁度四人……四方に集中出来る人数や。……信じられるやろ? ガイル」

「…………。……勿論だ」

 あぁ、そうだとも。

 

 

 仲間を信じろ。今は、特にな。

 

 

 

「ケイスケが先陣を頼む。左右にアニキとガイル。後ろからワイが行く」

 自分の双剣も拾いながら、そう提案する。

 

 

 

「……分かった」

「うし、行くか」

「了解した」

 ありがとう、三人共。

 

 

 準備だけを整えて、自分達は木々の間に入って行く。

 四人が固まって何とか通れる程の場所もあれば、広い空間もある。

 

 そんな、自然のままの道をただひたすら村の方角へと歩いた。

 

 

 

 手掛かりはそれしか無い。

 

 

 ただ、何か確信めいた物を感じながら前に進む。

 

 

 そこに、それはあった。

 

 

 

「アレは……」

 それを見付けたのはアニキだ。

 

 四人でアニキに従って歩くと、そこにあったのは鋭い鎌のような生き物の一部。

 

 

 ネルスキュラの……鋏角。

 

 

 その片割れが、無残な姿で地面に横たわっていた。

 

 

 

「なぁ……これって」

「ネルスキュラの身体の一部や……」

 それに近付いて、自ら確認する。

 

 鎌のような形状の先端は人の血で赤く染まっていて、その血を今雨が洗い流している所だった。

 

 

「……サナなのか?」

 あいつ、あの状況でネルスキュラの鋏角を一本へし折ったってのか?

 

 信じられないが、サナ以外にこれの犯人は思い付かない。

 

 

「だとしたら、希望が見えて来たな」

「さっさと見付けてやって、この化け物めって褒めてやるか。ったく、つくづく俺の立場がねぇよ」

 本当、あいつはスゲーよ。

 

 

「……何か来るな」

 喜びも束の間、そう言ったのはケイスケだった。

 

 

 何か。

 

 

 言うまでも無い。

 

 

「ネルスキュラか?!」

「この速度はゲリョスじゃないだろ。……ここじゃまずい、走るぞ!!」

 予め千里眼の薬を飲んでいたケイスケの指示でら自分達四人はとにかく走る。

 

 喜んでいる暇も、辺りにサナが居るか確かめる暇も無く走った。

 

 

 助けに来た自分達がやられたら、意味が無いんだ。

 

 

 

 死んだら、意味が無いんだ。

 

 

 

「近くに広い場所は無いんか?! アニキ!」

「この先に小さな洞窟の入り口がある! その周りなら少しは広いぜ!」

「ならそこだ! ラルフに続け!!」

 走りながら話、アニキを先頭にして四人で走る。

 

 

 そこで、ネルスキュラの気配が自分でも感じられる程近くなった。

 このままじゃマズいな……追い付かれる。

 

 

 そう思った矢先だった。

 

 

 

「待て待て止まれ止まれ止まれ!!」

 走りながら、突然アニキが大声を上げる。

 こんな時に止まれ? とは。

 

 ただ、アニキは眼が良い。

 思えばマックスの双剣を見付けた時も、ディアブロスを見付けた時も、一番先に反応したのはアニキだった。

 

 

 さっきだってネルスキュラの糸を見付けたのはアニキだったし、もしかして何かを見付けたのかもしれない。

 

 

「何か見付けたのか?!」

「ピンク色が見えた。この森の中でそんな色滅多に無いだろ」

 ピンク色。

 

 

 それは彼女の髪や防具の色と同じ色だ。

 

 

 それがサナなのかはまだ分からないが、ピンク色なんてのは自然にそう滅多には無いものだ。その可能性は高い。

 

 

 

「……どこだ!!」

 背後を向いてハンマーを構えるガイルは、自分達に背中を向けながら声を上げる。

 もしネルスキュラが追い付いても、自分が何とかする。そんな意思が彼の背中から伝わった。

 

「あっちだ、洞窟の方向!」

 そしてアニキが指差したのは、向かっていた小さな洞窟の方角。

 目を凝らせば、確かに不自然なピンク色が視界に映る。

 

 アレは……防具か? サナ……ッ!!

 

 

「自分とガイルで一旦囮になる。二人は行ってくれ!! ただ足止め出来るとは限らへん。ケイスケはネルスキュラに集中しながら向かってくれ!」

「おぅ!」

「分かった。任せたぞ!」

 自分の声に、アニキとケイスケは同時に答えて走ってくれた。

 

 

 さて、それがサナだったとしたら確実に守り切る必要がある。

 

 その為の眼であるアニキと、それに今千里眼でネルスキュラを補足出来て盾もあるケイスケを向かわせた。

 

 

 考えろ。最善策へ向かえ。

 

 もう失敗は許されない。何重にも保険を掛けろ。

 

 

 誰も殺させない。誰も死なせない。

 

 

 

「……来るぞ、シンカイ!」

 一気に気配が近付いて来る。

 

 ただ、妙な気配だ。まるでこちらに眼中が無いかのように、殺意を感じない。

 

 

「狙いはアニキ達か……?! と、なると……罠?! 走るでガイル!!」

「む?! 分かった!」

 踵を返して全速力で走った。アニキ達との距離はそう離れては居ない。

 

 声を上げれば聞こえるだろうが、そうすると今度は自分達が危険に晒される可能性がある。

 

 

 答えは……どっちだ?

 

 

 それは、ついさっき用意した答えだ。

 

 

 

「ケイスケ、頼んだで……っ!」

 小声でその答えを叫んだ。

 

 千里眼でネルスキュラを補足しているハズの仲間を信じる。

 

 

 

「キシャィィアアアアッ!!」

 木々を抜けた瞬間見えたのは、ランスの盾を構えてネルスキュラの攻撃を防いでいたケイスケの姿だった。

 

 それに合流する為に、自分とガイルは二手に分かれながらその場に立っていたネルスキュラに双剣とハンマーを叩き付ける。

 

 

 

「キシャィィアア?!!」

 突然の背後からの攻撃に驚いたのだろうか。

 

 ネルスキュラは大きく体制を崩して腹を地面に叩きつけた。

 

 

「すまんケイスケ!」

「この時の為に千里眼を使った俺を向かわせたんだろ? お前は間違っちゃ居ない……が」

 横眼でケイスケが見るのは、自分達のお目当のピンク色だった。

 

 

 それは———

 

 

「———な……」

 血のついたピンク色の防具。

 

 間違いなくそれは、アカリと色違いのお揃いであるサナのフルフル亜種装備。

 真っ赤な血に濡れたそれは、なんとネルスキュラの糸に包められてその場に持ち主無しに転がっていたる。

 

 

 

 まさか……。

 

 

「食べられたってんならこんな少量の血じゃねーだろ。サナは生きてる。絶対にだ……」

 自分の悪い考えを、アニキが吹き飛ばしてくれる。

 

 そう……だよな。

 

 だとしたら、サナはどうしたのだろうか。

 逃げる為に防具を捨てた。充分考えられる話だ。

 

 その防具を、まさかネルスキュラが囮に使うなんて……な。

 

 

 

 

「キシャィィアア!!」

 巨大な蜘蛛。

 四本の足と、片割れが折れた鋏角が特徴的なモンスター。

 

 持ち前の素早さと、ゲリョスの皮で自らの弱点をカバーする巧妙さを併せ持つテクニカルなそのモンスターの名は影蜘蛛———ネルスキュラ。

 

 

 

 サナを見付けるにしたって、まずはこいつとの戦いを避ける事は出来ないって事か。

 

 

 まぁ、元からそのつもりだったんだ。

 

 

 良いじゃないか。やってやる。

 

 

 

 天候も状況も何もかも最悪だ。

 

 

 でも、負けない。誰も死なせない。自分も死なない。

 

 

 

 さぁ———

 

「———一狩り行かせて貰おうやないか」




はい、最終章も見えて来ました。


ここにきて申し訳ないのですが、次回の少しの間更新を停止いたします。
理由は、ダブルクロスの発売ですね。

あ、遊び倒して更新をサボる訳じゃ無いです(´・ω・`)
せっかくネルスキュラが復活するので、新モーションも加えてこの作品を飾りたいと思ったからです。

なので、少しの間だけ更新をお休みいたします。
一月以内には再開するのでお待ち頂けると、幸いですm(_ _)m


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

影蜘蛛

お待たせしました……?


 特徴的なのは機動力と巧みな戦法だろうか。

 

 

 影蜘蛛───ネルスキュラは、狡猾な戦法とその機動力で敵を翻弄するのに優れたモンスターだ。

 糸や毒を使った搦め手や、鋏角による純粋な力技も持ち合わせていて厄介極まりない。

 

 

 だが、今回はそれを分かっている。

 初見で戦う相手で無ければ、対策も出来る訳だ。

 

 

「ケイスケが正面、アニキとガイルは奴の後ろに回ってくれ!」

 言うが早いか、自分達の不意打ちに動きを止めていたネルスキュラの正面にケイスケが構える。

 直ぐに二人もネルスキュラの後ろを挟み、その光景を自分はケイスケの後ろから確認した。

 

 

 

 この狩りで一番負担を被るのはケイスケだ。しかもケイスケはネルスキュラとは初戦。

 そんなケイスケをカバーする為に、出来るだけ背後に着くように立ってボウガンを構える。

 

 

「キシャァァァァッ!!」

 大きく広げられる一本の鋏角。これは挟み込む攻撃か……っ!

 

 

「挟んでくる攻撃やケイスケ! 盾は正面じゃ無くて横!」

 鋏角を一本失った奴の攻撃は片側からしか来ない。

 

 奴が万全の状態ならいくらランスの盾でもガードは得策では無かったかもしれないが、今は違う。

 

 

 次の瞬間、ケイスケのレッドテイルの盾が火花を散らした。

 そして攻撃を確りと受け止めたケイスケは反撃の槍をネルスキュラの頭部に与える。

 

 弾ける炎属性の火。雨のせいか威力が最大では無さそうだが、それでも火は確りとネルスキュラの身体を焼いた。

 これなら火炎弾も使えるかもしれないな。そう思ってネルスキュラが怯んだ隙に、ボウガンに火炎弾を装填する。

 

 

「うぉぉおおお!!」

「おらぁああ!!」

 さらに、背後からのハンマーとスラッシュアックスによる追撃。それに堪えられなかったのか、ネルスキュラは身体を大きく横に倒した。

 

 

「チャンスか?!」

「いや待て、ケイスケ以外は一旦離れろ!」

 ラッシュを掛けようとする二人を抑制しながら、自分は火炎弾を奴が被ったゲリョスの皮に叩き付ける。

 

 

「キシャァァァァッ!!」

 次の瞬間、ネルスキュラは身体を起こす前に正面の木に糸を伸ばした。

 そのままその糸を使い、巨体が地面の砂を巻き込みながら空へ舞う。

 

 もしあのままラッシュを掛けていたら後ろの二人は巻き込まれていたかもしれない。

 

 盾を構えていても地面を滑ったケイスケが、その威力を物語っていた。

 

 

「あの野郎逃げたのか?」

 いや、違う。前回はこれにやられたんだ。

 

 逃げたと思わせての、背後からの奇襲。

 対応が遅れて、自分達は徹底的に崩されてしまった。

 

 

「直ぐ来る! ケイスケを先頭に洞窟に背を向けるで!」

 奴の厄介だった奇襲性は、立地が味方になってくれた。

 

 洞窟を背中にすれば後ろから襲われる事は無い。

 後は三方向に注意するだけだが、ケイスケを前に出しても横から来られたら陣形が崩れるのは目に見える。

 

 

 なら、どうするか。

 

 答えは簡単だ。

 

 

 奇襲を失敗させれば良い。

 

 

 

「アニキ、正面でなく上を見ておいてくれへんか?」

「は? 上だと?」

「奴の糸が伸びて来る筈や。雨で視界が悪い中で悪いが正確な位置をワイに教えて欲しい」

 奴の機動力はその糸にある。遠方に糸を括り、それを引っ張る事で瞬発力を得ているのだろう。

 

「なるほ───って、早速か。シンカイあっちだ!」

 アニキの指の先にある木には、確かに白い糸が巻き付いていた。流石アニキ、頼れる頼れる。

 

 

「残念やったな糞蜘蛛野郎、その手はもう使わせへんでぇ!!」

 その方角にヘビィボウガンの銃口を向ける。次の瞬間トリガーを引き、装填してある火炎弾が真っ直ぐに飛んだ。

 

 

 迫り来る風切り音。糸を辿って高速で何かが迫ってくる。

 

 だが、その途中で糸が半分消し飛んだ。

 全て燃やし尽くす事は出来なかったが、それでも充分。

 

 

 体重を支えきれなくなった糸が空中で半分に避ける。それを引っ張っていた巨体が同時に自分達の目の前の地面に叩き付けられた。

 

 

 

「ギェェァッ?! キシャィァッ?!」

 自らのバランスが突然崩れた事に気が着く頃にはもう遅い。

 ネルスキュラは奇襲の為に上げていた速度のまま、地面に叩き付けられる。

 

 

「合図までラッシュ!」

 そして自分のそんな掛け声で、目の前でひっくり返ったネルスキュラを三人が囲む。

 

 槌が頭を叩き、剣が足を切り、槍が腹を突く。

 

 

 腹を守るように被さったゲリョスの皮。と、そこが一番の弱点なのではないだろうか?

 火炎弾をそこに叩き付け、破れる毒の結晶を見ながらそう確信した。

 

 

 ならば、あのゲリョスの皮を剥ぐ事を優先するべきか。

 

 

「一旦離れるで!!」

 だが、それに気が付いた所でネルスキュラは体勢を立ち直し始めた。

 一気に攻めたいところだが、ここじゃ無い。急がば回れ。間違えるな。こいつを殺す事が目的では無い。

 

 

 

「ギジャィィァァアアアアッ!!」

 立ち上がり、鋏角を大きく広げるネルスキュラ。無機質な頭からでも露わになった怒りは何に向けられた物なのか。

 

 そういえば、こいつは何故自分達を襲うのだろうか?

 

 

 ゲリョスを餌にするネルスキュラが人間なんぞを餌にしようとは思わないだろう。

 捕食では無いなら縄張りを守る為か?

 

 いや、確かこいつはこの密林には居ない筈のモンスターだ。そもそも縄張りを追い出されたという事は───

 

 

 

「───怒りか」

 謎の嵐で縄張りから離れるしか無かったネルスキュラ。披露した体力を回復する為にゲリョスを複数襲い、溜まったストレスを吐き出すように自分達を襲っているのだろうか?

 

 ったく、だとしたら迷惑なモンスターだ。

 

 

 

「こっちも苛だっとるんや。どっちが勝ってもおあいこやで!」

 狙いを定めるネルスキュラに火炎弾を打ち込み、リロードする。

 

「キシャァァッ」

 しかし怯みもしなかったネルスキュラ。狙いはガイルか、彼を正面に立ち姿勢を低くした。

 

 

「な───っ?!」

 次の瞬間、誰も反応出来ない速度でガイルを白い糸が地面に縫い付ける。流石に早くて反応は出来ないが───

 

 

「させるかい!」

 ネルスキュラが次の行動に出る前に、リロードしたての火炎弾をガイルを包み込む糸に叩き込んだ。

 焼け切りはしない糸。雨が鬱陶しいが言い訳はしない。

 

「アニキ、糸を! ケイスケはカバー!」

「キシャァァッ!!」

 言うが早いか振り上げられる鋏角。次の瞬間アニキが剣モードのスラッシュアックスで焼けた糸を叩き切るが、回避が間に合う距離では無かった。

 

 

 刹那、レッドテイルの盾が火花を上げる。

 それと同時にケイスケが入れたカウンターで、ネルスキュラが怯んだ内にガイルは脱出。ケイスケを戦闘に直ぐに体勢を立ち直した。

 

 

 

 勿論、信じていたが。

 

 

 信じてはいたが。

 

 

 

 実際久し振りに、そして確り目の当たりにして確信する。

 

 

 ケイスケ……強いわ。

 

 

 一緒に狩りに出た事なんてほとんど無い。それこそ、記憶にあるのはフルフルの時位だ。

 

 その時から既に分かっていた事だが。

 

 流石我らが猟団のリーダーって所か。ったく、なんであんまり狩りに出ないんだこいつは。

 

 

 

 いや……待てよ?

 

 

 

「キシャァァッ!!」

「……ぐぅっ」

 再び振り下ろされる鋏角をもケイスケは耐えて見せる。しかし、その表情は微かに歪んでいる気がした。

 

 

 

「アニキ! 一旦ケイスケのカバー!」

 あいつまさか……。

 

 

 ふと、カナタとの会話を幾つか思い出した。

 

 昔の事だ。彼女達がまだ初心者の頃、カナタを庇ってケイスケは怪我をしたと聞く。

 今回ケイスケが行くと聞いて、真っ先に自分が変わりにと声を上げたカナタ。

 

 

 普段全く狩りに出ないのは何故か。自ずと答えは見えて来る。

 

 

 

「キシャァァッ!!」

 三度目が来る。

 

「アニキとガイル、ケイスケのカバー! ケイスケは一旦下がれ!」

「おっしゃ任せろ!」

「……おうっ!」

 ハンマーに弾かれる鋏角。それと同時に脚に斧を叩き付けられバランスを崩すネルスキュラ。

 そんなネルスキュラに盾を向けながら、一度ケイスケが下がって来る。

 

 

 

「……良く持たないと分かったな」

「なんとなくや。なんとなく。……無理するなよ?」

「……お前」

 一瞬驚いた表情を見せるケイスケ。だが、彼は直ぐに含みのある笑みを見せた。

 

 あー、この顔は良く見る奴だ。

 

 

 人を好き勝手使ってくれる悪い顔だ。

 

 

 

「……お前が居れば、全力で暴れられそうだな」

「いや、無理するなと言ったばっかなんやけど」

「それをカバーするのが、お前の仕事だ」

「……ったく、いつもいつも。……はいはい分かりましたやればええんやろやれば!!」

「おう!」

 ったく、いつもそうだ。

 

 

 こいつはいつも人の事を都合良く使ってくれる。

 

 

 良いリーダーだよ、全く。

 

 

 

「ケイスケ、腹にあるゲリョスの皮を狙ってくれ。あれを剥がせばそこに弱点がある筈や」

「分かった。後ろは任せるぞ!」

 任せろ。

 

 

「キシャァァッ!」

 体勢を立ち直したネルスキュラは鋏角を大きく横に広げ、前進。

 突進のつもりなのか、そんな速度じゃ脅威にはならない。

 

 が、前方は注意だな。

 

 

「横から回り込むで!」

 自分の声でアニキが奴の正面から離れた次の瞬間、鋏角か瞬き一回分の時間で横に振られる。

 片方が無いから挟まれる事は無いだろうが、それでも首の一つは持っていかれそうな威力だ。危ない事しやがる。

 

 

 だが、そういう大技には隙が生まれる物だ。

 

 

「今やケイスケ! 二人はケイスケの援護!」

 言うが早いか、ケイスケは姿勢を低くしランス特有の突進でネルスキュラの正面から突っ込んだ。

 鋏を交わし、下顎をランスで削りながらネルスキュラの真下を通り抜ける。

 

 そうして腹の下へと辿り着いたと同時に突きのフィニッシュ。

 そこから足を軸に回転し、ゲリョスの皮を三度突く。

 

 

「キシャァァッ!」

 真下で暴れるケイスケが鬱陶しいのか、その場で回転しながら鋏角を振り回すネルスキュラ。

 しかしケイスケはそれを盾でいなしたかと思えば、その盾を捨てて再びネルスキュラの懐に入り込んだ。

 

 

「これで……どうだ!!」

 カウンターで入れられる力強い一突き。レッドテイルから放たれる火花がゲリョスの皮で作った防具を焼き切る。

 

 その攻撃の刹那、鈍い音と共にネルスキュラの腹を守っていた防具が崩れ落ちた。

 剥き出しになった白い腹。おーおー、柔らかそうじゃ無いか。

 

 

「ギィャァァッ!」

 大きく体勢を崩しながらも、直ぐ立ち上がり姿勢を下げるネルスキュラ。

 無機質な眼が憎き敵を睨み付ける。狙う相手が分かっていれば、対処は容易かった。

 

 

 自分がトリガーを引いた瞬間、スタミナを使い果たしたケイスケに向けて白い糸が吐き出される。

 しかし、さっきガイルを地面に縫い付けたその白い糸がケイスケに当たる事は無かった。

 

 

 放たれた火炎弾が発射直後の糸を焼き切る。

 力なく地面に落ちる糸を、苛立ちを見せながら引き千切るネルスキュラの腹に向けてもう一発火炎弾を叩き込む。

 

 

「ギィャァァッ?!」

「今やガイル! 頭!」

 やはり弱点なのか。大きく怯んだネルスキュラの懐にガイルが肉薄。

 近付く間に溜めた力でカチ上げ、叩き付け、ホームラン。

 

 

「ギャィャァァアアア?!」

 巨体をひっくり返らせるネルスキュラ。頭を叩かれて脳震盪でも起こしたのだろう。今はチャンス。

 

「行けるかケイスケ、アニキ!」

「勿論だ……っ!」

「任せやがれぇ!」

「うっしゃ離れろガイル!!」

 ひっくり返ったネルスキュラに突進する二人。何の打ち合わせも無く綺麗に二手に別れた二人はお互いの全身全霊を賭けて大技を叩き込む。

 

 

 身体を裂きながらの突進。

 

 

 スラッシュアックスの大技、属性解放切り。

 

 

 

 腹に槍が突き刺されると同時に、その腹を属性解放切りの爆煙が包み込む。

 

 大きく横たわる身体。その身体から力が抜けて行くのは眼に見えて分かった。

 

 

 

「……やったか」

 呆気無い物だ。

 

 

 ピクピクと身体を痙攣させるネルスキュラの死を確認して、ヘビィボウガンを背負う。

 

 まだ終わって無い。自分達の目的はサナを探す事だ。

 こいつを殺して終わりなんて事は無い。

 

 

 

 だけど、流石に皆体力を使い切ったのだろう。疲労が見えて、息を荒く吐いていた。

 

 

 

 

 当たり前だ。タクヤだけじゃ無く、密林のゲリョスを一匹であんなにも殺した化物を相手にしたんだ。

 誰も怪我も無かっただけで上等。

 

 サナを探す時にまたモンスターに遭遇し無い訳では無いんだ。

 

 

「サナ……」

 洞窟の脇に置いてあった防具を見ながら、今何をしているか分からない彼女に想いを乗せる。

 絶対に助ける。誰一人欠ける事無く帰るんだ。

 

 

 だから、今はモンスターに遭遇しても良いように体力を───

 

 

「しゃがめシンカイ!!!」

 考えを巡らせていた矢先に聞こえるそんな声。

 

「キシャィィアア!!」

 そして次の瞬間聞こえたのは、聞こえるはずが無い鳴き声だった。

 

 

 振り向く。刹那に振り下ろされる二本の鋏角。

 

 

「───なっ?!」

 目の前に居たのは、まぎれも無いネルスキュラ。

 

 何故? 生きていた?

 しかし、視界の端に同じ形の生き物が倒れているのが見える。

 もう一匹居たのか……? いや、考えてみれば当たり前の事だ。

 

 

 嵐から逃げて来たのが一匹の訳が無い。

 

 たった一匹のネルスキュラがあの数のゲリョスを襲う訳が無い。

 

 

 

 ……また、やったのか?

 

 

 

「ぐぅぁ!」

 何とか反射で振り下ろされる鋏角を避ける。だが体勢が崩れて次の攻撃を避ける事は出来無い。

 

 

「させるかぁ!!」

「この野郎!!」

「よせ、アニキ! ガイル!」

 二人の援護に嫌な事を思い出す。自分を庇って死んだ彼の顔を思い出す。

 

 

「キシャィィアア!!」

 吐き出される白い糸。二人を地面に縫い付ける白い糸。

 

「ラルフ! ガイル!」

「ギャィャァァアアア!!」

 死に体の自分を無視して、今攻撃しなければならない生き物を分かっているかのように身体の向きを変えるネルスキュラ。

 ケイスケの盾があろうと、動けない二人を庇うには限度がある。

 

 

 

 また……やったのか。

 

 

 

 また間違えたのか?

 

 

 

 ───いや、まだだ。

 

 

 

「ふざけるなぁ!!」

 背負ったヘビィボウガンを構える。標準はアニキとガイルの間。

 

 まず、一発。

 焼き切れはしないが強度を下げる。

 

 

 次にネルスキュラ。精密な射撃なんて要らない。入ってる弾を全部奴に叩き付けた。

 

 

 

「こっちを見やがれ糞がぁ!!」

「……ギギギギ、キシャィィアア!!」




お待たせしましたでしょうか?
待っていた方が居るのかは分かりませんが、とりあえず再開です。

ご察しの通り、モンスターハンターXXをやっていました。時間が無いですねぇ。
今後も週一とはいかないと思います。しかし二週に一周は更新する予定で行こうと思います。

物語はクライマックスです。最後までお楽しみ頂けると幸いですm(_ _)m
感想評価お待ちしておりますl壁lω・`)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

橘狩猟団

「こっちを見やがれ糞がぁ!!」

「……ギギギギ、キシャィィアア!!」

 振り向く巨体。押し潰してきそうな威圧感。

 

 だけど、引くな。

 

 

 

 もう間違えるな。

 

 

 誰一人として死なせるものか。

 

 

 

「キシャィィアア!!」

「くそったれ……っ!!」

 仲間は限界だ。そうで無くても糸に捕まっていて、動けるようになるまで時間が掛かる。

 

 でも、動けるようになれば絶対に助けてくれる。

 

 

 仲間を信じろ。

 

 皆を信じろ。

 

 

 

 それまで耐えれば良い。

 

 

「ケイスケ二人を……っ!!」

 ヘビィボウガン地面に落としながら、腰に掛けておいた双剣を構える。

 振り下ろされる鋏角から身体を守るには小さ過ぎる双剣は、弾き飛ばされて地面を転がった。

 

 

「まだ……っ!」

 死ぬかよ。

 

 

「キシャィィアア!!」

 絶対に全員で帰るんだ。

 

 

「まだだぁぁああ!!」

 地面に落ちていた太刀を拾う。ガイルが持って来たサナの太刀だ。

 その腹でなんとか攻撃の直撃を防ぐが、身体は宙を舞って洞窟の入り口近くに叩きつけられた。

 

 小さな洞窟だ。それこそ人は入れてもモンスターは入れない位の。

 ここに逃げ込めば助かるか……? だけど───

 

 

「───カハッ」

 意識が遠くなる。

 

 

 ケイスケがガイルを助け出す姿が見えた。後はアニキを助けて貰えば、こっちにも増援が来る。

 

 糞……頭が重い。

 

 音が聞こえない。

 

 

 しかしハッキリと見える視界に死神が映る。

 

 糸を自分の頭上に括り付け、突進して来る死神が見える。

 

 

 太刀じゃガードは出来ない。交わす事も出来無い。

 

 

 

 サナ……。

 

 

 また、会いたい。

 

 

 あいつに会いたい。

 

 

 

「……死ねるかよ」

 そうだ。

 

 

 死んで───

 

「───死んでたまるかよぉおお!!」

「キシャィィアア!!」

 突進。それに合わせて太刀を前に突き出す。

 

 丁度ディアブロスにやった時と同じカウンター。

 

 

 決まれ。いや、決める。

 

 

 

 サナを探して帰るんだよ。

 

 

 皆で帰るんだよ……っ!!!

 

 

 

「「「シンカイ!!!」」」

 帰るんだよぉおお!!!

 

 

 

「───あんた、本当バカね」

 ぇ?

 

 

 誰の声だ?

 

 

 幻聴?

 

 

「太刀の使い方は───」

 手に触れる感覚は、暖かい。

 

 柔らかくて、優しい。

 

 

「───こうだって……っ!!」

 刹那、鮮血が視界を覆った。自分の物では無い。

 

 

 

 血飛沫を振り払う残光。

 

 

 インナー姿のピンクの髪の少女は、カウンターが決まり地面に倒れ伏したネルスキュラにトドメを刺す。

 

 

 

 血だらけの身体。

 

 

 それでも、しっかりと足を地面に付ける少女は振り向いて、こう口を開いた。

 

 

「王子様には到底見えない無様な姿ね」

 いつものような、憎たらしい言葉を。

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

「……サナッ!!」

「ちょ───筋肉?! 寄るな変態!」

「グボァッ?!」

 サナの姿を確認して真っ先に向かってくるガイルを、あろうことか彼女は殴り飛ばしてお帰り頂いた。

 酷い。酷過ぎる。あれだけサナの事を心配していたガイルにその仕打ちは酷い。

 

 

 いや、しかし……本当に……?

 

 

「サナ……なのか? 本物?」

「こんな美少女がこの世にもう二人も居る訳無いでしょ?」

 あぁ、この言いようは本物だ。

 

 

「無事だったか」

「まぁ、そうだとは思ったけどな」

 遅れてやって来たケイスケとアニキがサナを囲む。ガイルぇ……。

 

 

「ま、正直ギリギリだったけどね」

「良くやった。良く二人を守ってくれたな」

 ケイスケの手が優しく彼女の頭を撫でる。

 自分も直ぐにでも駆け寄って、サナの頭を撫で回したい。良く生きててくれた、流石だって褒めてやりたい。

 でも、彼女が生きているのを確認出来て安心したからか───自分にはそんな権利がない事を思い出してしまったんだ。

 

 

 そもそも自分がしっかりしていれば、こんな事にはならなかったんだから。

 

 

「ったく、思ったより元気そうじゃねーか。流石はうちのエースだぜ」

「あんたが言うと皮肉にしか聞こえないわね……」

「皮肉だよ」

「知ってる」

 あぁ……いつものやり取りだな。

 

 

 

「ケッ」

「ニッヒヒ」

 いつもの皆だ……。

 

 

 

「……シンカイ」

 一通り二人と話してから、自分の方に振り向くサナ。

 その表情は一瞬前とは比べ物にならないくらい、真剣な表情だ。

 

 

 

「……タクは?」

「……っ」

 一番聞かれなく無かった質問だよ。

 

 

「まぁ……分かってたけど」

「……すまん」

「なんで謝るのよ……。あんたも私も全力を尽くした……その結果が今この瞬間でしょ?」

 全力……。尽くしていただろうか?

 

 

 確かに必死だった。真剣だった。

 

 

「あんたには謝るよりする事がある……」

「する事……?」

 サナの言っている意味が分からなくて自分は首をかしげる。今サナに謝る事以外に何をしろと言うのだろうか?

 

 

「…………めてよ」

 スッと、彼女の身体が自分の方へ倒れ込んだ。

 

 力無く倒れ込むというよりは、自分から向かって来る感じで。

 

 

「……褒めてよ。死ぬんじゃ無いかって怖かった! もうあんたに会えないんじゃ無いかって怖かった。必死に戦って必死に逃げた。あんたも必死に戦って私の所まで来てくれた。褒めてあげるから褒めてよ! こんな辛い時くらい頭を撫でてくれたって良いのよ! ほら撫でなさい早く!!」

 雨かと思っていたが、良く見れば涙を流していた彼女は押し倒す勢いで自分に抱きついて来た。

 

 

 ……そうだよな。怖かったよな。必死だったよな。

 

 

 当たり前だよな。

 

 

 自分も……そうだったんだから。

 

 

 

「……ありがとうな、サナ。生きててくれて」

「……ありがと、迎えに来てくれて」

 ゆっくりと彼女の頭を撫でてやる。気持ち良さそうに目を瞑る彼女を愛おしく思いながら、こうしては居られないという思いを無視して彼女を撫で続けた。

 

 ただ、まぁ、ずっとこうしては居られない。

 

 

「……そろそろ帰ろう。まだここは狩場だ」

 そう言いながら自分に双剣を手渡してくるのはガイルだった。

 なぜそんなに不貞腐れた顔をしてるんだお前は。

 

 

「せ、せ、せやな。……まだネルスキュラが他にも居るかもしれへんし」

 実際ネルスキュラが二匹だけなんて事も無いかもしれない。

 

 三匹目が現れたっておかしく無い筈だ。

 

 

 

「ガイルの言う通り、ここは危険だろうな」

 そうとなれば移動は早いに越した事は無い。直ぐにでもサナの無事を皆に伝えたいしな。

 

「しっかし良くもまー、生きてたもんだぜ」

「本当にギリギリだったんだから……。ただ、こいつら何か変だったのよ」

 続くアニキの言葉にそう返すサナ。変だった?

 

 

 そういえば、自分も何か違和感を感じていた気がする。何だったか。

 

 

 

「こいつら……何かを怖がってたのよ。怯えてた。だから暴れまわってたのかもしれないわ。脱ぎ捨てた防具を投げ捨てたらその防具を襲う位には混乱してたのよ」

 そう言うサナはひっくり返って転がっている二匹を哀れむような表情で見比べる。

 なるほど、だから防具が転がってたのか。そして、サナはあの洞窟に隠れていた……と。

 

「まぁ、そのおかげで隙が出来て逃げれたんだけど。……なんか、雨が強くなると動きが鈍るのよこいつら」

 怖がっていた……? 雨で動きが鈍る?

 

 

 なぜだ……?

 

 

「考え事は後回しだ。嫌な気配がする……急ぐぞ」

「あ、ちょい待ち。ヘビィボウガンを忘れるところやった。アカリに怒られるわ」

 出発の準備を急ぐケイスケにそう言葉を落としてから、自分は遠くに転がっているヘビィボウガンを取りに行く。

 

 

 こいつをちゃんと返して、アカリ言うんだ。

 

 ただいまって。サナをちゃんと連れて帰って来───

 

 

 

「キシャィァァァアアアアッ!!!」

 ───は?

 

 聞こえるはずの無い声。

 

 

 

 いや、聞きたくなかった声。

 

 

「ネルスキュラ?!」

 正面では無く、背後。振り向けばタテを構えるケイスケに鋏角を叩き付けるネルスキュラの姿が映ったんだ。

 

 まだ……まだ返してくれないのか。

 

 

 

「ケイスケ!!」

 ふざけやがって。

 

 

「ふざけやがってぇ!!」

 直ぐにヘビィボウガンを拾うために振り向く。ここからなら走って双剣で戦うよりもヘビィで援護した方が早い。

 

 こんなとこでしくじってたまるかよ。

 

 

 こんなとこで終わってたまるかよ!!

 

 

「待ってろよ今───な?!」

「……クカクカキキキ」

 目の前の木々の間から覗く巨体。無機質な眼に睨み付けられた自分の身体が止まる。

 

 

「四匹目……?!」

 嘘だろ……。

 

「キシャィァアアッ!!」

「っ?!」

 振り上げられる鋏角。とっさに突き出した双剣と共に自分の身体が宙に浮く。

 

 

「───がはっ」

 くそ……っ。こんな事をしてる場合じゃ無い。

 

 

 

「……ぐぅっ」

 ケイスケだって他の皆だって限界の筈だ。

 

 こんな所で止まってる場合じゃ無い。

 なのに───

 

 

「キシャィァァァアアアアッ!!!」

「……くっそ」

 ───こんな時に。

 

 

 

 

「「「キシャィァァァアアアアッ!!!」」」

「な……ぁ……?」

 さらに、振り向けばネルスキュラが三匹増えて皆を囲っていた。

 

 

 丁度一人一匹。四人でやっと倒したネルスキュラが合計で五匹。

 

 

「なんなんだよこいつらぁ!」

 

「……サナ! 俺の後ろに!」

「あんたこそ下りなさい筋肉。一人じゃこんな奴───っぁ?!」

「サ───ぐぁ?!」

 無理なのか……?

 

 

 あれだけ考えた。

 

 

 必死にやった。

 

 

 

 それなのに───

 

 

 

「───無理だったてのかよ畜生がぁぁあああ!!!」

 負けたく無い。

 

 

 無理だと分かっていても。

 

 

 

 もう神頼みでも何でも良いんだ。

 

 

 ただ帰りたいだけなんだ。皆で帰りたいだけなんだ。

 

 

 

「死んでたまるか……死なせてたまるか……」

 まだだ。

 

「まだ終わっちゃい───がはっ」

 目の前のネルスキュラを無視して走ろうとすると、背後からの一撃で肺の空気が全部抜ける。

 

 く……そ……。

 

 

 手を伸ばす。

 

 

 アニキが武器を弾かれる。

 

 

 ガイルが糸に捕まって動けなくなる。

 

 

 ケイスケが地面に膝を着く。

 

 

 サナに振り下ろされる鋏角。

 

 

 

 ……終わったのか?

 

 

 そんな……。

 

 

 嫌だ……。嫌だ……。

 

 

 

 助けてくれ…………皆……っ!!

 

 

 

 

「キシャィァァァアア───」

「ぬんぉぉぉおおおおお!!!」

 サナに振り下ろされようとしていた鋏角が、突然の怒号と共に宙に舞う。

 

 鋏角を斬り飛ばした『大剣』はそのまま弧を描き、ネルスキュラに叩きつけられた。

 

 

 

「───ぇ」

「……待たせたなぁ」

 ニッと笑う巨漢は他の人物を誰も気にとめること無く、振り向いてサナの頭をその大きな手で撫でた。

 二メートルはある竜人族の男。

 

 我等が橘狩猟団団長。

 

 

「……親爺?!」

 橘デルフ。

 

 

「……な、なんで糞爺が居───」

「サナ!!」

 サナが言い終わる前に、彼女の名前を叫ぶ女性の声が響く。

 ピンクの髪を後ろで纏めたその女性は、ネルスキュラを無視してサナの所まで走り彼女を無理矢理抱きしめた。

 

 

「お、お姉ちゃん……?!」

 クーでリアさんと親爺がなんでこんな所に……?

 

 

 

「……良く無事だったな」

「いや、糞爺前! 前!」

「あぁ……?」

 親爺の後ろで鋏角を切り飛ばされ、大剣を叩きつけられてもなお立ち上がるネルスキュラを指差してサナが焦った声を出す。

 そもそもサナの窮地を救ったからといって全員のピンチを乗り切った訳ではない。

 

 

 突然の親爺の怒号で動きを止めていたネルスキュラ達だが、我に返って直ぐさま目の前の獲物に意識を向ける。

 

 勿論、自分の目の絵にいるネルスキュラも例外では無かった。

 

 

 

「キシャィァァァアアアアッ!!!」

 

「ったくよぉ」

 だが、それでも親爺は焦った様子も無く大剣を振り上げる。

 

 ただ目の前の一匹に集中し、向かってくるネルスキュラにその大剣を───

 

 

「お前ら全員何もかも自分で何とかしようとし過ぎなんだよ……っ!!」

 ───叩き付けた。

 

「ギェァァアアアッ?!」

 その一撃で絶命するネルスキュラ。

 

 

 

 

 そして親爺はその言葉にこう付け足す。

 

「俺達は……家族だろう?」

 

 

 

「ギェァァアアアッ?!」

「っ?!」

「やらせないっすよぉ!!」

 糸に捕まったガイルを狙うネルスキュラをボウガンの弾が突然襲った。

 突然の奇襲。勿論自分がヘビィボウガンを拾った訳では無い。

 

 なら……誰が? さっきの声は?!

 

 声の主は自慢のモヒカンが雨で崩れないように片手で押さえながら、ガイルの目の前に立つ。

 

「待たせたっす、ガイル」

「……ヒール?!」

 

 

 

「キシャィァアア!!」

「くそ……っ!!」

「ラルフ君!」

 アニキにタックルを仕掛けるネルスキュラに弓が何本も刺さる。

 動きを止め、ラルフの前に立ったのは金髪の可憐な少女だった。

 

「ラルフ君は……私が守る!」

「ナタリア?!」

 

 

 

「ギェァァアアアッ!!」

「……ちぃっ」

「情け無いわね!」

 ケイスケへの攻撃を、大きな盾が防ぐ。

 だがそれはケイスケ本人のランスの盾では無く、赤い髪の少女がしっかりと構えた緑色のガンランスの盾だった。

 

 少女は攻撃を確りと受け止めてから、ケイスケを心配そうに眺めた。

 

 

「……良かった、無理し過ぎて無い」

「……カナタ。なぜ?」

 

 

 

 

 皆が……家族の皆が助けてくれたのか……?

 

 助かったのか……?

 

 

 いや、まだだ。

 

 

「キシャィァァァアアアアッ!!!」

 自分が生きのこらな───

 

「───マジか……」

「……シ……カ…………く、ん」

 目の前に立つ黒髪の少女は、初めの頃とは比べ物になら無い程手馴れた手つきでヘビィボウガンを構えた。

 

 

 確りと照準をネルスキュラに定め、弾丸を叩き込む。

 

 

「……あ、り、が、と」

 そりゃ、こっちの台詞だよ。

 

 

「や、く、、く、ま、もっ、く、、て」

 約束? あー、サナね。いや、危うく破る所だったけどな。

 いや、でもさ。本当。

 

 

「こっちこそ……ありがとな」

 ……助かったよ。

 

 

 

 

「俺達は家族だ。……辛い事も、難しい事も、大変な事も、嬉しい事も全部分け合う家族だ。なぁ? そうだろう? お前らぁ!!」

 親爺の声に、全員が無言で頷いた。

 

 

 

 そうだ。

 

 

 

 ここに居る皆は家族だ。

 

 

 これまでの旅で───楽しんで、分かり合って、手を取り合って、助け合って、励まし合って、騒ぎ合った───大切な仲間達だ、

 

 

 

「立てるっすか?」

「……ふ、余裕だ」

 この皆ならやれる。

 

 

「大丈夫? サナ」

「当たり前でしょ。おねーちゃんは下がってて、まだ一仕事あるんだから」

 この皆とならずっと一緒に居られる。

 

 

「なぁ、ナタリア……」

「な、何かにゃ?!」

「俺の後ろは任せたぜ?」

「……う、うん!」

 助け合える。

 

 

「……カナタ」

「何?」

「これが終わったら結婚してくれ」

「あんたこの状況でそれ言う?!」

 支え合える。

 

 

 

「……なぁ、アカリ」

「……?」

「この前の返事をここで言うわ」

「……っぇ?!」

 ずっとこの皆で。

 

 

 

「行くぞぉ! お前らぁああ!!!」

 これからもずっと───

 

 

「───ずっと、一緒に居ような」

「…………ん!」




やっぱり最後は皆集合でパーっとやりたかったのですよ。皆んながいてこそのこの作品だった訳です。
終わりとしては中途半端かもしれない。でも、彼等の物語は続いていく〜みたいな感じの方がこの作品としては合っている気がします。

完璧に終わらせるって事は……それはつまりつまるところ彼等の冒険を終わらせるって事になってしまうので……。うん、言い訳臭いね。


50話以上書き続けてきた私の処女作な訳ですが、思い出せば長かったような短かったような。
そんなのこの作品も次のエピローグで最後のお話となります。

多くも語る事はありません。次回で最終回です。


最後にもお会いし、お付き合い頂けると幸いに思います。ではでは。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Epilogue
エピローグ


前略、文字数がいつもの倍あります。


「そっち行ったでアカリ! 一旦退がれ!」

「ん!」

 自分の声に素早く反応して、ヘビィボウガンを折りたたむ少女。

 短くて黒い髪を風に揺らしながら、彼女は難なく現在の居場所から退却する事が出来た。

 

 

「ブルルォゥッ」

 そして、アカリが居た筈の場所に辿り着く一匹のモンスター。

 

 二本の立派な牙と、ボスの特長である白の混ざった立派な毛。

 ブルファンゴのボスであるドスファンゴは、狙撃手を見失った苛立ちを見せるように鳴き声を上げた。

 

 

「……今や、アカリ」

 小さな声で。いや、自分でも出しているのか分からないような声でそう呟く。

 ただ、彼女にはそれは関係無いようだ。

 

 自分の口元を見ていた彼女は、再び展開したヘビィボウガンのトリガーを握る。

 発射される弾丸。ドスファンゴの横腹に命中した火炎弾がその肉を焼く。

 

 

「ブルルォァッ! ブォゥッブォゥッ」

 鬱陶しい狙撃手を再び見付け、突進の構えを取るドスファンゴ。

 

 次の瞬間繰り出された突進は、その巨体で繰り出す大技だ。

 当たればひとたまりも無い。当たれば。

 

 

「ブルルォァゥァッ?!」

 ドスファンゴが大地を蹴った次の瞬間、その巨体が痙攣しながらひっくり返る。

 地面に設置してあったシビレ罠を踏んだ足から、全身に電気が流れて動きが止まったんだ。

 

 

「ラッシュかけるで! サナ! ガイル!」

「……言われなくても!」

「そのつもりよ!」

 待機していた二人に声を掛けて、動きを止めたドスファンゴを三人で囲む。

 ハンマーと、太刀と、双剣が、ドスファンゴの肉を切り命を削った。

 

 

 

 

 

 

「お疲れ、アカリ。上出来上出来、やるじゃない」

 倒したドスファンゴの肉を剥ぎ取りながら、サナはアカリの頭を思いっきり撫で回す。

 一方のアカリは歳下に撫でられても気を悪くせずに、ただ嬉しそうにはにかむのであった。

 

 

「……完璧だったな」

「せやな。さーて、後は帰ってバーベキューの準備や」

 このドスファンゴはギルドの依頼での狩猟だが、剥ぎ取った素材はこっちで有効に使わせてもらおう。

 取り巻きのブルファンゴ達の肉も合わせれば相当な量だ。

 

 

「あんたらはやれて当然でしょ。ここで油断なんかしないの、帰るまでが狩り!」

「勿論分かっとるで」

 気は緩めない。ここは狩場だからな。

 

 

「それじゃ、帰りましょ」

 この世界はモンスターの世界だ。

 

 

 

 空に、陸に、水の中に。

 

 

 森の中に、砂の中に、洞窟に、至る所に彼等は居る。

 

 

 

 この世界はモンスターの世界だ。

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

「よし! お前ら飲み物は持ったな? コップを上げろ! バーベキュー、スタートだ!!」

 ケイスケの声で全員が飲み物が入ったコップを掲げて声を上げる。

 

 

 

 ここは密林。どこか懐かしさを感じる場所だ。

 

 と、いうか。自分がこの狩猟団に入団したあの場所なんだけどな。

 曰く、ここは絶好のバーベキュースポットらしい。

 

 

 

 

「……タク、見てるかな」

 隣で小さくサナが呟く。肉が刺さった串を取っては、それを空に掲げた。

 

「……どうやろな」

 タクヤが死んだあの日から、一週間が経つ。

 

 

 落ち着きを取り戻した我等が狩猟団は、その足でこの場所まで歩き……今のバーベキューに至る訳だ。

 半年以上前、ここでバーベキューをしていたのはマックスという人物の死から立ち直るためだったと聞く。

 

 今回も、きっとそういう事なのだろう。

 

 

「もし見てるなら、笑ってやろう。あいつが悔しがるように……笑ってやろう」

「……そうね」

 ふっ、と笑ってから、サナは一旦目を閉じる。

 

 

 その脳裏に映ってるのはどんな光景か。

 

 

 

「…………あんたがアカリを惚れさせなかったから、私はアカリにシンカイ取られたんだぞこのアホぉぉおお!!」

 そうして、息を思いっきり吸ったかと思えば、彼女はなんの恥ずかしげも無く大きな声でそう叫んだのだった。

 

「おままままままま、おまえ……」

「……何? 文句ある?」

「ありません」

 なんというか……その……自分が恥ずかしいです。

 

 

「……む」

「お、アカリ。食うか?」

「……む」

 なんかムスッとしてるけど。

 

「……ん!」

『シンカイ君は私のだから!』

 辞めて!! 自分が恥ずかしいから!!

 

 

「アカリ、私はまだ諦めてないわ。シンカイはいつか私の玩具にする」

『絶対にあげないもん。ずっと一緒に居るって約束したもん!』

「辞めてぇぇえええ!! ワイが恥ずかしいからぁ!!」

 自分を殺す気かこの二人は!!

 

 

「……シンカイ、少し付き合え」

「……ちょっと男同士で話をしようっす」

 物理的に殺す奴等が来たぁ?!

 

「……ははっ。……ちょっとタンマ!」

「「「逃げるなぁ!!」」」

「……むぅ」

 悪いが逃げるが勝ちである。

 

 

 

 

 

 

「シンカイ、慌てた顔してどうした?」

 荷物を積んで来た竜車の裏に隠れると、そこに立っていたケイスケに声を掛けられる。

 なんでこんな場所に居るんだお前は。

 

「ちょっと逃亡を」

「ふ……そうか」

 軽く答えては、ケイスケは何処か遠くを眺めるように自分から視線を外した。

 何か考え事でもしていたのだろうか? 邪魔をしてしまったようだ。

 

 

「懐かしいな」

 その場を去ろうとしたその時、ケイスケがそう言って言葉を繋ぐ。

 

「……せやなぁ」

 もう、何ヶ月も前の話なのか。

 色々あったけど。ここが始まりの場所なんだよな。

 

 

「今だからこそ、お前に会ったのは運命なんだと思えるんだ」

「……偶然やろ、偶然」

 最初はかなり不順な動機でハンターになった気がする。

 

 

 正直、あの時は何も無かったんだと思う。

 

 

 何も先が無くて、何も考えずに外の世界に出た。

 

 

 

「ただ、運が良かっただけや」

「運?」

「あの時ケイスケに誘われたのは、偶然だった。でも、本当に運が良かったんだと思っとる」

 運命なんて物は信じない。ただ、それが無かったんだとしたら……あの日アカリを助けずに彼らに出会わなかったとしたら───今自分はどこに居るだろうか?

 

 いやぁ、考えたくも無いな。

 

 

「まぁ、運命だろうが偶然だろうがどっちでも良いさ。俺は、今ここにお前が居る事を良く思う。それだけだ」

「それに関しては、同意見や」

 橘圭介。なんでも見透かして、結局はコイツの思い通りになる。

 

 それが最初気に食わなかったりしたけども、今じゃそれで良いとすら思えているんだ。

 皆の頼れるリーダー。彼について行けば間違いない。それで良いんじゃ無いかな。

 

 

「あ、ケイスケ此処にいたの? ちょっと来て」

 そんな話をしていると、竜車の陰から赤髪の少女が首を覗かせた。

 なんだ? そう思ってケイスケと共にその少女───カナタの所へ向かう。

 

 

「お父さんがお酒で泣いちゃって……私じゃどーしようも無いの」

「うぅぅ……ぅぉぅぅ…………タクヤぁぁ」

 そこに居たのは、号泣する大柄な竜人族の男性だった。

 こりゃ、お酒で出来上がってるな。

 

 

 記憶では物凄くお酒に強かったハズだが。

 どれ、周りを見てみれば大タルが三つほど空になっている。なんだこれは。

 

 

「飲み過ぎだぞ、親父」

「飲まずにやってられるかってんだよぉ、なぁ? っひ。俺はなぁ、誰とだって別れたくねぇんだよぉ」

 小タルを地面に叩きつけてから、親父は地面に水分を吐き出す。

 おぉ……これはこれは。

 

 

「……アウトやな」

「こんなになるの初めてよ……?」

「そうなん?」

 よっぽどタクヤの事を気に入ってたのか……。

 

 いや、違うな。きっと親父は責任を感じてるんだ。

 あの日、自分が皆と居れば。村を出なければ、タクヤを守る事が出来た。

 

 

 そう思ってるんじゃ無いだろうか。

 

 

 

「親父は悪く無い……。親父は皆を助けてくれたやないか」

「んぁ……? シンカイ……」

「だから、そんな気にせんといてくれや。誰も親父を責めたりはせーへん。家族やろ?」

「ぐぉ……ぐぅぅ……シンカイ…………うぅぅぉぉおお!!」

「辞めろぉぉおお!! 抱きしめるなぁああ!! 物理的に死ぬ!!」

 橘デルフ。

 この橘狩猟団をこれまで支えて来たのはなんの間違いもなくこの親父だ。

 ずっと息子達の事を考えて来た彼に責任を押し付けるのは流石に気が引ける。

 

 

「シンカイ、まだ悪いのは自分だとでも思ってる訳?」

 そう呟くのは、目を細めて自分を見るカナタだった。

 

「いや……そういう訳や無いんやけどな」

 これに関しては答え辛いの一言だ。

 

 

 

 確かに、正直に言えばタクヤが死んだのは自分のせいだと思っている。

 でも親父もそうであるように、きっと誰もがそう思ってるんじゃ無いだろうか。

 

 

「あんたは見た目より考え込むよね。よしよし」

「一つしか違わんのに年下扱いすなや」

 自分の頭を撫で回すカナタの優しい手。

 本当は嬉しいが、恥ずかしいからそう言って辞めさせる。ケイスケが怖いし。

 

 

「シンカイってさ、責任感がちょっと強過ぎるんだよ。自分がなんとかしなきゃって……格好良いけどさ、それでシンカイが倒れちゃったら私はやだぞ」

 道輪叶多。

 頼れる皆のお姉さんは、物事を確り見ている優しい少女だ。

 彼女には頼ってばかりな気がする。こうやって注意してくれるのは、いつも彼女なのだから。

 

 

「……肝に銘じとく」

「そーしなさい」

 デコピンは辞めてくれ。

 

 

「カナタ、俺も撫でてくれ」

「ゔぉぇぇぇ……」

「その前にお父さんを川に連れてこ……」

 その前にって事は撫でてやるんですか?

 

「ワイも手伝おうか?」

「シンカイは遊んでなさい。ほらケイスケ反対側支えて」

「っと。そうだな、シンカイは遊んでいろ。皆を頼んだぞ」

 まぁ、二人きりにしてやろうか。親父居るけど。

 

 

 

「と、は言ったものもなぁ」

 ガイルとヒールに見付かるのは不味い。

 

「何こそこそしてやがる?」

「きゃいん?! って、アニキかい」

 突然話しかけられたせいで変な声がでてしまった。振り返った先に居たのは、大きなこんがり肉を持ったアニキだった。

 

「きゃいんってお前。きゃいんて」

「脅かすなやぁ!」

 心臓が口から出るかと。

 

 

「なーにしてんだか。食うか? 美味いぞ」

「あー、それドスファンゴの肉か。ちょいと食いたい」

 アニキが持って居たのはドスファンゴの足の肉を焼いた物だった。

 突進の為に鍛えられた筋肉は張りがあって、こんがりと焼かれた後でも引き締まっているのが分かる。

 

 

「頂きぃ」

 ちょっと硬めの歯応えが癖になりそうな味わい。

 ふむ、アカリ達と頑張って狩った甲斐があったな。

 

 

「これ、アカリと倒したんだってか?」

「まぁ……サナとガイルも居たし。余裕っちゃ余裕やったけどな?」

 それでも、アカリの成長には目を見張るものがあると思う。

 結局あの時だって、ネルスキュラから自分を助けてくれたのはアカリだった訳だし。

 

 

「ずっと思ってたんだけどよ、一つ聞いて良いか?」

「んー? なんや」

 こんがり肉を食いちぎってから返事を返す。食べ応えがある歯応えが食を進ませるのだ。

 

 

「お前って初めからそれなりに強かったよな。ここに来る前から、ハンターだったのか?」

 そんな質問を落としてから、アニキは自分から肉を奪って噛み付いた。

 豪快な食いっぷりに感服しながら、その質問の意味を考える。

 

「一応、ハンターの基本については小さな頃に習ってた。身体が覚えてるくらいには、必死にやってた訳や」

 姉が死んだと言われるまでは、自分もハンターになるんだと……そりゃ必死になって勉強していたんだ。

 

 

 

 どんな武器でも使えるようになって、ヘビィボウガンを使う姉と肩を並べる。

 

 その為に色んな事を練習した。

 だからか、大抵の武器はそれなりに使えるようになって居た。

 

 

「なるほどな……。正直よ、初めてあった時はお前の事を信頼してなかった」

 アニキは頭をかきながら申し訳なさそうにそう言う。

 

「知ってた」

 そもそも態度で出ていたどころか、口でお前なんて認めないと言われたんだからな。忘れようにも忘れられない。

 

 

「…………今だからもう一度言うぜ。……悪かったな、あの時は」

「気にしてへんし。それに、あの時言ったやんか。アニキは間違ってない。ワイは……マックスの代わりになんてなれへん」

 誰も、誰の代わりになんてなる事は出来ない。

 

 

 

 マックスの代わりは居ない。

 

 

 タクヤの代わりも、居ないんだ。

 

 

 

「だから、もう誰も失わない。その為に……強くなる。それが今の目標やな」

 あの頃は、目標なんて物は何も無かった。

 

 でも今になってやっとそれが出来たんだ。

 ここからが始まりなんだと思う。

 

 

 これからが、自分の物語なんだと思う。

 

 

 

「ふっ、そうだなぁ! 俺達は強くなる。最強の猟団になって、いつか古龍だって倒してみせる。良いじゃねーか……俺は付き合うぜ」

「アニキが居れば百人力や!」

「任せろっての!」

 ラルフ・ビルフレッド。

 皆の頼れるアニキは、いつも真っ直ぐで力強く皆を引っ張ってくれる。

 熱い本物の魂は男共の憧れだろう。勿論、その男共に自分も入ってるんだけどな。

 

 

 

「……見付けたぞ」

「そんな所に隠れてたっすか」

「ゲェッ?! 見付かった」

 逃げるが勝ちか。

 

「アニキ、シンカイを捕まえて欲しいっす!」

「よし任せろ!」

 ぇ、ちょ、アニキ?、

 

「悪いな、可愛い家族の頼みなんだ」

「ワイも家族やけど?! 裏切ったな糞がぁぁぁ!!」

 こなくそぉ!! 力強いんだよくそぉ!!

 

 

「くっくっく、もう逃がさないっすよ」

「……シンカイ、歯を食いしばれ」

「ガイルだけ真面目なの怖いから辞めて?」

 本当こいつは読めん。何考えてるのか全然分からん!

 

 

「なんだ? お前ら喧嘩か? 何したんだシンカイ」

 人を捕まえておいて事情を今になって聞くアニキ。早く離せ。

 

「シンカイだけモテてずるいっす」

「首を出せ」

「あ、そういう事な」

「納得したなら離せや! ワイは無実!」

 確かに若干二人に好かれている気がするけども……。……いや、だって、ほら、ねぇ?

 

 

「そういう事なら加勢するぜ」

「あ、アニキ……。分かってくれたんか」

 流石アニキ。

 

 

「シンカイは俺がこのまま止めておく。お前ら気が済むまで殴れ!」

「この糞野郎!! 言っとくけどアニキもこっち側やからな?! ヒールも知っとるやろ?!」

「よっしゃ二人まとめてぶん殴るっす!!」

「誰かそこのバカを止めろぉぉおお!!」

 いや本当、楽しい奴等だよ。

 

 

 ちなみに騒いでたらナタリアに怒られて止められました。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

「で、どうなん」

「どうなんすか」

「……別に恋愛感情なんて物はない」

 少し時間が経ったバーベキュー。ガイルに問答するのは自分とヒールの二人だ。

 

 

「嘘こけ」

「自分に正直にならないとダメっすよぉ?」

 偶にヒールが見た目通りの行動に出ると逆に心配になるよね。お酒でも入ってるの?

 

 

「……いや、だから。俺はサナに勝ちたいだけだ」

 問答の内容はガイルがサナをどう思っているか、だ。

 彼自身そうは言っているが、周りから見ればどう見てもほの字である。

 

 だって歯を食いしばれとか言うんだもん!

 

 

 

「正直に吐けば楽になるっすよぉ? ほれほれぇ」

「……ふんっ!」

「ギャフンッ!」

 殴られはしなかったが平手打ちを喉に食らったヒールは地面をのたうち回った。

 まぁ、そりゃそーなるわな。

 

 

 

「……俺は、強くなりたいんだ。皆を守れるくらい……強く」

 そうして静かに呟くガイルは、真っ直ぐと自分を見て来た。

 

「強く……か」

 強いってなんだろうな。

 

 

 サナみたいに、狩りが上手い奴の事だろうか?

 

 ケイスケみたいに、頭の良い行動が出来る事だろうか?

 

 アニキやカナタみたいに、芯の通った行動が出来る事だろうか?

 

 それだけじゃないと思う。

 

 

 

「ガイルは強いと思うで?」

「……?」

 首を傾げるガイル。

 

 

 強さにも、色々あると思う。

 人には皆長所と短所があるように、強さと弱さがあって個性に繋がっていくんだ。

 

 

「ガイルは本当に仲間想いやん。仲間がピンチの時、いつも一番に声を上げるのはガイルやろ?」

「……それは」

 大切な人を無くした彼だからこそ、必死になるんだろう。

 ガイルが筋肉バカな理由だって、その優しさに含まれてるんだから。

 

「そこはガイルの良い所なんやから、もっと胸を張ってもええと思うで」

「……そうか」

 ガイル・シルヴェスタ。

 仲間の事を一番に考えられる、心の優しい奴だ。

 筋肉バカなのが欠点か。その欠点も長所だと思えるくらいには、彼は仲間想いで出来ている。

 

 

「だから自分に正直になれや。サナはガイルの事認めとると思うで?」

「……っな、だから違うと!」

 まー、顔真っ赤にしてまー。

 

 こりゃ、確定だな。今後が楽しみだ。

 

 

 

 恋愛……か。

 

 

 ここに居た数ヶ月で色んな物を見て来たが、案外家族って感じのこの狩猟団でも皆異性を気にしたりするんだよな。

 

 

 ケイスケはともかく、カナタもなんだかんだケイスケの事好きなんだと思う。

 

 タクヤもそうだったように、ガイルのように好きだけど表には出さない(バレバレだけど)奴も居るし。

 

 アカリやサナは、なんでか自分の事を好いてくれて居る。それが恋愛なのかどうかは……少し分からないが。

 

 

 そういや、もう一人居たな、恋する乙女が。

 

 

「恋愛といえば、うちのねーちゃんが全然進歩しないんすよね」

 ガイルの攻撃で倒れて居たヒールが立ち上がってそう言葉を繋げる。

 

 ナタリアさんねぇ、アニキが鈍感過ぎるからねぇ。

 

 

「そこんとこ、ヒールは応援とかしとるんか?」

「全くしてないっすね」

 鬼か。

 

「いや、違うんすよ。ねーちゃんの事はほっとこうかなってのが俺の答えなんすよね」

「やっぱ鬼やん」

 応援してやろうよ。

 

 

「今が一番幸せなんじゃないかなとか思うことがあるんすよ」

「……と、言うと?」

「恋してる時が一番ドキドキしてるって感じっすか? そのー、ねーちゃんには今の気持ちも大切にして欲しいんすよ。ほら、俺達捨て子っすから……愛情とかしっかり表現するの難しいんすよね」

 ヒール・サウンズ。

 周りに一番気が効く彼だからこそ、一番大切な存在の事を一番に考えて居るんだろう。

 偶にキャラがぶっ飛ぶけど、基本は周りをよく見て居る気さくな奴なんだヒールは。

 

 

「私の事読んだ?」

 と、そんな話をしてる最中に間の悪い事に本人が登場する。

 クーデリアさん付きで、女子二人が話しながら寄って来た。

 

 

「……ナタリア、お前の恋───ゴフッ」

「なんでもないでぇ!」

 ガイルを地面に叩き伏せながら話を誤魔化す。お前の無神経さはもう呆れるわドァホ!

 

 

「れん?」

「レンコンなら無いわよ」

 バーベキューの話じゃ無いです。

 

 

「せっかくのバーベキューなのに皆バラバラで食べてるのはどうかなー、って思うんだけど。ねぇ、お父さんとケイスケ君にカナタ……あと…………えと、ラルフ君知らない?」

 なんでこの人こんなに分かりやすいかなぁ。

 

「アニキは裏。残りは川に芝刈りに」

 ゲロ流しに行ったとは言い難い。

 

「芝……刈り……?」

 あーもぅ。真面目だからそういう反応する。

 

 

「最後にやきそば作ろうと思うんだけど、皆を集めたいからお父さん達の居場所を知りたいな」

 ナタリア・サウンズ。

 個性派揃いの皆を確りと纏める我らが猟団の会計係さん。

 多分彼女が居なければ猟団の生活はバラバラでメチャクチャになって居るだろう。感謝しても仕切れないな。

 

 

「あっちの方の川に行っとる筈やで」

「ありがとう、呼んでくるね」

 ゲロもう終わってると良いけど。

 

 

「ついてこうか?」

「シンカイ君はあっちよ」

 そう言って肉焼きセットの方を指さすのはクーデリアさんだ。

 その先にいるのは……サナ。

 

「ねーちゃんには俺が付いて行くっすよ」

「……アニキは俺が呼んでくる」

 あぁ……そういう事する? ははーん。

 

 

「サナのこと、頼んだわよ」

 クーデリア・ケイン。

 親父を抜くと最年長の頼れる姉御。狩りには殆ど参加しないが、良く怪我をした仲間の介護をしたりするのは彼女だ。

 二十歳超えの知識はバカにならないのである。それを言うと彼女は怒るんだけど。大人の魅力って素晴らしいと思わない?

 

 

「それじゃ、あとよろしくね」

 んな、無責任な。

 

 

 

「……さて」

 まぁ、責任は取るかな。

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

「……よ、よぅ」

「……よ」

 肉を焼きながら一人で居るサナに声を掛ける。

 

 

 二人きりでゆっくりと話す機会はいつ振りだろうか。

 そもそも大世帯だからな。二人きりっていうのが珍しい。

 

 

「……アカリは?」

「今は私の番。こんな時までアカリの名前を出さないの」

 そんな無条理な。

 

 

「……すまん」

「別に良いんだけどさぁ……。もうあんたとアカリはくっ付いてる訳だし」

「……っぅ」

 あ、改めて口に出されると恥ずかしい。

 

 

 

 ネルスキュラ討伐後、確りとした告白を自分からしたのは記憶に新しい。

 

 若干パニックだったからか、詳しい事までは覚えてないが。

 その場で了承を貰って、ちょっとだけ大人の階段を登りました。柔らかかったです。

 

 

 そんな事はさておき。

 

 

「ニヤけんな」

「ごめんなさい」

「はぁ……自分が情けない」

 こんな奴を好きになったのが?

 

 悪かったな……。

 

 

「アカリを消してでもあんたを手に入れておくべきだったか……」

「なんで物騒な話に?!」

 お前ら親友だろ?!

 

「冗談に決まってるでしょバカじゃ無いの」

 ぶっ飛ばすよ?!

 

 

「でもそのくらい……好きだったって事。てーか、今も好き。今ここであんたを押し倒して襲いたいくらいには好き」

「最近サーナリアさん台詞がぶっ飛んでませんか? 少し落ち着いて?」

 変だよ?

 

 

「冗談よ」

 人間不信になりそうだ。

 

 だって、全然冗談って顔してないんだからな。

 

 

「……ごめん」

「あんたが謝る事じゃ無い。私に魅力が無かった、ただそれだけの事」

 そんな事は……無い。

 

 

 ただ、自分がアカリを選んだのは───

 

 

「ねぇ、私の方がおっぱい大きいよ」

「ブハッ」

 何言い出すのこの人?!

 

「もっと大きくなる予定だし、身長ももう少し伸びる。アカリみたいなサラサラな髪が良いって言うならなんとかするし、眼鏡掛けろってんなら眼鏡掛ける。…………それでも、私じゃなくてアカリを選ぶ?」

 真剣な表情で、真っ直ぐと自分の目を見てそう言う一人の少女。

 

 

 

 サーナリア・ケイン。

 彼女はいつもそうだ。誰よりも真剣で、誰よりも一生懸命で、誰よりも努力をする。

 そんな彼女が大好きだ。ずっと隣にいて欲しいと思う。

 

 

 でもそれは、異性としてではなく───仲間としてだ。

 

 

 

「……ごめん」

 だから、自分の答えは決まっていた。

 

 どんな事を言われても、こう答えると決まっていた。

 おっぱいに一瞬心が動かされたとか、そんな事は全く無い。

 

 

「……知ってた」

 少女は瞳を濡らしながら、目を逸らしてそう言った。

 多分サナ自身も分かっていたんだと思う。

 

 

 

「てーか、その返事じゃなきゃアカリは任せられないし? それでも即答じゃ無かったのは何? おっぱいで揺らいだ訳?」

「ななななななななな訳あるかーい!」

「……」

 辞めて! そんな目で見ないで!

 

「……アホ」

「……すいません」

 笑えん。

 

 

 

「ね、シンカイ」

「……なんや?」

 これ以上虐めないで下さい。

 

 

「アカリと居るって事は、これからもずっとこの猟団に居るってことよね?」

「そりゃ、勿論」

 この猟団を離れる理由が無いしな。

 

「それなら……良いのよ」

 サナはどこか遠くを見ながら、小さくそう言った。

 

 

「いつか、ディアブロスと戦ったじゃない?」

「あったなぁ、そんな事」

 懐かしいな。

 

 

「私はあいつをマ王だと思ってたけど、実際は違ったらしいわね」

 あの時はサナには隠していたハズだが、いつの間にかネタバレされていたようだ。

 

「私の目標は、あの時のパーティで本物のマ王に勝つ事。だから……あんたには私の隣にいて欲しかった」

「んなもん、言われなくても隣に居るで? 家族やろ」

「……そうね。むしろ、このままの方が良かったのかも」

 サナとどうこう……ってのは考えなくも無かった話ではある。

 

 

 実際、サナは可愛いし中身だって最高だ。

 

 彼女とだって多分、幸せになれたと思う。

 

 

 

「ん」

 無言で左手をグーで上げるサナ。

 

 やりたい事は分かっていた。

 

 

「これからも宜しくね、シンカイ」

「勿論やで、サナ」

 お互いの拳がぶつかり合う。気持ちの良い音がなって、お互いに何が面白かったのか笑いあった。

 

 

 

 最高の仲間。

 

 

 最高の家族と笑うこの瞬間が、自分は一番好きなのかもしれない。

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 橘小明という正直は耳が聞こえ辛い。

 

 

 それだけではなく、恥ずかしがり屋で身体も小さくて力も弱い。

 

 

 

 ただ───彼女は一生懸命で、明るくて、勇気があって、芯がしっかりしていて、優しい女の子だ。

 何もかも中途半端な自分にとって、それだけ確りした少女は自分なんかよりも遥かに上の存在に見えた。

 

 何より彼女の事を気にするようになったのは、彼女がヘビィボウガンを使っていたからだろうか。

 

 

 

 武器を背負うのも大変そうな彼女がほっとけなかった。

 

 

 

 いつか、なぜヘビィボウガンを使うのか聞いた事がある。

 

 

 彼女はこう答えた。

 

『憧れの人がヘビィボウガンを使っていたから』

 

 それが誰だか知らないが、アカリの使うヘビィボウガンはその憧れの人が使っていた物と同じ種類の物だそうだ。

 そんな偶然があるかどうか分からんが、まぁ……まさかな?

 

 

 

 気が付いたらそんな彼女を目で追っていたのはいつからだろうか?

 

 

 タクヤが好きな彼女だからという訳ではない。

 

 

 ただ、この気持ちが何なのかあの日まで分からなかったんだよ。

 

 

 

 でも、あの日分かった。

 

 

 

 タクヤが死んで、サナも失ったと思っていたあの日。

 

 

 アカリに自分なら出来ると言われた。

 

 

 

 あぁ……そうか。

 

 

 自分は、あの人の影を追っていたんだな。

 

 

 あの人に追いつきたかったんだな。

 

 

 

 憧れを移す鏡はそこにあって、そこに彼女自身が映った時に……それはまた別の感情へと変化した。

 

 

 

「アカリが好きだよ」

 何でもかんでも中途半端だったから、中途半端じゃないこの家族の皆が大好きになった。

 そんな中でも自分の憧れに目が行って、アカリを良く見るようになった時。彼女の良い部分が沢山見えてきて、必然的に好きになっていた。

 

 

 何より……ほっとけないんだよな、アカリは。

 

 

 

『おっぱいで揺らいでた』

「グハッ」

 耳が聞こえない代わりに口パクで大体何行ってるか分かるから、遠くにいても何を話していたか分かるのだろう。

 盗み聞きならぬ、盗み見していた訳だ。ヤバイ。

 

「お、お許しを……」

「んー」

 態とらしく首を傾げるアカリ。その表情が可愛いったらなんのね?

 

 

『冗談だよ』

 許された。

 

 

『でも浮気したら怒る』

 許されなかった。

 

 

 

「ん?」

「勿論しませんよっと」

 頭を撫でてやると、アカリは気持ちよさそうに目を瞑った。

 こういう素直な所が可愛いんですわ。惚気ばかりで申し訳ない。

 

 

「ん」

「なんや?」

『色んな事があったね』

 そうだな、色んな事があった。

 

 

 突然猟団に誘われたり。

 

 

 突然ゲリョスと戦わされたり。

 

 

 でっかい船に驚かされり。

 

 

 魚とかガノトトスとか釣ったり。

 

 

 卓球したり。

 

 

 ディアブロスと戦った。

 

 

 幽霊とあったり。

 

 

 フルフルベビーと戯れたり。

 

 

 湖で遊んだり。

 

 

 誰かを失ったり。

 

 

 誰かを救った。

 

 

 

 他にも、いろんな事があったな。

 

 

 

『こらからも、色んな事があると思う』

「せやな」

 でも、この物語はこれで終わりじゃない。

 

 

 

 物語は続いていく。皆んながいる限り、何処へでも続いていくんだ。

 

 

 

『これからもずっと』

「い……し、に、いて、く、れ、ぅ?」

「当たり前やろ。ずっと一緒だ」

 この物語は続いて行く。これから始まるかのように、続いて行く。

 

 

 

「おーい! 新しい逸材を連れて来たぞ! 今日からまた一人仲間が増える。皆挨拶をしてくれ! ちなみに俺は橘圭介、ランスを使っている」

「俺は橘デルフ。大剣使いで、この橘狩猟団の団長だ。気安く親父と呼びなぁ!」

「私は道輪叶多。ガンランス使いね」

「ラルフ・ビルフレッドだ。スラッシュアックスを使っている」

 物語は始まったばかりだ。

 

 

「ヒール・サウンズっす、ライトボウガンを使ってるっすよ!」

「これの姉のナタリアっていうの。弓を使ってるよ。宜しくね」

 ここで語られた物語は、これから紡いで行く物語のほんの初めに過ぎない。

 

 

「……ガイル・シルヴェスタだ。……ハンマーを使っている」

「クーデリア・ケインよ。あんまり狩りはしないけど、一応狩猟笛使い」

 おっと、物語を語る前に自分のステータスというのを話しておかなければならない。

 

 

 これはプロローグのような物語で、自分が何者か見付けだした一人の男の回想のような物だ。

 

 

 

 

「サーナリア・ケイン。太刀使いよ。……ほーら、あんた達も早く来て挨拶さなさい!」

 

 

 矢口深海。これは自分の名前だ。

 可もなく不可もなく五十点というところだろう。

 身長は百七十五程度。髪は栗色。顔立ちは普通。歳は十七。

 

 どこにでも居そうな普通の人間だ。

 

 

 

「んぇ、……ん!」

『橘小明だよ! ヘビィボウガン使いです。これから宜しくね!』

 

 

 

 さて、ここまで来て初めの一文に戻るとしよう。

 物語を語る上で必要な自分のステータス。

 

 

「矢口深海、武器は双剣。あんたは何を使うハンターなんや?」

 橘狩猟団所属───ハンター。

 

 

 これが矢口深海という男であった。

 

 

 

 

 

「そうか、これから宜しくな」

 

 

 

 物語は続いて行く。きっと、どこまでも。




ご愛読ありがとうございました。
皇我リキの次回作に期待して下さいm(_ _)m

無事、完結させる事が出来ました。皆様の応援のおかげです。
自分の作品では初めての作品で、初めての完結作品になります。全五十三話、約一年間の連載になりました(前回の更新の前の日に知らない間に一周年が終わってました)。


いやぁ……なんだか考え深いです……。


さて、深い所までは活動報告にでお話をさせて頂きます。土日には更新する予定なので、そちらも覗いてやって下さい。



それでは、これにて完結になります。



重ね重ねになりますが。



読了、ありがとうございました!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クリスマス特別番外編
彼女が欲しかった物


お久しぶりです。登場人物紹介を書くとか言っていたのにまったく書かないでごめんなさい。アレ結構難しいんですよね。言い訳です。

今回はどうしても他の作品でクリスマスイベントが書けなかったので、完結したこの作品での投稿になります。
まぁ、もうクリスマス終わったんだけどね!!


細かい事は気にせずに。


それでは、久し振りの彼等のお話をご覧下さい。


「クリスマスプレゼント?」

 突如目の前に現れた巨人───もとい親爺。橘デルフは、非常に気持ち悪い笑みを浮かべながらそう聞いてきた。

 

 

 そうか、もうそんな時期か。

 

 

 どこかの地方には、なんかよくわからん偉い人の誕生日を祝うというイベントがあるらしい。

 その日には何故か謎の赤装束を着たおっさんが、全国の子供達にプレゼントを配る風習があるようだ。

 

 ちなみに、そんな赤装束のおっさんは実際には存在せず親や兄弟が、子供の寝ている時にプレゼントを渡す。

 夢など無い。ちなみに自分は、七歳の時に「サンタもプレゼントも、存在しないんだよ」と子供の夢を打ち砕かれた。許せん。

 

 

 

 そんな訳で、クリスマスに優しい親は子供達にプレゼントを渡すのだ。

 親爺にとって猟団の皆は子供みたいなものだから、プレゼントを用意してくれるらしい。

 

 

「い、いや、ワイは要らへんで?」

「そう言うなシンカイ。毎年皆に渡してるんだ、気にせずに受け取ってくれ」

 と、言われてもなぁ。今特に欲しい物がある訳でもない。

 

 ……強いていうなら自分がアカリにプレゼントをしたいので、アカリの欲しい物が知りたい。

 

 

「アカリはどうする?」

『フルフルベビーの人形が欲しい!!』

 隣にいたアカリは、即答でそう答える。スケッチブックに書かれた文字は普段より気合の入った太い文字で、それが冗談でもなんでも無いということを物語っていた。

 

「よーし分かったぞ! で、シンカイ。お前はどうするんだ?」

「あ、そうだ。……娘さんを下さ───」

「まだ二年は早い」

 キメ声で言ったら頭を持ち上げられ、そう言われる。ごめんなさい冗談です。勿論まだ十四歳のアカリをどうこうしようなんて思っておりません!!

 

「ハッハッ、まぁ待ってろ待ってろ。今はまだそんな歳じゃねーだろ。青春を謳歌しな。……ケイスケはそろそろ頑張って欲しいけどなぁ」

 ケイスケはカナタが問題だからなぁ……。

 

 

「お、そうだ。ならシンカイにはとっておきでアカリと二人っきりで過ごす夜をプレゼントだ!」

「え、なにそれ。え───」

「ろい事したらぶん殴るからな。ガッハッハっ!」

「なにそれって聞こうとしただけやしぃ?! そんな事微塵とも思ってないしぃ?!」

「……んぇ?」

 ちぃ!! それただの拷問じゃないか?! そしてアカリが何の事か分かってない様子なのが罪悪感高まる!!

 

「アレだ、クリスマスの日はダイダロスでいつも通り宿を取るつもりなんだがな。シンカイとアカリだけ特別に二人部屋で宿を取ってやるよ! あと、ケーキとかも用意しといてやるから楽しめ!」

『楽しみだね! シンカイ君!』

「せやな。まぁ、邪念は抜きにしてせっかくやし楽しもうか」

「ん?」

 何でもない、何でもないぞ!

 

 

「んじゃよ、シンカイ。代わりと言っちゃ何だが、全員にクリスマスプレゼント何が良いか聞いてきてくれねーか?」

「全員か、ケイスケ達もやな。そんくらいお安い御用やで」

 サンタを信じてる信じてないの問題ではなく、クリスマスにプレゼントを渡してくれるなんて最高だと思う。

 

「おう、頼むぜ。アカリも手伝え、勿論サナの時は慎重にな?」

「ん!」

 アカリが元気に返事を返して、自分と二人で皆の所に行く事に。

 さて、それじゃケイスケじゃないが久し振りに言ってみるか!

 

 

「クエストスタートや!!」

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

「クリスマスプレゼントっすか? そうっすね、彼女が欲しいっす」

 モヒカンが真顔でそう答えた。

 

 

 ヒール、お前は真面目に返してくれると思ったのに。

 

 

「落ち着けヒール。サンタさんは人身売買までは出来ないんだ」

「んな事ぁ分かってるんすよ! でもなんか最近、皆色気付いて来ちゃって、なんか取り残された感じしてきてるんすよ。ケイスケとカナタは元々、アニキは姉ちゃんから矢印向いてるっすし、シンカイはアカリとくっついちゃうし、サナはそんなシンカイに矢印だし、そんなサナにガイルがなんか矢印だし?! なんなんすか!! 俺だってイチャイチャしたいっすよ。具体的にはクー姉さんとあんな事やこんな事がしたいっす!!」

「……ぁ、な、、こ、?」

「アカリの前だから落ち着いて? それ以上具体的に言ったらぶん殴られるよ? 親爺に」

 そんなに溜まっていたのかヒール……。

 

 

「ごめんなさい、私歳下には興味無いの」

 そして、たまたま通りかかったクーデリアさんに振られるヒール。流石に可哀想。

 

 

「泣いていいっすか?」

「胸貸してやるよ」

「リア充の励ましなんて要らないっすよぉ!!」

 ……なら誰に励まして貰うんだ。

 

「私は彼氏が欲しいわ。歳上の」

「だからあんたも落ち着け?!」

 結局ヒールは新しい櫛。クーデリアさんは素敵な髪留めとの事。

 

 

 

 うん、二人の将来に幸あれ。

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

「クリスマスプレゼントか、もう正直そんな歳でもないんだがな」

 そう言うアニキは、何故か空を見上げながら瞳を閉じる。なにを考えているのだろうか?

 そうして少し時間が経ってから瞳を開けたアニキは、ゆっくりとこう口を開いた。

 

 

「壊れにくいブーメランとか、かな」

「……ブーメランパンツ?」

「ブーメランだよ。木で出来た、投げたら帰ってくる奴」

 な、なんでアニキがそんなオモチャみたいな物を。

 

「なんでそんな物を……?」

「タクヤがすげー上手かっただろ? 俺も練習してみようかなって思ったんだよな」

 タクヤ……。

 

 

「そしたらよ……あいつの事をちゃんと忘れないでいられると思うんだよな」

「アニキぃぃ……」

 辞めて、泣きそうになるから辞めて。なんでアニキそんなに格好良いの? 惚れそう。

 

 

『私も練習したい!』

「おう、一緒にやろうぜ」

 そんな訳で、アニキはブーメランに決定。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

「……新しい筋トレマシーンが欲しい」

「普通。以外に普通。絶対にぶっ飛んだ物頼んでくると思ってたのに、普通」

 ガイルが正直一番読めないからな。何を頼んでくると思っていた。

 

 

 まぁ、筋トレマシーンも正気変だが?

 普段のガイルを考えると全然普通である。

 

 

「……本当に欲しい物は己の力で手に入れる物だ。だから俺は、己を鍛える物が欲しい」

 格好良い事言ってるって事は分かった。さて、それならガイルが本当に欲しい物とはなんなのか?

 

 

『力を付けて欲しい物は?』

「……」

 アカリの問いに俯くガイル。どうした?

 

 

「…………」

「おーいガイルくーん? もしもーし、ガイルくーん?」

 なんか顔赤くない? 心なしか赤くない?

 

 

「……サーナリアが欲しい」

「聞いてごめん! 分かったからそんなに赤くならないで!! なんか凄い申し訳なくなるから!! いやマジごめんて!!」

 この人本当読めないからね。正直このサナへの気持ちもどうなのか分からない。

 

 いや、でも、まぁ。

 

 

『頑張って!』

「……うす」

 多分、本気なんだろう。

 

 

 

 そんな訳で、ガイルは筋トレマシーン。いや、どこに置く気だお前。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

「クリスマスプレゼント? わ、私は要らないよ……。カナタは?」

 そう言うと思いましたよ、我らがナタリア。

 

 

「でも毎年貰っとるんやろ?」

「ナタリアの分は毎回私が選んでるのよね。この子本当に消極的だから」

 そりゃ、ナタリアらしい。

 

「それじゃ今年は、二人でお揃いの腕輪とかにしちゃおっか」

「え、あ、うん。カナタとお揃いなら嬉しいかな」

 圧倒的女子力。

 

 

『私も何かシンカイくんとお揃いで欲しいな』

 圧倒的天使。

 

 

 そんな訳で、ナタリアとカナタはお揃いの腕輪に決定。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

「カナタをくれ」

「言うと思ったよ」

 ブレないケイスケが自分は嫌いじゃないよ。

 

 

「分かってる……。好きな女は自分で手に入れるものだと」

「なら頑張れー?」

「だから親父にはカナタ用のウェディングドレスを貰う」

 話が飛び過ぎだろうがい!!

 

『楽しみだね!』

「ふ、カナタのドレス姿……。ふふ」

 黙ってるかカナタが関わらないと格好良いのにな……。

 

 

「で、本当に決定でええと思う?」

『素敵だと思う!』

 もうどうにでもなれ。

 

 

 ケイスケはウェディングドレスと。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 さて、後はサナだけか。

 

 

「サナさーん、サーナリアさーん。あ、おった。おーい、サナ! 親爺がクリスマスプ───ぐふぇっ?!」

 サナに話しかけようとしたら、当然背後から何かで叩かれた。

 

 

 え?! なに?! なんの感触?! なんか薄い紙の束みたいな。え?! もしかしてスケッチブック?!

 

 

 アカリに叩かれたの?!

 

 

『サナ、何か今欲しい物ある?』

 そしてそのアカリは、自分を通り越してサナにスケッチブックを見せていた。

 

 

 待って、どういう事?!

 

 

 

「な、なにすんねんアカリ。親爺から頼まれて全員にクリ───ずぇっ?!」

 口にスケッチブックを突っ込まれた。なんでだ?! なんでこんな目に?!

 

 

「親爺……? クリスマス……?」

「ん! ん!」

「ん? え、欲しい物……? えーと、特には無いけど。それにもう少しでクリスマスだし、欲しい物ならサンタさんに貰うわよ」

 え、今この娘なんて言った?

 

 

 え、今サーナリアさんなんて言った?!

 

 

 

 サンタさんとか言った?!

 

 

 

「ぁ……ぅ、ぇ、と、の」

 し、しまった……。まさか、まさかと思っていたが……。

 

 

 

 サーナリアさん、サンタさん信じてる……?

 

 

 

「ちょ、悪い。今のなしや。出直してくる! ほいじゃなぁ!!」

 アカリの手を引いてとりあえずこの場は脱出する。

 

 ヤバイよ? マジでヤバイよ?

 

 

 全然簡単なクエストだと思ってたけど、めっちゃ難関なクエストだったよ?

 

 

 何この仕様。ゲネポス狩りに行ったつもりがティガレックスと遭遇した気分だよ。めっちゃピンチだよ!!

 

 

 

「な、なんだったの……。まぁ、そろそろクリスマスねぇ……。ふふ、楽しみ」

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

「……どないしよ」

『ごめんねシンカイ君』

 二人でとりあえず反省会。アカリは咄嗟とはいえ自分を叩いたりした事と、サナの事情を言わなかった事を後悔しているらしかった。

 

 

 いや、そうは言っても結局悪いのは自分だ。これはなんとかしなければならない。

 

 

 

「考えてもしゃーない。とりあえず行動や」

『どうするの?』

「サナの事を知ってるのはやっぱりお姉さんやろ」

 と、そんな訳でアカリと二人で再びクーデリアさんの所に向かう。

 妹の事だし、何が知っているかもしれない。

 

 

「サナの欲しい物、ねぇ。……そういえば去年も苦労したかしら、それで」

「去年はどうしたんや? あと、猟団に入る前とかは」

「猟団に入る頃は、サンタさんに手紙を出させてたわ」

 辞めて、あのサーナリアさんがサンタさんに手紙出す所なんて想像したくない!!

 

 

 いや、でもサナはまだアレで十三歳なんだよなぁ……。……忘れてたわ。

 

 

「猟団に入った後は?」

「伝書鳩に、誰にも見せずに付けて飛ばしてるわ」

 積んだ。

 

「いや、それじゃ何が欲しかったか分からへんのとちゃうか? どうやってプレゼント選んだん?」

「運良く聞き出したりしてたのよ。だからシンカイ君、頑張って聞き出して」

「他人事やないんやで?!」

「別に私はサナの子供の夢なんてどうでも良いというか、あの子はもう十三だし。そろそろ良いと思ってるのよね」

 そ、それはそうかもしれないが。

 

 

「いや、出来るだけバレずに渡したいやん」

「あら、なんで?」

 そんなもん、決まってる。

 

 

 

「本当にサンタが来たって思うのは、そりゃ幸せな気分やからなぁ」

 

 

 

 そんな訳で再挑戦。

 

 

 

「サナ、サンタに何頼んだんや?」

 とりあえず、直球で聞いてみた。

 

 アレだ、別に何頼んだか聞くくらいなんの問題もないだろう。

 そこで秘密にされた時に、無理矢理聞くと怪しまれるけども。

 

 

「……秘密よ」

 秘密にされました。

 

「そ、そうかい……」

「シンカイは何にしたの?」

 そう来たならば。

 

 

「サナが教えてくれたら教えたるわ」

 どうだ。これで答えるしかあるまい?!

 

「どーせアカリと二人きりの時間とかそんか臭い事でしょ?」

「な、なぜ分かった?! って、臭い言うなや。これは親爺が勝手───あ、なんでもない」

 あぶねぇ?! サンタが親爺だとバラす所だった。策士かこいつ。

 

 

「親爺……?」

「な、なんでもあらへん。なんでもあらへんでぇ……」

 落ち着け自分。このクエストは失敗出来ない。なんとしてでも達成するんだ。

 

 

「ふふ、言ってみただけよ。……まぁ、サンタがそれを本当に叶えてくれたら素敵なプレゼントよね。……羨ましい」

「最後なんて言った?」

「アカリと変わりたいって言ったのよ」

 いや誤魔化せよ。ていうかまだ根に持ってたのか……っ!

 

 

 な、なんか恥ずかしいな……。

 

 

「ま、私がサンタに貰えるものは秘密よ。……教えたら叶わない気がするし、本当に貰えるかも分からないもん」

 結局、欲しい物は聞き出せず。

 

 

 その後数日間、何度かチャレンジするもクエストは失敗。結局クリスマス当日になって、ダイダロスに到着してしまった。

 

 

 

「で、サナのプレゼントはどうしようなぁ」

「すまん親爺……。ワイが不甲斐ないばかりに……」

「いや、シンカイが悪い訳じゃねーさ。中々難しい問題だからな。前回がサボテンだったし、植木鉢でも買うか?」

 そんな物じゃないとは思うけどなぁ……。

 

 

 しかし、欲しい物が聴けなかったのなら仕方がない。

 

 

「……俺に考えがある」

 そんな絶望の淵で、ガイルが小さく言葉を落とす。考えだと……?

 

「何かサナの欲しいものを知る方法があるんか?」

「……伝書鳩だ」

 伝書鳩?

 

 

「……サナがサンタに託した手紙は、伝書鳩によって放たれた。俺達の船から飛ぶ伝書鳩の行く先はこの街、ダイダロスのギルド。そこに行けば、手紙を回収する事が出来るかもしれない」

「な、成る程。それなら欲しい物分かるやん! 天才か!」

『私も手伝うね!』

 そうとなれば早速ギルドに向かうしかない。プレゼントを準備する時間もあるし、急がねば。

 

 

「ようしきた。ならばガイル、シンカイ、アカリ! サナの欲しがってるもんを調べてこい! 旅館の手続きなんかは任せとけ。シンカイ、二人きりの部屋楽しみにしてろよ」

 勿論。二人きりであんな事やこんな事───いや、しないけどね。イチャイチャはしたい。イチャイチャって何か分からんけども。

 

 

 今はとりあえずサナのプレゼントだ。

 

 

 

 そんな訳で、三人はギルドの集会所へ。

 そこに集められ、宛先が現れなかった手紙を漁る事にした───が、これが想像以上に苦戦する事になる。

 

 まず量が多い。

 ギルドの人曰く、この時期はサナみたいにクリスマスプレゼントを伝書鳩でサンタに頼む子供が多いらしい。

 

 ぱっと見だけで山になっている。子供達の夢の山だ。

 

 

 

 こりゃ……大物だぜ。

 

 

 

『どうしよう……?』

「虱潰しに見ていくしかないわな……。時間的にはギリギリか」

 問題はどれがサナの書いた手紙か分からないって事だ。そこはもう見抜くしかない。

 

 

「……見付けるぞ」

 真剣ですね。まぁ、こういう時のガイルは頼りになる。

 

 

 そんな訳で大量の手紙を漁っていく。それを買いに行く時間を考えると本当にギリギリの時間だ。

 

 

「メラルーの人形、ウルクススの人形、時計、楽器、アクセサリー、麦藁人形。……あかん、全部違う気がするし全部当たりな気もする」

 こんなの分かる訳なくない?

 

「アカリ、そっちはどうや……?」

「んぅ……」

 ダメか。

 

「ガイルは?」

「……無駄足だったな」

 辛辣過ぎ。

 

 

「……どうかしたん?」

「……正直、俺はサンタにこの手紙を渡す気は無かった」

 それは親爺には教えないって事なのか?

 

 

「……ただ、無駄足だったな」

 ごめん、いつも通りだけどガイル君が何言ってるか分からない。

 

 

 

「……俺は帰る」

「え、ちょ、ガイルぅ?! オイコラァ?!」

 ガイルは結局そのまま帰ってしまった。え、何……? どうしたのあの子。

 

 

 その後アカリと二人で色々漁ってみたが、それっぽい物は見つからない。

 とりあえずサナの字っぽい物を掛け集めて、その中から運で選ぶしかない気がした。

 

 

 

 その趣旨と、それっぽい手紙を何通が親爺に見せて最終的には親爺に決めてもらう事にする。

 クエストはどちらかというと失敗だった。はぁ……落ち込む。

 

 それにサナの夢が壊れてしまうと思うと、なんともやるせない気持ちになった。

 

 

 

 しかし、時というのは残酷で進んで行くしかない。

 

 

 旅館に皆で集まって、クリスマスパーティー。それが終われば自分とアカリは約束の二人部屋に別れて就寝。

 

 朝起きたら親爺がプレゼントを枕元に置いておいてくれるって訳だ。

 

 

 

 

「大物を買ってきたわよ!」

 パーティー用の巨大ターキー、その元であるガーグァを一羽抱えてくるカナタとナタリア。

 あれ丸々食べるんですか……。凄い楽しみなんだけど。

 

 

「さて、それじゃパパッと料理しようかな!」

「ナタリア、調味料。お姉ちゃんはガーグァの解体、アカリは私と味付けして行くわよ」

「待って、サナ。私は? 私は何したら良いの?」

「何もしないで? 出来るなら料理に関わらないで?」

「酷くない?!」

 そりゃ、そうだよね?

 

 

「よしカナタ、悲しいなら俺の胸を貸してやる」

「ラルフ、私を慰めて……」

「いや……お前が悪い」

 幼馴染が全員噛み合ってない。

 

 

 

「さて、女子どもが飯の支度をしてる間に俺達で部屋の飾り付けやるかぁ!」

「まってお父さん!! 私は?! 私も女子だよ?!」

「初めぇ!!」

「無視!!!」

 カナタ……。

 

 

 して、旅館から資材を借りて本格的なクリスマスパーティーの飾りをしていく我等が橘狩猟団。

 大きなツリーに男どもが集まって飾りを付けている様はなんだか暑苦しい。

 

 

「親爺、もう少しあっちに行ってくれ」

「おっとすまん」

「親爺、そこにこれ付けたいっす」

「おぉ、すまんすまん」

「お父さん邪魔」

「邪魔……っ?!」

 カナタがさっきの仕返しをしていた。

 

 

 まぁ、親爺デカいからなぁ……。

 

 

 

「そんじゃぁ、始めるぞぉ!! メリークリスマス!!!」

「「「メリークリスマス!!」」」

 親爺の合図でパーティー開始。相変わらずの声量である。

 

 

「よっしゃ食え食えぇ!!」

「ターキーっす! 去年はなぜかターキーを食べた後の記憶が無かったっすからね、今年は腹一杯食べるっすよ」

 何があったんだ───いや、想像ついたわ。

 

 今回は大丈夫。カナタずっと飾り付けしてたし。

 

 

「頂くっす! あー、う───ゔぇおぁおぇおぁあああっ」

 ……何故だ。

 

「ヒールぅぅ!!!」

「なんでや?! なんでヒールが毎回死ななあかんのや!!」

 カナタの入り込む余地なんて無かった筈だろう?!

 

 

「あ、それ後で私が食べようと思って一度取って味付けしたターキー……」

「なんで戻した!! ていうかカナタは食えるの?! あんたは食っても平気なの?!」

 なんかもうカナタが事件を起こさないのは無理な気がしてきた。

 

 

 あわよくば、自分に当たりませんように。

 

 

 

「いやー、しかしターキー美味いな。こんな豪勢なもん初めてや」

『味付け頑張ったよ!』

 クリスマス万歳。もう既に来年が楽しみだ。

 

 

 ……タクヤとも過ごしたかったな。

 

 

 

「……もう、誰も───」

「クリスマスと言ったらサンタコスっすよ!」

 突然立ち上がりそんな声を上げるヒール。え、何?

 

 

「復活早?!」

「まさか食い過ぎて抵抗が出来てきたんじゃない……?」

 嫌だ。そんなの嫌だよヒール。人間捨ててるよヒール。

 

「毒物みたいに言わないでよ?!」

 いや毒物だよ?

 

 

『サンタコス?』

「サンタさん衣装っすよ。女の子用は可愛いので、是非見たいっす」

 男が着てもただの赤装束だしな。

 

 うむ、サンタ衣装か。是非見たい。

 

 

「カナタには拒否権ないで?」

「なんでよ!」

「……着てくれないんすか?」

 ヒールが怖い。

 

「わ、分かったわよぉ!!」

 後ろでケイスケが強くガッツポーズをしていたのを自分は見逃さなかった。

 

 

「こうなったらナタリアも道連れよ!」

「え、ちょ、待って?! 恥ずかしい……っ。待って?!」

 華奢なナタリアがカナタに勝てる訳も無く、連行。

 

 

『私も着た方が良いのかな?』

「別に強制やないけど、ワイはアカリのサンタコス見たいな」

「……んぁ」

 ちょっと顔を赤くするアカリ。あ、可愛い。普通に可愛い。天使。

 しかし、この言い方は少しズルかっただろうか?

 

 

『着てくるね!』

 やったぜ。

 

 

「んじゃ、私も行くか」

「サナも着るんか?」

「もうこの際なら全員着た方が良いでしょ。ほら、お姉ちゃんも行くわよ」

「え、私も?」

 願ってもみない、女子組全員のクリスマス衣装だ。クリスマス万歳。クリスマス万歳!

 

 

 

「オラァ! 着てやったわよヒールぅ!!」

「最高っすカナタぁ!!」

「良くやったヒール!!」

「ケイスケは見るなぁ!!」

 目潰し。

 

 カナタを先陣に五人の美少女美女が、フリフリでモコモコな可愛い赤装束を着て現れる。

 全員の統一感ある赤装束は、普段は見慣れない物でとても目の保養になった。

 

 

「……は、恥ずかしい」

「ナタリア、嫌だったら断っても良いんだぜ。カナタの無茶振りはいつもの事だしな」

 アニキ……なぜ今この時にナタリアに話しかけるの? 狙ってるの? ねぇ、狙ってるの? 格好良い事言う気でしょ?! そうなんでしょ?!

 

 

「ら、ら、ら、ら、ラルフ君。ぁ、あ、あ、ぁ、あの、でも……その…………皆着てるし。せっかくだから。でも、皆と比べ破られると恥ずかしいなって……うぅ……」

「ん、そうか。まぁ、似合ってるからもっと胸張ってろって。それにせっかくのパーティーなんだから楽しもうぜ」

 アニキぃぃぃ……っ!!

 

 

 無駄に可愛いとか言わないのが好ポイントだよ……。自分ならなりふり構わず言うからね?

 

 

 

「……ん!」

 そんなナタリア達を微笑ましく見ていると、少しむすっとした表情のアカリさんが自分の手を引っ張った。

 

 えーと、どうしんだ?

 

 

「せっかく私がサンタコスなんだから他の女の子なんて見ないでって言いたいのよきっと」

 そう通訳してくれるのは同じくサンタコスのサーナリア。

 アカリはそれを聞いて顔を真っ赤にして蹲ってしまった。可愛い。

 

「も、勿論アカリが一番やで?!」

「……んぁ」

「……む」

 いや、この状況でサナの事は褒められないからな?! 薄っぺらくなっちゃうし。

 

 ……まぁ、サナも充分可愛いけどもさ。

 

 

 

「ま、あんたはそれで良いのよ。……さて、はしゃぎ回るわよ皆!! 変にもやもやするより、この家族で居られることを今は楽しむの。アカリも!!」

「ん!」

 そうだな……。

 

 

 今は皆で楽しもう。

 

 

「サナも似合っとるし、可愛いで」

「……バーカ、薄っぺらいっての」

 ま、自分は元々そんな出来た人間じゃないからな。

 

 

 

 

 

「……ちょっと? なんか私だけ反応ないんだけど?」

「綺麗っすよクー姉さん! 付き合って下さいっす!」

「歳上になってから出直してきなさい」

「どうしようもないっすね!!」

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

「シンカイ君とアカリちゃんの部屋はこっちのお部屋ね」

 ナタリアに連れられてアカリと来たのは皆が寝る場所とは違う二人部屋。親爺の粋な計らいで今夜はアカリと二人きりだ。

 

 

 ぐひひ、これはつまりえ───

 

「ろい事はしたらダメだよ?」

 読心術?!

 

 

「な、何言ってるか分からないよ?!」

「って、言ったらシンカイ君が挙動不審になるってサナちゃんが言ってたよ。ろい事ってなんだろう?」

 サーナリアさんぶん殴るぞ?!

 

 

「……ん?」

「何でもない。何でもないで!」

 くそ、雑念は捨てろ矢口深海。お前はそんな弱い奴じゃないだろう?!

 

 

「ところでこの部屋ね……」

 そうやって自分を正そうとしていると、唐突にナタリアがランプの火を自分に近付けながら口を開く。

 ちょっと待って? ここでそういう話する? クリスマスだよ? そういうイベントじゃないよ?!

 

 

「昔クリスマスの夜に寝ていた子供が幽霊を見たんだって」

「辞めてぇえ?!」

 

「……その幽霊はね、赤い服を着て白い布切れを持っていたらしいの」

「いやそれサンタさんやないかーーーい!!!」

 ビビらせるなよ!!

 

 

「ふふふ、冗談だよ」

 いや、普通にありそうなお話なんですが。

 

 

「それじゃ、今日二人きりで楽しんでね。おやすみ」

「おう、おやすみ」

 そんな訳で、今夜は二人きり。寝て起きたら枕元にはアカリのクリスマスプレゼント───フルフルベビーが置かれている。

 

 

 ホラーかよ。

 

 

「……さて、と」

 とりあえず少し狭く感じる二人部屋の真ん中に二人で正座して座った。

 

 

 いやなにこれ、お見合い? せっかく二人きりなんだから何か話せよ。別にいつも二人きりで話す事くらいあるだろ?!

 

 

「な、なにしましょうか」

 何で敬語なんだ自分?!

 

『どうしましょう?』

 敬語が移ってるけど?!

 

 

「……」

「……」

「……」

「……、すっ、ふふ、ぁは」

「ぷっは、流石にアホみたいやな。いつも通り行こう、いつも通り」

 何を緊張してるんだが。別に今から何がどうこうする訳じゃないんだから。

 

 

「せや、ワイからのクリスマスプレゼントがあるんやけど。受け取ってくれるか?」

「ぇ、……ぁ、ぇ、わ、た、にも……し、い?!」

「落ち着いて?!」

『私何も用意出来てない。ごめんね』

 凄く落ち込んだ表情でそう書かれたスケッチブックを抱えるアカリ。

 そんな事気にするかっての。

 

 

「気にすんな気にすんな。ワイがあげたかっただけやし。ほいじゃちょっと、眼を瞑っててくれへんか?」

「……んぇ?」

「あ、大丈夫大丈夫。変な事はせーへんから……」

 そう言うとアカリは信じて眼を瞑ってくれる。ほいじゃ、その間にと。

 

 

「ほい、もうええで」

「……ん、ぁ……っ」

 首の辺りに少し手が当たったからか、アカリは首に何か掛けられたとすぐ分かったのだろう。

 

 自分からのプレゼントはベタ過ぎるが首飾りだ。

 眠鳥とかいうモンスターの、凄い派手な色の花を使った首飾り。我ながらセンスあると思う!

 

 ついでに自分用にも同じ物を買っておいた。お揃いって奴である。

 

 

「……ぁ、っ、あ、あ……あい、……と、う」

「おう、どういたしまして」

 うんうん、似合ってる似合ってる。恋愛マスター()ケイスケさんの力を借りた甲斐があった。

 

 

『私もお返しする!』

「用意ないんやなかったんか?」

『目を瞑って下さい!!』

 え、何する気なの?! ちょ、ちょっと待って、まだ心の準備が。

 

 

 とりあえず正座して眼を瞑る。こ、こ、こ、こい!! 準備完了だぜ?!

 

 

 しかし、少し待っても相手からの反応はなく肩を叩かれる。眼を開けると『足は崩して!!』と大きく書かれたスケッチブックが。

 

「あ、はい」

 それで眼を瞑ってしばらくすると、足にそこそこの体重と胸元に暖かい感触が。これは……背中?

 

 

 

 ……え、何?

 

 

 

 眼を開けると、崩して座っていた足の中にちょこんとはまり込むアカリの姿があった。

 

 何この可愛い生き物。いや、可愛いんだけど。

 

 

 ……え、何?

 

 

「……アカリさん?」

「……」

 真っ赤ですね。

 

「……アカリさーん?」

「……ん、んぅ!!」

 えーと、何々。

 

 

『ちゅーしようと思ったけどやっぱり無理だった!!!』

 何この可愛い生き物ぉ?!

 

 

「……よしよし。ったく、アカリは可愛いな」

「……うぅ」

 もう爆死しても良いかもしれない。

 

 

 

 それで、ある意味合体した状態で幸せな時間を過ごした訳だ。小さくて柔らかい身体を抱きしめたりした。暖かい。爆発しそう。

 

 

 

「……んぁ?」

「ん、誰や外で大声出しとるアホは」

 もう寝る時間だというのに、アカリでも聞こえる大声が外から聞こえる。

 二人で窓を開けて外を覗いてみると、そこに立っていたのはなんとサナとガイルだった。

 

 

「……何しとるんや、あの二人」

 ちょいと聞き耳を立ててみる。

 

 

 

 

「……クリスマスに欲しい物を教えてくれ」

「いや、だから無いわよそんなもん。それに、プレゼントならサンタさんに頼んだもの」

 何で直接聞き出そうとしてるんだガイル……。てか、諦めたんじゃなかったのか。

 

 

「……そんな事は知っている。……ただ、俺はサンタからではなく俺からお前に渡したい物があるんだ」

 何格好良い事言ってるの君。普段意味分からない事しか言わないのに!!

 

「……あんた、もしかして私の事……好き?」

「分からん」

 いや肯定しろよ!!!

 

 

「……ただ、サナにプレゼントを渡したい。それだけだ」

「ぷふっ、何それ。流石脳筋」

 本当ですよ。

 

 

「……サナの欲しい物は、サンタでは届けられない」

 ん? ガイルまさか……お前知ってるのか、サナが欲しかった物。

 

 

「サンタでも渡せるものと渡せないものが───」

「知ってるわよ、そんなの」

 サナ……?

 

 

「ていうか、サンタさんなんて居ないことくらい知ってる。あの親爺が用意してるのだって、知ってる」

 何でだぁぁ!! 知ってるのかよ。ならなんでサンタさん信じてるフリしてたんだよ!!

 

 

「……それでも、もしサンタが本当に居るならさ。叶えてくれそうじゃない……?」

「……居たら、な」

 サナの願い事って……なんなんだ?

 

 

「ね、ガイル」

「……ん?」

「私別にあんたの事嫌いじゃない……わよ?」

 お? お?

 

「……なら俺と───」

「だから、私を振り向かせたかったら私やシンカイより強くなりなさい。筋肉だけじゃなくて、色々な所でね」

 そう言ってからサナはガイルに背中を向けて歩いていく。

 

 なんでそこで自分の名前を出すんですか。これからガイルに目の敵にされる未来が見えるんだけど?!

 

 

 

「……うす」

「ふふ、バーカ。まず私への態度を変えろっての脳筋。……帰るわよ。寒いったらないんだから」

 それにしても、サナの願い事ってなんだったんだろうな……。

 

 

 

 

 

「サンタでも叶えられない……か」

 

 

 

 

 

「……ね、ぇ」

「ん? どうした? アカリ」

『シンカイ君と二人きり、凄く嬉しいし幸せ』

 突然何ですか?!

 

 

『だけど、今日はやっぱり皆と寝たいな』

 なるほどね。

 

 

「同感や。そういうのはまだワイら早いしな」

「……?」

 いやいや何でもない何でもない。

 

 

 こっちの話。

 

 

 

 

 そんじゃ、やっぱり皆の所で寝ようか。

 

 

 

 だって自分達は、家族なんだから。

 

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 誰かと離れ離れになるのが嫌だった。

 

 

 

 兄が帰って来なくて、とても寂しかった。

 誰も死なせない為に強くなった。

 

 でも結局、誰も守れなかった。マックスも、タクヤも、私から離れていった。

 

 

 誰かと離れ離れになるのが嫌だった。

 

 

 

 だから、サンタさん。あなたが本当にいるのなら、プレゼントなんて要らない。

 アカリや、シンカイや、ガイル、カナタ、ナタリア。ヒール、ラルフ、ケイスケ、糞親爺、お姉ちゃん。皆と一緒に居たい。

 

 

 だから───

 

 

「私から何も奪わないで下さい。皆と居させて下さい」

 

 

 ───お願いします。サンタさん。

 

 

 

 

 

 窓を刺す光と、男共の煩い寝息で眼が覚める。

 

 

 大丈夫だよね、誰も居なくなってないよね?

 

 

 シンカイとアカリは別の部屋だから、それ以外の皆はちゃんとここに居───

 

 

「な、なんでここにあんたらが居る訳よ」

 立ち上がって直ぐに視界に入ったのは、私の真横で寝ているアカリとシンカイだった。

 

 他の皆もちゃんといる。

 

 

 

 サンタさん、別の部屋の二人まで連れてきて皆で居させてくれたんだ。

 なんかブーメランとかあるし、タクヤの事が懐かしい。マックスの事だって、忘れない。

 

 

 ……ったく───

 

 

「……サンタさん、居るんじゃん」

「……ん、おぉ……? 起きたんか、サナ。あ、ワイはもう少し寝る」

 

 ───バーカ。

 

 

 

「こら糞親爺、起きろ。朝よ、朝」

「んぉ? なんだ? なんだ? どうした、サナ」

「ねぇ、お父さん。……ありがと」

「ん?! 今なんて言った、サナ」

「何も言ってないわよバーカ!! とっとと起きろ糞親爺。筋肉バカもカナタバカも全員起きろ! シンカイ起きろ! 起きろバカ共ぉ!! ふふ、バーカバーカ!!」

 

 

 

 

 ありがとう、サンタさん。




彼女のこの先に幸せが待っていますように。

メリークリスマス。


大勢でワイワイやる作品は書くのは難しいけどやっぱり楽しいですね。
橘狩猟団の皆を満遍なく活躍させる事は出来たかしら? 出来てたら良いなと。


それでは、またお会いする事があればお会いしたいです。重ねてになりますが、そして遅れておりますが。


メリークリスマス。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。